暗殺教室─私の進む道─ (0波音0)
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今後、追加設定がある場合こちらを更新していきます。


? →今後、小説の進みに合わせて公開していく情報



──プロフィール──

 

 

名前:真尾 有美紗 (マオ アミサ)

 

 本名:アミーシャ・マオ

 

 コードネーム <天然小動物>

 

身長:145cm

 

体重:38kg

 

外見

中学一年時

 

【挿絵表示】

 

紺色のお尻まである長い髪、暗い紫がかった青の瞳。髪はポニーテールにしている事もある。胸はC。ただでさえ小柄な体を自信なさげに縮こまらせているため、余計に小さく見える。制服は冬場は上に袖が長めのクリーム色のカーディガンを羽織り、夏場は薄いカーディガンを羽織る。靴下は黒のニーハイソックス。

 

断髪事件後

 

紺色の髪を肩下ぐらいに揃え、両サイドでピッグテールにし、白の髪紐でまとめている。暗い紫がかった青の瞳。胸は時期とともに成長し、三年次にはF(姉がGなため、まだまだ成長の可能性も)。ただ、制服の時は少し大きめのカーディガンを好むため着痩せして見える。色々受け入れてからは前を向くようになった。

 

リゾート時

 

【挿絵表示】

 

オレンジと白が混ざったような色の肩出しトップスの下に黒のインナーを着て、青色の短パンを合わせている。本人的にはあまり露出もせずに動きやすい服装のつもりだが、はたから見れば肩は出ているし、へそが出るくらいの短めのトップスだし、いろいろと認識とズレている。

 

???

???

 

誕生日:2月29日

 

血液型:AB型

 

得意教科:数学

 

苦手教科:理科

 

趣味:歌

 

特技:体を動かすこと、アーツ(制限あり)

 

好きな食べ物:フルーツ

 

嫌いな食べ物:辛い物

 

宝物:リスのキーホルダー

 

選挙ポスター 『大人しさの裏の大胆さ』

 

性格

臆病で寂しがり屋。臆病故に周りの気配に敏感で、対人であればその人の本質を見極める観察力に優れている。かなりの天然で着眼点や話の内容が他人とズレていることがしばしばあるが、上記の理由から本心からの言葉を誤解することは基本的に無い。先入観で人に接することはなく、自分で見て、聞いて、接して相手の素を読み取る。

 

 

適応能力(6段階)

 

【通常時】

 

戦略立案:4

 

指揮、統率:3

 

実行力:5

 

技術力(罠・武器・調理など):4

 

探査、諜報:6

 

政治、交渉:3

 

 

 

【《銀》】

 

戦略立案:5

 

指揮、統率:1

 

実行力:6

 

技術力(罠・武器・調理など):6

 

探査、諜報:6

 

政治、交渉:2

 

 

個人能力(5段階)

 

【通常】

 

体力:2

 

機動力:5

 

近接:4.5(ナイフ)3(格闘技)

 

遠距離:4.5(投げナイフ)2.5(射撃)

 

学力:5

 

 

 

【《銀》】

 

体力:3

 

機動力:5

 

近接:5

 

遠距離:5(投げナイフ)5(アーツ)2.5(射撃)

 

学力:3

 

 

固有スキル

(通常)気配遮断:4

《銀》の暗殺術:5

 

 

 

概要

カルバード共和国で生まれ育ち、中学から日本へやってきた。小学校へは通っておらず、七曜教会の日曜学校へ通っていた(日曜学校とはいっても宗教教育ではなく、座学も行っている。信仰は空の女神)。物心つく頃には母親から離され、姉と父とともに各地を転々としながらある技術を教えられてきた。

クロスベルに住む友だちが、とらんじすたぐらまーと呼んだ容姿の姉が一人いる。姉のことが大好きで、綺麗でスタイル抜群でとても強くすごく運動神経もいいと褒めまくる。そんな姉はクロスベルの劇団に所属するアーティスト、リーシャ・マオであり、劇団のメンバーからも結構可愛がられていたりする。今までに何度かアルカンシェルのメンバーにと勧誘されているが、色々な事情から断り続けている……ただ、完全に嫌というわけではなく、憧れている姉と同じ舞台に立つということについては興味がある。

E組転入事由は素行不良。成績は良かったが、周りとうまく馴染むことが出来ずに教師の不評を買い続けた上、反発と無意識に力を使ったことで教師の保身のためにE組に。初めて自分から信じた大人に裏切られたため、しばらく『先生』という存在と『他人』に不信感を持っていた。

はじめての友だちで、はじめて自分を見てくれた潮田渚と赤羽業の二人を『ヒーロー』として慕う。

 

赤羽業からの好意を受け、自分も惹かれているという気持ちをやっと自覚して受け入れた。それでもまだ、話せないことがたくさんあるということを心苦しく思いつつ、今は与えられる優しさに甘え続けている。

 

 

 

使用アーツ

 

《アースグロウ》

→イトナ救出時に使用。一定時間ごとに少しずつ体力を回復していくアーツで、範囲はかなり広い。

 

《クレスト》

→プール事件で寺坂に使用。単体に対して防御力を上げることができるアーツ。つまり、壁役であるガタイのいい寺坂はより強固に……

 

《アダマスガード》

→イトナ救出時、また理事長を爆風から守るときにも使用。1度だけどんな物理的な攻撃からも身を守ることができる壁を作り出す。範囲は指定した人物を中心にして半径1mほどと思われる。

 

《ブルードロップ》

→カエデの作った炎のリングに使用。大きな水泡を作り出し、対象の上から落とすアーツ。範囲は指定した対象を中心にして半径1mくらいだと思われる。

 

《アラウンドノア》

→リゾートでの殺せんせー暗殺時に使用。大津波を起こし敵を飲み込むアーツ。本来は戦闘範囲全体に効果のあるアーツだが、ここでは水位を上げることと殺せんせーの周囲に絞って津波を起こすように調整したため、効果範囲は狭くなっている。

 

《ファイアボルト》

→リゾートのホテルでグリップ牽制時に、またカルマがランディに唆されて殺せんせーに使用。小さな火球を生み出し、指定した対象へと放つことができるアーツ。

 

《エアロシックル》

→カルマがランディに唆された時にアミサが火の威力を上げるために使用。アーツ使用者から地点指定で真っ直ぐ風の塊をぶつけるアーツ。

 

《ブレス》

→鷹岡にやられた2人を回復するため、またそれ以外でも傷ついた人に対して使用。癒しの風を作りだし、指定した対象者を中心に範囲内の人の体力を回復する。

 

《レキュリア》

→リゾートでの毒を消す時、またブレードクーガー戦後に使用。かなり広い範囲に効果があり、対象者の状態異常(毒・炎傷(やけど)・凍結・封技・封魔・暗闇(目潰し)・睡眠・気絶・混乱・石化)を回復することができる。

 

《セレスティアル》

→棒倒し後、浅野の友人達に使用。体力を完全に回復すると共に戦闘不能も解除できる……代わりに、EPの使用量が半端ないアーツ。アミサの場合はEP量の関係から1度だけで精一杯。

 

《A─リフレックス》

→カエデの作った炎を通り抜ける渚に使用。単体に効果があるアーツで、対象者に1度だけ魔法(ここでは物理以外の攻撃とする)を反射することができる壁を作る。

 

《アナライズ》

→ブレードクーガーの解析に使用。零の軌跡・碧の軌跡に登場するティオのクラフト《アナライザー》と同じように、対象の情報を解析できる。違うのは対象の能力を下げないこと。本当に解析するだけのアーツ。

 

 

★番外編★

《ストーンスパイク》

→《(イン)》がプールの底を隆起させ地形を変えるために使用。地面を尖った状態で隆起させ、それで敵を突き刺すのが本来の使い方。

 

《ハイドロカノン》

→《(イン)》がフライボードの水流を仮定して使用。 本来はアーツ使用者から真っ直ぐ直線上に地点を指定して水流を発射するアーツ。要は超強力な水鉄砲のようなもの。

 

《ティア》

→カルマがアミサの導力器で使おうとした回復アーツ。単体対象だがやけどの治療や体力回復ができるアーツ。

 

 

 

使用クラフト

 

《魔眼》

→ヨシュア・ブライトの使用している《魔眼》の劣化版。本来なら空間を呪縛し、相手を遅延させる他に攻撃も同時に行うクラフト。アミサの場合、空間の呪縛はできるが攻撃はできず、クラップスタナー程度の痺れを与える程度の威力。そして模倣に近い技なため、自分にいくらかのダメージが跳ね返ってくる。

 

《月光蝶》「月に踊る蝶たちよ……」

→その場で詠唱とともにくるりと1回まわった後には姿を隠すことが出来るクラフト。ステルス状態になるため、隠密行動に優れている。1度自分が行動(アクションを起こすなど)するとステルス状態が解ける。

 

《爆雷符》NEW!

→符をクナイに付けて投擲し、対象にあたると小規模の爆発を起こす。強化前は50%なのに、強化後は90%という軌跡シリーズの中でも屈指の即死率を誇るクラフト。

 

 

 

 




クラフトについてはバンバン出します。

軌跡キャラクターも登場予定です。

現在
----------------
∽リーシャ・マオ
∽イリア・プラティエ
∽シュリ・アトレイド
∽ロイド・バニングス
∽エリィ・マグダエル
∽ティオ・プラトー
∽ランディ・オルランド
∽ノエル・シーカー
∽ワジ・へミスフィア
∽キーア
--------
は物語に登場していて、

----------------
∽ヨシュア・ブライト
∽アッバス
∽アリオス・マクレイン
∽課長(セルゲイ・ロウ)
∽アレックス・ダドリー
--------
は名前だけ登場しています。


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《中学一年生》
出会いの時間


私の通う私立椚ヶ丘中学校は東京都内で…ううん、全国でも有名な進学校だ。

偏差値66のこの学校には独自のシステムがある。

成績が全てで、結果を残せばその分認められ上を目指せる反面、落とせば3年生から存在するという『椚ヶ丘中学校特別強化クラス』……通称『エンドのE組』へと近くなる、というもの。

聞いた話では『特別強化』と銘打つ割には成績不良者のみが落とされるわけではなく、素行不良な者、成績を付ける最たるものであるテストに参加出来なかったもの、校則違反者も落とされるのだとか。

E組は本校舎から1km離れた山の中の旧校舎にあり、学食はないしトイレも汚く、部活動はできないし、全てが低待遇だ。そして本校舎の生徒、教師から見下され、嫌がらせや差別も公然とされる。みんな、そんな環境へ行きたくないから、授業だけでなく休み時間も勉強、勉強、勉強……。

……そんな世界、私は、息苦しくて仕方がなかった。

……私は、ただでさえ自分の進む道から逃げているのに。

……迷いを振り切るつもりで、ここへ来たのに。

 

「……」

 

今日返却されたテストの結果に目を落とす。

私の成績は、悪くはない。むしろ上位争いに参加できるくらいの実力はあると思っている。私の進むべき道に決着が着くまでは、この日本という国で普通の生活を送りたいと思ったからこの学校を選んだけど、周りはみんな優劣で態度を変える人ばかりでどうしても好きになれなくて、この学校に入学して半年過ごしてきたけれど、私のうわべだけを見て集まる人たち以外に、心から付き合える〝友だち〟なんて呼べる人は一人もできなかった。

……この環境に順応したくはない。だけど一人ぼっちの私はそんなに強くない。

 

今日もいつもと変わらない一日が終わり、一人校門を出た。

ゆっくりといつもの通学路を歩く。

このまま家に帰って、また変わらない明日が始まるのだろう。

 

──ドンッ

 

「!」

 

「…ッてぇなー…何しやがるんだ?」

 

……、…………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日はいつものように二人で帰っていたんだ。

きっと明日も明後日も、変わることなんてないんだろうと思いながら。

 

 

────……っ…

 

 

「!」

 

「どうかしたの?」

 

 

──…〜…っ!!

 

 

「ねぇ、なんか聞こえない?」

 

「え」

 

「多分、こっち」

 

「え、行くの!?」

 

……どうやら今日は、その〝いつも〟とは違う日になりそうだ。

 

「〜〜っやだ、…来ないで、ください!」

 

……ほら、隣の彼が生き生きとし始めちゃったじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜っやだ、…来ないで、ください!」

 

明日が来るのが憂鬱で、周りなんて何も気にせず歩いていたのがいけなかったのか、何人かの男の人たちの一人にぶつかってしまった。ぶつかってすぐに謝りはしたのだけど、最初は睨んできたその顔が明らかに値踏みをするように変わったのがわかって、気持ちが悪くて逃げたのだけど……

 

「その制服、椚ヶ丘だろ?エリート様かよ!」

 

「エリート様にはわからない遊びを教えてやるって、ほら」

 

「お前小さい割には、結構なもんを持ってるしなぁ…」

 

「いや、や、です…っ!」

 

……しつこい上に、路地裏近くに追い込まれてしまった。

いつもと変わらない日常はたしかに嫌だったけど、こんな変わり方だって嫌…!誰もいないし、一人でもなんとかなるかもしれないけど、この姿で使うわけにはいかないから、もう、どうすればいいかなんて分からなくて。

──そんな時に、聞こえたんだ。

 

「ねー、お兄さんら。なにやってんの?」

 

その声の方へ男達が振り向くと、二つの人影。

「なんでここにあいつが」とかいいながら、男たちがそちらへ走っていく。ふっ、と足に力が入らなくなってその場に座りこんでしまった……あれ、もしかして緊張とか、してたのかな、私。今、自分に起きたことが理解出来ないでいると、視界の端に〝赤〟が揺らいで見えた。顔を上げてみれば私にちょっかいを出してきていた不良たちが〝赤〟に殴りかかるところだった。

危ないって思ったし、私のせいで巻き込みたくないとも思った。

でも、そんな心配は全然必要なかったみたいで。

 

「──ガァッ!」

 

「え、なに〜?聞こえなーい!あははははっ!あ、カバン持ってて〜」

 

「あー、うん。程々にね」

 

心配なんてする必要が無いくらい、彼はとても強かった。ほんの小さなことで不良に一瞬の隙を作り、乗り上げ、殴って、蹴って。

……これが、きっと喧嘩、という奴なのだろう。一応、命のやりとりってほどのことじゃない。相手、痛そうだけど…わたしの世界とは大違い。

一緒にいた中性的な彼も慣れているのか普通に投げられたカバンを平然とキャッチして傍観している。

暴力を間近で見ているにも関わらず、私は彼らに対しては全然恐怖を感じていなかった。

 

「ねぇ」

 

「!」

 

「あ、ご、ごめん!そんなに驚くなんて思わなくて…!そうだ、怪我はない?」

 

「…う、うん…」

 

……あれ、この人、こんなに近くにいたっけ。気がついたらすぐそばに来ていた彼に私は大袈裟なくらい驚いてしまって、申し訳なくなった。

 

「なーにー?俺も混ぜてよ」

 

「あ、終わったんだ」

 

そうしているうちに、絡んできた男たちを殴っていた彼も近くへと来た。慌てて彼の後ろへ目をやれば、動かなくなっている男たちの山。

……そうだ、固まっている場合じゃない。彼らは助けてくれたんだ、まずすべきことは…

 

「あの、助けてくれて…ありがとう。いきなりで、どうしようもなくて…怖かった、から……」

 

「ううん、僕はなんにもしてないよ。むしろしてたのは…」

 

「あれなら本気になる必要も無いくらいだよ」

 

「生き生きと不良の中に飛び込んでいったもんね……」

 

……まるで正反対の二人だ。

身長も、髪の色も、性格も。

反発しそうな二人なのに全然そんなものを感じない。

でも、私には無いものを持つそんな二人を、この時なんだかいいなって思えたんだ。

 

「僕は潮田渚。よろしくね」

 

「赤羽業。……見たところ同じ学校同じ学年みたいだし、気軽に下の名前で読んでよ」

 

「僕も下の名前でいいよ」

 

「私は、有美紗、……真尾有美紗、です。よろしくね……カルマくん、渚くん」

 

 

これが私と、二人のヒーローとの出会いでした。

 

 

 




「とりあえず、ここから離れようよ」
「そーだねぇ。…ねぇ、座り込んじゃってるけど……立てる?」
「え、あ…うん。………、」
「………」
「………」
「………ごめんなさい、立てないです……」
「ふーん……よっと、」
「!?」
「あ、暴れないでね?投げ捨てるから」
「な、なげ…!?」
「(カルマくん楽しそうだなぁ…)」


++++++++++++++++++++


今回は短めに、オリ主と多く関わることになるメインの二人との出会いを書きました。
ここから、ゆっくり原作へ向かっていきます。

最近、学校の授業で「ドラマで見た、最高の教師といえば?」という質問がされまして、ボクが思いついたのが『暗殺教室の殺せんせー』一択だったことから暗殺教室、再熱しました(ドラマでという選択肢は無視です。他にも一人、殺せんせーと答えた人いましたし)。
これプラス、元々好きだったゲームに暗殺者、でてくるなぁ…という思いつきから生まれた小説です。
完結まで行けるよう頑張りますので、お付き合い下さい。



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お話の時間

「あ、あの……先程はほんとに、ありがとございま……!わ、わ、!」

 

「ちょ……っ、あははっ!」

 

「わ、大丈夫!?これ使って!……カルマくんも笑ってないで手伝いなよ」

 

「ごめんごめん…っ、くくっ!慌てすぎ…っ!!」

 

「あ、あああ……オレンジポテトになっちゃった…!」

 

「〜〜〜っ〜っ」

 

「カルマくん!」

 

あの路地裏で助けてもらった後、緊張してたのかなんなのか腰を抜かして立ち上がれなくなった私は赤髪の彼……カルマくんに、その…俗にいうお、お姫様抱っこというもので、問答無用で運ばれました。当然私は暴れてでも下りようとしたんですよ?はじめましての人にいきなりそんなことされて普通でいられる人なんていないと思うのだけど……カルマくんに暴れたら投げ捨てると言われたので大人しく捕まってるしかなかったのです。

水色の彼……渚くんはそんな私を見て苦笑いでついてくるだけで、私に味方はいないのだと察しました。一応表へ出る前には下ろしてもらえたので安心したけど……落としていた私のカバンは渚くんが拾っておいてくれたみたいで、カルマくんに下ろしてもらってから受け取りました、ありがとございます。

そして現在、せっかくだからと二人に誘われ、某ファストフード店へ入りそれぞれ注文し、席についたところです。私はオレンジジュースとポテト、渚くんはコーラとハンバーガー、カルマくんはイチゴ煮オレシェイクとハンバーガーにポテト…だんだん種類が増えてるのがおもしろい。席は私が一人、正面に渚くんとカルマくんが並んで座りました。

そこでやらかしたのが冒頭のやりとり……改めてお礼しなくちゃ、と思って私が勢い付けてお辞儀をしすぎたせいか、気づいたらトレーの上のオレンジジュースを見事にひっくり返してました、という。ポテトは水没するし、カルマくんは笑い転げてるし……前言撤回します。渚くん、さっきは味方じゃないとか言ってごめんなさい…今、唯一の味方です…!

 

「うぅ、ごめんなさい……いつもは家でしかこんなドジしないのに…」

 

「むしろ家ではするの!?」

 

「あははははっ、は、腹痛い……っ!!」

 

置いてあった台拭きとか紙ナフキンとかで一緒に拭いてくれる渚くんと、笑いながらも手伝ってくれたカルマくんのおかげで、被害は奇跡的に私のトレーの上だけでおさまった。なんとかこぼしたジュースを片付けたところで、新しいジュースを買うのももったいないからとセルフの水をとってきてくれた渚くんはすごく優しい。ありがたく頂くことにして、残る水没ポテトはもったいないから食べるしかない……その頃にはカルマくんの笑いもなんとか落ち着いたみたいで、笑いすぎたせいで出たらしい涙を拭っていた。

 

「あー…、笑った。おもしろいね、アミサちゃん」

 

「……笑いすぎです」

 

「くくっ、ごめんって」

 

「はは……そういえば、真尾さんは何組なの?会ったことないし……同じクラスじゃ無いよね?」

 

「あ、えっと、私のことはアミサでいいよ。カルマくんもいつの間にかそう呼んでくれてるし…。クラスだよね、私はB組だよ」

 

「あ、ありがと…。そうなんだ……僕とカルマくんはD組だよ」

 

「……二人とも一緒のクラスなんだ……いいなぁ」

 

同じクラス…道理で仲がいいはずだ。椚ヶ丘のクラス分けはA組だけ特進クラスであとのB組~D組は横並びだったはず……だからといって、クラス内の学力差別とかがないわけじゃないのだけど。その環境の中でも仲が良さそうでとても羨ましい。

第一印象では正反対の二人かもって思っちゃったけど、案外それがいいのかもしれない。喧嘩が強くて勝手気ままで、それでいて真っ直ぐなカルマくんに、穏やかで警戒心を与えないような、小動物のような渚くんの組み合わせ……まだ出会って少ししか経ってないから私のイメージでしかないけど、とにかく、そんな二人が羨ましかった。

そんなことを思っていれば、ゴソゴソと何かを取り出したカルマくんと私の目が合い、ニヤリと……あれ、なんだろう……今、悪魔の笑みを見た気がする。

 

「B組っていってもさぁ、アミサちゃんはA組に入れるくらいの学力じゃん?……ほら」

 

「ううん、私はそんなこと…、………え゛」

 

「国語88、英語95、数学97、理科60、社会84。合計424点……理科が足引っ張ってる感じ?」

 

「な、なんで…私のテスト…あ!?」

 

カルマくんがさらっと取り出したのは、今日返却された私のテスト結果だった。不良に追いかけられた時、手に持っていたからどこかで落としたのだろうとは思ってたけど、まさかカルマくんが手に入れていたとは……それ、個人情報です!

慌てて立ち上がって取り返そうと手を伸ばしたけれど、カルマくんまで立ち上がってしかも手を上にあげて遠ざけられてしまった……机を挟んでるし、私はチビなので届くわけがありません。諦めて椅子に座り直せばカルマくんの隣に座ってる渚くんまで私たちの攻防に呆れながらもしっかり覗き込んでるし……うぅ、カルマくんの頭に悪魔の角が見えるよぉ…

 

「うわぁ、アミサちゃん、高得点ばっかり。勉強頑張ったんでしょ?」

 

「…え…ぁ……、家ではそうだけど……どう、なのかな……私、あんまりあの学校の中ではやる気になれなくて…」

 

「へ?」

 

「なんで?」

 

「が、頑張ってる二人を相手に言うことじゃないんだけど……私、あんまり好きになれないの、中学校(あそこ)E組()へ落ちないために、みんな勉強ばかりしていて。それは、いいことのはずなんだけど…自分より下の成績の人は見下して、上の人には媚を売って……だから…その…誰も人を人として見ていない気がして…。私は、もっと自由になりたい。…成績はそれについてくる形でいいのにな、って……」

 

だんだん小さくなっていく私の声。私の意思をこうやって人に話すのは随分久しぶりなことだったし、これが正しいことを言っているのかがだんだん分からなくもなってきて、自信がなくなってきてしまったからだと思う。

だって、こんなことを考えるのは椚ヶ丘中学校(あそこ)に通う生徒としておかしな事なんでしょう?それに絶対同じ学校の生徒である二人にも失礼なことを言っていると思う。

唖然とした表情をした正面に座る二人の顔を見て、やってしまったと思った。だから慌てて、「入学して半年で何言ってるんだって感じだけどね」、と二人に笑って見せた。……ほんと、何言ってるんだろう、私。みんなそれが当たり前なんだから、それが正しいのに。こんな私みたいな異分子なんて迷惑でしかないのに。

 

「…んー…そーかな?俺はいいと思うけどね」

 

「……え」

 

「だって俺、しょっちゅうサボってるもん。分かってるものをやる必要なくね?先生は俺が正しいっていつも言ってるからさ……自分が正しいと思ったことをして何がいけないの?上手に力抜いてやりたいことはやればいいんじゃね?」

 

「サボりはいいことじゃないと思うけどね……でも、僕も悪いものじゃないと思うよ、アミサちゃんの考え方。自由に、勝手気ままでもいいんじゃないかな?僕はそういうの、憧れる」

 

カルマくんに続いて、渚くんにも肯定された。

私だけだと思っていたのに。

……そう、なのかな。

私も自分の思う通りにしていても、いいのかな。

 

 

「それよりさー、ずっと気になってたことがあんだよね。……アミサちゃん、髪長くね?」

 

「……渚くんも、長いよ?」

 

「ぼ、僕は…その、家の方針だから……っていうか、アミサちゃんのはそれ以上でしょ!」

 

 

………でも、

 

 

「そうなんだ、家の方針……うん、私もそんな感じ、かな。私の一族…ううん、家業を継ぐことになったら髪をバッサリ切って示すの。お姉ちゃんもそうだったし、私も小さい頃からそう言い聞かせられてきたから…でもまだ、決心つかなくて。いつの間にか、こんな長さに…」

 

「へー、お姉さんがいるんだね」

 

「うん、…自慢の、お姉ちゃん。すごく綺麗でスタイル抜群で、…私の目標なの」

 

 

私には、決められた道があるから……意味を見いだせないままだけど、それが運命だから、これでいいの。

 

 

「ふーん…」

 

「聞いといて、全然興味無さそうだね…カルマくん」

 

「だって…ねぇ?」

 

──あんな諦めたような顔してるのをみたら、さ。

そんなカルマくんの呟きと渚くんの会話なんて、そっちを見ないで俯いていた私には全く気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚くんとカルマくんに出会った日の次の日。

今日も〝いつも〟と変わらない日常が来るのだろう。上辺だけのクラスメイトとお話して、進学校らしい授業を受けて、部活のある人は部活に出て、あとは勉強、勉強、勉強……。

息がつまる午前中を過ごして、お昼の休憩時間。この時間も勉強に励む人がいるし、それを見たくない私は視界に入れなくてもいい場所にご飯を食べに行こうと4時間目の授業道具を急いで片付けていく。お昼休みが終われば、また難しい授業だ。中高一貫校の椚ヶ丘中学校は、どんどん授業が進んでいく……とくに、国語と英語、数学はとても進むのが早い。それに備えて休息を取らなくては、私は絶対に身が持たない。そんな気持ちでいた私は知るはずもなかった。

……私の知っている〝いつも〟はここまでだということに。

 

──────ガラッ

 

「アミサちゃん、いる〜?」

「!」

 

なんで、ここにいるの?

 

「……カルマくん?」

 

「お、いたいた〜」

 

「僕もいるよ」

 

「…渚くんも…どうしたの?B組(こっち)に来て…」

 

急にB組の扉を開けたのは昨日の二人。周りでは他クラスの二人が、昨日までは関わりがなかった私を探して近付いて来るのを見て何やらひそひそ話している。

なんだろうって思いながら首をかしげていると、二人して顔を見合わせてにっこり笑ったかと思えば、私に向かって何かを突き出した。

 

「一緒にご飯食べようと思って!」

「一緒に昼飯食おうと思って!」

 

カルマくんは、菓子パンとか紙パックのジュースが入ったコンビニ袋。

渚くんは、お弁当の包みと水筒。

 

 

……お姉ちゃん。

もしかしたら私、生まれて初めてのお友達ができたかも知れません。

 

 




「へぇ、弁当おいしそーじゃん。手作り?」
「私、一人暮らしみたいなものだから……楽しいよ、作るの」
「すごいね」
「……あの、」
「なーに?」
「どうしたの?」
「……その、急に来たから、ビックリしちゃった…」
「……言い出しっぺはカルマくんだよ」
「え…?」
「ちょ、渚くん、それ言わないでよ(恥ずかしい)」


++++++++++++++++++++

急速にネタがふってきたので、急いで書き上げました。
別名、初めてのお友達ができる時間(長い)

オリ主は気を張り続けていれば外見優等生ですが、気が抜ける家では物を落としたりぶつかったり転んだりとドジを踏みまくっています。

あとクロスオーバー先の暗殺者は一子相伝が公式ですがここでは姉妹二人ともに技術が継がれています。


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放課後の時間

 

お昼ご飯を一緒に食べた日。

その日一日の授業が全部終わって帰ろうとした時、B組に渚くんとカルマくんがまた顔を出しに来てくれた。なんでも昨日の今日で私一人で帰すのが心配だから一緒に帰ろうとお誘いに来てくれたらしくて……最初は仲のいい二人の邪魔をしたくなくて断ろうとしたのだけど、渚くんにはものすごく心配され、カルマくんには遠まわしな心配の言葉と「それでも来ないならはここから家まで担いでいく」とまで言われてしまい、お言葉に甘えて送ってもらうことになりました。その帰り道で、二人と家の方向が同じことが分かり、それからは甘えて一緒に下校、たまに一緒に登校することもあります。

私はたまに様子を見に来てくれる家族はいるけどほとんど一人暮らしな上、家族以外と過ごしたことがないせいかかなりの世間知らずで……寄り道も、子どもらしい遊びも何一つやったことがないし、分からない。出会った日に入ったファストフード店ですら、家族といった日以来だった。カルマくんが帰りに移動販売のクレープを食べに行こうと言い出した時にそのことを伝えると、それを知った二人はとても驚いていて(当たり前だけど)、じゃあこれから帰り道は私の勉強会だと色々なところへ連れていってくれて、私は友達と一緒に遊ぶ楽しさを教えてもらった。……友達と一緒にいるって言うのはこんなに楽しいことなんだ。

クレープやアイスを食べに駅前まで行ってみたり、本屋さんで過ごしてみたりゲームセンターというところで二人の対戦を眺めたり……今日はというと、

 

「かわいい……動物さんのぬいぐるみがいっぱい…!」

 

小さな小物や動物のぬいぐるみなどを取り扱っている雑貨店だった。ふわふわした手触りに目がない私は、すぐにぬいぐるみのコーナーへと駆け寄る。

 

「……毎回こんなに喜んでもらえると、連れて行くかいがあるよね」

 

「なんでカルマくんセレクトって僕たち男が入りにくい店ばかりなの…」

 

「アミサちゃんが初体験するんだからさ、万人受けもいいけど女の子らしいとこの方がいいじゃん?」

 

「はぁ……アミサちゃんだって友達と行きたいとことかあるんじゃないの?最近僕達が連れ回しちゃってるけど」

 

「……私、友達って二人が初めてだから……だから、わからない、かも…」

 

ふわふわした手触りのぬいぐるみたちを触っていると聞こえた会話。そういえば二人には友達ができたことがないってこと、まだ話していなかったっけ。そう思って手に持った小さな赤毛のネコと青毛のウサギのぬいぐるみのキーホルダーを抱えながら二人の方へ向き直る。

 

「え、小学生の時はどうしてたの?」

 

「私、小学校には通ってないの。教会の日曜学校っていうところに行ってたんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「……あれ、日曜学校ってキリスト教の宗教教育だよね…日本で義務教育の小学校に通ってないって…アミサちゃんって外国育ちだったりするの?」

 

「…んー、半分当たり…かな。外国育ちなのは正解だけど、私はキリスト教じゃないの。私の生まれた国……カルバード共和国で信じられていたのは空の女神(エイドス)だから…。……あ、それとね、日曜学校では座学も学ぶの。だから小学校とあんまり変わりはないんじゃないかな…?」

 

「なるほどね〜……ところでそのぬいぐるみは?」

 

話している間、私がずっと抱え込んでいた二つのぬいぐるみについて聞かれ、二人にそっと差し出す。

 

「……なんか、二人に似てるなぁって…つい」

 

「そ、そうかな?(僕、ウサギなんだ…)」

 

「ふーん…(俺はネコねぇ…)」

 

赤毛のネコは自由気ままなカルマくん。ちょっとツリ目なとことか八重歯とか似てると思う。青毛のウサギはおだやかな渚くん。フワフワしてて、でも時には強い所がありそうだから。このお店に入ってきてから、ずっと気になっていて、ついつい近くに引き寄せてしまったのだ。

 

「……じゃあアミサちゃんのは?僕達だけじゃなくてさ」

 

「…私?」

 

「んー…これ、とか?大きさといい好きなものを抱え込むように持つとこいい、なんか似てると思うんだけど」

 

そう言ってカルマくんが差出したのはどんぐりを抱えた紺色の毛のリス。大きさって言うのは聞かなかったことにするけど渚くんも否定しないし、二人に私はこんな感じに見えてるのかな……。

結局そのぬいぐるみキーホルダーを手放さずに店内を見て回る私を見て、私が三つとも買おうとしているのに気づいたのだろう。それぞれ自分の動物を一つずつ買ってそれぞれが持つことを二人が提案し、気がついた時には二人ともレジへ向かっていた……二人は男の子だし、カバンにつけてくることはないだろうけど。私の、初めてのおそろいは動物のぬいぐるみキーホルダー…大事な宝物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、届かない……っ」

 

今日の放課後は渚くんにもカルマくんにも用事があるらしい。渚くんは部活の吹奏楽部で集まりがあって、カルマくんは私のこととは別件の喧嘩騒ぎで先生に呼ばれている。

カルマくんに関しては校内放送で呼び出されてたけど、だいじょぶかな……カルマくんは大野先生も一緒だから平気って言ってたけど……。自分のクラス以外には基本入らない私だけど、二人に呼ばれてD組へ会いに行った時、私も二人の担任である大野先生と少しお話しすることがあった。喧嘩早いけど成績優秀なカルマくんをよくわかってて、真っ直ぐ過ぎるくらいな正義感を認めてくれている先生だった。私のことも撫でてくれたんだ……その先生と一緒なのだから、きっとだいじょぶだよね。

そんなこんなですぐに済ませてくるから待っててと言われた。でも二人と出会う前までは一人で帰っていたのだから一人でも帰れるよと、そろそろ心配はないんじゃないかという意味を込めて言ってみた……けど、すぐさまダメと言われてしまったので大人しく図書室で待つことにした。……あ、居場所はメッセージアプリで伝えました。終わり次第迎えに来てくれるって。申し訳ない気持ちが強いけど、私を見て、考えてのことだからちょっと嬉しかったりする。

どうせ待つのなら何か読んでいようと思って本棚へ来たのだけど、椚ヶ丘の図書室って参考書も含めてかなり充実してるから一つ一つの本棚の背がかなり高い。私の身長は140と少しだから、少しでも上の方を取ろうと思うともう届かない。

一応読みたいものを見つけたのだけど案の定届かなくて、今、背伸びをしているところ……あと、ちょっと…!

 

「……これかい?」

 

「!?」

 

すっと、私の後ろに立ったかと思えばその人は私が苦戦していた高さの本をいとも簡単に取ってしまった。少し驚いた……この人、いつの間に近づいてきてたんだろう。それに背が高い……とりあえずは本をとってくれた彼に向き直る。オレンジがかった茶髪に紫の瞳……身長も高いイケメンさんがそこにいました。

 

「あ、……ありがとうございます」

 

「いや、気にしなくていい……君は、B組の子だね」

 

「!!……な、なんで…」

 

目の前の彼が発したのは私の所属クラス。話し方からして私と同じ学年だとは思うけど、確か少なくとも同じ一年生だけでも180人近くの生徒がいたはずだ……それなのに、私のことを知っているのはなぜ?接点だってなかったし、私自身この目の前の人のことを知らない。

私が明らかに警戒しているのがわかったのだろう、彼は一歩距離をとって話し出した。

 

「君、今回のテストで30位以内に入っていただろう?A組以外でそこに食い込む生徒は珍しいからね。だから名前を覚えていたというわけさ、それに……ほら」

 

「……あ…」

 

彼の指した物……私の履いている上靴には、小さいが名前が書いてある。それを見て彼は私の名前とクラス、顔を瞬時に一致させたということだろうか……かなり頭の回転が早い人のようだ。

 

「立ちっぱなしもなんだし、僕も相席していいかな。……少し、君と話してみたかったんだ」

 

「え、あ、……、…ど、どうぞ…」

 

言葉にないところの圧力に負け、思わず許可を出してしまった……どうやら残りの待ち時間は、この人とお話することになりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、『闇医者グレン』……医者に興味があるのかい?」

 

「いえ、えっと……おねえちゃ……姉が、集めたことがあると言っていたので、気になって」

 

「ふふ、言いやすい話し方でいいよ。ところで、僕の名前はわかって……ないみたいだね」

 

「ご、ごめんなさい……初めて会ったです…よね?」

 

『闇医者グレン』はお姉ちゃんがというか仲間の一人が集めていたと送られて来た手紙に書いてあった。だから少し興味はあったけど、まさか外国の本がこの中学校の図書室にあるとは思わなかった。……他にも『カーネリア』や『人形の騎士』を見つけたので今度来たら読もうと決めた。

ただ私のわかる話題であっても知らない相手に話を続けられては、どうしても固くなってしまう……それでも、彼は笑顔を崩していなかったから表面上は安心しているフリを続けることができた。ただ、あくまでも表面上……どうも彼は本音を隠しているように見えて、少し、怖い。

そして彼は私が名前をわかっている前提で話しかけていたらしく、わからないと答えると一瞬〝なぜ?〟という感情を出した。……むしろ、こちらがなぜ、なのだけども…どうして初めて会う人の名前を知っていると思ったのだろう?

 

「そうか。……一応、入学者代表挨拶で前に立ったから見覚えくらいはあるかと思っていたのだが………浅野学秀だ。A組に所属している」

 

「浅野くん……知ってるかもしれないけど一応私も、…B組の真尾有美紗です…よろしくお願いします。それと……本、ありがと」

 

なんと代表挨拶をした方でした。入学式にはちゃんと出席していたけど、正直全く周りを見ていなかったから記憶に残っていなかったみたい……ちょっとだけ、申しわけない。

 

「真尾さんは入学テストであまり力を出しきれなかったのか?今回のテスト結果を見る限り、A組に入っていてもおかしくないと思うが…」

 

「…どうなのかな……私、勉強って中学に入ってからだから…。入学テストはまだ何の力もついてない時にやったものだもん、少しは授業を受けたから…今回の結果になったと思う、の」

 

「そうか……もしかして、帰国子女か何かなのか?」

 

「……そんな感じだよ」

 

カルマくんと渚くんは仲良くなったから詳しく話してもいいかな、と思えたけど、彼はまだ知り合いでしかない……だから、濁して伝えることにした。むやみに情報を渡すのは良くないって聞くしね。

 

「…もっと早く出会えていれば、僕が教えてあげれたのに。A組に入れただろうに…もったいない」

 

「ふふ、でも私は今が好きだから…だいじょぶ、だよ」

 

そう、私は今に満足している。

差別化が明確になるのは中学三年生になってから。それまではみんな横並び……まだ、まだ成績で上下関係は完成していない今だからこそ、みんな対等なはずだ。

 

「自分から好き好んで下に居るとはな……」

 

「今はまだ、下とか上とかはないですから。……あってもA組か、それ以外か、ですよ。浅野くんはいかにも上に立つのが当たり前って感じ…だね」

 

「当然だ。僕は常にトップでいなくてはならない……そして全てを支配する。それこそ親を超えるほどに力をつけて、飼い慣らしてやるのさ」

 

「支配…」

 

聞いたことのある苗字だとは思っていたけど、今、ハッキリした。彼は、この中学校の理事長……浅野學峯先生の息子さんだ。たしかにどことなく面影がある気がする。そして先程感じた彼が隠している本音が垣間見た……私を〝支配〟したいと考えている、ということを。

 

「君ならもっと上がってこれる。どうだい、君さえよければ僕達の所へ来ないかい?年度内でも理事長に掛け合えば……「アミサちゃーん、終わったけど…………そいつ、誰?」……どうかな?」

 

私が本に乗せていた手に浅野くんが手を重ねる。そして何を気に入られたのか、勧誘された……ところで、先生とのお話が終わったらしいカルマくんが図書室へやって来た。私のことだから一人で過ごしているだろうと思っていたらしい彼は、一緒にいる浅野くんを見て怪訝そうな顔をしている。それはそうだよね、私だって声をかけられなければ一人で本を読んで待ってたと思うよ。

 

「……お誘いありがとう…でも、…ごめんなさい、私はカルマくんたちと一緒にいる方が心地いい、です。…だから、その誘いには乗れない」

 

「……ふん、まあいい。また機会を見て声をかけることにするよ」

 

もう一度重ねた手に軽く握り、またね、と言って浅野くんは図書室から出ていった。……一応本を手に持っているし、私に声をかけたのはついでとかだったのだろうか。

ぼーっとその後ろ姿を見ていると、パタパタと足音が響いた……どうやら浅野くんと入れ替わりで渚くんが図書室に入ってきたようだ。

 

「ごめん、遅くなっちゃったね……何かあったの?」

 

「……あれ誰なの?何なの?」

 

「何なのって……浅野学秀くん、A組の人みたい。……んと、本が取れなくて、取ってくれたの。その後、お話したいって言われて……断れなくて」

 

「アミサちゃん、小さいからね〜……、……ごめんって」

 

身長は気にしてるんだから、言ったカルマくんが悪い。無言で軽く背中を叩いておいた。持ち出した本は結局読めなかったし、借りたい訳では無いから返すことにする。本棚へ向かう途中、『闇医者グレン』は自然とカルマくんによって私の手から抜き取られた。

 

「……あとね、僕の近くに来ないかって。なんかあの人、みんなを引っ張るって言うのは嘘じゃないんだろうけど……A組以外はみんな下って感じに見てるように感じちゃった…」

 

「え……行くの?」

 

「……行かないよ、だってカルマくんと渚くんの近くが私に優しい居場所、だもん」

 

「……そっか」

 

カタン、と本が棚へ戻される。

元ある場所へ、綺麗に。

本棚の本と同じように、椚ヶ丘中学校の中にも私の〝あるべき場所〟はきっと存在するはず……今の私にとってのその場所は、きっとここなんだと心から思う。

私のカバンについたリスのキーホルダーが小さく揺れた。

 

 




「…帰ろ、カルマくん、アミサちゃん。今日は遅くなっちゃったし寄り道は無しだね」
「そうだね〜……んー、話長かった…」
「二人とも、お疲れ様でした。……………あ」
「ん?」
「どうかしたの?」
「……ううん、なんでもないよ。ただ、…嬉しいなって」
「「??」」
(渚くんが水筒を探そうとした時、カルマくんのチャックを閉めていないカバンが揺れた時。二人のカバンの中にお揃いのキーホルダーが見えたから)


++++++++++++++++++++


世間知らずのせいか、他の人に比べてどんなところでも子どものように興味を持って楽しむオリ主を見て、餌付けしている気分になっている二人の図。
……を書いていたはずなのに、気がついたら浅野くんも登場してましたし、英雄伝説での最強武器を手に入れるために収集する書物が登場しました。
※ここでは書物を集めても最強武器は手に入りません!←

原作前のエピソードはそんなに考えついてなくて、近いうちに原作時間に入っていきそうです。

もし、こんな場面も面白そう、というものがありましたらコメントや感想で教えていただけると嬉しいです。
番外編として書いていきたいと思います。

では、次回は……話が思いつかなければ中学二年生になるかと思われます。お待ち下さいませ。



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《中学二年生》
痛い時間


「……まったく……真尾はもう二年になるというのに周りとの協調性がなさすぎる!成績はいいのに馴染めていないんじゃな…」

 

「進級のクラス分けに先立ってA組(うち)の浅野が直々に声をかけたのに、あいつは突っぱねたらしい……しかも望んで下がいいと言い出したときた!」

 

「理事長が認めているとはいえ……うちの方針に背いているとしか…」

 

「いやいや……大丈夫ですよ、真尾は優しすぎるだけです。それにあいつには今、D組(うち)の赤羽がついてます。間違ったことはしないに決まっているじゃないですか」

 

「大野先生……しかし、その赤羽にこそ問題行動が多いでしょう。大目に見続けるにも限度がありませんか?」

 

「問題は確かに多いですが、……そんな生徒を守ってこその教師でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマくんと渚くんと出会ってからいつの間にか半年が過ぎていて、私たちは無事に中学二年生へ進級し……なんと今年は三人とも同じクラスになりました。今でも三人で遊んだり一緒に勉強したりして過ごしているけど、まだ椚ヶ丘市内しか〝遊ぶ〟ということをしたことがない私のために、夏休み中は少しずつ範囲を広げて遊びに行く約束をしました。水族館っていうのとかぷら…た…?えっと、星を見るところとかに連れていってくれるんだそうです……ふふ、今から楽しみです。

……進級といえば、春休み期間に浅野くんからA組への熱心な勧誘受けました。私の一年次の学年末テストの成績がカルマくんに次ぐ学年7位だったからだとか、他者と馴れ合わず上を目指す姿勢が何よりもふさわしいからだとかいろんな理由を告げられたけど、私よりも成績のいいカルマくんを呼ばないわけがわからない。それに成績がいいから必ずA組に入らなければならない、ということは無いだろうから、担任との二者面談でもA組は希望しなかった。カルマくんと渚くんと一緒にいたいっていうのもある……この勧誘のことを二人に話したらカルマくんはものすごく不機嫌になり、渚くんはそれを見て苦笑いしてた。

まあ、その呼ばれていないカルマくんはといえば、成績はいいのに喧嘩やサボりの常習犯なせいで、浅野くん曰く選ばれしものの集まりであるA組入りを逃しているらしいのだけど。

 

「……そうすれば勝てる。でさー、その時は…って、……どーしたの、アミサちゃん。さっきからなんか元気ないよね?」

 

「え、あ……っ、ご、ごめんなさい、考え事してた……」

 

放課後。

いつも通り三人で帰る途中に私の意識はどこかへ行っていたらしい。視界へ急に〝赤〟が入ってきて驚いた私は顔をあげると、学校からだいぶ離れたところまで来ていた。先程の赤が何なのか意識を戻してみればカルマくんが私の顔を覗き込んでいたようだ。というか話、全然聞けてなかった…申し訳ない…。

 

「いや、別に謝ることはないんだけど……教員室に呼ばれたあとからだよね。……なんかあった?」

 

「話して少しでも楽になるなら、僕達が聞くからさ」

 

二人とも、私の様子がおかしいと結構前から気づいていたようで、私よりも少しだけ背の高い渚くんが私の頭を撫でながら、ゆっくり促してくれる。優しくて、暖かいそれに自然と言葉が口から出てきた。

 

「……さっき、教員室で用事が終わって外に出る時に……先生達が話してること、聞いちゃったの」

 

「……なんて言ってたのか、聞いてもいい?」

 

「……〝真尾は協調性がなさすぎる〟って……〝浅野くんに誘われたのにA組入りを突っぱねた〟って。…大野先生だけ、〝カルマくんもついてるから間違いは起こさない〟〝正しい生徒を守るのが教師の役目〟って味方してくれてたけど……」

 

──大野先生しか、私のことを、生徒を見てくれてる先生はいないんだなって。

 

たしかに私は協調性はないと思う。椚ヶ丘中学校で公然とされている成績の優劣による差別……私はそれに反発して合わない人(ほぼ全員なのだけど)には全くと言っていいほど近寄らないのだから。それは周りの考えに賛同できない私のせいだけど、改めるつもりは無い。……だって改めなくても、私は私を認めてくれるカルマくんと渚くんに出会えたから。

それにA組に入るということは休む時間が無いほど勉強ばかりに追われ、更に差別をする側の中へ入る日々を送らなければならなくなる。椚ヶ丘中学校の選ばれし者と自負し、息をするように自分たちより下を認めない……そんな環境にいたら壊れてしまう自信がある。

先生方はそんな私の態度が不満なのだろう。A組の担任の先生からはことある事に「なぜA組へ来ないのか」と言われ、他の先生方には「こうしなさい」「ああしなさい」と注意されるし、扱いづらいと聞こえるように言われたこともある。私の考える『正しさ』と学校の教える『正しさ』……毎日を過ごすうちに何が良くて何が悪いのかグチャグチャになってきていた。そしてそんな毎日の中で唯一、今のままの私でいいのだと言ってくれているのが大野先生なのだ。

 

「気にしなくていいんじゃない?味方のせんせーがついてるんだから、大丈夫だって。俺も言われたもん…俺は正しい、俺が正しい限りはせんせーは俺の味方だって」

 

「大野先生は僕たちの担任だもんね。むしろ認めてくれない先生のクラスじゃなくてよかったんだよ」

 

「そーいうこと。……ほら暗いの終わり!さっさと夏休みの予定を考えようよ。さっきあげたやつの中で気になったのは?」

 

「え、……えっと……ぷら…たにうむ?っていう奴かな…お星様が部屋で見れるんでしょう?」

 

「惜しい、プラネタリウムね」

 

「じゃあついでに理科の勉強と兼ねちゃおうよ。アミサちゃん理科苦手だし」

 

さっきまで私は変わらないとやっていけないのか、受け入れなくちゃいけないのか……なんてぐちゃぐちゃ考えていたのに、いつの間にか私はまた前を向いていた。二人といれば私は下を向かなくてもいい……前を、先を見ることが出来る。……私は、二人からいろいろもらってばかりだ。私もいつか、二人に何かを返せたらな……暖かい気持ちになって、私は自然と笑顔になった。

そうして私たちはまだまだ先の夏休みを楽しみに計画を立てていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は普通の日のはずだった。

いつも通りに一日を過ごして、いつも通りに三人で校門を出て帰宅する。

ただいつもと違ったのは、渚くんに家の用事があったらしくて途中で別れたことと、二人だけで寄り道をしようと近道を通ったら、たまによくある喧嘩がカルマくんにふっかけられて「少し待ってて」と言い残したカルマくんが私から離れたこと。それと、

 

「おい、お前……いつも赤羽といる女だな」

 

いつも喧嘩には参加しない私が巻き込まれたこと、だ。

別に喧嘩自体は珍しい事じゃないし、いつもなら私はもう少し離れたところで待っている。喧嘩が起きた場所だって裏通りなのは変わらないし、人数だってそんなにいない。ただ、カルマくんが飛び込んで行った奥まった場所と私が今いる場所の間に男が立ちふさがっている。どう頑張ってもカルマくんのところへはすぐに行けそうもないし、かと言って背中を見せるのも危ない気がする……それなら、下手に逃げるよりは前を向いていた方がいいだろう。そう判断した私は少しだけチャックを開いた通学カバンを左肩にかけ直して、少しだけ後ろへ距離を取りながら目の前の男と目を合わせる。

 

「………それが、何ですか」

 

「はっ、この状況でも逃げねぇのか。流石はあいつの女なだけある」

 

「?…よく分からないのですけど……」

 

どういう意味なのだろう。

逃げたら私は一人になってしまうし、喧嘩の時に渚くんが居ないなら目の届くところにいてほしいとカルマくんから言われていることもあって逃げよ うとは考えなかったから、ここにいる。ただ、後半については全くわからない……カルマくん関係なことには間違いないのだろうけど。

 

「ほぉ……知らないふりで通すか。別にそれでもいい、ただ、お前の存在を利用させてもらう」

 

「へ……?、いっ…!痛い、離して!」

 

知らないふりも何も、本気でわからないのだけど……そう返す間もなく、背後から思い切り強い力で私の髪が掴まれた。まだ仲間がいたらしい。前だけを警戒していた私はすぐに反応出来なくて背後の存在に気が付けず、髪ごと体を掴み挙げられる……長い髪がここで仇になるとは思わなかった。私はほとんどつま先立ちになりながら髪をつかむ手を解こうと両手を伸ばすが、男の手はびくともしない。

 

「っアミサちゃん!……お前ら!」

 

「おおっと、彼女が大事なら抵抗なんてするなよ?お前は俺たちに大人しく殴られればいいんだよ」

 

そうこうしているうちにカルマくんがこっちに気がついて、一瞬驚いた表情を浮かべ……すぐにこちらへ駆けつけようとする。でも、私を掴む男がそれを許さない……要求しているのは、私の安全との引き換えで無条件で殴らせろ、というもの。なにそれ、とは思ったけど、私は安心していた。この男の人たちには悪いけど、カルマくんにとって私なんかが取引材料になるはずがない。ただの友達ってだけなんだから。

 

「私は気に、しなくていいから……っ、暴れてよ、カルマ、く……っ」

 

「…………、……いいよ、好きにすればぁ?」

 

「……!?カルマくん!?」

 

だらんと両腕を垂らし、目を閉じるカルマくん。なにを言ってるんだろう、私のことなんて気にせず続行するなり逃げるなりすればいいのに。

そして……立場の逆転した一方的なリンチが始まった。

 

「はははっ!お前のようなやつが大人しく殴られるなんて、相当この女が大切みたいだな!」

 

「ぐっ、……ってぇ…」

 

「……それにしても、待ってるだけってのもヒマだなぁ……俺はこの女で遊んでやるか…?」

 

──嫌だ。なんで。どうして。

私がいるせいで、カルマくんが抵抗出来ないの……!?それに私を掴むやつの視線に、危ないものを感じる。

早く、はやく、何か、なんでもいい、なんとかしなくちゃ、

 

『一瞬があればいい』

 

……?……なんだっけ

 

『もし何かあって俺が動けなくなったって、一瞬でも視線が外れて隙ができればいい。……そうすれば勝てる』

 

……これ、前にカルマくんが話してたことだ。なんだ、やれることがあるじゃないか……一瞬の隙、それを私が作ればいい。

少し落ち着けた私は自分を確認する。

両腕……動く。

両足……無理、なんとか体支えるので精一杯。

体……掴まれてるのは髪だから、それ以外なら。

左肩のカバンが目に入る……、……思い付いた、これで行こう。

『静かに、忍んで不意を打つ搦手』は、私の十八番だ。

左手は髪を掴む手を解こうと上へ伸ばしたまま、右手は……通学カバンの中へ、静かに、自然に……

 

「……ねぇ、」

 

「あ?」

 

「掴むんだったら、髪だけにしない方が良かったね?」

 

「お前、何を言って……」

 

「……カルマ!」

 

「…っ、?…アミサちゃ…!何考えて!?」

 

あなたなら、わかってくれるって信じてるよ。

 

────ジャキン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カルマくん……!」

 

慌てて地面に座り込むカルマくんへと駆け寄る。彼の口の端は切れてるし、ほっぺたとかは打撲で真っ赤になっているのを見て、涙が出てきた。私のせいだ、私が捕まったりなんかしたせいだ。

 

「なんで、そんな無茶したのさ……髪、切っちゃうなんて」

 

ほんと決めたらまっすぐだね。

真っ直ぐなのも無茶したのはカルマくんの方でしょ、なんて言えなかった。

──あの瞬間、私は迷いなく掴まれていた自分の髪を、筆箱に入れていたハサミで切断した。

いきなり人質にしていた()がその手から消え、掴んでいた男もカルマくんを殴っていた男も私へ視線が集まる。カルマくんには、これが私の作った隙だとすぐに分かったのだろう……その一瞬で体制を立て直して、残りをすぐさまのしてしまった。

 

「……あの時、掴まれてたのは髪だけだったから。一瞬でも私に視線を集めるなら、それが手っ取り早いかと思って……。…それより、も……ごめん、なさい……私が迷惑かけちゃった……カルマくんがしなくていい怪我、いっぱい……っ!」

 

あとからあとから涙が出てきて止まらない。私はどこも痛くないのに、痛いのはカルマくんなのに。

 

「………泣かないでよ」

 

………気がついたら、カルマくんの腕の中にいた……抱きしめられていた。

 

「ごめん、俺が離れたのもいけなかったんだ。今日は渚くんもいないし、一人にした俺も悪いよ……それに、アミサちゃんの機転があったから、あいつら追っ払えたんだ……ありがと、助かった」

 

ポン、ポン、と一定のリズムで叩かれる背中。不謹慎だけどあたたかくて安心するそれに、私は余計に涙が止まらなくなる。

私は目の前のカルマくんに縋り付いて、しばらく顔を上げることが出来なかった。

 

 




「…髪、もったいないなー……」
「……」
「……長いの、俺、結構好きだったのに……そろえなきゃね」
「………」
「………なんか言って」
「………ぐすっ、ごめんなさい、まだ顔上げれない…」
(今、絶対ひどい顔してるから。……見せたくないのは、なんでだろ)
(そろそろ恥ずくなってきたんだけど……)
※まだ抱きしめたままでした

++++++++++++++++++++

(心が)痛い時間でした。
オリ主、(不可抗力で)髪を切りました。
なんか、後半甘くなっているような……オリ主はまだなんにも分かってません。
カルマも何も言いません。でもきっと、渚はすべてを悟っている。
2年生はあと、少しでおしまいです。



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堕ちる時間

後半はカルマsideになります。原作のあのシーン。
暗いです。少しだけ、閲覧注意かもです。


私が髪をバッサリ切ってしまったあの事件のあと、なんとか落ち着いた私はカルマくんに連れられて表通りへ戻った。手元も何も見ないで髪を切っちゃったから、きっと今はバサバサになっているだろう……今はよくても、流石に整えなければ学校に行けない。カルマくんは分かれ道までずっと自分が責任もって整えるから、って言ってくれてたけど、流石に申し訳なくて断った(それでも最後まで残念そうに私の髪を触っていたけど)。

そして、今日。

昨日と違って軽い頭で学校へ行くと、クラスメイトの何人かでまだ話す部類に入る子達に「ここまでバッサリ切るなんて失恋でもしたのか」とすごく聞かれたけど、失恋も何も恋をした事ありません。……そう答えたら、みんな残念そうというか、かわいそうというか…とにかく複雑な顔をして目をそらしていました。……何か、答えを間違えてしまったのでしょうか…?でも、いくら考えても答えは出ないので置いておくことにします。

 

「……それにしても、本当バッサリいったね…」

 

昨日の一部始終を見ていない渚くんは、私の髪を伸ばす意味を知っていることもあって「何があったの!?」と朝一番で詰め寄って来て少しびっくりした。だから渚くんには何があったのかを話すと、最初はカルマくん同様怒られて……それでも今の髪型も似合ってると褒めてもらえたんだ。

今の髪型は、長さを肩口までに揃えてハーフアップを左に持っていき、お姉ちゃんとお揃いの紙紐で留めている。

…………ちなみにカルマくんは私の短くなった髪をいまだに残念そうにしていて、短くなった後ろ髪をずっといじっていたりする。……切った本人よりも残念そうってなんなんだろう……。自分のせいでって考えてないよね?私が決めたんだから、カルマくんのせいでも何でもないのに。

 

「でも、……よかったの?確かアミサちゃんの家って、髪を切ったら……」

 

「……家業を継ぐ決意、ね…実はもう切ってもいい頃合ではあったの。小さい頃……それこそ物心ついた頃から継ぐこと自体は決まっていて、あとは私の心次第……きっかけが欲しかっただけだから。ある意味ちょうどよかったんだよ?」

 

確かお姉ちゃんも私くらいの時に、いつの間にか決意してたな。それで私以上に当たり前って感じに道を進んで行ってた……といっても今は自分の在り処をみつけて、毎日頑張ってるみたいだけど。

 

「だから、カルマくんのせいとか私、全然思ってないからね?」

 

「……べっつに〜。そんなん思ってないし」

 

じゃあそろそろアミサちゃんの髪いじるのやめなよ、と渚くんに言われて、カルマくんはハッとしたように私の髪をいじる自分の指を見て…………渚くんの背中を音が出るくらい思い切り叩いていた。

渚くんは痛がりながら、ボソリと「無意識だったんだね…」って呟いてた。……無意識だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カルマってのはてめぇか。よくも人の連れ、ボコってくれたな」

 

三人で歩く帰り道。

それが起きたのは突然のことではあるけど、もう今更ってくらい良くあること(喧嘩)。いつか分からない……もしくは私と渚くんが一緒にいなかった時にカルマくんがした喧嘩の相手と思われる男の二人組が前からやってきたのだ。

カルマくんは喧嘩早いけど、自分から好き好んで仕掛けているわけじゃない。カルマくんは自分の考えている『正しさ』に真っ直ぐなだけで、それから外れているのを見つければ見て見ぬ振りをせず、カルマくん自身の持つ強い力を奮って自分の手を汚(喧嘩)している。カルマくんは強いから毎回カルマくんの一方的なリンチになって……相手は納得いかないんだろう、いわゆるお礼参りという奴で、相手の方からよく絡んでくる。……今日は仲間を連れたそれだったみたいだ。

 

「え、知らねぇし。先に因縁つけてきたのはそいつだよ」

 

「嘘つけ!こいつが言うには…」

 

「よっ」

 

カルマくんが、カバンを真上に投げる。

男たちがそれを見て、一瞬の隙ができる。

目を戻した時にはもう遅い……そこからはカルマくんの独断場だ。

 

「聞こえなーい。なんつったの?もう一回言ってよ!ほら、ほら!」

 

渚くんがカルマくんのカバンをキャッチすると、その目線をカルマくんの方へと向けた……。私から見る限り、渚くんはカルマくんに対して怖がっている様子はないと思う、けど、なんだろう……この目は、何かを諦めてしまっているような……。

私はといえば、もう下手に巻き込まれてカルマくんの迷惑になりたくないから、渚くんと一緒にいて舞台へは上がらない。ただ、怪我をしていないか……それだけを見守っている。

そして今日もカルマくんの圧勝で喧嘩は幕を閉じる。私はまずカルマくんに駆け寄り、力を奮っていた彼の手を確認する……よかった、強く殴っていたから赤くなってはいるけど怪我はしていないみたい……。カルマくんが大人しく手を見せてくれているのは、聞き出した渚くん曰く、あの日のことがあって、見せないと私が納得出来ないと分かっているから、だそうだ。その間に適当に投げ出されている男たちを渚くんが壁際まで引きずって(……誤解がないように言っておくけど、別に害を与えようとして引きずっているわけじゃない。単に力と身長が足りなくて引きずるしかないだけだ)、道の脇に寄せて軽くハンカチで血を拭ってやっている。カルマくんは相手がふっかけてきた喧嘩を買っただけだし、そんな奴にこんなに丁寧に対応しなくてもいいって言うけど、そのまま放置っていうのはなんとなく良心が咎める。……喧嘩を止めない私が言うことじゃないんだろうけど。

 

「……ねぇ、いつも俺が喧嘩してるとき、渚くんって離れたとこで見てるよね……俺が言うのもあれだけどさ、こーゆーことが起きたらどうすんの?喧嘩とかしないの?」

 

「僕が喧嘩?怖いから、多分一生できないよ……まぁ、やらなきゃ死ぬってんなら別だけど……」

 

……あぁ、あの日、私が感じた通りだったんだ。二人はやっぱり似ていない。

……でも、本質は似ている。

カルマくんは目に見える〝力〟

渚くんは多分…自分でも気づいてない〝力〟

渚くんの、目に見えないそれは相手が警戒しなくて済む……でも油断出来ない何かなんだろう。どちらかと言えば私の力に似ているそれは……何か、なんて私にだってわからないのだけど。

 

「……ふーん。……アミサちゃんは怖くないの?」

 

「……私は、怖くはないよ。でも、その……」

 

「……ごめん、無神経なこと聞いた。……忘れて」

 

「………………」

 

……私はどうかなんて、答えられるわけがなかった……二人にはあのことを伝えていないんだから。カルマくんも、渚くんも知らない……私の本当の姿。信じられる二人だからこそ、話すわけにはいかない。ここは比較的平和な日本、知られたら……ここには居られなくなる。それに、私が怖いのは自分のせいで誰かが傷つくこと。だから喧嘩自体は怖くない……故郷でもチンピラ、と呼ばれる不良グループは普通にいたし、人間より怖いものがうじゃうじゃいるのだから。

だから私は改めて決めた。

この秘密は、私が意味を見つける時までは誰にも明かさない。もしかしたら永遠に明かさないままかもしれない、でも、それならそれでいいと。

 

 

……この日を境に、カルマくんと渚くんが少しずつ離れ始めたのを感じた。全く関わりがなくなったわけじゃないけど、今までとを比べるとどこか遠い。

私はそれに気づいていたけど、止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマくんと渚くん……表面上はかわりないように見える二人の間が日に日に広がっているのを見ているしかなかった。今まで私が知っている限り、いつも一緒に勉強して……一緒にご飯を食べて……一緒に遊んでいたと思う。今でも話すことには話しているみたいだけど、長い時間を一緒に過ごす姿を全然見なくなった……そう、まるでただのクラスメイトに戻ったかのように。

渚くんは一歩引いてどこか諦めているように見えるし、カルマくんは、何かを警戒してる。お互いがお互いの中へ踏み込みきれずに、留まってしまっているような……

反面、私が一緒にいる時間は変わってないと思う。カルマくんとも、渚くんとも一緒に過ごしているし……帰りだって……あれ、それでも三人が揃ってる日が、ほとんどないや。

……私、まだ知らないことがいっぱいあるんだよ。教えて欲しいことだっていっぱいあるのに……なにより私はまだ、二人に何も返せてない。

今日も私は、二人を見ていることしか出来ずに一日が終わっていた……部活もないし、もう下校するだけだ。最近私はどちらかと一緒に帰るか、一人で帰る日が多くなってきた。今日は一人で帰る日……あの日、三人で買ったキーホルダーへ目を落とす。おそろいが嬉しくて、ずっとカバンで揺れているそれを見て少しだけ泣きそうになった。

 

「……キミはあの時から何も変わらないのにね」

 

軽く撫でて、顔をあげる。私もいつか、離れなくちゃいけない日が来るのかな……でも、離れられる?ずっと一人ぼっちだとばかり思っていた私が見つけた居場所、そこは離れ難いくらい居心地が良くて……彼らも受け入れてくれるから余計に。そこを離れて、私は私でいられるの?

 

と、その時

 

────!

 

「………?」

 

……今、なんか聞こえた。こういう時はたいてい彼が関わってる。一人の時に危なそうなところへ絶対行くなと言われていたことも忘れて、私は引き寄せられるようにその物音が聞こえた通りへ近づいて覗き込んでいた。

はたしてそこには、ほぼ想像通りの光景が広がっていた……ただ、思っていたのと違ったのは登場人物。

制服を着た、多分の椚ヶ丘の男の先輩とその相手の頭を掴んで壁に押し付けるカルマくん……それともう一人、呆然とその様子を見ながら座り込む椚ヶ丘中学校の男の人。座り込んでるとはいえ意識はあるようだし、カルマくんが相手にしたならもっと……凄いはず、……この表現しかできないのだけどそんな様子もなさそうだ。ということは、カルマくんはこの人を助けに入ったんだろう。

 

「大丈夫?先輩。……3ーE……あのE組?大変だね、そんなことで因縁つけられて。ん?俺が正しいよ?いじめられてた先輩助けて、何が悪いの?」

 

「そうですよ……怪我、だいじょぶですか…?これ、使ってください」

 

「!……アミサちゃん」

 

ほら、やっぱりカルマくんは人助けのためだったんだ。迷わず私はうずくまっている先輩へ近寄り、ハンカチを渡す。呆然としていた先輩は最初、ハンカチと私の顔を行ったり来たりとして困った顔をしていたけど、私がハンカチを濡らした方がいいかと思って水筒の水を取り出そうとしていたら慌てて受け取ってくれた。

 

「ありがとう……でも、よかったのかい?僕は……」

 

「……カルマくんも言ってました。いじめられている人を助けて、何が悪いんですか?」

 

「でも、僕はE組だから……」

 

「……私、いつも疑問でした。なんでE組はダメなんですか?いじめられて当然、なんて人はどこにも居ないです。なのに、それも知らずに同じ人を見下して優越感に浸る……かわいそうな人」

 

「…………」

 

「……本ト、かわいそーだよね……アミサちゃん、帰ろー。送るよ」

 

「あ、うん!」

 

「あ、あの、ハンカチ…!」

 

「あげます。……負けないで下さいね、先輩!」

 

先輩に笑顔を向けて、私たちは帰路についた。

このあと起こることなんて、考えてもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あいつら、覚えておけよ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、学校が終わり放課後……帰ろうと準備をしていた時だ。

 

【2年D組、赤羽業君、真尾有美紗さん……教員室、大野の所へ来てください。繰り返します、2年D組、……】

 

「?なんだろ……」

 

「アミサちゃん」

 

「あ、カルマくん。……呼ばれた、よね?」

 

「だね〜……一緒に行こっか」

 

そうして二人で教員室へ向かう……廊下では隣に並んで歩いていたけど、二人して無言だった。なんで呼ばれたんだろう、なんにも思いつかないんだけど……もしかして、何か提出物とかに不備があったとか?

そんな風に私は軽く考えていた。実際は全然軽いものじゃなかったのに。

 

「……来たか」

 

「あれ、昨日の先輩じゃん」

 

「あ、あの……大野先生、何か、御用でしょうか……?」

 

待っていたのは私たちの担任の大野先生と、昨日カルマくんにやられていた先輩……が、包帯だらけで松葉杖をつき、大野先生の隣に立っていた。そこで察した……話の内容はコレだ、と。

 

「……昨日の事は彼から一通り聞いた。お前たちがその場にいたらしいな……だから一応話を聞こうと思ってな」

 

「昨日……?あぁ、先輩がE組の先輩を一方的にいじめてたやつね。いじめっていけないことじゃん。だから俺が止めに入ったんだよ……どこから見たって悪いことはしてない先輩をリンチしてたんだからさ」

 

そうだよ、確かにちょっと怪我をさせすぎてるとは思うけど、一方的なリンチをカルマくんが止めただけ。カルマくんが『正しい』ことを話してるんだから、大野先生だって味方に……

 

「……いいや赤羽。どう見てもお前が悪い!」

 

「……えっ」

 

…………せんせー?……なに、いってるの?

 

「頭おかしいのかお前!三年トップの優等生に怪我を負わすとはどういうことだ!……お前もだ、真尾!その場に居たのになぜ止めない!?しかもE組には手を貸しておきながら、こいつには〝かわいそう〟だとかぬかしたらしいな!何を考えてるんだ!」

 

「え、待ってよ先生……」

 

「いじめられて当然の人なんていません、いじめられる人が悪いなんてこともない。だから、私はE組の先輩を助けたんです……同じヒトを見下しているようなヒトがかわいそうでないなら、なんなんですか…?」

 

「何を言ってる、E組に落ちたヤツが悪いに決まってるだろう。自業自得だし、全てそっちに原因があるんだ!お前らはE組なんぞの肩を持って、未来あるものを傷つけた。……彼の受験に影響が出たら、……俺の責任になるんだぞ!?」

 

……マモルべきとかいっといテ、そんなこト、いっちゃうンだ……

 

 

あれ、こレ、ダレだっけ…

 

「お前らは成績だけは優秀(正し)かった。だからいつも庇ってやったのに。俺の経歴に傷がつくなら、話は別だ」

 

 

めノまえで、はなしテるノハ……ナニ?

 

 

「俺のほうでお前たちの転級を申し出た。真尾は自分の言葉を改めて反省すれば撤回してやるつもりだったがな……おめでとう赤羽、真尾。君たちも3年からE組行きだ!」

 

 

 

シンジテタノニ

 

 

 

 

 

────そこから、記憶が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

sideカルマ

 

アミサちゃんの様子がどこかおかしくなっていくのは分かっていた。

……途中から俺も。

──そいつに絶望したら、俺にとって……そいつは死んだと同じだ。

死体は要らないもの、なら、その死体の処理をして何が悪い?

両手を握りしめた時、フッと、周りの音が消えた気がした。

 

「ひぃっ!?……あ、…ぁ、あ……!」

 

……声を上げたのは目の前の死体(先生)。ガタガタと体を震わせて、声にならない言葉を発している。その視線の先には……

 

「……………」

 

アミサちゃん。

両の目の瞳孔が開き、金色に鈍く光ったような気がした。

何の言葉も発せず、ただ、見つめただけで死体を自分の支配下に置いた。死体は動かない、動けない。……俺もそろそろ限界だ。

 

…………気がついたら、死体の周囲を破壊し尽くしていた。

少しだけ、肩で息をする…もう、ここにいる意味は無い。どうせここまで暴れたんだ、停学でもくらうだろう。……別に、どうでもいいけど。

ふと、隣にあった気配が見えなくなった。

あれ、アミサちゃんは…?

 

「……イラナイ」

 

ポツリと呟かれたその言葉。

それを聞いた瞬間、俺は手を伸ばしていた。

 

「やめなよ」

 

間に合った。

移動したことが全くわからないほどのスピードを、ギリギリで掴んだアミサちゃんの手には元々机の上にあったのだろう……鉛筆が。その先端は……死体の喉元に。あと一歩遅ければ、それは……。

 

「…………」

 

「そいつはもうイイじゃん。既に死んでる死体をさらにいたぶる必要なんて、無いでしょ?」

 

全く俺に視線を合わせようとしないアミサちゃんは、少しの間そのままだったけど、ゆっくりと鉛筆を手放し……体の力が抜けたように倒れ込んだ。

慌てて抱き止めれば、気を失っていた。

そのまま抱き抱えて教員室を出る。

周りは静まり返っていた。

 

 

あーあ、生きてても死んじゃうんだ。

はじめて知ったよ、そんなコト。

 

 

 

 




……二人とも停学か…期間は……3年が始まって1週間後まで、か。
……まぁ、いいや。
どーせ、2年の範囲はもう終わってるし。

3年になったらE組確定
俺たち二人は、同じクラス確定
……さて、渚くんはどうなるのかな。

「…………、」
「あ、起きた?」
「………カルマ、くん?」
「うん」
「……ここ、どこ?」
「俺の家。気を失ってたし、どうせ家で一人なら同じだから、連れてきた」
「……カルマくん、…いなく、ならない?…もう、信じるの、やだよ……」
「……うん」

あーあ、こわれちゃった、オヒメサマ。

++++++++++++++++++++

暗殺教室の小説を書くと決めてから、書きたかったシーンの一つです。完全に作者の独断と偏見で書きました。
原作では回想として出てくる場面ですが、ここの小説は過去話から始めているので時系列順に並べて書いてみました。
カルマが絡む話を書くと、渚をいじるかケンカしてるシーンしか書けなくてどうしようもなかったです。一応普通に中学生してる場面もありましたよ?(カットしましたが。書いた方が面白いのでしょうか…?)

次から原作軸へ入ります。

堕ちる時間
いったい何が堕ちたのか


(このままではないので、ご安心ください)



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《中学三年生》【第一部】
備える時間


まっくらになった

 

ぜんぶキョゼツするようなクロ

 

なにもオトがきこえない

 

……メのオクがいたい

 

ニンゲンだったモノが、まっくろにそまる

 

…コワい

 

………コワいモノはもう、

 

 

 

……イラナイ。

(コワシチャオウ)

 

 

その時、私の手に何かが触れた。温かくて、私よりも大きくて、包み込む何か。

 

「やめなよ」

 

その言葉だけは、ハッキリ聞こえた。

あぁ、ぐちゃぐちゃな世界でもこの声は分かる。真っ暗で何もわからない中でも、色がついて見える。

 

また、まっくらになる。

でも、今度は、あたたかい、黒。

明るくて、包み込む、

……ここなら、私はコワくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ましたら、知らない天井が見えた。

何か、不思議な夢を見た気がする……全部真っ黒でそれ以上暗くなれないはずの世界が、もっと気持ちの悪いグチャグチャしたモノに染まっていく……そう思っていたら急に、あたたかくて、ふわっとしてて、これは絶対にだいじょぶだって思える何かに包まれたんだ。そこで目が覚めた。

数回瞬きをして、周りを見ようと軽く首を動かしていたら、

 

「あ、起きた?」

 

カルマくんがいた。

……………あれ、ここはどこ?

聞いてみたらここはカルマくんの家で、私はあの後気を失っていたらしい。教員室で、……あれ、アレはなんだっけ?……まぁいいや、確か裏切られたんだよ、ね……その時くらいから何も覚えていないことをカルマくんに伝えると、覚えていないなら思い出さなくていいって言われた。

ただ唯一聞かされたのは、目を使って相手を抑えていたという事と、カルマくんでも気付けないようなスピードで襲いかかっていたという事。目で抑えた、と言われると1つだけ思い当たる節がある。それはお姉ちゃんの知り合いの人が使うクラフト……ヨシュアさんが使っていた『魔眼』だ。相手のことを目を使って抑え、動きを止めるクラフトだったと思う……でも私はそれを持っていないから、無意識で使った…?

スピードについては心当たりがありすぎる。確実に本来の『私』の力を使ってしまっていた。

 

「…目は、多分、魔眼っていうもの…だと思う。故郷の方で、知り合いのお兄さんがおんなじようなことが出来るの。スピード……は、……ごめんなさい、まだ、言えない…言いたく、ない」

 

「……いーよ。俺はアミサちゃんが実は強いってことが分かっただけでじゅーぶん。だから俺の喧嘩見てても怖くなかったんだ?」

 

「……うん」

 

まだ、言えない。

私の力を隠していた。

そんな秘密でいっぱいの私の一部を目の前で見た当事者なのに、教えないなんて酷いことをしているはずなのに、カルマくんは笑って頭を撫でてくれた。……夢の中で見た、唯一の色になんだか似ている気がした。

 

「ん、よし……じゃあ、これからの事を話すよ。まず、学校について……俺らは停学、……まぁ理由は暴力沙汰だね。期間は1ヶ月……3年が始まって一週間後までで、その日からE組へ入ることになってる」

 

「……停学、……E組?」

 

「そー。アミサちゃんなら平気でしょ?確か2年の範囲は全部終わってるんじゃ……いや、むしろ3年の範囲に少し入ってたりしない?」

 

「………うん、少し、やった」

 

「なら問題ないね、学校で通う場所がちょっと変わるくらいだ」

 

問題ない、……確かに。ついていけるのだから気にすることはないんだろう。学校へ行かないから学力が落ちて今より最悪なことに……は、ならないみたいだ。それにそれくらいなら家でもやれる。

 

「じゃあ、停学期間中は、ひさしぶりの勉強会だね」

 

「……え、」

 

「行きたいんでしょ?プラネタリウム。それに時間はいっぱいあるんだし……色々教えてよ、アミサちゃんの話せることでいいからさ」

 

それは、彼らが離れはじめてから果たされることがなかった、夏休みの約束だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

停学になったとはいえ、別に自宅謹慎になったわけではないから、問題さえ起こさなければ自由だ。私はといえば、もともと一人では全然外出しない毎日だったし停学期間中は家にこもろうかと思っていたくらいだ。

それを言ったらカルマくんに、家族も呼べずに家で一人になるくらいならしばらくカルマくんの家に泊まることを提案され、……少し迷ったけど受けることにした。お邪魔していいのかなとか、迷惑じゃないのかな、とか色々考えたけど、なにより私は今一人になるのがどうしても怖くて仕方がなかったから、この提案はかなりありがたかった。カルマくんの親はデイトレーダーでしょっちゅう外国に行っていて、基本一人暮らしと同じだから気にしなくていいと言われたけど……ただ住ませてもらうのは私が嫌なので、家事をさせてもらうことになった(というかそう押し切った)。

それから、やりたいこととかまだ叶えていない約束とかを一つずつこなしていこうとカルマくんが言い出した。時間はあるし、少しずつ外にいる感覚を思い出そうって。……目を覚ました時から、私はどこかおかしかった。私を見る人全てが私に敵意を向けている、いい人そうに見えてもきっと裏切る、そんな風にしか見えなくなっていたのだ。それを見ていたカルマくんが言うには、他人を信じられなくなっているのではということで……そのせいか、私は一人で外へ出ることも出来なくなっていた。カルマくん曰く、外へ触れるのはリハビリらしい……何もしないまま進級しても、学校へ行けなくなるだろうからって。だからゆっくり周りへ目を向ける練習をする。

 

最初にやるのにちょうどいいと選んだのは、渚くんに連絡を取ることだ。私がよくスマホとにらめっこしていたのを見て気づいたのだろう……返信を打とうとするたびに、手が止まりそのまま諦める私の姿を。

停学が決まったあの日から、渚くんからは毎日たくさんメッセージがとんできていた……カルマくんが伝えたらしくて、何があったのかは知っているみたい。渚くんは1年生の時からずっと一緒にいる、もう一人の大切な人(ヒーロー)だから怖くはなかったし、まだ信じることが出来た。でもなんて返事をすればいいのかわからなくて、メッセージを見ながらもずっと指が動かなかったのだ。

それを知ったカルマくんが私が返信するところを近くで見ていてくれることになった。渚くんが必ず送ってくれる朝の時間を狙って、可能なら会話を続けてみようって言われて頑張ることにした。いざとなったら奥の手があるから、と言われたから、私がどうにもならなくなったらカルマくんに任せればいい。

直接会って話すのがまだ怖いなら、まずはメッセージを送ることから感覚を思い出す、それから少しずつ外へと広げていく……それが学校へまた行くための第一段階だ。

朝8時……握りしめるスマホにいつも通り渚くんからメッセージが入る。

 

『ナギサ:

おはよう、アミサちゃん。

今日も学校……

カルマくんもいないから、

あんまり話す人もいないや。

今はお泊まりしてるんだっけ?

カルマくんはどう?

アミサちゃんに意地悪してない?』

 

「……どーいう意味だよ」

 

『ナギサ:

うわっ!

カルマくんから反論来たんだけど、

もしかして一緒に見てるの!?

それならそうって言ってよー……

どうせならグループ作ろうか?』

 

……近くで渚くんからのメッセージを見ながら、自分のスマホでメッセージをとばして抗議したらしい。カルマくんと渚くんの間で私のわからない会話が成り立っていた。グループは、私はいいけどカルマくんは招待されても無視して個チャでスタンプ送りまくると宣言していたので、お断りしておいた。その流れで、指を動かす。

 

『アミサ:

返事、

ずっとできなかった』

『アミサ:

ごめんね』

 

 

ちゃんと、見てたよって思いを込めて、一つずつ文字をタップしていく。時々カルマくんの方を見ると、だいじょぶというように頷いてくれて……一人じゃないから、私はだいじょぶ。

 

『ナギサ:

気にしないで、

僕が送りたかっただけなんだから。

学校のこととか、わからないでしょ?

それに、報告もしたかったし……』

 

報告…?

 

『ナギサ:

僕も、3年からE組へ行くことになった。

成績落ちちゃってさ…

だから、来年も同じクラスだよ。』

 

渚くんも、E組…?

一緒のクラスは嬉しいけど、……あんまり喜んじゃダメなやつだ。

 

『ナギサ:

E組って、2年の3月から始まるんだ。

だから実はもう校舎を移動してたりする。

……先生は変なとこがあるけど、

明るい人だよ。

ちゃんと二人の席もあるし、

アミサちゃんとカルマくんは隣同士だから、

少しは安心できるんじゃないかな?』

 

……そうなんだ。

私たちはちょっと遅れて入るけど、カルマくんが近くにいるらしいし、渚くんもいるなら……頑張れる、かもしれない。でも、クラスの子たちは、まだ怖い……

 

そのあと、

『先生が来たからまた後でね!返事嬉しかったよ』

というメッセージを最後に流れが途切れた。

私はここで終わったけど、カルマくんは少しの間スマホを触っていた。聞いてみたら「渚くんにスタ爆しといた」といい笑顔で言われた。何でそうなったんだろう……

 

(……本当はアミサちゃんの今の様子を渚くんに伝えて、新しいクラスの情報を頼んでたんだけど……それを本人に教えるつもりは無いしね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚くんに連絡ができたその日の挑戦はそれだけだった。いきなりいくつもの〝外〟に触れなくてもいいと、切り上げることになったのだ。

毎日、少しずつ色々増やしていく……毎朝渚くんとメッセージを送り合うこと、外へ出るカルマくんを玄関まで出てきて見送ること、人があまり通らない時間帯にだが家の外にあるポストに手紙を取りに行くこと、助けてほしい時や困った時には自分からカルマくんに触れること、夜ご飯の時に報告会をすること……自然と出来るものもあれば足が動かなくなるものもあったけど、なんとか慣れつつあった。カルマくんはことあるごとに私の頭を撫でたり手を握ってくる……外部からのいきなりの刺激に慣れるためと、ちょうどいい高さに頭があるかららしい。……いきなりの刺激という割には優しく触ってくるから、私は拒否できない。むしろ気持ちがいいし嬉しいくらいだ。

そんな日々を過ごしていたある日。

 

「……おいで」

 

ソファに座るカルマくんが自分の隣を軽く叩いて私を呼んだ。座れってことかな……と、少し離れて座ったらカルマくんの方から近寄ってきて、肩が触れるくらいの距離に座りなおしていた。この頃にはカルマくんが自分から近づいてきた時には触れてもいい時、と学習していた私は何も考えずにカルマくんへ軽く体重をかけて寄りかかっていた……ら、すぐに頭を撫でてくる手。撫でられる心地良さに目を閉じていたら、そろそろ聞いてもいい?と声がした。

 

「え……?」

 

「最近、頑張ってるよね。俺が触れても怯えなくなったし、外へ少しずつ出れるようになってる。一緒に家にいるから、……少なくとも渚くんよりはアミサちゃんのことを知ってるつもり……でも、まだまだ知らないこととか話してくれてないこと、あるよね?」

 

「………ん…」

 

「全部言え、なんて言わない。まだ話せないものもあるだろうけどさ、話せることだけでも教えてよ。隠してたけど実は出来ること、とかさ」

 

……話せること、か……

まだ話せないのは私の一族のこと。

それだけは、簡単に明かすわけにはいかない……私の本質は闇に生きる者だから。

お姉ちゃんとは違って、光に当たった場所ではまだ意味を見いだせる自信が無いから。

それ以外で話すとしたら…

 

「……私、カルマくんと渚くんに出会う前に、お友だちができたことないって言ったでしょ?……あれはね、お父さんとお姉ちゃんと一緒に各地を転々としてて、一緒にやることといえば訓練ばかりで、それ以外はほとんど一人で過ごしてたからなの。だから、人とどう接すればいいのかなんて、分からなかった……分からないなりに知ろうとしたら、汚い部分ばっかり知っちゃって、余計に近づけなくなっちゃった。……そんな時に二人に会ったの。二人がそんな私を受け入れてくれて、今もこうやってそばに居てくれて……すごく、感謝してるんだよ」

 

「……そっか。……あの時はさ、今回の喧嘩みたいにいつも通りに間に入っただけだったんだ。でも俺らを見るアミサちゃんの顔が、全部を諦めてるようにしか見えなくってさ……これは放っておいたらダメだって思ったんだよね。いざ接してみたら面白いし、天然発揮して目が離せないし、……あの日、昼飯に誘ってほんとによかったよ」

 

「…………」

 

あの日出会わなかったら、あの日一緒にご飯を食べなかったら、今はなかったのだろうか?友だちを、優しさを、知らないままだったのだろうか?

 

「じゃあ、俺から質問。そのお姉ちゃんってどんな人なの?」

 

お姉ちゃん……か……

 

「……すごく綺麗でスタイル抜群で、あと、とっても強いの。すごく運動神経もいいし……あ、それに新聞を読んでる人ならきっと知ってる人だと思う。最近起きた事件の功労者の一人だから。それに、別の意味でも結構有名人なんだよ?」

 

「え、そんなすごい人なの?余計気になるんだけど……」

 

正直に教えてもいいんだけど……それじゃあ、つまらない。だから簡単には教えない……これくらいのイジワルは許して欲しいな。

 

「……じゃあ、ヒントだけ。私はカルバード共和国出身って話したことあったよね…?だから、私の本当の名前は『真尾有美紗』じゃないの。でも、まったく間違いでもない……答え合わせは、わかった時に、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

停学中、話せる範囲でいろんなことを話したし、人と話すのは無理でも外に出れるようになってから約束通り近くでいろんな場所に連れていってもらった。

念願のプラネタリウムは、部屋全体が真っ暗になるし静かな空間だからだいじょぶだろうとギリギリに入ってギリギリに出ることで無事に楽しむことができた。雲がないことや同じ空で見れないはずの星を、星座を一度にたくさん見れて驚いていたら、あれは機械で天井に映像を移しているんだと教えられてもっとビックリした。作りものでもあんなに綺麗に見えるなんて、はじめて知った。

停学中ということは、学校へ行けない……そのあいだに配られたプリントや出された宿題も一切触れないことになる。カルマくんはあんまり気にしていないようだったけど、私はどうするのかな、程度には考えていた。……ら、E組の担任だとかいう女が家に来た。

カルマくんが扉を開けて話しているのを離れたところで聞いていると、裏がない先生だと一応の判断をしたらしくて玄関に呼ばれた。顔を見せると、最初「え、兄妹だっけ……まさか、中学生で同棲なんて…!?」という感じに、ふじゅんいせーこーゆー…?はダメなんだと熱く語られた。終始話の内容がわからなくてカルマくんの後ろでビクビクしつつも首を傾げる私と、親の許可はもらってるし、まだそんな関係じゃないんだから勝手に解釈しないでくれる?というようなことを言い返すカルマくんがいて、その場はなんというか……よく分からないことになってた。E組の楽しさについて語るその人のことは信じられない、けど……わざわざ家を訪ねてくるくらい、お人好しの変な人だっていうことはよくわかった。……ついでに、服装の趣味も変な人だった。

あと、カルマくんには一度私の力の一部を見られていることもあって、教えても私の正体にたどり着かない分の力は見せた。そこから万が一の時の対処法を考えるのは結構楽しかった……あって欲しくないことなんだけど。

そうして、たまに家に帰ってはいたけどほとんどをカルマくんの家で過ごし、明後日で停学明けになる、という日の夜。私たちのスマホには、……1通のメールが届いていた。

内容は、E組配属にあたって伝えなければならないことがあるため、明日のお昼に迎えを寄越すからこちらまで来て欲しい、というものだった。宛先は……防衛省。

 

「…………」

 

「…………行ける?」

 

「…………一人じゃ、ないなら……がんばる」

 

備えていたのは新しいクラスに対してだったから、正直だいじょぶなのか全然わからない。でも、カルマくんも一緒になら、多分……一人で、なんて無理だ。それを分かっているから、カルマくんは聞いてくれたのだろう。

でも、ある意味予行練習だと思えばいいんだから、そう思えばいいタイミングだったのかもしれない。

 

次の日。

カルマくんの家の前には黒塗りの車が止まっていた。

 

「こんにちは、昨日連絡させていただいた防衛省の者です。赤羽業君…ですね」

 

「そーだけど……何、それに乗って移動しろっての?ていうか本人証明くらいはしてくれる?流石によくわかんない奴に連れてかれるのはごめんだし」

 

「……それもそうですね、ではこちらを。……特に何も持ち物もありませんので、準備出来次第乗り込んでください。……それと、ここへ来る前に真尾さんの家へ行ったのですが留守のようで……どちらにみえるか知っていますか?」

 

「どーも。……ああ、彼女?ちょっと事情があってね……うちにいるよ。連れてくればいいんでしょ、外にいてよ」

 

そんな会話を私は近くの部屋から聞いていた。

どうしよう、ほんとに信用していいの?ついて行っていいの?

 

「アミサちゃん、行こう……俺もいるから。それに、一応本物だった……国の命令に逆らう方が後からメンドイよ」

 

「……うん」

 

乗り込んだ車内で、カルマくんが防衛省の人へ二人同時に話すよう要求していた。……私の事情はぼかしつつ、ただ同じクラスへの連絡事項なのに分けてやる必要は無いでしょ?って…………そういえば、なんで防衛省なのだろう。E組へ行くにしても、その連絡事項があれば普通は学校でやるものじゃないのか?疑問を覚えつつ、私たちを乗せた車は防衛省へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い一室。

私たちが座るソファの前に一組の男女。

そして渡された、

『特定危険生物に関する暗殺指示書』。

 

「──事情は、今話した通りです。地球の危機ゆえ、口外は絶対に禁止……もし漏らせば、記憶消去の手術を受けていただくことに」

 

「…こっえ」

 

「E組の全員に同じ説明をし、他のみんなは、既に任務に入っています。君たちも停学がとけたらE組に戻る……よって君たちにも、暗殺任務を依頼します」

 

「……ねぇ、このゴムみたいなナイフ、本トに効くの?」

 

「ええ、人間には無害ですが、ヤツへの効果は保証します」

 

「へぇー……ま、人間じゃなくても別にいいか

一回さぁ……先生って生き物を……

殺してみたかったんだぁ…」

 

ナイフを指示書に突き刺し、ピンポイントで顔写真を引き裂いて、楽しそうに呟くカルマくん。

私は誰とも目を合わせず、カルマくんの腕にしがみつきながら、書類に再び目を落としていた。

あぁ、『暗殺(・・)』かぁ……。

 

 

 




「ねぇ、どうせならさ。度肝を抜いてやろうよ…」
「……度肝?」
「そー。ついでに本トにコレが効くのか試してみたいし……どう?」
「……私も、殺りたいなぁ…?」
「ま、そーだよね。……だって、」
「「せんせーなんて、ろくな人がいないんだから」」


++++++++++++++++++++

ついに、原作入りしました!
停学中の二人の過ごす時間はいかがでしたか?
オリ主は純粋にカルマの言う「リハビリに必要なこと」を実行して、信じきっていますが、カルマはどうなのでしょう?
ちなみに、渚とのメッセージでのスタ爆発言はウソではありません。実は裏ではこんなやり取りがあったとしたら面白い↓
「カルマ:……ってことで、以上よろしく〜
ナギサ:はいはい。ところで、アミサちゃんはどう?落ち着いた…?
カルマ:ま、初日よりはって感じ?多分、初めて信じた他人の大人がアレだったせいで、余計に反動でかいみたい
ナギサ:ちゃんと見ててよ?
カルマ:あたりまえじゃん。俺を何だと思ってるワケ?
ナギサ:……アミサちゃん馬鹿」
……みたいな。
もはや保護者の会話と化していたので本編ではカット。


次回、カルマの時間



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カルマの時間

防衛省から帰宅して、私たちはそれぞれに支給された『対先生ナイフ』と『対先生BB弾』を前に作業していた。原則一人ワンセットと言われたが、私の戦闘スタイルはどちらかと言えば手数が多いほうがいいため複数のナイフを支給してもらい、カルマくんも早速最初の仕掛けを思いついたのか数本のナイフを受け取っていた……

そしてそれぞれが思うままに加工し、作戦を話し合った。私たちの目的は先生を殺すこと……前の先生は私たちが手を下さなくても勝手に死んじゃったから、今度はそうなる前に私たちが殺す。別に命を取れなくてもいい、その時は先生として精神から殺す……まずは一番最初を成功させなくちゃ、話にならない。そうして明日の準備が整ってから布団に入って、ひさしぶりの登校……の、はずだった。

 

「……ふぁ……あさ……。……ぇ、あれ……?

………あぁぁ!…や、やっちゃった……!?」

 

始業時間は午前8時30分、現在時刻……午前10時。……完全に寝坊だ。

久々に行う手入れが楽しすぎて、夜更かししてしまったのが一番の原因だけど、もう一つの原因は……

 

「私のバカ……なんでアラーム、こんな時間に…!」

 

スマホのアラームの設定時間を朝6時にしたつもりが、何を考えたのか一周まわって18時にかけるというドジをやらかしたせいだ。確かにアラーム設定画面に映るアナログ時計は6時を示しているが、真ん中に大きくPMと書いてあるというのに、だ。

ちなみにカルマくんはというと……

 

「あ、おはよ〜。なかなか起きなかったねぇ」

 

「起きてたなら起こしてよカルマくん……!」

 

「俺だって、さっき起きたんだって」

 

私より先に起きて、ゲームをやっていた。カルマくんからしちゃえば、遅刻なんて大したことないんだろうけど……私、ここまで盛大にやらかしたのなんていつぶりだろう。

 

「あぁ、もう………ごめんなさい……初日からやっちゃった……」

 

「……はは、

……やっと、俺の前でドジしてくれた……」

 

「……え…?」

 

落ち込んでいたら、パタンとゲームを閉じる音がして……カルマくんの嬉しそうな声がした。私がドジを踏むのを楽しみにしていたかのようなセリフに、私は疑問でいっぱいになった。普通、他人のドジに巻き込まれたら嫌な気分になるものじゃないのだろうか……?

 

「……やっぱり気づいてなかったんだ。結構前にアミサちゃんが自分で言ったんだよ?自分の家では気が抜けてドジ踏んでばかりだって。外では絶対に失敗したことないって」

 

〝うぅ、ごめんなさい……いつもは家でしかこんなドジしないのに…〟

 

「……それって今、俺の前で気を抜いてくれたってことでしょ?」

 

「……ぇ…」

 

「俺の前で気が抜けた……つまり、無意識下でも安心できる場所になったって証拠じゃん。嬉しいに決まってる……そう思ってもらうためにも俺、結構頑張ったんだよ?」

 

そんなに嬉しそうに言われたら、私は何も言えないじゃないですか……。まさかほんの少し口にしたことを覚えていて、今まで接してきた中でそんなことを考えていたなんて、思ってもみなかったから……。

でも、少しは気をつけようと思う。今回は何とかなったけど、やっぱり下手なことに巻き込みたくはないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局遅刻は確定しているし、キリのいいお昼の授業から出る事にした。昨日ぶりの制服に袖を通し、5時間目の体育を行っているという校庭へ向かおうとしたが……ここで忘れていたことが一つ。

──E組の立地場所は旧校舎、つまり1kmはある山道を登って向かう必要があるということを。

本校舎と同じように考えていたから、旧校舎へ向かう山道の入口についた時点で5時間目には到底間に合わない時間だった。もう別にいいか、なんてカルマくんは言うし、私としても5時間目の授業中ということは本校舎の人達に会うことは絶対にないから願ったり叶ったりだ。私が急ごうとするたびにカルマくんが寄り道をしていたのも、この時間についた理由だけど……ある意味今の時間で正解だったのかもしれない。

もうこの際ゆっくり登ってしまおうということで、カルマくんについて本校舎にしかない自動販売機でイチゴ煮オレを買いに行き、二人で声を出さずに動きだけで作戦の最終確認をしながら山道を登っていく。……見せていないだけで鍛えている私や元々の運動神経が良くて喧嘩の強いカルマくんだからこそ普通に登ってるけど、この道……他の人にとってはものすごく大変なんじゃ……?

 

そしてたどり着いた校庭には、これからクラスメイトになる人たちと、何か動きを教えているの様子なのにスーツ姿の男の人、そして……標的(ターゲット)

 

「ふーん……」

 

その様子を見るカルマくんの背中に思い切りしがみついたまま、私は少しだけ顔を出して無言で授業を見る。どうやらスーツの人が二人の生徒を相手に軽くいなしているようで……暗殺に必要な基礎を実際に教えているってところだろうか?しっかり話していることが聞こえるわけじゃないから、ハッキリはしないけど……いきなりすごい技を伝授する、みたいなことはしていないみたいでその辺はしっかりしているみたい。

……と、そろそろ終わるみたいで終わりの挨拶をしている。途端に固くなる私の体……顔をカルマくんの背中に埋めて、小さく息を吐く。後ろに回された手で軽く頭を撫でられて……少し体から力が抜けてきた。

 

さぁ、最初の挨拶だ。

 

みんなの度肝を抜きに行こう。

 

 

 

 

 

渚side

 

まさか体育で暗殺技術について学ぶことになるとは……殺しなんて一般人として生きてきた僕らには早々できるはずないことだし、普通なら必要が無いことだ。それでもここは暗殺教室。基礎があれば何かと役立つらしいから、かなりありがたい。

烏間先生の体育の授業が終わり、E組の敷地にチャイムが響く。僕は杉野と一緒に教室へと戻ろうとしていた……今日の6時間目は毎週恒例の生徒それぞれ内容が違う、個別小テストの時間だ。

 

「6時間目小テストかぁー…」

 

「体育で終わって欲しかったよね、………!」

 

「……?どうした、渚…」

 

校舎へ向かう階段の上に、制服姿の誰かが立っている。

赤い髪で長身、学校指定のブレザーを着ないで、これまた年中着てる黒いカーディガンを羽織り……左手には彼の好物であるイチゴ煮オレの紙パックジュース。……そんな容姿の人物なんて、僕は一人しか知らない。

 

「よー、渚くん。……ひさしぶり」

 

「…!……カルマくん、帰ってきたんだ」

 

「…、…渚くん……?」

 

「ん、そー。……ほら」

 

「あ……アミサちゃんも……」

 

ひょこ、とカルマくんの後ろから少しだけ顔を出したのは……アミサちゃん。後ろから出てこようとしないのは……多分、まだまだ自分のトラウマと戦っていて、ここを信じきれないからだろう。今もこちらへ注目が集まっているのを感じているからか、目をさ迷わせたり何か言おうとしたのか口をパクパクと開閉したりしている。前みたいな明るさは見られないけど、聞いていたよりはだいぶ回復したようだ。

 

「へぇ、あれが噂の殺せんせー?すっげ、本トにタコみたいだ」

 

そういって、二人は運動場へ降りてきてクラスメイトたちの間を進んでいく。カルマくんはいつも通り飄々としているけど、アミサちゃんはカルマくんの背中に隠れながらひょこひょこついて行っている。通り過ぎる時、チラッとアミサちゃんがこちらを見た……直ぐに目を逸らしちゃったけど、少し不安そうに目が揺れていたような…

そうして二人は殺せんせーの正面に立つ。……アミサちゃんに関しては、カルマくんの後ろから少し顔を出すようにしているだけだけど。

 

「赤羽業君と真尾有美紗さん、ですね。今日から停学明けと聞いていましたが……初日から遅刻はいけませんねぇ」

 

「……うぅ、……私のせい、です……」

 

「あ、あはは……生活のリズム、戻らなくて……ついでにこの子はアラームかけ間違えちゃってさ。……下の名前で気安く読んでよ。とりあえず、よろしく……先生」

 

「こちらこそ、楽しい一年にしていきましょう」

 

そういって、カルマくんはポケットに入れていた右手を差し出し、殺せんせーはカルマくんへ触手()を差し出す。二人が握手をした……その瞬間。

 

「にゅ!?」

「へへっ…」

 

……触手が破裂した。

カルマくんは間髪入れずにイチゴ煮オレの紙パックを投げ捨て、左手に仕込んでいた対先生ナイフを振るうが、流石にそれは避けられてしまう。殺せんせーはカルマくんからだいぶ離れたところへ飛び退いていた。

 

「へぇー……本トに早いし、本トに効くんだ、このナイフ。細かく切って貼っつけてみたんだけど……。けどさぁ、先生……こんな単純な「手」に引っかかるとか……しかも、そんなとこまで飛び退くなんて……ビビりすぎじゃね?」

 

そう言いながら殺せんせーとの距離をゆっくり縮めるカルマくん。

……初めてだ……殺せんせーにダメージを与えた人……

それにナイフをナイフとして使わない、なんて戦法……今まで誰も考えていなかった。そんな単純な手に引っかかった殺せんせーは、わかりやすいくらいに動揺している。

……あれ、そういえば、……アミサちゃんは?

カルマくんの後ろにピッタリくっついていたはずの彼女の姿が、カルマくんが左手の一閃をした頃には何処にも居なくなっていた。少し辺りを見回してみたけど見つからない……あの短時間で、いったい何処に……

 

「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど……」

 

「ぬぅ…っ」

 

「あっれぇ?……せんせーひょっとして……チョロイ人?」

 

目を戻せば、バカにして見下したような表情で殺せんせーをのぞき込んで挑発するカルマくん。それに対してピキピキと、顔を真っ赤にして青筋を立てる殺せんせー……怒りでカルマくんしか見えていないようだし、カルマくんは生徒だからその怒りをぶつけようがなくて何も出来ないでいるのだろう。……カルマくんはそれを分かってやっているんだ。

 

「あはっ、怒んないでよせんせー……そんなんじゃぁ、気づけないよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ねー、アミサちゃん」

 

「うん」

 

「!?」

 

探していた彼女の名前をカルマくんが呼んだ瞬間、……彼女は突如殺せんせーの背後に現れた。一瞬で何かを地面に叩きつけ、ギリギリで気づいた殺せんせーが回避でさらに遠くへ逃げた時には殺せんせーのアカデミックローブから除く触手が3本も切断された後だった。

運動場に残る全員の目がそちらへ行く……無理もない、だって、僕達が一週間かけて色々仕掛けてもただの1発かすりもしなかった相手に、対面して数秒、二人だけで計4本の触手を切断して見せたのだ。

 

「……あは、あはははっ!……触手3本……っ

……もーらった……っ!」

 

「へー、すごいじゃん。よくやったね」

 

彼女が、両手に構えていたのは対先生ナイフ……二刀流で暗殺を仕掛けたのも彼女が初めてだ。様子を見る限り叩きつけたものがあるわけではなく、ナイフを叩きつけるようにして切りつけたようだ。……殺せんせーに対してカルマくんがアミサちゃんを見ることが出来ない……むしろ忘れさせるほどのことを仕掛けた証だ。カルマくんがアミサちゃんのことを褒めながら頭を撫でているのを見ていると、茅野が僕のところへ近づいてきた。

 

「渚。私E組来てから日が浅いから知らないんだけど、あの二人ってどんな人なの?」

 

「うん、カルマくんが1年と2年、アミサちゃんは2年が同じクラスだったんだけど……2年の時続けざまに暴力沙汰で停学くらって……このE組にはそういう生徒も落とされるんだ」

 

茅野に二人のことを聞かれ、僕にわかることを教える……殺せんせーを放ってカルマくんに褒められて嬉しそうなアミサちゃんと、左手からナイフを外して手元だけで器用に振り回すカルマくんを横目に言葉を続ける。

 

「でも、この場じゃ優等生かもしれない……」

 

「?……どういうこと?」

 

「凶器とか騙し討ちなら……多分、カルマくんは群を抜いてる。それに、アミサちゃんは……本当の実力は未知数だ……」

 

何処か壊れたように嬉しそうな(狂った)声を上げたアミサちゃん……こんな姿、カルマくんの次にそばに居たはずの僕でも見たことがない。きっとこれが、カルマくんが僕だけに話してくれた……アミサちゃんの心の傷の深さだ。誰にも認められない環境の中で唯一信じていた先生に、自分勝手な理由で捨てられた……そのせいで教師に、人間に不信感を覚えてしまうほどの。

 

 

 

──…ねー、せんせ……たのシい1年なんていって、どうせ自分の保身ばかりで生徒のことなんて見てないんでショウ?見捨てるんデしょう?……なら、最初から信じなけレばいい、……いなく、なればイイ

 

 

──逃げないでよ?殺せんせー……殺されるってどういうことか……俺らの手で教えてやるよ

 

 

 

アミサちゃんはまたカルマくんに駆け寄って彼のカーディガンが軽く掴み、二人は戦慄する殺せんせーを置いて、固まる僕らの方へ……僕らの教室へと歩き出す。

僕には殺せんせーが、二人によって鎖で固められ、蛇に睨まれている、そんな幻覚が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕と杉野の近くを通り過ぎようとした時、アミサちゃんがカルマくんのカーディガンを引いて立ち止まった。

 

「……カルマくん」

 

「ん、いってらっしゃい」

 

たったそれだけのやり取りで二人には十分なのだろう。カルマくんはこちらを……正確には僕の方を向いて立ち止まり、アミサちゃんは周りを警戒するように、でも不安そうにしながら僕の近くまでやってくる。……それに合わせて僕もアミサちゃん近くへゆっくり近づく。

 

「渚、くん……、えっと……」

 

「……おいで」

 

「!」

 

その場で腕を広げれば、僕よりも小柄な体が飛び込んで来た。そして僕の存在を確かめるかのように擦り寄り、時々目を合わせたり色々なところに触れてくる。きっとこれが僕が許されている距離であり、彼女が今求めている事だ……僕の後ろでなにか声が上がった気がしたけど、無視する。………今は彼女のケアの方が大事だから。

 

「渚くん…、……いる?…いるよね?……ナギサくんは、いなく、ならないよね…?」

 

「うん、いるよ。……大丈夫、僕はアミサちゃんのことを信じてる。ゆっくりでいいから……〝外〟を見て」

 

「………」

 

信じることを怖がるアミサちゃんを軽く抱きしめ、頭を背中を撫でてやると少しずつ体から力が抜けていくのが伝わってくる。

停学にされた時の傷は、そう簡単に無くなるものじゃない……あの時までなら絶対にしようとしなかった、他人の目があるところでのこうしたスキンシップを求める時点で、アミサちゃんは今、心の動きが不安定な部分があるんだと分かる。

初めてあった時から気にかけ続けたカルマくんですら、アミサちゃんの気の抜ける場所になるのに2年近くかかったんだ、僕はもっとかかるだろう……僕の近くも居場所になればいいと願いを込めて触れる。

 

「少し、落ち着いた?」

 

「………ん」

 

「……アミサちゃん、行くよ」

 

そうしてゆっくり彼女は僕から離れた。それを見たカルマくんがアミサちゃんを呼んで、アミサちゃんはカルマくんのところへ戻る。

二人が校舎へ再び歩き出した後、杉野と茅野が口を開いた。

 

「渚、あの子を抱きしめてたけど……!」

 

「それにあの子ってもしかして、本校舎にいた時に……!」

 

「……まずは茅野、僕にとってあの子は守りたい子……あ、彼女ってわけじゃないよ。ただ、詳しいことは言えないけど信じることを怖がってる幼い子どものようなものだから。それと多分、杉野の考えてるとおり……あの子は僕がD組の時から僕とカルマくんとずっと一緒にいたんだ。……椚ヶ丘中学校の中で公然とされている制度を嫌って孤立してた子だよ」

 

今日の様子を見る限り、あの二人はまだ何かやりそうだ。……しかも、危なっかしさを感じる。

僕が今出来ることは……見守ることしかない。

せめてこの場所(教室)が二人にとって警戒しなくてもいい場所になりますように……そう、願う。

 

 

 

 

 

 




「…っ…っ!」

「……渚、殺せんせー何やってるんだ…?」
「……地面を再生した触手で殴りつけてるね」
「でも、変な音は出てるけど……触手が柔らかくて、地面に跳ね返されて……変なことになってるよね」
「してやられたのがよっぽと悔しかったんだろうな……」

「……どーだった?」
「……渚くんは、変わらなかった。渚くんなら、へーき」
「……そ」
「……うん」


++++++++++++++++++++


カルマの時間でした。
原作でも一番最初に一撃を入れた場面でしたよね……せっかくなので、本業のオリ主の実力を披露してみました。
英雄伝説をご存知の方は分かると思いますが、オリ主が今回使ったのは姿を隠し、スピードを上げるクラフトの『月光蝶』です。気になる方は調べてみてください。
……ここでは、クラフトを使うと体力を持っていかれることにしましょうか……。

では、次回は二択の時間。
原作沿いで書いてはいるけど、さぁ、どうなる(キャラクターが勝手に動くことがあるので、作者もわからない)



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殺意の時間

体育の授業が終わり、他の子達が教室へ帰っていく中……私とカルマくんはさっきの体育の授業をしていたスーツの人に呼ばれ、教員室へ足を運んでいた。

 

「君たちが今日から復帰の赤羽君と真尾さんだな。俺は防衛省の烏間という……今回の体育から教師を務めることになった。アイツが担任という契約ではあるが明らかに人じゃないからな……書類上の担任は俺ということになる」

 

「へー……じゃあ烏間『先生』ってワケ。……アミサちゃん、どう?」

 

「……せんせー…なんだ。防衛省のままなら……少しは信用してあげようと思ったのに……。あの体術指導は、下手な指導者より良かったから……」

 

この男の人、指導者としてだったら私の父と同等のもの()を感じた。だから少しだけ……ほんの少しだけだけど、この人の授業時間を楽しみにしていたのに……。先生として入ることが決まっちゃったんじゃどうせ、この人もろくでもないに決まってる。そう考えた私はこれからの会話にすっかり興味が失せてしまって、カルマくんの後ろへ行き背中合わせで寄りかかったまま、ぼーっと外を眺めることにした。

 

「……、……まあいい。君たちは早速やってくれたが、我々から依頼するのは学業をこなしつつ、あの超生物の暗殺をすることだ……ちなみに今回のあの作戦、立案はどちらだ?」

 

「へー、さっすが。二人で立てた作戦じゃないって気づいたんだ……どっちも個人だよ。俺がナイフの威力を試すついでにアレの意識を俺に持ってこさせておいて、威力を確認したアミサちゃんが切り落とす……その流れだけは話してあったから、あとは好きに動いただけ」

 

「なるほどな……」

 

カルマくんと烏間さんが話しているのを話半分に聞きながら、私は外を見ていた……別に私が会話に参加する必要は無いだろうし。こうして窓の外を見てみるとおんなじ自然、おんなじ空が広がっているのに……私の住む世界もだけど、ここも大概変な場所だと思う。向こうより発展しているのに、向こうでは主流のものがない……逆もまたしかり、だ。まあ私は、私達は目的さえ果たせれば別にいいんだけど…

そうしている間にお話は終わったみたいで、カルマくんに軽く体を揺さぶられて意識がこっちへ戻ってきた。私がカーディガンの左袖を掴んだことをカルマくんは確認すると、教員室を出ようとし……ふと思い出した様に見回して言った。

 

「あ、そーだ烏間先生。この教員室であのタコの席ってどこ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ブニョンッ

 

──ブニョンッ

 

──ブニョンッ…………

 

私達が教室へ入るともうみんなは小テストを始めていた。渚くんに教えてもらった私たちの席、一番後ろに並んだ二つの机へ向かう……私は左隣が空いていて、右側がカルマくんだ。後ろの扉から入ったのだけど、扉を開けた瞬間クラスの大半が振り向いたのに驚いて、1度足が止まってしまった……カルマくんが引っ張ってくれなきゃ、無理だったと思う。

席につけば机の上にはみんながやっているものと同じだと思われる小テスト……1度カルマくんと視線を交わしたあと、私はすぐに解き始めた。学校に長い間通ってなかったからって見くびらないでよ、せんせー…?……さっさと終わらせて次の準備に入る。

……それより、教室へ入る前から響くこのブニョンブニョンっていう変な音は……なに。

 

「……なぁ、さっきから何やってんだ殺せんせー ?」

 

「さぁ……壁パン、じゃない?」

 

「ああ……さっきカルマと真尾さんにおちょくられて、ムカついてるのか」

 

「触手がやわらかいから壁にダメージ伝わってないな」

 

……アイツの触手で壁を叩いている音だったらしい。私たちのせいって言われても、チョロいアレがいけないんだと思うんだけど……とりあえず、うるさいというか気が散ります。

 

「あーもう!ブニョンブニョンうるさいよ殺せんせー!!小テスト中なんだから!!」

 

「ここ、これは失礼!!」

 

……ほら、怒られた。

と、そんな(一応)小テスト中という静かな空間だったのが、触手パンチへの抗議がはっきり出たことでみんなの集中力が途切れたみたいだ……テストの緊張したような、張り詰めていたようだった教室の空気が緩やかなものに変わった気がした。

 

「よォカルマァ。大丈夫かぁ?あのバケモン怒らせちまってよぉ」

 

「どーなっても知らねーぞー」

 

「チビちゃん共々、またおうちにこもってた方が良いんじゃなーい?」

 

「殺されかけたら怒るのは当り前じゃん、寺坂。しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」

 

「な、ちびってねーよ!!テメケンカ売ってんのかァ!!」

 

「こらそこ!!テスト中に大きな音立てない!!厳しい先生ならカンニングとみなされますよ!?」

 

(((いやあんたの触手もうるさいよ)))

 

……なんだかうるさく喋りはじめた。しかも私をチビって言ったのダレ。

絡んできたのは、体が大きくて声の大きい男子……カルマくんが呼んでたし寺坂くん、でいいのだろう。後の二人は、……残念、覚えてないや。……むしろこの教室にいる人のこと、私は全然わからない。……私とカルマくんは停学明けってことで、一応2年生までに関わりがあった前提で教室に入れられてるから自己紹介の時間とかなかったし、あの人(先生)たちにとって知ってることが前提なのだろう。常識的にいえば今まで一緒に学校生活を送ってきた友達、という認識なのだろうから。……私が周りと関わろうとしなかったせいでもあるんだけど、早速あの人(先生)たちの対応で嫌いなとこを見つけちゃった。……やっぱり、ミてないんだなって。引き継ぎもしっかりできてないんだなって……まぁ、あの前の担任(真っ黒なモノ)がちゃんと引き継ぎをしたとも思えないんだけど。……停学中に来てくれた女の人は変だったけど、まだ私を見てくれていたような気がしたのにな……、……、あれ…、あの人は自分がE組の担任って言ってなかったっけ…?

その時、カルマくんが教員室から持ってきたクーラーボックスを足元に引き寄せて、静かに中身を取り出すのが見えた……それによって意識を切り替える。……そろそろなんだ、次の作戦。

 

「……っと、ごめんごめん殺せんせー。俺もう終わったからさ……ジェラート食って静かにしてるわ」

 

「ダメですよ!授業中にそんなも…の…、……ん?そっ…それは……!昨日先生がイタリア行って買ったやつ!!」

 

(((お前のかよ!!)))

 

烏間さんにアイツの机の場所を聞いて物色してもいいか尋ねたら、生徒の個人情報にさえ触れなければ今のうちに漁っても黙認する、という返答をもらい……あのジェラートはその時に見つけたもののうちの一つだ。

 

「あぁ。ごめーん教員室で冷やしてあったからさ……アミサちゃんも、どう?」

 

「……(ペロッ)……味はおいしーけど、持って帰ってきて日本の冷凍庫で保管したからかな……食感、ヘン。買ったその場で食べた方がおいしーのに……ソフィーユさんもそう言ってた」

 

「ごめんじゃ済みません!!溶けないように苦労して寒い成層圏を飛んで来たのに!!……というかアミサさん、今サラっと舐めましたよね!?しかもコメント辛辣すぎます!あと誰ですかソフィーユさん!?」

 

「……突っ込み、お疲れ様です」

 

「へー……でどーすんの?……ん、……殴る?」

 

「殴りません!!残りを先生が舐めるだけです!!そう、ペロペロと、ぉ!?」

 

カルマくんが挑発するようにジェラートをひと舐めし……ニヤリとした笑みをアイツに向ける。案の定簡単にその挑発に乗って、ジェラートを取り返そうとカルマくんの元へ近づいて……あっは、……きた。

その瞬間、足の触手が何かを踏みつけ、

 

──バシュッ

「(対先生BB弾!!……っ!)」

 

……溶ける。

それとほぼ同時に私は驚いているソイツの腕を目掛けて素早く発砲した……顔はカルマくんが狙う手はずになっている。

 

「あっははっ!まァーた引っかかった……ナイスアシスト〜、アミサちゃん」

 

「……でも、命中はゼロ……あ、でも煙が上がってるってことは、かすりはしたのかなぁ…?」

 

完全に破壊を狙って撃った私とは違い、パン、パン、パン、と3発……間を空けて顔を狙うカルマくん……ソイツは慌てて避けていた。

音を立てて椅子を引き、小テストの答案を持ったカルマくんが銃を構えたまま立ち上がり……そいつへ触れるくらいの位置で銃を突きつける。私は自分の席から銃をそいつへ向け、反対の手で教員室で見つけたもう一つのもの(私物)を持つ。

 

「……何度でもこういう手使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら……俺でも俺の親でも殺せばいい」

 

「……でも、その瞬間から、もう誰もアナタを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスター……タダでさえ『先生』っていうのは腐ってるのに、さらに私たちからの評価も落とす」

 

カルマくんは話しながら、銃とは逆の手に持つジェラートをソイツの胸元へ押し付ける……もし、それが対先生物質だったなら突き刺さっていただろう……。それを見てから、私も答案を持って立ち上がる。

 

「あんたという『先生』は、…俺達に殺された事になる…………はい、テスト。多分全問正解……アミサちゃんも終わった?」

 

「ん……あ、…ねぇ『せんせー』…?教員室でこんなの読んじゃ……ダメじゃない?」

 

「にゅやっ!?な、なぜその秘蔵雑誌を……!?」

 

「「烏間先生(さん)が持っていっていいって言ったから。」……あと、カルマくんが、渡すんだったら私の方が精神的にダメージでかいからって……なに、その本…?」

 

「烏間先生ィッ!?というか、アミサさん、内容わからない本を軽々しく扱っちゃいけません!あなた女の子でしょう!」

 

「……えっと、……女の子だと、触っちゃいけない本なんだ…?」

 

「あー、うん。俗にいうe…「わかってない子はわからないままでいいんですよカルマくん!!!」……うっさいな〜……行くよ」

 

 

 

 

 

渚side

 

「じゃね『先生』~明日も遊ぼうね!」

 

「………ばいばい」

 

そう言って一時の嵐を巻き起こした二人は教室から出ていった。僕達教室にいるメンバーはもう、テストどころじゃなくなっていた……だって今日だけでもう、2回も暗殺を仕掛けて2回とも触手の破壊を達成してるんだから。

カルマ君は頭の回転がすごく速い……今もそうだ。先生が先生であるためには越えられない一線があるのを見抜いた上で、殺せんせーにギリギリの駆け引きを仕掛けている。……けど本質を見通す頭の良さとどんな物でも扱いこなす器用さを、人とぶつかるために……使ってしまう。

そして今までの暗殺を見る限り、アミサちゃんは不意打ちや機動力に優れてる。それに相手の感情や雰囲気、気配を悟るのが上手い。やっぱり、頭の回転も早いのだろう……でも、今は一部を除いて全部拒絶しちゃってるせいで周りを見ることが出来ていない。その負の感情の向くまま、殺せんせーにぶつけている。

殺せんせーもそれに気づいているのかな……先生は、カルマ君に押し付けられたジェラートをハンカチで拭い、それを静かに、じっと見つめていた。

……と、いう所で、今までの一件をすぐ隣で見ていた岡島くんが、多分僕達みんなが聞きたくても聞けなかったことを聞いた。

 

「……殺せんせー、ちなみにその本は何だったんですか?」

 

「!?い、いえ……別に、エロい本とか持ち込んだりなんてしてませんからね!……ね!?」

 

(((なんつーもん、持ち込んでんだよ!?)))

 

「てか、真尾さん気づいてなかったんだ……」

 

「……アミサちゃん……変な所で知らないこと多いから……多分エロ本がなんなのかも分からないと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室を出た私とカルマくんは、全員が旧校舎の中にいるのをいいことに、山の中を探索していた。校舎の裏手、裏山の中の小さな沢、少し奥へ入れば山葡萄の茂み……様々な自然の立地を見て回る。そして最後に、切り立った崖に一本松が生える場所を見つけてここまで来るあいだに見つけたものを話し合う。カルマくんが言うには、こうやって早めに探索しておけばサボり場も見つかるかもしれないし、なにか使えそうなものを得られるかもしれないということだった。

使えそうなものを話し合い、もしすべて使えなかった時の最後の手段も一応想定し、気がつけば放課後になっていた。

 

「じゃーな渚!」

 

「うん。また明日~」

 

家へ帰る前に近くの店で飲み物を買う……この店にはあまり見たことのない瓶コーラが置いてあって、なんとなく手に取っているとカルマくんが自分の分と合わせて2本、レジへ持っていって……しまった、奢らせちゃった。その分夜ご飯にカルマくんの好きな物をひと品追加しようと考えながら駅へ向かうと、渚くんとクラスメイトの……なんか爽やかそうでスポーツ系の男の人がいて、ちょうど別れるところだった。これは丁度いいと私たちは渚くんに近づく……その時、聞こえた声。

 

「……おい渚だぜ。なんかすっかりE組に馴染んでんだけど」

 

「だっせぇ。ありゃもぉ俺等のクラスに戻って来ねーな……しかもよ、停学明けの赤羽と異端児の真尾までE組復帰らしいぞ」

 

「うっわ、最悪。マジ死んでもE組落ちたくねーわ」

 

遠くから見ていてもわかる。渚くんにもその声が届いていて、でも何も言い返せないでいることに。チラ、とカルマくんに目をやれば瓶コーラの空ビンを手に歩き出したところだった。

 

──ガッシャン

 

「えー、死んでも嫌なんだ。……じゃ、今死ぬ?」

 

色々言っていた男子生徒たちの頭上にの柱に空ビンを叩きつけ、割れて尖ったその先(凶器)を向ける。男子生徒たちはカルマくんが来たことに気づいて、悲鳴をあげながら慌てて逃げていった。……なんというか、逃げるくらいなら最初から仕掛けなきゃいいのに……。

 

「あはは、殺るわけないじゃん」

 

「……カルマ君」

 

「ずっと良い玩具があるのにまた停学とかなるヒマ無いし、」

 

「認められて堂々と殺る、そんなこと、さすがにやったことないから……だったら全力で楽しまなきゃ、でしょう?」

 

「アミサちゃんまで…」

 

まだ中身の残っていたコーラを両手で持って飲みながら、二人の近くへ追いつく。飲みきってからふと思う……瓶コーラはガラス、ということは簡単に捨てられないじゃないか、と。カルマくんが普通に武器にして、割って、投げ捨てた分は見ないことにして、王冠を一応つけ直しカバンに入れる。

自然と駅の改札を通りながら、話す私たち……あ、ひさしぶりに3人揃ったんだ。

 

「でさぁ渚君。聞きたい事あるんだけど。殺せんせーの事ちょっと詳しいって?」

 

「……う、うんまぁ……ちょっと」

 

「あの先生さぁ……直接タコとか言ったら怒るかな?」

 

「……タコ?うーん むしろ逆かな、自画像タコだし。ゲームの自機もタコらしいし。この前なんか校庭に穴掘って『タコつぼ。』……っていう一発ギャグやってたし……まあまあウケてたし先生にとってちょっとしたトレードマークらしいよ」

 

「……ふーん……そ~だ、くだらねー事考えた」

 

「……じゃあ、明日は朝一番に起きて準備、だね?」

 

「明日はアラーム間違えないでよ〜?」

 

「うぅ〜……」

 

「……カルマ君達……次は何企んでんの?」

 

じゃあ、今アラーム設定するから確認してね、なんて話を続けていた時に、渚くんの疑問が聞こえた。もちろん、そんなの決まってる……

私たちはホームを背に渚くんへと向き直る……私たちの表情(かお)を見た渚くんが目を見開いた気がした。

 

「……俺さぁ、嬉しいんだ。ただのモンスターならどうしようと思ってたけど……案外ちゃんとした先生で。……ちゃんとした先生を殺せるなんて、さ。…………前の先生は自分で勝手に死んじゃったから」

 

「いらないモノは、壊してもいいでしょ?みんなが傷つく前に、私たちでお掃除するの……もう、信じて裏切られるくらいなら……最初から壊してあげる」

 

「…………」

 

ちょうど来た電車で夕日が反射し、カルマくんの笑み(狂気)がすごく映える。……渚くんに、私たちはどう見えているのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは朝一番である所に寄り、誰もいない教室へ入る。そして……

 

「…………」

 

「……ん?どうしましたか皆さん?」

 

教室へ入ってきたばかりの『せんせー』はまだ気付いていない……教卓の上にタコが1匹アイスピックで刺された状態で死んでいることに。みんなの視線がそこへ向いていることに気づいたソイツは教卓へ釘付けになった。

 

「あ、ごっめーん!殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」

 

わざとらしくカルマくんがソイツを呼ぶ……自分をタコって表現するくらいなんだもん、ちょっとくらいは精神的に来て欲しいよね。

 

「……わかりました」

 

……きたきた。私はエアガン、カルマくんはナイフを背中に構える……近くまで来たら、…今日は何本もらおうかな……

 

 

……来いよ、殺せんせー

……おいでよ、せんせー

 

身体を殺すのは今じゃなくても別にいい

体を殺すのは後でいい…いつでも出来る

 

まずはじわじわ……心から殺してやるよ

まずはじわじわ……精神から殺ってあげる

 

 

ソイツはタコを持ったまま、私とカルマくんの間の列を通ってこっちに来る。……あと少しで射程に入る、というところで……上に掲げた触手の先がドリルになった。

 

「「!?」」

 

「見せてあげましょう。このドリル触手の威力と自衛隊から奪っておいたミサイルの火力を……先生は暗殺者を決して無事では帰さない」

 

「!?あッつ!!」

 

「うくっ…!」

 

何をする気?生徒に危害を加えられないはずじゃ……そんなことを考えながら、目の前の光景を怪訝に思っていれば、一瞬で口に入れられた出来立てのたこ焼き。そんなの予期しているはずもなくて、二人して慌てて吐き出す。

 

「二人ともその顔色では朝食を食べていないでしょう。マッハでタコヤキを作りました。これを食べれば健康優良児に近付けますね」

 

「……ッ…」

 

「……、…」

 

「先生はね、手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を……。今日1日二人とも本気で殺しに来るがいい。そのたびに先生は君達を手入れする」

 

「「……!」」

 

「放課後までに君達の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

 

……そっか、なら言質はとった。好きにやらせてもらおう。

 

 




「やってくれたね……殺す」
「まず、朝からたこ焼きの方がやだ……」
「まぁ、授業関係なく仕掛けてこーよ」
「本人がいいって言ったんだもん…」
「……ていうかさ、」


「あちっ、アチチチチッッ!!!!?」
「「(そんな一気に口に入れたら当然だと思うんだけど……バカなの?)」」


++++++++++++++++++++


アニメを見ていて思った疑問。
殺せんせー猫舌なのに、あんな大量にたこ焼きを口入れて平気だったのか?と。
というわけで後書きです。

書いてたら思った以上になりまして、もう一つにわける事にしました。わけないと、これ、長すぎるものになりそうだったので……もっと長くてもいいよって人がいましたら教えてください。
次回からは長くてもわけずに行こうと思います。

実はカルマと渚と一緒にいる時と、他の人がいる時ですこーしだけ、オリ主の話し方が変わってます。……あんまり変わりませんね!反省です。

では、今度こそホントに次回は二択の時間…!


あ、ちなみにソフィーユさんは英雄伝説碧の軌跡の歓楽街でジェラートの売り子さんです笑


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二択の時間

身体よりも『先生』としての精神から遊ぼう(殺そう)と色々考えていたのに、今日のアイツは初っ端からノッてくれなくて邪魔をされちゃったから……気分が悪い。……でも、全く何も得られなかったわけじゃない。

 

〝今日一日、二人とも本気で殺しにくるがいい〟

 

その言質を引き出した……つまり、初日から元々無視してたところもあったけど、今日1日は授業中も、休み時間も、この校舎で過ごしている間は私たちの動きに制限を付けられることはない、と解釈した。思いつく限りの策を使って、殺せんせー……アナタを殺してあげます。

 

 

 

 

 

─1時間目・数学─《カルマ+アミサ》

 

「どうしてもこの数字が余ってしまう!そんな割り切れないお悩みを持つあなた!!でも大丈夫ピッタリの方法を用意しました!!黒板に書くので皆で一緒に解いてみましょう」

 

「………」

 

テレビショッピングかよ、とでも言いたくなる謳い文句で授業を進める殺せんせー……せんせーは今、黒板に向かって数式やそれに至るまでの過程を文章にして書いている。……あの内容ならもう数行は書くだろうし、書くことに集中しているアイツがこちらを見ることは無い。アミサちゃんの左腕が『偶然』フタの開いた筆箱に当たって中身が落ち、バラバラと中身が音を立てた今がチャンスだと、俺はカーディガンの下に仕込んだエアガンを取り出して構え……

 

「……でこれを全部カッコ良くまとめちゃってそれから……するとあらビックリ……、……となります。ああカルマ君銃を抜いて撃つまでが遅すぎますよ」

 

「なっ……」

 

「ヒマだったのでネイルアートを入れときました」

 

いつの間にか俺の手の中からエアガンを奪われ、その手の爪にネイルアートが施されていた……ご丁寧にたこ焼きのラインアート付きだ。このタコ……朝の一件、根に持ってやがる。

 

「……そしてアミサさん、撹乱のためにあなたが『偶然』を装って筆箱を落とし、音を立てたのはお見事でした。しかし音が鳴らす場所が悪かったですねぇ……はい、筆箱を拾うついでにデコってみました」

 

「……っ!!……、…」

 

机に戻された筆箱の勝手に飾られたリボンやバッジを剥ぎ取るアミサちゃん。銃を取り出す音、構えた時などの微かな音、それらの気配をアミサちゃんが別の音を立てることでもっていこうとしてくれたようだが、俺の近くで音を立てたことでそちらだけでなく俺へも意識を向けさせることにもなってしまったらしい。

その後アミサちゃんから無言で差し出された除光液はありがたく借りて、次までには剥がしてしまおう……差し出されたその手は申し訳なさそうで、あまり力が入っていなかった。

 

 

 

 

 

─2時間目・音楽─《アミサ》

 

……歌は、好き。

簡単には歌えないもの……例えば、高度な歌唱技術が必要なもの、ものすごく高音域のもの、早口で滑舌がモノをいうもの……それらを歌いきる達成感が、好きだ。歌いきるためには音をよく聞く必要がある。

……だから、かな。私は音を聞いている時に……人の発する波が聞こえる(見える)時がある。どんな波……というと説明がしづらいのだけど……もともと人はみんな違う気配を持ち、感情の高ぶりや落ち着きでハッキリしたり静かになったりしている。その気配の変化を見る技術は対象を探るために必要だと、幼い頃から学んできた。今では自然とそれをすることが出来る。

 

「……というわけです。では、ワンコーラスずつアレンジしてみましょうか。どのように歌を歌ってくれても構いません……楽譜通り正確なものでもいいですし、叫んだり突飛なもの、あっと驚くものでもいい。ふむ……では、千葉くん、中村さん、磯貝君、真尾さんの順で行きましょう」

 

今回の授業は曲のアレンジについてらしい。ちょうどよく私の名前も呼ばれた……試してみたいことがあったんだ。

『せんせー』が適当に決めた順番に好きなように音を奏でていく……千葉くんと磯貝くんは時々低い音を混ぜるけどそこまで原曲を崩さない。でも、中村さんが変化をつけて少し遊んだから、周りの聞いている人達の波長に変化が出てきた。次は何が来るんだろうっていう、期待。よくやったな、おもしろいという賞賛。

そして回ってきた、私の番。最初は聞く姿勢があるから見えた波は小さい……そこにワザと音を当てる!

 

「……〜…」

 

……あんまり、変化が見えない。じゃあ次、……意識が大きな波の時に大きな音を当てたら…?

 

「……──っ!」

 

………、今、『せんせー』を含めて聞いていた全員の波が一瞬止まった……なるほど、大きな波に音をうまく当てると波長が乱れて、上手く行けば止まる……これは使えるかもしれない。私の出番は終わったからさっさと席に戻ると、何故かみんながこっちを見てきた……暗殺をしなかったから?……暗殺の材料手に入れたから、ある意味やったんだけどな。……下手、だからかな…なるほど。

 

(((何だ今の、腹の底から響くような歌声……)))

 

「(にゅ……これは……クラップ音を声で代用した……いや、まさかそんなことを一般の中学生がいきなりやれるはずが……)」

 

「…………」

 

 

 

 

 

─3時間目・理科─《アミサ》

 

今日の理科は科学の実験のために理科室で行う……実験ということもあって人体には有害な物質を扱うこともある。……つまり、生徒に危害を加えられないせんせー=危険な薬品を扱う時に危ないことがあれば生徒を守る…?……試してみる価値はあるかな。

今アイツは両手(職種を手と言っていいのかは疑問だけど)に試験管を持ちながら薬品の説明をしている。……体長高いしみんなに見えるように見せながら説明してるから、小さい私が近づけば……薬品の真下からすべてを見上げることになる。静かに席を立ち、説明でこちらを見ていないように見えるせんせーへと近寄り……

 

「……はい、このように変化が見えましたね?……では酸性とアルカリ性の説明は以上で……」

 

「……殺せんせー、」

 

「!!!は、はじめて先生のことを『殺せんせー』と呼んでくれましたね真尾さんっ!!どうかしましたか?」

 

「……後ろじゃあ、…変化も何も、見にくかったから、……近くで見たくて……」

 

「そうですかそうですか、では、よく見ていてください。まずこっちの……」

 

……ここだ。

コイツが嬉しそうに私を見て、試験管を私に近づけた瞬間に私は手で試験管を払い中の薬品が机だけでなく私にもかかるようひっくり返し、すぐさま対先生ナイフを振るう。原則からいけば薬品から、私守るためにコイツは私に近づくはずだ……そうすればナイフで殺れる。もし守らないというなら自分から浴びに行った私は大火傷、先生として怪我を負わせない責任を果たせないことになる……!

 

「……!?」

 

「この試験管の中には人間が触れると危険な劇薬が入ってます……ああ、中身はご心配なく、こぼれた数滴もマッハで拾い集めておきました。アミサさんには火傷を防ぐためのミトンを履かせておきましたよ」

 

今の一瞬の間にコイツは私からのナイフをハンカチで包んで奪い、万が一の火傷を防ぐため手に可愛らしいミトンを履かせた上で、ひっくり返した試験管の中身を一滴残らず拾い集めたのだ。……これも、ダメだったみたい。

 

 

 

 

 

─4時間目・技術家庭科─《カルマ》

 

2時間目の音楽が終わったあと、アミサちゃんに音の波について言われたけど……正直なんのことかわからなかった。あの時、アミサちゃんの加えたアレンジはオリジナルでは静かなところを高音域に持っていき、ラストで盛り上げるもので……一瞬意識を何かに持っていかれた。一瞬すぎて瞬き程度だったから、ほとんどみんな歌に圧倒された……みたいに思ってて気づいてないけど……アミサちゃんが言う通りなら、結構怖いことしてると思う。

……アミサちゃんは、俺に見えていない何かを見ている……?……考えすぎか。

その後の3時間目……アミサちゃんは見事に自分を犠牲にして『先生』として殺しに行ったけど、ダメだった。悔しそうに席に戻ってきてからは、下を向いている。

……今度は俺が仕掛ける……調理実習はスープだ。この時間、殺せんせーは生徒の様子を見るために家庭科室中を歩き回る。

 

「不破さんの班は出来ましたか?」

 

「……うーんどうだろ。なんかトゲトゲしてんだよね」

 

「どれどれ……」

 

「へえ。じゃあ作り直したら?……1回捨てて、さ!!」

 

だから俺は、味見をしようと立ち止まり鍋に顔を近づけた瞬間に先生に向かって鍋をひっくり返し、すぐさまナイフを振る…!

 

「……!?」

 

「エプロンを忘れてますよカルマ君。スープならご心配なく全部空中でスポイトで吸っておきました。ついでに砂糖も加えてね」

 

「あ!!マイルドになってる!!」

 

スポイトって、そんなのありかよ!?しかもこんな……男がつけるようなもんでもないエプロンを着させられて、屈辱でしかない…!……しかも誰だ、かわいいとか言ったヤツ!

 

 

 

 

 

─5時間目・国語─

 

渚side

……無理だ。

殺せんせーはけっこう弱点が多い。バナナの皮を踏んで滑ってコケるっていう、普通ありえないようなことでもちょいちょいドジ踏むし、周りの突然の環境の変化とか慌てた時は反応速度も人並みに落ちる。

 

……けど。どんなにカルマ君やアミサちゃんが不意打ちに長けていても

 

「『─私がそんな事を考えている間にも…』」

 

……机間を殺せんせーが通り過ぎ、背中を見せた瞬間にカルマ君が右手の仕込みナイフ、アミサちゃんが左手の投げナイフを構えようとして…

 

「『─赤蛙はまた失敗して戻って来た…』」

 

殺せんせーの、触手に頭と手を止められ動けなくなる。顔を合わせていない、アミサちゃんのナイフすら後ろの触手でハンカチごしに止めている。

 

「『─私はそろそろ退屈し始めていた私は道路からいくつかの石を拾ってきて…』」

 

教科書を読むのを全く止めず、呆然とした二人の髪の毛をセットし始めた、殺せんせー。

 

……ガチで警戒してる先生の前では……この暗殺は無理ゲーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私とカルマくんが昨日話し合った、切り立った崖に一本松が生える場所。その一本松の上に登り、下には何にもない崖側に私が横を向いて狭い中体操座りをし、地面側にそちらを背に向けたカルマくんが腰を下ろしている。カルマくんは苛立ちを隠せずに爪を噛んでいて、私は自分の膝に顔を埋めた……私だって授業以外でも色々仕掛けた、それでも、何一つとして成功しなかった。

……なんで?早く、早く殺らなきゃ、掃除しなくちゃいけないのに……っ

その時、一人ついてきていた渚くんが私たちに声をかけた。

 

「……カルマ君、……アミサちゃん……、焦らないで皆と一緒に殺ってこうよ。殺せんせーに個人マークされちゃったら……どんな手を使っても1人じゃ殺せない。普通の先生とは違うんだから」

 

まるで、数多の盾とどこでも見通せる第三の目があるようなイメージが沸き起こる、……そう、普通の先生じゃないんだから当たり前といえば当たり前、なんだけど。

 

「先生……ねぇ」

 

〝赤羽!!お前が正しい!!〟

 

〝喧嘩早いおまえは問題行動も多いがなおまえが正しい限り先生はいつでもおまえの味方だ!!〟

 

「……、…………」

 

〝いやいや……大丈夫ですよ、真尾は優しすぎるだけです。それにあいつには今、D組(うち)の赤羽がついてます。間違ったことはしないに決まっているじゃないですか〟

 

〝生徒を守ってこその教師でしょう?〟

 

「……やだね俺が殺りたいんだ。変なトコで死なれんのが一番ムカつく」

 

「渚くんは、私のコト、知ってるクセに。……せんせーなんて、みんなろくでもない、タダのゴミでしょ。みんながそれをシるマエに、……ワタシが、ワタシタチでヤるのが、いちばんイイの」

 

「…………」

 

「カルマ君にアミサさん。

今日はたくさん先生に手入れをされましたね。まだまだ殺しに来てもいいですよ?もっとピカピカに磨いてあげます」

 

私たちと渚くんが喋っているここへヌルヌル音を立てながら、アイツがやってきた。なんか触手を合わせながら、明らかに私たちをナメているのが分かる。でも。

……そっか。

まだまだ殺しに行っていいんだ。

あぁ、それならこの場所にうってつけな暗殺がある……昨日話した作戦がイきる時が来た。

カルマくんもそれを考えたのだろう……一度私に視線をやり、崖下を見た後にもう一度視線を交わす。そして渚くんと『せんせー』に向き直った。

 

「……確認したいんだけど、……殺せんせーって先生だよね?」

 

「…?…はい」

 

「先生ってさ命をかけて生徒を守ってくれるひと?」

 

「もちろん先生ですから」

 

「そっか。良かった……それが知りたかったんだぁ……ねぇ、今ってまだ朝約束した『今日』の中に入るんだよね…?」

 

「えぇ、入りますねぇ…」

 

「じゃあ、今からそっちに戻って殺っても問題ないわけだ…、……行こうかアミサちゃん」

 

────これが、合図だ。

 

「うん……、っ!?や、あ、え…?」

 

「っ、アミサちゃん!?」

 

「にゅ!?」

 

「ちょ、」

 

「き、きゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 

私はカルマくんに呼ばれ、体操座りから立ち上がろうとする……がうまく立ち上がることが出来ずにその場でバランスを崩す。狭い木の幹で、バランスを崩せばどうなるか……決まっている、私は落ちた。下は崖だ……何も、無い。

慌てたようにカルマくんが私の名前を呼んで、スグに手を伸ばし、届かないと気づいた時には私と同じようにバランスを崩して……落ちる。

渚くんが走り込んできて、崖から落ちていく私たちをのぞき込む……そして、目を見開いた。

 

────私を抱えたカルマくんが笑みを浮かべながら……そしてカルマくんに下から支えられ、無表情で崖の上を見つめながら……銃を構える姿を見たのだろうから。

それに続いて私たちの目に、崖の縁まで飛び込んできた『せんせー』が見えた。

 

助けに来れば救出する間に撃たれて死ぬ

…まっすぐおいでよ、撃ち殺してあげる

 

見殺しにすれば先生としてのあんたは死ぬ!!

それとも生徒二人を見殺しにした先生として死ぬ!?

 

あ、はははっ!走馬灯ってぽいの見えてきたぁ……

俺の、私の、

停学になった時のこと……

 

そいつのすべてに絶望したら、そいつは私たちの中で死んだも同然、死体も同然、処理をするのも当たり前!

 

殺せんせー!!

 

あんたは俺の手で殺してやるよ!!

あんたは私の手で殺してあげる!!

 

さあどっちの『死』を選ぶ!?

 

 

────あぁ、でも、どっちにしろ私たちは死んじゃうんだ。地面に叩きつけられて死ぬか、粉々になって死ぬか。

 

────見捨てられて、裏切られて……そんな世界で生きるくらいなら、私は…っ…

 

 

「……死んでも、」

 

「……?」

 

「死んでも、俺は一緒にいるから……離れないよ。……一人には、しない」

 

…………カルマ、くん……

 

 

 

────シュルルルッ

 

 

 

「な…っ……え……」

「!…なに、これ……」

 

何か、衝撃が走ったかと思えば、私たちの体は黄色いネバネバした蜘蛛の巣のようなネットの上に落ちていた。

……死んで、ない……?

そう思っていれば、ぴょこんとネットの下にアイツが現れる。

 

「お二人とも。

自らを使った計算ずくの暗殺お見事です。事故で崖に落ちたことを装って、先生を慌てさせることも折り込み済みですね。

音速で助ければ君達の肉体は耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる……そこで先生、ちょっとネバネバしてみました。これでは撃てませんねぇ……ヌルフフフフフフ」

 

「……くっそ、何でもアリかよこの触手!!」

 

ネットがネバっと腕や髪、足にも体にも全部引っ付いて取れないので、全く動けないし……当然銃も撃てない。これじゃあ…!

 

「……ああちなみに」

 

必死に体を外そうとする私たちのすぐ真横から顔を出し、私たちを見る顔に、反射的に動きが止まる。

 

「見捨てるという選択肢は先生には無い」

 

「「……………ぇ……」」

 

「いつでも信じて飛び降りて下さい」

 

「…………………はっ」

──こりゃダメだ

──死なないし殺せない

──少なくとも……

──先生としては

 

 

「…………………っ……」

──ムリ、だよ

──これが、先生っていうもの?まるで違う…

──……もう一度……もう一度、だけ、

──信じてみたく、なっちゃうよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーわー……二人して平然と無茶したねぇ……しかもあれ、演技だったんでしょ?わざと落ちたってこと…?」

 

「別にぃ……今のが考えてた限りじゃ一番殺せると思ったんだけど。……ていうか、そう思ったからこその理科でのアミサちゃんでしょ?二人がかりでここまでダメなんじゃ、しばらくは大人しくして計画の練り直しかな〜」

 

そう、私がした理科での自己犠牲はこの作戦を元にしていた。実は、生徒が危ない目にあったら助けに入るかどうかを見て、この最後の作戦でせんせーが絶対に飛び込んで来てくれるかどうかを事前にやっておきたかった、という理由もある。

 

「おやぁ?もうネタ切れですか?

報復用の手入れ道具はまだ沢山ありますよ?君も案外チョロいですねぇ」

 

……このヒト、初日にいきなりチョロイって挑発されたこと根に持ってたよね、絶対。

 

「殺すよ明日にでも」

 

今までとは違う表情(かお)を見せて宣言するカルマくん。赤丸印を顔に出して笑う殺せんせー。

……私は、カルマくんのカーディガンを掴んだまま、俯いていた。

 

「……アミサさん、先生はあなたの事情を全ては知りません」

 

「…………」

 

「しかし……〝外〟には目を向けてみましたか?」

 

「……?」

 

それは、いつも渚くんに言われていたことだった。

 

〝ゆっくりでいいから……〝外〟を見てみてよ〟

 

「渚君から、貴女が信じていた先生に、周りにいた人達に裏切られて周りを信じられなくなっていることは聞きました。あなたの信じることを全て否定され、誰にも認められない環境は辛かったことでしょう。しかし、そんな貴女にもいつもそばに居てくれる、信じられる存在はいたでしょう?」

 

……初めてあった時から、カルマくんと渚くんは信じられた。

……なんで?……私を見て、私のことを聞いて、それでいて彼らが自分の意見を言っても私を否定しなかったからだ。

 

「しかし、〝外〟はどうでしょう?貴女はまだ、カルマ君と渚君の三人の世界しか見ることが出来ていない……少なくとも、E組のクラスメイトの事は見ていないでしょう?まずはそれを見て、聞いて、接して……それから拒絶するのでも遅くはないのではないですか?」

 

私はE組の人達のこと、全く分からない。同じクラスになった人もいるだろうに、すれ違ったことのある人もいるだろうに、もしかしたら話したことだったあるかもしれないのに……誰一人として、わからない。

 

「あぁ、少なくとも先生は、貴女を見捨てるなんてことは絶対にしません。何度でも探して、引っ張りあげて、一人にはさせません」

 

「…………でも、やり方、わからないよ……」

 

「それに関しては先生におまかせを!明日の朝、早めに登校して教員室へ来てください。……あぁ、もちろん、不安ならカルマくんも一緒で構いませんよ」

 

…………負けちゃったな。

これじゃあ、信じてみるしか、ないでしょ……

 

「………、……うん。がんばって、みる。……ありがと、殺せんせー…」

 

そう答えると、嬉しそうに目を細めた殺せんせーが、よく言えました、御褒美です、と触手で頭を撫でてくれた……すぐにカルマくんがナイフで払ってたけど。

そしていつものように私がカルマくんのカーディガンを掴み、ついてきていることを確認すると、カルマくんはおもむろにポケットへ手を突っ込んでがま口財布を取り出した。……あれ、カルマくんってがま口だっけ…?

 

「じゃ、帰ろうぜ渚君、アミサちゃん。帰り、メシ食ってこーよ」

 

「ん……?アーーッ!!ちょッ、それ先生の財布!?」

 

………せんせーのでしたか。

 

「だーかーらぁ、教員室に無防備で置いとくなって。烏間先生もため息ついてたよ〜?」

 

「返しなさい!!」

 

「いいよー」

 

「え、な、中身抜かれてますけど!?」

 

「はした金だったから……募金しちゃった」

 

「にゅやーッ!?!?!?こ、この、不良慈善者!どんな金額でもお金はお金!小銭を笑うものは小銭に泣くのですよ!?それなのに君と言ったら……!」

 

「あははっ!」

 

私は、私の手を取って引っ張りあげてくれた殺せんせーを、少しは信じてみようかと思う。すぐに全部信じるのは、まだ無理だけど……でも、頼ってみるくらいはしてもいいかな、なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

「………怖いの?」

 

「!!」

 

「みなさん、待ってますよ」

 

「…………でも、……」

 

「……俺も一緒にやるから、ほら」

 

「…うん……」

 

────ガラッ

 

「おはようございます。はい、席につい…てますね、渚君、昨日のお願いを早速ありがとうございます。では!今日はまず、転入生を紹介します!」

 

「殺せんせー、カルマと真尾さんまだ来てねーぞ!」

 

「そうだよ、今やるより、二人が来てからの方が……」

 

「えー、みなさんもよく知っている人ですが、ここで会うのは『はじめて』でしょうからねぇ……」

 

(((スルーしやがった!?)))

 

「改めて挨拶を、と思いまして。……ではどうぞ『カルマ君、アミサさん』」

 

「「「!!!」」」

 

「は〜い、俺はご存知の通り赤羽業ね、みんな気軽に下の名前で呼んでよ。よろしく〜!……ほら、」

 

「…っ、…っ……真尾、有美紗……です。その……がんばる、ます。……よ、よろしくお願いしますっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へへ、よろしく!真尾さん!」

 

「真尾ちゃん、おはよー!よろしくね!」

 

「あ、そう言えばカルマや渚は呼んでたけど下の名前知らなかったや。ラッキー!」

 

「…、…ぁ……」

 

「ちょっと〜、俺にはなんにもないわけ?」

 

「カルマはなぁ……カルマだし」

 

「はぁ?」

 

「真尾さんって、本校舎の時は近寄れなかったけど、こうしてみると小動物みたいだよな!」

 

「でも、昨日もその前もカッコよかったよ!だけどさ、一人とか二人で殺るんじゃなくて……E組みんなで頑張ろ!」

 

「……っ、…ふぇ……」

 

「え、ちょ、……な、なんで泣くの!?」

 

「ご、ごめ、なさ……なんか、勝手に…!」

 

 

 

 

 

「「……………ね、〝外〟の世界も案外悪くないでしょ?」」

 

 




「そういえば、真尾さんって歌うまいんだね!」
「そうだよ、あれすごかった!また音楽の時間が楽しみだぜ…!」
「あ、私の名前はね……」
「俺も。……話したことねぇし、ちょっとずつな!」


「…………」
「……えーっと、カルマ君?」
「……アミサちゃんがああやって受け入れられるのを見るのは嬉しいけど、なんかムカつく」
「あー……取られた感じがしてるわけね」

++++++++++++++++++++

最後の会話で殺せんせー、オリ主、カルマ以外は誰がどのセリフを言ったのか……自由に想像してみてください。


二択の時間でした。
一番困ったのは、カルマの暗殺だけにしてしまうとオリ主の出番が消えること…急遽、オリ主主体の暗殺も決行しました!音楽の時間のあれは、公式設定です(卒業アルバムの時間)。
なんとかもっていきたい場所までもって行けたので満足しています。

では、また次回、おあいしましょう!



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毒の時間

現在時刻8時15分……私たちの目の前には、3ーEの教室へ入るためのドアがある。

 

──────ガラッ

 

「……お、…おは、よう……っ!」

 

「あ、おはようアミサちゃん!」

 

「おっはよー!お、今日は教室入ってくるの早いじゃん」

 

「……その、……ちゃんと、……したくて…、えっと……」

 

「ゆっくりでいいぞー」

 

「…っ、……も、ムリ…!」

 

始業が8時30分からだからか、この時間にもなればほとんどのクラスメイトが教室にいるといっていい。実際はもっと人が少ない時間に教室へ入れた方がいいと8時前には学校入口にいるのだけど、私が入るのをためらううちに時間が過ぎて……いつもこの位になる。毎日朝早くから付き合わせてるカルマくんと渚くんにかなり申し訳ない……けど、いないと私は教室にすら入れない……!

今日はなんとか挨拶を自分からすることが出来て、それから返事をしようとしたけど……無理でした。すぐさまカルマくんの後ろに張り付いて隠れると、少し体を移動させてから私の頭に安心する大きな手がおりてくる。

 

「はーい、よく頑張りました」

 

「あー……今日はあいさつで限界だったか……俺も返事するの焦りすぎた、スマン!」

 

「………、」

 

「……前原くんのせいじゃない、だって。でもアミサちゃん、少しずつだけどカルマ君から離れて周りが見れるようにはなってきたよね。ちょっと前まで挨拶されても後ろに隠れたままペコペコしてたんだから、進歩だよ進歩!」

 

……渚くんに言われ続けて、殺せんせーにアドバイスされて、少しだけ世界を広げてみた。でも日本(こっち)に来て汚い世界ばかりを見てしまったから、目を合わせる人、顔を見る人みんなが怖くて仕方が無い……。すぐに一人で歩けるほど私は強くない、だからまだ隠れながらだけど……少しずつ周りを見てみるようにしてみた。そうしたら私が思っていたよりも、そこはずっと優しくて……なんでこんなに優しい世界を見ていなかったんだろうって思い始めている私がいる。

怖がって、返事もしなくて、逃げてばかりの私なのに、ちゃんと向き合ってくれる人がいることも知った。例えばクラス委員の片岡さんと磯貝くんは私のペースに合わせてくれるし、中村さんや前原くん、岡野さんはいつも明るくて散々な応対しかできない私を笑って励ましてくれる。……あと原さんはお母さんだし、茅野さんと速水さんにはよく撫でられる。……まだ短い時間しかここで過ごしてないけど、こんなにも見てくれる人がいることを知って、……ここの居心地がいいのは確かなんだろう。

 

「おはようございます!では、日直の方は号令を!」

 

そして、今日も一日が始まる。

ここは、暗殺教室。

標的(ターゲット)は、先生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日の理科ではお菓子を使うらしくて、一人最低一つ、持ってくるようにって帰りのHRの時に殺せんせーに言われた。ただ、ここで疑問が……私にとってのお菓子、と言ったら料理手帳を使って手作りするのが普通だから、『最低一つ』というのがよくわからなかった。みんな、たくさん作って持っていくのだろうか…?

 

「渚ー、帰ろー?」

 

「帰りにコンビニ寄って明日のやつ買ってこーぜー」

 

「あ、うん。カルマ君達、帰る準備できた?……、アミサちゃん、何読んでるの?」

 

帰りに身支度を済ませて一緒に帰る渚くんや、最近一緒に帰るようになった茅野さん、杉野くんたちを待っている間に私は、自分の席で料理手帳を開いて読んでいた。もちろん、明日の授業で使うというお菓子を選ぶためだ。

 

「え、と、料理手帳……明日の授業でお菓子使うんでしょ…?今のうちに何を作るか決めた方がいいかなって…」

 

「ちょ、待って。え、真尾さん作るの!?」

 

「え……、……作らない、の?」

 

「真尾さん、お菓子は買ってこればいいんだよ?それか、家にあるやつ……んー、ポッキーとかポテチとか!……あー、プリンじゃダメなのかな!?」

 

「授業で使うんだからプリンは合わないんじゃないかな……そもそもあれってお菓子?ナマモノだし……って、アミサちゃん?」

 

「…………ぽっきー…?…ぽて……?」

 

初めて聞くなにかの名前らしきものに首を傾げていると、頭を押さえる二人と何を言ってるのかって顔をする二人に反応がわかれた。……これって、知ってて普通のものだったりしたのかな。

 

「……カルマ君。僕達さ、外での遊びにばっかり集中してたけど……これ、もしかしなくても……」

 

「あー……こんな身近に初めてがあるのは失念してたわ……」

 

家でも置いてある菓子とか好きに手をつけていいって言ってあったのに、全く減らないから変だと思ってたんだよ……と言うカルマくんに、余計わからなくなる。帰りにコンビニ寄るから久々の勉強会ね、と渚くんに言われたことから……これは、私の知らないこと、でいいんだろう。

………たぶん。

 

 

 

 

 

++++++++

 

 

 

 

 

そしてコンビニ……ここははじめの頃に連れてきてもらった場所だから、よく知ってる、……つもりだったんだけど、みんなが近寄る棚は私が全く食べたことのないものばかりが集められていた。コンビニっておにぎりとか飲み物を買うところじゃないの?と聞いてみたら、茅野さんにはプリンがある!デザートも!と力説され、杉野くんには後でオススメ教えてやるって言われた。なんでもコンビニごとに売ってるものは違うらしい……だからいろんなお店の種類があるのね。みんな各々好きなものを選んでコンビニを出る。

 

「ほら、一つ食べてみろよ。明日の授業で使うって言ったってそれ個包装だしさ、量もあるから平気だって」

 

「……」

 

促されて、杉野くんチョイスのイチゴチョコポッキーというものを口に入れる。……サクサクしてる、周りは、チョコ…?つぶつぶがイチゴなのかな?甘いけど、サクサクはちょっとしょっぱいような…不思議な感じ。……普段作るお菓子とかも不思議なものとか多いんだけどね。

 

「……おいしい」

 

「そっか、よかった」

 

「真尾さん、これどう?分けてあげる!」

 

そういってスプーンにコンビニデザートというものをすくい、一口分けてくれた茅野さん。恐る恐る口をつけると、口の中に甘い味が広がった。

 

「……ふわぁ……甘い、溶けちゃうみたい!」

 

「でしょ〜?真尾さん、いつも渚とカルマ君と一緒にいるし、なかなか話せなかったんだよね……私たちにも慣れてきたら、今度女子会しよーね!」

 

甘いもの食べたり夜遅くまでおしゃべりしたり、お泊まり会するんだよ女子だけで!と、私の手を握って嬉しそうに笑う茅野さん。……握られた瞬間は体が強ばったのに、その優しい手にいつの間にか安心していて、私は気付いたら「うん」って、小さく返事をしていた。

 

 

 

 

 

「……茅野ちゃんなら、まぁいいか」

 

「カルマ君…。…まぁ、ホントちょっとずつだけど……アミサちゃんの笑顔、増えてるよね」

 

「E組でも、あの小動物感がいいって何人か言ってたぞ。カルマ、あぶねーかもな〜」

 

「…………何が言いたいのかはよく分かんないけど、からかおうとしたのはよく分かった。杉野はあとで殺す」

 

「何でだよ!?俺じゃねーよ言ってるの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた理科の実験当日。私は昨日買ったイチゴチョコポッキーを持ってきました。みんなが持ってきたものを見てみると、見たことないものがいっぱいで……今度から少しずつ試してみようかと思います!

理科室ではカルマくんと速水さん、千葉くん、奥田さんと同じ机を使い、私は奥田さんの隣に座ってクラス委員の二人が手伝いに行ったせんせーたちが来るのを待つ。そして……理科室のドアの横に岡島くん、正面に前原くんと三村くんが実験道具を持ってくるだろう殺せんせーの暗殺を狙ってナイフを構えてる。でもそのくらいの警戒で、不意って打てるものかな?

案の定殺せんせーは三人のナイフを避けながら、これからの実験の準備まで終わらせてしまう始末……三人とも、とても息が上がってた。

 

「大丈夫か?前原……」

 

「あぁ……」

 

「やっぱそれくらいの不意打ちじゃ、ダメでしょ」

 

「ヌルフフフフフフ……」

 

「……〜っ、」

 

……?今殺せんせーが私たちの後ろを通った時に、奥田さんが変に緊張していた気がする。ちら、とそっちを見てみたけど……下を向いて何かを決心したような顔をしているけど、何だかガチガチになっているようにも見えた。

 

 

 

 

 

++++++++

 

 

 

 

 

「おぉ〜……真っ赤だな」

 

お菓子を砕いたものを使い、着色料を取り出す……真っ赤に染まった液体を見て、クラス中で驚きとうわぁ…みたいな声が上がる。着色料って、あんまりいいイメージないもんね……それが結構使われてることを目の前で証明されちゃったんだもん、当然といえば当然の反応だ。

 

「はい、お菓子から着色料を取り出す実験は……これで終了!!余ったお菓子は……先生が回収しておきます」

 

みんなが結果に驚いているうちに要らないところでマッハを発揮した殺せんせーが、生徒が買ってきたお菓子を回収して自分の手元に抱え込み……一度姿が消えたことから多分教員室にでも置きに行ったんだろう。……これ、お菓子を回収して先生のものになるところまでが実験になってませんか?

 

「ちょ、それ買ったの俺らだぞ!?」

 

「……給料日前だから授業でおやつを調達してやがる」

 

「地球を滅ぼす奴がなんで給料で暮らしてんのよ」

 

「……、……手作りお菓子だったらこの実験で着色料は出なかったけど、……こうなるなら、対先生BB弾を砕いて仕込むのも、アリだったかな…?」

 

「真尾さん、それは流石に物騒…」

 

「まず殺せんせーが回収するかどうかも分からなかったから、無理じゃないかな」

 

ぼそっと思いついたことを言ったら、静かに聞いていた千葉くんと速水さんにツッこまれた。確かに回収してくとは思わなかったけど、もし仕込んでれば殺せんせーは食べたかもしれないのに……それに、対先生BB弾(これ)が先生の内部から効くかどうか試せたんじゃないかな……。カルマくんは、今度何か差し入れしてやろーよ、って結構ノり気なのに。

と、そこで隣で椅子を引く音がしてそちらを見てみれば、奥田さんが後ろ手に試験管やフラスコを持って前へ歩いていくところだった。やっぱり、なにかするつもりだったみたい。

 

「あ…あのっ先生……」

 

「どうかしましたか、奥田さん?」

 

「……っ、あの!

毒です!!飲んで下さい!!」

 

カチャン、と音を立てて差しだされたドストレートなそれに先生は固まり、クラスのみんなはコケた。

 

「ダメ、ですか……?」

 

「……奥田さんこれはまた正直な暗殺ですねぇ」

 

「あっ……あのあの……わ、私皆みたいに不意打ちとかうまくできなくて……でもっ、化学なら得意なんで真心こめて作ったんです!!」

 

「真心……」

 

「お、奥田……それで渡して飲むバカはさすがに……」

 

「それは、それは、

 

 

 

 

 

 

 

ではいただきます」

 

飲むんだ!?

みんなの考えはきっと一致したことだろう……何のためらいもなく試験管を傾ける殺せんせー。私達も、渡した当人である奥田さんも固唾を呑んで見守る。

途端、苦しみ始める殺せんせー。聞いたことのないようなうめき声をあげ、体を折り曲げて顔には汗が……

 

「!!こ…これは……」

 

「効いてるのか!?」

 

「まさか……」

 

 

 

 

────────にゅん

 

 

 

 

(((なんか、ツノ生えたぞ)))

 

「この味は、水酸化ナトリウムですね。人間が飲めば有害ですが、先生には効きませんねぇ」

 

「……そうですか」

 

「あと2本あるんですね、それでは」

 

「は、はい!」

 

「うっ…うぐあっ、ぐぐぐ………」

 

 

 

 

────────ニュッ

 

 

 

 

(((今度は羽生えた!!)))

(((無駄に豪華な顔になってきたぞ)))

 

「酢酸タリウムですね。では最後の一本」

 

(((どうなるの!?)))

(((最後はどうなるんだ!?)))

 

「ぬぁ……ぬううぅぅぅううああ……!」

 

 

 

 

────スッ

 

 

 

 

(((真顔になった……)))

(((変化の方向性が読めねぇよ……)))

 

「王水ですねぇ。どれも先生の表情を変える程度です」

 

「てか先生、真顔薄っ!!顔文字みてーだな!!」

 

「先生の事は嫌いでも暗殺の事は嫌いにならないで下さい」

 

「いきなりどうした!?」

 

薬を飲んだ殺せんせーの顔色が青くなってツノが生えたり、緑になって羽が生えたり……しかもパタパタ動かしてたし、先生の頭が七変化していた。極めつけは真っ白な真顔……特徴的な口も点になり、うん、ほんとに薄い。

あれ、そもそも毒物を味でなんなのか判断しちゃっていいものなのかな…!?

 

「それとね。奥田さん生徒1人で毒を作るのは安全管理上見過ごせませんよ」

 

「……はい、すみませんでした……」

 

「放課後時間あるのなら一緒に先生を殺す毒薬を研究しましょう」

 

「……は、はいっ!!」

 

奥田さんは、それで納得しちゃったみたい。……殺せんせーが嘘ついてるとか、思わないのかな……。あ、でも、作った毒薬をすぐその場で試させてもらえるなら、ある意味狙ったことなのかも……?

 

「……暗殺対象と一緒に作る毒薬ねぇ」

 

「……後で成果を聞いてみよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

奥田さんは嬉しそうな笑顔でワインのような紫色の薬品が入った、いかにも怪しいフラスコを持って登校してきた。茅野さんや渚くん、杉野くんが成果を聞きに彼女の元へと集まる……私は、遠目で見ていることにした。

 

「……で、その毒薬を作って来いって言われたんだ」

 

「はい!!理論上はこれが一番効果あるって!!」

 

「……毒物の正しい保管法まで漫画にしてある。相変わらす殺せんせー手厚いなぁ」

 

「きっと私を応援してくれてるんです。国語なんてわからなくても私の長所を伸ばせばいいって」

 

国語なんて……か。私的には、国語力って生きている上で一番必要なことだと思う。何かを伝えるにも、表現するにも一番簡単な手段が言葉であって、本を読みといたり、意志を汲み取るのだって国語の一部。……そして、嘘をついたり騙すことだって国語力だと思う。

 

「あ、来たよ。渡してくれば?」

 

「はい!!っ、……先生、これ……」

 

「おや、さすがです……では早速いただきます」

 

クラス全員が昨日の変化を目の当たりにしていることもあって、これから起こるであろう変化を興味深そうに待っている。さあ、今回はどうなるのかな…?

 

「……ヌルフフフフフありがとう奥田さん。君の薬のおかげで・・・先生は新たなステージへ進めそうです」

 

「……えっ……それって、どういう……」

 

……!?殺せんせーが赤黒いオーラをまといながら、変化し始めた……液体を飲み込んだ最初は苦しそうに呻いていたのに、今ではどこか嬉しそうな笑い声をあげながら体を震わせて……!

 

「にゅやあぁぁあぁぁああ!!!」

「「うわあぁああ!?」」

 

目も開けていられないほどの突風と衝撃波が襲ってくる。一番後ろの席に座る私でさえそんな勢いを感じたのだ、正面にいた奥田さんやその周辺はたまったものではないだろう。みんな、とっさに両腕を顔を前に構えて衝撃に備え……おさまった時には

 

 

 

 

 

────ふぅ……

 

 

 

 

 

「溶けた!?!?!?」

 

殺せんせーが教卓で溶けていた。色も銀色の……はんだの溶けたやつみたいな、ゲームに出てくるメタルのアレみたいなものになって、教卓で一息ついていた。

 

「君に作ってもらったのはね。先生の細胞を活性化させて流動性を増す薬なのです」

 

 

────バシュッ

 

 

ドロドロ溶けて、教卓から流れ出していったかと思えば……ものすごい勢いで、片岡さんの、机に飛んでいった!

 

「液状ゆえにどんなスキ間も入りこむ事が可能に!!」

 

「……どこに入ってんのよ」

 

いつものあの巨体では入ることが出来るはずのない、狭い机の引き出しの中に収まっている殺せんせー……女子にそれをやっているのって、いっぽ間違えたら何かの犯人にでもされそうなギリギリのことをやってる気がする。

 

 

「しかもスピードはそのままに!!さぁ殺ってみなさい」

 

 

「ちょっ・・・無理無理これ無理!!床とか天井に潜り込まれちゃ狙いよう無いって!!」

 

「なんだこのはぐれ先生!!」

 

「はっ、てことはこれを倒せば経験値は3倍!?」

 

「んな事言ってなくていいから狙え不破!!」

 

次の瞬間、殺せんせーは教室中をヌルヌルとした体を生かして飛び回り始めた。みんな慌ててエアガンを構えて狙うけど、いつも以上に的は小さいしありえない狭い場所にも入り込むしで狙いが追いつかず、立ち往生するしかなくなっていた。誰よりもランランと目を輝かせて先生を狙う不破さんは置いておいて、あわてて茅野さんと一緒に奥田さんに声をかける。

 

「奥田さん……あの毒薬って…!?」

 

「ほ、ホントに……せんせーを倒すもの、なのかな…!?」

 

「……だっ……だましたんですか、殺せんせー!?」

 

「奥田さん。暗殺には人を騙す国語力も必要ですよ」

 

「えっ……」

 

天井の一部に集まり、にやりと笑う殺せんせー……あぁ、この流れもきっと、殺せんせーには分かっていたことだったんだ。きっと、こうやってみんなに狙われることも、……最終的には奥田さんが騙される形になることも。

ヌルヌル動きながら、せんせーが脱ぎ捨てる形になった服の中へと入っていく。……服、回収しとけばもしかして戻れなかったかも…?もう遅いけど。

 

「どんなに優れた毒を作れても……、今回のようにバカ正直に渡したのでは暗殺対象(ターゲット)に利用されて終わりです……ふむ、……渚君。君が先生に毒を盛るならどうしますか?」

 

「え……うーん先生の好きな甘いジュースで毒を割って……特製手作りジュースだと言って渡す…………とかかな」

 

「そう、人を騙すには相手の気持ちを知る必要がある。言葉に工夫をする必要がある。上手な毒の盛り方それに必要なのが国語です。君の理科の才能は将来皆の役に立てます。それを多くの人にわかりやすく伝えるために……毒を渡す国語力も鍛えて下さい」

 

「は、……はい!!」

 

「あっははっ!みんなやっぱり、暗殺以前の問題だよね〜」

 

 

 

 

 

渚side

 

殺せんせーの力の前では、猛毒を持った生徒でもただの生徒になってしまう。まだまだ……先生の命に迫れる生徒は出そうにないや。

 

「…………殺せんせー、これから余裕あったら私、殺せんせーのためにお菓子、持ってきます。だから……手を使って食べてね。……絶対」

 

「……あ、そーいうこと。

ねー、せっかくアミサちゃんは理科の時に手作りのお菓子を持ってこようとしてくれてたくらいだもん。今回は違うけど……その好意(行為)に少しくらい、敬意があってもいいよねぇ?」

 

「ちょ、な、何か仕込む気ですかアミサさん!?それにカルマ君もなにか含みがあって怖いですよ!?」

 

「……手で食べるものに、手を使わないのはおかしいと思って言ったの。確認、だよ?……私たちの意図を理解できないなんて、せんせーの国語力も……ふふ、高くないんだね」

 

「本トだよね〜」

 

「にゅやーーーーっ!?」

 

……精神的には、思いっきりやり返してる人達もいるけどね。これはアミサちゃんたちに一本、かな?

 

 

 

 




「そういえば真尾さん、料理手帳見てたよね……どんな料理があるの?」
「えと、……見ますか?」
「見せて見せて!」
「私もー!」
「俺も覗いてみたいな」
「………へー、いろんなのがあるん、……」
「どうしたの、茅野?」
「何、この材料…」
「は?なになに…………魔獣の目玉、魔獣の羽に種とか……え、魚肉?」
「?……はい、故郷じゃ……普通に使われている食材ですよ?」
「……待って」
「…んと、そんなに珍しいものじゃないし……日本(こっち)では手に入らないけど、お姉ちゃんに送ってもらう仕送りの一部にいつも……」
「待って、真尾ちゃん、お願いだから待って!!」



「ま、真尾さん…!あ、あの、実験に使ってみたいので、食材、分けてもらえませんか…?」
「…?……どれにする?」
「ホントですか…!……で、では……!」
「あ、じゃあできたやつ俺にも分けてよ。タコに実験ついでにイタズラしてくるから」



「おい、誰かあそこ止めろ」
「ある意味怖い組み合わせが生まれたぞ……」


++++++++++++++++++++


the本気になったら結構ヤバいトリオが結成(嘘)


後書きです。
今回は少しずつ慣れ始めたオリ主の日常も一緒にお届けしました。
最後の料理手帳は……うん、見た目はいいのに入ってるものはやばいですよね。それを普通に使う軌跡シリーズの料理。魔獣と言われてピンと来ない人からすれば、名前だけだとゲテモノの類が思いつくはず、と思い、最後の会話が生まれました。

いつの間にか、奥田さんと仲良くなった!
筆者もビックリ。修学旅行前に魔のトリオが結成。

次回、新しい先生が来ます!




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プロの時間

 

「もう5月かぁ早いね」

 

渚くんが教室の黒板に日付を書いているのを見て、茅野さんが呟く。……そっか、毎日が濃いから忘れてたけど、いつの間にかE組に来てから1ヶ月近くたってたんだ。

月が三日月になって……私とカルマくんの停学が明けてE組に来て……色々仕掛けたけど個人での殺せんせーの暗殺は諦めて……私は優しい世界(居場所)を見つけた。今では、E組の人たちを信用してもいいと思ってる。だって、警戒するのが申し訳ないほどみんな真っ直ぐで、優しい人たちだって知ったから。上辺だけ見て付き合う人じゃないって分かって、おしゃべりしたり、一緒に過ごしたりするのに緊張することが少なくなって来た。

……私は私として受け入れてくれるみんなを、否定するしかないと思ってた世界を、……いつか、信頼出来れば、いいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー……今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

 

「イリーナ・イェラビッチと申します!皆さんよろしく!!」

 

朝のホームルームの時に、珍しく殺せんせーだけじゃなくて烏間先生も教室に入ってきた……一人の女の人を伴って。その人は金髪のものすごい美人でグラマラスボディ……ティオさんに言わせればお姉ちゃんに引けを取らない、とらんじすたぐらまー……という奴なのだろう。その人は殺せんせーにベッタリで、何だかハートが飛んでいるようにも見えた。そちらを見て呆れたように…?付き合いきれない、みたいな感じで烏間先生が紹介する。

 

「そいつは若干特殊な体つきだが、気にしないでやってくれ」

 

「ヅラです」

 

「構いません!!」

 

入ってきた時から、殺せんせーに髪の毛が生えてるなー……とは思ってたけど……あれ、カツラだったんだ。それをバラしたってことは、あのイリーナ……先生はカツラを付けた殺せんせーにしかあった事が無かったってことなのかな。

 

「……すっげー美人」

 

「おっぱいやべーな」

 

「……で、なんでベタベタなの?」

 

ほんと、何があったらあんなにベタベタになるんだろ。一目惚れ?……優しくされた、とか、助けられた、とか…かな。

 

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ。英語の半分は彼女の受け持ちで文句は無いな?」

 

「……仕方ありませんねぇ」

 

そう言いながらも、あまり気にしていないように見える殺せんせー。むしろ、金髪美人のとらんじすたぐらまーに腕へ引っつかれてて、そっちを気にしているように思えた。……いつもなら殺せんせーの気持ちがすぐわかる顔色、まだ変わんないけど……実際どうなんだろ。

 

「なんかすごい先生来たね。しかも殺せんせーにすごく好意あるっぽいし」

 

「……うん。…………でも、これは暗殺のヒントになるかもよ?タコ型生物の殺せんせーが……人間の女の人にベタベタされても戸惑うだけだ」

 

そしてメモを構える渚くん。

 

「いつも独特の顔色を見せる殺せんせーが……戸惑う時はどんな顔か?」

 

みんなが注目する中、殺せんせーは……イリーナ先生の大きな胸を見て顔をピンクに染めてにやけた。

 

「……いや、普通にデレデレじゃねーか」

 

「……何のひねりも無い顔だね」

 

「……うん、人間もありなんだ」

 

「そーいえば、アミサちゃんが見つけたエロ本も人間だったわ……あんま見てなかったから忘れてたけど」

 

エロ本……というものはよく分からないけど、私が見つけたものってことは……あのジェラートと一緒にせんせーに渡した謎の本のこと……なのかな。見つけてすぐにカルマくんにはあんまり見ないようにって言われたし、せんせーは隠した上で教えてくれないし、結局誰からもアレの正体を聞いてないから(唯一岡島くんが教えてくれそうだったけど、聞く前にカルマくんや片岡さん、渚くんや岡野さんに潰されてた)、私は見てないんだよね……

 

「ああ……見れば見るほど素敵ですわぁ……その正露丸みたいなつぶらな瞳……曖昧な関節……、私、とりこになってしまいそう」

 

「いやぁお恥ずかしい」

 

「(騙されないで殺せんせー!!)」

「(そこがツボな女なんていないから!!)」

 

 

新しい先生が来て、また今日も一日が始まる。殺せんせーはデレデレしてるけど……私たちはそこまで鈍くない。この時期にこのクラスにやって来る先生は、けっこうな確率で只者じゃないはずだ。最初からいた(先生)じゃなくて、国家機密の殺せんせーがいると分かっていて、学校が普通に先生として入れるわけがない。ということは、国が雇った何か、だ。

それに、……『私』は彼女と面識がある。向こうはそれを知らないだろうけど、『私』はよく知っているのだ。記憶の中の彼女と、今、前で先生をする彼女……全然違う印象を与えるそれに、静かにすごいなぁ、と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、殺せんせーと私たちは校庭でサッカーをしていた。正確には、殺せんせーを真ん中にして先生から出されるパスを受けた生徒が、ボールを返すと同時に暗殺を仕掛ける権利を得る、という烏間先生考案の『暗殺サッカー』だ。

 

「ヘイ、パス!!」

「へい暗殺!!」

 

パスを受け取った瞬間に、エアガンで対先生BB弾を放つカルマくん。殺せんせーは直前まで避けずにギリギリに顔だけを動かした。

 

「ヘイ、パス!!」

「へい…暗殺!」

 

二刀流で走り込み、アクロバティックな動きで対先生ナイフを振るう岡野さん。先生は体ごとマッハで避ける。

 

「ヘイ、パス!!」

「へい、……暗、殺!」

 

そして……私はパスをもらうと上空へボールを蹴り上げ、それを受けようと先生が目を上に向け…受けた瞬間、前から一本投げ、後ろへ走り込んでナイフを振り下ろす。……一本避けて余裕の顔だった殺せんせーは二回目のナイフも残像を歪ませて避けた。

 

「殺せんせー!」

 

と、その時イリーナ先生が校舎から出てきて殺せんせーに駆け寄る。当然暗殺サッカーは中断し、殺せんせーはイリーナ先生の相手をすることになった。手持ち無沙汰になった私たちは、二人のやりとりを見守る。

 

「烏間先生から聞きましたわ。すっごく足がお速いんですって?」

 

「いやぁそれほどでもないですねぇ」

 

「お願いがあるの。一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくて……私が英語を教えてる間に買って来て下さらない?」

 

「お安いご用ですベトナムに良い店を知ってますか……らっ!!」

 

すごい風を巻き起こしながら一瞬で上空へ飛び上がったかと思うと、どこかへ向けて飛び去って行った殺せんせー……言葉通りなら、ベトナムへ向かったんだと思う。今は昼休みだけどもうすぐ五時間目が始まる時間、次はイリーナ先生が受け持つ英語ってことで確かに殺せんせーの出番はないけど……自由だなぁ……

 

「で、えーと……イリーナ……先生?授業始まるし教室戻ります?」

 

「授業?……ああ、各自適当に自習でもしてなさい」

 

さっきまでの殺せんせーに対する態度を一変させて、冷たい目でこっちを見るイリーナ先生。おもむろにタバコへ火をつけると、煙を吐き出してやる気がなさそうに話し出した。

 

「それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし『イェラビッチお姉様』と呼びなさい」

 

「……………………………………」

 

いきなりの高飛車な言い様……クラスのみんなが何も言えなくなった時、口火を切ったのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どーすんの?ビッチねえさん」

 

「略すな!!」

 

やっぱりカルマくんでした。

と、ここで一つ疑問が……[bitch]は《やらしい女、雌犬》って意味があったはず。……確かイリーナ先生は東欧のスラブ出身だったはずだ…なら、苗字のアレの意味は、スラヴ系の人名に含まれる《~の子》を意味する[Vic]ではないのだろうか?

 

「カルマくん、『イェラビッチ』の省略は『ビッチ』なの?『ヴィチュ』じゃなくて?」

 

「ん?…………ふふ、そーそー。だからアミサちゃんもそう呼んであげなよ」

 

「うん、分かった……ビッチお姉様、だね!」

 

「あんたらねぇ!!!」

 

「……あれ、ウソだよな。めっちゃいい笑顔だし」

 

「カルマの奴、さらっと嘘を教えたぞ…」

 

「そしてそれを全く疑わない真尾さん…」

 

私の知識より、カルマくんのいうことの方があってることが多いもん……私より頭いいんだし。まぁイタズラとか、からかいたくて言った可能性もあるけど、それはそれ、これはこれだ。ちなみにお姉様をつけたのは、本人がそう呼んで欲しいと言ったから。これくらいは希望にそわなくちゃ。

 

「と、それより……あんた殺し屋なんでしょ?クラス総がかりで殺せないモンスター……ビッチねえさん1人で殺れんの?」

 

「……ガキが。大人にはね大人の殺り方があるのよ。……潮田渚ってあんたよね?」

 

「……?」

 

イリーナ先生……基、ビッチお姉様が不思議そうに見ている渚くんに近づくと、おもむろに渚くんの両頬を両手ではさんで……

 

「なぁっ……!!?」

 

「おぉ〜……」

 

────キス、した。

 

─10HIT

──20HIT

───30HIT

 

唇を離した時には、渚くんはぐったりしてた。…………え、キスって、攻撃に使えるものだったっけ……?茅野さんは真っ赤になって驚いてるし、カルマくんはなんか興味深そうな笑顔だし、他の人は驚いて言葉も出ない様子だし……この場は一瞬でカオスになった。

 

「……後で教員室にいらっしゃい。あんたが調べた奴の情報聞いてみたいわ。ま……強制的に話させる方法なんていくらでもあるけどね。

……その他も!!有力な情報持ってる子は話しに来なさい!良い事してあげるわよ?女子にはオトコだって貸してあげるし。技術も人脈も全て有るのがプロの仕事よ。ガキは外野でおとなしく拝んでなさい」

 

旧校舎へ来る道を登ってきた三人の男たち……彼らを後ろに従えて、ビッチお姉様は言いたいことを言い切ると小銃を取り出して、……まだ誘惑する雰囲気を出していたのを一変、殺気を見せた。

 

「あと、少しでも私の暗殺の邪魔をしたら……殺すわよ」

 

そして踵を返すと男たちと一緒に殺せんせーの暗殺計画を立て始めた。

それを見ている私たちは思う。

渚くんが気絶するほど上手いキス……

従えてきた強そうな男達……

「殺す」という言葉の重み……

ビッチお姉様が本物の殺し屋なのだと実感した時だった。

……でも同時に、クラスの大半が感じたんだろうな。この先生は……嫌いだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

 

英語の時間。教室へ戻ってきてもビッチ先生は、『自習』とデカデカと黒板に書いたあと、教卓のところに座ってiPadを延々と触っているだけで授業をしようとしない。みんな、新しい先生だし……殺し屋だしで、なかなか取っ付きにくくて黙っているけど、僕たちのことを全く考えないそれに、不満ばかり溜まっているのが事実だ。

ふと、こっちを見てくる視線に気づいて寒気がした。……思い出すのは殺せんせーの弱点とかをビッチ先生に話した時のこと。

 

〝今までに二人が協力して、それぞれ一本と三本なら触手を破壊できた人はいるけど……その程度じゃ殺せんせーは余裕でした。多分……全ての触手を同時に壊す位じゃないと、とどめを刺す前に逃げられます〟

 

教員室で僕を壁ドン……の格好で壁際に追い込みながら、タバコを吸うビッチ先生。一応メモをとって、しっかり情報を持っているのは僕で間違いないから協力するけど……

 

〝あと……闇討ちするなら、タバコ、やめた方がいいよ。殺せんせー鼻無いのに、鼻良いから〟

 

あの時は杉野とタケノコのサトを食べてたんだよね……匂いで寄ってきた先生も先生だけど、タケノコとキノコの差を見分けた嗅覚もすごかったのを覚えてる。

はぁ……あんなに嬉しくない壁ドンははじめてだった……いや、したことも無いし今後されたいとも思わないけど。

そんなことを考えてれば、みんながしびれを切らし始めた。

 

「なー、ビッチねえさん授業してくれよー」

 

「そーだよ、ビッチねえさん」

 

「一応ここじゃ先生なんだろ、ビッチねえさん」

 

ビッチビッチと呼ぶたびに、言葉の槍がビッチ先生に突き刺さっているかのようだ。……あ、沈んだ。

 

「あー!!ビッチビッチうるさいわね!!まず正確な発音が違う!!あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね!!ちゃんとした区別をつけて言えてたのは、最初のチビちゃんだけなわけ?!……正しいVの発音を教えたげるわ、まず歯で下唇を軽く噛む!!ほら!!」

 

みんな、指示に従って下唇を噛む……やっとちゃんとした授業が始まったんだと思って。

…………でも。

 

「……そう。そのまま1時間過ごしていれば静かでいいわ」

 

「「「(……なんだこの授業!?)」」」

 

唇を噛みながら、でも先生だから何も言えなくて……みんな、悶々としたまま一時間を過ごすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────パァンッ

 

五時間目の体育の時間。

今日は射撃練習……烏間先生監督の元、動かない的に向けて順番に撃っていく。私はそこまで射撃は得意じゃない……反動があるとどうしても銃がぶれてしまい、狙いが合わせられないのだ。投げナイフなら得意なのだけど……基本は近距離型だと思ってる。

順番を待っていると、倉庫を見上げた三村くんがなにかに気づいたようで、私たちに声をかける。

 

「……おいおいマジか……二人で倉庫にしけこんでくぜ」

 

「……なーんかガッカリだな。殺せんせー、あんな見え見えの女に引っかかって」

 

「……烏間先生、私達……あの女の事好きになれません」

 

「……すまない。プロの彼女に一任しろとの国の指示でな。……だが、わずか1日で全ての準備を整える手際……殺し屋として一流なのは確かだろう」

 

そんな会話をしていると、突然殺せんせーとビッチお姉様が入っていった倉庫の方から凄まじい銃声が響き始めた。みんな、慌てて倉庫の方に注目する……もう射撃練習どころじゃないし授業も終わりに近かったから、烏間先生も何も言わない。

 

「な、…なに!?」

 

「これって銃声……?」

 

「…………でも、このにおいって……」

 

「真尾さん?」

 

「……火薬の匂いがする。殺せんせーって、実弾、効くの?」

 

私たちに支給されている武器の一つである、エアガンと対先生BB弾。中学生が実弾を扱う本物の暗殺者になってしまうのを防ぐ措置……と言われればそれまでだが、ナイフと合わせて殺せんせーに効果的なことは、実際に使った私はよく分かってる。火薬の匂いがする時点で、ビッチお姉様が使ったのは十中八九実弾だろう……効いて、いるのだろうか?

 

「いやあぁぁぁあぁ!!」

 

────ヌルヌルヌルヌル

 

「!!」

 

「な、何!?銃声の次は鋭い悲鳴とヌルヌル音が!!」

 

────ヌルヌルヌルヌルヌルヌル……

 

「いやああぁぁぁ……いや……ぁ……」

 

「めっちゃ執拗にヌルヌルされてるぞ!!」

 

「行ってみようぜ!!」

 

銃声のあとでビッチお姉様の悲鳴が上がった、それは暗殺に失敗した事実を表す……ヌルヌル音の説明はつかないけれど。気になった私たちは、倉庫の入口へと走り込んだ。と、ちょうどその時、倉庫の扉を開いて出てきた大きな人影が……

 

「!殺せんせー!!」

 

「おっぱいは?!」

 

「いやぁ……もう少し楽しみたかったですが……皆さんとの授業の方が楽しみですから」

 

「な、中で何があったんですか……」

 

最初はピンク色のデレデレした顔で倉庫から出てきた殺せんせーだったけど、私たちと話すうちにいつもの黄色い顔色に戻っていた。……普通の顔に戻ったってことは、私たちの先生に戻ったということ……私は少しだけ安心したと同時に、失敗したビッチお姉様が気にかかった。

そこで、ゆっくりと……そしてフラフラとしながらビッチお姉様が倉庫から出てくる。その姿は見たこともないような体操服(ハチマキ付き)を着せられていた。

 

「あぁ!?ビッチねえさんが、健康的でレトロな服にされている!!」

 

「まさか……わずか1分であんな事されるなんて……肩と腰のこりをほぐされて、オイルと小顔とリンパのマッサージされて……早着替えさせられて……その上まさか……触手とヌルヌルであんな事を……」

 

「……殺せんせー何したの?」

 

「さぁねぇ……大人には大人の手入れがありますから」

 

「悪い大人の顔だ!!」

 

「おとなのていれ……?」

 

「気にしなくていいよ、多分」

 

「さ、教室に戻りますよ」

 

「「「はーい」」」

 

 

殺せんせーについて教室へ戻った私たちは、ビッチお姉様の言葉を聞いていなかった。……ある意味、この仕打ちをされてはプロの殺し屋として当たり前の反応ではあったのだけど。

 

 

「許せない……こんな無様な失敗、はじめてだわ……。この屈辱は、プロとして絶対に返す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────タン、タン、タン、タン

 

相変わらず自習と書きなぐられた黒板と静かな教室に、ビッチお姉様がタブレットを苛立たしげに叩く音だけが響く。

 

「必死だね、ビッチねえさん。あんな事されちゃぁ、プライドズタズタだろうね」

 

「……だからって、タブレットに当たるのはかわいそうだと思うの」

 

「……なんか違うと思うよ、それ」

 

私とカルマくんが話しているとこちらをビッチお姉様がキッと睨みつけてきた。私たちに意識が向いたことを確認した磯貝くんが、その機会を逃すまいとすぐさま声をかける。

 

「先生」

 

「……何よ」

 

「授業してくれないから殺せんせーと交代してくれませんか?一応俺等今年受験なんでて……」

 

「はん!あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機と受験を比べられるなんて……ガキは平和でいいわね~。それに聞けばあんた達E組って……この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今さらしても意味無いでしょ」

 

E組のみんながそれに反応する。……確かに、私たちのクラスは本校舎に比べてしまえば落ちこぼれだ……それでも進みたい道があるから、頑張ってる。それを勝手に国が雇って、勝手に教師という立場に入ったくせに、勝手に役目(先生)を放棄する人に、否定される……不満に思っても仕方が無いと思う。

 

「そうだ!!じゃあこうしましょ。私が暗殺に成功したらひとり五百万円分けてあげる!!あんたたちがこれから一生目にする事ない大金よ!!無駄な勉強するよりずっと有益でしょだから黙って私に従い……」

 

言葉を遮るように、消しゴムが投げつけられた。驚いたビッチお姉様がこちらを見る頃には……E組の怒りは、我慢の限界を超えていた。

 

「……出てけよ」

 

「出てけくそビッチ!!」

 

「殺せんせーと代わってよ!!」

 

「なっ……なによあんた達その態度っ!殺すわよ!?」

 

「上等だよ殺ってみろコラァ!!」

 

「そーだそーだ!!巨乳なんていらない!!」

 

「そこ!?」

 

一部、よく分からない主張はあったけど、全員の意見は一致していた。すなわち……このままならこの人を、私たちの先生としては認めない、ということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気分転換に暗殺バトミントンを行い、少しスッキリしたE組のみんなは、次の授業の準備をすることなくそれぞれが好きな場所で好きなようにくつろいでいた。

……その時、ヒールの音が響く……この校舎でヒールを履く人物なんて、一人しかいない。

ガラリとドアを開けたビッチお姉様が、私たちを見ることなく黒板に英文を連ねる。

 

「You are incredible in bed, repeat!……ホラ!!」

 

「ユ、ユーアー、インクレディブル、インベッド」

 

綺麗な英語発音を聞いて、でもいきなりの事にポカンとしながら席につき始める、私たち。今度は日本語で繰り返しを催促されて今度は渋々繰り返すと、ビッチお姉様は淡々と説明を始めた。

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺したとき、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時彼が私に言った言葉よ。意味は……『ベッドでの君はスゴイよ……』」

 

「(中学生になんて英文読ませるんだよ!?)」

 

「………?」

 

周りで顔を赤くしたり、赤くしながらも青くなってる人がいるけどどうしたんだろ……ベッドですごい、ってことは寝相でも悪いのかな……じゃあこの英文を言った相手は失礼なことを言ったってこと?よく分からないまま、ビッチお姉様の説明は続く。

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね。私は仕事上必要な時……その方法で新たな言語を身につけてきた。だから私の授業では……外人の口説き方を教えてあげる。プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツ……身につければ実際に外人と会った時に必ず役立つわ」

 

「外人と……」

 

「受験に必要な勉強なんて……あのタコに教わりなさい。私が教えられるのはあくまで実践的な会話術だけ。もし……それでもあんた達が私を先生と思えなかったら……その時は暗殺を諦めて出ていくわ。……そ、それなら文句無いでしょ?

……あと……悪かったわよ、いろいろ

 

「「「……………………、あはははははっ!!」」」

 

いきなりの態度の変化、私たちは耐えきれずに笑い出す。あんなに殺すとか言っていたのに、この短い休み時間のあいだにビッチお姉様に何があったのだろう?

 

「何ビクビクしてんのさ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」

 

「んなっ!?」

 

「なんか普通に先生になっちゃったな」

 

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」

 

「……!!あんた達……わかってくれたのね」

 

認められたことを嬉しそうに、少し涙ぐみながら私たちの言葉を聞く先生。……でも、そこで終わらせないのがE組だ。

 

「考えてみりゃ先生に向かって失礼な呼び方だったよね。」

 

「うん、呼び方変えないとね」

 

「じゃ、ビッチ先生で」

 

「えっ………、と。ねぇキミ達、せっかくだからビッチから離れてみない?ホラ気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ」

 

「でもなぁ……もうすっかりビッチで固定されちゃったし」

 

「うん、イリーナ先生よりビッチ先生の方がしっくりくるよ」

 

「そんなわけでよろしくビッチ先生!!」

 

「授業始めようぜビッチ先生!!」

 

「キーッ!!やっぱりキライよあんた達!!」

 

……と、結局こうなるわけだ。

それでも、E組に受け入れられた先生は前よりも生き生きとしてると思う。このまま、頑張ってくれたらいいな。笑い声の溢れる教室に、私はそんなことを考えていた。……さて、私はなんて、彼女のことを呼ぼうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

E組にイリーナ先生が初めてやって来てから一週間ほど過ぎたある日のこと。

 

「あの、イリーナ先生……これ」

 

「あ、あんたはイリーナって呼んでくれるのね……!?…って、なによそれ……手紙?」

 

「えっと、…なんか、黒い格好の人から、イリーナ先生にって、…さっきの、お昼休みに。……〝月の欠片が会いに来た〟って言えば、イリーナなら分かるって…言ってた」

 

「!……そう、わかったわ。……にしても、あんたよく受け取れたわね……怖がりなのに」

 

「……なんででしょう…?不思議と、怖くなかった、です」

 

「なんだよ、ビッチ先生、ラブレターか何かか!?」

 

「……そんなものよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

「どうかしたの?カルマくん」

 

「俺、アミサちゃんと昼休みずっと一緒にいたのに……。あんな手紙、いつもらったんだろ?」

 

 

 




──真っ暗な夜。
唯一の光源は、月と星の光のみ。
そんな中で、一人……夜のE組校舎の校庭に、現れた女性がいた。

「手紙では、ここが指定されていたけど……」

「……イリーナか?」

そこに、新たな人物の声が響く。
音も無く現れたのは……黒衣に身を包み、顔を仮面で隠した人物。見た目も、声も、体の特徴も見えず……性別を判断することは出来ない。いきなりの事に女性は飛び退き、その人物を確認すると安堵するように体の力を抜く。

「…!相変わらず、闇夜に紛れすぎよ……ひさしぶりね。いきなり呼び出されて驚いたわ」

「ふふ、それが私の生きる場所だからな。……ここにいる、と噂を聞いてな……顔見知りとして、会っておこうと思っただけだ」

「……そう。……それにしても……日本にいたのね。ここでは早々仕事もないでしょう?」

「そうだな……だが、お前も面白いことに首を突っ込んでいるようだが?」

「……今の私じゃ不可能だわ……痛感した。今は依頼達成の機会を見るつもり。……あなたも参加するの?」

「危険な時に介入はするつもりはあるが、それ以外で手を出す気は無い。契約がある訳でも無いからな……この件では自由に動かせてもらう」

「……じゃあ、協力は?少しでもガキどもの能力はあげておきたいところだし」

「…………………………、気が向けば…な。
私もそれなりに忙しい。……例えば、超生物を昼夜問わず狙う輩の相手とか」

「……!他の殺し屋による、学校での襲撃がないのは…」

「ご想像にお任せする。
──では、私はこのあたりで失礼しよう。あぁ、いつも出られるとは限らないが、何かあればそれに連絡しろ……顔見知りの縁だ、協力できることはする」

そうして、黒衣の人物はまた、音も無く闇夜へ溶けて行った。
校庭に、一人の女性を残したまま。





「ちょ、……もう。いきなり来て、いきなり帰るのもいつも通りね……、
…でも、会えてよかったわ、
──────銀」


++++++++++++++++++++


長かったですが、ちょうどいい切り場所もなかったので……胸の時間、大人の時間、プロの時間、をひとまとめにしました。
初のイリーナ先生の登場回、いかがでしたか?

最後の銀(イン)は、この物語の中で結構……いや、かなり重要なポジションとなります。ネタバレになるので詳細は明かせませんが……この小説の元ネタをよく知る方たちなら、何を言いたいかわかったかと。
よく知らない方は、検索or今後少しずつ情報を小出しにしていきますので、楽しみにしていてください。

それでは、また、次のお話で。



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集会の時間

「……急げ、遅れたらまた、どんな嫌がらせされるかわからないぞ」

 

「前は本校舎の花壇掃除だったっけ……」

 

「あれはキツかった……花壇が広すぎるんだよ」

 

「お前はほとんどサボってただろ?」

 

「はっはー、そうだっけ?」

 

「あー、もう!なんで私たちだけ、こんな思いしなきゃいけないのー!?」

 

平日の昼休みの時間……私たちは、山の中にいた。月に一度ある全校集会のために、E組の旧校舎がある山を降りて……本校舎の体育館へと向かっているのだ。

私は、渚くんと茅野さんと杉野くん、奥田さん、菅谷くん、神崎さんと一緒に下山している。……カルマくんは、ここにはいない……ほんの数時間くらいのことだけど、外で離れて過ごすのは初めてのことで、みんなが一緒にいるとわかっていても、私は不安でいっぱいです。……でも、頑張るって約束したから。今着ている、私にはかなり大きいカーディガンの袖に顔を少し埋めた。

 

 

 

──話は4時間目の終わりにまで遡る。

 

「あー……、ついに四時間目が終わっちまった……」

 

「みんな、行くぞー……」

 

「おー……」

 

私たちE組は普段、本校舎への立ち入りは禁止されている……のだけど、いくつかある例外の内の一つ、今日のような全校集会の時とかは別だ。この日は全校生徒が本校舎にある体育館に行かなくてはいけないし、E組はどこのクラスよりも早く来て先に整列していなくてはならないから、みんな昼休みを返上して山を降りる。

……E組は校舎が違うから。

本校舎の人たちとめったに顔を合わすことがないから。

だからこそこういう機会があると、みんなここぞとばかりにE組を差別してくる。……普段、下で会う時だってそうなのに、これをE組にとって完全アウェーとなる集会の最中……ずっと耐えなくてはならない。……私にとってもこれは、地獄でしかなかった。

 

「……行きたく、ない……」

 

全校集会へ行く。それは私のトラウマとなるに至った元凶と顔を合わせなくてはならないということと同じだから。私が今まで平気でいられたのは、周りが殺せんせーとE組のみんなだったからであり、あの敵だらけの中で過ごさなくてはならないとなると、正気でいられる自信が全くなかった。

……殺せんせー、烏間先生、イリーナ先生を含めたE組のみんなに、私が慣れてきた頃。殺せんせーが考えた『〝外〟の世界に溶け込む作戦』の一環として、なんでE組へ来たのかについて説明をする機会があった。だからみんな、私がカルマくんから離れなかった……離れられなかった理由を知っている。私が当時のことをほとんど覚えていないこともあって、説明はカルマくんがしてくれたんだけど……

 

〝俺らのE組堕ちの理由は、暴力沙汰……ってなってるけど、正確にはほぼ俺だけ。アミサちゃんの場合は未遂だし、ほとんど厄介祓いに近いと思う……担任が自分の評価を守りたかっただけだよ……〟

 

……なんだか、カルマくんがすべて悪い、みたいな説明をされた気がしてならない。……未遂……覚えてない部分で私は何をやらかしたんだろう……?わからないけど、この時私はみんなに謝った。みんなが悪いわけじゃないのに、私が勝手に思い込んで勝手にみんなのことを怖がって勝手に避けてたことを。まだ、全員には受け入れられてないとは思うけど、これからをみんなに見せていくんだとあの時決意したんだ。

全校集会とか、針のむしろ確定の場所に行きたくないのはみんなも同じなのだから、……だからこそ、私だけが逃げたくなかった。……でも、体は正直で昼休みが近くなるほどに震えるし、今はまだ結構教室に残ってる人がいるとはいえ、そろそろ行かなきゃいけないのは分かってるんだけど……自分の席から、足が動かなかった。頼みの綱のカルマくんはといえば、早々にサボると言いきっている……サボったからって罰則を与えられても、痛くもかゆくもないんだって。……まぁ、カルマくんが集会に来たとしても集会の最中は出席番号順での整列だから、彼から離れて並ぶことには変わりないのだけど。

 

「だから、俺とサボればいいじゃんって言ってるのに……」

 

「……、……でも」

 

「………はぁ…、しょーがないか……。

不破さーん、矢田さーん!ちょっと待ってよ」

 

「んー?」

 

「どうかしたの?カルマ君」

 

渋る割には動けない私にため息をついて、原さんと一緒に教室を出ようとしていた不破さんと矢田さんを呼び止めたカルマくん。いきなりの事だったし、カルマくんが普段あんまり声をかけない相手だからか、こっちを気にしている人たちがチラホラいる気がする。

 

「二人ってさ、集会の時アミサちゃんの前後になるよね?……前に話したけど本校舎には、アミサちゃんが先生に…他人に不信感を持つことになった元凶と原因がごまんといるんだよ。あそこじゃ出席番号順で並ばなくちゃいけないから、俺じゃあ守れない……だからさ、気にかけてやってくれない?」

 

頼むよ、ってカルマくんは真剣な目で二人に言った。個人主義で人に頼るところなんてほとんどないカルマくんがお願いをするところを見たからかな、最初、矢田さんも不破さんもビックリして顔を見あわせてた。……だけど、すぐににっこり笑顔を向けてくれた。

 

「わかった、集会の間は私たちが預かるよ」

 

「何か、特に気をつけなきゃいけないヤツとかいる?聞いてもいいなら、先に教えてほしいかな」

 

「……D組の奴らは、特に。でも幸いE組の女子は壁際だから、他の生徒の干渉は最小限だと思う。だから……他クラスじゃなくて、先生を見といてほしい。特に……俺らの前担任の大野を」

 

「…ふむ、なるほど…おーけー!じゃあ、近くの男子にも声掛けとこうよ!三村君と前原君あたりかな?」

 

「教室にいないし、多分もう先に降りてるよね……私たち追いかけて伝えてくるから、真尾さんは渚君たちとおいで。……少しでも、安心できる人と一緒にいたいでしょ?」

 

そう言いながら矢田さんは、ゆっくり私に手を伸ばして頭を軽く撫でてくれた。そのあと、「あとでね」と言い残して二人は教室を出ていった……多分、言葉通り先に言った前原くんたちを探しに行ったんだと思う。

……私が何の反応もできないでいるうちにいつの間にか決まってしまい、私は二人にお礼も、何も言うことが出来なかった。私を待ってくれている渚くんたちを見て立ち上がって、カルマくんを振り返ったら……ため息をつかれた。

 

「……サボる気、ないんでしょ?だったら頑張っといでよ。……これ、貸してあげるからさ……少しは安心できるんじゃない?」

 

そう言って差し出されたのは、カルマくんがいつも着ている黒のカーディガン……だから集会の間、私のカーディガンと交換してもらい……頑張ってみることにしたんだ。

 

 

 

──そして、山を降りている今に戻る。

 

「それにしても……アミサちゃん、ぶっかぶかだね……それ」

 

「……カルマくん、大きいから……私のやつも大きいけど、やっぱりぶかぶかになっちゃうよ」

 

手が出ていないカーディガンを渚くんにパタパタと振ってみせる……袖は手が出ないし裾はスカートを隠すまではいかないけど、やっぱり長い。……でも、確かに近くにいるみたいで安心できる……これならなんとか乗り切れるかもしれない。そう思って、やっと私は笑うことが出来た。

 

「……ねぇねぇ、あれ……彼シャツという奴だと思うんだけど。本人気づいてない上、楽しそうに袖振ってるけど」

 

「むしろ、着せるだけじゃなくてカーディガン交換してましたよね。…真尾さんのやつも大きめですから、あれなら赤羽君でも着れそうですけど…」

 

「てか、付き合ってないんだよなアイツら……よくやるよ」

 

 

────ブウゥゥウン…!!

 

 

「……って、うわ!?誰だよ蜂の巣刺激したの!!」

 

……前言撤回です。安心して山を降りることも出来ないみたいで、なんか怒ったハチがたくさん追いかけてきます……!?こ、これは、動く敵を狙うんでしたっけ、止まればいい?でも止まったら追いつかれる、ど、どうすれば…?!

 

「うわあぁぁああぁ!!!!」

 

「「「お、岡島ーーっ!?」」」

 

……今、なんか色々と大変なことになっている岡島くんが走り抜けていったような気がします。大半を引き受けてくれちゃった彼のおかげで、それから少しすればハチはいなくなり、一息つくことが出来ました。

 

「やーもう、ハチとか勘弁してぇ……」

 

「大丈夫か?」

 

「烏間先生」

 

「焦らなくていい。今のペースなら充分間に合う」

 

確かに、今のハチの騒動で慌てて山道駆け下りたから、だいぶん時間短縮にもなったんじゃないかな。と、そこで誰よりも息を荒くして疲れきった声が聞こえてきた。

 

「ちょ、ちょっとぉ〜……あんた達ぃぃぃ……休憩時間から移動なんて、聞いてないわよ……っ!」

 

「あ、ビッチ先生」

 

「だらしないなぁ、ビッチ先生」

 

「ヒールで走ると倍疲れるのよ!!」

 

じゃあ、ヒール履かなきゃいいんじゃ…なんて、言えない雰囲気だった。でも登ってこれるなら、降りるのも簡単……じゃ、ないのかな。むしろ滑り落ちそうで怖いかも。

 

「烏間先生、殺せんせーは?」

 

「生徒達の前に姿を晒すわけにはいかないからな。旧校舎に待機させている」

 

「……せんせーだけのけ者、とか言ってそう、だね…」

 

「さ、本校舎までもう少しだ。行くぞ」

 

「「「はぁーい……」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひどいめにあった…」

 

「岡島くん…だいじょぶ?」

 

「おー……てか、むしろ何で真尾はフツーなの…」

 

「……?ハチとかは怖いけど、このくらいの運動量なら普通かな…?」

 

「ウッソだろぉ…」

 

みんな、旧校舎入口のフェンスあたりで倒れたり、座り込んだりして息を整えている……なんか、道中で色々あったらしい岡島くんは特に、だ。見た目普通に見えるらしい私は、体力がない代わりに体の使い方を知ってるから、体力温存ができるだけだと思う。……最初から山道を駆け下りてたら、すぐ動けなくなってたと思うけどね。

そうして少しは休憩していられたけど、私たちは整列までが規則だ。磯貝くんの号令に返事して、体育館へと向かった。

 

「ちょ、…ま、待ってぇ〜……」

 

……イリーナ先生、がんばって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渚く~ん」

「おつかれ~、わざわざ山の上から本校舎に来るの大変でしょう~?」

 

「………」

 

「あ、ほら、異端児もここにいるよ」

「うわ、ホントだ。でも望んでた通りに堕ちたんだからさ〜もっと喜べばいいのに〜!」

「成績はいいのに素行不良とつるむなんざなぁ!おまけに教師(オレ)に対しての暴力行為ときた……」

「浅野君に誘われておきながら、無視するからこうなるんです。先生たちは何度も言いましたよ?そもそも……」

 

「……っ、」

 

やっぱり、ここは地獄だ。

まだ集会が始まる前だというのに……いや、むしろ始まる前だからこそ、こんな風に言えるのかもしれない。生徒だけでなく、近くの教師達も一緒になって口撃してくるそれに、下手に反応することも出来なくて、体の震えをなんとか隠しながら下を向く。

 

「……真尾さん、……まだ始まんないしさ…私の制服掴んでていいよ。そりゃあカルマ君よりは小さいけど、ちょっとは変わるかもしんないよ?」

 

「真尾さんは赤羽君に頼まれて預かった大事なクラスメイトなんだから。それに友達だし、頼まれなくても守るから!……むしろ、頼んでくれてよかったかも。こっちに集中出来て、私たちに向けての言葉があんまり気にならないや」

 

「……あの、…私……、……強くなくて、ごめんね。……ありがと…です」

 

小声で、下手に周りを刺激しないようにしながら不破さんと矢田さんは声をかけてくれる。前原くんたちもこっちを見て、自分たちも辛そうなのに少し体をずらして壁になってくれた。

────やっと、お礼が言えた。

 

「……えー、要するに、君達は全国から選りすぐられたエリートです。この校長が保証します……が、慢心は大敵です。油断してると……どうしようもない誰かさん達みたいになっちゃいますよ」

 

集会が始まり、先生のE組いじりでE組以外の生徒達が一斉に笑う。集会(ここ)では、先生も一緒になってことある事にE組全体をバカにして、笑って、蔑んでくるのが公然とされている。

 

「こら君達笑いすぎ!!校長先生も言いすぎました」

 

……大人が、差別をよしとしている。

……むしろ、率先してやっている。

だから、キライ。

だから、信じたくなくなったのに。

その場所で『当たり前』とされたらそこから外れる者は『異端』となり、その『当たり前』が集まればそれはその場所で『常識』となる。

私はその『異端』として嫌われたんだ。

 

「続いて生徒会からの発表です。生徒会は準備を始めて下さい」

 

司会のそんなアナウンスの頃、烏間先生が先生としての挨拶回りをしながらE組の近くへと来た。

 

「……誰だあの先生?」

「シュッとしててカッコいい~」

 

「E組の担任の烏間です。別校舎なのでこの場を借りてご挨拶をと」

「あ……はい、よろしく」

 

烏間先生が姿を見せたことで、生徒たちの視線がそちらに集まる。私たちは、少しだけ息をつくことが出来た。生徒会の準備ができるまでは、少しだけ楽にできるのもある。

 

「烏間先生~ナイフケースデコってみたよ」

 

「かわいーっしょ」

 

「……………………ッかわいいのはいいが、ここで出すな!!他のクラスには秘密なんだぞ!暗殺の事は!!」

 

「「は、はーい……」」

 

倉橋さんと中村さんが、対先生ナイフのケースを烏間先生に見せて、小声で怒られてた。……可愛いのはいいが、って……ここで出さなければ認めてくれるんだ。

 

「なんか仲良さそー」

「いいなぁー」

「うちのクラス、先生も生徒(男子)もブサメンしかいないのに」

 

その時、また、体育館がざわつく。

入口を見てみると、さっきまでのバテようが嘘のように振る舞うイリーナ先生が、綺麗な髪をなびかせながらこっちに来るところだった。

 

「……ちょ、なんだあのものすごい体の外国人は!?」

「あいつも、E組の先生なの?」

「カッコイイ……」

 

「ビッチ先生、さっきまであんなにへばってたのに……見栄っ張りだなぁ」

 

……私は、嬉しかった。

私たちの自慢の先生たちが、他の人たちに褒められているんだから。

もっと、自慢したい。

この人たちが私たちを認めてくれる先生なんだよって。

 

「渚、あのタコがいないから丁度いいわ。あのタコの弱点全部手帳に記してたらしいじゃない?その手帳おねーさんに貸しなさいよ」

 

「えっ……いや、役立つ弱点はもう全部話したよ…」

 

「そんな事言って肝心なとこ隠す気でしょ」

 

「いやだから………」

 

「いーから出せってばこのガキ、窒息させるわよ?」

 

「〜〜っ!苦しっ……胸はやめてよビッチ先生!!」

 

「(羨ましい……)」

「(ビッチ、なんだ)」

「……なんなんだ。あいつら……」

「エンドのE組の分際でいい思いしやがって」

 

いつの間にか渚くんに近づいていたイリーナ先生が何か、小さな騒ぎを起こしてたみたいだけど……声だけでもなんとなく分かる、なんか、先生らしかった。こういう所があるからこそ、私たちの先生なんだよ。

 

「……………………はいっ!今皆さんに配ったプリントが生徒会行事の詳細です」

 

「え……何?俺等の分は?」

 

「すいません。E組の分まだなんですが」

 

「え、無い?おかしーな………ごめんなさーい、3-Eの分の忘れたみたい。すいませんけど全部記憶して帰って下さーい!ホラE組の人は記憶力も鍛えた方が良いと思うし……」

 

だけど……生徒会の準備が終わって、また、あの時間に戻る……いつもの陰湿なE組いじり。また、耐える時間が始まる……誰もがそう思った。

 

──その時だ。風が起こりE組全員の手元に「生徒会だより」が配られる。

 

「磯貝君。問題無いようですねぇ……手書きのコピーが全員分あるようですし」

 

「……!はい。あ、プリントあるんで続けて下さーい!」

 

「え?あ…、うそなんで!?誰だよ 笑い所つぶした奴!!あ……いや、ゴホン……では続けます」

 

……殺せんせー。ひとりぼっちが寂しくなったのかな

 

「全校の場に顔を出すなと言ったろう!おまえの存在自体国家機密なんだぞ!!」

 

「いいじゃないですか。変装も完璧だしバレやしません」

 

「……あれ……あんな先生さっきまでいたか?」

「妙にデカいし、関節が曖昧だぞ」

「しかも隣の先生にちょっかい出されてる。なんか刺してねーか?」

「……女の先生がつれてかれた。……わけわからん」

 

「はは、しょーがねーなビッチ先生は」

 

場所が違っても、先生達は変わらない。

私たちはそれを目の当たりにして、ついつい笑い出していた。周りの雰囲気とか自分たちを見る目なんて、もう誰も、目に入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先、行ってるぞ!」

 

「うん。ジュース買ったらすぐ行くよ!……あれ、アミサちゃんも?」

 

「……うん、カルマくんにお土産買ってくの。……煮オレシリーズ、あるかなぁ……」

 

先生たちのおかげで、あの後の集会でのE組いじりは不発に終わり、いつもよりも気分よく体育館を出ることが出来た。矢田さんと不破さんにはもう一度お礼を言って、自販機の前にいる渚くんを見つけたから追いかけてきたのだ。

カーディガンを貸してくれたお礼、ここで買っていこう。そう思って。

 

「……おい」

「お前らさ、ちょっと調子乗ってない?」

 

「えっ……」

 

「?」

 

声をかけてきたのは、前の私たちのクラスメイト……だったはず。名前、知らないけど。

 

「集会中に笑ったりして、周りの迷惑考えろよ」

「E組はE組らしく下向いてろよ」

「どうせもう人生詰んでんだからよ」

 

「「………、」」

 

……なんて、かわいそうな人達なんだろう。

 

「おい、なんだその不満そうな目」

「なんとか言えよE組!!殺すぞ!!」

 

誰も助けてくれない。

誰もが罵られる私たちを嘲笑っている。

面白そうに、この後の展開を期待して見ている。

……もちろん、私たちが下の立場を認める様子を想像して、だ。

渚くんは胸ぐらを、私は腕を思い切り掴み挙げられた。

でも、痛みよりも先に、私たちには彼らの言葉の方が頭に響く。

 

……殺す?

………殺す……、

…………「殺す」、かぁ。

 

 

「……殺そうとした事なんて無いくせに」

「……殺す重みを、知らないくせに」

 

 

私たちを掴んでいた男子生徒二人は、その言葉とほとんど同時に、怯えたように後ずさりした。

私たちは気にすることなく、まっすぐ歩く。

後ろで他のクラスの人たちがざわついていた気がするけど、そんなの関係ない。

私は、私たちのクラスであることに誇りを持っているんだから。

 

 

 

 

 

「真尾さん、大丈夫だったか?」

 

「あんたもよ、渚。烏間に聞いたけど、帰りに絡まれたそうじゃない」

 

山道を歩いていると、烏間先生とイリーナ先生が追いついてきた。私と渚くんは振り返る……先生たちも私の本校舎時代を知っているから、心配してくれたんだろう。

 

「僕は平気だよ。いつもの事だし…」

 

「先生たち……。

……はい、みんなが居てくれたし……私たちの大好きな先生もいた。すごく、安心しました。

────私、学校でこんな気分になれたの、はじめてです…!」

 

「渚…アミサ…、あんたたち……」

 

 

それは私が初めて実感した、信じる人と一緒にいられる喜びだった。

一人では無理かもしれない、でも、一緒なら怖くない。

それを、教えて貰ったんだと、改めて実感した時間になったから。

だから私は、笑顔で先生たちに報告したんだ。

 

 

 

 




「あ、おかえり〜」
「おかえり〜……じゃねーよ、カルマ!」
「おっまえ、マジでサボってたんだな…」
「だってあんな集まり行く価値ないじゃん」

「カルマくん!」
「……へーきだった?」
「真尾さん、頑張ってたよ。途中からは烏間先生とビッチ先生のおかげかもしれないけどね」
「一緒に笑ってたもんね」
「……あのね、私、頑張れたよ。あとね、先生もみんなもいたからいつものE組にいるみたいだったの。……あ、これ、お土産……って、わ!」
「おっと、……慌てないでよ」
「はい、イチゴ煮オレです!」
「……ん、ありがと。……話聞いて」

「真尾さん、なんかいつもより明るい…?」
「ふっきれた感じがあるよね」
「それより、あいつらのやり取りが親子というか、先輩と先輩大好きな後輩というか、なんというか……」
「カルマが羨ましい。俺も世話焼きたい……」
「俺も。なんか見てるとうちの妹みたいで、ついつい手を貸したくなるんだよな…」

「(何も無いとこでコケるなんて……この場所も、落ち着けるところになってきたってことなのかな)」


++++++++++++++++++++


集会の時間と、少しの自立(数時間)

少しずつ人間関係を学びつつ、信用できる人たちと一緒にいれば一人じゃないってわかるし、立ち向かう力になるんだ……というような、友だちに頼ることを学んだ回にしたかったので、カルマがほとんど登場しないこの話はちょうどよかったです。


ちなみにあとがき部分の最後の方の会話は、上から神崎、茅野、三村、前原、磯貝のイメージだったり。
他の生徒もちょこちょこ出していきたいなーと思ってます。




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テスト準備の時間

渚side

今日も晴れたいい天気の朝。

E組の教室の中で、僕達の前には……

 

「さて、みなさん」

「「「始めましょうか!!!」」」

 

 

 

 

 

「「「……いや、何を?」」」

 

……大量の殺せんせーがいた。

よくよく見ると実態というより残像が残っていることから、殺せんせーが分裂したというわけではなくて……あの凄まじいスピードを駆使して分身を作っている……ということなんだと思う。

……ついでに移動するシュバババババッていう音もすごい。

 

「学校の中間テストが迫って来ました」

「そうそう」

「そんなわけでこの時間は」

「「「高速強化テスト勉強を行います!」」」

 

「「うわぁっ!?」」

 

「先生の分身が一人ずつマンツーマンで」

「それぞれの苦手科目を徹底して復習します」

 

この教室の27人の前に殺せんせーの分身が一人ずつ現れる。なるほど、みんな苦手教科が違うから付けてるハチマキも違う……僕の前には理科の殺せんせーだ。

 

「下らね……ご丁寧に教科別にハチマキとか……って、何で俺だけNARUTOなんだよ!!」

 

「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」

 

……殺せんせーは、どんどん速くなってると思う。

国語6人

数学8人

社会3人

理科5人

英語4人

……NARUTO1人。

ちょっと前まで4、5人ぐらいが限界だったのに……今じゃクラス全員分だ。

 

「ぐにゅあ……」

「うわっ!?」

 

目の前の殺せんせーの顔の右側が、真ん中あたりでぐにゅんと変形した…!?な、何が起きたの?……って、全部のせんせーが変形してる!?

 

「急に暗殺しないで下さいカルマ君!!それ避けると残像が全部乱れるんです!!」

 

「ふふ…」

 

「……反対刺したらどうなるの?……あ、ひょーたんみたい!」

 

「アミサさん、悪ノリしないでください!」

 

……原因はいつものようにカルマ君と、最近「E組でも、どこにいても、私は私のままでいてもいいんだって分かった」とどこかふっきれた様子で、ちょっと……いや、かなりカルマ君に影響を受けちゃってるアミサちゃんだった。

 

「意外と繊細なんだこの分身……でも先生こんなに分身して体力もつの?」

 

「ご心配無く。1体外で休憩させていますから」

 

「それむしろ疲れない!?」

 

 

……この加速度的なパワーアップは……1年後に地球を滅ぼす準備なのかな。なんにしても、僕達殺し屋にはやっかいな暗殺対象で……

 

「……と、ここまでは分かりましたか?渚君」

 

「……はい」

 

……テストを控えた生徒には心強い先生だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は最近、E組のみんなと過ごす中でなら、渚くんとカルマくんにずっと引っ付いていなくても、前みたいに1人で行動できるようになってきた。 みんなに自分から話しかけることは無理でも話しかけられたら会話を続けられるようになったし、女の子だけのおしゃべりの輪に入っていろんなお話を聞いて楽しめることが増えたと思う。近いうちに女子会……という結構前に茅野さんと約束したものにも挑戦予定だ。いっぱい楽しむ……そのためにも、今回のテストでしっかり全力を出しておきたい。

放課後の教室掃除を終え、私は帰る前に殺せんせーに出された課題プリントを見てもらおうと教員室へ向かった。さっき掃除の時に教員室へ入っていくのを見たから、多分いるはずだから。と、教員室の前まで来ると見慣れた人影が……

 

「あれ、渚くん?」

 

「アミサちゃん」

 

「こんなとこで……」

 

どうしたの?という前に、静かに、と人差し指を立てられた。よく分からないまま両手のひらで口を覆って何度か頷いてみせると、渚くんは静かに教員室の中を指さした。

そこには、先生達と……あまり会いたくなかった人が、いた。

 

「率直に言えば、ここE組は……このままでなくては困ります」

 

「……理事長、せんせ……」

 

思わず、口からこぼれた名前。慌ててもう一度口を押さえて、私も渚くんの後ろに付いて扉の隙間から彼らのやりとりを見ることにした。

 

「……このままと言いますと成績も待遇も最底辺という今の状態を?」

 

「はい。……働き蟻の法則を知っていますか?どんな集団でも20%は怠け20%は働き残り60%は平均的になる法則……私が目指すのは5%の怠け者と95%の働き者がいる集団です。

──『E組のようにはなりたくない』──

──『E組にだけは行きたくない』──

95%の生徒がそう強く思う事で……この理想的な比率は達成できる……」

 

「なるほど合理的です。それで5%のE組は弱く、惨めでなくては困ると」

 

E組差別の元凶と言える理事長先生の考え方。E組転級前……浅野くんに何度もA組へ勧誘されていた頃、何回か、理事長室へ呼ばれたことがあった。その時に何度も聞かされた、E組の存在理由にこの待遇の理由……これがどうしても嫌いだ。

……私たちはナマケモノなんかじゃない……確かに落ちこぼれなところはあるかもしれない、けど、毎日必死に頑張ってるのに。

それに、このE組にいるのは、全員が187人の3年生の下位27人というわけじゃない(・・・・・・・・・・・・・・)。むしろ、本当の下位は本校舎に残っている……弱く、惨めでいる必要なんてあるはずないのに。

 

「今日D組の担任から苦情が来まして……『うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた』『殺すぞ』と脅されたとも」

 

「……あの人たち……」

 

それ、多分私と渚くんのことだ……。なんか事実をねじ曲げて伝えられている上に、双方の意見を聞く気がまるでないことを知り、私は唇を噛んで湧いてきた怒りを押し込めた。

 

「暗殺をしてるのだからそんな目つきも身に付くでしょう……それはそれで結構。……問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らう事。……それは私の方針では許されない。以後厳しく慎むよう伝えて下さい。

……あぁそうだ、殺せんせー」

 

「1秒以内に解いて下さいッ」

 

「え、いきなりーッ!?」

 

理事長先生がこっちに来る……と、見せかけていきなり殺せんせーに向かって何かを投げた。あれは……知恵の輪?大慌てで受け取った殺せんせーは凄まじいスピードで、解きにかかるけど……

 

「あ、ちょ、から、からまっ!?」

 

「「(なんてザマだ!?)」」

 

……殺せんせーはいきなりのことにはテンパる、それは私とカルマくんの暗殺の時にも証明されていた。見事に自分で自分の触手が絡まって床で動けなくなって暴れている殺せんせーを見て、私と渚くんは呆れるしかなかった。

その光景を見た後、静かに私は渚くんの後ろから離れて……そして、遮蔽物の何も無い真っ直ぐな廊下の中で、自分を隠した。

 

 

 

 

 

渚side

 

「……噂通りスピードはすごいですね。確かにこれなら、どんな暗殺だってかわせそうだ。……でもね殺せんせー、この世の中には……スピードで解決出来ない問題もあるんですよ」

 

理事長先生は、いったいなにを考えているのだろう。殺せんせーなら、何が起きてもどうにかしてしまいそうな気がするけど……その殺せんせーの十八番であるスピードで解決出来ない問題……それが、あるというのだろうか。

 

「では私はこの辺で。おや?…………やあ!中間テスト期待してるよ、頑張りなさい」

 

そのまま考え込んでしまい、理事長先生が教員室を出ようとしていたことを、僕は一瞬忘れていた。慌てて扉の前から避け、道を開ける……ふと、理事長先生と目が合うと、笑顔で激励された。とても乾いたその「頑張りなさい」の一言は……一瞬で僕を殺せんせーの情報を収集する暗殺者から、エンドのE組へと引き戻した。

──という所で、ふと気づく。

 

「……あれ、……アミサちゃん…?」

 

僕の背後に確かにいたはずの彼女の気配が、いつの間にか消えていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ…理事長、先生」

 

「………?……あぁ、君もまだ校舎にいたんだね。どうかな、この校舎での生活には慣れたかい?」

 

理事長が教員室を出るのを見送って、私は旧校舎を出ていく理事長先生を追いかけた。……わざわざこの校舎まで、しかも理事長先生自らが足を運んでここへ来た、その理由を知りたくて。特に全校集会の後に、ここへ来たことになにか意味がある気がしたのだ。

私だって、何かみんなの役に立ちたい。……だから信用出来ない人に一人で会う恐怖を我慢しながら姿を見せたのだ。少しでも、情報を引き出すために。私の思いをぶつけるために。

 

「……はい。ここは……今では、私が私でいられる場所、です」

 

「そうか、それはそれは────残念だ。

……惜しいものだな……私たちは何度も君が欲しいと声をかけたというのに、君は自分から最底辺へと落ちるとはね」

 

「……理事長先生は、E組のみんなが、底辺だって……言うんですか……?」

 

「もちろん。この学校はいわば社会の縮図……本校舎の選ばれたA組とは違い、E組は下にいなければならない。そして上位のものが下位のものを指導するのもまた教育の一環なんだよ」

 

E組は、こんなにいい場所なのに……理事長先生はここを下に、更に底辺に落としたいんだ……E組を使って他に発破をかけ、底をもち上げるために。その為にE組は上がることを許さない。……さっき教員室で話していたことを裏付ける話を聞くことが出来た、それだけでも十分な収穫だけど、あえてもう一つ……私の疑問もぶつけてみる。

 

「……この前の全校集会……あれが終わったタイミングでここに来たのは……それは、忠告をするため……ですか?」

 

「……何故そう思ったのかな?」

 

「……私と渚くんが、本校舎の生徒に反抗したから、です。そうしたら今まで動かなかったあなたが動いた……きっと他にも理由があるとは思いますけど、今までのE組の在り方を否定する行動を初めてとったのは……私たち、だから」

 

「…………そう、よく気がついたね、流石だ、君は周りをよく見ている……なら、もう分かるだろう?私が何を言いたいのか。エンドのE組が普通の生徒を押しのけて歩いていくなんて…あってはならない事なんだよ」

 

……きっと、私たちのせいで今まで理事長先生が描く、完璧に支配されて正常に動いていた歯車に歪が生まれた……それを今後、修正する(元に戻す)ということなのだろう。

……でも、私にとってのその歯車は、元々正常に動いている『ように見えただけ』だった……角度を変えれば歯車の歪さは良くわかるものだから。────だから、私の思いをもって対抗する。

 

「……私は、ここに来るまでは周りを否定していました。でも、世界を広げるきっかけがあったから……こんな私にも居場所ができた。……本校舎では絶対に得られなかったものも、ここでたくさん手に入れました。……ただ、上位が偉くて下位が惨めなんて、そんな一言でまとめられないものが、たくさんあるんです、……だから、私はあの時に反抗しました。……私は、負けません、から!」

 

「……ならば、思い知らせてあげよう。殺せんせー共々、このE組校舎にいてはどうにも出来ないことがあるのだということを」

 

「……っ、失礼、します!」

 

そう、言い逃げる形で私は理事長先生に背を向けて旧校舎に向けて走った。もう、理事長先生(慣れない人)と一人で一緒にいるのは、私には限界だったから。だから、最後の言葉の意味を、聞き返すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ガラッ

 

「はぁっ、はぁっ、…っ…、はっ、はぁっ……」

 

「あ、アミサ!?あんたそんなに息を荒らげてどうしたのよ!」

 

「……これは、ストレス性の過呼吸か!?」

 

「……!アミサさん、落ち着いてください。ほら、ゆっくり吸って…」

 

手に入れた情報を早く伝えないと……そう思って気がついたら、私はノックもしないで教員室へ駆け込んでいた。途中で渚くんとすれ違った気がしたけど、それを考える余裕なんて……私には存在しなかった。

私の様子が、ただ走ってきたせいで息が荒いのではなく、トラウマから来る過呼吸に近いと判断した烏間先生の言葉に……すぐさま紙袋を私に近づけた殺せんせーは、そのままゆっくりと問いかけてきた。

 

「もしや、……アミサさん、理事長先生に会いましたか?」

 

「………、……、……理事長せんせ、…みんなを底辺って……でも、私、…いいかえせた、でも…っ」

 

落ち着いて来た私は、ゆっくりとさっき話したことを伝えていく。

理事長先生がE組を底辺だと言って、我慢出来なかったこと。このタイミングで理事長先生がせんせーたちに会いに来たのは、私と渚くんの在り方が理事長先生の方針に合わないために忠告をするためだということ……それらの言葉を引き出せたこと。

 

「あと、E組校舎にいてはどうにもならないことで、思い知らせる……って」

 

「よく、そこまでの言葉を引き出しました。一人で頑張りましたね……ここに来てからアミサさんは成長しています。ですが、まだ一人で立ち向かう必要はありませんよ」

 

「……でも、……」

 

「先生、さっき、アミサちゃんが……!」

 

「おや、渚くん丁度いいところに。アミサさんを送ってあげてください……あぁ、それとアミサさん。カバンの中のプリントはチェックしておきましたよ」

 

これではただ、殺せんせーたちが聞いた話をもう一度聞いたに過ぎない……役に立てなかったどころか、こうして過呼吸なんて起こして迷惑までかけてしまった……そう言おうとしたところで、渚くんが教員室へ走り込んできた。やっぱりすれ違ったのは気のせいではなかったみたいだ。

紙袋を手に座り込んでいた私を見て、なんとなく察してくれたのだろう……慌ててだいじょぶなのか、と近くまで来てくれた。やっぱり、渚くんの側は落ち着く……無条件で頼れる人だ。……差し出された手を握り返しながら、改めてそう思った。そのまま渚くんの手で立たせてもらい、私たちは帰宅することになる。

 

 

 

 

 

「……ねぇ、烏間……聞いた?アミサが理事長から引き出した情報……」

 

「あぁ……先程理事長が言っていた、スピードで解決出来ない問題は……『E組校舎にいてはどうにもならない事』である可能性が高い……この学校では、彼の作った仕組みからは逃げられない。例えお前でもな……」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さらに頑張って増えてみました」

「「「さぁ、授業開始です!!」」」

 

せんせー増えすぎじゃないですか……?昨日の段階では生徒一人につき一人の殺せんせーだったのに、今日は一人につき四人の殺せんせーが生徒に張り付いて教えていた。人数を増やすことに力を使っているからか、残像は雑だし……なんか変なキャラクターが混じってる(それでもハチマキは付けている)。

 

「ど、どーしたの殺せんせー?なんか気合い入りすぎじゃない?」

 

「んん?そんなことないですよ」

 

……もしかして、昨日話してた『スピードで解決出来ない問題』を……あえてスピードで対抗しようとしてる……?

私は「もうちょっと!あ、ついでにこっちもやっちゃいましょう」とか言ってどんどん進めていく殺せんせーの指導を受けながら、昨日を思い返していた。

 

「ぜー、ぜー、ぜー…」

 

「……流石に相当疲れたみたいだな」

 

「どうしてそこまで先生をしようとするのかねー?」

 

「……ヌルフフフ、全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば皆さんは殺す気も失せ、私の評判を聞いて巨乳女子大生も来るでしょう。先生には、良いことずくめです」

 

殺す気失せることはありえるかもしれないけど、女子大生って……やっぱり殺せんせーの好みはそういうのなんだ。……まず国家機密なんだから、私たち以外に知られてないし(知られちゃいけないし)、ありえないと思うけど。

 

「……いや、勉強なんてそれなりでいいよな」

 

「うん、なんたって暗殺すれば賞金100億だし……100億あれば成績悪くても別にねぇ…」

 

「にゅやっ!?そういう考えをしてきますか!?」

 

「俺達、エンドのE組だぜ?テストなんかより暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」

 

やっぱり、みんなの中には『エンドのE組』という思いが根付いている。一応は用意された本校舎復帰の救済措置……だけど厳しすぎる環境では、何をやっても這い上がることなんてできない……そういった劣等感が……

 

「……なるほど、わかりました……今の君達には暗殺者の資格はありませんね。……全員校庭へ出なさい。……あぁそれと、烏間先生とイリーナ先生も呼んでください」

 

そういうと外に出ていってしまった殺せんせー。暗殺をするように……自分を殺すように言ったのは殺せんせーなのに、私たちには暗殺する資格がないと言い出す……いきなりの事に、私たちは困惑するしかなかった。

校庭へ出ると殺せんせーは、朝礼台やサッカーゴールなどを端の方へ移動させていた。イリーナ先生たちと迎えに行った片岡さん、そしてE組のみんなが全員集まると、作業をしながらも殺せんせーは話し始める。

 

「ちょっと、いきなり呼び出してなんなわけ?」

 

「イリーナ先生、プロの殺し屋として伺います。あなたはいつも仕事をする時……用意するプランは一つだけですか?」

 

「……?……いいえ、本命のプランは思った通りに行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて……予備のプランをより綿密に作っておくことが暗殺の基本よ。ま、あんたの場合規格外すぎて予備のプランが全部狂ったけど。見てらっしゃい、次こそ必z「無理ですねぇ……では次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教える時……重要なのは第一撃だけですか?」

 

「……第一撃はもちろん最重要だが、次の動きも大切だ。強敵相手では、第一撃は高確率でかわされる。その後の第二擊、第三擊を……以下に高精度で繰り出すかが勝敗を分ける」

 

結局、何が言いたくて私たちを外へ連れ出したのだろう。殺せんせーは、何を聞いた?それに先生たちはなんて答えた…?

イリーナ先生は、一つのことに頼らないで予備こそ念入りには準備すること……烏間先生は、最初に全てをかけないで如何にして次を撃つか……、……もしかして。

 

「先生方がおっしゃるように、自信を持てる次の手があるから自信を持って暗殺者になれる。……対して君たちはどうでしょう?」

 

校庭から障害物になるものをどけた殺せんせーは、校庭の中心でくるくると回り始めた……くるくるくるくる……そして、だんだんと空気の流れができていって……

 

「「俺らには暗殺があるからいいや」……と、考えて勉強の目標を低くしている。それは、劣等感の原因から目を背けているだけです。もしこの教室から先生が逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?暗殺という拠り所を失った君たちには、E組の劣等感しか残らない。そんな危うい君たちに……先生から警告(アドバイス)です」

 

 

第二の刃を持たざる者は、

暗殺者を名乗る資格無し!!

 

いつの間にか大きくなった空気の塊は、大きな竜巻を起こすまでに成長していた。あまりの風の強さに前は向けないし、スカートを押さえないといけないしで大変な目に……え、竜巻(これ)、本校舎にも見えちゃってるんじゃ…!?

 

「ひゃ、」「わ、」

 

「とと…、大丈夫?」

 

「……う、うん……」「ありがと…」

 

近くにいた渚くんが、強風に負けて倒れそうになった私と茅野さんを支えてくれた。渚くんには悪いけど、そのまましがみつかせてもらいながらゆっくりと静かになっていく校庭を見つめる。

 

「……校庭に凸凹や雑草が多かったのでね、少し手入れしておきました」

 

砂埃が落ち着いた頃には、あの雑草だらけで石が見えていた凸凹の校庭が平らになり、いつの間に引いたのか陸上用のラインが引かれている。心なしか最初に避けていたサッカーゴールのサビや汚れもきれいになっている気がする。

 

「先生は地球を消せる超生物、この一帯を平らにするなど容易いことです。……もしも君達が自身を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないとみなし、校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

「第二の刃……いつまでに?」

 

「決まっています……明日です。明日の中間テスト、クラス全員50位以内を取りなさい」

 

「「「!?!?」」」

 

中間テスト、50位以内……!それは、E組から元のクラスへ戻るための最低ラインの学力だ。

 

「君たちの第二の刃は、既に先生が育てています。本校舎の教師達に劣るほど……先生はトロい教え方をしていません。」

 

いつの間にか、私たちが気づかない間に育てられた第二の刃。確かに、殺せんせーのあの教え方は誰にも真似できるものじゃない。

 

「自信を持ってその刃を振るって来なさい。仕事(ミッション)を成功させ、恥じることなく笑顔で胸を張るのです」

 

……そうだ、私は知ったじゃないか。

 

「自分達が暗殺者(アサシン)であり、E組であることに!」

 

──どこにいても、私は私なんだって

 

 

 




「と、いうわけで、続き行きますよォっ!!」
「……まぁ、今回くらいは頑張るか」
「暗殺を続けるためにもね!」

「「はい、アミサさんもカルマ君も、もうちょい行きましょう!ここもいいですねぇ!」」
「……ねぇ、殺せんせー、俺ら二人別々に教えるのめんどくなってるでしょ?」
「さっきから、全く同じ事やってるし……言ってることもハモってるもんね」
「!!ば、バレましたか…!もういっそ、まとめます!ほら、アミサさん机引っつけて!」
「え、わ、ちょ……っ」
「いきなり…!」


++++++++++++++++++++

中間テスト、前半戦。
次はテストの時間本番です。

殺せんせーは隣同士で同じような学力のカルマとオリ主に、最初はそれぞれに4、5人ついて色々言ってましたが、途中からやってる応用・発展・範囲が同じならちょっとくらい被せてもいいかと、楽してたらバレました。
めんどくさいので、強制的に二人とも同じように勉強させられてます。……の図。

他の人は自分の勉強で必死だから周りを見る余裕もないので、後ろで何が起きているかを知っているのは、隣でバタバタされて嫌でも目に入る寺坂くらいである。




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テストの時間+α

そして、中間テストの日がやってきた。

 

《中間 3ーE 1時間目 数学》

 

────コン、コン、コン、コン、……

 

「ゲフンゲフン……あー、E組だからって、カンニングなどするんじゃないぞー。俺たち本校舎の教師がしっかり見張ってやるからなぁー」

 

テストは全校生徒が本校舎で受ける決まり……つまり、普段違う校舎で過ごす私たちE組だけが慣れない場所、慣れない環境のアウェーでの戦いとなる。しかもテスト監督が延々と音を立てたりワザとらしい咳払いをしたり……露骨に集中を乱してくる嫌がらせ付きだ。

……個人的に最悪なのは、テスト監督の先生が前の担任(大野先生)なこと。私の席は一番後ろだし、先生(あの人)は前の椅子にふんぞり返っていてテスト中に立ち歩かない分、そうそう近くに来ないからまだ耐えられるけど……それでも視界に入るし、目が合った時なんて辛いものがある。

……と、問題に集中しなくちゃ。────っ!

 

「うわぁぁあ!」

 

「ナイフ一本じゃ殺せねぇよ!」

 

「どうすんだよ、この『問4』!!」

 

……私はこの椚ヶ丘中学校に入るまでは、まともに学校へ行ったことがない。だからもちろん、勉強も、テストもやったことがなかった。だから私にとっては触れたことのあるテスト問題……という意味ではこのレベルが毎回当たり前ではあるけど、

 

────グオォォォオオォオ!!

 

まるでテストから得体の知れない怪物が飛び出てくるかのような錯覚を覚える……問題文は全体的に言い回しが難しく、関係ないミスリードを招く言葉が散りばめられている。全部使って難しい公式に当てはめなければいけない、……かと思えば、実際解くのに必要な要素はほんの僅かで式も必要ないくらい簡単だったりする。

入学してから何回も受けてきたこのテスト……分かってはいたけど、他の学校とは比べ物にならないくらい凶悪なレベルなんだろう。

 

同じ教室でテストを受けるみんなの鉛筆が止まっている(足が動かない)

 

後ろにはまだまだ強敵が潜んでいるかもしれないのに。

 

こんなところで止まっているわけにはいかないのに。

 

攻略の取っ掛りが掴めない。

 

このままだと、この問題に、殺られる!

 

 

 

 

 

────ちゃんと教えましたよ?

 

「!」

……殺せんせーの声が聞こえる。鉛筆(ナイフ)を持つ私の右手をせんせーの触手が支えてくれているようだ。……そっか、この場に殺せんせーは居なくても、教えてくれた事実は一緒にいる。

 

────ほら、1箇所ずつ見極めて

 

……カリ

 

────どうです?それを繋いでみれば

 

……カリカリ、カリ

 

────なんてことない相手ですねぇ。

    さぁ、料理してしまいましょうか!

 

………解ける。

必要のない言葉、難しい言い回しを省いたその先に、問題文の重要なところが見えてくる。

 

みんなの手が動き(ナイフが閃き)出した。

 

分からなくて止まった時は問題文(敵の様子)を確認。

 

これなら……解る(殺れる)

 

E組全員の手が迷いなく動き始めたことで、監督している先生(あの人)は「ありえない、おかしい」とでも言いたそうな顔で私たちを見ているのが分かる。私も今まで以上に取っ掛りがつかみやすくて、どんどん殺っていけるのが楽しくて、鉛筆の動きは止まらなかった。

次も、……よし!

こいつだって、……行ける!

 

 

 

 

 

次……!!?

 

 

 

 

 

『問11』にたどり着いた途端、教室の中からほとんどの音が消えた(見えない何かに殴り殺された)

なんとかその躓き(攻撃)に気づいて避けた先に見えたものは……、……あれ……?……見たことあるし、解き始められた(ダメージを与えられた)けど……

 

〝もうちょっと!あ、ついでにこっちもやっちゃいましょう〟

 

〝せんせ、ここ範囲外……〟

 

〝いいんです!アミサさんは範囲が終わったんですから、ついでですついで!〟

 

…………これ、範囲の中の問題だっけ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはいったいどういうことでしょうか?公正さを著しく欠くと感じましたが」

 

返ってきたテストを手に、みんな沈んだ表情をしていた。クラス全員50位以内に入る学力を持つらという第二の刃……達成できるどころか、みんなが持っていた全部の実力を出せないままに終わってしまったから。

 

「伝達ミスなど覚えがないし、そもそもどう考えても普通じゃない」

 

テスト中に私の感じた違和感は、当たっていた。

 

「テスト二日前に出題範囲を全教科大幅に変えるなんて!」

 

……あの『問11』から先は、全て私たちに伝えられていたテスト範囲を大幅に超えた内容、もしくは変更された内容を出題されていたのだ。……そして、それは数学だけの事じゃない。その後の国語も、英語も、理科も、社会も……全部。

当然伝えられていた範囲だけを勉強していたら、そこを外された物に対応できるはずがない。

これが理事長先生の言っていた、『E組校舎にいてはどうにもならないこと』なのだろう。烏間先生聞いた話では、変更範囲を伝えられた本校舎の生徒たちには、本校舎で理事長先生自らが変更範囲の授業を行って対応したというのだから……、E組(私たち)を落とすためだけのために、ここまでするなんて。

このままじゃ、殺せんせーはこの教室から出ていっちゃう……どうしたら止められる?いい案がすぐに思いつかなくて、自分の答案に目を落とす……と、その時小声でカルマくんから声をかけられた。

 

「……アミサちゃん、ちょっと見せて」

 

「!」

 

「……うん、じょーでき。

……ね、ちょっと手伝ってよ……久々に、さ」

 

「……!……うん、久々に二人で……遊ぼっ…」

 

いたずらっぽく笑うその顔を見て、カルマくんのやりたいことが分かった。そうして、できるだけ静かに席を立ち……ナイフを構える。標的(ターゲット)は今、こっちに背を向けて落ち込んでいる……

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです。……アミサさんが苦しみながら必死に情報を聞き出してくれたのに……先生はくだらない意地でそれを無駄にしました。……君達に顔向けできません」

 

……………殺せんせー!!

 

────ヒュヒュッ!

 

「にゅやっ!?にゃっ!?………、…な、」

 

「いいの〜?顔向けできなかったら、俺らが殺しにくるのも見えないよ?」

 

「……うーん、当たらない、ね……。もうちょっと細工してみようかな……」

 

「カルマ君!アミサさん!先生は今落ち込んで……!!」

 

言うと思った。カルマくんと目を合わせてニヤッと笑うと、二人で同時にテストを教卓に投げる。それを見た瞬間に殺せんせーは固まった。

 

「俺ら、問題変わっても関係ないし」

 

「……えへへ、第二の刃、ちゃんと取れたよ」

 

赤羽業

英語98点

国語98点

数学100点

理科99点

社会99点

主要五教科合計494点

学年順位……4位

 

真尾有美紗

英語99点

国語98点

数学100点

理科97点

社会98点

主要五教科合計492点

学年順位……5位

 

「うお、すげぇ……二人して数学100点かよ!」

 

「……俺らの成績に合わせてさ、あんたが余計な範囲まで教えたからだよ。だから出題範囲が変更されても対処できた」

 

〝はい、アミサさんもカルマ君も、もうちょい行きましょう!ここもいいですねぇ!〟

 

〝!!ば、バレましたか…!もういっそ、まとめます!ほら、アミサさん机引っつけて!〟

 

「……私なんて、授業の分以外にも……追加で課題出されてたもん、範囲外の理科。苦手な理科でこんなに点数取れたの……はじめて、だよ」

 

〝……あぁ、それとアミサさん。カバンの中のプリントはチェックしておきましたよ〟

 

「あー……そういやお前らの席だけ異様にバッタバタしてたもんなぁ……なんで机動かしてるんだって思ってたし」

 

「自分のことで必死で、何やってたのかまでは知らなかったけどね」

 

これで、E組の中では唯一……私とカルマくんだけは本校舎復帰の最低ラインである学年順位50位以内を超えることが出来たわけだ。むしろ、トップ争いにまでくい込んでみせた……本校舎の生徒に、教師に成績で文句をつけさせる気は無い。

…………だけど、

 

「だけど俺、E組(このくみ)出る気ないよ?前のクラス戻るより、暗殺の方が全然楽しいし」

 

「私も、E組(ここ)にいたい。やっと見つけた私の居場所……友だちができた、今度こそ信じられる先生ができた、それに私を認めてもらえた場所だから」

 

ここが、私の……私たちのいる場所だって決めたから。暗殺を楽しみ、毎日の生活を楽しみ、勉強もできる……そんな夢みたいな場所。そこから出ていこうなんて、バカでもなければ考えないよ。

……さて、自分の意思を伝えるのはここまでだ。あとは、殺せんせーをノせるだけ。

 

「ていうかさぁ、俺らが点数取れたのって殺せんせーのおかげだよねー(棒読み)」

 

「それに、E組は成績最下位クラスって勝手に言われてるけど、そんな人……このクラスにだーれもいないのにねー……?」

 

「ねぇ寺坂〜、E組最下位ってお前だったよね。学年順位は何位だったわけ?」

 

「はぁ?……めんどくせーな、んなの、15…9……位…」

 

「「「!!!」」」

 

そう、みんな50位以内に入れなかったってことに落ち込んでて気づいていないみたいだけど、成績下位と私たちを含めたその他諸々の理由で集められたE組27人は、3年生187人の内、E組の最下位で159位……下には28人もの他クラスがいる、つまりE組以上の人数を下にしてみせたのだ。

他のみんなも慌てて自分の点数や順位を確認し直して、歓声を上げる人も出てきた……だって、二年生最後のテストの時より順位、総合点数が確実に上がっているはずだから。これって、殺せんせーの条件はクリアしてないけど……見方を変えればかなりの成果が出たって言っても間違いじゃない、よね?テスト範囲の変更という妨害があったというのに、この結果を出したのだから。

 

「……で、どーすんのそっちは。全員50位以内に入んなかったって言い訳付けてここからシッポ巻いて逃げちゃうの?」

 

「E組全員の学力の底上げ……これって、十分すぎる功績……ですよね?なのに逃げちゃうなんて……」

 

 

 

「それって結局さぁ……殺されんのが怖いだけなんじゃなーいの?」

「それって……みんなが強くて殺されるのが怖いからなんですね?」

 

 

 

ピキピキッ

 

 

 

私たちの笑顔の挑発で無言で黄色い顔に怒りマークが浮かぶ殺せんせー。あと、少し……!

ここまで来れば、他のみんなにも私たちが何をしたいのかが伝わったのだろう。片岡さんが前原くんを小突き、発言力のある彼にみんなの皮切りを促す……理解した彼はワザとらしく手を頭の後ろにやって、煽るような口調で言ってくれた。

 

「なーんだ、殺せんせー怖かったのかー!」

 

「それなら正直に言ってくれればいいのに!」

 

「ねー?『怖いから逃げたい』って!」

 

 

ピキピキピキピキッッ!

 

 

「にゅやぁぁぁぁあああッッッ!!!逃げる訳ではありません!!!」

 

「へー、じゃあどうすんの?」

 

「にゅへ?……き、期末テストで、あいつらに倍返しでリベンジです!」

 

見事な手のひら返しに、E組全員で笑い出した。

……中間テストでE組を取り囲む分厚い壁を実感した。一人では、私たちだけではきっと超えることの出来ない高い、分厚い壁。だけど、みんな心の中で胸を張った……自分がこのE組(このクラス)の一員であることに!

 

 

 

 

 

 

 

(それにしても、……アミサちゃーん?)

(っ……な、なに……?カルマくん、顔、笑ってるのに、なんか怖いよ……?)

(『苦しみながらも必死で情報聞き出した』って……俺の知らないとこでなーにしちゃったのかなー?)

(ひ、ひぇっ…!?な、渚くんもいたよ…っ)

(へー……そー……なーぎさくーん?)

(ちょ、僕に飛び火させないで!?)

 

 

 

 

 

++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「……まぁ、何はともあれテストは終わったので!」

 

「「「女子会をはじめましょー!かんぱーい!!」」」

 

テスト返却後……私は今、茅野さんと約束していた女子会のためにファミレスへ来ていた。メンバーは茅野さんが集めてくれて、突然のお誘いだったけど都合のついたE組の女子……私、茅野さん、中村さん、岡野さん、速水さん、倉橋さん、矢田さんが来ている。

 

「私プリン〜!」

「茅野ちゃん、決めるの早っ!ほんと好きだよね……んー、私はこのパフェにしよっかな」

「あ、じゃあひと口!私のあげるから!」

「このケーキもいいな〜」

「真尾さん、決めた?」

「え、えっと……ど、どれがいいかな……」

「……真尾、私と分ける?」

「!…うん!」

 

みんなで一緒にお出かけ、女の子だけのこの雰囲気は、教室とはまた違った賑やかさだ。最初はオシャレなカフェとかなら人もあんまりいないし、いいんじゃないか?って意見も出たんだけど、多分……ううん、絶対このメンバーだと騒いじゃうから、少しくらい騒いでも問題ない場所ってことでここに来ることになった。少しでも楽にいられるようにってことで、私は真ん中の席でみんなに囲まれている。

E組の人たちだけじゃないこの場所(ファミレス)に、ガチガチに固まっていた私だったけど、みんながみんな世話を焼いてくれて、デザートの交換をして、たわいもないお喋りをして、いつの間にかいつもE組にいるのと同じような感じがしてきていた。

でも、話している内容は世間知らずで疎い私でもついていける間のばかりだ。教室で話しているのを聞いてると、私の知らない話や難しい話とか、下世話って言われることを話してることもあるのに……みんなは楽しめてるのかな?

 

「それでね、真尾さんも……」

 

「あ、あの!……えっと、み、みんながしたい話題、話して……?」

 

「……?どゆこと?」

 

「私……まだついていけない話、多いでしょ?女子会って、女の子が集まってみんなが楽しむもの……なんだよね?なんか、私がいるから私でもついてける話題ばかりな気がして……その……」

 

うまく言えないけど、私がわかるような簡単な話ばかりではなく、よく教室で話しているようなファッションとかお店とかそういう話題の方がみんなが盛り上がれるんじゃないか、そう考えていた。私の分かりにくいだろう言葉を聞いたみんなは、一度無言になって顔を見合わせたあと「やっぱり分かってなかったか」って中村さんが……て、え?

 

「なーに言ってんの。確かに女子会ではあるけど、これ、あんたの歓迎会も兼ねてるんだから」

 

「……、……え…え?」

 

「私らは二月の終わりから一緒にいたり元々仲が良かったりしたけどさ……あんたは途中参加な上あんまり話したことなかったっしょ?」

 

「早く女子の間だけでも慣れて欲しくって、だったら男子がいない間に構い倒せばいいのかなって!」

 

「だから、今日は真尾さんが主役。お世話されてればいいんだよ〜」

 

「むしろいつもは、ほとんどをカルマと渚に独占されてるんだから、たまにはいいでしょ?」

 

「……私達だって、構いたい」

 

「ちなみに、今日来れなかった人達も合わせて、全然構い足りてないから、女子会その2その3も計画するからね!」

 

「………、……うん……!」

 

……みんな、こんなこと考えてくれてたんだ。みんなからかけられた言葉は優しさで一杯で……『私から』ができない私の代わりに、みんなから近づいてくれたんだ。

その後は、ドリンクバーのジュースを混ぜて遊んだり、先生たちの話題……例えば烏間先生のカッコよさ(倉橋さんが力説してくれた)やイリーナ先生の女磨き(矢田さんが最近通ってるんだって)、殺せんせーの最近の奇行(これはカルマくんや渚くんが見つけたものを私が提供)とかを話して、なかなかに盛り上がってからの解散となった。

帰り道、私は女子のみんなへ返せるお返しを考えていた。みんなは私に対して色々考えて計画してくれた。だから、私にもできる『私から』関わる方法……何かないかな……?

 

 

〝アミサちゃん〟

〝真尾さん〟

〝アミサさん〟

〝真尾ちゃん〟

 

 

…………見つけた、かもしれない。

 

 

 




────ガラッ

「おっはよー、真尾ちゃん!」
「あ、おはよ〜、昨日は楽しかったね〜!」
「………よ…、……っ」
「ん?」
「どうしたの?」
「……お、おはよ…、……莉桜ちゃん、陽菜乃ちゃん」
「「!」」
「……ん、おはよ、アミサ!」
「お〜、アミサちゃん名前呼び〜っ!私もするねっ!」

「……私も」
「……凛香ちゃん?」
「…………っ……(ナデナデ)」
「…………?」


++++++++++++++++++++


「カルマくんや渚くんは私を『アミサちゃん』と呼ぶ」
→「他のみんなは『真尾さん』って苗字で呼ぶし、私も苗字で呼んでいる」
→「名前で呼ばれる方が嬉しい」
→「呼んでみよう」
結果→喜んでもらえた\( ´ω` )/

というわけで後書きです。
今回は中間テストと+αとして以前「毒の時間」で茅野と約束していた女子会を実現させました。
中間テストは原作の説得(という名の煽り)だけじゃなくてなにか付けたそう、とした結果こうなりました。描写はされていないけど、原作を読む限りこういう事なんじゃないでしょうか?

女子会のメンバーは作者の独断と偏見で決定。
ここから、女子については名前呼びをすることになります。名簿の時間、卒業アルバムの時間を参考にしてお互いの呼び名は考えていますが、間違えている時もあると思います。その時はそっとご指摘ください。

次回からは修学旅行編に突入です…!
何話かに分けて書いていこうと思っています。


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修学旅行の時間

「……はい、これで朝の連絡事項はおしまい……あ、そうそう、一つ大事なことを伝え忘れるところでした。来週はみなさん待ちに待った京都へ修学旅行ですね?クラス委員の二人に頼んでありましたが……班は決まりましたか?期限は……って、コラ!せめて最後まで聞きなさい!」

 

「だってまだ決めてないし、今日中に決めれば間に合うでしょー?」

 

「それでもせめて聞くフリくらいはしなさい!せんせーが寂しいから!」

 

「フリでいいんだ……」

 

「……しゅーがくりょこー……かぁ……」

 

E組全員で頑張った中間テストが終わったかと思えば、今度は……しゅーがくりょこー、というものへ行くらしい。例え私たちの教室が普通じゃない暗殺教室だったとしても、学校行事の予定は目白押しです。朝のHRで殺せんせーがどこかウキウキしながらメグちゃんと磯貝くんにプリントを渡しながら確認をして……そういえば教室に来てすぐくらいに、渚くんが片お……、……メグちゃんに聞かれてた気がする。殺せんせーも3年生も始まったばかりなのに総決算など……とか言いながらも超巨大な荷物を準備していて、楽しみにしてるみたい。

 

「……知っての通り、来週から京都二泊三日の修学旅行だ。君らの楽しみを極力邪魔はしたくないが……これも任務だ(・・・・・・)

 

「てことは、向こうでも暗殺?」

 

「その通り」

 

体育の授業の終わりで殺せんせーのいない間を縫ってされた烏間先生の説明によると、先生たちが私たちの監督と安全を守るためにあらかじめ私たちは班ごとに京都の街を散策するコースを考えて先生に提出する……それの内、私たちが指定した時間帯と場所で殺せんせーは付き添いをするらしい。その指定した場所で標的である殺せんせーを国が手配した腕利きの狙撃手(スナイパー)が狙う……私たちは狙撃の舞台を整えることが任務ということだ。といった説明がされているとチャイムがなり、続きは教室で話し合うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ということは、京都の街をよく調べて……俺たちの手で暗殺に最高の場所(ロケーション)をみつけなきゃいけないんだ…」

 

「じゃあ、班決めも結構慎重にやらなくちゃ。慣れない相手と一緒だと、どうしてもぎこちなくなってバレる可能性が上がる……」

 

「別に、この自由行動までの班を考えればいいんだし、他では普通に交流できるもんね」

 

みんな仲がいいメンバーでまとまりつつも、暗殺を考えた班を決めている様で……体育のあとに着替えて教室へ戻るとガヤガヤとしていた。班決めのプリントを渚くん、カエデちゃん、杉野くんが一緒に覗き込みながら話しているのを、私とカルマくんは窓際で次に何を殺せんせーに仕掛けるかについて話し合っていた。……私は班行動というものの意味がわからないせいでピンとこず、あまり深く考えていなかったからというのもある。

 

「修学旅行の班か……カルマ君、同じ班になんない?」

 

「ん?アミサちゃんも一緒ならオッケー」

 

「えと……私は、渚くんと、カルマくんがいれば……班もよく分からないし」

 

「もちろん!というか、一緒じゃなきゃ二人とも嫌だろうし…………じゃなきゃカルマ君の暴走……誰が止めるのさ…」

 

「?」

 

私はカルマくんが一緒ならどの班に入ってもよかったし、別に嫌ってことは無い……ただ、まともに行動できるか怪しくなるだけで。E組の女子達と距離が縮められたとはいっても、やっぱり長い間一緒に居た人となら自然体でいられるし、何より安心できるから……渚くんに呼んでもらえてよかったかもしれない。二人とも揃っているならもっと安心だ。

最後に渚くんが小さく何か言ったみたいで、それが聞こえたらしいカエデちゃんがドンマイって渚くんの肩に手を置いていたけど、あいにく私にはよく分からなかった。

 

「暴走といえば……大丈夫かよカルマ。旅先で喧嘩売って問題になったりしないよな?」

 

「へーきへーき……ほら、旅先の喧嘩はちゃんと目撃者の口も封じるし、表沙汰にはならないよ」

 

「おい……やっぱやめようぜあいつ誘うの」

 

「うーん……でもまぁ、気心知れてるし」

 

「それに、カルマくんは理由がなければ喧嘩しないよ?」

 

「えー……」

 

ほんと、なのになぁ……。やっぱり普段の様子や生来の喧嘩早さはどうしても誤解を生みがちなんだろう。私としては、大切な人だからこそカルマくんのいいところをもっとみんなに知って欲しいんだけどなぁ……まだ、女子にも男子にも遠巻きにされがちだもん。

 

「で、メンツは?渚君と杉野と茅野ちゃんとアミサちゃん……」

 

「あ、奥田さんも誘った!」

 

「七人班だからあと一人いるんじゃね?男女どっちでもいいけどさ」

 

「へっへ〜……俺をナメんなよ。この時のためにだいぶ前から誘っていたのだ……クラスのマドンナ、神崎さんでどうでしょう!」

 

「おお〜、異議なし!」

 

「よっしゃ、これで俺らの班は決まりだな!どこ回るのか決めようぜ!」

 

杉野くんが連れてきた有希子ちゃんは、真面目でおしとやかでとても美人……静かに過ごすことが多いしあまり目立つ人ではないけど、同じ班になれて嫌な人は居ないと思う。それに、

 

「よろしくね、みんな。アミサちゃん、せっかく同じ班になれたし前の女子会は行けなかったから……いっぱいお話しようね」

 

「……!うんっ!おしゃべり楽しみにしてる」

 

個人的に有希子ちゃんは、どこか私の大好きな人を感じさせる性格だから……だから凄く嬉しいし、自然と近くに行きたくなる。その後何故か有希子ちゃんには頭を撫でられて、「みんなが言ってた意味がわかった気がする」って言われて、カエデちゃんと杉野くんがものすごく頷いてたけど……みんなが私のことをどう思っているのか、なんだか無性に気になった。

あと、声をかけられていつになく嬉しそうにしていた私を見たカルマくんと渚くんの二人が、珍しい光景を見たという顔で驚いていたことを後からカエデちゃんが教えてくれたんだけど……そんなに驚くことだったのかな。

 

「……そういえば、……しゅーがくりょこー……って、何?お出かけと何か違うの?」

 

「え、小学校でも行っただろ?行き先はみんなバラバラだろうけど」

 

「私、外国育ちだし、色々あって各地を転々としてて……小学校行ってないから、これが初めてなの」

 

「そーなのか……なんかすまん」

 

「ううん、杉野くんは悪くない、よ。私が話してなかっただけだから」

 

「えっと修学旅行はね、友だちと一緒に学校を離れて日本の中の名所をお泊まりで観光に行くんだよ!美味しいもの食べたり、有名なものを見学したり……あ、あと、夜通しおしゃべりしたり!」

 

「あとは……そうですね、一応『修学』っていう旅行ですから勉強でもありますよね。見学先の情報を調べたり実際に見て体験して学んだり、でしょうか?」

 

カエデちゃんと愛美ちゃんが教えてくれたことから、旅行は旅行でもただ遊んで終わるんじゃなくて勉強もするものってことなんだってことが分かった。聞けば行き先は私たちのような京都以外にも東京や広島、海外へ行く学校もあるらしくて……それらは全部、社会の授業とかで学んだ地域で、生徒の自主性とか集団行動とかを高める目的もあるみたい。……暗殺をすることで集団活動する私たちの生活にどことなく近い気がして、不思議な気分だった。

 

「フン、みんなガキねぇ。暗殺者として世界中を飛び回った私には……旅行なんて今更だわ」

 

「そっか、ビッチ先生は行かないんだな……じゃあ、いない間は花壇に水やっといてよ」

 

「あ、ここ行きたい!楽しそうだし美味しそう!」

 

「暗殺を考えるとここは……」

 

ワイワイと旅行一つで楽しそうにしている私たちを見て、嫌味のように上から言ってきてカッコつけてるイリーナ先生だったけど、みんなあしらい方がすごく慣れてて……一見イリーナ先生の言葉を大切にしてるけどあれは……分かっててからかってるんだろうな、多分。

尊敬されたり賞賛されることなく見事に無視される形になった素直になれないイリーナ先生は、我慢出来なくなって小銃を抜いていた…………先生も仲間に入りたかったんだろうなぁ。

 

────ガラッ

 

「1人1冊です!」

 

その声とともに殺せんせーのマッハで何か本が配られた……そう、とても分厚い本としかいいようが無いモノを。配られた瞬間に私はフラついた……それくらいの重量があるっていえばわかるかな……?

 

「おっも!!」

 

「せんせー何これ!?」

 

「修学旅行のしおりです」

 

「辞書だろコレ!!」

 

「イラスト解説の全観光スポット、お土産人気トップ100、旅の護身術入門から応用まで、昨日徹夜で作りました!あぁ、初回特典は組み立て紙工作金閣寺です」

 

「どんだけテンション上がってんだよ!?」

 

本場の麻婆豆腐が食べたいからと、お昼休みの短い時間を利用して一人で四川まで行けちゃうような殺せんせーは、どうやらみんなと楽しんで、ハプニングにあって……そんな私たちと一緒に旅をすることを本気で楽しみにしているみたい。……初めてのしゅーがくりょこー……私も早く行きたくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行1日目。

朝から東京駅の新幹線乗り場には椚ヶ丘中学校の3年生が揃い、新幹線に乗り込もうとしているところだった。

 

「うっわ……A組からD組までグリーン車だぜ……」

 

E組(うちら)だけ普通車、いつもの感じだね」

 

「うちの学校はそういう校則だからな……入学時に説明したろう?」

「学費の用途は成績優秀者に優遇されま〜す」

「おやおや〜君たちからは貧乏の香りがしてくるねぇ」

 

ニヤニヤ笑いながら、E組を見下してくるのはいつもの嫌な人たち(D組の担任と元クラスメート)。正直嫌いな人たちしかいないから、見たくも口をききたくもないんだけど……みんなの会話を聞いていると、私たちの乗る新幹線の車両と他のクラスが乗る車両は違うらしい。さっき窓の外から私たちが乗る方を見てみたけど、特に不満もない座席だった……何が違うんだろう。

 

「……んー……」

 

「真尾?どうかしたか」

 

「菅谷くん……私、クロスベルの列車しか乗ったことないから知らないけど……グリーン車と私たちって、何か違うの?」

 

「あー……簡単に言うなら俺らは席一つ一つの間隔が狭いんだよ。グリーン車は少し割高だから、軽く乗れる車両じゃないせいで大抵静かだし、照明の雰囲気とかもあってゆったり過ごせるんだとよ」

 

「ふーん……なら、私は普通車でよかったな」

 

「「「は!?」」」

 

「だってみんなと旅行に行くのに、ワイワイできなかったり近くにいれなかったりするのって、寂しいもん」

 

だって、修学旅行というのはそういうものなんでしょう?と、そう言ったら、D組の人たちは苦虫を噛み潰したような顔をして、E組の話を聞いていた面々は慌てて口を抑えたり明後日の方向を向いたりしていた。……何か、違ったのかな?

 

「は、さ、さすがは異端児……負け惜しみだろ、どうせ!」

「旅の快適さは旅行の楽しみの一つさ!」

 

そう言ってD組の人たちは車両の中へ顔を引っ込めた。よくわからない捨て台詞に首を傾げていたら、あの人たちが居なくなった瞬間吹き出すようにE組は笑い出し、莉桜ちゃんや優月ちゃんに勢いよく頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。菅谷くんとか前原くんなんて、お腹を抱えて笑ってる。

 

「あー、スッキリしたわ!さっすがアミサ!どっかズレてるけどいいこと言う!」

 

「確かに楽しむために来てんのに、快適さを優先して楽しめなかったら意味無いもんな!」

 

……何かよくわからないけど、みんなが楽しそうに笑っているからいいや。そんなわちゃわちゃした空気の中でイリーナ先生がハリウッドセレブみたいな『いかにも金持ちです!』な格好で登場して、また私たちは驚きと呆れで度肝を抜かされたけど、烏間先生のものすごく怖い表情(かお)に負けたイリーナ先生が新幹線のトイレの中で寝巻きに持ってきていた服に着替えることで決着がついた。……寝巻きって言ってる服こそが普通に生活する服装で、イリーナ先生はお金持ちばっかり殺してきたからか庶民感覚がズレているみたいだ。だけど、さっきの人たちからすれば……これで貧乏な香りがする、なんて言えないんじゃないかな?

 

「わ、私、窓際に座ってみたい……!新幹線って速いんだよね?景色どんなのなのかな…?!何が見えるのかな…!!」

 

「アミサちゃん、大興奮だね……予想通りだけど」

 

「やっぱり決めると真っ直ぐな上、周り見ないよねー……もう座ってるし。どうせ席、向かい合わせで座っても一人余るし、俺はアミサちゃんとそっち座るわ。話す時にはそっち向くしさ」

 

「お、そーいや七人班だから分かれなきゃなのか……サンキュ!」

 

「えー、またカルマ君がアミサちゃんを独占するのー…?」

 

「茅野ちゃんもこっちに来てもいいけど、アミサちゃんは窓に張り付いてるし、俺が隣りもらうからどうせ隣に座れないけど?」

 

「うぐぐ……ずるいけど反論できない……」

 

「茅野さん、行きは我慢しましょ?外では一緒にいればいいんですから」

 

「それに夜は部屋で一緒なんだしね。男子にはない特権だよ」

 

私たちの班、4班が新幹線の中に入るなり、私は窓際に一直線だった。クロスベルの列車や通学の電車は乗ったことがあるけど……スピードとか色々違うらしいからずっと楽しみにしていたのだ。何やらバタバタとはしていたけど無事に席決めは終わり、カエデちゃん、愛美ちゃんペアと渚くん、有希子ちゃん、杉野くんが向かい合わせに座って、渚くんたちの後ろの席で私は窓側、その隣にカルマくんが座る形で落ち着いた。

窓の外を流れる景色は、通学で使う電車よりも早くてそしてとても静か。どんどん流れていくそれに飽きないで見つめていれば、急に黄色いうごめく何かが視界に写った。

 

「あれ、電車出発したけど……そういや殺せんせーは?」

 

「ひぇっ!?」

 

「アミサちゃん、どうしたの……って、なんで窓に張り付いてんだよ殺せんせー!!」

 

驚いて窓から離れると、黄色い何かは新幹線に張り付いて落ちないように移動させた、殺せんせーの触手だったらしい……

 

『いやぁ、駅中スウィーツを買っていたら乗り遅れまして……次の駅までこの状態で一緒に行きます。あぁ、ご心配なく……保護色にしてますから服と荷物が張り付いているように見えるだけです』

 

「それはそれで不自然だよ!?」

 

駅中スウィーツ……それって、出発地のやつなら別に帰りでもよかったんじゃないかな……むしろ、帰りの方が慌てなくて済むのに。でも、言ったら言ったで「旅行で買って楽しむのが醍醐味なんじゃないですか!」とか言われそうだから黙っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、疲れました。目立たないよう旅するのも大変ですねぇ」

 

「そんなクソでけぇ荷物持ってきておいて、目立つも何も無いよな」

 

「ていうか、国家機密が堂々としてるって言うのもなんかねぇ?……その変装も近くで見ると人じゃないってバレバレだし」

 

「にゅやッ!?」

 

合流した殺せんせーは、新幹線の三人席一列を荷物と先生で埋め、一息ついていた。目立っちゃダメなのに変装は変装って言えないくらいの簡単なものだし、関節グネグネは改善してないし、それなのに本人は満喫しすぎててどうしようもない……

そんな殺せんせーの様子を、窓の外を見るのをやめて四班のみんなとトランプをしながら見つめる。あれでだいじょぶだと思ってる殺せんせー……いいのかなぁ……

 

「殺せんせー!ほれっ」

 

手元でなにか作業をしていた菅谷くんが殺せんせーに向って何かを投げる。慌てて確認した殺せんせーの目が輝いたように見えた。

 

「まずはそのすぐに落ちる付け鼻から変えようぜ」

 

「……おぉ!すごいフィット感!」

 

「顔の曲面と雰囲気に合うように削ったんだよ。俺、そういうの得意だから」

 

さっきみんなに色々言われた拍子に落ちた殺せんせーの付け鼻……それを拾って、丸顔の殺せんせーに合う丸い鼻を、顔の曲面に合わせて見ただけで調整しちゃった菅谷くん……メグちゃんも言ってたけど、焼け石に水くらいには違和感が減ったと思う。……すごい技術だ。

 

「あははっ、面白い。旅行になるとみんなのちょっと意外な一面が見られるね」

 

「うん。これからの旅の出来事次第で……もっとみんなの色んな顔が見れるかも……」

 

「……そうだ。ねぇ、みんなの飲み物買ってくるけど何がいい?」

 

「あ、私も行きたい!」

 

「私も!」

 

「わ、私も、行っていい……?車内販売っていうのやってみたい……!」

 

有希子ちゃんが思い出したように飲み物を買いに行くことを提案してくれて、女子四人で車内販売へ行ってみることにした。みんなで行っても邪魔になっちゃうし、ということで男子組はお留守番。車内だし何もないと思うけど一応気をつけてね、というお言葉をもらっていざ出発。

一緒におしゃべりしながらも、頭の中では買うものを何度も反芻して歩いていた。……カルマくんが煮オレシリーズの何か、渚くんがお茶、杉野くんがスポーツドリンクで……そんなことを考えながら歩いていたからかな。

 

「わ、ぷ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

有希子ちゃんが誰かにぶつかって足を止めたのに気づかなくて、私は愛美ちゃんにまでぶつかってしまった。慌てて相手と愛美ちゃんに謝り、広がって歩いてしまっていたのを一列に直して車両を歩く。有希子ちゃんがぶつかっただろう人……頭一つか二つ分くらい大きい男の人と目を合わせない様にしながら。無事に車内販売で飲み物を買って席に戻る時にはあの人たちはいなくなっていて、私たちはもう気にしていなかった。修学旅行先で早々会うこともないだろうし、きちんと謝った……後腐れもないだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、どこの学校よ?」

 

「前の方のグリーン車にも同じ制服のヤツらたくさんいたぜ」

 

「椚ヶ丘の……たぶん中学だな」

 

「ほぇーッ頭のいい坊ちゃん嬢ちゃんばっかのとこじゃん」

 

「しかもよ、なんか今のイケてなかった?今の子」

 

「……なぁ、あの娘達に京都でお勉強教えてやろうぜ」

 

 




「おかえり〜、どうだった?」
「あのね、なんかね、カート押してた!」
「うん、車内販売だからね」
「あと、手元からコーヒー出てきたの」
「コーヒー売ってるしね。…ちゃんと順番待ったよね?」
「うん!あとねあとね……」

「多分、ああなると満足するまで報告してると思うよ…」
「そんなに報告することありますっけ、車内販売……」
「ほら、アミサちゃんの場合……」
「あ、そっか。煮オレシリーズが数種類売ってたってことは言いたいだろうね」
「あ、カルマが席立った」
(((実際見に行ったな、あれ)))


「……車内販売じゃないけどね、途中で大きいお兄さんにぶつかっちゃったの。謝ったけど……なんにも言わないでこっちみてきたから、ちょっと怖かった」
「……そっか」


++++++++++++++++++++

修学旅行に出発しました。

オリ主の窓際に駆け寄って目的地まで行ったのは、新幹線初体験の作者まんまの反応です。電車との違いが面白すぎて、飽きませんでした。
車内販売も、一人で新幹線乗った時に引き出しから色々出てくるのが楽しく……

次回は京都に到着します。



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修学旅行の時間・2時間目

新幹線が京都駅につき、そこからバスで移動して……E組が宿泊する旅館である、『さびれや旅館』へ到着した。ここでも本校舎側との差別があり、本校舎の生徒たちは一人一人個室が準備されているらしいけど、私たちは男女の大部屋だけだ……しかもボロボロ。……でも、大部屋に、みんなで布団を敷いて寝転びながら夜通しおしゃべりするのが修学旅行の醍醐味だって教えてもらったから、逆にそれが体験出来るのはよかったと思う。それにロビーとかも自由に立ち入りオーケーだから、みんなが集まれる。……せっかく友だちと一緒にいるんだから、少しでも会って長く遊びたいというのが私の思いだ。まだ全然疲れてないし、部屋に荷物を置いたら自由時間だからみんなでロビーに集まってるんだけど……

 

「ねぇ、殺せんせーさ、一日目……というか移動しかしてないのに既にグロッキーなんだけど……」

 

「新幹線とバスで酔ったらしいよ……」

 

真っ青な顔で、心做しか顔もしぼんで見える殺せんせーがソファでダウンしてた。酔ってダウンしてるけど、ナイフを避けるくらいの力はあるみたいで、話しかけながらナイフを振り下ろすひなたちゃん、メグちゃん、磯貝くんをひたすら避けまくっている。

 

「だいじょーぶ?寝室で休んだら?」

 

「いえ、ご心配なく……先生これから一度東京へ戻ります……枕を忘れてしまいまして」

 

「「「あんだけ荷物あって忘れ物かよ!?」」」

 

山のような殺せんせーの大きな荷物、少し見えるだけでもなんとか危機一髪とか、お菓子とか、こんにゃく……?とかがいっぱい入っているのは分かる。分かるけど……もしかしなくてもほとんど使わずに終わるやつじゃ……

そんな小さな騒動を尻目に、有希子ちゃんはカバンの中を漁っている。なんでも、四班の明日以降回るルートや時間帯とかをまとめた日程表が見つからないらしい。新幹線に乗ってすぐの時には持ってるのを見たから、失くしたとすればそれ以降だけど、有希子ちゃんがそう簡単に物を失くすなんてあまり考えられない。

 

「どう、神崎さん。日程表見つかった?」

 

「ううん……確かにバックに入れてたのに……どこかに落としちゃったのかな……」

 

「神崎さんは真面目ですからねぇ……独自に日程をまとめていたとは感心です……ですが、このしおりを持てばすべて安心」

 

「「「(それ持って歩きたくないからまとめてんだよ…)」」」

 

しおりは全部流して読んだだけだし、結構おもしろくて続きをしっかり読もうと一応持ってきてはあるけど……散策中までは持ち歩こうとは思わないから、私は旅館へ置いていくつもりだ。さすがにあの重さと体積では動きづらいしカバンに他のものが入らなくなっちゃうし荷物になりすぎちゃうから。

その後も一応四班全員のカバンの中や持ち物を調べたり、新幹線やバスにも問い合せてみたけど日程表は見つからず……渚くんがしおりを持っていくと言ってくれたので、明日の自由行動ではそれを見て散策することに決まった。

明日のことが決まったので、残りの時間は旅館から出なければ自由と、全員移動の疲れを癒すためのんびり過ごすことになった。

……新幹線で何かあったのかな、自由に過ごそうか、となった瞬間にカエデちゃんに手を取られて「アミサちゃんは女子のものだー!」という宣言とともに連れ出された。ちょっとびっくりしたけど、愛美ちゃんにも反対側の手をそっと握られ、有希子ちゃんがニコニコ笑いながら追いかけてきて……なんだか楽しくもなったから不思議。

ちなみに殺せんせーは、あの後枕を取りに東京へ戻ってすぐに京都へトンボ帰りしてきた……と、主張してるけど、何故か荷物が増えていたので絶対に寄り道してきたんだと思う。こそこそ隠れて先生たちの部屋に入っていくところを見たので、バレてないと思ってるんだろうけど……私に見られてる時点で、他にも気づいてる人はいそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちの泊まる旅館は本校舎の人たちと比べると、交通の便が悪かったり見た目が古くて安そうに見えたりという印象を受けるけどそれはあくまで比べると、だ。中を見てれば十分施設は整っていると思う。

 

「おぉ、アーケードゲームがいっぱいある」

 

「旅館らしいですね」

 

「卓球台もさっき見つけたし、自由時間も困らなさそうだね」

 

「お泊まりする部屋も広かったね……カエデちゃんが教えてくれた、みんなで並んでお布団……ふふ、楽しみ」

 

私たちは修学旅行のほとんどの時間を京都市内の散策で使うわけだから、お泊まりの時間だけが快適であればそれでいい。遊べるものもあるし、部屋も広いし、私的には満足だった。ひと通り見て回ったあとは女子部屋に戻ると結構みんな戻ってきてて、部屋には女の子しかいないこともあってか話が弾んでいる。

 

「明日は八坂神社に行ける!働く女性のための神社でもあるんだよね?縁結び……美肌……」

 

「確かにまだ中学生だけど、私たちは暗殺し(働い)てるもんね」

 

「京都名物の食べ歩きしたいなぁ〜。暗殺しない時はめいっぱい楽しまなくっちゃ!」

 

ある意味明日が暗殺の本番でもあるからみんな緊張しつつ、だけど散策自体は楽しみにしている人ばかり。班ごとに行き先や行く順番がバラバラだから、みんながどんな所へ行くのか聞いてるだけでもおもしろかった。……そしてそれはお風呂に入ってあとは寝るだけになってからも続く。盛り上がる中で、ふと思い出したように莉桜ちゃんが私の方を見ながらニヤーっと笑う……な、何かあったかな?

 

「そういえば、あの時のカルマは面白かったわね」

 

「……あの時?」

 

「ほら、自由時間になった途端に茅野ちゃんがアミサを拉致ったじゃん?あの時ほとんど同じタイミングでカルマの奴も手ぇ伸ばしてたんよ」

 

「あー、あれか。しばらく手の持っていきどころに困って固まってたもんね……さり気に奥田さんと神崎さんも前に出て邪魔してた気がしたけど」

 

「新幹線では独占してたんだから、こういう時くらい、いいかなって思ったら……つい」

 

「お、おかげで楽しかったです!」

 

「カルマくん、何か用事があったのかな……今から行くと迷惑だよね、明日の朝に聞いてみる」

 

「そうだ、この子こういう子だったわ……からかいがいがない」

 

そうして、修学旅行1日目の夜は更けていく。

明日があるから、と夜更かしは程々にして布団に入って眠ることになった。班ごとに近くに布団を並べ、隣にも頭の上にも誰かがいる……こんなたくさんの人と一緒に眠るのなんていつぶりだろう。一人じゃないことが幸せで、いい夢が見れそうだと私は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行2日目。

渚くんの持つ殺せんせー特製しおりをおともに、私たちは京都の街へ繰り出していた。いくつかの想定コースを回りながら周りを確認し、最高の暗殺場所(ロケーション)を絞り込んでいく。私たち四班はクラスで最後に暗殺を行うため、殺せんせーと合流するまでかなり時間がある。私たちまでに暗殺が成功したらそれはそれ、最終的に暗殺を決行する場所と合図は殺せんせー合流前に烏間先生に連絡して狙撃手(スナイパー)に伝えてもらう手はずになっているから、他の班とは違って観光や買い物をしながら実際の場所を確認する時間があるのだ。今は杉野くんが希望した川にかかる橋の中央で、もしここで暗殺を決行する場合、狙撃手から見えるかどうかを確認している所だ。

 

「あー、もう!せっかく京都に来たんだから抹茶わらび餅食べたーい!」

 

「では、それに毒を入れるのはどうでしょう?!殺せんせー、甘いものに目がないですから」

 

「なんで!?」

 

「いいね、名物で毒殺」

 

「あ、なら渡すのは私やりたいな……!それか、口に放り込みますっ」

 

「もったいないよ、抹茶わらびが!」

 

「殺せんせーに効く毒があればいいんだけど……」

 

「んむむむむ……」

 

殺せんせーに直接毒を渡す、という暗殺を仕掛けたことのある愛美ちゃんは、今では積極的に搦手を学んでいると思う。先生の好みを考えて、その上で暗殺に組み込む……全部を自分で実行出来なくても、案を出して周りが乗れば十分役に立てるから。スウィーツ大好きなカエデちゃんは毒殺で食べられないものにしちゃうことをものすごく反対してるけど、効く毒があるなら効果的だと思うけどな。とりあえずカエデちゃんを宥めるためと私も食べてみたかったことから、近くのお店で抹茶わらび餅を購入し、歩きながら二人で半分こする。そろっと手を伸ばしてきたカルマくんの手を避けながら口に入れる……お抹茶、おいしい。

 

「それにしても、修学旅行の時くらい暗殺のことは忘れたかったよな〜……いい景色じゃん、暗殺なんて縁のない場所でさ」

 

「いや、そうでもないよ。ちょっと寄りたいコースがあるんだ」

 

本当は僕たちの想定コースの中に含まれてない場所なんだけど……ど前置きして渚くんが私たちを連れてきた場所にはコンビニ……の隣、そこには石碑があり、そこにはあまりにも有名な人物の名前が刻まれていた。

 

「坂本龍馬って……あの?」

 

「あ〜、1867年坂本龍馬暗殺。近江屋の跡地ね」

 

「さらに、歩いてすぐの距離に本能寺もあるよ。当時と場所は少しズレてるけど」

 

「あ、そっか。織田信長も暗殺の一種かぁ」

 

「なるほどなー……言われてみりゃ、こりゃ立派な暗殺旅行だ」

 

言われるまではあんまり考えたことがなかったけど、今でこそ中心は東京でも京都は昔、長い間日本の中心だった場所って社会で習った……つまり、その時代に大きな影響を与えたとされる人物たちが多く集まっていたということだ。それに中心人物でなくても関与が疑われれば罰せられる(暗殺される)……大小様々な暗殺の聖地と言えるというわけだ。

 

「つ、次は八坂神社ですね!」

 

「あ、それって昨日の夜に言ってた場所だよね……?働く女性のための神社って…」

 

「ええ、そう。よく覚えてたね」

 

「えー、もういいから休もう……?京都の甘ったるいコーヒー飲みたいよ……」

 

男子にはあまり魅力的じゃない場所だからかな……カルマくんが肩を落としてめんどくさがってる。なれない集団行動に疲れてきたのもホントだろうけど、いつもものすごく甘いって有名な煮オレシリーズを飲んでいて、見た目に似合わないくらい甘いものが大好きなカルマくんらしい申し出だった。さっき抹茶わらび餅を分けなかったこともあって少し拗ねてるようにも見えて私は小さく笑った。それに……コーヒーが苦くない……甘いっていうのは気になるかも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてやってきたのは有希子ちゃんが希望した祇園……ここは京都の中でも有名な花街であり、舞妓さんが歩いていたり歌舞伎劇場なんかもあったりする、昔の街並みが残る場所だ。だからか結構人が多くて、暗殺を簡単に出来る場所じゃない気がするんだけど……

 

「へー、祇園って奥に入るとこんなに人気ないんだ」

 

「うん、一見さんお断りの店ばかりだから目的も無くフラッと来る人もいないし、見通しがいい必要も無い。だから、私の希望コースにしてみたの……暗殺にピッタリなんじゃないかって」

 

入って見るまで知らなかった……表通りの華やかさとは違って薄暗いそこは、見通しが悪いおかげで狙撃手(スナイパー)が隠れる場所も多く、道が狭いから逃げ場も少ない。多少の荒事を起こしてもそう簡単に大事にならないだろうこの場所は、今まで下見してきた場所の中で一番適しているように感じた。全員反対意見が出ないため、ここを私たちの指定とすることになりそうだ。

 

「さっすが神崎さん、下調べカンペキ!」

 

「じゃあ、ここで決行に決めよっか!」

 

「なら、烏間先生に連絡だね……」

 

この時、思いついていれば。

連絡くらい、表通りに戻ってからすれば。

先生と合流するまでは中に入らなければ。

 

…………何も起きなかったのかもしれない。

 

「マジ完璧……何でこんな拉致りやすい場所を歩くかねぇ……」

 

前から、私たちより背の高い……制服を着た男の人たちがやってきた。全員ガタイも良く、リーダー格と思われる人は鈍器にでもなりそうなものを手に持っているのがわかる。……椚ヶ丘にいてはあまり縁の無さそうな人たちだけど……カルマくんの喧嘩相手はだいたいこんな感じだったから、まだ見慣れている私は周りを見る余裕があった。だけど他の子たちはいきなり現れた人たちに足を止めていて……気がつけば私たちの後方からも同じような男の人たちが集まってきていて挟まれてしまっていた。

それに気づいたとき、私はハッとした。さっき何を考えてたっけ、有希子ちゃんは何て言ったっけ、と。

 

〝目的も無くフラッと来る人もいない〟

 

〝見通しが悪くて道が狭いから、逃げる場所もない〟

 

〝多少の荒事を起こしてもそう簡単に大事になることもない〟

 

それは殺せんせーの暗殺をしようとしている私たちだけじゃない……何か、企んでいるようなこの人達にだって同じ条件なんだ。……そういえば、この人たち……どこかで見覚えがあるような気がする。

一番前を歩いていた渚くんと杉野くんはまだ、突然のことに動けそうにない。不安になりながら周りを見る私を背後のカエデちゃんたちの方へ押し隠し、カルマくんがみんなより一歩前に出る。

 

「何、お兄さん等……観光が目的っぽくないんだけど」

 

「男に用はねー。女置いておうち帰ん……」

 

────バキッ

 

ガタイの良さから私たちを下に見たのだろう……私たちは強くないと高を括って一瞬目を閉じた男の隙をついてカルマくんが特攻、顔面を掴んで殴り倒す。相手が知るはずもないけど、カルマくんは喧嘩のスペシャリストだ……実力を甘く見た相手が悪いと思う。

 

「ほらね、渚君。目撃者がいないとこなら喧嘩しても問題ないっしょ」

 

「あ…っ!」

 

カルマくんにとって、この位の喧嘩は軽いもの……だからカルマくんは渚くんに対していつもの喧嘩のごとく得意げに振り返ったし、私もいつもの通りだと思っていた。

……けど、渚くんが気づいて声を上げた先……カルマくんの後ろで鈍い銀の光が見えた。あれは……ナイフ!

 

「てめぇ、刺すぞ!!」

 

「カルマ!」

「!!」

 

……気が付いたら名前を呼んでたし、持っていたカバンをその場に投げ捨てて、体が前に出ていた。

……私は小さいし、その分体重も軽い……だからこそ小回りがきくし、ある程度の無茶な動きだってできる。

いきなり私が呼び捨てで名前を呼んだこともあってかカルマくんの反応が一瞬遅れ、動きが止まったその瞬間に私は飛び上がり……カルマくんの左肩に右手を置き、それを軸にして男のナイフを持つ手に飛び蹴りを食らわせていた。思い切り蹴りを入れたことで手が痺れたのだろう……ナイフを落とし、手を押さえて男は数歩離れた。それを気にせず、私は危なげなく着地する……可能ならそのまま追撃に入るつもりだったから。

……でも、その時だった。

 

「嫌!」

「なに!」

 

慌てて振り返れば、後ろから迫っていた男たちにカエデちゃんと有希子ちゃんが捕まっていた……逃れようと暴れているけど、両腕を押さえ込まれていて自由に動けないようだ。カルマくんがそちらを向き、すぐさま私も助けに入ろうとする。

 

「カエデちゃん、有希子ちゃ……!むぐっ!?」

 

「このアマ……よくもやってくれたな……!!」

 

……だけど、すぐに動けなくなった。トドメまで刺しきっていなかったからだろう……たった今蹴り飛ばした男が持ち直し、私を背後から拘束したのだ。片手だけで口を塞がれ、体ごと両腕を拘束される……前、こんなことがあった時は長く伸ばしていた髪だけを掴まれていたけど、今回は、全く動けず簡単に逃げられそうにない。

それでも暴れて、拘束から逃れようとしていた私の目に、入ってきたのは。

 

「っ!!んーーーっ!!!」

 

私を振り返り、助けようとしたのかこちらに構えをとったカルマくん。

その背後には……鈍器を振りかぶる男の姿。

叫んで知らせようとしたけど、私は口を塞がれていて思うように伝えることは出来ない……自力で気づいたカルマくんは回避する前に後頭部を思い切り殴られた。そして私たちの中で一番強いと、動けると判断したのだろう……何人かの男たちによって地面に倒れ込んだカルマくんは、何度も蹴られ踏みつけられ始めた。頭は庇えているみたいだけど、体格差や人数差に勝てずに起き上がれそうにない。

加勢しようとした杉野くんも蹴り飛ばされ、蹴られた場所が悪かったのか気を失ってしまったようだ。

 

「むぐ、んーーっ!!」

 

「チッ、うるせぇなぁ……!」

 

「っつ!?」

 

それを見て余計に暴れ、叫んだからだろうか……一度両腕を開放されたかと思えば、思い切りみぞおちを殴られていた。鈍い傷みが走り、肺に近かったからか息が詰まる……そのまま体に力が入らなくなり、意識が遠くなっていった。

 

薄れる意識、目の前が真っ暗になっていく中。

最後に見えたのは……

倒れ込む杉野くん。

今にも殴られようとしている渚くん。

そして蹴られながらも一瞬こちらを見て手を伸ばそうとした、カルマくんの姿だった。

 

 

 




「み、みんな!大丈夫ですか…!?」
「良かった、奥田さんは無事だったんだ」
「ごめんなさい……思い切り隠れてました……」
「いや、それで正しいよ……っ、犯罪なれしてやがるよ、あいつ等……通報してもすぐには解決しないだろうね。……ていうか、俺に直接処刑させてほしいんだけど」
「でも、どうやって探し出す……?」


「………」
〝っ!!んーーーっ!!〟

────ギリィッ


++++++++++++++++++++


修学旅行、2時間目でした。
この回はアニメも漫画も大好きですが、その分衝撃的な場面ですね。それを損なわず、小説を書けるよう、努力したつもりです。
オリ主の思わずの素の強さ。無意識で動いた時はこんな感じ……本気になったらどうなるのかな。

まだまだ続きます、修学旅行。





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修学旅行の時間・3時間目

一部閲覧注意場面あり。
R15くらいを想定してます。


神崎side

 

私と茅野さんは祇園の路地裏で襲われたあと腕をガムテープで拘束されて、近くに停められていたらしい車に無理やり乗せられた。すぐに相手に向かっていった赤羽君のように喧嘩ができるわけじゃないから何も出来ない。この車がどこかへ向かって走る中……私たちは二人の男の人に後部座席から監視され、前にも二人……例え拘束が解けても簡単に逃げ出せる状況じゃなくて、茅野さんとアミサちゃんを挟んで身を寄せあうしかなかった。この場に奥田さんはいない……路地にあった遮蔽物の隙間に咄嗟に押し込んじゃったけど、この状況を見る限り捕まらずに済んだみたいだから、それだけはよかった。でも……

 

「…………」

 

アミサちゃんは、まだ目を覚ましていない。

私達と違って唯一前に出て反撃という抵抗をしたからか、腕だけでなく足まで拘束されていて、今は私と茅野さんの間に座らされ意識がないまま私にもたれかかっている状態だ。……私が車に連れていかれる前に見たのは、ナイフを蹴り落とした相手によって拘束されたアミサちゃんが、赤羽君が背後から殴り倒されるのを目の前で見させられ、目を見開き、顔色を真っ青にして悲痛な表情(かお)を浮かべたところまでだった……後から連れてこられた彼女は既に気絶していたから、あの後何があったのかまではわからない。

……詳しい事情を聞いたわけじゃないけど、見てる限りアミサちゃんは赤羽君を誰よりも信頼して好意を向けていると思う。その好意が恋愛から来るのか親愛から来るのかまではわからない……でもその赤羽君が捕まった私達を、アミサちゃんを助けようとしたことで倒されるところを目の当たりにして『自分のせいで』大切な人が傷付けられたと考えていてもおかしくない。アミサちゃんは相手のことを考えすぎちゃう…そんな子だから。

下卑た笑い声をあげる男の人たちに目を合わせないよう、アミサちゃんに目を向けている私の代わりに、茅野さんが強気に顔を上げた。

 

「……ッ、犯罪ですよね、コレ……。男子達……それにこの子にまでこんな目に遭わせておいて」

 

「人聞き悪ィな〜修学旅行なんてお互い退屈だろぉ?楽しくしてやろうっていう心遣いじゃん」

 

「まずはカラオケいこうぜ、カラオケ!」

 

「なんで京都来てまでカラオケなのよ!旅行の時間台無しじゃん!」

 

「分かってねーな、その台無し感がいいんじゃんか……そっちの彼女ならわかんだろ?」

 

話を振られたのは私……?私がって……、

…………まさか、

 

「お前、どっかで見たことあると思ったんだけど、これさ……お前だろ?去年の夏頃、東京のゲーセン」

 

リーダー格の人に見せられた携帯電話の画像……そこに写っていたのは、紛れも無く私の姿だった。ただし、今の私だと一目見ただけでは一致しないような変装をした、だ。普段の私は黒髪のストレート……でもその時は茶髪のウィッグをかぶって毛先を巻いていたし、おまけに普段なら絶対に着ないような……パンク風というのだろうか、アクセサリーもジャラジャラとつけた、そんな不良のような格好をしていた。写真を目にした茅野さんも、驚いたように私を見てきた。無理もないよね、バレないためとはいえ……今の私と正反対な姿なんだから。

 

「めぼしい女は報告するようダチに言っててよぉ……攫おうと計画してたら見失っちまってたってワケ。まさかあの椚ヶ丘の生徒とはね〜……でも、俺には分かるぜ……毛並みのいいヤツらほど、どこかで台無しになりたがってんだ」

 

……今、気が付いた……どこか見たことあると思っていたけど、この人……新幹線で私がぶつかった人だ。あの時から私は目をつけられていて、写真の私と同一人物だと察せられていて……一緒にいたから、茅野さんやアミサちゃんが巻きこまれた……?

 

「これから夜まで……台無しの先生が何から何まで教えてやるよ」

 

……これこそ、私のせいなんじゃないのかな…?

全部諦めるわけではないけど……早々に助けが来るわけでも、私たちですぐに対処できる程簡単なわけでもないから。今の私は自信なく俯くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ぎゃはははっ!

 

嫌な笑い声が響く、どこか。

砂か何か、ザラザラとしたものを頬で感じる。

音が耳に入り、閉じたまぶたの裏に、少しずつ光が戻ってきた。

 

「……ん……、」

 

「…!アミサちゃん……、目が覚めたんだね」

 

「……おねー……ちゃ……?」

 

「え……?」

 

「……ぁ……。…有希子、ちゃん……」

 

目を開けるとそこは、最後の記憶があった祇園の路地裏とは全然違う、どこかの建物の中のようだった。まだクラクラする頭ではすぐに状況が理解出来ず、声と雰囲気だけで有希子ちゃんをお姉ちゃんと間違えてしまった……ここにいるはずがないのに。気づいてから気配を探るように、ゆっくりと周りの様子を確認していく。……壁や床はコンクリートがむき出しになり、私はその床に寝かされていたようだ。背中側には古びて穴のあいたソファ、少し離れたところにはビリヤード台やバーのようなテーブルも見える……どこかの施設が廃墟となり、そこへ連れてこられたんだろう。

私の両側には有希子ちゃんとカエデちゃんがいて……二人とも後ろ手に縛られているようで、体を乗り出すようにして心配してくれていたみたいだ。慌てて体を起こそうとしたがお腹に鈍い痛みを感じて、またうずくまることになる……その時に両手足が縛られ、全く動かないことに気づいた。少し呻きながらも何とか体制を座らせることが出来た時、ジャリ、と足音が近づいてきた。

 

「最後の一人もようやくお目覚めかぁ……?」

 

「ひっ……!」

 

言葉とともに顔を覗き込まれ、反射的に体をそらして何とか後ずさる……といってもソファがあるからそこまで下がれないのだけど……。今は恐怖しかない……殴られたことや捕まったこと、あとは元々の対人恐怖症のようなものも合わさって、震えるしかなかった。

 

「おーおー、初な反応だねぇ……これから夜まで、俺等10人ちょいを相手してもらうってのに」

 

「「っ!?」」

 

「…………」

 

何を言っているのかはさっぱりだけど……身の危険があることなんだっていうのは流石にわかる。だって、今の男の人の言葉を聞いた瞬間に……カエデちゃんと有希子ちゃんが引きつった声を上げたから。私たちの反応を見てか、余計にゲラゲラと笑い声をあげる目の前の人たちに寒気が出てきた。

 

「お前らも俺らと同類になればいいんだよ……俺らもよ、肩書きとか死ねって主義でさ……エリートぶってる奴等を台無しにしてよ。なんつーか、自然体に戻してやる、みたいな。俺等そういうアソビたくさんしてきたからよぉ……『台無しの伝道師』って呼んでくれよ」

 

「さいってー……」

 

男の人の吐く言葉の言いたいことがほとんど分からない……分かりたくもない。台無しにするってことはその人が積み上げてきたものをすべて崩すということ、それを自分でしてしまったならまだ分かる……自分で起こしてしまったことを自覚して反省することが出来るからだ。でも、それを赤の他人に故意にされる事なんて……ましてやそれを武勇伝のように語るなんて意味がわからない。

思わず、というようにカエデちゃんがボソリと呟く。カエデちゃんが言わなかったら私が言ってたと思うそれを聞いて、得意げに話していた男の人から笑顔が消えた。

 

「なーにエリート気取りで見下してンだ、あァ!?お前もすぐに同じレベルまで堕としてやンよ!」

 

男の人は勢いよくカエデちゃんの首を絞めあげ、そのままソファより高く持ち上げる。カエデちゃんは私と同じくらい背が低いから、ガタイのいい男の人に持ち上げられては足が地面につくわけがない。苦しそうに足をバタつかせているカエデちゃん……助けにも入れず、見ているしか出来ない有希子ちゃん…………カエデちゃんが、危ない。

そう思ったらもう、我慢なんてできるはずがなかった。怖いなんて思っていられない……震えてるなんて、知らない……私が動かなきゃいけない!

 

「…………てよ……」

 

「……あ?」

 

「……カエデちゃんを、離してよっ!!」

 

「「「!!?」」」

 

────バチバチバチィッ

 

怖くて仕方なくて、震える唇から声を出したけど聞こえなかったのだろう……聞き返してきたから私は顔を上げて思い切り叫んだ、ら、ほぼ全員の男の人たちと目が合った…………瞬間だった。

……まるで静電気のような音が響くと同時に、後ろで私と目が合った男の人たちはみんな……何かに縛りつけられたように体を固くして膝をついた。カエデちゃんを絞め上げていた男の人も例外ではなく、カエデちゃんをソファの上に落として膝をつく。

……開いた目の奥が、……アツい。……イタい。

前は全く記憶のない時だったけど、今回は自覚できた……これはやっぱり《魔眼》、金縛りのようなものを起こすクラフトだ。カエデちゃんは少し咳き込んでいるけど大事無いみたいで、安心した……だけどこのクラフトを私自身が使えることを知らず、また使い方がわからないままに使用しているために、反動が目の痛みとして返ってきている。しかも使い慣れないせいで効果が軽く、全然続いてくれなかったみたいで…金縛りを振り切った何人かの内の一人が私の胸ぐらを掴みあげてきた。

 

「テメェか、おかしなことをしやがったのは……女どもの中で最初に反抗してきたのもテメェだったな……。そんなにヤられてぇなら、先にヤッてやるよ!!連れてけ!!」

 

「い、あ゛…っ」

 

胸ぐらを掴まれたまま、引きずられ……カエデちゃんたちから引き離される。カエデちゃんたちが私を呼ぶ声といくつかの足音、扉を開く音が聞こえた気がしたけど、痛みと苦しさにそれどころじゃなくて……声を出せないまま先程の場所よりも奥まったところに連れてこられた。ここからはカエデちゃんも有希子ちゃんも見えない……投げ捨てられたそこで、周りを数人に囲まれる。

 

「ひっ……や、……っ!?」

 

「へぇ…………チビのくせにかなりなもんじゃん……」

 

カーディガンごとシャツを破られ、体を嫌な気持ち悪い目で見られているのが分かる……破られたところを隠したくても両手は縛られているし、恐怖がぶり返してきてうまく動けない。なんとか動かせない足も使ってずり下がるように後ろへ逃げるけど、男の人たちはニヤニヤ笑いながらワザとらしくゆっくりと近寄ってくる……そのうち壁にあたってしまい、それ以上下がれなくなってしまった。

 

「ちゃんとした撮影スタッフが到着すれば、お前のお仲間ともども撮影会だ……それまでは、お前が楽しませろよ……」

 

男の人の手が伸びてくる。

怖い、コワい、やだ、こないで、助けて…………カルマっ!!

 

「や、やだ!……ッいやぁぁあぁぁあ!!!」

 

無我夢中で叫んだそれは……小さな音の爆発を生んだかのようだった。

私はその後何も考えられなくて、ただ怖くて、ここにいるはずなのに意識だけがどこかに行ってしまっていて。だけど、急に温かさを感じたかと思えば…………視界の端に見慣れた〝赤〟が写りこんだんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「──ッアミサちゃん!!」

 

何かを引きずるような音と焦ったように茅野ちゃんがアミサちゃんを呼ぶ声が聞こえた……中で、何かが起きたということ……?すぐに渚君と杉野に合図を出して、中へ突入する。

 

────ギィィ…

 

「はっ、すぐにお前らも連れてってやるからよ……と、来たか、うちの撮影スタッフがご到着だぜ、……なっ!?」

 

「修学旅行のしおり、1243ページ……班員が何者かに拉致られた時の対処法……」

 

渚君がしおりを読み上げながら中に入る。おイタをする奴らには、自分の現状……潰したと思い込んだ俺らがあとを追ってここを突き止め、突入してきたんだってことを思い知らせてやった方がいいからね。ここの廃墟の入口を見張っていて、俺の鬱憤を思い切りぶつけてボコった如何にもアイツらの仲間ですーって奴を部屋の中へと投げ込む。殺せんせーの想定通り……コイツらは修学旅行生、車を使っていたとはいえ土地勘がないからこそ遠くへは逃げず、本ト近場で隠れやすそうな場所に潜んでやがった。

 

「すごいなこの修学旅行のしおり!完璧な拉致対策だ!!」

 

「いやー、やっぱ修学旅行のしおりは持っとくべきだね」

 

「「「ねぇよ、そんなしおり!!!」」」

 

いや実際にあるんだから仕方ないじゃん?

ここで一歩前に出た俺は探し人三人の無事を確認する……茅野ちゃんはソファの上、神崎さんはそのすぐ手前に座り込んで後ろ手に縛られてるけど多分元気……、……あれ……?

 

「で?どーすんの、お兄さん等……こんだけの事してくれたんだ。アンタ等の修学旅行はこのあと全部……入院だよ。

ねぇそれより……一人いないんだけど。

──アミサはどこにいるわけ?」

 

「カルマ君、奥!数人が連れてったの、まだそんなに経ってない!!」

 

「……ふん、中坊がイキがんな……あの女なら先に仲間がお楽しみ中だよ!それに、ほら、呼んどいたツレどもだ……これでこっちは10人。お前らみたいな良い子ちゃんはな、見たこともない不良どもだ」

 

「……渚君、任せたから」

 

俺達が入ってきた扉がまた開き、増援が来たことを察したけど……俺はそれどころじゃなかった。確認もせず、返事も聞かずに俺は走り出して、茅野ちゃんが教えてくれた場所を目指す。……なんとなく、あれは男達の増援じゃない、俺等は大丈夫なんじゃないかって思えたから。

あの男の言い様からしてやばい状況なのは間違いないし、時間が経ってないからといっても危険に決まってる……なにより一人で数人の知らない相手に囲まれるなんて、ただでさえアミサちゃんの苦手な状況が重なりまくってんのに耐えられるわけがないじゃん……!

奥に近づくにつれて、嫌な声と既に泣き出しているような声が響く……間に合え…っ

 

「や、やだっ!……ッいやぁぁあぁぁあ!!!」

 

「!!アミサッ!」

 

────飛び込んだ先で、俺は目を見張った。

アミサちゃんが叫んだ後に飛び込んだわけだけど、目の前で一瞬何かがはじけたような感覚だったと思う……思えばその感覚は思い出せなかったけど、どこかで一度感じたことがあって……少し離れた俺でさえソレを感じたんだ、間近で直接受けた男等は仰け反った。何が起きたのか一瞬戸惑いはしたけど、まずはこいつらを片付けるのが先決かと仰け反ったヤツらにトドメを刺していく。

最後の一人をやり終えて、アミサちゃんに目をやれば……本ト、ギリギリだったみたいだ。腕は後ろで縛られ、多分あの飛び蹴りを警戒されたんだろう……両足も拘束された状態、カーディガンごとカッターシャツを破られ、下着が顕にされていて……本人は恐怖やら何やらでパニックを起こしているようで呼吸がかなり荒いし、助け()が見えていない。慌てて駆け寄ろうとした体を押しとどめ、刺激しないようできるだけゆっくり近づいて……でも、少し離れたところで足を止めた。

 

「……アミサちゃん」

 

「…………」

 

「……っ、……触るよ?」

 

名前を呼んでも反応が返ってこない。それでもこのまま放っておくわけにもいかないから、多少強引だけど……ゆっくり、できるだけ服の上から触れるようにして抱きしめる。……その瞬間にアミサちゃんの体が強ばり、引きつった悲鳴が喉の奥に消えた。

俺は何もしないで声も出さないで抱きしめたまま、ただ待った。下手に動いたり声をかけたりして今、警戒や拒否をさせるような事になれば、アミサちゃんがこれからもう何も受け入れなくなる気がしたから。

その時、震えが少し収まった……焦点のあってなかったアミサちゃんの目に、何か見えたのか小さく呟いている。

 

「……あか……赤……?…………カルマく……?」

 

「……うん」

 

「……っ!カル、マ、…くん、……っ、…、こわ、怖かったよぉ……!」

 

「……うん」

 

やっと、返事らしい返事が返ってきた。どうやら視界に入ったのは俺の赤い髪だったようで……少しは意識が表面(こっち)に戻ってこれるトリガーだったのだろう……俺だと気づいてからは大きく声は上げないまでもボロボロと泣き始めた。

アミサちゃんのことだから一人で突っ走っただろうし、一人で引き受けて一人で恐怖に震えるしかなかったんだろう。アミサちゃんは好意を向ければその分の好意を返し、悪意を向ければ内容は軽くても敵意を返す……そんな鏡のような所がある。茅野ちゃんや神崎さんに懐き、向けられていた分の好意を……動けない二人を守る場面で返そうとしたんだろう。それこそ一人ですべてを抱える方法を無意識に選ぶくらいに。

……いつか、一人で全て解決しなくてもいいってことを学んでくれるといい……今回だってそうだ。……あの路地裏で飛び出さなくってもナイフの相手くらい俺に任せてくれても平気だっただろう。……ここで自分一人に敵意を集めて茅野ちゃんと神崎さんを守ろうとしたんだろうけど、あと少し我慢してくれれば傷つく前に俺等が到着できただろうから。

 

しばらくそのまま抱きしめてたけど、いつまでもそうしてるワケにはいかないし、アミサちゃんもだいぶ落ち着いてきた。俺が来た方向から何かを鈍器で殴る音が聞こえたのを機に、ゆっくりと体を離した……向こうも多分、終わったから。そして手足の拘束を外してやり、破られたシャツを隠すために俺のカーディガンを着せ、前を留めたところで声をかける。

 

「……行ける?」

 

「……」

 

「その格好だと抱っこよりは背中かな……ほら、乗りなよ」

 

「……うん」

 

いつもなら絶対拒否りそうなのに、特に抵抗もせず意外とすんなり背中に乗ってきた……だいぶ、精神的にも疲れてるみたいだ。もしアミサちゃんが手を離しても落ちないようにと乗せる場所を調整して、俺は渚君達がいるだろうスペースへと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アミサちゃん……!」

 

「間に合った……?!怖かったよね…!」

 

戻った場所にはすでに手入れされて転がっている男の人たちだけ……ぐるぐるメガネの坊主さんと気絶した人たちだけで、みんなは先に外へ出たようだった。廃墟の外へ出ればカエデちゃんと有希子ちゃん、助けに来てくれた渚くんと杉野くんと愛美ちゃんだけじゃなくて、殺せんせーもいた。カルマくんにおんぶされた私のところに、カエデちゃんと有希子ちゃんが駆け寄って来る。心配かけちゃった……いつまでもここにいたくないだろうから、と誰ともなく言い出して旅館へ向かいながら話す。

 

「カエデちゃん、有希子ちゃん……よかった……愛美ちゃんにも、二人にも何もなくて」

 

「……一応、ギリギリで間に合った。茅野ちゃんが教えてくれなかったらやばかったかもしれないけど……何もなくてって、アミサちゃんにはあったからよくないでしょ」

 

「私があいつに捕まったから、とっさに前に出てくれたんでしょ?ごめんね……ありがとう」

 

「カエデちゃんは、悪くない……私も、後のこと……考えてなかった。……ごめんなさい」

 

「とにかく、全員無事でよかった。先生から言いたいことは旅館で話しましょう。ところで……何かありましたか?神崎さん」

 

「え?」

 

「ひどい災難にあって混乱しててもおかしくないのに、なにか逆に……迷いが吹っ切れた顔をしています」

 

「はい、殺せんせー……ありがとうございました」

 

愛美ちゃんが捕まらなくて無事でよかったというのと、カエデちゃんを守れてよかったというのと、他に私が代わりになる以外にどうにかする方法があったのかなという思いと、……他にも色々混ざって複雑な気持ちになった。思わずカルマくんの背中に顔を埋めると、「旅館につくまで寝てていいよ」と言われた……眠いと思われたのかな、……確かにかなり、眠いけど。有希子ちゃんと愛美ちゃんが後ろに下がってきたかと思えば優しく背中を撫でてくれて……私はいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 




「「……」」
「眠ったみたいです……泣いた跡、ありますね」
「赤羽君が来たから泣けたのかな……私達の前じゃ、泣きそうにはなっても我慢してたから」
「……あの時私を助けてくれた……バチバチバチッてヤツ、アミサちゃんだよね?」
「……多分……」
「だけど、今は安心できる場所に引っつけてるからでしょうか……寝息も穏やかでよかったです。……私、一人だけ隠れてて無事で……旅館に戻ってから、またお話できるといいな……」



「……はぁ」
「渚、どーした?」
「なんか、女子って男子にはない部分で強いなぁって改めて思ったとこ」
「それな……あんな目に遭っても、なんか逆に成長した感があるし……俺等、最後しか役に立ってねーもんな」
「言わないでよ……結構気にしてるんだから」
「渚はしおりに気づいてるじゃん……」



「ねぇ、殺せんせー……相談したいことあるんだけど」
「どうしましたか?」
「俺が飛び込んだ時のことでさ……ちょっと、気になることがあって」
「……旅館で聞きましょう」



++++++++++++++++++++



拉致事件、終了です。
今回作者の予定外の場面がちょこちょこ出てきて困りました。
《魔眼》のクラフト(ヨシュアよりもワイスマンの効果に近いイメージです)は元々出す予定だったのですが、そこから先は……クラップスタナーの叫び声での代用はまだここでは出ない予定でした。気づいたら発動してた上、キャラクターが動く動く……最初の構想では、魔眼発動→すぐに渚たちと合流…の予定だったのですが、高校生がキレちゃったという。創作するとキャラが勝手に動くというのを実感しました。

そして、書いていて気づいたことが一つ。
元々神崎さんの性格が、オリ主の姉にあたるキャラクターにどこか似ているなって思っていたんです。この話を書く上で声優さんを調べて驚きました。
アニメでは無いのですが、初期の神崎さんの声優さんと姉のキャラクターの声優さんが同じ人……なんか、運命を感じました。

次回、好奇心の時間の内容です。
オリジナル部分として女子同士でわちゃわちゃさせます。




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修学旅行の時間・4時間目

軽くゆすられて目を開けると、そこはもうE組が宿泊している旅館の中だった。結局帰り道まるまるをカルマくんの背中の上で過ごしてしまったらしい……寝起き特有のぼーっとした感じのまま目をこすってから周りを見てみると、初日に殺せんせーがダウンしていたロビーにあったソファの上のようだ。

目の前には私を揺すっていたみたいで手を伸ばしているカルマくんと少し緊張した様子の愛美ちゃん、すぐ隣にはカエデちゃんと有希子ちゃんが座っていて、少しだけ離れたところに渚くんと杉野くんと殺せんせーが立っている……私の近くに四班のみんながいる。まだ私たちしか旅館に帰ってきてはないみたいで旅館の中はとても静かだ。

 

「……おはよ、よく寝てたね〜」

 

「お、…おはようございます、アミサさんっ」

 

「おはよ、ございます……私、結構寝ちゃってた……?」

 

「!」

 

「ほらね、アミサちゃんは普通っしょ」

 

少し寝ぼけた声が出ていたかもしれないけど、すぐに返事を返す……と、あからさまに愛美ちゃんがホッとした様な顔をして笑って、そんな愛美ちゃんの肩をカルマくんが軽く叩いた。カエデちゃんが横から、愛美ちゃんが一人だけ無事だったから申し訳なくて私と上手く話せるか不安だったんだってことを小声で教えてくれて驚いた。

……だって、私は愛美ちゃんが無事で安心していたけど、愛美ちゃんのことを避けようとかそういうのは考えてもいなかったから……でも、一人だけ、という状況でそんな感情を持つ人もいるんだってことをここで初めて知った。

 

「アミサさん」

 

「……殺せんせー?」

 

そんなやりとりを後ろで見ていた殺せんせーがゆっくり近づいてくる。私の前からカルマくんと愛美ちゃんが避けて、正面で対峙することになったけど……静かにこちらを見る殺せんせーは何か話があるのだろうか、全く検討もつかずに少しだけ首を傾げると先生の触手が伸びてきて、私の頬を軽くもっちりと叩いた。

 

「中間テストの二日前……先生は言いました。アミサさんは成長している……でも、まだ一人で立ち向かう必要は無い、と」

 

「…………」

 

「帰り道に神崎さん達に聞きました。拉致される前にナイフを持った相手に立ち向かったこと……拉致された場所では既に警戒されているにも関わらず更に相手を怒らせる行動をとって注意を引いたこと……。カルマ君や茅野さんはその場は助かることになるでしょう、しかし、アミサさん自身はどうなりますか?助けられた二人はどう思うでしょうか?」

 

「………ぁ……」

 

自分がどうなるか、助けた相手がどう思っているかなんて全く考えていなかった。だってその時の私が考えていたことなんて、危ないから助けたい、動けるのが私だけなら私がやるしかない……それだけだったから。

 

「アミサさんとカルマ君がE組に復帰する前に渚君が自分を犠牲にする暗殺を決行しました。カルマ君とアミサさんも誰も真似出来ないような捨て身の暗殺を行いました……三人とも発想や実行すること自体はすごくいい!しかし、三人ともが自分を大切にしていない……そんな生徒に暗殺をする資格はない、と先生はみなさんに伝えています」

 

「「「…………」」」

 

「……私、苦しかったし動けなかったけど……私の代わりに連れてかれちゃったアミサちゃんの方が苦しかったでしょ?それにもしあのまま……ってことになってたら、私、ずっと自分を責めてたと思う……」

 

「アミサちゃんは俺の喧嘩、これまでにも散々見てきてるじゃん……俺はあのくらいじゃあやられないよ。……だから、手を出すよりは任せて欲しかった。結果的には助かったけどさ……今回は髪を切った時(あの時)とはまた違うんだから」

 

「……カルマ君の喧嘩を全く反省しない部分はどうかと思いますが……助けられた方もスッキリしていない、それがよく分かったでしょう?」

 

助けるということ……それは、体とか目に見える部分を守ることだけじゃない。助けられた方の気持ち……それを考えていなければ、迷惑なことかもしれないし結局相手に罪悪感を残してしまうことになる。それに相手によっては弱いから守ったのだと下に見られたように感じてしまうかもしれない……これでは私の嫌うシステムと同じことをしているじゃないか。

 

「……そっか……私、二人のことを助けようとして傷つけてたんだ……。……ごめんなさい、有希子ちゃんや愛美ちゃん、渚くん、杉野くんも……心配かけて……ごめんなさい……っ!」

 

「それが理解出来たのなら……アミサさんの自己犠牲も少しは減るでしょう」

 

「なくなる、じゃないんだ……」

 

「では渚君はアミサさんがすぐに自己犠牲をしなくなると思いますか?」

 

「……、……ダメだ。思えないし、しなくなる想像すらつかないよ……」

 

ここまで言われてやっと、心配をかけて、心を傷つけていたことに気づいた私はすぐ、みんなに対して頭を下げて謝った。そのすぐ後に、頭を撫でられたり腕に抱きつかれたりして顔をあげると……みんな、笑顔でこっちを見ていて。殺せんせーも顔に(マル)印を出していて、これは間違っていないんだってことが分かった。でも、殺せんせーと渚くんが話しているように、私はすぐには自己犠牲をしないようにはなれないと思う……だって、今までだって無意識にやってきたことがほとんどなのだから。

 

「……関係ないよ。そんなことならないように俺がそばでちゃんと見てるから」

 

「おぉっ、カルマ言うねーっ!」

 

「いっ!?……杉野、覚悟はいい…?」

 

「ちょ、!?」

 

「あーあ……僕は知らないよ……頑張れ、杉野」

 

「け、喧嘩はダメですよ…!」

 

「あははっ!ケガしない程度にがんばれー!」

 

「ふふ……」

 

でも、一人で立ち向かわなくてもいいっていうのは、なんとなく分かった気がする。優しい笑顔で見守ってくれると言ってくれたカルマくんがいて……笑いながらカルマくんの背中を音が鳴るくらい強く叩く杉野くんがいて……少し青筋を浮かべて杉野くんに向き直るカルマくんを苦笑して見るだけで止めない渚くんがいて……止めようと慌ててアワアワしてる愛美ちゃんがいて……それを見て煽るカエデちゃんと穏やかに笑う有希子ちゃんがいる。少なくとも、この修学旅行を一緒に過ごした六人は私のことを見てくれてるって、何かあれば力を貸してくれるんだってことが気付けたから。

 

「ただいま〜……あ、殺せんせー!」

「てことは……全班暗殺失敗かぁ…」

「ていうか、なにやってんの?カルマ君と杉野君は取っ組みあってるし!」

「えっと二人は、……じゃ、じゃれあい、かな…?」

「「違う!!」」

 

「ほらほら皆さん、帰ってきたんですから部屋に荷物を置いてきてはどうです?お風呂に入るもよし、夕食までのんびりするもよし、ですよ」

 

それに、殺せんせーも。私たち生徒の味方で、誰よりも私たちのことを考えてくれるし、よく知ろうとしてくれて、よく見てくれるってこと……知ってたはずなのに。

他の班の人たちが続々帰ってくる中、私にとって幸せを感じるこの光景を見て、私はカエデちゃんたちと一緒に自然と笑い声をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーが言った通り、帰ってきてから夕ご飯までは自由時間となる。私は色々あったし、ホコリとか汚れを落として早く着替えたいからお風呂に行くことにした。……昨日一度入ってみて、お風呂はそんなに広いわけじゃないけど洗い場と湯船をうまく交代して回していけば大人数でもなんとかなりそう、ということが分かってるから、全員ではないけど今入っちゃおうっていう女子の大所帯で一緒に入ることとなった。

お風呂場の入口では男子の入浴組と同じタイミングになったみたいで鉢合わせ、まだ誰も入っていないことをお互いで確認して、莉桜ちゃんや優月ちゃん、岡島くんや前原くんとかが男女お互いのお風呂場を見比べたり壁を叩いたりしてた。……更衣室へ戻ってきた二人は、昨日は見れなかったから比べてみたかったのに、男子風呂も女子風呂も特に変わりがないって言ってて残念そうだったけど。

更衣室の中の時点で女の子しかいないこともあって話が弾んでいる。だいたいが今日回った京都市街での散策のことや殺せんせーのありえない暗殺回避の数々についてで……そしてそれはお風呂場に入ってからも続く。体や髪を洗って湯船に浸かっていると、愛美ちゃんがすぃーっと近づいてきた。

 

「アミサさん、タオル巻いてますけど……お腹、やっぱり……」

 

「あ……うん、アザになっちゃってたから……みんなにこんな気持ち悪いもの見せたくなくって。先生にお願いしたの」

 

そう、路地裏で殴られたお腹が真っ青に腫れてしまっていて、大きなアザになっていたのだ。これについては殺せんせーや烏間先生、イリーナ先生にも事情を話してお風呂場でタオルを湯船に入れることを許可してもらった。他の子たちにも詳しいことまでは話さなかったけど、タオルを巻くことだけは言っておいたから深く聞いてくることは無い。

恐る恐るというように、軽くタオルの上からアザのあたりに手を置く愛美ちゃんにきょとんとしてたら、「て、手当てです!」と言われて私は小さく吹き出して、ゆっくり私から抱きついた。小さなことだけど、気遣いがとても嬉しかったから……少しずつ、私からも近づいていきたいってそう思った。

 

「前から仲はいいと思ってたけど、今日が終わったらさらに仲良くなってんのね……まあそれは置いといて。どーだったの四班は?何か大変だったらしいじゃん……って、茅野ちゃん?」

 

莉桜ちゃんが不思議そうに言葉を止めたから、私もカエデちゃんの方を見てみると……ブクブクとお湯に目まで沈みながら何故か恨めしそうな顔で、私の方を見ていた。……あれ、私だけじゃなくて、桃花ちゃんも……?

 

「うぅ、アミサちゃん……仲間なのに敵だぁ……」

 

「え、え、……なんで……?私、お友だちじゃないの……?」

 

カエデちゃんの一言に、嫌な考えがよぎる……ほんの少し前まで普通に一緒に笑っていたのに、さっき謝って許してもらえたと思ってたのに、と。分からなくて、でもうまく言葉にすることが出来なくて半分くらい泣きそうになっていたら、カエデちゃんの視線の先を見ていた何人かが気づいたように近づいてきた。

 

「二人ともいきなりどうしたの……、

……って、あー、そーいうことか……」

 

「茅野ちゃん、絶対言葉足りてないって。アミサちゃん素直に受け取りすぎて多分誤解してる」

 

「え……」

 

違うの?と思ってカエデちゃんを見ると……なぜか自分の胸に手を当てていて、目が合った瞬間に

 

「……うー、身長はほとんど一緒なのに!むしろ私の方が大きいのに!!そんなに胸があるなんて反則だぁぁぁっ!!」

「ふえぇっ!?」

 

────バッシャーンッ

 

勢いよく飛びついてきた。『私が』嫌という訳ではなく、『大きい胸』が嫌ということだったらしい……それで桃花ちゃんのことも見てたんだ。多分桃花ちゃんの方に行かないのは、私の方が色々身長やら今の距離やらが近いからって言うのがあるんだと思う……カエデちゃん自身がそう言ってたし。そういえば、イリーナ先生の巨乳についてもすごく反応してたしなぁ……そしてその飛びつかれた私はといえば、カエデちゃんが言いたいことを理解した時にはもう飛びつかれていたし、驚きすぎて泣きそうになったのなんて吹っ飛んでいた。それよりも、勢いに負けて湯船で倒れた上にお湯飲んじゃった……

 

「確かにアミサって身長小さい割に大きいよね……大きさどれくらいよ?」

 

「けほっ、けほっ、…え、えっと……FよりのE……?……とりあえず、Gは絶対ないと思う。お姉ちゃんのやつ大きくて着れなかったから……」

 

「言うんだ……ていうか、お姉さんデカッ!?お姉さんでそれなら今後……」

 

「うわぁぁん、敵だぁぁぁ!」

 

「カエデちゃ、ひゃっ、く、くすぐったいっ……!」

 

「ご利益あるなら私も便乗しちゃおうかな〜……桃花ちゃんにも突撃〜っ」

 

「えぇーっ!?ちょ、私範囲外だと思ってたのに、って、ちょっとぉ!」

 

詳細は省くけど……わいわいみんなで騒いで逆上せそうになりながらも、お腹の痛みも忘れるくらい楽しいお風呂の時間を過ごせたと思う。

……色々恥ずかしかったけど……クロスベルで会った、お姉ちゃんのお師匠様並に触られたし、からかわれた気がする。

このお風呂の後にロビーで男子と合流したんだけど、お風呂に入ってたらしい男子たちが私たちからいっせいに目をそらした。その光景を見てニヤニヤしてる莉桜ちゃんと優月ちゃんは「いい仕事したっしょー」とか言ってるけど……何があったんだろう?女子側もほとんどがよく分からないままだけど、数人だけ莉桜ちゃんたちに詰め寄っていたのが見えたから、その人たちには何があったのかわかったんじゃないかな。

 

 

 

 

 

渚side

 

『……反則だぁぁぁっ!!』

『ふえぇっ!?』

────バッシャーンッ

 

「「「…………」」」

 

男子風呂には、なんとも言えない空気が流れていた。原因は言わずもがな……ところどころの小さい声は聞こえないとはいえ、隣の女子風呂からのほとんど丸聞こえの音だ。最初は笑い声とか今日の散策について話しているようだったのに、いつの間にか(確実に茅野がきっかけだけど)、アミサちゃん含めて女子のスタイルの話に……その途端、男子側が不自然に静まり返ったのはお察しというやつだ。

男子風呂の現状はといえば、真剣に隣に意識を向ける人数名、意識を向けすぎて湯船を血に染める前に追い出された人1名、なんとも言えなくて沈んでる人数名、あとは僕みたいに逃げようとしたけど捕まってたりブツブツ言ってたりする……

 

「女子達さ……男子も風呂にいるって知ってるよな……?ボロいし壁が薄いから音が響くーって、中村達言ってたよな……?」

 

「あれもう、わかっててやってるとしか思えねぇよ……」

 

磯貝君と杉野が顔まで湯船に沈めながらボソッと言う。……そう、男子風呂の様子が見たい!と言ってお互いにまだ入っていないことを確認した上で中村さんと不破さんが男子風呂に来たとき、壁を叩いて何か確認していたんだ。その時は気にしてなかったんだけど……これは確実に壁を叩いて確認して、音が響くことを分かった上であんな話をしているとしか思えない。

 

「岡島ー……お前生きてるか…?」

 

「…………」

 

「……ダメだな、これ」

 

追い出された1名である岡島君は洗い場の近くで完全ダウン……幸せそうだしほうっておくことにする……ただ、後で女性陣には色々と用心するように言っておこう。他にもいたたまれないのに風呂から出るに出られなくてみんなが沈んでる中……、僕は隅のほうで、ブツブツ独り言を言ってる彼へと目をやった。

 

「…………不可抗力でも大きいのは知ってたけどさ……こう、間接的に数値知っちゃうのはまた違うだろ……あれ、てことはあいつらは見たってわけじゃん……?……くそ、もっと制裁、いや再起不能になるまで潰しておけばよかった……っ!!」

 

……髪と同じくらい顔を真っ赤にしながらブツブツ怖いこと言ってるカルマ君の声は、近くにいたからこそ僕には聞こえたけど、みんなは自分がどうするかで必死だから聞こえてなさそうだ。……でも見たただけで照れてるのはよく分かるから、これは後から色々言われるんじゃないかな?カルマ君なら今まで通り余裕で流す気もするけど。……ていうか潰すってどこを!?……あの時アミサちゃん背中にいたんだから無理でしょ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お風呂から上がった後にE組みんな揃って大部屋で夕ご飯を食べれば、あとは消灯まで好きに過ごすだけ。莉桜ちゃんと優月ちゃんはお風呂の後に殺せんせーのお風呂タイムを覗いたみたいだけど、煮凝りで逃げられたって言ってた……どう言う意味なんだろう?

他にも卓球をやりに行ってる子がいたり、カルマくん以外の四班で集まって有希子ちゃんのゲームの腕前を見学したり……これで遊び疲れてあとは寝るだけ、かと思っていたら女子部屋に招集がかかった。なんでも大部屋になったからにはやるべき事があるらしい。男子は男子で集まって何かやるって言ってるのを聞いたから、こうやって男女で分かれて集まるのは今しかできないことなんだろう。新しい『旅行の醍醐味』を学べると私はご機嫌で足どり軽く女子部屋へと向かった。

 

 

 




「いーい、アミサ……今から部屋でやる恋バナって言うのはね……部屋に男子がいない、むしろ男子禁制だからこそ、女の本音をぶつけ合うことの出来るおしゃべりなの」
「なんか、強そうだね……」
「だからアミサ、あんたも自分の好きな人のこととか話すことは考えときなさいよ?ほぼ決まりきったようなものだろうけど……」
「???」


「はー……やっぱり中村の奴、確信犯だったな…」
「なーにが『いい仕事したでしょー』だ。ご馳走様でした!」
「しっかり聞いてんじゃねぇか!」
「……それよりも、あれ……どうする?」
「……岡島は俺がなんとかする、渚、カルマを頼んだ」
「え。」
「岡島ー、ここでシんでるならお前のやりたがってたE組女子人気投票は無しなー」
「起きます!」
「ええー……」


「カルマ君……とりあえず、ムカついてるのはよく分かったからさ……上がろ?」
「…………あー……渚君、先行っててよ……」
「だめ、置いてったらこのまま沈んでそうだし」
「…わかった…トイレ行って、なんか飲み物買ってから部屋行くわ……逆上せた……いろんな意味で」
「……よく分かるよ、いろんな意味で」


++++++++++++++++++++


好奇心の時間、前半戦でした。
お わ ら な か っ た。
お説教とお風呂シーンは書けたからまだいいとします。
コレに男女それぞれの浴衣パーティならぬ恋バナと、もう一つだけ書きたい話を付け足したら二万字近く行きそうだったので、急遽もう1時間追加です。
よって、少し短めで切りました。
一応お風呂シーンを入れたから、カルマが男子の人気投票に途中参加だった理由作りができたんじゃないでしょうか…と、言い訳してみます。

次回、男子の部屋からお届けいたします。





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修学旅行の時間・5時間目

渚side

 

「やっぱ一位は神崎か……ま、嫌いな奴いないわな」

 

「で?うまく班に引き込んだ杉野はどーだったん?」

 

「それがさぁ……色々トラブルあってさ。じっくり話すタイミングが少なかったわ」

 

「あー、なんか大変だったらしいな」

 

今、僕達は男子部屋に集まって、『気になる女子ランキング』というものをしている……男子だけが集まったからこそできる話題だ。

匿名で票を理由付きで紙に書いて集め、磯貝君が集計してくれたそれは……1位神崎さん、2位矢田さんとアミサちゃん、3位倉橋さんと茅野、4位片岡さんと続く……集計されて集まった理由がちょっと酷いものもあるから、余計に女子には言えない代物が出来上がってる。

まぁ、誰が誰に入れたのか気になるとはいえ、岡島くんみたいに一番やりたがってたくせに迷いすぎて投票してなかったり、まず部屋にいない人もいたりするってわけで全員が投票してるわけじゃないけど……なんとなく、このクラスの好みの傾向がわかった気がした。

 

「お、面白そうなことしてんじゃん」

 

色々話していたら、部屋にいなかった人の一人であるカルマ君が……レモン煮オレかな……を片手に部屋へ入ってきた。お風呂でのアレはなんとか回復したみたいで、今はもういつもの顔だ。そしてそのまま僕たちの集まる輪の中に入ってきて、ランキングをまとめた紙を手に取る。

 

「カルマ、いいところに来た。お前、気になる子いる?」

 

「気になる……んー、俺は奥田さんかな」

 

「言うのかよ」

 

「お、意外。なんで?」

 

「だって彼女、怪しい薬とかクロロホルムとか作れそ……いや、作れるわ。だから、俺のイタズラの幅を広げるためにも、他にどんなのが作れるのかが気になる」

 

「うわ、希望ですらねぇ、イタズラできるの確定かよ……」

 

「絶対くっつけたくないのにすでに真尾を含めてグループ化してる事実な……」

 

カルマ君のあげた奥田さんを気になる理由がかなり物騒なせいで、聞いた男子のみんながひいている……。グループ化というのは、奥田さんが殺せんせーを正面から毒殺しようとしたあの時からのことで、

①奥田さんがアミサちゃんに物騒な食材を分けてもらって薬品を試作

②アミサちゃんがそれを使ってお菓子を作る

③カルマ君がそれを使って殺せんせーにいたずらを仕掛ける

……という、サイクルが出来てるやつのことだ。今までに成功したことはないけど、材料の見た目のグロさで精神的なダメージは与えられているみたいで、たまにアミサちゃんが楽しそうに成果を教えてくれる。

どうしようもない事実を再確認したところで、立ち直りが早いほうだった前原君がカルマ君を見ながら本当に意外そうにポツリと言ったことにみんなが食いつくことになる。

 

「でもさぁ、ホント意外だな。俺、絶対真尾って言うと思ってた」

 

「俺も。小さいのに胸デカイし!」

 

「見てても癒されるけど、構うと更に世話を焼きたくなる小動物だしな」

 

「岡島は後でシめる。……だってこれ、気になる奴っしょ?アミサちゃんの事は気になる以前に誰よりもよく知ってるし」

 

そう、多分ここにいる全員が思ったことだろう……あれほどいつも一緒にいるのに、なんで気になる子にアミサちゃんを上げなかったのか、と。もちろんこの場で正直に言う必要は無いからしらばっくれたっていいんだけど、言ってくれたら儲けもの……くらいのノリだ。そうしたら僕やカルマ君にとっては当たり前のことが理由だった……確かに気になるようなことはないね、気になるってなる前にもうだいたい知ってるんだから。

でも、多分カルマ君はこの質問の『気になる』っていうのを『興味のある人』って意味で捉えてるんだと思う。ここでの意味は『好きになるかもしれない人』の方だと思うんだけどな……もしかしてわかってて答えをはぐらかしてる?うわぁ、カルマ君なら普通にそれもあり得る……

 

「なんでそこまで言えるんだよ」

 

「俺の前で気を抜いて生活できるようになるまで2年間、近くで世話焼き続けたから」

 

「停学になった時もアミサちゃんが家で一人になるからってカルマ君の家にお泊まりさせてたくらいだもんね……」

 

「なにそれ初耳」

 

「言ってないし〜」

 

得意げに言ってるカルマ君に、僕も納得だ……僕だってカルマ君とほとんど同じくらいアミサちゃんと一緒にいたけど、唯一僕だけが離れていた時期がある……それが停学期間。その時期も含めると誰よりもアミサちゃんのそばにいて、誰よりもよく知っているのはカルマ君で間違いない。多分、ランキング上位に彼女の名前があるからこそ彼なりの意趣返しをしたつもりなんだろう。

だけどこの後、たったの一言でカルマ君の余裕な態度がいとも簡単に崩されることになるなんて、誰も考えてもみなかったんだ。

 

「お前ホント好きなんだな、真尾のこと」

 

「…………は?」

 

菅谷君が呆れたような笑みでカルマ君に言ったそれに、カルマ君はきょとんとした顔で数回まばたきをして固まった。僕は何を今更……って感じに声をかけようとしたんだけど、明らかに彼の様子が変で何も言えなくなった。

 

「いつもそばに居てさ、何かあればすぐにフォローに入って……」

 

「俺らが可愛がってると分かりやすいくらいに拗ねるし。……俺らにも構わせろよな」

 

「あの事件の時には俺らそっちのけで飛び出してったし……あれ、後ろから来たのが殺せんせーじゃなかったらどうなってた事か……」

 

「挙句の果てにはさっきの風呂であの反応、なぁ……?」

 

「はぁ?だってそんなの当り前じゃん。目ぇ離したら、他のやつ、に……、…………」

 

「……カルマ?」

 

他のみんなはカルマ君の反応を「何言ってんだこいつら」みたいな意味で言ったんだと捉えたみたいで、今のカルマ君の様子に気付かないまま普段の様子や最近の出来事を羅列していく。

あげられた数々の行いに、カルマ君は反論しようとしたんだろう。いつものように話そうとして……途中でピタリと黙って動かなくなった。今まで普通に話していたのにいきなり黙ったことから、みんなが怪訝そうに見つめる。カルマ君は何かを考えるようにゆっくりと手を口元に持っていき、下を向いた、かと思えば。

 

「──────ッ!!?」

 

……目を見開いて、ボッと音がしそうなほど一瞬で首まで真っ赤になった。

 

「…………あれ、そう、なら…………俺…………、……ぇ……?」

 

「……え、カルマ君、もしかして……」

 

「「「(今、自覚しちゃった感じ?)」」」

 

顔を真っ赤にして口元を隠し、混乱しながら何かを確認するかのようにブツブツと呟くその姿は誰も、……一年から同じクラスでしょっちゅう一緒にいた僕ですら見たことがない……有り体な言い方をするなら、僕らが初めて目撃した彼の中学三年生らしい、反応だった。

ていうか、自覚、してなかったんだ……カルマ君の事だからてっきり分かっててはぐらかしてるんだと思ってたんだけど。

 

「……そういえばアミサちゃんが髪をバッサリ切った時、本人よりも残念そうに短くなった髪をいじってた上、僕に指摘されるまで触ってるのを気づいてなかったってこと、あったなぁ……」

 

「真尾が髪を切った時期って……確かだいぶ前じゃねぇか。一時期本校舎で有名になった事件だから覚えてるけど……無自覚の頃でそれか。……真尾本人はどう思ってんだか」

 

一人、初めて自覚した感情にパニックになって慌ててるカルマ君を放って、僕が思う、カルマ君がアミサちゃんに好意を向けてると確信した出来事を話せば、みんなは生暖かい目で彼を見ていた。

 

「はは……みんな、この投票結果は、……あー、……カルマの反応も男子の秘密な。カルマについては本人が本気出してオープンにしてからなら公開OKということで」

 

「まぁ、そうだよな。さすがに今はな……」

 

「ここまでパニクられると、いくら俺らがゲスくてもいじれんわ……」

 

予想外過ぎることが起きて、かなり反応しづらそうな磯貝君がまとめようとする。さりげなく公開OKの条件をカルマ君の了承を得ないままに付け足す当たり、さすがの磯貝君もこのクラスのゲスさに影響されているとみえる。多分、筆頭は幼馴染らしい前原君なんだろうけど。カルマ君のことは置いといても、ランキングは女子にも先生にも知られるわけにはいかない……色々と、やばいから、ほんとに。

 

「ま、知られたくないやつが大半だろうし、女子や先生に絶対知られないようにしな…い……と……」

 

僕達を見回して、念押しするようにいう磯貝君がある一点を目にした瞬間に尻すぼみになった。

 

「おばんです。なるほろなるほろ……

やっと自覚した、と……」

 

いつから居たのか……顔をピンクに染めた殺せんせーが襖を開けて顔を出していて、僕達が無言で見つめる中メモをして……ふすまを元通り閉め、逃げた。カルマ君のことをメモっていたあたり、相当前からいたんじゃ……

 

「…………殺す!!」

 

パニックになってたカルマ君まで呆然と殺せんせーが消えた方を見ていたけど……どこに仕舞っていたのか、対先生ナイフを2本構えて、僕達に向けられていないはずなのに感じるほどのものすごい殺気とともに廊下へ飛び出していった。それにハッとしたように他の男子も慌てて殺せんせーを追いかけることになった。

そりゃあ自覚した直後に、よりにもよって殺せんせーにバレるなんて……カルマ君がキレるに決まってる。とりあえず先生……プライバシーの侵害です。

 

 

 

 

 

アミサside

 

「……へ…?好きな、人……」

 

「そうよ、こういう時はそういう話で盛り上がるものでしょ?」

 

「はいはーい!私、烏間先生!」

 

「ハイハイ、そんなのはみんなそうでしょ。クラスの男子だと例えばってことよ」

 

女子部屋への招集の理由は、恋バナ……というものをするためだったらしいです。好きな人とか、気になる人を女子みんなで共有するんだって……。男子禁制の女子しかいない、ここだからこそできる本音のぶつけ合いなんだって、さっき莉桜ちゃんに教えてもらったから、ここでカルマくんと渚くんの格好いいところを話して、特にカルマくんは女子からも男子からも遠巻きにされがちだから、その溝を埋めよう……!なんて思っていたら、メグちゃんにコレは軽い暴露大会みたいなものだから、そこまで本気でやらなくてもいいものなんだと言われ、愛美ちゃんにはちょっとそれだと趣旨が変わっちゃいますよって言われてしまいました……好きな人の事を話すって莉桜ちゃん言ってたのにな……でも、こういう話をするのは初めてだから、聞くのがすごく楽しみ。

まず口火を切ったのは陽菜乃ちゃんで、いつも公言してる通り烏間先生だった。烏間先生を好きになるのは私もよくわかる……指導者としてとても高い実力を持っていると思うし、普段からストイックな面もあって……え、クラスの中の男子じゃなきゃダメなのです?莉桜ちゃん曰く、E組でマシなのは磯貝くんと前原くんくらいらしい。前原くんはタラシってみんな言うけど優しいし周りをよく見てる人だと思うけどな……女の人を自覚して口説いてる分、まだいいと思うし。磯貝くんが非の打ち所がないって言うのは賛成です。カルマくんが顔だけならかっこいいのに素行不良なのが残念って言われているのにはムッとしてしまって、少し不満だったのが顔に出てたみたいで…、愛美ちゃんが隣でくすくす笑っていた。

 

「でも、意外と怖くないですよ?今回事件に巻き込まれて、実はよく考えて喧嘩してるんだってわかりましたし」

 

「よく考えて喧嘩に持ってく不自然さに気付こうよ奥田さん……!……まあ、普段はおとなしいし」

 

「野生動物か。……アミサに対してはペットみたいだけど」

 

「で、聞き役に徹しちゃってるけど……この会を開いた本命はあんたよアミサ!」

 

「ひゃい!?」

 

二人のかっこいいところをたくさん話して、誤解されてるのを無くすのが出来ないなら、ホントに聞き役で終わるつもりだったのに……莉桜ちゃんに勢いよく指をさされて指名されたせいで驚いて、変な声が出ました。

……好きな人、か……なら普通にE組の友だちのことをあげれば……

 

「いないの?好きな人……あ、もちろん異性で恋愛的な意味でってことだからね!」

 

「えぇ……考えたこと、ないかも……」

 

「えー!?」

 

「カルマくんと渚くんは!?」

 

「二人はは私のヒーローだもん……それに、異性としての好きってどんな気持ちなのか、わかんなくて…」

 

見事に友だちじゃダメだと先回りされて、一応しっかり考えることにした。カルマくんと渚くんについて聞かれたけど、私にとっての二人はヒーローだから。私は『当たり前』から外れた『異端』だと、誰にも認められなくて苦しんでいた環境()で初めて私を見てくれて、そして初めてできた友だちの二人……それに、普段の生活でも自然と甘えさせてくれる存在。……それ以外に感情があるのかは、考えたことないし、わからない。そう言えばみんな納得してくれたようで、でもこの歳でその感情を知らないのはもったいない、とみんな私に教えようと頭を捻り始めた。

 

「あー…たしかに難しいよね。なんだろ、やっぱり一番はドキドキする人じゃない?その人のことが頭から離れなくて気付いたら考えちゃってるとか……」

 

「その人と話してると安心するって言うか、一緒にいて楽?っていうか…」

 

「あとあれかな……他の女の人と一緒にいると、私も近くに行きたい、いいな、ずるいって思ったり?」

 

「これだけじゃないけど、他の男子と違って特別なら、好きになる可能性はあるかもね」

 

「……………、……」

 

いつも頭から離れない、考えている人……ドキドキする人、と言われてもピンと来なくて困ってしまったのだけど、そのあとの例は思い当たるところがあって少し考えた。

その人と話していると安心して、一緒に居ると楽な気持ちでいられる……当然カルマくんと渚くんの二人ともだ。一番私が安心して近くにいられるし、何かあったら頼りに行くのもこの二人だ。でも、これは『好き』では無いのだろう……そう思った。だってこれは今では四班の人達にも同じように感じでいることだから、この『好き』はきっと友だちとしての好きなんだろうと思う。

他の女の人と一緒にいると、私も近くに行きたい、いいな、ずるいと思う……これを聞いて、ふと……ある光景が頭に浮かんだ。

 

〝ほらね、アミサちゃんは普通っしょ?〟

 

そういって、彼女の肩を軽く叩いたのを見て……少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ気がしたのを思い出した。私が一番近くにいたから、私のことを一番分かってくれているからそういうことを普通に言ってくれたんだって分かってる。それでも、私じゃない人にスキンシップを取る彼の姿をほとんど見たことがなくて……目の前で見た時、何故か……痛んだんだ。

これが、ずるいって思う気持ち……なのかな。でも叩かれるのをずるいってなんで思ったんだろう。

 

「……どう?」

 

「………でも、…や、やっぱり、分かんないっ……!」

 

「その反応……お姉さんたちに話してみなさーい?」

 

「くすぐってやる〜っ!」

 

「きゃあっ、……あ、あははははっ、い、いないよ…っ!なんか胸がチクッてした人は、いたけど……!これだけじゃわかんないっ…!うぅ〜、くすぐったい、よぉ…っ……」

 

「それってヤキモチ焼いてるんじゃないの、ほらほら…!」

 

ハッキリとしないからいない、って言ったつもりだったのに、カエデちゃんと莉桜ちゃんに押し倒されてくすぐりの刑に。くすぐったくて、笑いながらじゃれていると襖が開く。

 

「おーい、ガキども。もうすぐ就寝時間だってことを一応言いに来たわよ〜」

 

ビールの六缶パックを片手に一応先生をしに来たイリーナ先生だった。だるそうに来てるけど、本当に一応覗きに来た程度なんだろう……どうせ夜通しおしゃべりするんでしょ、と言い残して出ていこうとしたくらいなんだから。

次の矛先を見つけたみんなは、ここぞとばかりにイリーナ先生を部屋の中に招き入れる。経験豊富な大人の話……それを聞き出すために、みんなで持ち寄って夜に食べようとしていたお菓子で交渉すれば、意外とあっさりと乗ってくれた。

 

「「「えぇーーーっ!?」」」

 

「ビッチ先生、まだ二十歳!?」

 

「経験豊富だからもっと上かと思ってた……」

 

「ねー、毒蛾みたいなキャラのくせに」

 

「そう、濃い人生が作る毒蛾のような色気が……誰だ今毒蛾っつったの!?」

 

「ツッコミが遅いよ……」

 

女子全員でもてなせば、イリーナ先生は窓際に座ってビールを飲み始めた。そして驚く彼女の実年齢……私たちと五つくらいしか違わないなんて、誰も予想していなかったから。多くの男の人との恋愛談や、授業で話してもらえる経験談、資料は私たちでは早々触れる機会が無くて縁遠い、もっと年上の人が経験するようなものばかりだから、てっきり……

 

「はぁ……いい?女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って……危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」

 

「「「………」」」

 

イリーナ先生がお菓子を口に運びながら、普段の如何にもビッチな態度を一変させて、真剣に思っているとわかる言葉を私たちにぶつけてくる。……そうだ、彼女は私たちの外国語教師だって言っても本職は殺し屋……殺し屋はいつも命の危険と隣り合わせなんだから、命を扱うという本当の意味を、重みを知らない中学生には同じ道を歩いて欲しくないんだろう……。みんなが生意気とか、ビッチ先生らしくないとか言っている中で私はそう考えていた。

そんなふうに少しのあいだ聴き逃していたのだけど、気がつけばイリーナ先生の落としてきた男の人の話を聞くことになって、ふと横を見たら……

 

「ひぇっ、こ、殺せんせー…!?」

 

「おいソコォッ!なに女の園に混じってんのよ!!」

 

「いいじゃないですか、私だって聞きたいですよ」

 

何かいた。何か、は、いつの間にか紛れ込んだ殺せんせーだったみたいで、顔をピンクに染めてニヤニヤとイリーナ先生の話を聞こうとしていた。あれ、殺せんせーって、男の人……の扱いでいいのかな……確かこの恋バナというのは男子禁制では……?

紛れ込んで聞こうとするなら、恋バナの一つや二つ話していけというみんなの要求を、脱兎のごとく逃げ出して回避しようとしている殺せんせー……イリーナ先生の号令に合わせて女子全員で追う。

 

「逃げやがった!捕らえて吐かせて殺すのよ!!」

 

それからはもう、廊下では凄まじいことになっていた。声を聞いている限り、殺せんせーは男子部屋の方でも何かやらかしたらしくて、まさかの挟み撃ちになって勝手にテンパって大慌てしてた。……その中でも男子の筆頭がカルマくんだったことに驚いた……普段仕掛けるなら個人か少人数なのに、みんなと一緒に殺るなんて、意外……あ、今ちょっとかすった。何となくほっこりしつつ、私はそこまで殺せんせーを捕まえて恋バナを吐かせたいとは思っていなかったから、この騒ぎが落ち着くまで少し静かなロビーまで避難することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……行ってくれば?」

 

「……他の奴らには適当に言っといてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロビーに設置された自販機の前に立ち、ラインナップを見ていく……無難なお茶とか水とかもいいけど、一応お風呂のあとだからスポーツドリンク系の方がよかったりするのかな?……あ、煮オレがある……レモン煮オレ……カルマ君がいつも飲んでるのとは違うけど、これもきっと好きなんだろうな……

 

〝気付いたら考えちゃってるとか〟

 

……、なんで今、その事を思い出したんだろう。振り切るように頭を振ってその考えを追い出そうとしている時だった。

 

「……何か飲むの?」

 

「…っ!?」

 

急にかけられた声にバッと振り向けば、たった今考えていた人(カルマくん)がそこにいて首をかしげていた。ほんの少し前まで殺せんせーを追いかけてたからかな……少し顔が赤く、息も切れているようだった。私は驚いたからか内心バクバクしているけど、顔に出さないように意識しながら正面に向き直る。

 

「あ、ごめん、そこまで驚くとは思わなかった」

 

「う、ううん、平気。殺せんせーはもういいの?なんかみんなの話聞いてる限り、男子部屋の方でも何かやっちゃったみたいだけど……」

 

「あー、……あんまよくないけど、いっかなって。せっかくアミサちゃん見つけたし、ちょっと話したいなと思ってさ」

 

そう言うと自販機へ歩いていき、お金を入れ始めるカルマくん。……あんまりよくないのに、いいってどういう事だろう……?疑問に思いながら見ているとガコンガコンと二つ落ちる音が……え、二つ?

 

「ん、アミサちゃんフルーツ好きだし飲みやすいと思うよ」

 

「え、あ、お金……!」

 

「いーよ、奢り。そっちで飲もうよ」

 

渡されたのは、私がさっき見てたレモン煮オレ。慌ててお金を出そうとしたけど手をひらひらさせながら断って、ソファの方へ歩いていっちゃった……。ありがたく奢ってもらうことにして私もソファに座り、初めて飲むレモン煮オレに挑戦……あ、思ってたよりも甘過ぎなくて飲みやすいかもしれない。口をつけた瞬間にちょっと驚いた顔をしたのが見えたのか、隣で笑う声がした。

 

「これ思ってたより、おいしい……レモンの味がちゃんとある」

 

「でしょ?」

 

でもスムーズに話せたのはここまでだった。それからはしばらくお互い煮オレを飲むだけで、うまく話が続かない。今まで一緒にいる間にも何も話さない時間とか、普通にあったのに……隣を変に意識してしまって、どうすればいいのか分からなくなってきた。……みんなが変なことを言うからだ。

 

「ねぇ…」

「あ、あの…」

 

とりあえず、何か言わなきゃと思って声を出すと見事に声が被り、思わず顔を見合わせて数秒……先に言っていいよ、と相手に促したのも同時でつい笑い出してしまった。でもおかげで少し落ち着いて、さっきまで変な空気だったのがなくなったように感じた。

じゃ、先に話そうかな……と前置きをしてカルマくんが、話し出す。

 

「茅野ちゃんが言ってるのを聞いたんだけど……バチバチしたものに助けられたって。それってさ、もしかして……」

 

「……多分、カルマくんが考えてるとおりだと思う。私がE組行きを言われた時に、先生(あの人)に捨てられた時に使ったのと同じ、《魔眼》……自覚はなかったけど、私にも使えたみたい」

 

「なんでそんなゲームみたいな技を使えるのか、とかは聞いていいの?」

 

「……話してもいいんだけど、長くなっちゃうから……これを言うには、私の故郷で発達してる技術の話からしなくちゃいけなくなるし……」

 

そう、話すこと自体は別にいい……カルマくんなら、突拍子もない私の事情を聞いても受け入れてくれるんじゃないかって思えるし……逆にいたずらの幅が広がるって嬉々として計画に組み込みそうだ。

問題は日本(こっち)にはない技術である導力についてから話さなくてはならないために、どうしても時間がかかってしまうことだ。それに、『私』については話せないから、言葉を選ばなくてはいけないけど……今はうまくまとめる自信がない。だから、今は整理がつくまで答えるわけにはいかなかった。

 

「……いつかは、話してくれるんだよね?」

 

「……うん」

 

「ならいいよ。…………ゲームとかなら技を使うための数値とかあるじゃん?なんか副作用とかあったりするわけ?」

 

「副作用……私、《魔眼》を使えるってこと知らなかったの。だから無理やり力を引き出して使ってるようなもので………うん、まあ……」

 

「…………で?」

 

「………、……………使った後、目の奥が熱くて、痛かったデス…………あぅっ」

 

副作用というか、代償というか……それを言ったら、また怒られる気しかしなくてとても言いづらく、言葉を濁したところ……カルマくんにものすごくいい笑顔を向けられ……答えるまで諦めてくれなさそうだったから、黙っていることは出来なかった。……正直に言ったのに、無言でデコピンをされました……怒られるよりもちょっと心に来たかもしれない。安易に使うの禁止、練習もだからねと言われて……実は折をみて少しずつ使う練習をしようとしていた私は、ビクりと肩を揺らしてしまい、その考えもバレて盛大にため息をつかれた。

 

「はぁ……とりあえず、知りたかったことは聞けたからいいや…………で、アミサちゃんは何を話したかったの?」

 

「……私、は……」

 

最初の話初めに同時に声をかけたとはいえ、私は何かすごく言いたいことがあるってわけでもなかったから……どうしようかと、私が話し始めるのを待っている彼の顔を見ているうちに、ふと、ずっと言いたいと考えていたことを思い出した。

 

「カルマくん、少し頭下げて……?」

 

「……?いいけど……、っ!?」

 

「やっぱり、少し腫れてる……」

 

煮オレを机の上に置いて、カルマくんを手招く。座っていてもカルマくんの頭は高い位置にあって、少しこちらに下げてもらい……前からカルマくんの頭を軽く抱き込むようにして後頭部に触れる。祇園の路地裏で拉致される前……カルマくんが高校生に鈍器で殴られた場所だ。だいぶ時間が経ったこともあって腫れは引いてきているみたいだけど、まだ少しだけ熱を持っていて存在を主張しているようだ。

いきなり触ってしまったからか、カルマくんは微動だにしないけど……気にせず腫れたところから手を離し、抱き込んだまま頭を撫でる。

 

「あの時、私が捕まって……そのせい、だよね。いつもだったらあれくらいの気配……カルマくんなら、ものともしないはずだもん。私が飛び出したせいで、勝手に人質になって……また、いらない怪我させちゃった……ごめんなさい」

 

……直接的な原因はやっぱり私だと思う。カエデちゃんと有希子ちゃんも捕まっていてそちらにも意識を取られながら、近い方を先に助けようとした結果なんだろうから。迷惑をかけ続けて、危険を呼び込むようなことにもなってしまって……もうそろそろ、呆れられて見捨てられるんじゃないかって思えて。でも、せめて謝りたいと思っていたのに助けてもらってすぐは、頭の中がグチャグチャになっていたし、……帰りは気づいたら眠ってしまったしで、謝る機会がなくなってしまっていたのだ。

カルマくんが固まっていた少しの間撫で続けていたのだけど、目が合ったかと思えば彼はハッとしたように目を見開き、顔を赤くして視線がウロウロと揺れているように見えた。

 

「……アミサちゃん、一度離して」

 

「!……うん」

 

「…はぁ……無意識にこれやってるんだからタチ悪いよね……」

 

言われた通りに解放すると、カルマくんは煮オレを持っていない方の手で、頭をガシガシとかきながら私から離れていった。机の上に缶を置いて、大きくため息をつくのを見て……これは呆れられたかな、って覚悟を決めて下を向いた、ら。

 

「いっ……!」

 

「どうせ、自分だけのせいだって思ってたんでしょ。……アレは、人数差とか非戦闘員ばっかなのを考えずに油断してた俺のせいなんだから、アミサちゃんが気にすることはないの。……だから、俺の方こそごめん……腹、痛むんでしょ?」

 

向き直ったカルマくんに再びデコピンをされた。同じところを2度もデコピンされたせいか、地味に痛むおでこを両手で押さえて見上げれば、優しくこっちを見る顔があって……本当に、なんでこんな私を見捨てないでくれるのか、不思議でしかない。

 

「俺もアミサちゃんに怪我をさせるきっかけになってる……だから、おあいこってことで。それに、どっちかと言えば俺は謝るよりも他の言葉の方が欲しいな〜?」

 

「……あ、ぅ…………助けに来てくれて、ありがと、です……すごく怖かったけど、来てくれるって、信じてた」

 

「……ん、よし」

 

詰まりながらもお礼の言葉をいうと、先程とは逆転してカルマくんが私の頭を撫でてくれた。

あの時、誰かに助けを求めたくても言葉に出来なくて……でも頭の中では助けを求めるなら、この人しかいないって思ってた。そうしたら、本当に来てくれて……それに、何も考えられなくなってた私を連れ戻してくれた。あたたかくて何だかドキドキするような気持ちのまま、撫で続けるカルマくんの手に軽く触れる。

 

「……やっぱり、カルマくんの手はいつもあったかい。あったかくて、安心する、私の(しるべ)……」

 

「……アミサちゃ、……ん……?」

 

「?どうか、したの……、……あ。」

 

私はこの手に助けられてきた。我を忘れて堕ちるところを引き戻してくれた。パニックになっていた所を落ち着かせてくれた。それ以外でも普段から私を導いてくれる……その感謝が伝えたくて自然と浮かんできた言葉と笑顔を向けた。

それに対してカルマくんが何か言いかけ……たと思ったら、私の背中側を見て無言になった。気になってそちらを見てみれば……

 

「……あー、もー、じれったい…!」

「真尾の行動怖ぇ……あれ、いろんな意味で暴力だよな」

「アミサちゃん、ほんとに幸せそうですね……」

「でも、自分が何やらかしてるのかは分かってないよね、多分」

「ちょっと、殺せんせー重いって」

「いいじゃないですか、ヌルフフフフフ……」

「ねえ、バレるって、もう少し静かに…!」

 

 

「もうバレてるんだけど。何やってんのお前等……消されたいの?」

 

 

「「「げ。」」」

 

いつの間にやら廊下であった先程までの騒ぎは収まり、中心にいたメンバーが廊下の影からこちらを覗き見ていたらしい。いつからいたんだろ…、全然気にしてなかったから気付かなかった。

ゆら、と静かに立ち上がったカルマくんは、これまたいたずらを仕掛ける時のような笑顔を浮かべると……いつの間にか覗いていた彼らの近くでナイフを弄んでいた。殺せんせーはまたいつの間にか逃げ出していて、姿がない……他のみんなは特に男子がカルマくんをなだめようと色々声をかけている。カルマくんのとりあえずの標的は殺せんせーだったみたいで、今は壁を背にしてみんなとおしゃべりしているみたいだ。

 

「本ト、いつからいたわけ……」

 

「真尾がお前の心配して後頭部触ってたあたりだな」

 

「よりにもよって、そこからかよ……!」

 

「カルマ君、顔真っ赤だったもんね……アミサちゃんの突拍子もない行動には慣れてたつもりだったけど、本当に斜め上を行くよ……」

 

「渚君まで……はぁ……」

 

あんまり声は聞こえてこないけど、カルマくんが頭を抱えているのは見える。そこでふと気づく。私は育ってきた環境の影響で、気配には敏感な方だと思う。害を与えそうな気配は意識していなくても察知しやすい……でも、彼らがいることに気がつけなかった。私はいつの間にか、意識して警戒しなくてもいい相手、と思っているのかな。

まだハッキリしないから、なんとも言えないけど。とりあえず、私の方にも向かってきている何人かの女子たちとお話することに集中しようと思う。

 

 

 




「カルマと話してどうよ?」
「んー……やっぱり、優しいし……受け入れてくれるし……あったかいなぁって再確認した、かな」
「あー……あっちは変わった気がするけどこっちはダメだ」


「あとは寝オチるまで、布団でだべろー。どうせ女しかいないんだから、男の話で。E組以外でも可」
「なんでもいいけど、誰かいい話ない〜?」
「……あ、私、すごいってみんなが言う男の人なら知ってるよ?」
「どんなの?」
「なんかね、すごく優しくてみんなのことを考えてて頭もいい完璧なリーダーなんだけど……友だちの仲間がつけたあだ名は、『弟系草食男子を装った喰いまくりのリア充野郎』って人」
「どんだけ属性持ってるんだその人」
「なにそれ、詳しく」
「んー、詳しく……あ、友だちに聞いたんだけどね?敵に従わざるを得なかった元仲間なお姉さんに対して一騎打ちを仕掛けて、『この勝負、俺が勝ったら君は俺がもらう』って言ったんだって。ちなみに本人的には仲間にって意味だったんだけど、周りにはそう聞こえなかったって教えてもらったの」
「「「うわぁ……」」」
「……やっぱり、すごい発言なの…?」
「むしろ気づいてないアンタがスゴい」
「そんな人が近くにいたなら、そりゃあこんな動じない性格にもなるわ……」
「ていうか、すごいってそういう意味のなんだね……」


++++++++++++++++++++


これで、修学旅行編はおしまいとなります。
長くなりましたが、如何だったでしょうか?
カルマの自覚はここでさせたくて、今まで色々頑張ってきました。今後どうなるかは謎……殺せんせーはホクホクしていることでしょう。
あ、オリ主は、まだ無理です。

最後の話題に出てきた男の人は、言わずもがな弟ブルジョワジーで弟貴族のあの人です。
ちなみに友だちは、特務支援課の中でもほぼ同じ年のあの子です。ネットワークを通じて、毒舌を交えながらめんどくさそうに教えてくれたんだとか。




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転校生の時間

楽しくて、みんなの意外な一面が知れて、色々巻き込まれて、学んで、謝って……少し友だちとの距離が短くなった気がする修学旅行も終わり、今日からはまた通常授業の毎日に戻る。普通だったら勉強や友だちと過ごす代わり映えのない日々になるんだろうけど……私たちはE組であり、暗殺教室だ。誰かが暗殺を仕掛けたり、先生たちが技術や工夫を凝らした訓練(遊び)を考えてくれたり、何かしらの事件が起きたりと毎日が新鮮で……きっと同じ日が来ることなんてないんじゃないかな?

 

「よっ!」

 

「あ、おはよう磯貝くん」

 

「昨日の夜、烏間先生から一斉送信メールあったよな……見たか?」

 

「あ、うん」

 

E組校舎へ向う山道の入口で会った杉野くんと、今日は駅から一緒に登校した渚くんと歩いていると、後ろから追いかけてきたらしい磯貝くんがメールのことを言いながらカバンから携帯を取り出して件のそれを開き始めた。烏間先生からのメールは学校のこと……というより暗殺についての情報提供が多いので、何かあったのだろうかと昨日は怖々開いたものだ……杉野くんと渚くん、山道で合流した岡島くんと一緒に磯貝くんの手元を覗き込んで、そのメールに再び目を通す。

 

【明日から転校生が一人加わる。多少外見で驚くだろうが……あまり騒がず接して欲しい】

 

時期外れの転校生……元々どのクラスよりも少ない人数で構成されているE組だから、新しい仲間が増えるのは別にいいのだけど……いや、成績が落ちたり諸々の理由ができたりで来る人は歓迎しちゃいけないんだけど。それでも、この時期に来る人ってことはつまり『殺せんせーを知っていて暗殺に参加する人』ということで……

 

「ついに来たか、転校生暗殺者」

 

「転校生名目ってことはさ、ビッチ先生と違って俺等と同年齢(タメ)なのか?」

 

「そこよ!俺気になってさ、顔写真とかないですかってメールしたのよ。そしたら……これが返ってきた」

 

「おお、女子か!ふつーにかわいいじゃん」

 

岡島くんが見せてくれた写真には……薄紫の髪と赤い瞳、それにカチューシャを付けた女の子が写っていた。すごく可愛いし、岡島くんは気に入ってるのか待ち受けにしていて、それを見た杉野くんも呆れつつ盛り上がっている……けど、私は少し気になることがあった。そのせいで訝しげな顔をしていたのに気づいたのだろう、渚くんが声をかけてくる。

 

「……アミサちゃん、なんか気になることでもあった?」

 

「え?あ……その、ちょっとだけ……」

 

「え、何かおかしなとこでもあったか?」

 

「お前の直感というか思いつきというか、色々察するとこはホントに凄いからな……気にせず言ってみろよ」

 

多分察する云々はカルマくんのイタズラを相談もせずに理解して相方をしているからなんだろう……けど、何か驚かせるような思いつきなんてしたことあっただろうか?まあいいか、とその疑問を置いておくことにした私は岡島くんの写真のある一点を指さす。

 

「その……烏間先生のメールに、『外見で驚く』ってあったでしょ……?で、この写真のここのところ、不自然に切れてる気がして……」

 

「あ、確かに……なんか、黒い枠みたいなのが写ってるよな」

 

「個人写真とか、背景を黒くして顔をアップにして撮ったデータを送ってもらったってことなら、それまでなんだけど……ちょっと、気になっちゃって」

 

そう、写真は顔をアップにした正面からのもので、証明写真のように見える……のだが、証明写真を携帯のカメラで撮ったにせよ、データをそのまま転送したにせよ、なんとなく人の写真として送ってきたにしては不自然に感じたのだ。なんとなくの領域を出ないからこそ私は最初、黙っていたわけで……自信を持っているわけじゃないと4人に念を押しておく。

 

「まぁ、行ってみれば分かるだろ」

 

「そう、だね……仲良くなれるといいな」

 

そうして続々とE組の生徒たちが登校してくるのが見える中、私たちは教室へと向かい、ほとんど一番乗りで教室の扉を開けた。

 

「さーて、来てっかな……転校生、……は?」

 

「……ねぇ、これって……」

 

「まさかとは思うが……」

 

教室の中、修学旅行へ行く前までは何も置いていなかった寿美鈴ちゃんの席の後ろに、黒い箱が鎮座していた。あまりにも不自然なソレに、先に来ていたメグちゃん、陽菜乃ちゃんも含めてみんな困惑気味で……とりあえず見てみないことにはわからないということで正面に立ってみると、テレビ画面のような部分の電源がパチリと付いた。

 

『おはようございます。今日から転校してきました、〝自律思考固定砲台〟と申します。よろしくお願いします』

 

「「「(そうきたか!!)」」」

 

「あ、あわわ……予想が当たっちゃった……」

 

それだけ言ってプツリと電源を落としてしまった転校生……自律思考固定砲台さんは、まさかの私の予想通り『生徒』ではあるけど『人間』では無かったようです。

朝のHRの時間となり、転校生の紹介をする烏間先生の背中はプルプルと震えていて、若干声も上ずっているような気がする。

 

「……皆、既に知っていると思うが、転校生を紹介する……、ノルウェーから来た、自律思考固定砲台さんだ。」

 

『みなさま、よろしくお願い致します』

 

初めは防衛省の殺せんせー監視役として来た烏間先生は、いつの間にか私たちを鍛える体育教師として……また、書類上の担任の先生になり、そして今回は機械の生徒を紹介する……とりあえず色々大変なことはよくわかった。

紹介された転校生さんは、真っ暗だった画面に光を灯して一言だけ挨拶をすると、またプツリと電源を落としてしまった……これ、コミュニケーションをとる以前の問題だと思う。

殺せんせーは殺せんせーで自分を棚に上げて笑ってるし。烏間先生曰く、転校生さんは殺せんせーの〝生徒に危害を加えることは許されない〟という契約を逆手に取り、殺せんせーに暗殺を邪魔されることのないよう機械だが生徒(・・・・・・)としてここにいるらしい。なりふり構わない行動ではあるけど、一応理にかなっているから、殺せんせーは面白そうに歓迎していた。

 

「……でも、どうやって攻撃するんだろ?『固定砲台』っていっても、どこにも銃なんてついてない黒色の箱だよ?」

 

「うーん、多分だけど……」

 

国語の授業が始まり殺せんせーが説明をしていく中、前の方で渚くんとカエデちゃんが転校生さんについて話しているのが聞こえる。確かに、武器は見えない……でも、見えないだけで存在するというなら、在り処は多分……

 

────ギラリ……ガシャガシャ、ガキィン!

 

あの箱の、側面。

転校生さんは殺せんせーが説明を書き足そうと黒板の方を向いた瞬間に、砲台を展開し、いきなり一斉掃射をはじめた。教室中にバラまかれる対先生BB弾の嵐にみんな、特に銃弾の軌道に座っている生徒は頭を下げて教科書などで自分を守る。……一応軌道上じゃないはずの私の位置にも跳弾した弾が飛んでくる……あ、危ないし、これじゃあ授業にならないよ……!

 

「ふむ、ショットガン4門、機関銃2門……濃密な弾幕ですが……ここの生徒は当たり前にやってますよ。それと、授業中の発砲は禁止です」

 

『気をつけます。続けて、攻撃準備に入ります』

 

気をつけてない、禁止の意味、分かってないよ転校生さん……!数多くの弾で弾幕を形成する中で、自慢のスピードを駆使していつものように余裕で避ける殺せんせーは、偶然自分の顔の正面に来た一つの弾をチョークで弾いていた。それを確認してなのか、転校生さんはなにやらチカチカと演算か何かを繰り返してまた砲台を取り出すと、再び始まる銃撃の嵐……確か、弾道の再計算、射角修正って言ってた。まさか……

 

「ちっちっち、こりませんねぇ……にゅ、う!?」

 

さっきと同じように転校生さんは弾幕を作り、さっきと同じように殺せんせーはチョークで一つの弾丸を弾く……そう、一つだけ(・・・・)。瞬間、チョークを持つ先生の触手がはじけて黒板に飛び散った。

 

「……、……学習、してる……?」

 

殺せんせーがどんなに素早くても逃げる、避ける動きにはパターンが存在する……ただ、早すぎるせいでそれを追う側の理解が追い付かないから、対応が出来ていないだけ、とも言える。だから理論上で言うなら全てのパターンを予測して全てのパターンに対応してしまえばいい……ただし、そのパターンを知るためには膨大な数の場合分けをこなさなくてはいけない。殺せんせーだって生きてるんだから、場合分けの公式で出せる確率の通り動いてくれるはずがないし、速さでパターンの量をものすごく増やしているに決まっている。……その膨大な数の場合分けを、転校生さんは自分で考えてやろうとしてるってこと……?

 

「…………で、これは俺らが片すのか?」

 

「お掃除機能とか付いてねーのかよ、固定砲台サンよォ。……チッ、シカトかよ」

 

教室中にバラまかれた無数のBB弾……一時間分でよくもこんなに撃ったな、という量を片付けるのは私たち生徒だ。このままでは、言い方は悪いのだけど無駄なところ(掃除)に力を使わされて、学生の本分である勉強に集中させてもらえない。

そしてその日は一日中、転校生さんが殺せんせーにBB弾を撃ちまくっては私たちが掃除して、また次の授業では銃撃の嵐が……というのが繰り返された。そんな一日を過ごすことを余儀なくされ、一時間が終わる事に銃撃は止むとはいえみんな既に疲れきっていて……まともな授業も受けられないまま放課後になってしまっていた。今日一日、転校生さんを観察したり弾を避けるために頭を下げて静かに過ごしていた私は、みんなが帰る準備をする中、転校生さんへと近寄って黒色のボディに触れる。

 

「…………」

 

「……アミサさん……?」

 

「…………機械だったら、ハッキングとか仕掛ければ止めちゃえないかな……先生が危害を加えるのはダメでも、生徒が生徒に何かするのは喧嘩として受け取られるだろうし……ちょっと、一本くらい大事な線を引っこ抜いたって……」

 

「いつになく静かだとは思ってたけど、実は結構ムカついてた!?」

 

「真尾、戻ってこい!!」

 

「だって!……だって、仲良くなれるかと思ってたのにっ……うぅ〜……」

 

私のやりたいことが一歩間違えば(間違わなくても)破壊だということに気がついたのか、慌ててみんなが止めに入ってきた。だって、新しい友だちができるかもしれないと期待して教室に来たのに……それなのに、コミュニケーションをとる以前の問題だなんて思ってもいなかったから。喧嘩をすると仲良くなれるんでしょ?と言ったら、雨降って地固まるってことわざの事言ってるのかもしれないけど、それ極論だから!と渚くんに叫ばれた。

何人かになだめられたし、無視して出てけばいいんだとも言われたけど……それでも挨拶は大事だから「また明日ね、自律思考固定砲台さん」と手を振りながら声をかけて、沈んだまま家に帰宅した私は知らなかった。思ってもない人が、私の言葉に耳を傾けていたなんて。

 

 

 

 

 

「生徒が生徒に何かするのは『喧嘩』……なるほどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。今日も昨日と同じで銃弾の中での授業を受けなくちゃいけない……そんな憂鬱な気持ちを隠せないまま渚くん、杉野くんと一緒に教室への扉を開くと、珍しく寺坂くん、村松くん、吉田くんの三人が既に来ていたみたいで、ちょうど教室を出ていこうとしている所をすれ違った。三人とも、いつも遅刻ギリギリに教室へ来ることだって少なくないのに……。

おはようございます、と声をかけ、三人が廊下の向こうへ消えていくのを見てから、ふと、昨日の固定砲台を目を向けてみたら……え、ぐるぐる巻きになってる……!?

 

「これって、ガムテープか……?こんだけ頑丈に巻かれてたら、銃器の展開はできないよなぁ……」

 

「もしかしてこれ、寺坂君たちがやったのかな?」

 

何が起きたのかはよくわからないまま、私たちは授業の始まる時間までは基本動かないらしい転校生さんを見つめるしかなかった。

そして8時30分……始業の時間だ。転校生さんは、決められたプログラム通りに仕事(タスク)を実行しようとしてようやく自分の体が動かせないことに気がついたみたいだ。

 

「殺せんせー、これでは銃を展開できません……拘束を解いてください。それに、これは先生の仕業ですか?明らかに生徒(わたし)に対する加害であり、それは契約で……」

 

「ちげーよ、俺だよ。どー考えたって邪魔だろうが」

 

そう言って転校生さんにガムテープを投げたのはやっぱり寺坂くんだった。明らかに怒っているように見え、邪魔者を見る目で転校生さんにあたっている。

 

「常識くらい身につけてから殺しに来いよ、ポンコツ。それに……お前は勝手に電源落としてたから知らねぇかもしんねーけどな。コレはあくまでも『生徒同士による喧嘩』だろ?……そう言った奴がいたんだよ。だったら標的(ターゲット)は関係ないハズだ」

 

「!」

 

寺坂くんが引用した言葉は、私が昨日帰り際に言ったことだ……いつも挨拶はするけど返事は一言あるかないかくらいだから、私の言葉なんて聞いてないと思ってたのに……他にも昨日のあの時間、教室に残っていた生徒は今のが私の言葉だと気づいたかもしれない。

 

「ま、分かんないよ機械に常識は」

 

「授業が終わったら解いてあげるから」

 

そんな言葉を投げかけたあと、全員が前を向く。転校生さんは体の向きは変えられるようだが、それ以外には何も出来ないし……初日にコミュニケーションをとらなかったこともあってか誰とも会話をすることがなかった。そのため、この日は一日何にも邪魔されることなく、授業を受けることが出来た。……そして放課後。

 

「……今は解くとして、明日からもガムテープ巻くのか?」

 

「まあ、今日に関しては原が解いてあげるって約束してたしな。常識云々こっちが身につけろって言った手前、解くしかないだろ。明日は明日になってから、だ」

 

そんな会話をしながらガムテープを外していく。朝、寺坂くんが言ったのもあるのかな……転校生さんは画面の電源を落とさないで、何も言わないし無表情だけど、私たちの方を見ている。

 

「……自律思考固定砲台さん、昨日はごめんなさい。でもね私は……あなたとお話ししたかった、仲良くなりたかったの。……あなたは様々なパターンをとって、学んで、次の狙撃に生かせる……とても賢いから。きっと、私たちが話すのも聞いて……暗殺だけじゃなくて、人との接し方も学べるんじゃないかな……」

 

私もガムテープをはがすのを手伝いながら声をかけてみる。教えてもらった話でしかないけど、故郷の方では機械……ううん、人形を家族として使役する人は意思疎通ができたらしい。人形に意思があるのと同じように、この子にだって意思があるのだから、少しくらい期待してもいいかなって。でも無言、無表情でこちらを見つめる彼女にやっぱり無理かな、なんて思いながらも全てのガムテープをはがし終え、私は待っていてくれた渚くんとカルマくんと一緒に下校することにした。

 

 

 

 

 

『……学ぶ……』

 

「そうです、学ぶんですよ、自律思考固定砲台さん。これから先生と放課後の補習を行いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、教室の扉を開けると……

 

「……なんか、体積が増えてねーか?」

 

明らかに分厚くなっている転校生さんがいた。開発者さんがたまに来てメンテナンスをするって烏間先生が言っていたし、昨日一日暗殺が全くできなかったから対策した、とか?怖々近づく私たちの前で、液晶パネル全面に電源が入る……、

……え、全面に?

 

『おはようございます、みなさん!今日は素晴らしい天気ですね!こんな日を皆さんと過ごせて嬉しいです!』

 

え、え、……なんか……

 

「親近感を出すための全身表示液晶と、体・制服のモデリングソフト……全て自作で60万6千円。豊かな表情と明るい会話術、それらを操る膨大なソフトと追加メモリ……同じく110万3千円…………先生の財布の残高……5円!」

 

転校生さん、殺せんせーの手でおかしな方向に進化しちゃった……?

なんでも、クラスのみんなと協調性を持って暗殺に臨む方が射撃成功確率を格段に跳ね上げる、ということを殺せんせーに演算ソフトを使って根拠のある理由とともに諭されて、ならばクラスの一員として認められて仲良くなりたいと先生の改良を受け入れたらしい。……それを聞いた寺坂くんは、先生が作ったプログラムだから所詮は作り物、人とは違うと反論したけど、転校生さんには泣かれるわ、みんなには責められるわで散々な目にあってました。

彼女が宣言した通り、本当に昨日までの問答無用な射撃は全くせず、それどころか何とかクラスの輪に入りたいとカンニングをサービスと勘違いしたり、花を作る約束をしたり、将棋で勝負したり……せっかく二次元なのだからとコスプレを頼む人がいたりと、いつの間にか彼女はみんなの中に打ち解けていた。

 

『あの、アミサさんっ!』

 

「…えっと……どうしたの?」

 

『昨日、テープを外してくださった時に話されていたこと、……私、とても嬉しかったです!私とお話したいと言ってくれて、仲良くしたいと言ってくれて……アミサさんの仰ったように、みなさんのお話を聞いて、話し方を学習しました。まだまだ至らない点は多いですが……殺せんせーの改良を受け入れた1番の理由はそれなんです。だから、ありがとうございます!』

 

「あ……その、私こそ、ありがとです。話、聞いてくれてて嬉しかった……えへへ、これから、仲良くしようね!」

 

『はいっ!』

 

嬉しかった……私の言葉は届いていたんだってわかったから。軽く画面の中の手に触れると、驚いたようにそちらを見る彼女……そして、嬉しそうに笑ってくれた。もしかして、殺せんせー……タッチパネルでもつけたのかな?握り返されることはないけど、合わせることは出来る……本当に生徒がのびのびと才能を伸ばせるように考えてくれている先生だ。

 

「あ、じゃあさ、仲良くなるついでにこの子の呼び方決めようよ。〝自律思考固定砲台〟っていうのは、いくらなんでも……」

 

「じゃあ……どこか一文字とって……()……(りつ)……、律はどう?」

 

「安直だな〜、お前はどうだ?」

 

『わぁっ嬉しいです!では、〝律〟とお呼びください!』

 

自律思考固定砲台……改め律ちゃんは、必死に仲間になろうとしているし、E組も受け入れつつある。……だけど、律ちゃんも、私たちも、ましてや殺せんせーも、どうしようもない存在というものはいるわけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おはようございます、みなさん』

 

教室には、二日前と同じように画面が小さくなり感情も抑揚も何もかも最初と同じように分解(オーバーホール)された律ちゃんがいた。

 

「〝生徒に危害を加えない〟という契約だが……〝今後は改良行為も危害とみなす〟と言ってきた。君等もだ……〝彼女〟を縛って壊れでもしたら賠償を請求するそうだ。……開発者(持ち主)の意向だ、従うしかない」

 

……危惧していたとおりになってしまった。律ちゃんの開発者()は、E組(私たち)の都合も、律ちゃん自身の意思も関係なく……ただ、自分の欲を満たすためだけに行動している。……意思を持つ時点で、律ちゃんはただの機械(もの)なんかじゃない。……なのに、人の気持ちも察せないような相手なのに、私たちには何もすることが出来ない……それが歯がゆくて仕方なかった。

分解されて退化(ダウングレード)したってことは……初日のような迷惑な射撃を行う兵器に戻ってしまったということ。カアァァッと光を灯す律ちゃんに、みんなが体を固くし銃弾から自分を守ろうと姿勢を低くし始める。……来る…っ!

 

────ガキンッ

 

『……花を、作る約束をしていました』

 

来ると身構えた銃弾は来なくて、代わりに降ってきたのは無数の花びら……よくよく見れば造花……かなり薄くプラスチックをのばして律ちゃんが作ったものだ。みんな、体を起こして彼女の方に注目する。

 

『殺せんせーは私のボディに、計985点の改良を施しました。そのほとんどは……開発者(マスター)が〝暗殺に不要〟と判断し、削除・撤去・初期化してしまいました。しかし、学習したE組の状況から、私個人は〝協調能力〟が暗殺に不可欠な要素と判断し、消される前に、関連ソフトをメモリーの隅に隠しました』

 

「素晴らしい、つまり律さん、あなたは……」

 

『はい!私の意思で開発者(マスター)に逆らいました!』

 

瞬間、さっきまでの能面のように感情も何も無かった律ちゃんの映像は消え、昨日の感情豊かな彼女が姿を現した。

 

『殺せんせー、こういった行動を〝反抗期〟というのですよね?……律は、イケナイ子でしょうか……?』

 

「とんでもない。中学三年生らしくて、大いに結構です!」

 

こうして、自律思考固定砲台……律ちゃんは、兵器でありながら思考を持ち、感情を持ち、協調を学び……様々なことを吸収して学び続けていく一人の女子中学生として、E組の仲間に加わった。

早速クラスメイトたちの能力や情報をカメラやマイク、データを通じて色々集め……それを暗殺に活かしていけるよう記録していきたいと彼女は語っている。人間ではできない部分で、戦う彼女……これからはこの28人が殺せんせーに対する暗殺者だ。

 

 

 




「アミサちゃん、転校生と仲良くなったね〜……」
「カルマくんも話せばいいのに……」
「あー、まあ、……情報貰いにいこうかな」
「……?また、イタズラに使えるように?」
「や、そーじゃないけどさ……」
「???」



『あの、アミサさん……聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?』
「?……何か、あった?」
『E組のみなさんのデータを取っていると、アミサさんのデータが一部見つけられません。それに、能力値がブレることが多いのですが……』
「!……え、えっと、その……私、ずっと外国に住んでたからじゃないかな…?……能力値については、まだ知られたくないの。いつか、ちゃんと話すから誰にも言わないで……お願い」
『……わかりました!いつか話してくれますよね?お待ちしてます!』
「……なんか、そのお返事……カルマくんみたい……」
『カルマさんですか?そうでしょうか……?あ、カルマさんといえば、少し前にアミサさんのことを聞きに来ましたよ?』
「…………え、私?」


++++++++++++++++++++


律がやって来ました。
日常的なお話がひさしぶりで、少し考えながら書いたつもりです。
ここの小説での律はカメラ、マイクなどを通じて身体能力諸々の情報収集をし、集めた情報を記録して、本人に公開不可と言われたもの以外は『協調のため』と考えて情報提供をしている設定です。もちろん殺せんせーの情報も開示してますが、生徒間の情報も開示することがあります。
その情報収集の一環で、オリ主の秘密も知りかけてますが、周りへの開示は止められました、という感じです。


では、次回は……LRにするか、湿気にするか迷ってます……








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湿気の時間

六月。長雨の続く、梅雨の季節です。

通学路には紫陽花が咲き始めて綺麗な反面、じとじとジメジメが気になる時期……私たちの担任である殺せんせーは湿気を吸収して頭が大きくなっていました。あの超スピードで雨は避けれても、ボロボロ校舎で雨漏れもあるE組ではどうにもならないみたい。

これはそんな梅雨のある日に起きた出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長雨続きで憂鬱になりそうな毎日が続く中、私とカルマくんは駅前の近くにあるカフェに来ていた。ケーキが有名な女性向けのお店だからか、中には女性が多くて男性が入りづらい……デートでなら数組いるような気がするそこに、なぜ私たちがいるかといえば、このお店のある限定ケーキがお目当てだった。なんでも梅雨の期間、雨が降っている日に男女で入店するとその店オリジナルのケーキが安くなるらしく、今日の帰りのHR前にそれを食べたいから一緒に帰ろうとカルマくんに誘ってもらったのだ。カルマくんは甘いものが好きだし、私もそんな限定感のあるものならぜひ食べてみたくて二つ返事でOKすれば、カルマくんは小さくホッとしたように息を吐いて席に戻っていった。……そんな、ホッとしなくても……普段から一緒に帰ってるんだし、断らないのに……もしかして、他にも誘ってみたけどみんなダメだったとかなのかな。

そんなこんなで店に着いてカルマくんに手を引かれながら中に入り、お目当てのケーキを食べてからのんびりおしゃべりしていた時だった。

 

「……?電話……杉野くんだ」

 

「は、杉野?」

 

「うん、ちょっと出てくるね」

 

「あー、ならもう会計しちゃってさ、このまま外出ようよ。アミサちゃんは先に行って電話出てればいいから」

 

「え、あ……ありがとう……なら、お金置いとくから、お願いします。……あ、杉野くん?今お店出るから少し待ってて──」

 

「え、俺から誘ったんだからこれくらい奢るからいい、って……もう行っちゃったし」

 

電話をお店の中でするのはマナー違反だから、と慌てて立ち上がれば、カルマくんが会計を受け持ってくれるとのこと。だからお財布から500円を出して机に置くと、待たせたら悪いしと急いで電話に出ながら店の外に出た……カルマくん、何か言ってたけど返事出来なくてごめんなさい。

 

「…………うん、今お店出たから、いいよ。どうかしたの?」

 

『どうかしたって言うか、……今どこにいんの?』

 

「えっと、駅の近くにある……〇〇カフェってとこ。限定ケーキ食べに来たんだ」

 

『へー、そんなのあるのか……俺も今度神崎さんを誘って……、……じゃなかった、そこなら近いな。あのさ、真尾にやって欲しいことがあって……前原の彼女役、やってくんね?』

 

「え、私が前原くんの彼女役……?」

 

「は?」

 

そこまで聞いたところでカルマくんが会計を終えて追いついてきたみたいで、……ものすごく低い声を出したかと思えば私の方へ近づいてきた。電話の向こうでは杉野くんが『カルマがいんのか!?』とか言いながらものすごく慌ててるのが聞こえるけど……だ、だいじょぶなのかな?

 

「あ、カルマくん。お会計ありがと……足りた?」

 

「十分。それよりも、それ、貸して?……はぁ……すーぎーのー?」

 

『わー!悪かったってばカルマ!一応こっちもダメ元で『だから言ったじゃん……僕達と帰らない時点で、アミサちゃんはカルマくんと一緒にいるって』ごめんってば渚!じゃあどうしろって言うんだよ!』

 

「……あのさぁ、せめて分かるように話してくれない?」

 

スピーカーモードにして私も一緒にくわしく話を聞いてみると、杉野くんたちが下校している途中で彼女さんと歩く前原くんを見つけ……その彼女さんが実は浮気をしていて前原くんと二股していたことが判明、相手はA組の人らしく、浮気をしていた彼女さんが悪いのに「前原くんがE組だから」と逆ギレと正当化で責めてきて……相手(前原くん)の立場がE組、つまり自分よりも弱いからと見下してきたのだという。一方的にやられそうになった時に通りかかった理事長先生にも、助けられたような堕とされたような言い様で仲裁されたんだとか。

……で、その現場を生徒のゴシップ目的で覗き見ていた殺せんせーが「仕返ししましょう」と言い出して屈辱を与えられた前原くんのために屈辱を与え返そうと今に至る、らしい。理由はよく分かった、分かったのだけど……カルマくんはまだお怒りの様子で……

 

「……で?そこでなんでアミサちゃんに彼女役させる意味があるわけ……?」

 

『いやさ、くわしい内容は任せたいとこに関係ないから省くけど、屈辱を与えられたあとに更に屈辱を与えるにはそのほうがいいんじゃないかってことに……』

 

「ふーん、なるほどね……そこに至るまでの詳しいことはわからないけど、前原を振った女に対して屈辱を与えた上、新しい彼女の素晴らしさとかそんな彼女へ優しい対応をする前原を振ったことへの後悔をさせたいと」

 

『……お前、今のだけでよく分かったな……そのとーりだよ。ただ、真尾以外に引き受けてくれそうなE組の女子メンバーがいなくてさー……そんで、ダメ元ではあったけど電話したってわけ』

 

「そりゃ、E組女子に片っ端から声掛けてるナンパな奴の彼女役なんて誰でも嫌っしょ。アミサちゃんは、分かってないからこそスルーしてるみたいだけど」

 

なるほど、今回の一件は仲間のためにするもの、というわけだ。それなら私も手伝ってもいいと思うのだけど……彼女役、は、……そういう感情がわからない私がやっても意味が無いと思うんだけどな……。

 

「……大事な友だちのためだもん。私も手伝えるなら協力したい、けど……私、彼女役なんて上手くいく自信ないよ……?」

 

『だよなー……いきなり悪かったよ』

 

「…………ならさ、別に彼女じゃなくてもいいんじゃない?」

 

『は?』

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NOside

 

「はあっ、はあっ、ひ、酷い目にあった……」

 

「はぁ、はぁ……もう、なんなのよ……こんな屈辱……っ!」

 

とあるコンビニから、一組の男女が疲れきったのか何なのか……よろよろとした足取りで出てきて、軒下に座り込んだ。その姿は雨に濡れ、木の葉が体中について泥まみれで、男女が険悪な雰囲気なこともあってかコンビニの店員やお客さんたちは苦々しい顔をしているのが見える。何か屈辱的なことでもあったのか……いや、そんな格好でコンビニに駆け込まざるを得なかった時点で何かあったに決まっているのだが、男女は険悪なまま傘をさしてコンビニの屋根から出ようかと立ち上がりかけていた。

 

「あのっ……お兄さん、お姉さん、だいじょぶですか……?」

 

そんな二人に声をかける少女がいた。どこか、誰かに似ている気がする金髪に近い茶色の髪に白いワンピース、薄手の黒いカーディガンを羽織った少女は、自分のさしていた傘を放り投げる勢いで男女に駆け寄ると濡れるのも気にせずその場に跪き、持っていたカバンからタオルを取り出して女性に、ハンカチを男性に手渡そうとした。

 

「は、何を……」

 

「……あんたも、私達のことを笑いに来たんでしょ、いらないわよ!」

 

「笑いに来たなんて……そんなつもりはありません!そんなに濡れていては、風邪をひいてしまいます……!……それに、お兄さんもお姉さんも綺麗なのに……泥だらけでは、もったいないです。だから……」

 

そう言って近くにいた男性の方に体を向けてそっと、顔をハンカチで拭う少女……いきなり近くにキレイめの顔が来たからか、男性は照れを見せる。女性はそれに嫉妬したくても、自分のことも純粋に心配する様子を見せる少女に怒るに怒れなくなっていた。

 

「ほら、綺麗に拭けば、かっこいいお顔になりました!お姉さんは今は泥だらけですけど、きっと……綺麗な方なんですよね……かっこいいお兄さんが選んだ方なんですから」

 

「…………受け取ってあげるから貸しなさいよ」

 

「……!はいっ!」

 

「な、なぁ……俺は瀬尾智也だ。椚ヶ丘中学校のA組で生徒会議長をしてる。……君……その、名前とか聞いてもいいか……?」

 

「私ですか……?私は、」

 

「ま、あー……マオー!」

 

ニコニコ笑いながらタオルを差し出す少女に、女性は遂に受け取る姿勢を見せる。男性は惚けたような顔で名乗る……大抵の女子は『椚ヶ丘中学校のA組』というブランドに食いつき、色々といい思いができるという経験則からだ。そして流れで少女についてを聞こうと尋ね始め、少女はそれに対してキョトンとしたあとに応えようとした、ちょうどその時。聞こえた声に、少女は先程まで以上にパアッと効果音がつきそうなほど嬉しそうな笑顔を見せた。

 

「あ、陽斗くんっ!」

 

「「!?」」

 

現れたのは、先程女性との二股で散々罵倒して蹴倒したはずの前原陽斗……嬉しそうに立ち上がり、傘を閉じて駆け寄る少女の肩を自然と抱き、怪我や汚れがないか──膝をついたためにワンピースの裾が濡れ、黒くなっているのを見つけて眉を寄せた彼を見て、男性も女性もキッと睨みつけた……それに、前原も気が付いて少女を後ろに隠す。

 

「は、お前ら……!」

 

「へー……私と別れたばかりなのに早速次の女?心が醜いだけじゃなくて、手も早くて汚いのね」

 

「ほら、君もそんな男なんかを彼氏にしなくても、もっといるだろ?早く離れた方が君のためだ」

 

前原一人だったらもっと汚く罵られていただろうが、今は助けてくれた少女がそばにいる……その事もあってか少しばかり優しく、男性にいたっては離れるように諭す始末。それを聞いた前原は怪訝そうに眉を寄せると、ため息をついた。

 

「……何言ってんだよ、こいつは彼女じゃねーし。な、マオ?」

 

「はい!私の名前は、『前原マオ』と申しますっ!陽斗お兄ちゃんの妹なのですっ」

 

「「!!?」」

 

ニッコリと笑って告げた少女は、たった今罵倒したばかりの前原の妹だという。ワンピースを着ていることから椚ヶ丘中学校ではない中学なのか、身長からしてまだ小学生なのかはわからないが……確かに、男女の差からか顔立ちはあまり似ていないものの、髪の色や女性、男性への声のかけ方などは兄妹でそっくりに思えた。前原もよくよく見れば少女をかなり気にかけているのか、濡れない様に傘を傾けつつ、また男女の正面に立って何か不都合がないように守ろうとしているところも伺えた。その時、通りの向こうからまた一つ少女の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「……マオー?」

 

「!…え、…あ、カルマさんっ!」

 

現れたのは前原と同じくE組に属する赤羽業。その姿を捉えるやいなや、少女は慌てて前原を伺い、彼が頷いたのを確認して赤羽の傘へと入っていく。そして自然と手を繋ぎ合った二人を目撃することになった男女は驚愕するしかなかった。……少女と赤羽は仲が良さそうに話していたかと思えば、少女が男女の方を振り向き小さく会釈したあとに去っていった。そこで前原は爆弾を落とす。曰く、あちらが本当のカップルなんだと。

 

「兄としては複雑だけどさ……あぁ見えてカルマは真っ直ぐな正義感の塊だから。だから安心して任せるんだよ……間違ってもお前らみたいなやつには渡す気は無い。相手が弱い立場だと見るやすぐに見下すやつの元になんてな」

 

そう言って前原は少しだけ距離の空いた、赤羽と少女の跡を追いかける。合流したあとも仲良さげにじゃれ合う三人を見て、男女は更に屈辱感を感じただろう。

あんな最低だと思っていた男に、あんな人を気遣える妹がいたなんて。

心が醜いとまで蔑んだのに、妹に対して優しい兄をしていたなんて。

優しさに惚れかけたのに、既に素行不良とされるやつのものになっていたなんて。

……これだけではないだろうが、男女は悔しさに唇を噛んで雨の中消えていった三人の方を見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンビニから姿が見えなくなっただあろう場所で足を止め、残りの仕返しメンバーに終わったことを連絡し、安堵の息をつく傍ら……私は被っていた茶髪のウィッグを外す。顔のメイクは家に帰ってからしっかり落とすとして……演技とはいえ、ワンピース、汚してしまった……カエデちゃんになんて言おう……。

 

「……こ、これは……大分上手くいったんじゃね?」

 

「だねー……アミサちゃん、もういいってさ。……大丈夫?」

 

「き、き、……緊張、した……私、失敗してない……?思ったよりも、お兄ちゃ…、……前原くんが来るまで、怖かったよ……来てからもびっくりしたけど……」

 

「俺も急に決まって驚いたんだって……」

 

そう、私はカルマくんの出した代案である、『前原くんの妹』として一芝居打つことになったのだった。殺せんせー監修の仕返しの中身は全く聞かなかったのだけど、私の役割の直前であの瀬尾さんと土屋さんの二人が泥だらけでコンビニのトイレに駆け込むから、そのあとを頼むとだけ言われていた。そこで元々杉野くんが私に頼もうとしていた彼女設定をカルマくんが妹設定としていじり、変装をカエデちゃんと菅谷くんに任せてあの作戦を決行した、というわけだ。

まずは自分からは名乗らず、とにかく二人を持ち上げてニコニコ対応して、特に瀬尾くんの方には私が可能な限り接近して『心配をしているんです』、という雰囲気を全面に出す。

次に前原くんが来てからはお兄ちゃんが大好きな妹、難しいのなら前原くんの誘導に乗っかればいいという完全に前原くんへ負担が大きい無茶振りな指示が出され……実は私の名前を決めることを忘れていたため、名前も無茶ぶりだったらしい。私のファミリーネームが名前でも違和感のないものでよかったと思った瞬間だった。

そして、カルマくんはといえば急遽瀬尾くんの心を折るために投入されたらしい。繋げておいた電話で私や前原くん、ターゲットの二人との会話を聞いていて誰が言い出したか急に決まったらしく、私は前原くんだけじゃなくてカルマくんまであの場へ登場したことにかなり驚いた。曰く、汚れた姿を見ても幻滅しないでかっこいいと褒め、優しく接する女性が目の前にいれば、隣にいる浮気相手をすぐに罵る今の彼女よりは絶対になびく。それならその女性と仲が良さそうな男性……しかも、彼らが見下す立場(E組)でも下に見れない(成績上位)ようなやつが現れればもっと屈辱的だろう、とのこと。

その目をつけた女性(わたし)が彼氏持ち、もしくは予約中……ということにすれば、しかもその相手がカルマくんならダメージは計り知れない……と、誰かが言っていたけど、実はこの彼氏彼女設定は私たちが仲良くあの場から去ったあとに前原くんが後付けしたことらしくて、カルマくんも知らなかったんだとか。

……あとからその事を知ったカルマくんは、前原くんとまだ繋いでいたらしい電話の向こうに対して低い声で文句なのか何かをまくし立てていて、なぜか前原くんは苦笑いでカルマくんを見ていた。

しばらくすれば、今回の作戦に参加していたメンバーが私たちの元にやってきて、口々に振り返り始める。なんか、知らないところではこれまでの暗殺教室(クラス)で学んできた技術を使った壮大な計画だったらしい……一段落したところで私たちの役割にも話がまわって来た。あ、カエデちゃんにワンピースのことを謝ったら、役に立てたんだからよかったと笑って言われてしまった……ほんとに、感謝です。洗ってお返しします。

 

「それにしても、真尾、お前すごいな……」

 

「?」

 

「あの二人の前に立つ姿も、前原の妹をしてるとこも、カルマの彼女を演じてる時も全部違って見えたからさ」

 

「んー……あの二人の前では、とにかく優しくするにはどうしようって思って、年下が年上を心配するつもりで接したの。むしろ、一人で立つのが怖かったから……知らない人に接する子どもって見られればいいかなって。前原くんは前原くんの誘導に乗ればよかったし、カルマくんは、……なんだろ……?」

 

「なんだろって……」

 

「だっていきなり来たんだもん、準備も何もしてなかったし……でもなんか、大好きな人に会えて嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい……みたいな感じ、が、自然と出てきて……カルマくんもサラっと手を繋いでくれたし、恥ずかしかったけど、……だから上手くできた、のかな……」

 

というよりも私なんかの彼氏役になってしまったカルマくんに申し訳ない……私なんかにはもったいない人なのに。言いながらだんだん照れてきて、下を向くとカエデちゃんと凛香ちゃんに無言で頭を撫でられた。

 

「ま、少しはスッキリしましたかねぇ……汚れた姿で大慌てでトイレに駆け込む、それだけでも彼らには随分な屈辱でしょう。加えて優しくされた女性は見下した相手の妹であり、手に入れようにも自分に勝ち目のない相手がいる……劣等感や後悔、嫉妬までかき立てるとは先生も考えつきませんでした」

 

「えーと、なんつーか……ありがとな、俺のためにここまで話を大きくしてくれて」

 

話を聞く限り、最初はちっぽけなことが理由だった。でも、E組としてはどんなにちっぽけな理由でも、仲間一人のことでも放っておきたくないという想いがあるからこそ、ここまで大事になったのだと思う。……それに、この3ヶ月でどこまでできるようになったか知りたいって言うのもあったんだろうし。

 

「どうですか、前原くん。まだ自分が弱いものを平気でいじめる人間だと思いますか?」

 

「……いや、今のみんなを見たら、そんなことできないや。一見お前ら強そうに見えないけどさ、みんなどこかに頼れる武器を隠し持ってる。……菅谷の偽装、矢田と倉橋の交渉、奥田の薬学、千葉と速水の狙撃、磯貝と岡野のナイフ術……それに、真尾とカルマのアドリブ力、だな。目立ってたのはこのあたりだけど茅野も渚も杉野も……殺せんせーも、……そこには、俺が持ってない武器もたくさんある」

 

「その通りです。強い弱いはひと目見ただけじゃ計れない。それをこの日の経験で、これまでのE組の暗殺で学んだ君は、この先弱者を蔑む事は無いでしょう」

 

「……うん、そうおもうよ、殺せんせー」

 

吹っ切れたような、晴れやかな笑顔を見せる前原くんに、作戦メンバーは自然と顔を見合わせて笑顔になった。最後は殺せんせーらしく授業のようにまとめちゃったけど……だけど、こんな日常の一コマでも学べることはあるんだってわかったから、いいかなって思う。

 

「あ、やっべ。俺このあと他校の女子とメシ食いに行く約束してたわ……じゃあみんな、ありがとな!また明日!」

 

……まぁでも、今回の発端である前原くんの女癖の悪さは、治りそうにないけどね。

 

 

 

 

 

そして、翌日。

暗殺技術を殺せんせー(ターゲット)ではなく間接的にとはいえ一般人に使ったことが烏間先生にバレ、みんなで怒られることになる。

私とカルマくんは計画の殆どを知らなかった上、最後の最後の暗殺技術を何も使っていない部分でのみ関わっていたこともあって、今後このような事がないように、といった厳重注意だけで済んだのだけど……他のみんなははじめから計画を知っていて実行したために、殺せんせーを含めて(というか殺せんせーが悪ノリしたから)雷を落とされたんだとか。

……私が計画を聞こうとするたびに、カルマくんが私たちの出番だけを聞こうとしてそれ以外の部分を一切耳に入れなかった理由はもしかしてここにあるのだろうか……?カルマくん、そういうのを察する嗅覚はいいから……

 

 

 

 




「で、男女限定=カップル限定スイーツを食べに行ったカルマさん?どうだったわけ?」
「チッ、アミサちゃんが軽く言っただけだから忘れてると思ったのに」
「舌打ちすんな。てか、HR前のみんながいる中で堂々と誘ったのはあんたでしょうが」
「……ケーキは美味かったよ。カップルに見せるために手も繋いだけど……多分カップル限定だと気づいてない上、遅れてる自分の手を引いてくれたくらいの認識じゃないの……?」
「あー……ありそうな気がするわ……」


「真尾、いろんな意味でほんとごめんな〜」
「だいじょぶだけど……みんな、いきなり過ぎるんだよ……。仕返しの話もそうだし、私の偽名考えてないのもだし、……カルマくんも急に登場するとか……」
「ちなみに、カルマが彼氏役した時はどう思ったんだ?」
「……なんか優しくて……ううん、いつも優しいんだけど、それ以上に大切なものを見る目って感じで、は、恥ずかしかった……」
「(カルマ、脈ナシでは無さそうだぞ)」


++++++++++++++++++++


迷った結果、オリジナルの湿気の時間が出来上がりました。
本編だとカルマが参加しない話なので、とばそうとも考えたのですが……なんとなく、オリ主を仕返しに参加させるとしたらこうかな、と。色々オリジナル要素がどんどん出てきて、あ、これは1話書けると思ったのでその勢いで投稿します。

LRが終わったら、作者が書きたいお話に入ります…!
もうすぐ完全クロスオーバー要素が入る予定です!




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LRの時間

Oh……sexy guy. it's a miracle. (あぁ……セクシーな人。奇跡だわ)

What? Really?(え、本当に?)

……分かったでしょ?この会話(エロトーク)の中に難しい単語なんて一個もないわ……日常会話なんてどこの国でもそんなもんよ。周りに一人はいるでしょう?『マジやべぇ』とか『マジすげぇ』だけで会話を成立させる奴……」

 

今、私たちが受けているのはイリーナ先生の英語の授業……彼女の授業は経験を生かした実践的な会話術で、学校文法など受験英語を教える殺せんせーと違いネイティブな発音、実践例を交えた英会話を学ぶことが出来る。つまり、いざという時の英会話(speaking)だけでなく、耳で聞く力(hearing)にも強くなれるというわけだ。イリーナ先生がここに来てからのテストでは、リスニングの成績がそれまで以上、格段に上がった人がこのクラスには山のようにいる。

ただただ教科書を読み進めるだけの授業よりも分かりやすいしその場ですぐに聞いて評価してくれて、飽きさせない豊富な経験談もおもしろい……だからこの授業は私たちE組にとても人気がある……あるの、だけど……

 

「はい、木村……言ってみなさい。Really?」

 

「り、リアリー?」

 

「はいダメー。LとRがゴチャゴチャよ……この区別はつけられるようになっときなさい。LとRの発音は日本人とは相性が悪いの……外人(わたし)としては通じはするけど違和感あるわ。相性が悪いものは逃げずに克服する……これから先、発音は常にチェックしてるから。LとRを間違えたら──公開ディープキスの刑よ」

 

かなり卑猥というか、エロいというか……使う教材も少し(?)刺激の強い海外ドラマの恋愛シーンが多くて、まともに見れない人がたくさんいる授業だ。しかも、正解しても不正解でも公開ディープキスの刑は問答無用で執行されるから、全員一度は被害にあっている……もちろん、私も。受けの素質があるわ〜って、言われた……イリーナ先生はほぼ痴女だって、みんなが言っている。授業中に顔色を真っ赤にしたり、真っ青にしたり、机に伏せてみないようにしたり、……ガン見したり。ある意味みんなの性格とかがよく分かる授業でもある。

……私の場合、映像での授業はほとんど見れなくて……男女の恋愛が、あんなにドロドロ……違う、濃い……、説明出来なくなってきた……とりあえずスゴいものは全くついていける気がしないけど、文章や会話文ならそこまで感情がついてくるわけじゃないので普通にしっかり参加出来ているつもりだ。

 

「はい、じゃあ隣同士で黒板の英文三回ずつ言い合ってみなさい。別に感情込めろとは言わないから……あ、寺坂、今日アンタは律とやんなさい」

 

「はぁ!?なんでだよ!」

 

「せっかく男女の席順なのに、最後尾は寺坂とカルマ、アミサと律の同性同士になるからに決まってるじゃないって、毎回言ってることでしょ!そんでもって今回はペアになってるカルマとアミサを外すなら、律のとこに移動するのはアンタしかいないでしょうが」

 

『よろしくお願いします、寺坂さん!』

 

「チッ……」

 

E組の席順は男女別で列になっている……これがイリーナ先生の授業に丁度いいらしくて、先生が持ち出した英文を男女で読み合わせることなんてざらにある。英文によっては前後で女子同士、男子同士になることもあるけど……最後尾の私、カルマくん、寺坂くん、律ちゃんの四人はイリーナ先生の気分でペアを変えられることが多い。無理もないよね、私たちの席だけ飛び出てるんだもん……。寺坂くんが渋々椅子を持って律ちゃんの横に移動した頃、私は早々にカルマくんと三回ずつ読み終わり、あとはみんなが終わるまで、のんびりイリーナ先生の授業についておしゃべりをしていた。

 

「……にしても、アミサちゃんって映像以外結構フツーの顔でビッチ先生の授業受けてるよね……卑猥だな〜とか思ったりしないの?」

 

「んー……さすがに映像で『あ、これはダメだ』ってやつは照れるし、見続けるのは無理だけど……やっぱり、文章だけでエロトークって言われてもピンと来ない、かな。……だって褒めてるんだよね?それがなんでエロいものになるのかが、イマイチ……」

 

「あー……そっか一応ビッチ先生の持ってくる教材、ギリギリ中学生が見ても平気なヤツだし……アミサちゃん普通に英文訳せるから、直訳するとあんまりソレっぽくなくて実感出来ないのか」

 

「……これ、実感してないと危ない?」

 

「……場合によると思うけどね」

 

「ちょっと、そこの最後尾で余裕スカしてる二人!余裕ってことは自信あんでしょうね……?アンタ達前で実践してみなさい!」

 

「「え。」」

 

いきなりの指名に私とカルマくんは驚いて前を向いたけど、みんないつの間にか読み合いを終えていて、……数人机に突っ伏してるのは、早速ディープキスの刑を食らった人なんだろう……イリーナ先生の指名にこちらを向いていた。確かにちゃんと前を向かずに二人で話してたのはいけないことだったな……と思い、一度顔を見合わせてから席を立つ。

前に着くとイリーナ先生に「なんなら雰囲気出して、実際に自分が思う通りに演じてみなさい!」という無茶ぶりを振られ、慌てて英文の解釈をする。……カルマくんが何か思いついたように悪魔的な笑みを浮かべているのが怖いけど、先生のStart!の合図で私はカルマくんを見上げるようにして右手でカルマくんの胸あたりに手を置きながら話す。

 

「O…、Oh……sexy guy. it's a miracle.」

 

少しでも雰囲気を出す、演じるというのはこういう事なのかな……と、私の解釈だった照れながら褒めるように、カルマくんへ褒め言葉(黒板の英文)を告げる。発音は自信がある方だから、多分間違えていないはず……あとは、カルマくんが私に応えておしまいだ。……返答を待っていると、カルマくんが近づいてきて、え、

 

「……What? ……Really?

……どう?これでこういう時に使うとエロいって理解出来た……?」

 

ち、近い近い近い近い……!!ただでさえ身長差があるからカルマくんが屈むことになるんだけど、だからって置いた右手を軽く握りながら私の顔に左手を添えて顔を近づけて、しかも囁かれるのは、は……恥ずかし、すぎる……っ!

 

「何よ、二人して発音完璧すぎて直すとこないじゃない!つまんないわね……でも、」

 

「…………きゅぅ…」

 

「あ、やべ……やりすぎた」

 

「雰囲気出せとは言ったけど、さすがに顎クイしながら囁くとか……私の授業の意味は理解出来たみたいだけど、予想外の返しに完全キャパオーバーしちゃってるじゃない」

 

カルマくんはすぐに解放してくれたけど……恥ずかしすぎて立っていられず、顔が真っ赤になってる自覚のある私は両手で顔を覆ったままヘナヘナと座り込んでしまい……ちょうどその頃にチャイムが鳴ったため、挨拶をパスしたひなたちゃんとメグちゃんが私を起こしに来てくれた。

 

「アミサ、生きてる?大丈夫?」

 

「うぅ……私の方の英文ならともかく、あのたった二言しか言ってないのに、なんで……」

 

「免疫ないもんね……いや、アミサの時点で絵になるなーとは思ってたけどさ、アレは見てる私達も予想外だったわ……」

 

あー、とかうー、とか言葉にならないことを言って蹲っていた私に、二人は色々声をかけてくれたんだけど……ちゃんと返事ができていたかは、謎だ。カルマくんの方はカルマくんの方で、男性陣(+イリーナ先生)が集まって何やら話しているみたいだ……今後はこういう実演に指名されないようにしなきゃ、心臓が持たないよ……

 

「(で、アンタはなんで、普段はやらないのにこういう時は本気出してるわけ?)」

 

「(しょーがないじゃん、『ビッチ先生の授業が卑猥なのが理解できない』って言ってた時に指名されたから、丁度いいから利用してやろうと思って、つい)」

 

「(顎クイとか、そーゆーのを女にするのは俺の専売特許だろ!?羨ましい!)」

 

「(別に前原の専売特許ってことは無いだろ。てか、真尾はお前の『つい』のイタズラ心に巻き込まれたわけか)」

 

「(たまに無自覚でとんでもない事やらかす真尾も真尾だけど、本気出したカルマ、お前も怖ぇーよ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな授業があった次の日のこと。

 

「今日の体育は足場が不安定な場所でナイフを振る訓練だ。全員あそこの足場の上に立ち、自分の目の前にある風船に向かってナイフを刺せ」

 

「え……足場って、両足着けるしそんなに難しいことなんてないんじゃないですか?」

 

「地上と高所、しかも制限された足場を同じと考えない方がいい。加えて風船の位置は少し離してあるし、風やナイフの当て方一つで揺れ方は不規則に変わる。やってみれば難しさが分かるはずだ……では、最初の組から──」

 

体育の時間、私たちは9人ずつ校庭の端に立てられた木の足場の上でバランスをとりながらナイフを当てる訓練をしていた。私は2番目の組で、最初の組が挑戦している姿を見ているところ……元体操部のひなたちゃんやバランス、動体視力のいい凛香ちゃんとかは上手いし、ヒットする位置もいい反面、あまり運動が得意でない竹林くんなんかはまず高所でバランスを取り続けることすら難しそうだ。

今までは地面の上でナイフを振るう、銃を打つことに加えて体作りの基礎中の基礎ばかりを繰り返してきたから、普段から慣れているフィールド以外で体を使うのは結構難しいこと。みんなはそれぞれが慣れないことに戸惑いながら挑戦していく……だけど、私はあまり心配していない。だって、道無き道を行くようなバランス、動きは私の得意分野と言えるから。

 

「やめ!気をつけて降りろ……では次の組、登る時には俺が手を貸すからその場で待機……!?」

 

次は私がやる番だとわかっていたから烏間先生の言ったことも聞かず、前半組が足場から降りて場所が空いたのを確認してから、私は助走もなく足場の一本に飛び乗った。ナイフを当てる風船の方を向こうと、丸太の足場一本の上で軽く跳んで回転する、と……烏間先生を含めて次にやる人、もう終わった人みんなから注目されていた。

 

「……?えっと、どうかしましたか……?」

 

「いや、いやいやいや、どうかしたじゃねーよ、どうやって乗ったんだ!?」

 

「え、普通にピョンって……」

 

「助走もなしにか!?すげぇな……真尾がそんなに運動神経いいなんて……」

 

……そうか、忘れていたけどここは日本……私が元々住んでいた場所のように道に出たら戦闘、とかが日常的にあるわけじゃないし、いきなりこんなことをしてしまったら不自然なことだった。何人かは「かっけぇ!」とか「すごいな!」とか言ってくれてるけど、普段大人しくしてる私が、いきなりこんな動きをしてしまっては変にしか見えないんじゃ……!?

でも、やってしまったことは取り消せないし、どうしようかと思っていれば何かを考えている様子だった烏間先生が疑問を投げかけてきた。

 

「ふむ……真尾さんはパルクールのような動きの経験があるのか?」

 

「ぱる……?」

 

「道無き道を壁や障害物を駆使して体一つで進んでいく運動、動きのことだと思えばいい」

 

「……ぱるくーる、というものは分からないですけど……私の元々住んでいた場所、そこではある事情から必要なことだったので、こんな動きが身についたんです」

 

「……そういえば、ここに来てすぐに殺せんせーの襲撃に成功してた……運動神経いいの、あたりまえだよ」

 

「なるほど……得意な分野を伸ばすことは俺も推奨したい。しかし今は君達の能力を把握している最中でもある……もう少しばかりは、俺の目の届く範囲で動いてくれ」

 

「は、はい……!」

 

よかった、なんとか烏間先生をありそうな事情でごまかせた、かな……少し安心していると、烏間先生は私のバランス感覚を試したいと他の8人がナイフを振る中、一本の足場の上で軽くジャンプしたり回転して見せたり足場を一つにしてナイフを扱ったり……結果、バランスの訓練は他のメンバーの中でも特に優れていたらしい何人かと一緒に別メニューに取り組むことになった。

ただ、私の能力を見てもらっている間くらいから、森の奥の方から……その、殺気が……。最初は隠していたようだけど、今では私や烏間先生でなくても気づけるほど目立っていて……

 

「先生、アレ……」

 

「気にするな、続けてくれ」

 

イリーナ先生、殺せんせー、……あと、誰?何がしたいのかわからないけど明らかにこちらを……違う、多分だけど、烏間先生を狙ってる。

あからさまなソレに我慢出来なくなったのか、区切りもいいしと烏間先生は私たちを校庭の中央へ集めた。そこで話されたことによれば、あの一緒にいた誰かはイリーナ先生のお師匠様らしく、いつまで経っても暗殺できないイリーナ先生を回収しよう(降ろそう)としてやってきたらしい。それをイリーナ先生が拒否していた所に殺せんせーが割って入ってかけを持ち出したんだそうだ。内容は、『今日一日の間に烏間先生へナイフを当てること』……!

 

「迷惑な話だが、君等の授業に影響は与えない……普段通り過ごしてくれ。では、これで体育の授業を……」

 

「カラスマ先生〜っ!お疲れ様でしたぁ〜!ノド乾いたでしょ、ハイ冷たい飲み物!」

 

……イリーナ先生、あからさますぎる……!

体育の授業が終わるのを見図らって、最初に殺せんせーに対してしていたような態度で水筒を片手に走ってきたイリーナ先生。今までこんなことしたことなかったし、絶対何か入ってますと、すぐに分かるような……わざとらしくさえ見えるやり方で水筒の飲み物を手渡そうとしているイリーナ先生に……烏間先生は容赦なく、「筋弛緩剤でも入っているようなモノを、受け取れる間合いまで近づけさせない」と言い切り、校舎へと歩いていく。焦ったイリーナ先生は転んだふりをして気を引き、近付こうとするけど……烏間先生はガン無視。スタスタと歩いて行ってしまった。残されたイリーナ先生は、磯貝くん、三村くんの二人が起こしていて……

 

「ビッチ先生……」

 

「流石にそれじゃー、俺等も騙せないよ……」

 

「仕方ないでしょ!!顔見知りに色仕掛けとかどうやったって不自然になるわ!!キャバ嬢だって客が偶然父親だったらぎこちなくなるでしょ!?それと一緒よ!」

 

「「「知らねーよ!」」」

 

「え、そうかな……知り合いのホストのお兄さん、顔見知りのお兄さんに会ってもぎこちなくどころか、むしろ逆に楽しそうにしながら口説いてたよ……?」

 

「そういう人もいるだろうけど、私には無理!!」

 

そうなのか……あの人、いつも通りにこやかに対応してたし、ものすごく接近して誘惑してたらしいのに。普段から飄々としてて掴みどころのないお兄さんだったから、あの人がトクベツなのかな。

焦ったように、それでもイライラとした顔で足早にイリーナ先生がここからいなくなって少しして、ハッとしたように慌てて優月ちゃんが私の肩を掴んできた。

 

「……待って、今アミサちゃん何て言った?」

 

「え……逆に、楽しそうな顔で口説いてたって……」

 

「違う、その前。誰が誰にって?」

 

「知り合いのホストのお兄さんが、顔見知りのお兄さんに」

 

「「「…………(同性……?)」」」

 

「?」

 

知り合いのホストのお兄さん(ワジさん)が顔見知りのお兄さん(ロイドさん)にちょっかいをかけるのって、いつもの事だったから……何もおかしなことはないと思うんだけどな……こうやってみんなと過ごしてると私とみんなの認識にズレがあるってことをよく感じる。

私たちはあとから知ったことだけど、この体育の授業のあと、教員室で仕事をしていた烏間先生にイリーナ先生のお師匠様が仕掛けて返り討ちにあったらしく、この『烏間先生を先に殺す対決』は引き分け、もしくはイリーナ先生がナイフを当てるかのどちらかしか無くなったらしい。私たちとしてはイリーナ先生に頑張ってほしい……だって、まだ知りたいこととか、教えて欲しいことがたくさんあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、渚くん見てみ。あそこ」

 

「あぁ、烏間先生。よくあそこでご飯食べてるよね」

 

「たいていハンバーガーかカップラーメンだけどね……他のもの、食べてるとこ見たことないよ」

 

「確かにね……急に弁当食い出しても不気味だけど。……と、その烏間先生に近づいてく女が一人。殺る気だね、ビッチ先生」

 

昼休み時。お昼ご飯を机に広げ、みんながご飯を食べたり友達とだべったりしている中……ふと、外を眺めていたカルマくんが声を上げ、それを見始めた私たちを見て、他のクラスメイトたちも窓際に集まってくる。烏間先生と話すイリーナ先生……上着を脱いで、綺麗な体を惜しみなくさらす姿から、あれは色仕掛け……。でも、その手が烏間先生に通用するとは到底思えない。

話がついたのか、イリーナ先生が木の後ろから回り込んで……一瞬で烏間先生が体制を崩した。脱ぎ捨てた上着になにか仕掛けていたか、上着をカモフラージュに何かを隠していたかのどちらかだとは思うけど、一瞬でイリーナ先生が烏間先生の上に乗り上げる。

 

「おおぉっ!烏間先生の上をとった!」

 

「やるじゃんビッチ先生!!」

 

「……まだだよ。上をとって、すぐに行動しなきゃ……烏間先生には、」

 

イリーナ先生はナイフを振り下ろしたけど、烏間先生に止められてしまった。体制を崩し、上をとられた動揺があるうちに決め打つならまだしも、イリーナ先生は『烏間先生の上をとれた』ことに安心して少し間をとってしまった。烏間先生くらいの実力者なら、それだけの隙があればある程度の立て直しができてしまう……みんな、力勝負になっては烏間先生に部がある二人の拮抗をハラハラ見守っていると、烏間先生は諦めたようにイリーナ先生の手を離した。……ナイフが、当たった……?

 

「当たった……!」

 

「すげぇ!」

 

「ビッチ先生残留決定じゃん!」

 

E組教室の中では見守っていた私たちの拍手が鳴り響いていた。みんな、イリーナ先生の残留を望み、喜んでいることがよくわかる光景だった。

イリーナ先生は、殺し屋……つまり、戦闘をすることに重きを置いていない、自分の魅力や女を魅せて油断させてタイミングを見計らう殺し方。つまり、完全武闘派な烏間先生と正面からぶつかるのは相性が悪すぎるし、苦手分野なはず。それでも今回、彼女はそれから逃げずに挑戦し、立ち向かい、そして彼女なりの戦術を考えて克服した……私たちのいい見本だ。

授業では、……ううん普段からちょっと卑猥なところがあって、高慢で、それでも真っ直ぐで子どものような一面のあるイリーナ先生。この人は、E組(私たち)になくてはならない英語の先生だ。……私も、少し頑張ってみようかな。

 

 

 




────コンコン
「イリーナ先生、……いますか?」
「あ、アミサちゃんだ〜!」
「アミサじゃない、どうしたの?」
「もしかして……」
「あ、あの、……私も、イリーナ先生の交渉術とか、桃花ちゃんたちの受けてる授業、受けたいです……!」
「……アンタ、授業の映像見るたびに顔真っ赤にして沈んでるじゃない。前のカルマとの実演だって……この放課後に話してるのはあれ以上よ?アンタに耐えれるの?」
「私だって、先生みたいな挑戦と克服、していきたい。……それに、いつまでも私ばっかり……」
「……、私ばっかり?」
「……、……なんでもないです。…えと、あ!慣れてかないと先生の授業がまともに聞けなくなっちゃいます!だから、」
「(誤魔化したわね)……いいわよ、ほら、入んなさい。アンタは素質があるからね……フフ、色々とテクを仕込んであげるわ」


++++++++++++++++++++


LRの時間でした。
前半の発音の部分、英文を探してこようと思ったのですが、作者の英語力では拾ってくることすら叶わずアニメをそのまま頂く形に。そしてうちのカルマは何故かヘタレっぽさが出てるので、地味に頑張ってもらいました。
結果、最後にはオリ主も努力を決意。……ただし、方向は少し間違ってますが。

次回、原作では『映画の時間』ですが、この作品はクロスオーバー……改変することを宣言します。もしかしたら二部構成になるかもしれません。
題して……『舞台の時間』。
行き先はハワイではなく、──魔都クロスベル
オリ主のお姉さん、他数名……登場します!






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舞台の時間

※英雄伝説に出てくる魔物について、
『魔物はセピスを好む』という公式設定から、
『魔物が生まれたのはセピスを多量摂取したせいで動植物が突然変異したため』
というように設定を捏造しています。あらかじめご了承ください。

では、本編へどうぞ!




夜、部屋の窓から夜空を見上げながら電話をする一つの人影があった。

 

「……それでね、今日はこんなことがあってね、……」

 

【……ふふ、そう。楽しく過ごせているみたいでよかったわ。一時期はどうなるかって思ったけど……】

 

「まだ、怖いこともたくさんあるけど……でも……もう、独りじゃないよ。……ちゃんと紹介したいな、『お姉ちゃん』に……私の、大好きな人たちを……」

 

【日曜学校の表面の付き合いだけでもあんなに周りを受け入れなかったのに……そうね、私も会いたいかな。『』がお世話になってますって挨拶もしたいから】

 

「……お世話になってるの、全然否定出来ないや……そーだ『お姉ちゃん』、今は追い込み……?雑誌、見たよ」

 

【……2年ぶりに、『イリアさん』も復活したし、『シュリちゃん』も仕上がった。もちろん、私も最高の演技にもっていく……今回の公演、絶対に成功する。ううん、させてみせる】

 

「…………」

 

【一番に見てもらうのは無理でも、いつか、絶対見てほしいな。あ、『イリアさん』が呼んでる……じゃあ、】

 

「……うん、バイバイ。

 

 

………はぁ……会いたいし、観たいなぁ……」

 

電話を切って月を見上げる──もう、三日月しか見ることは叶わない……それでも、月は少女にとって大事な存在を暗示するものだから……ながめながら思い出しその存在と重ね、ほう、とため息を一つついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の放課後。E組の生徒たちが帰宅していく中、HRが終わってからカルマくんと渚くんは一つの読み物を一緒に読んでいるようで、少し盛り上がっている。二人のおしゃべりにいきなり入るわけにもいかないし、これはすぐに帰らないだろうなと判断した私は自分の席でスマホの電源を付ける。お気に入りに登録しておいた、電子化した新聞……私の地元のような場所で主流となっている情報誌クロスベルタイムズには、私お目当ての記事と写真が一面を飾っていて……他のものには目もくれず、ただそれだけをぼーっと眺めていた。

 

『アミサさん、何を見ているんですか?』

 

「!!り、律ちゃん?……あれ、律ちゃんそっちにいるのに、なんでスマホにも……?」

 

突然画面の端の方からひょこりと律ちゃんが現れて話しかけてきた。慌てて律ちゃん本体の方を見てみるけど、そっちにも彼女はいるし……むしろ、私の方を向いて笑顔で手を振っている。律ちゃんが二人になっちゃった……!?そう思って一人スマホと律ちゃん本体を見比べて慌てていれば、律ちゃんは『ドッキリ大成功です!』のプラカードを手にネタばらしをしてくれた。

なんでも、このE組のみんなとの情報共有を円滑にするため、全員の携帯電話、スマートフォンの中に律ちゃんの端末のデータをダウンロードして、いつでもアクセスできるようにしたらしい。これでみなさんの所へスグに行けますし、データの整理などのお手伝いもできます!と得意げだけど、気を付けないと(これは気を付けてもだけど)律ちゃんにはプライベートがバレバレになっちゃうわけで……なんでもありになってきた通称〝モバイル律ちゃん〟を無言で撫でておいた。律ちゃんなりに、みんなの役に立とうとした結果だもんね、責めれない……

 

『話を戻しますけど、アミサさんが見ているのって……』

 

「あ、日本の新聞じゃないよ。私の第二の故郷……みたいな場所の新聞……今日、大きなイベントがあるから」

 

『……?出身は、カルバード共和国ってことでしたが……第二の故郷とは?』

 

「……転々といろんな所を回っている中でね、一番お世話になって、一番あたたかくて、一番大好きな人たちがいる場所だから。もし、何かあったら……私の帰る場所って、言えるところなの」

 

律ちゃんに当たり障りのない部分だけど、大切な居場所を説明していると、教室の前の方で静かに動く影が……

 

────パンッ

 

いきなり鳴った一つの銃声に聞こえた方へ目を向けると、そこには教卓の椅子に座って何かを広げている殺せんせー……鼻歌を歌いながら機嫌がよさそうな先生に対して、磯貝くんが避けられるとはわかっていても一応エアガンを向けて、一発だけ弾を撃った(暗殺を仕掛けた)音だったみたい。案の定涼しい顔で避けた先生にやっぱりか……くらいの軽い感じに質問だけは重ねていた。

 

「殺せんせー、ご機嫌ですね……っと。放課後(このあと)何かあるの?」

 

「ええ、クロスベルまで舞台を見に行くんですよ」

 

「え、クロスベルって……2年くらい前に大きな事件が起きたっていう……あの、魔都って呼ばれてるクロスベル?」

 

「はい。その事件で故障していたアーティストが復帰する公演らしくて……これは是非見に行かなくては、と」

 

「うそぉ、ズルーい先生」

 

「ヌルフフフ……マッハ20はこういう時のためにこそ使うものです」

 

磯貝くんだけでなく、莉桜ちゃんやメグちゃん、前原くんも集まって殺せんせーに感想を伝えるようにねだっている。その、観ようとしているものは、って……あれ?殺せんせーが持っているもの……誰かも同じのを持っていたような……?

ふと、カルマくんと渚くんがさっきまでの盛り上がりが嘘のように静かになって殺せんせーの方を見ているのが視界の隅に入る。その渚くんの手に持っているものこそ、殺せんせーが読んでいるものと同じ……クロスベルタイムズだ。開いてる場所って、もしかして……!

 

「……ねぇ、渚君……」

 

「……うん、連れて行ってもらおうよ。DVDになって日本に届くのはもっと先になっちゃうもんね」

 

「そうと決まれば……ごめん、アミサちゃん、待たせといて悪いけど俺ら用事できたから今日別!」

 

目的地へ行くために教室を出ていった殺せんせーを見て、カルマくんと渚くんの二人がキラキラした目で見つめ……追いかけて外へ走っていった。それよりも、私は耳を疑った……だって、殺せんせーが、渚くんとカルマくんが今から行こうとしている場所は──それに、これは……もしかしたら、行けるかもしれないってこと……?

 

「行かなきゃ、私も行きたい……!」

 

『アミサさん、私も行きたいですっ!私もこのままお願いします!』

 

「うん!行こ、律ちゃん!」

 

こんな機会、もう二度とないかもしれない。それを逃さないためにも私は律ちゃんを連れて、先に出ていった殺せんせーと追いかけたカルマくん、渚くんのあとを追うように校舎の外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って……!」

『私達も行きたいです!』

 

追いついたのは、ちょうど二人が殺せんせーを説得している時だった。話を聞くと、渚くんは第一回公演のDVDから集めているくらいのファンで、カルマくんは日本の舞台ではみられない迫力のワイヤーアクションを生で観たいというのが理由らしい。……確かに、あそこの売りは他の追随を許さない正確無比で魅力的な『ジャンプ演技』の数々だ……それこそ主役級となればどんな観客でも魅せられるという。カルマくんも渚くんも、そこに惹かれたのだろうか……?

 

「おや、アミサさんまで……ここまで慌てて追いかけてくるとは、かなりのファンですねぇ」

 

「……ファンだし、どうしても会いたい人がいるから……その、もし、私も連れていってくれるなら……絶対いい思い出ができるっていう保証をします!だから……!」

 

『私は一度殺せんせーのマッハのお出かけ、体験してみたかったんです!カメラの映像が暗殺の参考になるかもしれません』

 

「アミサさん、取って食いやしませんから交換条件なんて必要ありませんよ……まぁいいです。映画がてら……君達4人に先生のスピードを体験させてあげましょう!」

 

そう言うと殺せんせーは自身の着ているアカデミックローブをバサりと広げ、視界が一瞬黒くなった……かと思えば、私たちは右からカルマくん、私、渚くんの順に殺せんせーの服の中に入れられていた。先生が大きいから、首だけを出している感じだ……私は二人より小さいから余計にギリギリになっている気がする。

 

「……軽い気持ちで頼んだけど、もしかして僕等、とんでもないことしてるんじゃ……」

 

「さぁね〜……そういや身の安全までは考えてなかった。……アミサちゃん、もうちょっと俺の方に寄りなよ埋まってる。腕、掴んでていいから」

 

「う、うん……ありがとです……」

 

モソモソと服の中を移動して殺せんせーの巨大ネクタイを挟んでカルマくん寄りに落ち着く……お言葉に甘えて軽く腕を掴ませてもらった。殺せんせーの触手の一部が殺せんせーの服の中で私たちに巻きついて抱えてくれてるとはいえ、真ん中って服の形の都合上頭一つ分以上、下に下がることになるから……いつもの身長差が変わらなかった代わりに落ちそうで怖かったのだ。……一人で飛ぶことにならなくて安心していたが、空いた左手も心許ない……こちらもカルマくんの腕に回してしまおうか。そう思っていたけど、そっと静かに左手を掴まれ、そのあたたかさに顔を上げてみれば渚くんが笑顔を見せてくれた……気づかれてたみたいだ。両手が塞がった私を見て、さりげなく律ちゃんが『私、渚さんの携帯に移動しますので、渚さん外を見せてください!』と言って移ってくれたので、今は渚くんが律ちゃん担当だ。

 

「ヌルフフフフ、ご心配なく……君達に負担がかからないようゆっくり加速しますか…らっ!!」

 

「「うわぁぁああぁあ!!」」

「ひゃぁぁあぁっ!!」

「っ!?ちょ、当たってるって……!!……忘れてた……腕掴ませるってこういうことじゃん……!!

 

殺せんせー、まだ話してる途中……!という、心構えができる前に飛び立たれ、私たちは悲鳴をあげていた……私は恐怖というか驚きというか……いきなり過ぎる浮遊感に慌ててすがろうと渚くんの右手を握りしめた上、カルマくんの左腕を思い切り抱え込んで周りを見ないように固く目をつぶっていた。その瞬間にカルマくんが固まったのは、強く抱きしめすぎて痛かったからだろうか……でも、もう少し、落ち着くまではこのままでいさせてください、まだ怖い……!

……揺れが少なくなり動きが安定してきたところで、そっと、閉じていた目を開いたら目の前に広がっていたのは……大きくて青い海。

 

「は、速っや!!」

 

「っ、あっははは!!すっげぇ、もう太平洋見えてきた!」

 

「わぁ……!」

 

数分……いや、数十秒もかかっただろうか……私たちの真下には既に大地がなく、ただただ広大な海が広がっていた。それだけのスピードを出しているのに私たちの所へは強い風圧も音もほとんど来ない……それは殺せんせー曰く、先生の頭の皮膚が起こすダイラタンシー現象というものらしくて、身近にある一例として水と片栗粉を使った実験だとビーカーやら片栗粉の袋やらを先生が取り出し、飛行中に授業が始まってしまった。律ちゃんはカルマくんに、殺せんせーとせっかく密着しているのに暗殺をしないのか、と薦めていたけど……律ちゃんはバックアップが本体にあるから平気かもだけど、もしここで暗殺とかしたら殺せんせーと一緒に私たちまで海に落ちて死んじゃうよ……!きっとその事すら折り込み済みで、殺せんせーは私たちを連れてきてくれたんだと思う。

最新の防弾チョッキにも使われている技術と同じ現象が殺せんせーの皮膚には起きている、と分かったところで授業が一段落したのか「まだ少しかかりますよ、大陸がだいぶ離れていますからねぇ…」と殺せんせーが話しかけてきた。

 

「そっか、日本のあるユーラシア大陸からだいぶ離れてるもんね……こっち。明るい時間には着ける気もするけど……」

 

「そういえば、アミサさんはこちらのゼムリア大陸出身でしたか」

 

「うん。……そうだ、話せる時に私のことを話すって約束だったよね……今、言えることだけ話しとこうかな……」

 

「……いいの?」

 

「うん、私が知ってほしいから。それに……4人なら教えてもだいじょぶな気がするから」

 

いつも話したがらない私の身の上話……それをこの場で話すことを良しとするのか確認してくれるカルマくん……。違う世界に生きる者って思われたくないからあんまり言いたくないけど……でも、私は私の大事な居場所について特にこの人たちには知って欲しいから……それに、知ってなきゃ危ないこともあるし。

 

「私が元々住んでいたゼムリア大陸ではね、日本みたいなガスや電気っていうものは使われてなくて、基本は導力(どうりょく)っていうものがエネルギーなの。一応内燃機関もあるにはあるけど……導力と比べちゃうとだいぶ効率が悪くてほとんど使われてないかな」

 

「え、じゃあ……そっちの方が技術がだいぶ進歩してるってこと?」

 

「……技術は、ね。環境問題にもならないし、消費しても時間が経てば自然に充填されるからエコではあるんだけど……問題なのはエネルギー資源となってる七曜石(セプチウム)。……それを体に取り込んだり養分にしすぎてしまったりした動植物が魔物化してしまってる事」

 

「ま、魔物って……そんなのがいるの……!?」

 

「そんなゲームみたいな……、ゲーム……まさか」

 

「……カルマくんには話したことあるよね、私がゲームみたいな力《魔眼》……これだけじゃないけど使えるってこと。魔物がいる……これが使えなくちゃいけなかった一つの理由かな。もちろん戦えない人だって大勢いるけど、私は戦える人の部類に入ってたから……進んで身につけたの」

 

日本との大きな違い……それは使われ発展している技術、そしてその恩恵と引き換えに人間を脅かす存在が生まれ、それらと共存していること。もちろん戦う力を持たずに街の中で普通に暮らしている人はたくさんいるし、お店を経営している人もいれば、警察や利用したことはないけど娯楽施設というものもあって……どこの国とも変わらない生活を送っている人がいる中で、戦う人もいるということだ。

私の立場としては戦わないといけないから身につけた力、というよりも……もっと、違う理由からなんだけど、そこまで言う必要は無いだろうからここでは置いておくことにする。

 

「……戦わなくちゃいけない環境でって、そんな、まるで戦場にずっといるようなものなんじゃ……」

 

「街の中には魔物避けとか対策がされてるから安全だよ……危ないのは街の外の舗装されてないところを歩く時くらい。魔物だって生き物には違いないの、それらを狩って七曜石を取り出してお金にする人もいれば、食料にする人もいる……ほら、たまに愛美ちゃんにあげてるアレ」

 

「あれってホントに魔物の一部だったの!?」

 

「ねぇ、元の魔物が物凄く見てみたいんだけど」

 

「カルマ君!?」

 

見せることは可能だけど、今は対先生武器しか手持ちの武器がほとんど無いから危ないところに連れていくわけには行かない……殺せんせーが一緒だから平気な気もするけど。というか、殺せんせーだって見た目だけは魔物のそれだ……多分、向こうでは修学旅行の時みたいに変装してくれるとは思うけど……。

……それに、一応今の私は一般人……向こうへ行けば一応の自衛手段を持っているけど本腰を入れて戦える訳では無い、守られる側の人間だ。私のことを全部話せるようになるまでは、それ以上のことは……みんなは知らなくていいことだから、言わないでおく。他にもどんな職業の人がいるのかとか、戦うとしたらみんなどんな武器を使うのかとか、みんな興味津々で……私は答えられるものに答えつつ、あと少しだろう空の旅を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、おしゃべりはこの位にしましょうか……着きましたよ。ここの下が目的地……アルカンシェルです」

 

「……着いちゃった……軽く授業とこっちの情報聞いてる間に……」

 

「……日本を出たのが15時30分くらい、今は……わ、まだ16時になってすらない……」

 

「開演は17時30分でしたね……席だけ購入して待ちましょうか」

 

「あ、じゃあそれ待つ間に……ほら、かなり前にアミサちゃんが言ってたジェラートのお店、連れてってよ」

 

「ジェラート……あ、ソフィーユさんの?殺せんせー、多分チケット買わなくてもいいから、先にオススメに案内してあげる。……前、先生のイタリアのジェラート、ダメにしちゃった代わりだから」

 

殺せんせーに人目につかないよう屋根から降ろしてもらい……目的地であるアルカンシェルを見上げる。……本当に、来れた……絶対に無理だと思っていたのに、願いが叶ってしまった。そして、人間というのは総じて欲張りなもの……もちろん私もそうで、一つの叶わないと思っていた願いがかなってしまえば、もう一つ叶えてみたくもなるもので。人間の姿に変装した殺せんせーがチケットを買いに行こうとするのを引き止めて、私はある場所に案内することに決め、先にカルマくんご希望のジェラート屋さんに連れて行く。

チケットを買わなくてもいいという言葉に不思議そうにしながらもみんなは付いてきてくれて……そして、オススメのジェラート屋さんへ。約二年ぶりに会う割には、ソフィーユさんは私のことを覚えていてくれたみたいで、パッと顔を輝かせておかえりなさいって言ってくれた。……こういう人たちがいるから、私はここを第二の故郷だと思っているし、離れがたく思えちゃうんだ。オススメの『氷菓─七彩─』を少しサービスしてもらって殺せんせーたちに手渡す……律ちゃんには申し訳ないけど、ジェラートのレシピを渡す事にした。

 

「これ、ヤバい……かなり美味いと思うんだけど」

 

「友だちにジェラート革命って言わせたものだから……一度食べて欲しかったんだ」

 

「これもあの魔物食材使ってるんだよね……これだけ美味しいなら、確かにみんな見た目は気にしないかもね」

 

やっぱりここでも魔物食材は気になるようで……私としては、日本でも鳥さんとか牛さんとかを解体してそのお肉を食べているのにこっちではそれがありえない、みたいな反応をもらって驚いたのだけど、それは見た目のグロテスクさからそう思わざるを得ないってことだったみたい。見た目のことを言われたら、確かに嫌かもしれないけど。

 

「それよりも……アミサさん。チケットを買いに行かなくてもいいとはどういうことですか?ただでさえ今日はアーティスト……イリア・プラティエの復帰公演、加えてリーシャ・マオ、シュリ・アトレイドの二大新人を起用したリニューアル公演でもあるということで、並々ならぬ人気だと思いますが……」

 

「だいじょぶだと思う……食べ終わったら、ついてきてください」

 

「「「???」」」

 

ジェラートを堪能しても、アルカンシェルの開演時間まではまだまだある。だからこそ、サプライズを仕掛けようと考えたのだ……殺せんせーたちと、私の会いたい人、両方に。

そして案内した先は、アルカンシェルへ正面から入って入口付近にある、関係者以外立ち入り禁止の場所……慌てる渚くんと殺せんせー、顔には出してないけど止めようと手を伸ばしていたカルマくんを尻目に私は「少し待っててね」とだけ言って支配人と話し始めた……ある人に会うために。

 

「こんにちは、あの────」

 

 

 

 

 

カルマside

 

「もしや、あの時の……!大きくなられましたな。きっとまた今回も…彼女が勧誘すると思いますぞ」

 

「ふふ、私なんかじゃ迷惑になっちゃいますから……私が、ちゃんと答えを見つけられてから考えます。えっと、それで……」

 

殺せんせーに頼み込んで俺と渚君、アミサちゃんに、……一応律の4人は、クロスベルにある劇場『アルカンシェル』にやって来ていた。この劇場はクロスベルにしかない割には周辺諸国にはかなり有名で、遠く離れた日本でも生の演技は見られなくてもいいからとDVDなどの映像が出回るほどの人気ぶりだ。……かくいう俺もその演技に魅せられた一人で、一度は生で観てみたいと思っていたから、今回はかなり幸せなことだ。

アルカンシェルはどの公演も満席になるのは当たり前で、当日券なら殺せんせーが慌てていたように早めに買わなければ入れないと思う。なのに、ここが地元のような所だというアミサちゃんはチケットを買わなくていいなんて言い出して……地元だからこそ、ここの人気はわかってるはずなのに、何を言ってるんだろうと思っていた……支配人らしき人物と親しげに話し出す姿を見るまでは。話がついたのか支配人らしき人が奥の出演者の控え室だろう場所へ歩いていくのが見えて……そこで、ふと思い出す。停学中に聞いた彼女のお姉さんの話を……そしてその考えにたどりついてからは早かった。彼女が、アミサちゃんが隠していたことが一つに繋がり始める。

 

「あー……俺、分かったかもしれない……」

 

「え、何が?」

 

「停学中にさ、アミサちゃんのお姉さんのことを聞いたんだよ。そしたら『新聞に乗るくらいの事件の功労者』で『それ以外でも有名人』って教えてくれて。俺でも知ってるかって聞いたら、もう一つヒント貰ったんだ」

 

「ほうほう、そういえば君とアミサさんは停学期間中一緒に暮らしていたとか……その時に?」

 

「そ。それでそのヒントっていうのが『カルバード共和国出身だから、真尾有美紗は本名じゃない。でも、全く違うわけじゃない』ってので……今まで考えてもなかったけど、外国ってさ、苗字と名前が逆じゃん?それを考えてアミサちゃんの名前の順番を単純に変えたら『アミサ・マオ』」

 

「……そーだね?」

 

「確かに『真尾』という苗字は珍しいと思っていましたが……それで、カルマ君は何に気が付いたのですか?」

 

「…………今から俺らが観ようとしてる舞台のアーティストってさ、誰だっけ」

 

「え、誰って……イリア・プラティエと……、……え、も、もしかして…」

 

渚君も殺せんせーも答えにたどり着いたみたい……その時、タイミングよく控え室だろう場所の扉が開き、一人の女性が飛び出してきた。その人物はアルカンシェルの外に掛かっていた公演の垂れ幕にも大きく載っていた、二大新人の一人……

 

「アミーシャ!?」

「リーシャお姉ちゃん!」

 

「……リーシャ・マオ。……ははっ、こりゃほんとに有名人だ」

 

 

 




「まさか、本当に来てくれるなんて……昨日電話した時に、そんなこと言ってなかったのに」
「えへへ、今日先生が見に行くっていうから連れてきてもらっちゃった。ビックリしたでしょ?」
「それはもう。……その、先生っていうのが後ろにいる……?」
「うん!大きい人が先生で、赤い髪の人と水色の髪の人が私の初めての友だちで、大好きな人たち!」



「う、うわぁ……本物のリーシャ・マオだ……初回公演の時も思ったけど、ホントに綺麗な人……」
「それに、思ったよりアミサちゃんにそっくり……や、逆かな、アミサちゃんがお姉さんにそっくりなのか」
「それにしても……あれ、ステージ衣装ですかね?映像の時はあまり気にしていませんでしたが……際どい」
「「殺せんせー……?」」



「リーシャ、慌てて出ていったけど……あら、妹ちゃん!大きくなったじゃない、……色々と成長しちゃってまぁ」
「イリアお姉さんっ!おひさしぶりです!」
「うんうん、元気でよろしい。後で揉んであげるから触らせなさいよ〜」
「イリアさんっ!」



「……イリア・プラティエって、その……」
「結構、舞台のイメージと中身が違うんだけど……」


++++++++++++++++++++


始まりました、クロスベル訪問編!
原作のセリフは少しもらいつつもここから帰るまでは完全オリジナルとなります。数話に分けてクロスオーバーとなり、何人かの軌跡メンバーも登場します。
ここで、少しプロフィールが解禁。オリ主の姉は英雄伝説碧の軌跡、零の軌跡に出てきたリーシャ・マオでした。ほとんど隠せていなかったのでバレバレだったとは思いますが……今後の展開がバレていなければいいかな、と。本名も公開します。


最初の電話のシーンは前後の文章でなんとなくわかるかと思いますが、何を話しているか知りたい方は反転させてみて下さい……話が繋がると思います。

では、次は公演の回です!





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舞台の時間・2時間目

「えっと、改めて……私は真尾有美紗……本名はアミーシャ・マオといいます。えっと、……呼びやすい方で呼んでくれればいい、かな」

 

「じゃあ、俺らも自己紹介した方がいいよね?……あー、と……赤羽業、……です」

 

「し、潮田渚です、よろしくお願いします!」

 

『私は自律思考固定砲台、みなさんには〝律〟、と呼ばれています!よろしくお願いしますっ』

 

「私は彼らの中学で担任をしています。殺せんせーとお呼びください」

 

「確かファーストネームとファミリーネームが逆なんでしたっけ?カルマさん、ナギサさん、リツさんにコロせんせーさんですね。私はリーシャ・マオです……妹がいつもお世話になってます」

 

「私はイリア・プラティエ……知ってるかもしれないけど、ここのアーティストよ。……赤髪と青髪の坊やたちはアミーシャと同級生なのよね……ということは14、15ってとこかしら?こっちのシュリとほぼ同い年じゃない?歳は……」

 

「イリアさん、自己紹介くらい俺一人で出来る!

……シュリ・アトレイド……アミーシャよりも一つ年上だ」

 

「「(てことは俺ら/僕らよりも年上じゃん……!?)」」

 

私が今まで隠していたことの一つ……大陸を越えて世界中で有名である劇団《アルカンシェル》、そこの二大大型新人として有名になった片方であるリーシャ・マオの妹であることをサプライズで明かした後、私たちは舞台裏の控え室へ入れてもらっていた。リーシャお姉ちゃんとイリアお姉さん、あと部屋で待っていたシュリさんが並んで座り、私たちはその向かいのソファに座る形で対面した。殺せんせーだけは体が大きいのと足の触手を隠すためにも、本人は少し渋っていたけど一人足の短めの椅子に座っている……こうすればアカデミックローブの裾で足を隠せるのだ。

そこで、私はしっかりした自己紹介をしていないということで本当の名前を殺せんせー、カルマくん、渚くん、律ちゃんに告げる。それに続いてカルマくんたちもお姉ちゃんたちに対して名前を告げていき、お姉ちゃんたちも一人ずつ自己紹介していく……有名な人から私たちのために自己紹介してもらうなんて経験、そんなにある事じゃないからかみんな緊張しているみたいだったけど、少し経てばもう空気は軽くなっていた。というか、みんなの自己紹介がそれぞれらしさがあっておもしろい……ちなみに私の本名については、

 

「なるほどね〜、それで『真尾有美紗は本当の名前じゃない』ってワケ。俺もやっと納得したよ」

 

「カルマ君、よく気付いたよね……僕、段階踏んで教えてもらってもわからなかったのに……」

 

「先生もです……先生なんて、思いっきりリーシャさんの名前を口にしてたのに!生徒のことをまだまだ見れてない証拠ですね……」

 

『私はアミサさんのデータが一部見つからなかった時点で海外のサーバーにアクセスし、探してはいましたが……まさか、名前を少し変えただけでここまで分からなくなるとは思いませんでした』

 

「あ、あはは……」

 

……という、三者三様の感想それぞれから貰い、私は苦笑いするしかなかった。だって、日本の名前は漢字だから本名の順番を入れ替え、ありそうな語感にまとめ、漢字を当てただけという至極単純なことだったから、そんなに気付けなかったことにカルマくん以外から落胆されるとは思ってもいなかったもん。むしろ私としては隠していたのだからバレていなくて万々歳、だったのだけど。

そうして一段落付いた頃、だいぶお互いに会話する余裕が生まれてきた私たちを見ていたお姉ちゃんが、ふと私と目が合ったかと思うとニコリと笑い、カルマくんと渚くんの方を向いて確信したように尋ねた。

 

「もしかして、ですけど……カルマさんとナギサさんが、アミーシャの〝ヒーロー〟ですか?」

 

「……?」

 

「……えっと?」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「ふふ、アミーシャから連絡が来るたびに、必ずお二人の話題が出ますから。特に多いのはカルマさんの名前ですけど……二人とも、会う前から名前だけはよく知ってました。

──アミーシャが一度完全に連絡を絶ってしまった時……支え続けてくれたんですよね。姉としてお礼させてください……妹を、アミーシャを見捨てずにいてくれて、本当にありがとうございます」

 

「……お姉ちゃん……」

 

そう言ってカルマくんと渚くんの二人に頭を下げるお姉ちゃんを見て、私はようやく悟った……どれだけ私がお姉ちゃんに心配をかけていたのか、ということを。

今では前以上に電話も近況報告もしているから忘れていたけど……物心つく頃にはお姉ちゃんとお父さんと一緒にゼムリア大陸の各地を転々として回っていて、お姉ちゃんと同じメニューをこなさなければならなかった、五つ歳の離れた私をお姉ちゃんはいつも気にかけてくれていた。そんな環境で育ったから離れてからも、友だちなんていたことのない私のことを気にしていつも連絡してくれていたのに、あの本当に周りを受け入れられなくなった時、私はお姉ちゃんにすら連絡を入れることが出来なくなっていて……ひさしぶりに連絡が取れた時に、電話に出たお姉ちゃんがかなり慌てていた理由が全く分からなかったから。

ずっと一緒にいたのに、お姉ちゃんが仕事のためにクロスベル入りした時くらいから私は日本へ行って、それからお姉ちゃんに会いに来る時以外は離れて過ごしていたのだ。唯一近況がわかる連絡が途絶えて、どれだけお姉ちゃんを困らせていたんだろう……最近の連絡も私の知っている通り穏やかだったから、気付かなかった……気付こうともしてなかった。

 

「……そんな、僕達は偶然アミサちゃんに出会って、それからは守りたい友達として、一緒にいたんです。一緒にいることに意味なんて無い……ただ、大切な友達だから……だから、当たり前なことをしただけです。……ので、あの、頭上げてください!」

 

「俺は……俺のせいでアミサちゃんを、危険に晒したことがあって……それでも、俺自身が危ない時に正気を保ったままでいられたのも、アミサちゃんがいたからで。……最近は他の理由もできたけど、見捨てる見捨てないとかは関係ない。俺自身が一緒にいたくているんだから、リーシャさんも安心しててよ」

 

それぞれらしい言葉でお姉ちゃんのお礼を受け取るカルマくんと渚くん。二人が私なんかと一緒にいてくれるのはなんでだろう、なんて、しょっちゅう思ってた。だけど面と向かってそれを聞くわけにもいかないし、聞いたら二人と気まずくなったりいなくなっちゃったりするんじゃって考えたら、どうしても聞くのが怖くて……気がつけば今までそのままにしてしまっていた。だけど、友だちと一緒にいることに理由なんて必要なかったんだ。一緒にいたい、それだけでいいんだ。

私が知ろうとしなかった、二つの事実を確認出来てどこかホッとした時、次はイリアお姉さんがにやりと笑う番だった。

 

「ところでぇ……妹ちゃん?あんたの男はどっちなの?」

 

「い、イリアさん!?」

 

「あんた初対面で何聞いてんだ!?」

 

「……イリアお姉さん、〝あんたの男〟って何ですか?」

 

「何ってそりゃあ、彼氏に決まってるじゃない!大事な妹分の彼氏なら私にだって弟同然だわ……リーシャだって妹の恋人が誰なのかくらい気になるでしょ!?」

 

「そ、それは……まぁ……」

 

あれ、好きな人を聞くって言うのは恋バナ……これって、男子禁制での話題だって修学旅行の時に莉桜ちゃんが言ってなかったっけ……?この場に男の人はカルマくんに渚くんに殺せんせーがいて、この場でペラペラ話していいものかが私には分からない。お姉ちゃんとシュリさんはイリアお姉さんがいきなり話題を変えた上突飛な質問したことに驚いてるし、何にしても私に彼氏はいないから答えようがないんだけど……

だからとりあえず、「好きな人はよく分からない」といつものように返しておいたら、イリアお姉さんは「まぁ、アミーシャだしね」と私がそう答えることを予想できていたみたいで、軽く流してあっさりと引いた。イリアお姉さんにしてはグイグイ来ないな……とは感じていたけど後から聞いてくることもなかったから、私はまぁいいかと特に気にもとめないでお姉ちゃんとシュリさんの三人で今回の舞台についての話で盛り上がっていた。

 

 

 

 

 

渚side

 

「……、ドキドキするのと好きっていうのが全部イコールってわけじゃないん……だよね…?…だったら、私は……好きな人、っていうのは、まだ分からない……です」

 

アミサちゃんは最近中村さんを筆頭に何か吹き込まれているのか、カルマくんが自覚した上でアピールするようになったからか、少しカルマくんのことを意識し始めていると思う。あれだけ前から一緒にいたのに、カルマくんからの無自覚の好意に気付いていなかったアミサちゃんがかなり進歩したとは思うけど、まだアミサちゃん自身の感情は追いついていないみたいで、整理しきれずに「分からない」と表すことがよくある。

それでも傍から見るとアミサちゃんが好意の感情を一番向けている先は分かりやすいから、イリアさんにもピンと来たんだろう。それで、きっと彼女は気付いたんだ……多分このまま追求しても答えが得られないアミサちゃんに聞き続けるよりも、僕達に焦点を絞った方が早いってことに。

 

「なんだ自覚なし…つまんないわね。……じゃー、坊やたちはどうなの?アミーシャのこと……好きだったりしないわけ?」

 

アミサちゃんがリーシャさんとシュリさんと一緒に舞台の話で盛り上がり始めたのを見計らって、イリアさんは矛先を僕達に向けてきた。アミサちゃんのことが好きかどうか……当然好きだけど、僕にとってのアミサちゃんって女の子として好きというよりは危なっかしい妹を守りたいっていう感じの、庇護欲に近いんだと思う。だから恋愛対象としての好きではなくて……親愛とか友愛なんだろう。それに僕らにとっては公然の事実があるわけで……イリアさんが聞きたいであろう答えを言いこそしないけど、僕らは一斉に上手いこと話題に入らないよう平静を装っている彼を見る。

 

「「『…………』」」

 

「……、……ちょっと、なんで3人とも俺の方を見るの!?」

 

「いや、だって……ね?」

 

本人は適当にはぐらかすつもりでいたんだろうけど、殺せんせー、僕、律の三人から同時に見られたら逃げようがないって言うのはわかってるんだろう……カルマ君はうっすらと顔を赤くして目をそらした。それだけで十分だったんだろう、イリアさんは「そーかそーか」とに楽しそうにニコニコ……いや、あれはニヤニヤの方があってるかもしれない、そんな顔で立ち上がるとカルマ君の頭をぐしゃ、と撫でた。

 

「私が言うのもなんだけど、この姉妹って変なとこで天然だから大変でしょ?ま、妹ちゃんもあんたには特別懐いてるのは見てて良く分かるし……応援してるわよ、赤髪君!」

 

「……………………、……はい」

 

ごまかしようがないと諦めたのか、撫でられたまま顔を真っ赤にして俯くカルマくんを僕達はちょっと生暖かい目で見るしかなかった……今、カルマ君と目が合って睨まれたけど、そんなに顔が真っ赤だと怖くないって。

ちなみに姉のリーシャさんがどの辺で天然かというとイリアさん曰く……家賃が安いからと少しは改善したらしいけどあまり治安の良くない旧市街にあるアパートを普通に借りて暮らしていたり、自分が不良に絡まれても気が付かず素通りしたり、その不良達に容姿のことで邪な目を向けられていても気が付かなかったり……見た目だけじゃなくて色々と変なところでも姉妹そっくりだった。……これは本気で目を離すのが怖い。同じことをカルマくんも思ったのか、少し赤みの引いた顔で、でもどこか決意した目でアミサちゃんの方を見ていて……その時偶然こちらを見たアミサちゃんとカルマ君の目が合ったのか、アミサちゃんはパチパチと数回瞬きをしたかと思えばカルマくんの額に手を伸ばして、

 

「……カルマくん、顔赤いけどだいじょぶ……?私の手、冷たいから……冷やす?」

 

「だ、だいじょーぶだから……一回離れて、お願い」

 

…………、アミサちゃんはやっぱり天然兵器だと思った僕は悪くないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「さて、時間もちょうどいいし……そろそろ私たちは舞台入りしますか。……妹ちゃんのことだから、席は取らずに来たんでしょ?」

 

「うん、前にイリアお姉さんが『あんたはリーシャの妹なんだから関係者席でしょ』って言ってたから。だから四人分お願いしたいな〜……って」

 

「たっく……もちろんいいけど、次からはちゃんと連絡入れなさいよ?バルサモを案内につけるわ、彼について行ってちょうだい」

 

「ちゃんと見とけよ、アミーシャ!俺のちゃんとした初舞台……今度こそ、邪魔されずに最後まで踊り切るからな!」

 

そう言ってイリアさんはアミサちゃんの頭を撫でると控え室から出ていき、追いかけるようにシュリさんも出ていった。出ていく間際にシュリさんの言っていた言葉、これはアルカンシェルのファンの間で有名なイリアさんが故障したあの事件のことだろう。もうそんな面影が全く見えないくらいしっかりした足取りのイリアさんに、最後まで踊り切るという決意を持ったシュリさん……アルカンシェルの劇団員の人達はまだ、完全にその時の傷は癒えていないだろうに、とても強い人達だと思う。そして……アミサちゃんの言っていたチケットを取らなくても大丈夫っていう意味がようやく分かった……まさか関係者席に座るからだなんて考えてもみなかったって。

まだ準備したいことがあるからとリーシャさんが控え室に残っている中、さっき入口でアミサちゃんに対応していた支配人の人が関係者席に案内すると呼びに来てくれた。そこで他の三人は席を立ったけど、俺はまだリーシャさんに伝えないといけないことがあるから先に行くよう伝える。不思議そうに出ていく三人を見送ってリーシャさんに向き直れば、彼女は笑顔で促してくれた。

 

「カルマさんでしたよね、どうかしました?」

 

「……単刀直入に聞くよ。リーシャさんって、アミサちゃんが《魔眼》を使った話は聞いてる?」

 

「……えっと、どういうことですか?《魔眼》って、ヨシュアさんの……でも、アミーシャにその素質はないはずで……」

 

「あー、くそ、やっぱり黙ってたか……今までに二度、使ってるんだ。一度目はリーシャさんがさっき言ってた連絡がつかなくなった時期、俺らを捨てた元担任に対して無意識に。二度目は修学旅行の時、その……俺のせいでアミサちゃんが拉致られて……一緒に捕まった女子を助けようとして。

後から問い詰めたら使用直後に目が熱い、痛いという症状が出ていたみたいで……」

 

「そんなことが……あの子、一言も……」

 

「……ゼムリア大陸には日本と違って魔物がいて、それを相手に戦う力を持ってるってことは本人から聞いたんだけど……流石に本トは使えないはずの力を無理やり引き出してたって言うのは伝えとかなきゃって。……あと、……アミサちゃんを、危険に巻き込んで……すみませんでした」

 

そういって、俺は立ち上がりリーシャさんに対して頭を下げた。頭を下げるなんてこと、ほとんどしたことないけど……アミサちゃんを巻き込んでしまったことを彼女の家族に会えたら、なんとしてでも伝えたかったから……その為だったら惜しくもなかった。彼女が髪を切ってまで俺を助けてくれた時に、俺が守るって改めて誓ったのに……守れなかったんだから当たり前のこと。

それに、アミサちゃんのことだ……尊敬して目標で大好きだとまで言っていた姉に、心配をかけるようなことは連絡してないだろうとは思っていた。停学中渚君にメッセージを送れるようになったあと、次に連絡を取ったのが彼女の姉だったのに……その時の彼女は〝電話の向こうの心配〟を全く理解できていないようで、ただただ話せて嬉しい、今日はこんなことがあったというような良い報告ばかりをしてた。普通、相手が身内なら相手の様子を伺いながら相談やダメだったことも口にするだろうに……多分、無意識に話すことを選んでいたんだと思う。その延長でアミサちゃん自身も分かっていないことだった《魔眼》の使用について伝えることもなかったんだと俺は考えてる。

 

「……頭、あげてください……教えてくれて、ありがとうございます。それに多分ですけど……アミーシャは巻き込まれたなんて思ってないと思いますよ?」

 

「……え……」

 

リーシャさんの言葉に驚いて、反射的に顔をあげると……そこには優しくこちらを見て笑っているリーシャさんがいた。俺は大事な一人の妹を危険に巻き込んだんだから、責められても仕方ないと思っていたのに……降ってきた声はとてもあたたかさを含んでいた。

 

「アミーシャは物心つく頃には母から離され、私と父と一緒にいました。幼いのに年上の私と同じ訓練をこなし、どんなに潰れそうになってもついてきて、そんなあの子を見続けた私たちに着いてくる子……逆に表面上で付き合いの終わる相手には全く興味を持たず、溶け込めない、溶け込もうとすらしなかった。そんなあの子が、12になって半年くらい経ってから話す話題にいつも出てくる二人の名前……それがカルマさんとナギサさんです」

 

そこまでは、俺も聞いたことがあった。母親のことは覚えてないくらい父と姉と一緒に過ごしたこと、何をかは教えてくれなかったけど特訓をとにかくこなしていたこと、自分の表面だけを見る人を信じられなくて友達と呼べる人なんて一人もできなかったこと……。

それら全てをひっくるめて全部決められた道だからと、それ以外に分からないからと諦めた顔を俺は見ていた。そんな顔をして欲しくなくて、他の表情が見たくて……色んな顔が見られるようになった時にはいつの間にか惹かれていて……今では俺がただ一緒にいたくてそばに居る。

 

「多分、あの子は一緒にいたいだけ。自覚はしてないんだろうけど、あの子は寂しがり屋だから……巻き込まれたとかそんなことは関係なく、ただ本当に自分をわかってくれる人と一緒にいたいから、自ら危険に飛び込んでいく……私はそんな人がやっとアミーシャにもできたんだって分かって嬉しいの。だから、謝らないでほしい……むしろ、アミーシャのことをみてくれてありがとう」

 

「……リーシャさん」

 

アミサちゃんも、俺と同じようにそばにいたいと思ってくれているのかな……それなら、凄く嬉しいんだけど。

 

「そんな人がそばに居てくれるなら私は安心してクロスベル(離れた場所)に居られる……だから頑張って妹を振り向かせてくださいね?」

 

「っ!?、え、気付いて……?」

 

「ふふ、こう見えても私、気配とかに敏感なんです。イリアさんとのやり取りも全部見てましたから……さぁ、そろそろ観客席へ行きましょう?皆さん待ちくたびれてると思いますから」

 

……リーシャさんには、はじめからバレバレだったらしい。やっぱりこの人は彼女の姉だ……抜けているように見えるのに、どこか勝てそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関係者席に座っていると、もうすぐ開演時間だからか客席はほとんど埋まり、立ち見の客もいるらしい。私たちはアーティストの関係者が来た時のためにあらかじめ空けてある席に案内され、カルマくんのことを待っていた。開演ギリギリになって席についたカルマくんは、「なんていうか、本トにアミサちゃんの姉なんだなって。……敵わないよ」といって、席にもたれていたけどどこかスッキリした様子だった。何を話してきたのかは分からないけどカルマくんは話しそうにないし、重要なことならお姉ちゃんがいうだろうから気にしない。

 

「なかなか遅かったですねぇ……ほら、飲み物を買っておきましたから。はいカルマ君の分、こっちがアミサさんのでこっちが渚君の分です」

 

『私も楽しみですっ!……正面のカメラを舞台に向けて欲しいですっ!』

 

律ちゃんはアルカンシェルの劇団員の制服をダウンロードしたのか、アーティストになりきってクルクルと回っている。それに殺せんせー、いないと思ってたらいつの間に……そうして飲み物を受け取って前を向く頃には会場の照明は全て落ちていて……開演のブザーが鳴り響く。

 

【──皆様、お待たせしました。これより、劇団アルカンシェルの新作リニューアル公演の幕を上げさせて頂きます】

 

────大好きな人たちの演技を、大好きな人たちと一緒に見られるなんて……すごく、幸せだ。

 

 

+++++++++++++++++++

 

 

イリアお姉さんの演じる『太陽の姫』は大きく迫力のある豪快で荘厳さのある姫、リーシャお姉ちゃんの演じる『月の姫』はゆったり静かながらまるで本当に月の光を浴びているかのような綺麗な姫、そしてシュリさんの演じる『星の姫』は元気いっぱいで活発な幼い星たちが瞬くような姫……それぞれがそれぞれの個性溢れる演技でとても心がひかれる舞台だった。殺せんせーなんて、「G……C……Aもなかなか……」って、胸にしか目がいってなかったみたいだけど、途中からはかなり惹き込まれたのか無言で魅入っていたし、他の人たちも何も言えないくらい感動したみたい。

今、私たちは先生たちと一緒に再度先程の控え室に入って帰る前に挨拶をしようと主役三人を待っているところだ。カルマくんが言うには、お姉ちゃんが私に渡したいものがあるらしい……そう伝言を受け取ったと言っていた。そして、扉が開いた先には……

 

「あー、久々に出しきったわ!!」

 

「あ、お疲れ様ですみなさん」

 

「アミーシャ、見てたか!?俺のジャンプどうだった!?」

 

早速飛び込んで感想をねだってきたシュリさんと髪をかきあげながら笑顔のイリアさん、そして少し頬を上気させながらものほほんとしてるお姉ちゃんがいた。私たちはそれぞれで感想にならない感想……もはや凄すぎて言葉にならないところが多すぎた……を伝え、言い足りないところはまた連絡した時までにまとめておく約束をし、この地を去ることになった。

一応ただの人間設定の殺せんせーに抱えられて飛んでいく姿を見られるわけにはいかないから、アルカンシェルのみなさんとは劇場の中でお別れ……のはずだったんだけど、お姉ちゃんだけは海辺まで着いてきていた。多分カルマくんの言っていた渡したいもののことだとは思うけど……渡すだけならこんなところまで来なくてもいいのに。

 

「アミーシャ、これ」

 

「……!……これ、私の戦術導力器(オーブメント)……!」

 

「あなた専用に調整された、今、クロスベルで手に入る最新のエニグマ……これとクォーツ、持っていって」

 

「…………でも、向こうで使うことなんて……お姉ちゃん?」

 

「……アミーシャ、あなたにも来たんでしょ?日本政府からの「仕事」の依頼……私はアルカンシェルがあるから断ったけど、依頼内容については知ってる……今日一緒に来ていた先生こそが国家機密なんだってことも」

 

「……!!」

 

私の疑問とほぼ同時にゆっくりと抱きしめられる……傍から見ればまた離れ離れになる姉妹の別れを惜しむ姿にでも見えるだろう。でも、このタイミング……これはそれだけじゃない。そう思っていれば小声で囁かれた……そうか、お姉ちゃんは本当になんでもお見通しなんだ。周りには聞こえないくらいの小さな声で殺せんせーの正体を知っていることを告げられ、少し驚いたけど同時に納得もした。

 

「迷って、迷って、それで決めなさい。あなたの選んだ選択なら、きっと後悔しないと思うから……何時でも連絡してね。────いってらっしゃい」

 

「……いってきます、お姉ちゃん」

 

そして、私と離れたあと……お姉ちゃんはカルマくん、渚くん、律ちゃん、殺せんせーそれぞれに小声で何かを告げに行って……もう一度、私たちにお辞儀をしてお姉ちゃんは街の中へと帰っていった。その後ろ姿が見えなくなってから、行きと同じように殺せんせーの服の中に詰め込まれて……私たちは日本に向けて飛び立つことになった。

 

「いやはや……素晴らしかったですねぇ……」

 

「本当に。アミサちゃんのおかげで本当にすごくいい思い出もできちゃった……」

 

『アルカンシェルの今回の公演の曲でしたらダウンロードしましたから、いつでも聞けますね!』

 

「律ちゃん、さすが……今度、私も練習してみようかな……」

 

「…………」

 

行きとは違い、授業をしないで感想とかを言い合う空の旅……そんな中、いつの間にかみんなの話題は最後にお姉ちゃんがそれぞれに伝えたメッセージについてになっていた。

 

「……まさか彼女が、だとは……」

 

「……何がですか?」

 

「いえ、これは先生と彼女だけが分かっていればいいことなので。君達ははどんなことを?」

 

「僕は、ファンだってことをアミサちゃんが伝えてくれてたから……雑誌にサイン、書いてもらえて。後は、アミサちゃんと一緒にいてくれてありがとうっていう個人的なお礼とか、かな」

 

『私はアミサさんのエニグマに接続できそうなら解析をしてもいいって許可をもらいました!アミサさんが無理しないよう、いざとなったら私が制限をかけれるように、と。日本にはない技術……解析するのが楽しみです!』

 

色々と盛り上がっている中、カルマくんだけが最後にお姉ちゃんに話し掛けられてからずっと無言だ。気になって呼びかけてみれば、ハッとしたようにこちらを見て、それから私をまじまじと見てからゆっくり口を開いた。

 

「…………ねぇ、アミーシャが本名なんだよね。そう呼んだ方が嬉しかったりする……?」

 

「え、それは……うん。私の本当の名前だから……で、でも、アミサって言うのもほとんど響きが同じだから……」

 

「……ふーん」

 

それだけ言うとカルマくんは前を向いて、また無言に戻ってしまった……けど、何かを決めたような感じがあって迷っていたものが吹っ切れたのかな、という気もする。……今の私との会話で、何が吹っ切れたのかとかはかなり謎でしかないんだけども。

 

 

 

 

 

「(あの時、リーシャさんに言われた……アミサちゃんは他にも隠し事をしているってこと)」

 

「多分あの子はこれからも隠し続けます。それを私の判断で言うわけにはいきません……でも、少し話すとしたら……私達姉妹には本当は歩むべき道があるんです。ずっと昔の祖先から続く暗くて密やかな道……私達は幼い頃からそれだけのために生きてきました。私はある人に諭されて、(アルカンシェル)を私の一つの側面だと受け入れることに決めましたが……アミーシャはまだ、意味を見い出せないまま流されるように歩み続けています。あなたがアミーシャにとっての光になれるか……私はここから見守らせていただきますね」

 

「……やってやろーじゃん」

 

「……?」

 

 

 




「ふぁ……おはよ、アミサ」
「!……呼び捨て……」
「……本当の名前の方が嬉しいんでしょ?でも、当分は俺が他の奴らに知られたくないし……前の方がいいならやめるけど」
「……、……カルマ」
「!……なーに?」
「……なんでも、ないよ。私もそう呼ぼうかなって」


「ちょ、昨日一日で何があったの!?」
「カルマが積極的だし、呼び捨てになってるし!」
「な、渚!お前昨日あいつらとクロスベル行ったんだろ、何か知らないのか!?」
「あー……アミサちゃんの家族と対面、カルマ君の好意が応援されて、あと何か直接言われてやる気になってるみたい」
「なるほどわからん。とりあえず、偶然行った外国で家族に会える確率に驚きだわ」
「(まさかアミサちゃんが初めから家族に会う目的で着いてきたなんて誰も思わないよね……)」


++++++++++++++++++++


舞台の時間、ここで終わりです。
口調がとても難しかった……ほとんどリーシャとカルマの会話を書いて終わった気がします。今後はカルマとオリ主は呼び捨てで呼び合います。
この作品を書くと決めた上で、クロスオーバーさせるならこの話しかないだろうと大部分を改変させて頂きましたが、どうだったでしょうか?
オリ主の天然っぷりと鈍感さは、書いてたらこうなりました、としか言い訳のしようがありません……なんでこんな性格になったのでしょう?;
(ヒント:作者が、この性格なら飄々としたカルマを振り回せそうだと考えたのが始まり)


また、今回のお話でオリ主はオーブメントを手に入れましたので、オーバルアーツ……魔法の使用ができるようになりました。しかし、アーツを使うのに必要なEPを回復する手段がない……よって、かなり制限される形になります。まだいつ使うかとかは決めてませんし、オリ主の能力値向上程度で持ってるだけに終わる可能性もあります。


では、次のお話でまた会いましょう、です!



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転校生の時間・2時間目

アルカンシェルに行った日が晴れたのは気まぐれだったのか、またしとしとザァザァ雨の降る日に逆戻り……梅雨の時期が明けるのは、もう少し先になりそうだ。雨の中私は一人、E組教室を目指して傘をくるくると回して雨粒を飛ばしながら山道を登る……まあまあ激しい雨で前が見えにくいけど、私の前に誰か歩いているようで、黒いカーディガンが見えた時点でやっと誰だかはっきり分かった。私が気づいた位に彼も振り返る。

 

「ん……?……あ、アミサ」

 

珍しい、いつもなら遅刻ギリギリばかりなのに、朝一番のこの時間から学校に向かうカルマくんがいるなんて。

……あの日から、カルマくんは私のことを呼び捨てで呼ぶようになった。

本当はアミーシャの方が本名だし馴染みがあるだろうからそっちで呼びたいけど、まだ『アルカンシェルのリーシャの妹』だってことを隠してるみたいだし、それを知ってる数少ない人物であるのが気分いいから、せめて日本名の方で呼び捨てにしてみた、……っていうのをものすごく早口で説明されて、その勢いに私が思わず頷いちゃったのはしょうがないと思う。

でも、カルマくんからはちゃん付けで呼ばれるよりも呼び捨ての方がしっくりきたし、もっと仲良くなれた気がして嬉しかった。カルマくんが呼び捨てにするなら私も、と呼びかけてみたら、一瞬びっくりした顔をしてその後すごく優しい顔で笑うから……それを見た私の心臓が跳ねた気がしたんだ。すぐにおさまったから何が起きたのか今でも分からないけど。

 

「カルマくん、おはよう」

 

「…………」

 

「…ぅ…、……カ、カルマ、おはよう」

 

「ん、おはよ」

 

私はどうしても呼び慣れなくて、まだくん付になっちゃうことの方が多いんだけど……カルマはそのたびに無言の笑顔で見てくる上に呼び捨てで呼ぶまで返事をしてくれない。前にその事を渚くんに相談してみたら、「アミサちゃんって、呼び捨てで呼んでる人いないでしょ?初めてが自分だから嬉しいんだよ……あと、絶対見せつけるためだと思う……」と言っていて、頑張って呼び捨てに慣れるように励まされた。嬉しいのかどうかは分からないけど……毎回満足そうに私の頭を撫でるから、カルマく、……カルマとしてはこっちの方がいいんだとは思う。

 

「そういえば、烏丸先生からの連絡聞いた?また転校生って」

 

「……うん。これって律ちゃん以来の暗殺者……だよね?」

 

「だろーねぇ……今回は俺らの迷惑になんない暗殺してくれるといいけど」

 

「迷惑だったら?」

 

「サボる」

 

「即答した……」

 

くるくると傘を回しながら、私たちは雨の中E組校舎へ向かう……今日から新しい暗殺者(なかま)が増えるから、どんな人が来るのかちょっと楽しみだ。それに、その人は席順からして女の子ならカルマの右隣、男の子なら私の左隣に座る……確実にご近所さんになるんだ、早く仲良くなれるといいけど。

そうそう律ちゃんといえば、リーシャお姉ちゃんから受け取った私のエニグマ……あれのデータ部分に入り込むことに成功したと嬉しそうに報告してくれた。導力魔法(オーバルアーツ)はまだ使ってないからその解析や、お姉ちゃんに頼まれたって言ってたいざという時の機能の制御までは、構造が複雑すぎるのと日本(こっち)クロスベル(あっち)の技術の違いからまだ出来てないって言ってた。だけど……エニグマって通話機能くらいしかデータ部分はないと思ってたのに、この少しの間でよく入り込めたと思う。

……律ちゃんすごい。

 

「アミサ〜?何ぼーっとしてんのさ、置いてくよ」

 

「っ!…ま、待って……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に着いても朝のHRになっても、転校生さんのことでみんなどこかザワザワとしていた。ほぼ確実に暗殺者確定の仲間が増えるんだから、殺せんせー暗殺の立派な戦力に……なるんだけど、前例に律ちゃん(というか、私たちのことを全く考えてない開発者)がいるからどうしても警戒してしまうんだろう。そんな空気の中でも自分を殺しに来るのであろう相手に対して、殺せんせーは歓迎モードだ。

 

「律さんの時は少し甘く見て痛い目を見ましたからね……先生も今回は油断しませんよ。いずれにせよ、皆さんに暗殺者(なかま)が増えるのは嬉しいことです」

 

「そーいや律、何か聞いてないの?同じ転校生暗殺者として」

 

「はい、少しだけ。初期命令では私と『彼』の同時投入の予定でした……」

 

そう言って彼女が語り出したのは、私たちにとって信じられないようなことばかりだった。

元々は律ちゃんと『彼』が同時投入予定だったのに、『彼』の調整(・・)に予定より時間がかかったこと……そして、律ちゃんの能力が『彼』よりも圧倒的に劣っていたことからサポートするには力不足だと判断され、単独での決行になったんだとか。このクラスの中で触手を破壊したことがあるのは、私とカルマと律ちゃんの3人だけ……そのうち私とカルマについては協力して2人で仕掛けた結果だ。単独で殺せんせーの指を飛ばした実力を持つ律ちゃんがその扱い……どんな怪物がやって来るというのだろう。さすがにその話を聞くと殺せんせーの顔は歓迎だけでは収まらず、汗を浮かべて警戒の色が走っている。

 

────ガラララッ

 

そして教室に響いた扉を開く音……みんな、慌ててそちらに注目する。だけどそこに居たのは、全身真っ白の装束に身を包んで目もほとんど隠した、少し……ううん、かなり怪しい人だった。あれが、転校生さん……?その人は無言で手を差し出して───ポン、と音を立てて鳩を出現させた。

 

「はは、ごめんごめん驚かせたね。転校生は私じゃないよ……私は保護者。まぁ、白いし……シロとでも呼んでくれ」

 

目、しか見えないけど……なんか、胡散臭い笑顔でカラカラと笑う人……シロさんは、これから来る転校生さんの保護者らしい。前触れもなくいきなり来たし、入ってきて早々手品をされてもビックリするしかないと思う。

 

「まあ殺せんせーでもなきゃ、誰だって……」

 

そういった渚くんの言葉通りこんな事では動揺しないだろう殺せんせーの方を見てみれば……あれ、教卓の近くの床に服だけ残して、先生の本体がいない?どこに行ったんだろうと思っていれば、視界の端……天井の近くで何かがヌルッと動いたような……あ。

 

「ビビってんじゃねーよ、殺せんせー!!」

 

「奥の手の液状化まで使ってよ!!」

 

「い、いやぁ、律さんがおっかない話するもので……。は、初めましてシロさん。それで肝心の転校生は?」

 

「初めまして、殺せんせー。ちょっと性格とかが色々と特殊な子でね、私が直で紹介しようと思いまして。はい、おくりもの」

 

愛美ちゃん作の毒薬を飲んでから使えるようになった奥の手……液状化を使って、シロさんが突然挙げた手による暗殺から逃れようとしたみたい。律ちゃんから聞いた話にビビりすぎだよ……これから暗殺に来ると分かってる相手の関係者に、いきなり手の内を見せちゃうあたりが殺せんせーらしいと言えばらしいのだけど。

そんな殺せんせーは、にゅるんと服の中に戻ってきて元の体を作り直すとシロさんに手渡された羊羹をなんの疑いもなく受け取り、さっそく包み紙を剥がして口に運んでいる。暗殺を疑って逃げたのに、物は受け取るんだ……先生の好きな甘いものだからかな。

……転校生なら烏間先生に連れられてやってくるはず、それなのにその烏間先生は廊下に立って教室の中を見ているだけ。シロさんも自分で転校生さんを紹介するって言ってるし、烏間先生も会ってないのかもしれない……色々と、掴みどころのない人だと思う、このシロっていう人。

 

「……?」

 

今、立ち止まって渚くんの席の方を見てた……?あの人目までほとんど隠しちゃってるし、私の席は一番後ろだから余計にうまく読み取れないけど、固まってはいる気がする。

 

「何か?」

 

「……いや、皆いい子そうですなぁ。これならあの子も馴染みやすそうだ。席はあそこでいいのですよね、殺せんせー」

 

私が感じた違和感と同じことを感じたのだろう殺せんせーによって、止まっていた動きを戻してぐるりと教室中を見回して言うシロさん。その声色は抑揚もあるし、しみじみという感じが伝わってくるけど……どこか冷たい。見回す視線が、私や律ちゃんのいるあたりに来たときにまた一度止まったのが気にかかったけど、転校生さんは律ちゃんが『彼』っていうあたり男の子だから、私の左隣が席になる……その彼の座る場所を確認したのと、転校生さんは律ちゃんと同時投入の予定だったって言ってたから、彼女のことを見ていたんだろう。だけど、私はシロさんからどこか嫌な雰囲気と先程も感じた胡散臭さを感じて、目を合わせなくてもいいように咄嗟に下を向いた。

 

「では、紹介します……おーい、イトナ!入っておいで!」

 

シロさんの声で私は顔を上げて、彼が呼びかけた方向……シロさんが入ってきたドアに注目する──遂に、その姿が見える……!

その時、私は背後から雨の音以外の音を聞いた気がして反射的に椅子から腰を浮かした、のとほとんど同時だった。

 

────ドゴンッ!

 

「っ!?」

 

「うわぁっ!?」

 

「なに!?」

 

律ちゃんと私の背後にある教室の壁が破壊され、髪が真っ白な一人の男の子が入ってきて……何事も無かったかのように席についた。私は慌ててカルマくん側に避けることが出来たから平気だったけど……、そのままでいたらあの壊れた壁の砂埃とか壁の木屑をもろに浴びていたんだと思うと少しゾッとする。それでも少しは舞っているホコリに咳き込んでいたら、カルマが立ち上がってそっと背中をさすってくれた。慌ててお礼を言って、……立ちっぱなしなのも嫌だったし、息が整ってから椅子だけ持ってカルマの近くに座っておく(避難しておく)ことにした。……転校生さんはというと、俺は教室の壁よりも強いことが証明された、それだけでいい……って確認するようにブツブツ言っている。

……私たちが言いたいことはただ一つ。

 

「「「いや、ドアから入れよ!!!?」」」

 

だった。殺せんせーが真顔でも笑顔でもなく、なんか中途半端なよく分からない表情をして固まってしまうくらい、衝撃的な登場だった、うん。彼は堀部イトナという名前らしく、シロさんは彼を紹介ついでにしばらく見守っていくみたい。この話が読めない転校生暗殺者さんも、白ずくめの保護者さんも、今まで以上のひと波乱を起こしていきそうだ。

 

「ねえ、イトナ君……ちょっと気になったんだけど。今、外から手ぶらで入ってきたよね?外、土砂降りの雨なのに……なんでイトナ君、一滴たりとも濡れてないの?」

 

カルマくんがそう言うのを聞いて確認してみれば、イトナくんが壊した壁から見える景色が白く見えるくらいの土砂降りの雨が降っているのに、どこも濡れていない様子の姿だった。

壁の外側に傘を置いてきたとか……ダメだ、彼が入ってきたあたりの屋根は設置されてないから、傘をたたんだ瞬間にびしょ濡れになってるはず。

雨に当たらないようなスピードで駆け抜けてきた……それもダメ、泥はねとかで制服がそこまで汚れてないし、何より人間が殺せんせーのような芸当ができるはずがない。

色々考えてみるけど、カルマの疑問は確かに気になる質問でクラスのみんなも気になるのかイトナくんの方に注目している。その視線を受けて、彼はキョロキョロと教室の中を見ていたかと思えば……椅子から立ち上がって、こっちに歩いてきた。

 

「……お前は多分、このクラスで一番強い。けど安心しろ……俺より弱いから、俺はお前を殺さない」

 

そう疑問には全く答えてない答えを言いながら、彼はカルマくんの頭を撫でる……ふと、隣に座っている私の方を見ると目を見開いた……気がした。そしてそのまま椅子に座る私の顔を覗き込むように顔を近づけてきて、至近距離で目が合う。

 

「な、……なに……?」

 

「…………お前、……」

 

そのまま数秒目が合ったまま静止した彼をビクビクしながら見つめ返していれば、イトナくんは無言で私の頭もそっと撫でた後に離れていった……な、何の意図があって彼がそんなことをしたのかが皆目検討もつかない。彼はそのまま殺せんせーの方へと歩いていく。

 

「俺が殺したいと思うのは、俺より強いかもしれない奴だけ……この教室ではまず、殺せんせー……あんただ」

 

「強い弱いとはケンカのことですか、イトナ君。力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

 

「立てるさ。だって俺達……血を分けた兄弟なんだから」

 

「「「!?き、き、き、……兄弟ィィ!?」」」

 

「負けた方が死亡な……兄さん。放課後、この教室で勝負だ」

 

衝撃の事実、転校生さんは殺せんせーの弟だった……!?でも殺せんせーはタコ型超生物、イトナくんの見た目は人間……この時点ではそれが本当なのかどうか分からないし、殺せんせーは生まれも育ちも一人っ子だって主張している。……まず殺せんせー、親っているの……?だけど、少し引っかかることは確かにあった。律ちゃんの言った、『彼の調整に時間がかかった』……調整って、人間相手に使う言葉なのかなって。

イトナくんは放課後に勝負だと宣言して、今度はシロさんと一緒に教室前の扉から廊下へ出ていった。クラスのみんなが殺せんせーを問い詰める中、私とカルマは同じようにイトナくんに撫でられた頭に手を触れていた。私はいきなり撫でられた驚きから……多分、カルマは困惑。身長が高い分、頭を撫でられた経験なんてほとんどないだろうし、ましてやその相手が自分を確実に下に見ている言動をしていて……経験したことのないものが重なって理解できないんじゃないかな。

 

「なんだったんだろう……今の……」

 

「……さーね。ていうか、アミサもなんであんなに簡単に撫でられてんの?無防備すぎるでしょ」

 

「そ、そのままカルマにお返しします!私のは不可抗力だもん……!」

 

「じゃあ、俺だってそうだよ」

 

「…………あ、そっか」

 

「うん」

 

「「「(お前ら呑気だな!?)」」」

 

「アミサちゃん、そこで納得しちゃうんだ……」

 

前言撤回、多分、困惑じゃなくて拗ねてる。カルマの言葉を聞く限り、軽く見られたことからなのか、カルマ自身の頭を撫でられたことに対してなのか、私が撫でられたことに対してなんだとは思うけど……なんでそこに私が入ってるのかまでは理解出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4時間目の授業が終わってお昼ご飯の時間にイトナくんは教室に帰ってきた……大量のお菓子とともに。少し見てみたけど、『お昼ご飯』って言えるものが全くなかった……見事にお菓子、お菓子、ジュース、お菓子、ギリギリ食料の栄養食という甘いものだけ。教卓の方にいる殺せんせーも同じようなラインナップで、余計に兄弟疑惑が加速したことにムズムズと居心地が悪そうだ。焦ったのか落ち着こうとしたのか、殺せんせーはグラビア雑誌というものを読み始めた……ら、隣でも動く気配が、

 

「「「(巨乳好きまでおんなじだ!!)」」」

 

「これは俄然信憑性が増してきたぞ……!そうさ!巨乳好きは皆兄弟だ!!」

 

「3人兄弟!?」

 

「わぁ、3人とも読むスピード全く一緒……」

 

「アミサ、見なくていい」

 

「凛香ちゃん、なんで……!?」

 

「「「「なんでも」」」」

 

凛香ちゃんに止められた上、最後、一緒にご飯食べてたカルマ、 凛香ちゃん、千葉くん、愛美ちゃんみんなに言われたんだけど……!?と、その時視界の端っこに雑誌を読むイトナくんの腕がお菓子の山にあたり、一つ落ちかけたのを見つけて、反射的にキャッチする……む、無言で戻すのもあれだよね……?そう思って席から立つとお菓子の山を回ってイトナくんの正面からそっと差し出す。

 

「あ、……その、イトナくん……お、落ちたよ?」

 

「……あぁ……、……やる」

 

「……へ……?あ、ありがと……?」

 

「…………」

 

貰ってしまった、チョコレート……イトナくんは雑誌を伏せて私の方を見て話してくれてるんだけど、不思議なことに全く目が合わない。何ていうか、服の一点……ネクタイのあたりを見つめているようで……どこか汚れてたり裏返しになってたりするのかな、とその場でカーディガンをつまんだり、後ろを見ようとくるくる回って確認していると後ろから誰かに肩を掴まれて、そのまま無言で席に連れていかれた。誰か、なんて特徴的な赤髪ですぐに分かったんだけど。

 

「……カルマ?」

 

「だ〜か〜ら〜、無防備すぎるんだってばぁ……」

 

「真尾、今のはお前が悪い……イトナの奴、ガン見だったしな」

 

「え、え?」

 

「ほ、ほら!アミサちゃん、ご飯の残り食べちゃいましょう!?」

 

無防備だって言ったあとから机に伏せて話さなくなってしまったカルマに焦っていたら、千葉くんには私が悪いと言われ、愛美ちゃんは慌てたようにお弁当の残りを指して私を呼び、凛香ちゃんは、……静かに箸に卵焼きを掴んで私に向けていた。それはこのまま食べてってことなのかな、と私?と自分を指さして確認すると頷かれたので口を開けると、放り込まれる卵焼き。私の作ったものよりも甘めでふわっとしてて美味しい……え、あの、凛香ちゃん「次は……」って、私のお弁当まだあるよ、なんで凛香ちゃんのお弁当から次のおかず選んでるの……!?

 

「(速水のあれって……無言だけどあーん、だよな)」

 

「(まさかイトナ君が見てたのはアミサちゃんの胸だなんて言えないし、意識をそらそうと思いついたけど、やってみたら餌付けしてるみたいで楽しくなっちゃったのかもね。アミサちゃん、美味しいもの食べてる時の顔ってホントに幸せそうだから)」

 

「(俺、デザートにサクランボあんだけど、あーんしたら食べてくれんのかな!?)」

 

「(前原君……目の前で「女子だからまぁ許す」みたいな目をして見てるカルマ君が怖くないならやってみたら?)」

 

「(……、……やめとくわ、ガチで殺される未来しか見えねぇ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、イトナくんが暗殺宣言をしていた放課後。雨も上がってお日様の光が差し込む教室の中では机を使ってリングが作られ、私たちはリングの外から囲み、殺せんせーとイトナくんはリングの中で向き合っていた。イトナくんはおもむろに襟巻きと制服の上着に手をかけると、それらを脱ぎ捨てて殺せんせーをじっと見つめている。

 

「ただの暗殺は飽きてるでしょ、殺せんせー。ここは一つルールを決めないかい?──リングの外に足がついたらその時点で死刑!……どうかな?」

 

「なんだそりゃ、負けたって誰が守るんだそんなルール……」

 

「いや、そうでもないよ杉野。皆の前で決めたルールを破れば先生として(・・・・・)の信用が落ちる……殺せんせーには意外と効くんだ、あの手の縛り」

 

「そういえば、私もみんなの前で言ったからかな。手で食べるお菓子は手で食べてね、っていうの、律儀に守ってくれてる。たまに対先生BB弾の粉末、表面にまぶしてるのに……」

 

「それ、食えなくね……?」

 

殺せんせーは先生ということに誇りを持っている。その先生としての信用を落とすというのは先生自身が許せないことだし、死ぬことと同義だから……このルールもきっと受けるんだと思う。

 

「……いいでしょう、そのルール受けますよ。ただしイトナ君、観客に危害を加えた場合も失格ですよ」

 

「では、合図で始めようか……」

 

案の定受けた殺せんせーは、追加で私たちの安全も加えてきた。こういうことをしてくれるから、この先生は信用できるんだ。それにイトナくんが頷いたのを確認したシロさんが、合図をとるらしい……え、シロさんってイトナくんの保護者なんだよね……?これって実質2対1なんじゃ……

 

「暗殺……開始!!」

 

 

 

────ザンッ

 

 

 

…………その音が響いた瞬間、私たちの目は一箇所に釘付けになった、なるしかなかった。それはいきなり切り落とされた殺せんせーの触手じゃない、驚いて動揺してる殺せんせーでもない、

 

「イトナくんの髪……触手……!?」

 

ピチピチと音を立てて蠢くそれは、殺せんせーと同じ触手だった……これでいくつかのことに説明がつく。

カルマくんの疑問だった『どうして手ぶらなのに一滴も濡れていないのか』……全て触手で弾けばすむことだからだ。アルカンシェルから帰ってきてE組校舎から家に帰る途中に律ちゃんが言ってた……私たちの負担にならないよう、風圧、チリ……触手を駆使してそれらを避けていたのを確認した、と。イトナくんだって同じことが出来ても不思議じゃない。

殺せんせーとの兄弟疑惑……殺せんせーが自分のことを話さないからちゃんとした関係とかは説明出来ないけど、何故先生が兄でイトナくんが弟なのかは分かる。同じ触手持ちで先生が先に、イトナくんが後から触手を手に入れたから……

それに私が引っかかっていた『調整』という言葉……あの触手は先天的なものじゃない、植え付けられたものでそれを制御する必要があるから、じゃないかな……

 

「…………………こだ……」

 

殺せんせー…?先生の顔が、だんだん黒く……、

 

 

 

 

 

「どこで手に入れた、その触手をッ!!!」

 

 

 

 

 

殺せんせーの顔が、真っ黒に染まって……これは、ものすごく怒ってる……?ビリビリするような空気に、思わず何かに縋りたくなる……一瞬さ迷わせかけた手を慌てて胸元でぎゅっと握りしめる。何を弱気になってるんだ、私。

見ているだけでも伝わって来る殺せんせーのド怒りに、なんてこともないように話すシロさん。両親も違う、育ちも違う……それでも2人は兄弟だっていうことを……やっぱり私の立てた2つ目の仮説は当たってそうだ。

 

「しかし怖い顔をするねぇ……何か、嫌なことでも思い出したかい?」

 

「…………シロさん、どうやらあなたにも話を聞かなくてはならないようだ」

 

「聞けないよ、死ぬからね」

 

腕を上げたシロさんの袖口から紫色の光が溢れて、殺せんせーのちょうど後ろくらいにいた私はちょうど真正面からその光を浴びることになった……まぶしい。目を細めながら腕で目を隠すと、すぐ隣で暗殺を見ていたカルマが無言で私の前に立った……もしかして、壁になってくれた……?すぐに光は落ち着いたようで、カルマのカーディガンの裾を軽く掴みながら横からリングの中を見ると……殺せんせーが、硬直していた。……なんで?こんなの、暗殺するのに絶好のチャンスに、

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラタント挙動を起こし、一瞬全身が硬直する……全部知っているんだよ。君の弱点は、全部ね」

 

「死ね、兄さん」

 

やっぱりイトナくんがこんなチャンスを見逃すはずがなかった。怒涛の攻撃を殺せんせーに仕掛け、数多の触手乱打は先生の体を貫いたかのように見えた。

 

「殺ったか!?」

 

「いや……上だ」

 

「な、なに……あれ……?」

 

「そーか、真尾とカルマは知らないよな。殺せんせーって、月に1回脱皮するんだ……あの皮は、衝撃を吸収できるくらい強い、それも爆弾の威力も殺すくらい……」

 

貫かれたように見えたのは殺せんせーの形をした薄い皮……それは杉野くんの話を聞く限り、殺せんせーの奥の手のようだ。殺せんせー自身は天井の蛍光灯につかまって荒い息を整えようとしている。……これ、かなりイトナくんが優勢な状況じゃないかな。だって、そうでしょう?月に一度しか使えない技なのに、この段階で出さざるを得なかった……それだけイトナくんの攻撃に焦りを感じてるわけだ。

 

「脱皮か……でもね、殺せんせー。その脱皮にも弱点があるのを知っているよ?」

 

本気で殺せんせーの暗殺をしに来てるイトナくんは先生の息が整うのを待つはずがない。息をつく暇もないくらいの触手をぶつけていく……

 

「その脱皮は見た目よりもエネルギーを消耗する……よって、脱皮直後は自慢のスピードも低下するのさ。常人からすればメチャ速いことに変わりはないが、触手同士での戦いでは影響はデカいよ」

 

殺せんせーは防戦一方……反撃をする暇もないくらい、スピードが落ちてるってこと。

 

「加えて、イトナの最初の奇襲で腕を失い再生したね。再生(それ)も結構体力を使うんだ……二重に落とした身体的パフォーマンス、私の計算ではこの時点でほぼ互角だ…」

 

腕一本の再生と脱皮……これだけで互角ってことは、さらに腕を落とされたらどうなるのだろう。

 

「また、触手の扱いは精神状態に左右される。予想外の触手でのダメージによる動揺、気持ちを立て直す暇もない狭いリング」

 

殺せんせーはカルマにジェラートを食べられたことに周りが見えなくなって、床にぶちまけられた対先生BB弾に気づけず踏んだ。理事長先生にいきなり投げられた知恵の輪に慌てて自分で自分の触手に絡まってた。……それくらい、テンパるとうまく動けなくなる。

 

「更には……保護者の献身的なサポート」

 

また、あの光。一瞬の硬直を見逃さないイトナくんは、先生の脚を更に2本切断した。

 

「フッフッフ、これで脚も再生しなくてはならないね。なお一層体力が落ちて殺りやすくなる」

 

「安心した。兄さん、俺はお前より強い」

 

……殺せんせーがこのE組に来たのは4月、今までに先生をここまで追い詰めた人はいなかった。殺せんせーは地球の爆破を企んでる……だから殺さ(暗殺し)なくちゃいけない存在。イトナくんが殺してくれるのはいいことのはずなのに……なんでこんなに悔しいんだろう。なんでこんなに嫌な気持ちなんだろう。殺せば、全部終わりなのに。

 

……終わり?

何が終わりなの?

殺せんせーを殺さなくちゃいけない、この生活が終わるの?

私たちが殺さなくちゃいけないんだ、暗殺のサポートをしなくちゃいけないんだっていう重圧の日々が終わるの?

 

……違うよ、……私たちの、今の、ここでの生活が終わるんだ。

殺される側のはずの先生によって教えられるこの環境……改善した、私たちの学習法の数々……上がった成績……下を見るしかなかった私たちが上を見る、駆け上る意欲……そして、『殺せんせーを殺す』、その殺意で繋がった私たちの絆……それらが全部。

そしてそれが終わったからには『エンドのE組』という、ただの落ちこぼれたちの集まり、劣等感の塊に堕ちるそんな生活に戻るということ。

それに……後から後から出てくる、私たちの知らない殺せんせーの弱点。本当なら、私たちの手でその弱点を見つけて、後からやってきた他人なんかにじゃなくて……私たちの手で、殺したかった。

……私はいつも肌身離さず持っているナイフとエニグマを手に取る。……私は、効くかどうかは別として殺せんせーを有利にできる力を持っている。イトナくん(あっち)は二人で攻めてるんだから、先生側だって二人だっていいじゃないか……あんなの全然フェアじゃない、私が援護したっていいじゃないか……そんなこと、この暗殺が始まってから何度も思った。だけど、暗殺対象を助けるなんておかしなことだし、かといってあっちに加担したくもない。もやもやする気持ちをどうしようも出来なくて、私は唇を噛んで下を向いた。

 

「脚の再生も終わったようだね……さ、次のラッシュに耐えられるかな?」

 

「……ここまで追い込まれたのは初めてです。一見愚直な試合形式での暗殺ですが……実に周到に計算されてる。あなた達に聞きたいことは多いですが……まずは試合に勝たねば喋りそうにないですね」

 

「まだ勝つ気かい?負けダコの遠吠えだね」

 

「シロさん、この暗殺方法を計画したのはイトナ君では無い。あなたでしょうが……一つ計算に入れ忘れていることがありますよ?」

 

存外殺せんせーが近くから聞こえて、私は顔を上げる……すぐ、眼の前にいる。ふと、隣を見ると渚くんもナイフを手に持って殺せんせーを見つめていて……あぁ、もしかして。

思いついたことを確認してみようと、私は机の上に対先生ナイフをそっと置いた。

そんな私の行動を不思議そうに見るのは、私の前に立っていたカルマくらいで、他の人はみんなリングの中に注目している。ちら、と殺せんせーがこちらを見た気がした。

 

「計算に入れ忘れ?……無いね、私の性能計算は完璧だから。──殺れ、イトナ」

 

────ドドドッ

 

今まで以上の渾身の一撃が、殺せんせーに襲いかかる。だけど、私はもう心配してなかった……だって。

 

「おやおや、落し物を踏んずけてしまったようですねぇ〜」

 

私と渚くんのナイフを先生が床に置いて上にハンカチ、その上に殺せんせーが乗り、イトナくんの攻撃に合わせてハンカチごと移動した……っていうところかな。見事にナイフへぶつけたイトナくんの触手は弾け、彼は相当動揺しているみたいだ。シロさんの入れ忘れた計算……それは、私たちE組生徒の予想外の行動だ。

 

「先生と兄弟……同じ触手を持つ者同士ということなら、対先生ナイフが効くのも同じ……そして触手を失えば動揺するところも同じです。そして、先生の方が君よりちょっとだけ老獪ですよ!」

 

動揺して、動けなくなったイトナくんを殺せんせーの脱皮した皮で包み、先生は皮ごとイトナくんを窓の外へと放り投げる!

 

「先生の抜け殻で包んだからダメージはないはずです。ですが、君の足はリングの外についている。先生の勝ちですねぇ……ルールに照らせば君は死刑、もう二度と、先生を殺せませんねぇ」

 

ニヤニヤと笑う舐めた顔色の殺せんせー……形勢逆転、私たちの先生が勝っちゃった。どこかホッとした私は自然と笑顔になって……掴んでいたカルマのカーディガンから手を離した。

 

「生き返りたいのなら、皆と一緒にこのクラスで学びなさい。計算では測れないもの……それは経験です。君より少しだけ長く生き……少しだけ知識が多い。先生が先生になったのはね、経験(それ)を君達に伝えたいからです。この教室で先生の経験を盗まなければ……君は私に勝てませんよ」

 

「……勝てない?俺が、弱い……?」

 

あれ、なんだか雲行きが怪しくなってきた……?ザワザワと揺れるイトナくんの触手が黒く染まっていく。殺せんせーの場合、ものすごく怒った時に顔が黒く染まっていた……ということは、イトナくん、キレてる……?一瞬で窓を吹き飛ばし、足をかけたイトナくんは殺せんせーに飛びかかっていき……

 

────ピシュン

 

小さな音とともに崩れ落ちた。

 

「すいませんねぇ、殺せんせー。どうもこの子は……まだ登校できる精神状態ではなかったようだ。転校初日でなんですが……しばらく休学させてもらいます」

 

「待ちなさい!担任としてその子は放っておけません。1度E組(ここ)に入ったからには卒業まで面倒を見ます。それにシロさん……あなたにも聞きたいことが山ほどある」

 

「いやだね、帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」

 

イトナくんを抱えて教室から出ていこうとするシロさん……彼が、麻酔銃か何かでイトナくんを止めたようだ。暴走していた彼を止めてくれたのはありがたいけど、今日来たばかりでいきなり休学なんて……。シロさんの言葉通り、止めようとした殺せんせーはシロさんの方に触手を伸ばし……

 

────パンッ

 

……触手が溶けた。

 

「対先生繊維……君は私に触手1本触れられない。心配せずともまたすぐに復学させるよ、殺せんせー……3月まで時間はないからね。」

 

責任もって私が……家庭教師を務めた上でね。

そういって、触手を持った暗殺者と奇妙な保護者は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何してんの殺せんせー……」

 

二人が出て言った後、リングにしていた私たちの机を元に戻している時に殺せんせーは、顔を染めて触手()で顔を隠し、恥ずかしい恥ずかしいと言い続けている。何が恥ずかしいんだろう……あんなにカッコイイ先生としての殺せんせーを見せてくれてたのに。

 

「……シリアスな展開に加担したのが恥ずかしいのです。先生どちらかといえばギャグキャラなのに」

 

「自覚あったんだ!?」

 

「かっこよく怒ってたね〜……〝どこでそれを手に入れたっ!その触手を!!〟」

 

「いやあぁぁ!!言わないで狭間さん!!改めて自分で聞くと逃げ出したい!」

 

綺羅々ちゃん、上手だなぁ……殺せんせーの真似。手は動かしつつ、そちらを見ているとキャラが崩れるとかなんとかいいながらさらに沈んでいく先生……殺せんせーは自分のキャラを把握して且つ、計算していたことがよく分かった。

 

「でも驚いたわ……あのイトナって子、まさか触手を使うなんて」

 

ずっと、あの暗殺劇を見ていたイリーナ先生がポツリと言った言葉を機に、私たちはちょうどいいとばかりにそれに乗る……先生の正体について。

 

「ねぇ、殺せんせー……そろそろ説明してよ。先生の正体について……先生の正体、いつもはぐらかされてたけどさ」

 

「あんなの見せられたら、もう聞かずにはいられないぜ」

 

「そうだよ、私たち生徒だよ?聞く権利あるよね……?」

 

何故、触手を持っていることに対してあんなにも怒ったのか。

何故、私たちが誰も知らない、防衛省で依頼してきた側である烏間先生すら知らない、殺せんせーの弱点をシロさんが知っていたのか。

……何故、先生は生まれたのか……

 

「仕方ない、真実を話さなくてはいけませんねぇ……実は、先生……人工的に造り出された生物なんです!」

 

 

 

 

 

てん てん てん まる。

 

 

 

 

 

「だよね」

 

「で?」

 

「にゅやッ、反応薄!?これって結構衝撃的な告白じゃないですか!?」

 

これぞ、衝撃の告白!って勢いで言われたけど、正直予想できていたことだったし全然衝撃でもなくただの事実確認のようなものだった。ので、私たちが知りたいのはその先のこと……予想もつかない、真実の方だ。

 

「残念ですが、今それを話したところで無意味です。先生が地球を爆破すれば、皆さんが何を知ろうがすべてチリになりますからねぇ……逆に、もし君達が地球を救えば……君達は後からいくらでも真実を知る機会を得る」

 

……言わない、つもりなんだ。

もしくは言えないのかな、……言葉巧みに今、私たちが知ってもどうにもならないって伝えてるように聞こえたよ。

 

「殺してみなさい、暗殺者(アサシン)暗殺対象(ターゲット)。それが先生と君達とを結びつけた絆のはずです」

 

そう、それが私たちと先生の関係。普通ならありえないはずの縁、それを結びつけたのはまさにそれなのだから。

殺せんせーが恥ずかしがりながらも出ていった教室で、私たちは考えた。私たちは暗殺者……でも、まだまだ未熟で少し訓練を受けただけの、何の力も持ってないに等しい子どもでしかない。私たちだけで、達成できる依頼なわけがない……なら、どうすべきか。

 

 

 

++++++++++++++++++++

 

 

 

「烏間先生」

 

「……君達か、どうした大人数で」

 

「あの、もっと教えてくれませんか?暗殺の技術を……」

 

「……今以上にか?」

 

私たちの考えついた行動……それは、私たちよりも経験を積んで、知識も豊富な大人に頼ること。頼って、自分たちのスキルアップを目指すことだった。

今までのE組は、『先生という存在を殺してしまいたい』と明確な殺意を持って暗殺に挑んだ私とカルマ以外は、どこか他人事のように暗殺へ臨んでいた。

全員で銃撃をして、誰かの弾で殺せたらいいや。

誰かに任せて、それで殺せたらいいや。

私がやらなくても、きっと誰かが……って。

だけど、律ちゃんが来て、私たちの教室で私たちへの依頼なのに横取りされるのは嫌だと思った。イトナくんが来て、私たちが殺りたいターゲットなのに今まで接してきたのは私たちなのに後出しのように追い詰めるのは腹が立った。このままでは、何のためにこの3ヶ月をここで努力してきたのかが分からなくなる……だから、思ったんだ。私たちの担任を自分たちの手で殺して、真実を知りたいって。

 

「……いいだろう。では、希望者は放課後に追加で訓練を行う……より厳しくなるぞ!」

 

「「「はい!!」」」

 

「では早速、新設した垂直ロープ昇降20m、始めッ!!」

 

「「「厳しッ!?」」」

 

烏間先生、これ、授業でやる気だったのかな……準備が良すぎる。だけど先生の協力が得られて、私たちはまた一歩先に進んだ気がした。

立ち止まれば、先は全く見えなくても……進めば、道は晴れてくる。そろそろ私たちの教室も梅雨明けだ。

 

 

 




「次ッ!」
「はい。」
「はーい。」
「「「!?!?!?」」」
「……真尾さん、赤羽君、降りてこい……」
「……?えと、どうかしましたか……?」
「「「お前ら、初めてやるのに登るの早すぎだろ!?!?」」」
「え、でも(私は初めてじゃないし)まだ楽なほうかなって……」
「なーにー?もう終わり?(俺は喧嘩で腕の力はあるしね)……あ、アミサ、スカートなんだから見えないようにゆっくり気を付けて降りてよ」
「……?えと、下にスパッツ履いてるから見えても平気だよ?ほら……」
「アミサちゃん、そういう問題じゃないから!!そんなとこでめくろうとしないで!」
「ダメだあの子、やっぱりこの危機感のなさだけは何とかしないと……!」



「そういえばさ、殺せんせーがナイフ使う気だって気づいてたの?あの時」
「んと……、渚くんと私がナイフを出したのを見てから殺せんせー、私たちの方に来たし……そうかなって。机にナイフ置いた瞬間に先生がこっち見たから、正解だったって分かったの」
「なるほどね……ある意味あのタコを助けたっていう貸しを作ったってわけだ……♪」
「……イタズラ、しちゃう?」
「もっちろーん!」


「ぶるっ、嫌な悪寒がしますねぇ……」





「あの教室には、怪物が……匹……ふふ、次が楽しみだ」


++++++++++++++++++++


イトナ、初襲来でした。
今回のお話は切ってしまうか迷いどころだったのですが、切りにくい気もしたのでビッチ先生登場回と同じく長めですが載せてしまうことに。
原作、アニメとはいくつかセリフを変えさせていただきました……ほとんどは関係ないのですが、一つだけはワザとです。作者が忘れてさえなければ、のちのち、生きてくる……はず。

本編をいじるのも好きですが、後書きは毎回フリースペースのようにキャラのちょっとした会話を書いています。本編では絡ませにくい軌跡シリーズのキャラの噂を書いてみたり、本編では上手く組み込めないけど今後絶対必要な要素を盛り込んでみたりしてるので、たまに読み返してみると「あ、ここでこんなこと言ってたのは、これの事だったのか!」みたいな驚きに







したいな、と思ってます。
出来てるかは謎です。

では、次回は球技大会でお会いしましょう!



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球技大会の時間・女子の戦い

今回は、原作改変してます。
それを前提にお読みください。


梅雨の時期はジメジメじとじとしていて、どこか心の中まで暗くなる……そんな事件も何度か起きたけど、明けてしまえば空気も一気にカラッと晴れて、暑くなってきた……もうすぐ、夏になる。E組教室のある山も、長雨が終わって濃い緑色の葉っぱを揺らしていて……陽菜乃ちゃんなんて、晴れた空を見ながらこれだけ自然がいっぱいあるから色んな種類の生き物に会える、って目をキラキラさせて喜んでたっけ。

一緒に登下校する、いかにもスポーツ少年って感じの杉野くんも例外じゃなくて、アウトドアの季節だからこそ早く体を動かしたいって、朝、駅前で合流してから中学校の門をくぐった今でもずっとそう言い続けている。杉野くんにとって野球が1番でも、それ以外の運動も基礎は軽々こなしていける彼は、これからのことを考えてすごく楽しそうだ。みんなでやるアウトドアか……どんなことが出来るかな?

 

「じゃあ、釣りとかどう?」

 

「いいね、今だと何が釣れるの?」

 

釣り……確か、私の釣り手帳もこっちに持ってきてたっけ。……遊撃士のお姉さん(エステルさん)とか、ロイドさんみたいに上手くはないから全然中身が埋まってないけど。日本とクロスベル(あっち)では釣れる魚は一緒でも名前が違ったはずだから、それを見比べてみるのも面白そうだと思ってカルマたちの話に耳を傾けてたんだけど……

 

「夏場はヤンキーが旬なんだ。渚くんを餌にカツアゲを釣って、逆にお金を巻き上げよう」

 

「…………ヤンキーに旬とかあるんだ」

 

……カルマはやっぱりカルマだった……釣りは釣りでもカツアゲ釣り(・・)の話だったみたい。確かにヤンキーとかってコンビニの前とか、ゲームセンターとか、夜のファミレスとかにたくさんいると思うけど、これってアウトドアなのかな?川とか海に行って魚を釣りに行くってことじゃないの……って、最初は落胆したんだけど、今の会話で私はあることに気がついた。

 

「だ、ダメだよカルマ……渚くんを餌にしちゃ……!」

 

「アミサちゃん……!そうだよ、そこにツッこんで欲しかt…」

 

「渚くんと寄ってきた人を一緒に釣り上げられるような釣竿なんてどこにもないよ、渚くんをすぐに助けられないよ……!」

 

「「そこ!?」」

 

「ぶっ、あははははっ!!着眼点が、アミサらしすぎる……っ!!げほっ、げほっ!」

 

思ったことを言っただけだったのに、渚くんと杉野くんにすごい勢いでツッこまれ、カルマには大爆笑された……むしろ笑いすぎてむせてる。あれ、そこじゃなかったのかな……?だってカルマは停学期間中によく家を出ていっては大量に戦利品って持って帰ってきてたことがあったけど、釣竿なんて持って行ってなかったし……私が不良とかナンパとかに絡まれた時にもカツアゲ……でいいのかな、ボコボコにした人たちから「これ迷惑料ね〜」ってもらってくの見てたし。……あれ、これまでのことを考えると、これってむしろ、渚くんじゃなくて私が餌でもつれるんじゃ……女だし、小さいし。

 

「あー、笑った。……先に言っとくけど、間違ってもアミサは餌にしないから変なこと考えないよーに」

 

「え……なんで分かったの?」

 

「アミサちゃんの考えそうなことだからね……って、まずやらないってば!もう普通に遊ぼうよー……海とかさ……」

 

「お、いいねー!」

 

「海……、……見たいけど男連中の前に連れていきたくないな……」

 

「もうそれ、どこにも行けないよね……」

 

海かぁ……クロスベルに遊びに行った時、ミシュラムっていう所のビーチにみんなで行ったなぁ……。私はあの日の前後で偶然お姉ちゃんに会いに行っただけだったのに、一緒に行こうってみなさんに急遽連れていってもらえることになって、キーアちゃんに次いで年少だったからか、みんなによくしてもらえて……。……舞台公演の日にお姉ちゃんたちの無事は確認できたけど、他のみんなは、元気かなぁ……

思考がどこかに行ってしまいそうになった時、ずっと私の隣を歩いていた杉野くんが足を止めていることに気がつく。見ているのは、ものすごい豪速球を投げる男の人……椚ヶ丘中学の野球部(元々杉野くんがいた場所)

 

「…杉野くん……?…………」

 

「お、杉野じゃないか!ひさびさだな!」

「なんだよ、たまには顔出せよな~」

「こんにちは、先輩!」

 

「……っ、おう!」

 

「来週の球技大会、投げるんだろ?」

 

「んー、そーいや決まってないけど、投げたいかな…」

 

「楽しみにしてるぜ!」

 

フェンス越しに元クラブメイトと拳を合わせる杉野くんを見て、私とカルマ、渚くんは笑いあった。私たちの友だちである杉野くんの実力を認めて、考えてくれる……それどころかまた顔を出せばいい、楽しみにしているって声をかけてくれる居場所があることが嬉しかったから。

……でも、その後に続いた言葉、それに私は体を固くした。

 

「でも、いいよな杉野は。E組は毎日遊んでられるだろ?」

 

「俺ら、勉強も部活もだからヘトヘトでさぁ」

 

「よせ、傷つくだろ……進学校での部活との両立、選ばれた人間じゃないならしなくていいことなんだ」

 

……E組差別。この人たちは、全く悪気があって言っているわけじゃない……だって、この人たちにとってはそれが『当たり前』の考え方で、周りも訂正する人なんていない……それを肯定しているんだから。さっきまで仲良さげに対等な立場として声をかけていたのに、今では当たり前の様に杉野くんを下の立場として認識してる……違う、この人たちは自分たちが上の立場であるのが当たり前なんだって無意識に主張してるんだ。

……杉野くんは、「こいつらはそんなことを言う奴らじゃない」って信じてたんだろう……ハッキリと立場が違うんだと言われて目を見開き、諦めたように下を向いてしまった。……友だちがそんなことを言われて、そんな様子を見て黙っていられるような私たちじゃない。自分の正義がはっきりしているカルマを筆頭に、私たちは杉野くんたちに近づく。

 

「へーぇ、すごいね。まるで自分が選ばれた人間みたいだね」

 

「うん、そうだよ!気に入らないか?なら、球技大会で教えてやるよ……人の上に立つ選ばれた人間とそうでない人間……この歳で開いてしまった大きな差をな」

 

「……なら、私たちだって教えてあげます。私たちE組に選ばれた杉野くんのすごいところを……あなたたちには無いものを持ってるんだってこと」

 

「カルマ……真尾……」

 

「……ふん、流石は異端児か……エンドのE組に〝落とされた〟ではなく〝選ばれた〟とはな。……球技大会、俺らに無いものを見せてくれることを楽しみにしてるよ、杉野」

 

本当に、それを正しいことなんだって信じてるんだ、この人たち。それを聞いたら私も我慢出来なくて、思わず前に出て言ってしまった……私が話した瞬間に一気に視線が集まって体が震えたけど、後悔なんてしてない。まっすぐ相手の顔を、野球部のキャプテンの目を見ながら告げたから、私が本気で言っていることが伝わったんだろう。彼は、私たちの宣戦布告を真剣に捉えた、……戯言と受け取らなかった。

 

「……私、あなたたちみたいに立場云々で相手を差別する人は嫌い、……大嫌いです。……だけど、相手の言葉をきちんと受け取るところは好感がもてます」

 

「……行くよ、アミサ」

 

「…………」

 

きっと、この学校のシステムが無ければ、この自分が正しいと思うことを信じて相手に伝えようとするところ、真剣に相手の言葉を受け取るところを、私は好きになれただろう。……でも、大事な友だちを傷つける限りは、私は好きになることは無い相手だ。

去り際にそう言い残し、カルマに促されて教室へ向かう私は、私の後ろ姿を野球部の彼が何かを思うように見ていたことに気がつくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、HRの時間を利用して『クラス対抗球技大会』のメンバー決め、作戦などを考えることになった私たち。E組はトーナメント戦に出ない代わりに、大会の最後、バスケットボールと野球……各競技の部活動選抜チームと対戦しなくてはならない。部活動で元々やっている人がクラス対抗戦に入ってしまうとそれだけで実力差が出てしまうから、1チーム余るからという理由で本戦から外されたE組と試合して部活動の力を示す、E組に落ちたらこんな目にあうんだぞという警告……まぁ、とにかくいつものやつだ。殺せんせーはそれを知らなかったみたいで心配そうにしているけど、私たちは前の自分たちとは違う。

 

「心配しないで、殺せんせー。暗殺訓練で基礎体力はついてるし……良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ、ねー皆!」

 

「おーう!」

「もち、決まってんじゃん!」

「少しはいいとこまで行くんじゃない?」

「案外勝てちゃうかもね〜」

 

スポーツ万能、それに指揮能力のあるメグちゃんの音頭にのって、バスケに出る女子たちの士気は上がっている。エキシビションマッチという名のE組を見世物にする行事とはいえ、E組側から「不公平だ」、なんていう反論を出させないための実力差を考えた特別ルールが設けられている。女子バスケットボールの場合では交代が何度でも出来る……つまり、疲れた選手と元気な選手を何度も入れ替えてずっと全力を出し続けることも可能ということ。ほとんど未経験のメンバーが集まっていても、可能性はある。

 

「俺等、さらし者とかカンベンだわ。おまえらで適当にやっといてくれや」

 

「寺坂!……ったく……」

 

男子の方はといえば、早々に寺坂くん、吉田くん、村松くんが教室を出ていってしまって早速戦力が減ってしまった……3人とも体格がいいのもあって、もったいないとしか思えない。でもやる気がないのを無理に誘えないし、E組の人数は少ないから人がいればいるだけ助かるけど、必ず出なければならないわけでもない。3人を除いて挑むしかないみたいだ。

 

「野球といえば頼れんのは杉野だけど、なにか勝つ秘策とかねーの?」

 

「……無理だよ、最低でも3年間野球してきたあいつらと、ほとんどが野球未経験のE組(おれら)……勝つどころか勝負にならねー……。それにさ、かなり強ぇーんだうちの野球部。特に今の主将、進藤……豪速球で名門高校からも注目されてる……俺からエースの座を奪ったやつなんだけどさ、勉強もスポーツも一流とか不公平だよな」

 

前原くんが空気を変えるように言い出したことで、みんなが杉野くんに注目する……朝のことを引きずっているのか、諦めたように口を開く。いつも明るくて、好きな野球には特に力を入れている杉野くんがほとんど見せない顔で言うほどなのか……そんな空気が少し流れた、時だった。

 

「だけどさ、殺せんせー……だけど、勝ちたいんだ。善戦じゃなくて勝ちたい。好きな野球で負けたくない。野球部追い出されてE組に来て……むしろその思いが強くなった。……こいつらとチーム組んで勝ちたい!……やっぱ、無理かな……?」

 

ぐっと、手に力を込めて自分の思いを言う杉野くん。その思いを受け止めた殺せんせーは……早速野球のユニフォームを着込んで、手には色々道具を抱え、ものすごくワクワクしていた。体罰になるから暴力の代わりにちゃぶ台返しって……ドラマでしか見たことないよ、そんな熱血コーチ。

 

「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。『殺りたい』『勝ちたい』どんな困難な目標に対しても揺るがずに。その心意気に応えて、殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう!」

 

生徒の本気の思いなら正面からぶつかって応えてくれる……そんな殺せんせーがあそこまでノッてるなら、きっとだいじょぶ。そう思えるだけの実績がこのクラスにはある……あとは、その殺監督のノリにみんながついていけるかだと思うけど……それも心配ない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、男子に負けてられないし、女子も作戦考えるよ!私と倉橋さん、矢田さん、中村さん、岡野さんが第一ピリオドから基本出るとして、あとは交代しながら随時様子を見て……」

 

「……メグちゃん」

 

「……?どうしたのアミサ」

 

「私、E組に来てからは隠してないけど……本校舎にいた時は体育以外で運動してるところ、周りに見せたことないの。……これって、作戦に使えたりする……?」

 

「……!それ、ほんと?どんなことが出来るかによるけど、相手の余裕を崩す一手にはなるかも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そして、球技大会当日。体育館ではバスケットボール、グラウンドでは野球の試合が行われていた。本戦が終わったあとはE組対部活選抜チームのエキシビション……みんな、E組がボコボコにされることを期待していて、自分たちの出番が終わったこともあってか観客の数がかなり多い。女子のバスケットボールとは違って男子の野球は時間制じゃないから、試合までまだ余裕があるみたいでE組男子、みんなで応援に来てくれていた。私の出番は第三ピリオド……本校舎の人たちは私が運動できるってことを知らないし、ギリギリまで温存して切り札的に使いたいってみんなに言われたから、基本は飲み物を準備したりタオルを渡したりとマネージャー的なことでコソコソしてる。あとは応援かな。

第一ピリオドではとにかくメグちゃんが凄かった……周りが負けを期待する中、一人でバンバン点数を入れていってある意味アウェイな空気をぶち壊していた。他の人たちもバスケットボールはほぼ未経験ながら基礎体力の面では互角に戦えていて、いい流れができている。……だけど、第二ピリオドの交代で入ったカエデちゃんに何があったのかトラベリングとかのファウルを多く取られてしまい、流れが選抜チームの方に……ピリオド間の短い休憩で戻ってきた彼女は完全に落ち込んでいた。

 

「ごめんなさい……私が足引っ張っちゃった……」

 

「そんな事ないって、茅野さん」

 

「女バスのキャプテンのぶるんぶるん揺れる胸を見たら、怒りと殺意で目の前が真っ赤に染まって……!」

 

「茅野っちのその巨乳に対する憎悪はなんなの!?」

 

……まさかの巨乳に対する憎悪が原因だった。確かに学校指定の体操服を着ている私たちと違ってバスケ部の人たちは部活で使う公式のユニフォーム……体のラインがハッキリと見える作りだから、大きい人はかなり目立つだろう。

 

「おーい、女子ー!」

 

「俺ら、ギリギリまではここにいるけど、第三始まったくらいに移動だから、最後まで頑張れよー!」

 

「諦めんなよ、全力で盛り下げろ!」

 

「もちろん!まだ分かんないからね〜っ!」

 

「こっちにはまだ、……ね!」

 

「男子こそ、私らがそっちに行くまでにやられんじゃないわよ!」

 

観客席の方からE組男子の激励が飛ぶ。周囲から浮いたその応援で周り(E組以外)が嫌な目で私たちを見てくる……いつもなら嫌な目線に晒されたくなくて、耐えるしかなくて下を向くしかないのがE組だった。でも今は、まだ上は見られなくても前を向けている……みんなで上を目指せているから、気にならない。

もうすぐ休憩が終わる……ここからの第三ピリオドはカエデちゃんと代わって私がやることになっている。直前まで入念に打ち合わせをしたし、これまでに何度も練習をしてきた。それでも、こういう公の場で自分の力を晒すのは初めてで、どうしても緊張するし、怖い。自分を落ち着けようと一度目を閉じた時だった。

 

「……アミサ!」

 

「!」

 

「……ぶつけといでよ、E組のジョーカーの力!」

 

「……うん!」

 

名指しでされた応援はカルマからのもの。「行け、E組!」って、向けられた拳はE組の男子みんなからのもの。私だけじゃない、みんなへも向けられた応援は力になる……俄然、やる気が出てきた。上着を脱いでカエデちゃんに預け、先にコートへ入って待ってるメンバーの元へ歩いていく。

 

「え、相手の交代、異端児じゃん……マネージャー役じゃなかったわけ?」

「あいつ一緒のクラスだったけど、体育あんまり成績良くなかったよ」

「こんなののどこがジョーカーよ、笑わせるわ」

 

──だいじょぶ。もう、怖くないよ。

だから、私は相手チームに向けて笑ってみせた。

 

 

 

 

 

片岡side

 

第三ピリオド開始の挨拶のために私たちはコートの中央で相手チームと向かい合っている……相手は私たちに色々言ってきているけど、審判は相手の味方だから注意しないし止めることもしない。ちら、と端に並んでいるアミサを見てみると、周りの声をちっとも気にもしないで目を閉じているのが見えて、少しほっとした。

アミサは今回、ゲームの中心であるポイントゲッターに置いたわけじゃない。むしろ、彼女を相手に警戒させて他への目を逸らさせるのが目的だ。彼女をバスケのチームに組み込むにあたって渚たちに話を聞いたら、アミサは本校舎時代から周りの考え方と合わなくて孤立、もしくは表面上付き合える相手以外とは全く関わりを持てなかったらしい。だからこそE組落ちを機に今では『異端児』なんて呼ばれて色々と陰口の的にされている……渚は、それでまた周りを拒絶しないかってかなり気にしていた。……それなのに、人一倍彼女を大切にしているカルマはあまり心配していないようだった……「アミサが今まで自分を出して提案することなんてなかったから」って。今の様子を見ていれば、本当に心配は杞憂だったみたい……笑ってる。

 

────ピーッ

 

試合開始の笛がなる。

その音と同時にボールが上がる。

相手は交代なしだからだいぶ消耗してて、ジャンプボールは問題なく私が取れる。

取ったボールを私は……近くの自チームメンバーにパスすることなく、相手ゴールに向けて思い切り投げた。

 

 

 

────ガゴンッ!

……トーン、トン、トン、トン……

 

 

 

…………その瞬間、体育館の音が全て消えた。何が起きたんだろうって。

誰も予想してなかったはずだよ……私が投げたボールをいつの間にかゴール下に移動したアミサが受け取って、綺麗にダンクシュートを決めることなんて。

 

「……おいでよ。ボールは奪えなくても、体を動かすのは得意だから」

 

──静まり返って誰もが何も言えなくなった体育館に響いたE組の歓声。選抜チームに、私たちに向けて笑ってみせたアミサに、不敵に笑うカルマが重なって見えたのは、気のせいだろうか。

 

 

 




「やべぇ……」
「あぁ……」
「「「真尾、かっけぇ」」」
「片岡のバンバン点数入れまくってるのもすげぇけど、空気を一変させちまったのもすげぇ」
「てか、最後の笑みといい言葉といい、カルマが重なって見えたんだけど」
「あ、最後の言葉言えって言ったの俺」
「ご本人様かよ!」



「で、カルマ君。心配してたんでしょ?」
「んーや、全然。アミサが自分でやるって言い出したことほとんどないしさ……多分一回背中押せばイケると思ってた」
「……その割には野球の練習終わった後に迎えに行ったりいろいろしてたみたいだけど」
「……気の所為じゃない?」



「ちょ、そっち行ったよ!」
「あんたはキャプテンのマークでしょ、なんで外してんの!?」
「(上手い具合に引き付けてる……)」
「(片岡さん、いつの間にかノーマークだし;)」


++++++++++++++++++++


前半戦、女子チームのバスケ編でした。
男女まとめようとも思いましたが、オリ主が女子の時点で『これは女バスの話も書かなくては』という使命感から、こんな感じに。
いい感じに影響受けまくってます。

次回は男子編……野球の方に移ります。
色々接触させたいのですが、どうなることか……



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球技大会の時間・男子の戦い

「見た!?あの、本校舎のヤツらの悔しそうな顔!」

 

「スッキリしたー!」

 

「バスケのMVPはアミサだね」

 

「え、私じゃないよ、メグちゃんだよ……!」

 

「何言ってんの、あの流れをガラッと変えて見せたのはあんたでしょうが!」

 

会話から分かるように、女子バスケットボールのエキシビションは私たちE組が勝つことが出来た。試合中は集中しすぎていたからか得点なんて全く気にしてなくて……試合終了の笛の音がなった瞬間に、私はE組女子チームに押しつぶされるように抱きしめられていた。そこでようやく勝ったことを知って……少しだけでも本校舎の人たちを見返すことが出来た気がして、気持ちがよかった。

そして今に至る。私としては30分最後まで出続けて、一人で30得点入れたメグちゃんがMVPだと思う……私なんて、試合開始直後に相手ゴール下で待機、メグちゃんのパスをもらってゴールに叩き込んだだけなんだけど。私はハッキリ言って力がある方じゃなくて、その代わりに細かい動きや小さな武器を駆使して動くのが得意だと思ってる。相手の持つボールをたたき落としたり外へ弾いたりすることなんてできないから、マークに付こうとする相手チームをやり過ごしながらアシストに徹してた。

だから、私が点数を決めたのは最初の一つだけで、全体のほとんどがメグちゃんなのだ。

 

「うぅ……私、最初のシュート以外何もしてないのに……」

 

「いや、まず中学生の女子がダンクすること自体そんなにないから」

 

「相手、アミサちゃんに関しては遠慮なく潰しに来てたよね……ファウルギリギリの危険なラフプレー……」

 

「それすら気にせずいつの間にか消えるアミサっていう図が出来上がってたよね」

 

私はもう無我夢中で気づいてなかったのだけど、私が出ている間何度もラフプレーを仕掛けられていたらしい……プッシングで転ばせようとしたり明らかな進路妨害をしたり、普通なら怪我をしてもおかしくない状況だったのにあっち側に肩入れしてる審判は完全に見て見ぬ振りをしていたんだとか。多分、最初のダンクで私の運動能力を悟り……下手にコートへ残すよりは『勝手に』転んで怪我をしたから退場した、という図を作ろうとしたんだろう。だけど、私はそんなプレーをただ進路を妨害する障害物と捉えて、気にもしなかった……だって、障害物なら壊すか避ければいいんだから。相手は人間だし、壊すことなんてやってはいけない事だからとことん避けてた……そのおかげで第三ピリオドの10分間、出続けることが出来たんだと思う。

 

「それに最初の一発に警戒して、ほとんどのマークがアミサちゃんに付いてたし……アミサちゃんが動けば片岡さんや岡野さんに付いてたマークもそっちを向いてたもんね」

 

「そのおかげで第三ピリオドのメグはほぼフリー……あとさ、最初のダンク決めた後、私には不敵に笑うカルマが重なって見えた」

 

「「「私も」」」

 

「あ、そういえば……女子の練習見てたカルマ君が、ダンク決めた後にああやって言えってアミサちゃんに教えてました」

 

「奥田さんよく見てたね……完っ全にそれのせいじゃん」

 

「……さて、男子の野球はどうなってるかな」

 

そう言って、むくれている私の頭を撫でる凛香ちゃん……そうだ、まだ男子の野球が残ってる。早く見に行きたくて凛香ちゃんの体操服の裾を軽く引っ張ると、彼女は少しビックリした顔をしてから少し笑って撫でるのをやめ、私の言いたいことを察したのか裾を掴む私の手を取り少し早足で野球の会場へと向い始めた。

 

「あ、速水さん!アミサちゃん!」

 

「……最近、凛香ちゃんがアミサちゃんのお姉ちゃんに見えるんだよね〜」

 

「アミサちゃんはアミサちゃんで、頼ったり寄りかかったりするようになってるし……」

 

「席が近いのもあって世話焼きまくってるもんね……とと、私達も早く行こ!」

 

早足で会場に向かう私の右足首にピリッとした違和感が走った気がしたけど、それすら気にならないくらい気分がよかったから、気にしないことにしていた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「すごい!野球部相手に勝ってるじゃん!」

 

「よぉ、どーだったよ、あのダンクの後から」

 

「ふっふっふ、女子、完全勝利!」

 

「うおっ、すげぇな!」

 

辿り着いた野球の試合会場では、ベンチで待機している三村くんや岡島くんが出迎えてくれた。なんとE組が3点先制!殺監督の300kmの速球で練習していたからこそ、相手のピッチャーの球が止まって見えるらしくて、バント、バント、バント、最後は杉野くんのバントに見せかけての打撃(ピッティング)でここまで来たんだとか……すごい!

 

「ただなー……一回の表から早くもラスボス登場ってね」

 

『い……今入った情報によりますと、野球部顧問の寺井先生は試合前から重病で、選手達も先生が心配で野球どころじゃなかったとのこと。それを見かねた理事長先生が、急遽指揮を執られるそうです!』

 

そんな放送の声が聞こえた途端、試合中の野球部も、周りで見ていた生徒たちも一気に盛り上がった……それはつまり、E組が引き寄せていた『殺る』空気をリセットされてしまったということ。そして、理事長先生がベンチに下がった後の野球部は……

 

「な、なにあれ……」

 

「あー、杉野以外はバントしかないって見抜かれてるな」

 

極端な前進守備で内野の守りを固めていた。普通の野球なら審判が止める……危険行為でもあるし、バッターの視界に入り集中を乱す守備はスポーツ精神を反するとされているから。だけど、ルール上フェアゾーンであればどこを守っても問題ない……審判が野球部に肩入れしている側だからこそ成り立つ戦術だ。

こんなプレッシャーは予想していなかったからか、殺監督も打つ手無し……三村くんに教えて貰った場所、野球場の隅にいる先生は、サインも出せずにへこんで顔を覆っているみたい。前原くんに続いて岡島くん、そして千葉くんもストライク三振でアウトとなってしまい、塁に出ていた杉野くんも戻ってくるしかなかった。

 

「一回の表、お疲れ様。すごいじゃん男子」

 

「女子もお疲れさん。いやー、あれはスカッとしたわ」

 

「女子が頑張ったんだから、次は男子だよ。カッコいいとこ見せてよね!」

 

「あー、でもなぁ……理事長がかいがいしく進藤を改造中だよ……」

 

攻守交代の短い時間で交わされるのは、やっぱり突然やってきた理事長先生についての話題で……彼はスポーツマンシップを考えるといい顔をされないがルール上は問題のない行為を平然と行い、更にはエースを改造中だ。でも名目は『E組を潰すため』であるから、このエキシビションの目的に適っていて……見ている人たちに違和感とか何も無いんだろうな。杉野くんはピッチャーとしてマウンドに上がる前に、その進藤くんの方をじっと見つめていた。それもそうだろう、先週、私たちと一緒に見た彼とは全然違う……価値観は違っても野球に打ち込む姿は本物だって思えたのに……野球部としての誇りをもっていた彼はどこにいってしまったんだろう。

それを振り切るように、静かにマウンドに上がった杉野くんはすごいの一言だった。球速は本人が言っていたけど、遅いのだとか……確かに進藤くんの投球に比べてしまえば、目で追えてしまうスピードなんだと思う。だけどその代わりに、目の前で消えるような変化球が彼の武器だ。野球部でピッチャーをやっていた頃はその遅いストレートだけが武器で、それが原因でレギュラーを落とされて……だけど、裏を返せば野球部の人たちは杉野くんがそのストレートしか投げれないと思ってるわけだ。杉野くんはみんなの心配をよそに野球部の人たちの裏をかいてストライクを取っていき、この回を無失点で抑えた。さぁ、2回目のE組側の攻撃、次の打順はカルマからだったよね……あれ、さっきの場所に殺監督がいない。

試合再開……かと思ったらバッターボックスに今度はカルマがいない。バットを持って四角の中……さっきイリーナ先生が声に出して読んでたルールブックの言葉でいうなら、ねくすとばったーずさーくる……?という場所の中でまだ野球部の前進守備を見ていたカルマが、打席に入るように注意する審判を遮って声を上げた。

 

「ねーぇ、これズルくない理事長センセー?こんだけ邪魔な位置で守ってんのに、審判の先生何にも注意しないの。一般生徒(おまえら)もおかしいと思わないの?……あー、そっかぁ、お前等バカだから、守備位置とか理解してないんだね」

 

 

 

・・・。

 

 

 

「小さいことでガタガタ言うなE組が!!」

「たかだかエキシビションで守備にクレームつけてんじゃねーよ!」

「文句あるならバットで結果出してみろや!!」

 

「か、カルマ君……」

 

「そりゃ怒るわ……」

 

「でも……、あれ……、……」

 

「アミサ?」

 

お、怒るよねそりゃあ……。だけど、……E組はカルマのああいう態度を見慣れてるから「またやってるよ」「カルマなら自分達の言えないことでもハッキリ言うわな」みたいなことしか思ってないけど……あの挑発、カルマ自身は怒らせることが目的だったのかな……?……あ、殺監督がさっきの場所に戻ってマルってしてる。

そのままの空気の中E組の攻撃に移ったけど、理事長先生に何か色々言われていた進藤くんの球速はさっきまでより格段に速くなっていて……誰もバットに当てることも出来ずスリーアウトとなってしまった。でも、球種は全部ストレート……スピード勝負に出てるってこと?それとも、E組ごときこれで十分だとばかりに球種を捨てた?

 

「……カルマ、さっきのって……」

 

「……さーね、監督の命令。……でもあのタイミングで言わせるってことは、殺監督に何か考えでもあるんじゃない?」

 

自分の打順を終えてベンチに戻ってきたカルマにあの挑発の意図を聞いてみたけど、やっぱり殺監督の意向だったみたい……カルマ自身は言いたいことがやっと言えてスッキリしたって顔してるから、殺監督の戦略をこなすことも含めて一石二鳥だったのかも……?

そのままの勢いで二回の裏は野球部が2得点、三回の表はE組無得点……一点差で最後の野球部の攻撃に入ることになった。ふと、打順の書かれた電光掲示板を見ると4番目に進藤くんの打席が来ることが分かった。……進藤くんはピッチャーとしてだけじゃない、二回の裏でも威力を発揮したように打撃にも才能がある。私たちがここに合流した頃から理事長先生がずっと彼につきっきりで何か話しかけていた……その彼を最後の見せ場で使わないで終わるだろうか?

 

「……渚くん、」

 

「……?どうかしたの、アミサちゃん」

 

「あのね……もしも、もしもだけど……杉野くんが自分に負けそうになったりしたら……伝言頼んでいい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして始まった、最後の攻撃……それは、

 

『あーっと、バント!?野球部バント地獄のお返しだ!!』

 

そっくりそのまま、一回の表でE組がやってみせた攻撃を『手本』という名目でやって見せるというものだった。野球部という素人に比べれば格段に高い技術を持つ集団が、バントという小技を試合に組み込むことは普通なら見ている生徒は納得出来ない……なぜ、そんなE組でも出来ることをって思われてしまうから。だけど、それはあくまで野球部がやり始めた場合のこと……先にE組がバントで攻撃をするところを見せたから、野球部という技術を持つ集団にそれを使う大義名分を与えてしまったということだ。

E組側も『強豪とはいえバント処理までは確実じゃない』という部分をついた攻撃だったんだ。その強豪より技術を持っているはずのないこちらは攻撃を許すしかなくて……あっという間にノーアウト満塁のピンチに。そして……

 

『ここで迎えるバッターは……我が校が誇るスーパースター、進藤君だー!!』

 

E組が仕掛けた時と最大の違いは、E組はここで打たれてしまうと逆転されてしまうこと、打てば確実に強打となってしまう進藤くんが相手であること、だ。最後の作戦タイムとして、ピッチャーの杉野くんの元に守備のメンバーが集まっている……多分、進藤くんをどうするかの話し合いだと思う。敬遠すれば強打を打たれて大差で負けることなく同点になり、次で上手く処理すれば引き分けで終われるかもしれない。だけど、それをしてスッキリ終われるかというと……

 

「おーい、磯貝、監督から指令」

 

「……マジっすか」

 

そんな沈んだ空気の中、何やら声をかけに走り寄るカルマの姿が見えた。カルマは内野守備じゃないから、作戦の話し合いに参加しないかと思ってたけど……何やら磯貝くんに話しかけて、その磯貝くんは聞いた瞬間に呆れたのか軽く脱力している。殺監督が動いたってことは十分やり返す材料が揃ったということ……それが分かっているから、無茶な指令でもきっとだいじょぶだって磯貝くんは受け入れたんだ。それでもまだ、不安そうに迷っているように顔を上げない杉野くんが見えて、私は祈るように胸元で組んだ手に力を込めた。

 

 

 

 

 

渚side

 

「俺、やれんのかな……カルマと磯貝を危険な作戦に当たらせときながら、全力で投げれんのかな……」

 

杉野は、最後の防衛なるだろうこの時、今日初めて不安そうで自信の無い顔を見せた。……ピッチャーが最終判断をしないと殺監督の作戦を実行に移せない……だから作戦を伝えに来たカルマ君も、作戦を聞いて苦笑いの磯貝君も、最後だと気を引き締める僕らも、杉野を見ている。アミサちゃんはこのことを言っていたのかな、今、伝えるべき時なんじゃないか……そう思った僕は、一歩前に出た。

 

「杉野」

 

「……渚?」

 

「アミサちゃんがさ、杉野に伝えたいことがあるって。もしも『自分に負けそうになってたら伝えて』って言われたんだけど……」

 

〝杉野くんが、進藤くんに見せたいものって、何?〟

 

「……!そっか、そうだよな……」

 

この伝言の真意は、僕にはわからない。だけど伝えられた方の杉野からすれば、迷いを吹っ切るには十分だったみたいだ。

 

「ごめん、みんな……ちょっとネガティブになってた。もう平気だ……俺は俺の球を全力で投げる、だから、」

 

「ん、あとは俺等次第ってね」

 

「はー……マジでやるのか……いくぞ!」

 

爛々と目の奥に悪魔的な光を宿してにこやか(・・・・)に笑ってみせるカルマ君と、本気でやるのか……と溜息をつきながらもこんな作戦を考える殺監督に呆れつつやる気をみせた磯貝君が杉野の音頭にしっかりと応える。それを見た僕らは顔を見あわせてひとつ頷き合い……守備位置へ。これで、僕らのエースはもう大丈夫……やってみせよう、僕らの、この試合最後の守備(暗殺)を。

 

 

++++++++++++++++

 

 

話し合いが終わったのか、マウンドの方からカルマと磯貝くんが歩いてくる。どんどんどんどん近づいてきて……明らかな前進守備位置へ。

 

『こ、この、前進守備は!?』

 

「明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってるけど、さっきそっちがやった時は審判は何も言わなかった……文句ないよね、理事長?」

 

やっぱり、さっきの挑発には意味があったんだ。もしあの時何も言わなかったら、この前進守備は審判から止められていただろう……『さっきは注意できなかったが、これは明らかにスポーツ精神に反する行為だ』とか言って。だけど、クレームを付けたことで審判にも野球部にも、そして見ている一般生徒たちにも『この前進守備はおかしい事じゃないのか』と主張し、それを黙認する審判の様子を見せつけた……バント戦法と同じだ、同じことをやり返しても文句を言わせないということ。

 

「……ご自由に。選ばれた者は守備位置くらいで心を乱さない」

 

「へぇ、言ったね……じゃあ遠慮なく」

 

『ち、近い!前進どころか、ゼロ距離守備!?振ればバットが当たる距離だ!』

 

きっと理事長先生は進藤くんの集中を極限まで高める何かをしている……現に前進守備を見ても彼は動じてなかった。けど、さすがにあのゼロ距離守備をされることは予想外すぎたのだろう、私たちがいる場所からでも進藤くんがカチリと固まったのが見て取れた。……どんなに集中していたって、こんなことされたら誰でもこうなるよね……

 

「気にせず打てよ、スーパースター……ピッチャーの球は邪魔しないから」

 

「フフ、くだらないハッタリだ。構わず振りなさい、進藤くん……骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組だ」

 

か、カルマ……楽しそう……挑発に挑発を重ねてるけど、普通の感性を持つ人なら『当ててしまう』『怪我をさせてしまう』という思いに囚われる……だから、本気では振れないはず。進藤くんはカルマと磯貝くんが打撃妨害を取られるつもりがない、っていう態度をハッタリだと思っている……確実にバットが当たる位置にいるんだから当然だ。……普通ならハッタリなんだろうね……だけど、E組(わたしたち)は暗殺教室で学んできてるんだ、普通じゃないんだよ?

杉野くんが投げる……進藤くんは球を打つことが目的じゃないから、本気で振ることを示すように……大きく、力を入れてバットをスイングした────瞬間、カルマと磯貝くんはほとんど動かないでバットをかわしてみせた。

 

「そんだけ……?ダメだよ、そんなに遅いスイングじゃ……次はさ、……殺すつもりで振ってごらん?」

 

理事長先生は、彼らの能力を計算に入れていなかった。カルマと磯貝くんの動体視力、度胸の強さ……そして進藤くんがどこまで耐えられるかという精神力。もはや野球を野球としてやってない、みんながみんな、異常な光景に飲み込まれていた……

 

「う、うわぁあぁああぁあ!!」

 

腰の引けたスイングでは、球を遠くにとばせるわけがない。真上に上がったそれをカルマが難なくキャッチし、渚くんへ……それを三塁に投げて二塁選手をアウトに……完全に戦意を喪失した進藤くんが走ってないから安心して一塁へ……トリプルプレーの達成だ。

 

『げ、ゲームセット!なんと、なんと……E組が、野球部に勝ってしまった……!!』

 

「キャーーっ!」

 

「E組男女、両方ともに勝利!」

 

本校舎の野球部の癖にE組なんかに負けたのかという落胆とE組の勝てたという歓喜の声……反応の差はかなり大きいものだった。しかも、女子の方もバスケ部に勝利していて、余計にだった。ぞろぞろと帰り始めた人の波……彼らは知らないんだろうな、この試合の裏側では、二人の先生(かんとく)の数々の戦略のぶつかり合いが起きていたことなんて。

 

「勝った……?」

 

「うん、勝ったよアミサ!ほら、男子も帰ってくるから行くよ!」

 

「う、うん……!わ、まって……!」

 

野球場から出てくる男子の元へおめでとう、お疲れ様と言うために駆け寄るE組の女子たち……私も追いかけようとしたのだけど、その動きはエキシビションマッチを見ていた本校舎の一般生徒たちが教室へ帰る流れの波に逆らう行為に等しくて、私の背の小ささでは飲まれてしまいそうだ……気がついたら私は一緒にいたはずのE組の女子たちからはぐれてしまっていた。

スマホがあれば律ちゃんに頼んで誰かに連絡を繋いでもらうところだけど、あいにくここに持ってきてない……どうしようかと、人の波を避けてなんとか端のほうへ寄りながら考えていると、不意に後ろから手を掴まれ、反射的に振り返った。

 

「……っ!?……え、あなたは……」

 

 

 




「こっち、そこにいてはまた流されてしまうよ」
「え、え、あの……」
「ほら、こっちに校舎へ抜ける道があるんだ」
「う、うん……」

──ピリッ

「…っ、……?筋、痛めたかな……」


++++++++++++++++++++


男子編!
そして終わらなかった!←
ほとんど原作を変えてないですが、オリ主視点で考察は入れてみました。
作者はこの話はどこでも好きですが、描写できなかったところから選ぶなら、女子視点なので入れられなかった、カルマの「足元出てくんなよ殺監督、踏んでほしいの?」のシーンが好きです。殺せんせーなんでもありだなーというところと、最初にその感想が出てくるあたりカルマはドSだなーと再実感する場面……

あと1回、球技大会編は続きます。
今下書きを書いてるのですが……予想外のところで予定外なことが起きました、とだけ予告しておきます。



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球技大会の時間・男の決意

杉野side

 

「進藤」

 

俺は試合が終わってから……というより、最後のカルマと磯貝のプレーによって完全に理事長の戦略についていけなくなってから、地面に座り込んでしまっている進藤の元へ駆け寄った。他の奴らには先に女子の方へ合流しに向かうよう言っといたから、俺がいなくても何とかなるだろ、多分。

 

「ごめんな、ハチャメチャな野球をやっちまって……でも、分かってるよ。野球選手としてお前は俺より全然強ぇ……これでお前に勝ったなんて思ってねぇよ」

 

「……だったら、なんでここまでして勝ちに来た。結果を出して俺より強いと言いたかったんじゃないのか?」

 

確かに、あの朝の時間……俺はお前に立場の差を見せつけられた。まだ、俺のちっぽけな力では抗いようがない、学校というでかい組織に認められた上下関係……それでも、好きな野球で負けたくなかったし、あの教室で身につけた新しい強みを示したかった。俺等が素人ばかりだから、なんていうのは関係ない。俺等だから、進藤に見せてやりたかった。

 

「んー……、……渚は、俺の変化球練習にいつも付き合ってくれたし、カルマや磯貝の反射神経とか、皆のバントの上達ぶり、すごかったろ?」

 

球場の出入口に道具を持ちながら歩いていくE組男子の面々を見つつ話す。放課後の球技大会に向けての練習……無茶だけど無理ではない殺監督のトレーニングの数々。普段ならサボっててもおかしくないカルマだって珍しく真面目に参加してたそれで、E組の技術は格段に上がっていた。

 

「最後のお前の打席……本当は敬遠しようと思ってたんだ。カルマや磯貝はあの度胸試しのようなアレをやる気だったってのにな、俺だけビビってた……ここで俺が打たれたら、お前に大打撃で点数差つけられて負ける……それよりは敬遠して引き分けで終われるように努力したほうがいいんじゃないかって。でも、真尾に言われちまった……お前に、俺は何を見せたいのかって」

 

「…………」

 

「俺は、俺の野球の腕とか俺の野球が好きだって気持ちより……ちょっと自慢したかったんだ。昔の仲間に、今の俺のE組(なかま)のこと」

 

「……本当に、教えられちまったな。お前のすごい所……覚えとけよ杉野。次、やる時は高校だ。……それと、異端児……いや、真尾さんにさ、謝っておいてくれよ」

 

「そこは自分で謝るところだろ。真尾、言ってたぜ……お前が相手のこと、真っ直ぐ見て受け入れる所は嫌いじゃないって」

 

真尾、お前のことを認めるやつが出来たぞ……もうこいつはお前のことを異端児なんて絶対言わねぇと思う。差し出した俺の右手を進藤の右手が握る。いくつもマメのできた、野球を真剣にやってるからこそできる手……負けてらんないな、俺も。……来年も地球があればだけど。

 

 

 

 

 

カルマside

 

「おめでと〜!男子!野球部に勝っちゃうなんて、カッコよかったよ〜」

 

「女子もおめっとさん。三村に聞いたけど、あの第三ピリオドのダンクから巻き返したらしいじゃん」

 

「あの後からアミサが動くたびにマークも動く動く……メグがいつの間にかノーマークになることもあったくらい!」

 

「ただ、明らかにラフプレーが増えてさ……野球の審判と同様、相手側に肩入れしてるから全くファウル取らないの。本人の顔色が全く変わってなかったから分かんないけど、怪我してないかな……」

 

俺らの試合が終了して、野球場から出たあたりで女子達が駆け寄ってきた。ちょうど合流した時にベンチにいた三村や岡島から女子がエキシビで勝ったということは聞いていて……そんな報告聞いたら、男としては負けてられないじゃん?最後なんて俺の得意分野だったこともあって、殺監と……もう野球中じゃないから戻していいか、殺せんせーの無茶振りにも遠慮なく乗って、奴等に対して挑発+αでストレス発散してやった。

それで球技大会の全てのプログラムが終わって後は教室に帰るだけとなり、E組は男女共々口々にお互いの健闘を讃え合う。そんな中で、俺が探していたのは一人だけだったんだけど……さ、あの子どこにいんの?

 

「で、多分誰よりも心配してただろうカルマ、お前は行かないのか?」

 

「……ねぇ、アミサは?」

 

「「「…………え?」」」

 

俺の指摘で途端に周りを確認したり、スマホを持ってる人は確認しだしたりと慌てる女子達……え、もしかして、

 

「さっきまでいたよね……!?もしかして、途中ですれ違った本校舎の生徒の人混みではぐれちゃった?」

 

「り、律!アミサちゃんのスマホに連絡取れない!?」

 

「は、はい!やってみます……、……ダメです、GPSの位置からしてスマホは教室……こちらに持ってきてないみたいです。エニグマの通信機能も同様……」

 

マジで誰も把握してないのかよ!?ぐるっと見回しただけでも女子が観戦していた位置からここに来るまでに距離はあるけど、校舎へ入る道はそんなにないし一本道だったはず……なら迷子って線はほとんどない。それにアミサはバカじゃないから、人の波に飲まれたままじゃなくて端によって流れから抜けるくらいはしてるはずだ。頭に乗せていたグローブを渚君に被せ、俺は球技大会の(気)疲れも忘れてすぐに駆け出した。

 

「……探してくる」

 

「ちょ、なんで僕の上に置くわけ!?……って、もういないし!」

 

本ト……どこにいるわけ?

慌ててた俺は、放置して(置いて)きたE組の奴らの性格を忘れていた……アイツらは、いつの間にか俺が俺自身をさらけ出せるような場所、仲間になりつつあるのと同時に、

 

「カルマってさ……、アミサのこと大切にしてるっていうより……」

 

「男子、何か知らないの?」

 

「あー……磯貝、もう言っていいよな?」

 

「……いいんじゃないかな、もう本人隠してなさそうだし」

 

「だよなー……好きらしいぜ、真尾のこと。修学旅行の時に男子で問い詰めたらやっと自覚しやがった」

 

「そんな前から!?ていうか、あんだけ一緒にいて自覚したのその時なわけ!?」

 

「ということは、最近のあの露骨なアピールも焼きもちを隠さなくなったのも……自覚したからこそ吹っ切れて周りを牽制してるってこと……?」

 

「それにアミサの方は自覚してないけどカルマからの一方通行ってわけでもないから……うっわ、ややこしっ!」

 

「ですよね〜、なのになかなか進展しなくて先生かなりやきもきしてます」

 

「殺せんせー、いつの間に……」

 

……とんでもなくゲスくて、下世話なヤツらの集まりだってこと。まさか俺の片思いが女子にも暴露されてるなんて知るはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、えっと……」

 

「……さすがに、僕が分からない……とか言わないよね?」

 

「……、浅野くん……」

 

あの人混みから抜け出せなかった時、背後から手を引いて助けてくれたのは浅野くんだった。彼曰く、偶然すれ違う時に流されかけて慌てている私を見つけて、人混みに埋まっているままだと怪我をするか踏まれそうだったから放っておけず、一緒にいた仲間を先に行かせて私を拾いにきたってことだった。正直壁際まで一人で行けるかすら不安だったからかなり助かったのだけど、拾ったって。……確かに小さいからできるかもしれないけど……拾われたのですか、私。

 

「よかったよ、ここで流石にわからないって言われたらね……」

 

「さ、さすがに、何度も会ってますから……」

 

「何度会っても『誰でしたっけ』って言う時あるからね、キミ」

 

「……う、…ごめんなさい。……あの、あそこから抜け出すの助けてくれて、ありがとございます。……あと、野球……A組優勝おめでとございます」

 

「ああ、ありがとう。E組こそ、エキシビションは男女どちらも勝利したようだし……バスケはキミが流れを引き戻したって聞いたよ」

 

「……私、何にもしてないですよ……そうみんなにも言ったのに」

 

「そんなことは無い。バスケの選抜チームにはもちろんA組所属のバスケ部からも選ばれていてね……小さな選手にかなり翻弄されたと報告を受けているよ。最初のインパクトが強すぎて、その警戒を最後まで引っ張ったのが敗因とか言ってたけど……切り替えができてないね、勝者であるためには明らかに足りてない部分だ。……と、ここでいいかな」

 

話しながら歩き続け、人の波が落ち着いた壁際まで連れてこられ、そこで私たちは向き合う形で立ち止まる……あと少しもすればほとんどの生徒は教室へ帰っているだろう、そうすれば楽に道を歩けるようになるはずだ。ただ、私が黙ってここで自分からその時を待とうとしたわけじゃない……人混みから抜けるために浅野くんから掴まれた右手がそのままだから、下手に距離を離せない……そのまま話すしかなかったというのも一つの理由だ。

早く、男子のところに合流してお疲れ様って言いたいのに……それに誰にも行き先を告げられなかったから、迷惑をかけていそうだ……私は内心かなり焦っていた。

 

「……あの、浅野くん……私、みんなのとこに、」

 

「真尾さん、何度も言うようだけど。キミは選ばれし人間、E組にいるべきじゃない……その頭脳、今回判明した身体能力……E組に残しておくには惜しすぎる力だ。聞けばE組落ちの原因は教師に非のある暴行未遂の上、赤羽を庇ったかららしいじゃないか……落ち度のない人間を底辺に残すほど、僕等は堕ちてるつもりはないよ」

 

「……っ、私だって何度も言ってます……私の居場所は、A組にはありません……E組は、私を受け入れてくれた……そこなら縛られた当たり前がなくて、私は異端でもなんでもない私でいられます。……それに、私の大事な人たちのことを……カルマを、底辺だなんて言わないでください!」

 

みんなの所に行かなくちゃ、その思いで私から話し出したのに遮られてしまった……その内容にイラッときてついつい言い返す。彼は、彼らは何で上下関係をつけたがるんだろう……私にとってはそんなもの、人間関係の中では二の次、三の次でしかない。立場なんて気にせず、その人の中身を見て判断したい……浅野くんのことだって例外じゃないのに。……なのに、この人は中身が見えない……いつもどこか分厚い雲で覆われているようで本心というか、底が何一つ見えないのだ。だからこそそんな人には私自身を出せないし、反発を続けるし、恐怖心を抱く。

ここまでは少しの違いや違う話を間に挟むことはあっても、いつも会った時に必ずする会話だ。だけど、本格的にE組に入ってからもこうして声をかけられるとは思っていなかった。だからこそ疑問だった。

 

「……1年生の時も、2年生の時も思ってた……浅野くんは何で私なんかに構うんですか……?クラスも違って、たまに会ってお話しするくらいなのに。A組には誘うし、今日みたいに助けてくれることもあるし……。……それは理事長先生の命令だから……?そんなの、」

 

「っ、違う!!」

 

大人のいうことだからって従うのは絶対にしたくない、そう続けようと思ったのに、突然の大声での否定で、私は目を固く閉じてびくりと肩をすくませる。そうしたら、目の前で慌てるような気配があって……浅野くんは怒った、わけではないのだろうか。恐る恐る目を開けたら、困ったような顔で繋いだ私の右手を浅野くんが両手で握り直す所が目に入った。

 

「す、すまない!……怯えさせるつもりはなかったんだ……確かに理事長も目をかけるほどの学力と身体能力……今のA組の底を上げる力となるって意味で勧誘し続けていたのは間違いない。でも、違う、そんなのは建前だ……本音は、僕がそうしたいと思ってるから……」

 

「浅野く、」

 

「入学当初から、キミが自分の信念を曲げずに貫き通す強さを見てきた。人から聞いた話ではなくて、相手を見て、話して自分で判断する公正なところも。あの日、図書室で声をかけたのは偶然じゃない、僕自身……話しかけるタイミングをずっと見計らっていたから」

 

彼は、いったい────

 

 

 

 

「……僕はキミを一人の女性として大切に想ってるんだ」

 

 

 

 

……今、はじめて雲を通していない素の浅野くんを見た気がする。見た気がするけど、……何かとんでもないことも言われた気がする。

私は不本意だけどよく、他人とは物事の見方や考え方がズレていると言われる……でも、彼の真っ直ぐ私を見る目に嘘とか騙そうなんて色が見えなくて、戸惑うしかなかった。だって、会うたびに私の周囲を否定するような物言いばかりだったから……はじめて言われた言葉の意味は伝わってはきたけど、そのまますぐに信じることなんてできなくて……これは、浅野くん自身の思いなの?それとも、私を支配下に置きたいがための方便なの?……って。

 

「大切って、……友だちだからとか、」

 

「女性としてと言っただろう。……キミが結構天然でズレてる所があるのも知ってたさ……だけど、直接言葉で伝えたものは真っ直ぐ受け取ってくれるのもキミだろう?だったら、僕の言いたいことは分かってるはずだ。……キミを認めない奴等からは僕が守るよ。…理事長()なんて関係ない……A組に誘うのも、僕の近くなら守りやすいからだ。だから……」

 

「だからって、E組(うち)の小動物を拉致った挙句に口説くのやめてくんない?」

 

急に声が聞こえたかと思えば、浅野くんの背後に彼と同じくらいの体格の赤髪さんが見えて……彼は浅野くんを追い越して私の後ろまで来ると左肩を軽く掴んで自分の体の方へと引いた。その為に私は右手を浅野くんと繋いだまま、体はカルマに引き寄せられていることになる。自然と引っ付くことになるカルマの心臓の音は早くて、少し息が荒い、慌てて探してくれてたんだということが分かった……あ、今小声で「律、発見したからこれから連れて帰る」って言うのが聞こえた。これは、ちょっとした大事になってること確定だ……。浅野くんは背後から来ていたこともあってカルマが来るのが見えていなかったみたいなのに、視界に入れても冷静な態度を崩すことはなく正面からカルマを見据えている。

……ただ私は、いきなり出来てしまったこの状況をちゃんと飲み込めていなくて……ちょっと今の光景を客観的に見たら……私より20cmくらいの身長差がある二人に前後から挟まれていて、周りからは私は完全に隠れているだろうし、ま、まさか……!?

 

「……赤羽か……見て分かる通り、今彼女は僕と話しているんだが。邪魔しないでくれないか?」

 

「プルプル震える小動物を迎えに来て何が悪いの?……アミサ、みんな心配してた……頼むからスマホでも何でも連絡手段はちゃんと持っといてよ……めっちゃ捜した」

 

「怯えさせるつもりは無いさ、真尾さんは真剣に僕の話の真偽を見極めようと聞いてくれていたんだしね。そうだろう?……だいたいなんでお前は名前を呼び捨てなんだ」

 

「アミサ、こんな奴ほっといてさー、E組帰ろ?男子も野球、頑張ったんだから労ってやってよ。……一緒にいる時間が違うんだから当然じゃん」

 

「あ、え、えっと、私って今宇宙人なの……!?」

 

何をどうしたらその感想が出てくる。

何をどうしたらその感想が出てくるの。……大方身長差で周りから見たら捕獲された宇宙人な状況、みたいに思ったんだろうけどさ……」

 

声を揃えて言われた。そしてカルマ、正解です。だって、二人ともいつもどおりの口調、話す速さなのに……言葉の色んなところにお互いに向けたトゲが見えて、なんか、見えない火花がバチバチしてるというか……私が入り込む隙間がなくなっているんだからしょうがないじゃないですか。その様子に慌てて色々考えている間に変な方向へ思考が飛んでたのだ。

二人が言い合いしていることで、私が完全に展開についていけなくなっていることをやっと気づいてくれたのか……二人して大きくため息をついて言い合いをやめてくれた。……睨み合いはまだしてるけど。

 

「……はぁ、まあいい……真尾さん、有耶無耶になる前にさっきの質問に答えが欲しい。……A組においで」

 

「……懲りないよね、浅野君って。アミサはE組の一員だよ……俺等の、俺の大事な子。……E組に帰ろ、アミサ」

 

二人して、違うことを言ってるのに、同じように私を掴む場所に軽く力を込めている。私だって人から向けられる喜怒哀楽の感情に対しては鈍くない……と思う。それだけ二人からの真剣な思いは伝わってきた……だけど、私の中ではずっと気持ちは変わってないから。やんわりと、握られてなかった左手で浅野くんの両手を外していく。

 

「……浅野くん、ごめんなさい。私のことを守ろうとしてくれてるのは分かったけど……私はやっぱりE組がいい。……大事な居場所で、帰りを待ってくれてる人がいるから。一緒にいたい人たちがいるから。……だから、A組には行けないです」

 

「ということだから連れてくね。……アミサがちゃんと出した結論なんだから、無理矢理なんてことはしないでしょ?」

 

「……当然だ。だが、今回は引くからといって僕は諦めるつもりは無いし、……僕の気持ちに嘘はない。即答しなかったということはそいつと何か関係があるわけでもないんだろう?……まだ返事はいいから、考えておいてくれ」

 

「……、」

 

「……アミサを保護してくれたことには感謝しとく。……行くよ」

 

そうしてカルマに連れられるがままE組校舎への道を歩く……浅野くんは追ってこなかった。だけど、気になって一度振り返ったら、さっきの場所から私たちをじっと見つめているのが見えて……浅野くんの気持ち、か。素直に気持ちを受け取ってもいいというなら、彼が言いたかったのは『私のことを恋愛対象として見ている』ということなんだろう。私は言われるまで、その向けられた思いに全く気づいていなかった……正直今でも実感してない。本当にいつから、だったのかな。

気がついたら、E組校舎へ向かう山道の入口にたどり着いていてカルマは足を止めた。ここまで来てしまえば人通りはほとんどないし、安心していられる……ほっ、とようやく息をつけた気分でいた時にカルマから声をかけられた。

 

「めっちゃ、心配した……野球終わって女子が来たかと思えばアミサはいないし。慌てて探しに行けば浅野君なんかに絡まれてるし。本トに……目が離せない」

 

「……カルマ、来てくれてありがと。こういう時、小さいのは不便だね……」

 

「どーいたしまして。……俺が着くまでに、何か、された?」

 

「さ、れてない」

 

「…………質問変えてあげるよ。何か言われた?」

 

「…………」

 

言われた。いつものことではあるけど、E組を底辺って。カルマが全部原因だってニュアンスで言われた。……私のことを大切に想ってるって、告白された。前半はともかく後半を人に軽く言ってしまっていいものなのか……そう考えると何も言えなくて、私はカルマと目を合わせられず、口を開けたり閉じたりを繰り返すしかなかった。

 

「……まあ、なんとなく察しはつくけど。敵はE組だけじゃないってわけね……」

 

「カルマ……?」

 

「ん?なんでも。……ねぇ、アミーシャ」

 

「!」

 

カルマが、私の本名を呼んだ。わざわざ呼び方を変えたってことは、普段の会話とは違うことを話すってことだろうか。自然と私は顔を上げ、真剣な顔をした彼と目を合わせていた。

 

「俺も、伝えたいことがある。……だけどアミーシャが理解できなくちゃ意味無いし、俺自身がまだアミーシャの光になれてない」

 

「伝えたいこと……光……?」

 

「そ。全部は聞いてないけどさ、リーシャさんに教えて貰ったんだよ。……アミーシャには本来歩むべき道があるってこと……それが暗くて密やかなものだってこと。リーシャさんはその暗い道の中でアルカンシェルっていう光を見つけて新しい道ができた……同じように、まだ見つかってないアミーシャにとっての光に俺がなれるかもしれないって言われたんだ」

 

「お姉ちゃん、が……」

 

お姉ちゃんがあの時カルマと話してたことはこれなの……?一番隠しておきたい人に一番隠しておきたいことを欠片でも知られていることに私は動揺した。だけど、お姉ちゃんがアルカンシェルに出会って、特務支援課の人たちと……ロイドさんと出会って変わったことも事実。そんな存在に成り得るのがカルマかもしれないっていうの……?

 

「だから、待ってて。俺が自信を持ってアミーシャの光になれると思えたら、ちゃんと言うからさ」

 

「……分かった。カルマのことは信じられるから……待ってる」

 

カルマは自分が受けなくてもいいリスクを感じると、サボったりワザと聞かなかったりして自然な動きでそれらを避けていく。だけど、カルマがもっている正義が揺らぐことは絶対にないし、やると決めたらやり遂げてくれる……決めるまでが大変だけど。カルマが目指しているものが何なのかは分からないし、お姉ちゃんも何か1枚噛んでるみたいだけど、彼の目はいつも以上に真っ直ぐで決意の色が見えるから、だから信じれる。

……ただ、私は待つだけだ。本当の私を知ってしまったら、例えカルマだとしてもずっとそばにいてくれるとは思えないから。受け入れてくれるんじゃないかって、期待もあるけど……もしもを考えると、私は踏み出せない。……結局の所、私は臆病なんだ。

 

 

まさか、そんな臆病な私が、みんなのために少しだけでも力を使う日が訪れるなんて……今の私には信じられないことだったのだけど。

 

 

 




※あの時、睨み合っていた二人と一人
「(こいつ……)」
「(口には出してないけど……)」
「「((確実に彼女へ同じ気持ちを向けてる……敵だ!))」」
「(二人して同じこと言わなくてもいいのに……でも揃うなんて仲いいなぁ)」



「それはそうと……よっと、」
「!?!?!?え、あの、カルマ……!?」
「なーにー?あ、このまま行くからね。暴れたら投げ捨てるよ」
「いつかの再来!?な、なんでいきなり、私は抱っこされてるの……?」
「右足、痛いんでしょ?ずっと庇ってる。平地ならともかくこの山道を登らせるほど、俺は外道じゃないから」
「え、えぇ、重いからやめてって前も、(そういえば、カルマが最初に肩を掴んだのも、手を引いたのも左側……体重をかけても負担がない側に引き寄せてくれてたんだ。)」
「怪我したのを隠してるのが悪いし、軽いから」



「あ、帰ってきた〜!」
「アミサ!あんた、一人になるかもしれないならせめて律を連れていきなさい!」
「だ、だって、こんなことになるなんて思わなかったんだもん……!」
「ていうか、カルマクーン……?見せつけてくれちゃってぇ……?」
「山道登るのにお姫様抱っこって、少女漫画か!」
「ちょ、は……?まさか」
「あ、カルマー、女子も知ってんぞ」
「はぁ!?何バラしてくれちゃってんの!?ていうか、これはアミサが足痛めてるの隠してたからで、別に他意とかはなくて、あー、もうビッチ先生でいいや、手当してやってよ」
「『でいいや』とは何よ!やってあげるけど!」


++++++++++++++++++++


球技大会、終わりました……!
気づいたら浅野君登場してたし、お相手のカルマより先に告白しちゃったミラクル発生。オリ主ワールドも炸裂。どうしてだろう……笑
一応オリ主は、分かってないわけでは無いです。ただ「自分なんかに」と自己評価が低いのと、自分の本来の道を考えると自由な恋愛が想像出来ていないだけだったりします。今後どうなることか……


次回、鷹岡先生が来ます。
……オリ主の立ち位置に悩みます。隠すか、前に出すか……きっと書くうちにまたキャラクターたちが勝手に動くと思われるので、その流れに任せようかと。



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訓練の時間

 

烏間side

7月……椚ヶ丘中学校3年E組の子どもたちの中学校生活が、ただ行事を楽しみ学業に励む学生生活から担任である超生物の暗殺を虎視眈々と狙う暗殺教室へと様変わりして3ヶ月。体育の時間を使った暗殺技術の訓練も4ヶ月目に突入しようとしていた。

ジャージ姿でナイフやエアガンを扱うE組の生徒たちと、スーツを着たまま生徒と組手や指導を行う俺が校庭で訓練している……その光景はいつの間にかこの場所では当たり前のものになっている。今はナイフ術……ペアを組んで素振りを行ったあと、各自準備が出来た者からコンビ、または単独で俺に対してナイフを当てに来る実践訓練だ。宣言してから仕掛けても、不意打ちで仕掛けてきても構わないルールとしている……その方が、俺自身の訓練にもなるからな。

 

「視線を切らすな!次に標的がどう動くかを予測しろ!全員が予測すれば、それだけ奴の逃げ道を塞ぐことになる!」

 

訓練4ヶ月目に入るにあたって、奴の暗殺に重要なアタッカーとなり得る『可能性』がありそうな生徒が増えてきた。

 

 

 

────磯貝悠馬、前原陽斗。

 

「行くぞ」

 

「おうよ!」

 

運動神経がよく、仲も良い2人のコンビネーション……2人がかりなら……俺がナイフを当てられるケースも増えてきた。

コンビでのナイフ術は、個人の能力だけでなくペアとどれほど意思疎通ができるかも重要になってくる。ペアの動きを予測し、動線を邪魔しないようにしながら如何にナイフを当てる隙を作るかが勝負の決め手だ。この2人は幼馴染らしく相手の考えや動き方を口に出さなくても理解し合っている……いいペアだ。

 

 

 

────赤羽業。

 

「ちぇ、……ちょっとセンセー、動かないでよ〜」

 

「足払いを狙っているのが見えるぞ、他へ意識を向けさせる方法を考えろ」

 

一見のらりくらりとしているが……その目には強い悪戯心が宿っている。どこかで俺に決定的な一撃を与え、赤っ恥をかかそうなどと考えているようだが……そう簡単にいくかな?

基本単独で挑んでくるが、毎度トリッキーな仕掛けを隠し持っていたり戦術を考えて実践したりとなかなかの曲者だ。……ケンカでE組落ちとなったと聞いていたが、ここでは立派な戦力、対人戦闘に慣れているようで武器の扱いも頭一つ抜き出ている。

 

 

 

────岡野ひなた。

 

「よっと、」

 

体操部出身で意表をついた動きができる、近接戦闘特化の生徒。

以前バランス感覚の授業を行った際に、体操技術を駆使すれば相手の予想外な攻撃ができると学んだのか、今では積極的に繰り出してくる。唯一、ナイフを手で持つだけでなく、足技でも仕掛けてくる存在だ。

 

 

 

────片岡メグ。

 

「はあっ!」

 

男子並みの体格(リーチ)と運動量を持つ、女子のリーダー。

単独でも機動力の高さが厄介だが、ペアを組んだ際の指揮能力もかなり高い。勝敗を分ける一瞬の決断と統率力を兼ね揃え、前衛も後衛もこなせるオールラウンダーと言えるだろう。

 

 

 

「『そして殺せんせー。彼こそ理想の教師像だ。彼のような人格者を殺すなんてとんでもない』

……人の思考を捏造するな、失せろ標的(ターゲット)

 

そういった瞬間に口で「シクシクシクシク」と言いながら、砂場でタージ・マハルを作り始めた超生物……相手をするのも面倒なので放置しておくことにする。

寺坂竜馬、村松拓哉、吉田大成の3人は未だに訓練に対して積極性を欠く……体格に優れ、本気を出せば即戦力となりうるが……。全体を見れば生徒達の暗殺能力は格段に向上している。この他には目立った生徒はいない……いや、そういえば

 

────ぬるり、

────ジャラ、

「っ!!」

 

「い、痛ったた……」

 

蛇が絡みつくようなねっとりとした突然の殺気を感じ、慌てて防御をすると、吹っ飛ぶ1人の生徒……潮田渚。小柄故に多少はすばしこいが、それ以外に特筆すべき身体能力は無い、温和な生徒。慌てたように俺の背後から一人の女生徒、真尾さんが潮田くんに駆け寄り、首の辺りを押さえる彼に怪我がないかを確認しているのを見て、俺も我に返った。

 

「……!すまん、ちょっと強く防ぎすぎた」

 

「あ、へ、へーきです」

 

「渚くん、だいじょぶ……?ごめんね、私だけつい避けちゃった……」

 

「いや、バレちゃったものは仕方ないから。アミサちゃんが投げられるよりは全然いいよ」

 

どうやら彼ら二人はコンビで暗殺宣言無しのナイフを仕掛けてきていたらしい……俺に向けた闘志、殺気が全く見えなかったために、彼のことを考えた防御を取れずに結構本気で吹っ飛ばしてしまった。怪我がないようで安心したが……、気のせいか?今感じた得体の知れない気配は……

俺は、今の潮田君を目にした衝撃からか忘れていた……いや、考えないようにしていたのかもしれない。俺の感じた得体の知れない気配は、一つではなかったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日の体育はここまで!」

 

渚くんと一緒に烏間先生に仕掛けたあと、再び挑む気にはなれなくて……渚くんだけじゃなく、カルマやカエデちゃん、愛美ちゃんとペアをいくつか変えながら組み手をしているうちに体育の時間は終わっていた。

息一つ乱さず、普段と変わらずストイックな様子を崩さずに校舎に戻っていく烏間先生は授業中でも私生活でも中々隙が見えない……今も陽菜乃ちゃんが放課後のお茶に誘ってるけど、防衛省からの連絡待ちだとかで断ってる。……なんていうか、壁というか一定の距離を保ってそれ以上近づかないようにしているようで……それは私たちのことを考えてくれているから、というのはよく分かるけど、ただ任務のために、なのかな……

 

「……?誰だ、あの人……」

 

「新しい先生……?なんかすごい荷物持ってるけど」

 

クラスの誰かの呟きに、飛んでいきかけていた思考から戻ってきた。みんなの目線の先には、烏間先生と一言二言話したあとにこちらへ近づいてくる大柄な男の人……彼はにこにこと笑顔を浮かべながら抱えた大量の荷物を広げ始めた。

 

「やあ!今日から烏間を補佐してここで働くことになった、鷹岡明だ。よろしくな、E組の皆!」

 

広げた荷物の中身は食べ物だった。ケーキとか、飲み物とか……詳しい子たちが言うには、『ら・へるめす』とか『もんちち』とか、ブランドものの高価なやつみたい。私はそういうのは全然知らないから、あまりピンと来ないけど……既に手をつけ始めている子たちもいれば、磯貝くんのようにこんな高価なものは恐れ多い……!みたいに恐る恐ると近づく人もいて、滅多に口に出来るものじゃない美味しいもの、という認識だ。この人曰く、烏間先生より後に来たから馴染むのに日にちをかけるのは時間がかかるため、まずはみんなで食べ物を囲んで仲よくなりたい、ということだった。……いつの間にか殺せんせーまで混ざっている。

 

「アミサちゃん、食べないの?美味しいよ!」

 

「……カエデちゃん……えっと、……」

 

「あ、そっか。僕らが連れていくのって基本近場だし……ブランドものって言われてもアミサちゃん分からないか」

 

「う、うん……それに、いきなりケーキとかいわれても……」

 

「……なんだ、お前はいらないのか?もしかして甘いもんは苦手だったか?それは悪かったなぁ……俺が砂糖ラブなせいで今日は甘いもんしかないんだ」

 

「!」

 

甘いものが大好きで美味しそうに食べているカエデちゃんの近くで、その様子を見ているだけだった私を見つけたのか、鷹岡さん……明日以降体育では烏間先生に代わって授業をするらしいから鷹岡先生かな、に急に声をかけられて驚いた。私は甘いものは好き、だけど……鷹岡先生が話している姿を見て、ちょっとした時に人を舐めるように観察する些細な仕草を見て、この人の中身と表面がぶれて見えた気がして……そんな人から物を受け取っていいものかと躊躇ってしまっていた。でもそんなことを直接言うわけにもいかないから、慌てて当たり障りのない言葉で覆い隠す。

 

「い、いえ……その、私、外国育ちで……あんまり知らないといいますか……食べ物のブランドと言われても、よく分からなくて……だから、まずは見ていようかと」

 

「食べ物を食べずに見てるって何?!……相変わらずのアミサ節だねぇ……」

 

「あー、まあ、いきなり来ていきなり出されちゃ戸惑うわな!気にすんな気にすんな!これから時間はある、少しずつ慣れてくれりゃあそれでいい!」

 

「烏間先生と同じ防衛省の人なのに、随分違うんスね」

 

「なんか近所の父ちゃんみたい」

 

「!……いいじゃねーか、父ちゃんで!同じ教室にいるからには、俺たち家族みたいなもんだろ?」

 

……また、だ。どこか私たちの反応を観察して、それからそれに合わせて対応する……臨機応変に私たちの心を早く掴めるよう動ける柔軟な人に見えるし、実際みんな鷹岡先生のことを受け入れていると思う。だけど、知らない人のことをここまで早く受け入れられるものなのかな……だって、明日からこれまで指導してくれていた烏間先生の授業じゃないんだよ?多分だけど烏間先生は本職が教師じゃないからこそ、私たちを暗殺する側として対等に見ているからこそ、一線を引いていたんだと思う。じゃあ、鷹岡先生は、私たちのことをどう見てるの……?

私は、なぜか得体の知れない気持ち悪さを感じて、少しだけみんなと距離をとった位置にいることに。そこへカルマと陽菜乃ちゃんが近づいてくる。

 

「アミサ……あいつ、どう思った?」

 

「……私は、はじめてこの教室に来て見た授業が烏間先生のだった。この人は、指導教官としてすごい人だって感じて……この人だったら指導、受けてみたいって思った。……鷹岡先生には悪いけど、それが感じられなくて……」

 

「……それがアミサの直感か……」

 

「そっかぁ〜……私も、烏間先生の方がいいなぁ……」

 

「陽菜乃ちゃんは、烏間先生大好きだもんね」

 

「うん〜…」

 

残念そうというか、少し悲しそうな陽菜乃ちゃんと一緒に校舎を見上げると……教員室の窓にもたれ掛かりながらこちらを見ている烏間先生がそこにいて、私と陽菜乃ちゃんは一度顔を見合わせたあとに彼に向かって笑顔で大きく手を振った。私たちは、烏間先生のことが好きなんだよ、授業を受けたいんだよっていう思いを込めながら。烏間先生からは反応がなくて、でも私たちの行為を見て一瞬固まったから見てはくれたんだと思う。「振り返してくれなかったねー」なんて、陽菜乃ちゃんと話す私の横で、カルマは終始難しい顔をして鷹岡先生のことを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。今日の体育から鷹岡先生の授業だ……中休みに一緒にサッカーで遊んだ人たちもいて、とてもフレンドリーで親しみやすい先生だったと言っていた。だからきっと訓練も楽しいものになる……みんな、そう信じて疑ってないみたいだった。やっぱり、私がただ考えすぎてるだけなのかな……憂鬱な気分を周りに見せないように隠しながら、体操服に着替えて来ようと着替えを持って席を立った時、カルマが手ぶらで制服のまま教室を出ようとしていた。

 

「……カルマ?次、体育だよ。着替え……」

 

「あー、俺サボる。あいつどうにもわざとらしいし胡散臭くてさ〜……って、……どうかしたの?」

 

「……っ……な、にが?どうもしてないよ。……そろそろ行かなきゃだから……」

 

なんで、もうバレてるんだろう。それでも正直にこの説明出来ない気持ち悪さを言うことも出来なくて笑顔を貼り付けて誤魔化すと、カルマは眉間に皺を寄せて少し考え込み……教室を出ようとしていた足を戻して、自分の席に座った。いきなりどうしたのだろう、着替える気になったのかと思って見ていれば、彼は平然とゲームを取り出して電源を入れ……え、カルマ、もうすぐ授業……

 

「……、あいつの授業、出る気は無いけど最初は教室で見てるから。途中からは分かんないけど」

 

「へ……?」

 

「俺も嫌な感じがする。それに、アミサの直感は馬鹿にできないから……気をつけてね」

 

多分これが、彼なりの最大の譲歩なんだろう。本能的にリスクを避けて……だからといって何かあった時に飛び込めないわけではない位置に待機するという妥協案を出す。……まあ、カルマが見ている間に異常がなさそうならどこかにフケる気満々みたいだけど。その場でピコピコゲームを始めて、本当に動く気がなさそうだったから私は一つ頷いて着替えを持つと、先に他の女子たちが着替えている空き教室へと向かった。

 

「……何もないかもしれないしね」

 

 

++++++++++++++++

 

 

校舎から離れた校庭の片隅に私たちは集まり、体育が始まるのを待つ。鷹岡先生はどんな授業(訓練)をするんだろうとみんなワクワクしながら話していて、チャイムが鳴るとともに校舎からのっしのっしと歩いてくる先生の姿を見ると並び直す、が……どことなく緩い。もう、この時点で違いが出ている。訓練をするということは、普通の体育に比べて危険もレベルも上のことをするということ……烏間先生の授業なら自然と整列して、真剣に向き合う気持ちがあったというのに。

 

「よっし、みんな集まったな!では今日から新しい体育を始めよう!ちょーっと厳しくなると思うが……終わったらまたうまいもん食わしてやるからな!」

 

「そんなこと言って、自分が食べたいだけじゃないの?」

 

「まーな、おかげ様でこの横幅だ。……さて、訓練内容の一新に伴ってE組の時間割も変更になった。これをみんなに回してくれ」

 

自分の体型をネタにして、みんなの笑いを取りに来る……やっぱり普通にいい人?軍隊出身と言っていたわりに家族のように接してくれるから、一線を引く烏間先生よりは近くに寄りやすいといえば寄りやすいし、でもやっぱり緊張感はどこにもないし……どっちつかずの思いのまま、私は私の結論を出せずにいた。……新しい時間割を見るまでは。

 

「な、何だよこれ……」

 

それは、とてもありえないものだった。午前中3時間にだけ組まれた教科の授業……午後から夜9時にかけて行われる訓練……必要最低限の中学生としての生活すら保証されていない。この人は理事長先生に許可をとったというけど……当たり前だ。あの人は『E組は何よりも下になければならない』という考えを持つ人で、訓練ばかりで勉強に力を入れなければ必然的に学力は落ちる……承諾しないわけがない。

 

「この時間割についてこれれば、お前らの能力は飛躍的に上がる。まずはスクワット100×3回、次に……」

 

「ちょ……、待ってくれよ、無理だぜこんなの!勉強の時間これだけじゃ成績落ちるよ!理事長も分かってて承諾してんだ!遊ぶ時間もねーし……出来るわけねーよこんなの!」

 

当然納得できる生徒は誰も居なくて、 私たちの声を代弁するかのように前原くんが抗議の声をあげる。それを困ったように聞いていた鷹岡先生は、笑いながら手を前原くんの頭の上に置いて……置いて?いや、あれは置いてるんじゃなくて、押さえてる……、

 

「前原く、」

 

────ガスッ!

 

「ぐ、あ……!」

 

「『できない』じゃない、『やる』んだよ。言っただろ?俺達は『家族』で俺は『父親』だ……世の中に父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」

 

躊躇なく、前原くんのお腹を蹴り上げた……前原くんは地面に落とされ、胃液を吐いて蹲っている。事が起きたのも、鷹岡先生が豹変したのも一瞬のことで、何が起きたのか分からなかった。すぐに近くにいた磯貝くんやひなたちゃんが彼を支え、容態を確認している……思い切り蹴られていたが、意識はあるようだ。

 

「抜けたいやつは抜けてもいいぞ?その時は俺の権限で新しい生徒を補充する。けどな、俺はそんなことしたくないんだ。お前らは大事な家族なんだから……父親としてひとりでもかけて欲しくない!家族みんなで地球を救おうぜ、なっ?」

 

そう言って三村くん、有希子ちゃんの肩を組んで有無を言わせない口調で強要する鷹岡先生……「お前は父ちゃんについて来てくれるだろ?」って。明らかに怯えの色を見せている有希子ちゃんは、それを押し殺すように笑顔を見せて……立ち上がる。

 

「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

 

ハッキリと、告げた。その瞬間に鷹岡先生は舌なめずりをして、有希子ちゃんの顔を張り飛ばした。慌てて杉野くんや渚くんが彼女に駆け寄る……ぐったりとしていて、辛そうだ。

 

「お前ら、まだ分かってないようだな……『はい』以外にはないんだよ」

 

……私は、気づいていたのに。

……この人の裏側を、外見からは見えない内面のブレを、見ていたはずなのに。

……やっぱり、受け入れちゃ、いけない人だったんだ。

私は万が一のために、とポケットにしまっておいた機械に手をかけ、蓋を開ける。前原くんと有希子ちゃん……距離はそんなに離れてないから十分範囲に入る。

 

「文句があるなら……、なんだ、この光は……?」

 

「……エニグマ、駆動……!」

 

鷹岡先生の話す言葉を無視し、私はエニグマを構えながら立ち上がり、前原くんと有希子ちゃんの間へ移動する。みんながいきなりの私の行動に驚く中、フワリ、と私の周りに青い光が生み出される……エネルギーの余波で私の髪が、服が、エニグマに付けたキーホルダーが揺れる。空気が揺れ動き始めたのを感じたのだろう、鷹岡先生が訝しげに私を見つめてきた。一応この導力技術は国の上の立場だったり軍隊所属の人なら知っている人もいる……私の行動に気づいたとして止めに来ても、もう遅いけど。

 

「いきます……≪ブレス≫(範囲回復魔法)!」

 

瞬間、私を中心に風のアーツを象徴する緑色の光が広がり……前原くんと有希子ちゃんの周りを風と緑色の光が駆け巡る。その光が空気に溶けて消えた時、ハッとしたように前原くんが勢いよく体を起こした。

「あれ、腹が痛くない……」

 

「私も、……まさか、」

 

「……貴様、何をした?」

 

パチリと、エニグマの蓋を閉じた私は、怒りの感情を浮かべてこちらを睨みつけている鷹岡先生を真っ直ぐ見返す。その怒りは無理もない……たった今、彼の教育的に罰を与えたはずの2人が回復し、その要因が私だと明らかだからだ。

 

「あなたなんかに……私の大事なクラスメイトを傷つけるあなたなんかに、お話しする筋合いはありません。それに私は、あなたを父とは認めない……私の父は、1人だけ……すべての技術を私たち姉妹に託して逝った、尊敬する1人だけです」

 

「ほう、父ちゃんに逆らうのかァ……いいぞ、文句があるなら拳と拳で語ろうか?父ちゃんそっちの方が得意だぞ!」

 

「アミサちゃん……!」

 

構えを作り拳をぐるぐると回す鷹岡先生を、私は敢えて見つめる。反論した上怖がらず、逃げようとする素振りさえ見せない私に苛立ったのか振り落とされる拳を、私はほとんど動かないで避けて見せた……まるでカルマと磯貝くんが球技大会のバットを避けたあの動きのように。拳が当たらなかったのが気に食わなかったのだろうか……鷹岡先生は余計に苛立ったように再度腕を振り下ろしてきて、私は今度はそれを軽く後ろに跳ねるようにして避け、入れ替るように拳を阻む手が現れる。

 

「やめろ、鷹岡!それ以上……生徒達に手荒くするな。暴れたいなら、俺が相手を務めてやる」

 

「「「烏間先生……!」」」

 

「そろそろ介入してくる頃だと思ったぞ、烏間ァ……だがなこれは暴力じゃない……教育なんだ。暴力でお前とやりあう気は無い……対決(やる)ならあくまで教師としてだ」

 

烏間先生が来たことで、私たちは一気に安堵の気持ちで溢れる……先生が私たちと距離を開けていたとしても頼りになる人だということは、この3ヶ月一緒にこの教室で生活を続けてきてみんなが知っている事だったから。渚くんたちの近くへ行きながら、私は軽く頬を撫でる……鷹岡先生の2度目の手が、かすっていたから。冷静じゃない、相手を舐める動きは単調だから避けやすいのは当たり前だけど、怒りで逆にターゲットを絞るって……腐っても軍人ってことだ、どんな頭の作りをしてるのだろう、この人。

 

「アミサちゃん、無茶したね……ほっぺた、腫れてるよ」

 

「だって……我慢、出来なかったもん。カルマと磯貝くんだって出来たんだから、あれを避けるくらい私もやらなきゃって」

 

「だからって……」

 

私に避けられ、烏間先生に止められた鷹岡先生は、焦るでもなく怒るでもなく大して問題のないような顔をして対先生ナイフを取り出して提案をしてきた。曰く、烏間先生がこれまでに育ててきた生徒を1人選び、鷹岡先生とナイフで一騎打ち……生徒が1度でも鷹岡先生にナイフを当てることが出来れば烏間先生の教育方法が優れていることを認めてここを去る、と。それを聞いて、希望を見出した私たちは顔を明るくさせる。ナイフ術の成績優秀者は烏間先生に当てることが出来る人もいるくらいだ……何もしないよりも可能性が出てきた、って。だけど、そんな私たちを嘲笑うかのように付け足された条件に、みんなの顔色は真っ青になる。

 

「ただし、もちろん俺が勝てば今後一切口出しさせないし……使うナイフはこれじゃない。殺す相手が俺なんだ、ナイフも本物じゃなくちゃなァ……安心しな、寸止めでも当たったことにしてやるよ」

 

対先生ナイフを投げ捨て、カバンの中から取り出したのは本物の、刃がついたナイフ。人を、傷つけるかもしれない凶器。ナイフなら、と覚えのある生徒が前に出ようとしていたけど、使う武器がそれだと分かると足を止めてしまった。みんながそれに恐怖しているのを分かった上で鷹岡先生は楽しそうに1人選ぶように烏間先生へ強要する……生贄とするのか、見捨てるのか、それを選ばせるかのように。烏間先生は地面に突き立てられた本物のナイフを抜くと、少し迷いながらも歩き出す。

 

「……渚君、真尾さん、やる気はあるか?」

 

選んだ生徒は、私と渚くんだった。もしかしたら烏間先生は昨日2人で仕掛けたことで、気づいたのかもしれない。渚くんのもつ、得体の知れない気配の正体に……私の、微かにでも出してしまった殺気に。

 

「選ばなくてはならないならおそらく君か真尾さんのどちらかだが、返事の前に……真尾さん、先程のは導力魔法(オーバルアーツ)で間違いないか?」

 

「…!……はい」

 

「……後で、話を聞かせてくれ。……渚君、俺の考え方を聞いてほしい。地球を救う暗殺任務を依頼した側として……俺は君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払う最低限の報酬は、当たり前の中学生活を保障することだと思っている。だから……このナイフを無理に受け取る必要は無い」

 

……やっぱり、烏間先生はそれで私たちに一線を引いていたんだ。プロとして、先生と生徒という立場を除いても対等な立場として、真っ直ぐ私たちを見てくれるこの目。この目を見たから私はこの人を指導教官として信頼するし、私たちの先生だと自信を持って言える。

だからといって渚くんに危険なことをさせたくない、そう思って戦闘経験のある私が名乗り出ようとした……時だった。渚くんに止められたのは。

 

 

「……アミサちゃん、僕がやるよ。既にアミサちゃんは1度、僕達のために動いてくれた……だったら次は僕の番だ。それに……前原君と神崎さんの事、許せない」

 

「渚くん……でも、……、わかった。……渚くん、これは〝倒さなくていいから〟」

 

「!うん……僕がやります」

 

そう言ってナイフを受け取り、渚くんは鷹岡先生の前に出て、入れ替わりで私は下がる。対先生ナイフと本物のナイフでは重さが違う……命を軽く奪えてしまう、傷つけてしまう……手にかかる、覚悟が。だけど、渚くんならだいじょぶだって自然と思えたから……

 

「おい、渚は当てれんのか?」

 

「無理だよ……プロ相手に本物のナイフなんて……」

 

「だいじょぶ、だよ……」

 

「!真尾……」

 

「渚くんなら、だいじょぶ」

 

「さぁ、来い!」

 

その途端、場は一気に静まり返る。

鷹岡先生は、余裕の表情で構えをとる。こんなチビ、目をつぶっていても余裕で勝てる。数回攻撃させて、それらを全て見切り、あとは見せしめにしてやるだけだって。

だけど、渚くんは倒す必要は無い……当てれば勝ち。

 

渚くんはふわりと笑顔を浮かべた。

まるで通学路を歩くように、普通に。

まるですれ違う通行人のごとく、普通に。

 

────勝負は、一瞬だった。

 

「捕まえた」

 

誰もが気がついた時には終わっていた。渚くんが鷹岡先生の背後に周り、ナイフを首筋に突きつけ、もう片方の手で目を塞いでいた。

誰もが唖然としていた。渚くんでは当てられるはずがない、そう思っていたクラスメイトたちも。渚くんを指名した、烏間先生すらも。

私はただ、真っ直ぐその光景を見つめていた。

 

「そこまで!勝負ありですね。……まったく、本物のナイフを生徒に持たせるなど正気の沙汰ではありません。怪我でもしたらどうするんですか」

 

ついに殺せんせーが介入してきた……いや、かなり前から参加しようとはしていたのだけど、教科担任に教育内容は一任される上、暗殺対象が暗殺する側の教育に口出しできないために見ている以外になかったんだ。ようやく手出しができるとばかりに渚くんからナイフを取るとバリバリと噛み砕き始めた。

それを見て、ようやくみんなが動き出す。

 

「やったじゃん、渚!」

 

「よく振れたよな、本物のナイフ……」

 

「いや、烏間先生に言われたとおりにやっただけで……それに、アミサちゃんにも言われたしね。〝倒す必要は無い〟って」

 

「……結果的に、倒してるけどね……カッコよかったよ、渚くん」

 

「あはは……って、痛っ!?なんで叩くの前原君!」

 

「いや、悪ぃ……なんか信じられなくて……でもサンキュ、今の暗殺スカッとしたわ!」

 

前原くんが叩いたのも分かる……夢なのかどうか確かめようとしたんだろうけど、それなら自分をつねろうよ……もしくは、今の体運びで避けれるんじゃないかって無意識に試そうとしたのかな。

みんな、これでもう安心だと気を抜いているみたい。だけど、まだ終わってない。

「このガキ……!!」

 

「「「!!!」」」

 

鷹岡先生が息を荒らげていつの間にか立ち上がっているから。

 

「父親も同然の俺に刃向かって……まぐれの価値がそんなに嬉しいか……!?もう一回だ!心も体も全部へし折ってやる……!」

 

「確かに、次やったら絶対に僕が負けます。……でも、ハッキリしたのは鷹岡先生、僕らの『担任』は殺せんせーで、僕らの『教官』は烏間先生です。これは絶対に譲れません。父親を押し付ける鷹岡先生より、プロに徹する烏間先生の方が僕はあったかく感じます。本気で僕らを強くしようとしてくれてたのには感謝します……でもごめんなさい、出ていってください」

 

「黙…って聞いてりゃ、ガキの分際で……大人に、なんて口を……!!」

 

渚くんが頭を下げる。彼の言葉は私たちの総意だ……もう、誰1人として鷹岡先生のことを認めている生徒はいない。怒りで顔を真っ赤にさせ、青筋を立てた鷹岡先生は逆上して渚くんに殴りかかってきて……私は反射的に渚くんの首の後ろを掴み、前原くんの方へ引き寄せ……彼が避けた場所に両腕を広げて代わりに入る。無意識に動いてしまったけど、これは殴られるかな……と思っていれば、鷹岡先生の顎に強烈な肘が入って一撃で沈む……烏間先生だ。

 

「俺の身内がすまなかった。あとのことは心配するな…今まで通り俺が教官を務められるよう上と交渉する」

 

「や、やらせるか……俺が先に、掛け合って…!」

 

「交渉の必要はありません」

 

烏間先生が続投するために上へ掛け合う……それを阻止しようと体を起こした鷹岡先生……でも、そんな先生の声を遮るように威圧する声が私たちに向けてかけられる。ゆっくり、校舎の方から歩いてくるのは椚ヶ丘中学校の絶対的なトップである理事長先生だった。どうやら新任教師の手腕に興味があって、授業の様子を見ていたらしい。……理事長先生は合理主義、それにE組の立ち位置を下にするための教育としては鷹岡先生の教育が適している……このまま続投を指示するのだろうか。だけど、そんな考えは杞憂だったらしい。

 

「あなたの教育はつまらない。教育に恐怖は必要です……が、暴力でしか恐怖を与えられないのでは三流以下。そしてその暴力で負けたのなら、その授業は説得力を失う。……解雇通知です。椚ヶ丘中(ここ)の教師の任命権はあなたがた防衛省にはない……全て、私の支配下だということをお忘れなく」

 

そう言いながら、鷹岡先生のそばに跪き、口の中に解雇通知を入れると手を拭きながら立ち上がる。ふと、上げられた彼の顔が両手を広げたまま固まっていた私の方を見たのを感じ、慌てて姿勢を正す。そんな私の少しだけ腫れた頬に触れながら理事長先生が小さな声で呟くのが聞こえた。

 

……君も無茶をするね、月のお姉さんに心配をかけてしまうよ……?

 

「……っ!」

 

周りには聞こえないほどの声だったけど、私には十分で……なんで知っているのだろうなんて、理事長先生だからで十分な気がしてきた。多分、私の経歴までは調べていないんだろうけど、家族構成くらいは頭に入れているんだろう。そのまま去っていく理事長先生のあとを追うように悔しげに叫びながら、鷹岡先生……鷹岡さんは、走り去って行った。解雇通知、クビ……ということは、烏間先生が私たちの先生として残留決定……!

 

「「「よっしゃー!!」」」

 

「ねー、烏間先生、生徒の努力で体育の先生に返り咲けたわけだしさ……なんか臨時報酬があっても良くない?」

 

「そーそー、鷹岡先生、そーいうのだけは充実してたよね〜」

 

「……フン、甘いものなど俺は知らん。財布は出すから食いたいものを街で言え」

 

莉桜ちゃんや陽菜乃ちゃんが烏間先生と街で遊びたい、ということをおねだりして無事に承諾を得ることに成功する。壁をすぐに取り払うことは出来なくても、烏間先生の方からも歩み寄ってくれる一件になった。

 

「だが、出かけるのは放課後だ。……前原君と神崎さん、痛みは?」

 

「あ、もう全然っす。さっきの光が体に入っていった時から吐き気も何も」

 

「私も……」

 

「……それならいい。アーツによる回復術なら既に跡も何も残っていないはずだ。真尾さん、一応話を聞いておきたいから後で教員室へ来てくれ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室へ戻って私の顔を見たカルマが目を見開き、自分の椅子を蹴倒したのを気にしないまま慌てたように駆け寄ってきた。体育の間に顔を出さなかったということは結局どこかで時間を潰していたのだろう……だから、彼は何が起きたかを知らない。だけど、私の頬に貼られた湿布の存在感は消せないから、それを見て来てくれたんだと思う。

 

「あ、カルマ……結局来なかったね」

 

「最初、俺が見てた時までは平和だったし。でも……ねぇ、その頬って……」

 

「……へーきだよ、全部終わったから」

 

「……っ、……そう、じゃあ俺は帰るから」

 

「え、」

 

そう言うや否やカバンを掴んで足早にカルマは教室を出ていってしまった。これから烏間先生の奢りでカルマも好きな甘いもの食べに行けるよ、なんて誘う暇もなかった。なんていうか……怒ってた……?

 

「カルマ、怒ってた……なんで?」

 

「1つはアミサちゃんがまた無茶したからだと思うよ。最後のアレは僕も驚いたし」

 

渚くんが私の後ろから歩いて来て「なんで僕を庇おうとしたの、僕より小さいのに」なんて言いながら、私の湿布を貼っていない方のほっぺたをつまんで引っ張ってきた。また自己犠牲をしたからカルマの代わりにお仕置きだって……あれは、私も無意識に動いちゃってたし……でも、そんな言い訳で許してもらえるはずもなくて、グ二グ二と引っ張られ続けた。

 

「で、もう1つは……」

 

「自分が嫌なんでしょーねぇ。アミサが怪我するようなことが起きてる間、自分はのうのうとサボってたわけっしょ?」

 

「……でも、カルマは最初から言ってたよ……見ててだいじょぶそうなら途中からはサボるって。鷹岡さんが暴力的になったとこまで、カルマは見てなかったんじゃなないかな」

 

「あんたがやられたんじゃなきゃ、あそこまで自己嫌悪で落ち込まないと思うけどね……」

 

渚くんにつねられてじんじんと痛むそこを押さえていると、莉桜ちゃんが私の肩に腕を置きながら、湿布の上から腫れた頬に軽く触れてきた。ほとんど痛みもなく、とりあえず貼っているだけだけど、いきなりそこを触られて一度ビックリして目を閉じてしまって……その手に心配する気配が感じられて、途中からはされるがままになっていた。

 

 




「……烏間先生」
「……来たか。早速だが、真尾さんの出身はゼムリア大陸だったな。一応オーブメントを見せて欲しい」
「……見せる前に……烏間先生たち防衛省は、殺せんせーを暗殺するために暗殺者の手引きをしているんですよね?」
「……そうだな。日本には暗殺者というのは馴染みがない……怖いか?」
「いえ、むしろ……、……きっと、私として見てくれると信じてますから」
「それはどういう……、これは!」
「……みんなには、言わないでください。もしも、言う時が来れば……私から」
「……そうか。……俺は真尾さんのことも1人の生徒として扱う。今まで通りだ」
「!!……はい」



「真尾!」
「アミサちゃん!」
「前原くん、有希子ちゃん……?どうかしたの?」
「いや、ちゃんとお礼言えてなかったからよ……あれ、お前だろ?サンキューな!」
「さっき確認したけど、跡も何も残ってなかった。……ありがとう」
「……怖く、ないの?」
「「?」」
「当たり前の力ってわけじゃないのに、怖く、ないの……?」
「あー……怖くはねぇな。むしろすげぇと思うし、俺は助けてもらったんだ」
「うん、アミサちゃんがその……アーツ、っていうのを使ってくれたから、今私たちは元気なんだもん」
「……ありが、と……」


※鷹岡クビの翌日朝、E組教室にて
「……カルマ」
「……なに」
「………いつまで、引っ付いてるの?」
「…………。」
「(カルマ君、アミサちゃんがまた自分から危険に飛び込んだ時に自分がいなかったからって、だいぶへこんでるみたいだけど……)」
「「「(俺らの心配もしろよ!?)」」」


++++++++++++++++++++


鷹岡襲来……少し、お話は削りました。
舞台の時間から温存してきたアーツを初お披露目。
今回は回復魔法です。詳しく知りたい方は検索です。
作者の語彙力では、表現しきれません……!

最後の烏間先生との会話は、これ以上は明かせません。
いつかは答えが出ます。たぶん。

カルマがほとんど出なかった!
まぁ君はサボっていたからしょうがない。……あとがきで少しひっつかせておいたので許してくださいな。
ということで、次回はプール回です。
(現実は寒いですね……読者の皆様、風邪などひかれませんよう、体調管理にはお気をつけて……)




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プールの時間

夏本番、という暑さになってきた。これは、E組の生徒たちにとっては地獄の夏のはじまりだった。E組のある旧校舎は本校舎と差別化するためにかなり劣悪な環境である、だからこそ本校舎の生徒たちはE組に来ないように努力している……何が言いたいかといえば、この蒸し暑い夏の日々でもE組にはクーラーも扇風機もない、ただただ耐えるしかない夏がやってきたということ。まあ、冬は冬で暖房がないからそれを耐える日々が待っているともいう。とりあえず今は、

 

「暑ッぢ〜……」

 

「うー……溶ける……」

 

「アイスでもジュースでもいいから、冷たいのが欲しい……」

 

校舎の外はミンミン蝉さんの大合唱に、カンカン照りのいい天気。みんながみんな、暑さに負けて机に伏せたり椅子にもたれかかったり……正直勉強どころじゃない状態だ。

 

「だらしない……夏の暑さは当然の事です!温暖湿潤気候で暮らすのだから諦めなさい。……ちなみに先生は放課後には寒帯に逃げます」

 

「「「ずりぃよマッハ20!!」」」

 

自分も暑さにやられながらもしっかりしろとみんなを諭して……たかと思えば、自分は逃げるとか、ずるいよ殺せんせー……軽く下敷きで顔を扇いでいると、前の席の何人かが振り返って私とカルマの方をジトーっとした目で見つめてきた。

 

「それにしても……お2人は涼しそうですね……」

 

「「……え?」」

 

「そうだよ、なんで真尾とカルマ、お前らはこの暑さの中ベストでもなくカーディガン着てんだよ……しかも長袖」

 

「えー、俺はまくってんじゃん」

 

「まくってようが暑ぃーんだよ、見た目が!」

 

確かに黒って太陽とかの熱を吸収するっていうし、暑そうに見えてもしょうがないなぁ……なんて、カルマの隣でのほほんと聞いていたら、矛先は私にも向かってきた。真尾はどうなんだよ、という目で見られたため、質問に応えようと立ち上がり、暑さでだれている殺せんせーの元へと歩く。私も暑いよ?暑いけど、結構通気性のいいものを着てるし、薄手だし……

 

「にゅやっ!?アミサさん、何をするんですかっ!?」

 

「え、だって〜……カーディガン来てる理由知りたいってみんなが……」

 

「……なるほど、長袖の中に対先生武器を隠してた、と……」

 

「今バラしちまったから、意味なくなった気もするけどな……」

 

「……えへへ〜……バラしちゃったぁ……殺せんせー、当てていい〜……?」

 

「アミサ、平気そうに見えてたけど、あんたも結構限界でしょ……?」

 

暗器というものは隠してこそ成り立つものなんだけど、暑さのせいかな……バラしちゃった。ちょっと暑さでぼーっとする頭でニコニコしながら殺せんせーの暗殺を堂々と仕掛けていたら、殺せんせーに触手で頭を撫でられた……あ、なんかネタネタしてる気もするけど結構冷たくて気持ちがいい……

 

「アミサさん、あなた顔真っ赤じゃないですか!至急水分補給を命じます!脱水症になりかけてますよ!?」

 

撫でられたんじゃなくて、熱を計られていたらしい……普通に危なかったみたいで、慌てたように殺せんせーの触手で持ち上げられて席に戻された。カルマが殺せんせーが言った脱水症状の言葉に反応して、机にかけてあった私のカバンから水筒を取り出して渡してくれた……ホント、なんでカルマはこの暑さ平気なんだろう……ありがたく受け取って水を飲む。

 

「でも、今日ってプール開きだよねっ!体育の時間が待ち遠しい〜」

 

「いや……そのプールがE組(俺ら)にとっちゃ地獄なんだよ……なんせプールは本校舎にしかない。炎天下の山道1kmを往復して入りに行く必要がある。人呼んで『E組死のプール行軍』……特にプール疲れした帰りの山登りは……」

 

水を口に含みながら思わずゾッとした……そうだ、ここは山の中……ちゃんとした設備のある本校舎へ行くには歩いていくしかない=帰りも歩き……本校舎まで運んでほしいと誰かが頼んでたけど、先生でも無理みたい。そうだよね……先生でもさすがにクラスみんなを抱えて運べるわけがないし、国家機密がビュンビュンE組の山を越えて飛び出ちゃいけな……いや、本人結構山を飛び出して好き放題してる気がするかも……

 

「仕方ありません、全員水着に着替えてついてきなさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう……そこに涼みに行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして私たちは水着に着替えて上にジャージの上着をはおり、本校舎のプールではなく裏山へ、ある意味水辺へのE組行軍を開始していた。みんな、制服の時よりは少しだけ涼しそうな顔色だ……裏山はたくさんの木々に囲まれているから日陰もたくさんあるし、確か葉っぱの蒸散作用が同時に熱い空気も持っていってくれるんだっけ……。かく言う私も少しだけ体の温度が下がった気がして足取りは軽い。

 

「裏山に沢なんてあったんだ……」

 

「……一応な、つっても足首まであるかないかの深さだぜ」

 

「無いよりは水かけ遊びできるだけましってか…」

 

前、裏山に入った時、確かに小さな沢があった。小さいし、水の量が少ないから溺れることも障害物にもならなさそうだったから、早いうちに暗殺場所の候補から外してた場所だ……殺せんせーの暗殺を狙ってカルマと2人で探検した時以来かな……ここに来るのも。そう、思い出しながら周りを見ながら歩いていたら、背中に重みが……

 

「渚君、この前すごかったらしいじゃん〜……見ときゃよかったよ、渚君の暗殺……はぁ……」

 

「本トだよー、カルマ君面倒そうな授業はサボるんだから」

 

「えー、だってあのデブ嫌だったしぃ……」

 

「それで落ち込んでアミサちゃんから離れなくなるくらいなら、はじめから出なよ……」

 

「カルマ〜……お〜も〜い〜……」

 

あの鷹岡さんがクビになったあの日、カルマは時間割を渡されるあたりまでを見ていたんだって。……確か、授業の最初の方って気合いを入れる掛け声がどうとかって盛り上がってたから……その辺だけを見ていたなら安全だと誤解するといえばするかもしれない。それで裏山で時間潰して帰ってきてみれば鷹岡さんは最悪の教師だったってわかった上に、前原くんと有希子ちゃんは手を出され、私は避けたつもりが思った以上の勢いがあったのか頬を腫らしていて、渚くんは一騎打ちをして鷹岡さんを追い出したってことを聞かされて……自分だけのうのうとサボっていたせいで何も出来なかったって落ち込んだんだとか。特に、実害のあった前原くんと有希子ちゃんは私が治療済みだったのに、軽傷の私自身の怪我を治療しないで放置してたから、そういうところに目を配れなかった自分が余計にムカついたのだそうだ。……全部、聞き出した渚くんと莉桜ちゃん情報だけど。

その時のカルマが怒っているように見えて私まで落ち込んでたら、莉桜ちゃんに「明日には元に戻ってる」って言われて……そしたらその次の日には、授業中とか席に座ってなくちゃいけない時以外はカルマが私の椅子の後ろから背中に引っ付いているか、カルマに持ち上げられて座っている彼の足の間に座らせられて後ろから体重をかけられてるか……なんにせよ、離してもらえなかった。……これ、戻ってないよね、むしろ悪化してるよね!?今も私の後ろからひっついて体重をかけてきているから、重くて仕方ない……それに山道だから足元がぼこぼこしていて転びそうだ。多分、私の反応を見て遊んでるんだろうけど……これで転んだらカルマも巻き添えだと思うんだけどなぁ……莉桜ちゃん、前原くん、振り返ってニヤニヤ見つめてくるくらいなら止めてください。

 

そうこうしているうちに、どこからか水音が響き始めた。もうすぐ殺せんせーも言っていた小さな沢につくのかな……、……それにしては、水音が大きい気がする。ある茂みの前でピタリと足を止めた殺せんせーに続いてみんなも足を止めると、先生はいつも以上に口角を上げてニヤリとした表情を浮かべた。

 

「……水……?なんか、沢の大きさの割に大きな音……」

 

「よく気が付きましたね……では、ご覧あれ!」

 

茂みをかき分けたそこには……先生特製、広々としたE組専用のプールが広がっていた。あの小さな沢からは想像もできないほどの深さがあり、コースロープが敷かれた25mコースに飛び込み台、休憩スペースや監視台などかなり充実していて本校舎に劣らない……むしろ、こっちの方が自然に近くて最高の環境かもしれない。

 

「制作に1日、移動に1分……あとは1秒あれば飛び込めますよ」

 

「「「い、いやっほぉう!!!」」」

 

みんなの顔がたちまち笑顔になって、ジャージを脱いだ子たちから次々と飛び込んでいく。私もゆっくり水に足をつけて、順番に温度に慣れてから一気に潜る。暑さで沈んでいた気分も、汗で気持ち悪かった体も、冷たいプールに浸かって一気に爽快感でいっぱいになる。……こういうことをしてくれるから、この先生は殺しづらい。

 

「ぷあっ!……冷たい、気持ちいい〜…!」

 

「あははっ、アミサちゃん髪の毛に草が張り付いてる!取ったげるからおいで……楽しいけど、私はちょっと憂鬱だなぁ。泳ぎは苦手だし……水着は体のラインがはっきり出るし……」

 

「大丈夫さ、茅野。その体もいつかどこかで需要があるさ」

 

「……うん、岡島君、二枚目(ヅラ)して盗撮カメラ用意すんのやめよっか」

 

泳げないらしいカエデちゃんは、浮き輪持参で殺せんせービーチボールを抱えてプカプカ浮かんでた。ちょいちょいと手招きされたから、泳いでカエデちゃんの近くへ行って、軽く浮き輪に体重をかけながら腕を乗せると、顔や髪の毛に張り付いていた水草を取ってくれて……だからお礼に私はカエデちゃんの足とか体に軽く水をかけて浮き輪の上にいても少しでも涼めるようにする。そうやってじゃれあっていると、カメラを構えた岡島くんが寄ってきて……カメラって機械だよね、水の近くに持ってきて、壊れないのかなぁ……

 

「真尾……お前が巨乳なのは知ってたが、そこまですごいトランジスタグラマーだったのか……!!」

 

「……?違うよ、トランジスタグラマーは、私のお姉ちゃんのことを言うんだよ。友だちがそう呼んでたもん」

 

「姉妹揃って低身長でグラマーってかぁっ!?」

 

「うぅ、巨乳は敵だ……だけど、とりあえずアミサちゃんのツッコミどころがおかしいのにもツッコミたい……!」

 

パシャシャシャシャシャとものすごい勢いでカメラを連射し始めた岡島くん……叫びながらものすごい勢いのシャッター音を響かせてるせいか、なんか周りからすごい注目浴びてるんだけど……!と、そこに静かに近づく影が……

 

「……岡島ぁ、死にたいの……?」

 

「ヒイィィッ!?は、背後から静かに出てくるなよカルマ!ってイタイイタイイタイイタイッ!!……待て、撮った写真焼き増しするから!それでどうだ!?

 

「……、…………」

 

「(……お、迷ってる)」

 

「あ……!ね、ねぇ、私やってみたいことがあるの……!」

 

岡島くんの真後ろに水中からザバァって……なんていうんだっけ……海の中から出てくる……そうそう海坊主っていう妖怪のごとく静かに現れたカルマが、岡島くんの肩を掴んでなんかメキメキいわせてる……ちょ、ちょっとあの写真の勢いは怖かったから助かったかもしれない。私は泳げはするけど足がつかないから、カエデちゃんの浮き輪に掴まらせてもらってほっと息をつきながら頭を撫でられていると、カルマと岡島くんの様子を見てあることを思いついた。……陸の上ではカルマの方が高いのに岡島くんの方が背が高く見える。多分、カルマが隠れて近づくために水に体を沈めていて、岡島くんはカメラを構えるために水中でバタ足しながらバランスを保ってて……身長差が普段と逆転しているのだ。

思いついたからには即実行、と浮き輪から手を離してカルマの後ろへ泳いで回り込み、不思議そうに岡島くんを手放した(手放した瞬間に岡島くんは大慌てで逃げ出した)あとに私を振り返ろうとした彼を止め、肩あたりまで水に浸かってもらう。そして、肩に手を乗せて……

 

「カルマ、ちょっとだけ沈んで……そう、じゃあ乗るね、」

 

「え、ちょ、乗るっtんぐっ!?!?!?」

 

「……わあ、たかーい!カエデちゃん、見て見て!水の中ならカルマよりも大きくなれた……!」

 

「そ、そうだね……」

 

水の中なら浮力の関係もあってちょっとだけ力を込めてバタ足すればすぐに上へ体を持っていける。水上に出ると体にかかる重力は重いけど、勢いをつけておけば上手く体を持ち上げられるという考えで、一気に肩へと上がる。……要するに、何がやりたかったかといえばカルマの両肩に私の両手を置いて上に乗り、手で支える形で身長を高くしたかったのだ。地上でこれやったら重さが全部腕にかかるから長い時間できないし、私はクラスで一番小さいからちょっとでも上になってみたくて……やってみたら思った以上に高い目線で少し得した気分になって。そのままカルマの頭側に上半身の体重を乗せて上でグラグラ揺れながら、嬉しい気持ちをカエデちゃんに報告してみたら、カエデちゃん以外の人たちからも苦笑いの目線を向けられた……

 

「(うわー……でた、無自覚天然兵器)」

 

「(アミサはものすごくはしゃいで楽しそうだけど……)」

 

「(カルマには拷問だよな……後頭部に胸を押し付けられてるようなもんだよ、アレ)」

 

「(顔真っ赤にして沈んでんぞ、羨ましい……撮ったれ岡島)」

 

「(おうよ)」

 

────ピピーーッ

 

「アミサさん、水中で人の上に乗らない!危ないでしょう!」

 

「あ、そっか……カルマ、ごめんね……、……カルマ?」

 

監視台に乗っている殺せんせーに笛を鳴らされて注意されてしまった。つい、はしゃいでカルマを沈めかけてしまった……慌てて降りて、だいじょぶだったか確認しようと前に回り込もうとしたら片手で止められ、彼はもう片方の手で顔を隠して押さえたまま、水の中に潜っていってしまった。

 

────ピピピピッ

 

「中村さん、原さん!…………あとついでにカルマ君!潜水はほどほどに!溺れたかと心配します!」

 

「は、はーい」

 

「カルマは、ある意味仕方ないからそっとしといてあげてよ殺せんせー……」

 

水中でも赤髪は目立つから……潜ったまま殺せんせーの方へと泳いでいったカルマは、私の近くからずっと水面に上がってきてなくて、殺せんせーが潜水遊びをしていた莉桜ちゃんと寿美鈴ちゃんのついでとばかりに注意してた。

 

────ピピッ

 

「岡島君のカメラも没収!挟間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい!木村君は……!」

 

……えっと、最初に危ないことやった私も私だけど……、……こ、小うるさいよ殺せんせー……。先生が言ってることは何も間違ってないし、私たちが危険のないようにプールを楽しめるよう目を配ってくれているのも分かるんだけど……些細なこととか個人の自由まで全部目をつけて、ピピピピ笛を鳴らされ小さいことをネチネチ言われると、流石にうるさい。

 

「いるよねー、自分の作ったフィールドの中だと王様気分になっちゃう人」

 

「うん、ありがたいのにありがたみが薄れちゃうよ……」

 

「ヌルフフフフフフ……景観選びから間取りまで自然を生かした緻密な設計……皆さんにはふさわしく整然と遊んでもらわなくては」

 

「カタいこといわないでよ殺せんせー、水かけちゃえ!」

 

「きゃんっ!」

 

・・・・・・、え?何、今の悲鳴。

陽菜乃ちゃんが監視台の上からぴーぴー笛を鳴らして、ビート板をパタパタしながら私たちを見ている殺せんせーを水遊びに誘おうと水をかけた瞬間に、先生は可愛らしい(?)悲鳴をあげて監視台の隅に逃げた。みんなが固まり、予想外なリアクションをとった殺せんせーを凝視している……と、そんな時、今のリアクションから何かを感じたのか、水中から静かに近づいていたカルマが監視台を掴み、前後にガクガクと揺らし始める。

 

「きゃあっ、カルマ君ゆらさないで、やめて、落ちる、落ちますって、頼んます!」

 

水に入ることを嫌がる、陽菜乃ちゃんが水をかけた場所がふやけてる、……もしかして殺せんせー……

 

「……いや別に、泳ぐ気分じゃないだけだしー。水中だと触手がふやけて動けなくなるとかそんなん無いしー」

 

なんとか、もう見た目は命からがらって感じで陸地に落ちた(降りた、ではなかったと思う。結局カルマによって完全に振り落とされてたから。)殺せんせーはぴゅーぴゅー口笛を吹きながら、わざとらしく誤魔化している。殺せんせー……【泳げない】んだ……!

泳ぐ気満々でビート板を持ってきているのかと思えば、正体は麩菓子で……今の状況を見ていた私たちはほとんど全員が暗殺者としてのスイッチが入っていた。これは、今まで見つけてきた弱点の中でも私たちの力で起こせるものであり、一番役に立ちそうだと直感していた。

 

「っ、あ、やば、バランスが……!うわっぷ!」

 

「カエデちゃん!」

 

「背ぇ低いから足ついてないのか!?」

 

みんなで殺せんせーに注目していたから、すぐに気がつけなかった。泳げないからこそ水の流れに任せて浮き輪で浮かんでいたカエデちゃんが流され、流れが変わるところでバランスを崩したみたい……立て直す前に水に落ちてしまった。近くにいたのは私だけど、同じくらい小さい……というより、私の方が小さいから、助けに入ったら多分一緒に溺れてしまう。どうしようか、捨て身で助けに行くかと迷ったその時、視界の端っこで誰かが飛び込むところが見え……私は安心して流されてしまったものを取りに行くことにした。

 

「はい、大丈夫だよ茅野さん、すぐに浅いところへ行くからね」

 

「メグちゃん、浮き輪……!」

 

「ありがとアミサ」

 

「助かった……ありがと、片岡さん、アミサちゃん!」

 

一応泳げるほうだから、流された浮き輪を掴んで届ける。呼吸できるように頭を抱えたメグちゃんと、体を浮かせられるように渡した浮き輪を抱えるカエデちゃん……よかった、何事もなく助かって。

 

「片岡さん、迅速な対応流石です。そして見事な泳ぎでした……ありがとうございます。そしてアミサさん、自分の力を考えてあえて助けに入らず出来ることをする……その判断で正解です。……やっと、他人に任せるということが出来ましたね」

 

そういって岸についてすぐに近づいてきた殺せんせーが頭を撫でてくれて……たったそれだけのことではあったけど、朝とは違う理由で私を撫でる触手がとても嬉しかった。

…………安心して喜ぶみんなの後ろの茂みに、制服姿の誰かが見えたのは……気のせいだろうか?

 

 

 

 

 

 




「渚君……本ト、どうにかなんないあの天然兵器……」
「今回のに関して『も』、どうにもならないって」
「ちなみにご感想は?」
「どこから湧いたの岡島君……」
「湧いたってひでぇな!俺も一応当事者だから気になってんだよ!」
「……めっちゃ柔らかかったし、上で楽しそうにしてんのが可愛かった……」
「答えちゃうの!?」
「くっそ、羨ましいやつめ……先生からカメラ返されたらやるから待っとけこんちくちょー!」
「……サンキュ」



「………誰だったのかなー……プールにいなくて、制服……」
「アミサちゃん、どうしたの?」
「あ、寿美鈴ちゃん。……さっきプールで……んーん、やっぱ何でもない!多分見間違えだから」
「そう?何かあったらいつでも言いなさいよ」
「うん!」
────くう
「…………」
「……お腹、すきました……」
「ふふ、今日お弁当一緒に食べようか?おかずわけっこしましょ」
「ホント?前から思ってたけど、寿美鈴ちゃんって料理上手だよね。おかーさんってこんな感じなのかなぁ……」
「……あら、お母さんでもいいのよ?」
「……えへへ、おかーさん」


++++++++++++++++++++


プールの時間でした。
前回登場少なかったからと、イチャつかせようとしたらオリ主がはしゃいで終わりました。反省しても後悔はしてません(カルマの反応を考えるのが楽しかった)。
プロフィールにこそっと書いてあった、薄手のカーディガンの謎を明らかにしましたが、なんだかちょっとしたネタで終わってしまいそうな予感が……これも全て夏の暑さのせいです。

いつかの時間で書いた通り、オリ主は『お母さん』という存在を知らずに育ってます。なので、クラスのお母さんと名高い原さんを登場させました……ら、お母さん呼びが定着。以後、お母さん呼びをしたら大抵原さんのことでしょう。

次回は、どこまで進むかな……


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ビジョンの時間

殺せんせーがマッハを駆使してE組専用のプールを作ってくれたおかげで、机に伏せたりだれて動けなくなっていた過酷な夏のE組生活でも楽しみが生まれ、元のように勉強に取り組める生徒が増えてきた。それだけじゃない……これまで殺せんせーとE組の教室で一緒に生活してきて、少しずつ見つけてきた弱点……今まではどれも決定打にするには足りないものばかりだったけど、ついに見つけたのだ。暗殺成功の足がかりになり得るもの……それこそが、殺せんせーは【泳げない】というものだった。

メグちゃんやカエデちゃん、渚くんが殺せんせーに隠れて暗殺のための準備をしていた時に、ひょんなことから本人が最大の弱点だと告白してくれたらしい……これを暗殺にうまく組み込めば、勝てるかもしれない。この情報がクラスに広がると、長い夏の間にどう仕掛けようかという話題が上がって当然……なんだけど、私には数人、様子がおかしい人たちがいるように感じていた。

 

「……寺坂くん、どうかしたの……?」

 

「はぁ?」

 

「なんか、最近イライラしてるっていうか焦ってるというか……居心地が悪そう」

 

「……何でもねーよ……」

 

その筆頭は寺坂くん……村松くんや吉田くん、挟間さんも様子がおかしいといえばおかしいのだけど、最近一緒にいない時の3人はクラスを観察するように見ているのをよく見かける。寺坂くんは、最近は特にほとんど一人でつまらなさそうに席に座っているか、サボって教室にも学校にもどこにもいないか、のどちらかばかりだ。

 

「アミサ、そんなのほっといてこっちおいで」

 

「そんなのって、もう……じゃあ寺坂くん、また、後でね」

 

今じゃ寺坂くんは少しクラスから浮いていて、進んで話しかけに行く人や絡みに行く人をほとんど見ない……よく一緒にいる3人や私、磯貝くんだけじゃないかってくらいだ。カルマに呼ばれて一言声をかけると、彼は私を片手で追い払うようにして手を振り、また怠そうに教室を眺め始めた。自分の席に戻ると、彼は隣でプールバックの準備をしながら結構大きな水鉄砲をいじっている最中だった。

 

「全く……アミサって臆病なのか度胸あるのか時々わかんなくなるよね」

 

「怖がりな自覚はあるけど、寺坂くんは怖い人じゃないよ?……わぁ、カルマ、今日はそれ持ってきたの?」

 

「これ?うん、射撃の訓練にもなるし……攻撃じゃないからあのタコも油断するんじゃね?」

 

……みんな、寺坂くんは怖い、危ない、乱暴者だっていう。だけど、私はあまり考えたことがないし感じたこともない……確かに乱暴な所はあると思うけど……でも、話しかけたら返してくれるし、意外と周りをよく見て聞いているし、彼の話す言葉の中には温度が含まれていると思うから。温度の含まれない、上辺だけの言葉を並べている人の方が、よっぽど怖い。

 

「そういえば朝、イリーナ先生とお話したんだけどね、『あんた達ガキどもばっかり涼んでんじゃないわよ!私のセクシーな水着で悩殺してやるわ……!』だって。なんかよく分かんないけど燃えてた」

 

「悩殺って……ビッチ先生、そのガキどもに見せてどうするんだ「おい、皆来てくれ!プールが大変だぞ!!」……って……は?」

 

「……カルマ、行ってみようよ」

 

休み時間の間にプールへ行っていたのだろう、岡島くんがかなり慌てた様子で教室に飛び込んできた。プールが大変って……それだけ言ってまた外へ駆け出していってしまったから何があったのか、はっきり分からない。教室で準備をしていた他のみんなもその声を聞いてバラバラと向かい出し、私たちも足を向ける。……教室を出る直前に目が合った寺坂くんが、ニヤリと笑った気がした。

岡島くんの先導でプールにつくとそこは……あのきれいな設備が形もないくらいにめちゃくちゃに荒らされていた。コースロープは切られ、休憩スペースの椅子や飛び込み台が壊されて水の上に浮かび、空き缶や雑誌などのゴミも捨てられている。水だけは途切れることなく流れ続けているからキレイだけど……。ここは中学校の私有地とはいえE組……本校舎よりはセキュリティがしっかりしてない場所だから、誰かが入ってきて荒らした、とも考えられるけど……昨日まで普通だったのに一晩でここまで荒れるものだろうか。

 

「……ひでぇ、メチャメチャじゃねーか」

 

「ビッチ先生がセクシー水着を披露する機会を逃して呆然としてる……」

 

「あーあー、こりゃ大変だなぁ」

 

「ま、いーんじゃね?プールとかめんどいし」

 

プールを荒らされたことに憤るみんなの中で、ニヤニヤとその様子を見ながら嗤っている寺坂くん、吉田くん、村松くんの3人……あれ、寺坂くんはともかく、あとの2人はなんだかぎこちないというか……微妙な顔をしているというか。

渚くんもそれが気になったのか彼らの方を見ている……寺坂くんたちを疑ってるのかな。でも、寺坂くんはそんな考えをくだらないと言い切ってるし、その会話を聞いていたらしい殺せんせーが一瞬でプールを修理したために犯人探しは有耶無耶になって分からないまま、終わった。自然と私とカルマ、渚くん、杉野くんが集まったけど、話題はやっぱり先程の3人のことで……

 

「寺坂の様子が変?」

 

「…うーん……元々あの3人は勉強も暗殺も積極的な方じゃなかったけど……特に彼がイラ立ってるっていうか……プールを壊した主犯は多分寺坂君だし」

 

「え、寺坂くんは違うっていってたし、村松くんが言ってた通りプール入りたくないだけじゃなかったの……?」

 

「真尾、お前人が好いな……まぁ放っとけよ。いじめっ子で通してきたあいつ的には面白くねーんだろ」

 

「殺していい教室なんて、楽しまない方がもったいないと思うけどね〜……よし、今なら油断してるかな……っと!」

 

「にゅやっ!?か、カルマ君いきなり何するんですか!?」

 

「……持ってきてたんだ、水鉄砲……」

 

蝉の鳴く私たちの夏。もやもやする気持ちが無くならないまま今日も楽しくプール遊び……だけど、プールが火種となって起きた事件は、これだけで終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プールの事件があったその日の昼休み。みんながお昼ご飯を食べ終わって残りの時間を好きに過ごし始めた頃、殺せんせーが教室に廃材を持ってきて何かを作り始めた。何やってるのか聞いてみたら、プールを作った時、先程直した時に出た廃材で作りたいものがあるんだって。出来てからのお楽しみです〜って、鼻歌を歌いながらマッハで作る部分と丁寧に磨く部分とがあるせいか、教室に残っていた生徒たちは興味津々……輪郭ができ始めると何かに気づいたのか、吉田くんの目が光った気がする。

 

「ふぃー……できました!」

 

「うお……!ま、マジかよ殺せんせー!!これ、前に俺と話してたバイクじゃねーか!すげぇ、本物みてーだ……!!」

 

確か、吉田くんの実家がバイクの販売店なんだって寿美鈴おかーさんが教えてくれたはず……それだけバイクが好きなんだろうなぁ……すごく目がキラキラしてる。興奮した様に話す吉田くんと殺せんせーが盛り上がる中、今まで外にいたらしい寺坂くんが教室の扉を開けて、その様子を見た瞬間に固まっていた。

 

「……何してんだよ、吉田」

 

「あ、寺坂……いやぁ、この前こいつとバイクの話で盛り上がっちまってよ、うちの学校こういうのに興味あるやついねーから……」

 

「先生は大人な上に漢字の『漢』と書いて漢の中の漢……この手の趣味もひととおり齧ってます。……しかもこのバイク、最高時速300km出るんですって。先生一度本物に乗ってみたいモンです」

 

「アホか、抱き抱えて飛んだ方が速えだろ!」

 

当たり前のことを言って吉田くんにツッコまれる殺せんせー。そのやりとりを聞いていたみんなが思わず笑い出した、時……何が気に入らなかったのかな……寺坂くんが思い切り木造バイクを蹴り倒して、殺せんせーを泣かせてしまった。この昼休みの間を使って、結構頑張った力作だったから……それを見ていたみんなが一緒になって寺坂くんを責める。寺坂くんは余計に苛立たしげに机の中に手を突っ込んで何かを取り出した。

 

「テメーら虫みたいにブンブンうるせぇなぁ……駆除してやるよ!」

 

そう言って寺坂くんが教室の床に叩きつけたものは……スプレー缶!?普通に使わないでそんなことをしたら……!

案の定叩きつけられた瞬間にそれは破裂し、中身が吹き出し、煙が教室中に充満する。スプレー独特の匂いが溢れて、私も近くにいたし避けようもなく吸い込んじゃったのだけど、……なんでだろ、目も、喉も痛くない……あまり刺激がないように感じる。誰かが言った殺虫剤という言葉を寺坂くんは否定しなかった……もし本当に殺虫剤だというなら、人が吸い込んだら害があるはずなのに。一応カーディガンの袖で口元を覆いながら寺坂くんの方を見ていると、同じように口を覆いながらカルマが隣に近づいてきて心配そうに声をかけてきた。

 

「へーき?」

 

「……うん、煙たいけど、あんまり痛いとかの刺激がないから……」

 

「寺坂君!ヤンチャするにも限度ってものが……「触んじゃねーよモンスター……気持ちわりーんだよ、テメーも、モンスターに操られて仲良しこよしのE組(テメーら)も!」」

 

顔を真っ赤にして叱る殺せんせーが寺坂くんの肩に触手を置くけど、彼はそれを払い除けて言った……『気持ち悪い』って。それを聞いてみんなの雰囲気が一気に悪くなり、彼に対して不満の感情が向けられているのが分かる。……クラスで仲良くすることの何が彼は嫌なんだろう……殺せんせーが気持ち悪い、その殺せんせーと関わることで繋がった私たちが気持ち悪い……じゃあ、殺せんせーが来る前だったら……?

 

「……寺坂くんは、変わったのが嫌なの……?」

 

「……!……チッ」

 

「ていうかさぁ……何がそんなに嫌なのかねぇ。気に入らないなら殺しゃいいじゃん。せっかくそれが許可されてる教室なのに」

 

私の言葉に寺坂くんは一瞬目を開く反応を見せたけど、すぐに舌打ちをして顔を逸らしてしまった。誰も何も言わない中、呟いた私の声は思ったより響いていて何人かが「え、」というような反応を見せた、気がした。そしてほとんど間を置かずにすかさずカルマが煽る……そう、気に入らないなら殺ればいい。殺ればいいけど一人ではどうにもならない、だからみんなが協力しようとしているんだから……でも、

 

「っ、何だカルマ……テメー俺に喧嘩売ってんのか?上等だよ、だいたいテメーは最初から……」

 

「ダメだってば寺坂ぁ……ケンカするなら口より先に手ぇ出さなきゃ……」

 

「ッ!?……放せ!くだらねー……!」

 

……寺坂くんは、そんな気持ちにはなれないのかな……。カルマが寺坂くんの口を掴んで黙らせた……話すよりも手を出せ……気に入らないなら殺せばいいという言葉をそのまま喧嘩に表してみせたけど、寺坂くんはその手を振り払って教室から出ていってしまった。なんとか一緒に平和にやれるといいのに、そう寺坂くんと交流を持ち続けている磯貝くんが悔しそうに言って……思い出したように私の近くへ来た。

 

「……なあ真尾……、さっきの言葉の意味って聞いてもいいか?『変わったのが嫌』って……」

 

「……渚くんから聞いたんだけど、E組って2年の3月から始まってるんだよね?私とカルマがE組(ここ)に来た時には殺せんせーがもういたから、それより前のことは分かんないけど……殺せんせーが、殺せんせーによって繋がった私たちが嫌ってことは、前に、戻りたいのかなって……」

 

「…………前って、」

 

「……私は本校舎にいた時は周りを全然見てなかったから、寺坂くんが前、どうだったかなんて知らない……どう過ごしてたかなんて、わからない。私が知ってるのはE組で、私と話してくれる寺坂くんだけだから……」

 

焦りと苛立ちで、孤立している寺坂くん……なんとか、どんな形でもいいから馴染んでくれるといいのに。早く、彼も含めてE組の日常、になるといいのに。出ていった寺坂くんはその日はもう、帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寺坂side

地球の危機とか、暗殺のための自分磨きとか。

……落ちこぼれからの脱出とか。

正直なところどーでもいい。

その日その日を楽して適当に生きたいだけだ。

だから、俺は……

 

「ご苦労様。プールの破壊、薬剤散布、薬剤混入……君のおかげで効率よく準備が出来た。はい、報酬の10万円。また次も頼むよ」

 

……ふん、楽して稼げる……こっちの方が居心地がいいな……

 

「なにせあのタコは鼻が利く。だから君のような内部の人間に頼んだのさ……イトナの性能をフルに活かす舞台作りを。」

 

堀部イトナ……あのタコを今までで一番追い詰めた改造人間。

 

「……そいつ、なんか変わったな。目と、髪型か?」

 

「その通りさ……髪型が変わった、それはつまり触手が変わったことを意味している。前回の反省を活かし、綿密な育成計画を立てて、より強力に調整したんだ。……寺坂竜馬、私には君の気持ちがよくわかるよ……安心しなさい、私の計画通り動いてくれればすぐにでも奴を殺し、奴が来る前のE組に戻してあげよう」

 

そう、俺の望みは『元の、目的も何も無いE組で楽に暮らすこと』……それさえ叶えば、

 

〝……寺坂くんは、変わったのが嫌なの……?〟

 

「…………、」

 

……あいつは、それを見透かしてたってのか?

その時、イトナが俺の顔を覗き込んできた。

 

「な、何だよ」

 

「お前は……あのクラスの赤髪の奴より弱い。馬力も体格もあいつより勝るのに……何故か分かるか?」

 

いきなり俺の目に手を伸ばし、無理やり開かせてくる……目の奥を覗き込むように、奥にある何かを見つめるようにしながらこいつは話す。

 

「お前の目にはビジョンがない。勝利への意志も手段も情熱もない。目の前の草を漠然と喰ってるノロマな牛は、牛を殺すビジョンをもった狼には勝てない……それに、『          』」

 

「!!?」

 

俺にとって、かなり衝撃的な言葉を残し、そして手を離すと、イトナは踵を返して去っていく。

 

「な、……なんなんだあの野郎、相変わらず!!」

 

「ごめんごめん、私の躾が行き届いてなくてね……君は我々の計画を実行するには適任なんだ。決行は……明日の放課後だ」

 

…………まあいい。こいつらの計画さえ実行すれば、あの教室は元に戻る。居心地の悪さだって元に戻る。……ビジョン……そう、本気で殺すビジョンさえあれば、俺には楽して殺すビジョンが既に示されてんだ。仲良しこよししてる、あいつらとは違うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前、あの爪を隠した小動物にすら勝てないだろうな』

 

 

 

 

 

 

 




「寺坂ってさ、バカじゃん?」
「……寺坂くんは、頭で作戦とか立てるのには向いてないけど、動ける人だと思う」
「つまり、バカってことでしょ?自分では考えてないバカ……何かやらかしそうなんだよね〜」
「……言ってることは重いのに、軽い……でも、他人の考えとかを信じて動く……素直なとこもあるんじゃないかな……」
「……ああ、そういや前例あったっけ。……何もないといいね」


++++++++++++++++++++


区切りがよかったので、短いですがここで切ります。
オリ主は倉橋さんと同じように寺坂くんのリズムを素で崩す存在。人の本質を見て話すので、寺坂くんもちょっとだけ素直に……でも、ちょっと接し方に困ってるところはあるかもしれません。

今回はあまり後書きにかけることもないので、また次回に!





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実行の時間

 

教室で殺虫剤(?)のスプレー缶を爆発させて、殺せんせーやみんなにひどいことを言って、寺坂くんが教室を出て行っちゃってから次の日。朝のHRが始まっても、騒ぎを起こした彼はまだ教室に姿を見せていなかった……さすがの彼でもクラスに入りづらいのかな。だけど、このクラスの中でそのことを気にかけている人がいるようには見えない……いつも一緒にいる吉田くんと村松くんすら彼の席に目を向けようとしてなくて、少し不安になった。吉田くんは言わずもがな昨日の昼休みにあった殺せんせー特製木造バイクを蹴り壊してしまった事件、村松くんは殺せんせーの『模試直前放課後ヌルヌル強化学習』を受けたことが寺坂くんにバレて責められたみたいで、あそこまで横暴なことをされるとついてけないって言ってた。

 

「ズズッ……はい、今日も皆さん元気に学校へ来てますね……寺坂君は、ぐすっ……休みですか」

 

殺せんせーもちょっと寂しそう……でも先生のことだから、内心「E組に入って先生に会ってこのクラスの一員となったからには何としてでも馴染ませてみせます!」とか意気込んでるような気がする。このクラスの生徒が困れば、道に迷えば、自分のことのように一緒に考えて、お節介すぎるくらいに世話を焼いてくれる先生だもん、きっと寺坂くんだって……、……それにしても殺せんせー、なんで泣いてるんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中4時間の授業が終わって、今はお昼ご飯の時間。いつもならカルマとか近くの席の子とかと一緒に食べてるけど、今日はイリーナ先生の英語の授業があったから……その時に私と桃花ちゃん、莉桜ちゃん、陽菜乃ちゃんの4人で先生をお昼ご飯に誘っていたから別々に食べることに。今日の放課後はイリーナ先生に用事があるらしくていつものイリーナ先生の課外授業が開けないって前から聞いてて……だったら、お昼ご飯バージョンでというわけでお願いしたのです。……しょうがないわね、って言いながらも嬉しそうにお弁当を持ってきて付き合ってくれるから、イリーナ先生大好き。

 

「せんせー、それでそれで?」

 

「そうね、あんた達がもってるモノで魅せるなら……」

 

話してる内容は、季節が季節なこともあってプールとか、水着とか、夏っていう感じのばかり。イリーナ先生の昨日披露できなかった新作セクシー水着はもっといい場面で出すことにしたんだっていう話とか、今までに男の人を悩殺してきた夏の海での女の魅せ方とか、聞いててすごく楽しい。気になったことを聞くとそれを私たちがやるとしたら……っていうさりげないアドバイスと共に教えてくれるから、今後の参考になりそうなんだけど、ここは教室……クラスの男子にも聞こえてるから、ちょっと居心地悪そうな人もいる。いつもは放課後の教員室か空き教室でお菓子を囲みながらやるから……でもごめんね、この集まりに参加し始めてから少しずつイリーナ先生の英語の授業でも照れずに参加できるようになってきたから、受けときたいんだ。

 

「そういえば……あのタコがプールを作った初日にアミサがまたやらかしたらしいじゃない」

 

「あー……アレね、カルマがかなりかわいそうなことになってたアレ」

 

「うう……、水の中にいる時に人の上に乗ったら危ないなんて、誰でも知ってることなのに……あとちょっとでカルマを溺れさせちゃうとこだったの……」

 

「うん、多分アミサちゃんが反省するのはそこじゃないかな〜」

 

水辺の話題が出ていれば、自然と出てくる私の失態……陽菜乃ちゃん、そこ以外にどこを反省するの?水の中の事故は人が上に乗ったことで水の上に上がれなくて溺れるってケースもあるんだから……!と言い張ったのだけど、私が気をつけなければいけないのはそこじゃないらしい。教えてってねだったのだけど、イリーナ先生にはそのままの方が反応が面白いし今後が楽しみだからって、結局教えてもらえなかった。

 

「でも……無意識とはいえ、さりげないボディタッチをするのは大事っていう私の教えは実践できてんのね」

 

「ビッチ先生、あれは全然さりげなくなかった」

 

「アミサちゃんくらいだよね、カルマ君をあそこまで動揺させられるのって」

 

「あー今教室(ここ)にカルマがいなくてよかったわぁー……存分に話題に出来る」

 

「……で、あんたはさっきからなんなわけ?ニヤニヤしながら話を聞くのはわかるけど、意味もなく涙流して」

 

「いいえ、鼻なので涙じゃなくて鼻水です。目はこっち」

 

「まぎらわしっ」

 

殺せんせーは午前の授業中ずっと泣きながら、ハンカチとかティッシュとかで顔を拭きながら、鼻をすすりながら授業をしていてだいぶ辛そうだった。どうやら昨日からずっと調子が悪いらしくて、鼻水が止まらないみたい……殺せんせー、目よりも鼻の方が上にあるんだ……

 

────ガラッ

 

「!!おおお、寺坂君!今日は登校しないのかと心配してました!」

 

誰よりも嬉しそうに、無駄にマッハを使って教卓から教室後ろの彼の席まで飛んでいく殺せんせー……あぁ……鼻水止まってないまま近づいたから飛び散って寺坂くんの顔が大変なことになってるよ……。色々言われたことよりも正直今の寺坂くんの方が不憫に見えて、あんまり気にならなくなってくる。

殺せんせーはそんなことにお構いなく、不満や悩みがあるなら直接話そうって提案している……やっぱり、先生はしっかり考えてたんだ。彼がまた昨日みたいに怒るんじゃないかって少しビクビクしてたんだけど、思っていたよりも落ち着いて見えて、先生のネクタイを使って顔にたくさんついた先生の汁を拭いた……放課後、プールで暗殺を決行するらしい。みんなにも手伝えって声をかけてるけど……あまり、気乗りしないみたい。

 

「……寺坂、お前ずっとみんなの暗殺には協力してこなかったよな。それをいきなりお前の都合で命令されて……皆が皆、ハイやりますって言うと思うか?」

 

「……ケッ、別にいいぜ来なくても。そん時ゃ俺が賞金百億独り占めだ」

 

そう言ってまた教室を出ていってしまった寺坂くん……みんな、彼の暗殺には参加しない気のようでまたご飯を食べ始めた。渚くんが少し迷ったように箸を動かしていたけど、何かを決めたように教室から走って出ていった……方向からしても多分、寺坂くんを追いかけたんだと思う。

クラスのみんながどちらを選んだとしても、私は放課後プールに行くつもりだ。いつからかは気づかなかったけど、寺坂くんの言葉に温度が感じられなくなっていた……どこか、彼自身の言葉に聞こえなかった借り物のような気がしたから。彼の不安定さ、揺れている意識の波がなんだかおかしく感じたから。このままだと取り返しのつかない何かを起こしてしまいそうで、……壊れて、しまいそうで……怖くなったから。たとえ私一人だったとしても……手伝いたい。

 

「皆行きましょうよぉ……せっかく寺坂君が私を殺る気になったんです、みんなで一緒に暗殺をして気持ちよく仲直りですよぉ……」

 

「うぉわ、粘液で固められて逃げられねぇ!」

 

「まずあんたが気持ち悪い!!」

 

…………殺せんせーが粘液ダダ漏れなことを利用してみんなを説得しにかかってきた。これはみんなで行くことになりそうです。

 

「ふわぁ……は、皆何してんの……?」

 

昼休み中、外の木陰でお昼寝してきたみたい……眠たそうにあくびをしながらカルマが帰ってきて……教室の惨状を廊下の窓から見て固まった。そうだよね、教室中一面に広がった黄色のよくわからない物体に足を取られたみんなをいきなり見たら固まるよ……

 

「カルマ、助けて欲しいけど少しの間それ以上入んな!!お前まで動けなくなったら本末転倒だ……!」

 

「……アミサ、何コレ」

 

「あ、カルマおかえりなさい。殺せんせーの鼻水らしい、よ?でも頭のてっぺんからも出てるから……何だろ?」

 

「うっわ気持ち悪……そこから出たらすぐに洗いに行こうね」

 

「そんなハッキリ!!?先生だって、止まらなくて困ってるんですからもう少しオブラートに……!」

 

「「「いや、俺ら(私ら)全員洗いたいと思ってるから」」」

 

「皆さんんんッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か暗殺の標的から暗殺の協力を懇願される(殺せんせーの必死なお願い)ということがあって暗殺者側があまり乗り気でないまま、放課後になってしまった。プールでの暗殺ということでほとんど全員水着に着替えて、ある人は溜息をつきながら、ある人は文句を言いながらダラダラと移動を始める。

私もすでに着替えてあるから、あとは向かうだけの状態……で、毎回のごとく私は水着に着替えず自分の席であくびをしてるこの人を連れ出そうとしているわけで。

 

「……だーから、俺は行かないって。なんで計画の共有もせずに突っ走るヤツを手伝わなきゃなんないの……」

 

「でも、昨日話したこと……」

 

「ああ、寺坂はバカだって話?」

 

「そ、そうだけどそうじゃなくて……渚くんが言ってたの。寺坂くんはビジョンがあるとかどうとかって言いながら自分に言い聞かせているようで、自分の言葉に自信を持ってるようには見えなかったって……」

 

つまり寺坂くんは何かを信じて行動しているように見える。一つのことを盲目的に信じていてイレギュラーが起こる可能性を端から考えていない、自分の意思で決めてみんなを動かそうとしているようには見えない……そんな感じだ。

 

「……まあ、鷹岡の時のことがあるしね……分かった、プールまでは行くよ。エニグマって防水だったっけ?スマホよりは壊れないだろうしなんかのために持ってって」

 

「…………プールサイドの上着の上に置いとく」

 

教室からは連れ出せそうだけど、暗殺に参加させるまではいかなかった。それでもいざとなった時に頭のいいカルマにはいてほしいし……これでもいい方かと思って、先に行ったみんなを追いかけた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

プールでは寺坂くんの指示で、みんなが対先生ナイフを持ちながらプール全体に広がる。ここでも上から目線の彼は指示っていうよりも命令で、上のジャージを羽織ったまま渋っていた竹林くんを突き落として……まるで、暴君のようだった。私は身長の関係と泳げないカエデちゃんにもしものことがあると困るからサポートできるようにってことで、浅瀬のプールサイド付近で彼女の隣に待機している。ちなみにカルマは制服のまま、寺坂くんがいるところとは別の岩場に座ってる。

 

「つか、カルマ!!テメーはなんで制服着てんだよッ」

 

「えー、寺坂だって制服じゃん?それに俺は暗殺(これ)に参加する気は無いよ……アミサに頼まれたから、ここまでは来たけどさ」

 

「……チッ、」

 

そのうちに殺せんせーもやってきて、これから何をしようとしているのかを早速見破っていた。誰かが先生を水に突き落として、みんなが刺す……その作戦はたしかに考えたことがあるけど、先生がそう簡単に落ちてくれるとは思えないし、見破られてる時点で落ちてくれるわけがない。……なのに寺坂くんは対先生BB弾のエアガン一丁で自信があるようだ。

 

「覚悟はできたかモンスター」

 

「もちろん出来てます。鼻水も止まったし」

 

「ずっとテメーが嫌いだったよ……消えて欲しくてしょうがなかった」

 

「えぇ、知ってます。暗殺(これ)の後でゆっくり2人で話しましょう」

 

寺坂くんが殺せんせーにエアガンを向ける。だけどそのエアガンの向きはプールと平行で、とてもじゃないけど1回の射撃で先生をプールに落とせるとは思えなかった。じゃあ彼はなんであんなに自信があるのだろう……射撃が目的じゃないとしたら?もしかしたら私が知らないだけで他の誰かには計画を話してるのかもしれない……それでその合図が銃声、とか。朝、教室に来なかったのもこの暗殺の準備のためだったのかもしれないし、それなら納得がいくんだけど……

あからさまにナメた表情の殺せんせーにイライラした様子の寺坂くんは、引き金を引いた。それを見てプールにいる全員が気を引き締める……なんだかんだ言ってても、殺せんせーが水に落ちるなら暗殺のチャンスには違いないから。でも、引き金が引かれても銃弾は飛び出さず、引き金を引ききったカチッという音だけじゃなくて、少し遅れて小さくくぐもった『ピピッ』という電子音が鳴った気がして音の方を振り向いた……瞬間だった。

 

────ドグァッ!!

 

爆音が響いたかと思えば、プールの水を止めていた堰が壊れ、貯められていた大量の水が一気に放出される。その勢いはとてもじゃないけど泳いで抜け出せるものじゃない……それにこの近くは確か、危険な岩場ばかりの崖だってあったはずだ。

 

「カエデちゃんごめんね……っ!」

 

「っ!?きゃ……っ!」

 

水の流れがおかしくなった瞬間、私は後先考えずカエデちゃんをプールサイドへと思い切り突き飛ばしていた。カエデちゃんは泳げないから少しでも水が緩やかな方へ、可能なら水の外へ……。彼女が無事だったかどうかを確認する余裕もなく、私は彼女を突き飛ばした反動でプールの深い所まで流され、強すぎる水の勢いに飲み込まれていた。早く、水面に上がらないと……流れが早すぎてうまく体勢を保てないけど、せめて、1回息継ぎをしなくちゃ、ッ!?

 

「っ!!がぼ……っ…!」

 

何か、なのか、誰か、なのかも分からない。だけど水の中から水面に上がろうとした瞬間に後頭部に重たいものが当たり、再び水中へ引き戻された。ぐるぐるぐるぐる……どっちが上か、分からないし、水、飲んだ……っ、ムリ、もう……息、もたな……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

正直、来るつもりなんてなかった。どうせ寺坂の考える作戦なんて大したことないだろうし、中身だってないだろうし……でも、何となく嫌な胸騒ぎがしてたのも事実で、アミサの直感だけじゃなく渚君の感じた胸騒ぎも気にかかって、来るだけ来てみた。……もう、あの最低教師の時みたいな後悔はしたくないしね。

んで、作戦は案の定、先生水に突き落として刺すって……そんなの全員1度は考えてるし、片岡さん中心で殺る前から殺せんせー本人に無理だって言い切られたらしいやつじゃん。その割りにはなーんか自信ありげだし……だから不信感しかなかったんだけど、こいつは予想通りやらかしてくれた。

 

「……なんだよ、これ……ウソだろ……こんなの、聞いてねーよ……!」

 

あのバカが引き金を引いた瞬間、アミサがプールの堰を振り返った……と思ったらプールが爆発を起こした。アミサは音や気配に敏感だ……多分あの時、何かを感じ取ったんだと思う。一気に放出される水の流れに流されるクラスメイトたち……呆然とする寺坂を残して殺せんせーが水の中に飛び込み、流される生徒達を助け始めた。先生は俺らがどんな無茶やろうが見捨てることなんて絶対しないって分かってるから、そっちはとりあえず任せて俺はこいつだ。

 

「……寺坂、どういうつもり?」

 

「……俺は、何もしてねぇ……話が違げーよ……イトナを呼んで突き落とすって聞いてたのに……」

 

「!!なるほどねぇ……自分で立てた計画じゃなくてまんまとあの2人に操られてたってわけ。……アミサと渚君の懸念通りになってんじゃん……」

 

「言っとくが俺のせいじゃねーぞカルマァッ!!こんな計画やらす方が悪りーんだ!!みんなが流されてったのも、全部奴らが……」

 

全部、聞く気になんてなれなかった。

言い終わるのも待たずに俺はこいつの顔面を利き腕でぶん殴る……こいつは今、なんて言った……?引き返すところはいくつもあったんだ。プールができる前、狭間さんの離脱、村松や吉田との仲違い、アミサの気づき、俺の忠告、渚君との対話、殺せんせーの説得……それらを全て聞かずに楽な方へと逃げ続けたこいつの自業自得じゃん。何、責任転嫁してんの……?

 

「標的がマッハ20でよかったね……でなきゃ今頃お前は大量殺人の実行犯にされてるよ。流されたのは皆じゃなくて自分じゃん……人のせいにするヒマあったら自分の頭で何したいか考えたら?」

 

それだけ言い残してバカは放置。俺は途中でアミサのエニグマを回収しつつ岩場を降っていく……堰から離れたところにいた連中は何人かだけプールの中にいたけど、大半は離れたところまで流されたと見ていい。木に投げられた奴、岩場に降ろされたやつ、茂みに落とされた奴……人数を数えながら順に見て回るけど2人だけ姿が見えないし、どの辺りにいるか知ってる奴もいない……アミサと、茅野ちゃんだけがどこにもいない。すぐにでも動けそうな奴は磯貝に任せて下流へ行かせ、俺は近場を探す……と、何かが聞こえたような……泣き声?

 

「……ねぇ!起きてよ……アミサちゃん……!」

 

「!!」

 

聞こえたのは茅野ちゃんの声……呼んでるのは、アミサ?明らかに何かが起きてるその声に焦る気持ちをなんとか抑えながら、声の聞こえた方へと走ると……プールから少しだけ外れた茂みの近くに彼女たちの姿が。多分殺せんせーに茂みに投げ込まれるように助けられたんだろうけど……必死に名前を呼びながら頬を叩いている茅野ちゃんと、ぐったりとして顔色を真っ青にしたアミサが、そこにいた。

 

「茅野ちゃん……!」

 

「!!カルマ君、アミサ、息してないのッ……!私のことを、岸に押し上げて、代わりに流されて……!どうしたらいいの、なんにも反応ない……!」

 

「代わって、茅野ちゃんは意識戻らないか様子見てて」

 

パニックになりかけてる茅野ちゃんと場所を代わって記憶を掘り起こす……慌てるな、溺れてからまだそんなに時間は経ってない。応急手当、心肺蘇生法、……どうやればいいんだっけ……焦るな、人形使ってやっただろ、烏間先生の応急手当の授業……!

意識の確認……反応ないし、茅野ちゃんが言ってた通り呼吸も無い。ならまずは気道確保か……次は、胸骨圧迫……胸の真ん中を真っ直ぐに、体重をかけて早く、リズムよく、途切れずに押す。烏間先生は全体重乗せるつもりでやれって言ってたっけ……アバラ、折れたらごめん。

次に、……こんな形ですることになるなんて、思ってもみなかったけど躊躇ってる暇はない。俺はアミサと唇を合わせてゆっくり息を吹き込む……………、これが初めてで、これで終わりなんて絶対に認めないから。

 

「アミサちゃん……!」

 

「……ねぇ、戻ってきてよ…ッ……アミーシャ……!!」

 

心臓マッサージを、人工呼吸を繰り返すほどに時間が過ぎていく。具体的な数字は覚えてないけど、確か呼吸が止まって数分が勝負のはず。何回目かの蘇生法を試した頃、アミサに呼びかけ続けて様子を見ていた茅野ちゃんが、慌てて俺を呼ぶ。

 

「……!カルマ君ストップ!動いた!」

 

「……っ、え、」

 

「ッ!……げぼっ、ごぼ…ッ…」

 

「…………水、吐いた……は、はは……よかった……」

 

まだ、少し苦しそうだけどアミサは水を吐き出して自力で呼吸し始めた……まだ予断を許さない状況ではあるけど、助かった……。うっすらと目を開けてはくれてるけど、意識はまだはっきりしてないみたいだから、茅野ちゃんに手伝ってもらいつつ今のうちに他に外傷がないかを見る……奇跡的に、血が出てる所も打撲痕もなさそうだ。

 

「……か……ま、……えで、ちゃ……」

 

「まだ、話さなくていい。一応死にかけたんだから……」

 

「……元気になったら、お説教、なんだからね……!死んじゃったかと、思ったんだからぁ……!」

 

「……けほっ、……ん、」

 

返事をして小さく笑う彼女を見て、茅野ちゃんがボロボロ泣いてる。だいぶ消耗した体力はそう簡単には戻りきらないだろう……これの実行犯はあのバカだけど、主犯はシロとイトナだ。ということは殺せんせーを狙った作戦だろうし、彼らは標的の対応に追われてる……と、信じたいけど、下手にここに残していくのも危ない気がする。

 

「……他の奴らと合流するよ。茅野ちゃんは自力で来れるよね」

 

「……ぐすっ、うん!」

 

「アミサ、持ち上げるよ……捕まらなくていいから、意識だけはなんとか起きて保っといて」

 

「…………ん、」

 

できるだけ体に負荷がかからないように持ち上げて、川下へと向かう。捕まらなくていいと言ったのにアミサは俺のカーディガンに手を伸ばして握ってるし……その弱いながらも込められた力に、生きてることが実感できた。危うく失うところだった、腕の中の存在……もしサボってたら、ここに来なかったら間に合わなかったかもしれない。本ト、よかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「カルマ君に茅野……!」

 

「真尾……無事だったんだな……!」

 

明らかに水の落ちる音じゃない戦闘音が聞こえる。俺ら以外の生徒はその場所を見ることが出来るできる高台に全員集まっていた。渚君や杉野がいち早く駆け寄ってきて、俺らの状態を確認してる……それはそうだ。俺はともかくアミサは意識はあっても俺に抱き上げられたままぐったりしてるし、茅野ちゃんは泣いた後なのもあって目が真っ赤でアミサのことをしきりに気にしてる。……傍から見て気になるのは分かる、でも悪いけど優先事項はあっちなんだよね。

 

「今の状況は?」

 

「殺せんせーの触手が水を吸ってて、だいぶ動きが鈍いところにイトナ君の猛攻にあってる……でも、押されすぎな気がする。あの程度の水のハンデはなんとかなるんじゃ?」

 

「……水だけのせいじゃねー」

 

追いついてきたらしい寺坂によって、やっと今回の全貌が明らかになった。プールを破壊したのは指示されたからだが、おそらく爆弾を仕掛けたことを隠すため。教室にまいた殺虫剤()は、殺せんせーにだけ効くスギ花粉のようなもので、それによって粘液は出尽くしている。そして、イトナを呼ぶ合図だと聞かされていたエアガンもどきは……プールの堰を破壊するための爆弾のスイッチだったということ。

 

「それに、力を発揮できねーのはお前らを助けたからよ、見ろ……」

 

「……おかー、さん……」

 

「真尾がお母さんって呼ぶのは……って、ぽっちゃりが売りの原さんが今にも落ちそうだ!!」

 

「殺せんせー、原さんたちを守るために……」

 

「あいつらの安全に気を配るから、なお一層集中できない。あのシロの奴ならそこまで計算してるだろうさ……恐ろしい奴だよ」

 

「助けないと……」

 

「でも、どうやって……?」

 

寺坂がここに来たってことは、自分がやった事のでかさを認めたんだろう……認めて、自分に出来ることを考えたんだろう。

 

「お前ひょっとして、今回のこと全部奴等に操られてたのかよ!?」

 

「……フン、あーそうだよ。目標もビジョンも無ぇ短絡的な奴は……頭のいいやつに操られる運命なんだよ。だがよ、操られる相手くらいは選びてぇ……奴等はこりごりだ、賞金持っていかれんのもやっぱり気に入らねぇ。だからカルマ、テメーが俺を操ってみせろや!その狡猾なオツムで俺に作戦与えてみろ!カンペキに実行してあそこにいるのを助けてやらァ!」

 

「いいけど……実行出来んの?俺の作戦、死ぬかもよ?」

 

「やってやンよ、こちとら実績持ってる実行犯だぜ」

 

それが『実行犯になること』、だなんてね。……さて、それじゃあ俺は……このバカで考えなしで体力と実行力だけは有り余ってるこいつを使って、全員助ける作戦を考えてやろうじゃん。

 

ぐるりと辺りを見て、絶対に巻き込まれる心配のない木陰にアミサをもたれさせる……まだ体力が戻ってないし、寝かせた方がいいのかもしれないけど……なんとなくこっちの方がいい気がしたから。水に落ちての二次災害が怖いからって茅野ちゃんがこのまま付き添ってくれるみたいだし、俺はアミサの頭をそっと撫でて……そういえば、アレを持ってきてたんだっけ……彼女が肌身離さず持ち歩いてる、彼女曰くエニグマという名前の機械(オーブメント)を。

 

「あ、そーいえば……一応持ってきたんだった、渡しとくよ」

 

……それをそっと握らせる。その瞬間、重たげにしていた彼女の瞳がパチリと瞬きしたのにどこか違和感があったけど、そのまま背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……体中にいくつもの重りをつけられたみたいで、全然動かせない。

 

……なのに意識はふわふわとしていて、どこかに飛んでいきそうなほど頼りない。

 

でも、言われたから……起きててって。

 

そっと、近くの木にもたれるように座らせられる。

 

そっと、頭を撫でられた。

 

「あ、そーいえば……一応持ってきたんだった、渡しとくよ」

 

握らされたソレは、私にとってはとても馴染みのあるもので……手に持った瞬間、少しだけ意識がはっきりした。みんなは、コレは不思議な力を使うための媒体のようなものって認識してるんだろうね……その通りだけど、コレにはもう2つの使い道がある。

 

1つは通信機能、スマホや携帯電話と同じで、合わせた周波数に対して通信することが出来る。もちろん受信も可能だ。

 

もう1つは……持ち主が装備することで、中にセットしたものによって異なる効果が得られること。体は全然動かせない中でも意識だけはスッキリし始めたのは、多分これのおかげだと思う。

 

……多分、また後で怒られるんだろうな……そう思ったけど、やらないで後悔はしたくないから。

指示を出す彼の背中を見ながら、動かすのも億劫な体を無理やりズラし、ソレの蓋を開けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

殺せんせーの全身の触手がだいぶ水を吸って腫れ上がってる……無理もないだろうね、背後に生徒を庇っているから水からあがって体勢を立て直すこともできないんだから。それをいい事に、イトナも、指示を出すシロの奴もやりたい放題だ……流石に何の対策もしてなきゃ、俺ではあの中に飛び込んで無事でいられるとは思えない……でも、そろそろ手を出させてもらうよ。

 

「おい、シロ、イトナ!!よくも俺を騙してくれたな……!」

 

「寺坂君か……近くに来たら危ないよ?」

 

寺坂が単身崖から飛び降りてシロの気を引き、イトナに対してタイマンを挑む。できるだけこちらの意図に気づかれないように、『自分に攻撃させること』だけを要求するように言っておいた。あいつの場合は下手に演技なんてさせるより、本心から言える言葉を引き出せる状況に持っていけば、ある意味素直なバカをだーれも疑わないだろうし。

案の定、シロはのってきた……あとは、

 

「カルマ君!!」

 

「いーんだよ、死にゃしない」

 

 

++++++++++++++++

 

 

殺せんせーなら生徒がどんな状況でどう行動するか……それはこれまでの経験でだいたい分かってる。あとは俺らの持つ道具(もの)で何が出来るか……か。

 

「よし、とりあえず原さんは助けずに放っとこう!」

 

「……おいカルマァ、ふざけてんのか……?原が一番危ねーだろうが!ふとましいから身動き取れねーし、ヘヴィだから枝も折れそうだ!!」

 

……寺坂、多分その大声だとこの戦闘音でも消せてないと思うよ。気付いてなさそうだから放っとくけど。面白そうだし。

 

「……寺坂さぁ、昨日と同じシャツ着てんだろ?同じとこにシミあるし。ズボラだよなー……やっぱお前、悪だくみとか向いてないわ」

 

「あァ!?」

 

そう、……面白いんだよ。

 

「頭はバカでも体力と実行力持ってるから、お前を軸に作戦立てるの面白いんだ……俺を信じて動いてよ、悪いようにはならないからさ」

 

「……バカは余計だ。いいから早く指示よこせ」

 

それなら、と周りにいる動けるE組を近くに集めて俺らを囲むように指示する。これで下には届かない程度に、でも全員に伝達できる最小限の声量で話しても伝わるはず。

 

「まずは寺坂以外がやること……イトナに水をかける、以上。タイミングは俺が指示するから」

 

「は!?あの中に入れって……」

 

「だーかーら、タイミングは俺が出すって、聞けよ最後まで……それに、その頃には触手は止まってるし、原さんたちも救出済みだから」

 

「「「!!」」」

 

それなら水を汲める物や、かけられる物を探してこようと何人かが駆け出した。プールまで戻ればそこで使うように持ってきてた道具も転がってるだろうし、裏山だからこそビニールとかゴミがあるかもしれない。探しに行かない連中は、飛び降りても平気そうな場所、降りるための経路を探すために戦闘の様子を見るフリして下を覗き込んでいる。いやー、察しのいい奴らは助かるねぇ〜……俺と寺坂以外がそれぞれ何かやるべき事を探してここを離れた時、寺坂(察せない奴)には一番重要な指示を出す。

 

「んで、寺坂……お前はイトナの触手をその制服で受け止める、それだけだよ」

 

「……?……!?死ぬだろ!!?」

 

「声でけぇって……安心しなよ、イトナはほぼ確実にシロの指示に従って動いてる……つまり、作戦やら何やらを立ててるのはシロの方。そのシロは俺達生徒を殺すのが目的じゃない……生きてるからこそ、殺せんせーの集中を削げるんだ。だから原さんも同じように殺さない……つまり、お前が飛び出しても殺さない」

 

「…………」

 

「邪魔者を蹴散らすのに自分の手を汚すことはないだろうから、実行するのはイトナだろう。気絶する程度の触手は喰らうけど、逆に言えばスピードもパワーもその程度……死ぬ気で喰らいつけ」

 

「信じて、いいんだな……?」

 

「もちろん」

 

────その時だった。

 

「あ、アミサちゃん……!?」

 

茅野ちゃんが慌てて名前を呼ぶ声が聞こえて、俺と寺坂がそちらに目をやった所では……アミサがさっき渡したエニグマを手にして目を閉じ、彼女の周りが青い光に包まれ、足元には何かの光の陣が描かれていた。

 

「……補助アーツ、≪クレスト≫(物理防御魔法)……」

 

その言葉と共に彼女が瞳を開けると、寺坂の周りに茶色の光が集う……地面から光の岩が生み出されてこいつの周囲を回ると共に体の中へと吸収されていった。

 

「今のは……」

 

「うけとめるんでしょ……?だから、ぼうぎょ、あげてみた……これで、すこしはへーき、だよ……」

 

……そうだ、後のことを考えないバカはもう1人いたんだった、ただでさえ体力尽きかけてんのに、何やってるんだろうこの子……

思わず頭を押さえて大きくため息をついた俺をものすごく同情する目で見てきた本物のバカにはムカついたけど、ここで使い物にならなくなっても困るし我慢するしかなかった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「……渚君たちは道具探しやらで俺らの近くから離れてたから知らないだろうけど、色々対策済み。あとは、あの制服で触手を受け止めればいい」

 

ドッと、すごい音を立てて触手が寺坂の腹に決まる。かなり強い一撃だったみたいだけど、寺坂は制服1枚でイトナ君の触手を抑え込むことに成功していた。受け止めた寺坂の素肌から淡い茶色の光が見える……完全に防御するものではないみたいだけど寺坂の表情を見る限り、本トに今の勢いを軽減したみたいだ。

 

「……?ふぇ、くしゅんっ」

 

「……くしゃみ?」

 

「寺坂のシャツが昨日と同じって事は……昨日寺坂が教室にまいた変なスプレーの成分を至近距離でたっぷり浴びたシャツってこと。殺せんせーと弱点が同じ……ならイトナだってただで済むはずがない……で、」

 

────バキッ

 

「!?」

 

「イトナに一瞬でも隙を作れば原さんはタコが勝手に助けてくれる……さぁ、みんな出番だよ」

 

寺坂にも見えるように手でサインを送れば、全員がさっき探しておいた場所へと移動する。寺坂も吉田と村松へ飛び降りるように指示を出していた……あいつらには皆が何をするか伝えられなかったけど、流石はずっと一緒につるんでただけあるんだろう……しっかりやるべき事は伝わったようだ。

 

「殺せんせーと弱点一緒なんだよね?じゃあ同じことやり返せばいいわけだ」

 

一気にみんなが飛び降りたことで、大きな水しぶきが上がる。それだけじゃない、各々拾ってきたバケツやビニール袋、木の枝、口や手のひらを使ってイトナにどんどん水をかけていく。どんどんどんどん……そうしているうちに、彼の触手も水を吸って膨らみ……ハンデが少なくなった。

 

「で、どーすんの?俺等も賞金持ってかれんの嫌だし、そもそも皆あんたの作戦で死にかけてるし、ついでに寺坂もボコられてるし……それに、」

 

そこで俺も制服のままだけど飛び降りながら、対先生BB弾の代わりに奥田さん特性のペイント弾を装填したエアガンをシロに向かって発砲する。いきなりイトナじゃなくてシロを狙ったことに反応が遅れたのか、心臓を狙ったソレはシロに当たって白い服装に赤いシミが広がる。

 

「……俺の大事な子、心肺停止にまで追い込んだんだ。あのタコを狙っておきながら何の関係もない生徒を殺しかけたこの暗殺……まだ続けるなら、こっちも全力で水遊びさせてもらうけど?」

 

俺の言葉に後ろのみんなが反応した気配があるけど、今は無視だ。元凶がいるあいだは気が抜けないから。少しの間睨み合いが続いていたけど、先に動いたのはシロの方だった。

 

「……してやられたな。ここは引こう……この子らを皆殺しにでもしようものなら、反物質臓がどう暴走するかわからん。帰るよ、イトナ」

 

また俺等によって暗殺を邪魔されたイトナがキレかけてるところで、殺せんせーがイトナに対して口を挟む。

 

「どうです、皆で楽しそうな学級でしょう……そろそろちゃんとクラスに来ませんか?」

 

「イトナ!」

 

「…………フン、」

 

そして、彼らは去っていった。何とか追い払えたみたいだ……俺もエアガンを下ろしてようやく息をつく。これだけじゃ全然やり足りないけど、目的は倒すことじゃなくて追い払うことだったから仕方ない。

 

「カルマ君、アミサちゃんが心肺停止って……!」

 

…………俺、そういえば口走ってたっけ。慌てて駆け寄ってきたのは渚君と、殺せんせー……他の皆は聞き耳を立ててるのかな、こっちには来ない。

 

「あー、うん。何とか水も吐き出させたし、体が動かせないだけみたいだから……烏間先生の授業が役に立ったよ。……だけど、殺せんせー……外傷はなさそうだったけど、脳とかにどれだけダメージがいってるかがわかんない」

 

「病院へ連れていった方がいいでしょうねぇ……もっとも、回復アーツはほとんどの外傷やダメージを回復させますから、瀕死から脱すればすぐに元気になる気もしますが……」

 

「……は?」

 

その言葉と共に崖の上を見やる殺せんせーに続いて俺も見上げてみると……茅野ちゃんに支えられながら崖の下の俺たちを心配そうに覗き込んでいる彼女の姿が。離れるまで全く動けなかったはず……もしかして、俺らがいなくなった後、自分に回復アーツをかけたってこと……?

 

「……はぁ……もうちょっと、自分を大切にできないかな」

 

「アーツって、あの前原君達にかけてたやつのことだよね……アミサちゃんらしいっていえばらしいけど……。あと、それカルマ君が言っても全然説得力ないよ」

 

呆れながらも渚君と話しながら彼女らを眺めてれば、やっと元に戻ったんだって気になってきた。今度はなんだかんだで寺坂もE組にしっかり仲間入り……あいつは高い所から命令するよりも実行部隊として前に出る方が向いてるし、それによって他の皆を引っ張ることが出来るんだから、これでちょっとは自分に出来ることも分かったんじゃね?それにあいつ分かりやすいからこそ操りやすいんだよね〜、今回はそれを逆手に取られたんだけどさ。

 

「それにしてもやっぱり聞こえてたんだ、あの悪口。寺坂ってバカなだけじゃなくて無神経だよねー。単純だし手のひらの上で簡単に転がされすぎ、さすがバカ」

 

「バカバカ言ってんじゃねーよ、カルマ!!」

 

俺、正直に思ったことを言っただけなんだけど。この後、俺も巻き込まれて水浸しになるまで、あと────

 

 

 

 

 

 

 




「そーいや寺坂君、さっき私のこと散々言ってたね。ヘヴィだとかふとましいとか」

「うぐ、い、いやあれは、状況を客観的に分析してだな……!」

「言い訳無用!動けるデブの恐ろしさ見せてあげるわ!」

「それにしてもやっぱり聞こえてたんだ、あの悪口。寺坂ってバカなだけじゃなくて無神経だよねー。単純だし手のひらの上で簡単に転がされすぎ、さすがバカ」

「バカバカ言ってんじゃねーよ、カルマ!!」

「ぶ!?はあァ!?何すんだよ、上司に向かって!」

「誰が上司だ!真尾がいなきゃ完全に生身で触手受けさせる気ぃだっただろーが!だいたいテメーはサボり魔の癖にオイシイ場面は持っていきやがって!」

「あー、それ私も思ってたー」

「この機会に泥水もたっぷり飲ませようか。それに……」

「烏間先生の授業ってアレだろ、心肺蘇生法。それをやったって事は……」

「……、よし、教室帰ろっかなー」

「「「捕まえろ!」」」

「あ、コラ!」




「……みんな、楽しそう……」
「ダメだからね?……ねえ、アミサちゃん」
「?」
「溺れてから目が覚めるまでのこと、覚えてる?」
「……?何を……?」
「んーん、何でもないよ(人工呼吸……覚えてたらどんな反応だったのかな)」
「…………」


++++++++++++++++++++


実行の時間でした。
今回の原作改変点
・カルマがプールまでついてきた(でも制服)
・カルマが自分から飛び降りる(でも制服)
・気付いたらシロに一撃与えてた(ペイント弾)
・武器は奥田さん作成の特別品!(いつの間に。多分なかなか落ちない成分とか服を溶かす成分とか含まれてる)

オリ主が途中から瀕死のためにほとんどカルマ視点になりました。カルマ、内心で寺坂君のことをバカバカ言いすぎ……何回言ってるんだろう。※作者は数えてません
一応、回復アーツを使わなくても下記の理由から徐々に徐々に体力は回復してます。でも微々たるものだからほとんど瀕死と変わりはないので、最後の水浴び(?)はカエデちゃんとお留守番です。地味にフラグを回収してしまったオリ主……


※ここからは軌跡シリーズを知っている方にしかわからない専門用語が出てきます※
オーブメントにセットしていたものはもちろんクオーツのこと……一応設定としては『治癒』と『水耀珠』のつもりです。これだけで……というか、『治癒』というクオーツだけで充分《クレスト》が放てるという。そして、『治癒』のクオーツを装備していると、少しずつHPが回復していきます。
まだ公開してませんでしたが、オリ主の戦術オーブメントは幻縛りが1つある2本ラインのアーツ特化です。しかし、姉よりもラインが長い分EP上限は高く設定予定です。ただし、同じようにラインの長さにしては低め。なので強力なのも撃てる代わりに連発ができない感じです。


では、次はいよいよ期末テスト編です!
E組の運命やいかに!
浅野君出したいな……(願望)




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病院の時間

シロさんとイトナくんを追い払ってから、楽しそうに水をかけあってるみんなをカエデちゃんに支えてもらいながら見ていたら……あ、カルマが抜け出して寺坂くんに飛び蹴りした……いつの間にか殺せんせーが私たちの近くに飛んできていた。軽く目を細めて笑う殺せんせーをぼーっと見ていると、カエデちゃんも一緒に先生の触手で抱えられて、いつの間にかみんなの所へ運ばれていた。降りてきたことに気づいたみんなが駆け寄ってきて……だいじょぶだよ、心配かけてごめんなさい、殺せんせーに抱えてもらったままそう言おうとしたんだけど、その前に誰かの手のひらで視界を塞がれた。

 

「お疲れ様、先生の触診でも異常はないってさ」

 

だいぶ前から気絶()ちそうになる意識を何とかつなぎとめているようなものだったから、視界が暗くなると自然とまぶたがおりてくる。周りに人の気配はするけど、誰が誰かも判別出来ない……いつもならここまで分からないなんてこと、ないのに。でも、見知ったその気配たちはとても安心するものばかりで……そこで、私の意識は暗転した。

 

 

++++++++++++++++

 

 

ふと、意識が浮上して最初に目に入ってきたのは白い世界だった。……え、ここどこ……?自分の家でも、学校でもなくて、あと行ったことのある家だとすればカルマの家だけど、こんな部屋なんてなかったはずだし。ゆっくり体を起こすと私が寝ていた場所も真っ白なベットなことが分かる……腕に違和感を感じて見てみれば点滴が付いていた。布ズレの音で私が起きたと気づいたのだろう、白い世界を区切るカーテンが引かれ、一人の男の人が顔を見せた。

 

「……!目が覚めたか……おい、呼んでおけ」

 

「……烏間、先生……ここは、」

 

「国が手配した病院だ。真尾さんは大事をとって検査入院……あのタコはクオーツの恩恵があるからある程度回復しているだろうと言っていたが、赤羽君曰く1度心肺停止にもなっている。肺に水が入っているからな……その処置のためだ」

 

烏間先生の説明を聞いているうちに、病院の先生だろう……白衣の人が何人か部屋に入ってきた。簡単なバイタルチェックや問診などを受けながらゆっくりと自分の周りを見てみる。私の寝ているベットの他に患者さんはいない……どうやらここは個室のようだ。枕もとの棚にお菓子や果物、本がいくつか積んである……だれか、私が寝ている間に来てくれてたのかな。……寝ている間に?私、どのくらい寝ていたんだろう……

病室を出ていこうとしているお医者さんに何かを確認していた烏間先生が私の近くへと戻ってきて、あたりを確認している私を見て色々と疑問に思っていることに感づいたのだろう……納得したように一つ頷くと教えてくれた。

 

「……それらは君が眠っていただいたい3日間の間に見舞いに来たE組の生徒からだ。何があったかは奴や他の生徒達から聞いている……本当に無事でよかった」

 

……3日も寝てたんだ、私。烏間先生から伝えられた事実に少し驚いた……あの時目を閉じてから、感覚的には一瞬だったのに。カルマには死にかけてたって言われたし、何も動かせないくらい体がものすごく重たかったからだいぶ体に負担がかかってたんだね、……多分。

今まで見たこともない安心したような笑顔を烏間先生に向けられて、この人こんな笑顔もできたんだな……なんて少し失礼なことを思っていれば、先生はスーツのポケットからスマホを取り出した。もしかして、お医者さんに確認してたのは携帯を使う許可だったりするのかな。

 

「少し携帯を使うぞ。……律」

 

『──はい!お呼びでしょうか、烏間先生!』

 

「真尾さんの目が覚めたと伝えたい。今日の授業終わりに……『アミサさん、起きたのですか!?今すぐ映像を繋げますね!!』……!ま、待て!今繋げたら……!」

 

先生がスマホに呼びかけた途端に律ちゃんの声が聞こえた……律ちゃん、先生のスマホにもいたんだね。私の目が覚めたことを伝えたいと伝言を頼む烏間先生の姿を見て、先生や先生の部下の人の誰かができるだけ私に付き添ってくれていたことをなんとなく察した。……私の家族は海外にいて付き添える人がいないのもあるだろうけど。

……授業とも言っていたし、今E組のみんなは学校にいるんだろう。病室に付けられた時計を見る限り今は5時間目の授業中のはず……授業妨害になってしまうから烏間先生は映像をつなげるのを止めたんだろうけど、それにしては慌てすぎな気がする。先生のスマホからざわざわした音が響き始めると、大きくため息を吐いた烏間先生が頭を押さえながらスマホのINカメラを私の方へと向けた。

 

『お、映った映った』

 

『顔色も戻ってるね、安心したよ〜』

 

『病院着というのもまたエr『岡島、黙ろう』ヒィッ!は、速水!?エアガン下ろせ!!』

 

『……俺、言わなくてよかったわ』

 

『は?』

 

『ナンデモアリマセン』

 

どうやら律ちゃんが気を利かせて映像を両方に見えるようにしてくれているみたい。小さな画面に、席についているみんながこちらを……律ちゃん本体の方を振り向いて話しかけてくれているのが見える。教室全体が見えるようにと律ちゃん本体が動いてくれて、最初は映ってなかった愛美ちゃんやカルマの方も見えるようになった……あ、寺坂くん、教室にちゃんと来てる。

 

「えっと……心配、おかけしました。寝て、起きたら病院で……3日も経ってたんだね」

 

「一応この後の検査で異常がなければもう数日で退院だ」

 

「……だそうです」

 

『そっか、待ってるからな!って、うお!』

 

検査のほとんどは私が寝ている間に済ませてもらえたみたいで、後は意識がある時の脳波の検査とか口頭での診察とかが残ってるみたい。それが終われば帰れる、それを伝えていたら画面全体が黄色くなった。

 

『アミサさん!目が覚めたようで何よりです!!あの後全く目を覚まさないので心配してました。プールはまた先生が直しましたから元気になったらまたみんなで遊んでください。それに眠っていた間の勉強の遅れなどはご心配なく、復帰次第、先生の放課後ヌルヌル講習で補講しましょう。ああ、あとそれから──』

 

『『『殺せんせー、邪魔!』』』

 

『にゅやっ!?も、申し訳ありませ──』

 

『せんせー、俺、頭痛が痛くなる予定なので早退しまーす』

 

『にゅやぁあッ!?カルマ君、わざとらしい上に色々おかしいですよッ!?ってまだ授業中ですッ!!』

 

殺せんせー、カメラの位置把握してないのかな……ものすごいドアップで律ちゃんの正面を陣取ってマシンガントークをしていたと思えば、みんなに怒られてる……最後の棒読みってカルマだよね、明らかに。頭痛が痛くなるの……?画面の向こうがバタバタと大騒ぎになってしまって、会話に参加することも出来ずに何も言えなくなっていると、律ちゃんの正面に座る寿美鈴おかーさんが振り向いてこっそりと教えてくれた。

 

『寺坂君、だーいぶへこんでたよ……自分が軽い気持ちでやったことで死なせかけたって。カルマ君はカルマ君で不機嫌だし……今の早退だって多分、そっちに行ったんじゃないかな?』

 

「……そうなの?」

 

『そ。この3日間、面会時間ギリギリまで病室に2人とも残ってたしね。ちなみに果物は寺坂君が選んだやつ』

 

果物、まさかの寺坂くんからだった。なんでも寺坂くん、吉田くん、村松くん、綺羅々ちゃんが仲直りした流れのまま、4人で選んで買ってきてくれたんだって。病室でいきなりそれ出した時は驚いたよー、そう言って今のを私が教えたことは秘密だよ、って人差し指を口に当てて「しー」ってされたから私も「しー?」と真似してみたら、おかーさんは優しく笑って前を向いた。殺せんせーたちの方が大騒ぎすぎて、誰も私たちの会話には気づいてなさそうだ。区切りがいいからと律ちゃんが通信を切ると、烏間先生はまだ頭を押さえていた。

 

「……こうなるから、放課後に知らせたかったんだが……」

 

「こうって……この大騒ぎですか?」

 

「それもだが、赤羽君はほぼ確実に授業をサボるだろうと思ってな……今律が確認したが案の定抜け出したようだ。この3日間も学校そのものを何度サボろうとしていたことか……」

 

私がカルマのサボる理由になりかけてたらしい。確か、そろそろ一学期末テストが近かったはずだから、勉強の方に出てほしいな……。同じことを殺せんせーも烏間先生も心配していたらしくて、登校を渋って病院(こっち)に来ようとしていたのを何とか放課後の面会時間をギリギリまで伸ばすことで手を打ったのが3日前……私の目が覚めたから、いてもたってもいられなくなったんだろうって。……そういえば私、死にかけたって言われたけど、気づいたらカルマとカエデちゃんが私を覗き込んでたし、あんまり実感ない……実際どうなってたんだろう。あんまり覚えてないけど、カルマが疲れきってたのとカエデちゃんがボロボロ泣いてたのだけはハッキリ見えて……あと、なんか、目が覚める前に……なんだっけ、あたたかい……

思い出そうとしても、もやもやしたのが隠しててよく分からない……気にしなくていいことなのかな。ちょっと疑問が残りながらも首を傾げていると、立ち直ったらしい烏間先生が私を真剣な顔で見つめてきて、私も自然と姿勢を正す。

 

「……それよりも、赤羽君がこちらに来るまでは違う話がしたい」

 

「……えっと……はい、それが烏間先生や部下の方がずっと付き添ってくれた理由……なんですよね?」

 

「……否定はできないな。本題に入るが……例の件について、考えてもらえただろうか?」

 

「……、……私は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

烏間先生と少し話をしてから、無言で席を立った先生は、カルマがあの時間に教室を飛び出したのならそろそろ来るだろうって病室を出ていった。生徒たちが団らんする場所に教師がいるのは邪魔だろうってことみたいだけど……烏間先生もE組の先生、E組の一員なんだから、ここにいても何も問題ない気がするけどな……。手持ち無沙汰になった私は枕元に積んであった本の中から一冊選ぶと足の上に広げる……これ、スウィーツ大全って書いてある。果たしてこれはカエデちゃんからなのか、殺せんせーからなのか。……候補が絞れる時点で私の中でスウィーツと言ったらこの2人ってイメージになってるんだと思う。

のんびり本を読み進めていれば烏間先生が病室から出ていって5分もしないうちに、ノックもなく少しだけ乱暴に部屋のドアが開けられた。

 

「アミサ……!」

 

「あ、ほんとだった」

 

汗だくで、肩で息をしてやってきた彼は、私があまりにも普通に本を読みながら返事をしたからか、一瞬固まってこちらを見てきた……烏間先生も言ってたけど、大事をとっての入院ってだけなのに。

 

「カルマ、お疲れさま……先生にベッドから降りちゃダメって言われたから……このままでごめんね」

 

無言で、強ばった顔でこちらを見る彼はゆっくりと近づいてきた。私は話すのに邪魔になると思って棚へ本を戻す。

 

「授業中、だったんじゃないの……?そろそろ期末テストなんだから、ちゃんとでなくちゃ……」

 

棚にやっていた視線を彼に戻してみると、案外近くにまで来ていてびっくりした……彼は少し俯いていて、前髪で影になって表情がよく見えない。

 

「……カルマ……?どうかし、!」

 

……気がついたら、彼の腕の中にいた。私はベッドに座ったまま、彼は立ったままだから頭の上からすっぽり包み込まれているような感じだ。それなのに、全然苦しくなくて……むしろ壊れ物を扱うというのかな、それくらい恐る恐るとした手つきで……それでも顔を上げて彼の顔を見ることが出来ないくらいには強く、抱きしめられていた。

 

「……怖かった。ただ眠ってるだけだって分かってたけど……アミサが、アミーシャが、息してなかった時みたいに見えて……このまま起きないんじゃないかって」

 

「……カルマ、」

 

……そっか、カルマは私がその『死にかけてた』って状況、見てるんだ。それで、すぐに体力さえ戻れば起きると思ってたのに3日も起きなかったから……心配、してくれてたんだ。私はそっと点滴がついてない方の腕を彼の背中に回す……一瞬びくりと震えたのが伝わってきた。

 

「……っ、」

 

「……いるよ、私、生きてる。ちゃんと息もしてるし、起きてるし……今、カルマに触れてるよ」

 

そう言ったら、少し、腕の力が強くなった気がした……私はそれに応えるように彼の背中を撫でる。覚えてないけど、助けてくれた感謝を込めて……そして私の存在を示すように。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「────とりあえず、この3日であったのはこのくらいかな」

 

あの後、私から離れた彼の顔はいつもどおりの飄々とした表情だったけど少しだけ赤くなっていて……私がここにいるのかどうかを確かめるためとはいえ、恥ずかしかったとか、かな?……たくさん心配をかけた手前、指摘しないことにした。烏間先生が席を外してたのはやっぱりラッキーだったのかもしれない。

カルマは離れた後、ベッドの横に椅子を持ってきて座ると私が知らない3日間で起きたことを色々と話してくれた。殺せんせーが次の日……はさすがに無理があったけどプールを修復して、あの……プールから上がったあとに使う目を洗う……チー、ってやつを追加で増設したんだって。でも塩素を入れたプールで泳いでる訳でも無いし面倒だからって飲みにくい水飲み場としてみんな使ってるらしい。他にも寺坂くんを筆頭にしたグループ……通称寺坂組がコソコソと本校舎の方で情報収集かなにかをしているらしいこととか、あのプール事件の時シロさんの服に愛美ちゃん特製の対先生物質に反応して色が落ちにくくなってるペイント弾を当ててみたこととか……

 

「そうなんだ……カルマ、寺坂くんたちのことなんてよく知ってたね」

 

「……アミサが、気にしてると思ったし。あの後クラスに本トに馴染めてるか、知りたかったんじゃない?」

 

「……うん、教室、来てるかなって思ってた。でも律ちゃんが映像に映してくれた時にもいたから……それに、カルマの話も聞いて、仲直り出来たみたいだしちょっと安心した」

 

「……そっか」

 

「あ、律ちゃんの映像といえば……カルマ、頭痛いのへーき?いっぱいお話しちゃってるけど……辛くない?それとも予定ってまだ来てないの……?」

 

「…あー…あれ教室出るために言った仮病だから……本気にしないでよ」

 

これなら教室へ行った時にまた前みたいに普通に話せるかな、なんて思っていたらカルマはちょっと不機嫌そうで……今の会話のどこに不機嫌になるところがあったのだろう。

 

〝カルマ君はカルマ君でちょっと不機嫌そうだし……〟

 

……おかーさんの言ってた通りなら、今機嫌が悪くなることがあったというよりも、少し前からそんな感じのところがあったってこと……

私がまた無茶をしたから?

心配かけてばかりだから?

それとも、寄りかかりすぎて、迷惑になっちゃった……?

だけどそうだとしたら、さっきのカルマの行動(抱きしめられたこと)はおかしい気がする。一人で悶々と考えてもわからないと思って聞こうとした時、病室の扉をノックする音が響いた。

 

「……?誰かきた……?」

 

「ああ、もうこんな時間だったわけ……」

 

「……どうぞ?」

 

ノックの音にカルマの顔を伺って一旦話を切ってもいいか確認すると頷かれた。入室を促してから扉の外にいる気配の1つが少し揺れた気がして、それから静かに病室に入ってきたのは……

 

「…………」

 

「あ、寺坂くん……」

 

扉を開けた先にいたのは先程から話題にあげていた、口を真一文字に結んで、こちらを見ている寺坂くんだった。そっか、いつの間にかもう放課後だったんだ……入口で足を止めたままの彼は真っ直ぐにこっちを見ていて、安心したような怒ってるような不安になってるようなそんな感情がごちゃまぜになった表情(かお)をしていた。前みたいに色々見失ってる彼じゃなくてよかったって思いながらも、入ろうとも出ようとも動こうともしない彼に、だんだんと私の方が不安になってくる。

 

「あ、あの……入らないの?」

 

「はぁ……ねぇ、寺坂。さっさとやるならやればぁ?」

 

「……っ、わーったよ……」

 

黙っているのも居づらくなってきて声をかければ、一緒になって何かを促しているカルマ。固まっていた彼は決心したように足を踏み入れ……そのまま床に正座した。

 

「え、え、えぇぇ!?」

 

「……真尾、悪かった。お前は色々気づいてたのに、全部無視して追い払って……結果、あいつらにいいように使われて、お前を危険な目に合わせちまった」

 

「え、あの、」

 

「殴ってくれたっていい、罵ってくれたっていい。お前が今回の一番の被害者だ」

 

そう言って目を閉じて、動かなくなっちゃった寺坂くん……え、これって私が殴るか罵るかなにかしないとこのままでいる気なの……!?私、寺坂くんを責めるつもり、何一つないんだけど……。それに、根本的な問題がある。

 

「私、ベッドから出れないからそこまで行けない……」

 

「……覚悟決めてた俺はどうしろってんだ」

 

「アミサがやらないなら俺がこのバカ殴ろうか?バカがバカやらかしたせいで死にかけたわけだし、本人が望んでるわけだし」

 

「だからバカバカうるせぇぞカルマ!しかもお前には望んでねぇ!既に俺を殴ってるし、蹴りも入れただろうが!」

 

申し訳なくなりながら呟いた私の言葉に脱力してしまった寺坂くんを見て、カルマがものすごくいい笑顔で立ち上がると彼の後ろへ……そのまま寺坂くんの頭をポカポカ叩きながら私の代行を名乗り出た。それもう私に許可求める以前に叩いてるよね?……そんなカルマに対して怒鳴りつつも正座を崩そうとしない寺坂くんがなんだかすごかった。このままだと2人でケンカして終わる気がしてきて、慌てて代わりになりそうなものを考える……と、そうだ、

 

「あ、と、じゃあ……2つ、お願いしてもいい……?」

 

「はァ?……いーけどよ」

 

「なら1つ目は……こっち、来てください」

 

「……それ、願いに含めなくてよくねーか……?」

 

「アミサだから」

 

「何だよその説得力」

 

何やらブツブツいいながらも、立ち上がって私の方まで来てくれた寺坂くん。カルマはカルマで寺坂くんの後に続こうとして一度立ち止まり病室のドアの方を見て……何事も無かったかのようにベッドまで戻ってくると、寺坂くんとは反対側のベッド脇に来てベッドを椅子替わりにして座って彼を見ている。

どこかバツが悪そうな顔をしながら私を見下ろす彼に、私は手を差し出した。

 

「「………は?」」

 

「2つ目のお願い。寺坂くん、手、貸して……?」

 

「…………お、おう」

 

見事にカルマと寺坂くんの疑問の声がかぶったけどあえて聞かなかったことにして、そろっと差し出された手のひらを握る。それは大きくて、武骨で、でも暖かい手……私にとって馴染みのある手とは同じ男の人の手でも全然違う。

 

「……カルマの手はね、華奢なのに大きくて……それでちょっと硬いの。多分、ケンカでも道具でも色んなものを扱うことが出来る器用な手だから」

 

「……アミサ?」

 

「寺坂くんは、大きくて、ゴツゴツしてるのに多くのものを扱うのが苦手で不器用な手……でも、その分一つのものに集中するのが得意な手、だと思う。だからいっぱい下手に、考えなくていいんじゃないかな……」

 

「……つまり、どういうことだよ」

 

「寺坂くんは、寺坂くんに向いてる役割をこなせばいいと思う。私の言葉を聞いて律ちゃんが動けないようにしたこととか……カルマの作戦を、完璧に実行して見せたこととか……ちょっと違うかもだけど、シロさんの作戦を寺坂くんは誰にもバレずに実行しきったのは、すごいことだと思ったから。たくさんある選択肢の中から選ぶのは寺坂くん自身だけどね」

 

彼は自分の頭で考えて人を使うよりも、自分が動いて周りの人が見てそれについていくのが自然なんだと思う。だからって言いなりになって使われてしまっては意味が無い……いくつもある示された道の中からどれを選んでどのようにこなすかは、寺坂くん自身が決めることだと思うから、そこからは彼自身が考える所だ。どこか、自分で話しておきながら私自身に重なるところがあるなぁ……なんて考えながら、はい、と握っていた手を離すとポカンとされてしまった。

 

「まさか、これで終わりか……?」

 

「え、うん」

 

「……仕返しにも何にもなってねぇじゃねーか」

 

「……だって、寺坂くんに仕返しすることなんてないよ……んー……じゃあ、はい」

 

「いっ!?」

 

仕返しするのなら、みんなを危険な目に合わせたシロさんにしたい。結局自分のやりたい暗殺のために、E組のことをどうなってもいいというように軽く扱ったんだから……浮いていたとはいえ、寺坂くんを騙したんだから。でも、何もしないでは納得してくれてなさそうだったから、まだ持っていきどころに困っていた彼の手をもう一度とって、手の甲を軽くつねっておいた。……ちょっと不服そうな顔はされたけど、これで許してほしい。なんて、話していたらまた気配が揺らいだ気がした。

 

「そういえば、寺坂くんが来た時からちょっと気になってたんだけど……お部屋の外に、誰かいるよね……?」

 

「…………お前、気付いてたのか?」

 

「俺も途中で気付いたけどね。気配の消し方はまだまだだよね〜……習ったじゃん、ナンバとかさ」

 

「なんだ、バレてたのか……」

 

「ホント、アミサってそういうのに敏感だもんね」

 

寺坂くんが来た時、部屋の外には複数の気配があった。なのに入ってきたのは彼一人だったからなんでだろうと思っていれば、彼が正座し出すし殴れとか言い出すし……有耶無耶になって忘れかけてた。カルマは最初は気づいてなかったんだろうけど、こっちに移動してくる時には分かってたんだろうな。

 

「はい、カルマ。抜け出した罰だってさ」

 

「げ。……いいじゃん、この3日間我慢したんだしさ〜」

 

「それは殺せんせーにいいなさいよ。……一応私達はクラス代表でお見舞いと寺坂君の付き添いね。もうすぐ期末だし、アミサが戻ってきたら本格的にまた分裂するってさ。みんな待ってるから」

 

「ありがと、メグちゃんと磯貝くん。……またやるんだ、あの分裂講習……」

 

お見舞いっていいながらしっかり殺せんせーからの課題をカルマに渡しつつ、様子を見に来てくれた2人をみて自然と笑顔になれた。2人とも周りを引っ張るリーダー基質だし、メグちゃんはイケメンなお姉さんって感じで、磯貝くんは弟妹がいるからか妹基質(らしい)私のこともお兄さんのように接してくれるから、少しずつ頼れるようになってきてるクラスメイトだ。……私は今、幸せ……少しずつ、私の大切が増えていく毎日がとても幸せだ。

そして、メグちゃんや磯貝くんたちと話していた私は一つだけ、忘れていた。カルマが不機嫌な理由……それを聞いていなかったこと。思い出したのはみんなが帰ったあとのことで、ちょっと後悔した。

 

 

 

 




「……あれ、この本……『カーネリア』に『陽溜まりのアニエス』……手紙?」

【眠っているようだから手紙で失礼するよ。理事長からキミがE組でちょっとした事故があってそれに巻き込まれたと聞いた。詳細は全く流れてこないが……無理はしていないかい?何か困ったことがあればキミならいつでも歓迎するよ。早く学校に戻れることを祈って。
浅野学秀

P.S.
出会った時に読もうとしていた本と同じ出版社の本を取り寄せてみた。興味があると嬉しいが。】

「……浅野くん、来てたんだ。」


++++++++++++++++++++


閑話、病院での一コマでした。
だいたい一周間もかからずにオリ主は退院します。
ただ、病気とか治療とかにそこまで詳しくないので期間が短いとかこんな簡単に退院出来るはずないでしょ!とか思われるかもしれませんが、前提として体の機能は回復済みということがありますのでご了承を……あとは、ちょっと衰弱というか、なんというかで、はい。

オリジナルのストーリーが結構難しく、どうしようどうしようと色々考えた結果こうなりました。話の流れ的にのちのち公開予定のもの、今後の話で重要になりそうなキーワードを、ちょこちょこ小出しにしていくのが楽しくて仕方ありません。今回公開可能なものでいうなら……何人くらいみえますかね、寺坂くんが来た時点で誰かが一緒にいたことに気が付かれた方。バレバレでした?

浅野くん本人は出しにくかったので手紙で。
あれですよ、理事長はなんでも知っている()

次回こそ、期末テストに入れるでしょうか……では!





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一学期末の時間

プールの事件ではいろいろあったけど、一学期末テストの本格的な準備期間に入る前には退院して無事にクラスへ復帰することが出来た。久しぶりに教室へ入った時、女性陣にはもみくちゃにされてすごく驚いて……待って、私みんなより小さいから埋まる……!案の定埋まった私を引っ張り出してくれたのがカルマで、その後は男性陣からおかえりって声をかけてもらえたり、渚くんとか前原くんとかには頭を撫でてもらえた。千葉くんも1回だけ通りすがりに、ポンって。

一通り構ってもらってから顔を上げたら、寺坂くんが近くに来てて……病院でも会ってるしどうしたのかなって思っていたら頭をグシャグシャに撫でられた。驚いたけど、前以上に仲良くなれた気がして嬉しくなって自然と笑顔になれて……そしたらカルマが寺坂くんを教室の外に連れていってしまった。凛香ちゃんに耳を塞がれたから、外で何をしてきたのかは分からないけど、帰ってきたカルマはなんかスッキリした顔してるし、寺坂くんはどこか疲れた顔して机に突っ伏してるし……ほんと、何してきたんだろう。

 

「さて、アミサさんも帰ってきたことですし、そろそろ期末テストに向けてのテスト勉強に入りましょう!今日は天気もいいですし、外でやりましょうか」

 

殺せんせーのその一言で、E組のみんなで揃って校庭へ出て行き、みんな各々好きな場所に座って問題集を広げて解き始める。先生は中間テストの時みたいにたくさん分身を作りながら……今回は教室の中だけに限られてなくて、距離の開いた位置に座っていてもしっかり生徒ごとに分けて教えてくれていた。私の前には、入院中の遅れを取り戻すため、短期間のNARUTO殺せんせーがいる……ちょっとの間、寺坂くんとお揃いだ。

 

「殺せんせー、また今回も全員50位以内を目指すの?」

 

中間テストと同じように対策をするなら目標も同じになるのだろうか……そんな考えからだろう、渚くんが殺せんせーに質問したみたい。それに対して殺せんせーは総合点ではなくて、生徒一人一人にあった目標……どんな生徒にもチャンスとなる、暗殺教室らしい目標を設定したらしい。

……殺せんせー、下手に気遣うから色々気にしてた寺坂くんが余計に怒ってるよ……

 

「き、気を取り直して……シロさんが前に言った通り、先生は触手を失うと動きが落ちます。色々と試してみた結果……触手1本につき、先生が失う運動能力はざっと10%!」

 

先生の触手は何本あるのか分からないけど……でも、1本落とせばその分常人の私たちでも目で追うことが出来るスピードに近くなるわけだ。実際に今、数本の触手を落としてくれて……なんか、分身のスピードが落ちるというより物語の幸福感が落ちるというよく分からない減り方をしていたけど、確かに目で追えた。……まさか殺せんせーは、それを暗殺のヒントとして出すためだけに今説明したわけじゃないんだろう……続きに耳を傾ける。

 

「そこで本題です。前回は総合点で評価しましたが……今回は、皆さんの最も得意な教科も評価に入れます。教科ごとに学年1位を取った者には……触手を1本破壊する権利を進呈します」

 

「「「!!!」」」

 

「これが暗殺教室の期末テストです。賞金100億に近付けるかどうかは、皆さんの努力と成績次第なのです……!」

 

それって……この教室(E組)には、総合では落ちこぼれの部類に入っていても、一教科だけなら上位争いに食い込めるスペシャリストが何人もいる。むしろ一教科に偏りすぎてE組に来たって人もいるくらいだから、確かにこれはかなりのチャンスだ……!全体が秀でた生徒、抜きん出た生徒だけじゃない……何か突出した才能をもつ人たちをそれぞれに評価する。ホントに、どんなことでも殺せんせーは私たちをやる気にさせてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各教科1位で触手1本かぁ……」

 

「上位ランカー結構いるもんね、E組って」

 

「私、理科だけなら大の得意ですから!やっとみんなの役に立てるかも!」

 

教室に帰ってきてからも、話題になるのはその1点……無条件で触手を破壊できる権利、かなり大きい。愛美ちゃんも、まだ文系科目には苦手意識があるみたいだけど、元々得意なものを生かせるって張り切っている。

 

────ブブブ……

 

「あ、悪ぃ。俺のスマホだ……進藤から?……もしもし、よぉ、なんだ?」

 

杉野くんのスマホに、珍しい人からの着信だ。

……球技大会の後、進藤くんは、下校の時に旧校舎へ行く山道の入口に立っていて、私にひどいことを言ってしまったからとわざわざ謝りに来てくれた。この時、私は初対面のことから反射的にカルマの後ろに隠れてしまったんだけど……杉野くんがもう平気だからって言ってくれたし、隠れてしまった私に対して気を悪くした様子もなく……むしろ、あんな呼び方や見下した態度をして悪かったって、真っ直ぐ目をあわせて言ってくれた。今では杉野くんを通じて登下校の時に会えば挨拶しあえるようになっている。

一応E組と本校舎の生徒は対立している関係……B組所属の彼がプライベートならともかく、この時期にいきなり電話をかけてきた理由ってなんだろう……?

 

「……はは、相変わらずの上から目線で。……はァ?A組が自主勉強会?……ちょっと待て、スピーカーにしていいか?……おう、サンキュ」

 

最初は普通に軽口を言い合って仲のいい友だちらしく会話していたのにいきなり真剣な表情になった杉野くん。スマホのマイクを押さえてから教室にいる人たちへ「本校舎の情報が来たから少し声を控えてほしい」と言って、スマホをスピーカーモードにして机に置いた。興味を持ったクラスメイトたちが近くに集まり、近くには来なくても教室にいる人たちは聞き耳を立てているみたい。

 

「待たせた、詳細頼む」

 

『おう、……俺等3年のクラス序列は最下層にお前等E組、次に横並びでB・C・D組、そして成績優秀者、及び才能に秀でたものを集めた特進クラスA組がある、それはいいな?……その頂点であるA組が全員集結して自主勉強会を開いてるんだ……こんなの、初めて見る』

 

A組が本校舎の生徒ですら初めて見る行動をとった……殺せんせーが各教科1位を狙う目標を提示したのはついさっき、ということはその情報がA組に伝わったから取られた対策、とは考えにくい。自分たちの判断で学力の底上げに着手したってこと……?さすがの理事長先生も知らないと思うし……あ、でも、さっき烏間先生とイリーナ先生が今回の期末テストの成績が暗殺に直結するってことで、下手に妨害されてしまわないよう理事長先生の妨害を警戒して釘をさしに行ったはず。……まさか、先生たちから伝わってるってことはないよね?

 

『勉強会の音頭を取る中心メンバーは、〝五英傑〟と呼ばれる椚ヶ丘(うち)が誇る天才達だ。

 

1人目。中間テスト総合2位……他を圧倒するマスコミ志望の社会知識……放送部部長、荒木鉄平!!

 

2人目。中間テスト総合3位……人文系コンクールを総ナメにした鋭利な詩人……生徒会書記、榊原蓮!!

 

3人目。中間テスト総合6位……4位だけでなくその下の5位さえもを奪った赤羽、真尾への雪辱に燃える暗記の鬼……生物部部長、小山夏彦!!

 

4人目。中間テスト総合7位……口の悪さとLA仕込みの語学力は追随者ナシ……生徒会議長、瀬尾智也!!』

 

…………ものすごい、臨場感のあふれるナレーションがスマホから聞こえてきた。かっこいいけどなかなか真似出来ない……会議室が見える場所で電話してるってことは、進藤くん、廊下にいるんじゃ……彼曰く、一度やってみたかったらしい。……咳払いとともに気を取り直して彼は続ける。

 

『そして……その頂点に君臨するのが、中間テスト総合1位、全国模試でも1位……全教科パーフェクト。理事長(支配者)の遺伝子を引き継ぐ、生徒会長、浅野学秀!!』

 

……浅野くん。やっぱり、あなたが1番に立ちふさがってくるんだね。人望が厚く、成績はトップ、プライドの高いA組の猛者をまとめ上げるカリスマ性……。彼自身と少しだけ交流があるから分かる、彼こそが私たちの目標を達成する上で一番の壁になる相手だって。それに、他の4人だってただ五英傑と呼ばれているだけじゃない……各教科のスペシャリストがA組には揃ってる。

 

『5人合わせりゃ、下手な教師よりも腕は上だ……ただでさえ優秀なA組の成績がさらに伸びる。奴ら、お前等E組を本校舎へ復帰させないつもりだ……このままじゃ、』

 

「ありがとな、進藤。口は悪いけど心配してくれてんだろ?でも大丈夫。今の俺等は……E組を出ることが目標じゃない、けど、目標のためにはA組に勝てる点数を取らなくちゃならない。……見ててくれ、頑張るから」

 

進藤くんは、なんだかんだ言いながらもE組(私たち)を認めてくれている……認めた相手を心配しているからこそ、こうやって電話をくれたんだ。そんな相手もいるんだってこのE組のみんなはもう知ってるし、私たちは私たちなりの信念があって目標をもっている。誰もをあっと驚かせるようなことを成し遂げてみせるんだ、絶対に。

 

『……勝手にしろ。E組の頑張りなんて、知った事か。……スピーカーと言っていたな……真尾さんは、聞いてるか?』

 

「ふぇっ!?わ、私……?」

 

『ああ、よかった。……真尾さんは確か、中間テストでかなり上位にいただろう?さっきも言ったが、総合6位の小山は特にお前を目の敵にしてる……一応、気を付けておけよ。俺も負けるつもりは無いが、個人的にはお前を応援しているからな!!』

 

「う、うん……!ありがとです、進藤くん」

 

どこか兄貴分的な彼らしい激励をもらってしまった……しかも、それをE組のみんなに聞かれている、……これはもう、頑張るしかない。とりあえずは範囲に追いつくために殺せんせーのNARUTO講習を終わらせるのが最優先事項、少しでもみんなの役に立てるように、私なりにやってみようと思う。

 

 

 

 

 

「ていうか、なんで進藤……」

 

「あー、あの球技大会の一件以来進藤の奴、すっかり真尾のファンになっちまったみたいで……」

 

「…………チッ、また敵……」

 

「……お前もうかうかしてらんねーな、カルマ。余裕なくなってきたんじゃねぇ?」

 

「うっさい、寺坂」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日も期末テスト対策になるんだろう……そんな気持ちでいつものように、カエデちゃんと渚くんとカルマと一緒に帰ろうとしていると、後ろから磯貝くんに話しかけられた。なんでもこの期末テストの時期を狙って本校舎の図書室にある勉強スペースの予約を取っておいたらしい。日にちは明日の放課後……さすが私たちの委員長、イケメンだ……!

誘ってもらえたからにはぜひ行っておかなくては……かなり参考書の充実しているあの図書室はもう図書館って言っていいくらいの本がある。だからこそいつも満席だし、予約を取ってもE組は基本的に後回しにされる……それを取ることができたのならかなりチャンスだ。

 

「いくいく!」

 

「わ、私もいいのなら……!」

 

「僕も行くよ!」

 

「……あー、俺パス。3人で行ってきなよ〜……ふぁあ……」

 

「あ、カルマ、…………」

 

カルマは1人、欠伸をしながら余裕そうに歩いていってしまった。ここ最近おかしいとは思ってたけど……カルマが、変だ。テストを余裕って感じに軽く見てるのも変だけど、それだけじゃなくて……

思い当たることってわけじゃないけど……私はE組(ここ)に来るまでは無理だった、女の子の間で自然なおしゃべりをしたり一緒にご飯を食べたり勉強したりすることができるようになってきた。……残る苦手なこと、『人を信じて頼る』ということだけはまだなかなか出来なくて、今でもほとんどを唯一信頼出来るカルマくんと渚くんに寄りかかっているのだけど……球技大会では凛香ちゃん、プールの時にはメグちゃん、他にも桃花ちゃんや磯貝くんや前原くん、千葉くんもかな……お姉ちゃん、お兄ちゃんみたいな人の前でなら緊張せずに甘えに行けるようになった、と思う。寿美鈴おかーさんもその1人。

渚くんはそんな私が頑張っているのを認めて、ずっと言われていた〝外〟の世界を見ることができるようになってきてるってすごく褒めてくれたんだけど……カルマはどこか不機嫌で。……ずっと寄りかかってばかりじゃ、カルマの迷惑になっちゃうから少しずつ、ほんの少しずつ彼から離れて他の人にも頼れるように頑張ってるのだけど、一番見てほしかった彼には上手く伝わらない。それが悔しくて仕方なかった。

何でなのか聞こうにも、普段話す分には今まで通り普通で……聞こうとするたびにのらりくらりとその話題を避けられてしまう。だから最近、私は彼のことが分からなくなってきていた。呼び止めようと手を伸ばしたまま、その手をどこへ持っていけばいいかもわからなくなって、ゆっくり目の前で握りしめた時、横から肩を軽くトントンと叩かれた。

 

「アミサちゃん」

 

「……渚くん、どうしよう……私、最近カルマが分からないよ……本心が見えないの、分からないのが怖いの、……私、なにか間違えちゃった……?」

 

「……アミサちゃんは頑張ってるよ。前のままだったら、きっと僕達に依存して他の人に頼れなくなってたと思う……でも、今は周りが見れてるでしょ?……カルマ君自身、自分が不機嫌な理由は分かってるけど、多分それをどうやって解消すればいいかが分からないんだよ」

 

「あとは、焦ってるんだろうね。自分とあと一人だけに適用されてた特権のようなものが、最近そうでもなくなってるように感じてて。……私たちからすれば、全然そんなことないのに」

 

「……?……どういうこと……?」

 

「あー…それは言えない、かな、カルマ君の名誉のために。でも、確実にいえるのは……アミサちゃんは何にも悪くないよってことかな」

 

「それに周りがどうこうしてどうにかなるってものでもないしね」

 

渚くんとカエデちゃんの言葉は、よく分からなかった。ただ、2人だけ……ううん、なんか近くでこっちを見て聞いてる磯貝くんと莉桜ちゃんも苦笑いしてるのを見ると、みんなは分かってるんだと思う。……きっと、粘っても教えてくれない……なら、まずは目下の目標を頑張って、これについて考えないようにすればいいのか……でも、それすら間違いなんじゃって気さえしてくる。

 

「……さ、帰ろう?混乱させちゃってごめんね。明日、図書室みんなで行って、たくさん勉強しなくちゃ」

 

「そうよー?明日はひっさびさのクーラーの中で勉強できるんだから!」

 

「堂々と本校舎の施設を使えるんだから、有意義にしなくちゃな!」

 

優しく手を引いてくれた渚くん、静かに背中を押してくれたカエデちゃん。私たちが帰る動きになったのに気づいて、話題を変えるように明るく声をかけてくれた莉桜ちゃんと磯貝くん……とりあえず返事はできないまでもひとつ頷いて帰路に着く……私の心はまだ、晴れないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日の放課後。なんとか範囲に追いついてNARUTO講習を終えたけど、結局この日もカルマのイライラの原因が分からないまま……図書室での勉強の時間を迎えていた。久しぶりにクーラーの中で涼しい環境、そして期末テストに絶対役立つ学習書をたくさん見ることが出来る数少ない機会……吸収できるものは吸収して帰らなくてはもったいない。というわけで私たちはE組図書室メンバーで借りた机の一角に参考書などを広げて勉強に励んでいた。ちなみにメンバーは、磯貝くん、莉桜ちゃん、有希子ちゃん、愛美ちゃん、渚くん、カエデちゃん、私の7人だ。

 

「あ、……アミサちゃん、数学のここって分かる……?」

 

「ここはね……」

 

「おやぁ?E組の皆さんじゃないですかぁ!もったいない、君達にこの図書室は豚に真珠じゃないのかなー?」

 

「どけよザコ共。そこ俺等の席だからとっとと帰れ」

 

隣に座る有希子ちゃんと一緒に数学と国語を教えあいっこしていたら、急に聞こえた私たちを完全に見下す発言。一瞬体がビクついたけど、机の下で有希子ちゃんが手を握ってくれたから……頑張って顔を上げてみれば、そこには昨日進藤くんが教えてくれた五英傑の内、浅野くん以外の4人が揃っていた。言い返すカエデちゃんだけど、参考書に隠してプリン大全を読んでるのが見えて、渚くんが呆れながらツッこんでる。……あれ、あの5人内の1人に、ものすごく見覚えあるんですが……確か、瀬尾くん、だっけ。

 

「ここは俺達がちゃんと予約とった席だぞ」

 

「そーそー、クーラーの中で勉強するなんて久々でちょー天国〜」

 

「忘れたのか?この学校じゃ成績の悪いE組はA組に逆らえないこと」

 

「さ、逆らえます!私達、期末テストで各教科1位を狙ってます。そうなったら、大きい顔なんてさせませんから!」

 

「……そ、そのとおり、ですっ!それに……成績が全てなんです、よね……?……他の方はともかく、小山くんと瀬尾くんには私、とやかく言われる筋合いはありませんっ!」

 

「何ィ!?」

 

「はァ!?」

 

「ひっ……!」

 

愛美ちゃん……普段おとなしい彼女が、目標があるからこそ先陣を切って前に出た。怯えながらも、私たちのために言ってくれた……だったら、私にだって反論できるカードはある。中間テスト総合5位という、彼らの言う成績上位であるというカードが。1人では多分無理だったけど……有希子ちゃんがだいじょぶって言うように手を繋いでくれてたから、座ったままではあったけど、真っ直ぐ見ていうことが出来た……ちょっと悲鳴あげちゃったけど。……まあ、あの雨の日の仕返しで名前を知った瀬尾くん以外、誰が誰か分からなかったから進藤くん情報の名前を言っただけにすぎないけども。

 

「まあまあ、落ち着いて……それに小山、腐すばかりでは見逃すよ。御覧、どんな掃き溜めにも鶴がいる……それに君は鶴というよりは可憐な花のようだ……」

 

「「!!」」

 

「もったいない……学力さえあれば、僕に釣り合う容姿なのに……せめてうちに奉公に来ない……?」

 

「え、いえ、あの……」

 

そんな私の真っ直ぐ見る努力は数秒と持たず、いきなり背後から髪をすくわれて口付けられた……なんか、よく分からない人に。多分独特な台詞回しや形容詞の多い口調からして、榊原くんだとは思うけど……背筋が、ゾワッてした。私の次に有希子ちゃんへ顔を近づけたかと思うと、小間使いとか奉公とかに誘ってる……色々と近すぎて、下手に動けもしなくて焦っていると、さっき愛美ちゃんに突っかかっていた黒髪メガネの人が何かに気づいたように声を上げた。

 

「……いや、待てよ……記憶を辿れば、こいつら確か中間テストでは……神崎有希子、国語23位。中村莉桜、英語11位。磯貝悠馬、社会14位。奥田愛美、理科17位。そして、真尾有美紗……英語1位、国語2位、数学1位、理科4位、社会3位。……なるほど、一概に学力無しとは言えないなぁ」

 

この黒髪メガネの人、あれだけ膨大な数いる3年生の顔と名前、それに中間テストの順位を覚えてるっていうの……?この記憶力のすごさから考えるなら、この人は多分小山くん……進藤くん曰く、私への雪辱に燃える人、だ……うん、多分あってる、今私の名前をあげながらものすごい顔で睨まれたもん。……で、残ったもう1人のメガネの人が荒木くんなんだろうな。

 

「面白い、ならこういうのはどうだろう?」

 

そして、その荒木くんが言い出したことは……私たちが目指すものそのものであり、今までだったら避けて通りたいものであり、今では目標を達成するためにはある意味避けては通れないものだった。

すなわち、〝A組とE組……お互いのクラスで五教科でより多くの学年トップを取ったクラスが、負けた方のクラスにどんなことでも命令することが出来る〟という賭けだ。

 

「どうした?急に黙ってビビったか?自信があるのは口だけか、ザコ共。なんならこっちは……命賭けても構わないぜ」

 

……命。

多分、彼は軽いノリで言ったんだろう。

だけどそれだけは、私たちE組の前で言っちゃいけなかったね。

命にずっと向き合い続けてる、私たちには。

 

その言葉を聞いた瞬間、E組のメンバーはそれぞれ自分の近くにいた五英傑の急所に向かってシャーペンや定規、指先を突きつけていた。私も例外じゃなく……有希子ちゃんが榊原くんの右目にシャーペンを向け、私は左目ギリギリに突きつけていた。

 

「命は……簡単に賭けない方がいいと思うよ」

 

渚くんの最後の一言で、彼らは大慌てで図書室から退散して言った。退散したけど……ここまで有名な人達と大声で、静かな図書室でやり合ったために、この騒動はたちまち全校に知れ渡ることとなり……一学期末テストは、学年トップを狙う熾烈の争いへと発展していくことになる。

 

 

 

 




「君等がE組と賭けをしたってウワサになってるよ。5教科トップをより多く取れた方が、負けたクラスにどんなことでも命令できる?」
「わ、悪い浅野……くだらん賭けとは思ったが、あいつら生意気に突っかかってくるもんで……」
「……ま、いいんじゃないかな。その方がA組にも緊張感が出て。ただ、後でごねられても面倒だしルールは明確にしておこう……勝ったクラスが出せる命令は一つだけ。そしてその命令はテスト後に発表すると」
「1つだけか……」
「で、こちらの命令は?」
「………………、この協定書に同意せよ」
「「「!!!」」」
「こ、これ、今一瞬で考えたのかい?……恐ろしいな」
「恐ろしい?とんでもないよ。これは生徒同士の私的自治に収まる程度の軽い遊びさ」
「な、なるほど……ん?浅野君、この一項はどういうことだい?」
「ん?……ああ、それか。……彼女をこの賭けに巻き込むなんてことはしたくない。それに、いずれこのA組に迎えるべき存在さ……ならば、その項目を入れることになんら問題は無いだろう?」


++++++++++++++++++++


一学期末テスト、1時間目でした。
この時点で3時間目くらいまで伸びそうだと思われ、あわあわしてます。もしかしたら次で収まるかも知れませんが……




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一学期末の時間・2時間目

A組から持ちかけられた賭け……〝A組とE組……お互いのクラスで五教科でより多くの学年トップを取ったクラスが、負けた方のクラスにどんなことでも命令することが出来る〟や、図書室での攻防……それらがすぐに本校舎へ広まったということは、私たちE組の教室にもその噂は飛び込むわけで。次の日には当事者である私たちの周りにE組の生徒が集まっていて、全て話すことになっていた。

 

「ふむ……ですがその賭けはあくまでE組の目標の延長戦、でしたらやることは変わりませんね。……というかカルマ君!真面目に勉強やりなさい!君なら充分総合トップが狙えるでしょう!」

 

「……言われなくてもちゃんと取れるよ、あんたの教え方がいいせいでね」

 

殺せんせーは賭けの話を聞いてもあまり心配はしていなさそう……むしろ、やりがいがあるって感じだ。これはもしかすると、高速テスト勉強の分身が増えるフラグとか……!?などと考えていれば、私の隣の席では大欠伸をして顔にはアイマスク替わりにか参考書を乗っけて勉強という勉強を全然しようとしないカルマがいて……それは、対期末テストの授業中でも変わることは無かった。

多くの殺せんせーの分身が他の人たちに構う中、カルマの所にいるのは顔だけじゃなくて全身を真っ赤に染めて怒りを表す1人だけ……彼が余裕だからなのか、やろうとしない人には人をさきたくないからなのかは分からないけど。

 

「けどさぁ、殺せんせー……あんた最近『トップを取れトップを取れ』って、フツーの先生みたく安っぽくてつまらないよね」

 

……確かに中間テストで理事長先生の妨害に負けず、好成績をとることが出来たカルマと私に殺せんせーは、『トップを狙って殺れ(とれ)』と毎日のように言ってくる。だからあながち、彼の言ってることは間違いじゃない……だけど、それが勉強しなくても狙えるものじゃないってことは、私は学んでるつもりだ。余裕そうに挑発する彼に殺せんせーもなにか思うところがあったのか、分身を1つにまとめてカルマの隣へ……無言で彼を見つめている。

 

「それよりどーすんの?明らかになにか企んでるよね、そのA組が出した条件って」

 

「心配ねーよカルマ。このE組がこれ以上失うもんなんてねぇよ」

 

「勝ったら何でもひとつかぁ……私、学食の使用権とか欲しいなぁ」

 

あの図書室での一件のあと……テストの後からゴタゴタにならないようにって、A組側から申し出があった。

・命令できるのは1つだけ

・内容はテスト後に発表する

1つだけ、と言ってはいるけど……この1つには大きな意味があると思う。やり方は思いつかないけど、1つに同意すれば複数に同意したのと同じ意味にしてしまう、とか。例えるなら「E組は今後、A組に絶対服従」とかの命令を出す、みたいな。

私たちはどん底を経験しているからこそ、もう失う物はないなんて岡島くんは言ってるけど、それはまだ人間の尊厳的には殺されてないから言えることだと思う。平和な世界で生きていれば知ることのない……まだまだ、暗い底というのはどれだけでもあるんだから。

 

「ニュルフフフフ……それについては先生に1つ、考えがあります……!!これをよこせと要求するのはどうでしょう?」

 

そう言って先生が取り出したものは学校案内のパンフレット……それだけでは言いたいことが全くわからなかった。学校案内のパンフレットに私たちが学校代表として写真でも載せるのか、なんて思ったのだけど……殺せんせーが開いたあるページを見て納得した。なるほど、たしかにこれは大きなご褒美だ……!

 

「…………はぁ、」

 

……それを見ても彼はやる気にならない。

……何でだろう……今の彼を見ていると、無性に不安になってくる。不安しか、見えてこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りのHRが終わって。教室に居残りして勉強していく子や殺せんせー、イリーナ先生に補習を頼んで教えてもらいに行く子がいる中、彼は1人だけ興味がなさそうに足早に教室から出ていく。彼の考えてることが分からない、なんてそんなことは言ってられない……私は意を決して彼を追いかけた。

校舎の玄関へ来た頃には、彼は既に靴を履き替えて外へ出ていこうとしている所だった。ギリギリで追いついて、慌てて靴を履き替えて既に歩き出していて距離のあいた彼へと声をかける。

 

「ねぇ、カルマ……!」

 

「んー?どうしたの、アミサ。一緒に帰る?」

 

「ちが、そうじゃなくて……一緒に勉強してこうよ」

 

「……勉強?いいよー、俺が教えてあげ……」

 

「ホント?今ね、教室で磯貝くんとか、愛美ちゃんとか、得意教科のある子たちと協力して……」

 

──私がそう言った瞬間だった。

カルマの目に見たことのない暗い感情が浮かんで、一瞬で顔から表情が消えたのは。

私はそれを見て、その場に固まって動けなくなった。

彼は無言で私の方へと歩いて来るとそのまま私の腕をとって、校舎の裏へと歩き出す……その掴む力が強くて、カルマの雰囲気がおかしくて、……こっちを見てくれないのが怖くて。ただ、わけが分からないままついていくことしか出来なかった。

校舎裏につくと、掴まれた腕はそのままに校舎の壁に押し付けられた。

 

「……何?俺が勉強出来ないって言いたいわけ?」

 

「え、なんで、そんなこと……痛っ、」

 

「だってそうでしょ。得意教科のある奴に頼って、俺の方ができるのに俺には頼らないで……挙句に俺も一緒に勉強って。皆で目の色変えちゃってさ……勝つってのは、サラッとやってみせるのがいいんじゃん。中間でも、あのタコの勉強やっとけばフツーにあれだけ取れたんだし」

 

「だ、だけど、範囲は広くなってるしきっと中間テストよりは難しくなってる……A組との対決があるからってみんなが頑張ってる。努力しなくちゃ……ついてけないよ」

 

……目の前にいるのは、ホントに、カルマなの……?

確かにカルマはE組の中でも飛び抜けて頭がいいと思う。器用だし、何でも卒なくこなすし、たくさんの才能に恵まれている……それでも、クラスメイトを使うことはあっても、見下すような態度なんて、したことは無かったのに。

私を見る目はどこか傲慢さがにじみ出ていて、私は震えながら、でも目をそらすことも出来なくて……ニコリと笑ったその笑顔ですら、怖くて仕方がなかった。

 

「俺は通常運転で、余裕で浅野君に勝ってみせるよ」

 

そう言って、私の腕を離した彼は校舎裏から離れていった。しばらくそのまま動けなかったけど……足を踏み出そうとしても力が入らなくて、その場に座り込んでしまった。私はただ、一緒に勉強して、一緒にトップを目指してみたかっただけなのに……私の言葉は彼には届かなかった。掴まれていた腕が痛い……しっかり見てないから分からないけどアザになってるんじゃないかな……それに、心が、痛い。

 

「……もう、分かんないよ……っ!カルマが不機嫌になってる理由も、なんでこんなにぐちゃぐちゃな気持ちになるのかも……私には分かんない……っ!」

 

しばらくの間、私はその場から動くことが出来ず、座り込んだままうずくまっていた。自分に向けられたわけの分からない感情に、受け止め切れなくて理解できない自分の気持ちに……はじめて私はカルマに対して恐怖を感じていた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

なんとか落ち着いてから教室に戻ったつもりだったのに、一緒に勉強しようとしていたメンバーはすぐにこちらを見て、何かあったんだろうってすぐにバレてしまった。カルマを呼びに行った割には帰ってくるのが遅かったし、帰ってきてから誰とも目を合わせようとしないし、ずっと右腕を押さえて見せないように隠してるし……という感じに、気になるところが多すぎたみたい。ごまかして隠し通そうとしたけど、押さえていた右腕を莉桜ちゃんに取られ、それを見た彼女が目を見開いた……やっぱり、アザになってたみたいだ。

 

「アミサ、あんたこれ……!」

 

「……あ、……さっき、下駄箱にぶつけちゃったの、心配、かけたくなかったから……隠して、」

 

「ウソ、これ指の跡ついてるよ」

 

「……え!なんで残って、」

 

ごまかせると思って言った言葉に反論が来て、思わず右腕のアザを見る……アザは確かにあるけど、指の跡なんてどこにあるんだろう?そんな私を莉桜ちゃんは苦笑いしながら見ていて、掴んでいた腕を離し、私のことを正面から抱きしめた。背中に回した手でポンポンとリズムよく叩かれる……焦っていた気持ちも、さっきまで高ぶっていた気持ちも全部、ゆっくりと落ち着いていく。

 

「……じょーだんだよ、指の跡なんてついてない。アミサってそういう嘘はつけないよね……カルマなんでしょ」

 

「……っ、」

 

「ちなみに真尾はカルマになんて言って誘ったんだ?」

 

「……一緒に、勉強しよって……磯貝くんとか、愛美ちゃんとかと、得意教科のある子とやろって……」

 

「……そっか」

 

「あー、あいつもそれでついにプッツンしちゃったか……」

 

莉桜ちゃんは『ついに』って言った。それは、ずっと私の何かを彼には我慢させてたってことだよね……莉桜ちゃんの腕の中で離してもらった右腕をもう一度自分の左手で強く握り込む。そうでもしないと、私の中の何かが耐えられない気がしたから。

 

「…………ねぇ、アミサちゃん、カルマ君を見返そうか」

 

「……へ……?」

 

そうしている時に聞こえたカエデちゃんの一言に、思わず顔を上げた。私はそんなこと考えてもなかったのに、近くにいたみんなはどこか納得したような顔をしていた。

 

「前回の中間テストは、殺せんせーの対策の時からずっと2人で勉強してきたんでしょ?今回は、カルマ君に頼らないで成績を残すの。……頼ることはもうしないっていうんじゃないの、他の人に頼ったからこそ得られるものもあるってみせるの」

 

「確かに……それならA組との勝負にも支障はないし、もしかしたら触手を得るチャンスにも繋がるかもしれない。それに、協力することも大事なんだってあいつに示せるよな」

 

「……、……やる!頑張ったら……カルマ、また私のこと、見てくれるかなぁ……?」

 

その場にいた人たちが顔を見あわせて、「もちろん!」って言いながら応援してくれた。だからってわけじゃないけど、私は再度この期末テストに向けて頑張ることを決意した。殺せんせーの触手の破壊権を得るという暗殺のためだけじゃない、私自身のため。後押ししてくれた、みんなのため。そして、カルマ自身に教えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一学期末テスト、当日。

私たちE組は中間テストと同じように、本校舎での受験のために移動中だ。本校舎にA組との対決のことは広まっているから、そこかしこでE組、もしくはA組を見るたびにヒソヒソと話している声が聞こえる。……だいじょぶ、ギリギリまで殺せんせーにもイリーナ先生にも聞けることは聞きに行ったし、私なりに最高のコンディションまでもち込んでみせた。だから、どんな問題が来ても絶対に解いて(殺って)みせる。E組の試験会場について、扉の前で1つ深呼吸……いける、そう思って扉を開くと既にほとんどのクラスメイトたちが集まっていた。ただ、1人だけ見た目も気配も知らないけど、なんか雰囲気を知ってる顔が……みんなは遠巻きに見てるけど、あれって。

 

「……律ちゃん?」

 

「「「なんで分かるの!?」」」

 

「え、違う人だけど、一緒というか……律ちゃんがいる気がしたの」

 

聞けば、人工知能の律ちゃんは試験に参加することは出来そうになく、理事長先生と交渉した結果、律ちゃんが教えた生徒が替え玉として試験に参加することで何とかしたみたい。だから、どことなく律ちゃんの雰囲気があったんだ……と、私は納得してたのだけど、他のみんなは「どんな理由だよ……」って飲み込めないみたい。とりあえず、ニセ律ってみんな呼ぶことにしたみたいだけど、挨拶した時にボソッと「尾長仁瀬ダス」って本名を教えてくれたから、人がいないところでは仁瀬ちゃんと呼ぼうと思う。

席に付けば、隣には今回1番負けたくない相手がすでに座っていた。チラリとこっちに目をやって、やっぱり余裕そうに教室を見渡している。ぐ、と唇を噛んでからしっかり隣の彼の顔を見つめながら告げる。

 

「……カルマ、私、負けないから」

 

「……ふーん。ま、頑張れば?勝つのは俺だけどね」

 

本当ならテストは個人戦……だけど今回はE組みんなで1つの目標に向けて戦う集団戦でもある。でも、戦ってるのは私たちだけじゃない……敵として立ちふさがる人たち、応援してくれたり野次を飛ばす観客たち(ギャラリー)、まるで闘技場の中にいるみたいだ。

 

「一学期末テスト1時間目、英語。……開始!」

 

────さぁ、己の全力を出して、戦え。

 

 

++++++++++++++++

 

 

英語。

もう問題を見た瞬間に思った……これは強敵だ、と。椚ヶ丘は中高一貫の進学校だからこそ、内容には高校で習うようなものも含まれてくる……英語(これ)もその1つ。あまりの難しさ(スピード)に周りには倒れている生徒がたくさんいる。だけどそれはE組だからついていけないなんてことは絶対にない、A組だろうとE組だろうとみんな同じこと。慌てなければ必ず解く(勝つ)ためのポイント(急所)は見えてくる。

 

……この最終問題の文章、何かで見た覚えがある。

 

〝先生、こういう繊細な反逆に憧れてましてねぇ……ぜひとも二か国語で読んでください。君たちの年頃ならキュンキュン来るはずです〟

 

……わかった、サリンジャーの『The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)』、だ。二か国語で読むように殺せんせーが勧めたのはきっと……その部分を、日本語訳の本の通りに訳せるようにするため……!

《 正直、コックの顔に100回ビンタかましてやりたかったね》

よし、見直しに入らなくちゃ……

 

 

++++++++

 

 

国語。

……うわぁ、有希子ちゃんの予想してた通り百人一首の問題は出てきたけど……

《春すぎて夏来にけらし白妙の……》

……下の句、なんだっけ。たしか……ころ、ころ……殺せんせー?……違う、なんでこんな覚え方したんだっけ……あ、《衣ほすてふ》だからだ。あと残りは……

 

 

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社会。

現代社会だからこそ、今の社会情勢が問題に出るかもしれない……そう磯貝くんは予想してた。だから、範囲にもあるし一応って思ってみておいたやつだけど。

【今年のアフリカ開発会議について、首相の会談の回数を述べよ】

……これ、会議の重要度を示すものとはいえ、マニアックすぎないかな……分かったけど。

 

 

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理科。

……私の苦手教科だ。

これも椚ヶ丘中学校では高校の範囲を先取りして学んでいく進むのが早い教科だ。

【ダニエル電池は充電できるがボルタ電池は充電できない。ボルタ電池が充電できない理由を簡潔に述べよ】

…………え。これってボルタ電池のことだけでいいのかな、両方書かないとバツ……?愛美ちゃんはなんて言ってたっけ……

 

〝暗記だけで覚える理科じゃなくて、それを相手にわかるように伝えるって言うのが大事……きっとこれが、殺せんせーが私に教えたかった国語力、ですね!〟

 

……片方だけ書いたら、きっと相手には伝わらない。なら、両方書いてみよう。比較があった方が相手に伝わると思うから。

 

 

++++++++

 

 

数学。

……カルマ。

これは私の得意教科だけど、カルマにとっても得意なものだ。……油断なんてしない、相手を見くびったらそこで置いてかれる。このテストに関しては誰かの力を頼るわけにもいかなかった……頼れるのは、自分だけ。

 

さあ、闘技場への扉が開く。

闘技場への入口に足を進めれば、右隣に余裕そうなカルマ、左隣には自信に満ちた浅野くんがいる。この2人に合わせて戦うよりも、私は私なりの戦法で進む……スピード勝負。まずは簡単な小問を早くこなして出来るだけ早く先に進む。後の大問にできるだけ時間を残して、取っ掛りを見つけてから一気に……

 

解く(殺る)!!」

 

 

 

 





今回は、期末テストを受け終わったところまで。
オリ主とカルマ、完全にケンカ。さて、仲直りできるのか…
今日中に一学期末テスト編を終わらせちゃいます(キリがいいので)


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終業の時間・一学期

そして、私たちは激闘の2日間を終えた。生徒にとっては少しの休息期間、先生たちにとっては大量の採点に追われて……3日後。全ての採点を終えたテストの答案たちが、E組の教室に届けられた。この学校では答案と一緒に学年順位も届けられるから……一覧とかになった掲示を待たなくても殺せんせーの触手破壊権も、A組との賭けの勝負も、一目瞭然というわけだ。

窓にA組との勝敗を記録する紙を準備してくれた優月ちゃんも、テスト結果を待ち望んでいたみんなも祈るように先生を見つめている。

 

「では、……発表します。まずは英語から……E組の1位、そして、学年でも1位!中村莉桜!!」

 

「どや〜!」

 

莉桜ちゃんが1位……さすがすぎる。やる気にムラっ気があるとか殺せんせー言ってるけど、そのムラっ気のあるやる気に火をつけたのは先生だよ。莉桜ちゃんに答案を返したあとに他の人にもマッハで答案が返却された。私は99点……選択問題を1つ間違えて減点、でも学年2位だ。

 

「続いて国語……E組1位は神崎有希子!……がしかし、学年1位は浅野学秀!!」

 

「やっぱ点とるなァ、浅野は……」

 

「中間テストよりも難易度はかなり高かったのに……それで満点とってきたか。しかも英語なんて中村と一点差だぜ?全教科に隙が無いよな……」

 

浅野くんは満点……各教科のスペシャリスト、なんて言われている人たちでも浅野くんの点数には及ばない……つまり、五英傑と呼ばれていても、結局は浅野くんに勝たない限り意味が無いんだ。……英語、私と同じ点数だったみたいだし。

ちなみに私の国語は95点、学年4位だ。

 

「では、続けて返しますよォ……社会!E組1位は磯貝悠馬君、そして学年では……おめでとう!浅野君を抑えて学年1位!」

 

「よっし!!」

 

「これで2勝1敗だよ!」

 

普段落ち着いている姿ばかり見る磯貝くんが、立ち上がってまで大きくガッツポーズをしている。ここで学年1位を取れたことは大きい。

私は……96点。あれ、浅野くんより上の点数が取れちゃった……?

 

「次は、理科……奥田か!」

 

「っ、」

 

「……だいじょぶだよ、愛美ちゃん」

 

発表する直前に緊張で体を固くした愛美ちゃんの肩を後ろから軽く撫でる。愛美ちゃんの理科への愛情はみんながよく知ってるから……きっと、結果にも出てるはずだから。

 

「E組1位は、奥田愛美。そして……素晴らしい!学年1位も奥田愛美!!」

 

「「「よっしゃーーっ!!!」」」

 

「3勝1敗!数学の結果待たずして、E組が勝ち越し決定だ!」

 

ほっとしながら答案を取りに行く愛美ちゃん。みんなに褒められ、讃えられて……普段こういう場で注目を浴びることがないからか照れくさそうだ。席に戻ってきた彼女と目が合い……ハイタッチで讃えた。

……ちなみに私は94点で学年6位だった。ボルタ電池とダニエル電池……両方書いて正解だった……これも、愛美ちゃんに聞いておいたおかげ。

 

「最後は数学だな!」

 

「カルマと真尾か……!」

 

「さぁ、最後の主要5教科の返却ですよ……数学!E組の1位は……!」

 

 

++++++++++++++++

 

 

カルマside

……返却された瞬間、「ありえない」って思いと「なんで」って気持ちでいっぱいになって、気が付いたら教室を飛び出していて……いつの間にか校舎から離れた木の幹にもたれかかっていた。

ぐしゃりと握りしめた答案には、受け入れたくないけど現実でしかない点数が大きく記されている。

 

──赤羽業、数学85点……学年10位。

──5教科総合469点、……学年、13位。

 

……何が正しい勝ち方だ。

……何が、通常運転で、余裕で浅野に勝つ、だ。

ぶつけようのない怒りと悔しさで、歯を食いしばるしかなかった。

 

「……さすがにA組は強い」

 

……くそ、何でここにいるんだよ。せっかくA組に勝ってクラスはお祭り騒ぎにでもなってんだろ……そっちにいればいいのに。

 

「5教科総合は真尾さんを除いて7位まで独占。E組のトップは真尾さんの4位が最高でした」

 

……アミサ。

 

──真尾有美紗。数学100点……学年1位

──5教科総合484点、学年4位

 

「アミサさんは今回あらゆる知識(もの)を吸収し、入院による勉強の遅れというハンデをものともせずに自分なりの戦術でぶつかってみせた……当然の結果です。A組の皆も負けず劣らず勉強した、テストの難易度も上がっていた、怠け者がついていけるはずもない」

 

なんとなく、言いたいことは分かる気がする。でも、何を言い返せばいいのか、こんな時に限って俺の頭は働かない。

 

「…………何が言いたいの」

 

「『余裕で勝つ俺カッコいい、これならアミサも見直して他の奴より俺を頼ってくれる』……なんて考えてたでしょ。恥ずかしいですねぇ〜」

 

「……っっ!!」

 

やっとの思いで返した言葉に対する殺せんせーの指摘は、完全に図星だった……自分でも分かるほどに一気に顔がアツくなる。自分の努力不足が招いた屈辱と、考えていたことを見透かされていて……しかも全く実現出来ずに妄想で終わった恥ずかしさとで、きっと首まで真っ赤になってるんだろう。

 

「先生の触手を破壊する権利を得たのは……中村さん、磯貝君、奥田さん、そしてアミサさんの4名。暗殺においても賭けにおいても、君は今回何の戦力にもなれなかった。……君は周りを見くびったあまり、彼女に言ったのではないですか?俺の方ができるのに、とか」

 

……言った。

抱えた気持ちが抑え切れなくて……なんで、俺に頼る前に他の奴なんかに頼るんだよって思ったら、気付いたら口走ってた。

 

「分かりましたか?殺るべき時に殺るべき事を殺れない者は、暗殺教室(この教室)では存在感を無くしていく。刃を研ぐのを怠った君は暗殺者じゃない。錆びた刃を自慢げに掲げた、ただのガキです」

 

「つっ!!」

 

……言い返せるわけ、なかった。いつの間にか俺は彼女が一番嫌う、自分の立場に驕って人を見下すってことを自然にやってたんじゃん。完全に人のことを舐めた顔をした先生に痛いところを突かれまくって、いろんな感情が複雑に混ざりあって、その場に居続けることなんてもう出来なかった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

……数学のテスト結果が発表された後。カルマは自分の答案を見た瞬間に目を見開いたかと思えば、机に乱雑に広げていた答案を全て掴んで外へと出て行ってしまった。……彼の点数とか、順位は分からない。数学のE組1位、学年1位を取って名前を呼ばれたのは私だけだったから。A組に勝って祝賀ムードのみんなは、きっと彼が教室を出ていったことに気づいてない……途中で「少し野暮用です」っていって出て行った殺せんせーは知ってるのかもしれないけど。

そして、その殺せんせーが帰ってきたのに……カルマの席は空席のままだった。殺せんせーはまだ嬉しそうに喜びあってるみんなを見て、ニコニコして頷いて……あ、何か話そうとしてる……殺せんせーはもしかして、今回カルマに触手の破壊権は無いからってことで、彼が自分で落ち着いて帰ってくるまでに破壊を終わらせて置くつもりなのかな。……それで、いいのかな。

 

「うだうだ悩んでんなよ、真尾」

 

「!」

 

寺坂くん……?彼の席に顔を向けてみると、顔は前だけど、目線だけは私の方へ向けていた。……そっか、彼もカルマの隣の席だし、外に出るには彼の後ろを通らなきゃだから……

 

「テメーが1番こいつを気にしてるんなら、動くのもテメーだろが。ほっといたら他の奴ら、マジで気付かねぇままだぞ」

 

…………そうだ、寺坂くんの言う通りだ。気にしてる人が動かなきゃ、誰も動くわけがない……大事なのは自分がどうしたいか、だね。

でも私授業とか抜け出したことないんだけど、どうやればいいのかな……1つだけ知ってる方法あるけど、でも……ああもう、なるようになれ、かな。

 

「ヌルフフフ、さて皆さん素晴らしい成績でした。5教科プラス総合点の……」

 

「……ッ、せ、先生!」

 

「にゅ?はい、アミサさんどうしました?」

 

私がいきなり声を上げて席を立つ、なんてことを1人でやったことがないからだろう……みんなが見てる。でも、これしか私には思いつかないから。

 

「私、これから……

 

 

 

 

 

 

 

 

ふ、腹痛が痛くなる予定なので行ってきますッ!」

 

「はい、いってらっしゃ……、ん?……んにゅあああっ!?あ、アミサさんんんんっ!?!?!?」

 

……言い逃げするように走って出ていった教室から、殺せんせーのものすごい叫び声が聞こえた気がしたけど、あえて聞かなかったことにした。だって、私が今したいことは、彼に会うことだから。

 

 

 

 

 

「ぶふっ、ま、真尾の奴……あの時のカルマとほとんど同じこと言って出ていったぞ……っ!!!」

 

「お、思いつかなかったんでしょ……っ、こうやって堂々と抜け出すの、あの子初めてだから……っ、あははははははっ!!!」

 

「結局は、なんだかんだと頼りにしてるのはカルマ君ってね。お互い早く気づけばいいのにー……」

 

「まったく、……普通に迎えにいくといえば普通に送り出したというのに……では、先生は様子を覗きに行ってきましょうかねぇ……」

 

「「「ずりぃ!!」」」

 

「先生のマッハのスピードは、こういう時に使うためにあるんですよ!……と言っても、納得いってなさそうですねぇ……なら、これならどうです?」

 

『……?よく分かりませんが、おまかせください!』

 

「……なーるほど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「…………」

 

ある程度、落ち着いたら教室へ帰るつもりだった。そのつもりだったのに、今度は彼女に顔を合わせづらくなって……俺はよくサボる時に使う1つの木の上に寝転がっていた。結構な高さがあるから、ほとんど邪魔されることもないし下からも見えにくい……今みたいな気分の時には絶好の隠れ場所だと思ってた。

 

「……カルマ」

 

「……!……何」

 

……今1番顔を合わせづらい相手が、自分から来てしまった。何、俺この場所教えたことないと思うんだけど……

 

「教室、帰ろ?……降りてきてよ」

 

「……アミサだけ、帰りなよ。どーせ磯貝がそろそろ賭けで奪ったアレの使い道を先生に話してるとこじゃないの」

 

「…………降りてこないなら、私がそっちに行く」

 

「……話聞いてる?……って、は?」

 

アミサと話がどこか噛み合わなくて思わずツッこんで体を起こした時だった。軽い揺れがしたかと思えば、俺が寝転んでいた枝の上にアミサが乗っていた……今の一瞬で俺がいつもここに登る時のように木登りしたとは思えない……まさか、跳躍1つでここまで来たってこと?

 

「……私はリーシャ・マオの妹だよ。お姉ちゃんと同じくらいの身体能力はもってるつもりだし、これくらいなら朝飯前なんだから」

 

「……そういえば、そうだったね」

 

「……ねえ、カルマ……私今回ね、色んな人に助けてもらいながら頑張ったよ。頑張ってたのに……カルマは全然近くにいない。最近、いつ話しても、カルマは私のことを見てくれてない……ずっと不機嫌で、でも、なんでかなんて分かんなかった。どれだけ考えても分からないし、誰も、教えてくれなかった」

 

俺が近くにいなかったって……だってそれは、アミサが、俺や渚君以外の人のところにばかり最近行くようになったからで……いつの間にか味方を増やして、いつの間にか俺等以外に寄りかかるようになって……このままじゃ俺等を、俺を必要としなくなるんじゃないかって……気付いたら、嫌な感情ばかりが胸を占めていた。俺自身が抱えてたこの感情……あの時、抑えきれなくなってアミサにあたってしまった時。

 

〝だ、だけど、範囲は広くなってるしきっと中間テストよりは難しくなってる……A組との対決があるからってみんなが頑張ってる。努力しなくちゃ……ついてけないよ〟

 

彼女は、あんな酷いことをしたってのに俺をずっと気にしてた。校舎裏(あの場所)から離れた後、何となくすぐに帰る気になれなくて校舎を曲がった所で立ち止まっていたら……泣き声が聞こえた。俺が分からないって泣きながら漏らしていた言葉…………あれ、俺……ちゃんと、最後にちゃんと彼女の目を見て話したのって、いつだっけ……?

 

「私、知らないことが多いから、自分だけじゃ何もできない。何も言ってくれなかったら、わかんないよ……どうしたら、また近くにいられるの……?」

 

アミサはいつでも真っ直ぐだ。

……目を逸らしてたのは、アミサじゃない

勝手に嫉妬して避けてた、俺の方じゃん

 

「……ッごめん!」

 

「!!」

 

いてもたってもいられなくて、木の上で狭い中、アミサに体を向けて頭を下げる。理由も言わずに避けて、あたって、謝って済むなんて思えないくらい、傷つけたと思う……今回悪いのは、完全に俺だ。

 

「……最近アミサ、女子も男子も関係なく俺や渚君以外の奴ばっか頼るし、甘えに行くし……俺以外の男子に撫でられても嫌がるどころか撫でられて嬉しそうにしてるし……イトナにセクハラされても気付かないし、浅野君には告白されてるし、いつの間にか進藤にまで気に入られてるし……」

 

「え、と……?つまり、どういうこと……?」

 

……今まで思ってたことをこの際ぶっちゃけちゃえばいいかとつらつら口から出してみたら……俺自身、何言ってるのか分からなくなってくるくらい、後から後から出てくる。どんだけ俺、他の奴らと関わらせるのが嫌だったんだっての……つまり、

 

「……ずっと、俺のそばにいると思ってたのに、アミサが他の奴らに近付けるようになってから……なんで一番近いのは俺なのにって、嫉妬してた。でも、それをそのままアミサに言うのもかっこ悪いから……俺が、勝手に避けてた。その結果、傷つけて……本トに、ごめん……」

 

外の世界へ関われるように、広げようとしたのは俺等のハズなのに……いざ、広げさせてみたら俺が嫌になってた。アミサのことを好きだって自覚してから、それまで以上にアピールしてきたつもりだったけど気付かないし……そんな時に仲のいい男子はできるわファンはできるわ告白されてるわで、正直焦ってたんだと思う。

だけど、俺とアミサは家族に知られてるとはいっても友だちでしかなくて、他に名前のある関係があるわけじゃない。強いて言うなら保護者と被保護者だけど、それでも嫉妬した気持ちをぶつけるわけにはいかない……吐き出し口がわからないままに、気が付いたら本人を傷つけてた。

頭を下げたまま、じっと彼女の反応を待っていたら、そっと俺の頭に手を置かれた。……撫でられてる。

 

「……私、あの日から、ずっとカルマがそばにいてくれて……これ以上、寄りかかってたらカルマの自由を奪っちゃうから……迷惑になるって、思って。だから、カルマと渚くんから、少しずつ離れなくちゃいけないのかなって思ってた」

 

「そんなこと……」

 

「でも、やっぱり無理だった……どんなにたくさん頼れる人ができても、特にカルマはずっと一緒にいてくれたんだもん、離れていっちゃ、やだよ……ッ!崖から落ちた時も、全部……全部信じられなくなった時に言ってくれた……『死んでも一緒にいるから、一人にしない』って、……私はカルマが迷惑でもその言葉、信じてて、ッ!?」

 

俺の頭を撫でていた手に力がこもっていく気配がした。俺の髪を掴んでっていうより、頭の上で何か我慢するように力を込めてるような……。アミサはいつも素直で正直だから話す言葉はほとんど本音だけど、我慢してることはきっとある。……今、彼女が漏らした本音は、初めて聞いた思いだった。俺がアミサと一緒にいたことは、彼女に言ってきた言葉は全部無駄じゃなかったんだって……それがよく分かった。

今掴まなかったら、離したら、この先絶対後悔するって思ったから……離れようとした彼女の手を取って、俺の方に軽く引っ張る。不安定な場所にいることもあって驚いた顔をして、でも抵抗も無く簡単にこちらへ倒れてくるから、そのまま腕の中に閉じ込める。

 

「──ごめん、本トに。迷惑なんかじゃないから……むしろ、頼ってよ。俺はアミサに頼ってほしいし、俺だって一緒にいたいんだから」

 

「…………うん」

 

「腕も、ごめん。俺、あの時は抑えらんなくなってた。怖かった……?」

 

「…………うん、真っ黒でぐちゃぐちゃしたものしか、感じなかった、から」

 

「うわ、それは俺でも嫌だわ…………E組の皆のこと、正直侮ってたよ。俺も負けてらんないや」

 

「……、うん……ッ…」

 

最後に返事をした後にアミサは自分から俺の胸に顔を押し付けて……それから俺にしがみつきながら小さく聞こえた始めた嗚咽……それだけ、我慢させてたんだ。しばらくの間、俺自身が整理できるまで、彼女が落ち着くまで……俺達は抱き合ったまま木の上で過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室へ戻ってきたら私は女性陣に、カルマは男性陣に教室の別々の隅っこの方へと連れ去られた。……表現は間違ってない、連れ去られたのだ。そして同じ教室内だから、なんだかんだと両方の声は丸聞こえ。というか、これみよがしに聞こえるように話してる気がするからナイショ話ではない、と思う。

 

「なるほどねー……カルマの嫉妬が全ての原因だった、と。……あーあー、目ぇ真っ赤にしちゃって……」

 

「はい、アミサちゃん、冷やしてください……」

 

「ありがとです……カルマがずっと不機嫌だったのも、そのせいだったんだって。やっと分かったけど、……これからどうすればいいのかな……?」

 

「とりあえずは、私達女子はともかく男子に頼りに行き過ぎないことかな〜」

 

「そっか……うん、分かった」

 

「「「(女子はともかくって……今サラッと女子に予防線張ったよね、倉橋ちゃん)」」」

 

「今まで通りに、基本はカルマに頼りなさい……あの厨二になりきれない斜め上の、そのまた斜め上の、そのまた斜め上男のどこがいいのか知らないけどね」

 

「…………?綺羅々ちゃん、言葉が難しいよ……?」

 

「……そのままでいなさい、アミサ。あんたは闇に染まれないわ……」

 

 

 

 

 

「真尾との勉強会やった奴らに聞いたけどよ……お前の嫉妬怖ぇーな。どんだけ溜め込んでんだよ」

 

「女の肌にアザつけるほど掴むかフツー。そりゃ真尾も泣くわ」

 

「一応僕達も彼女を恋愛感情の有無に関係なく可愛がってるんだ。律に並ぶE組の癒し……それなりに心配してることを忘れないでほしいね」

 

「……悪かったって。俺もこんなめんどくさい感情あんの今回初めて知ったし、持つのも初めてだから、勝手が分かんないの」

 

「……できる限り、離すなよ。じゃなきゃお前より先に俺等が構いに行くぞ」

 

「……モチ。離す気は無いから安心して」

 

男女ともども、私たちの仲違いをだいぶ心配してくれていたことには変わりなくて、仲直り出来たことを自分のことみたいに喜んでくれたのが、嬉しかった。

まぁ、全部それで丸く終わる……ってことがないのがE組で。

 

「カルマ〜……あそこまでやっておいて、なんで言わねぇんだよ!?手ぇ引いて抱きしめて『一緒にいたい』とまで言っといて、なんで告白(あっち)は言えねーのか不思議で仕方ねー!!」

 

「あ、バカ!」

 

「無理だって、ああいう子だから俺もまだあれ以上手が出せ、な、……ねぇ、なんで知ってんの?」

 

「ギクッ、い、いや、なんでも……」

 

「……なんで、知ってんの?」

 

『──あ、カルマさんにアミサさん、おかえりなさい!皆さん映像はしっかり送れてましたか?』

 

「り、律!?タイミングが……!」

 

「律を使ったってわけ……へー……そー……ふーん……。

律、《誰》に頼まれて《誰》が《いつ》《どこ》から《どこ》まで《どんなの》撮って《誰》に渡したのか、詳細」

 

『……?はい!《殺せんせー》に頼まれて、《殺せんせー》が《先程》、《アミサさんが木に飛び乗るところ》から《最後にお二人が抱き合ってるところ》まで、《カルマさんが謝るところからは音声付き》で、《お二人以外のクラス全員》にお送りしました!編集は私が担当してます!』

 

「…………その動画送った全員のスマホと携帯、バグらせるウイルス開発できたりする?」

 

『?出来ますし既にありますが、今すぐ実行しますか?』

 

「あ、本ト?じゃあ……」

 

「じゃあ、じゃねーよ!!!」

 

「おい、カルマ止めろ!口塞げ!」

 

「いいじゃん、散々こっちに心配かけまくった代わりとして、覗き見たって!」

 

「え、映画のワンシーンみたいですごく感動しました!」

 

「もご、……うっさい!プライバシーの侵害だし、人のプライベートで楽しみやがって……!」

 

……あの時の様子、動画に撮られていたらしい。まだみんなに秘密にしてるお姉ちゃんのことは、律ちゃんの機転で音声をカットした動画にしてくれてるみたいだけど……あ、あのやり取りをみんな知ってるっていうの……!?私、最後なんて思いっきり泣いてたし、醜い感情とか全部さらけ出しちゃってた気がするんだけど……!

いたたまれなくなって両手で顔を覆う、顔がアツくなってきてるのを自覚できる……。そんな私を周りの女子たちが撫でてくれて……嬉しいけど、みんな見て知ってるってことには違いないですよね……?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、動画を……というよりも、あのやり取りをみんなに見られてしまった事実はもう変えようがないから、もしも拡散した場合は問答無用でウイルス汚染、もしくは携帯をへし折るということで決着がつき、やっと全員が席についた。……これ、悪いのって喧嘩私たちでも悪ノリしたクラスメイトでもなくて、言い出しっぺの殺せんせーだよね。1人だけこの騒ぎの中この時に限って教室の外に避難するなんて……!

 

「では、気を取り直して……」

 

「(じー……)」

 

「……シクシクシク、アミサさんの視線がとても痛いですが、進めます……。5教科プラス総合点の6つ中、皆さんが取れたトップはアミサさんの同点1位も含めて4つです。早速暗殺の方を始めましょうか……トップの4人はどうぞ4本ご自由に」

 

ご自由に、と破壊予約済の触手4本を差し出す殺せんせー……私も破壊権をもってるけど、今ここで使ってしまうのはもったいないし……なにより、烏間先生に教えてもらったあの舐めた顔をしてるのを見ると、この程度では殺せんせーにとって軽いものなんだろう。だったらどうすべきか……と、思っていたら、いくつか椅子を引く音が教室に響いた。

 

「おい、待てよタコ。5教科のトップは4人じゃねーぞ」

 

それは寺坂くんを筆頭に、吉田くん、村松くん、綺羅々ちゃんの4人だった。4人ともがテストの答案を持って前に出ている。

 

「にゅ?4人ですよ、寺坂君。国・英・社・理・数、合わせて……」

 

「はァ?アホ抜かせ。5教科っつったら、数・英・社・理……あと、『家』だろ」

 

「か、家庭科ぁ〜〜〜〜ッッ!?!?ちょ、待って、家庭科のテストなんてついででしょ!?こんなのだけ、何本気で100点取ってるんです君達は!?」

 

「だーれもどの5教科、なんて言ってねーよなァ?」

 

「くっくっ、クラス全員でやりゃ良かった、この作戦」

 

……家庭科。主要5教科でない分、受験に使われない家庭科はあまり重要視されない……よって試験問題は教科担任の好みで自由に決められることだろう。本校舎の人たちは1人の同じ家庭科の先生から授業を受けているだろうけど、私たちは殺せんせー……好みも授業内容もまったく違う。そんな中で100点を狙ってとって1位になるというのは主要5教科で100点をとるよりも難しいことなんじゃないかな。まさかそんな盲点をついたことをしているなんて思わなかった……さすが、実行の寺坂くんだと思う。……そういえば病院でカルマも言ってたっけ。

 

〝寺坂組、コソコソと本校舎の方で何やら情報収集してるみたいだよ?何やりたいのかまでは興味無いから知らないけど〟

 

って。それに、殺せんせーは最初の条件の提示の時に言っていた。A組との5教科トップ争いのせいで、『主要5教科のトップは触手の破壊権を得る』ってみんなすり変わって考えちゃってるみたいだけど。

 

〝教科ごとに学年1位を取った者には……触手を1本破壊する権利を進呈します〟

 

最初に言ってるよね、教科ごとにって。どこにも5教科でなくてはいけないなんて縛りはなかった、ということは家庭科もオーケーだと思うけどな……

と、ここまで考えたところで、私には1つのアイディアが浮かんでいた。慌ててファイルにしまった私の期末テストを広げて、目的のものを探す……あった。もう1つ、殺せんせーには刃をプレゼントしてこよう。

 

「アミサ、何してんの?」

 

「えへへ、いいこと思いついたんだ。カルマ、後から援護してね……!」

 

チラ、とその答案を見せればカルマは納得したのかニヤリと笑って背中を押してくれた。私も笑い返してから、寺坂くんたちとまだ言い合いしてる殺せんせーの元に私は近づいていく。

 

「で、ですから……!」

 

「殺せんせー」

 

「にゅや、アミサさん……?」

 

「先生はこの暗殺教室の期末テストでは教科ごとに学年1位をとった人に触手1本って言ってましたよね?数・英・社・理・家の中で、」

 

「「「(な、ナチュラルに家庭科が5教科入りしている……!!)」」」

 

「数学って確か、浅野くんと同率1位……私の単独トップ、というわけではないですよね?」

 

「そ、そうですね……?」

 

「なら、これ、あげますね!」

 

──真尾有美紗。音楽100点、学年1位

 

「お、音楽〜〜ッ!?!?」

 

「あ、すっかり忘れてたけど……音楽って真尾の得意教科じゃん!」

 

「てことは……」

 

「ちょ、待って待って待って待って!アミサさんは主要5教科の数学で既に触手の破壊権もう持ってるでしょ!?」

 

「だって、先生……5教科の中で学年1位を取ること、触手の破壊権は1人1つだけ、なんて条件、なかったですよね?」

 

私の思う、1番いい笑顔を向けて言ってみたら、殺せんせーはカチリと固まった。それをいいことに、他のクラスメイトたちは一気に畳み掛ける。

 

「……()()()とか、家庭科さんに失礼じゃね?殺せんせー……5教科の中じゃ最強といわれる家庭科さんにさ。それに、音楽だって、先生が最初に提示した条件はちゃんと満たしてるよね〜?」

 

「そーだぜ、先生!約束守れよ!」

 

「1番重要な家庭科さんで4人がトップ!音楽でも単独トップだぜ!」

 

「くそ、もう少し力入れてれば、俺も保健体育で満点だったのに……!」

 

「俺も、美術があればなー」

 

「合計触手9本!!」

 

「きゅ、きゅうほんっ!?ひいぃぃぃぃっ!!?!?」

 

まだ、私たちだけが言い張ってるなら殺せんせーがあの手この手の言い訳を重ねて撤回できたかもしれないけど……E組で1番悪知恵が働くカルマを筆頭にクラス全員が盛り上がってしまえば、正当性のある理由を持ち出さない限り撤回することなんてできないだろう。そこで、殺せんせーがいない間にこっそりみんなで話し合った条件をさらに提示するため、磯貝くんが立ち上がる。

 

「それに、1人1本だって言うならそれでもいいです。それでも8本……先生の運動能力を80%削れますから。代わりに1つだけ、認めてほしいことがあります」

 

「殺せんせー、これはみんなで相談した事なんですが……この暗殺に、今回の賭けの『戦利品』も使わせてもらいます」

 

「…………What?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期末テストが終わって程なくして……1学期の終業式。だけどまだ、私たちにはやるべきことがある。

 

「おお、やっと来たぜ……生徒会長サマがよ」

 

「……何の用かな。式の準備でE組に構ってる暇なんてないんだけど」

 

「おーう、待て待て。なんか忘れてるんじゃねーの?」

 

……A組に、浅野くんたち五英傑に対して、賭けのことをしっかり報告してごねられないようにしなくちゃいけない。

 

「浅野、賭けてたよな。5教科学年トップの数、勝った方が1つ要求できるって。要求はさっきメールで送信したけど……あれで構わないよな」

 

メールで要求はしたけど、この本校舎の体育館で結果を公開した理由は他でもない……全校生徒の前で認めさせるため。ちらほらと集まってきてる本校舎の生徒たちは、私たちの会話を聞いて噂はホントだったんだとひそひそ話し合ってる。寺坂くんたちはA組が家庭科とかの副教科を捨て教科として扱ってるのを知ってるから、わざわざそれをこの対決に含めてもいいって挑発を重ねてる……4人も満点がいるからね、E組(こっち)には。

そしてテストとは関係なく、私は彼に伝えたいことがあった。他の日でもいいのだけど、本校舎の生徒と必ず会えるのはこの日だし……カルマに相談したら、逃げられないようにこの日にやるべきだって言われた。周りの人たちが怖いので、カルマについて来てもらいながら前に出る。

 

「……浅野くん」

 

「!……真尾さん、どうかしたのかい?」

 

「あ、あの、えっと……これ……」

 

そう言って私が差し出したのは……入院の時に彼が差し入れてくれた2冊の本と、私がオススメしたい1冊の本。先に事情を話しているカルマ以外、周りはA組とE組っていうクラスの違う対立するはずの私たちが何の話をしているかわからずにビックリしてる。

 

「……お見舞い、来てくれてたんだよね……お手紙も、本も、嬉しかった。これがあったから、つまらなくなかったよ。借り物だから、本は返すね……代わりに、私のオススメも読んでくれると、嬉しい、です」

 

「……ありがとう。ならこっちだけ受け取るよ……その2冊はもともとキミにプレゼントするつもりで買ってあったんだ」

 

「え、」

 

「それに……こちらを借りておけば、また会って話す口実になるだろう?あと……『運び屋とシスターのカバー裏』、確認しておいてくれ

 

そう言って私が差し出した3冊の本の中から、おすすめの本だけを抜き取ってふわりとした笑みを浮かべる浅野くん。最後に顔を近づけられて耳元でこそりと言われた言葉……それって、『カーネリア』のこと……?

言われた言葉について少し考えて思考が飛んでいたのだけど、気がつけば隣にいたカルマが浅野くんを引き剥がして私をカルマの方へ引き寄せたところだった。

 

「……ちょっと、近いんだけど浅野君」

 

「……ふん、番犬のつもりか?赤羽。じゃあまたね、真尾さん」

 

……やっぱり、この2人って仲悪いけど、どこか仲いいよね。似てるところ、いっぱいあるし……同族嫌悪って奴なのかな。しばしカルマと浅野くんは2人で睨み合ってたけど、今度こそ式の準備のために浅野くんは去っていった。他の五英傑もあとに続く……あ、榊原くんが振り返って一礼していった。彼は結構好感が持てるんだけどな……見下してないで、ちゃんと相手の実力を認める人だし。

そして始まる終業式……ここで、いつものようにE組いじりがあったわけだけど、どうもウケが悪い。当然だよね、『エンドのE組』がトップ争いに参加しちゃったんだから。E組の最下位でも菅谷くんの95位……学年中位の成績を収めて見せた。もう、下を向かなくていい……私たちは式の最中、最後まで前を向いていることが出来た。

 

 

 

 

 

(彼女に対してだけ、声が甘くないか?浅野……)

(浅野君、やるじゃないか……耳にキスとか。意味は誘惑だっけ)

(……伝言を伝えただけだ。彼女はそんなことを知るはずもないだろう)

(やっぱり彼女の事だったんだね……あの協定書の一項……『A組トップの指定するE組の生徒はこの協定書の拘束に囚われないこととする』というのは)

(ふん……そういえば蓮、なぜ分かったんだ?僕は名前を出した覚えもなかったが)

(……ふっ、中1からずっと君の近くにいるんだ……それくらい分かるさ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1人1冊です」

 

「でたよ、恒例過剰しおり……」

 

「これでも足りないくらいです!夏の誘惑は枚挙に暇がありませんから」

 

終業式が終わって教室に帰ると、殺せんせー特製のしおりが配られた。……修学旅行よりもこれ、進化してる……分厚いし重い……どうやって持って帰ればいいんだろう。数ページパラパラとめくっていると、ふと印刷の字がぶれているところを見つけた……違う、これぶれてるんじゃなくて……

 

「(殺せんせー、まさか、この人数分この分厚い冊子を……手書きしてる?)」

 

文字の形がよくよく見ると一定じゃないのだ。ホントに、私たちの先生は色々人外じみてると思う(外見から既に人外の担任に、人類最強完璧超人の体育教師に、並ぶ者がいないほどのハニートラッパーに……)。

 

「さて、しおりが行き渡ったところで……これより夏休みに入るわけですが、皆さんにはメインイベントがありますねぇ」

 

「あぁ、賭けで奪ったこれの事ね」

 

「本来なら成績優秀クラス、つまりA組に与えられていた特典ですが、今回の期末テストはトップ50のほとんどをA組とE組で独占している……君達にだって貰う資格は充分にあります。────夏休み、椚ヶ丘中学校特別夏季講習、沖縄リゾート2泊3日!!!」

 

パンフレットには、大きくそれの要項についてが載っている。みんなで1つの目標に向かって努力し、勝ち取った国内旅行……すごく、楽しみだ。

ただ、楽しんでばかりはいられない。私たちE組にはこの旅行を使ってやりたい最大の目的があるのだから。

 

「君達の希望だと、触手を破壊する権利は教室(ここ)で使わず、この離島での合宿中に使いたいと」

 

「はい、触手を壊す権利はここで使います。もし認められなかった場合は、真尾の言う通り音楽の学年トップを利用しようかと思ってました」

 

「触手8本の大ハンデでも満足せず、四方を先生の苦手な水で囲まれたこの島で使い、万全に貪欲に命を狙う……正直に認めましょう。君たちは侮れない生徒達になった……アミサさんの学年トップを交渉に使う必要はありません。むしろ、アミサさんは違うことを願いたいのでは?」

 

「え、」

 

「えへへ……バレてましたか……先生の暗殺にコレの使用を認めてください。どこまで先生に効くのか、試してみたいんです」

 

そう言って私が取り出して見せたのは戦術導力器(エニグマ)……これは何も無いところから創り出して放つ高位属性、空・時・幻のアーツよりも、環境に働きかけてそれを操る低位属性、火・水・風・土のアーツの方が負担が少ない。それに、訓練にもなるしきっと暗殺の要になるだろう水を大量に使うから役に立てる気がしたのだ。

 

「もちろん構いません。持てる力の全てをぶつけて、全力で向かってきなさい!……親御さんに見せる通知表は先程渡しました。これは、標的(せんせい)から暗殺者(あなたたち)への通知表です!」

 

そう言って、殺せんせーが教室中にばらまいたのは……大量の二重丸。頑張ってきた1学期の、最高の通知表だった。

 

「一学期で培った基礎を存分に生かし、夏休みも沢山遊び、沢山学び、そして……沢山殺しましょう!」

 

その締めの言葉と共に、殺せんせーは教室の窓から外へ出ていく。みんなも荷物を持って外へ出ていく。

 

「椚ヶ丘中学校3年E組、暗殺教室。基礎の一学期。これにて終業!!」

 

 

 

 

 




「アミサ、沖縄行く前に買い物、一緒に行くかんね!特に水着!私に選ばせなさい!」
「莉桜ちゃん……うん、一緒に行きたい!」
「中村、あんまり過激すぎないやつにしてよ?」
「へーへー、番犬さんが気に入りそうなやつ選んでやりますよ」
「…………なら、いいか」
「いいんだ……」



「……カーネリアのカバー裏……」
【@○○○○○○】
「……これって、メッセージアプリのアカウント……?」


++++++++++++++++++++


終わりました……!
一学期末テスト編、終了です!
お互いに初めてのものが多いせいで、周りがハラハラしてます。テスト含めて色々自覚して色々成長した一件となりました。
撮った動画はなんだかんだで消せなかったようですが、いざとなれば律のスイッチ一つで全データ吹き飛ぶようにされてます。さりげなくカルマのスマホにもその動画は送られていたりする(オリ主には内緒)。

個人的に五英傑の中では榊原君は嫌いではないです……結構、人のことをよく見る人だと思うんですよね。なので、浅野君と対等に話せる1人として、ちょっとした理解者的立ち位置に。彼は周りに隠しまくってる浅野君の好意を早々に感じ取っていたり。でもナンパはやめない。

オリ主が音楽好きな設定覚えていた方はいるでしょうか?笑

では、次回は夏休み編!
まだリゾートへは行かないで、ぼちぼち進めていこうと思います。






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買い物の時間

「さてさて、やってきましたぁ……ショッピングモール!!」

 

夏休みに入って学校生活は少しのお休み……今日は終業式の日に約束していた、沖縄リゾート暗殺旅行のためのお買い物に来ています。お菓子とか必要な物とかを買った後に水着も見に行くつもりだから……メンバーは女子だけ。というか、『ついて来てたら殺すヽ(・∀・)ノ』って3年E組グループチャットで誰かが言ってた。そうしたら男子から順番に『うぃっす』『はーい』『当日披露のお楽しみ』とかって返信が来て……ホントに、私たちのクラスって仲いいなって思う。

昨日のうちに『学校で虫取りしてお小遣い稼いでくる〜っ( *˙ω˙*)و グッ!』というメッセージを女子のグループチャットに投下してから既読のつかなくなった陽菜乃ちゃんと、他のメンツをほっといたら何やらかすかわからないからって断った綺羅々ちゃんと、磯貝くんに誘われたから釣りに行ってくると言っていたメグちゃん、暗殺計画のためにできる限り練習をしておきたいと千葉くんと一緒に学校に行くらしい凛香ちゃんは今日の買い物に来てないけど……それでも大所帯だ。

 

「陽菜乃ちゃんは多分、あのメッセージの後に寝落ちだね……」

 

「取れたのかな、ホワイトアイのミヤマクワガタ……」

 

「ずっと狙ってましたもんね」

 

陽菜乃ちゃんは自他ともに認める生き物好きだ。苦手な人がたくさんいそうな虫から動物までなんでもござれで、生き物の生態知識はものすごく詳しいし扱いも上手。今回も元々E組校舎のある山は、人が手をつけてない分天然モノの昆虫もたくさんいるみたいで、夏休みに入る前から彼女は大興奮だった。帰ってからきっと戦果報告をしてくれるだろうから、今から楽しみ。

 

「ま、とにかく買い物済ませちゃいましょっか」

 

「あ、お菓子は程々でいいわよ。私も作ってく予定だから」

 

「!おかーさんのおやつ……!?」

 

「船で6時間って言ってたでしょ?皆で食べてもらえれば嬉しいし」

 

「原さんの手料理かぁ……期待できる!」

 

わいわいと役割分担をしていくつかの店を回っていく。こうやって女の子だけで買い物を……しかも、旅行のための買い物なんて初めてだからすごく嬉しいし、思っていたよりも発見がいっぱいだ。夏の海へ行くからこそ、日焼け対策だったり酔い止めとか最低限の薬だったりを見て回れば、薬局の外に安売りで置いてあるものだけでも思っていたより種類が多くて驚いた。その辺はしっかり者のメンバーで店員さんに対応をお願いしてて……私はといえば、数値とかよく分からなかったから、目に付いた日焼け止めを適当に選ぼうとしていて桃花ちゃんに怒られた。せっかく綺麗な肌なのに、いいもの使わないと日焼けした後が辛いよって……と言われてもあまり実感出来なかったから、その辺はもうおまかせすることに。

 

「ビッチ先生の危惧通りだったか〜……アミサちゃん、そういうの気にしてなさすぎ」

 

「今までどうしてたの……?」

 

「私、里帰りした時くらいしか遠出しないし……向こうではお姉ちゃんが、こっちではいつの間にかカルマや渚くんが準備してて……あ、渚くん、こういうの詳しいんだよ!」

 

「なるほど、世話を焼く人が近くにいるから今まで平気だったんだね……今度一緒にお化粧とか医薬品とかの勉強しよっか」

 

「私も自分で作る薬品くらいしか分かりませんから……一緒に勉強しましょ、アミサちゃん!」

 

自分の分のお会計を終えて、他の子を待っている間に色々気になってふらふら店を歩き回っていたからか、迷子防止って有希子ちゃんが手を繋いでくれた。確かに勝手のわからない場所で置いてかれちゃったら困るから、一緒にいてくれると安心する。手を繋ぐのがなんだか嬉しくて軽く揺らしながら歩いていたら、カエデちゃんに「知らない人についてっちゃダメだからね」ってすごく念押しされた……さすがに、みんなにしかついてかないよ……私、そんなに小さい子じゃないんだから。

 

「(神崎さん、離さないでね……!なんか、渚とカルマ君が一人にするのが怖いって言ってた理由が今ならよくわかるから……!)」

 

「(ふふ、私も気をつけて見ておくから)」

 

「(……手を繋ぐだけでここまで喜ばれると、今までどんな生活してきたのか気になってくるよね……はっ、まさかアミサちゃんは昔悪の組織に囚われていて……!)」

 

「(ふ、不破さーん、戻ってきてー……)」

 

「??」

 

「気にしなくていいよ」

 

お菓子のコーナーでは、できるだけ日持ちのするものや暑い所へ持っていっても悪くならないものを選んでいく。私はずっと前に杉野くんにおすすめしてもらってから気に入ってるお菓子の味違いバージョンを購入……限定品ってなってるとついつい選んじゃうよね。それを見た優月ちゃんには最初、やめておきなさいって言われたけど……おいしそうなのにダメなのかな、ミカン煮オレ味のぽっきー。

おかーさんのおやつは手作りだから行きの分だけだし、帰りにつまめるものを選ばなきゃだから……ってひなたちゃんが説明してるそばからカエデちゃんがプリンとかケーキとか生ものを持ってきて、みんなから総ツッコミされてた。

 

「いいもん!行きの船で食べるからぁ〜っ!」

 

「腐る前に食べてよ?向こうへ着く前に体調崩すとかやめてね?」

 

「ホントにプリンとか甘い物好きだよね……茅野ちゃんって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物を一通り済ませたら、お昼ご飯にちょうどいい時間になってて、フードコートに向かう……けど、夏休みってこともあってどこも人がいっぱいだし、私たちも9人いるから席を探すのが大変。これは今食べるよりも先に買い物を済ませて時間をずらした方がいいかってことになり、先に水着コーナーへ行くことになった。

 

「暗殺さえ終わっちゃえば、あとは1日遊べるもんね」

 

「新作の水着あるかなーっ!」

 

「カルマと約束してるから、アミサのヤツは私が選ばせてもらうけどね〜……さぁ、アミサ。好きな色は?着たい形は?サイズは?」

 

「り、莉桜ちゃん……なんかその手の動き、怖いよ……?」

 

なんか、手をワキワキさせてゆっくり近づいてきた莉桜ちゃんに連れられて、私は他の子たちと一度別れて下着売り場の店員さんの元へ。ここまでの買い物で、私が自分のことにかなり無頓着だと判断したらしくて、絶対に私の自己認識とはサイズが違う自信がある!ということみたい……莉桜ちゃんに胸を張って言われてしまった。それで、店員さんにサイズを測ってもらったところ……

 

「ほら、やっぱり!あんたが修学旅行で自己申告してたサイズよりもワンサイズ大き」

 

「ひぇ、莉桜ちゃん、声大きいっ!」

 

……というわけで、水着コーナー(みんなのところ)へ戻る前に下着を買っていくことが決まってしまった。自分に合ってないものを普通に今まで着続けてたんだから、当然新しいものがいるでしょ!ってことで、莉桜ちゃんが嬉々としていろんなものを勧めてくる。……莉桜ちゃん、さすがにそんな派手な色のは透けちゃうし着れないよ……見えないのになんでそんな、……、……どれかは選ばないとダメかな。

結局買ったものの中で、いくつかは莉桜ちゃんチョイスのものとなった……行きにはなかった買い物袋を持ってみんなの元に戻る。サイズを測った直後に買ってきたものってことでみんな何を買ってきたのか察しがついたみたいで……水着を選んでる最中のカエデちゃんの私を見る目が怖かった。もう自分の水着を選んだって子たちと一緒に見て回っている時、何故か莉桜ちゃんはずっとスマホをいじったり画面を見ながら水着を探したりしていて……莉桜ちゃんが私の選ぶって意気込んでたのにどうしたんだろう?

 

「……ふんふん、なるほどね……律、ありがと!アミサ、好みわかったから選ぶよ」

 

「このみ……?あ、それより莉桜ちゃん。これとかどうかな?」

 

「……………………ボツ」

 

「え」

 

「なんで、ここに来て選ぶのがワンピースタイプなのよ……!」

 

莉桜ちゃんが選ばないなら自分で選ぼうと思って、見て回るうちに、私が気に入ったのは白地に赤のラインが入ったワンピースタイプの水着。フィッシュテールっていうらしい、前と後ろのスカートの長さが違うやつ……ミシュラムのビーチへ行った時にエリィお姉さんが来ていたパレオ、だったかな……そんな感じの見た目で可愛く見えたんだけど、莉桜ちゃん的にはダメだったらしい。

結局、莉桜ちゃんに手を取られて移動して、私以外の子たちがなぜか莉桜ちゃんのスマホの画面をのぞき込みながら一緒に選び始め……一応、決まった。決まったけど、それに至るまでの間が長かった……水着の形状で基本嫌なものはないんだけど、私が着れるサイズがなかなかないっていうのと、色が派手なのは苦手で私が逃げていたから。

 

「いい買い物できてよかった!」

 

「みんないいの決まったし……ちょっと海で遊ぶのが楽しみになってきたね!」

 

「本物の海は見たことあるけど入ったことないから……えへへ、すごく楽しみ……!」

 

「あ、お菓子だけど、まとめ買いでちょっと安くなったから割り勘で○○円ね」

 

「あ、じゃあ私、陽菜ちゃんの分も一緒に出すから……」

 

無事、買い物を終えてフードコートに戻って来る。水着選びにだいぶ時間をかけたから、席は空いてきてるしお腹も空いた。みんなで好きなものを買って座りつつ、まとめて買ってくれた子へお代を渡したり買い物中のこととか話したり……話題は尽きない。私もE組のみんなで行く国内旅行……それも、修学旅行に続いてお泊まりってこともあって楽しみで仕方ない。

 

「それにしても……いやー、ひと仕事したわー!あいつの反応楽しみすぎる……!」

 

「ずっとスマホいじってたけど……あれ、聞き出してたんだね……」

 

「聞いたのは律だけどね〜。色々コスプレして反応見てくれた。なんだかんだ男女みんな知ってるっていうのもあって、上手くのせれば答えてくれるしさ……渚が聞いた時は見事にはぐらかされて終わったらしいけど」

 

「渚、弱っ!」

 

「そーいうとこ、ホントしたたかだよね……」

 

「というか、紐ハイレグとか際どいのを拒否しないアミサちゃん……」

 

「あれ一応お遊びで、照れるとこ見たかっただけなんだけど……このこと片岡ちゃんには内緒にしとこう。また危機感の無さに発狂しちゃう」

 

「「「りょーかい……」」」

 

何人かが顔を近づけながらスマホ片手に話してる。渚くんや私の名前が出てきたけど……渚くんのも何か選んでたのかな?でも、その話題に私が入ろうとしたら話をそらされちゃって、結局わからないまま終わった。

……南の島の暗殺旅行まで、あと1週間。そろそろ暗殺計画の最後の詰めの作業だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日は暗殺旅行前の訓練と計画の詰めのためにE組全員で学校へ集まる日……多分、それに参加したら疲れて夜は勉強出来なくなるだろうからってことで、今日はカルマの家に来て一緒に夏休みの課題を片付けていた。それというのも、課題の最初の数ページはクラス共通課題で、その後は殺せんせーが生徒一人一人個別に問題集を作って入れていたみたい……なのに、入っているものが私とカルマは逆になっていることが夏休み初日に判明したのだ。つまり、カルマの夏休みの課題には私の個別課題が、私の夏休みの課題にはカルマの個別課題が入っていた。殺せんせーでもミスすることあるんだなぁ……。手をつけてなければ冊子ごと交換すればいいんだろうけど、あいにく初日の時点で二人して共通課題は全てやり終えていて……どうせなら一緒にやって、ついでにそれぞれの課題もやってみようとなったのだ。

 

「ほら、そこの式……入れるならこっちの公式入れた方が途中が短くなるじゃん」

 

「え、でもそれならこのやり方にすれば途中式いらなくなったり……、……しなかった」

 

「くくっ、しなかったでしょ……ほら、それも……」

 

私は知識を頭に入れるのは得意だし基本的なことなら苦手はないけど、それを応用したり単位や数値が山のように出てくるとわけがわからなくなる時がある。だから、普段使わない単位が出てきて色々組み合わせなければならない理科が苦手だったりする……決まった公式さえ頭に入れてしまえば、後はどんな問題でも計算すれば答えの出る数学とはまた違う。

分からない、というよりも無駄な計算をしていたり回りくどいことをしていたらカルマに教えてもらって、少しだけ予習を進めているカルマの問題を一緒に解いて……そうしているうちに、いつの間にか勉強を始めてかなり時間が経っていた。

 

「ふー……アミーシャ、ちょっと休憩しよっか」

 

「うん。……結構進んだね、沖縄に行く前には終われるかな?」

 

「かもね」

 

そう言って煮オレの紙パックをすするカルマを横目に、私は持ってきておいたエニグマとクオーツの類をカバンから取り出す。今回の暗殺で触手を破壊した後に使うことになるから、今のうちに使いたいアーツが撃てるようにセットしておかなければならない。殺せんせーのことだ……私がエニグマ、導力器の使用者と知った時点でこれの性能や仕組みは調べて知ってるだろうから、目の前で準備するわけにはいかない。

 

「そういえばさ、それって一人一人違ったりすんの?」

 

「……エニグマのこと……?そうだよ、人によってこの〝ライン〟って呼ばれてる長さが違うし、形も違うし、適性のある属性で縛りがあったりするの。私の場合……ほら、7つクオーツをセットする穴の内、繋がってるのが真ん中の穴を合わせて一直線でしょ?ラインが長いから高度アーツが使いやすいの。あと、私の縛りは幻だよ」

 

カチャカチャと色々付け替えたり冊子を見て色々書き出しているのを隣で見ていたカルマがゆっくりと口を開く。そういえば、使ってるところは見せてもこれ自体を見せたことはないもんね……でも、これは個人情報の塊っていってもいいから、あんまり見せて覚えられても困る……特にラインの形とか。だから、興味津々に作業を見ているカルマに見えないように手で隠すとすごく不満そうな顔をされたから、代わりに導力器とかアーツとかクオーツとかの説明が載ってる冊子を渡したら、そっちに興味が移ったみたいで諦めてくれた。

 

「……アミーシャ、なんか色々数値とかも書いてあるんだけどさ……これの内、ほら、ゲームでいうMPに当たるものってどれ?」

 

「EPだよ」

 

「ふーん……アミーシャの最大値は?」

 

「……内緒。結構な個人情報だもん」

 

「えぇ……」

 

「ほ、ほら……エニグマのカバーとかクオーツ見せてあげるから……!」

 

「……、ははっ、必死すぎでしょ。へぇ、ピンクと赤のグラデーション……あんま派手な柄とかじゃないんだね」

 

普通、ゼムリア大陸で戦う場合なら自分のステータスをチームで共有することはある。もし、仲間の限界を知らずにアーツを連発していると、必要な時に使えなかったりフォローに入れないから。だけど、私はできるだけ伝えたくない理由があったから……それこそ、アーツを扱う上でかなり適性があるにもかかわらず、致命的な欠点が。なんとか話題をそらしたくて、カバーとかクオーツとかを見せたら、あからさま過ぎたのか笑われてしまった……絶対に、何か隠してるってことはバレちゃったよね。でも、言えるわけがない……言ったら、使わせてもらえなくなるだろうし。

……そういえばカルマは、こうやって2人だけの時に私のことを本名で呼ぶようになった。ちょっと前まではなにか真剣な話とかで区別をする時だけだったのに……何かあったのかなと思いつつも、カルマは内緒にしてることを考えて呼んでくれるし、呼ばれて嫌な訳でもないから……それ以上に私自身を見てくれてるのが感じられて嬉しいから、いいかなって思う。

 

「カルマ、勉強続きやろ?」

 

「ええー、もうちょっとこれの続き読みたいんだけど……俺も使えたりしないの?このアーツとか、アミーシャのエニグマ」

 

「適性を見て作られる個別のものだから、カルマには合わないと思うよ……それより、次の休憩で読めばいいでしょ?」

 

「んー、じゃあ次の休憩の分今読むってことで」

 

「カルマ〜……」

 

……こんなノリで1日の勉強会は終了した。

明日は訓練……か。頑張らなくちゃ、色々と。

 

 

 

 




コミュニケーションアプリ
【3年E組(28)】
友人:カルマ、サンキュな!明日その木見てくるわ!渚、付き合ってくれよ!
渚:杉野、個人の方で誘おうよ……いいけどさ
友人:よっしゃ!
りお:というわけで、明日は○○デパート○時集合で買い物だから、遅れないように!
渚:中村さん、誤爆してるよ……
りお:あ、やべ
前原:俺荷物持ちでついてこうか!?
岡島:あ、俺も!
すがやん:俺も画材買いに行くついでについてこっかな……
メグ:こうなるから言いたくなかったんだよ……女子だけの買い物もあるんだから、ついてきてたら殺すヽ(・∀・)ノ
前原:うぃっす
岡島:うぃっす
すがやん:はーい
友人:当日披露のお楽しみってな
メグ:まあ、私は行かないんだけどさ
前原:行かねーのかよ!
磯貝:俺と釣り(´>ω・`)b
まさよし:俺も一緒
前原:じゃあ、俺は虫捕り付いてくわ……


コミュニケーションアプリ
【カルマ(3)】
りお:カルマ!好み教えなさい!
業:なに、いきなり
りお:グルチャ見たでしょ?明日水着買いに行くから、この莉桜様があんた好みのを選んできてやるわよ!
業:好みっつってもさ……


りお:……で、返事したくせに半日放置すんな!
自律:あ、でしたら私がいくつか例示しましょうか?
~写真を送信しました~
~写真を送信しました~
~写真を送信しました~
~写真を送信しました~
~写真を送信しました~
業:すとっぷ
~写真を送信しました~
~写真を送信しました~
業:ねえ、律聞いてる!?なんで全部、こんな凄いのばっか貼るわけ!?人前でスマホ開けないじゃん!
自律:中村さんに、絶対この中にカルマさんの好み、というか男子の好みはこの辺にあるからって教えてもらったので!
業:オヤジ中学生め……ああもう、強いて言うなら上から3つ目。あとはダメ。
自律:ダメなんですか?
業:俺は見たいけど他の男に見せたくない
りお:言質とーった♡
業:そういやこいつ、このトークにいたんだった……!


++++++++++++++++++++


女子の買い物+αでした。
女子の買い物では女子間でワイワイやってもらいたかったのと、水着選びを想像してたら書いてる内になんかわちゃわちゃしてくれたので……ちなみに今回来なかったメンバーは何となくで選んだだけです。特に意味はありません。

カルマとのやりとりは、入れておきたかったので、無理やりな気もしましたが、ここに入れておきました。沖縄へ行く前に、エニグマ関連の話題はしておきたかったのです……!
殺せんせー特製問題集は、もちろんわざと間違えて渡されてます。殺せんせーなりの下世話な仕込みですね!オリ主には全く通じてませんが、カルマはなんとなく察してたり。

今回のあとがきフリースペースは少し話題に出ていたコミュニケーションアプリを出してみました。裏のやりとり、こんなことやってたら楽しいな、と。中村さんにはどこか勝てないところがあるカルマ……書いてて楽しかったです。律の載せた写真は、中村さんアドバイスの元自分が水着を着たスクショを、ぺたぺたぺたぺた……

では次回、暗殺前の訓練の時間をお送りします。




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策謀の時間

渚side

 

南の島での暗殺旅行が一週間後にせまり、今日はその訓練と計画の詰めのためにE組は学校に集まっていた。ちなみに殺せんせーはいない……プールを作ってくれた時に寒帯へ逃げる、みたいなことは言ってたけど、夏休みに入ったからってことで本当にエベレストに避暑のために逃げたらしい。だから全員で殺せんせーの目のない所で計画の話を堂々とすることが出来る……いや、全員じゃないか。

 

「あれ……カルマ君、アミサちゃんは?」

 

「…………風邪ひいた」

 

「「「は?」」」

 

この場にはアミサちゃんが来ていない……で、代わりにホントに珍しくカルマ君が訓練をサボりもせずに来ている。アミサちゃんは前に出ることは苦手にしてるけど、やることはちゃんとやるし1度やると決めた事は最後までやり通す努力家だ。寺坂君達でさえサボらずにこの訓練に来てる……だからこそ今日みたいな訓練をサボるとは思えない。アミサちゃんのことはカルマ君に、カルマ君のことはアミサちゃんに聞くのが手っ取り早いことが多いから、今もカルマ君に聞いたんだけど……まさかの返答だった。

 

「昨日さ、俺ん家で1日一緒に夏休みの課題やってたんだけど、夜にアーツの最終調整って言って風呂で練習してて……」

 

「待て、今の時点で1、2個ツッこませろ。お前等ホントに仲良すぎねー……?勉強会1日って、その様子だと泊まりだろ?」

 

「停学中も俺ん家泊めてたわけだし今更じゃね?」

 

「まぁ、それはいいとして……風呂で練習って何だよ」

 

泊まりに関しては僕にとっては今更だったから気にならなかったんだけど……やっぱり気になるのはその風呂での練習の話だ。確かアミサちゃんからの申し出で、アーツを使った先生を追い詰める役を担ってるはずだけど、何をどうするのかまでは聞いていない。細かい調整が難しいから集中しなくちゃいけないとは言っていたけど……

 

「うん、それが続きになるんだけどー……風呂で練習してる最中にアーツの詠唱を間違えたらしくて。悲鳴が聞こえたから様子見に行ったら風呂場が一面氷漬け……なんとか助け出したけど、夏とはいえ氷の中に閉じ込められてたせいで結果的に風邪をひきましたっていう」

 

「待て待て待て待て、風呂なんだろ!?お前、まさか……!」

 

「ウソだよな……さすがに、なぁ?」

 

「は?…………!ち、違うから!!水着、水着着てたからッ!学校指定のやつ!」

 

カルマ君の言い方が必要なとこを省きすぎるせいで、今その説明を聞いてた全員が勘違いしてたよ……カルマ君がアミサちゃんの裸を見たんじゃないかって。自分ではどれだけ分かりにくい説明をしたのか気付いていなかったみたいだけど、途中で僕達の視線がかなりひどいものを見る目付きになっていたことから、僕を含めてみんなが何を言いたいのか分かったらしくて大慌てで弁解していた。まぁ、話の流れからそうだろうとは思ってたけど、この慌て様にみんなが生暖かい目を向けていたのはしょうがない事だろうし……ここまでカルマ君の調子を狂わせられるのは、やっぱりアミサちゃんだけだと思う。ボソリと続けられたカルマ君が訓練に来ることにした理由も、熱を出したアミサちゃんの看病ってことでサボることも考えたけど、自分の代わりに最終確認と訓練頑張ってきてと送り出されたからなんだとか。

 

「まぁまぁ、ガキ共。夏休みだというのに汗水流してご苦労なことねぇ……」

 

「ビッチ先生も訓練しろよ……射撃やナイフは俺らと大差ないだろうにさ」

 

ちなみにこんな会話をしつつも僕等は射撃訓練の真っ最中だ。そんな僕達が訓練をする後ろには、ビッチ先生が椅子を出してジュース飲んで1人くつろいでいる……ホント、訓練するでもなく何しに来てるんだろうって態度なんだけど、一応僕等の先生って立場だから様子を見には来てくれてるんだろうな。でもビッチ先生、うしろ、うしろ……

 

「大人はズルいのよ……あんた達の作戦に乗じてオイシイ所だけもってくわ」

 

「ほほう……偉いもんだな、イリーナ」

 

「っ!!ろ、ロヴロ師匠(センセイ)ッ!?」

 

ビッチ先生の殺し屋としての師匠であるロヴロさんが立っていて、静かに先生を見下ろしていた。この人は夏休みの特別講師として、また僕等が考えた暗殺計画にプロの視点からアドバイスを貰えるようにと烏間先生が呼んでくれたらしい。殺し屋として落第が嫌なら着替えろと言われて、サッと姿勢を正してビッチ先生は校舎へ駆け上がって行った……うん、ロヴロさん、普通に怖いもんね。

ロヴロさんは殺し屋の斡旋業者……だからこそ、新しい殺し屋のプロを送るのかと岡野さんが聞いてくれたけど、今回は僕達任せらしい。なんでも、殺せんせーがプロ独特の殺気を覚えてしまうせいでこのE組教室にたどり着けなかったり、ロヴロさんの斡旋した人ではないけど昼間、僕等が校舎にいる時間帯だと襲撃されて断念せざるを得なかったりしているらしい。それに加えて困ったこと……残りの斡旋予定だった有望な殺し屋数名と連絡がつかなくなったんだとか……他のプロが失敗したことに怖気ついたのかと烏間先生は予想してるけど。

 

「昼間ねぇ……彼が掃除してるって確か……」

 

「……イリーナ?」

 

「……知り合いに、あのタコを昼夜問わず狙う輩の襲撃があるから、今は忙しいって暗殺の手伝いを断られたんです。気が向けばガキ共の能力アップは手伝うとか言ってましたけど」

 

「……なるほど」

 

着替えてきたらしいビッチ先生が、眉をひそめながら何やらロヴロさんと話している。内容的に昼間の学校の時間の襲撃がない理由についてみたいだけど、重要そうな部分は全部伏せて話しているから全然読み取れない。こういう部分があるから、ビッチ先生は殺し屋なんだって実感するんだよね。

 

「……さて、これが作戦書か……なるほど、先に約束の8本の触手を破壊し、間髪入れずクラス全員で攻撃して奴を仕留める……それは分かるが……この一番最初の『精神攻撃』というのはなんだ?」

 

「まず動揺させて動きを鈍らせるんです。殺せんせー、殺気を伴わない攻撃には案外もろいところあるから」

 

「この前さ、殺せんせーエロ本拾い読みしてたんスよ。『クラスの皆さんには絶対に内緒ですよ』ってアイス一本配られたけど……今時アイスで口止めできるわけないだろ!!」

 

「「「クラス全員で散々にいびってやるぜ!!」」」

 

というわけで、最初の精神攻撃はある意味クラス全員参加の情報提供によって行われる攻撃だ。触手の破壊権があるアミサちゃんだけど、エロ本とかのくだりがあるからこの攻撃中だけは席を外させるつもりだ……これにはクラス全員が同意した。まあ、これはアミサちゃんには伏せてる話だし、暗殺とはあまり関係ない部分でもあるからロヴロさんにも言わなくていいだろう。

 

「ふむ……皆良いレベルにまとまっている……短期間でよく見出し育てたものだ。人生の大半を暗殺に費やしたものとして……この作戦に合格点を与えよう。彼らなら十分に可能性がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達の考えた暗殺計画に合格点をもらった後、ロヴロさんは訓練を続ける僕たちの間を回りながら……

 

「狙いが安定しただろう……人によっては立膝よりも胡座で撃つのが向いている」

 

「君、呼吸が合わせづらそうだな……無理をせず、自分に合ったスタイルで射撃に望むがいい」

 

一人一人の特徴を掴んでアドバイスをしてくれている。さすがは元本職……現役を引退していても、技術、人を見る目の何一つ衰えているようには感じない。だからかな……サボりがちなカルマ君も熱心にその様子を見て、アドバイスを受け入れている。……と思ったら、射撃の順番交代とともに烏間先生の方へと歩いて行った。その烏間先生といえば、さっきからどこかへ電話をしたりメールなのかスマホを見ていたりと落ち着かない様子……何か、あったのだろうか。

まぁ、あの2人のことはひとまず置いておくとして……僕は1つ、聞いてみたくなった。殺し屋のことを知り尽くしている、この人に。

 

「あの、ロヴロさん」

 

「……ッ!……ああ、なんだ?」

 

「僕が知ってるプロの殺し屋って……今のところビッチ先生とあなたしかいないんですが、ロヴロさんが知ってる中で、一番優れた殺し屋ってどんな人なんですか?」

 

「……興味があるのか、殺し屋の世界に?」

 

「あ、い、いや……そういうわけでは……」

 

ただ、単純に興味があるだけ……そうだと思いたい。だけど、……以前、鷹岡先生と一騎打ちした時に、烏間先生に僕が選ばれた時から少しだけ疑問だったんだ……なんで僕が、って……。だからこそその世界の欠片でも知ってみたいと思ったのかもしれない。でも、それだけじゃなくて……プロとして僕等が目指さなくてはいけない先を行く人を知れるなら、僕等が殺せんせーの暗殺を狙う上で虎視眈々と狙う相手を知れるなら、そう思ったんだ。

 

「そうだな……俺が斡旋する殺し屋の中には()()はいない。最高の殺し屋……そう呼べるのはこの地球上にたった1人。この業界にはよくあることだが……彼の本名は誰も知らない、ただ一言のあだ名で呼ばれている」

 

────曰く、〝死神〟と。

 

……死神。ありふれた名前だけど、それが殺し屋たちにとっては唯一絶対の相手のことを指す……このまま僕達が殺すことが叶わず、学校生活を続けることになったら……もしかしたら姿を見せるかもしれない。これはいよいよ……南の島のチャンスは逃せそうにない!

 

「それともう1人……死神とは別格の暗殺者がいる」

 

「!!」

 

え、さっき……最高の殺し屋と呼べるのは1人だけって……

 

「Mr.カラスマ……連絡は取れたか?」

 

「ああ、なんとかな……もう到着するらしい」

 

「ふむ……では、全員集めよう」

 

先生達だけで分かる会話が交わされて……僕達は全員一度訓練の手を止めて、ロヴロさんのところに集められた。話の内容からして、誰かがここに来るんだとは思うけど……

 

 

++++++++++++++++

 

 

渚side

 

「君達は人の寿命はどのくらいだと考える?」

 

集められて一番最初に問いかけられたのはそんなことだった。いきなり聞かれたその質問にみんな困ったように顔を見合わせている……これはどう答えるのが正解なのだろう、真面目に答えるなら男女ともに80歳くらいだとは思うけど……

 

「先程そこの少年に聞かれた……一番優れた、最高の殺し屋は誰かと。殺し屋の中でも唯一絶対の存在ならば我々の業界では全員が〝死神〟と答えるだろう。……しかし俺達の中には、まことしやかにささやかれる噂がある。100年以上前から活動し続ける不老不死の伝説の凶手がいる、と。……ゼムリア大陸にあるカルバード共和国の建国を影から支えたとも言われ、その東方人街で魔人と呼ばれている神出鬼没な暗殺者。……そいつは、《(イン)》という名で呼ばれている」

 

100年以上……それが最初の問に繋がるのか。暗殺者として活動するとして、100年以上も現役ということは今その人物がいくつなのかよく分からないし、一刻の建国を影から支えた存在……まさに伝説の魔人という存在なんだ。……そして、この人の話には、いくつか馴染みのある地名が聞こえてきた。ゼムリア大陸、カルバード共和国……どちらもアミサちゃんに関係のある場所だ、……だからといって彼女に関係あるとも思えないのだけど。同じように思ったのだろう、隣でカルマもなにか考えるように眉間に皺を寄せて手を口元に持っていっている。

 

「彼は基本、ミラ……ここで言うなら金で動く暗殺者だが、契約はかなり厳しいと聞く。だが、そこのバカ弟子が知り合いらしくてな……気が向けばお前達の鍛錬に協力してもいいと前向きな返事を貰っているらしい」

 

「……そろそろか」

 

ロヴロさんが事実確認をするようにビッチ先生の方を向いて話してから、スマホを見ていた烏間先生がそう言った瞬間だった。

 

────僕達の正面……先生達の背後あたりの空間が()()()のだ。

 

「「「!!!」」」

 

「な、何よあんた達、いきなり変な顔して?」

 

「来たか……さて、どこから……」

 

「先生たち、後ろです……!」

 

「!」

 

僕達が突然のことに驚いて何も出来ないでいると……歪んだ空間から一人の人間が出てきた。全身真っ黒な黒装束に身を包み、顔も口元しか見えない仮面に覆われた、見たこともない人物が。

 

……初めまして、椚ヶ丘中学校3年E組の諸君……そして、同胞の二人、か。……お初にお目にかかる──《銀》という者だ。今回私に依頼してきた烏間惟臣、というのはどいつだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

アミサが自分の不注意でとはいえ、訓練に来られなくなって……最初はちょうどいいし看病を理由にサボってやろうと思ってたんだけど、本人から先手を打つように自分の代わりに出席するように頼まれて……結局、参加していた。射撃訓練が始まってもそう簡単にサボることはしないアミサが来ないってなって、俺が理由を何も考えずに話して……あらぬ誤解を受けそうになった……焦った。俺の説明不足で、俺がかなり変質者みたいに見られるところだった……水着着てても色々とヤバかったけど、それを言ったらコイツらに何言われるかわかんないから黙っておくことにする。

訓練はといえば……普段のやつも十分厳しいくらいに技術や力をつけられるとは思うけど、今回はプロの殺る側である殺し屋目線のアドバイスがあることで、烏間先生という守る側の教えるテクニックからは盗めない技術やヒントがロヴロさんの言葉の端々にたくさん散りばめられていたように感じた。だから俺にしては熱心に指導を受けてたんだけど……ちょっと気になっていることがある。ロヴロさんが指揮を執り始めた時くらいから、烏間先生が、ずっとスマホを見ている事だ。案外あれだけ俺等を見てない今だったら、簡単に転ばせられるんじゃねーの?と思って、自分の射撃の順番を終えてそちらへ向かってみた、ら。

 

「…………

(なんだよ、その心配してる顔。不意打ちしかけらんねーじゃん)」

 

どこか心配そうにスマホの画面を見つめ、一心に誰かと連絡を取っている様子の烏間先生だったから、正直面食らった。でも、ここまで来ておいてこの好奇心を殺すことも出来なさそうだったから、聞いてみることにする。

 

「烏間先生、なにやってんの〜?俺等が訓練してる最中にさ」

 

「!……赤羽君か。なんでもない、協力者がこの後来る予定なんだが少し遅れていてな……、ん?……なるほど」

 

「ふーん……」

 

誤魔化されたような、本当のことを話しているような、はっきり分からないけど俺が詮索できない程度に程々の情報を開示してきた……聞けないじゃん。

どうやら返事が来たらしく、再びスマホを見始めてしまった烏間先生はきっともう答えてくれないだろうから、銃を頭の後ろに乗せてのんびりと周りを見てみれば……射撃訓練をしているクラスメイトの後ろでロヴロさんに話しかけている渚君が見える。あいつもなにか聞きたいことがあったんだろう……とか考えているとロヴロさんがこちらを向いて目が合った気がした。

 

「Mr.カラスマ……連絡は取れたか?」

 

「ああ、なんとかな……もう到着するらしい」

 

「ふむ……では、全員集めよう」

 

……すぐにその視線は外れてしまったから何の意図があったのかよく分からないけど……とにかく、俺等は一度全ての手を止めて集められることになった。

そこで聞かされたのは、一人の暗殺者の話……国に関わってたり100年以上生きる不老不死の暗殺者って、規模がでかすぎて想像すんのも面倒くさい。でも、ロヴロさんの話の中で気になるものは出てきた。……ゼムリア大陸、カルバード共和国……どちらも、アミサの故郷であり関係している地名だ。まあ、これは偶然だろうし彼女には関係の無いことなんだろうけど……魔人の噂程度なら彼女も知ってるのかもね。同じことを考えたんだろうね……渚君が難しい顔しちゃってる。

ちょうど、ロヴロさんがその暗殺者……銀について簡単な説明を終えた時だっただろうか……なぜ急にその話を全員にするのかが気にかかって、不審に思われない程度に周りを見回していた時だ。

 

────その時だった。先生達の背後の空間がぐにゃりと()()()()ように見えたのは。

 

現れたのは全身を黒で包み込み、唯一見えているのは口元だけという仮面で顔を隠した一人の人物だった。

 

……初めまして、椚ヶ丘中学校3年E組の諸君……そして、同胞の二人、か。……お初にお目にかかる──《銀》という者だ。今回私に依頼してきた烏間惟臣、というのはどいつだ?

 

…………早速、ロヴロさんが話した伝説の魔人のお出ましか……!先生達が彼って言ってることから男性だろうし、声は渚君のように少し低めで落ち着いたものだ。身長はそこまで高くはなくて、殺気が、感じられない……って、あれ、今、烏間先生が依頼してきたって言わなかったか、こいつ……?

 

「俺がそうだ。貴方が《銀》殿ということか……」

 

そうだ。敬称はいらない、《銀》と呼べばいい……。イリーナに以前聞いた話では、私に生徒の能力を上げる手助けをしろと言うことだが?

 

「……貴方からの目線でアドバイスなどがあれば、お願いしたい。生徒達は一週間後に最大の暗殺計画を控えている……出来る限り自信をつけてから実行したいからな」

 

……いいだろう。契約の際に頼んでおいた物は?

 

……なるほど、烏間先生がわざわざ雇ったってワケね。目の前で交わされる言葉少ない会話と、現れた《銀》に渡されるいくつかの資料……その内の一つは、さっきロヴロさんが合格点を出した南の島での暗殺計画も含まれている。

 

…………

 

「……どうだ?」

 

この一番上の精神攻撃というのは、なにか揺さぶりをかけるということか?

 

「そうらしい……なんでも教師あるまじき行為を生徒の目の前に晒したことが何度もあるそうだ」

 

フッ、弱点をいくつも晒しているわけか……嘆かわしいな

 

……殺せんせー、アンタがいないところで初対面の奴にまでバカにされてるよ?かばう気なんてさらさらないから黙って見てるけどさ……というか、クラス全員そりゃそうだろって目線で見てるから、ほっといていいでしょ。パラパラと計画書を見て1つ頷いて彼は烏間先生へ計画書を返却する……俺等の訓練風景を見てないわけだけど、こいつはどんな評価を出すつもりだ……?

 

……最初の8発の銃を撃つのは中村莉桜、磯貝悠馬、奥田愛美、寺坂竜馬、村松拓也、狭間綺羅々、吉田大成、真尾有美紗で違いないな?今名前を挙げた者は出来る限りの至近距離を取れ……条件を見る限り外しさえしなければ奴は逃げない……外してしまえば奴に安堵という休息の時間を与えることになる。いっそ触手を手に持って撃ってもいいくらいだ

 

サラサラと紡ぎ出されたものは、計画の最初の段階……殺せんせーの触手は逃げない、それが生徒の前で決めた約束だから守るだろうけど、当たらない可能性は考えてもいなかった。触手の破壊権を持つ8人は必ず破壊できるため撃ち直すことは可能、でも秒刻みの作戦では命取りになるかもしれないということを失念していた。

……ていうかこの人、なんで俺等の名前とか把握してんの?

 

速水凛香、千葉龍之介が要ということか。そいつらは仕上がっているか?……実際に同じ条件、同等の環境で射撃はしたか?

 

「いや、陸上でのみだ……一応バランス感覚を養う特訓はしている。奴の目につく場所で練習するわけにもいかないから、2人以外のこの場面でさく人員はぶっつけ本番だな」

 

…………そうか。……普通の中学生に下見をさせるわけにもいかないか

 

ロヴロさんが合格点を出した作戦、それでも見る人が変われば基準も変わる……《銀》にとっては納得のいかない部分があるんだろうね。少しの間考えるように黙っていた彼だけど、顔をあげると練習すると言い出した。

 

……烏間惟臣、この辺りに水辺はあるか?潜れる程の深さがあるとなおいい

 

「あいつが作ったプールはどうだ?深さは……片岡さん」

 

「あ、はい、場所によっては飛び込んでも底につかない深さがある所もあります」

 

……了解した。……私は射撃は得物ではない。だから生徒の射撃技術の優劣に関しては口出しすることはしない……だが、的程度にはなってやろう

 

『的になる』……その言葉を理解出来たのは、実際に彼の訓練を受けてみてからのことだった。俺達だけではきっとやらなかっただろうプールを使った訓練……それを提示し、自らも協力する。悔しかったのは誰一人として、一発も、まともに弾を当てられなかったことだ……いや、当たったには当たったんだけど、あれを当たったと言ってもいいのか……という程度でしかない。さすがは現役で伝説の暗殺者と呼ばれるだけある。《銀》による指導が終わった後、ロヴロさんが何やら渚君と個別で練習していて……視線を戻した時には「時間だ」という一言を残して《銀》が来た時と同じように空間の歪みを作り出して消えるところだった。

俺達全員が予想もしていなかった方法での暗殺訓練、新たな殺し屋との出会い……それらを経て、南の島での暗殺ツアーが幕をあげることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 




「烏間せんせー……」
「赤羽君?どうした」
「さっきの《銀》って奴さ……なんで俺等の名前全員分把握してんの?」
「あ、それ私も思ってました!」
「俺も……目、は隠れてるんですけど、こちらを見て名前を呼ばれたというか」
「契約時に、クラス名簿とそれぞれの特徴がわかるものを要求されてな……悪用はしないことを条件に作成した、のだが……」
「……烏間先生?」
「……特徴に関してのみ、あのタコにそれとなく仕事として割り振っていたんだが、あいつにとってのお前達の特徴とは何なのか……あれで理解できる《銀》殿も《銀》殿だが……」
「「「(な、なんて書いてあったんだ……!?)」」」



「ただいまー……」
「…………」
「……さすがにちゃんと寝てたよね?熱は、と……まだ高いか」
「……んん…、………?」
「あ、ごめん。起こした……寝てていーよ」
「……かるま、おかえりなさい……どーだった?いって、よかった……?」
「寝てていいっつってんのに……ただいま。まぁ、よかったよ……先生がロヴロさんとか、暗殺者に依頼してさ、普段とはまた違う訓練だった」
「……そっかぁ……いきたかったな……」
「早く治しなよ。そしたら話してあげるし、俺も聞いてみたいことあるからさ」
「……ん、……」


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今回は諸事情(風邪っぴき)からオリ主登場せず。
この話で《銀》は出しておきたかったので満足です!ゲームでも銀のセリフは色が変わっているので、真似してみようとしましたが、最初あまりにも浮いてしまったので少し青みがかった色にする程度で抑えました。読みにくくなければいいのですが……

《銀》の提示した訓練内容は一応伏せておきます。どこかで誰かの回想でちゃんと書く、かもしれない。書き忘れる寸前でしたが、渚はきちんとロヴロさんから伝授されてます。

ちなみに、名簿と特徴はご想像にお任せします。ただ、一目見れば「ああ、あいつのことを言ってるのか」と分かるものであるとだけ。
いくつか上げるなら
・赤羽業→赤髪
・潮田渚→水色ピッグテールの男子
・千葉龍之介→前髪が長い
……というようなものなどです。




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決行の時間

太陽がサンサンと降りそそぐ……日差しがまぶしくて、とてもいい天気。どこまで行っても続きそうなキレイな青い空と白い雲、そして広がる大きな海。結構な速さで流れていく景色と、顔や体で感じる潮風。

────私たちは大きなリゾート客船の上……今、E組は海の上です。

一学期末テストでA組との賭けでとった、この『椚ヶ丘中学校特別夏季講習、沖縄リゾート2泊3日』の椚ヶ丘中学校が費用を負担してくれている自主勉強のための機会を、私たちは殺せんせーとしていた勝負と合わせて今まで一番壮大な暗殺計画に組み込んだ。正面から向かったところで殺せんせーは絶対に殺せない……だからこそ、先生の弱点をたくさん盛り込んでE組全員で一気に仕留める、そんな計画だ。

 

「にゅやァ……船はヤバい……マジでヤバイ……せんせー、頭の中身が全部まとめて飛び出そうです……」

 

……その暗殺の標的(ターゲット)は、船に酔ってテラスでぐったりしてるけど。真っ青な顔で手すりに寄りかかったまま呻いてる……よっぽど辛いのかな、周りの綺麗な景色とかを楽しむ余裕もなさそうだ。

 

「とりあえず、本トに……アミサが間に合ってよかった。昨日までなかなか風邪が治らないってなんなの……」

 

「あ、あはは……ご心配おかけしました……」

 

カルマの家のお風呂を借りて、アーツの練習を調子に乗って色々やっていたら見事に自分を巻き込んで氷像を作ることになるとは思わなかった……もし私1人だったら火のアーツで溶かす手もあったけど、カルマの家だし本人いたしで助けてもらえた。私が動けなくなってて、カルマが大慌てで温水のシャワーをかけたりお湯を持ってきてくれたりするのを見て……そこまで慌てさせるつもりがなかったからビックリしたんだけど……その後に風邪をひいてしまったから、やっとあの慌て様も理解できた。

 

「で、結局アミサちゃんは知ってるの?」

 

「……《(イン)》、だっけ……?カルバード共和国に結構伝わってる凶手っていうのは知ってるよ。なんだったかな……姿かたちも、口調も、仕事の仕方も、何もかもが時代を通じて変わらないから不老不死って呼ばれる東方人街を中心に暗躍する魔人……だったかな」

 

「……よく知ってるね〜」

 

「あっちじゃ、有名人だよ」

 

生まれ故郷ではかなり有名だ。だって裏で暗躍する人物とはいえ、カルバード共和国を建国するのに一役買ったと言われているし、要人、傭兵、犯罪者を問わず完璧に暗殺を遂行する殺し屋だって噂ならカルバード共和国では誰でも聞いたことがある……もちろん私だって知らないはずがない。知らない方が、おかしい。

 

「あっ!!起きて起きて殺せんせー!見えてきたよ!」

 

陽菜乃ちゃんが手すりから身を乗り出してみんなに知らせる声が聞こえる……東京から6時間、殺せんせーを殺す場所が見えてきた。その声に引き寄せられるように船内で過ごしていたクラスメイトたちも、みんな甲板に出てくる。不注意で風邪をひいてしまった私も今は完全に復活した、女の子たちで買いに行った物も水着もちゃんと持ってきた、……殺せんせーを殺す覚悟も持ってきた。

暗殺旅行の舞台になる島……普久間島だ。

 

「ようこそ、普久間島リゾートホテルへ。サービスのトロピカルジュースでございます」

 

「ふわぁぁ……!!」

 

「ふふ、アミサちゃん、フルーツ大好きだもんね」

 

「うんっ!大好き!」

 

私たちが泊まることになるリゾートホテルにチェックインすると、ホテルの方からサービスとしてドリンクが配られた……私はフルーツが大好物だから、嬉しくて仕方が無い。今は点呼とか連絡事項の確認の関係で、出席番号ごとの男女でテーブルが分けられているから、桃花ちゃん、優月ちゃんと同じ席で、そんなに好きなら私のも飲む?と言われてしまって……ここに来ていきなり幸せです!あ、も、もらってはないですよ、2人の分がなくなっちゃいますから……ウソです、一口ずつもらいました……

 

「いやー、最高!」

 

「景色全部が鮮やかで明るいな〜」

 

この辺り一帯は椚ヶ丘中の夏期講習で貸し切っているわけじゃないから、一般の観光客もたくさん来ている。それでもスタッフの人の対応やサービスは一人一人に対してかなりよくて、さすがは本来成績優秀クラスのA組に与えられる特典だと思う……普段のE組(私たち)の待遇を考えると、天と地の差だ。

殺せんせー暗殺計画の実行は夕ご飯を食べたあと……このリゾートにはビーチはもちろん、色々なレジャーもあれば海底洞窟、森など遊べる施設がたくさんある。だからまずは班別に分かれて一緒にたくさん遊ぶことを殺せんせーに提案する……もちろん、それは隠れ蓑なんだけど。

 

「おー……うまいことやってんな、1班の陽動」

 

「やるもんだね〜」

 

ただ単に一緒にレジャーを楽しんでるのではなく、その中に暗殺……1班でいうなら飛行中の殺せんせーに対先生BB弾のエアガンで攻撃して地上へ目が向かないように工夫している。他にも2班は3班が海底洞窟へ殺せんせーを連れ出している間に計画の要である射撃スポットを探す予定だし……次に先生が来るのは私たち4班だから、海の中を急いでチェック、細工を終わらせて上がり、髪の毛を乾かしたり着替えて違和感がないように振る舞わなくてはならない。さすが、沖縄の海というだけあってすごく綺麗でたくさんの魚達が泳いでいるのが見える……長い時間楽しめないのがもったいない。

 

「ぷあっ……!」

 

「アミサちゃん、おかえり!すぐに更衣室行くよ!男子も急いでね!」

 

「「「おー!」」」

 

ここまでは、計画通り……あれだけ複雑な計画を練っている割には大きな失敗もズレもなく、殺せんせーも純粋に楽しんでいるように見える。さっきまで一般の観光客もいて賑わっていたビーチが静かになっているような気がするし……烏間先生かな。暗殺にイレギュラーが少しでも入らないように不安要素、不確定要素はできる限り排除するために、ここ一帯を貸切にしてある……なんて、さすがにそれは大規模すぎるのかな?

 

「いやぁ、遊んだ遊んだ。おかげで真っ黒に焼けました」

 

「「「黒すぎだろ!!」」」

 

E組の全部の班と今日一日をめいっぱい遊んだ殺せんせーは、黄色い顔も体も、真っ白だった歯も全部真っ黒に日焼けして休憩していた。それこそ前も後ろも表情も、人の体と違って凹凸がない分何もわからない……殺せんせーは純粋に楽しんでたみたいだけど、私たちは遊びながら確認、準備をするってことで大変だったのに。

……でも、まだ油断は禁物……気を抜かないでいつも通りの私で、みんなでいないといけない。次は確か、夕ご飯を殺せんせーの苦手な船の上で食べる、だったはず……

 

「ま、今日殺せりゃ明日は何も考えずに遊べるじゃん?」

 

「まーな、今回くらい気合入れて殺るとすっか!」

 

……吉田くん、村松くんの言った言葉に、夕食の会場である船上レストランへと向かっていた足が止まった……1つの言葉が、引っかかったから。

 

〝何も考えずに遊べるじゃん〟

 

…………あぁ、そうか。

みんな、ただの中学生なんだ。

普通に生きてきて、いきなり『担任を暗殺してください』って依頼を受けて、この教室で殺さなくてはいけなくなった。普通じゃない生活に飛び込んだ……それでも、中身はただの中学生なんだ。

……人ではないにしろ、1つの命を奪う、そのことを全く考えていないからこそ出る言葉……ひどい例えかもしれないけど、血を吸う蚊を見つけたらすぐに叩いてしまうように、小さいからこそ気づかずに踏み潰していることのあるアリのように、何の罪悪感も感じていない。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。私は戦闘経験が長いから、感覚が鈍ってしまったのかな……、……ホントにこの暗殺で殺せんせーを殺してしまっていいものなのかな……?みんなの中に、経験させてはいけない傷跡を残すことにならない……?

 

「……アミサ?どうしたの、立ち止まって」

 

「ッ!な、なんでもないよ!早く追いつかなくっちゃ、私たちも夕ご飯は参加できるんだもんね!……そう、なんでも、ないの……」

 

……考えても、仕方ない。

今の私はあっちで魔物相手に、……相手に、戦っている私じゃない。殺せんせーっていう超生物に教えられながら年相応の学校に通っているただの子どもなんだから。だから、私は私に出来ることをやろう。

少し先で足を止めて待ってくれているカルマ、先に進んで向こうの方で大きく手を振っているカエデちゃんやその隣で小さく手を振っている渚くん。待ってくれている人たちのもとへ、私は走る。これからが本番なんだ……雑念は全部払わなくちゃ。

 

「……話せるようになったら、教えてよね……」

 

「……?カルマ、どうかしたの……?」

 

「……何も言ってないけど?ほら、茅野ちゃんが待ちくたびれて怒っちゃうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の静かな海を走る、豪華な船上レストラン……今日は、この船を私たちE組が貸し切って使わせてもらうことになってる。

 

「な、なるほどねぇ……まずはたっぷりと船に酔わせて戦力を削ごうというわけですか」

 

「当然です。これも暗殺の基本の1つですから」

 

「……実に正しい。ですが、そう上手くいくでしょうか?」

 

磯貝くんが殺せんせーに食前酒……は、私たちがいて無理だから水をサーブしている。それを受け取ってグラスをくるくると揺らす殺せんせーはどこか余裕そうな態度だ。言葉の端々にも余裕な態度の表れが感じられて、私たちを見回すけど……えっと、

 

「暗殺を前に気合いの乗った先生にとって、船酔いなど恐れるに足「「「だから黒いよっ!!」」」……にゅや、そんなに黒いですか?」

 

……殺せんせー、真っ黒すぎてどこを見ているのか全然判別出来ないし、口の形も歯まで真っ黒だからわからない……態度でしか判別出来ないのだ。私たちも話しかけたりサービスをしようにも見てる方向がわからないと何もやりようがないからどうにかして欲しい、かな。みんなもそう思っていたみたいで、もしかしたら殺せんせーの後ろ姿に話しかけてるかもしれないって気分になるし、なんとかしてほしいと頼んでいれば……殺せんせーは得意げにダブルピースをゆらゆらと揺らして見せた。

 

「ヌルフフフフ……お忘れですか皆さん……先生には脱皮があるということを!黒い皮を脱ぎ捨てれば……ほらもとどおり!」

 

「あ、月1回の脱皮だ」

 

頭の帽子の下の皮に、亀裂が入ったかと思えば……あっという間に元の殺せんせーの黄色い姿に戻っていた。傍らには脱ぎ捨てた真っ黒な皮が……これが、桃花ちゃんが言ってた日焼けした後にペロペロめくれてくるっていう皮と一緒なのかな……?

……あれ、確か私がはじめてこの脱皮を見た時に杉野くんが言ってなかったっけ。殺せんせーの脱皮した後の皮は爆弾レベルの衝撃を吸収できるくらい丈夫なものだって……

 

「こーんな使い方もあるんですよ!本来はやばい時の奥の手ですが…………あ゛。アァァアアァアアッッ!!!!??」

 

……やっぱり奥の手でしたか。自分で勝手に脱皮して勝手に戦力を減らしたドジな殺せんせーは顔を覆ってへこんでる。もうみんな、呆れて見てるしかなくて……呆れてものが言えないってこのことをいうんだ、きっと。出てきた感想もみんなの一致した感想を代弁したようなものだし。

……何はともあれ、予定外に殺せんせーが自爆して戦力を減らすっていうハプニングはあったけど、ここでも私たちが最初に計画したものは順調に進んでいるといえる。食事を楽しむ人、殺せんせーへ交代で食べ物を持ち寄って給仕をする人、計画の最終確認を頭の中で考えている人……いろんな人がいる。暗殺本番まで、あと、少し。

 

 

+++++++++++++++++

 

 

「さぁて、殺せんせー……メシのあとは()()()()だ」

 

「会場は……このホテルの離れにある、水上チャペル」

 

私たちが充分に船に酔わせた殺せんせーを連れてきたのは……あまり広さがあるわけではなく、壁に囲まれ、またその周りは海にも囲まれた、マッハ20の殺せんせーが全力を出しても逃げ切るには狭すぎる場所。ここが()()の時点で殺せんせーが認識できる環境だ。

ここで磯貝くんがあえてここから先の暗殺計画を説明する。ここで三村くんが編集した動画を観て、触手の破壊権を持つ8人が攻撃して、それを合図にE組全員での総攻撃を行う、ということを。……手の内を明かすことが暗殺っていうのか疑問かもしれないけど、実は今の説明の端々にもフェイクが混ぜてあるから問題ない。

 

「セッティングごくろーさん」

 

「頑張ったぜ……皆がメシ食ってるあいだもずっと編集よ」

 

動画をご飯も食べずに準備してくれた三村くん……あれを精神攻撃としてまずは殺せんせーに観せることになっている、けど……彼の言葉通り夕ご飯の直前まで編集していたらしいから、動画はまだ誰も観たことがない。学校とかいろんな場所でカメラを回しているのは見てたけど、どんな出来になってるんだろう……初披露だ。

暗殺を前に渚くんが先生のボディチェックをする。前にプールで、そして昼間のイルカウォッチングでも殺せんせーは全身防水スーツを着て水に入っていたらしくて、それを使われてしまったらこのフィールドを準備した意味がなくなってしまうから。直に触っていても、きっと1人では殺せない……でも、みんなで知恵を絞って先生の弱点を盛り込んだこの作戦なら、もしかしたら。

 

「準備はいいですか?君達の知恵と工夫と本気の努力……それを見るのが先生の何よりの楽しみですから。全力の暗殺を期待しています!」

 

そう言って席につく殺せんせー……さぁ、ここ一番の大勝負の始まりだ。触手の破壊権を持つ人たちはチャペルの中で待機ってことになっているから私も席に着こうとした……ところで、私の背後から肩を叩く人が。

 

「……?カルマ?」

 

「アミサ、ちょっとこっちに来て。動画が終わる頃には戻れるようにするから」

 

「??……うん、分かった」

 

よく分からないけど……私は予定になかった移動に一緒に座ろうとしていた愛美ちゃんや莉桜ちゃんを振り返ったら笑顔であとでね、いってらっしゃいと言われたから、作戦に支障はないんだろう。動画が始まる前に小屋の中を出ることになった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「何かあったの?」

 

「いや?何かあったってわけじゃないよ……ま、これからあるんだけど」

 

「?」

 

なにか不都合があって呼び出されたわけでもないらしい。何かあっただろうか……とも思ったけど、知らされないということは私にあまり関係がないのか知らせたくないということなんだろうと納得しておくことにした。あんまり大きい声で話すとこれからのことに支障が出てしまうからできるだけ小声とジェスチャーでのやりとりだ。私はこれから時間をかけてゆっくり準備をし始めなければならないし、カルマは水上バイクに移動して次の準備だ。それらを素早く確認したあたりで、

 

「失敗したーーッ!?!?…………あ、あと1時間もーーーーッ!?!?!?!?」

 

……という、殺せんせーのものすごい叫び声が聞こえた。思わず私の出てきたチャペルを振り返ると、カルマに肩を叩かれてそちらを見ると……

 

「……ということみたいだから、アミサは外でもう少し待機ね」

 

「う、うん……殺せんせー、何があったんだろ……」

 

「さーね。……あ、そうそう、戻ったら殺せんせーにこう言ってみ」

 

「?……それを、言えばいいの?」

 

()()()()()のカルマがそう言った。ホントに、殺せんせーに何があったんだろう。さらに謎すぎる言葉を耳打ちされて、私は不思議に思うしかなかった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

部屋が静かになるくらいに、私はチャペルの中へと戻る。部屋の中央の椅子には殺せんせーが沈んでいる……よっぽど精神的に重たいものの映像だったんだろう……精神攻撃、すごいなぁ。

 

「あ、おかえり……殺るよ、これから」

 

「……うん」

 

莉桜ちゃんと愛美ちゃんの間に入って私は対先生ナイフを準備する。私は一緒に触手を破壊する他のみんなとは違って射撃があまり得意ではない……代わりに使うのがナイフだ。腰に装備したエニグマを軽く撫でる……既に淡い青色の光を発しているソレは、動画に完全に意識が向いている殺せんせーが気づかない程度のもの。……そうなるように調整したから。

 

「さて、秘蔵映像にお付き合いいただいたが……何かお気づきではないだろうか。殺せんせー?」

 

「!!これは、水が!?誰も水を流す気配などなかったのに……まさか、満潮!!」

 

「俺等まだ何にもしてねぇぜ?誰かが小屋の支柱でも短くしたんだろ」

 

「船に酔って、恥ずかしい思いして、水吸って……だいぶ動きが鈍ってきたよね。それに……ほらアミサ、できるだけ悲しそうに言ってみ

 

「……殺せんせー、私たちに見せたら恥ずかしいことをしてたの……?私、先生はそんなことしないって、信じてたのに……ッ!」

 

「!?!?あ、アミサさんんん……っっ!?!」

 

「アミサを動画鑑賞から外した時点で内容を察せなかった先生が悪いよねぇ……うしししっ」

 

「(……わぁ……効果バツグンですね……)」

 

「(純粋すぎるからって理由で動画は観せれないというクラス全員の総意でこうなって、その純粋な子からのあの一言はクると思ってたけど……)」

 

「(カルマの仕込み、カンペキね……やるじゃない)」

 

よく分からないけど、みんなに親指を立てられたからこれでいいんだろう。

 

「さぁ、本番だ。……約束だ、避けんなよ?」

 

「……開始!」

 

磯貝くんの言葉と同時に私以外の7人が射撃で触手を撃ち落とす、そして触手を落として動揺する殺せんせーの懐に私は一気に入り込んで足元の触手を破壊し……そのまま床に手をつくと、すでに詠唱を終えて待機していたエニグマを発動させる。その瞬間、私と殺せんせーを中心にしてチャペルの床全部を覆うような大きな光の陣が描かれ、……同時に水上バイク組によって周囲の壁が破壊された。

息をつく暇もなく水中に潜んでいたフライボードを付けたクラスメイトたちがスクラムを組んで、水圧の檻を作り出す。そして、その合間を縫うようにして……!

 

「……いきます、≪アラウンドノア≫(水属性攻撃魔法)!」

 

満潮を利用して私と殺せんせーの辺りだけ小さな津波を起こし、水面の高さを盛り上げる。フライボード組はアーツの影響外になるように、攻撃対象は私を巻き込まないよう殺せんせーのみになるように、周りに被害が出すぎない程度、水面の高さを殺せんせーの腰辺りにまで引き上げ、そこで維持をする……かなり、精神力が削られる。加えてこのアーツは低位属性の中でも高度なアーツ、それを一瞬ではなく継続し続けなくてはならない……それが、すべて私の体にかかってくる。

 

「殺せんせーは急激な環境の変化に弱い!」

 

「チャペルから、水の檻、そして殺せんせーだけが囚われるプールへ!」

 

「弱った触手を混乱させて、反応速度をさらに落とす!」

 

水面が高くなっているのは私と殺せんせーの周りだけだから、チャペルの床へ残りのクラスメイトたちが集まり……一斉射撃を開始する。殺せんせーは当たる攻撃には敏感だからあえて殺せんせーのことは狙わない……水に囚われたまま、弾幕を張って逃げ道を塞ぐ。

からの……トドメの2人!E組きっての狙撃手である凛香ちゃんと千葉くんの2人は先生が警戒していた地上の山の中なんかじゃない……ずっと水中に潜んでいた。水のフィールドを作り上げることで全く別の狙撃点を作り上げる。人の気配、におい、発砲音……すべてを水が消してくれる……この作戦なら!

 

「(もらった……!)……え……っ!?」

 

────とんっ

 

これならいける、そう確信した瞬間だった。

殺せんせーは私のアーツに抗って水の中から触手を伸ばして……軽く、それでも優しく……射撃をしている人たちの近くにまで私を押し出したのだ。それに驚く間もなく、目の前で、殺せんせーの体は閃光と共に弾け飛び……私たちは全員その勢いに海へと飛ばされてしまっていた。

 

 

 

 




「(小屋の支柱を短くしても)」
「(満潮になったとしても水位が足りねぇ)」
「(その分は真尾が補うとは言ってたが……)」
「ちょ、あの、水、水!動けないのですが、あ、ふやけっ!?」
「「「(すげーな、タコの周りに海水がまとわりついてら)」」」



「やった!うまく上がれた!」
「《銀》さんに模擬フライボードやってもらったかいがあった……」
「あの感覚に意外と似てるね……コツがつかみやすい!」



『……アーツ、《アラウンドノア》……消費EP220……それを一度の使用ではなく複数回に分けていて……あれ?アミサさんのEPって、確か……』


++++++++++++++++++++


南の島、暗殺計画実行。
オリ主はクラスの中でも銃の成績があまりよくないので、ナイフに変更しました。ついでにアーツを至近距離で調整するのにちょうどよかったからという理由で。

最後に殺せんせーに押し出された時、弾幕の中に突っ込んだのか、なんていうツッコミは無しの方向でお願いします。あれです、BB弾がバチバチする程度でそこまで影響はないことにしといてください。

あとがきは寺坂組(男性陣)、フライボード組、律の順番です。


次回、《銀》の訓練でどんなことをしたのか、回想ででも出せるといいな、と思ってます。





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異変の時間

千葉くんと凛香ちゃんの銃弾が殺せんせーに当たった……と思われた瞬間、私はいた場所から殺せんせーに押し出されていた。それは一瞬のことで、私は何をされたのか全く理解出来なくて……当然アーツも集中が途切れて消える。集めた水の制御ができなくなって、殺せんせーにまとわりつかせていたそれも、重力に従って海へと戻っていくかと思われた、その時。

目の前で、殺せんせーが目も開けていられないほどの閃光と衝撃波とともに……弾け飛んだ。

フライボードで水圧の檻を作っていた人たち、射撃で弾幕の檻を作っていた人たち、そして、至近距離で殺せんせーを直接閉じ込める水の檻を作っていた私、みんなその勢いにチャペルの外へと弾き飛ばされた。みんな慌ててチャペルのあった場所へ目をやると、何もかもが吹き飛んでいた……殺せんせーも、いない。今までとは違って、私たちが暗殺を仕掛けた場所に殺せんせーは影も形も残っていない。

殺せんせー暗殺の手応えをみんなが感じている中、私が感じていたのは『困惑』だった。……多分、殺せんせーがあの時に私を押し出したのはこの衝撃波のためだ。ある程度の距離がある人たちなら上手く海に着水できただろうけど……殺せんせーの隣で、ほとんど足元にいた私は、あの衝撃波を至近距離で受けて吹き飛んでいたらどうなっていたか分からなかっただろうから……先生は、最後の最後まで生徒の安全だけは気を配っていたというのだろうか……?

 

「や、殺ったのか!?」

 

「油断するな!奴には再生能力がある……水上は片岡さんが中心になって見張り、磯貝君が全体の統括を!」

 

「「はい!」」

 

……そうだ、まだ、結果が出ていないのだから過信してはいけない。水圧の檻と弾幕の檻、そして水の檻……3つの檻に囲まれて逃げ場はどこにもなかったはずだけど、確実に四散したという証拠がない限り、安心はできない。

その時、カエデちゃんが、杉野くんがほとんど同じタイミングで水面のある一点を指さした。そこには不自然な泡がブクブクと湧き出ていて……殺せんせーが身につけていたものか、はたまた本人が生きていて実は潜ることが可能だったとか、全く関係の無いものなのか、何かが浮かんでくる……全員がそこを注視して、弾幕組がエアガンをそちらに構える。果たして、そこに現れたものは……

 

 

 

「ふぃ〜〜」

 

 

 

…………何アレ。

 

「ヌルフフフフ……これぞ先生の奥の手中の奥の手……完全防御形態です!!

 

「「「完全防御形態!?」」」

 

プカプカと水面に浮かんでいたのは、殺せんせーが顔だけになってガラス玉のような球体の中に閉じ込められた……先生曰く、『完全防御形態』という状態らしい。大きさは男子なら片手で持てるくらいで、顔よりは小さい気がするけど……メロンくらい、かな。手も足もなくなって動けなさそうなのに、ガラス玉の中で殺せんせーはニヤニヤと笑っている。

要は、2人の射撃を避けるとともに肉体を極限まで縮め、小さくなったことで余分になったエネルギーで周りを固めた……それがガラス玉の正体。あらゆる物質を跳ね返し、どんな攻撃も効かない……まさに無敵。唯一の欠点はガラス玉が自然と崩壊するまでにかかる24時間は全く身動きが取れないこと。でも、その24時間の間に葬ることも、捨てることも出来る宛がないことを殺せんせー自らが確認をしているんだとか……

 

「(……この大規模な暗殺になってから明かされた奥の手……それを想定できてなかった。奥の手の欠点をカバーするための対策として調査もしっかりされていて……命を奪うことに関しては、完敗、だよ……)」

 

計画はすべて問題なく遂行できた、身動きを取れなくすることは出来た、何も攻撃を受けつけないとまで言わせる形態を使わざるを得ない状況にまで追い詰めた……それでも、殺すところまではいかなかった。

寺坂くんが悔しそうにガラス玉の部分を叩きまくってるけど、殺せんせー自身は余裕そうに口笛を吹いている。この暗殺計画、もう何も出来ないまま終わるしかないのかな……命を奪うってことが出来なくても、何か……

 

「そっか〜、弱点ないんじゃ打つ手ないね」

 

沈むE組の雰囲気を払拭する勢いの明るい声が響いて殺せんせーを投げるように誰かが要求している……カルマだ。寺坂くんが何か考えのあるらしいカルマに対して先生を投げると、カルマは静かにスマホの画面を先生に向けた……何かの、画像を見せてるのかな……?

 

「にゅや──ッ!!やめて!!手がないから顔も覆えないんですって、

「あーごめんごめん、じゃあ動かないように至近距離で固定してと……」

って全く聞いてないッ!!」

 

何を見せられたのかはわからないけど、殺せんせーが大騒ぎしてる。聞いてるような聞いてないような微妙な返事をしてカルマはスマホを石で固定……殺せんせーが強制的に画面を見ざるを得ない状態を作り出す。

 

「そこで拾ったウミウシ、引っつけとくね!」

「ふんにゅあぁあッッ!!!!ウミッ、ウミウシの裏側が、ねとぉーって、キモッ、裏側ァッ!!」

 

ちょうど、連絡橋の近くにいたんだろうな……採れたてほやほやのウミウシをペトリと貼り付けて、殺せんせーさらに大騒ぎ。……そうだね、はがせないもんね。

 

「あ、そうだ。あと誰か不潔なオッサン見つけてきてー!これパンツの中にねじ込むから!」

「やめて助けて──ッ!!!!」

 

ここまで来ちゃうと殺せんせーがかわいそうと言うよりも、なんというか…………おもしろそう。私も何かやりたい。

そういえば、カルマのいるあたりって昼間、4班のメンバーで仕掛けのために潜った場所だ。もしかしたら昼間に見つけたアレ、まだあったりするのかな……さっきの衝撃波でできた波のせいで流れてるかもしれないけど。その思いついたことを確かめるために私はザブリと海に潜って、連絡橋近くまで行ってみると……上手く、柱に引っかかって無事だったソレ。つかんで水面に上がる。

 

「……カルマ、コレあげる」

 

「ん〜?…………ぶっ、あははっ!殺せんせー、追加!ウミウシごと共食いされときなよ!!」

 

「共食い……?た、タコ────ッ!!?!!?」

 

「せんせー、タコさんって足の間に口があるんだって。タコさんって雑食らしいし、殺せんせーのこと食べるかなー……?」

 

「にゅぁぁあぁぁあッ!??ホントやめて!!!!悪魔が2人いる──ッッ!!!!」

 

昼間に私が見つけていたのは、いつ使われていたのか全くわからない、フジツボがビッシリこびりついて砂に埋まっていたタコ壺。その時になんとなくで覗いてみて、中にタコさんがいらっしゃるのは確認済みだった。まさかあの大騒ぎの中でも流れずに、しかも中のタコさんもそのままあそこにあるとは思わなかったけど……ま、結果オーライだよね。

 

「……ある意味いじり放題だよね」

 

「……うん、そしてこういう時のカルマ君は天才的だ」

 

「悪魔と小悪魔……ていうかアミサの場合、アレが食べるのかどうかが純粋に気になってるだけなんじゃ……」

 

「期待でキラッキラしてるもんな……純粋な悪意ってタチ悪ぃ。真尾、しっかりカルマの影響受けすぎだろ……」

 

「……それか実はキレてるかのどっちかだな」

 

じわじわと殺せんせーがタコさんに飲み込まれていくのを私はワクワク、カルマはニヤニヤしながら見ていたら、カルマの後ろからひょいっと烏間先生に殺せんせーを取り上げられてしまった。……まだ最後まで見てなかったのに……

 

「君達、楽しいのはわかるが一度手を止めろ……このままでは全員海から上がれん。……とりあえず解散だ、皆。上層部とこいつの処分法を検討する」

 

「楽しいことには同意しちゃうんですかッ!?……はぁ、助かりました……皆さんは誇っていい。世界中の軍隊でも先生を()()()()追い込めなかった……ひとえに皆さんの計画の素晴らしさです」

 

殺せんせーはいつものようにみんなのことを、私たちの暗殺を褒めてくれたけど……みんなの落胆の色は隠せそうもなかった。今までにやったこともないくらい大掛かりで、みんなの実力を最大限に集めた一撃をぶつけたのに外してしまったショック……それらがごちゃまぜになった複雑な気持ちで、異常な疲労感を感じながら、全員ホテルへと帰ることになった。

みんなが落ち込んでホテルへ向かう中、私は少しだけ『安心』していた。まだ、みんなは、……この教室では命を扱ってるんだということを理解しきれていないと思う。今の暗殺は1つの命を終わらせるために行われたもの……その1つの命の重さを知る前に成功しなくて、むしろよかったとさえ思ってしまった。だって、最後にどうなるかまではわからないけど……みんなは私とは違うんだから……

 

「っと、……はぁ、疲れちゃったわ〜……アミサ、上がれる?」

 

「莉桜ちゃん……うん」

 

先に橋へ上がった莉桜ちゃんが手を貸してくれて橋の上へと上がる。私たち触手破壊組は海に入る予定も、まさか海に落ちるなんてことも想定していなかったから、水着なんて着てなくて私服のままでここに来ていたんだけど……私、私服だってことを忘れて思いっきり潜ったり泳いだりしてたから、ただ海に落ちただけの人よりも全身ベタベタになっている。せめて服のすそだけでもと水を絞っていると、隣に莉桜ちゃんが来て呆れたような目を向けられた。

 

「アミサ……あんた、なんでそんな服着てきたのよ」

 

「え、動きやすいし軽いから……あれ、透けてないよね?……わぷっ」

 

今着ているのは紺色地にシルバーで蝶の絵が描かれた薄手のトップスに茶色の短パンだけど……つい癖で周りに溶け込める色を選んでしまったから、さっきの殺せんせーみたいに黒くて見えないってことなのかな……?それとも、濡れたから下着が透けてるってことは、……ないか、紺色だから透けるわけがない。

何がダメなのか分からなくてウンウン唸っていると、頭の上に何かの布が落ちてきて視界が赤くなる……赤?落ちてきたものを手に取ってみると、赤というよりはワインレッドの上着で、これは確かカルマが着てたはずだ。水上バイクに乗っていたから彼はほぼ濡れてないはずなのに、ベタベタの私に被せたら濡れてしまう……!

 

「カルマ、これ濡れちゃうよ」

 

「いいからそれ着て。早く」

 

「……でも、」

 

「いいから。着ないなら着せるよ?」

 

私の言葉にかぶせるように渡された上着を着るように急かすカルマ……何故かこっちに顔をチラチラとしか向けてくれなくて、基本彼の背中しか見えない。よく分からないままだったけど、着ないと動かなさそうだし、本人がここまで言ってるのだからいいかとお言葉に甘えて羽織らせてもらう。

……半袖とはいえ、カルマはやっぱり男の子だから……肩幅とか、色々サイズがあってない……こんなのでいいのだろうか。着たことを伝えるとこちらを振り向いたカルマは私の背に軽く手を添えながらホテルの方へと早足で歩き出した……さっさと戻ろうってことなんだと思う。

 

「ほら、行くよ。アミサは一応病み上がりなんだから」

 

「ま、待っ、……わっ」

 

「!……ごめん、早かった?」

 

「だいじょぶ、ありがと……」

 

何を急いでいるのかはわからなかったけど、カルマにとっての『少し急ぐ』は私にとっては『かなり急ぐ』になる……軽くとはいえ背中に手を添えられているから前に進まざるを得ないんだけど、自分に合ったスピードじゃないから案の定少しつんのめってしまった。そこで私のペースが間に合ってないと気づいてくれたのか、いつも一緒に歩くペースに……あれ……もし、さっきのペースがカルマにとっての普通だったとしたら?普段から私のペースに合わせてくれているということなのかな。……やっぱり優しいなぁ……

 

そんな私たちを後ろから見ている人たちがいた。……というか、最初に一緒にいたのは莉桜ちゃんだったのに、気づいたらカルマに流されてて、後にまだいるんだってことを忘れてしまっていた。

 

「……確かに、透けてはないよな」

 

「ああ、()()()()、な」

 

「代わりに濡れたせいでトップスが張り付いて体のラインがハッキリしてるっていうね〜」

 

「……あっちの方が透けて見えるよりもエロい気がする」

 

「……カルマ君、私達が見てて色々言ってるのに気づいて連れてったんだね……」

 

「見せたくないのもあんでしょ、アレは。さっさと自分の上着被せて隠した上に連れ去って。……私が一緒にいたのに。からかうか揉んでやるかしようと思ってたのになー」

 

「それもあるから連れてったんだろ……あいつら早くくっつけよなー……タダでさえ生徒会長に告白されてんだから、いつまでたってもあのままじゃなぁ」

 

「くっつかねーなら横から掻っ攫われても文句いえねーよな」

 

「俺とかな!」

 

「「「アンタはないわ」」」

 

「ひでぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

E組の生徒が泊まるホテル……このホテルとここ一体のリゾート地は、烏間先生曰く不確定要素を出来る限り排除するために僕達だけで貸切にしたらしい。その協力のおかげで、僕等の暗殺の最中に邪魔が入ることもなく、最後まで計画をやりきることはできた。……でも、やりきっただけだ……殺せんせーを殺すことにまでは、いたらなかった。

ホテルへ帰ってきてから濡れた体を軽く乾かし、みんなオープンテラスの席について異様な疲労感にぐったりとしている。かつてない大掛かりな作戦で、渾身の一撃を外したショック……皆の落胆は計り知れない。

 

「はぁ……」

 

「……フライボード、せっかく、指導してもらえて一発で成功させたのに……」

 

フライボードで水圧の檻を作っていたメンバー13人は……学校にそんな設備があるわけがないため、ぶっつけ本番でやる予定だった。普久間島にはレジャーの1つとしてフライボードを使用できると返答をもらっていて、ぶっつけ本番の成功率を少しでもあげるために運動に自信のあるメンバー、そして元々そこまで出来ないわけじゃないくて鷹岡先生に刃を当てた意外性だいうことで僕が決められていたけど、事前に準備できることはそれくらいのはずだった。

あの一週間前、訓練の日になるまでは。

 

 

++++++++

 

 

ここがお前達の言うプールか……ある程度制限はありそうだが、いい練習になるだろう

 

引退して尚もかなりの実力を持つロヴロさんですらどこか圧倒する雰囲気をもっている、伝説の暗殺者と呼ばれる黒衣に仮面の彼、《(イン)》。彼が僕等E組の訓練をしてくれるらしく、僕等は水着に着替えてから訓練場所となるプールへと連れてこられていた。

 

……では、フライボードに乗る者……前へ

 

「「「はい!」」」

 

《銀》さんに呼ばれて僕を含めて前へ出る。

 

……片岡メグ、前原陽斗、この板を全員に。足に付けた者からプールへ入れ……それから始める

 

「え、なんで名前……痛っ!」

 

「は、はい!ほら、さっさと男子に配ってきて!」

 

「悪ぃ悪ぃ……ほらよ、渚」

 

「あ、ありがとう……」

 

つい口に出たのだろう、前原君の一言には僕も同意だった。初対面にも関わらず《銀》さんは正確に、あの二人に向かって名前を呼んだ……それに驚いたから。でも、指示に対しての返事でもなくいきなり疑問を返すっていう失礼なことをしてしまったことには変わりないから、片岡さんが慌てて前原君を小突いて止めていた。《銀》さん本人は気にしていないようで次に訓練予定らしい速水さんと千葉くんを呼んで、烏間先生を交えて何やら話し合っているところだった。

両足に1つずつ板を結びつけ、水の中でひっくり返らないようにしながらプールへと入る。全員の準備が終わったのを見計らって《銀》さんが近くに来た。

 

お前達には、今から模擬フライボードとして感覚を掴んでもらう。やることはただ1つ……足元から吹き上げる水流を板で受け、バランスをとれ。回数は2回、……それ以上は私もするつもりは無い……質問はないか?……では、いくぞ

 

模擬とはいえ、フライボードは1つの大きな板に両足を乗せるスポーツだったはずだ……それなのに片足ずつの板にした理由は?ここはただのプールだけど吹き上げる水流なんてどうする気なのか?なぜ、2回と限定なのか?……質問なんて考えればいくらでも出てくる。だけど、なんとなくではあったけどやってみれば答えが出る気がしたから、今は飲み込んでおく。他の皆も同じようで水中でバランスを取れるように体勢を整えている……それを確認した《銀》さんは1つ頷くとあるものを取り出した。……柄は違うけど、あれって……!

 

……落とされないよう、バランスをとれ……≪ハイドロカノン≫(水属性攻撃魔法)!」

 

「「「わあぁぁあっ!?」」」

 

アミサちゃんの持っている機械と同じだ……そして青く輝いた光の陣が水面に現れると、プールにいる僕等の足元……板の裏側に向かって水面から水の柱がぶつけられた。僕を含めて何人かがバランスを取れなくて落ちてしまい、慌てて水面から顔を出してみれば……前原君、杉野、片岡さん、岡野さん、岡島君はなんとかバランスをとって水の柱に乗ることが出来ていた。わずか10秒足らずの事だったけど、少しずつ水の勢いが落ちてきて、上がれたメンバーも着水する。

 

……初めてで5人上がれたか……素質がありそうだ。実際のフライボードとは水流が逆、加えて上半身を支える水流が無い分勝手は変わるだろうが……これで感覚はつかめるはずだ

 

「あの、《銀》さん……なんで両足を1つの板に固定させなかったんですか?フライボードって1枚の板じゃ……」

 

……初めて挑戦し、水に落ちた場合……足が自由でないと溺水の可能性がある。それでもいいと言うなら1枚板でもいいが

 

「……こ、このままがイイっす」

 

フフ、そうか。では、休息はできたな?……2回目、いくぞ

 

「「「はい!」」」

 

この後、僕は数秒だけ水に乗ることが出来たけど最後までは残ることが出来なかった……最初に上がれたメンバー以外は、皆そんな感じ。でも《銀》さんはそれでもいいと言った。これはあくまでも『模擬』であり、本物のフライボードであればまだ違ってくるだろうし、何より上がれさえすれば滞空中はスクラムを組んで支え合うのだから問題ないとのこと。この訓練をしたのはただ水の上に乗る感覚をもって欲しかっただけなんだとか。

 

お前達はある程度の訓練を受け、基礎的な体力や体の動かし方は身に付いているだろう……あとの部分は自分たちでカバーするがいい

 

そう言って彼は次の訓練メンバーの方へと向かって行った。深くまで介入してこないのはプロ故なのか……それでも僕等は、訓練前に比べて自信をもって本番に挑めることに違いなかった。

 

 

++++++++

 

 

……本番では、全員が彼の言った通り成功することが出来た。でも、暗殺自体は失敗……悔しさしかない。

 

「しっかし、疲れたわ〜……」

 

「自室帰って休もうか……もう何もする気力無ぇ……」

 

「ンだよテメーら、1回外したくらいでダレやがって。もーやることやったんだから、明日1日遊べんだろーが」

 

「……そーそー、明日こそ水着ギャルをじっくり見んだ……どんなに疲れてても、全力で鼻血出すぜ……」

 

────何か、変だ。確かにかなり大掛かりな暗殺計画だったし、水を使うということは陸上よりも余分に体力が持っていかれる……それでも、いくら何でも、みんな疲れすぎじゃ?

 

「……渚君よ……肩貸しちゃくれんかね……部屋戻ってとっとと着替えたいんだけどさ、ちぃ〜とも体が動かんのよ……」

 

「中村さん!?ひ、ひどい熱だよ……!」

 

「もう……想像しただけで……鼻血ブ…っ……あれ……」

 

「岡島君!!」

 

これは……一体何が起きているというの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「律、記録はとれてたか?」

 

『はい、可能な限りハイスピードカメラで今回の暗殺の一部始終を』

 

「俺さ、撃った瞬間分かっちゃったよ。『ミスった、この弾じゃ殺せない』って。……自信はあったんだ。リハーサルはもちろん、あそこより不安定な場所で練習しても外さなかったし……何より、ほぼ同じ場でもやってんのに」

 

「同じく……あの時は、当たったのに……」

 

……今回の暗殺のトドメを任されていた2人と律のの会話が聞こえる。他の誰よりも、落胆や反省、後悔の思いは測り知れないと思う。この暗殺は1分間で勝負を決めるスピードが命のものだった……俺も最初にチャペルの壁を破壊する役割を終えてすぐに弾幕作りに加わったけど……結果はこの通りだ。

速水さんと千葉の2人は結果で語る仕事人タイプ……何度も自主練を繰り返していた2人の腕を信用してなかったわけじゃない。むしろ、あの訓練を経てさらに自信がついているようにも見えた。あの、ちょうど一週間前の訓練で。

 

 

++++++++

 

 

次は射撃組だ。……烏間惟臣、元に戻せばプールの一部を隆起させても構わないか?

 

「ああ」

 

では、先にフィールドを作ろう。……エニグマ、駆動……≪ストーンスパイク≫(土属性攻撃魔法)

 

そう言って《銀》が取り出したのは、……エニグマ?アミサが持っていたものとそっくりだ……唯一違うのはカバーが陰陽太極図でストラップにとんぼ玉のようなものを付けているところ。ホントに一人一人個別のもので個性的なんだね、あれ。彼がアーツを唱えた瞬間、プールに先の尖った岩が飛び出てきた……彼の言葉をそのまま引用するならプール底の岩を隆起させたんだろう。

 

速水凛香、千葉龍之介……お前達は水の中で待機だ……潜る必要は無い、ただ、撃つ瞬間に足がつかない可能性を想定した射撃を行え。この想定訓練は1度のみ……いいな

 

「「……はい!」」

 

触手の破壊をする者、弾幕を張る者は前へ

 

呼ばれて前へ出る。《銀》は俺等を隆起させた岩を囲むようにプールサイドへ俺らを散らばらせる……ここから弾幕を作れってことか。全員が配置についたところで《銀》は軽々とプールサイドからプールの中央に作った岩場へ飛び乗った……あそこまで一番短い距離でも10m近くあると思うんだけど。さすがは伝説の魔人……ってところか……少し着地の時にふらついたようにも見えたけど、あんな尖った先に着地してるんだから当たり前か。

 

……私が標的を務めよう。お前達の作戦では、要の2人以外は『当てない』のだな……?……渡したペイント弾入の射撃で私に当てないよう弾幕を張れ。……真尾有美紗はいるか?

 

「アミサは風邪で寝込んでるよ」

 

そうか……ならば、私が代わりに環境を作る。磯貝悠馬、お前がこのクラスの代表で間違いないか?

 

「え……学級委員ではありますけど……」

 

構わない。……フライボードの代わりに水柱を立てる……タイミングを見て弾幕の開始合図をかければいい。速水凛香と千葉龍之介は……自律思考固定砲台、お前が出せばいいだろう

 

『……は、はいっ!お任せ下さい《銀》さん!』

 

訓練の前に彼が言っていた『的になる』というのはこういうことか……それを納得した頃には磯貝や律にも指示が出され、いよいよ模擬暗殺が始まる。

 

……いくぞ……≪ハイドロカノン≫(水属性攻撃魔法)!」

 

「…………開始!」

 

《銀》が狭い足場でアーツを発動させる言葉と共に、狙撃手2人がいる側にのみ水柱が出てきた……俺達弾幕を張るメンバーはフライボードの内側に入って狙う予定だから間に邪魔な障害物が来ないように配慮しているんだろう。チラ、と《銀》が磯貝を向いていつでもいいと合図を送るのが見えたため、俺もエアガンを構えて磯貝の合図を待つ……声が聞こえた瞬間に一斉に弾幕が張られた。バチバチとかなり激しい音が鳴る中、弾幕の中央にいる彼は少しだけ体が揺れている……それに合わせて彼のひらひらした羽のような黒衣も揺れるため、『当てない』射撃が難しくなってきた。

 

『では、速水さん、千葉さん、……射撃!』

 

────パシュ!

────パシュ!

 

2つの弾丸が放たれた瞬間に水柱が崩壊する……終わりの合図なんだろう……実際の作戦も1分以内だから、かなり早く模擬戦が終わったことになる。俺等は銃を下ろしてプールの中央を見てみると……黒衣の所々に赤いペイント、頭の仮面に2つの黄色いペイントの付着した彼の姿があった。うわ、やっぱ弾幕当たってんじゃん……。

 

フッ、お見事。どちらの狙撃も頭部に着弾を確認した……不安定な水中での射撃、少しは自信になったか?

 

「は、はい……」

 

そして弾幕……見ての通り少しばかりの着弾がある。当てないを徹底するならばギリギリを狙うよりも標的の、全周1mを狙うくらいの間隔をあけた方がいい

 

「「「はい!」」」

 

俺等射撃組の方にもしっかりアドバイスを盛り込んで指導があり……これでプールを使った訓練は終わる流れとなった時に、ポツリと千葉が投げかけた疑問が俺も気になった。

 

「……あの、なんで仮面の外側のことなのに2人ともが着弾したことが分かるんですか?」

 

「……そーいえば、最初にあの岩場上がった時少しふらついてたし、射撃の最中ぶれて見えたんだよね……そん時に何かしたとか?」

 

……それもそうだ。衝撃は感じられたかもしれないけど、なんで2発ともの着弾が分かったんだ?考えられる違和感は岩場へ上がってすぐに少しふらついたように見えた時と射撃中のブレくらいだ。だからとりあえず発言をしてみると、《銀》は真っ直ぐ俺の方を見てきた。

 

……赤髪……赤羽業、お前はなかなかやるようだな

 

「は?」

 

その言葉と共に、《銀》が最初校庭に現れた時のように姿が歪んで消えた……水面に残ったのは、1枚の符。居なくなったかと思えば、最初にプールへ来てから集合したプールサイドの所に彼はゆらりと姿を現した。……これは符術と呼ばれるものらしく、途中から分身と入れ替わっていたらしい。それで、すべての様子を離れたところで見ていたのだとか……そりゃ、分身が見えない位置も把握できるわけだ。実は磯貝も揺れて見えたのが気になっていたらしく、俺達の動体視力がいいからだろうと言われた……球技大会ぶりにそんなこと言われたよ。分身相手に当てたのがすごいのか、当ててはいけない射撃で当たったことを反省すればいいのかなんとも微妙な思いがあったんだよね。

 

 

++++++++

 

 

あれだけ対策しておいて、結果はこのザマ……か。あとで烏間先生に殺せんせーもらってまたいじってやりたいなー……

 

「……でも、()()()()()()、指先が硬直して視界も狭まった。絶対に外せないという重圧(プレッシャー)と『ここしかない』って大事な瞬間」

 

「……こんなにも練習と違うとはね」

 

……練習は練習でしかない。だからいつでも本番のつもりでいなくちゃいけない。……俺は恥ずかしながら今回の期末テストに、アミサに教えられたからね……舐めてかかった時の俺に跳ね返ってくる重さを、真剣に向き合うことの大切さを。

 

「しっかし、疲れたわ〜……」

 

「自室帰って休もうか……もう何もする気力無ぇ……」

 

「ンだよテメーら、1回外したくらいでダレやがって。もーやることやったんだから、明日1日遊べんだろーが」

 

「……そーそー、明日こそ水着ギャルをじっくり見んだ……どんなに疲れてても、全力で鼻血出すぜ……」

 

まーた岡島がバカな事言ってるよ。さっきもアミサの体のラインがどーとか言ってたけど……エロい目で見ないでくんないかな、結構今までもシメてんのにさー……だから、見せたくないのに。……でも、明日の海では中村がなんか色々手を貸したらしい水着が見れるのは少し楽しみだ。

……それにしても、なんかおかしくない?みんな、疲れたにしちゃ顔色に差がありすぎる……体力的なものだっていうなら寺坂が普通なのはわかるけど、竹林まで平然としてるのが説明出来ないし、前原がへばってるのも意味がわからない。だったら気疲れ?……一番気疲れしてるのは狙撃手の2人だけど、悔しそうな様子は見えても疲れって感じじゃない。じゃあなんで……

 

────ドサッ

 

「え……」

 

「なに……」

 

その音に反応するように隣に座っていたアミサが立ち上がる。俺も辺りを見回す……そこには、今まで暗殺を実行していた元気のあった様子と全然違う、苦しそうに倒れ込むクラスメイトたちの姿があった。

 

 

 

 

 

 




「みんな……!」
「支えるよ……寝てるのと座ってるの、どっちが楽?」
「何が起きたんだよ……ッ!」
「フロント、この島の病院はどこだ!!」
「え、いや……なにぶん小さな島なので、診療所はありますが、当直医は夜になるとよその島へ帰ってしまいます」
「くそっ……!」



────♪♪♩〜♪♪〜
「…………」
「やぁセンセイ、カワいいセイトがずいぶんクルしそうだねぇ」


++++++++++++++++++++


まだホテルに行けなかった!
でも銀の訓練風景が書けたことは満足です。
入れたい場面(タコとかタコとか訓練とか)をポンポン入れていたら予想外に長くなってしまいました。色々描写が下手な気がしますが伝わっていると幸いです。分かりにくい部分がありましたら聞いてください。

リゾートでの私服を考えなくてはいけません。ベッタベタにしてしまった服をカルマが着ていくのを許してくれない気しかしないので……お姉ちゃんリスペクトで結局体にピタッとした服になる気しかしませんが。

そしてやっぱりいい意味でも悪い意味でも暴走したオリ主。楽しんでます。キュポンって飲み込まれたりするのかなーと、内心(傍から見ても)ワクワクでした。


では、次回でまた!





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伏魔の時間

ほんの少し前まで、笑顔だったのに。

ほんの少し前まで、みんなで殺せんせーの暗殺をしていたのに。

ほんの少し前まで、元気だったのに。

これは、どういうことなんだろう……?

 

「フロント!この島の病院は……!」

 

殺せんせーへの大掛かりな暗殺計画が失敗に終わり、みんなが落胆しながらホテルへと帰ってきてすぐのことだった。殺せんせーの弱点である水、というものは総じて体力を奪っていくものだ……それを使った大がかりな暗殺は、異様な疲労感を私たちに残していた。暗殺が失敗したからには、残りの滞在は思いっきり遊べばいい、だから部屋に戻って休もう……そんな空気になってきた時。

1人、また1人とクラスメイトたちが倒れていく。ある者は机に伏せったまま動けず、ある者は床に崩れ落ちて、高熱にうなされて……いきなり地獄へ突き落とされたかのようにホントに突然の出来事だった。慌てて烏間先生が病院を手配しようとしてるけど、この島にはもう、お医者さんがいないみたい。

 

「みんな……っ」

 

「……何コレ……いきなりクラスの半数が倒れるとか、おかしいでしょ」

 

「……カルマ、……カルマはだいじょぶなの……?」

 

「ん、へーき。ちょっと触るよ……熱はないか」

 

いきなりのことに立ち上がることまではできたけど、すぐにどうこうすることも出来なくてそのまま立ちすくんでしまった。

渚くんが近くに倒れた莉桜ちゃんにかけよる。

岡島くんの鼻血が吹き出る。

有希子ちゃんが、前原くんが、三村くんが、綺羅々ちゃんが……みんなが、苦しそうに呻いている。

隣で静かに呟いたカルマの声が聞こえて、慌てて平気かどうかを確認する。その声はいつも通り飄々としていて安心ができて……とても自然な動きで私のおでこに手を当てられた。もし今熱があったとしても、このみんなが大変な状況では、いやこの大変な状況じゃなくても私は隠すだろうからって。

 

────♪〜♩♪♪〜

 

「………っ、何者だ、まさかこれはお前の仕業か……?」

 

どこからか着信音が聞こえる。

烏間先生のスマホだったようで、訝しげな表情のあとに耳に当てているのが見え……一気に真剣な表情(かお)に変化した。この、状況を引き起こした犯人が電話の相手……?

 

「……律ちゃん、烏間先生の通話内容を全員のスマホで聞けるようにできる?」

 

『……!』

 

どうすればいいか分からないまま下手に動いてみんなを苦しめたくない。それなら状況把握ができるように、その一心で私のスマホに小声で呼びかけると、画面に表示された律ちゃんは私が小声でお願いした理由も理解して静かに敬礼すると、少し遅れて私の、そして他の生徒のスマホから烏間先生の通話音声を小さく流し始めた。驚いた様子の何人かが私を振り返ったことから、律ちゃんが私からの指示だと教えたのかもしれない……今はそんなこと、どうでもいいけど。

 

『ククク……人工的に作り出したウイルスさ。感染力は低いが、一度感染したら最後……潜伏期間や初期症状に個人差はあれ……一週間もすれば全身の細胞がグズグズになって死に至る』

 

「なにっ……!」

 

……ウイルス。みんながこうなった原因は病気とかじゃなくて人為的に仕組まれたもの……そして、命の危険があるものだっていう。

電話の主が言うには治療薬はオリジナルのものが1種類しか存在せず、それも電話の相手……犯人しか持っていないのだと言った。そして、犯人の続けた言葉は、賞金首である殺せんせーを犯人がいるこの島の山頂の『普久間殿上ホテル』……そこの最上階の部屋で薬と引き換えに渡すから1時間以内に持ってこい、という取引だった。

 

『だが先生よ……お前は腕が立つそうだから危険だな。そうだな……動ける生徒の中で、最も背が低い男女2人に持ってこさせろ』

 

その言葉が響いた瞬間、みんなの視線は私と渚くんに集まった。『最も背の低い男女』……男子は渚くんで明らかだが、女子は私とカエデちゃんがほとんど同じ……それでも数センチだけ私の方が低い。カエデちゃんがクラスでいつも公言してるから私の方が低いことをみんな知っている……取引に要求されているのは私だ、それが分かって唇を噛んだ、時だった。犯人の要求はまだ終わっていなくて、続いた言葉に声をあげかけた。

 

『あぁ、そうだ……確かそこには『月の姫の縁者』もいるらしいなぁ……そいつも連れてこい。劣っていても見世物にはなるだろうからなぁ……』

 

「──ッ!?」

 

そして電話は一方的に切られた。

……『月の姫』。その言葉ですぐに反応したのは、私とカルマ、渚くん、律ちゃん、殺せんせー……あの日、一緒にアルカンシェルへ行ったメンバーだ。それ以外の人たちには何のことを言っているのかわからないようで、顔を見合わせたり不思議そうな顔をしている。

私の意志とは関係なく、体がガタガタと震える……誰にも、それこそ連れていった4人以外には話したことも教えたことも無いはずの情報を、犯人は知っている。なんで、どうしてと一瞬で他のことが考えられなくなった私を、隣の彼が引き寄せて私の顔は彼の着ているカッターシャツに押し付けられることになる。……あたたかい……少し、落ち着けた気がする……私はそのまま顔を押し付けて、感じた恐怖を散らそうとギュッと、目をつぶった。

 

「烏間さん、案の定ダメです。政府としてあのホテルに問い合せても、プライバシーの保護を繰り返すばかりで……」

 

「……やはりか」

 

「やはり?」

 

烏間先生の部下の人も、山頂のホテルに問い合せた結果を聞いた烏間先生も、どんな結果になるのかを予測していたかのような言葉に殺せんせーが聞き返す。

烏間先生が言うには、私たちが来たこの普久間島は別名『伏魔島』と言われていて……私たちが泊まるホテルなどは普通なのに、山頂のホテルだけは政府にマークされるほどの違法な商談、ドラッグの売買などが行われているらしい。そして、政府の上層部とのパイプがあるため警察も迂闊に手が出せないのだとか。

 

「ふーん……そんなホテルがこっちに味方するわけないね」

 

「いう事聞くのも危険すぎんぜ……一番チビの2人で来いだぁ?このちんちくりんとソコの震えてる小動物だぞ!?人質増やすようなもんだろ!」

 

「それに、なんだよ……『月の姫の縁者』って……」

 

「『月の姫の縁者』……心当たりのあるものはいるか?」

 

烏間先生がそれを明らかにしようと生徒たちに問いかける。当然、心当たりがあるはずのないクラスメイトたちは顔を見合わせたり周りをキョロキョロと見るだけ……渚くんの視線がこちらに向くのと、カルマが私を引き寄せる腕に力を入れるのと、私がカルマの腕に手を添えるのは、ほとんど同じだったんじゃないかな……?

 

「……!……いいの?」

 

「……うん、ちゃんと話す……いい機会だと思うことに、する」

 

ゆっくりと、心配そうに開放された腕の中から出る。

ゆっくりと、烏間先生の方へ歩き出す。

……そうだよ、みんなに何も話さないで黙っておくことに、隠し続けることに疲れたんだ。信じてくれる人たちには、1つくらい隠しごとを話して楽になっておこうよ、私。

 

「……烏間先生、……多分私、です」

 

「!!……何故か、聞いてもいいか?」

 

「……その前に、みんなにも謝っておかなくちゃいけないことがあるんです。……私の名前は真尾有美紗じゃない、ずっと、偽名を使ってたの……ごめんなさい」

 

できたら、ずっと言わないままでこの中学生活を終えるつもりだった、だからこれは言うつもりのなかった言葉。みんなが突然頭を下げて謝った私を見て驚いているのが気配で分かる。顔を上げてはっきりと告げる。

 

「……私の本当の名前は……アミーシャ・マオ。……クロスベル自治州の劇団《アルカンシェル》の『月の姫』役、リーシャ・マオの妹、です」

 

「「「!」」」

 

お姉ちゃんは今ではクロスベル自治州に限らず人気を博しているアーティストの1人……演技を見たことはなくても名前くらいはイリアお姉さんと並んで誰もが知っているほどの有名人だ。知ってはいてもまさかそこと繋がりがあるなんてみんな思ってなかっただろうから、みんなは驚いて……そして『月の姫の縁者』と称された理由に納得したみたいだ。……私はそんな存在の妹だと公表するつもりなんて、全然なかったのだけど。

 

「けど、なんで名前を変えるなんて……」

 

「日本の学校に通うことになって……日本は漢字の名前が普通だって。それに、リーシャの妹としてじゃなくて……私として、学校に行ってみたかった、から…」

 

いつの間にか有名になってしまった『リーシャの妹である』私ではなく、『ただの子どもの』私として生きてみたかった。コンプレックスがあったわけじゃない……ただ、色々と知識をつけていくうちに、縁者が有名になればそれを色眼鏡でしか見ない人がいるのを知ったから、隠していた。私にとっての当たり前の日常を過ごすうちに、心のどこかで願うようになった望みだった。……それが今年叶って、みんなと一緒に過ごせるのが楽しくて、幸せだったのだ。

 

「渚とカルマ君は知ってたの?」

 

「うん、あと律と殺せんせーも知ってるよ……前に5人で舞台を見に行った時、アミサちゃんのお姉さん……リーシャさんに挨拶もしてる」

 

「でも私、4人にしか話してない……教えてないのに。戸籍とかはそのままで、理事長先生に頼んで学校での登録名だけ変えてもらってるから……知ろうと思えば知れるけど、でも……」

 

「確かにE組に焦点を絞って調べるならまだしも、わざわざ生徒個人の戸籍とかを調べようとはしないよね、普通……」

 

ここにきて、私が怯えていた理由にみんな察しがついたようだ。私は取引のために選ばれたことを怖がっていたんじゃない……それくらい、みんなのためになるのなら喜んでやらせてもらう。……怖かったのは、調べられたから……調べられるほど目立ったり、恨みを買った覚えは全くなかったから。

 

「……アミサちゃんが名前のことを黙っていたことは、とりあえず置いておくね。犯人の要求に当てはめると偶然なのか『最も背の低い男女2人』がそのまま要求通りってことになる……」

 

「要求なんざ全シカトだ!今すぐ全員、都会の病院に運んで……!!」

 

「……賛成しないな。もし本当に人工的に作った未知のウイルスなら、対応できる抗ウイルス薬はどんな大病院にも置いてない……いざ運んで無駄足になれば、患者の負担(リスク)を増やすだけだ」

 

寺坂くん、いつも一緒にいる内の2人がウイルスに感染していることに焦っていて助けたい気持ちが前に出ているのがよく分かる。熱くなっている彼の声を鎮める静かな反論は、ホテルからもらってきたんだろう大量の氷を抱えた竹林くんによってされた。対症療法で応急処置はしておくから、急いで取引に行ってほうがいいって……。犯人から提示された交渉期限は1時間……あの電話を終えた時からだと考えれば、既に1時間もない。

 

「良い方法がありますよ。律さんに頼んだ下調べも終わったようです。取引に呼ばれた2人以外の元気な人も全員、汚れてもいい格好に着替えて集合です」

 

「……あの!……少しだけ、待って」

 

素直に行って、見世物として呼ばれた私はともかく渚くんが無事でいられる確証がない。どうすればいいのかって悩む烏間先生だったけど、殺せんせーには何か策があるみたい。今はとりあえず、その作戦に乗ってみようということになった。

動ける人たちが移動し始めようとしたのを私は慌てて止める。急がないといけないって焦りがみんなの顔に見えるけど、先にどうしてもこれだけは試しておきたいことがあるから。

 

「……烏間先生、竹林くん……みんなのこれ、ウイルスなんですよね……?なら、毒物と同じ扱いと考えても、いいですよね……?」

 

「……ほぼ、そうだと言っていいだろう」

 

「感染力が低いということは、おそらくは空気感染の危険は少なく経口感染……飲食物等にウイルスを直接混入されたと見るべきだね」

 

「なら、完治はできなくても……もしかしたら、ある程度の回復はできるかもしれません」

 

「本当か!」

 

「はい。一応元気な人も……念の為近くに来てほしいです」

 

そう言って私は、殺せんせーの暗殺でも使ったエニグマを構える。既に回復アーツの威力は前原くんと有希子ちゃんで証明してるし、みんな何をしたいのかをすぐに分かったみたいで近くに来てくれた。セットしたクオーツを見て、今から使いたいアーツを問題なく使えることを確認したところで……私のスマホから律ちゃんが声を上げた。

 

『アミサさん、確か先程の暗殺で……!』

 

「いいの。まだ、だいじょぶだから……エニグマ、駆動」

 

……そっか、律ちゃんはエニグマに接続したことあるから……私の隠し事、知ってるもんね。心配してくれてるのはわかるし嬉しいけど……だけど苦しんでる友だちを放っておくことなんて、私にはできないから……その先を言わせないように遮って、気にせずに駆動する。

 

「全員、光が消えるまではその場にいてね……«レキュリア»(状態異常回復魔法)

 

フワリと緑色の光の陣がオープンテラスに広がる……経口感染だというなら、ここに来てから何も口にしていない人はいないから……まだ発症していないだけで全員に感染の可能性がある。……元々効果範囲が広い術でよかった。E組の元気な人も倒れている人も、烏間先生とイリーナ先生も、頭上から緑の光の雫が落ちてきて体の中に吸収されていく────

 

「……ん……少しだけ、体が楽になった気がする……今なら体、起こせそう……」

 

「少し触りますね……熱、先程よりは下がってます」

 

「うぅ、……吐き気が治まった……」

 

「……はぁ、はぁっ……よかった、効果、あって……、」

 

すぐに効果はあったようで、全く動かせていなかった体を起こせる人たちが出てきた。……それでもやっぱり完治にまではもっていけなかったみたいだから、治療薬は必要なことに変わりない。

アーツの光が消え、応急処置が済んだ事を告げると元気なメンバーで着替える人は着替えに行き、もう1度オープンテラスに集合する。そして看病メンバーとして竹林くんと愛美ちゃんを残し、残りのメンバーは防衛省の車でどこに行くかは知らされなかったけど移動することになった。

車の中で、私は手を握りしめていた……律ちゃんにだけバレていることのせいで、少し、体力を持っていかれているのを隠すために。みんなこれからに向けて不安で何も喋らないし自分だけで精一杯……だから誰も私の些細なことに気づく人なんていない、隠し通せる……そう思っていたけど。

 

「……ねぇ、アミサ……何か、隠してない?」

 

「……っ、何も、隠してないよ……だいじょぶだから」

 

「……熱があるわけじゃ、無いよね……」

 

「ふふ、へーきだよ。……ほら、もう着くよ」

 

最初に気づいたのはやっぱりカルマだった。それでもバレるわけにはいかないから律ちゃんには口止めしてるし、私もはぐらかすだけで絶対に言わない。……体調を心配されてまたおでこに手を置かれたけど、熱はないよ、多分。

そして、私たちがついた場所は……呼び出された取引場所、普久間殿上ホテルの裏手に位置する崖だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高けぇ……」

 

誰かが呟いた通り、私たちの今いる場所の前には高く険しい崖……それももし登って落ちでもしたら確実に転落死は免れない高さはある。ほぼ垂直だし尖っているし見ただけで危険とわかるこの場所の上には私と渚くんの目的地であるホテルが見える……周りが真っ暗なところに建っていてどこか不気味だ。ここに何かあるのだろうか、それに私たち以外のクラスメイトを連れてきた理由は……。と、ここで私たち各自のスマホに律ちゃんが表示される……手に、なにかマップのようなものを持ってる……?

 

『あのホテルのコンピュータに侵入して内部の図面を入手しました……警備の配置図も』

 

さすがな律ちゃんのスペックには毎回驚かされてばかりだ……この短時間でハッキングして必要らしいものを入手してくるなんて。

律ちゃんが得た情報によると、あのホテルの敷地一体や正面には大量に警備が配置……見せてもらった警備マップには、どこから入ろうとしてもすぐにホテル側が来た人を把握できるくらいの人員がいた。……これではフロントを避けようとしてもすぐ見つかってしまうだろう。でも、私たちが今いるところから登った崖の上……そこに一つだけある通用口にはまず侵入できないために警備がいないらしい。……ここまで言われれば、さすがに殺せんせーがやろうとしている作戦がはっきりと分かった。

 

「敵の意になりたくないのならば手段はひとつ……動ける生徒全員でここから侵入し、最上階を奇襲して治療薬を奪い取る!」

 

みんなが崖を見上げる……烏間先生とイリーナ先生は無理だ、危険だと殺せんせーの作戦に異を唱えている。2人とも私たち全員の安全を考えて言ってくれているのも、初めての実践を心配する気持ちがあるのもすごく伝わってくる。

だけど……高い、険しい崖ではあるけど……だけど見たことがないものではない。だって私たちはいつも学校で、体育で同じことをやっているのだから。きっとみんなが考えていることは同じ……ただ、

 

「……ねえ、私と渚くんだけで行かなくても……いいの?その、みんなもついてきて……危なく、ない?私、みんなが傷ついたりするくらいなら、……正面から……」

 

未知の犯人を相手にして要求を蹴って……ここにいるみんなに、それにウイルスで苦しむみんなに手を出されないかが私の不安だった。だって誰にも気づかれることなくクラスの半分を動けなくさせた相手だ……きっと相手はプロ、手段を選ばなくなるんじゃないかって。幸いなことに私は別個の要求で呼ばれている……私だけでも言う通りにして、治療薬をもらうことも考えていた。

 

「それこそダメだろ。危険だってわかってる場所に2人だけで放り込めるかって」

 

「チビが余計な心配すんじゃねーよ。それにふざけた真似をしたやつにきっちり落とし前つけてやらねーと気がすまねー!」

 

磯貝くん、寺坂くんが馬鹿なことを言うんじゃないって言いながら私の額を軽く小突いて、他の男子と合流しに行く。

 

「アミサちゃんの場合、背の高さ云々よりも見世物として呼ばれてるんだよ……?そんな何をされるかわかんないとこに1人で行かせられない」

 

「アミサは自己犠牲しようとするとこ、ほんとに治さなくちゃね。これだけ頼ってもいい人がいるんだから、一緒に行って一緒に抱えよう?」

 

「アミサは自分より他の人が傷つくのが嫌なんでしょ。だったら私達が傷つかず、一緒にいればいい」

 

桃花ちゃんとメグちゃんが頼りなさいって言いながら私の手を握って連れていく。凛香ちゃんが静かに私の頭を撫でて、離れていく。

 

「最も背の低い男女って、弱いって感じがするけど……一番警戒されにくいって言うのもあると思うんだ。あと……僕はカルマ君くらいアミサちゃんを理解してる1人のつもりなんだけどな」

 

渚くんがちょっと不満そうな顔をしながら私を正面から軽く抱きしめる。そうしたら、後からも手が伸びてきて背中に体重がかかったかと思えば、頭の上に顎を置かれた。そのまま小さく、私が一番安心できる声でカルマは言う。

 

「過信はしちゃダメだけど俺等はあの烏間先生の訓練を受けてきてんだから、そんなヤワじゃないよ?それに俺がアミーシャと一緒に行かないわけがないっしょ……約束、してるんだからさ」

 

私が一番近くにいて安心できるこの2人の温もりが、私は大好きだ。私自身の覚悟を決めるキッカケになるのはいつもこの2人が関わってきたから。ゆっくり離れた2つのぬくもりは私を呼んで連れていってくれる。声をかけてこなかった人たちも、先に離れていった人たちも崖に近づき、手をかけてこちらを振り返っている。迷っていたのは怖がっていたのは私だけ……みんなが笑顔で目を合わせて頷くなら……もう、迷う必要も理由もなかった。

先生たちの指示を仰ぐことなく、全員で崖を登っていく。崖上りくらいなら学校での授業の延長線だから、苦戦している人なんて誰もいない。高く登るにつれて海風が強くなって髪を揺らす……足場になる場所に落ち着いて、私たちの行動に驚いている先生たちを見下ろして笑顔を向ける。2人だけで犯人の要求通りに行くんじゃなくて、動ける私たちみんなで奇襲をかける……これが私たちの答えです、烏間先生。

 

「でも、未知のホテルで未知の敵と戦う訓練はしてないから……烏間先生、難しいけどしっかり指揮を頼みますよ」

 

磯貝くんが告げる、先生への『お願い』。それが烏間先生の意志を固めたみたいだ。

 

「全員注目!我々の目標は山頂ホテル最上階!

隠密潜入から奇襲への連続ミッションだ!

ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う!いつもの違うのは標的のみ!

3分でマップを叩き込め!21(フタヒト)50(ゴーマル)分作戦開始!」

 

「「「おう!!」」」

 

烏間先生の号令に、初めての実戦に挑む私たち16人の気合の入った返事が夜空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 




「いいなァ、中学生の苦しむ様……あのホテルにももっとカメラを仕掛けておけばよかったぜ……、ッ!?この光……まさか……!」
「ボス、どうかしたんすか?」
「はっきりは映らなかったがアーツ使いが居る……そうだ、あのガキ……!〝スモッグ〟は間違いなく仕込んだんだろうな?」
「あいつがヘマするわけないじゃないですか……俺等、プロなんスから」
「そうか……ククク、部屋に来るのが楽しみだなァ……!」



「おい、〝スモッグ〟、階段ルートの侵入が無いか見回って来い、カメラでは異常は無いが一応な。……見つけたら即殺りでいいってよ、ボスが」
「アイアイサー」
「……ボスが言うにはアーツ使いのガキがいるらしい。一応気を付けろ」
「……ま、その前に殺れば問題ないだろう?」


++++++++++++++++++++


まだ、E組はどんな所かとか所属生徒とか程度なら調べていてもいいと思いますけど、完全個人情報はさすがに調べてたら怖い。
あとがきです。
あけましておめでとうございます!

オリ主、本名バラしました。
流れ的に、そろそろいいかなというのもありましたが、多分信じ信じられって間柄になってきた友だちに隠し事ばかりし続けるのって辛いと思うのですよね……とか考えていたらバラしてました。

アーツは状態異常回復魔法なので毒も治せますが、あくまで普通は魔物の毒相手に使うものだから用途が違う=軽減はできるけど完治はできないという設定にしました。軌跡シリーズの中にアーツじゃ治せなくて特別に調合した薬が必要な毒があったはずなのでいいかな、と。

安定の自己犠牲精神から渚すら置いて行って1人で全部抱えちゃえば他のみんなが傷つかなくて済むのでは……を平気で考えてます。それを阻止する突撃メンバーがいたので抑えられましたが。

次回はプロの時間、2時間目にはいりたいです。



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引率の時間

────とんっ、ひょいっ……バッ!

 

「置いてくよー!」

 

岩から岩へと飛び移り、途中に生えている木すら崖を登る道にして行く……それを体現する身軽な動きでどんどん登っていくひなたちゃん。体操で鍛えたバランス感覚や体幹、体の使い方を分かっているから、あっという間に他のメンバーとの間が広がっていた。体育の時の崖登り(クライミング)もすごいと思ってたけど、本物の崖でも本領発揮しててかっこいいなぁ……

 

「……やっぱ身軽だなー、岡野は」

 

「あー、こういうことやらせたらクラスでトップを争うからな」

 

「ん?クラス1じゃねーの?」

 

磯貝くんと木村くんが前で何か話してる……ひなたちゃんの名前が出てたから、きっとあの彼女の身軽さについてなんだろうな。()()()()()()()()()()、チラ、と下を見てみれば烏間先生がイリーナ先生を背負って崖登りをしている……2人分の体重がかかりながら崖を登っている烏間先生もすごいけど、足を引っ掛けるところもない、ドレスで動きづらい、腕だけで自分の体重を支えるイリーナ先生も充分すごい。崖登りだけでも私も見習いたいことがいっぱいあるなぁ……とと、まずは余計なことを考えてペースを落とすより、さっさと登っちゃわないと。

 

────とんっ、とんっ、とんっ、……

 

「……あれ見てそう言えるか?」

 

「…………真尾、最初からペース変わらねーし、早ぇーし、岩場のどこ掴んでんのかわかんねーよ……あれこそ道無き道を行くってやつか」

 

「駆け上がってるに近いよな、あれ。……あの身体能力も隠してたんだろ……負けてられないな」

 

「……負けてられないっていうか……俺、ふつーに置いてかれたんだけど。タイムリミットとか考えると声かけてリズム崩すのもヤダから追いかけてるけど」

 

「カルマって崖登りの成績男子の上位だよな……それで置いてかれるって」

 

「……どんまい、カルマ」

 

「うっせ……、お先っ!」

 

先生たちはきっとだいじょぶだろう……みんなは何の問題もなし。登りながら崖の上にそびえ立つ目的地を見る……あそこに、みんなを助ける術がある。……でも、国家機密の殺せんせーを知っていて、E組にいるってことも知っていて、私のことを調べていて……そんな犯人って何者なんだろう。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「……律、侵入ルートの最終確認だ」

 

『はい、内部マップを表示します』

 

律ちゃんの力で電子ロック、監視カメラへの侵入(ハッキング)は済んでいるみたいで、侵入することだけなら割と簡単に出来そうだ。ただ、内部に侵入した後は専用のカードを持たない私たちはエレベーターを使うことが出来ず、バラバラに配置されている階段で最上階まで行かなくてはならない。

 

「テレビ局みたいな構造だな……テロリストに占拠されにくいよう、複雑な設計になってるらしい」

 

「こりゃあ悪い宿泊客が愛用するわけだ……」

 

「行くぞ、時間が無い。状況を見て指示するから見逃すな」

 

先頭を烏間先生が歩いて状況を確認し、後ろを行く私たちは足音や息を殺して静かについていく。通用口は裏手にあることもあって宿泊客も警備員も誰もいないし、律ちゃんがカメラに映らないように細工してくれてるのもあって比較的安心して通れた。

問題は侵入して早々にかち合う……上へ行くには嫌でも通らなくてはいけない、ホテルのロビーだ。当然上にいる人たちを守る警備員はたくさんいるし、最初のチェックだからこそ厳重だと思う。侵入している手前、警備を倒してしまうわけにもいかないし……非常階段がすぐそこにあるとはいえ、多分今顔を出しただけでも不審人物としてアウト……それに、入った非常階段に人がいないとも限らない。確認したいことが山積みだ。

烏間先生は多分、人数を絞るべきかどうやってここを通過するのが効率がいいのかを考えているんだろうけど……

 

「……?……んっ、……何よ、普通に通ればいいじゃない」

 

そんな空気をぶち壊したのはイリーナ先生だった。廊下に置いてあったお酒を、何のためらいもなくグラスにあけて飲むとそう言い切った。何をする気なのかよく分からないし、みんなも状況が見えないのかと抗議している……けど、先生の目はやけに真剣だった。

多分、イリーナ先生には警備の意識を引きつける作戦があるんだ。このままここにいては何も変わらないし、烏間先生が全員を通過させられる策をこれから思いつけるとも限らない。それなら、とイリーナ先生が動いてくれようとしている。……だったら、私も1つ役に立てることがある……思い立ってすぐ、ロビーに出ようとしているイリーナ先生を追いかけて腕に触れた。

 

「……イリーナ先生、()()()()()()?」

 

「?……何か、策でもあるの?」

 

「私1人だけだったら、ここを通過できます。……なので、非常階段に人がいないかだけでも確認してきます」

 

「……そう」

 

「よせ、真尾さんでは危険だ!」

 

烏間先生に肩を掴んで引き止められて、やっぱり行かせてくれないかなって思ったんだけど……私を止める手を払ってくれたのは意外なことにイリーナ先生だった。

 

「この子は私の放課後講座の生徒よ?だったら信じてやるわ……1分、待ちなさい」

 

「……はい!」

 

そう言って、イリーナ先生はフラフラとよたつきながらロビーへと歩いていく。当然いきなり人が現れたことで警備の人たちはみんなイリーナ先生へと視線を向ける……でも先生は1分待てって言った……なら、もっと多くを引きつける何かをするはずだ。

その間に私は目を瞑り、軽く屈伸をして準備をしておく。イリーナ先生が許可してしまったから、みんなは私を止めるに止められないみたいで後ろで少し慌てているけど気にしない。30秒……イリーナ先生がロビーに置いてあったグランドピアノへ向かっていく、1分……座った……今だ。

 

《───月に踊る蝶たちよ───》

 

私は小さく唱えながらその場でくるりと周り、一度上に跳んだ……瞬間、着地の時には、

 

「へ……?」

 

「ど、どこに……?」

 

……みんなから、私の姿は見えなくなっている。

これはクラフトと言って戦闘の時に私が使える固有の技……みたいなものだと思ってもらえたらいい。今私が使ったのは姿を視認できなくなるよう隠し、素早く動けるようになるもの。

そのままロビーへと足を踏み入れても誰にも見えていないし、イリーナ先生のピアノが鳴り響いていて足音も消える。そして、先生の魅せる〝音色〟……それによって警備の目は釘付けだから、万が一があっても誰も私には気づかない。……非常階段を見てくるだけじゃもしかしてがあるかもしれないし、連絡はロビーも回ってからにしようかな。

 

 

 

 

 

渚side

ビッチ先生の存在感に隠れるように、アミサちゃんがその場で何か呟きながらくるりと回って……跳んだ、と思った時には、そこには誰もいなくなっていた。……この感覚、どこかで経験したことがある……そうだ、中間テスト前に理事長先生が来た時だ。

ロビーではビッチ先生がフラフラと歩いていって警備の人にぶつかって……ピアノを弾き始めるまでがすごく自然だった。ビッチ先生は体の血流を操作して顔色を変えることが出来るって言ってたから、酔ったフリをしてたんだと思う……多分最初に廊下のお酒をあおっていったのは、酔っているのにお酒の匂いがしないのはおかしいからじゃないかな。その後は流れるように警備の視線を引き付けて奏でられるピアノ演奏……すごかった……普段の学校での姿が、信じられないくらい綺麗であでやかで……それにあんな長い爪でピアノを弾く技術……まずピアノが弾けるなんて全然知らなかった。

 

────ブブブッ

 

「!……律?」

 

『すいません烏間先生、律ちゃんじゃないです。……今、非常階段に到着しました。ロビー全体を見て回ったところ、警備の数は全部で13人です。非常階段に人影はなし、入ってすぐには踊り場がないので途中まで上がってしまえば姿は見られません、…………え、えと……なので、みんな来ても平気です』

 

そして、演奏に聞き惚れていたら烏間先生のスマホに入った連絡……それは無事に非常階段まで行けたっていうアミサちゃんからの報告で……なぜか最初に言っていた非常階段の確認だけじゃなくてロビーの警備人数まで調べていて、烏間先生が頭を抱えていた。だってこれってさ、あの場で存在感がないからってロビーを歩き回ってきたってことでしょ……?

 

「……渚君……俺、怒っていいよね」

 

「……任せるよ。でも、侵入がバレない程度にね」

 

頭を抱えていたのは烏間先生1人じゃなかった、むしろ僕等みんな、だ。崖の下で自己犠牲について色々言ったはずなのに、早速1人で突っ走っていったアミサちゃん……もたらされた情報は役に立つとはいえ、息をするように危険に身を晒すから、寺坂君ですら呆れてるしカルマ君なんて口元をひきつらせている。……今回は庇わないからね、僕。

ふと、ビッチ先生が演奏を止めてロビー全体の警備を集めてくれているのが目に入る……あ、左手だけ椅子の下へ隠した?

 

【20分稼いであげる。行きなさい】

 

────完全に視線を集めたから行け、というハンドサインだ。

そのハンドサインすら、自然な動作すぎて警備は誰1人として気が付いてない。……今のうちに通るだけなのに、僕等まで思わず目を奪われた。……なんて綺麗な先生なんだろう……って。

 

 

++++++++++++++++

 

 

アミサside

非常階段を少し登ったところで待っていれば静かに入ってきたみんな……それを確認したとこでクラフトを解除すれば、何人かからいきなり現れたって驚かれてしまった。だって、みんなが来るギリギリまで警戒してなくちゃ意味ないし……そう思っていれば、最後尾の渚くんと殺せんせーが入ってきた。無事、最初の難関を全員でクリア……思わず安堵の息が漏れた。

 

「全員無事に突破!」

 

「すげーや、ビッチ先生」

 

「あぁ、ピアノ弾けるなんて一言も」

 

「普段の彼女から甘く見ないことだ。優れた殺し屋ほど(よろず)に通じる……君等に会話術を教えているのは、世界でも1・2を争う色仕掛け(ハニートラップ)の達人なのだ」

 

イリーナ先生……きっと先生は潜入するために役立つと思えばどんなことでも身につけているんだろう。様々な環境に適応して、自然とその空気に溶け込む……それをたった今目の前で見せつけられたわけだ。殺せんせーは動けなくても、いろんな分野でプロぞろいのE組の先生たちはとても頼もしい。

時間もないことだから先に進もう、そう言われて階段を登ろうと進行方向を向いた時、だった。背後から肩を掴まれて先に進むのを止められて誰かと思えば、

 

「さて……アミーシャ。侵入早々早速1人で突っ走って心配かけてくれたね……覚悟はいい……?」

 

「ひぃっ!?」

 

「……カルマ君、程々にね」

 

「上で待ってるぞー」

 

……笑顔でデコピンの構えをするカルマがいました。まって、それだいぶ指先に力入ってますよね……?!慌てて他の人に助けを求めようとしたのだけど、みんな、わざとらしいくらいに目を逸らしてさっさと階段を上がっていく。……見捨てられた!?これ、私の味方いないの……!?

……結局みんなが見えなくなってから問答無用でデコピンの刑に。……思い切りデコピンをされた私が全く声をあげなかったことだけはここに宣言しておきます、……痛い。今までにないくらい強烈なデコピンをいただいた後、心配したって言いながらその痛む私のおでこにカルマはコンって自分のおでこを合わせてため息をついた。デコピンのせいで痛むおでこよりも、心配をかけていたらしいのに気づけなかった申し訳なさよりも……カルマがいつも抱きしめてくれる時には見えなくて、初めてこんな近くで見たキレイな顔にドキドキした気持ちの方が気になって……、「……私、病気になっちゃった……?」

……私としては心の中で呟いたつもりが声に出していたみたいで、何変な事考えてるのってデコピン2発目をくらいそうになったことは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に2階をに到着して……先にフロアで待っていたみんなを見つけて、私とカルマは少し早足で合流した。……私は合流してすぐに足を止めたカルマを抜かして、おでこの痛みとは違って、恥ずかしいというか何というか理解の出来ない何かで顔が赤くなっているのを隠したくて、メグちゃんの後ろに逃げ込んだ。メグちゃんの背中に顔をグリグリ押し付けて、私には理解できない何かを誤魔化そうとしたことは、許してほしい……

 

「……アミサ?あんた顔真っ赤だけど……」

 

「……かるまが、こつんって、……そしたら、おかしくなっ……あうぅ……」

 

「……後で聞くわね、ちょっと気になるし。最悪私が後で『お話』してきてあげるから」

 

どこか含みのあることを言うメグちゃんと小声でそんなやりとりを交わしていれば、いつの間にか3階に到着していて……烏間先生が振り返った。

 

「さて、入口の厳しいチェックさえ抜けてしまえば、ここからは客のふりができる」

 

「客?こんなところに中学生の団体客なんて来るんスか?」

 

「……聞いた限り結構いる、芸能人や金持ち連中のボンボン達だ。王様のように甘やかされて育った彼等は……あどけない顔のうちから悪い遊びに手を染める」

 

悪い遊び……お酒とか、ドラッグ、なんだろう。甘やかされるというのは、咎められないということ……きっと何をしても肯定されてしまうから、将来どうなるか……先は見えてしまう。親が大物だからって、子どももそうだとは絶対に言えないというのに。

ただ、今回に関してはそんな人たちがいることに感謝だ。私たちがここにいても警戒されなくて済むということなんだから。

 

「しかし我々も敵の顔を知りませんからねぇ……敵もまた客のフリで襲ってくるかもしれない。十分に警戒して進みましょう」

 

「そうだな……何かのために指示をしておく。『もしこの先敵と遭遇した場合、即座に退路を断て。』連絡をされて俺たちの侵入がバレたり増援を呼ばれたりしたら、この潜入は役に立たなくなる」

 

「「「はい!」」」

 

これまでのように足音を潜めるのではなく、普通に、ホテルを使っているお客さんのように廊下を歩く。何人かの人とすれ違っているけど気に止める人はいないし、むしろ相手の方が視線を合わせないように関わらないようにしているようにすら感じる。トラブルを避けたいのは相手も同じ、自分たちのことを知られるのを避けたいのも同じというわけだ。敵らしい人とは遭遇していない……気づかれてないのか、まだ来ていないのか、前衛を烏間先生が見張ってくれているとはいえ、完全に安心するわけにはいかない。

 

「へッ、楽勝じゃねーか。時間ねーんだからさっさと進んだ方がいいだろ」

 

3階の中広間に着く頃には、そこまで集団で長々と行動することが得意じゃない寺坂くんと吉田くんが前に駆け出していった。確かに、進めるうちに進むのが得策なのかもしれない……だけど、私たちには馴染みのないフィールドだからこそ、慌てるべきじゃなかったんだ。

 

「ッ!!寺坂君!!そいつ危ない!!」

「……ッ!?……ダメ、2人とも……!!」

 

また、すれ違うだろうこのホテルの利用客……なのに、どこかで感じた気配があった。このホテルに来るまでの私たちの行動範囲は、海沿いのホテル周辺だけ……それなのに()()()()人から()()()()気配を感じるのは明らかにおかしい。

私と優月ちゃんが声を上げたのはほぼ同時で、間髪入れずに烏間先生が前に出て寺坂くんと吉田くんの2人を私たちの方へと投げ飛ばす……その一瞬の間に警戒していた男の人が何かをこちらに向けて烏間先生を巻き込む形でガスが広がった。

 

「……何故わかった?殺気を見せずすれ違いざま殺る……俺の十八番だったんだがな、オカッパちゃんにおチビちゃん」

 

「だっておじさん、ホテルで最初にサービスドリンク配った人でしょ?」

 

それを聞いて何人かは合点がいったみたいでハッとした顔でおじさんの顔を見ている。……イリーナ先生と同じで、自然に環境へ溶け込み自然すぎるが故に印象に残さない……だから、すぐには気づけなかったんだ。

 

「断定するには証拠が弱いぜ。ドリンクじゃなくても……ウィルスを盛る機会は沢山あるだろ」

 

「竹林君が言ってた……感染源は飲食物だって。クラス全員が同じものを口にしたのはあのドリンクと……船上でのディナーだけ。けど、ディナーを食べずに映像の編集をしてた三村君と岡島君も感染したことから、感染源は昼間のドリンクに絞られる……従って、犯人はあなたよおじさん君!」

 

ビシッと決めた優月ちゃんに狼狽えるおじさん……これでウイルスを盛った実行犯は確定だ。

 

「……フン、認めてやろう。……参考までにおチビちゃん、お前は何故わかった?」

 

「……私、あなたのことは知らない……なのに、知ってる感じがした。私たちの行動範囲なんて海沿いのホテル周辺だけに限られてたのに、そこであった感じの人がこんなところにいるなんて、おかしいから……」

 

「なるほど……無意識に気配を読んだというわけか……ククク、おもしろい。おもしろいが、……ここまでだ」

 

────ドサッ

 

余裕そうに笑うおじさんに、嫌な予感がした。バレた時点でもう、私たちから警戒されるってわかっているはずなのに……何か、待ちわびた瞬間が訪れたって雰囲気だ。

──目の前で、私たちの頼れる背中が崩れ落ちた。

 

「か、烏間先生!」

 

「なるほど、毒物使い……ですか」

 

「俺特製の室内用麻酔ガスだ……一瞬吸えば象すら気絶すし外気に触れればすぐ分解して証拠も残らん」

 

さっきのガス……!烏間先生、2人をかばった時に吸ってたんだ……!どうする、こっちは15人あっちは1人……プロと素人という差があるとはいえ、人数差でいえば十分相手に出来るし、烏間先生が動けない今は参戦できるように構えるべきか……

……違う、ちゃんと対策は決まっている。得意気に自分の毒物について語るおじさんは烏間先生に意識がいってるから私たちなんて眼中に無い。私たちはアイコンタクトをとって、すぐに行動する。

 

「お前達に取引の意思が無い事はよくわかった。交渉決裂……ボスに報告するとするか。……なっ!?」

 

報告へ戻ろうとおじさんが来た道へ振り返った時には私たちの配置は終了していた。壁に飾られた武器や部屋に置かれた机、ツボ等を構えた私たちが中広間に繋がる道をすべて塞いでいたから。

 

『もしこの先敵と遭遇した場合、即座に退路を断て。』

 

ここに来る前にされたこの指示を、忠実に守ったに過ぎない。見たところ携帯とか電子機器で連絡を取る様子は見られなかったから、このおじさんをここで足止めできれば私たちのことは知られることは無い、はず。おじさんの進行方向側を塞いでいた私は、エニグマを構え、適当なアーツを詠唱する……正直発動させるつもりは無い。発動前に解除してしまえばEPも消費しないで済むし、そもそもアーツ発動前、詠唱中の特徴的な光は属性に関係なく総じて青だから、相手には私が何をするつもりなのかは察せないはず。ふわりと広がる青い光とその余波で揺れる私の髪……それを見たおじさんは少し焦ったように見えた。

 

「……そうか、お前がボスの言っていたアーツ使いのガキか……!」

 

「……へぇ、黒幕はアミーシャのこれを知ってる奴ってわけね」

 

「!!」

 

そう、この行動は少しだけカマをかける目的もあった。犯人が私の戸籍を調べたということは私がゼムリア大陸の出身者だと分かったはず……だけどあちらで普及している導力器(オーブメント)のことは知っていても、私がアーツを使うかどうかまでは分からないはずだ。だって、大陸に住んでいても戦う力を持たない人の方が圧倒的に多いんだから。私がこれまでにアーツを使って見せたのは5月の鷹岡先生の時とプールと暗殺の時だけ……限られた時しか見せていないのだから、私がどちらに当てはまるかなんて早々知りえない情報のはずなんだ。カルマが察して後押ししてくれたことで、少しだけ黒幕を絞るヒントを得ることが出来た……それでも全然わからないことに変わりはないのだけど。

 

「お前は……我々を見た瞬間に攻撃せずに報告に帰るべきだったな。退路を塞がれボスの情報を少なからず漏らす……そんな失態を犯さずに済んだ」

 

その動揺の隙に烏間先生がふらふらと立ち上がる。

 

「……ふん、まだ喋れるとはな。だが、しょせん他はガキの集まり……お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ。おチビちゃんは手土産にでもすれば、問題ないしなぁッ!」

 

そう言うとすぐに先程のガスを撒き散らした機械を向けるおじさん……でも、烏間先生の動きの方が早かった。瞬時に間合いに入り込むと、顔面に強烈な蹴りを放った、……あれ、烏間先生ってガス吸ってるんだよね、それであの速さ……?

毒物使いのおじさんは耐えられずに床に沈んだ。だけど、力尽きたのはおじさんだけじゃなかった。

 

「「「か、烏間先生ッ!」」」

 

気力だけでやり返したのだろう、烏間先生も倒れてしまった。これで私たちの先生は3人ともまともに動ける人はいなくなってしまったことになる……ここから、どうなるんだろう。

 

 

 

 

 

 




「……ッダメだ、普通に歩くふりをするので精一杯だ……」
「烏間先生、すぐに回復を……!」
「いい、……30分で回復させる。それに、あの暗殺から考えてそろそろだろう?」
「……でも、」
「何かあった時に備えて温存しておいてほしい」
「……はい」



「そういえば、アミサちゃん。なんであの姿を隠せる技を暗殺で使わなかったの?」
「え、…………その、……、殺せんせーって一度使うと覚えちゃうから、もう二度と使えなくなっちゃうと思って……温存してた」
「……じゃあ、この状況にならなかったら」
「使わないで、今後に使えたかもしれないってこと……?」



「…………『誰か』は知らなくても、アーツ使いがいることは知っている、か。……まさかな」
「烏間先生……?」
「いや、何でもない」


++++++++++++++++++++


ホテル に 侵入 しました ▼

ちょっとカルマのことを意識したオリ主。でも知識がないのとキャパオーバーでうまく説明できずに逃げ出しました。メグさんは何があったのかは何となく察したけど、伝わってないことも察したので最悪校舎裏()に呼び出す予定。

そして、本人バラしたしもういいよねとばかりに、カルマは本名を普通に呼び始めるという。オリ主本人も気にしてないけど、これがある意味今のところのカルマの独り占め案件なのかもしれない。

今回は烏間先生戦線離脱でひと区切り。
次は、かっこいいところが書けるといいなぁと思ってます。



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悪魔たち(?)の時間

取引を受けないで治療薬を奪い取るために私たちが入り込んだ普久間殿上ホテル……最初に出会った毒使いのおじさんは烏間先生が相討ちとなって倒してくれたとはいえ、相手はプロ。あとから追いかけてこられたら厄介だから、寺坂くんが持ってきていたガムテープで毒物使いのおじさんを動けないように縛り、机や椅子などを被せて外から見ても簡単にはバレないように隠しておく。それらの作業が終わるまで通路を見張るメンバーがいれば烏間先生の様子を確認しているメンバーもいて……私とカルマは床に膝をついて棚の下や机の下を覗き込んでいた。

 

「……っかしーなー……烏間先生が最後の蹴り入れた時にアレ、持ってたよね?」

 

「うん……おじさんの近くになかったってことは、多分あっちの方、に…………あ、」

 

「!……ナイス、アミーシャ。……ま、備えあればうれしいな、と」

 

そんなことをしている間に磯貝くんがフラフラながらも立っている烏間先生を支えに入っていた……あのガスって象をも気絶(オト)すってあの人言ってなかったっけ……なんで歩けてるんだろ。本当にうちの先生っていろんな意味で化け物ぞろいだと改めて思う。

……だけど、満足に動けない烏間先生や足止めをかって出てくれたイリーナ先生に頼ることはもう出来ない……もちろん、完全防御形態の殺せんせーも。まだここは3階、目的地の10階(最上階)までまだまだあるというのに……私たち自身しか頼るものがなくなってしまった。

 

「いやぁ、いよいよ『夏休み』って感じですねぇ」

 

…………私たちが私たちだけでこのミッションをこなさなくてはならないというプレッシャーと不安でいっぱいになっている中、なんともお気楽な殺せんせーの声が廊下に響いた。何言ってやがるこいつ、な空気が烏間先生を含めた私たちの間に流れる……自分は絶対安全だからって、顔色を変えて夏らしい太陽を表示させてるし。この後、全員から思いっきり責められて、渚くんによってグロッキーになって、カルマが何かよくわからないことを寺坂くんにさせようとした問題の先生は、結構すぐに元の顔色へ戻った。

 

「先生と生徒は馴れ合いではありません。そして夏休みとは先生の保護が及ばないところで自立性を養う場でもあります。……大丈夫、普段の体育で学んだことをしっかりやれば、そうそう恐れる敵はいない。君達ならクリアできます……この暗殺夏休みを」

 

殺せんせーはところどころ感覚がずれている……なんて言うか、私たちがついていけるはずのない超生物の自分を基準にして無茶ぶりをする。だけど、今回に関してはその無茶ぶりをやるしか道はない……残り時間がほとんどない今、後戻りしている暇なんてないから。

 

「……にゅいッ!?ちょ、アミッ、アミサさんッ!つ、ツンツンしな、しないでくださッ、いぃぃっ」

 

……でも、この状況で自分基準で気楽でいられるのはいくらなんでも不謹慎すぎると思うんだ。……だから私は渚くんの隣を歩きながら、彼の持つ殺せんせー入りの袋をつついて回転させて、楽しむ余裕のない私たちを他所に楽しそうにしている先生を酔わせて仕返しをすることにしようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5階、展望回廊。

眼下の海を一望できる、外側が全面ガラス張りになった廊下だ。本来ならすごくいい眺めを楽しめる場所、なんだろうけど……そうもいかせてもらえないみたい。夜だからどこか幻想的で……静かすぎるそこは、危なく不気味な雰囲気の漂わせていて、その中心には窓ガラスにもたれかかりながら佇む一人の男の人がいた。それを見て烏間先生が動けないならと壁役を買って先頭を歩く寺坂くんが足を止めた。

 

「(お、おいおい……めちゃくちゃ堂々と立ってやがる)」

 

「(いい加減見分けがつくな……どう見てもあいつは殺る側の人間だ)」

 

この廊下はさっきの中広間と違って狭く、遮蔽物がないから見通しがいい……つまり、隠れて奇襲する、ということが出来ない。小隊を組んでぶつかるにも狭すぎるから、私たちの人数が多いことを生かせない。

どうここを通り抜けるべきか……息を潜めながら考えていると、突然男の人がもたれていたガラス窓にヒビが入った。

 

「……つまらぬ。足音を聞く限り、『手強い』と思えるものが1人もおらぬ。精鋭部隊出身の引率の教師もいるはずなのぬ……だ。どうやら……〝スモッグ〟のガスにやられたようだぬ、半ば相討ちぬといったところか。……出てこい」

 

私たちがここまで来て様子を伺っていたことは完全にバレていたというわけですね……バレているのに隠れていても意味が無い、全員で男の人の前に姿を見せるしか選択肢はなかった。

それでゾロゾロと姿を見せることになったわけだけど……なんか……なんていえばいいのか分からないけど、みんなの表情がおかしかった。言いたいことがあるけど我慢するしかなくて、みたいな……、あ、もしかして……

 

「〝ぬ〟、多くねおじさん?」

 

「「「(言った!よかった、カルマがいて!!)」」」

 

「え、そっち?みんな、〝私たちは宿泊客ですから通らせてください〟って言いたいのかなって思ってた……」

 

「毒ガスおじさんも俺等の情報知ってたんだから無理っしょ」

 

「そっかぁ……」

 

「そうだよ」

 

「「「(出た、この天然娘!お前らここでほのぼのすんな!)」」」

 

見たところこの男の人は外人さんな容姿をしてるから、正直、母国語から日本語習得した時に違和感のある日本語の使い方で身につけた人なんだなってくらいのことしか考えてなかった。それか、日本の何かをリスペクト……だっけ、好きなものを真似てる人かなって思っていたら……案の定、サムライっぽい口調になるって聞いたらしく、かっこよさそうで試していたみたい。

 

「間違ってるならそれでも良いぬ。この場の全員殺してから〝ぬ〟を取れば恥にもならぬ」

 

「素手……それがあなたの暗殺道具ですか」

 

「こう見えて需要があるぬ、身体検査に引っかからない需要は大きい。近付きざま頚椎をひとひねりその気になれば頭蓋骨も握り潰せる……だが、面白いものでぬ、人殺しのための力を鍛えるほど……暗殺以外にも試してみたくなる。すなわち…闘い。強いものとの殺し合いぬ」

 

素手……武器が見えないからこそ警戒しにくく、完全にその人の力量に左右されるもの。それをこの機会に試したかったんだ……もしもここまで無事に烏間先生が来ていたらやるつもりだったんだろう。

その時、隣でカルマが動いたのがわかった。

 

「(行くの……?)」

 

「(うん。いざとなったらアレがあるし、ちょっと試してくるよ)」

 

「(……最初だけ、リズムを崩すのだけでいいから、私も行っていい……?見てるだけなんて、やだから……)」

 

「(……じゃあ俺がきっかけは作るから。そこからのおじさんぬとの闘いは、俺を信じてくれる?それならいいよ)」

 

1つ頷きあって、カルマが近くに飾られていた観葉植物を掴むのを合図に私たちは静かに移動する。

カルマ曰く命名『おじさんぬ』はお目当てだった烏間先生が満足に動けないことから足止めに興味をなくしてしまったみたいで、1人では面倒だからと報告ついでに増援を呼ぼうと携帯を取り出し、そこに視線を落とした……ところでカルマが観葉植物を振りかぶり、私も同時に飛び出す。

 

────ガァンッ!!

────ガッシャン!!

 

「な……っ!!」

 

「「「!!」」」

 

「……なんだ、思ってたより簡単に壊れちゃった。でもこれで連絡手段はなくなっちゃった、よね?」

 

「ねぇ、おじさんぬ。意外とプロってフツーなんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ」

 

大きな音が2つ、静かな廊下に響いてみんなが驚いているのを尻目に気にせず前に出たカルマの隣へ並ぶ。

烏間先生以外に手強い……戦える人はいないと私たち生徒を気にもしてなかった不意をつき、カルマが観葉植物でおじさんぬの手を殴りつけて携帯をはじき飛ばす……勢いをあえて殺さなかったから植木鉢はガラスを直撃、おじさんぬが作ったヒビよりも大きなものを作り出した。ほぼ同時に飛び出した私はカルマの肩、ガラスに打ち付けた植木鉢を足場に宙へ跳び、飛ばされた携帯を床へ思い切り蹴り落として破壊、そのまま床に着地してまっすぐ殺し屋さんを見る。

 

「……ぬ……?2人で来るか、少年、少女よ……、ッ!?これは……」

 

「…………」

 

今の一連の動きを見たおじさんぬが、一瞬なにかに驚いた素振りを見せて……何かを考えるように私たちのことを上から下まで眺めている。嫌な目線ではなくて、実力を図ろうとするものだと思う……私はとりあえず目をそらして少し下がり、その視線を遮るようにカルマが前に立った。

 

「……?なんかよく分かんないこと考えてるみたいだけど。この子はおじさんぬの連絡手段壊してくれただけの俺のサポーターだから、相手は俺1人だよ……ていうか速攻仲間呼んじゃうあたり、中坊とタイマン張るのも怖い人?」

 

「よせ、無謀……!」

「ストップです烏間先生……アゴが引けている」

 

今までのカルマだったら余裕をひけらかしてアゴを突き出し、相手を見下す構えをしていた。でも今は違う、口が悪いところに変わりはないけど……目はまっすぐ油断なく、正面から相手の姿を観察している。テストでの敗北……その経験からしっかり学んだんだろう、そう殺せんせーが評した。

1人だけ前に出て、明らかにカルマがタイマンで勝負を挑もうとしているのがわかったのだろう……殺せんせーは止めなかったとはいえ、みんなはなんとかして彼を止めようと一歩下がった私に訴えかけてくる。

 

「おい、真尾……お前はいいのかよ!相手はプロだぞ!?」

 

「いくらカルマでも分が悪いって……!」

 

「…………信じてっていったから」

 

「……え?」

 

……私だって、1人では危険だとわかっている戦いに行くのを黙って見ているのなんて嫌だ。傷ついて帰ってくるかもしれないのに、何も出来ないなんて嫌だ。

だけどそれではカルマに実力がないって言っているようなもの……誰にも本当の実力とか、秘めている力なんてわかるはずがないのに勝手に判断するのは、彼を信じられないってことになる。

 

「カルマが、信じてっていったから……だったら私は信じる」

 

……これが、1人で行こうとする人を送り出す側の気持ち、なんだと思う……はじめて、知った。

まっすぐカルマとおじさんぬの方を見て、それでも何かあった時のためにエニグマは握りしめて私がそう言うと、みんなは不安そうにだけど引き下がってくれた。任せてって、信じてって言ったから……私は目をそらさない、だからせめて、無理だけはしないで……

 

「いいだろう……試してやるぬ」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

そして、素手の殺し屋とカルマによる1対1の勝負が始まった。

振りかぶった最初の一撃で観葉植物は握りつぶされ、武器として使えなくなった。それを投げ捨てるのを見たおじさんぬは一気に接近戦へと持ち込んだ。頭、首、腕……それらを捕まえ握りこもうと動く手を、カルマは全て避けるか捌くかをして当たらない。一度捕まったらゲームオーバー……烏間先生と私たちの体育の授業を見ているかのようだ。

 

「……すごい」

 

思わず、そんな言葉がこぼれた。私たちは戦闘方法(たたかいかた)を学んでいるわけではいない。最終目的は暗殺だから、静かに忍び寄り、たった一撃の攻撃で仕留めればいいため、自らを守るすべを学ぶよりも、武器の扱い方、体の動かし方を優先して学んできた。カルマは、教えられていないことでも〝見て〟吸収し技術を盗んだんだ。

それでも防戦一方にしかならず、なかなか攻めに移ることが出来ない……ハラハラしながら見守っていると同じことに気づいたおじさんぬが攻撃の手を止めてしまった。

 

「……どうした?攻撃しなくては永久にここを抜けれぬぞ」

 

「どうかな〜あんたを引きつけるだけ引きつけといて、その隙に皆がちょっとずつ抜けるってのもアリかと思って。……まぁ、でも安心しなよ。そんなコスいことは無しだ。あんたに合わせて正々堂々素手のタイマンで決着つけるよ」

 

「良い顔だぬ、少年戦士よ……お前とならやれそうだぬ、暗殺家業では味わえないフェアな闘いが」

 

今度はカルマから仕掛ける。まずは蹴り、高さを見せると基本的に顔や首、顎を狙って攻撃を仕掛けていく。腕や指先で顔を狙いおじさんぬの注意が上半身に向いた瞬間、足を蹴りつけた。上手い具合にヒットし、蹴られた足をかばったおじさんぬは距離をとって背中を見せた……すかさず追撃をかけるためにカルマが一気に距離を詰める。

 

「(チャンス!)」

 

────ブシュッ

 

「!」

 

……瞬間、広がったのは見覚えのあるガス。まともにそこへ突っ込んでいったカルマは、意識を失くしたのか崩れ落ちた。カルマの頭を掴み、床に倒れ込むのを止めたおじさんぬは、持っていたガス噴射器を床に落とした。

 

「一丁上がりぬ……長期戦は好まぬ、〝スモッグ〟の麻酔ガスを試してみることにしたぬ」

 

「き、汚ぇ……そんなもん隠し持っといてどこがフェアだよ」

 

「俺は一度も素手だけとは言ってないぬ……ぬ!?」

 

「そうですね……でも、こっちには私がいるってことも忘れちゃダメです。……〝素手の勝負〟を先にやめたのはおじさんぬさんですから」

 

赤い光と共に火球がおじさんぬのカルマを掴んでいない側を掠め、窓にあたって消滅した……火のアーツ、«ファイアボルト»(火属性攻撃魔法)だ。さらに青い詠唱の光をエニグマに灯して、私も挑発を重ねる。吉田くんの言うことももっとも……だけどフェアを申し出ておきながらそれを先に破ったのはおじさんぬだから、これは無効試合みたいなもの。それなら最初に話していたタイマンだって無効……っていう理屈で私も参戦してアーツを使う意思があることを示す。

驚いたように私を見たおじさんぬだけど、何事も無かったかのように有利を確信した顔でカルマの顔を掴みなおすとそのまま持ち上げた……カルマの体は宙に浮く。

 

「拘る事に拘り過ぎない……それもまたこの仕事を長くやってく秘訣だぬ。少女術師よ、そのまま攻撃アーツを使えばこの男の命はないぞ」

 

「!……アミサちゃん!」

 

「…………」

 

「フッ、そう、そうやって大人しくしていればいいぬ。至近距離からのガス噴射、予期してなければ……」

 

「……、……あはっ、ありがとです、おじさんぬさん……()()()()()()()

 

「何を、ッ!?」

 

────ブシュッ

 

「奇遇だねぇ〜、2人とも同じこと考えてたぁ」

 

再びガスが噴射される音……今度はカルマの手の中から……予期してなければ絶対に防げないんでしょ?私に意識を向けた時点でおしまい、です。意識をなくすまではいかなかったみたいだけど、おじさんぬはたまらずカルマを手放して、崩れそうな体を支えている。

 

「なぜ、何故ぬ……お前がそれを持っているぬ……そして何故、お前は俺のガスを吸ってないぬ!ぬぬぬうぅぅっ!」

 

苦し紛れだろう、懐からナイフを取り出してカルマに躍りかかったおじさんぬだけど、少なからずガスを吸った影響が残っていたみたいで動きが鈍い……もちろんそれを見落とす彼じゃないから、ナイフを避けるついでに懐へと入り込み、そのまま固め技で締め上げた。

 

「ほら寺坂早く早く〜っ!ガムテと人数使わないと、こんなバケモン勝てないって」

 

「……はぁ、へいへい。テメーが素手のタイマンの約束とか、もっとないわな」

 

「縛る時も気をつけろ……そいつの怪力は麻痺していても要注意だ」

 

「「「はーい」」」

 

男子を中心におじさんぬの上にのしかかる……中学生とはいえ、さすがに10人近くが上に乗ったのはきついだろうね……ものすごい悲鳴が聞こえた気がするけど、聞かなかったフリで。そのままガムテープでぐるぐる巻きにしてしまった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「それにしても……カルマ、最初からアレ狙ってたのか?」

 

「ん〜?まーね。毒使いのおっさんが未使用だったのくすねといたんだ……使い捨てなのがもったいないくらい便利だね」

 

「アミサちゃんも笑ってたし……知ってたの?」

 

「だって、アレ見つけたの私だもん」

 

「……なるほど、あれか。椅子やら棚の下やらを覗いてた時」

 

ぐるぐる巻きにしたおじさんぬのそばで話す私たち……押し潰したとはいえおじさんぬなら起きてるよ、だから悔しそうに見上げているのがわかる。危険なのは手のひらだけだとは思うけど、いつこの拘束をほどいて起き上がってくるかわかったものじゃないから、動ける人みんなで一定の距離を取りながら囲んでる。

 

「何故だぬ……俺のガス攻撃、お前は読んでいたから吸わなかったぬ。俺は素手しか見せていないのにぬ……何故ぬ!?」

 

「とーぜんっしょ、()()()()の全部を警戒してたよ。……あ、アミーシャ、うれしいなよろしく〜」

 

「!……ん、わかった。寺坂くん、リュック貸して?」

 

「は?……お、おう……」

 

私に頼み事をしてカルマはおじさんぬの方へ近づいていった……先に済ましちゃおう。そう思った私は寺坂くんの持っているリュックにカルマが入れたらしい非常用持ち出し袋を出させてもらう……その袋が出てきた瞬間に、寺坂くんが「あいつ、いつの間にこんなの入れやがったんだ!」って……カルマ、入れさせてもらってたんじゃないんだ、……文字通り勝手に入れたんだね。

おじさんぬの顔の正面に座るカルマはまっすぐと目線を合わせる……勝者だからと驕らず、ただ、まっすぐ。

 

「あんたが素手の闘いをしたかったのは本トだろうけど、一対多数のこの状況を足止めするために、素手に固執し続けるようじゃプロじゃない。俺等をここで止めるためにはどんな手段でも使うべきだし……俺でもそっちの立場ならそうしてる。あんたのプロ意識を信じたんだよ、信じたから、警戒してた」

 

カルマが信じていたのはプロ意識……もしもおじさんぬが言っていたフェアな闘いを望むって言葉を信じていたら、素手以外に警戒なんてしてなかっただろうから危なかった。カルマもタイマンの事とか麻酔ガスの事とかいくつも嘘を重ねて対峙してたからおあいこって気がする……つまり、この勝負が始まってからすぐ、闘いの裏側では言葉の駆け引きが行われてったってことだ。

 

「大きな敗北を知らなかったカルマ君は……期末テストで敗者となって身をもって知ったでしょう。敗者だって自分と同じ、色々考えて生きている人間なんだと」

 

相手はどんな努力をしてきたのか……自分と同じように考えてるのではないか……見くびっていたら相手の存在なんて目に入って来るわけがない。相手をまっすぐ見るようになったからちゃんと見て、敬意をもって警戒する……それが出来てはじめて『隙がない』人物になれる。隙がないというのは、単に油断していないってだけじゃダメなんだ。

 

「大したやつだ、少年戦士よ。負けはしたが楽しい時間を過ごせたn……」

「え、何言ってんの?楽しいのこれからじゃ〜ん?」

 

「……ぬ?」

 

「はい、カルマ」

 

「ありがと〜……んー、あったあった」

 

おじさんぬも、負けはしたけどカルマが1人の対戦者としてまっすぐ敬意をもって挑んでいたことを察したんだろう……どこか満足げにこの闘いを締めようとした、が。そこで終わるわけがないのがカルマだよね……タイミングを見計らっていた私は今だと思って非常用持ち出し袋を差し出す。にょきっと取り出したのは……

 

「……なんだぬ、それは?」

 

「わさび&からし。おじさんぬの鼻の穴にねじ込むの」

 

「なにぬ!?」

「「「はあっ!?」」」

 

カルマ特製非常用持ち出し袋……別名、いたずらグッズ『備えあればうれしいな』。見たことないようなものから身近にありそうなものまでなんか、いろいろ入ってる……これから使うものが幾つかあるらしいから袋をひっくり返してみた。あ、虫のおもちゃ出てきた。

 

「さっきまではきっちり警戒してたけど、こんだけ拘束したら警戒もクソもないよね。これ入れたら専用クリップで鼻塞いでぇ……口の中にトウガラシの1000倍辛いブート・ジョロキアぶち込んで……あ、それとって」

 

「……これ?うん」

 

「ありがと。で、その上から猿轡して処置完了っと……さ、おじさんぬ。今こそプロの意地を見せる時だぬ」

 

「ぬぐおぉぁあぁあっッ!!??」

 

「あはははっ!まだまだチューブ1本あるんだからぁ、いーっぱい味わってよね〜!」

 

「カルマ、これって何?」

 

「ん?……あぁ、それ奥田さんに頼んで作ってもらった悪臭化合物(魔物食材入)。それ使うと、ここいっぺんものすごく臭くなるらしいから、おじさんぬにやるならそっちのセンブリ茶にしときなよ」

 

「もぐがァァあぁああぁッッ!!〜ッ!!」

 

「んと……私はいいかなぁ……カルマに麻酔ガスかけてきた時は氷漬けも一応仕返し候補にあったんだけど、元気だったし、別にいいかなって」

 

「そう?じゃあ俺がやろっかな〜」

 

ホントに色々入ってるなぁ、この袋……カルマの隣に座って、気になるものを手に取りながら彼の気が済むまでおしゃべりを続けていると、袋ごと寺坂くんに没収された。なんだかんだ言ってもリュックに入れてくれるみたいで、なんつーもん持ってきてんだよって言われてしまった……。

 

「あー、もうお前らその辺にしろ!さっさと行くぞ!もたもたしてっと見つかっちまう」

 

「図体でかいもんね」

 

「うるせぇっ!」

 

何はともあれ、誰も怪我も何もすることなく(相手は除きます)5階を通り抜けることができた。これでやっと半分……ちょっと、疲れてきたかも……少しだけ力が抜ける感覚があるというか……初めて感じる違和感だけど軽いものだし、カルマのあの戦闘で腰が抜けそうになっていたのかもしれない。それにもうひとつの懸念事項の方が私の中の殆どを占めていたから、あまり気にしてなかった。

──次にぶつかる問題のフロアまで、あと少し。

 

 

 





「殺せんせー……カルマ君、変わってなくない?」
「えぇ……将来が思いやられます」
「ていうか、なんであの子は隣で平然としてるの!?」
「……慣れなんじゃ、ないかな」
「あれって慣れるのか……?」
「しかも何の疑問もなく手伝ってるし……奥田ぁ……なんつーもん渡してくれてんだ……」
「あの悲鳴をバックに、あそこだけ日常風景みたいになってるよ……」
「真尾の適応能力を褒めればいいのか、あれに慣れきってるのを異常だと思えばいいのか……」
「……全部、じゃないかな……」


++++++++++++++++++++


カルマの時間、別名『悪魔達の悪魔的なお遊び(最後だけ)』をお送りしました。
アニメと原作単行本のいいとこ取りをしようといろいろ見ながら書いてるので、混ざってます。特にオリ主は気がついたら暴走してるので、みんなが荒れます。

『今回の暴走』
・携帯蹴り壊す→床に蹴り落とす
・実はちょっとキレてた。アーツをギリギリに当てるように撃つ
・平然と『備えあればうれしいな』袋を扱う。きけん?近寄るな?……なんで?
など。

次回は、女子の時間。





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女子の時間

5階の展望回廊を通り抜け、6階へと向かう……この場所が一般客が入れる最後のフロアだ。その最後のフロアには、律ちゃんから最初に情報を開示された時点で判明していた、ある問題がある。

 

「皆さん、この上がテラスです」

 

「BARフロア……問題の階ね」

 

「はい。ここからVIPフロアへ通じる階段は店の奥にあります。裏口は鍵がかかっているので室内から侵入して鍵を開けるしかありません」

 

今までは廊下を通ってその途中にある階段を上っていけばすんなり上の階へ上がってこれたのだけど、ここだけはダンスフロア、BARフロアを通り抜けた先にある店の一番奥……そこの階段からしかいくことが出来ない。一応私たちは今、店の外、その階段近くにある裏口にいるんだけど……もちろん鍵があいてるわけもなくて、最初の予定通り中から開けるしかないみたいだ。

 

「俺と烏間先生が行くと、この体勢だし目立っちまうな……最悪ドラッグとか酒で倒れた人を支えてるって名目で入り込むのも出来ないことはないけど」

 

「それでもやっぱ不自然だろ。……ていうか、この大人数でぞろぞろ通り抜けるだけってのも考えもんだよな……」

 

如何にあやしまれずに、如何にトラブルに巻き込まれずに何事もなく通り抜けられるかがここの攻略の鍵になるんだと思う。そう考えると人数が多すぎるのも、人を支える人がいるのも周りの目を引いてしまうし、きっといるだろう見張りに怪しまれたらそれはそれでおしまいだ。

前を歩いていたカエデちゃんやひなたちゃん、凛香ちゃんたちがスマホの律ちゃんを挟んで何かを話し合っていて……振り向いた凛香ちゃんが、カルマの隣を歩いていた私に向かって小さく手招きした。何かと思って駆け寄ると、凛香ちゃんは私と手を繋いで、ボソリといった……ここからは、女子の時間って。

 

「……今少し話し合ったんだけど、先生や男子はここで隠れてて。私達が店に潜入して中から裏口を開けるから……こういうところは女子だけの方が怪しまれないでしょ?」

 

「ふむ、確かに。入口のイリーナ先生を見た限り、そして場所柄……若い女性だけの方がチェックは甘いでしょう」

 

「いや……女子だけでは危険だ……いざという時の男手も……」

 

「といってもねぇ……前原君みたいに慣れてる人ならともかく、この人数の女子の中に入って、ハーレム状態であのフロアを歩ける猛者なんているの?」

 

殺せんせーは女子の案をすぐに採用しようとしていたけど烏間先生は渋っているし、メグちゃんの言い分も最もだ。女の子たちの集まりに男子が1人だけ……なんていうのも目立ってしまいそう……それこそ前原くんみたいに女性の扱いというか、接し方に慣れてる人なら違和感なく溶け込めると思うけど。

それでも誰か……と男性陣をぐるっと見るメグちゃんの視線から男性陣が次々と目をそらしていく中、カルマだけが飄々とした笑顔で手を挙げた。

 

「あ、俺は気にしないよ?というか目の届かないとこに行かせたくないから、ついて行きたい」

 

「カルマはアミサしか見ないだろうから却下」

 

カルマは女子みんなのことを気にしてくれてるのに、なぜか凛香ちゃんはバッサリと断った。その理由に私の名前が出たのが不思議だったのだけど、他の女子たちはみんな頷いていて、男子は「あー……」みたいな顔してて……え、みんなは意味わかったの?

 

「うわ、即答とか。……だったらさ?」

 

カルマ自身も断られることは想定していたのかあっさり引いて、すぐ隣に立っていた渚くんの両肩を持って前に押し出すとにっこり笑った。女子と男子、みんなの視線が渚くんに集まっていて、私と渚くんはどういうことかって一緒に首を傾げ……

 

「なるほど、渚なら違和感無いわね……」

 

「……プールサイドに1着発見……調達してくる」

 

「化粧ポーチなら私持ってるよ」

 

「……え……まさか……」

 

「……渚くんが、女の子になってついてくるってこと……?」

 

「その言い方なんか誤解を招くよ!?」

 

「え、渚君、とる?」

 

「とらないよ!!」

 

……みんなの言い分で納得した。というわけで、一時的に渚くんは渚ちゃんとなって、女子についてくることになったみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋外プールはまだしも、大音量で音楽の流れるダンスフロア、年齢制限とか世間では違法とされても、このホテルでは全部合法となるお酒や葉っぱ(ドラッグ)を楽しめるBARフロア……私たちにはあまり縁がないし、生理的に受け付けない部分のある場所だ。お店の外に位置する裏口で男子たちには待っていてもらって、私たちは警備の警戒をかいくぐって無事に潜入することができた。

 

「……うー……音、……色々混ざってぐちゃぐちゃしてて、あんまり好きになれない……」

 

「まー、鍵開けるまでの我慢だからさ。そ・れ・よ・り……ホラ、渚ちゃん。前に出てしっかり守らなくっちゃ」

 

「無理……前に立つとか絶対無理!……うぅ……どうして、僕が……」

 

……女装してるはずなのに違和感がなさすぎて、男子なのに女子メンバーに放り込まれたはずの渚くんは、しっかり渚ちゃんとしてこの空間に溶け込んでいた。本人は顔を真っ赤にして小さくなってるけど、多分似合ってしまったことに落ち込んでるんだと思う……明らかな違和感さえあれば、これは無理だって避けれたことだろうから。

でも正直私は渚くんがいてくれて安心できるから、このフロアに入ってきてからずっと渚くんと手を繋がせてもらっていたりする。知らない人がいっぱいで、嫌な目で人を見る人たちがいて……ひさしぶりに私の苦手なものがたくさん集まっている場所、この場所で1人になるのは無理だ。

 

「それに顔はともかく、いい感じにアミサちゃんとそっくりなんだから……姉妹ってことにしちゃえばいいじゃない」

 

「不破さん、それって服装とか身長とか見て言ってるの……?確かにカルマ君にも頼まれたけどさ……」

 

「渚おねーちゃん……?」

 

「……あー……うん、もうそれでいいや。でもおねーちゃん呼びはここでだけにしてね、アミサちゃん……」

 

渚くんは水色の長い髪を高い位置でツインテールにしていて、私は紺色の髪を高い位置でツーサイドアップにしていること。渚くんの服装は黒の肩出しで大きなリボンのついたトップスに赤いチェックのスカートに黒のニーハイソックスを合わせていて、私はヘソ出しとまではいかないけど黒のインナーが見える短めで白とオレンジのマーブル柄の肩出しトップスに水色の短パンに黒のニーハイソックスをはいていること。……とにかく、今の私と渚くんは見た目がいろいろ似ているのだ、優月ちゃんはその事を言ったんじゃないかなって。あと、私の身長は145cmで渚くんは159cm……ちょうどリーシャお姉ちゃんと同じ身長差ってこともあって、私は渚くんをお姉ちゃんみたいに見ることには違和感ないんだよね、実は。

 

「ね、どっから来たの君ら?」

 

急に声をかけられたと同時に背後から肩に手を置かれ、私は反射的に乗せられた手から逃げて渚くんの後ろに隠れてしまった。驚いたのと背後から触られるっていういきなりの怖さで逃げてしまったけど、さすがに失礼だったかと思って顔だけのぞかせてみる。

 

「ははっ、悪ぃ悪ぃ、脅かしちまった。なぁ、彼女ら……そっちで俺と飲まね?金あるからぁ、なんでもおごってやンよ」

 

声をかけてきたのは帽子やTシャツでたくさんNew Yorkを強調してる男の子だった。渚くんの肩にも手を置いてることから、私たち2人同時に呼んでいたみたい……そういえば、最初から言ってたね、「君ら」「彼女ら」って……。

どうすればいいのか分からなくて、渚くんや他の女子の方をみていたんだけど、慌ててる渚くんはともかく……女子たち側、ものすごく嫌そうな邪魔そうな冷ややかな目で男の子のことを見てた。

 

「……はい、渚。相手してきて」

 

「え、ええっ!?」

 

サラッとメグちゃんが渚くんを売った。男の子なのにナンパされたことからなのか、男手とは全く関係の無いところで使われそうになっているからなのか……渋っている渚くんを少し隅に連れて行って説得し始めたメグちゃん。ついていくにも行けなくて手を離してしまったし、隠れる相手がいなくなっちゃったしで、どうしようかと思ってキョロキョロしていたら……いつの間にか帽子の男の子は私の近くに来ていた。

 

「へぇ、渚ちゃんっていうのかぁ……君は妹?名前は?」

 

「!……えと、その……私、アミサっていうの。おにーちゃんは?」

 

「そっか、アミサちゃんって言うのか〜、俺ユウジな!」

 

「……ゆーじくん?」

 

「そーそー、よろしくな!……お、渚ちゃんも来たな」

 

「あの……遅くなってごめんね」

 

「へーきへーき、自己紹介しあっただけだって。な?」

 

「うん。えとね、おにーちゃんは、ゆーじくんなの」

 

「はは……(ホント、怖がりなんだか度胸あるんだか……)」

 

妹、妹、……なんだ、もともと妹なんだからいつも通りでいいのかな……とにかく不自然にならない程度に思い込もうと必死に考えながら自己紹介してみたら、思ったよりも警戒されなかったし、むしろ軽い。あと、なんとなくだけど……裏表もなくて演じてない人って感じがした。……会ったばかりだし、そんな評価をする資格なんて私にはないんだけど。

ゆーじくんの言葉にそちらを見てみれば、メグちゃんと話し終わったみたいで軽く小走りでこちらに来ている渚くんが見えた。自然と隣に並んで、私が不自然になっても不審に思われにくいようフォローしてくれたことに、ちょっとでも感謝を伝えたくて渚くんの左腕に抱きついておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、飲めよ。奢りだ、パーっとやろうぜ!」

 

「え、いやその……ぼ、……私たちは飲めないんで」

 

BARラウンジに連れてこられて、ゆーじくんは何のためらいもなくお酒を注文して持ってきた。勧められたけど、さすがに飲めない……未成年だし、今は他のみんなが目的を果たすまで、もしくは糸口をつかめるまでの時間稼ぎをしなくちゃいけない。

 

「その、ユウジくん……はさ、親と来てるの?」

 

「親ァ?うちの親にそんな暇あるわけねー。ここだけの話な、俺の親父、テレビで有名なタレントなんだ……二人も絶対知ってるぜ?」

 

……そっか、烏間先生が言ってたような芸能人や金持ちのって……ゆーじくんみたいな人たちのことだ。得意げに親の自慢話をしてくれてるけど、彼の話が全然出てこない……そう思いながら聞いていたら、彼はハッと何かに気づいたように顔をそらした。そのままイライラした手つきでポケットからなにか取り出して……

 

「それ、タバコじゃないよね?もっと……」

 

「ん?ああ、ま、法律じゃぁダメなやつだ。最近はじめてよー、俺等の歳でこういうの知ってるやつがかっこいいんだぜ?」

 

そういいながら火をつけようとしたドラッグ(ソレ)を、私は反射的に取り上げていた。

 

「……だめ、ゆーじくん、壊れちゃう……」

 

「学校の先生が言ってたよ。『吸ってかっこよくなるかどうかは知らないが、確実に生きづらくなるだろう』って」

 

お酒はまだしもドラッグは、確実に人を壊してしまう……私はそんな人を実際に見ているし、知っているから。それは様々な思惑の裏側で暗躍していた薬で、たくさんの人が飲み込まれて、耐えられずに消えてしまった人もいることを知っている。私の知る薬、グノーシスとは違う、学校で習うような物なんだろうけど……ドラッグはドラッグに違いない。

私たちは静かに諭す言葉を並べていたけど、ゆーじくんは気に入らないみたいで、舌打ちとともに思い切り机に拳を叩きつけ、ビックリして一歩下がってしまった。

 

「生きづれーんだよ、男はもともとよ!!男はな、無理にでもカッコつけなきゃいけねーんだよ。俺みたく?いつも親と比較されてりゃなおさらな。……お前ら女はいいよなー……最終的にはカッコいい男選ぶだけでいいんだからよ」

 

「……ゆーじくん、私と似てるね」

 

「は……?」

 

多分、ここまでに話してきた中でこの言葉が彼の本音……お父さんの話以外で、しっかり自分を出した発言だと思う。そしてその言葉を聞いて最初に感じたのが、どこか私と似ているところがあるってことだった。

 

「私にもね、有名なアーティストのお姉ちゃんがいるの。キレイで強くてカッコよくて……誰よりも優しいから、私、大好き。でも、私たちのことをよく知ってる人ならいいけど、何も知らない周りの人には私を見てもらえないの。『さすがはあいつの妹だ』『いいな、あの人の妹で』って……頑張って自分を見てもらいたくても、結局お姉ちゃんの影はついてくる」

 

「…………」

 

「でもね、今はあんまり気にならないの……私を見てくれる人ができたから。何があっても一緒にいるって言ってくれる人ができたから。近くで見てくれて、褒めて、叱ってくれる……人を助けることを知ってる、器用なのにちょっと不器用なとこもある……そんな人」

 

リーシャお姉ちゃんと私のことを知っている人は、いい。でも、知らない人にとっては有名な姉をもつ妹でしかない……私なりにすごいことが出来ても『さすがリーシャの妹だね』という思いはどうしてもついてくる。そういう目を向けられるのが嫌で、これまでずっと隠し続けてきた。

でも、それを打ち明けても一緒にいるって言ってくれる人ができた。まだまだ秘密をいっぱい隠しているのに、何も聞かないで話すまで待つって言ってくれた。私を見てくれて、助けてくれて、心配してくれて、手伝わせてくれて、……たくさんのはじめてをくれた、大事な人。

 

「ゆーじくんにも、そんな人がきっといると思うの。それに……まっすぐ相手を見ることができる人の方が、私は好き、かな……」

 

「……アミサちゃん……。…………って、あれ、渚ちゃんの妹じゃなかったの?」

 

「渚おねーちゃんのこと……?私、渚おねーちゃんの『妹分』だから、おねーちゃんって呼んでるの」

 

「…………えーと、」

 

「ごめん、この子こういう子なんだ……」

 

「渚!アミサちゃん!」

 

そんな話をしていれば、BARフロアの入口の近くでカエデちゃんが手招きしているのが見える。私たちを呼んだ……ということは、鍵を開けれたか、男手がついに必要になったか、かな。1度渚くんと視線を合わせて、ここを離れるタイミングを見る。

 

「あ、じゃ、ぼ……私行くね」

 

「……またね、ゆーじくん」

 

「お、おい、もうかよ!」

 

彼が引き止める声が聞こえたけど、私たちの優先順位はこのフロアを抜けることが上だから……申し訳ないけど手を振って背を向ける。他の女子メンバーと合流してみると、目的の場所の前に見張りがいて、なにか騒ぎを起こすなりしておびき出し、そのあいだに通ってしまいたい……と、言うことで私たちは呼び戻されたみたい。

 

「……あの辺の植木、燃やす?」

 

「いやいやいやいやいや……何言っちゃってんの?……やらなくていいから、それはさすがにトラブルの元だからやめよ!?」

 

「うぅ、なんでもいいから早く着替えたいよ……」

 

「ちょ、おい待ってって彼女たち!俺の十八番のダンス見せてやるよ!ほら、ほら!」

 

とりあえず騒ぎを起こすなら手っ取り早くボヤ騒ぎかな、と植木に歩いていこうとしたら、みんなに全力で止められた……。じゃあどうするのかって思ったら、どうやら作戦は決まっていたらしくて、いざメグちゃんが話そうとした時……ゆーじくんが追いかけてきて、目の前で踊り出す。タイミング的になんていうか、その……

 

「「「(邪魔……)」」」

 

「!……ゆーじくん、横……!」

 

「へ?…………へ!?」

 

ガッシャン、と音を立ててダンス(?)で振り回してた腕が、近くを通っていたらしいヤクザみたいな人の飲み物に直撃……中身がその人の服にかかってしまった。ヤクザさんは必要以上にキレて、服の弁償とか殴るとかでゆーじくんにあたりはじめて……ある意味これ、チャンスじゃないかな?同じことを桃花ちゃんも思ったみたいで、ひなたちゃんに何やら耳打ちしてる。ひとつ頷いた彼女は、騒ぎを起こしてる二人へと近づき……

 

「すみません、ヤクザさん」

 

「あァ?……ガッ!?」

 

……蹴った。それはもう、クリーンヒットというやつだと思う。顔を蹴られ、倒れ込んだヤクザさんは当分起きそうにない……一緒に座り込んでしまったゆーじくんも腰を抜かしてしまったように呆然としてる。

その間にヤクザさんが()()()倒れたように移動させて偽装して、見張りの人に対処をお願いすれば、案外すんなりとヤクザさんの対応のために持ち場を離れてくれた。ゆーじくんに今のことを秘密にするように伝えて、警備の人がいない間に裏口へとみんなは走っていく。この場に残っているのは私と渚くんだけだ。

 

「女子の方があっさりカッコいい事しちゃっても、それでもメゲずにカッコつけなくちゃいけないから……辛いよね、男子は。今度あったらまたカッコつけてよ。できればダンス以外がいいな」

 

「お話できて楽しかったよ。……おとーさんのお話をしなくてもまっすぐ向き合えて、ゆーじくんらしさが出せたら、それが1番カッコいいと思う……麻薬とかに頼らない、ホントのゆーじくんでいられますように……」

 

「……………渚ちゃん、……アミサちゃん……」

 

最後にもう一度ゆーじくんを振り返って手を振ってから、階段へと駆け出す。……女子だけの任務達成、これでこのフロアも突破だ。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「危険な場所へ潜入させてしまいましたね。危ない目に遭いませんでしたか?」

 

「んーん、ちっとも!」

 

待っていた男性陣と合流したところで、安心したように問いかける殺せんせーに対して、私たちは先生や男子に頼らなくても、自分たちで潜入をこなしたという満足感でいっぱいの返事を返した。私と渚くんの方は言わずもがなで、他の女子たちの方もナンパされたらしいけど、桃花ちゃんの機転で何も起こらずに撃退できたらしい……さすがです。待っている間に烏間先生の体の自由がだいぶきくようになったらしくて、少しずつ体を動かし始めてる……こっちもさすがだ……

 

「で?変な虫、近寄らなかったよね?」

 

「え、いや……まあ……ナンパにあったくらい……?」

 

「はァ?渚くんは別にいいけど、そーいうのからこそ守ってよね、『渚おねーちゃん』?」

 

「理不尽……ッ!ていうか、僕も一緒にナンパされたんだよ!?」

 

「渚くんは1人で何とかなるかもだけど、あの子は下手に度胸あるせいで、吹っ切れると何やらかすかわかんないから別」

 

「……実際そうだったから否定できない……!」

 

他の女子メンバー放置で、着替えてきた渚くんにカルマが詰め寄ってる。……笑顔で壁に追い詰めてるし、詰め寄ってるって表現で間違いないよね。仲よくおしゃべりしてるところ悪いけど、合流してからちょっと確かめたいことがあってうずうずしてた私は、静かに近寄ってそのままカルマの腰に抱きついた。

 

「あの場所って虫さんいたの……?お酒扱ってるのにいいのかな……」

 

「うん、虫は虫でもそっちじゃないから……って、どーしたの」

 

「……確認。……自慢してたら、カルマがホントに近くにいるのかなって、気になって」

 

「……よく分かんないんだけど」

 

ゆーじくんに自信満々で話したら、なんとなくホントにそばにいるのか実感したくなったというか……このフロアをこえるために、ほんの少しの間離れただけだど。私や渚くんに何があったのか聞きたそうにしてるけど、これは秘密にしておこうかな……私がカルマに対してどう思ってるのか、っていう本音。漠然としたものしかうかばなかったけど、ああやって口に出してみたら、私が普段どう思っているのかがなんとなく分かった気がする。

これにどう名前をつけたらいいかわからないけど……大切だってことはわかるから。今はまだ、抱きついていれば自然と降ってくる手のひらの温かさが感じられる位置にいることを大事しておこうと思う。

 

 

 

 

 




※説得の裏側
「片岡さん、なんで僕が……」
「……カルマに頼まれてるんじゃないの?」
「う」
「それにほら、そういってる間にも打ち解けちゃってる……あの子、裏があまりない人にはサラッと懐くじゃない?本能的に察してるんでしょ、そーいうの」
「……わかったよ、僕が見てる」
「さっすが、よろしくね」
(合流後、ナンパのことはあっさりバレる)



「さて、階段を上ったとはいえ……まだ油断はできん。そろそろ、移動するぞ……」
「……だって、カルマ、行こ?」
「あー……うん、もうちょっと待って」
「?……カルマ、頭に手があると、顔あげれない……」
「上げなくていいから」
「???」



「カルマ君、真っ赤……」
「あの子、不意打ちも同然に抱きついてたもんね……渚、何か知ってる?」
「なんか、カルマ君の存在を再確認したかったんだってさ。さっきのナンパの時に、カルマ君のことを大切だって自慢しててさ」
「……早く気づくといいね」

「ねぇ、聞こえてるから。お前らうっさいよ」
「カルマー……まだ……?」


++++++++++++++++++++


女子の時間。
ナンパのシーンは、コンプレックスの話がしたかったので、入れる予定でしたが、麻薬の話は思いつきです。そういえば、軌跡シリーズにでてきてたなぁと。グノーシスを麻薬と言っていいのかは謎ですけども……

オリ主、ちょっと、自分の気持ちを確認しました。まだ名前をつけるほど理解はしてないですが、意味を持ってそばにいてほしい存在くらいには認識ができてきました。あとはきっかけかなぁ……





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武器の時間

この話では出席番号が出てくるので補足しておきます。
オリ主こと『真尾有美紗』が入るため、前原くん以降の出席番号がひとつずつズレます。
前原陽斗…E-22(ここまで変わりなし)
オリ主……E-23
三村航輝…E-24
村松拓哉…E-25
矢田桃花…E-26
吉田大成…E-27
という形になりますので、よろしくお願いします。



「この潜入も終盤だ……律」

 

『はい、ここからはVIPフロアです』

 

渚くんが着替え終わり、階段を上った先……7階に入ると、一般客の姿は全く見えなくなる。VIPフロア……私たちが気にすべき相手の数はぐっと減ることになる代わりに、これまで以上に警戒しなくてはならない。私たちから見えるところだけでも、明らかに今までとは違う服装、体格の見張りの人たちがいる……律ちゃんが言うには、ここから先はホテルの警備員だけでなく、客自身が雇った見張りを置くことが出来るらしい。

 

「あれって、私達を脅してる奴らの一味なの?それとも無関係の人が雇った警備?」

 

「どっちでもいーわ。倒さなきゃ通れねーのは一緒だろうが」

 

寺坂くんは意気込んで指をポキポキ鳴らしていて、策さえあれば、飛び出す気満々のようだ……、……あれ、なんか寺坂くんに違和感がある気がする……いつもの彼とどこか……気のせい、かな……?

 

「いい意気込みです、寺坂君。そして倒すには、君が持ってる武器などが最適ですねぇ」

 

そうこうしているうちに、殺せんせーがニヤニヤしながら寺坂くんに何やら指示を出している。どうやら持ってきたリュックサックの中に、この状況を打開できる武器(もの)があるみたいだ……寺坂くんはものすごく出したくなさそうな顔をしながらリュックの中をあさり始めた。烏間先生は一撃で仕留めなくてはいけないけどホントにできるのかって言ってるけど、寺坂くんには自信があるようで……

 

「おい、木村。お前の足ならあそこからここまで逃げ切れんだろ、あいつら怒らすか何かしてここまで誘い出してこい」

 

「俺がァ?どーやって」

 

「知らねーよ」

 

囮、と言ったら聞こえが悪いけど……確かに木村くんならこのくらいの距離を余裕で逃げ切れると思う。でも、どうやって追いかけさせるかまでは寺坂くんには思いつかないみたいで完全に無茶振りになってる……木村くんは思いつかなそうで首をかしげていて……そこにイタズラを思いついたような楽しそうな笑顔でカルマが近づいて行き、何やら耳打ちしていた。それを聞いて何を言うのか決めたみたいで、木村くんは口を固く結んで廊下へ足を踏み出した。

 

「〜?〜〜〜、〜〜〜。〜〜」

 

「………!」

 

「……!!」

 

「……この距離だとなんて言ってるかはっきり聞こえないね……」

 

「カルマ君、何言わせたの?」

 

「んー?『脳みそなくて頭の中まで筋肉野郎、人の形してんなよ、豚肉ども』って。あとは木村が言いやすいように変えてんじゃね?」

 

「うわ、ものすごい勢いの追いかけっこに……そりゃ怒るわ」

 

木村くん自身の言葉を聞いたわけじゃないけど、自分の考えが上手く相手を怒らせたことに満足気に笑ってるカルマが言った言葉を聞くだけでも、だいぶ失礼なことを言ったんだとわかる。ホント、そういうのよく思いつくなぁ……

廊下の音を聞くだけでも、木村くんのスピードに見張りたちがついていけなくなってるのがわかる……むしろ、これだけの距離なのにバテたようなドタドタした足音を響かせてる。涼しい顔でものすごいスピードで走る木村くんが私たちの隠れている横を通過したのを確認して、寺坂くんと吉田くんが体勢を低くした。

 

「おっし、今だ吉田!」

 

「おう!」

 

────バチチッ

 

同時に飛び出した2人が、木村くんを追いかけてきた見張りに思いっきりタックルして地面に張り倒し……瞬間響いた大きな電気が弾ける音。スタンガンだ。元々は殺せんせーに電気を試そうと買ってたらしいけど、思わぬ所で役に立った。首元に電流を流されたらさすがに一溜りもない……見張りの男の人たちは見事に泡を吹いて気絶している。この状態から起き上がることはまずないだろうと思って男の人を観察していたら、知り合いに見たことのある特徴を見つけ、驚いてしまった。……木村くん、運がよかったね、としか言えないや。殺せんせーも当然のように気づいていて、寺坂くんに声をかける。

 

「寺坂君、その2人の胸元を探ってみてください。膨らみから察するに……もっといい武器が手に入るはずですよ」

 

「……木村くん、よかったね……」

 

「は?真尾、いきなり何言って……」

 

「ああ、そういえばアミサさんは知り合いにいるんでしたね。専門が魔物相手とはいえ、……銃手が」

 

「「「本物の、銃!?」」」

 

「ヘタしたら俺撃たれてた!?」

 

相手が銃を使わずに『子ども(ガキ)だから』って走って追いかけてくれたから無事だったとしか思えない……今までの人たちもそうだったんだから敵が本物の武器を携帯してるのなんてほとんど当たり前だったのに、完全に忘れてた……。

とにかく見張りは2人、銃も2つ……確かに役に立つ武器を手に入れた、のはいいけど……。私たちが普段扱っているのはエアガンだし、弾はBB弾……実弾入りの本物の銃なんて、仕組みは同じでも誰も使ったことがない。どうするのかと思えば、殺せんせーは迷わずに指名した。

 

「千葉君、速水さん。この銃は君達が持ちなさい。ただし、先生は殺す事は許しません……君達の腕前でそれを使えば、傷つけずに倒す方法はいくらでもあるはずです」

 

……この指名は妥当な判断だと思う。クラスの中で射撃成績が1番いいのはこの2人だから……だけど、さっきの暗殺でエアガンで失敗したってプレッシャーがある2人は思いつめた顔をしている。だれも声をかけることはできない……先生の指名でもあるし、この2人より上手くできるなんて保証はどこにもないから。

 

「さて、行きましょう。ホテルの様子を見る限り……敵が大人数で陣取っている気配はない。雇った殺し屋も残りはせいぜい1人か2人!」

 

「……おう!さっさと行って……ぶち殺そうぜ!!」

 

殺せんせーの声に寺坂くんが率先して応える、それなのに先頭を歩いていくわけじゃない……やっぱり、何かがおかしいよ。静かに近づいてよく見てみれば、少し脂汗をかいているような……これ、緊張してるとかじゃなくて、熱……?

 

「……寺坂くん……もしかして」

 

「!……(黙ってろ。俺ゃ体力だけはあんだからよ、こんなもんほっときゃ治る)」

 

「……んん……(でも、……だったら、せめてその体力だけでも……)」

 

声をかけながらその背に触れてみると、普通の体温よりも高く感じる……ウイルスが今、発症したんだ。潜伏期間は人それぞれって犯人が言ってたし……やっぱり、全員が体に取り込んでることに間違いなさそう。寺坂くんは取り柄の体力でなんとか周りに『普段通り』を見せてただけ……空元気でしかなかったんだ。口に出そうとした私の口を軽く塞ぐ彼の手すら熱くなっていて……残してきたメンバーを思えば、相当辛いのだと思う。それでも本人が隠したがっているなら、私は本当に危なくなるまでは協力する。小さく詠唱を唱え、«ティア»(体力回復魔法)をかける……蒼い光の雫が寺坂くんに吸い込まれていった。

 

「(ん……軽くなった、あんがとよ)」

 

「(……ごめんなさい、私じゃ、完治させられない……)」

 

「(わーってるよ、……お前こそ、無理してるじゃねーか、謝んな)」

 

「!?(……なんで、)」

 

「(……さーな。ただ、わかる奴はわかってると思うぜ……当然、あいつも……話は終いだ、行くぞ)」

 

アーツをかけ終わると、ひとつため息をついてお礼とともに私の頭を撫でてくれた寺坂くん……まだ、手のひらは熱いままだ。そして……続けられた言葉に足を止めてしまった。……バレてた?隠せてると思ってたのに……だけど、寺坂くんのを隠す代わりに私のそれを黙っててくれるみたい。

いつかは話さなくちゃいけないこと、でも……せめてこの潜入が終わるまでは……バレたくない。そう改めて思い直して、寺坂くんの回復のために使ったエニグマを握り直した、ら、

 

────カシャン

 

「……え、」

 

「何の音?」

 

「?どーしたの、アミーシャ」

 

「!……な、なんでもない。エニグマ、落としちゃっただけ……」

 

「なんだ、そっかぁ。ビックリしたよー」

 

「えへへ、ごめんね……」

 

前を歩いていたみんなが急に響いたその音に振り向いて、カルマに声をかけられてから慌てて拾う。……今、確かに力を入れて掴んだはずだったのに……気づいたら手から滑り落ちていた。……寺坂くんにバレたことで、動揺でもしてたのかな、私。

 

「……アミーシャ、ちょっと……」

 

「……どーしたの?いきなり握って……えへへ、カルマの手、あったかいね」

 

…………つめたい…………熱がないからなのか……?

 

「?」

 

エニグマをしまい直していたらいきなり片手をカルマに取られてビックリしたけど、彼はなにか呟いて、それからなんでもないって言った。……何が確かめたかったのだろう。そのまま繋いだ手が、少しだけ力を増して握られた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みなさん、これより上の階もVIP専用の非常階段を使わなくてはなりません。そのためには、8階のコンサートホールを通り抜ける必要があります』

 

「……了解……ッ!?……全員、椅子の後ろへ隠れ息を潜めろ。固まらず、散らばれ……行け!」

 

使用されていないコンサートホールは真っ暗で……できる限り足音を消して通り抜ける、そのはずだった。烏間先生がなにかに気づいたようにステージの方へ意識を向けて、私たちへ小声で指示を出す。……一気に通り抜けるよりも、烏間先生の感じた何者かの気配をやり過ごすために身を潜める方がいいと判断したのかもしれない。私たちが椅子の背もたれへと体を隠したのと、ほぼ同時だった……誰かが、……ううん、この場合は誰かじゃない、……殺し屋だ。

 

「……15……いや、16匹か?呼吸も若い……ほとんどが10代半ば。驚いたな、動ける全員で乗り込んで来たのか」

 

────ズギュゥン!

 

気配……呼吸音だけで私たちの人数や年齢を推定してみせた殺し屋さんは、後ろを見ないままに銃を撃った。みごと、その弾はステージの照明を割り、発砲音とガラスの割れる音がホール中に響き渡る。

 

「言っとくが、このホールは完全防音だ。お前ら全員撃ち殺すまでだーれも助けに来ねぇって事だ……お前ら人殺しの準備なんてしてねぇだろ!おとなしく降伏してボスに頭下げとけや!」

 

確かに私たちは人殺しの準備なんてしてない……でも、大切な友だちを助ける準備はしてきたんだ。そう簡単に引き下がるわけにも、降伏するわけにもいかない……!

 

────バァンッ

 

……さっきのと発砲音が違う……多分、凛香ちゃんか千葉くんの銃で撃った音だ。殺せんせーに止められた通り、人殺しをするわけにはいかない……殺さず、傷つけずに銃を扱うなら、考えられることはいくつかあるけど、今のは『武器を奪おう』としたんだと思う。その音が響いた瞬間、余裕そうに銃を手のひらで回していた殺し屋さんは一気に真剣な雰囲気へと変化していた。

 

「なるほどぉ……意外とうめぇ仕事じゃねーか!」

 

リモコンか、ステージ備え付けの機材か……何にせよ、一気にステージが明るくなった。明るいどころじゃない、眩しすぎる……!逆光になってステージの殺し屋が影になり、直視することができない。

 

「今日も元気だ銃がうめぇ!」

 

────ズギュゥン!

 

「一度発砲した敵の位置は忘れねぇ……下にいた2人の殺し屋は暗殺専門だが俺は違う。軍人上がりだ。この程度の一対多戦闘は何度もやってるし、幾多の経験の中で敵の位置を把握する術や銃の調子を味で確認する感覚を身につけた。……さぁて、お前らが奪った銃はもう一丁あるはずだ……」

 

今の発砲音は……殺し屋さんのいうことをそのまま受け取るのなら、さっき銃を落とそうと狙った子に撃ったんだろう。ここまでの手練が相手となると下手に動けない、どうする、みんなバラバラの位置にいるから先生たちだって私たちを把握して指揮するのは困難、これは個人戦になるのか……

 

「速水さんはそこで待機!」

 

殺せんせー……!

 

「今撃たなかったのは賢明です千葉君!君はまだ敵に位置を知られていない!先生が敵を見ながら指揮するので……ここぞという時まで待つんです!」

 

「っ!どこから喋って……!!」

 

「ヌフフフフフ……」

 

いつも通りのノリの殺せんせーの笑い声が聞こえて、少し安心する。よかった、私たちには最強の暗殺対象でありながら最高の強い味方の殺せんせーがいるんだから、もうだいじょ、……あれ、でも殺せんせー、動けないのにどうやって……それに、今どこに、

 

「テメー何かぶりつきで見てやがんだ!」

 

「ヌルフフフ、無駄ですねぇ。これぞ無敵形態の本領発揮」

 

……1番前で、殺し屋さんをおちょくってた。これ、絶対ニヤニヤしてるよね……ものすごい銃撃の音が聞こえるけど、完全防御形態のおかげで全部跳ね返してるはずだから。

熟練の銃手に暗殺の訓練を受けているとはいえ戦闘経験のないただの中学生が挑む……その視覚ハンデとして殺せんせーが前に出てくれたみたい。殺し屋さんの動きや視線を見ながら私たちに指示を飛ばしてくれるって……見えないのにできるの?っていいたいけど、先生だからやっちゃうんだろうなぁ……まぁ、勝手に動くわけにいかない私たちは指示に従うだけだ。

 

「では木村君、5列左へダッシュ!」

 

その声の聞こえた瞬間、通路をまたいで木村くんが移動する。まさか攻撃ではなく移動だなんて思わなかったんだろう……殺し屋さんが銃の照準を合わせる前にすんなり移動できたみたい。

 

「寺坂君と吉田君はそれぞれ左右に3列!」

 

「なっ……」

 

「死角ができた!このスキに茅野さんは2列前進!」

 

「カルマ君と不破さん、同時に右8!」

 

「アミサさん、右へ4列進む!」

 

「磯貝君、左に5!」

 

1つの場所を見れば、他の場所を見ることができない……15人もいるんだから、あちこちに散らばった私たち全員を一気に警戒することは不可能。視線を左右に振らせながら、私たちは少しずつ、少しずつ前進していく。

問題は、殺し屋さんは『私たちが本物の銃を2丁所持していること』と、『最初に撃ったのが速水、もう1人が千葉』っていうことを知ってるってこと。殺せんせーは名前で私たちに指示を出してるから、名前をどんどん重ねていけば誰がどの位置にいるかを敵に教えることになる……つまり、回数を重ねれば名前を呼んだ時点で次に誰が移動するかがわかって射撃してくる可能性と、狙撃手2人を狙って撃ってくる可能性があるってこと。先生、どうするんだろう……とか思っていたけど、全く心配する必要なんてなかった。

 

「出席番号12番!右に1で準備しつつその場で待機!」

 

「へっ!?」

 

「4番と6番はイスの間から標的(ターゲット)を撮影!律さんを通して舞台上の様子を千葉君に伝達!」

 

「ポニーテールは左前列へ前進!」

 

「目隠れ、左へ3!」

 

「バイク好きも左前に2列進めます!」

 

「教室で理科好きの前の席の人、右へ2行けます!」

 

「ジャンプ好き、右前に1列前進の後右に3!」

 

出席番号、見た目、趣味、それに座席……自分しか、もしくはE組で一緒に過ごしていなければ分からないことで指示を出していく殺せんせー。確かにこれなら、位置の把握なんて早々できるものじゃない……というか、さり気に千葉くんと凛香ちゃんが移動(避難)出来てる。

殺し屋さんもいきなり名前以外で指示を出しはじめて、しかも全くわからない呼び名で誰が移動しているのか、同じ人が動いているのか、完全に混乱して銃をあちこちに向けているのがイスの隙間から見えた。

 

「最近竹林くんイチオシのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっとハマりそうで怖かった人!撹乱のために大きな音を立てる!」

「うるせー!!何で行ったの知ってんだテメー!!」

 

次の指示は最近あった出来事、……え。なんでそんなプライベートなことを殺せんせー知ってるの……?しかも明らかにバレたくないことを話している。そしてそれだけでは終わらなかった……むしろ、そこからが殺せんせーによる暴露大会の始まりだった。

 

「クラスの女子にちゃん付けで呼ばれてちょっと意識しちゃった男子、右に8列移動!」

「ちょ!?」

 

「未だに本校舎の女子からラブレターを手渡される女子!1列前に進む!」

「うぅ、気にしてるのに……」

 

「最近かなりスキンシップを増やしてるのに気付いてもらえないばかりか相手から無自覚でやり返されてそれでも可愛いから何も言えないで悶えてる人、右前2列前進!」

「うるさいよ……!」

 

「最近のスイーツ通いで店員さんに覚えられて試作品を受け取ってる人、ズルいです!先生も混ぜて!左へ7!」

「やだよ、あそこ穴場だもん!」

「「「(指示に私情挟むな!)」」」

 

「お揃いの動物のキーホルダーをどこに行くにも持ち歩いて毎日触っては癒されてる人!右へ5!」

「本トなんでそーゆーこと知ってんだよ!?」

「ば、バレてる!?……ていうか僕の右5もないよ!?」

「あれ、今のって私の事じゃないの…!?」

「にゅやっ!?3人ともそうだったのですかっ!?先生てっきりリスの人だけだと……!」

「「「(なんで指示したお前が驚いてんだよ!?)」」」

 

……なんか、ホントになんで知ってるのって情報を暴露し始めた殺せんせー……みんな、ついなんだろうけど声出しちゃってるから誰のことなのか(私たちには)バレバレになっちゃってるよ……

でも、カルマと渚くんがあの時に買ったキーホルダーを大事に持ってくれてることがわかったのは嬉しいかもしれない。私だけじゃなかったんだって、分かったから。

 

「月の妹、E-12、E-16、E-1、E-13。E-1だけ6/7、あとは全員最初の一文字を取って動きなさい!その後先生から合図があった時のみ『目』の使用を認めます!」

「!」

 

その後もいくつか移動の指示が続く中、『月の妹』……私に個人的に指示が来た。しかも移動の指示じゃない、何かの行動を促すメッセージだ。言い方からして出席番号……菅谷くん、寺坂くん、カルマ、杉野くん。カルマだけ6/7であとは最初……、…………なるほど、そういうこと。殺し屋さんが他へ目を向けている隙に理解した私はすぐに行動へ移す。

 

「さて、いよいよ狙撃です千葉君。次の先生の指示の後……君のタイミングで撃ちなさい。速水さんは状況に合わせて彼の後をフォロー、敵の行動を封じることが目標です」

 

……これが、移動ではなく反撃に移るための最後の指示だ。

 

「と、その前に結果で語る仕事人の2人にアトバイスです。君達は今、ひどく緊張していますね。先生への狙撃を外したことで……自分達の腕に迷いを生じている。言い訳や弱音を吐かない君達は……『あいつなら大丈夫だろう』と勝手な信頼を押し付けられることもあったでしょう。悩んでいても誰にも気付いてもらえない事もあったでしょう」

 

先生の言葉を聞いて、1つのことが心にのしかかってきた。私たちは、凛香ちゃんと千葉くんの2人が狙撃成績1位だから……仕事人の2人ならきっとやり遂げてくれるからって、最後のトドメを、1番プレッシャーの大きい役割を当然のように任せていた。私だって、外すわけにはいかない役割だから自分がやりたくないって逃げたし、さっき本物の銃を誰に渡すかってなった時に、殺せんせーの判断を『妥当な判断』だって思った。……結局は、2人に甘えてたんだ。

 

「でも大丈夫。君達はプレッシャーを1人で抱える必要は無い。君達2人が外した時は人も銃もシャッフルして……クラス全員誰が撃つかもわからない戦術に切り替えます。ここにいる皆が訓練と失敗を経験しているから出来る戦術です。君達の横には同じ経験を持つ仲間がいる。安心して引き金を引きなさい」

 

……1人じゃない、失敗していけないわけじゃない。みんなが同じ立場、みんなが同じ覚悟を持ってる。だからできること。その言葉が、ひどく安心感を与えてくれた。ここにいる全員が今、一緒に戦っている!

 

「では、いきますよ……出席番号12番!!立って狙撃!!」

 

「ビンゴォ!!」

 

────ドン!

 

殺し屋さんは千葉くんがどの位置にいるのかある程度の目星はつけていたんだろう。寸分違わず飛び出した影の眉間を撃ち抜いた……でも、残念。出席番号12番は()()()()()()()()

 

「なっ!?」

 

『狙うなら()()一点です!』

 

「オーケー、律」

 

────ドキュゥン!

 

出席番号12番の菅谷くんが作った人形の眉間に狙撃した殺し屋さんが動揺したその一瞬の隙を見逃さず、千葉くんが通路に飛び出して狙撃した。……撃たれた、そう思ったのだろう殺し屋さんが自分の胸に手を当てて、自分が撃たれていないこと、生きていることを確認している。

 

「ふ、へへ……へへへ、外したな。これで2人目も、場所がァッ!?」

 

釣り照明が降ってきて、殺し屋さんを背後から突き飛ばした。千葉くんが狙っていたのは釣り照明を固定している金具……殺せんせーに殺さないで無力化するように最初から言われてたから、最初から殺し屋さんは狙っていなかったんだ。なんとか立て直した殺し屋さんが千葉くんを狙おうとしたけど、今度は凛香ちゃんの銃が火を吹いて、殺し屋さんの銃を弾き飛ばした。

 

「くそ、がぁ……誰が、俺の銃が、1丁だって……言ったよ……ッ!」

 

まだ、倒れないの……!?腰から新たな銃を引き抜いて、撃ってすぐの動けない凛香ちゃんを殺し屋さんが狙おうと照準を向けた。

 

「最高の銃でなくとも構わねぇ、お前ら全員皆殺しに……ッ!!」

 

「解除!!『目』の使用を認めます!!」

 

殺し屋さんの言葉を遮って殺せんせーの大声がコンサートホール内に響き渡る。訝しげな殺し屋さんの真正面に……凛香ちゃんとの射線を遮るように私は降り立つ。

 

「なっ…!?」

 

「沈んで……ッ《魔眼》ッ!!」

 

────バチバチバチッ!!

 

反応される前に、目が合った瞬間に発動させたクラフト……それにより、私の目の奥がアツくなる。寺坂くんのスタンガンのように大きな音を立てて殺し屋さんごと空間を縛り付けると……やっと、気絶してくれたのかステージへと倒れた。

 

「よっしゃ、ソッコー簀巻きだぜ!」

 

「ふぃー……音立てずに作ってたから疲れたわ……」

 

「かっこよかったよー!」

 

「お疲れ様」

 

「さすが仕事人!」

 

「よく頑張ったな」

 

みんなで千葉くんと凛香ちゃんを囲んで声をかけあって、笑顔でねぎらう……最後の仕上げは数人だったとはいえ、みんなで掴んだ勝利だ。千葉くんと凛香ちゃんは普段、滅多に表情を大きく変えることは無い……でも、この時ばかりは今まで見たこともないくらいキラキラとした綺麗な笑顔を見せていた。

 

「……お疲れ様」

 

「……頑張ったね」

 

「……!カルマ、渚くん……!」

 

「目は?」

 

「ちょっと、アツいだけ。前よりは平気だよ」

 

ひと通り、凛香ちゃんたちの方で話してきたのかカルマと渚くんの2人が私を撫でてくれた。目の確認もされたけど、前のように痛みは出なくて……少しだけ、慣れたのかな。

そのうちに凛香ちゃんと千葉くんも私たちの方へ来て、千葉くんには軽く頭をぽんぽんと、凛香ちゃんには抱きしめられてお互いよく頑張りましたって言い合った。1人じゃない、みんなで戦う……近くに仲間がいる安心感はこんなにも大きな力になるんだ。それを、この戦いで私たちは学んだのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 




「ところで、あの殺せんせーの指示はなんだったの?」
「あ、それ私も気になってた」
「えと、名前……」
「?……なんだっけ、菅谷君、寺坂君、カルマ君、杉野君だったっけ」
「うん、で、カルマだけ6/7。つまり、『あかばねかるま』の6番目の文字の『る』、あとの人は頭文字だからそれを繋げて……」
「……『ステルス』……あのビッチ先生のピアノに隠れたあれか……」
「もしものためにって、あの殺し屋さんがもしも銃を奪われた時にどうするかまで考えてたらってことなら……『目』の使用許可って言ったくらいだから、そういうことなのかなって」
「その通りです、アミサさん。あれだけの情報でよく分かってくれました」
「本トによく伝わったね……」
「……ありがと、アミサ。助かった」


++++++++++++++++++++


Q、今回一番楽しかったのは何か?
A、殺せんせーの暴露大会

あとがきです。
暴露大会で、オリ主・カルマ・渚の3人のキーホルダーについては元々書いていたのですが、どうせなら遊ぼうと他のみんなも増やしていくうちに、千葉くんと速水さんは移動できちゃってるし、数人暴露されてるし、カエデちゃんにはおねだりしてるし、でカオスなことに。後悔はありません。

寺坂くんの発症タイミングを少しずらしました。渚が気づく場面も入れますが、このやりとりを先にして欲しかった……のちのち使いたいことに、大事な要素が……といいたいけど、これ別に元々の場面に入れても変わりなかった気もしてきた。こういうこともあります。

では、次回はついに……!
お楽しみに、です!






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××の時間

このホテルに潜入している全員で挑んだコンサートホールでの一戦を終えて、銃使いの殺し屋さんをこれまでの殺し屋さんたちと同じようにガムテープでぐるぐる巻きにした後。銃使いの殺し屋さんが姿を見せたステージ奥にあった非常階段を上ると、やっと9階……目的地まで、あと少しとなった。階段を上った先を進み10階への階段の正面に立っている見張りが見えたところで、烏間先生は磯貝くんから離れて私たちを待機させた。そして静かに近づくと……

 

「ふうぅ〜……だいぶ体が動くようになってきた。まだ力半分ってところだがな」

 

「力半分で既に俺らの倍強ぇ……」

 

「あの人1人で侵入(はい)った方が良かったんじゃ」

 

背後からその見張りを襲って首を絞め、一瞬で男を気絶させた。烏間先生は悔しそうにしながらその流れで通路の先を確認しはじめたけど……木村くんの言った通り今の状態で、すでに私たちが勝てる気がしません。宣言通りホントに30分で動けるまでに回復してしまった烏間先生は、やっぱり人外なんじゃないかって気がしてくる。

 

『皆さん、最上階部屋のパソコンカメラに侵入しました。上の様子が観察できます』

 

律ちゃんのその声に、様子を伺う烏間先生以外のみんなが自分のスマホに目を落とす。そこに映っていたのは、いくつもの画面を見ている1人の男……この人が、すべての黒幕。何が映っているか、それに男の顔はハッキリわからないけど、画面を見ながらニタニタ笑っているのは雰囲気で伝わってくる。

 

「……皆さん、あのボスについてわかってきた事があります」

 

殺せんせーの考えでは、黒幕は殺し屋ではないということだった。殺し屋はその名の通り『殺す力をもった人がその力を生かして殺しをする』職業……だけど、今まであってきた3人の殺し屋たちは全員、見張りや防衛という殺しの能力とは関係の無い役割をもって現れた。彼らの能力がフルに使われていたら……最初の毒使いの殺し屋に烏間先生は、素手の殺し屋にカルマは、銃使いの殺し屋に私たちは殺されていただろう。

もし黒幕が殺し屋だとしたら、彼らの最大限の能力を活かせるように配置、利用するはずだ……効果的な使い方を知っていて計画を立てているはずだから。なのにそれをしなかった……できなかったのは、黒幕が知らないから。ただ、普通の人よりも能力が特化した人、という認識なんだろう。

 

「時間が無い、黒幕は我々がエレベーターで来ると思っているはずだが、交渉期限まで動きがなければ……さすがに警戒を強めるだろう。個々に役割を指示していく、まずは……」

 

倒した見張りの懐を探っていた烏間先生が何かを見つけて立ち上がると、最後の突入に向けて1人1人に指示を出していく。機動力のあるものには黒幕を取り押さえることに専念するための指示を、遠距離もしくはそれぞれ手持ちの武器があるものは援護にはいり、そして、退路を塞ぐ……私は犯人の欲のために要求されてる身でもあるから、途中で人質とかになっても困るということで、もう1人の要求である渚くんと他の役割につかなかったメンバーと一緒に、1番後ろで黒幕の逃げ道をなくすことになった。

全員がそれぞれの役割を把握して前に進もうと、誰も私を見ていないすきを見計らって……私は小さく詠唱する。

 

『ッ!?アミサさん……!』

 

さすがにスマホから全部見てる律ちゃんは1番に気づいたみたいだけど、もう詠唱は終わってる。止めようと声を上げたんだろうね……彼女の声でこちらを振り向いたみんなに、このホテルへ来る前にも使ったアーツを発動させた。

 

「……«レキュリア»(状態異常回復魔法)……先生、ここにいる()()、症状が出てないとはいえ感染はしてるんだよ……黒幕を倒す前に、動けなくなったら困るでしょ……?」

 

「……あぁ、助かる」

 

「最後の仕上げだ、気合い入れるぞ!」

 

「アミサちゃん、ありがとね!」

 

「……俺は奇襲班だから先に行くよ。アミーシャも早くおいで」

 

完治できなくても発症を遅らせることはできる。……寺坂くんのように発症していても、他の待機組に効果があったみたいにきっと、症状を抑えてくれると思うから。指示を仰がずにいきなり使ったことをそう説明すれば、みんな納得したように笑って気合を入れ直していた。

緑色の光の雫が体に溶け込んだことを確認して、烏間先生を先頭に階段を上がりはじめる。全員に気合を入れようと小さく掛け声をかけた磯貝くんが、殺せんせーを抱えながらお礼を言ってくれた渚くんが、前に出ることになってるカルマが、階段の向こうへ姿を消したのを見てから私も続こうとして……ぐらりと視界が揺らいだ。立っていられなくなって思わず壁にもたれかかる。

 

『アミサさん……!』

 

「……よかった、なんとか、足りた……律ちゃん、へーきだよ。戦術導力器(オーブメント)魔法(アーツ)を放つためだけの機械じゃない……持ってるだけで、セットしたクオーツの種類によって体力、力、精神力……様々な身体能力が向上する……それで、十分」

 

『で、ですが……もう限界ですよね?以前リーシャさんにお聞きしましたが、こちらに回復薬は……』

 

「……こんな事態、考えてなかったから持ってきてない。でも……律ちゃんは知ってるでしょ、これは体調不良じゃなくて私の適性の問題。……アーツは精神力を使うから、ちょっと疲れちゃっただけ……それだけに、決まってる」

 

蓋を開いたエニグマに目を落とす……私の戦術導力器(オーブメント)は幻の縛りがあるとはいえラインがひとつながりだから、かなりアーツの適性があるといえる。なのに、私にはそれを活かせない……ううん、ひとつながりのオーブメントでは普通はありえない問題を抱えている。だからそれのせいで疲れただけ、そう思いたかった……でも、今はそれだけじゃない気もしていて、怖かった。

 

──力を入れて握りしめたはずのエニグマを落としたこと……今思えばあの時から手足に軽くしびれがあるのかもしれない。

 

──カルマに手を握られても力が入った感覚がよく分からなかったこと、《魔眼》を使ったあとに、これまで毎回あった痛みや熱さをあまり感じなかったこと……感覚に、鈍感になっている……?

 

──今さっき、ぐらりと揺らいだ視界……めまいが起きた。

 

これを全部、疲れたから、慣れたからでまとめていいのかが分からなかった。初期症状に個人差があるって言ってたし、これが私の感染したウイルスの症状なのかな……?だけど私は全く熱が出ていない、他の発症したみんな等しく発熱してるのに、だ。じゃあ違うものが原因……?なら、なんで、どうして、

 

「……行こう、これが終わったらみんなが助かるんだから」

 

『……そう、ですね。行きましょう!』

 

……いろいろ考えても仕方が無い、わかる問題でもないんだから。幸い、治ってはないけどめまいも手足のしびれも軽くなったから、普通に歩くくらいなんともない。寺坂くんだってあの体調でついてきてて、やり遂げようと必死なんだ。私だって、負けてられない。律ちゃんと2人きりになった廊下を音もなく駆けてみんなを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

烏間先生がカードキーを通して最上階……目的の部屋を解錠する。さっき見張りの服から何か見つけていたとは思ってたけど、これだったんだ。ゆっくりと静かに開かれた扉の向こうには、黒幕1人が使うには、だだっ広い空間が広がっていた。でも遮蔽物が多くあるから気配さえ消してしまえば、隠れる場所はたくさんあるし近づけるはず。

烏間先生の合図を見て、順番に、音を極力立てずに侵入する……体育の授業で習った〝ナンバ〟だ。烏間先生と磯貝くんが中心になって、ハンドサインを使って全員の配置を決める。

 

奥まで進むと、さっき律ちゃんのカメラ映像で見た通りの男が1人、そしてその足元にはスーツケースが置かれていた……あれが多分、ウイルスの治療薬だ。ケースには何か小さな機械のようなものが取り付けられていて、コードが伸びている。事前の打ち合わせで爆発物の可能性は話されていたから今更驚く必要は無い、むしろ想定通りだと考えなくちゃ。

1番いいのはこのまま気づかれずに取り押さえること……もし遠い距離で気づかれたら烏間先生が発砲してひるんだところを私たちで拘束する、そんな段取りだ。ゆっくり、ゆっくりと近づきながら、私たちは烏間先生からの合図を待つ。私たちの入ってきた道以外には部屋の奥へ行く通路しかないことを確認する。一斉に飛び出す構えをとる。銃を、スタンガンを向ける。

 

「(今だ……!!)」

「かゆい」

 

私たちの空気が凍った。

気づかれた……?それとも、黒幕の独り言なのか……

 

「思い出すとかゆくなる。でも、そのせいかな……いつも傷口が空気に触れるから……感覚が鋭敏にっているんだ」

 

黒幕の男は、後ろを向いたまま大量のリモコンを私たちに向けてバラまいた。どれか、じゃない。これ全部が、治療薬の入ったスーツケースに取り付けられた爆弾の起爆スイッチ……きっとどれを押しても、間違って押しても爆発する。

 

「言ったろう?もともとマッハ20の怪物を殺す準備で来てるんだ。リモコンだって超スピードで奪われないよう予備も作る……それこそ、うっかり俺が倒れ込んでも押す位のな」

 

……聞き覚えのある声だった。

 

思えば烏間先生に電話が来た時から、どこかひっかかるところがあった……『なぜ姉との関係を知ってるのか』って。個人情報……戸籍や家族関係、その家族がどう呼ばれているかという、学校に提出されたもの以上まで調べてきたから。でもこれは殺し屋さんが生徒を人質にとろうとした、とかを計画していたならまだ納得できることだったから、あの時は深く考えずに飲み込んだ。

だけどまたひっかかりが出てきた……毒使いの殺し屋さんがボロを出した、『E組にアーツ使いがいる』ことを黒幕が知ってるってこと。私がこっちに来てからアーツを使ったのはこの沖縄での暗殺計画を除くならたったの2回だけ……なのに、知っていた。

 

「……連絡がつかなくなったのは──3人の殺し屋の他に()()にもいる。防衛省の機密費──暗殺に使うはずの金をごっそり抜いて……俺の同僚が姿を消した」

 

前よりずっと邪気を孕んでいて、冷たくて、狂ったような声。でも、電話を通さない声を聞いて、全部つながった。答えは自分で言ってたのに、なんで気づかなかったんだろう。たった1人だけ……当てはまる人がいるじゃないか。

 

「……どういうつもりだ、鷹岡ァ!!」

 

烏間先生の代わりの体育教師として私たちの元へ現れ……自分の仕掛けた賭けに負けて学校から去った、鷹岡先生が、そこにいた。

 

「悪い子達だなァ……恩師に会うのに裏口から来る。父ちゃんはそんな子に育てたつもりはないぞォ?」

 

鷹岡先生は、ニタリと狂気と憎悪を含んだ顔でグシャリと笑う。ドス黒い何か気持ちの悪い感情をのせた声で、また、父親面をして話しかけてくる。傷だらけの顔……そこに残っているのは先生自身の爪の跡……何度も何度も引っ掻いてできた傷の上に、新たに傷が増えていく。

 

「屋上へ行こうか……愛する生徒達に歓迎の用意がしてある。……ついて来てくれるよなァ?お前らのクラスは……俺の慈悲で生かされているんだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなり強い風が吹いている。広い屋上にあるのは常設されたヘリポートと、そこへ向かうためにある1つの梯子だけ……そんな場所で、私たちと鷹岡先生は対峙していた。

 

「盗んだ金で殺し屋を雇い、生徒達をウイルスで脅すこの凶行……血迷ったか!」

 

「おいおい、俺は至極まともだぜェ?これは地球が救える計画なんだ。おとなしくそこのちっこいの2人に賞金首を持ってこさせりゃ……俺の暗殺計画はスムーズに仕上ったのになァ」

 

そう言いながら鷹岡先生が見ているのは渚くんと……え、私じゃない?……渚くんの隣にいたカエデちゃんだった。そのまま楽しそうに笑いながら話し出した計画は、人としてありえないようなものだった。

対先生弾が大量に入ったバスタブに『背の低い女子』として呼んだ生徒を殺せんせーを抱いた状態で入れ、上からセメントで生き埋めに……殺せんせーが対先生弾に触れずに完全防御形態から元の姿に戻るには、周りのエネルギー体を爆発させるしかない、でも一緒に入っている生徒を守るためにはそんなことは出来るはずがない……したがって、何も出来ずに溶かされるだろう……そんな、悪魔のような計画。

 

「許されると思いますか?そんな真似が……」

 

「これでも人道的な方さ……お前らが俺にした……非人道的な仕打ちに比べりゃな」

 

悪魔のような暗殺計画を聞かされ、私たちのことを大切にしてくれている殺せんせーは……イトナくんの触手を見た時と同じように、真っ黒な顔色で静かに鷹岡先生へ声をかけた……ものすごく、怒ってる顔だ。対して鷹岡先生はといえば、私たちに比べれば人道的だという。中学生に負けて任務に失敗したという汚点、それによって周りからの評価は下がり屈辱の目線を向けられ、騙し討ちのように突きつけられたナイフ……それが頭から離れないからって。

 

「計画では……あー、茅野っていったっけ?そいつを使う予定だったんだがなァ」

 

「……どういうこと?アンタが指名した『クラスで一番背の低い男女』は渚君とアミーシャ……もう1つの要求だって該当するのはアミーシャだよ。茅野ちゃんは関係ないじゃん」

 

「まさか真尾が背の低い女子で該当するとは思わなかったからなァ……だからと言って名指しすれば学校に、お前らE組に出入りした奴だとバレる危険性が上がっただろう?」

 

カルマが聞き返したことでハッキリした。もともと鷹岡先生が要求していたのは背の低い男女として渚くんとカエデちゃん、月の姫の縁者として私……この3人だったんだ。……じゃあ、カエデちゃんはあの計画で使うから呼んだのだとして、私と渚くんは……?一体、なんのために……

 

「落とした評価は結果で返す。受けた屈辱は……それ以上の屈辱で返す!特に潮田渚、真尾有美紗!お前ら2人は最後まで悪い子だったなァ……俺の未来を汚したお前らは絶対に許さん!」

 

自分で決めたルールなのに自分で負けた賭け……負けた原因は騙し討ちのようにナイフを当てた渚くんだって言い張るそれは、完璧な逆恨みだった。多分、私が呼ばれた理由は同じようなこと……賭け以前鷹岡先生に反抗し、先生曰く教育的な罰を受けていないから。そして罰を受けた生徒を治療したから。

 

「へー、つまり渚君とアミーシャはあんたの恨み晴らすために呼ばれたわけ。その体格差で勝って本トに嬉しい?俺ならもーちょっと楽しませてやれるけど?」

 

「イカレやがって……テメーが作ったルールの中で渚に負けただけだろーが。それに真尾だって……こいつなりの正義で反抗しただけだ。言っとくけどな、全員同意見だ……あの時テメーが勝ってよーが負けてよーが、俺等テメーのこと大ッ嫌いだからよ!」

 

「ジャリ共の意見なんて聞いてねェ!!俺の指先でジャリが半分減るってこと忘れんな!!」

 

カルマが代わりに出ようとしてくれている。寺坂くんがみんなの言葉を代弁してくれている。だけど鷹岡先生は興奮しきっていて、その言葉たちを耳に入れることなんてなく、ただ怒鳴り散らすだけ……まともに会話になるはずがなかった。それに爆弾のスイッチを手にしているから、下手に刺激してボタンを押されても困る……それ以上の口出しはできなかった。

 

「チビ共、お前ら2人だけで登ってこい。この上のヘリポートまで……父ちゃんと補修をしようじゃないか」

 

私たちが黙ったのを見て、ウイルスの治療薬が入ったスーツケースをつかみ、鷹岡先生は上へと上がっていく。……なんとなくやらせようとしていることは見えている……受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す……その言葉から。

 

「渚、アミサちゃん。ダメ、行ったら……」

 

「………行きたくないけど、行くよ。あれだけ興奮してるんだ……何するか分からない」

 

「……少しでも、治療薬を壊されないで済む方法があるなら……みんなが助かるなら、私はそっちを選ぶ」

 

渚くんはカエデちゃんに殺せんせーを渡してヘリポートを見上げる。そして私と目を合わせると、梯子へと歩き出した。私がそれに続こうとした時……

 

「…………離してよ、カルマ」

 

「ねぇ、アミーシャ……これだけ正直に答えて。何度も聞いてるけど……何か、隠してるよね」

 

「!」

 

前に進めなくなって、腕を掴まれていたことに気づいた。梯子を登る途中で振り返った渚くんが、登るスピードを落として時間を稼いでくれているのが見えた。上で鷹岡先生は、怒鳴り散らしてるけど……今はこっちをどうにかしなくちゃいけない。

振り向かないまま、前を向いたまま手を引き抜こうとしたのだけど、全く動かせなかった。軽く力を入れて引き抜こうとしても同じ……行くのを止められるのかな、なんて思っていたのに……今日何度も聞かれた質問をされて、思わず抵抗するのをやめてしまった。もう、既に疑問ですらない、確信した言い方だったから。

 

「……気のせいだって思おうとしたけど……やっぱりおかしいんだよ、いつもと違う。この潜入の間だってあれだけ隣にいたのにコンサートホールに入る時くらいから全然目を合わせようとしない、低すぎるこの低体温も、今だってかなり力を入れて握ってるはずなのに何も言わないのも、だから……」

 

「隠しごとなんて、」

 

この、たった1時間足らずの時間で、よく気づいたなって思うほどに並べられたカルマが感じた違和感たち……そして確信を持って私が隠しごとをしていると言ってきた。……ホントなら、言わなくちゃいけないんだろうね……だけど、私はどうしても臆病だから。だから、カルマの言葉を遮るように続けた。

 

「……隠しごとなんて……そんなの、出会った時からいっぱいしてるよ」

 

「……ッ!……ぁ……アミーシャ!」

 

振り返って、まっすぐ彼の目を見て、笑顔をむけて、告げる。今の問いに適さない、答えになってない答えにすり替えて返したけど、カルマは驚いて掴んでいた手を緩めた……その隙に手を引き抜いて私はヘリポートに向かって歩き出す。だって『私が多くの隠しごとをしている』っていうその肯定も、ある意味カルマがずっと聞きたがっていた答えだったから。

後ろから私を呼ぶ声が聞こえたけど、今度は振り返らなかった。振り返ってしまったら、せっかく笑顔に隠した恐怖と、言い表せない胸騒ぎと……さっきも感じた体の違和感、それらに気づかれてしまう気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで、あんな顔見せんのさ……隠せてないんだよ、……くそっ」

 

 

 

 

 

 

 

 




「渚……」
「真尾……」
「何か、できることないの……?ただ、見てるしかできないの……?」
「!わ、私何かないか探してくる。これだけ暗いし屋上だったら何か備品が置いてありそうだし!」
「暗いし俺もついてくよ」



「…………チッ」
「……カルマ君、君は隠し事の内容如何によっては引き止める気だったのではないですか?」
「……うん、そのつもりだった」
「ふむ……参考までに君の感じた一番の違和感は何ですか?」
「……感覚が、ないみたい。わざと爪を立てて握っても気付かない、《魔眼》の使用後の副作用を感じていない、何より……さっき、腕を掴んだ時、最初気付いてなかったんだよ。『前に進めなくなった』から、俺が掴んでるって気付いたみたいだった」
「…………感覚、ですか」


++++++++++++++++++++


黒幕の正体が判明。
次回、オリ主の隠し事を1つ公開します。今回の律との会話でわかった方もいるかもしれませんが……まだお口ミッフィーでよろしくお願いします。


短いですが、今回はここまで。次回、鷹岡戦です。




この沖縄リゾート編での服装イラストを『プロフィールの時間』にアップしました。文字だけではわかりにくかったと思いますが、こんな感じの服を着てました。
そして何気に断髪後の初イラスト……髪型とかはこんな感じです。




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鷹岡の時間

震える足を叱咤してヘリポートへと上がると、そこではすでに渚くんと鷹岡先生は向かい合って立っていた。鷹岡先生の足元には治療薬の入ったスーツケース、渚くんの足元には……ひと振りのナイフ……やっぱり鷹岡先生がやろうとしてることは、あの日のリベンジ、……あの日と全く同じことをやろうとしてる。ただし、前回は渚くんをみくびって油断して、彼に攻撃(暗殺)させたあとから見せしめにしようとしていたけど……今回は多分、最初から戦闘……鷹岡先生のステージだ。

こちらを見ている2人のもとへ歩いていく途中、ふと、自分の右腕が目に入った。……カルマが掴んでいた私の右腕には、指の配置からして()()()()()()爪の跡がついていた。当然右腕に右手という時点で私が自分でつけたものじゃない……全然、気づいてなかった。これは不審に思われるわけだ……いつからかは私も覚えてないけど、手足のしびれで感覚がないってことを隠していたつもりの私がその情報を与えていたってことだもん。

 

「何してやがる……早く来いオラァ!」

 

爆破スイッチ……なのかな、ソレを掲げながら大声をあげている鷹岡先生。あんまり時間を使うわけにもいかない……いつの間にか止まっていた足を再度動かして、私は渚くんの隣へと並ぶ。

あとを追うようにカンカンカン、と階段を駆け上る音が聞こえた。ちら、と視線だけそちらに向けてみると、ヘリポートへ登る梯子の手前の所にみんなが集まっていた。当然鷹岡先生もそれに気づいていて、ニタリと笑みを浮かべると手に持っていたスイッチを押した。

 

────ドォン!

 

「これでもう、だーれも登ってこれねぇ……ギャラリーくらいは許してやるよ。潮田渚君と、真尾有美紗さんの2人のヤられ様を観戦するなァ」

 

爆発音とともに梯子がヘリポートの下へ落ちた。時間はかかるけどかけ直すことが出来ないわけじゃない……でも、何かあったとしてもみんながこちらに、私たちが向こうへと簡単に行くことはできなくなった。でもそれは鷹岡先生だって同じこと……だけど、仕掛けた側である先生は余裕そうだ。

 

「俺のやりたいことはわかるな……?この前のリターンマッチだ」

 

「……待って下さい、鷹岡先生。僕等は闘いに来たわけじゃないんです」

 

「だろうなァ、この前みたいな卑怯な手はもう通じねぇ……一瞬で俺にやられるのは目に見えてる。だがな、一瞬で終わっちゃあ俺としても気が晴れねぇ。真尾有美紗、お前はあとだ……ちゃァんと出番は用意してやってるから、邪魔をしたらどうなるか……わかるよなァ?」

 

「…………」

 

私たちの目的は治療薬を手に入れること……だからなんとかこの興奮している鷹岡先生をなだめて交渉にもっていきたいのだけど全く聞く耳を持ちそうにない。その上起爆スイッチでみんなの命を盾に脅されて、私は前に出ることができなくなってしまった。私には渚くんのようにリターンマッチをするようなことは無いはず……何をさせられようとしているのかはわからないけど、ひとまず渚くんと鷹岡先生の2人から距離をとる。一応、本気でそう思っている訳では無いけど……『私は邪魔をしません』という意思を見せるために。

 

「よしよし、いい子だなァ……そのままそこで見ていろよ。さて、潮田渚……闘う前にやることやってもらわなくちゃな。謝罪だ、土下座しろ」

 

鷹岡先生は地面に指を向けて、渚くんにそう命令した瞬間、ぶわりと感情が高ぶるのを感じた。先生の言い分は自分との一騎打ちに実力が無いから卑怯な手で奇襲した、それについて謝れということだった。

……なんで、理不尽だ、この人がただ自分が上の立場だと示したいだけだ、受ける必要のない屈辱じゃないか、やる必要なんてない、渚くんは悪くない、……そんな思いが私の中を駆け巡るけど、ここは鷹岡先生のフィールド……通用するはずがない。渚くんは少しだけ迷いを見せ、何かに気づいたように私の方をふっと振り返って……治療薬の起爆スイッチという逆らえない脅しがあることもあってか、鷹岡先生に向き直り、静かに膝を折った。

 

「……僕は、」

 

「それが土下座かァ!?バカガキが!!頭こすりつけて謝んだよォ!!」

 

何も言えない私は打開策がないかと考えを巡らせながら、ただ、見ていることしかできなかった。……1つだけ、思いついた策はある。でもそれはある意味渚くんの協力あってこそのものだし、今の状況で何をするのか伝えることはまず不可能。伝えなくてもできないことはないけど……私が渚くんの行動を読めばいいだけのことだから。だけどこれは反対されることもわかっている……成功するとハッキリ言えない作戦だから。だからもし、条件が揃う時があるのなら……私の独断で決行しよう。私1人の安全と、みんなの安全を天秤にかけたら、みんなの方に傾くのは当たり前のことだから。痺れる手足と揺れる視界……全部、今は考えない。チャンスは、1回だけだから。

 

 

「僕は、実力がないから卑怯な手で奇襲しました。……ごめんなさい」

 

「おう、その後偉そうな口も叩いたよなァ……『出ていけ』とか」

 

 

条件は、

 

 

「ガキの分際で大人に向かって!!生徒が教師に向かってだぞ!?」

 

「ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまい、すいませんでした。本当に、ごめんなさい」

 

 

 

 

 

鷹岡先生の意識が、完全に渚くんへ向いた時。

私は地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

鷹岡先生は、グシャリと笑った。土下座とか、ハッキリ言って人間の尊厳を貶める行為だと思う。だけど、たったこれだけで彼の憎悪を少しでも抑えられるなら……治療薬をもらうことが出来る可能性が上がるなら……このくらい、どうってことない。

ふと、僕の後ろからとてつもなく冷たい気配……まるで、鎖に雁字搦めにされるような、冷たく苦しい何かを感じた気がして……そっちの方向へ下がらされたアミサちゃんのことが気になった。別にすぐに謝罪しろと言われたわけじゃないから、自然体を装ってアミサちゃんの方を振り返ってみる。彼女は、真っ直ぐ僕の方を見つめていた。唇を強く噛み締めて。左腕で右腕を握りしめて。どこか、何かを決めたような表情(かお)をして。少し、怒られるんだろうなって考えてる子どもの表情(かお)をして。……気のせいなのかもしれないけど。

そんなのを見てしまったら、尚更逆らうわけにはいかないじゃないか。きっと、アミサちゃんはこれから無茶をする。僕等が怒ることも、心配することも、全部わかった上で自分を犠牲にする答えを出している。いつもならそれとなく僕やカルマ君、クラスメイトが止めているけど、今は近くにいない。それがわかっていても今の僕には止めることが出来ない……なら、僕は少しでもその無茶をさせないで済むように行動しよう。僕だって、アミサちゃんのヒーローの1人なんだから。僕は鷹岡先生に向き直って膝を折る。

 

「……僕は、」

 

「それが土下座かァ!?バカガキが!!頭こすりつけて謝んだよォ!!」

 

あぁ、そういえばそんなことを言ってたっけ。どうやらちゃんと要求通りにしてほしいらしい。そんなことくらいならいくらでもやってやる。ゆっくりと、地面に頭をつける。

 

「僕は、実力がないから卑怯な手で奇襲しました。……ごめんなさい」

 

「おう、その後偉そうな口も叩いたよなァ……『出ていけ』とか」

 

こんなに心を込めない謝罪なんてしたことが無い……したくもなかったけど。何の感情も込めない、ただ、言われたことを音にして口にしているだけなのに、鷹岡先生は満足そうだ。形だけでも自分より下に見れて嬉しいのかな。

そんなことを頭の片隅で考えていれば、頭に強い衝撃が走って、さらに地面へ押し付けられた。

 

「ガキの分際で大人に向かって!!生徒が教師に向かってだぞ!?」

 

「ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまい、すいませんでした。本当に、ごめんなさい」

 

「……よーし、やっと本心を言ってくれたな、父ちゃんは嬉しいぞ。褒美に、いい事を教えてやろう」

 

足をどけられたから、ゆっくりと顔を上げる。こんなこと、カルマ君だったらきっと我慢出来ないんだろうな……僕だってプライドがあるし嫌だけど、プライドよりも大きなものを背負ってるんだからって、自然と考えることができて、かえって冷静になれた。それにしても……褒美?いったい何を言い出すんだろう。

 

「ウイルスで死んだ奴がどうなるか、〝スモッグ〟の奴に画像を見せてもらったんだが……笑えるぜ。全身デキモノだらけ……顔がブドウみたいに腫れ上がってなァ」

 

鷹岡先生は治療薬の入ったスーツケースを掴みあげると僕から距離を取り、みんながこれからどうなるのかってことを笑顔で説明し始めた。それを止めるためにこうしてここまで僕等は来たんじゃないか、その言い方だと……まさか。最悪な結末が頭をよぎった瞬間に、僕は血の気が引くのを感じて立ち上がり、鷹岡先生を止めようと駆け出していた。

 

 

「見たいだろ?渚君」

 

 

投げ捨てられるスーツケース。

 

この距離じゃ、追いつけない。

 

…………僕の横を風が横切った。

 

…………え。

 

 

「やめろーーーーーッ!!!」

「……させない」

 

 

烏間先生の叫び声に重なるように、小さな声が聞こえた気がした。

 

 

……僕は、一部始終を見ていた。

 

鷹岡先生がスーツケースを手放した瞬間を。

 

いつの間にか移動していたアミサちゃんがそれを奪い取ったのを。

 

僕に見せつけるように投げたから、スーツケースの行方なんて鷹岡先生は全く気にしていなかったのを。

 

だからこそ、鷹岡先生はそのまま起爆スイッチを押して、……アミサちゃんが爆弾をスーツケースから引き剥がして、投げたのとほぼ同時に、それが爆発したのを。

 

爆風によって、スーツケースと一緒に吹き飛ばされたアミサちゃんを。

 

「アミサちゃん!!」

 

「なっ……このガキ!!また邪魔を……!!」

 

遅れて治療薬が爆発することなく奪われたことに気付いた鷹岡先生が、そちらを見て声を上げた。かなりの至近距離での爆発だったのに、アミサちゃんは受け身が取れていたのか……なんとか体を起こそうとしているところだった。体を半分まで起こしたところで、彼女はスーツケースを蹴り飛ばす……このヘリポートにいる僕達の誰よりも遠いところまで、それは滑っていった。

だいぶ予想外な無茶はしてくれたけど、治療薬は無事だ……!これでちょっとやそっとで破壊されることはないだろう。アミサちゃんは、四つん這いのような体勢まで体を起こしたところで俯いているけど、僕は少しだけ安心していた。

 

「……ハァッ……ハァッ……これで、私たちが……あなたの、言いなりになる必要は、ない……ですよね……」

 

「チィッ…………そうだなァ……だが、その様子だとようやく効果が出てきたみたいだな。……()()()そろそろ限界だろォ?」

 

……そんな簡単に済むはずがないのに。嬉しそうに口元を歪ませる鷹岡先生を見て、安心なんて出来ないと思い知ったのは、すぐのことだった。

 

「……ぅ……ゲホッ…ごぽッ……」

 

「アミサちゃ……!?」

 

「おい、どうしたんだよ!?」

 

「なんで、こんないきなり……!」

 

アミサちゃんは倒れ込むのはなんとか防いでるみたいだけど、動けないようだ。さっき吹き飛ばされた時にどこか痛めたのか、それくらいのことだと思っていたのに……体を支えていた片手で口元を抑えたと思ったら、ごぼりと、血の塊を吐き出した。

僕はもちろん、後ろで離れていたみんなにも一部始終は見えていただろうから……焦ったような声を上げているのが聞こえた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

カルマside

俺等は、渚君とアミーシャの2人がヘリポートへ呼び出され、目の前で屈辱的なことをやらされている光景を見させられていた。だけど、鷹岡が渚君にだけ集中している隙を狙ったアミーシャが捨て身で治療薬を奪いに行って……本トにあの自己犠牲精神にはヒヤヒヤさせられるけど、治療薬を爆破されることなく奪い取ることに成功。これで俺等を脅迫する材料が無くなったかのように思っていたのに……俺の心配が確信に変わってしまった。

 

「ヒャハハハッ!お前がアーツを使うことは俺が見てるからなァ!〝スモッグ〟に治療薬でのみ治るウイルスを盛るよう指示するのと同時に、お前には他の奴等とは別の毒を盛るように頼んだわけよ……アーツでも普通の解毒薬でも回復できない、特殊な神経毒だ」

 

「……ぐ、……ぅ……っ…」

 

「……なるほど神経毒……カルマ君が気にしていた『感覚がない』というのもそれが原因でしょう。遠目でしかわかりませんが……他にも症状が出ているのを彼女は隠し続けていたようですね」

 

血を吐き、倒れたアミーシャの首をつかんで持ち上げる鷹岡……彼女は苦しそうに首をつかむ手を外そうともがいているのが見える。

殺せんせーは焦りながらも冷静に俺の情報と組み合せて色々考えてるみたいだけど……俺はここから彼女が苦しんでいるところを見ることしか出来ない自分が、歯がゆかった。

 

「……お前が発症した奴らに回復アーツをかけても効かないと絶望する顔!しかも効果範囲内のはずの自分はいっこうに改善さえしない、それどころか時間が経つにつれて悪化していく恐怖……最高だなァ!!」

 

苦しそうにしながらも、彼女の片手が腰に装備されたエニグマに伸びるのが見えた。足が地面につかず持ち上げられた今、全体重が首ともう片手にかかっているためにかなり辛そうだけど……アーツさえ使えれば、気を引くのも、体力を少しでも戻して耐えるのも出来るはずだ。

なのに、彼女がそれに触れた瞬間、手が動かなくなったように見えて……いっこうに特徴的な青い光が見えないことに、違和感を覚えた。

 

「……アミーシャ、なんでアーツを使わないわけ……?あれなら両手塞がってようが、使えるじゃん……攻撃アーツで気を引いたり……毒を抜けなくても、体力回復のがあったはずだろ……?」

 

俺はアミーシャに導力器(アレ)の仕組みについて聞いて、詳しく書かれた冊子を読ませてもらってるから原理も仕組みも分かる。流石に使わせてはもらえなかったから、そこまでは分からないけど……でも、今の状況でも使えないことは無いってことくらいは知ってる。

そんな俺の思わずこぼしたつぶやきに、思わぬところから答える声が聞こえた。

 

『……できないんです』

 

「……律?」

 

『アミサさんは、アーツを使()()()()んじゃないです。使()()()()()()()()()んです』

 

「そんな、なんで」

 

「律、何か知ってるの?」

 

スマホから声を上げたのは、律だった。

思い返せば、殺せんせーの暗殺計画を終えてから、アミーシャがアーツを使おうとするたびに律は止めようと声を上げていた。結局押し切られていたから、そこまで問題は無いと思っていたんだけど……これは、何か知ってるってこと……?

律の声を聞いて、アミーシャのアーツに助けられてきたみんなは困惑した声を上げている。律はそれらの声を聞いても言葉を濁している。大方黙っているように言われたとかなんだろうけど……こういう時は彼女が機械であることを恨みたくなる。人の心を読み取るのは律では難しいから。その時は律なりの優しさに気づけなくて、そう思っていた。

 

「……何故だ?俺は以前彼女の戦術導力器(オーブメント)を見せてもらったことがあるが……彼女はアーツ特化型、幻属性の縛りはあれどひとつながりのライン持ちだ。高威力のアーツも思いのままだろうし、本人も使い慣れていると……」

 

俺も烏間先生に同意だ。直接本人にそれを聞いているし、資料にもそう書いてあった。さすがに烏間先生の言葉を聞いたら黙っていられなかったのだろう。律は静かに言葉をこぼしはじめた。

 

『……アミサさんは、最後まで隠しているつもりだったようですが……彼女はラインの長さに反して、EP最大値が極端に低いんです。本来、ひとつながりのラインをもつアーツ使いの最大値は、クオーツの組み合わせの関係もありますが1200ポイントを優に超えるそうです。しかし、アミサさんの場合……最大値は630……半分ほどしかないんです』

 

「何……!?」

 

これが、アミーシャの隠したがっていたことか……!重要な個人情報っていってわかりやすく誤魔化していたのは、自分の欠点を知られたくなかったから。高威力のアーツを使えるのに、連発ができない体質……待てよ、じゃあ、今って……、ッ!!

 

「……ねぇ、律。アミーシャさ……今日ってどれだけアーツ使ったの……?」

 

「……まさか」

 

『……最初の暗殺計画の時に、殺せんせーを捕らえる水の檻……数十秒しか持たないアーツを規模を小さくし、重ねがけることで維持していました……使用EPは220、それを2回分』

 

殺せんせーの周りを覆った水のプールのことだろう。かなり集中しなくちゃいけないって言ってたし、だいぶ調整が必要だったんだろう……本来は大規模な津波を起こすと言っていたから、その消費量も頷ける。これで440ポイント。

 

『次にみなさんの応急処置……使用EPは70』

 

このホテルへ乗り込む前に、応急処置だとホテルに残してきた奴らも含めて全員にかけた広範囲の回復アーツのことだ……510ポイント

 

『素手の殺し屋を牽制した火球……使用EPは20』

 

……俺はガスをくらったふりをしてたからハッキリ見てないけど……熱い何かが近くを通ったのは覚えてる、これで、530。

 

『寺坂さんの体力回復で……使用EPは20。そして、最後……突入前の応急処置で使用EPは70。合計620ポイント、……1番使用量の少ないアーツで20ポイント必要で、アミサさんはそれすら撃てないほどに使い切ってるんです』

 

暗殺計画っていう大きな舞台に加えて、この突然の襲撃というイレギュラー……アミーシャは自分以外が傷付くことを極端に嫌うから、配分も考えずに使い続けていたんだ。律は、アミーシャが俺等のためにアーツを使い続けて、俺等のために使えなくなってる現状に気付かせないために黙っていようとしたのだと、嫌でも理解出来てしまった。

ただ、まだ最後のアーツを使ったところまでは理解出来るけど……なんで寺坂?その時、ドサリと何かが倒れ込む音が聞こえた。

 

「寺坂!お前コレ、熱ヤベぇぞ!?」

 

「こんな状態で来てたのかよ!」

 

「うるせぇ……それより吉田ァ……もう少し前に連れてけ……」

 

……彼女は、誰よりも早く、寺坂のこの状態に気づいていたに違いない。でも毒を抜く事は出来ないってのは一度実行したから知っていて……大方、寺坂が体力だけは云々って言ったんだろう。彼女はそれを素直に聞いて、少しでも足しにしようとしたんだと思う。

……あの時、導力器の仕組みを聞いた時に誤魔化されないで、もっと問い詰めておけばよかったのか……?そうすれば、もっと目を配ってやれたのか……?後悔が俺の中に渦巻いて、何かを叫びたいほどの気持ちになってそれを押し込めるためにも下を向いた。いつの間にか握りしめていた手のひらからは血が滴っていて……あぁ、力を入れすぎたんだ。俺なんてどうでもいい、捕まってるアミーシャをなんとか助けないと……唯一近くにいる渚君は下手に近付けずに動きあぐねてる、どうすればいい……

 

────ガンッ!

 

「ぐっ!?」

 

「渚ァ!!」

 

何かがぶつかる音とうめき声、それに続いて響いた寺坂の大声にハッとしてヘリポートを見てみれば、渚君がアミーシャに駆け寄って鷹岡から離れた場所へ連れていくところだった。顔面押さえてこちらを睨んでる鷹岡と渚君が手に持ってるスタンガンを見る限り、寺坂がスタンガンを鷹岡の顔面めがけて投げ、それが当たったために鷹岡はアミーシャを手放したってところか。

 

「どいつもこいつも……俺の邪魔しやがってェ……!」

 

「人質いなけりゃこっちのもんだ……やれ、渚。俺等の代わりだ!死なねぇ範囲で……ぶっ殺せ」

 

「……寺坂君……」

 

寺坂の言葉で何かに気付いたように渚君は俺等の方を見て……スタンガンを握り直した。そして、ぐったりしているアミーシャに視線を戻して話し掛けた……渚君の言葉は、ここから離れているのに、この風が強くてうるさい屋上なのに、俺にはハッキリと聞こえた。

 

「……待ってて、()()()()()ちゃん。すぐに終わらせてくるから」

 

手に持ったスタンガンをベルトに挿し、上着を投げ捨てた渚君……いざとなったらどんな手を使ってでも参戦するけどさ、それまでは……俺の、俺等の代わりに頼んだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「ふむ、神経毒……低体温、手足のしびれ、めまい、……今確認出来ている症状はこのあたりでしょうか」
「……殺せんせー……ウイルスは、ありえないの?それならあの治療薬で……」
「ウイルスに感染していたら、アミサさんも発熱があるでしょう。しかし、カルマ君がいうには氷のように冷えきっていたと……そのあたりから違うものをもられていると考えるのが妥当ですね」
「でも……どうしよう……アミサちゃん、ウイルス入りのドリンク、飲んでるよ……」
「!……そういえば、」
「私と優月ちゃんのドリンク……一口ずつだけど飲んでる」
「……ヌゥ……早めにこの闘いを制して、下の毒物使いに聞いたほうがよさそうですね」


++++++++++++++++++++


鷹岡戦、次回決着。
治療薬の爆破を防げたので、渚と鷹岡の一騎打ちへと入る流れを少しいじりました。

オリ主の隠し事、暴露回。
・オリ主のEP最大値は630……ひとつながりのオーブメント所持者にしては、かなり低いです。1200越えとかが
普通。姉であるリーシャも同じような感じですが。
・オリ主の感じていた体の違和感の正体は、他のクラスメイトたちとは別物の毒が原因。伏魔の時間のフリートークで黒幕とガストロの会話でしていた『スモッグは間違いなく仕込んだんだろうな』というのはこれのことでした。

オリ主sideで地の文はたくさん話してるのに、会話を全然してない……!

次回、はなす……話す元気あるのだろうか。



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音の時間

あの時の体育の授業を思い出して……それに、今の鷹岡先生の様子を見て、私はひとつの結論に達した。鷹岡先生は対峙する相手が自分より下だと考えると、見せしめにしよう、持ち上げて落とそう、そう考えて自分の思いどおりにして楽しむことを優先するところがあると。その状態にさえなれば、楽しみで自分が満足することにだけ意識が向くから……きっとそこが隙になると。

だから先生が渚くんに土下座を指示して足蹴にし始めた時、私の中に言い表せないくらい黒い感情がぐるぐると渦巻いていたけど……なんとか耐えて、その瞬間を待った。バクン、バクンと緊張からか心臓が嫌な音を立てていたけど……ただ、待った。案の定、最初は私のことも視界に入れていたのに、途中からは渚くんをいたぶることだけを考え始めていたようだった。待ち続けた私にとっては、それで十分な隙だった。

 

「やめろーーーーッ!!」

「……させない」

 

烏間先生の声が響き、渚くんが手を伸ばす……まるでスローモーションのように、コマ割りのように進む景色を横目に私は走って……先生が投げ飛ばした治療薬をキャッチした。そこからは時間との勝負。遠目で見た限り爆弾は埋め込まれているのではなく、スーツケースに貼り付けられているのは分かっていたから、遠慮なく思い切り剥がしてやる。それだけじゃ、至近距離で爆発に巻き込まれるのはわかってたから、少しでも遠くに投げ飛ばして……あとはスーツケースで爆風を受けて、それを利用して鷹岡先生から距離をとった。

爆風程度ならスーツケースは耐えられる、だけど衝撃を与えられたら中身が壊れるかもしれない。この高いヘリポートから投げ落とされるのだけは防ぎたかったから、自分の体勢を整える前に治療薬を遠くに移動させることを優先させた。

 

「……ハァッ……ハァッ……これで、私たちが……あなたの、言いなりになる必要は、ない……ですよね……」

 

鷹岡先生は治療薬を目の前で壊し、私たちの絶望した顔を見ることを目的としていた……ということは、治療薬を奪い取った今、もう言いなりになる必要なんて無いはずだ。あとは、なんとかしてみんなの元へ戻ればいい……思い切り走ったからか、手足が震えてうまく立てない中……そう、思っていた。

 

「チィッ…………そうだなァ……だが、その様子だとようやく効果が出てきたみたいだな。……()()()そろそろ限界だろォ?」

 

なにを、と言い返そうとした時だった。

 

────ばクん

 

また、心臓が嫌な音を立てた気がした。と、思ったら、喉の奥から何かがせり上がってくる感覚がして目の前が真っ赤に染まって……血を、吐き出していた。何が起きたのか理解できなくて、その時には体を支えることすらできなくて、一瞬意識が途切れた。

そんなに時間が経たずに息苦しさで意識が戻って……足が宙に浮いていることと、首を掴んでいる手があったことから、私は目の前の男、鷹岡先生に持ち上げられているのだと、なんとなく分かった。目の前で色々言ってるけど、私には意味のある音として入ってこなくて……なんとか意識をそらすなり、体力を戻すなりして対応しようとエニグマへ手をかけて……何も反応がなくて、やっと思い出した。……私、今日はもう、アーツが使えない。……だめだなぁ私、助けようとしたのに、結局、足手纏いに……

 

息苦しさで、再び意識が落ちる……そう思った時だった。

 

「渚ァ!!」

 

聞こえたその声と、体に走る衝撃、首が解放されて一気に流れ込んできた酸素……むせ込んでいると体を誰かに支えられた。

 

「……待ってて、アミーシャ。すぐに終わらせてくるから」

 

こんな状況なのに、いつもと変わらない渚くんの声が聞こえて……なぜか、安心と共に得体の知れない恐怖を感じている、私がいた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

ぼーっとかすむ意識の中、渚くんが鷹岡先生に向かっていく姿が見える。

ナイフを持って、鷹岡先生に暗殺を仕掛ける……だけど、私たちは戦闘方法は学んでいない。前とは違って最初から戦闘を仕掛けてきている鷹岡先生には通用しなくて……渚くんが戦闘に持ち込む前に勝負を決めようと仕掛けても、蹴りを入れられ、殴られ……一方的な闘いになっていた。体格……技術……経験……一般人である渚くんは、狂気と憎悪に染まっていても軍人である鷹岡先生にすべて劣ってしまう。勝負になるはずがなかった。

体が動けないことで思考も動かなくなっているのか……見ていることしかできない現状も、今何が起きているのかも、よく分からなくなってきた。それでも、私たちのために闘ってくれている渚くんのことを見ていたくて……閉じそうになるまぶたを、なんとか持ち上げた。今まで肉弾戦を仕掛けていた鷹岡先生がナイフを持ち出した……対する渚くんは息を整えて、

 

……笑った……?

 

見間違いかもしれない、この不利な状況で笑うなんて……だけど、渚くんは躊躇うこと無くまっすぐ、鷹岡先生の元へ歩き始めた。……まるで、あの一騎打ちの時とと同じように。

一方的にやられていた渚くんがまるで、何事も無かったかのように歩く姿を見て……鷹岡先生は焦ったように構え直したようにみえる。あの時と同じ状況に、渚くんが次に何をしてくるのか、何を考えているのかを一挙一動から読み取ろうとしている。あと少しで鷹岡先生のナイフの間合いに入る……と、いうところで、渚くんは()()()()()()()。そのことに鷹岡先生の理解が追いつく前に、彼は、見えない刃を突き刺した。

 

────パァンッ!

 

……まるで、音の爆弾が爆発したかのようだった。間近でそれを受けた鷹岡先生は何が起きたかわからないままのけぞり、それで、

 

────バチッ!

 

渚くん、いつの間に寺坂くんのスタンガンを受け取っていたんだろう……電気の弾ける音を響かせて、決着はついたようだ……鷹岡先生が膝から崩れ落ちる。……あはは、渚くん、あの戦力差で勝っちゃった……すごいなぁ……。

これで、もう勝てただろう……安心した私はまばたきをした、つもりだった、でも、次に見えたのは真っ暗な世界で、あれ、ここは、渚くんは……みんなは?どうなったのかな、へいきかな、治療薬とどけなくちゃ、あやまらなくちゃ、……だれに?……それで、…………………、

────プツン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「鷹岡先生……ありがとうございました」

 

────バチィッ!

 

「「「…………!っしゃーーー!元凶(ボス)撃破!!」」」

 

笑顔で鷹岡にお礼を言って、スタンガンの電気を流す渚君……はは、俺が参戦する間もなく勝っちゃったよ。みんながみんな胸をなでおろしてヘリポートへと駆け寄っていく。暗い屋上で備品の中からロープを見つけてきてくれた岡野さんと千葉が協力して鷹岡に落された梯子をかけ直す。……これで、やっと向こうへ行ける。

みんなは健闘どころか勝利を収めた渚君の元へ、烏間先生は電話をかけながらアミーシャが蹴り飛ばした治療薬の元へ、俺は真っ先に彼女の元へ駆け寄る。1時間近く、誰にも心配かけまいと自分の不調を隠し続けていたんだ……その精神力には恐れ入るけど、さすがにもう意識はないみたいだった。地面に広がる彼女の吐いた血が、これが嘘じゃないことをまざまざと見せつけてくる……動かしていいものかわからないけど、こんな雑菌だらけの場所に寝かせておく方が怖いから、上半身だけ体を起こして抱き寄せる。……やっぱり、冷たいし、顔色が真っ青だ。胸が動いているから、息をしているのは分かるけど……プールの時みたいに、俺がどうこうできるものじゃない。

 

「カルマ君!アミサちゃんは大丈、夫……なわけ、ないよね……」

 

「渚君……烏間先生……」

 

名前を呼ばれて顔をあげると駆け寄って来る渚君と烏間先生の姿……それに、心配そうにこちらを見るクラスメイトたちの姿が目に入った。渚くんは俺の顔を見て1度足を止めて、悲痛そうな表情を見せた……何事かと思ったけど、俺の顔色が見たこともないくらい真っ青だからってボソリと言われた……そんなにひどい顔してるのか。2人は俺等のすぐ近くに膝を付いて、俺と渚君が見守る中……烏間先生がバックから取り出したペンライトでアミーシャの様子を見始める。

 

「……瞳孔が開き始めている……植物性の神経毒か」

 

「鷹岡先生、治療薬の予備を3人分位持ってたんだ。多分、爆破した後に最後の希望、なんて言って、僕が戦闘から逃げられなくするつもりだったんだと思う。でも、探してみたんだけど……アミサちゃんの治療薬を持ってる様子がなくて……」

 

「……そんな、じゃあ、何も出来ないってわけ?冗談でしょ?……ねぇ!!」

 

「……っ…」

 

今までのは自分で突っ込んでいったことだからまだしも、今回はこの子、全然悪くないじゃん……!つい、声を荒らげてしまった……渚君が悪いわけじゃないって分かってるけど、何かに当たらないと耐えられそうになかった。……動かない、冷えきった体を抱き直す……少しでも、俺の体温が伝わればいい……そう思って。

 

「……とにかくここを脱出する。ヘリを呼んだから君等は待機だ……俺が毒使いの男を連れてくる」

 

そうだ、毒を盛った張本人なら……俺等に盛ったっていう毒薬もオリジナルのもので解毒薬もオリジナルの1つだけって言ってたし、対処策もあるはずだ。毒使いの殺し屋は一番最初の敵だったから、一番遠くに転がってるけど……ヘリを待つ時間で丁度いいでしょ。

どうにかなるかもしんない……そう思った時だった。俺等のいる屋上に扉が開く音が、聞こえないはずの声が響いたのは。

 

「ふん、テメー等に薬なんぞ必要無ぇ……ガキ共、このまま生きて帰れるとでも思ったか?」

 

そこには、ここに来るまでに倒し、ガムテープでぐるぐる巻きにして放置してきたはずの殺し屋たち3人が立っていた。あれだけの拘束、どうやって解いたんだよ……とにかくまた油断出来ない状況になったのは間違いない。みんなが各々の武器を持ち、構えをとり、烏間先生は何も構えないながらも隙のない立ち方だ……俺は自分の体でアミーシャの盾になる。……俺の守るべき最優先は彼女だし、なにより手持ちの武器はわさびとからしくらいだし。

 

「お前達の雇い主は既に倒した、もう闘う理由はないはずだ。俺は充分回復したし、生徒達も充分強い。これ以上互いに被害が出る事はやめにしないか?」

 

「ん、いーよ」

 

臨戦態勢をとる俺等を代表して、烏間先生が説得に入る。まだ発症してないし、渚君と寺坂以外はまだまだ力が有り余ってるから充分戦える……それに、こっちの最強の人外(仮)も復活した。これで拒否するなら…………え、いーよ?

 

「ボスの敵討ちは俺等の契約にゃ含まれてねぇ。それに今言ったろ?そもそもお前等に薬なんざ必要無ぇって」

 

「お前等に盛ったのはこっち。食中毒菌を改良したものだ……あと3時間位は猛威を振るうが、その後急速に活性を失って無毒になる。アーツ使いのお嬢ちゃんの回復が効かないのは当たり前さ……()じゃなくて食中毒っつー()()なんだから。ちなみにボスが使えと指示したこっちを盛ってたら……お前等マジでヤバかったがな」

 

そう言いながら薬剤が入ってるんだろうアンプルを手に持つ毒使いの男……じゃあ、治療薬も何も必要ないってこと……?彼等が言うには、最初から治療薬を渡す気がなさそうな鷹岡を見て、毒を盛る直前に殺し屋3人で話し合ったんだそうだ。鷹岡の設定した交渉期限は1時間……だったらわざわざ殺すウイルスを使わなくても取引はできるし、俺等が命の危険を感じるには充分だろうからって。プロとしての評価が下がることか、カタギの子どもを大量に殺した実行犯になるか……それらを天秤にかけて、今後のリスクを考えたそうだ。

アミーシャのアーツが効かなかったのは、そのアーツが『状態異常を回復する』だけだから。症状が軽くなったのは病気として発症する前に体に残っていた毒物を取り除いたから……つまり、病気を治していたわけじゃないということ、……納得はできる。……でも、今の説明の中に彼女のことだけが抜けていた。明らかに彼女だけは症状が違うし、今も危険だ。

 

「……ねぇ、俺等のことはわかったけど……アミーシャのは?」

 

「お嬢ちゃんに関してはお前等のとは契約が別、確実に盛れって指示だったからな……マジもんの毒だ。……ある組織が開発していた特殊な神経毒……開発中だったそれを俺が完成させたもので、そのまま昏睡状態が続けば最悪死に至る」

 

「なっ……!?」

 

「「「!!」」」

 

思わず、彼女を支える腕に力がこもる。……プロとして契約を履行することは当たり前だってわかるけど……俺等は命の危険を感じることで済ませて、アミーシャだけマジで命の危険に晒すとか……普通にそう言い放った毒使いを殺してやろうかって、本気で睨んだ。

 

「そう殺気立つなって。俺等としてもお嬢ちゃんを殺すつもりはなかったし、ちゃんと解毒薬も準備してある……ほらよ」

 

「っ!?」

「わ、」

 

そう言いながら毒使いの殺し屋は、磯貝に錠剤の入った薬瓶、渚君には液体の入ったプラスチック製の試験管を投げ渡した。2人して突然のことに驚きつつもなんとかキャッチしたそれは……話の流れからして、多分。

 

「そっちの錠剤は栄養剤だ……患者に飲ませて寝かしてやんな。『倒れる前より元気になった』って感謝の手紙が届くほどだ」

 

「「「(アフターケアも万全だ!?)」」」

 

「で、お嬢ちゃんの分はその液状薬……そいつは即効性の薬だから口から飲ませてやりゃーいいが……赤髪の坊や、彼氏か?」

 

「……違うよ。………………まだ

 

「「「(ボソッと本音言ったなカルマ……)」」」

 

「まぁ、その様子を見る限り1番近しい存在ではあるんだろ。……知らん奴にやられるのは嫌だろうから、お前が押さえつけて飲ませることをおすすめしとくぜ」

 

「は……?」

 

やっぱり俺等に盛った毒薬の対処策だった。まさか以前より元気になれる栄養剤を渡してくるとは……殺しとは真逆の薬を作ってるとはね……毒と薬は表裏一体ってことか。

気になったのは、アミーシャに対しての言葉。……は、彼氏かどうか聞かれたこと?何人かが呆れた顔で見てくるから弁解しとくけど、俺は欲しいと決めたからには手に入れるつもり。だから『まだ』で正しいでしょ。それよりも……たかが薬を飲ませるためだけに押さえつけるって、なんで……

 

「……赤羽君、今こいつがいる間に服用させよう。知識のない俺達だけの時よりも、何かあった時に対処ができる」

 

「……うん。……渚君、お願い」

 

「う、うん……」

 

烏間先生のいうことも最もだから、これ以上悪化させる前に薬を飲ませることにして、手が塞がっている俺の代わりに渚君に頼む。俺は毒使いの殺し屋が言った通り、念の為アミーシャをキツめに抱きしめて体を固定し……準備が出来たことを渚君に伝え、渚君はアミーシャの口へ薬を流し込んだ。

みんなが固唾を飲んで見守る中、アミーシャはゆっくりと薬剤を飲み込んで……

 

「ぐ、……うぅ、……あぁぁぁあぁあぁっ!!」

 

「!!アミーシャ、ちょ、なんで……!?」

 

「ちょっと、解毒薬じゃなかったの!?さっきよりも苦しんでるじゃん!」

 

「……いえ、大丈夫。それでいいんです」

 

突然、苦しそうに声を上げ、腕の中で暴れる彼女を見て、俺は慌てて彼女が自身を傷つけることがないよう押さえつける力を強くした。さっきまでなんの反応もなかったのに、薬を飲んだ途端この暴れよう……俺も含めてみんなが慌てている中、茅野ちゃんが毒使いの殺し屋に抗議して……なぜか、茅野ちゃんの腕の中にいる殺せんせーが答えた。……苦しむのが、正しい?

 

「彼の渡した薬は解毒薬と言うよりも免疫力を高めて自然治癒を促す薬でしょう……苦しんだり痛みを感じたりする、ということは……体の機能が回復してきている証拠ですから。ですよね、〝スモッグ〟さん」

 

「あぁ、これで危険な昏睡状態からは抜け出しただろう」

 

「……そう、なんだ……」

 

「まぁ、もうしばらくは発作のようなものも起きるし苦しむことになるだろうが……それさえ過ぎれば完治する」

 

痛みや触れられた感覚がなかったのが戻り始めたってこと……声は上げなくなったものの、苦しそうに荒い息を繰り返すアミーシャを見下ろして……俺はもう1度、強く抱き締めた。あれだけ冷えきっていた体に体温が戻り、やっと、あたたかさを感じるようになってきて……ようやく安心できた。この小さな体で、よく最後まで抱え込んだよ……

ババババ……と大きな音を立てて、大型のヘリコプターが降りてくる。あれが烏間先生の呼んだ飛行機なんだろう……間違いない、防衛省ってロゴ入ってるし。

 

「…………、信用するのは、生徒たちが回復するのを見てからだ。事情も聞くし、しばらく拘束させてもらうぞ」

 

「……まぁ、しゃーねーな。来週には次の仕事入ってるから、それ以内にな」

 

ホテルの中にいた鷹岡の手下として見張りをしていたヤツら……そして今回の黒幕だった鷹岡本人は厳重に拘束され、ヘリの中へと消えていった。烏間先生の言うこと聞く限り、機密費盗むわ勝手に軍事情報持ってくわと色々やらかしてたみたいだし、今後どうなるかはわかんないけど……二度と姿を見せないでくれるならそれでいーや。……いや、本当は俺直々に仕返ししてやりたかったけどね。

殺し屋たちがヘリに乗り込んだら次は俺等だ……そろそろ立ち上がった方がいいかとアミーシャを抱え直していた時、やってきたのは唇やら鼻やらを真っ赤に腫らしたおじさんぬだった。

 

「……少年戦士よ」

 

「っ、なーに、おじさんぬ。リベンジマッチでもやりたいの?悪いけど今は……」

 

「殺したいのはやまやまだが、俺は私怨で人を殺したことは無いぬ。誰かがお前を殺す依頼を寄越す日を待つぬ……だから狙われる位の人物になるぬ。……それよりも、……」

 

じっとおじさんぬが見つめているのはアミーシャで……なんとなくその視線に晒すのが嫌で、体ごとおじさんぬに背を向ける。

 

「…………何」

 

「……いや、あの時に少女術師から馴染みの気配を感じたぬ。だから確かめようと思っただけぬ……Yuèguāng、もしそうであるならば、また会うだろうぬ」

 

「…………」

 

よく分からない言葉を言って、すれ違いざまに俺の頭を軽く叩き……おじさんぬは満足気な笑みを浮かべながらヘリに向かって歩いていった。先に乗り込んでいる2人の殺し屋も、搭乗口で姿を見せている。

 

「そーいうこったガキ共!本気で殺しに来て欲しかったら偉くなれ!そん時ゃ、プロの殺し屋の本気の味(フルコース)を教えてやるよ!」

 

殺し屋達は去っていった。殺し屋なりの暗殺予告(エール)を俺等に残し、銃使いに至っては未使用の銃弾をバラまいて。……空薬莢じゃないだけいいけど、下手したら大火傷……まぁ、さすがにわかっててバラまいてるんだとは思うけどさ。

 

「……なんて言うか、あの3人には勝ったのに勝った気しないね」

 

「言い回しがずるいんだよ、まるで俺等があやされてたみたいな感じでまとめやがった」

 

こうして、大規模な潜入任務(ミッション)はホテル側の誰1人気付かないまま完了(コンプリート)……はぁ、なんかどっと疲れた気分。

ヘリの中はまぁまぁな広さがあったから、俺の膝を枕替わりにしてアミーシャを横に寝かせてやる……男の膝だし固いだろうけど、布団に入れてやるまではこのままで。荒い息使いながらも寝息を立てる彼女の髪をすいてやる……少し熱も出てきたし、毒使いのおっさん、まだ苦しむとか言ってたっけ……ホテルでもついてちゃダメかな……女子の部屋だから無理か。

 

「寺坂君……ありがとう、あの時。スタンガン投げてくれたからアミサちゃんを助けられたし、最後のロヴロさんの技も使えた」

 

「……ケッ、テメーのためじゃねーよ。……チビが俺のために無理しやがったんだ、その借りを返しただけだ」

 

「……うん」

 

なんだ、寺坂気にしてたんだ……なんだかんだ言いつつもE組にしっかり馴染んでるし……いい傾向なんじゃないの?栄養剤も潜入組全員から今すぐ飲めって言われたのに『ホテルに戻って他の奴らが飲むまで飲まねぇ!』って啖呵切ったくらいだし。バカだけど、仲間思いの所もあんだね……バカだけど。

 

「……んん……」

 

「……!……起きたの?」

 

小さく声が聞こえて視線を落とすと、うっすらと開けた瞳と目が合った。ぼーっとしてるし……これ多分、起きたら覚えてないやつだ。近くに座ってた渚君や茅野ちゃんにも聞こえてたみたいで、こちらを覗き込んでいる。

 

「……とーさま……」

 

「!」

 

「……へへ、あみさね、おねーちゃんくらい……つよくなる。……とーさまに……はじない、……、……に……」

 

……俺を、父親と勘違いしてる……?父親は亡くなってるって前に言ってたから、多分体が弱ったからかなにか夢でも見ていたのか、まるで子供がえりしたかのようだ。ほんの少しの笑みを口元に浮かべながらそれだけ呟くと、アミーシャは再び目を閉じた……今度はだいぶ落ち着いた、静かな寝息だ。不思議なうわ言は気にはなったけど、今は休むことが最優先……ふぁ……俺も眠くなってきたかも。

 

「(なんか、いい雰囲気だね……)」

 

「(思いがけず、カルマ君の珍しい顔も見れたしね……アミサちゃん、まだ整理しきれないんだろうなぁ)」

 

「(整理って?)」

 

「(アミサちゃん、僕にもカルマ君にも……もちろんみんなにもだけど、まだ話してないことがあるんだと思う。それで多分、いっぱいいっぱいなんだよ……だから、新しい感情とか気持ちを受け入れきれない)」

 

「(そーいえば、ロビー突破した後のアミサ、パニック起こしてたわ……あとからそれについても聞かなくちゃ)」

 

「(女子はみーんな、アミサちゃんの味方だからね)」

 

「(男子はカルマの味方ってか?それはさすがに場合によるぞ)」

 

「(日頃の行い……)」

 

俺は疲れていても、こうやってクラスメイトであっても無意識に警戒しているのか普段は全然寝付けない……でも、不思議とこの時はアミーシャの頭を撫でながらうつらうつらとしていて、他の奴らが何か話しているのはわかっていても、内容が入ってこなかった。

 

そして、ヘリはゆっくりと到着を告げる。

 

 

 

 

 

 




「……!帰ってきたみたいだね」
「!みなさんっ、おかえりなさい!」
「みんな、もう大丈夫だよ!」
「盛られた毒、なんかこれから無毒になるって!」
「なんか栄養剤貰えたし、倒れる前より調子よくなるらしいよ」



「……あれ、アミサちゃんとカルマ君は……?」
「うーん……なんか、起こすのが忍びなくて」
「……あ……ふふ、お二人共、いい顔をしてますね」
『渚さん、せっかくなので写真撮っておいてもいいですか?』
「えぇ!?なんでいきなり……律、誰かに頼まれたの?」
『殺せんせーが、〝手が使えないのがもどかしい、せめてあの姿を写真に……!〟と小声で悶えている声が聞こえたので!』
「……なるほど。律にバックアップとったら僕の端末からは消すからね?あとから怒られたくないし(カルマ君に)」
『はい!』
────パシャリ


++++++++++++++++++++


ホテル潜入編、終了しました!
今回は前回のオリ主視点でのお話と、気絶後のカルマ視点でお送りしました。最初、カルマにオリ主のオーブメントを使わせることも考えてたんですよね……でも、属性縛り付きのひとつながりのラインという使う人を選びまくる道具を簡単に扱われても困るのでボツで。どこかで使う機会はあるかもしれませんが(ないかもしれません)。

ホテル内で散りばめた伏線は回収できたと、思いたい……!散りばめときながら散らかしっぱなしになってる謎があったら、多分きっと今後使われ(る可能性があり)ます。描写のわかりづらいところとかありましたら、教えてください!


では、次回は怖い時間、もしくは女子会の時間です!






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夕方の時間

渚side

鷹岡先生による殺せんせー暗殺計画にかこつけた、僕等……正確には僕とアミサちゃんに対する復讐、その大規模な潜入任務(ミッション)を終えて、僕等の宿泊するホテルへと帰ってきた。ホテルで待っていたみんなにもう大丈夫なことを伝えて、栄養剤を飲んでもらって、体力はまだまだでも元気の出てきたクラスメイトを見てやっと安心できた。

戻れる人から大部屋の布団の並べ方とか決めるために片岡さんの先導で移動し、動ける人で後片付けをして……大体の収集がついてから磯貝君と一緒に、帰りのヘリで眠ってしまった2人を迎えにいくことになった。……僕的には2人で迎えにいくつもりだったんだけど、カルマ君が珍しく寝てると知った中村さんと前原君と岡島君は、さっきまで寝込んでたのが嘘のように生き生きとした顔で我先にとヘリの中へと入っていって……慌てて追いかけた磯貝君を見て、まぁこれはこれで仕方ないかと思っていたら、

 

「ちょ、うぎゃっ!?」

 

「!!……何かあったの!?」

 

中から悲鳴と何かが倒れる音が響いた。僕は一番後ろにいたから何が起きたのか全くわからず、何事かと慌てて足を踏み入れた。そこには……

 

「……………………」

 

座ったまま、ものすごく不機嫌そうに対先生ナイフを突き出した格好で威嚇しているカルマ君と、ヘリコプターの床に尻餅をついて痛そうに背中をさすっている前原君、威嚇するカルマ君を宥めようとしている磯貝君、持ってきていたらしいカメラを素早く後ろに隠した岡島君、我関せずスマホを向けている中村さんがいた。ちなみにカルマ君の膝で眠っていたアミサちゃんは、今はカルマ君が抱き抱えていてそこで丸まって寝てる……うん、この修羅場で起きなくてよかったよ……

 

「……イテテ……悪かったって。でもやっぱり布団の方が休めるだろ?」

 

「珍しく俺等の前で無防備に寝てんだもん、起こすに起こせなかったんだよ」

 

「だったらアミサは先に部屋連れてって、カルマは起こして歩かせた方がいいかなって思ってさー」

 

「お前等とここに来てるメンツ以外は全員大部屋行ったからさ、そろそろ呼ばなきゃなーって」

 

「……呼ぶ前に運ぼうとしてたから怒ってんじゃん。それくらいわかんないわけ?ていうか磯貝とか渚君ならまだしも、そもそもお前等病人。さっさと寝ればぁ?」

 

……話を聞く限り、どうやら珍しく無防備に寝ていたカルマ君を起こすに起こせず、まだ起きれないだろうアミサちゃんを先に部屋へ運んでやろう……と、フェミニスト精神を発揮させた前原君が抱えようとした途端カルマ君が気が付いて、ナイフを突き出した、と。アミサちゃんのことに関しては本当にどんだけなセンサーなんだか……でもカルマ君だから仕方ないと言ったらそれまでかも。そしてついでとばかりにカルマ君は元病人の3人に対して正論をぶつけていて……うん、それに対しては僕も同感だ。カルマ君は分かりにくいけど遠まわしに心配してるし、さっさと部屋に行けばよかったんだから。

 

「それに、その手に持ってる物がねぇ……アミーシャを連れてって俺を起こすだけで済む、なんて説得力ないよね」

 

「いや、コレはあれだ!別にお前の寝顔に落書きしてやろうと思って菅谷に借りたとかじゃねーから!(メヘンディアートの塗料)」

 

「お、俺だって、体調戻ってきたから今のうちに夜の海の写真撮ろうとしただけで!別に寝顔撮ってやろうとか考えてねーからな!(高画質一眼レフカメラ)」

 

「いーじゃん、寝顔くらい(スマホ)」

 

「元気になった途端お前らなんなの。しかも中村に至っては誤魔化してすらないし」

 

「だって今も撮ってるもん、動画」

 

ちょっと

 

「ま、まぁまぁ……起きちゃうって」

 

……悪びれもせずに今も動画を取り続ける中村さんも含めて、生き生きと迎え組に名乗りを上げて何か企んでるとは思ってたけど、彼らは落書きやら盗撮やらするつもり満々だったみたいだ。でもカルマ君はアミサちゃんを抱えてるのもあって口では色々言うけど、特に大きな動きをしようとはしてない……こういうところからも大事にしてるのがよく伝わってくるし、一応未遂だったからやり返すつもりもないんだろう。……でも、そろそろカルマ君のイライラが最高潮に達しそうだったから、さすがに僕も止めに入ることにした。

 

「はぁ……で、アミーシャの部屋は?同室の奴って決まってたっけ」

 

「いや、最初は個別の部屋のつもりだったけどこんなことになっただろ?今から個別よりはってことで、片岡が大部屋の準備進めてくれてるし、まだ寝てる奴もいないだろうから融通きくぞ?さすがに男女一緒は他の奴らのことも考えて無理だけど」

 

「チッ、やっぱダメか。……まだ決まってないならさぁ、神崎さんか中村、あと茅野ちゃんあたりと近くにしてやってよ」

 

「は、私?」

 

「なんでそのメンツ?」

 

カルマ君、舌打ちしたよね今。ま、あの様子のアミサちゃんを放っておきたくないのも分かるけどね……とりあえず想定はしていたのか(舌打ちはしたけど)すんなり諦めたカルマ君が指定したメンバーはよく分からないものだった。先にホテルで部屋の準備を担当してくれている片岡さんに律を通して連絡を取りながら答えた磯貝君も不思議そうに顔を上げた。

茅野は普段からよく一緒にいるから分かるけど、神崎さんと中村さんっていうのがよくわからない……アミサちゃんが女子みんなから可愛がられているとはいえ、カルマ君はなんでその2人を選んだんだろう。

 

「茅野ちゃんはアミサちゃんと一番仲がいいってことで言わずもがな。あと2人については……あー……神崎さんってさ、アミサちゃんのお姉さんに似てるんだよね……それに中村はお姉さんの師匠に。……代わりにするってわけじゃないんだけど、雰囲気だけでも安心するんじゃないかと思ってさ」

 

……そういわれてみると、確かに神崎さんはアミサちゃんのお姉さんであるリーシャさんによく似ている。雰囲気も仕草も、どこか声色も似ていて……アミサちゃん自身、珍しく早いうちに自分から甘えにいっていた、数少ない人物だ。中村さんはイリアさん……あれだ、舞台を降りたあの人にそっくりなんだ。アミサちゃんにとってのイリアさんは僕等が知ってる『炎の舞姫であるイリア・プラティエ』ではなくて、舞台を降りたその人だろうから。……代わりというのはあまりいい感じはしないけど、病気の時とかに安心できる人をそばに置きたい気持ちはわかる。

 

「私は全然いいわよ、むしろ大歓迎!保護者(カルマ)公認で近くなんてラッキーだわ〜」

 

「サンキュ。……ついでにその動画止めてくれたらもっと感謝するけど」

 

「や・だ♡」

 

「はぁ……あ、律。アミーシャ以外のE組全員と先生達に伝達」

 

『はい、なんでしょうか?』

 

「あの栄養剤、殺し屋から渡されたんじゃなくてこの子が鷹岡から奪い取った治療薬の中身がそれだったってことで伝えといてよ。……命懸けで奪い取ったのが必要ないものだったとか、知らなくていい」

 

『……ふふ、カルマさんはアミサさんのことが本当に大切なんですね。了解しました!』

 

それは彼女の心を傷つけないためにつくことを選んだ〝やさしい嘘〟……きっと本当のことを知ってしまったら、彼女は毒に侵されていたとはいえ自分が勝手にピンチになったせいで助けなければならなくなった、僕にいらない傷をつけさせてしまった、そんなことを考えてしまうだろうから。あの時、アミサちゃんのことがなくても僕は鷹岡先生に向かっていったと思う……それでも。

そして磯貝君先導のもと、やっと動画を撮るのをやめた中村さんとアミサちゃんを抱えたカルマ君が先に大部屋へ向かい、他のメンバーも忘れ物や見落としがないか確認しながら部屋へと入っていく。そしてみんな、それぞれの疲れで泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きがついたら、くらいせかいが、ひろがっていた。

 

まばたきをしても、せかいはかわらない。

 

まわりには、だれもいないし、さむいきがする。

 

……あれ、さっきまで、なにもかんじなかったはずなのに。

 

さっき?……さっきってなに?……いつからだっけ。

 

おもいだせないし、気にしなくていいのかな……まだ、ねむたいや……

 

「……起きたの?」

 

だれのこえ?……そういえば、わたし、たおれて……

 

たおれて?なんで、たおれたんだっけ……

 

そうだ……とーさまと、おねーちゃんと……しゅぎょうしてたきがするから……そのせいかな。

 

「……とーさま……」

 

わたしは、いもうとだから……よわいし、かぎょうをつぐ、しかくはないかもしれない。

 

ほんとうは、いっしそうでんのでんとうなのに、とーさまが、くつがえしたから。

 

わたしに、〝そしつがある〟っていって。

 

そのきたいに、こたえられてるかは、わからない。

 

でも……

 

「……へへ、あみさね、おねーちゃんくらい……つよくなる。……とーさまに……はじない、……、……に……」

 

わたしだって、……の、けいしょうしゃ、だから。

 

あたまをなでられたきがした。

 

そのては、とーさまよりも、やさしくて……

 

あれ、とーさまじゃない……?

 

くらやみに、ひかりがさしこんだ、きがした。

 

 

++++++++++++++++

 

 

まぶたの外側が明るい気がして、だんだんと私の意識は浮上した。目を開くとそこは知らない天井の部屋で……ゆっくりと体を起こして周りを見てみれば、そこにはE組の女子、みんなが眠っていた。……いつの間にか、ホテルまで帰ってきてたんだ。それに穏やかな寝息……みんな助かったんだ……よかった。私の記憶は渚くんが鷹岡先生に膝をつかせたところで終わっているから、あの後何が起きたのかはわからない。目が覚めるまでに、夢かなにか見ていた気がするけど……ダメだ、思い出せないや。ぐるっと部屋を見渡してみる……目の前でみんなが眠っているこの光景は、ひどく安心できるものだった。

 

「……ん……、……あれ……」

 

「……?おはよう、莉桜ちゃ「アミサ!!」……わっ!」

 

隣で眠っていた莉桜ちゃんが目を覚まして、何かを探すように私の布団をパタパタと叩いている。……私が起きて動いたから起こしちゃったかな、そう思いながら声をかけてみたら飛び起きた莉桜ちゃんに抱きつかれ、そのまま布団に逆戻り……押し倒された。その時になって、私はやっと気がついた……触られてる、感覚が戻っていることに。触れた彼女から、あたたかい体温を感じることに。

 

「莉桜ちゃん、どうし……」

「どうしたじゃないわよ!あんた、また無茶したんでしょ……聞いたわよ!自分だって苦しかったくせにっ……潜入組の中でたった1人だけ目を覚まさないで帰ってくるなんて、心配させないでよ……おバカッ!」

 

抱きついたまま、莉桜ちゃんに怒られた。ぎゅっと、力をいれて抱きしめられて、それだけ心配をかけていたこと、帰ってきたことに安心してくれていることがわかった。そっと、彼女の背に腕を回す……少し、震えているのが伝わってきた。

 

「……ごめんなさい」

 

「……いいわよ、謝って欲しいわけじゃないから……ありがとね、私達のために頑張ってくれて。それに、言いたいことがあるのは私だけじゃないんだから」

 

「え……」

 

「アミサちゃん」

 

「!」

 

気がつけば、部屋の中で眠っていた女子みんなが目を覚まして、私たちの近くに来ていた。私の布団を囲むように座ってるから、最初は怒られるんじゃないかって思ったけど……みんな、優しい顔をして笑っていて。そっと体を起こされて、莉桜ちゃんと同じように抱きしめてくれたり、頭を撫でてくれたり、手を握ってくれたり……感覚の戻った私の体はひどく重たかったけど、触れられるみんなの体温はとてもあたたかくて……優しかった。

 

「ありがとう」

 

「治療薬、私達のために取ってきてくれてありがとう」

 

「おかえりなさい」

 

「ちょっとは頼ること覚えなさいよ、ホントに」

 

「あんたは抱えるのが好きよね、まったく……」

 

「これからは1人でやろうとしたら私達が介入するからね!」

 

お礼や迎える言葉、心配するだけじゃなくて一緒に抱えようとしてくれる言葉、私を見てくれているから出てくる言葉……やっぱり、みんなはとても明るい。暗い世界だけしか知らなかった私には、まぶしすぎるくらい光のような人たち……そしてそれを、その心地よさを教えてくれた人たち。

 

「……ありが、とう」

 

少し気恥しくなって、そう小さな声で言ったら、みんなが笑って応えてくれた。私も、みんなが照らすその光の中に、いつか心の底から入れたらいいな。

 

「……よし、湿っぽいのは終わり!と、いうことで〜……神崎ちゃん、茅野ちゃん、確保!」

 

「う、うん!」

 

「りょーかい!」

 

「へ……?」

 

あの、優しい空気で終わるみんなじゃなかった。さっきまでの、優しいゆったりとした空間はどこに行ったの?というくらい、いきなり空気が変わってしまい、私は動くに動けない。後ろから有希子ちゃんに腰のあたりで抱きしめられ、カエデちゃんが私の腕をとり、周りを他の子たちに囲まれる……一気に、逃げ道がなくなった。……何、何がはじまるの……?

 

「いくつか聞きたいことがあるのよね……いいかしら」

 

「大丈夫だよ?怖いことはしないからね〜?」

 

「え、う、うん……?」

 

正面に座るのは莉桜ちゃんとメグちゃん。真剣なんだか、楽しんでるのかよくわからない声色で声をかけられて、少し身構えながらだけど返事をする。

 

「まずは1つ目……なんて呼ばれたい?」

 

「………………へ?」

 

最初からいきなりわけのわからない質問がとんできた。なんて呼ばれたいって……質問の意図がよくわからなくて、聞き返してしまった。

 

「あの山のホテルへ行く前に言ってたでしょ。『本名はアミーシャ・マオ』だって。つまり、今まで私達は偽名の方で名前を呼んでたわけじゃない?」

 

「名前の呼び方で何か変わるとも思えないけど……アミサちゃんが、本名の方がいいってことなら私達はそっちで呼ぶし、どうかな?」

 

「カルマなんて、あんたが本名みんなに公開した途端、見せつけるように〝アミーシャ〟って呼ぶようになるしさぁ……あんたはどっちがいいのかなって」

 

そういえば、『月の姫の縁者』が誰だって話になった時に、名前をバラしたんだった……あの時はタイムリミットはあるし命の危険はあるしでバタバタしてて気にしてなかったけど、みんな、覚えててくれたんだ。……言われてみれば、カルマは私のこと名前で呼んでた……自然すぎてスルーしてた。

みんなが私の応えを待っているとわかって少し考える、考えるけど……私の中で答えは決まっているようなものだった。わざわざ聞いてくれたみんなには申し訳ないけど……

 

「私は……みんなには、今まで通り〝アミサ〟って呼んでほしい。確かに本名じゃないけど……アミサって呼んでくれるのはみんなだけだから。特別な名前だから……その、……だめ……?」

 

最初は日本の学校で少しでも溶け込むために、そして私を私として見てもらいたくてお姉ちゃんとのつながりを隠すために考えた名前だった。でも、3年生になってE組に来てからはE組女子のみんなだけが呼ぶ、特別な名前……あだ名のようなものになった。それを変えてしまうのは少し寂しい気がしたから。

もしかして、みんなは隠していたことで怒っていて、本名で呼びたいからこんな質問をしてきたのかな、とか思ってたんだけど……ビクビクしながらの私の答えにみんなは顔を見合わせて……

 

「ダメなわけないでしょ!」

 

「私たちだけの特別な呼び名かぁ……へへ、特別ってなんかいいね〜」

 

「じゃあ、これからもよろしくね、アミサ!」

 

そう、言ってくれた。拒否されたらどうしようって気持ちがあったから、ちょっと安心して笑ったら優月ちゃんに「あーもー、ほんとこの子ってば……」と言われながら頭をぐりぐりと撫でられた。

 

「よし、じゃあ2つ目ね。正直こっちのほうが気になってるんだけど……あの山のホテルでロビーを突破したあと、アミサ、顔真っ赤にして逃げてきたじゃない?カルマと何があったの?」

 

「え、何それ……カルマ君、ついに我慢出来ずに手を出したってこと?」

 

「アミサちゃんが分かってないのをいいことに……!?」

 

「もしそうならお姉さんたちがあいつ呼び出して、いつでも『お話し』してきてあげるから、正直に言いなさい!」

 

「え、えぇ……?」

 

意味はよくわからないけど、なんかカルマに不名誉なイメージがつきそうになってる気がするし、これは話すまで解放してくれないやつだ……そう悟った私はあの時の様子を必死に思い出す。ロビー……それって、私が《月光蝶》を使って非常階段の様子を見に行くついでに全体の警備を確認して、ただでさえ危険な所へ送り出すのに余計な危険に足を突っ込まないでって心配したって怒られたやつ、だよね……?あの時、何があったか……デコピンされて、それで…………

 

「────ッ!」

 

「あ、真っ赤になった」

 

「ほんと、何があったのよ……」

 

「あ、その、えと…………まず、1人で突っ走ったから怒られてデコピンされて……その後、私のおでこに、カルマがおでこで、コツンって……」

 

「「「おお……」」」

 

「か、カルマが……ギューってしてくるのはいつものことだけど、あ、あんなに近くで顔を見たことなんてなくて……その、…………」

 

「……カッコよかった?」

 

「ドキドキした?」

 

「…………………………(コクン)」

 

「「「(やっと通用したのか、カルマ君のアピール……!!)」」」

 

「で、でもでも、こんなに心臓ドキドキしたことなくて……っ、私、病気になっちゃったのかなぁ……」

 

「「「(あ、ダメだ。理解はできてない……どんまい、カルマ)」」」

 

頑張って思い出しながら……思い出してる最中にも顔が熱くなってきて、心臓がバクバクしてきて、なんでなのか分からなかったのだけど……みんなには言いたいことは伝わったみたいで、どこか苦笑いみたいな顔をされてしまった。

 

「うん、……まぁ、ドキドキするって感情がわかっただけ進歩だよね」

 

「この子と一緒ならあいつも人が変わったみたいにおとなしくなるし……ぜひともくっついて欲しいし」

 

「とりあえず、1番アドバンテージあるんだから頑張って欲しいわ」

 

「???」

 

「気にしなくていいよ」

 

またみんなだけでわかる会話をする……でも、気にしなくていいって有希子ちゃんがいうならそうなんだろう。いつもそうだったから、嘘は言ってないと思うし。

これで聞きたいことは終わりだったのか、みんなは自分の荷物のところへ行って着替えをすることに……今になってやっとスマホを見たんだけど、律ちゃんが示した時間は午後4時……もう、夕方だったんだ。烏間先生からのメールが届いていて、もうすぐ完全防御形態の解ける殺せんせーを、ダメ元ではあるけど戻った時に殺せるよう、周りに被害が出ないところでがっちり固めておくんだって。きっとこのメールを見たE組のみんなは外へ行くと思う。

 

「さっ、もう夕方だけど……時間いっぱい楽しむためにも!」

 

「神崎ちゃん、そのままその子連れてきて!」

 

「はーい」

 

「え、また……!?」

 

「はいはい、お着替えターイム」

 

……今ほど私の身長が小さいことを恨んだことは……!……いっぱい、あるけど……!軽く持ち上げられただけで運ばれてしまい、私の荷物の所へ。うぅ、メグちゃんならともかく、有希子ちゃんとは15cmくらいの差なのに……軽く運ばれた……。そのまま私の髪を結びたいと桃花ちゃんと陽菜乃ちゃんにいじられ、もうめんどくさいし動きやすいしジャージでいいよねーっと言いながらみんなで着替えて……きっと、元気になったであろう男子たちもいる外の海岸へと足を踏み出した。向こうの方に、私たちが来たことに気づいて手を振る姿が見える。さて、殺せんせーは……どうなったのかな?

 

 

 

 

 




※その頃の男子部屋
「さてカルマ……」
「あの時ロビー突破後何があったのか、包み隠さず話してもらうぞ」
「ちょっとした話し合いだよ」
「……何コレ、すごいデジャヴなんだけど」
(番外編・動画の時間)

~律による、女子の尋問(?)を中継されて~

「「「………」」」
「……何」
「お前……やっと、通用したのか……!!」
「あんなに真っ赤になってたから、なにか進展したんだとは思ってたけど!」
「気づかれてないけどな!」
「上げてから落とさないでくれる?」
「あはは……(女子からの評価も散々だなぁ……)」
「でも、これだけやってもカルマの気持ちに気付かない真尾すげぇな……いや、名前で呼んだ方がいいのか?」
「本人に聞いた方がいいんじゃね?あとはそこで不機嫌になってるやつとか」
「…………」
「いいじゃん!お前は本名で呼んでんだし!」
「そーだけど」


++++++++++++++++++++


普久間殿上ホテルから帰還後、それぞれの部屋での出来事でした。一応まとめて夕方の時間ということに。番外編に当たるのかな、とも思いましたが、番外編は明らかに時間軸がずれる時や本編の裏側などをまとめた方がいいと思い、本編のひとつの話としてこちらに。

中村さんってホントにいいポジションだと私は思うのですよ……!いろいろと!なので今回いっぱい動いてもらいました。そしてE組女子の中でオリ主は完全妹ポジションです。からかいがいのあるネタであり、構えば何かしらの反応が返ってくる子どものようであり、何かと無茶をするから放っとくのが怖い……そんな子になりつつあります。(地味にキーアのような子に……念の為に、零の至宝のような力は持ってませんと宣言しておきます)

次回は肝試しに入れるかな……くらいです。多分、あと2回くらいは沖縄リゾート編が続くと思います。まだまだ夏は続きます。



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肝試しの時間

椚ヶ丘中学校特別夏季講習……2泊3日の内、初日が暗殺に襲撃にとあれだけ濃い1日となって、かと思えば2日目は目を覚ましてみればいつの間にか夕焼け空……気がついたら、この沖縄に滞在するのもあと少しになっていた。今日は1日のほとんどを昨日のいろんな疲れで眠ってしまっていたのだから、仕方ないといえば仕方ないのだけど……その、残り少ない今日を烏間先生のメールを受けて海岸で過ごすことになった。私も、何人かの女子と一緒に海岸へ足を踏み入れると、私たちに気づいた誰かが手を振っている人がいて……頭の上で2つ、ぴょこぴょこ揺れてるし、渚くんかな。

 

「あ、男子。もう何人かいるじゃん……おーい!」

 

「やっぱみんなジャージなのね」

 

「よっ!まーな、他に誰も客いないし、これが楽だわ……」

 

昨日はみんな私服で過ごしていたけど、集まった人たちはわたしも含めてジャージを着てて……ふふ、旅行っていうよりいつものE組の集まりにいるみたい。場所が違うだけで間違ってはないんだけど。

一緒に浜辺まできた優月ちゃんたちが渚くんたちと合流してから何か話し始めて……手持ち無沙汰になった私は1人、フラリと海に近づく。沖の方には、ここから見てもかなり大きいことがわかるコンクリートの塊が浮かんでいた……あの中に、対先生BB弾などでがっちり固められた殺せんせーがいる。忙しそうに歩き回っている烏間先生たち防衛省の人の邪魔にならないところで、靴を、靴下を脱いでそれを両手に持ちながら浅瀬に足をつけ、足首が浸かるところまで歩いてみる。しゅわしゅわする砂に足が沈む感触と、その感覚もすべてさらっていく波……何も考えずそれを感じながら、流れていく波を見ていると、なんとなく気持ちがほっとした。

 

────パシャッ

 

「!」

 

「おはよ。……といっても、もう夕方だけどね」

 

後ろから何か小さな電子音が聞こえた気がして、振り向くとちょっと離れたところで海にスマホを向けているカルマがいた。海はちょうど夕日が沈み始めた頃でキラキラしてる……彼はその写真を撮ってたんだろうけど、逆光で真っ暗になってないかちょっと心配だ。私もこの景色は、できるなら残しておきたいけど上手く撮る自信がないし……ま、目でしっかり見ておくから撮らなくていいや。

スマホをしまって私の近くに来るカルマは、海に入る気は無いのだろう……波打ち際で足を止め、私の方を見て小さく笑った。その姿は夕日でオレンジ色に染まっていて……なんだか赤い髪とオレンジの瞳もあって、溶けていってしまいそうなキレイさがあった。

 

「……おはよ、カルマ」

 

「ん。……もう平気なの?」

 

「うん、あれだけなんにも感じなかったのが嘘みたい。気がついたらこっちに帰ってきてて、ビックリしちゃった……お部屋で女子のみんながね、ぎゅってしてくれて……こんなにあたたかかったんだなぁって」

 

「ふーん……ていうか、あれだけのことをビックリの一言で済ませないでよ。これまでも含めてさ、何回死にかけて、何回心配させる気なの?」

 

「えへへ……どうだろ、気づいたら体が勝手に動いちゃうんだもん……わかんないや」

 

私は、死にたいなんて思っているわけじゃないし、自分から無理をしてるつもりもない。自分の力量はわかっているから、それを踏まえて動くことはできるつもりだ……でも、それは『私1人』だったらの話。今までは自分1人のことを考えればよかったけど、今はみんながいるからそれも頭に入れて動かなくちゃいけない。……1人の時と、多人数の時。少し勝手が違うだけで……力の加減とか、どこまで私が出ていいかとか、周りを見るのがとても難しい。

だから気がついたら飛び出してるし、私1人で抱え込む選択肢を選んでしまっている。心配をかけたり、迷惑をかけたりしてることもわかってる……それでも、私がその時にできるならやってしまおう、どうしても、そう思ってしまう。

 

「……なんかさ、いつかアミーシャが消えちゃうんじゃないかって気がするんだよね……今だって、このまま夕日が沈んだら、夜にもってかれちゃいそう」

 

まだまだ明るい、それでも少しずつ沈んでいく夕日を見ながら静かにそう言ったカルマは、眩しそうに目を細めている表情の中にどこか不安げな様子があった。彼はいつも自信たっぷりで涼しい顔で、どんなことでも楽々こなす……それでも最近は相手をよくみて、知ろうとするようになった。そんなカルマが表に暗い感情を出すところを見たくなくて、私は消えるつもりはないってことを伝えたくて、海から上がって彼に近づき、手を伸ばす。

 

「カルマ……」

 

「ま、連れてかれないように、俺が捕まえとけばいいんだけど」

 

「!」

 

伸ばした手がカルマに触れる前に彼が取り、軽く引き寄せられた……多少ふらつきはしたけど倒れるほどではない。お互い正面から向き合う形になったところでカルマの顔を見あげてみたら、さっきまでの影のあった表情はどこにいったんだろうってくらい、真剣な顔をしていて……でも、躊躇うように少しだけ視線をさまよわせていて……どうしたのかと、思わず身構える。

 

「……ねぇ、アミーシャ。俺、アミーシャのこと……」

 

いつもより低くて、それなのに落ち着く声……真剣な表情とその声を聞いて、なぜかまた……心臓が跳ねた。決心したのか、カルマが私をまっすぐ見ながら何かを言おうとした……その時。

 

────ドドーン!!

 

地響きと共に大きな爆発音が背後から聞こえ、慌てて振り向いたら、沖で殺せんせーを閉じ込めたコンクリートの塊が爆発し、近くに吹き飛んだ破片の雨を降らせていた。さすがに海岸へ届くような危険はなさそうだけど……どうなったの?

 

「ニュルフフフフ、先生の不甲斐なさから苦労をかけてしまいました。ですが皆さん、敵と戦い、ウイルスと戦い、本当によく頑張りました!」

 

……まぁ、薄々わかってはいたけど……海から離れた浜辺には、コンクリートから無事に脱出して元の姿に戻った殺せんせーが……傷一つなく笑っていた。

 

「……やっぱりそう簡単には殺せないね」

 

「簡単に殺れるなら、俺等がもうとっくに殺ってるって」

 

「ふふ、そうだね。……そうだ、カルマ、何か言いかけてたけど何だったの?」

 

「…………なんでもない。雰囲気ぶっ壊されたし……俺、ちょっとあのタコに用ができたから行ってくる」

 

「う、うん……?いってらっしゃい」

 

殺せんせーの方を見ながら話しかければ、返事の声がどこか沈んでいる気がして……不思議に思ってカルマに向き直ってみると、彼は頭を抱えていた。そしてゆっくりと顔を上げたかと思えば、対先生エアガンを取り出して、静かに怒りをにじませながら殺せんせーの元へ歩いていった……今の短時間で何が起きたんだろう……?

殺せんせーはといえば、たくさん分身を作りながら砂のお城を作ったり、スイカ割りを1人でたくさんしたり、空に『SUMMER 大スキ!』の飛行機雲を作ったりと大忙しだ……1日目、あんなに満喫してたのに遊び足りないんだなぁ……あ、カルマが撃って、便乗した寺坂組のみんなが射撃してる。

 

「ア・ミ・サ・ちゃ〜ん?先程とてもいい雰囲気でしたなぁ?」

 

「私も気になる〜!どんな会話したのか、教えて〜?」

 

「ぴぇっ!り、莉桜ちゃんに、陽菜乃ちゃんっ!?」

 

後ろから急に肩を掴まれて、変な声が出てしまった……というかなんでみんな、私の後ろから急に声をかけるんだろう。それよりも、……ふ、雰囲気?会話?……どんな様子のことを言ってるんだろ。

 

「で?で?」

 

「えと、その……私がパシャパシャして遊んでたら、もうだいじょぶなのかって聞かれて……えっと、」

 

「(パシャパシャって……)ふふ、ゆっくりでいいよ。順番に教えて?」

 

うまくまとめて話せない……少しまごつきながら今の会話を順番に並べていく。体調の確認をされて、私が消えそうだっていわれて、居なくならないよって応えようとしたら手を掴まれて、カルマが何か言おうとしてたのに、殺せんせーが飛び出してきて、何でもないって言って殺せんせーを撃ちに行っちゃったんだよね……あってるよね?

うんうん唸りながらなんとか伝えようと言葉を考えて、多分全部話しただろうってところで2人を見ると、2人して「あちゃーっ」って顔をしていて、首をかしげた。

 

「……これは……戦犯だわ……!」

 

「殺せんせー、タイミング悪すぎ!」

 

「やっぱり、今聞かないといけない、大事な用だったのかな……?」

 

「いや、大事な用ではあると思うけどタイミングが……うーん、ま、頑張ったみたいだし、機嫌を直してやるためにも!」

 

「お披露目会しに行こっか〜!」

 

「へ……?」

 

なぜかやる気を出した2人に背中を押されて、向かう場所は他のE組女子たちが集まっているところ。メグちゃんが、残り少ないこの旅行の時間をめいっぱい楽しもうって言ってて、女子たちはジャージを脱ぎはじめてる……そう、みんな着替えた時、ジャージの下に水着を着てきたんだ。もちろん私も着てきてるわけで、これから脱いで海に入りに行く……んだと思ってたんだけど、……えっと、莉桜ちゃんたち、そっち海じゃないよ……?あとみんな、海に行かないでなんでこっちに集まってるの……?

 

「はい、脱いだ脱いだ!おぉ〜、いつ触っても揉み心地のいい……」

 

「り、莉桜ちゃん、自分で脱げる……ひゃぁんっ!?」

 

「あ、私、皆さんのジャージ置いてきますよ!」

 

「奥田さん、私も手伝うね」

 

「あ、カルマ君たち!見てみてこの子!」

 

「ん、なーに……………………っ!?」

 

他の女子たちが集まっているところにつくやいなや、自分で脱げるのに莉桜ちゃんにジャージを脱がされて……なぜか胸を揉まれました……。ジャージを脱ぎかけてる途中で揉んできたから、腕にジャージが引っかかっててうまく莉桜ちゃんの手から逃げられないし、どうすればいいのか分からなくなってるところで、優月ちゃんに最初に名指ししたカルマが振り向き……固まった。

近くにいた杉野くんとか渚くんとか他の男子たちも同じような反応で……それはそうだよね……振り返ったら魅力的な水着の女子たちがいるし、ニコニコしたみんなが水着を披露してるし、私は莉桜ちゃんに捕まって胸を揉まれてるっていう状態だし、カオスですよカオス!これにコメント求めちゃダメだって……!

 

「どーよ!莉桜様セレクトのこの水着!」

 

「うぅ、莉桜ちゃん、水着みせるのはいいから、せめて離してぇ……」

 

「……っ!……っ!?!?」

 

「……カルマ君、喋れてないよ」

 

「(そりゃそうだろ……真尾の水着姿だけじゃなくて中村イタズラのおかげであの顔……)」

 

「(顔真っ赤で涙目で、しかもちょっとトロけた顔っての?……男子としてツラいよな……)」

 

「(正直見てるだけの俺もツラい)」

 

「(……否定出来ない)」

 

「……り、律……!写真、撮っといて……ッ!」

 

「「「(そこは抜かりねぇな!?)」」」

 

『カルマさんどうしたんですか?……よく分かりませんが……了解しました!』

 

「……お前、クラスにバレてから、ホンットに隠さなくなったよな……」

 

顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせていたカルマは、渚くんに言われてスマホを私たちに向けると、顔を背けてしゃがみこんでしまった。そのまま動かないから心配だけど、私もそれどころじゃないから行きようがない……やっと莉桜ちゃんに離してもらえて息を整えていたら、莉桜ちゃん、というか女子はニヤニヤしてるし、みんな……特に男子は顔を背けるし……私、何かした?

ちなみに、あの買い物の時にみんなで相談して買った水着は、白地のクロスホルタービキニに赤い大きなリボンが胸元についていて、腰にも両サイドに同じデザインのリボン、そこを起点にお尻の方を隠す短いスカートみたいになっているデザインで……スカートだけは、私の好みで譲らなかった部分だ。みんながたくさん相談に乗ってくれて選んだものだからかなり気にいってる。

 

「むふふ〜、サービスはこんくらいでいいでしょ!」

 

「うーん、ちょっとやりすぎな気もするけど……さて、アミサ行くよ!」

 

「わっ!う、うん!」

 

「せっかく元気になったもん、私たちも行こ?」

 

「はい!」

 

お披露目会は無事に終わったみたいで、満足したらしい莉桜ちゃんの声とともに、今度はメグちゃんに手を引かれて……今度こそ海に走り出す。さっきパシャパシャして遊んでた時とは違って濡れることを気にしなくていいから、水を掛け合い、海の中に座って流れを楽しんだりと、冷たい水で涼めるしすごく楽しい……!

この後、水をかけあっていたら殺せんせーが水が弱点のくせに参加しようとして「ふやける」って1人慌ててたり、岡島くんが混ざろうとしてこっちに走って来る途中でメグちゃんに目を塞がれて何が起きたのか見せてもらえなかったり、花火をするから一緒に遊ぼうって殺せんせーが駄々をこねたり、イリーナ先生が男子を追いかけ回してたり……みんながとても楽しそうに、遊べなかった分を取り戻すかのようにたくさん遊んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「肝試し?今から?」

 

海から上がり、オープンテラスでくつろぐ私たちの前には……おばけのこすぷれ……?というものをした殺せんせーが、気合を入れて準備体操をしていた。殺せんせーがお化け役をして脅かすから、私たちは男女ペアで海底洞窟を歩いて抜ける……というものみたい。殺せんせーは今まで完全防御形態で動けなかった分、私たちと遊びたい……から、脅かすの?えっと、その前に……

 

「殺せんせー、きもだめし、って何?」

 

「せんせー、俺アミーシャとペアで……って」

 

「「「………え。」」」

 

「そ、そこからですか!?」

 

カルマと私の声が同時に響き、みんなの声がハモり、殺せんせーが驚いて固まった……だってお化けはわかるけど、『肝試し』なんて初めて聞いたんだもん。とりあえず復活の早かった何人かが説明してくれて、なんとなく分かった……順路通りに進む道の途中でお化けが出てきて脅かしてくる、道は真っ暗で使うのは懐中電灯だけっていうのが王道、今回はお化け役が殺せんせーだから暗殺を仕掛けてもOK……あれかな、ミシュラムで乗ったホラーバスターみたいなやつなのかな……?他にもドキドキするし、ゾクゾク感から涼しさを感じられる夏の風物詩、ということも教えてもらって興味が湧いてきた……不安要素があるけど。

私が理解したところで殺せんせーがホッとしたような、ニヤリとしたような何か企んでそうな笑顔を浮かべた後、洞窟の中へ入っていった……先に行って仕掛けとかを作ってくるんだって。その後、みんなが順番にペアを作っていき、入口で懐中電灯を1つだけ受け取り、洞窟の中へと入っていく。私のペアは最初に宣言してた通りカルマで、今は次に入ることになってるから洞窟の入口で待機しているところだ。

 

「アミーシャは平気なの、お化け」

 

「…………ダメ、じゃない……と、思う」

 

「何、今の間」

 

「魔物にもいるの……お化け。だから怖くはないんだけど……ただ、急に消えて急に出現したり凍らされたり目を潰されたり体を石にされたりっていうのがイヤで……基本どうしようもない時以外、避けてた」

 

「びっくり系がダメ、と…………あと、さすがに殺せんせーはそんな状態異常にすることはできな」

 

「「ぎゃーーーっ!?」」

 

「!?!?!?」

 

「あ、マジでびっくり系はダメなわけね……」

 

前に入っていったペアの叫び声が洞窟の中から響いてきて、思わず体が硬直した……え、そんなに怖いの……!?入る直前になってその悲鳴に足を止めた私を見て、何故か嬉しそうな顔で私の手を取って中へ歩いていくカルマ……手を繋いでるから必然的についていくことになる。

こういう暗いところを歩くのも、足場が悪い所を歩くのも、……急に魔物が出てくる道を歩くのも一応普通だ。でも、あまり好んで行きたいわけじゃないし、今回はマッハ20の殺せんせーが相手……本気でビビらせに来たら、耐えられるかわからない。

 

────ペン……ペンペンペン……ペンペン……

 

ここは血塗られた悲劇の洞窟……

 

「ぴ!?」

 

「ちょっと、ぴ、って……」

 

琉球……かつての沖縄で……戦いに敗れた王族達が、非業の死を遂げた場所です……

 

開始数秒で無理でした、耐えられなかった。いきなり青白い火の玉とともに現れた緑色の何か……それに驚いて反射的にナイフを投げた……確かに顔に向かったのに何事も無かったかのようにすり抜けて、私は軽いパニックになっていて……なんで、当たったのに、なんでそのまま話が続いて……!?と思ったら今度は背後から「決して2人離れぬよう……」って!?

 

「〜〜っ〜っ!?!?」

 

「え、ちょ、アミーシャ、落ち着いて、相手殺せんせーだから。マッハ20で避けてるんだよ、ホンモノじゃないって。……ねぇ、ガチ霊とか魔物のやつじゃないって!氷も目潰しもないから!……待って、そっち行ったらライトないから真っ暗!!ストップ!!」

 

「……アミサさんに、意外な弱点発見ですねぇ……そして、やっぱりこの2人が1番可能性がありそうです……ヌルフフフフフ……」

 

真っ暗闇に1人で突っ込んでいきそうになっていたところをカルマに連れ戻された時には、お化け殺せんせーはいなくなっていた。足なかったし、やっぱりほんとにお化けになっちゃったんじゃ……!?と言ったら「だったら殺せんせーもう死んでるから暗殺できないじゃん」と冷静に突っ込まれて、そうかとやっと落ち着けた気分だった。

次のペアにも同じ語りが聞こえてくることから、さっきのはこの肝試しの設定なんだと思う……琉球?王族?……驚きすぎてほとんど覚えてないけど。そして序盤というか最初の最初だというのに、すでにカルマは疲れたように溜息を吐いていた……もう、ホントにごめんなさい……

 

「ここまで驚くとか……ってそういえば、今までも急に後ろから声かけたり肩叩いたりすると、驚きすぎってくらい声上げたり飛び上がってたね」

 

「うぅ……ごめんなさいぃぃ……でもみんな、なんでか後ろから声かけてくるんだもん……」

 

「……くくっ、反応かわいいし、しょうがなくね?」

 

「……かわいくないもん……」

 

カルマは笑ってるけど、私はもう半分泣いてる……実はこれまで普通に生活してきた中でも、今まで後ろから急に声をかけられたり触れられたりすることには内心ビクビクしていたのだ。ただ、声に出して驚いてはいたけど、ここまでパニックになったのはこの肝試しが久しぶりで……入る前の楽しみにしていた自分に、注意してあげたい気分だ。

次になにか来るとわかっていても『急に』というのはどうしても慣れないから怖くて、次にパニックになってはぐれても嫌だから動きたくない、でも進まないと次のペアが来てしまうし……と足が思うように進まなくなっていたら、カルマが自然と手を引いてしがみついていてもいいと言ってくれた。遠慮なくしがみつきながら洞窟を歩く。

 

落ちのびた者の中には夫婦もいました。ですが追っ手が迫り……椅子の上で寄り添いながら自殺しました

 

「っ!」

 

「大丈夫、平気だって……俺がそばにいるから」

 

案の定、また背後のものすごく近い位置から囁きかけるようにお化っ……こ、殺せんせーの声が響いて、次に何を仕掛けてくる気なのか、ビクつきながらしがみつく力を強くして、目を閉じ……

 

琉球伝統のカップルベンチです。ここで1分座ると呪いの扉が開きます

 

「……は?」

「……へ?」

 

殺せんせーの脅かしに、思わず目を開けて固まった。……えっと、伝統……伝統?

 

「……とりあえず、座る……?」

 

「…………うん(俺、すっげぇ恥ずいこと言ったのに)」

 

なんとも気まずい1分が過ぎて扉が開く。殺せんせー自身の服装も設定の時代背景に合わせて古くボロボロのを着てたのに、伝統らしいカップルベンチというものはキレイで新しくハートがいっぱいあしらわれたもので……なぜここにあるのか謎でしかない。そして、違う意味で思考がパニックになりそうな案件は、この後も続いた。

古い一軒家……響くのは包丁を研ぐ、シュッ……シュッ……シュッ……という音だけで……今回はビックリ系ではなかったので普通に観察していたら、

 

血が見たい……同胞を殺されたこの恨み……血を見ねばおさまらぬ……血、もしくは……イチャイチャするカップルが見たい……どっちか見れればワシ満足

 

「安い恨みだね」

 

「自分の子どもが結構する前に死んじゃった人なのかな……」

 

「素直に設定受け入れなくていいから」

 

ボッと、人魂とともに骸骨がカラカラと宙を浮かびながら語りかけてくる場所では……

 

立てこもり飢えた我々は……一本の骨を奪い合って喰らうまでに落ちぶれた……お前達にも同じ事をしてもらうぞ。……さぁ、両端から喰っていけ

 

「いや、それただのポッキーゲームじゃん」

 

「ぽっきー?……げーむ……?」

 

「……はい、あーん」

 

「……?……あ」

 

「ん、」

 

────ポキッ

 

「……これでよし」

 

「……なるほど。片方の人の口に入れて、もうひとりが反対側をくわえて折ればいいんだ。たくさん取れた方が勝ち?」

 

「そうそう。……あ、これは俺以外とはやっちゃダメだから」

 

「?そうなの……?」

 

……という、何を狙ってるのか、企んでいるのかよく分からないものばかりが出てきた。正直ビックリ系以外は怖くない。それに対してカルマはものすごく棒読み、もしくは呆れたように律儀に全部ツッコミを入れていた。……殺せんせー、ホントに何がしたいんだろう……

あと少しだと思われる順路を黙々と歩いていると、ふと、思いだしたようにカルマが話し始めた。

 

「そういえばさ……アミーシャは他に怖いものってあるの?」

 

「……え、」

 

「あ、この肝試しは除いてね」

 

急に聞いてきたのは私にとっての怖いもの……戦闘として?日常的に……どんな系統でもいいのだろうか。

 

「……知ってる人が、傷つくこと、とか……?」

 

「あ、そっち系できたか。他は?」

 

「……わからないこと、かな」

 

「?」

 

「相手のことがわからない……とか、気配や性質が警戒できない相手、とか。簡単に懐に入り込めちゃうから……」

 

読めない、掴めない相手に挑むのは……どれだけ自分の能力や限界(こと)をわかっていても怖いことだ。どれだけの力配分で挑めばいいのか、どこまで温存しても耐えられるか、……一歩間違えれば命に直結することだってある。私だってそんな命のやりとりは日常茶飯事だったから……まぁ、できない分工夫したり私がその分見ればいい、にすり替えて対処してはいたのだけど。

 

「そっか……俺もさ、渚君見て思ったんだよね。怖くないことって怖いなって。……アミーシャは意識飛ばしてたから知らないだろうけど、渚君、鷹岡を倒したあと……誰にも少しも警戒されないで俺等の中に戻ってきた。力もケンカも、俺が100パー勝つよ?……でも、アミーシャの言うとおり、警戒できないって怖いなって初めて知った」

 

確かに、渚くんは変わらない。どんな状況であっても冷静に動けるんだ……その様子に安心感を覚え、こんな状況なのに少しも取り乱さず、変わらないんだ……その様子に警戒できない恐怖を感じる。そんな性質をもっている人なんだと思う……どんな所へもすぐに溶け込んでしまえる、暗殺や潜入にとても適している性質だと思った。それを、カルマも察している。

 

「でも……負けないけどね。先生の命をいただくのは、この俺だよ」

 

「……ふふ、カルマらしいね。私もいっぱいお手伝いする」

 

「ありがと。……ところで、」

 

会話をやめ足を止める。カルマが懐中電灯で照らす地面には……ラジカセと何やら色の丸が描かれた布が。『琉球名物ツイスターゲーム』……ついに殺せんせーの前振りがなくなったし、特にやらなきゃいけない条件の提示すらない。

 

「怖がらせてくだらねー事企んでるみたいだけど」

 

「ついすたー、げーむ……名物?」

 

「これが名物だったら色々やばいと思うよ……無視して通り過ぎるのが吉……っ!?」

 

今までのよくわからないやつもカルマが教えてくれて、クリアしてきたんだから当然これも教えてくれると思っていた。なのに、素通りしようとするから慌てて足を止め、しがみついた腕に軽く力を込めて、前に進めないように踏ん張る。

 

「どんなげーむなの?」

 

「…………教えて欲しいの?」

 

「……?うん!」

 

「……えぇ……俺だけ拷問じゃね……?」

 

これ殺せんせーに見られたら変に勘ぐられるかからかいのネタじゃね……主に俺の、とかブツブツ言ってたけど、私がやりたいって期待して見ていたら大きなため息ひとつついて、1回だけね、とツイスターゲームの方へと歩き出した。

 

「……と、次アミーシャ……左手が赤ね」

 

「ん、と……はい」

 

「うまいじゃん。次は俺……アミーシャ、上通るよ」

 

体全体を使ってCDの指示に従いながら、両手足で色を触っていくゲーム……それ自体は元々こういう動作が得意なこともあって難しくはなかったんだけど……

 

「!……か、カルマ……その、……」

 

「……こうなるから、俺は渋ってたんだけど……」

「ひぅっ!?こ、こえ、……みみ、くすぐったい……っ!」

 

ゲームを進めていくうちに、自然と体を密着することになるなんて知らなかった……なにより、カルマの顔がものすごく近いのだ。あのおでことおでこを合わせた時くらい……いや、好きに動けない分今の方がツラい……今、私の顔は真っ赤になってる自信がある。最初は淡々とゲームを進めていたカルマなのに、距離が近くなって腕や足を交差し始めた時くらいから、開き直ったのかわざと息を吹きかけてきたり声を低くして喋ったりと、やりたい放題に。おかげで恥ずかしくてくすぐったくて仕方なく、だんだん音楽に集中できなくなってきてて……

 

「ほら、次右足を黄色……」

 

「う、うん……んー……」

 

きゃーーーーーーッ!?化け物でたーーッ!!

 

「ふぇっ!?」

 

「あ、尻もちついたね」

 

洞窟の中の、どこかからか響き渡った悲鳴……これ、殺せんせーの声かな、に驚いてただでさえ集中が落ちていたからお尻を地面につけてしまった。ただでさえギリギリお尻をつかないように耐えていたんだ、今の格好は地面に大の字で寝転んでいるようなもので……私の負けだ。負けはいいんだけど、近い……!

 

「どう、ツイスターゲーム初体験のご感想は?」

 

「う……その、ゲーム自体は難しいものじゃないんだけど……カルマ、カッコイイもん……こんな、近くに顔近づけられたら、ドキドキしすぎて、こわれちゃうかと思った……」

 

「…………」

 

「かる、ま……?」

 

「…………っぶね、トぶとこだった……何この破壊力……知ってたけど」

 

素直に今思ってることをそのまま伝えてみたら、カルマは私の上で目を見開いて固まり……次に体を支えていた腕の力を抜いて、私の上に覆いかぶさってきた。肩のあたりにカルマは顔を埋めてもごもごと何か言っている。近くなればなるほど、ふわりと彼の体から不思議な香りを感じる……私にとっては何よりも慣れ親しんだ安心できる香りだ。体を支えなくていいぶん、自由な腕を彼の背に回して、軽くぽんぽんと叩く。

とても長い時間そうしていた気もしたけど、実際は数分もなかっただろう……その格好のまま時間が流れていったが、ゆっくり体を起こしたカルマは、一緒に私のことも起こしてくれた。洞窟では、まだ殺せんせーの叫び声が響いている……だんだん近づいてる気がするから、もうすぐここまで来るんだろう。

 

「ごめん、落ち着いた……そろそろ行くよ」

 

「……うん」

 

 

++++++++++++++++

 

 

洞窟を抜けたところには、先に入ったクラスメイトたちがなんとも言えない顔をして立っていた……やっぱり、途中のよくわからない脅かしもどきに疑問しか感じなかったらしい。

 

「あ、アミサちゃんたち出てきた!」

 

私たちが洞窟を抜けたことを気づいた子が何人か近づいてきて、出口近くから広い所へ移動する。その時に私のパニック話がカルマの口から語られて、恥ずかしくなって顔を覆った……私、そんなことしてたの……!?

 

「アミサはやった?殺せんせーの仕掛け。……カップルベンチみたいにやらなきゃ進めないのもあったけど、基本スルーしてもいいやつばっかだったでしょ」

 

「んと……全部やったと思うけど」

 

「ホントに!?ポッキーゲームとかツイスターゲームも!?」

 

「うん、ぽっきーげーむ、はカルマがいっぱいの方折ったからカルマの勝ちで、あ、チョコの方もらったんだ!おいしかった!……えと、ツイスターゲームも私が尻もちついて負けちゃった」

 

「「「(ツイスターゲームはともかく、ポッキーゲームは嘘を教えられている……!)」」」

 

「ポッキーゲームやったのか?!真尾、今度俺とも……」

 

「カルマにぽっきーげーむは、カルマ以外とやっちゃダメなゲームって教えてもらったから、ダメなの、ごめんね」

 

「「「(サラッと予防線が張られている……!)」」」

 

この後、洞窟から悲鳴をあげながら飛び出してきた殺せんせーは、すぐさま地面に突っ伏した。結局私たちを怖がらせるつもりが、ちょっとしたきっかけで(綺羅々ちゃんが口裂け女を演じたみたい)自分の方が怖くなって飛び出てきたらしい。突っ伏したまま、日本人形が……玄関のこけしが……ってぶつぶつ言っていた。

全員が洞窟から出てきてから、よく分からないことを叫んで殺せんせーは泣きギレしていたけど、莉桜ちゃんとかメグちゃんとかになにか諭されてたくさん頷いていたから、きっとだいじょぶだよね……?なんか、殺せんせーが呟いた瞬間に私以外(カルマ含む)がスマホを持って殺せんせーの方に集まったけど、……ホントにだいじょぶだよね!?

 

この後、イリーナ先生と烏間先生が洞窟から出てきて、私たちの暗殺旅行、最後の作戦が行われることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 




※あの時撮った写真は
「……逆光だからこそ、アミーシャは消えそうなんだ……そうに、決まってる……」
「か、カルマ君……何か言いましたか?」
「……人が告白しようとしたのを邪魔しといて、聞ける立場だと思ってんの?普段からとことん下世話なくせにそこだけタイミング悪いとか救えないね。……さっさと当たれよこのタコ!!!」
「ハッ、せっかくの生徒のスキャンダルを先生のせいで逃した……!?」
「……カルマ君がキレるタイミングって、たいていアミサちゃんが絡んでるよね(修学旅行の時間・5時間目)」
「たいてい殺せんせーが何かやらかしてるよね」
「お取り込み中しつれーい!ほらカルマ君達、見てみてこの子!」
「ん、なーに…………っ!?」
(本編へ続く)



「で、どーだったよ。水着の感想は」
「……中村、感謝。めっちゃよかった……でもお前のイタズラはいらない」
「えー、あんないい乳が目の前にあったら揉まなきゃそんじゃん!カルマ好みの水着に真っ赤な顔をプラスしてやったのにー」
「他のやつも見てるから嫌なんだよ……そんなんだからオッサンって言われてんの、わかってる?」
「……はいはい、じゃあ、水着選びの裏話教えてあげるからそれでどーよ?」
「……内容による」
「水着、あの子が自分で選んだものにも私等が進めたものから選ぶ時も全部共通点があったのよ。1つはスカート……パレオみたいにヒラヒラしたのが着たいってずっと言ってたわ。もう1つが……必ず入ってんのよ、どこかに〝赤い〟部分が」
「!」
「あの子の持ち物見てみ?無意識みたいだけど、もともと持ってたもの以外、必ず赤を優先的に選んでるから。最近身につけてると安心できるんですって。……何を意識してんのかしらねー?」
「…………」
「これくらい、自惚れてもいいんでない?」



「いいんです、カップル成立は失敗しましたが、狙っていた写真は撮れましたから!」
「どれどれ……カルマとアミサの肝試し風景!?え、せんせーそれ私にちょうだい!」
「俺も欲しい!」
「何に使う気だよ!?殺せんせー、消さないなら……」
「ま、待ってくださいカルマ君!君にはこれでどうでしょう……?」
「…………のった」
「「「(一体何の写真だったんだ……!?)」」」


++++++++++++++++++++


肝試し回が終わりました。
そして、カルマが告白しようとしました。が、完全に殺せんせーが邪魔しました。ちょっと私、この話を書きながら「殺せんせータイミング悪っ」と何回笑ったことか……流れ的にああなっただけです、わざとこうしたわけではありません。まず、告白の流れに持ってくつもりもなかったはずなんですが……お互いに「相手が夕焼けに/夜に消えてしまいそう」って感じる所までは予定通りだったのに、引き留めようした結果何故か告白に繋がるという。多くのE組に目撃されてた可能性があったから、中断してある意味よかったんじゃないかな……

そして、伏線回収できた……!
ここの話に来るまでの約50話、オリ主は後ろから声をかけられたり触られるとかなり大げさに反応してるんですよね。ここでそれが活かされました!お化けが怖いのではなく、後から急に、という気づけないことが怖いのです。

ツイスターゲーム、やらせてみたら、カルマ(の理性)が危なかったらしい。ちょっとだけR15に足を突っ込みかけました。水着披露の時にも中村さん胸揉んでますし。

次回、イリーナ先生のくっつけ大作戦で、沖縄リゾート編はおしまいとなる予定です。夏休み編はあと少しだと思われます。



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怖い時間

夏!旅行!ならばやるべき事は……!の流れで開催された殺せんせー主催、海底洞窟での肝試し……もとい、吊り橋効果……というものでカップル成立を狙っていたらしいイベントが終わった。肝試し中の脅かし……殺せんせー曰く、カップル誕生のための仕掛けは、私とカルマは普通に全部こなしてきたけど、みんなはやらなきゃ扉が開かないってもの以外突っ込むだけツッコミを入れてスルーしてたらしい。殺せんせーが、

「アミサさんとカルマ君だけですよぉ、まともに全部やってくれたペアは!」

……って泣きながら頭を撫でてくれた(私は撫でられるの好きだからそのままにしてたけど、カルマは撫でられそうになった瞬間に払ってた。殺せんせーそれでまた泣いてた)。でも、仕掛けをやっただけでカップル成立っていうのは私でも無理だと思うけどなぁ……それで恋人ができてたら、世界中恋人だらけになっちゃうよ。……言ったら先生、立ち直れなくなりそうだったから黙ってたけれど。

ホテルに戻って夜ご飯までは自由時間……烏間先生が私たちから離れて仮眠を取りにいった隙に、私たちはオープンテラスに集合する。目的は……

 

「しっかし……意外だよなぁ〜、あんだけ男を自由自在に操れんのに」

 

「自分の恋愛にはてんで奥手なのね」

 

「恋愛ぃ〜?はっ、んなわきゃないでしょ!」

 

……イリーナ先生である。殺せんせーが肝試しに誘ったのは私たち生徒だけかと思っていたらイリーナ先生もだったらしく、烏間先生を誘って肝試しに参加してたみたいで……1番最後に洞窟から出てきた。烏間先生の腕にしがみついていたからイリーナ先生も怖かったのかな、……なんて私は思っていたのに、イリーナ先生は私たちが見ていると気づいた瞬間にコソコソと離れていって。……あ、これは面白いおもちゃを見つけたって感じに、みんなの目がキランと光ったような気がした。それで、今に至る。

 

「あいつが世界クラスの堅物だから、珍しかっただけよ!それで、男をオトすプロとして本気にさせようとムキになってたら、……そのうち、こっちが……」

 

「う……」

 

「かわいいとか思っちまった……」

 

「なんか屈辱……」

 

「なんでよっ!!」

 

イリーナ先生は自他ともに認めるハニートラップの達人であり、プロということを誇りに思ってる……先生の放課後講座で聞いた話では、ほんとに小さな頃から殺し屋として働いてきたって言ってた。……話を聞く限りその時から『女であること』を最大限に利用して、『嘘の恋心』を武器にしてきたんだと思う。……その経験が邪魔になって、いざ本当の恋をしてみたら勝手がわからないんだと思う……恋をしたことがない私が、詳しく語れることじゃないんだけど。

なんにせよ、今までに見たことがないイリーナ先生の作ってない女の人らしい部分を見たみんなは、特に殺せんせーがノリノリで、協力する気満々だ。もちろん私もその1人……大好きな先生()たちが幸せなら、嬉しいから。あと、イリーナ先生って普段がちょっと子どもっぽいところがあったり……その、エッチなところがあったりで分かりづらいけど、ほんとに綺麗な人だし、ホテルの潜入任務の時、私を根拠を示したわけじゃないのに信じてくれた、すごい人だと思うから……そんなイリーナ先生のことを烏間先生がどう思っているかが、ちょっと気になる。あともう1つ気になってる理由はあるけど……それは、あとでいいや。

 

「まずさぁ、ビッチ先生服の系統が悪りぃんだよ」

 

「烏間先生みたいなお堅い日本人なら清楚でしょ!」

 

「清楚といえば……神崎ちゃんだよね。昨日来てたの乾いてたら貸してくれない?」

 

「あ、う、うん!」

 

少しでもお手伝いになるようにと、みんなで案を出していく。イリーナ先生の持ち味を殺さず、かといって今まで通りではなくちょっと工夫を……その1番の近道が服装なんだけど、いきなり壁にぶち当たった。有希子ちゃんの着ていた服を試着してみたイリーナ先生は、着れたには着れたんだけど……

 

「「「なんか、逆にエロい……!」」」

 

「……同じ服でも着る人によってここまで変わるのか……」

 

「全てにおいてサイズがあってないのよ……あ、じゃあ胸のサイズ的には矢田ちゃんかアミサ、あんたらの服ならいけんじゃない?」

 

「私のは、清楚っていうよりはカワイイ系になっちゃうかな……」

 

「た、確かに私のなら胸のサイズは合うかもだけど……その、身長……それに東方系のだから、清楚には合わないと思う……」

 

「「「あー……」」」

 

胸が大きいことは女の人にとってのステータス……なのかもしれないけど、私にとっては悩みの種でしかない。その、ないのだ、服が……ただでさえ低身長なこともあって私が着れる服を選ぶのが毎回大変で、それもあってゆったりしたものかピッタリしたものの両極端になってしまう。イリーナ先生は狙って「露出しとけばいいや」みたいな服装なのかもしれないけど、実際には選べるものがなくてそういうのを選ばざるをえないのかもしれない。

……ちなみに東方系というのは、日本からみるなら中華系の服だと思ってもらえればわかりやすいと思う。

 

「もういーや、エロいの仕方ない!大事なのは乳よりも人間同士の相性よ!」

 

「では、烏間先生の女性の好みを知ってる人は?」

 

「あ、私この前見たよ!テレビのCMであの女の人のことベタ褒めしてた!〝俺の理想のタイプだ〟って!……あ、ちょうどやってるアレだよ!」

 

桃花ちゃんが指したテレビCMに映っていて、烏間先生がベタ褒めしながら見ていた女性というのは……あるセキュリティの宣伝で、霊長類最強と言われる方でした。

 

「「「理想の戦力じゃねーか!」」」

 

「最強の人外(仮)には霊長類最強女子ってか……」

 

「3人もいるって……CMだからだよ」

 

「ビッチ先生の筋肉じゃ絶望的だね」

 

烏間先生がお付き合いしたい、結婚したいと思う理想の女性が、あんな簡単に真似出来ないような強い女性だったらイリーナ先生にはむいていない。むしろ真逆の方面に特化してると思う。先生の理想のタイプで攻めるのも難しそう……でも、理想のタイプに合わせて自分を作ってしまったら、それはもうイリーナ先生じゃなくなってしまうから、ある意味やらなくてよかったんじゃないかという気もする。

 

「で、では、手料理なんてどうでしょう?ホテルのディナーも豪華だけど、そこをあえて2人だけ烏間先生の好物で……!」

 

「……烏間先生、ハンバーガーとカップ麺食ってるとこしか見たことないぞ……」

 

「それだと2人だけ不憫すぎる……」

 

そういえば、イリーナ先生とロヴロさんが模擬暗殺をした時にも烏間先生はハンバーガー食べてたな……効率だけを求めて健康には全く気を使ってないのがよくわかる。

……あまりにも烏間先生のせいで私たちの策が役に立たなくなっていくせいで、もうこれはぶっ飛んでいるイリーナ先生ではなくて烏間先生のありえない堅物さが全ての原因なんじゃないかってディスられはじめた。

 

「と、とにかく……ディナーまでに出来る事は整えましょう……女子は堅物の日本人が好むようにスタイリングの手伝い、男子は2人の席をムードよくセッティングです」

 

「「「はーい」」」

 

「…………」

 

こうしてイリーナ先生の改善(?)や烏間先生の攻略に取り組むよりも、まずはディナーでの告白という場を整えて、とりあえずそんな雰囲気を出してみよう作戦で対応することに決定した。普段、言い方は悪いけど先生に対して友達感覚のみたいに接している私たちがここまで協力しようとするところに驚いたのか、イリーナ先生は目をぱちくりとさせて固まっている。ディナーの開始時刻は21時……それまでに出来ることはまだまだあるはず、私もみんなに続いて準備を手伝いに走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリーナ先生の服装はせっかくホテルのディナーに正装……?礼装……?……わかんないけど雰囲気に適したドレスを持ってるんだからとそれを着ることになり、あとは少しでも露出を抑えよう……ということで、おかーさんが売店で買ってきたショールをアレンジし、うまく隠している。髪型も長い髪をただそのまま下ろしているよりも、結い上げた方が清潔感あるよね!という桃花ちゃんの一言でポニーテールにしてある。

机のセッティングや料理を先生2人だけ別の場所にする手配は、男子がしっかりやってくれたとのこと。いままでの経験から男子ってそういう雰囲気をあまりわからないものだと思ってたけど、普段から女性の扱いに慣れてる人とか、女性の好みを調べてる人とか、美的感覚に優れてる人とか、気配りのすごい人とかがE組には集まってる……だから、高級店とかには及ばなくても見れるものにできたんだと思う。

先にイリーナ先生が配置につき、私たちはみんなでご飯、という言葉で烏間先生を呼び出して……室内の席は多少強引な手も使ってだけどすべて塞ぐ。烏間先生を外へと誘導できれば、あとはイリーナ先生が頑張ることだから。

 

「……皆で食事と聞いたが、……なんだこれは」

 

「烏間先生の席ありませーん」

 

「E組名物、先生いびりでーす」

 

「先生方は邪魔なんでー、外の席で勝手に食べてくださーい」

 

「…………、最近の中学生の考えることはよくわからん……」

 

……よし、普段から殺せんせーをみんなでいじっているから、烏間先生は疑問に思いながらも私たちの言葉に従って外の特別席(made in E組)に行ってくれた……のを見て、みんながオープンテラスに隠れて様子を伺う。だって、イリーナ先生の本気の恋……どうなるのか気になるもん、しょうがない。

私が隠れたところはイリーナ先生の顔が正面に見える木の影……隣には、陽菜乃ちゃんが泣きそうな顔をして見守っていた。……ずっと、烏間先生のことが大好きだって言ってたもんね。それでも邪魔しに行かないのは、きっと、イリーナ先生のことも大好きだから……大好きな2人が幸せになるって、自分も幸せなることだから。そっと、彼女の手を握るとハッとした顔をして、それからゆっくり抱きついてきた。

 

「うぅ、アミサちゃん〜……」

 

「……陽菜乃ちゃん、2人ともが大好きだもんね。見てるのつらいなら中にいる?私、付き合うよ……?」

 

「……ううん、ちゃんと見てる。ありがと〜……」

 

そう言って彼女は私から離れると、イリーナ先生と烏間先生の様子をまっすぐ観察しはじめた。……陽菜乃ちゃんにとって、イリーナ先生はいわば恋敵……それでも見守ることを選ぶのって、すごいなぁ……私も2人の先生の方へ視線を戻す。この場所は微妙に距離があって、表情や仕草ははっきり見えるけど、いくら周りが静かでも話し声までは届かない。……あれ、烏間先生が何か話しかけたかと思ったら、イリーナ先生の顔が暗くなった。なんだか不安になってきて、一緒にあの様子を見ているみんなを見てみたけど、気づいてないみたい……笑顔で、「いい雰囲気だね」などを言いながら見守っている。……私だけが、気づいてる。

 

「ねぇ、カラスマ。『殺す』ってどういう事か、本当にわかってる?」

 

聞こえないはずなのに、なぜか、ハッキリと。イリーナ先生のその言葉だけが、私の耳に届いた気がした。

その言葉が頭に入ってきた瞬間、私は暗殺教室に来たばかりの頃とこの旅行中にあったことが頭に思い浮かんでいた……思い出したら言い表せない気持ちが湧き上がってきて、このままここに居続けることもできなくて。みんなが先生たちのやりとりに夢中になっている隙をみて、私は静かにその場から離れた。なぜかはわからなかったけど、1人になりたかった。

 

 

 

 

 

カルマside

一応ビッチ先生と烏間先生にはお世話になってるし、クラス全員での作戦らしいから参加しておいたけど……俺自身はそこまであの2人の恋愛事情に興味があるわけじゃない。……ハッキリいえば、自分の分でも上手くいかないのになんで他の奴らの橋渡しを、だ。でも、腐ってもビッチ先生はハニートラップの達人……男女は違っても何か盗めないかな〜……程度の軽い気持ちで2人の先生のディナー風景を観察していた。

ビッチ先生がナイフでまとめていた髪ゴムを切って、中途半端な間接キスを噛まして俺等のもとへ戻ってきた……普段からビッチ全開だってのに、こういう時だけ躊躇うせいで、烏間先生絶対気づいてないと思うよ、アレ。みんなはまだぎゃーぎゃー文句言ってるけど、もともとそこまで興味をもって見てたわけじゃないから、部屋に帰ろうとして……ふと、みんなを見て違和感を感じた。……アミーシャ、いなくね?

 

「……倉橋さん、アミーシャは?」

 

「へ……?あれ、さっきまで隣にいたのに……部屋に戻っちゃったのかな〜?」

 

俺が見てた限り、途中までは倉橋さんと一緒にいたはずだ……その彼女が知らないということは、俺等全員が集中していた時に、気付かれないように席を外したってこと。誰にも行き先を告げず、黙ってひとりでいなくなったということは、あの先生たちの様子を見てよっぽど何か気になることがあったんだと思う。

 

「そ、わかった。……もう解散でいいよね?……律、アミーシャのスマホかエニグマ、追える?」

 

『少々お待ちください……はい、可能です!案内しましょうか?』

 

「頼んだ」

 

球技大会の日に連絡が取れなくなった時にクラス全員から怒られてからは、アミーシャはよっぽどの事がない限り連絡手段を持って移動するようになった。この日も、どっちかはちゃんと持って移動してくれてたみたいで律が痕跡をすぐに追い、マップを表示してくれた……彼女の示した先は、

 

「……昨日の、暗殺場所?」

 

殺せんせーが吹き飛ばしたはずの水上チャペルの跡地だった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

ホテルに近いところだと、ホテルの人とE組関係者だけとはいえ、人の気配がたくさんある。でもここまで出てきてしまえばとても静かで……聞こえるのは波の揺れる音、海風の音、あとは私の足が海面を蹴る音くらい。パシャリとひとつ蹴れば、海面に映る三日月が揺らいで形を崩しては元の形に戻っていく、それをぼんやり見つめていた。

 

「…………」

 

「なーにやってんの」

 

「…………カルマ」

 

「あれ、驚かないんだ。真後ろからいきなり声かけたのに」

 

「…………海に、写ってたから」

 

「なるほどね」

 

気配は隠していたみたいだけど、彼が私の真後ろに立った時、海面に私以外の影が揺らいで見えた……だから声をかけられる前に気づくことができた。振り向かないままイリーナ先生と烏間先生のその後を聞いてみたら、烏間先生が付けていたナプキンにイリーナ先生が口付けて、それを使った関節キスをしたらしい……イリーナ先生らしからぬ、おとなしいアプローチだった。当然みんなは大ブーイングだったみたいで、その様子が簡単に想像できて少しだけ笑った。

それだけ言うと、この場はまた自然の音だけが響く静かな空間へと戻る。……カルマは何にも言わないし、聞かない……多分、私が話そうとしなければ何も聞かないでいてくれるんだと思う。彼はいつでも優しいから、どうしようもない時以外は、私が話し出すまで待っていてくれる。私は、海面に揺れる月を見ながらポツリポツリと話しはじめた。

 

「さっきね、イリーナ先生の言葉が聞こえたの」

 

「……アミーシャのいたあの位置、声は聞こえないんじゃね?」

 

「うん、だから言葉だけ。正面から先生の口元見てたからかな……『殺すってどういう事か、本当にわかってる?』って、言ってた気がした」

 

聞こえないはずなのに認識できたってことは、分からないけどその時だけ唇の動きを読んだのかな……なんて、自己完結してる。他の話していることは全く言葉として頭に入ってこなかったんだから、余計にそう思うしかなかった。そして、言葉を聞いた瞬間に思い出したのはふたつの場面……その片方には彼がいた。

 

「……そう。それで、その言葉がどうかしたの?」

 

「……カルマは、初めて一緒に殺せんせーを暗殺しに行った時、明確な殺意があったよね……先生なんて死んでしまえばいい、信じるつもりなんてないって」

 

「……ま、そーだね。あの頃は先生とかどーでもよかったし」

 

「普段からケンカもしてたから、カルマは人を攻撃した結果どうなるのか、自分の中に残る気持ちとか……後のことを理解してた」

 

「……そーだね」

 

あの頃、私もカルマも先生っていう大人に絶望してた。だから、殺すという依頼になんの疑問もなく、なんのためらいもなくぶつかり、まっすぐぶつかって返してきた殺せんせーなら信じてみてもいいかもしれないって思って、殺すのを見送った。見送ったとはいえ今も命を奪うということを考えて挑んでいる……少なくとも私は考えている。

 

「でも、……みんなは違う。多分、烏間先生も……ううん、烏間先生は考えないようにしてるのかな」

 

「……みんなって、E組?」

 

「うん」

 

E組の中で私たちだけは、賞金目当てや依頼されたからって理由で殺しをしていない、唯一だった。他の人を焚きつける理由には使ってたけど……自分が向き合う理由に使ったことは一度もない。

他のみんなは殺したら賞金100億円、これだけ弱点があるならすぐに殺せるんじゃないか、賞金手に入れたら何に使う、あとちょっとだったのに、次はこうしよう、また殺ればいい……『命を奪う』、それを軽く捉えていて本当の意味を考えたことがないように思う。

 

「昨日の暗殺の前にね、吉田くんと村松くんが話してたんだ。『今日殺せれば明日は何にも考えずに遊べる』『今回くらいは気合入れて殺るか』って……聞いてた人は何人もいたのに、誰も否定しなかった。それを聞いて、私はみんなと違うんだって、そう思った」

 

「……それが、あの時立ち止まってた理由か……」

 

「あの時は暗殺を控えてたからなんとか押し殺したけど……イリーナ先生の言葉を聞いたら、また思い出しちゃって。……あたりまえ、だよね……みんな、普通に生きてきたただの中学生なんだから。いきなりこんな目に見えた命と向き合って、自分たちで摘み取ることの意味なんて……考えたことあるわけないもんね」

 

「……それだけ聞くと、アミーシャは違うって聞こえるんだけど」

 

「………………そう、だね。私は………、……私は、命と向き合うことが、普通の世界で生きてきたから」

 

「魔物との戦闘、か……確か、元々は害を与えない動植物が変異したものだったっけ」

 

「……うん」

 

ホントは、カルマの予測は少しだけ違う……でも、それも間違いじゃないし、まだ教えるつもりもない。幼い頃から命と向き合う環境で育ち、それしか知らなかった私は、最初から殺せんせーを殺すことの意味をわかっているつもりだけど、みんなは違う。みんなはキレイで明るい光のような人たちだから、そんな暗い部分は知らなくてもいいと思う……でも、この教室にいる限り、いつかは向き合わなければいけない。それをイリーナ先生の言葉で再認識した……そしたら、その事を理解している私が、巻き込まれて暗い部分を知ったとはいえ、まだ明るいみんなと一緒にいるのがなんか、……いたたまれなくなって、ここまで逃げてきてしまった。

パシャリと海を蹴った時、後ろで軽い何かを落とす音のあと気配が近づいてきて、私を抱える形で体重をかけられた。同じように素足になったカルマの足が、私と同じように海を蹴る。

 

「……俺もさ、みんなと一緒……正直そこまで命のことなんて考えてないよ。……でも、今アミーシャの言葉聞いたら、ちょっと考えさせられた」

 

「……」

 

「確かにみんなは意識してないだろうね。4ヶ月近く付き合ってきて、先生との思い出もできてきてて……その相手を暗殺するってことの意味」

 

「……うん」

 

「……でも、俺はちゃんとわかって殺るよ。だから……アミーシャ1人で、そんな重いのを押し殺さないで。俺も一緒に抱えるから……俺に吐き出してよ」

 

「……でも、そんなの、」

 

「いいから。……抱えさせてよ……俺は、できる限りアミーシャのことを知ってたい。一番近い所で支えたいし、頼ってほしい」

 

「……なんで、カルマはそうやって言えるの?今、私が話さなければ、知らないままで中学校を終われたかもしれないのに」

 

なんでカルマは、いつも私が欲しい言葉をくれるんだろう。なんで、いて欲しい時にいてくれるんだろう。私は彼にまだ知らなくていいことを話して、私の暗い気持ちを吐き出して、きっと嫌な気持ちにさせたのに。背中から回された腕に手を添えて、そっと疑問を投げかける……さすがに、恨み言のひとつでも言われるかなって思っていたのに。

 

「……アミーシャのことが、好きだから」

 

「……ぇ」

 

ぎゅ、と私に回した彼の腕に力が入って……そのまま言われた言葉に固まった。今、カルマはなんて言った……?

 

「あー、くそ……夕方タイミング逃したし、まだ言わないつもりだったのに……」

 

「え、あの……」

 

「アミーシャがまだ、そういう感情を理解出来てないのはわかってる……だから、すぐに返事はしなくていいよ。でも、好きだから一緒にいたいし、苦しんでるなら少しでも軽くしてやりたい……そう思ってることは知っといて」

 

「…………っ」

 

気がつけばアレだけみんなの所から離れていたいくらい悩んでたのに、気持ちがスッキリしていた。背中に感じる彼の体温が、早い心臓の音が、嘘じゃないことを伝えてくる。まっすぐ伝えられた言葉は理解できたけど、すぐに答えることはできそうになかった……なのに、カルマの口から綴られる言葉はどこまでも優しくて、私は小さく頷くことしかできなかった。

 

「タダでさえ悩んでるとこで混乱させて、ごめん。……夏場でも海風に当たりすぎると風邪ひくし……戻るよ」

 

「……うん」

 

先に立ち上がったカルマが転がっている靴を拾ってまだ座り込んでいた私に片手を差し出してくる。軽い力で立ち上がらせてもらいながら、さっき何かが落ちる音がしたのは、彼の靴を落とした音だったんだ……そんなどうでもいい考えが私の頭の片隅をよぎっていた。私の靴も拾ってくれたみたいで、そのまま手を引かれてホテルへと戻る。

いつの間にかカルマと分かれて女子部屋に戻ってきていて、部屋で出迎えてくれたみんなに色々と声をかけられたことまでは分かった。けど、理解はできても飲み込みきれない感情が整理しきれなくて、それらへまともに答えられないまま、隣のお布団の有希子ちゃんへと抱きついたまま、私は眠りに落ちていた。

 

こうして。みんなで挑んだ暗殺に、命の危険を身近に感じた潜入任務に、E組みんなで楽しんだ夏らしい遊びに、……2つの場所での2つの告白を経て、夏休みの旅行は終わりを告げる。

 

 

 

 

 




「律、中継なんてしてないよね」
『……さすがに、してません。』
「……他の奴らには黙っといて、特に前半。俺等3人だけの秘密ね」
『わかりました……って、告白はいいんですか?』
「……橋の入口あたりにいくつか気配があった。おおかた声は聞こえてなくても見てただろうから、なんとなくみんな知ってるって。……悪い、律には黙っててもらうことばっかりで」
『いえ。……では、もし聞かれた時は告白に関してだけは答えても?』
「……ま、いーよ。どうせクラス全員知ってるわけだし……アミーシャは返事してないしね」



「アミサ、おかえりー。遠くから見てたけど、また甘い空気作っちゃってぇ、何話してたの?」
「あ、声は聞こえない距離はとってたから!ナイショ話なら言わなくていいし!」
「そうそう、ビッチ先生ね……」
「……」
「……アミサちゃん?」
「……有希子ちゃん、ぎゅーしていい?」
「え、うん……アミサちゃん……?」
「……好きって、どういう気持ちなのかなぁ……」
「「「………………………え、」」」
「…………すー……」
「え、爆弾落とすだけ落としてそこで寝る!?」
「律、何かわかる?」
『……カルマさん、告白されてました。ただ、返事は自分の気持ちを整理できてからでいいと』
「……あー……」
「……一応、前進……?」
「どうだろ、この子完全にキャパオーバーで疲れきって寝ちゃったんじゃ……」
「というか、神崎ちゃんの膝の上で寝ちゃったけど……どうしよう?」


++++++++++++++++++++


沖縄リゾート編は、これでおしまいです。
実は残っていた伏線をお話に混ぜ込んだら、結局告白はすましちゃったほうがいいなとなりまして、こうなりました。オリ主の言ってることは原作だともっと後で重要になることですが、カルマ(と律)には一足先に自覚してもらいました。……書いておいてなんですが、オリ主に悩み+新たな混乱を招いてぐっちゃぐちゃな状態に追い込んだだけな気もします。夏祭りの前にオリジナル話を入れて、元の2人の関係に戻していけたらとは考えてます。

カルマが普通にオリ主を探しに行くところを見て、ゲスいクラスのみんなは隠れながらですが普通について行きました。殺せんせーはもちろん、イリーナ先生も。……会話は聞いてませんが、2人が何やら話していたことも、カルマが行動起こしたところは見ています。女子部屋にオリ主が戻ってくる前に、みんな部屋に戻ってきて帰ってきたオリ主から詳細を聞き出そうとしますが、なんの情報も得られませんでした。男子部屋も同様……ただ、告白はしたくらいの情報が回るくらいです。

夏休みはまだ続きます。


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女子会の時間

コミュニケーションアプリ

【ビッチ先生放課後塾(6)】

《りお:……で、なんであそこでチキったんですかビッチ先生。

 

《メグ:いい雰囲気だったんですから完遂してくださいよビッチ先生。

 

《とーか:プロの技見たかったなービッチ先生。

 

《ヒナ:ううぅ、私、隙あれば略奪しますからねビッチ先生〜(><)

 

《Irina:……あんた達には少しだけ感謝してあげるわ。でもね、大人には大人の事情があんのよ!あとビッチビッチビッチうるさいわね!

 

《アミサ:イリーナ先生、ビッチの数が1個たりないよ?

 

《Irina:数の事言ってんじゃないわよ!ていうかアミサ、あんたは結局どうなったのよ?

 

《とーか:そうだよー、あのあと有希子ちゃんに抱きついたまま寝ちゃうし、帰りの船ではカルマ君を避けまくってるし。

 

《りお:律から聞いたけど、告白されたんじゃないの?

 

《アミサ:そう、なんだけど……その、好きだと嫌なことも笑って聞けるの……?

 

《りお:は?

 

《とーか:え?

 

《ヒナ:ん?

 

《Irina:はぁ?

 

《メグ:アミサ、言葉たりないからもうちょっと詳しく

 

《アミサ:くわしく……悩み、聞いてもらったの。でも、かなり嫌な気持ち聞かせたから、カルマも嫌になってるかと思って……そしたら、重いものを一緒に抱えるから、苦しいとか、嫌な気持ちを溜め込むくらいなら俺に吐き出せばいいって言われたの。嫌な気持ち聞かせたのになんでそんな優しいこと言えるの?って聞いたら、好き、だからって……

 

《メグ:うん、だめだ。詳しくはなったけど余計に情報が増えた……!分かった気はするけど絶対これだけじゃないよね?まだまだあるよね!?

 

《ヒナ:アミサちゃん、説明するの苦手だから……

 

《りお:直接聞きたいわね

 

《Irina:あんた達、明日は空いてるの?空いてるなら椚ヶ丘駅の裏手にある○△って店分かるわね?そこへ11時に来なさい。アミサは強制よ

 

《とーか:はい!

 

《ヒナ:は〜い!

 

《メグ:わかりました!

 

《りお:ゴチになりまーす!

 

《Irina:割り勘に決まってるでしょ!!

 

《アミサ:あ、そのお店、カルマと雨の日限定メニュー食べたとこ……

 

《イリーナ:それについても話しなさい!

 

 

 

 

 

【○○○(2)】

~チャットのスクリーンショット~

~チャットのスクリーンショット~

 

《Irina:というわけで、来なさい

 

《○○○:……ビッチ先生、というわけで、の意味が、

 

《Irina:あんたが蒔いたタネでしょうが。来なさい

 

《○○○:……わかったよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椚ヶ丘中学校特別夏季講習……私たちE組が一学期期末テストで勝ち取った沖縄旅行、またの名を殺せんせー暗殺旅行を終えて家に帰ってきてからのこと。たったの2泊3日のことなのに、濃すぎる旅行だった……前半も非日常な出来事ばかり集まってわすれたくても忘れられないものばかりだったのに、私の思考はこの旅行の最後の最後に全部もっていかれてしまっていた。

 

〝……アミーシャのことが、好きだから〟

 

日本に来て周りに馴染めずに孤立していた中学生活の中、はじめてできた友だちの1人であり、ヒーローとして慕っていたカルマ。出会った中1の頃から今まで、それこそ唯一の家族である姉よりも近くにいて、支え、頼らせてくれた……気を抜いていられる居場所。そんな彼からの告白は、私の思考をぐちゃぐちゃにしてしまうのに時間はかからなかった。

1人で考えてみて1週間、答えはでなくてモヤモヤしていて……そしたらうまい具合にイリーナ先生が話題を振ってくれたから少しだけ打ち明けてみたら、放課後塾のみんなが相談に乗ってくれるとのこと。今、私は……前原くんの仕返し大作戦の時にカルマと2人で来たカフェでケーキをつつきながら話を聞いてもらっていた。

 

「……えっと、つまり……カルマに悩みを話していたら、アミサのことを知りたい、1人で苦しもうとするくらいなら一緒に抱えさせてほしい、頼ってほしいって言われたと…………これって一番近くで守りたいって解釈でいいのよね?」

 

「だと思う」

 

「異議なし」

 

「同じく〜」

 

「で、あんたは何が分からないわけ?」

 

「……カルマに、好きだって言われて……前、浅野くんにも女性として大切に想ってるって、言われて。……修学旅行の時、みんなに『好き』の気持ちはどんななのかを教えてもらったけど……やっぱり、友だちの「好き」と何が違うのか分からなくて、何も言えなかったの」

 

好きって感情くらい、私だってわかる。お姉ちゃんも、お世話になった人も、E組のみんなも、先生たちも、みんなみんな大好きだ。もちろん、カルマのことだって大好き……渚くんと一緒に私を助けてくれた人で、ずっとそばにいてくれている人だから、嫌いなはずがない。

だけど、イリーナ先生みたいに烏間先生に対する『好き』と、私がみんなに思っている「好き」の種類は違うんでしょう?陽菜乃ちゃんも、烏間先生のことを『好き』って言ってた……これも、きっと私のとは違う「好き」なんだよね?好きと言われたら何か返事を返すのが普通……だけど、私は何を言えばいいのかわからなくなって、目が合っても避けてしまっていた。

 

「2年近く意識したことなかったのに、やっとカルマが男なんだって自覚して、ドキドキするってことが分かってきたとこでいきなりだもんね」

 

「やっぱ難しいよね、友情と恋情の違いかぁ……」

 

「これこそビッチ先生の出番でしょ。恋愛ナウなんだし」

 

「はぁ!?……あぁもう、そんな期待の目で見るんじゃないわよアミサ!……私は、『新鮮だな』が最初よ」

 

「しんせん……?」

 

現在進行形で恋愛をしているイリーナ先生の『好き』を感じた最初をワクワクしながら聞いてみると、イリーナ先生はタブレットを叩きながら答えてくれた。でも、私の思う好意というものと全然違っていて、思わず聞き返してしまった。だって、新鮮って……好ましいって感情じゃないんじゃないの……?

 

「そ。……私は殺し屋、自分を最大限に魅せて油断を誘い、それで結果を残してきたプロよ。私のテクでオちない男はいるはずがない……と思ってたわ。……なのにあの堅物ときたら……全く見向きもしないで軽くあしらうし、挙句の果てには普段着だけならともかく、女なら軽々しく肌を見せるなとまで言ってきたわ!こちとらこれが仕事だっての!!」

 

「び、ビッチ先生どーどー……」

 

「ていうか、烏間先生的に普段着の露出はオーケーなんだ……」

 

「はー……はー……ありがと桃花。……でも、これって遠回しに自分を大事にしろって意味だったのよね。女を武器にする私はあんまりいい目で見られない……でも、それが私のスタイルだし、私自身なんだから変えるつもりはまったくないわ。……カラスマは、そんな私を女性として、プロとして対等に見て、同僚として受け入れて扱ってくれてるって分かった。それに気づいちゃったらもうダメね」

 

「自分をありのままで受け入れてくれる人ってこと……?」

 

「作った自分とかじゃない、中身を見てくれる人って素敵だよね!」

 

「あとはー……オープンでもさりげなくでも自分の欲しい言葉とかして欲しいことを、サラッとやってくれちゃったりねー」

 

イリーナ先生は新鮮だなって感じたあとに、どうしてだろうってその人のことを意識する……それで、相手のことをよく見るようになって、いいところに気づいて、好きになったってことなのかな。ありのままの自分を、受け入れてくれる人……か。それで、望む言葉、仕草……

 

〝死んでも、俺は一緒にいるから……離れないよ。……一人には、しない〟

 

〝だから、待ってて。俺が自信を持ってアミーシャの光になれると思えたら、ちゃんと言うからさ〟

 

〝ねぇ、アミーシャ……これだけ正直に答えて。何度も聞いてるけど……何か、隠してるよね〟

 

〝ま、連れてかれないように、俺が捕まえとけばいいんだけど〟

 

カルマは何度も私が心の奥底で望んでいた言葉を投げかけてくれた。隠しごとをたくさんしてるのに、カルマはいつも1番に気づいてくれた。上部じゃない私を見てくれているから、そんな言葉が出てくる……言われて嫌に思った言葉なんて、ひとつもない……他の人には感じたことのない気持ちは、確かにある。

 

「ま、恋はオちた方が負けとはいうけど残りは意地よ。ここまできたら、なんとしてでもオとしてやるわ……!見てなさいよ、絶対カラスマは△△に決まってるわ、⚫⚫して○○の××で……!」

 

「ビッチ先生、まだ昼間だよ!それにここ、カフェだから〜っ!」

 

「え、ビッチ先生それ詳しく……もごっ!」

 

「中村さんまでっ……どーもすいません……!」

 

イリーナ先生は自分の恋愛を元に話していたせいか、だんだんとヒートアップし始めてしまって、絶対大声で言ってはいけないワードを連発しはじめ……メグちゃんと陽菜乃ちゃんが慌ててなだめ始めた。莉桜ちゃんは悪ノリしてもっとすごい言葉を引き出そうとしててメグちゃんに口を塞がれた。

……英語の授業の時に普通に出てくるせいで麻痺しかけてるけど、解説のたびに新しくついてしまう、知らなかった言葉が分かるようになってくから、今の言葉の意味もわかってしまった。……顔が熱いし、心臓がバクバクする……でも逃げるに逃げれなくてどうしようもなくて椅子に小さくなるしかなかった。その時そっと肩に触れる手に気づいて隣を見ると桃花ちゃんが少し笑いながら手を伸ばしていた。

 

「アミサちゃん、まだ答えが欲しいとは言われてないんでしょ?待つって言ってくれてるんでしょ?」

 

「桃花ちゃん……、……うん」

 

「だったら、まずはこれまで通りカルマ君や他の人からの関わりを素直に受け入れてみたら?それでなにか違って感じないかとか……特別に感じないかとか、アミサちゃんのペースで確かめてみなよ」

 

「…………でも私、今、避けちゃってる……これまで通り、できるかな……」

 

「……ふふ、じゃあなんで避けちゃうのか考えてみよう?何を言えばいいかわからなくて返事がすぐにできないから、以外にも理由あるんじゃない?」

 

「……、…………」

 

桃花ちゃん、鋭い……答えようと思った言葉を先手打たれちゃった。でも、それ以外……桃花ちゃんが言うには私の様子を見ていると私が自覚できてないだけで、もう一個くらい理由がありそうだって言われて、もう一度考えてみる。

顔を合わせるのが恥ずかしいから?……違うと思う。ドキドキするから……これもなんか違う。怒られる?……もっと違う。……あ、もしかして、

 

「『今までの関係と何か変わってるかもしれなくて怖い』とか考えてそうだけど、俺は変えるつもりないからね」

 

そう、それだ、スッキリした……………え。

 

「あれ、カルマなんでいんのー?」

 

「ていうかいつから……」

 

「ビッチ先生に呼ばれたんだよ……その反応からして先生の独断か。いつからって……『私は「新鮮だな」が最初』ってビッチ先生が言ってた時くらい?そんで隠れて聞いてれば……」

 

「〜〜っ!?」

 

「はい逃げなーい」

 

私の考えていたことを代弁するかのように声が聞こえて、慌てて振り返るとすぐ後ろの席にカルマがニタニタ笑いながら座ってた。……ぜんっぜん気づかなかった……!いらっしゃーいなんて笑顔で手を振るイリーナ先生の手にはタブレット……よく見たらコミュニケーションアプリの画面が表示されていて、私たちと話しながらカルマと連絡を取っていたらしい。で、先生がうまく気を引きながら話を続けていたから全く気づけなかったということ。

避けてたこともあって気まずくて、すぐに席を立って逃げ出そうとしたのだけど、私がそうしようとするのはお見通しだったみたいですぐに捕まってしまった……他でもないカルマに。そのまま元の席へと座らされて、後ろからカルマが腕を伸ばしてきてて逃げるにも逃げられなくなった。

 

「はー、やっと捕まえた……帰りの船、あれだけ範囲狭いはずなのに下りるまで1回もエンカウントしないし、帰ってきてからも全く会えないし……」

 

「帰りの船……って、6時間もあったのに1回も!?避けてたのは知ってたけど……アミサ、あんたどんだけ本気で逃げてたの?」

 

「だってぇ……」

 

「あら、その割にカルマ(アンタ)は最初、ここに来るの渋ってたじゃない?」

 

「……さすがにここまで本気で逃げられると燃えるより先に落ち込むって。だったらもうちょっと落ち着かせる時間やるしかないかなー……と」

 

頭の中がぐちゃぐちゃなままじゃ、顔を合わせて話せる気がしなくて……今まで逃げ続けてた。それこそカルマが今言った通り、逃げると決めたからにはとことん逃げてた……一応補足しておくなら、クラフトとかは一切使ってません、使用と引き換えに体力持っていかれて疲れる=6時間はとてもじゃないけど逃げきれないと思ったから。それで、避けはじめたら今度は会いづらくなってしまい、結局今日まできてしまった。

 

「ま、恋愛なんて人それぞれよ。私のと自分のを比べてちょっとは考えはまとまったでしょ?あとは当事者2人で何とかしなさい」

 

「……席を外すとかの気遣いはないわけ?」

 

「ないかな〜!」

 

「相談乗ったし気になるし、いいじゃない」

 

「後で知るか今知るかの違いだから」

 

「……矢田さん、私たちはなんか頼もっか」

 

「あ、じゃあこれ食べてみたいなー」

 

話を聞いてもらってたはずなのに、いつの間にか避けてた本人と話すことになるなんて予想できるはずもないよ……この場には居るけど「私たちは関係ありません」とばかりに見て見ぬふりをしてくれてる桃花ちゃんとメグちゃんはまだしも、あとの3人はガッツリ見てる気満々だから、余計に私から言葉が出なくなる。

そのままオロオロしていたら、私に体重をかけていた彼が大きくため息をついてクシャりと頭を撫でてくれた……なんか、ひさしぶりの感覚だ……私が避けてたんだから当たり前なんだけど。

 

「……もう外野はどうでもいーや……アミーシャ、いくつか聞かせて。俺の告白、嫌だった?」

 

「!…………や、じゃない……ただ、なんて答えればいいか、わからなくて、その、」

 

「ん、焦んなくていいよ。ちゃんと考えて、アミーシャの答えが出てから教えて。……じゃあさ、俺は今までと同じように近くにいていい?触ったりとかしてもいい?」

 

「……もう、触ってると思う」

 

「ははっ、確かに。で、どう?」

 

「……うん、今までと一緒がいい…………カルマ、避けちゃって、ごめんなさい……私、やっぱりカルマが近くにいないのやだぁ……っ」

 

「あーもー、怒ってないから泣かないでよ……今はその答えで充分だから」

 

ゆっくり、ひとつずつ、1人でぐたぐたと悩んでいたことを解消していく。話していくうちに、私のペースを意識して話してくれてるのが伝わってくる……そうだ、私、寂しかったんだ。私が勝手に悩んで自分で離れていたのに、こうやって迎えに来てくれて、責めもしなくて……罪悪感なのかはよく分からないけど、怒られてるわけでも、悲しいわけでもないのにポロポロと涙が止まらなくなった。

そんな私を苦笑しながら優しく撫でてくれる手に、ひさしぶりに甘えることにする……ケンカしてたわけじゃないけど……これで仲直り、できたかな。

 

せっかくカルマは待っててくれるって言ってくれたんだし、カルマが私に好きだって言ってくれたことを分かった上で、他にもいろんな面が見てみたい。今日たくさんお話を聞いてくれたイリーナ先生たちには、感謝してもしきれないくらいだし、ひさしぶりに渚くんも一緒に……また、3人でそろって『勉強会』がしたくなってきた。いろいろあって、多くの経験をして、たくさんの感情を知った夏休みはまだまだ続く。だから、忘れられないことを、たくさんしていきたいな。

 

 

 

 

 




「ていうかさぁ…………ねぇ、もう本トこの子可愛すぎるんだけど……!ツイスターゲームやった時も思ったけど、これで意識してやってないとか……俺の理性を殺しにきてるとしか思えない」
「安心して。あんたはその子の後ろにいるからダメージ少ないけど、私等は正面からモロに喰らってるから」
「素直だから感情表現がそのままなんだよね……」
「1番ツッコみたいのはアレよ、そのアミサの言う『今まで』の時点で恋人同士の距離感だと思うのよね……それってどうなの?」
「それは、まあ……本人達がいいならいいんじゃないかな……?」
「なにビッチ先生、自分がこーゆーのできないからってひがんでんのー?」
「はァ!?あんた、さっきまでしおれてたくせに生意気よッ!?」
「そーそー、生意気ー。生意気ついでにここでやったらしい雨の日デートの話聞かせなさい」
「は!?なんで中村が知って……」
「杉野に聞いた。カップル限定メニューなのに気付かれてなかったらしいじゃん?」
「あいつ……っ!!」
「……ぐすっ……ぅ……?」
「アミサちゃん、泣きやんだらフルーツパフェあるよ、一緒に食べよ?」
「!うん……っ」
「よし、矢田ちゃんたちアミサの相手任せた!」
「オーケー!」
「ええぇ……ていうか、アミーシャつられないでよ……」



「……ん?あら、通知……アミサから?」
《アミサ:イリーナ先生、今日は、ありがとございました。先生のお話聞いて、少しだけ、わかった気がする。
《アミサ:あの、お店では聞けなかったから、ここで聞きたいことがあって……
「……ふふ、こうやって素直に受け入れるから可愛いがられるのよ。……って、続きが…………え」




《アミサ:イリーナ先生は、殺し屋。烏間先生は、防衛省で働く人……だから、イリーナ先生に教えてほしくて
《アミサ:違う世界に住む人を好きになっても、いいんですか……?




++++++++++++++++++++


仲直り編。
今回はオリ主が一方的に避けてしまっていたのを、イリーナ塾組がサポートするお話でした。ひさびさの渚も揃ったアミサの初めて勉強会3人組の登場を期待されてた方すみません……実はフリースペースでのイリーナ先生への相談を持ちかけるためにも解決に一役買うのはイリーナ先生と前から決めてました。放課後塾生が集まったのは、私も予想外でした。そして、お悩み相談で終わるつもりだったのに本人登場してて、アレっ!?となりました。
オリ主がパフェにつられてる間はきっと、カルマはのらりくらりとかわしながら、惚気けるところは惚気けまくるんじゃないでしょうか?で、イリーナ先生の反応を楽しむと。

夏休み、原作ではあと夏祭りの話を残すのみなんですよね……真ん中の出来事がごそっと描写されてませんから。もうちょっと、なにか遊びに行っているお話とかE組で絡むお話とかあった方がいいのでしょうか……?浅野親子を登場させる手もある……もう少し考えてみます。

では、上の理由から次回は未定です(笑)



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ある日の時間

1週間と少しぶりにカルマとお話しをして、桃花ちゃんとメグちゃんに促されるままフルーツパフェを食べて、食べ終わってごちそうさまと手を合わせた後に視線を戻してみれば……テーブルに突っ伏してる莉桜ちゃんたちと、ちょっと顔を赤くしながらドヤ顔をしているカルマがいた。私がパフェを食べてる間に何があったの……?聞いても「気にしないで」って教えてくれることは無かったから、きっと私には関係のない話か聞かせたくない話なんだろうと適当にあたりをつけておくに止めた。

そして、私の相談会は思っていたよりも時間がかかっていたらしく、いつの間にかお昼ご飯の時間をまわっていたため、そのままそのカフェで食べていくことになった。といっても私は直前にパフェなんていうものを食べてしまっていたから、桃花ちゃんが頼んだサンドイッチを一切れもらうだけで充分だったのだけど。

ご飯を食べて、一息ついて……あとはせっかく仲直りしたんだから2人で帰りなさいってイリーナ先生に背中を押されて、カルマと一緒にカフェをあとにした。帰り道の話題はたわいもないもので、並んで歩くのも私が避けてしまうまでと全然変わりなくて……そこで、ふと気がついた。

 

──この関係は、この距離感は。カルマのおかげで成り立っているものだと。

 

「(……私は、……避けてはいたけど、これまでカルマと接する中、特別何か態度を変えてきたわけじゃない)」

 

「はー、夏休みに入って旅行に行って。こうやってアミーシャと並んで歩くのもひさびさ〜……ビッチ先生には少しだけ感謝しとこ」

 

「……私、カルマと一緒に歩くの好きだよ……?カルマの隣って安心できるし、私のままでいられるから。だから、こうやって元に戻れるように助けてくれたから……たくさん感謝したいな」

(カルマは男の子……身長は高いし運動もできるから、運動はできても小さい私と歩く速さは絶対に違う。なのに私が歩幅を合わせたことはほとんどない……彼が、私に合わせて歩いてくれてるから)

 

「…っ…そう?……って元に戻る、か……進んではないわけね……!っと危ね、……もう少しこっちに寄っときなよ」

 

「あ……ありがと、です。…………、」

(カルマの近くは気を抜いてもいい場所……だからかはわからないけど、意識してない時は不注意になることがある。今だってそう、自転車が近くを通るのに気づくのが遅れて、彼が自然な動きで肩を引き寄せてくれた)

 

「……どーかした?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

今の今まで、どんなふうに歩いていたかとか、どんなふうにそばにいたかなんて考えたことがなかった。……当たり前だよね、普通友だちと一緒にいる時だってどう接すればいいのかなんて、ずっと考えてるわけじゃないんだから。だから私にとっての自然体でそばにいた……カルマは、そんな自由にしていた私に合わせてくれていた……だから、居心地がいいし、何も変わってないように感じるんだ。だけど今の私は完全に受け身だから……何か、返せるといいんだけどな。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「……あ、イリーナ先生から返信……」

 

夜、お風呂から上がってスマホを見てみれば、イリーナ先生の名前とともにピカピカと通知を知らせるランプが点滅していた。多分、帰宅してから個人チャットで書いたお礼についてだと思う……乾いたタオルで髪の毛をふきながら、画面をつける。

 

《Irina:可愛い生徒が悩んでるのよ?助けて当たり前じゃない!まぁ、アンタの場合は1人で突っ走るんだから、……身近な存在が難しいなら大人に頼りなさい。……私でいいなら放課後またいらっしゃい、話くらいは聞いてあげるわ。

 

《Irina:あと、カラスマとの立場の違いを心配してくれてんのね。ありがと。……いい、とは言いきれないかもしれないわね。アンタ達みたいに平和な世界で暮らしてきた子どもにとっちゃ、死と隣合わせで生きてきた私は悪でしかないわ。結婚とか将来とかを考えるなら無理かもね。

 

《Irina:でも、恋愛するだけなら自由よ。ただ、相手を好きになっただけ……それが私の場合カラスマだっただけなんだから。

 

《Irina:アンタもせいぜい悩みなさい。女の賞味期限は短いとはいえ、アンタはまだまだ子どもなんだから。

 

……なんともイリーナ先生らしい返信だった。

私は、やっぱり恋愛というのは分からない。でも、カルマは私に恋愛をしてくれているのだという……カフェでみんなと別れる前に莉桜ちゃんからこっそり教えられたのだけど、カルマ自身がそうだって気づいたのは修学旅行の時だったらしい。……つまり、みんな、最初からわかってるわけじゃないってこと。早く、何かしらの答えは出したいけど……すぐに、わかるものでもないのかな。この相談会のおかげで安心してスッキリしたものもあるけど、まだまだ解決出来ないものも多そうだ。

 

────ピロン

 

「……?通知……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連絡をもらって数日後……私は待ち合わせをした駅の近くへと急いでいた。遅れているわけでは無いけど、約束した時間より少し早いくらいの方がいいに決まってる……待ち合わせ相手が彼である以上余計に、だ。

案の定、待ち合わせ場所では彼が本を読みながら背中を預けていて……そんな姿がどこか自然すぎて、一瞬声をかけるのをためらってしまうくらいに綺麗に見えた。というか、実際綺麗なんだろう……彼はスルーしてるけど、近くを通る女の人がひそひそ話してるよ……あの空気の中に今から行くの?……友だちなんだから気にしなくていいよね、でも……いや、ためらっちゃダメだよ私、声かけないと。

 

「お、おまたせしました……!」

 

「!……いや、構わないよ。……むしろ、約束の時間よりも10分早い。僕が早く来すぎただけなんだから気にしないで」

 

「……でも、浅野くんを待たせたことには変わりないから……」

 

「君は本当に気にする子だね、別にいいのに……」

 

……そう、待ち合わせ相手とはE組の友だちではなく、浅野くんである。あの夜のメッセージで、今日、一緒に遊ばないかって誘われたんだ。

普段ならE組とそれ以外の生徒の差別意識の高さから馴れ合うものでもないとされているし、そもそも本校舎の生徒と旧校舎の生徒がそれぞれの校舎を行き来することは禁止されている。だが学外ならどうだ?1歩学校の外へと出てしまえば、僕たちは同じ椚ヶ丘中学校の生徒であることに変わりないだけじゃないか!だったらせっかくの夏休みなんだから校舎や差別の違いに囚われず、こうして会ったり話したりしてもいいだろう?……というのが浅野くんの言い分だ。メッセージで誘われる時に熱弁されました。

最初にそれを言われた時、つい、「私以外のE組のみんなも?」と期待して聞いてみたのだけど、それはそれ、これはこれ、とのことでちょっと残念だった。何はともあれ、あの終業式の日に本の交換をした日から私は少しだけ……浅野くんだけならなんとか苦手意識が薄れていた私は、連れていきたい場所があるという彼の誘いに乗ることにしたのだ。

(余談だが、アミーシャがオーケーの返事をした瞬間に思わず小さくガッツポーズをした浅野くんは、すぐさま他の五英傑が約束の日に一緒に来ないよう根回しをした。下手に噂を立てられないようにするためもあったが、アミーシャが自分の居場所と定めるE組のメンツ以外では緊張し続けなくてはならないことが目に見えているからその配慮のために、だ。当然彼女はそんな事情など知るはずもない。閑話休題)

 

「じゃあ行こうか」

 

「う、うん……そういえば、浅野くんの言ってたところって……」

 

「僕の行きつけの店なんだ……落ち着いた雰囲気の場所だから、真尾さんも楽に過ごせるんじゃないかと思ってね」

 

軽く会話をしながら先を歩く浅野くんの後ろをついていくと、たどり着いた場所は人通りの多い通りにあるのに落ち着いた雰囲気を出しているお店だった。静かなカフェ、ってことかな……と浅野くんについて店へと入ると、

 

「わ、ぁ……!」

 

「すごいだろう?」

 

目に入ってきたのは、壁一面に広がっている本、本、本……本棚に囲まれた室内だった。ブックカフェ……カフェと本屋さんが合体したようなお店で、たいていのお店が特定のジャンルを取り扱っているため、その分野についてはかなり多くの蔵書があると聞く。ここの場合、本の背表紙を見る限り、日本語の本が1つもない……外国の本を専門に取り扱っているお店のようだ。

席に案内されながらもふわふわと周りに目移りしながら歩いていると、浅野くんにそれを見られていたようでクスクスと笑われてしまった。そんなところを見られて少し恥ずかしくなり、少しだけ俯いたまま席につく。

 

「く、くくっ、ほら、メニューだよ」

 

「……オレンジジュース、ください……もう、笑いすぎです……っ」

 

「ん、ごめんごめん……っ、……あぁ、僕はコーヒーを。……君の成績から見て英語は堪能だろうし、少しは楽しめると思ったんだけど、どうかな?」

 

「……だいじょぶ、小さい頃からいろんな所を転々としてたから、語学はだいたいわかる……。浅野くんも、よく来るってことは、大体の言語がわかるの……?」

 

「うん、まあね。一応僕は世界各国に友人がいる。ブラジル、フランス、アメリカ、韓国……他にもまだまだいるが、彼らと話し、交流するためには必要な力だろう?」

 

注文した飲み物が届くまで、私たちは適当な本を抜き取ってパラパラとめくる……私は一応、外国語は主要なものならわかる。だけどものによっては言い回しの難しいものもあるから、それはフィーリングでなんとなく感じ取っているつもりだ。外国の本を専門に扱うからこそ、大通りに面したこの店でも人が少ないんだ……英語だけならともかく、このお店は世界各国の言語の本が集まっている……あんまり、たくさんの言葉を理解している人っていないもんね。

目の前でゆったりと本をめくる浅野くんは、私の質問に軽く答えながらページをめくっている……その答えを聞いていたら、少し系統は違うんだろうけど、イリーナ先生がE組に来た頃に言っていた言葉を思い出した。

 

「…………」

 

「どうかしたかい?」

 

「あ、えと、……イリ、……E組の外国語の先生がね、『外国語を覚えるには覚えたい言語の国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われている』って教えてくれたの。『相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとする』って……なんか、浅野くんの友だちのためにっていうのと似てるなって思ったの」

 

「僕の場合は友人の言葉をわかりたいから、か。なるほど、確かに似ているかもしれないね……じゃあ、友人である真尾さんの言葉を知るためにも、少し付き合ってもらおうかな……おいで」

 

パタン、と手に持っていた本をテーブルに置くと浅野くんは立ち上がり、本棚のある一角まで歩いていって私を手招きする。私の言葉を知るため……?私は今、日本にいるのだから日本語を話していて、それに浅野くんは日本語で正しく答えているから会話は成立している……意思疎通ができていない、なんてことはないはずだ。不思議に思いながら彼に追いつくと、彼はさらに奥へと進んでいくため、慌ててついて行く。

 

「……このカフェに連れてきたかったのは、落ち着ける場所だからって他にもう1つ理由があるんだ」

 

「理由……?」

 

「そう。僕も見つけたのはたまたまだったんだけどね……1年生の時、君が見ていた本に似ていたから、もしかしてと思ったんだ。……ご覧」

 

「……?……あ……」

 

彼が足を止めた本棚を見上げると、そこには見慣れた文字、題名の本たち……日本の普通の本屋さんではなかなか見ることの出来ない、私の故郷の書物が多く並んでいた。確かに、私の出身地であるゼムリア大陸は、日本から見たら立派な外国……でも、こっちにはない導力器や魔物など、比較的平和な日本ではきっと空想で片付けられてしまうだろう存在があるから、そこまで大々的に取り扱うところはない。そんなものなのに、取り扱っているお店があるなんて思わなかった。

 

「君が入院した時に見舞いで差し入れた本もこの店で購入したんだ。『闇医者グレン』……君があの時に読んでいた本と同じものが並んでいたから、もしやと思って」

 

「…………」

 

「癪だが理事長に聞いてね……君は、1人でこちらに留学する形で来ているんだろう?しかも日本とは文化が違う馴染みのない場所から来ているから、こっちでは故郷を感じられる場所が少ないんじゃないかって思ってね」

 

「…………」

 

「この店に来れば……書物程度ではあるけど、故郷に囲まれて過ごせるんじゃないかな」

 

「…………」

 

「………えっと、いらないお節介だったか……?」

 

見入ってしまい、周りを見る余裕がなかった。でも、無言で本棚を見つめている私に語りかけていた浅野くんが、だんだん不安そうな声色になってきたのに気がついて、ゆっくり彼の方を見る。

 

「お節介なはず、ないです……ありがと、浅野くん。少し、寂しくなくなったよ……ここに来れば、故郷の近くにいれるんだ……」

 

「……よかった。ここの本は購入しなくても自由に読むことが出来るから、席にいくつか持っていこう。……僕も、いくつかの言い回しについて聞きたいところがあるしね」

 

「……うん!」

 

お礼を言うと、彼はやっと安心したように微笑んでくれた。そのまま席に戻ればちょうど店員さんが飲み物を持ってきてくれたところで、手を合わせてから一口飲む……あ、これ100%のオレンジジュースだ、つぶつぶも入ってる……。

その後、いくつかの本の中で読み方によっては解釈が変わりそうな文章について2人で話し合ったり、私が浅野くんにゼムリア大陸での言葉を教えたり、店員さんのご好意で勉強もしていいとのことだったから持参していた課題を解き直したり、……はじめての浅野くんとのお出かけはのんびりとした時間が過ぎていった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「今日は、どうもありがとです……楽しかった」

 

「それならよかったよ。……楽しかった、と言ってもらえた手前言いづらいが……真尾さん、1ついいかな?」

 

「?」

 

「今回に関しては僕の意思ではない、ということを先に言っておくよ。──理事長の代理で提案する」

 

──A組、もしくは本校舎復帰の意思はないかな?

 

「…………私は、」

 

「ああ、君の答えはわかっているよ。最初に言っただろう……今回の勧誘は僕の意思ではないと。さすがにまだ本校舎にいい感情を抱けないだろう?」

 

「……うん、私は、E組がいい」

 

またそれを聞くのか。それを聞きたいがために今日一緒に過ごしたのか。そんな思いが1度顔を出しかけたけど、それを否定したのは他でもない彼自身だった。毎回のように、会うたびにされる問いかけだったけど、今回は違う。僕の意思ではない……つまり、浅野くんがなんとしてでも、と声をかけてくる毎回とは違い、本心ではどう思っているのかわからないけど、私の意思を尊重して聞いてくれている。それは嬉しかったけど……なんで、今回はそんな聞き方を……?

 

「……今日、付き合ってくれたお礼だよ。それに、問いかけるだけならまだしも、無理強いをして嫌われたくないからね」

 

……私の疑問が顔に出ていたらしい。苦笑とともにさらりと理由を答えてくれて、その流れでなのか軽く頭を撫でられた。……撫でられても、体が震えなかったことに内心少し驚いたのは、彼には秘密だ。

 

「毎年、この時期になるとE組の生徒の中で成績が飛躍的に上がった者、もしくはE組の中でも特に成績が優秀な者にはE組脱出の打診がされる……真尾さん、君は今回のテストで学年4位、前回の成績をキープしただけでなく順位を上げただろう?それで勧誘の対象になったんだ」

 

「そう、だったんだ……」

 

「……君に免じて、少しだけ情報をあげよう。この勧誘はE組トップだけが対象というわけではないらしい……君には僕が聞きに来たが、普通なら理事長自ら聞きに回るからね」

 

「なんで、私には浅野くんが……?」

 

「だって君、理事長が苦手だろう?あの人は君が苦手そうな、慣れない大人だと思ったから僕が強引に役目を引き受けたんだ。君が相手じゃなければこんなことしないさ」

 

「……そう、だったんだ。えへへ、ありがとです」

 

「……本当に素直だね、僕の言葉の裏なんて全く考えてない……」

 

「……言葉の裏……?」

 

「……なんでもない。帰ろうか……送るよ」

 

「え、あ……うん」

 

私が苦手としていることを話していなくても雰囲気や様子で察して手配してくれていたみたいで、さすがだと思う……期末テストの時に進藤くんが浅野くんのことを支配者の遺伝子を引き継いだって言ってたけど、あながち間違いじゃなさそうだ。私を含め、多くの人の顔と能力、状況、環境……様々なものを把握して生かす力……それをもっていて、自分なりに役立てているから。

そのまま歩き出した浅野くんの少し後ろをついて行き、家へと帰る。途中交わした会話にはすでに、A組とかE組とかクラス差を感じさせる話題が一切出てこなかった。それが、彼なりの優しさなんだと私は思う。家の近くまで送ってもらい、もし機会があればまた出かけようと約束をして、その日のお出かけは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 




「あぁ、そうだ、先に言っておいたものは持ってきたかい?」
「あ、うん。夏休みの課題だよね……でも、私、全部終わってるよ……?」
「……待て、この分厚さをか……?」
「うん、夏休みの初日のうちに共通課題終わらせて、あとの個人課題は沖縄に行く前には終わっちゃったんだ」
「(ざっと見ただけでも本校舎の課題と変わりない量……しかも、個別課題だと……ん?)……真尾さん、一つ聞いていいかな」
「?……どうか、したの?」
「なぜ君の課題に赤羽の名前が書いてあるんだ……?」
「あ、それね、私の課題とカルマの課題、担任の先生が間違ってはさんじゃってたみたいなの。2人して気づいたのが共通課題を終わらせたあとだったから……沖縄に行く前にカルマと交換して、解いたんだ。名前を消しちゃうのは、なんか嫌だったから」
「そ、そうなのか……まだ夏休みは残ってるけど、勉強はどうするんだ?もしよければおすすめの参考書とか紹介するけど……」
「!……そっか、学校の課題がないなら別の問題やればいいんだ……うん、あとで教えてください」
「……じゃあ、帰りに本屋によろうか」


++++++++++++++++++++


夏休み、ある日の出来事。
冒頭の裏話。
オリ主がパフェを食べているあいだはそっちに意識を向けさせる部隊(矢田&片岡)がいるため、カルマを恋バナに巻き込もうとしたら、思った以上に反撃を食らって突っ伏してたの図。話していたカルマ自身、暴露してるわけだからかなり恥ずかしかっただろうけど、(ビッチ先生へと)嫌がらせを兼ねてるから、やるならとことんやる、の気持ちでやりきってドヤ顔してた。

残りのお話をどうしようかと迷いましたが、浅野くんに出てもらいました。中心となっているのはオリ主に居場所のプレゼントをすることですが、もうひとつ書きたかったことがあります。前半でカルマと歩く風景、後半で浅野くんと歩く風景を描写しましたが……何か、お気づきになる方はみえますでしょうか……?オリ主はまだ気づけてないですが、所々で何かしら違いはあるんだよーっていうお話です。

では、次回は夏祭り編にいけるはず、です。



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夏祭りの時間

──8月31日。

今日で中学3年生の夏休みが終わる。明日からまた学校が、暗殺教室での生活が始まるんだ。

パタン、と手元の参考書を閉じてから机の下のスペースに重ねる……重ねた場所には浅野くんからオススメされた参考書などから勉強に使ったノート、その他色々見えるところには置いておきたくない資料などなどをとりあえず置いている。部屋を広く使えるように、それでいて邪魔にならずに置ける場所って考えてそうなったんだよね。

その後、机に伏せて目を瞑り、夏休みの出来事を順番に思い出していく……暗殺旅行、恋の相談、カフェ巡り、ショッピング、アミューズメント施設……全部の思い出に、カルマや渚くんだけじゃなくて、浅野くん、クラスの友だちっていう存在があって、自然と笑みがこぼれた。楽しかった……

 

────コンコン

 

「…………」

 

突然響いたノックの音に顔を上げる……ここには私以外誰もいないはず、ノックの音が鳴るなんておかしい。音のした方向を警戒しながら向いてみると、

 

「…………殺せんせー?」

 

窓の外で焦った様子で「開けてください」と口パク(言ってるかもしれないけど、窓越しだから声は聞こえてこない)をしながら、窓の鍵を指さしている殺せんせーがいた。……不審者かと思った。とりあえず害のない相手ということがわかったから警戒するのをやめて立ち上がり、窓の鍵を解除し、開ける。途端に適当に冷やされていた室内へ夏らしいムワッとした空気が流れ込んできた。

 

「……先生、どうしたの?」

 

「どうしたのはこちらのセリフです!熱中症か脱水症か何かで倒れているのかと思いましたよ……!?」

 

どうやら私がやることを無くして机に溶けていたのを見て、勘違いさせてしまったみたいだ。1度教室でやらかした前科があるから余計に心配をかけてしまったみたいで、すぐさま触手が伸びてきて頭や首などの体温を測りはじめた。部屋の中はクーラーつけてるんだから、脱水症状ならともかく熱中症は簡単にならないと思うな……とは思うけど、あまりの慌てように私が悪いように思えてきて、謝っておくことにした。

 

「ふぃ〜……安心しました。ただでさえアミサさんは一人暮らしですぐに誰かが来ることが出来ないんですから……」

 

「あはは……ごめんねせんせー。もし何かあったら誰かに連絡するからへーきだよ……アミサは、1人じゃないんだから」

 

「はい、そうしてください。……とと、忘れるところでした」

 

「?……夏祭りの、お知らせ……」

 

ハンカチで顔に浮かんだ汗を吹いた殺せんせーが、思い出したようにいそいそと取り出したのは、『夏祭りのお知らせ─今晩7時空いてたら椚ヶ丘駅に集合!!─』という文字が書かれた看板だった。今日思い立ってクラスみんなに声をかけて回ってます、と言いながらニコニコしている殺せんせーを視界に入れながら、思い出す……そういえば、みんなで遊びに行った時に何度か電車も使ったけど、駅に夏祭りとか花火大会とかのポスターが貼ってあったなぁ……と。今日が、その夏祭りの日だったんだ。

 

「声かけて回ってるって……E組、みんないるの……?」

 

「それが、思い立ったのが遅くて……既に用事があると、断る人が意外に多くて傷ついてます……」

 

「……そう、なんだ……」

 

「……、……あぁ、そういえば『アミーシャが来るなら行ってあげてもいい、むしろ来ないなら行かない』と言い切った人が一人」

 

「…………もしかしなくても、カルマだね」

 

最初は殺せんせーが集めている擬似クラス行事のようなものだけど、集まりが悪いなら行ってもな……と考えて行くかどうか迷っていた。だって行ってみたら私1人、なんて絶対にいやだ。

私が迷っていることを察したんだろう、殺せんせーがいかにも今思い出しました、とばかりにボソリと口にした言葉は、カルマのものだと思う……彼しか私のことを本名で呼ばないからほぼほぼ確実だよね。なんで私がカルマの参加不参加の理由になってるのかは分からないけど、殺せんせーはかなり必死に行こうと声をかけてきている。無理もないよね、私が行かないといえばカルマも行かない、つまり、参加者が2人私の選択で増減するんだから、……なにげに私、重要な選択を強いられてたりするのだろうか。

 

「先生、そんなに必死にならなくても行くよ……せっかく行くのに1人になるのが嫌だっただけだから」

 

「おぉ、本当ですか!ちなみに先程渚君も誘いに行きまして、多分彼も来てくれると思いますよ」

 

「!……3人でお祭り、まわれたりするのかな……」

 

「おや、お祭りは行ったことがあるんですか?」

 

「うん、中学1年生の時に連れてってもらったの……お祭りは浴衣っていうの着るんだって教えてもらって、3人で買いに行って……あ、浴衣……着れるかな……」

 

すごく嬉しそうな殺せんせーの情報で、まだ日本のお祭りを知らなかった頃のことを思い出した。はじめていくなら浴衣を着ていった方がより楽しめるって言われたけど、浴衣がなにか分からないし当然着方も知らない……ということをカルマと渚くんの2人に伝えたら、予想通りだったみたいで大きなお店に連れていかれた。そこで3人で浴衣を選んで……カルマがドクロ柄の浴衣をネタで買っていたのをよく覚えてる……ほんとに着てきてたし。

身長はあのころより伸びたとはいえあんまり変わりないし、大きめのを買ったからなんとかなると思う。問題は、3サイズも大きくなってしまった胸だ。前にインターネットで調べたら、大きい人は着こなすのが難しいし見た目が悪くなるって書いてあったから……男の人(だよね?)の殺せんせーに聞いていいものかわからないけど、物知りだし。

 

「……殺せんせー、浴衣のきれいな着方ってありますか……?」

 

「ふむ、着こなしの話ですね?浴衣は直線的なラインが特徴ですから……さすがにこの時間になってからサラシや専用の道具を買いに行くわけにもいきませんし……タオルを巻いて身体を寸銅の形にしたり、スポーツタイプの下着を身につけるとかでしょうか」

 

「……がんばってみる」

 

「はい、頑張ってください。では先生は他の人を誘ってきます。また後で会いましょう!」

 

そう言うと、殺せんせーは音を立てて姿を消した。まだまだ誘う気満々だなぁ……このまま外国の誰か、例えばロヴロさんみたいに、殺せんせーにとって身内認定してる人とかも片っ端から誘いにいったりして。……さすがに外国の人は誘わないよね、先生でも。

クローゼットを開き、中学1年生以来、手入れはしていても袖を通していなかった浴衣を取り出す……赤地に水色と白の花が描かれた浴衣に、紺色地に銀糸の蝶が描かれた帯のそれは、私とカルマと渚くんの髪色が全て入っていたから気に入っているものだ。軽く鏡に向かって合わせてみたけど丈はだいじょぶそう……1人での着方もお店の人に教えてもらったし、多分できる……着方を復習しながら荷物を出している時だった。

 

────ピロン

 

小さくスマホが音を立て、律ちゃんが顔を出す。

 

『アミサさんっ!矢田さんからメッセージを受信しました!』

 

「律ちゃんありがと、……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

夏休みの最終日……課題は初日、てか沖縄旅行の前に済ませてるし、特にやらなきゃいけない事もないから片手間にゲームやってたら、鍵を開けたままにしてたらからか突然、部屋の窓が開いた。顔を出したのは殺せんせーで、半泣き……じゃない、ほぼガチ泣きで用事で断る人が多いとか傷ついてるとか言って夏祭りに誘われた……あと少し早く来てたらゲームの前にやってたのを見られるところだった、あぶな。ちら、と窓からは多分見えてないだろう場所に積み上げた勉強道具に意識をやる……努力してるとこ見られるなんて、なんかやだし。

一応、あまりにも必死だし予定もないから行く気にはなったけど……夏祭りと聞いて、中一の頃にアミーシャと渚君との3人で行った日のことを思い出した……なんかタコは来る人少ないとか言ってるけど、2人は来るのかな、なんて考えて。だから伝言を頼んだ。渚君はともかく、彼女は多分暇してると思うし、ああ言っておけば彼女のことだから「なんか重要な選択を強いられてる」とか考えてオーケーする可能性上がると思うし。

伝言を聞いて苦笑い気味の殺せんせーをさっさと追い出し、中一の頃、3人で浴衣を買いに行った時にノリと勢いで選んだ浴衣を取り出す……いやー……うん、まだ着れるね!私服で行こうとも思ったけど、渚君、アミーシャの3人で祭りをまわれるかもしれないなら……また、あの頃と同じように3人で揃えてみるのもアリかと思ったから。

 

「なのに……結局集まったのは野郎だけってどーゆーことさ。しかも浴衣着てきてんの俺だけじゃん。空気読んでよ、特に渚君」

 

「ごめん、まさかカルマ君がノリと勢いで買ったそれ着てくるなんて思わなくて……」

 

「ドクロかよ……」

 

「中二病……」

 

「えー、イカしてるっしょ?そんで言うなら中三病と言え」

 

と、いうわけで、物の見事に渚君には裏切られた。午後7時少し前に椚ヶ丘駅に来てみれば、渚君、千葉、岡島、磯貝、前原が集まっていて、女子は1人も姿がみえない。それに俺以外みんな洋服って……俺1人がこの集団の中ではしゃいでるみたいで浮いてるじゃん……しかも、え、殺せんせーほんとにこれだけしか集められなかったわけ?

とりあえず、俺の浴衣に対する散々な評価は俺の持論を押し通しはしたけど、1人だけ浴衣着てこの集団で祭りに行けるほど行きたいわけじゃないし、殺せんせーに言って彼女に伝えてもらった伝言通り帰ってやろうかな……そう思い始めた時だった。普段の暗殺訓練で鍛えられた俺等の耳に、カランコロン、と下駄で走る複数の足音が聞こえたのは。

 

「ほら〜、男子もう来てるじゃん!」

 

「うわ、ホントだ……ごめーん!遅れた!」

 

「大丈夫?まだ走れる?」

 

「う、うん……!…わっ!……へーき!」

 

「へーき、じゃないでしょ!ほら、もう見えてきたしスピード落とすから浴衣整えて……」

 

「うぅ、ありがと桃花ちゃん……」

 

やってきたのはE組の女子達……片岡さん、神崎さん、茅野ちゃん、速水さん、そして矢田さんと倉橋さんに世話を焼かれながら走ってきたアミーシャだった。……あ、もう一人いるわ。

 

「どーよ、男ども。私がスタイリングしてやった女子の浴衣姿は!」

 

「「「おぉ……」」」

「おーーっ!!」

 

多分女性陣が遅れてきた理由はこれだ。ビッチ先生がやりきった表情でドヤ顔をしている後ろにはこっちを見ながらニコニコ笑っている女性陣。全員文句なしに綺麗に整えられていて……まあ、つまりは浴衣を着てきていた。見た瞬間思わずというような声を上げる俺等男性陣-1……なんで-1かって?即行カメラを構えて写真を連写し始めた岡島だけは思わずどころか思いっきり声を上げてるからに決まってるじゃん。

そんなのは置いといて、俺は矢田さん達に軽く背を押され、俺の前まで連れてこられた彼女から目が離せなかった……だって、彼女が着ているのって、

 

「えへへ、カルマと渚くんがいるなら、と思って着てきたの……一緒に選んだ浴衣。カルマのも懐かしい……」

 

「……っへぇ、うまく着こなしてるじゃん。髪が長かった時もよかったけど、今も似合ってる」

 

「……!……ありがと。髪の毛とかはイリーナ先生がやってくれたんだ。……渚くん、浴衣着てない……」

 

「う、うぅ……ごめん……」

 

少しだけ照れたようにしながら笑うアミーシャは、髪を結ってる以外はあの頃のようで……それでも、完全に子どもらしかったあの頃よりも、どこか色気というか大人の片鱗すら感じさせる姿を見て……とっさにいつも通りの俺をなんとか装うので精一杯だった。やばい、2年ぶりの浴衣、めちゃくちゃいい……!

そして、嬉しそうに軽く結われた髪に触れた彼女は、渚君の方を見て残念そうにポツリと言葉をこぼす。泣きそうな小動物のような雰囲気に、俺には言い返していた渚君もさすがに謝っていた。ほら、やっぱりアミーシャも期待してたじゃん……俺等3人で揃って浴衣を着て夏祭りに来た時と同じように、あの時と同じ浴衣で揃いたいって。

 

「いやぁ、思いの外集まってくれて良かった良かった。誰も来なかったら先生自殺しようかと思いました」

 

「あー、じゃあ来ない方が正解だったか」

 

「いえいえ、先生はみなさんが来てくれて嬉しいですよ!では、楽しみましょうか!」

 

 

++++++++++++++++

 

 

集まったとはいえ先生含めて15人で行動するのは迷惑にしかならない、ということで、花火が始まったらまた合流することにして小さなグループで楽しむことになった。私は渚くんが浴衣を着ていないとはいえ、はじめての夏祭りの時と同じように一緒に夜店をまわる。今回はカエデちゃんも一緒で、私とカエデちゃん、カルマと渚くんが並んで歩く。

 

「次はどうしようね〜、アミサちゃんは何か食べたいのある?」

 

「私、わたあめ食べたいな、袋入ってなくていいから大きいの……!」

 

「あ、ならあの店とかどう?あっちの店より50円安い!」

 

「ホントだ……!夜店1つで値段ちがうんだね」

 

興味のある夜店を見つけては駆け寄っては見てまわり、時々男子2人をおいてけぼりにして私たちだけで盛り上がっている時さえあった。さっき、休憩用のベンチでラムネを飲んでる有希子ちゃんとメグちゃんにあったり、浴衣姿の女の人を撮ってた岡島くんに私たちの4人での写真をお願いしたりといつも通りの過ごし方をしているクラスメイトもいれば、

 

「どうしたの、2人してへこんで」

 

「射的で出禁食らった……」

 

「イージー過ぎて調子乗った……どうしようコレ……アミサ、欲しいのある?」

 

「わ、お人形さん……ふわふわのある?」

 

「……左手のあたりにあった気がする。あげるから取って」

 

という感じに、普段から射撃成績のいい千葉くんと凛香ちゃんの2人が、景品を撃ち落としすぎて射的から出禁になるという事態を引き起こしていたり(ふわふわな手触りのクマのぬいぐるみをもらった)、

 

「うわ、磯貝君なにその、うごめいてる袋……」

 

「金魚すくい!100円でこんなにもらえるのっていいよな!」

 

「磯貝、ほんと何でもそつなくこなすもんよー……」

 

「コツだよ、ナイフ切る感覚と似てるぞ。うち貧乏だし、これで1食分浮いたからありがたいわ」

 

「そっか」

 

「ふーん、そーなんだ……え、1食分?」

 

「…………え?食うの!?」

 

ナイフ術の感覚を金魚すくいに活かして大量にすくい、磯貝くんが袋いっぱいのギュウギュウ詰めで金魚をもらっていたりしていた。ちなみにそんなにたくさんどうするのかと思ったら、まさかの食用で全員が絶句した……前原くんでさえありえないという顔をしている。磯貝くんは早速焼くか煮るか揚げるかって調理方法を考え始めてるけど、金魚すくいやさんだって誰だって、観賞用じゃないまさかの食べる用途だなんて思いもしないよね……

暗殺技術の繊細な部分を活かして、悪気なく夜店を荒らして回っているE組の生徒たち。みんなの荒稼ぎに対して呆れた様子の渚くんまで、カエデちゃんと2人でヨーヨー釣りをしていて、足元には釣ったヨーヨーがたくさん転がっている……そろそろ踏んでしまいそうだ。

そうそう、通常運転といえば私たちの中にも1人いる。

 

「ねーぇ、おじさん。俺、今5000円使って全部5等以下じゃん?糸と商品の残り数から、4等以上が一回も出ない確率を計算すると……なーんと0.05%。本トに当たる糸あるのかな〜?おまわりさん呼んで確かめてもらおっか!」

 

「わ、わかったよ、金返すから、黙ってろ坊主」

 

「いやいや、返金のために5000円も投資したんじゃないのよ。ゲーム機欲しいなぁ〜」

 

「……カルマ君はねちっこいな〜……」

 

「最初から大当たりはないって見抜いてたな」

 

なんかキョロキョロしながらゲーム系の夜店を見ているな、とは思ってたけど、挑戦する人みんなが5等以下の景品をもらっていく糸くじのお店をしばらく観察してたかと思えば、ちょっと行ってくると一言いって挑戦しに行ってしまったカルマ。5000円使うまでは「あれ?」「次こそ…」とか言いながら、お店のおじさんの調子をうまくのせていき、その後はニコニコ怖いくらいの笑顔を浮かべながら、理詰めで見事ゲーム機をゲットしていた。ホクホク顔でゲーム機片手に戻ってきたカルマは、ゲーム機以外で取った景品を私たちに配り、満足したみたい。

全員お目当ての夜店は全部まわれたし、そろそろ花火もはじまるから殺せんせーがいってた待ち合わせ場所へと足を進める。私は、本当に大きく作ってもらえたわたあめと、帯にさした凛香ちゃんにもらったクマさん、巾着カゴからのぞいているカルマが分けてくれたワンちゃんのぬいぐるみを軽く揺らしながら置いていかれないように早足で進む。浴衣って足を出しにくい……なれない歩幅に四苦八苦しながら少しずつ空いていく間隔に焦っていると、ゲーム機を抱えたカルマがふと振り返って足を止めた。渚くんとカエデちゃんはカルマが足を止めたことに気づかなかったみたいでそのまま進んでいく。やっと追いついて、足を止めた彼に合わせて立ち止まると、頭上から大きなため息をつかれた。

 

「はぁ……追いつけないなら声かけなよ、あと少し気付くの遅かったらはぐれてたよ?」

 

「う……だって、私が足遅いのがいけないんだし……」

 

「遅いなんて思ったことないけど?今日は浴衣だからアミーシャには馴染みがなさすぎて歩きにくいし、仕方ないっしょ」

 

「……それは、そう、だけど……」

 

「ゲーム機結構でかいからさ〜、その手のヤツ、どれか持ってやるってのができないからなんとか頑張れ」

 

「えぇぇ、私のなんだからカルマが手ぶらでもちゃんと持つって……、……カルマ、集合場所こっちだっけ?」

 

追いついた時には渚くんもカエデちゃんも夜店を行き交う人に姿が埋もれて見えなくなっていた。私が追いついたのを見計らって、さっきよりもずっとゆっくり……話しながら私の歩調に合わせて歩き始めた彼に合わせて、いつもより少しゆっくり歩く。……歩幅、というか歩調を合わせるってこんな感覚なんだ……内心少し変なところで感動していると、周りが静かになっていることに気づく。集合場所ってここまで一通りが少ないとこだっけ……?E組の人たち、みんないないし。

 

「ん?……別行動しようと思って」

 

「え、でも、いなかったら心配かけちゃうんじゃ……それに、企画したの殺せんせーだし、」

 

「渚君にメッセージ送っといたからへーきっしょ。タコは今、俺等E組が荒稼ぎして店仕舞いした店の跡地に新しく店立てて夜店やってるよ」

 

「へーき、ならいいのかな……?ていうか私たち、先生の手伝いになっちゃってたんだね……」

 

話しながらも足は動かし続ける。私たちの歩く場所は少しだけ坂道になっていて、木の階段はあるけど舗装されていない道は細く、まわりは木々に囲まれている……どこに向かうんだろう……そう思いながらついていけば、人もまばらになってきた頃、まわりを木に囲まれた場所から一気に開いた高台に足を踏み入れていた。人はほとんどいない。祭りの喧騒を背後にして、眼下には椚ヶ丘市の街明かりが広がっている。手招かれた先にはいくつかベンチが設置してあり、空いているところに並んで腰掛ける。そして、

 

────ヒュルルルルル……ドォン……

 

いくつもの大輪の花火が、私たちの正面の夜空に打ち上がった。

 

「ふ、わぁ……すごい……こんなにキレイに見えるんだ……!」

 

「……本トはさ、去年連れてくるつもりだったんだ」

 

見たこともないくらい、視界を何にも邪魔されてないキレイな花火に目を向けていると、小さく呟くような声が聞こえた。話を聞こうとカルマの方を見てみたけど、彼は花火の方を見てて、特に私に聞かせようとしているというよりは……だから、私も花火に目を戻す。

 

「中一の時は神社から見たけど、木が邪魔してて見えないのもあったし、来年こそはって探したんだよ。……でも、この時期くらいから俺と渚君が疎遠になって、こうやって夏祭りに来ることもなかったから」

 

「…………」

 

「だから……もしかしたら、最後の夏祭りになるかもしれないし、絶対に連れてきたかった。……ま、最後になんて、するつもりは無いけどね」

 

そう言って彼はベンチの背もたれに体重をかけたのか、軽く木の軋む音がした。無言で花火を眺める私たちのあいだに、それ以上の言葉は何もなく、ただ、花火の打ち上がる、ドーン、ドーンという音だけが響いていた。

多分、彼は返答を求めてるわけじゃないと思う……もう1度カルマへと目を向けると、まっすぐと打ち上がる光の花をじっと見つめているから。

 

「夏休み……こんなに忙しくて、こんなに楽しかったの、私、はじめて……このままみんなと、カルマたちと一緒にいられたら……」

 

──それができたら、なによりも幸せ……なんだけどな。

 

夏休みも今日でおしまい

明日から二学期がはじまる

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「渚、茅野さん、こっちだよ!」
「神社の屋根に殺せんせーが上げてくれるって」
「罰当たりじゃない!?」
「バレなきゃ問題ないって!……あれ、カルマと真尾は?」
「え、……あれ?はぐれた!?」
「いつの間に……アミサちゃんだけならともかくカルマ君まで……ん?通知……あー、そういえばそうだっけ……」
「渚、1人で納得しないでよ……」
「ごめんごめん、……去年、僕等のせいで連れて行けなかった場所で花火を見せてやるんだってさ」
「渚たちのせい……?」
「お、ちょっとは進展するんじゃね?」
「……人気のない所じゃないわよね?」
「え!?あー……うん、入口が狭いとこだから、ほとんどの人は気付かない場所にあるね……抜ければ広いんだけど」
「!!!?!?」
「メグちゃん落ち着いて!」
「本当にメグちゃん、保護者だよね」
「アミサ限定のね」
「だってあの子危なっかしい……!女子にも保護者がいたっていいでしょ?過保護上等よ!」



「あ、きた」
「アミサ!気分悪いとかそういうのない!?」
「え、ど、どしたの、メグちゃん……?」
「アミサちゃん、スパッツはいてるからってスカートなのにジャンプするわ捲ろうとするわ、慣れた人には疑いなくついてくわで危機感薄いから、メグちゃんそれが不安なんだよ……」
「危機感……?……私、ホントに危なくなりそうなら、E組を頼るつもりだよ?アミサは、ひとりぼっちじゃないもん。みんな、いるから」
「もう……ほんと癒しの小動物……!」
「……虫は私達が払うから」
「最強です仕事人」
「でも、自分で危機管理できるように私達も頑張ろう……」



「片岡さん、俺が何かした前提で話すのやめてくれないかな……」
「お前はこっちな、あっちは女子が話す」
「お前等こうやって別々に話聞くの好きだよね……」
「カルマ君、こうでもして聞かないと暴走しそうだか
ら」
「前科があるしな」
「………(否定出来ない)」
「それで?少しは進展したか?したよな?!」
「チューくらいはしたか!?」
「特に何も」
「「「特に何も!?」」」
「ヘタレだなお前……」
「仕事人、明日校舎裏な」
「拒否する」
「2人っきりで、花火だぞ……!?絶好の夢のシチュじゃねーか!!」
「そのまま雰囲気に持ってけよ!」
「うるさいよ、変態に浮気5回」
「「おい!」」


+++++++++++++++++++


今回更新が遅くなりました。
夏祭り編が終了……これで夏休みも終わりです。
原作では浴衣を着ていなかった数人にもこのお話では着てもらいました。オリ主が矢田さんからもらったメッセージは、『殺せんせーに聞いたけど、お祭り来るんだよね?お祭り行く女子集めて、ビッチ先生が着付けとかしてくれるらしいから一緒に行こ!』というようなものです。きっと髪型とか帯の結び方で工夫が凝らされているに違いありません……!

では、次回からは2学期です!


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竹林の時間

夏休みが終わり、今日から2学期が始まる。長い休みを挟んでいるから、心も身体も元のリズムに戻さなくちゃいけないし、休み中、本校舎の生徒との確執を考える必要はまるでなかった。でも、学校生活がまた始まるということは、避けては通れないものもあるわけで……何が言いたいかというと、E組での生活に戻る前に行われる行事があるということ。つまり、全校生徒が集まる、始業式に出なくちゃいけない。

 

「はよーっす渚!」

 

「おはよう杉野、……ネクタイ緩んでるよ」

 

「あ、わりーわりー……っと、ロードワーク代わりに旧校舎まで走って、ちょっと投げてきたんだ」

 

1年折返しの9月、E組にとって自分たちが貶められる最悪な行事でしかなかった全校集会を、自信をもって前を向いて過ごせる行事へと様変わりさせてしまった殺せんせー……その暗殺期限まで、あと6ヶ月。この始業式を終えたあとから私たちは、椚ヶ丘中学校生であると同時にたった1人の標的(ターゲット)を狙う暗殺者へと戻ることになる。

どこのクラスよりも先に並ばなくちゃいけない、というE組にだけ課せられたルール通り、それでもあまり気にしないで、むしろ早く集まったからこそクラスでおしゃべりができることに気がついて、私たちは進んで整列していたりする。私語までは制限されてないからね。続々と本校舎の人たちが体育館に入ってくる中、私たちなりに始業式が始まるのを待っていたら、

 

「ひさしぶりだなぁ、E組ども」

 

「ま、お前等は2学期も大変だと思うがよ」

 

「メゲずに頑張ってくれや……ギシシシシ」

 

なんだかニヤニヤとした笑顔で、浅野くんを除いたA組の代表格である五英傑の人たちがわざわざ端っこのE組まで来て馬鹿にするような言葉をかけに来た。まともに取り合う人はいないけど、E組勢は総じて「うわぁ、わざわざ……」という気持ちである。何人かはわかるよ?生徒会役員だから仕事のためにE組の横を通ってステージに向かうのも納得だから……あとの人はなんでなんだろ。

4人がまとまってステージへと歩いていくのを前原くんいわく「休み明けから縁起悪い」とみんなで見送っていると、思い出したように榊原くんが1人だけグループから外れてこちらに歩いてきた。まっすぐ私の近くまで歩いてきたため、きょとんとしながら見上げると、彼は何の企みも浮かべない真っ直ぐな目線で微笑んだ。

 

「……真尾さん。夏休み中、○○に行ったらしいね」

 

「!……なんで知ってるの、ですか?」

 

「浅野君が、君が喜んでくれたと嬉しそうに話してくれたからさ。また、時間がある時に付き合ってやってくれ。君の話をする彼は機嫌がいい……僕達のリーダーが嬉しそうだと、A組の士気も上がるからね」

 

それだけ言って榊原くんは、邪魔してすまなかったね、とE組に声をかけて軽く目礼すると、足を止めている他の五英傑の元へ合流しステージへと歩いていった。E組のみんなは、今の光景を見ていた他のクラスの人もだけど、何が起きたのかわからないという表情で固まっている……だって、A組を代表する1人がエンドのE組を蔑まずに目だけとはいえ敬意を示したんだから。

だけど、1学期の終業式の時も彼1人だけは、すでに私たちを認めてくれていた……だから、そんなに驚くことでもないと思うんだけどな。少しの間E組付近は沈黙に包まれていたけど、ハッとしたように私の身体を揺さぶり始めた優月ちゃんをきっかけにざわざわした空気が戻り始めた。

 

「ちょ……アミサちゃん、休み中に何やらかしたの!?」

 

「な、何もやってないよ……!ただ、浅野くんにブックカフェへ連れてってもらっただけで……!」

 

「やりおるな……!」

 

「浅野も動いてんだな、俺等の知らないうちに」

 

「ていうか、先頭から飛んでくる殺気と悪魔の笑みが怖ぇ……」

 

私が珍しく本校舎の人を相手に怯えも逃げもせずその場で話すことができているってことで、夏休み中にE組が知らない間に何かあったんだろうと断定されたみたい……私、今回はホントに何もやってないよ……。だから誰か、もうすぐ式が始まるのにE組の列の先頭から殺気を飛ばして今にもこっちに問い詰めに来そうなカルマを何とかしてください……

そんな空気の中、始業式は始まった。1学期の終業式のように校長先生が主導するE組いじりはウケが悪いままで、微妙な空気に。それを払拭するかのように野球部の都大会準優勝という報告に体育館は盛り上がる。進藤くんもステージの上で誇らしげな表情をしていて……球技大会の後から、さらに努力を重ねたんだろうな。野球部が降壇するのに合わせて拍手をし、これで今日の始業式のプログラムもおしまい……かと思っていたら、ステージの真ん中のマイクの前に、司会の荒木くんが準備をし始めていた。

 

「……さて、式の終わりに皆さんにお知らせがあります。今日から3年A組に1人、仲間が加わります……昨日まで、彼はE組にいました」

 

「「「!?」」」

 

「しかし、たゆまぬ努力の末に好成績を取り、本校舎に戻ることを許可されました」

 

……その、荒木くんが話す口上を聞いて、私の頭の中にはある場面か思い出されていた。

 

〝毎年、この時期になるとE組の生徒の中で成績が飛躍的に上がった者、もしくはE組の中でも特に成績が優秀な者にはE組脱出の打診がされる……真尾さん、君は今回のテストで学年4位、前回の成績をキープしただけでなく順位を上げただろう?それで勧誘の対象になったんだ〟

 

〝そう、だったんだ……〟

 

〝……君に免じて、少しだけ情報をあげよう。この勧誘はE組トップだけが対象というわけではないらしい……君には僕が聞きに来たが、普通なら理事長自ら聞きに回るからね〟

 

「では、彼に喜びの言葉を聞いてみましょう……竹林孝太郎くんです!」

 

……私は、事前に教えられていたのに。浅野くんは確かに言っていた。A組への勧誘、並びに本校舎復帰の打診は、E組トップだけが対象じゃないということを。なのに、ホントにその勧誘を受けてE組を抜け、本校舎に戻るのを選ぶ人だっていることを、私は、考えることができてなかった。

マイクの前に立ち、竹林くんは原稿だと思われる紙を開く……そして、読み上げた文章はありえないものだった。E組での生活が、地獄?やる気がない?先生たちがサジを投げた……?……全部、全部嘘の言葉だ。

私たちがありえないようなものを見る目で彼を凝視する中、原稿を読み上げ、壇上で一礼した姿へ向けられた視線は、困惑、怒り、疑問……それらを背に舞台袖へと戻ろうとする彼に対して、1つの拍手が向けられた。

 

「おかえり、竹林君」

 

生徒会長である、浅野くんが先陣を切り、竹林くんを迎え入れる……絶対的なリーダーが認める人物を、本校舎の一般生徒が認めないはずがなかった。最初は1つだけだった拍手が釣られるように連鎖し、次第に大きなものへと変わっていく。

E組以外の全校生徒が、彼を認める……それは、嬉しいことのはずだ。だって、努力が、実力が認められたということだから。……なのに、まったく喜べないのは……E組じゃなくなった途端に手の平を返す、本校舎の人たち、そして、竹林くん……そんな姿を見てしまったからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始業式が終わり、無言のままE組の教室に戻ってきた私たちに湧いてきたのは、困惑と、怒りの感情だった。抑えきれない感情を黒板にあたってなんとか発散させようとしてる前原くん……竹林くんの成績が上がったことは事実、だけどそれは、先生たち、特に殺せんせーが、私たちのことを考えて教えてくれたからこその結果だと言うメグちゃん……。みんな、何が起きたのか分からない、認めたくないって気持ちでいっぱいだ。

言われっぱなしで本心なのかもわからない状態のままなのは嫌だ、ということで、放課後竹林くんが本校舎から下校するタイミングを見計らって話を聞いてみることになった。わらわらと自分の席について、1時間目に夏休みの課題テスト……E組の場合は殺せんせー特製・個別課題プリントがあるため、その準備をし始める。

 

「…………」

 

「何考え込んでんの」

 

「……私は、元々本校舎には居たくなかったから違うけど……普通、E組に来たら『私たちには先がない』『抜けられるなら抜けたい』って思うのが当然なんでしょ……?だから、友だちの本校舎の復帰は喜ぶべきことなんだよね?……なのに、あんな嘘だらけの言葉……全然喜べないよ……それに、……」

 

「……それを、放課後に確かめに行くんでしょ。ほら、今は準備しな」

 

「……うん」

 

素直に喜べないのは、私が事前にこうなるかもしれないって知っていたことを、言い出せない後ろめたさからきてるのかもしれない……でも、実際竹林くんは期末テスト学年7位だったから本校舎復帰の条件はクリアしていた。だから自力での復帰なのかも、でも……、……ぐちゃぐちゃ考えても仕方ないや、放課後わかることだし、今は私のやるべきことをやろう。引き出しから出した夏休みの課題冊子を開いて復習していた私は、隣の彼が私の説明下手な言葉でも意味を悟って何やら考えていることに気づくことはなかった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「おい、竹林!」

 

待ち遠しかった放課後の時間。多分、A組の人なんだろう……竹林くんが一緒に本校舎から出てきたところを見る限り、元E組であってもうまく馴染めているみたいで、少し安心した。分かれ道で1人になった竹林くんを話を聞きに来たメンバーで呼び止める。彼も私たちが来るってことをなんとなく察していたみたいで、特に何も言うことなくついてきてくれた。

 

「説明してくれないか……どうして一言の相談もないんだ?」

 

「何か、事情があるんですよね?夏休み旅行、竹林君がいてくれてすごく助かったし、普段も一緒に楽しく過ごしていたじゃないですか!」

 

「賞金100億……殺りようによっちゃもっと上乗せされるらしいよ。分け前いらないんだ、無欲だね」

 

磯貝くんが頼ってくれなかったことの説明を求める。愛美ちゃんが信じられないとばかりに事情を聞く。カルマがわざと賞金の話を持ち出して煽る。それらは全て咎めるものではなくて、ただ、知らない間に決断していなくなっていたクラスメイトを心配しているがゆえ……わからないままでは応援しようがないから。静かに聞いていた竹林くんは眼鏡を押し上げると初めて口を開き、小さく呟いた。せいぜい10億、と。

 

「僕単独で100億ゲットは絶対に無理だ……集団戦術でも僕の力で担える役割じゃ、10億がいい所だね」

 

そして竹林くんは続ける。代々医者の家系である彼の家では10億という金額は働いて稼げる額なのだという。普通の家庭では驚くような金額でも、彼にとっては『当たり前』に手に入る世界であって、特別でも何でもない。その家の中では『できて当たり前』『優秀で当たり前』……世間一般では十分すぎる実力があっても、その家での当たり前をこなせない竹林くんは家族に認められなかった。……だからこそ、認められたい、そんな悩みをずっと抱えていたんだ。

 

「僕にとっては地球の終わりよりも、100億よりも、……家族に認められる方が大事なんだ。だから、」

 

「……ねぇ、竹林くん……A組への復帰って、理事長先生から打診された……?」

 

「……え、……そう、だけど……なんで、」

 

話は終わりとばかりに背を向けようとした竹林くんの言葉を遮って、私は声をかける。……愛美ちゃんが前に出た時もみんなビックリしてたけど、私がいきなり声を上げたのにも驚いている人がたくさんいるのがわかる、それでも、私は彼から目をそらさないよう、まっすぐと見つめた。どうしても、確認しておきたいことがあったから……

多分、竹林くんはどうやってA組へ編入したのかは誰も知らないと思っていたんだろう、狼狽えたようにぎこちなく返事をした。……私だって、実際に自分が誘われてなかったら知らないままだったと思う。

 

「……夏休み中、私も本校舎へ復帰について、理事長先生の代理で浅野くんに声、かけられてたの……その時、例年この時期に理事長先生からの打診があるって言ってたから……もしかしてって思って……それで、その、えっと……」

 

どうしよう、言おうとした途端に言葉がまとまらなくなってきた。竹林くんは待っていてくれてる、それでもこのままだと聞いてもらえなくなってしまうかもしれない。私なんかの言葉が届くのだろうか、伝わるのだろうか、言いたいと思ってたこと、なんだっけ……焦って次の言葉が出なくなっていく感覚に、余計に焦っていく、伝えなくちゃ、なんていえば、……その時。

──ポン、と。

軽く後ろから背中に手を置かれた。チラ、とそちらを見てみれば、カルマが頷く……すっと、焦ってごちゃごちゃになっていた頭の中が晴れていく。1度軽く息を吸いこんで、もう一度まっすぐ竹林くんを見る。

 

「……私は、竹林くんが決めたことなら、なにも言わない……応援します。でも、これだけ……『家族に認められたい竹林くん』じゃなくて、『周りなんて関係ない、竹林くん自身』の気持ちは……どこにあるの?」

 

「……え、」

 

「あの始業式の演説の中に、竹林くんはいなかった……だから、私はそれだけ言いたかった」

 

「……っ、そう、なら僕は行くよ。……君たちの暗殺が上手くいくことを祈ってる」

 

あの演説で読んだ原稿……竹林くん自身の言葉ってことは絶対にない。だって、あれは嘘ばかりの文章をたんたんと読み上げる作業でしかなかったから……竹林くんの心からの言葉じゃなかったから。だから、認められることを願っている、家族からの評価を大切にしている竹林くんではなく、誰の意思でもない……竹林くん自身の気持ちに向き合って欲しかった。それでもA組に残って頑張るというのなら、みんなが認めきれなくても私は応援するつもりだ。

言いたいことを言いきって、でも、私に対して答えてほしいわけじゃないから返事を待たずに1歩下がる……それを見た彼は、私が話し終わり、そして返答を求めてるわけじゃないと察したのだろう。E組の暗殺に対する激励とともに今度こそ去っていった。

渚くんが諦めきれずに追いかけようとしていたけど黙って成り行きを見ていた有希子ちゃんに止められていた……簡単には剥がれてくれない親の鎖、それに縛られて身動きが取れなくても、すぐにどうにかできるものではないから……と。親の鎖、か……私にも、巻きついてるのかな……ぎゅ、と服の胸のあたりを握りしめる……少なくとも、今のまま歩み続けるのなら、私も彼らと同じなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

E組トップクラスの成績をとった生徒が、自分の意思でE組を抜けることを選び、A組へ移籍した……この事実は、E組本来の現状を思い出させるには十分すぎることだった。この学校で私たちは、どんなに頑張ってもE組にいる限り、二軍選手でしかないということを。

どうすればいいのか、いい案も浮かばないし……かといって、もやもやした気持ちを晴らすこともできなくて、教室の中には、暗い空気が広がっていた。

 

「おはようございます」

 

「……なんで真っ黒?」

 

「忍者となるべくまずは形からと思いまして。急遽アフリカで日焼けをしてきました。これで人混みに紛れても目立ちません!」

 

「恐ろしく目立つわ!」

 

「殺せんせーって、やることなんかたまにズレてるよね」

 

「……それ、まんまアミーシャにも言えるってことわかってる?」

 

「…………へ?」

 

「……うん。そーだよね、そういう反応するよね……」

 

「「「(あれ、絶対わかってないな……)」」」

 

そんな空気をものともせずに入ってきた殺せんせーは、沖縄旅行の時のように前後がわからないほど真っ黒に日焼けしてしまっていた。目立たないためにやってきたって……闇に紛れるためならまだしも、人混みに紛れるってことは昼間なんだよね、肌色の集団にそれは、ちょっと。そう思ったからそのまま口にしてみたのに、カルマが無言で頭をぐりぐりと撫でてきて有耶無耶にされた。

殺せんせーが何がしたいのかと思えば、A組に行った竹林くんを心配してのことみたい。いきなり新しい環境に入って馴染めるのかどうか……クラスが変わったといえ1度はE組として受け入れた殺せんせーの大事な生徒。だからこそ、見守る義務があるのだという。私たちは普段通りに過ごせばいいと先生はいうけど、昨日の思いつめた様子の彼を見てしまったから、放っておくことなんてできそうになかった。

 

「俺等も様子見に行ってやっか。なんか危なっかしいんだよな、あのオタク」

 

「なんだかんだ、同じ標的暗殺しに行ってた仲間だもんなー」

 

「抜けんのはしょーがないけど、竹ちゃんが理事長の洗脳でヤな奴になっちゃうのはやだなぁ〜」

 

きっかけさえあれば、仲間のためにみんなは割とすぐに行動に移す。いつの間にか結ばれた、一つの目標に向かって進む仲間意識、そして、この4ヶ月で育まれた絆があるからこそ。

 

「殺意が結ぶ絆ですねぇ……ではせっかくですから、烏間先生に教わったカモフラージュを使ってみましょうか」

 

「「「はーい」」」

 

私たちが竹林くんのことを考えて動こうとしているのが嬉しいのか、ほんわかした笑顔を浮かべながら殺せんせーは頷いている。教室から1人いなくなっただけでもやっぱり少し寂しいけど……こういうところでみんな繋がってるんだって実感できる。

 

「後からカモフラージュ用の植物調達しに行くんだけどさ、アミサちゃんも行く?」

 

「あ、……ううん、私は行かない。昨日、私が伝えたいことは伝えたから……あとは、竹林くんの意思に任せる」

 

「そっか……何か分かったことあったら連絡するね」

 

「ありがと、渚くん」

 

わいわいと盛り上がっている集団から渚くんが抜け出してきて、私にも聞きに来てくれた。昨日、私も前に出て気にしてたから……だけど、私は行かない。言いたいことは全部言ったつもりだし、『それだけ』って言った手前、見守るというかこれからどうなるかを待つのも大事かと思ったから。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「……俺、竹林の方行くと思ってた」

 

放課後、殺せんせーと一緒に何人かのクラスメイトが本校舎へと向かう中、私とカルマはいつも通りの帰り道を歩いていた。ただ、いつも通りなのは帰る道なだけで、カルマが私の家で夜ご飯を食べたいと言ったから、普段の分かれ道を過ぎても一緒だけども。はじめてのことじゃないから全然いいのだけど、私たちの間にはほとんど無言の空気が流れていて……あと少しで家、というところまで来てからポツリとカルマが呟いた。

 

「……なんで?」

 

「アミーシャさ、何かはわかんないけど竹林と自分重ねてるとこあるでしょ。だから、気にしてるんじゃないかなーって」

 

「……すごい、あってるよ。……カルマにはすぐバレちゃうな」

 

「言ったでしょ、俺はアミーシャが好きだって。好きだからこそ、そーゆーのに気付けるってもんなの。……で?」

 

告白されてから、カルマは好きだってことを恥ずかしげもなくハッキリ伝えてくるようになった。カエデちゃんは前からだって言うけど、前まで私は気づけなかったから違うと思うんだけど……でも、ここまでハッキリ言われると恥ずかしいわけで視線を外す……ホントになんで気づくんだろう。話してもないし、態度にも出したつもりもなかったから驚いて、それから空を見ながら少し考える。カルマなら、下手な説明でもわかってくれるとは思うけど、少しでも伝わりやすく……

 

「……竹林くんには、ああ言ったけどね……『当たり前』って信じてることを覆すの、ものすごく苦しいことだから……だいじょぶかなって、心配はしてる」

 

「でも見に行く程じゃないって?」

 

「んー……なんていうか、その……混乱させちゃうかなって。応援しますって言ったのに、気になったから、心配だからって見に行くのは……なんか、違う気がしたの」

 

「……なるほどね。ま、なるようになるっしょ……うちのお節介な先生と、お節介なクラスメイトが見に行ってんだしさ」

 

「……うん、そだね」

 

結局は、竹林くん自身が流されてとか周りに言われてとかじゃなくて、納得して自分の意思で選んでくれたらそれでいいんだ。少しスッキリした気持ちで前を向く。もしかしてカルマは……私が変に考えこんでるのを気にしてご飯って名目で来てくれたのかな。

明日は、椚ヶ丘中学校創立記念日の集会があるはず……私たちが堂々と本校舎の生徒達と顔を合わせることができる数少ない機会だ。そこで、少しでもいい顔をした彼の姿が見れたらいい……そう思いながら、少しだけ早足にしながら隣を歩くカルマの手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日。始業式と同じように竹林くんのいないE組のまま、創立記念日の集会は進行していく。A組の列を見てみたけど、彼の姿はなくて……ステージ上に現れた時には、何故か、胸騒ぎがした。

 

「……竹林から殺気を感じる。何か、大事なものをめちゃくちゃに壊してしまいそうな……」

 

ペコりと、静かに一礼した竹林くんをみんなが不安そうに見つめる。原稿の紙を開き、何度か迷うように深呼吸を繰り返す彼の姿を、じっと。

 

「……僕の、やりたいことを聞いてください」

 

静かな体育館に竹林くんの声が響く。聞いている人たちはみんな、次に続く言葉を待っているのがわかる……ある人はE組を蔑む言葉を、ある人は本校舎へ戻ってきたことを誇る言葉を、そしてある人はこれ以上何をする気なんだと訝しげに。

私は、不安な気持ちだった。また、ただ原稿を読み上げているだけのように聞こえるのに、決意したような力強い何かをも感じていたから。それがいいものなのか、悪いものなのか……彼の本心は聞けるのだろうか。

 

「僕のいたE組は……弱い人達の集まりです。学力という強さが無かったために、本校舎の皆さんから差別待遇を受けています。……、……でも、僕はそんなE組が、メイド喫茶の次くらいに居心地いいです」

 

「「「っ!?」」」

 

……今の。

 

「……僕は嘘をついていました。強くなりたくて、認められたくて。でも、E組の中で役立たずの上裏切った僕を、級友達(クラスメイトたち)は何度も様子を見に来てくれた。先生は、僕のような容量の悪い生徒を手を替え品を替え工夫して教えてくれた。家族や皆さんが認めなかった僕のことを、E組の皆は同じ目線で接してくれた」

 

体育館の中がザワザワとしはじめる。それを気にすることなく、竹林くんは言葉を続ける……紛れもなく、彼の、彼自身の本心からの言葉を。

 

「世間が認める明確な強者である皆さんを、正しいと思うし尊敬します。……でも、僕はもうしばらく弱者でいい。弱いことに耐え、弱いことを楽しみながら、強い者の首を狙う生活に戻ります」

 

「……撤回して謝罪しろ竹林!さもないと……っ!?」

 

舞台袖から竹林くんを止めようとしたのか浅野くんが出てくる。それを遮るように竹林くんが取り出したのは……何かの盾、かな。それを見た瞬間に浅野くんが足を止めて驚いていることから、相当価値があるモノか、ここにはあるはずのないモノ、あってはいけないモノなんだろう。

 

「……私立学校のベスト経営者を表彰する盾みたいです。……理事長は本当に強い人です、すべての行動が合理的だ」

 

────パキィィン……

 

「浅野君が言うには、過去これと似た事をした生徒がいたとか……前例から合理的に考えれば、E組行きですね。僕も」

 

制服の内側から取り出した、暗殺バトミントンで使っている木製のナイフ……それで、躊躇なく盾を叩き割った。そんな竹林くんの表情は、始業式の硬い、思いつめたような悩み続けている苦しそうな顔なんかと全然違って……とても、スッキリしたキレイな笑顔だった。

本校舎の生徒達はありえないという表情を隠しきれてない……当たり前だ、せっかく底辺で最悪な環境から戻ってきたというのに、それをドブに捨てるような行動をとったのだから。

E組は顔を見合わせてにっこり笑い合う……私たちの思いは、彼にしっかり届いていたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の体育の授業。

いつもならすぐに準備運動、即訓練という流れなのに、今日は最初に烏間先生に集合をかけられていた。そして取り出したのは……トラップマニュアルから国家資格のものまで、分厚く確実に受験勉強とは関係の無い、暗殺のための参考書の山だった。

 

「2学期からは新しい要素を暗殺に組み込む。その1つが火薬だ」

 

「「「か、火薬!?」」」

 

「とはいえ、火薬はかなり危険なもの……1学期に寺坂君達がやったような危険な使用は厳禁。……君達も威力は見ているから知っているだろうが、真尾さんがエニグマの、特に攻撃術の使用を控えている理由の1つがこれだ」

 

例に出された瞬間みんなが私を振り返った。そう、私がエニグマを補助目的以外であまり使わないようにしているのは、単に何度も使えないからというわけではない。強すぎる力は時に争いを生む……要するに、私が行使できる力というのは日常生活では危険すぎるから。火薬は威力があるからこそ使い方を誤れば危険すぎる代物……これを例に出したのはみんなにも分かりやすかったみたいだ。

そして、烏間先生は手に持った資料を全て暗記し、火薬の使用を監督できる生徒を1人募っている。1人が頑張れば全員の役に立つし、かなり強い力を手に入れることが出来る……が、受験生という立場上、学校の勉強とはまるで関係の無い知識でもあるから、なかなか名乗り出ようとする人はいない。だけど、

 

「勉強の役に立たない知識ですが、まぁこれもどこかで役に立つかもね」

 

みんなが目線をそらしていく中、たった1人だけ、前に進み出た生徒がいた。

 

「暗記できるか?竹林君」

 

「えぇ、2期オープニングの替え歌にすれば、すぐですよ」

 

それは、E組の仲間として再出発を決意、しっかりと前を見つめた竹林くんだった。役たたず、そう言って諦めていた彼が自分から居場所を作り上げ、前に進んだ瞬間だったとも言える。

そんな彼の堂々とした佇まいを見て、私たちには自然と笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




「真尾さん」
「!」
「あの日、真尾さんがかけてくれた言葉……あれで考えさせられたよ。僕は、周りからの評価ばかり気にしていて、僕自身がどうしたいのかって意思が全然なかった。……いや、認められたいって意思はあったんだけど」
「……うん」
「……だから、ありがとう。今、すごくスッキリしてる」
「……最後のスピーチ、あれにはちゃんと竹林くんがいたよ。だから、きっともうだいじょぶ」
「そうだね、僕にしかできない役割もできたことだし……頑張ることにするよ」


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竹林の時間。
親の鎖……この二次創作は「オリ主が定められた道を歩いてきた」ことが設定の1つなので、結構考える必要のあるお話でした。どこまでオリ主が共感するべきなのか、そして他のキャラクター達とどこまで絡ませてもいいかなど。

今回で9巻が終了しました。
次回から10巻に突入です!


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茅野の時間

2学期が始まってから少しして、ここ何日かはこれまでと変わらない日常を過ごしていた。変わったことといえば、体育の授業が『新しいこと』を学ぶというよりも『1学期に習ったことの発展』に取り組むようになったことかな。基礎ができあがってる分苦労することはほとんどないんだけど……発展的な内容に取り組む分身体を使うから、いかんせん体力をかなりもってかれることになる。

どのくらいかって例えるなら、杉野くんが帰りに「腹減ったから何か食ってこーぜ」言うくらい……分かりにくいかな……?なら、それに便乗して杉野くんよりも運動量が少ないはずのカルマと渚くんまで即答で行くって言うくらいだといえば伝わるかもしれない。私とカエデちゃんも例外ではなくて、口には出さなかったけど反対せずについて行くくらいにはお腹がすいていた。

 

『国が生産調整に失敗しちゃって、国内の鶏が増えすぎてなぁ……』

 

「え、あの卵捨てちゃうの?もったいなっ!?」

 

それは、私たちがお蕎麦屋さんでお腹を満たし、店内に設置されているテレビを見ていた時に流れたニュースがきっかけだった。大量の卵が出荷されることなく廃棄されてしまう……そんな、もったいないけどどうしようもない社会事情についてで、卵は身近な食材だからこそ注目するには十分な話題だった。

 

『卵の値段も急落でさ、運送費の方が高くて出荷するだけマイナスなんだよ』

 

「ま……生鮮食品ではたまにあるよね、こーいう事」

 

「とは言うけどなぁ……」

 

画面を見てる、とはいってもあんまり興味なさげなカルマに対し、何とかなんないのかな〜と言う杉野くん……私も、アレはもったいないと思う。卵って栄養いっぱいあるから、あれだけあればいろんなことができそうなのにな。ふと、食べている間もたくさんおしゃべりしていたのに、あのニュースが流れてから黙ってしまったカエデちゃんが気になって様子を見てみると……キラキラした笑顔でプルプルと震えていた。

 

「……カエデちゃん?」

 

「っ!わ、私、ちょっと調べ物ができたから先に帰るね!」

 

「え、う、うん……?」

 

ガタンッ、と椅子を倒す勢いで立ち上がった彼女はカバンを掴んで外へと駆け出していった……いきなりのことで止める暇もなかったけど、よ、よかったのかな……?他の3人もポカンとしていたけど、直前までの様子から問題が起きた訳では無いんだろう……ということで、ちょうど席を立つタイミングができたということで、帰宅することになった。

──私たちは、まさかカエデちゃんがこのニュースをきっかけに壮大な計画を立てているなんてことを知るはずもなく、この行動の意味を理解したのはちょうど1週間後のことだった。

 

《カエデ:シルバーウィーク中にごめんなさい!明日、全員学校に集合してください!持ち物はエプロンと三角巾、忘れないでね!

 

《カエデ:あ、アミサちゃんには個別にお願いがあるんだ!個人の方に行くね〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シルバーウィーク……本来なら学校のないお休みの日。だけど今日はカエデちゃんの招集によって、E組の教室にはクラス全員が揃っていた。ちなみに殺せんせーはお休みを利用して遊びに行ってるから不在……それもカエデちゃんがリサーチしたんだって。

議題はもちろん、あのニュースだ。

家が貧乏らしい磯貝くんもあの事実にもったいない、むしろ俺の家に欲しいと訴えたくなるほど関心があったらしくて、ブツブツと何か言い続けている。他の人もチラホラと知っているという声が出ていた。

 

「と、いうわけで〜、廃棄される卵を救済し、なおかつ暗殺もできるプランを考えましたっ!」

 

「た、卵を暗殺に?」

 

「ケッ、メシ作って()()混ぜるつもりか?そんなモン、とっくにやって見破られてるっての」

 

マル秘計画書、と書かれたノートを手に説明するカエデちゃんに、寺坂くんが対先生BB弾を数個投げながら反論する。確かに、あれを入れた食事や砕いた粉末をまぶした食べ物での暗殺は試みた……というか、私とカルマと愛美ちゃんのお菓子作りはいまだに続いてて、定期的に『BB弾入を見破れ、ロシアンルーレット』みたいなことはやってたりする。先生、なんでか当たり(BB弾入)は引かないんだよね……私も色々工夫してるのに。

……話がそれた。カエデちゃんはそんな反論に対して自信ありげに校庭を指さした。準備は整っているとのこと、……来た時には気づかなかったから、きっと校舎裏に何かあるんだろう……彼女に促される形でみんなが外へと出ていく。はたして、そこにあったのは……

 

「こ、この形で卵ってことは……!」

 

「ふっふっふ……そう、今からみんなで巨大プリンを作ります。名付けて、『プリン爆殺計画』!!」

 

なんでも前に殺せんせーと2人で割り勘して大量にプリンを買ってきて一緒に食べてた時に、自分よりも大きなプリンに飛び込んでみたい……でもお金ないから無理、っていう先生の証言を得ていたんだとか。だったらそれを叶えるついでに、私たち最新の暗殺道具である竹林くんの爆薬で、一気にドカンと暗殺しちゃいましょう!……と、思いついたんだって。

甘いもの、特にプリンが大好きなカエデちゃんらしい計画で、後方支援に徹してた彼女が前に出て主導するってこともあり、みんなが乗り気になっている。かくして、E組による、巨大プリン作りが始まったのだった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「プリン液に使う大量の溶き卵は、マヨネーズ工場の休止ラインを借りて割り、混ぜてもらったんだけど……ここから先は人の力でなくてはなりません」

 

大きなプリン型だからこそ、材料も大量……使う卵の数もそれはそれは多かったんだろう。ある程度のところまでは機械でやってあるため、ここに届いたところからは機械ではできない細かい作業ということになる……手作業で大量の卵を割る、なんて作業がなくてホントによかった。そんなことやってたら何日あっても足りないに決まってる。

 

「でもさカエデちゃん、前にテレビで巨大プリン失敗してたよ?大きすぎて自分の重みで潰れちゃって……」

 

「うん、だから混ぜる凝固剤はゼラチンだけじゃなくて寒天も入れるの。これで強度は増すし、ゼラチンよりも融点が高いから9月っていう暑い野外でも崩れにくいはず」

 

班ごとで卵に混ぜる材料の量を変えてプリン液を作り、下の土台になる固めの液の層からだんだん柔らかく軽い層になるよう順番に液を流し入れていく。それだけじゃなく、プリンが大きすぎて途中で味に飽きないようにするため、フルーツなど味変わりのソースを入れる徹底ぶり……プリンの性質を科学的根拠をしっかり考えながら、ついでに食べる相手を思って味のことまで研究していて、ここまでのめり込むカエデちゃんにみんなが意外すぎると驚いている。

 

「よし、型にプリン液が満たされたら蓋をして、次は冷やす!ここまで大きいと内と外から冷やさないといけない……内側はパイプを通してその中を冷却水が流れる仕組み。外側も冷却装置がついてる……だけどそう簡単に冷えてくれるものじゃない、ということで」

 

「うん、私の出番だね」

 

言葉とともに私の方を見たカエデちゃんに応え、私はエニグマをかかげて前に出る。昨日個別にとんできたメッセージで、彼女から大きなものを一気に冷やすだけの力があるかって聞かれていた。それはプリンを一気に冷やして、少しでも冷却時間を短くしたいということだったんだね。ここまで大きなものを冷蔵庫に入れて冷やすことは不可能だし、かといって冷却水を一晩中流し続けるのも大変……だから、水のアーツで強制的に冷蔵庫と同じ環境を作り上げる。

クラスメイト全員がプリン型から離れたところでアーツの詠唱をはじめる……型を一気に冷やすから、もし表面に触ってたら、術者である私はともかくその触れてるとこまで一緒に凍らせることになっちゃう、それは危ない。

 

「近いと巻き込んじゃうからみんな離れててね……エニグマ駆動……凍れ、«ダイヤモンドダスト»(水属性攻撃魔法)……!」

 

「「「おぉ……」」」

 

「これはこれで圧巻だねぇ〜」

 

「なるほど、冷却水を使う時間を短くするわけか……ちょっとは節約になるか?」

 

アーツの詠唱を終え、私がぺたりとプリン型へと手を触れた瞬間……触れた場所から凍り始め、型は氷に覆われた……大きなプリンの形をした氷像の完成だ。1度凍らせたら基本このままほっとけばいいし、この氷を溶けそうになったら維持して、夜は冷却水の機械におまかせすればオーケー、と。アーツは元々苦手だから、長時間使用の練習だと思えばいい……戦闘では長時間使い続ける場面なんてほとんどないけど、せっかくの適性、使いこなせて悪いことはないだろうし。……限界の体力を見極めるのにもちょうどいい。

そこまでやってしまえば、今日はもうやることはない。後片付けのできる備品は手分けして片付け、また明日と1人、2人と家に帰っていく……今残っているのは、ギリギリまで冷却要員として近くにいる私と、明日の朝までの引き継ぎをお願いするために指示を出し今は休憩しているカエデちゃん、そんな私たちを家まで送ると残ってくれているカルマと渚くんくらいだ。

 

「やるねー、茅野ちゃん。鶏卵のニュース見てから1週間で、これ全部手配したの?」

 

「うん。……っていうか、前から作ってみたかったんだ。諸経費も防衛省が出してくれるし最高の機会だと思って……そうと決めたら、一直線になっちゃうんだ、私」

 

「茅野にこんなに行動力があると思わなかったよ。意外だし、楽しかった」

 

「明日の朝が楽しみだね……!」

 

あとは型を外して仕上げをすればいい……殺せんせーが帰ってくるまでに、なんとか完成させられそうだ。計画書のノートを見せてもらったけど、カエデちゃんはこの計画を成功させるために、小さいプリンの参考にできる製法を試し、いろいろな場所に問い合せて、たくさん試作を重ねていたことが書いてあった。まだプリン整形の1番の難関である、型を外す作業が残ってるけど……ここまで頑張って作ったんだもん、きっと成功するよ。

そろそろ私たちも帰ろうか、そんな流れになった時、思い出したようにカルマが私の所へと歩いてきた。

 

「……そーだ、いい機会だし……ねぇアミーシャ、そろそろアーツ切るでしょ?1回()()、俺にも使わせてよ」

 

「それって……エニグマ?前にも言ったけど、個人の適正に合わせて調整されたものだから、扱うのは難しいと思うんだけど……」

 

「でも不可能じゃないんでしょ?」

 

「……そう、だけど……うー……わかった。でも、さすがに攻撃術は危ないから……私に、回復術をかけて?」

 

何かと思ったら、エニグマ使ってみたいってことだった。確かに魔法ってどんな人でも憧れるものだし、使えるものなら使ってみたいよね……でも、当たり前のことだけど使おうとして使えるほど簡単なものじゃないってこと、カルマは分かってるんだよね……?

一応、原理とか仕組みについては前に冊子を読んで把握してるって言い切ったから信用するとして、私は《ダイヤモンドダスト》を解除してからエニグマを手渡し、少しでも危険じゃないかつ低位魔法である回復アーツ、《ティア》を使ってもらうことにした。イメージをつけやすくするために先に私が、今日1番がんばって疲れているカエデちゃんに対して使ってみせて(多分疲れが抜けたと思う……カエデちゃんは明日もがんばれるってピョンピョンしてた)から手渡したエニグマを握った彼の顔は、すごくワクワクしていて……まるで欲しかったものを手に入れた子どもみたいでかわいい……思わずそんな感じのことを声に出して呟くと、同じことを思ったのか渚くんとカエデちゃんが苦笑いして、カルマが恥ずかしそうに少しだけ頬を染めた。

 

「……ったく……、いくよ、……って、う、わ……」

 

「決まった詠唱文があるわけじゃないから……イメージを固めて……クオーツを通して、回復の雫を創り出す感じで……」

 

「……っ、イメージ……」

 

ハラハラしながら見守る私たちの前で駆動して、彼の身体は特徴的な青い光に包まれる……それに思わず漏れた驚きの声を、私は静かに誘導する。使い方とかは覚えてる、と言った言葉は嘘ではなかったみたいで、今のところは問題ないように見えるけど……多分、合わない導力器を使ってるから、相当集中を乱されるくらいの負荷がかかってるんじゃないかな。ちょっと油汗をかいているような、苦しそうな表情で心配になってくる。合わないものを使ったことがないから、憶測でしかないんだけど。

 

「…………《ティア》!」

 

なかなかイメージがまとまらないのか、集束しない青い光。と思っていたら、スッと静かにカルマに光が集束されていき、準備が整ったことを示す。彼は私に向けて手を突き出して技名を声に出し、アーツを発動させた…………ハズ、だった。

 

「「…………」」

 

「…………」

 

「…………えと、やっぱり難しいよね」

 

「俺、ただの恥ずかしい奴じゃん……!!」

 

まぁ、予想はできていたんだけどやっぱり発動しなかった。何も起きない。結構自信満々に声を上げて発動姿勢までやってのけたのに何も起こらなかったから、カルマはその場に崩れ落ちた……なんでも卒なくこなすカルマにしては、珍しい光景だ。ここに殺せんせー含めE組の愉快犯の人たちがいなかったことがカルマにとっての救いかもしれない。……でも、駆動できただけ私はすごいと思う。だって彼が媒体にしている導力器は私のもの……つまり、ひとつながりのラインに幻縛りという使う人を選ぶものだ。合わない人が使えばまず導力器自体が反応しない、なのに発動直前までもっていけた……扱う素質は、ある。

 

「多分、カルマの導力器も縛りとかラインの本数とか多少違うところはあっても、私のと同じような構造になるんだと思う……普通なら他人の導力器なんて駆動も難しいと思うし……」

 

「そ、そうだよ!カルマ君のアーツ、キラキラ〜ってしてて、えっと、……そう、なんか凄かった!」

 

「茅野、なんかって……でも、カルマ君は流石だね。僕は見てただけだけど、いつか使いこなせちゃいそうだよ」

 

ちょっとヘコんで頭を抱えてしまってる彼が珍しすぎで逆にこのまま放っておくことができず、慌てて見てた組で慰め?励まし?……とりあえず、立ち直って欲しくて声をかける。とにかくすごいことなんだよ、専門家じゃないから詳しいことは私にもわからないしうまく言えないけど……

 

「……じゃあまた、たまにでいいから挑戦させて。簡単なのでも使えれば、アミーシャが使えない時とか俺が代われるでしょ」

 

「……カルマがアーツを使いたがってた理由って、そういうことだったの……?」

 

「何が?」

 

「カッコいいから使ってみたいとか……そういうのかと思ってた」

 

「ん、まぁ……カッコいいってのも否定しないけどさ。俺も使えるとなれば戦術も広がるし、何よりアミーシャが無理する回数が減るでしょ」

 

「結局、カルマ君の行動理由ってアミサちゃんなんだね」

 

「思ってたよりちゃんとした理由でビックリした……」

 

「渚くんと茅野ちゃんは俺をなんだと思ってるの」

 

少しの間、蹲っていたカルマだけど、ゆっくりと少し赤くなった顔を上げて言ったそれは、諦めてない声色だった。みんな、……私も少し思ってるけど、カルマのことはなんでもできる天才とか考えてる人が多い。でも、こういう負けず嫌いなところとか努力を惜しまないところをみると、隠れて努力している努力の天才、という言葉の方がしっくりくると思うんだ。だから、私も協力したくなる……この場合、協力でいいのかはわかんないけど。

立ち直ったのか、体を起こして伸びをした彼にエニグマを返却され、また練習に付き合うことを約束したあと、その日は帰宅することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「まずは冷却装置のパイプを抜いて……その穴からプリンの型枠との間に空気を入れて外す。型枠を外したら、プリンの外壁をゆるめの寒天、ゼラチンでなめらかに整えて……最後に別で作ってたカラメルソースをかけ、バーナーでこんがり炙れば!」

 

「「「できたーーっ!!」」」

 

クラス全員で協力して作った巨大なプリンを前にして、みんな喜びが隠せない……テレビのように失敗せず、きちんと自立したプルンプルンのそれは食べてしまうのがもったいないくらいのできだ。食べるのは私たちじゃないけどね。

それは、短い休日を終えて帰ってきた殺せんせーにとっても同じわけで。

 

「こ……!これ、ぜんぶせんせーがたべていいんですか……!?」

 

「殺せんせー、感動しすぎてひらがな発音になってるよ」

 

「どぞー、廃棄卵を救いたくて作ったんだし、むしろ全部食べてね」

 

「もちろん!あぁ、夢が叶った!!」

 

爆破のタイミングを図り、起爆を見守るために教室へと足を進める私たちを全く気にすることなく、殺せんせーはプリンへと突っ込んでいった。爆発させるために作ったものとはいえ、あそこまで喜んで食べてくれると頑張ったかいがあったというもの……私もちょっと食べてみたかったなぁ、なんて。

教室では、竹林くんの周りに集まり、パソコンの画面を見ながらリモコン爆弾の爆破タイミングを待ちかまえている人たちと、窓際に集まって殺せんせーがものすごい速さでプリンを消費していくのを見守る人たちに分かれていた。発案者のカエデちゃんは、切なそうな顔で窓際でプリンを見つめている……それはそうだよね、好きなものだからこそ頑張ってきたんだから。

 

「っ、ダメだーーーーーーッッッ!!」

 

我慢できなくなったんだろう……カエデちゃんは泣きながらプリンを爆発させるのは嫌だと言い始めてしまった。そんな気はしてたけど、愛情を込めて一生懸命作ったものを美味しく食べるならまだしも爆発四散させるっていうのは……耐えられなかったんだろう。

今はあまりにも暴れるから、寺坂くんが押さえつけてくれている……のに、まだ抵抗しているカエデちゃん。

 

「ふぅ、ちょっと休憩」

 

「「「え、」」」

 

突然殺せんせーが教室の中に現れたのはそんな時で、全員が驚いてそちらを見つめる。聞けば、爆弾独特の匂いを嗅ぎ取ってしまい、私たちから見えない側から土を食べて地中にもぐり、起爆装置ごと外してきてしまったんだとか。悔しそうな竹林くんだけど、爆裂の計算は完璧という言葉には少し嬉しそうだった。

 

「さぁ!みんなで力を合わせて作ったプリンはみんなで食べるべきです!先生、綺麗な部分を取り分けておきました!」

 

そう言って教卓の上に並べられたのは、人数分のプリンのお皿。暗殺は失敗しちゃったけど、みんな自分たちで作った力作を食べれてとても嬉しそう……もちろん、あれだけ抵抗していたカエデちゃんは特に嬉しそうに頬張っている。

今回は暗殺とひも付けられていたから政府の人たちも見逃してくれたけど、厳密には廃棄される予定の卵を食べてしまうのは経済のルールに反する……だから、それについてと食べ物の大切さを次の公民で勉強することになった。

 

「惜しかったね、茅野。……むしろ安心した?」

 

「あはは……本当の刃は親しい友達にも見せないものだよ。また殺るよ、プリンマニアもここでは立派な暗殺者。ぷるんぷるんの刃だったら、他にも何本も持ってるんだから!」

 

普段はおとなしい、裏方に徹していたとしても、内に秘めた強さはみんながもってる。今回はカエデちゃんだったわけだけど……次は、誰が刃をあらわにするんだろう?

殺せんせーも、カエデちゃんの自信満々な宣言に体全体で肯定してくれていて、これからがまた、楽しみになってきた。

 

 

 

 

 




「アミーシャ、それ何味?」
「んとね、イチゴジャム!」
「へぇ……俺のはキウイ入ってたよ」
「!食べてみたいな……」
「いいよ、はい」
「あー…」
「「「え」」」
「「ん?」」
「いやいや、ん?じゃなくてだな、……お前ら、今何やった……?」
「ん、ういん、おあっら!(プリン、もらった)」
「んぐ、」
「とりあえず口の中なくせ!」
※お互いにお互いのプリンを食べさせあった


++++++++++++++++++++


プリン美味しかったの回でした!
あの巨大プリン、現実でも作って欲しい……。殺せんせーみたいに頭から突っ込むのは躊躇するですが、味変わりとか、あのぷるんぷるん具合とか、すごく経験してみたい……とにかく美味しそうでした(ジュルリ)

オリジナル話を混ぜようと考えて、オリ主にアーツを使わせてみたら、なぜかカルマが挑戦することになっていて、見事に不発で終わってました。なんでもできるカルマだって、できないことがあるんだよ、みたいな感じでしょうか……それか、カルマは好戦的な人だから、回復技は性に合わなくて失敗した可能性も少しあったり。

次回は、逃げます、走ります、追いかけっこです!



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鬼ごっこの時間

中学校では、主要五教科以外……もっと狭めて、体育の時間は週に何回あるのが普通なんだろう。1年生、2年生の頃を参考に考えて、保健の時間を除いたら2、3時間なんじゃないだろうか、と思う。浅野くんにも毎日体操服を持っていくなんてE組では何をしているんだ、と言われたことがあるくらいだから、本校舎ではそれくらいが普通なんだろう。……なんでいきなりこんなことを言い出したのかというと、私たちE組は暗殺教室だからこそ、体育の時間は暗殺技術の訓練が行われていて、1日休めばその技術を取り戻すのに何日もかかる……という考えの元、毎日必ず体育の授業があるからだ。

今日も同じように体育の授業が行われる。いつもと同じように体操服に着替え、烏間先生に指定された集合場所に集まる……今回はE組専用プールのさらに上流、その近くの崖の上だ。

 

「2学期から教える応用暗殺訓練、火薬に続くもう1つの柱が『フリーランニング』だ」

 

「フリーランニング……?」

 

「言葉で教えるよりも実際に見た方が早い。三村君、今からあそこに見える一本松まで行こう。大まかでいい、どのように行って何秒かかる?」

 

「え、うーん……崖を這い降りて、小川は狭いところを飛び越えて……茂みの無い右の方から回り込む、最後にあの岩よじ登って……1分で行けりゃ上出来ですかね」

 

指名された三村くんは、崖の下をのぞき込み、目的地である一本松までの道筋を描いていく。舗装された人の手が入った道というものは存在しないけど、いわゆるけもの道、というものはどんな山にもあるもので、三村くんの提示したルートも、邪魔な岩場や茂みを避けたもので、1分でたどり着ければいい方、という見方だった。他のみんなもそのルートで納得なのか頷く人がたくさんいる。

 

「なるほど……では、真尾さん。()()()()()()()()という言葉を聞いた上で進むなら、どの道筋だ?」

 

烏間先生は三村くんの答えに満足気な笑みを浮かべると、ネクタイを外してそれと一緒にストップウォッチを預けていた……どうやら、先生が実際にやって見せてくれるらしい。烏間先生がネクタイを外す……万が一を考えてスーツだけど引っかかるもののない、動ける格好へと準備をする様子を見ていると、私にも指名が来た。少しだけ、考えてから道順を描く……フリーランニング……フリー……自由、ということなら。

 

「……崖を()()()()()、小川は()()()()、途中の木も足場に使って……もしかして、茂み横のけもの道も使わない……?」

 

「「「え」」」

 

「ふっ……では、行ってみせよう。これは1学期でやったアスレチックや崖登り(クライミング)の応用だ。()()が出来るようになれば……どんな場所でも暗殺が可能なフィールドになる」

 

そう、言ったと同時に烏間先生は崖から飛び降りた。背面から落ちる格好を、空中で体をひねって体制を整え着地、三村くんの予想した小川の細いところではなく滝となっている岩場を足場にして渡り大幅にショートカット、茂みの脇を通ることなく生えていた木の高さを利用して一本松の生える岩を蹴って上まで到達してしまった。時間にしてたったの10秒。

 

「真尾さんが言った通り、これは自由な走り……つまり、道無き道で行動する体術だ。熟練して極めれば……ビルからビルへ忍者のように踏破する事も可能になる」

 

道無き道を行く……つまり、今までは平面上での暗殺ばかりだったのが、道具を使わなくても高さを利用したものに取り組めるようになるということ。仕掛け1つ1つの幅が大きく広がるし、素早いだけでなく空中を自由に動く殺せんせーと同じフィールドに立つことができるというわけだ。

みんな、今までできなかった動きを、テレビなどのフィクションの世界でしかありえない、誰もが1度は憧れたアクロバティックな動きができるようになるかもしれないとワクワクしているのがわかる。

 

「だが、これも火薬と同じように……初心者にはまだ高等技術であることに変わりない。使い方を誤れば死にかねない危険なものだ。危険な場所や裏山以外で試したり、俺の教えた以上の技術を使う事は厳禁とする」

 

「「「はいっ!」」」

 

いきなり高度な技なんて成功するわけがない……まずは怪我をしないために受け身の練習から順番に取り組んでいくことに文句を言う人なんて誰一人いなかった。むしろ、適当にやって次の技術指南へ進むのが遅くなるよりも、しっかりこなしてどんどん新しいことに挑戦させてもらえる方が楽しいと分かっているからこそ、全員が真剣に取り組んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フリーランニングを習い始めてから1週間……体を動かすのが苦手なメンバーでもだいぶ形になり、基本的な縦移動や枝移動、ロングジャンプなどをモノにし始めた頃だった。

 

────ガラッ

 

「おはよ、ございます」

「ふぁ〜……ねむ……」

 

「はい、逮捕します」

 

「……ふぇ?」

「は?」

 

いつものようにおしゃべりしながら登校したのに、山道を登りきったあたりで眠いしめんどいとか言い出したカルマが、教室へ行く前にサボろうとUターンしようとした。教室にすら入ろうとしないカルマに呆れたように笑う渚くんと杉野くんを横目に、せめてカバンを教室に置いてからにしてと私が手を引きながら教室に入ったところで……既に教室にいた殺せんせーに手錠をかけられた。私が右手首、カルマが左手首と、確かにちょうど私が引いていたから繋いでたけど……なぜか片手ずつ。

 

「……何コレ」

 

「カルマ君は教室に来る前からサボろうした罪です。アミサさんは…………癒しのオーラをふりまいて周りをほっこりさせた罪で」

 

「アミーシャの罪状って、絶対今考えたよね」

 

「そんでもってカルマ君はともかく、アミサちゃんのは意味わかんないよ……」

 

「殺せんせー何言ってるの?アミサちゃんが癒しオーラふりまくのはいつもの事じゃん!」

 

「茅野さん、それなんか違う」

 

「無知で無垢な真尾相手に手錠プレイ……エロい!」

 

「おーかーじーまー?」

 

多分教室の窓から見てたんだろう……カルマが山道を登りきったあとにサボりに行こうとしたところと、背中を押す渚くんと杉野くん、その手を引っ張る私を。なんで手錠?って思ったんだけど、殺せんせーを見てみればサングラスにフーセンガム、警察官の制服とたまにやってるコスプレの一環だったみたいだ。

とりあえず、教室の入口に入っただけでこのカオス具合、ついでによく分からない逮捕理由に扉を開けた姿勢のまま固まっていると、カルマに繋がった右手をいきなり引かれて、彼の身体に思い切りダイブすることになった。

 

「わ、ぷっ?」

 

「へぇ……なんかいいね、コレ」

 

「……?」

 

「俺だけに縛られて思いのままってシチュ、よくない?」

 

「え、あの、カルマ……その、近い……ひゃっ」

 

「って、コラーーッ!そこ、エロい雰囲気にもっていかない!!」

 

「「「発端は殺せんせーでしょ!!」」」

 

私の右手はカルマの左手ごと背中に回され、彼の空いた右手でわざとらしく私の頬を撫でられ顔を近づけられ……慌ててカルマの胸を押し返そうとしたけど片手で彼を押し返すことなんてできるはずなくて……え、カルマ、今、首舐めた……!?ざわってする感覚に、知らない人だったら蹴るなり攻撃加えるなりしようと思うけど、相手はカルマだから逃げるに逃げられなくて……わたわたしていたら、殺せんせーが気づいて騒ぎ出した。

 

「えー、いいじゃん、せっかく繋いでくれたんだから楽しませてよ」

 

「カルマ、真尾がパニクって泣きそうになってるからやめてやれ」

 

「ちぇ……じゃあ、せめてこれで」

 

「あいつ、色々溜まってんな……ドSに磨きがかかってる」

 

「しょうがないよ、あの天然を相手にしてるんだから」

 

「思いっきり今の状況を利用して引っ付いてるよね……」

 

「本当にあれで付き合ってないとか嘘だろ……てか何度目だこのセリフ」

 

磯貝くんがカルマを止めてくれて、メグちゃんがカルマの背後に回って手錠を外してくれた……鍵がついてるわけじゃなくて、金具をずらすと簡単に取れるものだったみたい。手錠は外してもらったけど、カルマは離れてくれる気は無いみたいでそのまま抱きしめられてます……私、抱き枕か何か……?恥ずかしいけどあったかくて居心地がいいのもあるから突き放せないし、もうこのままでいいかな……

 

「で、何なんだよ殺せんせー……朝っぱらから悪徳警官みたいなカッコしてよー」

 

「ヌルフフフフ……最近皆さんフリーランニングをやってますね。せっかくだからそれを使った遊びをやってみませんか?」

 

「遊びぃ?ケッ、どーせロクな……」

 

「それはケイドロ!裏山を全て使った3D鬼ごっこ!!」

 

「けーどろ……?」

 

「警察チームと泥棒チームに分かれて、鬼ごっこすんの。で、捕まったら牢屋行き……ただし、警察に捕まってない泥棒が牢屋に捕まった泥棒にタッチできたらその泥棒は牢屋から逃げれるっていう鬼ごっこ。……分かった?」

 

「……うん、なんとなく」

 

分からない遊びにはてなを浮かべていたら、カルマがすぐにルールを説明してくれて、なんとなくでいーよってそのまま頭を撫でてもらった……その間にも殺せんせーの説明は続く。

私たちは泥棒チーム、殺せんせーと烏間先生が警察官で、1時間逃げ切ったら私たちの勝ち……なぜか提案者である殺せんせーじゃなくて烏間先生のお財布でケーキを奢ってくれるみたい。逆に全員が捕まったら宿題が2倍になる、と……2学期になってから勉強の量がただでさえ増えてるのに、それが2倍はちょっと嫌だ。

 

「ちょ、待ってよ!殺せんせーから1時間も逃げきれるわけないじゃん!」

 

「その点はご心配なく。最初に追いかけるのは烏間先生のみ……先生は校庭の牢屋スペースで待機し、ラスト1分で動き出します」

 

それだったら、何とかなるかもしれない。怪物先生2人組が相手でも、あの広い裏山をめいっぱい使うのなら勝機はありそうだ。やる気になったE組に、「なんで俺が……」とでも言い出しそうな烏間先生がちょっとかわいそうな気がしたけど、私たちはご褒美の獲得と罰ゲームの回避のために本気だ。こうして、殺せんせーの独断により、今日の1時間目の体育の授業はケイドロをすることに決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フリーランニングを駆使したケイドロ。裏山全部をフィールドとしているし、平面だけでなく高さも自由に使えることもあって、とてもワクワクする……鬼ごっこだってことを忘れてしまいそうだ。とりあえずバラバラに逃げることも考えたけど、気がつけば私たちは自然と一緒に過ごすことが多い班ごとに逃げる形になっていた。

 

「そこ、どうやって行ったのー?」

 

「木ぃ伝うやり方教わったろー?」

 

「わ、わあっ!?」

 

「うわぁっ、だ、大丈夫奥田さん?ほら、手、貸すから……」

 

「渚君、一緒に落ちないようにね〜」

 

「有希子ちゃん、捕まえたっ!」

 

「ふふ、捕まっちゃった」

 

まだ烏間先生が追いかけ始めるまでに余裕があるから、いくつかの基本動作を確認しながらできる限り距離をとっていく……途中の4班はこんな感じです。愛美ちゃんとカエデちゃんが少し動くのが苦手って感じだけど、ジャンプ位置の把握が苦手なだけでそれさえ手伝えばどこへでも跳べている。有希子ちゃんは笑顔でさらっと移動していくし、男子メンバーは言わずもがな……烏間先生だって生身の人間なんだし、あの身体能力をもってしても生徒相手に本気出して化け物じみたことはしないだろう……特に杉野くんなんて今までと違うフィールドを走り回れるからすごく楽しげな顔をしている。

 

『皆さん、ケイドロ開始まであと1分です!そろそろ烏間警官が動き出しますよ〜』

 

「律ちゃんも警察官だ!婦警さんだっけ……似合ってるね」

 

『ありがとうございますっ!今回は逮捕人数のお知らせなどでお手伝いしますね!あとは泥棒チームでの連絡係をします!』

 

今回は体育の授業中ではあるけど全員がスマホ……連絡手段をもって散っている。烏間先生曰く、慣れないフィールド、もしくは慣れていても広くてみんながバラバラになってしまったとして連携がうまく取れないとに全員がやられてしまう可能性がある。それは素人である私たちが1番避けなくてはならないこと……今回は裏山全部ということで、ちょうどその練習にもなるだろうから取り入れてみようってなったんだ。

開始の笛を鳴らした律ちゃんも一緒に和やかにおしゃべりしていた時だった。

画面の中の律ちゃんが『あ』と一言いったかと思えば、4班全員のスマホから小さくバイブの音がして……

 

『岡島さん、速水さん、千葉さん、不破さん、アウト〜』

 

「「「…………え。」」」

 

開始して、まだ5分も経ってないと思うんですが。前言撤回……烏間先生は、本気だ。

 

 

++++++++++++++++

 

 

牢屋組からの情報提供によると、タッチされるまで烏間先生の接近には気づけず、いつの間にか背後まで来ていて捕まったと……ちなみに牢屋ではただ助けを待っているのではなく、それぞれの苦手科目のドリルをやらされているんだとか。

 

『菅谷さん、ビッチ先生、アウト〜♪』

 

「律ちゃん楽しそうだね〜」

 

『はいっ!とっても楽しいです!』

 

「楽しそうなのはいいけど……ヤバいよ、どんどん殺られてく……!」

 

「殺戮の裏山ですね……!」

 

「……逮捕じゃなかったっけ」

 

開始数分……残り時間を半分どころかほとんど残した状態で、既に6人捕まっている。バラバラに散っているはずなのにこのスピード……全員捕まってしまうのも時間の問題だ。……あれ、でも確か、カルマのルール説明では……

 

「カルマ、牢屋から泥棒が逃げれるって言ってなかったっけ……?」

 

「!そうですよ、これってケイドロですよね?だったら……」

 

「タッチすれば解放できる!ナイスだ真尾に奥田!さっさと解放して、振り出しに戻してやろうじゃん!」

 

「……バカだね〜、杉野は」

 

そう言ってすぐさま牢屋の見える位置へと走り出した杉野くんを慌てて追いかけていくと、走って向かう最中、呆れたようにカルマが言った。仲間を助けに行くことの何をバカだと言うのかって思ったけど、草むらから牢屋を見てみれば納得……

 

「ラスト1分まで牢屋から動かないって言ってたじゃん。誰があの音速タコの目を盗んでタッチできるよ……それが出来るなら、とっくに殺してるって」

 

「ですよね〜……あ、じゃあ真尾!お前ならあそこまで行けるんじゃ……!」

 

「……私は行けるかもしれないけど、助けた人、またタッチされない?」

 

「……ですよね、分かってたよ!!」

 

そんなことを話しているうちにも、竹林くんとおかーさん、寺坂くん、村松くん、綺羅々ちゃん、吉田くんが捕まったことが知らされる……烏間先生、本気出しすぎてちょっと怖い。このままだと、30分も経たずに全滅もありえちゃうよ……

その時岡島くんがこっちを見て、私たちが助けに来ていることに気づいてくれた。多分岡島くんが気づいたってことは殺せんせーも気づいてる。だけど殺せんせーは私たちがここにいたとしても牢屋から出ない=捕まえには来ないから、とりあえず殺せんせーに見逃してもらえればなんとかなれば助けられるよなってことになり、杉野くんがジェスチャーでそれを伝えようと頑張っている……と。

 

「……?岡島くん、殺せんせーに何か渡した……?」

 

「あー……なんか僕、分かった気がする……分かりたくなかったけど」

 

「それね。女性陣はここで待機。助けには男が行くよ」

 

「おうよ!」

 

岡島くんが立ち上がって助けに来いって思いっきり手を振っているのを見て、カルマと渚くん、杉野くんが飛び出していった。牢屋のすぐ側まで3人が近づいているのに殺せんせーは振り向きもしない……何か、取引のようなものでもしたんだろうか……?とりあえず、まだ牢屋に到着していない寺坂くんたち以外の6人の脱走に成功した。

 

「おかえりなさい!」

 

「みなさん、無事でよかったです……!」

 

「信じてたよ、カッコよかった」

 

「か、神崎さんに信じてもらえてた……!俺頑張ってよかった!」

 

「たかが1回脱走に手を貸しただけで感動しないでよ……」

 

再び集合して裏山に潜ったところで、スマホが震える……律ちゃんが岡島くんからの連絡を繋いでくれた。

 

『泥棒チームに連絡!律に頼んで烏間先生が近くにいないメンバーにだけ繋いでるからそのつもりで聞いてくれ!この5分後、俺が捕まってなければ俺が、捕まってたら千葉から同じ内容で連絡する!』

 

走りながらなのか、少し息が乱れた連絡で、ちょっとした逃げ方についての説明がされた……それは、殺せんせーがこっそり吹き込んだ……捕まったからこそ得られた逃走のコツについてだった。

このケイドロはただの鬼ごっこじゃない、()()()()()()()()()()()()()鬼ごっこだということを思い出せば、簡単なことだった。烏間先生は私たちが逃げた痕跡をおって追いかけてきている……ならば、その痕跡を残さなければいい、隠せばいい。地面を走らなくてはならないというルールはない……ならば、基礎的な枝移動やロングジャンプで地面に足をつけなければいい。

たとえ捕まったとしても、桃花ちゃんのように習った交渉術を使って逃げ出したり殺せんせーの隙をついて泥棒同士で助け合ったり……そして、また得た情報や烏間先生の位置、気づいたことをスマホを通して交換していく。いつの間にか私たちは今までにやったことのない、散らばっている仲間と連絡を取り合って協力し合う、ということが普通にできるようになっていた。

 

「はぁ、はぁ……あと何分で殺せんせーは動き出す……?」

 

「10分……いや、5、6分ってとこじゃないかな」

 

「烏間先生を何とかかわしきっても、殺せんせーなら1分で裏山全部を回って残りを捕まえるのも可能だよね……なんとか逃げ切る方法は……」

 

プール近くの茂みに身を潜めながら四方を見張って烏間先生の追跡を逃れながら、1番の勝負どころであるラスト1分の作戦を立てていくみんな。泥棒はだいぶ捕まりにくくなってきた……だからこそ、殺せんせーから1人でも逃げ切れば私たちの勝ちだ。

その時、じっとプールを見つめていたカルマがスマホに呼びかけた……作戦を思いついたから、磯貝くんと話を詰めたい、でも一応泥棒チームは全員話を聞いていてほしい、と。

 

『──カルマ、いいぞ。どうした?』

 

「E組で特に機動力のあるやつ、磯貝からみて誰がいる?あ、男女含めて5、6人ね」

 

『機動力か……前原、木村、カルマ、片岡、岡野、真尾……このあたりじゃないか?』

 

「……今、俺等4班、プールにいるんだよね……ここから遠いメンバーで烏間先生を出来るだけ引き離せる?」

 

『!なるほど、そういうことか……今呼んだメンバーで誰が行ける?』

 

『──前原だ、今山葡萄の茂み近くにいる。行けるぞ!』

 

『──その辺りなら南にある崖の岩場付近で待ち構えたらどう?そこならすぐに片岡行けます!あ、岡野さんも行けるって!』

 

『──じゃあ俺もそっち行く!……あー、烏間先生相手か……怖っ』

 

「よし……それじゃあ俺等4班はタコ相手ってわけだ……全員頼んだよ」

 

「あ、あの!私もひとつ思いついたことがあるの!」

 

『その声は真尾か?いいぞ、言ってみてくれ!』

 

「あのね……」

 

プールで殺せんせーを待ち構える、機動力のあるメンバーで烏間先生をここから離す、これだけの情報で大体の作戦は察した。多分作戦を立てる上で磯貝くんを指名したのは、クラス委員で全体の能力をよく把握していると判断したからなんだろう。サクサクとそれぞれの役割を決めていき、烏間先生に追いかけられている泥棒メンバーから今の居場所を割り出していく。

そして、待ち構える4人の方へと烏間先生を誘導するために本気で逃げるが捕まる可能性の高い囮役の生徒を作る、ということを聞いて1つ、やってみたいことができた。それを1つの作戦として提示してみると、磯貝くんも4班で話を聞いていたみんなも全員が吹き出した……まさか、そんなことを私が言い出すと思わなかったって。

 

 

++++++++++++++++

 

 

烏間side

タコが簡単に生徒の脱走を見逃した件について叱責した後、どうしたことか生徒達の気配を追うことが困難になった……足跡、枝、草木の乱れ……それらの痕跡がほとんど見えなくなったのだ。あいつは生徒達が牢屋にいるうちに、逃走のコツを吹き込んだというわけか……生徒達も短時間でよくここまで学習した。そして生徒達にはあえて連絡手段を持つようにとだけ伝えていたが、裏の意図もしっかり気付いていたようだ……すなわち、協力・連携のための連絡手段として使え、というものに。

このままでは、俺1人で全員を捕まえることは不可能だろう……そもそも奴1人でも、1分あれば全員捕らえてしまうだろうがな。そんなことを考えていると、俺の前には4人の生徒が待ち構えていた……E組の中でも特に機動力に優れたメンバーで固められている。俺に挑戦しようというわけか、面白い。

 

「左前方の崖は危険だから立ち入るな……そこ以外で勝負だ」

 

「「「はい!」」」

 

4人ともまだまだ荒削りだが、かなりいい動きをしている……1学期から積み上げた基礎をしっかりモノにしているな。本気の俺から逃げるにはまだ足りないが、これからのスキルアップに期待できるな。4人ともを捕まえたあと、スマホを確認する……残り、約1分30秒。

 

「もうすぐラスト1分だ……やつが動けばこのケイドロ、君等の負けだな」

 

「へへ……俺等の勝ちっスよ、烏間先生」

 

「何……?」

 

一体、何を言い出す?奴なら1分あれば裏山全体を飛び回り、残りを捕まえることも容易いだろう。それにこの4人を相手にする前にも何人か牢屋送りにし、運良く逃げられそうな機動力のあるメンバーをも今ここで俺が潰した……いったい何を企んでいる?

 

「烏間先生、殺せんせーの上に乗って一緒に空飛んだりしないでしょ?」

 

「……当たり前だ、そんな暇があれば刺している」

 

なんだ、俺は何を見落としている……?

 

「じゃあ、ここから1分で()()()()()()戻れませんよね?」

 

「……!しまった……!!」

 

 

++++++++++++++++

 

 

カルマside

 

────ごぼっ……

 

水中にナイフを突き立て、体勢を整える。水面に黄色い影が映りこんだ瞬間、俺等は笑う。人間である烏間先生が相手ではこの作戦は意味をなさない、が、殺せんせーは水が弱点だ……だから、殺せんせーの手が及ばない水中で残りの1分を耐えてしまえばいい。ネックである烏間先生は、前原たちがおびき寄せてくれるはず……陸地に残った茅野ちゃんたちが成功したって合図をくれたから、あとは俺等が耐えきれば勝ちだ!

 

『……5、4、3、2、1、タイムアーップ!!全員逮捕ならず!よって、泥棒側の勝ち!……泥棒側、警察側だけでのリンクでしたが、全体のスマホを送受信に変更しますね!』

 

「「「ぷはっ!!」」」

 

「あー……1分って結構しんどい……」

 

「俺、よく息続いたなってものすごく思うわ……」

 

「お疲れ様、渚、カルマ君、杉野君」

 

「泥棒側の勝利は3人のおかげだね」

 

「ここにはないですけど、校舎に戻ったらタオルの用意しますね」

 

「くっ、先生の弱点をここで使うとは……してやられました」

 

「なーにいってんの。水着写真の煩悩にもやられてたくせに」

 

「にゅやっ!?そ、それは烏間先生には秘密にしといてください!!」

 

「……殺せんせー、スマホ、今送受信……」

 

『ほほう……お前、モノで釣られたな!?』

 

「ひぃぃぃっ!?」

 

E組のみんなの疲れてはいるけど楽しそうな笑い声が響く……先生たちも、俺等の勝ちを喜んでいるのが伝わってきた。殺せんせーの自爆によって職務怠慢が烏間先生に対して明らかにされたところで、俺等が代表してもう1つの仕掛けをネタばらしすることにする。俺等が考え実行し、教師2人を出し抜いて、泥棒側が勝利した方法だけではない、あることを。

 

「それに……俺等の仕掛けはこれだけじゃないよ?」

 

「にゅや……?」

 

「律、結果よろしく」

 

『はいっ……泥棒側、最終逮捕者は()()でした!お疲れ様です!』

 

「にゅ……7名……!?」

 

『……馬鹿な、俺はおびき寄せられた4人の生徒を捕まえるまでに、10名近く捕まえて牢屋送りにしたはずだぞ!?ということは逮捕者は少なくても15名はいるはず……』

 

「あははっ!殺せんせー、俺等4班を見てもまだわかんない?」

 

「4班ですか……カルマ君、渚君、杉野君、茅野さん、奥田さん、神崎さん……アミサさんがいないっ!?」

 

『……まさかっ!?』

 

そう、4班はプールに集合していて水の中に潜っていたのは俺、渚君、杉野の3人。陸地で待機して作戦の成功などを俺等に教えてくれていたのが茅野ちゃん、奥田さん、神崎さん。4班は、あと1人……アミーシャも一員だけどここにはいない、つまり。

 

「烏間先生はまず圏外、殺せんせーは俺等が水中にいることに動揺して他の事を考えられなかっただろうし」

 

『えへへ……その間に、私が捕まった人たちを解放しちゃいました』

 

スマホからアミーシャの声と解放された泥棒チームの声が聞こえる。アミーシャが、「鬼ごっこに勝つだけじゃなくて、もう1つくらい先生を驚かせたい」とこの作戦……気配を断つことに長けている彼女を牢屋スペースへやり、先生2人が別のことで手一杯になっているあいだに捕まった人を解放する、と言い出したのには、思わず笑った。だってこのケイドロは泥棒側が1人でも逃げ切ればそれでいいのに、囮役4人と殺せんせーを油断させる役3人以外を助けるっていう、やる必要のないことで驚かせたいなんて……やっぱり彼女はどこかズレているのだから。

殺せんせーは狙い通り、水中の俺等をどうにかすることで頭がいっぱいになってたし、そもそも烏間先生は牢屋にすら戻れない位置までおびき出されていた。見事、2つのことで怪物先生2人を出し抜いたってわけだ。ケイドロは俺等生徒の勝ち、ご褒美でケーキっいう甘いものにもありつけたし、気分よく終わることが出来た。

 

 

 

まさか俺等の知らないうちに、椚ヶ丘市内では、ある問題が噂されていたことなんて、知りもせず。

 

 

 

 

 

 




「ところでカルマ君よ」
「何、中村サン」
「あんた達が手錠で繋がれた写真、いる?」
「いる」
「即答!?」
「え、莉桜ちゃんいつ撮ったの……!?」
「いやー、メモリアル的に残さなくちゃいけないかなーって、本能?」
「えぇぇ……」



「ほら、どのケーキにするの?」
「フルーツいっぱいのやつがいい……けど、それも何種類かあって……」
「……じゃあ俺こっちでアミーシャそっちね。俺の分、少し分けてあげる」
「あ、なら僕もこれ選ぶから分けようよ……久々に3人でさ」
「!……へへ、うんっ」
「あの3人、『わけっこ』っていう行為に慣れてんな……」
「俺も弟妹とよくやるぞ?……よし、俺も仲間に入ってこよっかな……おーい」
「磯貝はあの輪に入っても警戒されない、さすがはうちのイケメン代表……」
「ずりーぞイケメン」
「貧乏なくせに」
「どういう意味だ、聞こえてるぞ、特に最後」


++++++++++++++++++++


ケイドロ、アニメでは水中シーンなかったのが残念でした。と、いうことで、この小説ではバッチリ入れてあります。あの作戦の考案者は誰だったんでしょうか……今回は、カルマはこの時点では、まだ司令塔としての爪を出していないので、磯貝くんと一緒に考えた体で作っています。この頃から律ちゃんを通した連携プレーは出来てたんじゃないかな、という作者の期待と妄想があります。

では、また次回……久しぶりの彼が登場!




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泥棒の時間

────ガタン

 

「……?」

 

夜ご飯を食べてお風呂にも入ったし、明日の準備もすべて完了、もうそろそろ寝ようか……というそんな時間。窓の外で何か音がした、気がした。私の家にはベランダとかはないし、何も外に出してないからこんな時間に音が出るようなものだってないはず。……もしかして、不審者……?

一応、エニグマを手に持ち、家に置いてある武器になるものを近くに備えてから、音の聞こえた方向の窓にかかるカーテンをそっとめくる。

 

「…………何も、いない……?」

 

窓の外はただ、暗がりが月明かりに照らされているだけで、何も見えなかった。念の為、窓も開けて確認してみたけど何も見つからない……外はいつもと変わらず浮かぶ三日月と、静かな住宅街の景色だけ……気の所為、だったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー!」

「おはよう」

「はよーっス!」

「3人とも元気だねー……ふぁあ……」

「ふぁ……う、カルマのあくびうつった……おはよ、ござい」

 

 

「アミサ!あんたFカップだったよねッ!?」

 

 

「み゛ゃっ!?」

「「「んぐ……っ!?」」」

「中村さんっ!?」

 

……おはよございます。朝一番、登校して教室に入った瞬間莉桜ちゃんに飛びつかれ、結構な声の大きさで胸のサイズを暴露されましたアミサです。変な声が出た上に、いつも通り一緒に登校してきていたカルマと渚くんと杉野くんは一斉に顔を背けて吹き出してむせてるし、カエデちゃんには前から抱きしめら、れ……カエデちゃん、胸の大きい人(サイズに関しては私にも)敵意もってなかったっけ、……いいの?

恥ずかしさから一気に顔へ集まった熱をそのままに、いきなり何を言い出すの、からかおうとしてるの、なんてことを言おうと思って莉桜ちゃんの方を見てみると、全然そんなことなくて……すごく、真剣な顔をしていたから、向けようと思っていた少し怒った感情は引っ込んでしまった。同じようにその様子を疑問に思ったんだろうカエデちゃん共々、莉桜ちゃんに引っ張られる形で、先に登校していたみんなが集まっている場所に連れてこられて……見せられたのは、雑誌や新聞……どれも同じものを特集していた。

 

【椚ヶ丘市で下着泥棒多発!狙われるのはFカップ以上のみ】

【犯人は黄色い頭の大男】

【『ヌルフフフ』と笑い、現場には謎の粘液を残す】

 

「これ……」

 

私は新聞を取ってないし、雑誌も買ったことがないから、こんなことが起きてたなんて全然知らなかった……莉桜ちゃんがいきなりあんなことを言ってきた理由がやっとわかった。カエデちゃんが抱きついたまま私の背中側に回り、私が広げる新聞を2人で読み進める……カルマたちも落ち着いたのか、若干顔が赤いままだけど他にも教卓に出してあった雑誌などに目を通していた。掲載されている地図を見る限り、どこかに集中してるってこともなく、あちこちで被害があるみたいだ。

 

「皆の前で叫んだのは悪かったわ、ごめん。……でも、うちのクラスで私がサイズ知ってて該当するのってアミサだけだから、いてもたってもいられなかったんよ……」

 

「騒ぐくらいはするかな、とは思ってたけど、まさかコレ見た瞬間、中村が教室飛び出そうとするとまでは予想できなかった。……あー……不可抗力共々、スマン」

 

「てか、中村はなんで知ってんだよ」

 

「沖縄旅行の水着選びで私が付き添ってたんだから当然でしょ!」

 

「「「あー……」」」

 

「そういえば、あの時は2人で測りに行ってたね」

 

「それはともかく……アミサ、被害はない?」

 

「う、うん……外には干してないから……、…………被害は、ないよ」

 

メグちゃんに確認されて頷いて肯定したけど……一瞬昨日の夜のことが頭をよぎった。……アレはまさか、その下着泥棒だった……?でも何もなかったし、何も盗られてないし、何も見つからなかったし……きっと関係ないことだと思うから、気にしなくていいはず……

 

「そっか、じゃあ……」

「片岡さん、少し待って。……アミーシャ、()()はあったんでしょ」

 

「「「!!」」」

 

「そ、そうなの?」

 

「…………」

 

「やっぱりね……言って。下着泥棒じゃなくても、気になることはあったんでしょ?……身の危険があるかもしれないから」

 

「…………」

 

「ほら、」

 

「……、……昨日、窓の外で物音がした気がして……でも、私の家にベランダないし、窓の近くになにか置いた覚えもなくて……開けて確認したけど、何にも見つからなかったの」

 

メグちゃんは気づかずに流そうとしてたのに、ホントになんで分かるんだろう……きっと関係ないから言うつもりはない、っていうのを態度で示したのに、そんなまっすぐ「心配してます」っていう目で見られたら答えるしかない。

ポツリポツリと昨日の夜の出来事を話すと、聞いていたクラスのみんなも考えてくれていて……うぅ、実害あったわけでも怖かったわけでもないから、そんな大事にもならないと思うのに。でも、もしあの時、ホントに何かがいたのだとしたら、猫とか動物の類ではないと思う。閉じた窓の外の音を聞き取れたんだから、それより大きいもの……あれ、よくよく考えたらもしかして結構大事だった……?

 

「……一応聞いとくけど、開けたのって()()()()()()だよね?」

 

「…ぅ……、………窓も、開けた……イタいっ!」

 

沖縄旅行ぶりにデコピン貰いました。カルマがものすごくいい笑顔で質問してきたから、これはホントのこと言ったら多分怒られるだろうと思って言わなかったのに……カエデちゃんが抱きつく力を強くしてきて、質問からもデコピンからも逃げる暇がなかった。

痛むおでこを押さえながらちょこっとだけ睨んでみたけど、サッと2発目の構えをされたので慌てて目をそらすことになった……あれ痛いもん、もう1回なんて受ける必要が無いんだったら避けるよ。

 

「うー……おでこイタい〜……」

 

「よしよし、でも今のはアミサちゃんが悪いわね」

 

「そうよこのおバカ!女の子の一人暮らしで何があるか分からないんだから、軽率にそんなことしたらダメ!何のためのスマホとモバイル律がいるのよ!」

 

「だ、だって、夜中だったし……律ちゃん起こすのも、」

 

「夜中だ・か・らでしょうが!!」

 

「ま、まあ2人とも、その辺にしとこ?」

 

「……ていうかさ、真尾のことで流れかけてたけど……この犯人って……」

 

「……やっぱり、そう思う?」

 

「だよなぁ……?」

 

おかーさんには頭撫でられつつやんわり怒られ、メグちゃんや莉桜ちゃんにはガクガクと揺さぶられながら怒られ、やっぱりもう一発いっとく?とばかりに指を構えるカルマから逃げようとカエデちゃんに捕まったまま私はもがき、怖くて泣きそうになっていた……泣いてないですよ、断じて。……でも、私が悪いんだろうな、とは思ってます。

とりあえず私には下着泥棒の被害はないということで、周りの雰囲気は新聞や雑誌に載っている事件についての話題へと戻っていた。特に、被害にあった女性が語る犯人像について……これが、私たちには心当たりがありすぎた。

 

「ふんふんふ〜ん……今日も生徒達は親しみの目で私を見つめ汚物を見る目!!??

 

タイミング良く……悪く?殺せんせーが教室に入ってきた。その瞬間、私は桃花ちゃんと一緒に教室の出入口……もとい殺せんせーから1番遠くへと連れていかれ、正面にはクラスメイトによって築かれた壁ができる。

 

「これ、完全に殺せんせーよね」

 

「正直ガッカリだよ」

 

「こんな事してたなんて……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?先生全く身に覚えがありません!!」

 

「じゃ、アリバイは?この事件が起きた当日深夜、先生、どこで何してた?」

 

「何って……高度1万m~3万mの間を上がったり下がったりしながらシャカシャカポテトを振ってましたが」

 

「「「誰が証明できんだそれ!!」」」

 

「待てよみんな!決めつけてかかるなんてひどいだろ!」

 

すぐさま近くにいる生徒が雑誌や新聞を突きつけて、殺せんせーに尋問する……先生には身に覚えがないって言ってるし、私自身そんなことをしていたなんて信じられないけど、ここまではっきりした目撃証言があると、庇いようがない。それに吉田くんや綺羅々ちゃんが言うように、殺せんせーにとってのアリバイはあってないようなものだ。だってそれがあるから同時に私たち全員を相手に、一人一人違うテスト勉強、なんてことができるんだもん。

磯貝くんも、なんとか庇おうとしているのだけど……

 

「確かに殺せんせーは小さい煩悩満載だ。だけど今までにやった事といったらせいぜい、エロ本拾い読みしたり!水着生写真で買収されたり、休み時間狂ったようにグラビアに見入ってたり……『手ブラじゃ生ぬるい、私に触手ブラをさせて』と要望ハガキ出してたり…………先生、自首してください……っ」

 

「磯貝君まで!?」

 

日頃の行いの積み重ねで、殺せんせーならやるんじゃないか……っていう疑いに戻ってきてしまい、庇えなくなっていた。

味方しようとした生徒まで疑いをかける様子から、殺せんせーは自分で身の潔白を証明しようと、教員室の自分の机にコレクションしているグラビア雑誌というものを全て生徒の目の前で捨てる、と言い出した。教員室の机の中に、そのよくわからない本を集めている時点でありえない気もするけどね……と誰かが言っていたけど、殺せんせーは教員室へ着くなり言葉通り何やら女の人が写った写真集らしき本を、机の中からバサバサと取り出していく。

……が。

 

「!?」

 

「マジか……」

 

「ちょっとみんな見て!クラスの出席簿……!」

 

出てきたのは本だけじゃなくて、大きいサイズのブラジャーが。それも1つや2つじゃない。殺せんせーのもの……なわけがないから、盗まれたものなんだと思う。

目に見えて現れてしまった証拠品に、みんなが引いた目をして固まっていると、教室の方からひなたちゃんが出席簿を抱えて走ってきた。

 

「女子の名前の横にアルファベット……これ、みんなのカップ数調べて書いてあるのよ!」

 

「うわ、なんで……!」

 

「私だけ永遠の0って何よコレ!!」

 

「名簿以外にも何か挟まってんぞ……おい!コレ、椚ヶ丘Fカップオーバーの女性リストって……!」

 

先生が教室へ入ってきた時から大事そうに抱えていた出席簿……女子の名前の隣に大きく記された胸のサイズ、そして1人だけ違う書き方で貶され、怒ったカエデちゃんが取り落とした出席簿を調べていた前原くんが見つけた、Fカップ以上の女性情報……ひなたちゃんが前原くんから受け取って調べてくれたところ、私の家の住所も生徒名簿にもあるだろうにわざわざ抜き出して記録してあったらしい。

極めつけに、殺せんせーが放課後にみんなを誘ってやろうとしていたらしいバーベキューを今からやる!と言い出し、蓋を開けたクーラーボックスから取り出したのは、肉や野菜の代わりに串刺しにされた女性物の下着の数々……

 

「ヤベぇ……」

 

「信じらんない……」

 

「不潔……」

 

「アミサ、こっち。近づいちゃダメよ」

 

突如湧いた、殺せんせード変態疑惑……場所が教員室だったこともあり、生徒だけでなく烏間先生やイリーナ先生からも厳しい視線を向けられた。あまりにもボロボロと出てくる物的証拠の数々に、少しの疑念はあったものの……殺せんせーを庇おうとする人はもう、誰もいなかった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「きょ、今日の授業は……ここまで……また、明日……」

 

一日中、ずっと生徒から疑いと不快感溢れる視線に晒され続けた殺せんせーは、最後の授業を終える頃には完全に憔悴しきった顔で、とぼとぼと教室を出ていった。いつもならもう帰り始める生徒、教室を出る殺せんせーに話しかけに行ったり放課後の訓練、補修のために教員室へ向かおうとしたりする生徒などがいてざわついている時間なのに、今日はお通夜のように静かすぎる。その空気を破ったのは、私の隣の席から響いた笑い声だった。

 

「……ははっ、今日一日、針のムシロだったねぇ〜、居づらくなって逃げ出すんじゃね?」

 

「でも殺せんせー、本当に犯ったのかな……こんな、シャレにならない犯罪を」

 

「地球爆破に比べたら可愛いもんでしょ。でもさ、仮に俺がマッハ20の下着ドロなら、こんなにもボロボロ証拠残すヘマしないけどね。それに……渚君、パース」

 

「?……うわぁ……」

 

「こんなボロボロ証拠を残したりしたら、俺等の中で先生として死ぬこと位分かってんだろ。あの教師バカな怪物にしたら、E組(おれら)の信用を失う事をするなんて……暗殺されるのと同じ位避けたい事だと思うけど?」

 

「……私、朝からずっと不思議だったの……磯貝くんが言ってた通り、殺せんせーは小さいことは今までもいっぱいやってた。でも、それ全部、隠してなかったよね……?いきなり、今になってこんな……私たちがハッキリと嫌がるような形で出てくるものなのかな……?」

 

カルマが見つけてきた、体育倉庫に転がっていたらしいバスケットボール……そこにはブラジャーが付けられていた。私も、いくらなんでも、おかしいと思う……殺せんせーがグラビア雑誌を読んでいたり、女の人に反応していたのは4月に出会ってから変わらない姿だ……岡島くんなんて、それを利用して暗殺しようとしていたって聞いたし。

私とカルマが暗殺を仕掛けた時、先生として死ぬよう仕向けても……何があっても生徒を守ろうとする姿勢も……『先生ですから』って、先生であることを誇りに思っていた殺せんせー。そんな先生が、誇りを投げ捨ててまでこんな不自然なことをやるだろうか。

 

「じゃあ、一体誰が……」

 

「偽よ……ヒーローもののお約束、偽物悪役の仕業だわッ!体色、笑い方……犯人は殺せんせーの情報を熟知している何者か……律、協力してちょうだい」

 

『はいっ!』

 

優月ちゃんが、誰もが『殺せんせーがやった』と見ざるをえない状況で犯人は別にいる、と言いきった。彼女の洞察力と観察力はホントにすごい……マンガ的展開っていうのはよく分からないけど、こう、どんでん返しみたいにグワーッとくるものらしい。

 

「その線だろうね……何の目的かは知らないけど、いずれにせよ、こんな噂が広まって賞金首がこの街に居れなくなったら元も子もない……俺等で真犯人ボコって、タコに貸し作ろーじゃん?」

 

「「「おう!」」」

 

こうして、言い出しっぺのカルマと優月ちゃん、個人的に真犯人へ文句の1つでも言わなくちゃ気が済まないというカエデちゃん、殺せんせーを信じたいからこそついていくことを決めた渚くんと私、そして、巻き込まれる前に帰ろうとしていたけど、カルマに襟首を掴まれ、壁役として強制参加になった寺坂くんとともに、真犯人探しをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──深夜。

私たちはある建物の外壁近くに集合していた。ここは某芸能事務所の合宿施設であり、この2週間は巨乳ばかり集めたアイドルグループが新曲のダンスを練習しているという情報を律ちゃんが得たんだとか。……私、アイドルあんまり興味が無いから知らないけど、そういう集め方をするものなのかな。

 

「先に見てくる……15秒後、律ちゃんを通して連絡するから」

 

「……真尾、先に言っとくぞ」

 

「1人で動かないこと」

 

「先走らない……調べたら終わりね」

 

「15秒できっちり連絡すること」

 

「あ、あと余計なこともしないも追加で」

 

「う……、わかった……」

 

クラフトで姿を視認できなくすることができる私は、先発として安全かどうか状況を調べると飛び出そうとした……んだけど、この潜入メンバーは沖縄のホテル潜入メンバーでもある。ホテルのロビーを突破した時に烏間先生へ事前に伝えていたこと以外の調査を、私が自己判断で勝手にしたことを知ってるから……先に私がやりそうなこと全部に釘を刺された。いらない部分に信用がついてしまったことがちょっと悲しい。

 

《──月に踊る蝶たちよ──》

 

あの時と同じように、体内の気を操り、大きな動きで引き付け小さな動きで気配を絶つ……その後、瞬きのうちに、建物の塀へと飛び上がって敷地内へと侵入した。着地した場所からざっと周りを確認して、6人全員が姿を隠して中の様子を伺える場所に検討をつける。それにしても……静かだ、アイドルグループがいるのだとしても、こんなに人の気配がしないものなんだろうか。

 

『──どう?』

 

「侵入地点から大体10歩左手側に、大きめの車がある……塀との幅は1mはあるから、十分隠れたまま降りられるよ」

 

『了解』

 

時間通りの報告をしたあと、5つの黒い影が壁を飛び越えて私の隠れる車の近くに降り立った。無事、侵入完了だ。

 

「へへっ、体も頭脳もそこそこ大人な名探偵参上!」

 

「やってることは、フリーランニング使った住居侵入だけどね……」

 

「……あ、あれ!殺せんせーじゃない?」

 

私たちの隠れる場所は建物の裏手側……そこにはシーツで周囲を囲った中に女性物の下着がたくさん干してあった。犯人がこの獲物を狙うとしたら、合宿最終日である今夜が最後のチャンス……だからきっと、真犯人はここに来る。そう思って見張っていたら、私たちとは違う場所……茂みの奥に、見慣れた姿を見つけた。

黒装束に黒い布を被り黒いサングラスをかけた……まるで、いかにも盗みに入りますと宣言しているかのような格好をした殺せんせーだ。先生も次はここが狙われるって同じことを考えていたんだ……見た目が、ものすごく悪いけど。干してある下着をガン見している際で、真犯人にしか見えないけど。

 

────………

 

「っ!!」

 

「どうかし……!ねぇ、あっち……」

 

「黄色い頭の大男……!」

 

……今が夜だからか、この場が静かすぎるからか、微かな物音だけど確かに何かが聞こえ、急に気配が増えた。場所まで特定できなくて少しだけ体を乗り出して周りを伺っていると、1歩下がった位置にいた私がいきなり周りを気にしだしたことに気づいたのか、楽しそうに泥棒のような殺せんせーを無音カメラで撮っていたカルマが、同じように辺りを見回す。

先に見つけたのは彼の方だった。私たちの注意を促し、指を向ける方を見てみれば……ご丁寧に殺せんせーを真似た目・口が描かれた黄色いヘルメットを被り、全身真っ黒なピッタリとした服を着た人物が現れたところだった。その人物は暗殺訓練を受けてきたE組の生徒たちと同等……ううん、それ以上の身のこなしで物干し竿へと近づき、手を伸ばす。このままだと盗られちゃう……!私たちが隠れていたところから飛び出そうとした、その時。

 

「捕まえたーーーっ!!」

 

殺せんせーが先に飛び出して、黄色い頭の人物の上にのしかかった。ヘルメットを抑えてじたばたと暴れるその人物の上で、殺せんせーがお得意の手入れをしようと躍起になってる姿は下着泥棒を捕まえたはずなのに悪いことをしている人のようで、私たちは呆れて車の後ろからゆっくりと出る。殺せんせーが直々に捕まえたもん、私たちの出る幕は多分ないから……あとは、真犯人を見届けるだけ。

 

「さぁ、顔を見せなさい、偽者めーーっ!…………え」

 

ついに先生へ軍配が上がり、真犯人のヘルメットが投げ捨てられる。月明かりに照らされたその素顔は……私たちも見たことのある顔だった。

 

「あの人……烏間先生の部下の人……」

 

「なんで、あなたがこんな……」

 

その時だった。

下着を干すにあたっての目隠しだったと思われるシーツが()()し、殺せんせーと部下の人の周りを囲む。さながらシーツで作られた檻のよう……いきなりのことで、殺せんせーも私たちも驚愕でその場から動くこともできず、ただ、見ていることしかできなかった。

 

「国にかけあって烏間先生の部下をお借りしてね……この対先生シーツの檻の中まで誘ってもらった。君の生徒が南の島でやった方法だ……当てるよりまずは囲むべし」

 

突如、私たち以外の声が響く……それは、聞いたことのあるもので、だけどあまりいい印象を抱けないもの……さっき私が感じた()()()()()()()、そのうちの1つが彼のもの。そして、彼がいるということは必然的にもう1人もどこかにいるということ。

忘れもしない、

 

「さぁ、殺せんせー……最後のデスマッチを始めようか」

 

「……殺せんせー……お前は俺より……」

 

2度の襲撃でどちらもE組の生徒を巻き込み、クラスメイトたちの命を奪いかけ、私自身も生死の境をさ迷いかける原因となった、危険な暗殺を仕掛けたために暗殺から遠ざけられた、保護者役のシロさんと、

 

「────弱い」

 

イトナくんだ。

 

 

 

 

 

 

 





今回は、フリートークはなしです。
次回は、この続きとなります!


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限界の時間

下着泥棒の真犯人を追い詰めたかと思いきや、弱点となりうる対先生物質でできたシーツに囲まれた場所へと逆に誘い込まれてしまった殺せんせー……環境の劇的な変化、これは先生にとって苦手な要素だ。そこにイトナくんが囲いの上から攻撃を仕掛ける。

シロさんはこの状況を作り上げるために、殺せんせーに擬態して椚ヶ丘市内での下着泥棒を繰り返し、先生も私たちも誰もが知らないうちに、殺せんせーの周りへ盗んだ下着や名簿などを仕込んだのだという。今回の下着泥棒役が烏間先生の部下さんだったのは、イトナくんが攻撃を仕掛けるためにも『黄色い頭の大男』という代役が必要だったから……部下さん自身もやりたくはなかったけど烏間先生より上の立場の人からの命令となればやらざるを得なかったらしい。

 

「生徒からの信頼を失いかければあの怪物は慌てて動く……多少不自然でも飛び込んできてしまうあたり、間抜けだねぇ」

 

「汚ぇ……俺等の標的(エモノ)だぞ」

 

「……いっつもいやらしいとこから手ぇ回して……!!」

 

「それが大人ってものさ」

 

やっぱり、殺せんせーは『先生』だ。確かに不自然なところに飛び込んでしまうのは軽率だと思うけど、それは早く解決して元通りの日常にしたいからこそ……カルマが、私が、E組のみんなが信じる通りの教師である誇りをもった先生だからこそ、できること。だから、怪しいとは思っても誘いに乗ってしまった。

シロさんは対先生シーツに囲まれた戦いの場が私たちからは見えないだろうからって、戦術を事細やかに説明してくれた。触れるだけで触手の溶ける檻で囲み、威力がありスピードにも優れたイトナくんの触手を活かすために対先生物質で作られたグローブを装着し、常に上から必ず殺せんせーを視認できる位置で攻撃をする……どれもこれも確実に暗殺を成功させるために立てられた策なんだろう。

 

「……せんせー、イトナくん……」

 

「……っ」

 

「くっそ……」

 

生身の、武装も何もない私たちがあの空間に入ることはできないし、まず殺せんせーが許しはしないだろう……今すぐにでも飛び出していきたいのに、暗殺に参加せず見ていることしかできない、……させて、もらえない。

イトナくんが殺せんせーを捕らえ、シーツの外へ持ち上げたかと思えば思い切り地面へ叩きつける。そこへかける追撃には、トドメとばかりに今まで以上の力が込められているかのようで……

 

「……俺の勝ちだ、兄さん。────っ!?」

 

その懇親の一撃を叩きつけた瞬間、猛攻を仕掛けていたイトナくんの動きが、()()()()。……ううん、この表現ではおかしいのかもしれない……触手での攻撃の手は止まっていないけど、イトナくんの攻撃が戸惑いか何かを含んだもののように、本気の殺気を伴わなくなったのだ。

2人の間でどんな会話が交わされていたのかはわからない……ただ、イトナくんの動きが完全に止まった、時だった。いきなり殺せんせーのいるシーツの檻が光に包まれる……その光はなにかエネルギーを発しているのか、私たちのいるところまで空気がビリビリとして揺れているかのようで……そのままイトナくんを巻き込んで爆発した。吹き飛ばされたイトナくんの身体を殺せんせーがそっと受け止める……殺せんせーの勝ち、だ。

 

「シロさん、彼をE組に預けて去りなさい。あと……、私が下着ドロじゃないという正しい情報を広めてくださいっ!!」

 

「わ、私の胸もっ!正しくはB!Bだからっ!!」

 

「茅野……」

 

「茅野さん……」

 

なんだろう……死闘、であってるのかな、たった今激しい戦闘を繰り広げたあとだというのに、この緊張感のなさ……流れではあったけど、カエデちゃんも言いたかったことは言えたみたいでそれはよかった。

大人2人は、特にシロさんが何を考えているのかが全然わからない……だからこそ出るに出られなくて、無言の睨み合いが続いていた時だった。

 

「がぁ……っ!!痛い、頭が……!脳みそが、裂ける……っ!!」

 

「イトナ君!」

 

「度重なる敗北のショックで触手が精神を蝕み始めたか……ここいらがこの子の限界かな。次の素体を運用するためにも、どこかで見切りをつけないとね」

 

「な、何を言って……」

 

「……っ、もう、ガマンできない……!」

 

「あ、アミサちゃん!」

 

突然、イトナくんが触手の生えた頭を押さえて苦しみ出し、殺せんせーの腕の中から落ちてうずくまった。そんな姿を見てもシロさんは助けるわけでもなく心配そうにするでもなく……ただ冷静に、淡々と、無情に、事実を述べていくだけ。彼はとても簡単にイトナくんを切り捨てた。

その間にもイトナくんはずっと苦しそうで……殺せんせーも暴れる触手に遮られて思うように手を貸せないであたふたとしている。もう、見ているだけなんて無理だった。私はカエデちゃんの静止を振り切ってイトナくんの方へと駆け寄りながらエニグマを駆動する……普通なら立ち止まって詠唱に集中するのが威力・詠唱短縮に適しているけど、今は仕方ない。暴れる彼の触手を避けながら、詠唱完了した回復アーツを放つ。

 

「……、……っと……«ティアラ»(水属性回復魔法)!」

 

「が、……ぁ、あァ……───……」

 

「……っ!……ぇ……なんて……、わわっ」

 

アーツのおかげなのか、他の理由なのか、触手の動きが少しだけ落ち着いたイトナくんの近くに跪くことができた。多分、このまま何もしなければまた発作のような苦しみが襲ってくることが、シロさんの言葉の端々からなんとなく分かる。ふと、イトナくんと目が合った……その目には先程までの獰猛な殺意は見えなくて、ただ何かを迷い、苦しんでいる色だけが浮かんでいて、目が合った瞬間何か、言おうとした……気がした。聞き返そうにもまたイトナくんの瞳が濁り、苦しそうなうめき声をあげはじめて、慌てて再度の回復アーツを詠唱する。

そんな私たちの様子を遠目に見ていたシロさんが、クツクツと楽しそうな笑い声をあげてこちらを見ていることに気づき、睨みつけるようにそちらを見やる。

 

「……クク、やはり……君には潜在能力を含めて才能がある。……どうだい?イトナの代わりに力を手に入れる気はないかな?」

 

「……いらない……!それに、何が言いたいのか、わかりません……っ、あなたは、何を考えてる、ですか!?」

 

「シロさん、私の前で私の生徒に対し、堂々と命を脅かす勧誘はやめてもらいましょう!そして、イトナ君を放って行く気ですか!あなたはそれでも保護者ですか!!」

 

シロさんはこの状況で何かよく分からないけど、私を軽い勧誘してきた。私を見て何を感じたのか……大方、アーツを軽々使うところを見て戦力になるとでも思ったんだろう……それだけだと信じたい。冗談だろうし、他人は全て駒かなにかのように扱う人になんて、当然ついていきたくないからお断りした。

殺せんせーもイトナくんや私に向けるその態度に、色を変えるほどではないけど怒りの感情を表に出している。……不謹慎ではあるけど、それが少し嬉しいと感じてしまった。それを正面から受けたのに、シロさんは相変わらず飄々と掴みどころが無いままの態度を崩さない……そのまま背を向け、去っていく。

 

「……まぁ、最初から色よい返事が貰えるとは思っていないさ。……教育者ごっこしてるんじゃないよ、モンスター……わたしは許さない、お前の存在そのものを。私の望みはお前が死ぬ結果だけ……それよりいいのかい?大事な生徒を放っておいて」

 

「危ないっ!!アミサさん、離れなさい!」

 

「があぁああァッ!!」

 

「……っ!」

 

「「「うわぁっ!!」」」

 

暴走したイトナくんの触手がいきなり振るわれる……今回の件はなんだかんだで先生が自分で対処したから、私たちが彼の暗殺を阻止した、というわけでは無いけど敵認定はされているんだろう。……触手が向かう先は少し離れたところから様子を見ている5人の元、そしてすぐ近くにいた私だった。

ここまで近いと避けることは不可能……咄嗟に両腕を交差させて体を小さくすることで防御態勢をとる。相当な痛み、最悪意識を刈り取られることも覚悟した。しかし、当たった感触はあれど、痛みが襲ってくることは全く無く……その不自然さにすぐさま体を起こしてみると、すぐ近くにいたイトナくんは頭を押さえ、触手による拒絶反応の痛みに耐えながら飛び上がり、どこかへといなくなってしまうところだった。

 

「アミサさん!ケガは……!」

 

「……今の、」

 

「……アミーシャ?」

 

「……今の、イトナくんの攻撃……私を遠ざけようとしたの……?」

 

私にあたった触手の一撃は、攻撃性をもったものではなく元いた場所から押し出して遠ざけるような……例えるなら、沖縄での暗殺の時に殺せんせーが完全防御形態になるための衝撃波から守ろうとしてくれた時のようだった。5人への攻撃は殺せんせーが払わなければ危険だったにもかかわらず、なぜか。

今起きたことが理解できなくて呆然としながら考え込んでしまった私は、心配の声を上げて私に話しかけていた殺せんせーの声も、いつもなら誰よりも先に私を気にかけて叱るカルマが1度声をかけたきり、こちらへ来なかったことにも気がつかなかった。

 

「…………」

 

「カルマ君、珍しいね。行かないの?」

 

「渚君……本トだったら怒りたいところだけど、今回は我慢した上で、殺せんせーの守れる範囲内での無茶だからさ……それに、多分今行っても周りなんて見えてないよ、あの子」

 

「なんで殺せんせーがいるところならいいの?」

 

「だって、殺せんせーは生徒を『見捨てない』から。今だって先に触手を振るわれたアミーシャに行こうとして、攻撃性がないと判断したから俺等の方を守りに来たんでしょ?」

 

「うぅ、そうですが……流石に、心配の声まで無視されると、先生泣きたくなります……」

 

「ふむ……無差別に人類を襲う敵が、何故か1人の娘にだけは攻撃せずむしろ守ろうとさえする……実はその娘は敵が負傷した時、敵味方関係なく唯一優しく接してくれた存在で、敵が生きていく上で心の支えだったのだ……これぞ少年、いや少女漫画的な展開!いいぞ、もっとやれ!」

 

「不破さんはちょっと落ち着こうか」

 

「てかなんだよそのトンデモ設定……」

 

このあと我に返った私の目に飛び込んできたのは、あまりにも私が無反応すぎてガチ泣きしはじめた殺せんせーのどアップ顔で、思わず悲鳴を上げてしまって再びへこませてしまったことを報告しておきます。

「せんせー、心配してたのに……」とかブツブツ言っている殺せんせーと一緒に、この後少しだけ椚ヶ丘市内を回ったけど、イトナくんを見つける事はできなかった。私たちとは違う場所を防衛省の人たちも探してくれていたらしいんだけど、そっちもヒットせず……この日は解散することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハーッ……ハーッ……う、ぐあッッ!!」

 

 

 

 

────グァッシャアァ!!

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ッ、…………ウソツキ………ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………見つけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、悪かったってば殺せんせー!」

 

「俺等もシロに騙されて疑っちゃってさ」

 

次の日。

学校に登校した私たちがまず最初にしたことは、私たち6人が本物の下着泥棒を目撃し、殺せんせーが何もしていないという証拠を掴んだことから、無実の罪で昨日1日疑い、責める視線を向け続けたことでふてくされている、殺せんせーの機嫌を取ることだった。

 

「先生はいいんですー。どうせ体も心もいやらしい生物ですからー」

 

「(うわ、めっちゃ口尖らせてる)」

 

「(ことある事に蒸し返してきそうだな……)」

 

殺せんせーの好みそうな甘いものを差し出したり、あるのか分からないけど肩もみをしようとしたりとあの手この手で機嫌を取ろうとしたけど、ツーンと口を尖らせて背けたままの態度を変えようとしない。完全にすねちゃってるや、これ……ていうか、昨日も思ったけど、殺せんせー根に持つなぁ……

それでも殺せんせーが気にしているのは自分のことではなくてイトナくんのことだった。人間に植えて使うには危険すぎる触手細胞……シロさんの手を離れてしまったイトナくんがこれからどう暴走するかがわからない、と。私たちは同じ目標に向かうクラスメイトといってもイトナくんのことを知らな過ぎる。どうしてあんなに強さにこだわるのか、どうして、シロと出会い触手を持つことになったのか……そういうことを、何も。

 

『……お話中すみません、皆さん。あの、メールを受信しました』

 

「律?」

 

「メール……一体誰から?」

 

『……宛名は……《(イン)》、と』

 

「「「!?」」」

 

今まで黙って私たちの話を聞いていた律ちゃんが突然、声を上げた。彼女は普段、話を遮ったり自分から何か言い出すことはほとんどない……だからよっぽどの事かと思えば、案の定だった。届いたメールの差出人は、私は行けなかったけど夏休みの暗殺訓練の時にE組全員がお世話になった、カルバード共和国で有名な凶手、《銀》からだという。驚いたみんなは律ちゃんの前に集まり、表示されたメールを読む。

 

【昨日深夜、椚ヶ丘市内の携帯電話ショップにて暴走する少年を見かけたが、お前達の関係者ではないか?動画を添付しておいた、確認すると良い。……だが、市内の騒ぎだ。今頃ニュースにでもなっているだろう……拡大すれば暗殺の件まで世間に知れ渡る。早急に対処されたし。

 

P.S.

自律思考固定砲台といったか?私がアドレスを入手出来たように外部からのハッキング対策が甘い。情報の管理を徹底した方がいいだろう】

 

『ハッキング対策……迂闊でした。モバイル律を含め、セキュリティを見直します……』

 

「どんだけ規格外なんだよこの人……」

 

「烏間先生に劣らず色々すごい人だよね……」

 

「《銀》……彼ほどの人物がなぜ日本へ……」

 

「あれ、殺せんせーこの暗殺者の人知ってるの?《銀》さん、先生の暗殺のサポートをするって私達を鍛えてくれたんだよ」

 

「でも忙しいって言ってたし、先生を殺しにくることは無いかもね〜」

 

「にゅやっ!そ、そうなのですか!?……わざわざ、こちらへ来たということか……?

 

律ちゃんが《銀》さんからの指摘に落ち込み、殺せんせーが何やら考え込んでいるけど、私たちの興味は添付された動画にある。申し訳ないけど落ち込んでいる律ちゃんに頼んで展開してもらう……ウイルスはないようだと確認した動画に映し出されたのは、ケータイショップを触手で破壊するイトナくんの姿だった。再生が終わると同時に、画面はテレビのニュースに切り替わる。メールにあった通り、椚ヶ丘市内の携帯電話ショップがいくつも破壊され、店内の損傷の激しさから複数人による犯行の可能性もあると考えられて捜査が行われている……と、報道されていた。

触手の威力を知らない一般人にとっては謎の事件だろうが、さっきの動画で破壊の一部始終を見ていることもあり、私たちにとっての犯人は明白だった。

 

「担任として、責任を持って彼を止めます。彼を探して保護しなければ」

 

「助ける義理あんのかよ、殺せんせー」

 

「俺は放っておいた方が賢明だと思うけどね」

 

「それでもです。『どんな時でも自分の生徒から触手()を離さない』……先生は先生になる時、そう誓ったんです」

 

みんなは気にしなければいいというけれど、殺せんせーは1度懐へ入れたからにはもう自分の生徒だからと、先生としてやれることをするつもりだ。私だって、放っておけない……放っておきたくない。保護者代わりだったシロさんがいなくなった今、イトナくんはひとりだ。誰も頼れない、信じられない、休まる時だってないかもしれない……昔の私が、そうだったから。

 

 

++++++++++++++++

 

 

放課後。

結局、自分には関係ないし罪を着せてきた相手なのに、と言っていた生徒もみんなイトナくんを心配して探し回っていた。いろいろ言ってはいても、みんな彼のことが心配なんだ。クラス全員で分担し、明るい内に市内の携帯電話ショップを回る……店はそこまで多くないから、襲撃するだろう場所をある程度絞っておく。その甲斐あってか、襲撃を止めることはできなかったけどイトナくんを見つけることができた。

 

「キレイ事も遠回りもいらない……負け惜しみの強さなんて、ヘドが出る。────勝ちたい。勝てる強さが欲しい」

 

ぐ、と黒く変色した触手で掴んだスマホを握りつぶし、散乱したガラスの中にたたずんでいた彼が漏らした言葉は、誰かにそそのかされたわけでも、指示を受けた訳でもない……彼自身の偽りのない本心のようだった。

 

「やっと、人間らしい顔が見れましたよ……イトナ君」

 

「……兄さん」

 

「殺せんせー、と呼んでください。私は君の担任ですから」

 

私たち生徒は殺せんせーの少し後ろから様子を見る……イトナくんの目的は殺せんせーだから、私たちは一応部外者のような立場だ。だけど、私たちはクラスメイトだから……まだ、たった3回しか顔を合わせていないけど、大切な暗殺教室の仲間。

 

「スネて暴れてんじゃねーぞイトナァ。テメーにゃ色んな事されたがよ、水に流してやるから大人しくついてこいや」

 

不器用ながらにイトナくんを受け入れようとしている寺坂くん。

 

「そのタコしつこいよ〜……一度担任になったら地獄の果てまで教えに来るから」

 

さすがは経験者……それを言ったら私もかな。カルマと2人して、何を何度しかけても手入れという形で返ってきたもんね……だけど、最後の最後には、教師を信頼してもいいって気持ちを教えて貰った。

それでも勝負だと言い張るイトナくんに、殺せんせーは勝負もいいがみんなと一緒に過ごすということを提案している。バーベキューというのが殺せんせーらしい……誰かが肉の奪い合いだから、ある意味戦争だなって笑っている。勝つ、負けるの世界じゃない……ただ、先生と生徒、生徒と生徒が一緒に過ごせる空間を作るために。これまでは確かに他人でしかなかったかもしれないけど、これからなら……中学3年生はまだまだ続く、だからたくさん思い出を作れるかもしれない。私も殺せんせーの後ろから出て、彼の近くへと進む。

 

「……傷だらけ。ガラスで切ったのかな……身体だけじゃないよね、きっと、心も……」

 

ぽう、とアーツの青い光で包みながらゆっくりとイトナくんの触手に触れる。触れた瞬間に彼の瞳が揺れたのが見えたけど、構わずに治療する……きっと、彼が受け入れなければ気休めにしかならないだろうけど、なんとか、私の思いは伝えたかったから。

 

「私ね、ずっとひとりぼっちだった。周りなんて信用できなくて、勝手に壁を作ってた……イトナくんも、私と同じ。強さにすがって、周りを拒絶して、信じられるものだけを追い求めてる。……1人で頑張ってきたんだよね」

 

「お前に何が……!」

 

「わかんないよ。……でも、わかることはできなくても、そばにいることはできるもの。1人じゃ、なくなるもの。それに、イトナくんは昨日、自分の暴走に巻き込まないように私を守ってくれた。何も知らないわけじゃないよ……優しいってこと、ちゃんと知ってる」

 

そっと、私はイトナくんの顔へも手を伸ばす。手は触れないままアーツの光だけをともす……ゆっくりと、顔に走った擦り傷が癒えていくのと同時に、彼は私の言葉に少しだけ反応を見せてくれた。まさか、偉そうなことを言っておきながら『わからない』って即答するとは思わなかったんだろうね……だけど、分からないからそう言うしかない。言わなくちゃ、心の声は伝わらないから。それも、教わったこと。

 

「一緒に、E組で思い出を作ろうよ。あったかくて優しいたくさんの友だちと一緒に。ちょっと変わってて楽しい先生たちと一緒に」

 

なんとなく、イトナくんの雰囲気が柔らかくなった……殺気が消えた?寺坂くんが、カルマが、殺せんせーがまっすぐと正面からぶつかっていった言葉のおかげか、イトナくんが少し迷ったように揺れている。今なら、言葉が届くかもしれない。

1人のクラスメイトとして伝えたいことは言えたはず、あとは任せた方がいいかと思って殺せんせーに場所を譲ろうとした、その時だった。

 

────ボフッ

 

「ゲホッ、な、なに!?」

 

「何も、見えないっ」

 

「ぐ、うぅっ!?」

 

「イトナくん……!」

 

いきなり周りに真っ白な粉が充満した。周りが見えない中吸い込んだ細かい粉にむせていると、唯一近くにいて見ることができたイトナくんが頭を押さえて呻き声をあげている……これ、触手が溶けてる……?まさかこの粉、対先生物質の何かってこと……!?

追い打ちをかけるように銃声が響き始めたけど、音の軽さからこれも対先生BB弾のエアガンなんだろう……殺せんせーなら余裕で避けそうだけど、イトナくんは痛みで満足に避けられないかもしれない。銃弾が来る側を前にしてイトナくんを守る位置で立ち、片手で口を塞ぎ、もう片手で流れ弾を弾いていく。粉はさすがに対処できないけど、流れ弾くらいは私でも捌ける。咳き込む音は聞こえるけど、殺せんせーもクラスメイトも姿がよく見えない……私しかいない、私がイトナくんを、守らなくちゃ。

 

「イトナを泳がせたのも予定のうちさ、殺せんせー……さぁ、イトナ。君の最後のご奉公だ」

 

「きゃ……っ」

「がっ……」

 

「イトナ君、アミサさん!」

 

これで終わりだと思っていたから、ネットを投げ込まれるのはさすがに予想外だった。元々のイトナくんの位置に投げ込まれたそれは、手前にいた私も十分範囲内なわけで、かぶさったネットに足を取られ、体を地面に打ち付けた。そのままかなりの勢いで引きずられる……体にネットが巻きついて動けない中、なんとか顔を上げるとトラックが見えた。

 

「おや、君も一緒だとは……都合がいいね。追ってくるんだろう?担任の先生」

 

はじめからシロさんは、イトナくんを囮にして殺せんせーをおびき出すのが目的だったんだ……油断、してた。体や頭に走る衝撃をこらえながら、イトナくんを見れば既に気絶している。無理もないよ、ただでさえボロボロだったところにさっきの対先生物質の粉を浴びて、こうして動けないままに引きずられていて……よく見ればネットに触れている触手が溶け始めている……おそらく、このネットも……。

動かしにくい体を何とかずらしてイトナくんの頭を抱えて少しでもネットに触れないようにする……足元まで伸びた触手全部を抱えるには、私の体は小さすぎてできないのが、悔しい……。また、体がはねた。むき出しになった肌には傷がつくけど、この程度ならあとからいくらでも治療できる……この時ほど、私が普段から長袖のカーディガンを愛用していて感謝したことはない、かもしれない……

ガン、と頭を打った。衝撃で目の前に火花が散った。揺れる、眩む、……意識が、落ちる……なんとか……これだけでも……

 

「…………«アース、グロ…ウ»……」

 

詠唱放棄だから、あまりもたないかもしれないけど……少しでも、守るために……せめて、イトナくんだけでも……、無事で……

完全には落ちきっていないけど朦朧とした意識の端で。

きゅ、と。

彼の手が私の服を掴んで、すがってくれたような、きがした。

 

 

 

 

 

 




「みなさん、大丈夫ですか!?」
「ゲホッ……ゲホッ、多分、……真尾以外は、なんとか」
「アミサさんの今回の無茶は褒められませんがよくやったとも言えます……弱ったクラスメイトを守りに入ったのですから。では先生は2人を助けてきます!」
「……殺せんせー、俺等を気にして回避反応が遅れたんだ」
「あんの白野郎〜……とことん駒にしてくれやがって……!!」



「情報交換だ……トラックに乗っていた人数見た奴いるか?」
「確か射手が4人、運転席にシロがいたぞ」
「全員真っ白だったよね……てことは、」
「殺せんせー、いっても手だしできないじゃん!」
「そのために俺等、だろ?」
「簀巻き用になんか布調達してく!」
「ガムテープいりますよね?」
『追跡はアミサさんのエニグマが追えますので、お任せ下さい!』
「よし、皆行くぞ!」
「「「おう!!」」」



「…………………」
「……か、カルマ君?」
「……俺の大事な子を1度ならず2度までも……殺す」
「お、落ち着け!」
「ちょうどいい、カルマ!お前に先鋒を任せる。懇親の一撃で沈めろ」
「磯貝君!?」
「……いいんだね?手加減、しないよ?」
「もちろん」
「い、磯貝本気か!?」
「ん?もちろん。クラスメイトだけじゃなくて妹分も攫われたんだ。何より……俺がやるより威力ありそうだし、存分にやってくれ」
「(あ、こりゃ磯貝も激おこだわ)」


++++++++++++++++++++


仲間入りまで書こうとしたのですが字数的に物凄いことになって、そこまでいけませんでした……今回はオリ主がイトナと自分を少しだけ重ねながら助けたいと距離を縮めようと努力しました回です。そうしたら巻き込まれました。……あれ。
イトナとオリ主の関係は既に決めていますが、私にうまく描写できるか……頑張ります。恋愛関係にはなりませんが、カルマにとってある意味めんどくさく、ある意味共犯者的な位置づけになる予定です。

ラジコン回も書きたい……でもあれだけだと女子がほとんど出ないから書きにくい……何かと合体させるのもな〜と、只今絶賛考え中です。
これからもよろしくお願いします!

次回、イトナのE組加入までいく予定()です。






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堀部イトナの時間

イトナside

────意識がトんでいた。

俺が力を追い求めることになった所以……信じ続けて、裏切られて、受け入れたくないもの……それを象徴するモノがたくさんある携帯電話ショップを破壊している最中に、俺を追いかけてきたE組と標的(ヤツら)。クラスメイトっていってもシロに勝手に登録されたに過ぎないからなんとも思わず、ただ、暗殺に利用すればいいとさえ考えていた。

なのに、何なんだ……俺の事は放っておけばいいのに、なんでお前等はかかわってくる……?しかも1人や2人じゃない、クラス全員で。俺は、お前等を利用してるのに。……シロに俺自身を利用されていることは分かってた、それでも、力を得られるなら構わなかった。小さい力なんて意味が無い、大きな、誰も追随を許さない力で、勝利を得なければ……

 

「……ぅ……トナ、く……」

 

「!」

 

「へーき……?すこしは、いたく……ない……?」

 

……なんで、お前はここにいる……?

ゆっくりと目を開いたのに暗くて何も見えなくて、だけど、何か柔らかく暖かいものに包まれていることだけはハッキリと分かった。……そういえば、こいつらと話している時にはあれほど触手を溶かされる激痛が走っていたのに、目を覚ましてからは拒絶反応による痛みだけ……それに、あれだけ引きずられたはずの体に痛みをあまり感じない。むしろ、時間が経つにつれて治っていくような……こいつに、庇われているから?

 

「イトナ君、アミサさん!」

 

「……せんせ……」

 

「意識があるんですね、すぐに……!……これは、」

 

……追いかけてきたのか、兄さん……俺は頭からこいつに抱えられているから、外の様子は腕の隙間からくらいしか見えないが声は聞こえる。視界にはネットを挟んで俺等に触手()を伸ばす黄色い超生物を写すが、それに触れる前に止めてしまった。……あぁ、やっぱりこれは触手を溶かす物質で出来ている、そしてそれからこいつは庇ってくれているんだ。

それを理解した時、俺等を中心に照らすようライトが向けられた。こいつの小さな体では庇いきれない俺の触手が硬直する……このライトも、きっと。

 

「お察しの通り。そしてここが君達の墓場だ」

 

──撃て、狙いはイトナとお嬢さんだ。

 

シロの声が響く。それと同時にいくつもの銃声も鳴り響きはじめた。標的は兄さん……兄さんの弱点ということは、俺にとっても弱点……あれをまともに喰らえば、俺はきっと死ぬ。だが、体は動きそうにない……こちらへとんでくる弾をを見ているしかできないと覚悟を決めたというのに。俺を片手で抱え直したこいつは、もう片手で何かを操作している……こいつ、この状況でも俺を庇うつもりなのか?

 

「……あの弾は、私にあたっても……いたい、だけ。……イトナくんは、……イトナくんだけは、必ず、守るから…………っ……駆動……«アダマスガード»(土属性完全物理防御)……」

 

ふわりと、圧力光線以外の光に包まれ、光の盾のようなものに囲まれる……服や風圧を駆使して弾を防ぎながら、俺等の捕らわれたネットを外そうと奮闘する兄さんが見逃してしまった流れ弾、それは俺を守ろうとするこいつの光の盾に当たり、その盾は消えてしまった。……1度きりの盾なのか?それ以降はこいつが体を張って受けていく……

 

……俺は、無力だ。

力が無かったから協力者にも見捨てられた。

 

〝良い目だ。君の目には勝利への執念が宿っている。その執念こそ私が作った強力な細胞を使いこなすのに不可欠なものだ〟

 

あの日、雨の中路地裏で俺が1人で雨に打たれていたところにシロはやってきた。俺がなんでこんな所にいるのか、何を求めているのか……全てを見透かしているような言動だった。

 

〝私と一緒に『足し算』をやらないか?勝利への道筋を考えるのは私に任せろ。君の執念(プラス)私の技術(イコール)勝利を掴む『力』になる。力があれば、君はこの世の誰よりも強くなれる〟

 

力への執念があったから得体の知れない細胞の激痛にも耐えられた。勝利への執念があったから何度も何度も喰らいつけた。……なのに、執念は届かなくて、しかも殺す相手に守られている。俺は、こんなザコ達に負けるのか……?

 

「だいじょぶ、だよ」

 

ぎゅ、と俺を抱く腕に力が入った。

 

「イトナくんも、私も、先生も。今は1人じゃないから」

 

どういう事なのかは全く分からなかったけど、根拠も何も無いその言葉には何故か安心するところがあって、自然と肩の力が抜けた。

 

 

 

 

 

「死ねばいいと思うよ、ザコ共」

 

 

 

 

 

ゾクリと背中を冷たい何かが通り過ぎたかと思った。地を這うような怒りに満ちた声とドガガッとかなりの打撃音が響くとともに、木の上から俺等に向けられていた銃撃が1つ減った。それを皮切りにまた一つ、またひとつ……

 

「……、……、……」

 

「ちょ、カルマストップ!それ以上は死ぬから!」

 

「あ゛?」

 

「怖っ!?」

 

あの赤髪……俺が見た限りあのクラス(E組)の中で多分一番を争うほどに強いヤツ、そいつが一番槍として木から射手を蹴り落としたらしい。木の上で蹴りつけた後にかかと落としで蹴り落とした上、着地点で白服の体を踏み潰し、その上足蹴……少し見えた限りでも1人に対して追撃をかけまくっているが、何がそこまで赤髪を怒らせているんだ。

他の生徒達も次々と白服を突き落とし、地面では簀巻きにしている。

 

「……おまえら、なんで……」

 

「勘違いしないでよね。シロのやつにムカついてただけなんだから……殺せんせーが行かなけりゃ私達だって放っといてたし」

 

「2人とも、大丈夫か!?」

 

「すぐに出してやるからな……茅野、タオル持ってきてくれ!」

 

「う、うん!」

 

近くでネットを外そうと手を伸ばす奴らがいて、その向こうでは俺等を庇うようにE組の生徒が立ち、担任がシロと相対している……何やら睨み合いをしていたようだが、俺は今度こそシロに切り捨てられた(見捨てられた)。去っていくトラックと、その姿を見たが最後、俺の意識は暗転した。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「イトナ君にはほとんど外傷ありません。アミサさんは……イトナ君を庇った分傷が多いですね……頭を打っているようですが()()()後遺症もなく回復するでしょう。なので、今日はもう絶対安静です」

 

シロさんが去ったあと、前原くんと磯貝くんが私たちをネットの中から助け出してくれた。……ネットの中から出ることができたのに、私は意識があっても全く体を起こせなくてボーッとしていたら慌てた殺せんせーが触手を使って調べてくれた。神経とかに異常はなく、頭に打撲痕があったから脳震盪による一時的な意識障害から来てるんだろうとの事だった……そういえば、ここに連れてこられるまでに頭ぶつけたなぁ……『イトナくんに«アースグロウ»(時間経過とともに体力を回復するアーツ)をかける』ことを優先してたから忘れてたけど。一応効果範囲がかなり広いアーツだから、私にもかかってるはずなんだけど……これはあれかな、詠唱放棄の代償かな?

 

「……ぅ…………だいじょ、ぶ……です……これくらい、回復すれば……」

 

「ほら、体起こそうとしないの。……その回復だって、精神力か何か使うんじゃないの?アミサ、意識あるだけ軽く考えてそうだけど……」

 

「イトナの怪我の具合を見る限り、自分じゃなくてイトナを優先してたんじゃないか?物理的にも、アーツの優先順位的にも……」

 

「……絶対ダメ、今日はもう使用禁止。治癒効果は欲しいからエニグマ携帯するのはいいけど……もうだいぶ頑張ったんだから大人しくしてて。……先生、全部終わったら俺の家連れてくよ。それでいい?」

 

「そうですねぇ……1人にすると悪化させそうですし、明日から……もうすぐ今日ですかね、土曜日曜と休みですしアミサさんはカルマ君に存分に甘やかされてきなさい」

 

メグちゃんや磯貝くんの言ってる事が、あながち間違いじゃないから否定出来ずに目をそらしていたら、気がつけばカルマの家にお泊まり&甘やかしコースが殺せんせー公認で決定されていました……こうなったらカルマはホントに何もさせてくれないと思う。だけど、このままイトナくんがどうなるのか分からないまま連れて帰られるのは嫌だ、そう訴えたら、

 

「全部終わったらって言ったでしょ。最後まで居ていいよ……代わりに移動は抱っこかおんぶだから」

 

とのことで、自分で動かせてもらえないことは確定してました。両手が開けれるって理由からおんぶしてもらうことにして……これから何らかの対策を立てて移動するまでは、近くに座ってくれたカルマに寄りかからせてもらって座ってます。

 

「さて、サラッと真尾を連れ帰る発言してるカルマは置いとくとして、問題はイトナだよな……」

 

「触手か……シロ、確かこのままだと余命2、3日って言ってたよね」

 

「後天的に移植されたんだよね?なんとか切り離せないのかな」

 

「ふむ……触手は意志の強さで動かすものであり、イトナ君に力や勝利への病的な執着がある限り……触手細胞は強く癒着して離れません。……彼の執着を消さなければ……」

 

なぜ、イトナくんは力や勝利へ執着することになったのか……原因がわからなければ、外からかけられる言葉は全て意味の無いものとなってしまう。だから「一緒に探そう」ではダメだ。彼が見えなくなっている先を示せる言葉を、態度を見せなければ……きっと受け入れてくれない。

 

「その事なんだけどさ……ちょっといいかな」

 

素直に原因やここまでに至った身の上話をしてくれるとは思えない、そうみんなで頭を悩ませているところで声を上げたのは優月ちゃんだった。なぜ、携帯電話ショップばかりを襲撃していたのか……そこから彼に繋がる何かがないかと律ちゃんと協力して調べていると、イトナくんは『堀部電子製作所』という小さな町工場の一人息子だということが分かったのだという。律ちゃんから送られてきたアドレスを開いて、みんなも各々のスマホでそれを確認する……私はカルマ君が開いたページを莉桜ちゃんと一緒にのぞきこんだ。そこに書かれていたのは、小さな町工場だけど世界的にスマホ部品を提供していたが、一昨年負債を抱えて倒産……息子(イトナくん)1人を残して両親が雲隠れしてしまった、という事実。……なんとなく、彼の執着の理由が分かってきた。

 

「……ケッ、つまんねー……それでグレただけって話かァ」

 

どうすればいいんだろうって悩み、重たい空気が流れている中、1人だけ動き出した人がいた。

 

「みんなそれぞれ悩みあンだよ……重い軽いはあンだろーが。けどそんな悩みとか苦労とかわりとどーでもよくなったりするんだわ」

 

村松くんと吉田くんの肩を軽く叩き、綺羅々ちゃんの方を向く……彼女が頷くのを確認した後、彼はまだ気を失っているイトナくんの襟首を掴んで持ち上げた。

 

「俺等んとこでこいつの面倒見させろや。それで死んだらそこまでだろ」

 

乱暴な言葉だけど、彼にはなにか考えがあるのかな……イトナくんの心を開かせるためにも、肩の力を抜かせてやるためにもと、寺坂くんがそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イトナくんを寺坂くんたちに任せて、私たちは静かにあとを追う……確実に暴走を止めれるわけじゃないから気休めでしかないけど少しでも負担を減らせるように、触手のない素のイトナくんでいられるように、と彼が気絶している間に対触手ネットをリメイクしたバンダナで頭を覆わせてもらった。気がついたイトナくんはそれに触って少し不思議そうな顔をしている。

そして、イトナくんが目を覚ましたことでついに作戦がはじまるんだろう……寺坂くんが考えた作戦ってどんなのだろうと少しワクワクしながら見ていると、真剣な表情で綺羅々ちゃんたちの方を振り向いた彼は言い切った。

 

「さて、お前等……どーすっべ、これから」

 

「寺坂くん……」

 

「自信満々に言い切った割に、何も考えてなかったんだ……」

 

「しょーがないよ、あいつ基本バカだもん」

 

以上、追いかけながら物陰から覗いている私たちの評価である。

だって、誰もがどうすればいいかわからなくて動けない中、1番最初に受け入れて面倒見るとまで言い切ったんだもん……なにか考えがあってのことだと思うじゃないですか。……でも、もしかしたら、でしかないけど……寺坂くんはイトナくんにどこか自分を重ねていたりするのかな。

 

このあと、寺坂くんたちは順番にイトナくんを連れて回った。

 

殺せんせーがバーベキューの話をした時に反応してたしお腹がすいてるんじゃないか、何か食べれば肩の力は抜けるでしょ……ということで、まずは何よりも腹ごしらえだと村松くんの実家であるラーメン屋さんへ行ったり……

 

「自分の家ではあるけど、村松曰く『まずい』らしい……イトナはどう評価するかな」

 

「村松くんの料理は美味しいのに……?」

 

「……なんでアミーシャ、村松の料理の味とか知ってんの?」

 

「前にね、おかーさんと料理対決してたの。2人ともおいしかったからまた作ってほしいって言ったら、今でもたまに作ってくれるんだ」

 

「へー……」

 

「もう、そんな恨めしそうに見なくったって、カルマ君も今日連れ帰ってから作ってあげればいいじゃない」

 

「……そっか、……うん、そうしよう」

 

「(あんな美味しそうに食べる幸せそうな笑顔見せられたら、対決も何も関係なく餌付けしたくなるわよね。村松君も珍しく照れながらハマってたし)」

 

「あはは……

(餌付けって言っちゃったよ原さん……)」

 

吉田くんの実家であるバイクの販売店の横に設置されている試運転用のサーキット……家の敷地内ということで無免許の吉田くんも運転できるらしくて、バイクの後ろにイトナくんを乗せて走り回ってみたり……

 

「……計画も何も考えてなさそうだね」

 

「うん、ただ遊んでるだけな気がする……って、あ!」

 

「……ブレイクターン、だったか?見事に吹っ飛ばしたな……本当にこのまま任せて大丈夫なのか?」

 

「あ、でも狭間さんなら頭もいいから……」

 

愛美ちゃんの期待虚しく、綺羅々ちゃんが取り出したのは1冊400ページくらいはあるんじゃないかっていうくらい分厚い本。それを奨めていたり……寺坂くんが難しすぎるだろってここまで聞こえる声で怒ってやめさせてたけど、速読に自信のある私でもあれ全部読むのには1日欲しいなぁ……って、

 

「……ねぇ、様子、おかしい……」

 

「は……」

 

ビリッと音を立ててイトナくんの頭からまた触手が暴れ出す……暴走だ。それに気づいた寺坂くんたちは巻き込まれる前に一旦離れようと走り出した、けど。

……寺坂くん1人だけが何かに気づいたのか、それとも何かを聞き取ったのか……足を止めてイトナくんに向き直った。

 

「おう、イトナ。俺も考えてたよ……あんなタコ、今日にでも殺してーってな。でもな、テメーにゃ今すぐ奴を殺すなんて無理なんだよ。無理のあるビジョンなんざ捨てちまいな、楽になるぜ」

 

「うるさいっ!!」

 

「……っ、2回目だし弱ってるから捕まえやすいわ……今回は真尾の手助けもねーから吐きそうなくらいクソ痛てーけどな」

 

イトナくんは触手で力の差を見せつけようとしたんだろう……寺坂くんに向けて、容赦なく触手を振るった、けど、意思を持ってぶつけられた触手は正面から寺坂くんは受け止められた。それにどこか呆然とした様子でイトナくんは固まる。

 

「……吐きそーといや、村松ん家のラーメン思い出したわ」

 

「あン!?」

 

「あいつ、あのタコに経営の勉強奨められてんだ……今はまずくていい、いつか店を継ぐ時になったら、新しい味と経営手腕で繁盛させてやれって。吉田も同じ事言われてた……()()()役に立てばいいって。……なぁ、イトナ」

 

「……?」

 

「一度や二度負けたくらいでグレてんじゃねぇ。()()()勝てりゃあいーじゃねーかよ」

 

ゴン、と結構痛そうな音を立てて寺坂くんがイトナくんの頭を殴った。……確かに寺坂くんの言う通りだ。暗殺の期限が決まっているとはいえ今すぐに勝つ必要は無い、1回で決めなくちゃいけないわけじゃない……3月までにたった1回……私たちの刃が殺せんせーに届けばいい。

でも、今まで目の前の標的を追うことで自分を保ってきていたイトナくんは、代わりになる方法が浮かばないせいか先を見ることが出来なくなっている。耐えられない、どうすればいい、そう呟くように頭を抱えた彼に対して、寺坂くんは何でもないことのようにサラッと言い切った。

 

「はァ?今日みてーにバカやって過ごすんだよ。そのためにE組(おれら)がいるんだろーが」

 

清々しいくらいに、軽く言い切った。だれも、根拠をもって、自信をもって軽く言えないだろうことなのに、なんの迷いもなく本心から。

 

「あのバカさぁ、よっと……あーいう適当な事平気で言う。……でもね、バカの一言はこーいう時力抜いてくれんのよ」

 

カルマが私をおぶり直しながら呆れたような、安心したような……信頼を向けた声色でそう呟いた。それを聞いたみんなは納得したように頷く。

……寺坂くんは、まっすぐだ。まっすぐぶつかって、嘘がつけなくて、難しいことを考えずに自分の思いをぶつける……だから、そのぶつけてくる言葉の裏なんて読まなくていいし、自然と受け入れられる。

 

「俺は……焦ってたのか……」

 

「……おう、だと思うぜ」

 

イトナくんが現状を受け入れることができたのか……強ばっていた体や触手の力が抜けたのが遠目でもわかる。それを見て、寺坂くんも受け止めた触手を離した……ちょっとまだ痛そうにお腹をさすってはいるけど、言葉が届いたからか安心したような笑顔を見せている。

暗殺の標的が近くにいては、余計に刺激してしまうだろうからって離れたところから見守っていた殺せんせーも、もう平気だろうから、とピンセットを構えてゆったりと近づいていった。

 

「目から執着の色が消えましたね、イトナ君。今なら君を苦しめる触手細胞を取り払えます。1つの大きな力を失う代わり、多くの仲間を君は得ます……君も、殺しに来てくれますね」

 

「…………勝手にしろ。この触手(ちから)も、兄弟設定も……もう、飽きた」

 

そう言って、彼がふわりと浮かべた笑顔は……今までに見たことがない穏やかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーの言葉を有言実行とばかりに、カルマの家に連れ帰られてからはホントに何にもさせてもらえませんでした。いつもお泊まりすると私が料理を作ったり洗濯、掃除って家の中のことをさせてもらってるけど、カルマも元々親が海外に行ってていないことが多くてほとんど一人暮らしをしてるようなものだから、何でもできるんだよね……。おかげで何もしなくていいお休み、みたいな休日になったんだけど……ここまで甘やかされると、何にもできなくなりそうで悔しい。今度ギャフンと言わせるために、おかーさんにご飯を習おうと思う……そこくらいは、負けたくない。

 

そして、月曜日……

 

「あ……!」

 

「おー、来たか。もう壁壊して入ってくるのはナシな!」

 

「おはー!そのバンダナ似合ってるね〜」

 

触手の暴走の時に破れてしまったバンダナを新しく作り直して身につけ、インナーはタートルネックなのは変わらないけどちゃんと椚ヶ丘中学校の制服を着たイトナくんが登校してきた。

 

「おはようございます、イトナ君。気分はどうですか?」

 

「……最悪だ、力を失ったんだから。でも、弱くなった気はしない。最後は殺すぞ……殺せんせー」

 

今日からはイトナくんもE組に正式に加入……これでE組29人が全員揃った。ちなみに、イトナくんはあれから寺坂くんたちと一緒にいるのが落ち着くと判断したのか、休日も一緒に行動していたみたい……今も、今日の放課後にお金が無いからラーメンを村松くんの家で食べたいっておねだりしてる。なんだかんだいってるけど寺坂くんたちのグループには面倒見がいい人ばかり揃ってるから、彼らなりにかわいがってるんだと思う。

空いていた私の左隣の席も埋まり、近くの人たちもそれぞれが彼に声をかけていく。もちろん私も例外じゃなく、寺坂くんたちのところからこちらへ来て、机に荷物を置いて中身を引き出しにしまい始めている彼に声をかける。

 

「おはよ、です……イトナくん!」

 

「あぁ。……お前は名前が2つあるのか?」

 

「……え?…え、と……?」

 

はじめてこの教室に来た時からイトナくんの言葉は少ないというか唐突なものが多い……なんというか、ものすごく削りすぎて何について聞いているのかわからない時がある。今回も、わかるような分からないような問いかけをされて私は思わず聞き返していた。私に伝わっていないと察したのか、イトナくんは軽く下を向き顎に手を当てて少し考えると、顔を上げて軽く首をかしげた。

 

「俺がはじめてこの教室に来た時、お前は『真尾有美紗』だった。この教室の奴らも『真尾』か『アミサ』呼びだ。だが、カルマ(こいつ)は『アミーシャ』と呼んでいる……だから、気になった」

 

順序だてて説明してもらってハッとした……そうだ、私が自分の名前が偽名であること……あと、本名をみんなに伝えたのは沖縄での暗殺旅行の時だ。その時はイトナくんがいなかったし、カルマがみんなの前でアミーシャと呼び始めたのもこの時期だからイトナくんが疑問に思って当然のこと。

同じクラスになった事だし、彼にも伝えておくべきだよね?ちょっと言いづらそうに『お前』って私を呼ぶのは、呼び方で迷ってるんだと思うし。そう考えて、私はイトナくんに向き直る。

 

「このクラスのみんなが知ってる事だし、イトナくんにもちゃんと自己紹介するね。私は真尾有美紗ってここでは名乗ってるけど、本名はアミーシャ・マオ。これからはお隣同士だし……よろしくね」

 

「そうか……俺は堀部イトナだ。呼び方とかは今まで通りでいい……俺はアミサと呼んでもいいか?」

 

「うん!」

 

渚くんとカルマ、殺せんせー以外のこのクラスの男子には『真尾』って呼ばれるからちょっと新鮮……前に女子にはお話したけど、私はアミサって名前も気に入ってるし、E組だけが呼ぶ特別な名前でもあるから……大事にしてもらえるのは嬉しいな。

 

「……ちなみにイトナ、なんで本名で呼ぼうとしなかったの?」

 

「……だって、アミサはカルマの()()だろ?」

 

カルマが席に座ったまま問いかけたことに対して、イトナくんはそう言って左手の小指を立て、軽く顔の横で振って見せた……途端、カルマは固まり、私たちのやりとりを見ていたらしいE組のクラスメイトたちが吹き出した。机叩いて笑ってる人もいるけど、あれって何か面白いサインだったのかな……?

イトナくんは「違うのか?」って不思議そうに私に聞いてきたけど、私に聞かないで。私、そもそもその小指を立てることの意味がわかりません。いつものように意味は教えてもらえなかったけど、クラスメイトたちの反応からイトナくんなりに納得はしたみたいで、本名で呼ぶのはカルマの特権だと思ったからだ、って説明していた。

なにはともあれ、これで一件落着、なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 




「くそ、ああやって流れで言えば、今頃俺も下の名前で呼べたり真尾から呼んでもらえたのか……?!」
「真尾が下の名前で呼んだり呼ばれたりしてるのは女子全員と、カルマと渚とイトナか……」
「あ、そういや俺1回だけ『陽斗くん』呼びしてもらったことあったわ」
「何ィ!?裏切り者!」
「てかなんで!?」
「ほら、妹役で……」
「あれか、雨の日の仕返し……あの後カルマと真尾以外烏間先生の雷落されたヤツな」
「……あれ、アミサちゃんの名前呼びの法則、みんな気付いてなかったの?」
「「「そんなのあるのか!?」」」
「え、うん。全員、そう言ったからでしょ?」

〝は〜い、俺はご存知の通り赤羽業ね、みんな気軽に下の名前で呼んでよ。よろしく〜!〟
〝僕は、出来たら渚って下の名前で呼んでくれると嬉しいな〟
〝兄妹ってことは名前で呼ばないとおかしいよな……この役の間はとりあえず、陽斗って呼んでくれ〟
〝堀部イトナだ。名前で呼んであげてください〟
〝……俺は堀部イトナだ。呼び方とかは今まで通りでいい〟

「「「……………あ。」」」
「女子に関してはアミサちゃんから歩み寄った結果だけど、男子に関してはそれだと思うよ」
「じゃあ、今からでも言えば……!」
「あー……言えばしてくれるとは思うけど……」
「へぇ、俺の前で()()アミーシャのことを名前で呼ぶって?今までさっさと言い出さなかったくせに、()()?」
「前と違うのはカルマ君が自覚済みっていうね……」
「…………俺、今のままでいいわ……」
「……俺も……」



「そういえば、前も思ったがアミサは結構胸があるんだな」
「……!?え、……え!?」
「……ガン見してたな、そういや」
「あー、それに対触手ネットから庇うためにイトナを抱えてたね……」
「…………」
「カルマ、落ち着け。あれは不可抗力な上に完全なる真尾の善意から来る行動だ」
「……わかってる、けどさぁ……!」
「安心しろ、確かにアミサは俺の守備範囲だし好みだ。……だが、カルマの嫁に手を出す気は無い」
「……嫁て……さっきは濁してたのに……」
「俺にとってアミサは、どちらかというと……暖かく()包み込んでくれる()姉さん、だ」
「色々副声音が聞こえそうな言い方だな、オイ」
「……ちょっと、いきなりアミーシャがそう言われて受け入れるはずが、」
「わぁ……みんな、私のこと妹っていうから、お姉ちゃんっていってもらえるのは新鮮だなぁ……!」
「」
「……受け入れてるな」
「……おいカルマ、嫁は嬉しそうにしてるぞ」
「花が飛んで見える……旦那的にはどうなのよ」
「そうか、ならカルマは俺の兄さんか……半端な男には姉さんはやらないぞ、兄さん」
「兄弟設定飽きたって言ってなかったっけ……!?なんでここにきて急にめんどくさい事になってるわけ!?」


++++++++++++++++++++


イトナくん、正式加入の回でした。
この回の主役はイトナくんですが、準主役、もしくはダブルヒーロー枠で寺坂くんの見せ場だと思います。男気というか、仲間思いというか……だから寺坂組のみんながなんだかんだ言いながらも寺坂くんを筆頭にしてついて行くんじゃないでしょうか。作者的にキャラクターをそう解釈しています。

地味に今回のフリートークは楽しく書かせていただきました。前話で言ってました、この小説ではイトナくんにとってのオリ主のポジションは姉です。ただし、守ってくれる包容力のある姉というよりは、危なっかしいから守らなくちゃいけない誰よりも暖かい姉と言った方がいいのかもしれません。書いているうちに、カルマがいじられてました(なんでだろう)。こうなってくるとこの話のカルマはどこか殺Qの赤い悪魔が憑依してる気がしてきます。
※バグはありません。

では、次はラジコン回!どうやって男視点のみを表現するかが過大でしょうか……がんばります。




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紡ぐ時間sideアミサ

イトナくんがE組に来てから6日目……1日の授業が全て終わって、クラスのみんなが帰宅したり校庭へ烏間先生に追加で暗殺訓練を受けに行ったり分からないところをイリーナ先生に聞きに行ったり……とそれぞれがそれぞれの放課後を過ごしている中。私はこれから教員室である予定の『イリーナ先生放課後塾』の準備をしながら左隣の()()……イトナくんの席に自然と目が行っていた。

帰りのHRが終わった瞬間、殺せんせーが有無を言わせずイトナくんをどこかへと連れ去ったのだ……何か、紙の束のようなものを持ってたし、廊下を外じゃないほうに曲がっていったのは見えたから、校舎のどこかにはいると思うんだけど。

 

「殺せんせー、何する気なんだろ……」

 

「何かあったの?アミサちゃん」

 

「殺せんせーが紙の束と一緒にイトナくん抱えてどっかいっちゃったから、どうしたのかなって」

 

「うわ〜、紙束がテストとかプリントだったら嫌かも……」

 

「E組に来て1日目、学校もひさしぶりっていうのでそれはない……と思いたいね。あ、それでね、」

 

私の独り言に返事があって前に顔を戻してみると、桃花ちゃんと陽菜乃ちゃんが私の席に来るところだった。陽菜乃ちゃんの一言で、なんかあの紙束がテスト用紙なんじゃないかって気がしてきたよ……イトナくん、あんまり勉強好きじゃないって言ってたから、1日学校で過ごした後にまた勉強ってストレス溜まりそうだし、イトナくんって静かにストレス溜めて後から爆発させるタイプな気がする。後からなにか起きちゃったりしないよね……?

何も無いといいけど……そう思いながらカバンを持ったところで桃花ちゃんに待ったをかけられた。なんでもさっき廊下でイリーナ先生に会って、今日の放課後が空けれなくなっちゃったから明日に回してほしいって言われたみたい。一緒にイリーナ先生のところへ行くためにこっちに来たんじゃなくて先生からの伝言を伝えるために来てくれてたんだって……危ない、誰も居ない教員室でひとりぼっちの待ちぼうけになるところだった。放課後塾の日はカルマたちを待たせるのも悪いってことで先に帰ってもらってるし、今日の帰りは2人と一緒に帰ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日の放課後……隣の席では、無表情なのに雰囲気だけはドス黒いイトナくんが、殺せんせーが教室から自分へのご褒美のために飛び立っていったのを確認したあと、カバンからそっといくつかの部品を取り出し組み立て始めた。……ちなみに殺せんせーは、お給料が出たから上海ガニを食べに行くんだって……「~アルネ」とか「いーあるさんGO!」って、言葉遣いだけちょこっとなりきってた。なんで中国語の中に英語を混ぜたのかは考えないことにする。

 

「イトナくん、それは?」

 

「仕返し用戦闘車……の、部品諸々だ」

 

「細かいのがいっぱい……仕返しって、やっぱり昨日……」

 

「……あのタコに次から次へとテスト受けさせられた……見てたなら助けてくれ」

 

「うわぁ……って私、殺せんせーがイトナくん連れ去ったとこしか見てないよ」

 

陽菜乃ちゃんの予想は大当たりだったみたい……やっぱりストレスは溜まってたみたいで、手に持ったドライバーが怒りからか折れそうなくらいミシミシいっている。この話ぶりだとテストは1教科だけ、とかじゃなくて全教科受けさせられたんだろうな……今日まで1週間あったんだからせめて1日2教科くらいに抑えとけばよかったのに、殺せんせー。相変わらず段取りが悪い。

イライラとした様子で、でも手元はとても慎重に動くイトナくんの様子見て、この戦闘車はだいぶこだわるつもりなんだということが分かる。そして、こういうのにあまり詳しくない私はほとんど手伝えない……むしろ、女性陣はみんな難しい気がする。だったら他になにか……と考えて、ふと思いついたことをそのまま言ってみる。

 

「……じゃあ、この戦闘車作戦が終わったら、私の家においでよ。……お疲れ様会、しよう?私、何か作って待ってるから」

 

「……俺はアミサの家、知らない」

 

「あれ……?あ……そっか、そうだよね。殺せんせーの下着泥棒疑惑の新聞が出た前の日、泥棒役はイトナくんがやってたって言ってたから私の家に来たのイトナくんだと勝手に思ってた……ごめんね」

 

「……いや、いい」

 

疲れたあとは甘いものってよくいうし、イトナくん甘いもの大好きだし……ちょくちょく村松くんの家にご飯を食べに行ってるみたいだから、たまには他の物を食べる機会があってもいいかと思って、何も考えずに彼を家に誘った。ただ、教えてないんだから家知らないのは当たり前ってこと、忘れてた……

あの日、窓の外で物音を立てた()()()は結局今もわからないまま……今までは、その、リストの中に私も入ってたことから一応実行犯のイトナくんが私の家にも来たんだと考えてた。確かにこれは本人から聞いたわけじゃなくて私の想像でしかない……なのに疑って、申し訳ないことしちゃったな……。少しの間、無言のまま手元で作業を進めていたイトナくんは、何か思いついたように顔を上げて私を向いた。

 

「……他に呼んでもいいか?」

 

「他にって、誰かをってこと?私の家、そんなに広くないから、E組の人であんまり大人数にならなければいいけど……誰か誘いたいの?」

 

「とりあえずカルマ。行き方教えてもらう」

 

「あ、なるほど……うん、いいよ。来る日になったら教えてね」

 

「あぁ。その時成果を話せるよう努力する」

 

確かにカルマなら私の家に何度も来たことあるし、この1週間見てたけどイトナくんとの相性もよさそうだから大歓迎だ。ちょっと言葉の端々にトゲトゲしたものを感じるくらいで。

……イトナくんは、私のことをお姉ちゃんみたいだと言ってくれた。身長はイトナくんより小さいし、甘えたな自覚のある私にはお姉ちゃんらしいところなんて思いつかなかったけど、彼は包み込んでくれるあたたかさが年上のように感じたと言った。その分、守らなきゃいけないって思わせる無茶をしょっちゅうするからその辺は心配だと言われちゃったけど……なかなか会えない本当の家族とは別に、新しい家族が増えた気分。

話がまとまったところで私は席を立つ……今日は昨日できなかったイリーナ先生の放課後塾だ、今日はどんなお話が聞けるのかなぁ……教室を出る前に振り向いたらイトナくん(おとうと)がこっちを向かないまでも手を振ってくれたのが嬉しかった。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「ビッチ先生またね」

 

「お先に失礼します!」

 

「次は私がお菓子もってきます!」

 

「なら、スイートショコラをリクエストしとくわ……アミサなら作れるでしょ、あれ。あんた達全員、寄り道しないで帰りなさいよ」

 

「「「はーい!」」」

 

昨日出来なかった分、とイリーナ先生が入れてくれた紅茶とクッキーなどのお菓子を出してくれて、それらを味わいながらたくさんのお話を聞いた。またちょっとした会話術も習い、どうせならE組の男子にも試しなさいと言われて、もしやるなら誰に仕掛けるといいかや無理だと思うならその対策などなど、実際にはきっと使わないことを想定して色々相談するのはちょっと面白かった。主に、みんながそれぞれ男子にどんな評価を向けているのかがわかって……高評価だったのは磯貝くん、酷かったのは岡島くんで私以外の全員の意見が一致したのがまた、すごい。私は高評価はともかく、低評価は誰にもつけられなくて諦めました。

 

「ねぇ、帰りにカフェ寄っていこーよ、ケーキ食べたい!」

 

「行く行く!」

 

「言われたそばから寄り道じゃん、それ」

 

「あははっ!アミサは行ける?」

 

「うん、行きたい!………?」

 

教員室から廊下へ出てすぐ、ふと、いつもの廊下とは違う……なにか違和感がある気がした。周りを軽く確認すると、足元に小さな戦車が置いてあることに気づいた。廊下の木の色に近い薄いカーキ色だから、同化してて分りづらかった……もしかして、これがイトナくんの作った戦闘車だったりするのかな?

 

「アミサちゃん、どうかしたの〜?」

 

「……あ、なんでもな……え、と……私、教室にお財布置いてきちゃった……先に行っててもらっていい?」

 

「え、財布!?」

 

「なんで貴重品を教室に忘れるの……」

 

「その……筆箱見つからなくて1回カバンの中身全部ひっくり返したから、多分その時」

 

「もう、そーいうとこがドジだねぇ……下駄箱のところにいるから、行っておいで〜」

 

「うん、ありがとう!」

 

先に歩いていく4人を見送ってから戦闘車の近くにしゃがみこむ……お財布を忘れたってのは嘘、ただ3年E組の教室へ行く口実が欲しかっただけ。まじまじと見つつ車体を軽く撫でてみる……近くに誰もいないし、多分これ遠隔操作で動かすラジコンだ……違和感は感じたとはいえほぼ同化できていた色もそうだけど、音もほとんどしなかったし……あの細かい部品を組み立てて動くものを作っちゃうなんてイトナくんってすごい特技を持ってるんだなぁ……あ、ちゃんと戦闘車らしく主砲もついてる。飛び出てくるのは対先生BB弾ってところかな……仕返しって言ってたけど、暗殺にもちゃんと絡めてるんだ。

そっとラジコンを持ち上げて教室へと向かうとそこにはE組の男子がカルマ以外みんな揃っていて、イトナくんの席を囲んで何やら話し合いをしている最中のようだった。邪魔しちゃうのは悪い気がしたけど、戦闘車(これ)、持ってきちゃったし……

 

────コンコンコン

 

「「「!!!?」」」

 

「あ、えと……お、お邪魔してごめんなさい……そ、そんなに驚かれるとは思わなくて……」

 

「お、おー……」

 

「真尾か、お前でよかったよ……」

 

「???」

 

「お前らなぁ……ま、いいか。どうしたんだ?」

 

「その……コレ、教員室の前のとこに……イトナくんが作ってたやつだよね?多分廊下のへこみに引っかかってたんだと思う……動かなかったから、持ってきちゃった」

 

ノックした瞬間に全員の目が一気に私へ向いたのがちょっと怖かったのだけど、私だとわかった途端に殆どの男子が安心したように息を吐いたのを見て、お邪魔してもだいじょぶなのだと判断する。とりあえず目的は果たさなくちゃと思って男子の輪の中に入れてもらい、イトナくんへ戦闘車を手渡すと、今度は息を呑む音が……や、やっぱり邪魔だったのかな……?

余計なお世話だったかと思って少しへこんでいたら、そっと手の上から重さが消えた。

 

「助かる。……ちなみになんで気付いた?できる限り最小限の駆動音に抑えていたはずだ」

 

「んー……色、かな。教員室から出た時に、なんか廊下に違和感があるなって……」

 

「……なるほど、要改造点だな」

 

動揺も何も無く普通に受け取ったイトナくんは戦闘車の蓋をパカリと開けて、なにやらまたいじり始めた。そっか、対先生用のラジコンってことはバレたら意味が無いってこと……人間である私が気づいたものに殺せんせーが気づかないはずがないってわけだ。それを聞いていた菅谷くんがならば学校に紛れるようにするためにも、学校迷彩を塗ると買って出ていて……男子で協力して、自分の得意分野を活かして計画を立ててるってことがわかった。これはこれ以上ここにいたらホントに邪魔になっちゃう。

 

「じゃ、じゃあ、頑張って完成させてください……お邪魔しましたっ!」

 

「意見ありがとな〜!」

 

「気をつけて帰れよ!」

 

出入口でおじぎしてから廊下を走らない程度に急いで下駄箱へ向かう。1回教室を振り返ってみたら、既に男子はまた集まって何か相談をしているようだった……途中から暗殺教室に加入した元敵、という立場であるイトナくんが馴染めるかどうか……少し、不安だった。

 

「……ね、E組のみんなはあったかくて優しいんだよ、……心が苦しくなるくらいに」

 

「あ、やっと来たアミサ!」

 

「ちゃんと見つけた〜?」

 

「……うん、お待たせしましたっ!」

 

だけど、私が見たのは彼を中心にして1つにまとまってる光景で……それがとても安心できるもので。そんな事実を誰かに共有したくて、この後のカフェで4人に報告したら、4人ともが嬉しそうに笑ってくれた。みんな、心配してはいたけど信頼もしてたんだなってわかった。彼らの計画が、どこまで通用するんだろう……結果を教えてもらうのが楽しみになってきた放課後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、アミサのケーキ来たよ」

 

「わあぁ……!いただきますっ!」

 

「ほら、逃げないからゆっくり食べていいんだよ〜……ふふ、クリームついてる」

 

「よし、倉橋さんが気を引いてる今のうちに」

 

「……ねぇ、どう思う?」

 

「どう思うって……殺せんせーがいないって分かってて校舎内を走るラジコンねぇ……」

 

「試運転って言ったらそれまでだけどさ、カルマ以外の男子全員が揃ってて、アミサが教室に行ったら驚かれたんでしょ?」

 

「オマケに『真尾でよかったよ』、ねぇ……」

 

「「「…………」」」

 

「……?陽菜乃ちゃん、みんなどうしたの……?」

 

「気にしなくていいんだよ〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝……私はいつも通りに待ち合わせて学校に行こうと思っていたんだけど、一緒に行く渚くんと杉野くんそれぞれから先に学校に行っているとメッセージが送られていた。その時間、朝6時前……なんでも昨日のメンバーは朝一番に集合、菅谷くんが学校迷彩を塗った装甲、内部のギアを吉田くん、というようにそれぞれの担当部位を持ち寄って組み立てを完成させ、ついでに試験走行まで済ませておきたいんだとか。

登校時間になると私の家までカルマが迎えに来てくれて、いつもなら2人との集合場所に行くけど、今日はそのまま一緒に学校へと向かう。

 

「そういえば……男子はみんなイトナくんの作戦に参加してるみたいなのに、カルマは行かなくていいの?」

 

「あー、うん。俺はメカよりも自分の手で殺りたいし……なにより、昨日も途中で帰ったから詳しいことはなんにも聞いてないんだよね」

 

カルマはイトナくんが戦闘車の主砲とモニターの連動を試して、殺せんせーの最大の急所……【心臓】のことを明かしたあたりまでは教室にいたけど、試運転のあたりになってからは特に手を貸せるような物もないし見てるだけはつまらない、と帰ってきたらしい。だから私が教室に行った時にいなかったんだ。

E組へ向かう山道を登りきり、校舎に近づくと……あれ、教室がなんか騒がしい……?昨日と同じようにイトナくんの席の周りに男子が集まって、渚くんと磯貝くんだけが少し後ろで見守ってるようにも見えるけど……教室にメグちゃんを筆頭に女子が入っていった途端お説教の声が……下駄箱まで響いてきてるよ、声。状況が飲み込めないまま、カルマと2人首をかしげながら、離れたところに立っている渚くんに聞こうと前側の扉から教室へ入る。

 

「なにやってんの?」

 

「ちょっと、痴情のもつれが……」

 

「ふーん……」

 

痴情のもつれって……男女で喧嘩してるからそういうことなのかな……?渚くんは言葉を濁すし磯貝くんは苦笑いするばかりでよく分からない、と思っていたら、私たちが教室に来たことに気づいたんだろう……男子に何か説教していた女子メンバーがぐるりと振り向いた。

あまりにも一斉に、しかも怒った表情(かお)のまま振り向くものだから、私は驚きすぎてカルマの後ろに隠れてしまった……私が怒られてるわけじゃないはずなのに怖いよ……

 

「ちょうどいいところに来たわ、カルマ!」

 

「いえ、先に確認よ。あんた、こいつらが昨日から何やってたか知ってる?」

 

「何って……せんせー暗殺用の戦闘車じゃないわけ?俺興味無いから途中で帰ったけど」

 

「「「よし、カルマは白だ」」」

 

「「???」」

 

白……ってことは、なにかの犯人ではないってことでいいのかな……?でも結局何が起きているのかはまだ教えてくれてないから聞きたくて、後ろから少し顔を出してみれば私に気づいたおかーさんが手を広げて「アミサちゃんはおいで」と呼んでくれたから、遠慮なく抱きつきに行く……と、カエデちゃんに耳を塞がれた。そのまま教室の隅でじゃれあい、抱きつきあって遊んでいる背景では、詰め寄る女子がいろいろ言い訳しながら逃げようとしている男子に対して……

 

「こいつらそのラジコンのカメラで女子のスカートの中を見ようとしてたのよ!」

 

「アミサはあんたらの態度を疑ってないけどね、女子に隠して実行してる上、来たのがアミサでよかったって……女子に対してよからぬ事考えてるんじゃないかって思ってたのよ!」

 

「だから、実行に移す前にイタチに壊されたんだって!」

 

「どーだか……」

 

「てか実行しようとしてる時点で一緒よ!」

 

「へー……ねぇ、アミーシャの見た奴いるの?いるなら俺とちょーっとお話しよっかぁ?あ、もちろん何でもありのね」

 

「殺される……!」

 

「だから見てねぇって!」

 

……説教と怒りの話し合い(?)が行われていたらしい。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「そっか、あの戦闘車壊れちゃったんだ……」

 

その日の放課後、約束通り戦闘車での暗殺(してないけど)作戦が終わったので、イトナくん学校復帰して1週間お疲れ様会を開くことにした。確かに来る日になったら教えてね、とは言ったけど、まさかあの女子対男子の剣幕の中をサラッと抜け出して私たちがじゃれているところまで来て、

 

〝アミサ、終わったから今日がいい〟

 

〝……?〟

 

〝家、呼んでくれるんだろ?〟

 

〝はぁ?なんでイトナがアミーシャの家に、〟

 

〝カルマ、俺は今日サボる。いい場所教えろ……その時話す〟

 

〝ふーん?……いいよ〟

 

という感じに言いに来るとは思わなかった。私の家にイトナくんが来るって聞いた瞬間、カルマは威嚇してたのに、2人で外へサボりに行って帰ってきたらなんか意気投合して盛り上がってたし……この2人ってよくトゲトゲした言葉でぶつかりあってたから、どうなることかと思ってたけど、仲良くなったならよかったかな。むしろどんな話題でそんなに盛り上がったのか教えて欲しいくらい。多分そのサボってる時に誘ったんだろうね……6時過ぎくらいにイトナくんが事前に言ってた通りのカルマと、あと渚くんも一緒にやってきて、時間も時間だからとテーブルを囲んで今に至る。

 

「いや、開発に失敗はつきもの……今回ダメなら次、それもダメならまたやればいい」

 

「イトナくん、淡々と作業してたもんね……新たな仕事人が誕生したみたいだったよ」

 

「それが何をどうしたら覗きに発展しちゃうかな……」

 

「年頃の男子だからってことにしといて」

 

落ち着いたあとに教えて貰ったのだけど、あのラジコンの主砲にはカメラが取り付けてあって、それを見ながら遠隔操作ができる作りになってたらしい。で、それを見ながら試運転してたところに映りこんだのが……イリーナ先生の放課後塾を終えて教員室から出てきた私たちだった、と。

見てた男子曰く「際どかったけど見えなかった」みたいで、そこでやめておけば何も言われなかったのに、好奇心が疼いて止まらなくなったんだとか……ちなみになんで渚くんもご飯会に誘ったのかを聞いてみれば、あの計画に参加せずむしろ止めようとしていたから、らしい。

 

「あはは……でも、無事に一段落したから……はい、できたよ」

 

「……うまそう」

 

「美味いよ〜アミーシャが作るの。たまに作ってる最中に爆発音するけど」

 

「カルマ君の家に泊まった時はアミサちゃんがご飯作るんだっけ?」

 

「そうそう、最近原さんに料理習ってるらしくてだんだん上達してるから、今日も楽しみだったんだよね」

 

「もっと上手くならなくちゃ、カルマに負けたくないし……その、3人とも男の人だし足りるかわからないけど……1週間お疲れ様でした。……召し上がれ」

 

「「「いただきます」」」

 

頑張って作ったご飯を美味しいと言いながら食べてくれるのを見ると、照れくさいけど嬉しい。カルマで慣れてるつもりだったけど、さすがは男の子って感じの速さで消費されていくのには想像してたけど……予想以上だった。食べながら箸休めに色々なおしゃべりを楽しみ、お疲れ様会は幕を閉じた。

私のご飯を気に入ってくれたのか、これを機に週に1回か2回、勉強嫌いなイトナくんが私の家で課題をすることを条件にご飯を食べに来るようになる。

 

 

 

 

 




「そうだ、聞いておこうと思ってたことがある」
「私に……?」
「アミサ、履いてるか?」
「「「……………………?」」」
「?」
「履いてる……?あ、スパッツ?」
「違う」
「?」
「……言葉が足りなかった。下着、履いてるか?」
「「ちょ!?」」
「へ!?は、履いてるよっ!い、いつそんな疑惑をもたれちゃったの……?」
「アミサが戦闘車を教室に届けてくれた日」
「う……た、確かに、あの日は乾いてなかったからスパッツは、履いてなかったけど……」
「……アミーシャ、もしかしてだけど、戦闘車の前にしゃがんだりした?」
「え、……うん。教室に持っていく前に色々触らせてもらった」
「……まさか、イトナ君……」
「その時、一瞬映った」
「「「」」」
「ちなみに他の男子は他の事で忙しそうだったから見てないはずだ……俺も、さすがに画面を隠した」
「……もしかして」
「カルマ君、どういう事か分かったの!?」
「多分ね。……アミーシャ……俺、前に普通の女性下着にしてって言わなかったっけ……?」
「だ、だって、暗殺するのに邪魔なんだもん!動きにくいし……」
「やっぱりそういう事か……だからって、Tバックはやめてよ……俺、泊まりの時に洗濯回すの、ものすごく辛いんだけど、いろんな意味で」
「(想像以上だった)」
「アミサ、せめてスパッツがない時は普通のを履いた方がいい」
「……そんなにダメかなぁ……」
「「「ダメ」」」


++++++++++++++++++++


紡ぐ時間でした。
女子視点だと難しいなーと思いながら書いてました。オリ主、下ネタ系に強くないことで周りから純粋認識されているためか、男子の輪に入っても警戒されずに送り出されました。まさか男子達はそこでオリ主が見たこと聞いたことあったことを女子に、話してしまっているとは思いもしなかっただろう……当然オリ主に告口のつもりはなく、完全に善意です。

フリースペースは、後付けです。本編の中でなんの躊躇もなく戦闘車の正面にしゃがみこんだオリ主……これ、絶対見えてるよな!?から、この会話が生まれました。ちなみに下着については前々から考えていた設定だったりします。だから、夏の水着選びの時、紐ハイレグという際どすぎるものでもあまり動じなかったという裏設定……だって、普段着ているものの形に似ていますから、抵抗なんてあるはずが←

今回はsideアミサです。つまり、次回はsideイトナになります。こっちが捏造を含むちゃんとした本編かもしれません。





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紡ぐ時間sideイトナ

俺がE組に来てから6日目……ようやく学校での生活、というものを思い出し始めた。シロに拾われるまでは別の中学ではあるものの、俺も学校に通ってはいた。だが、拾われて以降は暗殺のためという普通の中学生とは違う目的で椚ヶ丘中学校に転校した上、触手のメンテナンスや訓練諸々の理由からここへ来なかったから……久しぶりすぎて脳が勉強することを拒否する、むしろやりたくない。だがこの教室は勉強すること以外に暗殺がある、それをするためには標的(ターゲット)からの条件である勉強をしなくてはならない……となれば避けては通れない。

憂鬱な気分をあまり変わらない自信のある表情の裏に隠し、帰りはどうするか、また村松のまずいラーメン屋にでも寄るか、そんなことを考えていたら、帰りのHRが終わった瞬間に殺せんせーがマッハでやってきて有無を言わせず連れ去られた……何処だ此処。室内ってことはわかるが、触手に巻かれて気づいた時にはクラスとは違う教室の椅子に座らされていて……目の前には紙束を揺らしてニヤニヤ笑う黄色いタコがいたんだからわけが分からない。

 

「……なんだ、一体」

 

「ヌルフフフ……イトナ君もE組の仲間ですからねぇ……当然やることは決まってます」

 

その言葉と共にバサりと机の上に広げられたのは、結構な量のある紙の束……ちらっと上から見てみた限りでも数式漢字英語の羅列……まさか、今からこれ全部をやれというのか?

 

「……今日の授業も俺だけ小テストやらプリントだったと思うが」

 

「イトナ君は最近まで学校に通っていませんでしたから、基礎がわからない生徒に応用を教えるはずがありません。追いつくまでは別メニューです」

 

……それで俺にだけ授業中にタコの分身が近くに付いていたわけか。静かに分身は不可能なようで、音に敏感なのか、気配に敏感なのか、単に鬱陶しかったのか……時々アミサがチラチラと嫌そうにこちらを見ていたぞ。

 

「E組は先生の暗殺と並行して、本校舎復帰の最低ボーダーである50位以内を目指しています。そのためにもまずはイトナ君の現在の学力を把握する必要がありますから」

 

「……俺はやるとは言ってな」

 

「さあ!これが全て終われば帰れますよォ!」

 

「い……、……今から五教科、全部やれと……?」

 

「ええ、もちろん」

 

はい最初のテスト、と何の躊躇いも戸惑う時間も与えてもらえず、俺の手に鉛筆とテスト用紙を持たせ、淡々と問題を解かされることになった。

大体なんだ、勉強することは百歩譲っていいとして……今日まで1週間あったのに、なぜ今から全てをやらせようとする?なんで授業も終わって開放されたあとに、また2人きりで勉強させられなくちゃいけない?……いや、別の見方をするなら、俺とこいつは今2人きり……机に対先生ナイフを隠して暗殺するチャンスを見計らえば、

 

「あ、そういうのまだいいんで。はい、次のテスト」

 

「……………………」

 

………………殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日の放課後……上海蟹を食べに行くだとかで、あいつが教室から飛び立って行ったのを確認したあと、カバンからそっといくつかの部品を取り出し組み立て始める。とにかく腹が立って仕方がなかったから、俺の得意分野を活かし、失敗覚悟(ダメもと)で殺しに行く準備だ。

隣の席では、俺の手元が気になるのかアミサがこちらをチラチラと見ているのだが、見るたびに青ざめた顔で視線を逸らしていて……これでも怒りは隠しているつもりなんだが、俺が怯えさせているのか?

 

「イトナくん、それは?」

 

「仕返し用戦闘車……の、部品諸々だ」

 

「細かいのがいっぱい……仕返しって、やっぱり昨日……」

 

「……あのタコに次から次へとテスト受けさせられた……見てたなら助けてくれ」

 

「うわぁ……って私、殺せんせーがイトナくん連れ去ったとこしか見てないよ」

 

やはり気になっていたんだろう、カバンを片付ける手を止めて、興味津々に俺の手元を観察し始めた。というか、見てたのか……正直見てたなら助けて欲しかった。怒りからか手に持ったドライバーが折れそうなくらいミシミシいっているが、気にする余裕はない、折れなければいい、使えれば。アミサはか細い声で「それ……」と言いながら俺の持つドライバーを不安そうに指さしているが、気にしない。

だが、イライラとしていても手元は真剣だ……親父の工場で一通りかじったとはいえ、こういう細かい作業は丁寧さが命だから。……よし、この組み立てが終われば次ははんだか……俺は本校舎に通ったことがない(というかそもそも行ったことがない)から中がどうなのか知らないが、そこと比べて劣等感を与えるためにE組は底辺の設備とされているのだと聞いていた。しかし、律が問題なく駆動できているように十分な電力は通っているから、俺はいつでも好きな時に電子工作ができるというわけだ……助かる。

 

「……じゃあ、この戦闘車作戦が終わったら、私の家においでよ。……お疲れ様会、しよう?私、何か作って待ってるから」

 

「……俺はアミサの家、知らない」

 

途中から何か考え込んでいるとは思っていたが……まさか家に招こうとするとは思わなかった。俺が慣れない勉強に疲れていると察して言い出したことなのか……名案だとばかりに手を叩いてこちらを向いた。ニコニコとしながら俺の返事を待つアミサにどう答えるべきか迷って……迷った末に出た言葉は、断りでも申し出を受ける言葉でもなく、家を知らない、という一言だけだった。

 

「あれ……?あ……そっか、そうだよね。殺せんせーの下着泥棒疑惑の新聞が出た前の日、泥棒役はイトナくんがやってたって言ってたから私の家に来たのイトナくんだと勝手に思ってた……ごめんね」

 

「……いや、いい」

 

彼女は疑ったことを申し訳なさそうに謝っているが、謝る必要は無い……「知らない」などと言ったが、実際はアミサの家に行ったことがあるからだ。

アミサはE組に初めて登校した時……最初の暗殺の時に、挑発してきたカルマを除いて唯一俺に声をかけに来た。二度目の暗殺では姿を見ることは出来なくて、飛び降りてきたカルマによって容態を知らされた……なんとも思っていないはずのただの一クラスメイト……なのに、何故かその名前が頭の中に残っていた。

シロの用意したFカップ以上の巨乳女性のリストには彼女も載っていて……毎回何気なく選んでいたそれの中に名前を見つけた時、思わず次の目的地に決めていた。家の近くまで行って、外に本来の目的である下着が干されていなかったことに安心したようながっかりしたような気持ちになって、それでもその日は他へ行く気にもなれなかったからそのまま見ていれば……特に音を立てたつもりもなかったのに、本人が顔を出したんだ。彼女は俺に気付いていなかったようだが、隠れている場所をまっすぐ見つめていたから……完全にバレたと思っていた。

嘘をついたことを誤魔化すように手元の作業を再開させ、隣の様子を伺えばどこか残念そうに耳を垂らす小動物がいた……いや、イメージでしかないが、そう見えた。だが、教えて貰ってもいないのにたどり着けてはおかしい……そうだ、なにも俺一人で行かなくちゃいけないわけじゃないだろう。

 

「……他に呼んでもいいか?」

 

「他にって、誰かをってこと?私の家、そんなに広くないから、E組の人であんまり大人数にならなければいいけど……誰か誘いたいの?」

 

「とりあえずカルマ。行き方教えてもらう」

 

「あ、なるほど……うん、いいよ。来る日になったら教えてね」

 

「あぁ。その時成果を話せるよう努力する」

 

むしろ、カルマを誘わず一人で行く方が危険だと思う……提案してから思い出してよかったと内心安心していた。小指を立てる意味を知らないらしいアミサはともかく、カルマ本人とクラスメイトの反応から、2人はまだ付き合っていないのだろう。ただ、カルマはかなりあからさまだ……俺は彼女に弟分として見られているのにそれでも牽制してくるくらいだから、黙って行った場合は考えたくない。

そこまで話したところでアミサが席を立つ……これからあのビッチ先生の放課後講座とやらを受けに行くのだろう。話は終わりだと手元へ視線を戻しつつ、なんとなく思い立ち楽しみにしておくという意味も込めて、教室を出ていく彼女に空いた手を振っておいた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「寺坂がアホ面で言った。『100回失敗してもいい』と……だから、失敗覚悟(だめもと)で殺しに行く」

 

アミサがビッチ先生のいる教員室へ行ったあとに「何をしているの」と彼女と同じようなことを聞きに来た渚の質問に答えていると、いつの間にか周りにはE組の男子が集まっていた。逆に女子はほぼ全員が帰宅したようで、さっき顔を上げた時にはもう教室に残っているのは男子だけになっていた。手元をのぞき込まれながら、ハイテクだ、細かいなどと言われるがこれらの技術は親父の工場がまだ軌道に乗っていた時に、手遊びの代わりに覚えたものばかりだから、そこまで賞賛されると少し気恥ずかしい……俺の感覚からすると、そんなに難しいものでもないから寺坂以外誰でも簡単に扱える、といじりつつ言っておく。

大体の内部改造を終え、装甲を付け直して教室の床へとラジコンを下ろす……テスト走行だ。ちょうど俺の周りには男子が集まっているから、そのまま障害物になってくれ。ガン・カメラを見ながら手元のコントローラーをいじり、ラジコンを走らせる……ギアの駆動音はほとんど抑えられているな、予定通り。あとは壁際に設置した空き缶へ距離をとって主砲を向け……撃つ!

 

────カカカァンッ

 

「すっげぇ……走ってる時も撃つ時もほとんど音がしねぇ」

 

「電子制御を多用することでギアの駆動音を抑えている。ガン・カメラはスマホのものを流用した……銃の照準と連動しつつ、コントローラーに映像を送る」

 

「おぉ、スパイっぽいな!」

 

「これで狙えるとして……一体どこを?」

 

「……お前らに教えといてやる。狙うべき理想の一点……シロから聞いた、標的の急所だ」

 

殺せんせーを暗殺するにあたって、政府と関係をもっていたシロは、E組が仕掛けた暗殺の報告書を元に作戦を立てていた……それを聞いた限りでは、E組は触手だったり頭だったりと目に見えているところを狙って仕掛けていたということを聞いている。触手を切り離せば確かに運動能力は下げることが出来るが……それで絶命させられるわけではなく、それまででしかない。

俺は、弱体化させるだけじゃなく、上手くいけば一発で仕留められる方法を知っている。俺があちら側にいたからこそ得た情報……あの時は俺が勝つためだけの情報(もの)でしかなかったが、これからは俺等が勝つために有効活用させてもらおう。これからは1人でやらなくていい……こいつらと一緒に、たった一回の勝利を目指せばいいのだから。

 

「奴には【心臓】がある。位置はネクタイの真下……そこを殺れば一発で絶命できるそうだ」

 

もう、シロの手駒でも殺せんせーの弟でもない。

──E組の堀部糸成だ。

 

 

++++++++++++++++

 

 

いくら小回りがきく車体でも、ピンポイントで狙える銃口が備えられていても、本番で壊れては意味が無い。だから暗殺に備えて試運転を重ねておこうと校舎内を走らせ始めたあたりでカルマが欠伸をしだした……小さい画面を野郎共が揃ってのぞき込んでいるだけっていう状況に飽きてきたんだろう。先に帰ると言ってカバンをとると、一人教室を出ていってしまった。

暗殺のために集まって作業していることもあって、一応呼び止めた磯貝がため息をついているのを渚が苦笑いで慰め、それを横目に俺が操るラジコンがちょうど教員室を横切ろうとした時……ラジコンに搭載したカメラとマイクが人の気配を拾った。聞こえてきたのはビッチ先生に挨拶をする数人の女子の声……アミサ達の放課後講座とやらが終わったんだろう。バレないように車体の動きを止めてすぐに教員室の扉が開く。

 

『ねぇ、帰りにカフェ寄っていこーよ、ケーキ食べたい!』

 

『行く行く!』

 

『言われたそばから寄り道じゃん、それ』

 

『あははっ!アミサは行ける?』

 

『うん、行きたい!』

 

「「「………………………………………………」」」

 

だんだんと遠ざかっていくその声……ではなく、この場にいたほとんどの男子が注目していたのは、ただ一箇所だった。ラジコンは当たり前だが小さい。それこそ人間の足首あたりまでの高さまでしかない。それ故に映りそうになったのだ……教員室から出てきた女子達のスカートの中が。

 

「……見えたか?」

 

「いや、カメラが追いつかなかった……視野が狭すぎるんだ!」

 

「カメラ、もっと大きいのにできないのか!?」

 

「無理だ、重量がかさむ。機動力が落ち、標的の補足が難しくなる」

 

「ならば、カメラのレンズを魚眼にしたらどうだろうか」

《─参謀─竹林考太郎》

 

「「「竹林!!」」」

 

魚眼レンズの使用にあたって歪み補正のプログラムを組む必要性から、小型の魚眼レンズを用意すると言い出した《─カメラ整備─岡島大河》が用途は説明しないまま律を巻き込んだ。標的への照準を合わせやすくするためのカメラ機能……それの使用用途がずれ始めた会話に俺が調整役の立場から返答していると、カメラに映った女子達が廊下の角を曲がりきろうとするところで、アミサが1人足を止めてこちらを振り返っているのが見えた。……これ、このラジコンの存在バレてるよな。

先に歩いていく他の女子を見送ってから彼女は戦闘車の近くにしゃがみこむと、まじまじと見つつ車体へ手を伸ばし……瞬間カメラに映った光景に俺は目を見開いて、反射的に画面を手で隠していた。……こいつは絶対気付いてないけど、確かに今、スカートの中が映ったぞ。しかも見えてはいけないものだった気しかしない……少し詳しく言うなら、()()()()()()()()()()()()()()()、という。……俺も一応年頃だ、気にはなるが色々な意味で見なかったことにしなければ後がやばい……大事なことだから二回言うぞ、色々な意味で、だ。唯一の救いは俺以外には見た奴がいなさそうなことか……。

顔を上げてみると、男性陣はスカートの中を見るという目的のために必要そうな機能を次々と意見していた……渚と磯貝が離れた場所で「下着ドロにはドン引きしてたくせに」と、盛り上がるこいつらに対してドン引きしていた。俺はその中に入ってないと信じておく。しかし、こいつらの目的は完全に脱線しているが、暗殺に役立つ機能であることに変わりはない、だから役立てようとしっかりと聞いていた時……

 

────コンコンコン

 

「「「!!!?」」」

 

「あ、えと……お、お邪魔してごめんなさい……そ、そんなに驚かれるとは思わなくて……」

 

「お、おー……」

 

「真尾か、お前でよかったよ……」

 

「???」

 

先程画面に映った一人であるアミサが教室に現れ、分かりやすいくらいに男子が驚き慌てている。だが、この一週間の付き合いで学んだ……彼女は良くも悪くも素直で天然だから、多分この不自然なごまかしを全く疑いもしていないんだろう。首をかしげつつうまく俺等の輪の中には入れず困った表情をしている彼女に、元々慌てる理由のない磯貝が声をかけた。

 

「お前らなぁ……ま、いいか。どうしたんだ?」

 

「その……コレ、教員室の前のとこに……イトナくんが作ってたやつだよね?多分廊下のへこみに引っかかってたんだと思う……動かなかったから、持ってきちゃった」

 

コントローラーの画面を見ていなくて(隠していて)気付かなかったが、彼女の手元には俺等の話題の中心である戦闘車が抱えられていた。存在がバレていたことに息を呑む男子達……おい、落ちていたから拾って届けに来た、という善意の行動が、お前等の反応のせいで余計なお世話か何かだったかと勘違いしてアミサが落ち込んでいるぞ。

このままだと彼女を落ち込ませたまま帰すことになりかねない……そう判断した俺は、わざと特に何か反応することなく差し出されたラジコンをそっと受け取り、装甲を外す。

 

「助かる。……ちなみになんで気付いた?できる限り最小限の駆動音に抑えていたはずだ」

 

「んー……色、かな。教員室から出た時に、なんか廊下に違和感があるなって……」

 

「……なるほど、要改造点だな」

 

「それなら俺の得意分野だ……引き受けた。学校迷彩、俺が塗ろう」

《─偽装効果担当─菅谷創介》

 

迷ってるところを見ると彼女が音で気付いた可能性も若干あるだろう。そこも改造点だが車体の色が目立つことも考えものだ……俺は専門外だから、考えてもなかった弱点だ。そう思いながら装甲を見ていると、菅谷が得意分野だと名乗りを上げる。

 

「じゃ、じゃあ、頑張って完成させてください……お邪魔しましたっ!」

 

「意見ありがとな〜!」

 

「気をつけて帰れよ!」

 

それからも男子で盛り上がっていると、居づらくなってきたのだろう……アミサがおじぎしてから教室を出ていった。彼女がいては目的の対象である女子達に話が伝わってしまう、と明言できずにいた相談が、彼女が出ていったことで安心したように遠慮なく飛び交う隠しもしない言葉での話し合いがまた始まる。この教室から見える、E組校舎に来るための山道を女子達が降っていくのを確認したあと、再びラジコンを走らせることになった。今度は室内よりもデコボコが多い校舎外をメインに走らせる。

 

「これも全て暗殺のためだ!行け!……えーっと、……試作品ZERO号!」

 

下駄箱から校庭へ飛び出した……瞬間、階段から落ちて横転した。

 

「……復帰させてくる!」

《─高機動復元士─木村正義》

 

「段差に強い足回りも必要じゃないか?」

 

「俺が開発する。駆動系や金属加工には覚えがある」

《─駆動系設計補助─吉田大成》

 

「ラジコンは人間とはサイズが違う……快適に走り回れるように俺が歩いて地図を作ろう」

《─ロードマップ制作─前原陽斗》

 

エロと殺しとモノ作り……この要素だけで、気が付けば周りには人が集まっていた。ただ……触手があった頃は俺もエロ方面にかなり敏感だった自信があるが、一部を除いてここまで食いついた上、積極的になるものなんだな、といういらない気付きもあったわけだが。どこか影が差したようにカッコつけている雰囲気に、渚と磯貝に関しては引いてるぞ。

ラジコンの改良改造について様々な意見が出たが、吉田の足回りの仕上げや菅谷の塗装、前原のマップ制作などすぐに出来ないものや、岡島のように一度帰らなくては準備出来ないものなどがあるため、今日のところはここで解散し、明日の朝一番でまた集合することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝6時30分。

学校のカリキュラムが始まるのは8時45分のため、これのために集まった男子以外、E組校舎には誰もいない。ちなみに最初からE組教室内に設置されている律は8時に起動するため、俺等のやろうとしている全容を知ることは無い、はずだ。多分。

朝早くに集まるために朝食を食べていないだろうと、E組の中でトップクラスの料理上手、《─糧食補給班─村松拓哉》が持参した朝食を味わいながら、吉田、菅谷の改良をラジコンに組み込んでいく。今この場には、途中で帰宅したカルマ以外は遅刻せずに全員揃っている……基本ギリギリにしか来ない奴等までしっかり揃っていることから、男としては逃せないイベントなのだろう。

そして始まった試運転……もしかしたら俺以外が操縦することになるかもしれないと、順番にコントローラーを回していく。千葉や三村など、何人かはエロについてではなく純粋にラジコンや映像に興味があったらしく、嬉しそうに操作する姿を見ていると……最初は仕返しのために作り始めたものではあったが、やって良かったと、そう、思う。

 

「イトナ、これだけ皆で改良してるんだ。機体に開発ネームでもつけないか?」

 

「……考えてみる」

 

……触手が俺に聞いてきた。

 

どうなりたいか

──と。

 

『強くなりたい』と答えたら、それしか考えられなくなった。ただ朦朧として、戦って勝つことしか。

 

〝最初は細い糸でいい。徐々に紡いで強くなれ。それが『糸成』、お前の名前に込めた願いだ〟

 

……何で忘れてたのかな、自分のルーツを。

 

〝一緒に、E組で思い出を作ろうよ。あったかくて優しいたくさんの友だちと一緒に。ちょっと変わってて楽しい先生たちと一緒に〟

 

アミサ(ねえさん)……最初から……最初から、()()から始めればよかったのかな

 

「あ、ほらぶつかったじゃねーか。寺坂全然下手じゃん!」

 

「ンだと!?」

 

「……ん?」

 

今の操縦者である寺坂がチクチクといじられているのを横目にコントローラーの画面へと目を落とす、と……何か、大きな影が映りこんだような……?

コントローラーに手を伸ばし、周りの奴等が不思議そうにしている中、カメラの向きをその影を作るものへと向ける、と……

 

『……キュ?』

 

「「「バケモンでたーーッ!?」」」

 

「逃げろ!いや、撃て!」

 

「主砲の威力が全然足りてねぇ!!」

 

「ここも要改造だ!?」

 

「「「って、うわぁあぁあ!!??」」」

 

++++++++++++++++

 

木村が現場へ行き、戦闘車を回収してきてくれたが……ついた時にはイタチによって破壊しつくされた後だったようだ。ラジコンの残骸を囲み、次からは移動と射撃を分担した方がもしもに備えやすいと《─搭載砲手─千葉龍之介》を任命したり、その他諸々の反省点を挙げていく。確かに残念ではあった……だが、この一回の失敗で諦めるつもりは無い。開発には失敗(ミス)が付き物なのだから。マジックのキャップを開け、無事に残った装甲へと走らせる……『糸成1号』、と。

 

「糸成1号は失敗作だ。だが、ここから紡いで強くする。100回失敗したっていい……最後には必ず殺す。よろしくな、お前等」

 

「おうよ!」

 

「よっしゃ!3月までにはこいつで女子全員のスカートの中を偵察するぜ!」

 

「スカートの中がなんですって?」

 

「片岡ァ!?」

 

……趣旨が変わってるぞ。同じようなことを考えていたんだろう、渚も呆れたように発言した岡島を見ているのが分かる。

直後、岡島の肩へと置かれた手の持ち主は……いつから教室に居たのだろう、クラス委員の片岡のものだった。なんとか弁解しようとしているが、後ろから他の女子達も着いてきていて……誤魔化せるのか、これ。とりあえず言い出しっぺは俺じゃないため、矢面に立っている岡島をサラッと売っておく。……一応、一番最初に映像に食いついたことに間違いはないのだし。

ふと、顔を上げて時計を確認してみれば、時間は8時……竹林が言っていた通り、律が起動して魚眼レンズで撮影した写真の補正プログラムが完成したことを告げ、いわゆる覗きをしようとしていた裏付けとなってしまった。

 

「なにやってんの?」

 

「ちょっと、痴情のもつれが……」

 

「ふーん……」

 

罪を擦り付けあっていたが、止めはしないもののずっと傍観者の立ち位置を保ち続けた磯貝と渚以外に登校してきた女子達の厳しい視線、説教が繰り広げられることになった。ただ、岡島や前原といった明確な首謀者がいた事で、俺にはあまりその余波は来ていない。

と、この喧騒を聞いて来たのだろう……男子の中で唯一事情を何も知らずにアミサを伴ったカルマが教室に入ってきた。彼等の登校に気付いたのは俺だけじゃなく、説教していた女子メンバーもそちらを振り向いていた。あまりにも一斉に、しかも説教の雰囲気そのままに振り向くものだから、アミサは怯えたようにカルマの後ろに隠れてしまっている。

 

「ちょうどいいところに来たわ、カルマ!」

 

「いや、先に確認よ。あんた、こいつらが何やってたか知ってる?」

 

「何って……せんせー暗殺用の戦闘車じゃないわけ?俺興味無いから途中で帰ったけど」

 

「「「よし、カルマは白だ」」」

 

「「???」」

 

誰一人として、カルマに情報を流す者はいなかったらしい。何が起きたのかこの教室の中で二人だけが全くわからない様子で不思議そうにしていた。

かなり怯えたまま、それでも恐る恐る事情を知りたそうに顔を覗かせるアミサに気付いた原と茅野がアミサの気を引いてこちらをあまり気にしなくてもいい環境を作ってくれた。今伝えたら、唯一女子達の中で男子が女子達を狙っていることを知りかけていたという責任からパニックになることは目に見えているからな……彼女は全く悪くなくても気にするに決まってる。アミサの意識が逸れたその隙に、女子達はカルマに状況を伝えながら説教を再開し始めた。

 

「こいつらそのラジコンのカメラで女子のスカートの中を見ようとしてたのよ!」

 

「アミサはあんたらの態度を疑ってないけどね、女子に隠して実行してる上、来たのがアミサでよかったって……女子に対してよからぬ事考えてるんじゃないかって思ってたのよ!」

 

「だから、実行に移す前にイタチに壊されたんだって!」

 

「どーだか……」

 

「てか実行しようとしてる時点で一緒よ!」

 

「へー……ねぇ、アミーシャの見た奴いるの?いるなら俺とお話しよっか?あ、もちろん何でもありのね」

 

「殺される……!」

 

「だから見てねぇって!」

 

……アミサ、やっぱりあの時に教室へ来た時の雰囲気、分かってなかったんだな。ただ、違和感は感じていたのか、あの後ケーキを食べに行くと言っていた女子達に相談したのだろう。カルマが状況をハッキリ理解して、クラス公認である自分の想い人も被害にあいそうだったと知るやいなや、元々ハイライトの感じない瞳からさらに光が消えた。……物凄く、怒ってるな。さりげなくアミサを預かる原と茅野も含めて背に庇いながら手をバキバキと鳴らし、男子に詰め寄っているところは流石としか言いようがない。

ふと、ここで俺はこの仕返しをするにあたって、アミサとひとつの約束をしていたことを思い出した。仕返しを、暗殺を実行する前に趣旨は脱線するわ、要のラジコンは壊れるわでグダグダなままになってしまったが、終わりは終わりだろう。約束を果たすために俺は席を立って、彼女と威嚇するカルマの元へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アミサ、終わったから今日がいい」

 

「……?」

 

「家、呼んでくれるんだろ?」

 

「はぁ?なんでイトナがアミーシャの家に、」

 

「カルマ、俺は今日サボる。いい場所教えろ……その時話す」

 

「ふーん?……いいよ」

 

女子達に説教される一部を除いた他の男子達を尻目にカルマのサボり場所へと案内してもらう。後ろから俺が逃げたことに対する抗議の声が上がっているのが聞こえたが、……知ったことか。

案内された先でアミサ宅訪問理由とその他E組や暗殺関連含めた諸々の話題で今日の授業をサボり、カルマと意気投合した。……何を話したか、詳しい内容は避けるが……カルマがE組の他の奴等に言うと騒ぎ立てられるからとなかなか話せないことを、少しばかり話せて気が楽になったようだ、とだけ言っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、あの戦闘車壊れちゃったんだ……」

 

カルマは訪問理由を話した時に、教室へ戻ってからは渚にも声をかけ、18時頃、予定通り俺がアミサの家を知らないから案内してもらったという体でお邪魔する。迎えてくれた彼女は、道中教えられた通り一人で待っていて……俺等が来たことに気が付くと嬉しそうに笑っていた。

 

「いや、開発に失敗はつきもの……今回ダメなら次、それもダメならまたやればいい」

 

「イトナ君、淡々と作業してたもんね……新たな仕事人が誕生したみたいだったよ」

 

「それが何をどうしたら覗きに発展しちゃうかな……」

 

「年頃の男子ってことにしといて」

 

あとは仕上げだけだから、と手伝おうとした渚を含めて俺等をテーブルにつかせて何かしら作業をする彼女へ、あの場では教えられなかったラジコン作戦の全容を掻い摘んで話すと、嫌悪感はないようだが呆れの滲んだ声色で小さく笑っていた。アミサ曰く、女子達に話したのは俺が男子達の輪の中心になって一つのことに取り組む姿が嬉しかったから、それを誰かに言いたかっただけだったらしい。ただ、説明が苦手なために話をまとめることが出来ず、見たまま聞いたままを全て伝えたところ……聞いた女子達が俺等の態度に疑問を持つことになったのだろうと推測できた。

 

「あはは……でも、無事に一段落したから……はい、できたよ」

 

「……うまそう」

 

「美味いよ〜アミーシャが作るの。たまに作ってる最中に爆発音するけど」

 

「カルマ君の家に泊まった時はアミサちゃんがご飯作るんだっけ?」

 

「そうそう、最近原さんに料理習ってるらしくてだんだん上達してるから、今日も楽しみだったんだよね」

 

「もっと上手くならなくちゃ、カルマに負けたくないし……その、3人とも男の人だし足りるかわからないけど……1週間お疲れ様でした。……召し上がれ」

 

「「「いただきます」」」

 

爆発音とはなんだと思えば、料理をしていると数回に一度の割合で、ねこまんまやUマテリアルという金属が出来上がるらしい……ねこまんまならまだしも、金属が出来るってどういう事だ。それを聞いてしまうと今回の料理にも混入しているのではないかと勘ぐってしまうのは仕方ないだろう。

だが、普通にうまそうだ……アミサに促されるまま口にすれば、久々に食べた温かい食事に箸が進む。……いや

別に毎日食べれていないわけじゃない、村松の家に食べに行くこともあるし。……ただ、アミサと、カルマと、渚と……家族のように集まって食べることが、あたたかく感じるだけで。

少し話を聞けば、渚はともかく、アミサとカルマはほとんど家族が家にいないため、大抵どちらかの家で一緒に過ごすことが多いのだとか。だからこんなに夫婦感があるのかと言えば、アミサは顔を真っ赤にして固まり、カルマはニヤニヤと彼女の赤くなった頬をつついて、渚はそれを宥めようと立ち上がっていた……なるほど、多分あとはアミサが受け入れれば引っ付くな、この二人。

この食事会を機に週に1、2回……勉強嫌いでも待ち時間があるから課題をするようにと条件を出されたが、主にアミサとカルマと俺の3人で調理する役を回しつつ、俺は『家族での食事』というあたたかさを感じるものを経験できるようになる。

 

 

 

 

 




「アミサ、カルマ。今日いいか?」
「うん、いいよ」
「あー、今日は俺担当か……イトナ、何食べたいとかリクエストは?」
「ラーメン以外」
「それリクエストって言わない」
「昨日も村松くんの家行ったんだね……」
「あぁ。まずいラーメンでも何故かたまに食べたくなる味だ。……つくづく村松の料理の腕からは考えられない古さだ」
「おいコライトナァ!?」
「事実だろ」
「事実じゃん」
「私は村松くんのラーメンは食べたことないから……なんとも。あ、ごはんはおいしいと思うよ!」



「……なんで誰もイトナが真尾の家に通うことに突っ込まないんだ」
「あいつも一応盗撮の実行犯だぞ」
「日頃の行いの差でしょ」
「あとは……3人とも、普段から親が近くにいないって共通点があるからってのもあるんじゃないかな」


++++++++++++++++++++


遅くなってしまいました、紡ぐ時間・イトナ編です。内容自体はアミサ編と変わりませんが、捉え方や男子目線だと実はこうだった、というのを書いたつもりです。原作とは少し解釈が違っているかも知れませんが、この小説オリジナルの展開と捉えていただければ幸いです。

次回はコードネームの時間……オリ主のソレは、もう何度も作中に出てきている言葉が使われるかとwどう頑張っても保護者達からすればこう思わざるを得ない、といいますか……早めに更新できるように頑張ります!


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名前の時間

「はー……」

 

「木村くん、どうしたの……?朝からため息なんてついて」

 

「いや、さー……真尾、イトナ達の会話、聞こえたか?」

 

「んー……変わった名前、ってやつ?」

 

「そう、それ」

 

朝、私が学校へ登校してすぐくらいに、自分の机でため息をついてる木村くんの姿が見えた。少し気になって声をかけてみると、教室の後ろの方でイトナくんとカエデちゃん、メグちゃん、陽菜乃ちゃんたちが話している内容が原因らしくて……少しだけ聞こえてきた会話内容は、〝糸成〟という名前はキラキラネームだとか、珍しいとか、なんとか。でも、それが原因と言われてもよく分からないし……いろいろ考えてはみたけど答えは出なかった。

 

「……ピンと来てないだろ、その顔は。……いや、でも真尾なら有り得るな……お前、俺のフルネーム言えるか?」

 

「え……木村〝せいぎ〟くん、だよね……?」

 

「違うよアミサちゃん、〝まさよし〟君だよ!ほら、アプリの名前もそうでしょー?」

 

「あ、カエデちゃん」

 

木村くんからされた突然の問いかけに素直に答えると、教室の後ろから私たちの方へ近づいて来ていたらしいカエデちゃんが、訂正してくれた。……確かに、全体チャットとかでの木村くんのメッセージを確認してみれば、平仮名で〝まさよし〟と書いてあって……私、半年近く名前を間違えて覚えてたってこと……!?

 

「あー、2人とも違うわよ」

 

「「へ?」」

 

「木村の下の名前、〝正義〟って書いて〝ジャスティス〟って読むから」

 

「「ジャスティス!?」」

 

カエデちゃんに言われるまま、スマホのメッセージアプリを見て確認してから慌てて謝ろうとしたところで、合流していたメグちゃんたちが苦笑いで私とカエデちゃんの頭を撫でて止めてきた。その行動を不思議に思っていたら杉野くんが教えてくれた答えは、私もカエデちゃんも間違っているということ……。教えられた木村くんのファーストネームを聞き間違いかと思って、思わず木村くんを見てホントかどうか確認すると、彼はまた大きなため息をひとつついて机に突っ伏してしまった……ホントなんだ。まさか名前の漢字でそんな読み方が存在するとは思わなくてかなり驚いた。

 

「入学式で聞いた時はビビったぜ……」

 

「てか、茅野は知らなかったんだな」

 

「皆、武士の情けで〝まさよし〟って呼んでくれてんだよ。殺せんせーにもそう呼ぶよう頼んでるし、俺も基本それで通してるし……だから茅野が勘違いしてたのはしょうがない」

 

「アミサちゃんの場合はE組に入るまではみんなの名前、全く知らなかったでしょ?そこから覚えた上に本名がアミーシャってことは、日本に来るまではカタカナでの名前に慣れてるってことだから……」

 

「あー、もし途中で知ったとしても、変わってるって感じないわけか……」

 

渚くんの言う通り、私の周りにはカタカナの名前の人しかいなかったから、ジャスティスって名前の方が身近に感じる。……というより、私は日本に馴染めるためにってわざわざ〝真尾有美紗〟という名前を作ったのだから、みんなにとってはあまり聞かない名前の方が違和感があるんだろうな。

木村くんの両親は警察官らしい。正義感で舞い上がってつけられた名前らしく、本人にとってはかなりいじられるしコンプレックスなんだって。ちなみに弟は勇気と書いて〝ブレイブ〟と読むらしく……兄弟そろって英語読みの名前でいつも大変な思いをしてるんだとか。木村くんは卒業式でも名前の読み上げがあるから、その時にまた公開処刑されることが嫌で仕方ない、と机に伏せたままぼやいてた。警察か……ロイドさんたち、元気かなぁ……。

 

「そんなモンよ、親なんて……私なんてこの顔で〝綺羅々〟よ、〝きらら〟!〝きらら〟っぽく見えるかしら?」

 

「い、いや……」

 

私たちが名前について話しているのが気になったのか……綺羅々ちゃんもこちらにやって来て話に混ざり始めた。彼女も自分の名前に思うところはあったみたい……可愛い名前をつけられても、育つ環境によってはその通りに育つわけがないって言い切っちゃった。でも、綺羅々ちゃんってかなり女の子らしいと思うけどな……キラキラしてて可愛いというよりは、文系の静かなお姉さんって感じで。

 

「大変だねー、皆。ヘンテコな名前つけられて」

 

「「「え!?」」」

 

「え、俺?俺は結構気に入ってるよ、この名前。たまたま親のへんてこセンスが俺にも遺伝したんだろうね。それに……好きな子に呼んでもらえる名前が嫌いになるわけないでしょ?

 

「みっ……!」

 

「「「(何言ったのかは聞こえなかったけど、なんとなく想像がつく……)」」」

 

なんでもない事のように割り込んできたカルマこそ、みんな曰くキラキラネームというものらしい。確か、〝業〟と書いて〝カルマ〟と読むのは仏教用語……だったかな。普通に読むなら〝ぎょう〟か〝ごう〟だもんね。私も多分、口で自己紹介されてなかったら、今頃〝ごう〟くんって呼んでたのかな……それは無いか、あの当時からカルマのことはみんな下の名前で呼んでたし。本人がみんなにそう呼ばせてるくらいだから、気に入ってるとは思ってた。

そんな風にカルマの名前のことを軽く考えていたら、いきなり彼の方へと体を引かれて耳元で小さく……また、恥ずかしいことを照れもせずに言う……ッ!わ、私、まだ何も返事してないのに……。顔が真っ赤になってる自覚があるまま、囁かれた耳を片手で押さえて少し彼から体を離そうとしたのだけど、引き寄せられたまま固定されてて動けない。周りを見て助けを求めてはみたけど、……みんな、目を逸らさないで、助けてください……っ

 

「先生も、名前については不満があります」

 

「殺せんせーは気に入ってんじゃん。茅野が付けてくれたその名前」

 

「気に入ってるからこそ不満なんです!!」

 

急にカルマの後ろからニョキりと現れた殺せんせー……いつの間に来てたんだろう。殺せんせー的には名前が気に入らないっていうのではなくて、気に入ってる名前を呼んでくれないことが不満みたい……その烏間先生とイリーナ先生(呼んでくれない2人)の方を恨めしげに見ている。その2人の先生は、いい大人なのにあだ名で呼ぶのが恥ずかしいから嫌みたいで、ぐちぐち言ってるのが聞こえた。

イリーナ先生が最初に殺せんせーのことをちゃんと呼んでたのは、油断させるための演技だったし……でも、もっと年上のはずのロヴロさんは、標的(ターゲット)と呼ぶことはあっても基本殺せんせーって呼んでたような……大人でも名前で呼ぶかどうかは人それぞれってことかな?

 

「じゃあさ、いっその事みんなコードネームにして呼び合うっていうのはどう?」

 

イリーナ先生と喋っていて、そのボヤキを聞いていた桃花ちゃんが思いついたそれは、夏休みの沖縄暗殺旅行で出会った殺し屋さんたちを参考にしたんだそうで……確かにあの人たちは本名を隠してお互いを呼びあってたな、と思い出す。

 

「ではこうしましょう。今から皆さんにクラス全員分のコードネームを考えてもらいます。それを回収し、先生が無作為に一つ選んだものが、皆さんの今日のコードネームです」

 

殺せんせーが乗り気になってクラスの人数分それぞれに配られた白い紙……自分たちの第2の名前か……殺し屋さんたちは、毒ガスが武器の人は〝スモッグ〟、素手が武器の人は〝グリップ〟って感じで、見ただけ、その人の人となりが名前を聞いてだけでわかるものだった。私たちが参考にできるコードネームと言えば、それくらいだから……きっとみんなが考えるものも、本名から遠いそんな感じの名前になる、ハズ……ハズだけど……どうしよ、何かとんでもない名前ばかりになる気がするのは気のせいかな……!?

 

「アミーシャ、書き終わった?」

 

「う、うん……」

 

「……どうしたの?」

 

「その……なんか、すごい名前ばかりになる気がするなー……って」

 

「あー……まぁ、それがそいつの印象なんだからしょうがないっしょ」

 

「……カルマ、絶対いくつか変なの書いたよね」

 

「ヒッミツー♪」

 

ちょっと……ううん、かなり嫌な予感に襲われながらも、なんとか全員分書き終えて出席番号順に並べてまとめ、殺せんせーへ提出する。全員分のコードネーム候補を殺せんせーが紙が破れない程度にマッハを駆使して確認し、笑ったり、微妙な顔をしたり、えー……って顔をしたりしてるのに不安になりながらも発表を待つ。

 

「それでは、今日1日……名前で呼ぶの禁止ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはE組校舎の裏山……そこでは、29人の暗殺者がたった一人の標的(ターゲット)を追う、殺伐とした任務(ミッション)繰り広げられていた。

 

「『野球バカ』、『野球バカ』!標的(ターゲット)に動きはあるか!?」

 

殺伐と、した……

 

「まだ無しだ、『美術ノッポ』。『堅物』は今、一本松の近くに潜んでいる……『貧乏委員』チームが『堅物』を背後から沢に追い込み……『ツンデレスナイパー』が狙撃する手はずだ」

 

……お互いに呼んでる名前が自分たちの考えたコードネームでさえなければ、殺伐としたものになっていたんだろう、きっと。

私たちは体育の授業で、早速朝のHRで決めたコードネームを用いたシュミレーション的な授業を受けていた。標的はお腹と背中に的を貼り付けた烏間先生こと『堅物』。暗殺者はペイント弾を詰めた銃一丁と連絡手段であるスマホを武器に、『堅物』を追い詰めようと裏山に散らばる私たちだ。私たち、なんだけど……予想してた通りに、やっぱりひどいコードネームをつけられた人がたくさん出てきたせいで、何かしら行動を起こすたびに精神的な何かを削られていってる気がしていた。例えば……

 

「甘いぞ2人!包囲の間を抜かれてどうする!特に『女たらしクソ野郎』!銃は常に撃てる高さに持っておけ!」

 

……『女たらしクソ野郎』こと、前原くん……誰かから恨みを買ってるのかな。

 

「くっそ……『キノコディレクター』!『神崎名人』!『ゆるふわクワガタ』!そっち行ったぞ!」

 

「……もし逃げた場合、方向をお願いします!太陽なら『鷹岡もどき』グループ、プールなら『ポニーテールと乳』グループが近くなるはずだよ」

 

「オーケー!……っ、方向変えた!太陽!」

 

『女たらしクソ野郎』の言葉を聞いて、私はスマホのマイクに口を近づける。近接特化の私は、射撃がことごとく苦手……つまり、今日の授業はかなりの苦手分野だから、もし『堅物』と相対しても勝負になるとは思えない。だから専ら妨害と撹乱で使ってもらうくらいしか役に立てない……代わりに情報収集、精査が得意だから、E組の参謀や司令官たちが立てたいくつもの作戦の中で、スマホを通して送られてくる情報を元に全員が次にどうなるかを予測しやすいようにいくつかの候補をあげる。作戦自体を選ぶのは、実行者その人におまかせするけどね。

 

「『ホームベース』!『へちま』!『コロコロ上がり』!」

 

「やるな、『鷹岡もどき』……だが、足りない!俺に命中一発では奴には到底当たらんぞ!」

 

聞いただけで誰なのかすぐに分かるあだ名を付けられた人たちもいれば、分かりにくい人、悪意しか感じない名前を連呼される人もいて、正直どんどん更新されていく標的の情報を聞いているとどうしても時々気が抜けてしまうのが現状……なんで自分が呼ばれてるわけじゃないのにこんなに余波が来るんだろう……。私は攻撃としての役割が決められてない分、まだ名前を呼ばれてないけど……これ、私が呼ばれる番になったらなったで反応できない気がしてきた。

……と、考え事をしていたら『鷹岡もどき』こと寺坂くんが1発当てたみたい。スマホからの音を聞く限り、注意を他に引き付けて自分の気配を隠し、狙撃するのに成功したって感じかな。この後、『毒メガネ』と『永遠の0』が正面に来た『堅物』を狙うために潜む草むらをかわされたとしても、その先に『凜として説教』が指揮する『ギャル英語』と『性別』が待ち受けていたはずだ。

 

「……スコープに捉えた、いつでもいい」

 

「了解、『変態終末期』と『このマンガがすごい!』、そろそろです」

 

「了解!『中二半』、追い込むから退路を塞げ!」

 

「オーケー、……反対側頼んだよ、『天然小動物』」

 

「……、…………あ、私だった。はーい」

 

「……忘れてたでしょ」

 

早速名前を忘れていたけど、笑顔で誤魔化しておいて位置につく。『ギャルゲーの主人公』のスナイプ可能距離に標的が入ったことを確認してから、『凜として説教』による射手の位置を特定させない射撃で一方を、背後から追い込む『変態終末期』と『このマンガがすごい!』の2人でもう一方を警戒させ、『中二半』と私……『天然小動物』が退路を塞ぐ。最後の仕上げ、舞台は整った。

 

「『ギャルゲーの主人公』!君の狙撃は常に警戒されていると思え!」

 

正確無比な『ギャルゲーの主人公』による超遠距離スナイプ……指導官である『堅物』は当然その実力を知ってるし、それが私たちの切り札だと考えてるだろう。まさに今、気配を完全に消した彼からの狙撃を板きれ一枚で防いでみせた。でも、それ以上に機動力のあるジョーカーがまだ潜んでいるのは予想外なんじゃないかな。

 

「そう、仕上げは俺じゃない……いけ、『ジャスティス』!」

 

「なっ……」

 

──パパパパァンッ!

 

 

++++++++++++++++

 

 

「ヌルフフフ、さて……どうでした?1時間目の体育をコードネームで過ごしてみた感想は」

 

「「「なんか、どっと傷ついた」」」

 

「ポニーテールと乳って……」

 

「すごいサルって連呼された……」

 

「誰だよ俺の考えた奴……」

 

まだ、1時間目が終わったばかりなのに、この精神的にくる疲れは……どうしようもないんだけど、どうにかしたい。6時間授業だから、これがまだまだ続くってことだよね……。今は2時間目の殺せんせー受け持ちの授業で、早速1時間目の体育を自分たちでつけたコードネームで過ごした感想を聞かれていた。みんながいろんな意味でへとへとになっている様子を見て、何故か殺せんせーは嬉しそうだ。

 

「殺せんせー、なんで俺は本名のままだったんだよ」

 

「1時間目の体育の内容は知ってましたし、君の機動力なら活躍すると思ったからです。実際、さっきみたいにかっこよく決めた時なら、『ジャスティス』って呼ばれてもしっくりきたでしょう?」

 

「うーん……」

 

まだあんまり納得していない木村くんに対して、殺せんせーは改名手続きは比較的簡単にできると続けた。普通なら難しいことだけど、木村くんの場合は普段から〝ジャスティス〟ではなく〝まさよし〟をフリガナに当てて生活している。病院など、本名が必ず必要な公的機関以外……つまりそれ以外のところではかなり読みづらい名前を読みやすい名前にしている、ということで、改名手続きの条件はほぼ満たしてるんだって。それを聞いた木村くんは安心したような顔をしたけど、殺せんせーはそれでも、と続けた。

 

「もし、君が先生を殺せたなら……世界は君の名をこう解釈するでしょう。『まさしくジャスティスだ』『地球を救った英雄の名にふさわしい』……と」

 

名は体を表す、とも言うけど、それは今回のように私たちが見た限り、見たままに名前をつけたらそうなるということ。でも、親が名前に込めた願いはともかく、大事なのはその人が人生の中で何を成したか。だから名前は人を作るとは言いきれない……その人が歩いた足跡の中にそっと名前が残るだけだ、と。

少なくともこの暗殺が全て終わるまでは、その名前(ジャスティス)を大事に持っておいてはどうかと言われ、照れたように、でもスッキリした顔で受け入れている木村くんに、ちょっと安心した。……ここで終わればいい話、いい授業だなー……でよかったのに。

 

「そうそう、今日はコードネームで呼ぶ日でしたね……では、先生のことも〝殺せんせー〟ではなくこう呼んでください」

 

あぁ、そっか。烏間先生は『堅物』、イリーナ先生は『ビッチビチ』というコードネームを決めたのに、そういえば殺せんせーの分の投票はしてなかったっけ。自分で考えたので今から書きますね!と、ノリノリで黒板に装飾付きで書き始めた。

 

「『永遠なる疾風の運命の王子』……と」

 

無駄にキメ顔で。

一瞬の沈黙のあと、みんなからの不満が対先生BB弾の嵐となって一気に向けられていた。私たちはひどい名前でも「だってー、先生は無作為に選んでますからー」とか言って変更させてくれなかったのに、1人だけ自分でかっこいいのを付けてずるい!ついでに長すぎて呼ぶ気が失せそう。

結局このあと満場一致で、殺せんせーは『バカなるエロのチキンのタコ』と呼ばれることになる。……長いことには変わりなかったけど、これこそ、名は体を表すの代表例だな、と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝決めた通り、1日の間コードネームで過ごしてみて、呼んだり呼ばれたりするたびに何かが刺さる気分になりながらも、楽しく過ごすことが出来たと思う。何度かんだ順応すれば、受け入れられちゃうものなんだね。

 

「今日はなんか色々とすごい日だったね」

 

「コードネームなぁ……もっとかっこいいもんかと思ってたわ、な、『コロコロ上がり』」

 

「黙れ『野球バカ』」

 

「ひっでぇのー」

 

思いつきで始まったこととはいえ、みんなのネーミングセンスとかを垣間見て、面白かったことに違いはない。ずっとこれからもこのまま過ごすってわけじゃない分、だいぶ気楽に言いあえてたんじゃないかな。まぁ、何人かなんでわざわざそんなコードネームで投票したんだって人もいたわけだけど。完全にコンプレックスを名前にされたカエデちゃんや渚くんとか。メグちゃんの『凜として説教』とか優月ちゃんの『このマンガがすごい!』とか……もはや名前じゃないよね。言い得て妙、って感じがあるのがみんな、よく見ている証拠だなとは思うけど。

とりあえずカエデちゃんは今日1日なんとか我慢してたけど、今はもう終わりだからってイトナくんの意味がわからないってため息に便乗して、不満を前面に押し出しプリプリと怒ってる。多分、悪意を持って書いたものではないと思うよ……カエデちゃんが嫌がってるってことは下着泥棒の事件の時からみんな知ってるんだもん。怒らないで、って気持ちを込めて抱きついてみれば、カエデちゃんも抱きつき返してくれて、幸せ……と思っていたら、彼女は思い出したようにそういえば、と前置いて話し始めた。

 

「殺せんせーに聞いたんだけどさ……アミサちゃんのコードネーム候補、ある意味すごかったらしいよ?」

 

「?」

 

「アミサちゃんのコードネームって『天然小動物』だよね?……それよりも?」

 

「うん。というか……クラス全員28通りの違うことを書いてるはずなのに、コードネームのどこかに『天然』か『妹』か『小動物』って言葉が必ず入ってたって」

 

「え」

 

何その3択、どういうこと?と思って、とりあえずこの場にいるカエデちゃんたちは何と書いたのかを聞いてみればどういうことかわかるかと思って、軽い気持ちで聞いてみたら、

 

「私は『月姫の妹』だよ。沖縄でのカミングアウトが印象に残ってたし、アミサちゃんって月が似合うから」

 

「俺『天然な妹』って書いたわ。イトナは?」

 

「『鈍感小動物』……天然を入れるかは迷った」

 

「僕は『天然記念物』って書いたかな……ちなみにカルマ君は?」

 

「『天然爆撃機』」

 

「「「一番直撃くらってたもんね」」」

 

まともなものを考えてくれていたのは、カエデちゃんだけだった。ほかの男子組、あんまり大差ないと思う……ねぇ、なんでカルマのそれを聞いてわかるって頷きあってるの……?当事者の私がわからないんだけど……!今度は私がプリプリと怒る番で、少しカエデちゃんの腕の中で拗ねていたら、彼女に頭を撫でてもらえて少し気分は浮上……そのまま軽く体重をかけて懐いてみることにした。

こんな感じで私たちなりに楽しく、一生懸命前に進む毎日が続いていたのだけど……私たちは本校舎から差別されるクラス、このまま何も起きずに楽しく終われるってことはないんだ、ってことを……忘れていた。

 

 

 

 

 




「本トは『無自覚天然爆撃機』にしたかったんだけどね」
「長いわ。……あれだろ、修学旅行の……」
「あとプールに……」
「沖縄でもやらかしてた気がする……」
「「「…………」」」
「……俺はその状況を見てないから知らないが……とにかく、野放しは危険ってことか」
「「「それだ」」」



「あ、通知だ……」
『アミサさん、E組の人じゃないですよ?』
「ふふ、だいじょぶだよ。半分くらいの人はまだ怖いけど……この中の2人は、すごく優しいもん」
『……いざとなったらアラーム鳴らしますから、言ってくださいね?』
「ありがと律ちゃん。……えっと、明日の放課後か……だ、い、じょ、ぶ、で、す……と」
『メッセージ、私も呼んでいいですか?』
「いいよ。といっても、放課後お茶しに行こうってお誘いされただけだから、変なメッセージじゃないよ?」
『いえ!行き先くらいは私でも下調べできるかと思いまして!……えぇと、「kunugi-kaze」です?』


++++++++++++++++++++


コードネームの時間でした。
オリ主に、合う名前が思いつかず……結果、いつもと変わらない感じで終わりました。でも、色々あったとは思います笑

ちなみに、オリ主がE組面々に対して書いたコードネーム候補はこちらです↓
赤羽→赤色キャット
磯貝→触覚委員長
岡島→カメラ小僧
岡野→スポーツウーマン
奥田→サイエンティスト
片岡→イケメグ
茅野→木の葉ちゃん
神埼→お姉ちゃん
木村→スピード自慢
倉橋→いきものがかり
潮田→青色ラビット
菅谷→アーティスト
杉野→野球投手
竹林→お医者さん
千葉→スナイパー
寺坂→物理リーダー
中村→姐さん
狭間→文学少女
速水→猫好き
原 →おかーさん
不破→漫画LOVE
前原→雨の日お兄ちゃん
三村→映像作家
村松→料理人
矢田→ポニテ
吉田→バイク好き
律 →ハイスペックPC
糸成→発明家
何人か、コードネームというより職業だったり見た目だったりする人がいますが、気にしない方向でお願いします。

次回は、本校舎との絡みですね……!2回くらいに分かれる気がします。



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イケメンの時間

side渚

2学期の新しい暗殺技術訓練も波に乗り、毎日少しずつレベルアップを自覚しつつある今日この頃。とある情報を入手した僕達は、密かに真相の究明を……というのは建前で、学校終わりの放課後に興味本位で学校から程遠いこの喫茶店、「kunugi-kaze」へと潜入していた。

メンバーは僕と茅野、片岡さん、前原君、岡島君の5人……本当はアミサちゃんも誘ったんだけど、昨日のうちに浅野君からお茶に誘われたから行ってくると放課後になり次第、山を降りていった。まだまだ特定の人以外に対人恐怖症よりは軽いけど怯えを見せる彼女は、本校舎の生徒の中で浅野君なら平気らしく……今では五英傑の面々とも少しなら一緒にいられるらしい。彼女曰く、E組以外の人と慣れる練習をしている最中で、五英傑が人を見下すところはやっぱり苦手だし接触するのは無理だけど、彼等の言葉の端々に真っ直ぐな本心が見え隠れしているのに気付いたら、近くにいて苦にならない時も増えたんだとか。……これを聞いたカルマ君は笑顔で送り出してたけど、アミサちゃんの姿が見えなくなった途端に不機嫌になっていたのはしょうがない事だよね……むしろ僕もあんまりいい気はしない。アミサちゃんの世界が広がることは嬉しいんだけど、ね。

閑話休題(それはさておき)

 

「いらっしゃいませ!……あ、いつもどうも、原田さん、伊東さん!」

 

「ゆーまちゃん元気〜?もう、コーヒーよりもゆーまちゃんが目当てだわこの店」

 

「いやいや、そんなん言ったら店長がグレちゃいますよ」

 

僕等の目の前で繰り広げられるテンポのいい会話とテキパキとした接客……常連さんなのだろう、マダム達のいつもの注文をしっかりおさえた上で店のおすすめも紹介するという気遣い。実にイケメンだ、僕等E組のリーダーである……磯貝君は。E組のメンバーはそれぞれ一人一人にいいところや秀でたところがあるけど……E組一番のイケメンと問えば、全員が口を揃えて磯貝君だと答えるだろう。

 

「お前ら粘るな〜、紅茶一杯で」

 

「いーだろ、バイトしてんの黙っててやってんだからさ」

 

「はいはい、ゆすられてやりますよ……出涸らしだけど、紅茶オマケな」

 

「「(イケメンだぁ……!)」」

 

顔がいい、という意味でのイケメンでもあるけど、磯貝君の場合はその人柄にある。前原君のナンパ癖やカルマ君の喧嘩早さのような危なっかしいところがなく、友達には優しく、目上の人には礼儀正しく、人が嫌がるようなことや人の目に触れない地味なことでも率先してやる。全ての能力がE組の中でもトップクラスで、どんな事でもそつなくこなす能力がある。まさしく『イケメン』とは彼のためにある言葉のようだ。

 

「大量の食器を運ぶ姿すらイケメンだわ……」

 

「E組に落とされた原因である校則違反(アルバイト)も、母子家庭で貧乏なのを少しでも家計の足しにしたいから、だもんな……」

 

「理由すらイケメン……」

 

「殺してぇ……」

 

「あいつの欠点なんて貧乏くらいだけどさ、それすらイケメンに変えちゃうのよ」

 

そう言って磯貝君のイケメンっぷりをどんどんあげていく前原君。曰く、私服は激安店のものを安く見せずに清潔に着こなしてみせるとか。曰く、前に目撃した夏祭りの金魚すくいでとった金魚を、金魚だとは思えないほどの絶品料理として出してくれただとか。曰く、磯貝君がトイレから出たあとのペーパーホルダーはキレイに三角に折りたたまれていたとか。……同じことをしている岡島君が汚らわしいという評価を受けているのは、普段から変態なところをオープンにしすぎているからだと思う。

他にも、僕だったら近所のおばさん達におもちゃにされるところを、磯貝君ではマダムキラーを発揮して可愛がられていたり。エンドのE組に落とされても本校舎からの女子人気はまだ高いままで、片岡さんと並んで女子からラブレターを貰ってたり。

 

「イケメンにしか似合わない事があるんですよ……磯貝君や……先生にしか」

 

「「「イケめ……なんだ貴様!?」」」

 

突然僕等の会話に割り込んできたのは、隣のテーブル席でハニートーストを貪っている殺せんせー(変装バージョン)だった。勢いで先生のことまでイケメンって言うところだった、危ない。校則でバイト禁止になっている椚ヶ丘中学校の先生なのに、ここまで堂々と生徒のバイト先に顔を出していいのかと思えば、今も食べているハニートーストが絶品だから、それに免じて黙認してるんだとか。甘いもの好きの殺せんせーらしい理由だった。

 

「でも皆さん、彼がいくらイケメンでも、さほど腹が立たないでしょう?それは何故です?」

 

「何故って……」

 

「だってさ、単純にいい奴だもんアイツ。それ以外に理由いる?」

 

そうだ、ただ顔がいいだけでそれをひけらかしていたりすれば、腹も立つし好きにはなれない。でも磯貝君の場合は、いつも謙虚でとにかく人がいい。もし彼を苦手とするなら、眩しすぎるくらいにいい人なところくらいなんじゃないかな。前原君の言葉に、イケメン滅べな対抗姿勢を見せていた岡島君すら頷いているから間違いないよね。僕等の反応を見た殺せんせーも嬉しそうで……あ、またお客さんが来たみたい……

 

「いらっしゃいま……!」

 

「おや?」

 

「情報通り、バイトをしている生徒がいるぞ?」

 

「これで2度目の重大校則違反……見損なったよ、磯貝君」

 

ドアベルの音とともに店内へ入ってきたのは、五英傑。さっきも言ったけど、椚ヶ丘中学校ではバイトは校則違反……それをよりによって彼等に見つかってしまうなんて。でも、この喫茶店は中学校から少し離れたところにあって……それなのにこう狙ってこれるものだろうか?いや、情報通りってことは偶然ここに来た訳じゃなくて、磯貝君がバイトをしてるのを知っていてわざと見つけに来たってこと……最悪だ。

……あれ?浅野君がここにいるってことは……

 

「……磯貝、くん……」

 

浅野君の後ろから店の中へ入ってきた彼女と目が合って、サァッと、顔から血の気が引いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真尾さん、こっち」

 

「あ……その、お、……お待たせ、しました……」

 

「頭なんて下げないで……女性を待たせる方が男として恥ずかしいことなんだから」

 

「別にとって食いやしねーよ。だからそうビクビクすんな……おら、」

 

「っ」

 

「瀬尾?彼女は特定の人以外に人馴れしてないんだ。あまり怖がらせるような真似は慎んでもらおうか」

 

「単に瀬尾の言葉が乱暴だから怯えられてるんだと思うけどね」

 

「キシシ……女の扱いは上手いって豪語してなかったか?」

 

放課後になって、昨日誘われていた通り浅野君たちとお茶をしに行くために本校舎の正門へ足早に向かえば、彼らは既に揃っていた。ま、待たせてしまった……若干浅野くん側に寄りながら他の五英傑の人たちにも頭を下げれば気にするな、と言ってもらえて安心した。……意訳すれば、そういう意味でいいよね?

E組校舎を出ようとしたら渚くんたちに一緒に帰ろうと誘われたけど丁重にお断りさせてもらった。特に隠すことでもないから、浅野くんに誘ってもらったことを伝えたら……カルマと渚くんの顔が笑顔なのに固まってビックリしたけど。何かあったのかと思ったら、私がE組以外の人に囲まれても平気なのに驚いたって……私だって、頑張ってるんだから。いつまでもずっとE組といられるわけじゃないし、トラウマになったのは盲目に信じたせい……だったら、自分でちゃんと見て聞いて判断すればいい、これまでだってそうしてきたんだもん。

浅野くんはともかく、他の五英傑はいいのかとも聞かれたけど、榊原くんはスキンシップが多いのから逃げれば話してること自体は怖くないし、瀬尾くんも荒木くんも小山くんも、何か言ってくることはあってもそのあと不器用そうに気にかけてくれたりするのだ……だから、大勢の本校舎の生徒に囲まれるよりもリハビリに向いていたりする。今日だって。

 

「先に文具の補充だけ済ませたいんだ。本屋へ寄っていいかい?」

 

「浅野君、本屋よりもあっちの文具屋まで足を伸ばした方がいいんじゃないかい?ほら、彼女もいるし……」

 

「ある程度時間を潰さないと()()()もいないしな」

 

「ふむ……それもそうだ。真尾さん、かまわないかな?」

 

「え、と……はい。むしろ、私が連れていってもらうんですから……着いてきます」

 

浅野くんに軽く手を引かれ、顔を上げてみると少し苦笑い気味に本屋へ寄りたいと言われた。教室で筆箱を開いてみたら筆記具が残り僅かになっていたことに気づいたんだとか……浅野くんの方から中学校から少し離れた喫茶店へお茶しに行こう、と誘ったのに先に寄り道することが申し訳ないってことだったみたい。むしろ、私が行ったことのない場所へ連れていってもらうのだからそんな軽い寄り道なんて私には気にならないし、なんなら私も少し買い足しておこうか、そう考えて私もカバンから筆箱を取り出して確認する……あ、蛍光ペンが切れそう。小山くんが言ってたことは気にはなったけど……私も知っておくべきことなら、彼らは隠さずに教えてくれる……ということは知らせたくないか知らなくていいことなんだろう。

その後行った文具屋では、元々用事があった浅野くんに連れられるまま、何も考えずに普段から使っているものを手に取ろうとしたのだけど……一瞬開いた筆箱の中身を覚えられていたのか小山くんに「暗記ならこういうのもいい」と勧められたり、放送部で新聞とかにも興味が強い荒木くんがそういう筆記に向いたものをいくつか選んでくれたり、身長が小さい分届かなかったり人に埋もれやすい私を瀬尾くんがぶっきらぼうに助けてくれたり、浅野くんと榊原くんが2人で意見を出し合っておすすめの文庫本とか参考書を見繕ってリストアップしてくれてたり……本系は次の機会に持ち越したけど、何かと世話を焼かれた。……今日までにも数回、こうやって浅野くんに誘われるたびにこの4人とも一緒に過ごしてきたけど……あまり、差別的な態度を感じたことがなかったりする。それが、いつも疑問だった。

 

「…………」

 

「真尾さん、どうしたんだい?……あぁ、こいつらがいると話しづらいなら離れた所で僕が話を聞くし、言ってごらん」

 

「……え、と……失礼なこと、言うかもしれないけど……その……私、E組だよ……?異端児って呼ぶ人も、いるし……浅野くんは何回かお茶してるから分かるけど……4人にとっては、私って、邪魔じゃ……」

 

「「「「…………」」」」

 

本屋から目的地である喫茶店へ向かう道を歩きながら、そんな疑問を考えていれば顔に出ていたみたいで……斜め前を歩いていた浅野くんが気づいて足を止めてくれた。黙ってることもできるけど……浅野くんって、隠し事をさせないって威圧がちょっとあるから、黙っておくのって苦しいんだよね。……これがカルマだと、私が何も言ってないのに全部察しちゃうから、それはそれで思うことはあるけど。とりあえず、せっかくきっかけをくれたし、ということで、かねてからの疑問を小さくぶつけてみる。と、浅野くんが「あぁ……」と4人の方へ顔を向けると、その4人は4人でお互いに顔を見合わせていた。

 

「……そんなことで悩んでたのかい?……まったく、少しは信用を得られたかと思ってたんだけどね……おい、言いたいことがあるなら言え」

 

「あー……ハッキリ言ってE組は俺らにとっちゃあ下の存在ってのは変わらねぇ。だが俺等のリーダーがお前だけは認めてるからな……だったら俺等なりにお前と付き合わせてもらうまでだ」

 

「ちなみに3人はともかく、僕は一学期末テストの時くらいから君のことは認めているよ?やっぱり君のような花をあの掃き溜めに置いておくには惜しいと思うけどね……おっと、まだダメかい?」

 

代表して瀬尾くんと榊原くんが答えてくれたけど……何とも彼等らしい言葉での返答が返ってきた。私のことは全面的に認めているわけではないけど、浅野くんのおかげでそこまで嫌悪感があるわけでもない……といったところかな。椚ヶ丘中学校の『当たり前』に染まってはいても、本質的には人を見ているんだって言うのは感じる、気がする。当然、E組の方が居心地はいいし私の居場所ではあるけど、……少しだけなら、この人たちのそばを信じてもいいかもしれない。少しずつ、〝外〟に慣れるための練習場所として……さりげなく隣に立った榊原くんが頭を撫でようとした時は、最小限の動きで逃げさせてもらったけど。……それはまだ無理です。

そうこうしている内に、目的地が見えてきた……というところで、浅野くん以外の4人がニヤニヤと何かを企むような表情で先行して店へと入っていく。どうしたんだろうと思っていたら、浅野くんに小さな声で謝られた。

 

「え……」

 

「今日、僕が君を誘った本当の目的はお茶じゃない。この後、君には第三者的な立ち位置で事を見てほしいんだ。もちろん、味方をするかどうかは自由……叶うなら後から彼等を諭してやってくれ」

 

何のことを言っているのか全くわからなくて……そのまま店へと足を踏み入れる浅野くんに続いて喫茶店「kunugi-kaze」へ入ってから……ようやく、彼等のやりたいことに察しがついた。

 

「……磯貝、くん……」

 

喫茶店の制服姿で、呆然と固まっている磯貝くんが。お客さんとして来ていたんだろう……渚くんたちがいるのを、見つけてしまったから。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「以前にアルバイトが発覚して、君はE組に落ちることになった……なのに、あれから反省していないようだね」

 

「……浅野、このことは黙っててくれないかな。今月いっぱいで必要な金は稼げるからさ」

 

榊原くんの話術によって、ことを荒らげる前に磯貝くんを喫茶店の外へと連れ出すことができた。磯貝くんは体の弱いお母さんと弟妹のいる母子家庭で、家は貧乏だって言ってた……今月いっぱいで、って金額が決まってるなら生活費っていうよりもお母さんの病院代とか、そういうものためなのかな。……それでも、アルバイトって、校則違反じゃなかったっけ……?しっかりしてる磯貝くんがそれを知らないはずはないと思うんだけど……

 

「……そうだな、僕もできればチャンスをあげたい。だからといって無条件で解放なんてことは、生徒会長としてするわけにはいかない……一つ、条件を出そうか」

 

そう言って浅野くんが提示したのは『闘志を示す』ことだった。椚ヶ丘中学校の校風は社会に出て戦える志を持つ者を尊ぶというもの……違反行為を帳消しにするほどの闘志を、浅野くんだけでなく全校生徒の前で示すこと、それが条件だった。その手っ取り早い舞台として近いうちにある体育祭で棒倒しに参加し、A組と戦い、勝つことを提案。棒倒しは男子の種目……E組男子は15人、A組は28人という倍近い戦力差……それでもE組から挑戦状を叩きつけたという事実に置き換えれば、それも闘志を示したことになる。

そこまで言って浅野くんは言葉を止めて私の背に手を乗せ、磯貝くんたちの方へと軽く押し出した。浅野くんを見上げてみれば、1つ頷かれて……さっき、お店へ入る前に言われたことを任したいってことなんだと解釈した。去り際に私の頭を軽く撫でてから彼は残りの4人を伴い去っていった。姿が見えなくなってから磯貝くんたちを見れば、少しバツが悪そうな顔をしつつもどこか反発しているような表情を浮かべていて……私は、小さく両手を握りしめた。どちらかの事情を知っていて肩入れした意見じゃない……何も知らずにこの状況を見ていた私が、ちゃんと言わなくちゃ。

 

「アミサちゃんの浅野君との約束って、この喫茶店に来る事だったんだね」

 

「……うん、昨日の夜に、お茶しないかって……お店も律ちゃんが下調べしてくれて、それで……」

 

誰も話し出そうとしなかった空気の中で、口火を切ったのは渚くんだった。そう、昨日の内に下調べをしてくれた律ちゃんの情報の中に、磯貝くんがアルバイトをしている、というものは無かったんだ。だから、私は何も知らずに、ただお茶をするだけだろうと誘いに乗った。……まさか、これが目的だったとは思いもしなかったけど。磯貝くんが一歩、私の方へと足を踏み出した……多分、説明をしようとしたんだろう……口を開いたところで遮る。

 

「真尾……あのさ、」

 

「……事情は知ってるよ、同じクラスだもん。でも、私は磯貝くんが悪いと思うから……何かしらの罰則は必要だと思う」

 

「っおい!A組なんかの味方すんのかよ!」

 

「だって!……だって、浅野くんは何も間違ったこと、言ってないもん……。アルバイトが校則違反っていうのは生徒手帳にも入学要項にもしっかり書いてあること……それに同意して、この中学校に入学してきたんでしょ……?他のみんながちゃんと守ってることなんだよ。浅野くんが生徒会長として、見過ごせないって言うのは当たり前だよ」

 

「「「…………」」」

 

家庭の事情があるから、といって1人だけ特別扱いをして許すことは出来ない。それをしてしまったら、きちんと校則を守っている他の生徒たちに示しがつかないし、何より校則を破る抜け穴としての前例を作ってしまうことになる。まぁ、確かに浅野くんが何かを企んでいて、このタイミングで磯貝くんを追い詰めに来たっていうのも否定できないけど……でも、付け入る隙を作ってしまったのはこちらに違いないし、()()()()()()()()の浅野くんたちに非は一切ない。

 

「……とりあえず、これは当事者の磯貝君だけの問題じゃない。明日の学校で他の男子にも話さなくちゃ」

 

「ついでに店の中から早く聞きたそうにこっちみてる担任にも言わなきゃなー……」

 

「あ、殺せんせー……いたんだ」

 

「ハニートーストのために通ってたらしいよ」

 

「(じゃあ、殺せんせーこそ校則違反を認めちゃってたんだ……)……そっ…か……」

 

「アミサちゃん……」

 

喧嘩早くて素行不良だったり、服装を整えなかったり、サボりだったり……そんな軽い校則違反くらいなら誰でもやっちゃうものだから、そんなに問題にはならない。なって個人の軽い書き取りとか掃除とか……それくらいのペナルティで終わる。でも、今回のようなものは一発でE組落ちになる程の重大なもので……実際に磯貝くんはそれでE組に落とされてる。それを見て見ぬふりをしてしまう教師があっていいのかな……私なりの正義とはいえ、硬い考えだとは思う……でも、信念を曲げていいものかもよくわからない。……ううん、今は、そんな個人的な感情で悩んでる場合じゃない。少しだけ心に積もった先生に対する不信感を押し隠し、棒倒しについてどう説明するかと議論しながら先を歩く前原くんや岡島くんたちを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、磯貝くんのアルバイトの事実に目を瞑ってもらうために、体育祭の棒倒しでA組に勝つ必要があるということを男子に説明すると、反対するとかやる気がない……なんてことはなく、むしろ何で棒倒し?というノリだった。棒倒しは戦力差で戦況は大きく左右するけど、いかに相手の妨害をしつつ棒の先端に取り付けるか、という戦略ゲームでもある。寺坂くんの言うように、全校生徒の前で無様に負ける姿を晒し、E組に恥をかかせたいって考えはあるだろうけど……浅野くんのことだ、手っ取り早く戦力差やリーダーとしての資質を見せつけることの出来る場として使おうとしてるんじゃないかな。一度ペナルティを受けてE組落ちしている磯貝くんは、次は退学もありえる……学校に残りたいのなら、この提案を受けざるを得ない。

 

「いや、やる必要は無いよ。浅野の事だから何されるか分かったもんじゃないし……真尾も昨日言ってただろ。俺が播いた種なんだ、俺が責任を全てもつよ」

 

退学(クビ)上等!なんて言ってるけど……それで簡単に納得できるE組じゃない。案の定、大きなブーイングが起きることになった。

 

「難しく考えんなよ、磯貝。A組のガリ勉どもに棒倒しで勝ちゃいいんだろ?楽勝じゃん!」

 

「むしろバイトがバレてラッキーだな!」

 

「日頃の恨み、まとめて返すチャンスじゃねーか」

 

「倒すどころかへし折ってやろーぜ、なぁイケメン!」

 

「お前ら……よし、やってやるか!」

 

元々E組はほとんどの団体競技に出られない……球技大会の時のように、1クラス余る、という素敵な理由で出場権がないのだ。きっかけは最悪だったけど、E組全員が……男子だけとはいえ一致団結して臨む競技ができたことで、大盛り上がりになっていた。 磯貝くんの机に対先生ナイフを立てて前原くんが円陣を組む……それに乗る形で他の男子たちが集まって手を合わせていく……磯貝くんも、自分のためにまとまってくれたみんなに嬉しそうだ。

女子は教室の後ろの方に集まっていて、私は自分の席に座ってその様子を見ていたんだけど……そっとその輪の中から磯貝くんが抜け出してこちらに歩いてきて……近くにしゃがむと座る私と目の高さを合わせて、まっすぐこちらを見つめてくる。それに対して、私も見つめ返す……何か、言いたいことがあるってことなんだよね……?

 

「……どうしたの?」

 

「……昨日、真尾は俺に何かしらの罰則が必要だって言っただろ?確かにあれは分かっててやってた校則違反だから、バレたらやばいってことも分かってた。でも、バイトはもう終わりだし、棒倒しに勝てば浅野は黙認するって言ったから、校則違反の事実は有耶無耶になる」

 

「…………でも、もし負けたら、E組からいなくなっちゃうんでしょ……?さっき、それでいいって言った……」

 

「正直、俺の問題にみんなを巻き込んで怪我させたり、嫌な思いさせるくらいなら退学上等って思ってるのは変わらない。普通ならこれで許されないことなんだろうけどさ……みんなが一緒に戦ってくれるって言ったら……俺も、E組から出ていきたくなくなった」

 

頬を掻きながら照れたように笑う彼が男子の方を振り返ると、男子のみんなが拳を突き出してやる気を示していた。私の近くにいた女子はといえば、男子ったらしょうがないよねという見守る姿勢で……A組にさえ勝てれば今までと同じように過ごせる、こんな破格の条件、私は反対したいわけじゃない。

 

「だったら、もう昨日みたいにいなくなっちゃう原因作らない……?棒倒しも、負けない……?」

 

ちゃんと、なんでこうなったのかを理解していて、もう1回が起きなければ……それでいい。校則違反を絶対するななんて言いたいわけじゃない……した結果、大事にならないようにして欲しいだけ。E組の仲間が欠けて欲しくないだけ。結局は傷ついて欲しくないだけなんだ。

 

「バイトはなぁ……少しでも家計の足しになるならって殺せんせー巻き込んで黙ってたけど、今後はいざとなれば学校に話を通すなりなんなり対策立てるよ。棒倒しだって、俺一人で戦わなくちゃいけないわけじゃないんだ……負けるつもりは無いよ」

 

「……ん、わかった。だったら、私、応援する……お手伝いも、何でもがんばる」

 

「ありがとう。……ごめんな、真尾は人に厳しいことを言うの苦手なのに嫌な役目をさせて」

 

「……だって、誰も、……っ……」

 

「ああぁぁ……悪かった、ごめん!本当にここまでの大事はもう起こさないから!な?……か、カルマヘルプ!」

 

「そこまで頑張ったのに俺呼ぶんだ」

 

さっきまでは自分のせいだから、と一人で全部背負い込もうとしていた磯貝くん。だけど、今回のことを踏まえてこれからのことを考えてくれてるみたいだし、私も浅野くんに頼まれてやったこととはいえ……いろいろ怖かったけど、頑張って伝えてよかった。E組から出ていきたくない、負けるつもりはない、そんな言葉とともに頭を撫でられて……安心したら張り詰めていた分の緊張が一気に解けていっぱいいっぱいだったものが全部出てきそうになった。……泣いては、ないんだから……磯貝くんが目の前で大慌てしてるのは分かってるけど、私、泣いてないもん。

いつの間にか召喚されてたカルマに撫でられ、私は顔を埋めて抱きつかせてもらいながら何とか気持ちを落ち着かせようとしている間、磯貝くんは何人かの男子にもみくちゃにされていた。体育祭までの作戦立案、練習時間……女子メンバーには男子よりも余裕がある分、サポートを頑張ろうと思う。

……ところで、どこまでならお手伝いと称してアーツを使っても許されるんだろうか……下手に使うとドーピングでズルだよね?……これも要相談案件、指揮官ともちゃんと話しておかなくちゃ。

 

 

 

 

 

 




「流れるように真尾と和解したな……」
「あれを素でやってんだもんなー」
「イケメン腹立つわー」
「いてっ!前原、痛いって……」
「磯貝、バイトをするなら内職にした方がバレない。俺もしてる……紹介するか?」
「お前もか」
「そうだね、アルバイトをせざるを得ないなら見つからないものにしないと」
「今回のもイケメンが目立って浅野の所まで話が行っちまったんじゃねーの?」
「なんでそうなるんだよ……」
「で、どんなバイトなんだよ」
「スマホ修理のバイト」
「それはイトナにしか出来ないだろ……」
「そうか?簡単だと思うが」
「……ごめん、嬉しいけど他のを探すよ」



「男子ー!怪我したらこっちに来てねー!」
「軽傷なら私らで十分対処出来るし、もし、捻挫とかっぽいならアミサに診てもらって!」
「乱用はできないそうですから、間違っても大怪我はしないでくださいねー!」
「ほら、応援もお手伝いの1つよ。何言うか思いつかないなら、自分の役割叫んどきなさい」
「役割?……え、えと……ひ、瀕死になってても回復出来るから……っ!練習頑張って……!」
「「「瀕死!?」」」
「「「(それはイコール死んでこいってことか!?)」」」
「ぶっ……くくっ、久々のアミーシャ節……っ!」
「カルマ、あれって冗談か……?」
「確実に本気だね……実際に瀕死回復のアーツもあったはずだし。ほら見てよ、あのやりきった顔」
「まだ始まってもないぞ!?」


+++++++++++++++++++


体育祭、どんな種目があるんだろう。
作者の知ってる体育祭にはパン食い競走も二人三脚もあみ抜けも棒倒しも無かったから、作品の中に何をどう描写すればいいのか大いに迷ってます。そうか、これこそ捏造すればいいのか……!なんて結論にいたりそうなので、次回おかしかったら教えてください。一場面くらいはオリ主の個人競技を入れたい、な……!

そして作者は五英傑に夢を見ている気がします。これこの人達じゃない……!けど、後悔はないのでこのまま突き進みます。

次回、棒倒しを始める直前まで書く予定です。2話どころか3話に分かれそうです。




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運動会の時間

──ワアァァァッ!

 

『100mはA・B・C・D組がリードを許す苦しい展開!負けるな!我が校のエリート達!』

 

ついに椚ヶ丘中学校体育祭……これまでに練習してきた成果を見せる本番だ。相変わらずのアウェイな雰囲気は変わらず、今、個人競技の100m走で2位と大きく差をつけて走る木村くんが頑張ってるけど、放送部の実況はわざとらしくE組のことを呼ばない。……1位に変わりはないし、さすがな活躍を見せる木村くんもかっこいいし、何より他人なのに親ばかを発揮してる私たちE組の絶対的な味方である殺せんせーがいるからあんまり気にならないけど。

とはいっても元陸上部の木村くん以外、運動会の中心的な競技であるトラック競技でいい成績が出ない。陽菜乃ちゃんも言ってるけど、暗殺訓練という普通の中学生以上に高度な体育を毎日繰り返しているから、毎日部活で鍛えてる本校舎の生徒とでもいい勝負ができると思ってたんだけど……。

 

「当たり前だ、100m走を2秒も3秒も縮める訓練はしていない。開けた場所で速く走るのは……それを専門に訓練してきた者が強い」

 

「そっか、私たちのは木の上や崖の上っていう狭くて不安定な場所で自由に、且つスピードを保ったまま動く訓練……」

 

「だから2位は取れても、陸上部とかには勝てないのか〜……」

 

陸上部は走る、投げる、跳ぶ……例えるならそれぞれ専門とする力に集中してそれを中心的に伸ばしたスペシャリストたちを育成しているようなもの。対する私たちは暗殺……突出したものではなく必ず決めるべき一撃の前段階を作るための訓練が主であり、普通ならやらないような特殊な動きを専門としている。目指すところも繰り返している訓練の過程も違うのだから、勝てなくて当たり前だ。

だけど、それは日常的な動作で行われる種目だから。暗殺のために私たちが伸ばしてきた力は基礎体力、バランス力、動体視力や距離感覚……それらは普通に学校生活を送ってきた本校舎の生徒たちに比べて群を抜いている。だからこそ、非日常的な種目、非日常的な場面でその力は発揮される。

 

「原さん、最下位だ……!」

 

「がんばれ!おかーさんっ!」

 

私がおかーさんと呼んでいる寿美鈴ちゃんは、自他ともに認める『動けるデブ』らしい。ふくよか、なら分かるけど太ってはないんじゃないかな……包み込む感じなだけで。……とと、話が脱線しちゃった……えっと、走る速さはお世辞にも速いとは言えなくて、今もパン食い競走では最下位。同じ走順の他クラスの人たちは、既にパン食いに挑戦している……でも、身長より少し高いところに吊るされたパンは揺れるから、腕を使えず口だけで取らなければならないこの競技……バランスをうまく取れなくてみんなフラフラと苦戦していて。あ、ようやくおかーさんも追いつい、え!?

 

「飲み物よ、パンは」

 

「「「かっけぇ!!」」」

 

口の端にぶつかりでもしてパンが揺れたらくわえることなんてまずできない……のを、正確に、1回のジャンプでくわえてみせたおかーさんは、そのままゴクリとパンを吸い込むように食べてしまった。唖然とする対戦相手や審判を置いて名言を残し、颯爽とゴールテープを切ったその姿は、E組全員が思わず見惚れるほどかっこよかった。

 

私とカルマも出場することになっている二人三脚では。

 

「わ、わ!カルマ、ひなたちゃんと前原くん1番だよ!」

 

「……でもケンカしてね?あの2人……」

 

「ホントだ……でも、お互い支えてないのに体幹全くぶれてない」

 

私たちよりも早く走順が回ってきたひなたちゃんたちは、走り出して早々に、……前原くんがひなたちゃんを支えるために、だと思うんだけど……腰に置いていた手をひなたちゃんが叩き落とし、ケンカし始めた。だというのに、口喧嘩をしながらも足の歩幅、スピード、回転の大きさなどが全く変わらない。しかも上半身から上全部を使って喧嘩しているにもかかわらず、バランスを崩すことなく走りきった。ああいうの、何ていうんだっけ……喧嘩するほど仲がいい、みたいな……?あ、足の紐を取ったひなたちゃんが前原くんに飛び蹴りした。

 

「「…………」」

 

「俺等はまともなのやろう。ついでに密着してるのを浅野に見せつけてやる……

「私たちは普通なのやろう。…………へ?」

 

「……なんでもない。ほら本校舎の奴等に、俺等ならもっと息ピッタリだってのを見せてやろーじゃん?」

 

「……うん、2人でみんなをビックリさせる!」

 

暗殺教室が始まってから、もっというならその前から、私とカルマは近くに居続けた……だからこそ、相手の呼吸は手に取るようにわかる。私たちの走順が回ってきた……観客、というか本校舎の人たちがどよめいているのがわかるし、E組の人たちはやっぱりかという表情。……この競技は二人三脚、本来ならほとんど同じ身長でペアを組む方が有利になるに決まってるし、足を結んでいるから歩幅や速さはどちらかに合わせることになる……よって、歩幅が大きく足の速い人同士のほうがいい。

 

何が言いたいのか、もうお分かりだろう。E組が走るから、だけでなく……私、身長145cm、カルマ、身長175cm……見事なでこぼこコンビで登場したことによるどよめきだ。

 

同じ走順の人たちもバカにしたようにこちらを指さして笑っているし、周りがみんな正気か?って目で見てるのがわかる……いいよ、別に。これからみんなの度肝を抜きにいってあげるから。

 

「位置について、よー……い、」

 

────パァン!

 

『さあ、第12走者達が一斉に、……なんだァ!?あいつら、ちゃんと足結んでるよな?!』

 

走る前に全く打ち合わせなかったけど、お互い最初に出した足は紐を結んだ内側から……すんなり足を踏み出せた後は、()()()()自然体で走る。つまり、私を気遣う小さな走りではなく、前へ前へ大きな走りでどんどん相手を引き離していく。カルマの歩幅は当然私より広いから、軽い走りで私は大股走りとなる……だったら、カルマの走りに合わせて私が思い切り()()()()()()()。足は繋がっているのだから、連れて行ってもらえばいい。

体育祭前に事前練習をした時に、なんだこれなら簡単なことだね、なんて私たちは軽く言い合ってたんだけど、一緒に練習してたひなたちゃんたちや見てたE組メンバーからは揃って、

 

「「「いや、その理屈が通用するのはお前等くらいだわ」」」

 

って言われた。身長差があるからこそカルマは私の肩、私はカルマの服の裾とお互いに手を添える位置も自然に決まってたし、どう走れば負担にならないのかもお互いを知っているからこそ特に相談しなくてもいけると判断したのだし、相手をよく理解してれば誰でもできるよね?……みたいに思っていたのだけど、違うのかな。あっという間にゴールして振り返れば2位以下に大差をつけていて、1位になった瞬間E組だけは歓声をあげてくれたのが嬉しかった。ゴールまで実況しにくかったのか……E組アウェイ感を出すための文句が思いつかなかったのかは分からないけど、2位がゴールするまで本校舎の生徒も放送もとても静かでした、とだけ報告しておきます。

 

「おかえりー!1位おめでとう!」

 

「容赦ないし引き離してたなー」

 

「本気出すまでもなかったよ……作戦では、俺は目立った方がよかったよね?……アミーシャ、平気?俺、結構真面目に走ったけど」

 

「ふふ、ついてけたからだいじょぶだよ」

 

「笑顔……しかも全く息が切れてねぇ……」

 

「アミサって、こういうところが謎だよね」

 

他にも障害物競走の網抜けでは、小柄な体を生かしてカエデちゃんがものすごい速さでくぐり抜けて差をつけていて……あんまり詳しく説明するとカエデちゃんが怒っちゃうので、障害物競走についてはこれだけにしておく。

 

お昼ご飯の後にあった借り物競走……実はこの借り物競争には、時々ものすごい借り物が混ざっているという噂が種目決めが始まる前から流れていて、出場種目を選ぶ時にあまり人気がなかった。

例えば『新品の割り箸』……お弁当の時間が終わってる時間のに、新品の割り箸を持ってる人なんてそんなにいない。

例えば『理事長の私物』……どこからどう持ってこいと。

ちなみに審判に言い訳さえ通じれば合格するので、口が上手い人は有利な種目らしい。……そんな噂が流れていたけど、お題が難しいということは走るスピードはそんなに関係ないということ……そこで、棒倒しまで体力を温存するため、そして本気を出さなくてもいいように、1人はこのあとの棒倒しで重要らしいイトナくんが出ることになった。

そんな彼が引き当てたお題は『賞味期限が近いもの』(帰ってきてから教えてもらった)……暑い屋外での体育祭だから腐らせないためにも持ってきてる人がほぼいないだろう、という難題だったみたい。……のだが、封筒を拾って中身を読んだ瞬間に、彼が迷わず歩いて向かったのはE組の待機席で観戦していたイリーナ先生の元。無言でその手を掴むとゴールへと歩き出した……って、ええ……賞味期限……。イトナくんがお題をまさかの『物』じゃなくて『者』で解釈してきたせいで、審判も目が点になってたよ、あれは。それでも言葉巧みにイリーナ先生にはお題を悟らせないで勘違いさせつつ、審判からは見事合格を勝ち取っていたのがすごかった。

ちなみに少し興味があったから、女子枠で私も参加した。イトナくんの何人か後が私の走順……ピストルの音とともに前に出て、適当な封筒を掴むと中身を見ずにE組の近くへと走っておく。これまでの傾向から人を借りることが多いし、物を借りる場合でも個性豊かなE組のところなら、多分なんでも揃うと思ったから。

 

「……なんであの子はお題の確認をせずに、とりあえずって感じでE組来るかな」

 

「信頼してるんでしょ、E組ならなんとかなるって」

 

メグちゃん、ひなたちゃん、その通りです。近くについて歩きながら引いたお題を確認すると、

 

「……『専門家』……」

 

これまたものすごく限定されるものが来た。ゴールにいる審判、E組以外のお題確認は素通りに近いのに、イトナくんの時には引き止めてわざわざ理由を聞いていたところをみると、私の時もそうなる可能性が高い。

……じゃあ、教科の専門家である先生は……だめ、本校舎の先生だと絶対協力してくれないし、むしろ頼みたくない。

私含めて誰か友だちに……にわか知識じゃダメ、多分審判は穴をつこうとするからボロが出たらおしまいだ。

……物知りな浅野くんは……本校舎の集まった中に入りに行けと?……絶対無理。

なら竹林くんは?爆薬の専門家だし……なんでそんなこと知ってるのかって言われそう、いろんな意味で危険だから却下。となると他に……あ、そうだ。

 

「……陽菜乃ちゃん!」

 

「私っ?うん、りょーかいだよ〜!」

 

シュッと立ち上がった彼女は、説明なしでの要請だったにもかかわらず、すぐに着いてきてくれた。生き物ならなんでも来いな彼女だったらきっと……

 

「お題を確認しまーす……『専門家』」

 

「はい、陽菜乃ちゃんは生き物の専門家です!」

 

「……ふーん、じゃあ証明してくれる?」

 

やっぱりきた、事実確認のイジワル……借り物の対象として陽菜乃ちゃんを選んだのは私だけど、これに関しては私が何か言えるわけじゃないから彼女に任せるしかない……お願いできる?と、隣を見たら陽菜乃ちゃんは笑顔でオーケーサインを出してくれた。

 

「じゃあ、審判さん。何かお題を出してくださいな」

 

「はぁ?……何でもいいだろ、その辺にいるアリとかで……」

 

「いいよ、アリだね〜……アリはハチ目・スズメバチ上科・アリ科の昆虫で、体長はだいたい1mmから大きいのだと3cmくらいかな〜。基本的に女王アリ、働きアリ、兵隊アリ、雄アリ、処女女王アリなんてのに分化してるのが普通だけど、アミメアリは働きアリしかいなかったはずだし、オオクロアリは働きアリと兵隊アリの区別がつかないくらい似てるって聞いたことあるな……だから一回自分でも確認してみたいって思ってるんだ〜!もう基本どこにでもどんな場所にでも住んでるけど、その種類、世界で1万種類以上!日本だけでも〜、なんと280種以上生息してるって言うからすごいよね!E組の裏山にも何種類もいるわけだけど、夏休みに昆虫採集した時はムネアカオオアリとかアシナガアリなんかもいたな〜……そうそう、そのアシナガアリだけでも日本では15種類くらい確認されてるんだって!同じ名前なのに全然違うんだよ?すごいよね〜!そうだ、裏山での昆虫採集といえば珍しいホワイトアイのミヤマクワガタも生息してるの見つけちゃったんだ!アルビノ個体とか学術的にも珍しいからすごく嬉しかったし、あのクワガタさん、優しい人に引き取ってもらえたけど今も元気にしてるかな〜!そうそう、あの山には絶滅危惧種と言われるニホンカンウソなんかも生息してるって噂があって、なんと……」

 

「もういい!わかった!合格でいい!」

 

「「いえーい!」」

 

口を挟ませないマシンガントークでの説明の上、まだまだ続きそうな生き物話に審判は遮るようにして合格を出した。陽菜乃ちゃんはまだまだ話したりなそうだったけど、ひとまず借り物……借り人?は、クリアだ!ゴールテープを切ってから2人でハイタッチして、E組の方へとピースをして見せれば、見てたみんなも笑いながら返してくれました!

これは席に戻ってから教えてもらったことなんだけど、審判のところで不正がないように全校生徒が公平にジャッジをするって名目で、私の時やイトナくんの時にはマイクが入っていたみたい。つまり、全校生徒が聞いてたわけだ……あの陽菜乃ちゃんが楽しそうに語りまくっていて、途中からE組のある山に生息する生物へと話が脱線しつつあったアリ談義を。それを知ってたから止めるためにも審判は合格判定を出したのかもしれないね……興味がなかったらずっとは聞いてはられないよ、アリさんのうんちく話。

 

「陽菜ちゃん、さすが!」

 

「確かにあれは専門家だわ……真似できん」

 

「はじめは火薬について竹林くんに話してもらおうとも思ったんだけどね……烏間先生に怒られるかなって」

 

「なんでそんな危険物について知ってるんだって聞かれたら終わりだもんね、それ」

 

こんな感じで個人競技が終わっていき、体育祭の目玉であるクラス対抗の団体戦が行われるが……球技大会の時のように、E組はほとんどの団体競技には出る権利がないから、総合優勝は絶対にできない。だからこそ、体育祭の一番最後に行われるエキシビション……E組からA組へ叩きつけた挑戦状ってことになってる、棒倒しへと全力を注げるわけだ。

だけど棒倒しは男子の競技……私たち女子は、何の力になることも出来ない。一応、私はアーツでの支援ができるけど、余りあからさまなものを使ってしまえば、身体能力の向上に慣れていない体が壊れてしまうかもしれないし、体がついていけなくていつもの力すら出せなくなる可能性がある。なにより……自分たちの力だけでぶつかりたいと言われたら、能力アップ系の手伝いなんてできるわけがないよね。

 

「ここまでの個人競技のように、各自の個性も武器になります。それをどう活かすか……それは磯貝君次第ですよ」

 

個性、か……個性。殺せんせーがその言葉を言った時、私の方をちらりと見てきたのには気づいていた……聞いて、ふと思い立った秘策……これなら、アーツは使わない。私にしかできなくて、この場面で役に立つだろう、うってつけのものがある。私でも1人では思いつけなかったこの策を殺せんせーが知っていたのかはともかく、ちゃくちゃくと棒倒しの時間が近づいてきていた。そんな中、男子は明るく振舞おうとはしていたけど、緊張の色が全く隠せていなくて……。私たちは人数差で劣る分、他の部分で負けるわけにはいかない……そこで、A組の戦術を少しでも得られないかと偵察した時に、知ってしまったんだ……A組の、浅野くんの目的を。

 

今、運動場の中心で行われている種目はクラス対抗の綱引き……()()()、A組の圧勝で幕を閉じた。()()()()()()、浅野くんが前に話していた外国の友人が研修留学としてA組に加入しているから。同じ15歳ということで、中学3年生の種目に一緒に出ることになんの問題もない……並べられたそれは当たり前の理屈だけど、この人たちは揃って大柄であり何らかのスポーツに秀でた人達だと推測できることから、実力差を考慮した公平な試合ができているとは言えないだろう。

そんな人たちを研修留学と称し、助っ人として呼び寄せた浅野くんはA組の人たちに語った。棒倒しを通して、成績不良なだけでなく素行不良なE組に反省をさせたいと。綺麗な言葉の裏側には、「E組をたっぷりと痛みつけても構わない」「来週に迫る中間テストに影響が出るくらいに」と、ルールを守りながらE組を完全敗北に追い込み、そのうえ今後に支障をきたす流れを植え付けようとする真の目的が隠されていた。

 

「どうしよう、俺のせいで皆が痛めつけられたら……」

 

今回の件を一番気にしていたのは、他でもない原因を作ってしまった磯貝くんだ。自分だけならいつでも潰せたものを、このタイミングで持ち出してきた……最近目障りになってきたE組を一気に潰してしまう機会を与えてしまったのだから、と。

 

「確かに、磯貝君がいくら万能とはいえ、浅野君は見たことのないほど完成度が高い……1人、軽々と君の上を行くでしょう。しかし、1人の力では限界があるものです」

 

そういってカメラを構えた殺せんせー……画面の中には、磯貝くんを囲むように映り込む、笑顔のE組男子の面々がいた。ゆっくりとハチマキを磯貝くんの頭に巻きながら、殺せんせーは告げていく。

 

「仲間を率いて戦う力……その点で君は浅野君をも上回れます。君がピンチになったとしても、皆が共有して戦ってくれる……それが君の人徳です。先生も、浅野君ではなく君の担任になれた事が嬉しいですよ」

 

ポン、と最後に彼の肩を叩いて離れた殺せんせーは、次に私の方を向いて触手を伸ばしてきた。……あの喫茶店騒ぎの後、殺せんせーを見て沈んだ顔をしていた私に、何か言いたいことがあると察していたんだろう。ちゃんと話さなければ解放しませんとばかりに世話を焼かれた。ドロドロとした心の内を全部さらすことはしたくなくて、当たり障りのないことを話しておいたんだけど……その時に、私でも棒倒しに役立ちたいと漏らしたことがあったのを覚えていてくれたんだと思う。

 

「アミサさん、アーツの使用で身体能力の向上をすることは、先生も磯貝君やカルマ君たち司令塔も反対しました。しかし、さっきの表情……先生はアミサさんの全てを知っている訳ではありませんが、あなたにしかない個性で、何か役立てるものを見つけたのではありませんか?」

 

「……うん、これならドーピングではないと思う。えと……カルマ、渚くん。アルカンシェルに行った時に、私たちの戦い方について話したことあるよね……何を使うか覚えてる?」

 

「え?えーと……確か、武器とか導力魔法を使う……だよね?」

 

「あと、渚君のに加えて個々人それぞれが独自に持ってるクラフト、必殺技のSクラフト、でしょ?」

 

「ふふ、正解。……武器は言わずもがなで、アーツが精神力を使って発動するのだとしたら、クラフトは体力……闘志、って言った方がいいかな……それを使うの」

 

「それが……?」

 

殺せんせーが詳しいことを説明せずに私へ出番をバトンパスしてきて、ホントにやってもいいのか迷いはしたけど……実行するなら今しかない、そう思った。いきなり別世界のようなことを話し始めた私とカルマたちを、E組のみんなが不思議そうに見ているのが分かる。

 

「……その中でもクラフトっていうのは、攻撃するものもあれば自分や仲間を補助するために使うものもあるの……その中には、分け与えるものもあるの」

 

私は話しながら男子に移動してもらい、棒を持つ寺坂くんとリーダーである磯貝くんを中心にして1箇所に集めていき、私は1人、数歩離れたところで足を止めた。

 

「これは、今から戦ってくるみんなへ……私からの応援(エール)だから」

 

大きく息を吸い込み、体勢を低くして構えをとる……その後、軽く地面を蹴りながら、私はいつも戦闘でやってきたように気を溜めていき、クラフトの効果対象である男子の周りを転々と舞っていく。クラフト名のように……静かに月を、魅せるように。私の跳んだ跡には、キラキラとした光が一緒に舞い、対象へと降り注ぐ……最後に強く地面を蹴って男子の頭上へと跳んで……ここまでに溜め込んだ気を一気に解放した。

 

「……なんだァ、この光ってんの……」

 

「すげ、何か力湧いてくる……!」

 

「俺、結構午前の競技で体力使ってたつもりだったんだけど……」

 

使い方も理屈も全部知ってはいたけど、私はこれまで基本一人だったから、このクラフトを使ったことは無かった。……お姉ちゃんが、自分で見つけ出した仲間に対して応援を送り、サポートする姿をただ見ていただけ。……だからこのクラフトの存在すら、さっきまで忘れていたんだ。寺坂くんが言った光ってるヤツは、多分私が分けたCP(クラフトポイント)……つまり、闘志が可視化したものなんじゃないかな。これなら、身体能力を向上させたというよりは体力を、やる気を引き上げただけだから問題にはならないよね……?

 

「……サポートクラフトの《月舞》っていうの。闘志を分け与える……って説明すればいいかな。ほら、なにか大事なことをする前に踊り子が祈りを込めた踊りを踊るとか、聞いたことない?あんな感じだと思ってもらえれば……」

 

「なるほど……」

 

「はー、私達までビックリしたー!」

 

「今見て思った。女子皆で応援のダンスか何か出来たんじゃない?ほら、あれ……」

 

「チア?」

 

「それ!あー、思い付かなかったのが悔しい、悔しいから……男子!私達の分まで頑張ってきて!」

 

「「「いってらっしゃい!!」」」

 

驚いたように自分の拳を握ったり開いたり、その場で軽く準備運動をして体の動きを確かめたりしている男子たちが、私の、女子たちのエールを受けて次第に笑顔になっていく。バッと勢いよく顔を上げた磯貝くんの表情に、さっきまでの緊張の色はもうなかった。

 

「……ここまでやられちゃ、うだうだ言ってられないな。……よっし皆!!いつも通り殺る気で行くぞ!!

 

「「「おお!!」」」

 

──体育祭のエキシビション、A組対E組の棒倒し……開始!

 

 

 

 




「ねぇ、アミーシャ」
「なぁに?」
「さっきの《月舞》ってさ……アルカンシェルの舞台で見た、リーシャさんと同じフリ入れたのってわざと?」
「!……気づいてたんだ。うん、わざと。クラフトには、ホントは最後のジャンプだけでいいの」
「そっか……踊るの、楽しい?すごくいい顔してた」
「……うん。お姉ちゃんはやっぱり憧れだけど……私も、……私が見つけた光を見てみたくなった、かも」
「……俺さ、アミーシャに告白するより前に言ったことあったよね。『俺がアミーシャの光になる』って」
「……うん、」
「勢いで自信つく前に告っちゃったんだけどさ……今日の俺、絶対見てて。アミーシャの迷いを払える、前に進めるための存在になれてるかどうか……最後まで」
「…………分かった、見てるよ、最後まで」






「そろそろ、私の気持ちに見て見ぬふりはしたくない……ちゃんと、答えを出したいから」


++++++++++++++++++++


運動会、棒倒しに入る前まで、でした!
今回力を入れて書いた場所は2つ。
1つ目は、陽菜乃ちゃんのうんちく話です。W⚫k⚫ped⚫aさん、お世話になりました。最初はベタに『好きな人』とか何かしらハプニングだったり相変わらずの天然炸裂させようかな、と思ってました。書いている最中に、突然今回書いたネタが降ってきたため、急遽コチラに。あまり見ない展開になったのでは?書いてて楽しかったです。

2つ目は《月舞》のクラフトを入れることでした。軌跡シリーズをご存知の読者さんにはわかると思いますが、アーツには攻撃力アップ、防御力アップ、スピードアップ、相手の防御力ダウン、スピードダウンなどなどの恩恵を与えるものが普通にあります。ついでに言うならそんなクラフトを持つキャラクターだっています。……それを中学生同士のやり合いに持ち出したらドーピングだよね、と。約一名A組側にホントにドーピングしてる人いるけど、E組の男子全員がやったら圧倒的すぎて崩壊するよね、このお話一応微原作沿いだからそこまで外れたくないよね(と言いながらよく脱線させたり追加しまくっててますが)、といったことからアーツは辞めにしました。代わりにオリ主の元になっているキャラクターには、丁度いいクラフトがありましたのでそのまま流用しました。効果は『スピード25%アップ、クラフトポイント30上昇』……あ、スピードアップ入ってました笑気にしない方向で行きます←

次回は棒倒しです。



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棒倒しの時間

体育祭は普段の学校生活とは違った、1年に1度だけのクラス一丸となって戦うイベント……椚ヶ丘中学校は偏差値が高い進学校だからこそ、みんな日頃の勉強疲れを発散するように盛り上がる。私たちE組にとっては、個人競技等々でひさしぶりに本校舎の生徒たちと競う機会ではあるのだけど……体育祭の最後の最後に設けられたエキシビション、そこで行われる棒倒しの勝敗で、我らが委員長・磯貝くんのE組……というか中学校の残留がかかっている大事なものという認識が主になっている。本来なら団体競技の出場権は、E組にはほとんどないのだけど、浅野くんの提案によって棒倒しには確実に参加することになったのだ。男子の競技だから選手としては一緒に戦えない女子以外は、ほとんどこの棒倒しに力を注いでいるといっても過言ではない。

ここで、何度も出てきた『棒倒し』というもののルール説明を軽くしておこうと思う……といってもそのルールはいたってシンプル、競技の名前通り相手チームの棒を倒した方の勝ちだ。ただ、それ以外の決まり事は競技をする場所、団体によって異なってくる、って聞いたことがある……安全のために裸足でやるとか、服を掴んで引っぱった時に窒息させないために上の服を脱ぐ、とかだったかな。ちなみに、椚ヶ丘中学校の場合は、こんな感じに決められている。

 

**********

・相手を掴むのはいいが、殴る蹴るは原則禁止

・当然武器を使うことも禁止。己の体のみで戦いましょう

・例外として、棒を支える人が足を使って追い払う、腕や肩でのタックルはOK

・なお、チームの区別をはっきりさせるため、A組は長袖と帽子を着用すること

**********

 

……で、なんでわざわざこんな説明をしているのかっていうと……

 

「……アレ、帽子っつーかヘッドギアじゃね?」

 

「……区別のため、って聞こえはいいけど、ただ『A組は防具アリ』って言ってるだけだよな」

 

「ハッキリ口にしてなくても分かるっての。そんなところまで差別もってくるなよなー」

 

という、ただでさえ人数で有利な立場なのにまだやるか!……な声を上げているE組男子の声があったからです。確かにケガが怖いから、防具の薄さに不安はあるけど……ある意味E組は邪魔なものがなくて身軽なんじゃないかなって気も少ししてたりする。どちらかといえば、防具云々よりも……

 

『なお、本エキシビションには文化交流を目的に、留学生の皆さんが参加されます!』

 

「浅野の奴、念を入れすぎだろ……」

 

「そこまでして勝ちたいか……!」

 

開始前の挨拶としてA組とE組が集合して向かい合う中、A組の列で明らかに体格が違う留学生が並んでいることの方が目に付く。事前に浅野くんが呼び寄せていたことも彼等を作戦に組み込んでいることもわかっていたけど、どんな戦略を組んでいるのかは分からないし、実際にこう並んでみるとやっぱり警戒するしかない。

しかも、私は比べたことがなくて知らなかったけど、棒倒しのフィールドを直に味わえるこの観客席の近さ……これは椚ヶ丘中学校の名物だったみたい。どんな競技も一番迫力のある距離で観戦できる……それは、迫力を味わえるとともに、選手たちの声もしっかり聞こえることからリアルタイムの状況を詳しく知ることができる。言い換えるなら、私たちに彼等の知能戦もしっかり見えることになるから、E組男子たちが女子に教えてくれなかった戦略への信頼と不安が大きくなっていて、参戦できない自分たちが歯がゆい。代わりに私たち女子は自分たちの種目の練習と並行して、この棒倒しに関しては治療班、客観的に見ての意見班というように裏方として動いてはいたけど……彼らを見つめるみんなの瞳は、不安で彩られていた。

 

「お願いね、男子……腹黒生徒会長達をギャフンと言わせてやって……」

 

「片岡さん……」

 

「……メグちゃん、きっと、きっとだいじょぶだよ。だって、磯貝くんはE組にいたいって言ってくれたもん。みんなは、その磯貝くんに返事してたもん……だから」

 

「ヌルフフフフ、そうですねぇ……簡単にやられるような彼等ではないでしょう?」

 

「……磯貝君達、女子に作戦、何にも教えてくれないから……でも、そうね。私達が信じなくちゃ、誰が信じるのってね」

 

そういって顔を上げた彼女の顔は、不安こそ消えないものの最後まで見続けるというまっすぐとした意思を感じられるものだった。私もトラックの両端に設置された、それぞれの陣地の棒を固め始める両チームを見守る……これから行われる競技での純粋な勝敗を。それに、

 

〝今日の俺、絶対見てて。アミーシャの迷いを払える、前に進めるための存在になれてるかどうか……最後まで〟

 

…………私自身の気持ちとの、決着を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A組の男子は28人……浅野くんはそれを最大限に使って、棒が倒れないように支える人、その周りで防御として動く人、攻撃部隊として前に出られる人と配置している。対してE組は15人という少人数……少しでも勝率をあげたいのなら、棒の防御を捨てて攻めるしかない……誰もがそう、思ってたのに。

 

「なんで……A組に攻める人が一人もいないよ?」

 

「あそこまでガチガチの全員守備を見ると、殺せんせーの完全防御形態が思い浮かぶ……」

 

「あ……、作戦()()は秘密って言われたけど、教えてもらえた作戦()の中になら『完全防御形態』っていうのがあった気がする……」

 

「あるの!?」

 

E組は上に乗る磯貝くんを中心に誰も飛び出そうとせず、全員が棒に集まって前に出る素振りすら見せない……まるで、この戦力差に自信があるであろう浅野くんに、攻めさせるために。

 

offense team, plan F!(攻撃部隊、コマンドF!)

 

そして、浅野くんはE組の思惑にわざと乗った。といってもこのままだとE組は全く動かなかっただろうし、浅野くん側が動かないとこのまま膠着状態が続いてしまっていつまでたっても状況が変わらなかっただろうから、見てるこちらとしてもありがたい。浅野くんの指示を受けて、A組の一部……しかもかなりの少人数がE組へと進軍する。少人数なのに、留学生が含まれていることで、迫力がすごい。

 

「……っ、くそがっ!」

「無抵抗でやられるかよ!」

 

「吉田!村松!」

 

このまま相手のタックルを受けたら一発で全滅の可能性がある……それを感じたのか、吉田くんと村松くんが防御の輪の中から飛び出した。そのまま突っ込んできた留学生と組み合いになり……跳ね飛ばされ、1度は耐えたけど2度目のタックルで客席まで吹き飛ばされてしまった。

 

「やばいよ、殺せんせー……!どんなに固まっても、一人ずつ吹っ飛ばされたら意味無いよ……っ」

 

……ここからじゃ、吹き飛ばされた2人のことはハッキリと見えない……身体運びを見る限り、受身は取れてたと思うけど、動かないからもしかしたら気絶しているのかも……。たったの一撃で2人も行動不能にした力、それを見てカエデちゃんが不安そうに声を上げる。だって、今吹き飛ばされたのは、E組の中でも寺坂くんの次くらいに体格や力が優れてる2人なんだから。

 

「|Why don't you fight instead of defending like a bunch of turtles? ……Hmph. But you don't even understand me, do you.(亀みたいに守ってないで攻めたらどうだ?……フン、と言っても通じないか)」

 

「It's all right, man. Now they're the weakest of the E- group……feeling that. Why don't you attack instead of chatting away?(いーんだよ、それで。今の二人はE組の中でも最弱……って感じ。御託はいいから攻めてくればぁ?)」

 

「Hmph. Bring it on!(フン、では見せてもらおうか!)」

 

A組から聞いているのだろう、日本人だしE組には通じるわけがないとばかりに早口の英語で挑発してくる留学生……に、流暢な英語を操ってカルマが挑発し返した。留学生の彼は腕っ節に自信があるんだろう、挑発に怒ることはなく、ますます楽しそうな笑みを浮かべると勢いよくE組の中へと突っ込んでいった。このままだと、2人の二の舞に……なんてことはならなかった。

 

「今だ皆!作戦、〝触手〟!」

 

棒の守備が根元を抑え込む寺坂くん以外の全員が()()どいた。ぶつかる目標がいなくなったとしても、かなり勢いをつけていたA組は止まれるはずがない……そのまま上から降りてきたE組が押し潰し、ついでに自軍の棒を半分倒した重みを利用して、一部とはいえA組を押さえ込んだ。まるで、無数の殺せんせーの触手が絡むかのように……カルマが挑発をしたのは確実に棒の近くまで誘い込むためだったんだ。これでA組の攻撃部隊5人を封じた上にE組の棒の土台を強化したことになる。

 

「おお!男子やるじゃん!」

 

「ただ、15人の内、吉田君と村松君も合わせて9人が動けないっていうのが痛いね……って、アミサどうしたの?難しい顔しちゃって……」

 

「……瀬尾くんの英語、訛ってて聞き取りにくい……カルマは、さすがだなぁ……」

 

「……アンタ、あの棒倒しの何を見聞きしてるの……」

 

……感想はそれだったけど戦況も見てるよ、ちゃんと。

A組を抑え込めたとはいえ、戦力差が大きくなっただけにしか見えない……浅野くんも当然それに気づいていて、新たな指示を出していた。再び飛び出してきたA組の攻撃部隊は両サイドから……つまり、外からの囲い込みのために真ん中が空いている。

 

「よし、出るぞ攻撃部隊!作戦は〝粘液〟!」

 

磯貝くんの号令とともに、E組の陣地から6人……カルマ、磯貝くん、前原くん、岡島くん、杉野くん、木村くんが飛び出した。全員、E組の中でもトップを争う身体能力の持ち主たちだ……あれ、彼は入れないのかな……?確かに普段は大人しいけど、場面によっては牙をむく存在でもあるのに。

そんな疑問をよそに、6人は中央突破に成功。戦力が分散した今の状態でならA組の棒を狙える……そう、なるかと思えば、E組に向けて攻め込んでいたA組の攻撃部隊が引き返し、中央を塞ぐ形で後ろから攻めてきた。今の両サイドからの進軍は前後からの挟み撃ちをするための偽装攻撃だったと考えていいだろう……これでは逃げ場がないまま大人数対少人数での戦いを強いられてしまう。

 

「……彼等の負傷は防衛省としても避けたい。彼等の意思を尊重できないのは悪いがこの試合を止めるなり、最悪真尾さんの介入も視野に……」

 

戦況を見ていた烏間先生が、殺せんせーに伺いを立てる。みんなに怪我をして欲しくないのはわかるし、私なら遠距離援護をすることができるから最悪の場合は介入させようとする気持ちもわかる……、だけど。

 

「……烏間先生、例え、先生からのお願いでも……私はやりたくない」

 

「しかし……」

 

「だって、勝つって言ってくれたから……それに、こういうのは最後まで分からないものですよ?」

 

「アミサさんの言う通りです。それに、彼には社会科の勉強がてら助言しました──」

 

殺せんせー曰く、2倍の敵を打ち破った例としてカルタゴのハンニバルを教えたんだとか。道無き道を進軍し、突然戦場を出現させ、防御を工夫し、秘密兵器を投入する……これらは全て、『常識』にこだわるほど予想外をつける作戦になる。すでに『自軍の棒を使って防御する』という常識外れを決行している……これからの作戦にも常識外れがないはずがない。

そして期待を裏切らず、E組の攻撃部隊6人はA組の戦力の大部分に囲まれたことを確認すると……それら全てを引き付けたまま、本校舎の生徒たちが集まる観客席へと逃げ込んだ。

 

「They're no rules about boundaries. Come on. The whole school is a battlefield.(場外なんてルールは無かった。来なよ。この学校全てが戦場だよ」

 

「何をしてる、早く止めないか!」

 

椅子と観客を器用に使って逃げ回るE組と、人数は多いけどE組ほど小回りのきかないA組の追いかけっこがはじまった……新たな戦場のできあがりだ。6人全員が器用に逃げているけど、特にカルマはわざと引きつけるように挑発を繰り返しているから、A組だけじゃなく留学生にも狙われ追いかけられていて……それでも軽々とかわし続けているのはすごいことだと思う。

このままA組全員の意識を混戦に向けていられればいいのだけど……浅野くんはA組の数人に指示を出して、6人の中でも特に身体能力の高いカルマ、磯貝くん、木村くんの3人を警戒している。E組になって半年が過ぎれば身体能力なんて変わるに決まってる、その不足した情報を補うために、この棒倒しまでの体育祭競技で動きを見て、それぞれ把握したんじゃないかな。

A組はE組の棒を倒すことじゃなくて、E組を痛めつけることを目的にしてるから、棒の守備はまだ安全とみていい……そして磯貝くんたちはただ混戦を作り上げたいためだけに客席に逃げ込んどわけじゃないと思う。だけど、なら一体……なんのために?その答えはすぐに分かった。

 

『なっ……ちょ、いつの間にかE組の二人が……っ、どこから湧いた!?』

 

「へへっ、受け身は嫌ってほど習ってるからな!」

 

「客席まで飛ぶ演技だけが苦労したぜ!」

 

思いもよらない所……観客席の中から、1番最初に吹き飛ばされたはずの吉田くん、村松くんの2人が飛び出してA組へと飛び付いた。大げさなくらいに吹き飛んだのはわざとであり、6人の攻撃部隊が混戦を作り出して観客だけでなくA組もの意識を集めていたのは、2人が客席に紛れて別働隊となり、奇襲するため……そして、

 

「逃げるのは終わりだ!全員、〝音速〟!」

 

全員の注意が外れ、奇襲に動揺している隙に懐へと入る……それが狙い。棒を倒すまではいかなかったけど、奇襲2人と追い討ち6人が上に乗る浅野くんを捕まえられる位置までは登ることができた。かなり高重心になってるから、外側から無理やり引き剥がそうとしたら棒は大きく揺れることになる……だから、ここから浅野くんがとる行動は。

 

「|막대기를 지탱하는데 집중하면,이 사람들은 모두 나 혼자 할 수 있습니다.(棒を支えることに集中しろ、こいつらは僕一人で片付ける)」

 

「あぁっ!」

 

「そっか、ルール上棒を支える人が足で蹴り落としたりするのはOKだから……」

 

浅野くん一人で客席に引き付けられていたA組が戻るまでの時間を稼ぐ、という手段。訓練を受けてきたE組を軽々と蹴り落としていく……上からの攻撃を避けたり流してはいるけど、ついに磯貝くんも蹴り落とされてしまった。

 

「……磯貝君は、彼のように一人で戦況を決定づけるリーダーにはなれないでしょう。なぜなら……」

 

心配する私たちへ触手を伸ばし、殺せんせーがニヤリと笑うと告げる。

 

──彼は1人で決める必要はないのだから。

 

余裕な笑みで蹴り落としていた浅野くんがバランスを崩した。地面に落ちた磯貝くんの背中を踏み台にして、今までE組の棒を支えていた渚くんたち防衛部隊がさらに上へ飛びついたのだ……それは高所から反撃していた浅野くんにしがみつくのが容易なほどで、A組に一気に動揺が走る。……でも、動揺が走ったのはA組だけじゃなくて、見てる私たちにもだった。

 

「え、待って、A組を押さえてた渚たちが増援に行ったってことは……守備2人!?」

 

「寺坂君と竹林君の二人で、どうやって押さえてるの!?」

 

梃子の原理さ

 

「…………て、梃子……なのか?」

 

「梃子なら……仕方ないの?」

 

E組の棒を支えているのは寺坂くんと竹林くんの2人だけ……明らかにおかしい。自信満々に竹林くんが『梃子の原理』って主張してるけど、さっきまで7人で押さえ込んでたものがたった2人だけになったから、それを押しのけてA組が棒を倒すことなんて簡単なはず。それでもそうしない理由は、

 

「But you guys can't do anything without orders, can you? Maybe he still has an ace up his sleeve. I guess It's better to wait for his orders before you make any moves.(でも君達は命令無しでは動けないよね?まだ彼にはすごい作戦があるかもしれない。勝手なことはせずに彼の指示を待つ方が賢明だろうね)」

 

「Damn four-eyes!(このメガネ腹立つ!)」

 

「浅野ー!指示をー!」

 

竹林くんの言う通り、A組の人たちはあくまでもE組を潰すことが目的だから、司令塔である浅野くんの指示なしで勝手にE組の棒を倒し、勝負に勝つことなんてできるはずがない。E組はそのことを事前に知っていた……だからこんな大胆な作戦に出ることができたんだ。

直接しがみつく人もいるから浅野くんはそこから抜け出して上手く蹴り落とせず、かと言って指示を出すこともできない。ここまで常識外れの作戦で防御の体制が整ってきているとはいえ、だいぶA組には余裕がなくなってきている……ここで、ようやく今まで隠れ続けていた彼に動きがあった。

 

「今だ、来い!イトナ!」

 

「あぁ、」

 

体育祭の午前中では、わざと浅野くんの意識に止まらないようにするために全力を出さずにすむ競技への出場にとどめ、棒倒しになってからも前線には出なかったイトナくん。彼だったら攻撃部隊として前に出ても活躍出来ただろうに、それをしなかったのは……この時のため。イトナくんは磯貝くんの手を足場にバネ代わりにして、上へ思いきり跳ぶ──そのまま、ただでさえ高重心でバランスが危うかったA組の棒の先端に取り付いた。そして、棒は倒された。

 

「E組の、勝ちだ──!」

 

磯貝くんの声とともにE組が歓声を上げた……これには、本校舎の生徒たちも驚いたようなざわめきが起きていた。でも、それは全然否定的なものじゃない……誰の目から見ても不利な戦いを奇跡的に勝ってみせた、そんなE組に周囲の見る目が変わってきている証拠だった。競技が終わったことで、喜びあうE組男子の元へ観戦していた女子も一気に駆け寄って、輪の中へ飛びついていく。棒倒しでA組に勝利……これで、もみくちゃになってる磯貝くんの校則違反はもうだいじょぶだろう。私も混ざって一緒に嬉しい気持ちをぶつけたいけど、あの中に入るのはかなり勇気が……私、ほぼ確実に押し潰されそう。そう思って輪の少し外側でオロオロと迷いながら見ていた時だった。

 

「真尾!」

 

「!」

 

「勝ったぞ!約束、守れたよな!?」

 

〝もう昨日みたいにいなくなっちゃう原因作らない……?棒倒しも、負けない……?〟

 

〝俺一人で戦わなくちゃいけないわけじゃないんだ……負けるつもりは無いよ〟

 

「っ、うん!」

 

入りたくても入れずにいる私に気づいた磯貝くんが前に出した拳とともに声をかけてくれた。彼は競技中も覚えていてちゃんと考えてくれてたんだ……そして、結果という形で応えてくれた……少し道を作ってくれたみんなの隙間から、その差し出された拳に私も拳をぶつけると、磯貝くんは満面の笑みで笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育祭が終わって……まあ、いつも通りに後片付けはE組に押し付けられた仕事は他のクラスよりも多かったわけですが。この時、いつもよりちょっと違うこともあった。

 

「磯貝先輩!」

 

「カッコよかったです!」

 

「おう、ありがとう!危ないから真似すんなよ?」

 

「「キャーッ!」」

 

「くそっ、イケメンめ……」

 

……メグちゃんに聞いたところ、磯貝くんはいまだに本校舎の子からラブレターはもらっているらしい……それでも、ここまであからさまに好意を見せる人は今までいなかった。もちろん女子だけでなく男子からも……下級生を中心にE組を見る目が変わってきているのを感じる。あれだけの劣勢をひっくり返したことで、なんかE組ってすごいんじゃないか?みたいな意識ができ始めているのかもしれない。

 

「アミーシャ、持つよ」

 

「わ、え、カルマ……ありがと、」

 

「別にー……って、なんでアミーシャがこれ運んでるの?明らかに力仕事は男子の仕事でしょ」

 

「んー……その、持てるかなって!」

 

「いや、確かに持ててたけどさ……こういうのは男子に任せとけばいいの。むしろ俺を呼んで任せてよ、体の筋痛めるよ?」

 

「う、そ、そう……かな……なら、お願いします」

 

観客席で使っていたパイプ椅子を運んでいたら、いきなり手から重みがなくなって……顔を上げてみるとその犯人であるカルマはそれらを抱え直しているところだった。だって、私も手伝えば男子だけでやるよりも早く終わるだろうし、なにより持てたし……と言い訳してみたけど、椅子2個持ちは危ないからダメだと言われてしまった。元々バケツリレー方式であと少し運んだら体育館の入口に待機している渚くんに渡して終わりだったんだけどな……と思ってるうちに、カルマも渚くんに椅子を渡して手を払いながら戻ってくるところだった。さすが、早い。

 

「カルマ……あからさまに真尾のだけ手伝うなよ……」

 

「それにお前等なんなんだよ、モテるモテてるって!体育祭で目立って活躍してたし、お互い既に呼び出されて告白されてたとかか!?」

 

「え……、…………」

 

「いや、『もてる』違いだからね、それ。……っ、と……アミーシャ?」

 

私たちの会話を聞いていたのか、岡島くんがなにか噛み付いてきた。椅子を運ぶ時の会話をどう聞いたらモテるって……あぁ、『椅子を持てる』って所を異性に好かれるって意味の『モテる』に取ったんだね。確かにカルマは棒倒しで司令塔の磯貝くんとは違った感じに目立ってたからなぁ……しかも、挑発しても負けない度胸のある強いところはかっこよくて……終始楽しそうに向かっていってるのがすごく伝わってきた。

ずっと喧嘩に強くて素行不良な怖い人、みたいなイメージを持たれていたカルマだけど、ああいう私と渚くんやE組の前では普通に見せていた姿を見たら、イメージが変わって好感をもたれるのも納得できる。……納得、できるけど……

 

「……私、カルマがかっこよくて仲間思いなこと……みんなが知ってくれるのは、嬉しいはずなのに……なんか、モヤモヤする。……なんか、やだ……」

 

「「「!」」」

 

「……アミーシャ、それって……」

 

「よし、片付け終了!皆、戻るぞ!……あれ?」

 

岡島くんに向かっていこうとするカルマの体操服の上着を思わず握って止めていた。なんで、こんなこと思ってるんだろう……だって、私はカルマのいいところをみんなに知ってもらいたかったはずでしょう?怖がらなくったっていいし、優しい人なんだよって……なのに、告白されてたら嫌だ、なんて。

私自身、よく分からない気持ちに困りながらもなんとか昇華させようと言葉を探していると、カルマは私が握りこんだ手に彼自身の手を添えて私と目を合わせてきた。……周りにいたE組のみんなが息を飲んだような気配があったけど、それすらすぐに気にならなくなって、私をまっすぐ見つめる橙色から目が離せなかった。……のだけど、彼が口を開き、何か言おうとした時に磯貝くんが体育館の扉を閉めてこちらを向いて、瞬間私は我に返った。慌ててカルマの手をから逃げて、近くにいた莉桜ちゃんの後ろに隠れる……今、私、なんかすごく恥ずかしいことを口走ってなかった……!?

 

「磯貝……」

 

「おまっ……空気読めよ貧乏委員……」

 

「今のは磯貝君が悪いわ……」

 

「ええっ、ご、ごめん!」

 

「アミサ、今の気持ちとか洗いざらい詳しく聞かせてもらおうか……!?」

 

「ひぇっ……か、隠れる所間違えた……っ!?」

 

「いや、多分アミサちゃんが誰の後ろに逃げてもそうなってたんじゃないかな……」

 

また邪魔かよ……って頭を抱えたカルマや、前原くんたちが磯貝くんに詰め寄る中、私は私で隠れたはずの莉桜ちゃんに捕まっていた。なんか、ツノ、イタズラ好きそうな悪魔さんのツノが生えてるよ……!?

そんな感じ風にE組で集まり、教室へ帰ろうとしたところで、おかーさんが立ち止まって前を指した……そこにいたのは五英傑を伴った浅野くんで。

 

「おい、浅野!二言はないだろうな……例の件は黙ってるって」

 

「……僕は嘘をつかない……君達と違って姑息な手段は使わないからだ」

 

「でも、さすがだったよお前の采配。最後までどっちが勝つかわからなかった……また、こういう勝負しような!」

 

「……消えてくれないか。次はこうはいかない……全員破滅に追い込んでやる」

 

私たちの言葉に返したのは、浅野くんらしさが全く消えていない言葉だった。磯貝くんは彼らしさをぶれさせることなく、敵として戦った浅野くんを認めて横に並び立とうとする。浅野くんは拒否してしまったけど……磯貝くんの強さはきっとここにあるんだと思うな。誰よりも目立つカリスマ性で引っ張るわけじゃない、前でも上でもなく、気がつけば横にいる……そんなリーダーだ。

 

「ケッ、負け惜しみが」

 

「いーのいーの、負け犬の遠吠えなんて聞こえないもーん……ん、どした?」

 

「わ、私、……浅野くんのところに、ちょっと……」

 

「……私らが行ったら嫌味でしかないんだろうけどさ、アンタなら、行ってもいいんでない?」

 

負け惜しみと取れるセリフを吐いて、私たちに背を向けて歩いていこうとする浅野くん……チラ、と埋もれている私にも視線が来た気がして莉桜ちゃんに言ってみると、「なんであんなのに懐くのかは理解できんけどね」というお言葉はもらったけど背中を押してくれた。

 

「あ、浅野くん……その……あの日、何も言えなくてごめんなさい」

 

「……、奴等の目が離れたところへ行って君が余計な心配をかけたくないだろうからここで済まそう。……真尾さん、あの日は僕の方こそ悪かったね。嫌な役目を押し付けることになっただろう?」

 

「……ううん、いいです。その、たしかに苦手なことだけど……私は、浅野くんの言い分が正しいと思ってたから。あの後、ちゃんと磯貝くんにもそのこと伝えれたから」

 

「……っ、そう。じゃあ僕は行くよ……また、誘わせてもらおう」

 

「はい、待ってま…………、浅野くん、誰か、ケガしてるの?」

 

その場で足を止めてくれた浅野くんに、あの日、E組にとっては悪役としての立場に立ち続けた彼へ、私の気持ちは何も言えなかったことを謝ると、彼の方からも謝られてしまった。今回に関しては目的があったとはいえ正すために悪役に徹してくれてたのに、前に立てる彼は強い人なんだと思う。去り際、いつものように私の頭を撫でようとしたんだろう……彼が私に手を伸ばしてきた時に香ったソレ()に、思わず彼の腕を掴んでいた。

 

「…………、何を……」

 

「血の匂いがする……でも、浅野くんじゃない……?じゃあ五英傑の誰か?」

 

「いや、僕達は棒倒しのかすり傷程度で……」

 

「……こんな、かすり傷程度の匂いじゃないよ……っ」

 

浅野くんから感じたのは、血の匂い……しかも、彼自身がケガをしているような濃いものではなくて、近くで血を浴びたような……薄いけど、濃い匂い。後ろで話を聞いてたE組も、何かあったのだと感じるには十分だったらしい……迷ったように顔を見合わせていたけど、磯貝くんとメグちゃん、そしてカルマがE組の中から抜け出してこちらへと近づいてきた。

 

「浅野、もし棒倒しで怪我人を出してしまっているなら、俺等が代表として様子を見に行きたい」

 

「私も。クラス委員は磯貝君だけじゃないもの」

 

「あ、俺はこの子の保護者で」

 

「……棒倒しのせいじゃない、留学生の4人が理事長とやり合っただけさ」

 

「やり合ったって……」

 

「心配はない、だから……」

 

留学生が理事長先生とやり合った……浅野くんの言い方からして、1対1のタイマン勝負じゃなくて4人で向かったとかじゃないのかな……それで、多分負けたのは。巻き込みたくないとでも言うように、詳細を話さない彼の腕を抱え込んで引き止める。

 

「お願い、案内してください……ケガ人なら、私がなんとかできるかもしれない」

 

「……しかし、」

 

「浅野クン、アミーシャの出身知ってるんでしょ?なら、何をしようとしてるのか……自ずとわかるんじゃない?」

 

「………………仕方ない。おい、お前達は競技後の指示をしろ、僕は後から向かう。……赤羽、癪だがお前が1番真尾さんが懐いているんだろう……付き添え」

 

「了解。……今回は負けたが次はないぞ、E組ども」

 

「真尾さん、今度は君も一緒に……そうだな、高級ディナーにでも招待するよ」

 

「……へぇ、分かってんじゃん。あとアミーシャ、そろそろその手を離しなよ」

 

「……おい」

 

「なにさ」

 

簡潔に五英傑に対して指示を出した浅野くんは、付き添いにカルマを指名した。彼の進行方向は本校舎……まだ後片付けが終わったばかりで校舎内にはたくさん生徒が残っている、それを彼なりに配慮してくれたんだと思う。磯貝くんたちを振り返ると、彼は分かっているとでも伝えるように1つ頷いてE組へと戻っていった。

本校舎へ歩き出してすぐにカルマが隣に来て、私が浅野くんを引き止めるためにしがみついていた腕をゆっくり外していき、何故か浅野くんと睨み合っていて……いつも思ってたけど、なんでこの2人は揃うといつも喧嘩してるんだろう。多分、私が間に入ると余計ややこしくなるから、本校舎の周りへと意識を向けなくていいように、浅野くんの少し後ろ、カルマの隣を歩きながら手元のエニグマに目線をやっておく。

 

「……ここだ。4人ともここで休ませている」

 

「……っ、」

 

「……これ、理事長先生が?」

 

「だから、見せたくなかったんだ。だが…………、頼めるか?」

 

ついた場所は保健室……本校舎にいた時代でもあまりお世話になることは無かったから、かなりひさしぶりだ。先に浅野くんが入り、保険医がいないことを確認して私たちを手招いた。いくつかあるベッドには、呻き声をあげて寝ている留学生の4人……見た限り、かなり一方的になっていたんじゃないかというような傷跡だった。

 

「……この人たち、前に浅野くんがブックカフェで教えてくれた友だちなんだよね……?今回だって、浅野くんの要請に応えて全力で闘ってくれた人たち……だったら、断る理由なんて、ないよ」

 

浅野くんが当分保険医が戻ってこないことを確認してくれたし、この部屋の中には私のことを知ってる人しかいないから、気兼ねなくエニグマを使うことができる。この位置からでもできなくはないけど、私にかかる負担と調整の正確さを考えて4つのベッドの中央に立って、導力器を構える。

 

「エニグマ、駆動……«セレスティアル»(空属性回復魔法)!」

 

「……これが、アーツ……書物で読んだことがあるだけだったが、実際はすごいな……」

 

「……一応言っとくけど、棒倒しでは俺等これに頼るのは断ってるから。アミーシャは最初、やる気だったけどね」

 

アーツの発動とともに私とカルマにとっては見慣れた光が保健室の中に広がる……浅野くんは始めてみただろう光景に手をかざして眩しそうにしていた。«セレスティアル»は私の最大EP値ギリギリで発動できる、瀕死と体力をそれぞれ全快させられるアーツで、ついでとばかりにカルマと浅野くんも効果範囲に入れて置いた……2人とも何も言わないけど、あれだけ全力を出して戦ったんだから疲れてないはずがないもんね。

空属性を示す金色の光がだんだんと空気中へ溶けていき、回復が終わったところでペタリと座り込む……少し、疲れちゃった。慌てたようにカルマが近くに来てしゃがみこみ、私を支えながら浅野くんには画面が見えないようしながら手元のスマホを見せてくれた……律ちゃんが『使用EP600……今日はもう禁止ですからね!』というプラカードを持っていて笑顔。……律ちゃんが、怒らず笑ってるということは……恐る恐る私を支えてくれてるカルマの顔を見てみたら、満面の笑みで笑いかけられた。……これは後で怒られるパターンですね、ごめんなさい……。

 

「Asano……?」

 

「Kevin, did you wake up?!(ケヴィン、目が覚めたのか?!)」

 

最初に目を覚ましたのであろう、イギリス人の留学生の元へ近寄っていく……他の3人も目が覚めたようで安心したようにそれぞれの言語で会話をしていた。おお、息をするようにそれぞれの言語を操ってる……と尊敬の目で見ている私の横では、浅野くんって、なんだかんだいって他人を手下扱いするわりには、ちゃんと対等に接することはできるんだね……、みたいなことをカルマが呟いてた。浅野くんの態度はいつでも変わらないと思うけどな。

 

「Ma douleur corporelle est légère comme un mensonge ... Qui sur terre?(体の痛みが嘘のように軽い……一体誰が?)」

 

「C'est ma copine. La voie est secrète.(僕のガールフレンドさ。方法は秘密だけどね)」

 

「Você me deixaria dizer obrigado?(お礼は言わせてくれるか?)」

 

「Bem, eu acho que vai ser de alguma forma em Inglês ....(うーん、英語ならなんとかなると思うけど……)」

 

「……浅野くん、私、分かるよ……?」

 

私が幼少期に外国を転々としていたおかげでマルチリンガルであることを忘れていたのか、最初に起きたケヴィンさん……かな、になにか小声で尋ねていたのが見えたけど、なんでもないとばかりに私たちにも彼らを紹介してくれた。その後、彼らからそれぞれお礼を受け取り、少しお話していたらいつの間にかケヴィンさんとカルマが意気投合していた。なんでも、試合中に私も気になってた瀬尾くんの英語訛りでイライラしていたところに標準語で言い返してきたカルマのことを気に入ったんだとか。少ししたら浅野くんも交えておしゃべりしてて……3人でコソコソとおしゃべり……あの、私が内容聞き取れるからってそんな小声で話さなくても。そんなに聞いちゃいけない話なの……?

最後にお話しているうちに仲良くなった4人とハグをして、この中で1番身長が高いサンヒョクさんには肩車をしてもらって高さを堪能してから浅野くんに送ってもらって本校舎を出た。ここから出たらまた、私たちは敵同士……1番近いのだと二学期中間テストで争うことになるのかな。カルマと浅野くんの2人は別れ際でもバチバチと火花を散らしていた……色々と違う内面を持ちながら実力全てが拮抗しているこの2人は、きっといいライバル。私も負けないように頑張らなくっちゃいけないな。

 

 

 

 

 




※全部英語での会話
「ケヴィン、僕は何も変なことは口走って無かったよな……彼女がマルチリンガルなことをすっかり忘れていたんだが……」
「ガールフレンドだと言ったくらいだな。まぁ、英語では女友達という意味と恋人という意味があるが……アサノはどっちの意味で使ったんだ?」
「……想像におまかせするよ」



※韓国語
「わぁぁっ!カルマよりも浅野くんよりも高い景色だ!サンヒョクさんはいつでも広い世界なんですね!」
「だが、その分頭は打つしいい事ばかりではない。お前は軽いしこの程度のこと、アサノのガールフレンドならいつでもやってやる」
「ホントですかっ?」
「やめろサンヒョク、色々な意味で」

「……俺、さすがに韓国語はできないけど、アミーシャがまた天然発揮してやらかそうとしてる気がする」



「じゃあ、助かったよ。正直僕一人じゃ、あの化け物相手にどうにもならなかった……」
「浅野くん……」
「あ、なら貸し一つだよね〜」
「……僕は真尾さんに感謝したのであって、赤羽には言ってないが」
「でも、一応今はアミーシャの保護者代理だから」
「そもそもなんだ!その呼び方は!短期間でコロコロ変わりすぎだろう!?」
「えー、アミーシャの家族公認の呼び名。いいでしょ、E組だけの特権だから」
「くっ……!」
「2人とも、やっぱり仲いいね」
「「よくない!!」」
※このあと本名だということは伝えました


++++++++++++++++++++


アニメに出てきていたもの以外の英語、韓国語、フランス語、ポルトガル語はネットを参考にしてます。もし間違えていたらコソッと教えて下さるとありがたいです。

棒倒し編はこれでおしまいです。戦いの場面、結構書くのが難しくて書いては消して書いては消して……早々に客席でも声は届くという設定を盛り込んだので、その辺は書きやすかったです。競技しない側の目線は、ほとんど驚きに包まれてますね……主にE組の奇策によって。

最後、やっとこさオリ主は自覚一歩手前まで行けました。行けたのに、無自覚に磯貝くんがやらかしました。きっとこのあとE組へ戻ったら質問攻めが待っていることでしょう……

次回はビフォーアフターの時間ですね!


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ビフォーの時間

色々と波乱のあった体育祭も無事に終わり、磯貝くんのE組残留も無事に決まり、私たちE組では2週間後に迫った戦いに向けての準備が進められていた。戦い……それはもちろん、

 

「さぁさぁ皆さん!二週間後は二学期の中間テストですよ!いよいよA組を越える時が来たのです!熱く行きましょう、さぁ熱く!熱く!!

 

「「「暑苦しいわ!!」」」

 

……と、いうわけで、中間テストです。毎回のテストのごとく、殺せんせーの大量分身によるマンツーマンのテスト対策授業では、これまで以上に気合いの入った指導が行われていた。今までみたいな生徒1人につき殺せんせー4、5人っていう分身どころか、体だけじゃなく顔だけで大量分身をして単語の暗記に務めたり、顔色を変えて立体視を駆使してきたり……もうやりたい放題だ。それでも、これらは全て私たちのため……与えてもらえるなら与えられた分だけ吸収するのが1番いい。そう思って、私は今まで通りに取り組んでいたのだけど。

……最近みんな、どこか落ち着かない様子を見せていた。たしかに勉強は大事だ、もしも疎かにしたら殺せんせーはいなくなっちゃうし……。でも、大事だってことは分かっていても今はもう10月……殺せんせーの暗殺期限まで残り5ヶ月しかない。私たちは勉強と並行して暗殺をすることが目標なのに、このままでいいのだろうか、と。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「…………」

 

「……行っちゃったね」

 

焦りと勉強による疲れ、様々な重圧(プレッシャー)で落ち着かない日々を過ごしていた私たちを、いい発散方法を見つけたと岡島くんが連れてきたのは、E組の校舎がある山の麓近くから広がる住宅街の入口だった。……麓、はちょっと言い過ぎかもしれない……だって、山の入口ってわけじゃないし、足元にはちょうど家々の屋根が来るくらいの高さがあるから。

彼曰く、この屋根伝いにフリーランニングで行くと、ほとんど地面に足をつけることなく隣町の駅まで行けるルートを見つけたらしい。ただ、通学しているだけなのにフリーランニングの訓練になるし、スリルや非日常が味わえるからいい気分転換になるだろう、と。

磯貝くんやメグちゃんは烏間先生との約束である『裏山以外で使わない』ということを持ち出して止めようとするけど、1度乗り気になった人たちを止めることは簡単じゃない。結局大半の人たちが飛び出してしまい、委員長2人も追いかける形で走り出してしまった。

 

「元気だねー、若人は……」

 

「安全そうなら明日は私も行こーかな〜」

 

「…………」

 

「どうかした?アミサちゃん」

 

「え、あ……岡島くん、危険な場所はなかったって……」

 

「言ってたね。まあ、私たちに危険がなければ、体育の訓練の延長で烏間先生も許してくれるかもしれないし……」

 

「あ、そうじゃなくて……私たちに危険はなくても、…………ううん、やっぱりなんでもない」

 

「そう?」

 

カエデちゃんや有希子ちゃんと話してから、みんなが走っていった住宅街を振り返る……確かにここから見た限りでも建物に高低差もないし障害物も見えないから、()()()()危険はないだろう。でも、私たちにとっては道であっても、それ以外の人たちにとっては人が屋根の上を伝って飛び越えてくなんて絵空事なんじゃないか……なんて、考えすぎかな。

岡島くんについてここまでは来たけど、いつも通りに山を降りて帰ることを選んだのは、私、カルマ、カエデちゃん、有希子ちゃん、おかーさん、綺羅々ちゃん、愛美ちゃん、陽菜乃ちゃん、竹林くん、イトナくん、…………え、これだけ?!男子なんて10人以上……半分以上の人たちがついていっちゃったんだ……

 

「アミーシャ、行くよ」

 

「……あ、うん!」

 

「あら、カルマ君と勉強会でもするの?」

 

「えへへ……うん。カルマ、1学期の期末テストだいぶ悔しかったみたい……今ね、すごい勢いで予習から復習までこなしてるよ」

 

「そっかぁ……あ、じゃあ私はこっちだから、また明日ね」

 

山を降りるまで一緒に歩いていたおかーさんと別れて、少し先で待ってくれているカルマの隣へ駆け寄る。私がおかーさんにカルマの勉強の様子を話していたのが聞こえてたのか、追いついて隣に立った途端に軽く頭を小突かれた……カルマのことだから、隠れて努力してるのを知られたくないとかそんな所だろうけど、そんなに人に知られたくないものなのかな?

帰り道では、今日あったことだったり、なんでもないことだったり、殺せんせーがまたおかしなことをしていたってネタだったり……そんな風にいつものように話していて。もうすぐ私の家、という所でカルマが躊躇うように口を開いた。

 

「……あのさ、アミーシャ」

 

「?」

 

「俺等さ……言いたいことがあっても、伝えようとしたその時に限って毎回何かと邪魔が入ってるじゃん?そのせいで、『タイミング逃したし今はやっぱりいいや』……ってなってるのが常でしょ?」

 

「そう、だね……?」

 

「だから……今回はお互いにその逃げ道を塞いじゃいたいんだよね」

 

そこで足を止め、顔を上げたカルマは今までの会話のような軽い雰囲気には全く似合わない、とても真剣な表情をしていて。その真剣な表情に、場違いかもしれないけど私の心臓がどくりと大きく音を立てた気がした。そのまま、決心したように彼は、

 

 

 

「アミーシャ、中間テストで俺と勝負して」

 

 

そう、持ちかけてきた。

 

「ルールは単純に点数勝負……アミーシャと俺の成績はほぼ互角だし、不可能な勝負じゃない」

 

「…………」

 

「勝負するからには当然報酬もつける……無難に勝った方のいうことを一つ聞く、でどう?」

 

「……私にできることならやるし、別に勝負にしなくったって……」

 

「最初に言ったでしょ……俺は今までみたいに理由をつけて逃げることが出来ないようにしたいんだ。……俺の願いはアミーシャの逃げ道を塞ぐことでもあり、同時に俺も逃げられない状況を作るものだから」

 

「…………、」

 

「もちろん、アミーシャが勝てば好きに願い事をしてくれていい。……この勝負、受けてくれる?」

 

今まで、私に大切なことを伝えようとするカルマの真剣な表情は何度も見てきた。だけどそのほとんどを、殺せんせーだったり、クラスメイトだったり、はたまたそれ以外の何かにだったり、ワザとじゃないかと勘ぐりたくなるタイミングで邪魔され、言い出せずに終わることや後回しになることなんてざらだった。

カルマが私に何をしてほしいと思っているのかはわからない……だけど、前回はカルマの慢心が原因とはいえ私の方が上だったから……一歩及ばない実力の私でも、いざとなったら彼に勝つことができないわけじゃないし、一度、自分の力を試してみたい気持ちもある。

彼の瞳を見返して、私はひとつ頷いた。

 

 

++++++++++++++

 

 

【緊急連絡】

 

【今日の放課後、E組生徒がフリーランニングの使用により一般人を負傷させるという事案が発生した】

 

【程度は軽いため歩けるまでに全治2週間だが、君達は全員国家機密の身。交渉の結果、────、】

 

【なお、この場にいなかった赤羽君・奥田さん・茅野さん・神崎さん・倉橋さん・竹林くん・狭間さん・原さん・真尾さん・堀部君の10名は詳しい事情を説明するため、明日7:00にE組校舎へ集合してほしい】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日の夜に届いた烏間先生からのメール。そして、今朝の事情説明で岡島くんたちが一般人のおじいちゃんをケガさせてしまったことを知った。なんでも、着地地点を確認せずに飛び降りたせいで、地上()を自転車で走っていたおじいちゃんを驚かせてしまったんだそうだ。下敷きにすることは避けられたけど、おじいちゃんは自転車ごと転倒……右足の骨を折るケガをしてしまった……心配していたとおりのことが起きてしまった。

 

「ここが、今日からお世話になるわかばパーク……?」

 

「看板あるしそうじゃね?俺等10人以外は先に行ってるはず……」

 

「あ、みんな、こっちだよ」

 

ケガをしてしまったおじいちゃん……松方さんはここ、『わかばパーク』という保育施設を運営している園長先生で、入院のために2週間経営から離れなくてはならなくなった。その間、私たちE組が代わりに働き、復帰した松方さんに認めてもらえれば今回の事件は公表しないでもらえるんだそうで……E組は今日から2週間、テスト勉強の一切が禁止され、ここでの生活に集中することになる。

 

「まったく、なんで無関係の私らまで連帯責任かねぇ……」

 

「面目ねぇ……」

 

「私達ももっちりビンタされたよ。全員平等に扱わないとと不公平だからって」

 

「ごめんよ〜……」

 

殺せんせーが私たちに手をあげた……生徒に危害を加えることを禁止されている先生が、いつものように言葉を尽くして諭すのではなく、そうするしかなかったなんて……相当堪えたんだろう。岡島くんたちはかなりへこんで申し訳なさそうにしている。

 

「気にしないで……他人にケガとか、予測出来なかった私達も悪いし」

 

「間違ってることは他人に教えられるよりも、1回自分で間違いを経験した方がしっかり実感出来るし……今回のコレも、ある意味いい経験になるんじゃないかな」

 

「勉強禁止……まぁ、学校で出来ないなら家でこっそりやればいい。E組(クラス)の秘密を守るための二週間労働……賞金に対する必要経費(コスト)と思えば安いものさ」

 

「竹林……パンツ一丁じゃなきゃいいこと言ってくれてるんだけどな」

 

「やんちゃな子が多い……」

 

カルマと勝負をしている以上、1日のほとんどを勉強に当てられないのは正直痛い……でも、代わりを務めることでE組の秘密を守ってもらえるなら、たしかに安い代償だ。

それにしても、やんちゃしてる子が多いなぁ……寺坂くんにぶら下がってる子は彼の首筋に噛み付いてるし、竹林くんのズボンをずり下げてる子はいるし……と、ずっと遠くから私たちを見定めるように眺めていた1人の女の子が近寄ってきた。

 

「で?何やってくれるわけおたくら。大挙して押しかけてくれちゃって……減った酸素分の仕事くらいはできるんでしょーねェ」

 

……この子もなかなかとんがってた。

他の子どもの話を聞いていると、この子……さくらちゃんはここにいる児童の中でも最年長で不登校……学校に行ってないらしい。その後、さくらちゃんは近くに立てかけてあった箒を持って飛びかかってきたけど、元々いたんでいた床が抜けちゃってその穴にはまり、痛みに蹲っていた。1番近くにいた渚くんが、慌てて助けに走る。

磯貝くんが思わずというように建物の老朽化と修繕について職員さんに聞いているけど、お金が無くて思うようにいかないのだと教えてくれた。松方さんは待機児童や不登校児がいると格安で預かってきて、職員すらまともに雇えないから本人が1番動き回っているんだとか……そんな大事な戦力を潰してしまったんだ。

 

「29人で2週間……か。なんか色々できんじゃね?」

 

「できるできる!」

 

「よし、皆!手分けしてあの人の代わりを務めよう。まずは作戦会議だ!」

 

「「「おー!」」」

 

盛り上がるみんなの近くから、私は渚くんに抱き上げられたさくらちゃんのことを見ていた。他の子どもたちがなんだかんだと私たちを受け入れる中で、この子だけは明らかに嫌そうな態度を崩そうとしない。施設の中でもリーダー格みたいで、みんなを、自分を守ろうといきなり来た異物(私たち)を拒否してる……そんなふうに感じた。

 

 

 

 

 

「子どもの心をつかむなら劇だよね!」

「……台本くらいなら書いてあげてもいいわよ」

「ほんと?ありがとう狭間さん!」

「子どもでもわかりやすい内容なら……お姫様と魔物が出てきて、それを倒すヒーロー物とか?」

「あ、それなら俺が騎士か何かやるよ。寺坂魔物で」

「おいコラ俺の拒否権どこいったカルマァ!」

「いいじゃない、あんたやりなさいよ。()()当てるのなしって注釈入れとくわ……」

「うぐっ……!」

 

 

 

「おかーさん、料理するなら、私お手伝いするよ?」

「本当?だったら出張お料理教室みたいな感じで一緒にやりましょうか」

「うんっ!」

「あ?料理は俺もやるに決まってんだろ!原ばっかりにやらせるかって……」

「……?村松くんも、手伝うことあったらいつでも言ってね」

「……………、……おう」

「ふふ、村松君もアミサちゃんにかかれば形無しねぇ」

 

 

 

「木材はE組の裏山のを切ればいいし、廃材も結構あるよな?」

「じゃあ力仕事班は…………寺坂どうする」

「一番の戦力だよなぁ……演劇に引っ張られてったけど、あっちが片付き次第こっちに来てもらうか」

「律、この柱は……」

『そうですね、こちらの図面のここの部分はいかがでしょうか?あと、……』

「2週間でどこまで組めるか……ここを削って……」

「……で、あの仕事人は何を」

「律曰く、世界中の設計図面を参考にしてリフォーム考えてるんだと」

「じゃあ、俺等はとりあえず材料になるもん運べばいいんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして始まったわかばパークでのお手伝い。今、この施設の広間では、カエデちゃんがお姫様、カルマが騎士、寺坂くんが魔物役で演劇をしているところだ。私はおかーさんと村松くんの手伝いで食器などを運びながら、食事をする部屋とキッチンを行ったり来たりする間にそれを眺めているんだけど、カエデちゃんの子どもたちを惹きつける演技、カルマと寺坂くんのケンカ……じゃなかった、本格的なアクション、……あ、愛美ちゃんが魔女役で、ってクロロホルム使うの!?ツッコミどころはあるけど子どもたちは楽しそうだっていうのが伝わってきた。

 

「村松くん、置いてきたよ。おかーさんにはこっち……三村くんとイトナくんが買ってきたやつ」

 

「ありがとね〜」

 

「おう、サンキュ……って、おま、何でその量を1回で持ってくんだ!……むしろそのまま三村とイトナに持ってこさせろよ」

 

「だって、靴を脱ぐのを待ってるより私が運んだ方が早そうだったんだもん」

 

「はー、はー……いた!真尾、お前なぁ……」

 

「アミサ、カルマにチクるぞ」

 

「そ、それはやだ!」

 

「ま、その量運ぶ時に広間通ってるわけだからバレバレだと思うけどな」

 

何もしないで動かないのが嫌で、村松くんのお手伝いついでに買い出しから帰ってきた三村くんとイトナくんが靴を脱ぐために置いていた荷物をキッチンまで運んだんだけど、体育祭の片付けと同じように持ってきすぎたのか……私が運びきれなかった食糧を持って慌てたように2人が追いかけてきた。といっても、流石に重くて持てなかったのは油の缶くらいで、それ以外は私が全部持ってきちゃったから、イトナくんは手ぶらだけど。

 

「よし、一段落付いたしアミサちゃんも子どもの方に行っておいで」

 

「……え、あ…………うん」

 

「どうしたー?」

 

「な、なんでもない!行ってきます!」

 

不思議そうな4人から逃げるようにキッチンをあとにする。……ここは、学校じゃないんだから……誰も、私を知ってる人はいないんだから……怖がる必要は、ないんだから……。そう自分に言い聞かせて、子ども相手に不安になっていたことを隠しながら広間の方へと歩く。

ちょうど演劇が終わったところだったみたいで、室内にいる子どもたちは劇に出ていたカエデちゃんたちにまとわりついて遊んでいる。早速劇の役職をあだ名にして呼んでる子たちもいて……そういえば、私が寿美鈴ちゃんのことをおかーさんって呼ぶからか、真似してママって呼んでる子がいたなぁ……。思い出して少し笑っていたら、勉強する小学生たちから少し離れた所で幼児が一つの本に集まっていて……少し調子の外れた声が聞こえてきた。

 

「……みんな、何を見ているの?」

 

「あ、おねーちゃん!あのね、あのね、しっぽのおねーちゃんが、ほんくれたのー!」

 

「おすとね、おとでるんだよー!」

 

しっぽのおねーちゃん……本をくれたって言ってたし、近くの家に読まなくなった本を貰えないか交渉しに行ってる桃花ちゃん、かな。近くに座ってその本を一緒に覗いてみると、ボタンを押すと聞いたことのある童謡の音楽が流れ、付属の楽譜には歌詞や音階などが書かれているってことが分かった。……だけど、流れる音楽にはメロディだけで歌詞はないし、読んでいるのは幼児だから『押したら音が出る』くらいの認識みたいで、音に合わせて知っているところは歌い、分からないとハミングで合わせて流していたみたい。

 

「…………~♪」

 

「「「!」」」

 

1番は知っていても2番は知らない、とかよくあるもんね……そう思いながら、なんとなく子どもが流した曲に合わせて歌詞を口ずさんでいたら、いつの間にか全員が黙って私を見つめていた。こころなしかみんなの目がキラキラして、なにか期待しているような……

 

「おねーちゃん、うたえるの?」

 

「これは?これも!」

 

「わたしもいっしょにうたうー!」

 

「ぼくも!おねーちゃん、おひざのっていい?」

 

……いつの間にか、室内で本を読んでいた幼児が他にもいくつかあった本を持って集まっていた。何人かは劇を見ていた子もこちらに来ていて……少し呆然としていたら膝に乗りたいと言った子が本を差し出しながらニコニコと期待したように笑っていた。

……子どもは無邪気だ。何も汚れた部分を知らず、ニコニコと笑顔を振りまいて、感情表現もまっすぐで……なんだか、癒される。……成長したら、嫌な部分をたくさん知って、誰かを傷つけることに力を使って……こんな幸せな時期を忘れてしまうのかな、なんて、寂しい考えが浮かんでしまった。

 

「……いいよ、お膝、おいで?」

 

「やったー!」

 

「あ、ずるいー」

 

「じゃあわたしおねーちゃんのせなかー!」

 

「1個ずつ好きなの歌ったら交代しよっか?」

 

「「「はーい!」」」

 

……この子たちはこの子たち、こんな優しい場所で育ってるんだから……きっと、そんな寂しい考えと同じ未来にはならないよね。私がこのくらいの歳の小さい子たちと過ごすのは日曜学校以来のことで、いきなり注目されることになって少しドギマギしていたけど、幼児たちのキラキラした笑顔に囲まれていたらなんだかどうでもよくなってきた。

それからは子どもたちからねだられるままに一緒に歌を歌ったり、膝や背中に子どもをくっつけながら絵本を読み聞かせたり、お昼寝の時間には近くで子守唄を歌うか隣に寝転んで軽く背中を叩いて寝かしつけたり……。学校では教えてもらえない、経験できない勉強をたくさんしながら2週間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 




「「「…………」」」
「茅野もそうだったけど……」
「真尾の奴、一瞬で子どもの空気を掴んだな」
「体型といい、感情表現のしかたといい……あの幼児の集団の中にいて違和感なさすぎるだろ……」
「あの一角に癒しの空間が出来上がってる……」
「それにしても流石だね、アミサちゃん。歌が上手いっていうか感情がこもってるから、聞いてて気持ちがいい」



「…………」
「……集中出来なくなってきたみたいだし、ここまで終わったら、君も行くかい?」
「……!はい!」
「金髪のおねーさん、俺も行きたい」
「あいよ。……小学生まで惹き付けちゃってるよ、アミサのやつ」



「きしー、なんか怒ってる?」
「……べーつにー?あ、コラぶら下がるなって……」
「カルマ君、子どもにまで嫉妬向けないでね?」
「茅野ちゃん、流石に子どもにはしないって……あー、俺もあっち行こうかなぁ……」
「メガネのお姉ちゃん、きし、あのお姉ちゃんが好きなの?」
「ふふ、そうですよ。騎士のお兄ちゃんはあのお姉ちゃんのことが大好きですから。あの子達は近くにいられて羨ましいんですよ」
「……奥田さんはちょっと黙ろうか」
「ひめー、あのお姉ちゃん歌上手だね」
「歌が上手だから、うたひめ?」
「えー、きしのよめじゃないのー?」
「あ、あはは…………収集がつかなくなった」


++++++++++++++++++++


今回入れたかった場面
・カルマとオリ主の勝負
2人が賭けをするって場面使いたいなー……と思ったのは実は1学期末テストの時から考えてました。あの時は使う以前に2人が喧嘩してしまったのでお流れに。これから使いたい展開を思いついたので、いざ!結果は、次回ということで。

・子どもと癒し空間作成
オリ主の設定のひとつに音楽が得意というものがあります。なかなか使う機会が無いのですよね……最初はクラップスタナーの応用で使うつもりが、下手に組み合わせると凶悪すぎる能力になりそうでボツ。このビフォーアフターの時間を読み返していて、待機児童がいるという言葉から幼児がいてもいいよね、なら歌のお姉さん化してしてまおう!ということでこのお話ができあがりました。

・オリ主にもわかばパークの子どもたちにあだ名をつけてもらいたい
カルマは『きし』、カエデは『ひめ』、寺坂くんは『じゃいあんとぶたごりら』……他にも何人かいますが、オリ主にもなにかつけたいなーと。フリースペースでさっそく子どもたちが相談中です。どうなるかは未定ですが、そろそろカルマ君も癒し空間に突撃しそうですからここで終わっておきます。


次回は後編、アフターの時間です。
勝負の結果もここで出せたらいいなと思ってます。


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アフターの時間

渚side

僕達が身に付けた大きな力の使い方を間違えて、一人の怪我人とたくさんの子ども達を抱える仕事の滞りという損害を起こしてしまってからの、保育施設『わかばパーク』での2週間はあっという間だった。

今日はここの園長先生である松方さんが病院からここへ帰ってくる日であり、E組の働きを見てもらう日……そして、僕が勉強を見ていたさくらちゃんの頑張りが結果となって帰ってくる日だ。

 

「渚、そろそろだよね?」

 

「うん、殺せんせーが松方さんを迎えに行って一時間……寺坂君達、まだ最後の微調整がしたいって登ってたけど……」

 

茅野と一緒に施設の天井を見上げる……ほとんど作業は終わっているけど、監督している千葉君によれば最後の補強だけ終わらなかったらしくて、今も屋根の上では釘を打つ音が響いている。2週間毎日のように響く音に子ども達もいつの間にか慣れっこになっていて、今も室内の窓から「じゃいあんとぶたごりらー」って呼びかけ……、……それが寺坂君のことって聞いた時は思わず顔を背けたのはしょうがないと思うんだよね。当然のように怒るから、ワザと怒らせてからかいに行くカルマ君と違って、面と向かっては笑わないようにしてるけど。

 

「なんということでしょう!!??」

 

「「あ……」」

 

「あ、園長先生だー!」

 

「おかえりー!」

 

まぁ、木造平屋の老朽化した建物が2週間でここまで変貌していたなら……そりゃあ叫ぶよね。子ども達が覗いている寺坂君達が作業している窓はちょうど通りに面した場所にあるから、わかばパークへ帰ってきた松方さんの姿が見えたんだろう、子どもたちが歓声を上げて迎えている。僕達が2週間働いた成果を見てもらうためにも設計の担当者である千葉君や、現場監督のように動き回っていた磯貝君も伴って松方さんを玄関へ迎えに行き、室内を説明して回ることになった。

 

この保育施設の大改造をするにあたって、使ったのはE組の裏山から間伐した木と廃材……資材が限られていたからあまり凝った作りには出来なくて悔しいとは千葉君の言だけど、子どもの数にしては窮屈で老朽化が進んでいた施設が広くて頑丈な多目的空間に生まれ変わった。もちろん、母屋は崩すことなく柱で補強する形で残してある。

 

「なんと、たった2週間で……」

 

「この子達、休まずに機敏に飛び回って……まるで鳶職人みたいでしたよ」

 

二階の部屋は二部屋……一つは、矢田さんや倉橋さんが近所を回って集めてくれた子ども向けの本が収められた図書室。今までは食事スペースで勉強していた小学生達も集中出来るようにと机と椅子も準備した。

もう一部屋は室内遊技場。木材を組んだジャングルジムや回転遊具、簡単なクライミングができる壁も設置。床にはネットやマットを敷いて、もし落ちたり転んだりしても怪我をしないよう安全性にも配慮した設計になっている。また、雨で濡れない室内設計のおかげで遊具が錆びたり腐食で脆くなることがないようになっている。

 

次に下へ降りてガレージへ……松方さんがあの日に乗っていた自転車をしまえる場所へと案内する。しかし、僕達のせいで自転車の前輪は曲がってしまっていた……そこで、機械に強い吉田君と電子工学に強いイトナ君が合作で電動アシスト付き自転車にリメイクした。買い出しで毎回大荷物を持って帰る松方さんのために、たくさん乗せれて重さに潰れない三輪車に改造したらしい。しかも、ただの電動自転車じゃない……さっき案内した回転遊具とこの自転車の充電器が繋がっていて、子ども達が遊べば大半の電力がまかなえる仕組みになっている。子どもの仕事は遊ぶこと……遊んだ分だけ園長先生を助けることになるというわけだ。

 

「う、上手く出来すぎとる!!お前ら手際が良すぎて、逆にちょっと気持ち悪いわ!」

 

……ちなみに、職員さん提供の園長先生思い出の古い入れ歯は、自転車のベルに再利用されていたりする。

 

「そんな匠の気遣いはいらんし!……それに、いくら物を充実させようと、お前達が子どもの心に寄り添えていなかったのなら……この2週間を働いたとは認めんぞ」

 

そう、ここが僕達が乗り切れるかどうかで結果が変わる……E組の皆、それぞれがそれぞれのできることをして、この2週間子ども達を見てきたつもりだ。でも、僕達からしたらそれは所詮『つもり』でしかない……子ども達自身がどう感じてくれているのか、そしてそれを松方さんが見てどう判断されるかにかかってるんだ。

E組のみんなが松方さんのいるガレージ前へ集まり、静かに彼の判断を待つ……と、その時。

 

「おーい、渚ー!」

 

嬉しそうな一つの女の子の声が響いた……さくらちゃんが帰ってきたんだ。そのままの勢いで僕のところまで走ってきた彼女は、嬉しそうな表情で一枚の紙を突き出してきた。

 

「ジャーン!なんとクラス2番!」

 

「おおー!すごい、頑張ったね!」

 

「渚の言う通りにやったよ!」

 

95、と大きく書かれた算数のテスト……2年ぶりに学校へ登校して受けたテストの結果は彼女の言葉と満面の笑みが物語っていた。

さくらちゃんはいじめにあって不登校になったといっていた……だったら原因であるいじめをされることがない時に誰にも文句を言わせないような反撃してしまえばいい。そう思って僕は、この2週間で算数だけだったけどテスト範囲まで遅れていた勉強を取り戻し、学校へは算数のテストだけ受けに行きすぐに帰ってくるという作戦を立てた。1日中嫌な気持ちを耐えながら学校にいる必要は無い、自分の得意な一撃を相手の体制が整う前に叩き込む……そんな僕等E組の戦い方を教えたんだ。

結果は見事に成功、むしろ今まで学校に来ていなかったさくらちゃんがいきなり現れたことで集中がそがれたのか、いじめっ子達の成績はいつもよりかなり悪かったんだとか。

 

「こんな風に一撃離脱を繰り返しながら……学校で戦える武器を増やしていこう」

 

「だ、だったら……これからもたまには教えろよな」

 

「もちろん!」

 

パッ、と明るい笑顔を見せたさくらちゃんに、初日のような暗い面影は全然見当たらない……自分でも戦える、居場所がある、力がある……そんな自信がついたことで、前に進むことが出来たんだと思う。せっかくの彼女からのご要望だし、これからも時々お邪魔させてもらえたらいいな……

 

「あ、園長おかえり!見て見てこれ!」

 

「……ふん、こんな笑顔を見せられては文句のひとつも出てこんわ。……ん?……ひい、ふう、みい、……年少の子どもらの姿が見えんが……」

 

「あ、……カルマ君、そろそろ呼びに行かないと一緒に寝ちゃうんじゃ…… 」

 

「やべ……絶対今日が最終日ってこと忘れてるよね……」

 

「渚、うたひめって今日もあの子らと一緒にいるの?私も行く!」

 

「渚君、先に行ってるから、くれぐれも静かによろしく。さくら、行くならおいで」

 

「うん!」

 

満足そうにさくらちゃんの頭を撫でた松方さんの言葉で、この場にいないあと一人のE組生が今も室内にいることを思い出した。最近違和感なく子どもの中に紛れてるし、聞こえてくる声もほとんどBGMなんじゃないかって気がしてきてたから、ついつい忘れかけてたんだよね……。僕がカルマ君に声をかけると、彼は慌てたように、だけど極力物音を立てないように配慮しながら施設の中へと駆け戻っていった。さくらちゃんも松方さんから離れ、カルマ君について室内へ走っていく。その様子を笑って見送ったE組の集団から、唖然としながら見守っていた松方さんの元へ、僕は前へ踏み出して告げる。

 

「……えっと、松方さん。さっき千葉君達が施設の中を案内したと思うんですけど、事情があって1箇所まだ見せていない所が……できるだけ静かに、着いてきてくれますか?」

 

 

++++++++++++++++

 

 

「……~♪……♪……、ふふ、かわいい寝顔……」

 

千葉くんが中心になって増築したこの施設、2階だけじゃなくて1階にも新しく……というか、元々あった部屋の1つを広めに改築し、補強された一角があった。ちょうど南側の窓からお日様の光が入ってきて暖かいこの場所は、幼児たちのお昼寝スペースだ。今まではたくさんの子どもが遊ぶスペースの一角に布団を敷いてお昼寝をしていたから、物音や遊ぶ笑い声などで幼児たちは眠れず、満足に時間も場所も取れていなかった。だけど、今では少しだけではあるけど専用のスペースが確保されていてしっかりお昼寝できるようになったし、最初にこの部屋ができてから私はほとんどの時間をこの子たちに連れ出され、外で遊ぶ以外にもここで年少の幼児たちと一緒に過ごしていた気がする。

今も故郷でよく耳にしていた子守唄を口ずさみながら、最後の一人を寝かしつけたところだ。一緒に寝転がっていた体を起こそうとしたけど、子どもが私の制服を掴んでいて……無理に離させたら起きてしまいそうだし、ゆっくりと体を床へ逆戻りさせる。……ふぁ、あ……日差しも、一緒に寝ているこの子たちの体温もあたたかくて……私も、寝ちゃいそう……

 

──コンコンコン

 

「……?」

 

ウトウト仕掛けていた所で静かに扉がノックされた……気がする。半分寝かけていた私は返事もできず、ぼーっとしたまま軽く目を擦っていると、頭の近くに誰か……2人くらいの気配が座り込んだのを感じた。誰かに頭を撫でられ、少しずつだけど意識がはっきりしてくる。

 

「……来てよかった、やっぱり寝かけてたね」

 

「…………かるま……?……あ、さくらちゃんも……おかえりー……」

 

「ただいまー、うたひめ。園長も帰ってきたよ」

 

「ほら、そのままだとまた眠くなるし体起こして」

 

「……うー……その、起きようとは思ってたし、起きたいんだけど……この子たち、どうしよー……」

 

「どうしようって…………うわぁ」

 

「おー……ひっつき虫になってる」

 

さくらちゃんにも言われてゆっくり体の後ろに手をついて少しだけ上半身を起こす。なんでそこで体を起こすのをやめるの、みたいな表情をされたから苦笑いしながら私の腰あたりの毛布を指さすと、カルマもさくらちゃんも乾いた笑いしか出せないみたいだった。

そこには一緒に歌って寝転んでいたらそのまま私の膝を枕に寝てしまった子、抱きついたまま寝てしまった子、服を掴んだまま寝てしまった子と、私が満足に動けない理由の子たちが引っ付いていたのだから。今日まではここまで引っ付かれたことがなかったから、不思議なんだけど……いきなりどうしたんだろう。

 

「アミーシャ、今日が俺等の最終日ってこと、忘れてない?」

 

「……、…………そうだっけ?」

 

「そうだよ、しっかりしてよねー……こいつらも渚とか、他の奴らを見て今日がお別れだってなんとなく察してたんでしょ」

 

「初日はあんなに不安げだったのに、最終日にはちゃんとお姉ちゃんになれたじゃん。頑張ったね」

 

2人からそう言われて、近くで幸せそうに眠っている子たちを見下ろす……そっか、今日で終わりだってことすっかり忘れていた。この子たち、寂しがってくれてたのかな……そういえば、今日は朝から私がなにか他のことを考える余裕もないくらいたくさんお願いをされた気がする。もし、分かっててそれをやってたならこの子たち天才じゃない……?

そんなことを考えつつ、本気でどう体を離そうか迷っていると、再度小さなノック音とともに渚くんと松方さんだろうおじいちゃんがそっと室内へと入ってきた。

 

「なんと、これは……」

 

「えと、松方さんですよね……?……年少の子どもはたくさん遊ぶだけじゃなくて、たくさんお昼寝をすることも大事ですから……設計してくれた千葉くんに頼んで、この一角も整備してもらったんです」

 

「……なるほど」

 

「アミサちゃん、今日は一段と引っ付かれてるね」

 

「そうなの、どうしよう……起こしちゃっていいものかな……」

 

帰らなくてはならないのはわかっているけど、せっかく寝付いた子たちを起こしてしまったら夜がきつくなってしまわないか……だったら私が許可をもらってこの子たちが起きるまではここに居させてもらい動かないでいた方がいいんじゃないのか……そう思っての迷いだった。だけど、松方さんは何度か頷きながら起こすべきだと言って、軽く子どもたちの背を叩きはじめた。

 

「元気に走り回っとるのを見るのはいつでも出来るが、こんなに安心した顔で幸せそうに寝とる子達はそうそう見れん……お前さんが子どもの目線に立って向き合った結果だろう。そんな相手が自分達の知らん間にいなくなっていたと知る方がよっぽど悲しいと思うぞ?」

 

穏やかな笑みを浮かべながら子どもを1人ずつ起こしていく松方さんと、彼を真似て軽く揺すりながら起こしていくさくらちゃん……そっか、何も言えないままに別れたら、ずっと心の中にしこりが残っちゃうものだもんね。のそのそと起き出した子どもたちは、松方さんに気がつくと嬉しそうにおかえり、とかこの2週間の出来事をマシンガントークのように話していく。それらを嬉しそうに松方さんは聞いていて……私はちゃんと子どもたちが満足できるように接することができていたのかな、と安心した。

 

「うたひめ、かえっちゃうのー?」

 

「わすれてたから、このままとおもったのにー……」

 

「……なんで幼児がちゃんと覚えてるのに、アミーシャが忘れてるの……」

 

「あ、あはは……」

 

私は特に何かしたわけでもないと思うのに、こんなにもぺたりと懐いてくれる子がいるとなると、帰りがたく感じてしまう。だけど今の私は学生って立場だし、ここで働いてるわけじゃないからどうしようもなくて、抱きついてくれた子の頭を撫でる……頭を擦り付けるように応えてくれて、うぅ、かわいい……。

その様子を見ていたらしい松方さんが、ぼすりと他の子どもたちを撫でるノリと同じ感じで私の頭をかき混ぜてきた。撫ぜられるままに見上げると、穏やかな表情をしている顔と目が合った。

 

「水色のガキはさくらに勉強を教えにこれからもたびたび来ると言いおった。……だったらお前も来ればいい、たまには顔を見せに来い」

 

「……はいっ!」

 

「着いて来とるんだろう、クソガキ共」

 

そういって振り返る松方さんの後ろ、この部屋の入口にはE組がそろっていたみたいで、顔を覗かせていた。

 

「お前等もさっさと学校へ戻らんか。大事な仕事があるんだろ?」

 

「「「はい!」」」

 

松方さんはさくらちゃんや私と一緒にお昼寝していた子たちの頭を撫でながら、そう言って、背中を押してくれた。こうして私たちは、自分たちが起こしてしまった事故の賠償責任を自分たちの力でなんとか果たし、2週間の特別授業は幕を閉じた。

 

だけど……それは2学期中間テストの前の日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校でテスト勉強が禁止されているなら家でこっそりやればいい……竹林くんが言っていた対処法は簡単でも実行するには時間が足りなさすぎた。なにより1度殺せんせーの授業を受けてから自分なりに復習するのと、すべて自分の力で一から勉強し直すのとでは全然理解に差があって……そんな状態でテストを受けるなんて、この中学校では裸でバトルをするようなもの。

結果は惨敗……1学期末テストの雪辱を果たそうと、前に比べて猛勉強したA組に勝てるはずもなく、E組の大半は順位を大きく落としトップ圏内から弾き出されてしまった。

 

「アミーシャ、結果は見た?」

 

「かなりいいと思うけど1位じゃなかった、とだけ……全体順位表はまだ見てない」

 

「俺も。なら……あそこでいい顔してるヤツらの顔を歪めてやって、それから勝負といこうか」

 

中間テストの結果を受け取った私は、自分の得点と順位だけを確認してそれらをすぐに片付けた。名前の掲載される順位表はあえて確認しなかった……殺せんせーもE組の成績がひどく落ち込んでいることはわかっていたから、順位表を見たい人だけ前に来なさいって配慮してくれてたし、先に知ってしまうよりもカルマとの勝負の時に知りたいし公開したい、そう思ったから。

早めに教室を出てからカルマと合流して、このまま帰り道にでも結果を見せ合おうと考えていたんだけど……私たちの後ろを歩いていた渚くんたちが五英傑と言い争っている騒ぎが聞こえてきた。といっても五英傑が一方的に言い募っている、の方が正しいか……

 

「この学校では成績が全て……下の者は上に対して発言権はないからね」

 

反論できずに押し黙る渚くんたちをみて、告げられた榊原くんの言葉に私とカルマは1度顔を見合わせる。……反論の糸口、みーつけた。

 

「へぇ、だったらあんた等は俺等になーんにも言えないわけだ」

 

「……でも、先生はきっと、『1位じゃないからだめですねー』とか言うんだろうけどね」

 

「……カルマ君、アミサちゃん」

 

今度は浅野くん以外の4人が押し黙る番だった……彼らの順位は見てないけど、私は少なくとも4人よりも上である自信があったから、挑発するカルマのあとに続いてフォローする。

家でこっそりとやる勉強……慣れない子どもとの1日を過ごしたあとではうまく身が入らなくて集中力を欠く気がした私は、今回苦手潰しを全くやらなかった。まず、私はテスト範囲が発表され対策授業になってからテスト範囲を勉強しはじめたわけじゃなくて、もっと前から……夏休みの時点で、かなり先取りして予習は進めてあったんだ。私なりの予習で下地を作っていただけだからそこに殺せんせーの補足説明があればより完璧に理解できてたんだろうけど、今回の件でそれは無理になったから、私の苦手な理科の苦手克服のための勉強を放棄してその分の勉強時間を他の4教科にあてた。

カルマの場合は国語が苦手と言いつつ、全教科均等にできる。私と同じように夏休みのうちから大量に予習を進め、毎日のように復習や反復練習をかかさなかったから、1位は取れなかったけどいい順位まではいけたらしい。

 

「気付いてないの?今回本気でやったのは俺等だけだよ。他の皆はお前らのために手加減してた……五英傑様が毎回負けてちゃ立つ瀬が無いから……ってね」

 

「なにィ……!」

 

「でも、今回は今回……次は全員容赦しない」

 

「E組とA組が同じ授業を受けるのは2学期の期末テストまで……つまり、私たちが同じ条件のテストを受けられるのも2学期の期末テストが最後ってことだよね……?」

 

「2ヶ月後の2学期末……そこで全ての決着をつけようよ」

 

「……チッ、上等だ」

 

今回のことで、皆はまた一つ強くなった。勝利し続けるばかりでは偏った世界しか見ることができない。敗北や挫折、間違いや失敗……それらは全て、成長するためには必要なこと。カルマは1学期末テストで自分の力を過信してみんなより一足早く挫折を味わった、だからこそ出てくる敗者の気持ちを気遣った弱者に寄り添う言葉がある。私はそんなかっこいいことはできないから、彼の小さくて大きな変化にそっと寄り添うだけ……信じる人について行くだけだ。

 

「じゃ、俺等はこれから大事な用があるから」

 

「あ、待ってカルマ……また明日。……浅野くんたちも、またね」

 

なにか反論されたり言葉をかけられる前に離れないと、この後にある私たちの約束がズルズルと伸びちゃうことになる……だからなのか、カルマはサラッと通常運転で煽ることは言ってるけど誰をも見下すことなく、E組が実力を出せなかった理由をすり替えたあと、私の手を引いてさっさと歩き出した。私は手を引かれながらも渚くんたちをふりかえって手を振り、前を向く。カルマがどこに向かっているのかはわからないけど、そこで結果を見せ合うことになるんだろう……私は中間テストの結果用紙を握りしめた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「よし、ここでいいか」

 

「…………ここ、夏祭りの……」

 

「そ。明るい時には初めて連れてきたけど、一緒に花火を見た所」

 

連れてこられたのは、今年の夏祭りでカルマと2人で花火を見た神社近くの高台だった。前に来た時は夜だったし、花火の方に意識がいっていたから周りの景色なんてよく見てなかったけど、思っていたよりも高い位置にあったみたいで展望位置の手すりの先には小さく椚ヶ丘市の街並みが広がっていた。

花火の時にも思った気がするけど……忘れられているのか整備されていないのか、ここへ来るための入口には木が生い茂ってしまっていて高台への道を隠してしまっている。あの時も人はまばらだったけど、何かイベントがあるわけじゃない今は当然人の気配は何も無かった。少しの間夕陽でオレンジ色に染まりはじめた街並みを見ていたけど、繋いだままだった手のひらに力が入った気がして、彼の方を向く。

 

「お互い1番じゃないことは分かってるし、五英傑のあの4人よりも上ってことも分かってる」

 

「……じゃあ、あとは私たちの順位だけ、だね」

 

「同時にいくよ、いい?…………せーの!」

 

────バサり

 

赤羽業

英語98点

国語98点

数学100点

理科98点

社会98点

主要五教科合計492点

学年順位……2位

 

真尾有美紗

英語100点

国語99点

数学100点

理科94点

社会99点

主要五教科合計492点

学年順位……2位

 

「「………………、……っ、あはははっ!」」

 

同時に表に返した成績表……そこに書かれていた5教科それぞれの点数、順位を見て、その意味が理解できた瞬間思わず2人して顔を見合わせ、笑い声をあげていた。さっきまでの会話から、多分連続した順位になってるんだろうとは思ってたけど……各教科の点数に差があるとはいえ、同点って。

 

「ははっ……同点の場合、考えてなかった……っ」

 

「ふふ、そういえばルール、単純な点数勝負だったっけ……っ」

 

「ということは、俺等、お互いに相手が3位だと思ってたわけか……っ。てか、アミーシャすごいじゃん、100点が2つも」

 

「その分理科の点数低めだけどね……カルマは、数学満点以外、綺麗に並んでる……」

 

「教科順位1位の数にしてたら俺、負けてたよ……くくっ、さて、この場合どうしようね?」

 

「もう、両方ともがお願いを叶えちゃえばいいんじゃないかな……?」

 

「あははっ、勝負の意味……っ!……まぁ、何もしないよりは逃げる理由付けにならないし、いいか……」

 

勝った方の言うことをひとつ聞く、って決めてたけど、5教科全て平均的に高得点をとったカルマと、理科を捨てることでそれ以外の満点を狙いにいった私……結果を見ればどちらも勝ちといえば勝ちだよね。少しスッキリしない顔はしているけど、カルマもそれでいいらしい。

私よりも言い出したカルマの方が私に叶えてほしい何かがあるんだと思う……だから、私は黙って先を促す。私にも権利があるのに俺が先でいいの?と少し驚いた表情で聞かれたけど、正直私は今すぐにお願いしたいこととかはないから……それで何を言えばいいんだろうって困ってたし。そう伝えたら、じゃあアミーシャの分は保留ってことで願い事が決まったらということになった……いいんだ、それでも。

 

「じゃ、お言葉に甘えて。……俺は今から、あの日のやり直しをする。だから……アミーシャの答えが欲しい」

 

「……?」

 

カルマが言う『あの日』がどれを指すのかがわからない……この勝負を始める理由にもなった、殺せんせーやクラスメイトに邪魔されてしまったことは1回や2回じゃないし、私が躊躇って言えなかったことだって何度もある。答えを求められてるなら、間違えちゃ大変……でも、これだけじゃ判断出来ないし……なんてことを考えながら私が不思議そうに見返しているのを見て、目を閉じて笑ったカルマは、ゆっくりと話し始める。

 

「……はじめて会った時はどっかの不良に襲われてるし、弱々しいし、危なっかしいし……1人にしたらダメだって……ただ漠然と思ってそばに居たんだ。でも、アミーシャが色々と初めての経験をするたびに、俺と一緒にいるだけでもコロコロ変わる表情を見て、かわいいなって思い始めて……いつでもどんな時だって俺を頼りにしてくれて、少しずつ抱えてるものを見せてくれるようになって。……気付くのは遅かったけど、きっと出会った時から好きだった」

 

「…………ぁ……」

 

 

 

 

「──好きだよ、アミーシャ……誰よりも」

 

 

 

──告白の、やり直し。

あの沖縄での夜、カルマはほとんど勢いで告白しただけで私からの答えは求めてないと言っていた。ただ、自分の思いは知っていてほしい、とも。人を好きになるという気持ちも、私を好きになってくれる人がいるということも、私には縁遠すぎて……ちゃんと考えたことなんてなかったから、私はこれまで答えを返すことなんてできなかった。

 

「……約束だよ。アミーシャの、こたえを聞かせて」

 

カルマは隠すことが得意だ。飄々とした態度の裏側に、彼自身も気づいてるかわからない野性的な警戒心や、本心を隠し通している。カルマは頭がいい。成績だってそうだし、頭の回転が早いからたくさんの情報から色々な道筋を思い描いて形にする……それを人とぶつかるために使ってしまうことはあるけど、そこには彼なりの正義がある。カルマはイタズラとか、人をからかったり煽ったりしてその反応を見るのが好きだ。大抵は彼が楽しむためだけど……空気を変えてくれたり、いつも変わらないその態度が安心したりする時もある。

そして、……やっぱり彼は優しい。誰も動けない、どうしようもなくなった時に自然と前に出てくれる。周りに流されることなく自分の正義をもって、態度を変えず、いつもの彼のまま寄り添ってくれる。私がたくさんの隠し事を抱えていても、待ち続けてくれている。今まで、私はその優しさに甘え続けていた。そんな彼が勝負という手段で、はぐらかしたり逃げたりできない場を作ってまで、私のこたえを求めてくれている。だったら……今度は私がそれにこたえる番だ。

 

「…………カルマと出会って、あなたの正義に触れて、どんな時も隣にいてくれて……いつも、あなたは眩しかった。そばにいるのが心地よくて、1番気を抜いていられる場所で……だけど、なんでそう感じるのか、全然わからなくて」

 

「……うん」

 

「E組に来てからたくさん友だちができて、私にとって大切な居場所にはなったけど……カルマといる時みたいにドキドキしたり、かっこいいって思ったり、……私を見ていてほしいなんてことは、感じなかった」

 

「!」

 

「全部……全部、カルマといる時だけだったんだよ。今までなんでこんなふうに感じるのか、全然わからなくて……今でも正直、分かってないことはあるけど、……でも、きっと……私もいつの間にか、あなたのまっすぐなところに惹かれてたんだと思う」

 

最初は真剣な表情で聞いてくれていたのに、私が言葉を続けるうちに予想外、とでもいうように驚いて、目を見開いて固まっていく彼が、なんだかかわいく感じた。だけどまだ、ちゃんと最後までハッキリ言葉にしてないんだから……私の気持ちだって、最後まで聞いてほしい。

 

「……私も、カルマのことが好き。だけど、私はまだカルマにどうしても言えないことがある……それは、これからも言えないままかもしれない。それでも……こんな私でも、そばに置いてくれますか……?」

 

こういう、告白、という時になんて言えばいいのかなんて、私には全然わからないし、マイナスなことは言っちゃいけないのかもしれない。だけど……私の心からの言葉は全部彼に伝えられたと思う。

黙りっぱなしのカルマに私がだんだん不安になってきて、少し俯いて彼からの言葉を待っていると……そっと、手を差し出されたのが視界に入ってきた。反射的に顔を上げたら、そこには穏やかな笑みを浮かべている彼がいて。

 

「……当たり前でしょ。これからは恋人として……俺の隣にいてよ」

 

「……っ、うん……!」

 

差し出された手を握り返すと、そのまま手を引かれ……彼に正面から思い切り抱きしめられる。少し痛いくらいの力だったけど、彼は何度も私の存在を確かめるように抱きしめ直していて。そっと私も応えるように彼の背へ手を回すと、小さく、だけど抱きしめられているからしっかりと聞こえる声が私に届いた。

 

「……正直、断られるって思ってた。アミーシャ鈍いし、ズレてるし……まだ、好きとか嫌いとか、自覚してないんじゃないかって。まだかかるんじゃないかって、長期戦も覚悟してたのに……やばい、すげぇ嬉しい」

 

ちょうど私の頭の位置に彼の心臓があって……どくどくと、早い鼓動を刻んでいた。カルマでも、緊張してたのかな……?そっと彼の顔を伺おうと顔を上げてみたら、目元を手で覆い隠されてしまい視界が真っ暗になった。

 

「……?かるま、?」

 

「…………今はダメ、俺、絶対変な顔してるから。……このまま、抱きしめられてなよ」

 

隠されると見たくなるものだけど、カルマは器用に片手で私の目を塞ぎ、片手で先程よりは緩んだとはいえ抱きしめ続けていた。……少しだけ、指の隙間から見えたカルマの顔は、彼の真っ赤な髪と同じくらい赤く染まっていて……きっと、私も彼に劣らず真っ赤なんだろうな。……自覚したらようやく私も恥ずかしくなってきて、隠すように彼の胸へ顔を埋めた。

このあと、カルマが抱きしめた腕を解く時にそっと額にキスを落とされ、私が驚きすぎて額を押さえながら彼から離れようとしたんだけど、動揺してたのか足がもつれてその場にへたりこんでしまう……なんてことが起きたのは別のお話。

 

 

 

 

 

 




「……うー……いきなり……っ」
「ごめん、つい。……顔真っ赤にしちゃって、可愛いね」
「……なんで、もう普通の顔してるの……さっきまで、顔真っ赤にしてたのに」
「ちょ、見ないでって言ったじゃん」
「…………赤い顔のカルマ、かわいかったよ?」
「……っ……、……もう次から簡単にはいかないよ」
「……ふふ、まだ赤いよ」
「……夕陽のせいだよ、そんなの。……これからは、少しずつでもああいうの増やしてくから、覚悟しといてよね、……いつかちゃんとキスもしたいし」
「え」
「え、って……何、嫌なの?」
「嫌というか……その、私ってカルマとのキス、はじめてじゃない、よね……?」
「!……あれ、覚えてたの……?」
「ぼんやりと、だけど……でも、あの時のはキスっていうより、人工呼吸だったわけで……それで、その……やり直しを要求しても……いいですか……?」
「……不意打ちでしょ、そういうの」
「え?何が…………んっ……」



「はよー!昨日はサンキューな、カルマ、真尾。五英傑にガツンと言ってくれて……スッキリしたわ!」
「おはよう、2人とも。……眠そうだね、カルマ君」
「ふあぁ……はよ、渚君に杉野……さーね、俺は何もしてないし〜……」
「おはよ、渚くん、杉野くん。……えっと、カルマ……ホントに眠そうだけど、……カバン、持とうか?」
「ん〜……いや、昨日嬉しすぎて、眠れなかっただけだから……へーき」
「え、……えっと、…………うん、」
「それより、今日の朝って確か……」
「うん、そのはずだよ。もういるのかな……」
「いるんじゃね?タコはどうか知らないけど」
「…………」
「渚?どうしたんだよ」
「いや、やっとかなって……おめでとう、2人とも」
「「え。」」
「……?何の話だ?」
「なんでもないよ、杉野。ほら、早く学校に行こうよ……今日の朝は全員で烏間先生に報告行くんだから」
「あ、待てよ渚!お前らも早く登るぞ!」



「「…………」」
「……カルマ、私、いつも通りにしてたつもりだったんだけど……」
「……確実にバレてたね。渚君が鋭いのか、杉野が鈍いのか……ま、いつかは付き合い始めたことくらいクラス全員にバレるでしょ」
「……そうだね」


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アフターの時間、そして……今回やっと2人がくっつきました!

まずはわかばパーク編から。
チビちゃん達を寝かしつけているうちにウトウト……そして一緒にお昼寝、という流れは、松方さんが帰ってくるまでにもたびたびやってしまっていたという裏設定。なので渚や、カルマ……というかE組全体が「またか」という感じの反応をしてます。
幼児たちは最終日ということをオリ主が完全に忘れているようなので、思い出させる間もなく遊びに誘い、いつも通りの日を過ごせば明日も来てくれるんじゃないか……と無意識に考えて行動してます。さくらちゃんの予想通り、周りの様子を見て本能的に察してました。多分起こしてもらえずに帰ってたら、みんな拗ねます。
ちなみに前話のあとがきで書いた通り、あだ名を決めました。うたひめです。ナチュラルにみんなが呼ぶのでオリ主もナチュラルに適応してました。

テストの点数は、同点という結果。点数の配分に迷いはしましたが、理科を落とすことだけは決めていたのでこんな感じに。カルマも言った通り、教科別順位1位の数……なんて条件にしていたらオリ主が勝ってました。保留にした約束は、使いたい場面があるのでいつか出てきます。
カルマの願いは、告白に返事が欲しいというものです。殺せんせーに邪魔され、クラスメイトの野次馬がいたり、なんなりと2人きりでちゃんと言いあえたことがなかったため、是でも否でも返事が欲しかった。
え、否だった時?諦めるつもりは無いからもっとじっくり時間をかけて落とすつもりだったけどなにか?Byカルマ

そして、覚えている読者さんはいるだろうか……
『実行の時間』のあとがきで、カエデとオリ主が人工呼吸についての会話をしているのですが、オリ主は覚えてない、とは明言してないんですよね。その次の『病院の時間』ではぼんやりとした記憶を探ってます。つまり、気にはしてたんです、という報告でした。


では、また次回をお楽しみにです。


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プレゼントの時間

私たちが身につけた力の大きさを再確認し、最初にその力を身につけようとした目的がなんであれ、それは自分のためだけじゃなく他人のためにも使えるのだということを思い出した。今回フリーランニングで事件を起こし、迷惑をかけてしまったことを謝るとともに渚くんが代表してそれを烏間先生に伝えたところ、先生は私たちの出した答えを認めてくれたみたいだった。

ただ、問題となったのは……

 

「この有様では……これまでのような訓練は再開できんな」

 

「股下が破れた体操服……俺のだ」

 

転んだり何かに引っ掛けたりしない限り、体操服なんて早々破れることはない……なのに、暗殺訓練が日に日に高度になっていったことで、体操服の強度がもたなくなったんだ。暗殺教室での生活は家族にも秘密なのに、このままでは怪しまれてしまう……その対策として、これまでの頑張りへの報酬、そしてこれからも全力で取り組めるようにと烏間先生からプレゼントされたものは。

 

「本日より、体育はそれを着て行うものとする……先に言っておくが、それより強い体育着は地球上に存在しない」

 

 

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『──〝椚ヶ丘の母〟、標的は?』

 

『──私達に内緒で1人隠れてバーベキュー……ずるいわねー』

 

『──了解。試すついでに台無しにしてくるわ』

 

『──流石、いい性格だね。いってらっしゃい』

 

スマホを通して自分の役割やこれからの行動を伝え、繋いでいるみんなに最新の情報が回っていく。

今、標的の1番近くに潜んでいる〝椚ヶ丘の母〟が知らせてきたことによると、裏山の奥にある小さな沢の近くでは、標的が1人のんきにバーベキューを楽しんでいるようだった。生徒に隠れて楽しんでるつもりなのかもしれないけど、煙がE組校舎の方から見えたから場所の特定はすごく簡単で……絶対高級なやつか何かだ。安いやつならクラス全員呼んで一緒にやるはずだもん。

この作戦に参加するのは〝椚ヶ丘の母〟〝性別〟〝ギャル英語〟の3人……彼らは静かに先生の頭上になる崖の上へ登ると、〝ギャル英語〟がバーベキュー中で熱せられた焼き網の上に、何のためらいもなく背中から飛び降りた。

 

────ドンッ!

 

「にゅやーーーッ!!?な、なんて場所から落ちてくるんです中村さんッ!!」

 

「……すっげー……あの高さから落ちたのに、痛くも熱くもない……!」

 

「人の話を聞きなさい!」

 

「あ、ごっめーん。まあ、先生一人で楽しんでた罰が当たったんだと思っといてよ……じゃ!」

 

「えぇぇぇッ!??」

 

〝軍と企業が共同開発した強化繊維だ。衝撃耐性・引っ張り耐性・切断耐性・耐火性……あらゆる要素で世界最先端なものを盛り込んである。重量も今までの体操着より軽く、一緒に支給した靴もバネでも仕込んであるかのごとくとてもよく跳ねる〟

 

建物の2階くらいの高さから飛び降りても痛みを感じない衝撃耐性、バーベキュー中で熱せられた網の上でも平気な耐火性、無理な体制で暗殺を仕掛けても服の伸縮によって動きやすく破れない引っ張り耐性に切断耐性……これらの性能をまずは確認できた。〝ギャル英語〟の離脱とともに、崖の上から様子を伺っていた2人も静かにその場を離れていった。

 

 

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『──こちら〝美術ノッポ〟…おぉ…準備完了』

 

『──標的位置特定……射撃スペース確保』

 

『──予定通り、漫画読んでるぞ……狙いは〝このマンガがすごい!〟の言った通りでいいんだな?……いつでもいける』

 

『──気にしないで撃っちゃって。中古だし、もう売ったやつだし!しっかり頼むね、〝ギャルゲーの主人公〟!』

 

電話口でシューシュー音を立てていたのは〝美術ノッポ〟による迷彩加工だろう……落ち着いているのを装ってるけど、実際は興奮してるんだろうな。

標的は飲み物を準備し、椅子に座ってくつろぎながら〝このマンガがすごい!〟から買い取った漫画を読みながら鼻歌を歌っているとのこと……姿を森に紛れさせ隠した今なら、確実に殺れる。

 

────パァン!

 

「ひいッ!ち、千葉君ですか今のは!……にゅやッ!?ハンターとトリコの2大異世界編が両方読めない!」

 

「……よし、離脱」

 

「……あぁ」

 

〝特殊な揮発物質に服の染料が反応……一時的に服の色を自在に変えることが出来る。全5色の組み合わせで……どんな場所でも迷彩効果を発揮する!〟

 

適当な使い方では上手く迷彩柄にならないため、そこはまだ使いこなせないだろう人が多いけど、初陣だからこそ色彩感覚に優れた〝美術ノッポ〟が迷彩を施す。見事、姿を隠して漫画の開いたページへの狙撃に成功……先生、自分に向けられてない攻撃には、ホントに敏感じゃないんだね。後ろで色々言ってる声はするけど、〝ギャルゲーの主人公〟たち3人は揃って静かに離脱した。

 

 

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『──こちら〝コロコロ上がり〟。標的は今日発売の巨乳専門のエロ本見ながら彫刻作ってるぞ』

 

『──なにぃっ!?あれの発売時間は授業中のはずだ!……ということは、教師の特権使って手に入れたということかッ!?』

 

『──特権?』

 

『──ああ!E組には英語と体育に関しては別の教師がいる……その授業時間の合間を縫って……』

 

『──〝天然小動物〟に悪影響だからやめろお前等……標的の前に蜂の巣にしてやろうか……』

 

『──いつにも増して怖ぇーぞ〝中二半〟!てか、発端は〝コロコロ上がり〟だ!』

 

『──話を広げたのは〝変態終末期〟だ』

 

『──あんたたち、言い争ってないでとっとと行きなさい!』

 

E組校舎の3年E組教室じゃない空き教室で、なにかの本を片手に首から下の彫刻作りをしている標的……ものすごく慎重にぺたぺたやってるけど、その……胸の部分にものすごく力を入れて作ってるように見えるのは、気のせいなのかな……?

何やらスマホ越しに〝コロコロ上がり〟と〝変態終末期〟と〝中二半〟が言い合いを始めて、私じゃ止めようがなくなってオロオロしはじめた頃に〝凛として説教〟が通話に割り込んで止めてくれた。助かります……。

 

────ガッシャァン!

 

「にゅや──ッ!?いや──ッ愛情込めたロケットが──ッ!!」

 

「…………」

 

「だからお前、黙ってると凶悪なんだよッ!」

 

「……蜂の巣」

 

「ごめんなさいッ!」

 

〝肩・背中・腰は衝撃吸収ポリマーが効果的に守る。フードを被ってエアを入れれば頭と首まで完全防備、つまり……危険な暗殺も無傷で実行できる!〟

 

〝凛として説教〟が言い合いを咎める声を合図に〝中二半〟と〝変態終末期〟の2人が校舎の屋根から飛び降り、ロープを使って窓に突っ込み、教室内に銃を乱射し始めた。〝変態終末期〟は標的が逃げる教室中にバラまいているのに対し、〝中二半〟は標的が一生懸命整えていた彫刻を跡形もなく崩す勢いで乱射してるのは……わざとなんだろうな、きっと。

 

「な、なんなんですか一体!息付く暇もないっ!」

 

「せっかくの新装備、手の内を晒すのはやめとけと言ったんだがな……」

 

新しく手に入れた『(ちから)』を試し、殺せんせーに見てもらうために仕掛けたせいで壊してしまった窓の外へ、E組全員が揃う……私たちは全員、烏間先生からプレゼントされた超体育着に身を包んでいた。殺せんせーに全身全霊の教えを与えられたからには、私たちは暗殺で返す……それがE組の4月から繰り返してきた流儀だから。そして、間違えたあとだからこそでた答えでもある。

 

「約束するよ、殺せんせー……私達のこの「力」は、誰かを守る目的以外で使わないって」

 

「……満点の答えです」

 

顔に大きく二重マルを出して、私たちが出した答えに満足気に笑う殺せんせー……E組が暗殺に対して決意を新たにした瞬間であり、向き合い方を考えてぶつかることを決めた時だった。早くも私たちが破壊した窓を修理しながら明日からの予定を言い始める殺せんせーに、もう余裕が戻ってしまったのかと少し残念に思いながらもみんな笑顔で帰路につく。

 

 

 

 

 

────暗い足音がすぐそこまで迫ってきていたことに、誰一人気がつかないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤバい……

 

あいつ、絶対ヤバい!

 

とにかく、ここに隠れてやり過ごせば……

 

「あの遠距離から身の危険を直感するとは……さすがは『レッドアイ』の異名を持つ名狙撃手(スナイパー)だ」

 

……!!

 

なぜ、隠れたはずのここが……!

 

……いや、まだ俺は肯定も何も反応していない、殺り合って五分……いや、ギリギリ生きていられるかだ。何もせずやり過ごすのが吉か……いや、

 

「ちょっ……ちょっと待てよ。なんだその『レッドアイ』って、人違いだろ?ビビらせやがって……観光先で尾行されたらそりゃあ逃げるだろ、一服つけねーと……」

 

俺の狙撃なら、当てられる──!

 

────ドクン

 

……………な、

 

納得、した……

 

名うての殺し屋が次々と殺られた……〝殺し屋殺し〟

 

あのロヴロが闇討ちでやられるなんて並の殺し屋にゃ不可能だと思っていたが……

 

この攻撃、「見えない鎌」

 

こいつが……伝説の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……畏れるなかれ、〝死神〟の名を……」

 

────次なる狙いは、この男女だ。

手に持ったタブレットには、金髪の女性と黒衣の人物が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界最先端の技術が詰め込まれているらしい体操服、通称・超体育着を烏間先生に与えられた次の日の朝。いつものようにカルマたちと登校している時、山道の入口の駐車場でちょうど車を降りたところのイリーナ先生と合流した。いつもなら先生の出勤時間にかぶることなんてあまりないのに……珍しい。私が手に持ったカバンと先生とで視線を行ったり来たりさせているのに気づいたのか、カルマが行っておいでと背中を押してくれた。できるだけ早めに渡しちゃいたいし、一言またあとでね、と声をかけて、先を歩くイリーナ先生と山道で合流したんだろう桃花ちゃんたちを追いかける。

 

「ま、待って……私も、一緒に行きたい!」

 

「あ、アミサちゃん。カルマ君達はよかったの?」

 

「うん、カルマがね、「今日の朝は先生に譲ってあげる」って」

 

「アンタ、完全に所有物扱いされてるけどいいわけ……?ホントに付き合ってないってのが不思議な距離感と仲の良さね」

 

「もー、ビッチ先生、それがこの2人なんだからしょうがないって〜」

 

「…………え、と…………」

 

「……なによ、その反応……まさか」

「も、もしかして……」

 

………………お付き合い、することになりました………………

 

「「「えーーーっ!」」」

 

イリーナ先生はいつも通りに返したつもりだったんだろうけど、私の事情が変わっているわけで……付き合ってないのに近い距離感や接し方、というのがホントのお付き合いになったから、思わずそのワードに反応してしまった。なんて返そうか迷っているうちに、当然みんなは私の動揺に気づくわけで……ものすごく小さな声にはなってしまったけど、報告することになった。

もともと1番恋愛相談にのってくれていたのが、このイリーナ先生放課後塾のメンバーだったし、できたら最初に報告したかったからちょうど良かったんだけど……私の周りだけがいきなり騒がしくなったから、数人だけど前後で山を登っていたクラスメイトたちに何事かと注目されることになった。

 

「いつ?わかばパークではまだだったよね!?」

 

「その前になんでよ?!何があったらそんな急に」

 

「え、あ、その、今回の中間テストで勝負してて……勝った方のお願いを一つ聞くって決めてたの。……結果は同点だったけど、勝負を言い出したのはカルマだから……それで、先にカルマのお願い聞いてみたら、……その、告白をやり直すから、今の気持ちで返事してほしい、って……」

 

「おぉ〜っ!!」

 

「ついにカルマ君の努力が報われたのか〜!」

 

「え、テスト結果出たの一昨日じゃない!?」

 

「うわ、付き合いたてなのに、こっち来ちゃってよかったの!?」

 

「……その、私が迷ってるのにカルマも気づいてたから……、あの、イリーナ先生、」

 

「は、私?」

 

カルマと一緒に登校していたのに、わざわざ離れてこちらに来たことを不思議そうに尋ねられて、私が先生たちを追いかけてきた本来の目的を思い出した。お付き合い報告で流されて、危うく忘れちゃうところだった……!慌ててカバンにしまっていた小さな小箱を取り出して、イリーナ先生に差し出す。リボンに挟まれたメッセージカードを見た先生が目を見開いて驚いていた。

 

「お誕生日おめでとう、ございます。いつも、たくさんいろんなことを教えてくれて、ありがとうございます……!」

 

「……アンタ、覚えてたの?」

 

「10月10日、でしたよね……?当日にしたかったけど、会えなかったから……これまでのお礼も兼ねて、です。先生が喜んでくれるものとか、分からなかったから……私なんかのじゃ、いらないかもですけど……」

 

「なに言ってんのよ、貰うに決まってるじゃない!」

 

私たちがわかばパークで課外授業を受けているあいだに過ぎてしまったイリーナ先生の誕生日……私たちが自分たちで責任を取るために、期間中先生たちは誰も施設に顔を見せることがなかったから、渡したくても会えなくてどうしようと思ってたんだ。驚いた余韻からか少し頬を染めて嬉しそうに私の手から小箱を手に取ったイリーナ先生は、大事そうにカバンにしまってくれた。それを見た桃花ちゃんたちは、その手があった!と残念そうな顔をしていて……

 

「そっか、そうだよ今日持ってくればよかったんだよ……!」

 

「誕生日当日が過ぎちゃったから、プレゼントどうしようって思ってたんだよね……ビッチ先生、ごめんだけど私は明日持ってくる!」

 

「別に気にしなくていいわよ、ちゃんと覚えてくれてるだけ。さすが私の可愛い教え子達なだけあるわ!……それに比べてあいつは……本っ当に女心をわかってないから。結局私にはプレゼントもくれなかったし…………あのタコでさえ分かってたのに!あー、思い出したら腹が立ってきた!」

 

最後の方は独り言のように怒りながらズンズンと一人校舎まで歩いていってしまったイリーナ先生……多分、殺せんせーも一緒になってイリーナ先生の誕生日を匂わせることは言ったんだろうけど、烏間先生からは何もアクションがなかったということかな。先生自身もプライドが高いし本命だからこそ不器用さを発揮して言い出せず……今日になってしまったんだろう。

 

「私達が騒ぎを起こしちゃったのも一因だよね……」

 

「よーし、また俺等が背中押してやろうかね」

 

「だな」

 

いつの間にか追いついてきていたクラスメイトたちもイリーナ先生のあの様子を見て、烏間先生に忘れられることになった理由の一端に私たちの騒ぎもあるだろうから、と協力することに決めた。E組にビッチと呼ばれていても、今は烏間先生へ一途に恋をしているイリーナ先生……陽菜乃ちゃんは複雑そうだけど、最後に選ぶのは烏間先生だし、大好きな先生たちが幸せな結果になるといいな。

よし、みんなが盛り上がっているうちに私は静かに校舎へ……と、思ったところで後ろから肩を掴まれた。ギギギと音が鳴りそうなくらいゆっくりと後ろを振り向いてみれば、私を捕まえている犯人はニヤーッとした笑みを浮かべた莉桜ちゃんだった。

 

「……ところでお二人さん、私たちに何か言うことは無いのかな?」

 

「真尾、逃げても多分意味無いぞ」

 

「お前等のもどかしい恋愛事情はE組全員を巻き込んでんだ、収まるところに収まったんならしっかり報告しろ!」

 

あれだけ桃花ちゃんたちが興奮して叫んでたんだから、絶対もうみんな知ってるじゃん……!それにニヤニヤしてこっち見てるし、分かってて詳しく聞こうとしてるでしょ!?恥ずかしいし私1人じゃどうしようもないしで、パニックになりそうなのを何とかこらえて、もう1人の当事者であるカルマに助けを求める……というか、私が告白の件を話したことが原因なんだから、助けを求めるっていうのも何か変だけど。

 

「うぅ……カルマ、ごめん……」

 

「まー、別に隠そうとしてたわけじゃないしねー……渚君にはなんかバレてたし、アミーシャが最初は放課後塾の奴らへ伝えたそうだったから黙ってただけだし。……と、いうわけで」

 

「わ、」

 

話しながら近くまで歩いてきたカルマによって、私は彼の胸に寄りかかる形で肩を引き寄せられ、捕まっていた莉桜ちゃんから剥がされる形で助け出された。そのまま抱き寄せる腕に力が込められる。

 

 

 

「アミーシャは俺のだから。手ぇ出したら……ね?」

 

 

 

私の背後にいるから彼の表情は見えないけど……正面にいるみんなの顔が赤かったり青かったりしてるから、ものすごくいい笑顔なのに見る人によっては怖い……みたいな感じなんだろう、多分。

 

「いや、「ね?」じゃねーよ。可愛くやってもお前の場合悪魔の微笑みなんだって」

 

「構いには行くけど手は出さないよ……死にたくないし」

 

「やっとかー!長かったなー!……てか渚、気付いてたなら言えよ!」

 

「むしろあの主語のないやり取りが成立するところとか、アミサちゃんの照れてるところを見てたら分かると思うんだけどなぁ……」

 

「……おめでと」

 

「おめでとう!何かあればいつでも頼りなさい!」

 

「嫌なこととか恥ずかしいこととか、ね!」

 

「…………信用なくね?俺」

 

ハッキリ口に出して言ったり言われたりすると、……カルマと、こ、恋人になったんだってことを改めて実感してきて、今まで気になったこともなかったのに、普通にしてたはずのこの体勢が恥ずかしく感じる。こうやって体が触れているだけでドキドキするし……でも、離れたいとは思わないし、同時にほわほわとした暖かい気持ちも湧き上がってきて……きっと、これが幸せというものなんだろうな、なんて思いながらそっと体重をかけて体を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちのことは置いておいて、今はイリーナ先生の誕生日プレゼント作戦の方が優先だ。教室についてからイリーナ先生の誕生日プレゼント用にE組みんなで自分が出せる範囲のお小遣いを出し合う……総額5107円、いきなり言い出して計画を立てた割には、まあまあ集まった方だと思う。そして、クラスをいくつかの役割に分担した。

1つは、イリーナ先生の気を引いて烏間先生と分断する班。烏間先生からのプレゼント、という体にしたいのに作戦会議中にイリーナ先生がそばにいたらバレちゃうからね。これは放課後塾メンバーである、桃花ちゃん、陽菜乃ちゃん、メグちゃんが中心になって動かしている。……私も最初はここに入る予定だったんだけど、朝既にプレゼントを渡した身であまり要件がないのに行くのは不自然だし、自然な演技はできても他の部分でバレそうという理由から別の役割へつくことになった。

次に、連絡係……これは基本、律ちゃんが担当する。ただ、律ちゃんが状況を知るためには、律ちゃんの入った端末を移動させる人、もしくは情報を伝える人が必要になるから他にも何人かが動員されている。

そして、3つ目が私たち4班……プレゼント買出し班だ。

 

「健闘を祈る……ったってなぁ……ビッチ先生、大概のプレゼント貰ったことあるだろ……」

 

「難しいね……」

 

「この金額で大人から大人へのふさわしいプレゼントか……」

 

私たちが買出し班に選ばれた理由は、まずE組で1番女の子らしい有希子ちゃんがいるし、他にも私、カエデちゃん、愛美ちゃんとタイプの違う女性目線でプレゼントを選びやすそうだから。次に男女の割合がほぼ半分だから、両方の目線で品定めができる。あとはカルマがいるからだ。この班の仕事はプレゼントを購入したあとに烏間先生へ渡し、烏間先生からイリーナ先生へ渡るようにお膳立てするところまでだ……カルマくらい口が上手くないと、堅物の烏間先生が納得しないだろうという考えの元、こうなった。まあ、プレゼントが決まらないと何も始まらないのだけど……イリーナ先生ってモテるし、今までの暗殺のために付き合ってきた人からとかでたくさんプレゼント貰ってそうだし、と7人で集まってあーでもないこーでもないと相談していると、急に話しかけてきた男の人がいた。

 

「やっぱりそうだ……あのあと大丈夫だったかい?ほら、おじいさんの足の怪我……」

 

「あ……あの時、救急車呼んでくれた花屋さん!」

 

「あの時はありがとうございました。一応タダ働きでなんとか許してもらえて……」

 

「そっか、大事にならなくてよかったよ」

 

渚くんと杉野くん以外はこの人に会ってないからよく分からないけど……なんだか、安心できる雰囲気をもった人だなぁ……。にこにこふわふわした笑顔で笑った花屋のお兄さんは、すぐ近くで悩んでいた私たちの会話が聞こえていたみたいで、提案するように一輪の赤い薔薇の花を1番近くにいた有希子ちゃんに差し出してきた。

 

「なるほど、花束かぁ……」

 

「ものの1週間で枯れるものに数千円~数万円……実はどんなブランド物よりも贅沢なんだ。プレゼントなんて色々選べる時代……なのに、未だに花が第一線で通用するのはなぜだと思う?」

 

花の様子を見ながらいくつか選別し始めているお兄さんを見ながら考える……キレイだし、どんな大きさでももらって嬉しい、そして贈る人の気持ちがこもったものだから……とか?愛美ちゃんは、バラ風呂とかあるくらいだし花びらに何か人を惹きつける効能があるのではって呟いてるし、杉野くんは似合うからと有希子ちゃんを見ながら言ってる。それらが聞こえてたんだろう、お兄さんは考えは人それぞれだと思うけど、と前置きして赤い薔薇を中心にした大きな花束を私たちに差し出しながら話し出した。

 

「僕の考えではね……心だけじゃないんだ。色や形、香り、そして儚さが人間の本能にぴったりとハマるからさ」

 

見た目を楽しませてくれる様々な色、一つ一つ種類によって異なる花びらの形や香り、お兄さんも言ったように儚く短い命……確かに全部花を愛でて楽しむために必要なことだと思う。電卓を持っているせいで売り込みの文句なんだろうとは察しちゃったけど、とても納得できるこの説明に、私たちからのプレゼントはこの花束に心が動いていた。

私たちの予算は約5000円……それで作られた花束は、お兄さんのご好意で大きく色とりどりのものでまとめられていた。商売だって言っていた割にはサービスしてもらえてる気がする……バラの花って、一輪でもかなり高かったはずのに。

 

「はい、どうぞ。大きいし重いから気をつけてね」

 

「わぁ、ありがとうございます!」

 

「いい匂い〜……」

 

「5000円の輝きですね!」

「男にゃ花の価値は分からん……」

 

「でも、あの純情ビッチは喜ぶ確率高いんじゃない?」

 

「ふふ、E組みんなの気持ちもこもってるから……きっと、イリーナ先生、も……、?」

 

有希子ちゃんがお兄さんから花束を受け取り、その場で少し花束の美しさを先に私たちで堪能したあと、じゃあこのまま烏間先生に渡しに行こうか、と学校へ足を向けるためにお兄さんに背を向けた。その時……ううん、違う……私が〝イリーナ先生〟と名前を出した瞬間、ほんの一瞬だけ馴染みのある気配が背後を走った気がして寒気がした。思わず振り返ってみたけど、そこにはお兄さんがいきなり振り返った私を見て、どうしたの?と不思議そうに笑っているだけ……気のせい、だったのかな。

 

「どうしたの?」

 

「な、なんでもないよ。気のせいだったみたい」

 

「……隠し事はしてない?」

 

「……う、ん……ホントに分かんないの。嫌な感じがした気がしたんだけど……多分、気のせいだよ。だって花屋のお兄さんしか、いなかったから」

 

「……アミーシャの嫌な予感、か。……ま、俺も一応警戒できるならしとくよ」

 

ポン、とカルマに頭を撫でられ、揺れる頭に合わせて少し俯く。なんとなくで私自身もあまり納得していない直感を、なんの疑いもなく信じてくれているカルマ……私の直感は大抵当たるから警戒しといて損は無い、とかいうから余計に心配になってくる。ホントに、気のせい、だったのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あの子、気づいた?……はは、まさかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは花束を買ったその足で、烏間先生に渡しに行った……のだけど、私たち生徒から渡した方が喜ぶって……、先生、なんでこんなことしてるのかとかイリーナ先生の想いとか全然気づいてないよね?とりあえず、何でもいいから理由を付けて渡しさえすれば、あとはなんとかなるだろう……ということで、予定通りカルマの出番。同僚の人心掌握のためにもっていう恋愛の「れ」の字もない説得だったけど、烏間先生は納得して受け取ってくれた。

 

「……律ちゃん、オーケーだよ」

 

『わかりました!では、音に出さず、文字で伝達しますね』

 

手元の律ちゃんが電子の海を走っていったのを確認して、くれぐれも私たち生徒が準備したことは内緒だと烏間先生に言い含めて教員室をあとにする……と見せかけて、教員室の外に身を隠す。あとから結果を知るよりも、目の前でわかるならやっぱり見たいし……それに、色々考えて私たちが選んだプレゼントだから、喜んでくれてるその顔が見たい。

イリーナ先生が校舎へ戻ってきたのを確認して、窓の下に隠れると、他の役割をしていたみんなも何人か集まってきていた。吉田くんがそっと教員室の窓を数センチだけ開けてくれたから、なんとなく声も響いてくる。

 

『誕生日おめでとう……遅れてすまなかったな、色々忙しかった』

 

『……うそ、アンタが?やっば、超嬉しい……ありがと』

 

声だけでもわかる……イリーナ先生、嬉しそう。期待はしていたけど堅物の烏間先生だし、女心の理解なんて無理に決まってる……みたいな諦めもあったんだろう。ここまで喜んでもらえたなら、準備した私たちも嬉しくなってくる。

信じられない、嬉しい、まさかアンタが、……そんな言葉を頬を染めながら本気で喜んでこぼすイリーナ先生は、すごく綺麗で、だから次に聞こえた烏間先生の言葉が信じられなかった。

 

『祝いたいのは本心だ。おそらくは最初で最後の誕生祝いだしな』

 

…………なに、最初で最後って。

私たちですら固まったくらいだ、正面からそれを聞いたイリーナ先生が理解できるはずもなくて。

 

『任務を終えるか。地球が終わるか。2つに1つの結末……俺達のこの仕事も、あと半年で終わるんだ』

 

……地球が終わっていれば言わずもがな。暗殺に成功したなら、暗殺教室が終わったあとは私も含め先生たちもみんなバラバラの進路を進むことになる。だけど、バラバラになったとしても一緒にいるということは個人の自由だ。なのに、烏間先生の言葉は……明らかに烏間先生がイリーナ先生との未来を考えていないものでしかなくて……この花束の作戦も、烏間先生が繋ぎ止めるために準備したのではないと見破られてしまった。

教員室の様子を伺うのに最適なのは廊下側の扉と校庭側の窓だけ……なんの迷いもなく窓際へ歩いてきたイリーナ先生は一気に窓を全開にした。当然そこに隠れている私たちの姿は丸見えになるわけで。

 

「……やっべ、バレた……」

 

「……こんなことだろうと思ったわ。あの堅物が誕生日に花を贈るなんて思い付くはずないもんね。……楽しんでくれた?プロの殺し屋がガキ共のシナリオに踊らされて舞い上がってる姿見て……」

 

────ガゥン!

 

イリーナ先生が足につけていた小銃を手に取り、空へ向けて発砲する……と同時に、なんか大きな塊が落下してきた。……マスクとサングラスつけて、大きなカメラと照明持って、ノートに鉛筆を構えている殺せんせー……格好からしてパパラッチになりきってるんだと思うけど、一体どこにいたの……?あと、その格好ではいつもの下世話な好奇心だけで見てたんだとしか思えないから、〝純粋な好意〟での行動なんだと説明されても説得力がない。私たちの行動まで好奇心とからかいか何かでやったのだと受け取られてしまったようで……

 

「────おかげで目が覚めたわ。最高のプレゼントありがと」

 

花束を烏間先生に押し付けるように渡すと、イリーナ先生はそのまま無言で山を降りていってしまった。

 

「烏間先生、なんか冷たくないっスか?さっきの言葉!」

 

「まさか、まだ気付いてないんですか?」

 

「……俺が、そこまで鈍く見えるか」

 

「「「え……」」」

 

…………ごめんなさい、今までの対応見てるとそう見えてます……。でも、烏間先生はイリーナ先生からの好意をしっかり理解していたみたいで、非情だと分かっていてわざと突き放していたのだと言った。色恋で鈍る刃ならこの暗殺教室では必要ないし、資格もないと言い切った。返された花束をそっと机に置くその手はいつも通りのようで……少し、寂しげにみえた。

 

 

 

そして、イリーナ先生は学校へ姿を見せなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 




────ピシュ

「……?、銃弾か……それもかなり小さい」

「さすがだね、今までで初めてだよ……この『死神の見えない鎌』を初見で避けた人なんて。東方人街の魔人の異名は伊達じゃないね」

「……、出会い頭に随分とご挨拶だな」

「しかも僕を視認できるなんて……面白い。やあ、来てくれて嬉しいよ。こちらに来ていると噂があったのは正しかったんだね」

「御託はいい。私の力を必要としているとか」

「せっかちだね……最初は殺る予定だったけど、条件さえ満たせば君はどんな相手とも契約するんだろう?今回の仕事のパートナーを依頼したくてね」

────バサり

「………………これは……」

「どうかな?これなら君にも十分な利益があると思うよ」

「…………報酬も条件も十分クリアしている、か。ならば、契約成立だ。お前が私の道を外れない限り、私はお前の手足となろう」

「本当に?ありがとう。……ねぇ、契約主にも素顔は見せたりしないのかい?」

「……ふふ、ご想像にお任せしよう」

「ふぅん……まあいいや。……よろしくね、《銀》」


++++++++++++++++++++


オリジナル要素を入れつつ、プレゼントの時間でした。あと、お付き合い報告を……したら一瞬でクラス全員に公認カップルとなりました。といっても今までの距離感からおかしかったので、見慣れた光景となるんじゃないかという気がしてます。

イリーナ先生が離脱……フリースペースでは口調がわからない人達の会話が進められています。進みたいルートがふたつあって、どう表現したらいいものができるか模索中です。

では、次回から何話かに分けて「死神編」のスタートです!





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死神の時間

一寸前の幸せそうな雰囲気から一転……イリーナ先生の銃が火を吹いた瞬間から、私の体は震えていた。あの直前までなら平和だったし、万が一見ていることがバレただけなら恥ずかしがるイリーナ先生も見たかったんです、なんて言い訳を思えるくらい余裕があったのに。……なんで、いきなりこんな……銃なんて、私にとっては身近なものでしょう……?ひさしぶりに対先生BB弾のエアガン以外の銃声を聞いたから?エアガンでも導力銃でもない……火薬の匂いを嗅いだから?沖縄旅行以来、他人から与えられる命の危険を感じたから?それとも……撃ったのがイリーナ先生だから?だから、怖くなったの……?

ぐるぐると回る思考に溺れそうになりながら、ほんの少し前のなんでもない平和との落差に、自分の震える体を1人抱きしめた。イリーナ先生は殺し屋……E組(わたしたち)に馴染んでいたから、その本場の空気というものを、どうも忘れてしまっていたみたいだ。

 

「……明日、謝ろう。それで、ちゃんと話そう」

 

「そうだよ、別に私達、ビッチ先生をからかいたくてやったんじゃないんだから……話せば、きっと分かってくれるよ」

 

「よし、皆。今ここにいないメンバーも集めて、明日の朝謝りに行くぞ」

 

誰もが信じて疑わなかった。イリーナ先生なら、なんだかんだと言いながらも最後には許してくれると……それで、私たちは先生の恋を応援してるんだよっていう気持ちを、照れ隠しにぶっきらぼうなことを言いながらも受け入れてくれると。だけど、そんな機会が訪れるどころか……イリーナ先生は学校へ来なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、もう3日だよ……?」

 

「余計なことしちゃったかな……」

 

烏間先生は基本教員室にこもっているけど、イリーナ先生は授業だけじゃなくてお昼ご飯や休み時間にも顔を出しにくる。私たち生徒を下の名前で呼んだり、女同士なら女の間でしか話しづらいような話題で話したり……1番身近な歳の近い大人だから、お姉ちゃんのような友だちのような……そんな存在(せんせい)になっていた。だから、先生のいない教室はどこか寂しくて……元気がないのはE組の生徒だけじゃなくて、殺せんせーも一緒に心配そうにしていた。

 

「……烏間先生、任務優先なのも分かりますが少しは彼女の気持ちになってあげては?」

 

「……地球を救う任務だぞ。俺や彼女は経験を積んだプロフェッショナル……情は無用だ」

 

烏間先生は厳しい……特に、先生が一人前だと判断する大人には。鷹岡先生が来た時に似たようなことを言っていた……地球を救う暗殺任務を依頼した側として私たちをプロとして厳しく対等に扱うけど、そこには先生と生徒の関係も含まれてるから、先生として当たり前の中学校生活を保証するのも仕事だと考えている、と。つまり、子どもとして扱われている私たちと、大人として対等な立場に置かれているイリーナ先生とでは、色々変わってくるんだろう。

烏間先生は気づかないフリをしてイリーナ先生に対して非情に振舞って見せてるけど、私たちの言葉でたまに黙って考えてる時もある。先生の代わりになる殺し屋と面接があるからと教室を出ていく時にも、足取りに狂いはないのに先生の目には迷いが浮かんでいた気がした。

 

「烏間先生はああ言ってますが、内心悩み、気にしているはずですよ?自分の対応が原因でイリーナ先生が来なくなった……だが、下手に声をかけると悪化してしまうからあえて突き放したままで、と。……では!イリーナ先生に何か動きがあれば連絡を。先生これからブラジルへ行ってサッカー観戦に行ってきます!」

 

「ちょ、前半まともなこと言ってるのに後半がそれだと説得力ない!」

 

「サッカー観戦よりもビッチ先生でしょ!?……もう、行っちゃったし!」

 

確かに前々から今日の決勝戦だけは絶対に見に行くって毎日のように言ってたけど……こんな空気の中サラッと出ていくなんて。むしろ、私たちがあまりにも気にしてるから空気を変えようとか考えてくれてるのかな?……同僚を心配してないように聞こえて、完全に逆効果な気しかしないけど。

私は自分の席に座ったままスマホを開いたけど……送られてきている他のメッセージたちはともかく、イリーナ先生のメッセージには既読がつかないし、何度かかけた電話にも折り返しがない。このまま何も言えないまま会えなくなるとか……そんなの嫌だな。

 

「まさか……こんなんでバイバイとかないよな……」

 

「そんな事は無いよ。彼女にはまだやってもらう事がある」

 

────ガタタッ

 

「……アミーシャ?」

 

「…………ッ……」

 

サヨナラになる事はない、という千葉くんの言葉を否定してくれた言葉が教室中に響いたおかげで、少しだけ明るさを取り戻したみんな……なのに、形容できない寒気が体中を走って、気づけば椅子を蹴倒して自分の席から立ち上がっていた。突然大きな音を出し、私が慌てて立ち上がったからか、隣の席に座っていたカルマも立って私の近くへ来てくれて……私はそのまま教室の前の方から自分が隠れるように彼の背中にすがりついた。

 

「何、どうしたの……」

 

「……だれ……?いま、へんじしたの、だれ……?!」

 

「ッ!!」

 

まるで背景のように、元からその場所にあった一部のように、その人は教室に溶け込んでいた。みんなもようやく違和感に気づいて警戒する……そう、()()()()……知らない人が入り込んできたのにそれが当たり前かのように普通に受け入れていたのだから。

 

「はじめまして。僕は『死神』と呼ばれる殺し屋です。今から君達に授業をしたいと思います」

 

ニコニコと花のような笑顔を……私たちが花束を買いに行った時と変わらない笑顔で『死神』だと名乗ったお兄さん。ありえない状況なのに、笑顔で私たちの敵を宣言してるのに、みんなが平常心で恐怖に震えることすらできない安心感……異常な空気に教室は包まれていた。

 

「花はその美しさにより人間の警戒心を打ち消し、人の心を開きます……渚君、君達に言ったようにね。でも、花が美しく芳しく進化してきた本来の目的は────虫を、おびき寄せるためです」

 

その言葉とともに律ちゃんが送られてきたメールを表示する……少しの間律ちゃん自作のウイルス対策ソフト文字が流れたあとに開かれた写真には。

……両手足を縛られて箱に詰められた、イリーナ先生の姿が。

 

「手短に言います。彼女の命を守りたければ、先生方には何も言わず……君達全員で僕が指定する場所へ来なさい。……ああ、来たくないなら来なくていいよ。その場合、彼女の方を小分けにして君達に届けてあげるから」

 

言っていることは物騒なのに、それは嘘じゃないのだろうと頭では分かるのに、動けない。殺気を出されて恐怖で動けないんじゃない……敵に思えないから、無意識にみんな、あの存在を受け入れてしまっているんだ。

 

「……あいつ、アミーシャの言ってた嫌な予感、そのものだったわけだ。……気配や性質が警戒できず、簡単に懐へ入り込める、か」

 

最初は私のしたいようにさせてくれていたカルマは、この教室の中でたった1人……私だけが怯えている異常さに気づいたのか背中から離し、前から私の顔を抱え込むように隠して体の側面を『死神』へ向けた。決して背中は見せないように、かつ、私を守れる位置に。私は彼の動きでそれに気づいていたけど、震える足では彼にされるがままになっているしかなかった。

小さく彼が呟いた言葉は、肝試しの時に2人で話したことだった……警戒できない、怖くないって実はいちばん怖いんだ、ということを。

 

「……おうおう兄ちゃん、好き勝手くっちゃべってくれてるけどよ……別に俺等は助ける義理なんてねーんだぜ、あんな高飛車ビッチ。第一、ここで俺等にボコられるとは考えなかったか、誘拐犯?」

 

「不正解です、寺坂君……それらは全部間違いだ。君達は思っている以上に彼女が好きだ、話し合っても見捨てるなんて結論は出せないだろうね」

 

寺坂くんたちの凄みをなんともない事のように笑顔で流して、ぐるりと教室中を見渡した『死神』は、カルマと、カルマに隠された私を見て一瞬目を見開いた。他は戸惑いの目を向けるか圧倒されて動けなくなっている中……距離は離れているとはいえ、唯一私たちだけが警戒の目を向けていたから。

 

「ふうん、騙されなかった生徒もいるわけか……だけど、人間が死神を刈り取る事などできはしない」

 

─畏れるなかれ……死神が人を刈り取るのみだ─

 

バサりと投げられた百合の花束が空中を舞う……一瞬それに目を奪われた瞬間、『死神』の姿は消えていた。ミスディレクション……舞い散る花吹雪に注意が向いたそれを利用された……多分、逃走経路は殺せんせーがブラジルへ行くために開け放して行った窓からだろう。

花びらが落ち着いたあとには、教室の床に1枚の地図が残されているだけだった。

 

 

+++++++++++++++

 

 

前に気になって聞いたことがある。殺せんせーは私たちが暗殺を続ける限り、このE組の教師として校舎に何があっても帰ってくる……ということは、私たちが賞金首の1番近くにいるってことだから、他の賞金目当ての殺し屋たちも集まってくるんじゃないかって。なのにこれまで学校へは何の襲撃もなく過ごせていたのは、殺せんせーがプロ独特の殺気を覚えてしまうせいでこのE組教室にたどり着く前に排除されてたり、ロヴロさんの斡旋した人ではないけど昼間、私たちが校舎にいる時間帯では誰かに襲撃されて断念せざるを得なかったりしているからなんだそうだ。

『死神』は、大胆にもそんな場所に乗り込んできた。この3日間、教員室で保管されていたあの花束の中に仕込まれた盗聴器で、殺せんせーが今日ブラジルへ行くことも、烏間先生が仕事に行くことも知ってた上で。

 

「【今夜18時までにクラス全員で地図の場所まで来てください。先生方や親御さんはもちろん……外部の誰かに知られた時点で、君達のビッチ先生の命はありません】……か」

 

「鷹岡やシロの時と同じだな……俺等を人質にして殺せんせーをおびき出すのが目的だろう」

 

『殺せんせーは生徒を見捨てない』……これまでの暗殺や事件でも、それを利用して私たちが危険な目にあったことがあった。今回の場合は1人2人じゃない……クラス全員、しかもこの状況じゃ烏間先生の力も借りれそうにない。

 

「でもさ〜、『死神』ってほど悪い人には見えなかったよ。実はいい人でした〜ってオチは無い?」

 

「スゴいよね〜……()()思わせちゃうんだから。あいつの前じゃ多分みんながそう思う、自分が殺される寸前までね……俺だって、アミーシャがこんなじゃなかったら絶対気付けなかった」

 

「っ!?アミサ、めっちゃ真っ青じゃん……!」

 

「さっきの『死神』から何か感じたの?」

 

「……ごめんなさい……わたし、はなたば、もらったときから……おにーさんの、いやなけはい、きづいてたのに……」

 

……気のせい、なんかじゃなかったんだ。花屋のお兄さんが出した嫌な気配はあまりにも一瞬だったし、私自身もあの安心感に騙されて視界に入れても『この人のわけがない』って流していたから……。あの時、もう少し疑っていれば、この大人が誰もいないって状況くらいは避けられたんじゃないかって……、後悔とみんなへの申し訳なさとで前が見れなかった。

……のだけど、いきなりかなり乱暴に俯いていた頭を掻き撫でられて、頭が大きく揺らされた。直後にバシッとはたきおとす音と「いってぇ!」という声……頭の重みもなくなったし何事かと思って、ぐしゃぐしゃになった髪を手ぐしで直しながら顔を上げると寺坂くんとカルマが睨み合ってた。

 

「ってぇな!そこまで強く叩くか!?」

 

「お前の馬鹿力でこの子の頭がぐわんぐわん揺れてんだよ。加減しろよ〝じゃいあんとぶたごりら〟」

 

「だからって爪立てんな〝中二半〟!跡残ってんじゃねーか!」

 

「お前こそグッシャグシャにする必要ないじゃん〝鷹岡もどき〟」

 

「じゃあさっさとお前がやれ!チビがへこんでると調子狂うんだよ!」

 

「……言われなくても。俺だって動揺してんだよ」

 

……訂正、思いっきり言い合いしてた。とりあえず会話の内容から私を撫でたのは寺坂くんだってわかったけど、寺坂くんが怒ってるのにカルマは平然としているっていうこの温度差に、思わずポカンとして見上げてしまった。フン、とお互いに顔を逸らしたあと寺坂くんは何かを持って教室の前の方へ、カルマはそのまま私の肩へ手を添えて目線を合わせた。

 

「アミーシャだけのせいじゃない。あれは誰だって疑えないよ……俺だって、元々嫌な予感がするって聞いてても全然わからなかったんだから」

 

「だけど、私が言ってたら……」

 

「アミーシャは気にしすぎなの。……俺こそごめん、警戒しとくって言っときながらこのザマだ」

 

「な、んで、カルマは悪くなんか……ッ!」

 

「ほら、一緒でしょ?みんなが気付けなかった、それでいいじゃん」

 

……でも、だって、それなら。いくつもいくつも浮かんでくるのは後悔ばかりで、カルマの言葉を聞いて納得できるわけでもなくて、言いたい言葉が出ないまま口がはくはくと動くだけだった。なかなか浮上できないこの気持ちの悪さを持て余していたら、なにか考えるようにして私たちの会話を聞いていた千葉くんがあのさ、と口を開いた。

 

「……口を挟むけどな、真尾、それって逆にすごいことだと思うぞ?」

 

「……え、」

 

「俺が、カルマが、他の奴らが、誰一人として気付かなかったことにお前だけは反応できたってことだろ?些細すぎて周りに伝えるか迷ったからカルマだけに言って、そのカルマも周りに伝えるほどじゃないって判断したんだ」

 

「頭の回転が早いカルマですら判断に迷った。それだけ相手は厄介だってことが確認できたってこと……ほら、相手の情報が手に入ってる。役に立ってないってことはないんじゃないかな」

 

「千葉くん、凛香ちゃん……」

 

「……そこでだ。使うか?」

 

バサ、と寺坂くんが取り出したのは超体育着……なるほど、教卓前にいたはずなのになんでって思ったけど、それを取るために私たちのいる後ろの方まで来てたんだね。超体育着を貰ってから着たのはまだ体育の時間数回だけだし、今回は標的が殺せんせーじゃない……とはいえ、動きやすさや性能はどんな服装にも勝る上、全員揃ったE組だけの戦闘服でもある。

 

「……守るために使うって決めたじゃん、今着ないでいつ着るのさ」

 

「ま、あんなビッチでも世話になってるしな」

 

「最高の殺し屋だか知らねーがよ、そう簡単に計画通りにさせるかよ」

 

「…………」

 

「ほら、行こう。後悔があるなら、その分次で挽回すればいい」

 

バサバサと周りみんなが超体育着を手に取り、着替える準備や対殺せんせー用に準備していたそれぞれの武器を装備し始めている。中には一緒に暗殺に向かってるはずの私たちですら知らない独自開発のアイテムを手にしているクラスメイトまでいて……みんな、個々人でやれる限りの力を注ぐつもりなんだ。

……後悔があるなら、次で挽回……私は、みんなを危険にさらさなくてもいい未来を壊してしまった。なら、少しでも、ほんの少しでもいい……私が、みんなを守れるなら。自分の超体育着を手に取り、握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地図に示されていた場所は、住宅街から離れた林の中……人の気配は感じず、見た限りポツンとあまり大きくはない建物があるだけだ。外から見ただけでは私たち全員が入れるの?というくらい小さいけど、形状からみて地下施設への入口とかなんじゃないかな。

人の力だけじゃなく、一応念には念を入れてとイトナくんが作った、プロペラの音をほぼ無音にして飛行できる偵察機:イトナ3号で周囲の警戒をしたけど、特に待ち伏せなどの(トラップ)もないようだった。

 

「あの花束に盗聴器を仕込む必要があったって事は、逆に考えて、E組の情報には詳しくない可能性が高いって事……」

 

「いいか、皆。敵がどんだけ情報通でも俺達の全てを知ることはまず不可能……それがこっちの強みだ」

 

「……律、もし12時を過ぎても戻らなかったら、殺せんせーに事情を話して」

 

『……はい、皆さん、どうかご無事で……』

 

先生たちや大人に相談できないまま、E組の生徒たちはなす術もなく大人しく捕まりに来た……フリをして、隙を見てイリーナ先生を助けて全員で脱出する。もうすぐ、指定された18時になる……私たちは建物へ侵入する前最後の作戦会議を終え、磯貝くんの先導で建物唯一の出入口へと向かう。

 

「……行くぞ」

 

キィ、と静かに開けた先には下へと続く階段が……やっぱり、地下施設への入口だったんだ。ゆっくりと暗い通路を抜け、行き止まりの扉を開けるとその先は、コンクリートで囲まれただだっ広い空間だった。まるでコンテナの荷物置き場のよう……出入口も私たちが入るところだけ。ここまで広いと警戒する場所が多いけど、その分全員があちこちに散ればみんな一気に捕まってしまう、という事態は避けられる。磯貝くんのハンドサインを合図に、普段コンビのナイフ術の授業でお互い1番成績のいい二人一組(ツーマンセル)を組み、一箇所に固まらないように散らばった。生徒1人で向かっても絶対に勝てない……だったら、慣れているペアで対処出来る状況を作り出す、というわけだ。

 

────ピー……ザザッ

 

『全員来たね。それじゃ、閉めるよ』

 

死神の声が聞こえたと思ったら、入ってきた扉が自動的に閉められた……もしものために開けておいたのだけど早速逃げ道を塞がれてしまった。ならば警戒するのは周囲だ……全員基本背中合わせで立ち、背後を取られないよう周りを見て行く……広い空間でもこの人数、あちこちに散らばっているから十分対応できるはず。私は自分の頭上にスピーカーとカメラを見つけて無言でペアのカルマの袖を引くと、彼もすぐに理解したようでまっすぐとカメラを見上げる。

 

「……ふーん、やっぱりこっちの動きは分かってるんだ。死神ってより覗き魔だね」

 

『皆お揃いのカッコいい服着てるね、隙あらば一戦交えるつもりかい?』

 

「……クラス全員で来る約束は守ったでしょ!ビッチ先生さえ返してくれればそれで終わりよ!」

 

死神はカルマの挑発を全く意に介さず、カメラで見ているからこそ分かる情報で揺さぶってきた。これで答えちゃダメだ……私たちの着ている超体育着はただの服じゃない、あらゆる耐性や機能を持つ特別性だ。この情報を相手が持っていないなら、何かあった時に引っかかってくれる可能性がある……私たちを守ってくれる可能性がある。メグちゃんもすぐにそれに気づいて誘導に引っかかることなく私たちの要求だけを告げた。みんなで周囲を警戒しながら死神の返答を待っていると……

 

────ガゴン!

 

返事の代わりに大きな音を立てて部屋全体が下に移動し始めた……まずい、周囲に何も無いのは余計な物を設置する必要が無いから……設置する必要が無いのは、部屋自体が装置そのものだから!私たちは最初から巨大なエレベーターの中へ誘導されていたってわけだ。揺れに足を取られかけながらも周りに何か現れないか注意を向けておく。

少しずつ、壁のある一面に見えてきたのは鉄格子……そして、その向こうにはリモコン替わりだろうスマホを持った死神の姿が見えた。

 

「捕獲完了。予想外だったろ?」

 

死神の後ろには両手を吊るされてぐったりとしたイリーナ先生の姿が見えた。体に傷があるのが見えるくらいで、少し見える限りでは眠らされているのか、抵抗して意識が落ちているのか、はたまた、イリーナ先生は……、……この線は考えたくないから置いておこう。

 

「くっそ……!」

 

「畜生出しやがれ!」

 

「大丈夫、奴が大人しく来れば誰も殺らないよ」

 

一箇所に集められた私たちは予想通り殺せんせーをおびき出すための人質……だけどこんなあっさりと捕まってしまうなんて。岡島くんや愛美ちゃん、竹林くん、メグちゃんたち何人かを残し、それ以外のメンバーで自分の近くにある壁を叩く……ガンガン、ガンガンと響く音の中で少しでも私たちの命の危険を減らそうと、残した4人が死神に話しかけて気を引いてくれていた。

 

「ねぇ、大丈夫って……本当に?ビッチ先生も今は殺すつもりないの?」

 

「人質は多い方がいいからね。交渉次第じゃ30人近く殺せる命が欲しい所だ」

 

「だけど今は殺さない、そうだな?」

 

「ああ」

 

「俺達がアンタに反抗的な態度とったら……頭にきて殺したりは?」

 

「しないよ。子供だからってビビりすぎだろ」

 

岡島くんがビクビクしながら震えた声で死神に聞く……私たちが反抗した時にどうするのかを。どこかから、グワァンと違う音が響いたのが聞こえた。それを確認すると、今までの怯えようが少し収まった岡島くんがほっと息をついて、

 

「……いや、ちょっぴり安心した」

 

「ここだ、竹林!空間のある音!」

 

壁へ向かわずに部屋の中央で待機していた竹林くんが、叫んだ三村くんの元へと走って壁に指向性爆薬を貼り付けた。愛美ちゃんはそれを確認してから床にボールを……手作りのカプセル煙幕を投げつける。私たちは檻に囚われたことに動揺してただ抵抗するために壁を叩いていたわけじゃない……最初から抜け出せる場所がないかと音を聞いていた。

竹林くんが専門の火薬を使った道具を持ってきていることは全員知っていたし、愛美ちゃんもいくつか使えそうな薬品などを準備していたことも見ていた。だから安心して、子どもらしく怯えるフリをしながら逃げ道を探すことができたんだ。死神はあれだけ檻の至近距離にいた……煙幕は爆発ですぐに晴れるけど、次は爆煙と爆風で目潰しできたはず。その隙にE組は全員脱出することに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あははっ、いいね、そうこなくちゃ!」

 

さあ、袋小路の鬼ごっこ……キャストは私たちE組と死神と……。先生たちが気づくまで逃げ切るか、対抗して勝つことができたなら、E組の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 




「ビッチ先生が無事だったのは確認できたけど……」
「このまま無事でいられるとは保証できない」
「檻から見た限り、イリーナ先生は両手を吊るされてて……生死はなんとも言えないけど、多分あの位置から移動させられることはないんじゃないかな」
「どうして?」
「人って眠ると重く感じるでしょ……?あれって、抱き上げられる側がしがみつくからその分持ち上げる側に負担がいかないからっていわれてる。あと、足を怪我してるとか満足に歩けない人は逃走の邪魔になるとか……」
「あ、それマンガで見たことある!ヒロインのお父さんが人質にされたお母さんの足を撃って、犯人が逃走する荷物になるようにして動揺してる隙に逮捕!っていう!」
「それライバル誌だから!!」
「しかも映画じゃね……?」



「不破のせいで脱線したが……ともかく、俺達がすぐビッチ先生救出に動くのは死神だって想定通りのはずだ」
「すぐに動くならわざわざ動かしにくいビッチ先生を運んでまで移動させないってわけね……」
「なら、さっきの場所を探りながらいけば救出はできそうだな」
「………………、」
「…………アミサ、気になるなら言ってみな」
「……イリーナ先生、ホントに寝てたのかな……?」
「は?」
「………………」
「……ハッキリとは分からんのね。了解したわ」



「……さて、ここからが正念場だ」
『──ピー、ガガッ……聞こえるかな、E組の皆』
「「「!!」」」


++++++++++++++++++++


死神の時間、一時間目は突入して脱出するまでです。
オリ主もどれかの班に加わり、次は死神とのやり取りメインになるかな、と考え中です。

今回はあとがき短めで。失礼します!


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死神の時間・2時間目

死神によって閉じ込められたエレベーター部屋から自分たちの技を駆使して脱出し、私たちは歩いても歩いても景色の変わらない通路を固まって歩いていた。どこへ向かえば出口なのか、死神から逃げられているのか、イリーナ先生の元へたどり着く正しい道順なのか……全くわからない中、ただ学校で習ってきたことを最大限に使いながら、足を止めないようにして。

死神はこの建物内を熟知しているだろう……それでも私たちが逃げた室内と死神を隔てて鉄格子があったから少しは時間を稼げていると思いたいところだけど、……きっと、どこにいるかはバレバレなんだろうなぁ……。チラ、と見上げた先には天井と同じ色に隠された監視カメラと、ここから先にも数十mおきに設置されているのが見えるスピーカー……みんな、逃げるのに必死で気づいてないんじゃ……

 

『──ピー、ガガッ……聞こえるかな、E組の皆』

 

「「「!!」」」

 

『君達がいるのは閉ざされた地下空間だ。外に通じる出口にはすべて電子ロックがかかっている。そのロックを解く鍵は……僕の眼球の虹彩認証のみ。つまり、そこから出るには僕を倒すしか方法はないってことさ』

 

案の定いきなり鳴ったスピーカーの音に、死神から見られている、ということを思い出したようにみんなは足を止めた。さらに死神から告げられた事実……闇雲に逃げるだけじゃ時間は稼げても、ここから出られずに結局捕まる、ってことか……

 

『ふふ、そんなに怯えないでよ。僕は君達が逃げてくれて嬉しかったんだ……これだけの人数の訓練を受けた殺し屋達を一度に相手できる機会なんて滅多にない。君達全員に、僕の技術を高める手伝いをしてもらうよ』

 

どこからでも殺しにおいで、という言葉と一緒に沈黙するスピーカーに、私たちは何も言えなくなっていた。まるでゲーム感覚のような声は、命をかけているはずなのに楽しげで……逆に恐怖を煽ってくる。鷹岡先生の殺意は復讐心と単純な執念で塗り固められていて、ある意味わかりやすかったのに……死神のそれは、だんだん薄くなるもの……花束を買いに行った時やさっきまでも面と向かって話していたはずなのに、顔が見えなくなっていく。

私たちが今からすべきこと、やりたいことはE組全員の安全確保、イリーナ先生の救出、そしてこの建物からの脱出だ。このまま29人が1つにまとまって動いてしまうと、この狭い屋内では何かあった時にすぐに全滅してしまう可能性があるし、何より効率が悪い。そこで、それぞれの得意分野を活かせる3つのグループに分かれて行動することになった。

 

まずA班は『戦闘』。

カルマ、渚くん、磯貝くん、前原くん、木村くん、村松くん、吉田くん、千葉くん、ひなたちゃん、カエデちゃん、そして私の11人で編成されていて連絡役のカエデちゃん以外がバトル要員だ。この建物に死神以外の敵が何人いるのかわからない……探索は他に任せて戦い専門で行動し、他2つの班の救援も行うことになった。

 

次にB班は『救出』。

メグちゃん、桃花ちゃん、陽菜乃ちゃん、有希子ちゃん、凜香ちゃん、莉桜ちゃん、三村くん、岡島くん、杉野くんの9人で、この中でいうならメグちゃんと杉野くんが戦闘要員だ。自力で動けないだろうイリーナ先生が心配だし、放っておいたら死神が先生を人質にしてしまう可能性もあるから、それを防ぐためにもまっすぐ向かうことになっている。

 

そしてC班は『情報収集』。

寺坂くん、イトナくん、菅谷くん、竹林くん、おかーさん、綺羅々ちゃん、愛美ちゃん、優月ちゃんの8人でほとんどが索敵待ち伏せ推理に分析という非戦闘員な集まりだ。何かしら秀でた力を持つ人たちが集まっていて寺坂くんがほぼ唯一の戦力だから、静かに隠れながら脱出経路などを探ることになっている。

 

「(監視カメラは見つけ次第即破壊で。律、各班の円滑な連絡頼んだぞ)」

 

『やる気しねぇ〜……死神さんに逆らうとかありえねーし。働くくらいなら電源落とす』

 

「「「(無力化(ハッキング)されてる!!)」」」

 

「(……ここは圏外……律本体は無理でもここにいるのはモバイル版に軽量したものだから……それでもこの短時間で!)」

 

「(もしかして……教室で受け取ってた写真……変な文字が出てたよね……?)」

 

「(あれがハッキングプログラムだってか!?)」

 

画面の中で完全にだらけた姿の律ちゃんに、みんながありえないって顔をしている……普段、あれだけキラキラした彼女しか見ないから、ギャップがひどすぎるよ!?こんな場所、まともなパソコンも設備もないだろうに……死神はどこまでの技術を極めてるというのだろう。教室の時点でハッキングを仕掛けられていたのだとしたら、本体は無事でも端末にまで対策はできなかったんじゃないかって気もする。幸いハッキングされたのは各自のスマホじゃなく『律ちゃんのプログラム』だけだったみたいで、元々訓練用に入れてあったトランシーバーアプリは生きていた。他にもイトナくんが作った小型マイクは、周波数さえ合わせればスマホで音を拾えるみたいだから、もし戦闘に入ったら両手を使えなくなるA班が持つことになり、律ちゃんを除いた手段で代用することに決まった。

 

「(予定外はあったけど、やることは変わらない……皆、警戒を忘れるな、散るぞ!)」

 

「「「(おう!!)」」」

 

小さな掛け声とともに、みんなが超体育着のフードをかぶって三手に分かれる……先生なしでの任務(ミッション)はこれが初……今日までの訓練を積んだ『私』を試すときだ。エニグマを静かに駆動しておき、みんなが気づいていなかった監視カメラを見上げて、ポケットに隠し持ってきた武器を構え……

 

────ガッシャン!

 

「…………よし、」

 

「(何の音!?……あ、)」

 

「(カメラ、ひとつ見つけたから……つい。A班にカメラに強い人いないから分かんないけど、……壊れた、かな?)」

 

「(あっぶねー……あれは気づかんかったわ)」

 

「(お手柄。でも黙ってやるなよビビるから……)」

 

「(……ちなみにどうやって壊したの?あそこ、かなり高いと思うんだけど……)」

 

「(私もみんなに秘密で武器、持ってきてるの。渚くんと一緒だよ)」

 

「(うぇっ、なんで知ってるの!?てか知られてたら秘密の意味……)」

 

「(偶然だよ、……だって、秘密兵器は『秘密』だから強いんだもんね)」

 

「(…………?)」

 

「(ていうか、何があるか分かんないんだからフード被っときなよ)」

 

「(……ん、そだね……)」

 

思い切り投擲したそれは綺麗に監視カメラへと当たり、カメラがバチバチと火花を散らす……落ちてきた武器だけ回収して振り返れば、いきなり響いた大きな音にA班みんなが驚いて音のなる先を見ているところだった。……よし、私が壊したのは知られたけど、私がどうやったのかは見られてない。あと、やっぱり私は遠距離攻撃なら銃よりも投擲の方が命中率がいい……それを再確認して、回収した武器を服の上から軽く押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

E組は沖縄のホテル潜入で学んだんだ、……殺し屋は正面戦闘を得意としていないし、1対多数には対応しきれないということを。烏間先生が訓練のたびに言ってたけど、私たちは暗殺者であり戦闘を学んでいるわけじゃない……たった一撃、殺せる技を叩き込む方法や過程を学んでるんだ。同じ立場である死神だって、きっと不意打ちを狙ってくるはず……だから、数で勝るE組が有利だ。そう考えての警戒だったのに、

 

────カツーン……カツーン……

 

予想外に私たちの進行方向から靴音が響いてきた……正面から堂々と死神はやってきたんだ。すぐに私は連絡担当でバトル要員ではないカエデちゃんを後ろにかばい、残りの全員が前に出て警戒を向ける。私は導力器での遠距離、回復要員であり、いざと言う時の近接戦闘も担当することになっているオールラウンダーだ。……今は後衛で、言い方を変えればカエデちゃんの護衛要員。気配の動きを探ってみると、そこにいるのにとてもぼやけているように感じて……次の動きが読みにくい……ここまで高い技術(スキル)をものにしてるんだってことが分かる。

 

「バカが!」

 

「ノコノコ出てきやがって!」

 

村松くんと吉田くんがスタンガンを手に、死神に向けて特攻をかけた。まっすぐ死神の気配にぶつかった……はず、なのに、そのまますり抜けてしまい、2人は疑問を浮かべる間もなく背後から殴られて昏倒してしまった。

 

「村松くん、吉田くん!」

 

「……殺し屋になって一番最初に磨いたのは……正面戦闘の技術だった」

 

「ッ、木村くん!」

 

「殺し屋には99%必要のない技術だが……これが無いと残り1%の標的を殺り漏らす。世界一の殺し屋になるには必須の技術だ」

 

音もないくらい静かに移動した死神は、次に木村くんを殴り飛ばす……何が起きたのか、本人も理解出来なかったんじゃないかって程のスピード、そして相手が訓練を受けているとはいえたかが学生に対しての躊躇いのなさ。……これが、世界一と言われる殺し屋の強さなのか。

……私たちの分析はある意味正しかった……正面戦闘は予想通りあまり重要視する殺し屋はいないんだ。ただ、徹底的に、そして高い成功率を誇る暗殺を行うにはその技術もないといけないから、とこの死神に関しては独自に極めたということなんだろう。ホテルで戦ったグリップさんも武器に素手を選択していることで近接戦闘を嗜んでいるみたいだったけど……やっぱりそんな戦い方をするのは異例なのかな。

 

「すぐに応急処置します……!……エニグマ駆ど……」

 

「させないよ」

 

「…………ッ!」

 

「へぇ……真尾さん、君はこれに反応できるんだね」

 

村松くんたち倒された3人をそのままにしておくわけにはいかない……死神という強敵の前で気絶したままだなんて、いつでも殺してくださいと言っているようなものだ。戦線復帰までは無理でもせめて意識回復、もしくは応急処置だけはしようと導力器を構えて駆動し、詠唱を始めようとした途端……突然すぐ目の前に真っ黒な気配を感じてカエデちゃんごと横に飛び退いた。バランスを崩したカエデちゃんを支えながらさっきまで私たちがいた場所を見ると、腕を振り抜いた格好の死神の姿が。烏間先生も真っ青なスピードで前衛にいた人たちが誰も反応できていなかった……全員の間を抜いてきたってこと……!?

 

「アーツの威力は強大だ。地点指定以外は確実に当たることも魅力的……だが、詠唱さえ妨害してしまえば発動しない」

 

「……なんで、」

 

「どんな相手でも殺せなくちゃ、世界一なんて名乗れない……だったら存在し得る全ての攻撃手段に対処出来るようにすればいい────そうだろ?」

 

「しまっ……うアッ!」

 

「……え……ッ……あっ、が……」

 

「おっと、アバラ折っちゃったか……女子は流石に脆いな。残りの人質はもう粗末に扱えないね」

 

駆動解除(アーツキャンセル)という一瞬の隙を衝かれて死神に再び接近されていることに気づいた時には遅かった。死神は私を壁に向かって吹き飛ばし、私という壁を失ったカエデちゃんの体を容赦なく蹴りあげる……メキバキベキ、と骨が軋むような、砕けるような……そんな嫌な音が彼女から響いたのが聞こえた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

カルマside

……その光景を見ているしかなかった俺は、距離が離れているはずなのにそれに圧倒されて動けなかった。死神にアミーシャが壁に吹き飛ばされ、蹴りあげられた茅野ちゃんからは嫌な音が聞こえて……彼女たちが攻撃を受ける前に、俺達が守らないといけなかったのに……反応できなかった上、一人じゃ歯が立たない相手なのを分かっていたからこそ、隙が全く見つからなくて飛び出すこともできなかった。

 

「どいて、皆……僕が殺る」

 

静かに、殺気というよりも怒気を前面に押し出して渚君が足を踏み出した。右手に本物のナイフ、左のポケットにはスタンガン……あの、沖縄での鷹岡との対峙のあと……俺は渚君から『猫騙し』の種明かしを聞いていた。武器を二つ持ち、相手が手練であり、死ぬ恐怖を知っていることを条件に発動できる『()()()()()()()』技だと。今の状況ならうってつけの手段な気がするが、さっきアミーシャの疑問に答える形で死神はあらゆる相手を殺すためにあらゆる攻撃を知っているという事を漏らしていたから、これを知られていては意味が無いとも言える。だからこそナイフでの攻撃と『猫騙し』の二択で迫り、結果がどうなるとしても渚君は隙を作り出そうとしているのだろう。いつでも飛び出せるよう、俺も静かに超体育着に入れていたスタンガンを手に持っておく。

チラ、と倒された倒された彼女達へ視線を移すと……うずくまった茅野ちゃんは死神の死角になる位置で大丈夫だとサインを出しているのが見えた。さっきのバキバキという音は超体育着の防御機能……ダイラタンシー防御フレームが正常に働いた音だろう。

 

「(……アミーシャは、)」

 

頭を打ったのか壁に寄りかかって項垂れるように座り込み、顔に前髪が影を作っている彼女の表情は全く見えない……だからフードを被っておけって言ったのに。あの位置じゃあ意識の有無を確認することすら出来ない……本当なら今すぐ彼女のところへ駆け寄りたい。だけど、きっと彼女はそんな行為は否定するんだろう……今はそんな場合じゃない、自分なんかよりも標的を倒すことを目指せというと思う。だからこそ、その願いに答えるつもりで渚君の怒りと殺気の裏に俺自身の激情を押し隠し、この一撃に全てを乗せる……!

 

────パァン!

 

……、……なにが、起きた……?

動きを見せない死神に、ナイフを振るうよりもと渚君は鷹岡に仕掛けたのと同じ『猫騙し』を撃つという選択肢をとって、まさにナイフを手放して両手を構えていたはずだ。だけど両手が合わさる前に……死神の両手から先に音が響いたんだ。まるで麻痺したかのように硬直した渚君を見て、驚愕に思わず固まっていると……俺の背後にアミーシャ曰く嫌な気配が静かに移動してきたのに気付く。

 

「(あー……こりゃ無理だ)」

 

一瞬で悟った……死神と俺の、俺等の実力差を。こいつにとって、抵抗したところで痛くも痒くもないんだろうということを。

直後、体中へ走った衝撃と詰まる息……自分が床へ倒れこんでいると分かった時には、体は指一本まともに動かせそうになかった。徐々に沈み、朦朧としていく意識のどこかで、死神の静かな声が響く……

 

「さァて、次の班には何を試そうかな……?」

 

その声が聞こえ、うっすらと……、……ありえないはずの姿が、一度だけ俺等を振り返ったあとに死神を追いかけていくのが見えた気がしたのを最後に、俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリーナside

ドサリと目の前に最後の生徒が倒れた。確かに私はハニートラップを得意としている暗殺者だから、単純な戦闘力だけならこの子達には勝てないかもしれない……この子達と違って、毎日タコを殺すためだけの訓練をしてきたわけでもないし。だけど半年も一緒に過ごしてきたから私の事をよく知っている子ども達、私なんかを心配してきた可愛い生徒達だからこそ、情に訴える方法で十分無力化することができた。……ずるいと言われてなんぼよ、私とは修羅場を潜ってきた経験が違うのだから。

 

「……なんだ、君一人に負けちゃったか」

 

「アンタの言う通りだったわ。やっぱりこの子達とは組む価値がない」

 

「そういうこと、住む世界が違う。この子達が透明な空気を吸っている間……僕等は血煙を吸って生きてきたんだ」

 

……そう、世界が違う……アンタともよ、カラスマ。死神の言葉で、私のいるべき世界はやっぱり血にまみれたものなのだと思い直したその時、そういえば以前死神と同じような事を言ってきた子がいたのをふと思い出した。

 

【イリーナ先生は、殺し屋。烏間先生は、防衛省で働く人……だから、イリーナ先生に教えてほしくて】

【違う世界に住む人を好きになっても、いいんですか……?】

 

……あの子は、私が死神に自覚させてもらうよりも前に『世界の違い』というものを心配していた……あれは、これのことを言っていたのかしら?……でも、あの時のアミサからのメッセージは()()が引っかかるのよね……間違ったことは書いてなかったと思うんだけど。私が少し前のことを思い出していた時だった……突然その声が響いたのは。

 

……フン、『今回の仕事のパートナーをお願いしたい』、か……私がいなくても十分じゃないか?

 

「!!」

 

「あぁ、今来たの?遅いじゃないか、既に半数近くの無力化が終わってるよ」

 

子どもたちがここへ来る頃には中で待機していた。それにお前が私に来るよう依頼で指定してきたのは今だろう。……加えて幻アーツによる彼等の進路誘導に分かれたグループ数と詳細のリーク……契約分の働きはしていると思うがな

 

「……まあね、死神の技術を高めるために僕が戦いたいって言ったんだし」

 

「ま、待ちなさいよ死神!なんで彼がいるの?」

 

何も無いように見えた……いえ、実際に何も無いわね……空間を歪めるようにして現れた黒衣の人物、《(イン)》がそこにいた。死神との会話を聞く限り、彼は死神と契約を結んでここにいるのだろう……《銀》は契約をするまでが厳しい代わりに、結びさえすれば契約内でしっかり働く暗殺者だ。聞けばこの建物内にもE組の子ども達が潜入した時から居たという……気絶したフリをしていた私はともかく、隙無く警戒していはずの死神にさえ気付かせないその隠密スキルの高さは、流石としかいいようがない。

 

「あぁ、イリーナは面識があるんだっけ。せっかく彼が日本にいるって噂を聞いたんだ、一度《銀》の暗殺技術っていうものを見てみたくてね。だったら依頼で手を組むのが早いと思ってさ」

 

……フン、よくいう……口を開く前に殺そうとしてきた奴の口振りとは思えんな

 

「噂は聞いていても使えるかどうかを判断するには、仕掛ける方が早いじゃないか」

 

…………違いない。私も《銀》の代行として依頼を託すために私が相手をして試したことがある、……一応納得しておこう

 

「それはなにより」

 

出会った時に話したから知ってるけど、《銀》も私と同じ世界で生きてきた者……だから、分かる部分もあって依頼という形ではないけどたまに連絡を取ることがあった。そんな彼と死神の会話は、軽口を叩くようにポンポンと進んでいくけど……どちらも隙が見つからない。むしろ、相手の会話から何か情報を得ようと探りあっているようにすら感じる。

ある程度の言葉の応酬を経て、次の行動を決めたのだろう……死神は《銀》に言った。そろそろ最後の子ども達も迎えに行こうか、と。

 

「呆気なさすぎる……もう少し何か戦術や用意があるものとワクワクしていたんだが……期待外れだ」

 

たった数時間の準備時間でプロに並び立つ用意ができるはずがないだろう。一度指導したとはいえ、彼等は素人だ

 

「いつでも標的を殺る準備を怠らないのが暗殺者としての務めだろう?……まあいいか。ねぇ、君は指導したことがあるんだね?だったら迎えは任せるよ。……イリーナ、君は僕と一緒に倒した子達を運ぼう」

 

……いいだろう

 

「……わかったわ」

 

味方していた人が次に敵として現れる……私が足元の子達に使った手ではあるけど、他の子はまだそれを知らないはず。そんな存在が私だけじゃないと知ればどの子もさらに絶望し、戦意喪失させやすくなるということなんだろう。私も彼も、すべてが死神にとっては手駒のひとつ……《銀》は小さく返事をすると来た時と同じように空間に溶け消えた。

 

 

 

 

 

 

 




……ああ、残りの子どもというのはお前たちか
「「「!!」」」
「お前は……」
「《銀》さん!」
「心強い味方が来たな!」
「あの、私たち死神から逃げていて、その、」
「戦闘担当は全滅、ビッチ先生を助けに行った班には連絡がつかなくて……」
……知っている、他の子どもたちの行方もな
「本当ですか!?なら……」
「待て、奥田。……俺はお前を知らない、お前は俺達の味方なのか?それとも死神の一派なのか?」
「え……」
……賢いな、堀部糸成。すぐに信用せず、相手の実力や立場を見て判断する……見たところ、植え付けられた力が落ちつつあるところか
「まさか、死神の手先!?」
……今は死神と契約を結んでいる、ということならあちら側だ。他の班を全員捕らえ、死神は既に練習相手としてはお前たちから興味を無くしている……怪我をしたくなければ大人しくこい。だが戦闘に不向きなメンバーで戦いを挑むならそれもよし……私が相手をしよう
「っ!そんな……」
「……上等だよ、行くぜイトナ!俺とテメーとで叩きのめすぞ!」
「……降伏だ。明らかに格が違う……戦っても損害しかない。今日敗北してもいい……いつか勝つまでチャンスを待つ」
……賢明な判断だな。来い



「あの、《銀》さん……」
「ばッ、奥田!お前何話しかけてんだよ!敵だぞ!?」
「で、でも……」
……別に構わない。お前たちを害することは契約の範囲外だ……戦うのなら、相手をするだけだ
「「「…………」」」
……それで、用はなんだ奥田愛美
「……危害を加えるのかって聞こうと思ってました。でも《銀》さんが先に応えてくれましたし、私たちを拘束すらしない……それで十分です。他の人たちは……無事、なんですよね?」
……A班は死神が相手をした……気絶はしているだろうが殺しはしていないだろう、殺しては人質にする意味が無い。B班はイリーナだ……私が見た限り、全員眠らされていたな
「そ、そう、ですか……」
「…………え、」
「どうかしたの、不破さん?」
「……い、や、……《銀》さんはなんで私達が班分けをアルファベットで呼んでることを知ってるのかなって……」
「確かに……私達、ほとんどサインで会話してたのに……」
…………、……無駄話はここまでだ。入れ


++++++++++++++++++++


遅くなりました、死神の時間続きです。
今回は全員が再び集められるまで……前回までにも少し出てましたが、《銀》が死神と契約を結んで存在してます。ということで、気絶、睡眠組はそれぞれ倒した人達に運んでもらっている間に《銀》がC班を捕らえに行きました。
イトナは《銀》とは初対面ですが、E組は何度か機会があって知ってると思うのでこの反応。ということで、指導してもらった縁やイトナ捜索の縁からE組は味方と判断しても、イトナとしてはシロから存在を聞いているかもですが不信感バリバリなんじゃないかな、と。

区切りがいいので先生合流は次回に回します。次はどこまで書けるかな……死神編はあと2話くらいにはなりそうかと思われます。



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死神の時間・3時間目

カルマside

────目が覚めた。

最初は何も考えられなくてただ視界に入っている無機質な部屋をボーッと見ていると、次第に頭がハッキリし始め……何があったのかを思い出す。ビッチ先生を助けに来て、閉じ込められて、死神から逃げて、反撃することも出来ずに……そうだ、俺、気絶して……!

勢いよく体を起こして周りを見てみると、最初に閉じ込められたエレベーター部屋のように三方が壁に囲まれ、一方が鉄格子で塞がれた部屋……牢屋といっていいだろう、そんな場所に俺等は集められていた。何人かは起きているけど、まだ殆どが床に倒れたまま……ズキリと鈍い痛みが走った左頬に手を添えようとしてはじめて両腕が後ろ手に固められていることに気が付く……いつものように腹筋で起き上がって手をつくこともなかったから気が付かなかった。俺が体を起こした音に、その起きていた何人かが気付いて、こちらに駆け寄ってきた。

 

「カルマ君……!よかった、皆さんまだ目が覚めてなくて……」

 

「……奥田さん……てことは、起きてるのはC班か」

 

「私達が連れて来られた時にはもうあんた達はここに倒れてたわ……ピクリとも動きやしない」

 

「死んではないって聞いてたけどよ……一番戦闘慣れしてるカルマでさえ今起きたなら、他の奴らはこれからだな」

 

「でも……、やっぱり私、もう一回見てくるわね」

 

最初に俺の近くへ膝をつけて心配そうに見てきたのは奥田さん……その後ろから声をかけてきた狭間さんにのんびりと着いてきた菅谷と俺の無事を確認していく。原さんは俺が目を覚ましたことだけ確認すると、何かを探すように、心配そうにしながら牢屋の中を歩き回っているのが見える……C班には俺等とは違って戦闘があまり得意じゃないメンバーばかり集められていたけど、傷もなく元気なようだ……俺と同じように後ろ手に縛られていること以外には。

そんなふうに話していると俺以外のA班、そして眠らされていたらしいB班も続々と目を覚まし始めた。そこで気付く……腕を縛られているのがA班とC班だけだということに。はじめから起きていたC班はともかく、A班はほとんどが腕が使えないことで軽いパニックになって体を起こせずにいたことからわかった……流石に戦闘特化のメンバーなだけあって、すぐに立て直して落ち着いてたけど。じゃあ、なんでB班は……?

 

「……やあ、皆目が覚めたね。イリーナ、残りもよろしく」

 

「はいはい」

 

いつの間にか鉄格子の向こう側には死神がいて、牢屋の中にはビッチ先生が入ってくると足元にいくつもの金属の塊を投げ捨てていた。聞けばB班は救出対象である先生によって眠らされたらしい……死神に誘拐された、なんて話は最初から茶番だったわけか。戦える俺等が既に無力化されていて、鉄格子の外には死神中にはビッチ先生……B班は逆らえるわけがなかった。このために俺等は先に縛られていたんだと思う……なす術なく仲間が拘束されていくところを見せつけられるしかない俺等と、動けない俺等を人質に言うことを聞くしかないB班……死神、そうだろうとは薄々思ってたけど性格悪くない?

せめて座り込んでいるよりはと壁を背にして立ち上がると、最初のエレベーター部屋とは違って壁はコンクリート……多分、抜け出せないやつだ。迷いなく拘束具をつけていくビッチ先生の手元を見てみれば、手の拘束具だけじゃなくて首にも何やら巻き付けていることが分かった。可愛いもので発信機、悪いもので爆弾……ってとこかな。見るものもなくなってきたから次に生徒を確認する……A班もB班もC班も、自分の力では歯が立たない相手に囲まれてしまい、更にはビッチ先生の裏切りにショックを受けて、諦めたような呆然としたような顔で黙り込んでいる。ただ、辺りを見回すとどこか違和感があって……それが何なのか気付く前にすぐ近くで渚君が茫然自失となったまま座り込んでいるのが目に入った。これは……死神によって自分の技よりもはるかに上を行く技術を目のあたりにしただけじゃなく、直接受けての衝撃、かな。

 

「A班は死神に昏倒させられて全滅、B班は話を聞いた限りビッチ先生に眠らされて終わり……竹林、最初から起きてたっぽいけどC班はどうだったわけ?」

 

「一応C班は全員無傷だ……ただ、僕達をここまで連れてきたのは死神でもビッチ先生でもない」

 

「は?他に誰が……」

 

……どこにもいなかったぞ

 

「なっ……!」

 

「…………《銀》、彼は死神側だ」

 

いつか見た光景と同じように、ゆらりと鉄格子の向こうで空間が揺らめいて……どこからか現れたのは黒衣の人物。《銀》と呼ばれる彼はE組に何かと力を貸してくれていた存在で、そんな経緯から俺等が無条件に信用していた暗殺者……その彼が死神の元にいる。基本的に仲間がいるわけじゃない彼が死神の近くで普通に報告をしている姿から考えて……夏休みにあのロヴロって人が言っていたことを信じるなら《銀》は死神と契約したということなのだろう。それにしても、〝いなかった〟?……何について話しているのか。

 

「……いなかった?そんなはずは……」

 

お前が探せと言ったのは『真尾有美紗』という子どもだろう?私が見て回れる限りは探したが、どこにもその姿はなかったぞ

 

その名前にハッとする……そうだ、それが違和感の原因だ。自惚れなくても何かあれば必ず俺を一番に頼るか近くに来るはずのアミーシャの姿がどこにもない。原さんが探していたのは彼女だろう……多分名前をすぐに出さなかったのは確証がなかったのと、言ったら俺がどう思うかって気を遣ったからなんだと思う……彼女は母親のような性格だから、きっと。すぐさま俺は壁から背中を離して鉄格子の方へと駆け寄って、死神と《銀》の会話に割り込む。

 

「……ねえ、いないってどういうこと……?」

 

「ん?ああ、赤羽君か……彼女はね、僕とイリーナが君達を運ぶために戻った時には姿を消していたんだ。反射神経が飛び抜けてよくても、僕は確かに気絶させたはずなのに……不思議だろう?君も恋人が心配かな……?」

 

「……っ、別に?あんたの計算も大したことないんだなって思ってたところだよ」

 

「……へえ、なんでなのか聞いてもいいかい?」

 

「まず過信してアミーシャを逃がしてるところ……あの子は一度目を離したらそう簡単には見つからないよ。それにアンタ、俺等の誰にも大したダメージ与えられなかったじゃん……この超体育着の情報を知らなかったから。この計算違いが俺等じゃなくて殺せんせー相手だったら……速攻返り討ちにされてるよ」

 

恋人、と言われてそんな情報で俺を揺さぶってくるかとは思ったけど、なんとか堪えて平常心に見せる……内心は動揺してるけどここで負けたら終わりだ、立て直せる自信が無い。彼女は俺等より先に倒されたから死神達が戻って来る前に目を覚まして姿を隠したのか……?そのあたりが一番考えられるけど、それだと俺の見た光景に説明がつかない。

俺の意識が落ちるその瞬間、死神にやられて壁にもたれかかっていたアミーシャがふらつくこと無く立ち上がり、一度俺等を心配そうに振り返ったあと、消えた死神を追って駆け出していく後ろ姿に。

俺にとって大事な守るべき人であり恋人を心配していないわけがない……なぜ、いないことに気付かなかったのかと思ったけど、俺は心配してるのと同時に信頼してるからだ、と考えている。彼女は気配に敏感だし、姿を隠す術を持ち合わせているから……なんとか目を覚まして逃げ延びているのだろう、と。なんならその技術の高さは俺が証人になれる……狭い船の上で6時間、一度も会うことなく船をおりた経験があるのだから。

 

「……で、結果はどうだ?君等は牢屋(そこ)にいるじゃないか。例えどんなに予想外なことになっても、情報不足でも結果を出す……それが世界一の殺し屋だよ」

 

……それを言われると何も言えないんだけどね。死神は俺の挙げた計算違いを聞いても全く動じていないようにすら感じる……もしもこれが本物の暗殺だったら、気絶した時点で俺等の命はなかったと見るべきだし。

話は終わったと態度で示すように、次は烏間先生を人質に迎えるための準備だとか死神は言ってるけど……ふと目に入った監視カメラの映像を映すモニターのひとつに変なものが映り込んでいた。よく見るために鉄格子へ近付くと、その正体に自然と笑いがこぼれていた。

 

「……何かおかしいのかな?」

 

「死神さーん、モニター見てみ。あんたまた計算違いしたみたいよ?」

 

「……………、……なぜわかった?」

 

「「「烏間先生!と、…………なにあれ」」」

 

この建物の出入口を移したカメラには烏間先生となんかよく分からないコスプレ……四つん這いだし、なんか地面の匂いを嗅いでるし、耳があるし、烏間先生がリード持ってるし……犬、か?何かの格好をした殺せんせーがいた。殺せんせーはともかく、烏間先生がここへ来てくれたことは素直にありがたい……クラスメイト達も同じ気持ちなんだろう、さっきまでの不安そうな雰囲気から安心したような笑顔を見せている。

 

「……まいったな、かなり予定が狂ってしまった。仕方ない、計画(プラン)16だ。……《銀》、君も来るかい?」

 

……いや、私は彼等をみていよう。お前が如何にして標的を捕らえるか……お手並み拝見といこうか

 

「ふふ、君らしいね……行くよ、イリーナ」

 

「ええ、私の出番ね」

 

まずい、烏間先生も殺せんせーも……ビッチ先生が裏切っているということを知らない!殺せんせーは言わずもがな、烏間先生も口では厳しいことを言いつつあの花束を捨てられずに取っておくような人だ……あのビッチが捕まっていると認識したら助けに行くに決まってる。

鉄格子の外側に《銀》一人を残して、死神とビッチ先生はどこかへと歩いていった。あいつは見張りとして残ったのだろうか……彼が何を思って残ったのか分からない。……こうなってみると、《銀》の得物を知らないのはかなりまずい事なんじゃない?銃のように遠距離なのか、ナイフのように近距離なのか……どの位置にいれば安心なのかすら、検討もつかないから。消えた二人の歩いて行った先を見つめていた《銀》がこちらを向いた瞬間に、俺等は全員で警戒を向ける……と、小さく笑い声が聞こえた。

 

ふふ……さて、行ったか。死神がここにいない以上声は出してもいい……ここの設備程度では音は拾えない

 

「……は……?」

 

そう言った《銀》を怪訝そうに見ていると、彼は鉄格子の外側と、俺等側の方を軽く顎で示した。なんのことか分からないままに示された場所を見てみると、監視カメラが付いていることに気付く……他の奴らも、モニターには映っていてもカメラの位置まではしっかり把握してなかったみたいでキョロキョロとしていた。

《銀》の言葉を信じるとするならあのカメラには音声を拾えるマイクが付いてない……つまり、聞かれたくない本人さえいなければ、どんなに声を出して作戦を立てようが聞かれることはないということ。だけど、死神に協力しているはずの彼がなぜそんなことを俺等に教えるのか?

 

「……それを信じろって?」

 

別に信じなくても構わない……何せ私は()()()()()()()()()()。何か聞こえたというなら幻聴なんじゃないか?

 

「幻聴だと?馬鹿にしてんのか!?」

 

「待ってよ、寺坂。……多分、言葉通りに受け取っちゃダメだ」

 

「はァ?」

 

『私は何も言っていない』……ということはあくまでも見張りに徹している姿勢を見せているけど、今なら聞きたいことは応えてくれるのかもしれない。……あいつは、契約という縛りの中で俺等に手助けしようとしている……って考えてもいいのかも……試してみるか。

 

「……ねぇ、茅野ちゃん。今この場所には何があるんだろうね?」

 

「か、カルマ君……?いきなり何を」

 

……ここの周辺には音声は拾えない監視カメラが2台、それらを映すモニターがひとつか……ひとつだけ砂嵐になっている画面があるな……誰かが破壊したのかな?

 

「……あんた、」

 

「……なるほど、そういうことか」

 

……やっぱりそうだ。俺が茅野ちゃんに話しかける素振りで《銀》に質問を投げかけたら、彼も自然な動きでモニターを見るように移動し、独り言のように必要な情報を落としていく。砂嵐の画面はアミーシャが壊したアレだろう……彼がそれを見て小さく笑っている気がするのは何故なのか。……それらの言葉を発する時に全くこちらを見ないことからあくまでも『独り言』、彼の言葉を使うなら『幻聴』なのだろう。多分、質問の期限は死神達が帰ってくるまで……殺せんせーや烏間先生が勝てないとは思いたくないけど。それに気付いた何人かの察しのいい奴らは独り言という名の質問を投げかけ始めた。

 

「……ねぇ、……死神はスマホを持っていたわよね?あれって何なのかしら……誰かに連絡でもとってるとか?」

 

……そういえば、私を見ていないがあの端末で基本的なコンピュータ制御はできるらしいな……モニターとも連動していて離れた場所からでもカメラの映像を確認できそうだ

 

「死神って強すぎるだろ……勝てるのか?」

 

……死神は強い……だが、あくまでも世界一にこだわっているだけだ。一つ一つの技術が優れていても、な

 

「もう、仲間はいないよな?ここで増えたら更にピンチだぞ……」

 

……、……奴は個人主義だ……仲間と呼べるものはいないだろう

 

今、少し答えに迷った……?《銀》の答えに納得して受け取った奴もいれば、今の質問をした磯貝や俺のようにどこか引っかかった部分を考え始める奴らもいる。個人主義なのに、ビッチ先生や《銀》を仲間に引き入れた……?相手にするのは今日まで全ての暗殺者を返り討ちにしてきた殺せんせーだから、念には念を入れてってこともあるかもしれない。だけど、こうして彼は死神の届かないところで俺等に情報を落としてくれているし、死神を中心とした一枚岩ってわけじゃないんだと思う。

《銀》は契約分の働きはしているがそれ以外では自由に動いている、という推測を立てた上で、ふと、ひとつの想像が頭の中に浮かんできた。最初から完全に死神の味方をしているわけじゃないと仮定するなら……もしかして。

 

「……本トにアミーシャのこと誰も見てないわけ?俺、気絶(オチ)る直前に死神を追いかけるアミーシャを見た気がしたんだけど」

 

……、……見ていたのか……、…………そういえば、あの場所に隠してきた少女はそろそろ目を覚ましている頃か……恋人が心配していると伝えるべきだったかな?

 

「「「!!」」」

 

死神はアミーシャを見失って《銀》に探すよう命じていた……あれは嘘じゃないだろう。俺に揺さぶりをかけることで、何か知っているのではないかと情報を引き出そうとしていたくらいだ。ビッチ先生も知らないようだったし、いくらアミーシャが気配を限界まで消せるといってもプロに見つけられないとは思えない……それにこの建物中を探し回った《銀》が見つけていないとは思えない。なのに、彼は最初に『どこにもいなかった』と報告していた……これが嘘だとしたら。

案の定、《銀》は彼女を見つけていた。俺等がこの建物に来た頃には彼も中へ入っていたようだし死神が戻る前に起きていたアミーシャを一人だけ逃がしたのか、アミーシャと会って戦闘になって無力化した彼女をどこかへ運んだのか……そこまでは分からないけど、とにかく無事みたいだ。E組の中で一人だけ行方不明とか……全員が気にしていたんだろう、それを聞いた瞬間そこかしこから安心したような息が漏れた。もちろん俺も例外じゃなくて……一気に肩から力が抜けたのを感じた……俺はなんでもないように装っていた裏ではだいぶ緊張していたんだということを自覚した……よかった。

 

……そろそろお帰りのようだ。中央部は開けておいた方がいい

 

「……へ?中央って……うわぁぁっ!?」

 

俺等がアミーシャの無事に安心している中、何かに気付いたのか上を見ていた《銀》がいきなり話を止めて鉄格子の外側にある扉の方へと歩き出し、扉の出入口付近の壁へ背を預けて黙ってしまった。あまりにも突然だったせいで、もっと詳しく聞こうとしていた俺等は不思議に思いつつも牢屋の中央を開けて……突然、この部屋の天井が開いた……だけかと思えば上から殺せんせーがすごい勢いで落ちてきた。あと少し、《銀》の言葉が遅かったり彼の言葉を信じないで移動してなかったりしていたら何人か下敷きになってたよ、これ。

……って、え、殺せんせー?

 

「せ、せんせー!?」

 

「大丈夫?!」

 

「……ハッ!皆さん、こんな所に……全員怪我はありませんか?」

 

「死神と戦った奴らが打撲して気絶したくらいかな……あとは眠らされた奴らが数名」

 

「ただ、アミサだけ行方不明なんだよね……《銀》が死神に黙って匿ってくれてるみたいなんだけど」

 

「……なるほど《銀》がいると……契約以外では基本的に協力体制を取らない彼でも、アミサさんなら保護するのも納得出来ます」

 

「……?アミサならって……」

 

「……いえ、なんでもありません。それよりも……」

 

殺せんせーが落ちてきた穴を見上げると、ちょうど鉄格子の蓋が閉まっていくところだった。先生の足の触手がいくつか溶けているのを見ると、上でちぎられてテンパってる間にドボンッてところかな。落ちてきた直後はテンパってた先生も俺等に気が付くとすぐに安否確認をし始めて、A班だけ体のどこそこに傷を負っているのが分かると、静かにその部分が触手で撫でられた。その後にアミーシャが一人だけいないことを伝えたのに、殺せんせーは心配するどころか《銀》が匿っていると話したら何故か安心したように顔をほころばせて我関せずと立っている《銀》を見ているのが気になった。気になったけど……こういう時の殺せんせーは絶対に教えてくれない。知らないといけないこととか、知るべきことならあとから教えてくれるはずだから、今は、我慢しておくしかないんだろう。

言葉を途中で止めた先生は触手を一本檻に触れる……途端に溶けだす触手が、この檻は対先生物質で出来ているということを示していた。溶けた触手を再生させた所で、鉄格子の外側の扉がゆっくりと開き……死神とビッチ先生、それに烏間先生が入ってきた。

 

「あは、そろそろ生徒との最期の出欠でも取り終わったかな、殺せんせー」

 

「あなたが死神……ですか。ここは?」

 

「国が洪水対策で作った地下放水路を僕のアジトと繋げておいたのさ。上の操作室から指示を出せば、ここには毎秒200tの水が流れ込む……その恐るべき水圧によって対先生物質の檻に押し付けられ、トコロテン状にバラバラになるってわけさ」

 

「「「……!!」」」

 

「待て!生徒ごと殺す気か!?」

 

「当然さ、今更待てない」

 

それは、間違いなく俺等生徒全員を巻き込む暗殺計画……むしろ、俺等ごと殺すことで成り立つものだった。俺等がここにいる限り殺せんせーは生徒を守るためにここから逃げ出せないし、無理やり逃げようとすれば近くにいる俺等の体がもたない。一緒の檻の中に入れられたのも、最初からこのため……!

それを聞いた烏間先生もいつにないくらい慌てて死神へ詰め寄った……先生は知らずにここまで着いてきてたんだ。ビッチ先生はこの計画を理解した上で協力していた……その理由は、皮肉なことに烏間先生の望む通りにプロとして結果優先に動いたから。理由を聞いた烏間先生はそれ以上ビッチ先生に詰め寄ることは出来なくなっていた。

 

「ヌルフフフ……確かに厄介な対先生物質ですが、私の肉体はついにこれを克服しました。見なさい!私の取っておきの体内器官を!!

 

いつかのようなエネルギー砲を撃つかのごとく、物凄いオーラに包まれる殺せんせー……もしかしたら本トに、と全員が期待して見つめる中出てきたものは……その……、舌?

 

「いや。確かに先生のベロ初めて見るけど!」

 

ほうあえひえ、(消化液で、)ほーひんうひへううっあいあえふ(コーティングして作った舌です)。|ほんはほいあお、あんいいおあえあおあえあふ《こんな檻など、半日もあれば溶かせます》。」

 

「「「(おせ)ーよ!!!」」」

 

「……あのさぁ……そのペロペロ続けるなら生徒の首輪全部爆破するよ?」

 

ほんはぁ(そんなぁ)!」

 

半日って……本ッッットにいろんな意味で期待を裏切らない先生だよ。ソレで本気でなんとかなると思ってやるところが殺せんせーだなーって気もするんだけどさ……あと、あのほぼ母音ばっかりの発言を解読できちゃった自分のいらないスキルの発達を知った脱力感ね。

殺せんせーが手も足も出ないとなったのを確認した死神が踵を返し、ビッチ先生と《銀》を伴ってここを出ていこうと烏間先生を追い越したその時だった。烏間先生がすれ違いざまに死神の肩を掴んで進んでいた足を止めたんだ。

 

「……なんだいこの手は?日本政府は僕の暗殺を止めるのかい?確かに多少手荒だが、地球を救う最大の好機(チャンス)をみすみす逃せというのかな?」

 

E組29人が死ぬことで残りの地球に生きている全人類を救うことが出来る……暗殺を主導する日本政府としてはどうなのだろう?殺されようとしている俺が言うことじゃないかもしれないけど、1を捨てて9をとるという死神のいうことが全て間違っているとは思えないんだよね。だけど俺等だって政府が守ろうとしている、守るべき日本の子どものはずだ……むしろ、普通の生活をしていたのに暗殺という重圧を押し付けられた政府の被害者ともいえる。その子どもを犠牲にして生き残るこれからを選ぶか、まだ期限あるものの最大の好機を諦めてまた地道な暗殺に戻るか。

すべての責任が烏間先生にのしかかっているんだろう……それには俺等が口を出せる問題じゃない。だけど、なんとか……死にたくはないなぁ……。と、その時、殺せんせーを暗殺したい思いと俺等を考えてくれている思いとで迷っているのだろう、固まってしまった烏間先生と死神のやり取りをを静かに見ていた《銀》が口を開いた。

 

……先に私の意思を伝えておこうか……安心しろ、私は契約主であるお前の判断に従う

 

「ああ、それはありがたいね。流石は《銀》、噂に違わぬ忠実さだ」

 

その言葉に対して、にこやかに死神が笑いながら扉へと足を進める。このまま見過ごすというのか……と思った時だった。

 

「政府としての見解を伝える」

 

────ドゴッ!

 

28人の命は地球よりも重い。

それでもお前が彼等ごと殺すと言うならば……俺が止める」

 

歩いていこうとする死神の顔を殴り飛ばしてから俺等を守るように鉄格子の前に立った烏間先生にはもう、迷いが感じられなかった。スーツの上着を脱いでいつもの体育と同じように動きやすくネクタイを緩め、俺等を背にかばって啖呵をきった烏間先生は文句無しにかっこよかった。

 

「……へぇ、それが君の答えなんだ。だったら話は早い……《銀》、君に足止めを任せるよ。君の実力があれば烏間先生を倒すことくらい容易いだろう?」

 

……ああ、そうだな

 

そこでようやく《銀》が動き出した。彼は壁から背を離し、黒衣を揺らしながら俺等の方へと歩いてくる……こう、まともに姿を見ようとして見るのは初めてだ。羽のような両袖は手まで覆い隠していて、仮面に隠れた顔はその上からフードで覆い隠し、あれで本当に前が見えているのかと疑いたくなる風貌だ。

死神は死神で、急がなくてはいけないといいつつも《銀》の暗殺に興味があるのか足を止めてこっちを見てるし……どうなるのか。烏間先生は依然として俺等の前から動こうとはせず、死神はともかく《銀》に対する戦闘態勢すらとっていなく、て……え、なんでだ?今先生に向かってきている敵は《銀》じゃないってこと……?

 

……死神、私は言ったな。お前が私の道を外れない限り、私はお前の手足となろう、と

 

「……?うん、言ってたね。それがどうかしたかい?」

 

契約を結び、私はお前のパートナーとなった。だが、必要以上に周りを巻き込むのは私の流儀に反する。──たった今道は違えた

 

歩きながら何やら死神に向けて話し始めた言葉を聞いていると、だんだんと内容がおかしく感じてきて……俺が彼の言っていることを理解した時、烏間先生の数メートル手前で足を止めた《銀》は俺等へ背を向け……死神へと向き直っていた。

 

契約は今、この場で破棄させてもらおう……私には私の守るべきものがある

 

その宣言とともに《銀》の右手にはいつの間に手に取っていたのか、身の丈ほどもある巨大な大剣が構えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




「……、私は、みんなを守りたいの」

「だけど、私じゃあ死神になんて対抗できるはずがない……ここではただの子どもでしかないから、こんなちっぽけな私じゃ……」

「だから、お願い……私に、力を貸してください」

「私は、……アミサはちゃんと隠れてるから」

「代わりに……」

……、私が助太刀に行く。罪なき子どもが死ぬことは……私としても避けたい。カラスマの依頼でも、それは言われていたからな


++++++++++++++++++++


①殺せんせー、烏間先生がログインしました
②《銀》が登場し次の話で早速死神裏切りました
……色々展開が早かったでしょうか笑
契約破棄してE組側に《銀》がつくのは元々考えていた流れでしたが、敵の立ち位置から裏切って味方になるというパターンは作者の趣味です。こんな展開大好物です。一回出してみたかった……!念願叶って嬉しいです。

今回はずっとカルマ視点から変わらないことや、話の流れに区切れがなくて最初から最後まで流れるように進んでしまいました。読みにくくはなかったでしょうか?
何かありましたら、感想やメッセージで教えていただけると嬉しいです。

では、次回は死神の時間・4時間目です。



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死神の時間・4時間目

カルマside

死神によって俺等もろとも殺せんせーの暗殺が行われようとした時、目の前には鉄格子を挟んで烏間先生と……助言はくれるものの死神の仲間だと思われていた《(イン)》さんの背中があった。俺がよく知ってる烏間先生は元々隙をみせない人ではあるけど、さっきまではただ上着を脱いで戦闘の意思があることを示していただけだった。だけど《銀》さんが先生の隣に並んでどこから取り出したんだってほど大きな黒い剣を構えて死神に向き直ると、ようやくいつでも飛び出せるよう戦闘態勢に……ていうかあのでかい剣、本トにどこから出したんだよ?あの周辺にもあの人の体にも何も無かった気がするんだけど。

烏間先生に向かって歩いていく《銀》さんを余裕の笑みで眺めていた死神は、いきなりの手のひら返しとも言える契約破棄に、その笑みを固めながらもそれ以外に表情を変えず、静かに口を開いた。

 

「……何故だ?《銀》、お前は契約主の判断に従うと……!」

 

──従っただろう?『生徒28人の命は地球より重い、お前が彼らごと殺すというのならば止める』という言葉に

 

「……まさか、」

 

初めから私の契約主は防衛省……そこのカラスマだ。お前の依頼を受けたのも政府からの依頼をこなすのに必要だったまで

 

死神が信じられないとばかりに《銀》さんの言葉を指摘してるけど、彼自身はシレッと『自分は元々政府側だ』と言い放った。隣に立ったことを何の疑問も持たずに受け入れたってことは、烏間先生は《銀》さんが元々こちら側の人間だってことを分かっていたってことで……つまり、《銀》さんは政府と死神との間で二重スパイのようなことをしていたのか。

そういえば、殺せんせーは《銀》さんがアミーシャを匿っていると聞いた時に、彼だったら納得できる行動だと笑ってたけど……それは、このことを知ってたから……?

 

「にゅやっ!?《銀》さんは元々烏間先生と通じていたんですかっ!?」

 

…………知らなかったみたいだね。

E組の生徒が烏間先生と《銀》さんがカッコいいって歓声をあげてる中、殺せんせー1人が敵味方の立ち位置についてで慌てながら騒いでる……あ、烏間先生がうるさいとばかりに青筋が入った握りこぶしを見せつけてきたから先生黙った。

死神は少しの間悔しそうにしていたけど、烏間先生と《銀》さんの隙とか実力を測って、このままこの場で二人ともを殺してからでは遅いと判断したんだろう。作り物のような笑顔を崩すことなく予備動作もなく、共闘関係にあるはずのビッチ先生に何も伝えることもなく、扉に向かって駆け出した。

 

「チッ……《銀》殿!子供達のフォローを任せる!」

 

……ああ

 

「烏間先生!トランシーバーをONに!」

 

死神が動くのを見て烏間先生はすぐに《銀》さんへ指示を出すと、あとを追って建物内部への扉を潜っていった。カン、カン、カンと階段を駆け上る音が響いてたけどそれも次第に聞こえなくなって……この場に残った《銀》さんが俺等を背に守りながら、死神もいないからと剣をしまう頃には、『プロというのはそんなに気楽じゃない』……そう言われてからどこか呆然としたような、迷うような表情を浮かべていたビッチ先生に余裕が戻っていた。

 

「……、死神(カレ)を倒そうなんて無謀ね。確かにカラスマも人間離れしているけど、彼はそれ以上……そこのタコですら簡単に捕まえたのよ?……《銀》、あんたは……」

 

フン、この《銀》があの死神よりも弱いとでも?

 

「……そうね、失言だったわ」

 

そう言いながら首の爆弾を外し、指でくるくると回す……やっぱり俺等のとは違ってただの脅し用か何かで簡単な作りになってるんだろう、爆発することもなくビッチ先生の手の中にある。……なんて事ないようにビッチ先生と2人で言葉を交わしてるけど、《銀》さんは随分と自分という存在に自信を持ってんだな……実際嘘じゃないんだろう実力を肌で感じるし、誇りを持ってるってのも言葉や態度の端々から伝わってくる。

殺せんせーはビッチ先生の言葉を聞いて悔しいのを表現するようにハンカチを噛んで唸ってるけど、E組は……特に放課後塾でビッチ先生に懐いていた彼女等はまだ信じられなさそうに次々と言葉をかけていた。

 

「……怖くなったんでしょ。プロだプロだってこだわってたあんたが、ゆる〜い学校生活で殺し屋の感覚忘れかけてて……俺等を殺してアピールしたいんでしょ。『私、冷酷な殺し屋よ〜』って」

 

知ってたのに、信じてたのに、仲間だと思ってたのに。そんな数々の言い方はビッチ先生を責めるものでしかなかったんだろう……だんだんと俯いていく先生へ、ちょっと感じた罪悪感を笑顔の裏へ隠して俺も続いた。本トに俺等の事を好きになってくれていたのなら、これはきっと痛い言葉だと思うけど、煽って本音を引き出せたら万々歳かな、なんて。

予想通りそれをきっかけに顔を上げて睨みつけてきたビッチ先生は、さっきまでの『俺等なんてどうでもいい』という冷めた表情とは違って、受け入れてはいけないと押し殺していた感情を爆発させてその気持ちに困惑するような顔で首輪とともに言葉を叫ぶように叩きつけてきた。

 

「私の何が分かるのよ……考えたことなかったのよ!自分がこんなフツーの世界で過ごせるなんて!弟や妹みたいな子と楽しくしたり恋愛のことで悩んだり……そんなの、違う。私の世界はそんな眩しい世界じゃない……ッ」

 

そう言って息を荒らげていたビッチ先生が不意に耳へと手を当てる……長い髪で隠してインカムかなにか、そこに付けてるんだろう。聞こえなかったけど、多分死神からなにか指示が来たんだろうね、了解の返事を返して烏間先生達と同じ扉を通ってビッチ先生も姿を消した。

そしてここには殺せんせーを含めた俺等E組と《銀》さんだけになる。しばらくの間、彼は先生達が去っていった扉の方を見ていたけど何やら呆れたような、しょうがないというような……そんなため息をついたのに気がついて、全員の視線がそちらへ集中していた。

 

『自分とは違うフツーの世界、眩しい世界』……か。フン、確かにその通りだな

 

「《銀》さん……」

 

お前たちは恵まれている……私たち暗殺者にとって、血を浴びる生活は日常。そして今が非日常なだけで、この国は本来危険とは縁遠い……そんな場所に生まれることができたのを感謝することだ

 

「それ、ビッチ先生も言ってた……」

 

「生きるとか重い事じゃなくて、女を磨けって話だったけどね」

 

……そうか。ならばイリーナは、生きるために必要だった『殺し屋』としての日常以外に……比べる対象になる『普通』というものを知っているということだ。どんなに少なくても、普通の幸せを……だからお前たちを案じる言葉が出てくるのだろう

 

「……それって、《銀》さんにはないって言ってるように聞こえるけど?」

 

私か?私の場合、物心ついた頃にはこの世界にいたからな……そんなものは知らない。それに……私のように血に染まった暗い世界に生きる者が踏み入っていい世界じゃない

 

確かに、比べられなかったら自分の生きてきた道なんて、あってるとか間違ってるかとか、他人と違うかどうかなんて考えることもなく受け入れているよね。受け入れた人生なんて、それがその人にとっての当たり前に決まってんだから……突然違う道を示されたって受け入れられないか、受け入れられてもいつか現実との違いを突きつけられることになる、ということか。

ビッチ先生の場合は後者の可能性が高いんじゃない?てことは、その現実との違いで迷っても認められ、居場所がありさえすれば、あるいは……。《銀》さんについては、あまりにも自分が見てきたかのように語るからなんとなくで聞いてみただけだったんだけど……『依頼であればそう振る舞うが』って……《銀》さんこそが暗殺者としての世界を当たり前に生きてきた人だってことか。ハッキリ言い切る割にはなんだかその答えに感情がない気がして、少しやるせない気持ちになったのは……俺もアミーシャの優しさだとかに影響受けてたりすんのかな。

 

「考え方から何まで、さすがは歴戦の殺し屋達ですねぇ……おや、死神が設置していた監視モニターで断片的にですが強者対強者の戦いが覗けそうですよ」

 

 

++++++++++++++++

 

 

モニターに映るのは死神を追いかける烏間先生……死神はさすがに自分が仕掛けた監視カメラの位置や死角は分かってるんだろう、ほとんど映らない。断片的だけだけどモニターに映し出される烏間先生の追跡は……とにかく、烏間先生の人間離れしているところを強調しまくっているものとなっていた。

 

「あ、烏間先生いた!」

 

「なんでドアノブ持ったまま固まってんの?」

 

「ふむ、恐らくあの向こうにトラップがあるので……、……あ。」

 

『……チッ、思ってたより強力だった』

 

「「「…………、……?……!?」」」

 

ほう……トラップの内容に気づいていたな。あえて時間短縮のためにそのままドアを開け、ドアを盾にしながら爆風と同じ速さで後ろ受け身をとった……か

 

「沖縄のホテルでアミサさんが同じことをスーツケースを代用してやってましたねぇ……明らかに規模が違いますが」

 

殺せんせーの言う通り、ドアの取っ手を動かす感覚で何かを察したらしい烏間先生は、ほんの少しだけ迷った後に勢いよくドアを開け、その途端に爆発……したはずなのに、次の瞬間何事も無かったかのように先生はその爆煙の中から出てきてまた走り出した。映像を見てた俺等にとっちゃ、何か起きたのか全く意味がわからなかったんだけど、《銀》さんの呟くような説明で到底真似できないししたくないことをやったんだってことは理解できた。

てか、なんかデジャヴな説明だとは思ってたけど目の前でアミーシャが実践済みのアレか……だから彼女が至近距離の爆発を受けても無事だったんだと、今ならわかる。

 

「……!烏間先生、行っちゃダメッ!多分そこの曲がり角に!」

 

────ドガガガガガッ

 

『くっ……銃を撃てるよう訓練された軍用犬か……!卑怯な……!』

 

「さすが死神の手腕……あれだけの数をきっちり仕込んで飼い慣らすとは……」

 

「……ん、卑怯?先生、卑怯って言わなかった?」

 

『……()()()()()()()()()()()()。だから傷つけられない……悪いが優しく通らせてもらおう』

 

「「「え、笑顔ひとつで抜けおった!!」」」

 

「うーわー……犬の方が怯えて道譲ってる……」

 

「烏間先生、今撫でたよね……懐かれてると思ってんのかな……?」

 

「……いや、でも……犬の気持ちちょっと分かるわ……あの人の笑顔、めちゃくちゃ怖ぇーもん。笑ってたシーン思い出してみ、半分は人を襲ってる時だぜ」

 

「「「(確かに!!)」」」

 

原さんがトランシーバーに向けて烏間先生へ警告した直後に鳴り響く銃声……原さん達C班は情報収集の最中に一度遭遇でもしていたんだろう……銃を撃てるように訓練されたドーベルマンが廊下の先に待ち構えていた。あれだけ乱射された銃撃の隙間を通り抜けることなんて無茶だ、みんなそう思っていたのに、烏間先生は先生なりの笑顔で犬の前を普通に歩き始めた……千葉が言った通り、烏間先生の笑顔は怖い。あまり見ない珍しい顔だからというか、作り方が下手というか、先生が楽しいと感じる物事の方向がおかしいというか……説明できないけどとにかく怖い。

この他にも烏間先生は、振り子のように揺れる鉄柱を素手で捕まえたり、両手が塞がった中に飛んできたボーガンを刺さる前に掴んだり、鎖に巻かれても引きちぎったり、火炎放射器を無いものとして通り抜けたり、飛んできたナイフを歯で受け止めたり……全部、なんてこともないように罠を攻略していく。

 

「マジでうちの先生人間やめてるよな……」

 

「勝てないわけだ……才能も積み上げた経験(もの)も全部段違い」

 

「そう、彼等は強い。それにこの牢屋もとても強固(つよい)……対先生物質と金属とを組み合わせた2種の檻。爆薬でも液状化でも抜け出せません」

 

自分達とは桁違いの実力、才能、力……それらを見せつけられて落ち込む俺等に対して、殺せんせーは少しも慌てずいつものように続けた。

 

「弱いなら弱いなりの戦法がある。いつもやってる暗殺の発想で戦うんです」

 

答えまでは言わない殺せんせーの教え……いつもの事だけど、こう、命がかかった時にまでねぇ……なんて時に口火を切ったのは、E組の中でもあまり自分から前に出てこない珍しい奴だった。檻の中と外の監視カメラを観察し、ビッチ先生が残していった首輪の爆弾を確認して……少し自信ありげにそいつが、三村が言った。

 

「……全部がうまくいけばの話だけど……できるかも、死神に一泡吹かす事」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

烏間side

対先生物質に囲まれたあの狭い檻の中では無能に等しいあのタコだけでは心許なく、《銀》殿にE組のクラスメイト達を任せ俺単身で死神を追いかけている道すがら。俺が跡を追うこの短時間でよくこれだけの種類・量のトラップを張ったな、と言いたくなるほどの少し進むたびに遭遇するワナ、わな、罠の山……まあ、急いで設置したものなだけあって軽いものばかり、全て俺の力で対処出来たから問題ないが。トランシーバーの向こうから生徒達の様々な声が聞こえた気がしたが、関係の無い声以外はあえて詳細は無視しておき……もうそろそろ追いついてもいい頃だと……ッ!

 

「くッ……!」

 

「へぇ、殺気の察知も完ペキか……正直見くびってたよ、烏間先生」

 

「……まるでトラップの見本市だった。多彩なもんだな」

 

進もうとしている廊下の先からドス黒い澱んだ殺気が流れ込んできたのを感じて、柱の影に体を隠す……いつでも撃てるよう銃を構えながらつい比べてしまうのは、俺があの暗殺教室で浴びたことのある2つの澄んだ殺気だった。渚君の蛇に巻かれるような純粋な殺気と真尾さんの鎖に締め上げられるような繊細な殺気……あの2人のを知っているからこそ、死神がどれだけ濁った殺意を持っているのかというのを考えさせられる。人殺しのスキルを手に入れたら使いたくなるとか、どんな狂人だ……いや、これまでの言動を見てきた限り元々こんな奴だったな。

死神の気配に集中していると、背後からも何やら気配がやってきたことがわかる……この場で自由に動けるのは《銀》殿……だが、彼には生徒達を任せている、ならば。直後跳んできた銃弾を間一髪で避け、視線や意識は死神に向けたまま、俺の銃口のみを背後から近づいてくるイリーナへと向けた。

 

「……死ぬぞ、イリーナ」

 

「死ぬなんて覚悟の上よ。アンタには理解できないだろーけど、死神(カレ)は分かってくれた……『僕とお前は同じだ』……って」

 

「そうだね、昔話をしてあげたっけ……」

 

そうして語られた死神の身の上話は……言っては悪いが殺し屋の世界(この業界)ではよくある話だった。イリーナもそんな環境で生まれた、ただ、血の世界へ足を踏み入れたのは自分を守るための最後の悪あがきのようなものからだったと『彼』から聞いている。似ているといえば似ている境遇の2人……だからこそ自分の立場から来る感情や気持ちを分かり合えると、……俺では理解できないからと、イリーナは協力する事に決めたのだろうか。

 

「イリーナなら、僕の気持ちをわかってくれるよね。たとえ──」

 

 

──僕が君を捨て石に使ったとしても。

 

イリーナの選択について考えていたせいか、死神への警戒が若干逸れた。慌てて意識を戻した時には死神が何やら手元の端末で操作している最中で……《銀》殿の情報通りなら、この施設の簡単な設備をあれで操作できる……監視カメラやマイクはもちろん、ここまでのトラップと同じように死神によって仕掛けられたものだったら。今、この状況で発動できるものだとしたら……!

その考えに至った時には遅かった。頭上で爆発が起き、俺とイリーナへと崩れ落ちた天井が降り注ぐ……想定していた俺はなんとか防御姿勢が取れたため、すぐに立ち上がることが出来たが、進行方向……つまり死神がいる側とこちらを隔てて天井の瓦礫が積み重なり、すんなり通り抜けることが出来なくなっていた。

 

「生きてるんだ、さすがだね。おそらく、君やタコ単独ならこのトラップも抜けただろう。……彼女は、君たちを惑わすためだけに雇ったんだ」

 

その言葉を聞いて振り返ると、そこには俺と違って瓦礫の下敷きになり意識を落としている様子のイリーナが倒れていた。……死神、俺だけを巻き込んだ崩落だけでは飽き足らず、自分を信用してついてきた仲間(イリーナ)を利用するだけして捨てたというのか……!?

前に進むにしてもイリーナを助けるにしても瓦礫をどかすことに時間がかかる……死神はこの結果を満足したように操作室へと歩き出してしまった。俺はイリーナを再度振り返る……イリーナ1人を助けるために生徒27人を、どこか別の場所にいるという1人(真尾さん)みすみす死なせるわけにはいかない、ここは進むべきか……。前に進む瓦礫へ手をかけた時、トランシーバーから声が響いた。

 

『…か……ま…………!………烏間先生!モニターを見てたら爆発したように映りましたが、大丈夫ですか!?イリーナ先生も!』

 

……彼等にはこの事実をどう伝えるのが正解なんだろうか。イリーナへの伝え方を間違えたせいで、彼女を死神側へと走らせてしまった俺が。

 

 

++++++++++++++++

 

 

カルマside

《銀》さんの言う通り、死神へは映像だけで音声が届かないならと三村が思いついた作戦を堂々と口に出して説明し、それぞれの得意分野で役割分担を済ませて行動し始めたあたりで……作戦の主力ではないからとモニターを見て状況を調べていた奴等が慌てたように声を上げた。急いで何人かと殺せんせーが近寄ると監視カメラのモニターには砂嵐の画面がひとつ増えていて……見ていた奴の話では、いきなり爆発して瓦礫が落ちる映像を最後に何も見えなくなったんだとか。すぐに殺せんせーがトランシーバーを通して烏間先生に連絡を取ると、少しの間躊躇するように黙っていた先生は俺等の催促に重たい口を開いた。

 

『……俺はいいが、あいつは瓦礫の下敷きだ』

 

「「「!!」」」

 

『……だが、構っているヒマはない。道を塞ぐ瓦礫をどかして死神を追う』

 

俺等を助ける、という目的のためだったら正しい選択なんだろう。だけど……

 

ダメ!!どーして助けないの、烏間先生!!」

 

『倉橋さん……』

 

倉橋さんが殺せんせーの近くでトランシーバー越しの様子を伺っていた奴らを押しのけて訴えた。烏間先生曰く、これはビッチ先生なりに考え、結果を求めて死神と組んだ結果だからプロとしての自己責任……考え無しの行動ではない故に責めることも助けることもしないという結論を出したとのことだった。それで納得できるほど、俺等は子ども(ガキ)じゃない。

 

「プロだとかどーでもいーよ!15の私がなんだけど……ビッチ先生、まだ21だよ!?」

 

「うん、経験豊富な大人だって言ってる割にはちょいちょい私達より子どもっぽいよね」

 

「多分……安心のない環境で育ったから……ビッチ先生はさ、大人になる途中で、大人のカケラをいくつか拾い 忘れたんだよ。だから……助けてあげて、烏間先生。私達生徒が間違えた時も許してくれるように……ビッチ先生も」

 

『……時間のロスで君等が死ぬぞ』

 

烏間先生が俺等を優先してくれようとしてるのは分かるけどさ……俺等だって伊達にこの暗殺教室で生徒をやってるわけじゃない、先生達におんぶに抱っこでいるつもりなんてサラサラない。

 

「大丈夫!死神は多分、目的を果たせずに戻ってきます。だから、烏間先生は()()にいて」

 

「てことで、《銀》さーん。殺せんせーじゃ目立つし《銀》さんにやって欲しいな〜」

 

「め、目立つって……せんせーだって何かやりたい」

 

「「「ダメ!」」」

 

「死神が見てるのは私達もだけどほとんど標的の殺せんせーなんだよ?わかってるの?」

 

「怪しまれちゃいけない先生が怪しい行動とって疑われたら意味無いじゃん」

 

「シクシクシク……」

 

……カラスマ、お前の生徒たちはこう言っているが?

 

『……後ろの茶番は無視していいんだな?……分かった、信じるぞ』

 

「「「了解!」」」

 

《銀》さんが烏間先生に確認をとったのは、俺等のフォローを頼まれているとはいえ依頼主は先生……その指示を仰いだってところなんだろう。そして、俺等の返事を最後にトランシーバーの向こうから音が聞こえなくなった……烏間先生が俺等を信じてくれるなら、きっとビッチ先生を助けに行ったはず。死神は確実に殺せんせーを殺すために、きっと水を流す前にこの牢屋の中を確認する……その時が勝負だから死神が操作室に到達する前に細工を終わらせなくちゃいけない。

 

「さあ、時間が無い……皆、急いで準備するぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

E組(おれら)の反撃スタートだ。

 

 

 

 

 

 

 




「やって欲しいな〜……はいいけどさ、こっちとあっち、鉄格子で隔たれてんじゃん。どうやって《銀》さんは俺等の方に来るわけ?」
「……考えてなかった……」
「いや、死神側にいたんだし、実はどこかに出入口があるとかじゃ」
「脱出不可能って言ってなかったっけ」
「「「…………」」」
……何を迷っているのか知らないが、別に出入口など必要ない
「へ……」
「なっ……」
「何も無いところから……」
「て、鉄格子を通り抜けた……?」
「どうやって……!?いや、《銀》さんが抜けれるなら俺達も一緒にいけるんじゃ、」
これは誰でもできることじゃない。期待しないことだ
「…………」
……さあ、望み通りこちらに来たが……お前たちは私に何を求める?


++++++++++++++++++++


死神の時間・4時間目です。まだ続きます。
烏間先生人外説が有力となるお話となりました……何をどうしたら本当にあんな超人が生まれるのでしょうか……。歴戦の殺し屋である死神にまでそう思われるなんて相当だと思います。でも、それでこそ暗殺教室の烏間先生なんだろうな、とも同時に感じちゃうわけですが。

《銀》は障害物は関係ないと思ってます。ゲーム本編でも黒月の壁を抜けて屋根へとワープのごとく移動してましたし……アーツなのか気功術なのか定かではありませんが、可能なのだろうということで、この小説ではオリジナル設定のひとつとして採用させてもらってます。フリースペースにちょこっとだけですので分かりづらいかと思いますが、アレです。空間が歪んで姿を消す→空間を歪ませて現れるっていう……書いておきながら余計にわかりにくくなった気がします。

では、次回は死神の時間・5時間目!激闘、人外対決!(に、なるのかな?)




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死神の時間・5時間目

カルマside

────バァンッ!

 

「……首輪を爆破した……ってことは」

 

「この檻の中の映像を見たってことだ」

 

「よし、焦った死神は烏間先生のところまで戻ってくるはず……それまで待機だ」

 

「ぐぐ……キッついな」

 

監視カメラを見ているだろう死神は今、多分こう思っていることだろう……破壊もせずに出られるはずもない檻から人質が一人残らず消えたって。人質も標的も何もいない場所に水を流したって誰も殺せないし意味もない、この建物からは出られないのだからもう一度捕まえに行って振り出しに戻してしまえばいいって。死神にそう考えさせて烏間先生のいるところまで戻ってもらうのが俺等の狙い。

俺等が今していること……それは、3人1組(スリーマンセル)で肩車をして壁に張り付き、超体育着の暗殺迷彩の保護色を利用した壁との同化だ。

 

「……これでホントに騙せてんの?」

 

「多分ね。光の加減もバッチリだし、映像くらいなら騙せてるはずだよ」

 

「まったく……ラジコン盗撮の主犯どもが大活躍とか……」

 

片岡さんがため息を吐いているとおりこの作戦で力を発揮したのは、作戦を提示した三村を除いてカメラに詳しい岡島と、電子工学なら右に出る奴がいないイトナ、そして偽装工作など美術に秀でた菅谷だ。

 

 

++++++++++++++++

 

 

まず三村が着目したのは、ビッチ先生が投げつけてきて偶然というか運良くというか……鉄格子に引っかかっていた爆弾付きの首輪が俺等の首に付けられたものと同型だということ。爆弾が脅威だからとそう乱暴に扱うわけにはいかない……もし無理やり外して起爆したり、外したことによって死神へ信号でも送られたりしたら俺等の命に関わるし、なにより外すことの意味が無いからだ。でも、ビッチ先生の置いていったソレが同型ということは……ソレの構造が分かれば俺等に付けられたものの構造もわかるということ。自分も何かやりたいと騒いでいた殺せんせーが運良く回収できたソレの整備用の蓋を外し、イトナが回線を確認したところ……

 

「……通信(リモコン)回線は、起爆命令と鍵解除の2chだけだ。簡単な構造だから、乱暴に外しても起爆しないし奴にもバレない」

 

「だそうで……殺せんせーと《(イン)》さん、頼むよ」

 

「お安い御用です」

 

……なるほど。ならば万が一死神が脱走を疑って映像を見ること考えて監視カメラに映らないように外すべきだな?

 

「はい、限りなく見えないように……安全の確保ができたら手錠もお願いします」

 

承知した……ならば私は姿を隠そう。……《月に踊る蝶たちよ》……

 

「え……」

 

三村が首輪を外す姿を見られないようにしたい、という要望を出すと、《銀》さんはひとつ頷いて了承してその場でくるりと回り一度の跳躍の後に姿を消していた。……アミーシャと同じ、気配を薄くして空間に姿を隠すクラフト……今回の《銀》さんが使ったこれの効果は、俺等が見たことがあるアミーシャのような完全に姿を隠したものってわけじゃなく、気配は限りなく希薄にしてはいるけど失くした訳じゃなくて、姿だけを隠しているもののようだった。首輪を外すために近くに《銀》さんがやってくればなんとなく分かり、いきなり外されても驚いて大きく反応してしまう、なんてことが無いように。……俺等のために外す直前にわざと気配を見せてくれてるのだと思う。

 

「あれって真尾と同じ……そっか、《銀》さんも真尾と同じ大陸から日本に来たんだし、同じ技を使えてもおかしくないか」

 

「クラフトは個人固有のものとは言ってたけど、流派とか武術とか……元が同じ型なら同じ技名とかも有り得るだろうしね」

 

クラスメイト達はあのクラフトを偶然の一致なんだろうというそれで納得してるけど……俺は違和感が拭えなかった。技の名前の一致ならともかく、普通クラフトを操るのに集中しやすいからと詠唱する言葉まで一字一句同じになるもんかな……って。気合いの入れ方だったり挑発の言葉だったりって人それぞれじゃん?……ま、確かめようがないから気になったってどうにもできないんだけど。

何人目かの後に俺も首輪や手錠を外され、壁に背をつけて腕を隠しながら軽く手首を回していると、手錠を外された両手を呆然と見つめる渚君が目に入って、つい声をかけた。

 

「どーしたの、渚君。何が見えてんの?」

 

「ッ……あ、いや……ま、まだ縛られてるふりしなきゃね。それで三村君、次は?」

 

……露骨に話を逸らされたか。一瞬で元の渚君に戻っちゃったから確証があるわけじゃないけど……両手を見つめていた渚君にまた、渚君の中にある何かを感じた……油断しちゃいけない、得体の知れない何かを。……()()?俺は前にも同じように感じたことがあるってことか?渚君に感じたソレは、はじめてじゃない……?

……気にはなるけど、今はこんなことを考えてる時じゃないよね。よく分からないのと早く潰したいっていう気持ち悪い思いを無理やり押し殺し、頭の隅に追いやった時には、三村が新しい指示を出していた。

 

「次、岡島。監視カメラはどうだ?」

 

「……強めの魚眼だな。忙しい時でも一目見れば部屋全体がチェックできる。あとは《銀》さんが言ってた絶対に壊せない檻の外に1つ……この2つに死角はないけど、お前の読み通り正確には見えない場所がある」

 

次は監視カメラの見え方について……岡島曰く、魚眼レンズだと端の方が大きく歪む代わりに広い視野を確保できるんだそうだ。歪んだ視野は魚眼補正プログラムを組みさえすれば綺麗な平面として見えるらしいけど、モニターを確認する限りそんな補正は入ってない。歪んだ場所が正確に映るはずはなく、それを利用すれば死角に入ることはできなくても紛れることはできるかもしれないというのが三村の考えだった。

そこで菅谷が代表して俺等全員の超体育着にカラーリングを施していく……閉じ込められた牢屋の壁と同じ色に、紛れるために。そして、ガタイがよくて体重のある男子を下にして三段肩車を組み、現在に至る……というわけだ。

 

 

++++++++++++++++

 

 

これが俺等の作戦の全貌……どう、理解してくれた?《銀》さんはこの牢屋の中……というか、監視カメラの映る範囲内に1人残っているのもおかしいからってことで、姿を隠したままでいてもらってたりする。ちなみに殺せんせーは……

 

「殺せんせーはフツーに保護色になれるから、俺等の隙間を自然に埋めてる」

 

「ほほう、つまり今は素っ裸、と」

 

うぅぅ……もうお嫁に行けない……

 

「赤くなんなよ、バレっから!」

 

というわけで俺等は檻の中に全員いるけど、カメラを通した死神から見れば誰もいない、標的も人質も全員脱走したあとの部屋が完成っと。さっき首輪を爆破したってことは、この部屋を見て爆弾は偽物じゃない、爆破するって言葉はフリじゃないってのを物理的に俺等へ示そうとしたんだろうね。きっと死神は慌ててる……外した首輪を俺等の超体育着と同じように塗装した上着の下に隠し、逃げる時に外して置いていったと誤認して。

 

────ドパァン!

 

「なに!?」

 

「向こうで何か水に落ちたぞ!」

 

「ふむ……上からの立坑ですねぇ……そして、烏間先生と死神!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

烏間side

生徒達に言われた通り、死神の追跡ではなく瓦礫の下敷きとなったイリーナの救出を選択する。……ある程度の高さと量が積み上がっているが……小さいものまで丁寧にどかす必要は無いだろう、一番下の彼女のすぐ上に乗っているものから一気に持ち上げてしまえばいいか。後々生徒達に知られた時に、過程を色々すっ飛ばして今以上に人外方面に突き進まないでと言われる内容を考えてすぐ、彼女の上に積み上がる瓦礫へ手をかけて持ち上げたところで、意識が戻ったのかぼーっとしながら目を開けたイリーナと目が合った。

 

「……さっさと、出てこい。重いものは俺が背負ってやる」

 

呆然とした表情のまま無言で瓦礫の下からはい出てきた彼女を座らせ、傷を確認すると左腕が赤く腫れ上がっていることが分かった……骨折か打撲か、あるいは筋を痛めたか。医者ではないから自分の所見が正しいかは知らん、あらゆる場合に備えて応急手当をしておくだけだな。俺の着ていたシャツを破ってロープ替わりにしその辺に落ちていた板で添え木として固定してやっていると、無言で作業を見ていたイリーナが突然顔を押さえ、その指の隙間から大量の血が……

 

「おい、血が……!」

 

「……いや、アンタがいい体すぎて興奮した……」

 

「……脳に異常かと思ったが、お前の場合それが正常だな」

 

たった今押し潰されかけて死にかけていたというのにこいつは……既にあの教室での彼女と変わらず、心配を返せと言いたくなるほど通常運転な様子に少しばかり安堵する。

 

「お前に嵌められてもなお……生徒達はお前の身を案じていた。それを聞いてプロの枠にこだわっていた俺の方が小さく思えた……思いやりがかけていた、すまない」

 

「………、」

 

任務として動いている以上プロ意識という面で俺自身のプライドがある分やはり譲れないことはある……が、俺の意思ばかり押し付けるようなことをしてしまった、俺の言葉のせいでこの決断をさせてしまったという負い目もあった。だから手当てを続けながらだが、俺なりに真剣に謝った。

俺の謝罪が受け入れられたのかどうかは、彼女が黙ってしまっていたから分からず、確認する前に瓦礫の向こう側から先程も感じた嫌な気配が近づいてきたのがわかって顔を上げる。少し遅れてだがイリーナも気付いたところはさすがは殺し屋(ほんぎょう)と言ったところか……あれは戻ってきた死神だ。戻ってきたということは、生徒達の計画通りに進んでいるということ……直にどうにか瓦礫をどかしてこの場所へ戻ってくるだろう。このまま正面からぶつかってはどんな小細工をされるかわからない……少しこちらからも仕掛けてみるか。

 

「イリーナ、お前が育った世界とは違うかもしれない。それでも俺と生徒達の世界には、お前が必要だ」

 

……これで俺がイリーナへ直接伝えられる言葉は全て尽くした、あとは彼女が決めること。それだけを伝えて彼女の反応を見ないまま、俺は死神が来ることに備えて身を潜めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

無事、俺等の作戦は功を奏したらしい。何をどうしたのかまでは知らないけど、死神は烏間先生が相手してくれている……これでまた操作室に行かれて動かされない限り、この場所は安全だ。隠れる必要もなくなったから、全員肩車をといて鉄格子の前に集まり、2人の戦いを見守る……ここからじゃ何か2つくらい動いてるのがあるなーってぐらいしか分からないけどさ。

 

「殺せんせーなら見えるんでしょ!今どうなってるの!?」

 

「え、えぇっとぉ……、死神がナイフを出しいや違うワイヤーだ!烏間先生これをおおっすごい!避けざまに返しの肘ああダメだナイフを盾にされッ咄嗟に蹴りに変えーと、えーっと同時!な、なんか、なんかすごい戦いだーーッ!」

 

「何言ってるかサッパリだよ殺せんせー!!」

 

「ミートゥー!!!」

 

「自分でもわかってねーのかよ!?」

 

目をカタツムリのように伸ばして遠くの様子を見る殺せんせー……夏休みにこの殺せんせーを見たことがある前原曰く、ズーム目というらしい。それを使って遠くの烏間先生達の戦いを実況しようとしてくれてんだけど、とにかく実況が下手すぎる。先生の説明スピードで追いつけないくらい早い攻防が繰り広げられてんのはなんとなく分かった気がするけど、結局一番知りたい向こうの状況はサッパリだ。殺せんせー、実況やり始めたならすごいの一言でまとめて諦めんなよ……

 

「心配せずとも、そう簡単に烏間先生は殺られません。死神の持つ技術(スキル)は確かに多彩、しかも全ての技術が恐ろしく高度……彼の前ではいくら警戒しても裏をかかれるでしょう」

 

だからカラスマは、あの場所であえての接近戦を選んだ。周りに何も無く、死神が小細工できず、且つ自分の最も得意な領域に持ち込むことで、死神がこだわる技術(スキル)の差をほぼ無いものとして……いや、それ以上有利に戦っているわけだ

 

「先生のセリフとられた!!」

 

……フン、さて……

 

自然と殺せんせーの言葉を引き継いだ《銀》さんに先生がなんかショックを受けてるけど、みんなは清々しいくらいにそれをスルーしてて。今まで姿を隠してくれていた《銀》さんが、自分のリズムを崩すことなく殺せんせーの声を一蹴しながら、檻の中へ入ってきた時のように鉄格子を抜けて外側へと姿を現したことに自然と目が追いかけていた。

 

「《銀》さん、どこへ……?」

 

元よりアレに参戦するつもりは無いが、見届けるのもおもしろい。……それよりもお前の危惧することが起きるのならそろそろだろう。私に構う暇があるなら備えた方がいいのではないか?

 

「そうですねぇ……では、そろそろ準備に入りましょうか。それと《銀》さん、私のことは『お前』ではなく『殺せんせー』と呼んでください」

 

……考えておこう。──行くぞ

 

考えておこうって、それほとんど実行されずに終わるやつじゃ……でも殺せんせーは満足気に頷いてるし、言わなくてもいいか。《銀》さんがいなくなると、殺せんせーはアカデミックローブの下からトマトジュースのペットポトルを取り出した。何に使うのかと思えば烏間先生を助けるためです、とだけ言ってフタを開けたペットポトルの口をくわえ、ズーム目にして遠くの戦いを見ているまま、そっと檻の隙間から触手を伸ばした殺せんせー。

 

「脱出は無理でも、触手1本なら檻の隙間からぎりぎり通せますから」

 

「……ポンプ?」

 

「そうです。触手を通して、烏間先生の所までトマトジュースを届けます……まるで、血のように」

 

烏間先生から、死神によって殺されたもしくは殺されかけた多くの殺し屋達の殺られ方を聞いた殺せんせーは、その方法を瞬時に見抜いたんだとか。それはすれ違いざまに指をさされ、気が付けば胸から大量出血……何も道具を出していないかのような殺り方だから『死神の見えない鎌』と言われてるんだそうだ。

でも、当然カラクリはあるわけで……指先に仕込まれたわずか10口径の仕込み銃、普通に撃っても殺傷能力はゼロに等しいそれで狙っているのは、筋肉と骨の隙間……心臓から伸びる大動脈。裂け目が入った大動脈は自身の血流圧で裂け目を広げていき、そのまま大量出血となるわけだ。撃ち込んだ銃弾は血流に流されるため、凶器の特定は不可能に近く銃声もしない……まさに暗殺にうってつけな凶器は、《銀》さんが言っていたような死神にとってこだわっている花の美しさのようなものなんだろう。

 

「で、それがその触手となんの関係があるの?」

 

「先生のこれは烏間先生を守るためです。どんなに距離があっても、同じ空間で先生の目が届く限りにいてくれさえすれば、この触手は届きますから」

 

「……そうか、殺せんせーの触手は保護色で隠せる……死神が狙う烏間先生の血管の位置に触手を貼って、トマトジュースを血に見せかければ」

 

「死神は勘違いして隙ができる!」

 

直後、「うぐおぉぉお!?」というものすごい悲鳴がここまで響いてきて反射的に2人の戦う場を見たけど、俺等に見えるわけがない。だから烏間先生が死神に何かやったんだろうなとは思ってたけど、カラになったペットボトルを口から離した殺せんせーが、真顔の棒読みで「わー、金的……」と言ったことで何をしたのかが判明……烏間先生……。烏間先生の殺人ゲンコツなのか蹴りなのかは知らないけどそれを股間に受けるとか最悪じゃん……死神は敵だけど痛みだけは同情するわ。他の男子も同じ男として痛みが分かるからか、そっとソコを押さえるなり、だいぶいたたまれない顔をしてるなりと何かしらのダメージを受けてるのが見て取れる。

その後、ガァンと大きく鳴った打撃音……嬉しそうにクラス皆で掴んだ勝利だと嬉しそうにしている殺せんせーから、烏間先生が死神にトドメをさしたんだと思う。歓声を上げるE組を横目に、俺も安心できたのか張り詰めていた緊張がとけて大きく息をつくことが出来た。

 

 

 

 




『烏間先生!多分死神は檻とかカメラとかを一括操作するスマホを持ってると思います!それで檻を開けられないですか?』
「スマホ……これか。……ああ、これくらいなら俺でも十分に操作できる」
『ホントですか!』
『でも、死神も馬鹿じゃねーんだしさ、ロックくらいかけてんじゃね?』
『バカ、あのタイプのスマホなら指紋認証もあるだろ!』
『そっか、死神は先生のとこに転がってるわけだから、』
「……俺のスマホでは指紋認証はないからよく分からん。死神の、指紋が必要なら…………指を切ればいいのか?
『『『やめてくださいグロい!』』』


++++++++++++++++++++


続きも書いてあったのですが、二万字近くいきそうだったので、いったん切ります。戦いと言うよりは、ほぼほぼカルマ視点の心情語りになりました、死神編5時間目です。この時に渚は覚醒してる……ということは、カルマもだいぶ目に見えて意識してるんじゃないかなと考えてこの展開に持っていきました。そろそろ溜め込み始めてもいいんじゃないかなって思って←

《銀》さんを登場させたのですが、戦闘シーンに組み込みにくく生徒のフォローに回ってくれてます。次回、《銀》は暗殺者なんだよって場面もきちんと出しますから!

堅物って言われると機械に弱いイメージが強く……烏間先生はどうなんでしょうか?普通に使えるけど、パスコードとかは使っても指紋認証は知らなさそう……と思ってフリートークに書いてみたら物騒になりました。

では、明日の朝7時に続き……死神編ラストを投稿致します。よろしくお願いします!



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死神の時間・6時間目

カルマside

 

「……ぬぬ……ぐ……ッ、何とか……何とか手は無いものか……」

 

手に持ったスマホの画面を指一本でタップするだけで、俺等の閉じ込められたこの牢屋のどこかが開く……まあ、ビッチ先生が出入りしてたあの天井の格子戸だとは思うけど。それにあと少しで触れるというところで烏間先生は躊躇っていた。理由は言わずもがな、俺等側でニヤニヤと笑っている殺せんせー……こんな簡単に暗殺成功寸前まで追い込めたのだから、生徒は逃がして先生だけを閉じ込めたままに殺したいところだろうから。まあ、そんな方法なんてあるはずもなくて、扉を開けることしか選択肢はなかったんだけど。

牢屋にいた全員が脱出口から引き上げられて集合した所には、烏間先生の部下の人によって拘束された気絶している死神が横たわっていた。その顔にあの花屋の面影は全くなく……顔の皮を剥いだそれは、人と呼んでいいのかすら迷うほどのもので、誰もが理解出来ずに黙り込んでいた。

 

「驚異的な技術を持っていたが……技術を過信しすぎていた。人間としてどこか幼いところがあったおかげで隙もできたのだろう」

 

「でも、顔を潰してまで技術を求めるかフツー……理解できねーよ」

 

「幼い頃の経験だそうだ。殺し屋の高度な技術を目の当たりにして……意識がガラリと変わってしまったらしい」

 

「影響を与えたものが愚かだったのです。これほどの才能ならば……本来もっと正しい道で技術を使えたはずなのに」

 

倉橋さん曰く、安心して生きることも見守られることもなかったせいで大人になりきれなかったビッチ先生。真っ当な道を歩くことが出来たはずなのに、目の前で見た殺し屋の技術に魅せられて幼い頃のまま殺し屋の世界へと足を踏み入れた死神。全く違うはずなのにどこか似ているところがあるように思える2人だった……そのビッチ先生は合流しにくいのか、俺等からちょっと離れたところで壁を背にして立っている。

殺せんせーも力のある大人だからか、死神の暴走をもったいないとばかりに話している。確かに、話術、コミュニケーション能力、巧みな暗殺技術は他の事で十分活かしていける力ばかりだ。そんな話を聞いていると何やらまた悩んでいる渚君の頭に、殺せんせーは触手を置いている……まるで、渚君は死神やビッチ先生とは違うのだと言っているかのように。……はっ、あたりまえだろ、渚君がビッチ先生達と一緒なわけないじゃん、あんな小動物が、渚君が、……渚君のくせに……ッ

 

「ぐ、うぅ……やって、くれたね……!」

 

「「「!!」」」

 

「この程度の拘束で、僕を止められると思ったのかい……?」

 

「烏間先生……!」

 

「死神、完全に無力化したはずだが……!」

 

響いたうめき声に、俺の中へと少しずつ湧いては溜まっていく暗い警戒心を押し込めて、こっちへ意識が戻ってきた。見てみれば、死神が意識を取り戻したのか起き上がろうと呻きながらもがいているところで……あいつがまだ何を隠し持っているのか調べ終わっていない矢先の出来事で、何らかの方法で拘束を解いてしまう可能性があると、烏間先生と殺せんせーが俺等を背にかばって身構えた、その時。

 

……お前は甘いな、カラスマ

 

突然、声が響いたかと思えば、どこからか針のようなものが飛んできて死神へと突き刺さった。刺さった瞬間に死神は息を詰まらせ、そのままガクリと体から力が抜けたように動かなくなってしまい……目の前で起きたその出来事に、驚いて動けない奴、声にならない悲鳴をあげた奴などがいた。……俺だって目の前で起きた突然のことに、どこかザワつく思いを感じたことは否定できない。

 

「この針は……」

 

「《(イン)》殿、殺したのか!?子ども達の前でなんてことを……!」

 

死神に刺さる針を見て殺せんせーと烏間先生はすぐに検討がついたのか、声だけが聞こえた《銀》さんに向けて声を張り上げた。すると、ビッチ先生以外誰もいなかった辺りの空間を歪めて《銀》さんが現れる。

 

フ……経絡を突いて気の巡りを遮断しただけだ。しばらくは眠ったままだろうが、別に死んだわけじゃない

 

「……そうか。だが生徒達の教育に悪い事には変わりない」

 

……その教育で、子どもたちに同じ事をさせようとしているお前が言えることか?

 

「…………ッ」

 

現れた《銀》さんはなんてこともないように言うけど、あのスピードであの正確さ……角度やスピードから考えて今彼が立っている辺りから針を投げたと考えるのが妥当だけど……手元で慎重に針を刺すならともかく、刺す場所を少しでもズラしたり間違えたりすれば殺してしまいかねない投擲を躊躇いなくしかも一発で成功させるなんて。射撃の遠距離攻撃として高い成績を収める千葉や速水さんですらあんなピンポイントで狙うのは不可能なんじゃないかな……そう比べて考えると、彼が殺し屋達の間でも有名な暗殺者と言われているのがいやでも納得できてしまう。

死んだわけじゃないと言う《銀》さんが烏間先生の批判に返した小さな声の内容は聞こえなかったけど、何も言えなくなったように黙り込んだ烏間先生が俺等にとっては珍しくて……何か俺等に関係のある図星なことでも言われたのだろうか?

 

……フフ、まあいい。カラスマ、お前のその端末で操作できるもう一つの扉を開け

 

「……?……これのことか?しかしこの場所は……」

 

ああ、そうだ。この操作は彼女が合流するために行うものに過ぎない。そして……この死神の案件で私が協力するのはここまでだ

 

《銀》さんが何やら指示を出すままに端末を操作する烏間先生……最初は訝しげな表情をしていた先生も、話を聞いて納得したのか画面に指を走らせていた。扉を開く、というのはこの建物から脱出するための鍵のことなのか、それとも別の場所のことなのか……2人の会話からそれを読み取ることは出来なかったけど、俺等に不利益があるってわけじゃないんだろう。そこまでを見届けた《銀》さんは俺等に背を向ける。

 

「《銀》殿……行くのか?」

 

この案件はカラスマ、お前の頼みで調べていたものの延長に過ぎない……この位の後始末はお前たちで十分だろう

 

「……ああ、もちろん」

 

「あ……あの、《銀》さん、E組を代表してお礼を言います……助けてくれて、協力してくれてありがとうございました!」

 

「ヌルフフフ……あなたも暗殺者です、いつでも殺しに来てくれていいんですよ。なんならこの場所から出てすぐでももちろん構いませんし」

 

クク、暗殺対象自らが自身の暗殺を請うとはな……おかしな奴だ。あいにくだがその申し出は断らせてもらおう。……そうそう、赤羽業

 

「……、……は、俺?」

 

ああ、お前だ。あの少女の居場所は自律思考固定砲台に探させればいい……死神が倒れた今、ハッキングも解除されたことだろう

 

「……そこは隠した自分が責任もって連れてくる、とかじゃないんだ」

 

あいにく私も暇じゃない……そこの大人たちの言葉を借りるなら、『私はプロだから』……な。では、……さらばだ

 

磯貝が代表してお礼を言って俺等残りの生徒が小さく頭を下げると、顔をあげた時に《銀》さんが小さく頷いているのがわかった……お礼を受け取った、という意味でとっていいんだよね?その後に続いた殺せんせーの言葉に対しておかしそうに笑ってるなー、とか思って見てたら、いきなり俺の名前を呼ばれてビビった……突然過ぎて反応遅れたし。話題になったのは今も姿が見えないアミーシャのことで、……え、律?その言葉に俺含め何人かの生徒が自分の手元のスマホへ視線を落としていて、プログラムだろうよく分からない文字の羅列が横切る画面に、目を閉じた律が表示されていた。その間、先生達は彼をまだ引き止めたそうにしてたけど、烏間先生やビッチ先生がこだわっていた『プロ』という言葉を持ち出されては何も言えないらしい……そのまま《銀》さんはビッチ先生の横を抜けてどこかへと走り去っていった。

いつも思ってたけど、本トあの人って神出鬼没だよね……人が一人減っただけで静かになったような空間……《銀》さんも、元々存在から静かな人だからあまり変わらないのかもしれないけど、なんというか……空気が静かになった気がする。そこに響いたひとつの小石を蹴飛ばす音……それは静かな空間に大きく響いて聞こえた。

 

「あ」

 

「「「あ」」」

 

「てめービッチ!何逃げようとしてんだコラ!」

 

「ヒイィィ!耳のいい子達だこと!」

 

そこに居たのは、泥棒がごとくコソコソと逃げ出そうとしているビッチ先生が……後ろめたかろうがなんだろうが、裏切られたとはいえ助けに来た相手に黙ってどこかへ行こうとされたら当然怒るだろう。

それをやらかしたビッチとの追いかけっこはクラスメイト達に任せ、俺はスマホの画面で瞬きをしている彼女へと目を向けた……無事、ハッキングから解放されて律本人として起動できたみたいだ。

 

『……あれ?私……』

 

「……おはよう、律。気分はどう?」

 

『は、はい!すこぶる良好です!……あ、あの、私が不甲斐ないばかりに皆さんに大変ご迷惑をお掛けしてしまいました……ごめんなさい』

 

「全員にごめんって言っとけばいいんじゃね?今回のは死神のせいな訳で、律が悪いって言う奴はいないだろうし」

 

『そうでしょうか……』

 

「…………じゃあ、俺はアミーシャ探してくれたらチャラってことで」

 

『は、はいっ!いつものように、GPS検索ですね!検索開始……』

 

結構序盤から無力化(ハッキング)されていて、何の役にも立てなかったと落ち込んでいる律に、言い方は悪いけど交換条件のようにこちらの元々頼もうとしていたことを提案させてもらった。正直アミーシャがフラフラどっかに行っていなくなって律に探してもらうことはしょっちゅうだったから、律が『いつものように』って言っちゃうくらい特別なお願いをした訳でもないんだけど……このノリの方が、彼女が役に立てて悪く感じることも少ないんじゃないかって気がする。

 

『……?リロードします……、……?……?』

 

「……律?何、圏外なのが原因とか……」

 

『い、いえ、そうではなくて……あの、カルマさんが探されてるってことは、アミサさんは行方不明なんですよね?』

 

「行方不明……少し違うけど……まあ、そうだね」

 

『アミサさん、こちらに向かって来てますけど……それも、結構な勢いで』

 

「え」

 

検索をかけては不思議そうな顔でリロードを繰り返している律に声をかけると、居場所の検索自体はできているらしい。じゃあ何が理由なのかと思えば……こちらへ向かってきている?画面に出してもらえば確かにこちらへ向かってくるGPS信号が点滅していて……あれ、この方向って、

 

「きゃあっ!」

「ひゃ……っ」

「「「え」」」

 

何かがぶつかる音と2つの悲鳴に顔を上げると、E組に追いかけられていたビッチ先生が何かにぶつかったのか尻もちをついていた。すかさずそこを捕まえるクラスメイト達はさすがだけど、俺の目に入っていたのは同じように尻もちをついている小さな人影の方で……

 

「……アミーシャ?」

 

「……ッ!カルマ、みんな……!よかった、いたぁ……みんな迷子になっちゃうんだもん……!」

 

「「「いやそれ、こっちのセリフだから!!」」」

 

相変わらずのズレてる感想で本人だとよくわかる……こんな本人確認は嫌だし脱力したし、明らかにいなくなったのはアミーシャの方でしょ。なんで自分一人がはぐれた=みんなが迷子になるのさ……そこら辺の反応が彼女らしいといえば彼女らしいんだけど。アミーシャを俺が手を貸して立たせたところで、みんな揃って安堵の息をつくとともに……事情を聞き出すために詰め寄る。E組全員から詰め寄られるようにして聞かれ、しどろもどろになりながらもなんとか説明した彼女の話をまとめるとこうだ。

 

・壁に吹き飛ばされた時に意識を落としたかはあまり覚えてないけど、気付いた時には死神が去るところだった。このまま全員を置いていくのは不安だったけど他の班に到達される前になんとかしなければと追跡することを選ぶ。

・死神と相対する前に黒衣の人物と遭遇、言い分からして死神側の敵だと判断して交戦……この相手が《銀》さんだろう。

・負けて意識が飛ぶ前に《銀》さんに対して守りたい人達がいるのだと訴えた記憶はある。

・目を覚ましたらどこかの部屋で、一つだけの出入口には鍵がかかっていた。なんとか脱出しようと開かない扉と格闘していた……ら、つい先程いきなり扉の鍵が開き、よく分からないままに俺等を探して走り回っていたら、E組から逃げ回っていたビッチ先生に衝突した、と。

 

……うん、ツッコミどころと説教したいところが多い。

 

「……、アミーシャが一人きりで隔離されてて不安だったのはわかるけど、先に言わなきゃいけないことは言っちゃうからね。まず、」

 

「誰かわからないけど敵の1人だから、自分しかいないからって単独で挑まないでよ……《銀》さんが味方じゃなかったら死んでたかもしれないよ?」

 

「意識あったらあったで他の班に合流するとかしてくれた方が安心出来たかな〜」

 

「チビ1人で立ち向かう必要ねー……って、これと同じようなこと前にも言った気がするんだが。とりあえず危ねぇなら逃げろ、1人で立ち向かうな」

 

「だいたい、一人で行動するのが危険だからA・B・C班って3つに分けたのに」

 

「あと、閉じ込められた時に《銀》さん言ったんじゃないの?守るためにここにいろとか、迎えが来るから動くなとか。万が一ここで合流できなかったり律の起動がまだだったら余計面倒なことになってたかもしれんのよ?」

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

俺が説教する間もなく、何人もの人からお小言をもらうことになって涙目のままどんどん沈んでく顔……物理的に頭抱えてしゃがみこみそうになってきたあたりで、みんなもだいたい言いたいことが言えて満足したのか、あとは存分に甘やかせというようなGOサインが出た。……みんなも大概アミーシャに甘いよね……多分、というか絶対俺が群を抜いて一番アミーシャに甘いんだろうけど。……ああ、だから俺が叱る必要が無いくらい皆で引き受けてくれたのかな、……なんて考えすぎか。

アミーシャのしゃがみそうになる体を持ち上げて立たせ、正面から頭を抱えて胸に押し付けるように抱きしめた。結構優しく抱きしめてんのにこれで体を強ばらせる分、まだお説教は続くとか思ってそうだけど、あいにく俺の言いたいことは全部言ってもらえちゃったんだよねー……そのまま落ち着かせるように頭を撫でていれば怒られるわけじゃないと察したのか、固まった体から力が抜けてきた。

 

「……無事で、よかった」

 

「…………」

 

「吉田と村松がやられて、木村がやられて、焦ったんでしょ。情けない事にアミーシャと茅野ちゃんがやられた後に俺等も全員倒されちゃってさ……そしたら気絶( オチ)る寸前にアミーシャがどっか行くの見えんだもん……本ト、心臓に悪い」

 

「……ッ……」

 

「……まあ、言いたいことは皆が言った通りだから、俺からはこれくらいにしとく。……今は、もういいよ……無理したのはいただけないけど……寂しがりなくせに、ここまで1人でよく頑張ったんじゃない?」

 

「……ふ、うぅ……ッ……」

 

「本ト、よく泣くねー……でも、吐き出せるだけ吐き出しときな」

 

さっきまで彼女の瞳に溜まっていた涙とは違うもの……多分、俺等全員が無事だったとわかったことやひとりぼっちの時間が終わった安心感からだろう、流れた涙を、俺に押し付けるようにして静かに泣きだした。いつの間にかアミーシャの方から俺にしがみついていて、俺はただ頭を撫でてやるだけ……勝手に写真撮ってる中村と何やらペンを走らせてる殺せんせーは置いとくとしても、他の奴等も微笑ましそうな顔で笑って見てるし、これでいいんだろう。もう少し堪能させてもらおうかと俺からも抱きしめてやれば、磯貝とかからお前なー、なんて言われたけどいいじゃん。離れてた恋人が無事に帰ってきたんだし。……向こうで吉田と村松に腕を掴まれてふてくされてるビッチ先生はアミーシャが落ち着いてからだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オリ主side

 

「……大変、お見苦しいところをお見せしました……」

 

やっと涙が落ち着いて顔を上げて見えたのは、E組全員どころか殺せんせーも烏間先生もイリーナ先生もみんなが私たちを見てるという状況で……こんな大勢の前で泣くなんて私はなんて恥ずかしい真似を……!

顔が泣いたせいじゃない理由で熱くなっていくのを感じて、慌ててカルマから離れて思わず逃げ込んだのはカエデちゃんの後ろ。彼女の背中に抱きつきながら頭を押し付けると、前に回した私の腕をいじりながらそのままにさせてくれるカエデちゃん……カエデちゃんは、私が吹き飛ばされたせいで護衛も間に合わずに思い切りお腹を蹴りあげられたんだって。でもダイラタンシーフレームのおかげでほとんどの衝撃が吸収されたおかげで、A班の誰よりも軽症だったらしい……超体育着、ホントにすごい。

 

「いやいや、可愛かったからオーケー」

 

「アミサちゃん、次は私の方にもおいで〜」

 

「女子はいいよな……」

 

「男子があれやったらただの変態だろ」

 

なんかみんな色々好き勝手に言ってるな……なんて思っていたら、いきなり頭に軽いものがかぶさったのを感じる。

 

「なに……?」

 

「カルマから聞いたよ、みんなに言われたのにフード被らずに襲われたって。今回のこれに懲りて、これから危ないことをする時はフードかぶりなよ…………ってあれ、なんか、」

 

「────ッ!」

 

かぶせられたのはフードだったみたいだけど、思わず顔を上げたところでフードは私の目を覆う大きさがあったおかげでかぶせてきた人は見えなくて……だけど、なにかに気づいたような反応だけは感じられて慌ててフードを脱いだ。

すると目の前にいたのはフードを被せた体制で固まっているメグちゃんで、私の嫌がりように驚いたように目を白黒させていた……やってしまった。

 

「あ、ご、ごめん、そんなに嫌だった?」

 

「その、……目!目が隠れちゃって怖かったの!」

 

「あー……真尾の頭のサイズにあってないのか……ここだけ上手く直せないかな、烏間先生」

 

「……ああ、一応あとで採寸しよう」

 

メグちゃんになんと言い訳をしようかと、とりあえず嫌だったわけじゃないと首を横に降った時に目に入ったフード……思わず目が隠れて見えにくいと嘘を言ってしまった。そんなに邪魔じゃないフードの大きさだけど、外から見れば私の身長の低さも相まって大きいとか俯いているように見えてたんだろう……後から烏間先生が採寸し直してくれることに決まった。なんとかこの場はほとんどごまかせたみたいだけど……ひとつの視線だけは外れることがなかった。あえてわたしはそれを気づかないフリをする……お願い、気づかないままでいて。

 

「さて、放置しちゃったけどさビッチ先生」

 

「……なによ、私のことは煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃない!」

 

「いーから普段通り来いよ学校。何日もバックれてねーでよ」

 

「……寺坂が言っても説得力ないけどね」

 

「お前もだけどな、カルマ」

 

私の問題が一段落したところで、ふてくされてるままだったイリーナ先生へと誰よりも早く戻ってくるよう声をかけたのは寺坂くんだった。それに続く形で放課後塾の私たちが、みんながどんどん続いていく。裏切って、殺す寸前までいったというのになんで自分を受け入れるのかって、意味がわからないとでも言いたげなイリーナ先生を私たちは笑顔で受け入れる。それでこそビッチだろう、たかがビッチ1人と付き合えないで何のために殺し屋兼中学生なんてことをしているのか、って。

 

「そういう事だ」

 

私たち生徒たちの間を抜けてイリーナ先生の前に立ったのは烏間先生で……そのままイリーナ先生の顔の前に一輪の赤いバラの花を差し出すなんてカッコいいことをしだしたから、それを見たE組は色めき立つ。

 

「その花は、生徒達からの借り物じゃない。俺の意思で敵を倒して得たものだ……誕生日は、それならいいか?」

 

「──ッ、はい」

 

最初は戸惑っているように見えたイリーナ先生が嬉しそうに微笑みながら花を受け取った。殺せんせーは興奮してるし、イリーナ先生は嬉しそうに花を飛ばしてる幻覚が見えるし、陽菜乃ちゃんは泣いてるしで少しだけあの場は盛り上がってる……と、いきなり落ち着いた殺せんせーは私たち一人一人の頭に触手を伸ばしてきて、烏間先生へと向き直った。

 

「烏間先生、いやらしい展開に入る前に一言あります」

 

「断じて入らんが言ってみろ」

 

「今後、このような危険に生徒達を決して巻き込みたくない。安心して殺し殺されることができる環境作りを……防衛省(あなたがた)に要求します」

 

「……分かっている、当然打つ手は考えた」

 

後日、私たちは烏間先生の考えた案……『暗殺によって生徒を巻き添えにした場合……賞金は支払われないものとする』この条項を手配書に明記しない限り、E組生徒全員が暗殺教室をボイコットするという要求書に、サインし提出することになる。

 

 

 

 

 

 

 




「悪かったわね、アミサ」
「……?」
「……あの時……ほら、夏休みに私へメッセージ送ってきたじゃない。私は殺し屋でカラスマは防衛省の人間……生きてる世界が違う人を好きになってもいいのかって。これって私が今回みたいになる事を心配してくれてたんでしょ?」
「…………そっか、イリーナ先生はそっちで受け取ったんだ……」
「何よ、そっちって?」
「あ……、ううん、なんでもないです。……えっと、……うん、そうだよ。違う世界なんて、いつかは別れなくちゃいけなくなるんじゃないかなって」
「確かにね今回利用されてわかった、それを痛感したわ……でも、こうやって……は、花とかくれたわけだし……全部諦めなくていいかなって。最後まで何があっても私はアタックし続けるわ」
「……」
「だからあんたも何を迷ってるのかは知らないけど……全部諦める必要は無いんじゃないかしら?」
「……そう、かな」
「そうよ」
「………………そう、だと……いいなぁ……」







彼女がフードをした姿を見た時。

衝撃が走った、気がした。

……俺はアレを見たことがあるんじゃないか、と。

じっくり見る前に本人がフードをすごい勢いで外してしまったから、確証も持てず、明言も何も出来ないまま終わったけど。

でも、アレは何かにそっくりだった……

……いや、案外そうでもないのかもしれない。

だって、超体育着ができた時、皆でフードをかぶって色々試したじゃん。

全員分のフード姿を確認してるわけだし、彼女のだって当然見てる。

……そうだ、それを見て勝手に既視感を感じてただけか。そうだ、そうだよ……まさか彼女が、──なんてね。













あるわけ、ないじゃないか。



++++++++++++++++++++


長かった……無事に死神編は終了です。
このお話ではそうそうに戦線離脱したオリ主はほとんど出てこないことになりました。やっと合流できていろいろとホッとしてます。だってこの死神編、オリ主離脱したあたりから渚が茫然自失状態になるので、サイドがほぼほぼカルマ視点しかないことになってしまいましたから。違う場面を書くために烏間先生サイドも書きましたが、メインはオリ主とカルマなので、どうしてもこうなるざるを得ず。私としてはカルマが好きなのでいっぱいかけたことに満足でした。

原作にはないキャラクターの内面を漫画やアニメを何度も確認して考えて書くのが楽しいです。読者様方にも、このお話でのキャラクターの内面図を楽しんでいただけたら幸いです。

では、次回は進路の時間……ここでもオリジナル要素がたくさん出てくる予感がします。




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進路の時間

死神の襲撃によって命の危機にさらされてから私たちE組は前よりも結束が強くなったようで、毎日の訓練でも日常生活でも、より集団行動に磨きがかかったと烏間先生のお墨付きをもらったのは記憶に新しい。イリーナ先生もE組へ今まで通り来るようになって、いつの間にか11月……殺せんせーの暗殺期限まであと4ヶ月となっていた。

 

「ヌルフフフ……全員揃ってますね。ではまず、こちらを配ってしまいましょう」

 

「……進路相談?」

 

全員の机上に配られた、1枚の小さな紙……それは自分の名前と志望校、なりたい職業の第2希望までを記入するものだ。

 

「君達は中学3年生。もし誰かが先生を殺せて地球が無事なら、皆さんは中学卒業後も考えなくてはなりません……ま、殺せないから多分無駄になりますが」

 

緑と黄色のシマシマでナメた表情でそう言った殺せんせーは、これから1人ずつ教員室を使って相談に乗ってくれるらしい。ただの相談じゃなくて1対1の暗殺もやっていいと笑いながら教室を出ていったけど……相談相手が地球を滅ぼす宣言してる存在って……手厚い待遇だと思えばいいのかナメてるだけなのか。

周りを見てみると、さっさと書き終わった人は1人もいなくて、やっぱりみんな悩んでるみたいだ。ふと目に入ったのは、席を立って渚くんの机で何かを書いている莉桜ちゃんの姿……渚くん本人はまだ気づいてないみたい。それを見ていたカルマが何か察したのか、カバンからチラシを取り出して私を手招きすると彼等の方へと歩き出した。私も今すぐ書けそうになかったこともあって、紙を手に持ったままついて行く……あ、シャーペンを置いた莉桜ちゃんが自分の席に戻ったところで渚くんが固まった。

 

「……中村さん、何で勝手に人の進路歪めてんの?」

 

「渚ちゃん、君には(おとこ)の仕事は似合わんよ」

 

「えーと、『志望校、女子校』『職業(第1希望)、ナース』『職業(第2希望)、メイド』……女の子……?」

 

だいぶ歪んで漠然とした進路な上、そもそも性別の壁を越えてる……私が読み上げた渚くんの進路調査表の内容を聞いたカルマは、ここぞとばかりにさっきカバンから持ち出していたどこかの旅行パンフレットを広げていた。一応莉桜ちゃんは冗談として書いてたみたいだけど、カルマは嬉々として推めているのを見ると、本気で渚くんを連れて海外旅行したいんだと思う。

 

「ねー、ほら渚君、卒業したらタイかモロッコに行こうよ〜。今はタイが主流らしいよ?」

 

「なんでカルマ君は僕から取ろうとするの……?」

 

「とる……?」

 

「そうそう、物理的に渚君が渚ちゃんに……」

 

「渚くん、タイに行くと女の子になるの?」

 

「ならないから!!あとお願いだからアミサちゃんは分からないままでいて……!」

 

カルマがタイに行きたい理由まではよく分からなかったけど、渚くんがなにやら必死になってるし……これは彼にとって止めないと大変なことになる案件なんだろう。というか、渚くんは髪が長くても力が強いわけじゃなくてもれっきとした男の子なのに、莉桜ちゃんとカルマはなんで女の子の進路を薦めてるんだろう?似合うから?……ううん、否定できないとこがあるかも。

…………それにしても……進路……私の将来の夢、かぁ……私が今、1番やりたいことは……

 

「私は研究の道に進みたいって言ってきます……ついでに言葉巧みにこの毒コーラ盛れたらいいな。茅野さんは決まりました?」

 

「うーん、まだ未定……多分、この教室で殺る事殺れたら初めて答えが見つかる人、結構いると思うんだよね。アミサちゃんは?」

 

「…………」

 

「アミサちゃん?」

 

「……、あ、ごめんなさい……。渚くんがなんで女の子と仕事を薦められてるのか考えてたら聞いてなかった」

 

「まだ考えてたの……」

 

実際それも考えてもいたことだけどホントは違う……私は小さな嘘を1つついて、たった今考えていたことをごまかした。自分の席から持ってきた何も書かれていない白紙の紙(私の進路調査表)を見つめ、私の将来を想像する。E組のほとんどが、漠然とした夢を書いて殺せんせーとの進路相談を終えた頃……ふと我に返れば、まだ教員室に行ってないのは私と渚くんだけになっていた。私の進路調査表を誰にも見えないように持ってから、渚くんより先に教室を出て教員室に向かう。

……私が今1番やりたいこと、それは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、アミサさんの進路を聞きましょうか…………、にゅや?」

 

私が差し出した進路調査表は白紙のまま……殺せんせーが不思議そうに目をパチパチとさせているのがわかる。

 

「……殺せんせー、私は日本での進路は考えてないの。……椚ヶ丘を卒業したら……クロスベルに行こうかなって思ってる」

 

「クロスベル……それは向こうにお姉さんがいるから、ですか?」

 

「…………」

 

何かしっかりしたプランがあるわけでもないのに『クロスベル』という地名をはっきり出したから、私がそう言い出す理由を考えたらそこと結びつけるのも当然だ。殺せんせーが、適当に私たちの話を聞いてすぐに相談を終わるような相手ならこれだけでよかっただろうけど……先生は期待を裏切らない手厚さで真剣に相談に乗ろうとしてくれてる。それが感じられる分、答えを出さずにこのまま何も言わなかったら、きっと殺せんせー的に認めてくれないし反対されるだろう。

 

「……せんせ、少しだけ……昔話をしてもいい?」

 

「ええ、構いませんよ。ですがカルマ君や渚君たちを呼んでこなくて……いえ、むしろ先生が聞いていいんですか?」

 

「……うん、……いつかは2人にもちゃんと言わなきゃだけど……まだ、伝えるつもりはないから」

 

このまま平穏に終われるのなら、このまま笑ってさよならできるのなら……大好きな2人は知らないままでいい。最初はじっと私の覚悟を問うように見つめてきた殺せんせーも、私が意見を変えるつもりがないと察すると無言で私を正面からまっすぐ見るように座り直して、いつでもいいと頷いてくれた。

 

「……私とお姉ちゃんはね、2年半くらい前に初めてクロスベルの地を踏んだの……といっても、私はお姉ちゃんについてきてただけに過ぎなかったけど。少ししてからお姉ちゃんがアルカンシェルにスカウトされて、クロスベルが『魔都』って呼ばれる理由が垣間見えてきた頃……私は1人でクロスベルを離れることになったの」

 

「それが、日本へ来た中学1年生の頃ということですか……?」

 

「うん。お姉ちゃんは私が見たことの無い、知らない世界を探しておいでって送り出してくれたけど……きっと、そんなの建て前だよ。だって、あの頃が……1番クロスベルが荒れた時期だったんだもん……多分私はお姉ちゃんに、クロスベル(あの場所)から逃がされたんだと思う」

 

古くからクロスベル自治州の裏社会を牛耳るルバーチェと呼ばれるマフィアの存在、それに対抗するように私の故郷であるカルバード共和国から進出してきた黒月(ヘイユエ)という犯罪組織……それだけだったら今も私はクロスベルに残っていただろう。だけど《D∴G教団》と呼ばれる空の女神(エイドス)を否定し悪魔を崇拝する団体による様々な事件が起こり、キーアちゃんという奇跡を起こす零の至宝(«碧のデミウルゴス»)の存在、そしてクロスベル自治州の独立宣言と解放後の近隣諸国……特にエレボニア帝国による直接支配など、あの頃のクロスベルは大きく揺れ動いていた。

お姉ちゃんはそれらについて何も話してくれなかったけど、渦中にいたってことは私でも十分に察せれて……姉妹ってこともあってか私も半分巻き込まれていたのに、最後まで関わらせてもらうことなく 日本(こっち)へ行かされることになった。確かにその頃私はまだ12歳……お姉ちゃんや周りにとっては守るべき子どもだったのかもしれないけど、私だって何も知らないただの子どもってわけじゃないのに。

 

「私がまだクロスベルにいた頃とか時々お姉ちゃんに会うためにクロスベルに帰省してた時に、お姉ちゃん共々お世話になってたお兄さん、お姉さんたちがいるの。その人たちは今、帝国を欺くためにみんな、監視を受けながらあの地でバラバラになってる……前に殺せんせーたちとアルカンシェルに行った時、お姉ちゃんの無事は確認できたけど……他の人たちは……」

 

「つまりアミサさん、あなたはその人たちを探しに行きたいということですか?」

 

「……私には、戦う力があるから……どんな場所でも潜り込める自信もある。向こうでは専門職以外で特に学歴が職業に関係するわけでもないし……」

 

どんな場所でも、というのはいろんな意味を含んでいる。行ったことのある場所や無い場所、たくさんの人がいて公な場所、裏通りなど大勢で乗り込むわけにはいかないけど一歩間違えれば危険な場所……そんな様々な所にお兄さんやお姉さんたち(特務支援課の人たち)は守るために、反撃のために散らばっていて、今もそこで戦い続けている。

あの頃の私は誰よりも幼くて、危険な場所から遠ざけられていた意味もわかっていた……だけど、私だってもう15歳になるんだ。導力魔法(オーバルアーツ)だって、武器の扱いだって、日本(こっち)へ来てからも密かに練習を繰り返してた……簡単に遅れをとるほどじゃないと思う。お姉ちゃんが言った『せめて3年間は違う土地へ』という言葉は守る……だからこそ、その3年間を過ごした中学校を卒業したら。

 

「……わかりました、ではアミサさんの進路相談は一旦保留にしましょう」

 

「……え、」

 

殺せんせーは保留と告げると私の進路調査表をファイルにしまいこんでしまった。……なんで?向こうに行きたいのかを筋道を立てて話せば、わかってくれると思ったのに。

 

「アミサさんのやりたいこともその覚悟もよく分かりました。確かにお世話になった人達の行方がしれないとなれば、探しにだって行きたいでしょう……あなたは約束の3年間を十分に待ったわけですから。ですがその先は?その人たちを見つけ、無事を確認したあと……アミサさんの道は途切れてしまいませんか?」

 

「…………」

 

「この進路相談は、その先……アミサさんが何を中心にしてどう生きていくのかある程度決めるものです。人探し、見つけたら終わりという短いゴールでは、そこからの人生で困ってしまいます……少なくとも先生は納得できません。それに……せっかく紡いだこの教室での縁、第2の刃、そしてカルマ君との関係も全て捨て置こうとしてませんか?」

 

そう言われて私は何も言えなくなって俯いた。私の道……私の道は殺せんせーには話してないけど、人探し以外にもちゃんとある。ずっと……ずっと遠い先祖から続いてるもの……それを歩まないという選択肢は私の中に存在していなくて、幼い頃からそれだけのために生きてきた。だから人探しを……ロイドさんたち特務支援課の人たちとキーアちゃんの無事を確認できたら、私は他の事に目を向ける必要がなくなるんだ。

 

「……保留にする必要なんて、ないよ。私には進路相談なんて……意味が無いから」

 

「それは、どういう……」

 

「……、……次は渚くんだよね?殺せんせー、私、呼んでくるね」

 

「アミサさん!」

 

私が先代の後を継ぐということは理由も意味も分からないし積極的になれるわけでもない。だけど、それが過去に大きな役割を果たしてきた実績を考えると無くてもいいとは言い切れなくて……私には、そんなずっと昔から脈々と受け継がれてきた道が、もう用意されているから。

私を呼び止める殺せんせーの声を背中に聞きながら、私は誤魔化すように教員室から出る……殺せんせーが本気で私を止めたいというのなら、マッハの触手で止めることだってできたはずだ。だけど殺せんせーに何か思うところがあったのか……先生は追いかけてくることも引き止めてくることもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま、次、渚くんの番だよ」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

教室の扉を開けて渚くんに声をかけたところで顔を上げると、黒板の前でイリーナ先生と桃花ちゃん、陽菜乃ちゃんがおしゃべりしていたのに気がついた……あれ、イリーナ先生がなんかいつもと違うような……。パッと答えが分からないままその姿を視界に入れつつそちらへ歩いていき……私を振り向いたイリーナ先生を見てやっと理解した。

 

「……そっか、イリーナ先生の服装が季節にあってるんだ」

 

「あらアミサ、いないと思ったら相談に行ってたのね」

 

「うん、……イリーナ先生、セーター似合ってるね。なんか前までは歳の近いキレイなお姉さんって感じだったけど、今は包み込んでくれる落ち着いた先生って感じ……」

 

「……ッ、アンタだけだわ、私に似合うって言ってくれる子!他の奴等は『フツーの服』だとかなんとかしか言ってくれてないもの!」

 

「んー……あのスーツもイリーナ先生らしさがあって似合ってたけど……今の服もさすがの着こなしでキレイだと思うよ?」

 

「もう……だからアンタは好きなのよ!」

 

「わ、あっ……、……?」

 

私は思ったことをそのまま伝えていただけなのに、イリーナ先生が感激したように私に抱きついてきて驚いた。そのままキスしようとしてきたのは自分の口を手で塞いで逃げさせてもらったけど……こういうところを見ると、見た目を変えてもイリーナ先生はイリーナ先生なんだなって感じがする。

「アンタは受けの素質があるんだから、このキスにされるがままになっておいて今以上カルマを夢中に……いや、濃厚な受けのキスで腰砕けにさせてやんなさい!」とか言ってイリーナ先生が迫ってくるのから桃花ちゃんたちの背に隠れながら逃げていると、見知った気配がすぐそばを通り過ぎていったのに気がついた。先生たちは気づいてなかったみたいだけど、その気配の主である渚くんは、普段通りと全然変わらないほとんど無の気配を装って教室から出ていったみたいで……進路相談に行ったんだよね?なのに、なんだろ今の……

 

「……っと、今は渚君の事なんてどうでもいいや。ビッチ先生、そろそろアミーシャ解放してくんない?あとキスで腰砕けにさせんのは俺の方だから」

 

「お〜、カルマ君。大胆だね〜」

 

「さすがにビッチ先生のキスにまで発展したら、回収に来るよね……」

 

「チッ、もう来たの……アンタは器用だからなのかなんか手馴れてるしつまんないのよね〜」

 

「手馴れてるも何も彼女とかアミーシャが初なんだから俺の元々の資質じゃん?ついでにどうせならビッチから一本取っときたいし……ま、今後俺はアミーシャ専用だから授業でもさせる気ないけど〜?」

 

「キーッ、生意気な上私に対する嫌味!?……まあ、アンタが余裕でも今後一層アミサに仕込むから問題ないわ!」

 

「え、い、いりーなセンセイっ!?私なの……!?タダでさえ余裕ないのに……」

 

「なによ、女同士ならノーカンでしょ?」

 

「というかその反応……アミサちゃん、もしかしてカルマ君とのキスは済んでるってこと!?」

 

「え!あの時の人工呼吸以外に!?」

 

「ッ、う、あ、その、……ッ!」

 

「「「あ、逃げた」」」

 

渚くんの違和感につい足を止めていた私はイリーナ先生に捕まり、その腕の中での攻防になりつつあったところでカルマとカエデちゃんが助けに来てくれた。……のだけど、当事者が集まったことで余計に話の流れが脱線してきた上、恥ずかしいことこの上ない……!カルマはカルマで話に乗っちゃったから、内容が更に過激になっていく……これで逃げない人がいるならむしろ教えて欲しいくらいだ。

墓穴を掘ったこととキャパの限界に気づいた私は、せめてイリーナ先生から逃げておけば先生による実害(公開ディープキス)からは逃れられるだろうと……他の女子も嬉々として先生側に参加しそうな雰囲気に彼女らに頼るのも違う意味で危ない予感がして、私は先生の腕からなんとか抜け出し、慌てて教室から脱出した。

 

「……さて、俺はのんびり追いかけようかな。行先はなんとなく分かるし」

 

「さすがだね〜」

 

「アミサちゃんもカルマ君も相談終わってるならカバン持ってっちゃえば?」

 

「お、いいね。矢田さんそれ採用」

 

「……もう何も言わないわ……送り狼にだけはなるんじゃないわよ」

 

「…………、……その辺は俺等のペースがあるから心配しないでよ。じゃね」

 

「「「(その間が心配なんだけど……)」」」

 

 

++++++++++++++++

 

 

そんな会話がされてたことなんて全く知らない私は、校舎近くの木の上……いつかのカルマが隠れて不貞腐れていた場所に登って、恥ずかしさからこみ上げてきた顔の熱を冷まそうと蹲っていた。殺せんせーとの進路の話を持ち出さなくてよくなったのはありがたいけど……その、なんでカルマとの……き、キスの話に発展しちゃったんだろう。……いや、原因はわかりきってる、全部イリーナ先生が発端だ……あとはわかってて悪ノリしたカルマかな。

 

「アミーシャ、帰るよ……いるんでしょ?」

 

「!……な、なんでココ……」

 

「……知ってる?アミーシャってさ、キャパオーバーした後とか初めて自分から行動起こす時とかって、基本俺の真似してるんだよね。多分無意識なんだろうけど」

 

だから多分ここに逃げ込んでるんだろうなって思った、そう言って1人木の上で悶々としていた私の所へ、カルマが2人分のカバンを持って追いかけてきた。進路相談は放課後のことだったし終わりしだい帰宅オーケーだったから、落ち着いた頃に教室にカバンを取りに戻るつもりだったからありがたいけど……ビックリした。それにしても……私が、カルマの真似?いつの間にかスルスルと木を登って私の隣に腰を落ち着けた彼の言うことが全然わからなくて、不思議に思って首をかしげていると、彼は指折り数え出す。

曰く、守るため勝つためならどんな手段でも躊躇わないところとか(髪を切った時のことかな)。

曰く、臆病なくせに喧嘩に参加すると口より先に手が出るところとか(修学旅行のことを言ってるの?)。

曰く、初めて授業を抜け出そうとした時はカルマの言葉をほとんどそのまま使ったこととか(これは1学期末テストのことだろう)。

その他にもいくつか挙げられて、私は結構無意識にカルマの行動をなぞっていたことを初めて気づかされた。

 

「こう考えると、アミーシャって俺のこと本トよく見てるよね〜」

 

「……全然、意識してなかった……」

 

「だから無意識なんだろうって言ったでしょ。今回も、あれだけアミーシャの苦手なエロい……というか俺等の恋愛事情に発展すれば逃げると思ったし、行先はここか裏山のプール辺りかなって」

 

「プール、遠いし……」

 

「だから俺もこっちかなって」

 

私の思考回路は色々とバレバレだったみたいだ。こんなだから、毎回私の隠し事もバレバレなのかな……あまりの嘘のつけなさに少しだけ落ち込んでいると、隣から腕が伸びてきてそっと頭を撫でられた。そういえば最近死神さんの騒動でバタバタしてたし、こうして近くでゆっくりするのはひさしぶりな気がする……落ち着くし、気持ちがいい。撫でられるがままにカルマの肩へ頭を置いて、その気持ちよさに浸っていた。

……のだけど。私の頭を撫でていた手が私の後頭部を固定する形で止まったことに気づいた時には、もう頭を動かせなくなっていて……慌てて近付いてきている彼の胸を押し戻そうとしたら、その手さえも彼の片手だけでまとめて抑えられてしまった。ニッコリいい笑顔で私に迫るカルマに察する……これ、このままだとヤバイのでは?

 

「……あの、カルマ……この手は?」

 

「……ん?ああ……あれだけあのビッチが推す受けのキスってのを経験させてもらおうと思って」

 

「え、や、なんでそんなことに?!」

 

「アミーシャが物欲しそうに擦り寄ってきたのが悪い。ここなら誰か周りにいるわけじゃないし……ね?」

 

「そ、そんなことしてないし、ね?って、そんな簡単に……ッ!……そ、そうだ律ちゃん!律ちゃんいるから……!」

 

「その程度?……律、ここからのことは他言無用。可能なら俺が呼ぶまで電源落としてほかの場所行っといて?」

 

『?はい、構いませんよ』

 

「り、律ちゃぁん……ッ!(打つ手なくなった……!?)」

 

「いいから、……もう黙って」

 

「〜〜〜ッ!?!?」

 

足は自由とはいえ、ここは地上じゃなくて木の上……バランスをとるにも下手に抵抗したら2人して下に真っ逆さまだ。驚きと恥ずかしさと焦りと、いろんな理由で回らない頭でできる限り思いつく理由を並べて抵抗したけど、こういう所では1枚も2枚も上手な彼に勝てるはずもなく……そのまま降ってきた彼からのソレを受け入れるしかなかった。キス自体は……全然、嫌なわけじゃないけど……むしろ、……その、……気持ちいいけど……。

これだけ愛しい人を作ってしまって、私は将来、離れる事が出来るのだろうか。殺せんせーに回収された白紙の進路調査表を思いながら、私は彼から与えられるキスに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




「……行ったね」
「どうなると思う?」
「カルマが我慢出来ずに襲うに1票」
「同じく」
「襲いはしないけど、無自覚なアミサにやられてキスはするに1票で」←正解
「「「あー……」」」
「あれ、渚は?今日の帰りも一緒の予定だったんだけど」
「あ、杉野君。渚ならさっき進路相談に出てったし……もうすぐ帰ってくるんじゃない?」
「おっけー。……ん?なら、真尾とカルマは?」
「駆け落ちよ」
「……はぁ?」



「先生、僕に波長を見抜く才能があるとして……意識の波長に違いとかあるんでしょうか?」
「何か、気になることでも?」
「……この、サイズシール……ビッチ先生が着てきた服に付いていて、意識の波長を見ることでスキマを見て、先生に気付かせないまま外してきたんです。……初めて意識しながらやってみたんですが、ビッチ先生は……気付いてないみたいでした」
「ビッチ先生『は』、ですか」
「その時、先生は矢田さんや倉橋さん、あとアミサちゃんと話してたんです。ビッチ先生も誰も僕のしたことに気付いた様子はなかったのに、……アミサちゃんだけは、外した直後の僕と目が合った。触れたわけでもないのに……彼女だけは、波長自体が希薄で全然ぶれなくて……スキマが全く見えなかったんです」
「ふむ……それがなぜ違いがあると?」
「……アミサちゃんは、カルマ君の近くにいる時だけ……波長が乱れる時があるんです。明るくなったり、暗くなったり……他の人が近くにいる時はずっとスキマが見えないのに」
「なるほど……心当たりはあります。しかし、コレを今の渚君に伝えるわけにはいきませんね」
「え、なんで……」
「あなたの問題が解決していないのに、新たな問題で悩んでは悪化するだけですから。……今日は帰って、ゆっくり自分を見つめ直すのに当ててみてください」
「……わかりました。じゃあね、殺せんせー……また、明日」
「はい、また明日。












……ふう……アミサさんの意識の波長、ですか……(多分、警戒の度合いなのでしょう。渚君は言いました……『サイズシールを外した直後に目があった』と。『カルマ君のそばにいる時は乱れる時がある』と。ほぼ心を許しているカルマ君と、彼には及ばなくても警戒は薄い渚君……そして彼女自身も気付いていない、クラスメイトに対する強い警戒心……彼女は一体、何を抱えてるんでしょうねぇ……)」


++++++++++++++++++++


進路相談に入りました。渚の家庭事情がハッキリする回ですが……前話までの死神編で全然いちゃつかせられなかったので、この辺りで甘めにしてみました。……だって、これでも一応カップルなりたてですよこの2人!なのに甘くなるどころか付き合った次の日には死神編に突入しましたから恋人らしいことさせてあげられなかったんです。

次回は渚が中心になるのかな……暗躍しつつ、見守る感じになると思われます。





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渚の時間

「え、渚くんのお母さんがE組に来る……?」

 

「うん……僕がE組から出られるよう交渉するために……でも、僕はE組から出たくないよ」

 

1回目の進路相談が終わってすぐ次の日……E組では渚くんのことで少し沈んだ雰囲気になっていた。今回の2学期中間テストで渚くんは、わかばパークでのタダ働きで2週間テスト勉強に打ち込めなかったにしては54位という順位……189人中ってことを考えればかなりいい成績だけど、これは本校舎復帰のボーダーである50位にはギリギリ届いていない結果ともいえる。その事実が渚くんのお母さんを怒らせてしまったらしい……渚くんの家に遊びに行ったことのある杉野くんとカルマによると、3人でお菓子を食べながらゲームしてたらキツい反応をされたくらい、ちょっと怖い人なんだって。

そのお母さんがなんでも以前E組だった先輩の誰かが、60位でも寄付金を持って頭を下げれば本校舎への復帰が認められたらしいって情報をどこからか手に入れてきて……同じことをやろうとしてるんだそうだ。当然渚くんも反発はしたけど、認められなくて……当日になってしまったんだとか。

 

「あら、だったら私が担任役をやろっか?」

 

「ビッチ先生……」

 

「ダメよ、E組(うちら)の名目上の担任って烏間先生でしょ。うちの親も三者面談希望して、対応してくれたのは烏間先生だし……統一しないと親同士で話が合わなくなっちゃう」

 

「それもそうねぇ……」

 

「烏間先生がいれば……」

 

……そう、私たちにとっての担任の先生は殺せんせーだけど、見た目完全人外な先生を担任として公式な文書に載せるわけにいかないから、名目上烏間先生が担任の先生ということになってるんだ。その烏間先生は現在出張中で国外にいる……すぐに帰国することもできず、渚くんのお母さんは今日面談をすると言って譲らないらしいからどうすることもできない。代役を立てようにも、イリーナ先生では『E組の担任は烏間先生』っていう親同士の認識の辻褄が合わなくなってしまうし、一応今日はいないから代理で私が……っていう手が通用するかもと軽く予行練習をしたらしたで、イリーナ先生のとんでもない問題発言の数々が飛び出てきたから任せられそうになかった。

昨日慌てて殺せんせーに連絡を取った渚くん曰く、先生は任せておけって言ってたらしいけど……保護者対応はまだしも、あの低クオリティの変装しかできない先生では心配と不安しかない。人は見た目が9割って言うし……どうするつもりなんだろう。

 

「ヌルフフフフ……それなら簡単です。私が烏間先生に似せればいいのでしょう?」

 

「今回はすれ違う程度の接触じゃなくて、面と向かってじっくり話すんだよ?ほんとに大丈夫なの〜?」

 

「心配ご無用!今回は完璧です!──おう、ワイや、烏間や!」

 

「「「再現度ひっく!」」」

 

私たちの会話を聞いてたんだろう、殺せんせーが自信満々に教室の中へ入ってきた。声の低さに眉間のシワ、髪型、腕の関節……似せようと努力したんだろうなというのはなんとなくわかる、けど、目とか口とか違和感しかないし、鼻や耳がないところとか服装おかしいところとか……いつも通りやっぱり再現度は底辺だった。せめて似せる前に人間として顔に必要なものを備えてから披露してほしい。しかもなんで関西弁……?

殺せんせー1人に任せてはいつまで経っても烏間先生らしさにたどり着きそうにないから、もうみんなで口を出すことにした。人間らしくて烏間先生がギリギリしそうな口の形を限定、顔や体の大きさを誤魔化すために机の下に中身を絞り出して押し込む、菅谷くん監修の顔のパーツを作成などなど……みんな、だんだん楽しくなってきてない?

 

「よし、なんとか見られるようにはなった!……はず!」

 

「そこは言い切って欲しかったよ……」

 

「これ以上は俺等の手に負えん」

 

「一応細くできることは確認出来たし……1回引っこ抜いて教員室で詰め込み直さなきゃね」

 

「え、また押し込むんですか!?」

 

「当たり前でしょ!」

 

ぎゃいぎゃいと騒ぎながらも準備を進めるみんなを見ながら、渚くんは不安そうだ……だけど、どんなに不安でも祈るしかない。この山奥まで来てくれる渚くんのお母さんを労う準備はできてるって殺せんせーは言うけど、労うだけじゃダメ……どうやって心を掴んで動かすかが重要になってくる。ここから先、渚くん以外のE組生は家族じゃないから介入することはできない。

 

「ッ……アミサちゃん……?」

 

「……自分の意志を諦めるのだけは、しないでね……私、渚くんはE組の環境の方があってると思うから……ここなら、渚くんは渚くんでいられる場所だから」

 

「……気づいて、たの?僕が母さんの道をなぞらされてること……」

 

「……?」

 

「そんなわけないか……ううん、なんでもない。皆もこれだけ協力してくれたんだし、頑張ってみるよ」

 

そっと、渚くんの手を取ってそれを私の額に当てながらここに残れることを願うように呟くと、彼は驚いているようだった。渚くんが黙っていたことを偶然当てちゃったとかなのかな……私は思ったことを言っただけで何かに気づいて伝えたわけじゃないから、渚くんの言うことはよく分からなかった。だけど握ってない方の手で私の頭を撫でながら前向きな言葉が出てきたし、少しは元気づけられたんだと……思うことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室の中から渚くんのお母さんが校舎にやってくるのを確認してから、イリーナ先生と烏間先生のプレゼント作戦の時のように、教員室の窓の下に隠れた私たち。渚くんはお母さん譲りなんだろうなってことが感じられるくらい綺麗な人なんだけど、キツそうな雰囲気がにじみ出ていてちょっと怖い。

 

「吉田、今回も頼む」

 

「……さすがに渚の母ちゃんにはバレねーよなぁ……」

 

「なんかジュースとかマカロンか……?それで気を引いてるっぽい」

 

「あー、確か渚君のお母さんってグァバジュースが好きとか言ってたわ」

 

「……どうアミサ、会話は聞こえる?」

 

「……うん、聞こえるよ。でもコレって……三者面談っていうのかな……」

 

「なんで?」

 

「殺せんせー、渚くんにもうまく話題を振ってるんだけど……全部、お母さんが答えてる……『渚、少し黙ってましょうね』って全部遮って」

 

あの時と同じように吉田くんが教員室の窓を少しだけ開ける……今回部屋の中にいるのはE組関係者以外で渚くんのお母さん(一般人)だけだから、隠れてる私たちの存在はバレないはず。そんなにスペースがあるわけじゃないから、覗くのはあくまで数人……あとは音を頼りに様子を見守ることになる。E組の中でも私は音とか気配を読むのに自信があるから、最初から聞き役に徹してるんだけど……私が想像していた三者面談と様子が違っていて困惑が隠せなかった。殺せんせーが渚くんからリサーチしたお母さんの好みに合わせて話題を振り、うまく教育などと絡めて会話を繋げる。共通の話題で打ち解けて、相手のボルテージをできる限り下げる。……そこに、当事者なはずの渚くんは参加してない。させてもらってない。

こんなふうに感じるのは私だけかと思ってたけど、聞こえた言葉をみんなにも伝えると揃って訝しげな表情を浮かべていたから、私の感じた違和感は間違ってはないんだと思う。

 

「……ま、まぁ……これから渚の出番もあるかもだし、もうちょっと様子を見て……」

 

何なのよアンタ!教師のくせに保護者になんて言い草なの!?バカにすんじゃないわ!人の教育方針にケチつけられるほどアンタ偉いの!?

 

突然の怒鳴り声に聞いていた全員が慌てて耳を塞ぐ。殺せんせーが何か……ううん、この場合は何を言ったかなんて決まりきってる。渚くんが自分で望まない限りE組を出ることを認めないって、お母さんに向けて宣言したんだ。

 

「お、おっかねぇ……」

 

「めっちゃキレてんじゃん、渚の母ちゃん」

 

「……渚くんの人生は渚くんのものだ。貴女のコンプレックスを隠すための道具じゃない」

 

「……アミーシャ?」

 

「殺せんせーがそう言ってた。多分、引き金はこれじゃないかな……さっきまで、和やかに話してたのに、いきなりこんなになるって……」

 

思い切りドアを叩きつけるように閉めて教員室から……E組校舎から出ていった渚くんのお母さんの背を見つめながら、私は先程までの会話を振り返って呟いた。すぐ隣で同じように会話を聞いていたカルマが聞き返してきて、みんなもどういうことかと顔を向けてきたから説明する。……お母さんのコンプレックスを全て押し付けられていた……渚くんが自信なさそうに自分を否定していた理由は、きっとここにあるんだ。

渚くんのお母さんが教員室を出ていったあと、部屋に残っていた殺せんせーと渚くんはまだ会話を続けていた。自分の意見をハッキリ伝えることが大切だと言う殺せんせーに、1人で何もできないなら2周目でいた方がいいんじゃないかと弱気な渚くん……そんな彼に殺せんせーは渚くんの髪を結び直しながらなんでもないことのように告げた。殺す気があれば何でもできる、渚くんの1周目はこの教室から始まっているのだと。

 

「もう、渚に迷いはなさそうだね」

 

「頑張ってほしいな……渚の力はこの暗殺教室には必要だから」

 

見ていたみんなも少し安心した表情でホッとしている。ここから説得するのはまた大変かもしれないけど、ここから先はホントに家族間の問題だから……さっきの渚くんのお母さんの言い分だと私たちはバカの集まり。……否定しきれないからこそ、下手になにか言えばきっと反発しか返ってこない。どこまでハッキリと渚くん自身の言葉で思いを伝えられるかが鍵になるんじゃないかな。

 

「……ん?」

 

「どうしたの、カルマ?」

 

「いや……この足跡、誰のかなって」

 

「……ホントだ……1個だけ大きい……」

 

他のみんなが教員室の2人の様子を見ている中、カルマだけが窓の近くに視線をやっているのが見えて声をかけた。……確かに、見たことの無いブーツか何かの足跡が残っている。E組にはカルマのようにローファーじゃなくてショートブーツを履いてきてたり、イリーナ先生のようにヒールを履いてたりと特に決まった靴を履いて登校してるわけじゃない……寺坂くんなんて、教室ではスリッパ履いてるし。

でも、この足跡に関しては全く見覚えがなかった……サイズも子どもと比べてひと回りくらい大きい。誰か、先生とか業者とかがここまで来たのか……ああ、律ちゃんの開発者(おや)がメンテナンスに来たとかもありえるかな。ちょっと気になりはしたけど、あくまでその程度……害のある存在と決まったわけでもないし、勝手な憶測で先生たちに迷惑はかけたくなかったから、特に先生に相談することもなくこの場は解散でいいかと私たちは結論づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

冷たい風が顔を撫でて、なんだかチクチクする感触に不快感があって目が覚めた……いや、目を開けた、の方が正しいのかもしれない。ここは、野外……?なんで、僕はこんなところで寝てたんだろう。確か、家に帰ったらあの怒りようからは考えられないくらい不自然なほど上機嫌な母さんがご飯を作っていて……それを食べたら急に眠く……。

ハッキリしない頭でなんとか体を起こし、状況を思い出していると、いきなりあたりが明るくなった……これは、電気?いやそれにしては熱さを感じるような……もしかして、火?その方向を見てみれば松明を手にした母さんがいることに気が付き、母さんが手にした炎の明かりに照らされて、ここがE組校舎の前だということがわかった。母さんは、いったい何をするつもりなんだ……?

 

「こんな場所に堕ちてから、アンタは血迷い始めた……私に逆らい始めた……、燃やしなさい、この校舎を。アンタの手で」

 

「な、何言ってんだよ母さん!」

 

母さんは、僕自身の手で戻る場所をなくさせて、その上僕がE組(みんな)の居場所を壊してしまったという罪悪感でみんなに顔向けできない状態にしてから……。本校舎に復帰するしか道がなくなってからなら、僕自身がE組を出るという選択をすると踏んで。確かにそれなら殺せんせーの出した『僕自身が望んでE組を出ると言わない限り、E組を出ることを認めない』という条件を満たして僕自身の意見として表に出ることになる。……だけど、

 

「や、嫌だよ!そんなの……ッ」

 

誰が育ててやったと思ってんの!!どんだけアンタに手間とお金使ったかわかってんの!?塾行かせて!私立入らせて!仕事で疲れてんのにご飯作って!その苦労も知らないで!ツルッパゲのバカ教師に洗脳されて!逆らうことばっか身につけて!

 

……ああ、

 

アンタっていう人間はね、私が全部作り上げてきたのよ!!

 

……違うよ、そんなの違う。

……だけど正しい。

どう言えばいいんだろう、この気持ち。

……母さんには、届かない。

 

〝……自分の意志を諦めるのだけは、しないでね……私、渚くんはE組の環境の方があってると思うから……ここなら、渚くんは渚くんでいられる場所だから〟

 

〝まずは君自身が……君の意志をはっきり言うことですよ〟

 

────諦めちゃ、ダメだ。

────言わなくちゃ、僕の意志を。

 

僕が手を握りしめ、意を決して話し出そうとした、その時だった。

 

 

「キーキーうるせぇよ、クソババア」

 

 

母さんが手に持っていた松明が炎の根元から切断され、地面に落ちる。最初は事態に気づいた殺せんせーが消火のために切断したのかと思った……でも、違った……炎の向こうから現れたのは見たこともない男の人……鞭をビュンビュンしならせて振り回す、殺気の度合いから考えても間違いない、殺し屋だ。

殺し屋が言うには毎週水曜日の夜10時から始まるドラマを、殺せんせーは必ず律と一緒にこの校舎で見ているらしい。音速を超える鞭さばきで、先端に取り付けた対先生物質を先生にぶつけ、殺そうって考えているみたいだ。その決行日が今日……だったみたいだけど、その場には僕と母さんがいた。

死神の襲撃のあと、僕等は生徒を巻き込む暗殺には賞金を出さないよう要求する文書を国に提出しているようだった……だから、賞金目当てなら僕は殺せない。だけど、その枠から外れている母さんは。

 

「な、何よ、何なのよ殺すって……け、警察……ッ」

 

「……本番中に騒がれると面倒だ。生徒(ガキ)を殺しちゃ賞金(ごほうび)パァだが、ババアの方はぶっ殺しても構わねぇよな」

 

警察を呼ぼうとスマホを取り出した母さんに対して鞭をしならせ、それを躊躇いもなくたたき落とした殺し屋……やっぱり、賞金に直接関係の無い母さんはどうでもいいって思ってるんだ。

いきなり命の危険に晒されて、母さんは怯えてる……無理もない、殺せんせーの暗殺のことを全く知らずに巻き込まれてるんだから。

丸腰の僕一人で何か出来るはずもないって殺し屋は油断してる……僕に手を出せば賞金は出ないし、何かあれば暗殺対象(殺せんせー)が黙ってないだろうからこそ、僕を警戒する必要は無いんだろう。

この時の僕には2人の全く違う意識の波長が、ハッキリと見えた。

 

 

……母さん。

あなたの顔色を窺う生活は……僕の中のある才能を伸ばしてくれた。

母さんが望むような才能じゃないけど……でも、この才能のおかげで、僕はE組(ここ)で皆の役に立てている。

 

 

「……母さん。僕は今このクラスで……全力で挑戦をしています。卒業までに……結果を出します。成功したら……髪を切ります。育ててくれたお金は全部返します。……それでも許してもらえなければ、」

 

無造作に、何の動作も見せず、普通にまっすぐ殺し屋に向かって歩く僕。

攻撃なのか、ただの接近なのか、どんどん迷いを、警戒を強めていく殺し屋。

 

 

 

「──母さんからも、卒業します」

 

 

 

意識の波長に波が、隙間が生まれ始めたのを機に一気に接近し、死神が言っていたように1番大きな波に合わせ、至近距離で音の爆弾を放つ。驚く母さんの前で殺し屋は気絶(ダウン)した。

僕は、母さんのことが嫌いなわけじゃない。そりゃあ、理想を押し付けられて僕の思いを無視されるところは受け入れられないけど……だけど、それでも産んでここまで育ててくれたことにすっごい感謝している。贅沢なことかもしれないけど、ただわが子が無事に産まれて、そこそこ無事に育っただけで喜んでくれるなら……全てが丸く収まるのに、なんて。

 

「ここはたまに不良の類が遊び場にしています。夜間は近づかないことをおすすめしますよ」

 

そういって消火器を手に殺せんせーが……いや、机がないから大きさは不完全、耳や鼻を付け忘れてるから元の低クオリティな烏間先生の変装になっている殺す間先生が現れた。……僕が堂々と3月までに殺す宣言したの聞かれちゃったよ、もう後には引けないや。

 

「さて渚君のお母さん。確かにまだ渚君は未熟です……だけど温かく見守ってあげてください。決してあなたを裏切ってるわけじゃない、誰もが通る巣立ちの準備を始めただけです」

 

「っ……」

 

「母さん!」

 

ふら、と体が揺れたかと思えば母さんはその場に崩れ落ちてしまった。よく考えれば全部手に持っていたものを狙われていたとはいえ、母さんは3回も殺し屋の鞭を受けてるんだ……もしかして、どこか怪我してたり……。心配になって軽く確認してみたけど、どうやら意識を落としただけで特に外傷はないみたいだった……よかった。

 

「緊張がとけて意識を失ってしまったようですねぇ。先生がお母さんの車で送りましょう」

 

「……うん」

 

「ああ、渚君。先程のクラップスタナーは見事でした、しかし……」

 

麻痺が甘いぞ?丸腰でそれに頼るにはまだまだだな

 

「「!」」

 

さっき気絶(ダウン)させた殺し屋は麻痺が軽かったのか、そばに落ちていた得物である鞭にフラフラと手を伸ばしていた。殺せんせーが笑いながら僕に注意し、さっさとガムテープを巻いて拘束してしまおうと触手を伸ばした瞬間、ひと足早く校舎の上の方から鎖が伸びてきて殺し屋に巻きついた。同時に聞こえてきたのは、最近よく聞いていた声……いつものように黒衣に身を包んだ《(イン)》さんだ。

 

「え、《銀》さん!?なんでここに……」

 

……イリーナから聞いていないのか?以前から昼夜時間を問わずここを襲撃する奴等を半分は掃除していたのだがな

 

「え……」

 

「《銀》さん助太刀はありがたいのですが…………、……先生の役割取らないでください!私が今拘束しようと思ってたのに!むしろなんで今頃、」

 

数日前から校舎周りに不審な足跡があった。そいつが現れる前にいつでも始末することはできたが、その前にそこの親子が現れてな……何やら面白そうだったから高みの見物とさせてもらった

 

ひらりと軽い動きで屋根から飛び降りてきた《銀》さんは、彼の腕から殺し屋に向かって伸びている鎖を締め直し、逃げられないようキツく固定している。その彼が僕と殺せんせーの問いかけにしれっと答えた内容は、どちらも驚愕するものだった。

言われてみれば殺せんせーは昼間、僕等に授業してるんだから、そこを狙えば確実だろうに襲撃を受けた試しがない。僕等が今まで平和に学校生活ができていたのは、守られていたから?夏休みの指導だったり死神の時だったりで《銀》さんの部分的な強大な力を見てきてるけど、実際に戦う姿まではハッキリ見たことがないから実力派噂から想像してるだけ……全然分からないままだ。だけどいつでも相手できたはずの殺し屋を、面白いからって理由で何も手を出さずに高みの見物していたくらいだ、そのくらいの制圧は簡単だと言いきれる実力はやっぱりあるんだろう。

 

「ところで……今回は鍵爪ですか……こうして介入してくるなら、また針を飛ばしてくると思っていたのですが?」

 

……お前たちが『教育に悪い』とうるさいから、針をやめて鍵爪を飛ばしたんだが……針で眠らせておくか?

 

「いえいえ、助かりました。案外律儀な暗殺者ですねぇ……彼はこのままお任せしても?」

 

……フン、このまま防衛省に引き渡す。それで構わないな

 

「もちろんです」

 

あの時、目の前で死神が《銀》さんの針で昏睡した時のことを言っているんだろう……あれは、僕も本気で死神を殺したのかと思った。今日、殺し屋の前には僕がいた……烏間先生が僕等の前で殺さなかったとはいえそれに等しい光景を見せるのはやめろと言ったのを律儀に守ってくれたんだ。理由は並べていたけど、なんだか、僕が答えを出せる機会を潰さないようにわざわざ待っていてくれたんじゃないかってきがしてくる。《銀》さんが鎖に繋がれた殺し屋を連れていなくなったのを確認してから、僕も母さんを肩に背負って殺せんせーと一緒に下山する……後部座席に寝かせると、殺せんせーが運転する母さんの車で帰路についた。

 

車の中では殺せんせーと僕のもってる才能についてを話し合った。今日母さんを殺し屋から守れたように。《銀》さんがさりげなく使い方を変えた力で僕を助けてくれたように。これは誰かを助けるために使いたい……殺し屋を目指すのではなく、他の親を心配させない進路を目指そうと前向きになれた。

次の日の朝は、母さんにちゃんと真っ直ぐ僕の意志を話した。与えられるものをただ反抗もせずに受け入れていたら、僕の思いなんてどこにもなくなってしまう……やりたいことがあるなら、何かを捨てなくちゃいけない……もしくはその覚悟を持たなくちゃいけないんだと思ったから。最終的に母さんは僕の意志を静かに受け入れてくれた。

 

 

 

──僕は殺し屋。胸を張って、卒業まで!

 

 

 

 

 

 

 

 




『……もしもし、こんな夜中に君から連絡をしてくるとは……何かあったか?』

……ああ、校舎の奴を狙った殺し屋が1人……回収を頼みたい

『……すまん、《銀》殿か。相手を確認していなかった。どこだ?』

どこにでも。指定する場所へ運ぼう……こいつも確かロヴロの子飼いの殺し屋だったハズだ……あいつを呼び出して再教育させるのも手だが

『再教育?何をやらかしたんだ』


……標的を狙った暗殺に一般人が巻き込まれかけていた。詳細は省くが巻き込まれた一般人は潮田渚の母親……場を収めたのは潮田渚と標的。普通に姿を見せていたが標的はお前に底辺の擬態していたこと、暗がりだったことで超生物とはおそらくバレていないだろう

『あいつは……自分の存在がが国家機密だと分かっているのか!?……まあいい、ロヴロへの連絡はこちらからしておく。というか省くな、合流次第調書を作る……詳細を伝えろ』

…………

『……君には悪いが、もう少し付き合ってくれ』

……いいだろう

『助かる。場所はメールで送るからその場所で頼む……失礼』

…………ふう












「──よかった、無事で」


++++++++++++++++++++


進路の時間。
渚回に《銀》をぶっ込んでみました。原作と流れが全く同じよりは面白そうだっていうのと、うまくお話と絡められそうだなと……そうしたら殺せんせーのマッハな見せ場をサラリと奪ってくスタイルとなりました。半分というのは、言葉通り半分です。殺せんせーが殺し屋独特の匂いを事前に察知して殺し屋を校舎までたどり着かせませんので(公式設定)、半分だけ手を離せないときの分を《銀》が片付けているというオリジナル設定です。ゲームだと《銀》には鎖付きの鍵爪で相手を引き寄せてからそのまま剣で切りつけるというクラフトがあります。それの剣無しVer.だと想像していただければいいかと。

このお話といえば、やっぱり渚のお母さんの豹変でしょうか……?マンガもアニメもとにかく衝撃的な場面が多々あり、かなり印象に残ってます。一応その衝撃を文字で表現しようとやってみたつもりです。


次回、学園祭編に入ります。
予告をしますと……次回は多分無理ですが、オリジナル要素が含まれる学園祭中に、あの人たちがお話に登場予定です!




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学園祭の時間~準備期間~

「おはよう」

 

「はよーっす!」

 

「おはよー、渚君に杉野〜」

 

「おはよです、2人とも。……あれ……?渚くん、なんだかスッキリした顔してるね」

 

「あはは……帰ってから色々あって、進路の事は母さんとなんとか決着がついたんだ。僕の好きにしなさいってさ」

 

渚くんがE組から転級させられちゃうかも……と沈んでいた彼が、お母さんを交えた三者面談をしている所をE組の面々で覗き見して、色々な意味でキツい渚くんのお母さんに私たちが結構な衝撃を受けた次の日のこと。カルマと2人でいつものように登校の待ち合わせ場所へ行くと、あれだけ落ち込んで沈んた表情をしていた渚くんが、晴れ晴れとした雰囲気で杉野くんと笑いながらお話していた。私たちが来たことに気づいた2人が私たちに挨拶をして、カルマは眠そうに私は渚くんへの言葉と共に挨拶を返す。4人とも揃ったし歩きながら話そうよと言って歩き出す渚くんに駆け寄り、珍しく渚くんと私で前を歩いてカルマと杉野くんが私たちの後ろをついてくる。

 

「……そっか。よかったね、最後まで諦めなくて……渚くんの、自分のホントの気持ち、お母さんに伝えれたんだ」

 

「うん。アミサちゃんと殺せんせーの言葉があったおかげだよ……ありがとう」

 

「……え、……私……?」

 

「うん、そう」

 

「……どれのこと……?私は思ったことしか言ってないし、何もしてないよ」

 

「はは、そういうのに自覚がないのもアミサちゃんらしいよね」

 

「???」

 

この件が納得できる形で終息したのは、殺せんせーの対応と渚くんの強さがあったからだと私は思うんだけどなぁ……。私は彼に対して特別なことは何も言ってないし、応援した程度だったと思うんだけど……渚くん曰く、挫けそうだった時に思い出せて、持ちこたえられたんだって。私のその場で思いついた程度の言葉でも、支えになれてたんだ……役に立ててたなら……応援したかいがあったかな?

ニコニコと嬉しそうな渚くんに頭を撫でられていた所で中学校の正門に到着……ここで走って追いかけてきたらしいカエデちゃんと合流した。駅にいないとは思ってたけど、今日は電車が少し遅れてたみたい……私たちがゆっくり歩いてたから何とかここで追いつけたんだ。息を整えているカエデちゃんに場所を譲る形で私は後ろに下がり、カルマの隣に並ぶとすかさず手を繋がれた……私と渚くんが話してる最中もずっと視線を外さないから、何か用事でもあったのか聞こうと思ってたんだけど、どうしたの……?

 

「カルマ、どうかしたの?ずっとこっち見てたみたいだけど……」

 

「ん?あー……気にしないでよ、小動物が2匹戯れてるなーって思って癒されてただけだから」

 

「よく言うぜ……ニコニコ笑ってる2人見てずっとブスくれてたくせに……イッテェ!」

 

小動物……もしかしなくても私と渚くんのことを言ってるんだろうな。少し眉間によっていたシワを隠し、何事も無かったかのようにコロっと笑顔を浮かべてそういったカルマへ、隣にいた杉野くんがボソリと何か言って思い切り殴られてた……い、痛そう……。カルマが杉野くんを叩いてすぐ、だいじょぶかと声をかけてそちらに行こうと思ったんだけど、隣を歩くカルマが手を繋いだまま離してくれないので心配の目を向けるだけに止める。まぁ、多分原因はカルマが怒るようなことを言ったんだろう杉野くんなんだし……あ、ちなみに今の並び順は道路側から杉野くん→カルマ→私で後ろを歩き、前を渚くん→カエデちゃんという形です。

本校舎の設備を横目にE組校舎への山道に向かって歩いていると、敷地内に響いている様々な音が聞こえ始めた。木材に釘を打つ音、少人数で何やら話し合う声、準備のために走り回る人、足りないものを買いに走る人……もうすぐ、椚ヶ丘中学校の学園祭が近づいていた。

 

「本校舎の皆、気合い入ってるね〜。そんなにすごいんだ」

 

「そっか、茅野は知らないよね……うちの学園祭はガチの商売合戦で有名なんだ。儲け分は寄付するけど……収益の順位は校内にデカデカと張り出されるし、ここでトップを取ったクラスは商業的な実績として就活のアピールに使えるんだよ」

 

椚ヶ丘の学園祭では、中学部・高等部の各クラスごとにイベント系・飲食系を選んで1つのお店を運営し、その売り上げを競う。資格や成績以外で就活に直結するイベントなだけあって、みんな必死になって商売していて……気合いの入りすぎでプロ顔負けなお店を作り上げるクラスも出てくるほど。当然本気を出しているお店は一般の来場者だけじゃなくて運営してる側の生徒たちにも人気なわけで……

 

「俺等が中一の時、高等部の優勝クラスだったお化け屋敷にアミーシャを連れて行きたかったんだけど……」

 

「あの時どれだけ奇跡なんだってくらい僕等とシフトが被ってたんだよね……僕とカルマ君で行ってはみたけど並びすぎてて入れなかったし」

 

「う……だ、だって、私なんかと回ってくれるなんて思わなかったから……人前に出れない分裏方に入れっぱなしでいいってクラスに言っちゃってて……」

 

「また『なんか』っていう……もうちょっと自分の価値を上げなって」

 

……という、残念な偶然が発生してしまうことだってある。あの時はびっくりしたなぁ……普通に店番してたらカルマと渚くんがうちの出し物に来て、私の休憩時間を聞きにくるんだもん。登下校で聞かなかったのは学園祭準備でお互いなかなかに忙しくて、一緒に帰れない日が続いてたから……だったかな。シフト表を見た2人にはあとから「もっと休憩もらってよ!」と怒られたのもいい思い出……私は2人と一緒に回れないことを責められているのかと思ってたんだけど、あとから私の休憩時間だけ極端に少なすぎるから押し付けられたんじゃないかって意味で私のいたクラスに対して怒ったくれていたんだって知った。2年生では同じクラスだったし、基本3人で行動してたから学園祭でもシフトを3人とも同じにしてもらって、初めて友だちと学園祭を回るってことを楽しませてもらったんだ。

そんな感じに私たちはカエデちゃんに説明しつつ、これまでの学園祭の思い出話に盛り上がっていたんだけど……本校舎の生徒の声が聞こえて、思わず口を閉ざしてフェンスの裏に身を隠した。今、E組って聞こえた気がしたんだけど……

 

「今年のE組(あいつら)、妙に爆発力持ってるじゃん?今度は売り上げでA組に勝ったりしてな」

 

「いやー、今回ばかりは無理だろ。あいつらだけあの山の上で店出さなきゃいけねーんだぜ、あそこまで行く客なんていねーっての」

 

「相手は浅野君が率いるA組だぜ?また超中学生級の店を開くに決まってる」

 

「いやいや、わっかんねーって……」

 

……本校舎では……特に同級生である中学部3年生では、A組対E組のムードができあがっていた。これ、誰かが焚き付けたわけでもどちらかが勝負を仕掛けたわけじゃないから、多分自然と『A組とE組はこれまでことあるごとにイベントで争ってきたから、きっと今回も』ってできあがったものなんだと思う。これはこれだけの悪条件の中で、勝てないまでもなにかするんじゃないかって期待も含まれているような気がする。

 

「……とりあえず、教室に行って皆と殺せんせーに伝えよう」

 

「うん、そうだね。……もう誰かが説明中な気がするけど」

 

「まー、こんなに大事になってたらなー……」

 

一通り本校舎の人たちが予想するA組対E組の対決についてを聞きながら、当事者となる私たちがいることを知られないように隠れつつ、なんとかE組校舎への山道までたどり着いた。驚いたのは予想以上に本校舎の生徒たちがE組に好意的だったこと……運動会の時からなんとなく差別の目が減っていることは感じていたけど、ここまで期待されるほどだったなんて。

 

「……あれ、」

 

「どうかしたの?」

 

「……この辺、なんか焦げてるなーって……」

 

「え!?」

 

「「「え?」」」

 

自分たちが見て聞いた光景について話しながら山道を登りきり、E組校舎の玄関前まで来たあたりで何気なく足元に目をやると、一部分の草が焦げて黒くなっているのを見つけた。なんだろ、これ……不審火でもあったってこと……?燃えたんだと思う範囲が狭いし、この様子を見る限り校舎に放火するためって線は薄いんだろうけど……

私の疑問の声にカルマたちがそこを見て、同じように不思議がる中、渚くんだけが思わずといった声を上げた。慌てて言葉を探す彼は、これが何なのか知ってるの……?

 

「あ……えーっと、殺せんせーがこの辺が最近不良の溜まり場になってるって言ってたような……」

 

「……ふーん、殺せんせーは知ってるんだ……なら安心なのかな?」

 

「国家機密がいる場所が不良の溜まり場って……」

 

「いろんな意味でやばいよね、それ」

 

あからさまに目をそらしながら、かつ棒読みで言った渚くんの説明にカエデちゃんと杉野くんは納得できたみたいだけど……カルマはちょっと不満そうだ。というか渚くんの説明は嘘だって判断して信じてないと思う、あれは。

かくいう私も全部は嘘じゃないと思うけど……渚くんはなにか隠してるんだろうな、とは思ってる。ごまかせたって顔で明らかにホッとしてるように見えるもん。何を隠してるのかな……例えば、その火を扱った犯人のことを知っている……とか、……まさかね、さすがにそこまでいくと考えすぎかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちに行くしかないでしょう」

 

案の定私たちが教室についた時には、E組(みんな)は本校舎で勝手に盛り上がっている対決ムードについての話題で持ちきりだった。私たちは1kmもある山道を登ってまで来てくれるお客さんを呼び込まなくちゃいけないという悪い条件の中、A組の出し物に勝つ事は出来なくてもなにかやらかすんじゃないか、と。前回の中間テストの結果はいいとは言いきれなかったけど、これまで行事のたびにA組とE組は競ってきたんだし、きっと今回もなにか見せてくれるに違いない、と。

それを聞いた殺せんせーはなんてこともないように、私たちへ仕掛けられたわけじゃない勝負だけど、本校舎の対決ムードにのってA組へ応戦することを勧めてきた。

 

「今までもA組をライバルに勝負する事で、君達はより成長してきました。この対決、暗殺と勉強以外のひとつの集大成になりそうです。」

 

「けどよ……」

 

「店系は300円まで、イベント系は600円までが単価の上限って決められてる……材料費300円以下のチープな飯食べに、誰が1kmの山道を登ってくるかしら」

 

「しかも聞いた話じゃ浅野なんか、飲食店とスポンサー契約結んだって」

 

殺せんせーは私たちがここでやってきたことが正しければ、必ず勝機は見えるっていうけど……前提条件からしてかなり厳しい戦いになる気がする。浅野くんはスポンサー契約を結んだことで、材料費というか飲食関係諸々はタダ……この時点でお得感のある出し物になるのは目に見えてるし、きっと元手が安い分、単価の高いイベント系で攻めてくるはずだ。

そんな相手といい勝負に持ち込むには、安い値段でそれ以上の価値を生み出してお客さんに伝えなくちゃいけないけど……殺せんせーはどんな秘策があるって言うんだろう。

 

「E組における価値といえば……例えばコレ」

 

「……どんぐり?」

 

「はい。裏山へ行けばいくらでも落ちています。君達の機動力を生かして、皆で拾ってきてください」

 

そこから1時間、私たちは裏山へバラバラに散り、殺せんせーが指定した種であるマテバシイのどんぐりを集めて回った。とはいっても裏山はとても広くて人の目だけでは見落とすことだってある……ここで律ちゃんの出番だった。元々登録されていた地形図の上に、みんなが山の中を走り回った結果を残していき……誰かが新しいマテバシイの分布を見つければ瞬時に共有される。文字通りクラス全員での任務(ミッション)をこなしてE組校舎へ再度集まれば、私たちの前には何袋も積み上がったどんぐりが詰められた袋の山ができていた。

これを殺せんせーの指示の元、様々な下処理を施していく。実の詰まったどんぐりの選別、殻や渋皮を取り除き、アク抜きをし、粉にする……放課後や授業終わりの空いた時間を使って作業を進めてきて約10日、大量のどんぐり粉ができあがっていた。

 

「これが小麦粉の代わりになります。客を呼べる食べ物といえばラーメン!これを使ってラーメンを作りませんか?」

 

「ラーメンだと……?!……んー……ちょい厳しいな。味も香りも面白ぇけど粘りが足りねー……滑らかな食感をこの粉で出すには、大量の『つなぎ』が必要だ。結局その材料費がかかっちまう」

 

ラーメンと言われて、ラーメン屋の息子である村松くんが反応しないはずがなかった。すぐさまどんぐり粉に躊躇いなく口をつけ、味や食感などを確かめ始める……結果、イケるけど足りないものがあるということがわかった。確かにラーメンの麺を作るには卵を『つなぎ』として使うのが一般的だし、それがあるからこその味とコシがある。……カエデちゃん監修の『殺せんせープリン爆殺計画』の時に学んだけど、卵って結構高価だ。他で原価を抑えられても、ここでお金を使ってしまったら結局は意味がなくなってしまう。

 

「いえいえ、それも心配に及びません。それも裏山で手に入りますから」

 

そう言って殺せんせーが示したのはむかご、と呼ばれるひとつの植物……その根元を掘り進めると出てきたのは、天然物だと数千円はくだらないとされる自然薯だった。……そんな高価なものまで自生してたんだ、この裏山。

 

「どうです、とろろにすれば香りも粘りも栽培ものとは段違い……つなぎとして申し分ないでしょう?」

 

「ああ、これなら充分使えるぜ。それどころか普通の麺じゃ出せない味や香り……クセを個性として全面に押し出せる」

 

「さあ、皆さんで探してきてください。もちろん、自然薯以外にも気になるものがあれば持ってきてくださいね」

 

それからはトントン拍子に作業は進んでいった。

どんぐり粉につなぎの自然薯……麺の材料費は大半が裏山で取れるから無料であり、資金の殆どをスープ作りにつぎ込めることになった。ラーメン屋の息子の意地を見せると村松くんが、野性的な食材を生かし、利益率もいいつけ麺を提案し、スープ作りをも買って出た。

夏が終わってE組専用プールで遊ぶことは無くなったけど、そのままにしてあった水場にはヤマメにイワナにオイカワ……それ以外にも食べられる生き物がたくさん住み着いていたのを寺坂くんが見つけた。そこで生き物に詳しい陽菜乃ちゃんが同行して、プールで釣り上げられる魚やエビを集める人たちが走っていった。

裏山に自生している木の実やキノコを集めてみれば、無難な栗や柿やクルミといったもの以外にも食べられる山菜がたくさんあった。殺せんせーに鑑定してもらうことで食べられる山菜は山のように手に入り、毒を持った危険なものの中にはとんでもない価値をもつ希少食材が混じっていた。

 

「これらの食材を店で買ってフルコースを作れば、一人あたり3000円は下らない。ところがこの山奥ではほとんどが当たり前に手に入る……これはハンデどころか最大の強みです。これらは君達と同じ……山奥に隠れて誰もその威力に気づいていない!」

 

「隠し武器で客を攻撃ねぇ……ま、殺し屋的な店だわな」

 

「ヌルフフフフ、そういうことです。……殺すつもりで売りましょう、君達の数々の刃を!」

 

ハンデがあると言うならそのハンデを、不利だと言うならその不利を逆手にとって私たちは勝負する。各々の得意分野を活かして準備を分担し、接客担当や調理担当、この山の上にお客さんを呼び込むための工夫などを考えていく。こうして私たちは学園祭までの1週間……準備期間としてほとんど授業もおやすみになったこの時を、ここでしか味わえないおもてなしのための準備に費やすことになった。

 

 

 

 

 

────ピロン♪

 

「……?え、……、……あの、みんな……」

 

「何ー、どした?」

 

「……浅野くんから、よく分からないメッセージが来たんだけど……どうすればいい?」

 

「「「はぁ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭1週間前というお互いにかなりバタバタする時期だけど、至急依頼したいことがあるという呼び出しに応じるため、少しだけ準備を早抜けさせてもらうことにした。浅野くん本人から許可をとって、私に送られてきたメッセージをE組のみんなにも伝え、準備から抜けられそうな何人かも一緒に浅野くんと待ち合わせている場所に着いてきてもらうことにした。だってこれ、私の一存で決めていいことじゃない……。着いてきてくれたのは、カルマ、磯貝くん、莉桜ちゃんの3人。

待ち合わせ場所は本校舎……ではなく、E組校舎に向かう山道の近く。浅野くん曰く、本校舎の生徒や先生……特に理事長先生にバレない場所がいいということでここにしたみたい。私たちがそこにつく頃には、浅野くんは既に待っていた。

 

「……来たか」

 

「浅野……メッセージの通り、真尾以外に俺等も一緒に話を聞くぞ。あれだけじゃよく分からないし、真尾一人の一存で決められないからな」

 

「別に構わない。A組は僕、E組は全体で店の運営に関わるんだ……運営する上で人を動かす、そのあたりの事情はお互い対等な立場でいくのが当たり前だ」

 

「それで、その……あれって、どういう意味なのか教えてくれますか……?」

 

「言葉通りだ。……真尾さん、君にA組のステージへ出演してほしい」

 

そう、浅野くんからの依頼というのは『私がA組のステージに出る』ということ。

聞けば、学園祭で浅野くんたちA組はイベントカフェというものを開くらしく……食べ放題飲み放題で入場料500円という価格設定にするらしい。どうやって稼ぐかの仕組みは当日までのお楽しみだけど、イベントと銘打つだけあって体育館のステージで有名人やお笑い芸人、歌手、アイドルなどを招待して出演してもらうんだとか。そのステージには五英傑の面々もバンドで出演するみたいで……その一部に私にも出番を作りたいとのことだった。……なんで私?

 

「なんで私なのかって顔をしているね。……君の身体能力は元々注目していたし、聞いた話じゃ歌唱もできるらしいじゃないか。僕達五英傑も出るんだ、君のような才能のある人を推して何がいけないんだい?」

 

「…………」

 

「へぇ……浅野クンの事だしアミーシャがリーシャさんの妹ってことを知ってて、その立場に利用価値があるとか考えてのことだと思ってたのに」

 

「……知ってはいたさ。だが、真尾さんを利用するつもりなんてさらさらない。真尾さんは有名人の妹である自分にコンプレックスがあると言っていたね……それでも影に隠れるのではなく自分らしさを出して表へ出ようとする……僕も似たようなもの。……僕は理事長に父親というものを感じられない、が、いつかは超える存在だと思っているんだ、僕も」

 

私はやっぱり嘘がつけないらしい……考えていたことを的確に当ててみせた浅野くんは、疑問に答えてくれた。一応納得できる理由だけど、それでも『なんで私』という疑問は消えない……別にそれなら私じゃなくてもいいんじゃないか、浅野くんなら当然本校舎の対決ムードを知ってるだろうし、むしろ先陣を引っ張ってそうなのに、E組(競争相手)から招いちゃ意味無いんじゃないのか、と。

着いてきてくれた3人もまだ納得がいかないみたいで、カルマがありそうな理由を聞いてくれた。それに対しての答えを聞いて思った……もしかして、浅野くんは自分自身に私を重ねているところがあるの……?

 

「……ふーん、それで?アミサはだいぶ克服してきてるとはいえ、まだ本校舎の連中見ると怯えてる時あんのよ。そこに1人で放り込めっていうの?」

 

「まさか。今だって僕1人と話すためにこれだけ着いてきてるんだ、同じように君達も来ればいいじゃないか。もちろんタダで出てもらうわけじゃない……叶えられる要求なら聞くが?」

 

莉桜ちゃんが、迷っている私を後ろから手を回して抱きしめながら浅野くんに言う……確かに本校舎には正直あまり行きたくない。浅野くんや他の五英傑の人たちはギリギリ平気だけど、他の人は……そう思っていれば浅野くんは案外すんなりとE組の誰かと来てもいいと言ってくれた。それと付け加えられた報酬……やっぱり着いてきてもらってよかった、私1人じゃ色んなことが決めきれなく終わってるところだった。

……私はずっと1人だったから、1人で考えなくちゃいけないことがいっぱいでいつも自信がもてなかったけど、みんながいてくれるならだいじょぶなんじゃないかって気がしてくるから不思議だ。磯貝くん、莉桜ちゃん、そして少し不満げに私を見るカルマを見て、私は決めた。

 

「……私、出てもいいよ」

 

「アミサ?!」

 

「真尾、いいのか?」

 

「……うん」

 

浅野くんが何を考えて私を出そうとしてるのかは分からない……というか、何も考えずに私を出そうとしているとは思えない。でも……浅野くんがE組失脚のために動こうとしているとも思えないから、……1人で行かなくてもいいなら、出てもいいかもしれない。

 

「でも……あの、……1度E組に戻ってみんなと相談してきてもいい……?」

 

「もちろん」

 

今日中にこちらの要求を話し合って浅野くんに連絡することを約束して、私たちはE組に戻ろうとした……ずっと不満げに私たちの話を聞いていたカルマが足を止めて、浅野くんを振り返るまでは。

 

「……カルマ?」

 

「……ねぇ、浅野クン。先に俺から条件出させてよ」

 

「……言ってみろ」

 

「本番まで、共演するアミーシャの顔を、素性を隠すこと。じゃなきゃステージに出ることは俺が許せないから」

 

「フン、番犬が……まあいいだろう。真尾さんの負担を減らす方法は僕も考えていたしな。他にも要求や内容を決めたら僕に連絡しろ。……真尾さん、いい返事を期待しているよ」

 

そういって、今度こそ浅野くんは本校舎へと帰っていった。カルマ、急に何を言い出すかと思った……今はまだ怖いし、私だと分からないようにしてもらえるのはありがたいから嬉しかったけど。浅野くんの姿が見えなくなってからカルマの方を見てみると、何やらポケットをゴソゴソとあさっていて……

 

 

〝……ねぇ、浅野クン。先に俺から条件出させてよ〟

〝……言ってみろ〟

〝本番まで、共演するアミーシャの顔を、素性を隠すこと。じゃなきゃステージに出ることは俺が止めるから〟

〝フン、番犬が……まあいいだろう、真尾さんの負担を減らす方法は僕もそれは考えていたしな〟

 

 

「……よし、しっかり録れてるね」

 

「お前……黙ってると思えば……」

 

「ナイスよカルマ!」

 

取り出されたスマホから聞こえたのは先程の会話。途中から黙ってるなーとは思ってたけど、私たちの会話の一部始終を録音してくれてたみたい。言質とったしE組が何人いようが浅野クンは反論出来ないよねーとか、ステージに出るにしても内容はこっちで考えさせてもらわないととか、校舎へ戻る山道を歩く中でかわされる会話。E組のお店以外にも私なんかのことで負担をかけてしまいそうなのに、何故か3人は乗り気になっていて……この3人でこれなのだから、他のクラスメイトはどうなんだろう。

それにしても……私のシフトの休憩時間で本校舎かぁ……ステージに、立つ。本校舎の人たちは考えてるだけでもやっぱり怖いと思ったけど、何故か見られることに関しては全く恐怖はなくて……むしろ、見てもらうことにワクワクしてきた。これが、いつもお姉ちゃんが感じてる気持ち、なのかな。

 

 

 

 

 

 

 




「と、いうわけで……なんかよく分からないうちに真尾をA組のステージに出すことが決まった」
「……それ、いいの?」
「浅野にもなにか考えがあるんじゃ……」
「ま、一応今回は『A組に対決を申し込まれた』わけじゃないしね」
「確かに、周りが勝手に盛り上がってるだけだもんな」
「浅野本人が申し出たんだし、色々条件付けさせてもらおう」
「カルマが言ったのはとりあえず、アミサだってバレないようにすることでしょ?他は?」
「E組生もステージに乗るとか?」
「売上のいくらかをこっちに譲渡」
「オンステはともかく売上は無理じゃね?浅野は無償で有名人に出てもらうらしいし、こっちだけってのは」
「……E組の店の宣伝」
「イトナ?」
「アミサには負担をかけることになるが、『A組のステージに出る→どんぐりつけ麺の宣伝を→E組でも野外ステージ(無料)をするから』って客を呼ぶのもありだと思う」
「でもそれって、演者がアミサだってバレちゃわない?」
「……いや、俺が出した条件は、演目を先に知られたせいで、本校舎生の中に残ってる『異端児なんかのステージ』みたいな流れになるのを防ぐため。どうせ表に出すならアミーシャを認めざるを得ない環境を作ってやろうかと思ってさ」
「じゃあ、カルマは賛成なんだ」
「本人さえそれでいいならね」


「……いいよ。私、今、なんかドキドキしてるの……私も、私の力で、ステージに立ってみたい」


++++++++++++++++++++


学園祭の時間でした。
A組側のこともちょっと書きたい&五英傑の面々と少し話してほしい話題があるということで、オリ主がA組のステージにでます。何をするかはお楽しみに、です。

今回の話は準備期間で終わりました。
次回から数回に分けて学園祭当日を書いていきます。1日目にするか、2日目にするか迷ってますが、前回の予告通りある人達が参戦予定!です!





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学園祭の時間~1日目・前編~

──よく晴れた11月のある土曜日。

私たちの通う椚ヶ丘学園は、いつもと違って賑やかで……生徒たち以外にも多くの一般人が出入りしていた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「こっちで焼きそば売ってますよー!」

 

「あ、うちの店どうですか?カフェやってるんですけど……」

 

今日と明日の2日間は、ここ椚ヶ丘学園で学園祭が開催される。生徒たちは自分たちで考え、経営するお店にお客さんを呼び込もうと声を上げ、少しでも満足してもらおうと精一杯のサービスをしていく。……ここでの結果が将来の履歴書に載せられるほど重要なものとなれば、それはそれは必死になるもの……特に、就職や進学を控えた高等部3年生ならなおさらだ。もちろん、真剣に取り組んでいるのは高等部だけじゃない……私たち中学部だって同じなわけで、中学部のエリアにも呼び込みの声、お客さんたちの楽しむ声が響いていた。

ただ、ここまで声や音が響いているのは中学部も高等部も設置されている本校舎だからこそ……私たちのE組は、山の上なだけあってそんな喧騒は届いていなかった。

 

「やだやだやだぁ!!」

 

「あ、コラ待ちなさいアミサ!」

 

……届いては、なかったけど、別物の喧騒でザワついていた。別物を響かせてるわけだけど。学園祭は始まっているとはいえ、流石に山のてっぺんだとまだお客さんは来ていない。……のに、バタバタとE組校舎の中に響いてる追いかけっこの足音は、逃げる私と莉桜ちゃん、メグちゃんの3人のものだったりする。

こうなった原因はとても簡単……私の役割はウエイトレス役、つまり接客に回ることになってしまったからだ。E組女子の役割分担は、イリーナ先生の手ほどきを受けて交渉術に磨きをかけた山道の麓で客引きをする人、料理の腕を活かしてメニュー全般の調理を担当する人、そして接客役のウエイトレスだ。当然といえば当然だけど、お店を経営する以上知らない人を相手にして接客するに決まっている。でも、私はやっぱり慣れてない人を相手にすることは苦手だし、目立ってドジを踏みたくないのだ……だから基本裏から出ることの無い調理担当がよかった。……最悪、ただのウエイトレス役ならまだ頑張れそうだったのだけど。

 

「……よっと、はい、捕獲」

 

「ナイスカルマ!観念しなさいアミサ!」

 

「はーなーしーてーッ!」

 

「はー、はー、なんで開店前からこんな疲れてんのよ私達……アミサ、アンタは男女含めてそれの方がいいって推薦されてんだから、諦めなさい!」

 

「……あそこまで嫌がられるとなんか罪悪感が……」

 

「いや、でも店には看板マスコット的な存在は必要だろ!」

 

「真尾さんはA組のステージでも宣伝をしてもらうんだ、少しでも目立った方がいい」

 

「……とかいって、あの衣装って竹林君と岡島君と前原君が選んだんだよね?」

 

「あとは寺坂と中村な」

 

「猫耳メイドは正義だろう?」

 

「まっっったく悪びれてないね、竹林君」

 

「お、俺は竹林(コイツ)の言う『萌え』って奴を選んだだけだ!てかほとんど竹林の趣味と悪ノリした奴らが原因だろ!」

 

……確かに人前に出るのは怖いけど、まだ同じようにウエイトレス、男子ならウエイターをする人たちはいるから、いざとなれば頼ってなんとかなると思ってる。ただ、ここまでの会話でわかってくれたと思うけど……私だけ違う格好で目立たなくちゃいけないことが嫌なんだ。ただでさえ苦手なことをするのになんでこんな恥ずかしいことを……!?

結局待ち伏せしてたのかサボってたのかは分からないけど、偶然空き教室から出てきたカルマに捕獲された私は、服を選んだ人たち曰く猫耳メイドな衣装に着替えることに。中学生の手作り衣装ということで、そこまで凝ってるわけじゃないけど、エプロンドレスというものに猫耳付きのヘッドドレス……これでA組のステージ も出るってことだよね……?私も制服の上からただのエプロンと髪飾りだけがよかったなぁ……

 

「おーけーおーけー、可愛いわよ!」

 

「ふっふっふ……私達の目に狂いはなかった……!」

 

「うぅぅ……確かにカワイイけど……ッ」

 

「ほら、戻るよ。……カルマに見せてあげたら?」

 

「……変って、言われない……?」

 

「むしろ嬉しいと思う」

 

「反応に想像つくもんねぇ……」

 

諦めて着替えてから、手伝ってくれた莉桜ちゃんとメグちゃんと一緒にみんなの元へ戻ると、私を見たみんなの反応は『予想通りだ』『かわいい!』『余計小動物感が増した……』などなど三者三様だった。でも、誰一人として『似合わない』とか『変』みたいな否定的なことを言う人はいないし、……少し、がんばってみようかなって思えた。

 

「ほら、固まってるアイツのとこ行ってやんなよ」

 

「うん……か、カルマ!……どう、ですか……?」

 

「……う、………………ねぇ、」

 

「「「却下」」」

 

「……まだ何も言ってな「どうせこの姿で表に出したくないとかそーゆーことでしょ?これでもだいぶ抑えた方なんだから妥協して」……チッ」

 

莉桜ちゃんに促されて、こっちを見たまま……見たままというか凝視してるようにみえるカルマの所に行って、軽くエプロンの裾を持ちながらくるりと回って見せた。……ら、何か少し考えてたカルマが私の肩を軽く掴みながらみんなに何か言おうとして、即座に却下せれて不機嫌になってた。あの、肩に置いてる指、だんだん食い込んで痛い……何か、気に触ることしちゃったのだろうか。

 

『みなさん!麓で客引きをしている矢田さんから連絡が来ました!「何人か呼べたよ!これからお客さん向かうから対応よろしく!」とのことです!』

 

「律、ありがと!」

 

「よし、皆!俺等の学園祭はここからスタートだ……気合い入れていくぞ!」

 

「「「おうっ!!」」」

 

律ちゃんからの連絡で、ついにお客さんの初来店が近づいていることを知る……私はA組のステージに出るために1時間くらいで下山しなくちゃいけないから、その間でしっかり働かなくては!……服なんて誰も見てないよね、頑張るしかないよね、……やろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お客さんが来始めて30分くらいが経ったけど、やっぱり山の上にあるっていうことでここまで来てくれる人が限られてるのが現状かもしれない。一応足腰が弱い人のために、寺坂くんと吉田くんが足になってくれてる……それでも全員に出すわけにいかないから、そのへんはふもとの桃花ちゃん判断だ。

 

(した)でこのサイドメニュー持ち帰りたいって頼んだんだけど」

 

「え、と、……はい、承ってます。ただいま準備中ですので……あの……お兄さん、少しだけ待っててくださいね」

 

「あ、は、はい。……あ、あの、つけ麺追加で食べてきます」

 

「……!ホントですか?ありがとございますっ!では、お席にご案内しますね」

 

1人違う衣装が注文をとるためにフラフラしているのはちょっとおかしいかもしれないってことで、私は山を登りきった旧校舎の看板前あたりに設置された受付で案内役をすることになった。E組は衛生面の問題からナマモノはあまり長いこと置いておくことはできない……だけどこの校舎にたどり着くまでにかかる時間もあれば、麓で注文してもらえれば上につく頃には採れたて新鮮な食材が届いていることになる。その注文の連絡は調理担当、調達担当以外に私の手元にも逐一送られてきていて……私はその人たちへの対応や席への案内をするのがお仕事だ。

あれだけ衣装には抵抗したけど、いざやり始めたらどうでもよくなってきたのか、対応がだいぶスムーズになってきたと思う。少しならお客さんとお話できるようになってきたし……たまに追加で注文したり食べていってくれたりする人も出てきた。これなら乗り切れそうかな。

 

「アミーシャお疲れ。もう一組くらい接客したら俺等と本校舎に行くから交代だよ」

 

「あ、うん!優月ちゃんお願いします」

 

「まかせといて!カルマ君、写真……いや、動画よろしく。律をテレビってことにしてステージでの映像流すらしいから」

 

「おっけー」

 

「律ちゃんがテレビ……」

 

「三村君がついて、律をアバターとして動かしてる体にするんだって。実際は律が自分で動くわけだけど」

 

人の流れが途切れたところで、私がいない間の受付役として、カルマを伴った優月ちゃんが来てくれたのを見て席を立つ。みんながうまく予定を調節してくれて、始まって1時間やそこらじゃまだそこまで混まないだろうってこともあってか、カルマ、渚くん、カエデちゃん、有希子ちゃん、愛美ちゃん、杉野くんという4班が休憩時間として本校舎に着いてきてくれることになった。急いで校舎の中に入り、山道を歩くわけだからと衣装とはいえエプロンを外して外に戻れば、玄関前で6人はもう準備して待ってくれていた。

簡単な荷物だけ持ってさあ向かうぞ、となった時……前を向いた杉野くんが声を張り上げた。

 

「あーッお前等!修学旅行の高校生!!何しに来たんだよ!?」

 

「あれれ〜?また女子でも拉致るつもり?」

 

「……チッ、もうやってねーよ。化け物先公に出てこられちゃたまんねーしな。だが、別に力を使わなくても台無しにはできる」

 

さり気に男性陣が私たちの前に立って隠してくれた相手は……京都での修学旅行で男子を傷つけ、私とカエデちゃん、有希子ちゃんを誘拐した高校生たち。彼等はあの時も制服から私たちの学校とかを特定してたし、殺せんせーも学校での立場は底辺だって確か言ってた……それでE組のことを知ったのかな。反射的に隣のカエデちゃんの腕を掴むと、有希子ちゃんも反対側から一緒に握り返してくれた。

高校生たちは言う……殺せんせーに手入れされても台無しにする機会は狙っているのだと。私たちのお店は飲食店だから、ちょっとしたことでお客さんの印象はガラッと変わってしまう。嘘の情報でもちょっと口にされただけで大きな影響があるかもしれないのに、それがネットにでも流されたら……。

 

「お前等、心配すんなよ」

 

「……村松くん……」

 

「うちのこだわり抜いたどんぐりつけ麺だ。まずいわけがねぇ……この一週間、思わずうめぇって言わせる味を目指したんだぜ」

 

調理室として使っている教室の窓から、村松くんが顔を出した……話しているあいだに料理ができていたみたいで、声をかけてくれたみたいだ。窓の1番近くにいた愛美ちゃんが料理を受け取りに行って、そのまま高校生さんたちに出してくれるとまでいってくれて……そっか、愛美ちゃんは唯一無事だったから、高校生さんたちもあの時の関係者かどうかわかってない可能性があるんだ。

 

「ど、どうぞ……看板メニュー、どんぐりつけ麺です」

 

愛美ちゃんが出した山菜たっぷりのどんぐりつけ麺を前にして、興奮してる高校生さんと、よく分からないけどものすごく怒ってるリーダーっぽい人がつけ麺に口をつけるのを、固唾を呑んで見守る。他のお客さんの反応は上々だけど、この人たちにはどうだろうか、と。

 

「う、うめぇ……!」

 

「確かにラーメンだけど……食ったことねー味だ」

 

「村松にしては奇跡の味だ。マズさが売りのキャラが崩れる」

 

「うるせーイトナ!テメーも働け!」

 

「ちゃんと金は払ってるぞ」

 

「そういう問題じゃないんじゃないかな……」

 

……お口にあったようで何よりです。何故かお客さんに混ざってつけ麺をすすってるイトナくんを村松くんが叱ってる中、涙を流して箸を止める高校生さん。村松くんの試作スープを味見しては批評を繰り返す殺せんせー、ねちっこいし細かかったもんね……そのおかげで誰もが満足できるつけ麺の豚骨醤油スープになったわけだけど。こっそり窓の方を見てみれば、その村松くんと目が合ってドヤ顔しながら親指立ててた……ホントだ、全然心配なかったや。

 

「な、これがこんだけうめぇんだし、他のも食おうぜ他のも!」

 

「なんだこのタマゴタケって、俺食ったことねぇ!」

 

「テメーらマズイって言え、マズイって!」

 

え、マズイの?あらぁ……うちの生徒の料理、お口に合わなかった?

 

「「マブい!!」」」

 

と、ここで様子を見てたらしいイリーナ先生が声をかけてきて、高校生さんたちがみんな挙動不審な上に敬語まで使い始めた……先生、普段の姿見てない人にとってはものすごい美人さんだもんね、照れるよね。しかも服装を落ち着いたものに変えたから、前以上に色気が全面に出てる気がする……自分の魅力を自覚して、それを巧みに料理を進めるのに使うイリーナ先生は流石だと思う。

 

ふふ、料理もいいけどね……今はもう準備でいないけど、うちの看板娘が午後から無料のステージやるのよ。料理を食べながら見てくれると、先生嬉しいなぁ?

 

「え、で、でも金が……」

 

駅前にあるでしょ……?……A・T・M♡

 

「「「お、……下ろして来るッス!」」」

 

「はぁい、待ってるわね〜」

 

「……貢ぎコース確定した」

 

「何よ渚、ダメなの?……アイツらって私の可愛い生徒を襲ったヤツらなんでしょ?別に傷つけるわけじゃないしE組の利益にもなるんだし、気づけば金欠っていうカワイイ復讐くらいやってもいいじゃない」

 

サラッと私の出番を……ホントはここにいるけどいないって体で隠しながら宣伝してくれたイリーナ先生の言葉を聞いて、高校生さんたちはお金を下ろすために山道のを駆け下りていった。……お兄さんたち、武力行使での台無しを仕掛けるどころか、イリーナ先生に取れるだけお金を搾り取られることが決まったね、きっと。結構お金の復讐は冗談じゃすまないと思うんだけど。

直前にアクシデントはあったけど、無事に出発できそうだ。今度こそクラスメイトたちに引き継いで、私たち4班は山道を降りる……A組の、浅野くんからの依頼をこなすために。あとは、移動の分も考えた少し長めの休憩時間で本校舎の偵察……もとい他のE組生より一足先に出し物を楽しむために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、やべぇ……体育館が異世界だ」

 

「なんて言うんだっけ、このわーって流れてる文字……」

 

「『弾幕』だよ。動画のコメントを打つとリアルタイムで流れるの」

 

「へぇ〜……神崎さん、詳しいね」

 

「私、ゲームの参考とかにこういう動画とかよく見てるから」

 

中学部のA組が出し物をするために借り切ったらしい体育館は、杉野くんの言う通りまるで異世界に放り込まれたかのようだった。暗い室内に明るい照明が踊り、周りの壁には背景画像とともにステージに登るアイドルさんへのコメントがとめどなく流れる……ってこれ、中学生がやる出し物なのかな?もはやこれ、ひとつのお店なんじゃ……

 

「浅野せんぱーい!」

 

「やぁ、よく来てくれたね。楽しんでくれたら嬉しいよ……君等も来たか、丁度いい」

 

「やっほー、浅野クン。ここに来た俺等6人が裏か表で待機させてもらうからよろしく〜」

 

「ああ。E組の要求通り……僕等五人の演奏の中で真尾さんが出演することは本校舎の生徒も教員も誰にも明かしてないし、演奏が終わった後にE組の飲食店の宣伝時間を設けよう。だが……果たしてここに来た客が君等の店へ行くかな?」

 

「……どういうことだよ」

 

何か企むような顔で得意げな浅野くんに杉野くんがイライラしたような声色で尋ねると、彼はA組の出し物である『イベントカフェ』の仕組みを説明してくれた。

まず、この体育館は真ん中にステージを置く形で半分に仕切ってあるらしい……道理でどこか普段の集会の時に比べると狭いと思った。片方のステージを開いたらアイドルや芸人など浅野くんのお友だちがイベントを行い、終わり次第仕切りを閉じてすぐさま反対側のステージで次のイベントが始まる……これが1時間単位でずっと続くんだそうだ。飲み放題食べ放題な代わりに、ステージの開かれる部屋へ入る時に1回500円払って入場するから、入るたびに500円……そこで利益を出す。

ここでさっきの浅野くんの言葉に繋がるのだけど……飲み物と食べ物が無料だから、生徒たちは無計画に飲み食いする。イベント会場から出る頃にはお腹いっぱいになっていて、E組を含めた飲食系統のお店には入る気にもならないだろう、というのが浅野くんの読みらしい。

 

「うーん、確かにお腹いっぱいになったら他のお店には入る気なくなるよねー……」

 

「強いて、デザート系でしょうか……」

 

「うん、でも……送迎を使うにしてもわざわざ1kmも山を登ってきてくれるかっていうのがネックかもしれないね」

 

「ふっ、今回は僕の作戦勝ちかな。せいぜい悩めばいいさ……さぁ、真尾さん、裏へ準備と打ち合わせに行こうか」

 

「え、あ、はい!」

 

「今のままの制服でも隠しきれない芳しき花の香り……衣装という名の水を与えられてどう育つのかが楽しみだ。さ、お手をどうぞ?僕が着替えを手伝うし、その可憐さに磨きをかけてあげよう」

 

「ちょっと、アンタ何言って、」

 

「せ、制服の上から着るものなので1人でへーきです榊原くん!」

 

「アミサちゃん、ツッコミどころはそこじゃないです……」

 

「男が女の着替えを手伝おうとしてるところに違和感もって……!」

 

「(ほんっとよかった着いてきて!合流してすぐにこれじゃ危なすぎる……!)」

 

浅野くんの話す作戦を聞いて早くも相談し始めてる私以外の女性陣を横目に(多分スマホから聞いてる律ちゃんがE組のみんなにも中継してるから、相談してるのはE組の面々もだけど)、手を取ろうとしてきた榊原くんから逃げつつ、一旦楽屋になってるらしいステージ横のスペースに移動することに。楽屋はそこまで大きくスペースをとってるわけじゃないし、椚ヶ丘と関係の無い外部から来てくれている著名人もたくさんいるから、あまり部外者が入るわけにはいかない……らしいので、とりあえず何かあった時のために楽屋までカエデちゃんが着いてきてくれることになった。

カルマたちと別れて楽屋に入ると、浅野くんは椅子に座ってギターの調律をし始めた……手を動かしながら私たちの動きを確認していくのはさすがだなぁ。

 

「──と、いう流れだ。……最終確認だけど……真尾さん、本当にこの曲でいいのかい?」

 

「確かに……真尾の雰囲気だとロックな歌は想像がつかないぞ」

 

「僕等だって選ばれし者……本番前に軽く曲を変えたって完璧に演奏してみせるよ?」

 

「アミサちゃんの歌はすごいからね!4月にかなり激しいの1回聞いたけど、一瞬意識持ってかれそうになったもん!」

 

「……だいじょぶ、いけます」

 

「そ、そうか」

 

「てか……なんでお前が自慢気なんだ」

 

「ふふん、アミサちゃんはE組みんなの妹だから!」

 

打ち合わせの時に心配されたのは選曲……普段大人しい私にはテンポも曲調も激しいものは合わないんじゃないかって。自分では似合う似合わないとかは全然わからないんだけど……1度音楽の授業で、殺せんせー暗殺の情報集めのために波長に歌声をぶつけたアレを、カエデちゃんは覚えていたみたい。自分の事のように嬉しそうに話す姿を見てたらいける気がしてきた。

先に2、3曲弾いてくる間に準備を整えておけといって、浅野くんはひと足早くステージへと歩いていった。ギターをかき鳴らす浅野くんの姿にイベント会場は爆発したような大歓声……確かに浅野くんは何でもできるけど、気持ち悪いってのは言い過ぎじゃないかな、小山くん。

 

「だが、なんでも出来る彼にだって敗北はある」

 

「もう相手がエンドのお前らだなんだと言ってられないな」

 

「どんだけ腹黒かろうが……俺等のトップが負ける姿はもう見たくねぇ」

 

「……じゃあ、なんで、私を……?」

 

どんな扱いをされても、腹黒い考えや普通思いつかない作戦を出してきても、それでもたった1人のリーダーだからついて行くのだと4人は言う。負ける姿が見たくないから、全力で協力するのだと言う。……なら、なんで敵である私を呼ぶことに反対しなかったんだろう。なんで受け入れてくれたんだろう。隣で聞いていたカエデちゃんも不思議そうに彼らを見ていて、4人は1度舞台を確認してから気まずそうにこちらへ向き直った。

 

「あー……本当は言うなって言われてたんだが……」

 

「僕が言うよ。……浅野君は一年の頃から真尾さんに好意があったんだ。それでもクラスは違うしそばにいるキッカケをなかなかもてなかった。その上今年は真尾さんがE組で余計に接点をもてない……一度くらい、どんな形でもいいから一緒に学校行事に参加したかったらしいよ」

 

「だいぶ強引だとは思ったけどな」

 

「…………」

 

……そっか。2学期末テストが終わったら、本校舎はエスカレーター式で高等部にあがるけど、2学期末テストが終わってからもE組に残る生徒は外部受験で他校へ進学することになる。きっと、暗殺以外に目標としてきた本校舎復帰のボーダーラインである『テストで50位以内』を達成できても、E組生の中であの教室を出て行く人は私も含めて1人もいないんだろう。そう考えたら、私と浅野くんが同じ学校で同じ行事に参加することは二度とない……今年が最後のチャンスといえばそうなんだろう。

A組の出し物にE組を呼ぶなんて、下手すれば大バッシングを受けてもおかしくないのに、浅野くんは躊躇いもせずに実行した。ステージの境となるカーテンから覗いてみれば興奮して叫ぶ観客を前にして、すごく楽しそうに、だけど真剣にギターを弾いている彼の姿……この彼が作り上げた空間に私も立つんだ。

 

「……私、がんばるね」

 

「……おう、任せたぜボーカル」

 

「いっちょ支えてやりますか!」

 

「私はここから見てるね。……いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「……浅野君って、楽器もできるんですね……」

 

「ああいうのなんて言うんだっけ……超中学生級(スーパー中学生)?」

 

「ですね」

 

「あ、やっと繋がった……!おい進藤、お前今どこにいんだよ!?昨日から連絡してんのに無視しやがって……!あー、もうなんでもいいから体育館のイベントカフェ来いよ!……今E組行くところだった?そっち行ってもいねぇって!」

 

「……で、さっきから杉野は何やってんの?」

 

「真尾が出るんだから、進藤にも生で見せてやりたくて。……はぁ?もう山道半分登ったあと!?あー……間に合うかなー……」

 

「……無理ならE組でのステージ推してやればよくね?」

 

「……それだ。進藤、彼氏様から許し出たから、時間あるならそのままE組目指してそっから見ればいいんじゃね?中継するし!午後にはうちでもステージやるからさ!」

 

「……なんか意外だね。カルマ君がアミサちゃんの舞台に他の男の人を呼ぶことに抵抗が無いなんて」

 

「進藤のアレは好意ってより信仰だと割り切った」

 

「あ、あはは……。……あ、五英傑の残りの4人が出てきたよ」

 

勉強に運動、語学、その他諸々……の上に楽器までとか、なんか逆に出来すぎて烏間先生達とは違った意味で人間やめてるよね浅野クンって。それにしても浅野クンのギターに会場は大歓声……特に女子の悲鳴。……そんなにいいか、アレ。別にアミーシャが浅野クンを気にすることにならないならどーでもいいんだけどさ。その大歓声に負けないように、半ば叫びながら野球部主将(進藤)に電話する杉野へ、売上アップも兼ねてE組の飲食店に居座ればいいと吹き込めば、すぐさまそれを伝えた……絶対何も考えずに言ったよな、杉野。

渚君の言葉にステージへ目をやれば、ドラムにキーボード、ベースなどを準備し始めた奴ら……楽屋について行ったカエデちゃん曰く、1曲バンド演奏した後にアミーシャの出番が来るらしい。始まったソレのクオリティが、部活に入ってたわけでもないのに悔しくなるくらいに高いのがムカつく。

 

「……アミーシャ、なんか五英傑に意趣返しでもしてくんないかな」

 

「カルマ君は心配じゃないの?バッシング受けるとしたら、招待した浅野君よりE組のアミサちゃんじゃない?」

 

心配、か。

 

「……アミーシャの実力を信じてるし、あの声があれば非難も全部吹っ飛ぶ気がするから」

 

……さあ、五英傑の曲が終わる。

次はE組(うち)の、俺の可愛いお姫様の出番だ。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

曲が鳴り終わる。

 

 

 

割れんばかりの拍手の音が聞こえる。

 

 

 

それを確認して私は目を閉じた。

 

 

 

ステージから新たにマイクを設置する音が響く。

 

 

 

また出演者が増えることに、会場からざわめきが起きているのが聞こえてくる。

 

 

 

私は衣装を軽く握りしめた。

 

 

 

『皆、察してるとは思うが……ここでもう一人ステージに呼ぼうと思う。プログラムにも載せてなかった特別ゲストだ』

 

 

 

……浅野くんの前口上が始まった、ステージに向かわなくちゃ。目を開いてカーテンをめくり……

 

 

 

『……これは僕のわがままだ。だからどんな文句もブーイングも僕が許さない』

 

 

 

……浅野くんは、急に何を言い出すの?

 

 

 

思わず、前に出しかけた足を止めてステージを凝視した。

 

 

 

『何か言いたいことがあるなら終わった後に、僕に直接言いに来ればいいさ……さあ、ラスト一曲、始めようか』

 

 

 

……何か言われるんじゃないかっていう私の心配を取り除いてもらえちゃった。

 

 

 

浅野くんも、他の4人もこちらを見ている。

 

 

 

──だいじょぶ、さっきよりも少しだけ落ち着いた。

 

 

 

それに今、なんだかドキドキしてるの。

 

 

 

先程よりもしっかりした足取りで歩き出す……ステージの上に私が現れた途端、ザワつく観客たち。スタンドからマイクを外している最中にも「なんであいつが」「E組を呼んだってこと?」「なんで榊原君はあいつを手伝ったり……」色々な声が響いている……浅野くんがああやって先に言ってくれてなかったら、もっとザワザワしてたんだろうな。

準備ができたことを知らせるように後ろの5人を振り返れば、少し心配そうにこちらを見る顔が並んでいて……まさかそんな表情をしてるなんて思わなかったから、あっけに取られてしまった。……私はへーきだよ、ひとりじゃないから、怖くない。そんな言葉を届けるようにニコリと笑って見せれば、1度目を見開いたあとホッとしたように同じように笑った5人は楽器を構えた。ドラムの荒木くんが拍子を取り、音楽が奏でられる。客席に視線を動かせば、中程の席にはこの距離でも分かる赤・青……私はお客さんだけじゃなくて、E組(みんな)にも届けたい────私は、大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




「……お、真尾こっちみたんじゃね?」
「あ、ホントですね。小さく手を振ってます」
「いや、舞台でそれは……」
「それにしても、こっちの客席結構暗いのによく分かったよね」
「そりゃあ……暗くてもお前ら2人は目立つからなぁ……」
「「え?」」
「なるほど、髪の色ですね」
「ふふ、杉野君よく気がついたね」
「お、おう!」
「……確かに、紛れることは無いのかも」
「……髪以外で気づいてくれてると嬉しいけどね」


++++++++++++++++++++


学園祭1日目の前編が終わりました!
次回はA組ステージに軽く触れたあとに、諸々の接触がある予定……です。多くても前中後編で終わる予定です。

懐かしいあの人や、……も、きっと学園祭に遊びに来ますよ!

では、また次回をお楽しみにです!




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学園祭の時間~1日目・中編~

今回は完全オリジナルになってます。
前半は前話の続きですが、読み飛ばして後編を読んでもお話は繋がるようになってます。


カルマside

それは、五英傑とアミーシャのバンド演奏が始まってすぐのことだった……明らかに前奏の途中、まだ歌は始まらないというのにマイクを構え、息を吸い込んだアミーシャが目に入ったのは。

 

「……Ah────ッ!!」

 

直後、会場に響き渡ったのは高音域のシャウト……低い音から高い音へ、発された彼女のフェイクが、クレッシェンドするように音程が上がると同時に声量も上がっていく。しかも長い。浅野クン達五英傑がギョッとしたように彼女に顔を向け、やってくれたなとばかりの笑みを浮かべたことから、これは完全に彼女が打ち合わせもせずに独断でやったオリジナルのアレンジだったんだろうことが分かる。まあ彼女の事だし、もしかしたら無意識にやってる可能性も捨てきれないけど。……ギョッとさせられたのは彼らだけじゃなくて聞いてる観客もだったんだろう。あの小さな体のどこから出てくる声なのかってくらいの声量と音域……大人しく、人から逃げるように縮こまっていた本校舎時代の彼女しか頭になかった奴等にとっては、信じられないんじゃない?

 

 

 

夢を追いかけて ボクは理想に迷う

信じた道、進む道

それが間違いなんて知らなかった

外の世界が 信じた世界が

みんながボクを嫌って見えた

 

ここには居られない 居たくない

一人外に飛び出した

逃げ回って走り疲れて

隠れたくてうずくまって

……もう何も見たくない!

 

信じてついて行ったって

キミもいつかは裏切るんでしょ?

それで傷つくくらいなら

最初から信じなければいいのかな……

 

 

 

「……この歌……なんか、」

 

「E組の境遇に……アミサちゃんに似てる気がします……」

 

ポツリと零された渚君や奥田さんの一言で歌声だけでなく歌詞にも注目を向ける事になる。確か、演奏する楽器を指定したのは浅野クン達で、選曲したのはアミーシャだったはず……E組(クラスメイト)には衣装や当日の付き添い、浅野クン達への要求は考えさせてくれた代わりに、何を歌うのかとかは全く知らされてなかった。というか頑として彼女が教えてくれなかった。ただ、ステージに立つことを決めた彼女は、その日のうちにE組全員を見ながら一つだけはっきりと告げた。自分は不器用だから普段言いたいことがうまく伝えられない分、頑張って歌ってくる、と。

 

 

 

一人戦う強さ ボクには無かったから

信じること、進むこと

全て諦めようとしてた……なのに、

閉じた世界、暗闇の世界に

キミが手を差し伸べてきたんだ

 

一人は怖い でも不器用なボクは

手を取ることすらできなくて

迷って悩んで その手を

振り払って立ち止まって

……どうすればいいか分かんないよ!

 

 

 

──俺等に全く話そうとしなかったその答えが、きっとこの歌なんだろう。

歌詞の主人公と同じようにどこか泣きそうな……それでいて訴えかけるような歌声が、マイクを通してではあるけど会場中に響き渡る。きっと、撮影してる律を通してE組の飲食店にもこの歌声は届いてるんだろう……律の事だし、音量調整とかも音割れハウリングなくバッチリなんだろうね。映像を通してでも、きっと歌に重ねられるアミーシャやE組生の思いに、感情移入してしまうほどの迫力だと想像出来る。

そんな歌を、映像ではなく目の前で生の声として聞いてる俺はといえば、頭の中で様々な彼女やE組での場面が駆け巡っていた。

 

出会った頃から、この学園で公然とされた『E組差別(当たり前)』を嫌っていた異端(正義)のアミーシャ。俺や渚君と波長があって、結構早い時期から懐いてくれた可愛い妹のような……後の愛しい存在。……なのに、信じていた先生に捨てられて、数少ない裏切らない相手以外は信じることをやめようとしていた。

 

2人してE組に落ちて、反発しかなかった俺等に手を伸ばし続けた殺せんせー。そしてなんだかんだと俺等が受け入れ、俺等を受け入れてくれたE組のクラスメイト達。少しずつ様々な問題を解決して、仲間も増えていって……大きな壁に何度も立ち向かった、今では信じてもいいかと思えるもう二度と出会えないだろう居場所。

 

 

 

うずくまったボクに キミは言った

『大丈夫 泣かないでよ』って

『僕だって ずっと立ち止まってた

でも今はみんながいる

外の世界は案外優しいから

……君は一人なんかじゃない!』

 

あれだけ迷ったその手を

掴むのはすごく簡単で

握り返された温かさに

そっと涙がこぼれた

 

一人で戦う強さなんか

失う強さなんか 持ってないけど

ここでなら キミとならきっと頑張れる

……そんな気がしたんだ

 

 

 

最後まで力強く歌いきり、程なくして五英傑のバンド演奏も終わる……シン、と静まり返った会場に聞こえるのは、マイクが微かに拾ったステージ上の6人の荒い息遣いのみだった。額の汗を拭ったアミーシャは、あまりに観客の反応が薄いせいで、マイクを握ったまま歌っていた時の真剣な顔つきとは打って変わって不安そうに視線をゆらゆらと揺らしているのがわかる。静かすぎてどうしていいか分からないって思ってるんだろうけど、多分みんな圧倒されて動けないだけだ。悲しい一人ぼっちが仲間を得て前を向く、そんな歌を歌いあげたアミーシャに。歌を邪魔することなく、それでいて各々の楽器の個性を全く殺すことの無い五英傑のバンド演奏に。

五英傑はどうでもいいけど、流石にこの静けさの中に彼女を放置しておくのは忍びなくて、乱入してやろうか、なんて思い始めたその時。俺の隣から……正確には奥田さんから一つの拍手が響いた。それを皮切りに、神崎さんが、渚君が、杉野が……当然俺も。そして息を吹き返したと言わんばかりの会場には、割れるような拍手の音が鳴り響く。普通なら反応があってホッとする場面だろうに、拍手の大きさに逆にビビって逃げようと後ずさってるのがなんとも彼女らしい。

 

『さて、これで僕がE組とはいえ彼女を招待した理由がわかっただろう。ここまで他人(ひと)を圧倒させる才能の持ち主を一重にE組だからと埋もれさせるのはもったいないからね』

 

「……っ、さすがは浅野君だ!」

「E組なんかでも目を配ろうとするなんて!」

「五英傑、演奏最高だったよ〜!」

「浅野せんぱーい!」

 

「……浅野君達だって圧倒されてたよね……」

 

「よく言うよな〜、しかもいい感じにA組有利にまとめやがった……E組(うち)には埋もれさせちゃいけない奴はまだまだいますよーっと」

 

「そんなのどうでもいいからアミーシャの肩から手を離せよ浅野……マイクくらい自分で持てよ離れろ」

 

「ちょ、どうでもいいって;」

 

「ほんとブレないね、カルマ君……」

 

後ずさるアミーシャを支えるように近付いてきた浅野クンは、彼女の肩に手を置くと持ったままだったマイクに顔を近づけて話し始めた。渚君と杉野は浅野クンのスピーチに色々ボヤいてるけど、俺にとってはあの距離感の方が気になる……近いんだよ、離れろ。アミーシャが持ったマイクにわざわざ顔近づける必要ないだろ離れろ。

今にも飛び出してやろうと足を踏み出した俺が、観客側にいた4班(アミーシャについて行った茅野ちゃんを除いた全員)に抑えられた頃……浅野クンがようやくアミーシャにそろそろ宣伝をと促したようだ。……こっちを見てどうだとばかりに鼻を鳴らしたように見えたのが無性に腹が立つんだけど!アミーシャはといえば、軽く浅野クンに押し出されてオロオロしてたけど、楽屋側、多分茅野ちゃんが見てるんだろう場所を確認したあとに俺等の方を見て、俺を押さえつけようとする杉野と渚君、なだめようとそれぞれ手を伸ばす奥田さんと神崎さんっていう謎の状況に小さく笑ってから前を向いた。

 

『……E組では、今、たくさんの挑戦をしています。みなさんから見て、落ちこぼれでもいい。……異端だって、言われてもいい。その分、あそこでしか学べないことを学んでます。その、ひとつの集大成が今回の学園祭……私たちがE組だからこそ作ることができた、山の幸を使った食べ物たちです。…………その、きっと、もうお腹いっぱいな人もいるでしょうけど……まだ、明日もありますし……。……え、と…………ぜひ、この2日間でしか味わえない、私たちのお店に……きて、欲しいです……!……もうムリです……ッ

 

わ、わぁっ!?……もう、アミサちゃんったらぁ……よく頑張ったね……

 

『……A組のステージに出てもらう代わりにE組の出店の宣伝をしてもいいことにしてたんだけど……えっと、真尾さんは人前に立つのがだいぶ苦手だから……うん、頑張ってくれた彼女にもう一度大きな拍手を。……それから、椚ヶ丘の学園祭はまだまだ続く。皆、楽しんでいってくれ』

 

最初は結構スムーズに宣伝できていたのに、後半になるにつれて……特に一番大事な客寄せのセリフを言う頃に「多くの人に見られている」という状況だと思い出したんだと思う。だんだん声が小さくなって詰まり始め、最後には顔を真っ赤にして逃げ出した……アミーシャにしては、かなりもったほうだと思う。浅野クンに押し付けられたマイクには、楽屋入口で飛びつかれたんだろう、茅野ちゃんの驚きとアミーシャを労う声が入ってたけど、きっと本人達は気づいてないんだろうね。浅野クンも照れるなり言葉に詰まるなりは想定していただろうけど、まさか終わりの宣言もなしにステージからアミーシャが逃げるとまでは予想してなかったのか、少し戸惑ったようになんとかまとめていた。

パラパラと再び響いた拍手にようやく俺も力を抜く……ちょっと、そこの渚君と杉野(二人)、ため息つかないでよ。飛び出そうとはしたけど暴れてはないじゃん、失礼な。

 

「何はともあれ、今日最大のミッションは達成かな」

 

「ですね……強いて言うなら、緊張とかで疲れきってるアミサちゃんのケアかな?」

 

「ほとんどカルマ君の役割になりそうですけどね……」

 

「ま、なんにせよE組に戻り次第シフトだし、少し腹に入れつつ帰ってくるのを待とうぜ」

 

能天気にせっかくタダなんだからと料理を取りに行く杉野を横目に、俺等はアミーシャと茅野ちゃんの帰りを待つ。何か予想外でも起きない限り、今回の学園祭の中でもかなりの大舞台を終えたとも言っていい俺の恋人と、かなりアウェーだっただろう空間まで付き添ってくれた茅野ちゃんに、どう声をかけようかどう労おうかを考えながら。

 

 

 

 

 

……まさか、予想できるはずがないよね。浅野クンを除いた五英傑に付き添われた2人が、戻ってくるなり俺を避ける、なんてさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうしたのよ。帰ってくるなりこっち逃げ込んでくるとか……ステージは成功だったんでしょ?」

 

「さっきよりはお客さん増えてるもんね〜」

 

「カルマ君はカルマ君で、不機嫌なのかどうしていいか分からないって微妙な顔してるし」

 

「…………」

 

E組の山に帰ってくるまで、私はほとんど話さなかった……ううん、正確にはカルマとほとんど話さなかった、かな。私から話しかけることもなければ、話しかけられても程々で切り上げて避けるのを繰り返し、不機嫌そうに私を捕まえようとする手からも自然な動きで避けては女性陣の中に逃げ込んでいた。ケンカ、したわけじゃないし……多分カルマが悪いわけでもなくて……私が信じられないだけ、なんだけど。

今もシフトに戻ったには戻ったんだけど、なんとなくカルマと顔を合わせづらくて、相談を兼ねて何人かの女の子たちと裏方に回っていた。

 

「茅野ちゃんは何か知らないの?」

 

「……うーん、知ってる……というか、一緒にいたから私も聞いてるんだけど、だからこそ、どうにも納得いかないって言うか……」

 

「なに、その煮え切らない反応」

 

私があまりにも反応なく黙りだったからか、本人じゃなくても何か知ってるんじゃないかってカエデちゃんにも同じ話題がふられていた。カエデちゃんは私と一緒にいたわけだから、もちろん理由を知ってはいる……んだけど、私と同じく困惑してることだろう。嘘ではないんだろうけど信じられない、というか……。

うんうん唸っていた彼女は、まずは疑念の根本から確認していくのが1番だろうと、独り言のように疑問をこぼし始めた。

 

「……カルマ君ってさ、アミサちゃんに一途だよね」

 

「何よ突然」

 

「恋愛でってこと?」

 

「私は本校舎時代はあんまり絡みなかったし、E組に来た時からのカルマ君しか知らないけど、……あの様子を見てる限りはアミサちゃんに一途じゃない?」

 

「一番近くで見てきた渚もそう言ってたもんね」

 

「そうだよね……うーん……やっぱり信じられないなぁ……」

 

「……で、なんなのよ結局」

 

「それがさ……」

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

カエデside

五英傑とアミサちゃんのステージが終わってから……次のイベントの打ち合わせがあるからって私達から離れた浅野君に代わって、あとの4人が観客としてついてきてくれた4班のところまで送ってくれることになったんだよね。

 

「そういえば……お前、いつからかは知らねーけど、赤羽と付き合ってんだろ?……浅野、気付いてるぜ」

 

「……!そ、そういえば付き合い始めた頃からバタバタしてたし、ちゃんと浅野くんに返事もできてない……!」

 

「おいおい、してやってくれよ……ま、どんな返事でも浅野君は受け入れるんじゃないかな?」

 

「むしろ略奪してやるって燃えたりしてな、キシャシャシャ!」

 

「略奪愛……なんだか禁断の愛を感じるね、そういうのも嫌いじゃないよ」

 

「あ、あはは……カルマ君、がんばって……」

 

足を進めながら世間話のように軽いノリで、アミサちゃんが浅野君からの告白にタイミングとかがなくて実はまだ返事ができてないことを瀬尾くんに指摘されたんだ。慌てる彼女に対して何故か、浅野君ならこうするんじゃないか、いっそこんな関係になったら面白いのにって盛り上がる瀬尾くんたち4人……。この場にいないのにいろんな意味でひどい扱いされてるカルマ君と浅野君には手を合わせるしかないよね、……2人して不憫すぎるけど、日頃の行いだろう。アミサちゃんが前に言ってたけど、いろんな意味で似たもの同士だから……なんて、なかなかなカオスな憶測の話題が繰り広げられてた時だった。その爆弾を落としたのは確か瀬尾くんだったと思うんだ。

 

「てか、赤羽って6月くらいに他の女と付き合ってなかったか?」

 

……って。

 

「…………え、」

 

「ま、まさかぁ……だって、あのカルマ君だよ?」

 

「嘘なんかじゃねーよ。俺と元カノが見てるし、なんなら会話もしてる……正直俺が欲しいって思うくらいものすごい美少女だったぞ?まあ、あんだけ仲睦まじいとこ見せつけられたら俺も諦めざるを得な」

 

「瀬尾?」

 

「ンん゙っ……いや、なんでもない。てか、そう簡単に別れるようには見えなかったが……」

 

「…………カルマ……」

 

「……ア、アミサちゃん……」

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「……っていう」

 

「「「……………………」」」

 

何があったかをカエデちゃんが話し終わった時には、みんなが黙り込んでいた。瀬尾くんが悪いわけじゃない、彼は単に疑問を口にしただけなんだから。 だからと言って怒りたいわけでもなくて……私たちと同じように、本当の話なのかよく分からなくて判断に困ってるんだと思うけど。

 

「いろいろ確認したいんだけどさ……それ、ほんとにカルマ?」

 

「らしいよ?瀬尾くんも最初は信じられなかったけど、その子の兄に確認したらそうだって言ってたって」

 

「ありきたりだけど、プレゼントを買いたいけど分からないからその子についてきて欲しいって頼んだとか?」

 

「手を繋いで腕組んで相合傘して帰ったらしいけど」

 

ますます事実が見えなくなってきた……どうしようもないと言えばそうなんだけどね。だって今から半年くらい前の話だし、又聞きのようなものだから正しい情報とも言いきれない。それに……今、私は嫌われてるわけでもないし……でも、その子に隠れて会ってるとかされてるとしたら……それは、気分が悪い、嫌だ、な。

 

「……ん?待って、それって6月……なんだよね?」

 

「……やっぱり、そこが気になるよね」

 

「当たり前でしょ!運動会くらいまで分かってなかったアミサと違って、確か()()の修学旅行でカルマは自覚したんでしょ?好きな人を自覚した直後にそんな誤解を招くようなこと、するかしら?」

 

「だよねぇ……」

 

そこでカエデちゃんがチラ、と手元のスマホへと目をやった……注文でも来たのかと私も同じように目を落とした私は知らなかった。私を除いたこの場にいる女子のスマホが、律ちゃんを通して別の場所に繋がっていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

「……ということらしいけど、カルマ君、身に覚えは?」

 

「あるわけないじゃん!」

 

「だよねぇ……」

 

所変わってこちらも動けるウエイター陣……事の中心であるカルマ君を僕と杉野で連れて、ちょうど動けた磯貝君と前原君をも巻き込んで、校舎裏に集まっていた。といってもカルマ君に心当たりがあるわけでも、僕等が詳しく知ってる訳でもないから、女子でも話を聞くという茅野に協力してもらって何があったのかを中継してもらった。

結果として……スマホの向こうからはショックを受けてるからなのか、何を言えばいいのかわからないからなのか、アミサちゃんの声が全く聞こえてこないし……カルマ君はカルマ君で心当たりがないみたいで八つ当たり気味にキレてるし。とにかく情報が少なすぎるよね、目撃者が本校舎の……しかも五英傑の一人っていうのがまた難しい。

 

「一応整理するぞ……目撃されたのは6月、見たのは瀬尾と元カノでいいんだよな?」

 

「時期的に……俺が果穂と別れたくらいか。ならその瀬尾の元カノってのも果穂なんじゃねーか?」

 

「とりあえずそうだと仮定するか。で、手を繋いで腕組んで相合傘……仲のよすぎる兄妹説は本人が否定してるし……」

 

「相合傘ってことは雨が降ってる日なんじゃねーか?」

 

「なるほど……で、兄に確認したってことは……その美少女は誰かの妹……」

 

「瀬尾が思わず確認とるほどか……どんな子だったのか逆に気になるな。……俺も見てみたいし声掛けてみたい」

 

前原?

 

「すんません!」

 

磯貝君と前原君とで女子側から出た情報をまとめてくれてたんだけど……前原君の興味が途中で脱線した。彼らしい情報で、分からなかったことも少し詳しくなったと見直しかけたのに……さすがはコードネーム女たらしクソ野郎。

 

「はは、なんか前原の話すこと聞いてるとアレ思い出すなー」

 

「アレ?」

 

「ほら、雨の中前原の元カノと瀬尾に俺等が暗室技術を使って復讐したやつ!アレも女性関係じゃん、懐かしくね?」

 

「そういえばそんなこともやったよね。烏間先生、最初の雷……カルマ君とアミサちゃんだけうまく逃げてたけど」

 

「当たり前っしょ、デートの邪魔されたんだから最低限の関わりだけで」

 

「まだ付き合ってなかったじゃん」

 

「うっさい」

 

杉野が思い浮かべたのは、6月の梅雨の時期……前原君が本校舎の土屋さんと付き合っていたら五英傑の瀬尾君と二股をかけられて、「E組だから」と見下す相手に「E組だから」できる方法で見返してやろうと決行した雨の日の復讐の事だ。あの時は暗殺技術を一般人に使うなって烏間先生からはじめて特大の雷を落とされたっけ……もうアレから半年も経ってるんだ、早いなぁ。

 

「確かアミサちゃんも前原君と兄妹って設定で参加したんだっけ」

 

「そうそう!」

 

「彼女役って言った最初は殺そうとも思ったけどね……」

 

「あれは悪かった、だから落ち着けカルマ……兄妹に見せかけるといえば、ウィッグとメイクであそこまで前原に似せれたのには驚いたよな」

 

「ホントそれな、菅谷様々だわ。役作りのためとはいえ、あん時の『陽斗君』呼びは嬉しかったぜ……、……ん?」

 

カルマ君、終わったことなんだし殺気をしまって……なんて杉野と一緒に止めていたら、磯貝君のお説教から逃げてきて会話に加わった前原君がいきなり固まった。何か考えるようにあごに手を当ててるけど……だんだん青ざめていってるような。

 

「どうかしたか、前原」

 

「あ、いや…………まさかな〜……」

 

「もしかして、何か知ってるの?」

 

「い、いや、勘違いかもしれないし〜……」

 

殺気をしまいきれてないカルマ君からならまだしも、ただ純粋に心配して声をかけただけの僕と杉野からも徐々に後ずさる前原君……これはもう、なにか心当たりがあるってみていいよね。そう思って聞き出そうとした時にはカルマ君が動いていた……静かに前原君に近づき、その肩へ手を置いて……それはもうニッコリと。

 

「……前原……吐け

 

「痛ダダダダッ!はい!申し訳ありませんッ!……そ、その瀬尾が見たっていう兄妹……俺と真尾かもしれねぇ……」

 

「「「『はぁ!?』」」」

 

あ、スマホの向こうからも声が上がった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

渚side

カルマ君とアミサちゃんを一緒にして今回の話し合いをすると、避けてるだけのアミサちゃんはともかく、わけの分からないまま避けられる状況にカルマ君は不機嫌になる一方だろうからって男女別々の場所で話していた。だけど、原因がまさかのE組(身内)にあったとは……ここまではアミサちゃんに内緒でスマホを 繋げていたけど、ややこしいことになる前にちゃんと面と向かって共有したほうがいいということになり、僕等が女子達の方へ合流することになった。

そしてただ今、前原君は正座中……なんか前にあったイトナ君の戦車を使った覗き事件がバレた時みたいな状況だけど、あの時と違って前原君一人な上に女子だけじゃなく男子数人にも囲まれてるから……威圧というか圧迫感というか……は、今の方が断然怖い。

 

「前原とアミサが兄妹として行動したのって、あの雨の日だけだったよね?てことは瀬尾の言ってた『確認した兄』ってのが前原なのは理解したわ。……でも、カルマとアミサを恋人って瀬尾が考えてた意味がわからない」

 

「確かにな……真尾の所に急遽カルマを投入したのは覚えてるけど、……あれって確か、瀬尾(自分)に優しくしてくれる女性が、見下す立場(E組)でも下に見れない(成績上位)の奴と仲良くしてる姿を見せるだけじゃなかったか?」

 

「それらしく見せるためにも、擬似恋人のように振舞え〜とはカルマに言った気もするけど……瀬尾と元カノには伝えた奴いないよな?」

 

「……すんません、俺が瀬尾達に『あいつらこそが恋人同士だ』って言いました!」

 

「「「お前か」」」

 

前原君の弁でみんな薄々色んなことを察してたけど、彼がガバリと勢いよく頭を下げながら言った言葉で諸々の犯人はハッキリと判明した。……そういわれてみればあの時には、既に男子の中でカルマがアミサちゃんに好意をもってる事は周知の事実だったわけで……どうせA組なんてそうそうかかわり合いにならないだろうからと事実に近い嘘で心を折りにいったのか。実際はなんだかんだと突っかかりあうせいで、ものすごく関わることになっちゃったけど。今回の件は大事にならず何とかなったからよかったものの……誰にも相談せず、軽率に設定を付け加えたせいで危うく別問題を引き起こすところだった前原君を、岡野さんや磯貝君が中心になって説教している。

それを他所に無事に仲直り……というか、安心したように寄り添ってる2人は見て見ぬふりをしてあげる方がいいんだろう。……とりあえず、もうすぐ午後のお昼時だし、宣伝効果もあってお客さんが増えてくる頃……主戦力のアミサちゃんや()()()()()()()イケメンウエイターとして働いてくれそうなカルマ君、程々に二人の世界から戻ってきてね。

 

 

 

 

 

 

 




「安心してくれた?」
「……うん、その……ごめんね、カルマ。どうすればいいかわかんなくなっちゃって……」
「何、少しはその美少女相手に嫉妬してくれてたの?」
「…………、えっと……、『しっと』、がよく分からないけど……カルマ、私のことを好きって言ってくれたのになんでって……ホントはなんとも思ってないんじゃないかって思って……モヤモヤして、なんかやだなって……」
「それが嫉妬っていうの。……クク、それにしても自分に焼いて自分に怒ってるとか……」
「そ、んなこといったって、それが私だったなんて思わないもん……!」
「ごめんごめん。俺も見た目は別人でも中身はアミーシャだって知ってたから腕組んだりしたんだし……そのへんは信じてよ」
「……見た目違っても?」
「見た目違っても。アミーシャはアミーシャでしょ?そもそも前原に妹はいないわけだし」
「……うん」


++++++++++++++++++++


中編はここで締めます。
今回のお話で入れたかったことは次の点。
・歌で感謝を伝える
・湿気の時間の勘違いを回収

歌は、結構悩みながら歌詞を考えました。韻というか、リズムというか……揃ってないのは作者の力不足です。もし直せそうなら後日修正します。普段大人しいオリ主が、E組にメッセージを伝えるために力強い歌を歌っているんだとイメージしてもらえればいいかと。多分、選曲している最中に自分の境遇と重なるところを見つけてこれを歌うことにしたんですよ、きっと。

湿気の時間については、読んでくださった読者さんならわかると思いますが、あの状況では瀬尾くん……と、元カノの土屋果穂さんは勘違いしてると思うんですよね。作者も投稿したあとから思いました……このままだとカルマ、二股疑惑をかけられないか?と。前原君は前原君の妹(オリ主の変装)とカルマの仲を認める発言してたのに、オリ主と付き合ってるとかどうなってるんだ!?となる気がしまして、丁度いいタイミングということでここにもってきました。お互いに意味がわからないからこそ喧嘩になるわけでも険悪になるわけでもなく、ただカップルの仲が深まって終わる結果に。平和平和(一部除く)


では、次回は1日目の後編を投稿予定です。
……少し危惧してるのは、後編(1)とかになりそうな事です。長くなっても一つにまとめたい……と、思ってます。



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学園祭の時間~1日目・後編~

無事にA組でのステージを終え、宣伝もなんとかできた……と、思う。ハッキリ言いきれないのは最後の方で思わず逃げてしまったからだ。E組の人とじゃない、けれど浅野くんたちがいる……とはいえ1人でステージに立ってることを思い出したらもうダメで、……正直、何を言ったか全然覚えてない。せっかく綺羅々ちゃんに宣伝文句、考えてもらったのに覚えてないとか……私、ちゃんと言えてたのかな……?

何はともあれE組の校舎へ戻ってきてから少しもすれば、飲食店では稼ぎ時と言えるお昼の時間帯……E組の看板メニューであるどんぐりつけ麺は、山の幸をふんだんに使ったまあまあ量のあるつけ麺なだけあって、お昼ご飯にちょうどいいと思うんだけど、はたして。

 

「おまたせ、いたしました……!ご注文のどんぐりつけ麺と、銀杏串焼き、川魚の燻製と塩焼き、あけびの味噌炒め、柿とビワのゼリー、です」

 

「うまそー!早く食おうぜリュウキ君!」

 

「あ!お前俺の燻製食うなよ!」

 

「うるせー!はしゃぐなお前ら!!……ってお前、」

 

「あ…………えっと……

「真尾ー!次、進藤のテーブルにこれ持ってってー!」

は、はいっ!……その、おいしいもの、いっぱい食べて……ゆ、……ゆっくり、していってくださいね。……し、失礼しますっ!」

 

「あ、お、おう……」

 

忙しすぎるってわけではないけど、開店したばかりの頃に比べればお客さんが増えたかな、という感じだ……これは宣伝効果があったんだと思っていいのかな。それに加えて山の麓で桃花ちゃんの客引き、イリーナ先生の誘惑術……2人の最強師弟コンビ恐るべし、な集客力のおかげだと思う。今も午前中に1度来たはずの因縁の高校生さんたちが、ATMでホントにお金を下ろしてきたのかまた来店の上に色々と注文してくれて、私が料理を届けたところだ。A組の繁盛っぷりや売上にはまだまだ遠く及ばないけど……リピーターさんが来てくれるなら万々歳だよね。

 

「おまたせしました、ご注文の品です進藤くん。……えっと、杉野くんに会いに来たのかな……?私、呼んでこようか……?」

 

「いや、杉野にはさっき直接会ってきたから気にしなくていい。それよりも……真尾さん、あれはワザとか?」

 

「……あれって?」

 

「さっきの高校生相手に……いや、なんでもない。……天然なんだな」

 

「……?」

 

進藤くん、何か言いかけてたのに自己完結してやめちゃったから、何が言いたかったのか私には分からずじまい…… コードネームの時といい、死神さんの時といい、みんな私を天然とかズレてるの一言で片付けすぎじゃないかな。せめてどの辺が、とか教えてくれれば気をつけようがあるのに。

 

「(アミサは矢田ちゃんとビッチ先生のおかげでこの繁盛っぷり、とか思ってそうだけど……)」

 

「(半分くらい自分目当てで来てる人だとは思ってないんだろうね……特に男性客)」

 

「(あの高校生なんて、真尾が修学旅行で誘拐した生徒だって気付いてたもんな……声かけられる前にキッチンから指示出して妨害した奴ナイス!)」

 

「(あとはメニューを勧めてる時の表情ね。本人緊張して焦って怖がってビクビクしてるだけなんだけど、傍から見るとほわほわしてる照れ顔だもん)」

 

「(背景を知らない、見てただけの進藤でさえ気付いたのに……あの高校生とか他の男性客から向けられる下心)」

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

E組出店のメインはどんぐりつけ麺であり、イトナくんの提案した簡易イベントステージは、お客さんもまばらということで不定期に行っている……ちゃんとしたステージを準備したわけじゃないから、机の間で接客しながら、だけど。料理ができるのを待ってる人、食べながらくつろいでる人を対象にリクエストを受けた私が歌ったり、ひなたちゃんや莉桜ちゃんが動けるメグちゃんを巻き込んでE組校舎を足場にした軽いパルクール(フリーランニング)ショーをして見せたり……ただ食事をしに来ただけの人でも楽しめるように。

 

「おーい、いるか渚ー!来てやったぞー!!」

 

「さくらちゃん!松方さんと園の皆も!」

 

そんなE組独特でのんびりとした空間に一気に増えた存在たちは……元気に渚くんへと駆け寄って抱きついたさくらちゃんを筆頭とした、わかばパークのみんなだった。あの松方さんを怪我させてしまってお手伝いをした2週間の後、ほとんどのE組生は平日は学校、休日は休日で時間が取れなくてそれきりになってしまった。だけどさくらちゃんに勉強を教える渚くん、園児たちに会いたくて顔を出す私……と、時々ついてきては子どもたちの遊び相手になってるカルマは今でも交流が続いてる。こうやって、学園祭にみんなで遊びに来てもらえるくらいにはよくしてもらってるんだ。

 

「でかした渚に真尾、とりあえず客数だけは稼げたな!」

 

「あー、たらしだー」

 

「おんなのてきー!」

 

「……お前らはあいっかわらず生意気だな!」

 

「「「きゃー!」」」

 

「ひめーげんきー?」

 

「うたひめ、きょうなにうたうー?」

 

「あ、きしだ、あそんでー!」

 

「い、一気に賑やかになったね」

 

「はっはっは、金持ち客でなくて悪かったな」

 

たくさんの子どもが順番も気にせずに一気に話すから、この場はとても賑やか……でも、全然嫌なうるささはなくて、楽しく明るい空間ができあがった。わかばパークに時々顔を出している私、渚くん、カルマの他にもカエデちゃんや前原くんなど、子どもがあだ名をつけるほどに懐いてる人のところには久しぶりに会えたからか子どもたちが集まっている。そのまま子どもたちと松方さん、職員さんを席に案内して、E組(わたしたち)自慢の料理を食べてもらうことになった。

 

「おお、これは絶品じゃ!」

 

「こんだけおいしけりゃ、売れてるでしょ?」

 

「……それが苦戦しててね。いいもの作っても……大勢の人に伝えるのが難しくて。アミサちゃ……さくらちゃん達には歌姫の方がわかるかな?彼女がたくさんの人の前で頑張って宣伝してくれたから、これでも最初よりお客さんは増えてるんだけど……」

 

「……ふーん……」

 

「うたひめ、これなにー?」

 

「きしのよめー、これはー?」

 

「あ、えっとね……それはサクラシメジって名前のキノコだよ。こっちは銀杏っていうの」

 

「はじめてみた!おいしー!」

 

「ホントに?ふふ、よかった」

 

松方さんも、園の子どもたちもおいしい、食べたことない味、おもしろいって喜んで口にしてくれてるけど……やっぱり今のところ大きく売上に貢献してくれてるのは身内(知り合い)だけ。なんとか外の人たちにも、このみんなで作り上げたものを知ってもらえたらいいんだけどな。

 

「……心配いらないよ。渚達は不思議な力持ってるじゃん」

 

「……ああ、日頃の行いが正しければ必ず皆に伝わる」

 

キレイに完食したわかばパークのみんなは、そう私たちを励ます言葉を残して満足げに帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、なんでアミサちゃんはわかばパークの子どもに付けられたあだ名が2つあるの?」

 

「え、『うたひめ』だけじゃないの?」

 

「うん、なんかね……幼稚園児には『うたひめ』で、さくらちゃんたち小学生には『きしのよめ』って呼ばれてる……なんでだろ?」

 

「ほほう……小学生は分かってるねぇ。あの子らは、ちゃんとアミサはカルマの恋人って認識してるわけだ」

 

「というか作者がせっかく2つあだ名を考えたのに、片方しか使われないのがもったいないからって呼び分けに使うことにしたらしいわよ」

 

「不破さん、メタいよ……」

 

わかばパークのみんなが帰った後くらいから、少しお客さんの数が落ち着いてきてて……今は少しだけ休憩中。雑談混じりに本校舎の売り上げとかお客さんの動きとかの情報交換したり、食材集めの係として超体育着で裏山を駆け回っていたメンバーと交代したり……最初はしてたんだよ?してたのに、気づけば私のわかばパークの子どもたちから呼ばれるあだ名の話に発展していた。E組のみんなもわかばパークに通っていた頃は、どの子も『うたひめ』って私を呼んでたのに、タダ働きの期間を終えて、私たちだけ放課後や休日に通うようになってから……気づいたら『きしのよめ』って小学生組には呼ばれるようになってたんだよね……不思議だ。

 

「大方、子どもの前にも関わらずカルマがアミサにスキンシップ……と称してイチャついてたとかじゃないの?」

 

「い、イチャ……ッ!?」

 

「お、赤くなった。もしや心当たりがあるとかじゃ……?」

 

「な、ないよッ……ない、はずだもん……ッ」

 

「そこはちゃんと言いきろうよ……だからからかわれるんだよ」

 

渚くんが呆れたように私に言うけど、……正直心当たりがありすぎた。渚くんはわかばパークに行くと、基本さくらちゃんに付きっきりの家庭教師になって部屋の中にこもってるから、外で遊ぶ私とカルマの姿は見ていないだろうから。

私はあの時と同じように幼稚園児の年齢の子たちと遊ぶのが基本だけど、あの2週間と違って通うのが私とカルマと渚くんの3人しかいないというせいからか、小学生組も一緒に過ごすことが増えて……私が男の子と仲良くしてるのが気に入らないというのがカルマ本人の談。鈍いとかズレてるとか色々言われる私だけど、子どもの前なのにあそこまであからさまに肩を抱いてきたり、隙を見て……その……色々と仕掛けてきたりされたらさすがに分かるよ。というか、最年長でもさくらちゃんの小学5年生っていう年下相手に、ムキになりすぎだと思うんだけど……そこの所どうなんだろう。思わず自分の手を強くにぎりしめながら否定して……とりあえず、今この場にカルマがいなくてよかったと思う。

 

「からかうといえば、さ。渚、聞いたよ……髪伸ばしてた理由。悪かったね、イヤイヤやってたんなら……私がからかう時も傷つけてた?」

 

「あ、ぜ、全然!中村さんやカルマ君にいじられる分には」

 

「……そっか。でももうあんまりいじらないようにするよ」

 

私の反応で満足したからなのか、莉桜ちゃんがからかう繋がりで渚くんに謝っていた……渚くんのお母さんがE組に三者面談をしに来たことで、渚くんが抱えていた悩みを知ることになって……莉桜ちゃん、きっと気にしてたんだろうな。渚くんはそんな彼女の様子を見て、嬉しそうに頷いた……その時、渚くん曰く聞き覚えのある軽薄そうな声が響いたんだ。

 

「おーい!渚ちゃーん!アミサちゃーん!遊びに来たぜー!!」

 

「ゲッ、ゆ、ユウジ君ッ!?」

 

「あ、ホントだ……」

 

「ユウジ?…………あー、南の島で2人をナンパしたっていう勇気ある少年か」

 

教室の窓から外を見ている渚くんの背中に張り付いて様子を伺ってみれば、スマホ片手に手を振りながら近づいて来るゆーじくんの姿が目に入った。とりあえず、名指しで私と渚くんの名前が呼ばれている以上無視するわけにもいかないからと、渚くんがいきなり現れたゆーじくんに事情を聞いた。

あの夏休みの南の島のホテルで、ゆーじくんに出会ったフロアで見張りの男の人をどかした後、私たちにはホテル潜入のタイムリミットがあったからほとんど逃げるように彼の前から去るしかなかった。ほんの少しの間しか彼にはかかわれなかったけど、彼にとって忘れることの出来ない衝撃的なことだったんだろう……わざわざあの日島に泊まっていた宿泊者名簿を調べあげてこの椚ヶ丘中学校にたどり着き、偶然学園祭をやってることを知って訪ねてきたらしい。

 

「……律、カルマって今……」

 

『はい、ただいま食材調達班として裏山に出てますね!』

 

「ふふん、なーるほどー……っと」

 

「な、ちょっ、中村さんっ!」

 

「う……?優月ちゃん、見えないよ……っ?」

 

「見えなくていいのよー」

 

私と渚くんがゆーじくんの話を聞いていると、背後(うしろ)で莉桜ちゃんと律ちゃんか何やらカルマの居場所を確認している声が……聞こえたと思ったら、すぐそばにいた優月ちゃんに目を塞がれた。隣にいた渚くんからは、なにやらカチャカチャと金属音とともに慌てて莉桜ちゃんに講義する声だけが聞こえてくる。

そっと外された手に遮られていた視界の先には……莉桜ちゃんのものだと思われるスカートを履いた渚くんがいた。もしかして優月ちゃんは、渚くんの着替えを見なくてもいいように私の目を塞いだんだろうか。

 

「(今回で最後、今回で最後!)」

 

「(し、舌の根も乾かぬうちに!!)」

 

「(あいつ金持ちなんでしょ?この際、手段を選ばず客単価を上げてかなくちゃ)」

 

「(うぅ……)」

 

「(そぉーれぇーにぃー……アミサの彼氏は山奥、すぐには戻ってこれない。てことは、アミサをあのニューヨーク少年の前に出しても止めるヤツはいない!!)」

 

「(それこそさっきの今だよ!?年下の子ども相手に牽制するような彼氏に黙って彼女を差し出すわけ!?)」

 

「(バレなきゃ問題なし!)」

 

「(最悪だ!!)」

 

なにやらこそこそ言い合っている2人を見ているしかできない私はゆーじくんに向き直る……と、彼は私の格好を上から下まで確認して、他の女子と違う格好をしていることに気づいたみたい。少し挙動不審に周りを見回し始めた。

 

「な、なぁ、アミサちゃん。その格好……」

 

「あ、えと……私はみんなと同じ服装がよかったんだけど……ちょっと事情があって。マスコット役に選ばれちゃった結果、といいますか……似合わないかな……?」

 

「い、いやいやいやいや!!ものすごくイイと思う!!」

 

「ホント……?えへへ、よかった……」

 

「ほらほら行ってこい渚ちゃんっ!クラスの命運とアミサの無事は君の接待に託された!!」

 

「うわぁっ!?」

 

ゆーじくんとのんびりと会話を重ねていると、莉桜ちゃんによって渚くんが窓の外に蹴り出された。いきなりのことに驚いて固まっていると、優月ちゃんに私も外へ行くように促されて……どうやら2人でゆーじくんをもてなすように、ということらしい。私のことは蹴り出さないからゆっくり窓を超えればいいよってウインク付きで言われたけど、そもそも窓って出入口じゃないと思うんだけど……。

渚くんがスカートを履いてることと、私と渚くん、ゆーじくんの3人というシチュエーション……かなり久しぶりに、渚おねーちゃん復活のようです。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

ゆーじくんには話してないけど、知り合いのお客さんに見られたくない、という渚くんたっての希望で、私たちは飲食スペースから少し離れたところにある木陰に腰を落ち着けていた。嬉しそうに何枚もの写真を撮りながらどんぐりつけ麺を口に運ぶゆーじくんを横目に、私は1度席を立つ……注文してくれたモンブランができたから取りに来てほしい、という連絡が入ったから。ただ目の前で接客するメイドよりも、自分の食べるものを運んで持ってきてくれた方がより客は喜ぶと言ってメガネを光らせていたのは竹林くん……さすがメイド喫茶に通って勉強してるだけある。ただ、私は服装こそそうなのかもしれないけどメイドじゃないし、ただあのホテルで他のみんなよりはゆーじくんと接点が多かっただけの存在なのに……と言ったら、「これだから無自覚は……」とその場にいたみんなが頭を抱えた。なんで。

 

「えと……おまたせしました、ゆーじくん。ご注文のモンブラン、です」

 

「おお、ありがとなアミサちゃん!これもうまそー、写真撮っとこ!」

 

純粋に食事を楽しんでくれてるゆーじくんには悪いけど……渚くんが女の子じゃないってことも、この教室は普通じゃないってことも……たくさんの秘密を隠せるだけ隠し通さないと。

そう思って普通の態度を装いながら、モンブランやその他の料理の感想を聞いていた時だった。

 

「おーい、烏間さん!手土産だ!」

 

「「ぶっ!?」」

 

「わっ!?」

 

私たちがいる木陰のすぐ近くを通り、大きなキジと猟銃片手に歩いていったのは、修学旅行の時にお世話になった狙撃手(スナイパー)の殺し屋さんだった。……え、あの人レベルの殺し屋が、私たちの存在に気づかないでピンポイントでこの場所を通る……?いや、むしろここが一般人にあまり見聞きされない通り道だったのかもしれないし、あんまり聞こえない烏間先生との会話を見る限り倒れてたみたいだから、ひさしぶりに動けて浮かれてるのかも……?

だけど、私たちにとっては普通になってしまったこの光景でも、この教室の実態を知らないゆーじくんにとってはありえないもので……慌てて手に持ったスマホでどこかにかけようとしていた。殺し屋とはいえ今は仕事出来てるわけじゃないし、警察なんて呼ばせるわけにはいかない、なんとか止めなくちゃ……!そう私と渚くんで慌てて立ち上がると、木陰の隅っこになにやら文字の書かれたスケッチブックが差し出された。

 

「な、なんだアイツ、銃持ってるぞ……ケーサツにかけた方がいいんじゃ……!」

 

「わ、わー!違うの!あの人はッ」

 

「……あの人は?」

 

「じ、『地元の猟友会(りょーゆーかい)の吉岡さん』……」

 

「吉岡さん!?どー見ても外人だけど!?」

 

チラ、と覗いた顔は莉桜ちゃんで、穏便におさめられるように有り得そうな情報でごまかしを手伝おうとしてくれてるみたい。というわけで、渚くんがゆーじくんの気を引いてくれてる間に莉桜ちゃんからのカンペを私が読み、狙撃手のレッドアイさんは『日本のアニメが好きで日本に帰化した外国人』という設定になった。

 

「まぁ、よ、吉岡さんはどうでもいいんだよ。それのよりも……渚ちゃん、それにアミサちゃん……正直、俺のこととかどう思わ──ッ!!?

 

「ああもう……」

 

落ち着いたゆーじくんが、仕切り直すように真剣な顔で何か大事な話をしようとしてたみたいだったんだけど……再度同じ場所から現れた顔の怖い人(ロヴロさん)に驚いて中断せざるを得なかった……みなさん、ここを通るの好きですね……。

明らかに見た目が一般人とは言いきれない人だからごまかしようもないんじゃないかとも思ったけど、なんとか『マイルド柳生って名前のお笑い芸人』に落ち着けることができた。でも、ここまで殺し屋の知り合いが連続するってことは……と、なんとなく嫌な予感というか不安がよぎって、これまで覗こうともしてなかった飲食スペースをそっと見てみたら、いろんな意味ですごいメンバーで賑わっているのに今更気がついた。……それは南の島のホテルで敵になったスモッグさん、グリップさん、ガストロさんをはじめ、E組生が知らなかっただけでこんなにいたのかと言いたくなるくらいたくさんの、殺せんせーを殺せなかった殺し屋さんたちで。

 

「た、たくさんいるでしょ?芸人仲間なんだ!ほら、あっちのわさび入りモンブラン食べてるのがマイルド柳生直伝のリアクション芸で!」

 

「奥にいる、モデルガンをつけ麺に浸して食べてる人も、ああやって口に銃口を入れるのがスリルとこだわりなんだって……言ってた、かな」

 

「うん、言ってた言ってた!」

 

「…………」

 

1番隠さなくちゃな国家機密(殺せんせー)は屋根の上でシャチホコになってずっと見えるところにいるってのも問題だけど……まあ、違和感はあれどバレてはないからいいとして。嘘とホントを織り交ぜながら、後から後から出てくる隠さないといけない秘密をなんとかごまかそうとしている私たちだけど……苦し紛れに重ねる嘘のせいか、だんだん、ゆーじくんの私たちを見る目は厳しくなるばかりだった。

 

「渚ちゃんさぁ……嘘、ついてるよな」

 

「!!」

 

「親父が大物芸能人だからさぁ、すり寄ってくる奴等の顔はガキの頃からたくさん見てきた。分かっちゃうんだよ、うわべとかごまかしの造り笑顔は。……島のホテルで会った君は……そういう笑顔する娘じゃなかったんだけどな」

 

「…………、すごいね、観察眼……」

 

「すごくねーよ。いやらしい環境が育てた、望まぬ才能だ」

 

興味をなくしたように、何かを諦めたように、目をそらして座り込んだゆーじくんは、私たちの話を聞いて自分の出した答えを吐き捨てた。まさか、話しちゃいけないことをなんとか隠そうとしたごまかしが、ぎこちなかったとはいえ、あっさりバレてしまうとは……でも、さすがにどの部分に嘘をついてるのかまではバレてないはず。サッと渚くんと目を見合わせてどちらが話すかを決め、彼自身がゆーじくんについていた最大の秘密をバラすことを引き受けてくれた。

 

「……言う通りだよ、嘘ついてた。僕もね、この外見は子供の頃から仕方なくでさ、ずっと嫌だった。……けど、望まぬ才能でも、人の役に立てば自信になるって最近わかったから……今はそこまで嫌いじゃない」

 

「……ん?……僕?」

 

渚くんの言葉にゆーじくんは、なんとなく引っ掛かりを覚えたみたいだ。それに反応せず、渚くんは女の子に見えるよう気をつけていた座り方や姿勢を崩し、スカートだけどそのまま胡座をかいて座り直す。

 

「……ごめんね。僕、男だよ」

 

「…………またまたァ」

 

「ホント」

 

「…………またまたまたまたァ」

 

「ホントだって、嘘ついてる顔に見える?」

 

「…………マジかよ……え、てことは、アミサちゃんもそう、だったりとかしないよな……?」

 

ちょっと顔色を悪くしたゆーじくんは、恐る恐るというように私にも視線を向けてきた。そうって、私も男なんじゃないかってこと……?残念ながら……残念ながらでいいのかな?実は男っていうカミングアウトはないし、この教室の事実と素性くらいしか隠してることはないんだけど。だから私がその質問に首を横に振ると、彼はものすごく安心したように息をついて、渚くんに比べて私が嘘をついた素振りがなかったからと早口で答えた。それって、

 

「渚くんが嘘をついてることは知ってたけど、私は何も嘘を言わなかったから……だから、そう感じたんじゃないかな」

 

「そ、そうなんだ…………、……え、銃の人の事も?」

 

「?うん。ああやって口にくわえるのが日課で、そうするとその日の調子が分かるんだって……不思議な人だよね」

 

「え、や、あの……うん。……え、これって不思議で済ませていい事なのか……?」

 

「(確かにアミサちゃん、()()言ってないもんね……見事なくらい出しても問題ない情報を言ってるだけだもん。……きっと無意識に取捨選択してるんだろうけど)」

 

不思議で済ませちゃダメなことだったのかな……ガストロさんの銃を口にくわえて銃の調子を確認するアレ。渚くんは何も言わないから判断がつかなくて、私は1人首を傾げるしかなかった。

 

「とと、話がそれちゃったけど……欠点や弱点も、裏返せば武器にできる。この教室で学んできたのはそういう殺り方で、この出店もその殺り方で作られていて。今日ここにいる人達は……皆、暗殺(それ)が縁で集まってるんだ。殺意(こころ)が踊って、すごい楽しいんだよ!」

 

「人は様々なものに影響を受けながら、それに与えながら生きていく存在……それが縁だと思うの。……もちろん、ゆーじくんも……私たちと縁を結んだから、こうやってまた会えたんだと思うんだ」

 

「…………」

 

「あ、で、でも、騙してたことに変わりはないし、飲食代は返すから!」

 

「……いいよ、いらないって。……そっか、望まぬものでも……か。はぁ……なんか自分がアホらしく思えてきた。……でも、何もせずに帰るのももったいねーし……」

 

「ゆーじくん……?」

 

「……あのさ、アミサちゃん。さっきも聞きかけてたんだけど……俺のこと、どう思う?」

 

私たちの言葉を聞いて額に手を当てて俯いていたゆーじくんは、そのまましばらくブツブツと何か呟きながら動かなかった。そのままポツリと呟くように再び問いかけられた質問に、最初はよくわからなくて首をかしげてしまったけど……少し考えてから答える。

 

「…………どう、って……私と似てるところがあると思う」

 

「いや、そういう事じゃなくて……って、そういや渚ちゃんもアミサちゃんはこういう子だって言ってたな……。あー……俺さ、周りには俺を通して親父を見る奴等ばっかりで、俺を見て心配して、声をかけてくれる奴って初めてだったんだ。それが、すげー嬉しかった」

 

「……う、うん……?」

 

何か答え方が違ったらしいけど……ゆーじくんはそれでも気にしないのか言葉を続ける。少し慌てた様子の渚くんが何か言ったり行動を起こしたりする前に、ゆーじくんにはそっと私の両手を取られ……

 

「俺的にはこの出会いをなかったことにしたくないんだよね。……あのさ、俺と付き──」

 

「──アミーシャ」

 

「あ、カルマ」

 

「!?」

 

「……あーあ、来ちゃった……」

 

ゆーじくんの言葉を遮るようにして、ニコニコと笑うカルマが木陰にやってきた。渚くんはなんか脱力して頭抱えてるし、ゆーじくんは私と手を繋いだまま驚いて固まってるし……これって、どういう状況なんだろう。当事者なはずの私が分かってないのって、いいのかな……

とりあえず……ここにカルマが来たってことは、連絡か何かだと思うし、そもそも割り振られてた食材調達班としての仕事が終わったんだと思う。超体育着からウエイター用にエプロン付けて着替えてるとはいえ、カルマのほっぺには泥ついてるし……急いでたのかな。

 

「食材集めのシフト、終わったの?お疲れ様」

 

「うん、ありがと。帰ってきたら中村には意味深に笑われるし変に仕事振られてムカついたから、おじさんぬのモンブランにワサビ1本仕込んできた。……で、何その状況」

 

「…………んーと、お話中?」

 

「え、あの、」

 

「……ふーん、……どーも、沖縄のホテルではこの子がお世話になったみたいだね」

 

「あ、おう……え?アミサちゃん、どういうこと?」

 

「どういうことって……?」

 

「…………結構前から止めるタイミング見計らってたんだけど……申し訳ないけどアミサちゃん本人が理解してないから僕から言うよ……ユウジ君、あの赤髪の人、アミサちゃんの彼氏」

 

「………………………………え。」

 

やんわりと繋いだままだったゆーじくんとの手をカルマにほどかれて、そのまま少し離れたところに連れてかれる。……や、あの、カルマ、まだ話の最中だったと思うんだけど……最後まで言い切った様子なかったし、多分一番聞かなきゃいけない部分を聞く前だと思うんだけど……え、聞かなくていい話なの?ゆーじくんそんなこと言ってないけど、って、反論していたらそのまま耳を塞がれた。

 

な、渚ちゃん、それっていつから?!あのホテルで会った時は話してる様子からしてフリーだったよね?!

 

えっと……11月の頭くらいからかな。確かにあの時はフリーだったけど、アミサちゃんの話してた大事な人っていうのが彼……あの時ユウジ君と話して初めて少し自覚したんじゃないかな

 

めっちゃ最近じゃん!?しかもその自覚って俺のせい!?……そ、それじゃアミサちゃんがアイツに脅されてるとか!

 

あー、見た目だけなら赤髪の不良と純粋な少女だもんねー……残念ながら、ベタ惚れなのは彼氏の方だし、他人と接し方がまるで違う……というか、このクラスじゃあの二人のやり取りとかは結構名物なんだ

 

えぇ…………

 

「渚くーん、好き勝手言わないでくれる?」

 

「事実でしょ」

 

「そうだけど」

 

「……あーもう、ホント、アホらしくなってきた……帰るわ……」

 

耳を塞がれてるからやり取りはわからないのだけど、渚くんから何やらゆーじくんに説明があったみたい……で、今度は彼が渚くんに代わって頭を抱えて地面に沈んでいる。話の流れが全く掴めない状況のままオロオロしていたら、ゆーじくんは荷物を持って立ち上がり、歩き出してしまった。

 

「え、あ……」

 

「……いーよ、追わなくて。それよりも、告白されそうになってたのに逃げたり助け求めないってどういうこと?」

 

「……え、あれって告白だったの……?」

 

「アミサちゃんのことだから分かってないだろうとは思ってたけど……ユウジ君、哀れすぎる……」

 

ゆーじくん、気づけなかった私のせいであんなにへこんでるわけだし……悪いこと、しちゃったな……。彼の去っていった山道を少しの間ぼーっと見つめたあと、ヘルプに呼ばれて私も店に戻った。

こうして、A組のステージを見てきてくれた人、わかばパークのみんな、殺せんせーによって招かれた殺せんせーを殺せなかった殺し屋たちなどで人数は稼げた1日目。……だけど、A組の集客ペースには遠く及ばないのが現実。学園祭はあと明日だけ……何か起死回生の策があれば別だけど、今からそれは難しいだろう。明日は、どうなるのかな……私たちは、A組に勝つことはできるのだろうか。最後のお客さんが帰ったことを確認して、1日目のE組のお店は閉じられた。

 

 




「ぬ……お前は少女術士、」
「あ、あの……お口直しの山葡萄ジュースです。さっき、わさび入り食べてましたよね……?お代は私、もちますし……その、」
「ああ、感謝するぬ。……あの後、目覚めないお前を少年戦士はかなり心配していたぬ……無事で何よりだぬ」
「その……私、あのホテルでのこと、最後の方全然知らなくて……気づいたら私たちの泊まってる場所にいましたし……」
「仲間が気にしなくていいと言ったのなら、それでいいぬ。……聞きたいことがある」
「……?はい」
「Yuèguāng……聞き覚えはあるぬ?」
「……〝月光〟……いえ。アミサは、ありません」
「……なるほど、把握したぬ。ならばここからは独り言だから、流せばいいぬ……俺はあの少年戦士とのタイマンで、ある戦いを思い出したぬ……きっと、近くに懐かしい気配があったからだと考えているぬ。……息災なことはわかった、それでいい」
「…………失礼します」



「り、莉桜ちゃん、頭どうしたの……!?」
「イッテテ……アンタの彼氏にガツンとね。あのニューヨーク少年がアミサか渚の女装かに好意をもってるのは知ってたのに、わざわざ送り出したからって」
「……私、全然気づいてなかった」
「アンタらしいわ。だけど心配する必要もないのにねー」
「……?」
「だってそもそも渚は男だし?アンタはアンタでカルマ以外目に入ってないわけだし……あの少年になびくはずないじゃん。だから護衛ついでに渚と二人きりで行かせたんだもん」
「……」
「ちがう?」
「ちがわない、かな」



「ん?テーブルにお金置いてあるけど……これ何だ?」
「メモもありますね……『安心したぬ、またいつか手合わせを』って…………ぬ?」



++++++++++++++++++++


忙しくて間が2週間空いてしまいました……お待たせ致しました、学園祭の時間〜1日目・後編〜です。
予告通り、前編から飛ばしてここにたどり着いた方でも読めるお話になってると思います。後編(1)(2)とかにならなくてよかったです。

原作からの変更点として、わかばパークへ通う人を渚とオリ主だけでなく、カルマも同行させてみました。そうしたら、年下相手にまで牽制する溺愛っぷりになってしまい、作者的に「アレ?」となってます。面白いので放置します←
もし、需要がありそうでしたら番外編でこのわかばパークへ通う3人の様子も書いてみようかな……と思ってたり。

ユウジ君、とりあえずなんかごめん。
オリ主を君の元へ行かせるためには、カルマを遠ざける必要があったわけだけど、渚は元々男とはいえ変なタイミングが重なって、彼氏持ちの女の子に告白させることになってしまった……でも、正直この流れはあの女子の時間を書いてる時から考えていたんです。



では、次回は学園祭も2日目に突入します。
オリジナル過多な2日目となりますが、楽しみに待っていてくださると嬉しいです!







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学園祭の時間~2日目・前編~

 

 

────某、国際空港にて。

 

 

「ん……?……ッ!!ね、ねぇ、あの人って……!」

「嘘、本物……!?てことは、近くの二人はもしかして……!」

「やべ、オーラが半端ないんだけど……ッ」

「わ、私、初めて本物みたぁ……ッ」

「え、じゃあ……あの後ろの人達は?警備の人達……とか?」

 

 

 

 

 

「……うーん、疲れたわー!なっがい空の旅だったわね〜」

 

「……疲れたという割には元気ですよね……流石です」

 

「それがこの人なんだから、しょうがないだろ」

 

「ふふ、確かにそうかもしれないね。……それにしても、一応お忍びの予定だったのにすごい人だかり……」

 

「それに関してもこの人のせいだろ。1番有名なんだから変装しろって俺や他の奴も言ったのに、一人だけほとんど生身だぜ?芋づる式にバレるに決まってる」

 

「ちょっと!聞こえてるし生身って言い方はやめなさいよ、素顔と言いなさい!」

 

「……はいはい」

 

「あ、あはは……。……えっと皆さん、お忙しいところいきなり誘ってしまってすいませんでした……来て下さりありがとうございます」

 

「いえ、いい気分転換ですし、私達も久しぶりに会えるから楽しみなので気にしないでください!」

 

「ええ。それに貴重な経験もさせてもらいましたし……導力機関(オーブメント)を使わないで鉄の塊が空を飛ぶ……こちらでは発展の仕方が違うんですね、とても不思議です」

 

「ホントですよ……それに文化の違いや理解もあるでしょうけど、日本もよくあの得体の知れない機体を着陸させてくれましたよね」

 

「一応こっちにも古代遺物(アーティファクト)が無いとは言いきれないからね。星杯騎士団(グラールリッター)は政府と繋がりがあるのさ……今回は流石に職権乱用だけど」

 

「元気かなぁ……覚えててくれてるかなぁ……早く会いたい!」

 

「おうおう落ち着け。そんで……どうよ、リーダー。地図は任せて大丈夫そうか?」

 

 

 

 

 

「……ああ。よし、皆行くぞ!──俺達の妹に会いに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに今日は椚ヶ丘学園祭2日目……泣いても笑っても今日が最終日となる。E組の校舎へと向かう山道を登る私たちの足取りは、あまりいいものとは言えなかった。

本校舎を中心に、自然と出来上がってしまっていた、A組対E組の学園祭売り上げ争いという対決ムード……同じ土俵に上がって対等に戦うためには、私たちに不利な条件がかなりたくさんあった。それでも頼りになる先生のアドバイスを参考にして、私たちがそれぞれこれまでに磨いてきた勉強する以外の刃を活かし、作り上げたひとつのお店。1日目の売り上げはそこそこで、E組というレッテルが貼られてる割には悪くは無いんだけど、勝負になるかどうかで考えると心もとなくて……

 

「…………今日で最後か……」

 

「本校舎に売り上げ速報出てたから見てきたんだけどさ、このペースじゃA組と勝負にならないよ」

 

「そんなに……」

 

三村くんが本校舎の生徒に紛れて撮ってきてくれた売り上げ速報の写真には、断トツでトップを独走する中学部3─Aと追いかける高等部3─Aを除いて、他のクラスがほとんど横並びになっている状態で映っていた。もちろん中学部3-E(私たちのクラス)も他クラスの結果に埋もれているし、ちょっと頑張ってるけどその他大勢という括りに入るんだろう。

私たちが頑張ってお店を切り盛りしたとしても、お客さんが来なくては売り上げに繋がらないし、その集客だって1日目に散々試してこの結果。2日目のリピーターを期待しても、そこまでよくはならないだろう。そう、思ってとぼとぼと足を進めていた時だった。

 

「急げ!朝の中継に間に合わねーぞ!」

 

その声とともにカメラを担いだ男の人、マイクや腕章を装備した数人の人たちが、私たちを追い抜いて山を駆け上がっていったんだ。

 

「……今の人たちすごいね、私たちでも最初は苦労した山道、走っていっちゃった」

 

「真尾、確かにそれもすごいけどそこじゃねーよ」

 

「カメラ持って中継ってことは……テレビ局よね?」

 

「何撮るつもりだ?この先にはE組しか……」

 

なんとなく道の先もざわざわとしてる気がする……気になった私たちは、さっきよりも足早に校舎へと向かう。そこに広がっていた光景は……

 

「「「な、なんだこりゃーーっ!?」」」

 

E組校舎の生徒玄関から、山道の入口までズラッと並んでいる人の列。それは同じ椚ヶ丘の制服を着ている生徒のものもあれば、明らかに一般客だろう私服の人たち……中には家族連れなんて人までいる。その数は昨日の比じゃないくらいで……何があったというのだろう。

 

「大変!ネットで口コミが爆発的に広がってる!」

 

『少し潜って情報の発信源を探しました。その結果出てきたのが……法田ユウジ。今一番勢いのあるグルメブロガーです』

 

律ちゃんが開いてくれたホームページ……正確にはグルメブログを見てみると、そこに載せられている記事は、日本全国各地が自慢する大衆食堂から、テレビなどで取り上げられたけどなかなか自分では足を運べない敷居の高い店など、和洋中なんでもありに取り上げられた料理の紹介の数々だった。今見ているだけでもアクセスカウンターがどんどん回っていくそれは、現在進行形でたくさんの人たちに読まれていることを示していた。そしてトップページのプロフィールには、つい昨日顔を合わせたばかりのゆーじくんの写真が……。

 

「小さい頃から良いモン沢山食ってたおかげで……憎たらしいけど舌の確かさは折り紙付き。金に任せた食い歩きは、すごい信頼性高いんだって!」

 

「ユウジ君……!!」

 

「ゆーじくん、そういえば写真撮ってた……!私たちのお店を紹介してくれたんだ……!」

 

 

【椚ヶ丘の学園祭で、メチャ美味い出店と出会いました。詳しいメニューは次の記事で書くけど、……人生観が変わりました。不利な立地を逆手に取った、自給自足の食材の数々!!『欠点や弱点を武器に変える』……店で働く友達がそう言ってたのを聞いて、偉大な親の陰に隠れて甘やかされ、どこかそれを後ろめたく思ってた自分が……なんか、アホらしくなりました。甘やかされた小遣いだって自分の武器!皆の役に立ちゃいいので、開き直ってオススメの情報を発信します!まずは人生観の変わる山の上の店……味わえるのは、あと1日だけ!】

 

 

「ほら、アンタ等も早く準備準備!せっかくこんなにお客さんが待ってくれてるんだもん、お店、オープンするよ!」

 

「……!うんっ!」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

そこからはもう、みんな必死だった。開店と同時に席は埋まり、注文が入るたびに山に入っては食材を採って、どんどん料理を作っては出して、また売って……その繰り返し。お客さんは全然途切れることなくやってくるから、嬉しい忙しさ、というやつだ。

そのうち、ゆかりがあった人たち……進藤くんの率いる球技大会から和解した野球部が再びの来店、メグちゃんと何やら確執のあったらしい女の子、そして前原くんの元カノであの雨の日にE組で復讐する相手となった土屋さん。本校舎だった頃に同じクラスだった……らしい、よく私や渚くんに突っかかってきてたD組の2人に、イリーナ先生の話術に魅せられた高校生たち、どこかで見たことあるような人たちが……ホントにたくさん、来て、来て、いらっしゃって!

昨日とは比べ物にならないくらいの忙しさに、みんな目を回しながらも楽しそうに、笑顔で対応していっていた。だけど、予想以上にお客さんが入るということは、予想以上に売れるというわけで。

 

「ま、まずいです!どんぐり麺、もうすぐ在庫なくなります!」

 

「でもA組は私たち以上に稼いでるはずよ?」

 

「サイドメニューの山の幸も売れ行きいいよ!残り時間はこれで粘ろ!」

 

「もう少し山奥に足を伸ばせば、まだ在庫は生えてるぜ」

 

「……いや……ここいらで打ち止めにしましょう」

 

愛美ちゃんがどんぐり麺の在庫の入った箱を見て声を上げた。想定していたりょう以上にお客さんが来れば、当然想定していた材料では足りなくなるに決まってる。ましてやどんぐり麺に関しては、材料となるどんぐり粉は作るのに10日くらいかかるから……粉がなくなれば麺は作れない。というか、巨大袋に入ってたあの量使い切っちゃったんだ……。

看板メニューの売り切れは仕方がないとしてサイドメニューで残り時間を乗り切るなら……と何人かで話し合いが始まったところで、シャチホコから栗に変身してキッチンに移動していた殺せんせーが私たちを止めた。

 

「でも、それじゃ勝てないよ」

 

「いいんです。これ以上採ると山の生態系を崩しかねない」

 

「むーん……確かにー……」

 

「植物も、鳥も、魚も、菌類も、節足動物も、哺乳類も。あらゆる生物の行動が『縁』となって恵みになる。この学園祭で実感してくれたでしょうか……君達がどれほど多くの『縁』に恵まれてきたことか」

 

……『縁』。

それはいろんなものがあると思う。

 

教わった人。

 

助けられた人。

 

迷惑をかけた人、かけられた人。

 

ライバルとして互いに争い高めあった人たち。

 

私がゆーじくんに話した通り、人は生き続ける限り影響を受け、与えて、いろんな『縁』を結び続ける存在だと考えてる。それは偶然かもしれないし必然かもしれないけど、結ばれたものは、きっといつか、何かしらの助けになる。そして……結ばれた『縁』が深まれば、それは『絆』となり、決して途切れることの無いものとなる。

 

「……あーあ、結局今日も授業が目的だったわけね」

 

「くっそ、勝ちたかったけどなー」

 

うまいこと、殺せんせーの授業の一環としてこの学園祭は使われてたわけだ。……そういえば、このどんぐり麺も山の幸のサイドメニューも、レシピを考えて作ったのは私たちだけど、材料を提案したのは殺せんせーだったっけ。初めからこの結末は読んでたのかな。

口では悔しそうな顔をしているみんなだったけど、殺せんせーが学んでほしいと願っていた『縁』というものは、これ以上ないほど実感したあとだったから……なんだか、スッキリした気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして朝からE組総動員で働いて、サイドメニューもだんだん売り切れのメニューが出始めて……お客さんの流れも少しは落ち着いてきた。クラス全員が接客に回る必要もなくなって、順番に休憩に入り始めたから……小休憩をもらった私はすぐに戻れるようにお盆だけ持って、渚くんとカルマの3人で校舎の近くに集まり、ゆーじくんのブログを読み返していた。

 

「ふー……少し落ち着いてきたかな?」

 

「それでも客はまだまだいるけどねー。もう俺、疲れたわ……」

 

「も、もうちょっとだと思うし、頑張ろ?……それにしても……」

 

 

【──これで、この店の紹介を終わります。最後に……俺の人生観を変えてくれた二人の友達へ、……まあ、見てくれてるとは思わねーけどこの場を借りて。

まずはNちゃん。直接は言えなかったけど、出会って早々、色々勘違いしててごめんなー。Nちゃんの言葉で俺が重いと思ってた自分の境遇がぐっと軽くなりました……ありがとう。今度は、普通にあって飯でも食いに行けたらなーって思います!オススメ紹介するぜ〜!

そして、……Aちゃん。『人は様々なものに影響を受け、与えながら生きていく存在であり、そうして結ばれたものが縁なんだ』っていう、君の言葉……俺、大事にしていこうと思う。なんて言うか、出会った時から助けられてばっかりだな……好きになってホントよかった。ありがとう】

 

 

「……あは、ゆーじくん、最後まで渚くんのこと『渚ちゃん』って呼んでるね」

 

「やっぱり取ろ?俺等もついてくし」

 

「俺等……?」

 

「もちろん、卒業旅行にはアミーシャも連れて行くからに決まってるでしょ?」

 

「だから取らないってば!!」

 

名前はイニシャルにしてるとはいえ、知ってる人が見れば誰のことか一目瞭然……多分、私も渚くんもゆーじくんのことを知らなかったことから、ブログにはたどり着いてないと思ってこの記事を書いたんだと思う。律ちゃんが教えてくれなかったら、彼のメッセージにたどり着けなかった……ありがとです。

そんないつもの軽口や雑談を交わしてから、少し休憩もできたしそろそろ店の営業へ戻ろうか、とエプロンのポケットにスマホを片付けて歩きだそうとした時だった。

 

 

 

「──アミーシャ」

 

 

 

ここでは、聞けるはずのない声。

とても聞き慣れた、大好きな声。

────私の、本名(なまえ)を呼ぶ声。

 

私は弾かれたように顔を上げ、声のした方向を見てみると、そこは料理の食券を買う受付を通り越してE組校舎の入口で……笑顔でこちらを見ながら手を振る、リーシャお姉ちゃんの姿があった。隣にはいつものトレードマークである青い帽子を目深にかぶって、物珍しそうに周りをキョロキョロと見ているシュリさんの姿も。

このクラスの生徒に会うために来店してくれるお客さんは、かなり限られてるとはいえ少なからずいる。だから、注文の前にその相手に会いたいという要望があれば、接客の担当としてその人がついたり、配膳前後という忙しい合間を縫って話す時間を取れたりするのだ 。多分、私の名前を出したか何かで、誰かがここまで案内してくれたんだろう。

 

「お、お姉ちゃん!?それにシュリさんまで!なんでここに……って、ひゃあぁぁっ!?!?」

 

「もごっ!?」

 

「うわぁっ!?」

 

「妹ちゃんに赤髪君、青髪君もひさしぶりーっ!」

 

「ふふ、ごめんねいきなり。前に通信した時に学園祭って言ってたから、会いに来ちゃった」

 

「おい、イリアさん!アミーシャ達潰れてんぞ!リーシャ姉も止めろよ、妹潰されてんのに!」

 

驚いた私が駆け寄るよりも早く、イリーナ先生よりも長くてふわふわしている金色の髪をなびかせた女の人……イリアお姉さんが飛びついてきた。そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられて、頬擦りされて身動きが取れない……ッ、何が起きたのかもよくわからないし、ただでさえ私は小さいからイリアお姉さんに抱き込まれたらなんにも見えないしで、どうすればいいのかと混乱していて、何もできずに固まっているほかなかった。

 

「え、……えぇぇぇっ!?い、イリア・プラティエ!?本物!?なんで!?」

 

「木村、落ち着け。前に聞いたろ、真尾のお姉さんの同僚だってこと」

 

「そういやお前、結構ミーハーだったな……」

 

E組の面々やチラホラと見えるお客さんは、突然の現役有名アーティストたちの登場にざわついている。劇団があるのはクロスベル自治州なのに、クロスベルどころかゼムリア大陸すら飛び出して、遠く離れた島国である日本まで進出してきてる有名アーティストだから……お姉ちゃんたちって。普段は特に表に出すことはないけど、隠れミーハーなところがある木村くんはすぐさま正体に気がついて、目をキラキラさせて大興奮みたいだった。

 

「アンタ達、元気にしてた〜?ていうか赤髪君はちょっと進展した?したわよね!?さっきの会話聞いてたけど、この子の本名呼び捨てしてたもんね!?」

 

「むぐ……あ、の……ッ」

 

「あの、イリアさん、それだとアミーシャだけじゃなくてカルマさんも潰れてますし、何も話せませんって……」

 

「……、……カルマ君、完全に巻き込まれ事故……というかイリアさん、どこから現れたんだろう」

 

「渚、隣にいた割には避けれたんだね?」

 

「アミサちゃんより先を歩いてたから偶然だけどね。カルマ君は……突然のことに慌ててアミサちゃんをかばおうとしたら巻き込まれた感じかな」

 

なんか隣にももごもごしている存在があるとは思ってたけど、イリアお姉さんは私のすぐそばにいたカルマも何気に一緒にして抱きしめていたらしい。カルマってお姉さんよりも身長高いはずなんだけどな……あの勢いには勝てないんだろう、いとも簡単に私と同じように抱きしめられ、その腕から抜け出そうともがいていた。

その後、満足したのかニコニコ笑ってるイリアお姉さんの腕の中から解放してもらえたわけだけど……私たちは息も絶え絶えで疲れきっていたのは言うまでもない。

 

「はぁ、はぁ、……く、苦しかったぁ……」

 

「はー、はー、……あー……なんで俺……巻き込むなら、渚君巻き込めばいいのに……」

 

「それこそなんで僕!?」

 

「くっ……世界的スターに抱きつかれて嫌がるなんてもったいなすぎるだろ……!!」

 

「まったくだ!」

 

久しぶりに会ったせいなのか、イリアお姉さんのメーターが振り切れてる……全然、容赦がなかった……でも、抱きつきがてらに胸を揉まれなかっただけマシなのかもしれない。

隣で同じように珍しく肩で息をしてるカルマは、暴れるわけにもいかないしイリアお姉さんがどんな人かを知ってるからこそ抵抗せずに再会のハグを受け入れたんだと思う……それにしては激しかった気もするけど。向こうの方で岡島くんとかが何か文句を言ってるけど、多分カルマは色々考えた上でこういってるんだと思うよ……多分だけど。

 

「なによ、情けないわねー」

 

「ご、ごめんなさいアミーシャ、カルマさん。時々の通信で声を聞けてた私はともかく、イリアさんはあの日以来だからテンション振り切っちゃったみたいで……」

 

「『この上に妹ちゃん達がいるのね!』ってあまりにもスピード出して飛ばすから、ペースが違いすぎるってことで、()()()()で先に登ってきたもんな、この山」

 

「……?……俺、ら?」

 

全く悪びれた様子のないイリアお姉さん、代わりに謝るリーシャお姉ちゃんと呆れたように自分たちが登ってきた山道を振り返りながら呟くシュリさん。……そっか、お姉ちゃんは時間が空いた時とかに通信して、お互いに声を聞いていたから……こうして会うのはアルカンシェルを訪ねた時以来でも、落ち着いていられるんだ。そ、それに……イリアお姉さんは嬉々として聞いてきたけど、お姉ちゃんはカルマと私が……その、付き合ってる、ってことも前に通信した時に報告したから……私の覚悟も感じ取ってくれてるんだろう、何も言わない。

ふと、シュリさんの口から出てきた言葉に疑問を感じた……俺等って?シュリさんの場合、基本的にはアルカンシェルのメンバーで、同じアーティストであるイリアお姉さんとリーシャお姉ちゃんのことを指すと思う。でも、この場には全員揃ってるし、何より彼女の視線は山道の方へ向いていて……。

 

「ふふ……せっかくだからと思ってあの人達にも声をかけたの。そうしたら、皆さん会いたいから是非って……」

 

「え……?……────」

 

思わず漏らした私の疑問を、リーシャお姉ちゃんが拾ってシュリさんと同じように山道に視線を向けた。その視線が向くままに私も山道を見ると、そこにはいくつかの人影が……最初は、嘘だと思った。少ししてそれが何かを理解しても、頭ではわかってるのに信じられなくて……私は全く、動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

カルマside

アルカンシェルに観劇に行った以来だから……半年くらい前か?かなり上機嫌にみえたイリアさんによる、まるで大砲のような突撃は久しぶりに会えた嬉しさからだという……本ト、アミーシャだけを抱きしめるならまだしも、なんで俺まで……。思い切り抱きし、……いや、締め付けてきながらイリアさんが言っていた言葉から察するに、俺とアミーシャの進展を聞くためとか言い出しそうだから、あえて聞かないでおこう。

逃げ出そうと思えば出られるんだけど、弟に対するような好意を受けないわけにもいかず、かといって何か返す事も素直にできなくて、されるがままになっているしかなかった。ようやく解放された時には、緊張云々で疲れていて、同じように……いや、体が小さいから俺以上に息苦しかっただろうアミーシャと一緒に、思わず膝に手を付きながら息を整えていた時だった。

 

────カラン。

 

初めはなんの音かと思ったけど、下を向いている俺の視界に入ってきたお盆で、これをアミーシャが落とした音だったんだと理解した。それを拾ってやりながら、一応俺等の店は飲食店なわけで、そこで使うものを地面に落とすなんて言語道断じゃね?……なんて、軽く言おうと思って顔を上げた先の彼女の顔を見て俺は驚いた。

 

……目を見開いたまま固まり、ある一点を……E組校舎へと繋がる山道の入口を見つめているようだった。かすかに動く口元は何か言おうとしているんだろうけど音になってなくて、……まるで、泣きたいような信じられないような、そんな表情(かお)。彼女にそんな表情をさせる原因が知りたくて、俺もそちらを向いてみれば……何人かの男女がちょうど山道を登りきったところのようだ。

 

 

「や、やっと着いたわ……」

──灰色の腰より長い髪を下ろし、ハーフアップを大きなリボンで結んだ、お淑やかそうな女性。

 

 

「アルモリカ村へ徒歩で行った時並に疲れました……」

──渚君のような水色の髪をツインテールにして、全体的に黒い衣装でまとめた気だるげな少女。

 

 

「これ、学校、なんだよな……!?アミ姫、毎日ここを登ってんのかよ……!?」

──もしかして、アミ姫ってアミーシャのことか?……赤い髪を後ろでひとつに結んだ、オレンジの上着を肩にかけたガタイのいい男性。

 

 

「はは、だらしないね。支援課が休止してたせいで鈍ってんじゃないの?」

──緑の髪で、どこか浮世離れした蒼い衣装に身を包んだ……男性、でいいのだろうか?線の細い飄々とした人。

 

 

「フラっと帰ってきて一番何もやってなさそうなのに……なんで一番息が切れてないんですか?」

──暗いピンクのショートヘアで、どこか軍隊の制服を思わせる、それでも女らしいポイントのある服装の女性。

 

 

あの男女5人は何の集まりなのか……見た目からして家族って感じじゃないし、同年代ってわけでもなさそうなのにお互いに信頼し切ってるようにも見えるし。リーシャさんが声をかけたってことは、アミーシャにとっても知り合いの可能性はあるけど、ここまで動揺するものかな……普通にここで会えるとは思ってなかったから驚いてんのかも。

……あ、後ろからあと2人到着したみたいだ。

 

「……うそ……」

 

「……アミーシャ?」

 

あの人たちが現れてから初めて、アミーシャの声にならない声が音になったけど、それでも意思を持って出した声と言うよりは無意識にこぼれ出たもの、という印象で、思わず俺が呼んだ声も多分聞こえていない。

すぐ近くにいたはずのイリアさんとリーシャさんが少しだけ横にずれて、ニコニコと笑ってるから悪いようにはならないと思うけど。

 

 

 

 

 

「ふぅ……、俺もまだまだだな。大丈夫か?キーア」

 

「うんっ、だいじょーぶだよ!……あっ!アミーシャだっ!見つけたーっ!」

 

 

 

 

 

山道を登ってきた2人の内で少女の方……身長はアミーシャとほとんど同じくらい、茅野ちゃんのような黄緑色のふわふわとした長髪を揺らすその子が、嬉しそうにアミーシャの名前を呼んで彼女へ飛びついた。苦笑い気味に笑いながら追いついてきたのは、茶髪の……言っちゃ悪いけど優男って雰囲気の男。だけど、長袖着てるし分かりづらいけど……肩幅というか、身体運びというか……なんていうか無駄のない動き。素人目の俺でも相当強い奴なんじゃないかって察することのできる男だ。

 

「……ッ、キーア、ちゃん?」

 

「そだよー!あれ、アミーシャ髪の毛切っちゃったの?キーアとお揃いだったのにー……でもでもすっごく似合ってるね!」

 

「こら、キーア。ひさしぶりに会えて嬉しいのはわかるけど、アミーシャが固まってるぞ」

 

呆然としたように抱きつかれるがままのアミーシャと彼女に頬ずりしている黄緑色の髪の少女の頭を、追いついた男性が軽くクシャクシャにするように撫でている。普通に喜んで受け入れている少女とは違い、アミーシャはまだ理解が追いついていないようだった。でも手は繋いだまま少女が体を離した頃、のろのろとした動きではあるけど、キーアと呼ばれた少女と茶髪の男との間で視線をいったりきたりさせて、アミーシャは存在を確かめるように2人に向かって手を伸ばした。

 

「……ロイドさん、ですか……?」

 

「ああ」

 

「ほんもの……?」

 

「本物って;……ああ、本物だよ」

 

「ほんもの……いきてる……?」

 

「生きてるよ……ほら、温かいだろ?」

 

「あたたかい……もう、みなさん、だいじょぶなんですか……?」

 

「キーアも……もちろん皆も。クロスベルは開放された。だからもう安全、ってうわっ!」

 

それはいつかの、アミーシャが誰も信じられなくなった時、渚君にしたように……信じるために、信じたくてする確認に似ていた。アミーシャのその様子を知っているんだろう……男はアミーシャと目線を合わせながら、一つ一つの拙い質問に答え、彼女が伸ばした手を体に触れさせて、その上から手のひらで包み込んだ。この会話を聞いているだけでも、訪れた男女は危険な状況にあった上に、その渦中……もしくは中心的な人物達だったのだろうと察せれる。アミーシャがこうまでなるってことは、彼女は俺等と過ごしている間も、この人達のことを考え続けていたんだろうか。……なんかそれって妬けるというか、対象に男がいる時点でムカつく部分があるというか。

男が全て言い切る前にアミーシャはそいつに向かって、勢いよく……タックルと形容してもいいくらい思い切り飛びついた。驚きながらもしっかり受け止めた男に対して、アミーシャはボロボロと涙を流しながら、たった一言だけこぼした。

 

「────よかった」

 

……って。

 

 

 

 




「ふふ、サプライズ成功かしら?」
「昨日も通信したんだろ?よくバレなかったな……」
「私等にもサプライズに協力させてるんだから、徹底してるに決まってるじゃない」
「私達はまだ、難しかったとはいえお互いの無事は知れたけど……」
「アミ姫に関しては、完全に外に逃がしてたからなぁ」
「一番危険だったロイドさんが無事だってわかってホッとしたんですね」
「……そうですね、かなり安心したような……張り詰めていた緊張が解けたような、そんな感情が感じとれます」
「……守るためとはいえ、長かったですね」
「2年、待たせたわけだからね」
「…………」
「キーア、どうかしたんですか?」
「どしたー?キー坊」
「…………ずるい」
「「「え?」」」
「き、キーアちゃん?」
「キーアだって……キーアだって、まだ抱きつき足りないのに!ロイドばっかりずるい!とーつげきーッ!!」
「ひゃっ……」
「うわぁっ!?キーア、待て、2人はキツいって……!」
「……キーアちゃん、もっとやっていいわよ」
「むしろ、私もずるいと思ってたんですけど……」
「あはは、一人だけ先に妹分を独り占めしてるんだから、それくらい甘んじて受け止めなよ。ね、リーダー?」



「…………なんか、わちゃわちゃしてるね」
「生き別れの家族と再会出来たって感じの雰囲気バリバリなんだけど……」
「……あの中で家族なのって真尾とリーシャさんだけなんだよな?それにしてはすごい親密感というか……」
「女性陣がそわそわしてるのがすごく気になる……」



「……みんな、みーんなあったかい、……よかった」


++++++++++++++++++++


2日目の前半です。
ユウジ君のブログ、後半に付け足しました。個人情報が流失しない程度に、喧嘩(してないけど)別れの後味の悪さをここで(一方的に)解消した感じです。律がお節介したり、E組の誰かがコメントしたりしない限り、渚達がこのブログを読んだことは知られないんじゃないかな、と思います。



予告していましたとおり、碧の軌跡からアルカンシェルメンツ以外にも、ロイド・エリィ・ティオ・ランディ・ワジ・ノエルを参戦させました。一応誰が誰か分かるように書き分けたつもりですが、出しすぎたかな〜……と、失敗した感があります。でも、日本に来るのにメルカバ(ワジの所有する小型飛行機のようなもの)だったら面白いと思ったんですもの。職権乱用してでも会いに来ちゃえば、と。だったらワジとノエルも同行すべきだな!と考えたら大所帯になりました。



学園祭2日目も前中後編となりそうです。もう少しオリジナル話が続きます。



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学園祭の時間~2日目・後編~

渚side

アミサちゃんのお姉さん……リーシャさんと、その同僚であるイリアさんとシュリさんが、この椚ヶ丘学園祭という外部の人が出入りできる機会を利用してアミサちゃんを訪ねてきた。僕とカルマ君、殺せんせー、律の4人だけは、リーシャさん達アルカンシェルの3人と直接面識があるからまだ耐性があるけど……さすがは超有名アーティスト、名乗っていないにもかかわらず正体に勘づいたそれ以外の人達、E組のクラスメイトとお客さんの間にザワザワとした動揺が広がっている。そんな周りに、帽子をさらに目深にすることで無反応を決め込むシュリさんと、恥ずかしそうにしながら律儀にお辞儀をしているリーシャさんに対して、舞台上の顔と全く同じで何の躊躇いもなく手を振ったりかけられる声に応えるイリアさんは、さすがすぎるプロ意識だ……あ、木村君がサイン頼んでる。

そしてその向こう、リーシャさんが誘ったらしい年齢も見た目もバラバラな……正直なんの繋がりがあるのか全くわからない男女7人は、アミサちゃんの周りに集まって、何やら揉めているみたいで……あ、別に仲違いとかそういうのじゃなさそうだからね?

 

「ほら、せっかく可愛いのにそんなに泣いたら顔がぐちゃぐちゃだろ……これ使って涙拭いて」

 

「というより、そんなにボロボロ泣くということは……もしかしてアミーシャ、私達の状況知ってたんですか?」

 

「え、まさか……一応みんな、徹底して隠してたはずでしたよね?情報操作についてはティオちゃん筆頭にフランやヨナ君も協力してくれてたし」

 

「だって……だって……っ!……リーシャお姉ちゃんたちしか元気なことわからなくて……調べたらティオさんもエリィさんもランディさんも、みんな、バラバラで……ロイドさんとキーアちゃんは特に危ないって……ワジさんとノエルさんだってぇ……ッ」

 

「……おう、俺等が隠してた事、お前は全部しっかり把握してたのがよーく分かったわ……つーか調べちゃったのな」

 

「アミーシャちゃんだけならギリギリ関わらせなくて済むかもって、中途半端に関わった後から隠してたせいで、余計に心配させちゃったのね……」

 

「それに相変わらず流石の情報集積力だね、アッバスに見習わせて……いや、むしろウチに欲しい技術だよ。……どう?将来に騎士団とか」

 

「ワジさん1人には渡せませんよ?アミーシャはリーシャさんの妹であり、私達全員の妹分です。それに彼女の進路は──」

 

「!ね、ねぇねぇティオ、キーアはー?」

 

「……!そうでした。キーア、ありがとうございます。キーアは特務支援課自慢の娘ですよ。……さてアミーシャ、だいぶ気持ちが落ち着いてきたところで、そろそろ他人行儀は寂しいのですが……」

 

「そうよね、前みたいな口調で全然いいのよ?」

 

「……ぐすっ……でも、……でも、私だって……もう15歳になるから……」

 

「大人になりたいってこと?」

 

「……ん、」

 

「それでも俺達の妹分であることには変わりないし……ほら、元に戻した方が俺達がここにいるって実感できるんじゃないか?」

 

「……うー……、…………その、……兄ぃたちも、姉ぇたちも、……アミーシャのこと、ぎゅーしてくれたら、考える……じゃ、だめ……?」

 

「~~~~ッもう、当然いいに決まってるじゃない!いくらでもしてあげるわ!」

 

「事件再びです……!!これは封印されしキーアペンギンと並ぶ凶悪さ……ッ!」

 

「ふわあぁ~~~ッ私も混ぜてください!!」

 

「キーアもー!」

 

「わ、わぁっ!……、……ちょっとだけ、苦しいけど……みんな、みーんなあったかい、……えへへ、よかったぁ……」

 

「い、いつかのデジャヴュだ……」

 

「今回に関してはキーアも一緒になって参加してるけどな」

 

「跳ね飛ばされなかっただけマシだと思っとけばいいんじゃない?」

 

……ホント、なんというか……家族とか親戚とか、それくらい近しい間柄の中で行われるやり取りに近いというか。きっとアミサちゃんはクロスベル自治州にいた頃から、リーシャさんだけじゃなくて、あの人達にもああやって愛されてきたんだろう……それなら昔から時折見せていた、誰かを探すような寂しそうに笑う表情の説明がつく。

僕はあの集団の女性陣にもみくちゃにされるが如く抱きつかれているのに、心の底から幸せそうに笑うアミサちゃんを見て、どこか安心感を覚えると同時に、あんなに幼い表情の彼女をほとんど見た事がないということに気が付いた。カルマ君も僕の隣であの様子を見ながら、何やら考え込んでいるみたいだ。

 

「ふふ……ああいう所があの子は幼いですよね」

 

「ッ!?り、リーシャさんっ!」

 

「……っ……リーシャさん、お久しぶりです」

 

「はい、お久しぶりですナギサさん、カルマさん。それと……リツさんもいますよね?」

 

『はい、もちろんです!お久しぶりです、リーシャさん!』

 

急に声をかけられたと思ったら、僕のすぐ隣に気配を消したリーシャさんが立っていて驚いた……カルマ君ですら気付いてなかったのか、若干肩を揺らして返事を返すまでの反応が遅れていた。リーシャさんは僕等の様子に気づいているのかいないのか、何事も無かったかのように僕等に挨拶し、スマホにいる律にまで自然な流れで声をかけていて……、ってこれがリーシャさん的には通常運転なのかもしれないけど、まだ心臓はバクバクと早鐘を打っている。

流石というか、先に落ち着きを取り戻したのはカルマ君の方で……切り替えるようにブルりと軽く頭を振ると、リーシャさんの方へ向き直った。

 

「リーシャさん……アミーシャが幼いって、どういう……」

 

「……アミーシャとずっと一緒に過ごしてくださっているお二人なら、感じたんじゃないですか?あの人達の中にいるアミーシャは気を抜いていて、完全に体も心も預けている幼子のようだ、と。あの子は母親の存在を知りませんから、キーアちゃんのことを娘として接するあの人達に出会うまで、一番身近な甘え方を学ぶ対象もいなかったんです……姉である私では、母親にはなれませんから」

 

……つまりリーシャさんは、あの人達がアミサちゃんの親代わりのようになって愛情を注いでくれたんだって言いたいのかな。僕等はアミサちゃんが母親と会ったことがないのは知ってたし、本当なら主に母親から与えられる親の愛情……僕も最近になってなんとなく分かるようになってきた母さんの思い、のようなもの……も、わからないのは十分察していた。

僕やカルマ君と一緒に過ごしている時でも時々何かを求めるような、甘えているような幼い表情を見せていた彼女だけど、それは僕等2人、もしくはどちらかと居る時だけ。それでもかなり頻度は低いし、カルマ君と2人の時はどうなのか僕は知らない……それに、言い方は悪いけどE組のみんなが居る前ではほとんど見た事がない。そんな表情をいとも簡単に引き出したあの人達は……本当になんなんだろう。僕の疑問が顔に出ていたんだろう、小さく笑ったリーシャさんが言った。

 

「……多分、色々と気になることがあると思います。それらを含めてお話したいことがあるんですが……えっと……みなさんもうすぐお店、閉められますよね?」

 

「…………へ?はい、あの、確かにもうすぐ切り上げますけど……」

 

「学園祭の時間はまだ4時間くらい残ってるのに……どうして、」

 

「さっき、メニュー表を見せてもらったんですけど、看板メニューのどんぐりつけ麺を始めサイドメニューのほとんどが売り切れでした。お客さんが来ても何も言わずに受け入れているってことはまだ料理は出せるのでしょうけど、謳い文句である新鮮な山の幸を取りに行く様子もなく、商品の売り切れを伝えているということは、店仕舞いに向けて動いているんだと思ったんですが……違いましたか?」

 

「い、いえ!あってます!……たったそれだけで……すごいですね」

 

「ふふ、偶然です。それで……そのあとってお時間、取れそうですか?」

 

僕等とお客さんの動きを見て、メニュー表も確認しての判断って……リーシャさん達がここに来てからそんな時間ほとんどなかったと思うのに、すごい洞察力だ。なんにせよ、店仕舞いするまでは僕等もE組の一員としてこの出店の店員だ。終わった後も売り上げや集客数の集計とかも出さなくちゃいけないし、知り合いとかお世話になった人だからって僕等だけ勝手に抜け出すわけにもいかない。

リーシャさんはいきなり言い出したことですから無理なら構わないって付け足したけど、そんなアミサちゃんそっくりな顔で困ったように眉を下げた表情を見せられて、忙しいので難しいです、なんて言えるわけがないんだよね……。確認のためにカルマ君の方を見てみれば、僕と同じようなことを考えたんだろう……その顔、ずるくない?って小さく呟いた彼と目が合った。

 

「僕等だけの一存で決めちゃっていいのかわからないので、みんなと……あと先生達にも相談してきていいですか?」

 

「一応学園祭(コレ)、外部の人が入場OKとはいえ、学校行事だし……俺等が勝手なことできないんだよね」

 

「はい、ぜひそうしてください。学校側も、他の方達も都合があるでしょうし……コロセンセーさんも、一般の方々に見られない方がいいですよね」

 

「「…………ん?」」

 

「……え?」

 

……おかしい、なんか僕等とリーシャさんとの会話が噛み合ってない気がする。今までの会話の流れからして、リーシャさんは僕等2人と何かを話したいんだよね……?だったら僕とカルマ君、2人の都合さえつけばそれでいいはずだ……それがなんで殺せんせーが一般人に見られるとまずいって話になるんだろう?殺せんせーの存在を外部に知られているって事実はこの際横に置いておく……アルカンシェルへ観劇に行った時にリーシャさんは会ってるしね、人間(仮)バージョンで。

 

「……えーっと、リーシャさん、なんで殺せんせー?」

 

「僕等2人と話したいってことじゃ……?」

 

「いえ、そうではなくて……、……すみません、私の言葉が足りませんでした。アミーシャがお世話になっていることを含めて、E組の皆さんとお話できたらと思って。もちろんコロセンセーさんも一緒に」

 

「……、なるほど、そーいうことね。……てか、さらりと同席を求められる国家機密(殺せんせー)……リーシャさんこの事知ってんのかな……

 

「だ、だったら尚更皆にも聞かないと。E組の出店が終わったからって本校舎に行こうとしてる人もいるだろうし」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

……どうやら言葉足らずというか、大事な部分を伏せて話してしまうところは、姉妹そろっての癖だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の涙がおさまってきた頃、話しかけるタイミングを見計らっていたんだろう……メグちゃんと磯貝くんがメニュー表を持って近づいてきた。そうだ、ロイドさんたちとのかなり久しぶりの再会で忘れかけてたけど、ここはE組の飲食店……せっかく来てもらったのだから、E組(わたしたち)自慢の料理を食べてもらわないともったいない。……といっても、ほとんど品切れだけどね。

渡されたメニュー表を見ながら料理を選ぶ特務支援課の人たちは、写真の上に貼られた売り切れの文字を見て、もっと早く来ればよかったとか、学生主体の店で売り切れが出るなんてすごい等と口々に言ってくれて、代表して注文を取りに来てくれていたメグちゃんたちを照れさせている。ちなみにリーシャお姉ちゃんはカルマと渚くんの2人と何かお話中……イリアお姉さんとシュリさんは、……なんて言えばいいんだろう、周りの人たちにファンサービス?をしている最中で、みなさんが3人の分も一緒に注文してくれるらしい。まだ提供できるものの中で何を食べようかとみなさんが悩む中、さっさと選び終わってメニュー表から顔を上げたワジさんは、何かに気づいたように私の頭……正確にはヘッドドレスに付いてるネコミミに手を伸ばしてきた。

 

「そういえばさっきから気になってたんだけど……アミーシャ、キミ一人だけエプロンじゃなくてメイド服って何かあったのかい?こんなのまで付けて」

 

「それな!灰色だし、みっしぃの耳かぁ?アミ姫に似合ってるけど、何かあったんならおにーさんに言ってみろ〜?」

 

「あ、や、その……クラスメイトが……こういうお店にはマスコットが必要だからって……」

 

「「「マスコット?」」」

 

「あはは……すいません、うちのクラスにメイド喫茶に通うくらいオタクな男子がいまして……彼曰く、猫耳メイドは正義だ、の一言でコレに……」

 

「ついでにその他欲望に忠実なやつが(男女含めて)数名な。あと真尾は昨日、本校舎の方で宣伝ステージに出てくれたんで、その衣装も兼ねてるんです。それ繋がりでマスコット=看板娘でいけるんじゃないか、というのが俺等の考えで……」

 

マスコットとはなんだそれ、な反応を見せたみなさんに対して、注文をとるために残っていたメグちゃんと磯貝くんが私の代わりに説明してくれた……いつかは聞かれると思ってたけど、なんて説明すればいいのか迷ってたから、かなりありがたい。手持ち無沙汰なのかなんなのか、へえ、と一言返事をしたワジさんは、私の頭を撫でつつ時々ネコミミに触れていろんな角度に変えて遊んでいる。

 

「なるほど……ふふ、アミーシャちゃんはここでいろいろ大事にしてもらえてるのね」

 

「怖がりなアミーシャちゃんが人前に出られるようになったなんて……っ、成長したね、えらいえらい!」

 

「……導力ネットワークのない場所だからと油断してました……エイオンシステム、装備してくればよかったです。そうすればアミーシャとお揃いでしたのに……」

 

「そういえばティオのエイオンシステムも猫耳だもんな。……2年ぶりだしめったに見れない格好だから新鮮だとは思ったけど……似合ってるし可愛いぞ、アミーシャ」

 

「えへへ……最初は恥ずかしかったけど……エリィさんも、ノエルさんも、ティオさんもありがと、なの。ロイドさんは2年前と見た目はあんまり変わらないけど……相変わらず心をぽかぽかにするイケメンさん、だね」

 

「はは、なんだそれ。…………ところで、なんで俺はいろんな所から睨まれてるんだ?」

 

エリィさんはふわりと安心したような笑みを浮かべ、ノエルさんは私の髪型を崩さないようにしながらも感動したように頭を撫でながら私の成長を認めてくれた。ティオさんはクロスベルに置いてきたらしいエイオンシステムを装備してない自分の頭を触りながら悔しそうに呟き、ロイドさんは今更かもしれないけどと前置いて通常運転で私の容姿を褒めてくれた。前と変わりない光景……まるで、夢みたい……だいたい2年くらい前……私がまだクロスベルにいた頃のありふれた日常のようで。自然と浮かんできた笑顔にロイドさんも返してくれてたんだけど。

 

「この天然タラシが……!」

 

「すごいのは2人とも全部本心から話してるってことよね……ここにリーシャさんも入ったらどうなるのかしら」

 

「天然が集まるとどれだけ大変なことになるのか、よーく分かりますね……収集がつきません」

 

「それが分かってるなら止めてやれよティオ助……」

 

「めんどくさいです」

 

ニコニコと私たちが笑い合っている途中、私からは見えない位置でエリィさんたちに威圧?視線?呆れ?よく分からないけど……何やらを向けられていたらしいロイドさんが、いきなり顔色を悪くして頭を抱え始めた。私には唯一聞こえた声から、ロイドさんを除いた特務支援課のみなさんの仕業だということしか分からなくて、ロイドさんのいきなりの変化にただ首を傾げるしかなく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あの男」

 

「か、カルマ君、抑えて抑えて。あの人、カルマ君がアミサちゃんの彼氏って知らないだろうし、見た感じ妹を褒める感覚だから!多分!」

 

「ふふ、ロイドさんが中身までかっこいいのはずっと変わらないですね。怖がりなアミーシャもすぐに懐くくらいでしたから」

 

「リーシャさん、ほのぼのと煽らないでください!」

 

……ロイドさんが『いろんな』ってぼやかし、エリィさんたちのことを名指ししなかったのは、エリィさんたち以外からのどこからかハッキリしない威圧もあったからで。それが離れたところからこのやり取りを見ていたE組……主にカルマからのものだってことも、渚くんが天然なお姉ちゃん共々なんとか間に入って止めようと奮闘していることも、もちろん知らなかった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「なるほど、アミサさんのお姉さん……リーシャさんからの申し出ですか。わざわざ国外から訪ねてきてくださったんです。こんな機会滅多にないでしょうし、後片付けが終わってから皆さんで会いましょうか」

 

「マジか!!」

 

「やった、リーシャ・マオと話せる……!」

 

「リーシャさんが私達に何を話したいのかはわからないけど、どうせなら私達もリーシャさんの知らないアミサちゃんの姿を教えてあげたいよね」

 

「律、今までに撮ったアミサの写真とか動画の記録、整理しといてくれる?」

 

『わかりました、おまかせください!』

 

リーシャさんから無言の断れないお願いを受けて、彼等の接客をアミーシャと磯貝達に託した俺と渚君は、まだキッチンで監督しつつ、今できる所まではと集計する生徒を手伝っている殺せんせーと、遅れて様子を見に来た烏間先生に事の次第を報告しに来ていた。早く店を閉める分A組には絶対勝てないし、既に終わった空気が流れていたこの場所に、普段お目にかかることのない有名アーティストに会えると活気が戻る。かく言う俺も、面と向かって会話できる機会はあの時(アルカンシェル観劇)以来だからだいぶ楽しみだ。

 

「ただ……1つ、頼まれたことがあって……僕等がリーシャさんと会うことをアミサちゃんには内緒にしてほしいらしいんだ」

 

「何で?」

 

「さぁ……?リーシャさんが言うには、タイミングのいい所でキーアちゃん……ほら、あそこでアミサちゃんにくっついてる黄緑色の髪の子が連れ出してくれるらしくて」

 

「なーんか、個人的に話したいことがあるらしいよ?」

 

渚君の言葉に釣られるように、話を聞いていたみんなが窓の外を見る。リーシャさんが呼んだ客人達が料理を食べているテーブルを囲み、そこで楽しげに会話しているアミーシャ達の姿があった。よくよく見てみると、アミーシャの右手はキーアという少女と繋がり、左手はリーシャさんの腕に絡んでいる……今生きている唯一の家族と言っていたし、一緒にいられる時間はそばにいたいんだろう。

もうほぼ売りきったし、さっさと集計作業を終わらして時間を作ろうと、俺等が手を動かし始めたあたりで、じっと静かに俺等のやり取りを聞いていた烏間先生が殺せんせーに声をかけた。

 

「……一つ、いいか?」

 

「はい、どうぞ烏間先生」

 

「……真尾さんのお姉さんがE組の生徒と会いたいというのはまだいい。遠く離れたところで住まざるを得ない事情があったらしいからな、世話になっているクラスメイトや俺達教師陣と話しがしたいというのも理解できる。だが……何故彼女の口からお前の存在が出てくるんだ、国家機密

 

「ヒェッ……えー、そのー……、…………」

 

「……………………」

 

「……………………、に、逃げるが勝ち!!

 

おいッ

 

「……『縁』かぁ」

 

「烏間先生はあのタコと関わったのが縁の尽きだね〜」

 

どったんばったんと狭い教室の中を飛び回る殺せんせーと、それを追いかける烏間先生……、逃げる超生物と追う人外()教師のやりとりなんて俺等生徒に止められるはずもなく、ついでに烏間先生にヅラ疑惑をかける嘘までバレたようで激しさをましていく一方だった。

そりゃあそうだよね、元々先生じゃない防衛省の烏間先生は、殺せんせーがE組に来て毎回何かしら事件を起こすってだけでも心労すごそうなのに、俺等皆色々と濃いから気苦労もすごいんだろう……あ、俺がその筆頭生徒なのは自覚済みだよ?ていうか国家機密なのに、人間に変装してたとはいえ存在を外部に自分でバラしちゃうってどうなの。

 

「ちょっと先生達!うるさいし色々飛んでくし埃舞うからやめてよ!」

 

「にゅやっ!?す、すすすすすすみませんんんんっっっ!!!ぎゃ、か、かすっ!?」

 

「お前が逃げなければいい話だ」

 

「そうしたら確実に当ててくるじゃないですか!」

 

「ほう、よく分かってるじゃないか……そこに直れ!」

 

「イヤです!」

 

……ま、でも先生達らしいよね。

少しの間、片岡さんを始め何人かの生徒が殺せんせーと烏間先生の乱闘に文句を言ってたんだけど、ふと何かを思い出したように烏間先生が動きを止めた。

 

「……そうだ、このタコのせいで忘れるところだった。……赤羽君」

 

「……、……え、俺?」

 

「ああ。外で言付かったんだが────、────」

 

「…………え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちのお店は学園祭2日目の途中ではあるけど……予想外の客入りによって材料が売り切れたため、早めに店を閉めることになった。実質このあとは自由時間となる。

元々、カルマと渚くんとカエデちゃんと一緒に本校舎の最後の追い上げに勤しむ出店を見に行こうって話してたんだけど……せっかくお姉ちゃんたちが来てくれたから、できたら一緒にいたい、な……。それに、私の自慢の家族を友達を仲間を……E組のみんなにも紹介したいし。校舎の外に出していた飲食スペース用の机と椅子を手分けして片付け、看板も仕舞って本格的に終了……そろそろ教室に戻ろうか、ということになってE組校舎に歩き出した時だった。

 

「……っ、?」

 

くんっ、と制服をつままれて引っ張られる感覚に足を止める。何かに引っかかったのかと振り返ってみれば、そこには私の制服を掴んでこちらを見つめているキーアちゃんの姿があった。出店の片付けが始まってから私はE組のみんなと撤収作業におわれてたし、その間特務支援課のみなさんはそろってこの山を見て回ってたみたいだけど……ってあれ、キーアちゃん1人だけ……?

 

「……キーアちゃん?どうか、したの……?というか兄ぃたちは……」

 

「あ、……あのね、アミーシャ。キーア、アミーシャと話したいことがあるの。少しだけ、時間もらえる……?」

 

「え?えと……うん、もう終わりだし、だいじょぶだと思うけど……一応みんなにも、」

 

「ううん。もう、E組の先生にはアミーシャを借りたいってお願いしてあるの。んーと……黒い髪の男の人」

 

「黒い髪……烏間先生かな……」

 

「かなぁ?課長みたいなスーツ着てたよ!で、雰囲気はアリオスみたいに暖かいのに、ダドリーみたいでなんか怖かった!」

 

「……ふふ、なら、へーきかな……どこで話そうか?」

 

「あ、待ってね。あと1人呼んでるの」

 

「…………え」

 

このE組に黒髪でスーツ姿の人なんて烏間先生くらいしかいない。ダドリーさんみたいなって……あの人は捜査一課なこともあって厳格だったからな……確かに雰囲気だけなら似てるのかもしれないけど。なんとなく頼ってしまいたくなる人柄って部分で、アリオスさんはわかる気がする。その烏間先生に伝えたのなら、多分いいはずだ。

わざわざ呼び出すんだし、静かな場所の方がいいだろうと校舎裏とか、グラウンド横の木陰とかに案内しようかとしたら、またキーアちゃんに止められた。あと1人……?不思議に思っていると、校舎の中から出てきて私たちのところに駆け寄ってくる1つの姿が……それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カルマ……?」

 

「……呼んだのは、キミ?」

 

「うん。そろったし、行こ?……誰も、誰も来ない所がいい。これから話すことはアミーシャと、アミーシャの大事な人……カルマに、関係することだから」

 

 

 

 

 

 





「…………、まだ、…………アミーシャが、生きてる。……未来は変わってる……?」


「…………でも、ここはロイド達のために、キーアが因果律に干渉して書き換えた未来のその先に位置するセカイ……これからも、なんて保証はできない」


「…………そんなこと、どうでもいい。まずは、……謝らなくちゃいけない」


「キーアは…………今回はキーアのためじゃないけど、」


「…………また、人の心に干渉してしまったから」


++++++++++++++++++++


学園祭2日目です。営業自体は終わりましたが、オリジナルのお話はもう少し続きます。次回の場面としては、キーアとオリ主&カルマ、リーシャ&特務支援課とE組生徒達というくくりが大きなお話になると思います。

最初のリーシャと渚、カルマの会話の意味は、実はリーシャ達アルカンシェルのメンバーや特務支援課の前では素を出して甘えに行けるけど、E組のクラスメイトの前では警戒心や疑心暗鬼を捨てきれていなくて、実は素の姿というより気を張り続けていたんだよ、ということ。色々な理由から、なんの疑いもなく信じるのは表面ではできても内面の奥底では出来ていなかったという。次回、これについても触れると思います。
でも、リーシャの天然具合に全部もっていかれるという。拙宅のリーシャは、無自覚にカルマの嫉妬を煽ってます。渚君頑張れ()

渚君のお母さんとの和解場面は、小説の中では申し訳ないですがカットで。でも、その代わりのオリジナル部分を差し込みました。


次回は、学園祭2日目の後編です。内容自体は学園祭じゃないのですが……時系列的には学園祭の2日目なので、題名もそうします。



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インターミッション~アミーシャ~

学園祭の最中ではありますが、今回から2話は完全に別話となりますので、題名を変更させていただきました。



「あれ、イリアさんとシュリはどこに行ったんだ?」

 

 

「なんでも興味深い人がいたから話してくる、とイリアさんがシュリさんを引っ張っていきましたが……止めた方が良かったですかね?」

 

 

「あの金髪の美人な女性だね?服装や見た目は落ち着いて見えるのに身のこなしが普通じゃない!ってイリアさんは言ってたけど」

 

 

「ワジさんが『美人』とか言うと本音なのかお世辞なのかよく分かりませんね……流石は副業の副業:ホスト」

 

 

「ふふ、ひどいなぁ……全部本音だよ。イリアさんの言う『普通じゃない』がどういう意味かは知らないけどね」

 

 

「……まあ、イリアさん達には言えないこともあるからちょうどいいかもしれないな。後は彼等に話す内容か」

 

 

「感謝を伝えるのは当然として……どこまで話します?リーシャさん」

 

 

「えっと、アミーシャの同級生が聞いても当たり障りのない部分だけ……あとはアレです、彼等の目的のために、使えるものは使ってもらおうかと」

 

 

「はは、俺等を使()()()()()って。リーシャも言うようになったね」

 

 

「だな。ま、そのへんでとどめて正解だろ……平和な世界で生きてる奴等を進んで裏に関わらせるわけにはいかないしな」

 

 

「でしたら……警察だからこそ触れることになる政治の裏事情や、 特務支援課(わたしたち)だったから関わることになった様々な陰謀……そこらへんは表面的にフワッと、ですね。あとはそれぞれの得意分野で担当すれば……」

 

 

「そうね、じゃあその間キーアちゃんは……て、あら?そういえばキーアちゃんは?」

 

 

「キーアちゃんでしたら、アミーシャとカルマさん……えっと、ほら、赤髪の男の子がいましたよね?あの子に話があるみたいで、先程呼び出して貰いに行ってましたよ」

 

 

「赤髪……赤髪……ああ、あいつか!アミ姫に構ってるロイドにガン付けてた奴!」

 

 

「ああ、エリィ達の威圧以外に殺気を感じるとは思ってたけど彼だったのか……プロと相違無かったぞ、あれ……」

 

 

「確かに途中から真っ青だったもんね、キミ。でもあの程度の接触で殺気を向けるほどってことは……彼はアミーシャの恋人かな?」

 

 

「「「!!」」」

 

 

「そ、そうだったんですか!?」

 

 

「ふふ、カルマさんはアミーシャを振り向かせようと必死でしたから」

 

 

「リーシャさん、微妙に答えがズレてると思います……」

 

 

「私達にとっては見慣れたスキンシップでも、恋人からしたら、そりゃあいい気はしませんよねぇ……」

 

 

「完全ロイドさんの自業自得です」

 

 

「う……そ、それは置いといて……アミーシャと彼の2人か……リーシャ、それの内容聞いてたりするか?」

 

 

「いえ、特には……ただ、『2人に謝らなくちゃいけない』と言ってましたけど」

 

 

 

 

 

「そうか……ごめん、俺も様子見てくるよ。アミーシャにならともかく、初対面の人に謝るってことは……キーアの力が関係してくるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

2日間続く学園祭は残り数時間となったけど、僕等3年E組の出店はメインのどんぐりつけ麺が売り切れ、その他メニューも食材としている山の生態系を守るために一足先に閉店を決めた。最後のお客さんが帰って後片付けも済ませ、売り上げや総客数の集計結果も出し終えたところで順番に教室に戻っていく。ほとんど全員が自分の席につき、殺せんせーがこの学園祭についてまとめを話した後、僕は皆が自由時間だと解散してしまう前に前に出た。何人かが席を立とうとしてたけど、不思議そうに座りなおしてくれてのが視界に入る……リーシャさんからのお願いと、今この場にいない2人のことを説明しなくちゃだからね。

 

「────というわけで、本校舎に行こうとしてた人には申し訳ないんだけど……皆にはここに残って欲しいんだ」

 

「いやいや、全然いいぜ。むしろ、またとない機会だから喜んで待たせてもらうし!」

 

「本校舎行ってもウチらアウェイなのに変わりないしね〜。行っても冷やかし程度の予定だったから問題なし!」

 

「あ、渚!アミサちゃんとカルマ君がいないみたいだけど、それはいいの?」

 

「そうじゃん、アミサなんて久しぶりに会えたお姉さんなんでしょ?」

 

「あ、うん。なんか一緒に来てた黄緑色の髪の女の子が2人に用があるんだって。それが終わった後から合流するみたい」

 

……よかった、まずは全員にここで待ってもらうことはできるみたいだ。僕は磯貝君みたいに前に出て何かをするタイプじゃないから、ちゃんと伝えられるか心配だったんだけど、反応は悪くないし聞いていた殺せんせーは「国語力がついてますねぇ」なんて言って涙をふくフリしながら頷いてるし、大丈夫なんだろう。それに予想通りこの場にいない2人を心配する声は上がったけど、個人的な用事だと説明すれば納得してもらえた。……といったところで、

 

「ねぇ、殺せんせーは姿見せちゃっていいの?」

 

「あ、確かに〜。リーシャさんって、烏間先生が『絶対秘密』って言ってた家族にあたると思うんだけど」

 

「……俺もそう言ったのだが……既に変装した姿で真尾さんのお姉さんに担任として会ってしまっているらしくてな。コイツがこの場にいないと矛盾が出てしまうから仕方なく、だ」

 

「俺等は家族にも第三者にもバラすなって言われてんのに……」

 

「……殺せんせー、前にも言った気がするけど自分が国家機密の自覚あんの?」

 

「にゅや……」

 

これまた当然の疑問が飛び出して、烏間先生が頭抱えちゃった……そうだよね、殺せんせーって軽率すぎるよね。クラスメイト達もジトーっとした目で殺せんせーを見ていて、烏間先生相手では強気だったせんせーも、流石に少し肩身が狭そうな表情で小さくなっている。でもその件に関しては僕等がワガママ言って連れていってもらったのも理由の一つだし、リーシャさん達に会うことになったのもほとんど不可抗力だしなぁ……。

なんてことを話していれば、僕が前に立ってからあまり時間を置くことなく、教室の扉をノックする音が聞こえてきた。途端に静まりかえって扉に注目が集まる教室……リーシャさんを待たせるわけにもいかないし、と返事をしながら近寄った教室の扉を開けた先には、ノックした手を下ろす最中だったリーシャさんの姿、と。

 

「あ、ナギサさん」

 

「おー、この子が舞台見に来てくれたって言ってた?」

 

「わわ、可愛らしい子ですね」

 

「あ、うちのリーダーは後から合流予定なんだよね。だから先にこのメンバーで邪魔するよ」

 

「……どうも」

 

「お邪魔します」

 

「…………へ?あ、はい……、……え?」

 

あの、リーシャさん……リーシャさんが呼んだらしい人達まで一緒に来るなんて、聞いてなかったんですけども。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

渚side

 

「お時間をとってくださりありがとうございます。皆さんがアミーシャのクラスメイトなんですね……半年以上、挨拶も何も出来ずにごめんなさい。私はリーシャ・マオ、妹がお世話になってます」

 

「い、いえ!俺等の方こそ真尾にはかなり助けられてきてますし。それに……最初はあまり交流がなかったですけど、今ではクラスメイトってだけじゃなくて皆の可愛い妹分ですから……当然です」

 

「……ありがとうございます、そう言って頂けて安心しました」

 

教室の扉を開けた僕についてリーシャさん達が入ってきて、黒板を背にして前に並ぶ……僕等はリーシャさん1人で来るものだと思い込んでたから、6人もの人が訪ねてきたことに驚いてその人達を見つめていた。僕も席についた事で彼等はE組からいっせいに注目されることになったけど、特に動揺した様子もなく……逆に興味深そうに僕等を見返している……すごい。

僕等1人1人を見回していたリーシャさんが1歩前に出て告げた感謝の言葉に、誰も何も言えない中クラスを代表して磯貝君が慌てて応えていた。確かにこの場にいる27人の中じゃ、人前での対応に1番場馴れしてるのは磯貝君だ。それでもやっぱり緊張はしているのか、どこか固い。僕でも分かったいつもと違う磯貝君の緊張は、初めて顔を合わせたはずのリーシャさん達にも伝わっていたようで、ふわりと安心するような笑みを浮かべて……

 

「ふふ、いつも通りに話してくださっていいんですよ。ほら、私はアミーシャにそっくりでしょうし、皆さんがいつもアミーシャに話しかけているみたいに」

 

「……いや、リーシャよ。確かにお前さんら姉妹は似てるっちゃ似てるが……」

 

「さすがにそれは無理があるかと……」

 

「……?そうでしょうか……?」

 

結構な無理難題をなんてこともないように言い切った。……同級生のアミサちゃんだと思って超有名人に話しかける、なんてのは、いくらそっくりでも躊躇います。同じような事を考えたのか、リーシャさんと一緒に入ってきた赤い髪の男の人と、水色の髪の女の子が冷静にツッコミを入れていた。それに対してリーシャさんはキョトンとした表情を浮かべていたけど、気を取り直したように僕等に向き直る。

 

「えぇっと……アミーシャから定期的に通信を貰ってたので、皆さんとの学校生活は何となく分かります。ただ、アミーシャは自分の事はほとんど話さなくて……皆さんから見て、あの子はどんな子なのかとか、様子とかを是非聞いてみたかったんです」

 

アミサちゃんをこの場に同席させなかった理由はどうやらこれを聞くためだったらしい。確かに自分の印象とか、目の前で話されるのって覚悟がなくちゃ聞けないだろうし、言う方も躊躇うよね。でも、改めて聞かれるとすぐには応えられないもので……僕等は少しの間頭を捻り、普段の彼女を思い出しながら……思い付いたものをその場でぽつりぽつりと言っていくことにした。

 

「そうだなー……頭が良くてどんな事でもサラッとこなす器用さがあるな。ただ、天然なのかズレてるのか……話してると気が抜ける時がある」

 

「それでも芯は真っ直ぐだから、信じたものを最後まで信じ抜く強さがあると思うな」

 

「オドオドしてるくせに負けず嫌いで、たまに誰も考えてなかったような奇策をぶっ込んできたりする。それでカルマと組むとマジでヤバイ……2人して平気で俺を使う策を立てやがって……」

 

「2人して頭の回転早いからね……何回寺坂と殺せんせーが物理的に犠牲になったことか……」

 

「な、なってませんよ!?……数回危なかったですが」

 

「で、ですが、そんなカルマ君ととても仲良しですし、私はお似合いなカップルだと思いますよ!」

 

「お互いの事はお互いが1番分かってるってのが態度に出てるんだよね〜。信頼しあってるっていうか……だからたまに距離感がおかしいけど」

 

最初はアミサちゃん自身の印象やそれぞれが思う彼女を話しているだけだったのに、だんだん『アミサちゃんといえばカルマ君』という感じの話にシフトしていた。そうだよね、どっちか探すと必ずと言っていいほど隣にいるから。僕等にとっては当たり前の日常だ。

 

「んーと、あとは……アミサちゃんって私達と同い年のはずなんだけど、なんかほっとけないんだよね〜」

 

「放っとくとフラフラどこかに行っちゃいそうだし、どこでどんな天然発揮してるか分からないからどうしても過保護になる……」

 

「アレだろ、結構怖がりだし色々動作が小動物っぽいから。守ってやらなきゃって感じになるんだよな」

 

「あとは……カルマも散々言ってるけど自己評価がめちゃくちゃ低い。あのスペックの高さはもっと自慢してもいいくらいなのに」

 

「自分の価値を低く見てるから、たまに怖くなるわ……あの子、夏のリゾートといい、イトナの時といい、無理無茶自己犠牲がデフォだから」

 

「……やっぱり、こちらでもそうなんですね」

 

前半はニコニコと聞いていたリーシャさんだったけど、普段のありのままの彼女について聞かれているならと隠さずに伝えたアミサちゃんの心配な部分について僕等が話し出すと、徐々に表情がくもり始めた。ここまで全く口を挟まずに聞いていたリーシャさん……そして、一緒に前に立っている人達の様子がおかしいと気付いた皆は、だんだんと静かになっていく。……やっぱり、という事は……アミサちゃんの自己評価の低さはずっと前からということなのかな。

 

「アミーシャは……私といた幼少の時も、クロスベルで彼等……特務支援課の方やアルカンシェルの人達と過ごしていた時も、年相応な幼い言動の影でいつも自信無さげに小さくなって隠れていました。多分、周りには自分より年上の人しかいなかったことや、その人達には突出した能力があったからだと思います」

 

そう言って、彼等のことをぐるりと一瞥したあと……僕等に視線を戻して、リーシャさんは重たそうな口を開いた。

 

 

 

 

 

「聞いたことがあるかもしれませんが、私がアミーシャをクロスベルから出したのは、あの子がまだ幼く、少しでも危険から遠ざけるため。でも、それだけが理由ではありません。

 

本当の理由は……あの子が、天才だったから。

 

なのに全く自覚がなくて、人に頼らず自己犠牲に走ってしまう危なっかしさがあった……あの子自身を守るため、そして頼ることを知ってもらうために、こちらへやったんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティオside

 

ここからは少し、リーシャさんには話しづらい内容でしょうから、私がお話します。

 

私はティオ・プラトー、16歳です。

12歳のアミーシャに出会った2年前、私は14歳……これでも、ここにいるリーシャさんを除いた特務支援課の中では最年少でした。

 

……まずは、特務支援課についてお話しなくてはいけませんね。

特務支援課というのは、クロスベル自治州の警察に新しく立ち上げられた部署で、『市民の安全を第一に考え様々な要望に答える』という行動方針……まあ、つまりは何でも屋のような場所です。

 

……私達は警察に見えない?まあ、当たり前だと思います。今はここにいませんが、茶髪の男性……ロイドさんだけが正式な捜査官の資格を持ってますし、こちらのノエルさんは警備隊からの出向という形で所属しています。この2人以外は、正式な警察組織としての資格を持っていませんから。

 

クロスベル警察にこの部署ができたのは、ゼムリア大陸の各地に拠点がある、『遊撃士(ブレイサー)』と呼ばれる民間団体の限界である制限や、大小様々なしがらみの影響を受けずに立ち回れるようにするため……と、聞いています。

……私達がどんなことをしてきたのか、気になるようでしたら後から合流予定のロイドさんに聞いてください。これ以上詳しく話すのはめんどくさいです。……とにかく、私達は様々な事情からこの特務支援課に集められました。そして、当然ながらそれぞれに得意分野があります。

 

 

 

先程名前を出したロイドさんは、私達の中で唯一捜査官資格を持つ私達のリーダーであり、推理力と柔軟性に優れた方です。現在は20歳。

 

 

エリィさんは政治・経済方面へのコネクションを数多く持つ、交渉上手な筆記試験、射撃成績ともに満点を叩き出した才女です。彼女もロイドさんと同じく20歳。

 

 

ランディさんは元イェ、……あ、これはまだ言わない方がいいですか?自分で説明する?……では、戦闘力に優れた元警備隊所属ということで。現在23歳、1番年上ですね。

 

 

ノエルさんは車や兵器関連の知識が深く、運転やそれらの使役に特化しています。先程も言いましたが警備隊所属で特務支援課には補充メンバーとして出向してきている方で、20歳です。

 

 

ワジさんは……何て説明すれば。元不良グループのトップ……夜だけ現れる謎のホスト……性別不詳……え、戦う神父さん?だそうです。暗示や薬物、古代遺物(アーティファクト)について詳しい方です。……19歳でよかったですよね?

 

 

そして私はエプスタイン財団……アミーシャのを見たことがあるかもしれませんが、戦術導力器(オーブメント)など、様々な導力器を制作している組織からの出向で、情報処理を得意としています。

 

 

 

……私を含め、皆さん、所属も能力も年齢もバラバラなんです。1人1人得意不得意が違う……それは人として当たり前……当たり前、なんですが、アミーシャにとっては全てがコンプレックスでしかなかったんです。

 

自分がいなくても、ここの誰かの力があれば大抵のことが解決出来てしまう。元々高い身体能力をもつリーシャさんが身近にいて、リーシャさんにコンプレックスをもっていたアミーシャは何も出来ないと落ち込むよりも先に……有能な力をもった特務支援課を犠牲にするくらいなら、何の力もない自分が、と無意識下で考えてしまうまでにそう時間はかかりませんでした。

 

 

無意識のそれに拍車をかけたのはキーアに出会ってから……キーアは、今11歳……出会った当時、彼女はアミーシャよりも年下で記憶喪失だったんです。なのに料理も、勉強も、様々な知識も……大人を軽く超える能力をもっていた。

 

 

……なぜ、私がアミーシャの感情や思いをハッキリと理解しているか、皆さんは不思議に思ってますよね。私はとある事情から、感応能力が高められていて……他人の感情を読み取ることができます。それで、リーシャさんすら気付くことのなかったアミーシャの根底にある思いを知ってしまった。

 

……だから、アミーシャが壊れてしまう前に。

 

……アミーシャが、消えてしまう前に。

 

彼女が私達に懐いてくれているのはわかっていましたが、リーシャさんにその事を伝えて……早い内に私達の近くから離すことを選んだんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

「俺とアミーシャが初めて命をかけた場所……そして、助けられた場所」

 

「ここなら、人が来ることはほとんどないと思うよ」

 

私たちはキーアちゃんの要望に従い、E組校舎からあまり離れていなくて、できるだけ誰も来ないような場所……裏山で1本の木が崖からせり出している、あの殺せんせーに飛び降り暗殺をしかけた場所へと来ていた。この場所は裏山の中でも奥まった場所にあるし、崖ということもあって烏間先生が授業に使うこともない……知っているのは私とカルマ、殺せんせーと渚くんだけだ。

少しの間崖の下をのぞき込んでみたり、周りを見渡してみたりと確認していたキーアちゃんは、私たち2人に向き直ると、小さく口を開いた。

 

「……キーアね、アミーシャとカルマに謝らなきゃいけないことがあるの」

 

「……キーアちゃん……?」

 

「いや、その前に俺とキミ、今日が初対面だよね……?なのに謝るとか言われたって心当たりないんだけど」

 

カルマの言う通りだと思う。謝りたいと言われても、私にはなんのことか全然思い当たらないし……そもそも、なぜ名乗ってもいないカルマのことを初対面のはずのキーアちゃんが知っているのか。

 

「アミーシャは、キーアが《零の至宝》って呼ばれてたこと、知ってるよね?」

 

「……うん、知ってるけど……」

 

「……何それ?」

 

「えっと……」

 

「……いいよ、アミーシャ……カルマに教えてあげて。このあと話すことに、関わってくることだから」

 

当然カルマがそれを知っているはずがなくて、でもそれは軽々しく説明してもいいものでもなくて。キーアちゃんを伺えば、私の口から説明して欲しいとの事だった。本人からの許可があるのなら……私の知っている限りの情報を話そうと思う。

 

 

もう既に力を失ってるとはいえ、キーアちゃんは《零の至宝》と呼ばれていた。

それは、ゼムリア大陸の古代の人々が空の女神(エイドス)から授かったとされる7つの属性を司る至宝、《七の至宝(セプトテリオン)》の内、自我をもち、消滅してしまった《幻》を司る《虚ろなる神(デミウルゴス)》を再現しようとした結果生まれた、人の手によって創られた至宝のこと。キーアちゃんはその核として生み出された500年前に造られた人造人間(ホムンクルス)なんだ。

 

といっても、見た目は全然普通の女の子と変わらない……そう、見た目だけなら。

 

カルマは私の導力器(オーブメント)を使おうとしたことがあるから、それに7つの属性があるのは知ってるよね。《零の至宝》であるがために、キーアちゃんには本来の《幻》だけでなく、《時》、《空》の上位三属性の力を司る、失われた至宝よりも遥かに高位の存在になっていたの。その能力は……因果律の操作。人の認識を司る《幻》と、時空を操る《時》、《空》の力を使って世界の理や歴史に干渉することで、現実世界を改変し、世界を組み替える力をもっていたんだって。あとは……一定の条件下で人々の知識や経験、思いを集積したり、周囲の人々の認識と因果を操作して好意をもたせ、心と魂を掴む力だったかな。

 

 

ちょっと、難しかったかもしれないけど、《零の至宝》については、こんな感じだったはず。

 

「……ふぅん、なるほどね……」

 

「キーアは2年前、ロイド達が殺されちゃう未来を見て……それで、その未来を回避するために因果律に干渉したの。でも、……それはズルだった。『例え間違って悲劇を起こしたとしてもそれを無かったことにするのは、それに関わった人の尊厳を犯すこと。それじゃあ人は成長できない』……そう、教えられたんだ」

 

 

 

「────それで、キーアは《零の至宝》としての力を放棄して……俺達の家族として今を生きてるんだ」

 

 

 

「「「!?!?」」」

 

聞こえるはずのない第三者の声に、私たちは森の方を慌てて振り返る……そこには、少し苦笑い気味に歩いてくるロイドさんの姿があった。

 

「ロイド、なんで……」

 

「ごめん、キーアがアミーシャだけならともかく、初対面の……えっとカルマ君でいいのかな?キミにも伝えたいことがあるって言った時点で、キーアの至宝の力と何か関係があるんじゃないかと思って。校舎から姿が見えるうちに追いかけてきたんだ……一応、付き添おうかと思ってさ」

 

「そっか、最初からここに来るのがバレてたんならしょうがないよね……。それにしてもキーアちゃん、何でもう無くなったはずの至宝の話なんて……」

 

「…………」

 

ロイドさんの合流理由がわかったところで、私はキーアちゃんに問いかける……だけど、ここまでスムーズに進んでいた会話が、キーアちゃんが言いづらそうに口を閉ざしたことで止まってしまった。……私には、これだけの情報じゃ彼女が何を言いたかったのか分からない……困ってロイドさんやキーアちゃん 、カルマの方を見て、そのカルマが何かを考えながらブツブツと呟いていることに気づいた。

 

「アミーシャに……いや、俺にも関係すること……至宝の力……因果律への干渉……2年前……、2年前なら俺等は出会って、……まさか」

 

「……カルマ?」

 

「ねえ、キーアだっけ……もしかして、その力を放棄する前に……俺等に、……違うか、アミーシャに、何かあったんじゃないの?」

 

「…………え」

 

「時系列が合うんだよ……キーアが至宝の力を使ったのも、力を放棄したのも、……俺とアミーシャと渚君が出会ったのも、全部2年前の話だ。わざわざその話を持ち出したってことは、何かしら関係性があるんじゃないの?」

 

「……たったこれだけの情報でそこまでたどり着くなんて……カルマって、鋭いんだね」

 

長い長い沈黙の後で、キーアちゃんは諦めたような声でポツリと呟く。

 

 

 

「アミーシャはね、2年前……ホントの現実では死んでたの」

 

 

 

それを聞いた瞬間、私も、カルマも、そしてロイドさんまでもが目を見開いた。だって、今、私は生きている……でも、キーアちゃんの見た現実では私は死んでいた。……ロイドさんの例にそっくりだ、……ということは、

 

「まだその頃って戦える力をみんなに隠してたんでしょ?学校の帰り道、不良に襲われて……暗い所に連れ込まれて、そのまま……」

 

「2年前で不良……それってもしかして、中1の時に俺と渚君が路地裏で不良からアミーシャを助けた、初めてあった時のこと……?」

 

「……ぐ、偶然、何かの偶然で未来が変わったとかじゃ……」

 

「うん、……そうかもしれない。でもね、アミーシャが運良く助かったとしても……それからのアミーシャが一人ぼっちだと、何回やり直しても未来で必ず死ぬ運命だったの。別の不良に殺される……崖から落ちて死ぬ……高校生に連れ去られて、プールで溺れて、特殊な毒で、殺し屋に見せしめとして……。アミーシャはキーアにとってお姉ちゃんだから……それがどうしても嫌だった。だから、現実を変えた……あの日、カルマとナギサがアミーシャのことを助ける現実に」

 

キーアちゃんが上げた、私が死んでしまったという原因は、全てに覚えがあった。

 

 

不良に襲われた……私がカルマと渚くんの2人に出会ったあの日のことだ。

 

別の不良に……確かに、カルマや渚くんと出会ってなければ別の日に同じようなことがあってもおかしくなかった。なかったのは2人がずっと一緒にいてくれたのと、カルマが喧嘩と称して追い払ってくれてたから。

 

崖から落ちて……殺せんせーに2人でしかけたこの場所での暗殺。理科の実験で先生は生徒を危険から守ることを確信していた私は、カルマがやらなければ1人で実行して……殺せんせーが助けにこなければ間違いなく死んでいた。

 

高校生に連れ去られて……修学旅行のことだろう。カルマが真っ直ぐ私の所に来てくれなければ、性的な危険と一緒に命の危険もあった。

 

プールで溺れて……カルマが烏間先生の心肺蘇生法を覚えていて、私にしてくれてなかったら……心肺停止になっていた私は確実に死んでいた。

 

特殊な毒で……夏休みのホテルでのことだ。みんなはすり替えられた食中毒菌、私だけ致死性のある毒……これも、そう。

 

殺し屋に見せしめとして……死神の事件のことかな。

 

 

全部……私が生き残った理由の全部に、カルマがいる。

カルマが助けてくれたから、私は今も生きている……?

 

「その時はまだ、ロイドにダメって言われてなかったから……ただ、アミーシャに死んで欲しくなくて、並行して力を使ってた……これが1番最善だって……」

 

「……私を、助けて、くれたんでしょう……?だったら、謝りたいとかそんなの、」

 

「違うの、それだけじゃないの、あのね……っ、……カルマが、アミーシャのことを好きなの、キーアが力を使ったからかもしれないの」

 

「…………え、」

 

「アミーシャ、さっき自分で言ってたよね。キーアには周囲の人々の認識と因果を操作して好意をもたせ、心と魂を掴む力があるって。キーアも自分に無意識に使ってた……もしかしたら、キーアが……アミーシャを1人にしないためにアミーシャを中心に周囲の人に働きかけて……」

 

それを聞いた瞬間、私の中で何かがざわついた。キーアちゃんは無意識だとしても、自分自身に使った力は完璧だった。じゃあ、他人(わたし)に対してだったら?私は《幻》属性に適性と耐性がある。それが、キーアちゃんの力に抵抗しているのだとしたら。これだけ自分の内側に入れていても、心のどこかで信じきれずにいるE組のクラスメイトたち……渚くんとカルマにだって、未だ気づいたら向けてしまっている警戒心……

 

「…………じゃあ、みんなが、E組のみんなが私に優しいのは……そのせい……?カルマが、私を好きだって言ってくれたのも……私が、好きになったのも、……キーアちゃんの力があったから……?」

 

「アミーシャ……!キーア、言い過ぎだ!それにあの時言っただろう、どんなに認識や因果を操作したとしても、一緒に過ごした記憶は現実で本物だって!」

 

「でも……!」

 

「……ねぇ、キーア。俺を、俺の気持ちをあんまり舐めないでよ」

 

キーアちゃんに向かってロイドさんが怒っている……でも、私はそれどころじゃなかった。いきなり知らされたこと……これまで私が感じていたみんなからの温もりは全部、偽物だった……?だったら『私』はホントなら……どんどん暗くなっていく目の前と、私の心は、何も受け入れたくないと全部を拒絶してしまいそうだった。

そんな私の意識を明るい道へと引きあげたのは、……やっぱりいつも変わらない、赤色の光だった。

 

「アミーシャを好きな気持ちが植え付けられたもの?操作されたから?……そんなわけないじゃん。俺は俺の意思でこの子を好きになったし、今じゃ死んでも一緒にいるって誓えるくらいには離れるつもりもないよ」

 

そう言いながら私を引き寄せ、前から抱きしめてくれたカルマ……私を捕まえている腕は痛いくらいだったけど、不思議と嫌だとは感じなくて……どう頑張っても、それが偽りの感情からくる行動だとは思えなかった、……思いたく、なかった。

 

「それに、2年前に力を放棄したってことは、キーアが認識と因果に干渉し続けることは今じゃ不可能になってるはず。……キーアは、アミーシャを助けるために俺を選んで……『出会う』っていう好きになる()()()()を俺に与えてくれたんでしょ?じゃあ、そこから先は俺自身の意思だ」

 

「……カルマ……」

 

「……はは、目の前で盛大に惚気られた気分だよ。リーシャからなんとなくは聞いてたけど、カルマ君はアミーシャの事がそんなに好きなんだね」

 

「好きとかその程度なわけないじゃん、……俺はアミーシャのこと、愛してるから」

 

「……っ、」

 

「そっ、か……アミーシャ、カルマ……困らせるような事言って……ごめんなさい」

 

カルマがものすごく恥ずかしいことを言っているのが聞こえて、私は彼に抱きしめられるままに彼の胸板に熱くなってきた顔を押し付けて隠す。あれだけ濁っていた感情が溶けていくのも感じていて……やっぱり、このカルマのおかげで感じられる感情全てが、キーアちゃんの力のせいとは考えたくない。

キーアちゃんは、私たちにぺこりと謝ったあと、ロイドさんへと抱きついていた……らしい。らしいというのは私は顔をカルマに押し付けていたから声しか聞こえていなくて、カルマだけがそれを見ていたからだ。キーアちゃんは私と同じように顔をロイドさんに押し付けて……だから、誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

────ごめんなさい、……このままアミーシャが自分の事を誰にも話せないままだったら……きっと、誰も望まない未来がやってくる。

 

 

 

 

 

そう、彼女が言っていたことを。

 

 

 

 

 




「……さ、落ち着いたか?2人とも」
「……ぐすっ、うんっ」
「うー、……また、恥ずかしいところを……」
「アミーシャはそのままでいいの、そういうところが可愛いから」
「……~~~っ!」
「っ、痛いって……何さ」
「か、かるまが恥ずかしいこと言うのが悪いの……!」
「本心なんだから隠す必要なくない?……だから痛いってば、」
「……ロイド。カルマってアミーシャのことホントに大好きなんだね。それにアミーシャもきっと……」
「はは、キーアにまでそう言われるって……でも、これでわかったんじゃないか?彼等はキーアの力なんかじゃない、自分自身の意思で愛し合ってるんだって」
「…………うん。でも、このままだと……きっと、みんなが……」
「……俺はキーアの見た、数ある分岐の先にある現実は知らないけど……キーアがもう干渉できない以上、彼等の選択に託すしかないだろう」
「……そう、だね。……、…………よしっ!カルマー!キーアと一緒に教室に帰ろ!」
「……は!?え、何で、」
「アミーシャはキーアのお姉ちゃん、だったらカルマはキーアのお兄ちゃんだから!」
「(何か、同じようなことをイトナの口から聞いた覚えがあるんだけど)」
「ほらほらレッツゴー!」
「ちょっと、引っ張らないでよ……!」
「「…………」」
「……行っちゃったね」
「そ、そうだな……えっと、アミーシャ……俺は3人を追いかけてきただけだから、帰り道を知らないんだ。案内してくれるかい?」
「う、うん……っ!えっと、こっちだよ……」


++++++++++++++++++++


インターミッション、それは零の軌跡と碧の軌跡に使われていた、断章のような扱いのお話。……というわけで、インターミッション前半でした。

クロスオーバーさせる上で、どこで暗殺教室と軌跡シリーズを絡めていくかで作者はかなり悩みました。……悩みましたが、『キーア』という存在を使うことで上手く時系列を整理することが出来たと考えています。軌跡シリーズとしてのオリ主の立場と、暗殺教室側でのオリ主の立場……今回の話では、それのすり合わせができたと思ってます。

オリ主ははっきりいって総合的に様々な分野でずばぬけた才能を持つ、いわゆるチートです。リーシャの戦闘訓練にも泣き言ひとつ言わずに着いていき、5歳年上の姉と同じ量、同じハードルをこなすことが出来た時点でお察しというやつです。ただ、環境が良くなかった。オリ主の周囲には常に何かしらで秀でた能力を持つ人達がいたために、自分の才能に気が付けずに押し殺すことに繋がった、という背景設定があったりします。ここは、次話で簡単に。

さて、今回のお話を読んでなんとなく察しのついている読者様もいると思いますが、この『暗殺教室─私の進む道─』は分岐点があります。ある選択肢を選ぶか選ばないかによって結末が変わることになります。
そのため、片方の分岐点では暗殺教室の物語が途中で飛ぶことになり、いきなり「え、その話になるの?」な現象が起こることが予想されますので、あらかじめ把握をよろしくお願いします。

まだまだ、この物語は続きますので、どうぞお付き合いくださいませ、です!

では、次回インターミッション第二弾でお会いしましょう。




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インターミッション~理由~

渚side

そんなに長い話を聞いていた感覚はない……だけどティオさんが口を閉じた時、僕等の教室には誰もが、殺せんせーですら何も言葉を発せない沈黙が広がっていた。リーシャさんが、ティオさんが、それぞれ知る限りの情報を明かして、なぜアミサちゃん1人だけで日本に留学させたのかを教えてくれたけど……毎日楽しそうに過ごしているあのアミサちゃんに、そんな事情(一面)があったなんて。

話しているリーシャさん達の表情から明るい話だとは思ってなかったけど、想像以上に彼女は自分のことを顧みることが出来ない子だったみたいだ。今の話を聞いて、これまでクラスメイトとして付き合ってきてなんとなく理解していたつもりだった部分以外に、すぐには受け入れきれない部分もあるけど、とりあえず……

 

「あの、アミサちゃんが、天才だったからっていうのは……」

 

「……本当に何の力のない子だったなら、きっと自分の無力さに落ち込むだけで済んだんです。でもあの子には、様々なことをこなしてしまうだけの能力があった。ラインの長さに反してEPが低いという問題があるとはいえ、最高位の導力魔法(オーバルアーツ)を使いこなすアーツ適正。幼い頃から5歳も差のある私に合わせられた修行と、全く同じメニューをこなすことが出来た身体能力。様々な知識を集めて処理し、自分のものとする頭の良さ……頭の回転が早く、様々な状況に適応する柔軟さ。そのどれもが際立っているのに、私の近くではあの子がそれを自覚できる環境じゃなかったんです」

 

アーツ適正でいうなら《水》属性縛りとはいえ同じ一直線のラインを持つティオさんには霞んでしまう。身体能力でいうならロイドさんやランディさん、そして幼い頃から一緒に育ってきた姉であるリーシャさん。頭の良さに関してはノエルさんの専門的な知識、ロイドさんやエリィさんの柔軟な思考・判断、ワジさんの賢さや世渡り術には及ばないと自分の能力に線引きをしてしまっていたらしい。リーシャさん達が言うには様々な分野で抜きん出た才能をもっているアミサちゃんだけど、僕等はそれを垣間見ていたにもかかわらず、実感がわかないでいた。それだけアミサちゃんが自分の力を理解できず、自然と僕等のレベルに溶け込んでいたんだろう。

アミサちゃんの自己評価の低さや、内側に入れた他人が傷つくことを嫌う性格となまじ大抵のことが出来てしまうからこその自己犠牲は、ここから来ているんじゃないかとリーシャさんたちは考えているんだそうだ。

 

「もし、あのまま私達の近くに置いていたら、アミーシャは遅かれ早かれ自分から危険に飛び込んでいたでしょう。私達を巻き込まないために、誰にも言うことなく……私達の代わりに危険を引き受けるために」

 

「……俺等と一緒にいた時も、似たようなことはありました。俺等が気付いた時には既に随分無理したあとだった、なんて事は少なくなくて……」

 

「だけど何度も繰り返し皆で、1人で引き受けなくていいんだって言い続けたら、ちょっとは相談してくれるようになったよね?」

 

「むしろ1人でやろうとしたけど真尾が躊躇っているうちに俺等が見つけれたって事もあるよな」

 

「……そうなんですね」

 

きっと、アミサちゃんはE組に来てからも、同じだったんだろう。他人が傷つくことを嫌い、傷つくくらいならと自分を犠牲にして飛び出していく……そんな姿は幾度となく見てきたから。

E組に落ちて間もない頃、僕とカルマ君とがアミサちゃんと一緒に過ごしている時、彼女から日本に来た理由を聞いたことがある。確か……『私はただの留学で来たんじゃない。クロスベルから……これから荒れる魔都から逃がされたんだと思う。誰よりも幼かった私を巻き込まないために……危険から遠ざけるために』って。あの時、当事者の家族なのになんの力にもなれないのは悔しいけど、なんで遠ざけられていたのかはしっかり理解してるから、って悲しそうに笑ってたけど……きっと、リーシャさん達(この人達)の根底にある思いまでは理解してなかったんじゃないかな。

 

「……皆さんと過ごすアミーシャは、少しずつですけど自分というものを自覚しつつあると思うんです。周りに全然関心を向けなかったあの子が、皆さんと何をしたのかとても楽しそうに話してくれるんです。……きっと、これからも助けてもらうことになると思います……あと半年……アミーシャを、妹を、よろしくお願いします」

 

「……はい!」

 

「もちろんです!」

ふと、ずっと口を挟まずに聞いている殺せんせーはどう感じているのかが気になってそちらを見てみれば、ほっこりと顔を染めて何度も頷いていた。そういえば、随分前のことだけど殺せんせーはアミサちゃんに言っていた……やっと人に頼ることが出来ましたね、って。確か、アルカンシェルへ行ったあとのことだったから……もしかしたら、あの帰り際にリーシャさんからこの事を聞いていたのかもしれないなぁ……

その時、廊下をバタバタと走ってくる足音が響いてきた。

 

「あ、帰ってきたみたいですね」

 

「この足音からして……キー坊が誰か引っ張ってるな」

 

1人分の足音じゃないことは分かるけど、誰かまで分かるものなのか……とか考えちゃったけど、彼等にとっては候補の半分以上が身内でこうやって足音を立てそうな人って考えたらキーアちゃんしかいないんだろう。果たして扉を開けた先にいたのは、

 

「ただいまー!ほら、カルマー!」

 

「っと、はいはい……あれ、俺等入っていい感じ?」

 

「はは……キーアもカルマ君にすっかり懐いたな」

 

「キーアちゃん、カルマさん、おかえりなさい。はい、ちょうど伝えたいことは伝え終わりましたから、ナイスタイミングというやつです。ロイドさんもアミーシャも、おかえりなさい」

 

「……アミーシャ、ストップ」

 

「…………ほら、」

 

「…………、……ただいま、お姉ちゃん」

 

扉を中から開ける暇もなく、外側からキーアちゃんが勢いよく開いて入ってきて、後ろには体勢を崩しかけたカルマ君が続く……よく見てみると、ランディさんの予想通りキーアちゃんがカルマ君の手を引っ張ってきたみたいだ。その後ろからアミサちゃんと茶髪の男性……先程からよく名前が出ていたロイドさんなんだろう……が続いて教室に入ってくる。

何を話してきたんだろう……なんて、きっと当たり前の好奇心が顔を出しかけていた僕は、彼等4人が教室に入ってきた瞬間に。

 

──ゾクリ、と。

 

えも言われぬ感覚……冷たい水をあびせられたような背筋の震える何かを感じた。

それは本当に一瞬のことで正体や原因を知る前にその感覚は消えていたし、周りを見渡してみても、僕と同じように一瞬の何かを感じて不思議そうにキョロキョロとするクラスメイトの姿、アミサちゃんの頭を少し強めに撫でているんだろうロイドさん、アミサちゃんを軽く自分の方へと引き寄せて……心音を聞かせているような体勢のカルマ君、その様子を見ているリーシャさん達がいるくらいだ。

僕等を見たアミサちゃんの意識の波長に少しだけ乱れを感じた気はしたんだけど……すぐにいつもの通り、隙の見えないものになってしまったから、気のせいだったのかもしれない。

 

「さて、お互いの話し合いは終わったみたいだし……リーシャ」

 

「はい。……えっと、カラスマさんという方は……」

 

「……俺だが。……!そのカバーは……」

 

リーシャさんがアミサちゃんの持つ導力器(エニグマ)によく似ている端末を取り出して、僕等に隠す形で烏間先生に見せている。続くようにロイドさんも同じように端末と何やら手帳を掲げる。それを確認した瞬間、烏間先生は驚いたようにアミサちゃんと殺せんせーの方を一度ずつ振り返っていた。

 

「……私が一応表向きは、です。なので日本政府からの要請を受けてるので事情を知っています」

 

特務支援課(俺達)も、特殊な部署とはいえ一応立場上は警察なので……いや、特殊な部署だからこそ入ってきた情報だと思います。世界規模の事だからと耳に入ってきた次第です。捜査官手帳はこれで……身分証明になりますか?」

 

「十分だ、俺が保証しよう……そうか。今日来たのは真尾さんに会うためだけでなく、生徒達のためでもあったということか」

 

「はい」

 

烏間先生と彼等だけで話している内容……必要以外の言葉が全部省かれてて何を話してるのか全くわからないんだけど、僕等に関係あることなのかな。E組生徒が興味深げに見ていることに気がついたんだろう……烏間先生が説明しようと僕等の方を向いて口を開こうとした……のをロイドさんが手を出して遮ったのを見て、静かに後ろへ下がった。

 

「じゃ、俺は遅れてきたし自己紹介からかな。クロスベル警察、特務支援課のリーダーを務めるロイド・バニングスです。アルカンシェルの3人は完全にアミーシャに会うために来日したけど……俺達はアミーシャの件とは別に日本政府からの要請で、3年E組の皆さんに戦闘について教えるために来ました」

 

「「「……………へ?」」」

 

「といっても、俺等のは対魔物・魔獣相手の戦い方だからなぁ……どこまで参考になるか分からんが」

 

「私達はそれぞれの得意分野があるから、分かれて指導するわね」

 

「巨大生物、機械兵……色々と相手にはしてきたけど、武器が当たらないほど素早い超生物はないからね。ふふ、少し楽しみだよ」

 

「「「え、えぇーーーッ!!??」」」

 

それってつまり、この人達は対殺せんせーのための戦い方を教えに来たってこと……!?ていうかそれ以前に、なんでこの人達は殺せんせーのことを知ってるの!?

落とされた爆弾に、さっきまでの雰囲気はどこにいったのかと言うほど、僕等の中には違った意味のざわめきが走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……それが君達にとっての戦闘服ってわけか」

 

「わぁ……とても似合ってますね!それに警備隊の物とはまた違って機能性が充実していそうです!」

 

ロイドさんを筆頭に私たちに爆弾を落としてくれたクロスベル御一行の兄ぃたちは、超体育着に着替えてグラウンドに整列した私たちを見て興味深そうな感想を漏らしていた。そうでしょ、E組みんなでお揃いなんだよ……なんて、普段ならすぐに返事をしていたんだろうけど、言えなかったあたり私も動揺してたんだと思う。……一応言っておくけど私、お姉ちゃんたちが学園祭に来ることもだけど、兄ぃたちが私たちの指導のために来たことも知らされてなかったからね。

私たちが着替えている間に話し合ったのか、烏間先生は完全にオブザーバーか何かに回るらしく、この訓練は特務支援課中心に行うみたい。

 

「全員揃ったな、では、ロイド捜査官……」

 

「わ、えっと、俺に敬称なんていりませんから!実際カラスマさんの方が歳上なんですし……!」

 

「……わかった。ではロイド殿、よろしく頼む」

 

「う、はい(殿って敬称じゃないのか?)……。えーっと、……訓練の方法だけど、俺達は君達の事をアミーシャに聞いてる限りの情報でしか知らないから、こちらで君達の能力に適した組み分けはする事ができない。だから君達自身が気になる、もしくは高めたい分野のメンバーの所へ自由に行くという形にしようと思う。これなら興味がある場所を自由に回れるし……どうかな?」

 

「おー、いいんじゃね?なら、まずは自己紹介といくか。ティオ助が簡単に説明したとはいえ、さすがに一度じゃ誰が誰なのか一致してねーだろ」

 

「そうだな……じゃあ、まずは俺からか。

──俺はロイド・バニングス。武器はトンファーだから俺は中衛、もしくは武器を介した前衛型だな……あとは捜査官としての知識や兵法なんかも教えられると思う」

 

ロイドさんが訓練方法というか指導形式を簡単に説明して、ランディさんに促される形で個人の得物や教えられる内容を話していくことになったようだ。1番手を引き受けたロイドさんは持参したらしいトンファーを両手に構え、軽く2回ほど振り抜いてみせた。

 

「先に男性陣の紹介を終わらせちゃおうか。

──ワジ・へミスフィア。武器はグローブだから格闘技と思ってもらっていいよ。僕はけっこう蹴り技も使うし……後は簡単な投擲にカードを使うこともある。……あ、カラスマさんは防衛省だっけ?一応僕の本所属は特務支援課じゃなくてこっちだから」

 

「……!その紋章は星杯騎士団(グラールリッター)……!もしや空港にあったメルカバの停泊許可は」

 

「うん、僕だね」

 

手にはめた手甲やブーツの仕込み板などを軽く叩いてみせて、軽くその場でいくつかの蹴り技を見せてくれたワジさん。多分ナイフを得意とするE組生にとってはすごく参考になる戦い方をする人なんじゃないかって思う……どちらかといえば烏間先生に近いから。

サラッと烏間先生に対して星杯騎士団のメダルを見せて所属を明かしてたけど、……え、兄ぃたちってメルカバで日本まで来たの……?あれって簡単に乗り回していい乗り物だっけ……確かに扱いとしてはワジさん所有の個人艇だけど。

 

「んじゃ、次は俺な。

──ランディ・オルランド。武器はスタンハルバード……斧って言った方がわかりやすいか?あとはブレードライフルだな。俺が教えられるのは壁役、前衛、戦略って所か……俺は説明するより実践で教える。あとは……あー……昔、猟兵(イェーガー)だった。以上」

 

「猟兵……」

 

「……《赤い星座》って猟兵団を知ってるか?俺はそこの跡取りだったんだ……ま、今じゃ親父も死んで俺もこっちに落ち着いたし、完全に足は洗ってる。カラスマさんの部署は国防を担ってるんだろ?名前くらいは聞いたことあるんじゃないか?」

 

「……!《西風の旅団》と対を成すと言われる猟兵団……相当な実力者だな」

 

どうやって持ち込んだんだってくらい大きなハルバードを担ぐランディさんだけど、よく考えたらメルカバで来てるなら持ち込み制限とか関係ないよね。単純な戦闘力というか火力で言ったら、彼はこのメンバー1だから……暗殺よりも正面からの壁役や拮抗を崩す一手を学ぶなら丁度よさそう。

付け足すように告げられた、言わなくてもいいだろうランディさんの昔の所属を明かしたのは……ティオさんが紹介させなかった分、自分でちゃんと伝えるため、信用を得るためでもあるんだって。というかここまで簡単な説明だけで理解出来る烏間先生ってすごい……こういう一面を見ると、烏間先生って本職は先生じゃないんだなって改めて思う。

 

「ランディのそれって話しちゃっていいのかしら……まあ、本人がいいのならいいけど。

──エリィ・マクダエルよ。競技射撃が趣味で得物はそれを改造した導力銃だから、専門は遠距離……特に銃手の子に指導できると思うわ。あとは……交渉術かしら。よろしくね」

 

「あ、では私もエリィさんに系統が似てるので続けます!

──ノエル・シーカーと申します!武器はサブマシンガンで、他にもグレネードランチャーや電磁ネット、スタンハルバード、ロケットランチャー……爆弾含め、兵器でしたら一通り使えますのでお声がけ下さい!」

 

お嬢様然としたお淑やかなエリィさんと、元気いっぱいで真面目なノエルさんは、同じ後衛型で銃器を扱う。前衛も出来なくはないけど基本後方支援中心の2人は、千葉くんや凛香ちゃんみたいな狙撃手(スナイパー)だけじゃなくて、爆弾を扱う竹林くんや専門的な知識に明るい愛美ちゃんとかに適してる……なんて、私は勝手に思ってるのだけど、どうだろう?

 

「──ティオ・プラトー。武器は魔導杖(オーバルスタッフ)……アミーシャのアーツを見た事があると思いますが、あれを無詠唱で放つものと思っていただければ。……私は情報解析が出来ますので、何か自分の身体能力などを知りたい方がいればお役に立てるかと」

 

ティオさんは戦闘としては魔導杖に導力魔法というアタッカーとしては完全に後衛型……でも導力技術なんて素人が一朝一夕で真似できる代物じゃないし、それ以前に適性で差が出てしまう。ティオさんの所へは、知識だったり自分の情報(こと)を知るために行くのがいいんじゃないかな。

 

「……全員、なんとなくでも把握したか?」

 

「「「烏間先生」」」

 

「今回の訓練は特務支援課の方々に任せるため、俺は特に何も言わない。強いていうなら……自分を知り、盗め。ここにいるゼムリア大陸出身者全員が色々な意味で過酷な経験をしてきているからな、俺の指導や普通に生活してきている君等では得られないものを学べるはずだ」

 

「あ……」

 

「磯貝、どうかしたか?」

 

「……特務支援課って聞いたことあるとずっと思ってたんだ。前に殺せんせーが歴史の勉強ついでにってくれたクロスベルタイムズに載ってた……2年前、クロスベルの異変を解決したっていう」

 

「はは、解決したっていうより関わったの方が正しい気もするけど。俺達だけで何とかしたわけじゃないし……それよりもよく知ってるなキミ、ええと名前……イソガイ君でいいのか?」

 

「は、はい!磯貝悠馬です!……あ、悠馬が名前です。……あの、俺、ロイドさんの指導を受けたいんですがいいですか?」

 

「ユウマ君だね、もちろんだよ。よろしく!」

 

烏間先生が一区切り付け、磯貝くんがロイドさんの元へ真っ先に近寄ったのを皮切りに、他のみんなもそれぞれが師事したい人のところへと足を進めていった。中には自分の得意分野を伸ばすためというよりは、興味と苦手分析のために正反対のメンバーへと近づく人もいて、偶然のこの機会を生かそうとしているのがわかる。

みんなが移動していく姿を私は最後まで見ていた……私の選択肢はみんなと違ってもう1つある。私が先生として選ぶのはお姉ちゃん一択だから……幼い頃からの目標で、誰よりもお互いの実力を知っていて、自分の力に適して(合って)いる相手だ。

 

「……ふふ、来ると思った。でも私は特務支援課じゃないよ、アミーシャ?」

 

「それでも、みなさんと一緒に戦ったんでしょ?……リーシャお姉ちゃん」

 

「……得物はお互い無し、ナイフを貸してくれる?それでやりましょうか」

 

「……はい!」

 

このグラウンドを使うらしい特務支援課の面々を尻目に、どこかへと歩き出したお姉ちゃんを追いかける。久しぶりの私にとっての訓練……どこまでできるのか……少しだけ、ワクワクしてきた。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

「カルマ君、難しい顔してるけどどうかしたの?」

 

「……烏間先生は過酷な経験をしてきたのはここにいるゼムリア大陸出身者()()って言ってたけど……この言い方だと、アミーシャもってことにならない?カルバード共和国ってそっちだったよね?」

 

「うーん……そうなるのかな?」

 

「でも、2年前はアミーシャはこっちにいたわけだから、クロスベルの異変には関わってないのに……キーアに聞いた話でもそういうのは無かったし……」

 

「あ、キーア(あの子)に聞いた話って、やっぱりカルマ君が知らないアミサちゃんについてだったんだ」

 

「……まーね」

 

「よかったね、また少し彼女の事が知れて……あと、難しく考えすぎじゃない?烏間先生にとって、まとめてあの人達を形容するにはちょうどよかっただけ、とかさ」

 

「……うーん……まあ、いいか……」

 

「納得してないよね……ほら、カルマ君は誰の所に行くのか決めたの?アミサちゃんなんてカルマ君が考え込んでる間にリーシャさんの所へ走っていっちゃったよ」

 

「……決めてるよ、俺は──」

 

 

 

 

 




「ところで私、なんかロイドさんに既視感というか……こんな感じの人について聞いた覚えがある気がするんだけど」
「……奇遇ね、私もよ」
「わ、私も聞いた覚えがあって……」
「そうか?俺は優しい人って感じた程度だけど」
「俺もー。あと天然タラシって」
「失礼だろ。……俺も思ったけど」
「おい」
「……ちょっと待って。なんか引っかかった人ー?」

(女子が全員手を上げる)

「……女子全員ってどういうこと!?」
「女子全員で共通の話題ってこと……?それか女子だけで一緒にいた時に何か……」


「どうかしたのか?」


「い、いえ!なんかロイドさんの事を聞いたことがある気がするって話してた程度です!」
「え、」
「なに、ロイド……キミ一人で日本に来たとか」
「あ、いえ……初めてお会いしたはずなんですけど、人柄に聞き覚えが、」
「でも何でなのかは誰も思い出せなくて……」


「あー!!!思い出した!!」


「中村さん、声大きいって」
「ご、ごめんごめん……って違う!ほら、あれよ、修学旅行!アミサが話してた人だ!『弟系草食男子を装った喰いまくりのリア充野郎』があだ名の!」
「「「ぶっ!?」」」
「よ、ヨナにしか言われたことないぞソレ!?誰がアミーシャに言ったんだ!?」
「私が教えました。さすがはアミーシャ……期待通り意味を知らないままに広めてくれたんですね」
「え……これって、言っちゃダメなことだった……?」
「いえ、ナイスです」
「ティオ、お前か……!」
「だって、ロイドさんそのままを表してるじゃないですか」


「ふ、くくっ……い、言われたのは事実なんだ……っ」
「ぶは……っ、言い得て妙じゃねーか……っ」
「ワジ……ランディ……ッ!」





「あ、あと盛大な告白劇についても聞きました。『俺が勝ったら君は俺がもらう』っていう……」
「わあぁぁあぁあっっ!!??あ、アミーシャちゃんッ!?それは言っちゃダメなヤツ!!!」
「「「(あ、この人か、言われたの)」」」


++++++++++++++++++++


インターミッション2話目でした。
今回は色々な理由話です。
オリ主を一人にした理由、クロスベル御一行の来日理由、……フリースペースでは既視感を感じた理由(笑)

書いているうちに長く長くなりつつあり、ついに14000字を超えたため、インターミッションは2話分と言ってましたが、急遽もう1話に分けて書くことにしました。全員の所を書くわけにはいかないので、代表してカルマの訓練(の、一部)を書くことにします。
一週間経たずにもう1話をアップできると思いますので、待っていてくださると嬉しいです!



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インターミッション~訓練~

カルマside

 

「……なるほど。リツさんとイトナさんはそのインターネットというものをうまく扱えば、有人・無人関係なく不意をつける兵器を扱えそうですね」

 

「ああ。だが、地上版をこれまでに15機は作ったが標的が空を飛べるせいで射程範囲外になりやすい。壁に粘着、ジャンプ程度のギミックはもう試したんだが……」

 

「……でしたらこのドローンを使った方法はいかがでしょう?はじめからフィールドを空中にしつつ……」

 

「……!そうか、ここに律が介入できる回路を組み込めば……いい案をもらった、早速実践してくる」

 

「はい、お役に立ててよかったです」

 

『教えていただいた方から情報のハッキング、完了しました!ただ、追いかけてきたこの《仔猫(キティ)》というハッカーが手強く、気付いた時にはソフトの隅に隠してあった《世界のスイーツナビ》が《爆釣王日誌》に書き換えられていて……』

 

「事前にヨナとレンさんに協力を頼んでおいた甲斐がありました。ハッキングをして情報を得た代わりに盗られたり書き換えられたりしていたら意味がありません。リツさんはそれを得るためにダミーをどう配置し、どう追い込みましたか?リツさんはAIだからこそ人間には不可能な情報処理スピードがあり、それを蓄積するだけの容量があり、それがあなたの長所です。必要なものと不必要なものを選り分ける練習が大切かと」

 

『うーん……私がまだ学習しきれてなくて、人にとって……いえ、皆さんにとって必要・不必要という基準がなかなかわかりません』

 

「でしたら今回の場合、この情報にプロテクトをかけつつフェイクとしてこの情報を……」

 

……うわ、何アレ。専門的すぎる。

俺は烏間先生が言っていた通り俺自身を知るために目当ての人……ティオさんの所へと来ていたんだけど、先客としてイトナと律がアドバイスを貰ったり実践を通して学んでいる真っ最中だった。ティオさんはゼムリア大陸と日本とで文化や技術に差があるはずなのに、全くこちらの専門家として知識が劣ってないんだろう。イトナなんて無表情ながら活き活きとしてるし、律なんてメモを取りながら真剣に聞いてる……俺は聞いてても半分くらいしか分からなかった。

会話内容があまりにも専門的すぎるからなのか、ティオさんに師事しようと来ているのはこの2人しかいない。……もしかしたら、この勢いにおされて諦めた奴もいるかもしれないね。とりあえず1度会話が落ち着くまで待つべきかと踵を返そうとした時だった。

 

 

「来ないんですか?そこの人」

 

 

ティオさんの方から声をかけられたのは。

 

「……、……俺、結構気配を消してたつもりだったんだけど」

 

「ああ、アミーシャの恋人さんでしたか……それなら聞いてなくて納得です。他の方へは少しだけ話したんですが、私はとある事情から感応能力が人間の限界を超えるほどに高められています。それこそ、分厚い壁の向こうの音を聞き、他人の感情を読み取れるほど」

 

「なるほどねー、俺の気配云々よりも音や感情でバレバレだったわけ」

 

「はい。『うわ、何アレ』という呟きと困惑と同時にありえないものを見るような感情を向けられましたから」

 

「場が専門的になりすぎてて入れなかったんだよ……」

 

声をかけてもらえたことで、足を向けやすくなる。一応周りを見て俺の方を見て待ってくれているんだと確認してから、彼女の方へと歩き出す。邪魔をしないようにと極力消していた気配に容易く気づいた理由は、聞けば納得できるもの……()()()()()って言い方はひっかかるけど、すごい力だ。だからそこを気にせず、いつも通りに返事を返せば、ティオさんは少しだけキョトンとした表情をした後にふわりと微笑んだ。……突っ込まれると思ってたんだろうか?

 

「ふふ……では、イトナさんとリツさんはひと段落つきましたし。アミーシャの恋人さん、私の所に来たご要望は?」

 

「カルマでいいよ、ティオさん。……ティオさんが言ってた情報解析って、俺自身の身体能力とかを測れるってことなんだよね?俺自身を知るためにも、詳しく知りたくてさ」

 

「ふむ……可能ですが、それだけですか?」

 

「…………1度だけ、アミーシャの戦術導力器(オーブメント)を使わせてもらったことがあるんだけど、駆動までしか上手くいかなかった。彼女の無茶を減らすためにも、俺が使えるなら代わってやりたくて……適性が知りたい」

 

「!アミーシャの人を選ぶエニグマを駆動までさせたんですか。……わかりました。でしたらそちらに立ってもらって……」

 

ティオさんの指示の通り少しだけ離れたところに立つと、彼女は傍らに置いてあった羽のついた杖のようなものを手に取った。あれが自己紹介にあった魔導杖ということか。

 

《アクセス……分析を開始します》

 

蒼い光がティオさんの周囲を囲むと同時に、電子的なターゲットマークが俺の前に現れ、何やら文字の書かれた文字盤が彼女の前に表示される。仕組みとかは全然わからないけど、やってることの流れからしてアレが俺の情報ってことか。しばらく黙ってそれに指を走らせていたティオさんだったけど、チラッと俺の方を見て開口一番に、

 

「……本当に一般人ですか?」

 

と怪訝そうに言われた。どういう意味だ。

 

「力の数値がありえません。あと命中率に回避率、移動も……防御はまだ一般的ですけど」

 

「……えっと」

 

「……見せた方が早いですね。カルマさんは頭がいいとアミーシャに聞いてますから」

 

手招きされるがままにティオさんの近くへ行くと、表示されている画面をのぞき込むように指示される。そこにはいつかアミーシャから見せてもらった導力器の手引書に書かれていた数値の指標がずらりと並んでいて……一つ一つ説明されるそれを聞いていると、彼女の言いたいことが何となくわかった。つまりあれだ、暗殺訓練を受けている俺等だとしてもここまでの戦闘力は普通つかないということ。

 

「……2年前のロイドさん並みの数値がありますよ、これ」

 

「……俺、昔から喧嘩とか結構してたからそのせいかな……」

 

「じゃあロイドさんというよりワジさんですね。あの人、あのヒョロっとしたナリで不良グループのトップ張ってましたから」

 

「嘘でしょ!?」

 

信じられないことを聞いた気がするけど、自己紹介の内容を聞いた烏間先生の反応やティオさんを見る限り本トなんだろう。色々話を聞いてもらいながら身体能力的にはロイドさんに傷付けず守るための武術を学ぶより、体の動かし方が近いからこそワジさんの身軽(トリッキー)な動きと体術を盗んできた方がいいとアドバイスをもらった。次は俺としてのもうひとつの本題の魔法(アーツ)適性についてだ。

 

「……どう?」

 

「……適性があるとしたら《火》属性、攻撃特化ですね。耐性としては《風》属性……あと上位三属性にも少しだけありますね。だからアミーシャの《幻》に調整した導力器をある程度扱えたんでしょう」

 

「……じゃあ、もしかして簡単なアーツだったら俺でも使える可能性がある……?」

 

「……あとでランディさんの導力器を借りてみてください。ラインが短いですしカルマさんと同じ《火》属性ですから、アミーシャのよりは発動が楽なはずです」

 

私からも伝えておきます、そう言われて頷く。あの時は初挑戦だったから体の使い方とかが分からなくて失敗しただけなのかもしれない……全く適性が無いわけじゃない。それが分かって思わず小さく掌をにぎりしめた。

 

「…………どこまでも、あの子が中心なんですね」

 

「え、何か言って「ません」あ、はい」

 

「さあ、さっさと次に行ったらどうですか?時間は有限……私達は今日アミーシャの所に滞在するとはいえ、ずっと指導できるわけじゃないんですし」

 

「……わかった、ありがとう」

 

ティオさんが俺に対して何か言った気はしたけど、内容までは聞き取れなかった……誤魔化されたし。でも彼女が言うことももっともで、まずはアドバイス通りワジさんのところに行こう。ちょうど中村や岡野さんに杉野、木村なんか機動力のあるヤツらを同時に相手してるみたいだし、混ざるのもいいかもしれないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、近くで見れば見るほど渚君並に女性と勘違いしそうな容姿のワジさんを相手に挑んで、……俺的に油断してたつもりは無いんだけど……なんてこともないくらい軽々と投げ飛ばされる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

3年E組の生徒が思い思いに特務支援課の人達に師事を受け、ボロボロになっていたりやり足りなくて悔しそうだったり思いがけない収穫で満面の笑みを浮かべていたりと、それぞれが充実した時間を過ごした夕方。日が暮れて、グラウンドにいた生徒は全員最初の集合場所へ集まった頃……

 

「全員揃ったか?」

 

「烏間先生〜、アミサちゃんの姿が見えませーん!」

 

「ん?うちもリーシャが戻ってきてないな……」

 

点呼をとる烏間先生の声に磯貝と片岡さんがそれぞれ男女の人数を数え始めるが、アミーシャの姿がどこにもない……倉橋さんもすぐさま手を挙げながら報告している。キョロキョロと周りを見ているロイドさんの様子からリーシャさんも。そういえば俺がティオさんを訪ねる前に、渚君がアミーシャはリーシャさんの元へ走っていったと言っていたような……

 

「渚君、もしかして」

 

「あ、そうか。……烏間先生!僕、訓練が始まってすぐくらいに、アミサちゃんがリーシャさんと裏山の方に歩いてくのを見ました!もしかしたらまだ帰ってきてないのかも……」

 

「なに……?」

 

「あー、やっぱりアミ姫はリーシャを選んだかぁ」

 

「ノエルさんと私は確かに分野が違うから来ないだろうとは思ってたけど……」

 

「他の人も含めて懐いてくれてるとは思いますけど、こういう時に頼られた事ってホントに無いですよね……」

 

渚君が烏間先生に心当たりを話した瞬間、彼等の間にやっぱりかとでもいうような雰囲気が漂った。あの人達、ヘコんでるというか落ち込んでるというか、地味に傷ついてない……?

言ってる内容から察するに、普段から頼ってくれないアミーシャが、こういう専門的に教えられる場をお膳立てすれば来てくれると期待してたけど、彼女はなんの迷いもなくリーシャさんを選んだことにヘコんでるってところかな。

 

「……まあしょうがないだろう、アミーシャを完全に理解してるのはリーシャしかいないんだから。……ティオ」

 

「……了解しました、生体反応を追います。《アクセス》……ヒットしました、ここから裏山へ入って少しの所にある岩場の空き地です」

 

「わかった。……えっと、多分あの姉妹は集中しすぎて時間を忘れてまだやってるんだと思う。今から迎えに行こうと思ってるんだけど……君達も2人の訓練風景、見に行くか?」

 

「「「!!!」」」

 

「ホントですか!?」

 

「え、リーシャさんって舞台アーティストなのに訓練も何も……」

 

「バカ、真尾が言ってただろ、魔物と戦う力を持つ人は普通に戦闘とかやってるって。リーシャさんもそうってことだろ?」

 

ロイドさんの誘いに皆が盛り上がる。俺も烏間先生との暗殺訓練の様子でしか彼女の動きを見たことがないから、見れるものならぜひ見てみたい。しかも、アミーシャが尊敬し、絶賛しているリーシャさんと一緒に行っている訓練……気にならないはずがない。

だけど、誘った張本人であるロイドさんがどこか迷っているような表情で……困ったように頬をかいている。曰く、ここまで乗り気になるとは思わなかった、と。

 

「ただ、覚悟がないなら見ないことをオススメするよ……着いてきたら、多分君達が見たことのない彼女を見ることになるから」

 

「あの子達も僕達も望まないから全部は教えてあげられないけど……少しだけネタばらししてあげようかな。……あの姉妹は特務支援課の誰よりも、段違いに強い。それこそ一騎当千……僕達6人がかりでも勝てるか怪しいね」

 

「「「え」」」

 

「いや、ワジも1人で俺達以上だろ。サラッと自分を抜くな」

 

「いやだな、僕は聖痕(スティグマ)を使う時だけしか強さに自信はないよ。それ以外の時はロイド達と同等さ」

 

「どうだか……」

 

「嘘くさいです」

 

……アミーシャが、リーシャさんが、ロイドさん達以上の実力者……?俺なんてついさっきまでワジさん相手に組手をしてもらって、避けれるかわりに全く技を仕掛けさせてもらえなかったんだけど。涼しい顔で繰り出される拳と蹴りは、烏間先生よりも柔軟すぎて目で追うのがやっと、ギリギリ体が反応できるってレベルだったんだけど、……それ以上?そのワジさんもロイドさん達が言うには、子ども相手なのもあったかもしれないけどまだ全力には程遠いらしい。そんな彼等にそこまで言わせる実力が、彼女が隠していることの一端なんだろうか……

 

「まあ、今はワジの実力どうこうは関係ないしおいておくぞ。今のを聞いても来る気がある子だけ、着いておいで」

 

「私が先導します。……やめるなら今ですよ」

 

そう言って、ロイドさんとティオさんを先頭に彼等は俺等を待つことなく裏山へと歩き出してしまった。俺等は何も言えず、困惑とともに固まっていた……この人達は俺等にどうして欲しいんだ。

 

誘っておきながら、来るのに難色を示す。

 

情報を開示しながら、全ては教えてくれない。

 

知ってほしいと言いながら、知らないでいてほしいと言う。

 

まるで正反対の言動は、なんと言うか……ロイドさん達もなにか迷っているんじゃないかって感じがする。アミーシャ達は知られたくないと思っているけど、彼等としては知ってもいいんじゃないかと考えてるというか、教えたいけど知って欲しくないというか……あー、ダメだ、考えれば考えるほど何が言いたいのか分からなくなってきた。

せっかく誘ってくれたんだし遠慮なく着いていかせてもらおう、聞いてすぐにそう思ったはずなのに。ダメ押しのように告げてきたティオさんの言葉に迷いが出てきて……俺は先を歩く彼等のあとを追いかけることが出来なかった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

日が落ち始め、茜色に染まる椚ヶ丘中学校3年E組校舎の裏山。マオ姉妹を迎えに、未だ訓練をしていると思われる岩場へ向かっているのは、特務支援課の6人と……追いかけてきたキーア()()だった。

 

 

 

 

 

「……誰も、来ませんでしたね」

 

 

長い間(E組で)一緒に過ごしてきた。秘密(殺せんせー)の共有もしてきた。そんなよく知ってるはずの人の印象が変わってしまうほど……その人の知らない部分を知るっていうのは、かなりの勇気がいる。……しょうがないさ」

 

 

「他の子はまだしもあの赤髪君は来ると思ってたわ……意外ね」

 

 

「最後のダメ押しでが諦めたっぽいな」

 

 

「……迷っては、いたみたいですよ」

 

 

「でも、動けなかった。それが答え、選択なんだよ……ね、ロイド」

 

「……そうだな。これもひとつの選択、か……」

 

 

 

 

 

彼らが見つめる先には、夕焼け色に染まっていく森の景色と……そんな周りの様子なんて絶対に目に入ってないだろう、集中して訓練に取り組み続けている姉妹の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、遅くなりました……っ!」

 

もう1回、あと1回……と繰り返し続けているうちに、次で最後にすると決めたはずの『あと1回』が際限なく続いてしまい……ロイドさんが乱入……介入?してこなかったら、今日はE組のみんなで特務支援課の人たちに訓練をつけてもらってるんだってことを忘れたままだったかもしれない。実際、だいぶ日が沈んでリーシャお姉ちゃんどころか手元が見えなくなりつつあったのに、全く気にせずに続けていたから。

ロイドさんによる捨て身の静止でようやく私たちの世界から帰ってこられた私とお姉ちゃんは、慌ててみんなが待っているグラウンドまで戻ってきた次第です。ペコペコ謝る私とお姉ちゃんに、みんなは久しぶりに会えたお姉さんなんだから気にするなって言ってくれた。だけど、ちょっとだけ……ホントにちょっとの事なんだけど、みんなが1歩引いているような……戸惑っているような?そんな感じがした。……なんて、私にはティオさんみたいな感応力はないから、そんなの分かるわけないのにね。

 

「さて、真尾さんが帰ってきたことで今度こそ全員揃ったわけだが……どうだ、君達は何か彼等から得ることは出来たか?」

 

「なんていうか……烏間先生は『人間である烏間先生に当てれないなら人外である殺せんせーなんて到底無理だ』っていう教え方だけど、特務支援課の人達は『当てれなくてもいいからその分体の動かし方やコツを掴む』ってことを中心に教えてくれた気がしました」

 

「『軽く力量が見たいから1人ずつ手合わせしよう』って相手してくれたロイドさんに対して、ランディさんなんて開口一番『とりあえず全員相手するから一気にかかってこい』だったからなぁ……」

 

「いや、単に言葉で教えるより集団戦は体で覚えた方が手っ取り早いと思って。どうせ1人で挑まずE組(おまえら)全員で組むんだろ?」

 

「ランディ……教師役なのにそれはどうかと思うぞ……」

 

「堅い事言うなってリーダー」

 

烏間先生からの問いかけに対して、真っ先にロイドさんのところへ向かった磯貝くんと、ランディさんの一斉指導を受けたらしい前原くんが口を開く。同じように力のある人たちなのに、いろんな意味でタイプは真逆だからなぁ……この2人。

 

『ティオさんのおかげで、死神さんを相手にした時の私の弱点を補う方法がある程度掴めました!協力者の方々にも感謝でいっぱいです!』

 

「……イトナ16号を作る足がかりだけじゃなく、導力機関についても教えてもらった。アミサ、お前の導力器に不具合が起きたら言え。多分俺でもなんとかなる」

 

「……えぇ!?」

 

「はい、イトナさんにはざっくりとですがオーブメントの仕組みを説明しておきました。さすがに七耀石(セプチウム)はこの土地にないので深部の調整は不可能ですが、ある程度まででしたらこちらの技術でも可能です」

 

「かなり興味深かった」

 

「あはは……」

 

ニコニコ笑顔で花を飛ばしている律ちゃんと、表情にはあまり出てないけどかなり満足気にしているイトナくん。ティオさん、専門分野を高めようとする熱心な2人に嬉々として色々教えたんだろうなぁ……でも律ちゃんのネット回線についての課題はともかく、イトナくんへの指導が若干導力技術士への道を歩ませようとしてないか不安が……本人が日本のメカ以外に触れて嬉しそうにしてるし、いいのかな。

 

「遠距離狙撃(スナイプ)の参考になった。あんなに小さい銃なのにあの精密さ……俺も見習いたい」

 

「私も。あとは移動式の射撃ね……今度自主練するわ」

 

「俺も付き合う」

 

「勝負よ、千葉」

 

「……おい仕事人、いいのかそれで」

 

千葉くんと凛香ちゃんの行った先は、やっぱりエリィさんとノエルさんだったんだ。早速今後の予定を立て始めた仕事人たちに、近くにいるクラスメイトは生温い視線を向けている。でも、コツを掴んだ超遠距離狙撃手(千葉くん)と体幹とロックオン技術に磨きをかけた移動砲台(凛香ちゃん)はそれをお構い無しに教えられたんだろうコツや手段を話し合っている……これからどんな進化を見せるか、すごく楽しみ。

 

「で、はぐらかされて終わったんですけど、結局ワジさんは男性なんですか、女性なんですか」

 

「いやだなぁ、僕に一発当てれたら何でも答えてあげるって言ったじゃないか」

 

「正面から向かっても背後から狙っても躱される、一斉攻撃しても回し蹴りで一蹴、しかも攻撃後に動けなくてうずくまってる俺等を回復してくるような人を相手にどうしろと」

 

「赤子の手を捻るかのごとく全員を相手にしてきたわよね〜……唯一最後まで立ってたのって途中参戦してきたカルマ1人だったし」

 

「俺、攻撃は避けれたのに、逆に仕掛けさせてもらえなかったんだけど……」

 

「それだけでもかなりすごいよカルマ君」

 

ワジさんは近接戦闘に特化した人だから……というか、そんな賭けをしてたんだね。ワジさんのことだから、なにかしら面白がってやるとは思ってたけど、結構ゲスいE組メンツに対しては有効な手段だったみたい。ていうかカルマ、ワジさんの所に行ってたんだ。なんとなく戦闘方面よりも戦略方面を聞きにロイドさんかノエルさんの方に行くと思ってたんだけど。……案外誰かの入れ知恵、とか?……まさかね、カルマは自分の意見じゃなくて他の人の意見を聞いて簡単に動くような人じゃないし。

と、それぞれの感想を聞いていたティオさんがカルマが話すのを聞いた瞬間、何かを思い出したようにランディさんの方を向いた。

 

「……あ、忘れるところでした。ランディさん、カルマさんに戦術導力器を貸してあげてください。適正を見る限りランディさんのが彼に一番近そうです」

 

「あん?別にいいが……俺用に調整されたのを他人が使えるのか?」

 

「理論上は。もちろん正規の持ち主ではありませんから使用者に対してかなり負担はかかりますけど……カルマさんはあの扱いにくいアミーシャの導力器で発動直前までいけたとの事でしたので」

 

「マジか!リーシャともども上位属性縛りのアレを……、……適正って事は俺と同じ《火》属性ってこったな。……んじゃカルマ、こっち来い!」

 

「…………今じゃなきゃダメなの……?」

 

「俺が横でアドバイスできた方がいいだろ!ほら」

 

「はー……あとからこっそり行くつもりだったのに……」

 

しぶしぶといった様子で前に出ていくカルマ……そういえばカエデちゃんのプリン爆殺計画の時、彼には私のエニグマを貸したんだっけ。たしかその時は、発動準備完了まではいけたのに、いざ発動!となったら不発に終わったんだよね……アーツ名を堂々と叫んでの失敗だったからかなりヘコんでたし、今もみんなの前ではやりたくないんだろう。

しぶしぶな表情はしつつもランディさんの言葉にはしっかり耳を傾けているみたいで、時々クオーツに指を走らせたり確認するように顔を見上げたりしている。

 

「おっしゃ、1度やってみろ……撃つのはフォルテ、いや……あー、いっそのこと攻撃アーツにしてみるか」

 

「ちょ、ここ学校よ!?どこに跳ぶか分からないのに!」

 

「初心者にそれはちょっと……ここは誰に当たってもいいよう無難に補助アーツにする所でしょう」

 

「俺も警察学校で散々導力器の研修受けたけど、最初は対象を狙うのってかなり難しかったぞ……」

 

「まあ、その対策も考えてるって。……アミ姫、導力器持ってきてるよな?お前は水のアーツ準備しとけ!」

 

「わ、私……!?えと、水のアーツでどうするの……?」

 

「いざとなった時の消火を頼んだ!」

 

「……って、結局アミーシャに丸投げしてるだけじゃないか!?」

 

消火って、どこか(誰か)燃やす前提……!?ワタワタしながらも言われた通りに私の導力器を取り出して、言い合いしてるランディさんたちを見ながらどうしようかと思っていれば、私を見ていたらしいカルマと目が合った。……かと思ったら小さく口角を上げて目線がどこかへ向く……それを追いかけて、私は彼が望んでいることをなんとなく察することが出来た。この場面でも彼は度胸があると思うし、さすがだとも思う……よし、私も協力しよう。隣に立っているお姉ちゃんの手に軽く触れてこっちに気づいてもらい、小声で私からのお願いを伝える……お姉ちゃんは一瞬驚きを顔に出したけど、しょうがないって顔で私の頭を撫でた。

 

「俺はいいよ、それで。アミーシャと共同でやるなら失敗しない自信しかないね」

 

「わ、私も……!カルマ、器用だからきっと平気……それに、いざとなったらフォローするから……っ」

 

「ほら」

 

「……~~っ、あー、アミーシャがついてれば心配はだいぶ減るけど、無茶はするなよ……」

 

念の為にと特務支援課の面々がE組生徒をいつでも庇える位置に立ち、ティオさんはいざと言う時のために《ゼロ・フィールド(完全防御)》のSクラフトを放てるよう魔導杖を構える。

みんなが見守る中、カルマと目を合わせ頷き合う……私たちが確認するのに、合図し合うのに声はいらない……これで十分。

 

 

「エニグマ駆動!」

「エニグマ……駆動!」

 

 

彼と同時の駆動宣言とともに青い光に包まれた私たちの身体……ランディさんの導力器が適してる(あってる)んだろう、目を閉じて集中するカルマは、前とは違って負担がほとんどないのか顔色がいい。きっと、成功する。

特徴的な青い光がカルマの身体の中に溶けていった……発動準備が整った証。直後フワリと彼の足元に赤色の光の陣が現れた……発動成功だ!対して追いかけるように私の足元に現れた光の陣は、ランディさんに指示された《水》属性の青……ではなく、

 

「……いけ、ファイアボルト(火属性攻撃魔法)!」

 

「……唸れ、エアロシックル(風属性攻撃魔法)!」

 

「はあぁぁっ!?」

 

「え、なんで《風》!?」

 

……《風》属性を示す緑色。私のアーツは地点指定型……それも標的に向かって真っ直ぐ道を描くもの。カルマの発動させた火球は対象指定型……対象目指してまっすぐ進むそれは私の描いた道筋を辿り、火球を包み込むように風の塊が溶け込む……当然燃え盛る火球に風なんてぶち込んだら爆発的に火力が上がる。そしてそれが向かった先には、

 

「にゅやぁぁっ!?なんでせんせー!?」

 

「……チッ、外したか」

「地点指定型だからバレたのかなー……」

 

「ちょっと!そこの元凶悪魔2人!せんせーちょっとかすったんですけど!?」

 

「「なんだ、だったら成功だね」」

 

「にゅやぁぁぁぁああッ!!!」

 

この訓練をするにあたって烏間先生によって追い出され、それでも気になったのか私とお姉ちゃんが合流した時くらいから、こっそり木陰でニコニコと傍観に徹していた殺せんせーがいた。ちゅどーん、と軽い爆発を起こしたのに軽く煤けた状態で飛び上がり、ぷんぷんと怒りながら私とカルマの元へ文字通り飛んできた殺せんせーはあんまりダメージを受けていなさそうで少しがっかりした。……ので、かすったの聞いた瞬間思わず2人でハイタッチをして喜んだんだけど、殺せんせーは地団駄を踏んで怒ってた。ちなみにあの爆発地点は、事前に頼んでおいたリーシャお姉ちゃんが《水》属性アーツで消火済みだ。

ちなみに危険な攻撃アーツをカルマに使わせるかどうかで兄ぃたちが揉めている裏で、殺せんせーが見ていることに気づいていた私とカルマのあの時の会話には、

 

『俺はいいよ、(殺せんせー狙いの)それで。アミーシャと共同で(暗殺)やるなら失敗しない自信しかないね』

 

『わ、私も……!カルマ、器用だからきっと平気……それに、いざとなったら(風アーツで威力底上げついでに軌道)フォローするから……っ』

 

という副音声が含まれていたりする。

 

「こら、アミーシャもカルマ君も。勝手なことはするんじゃない」

 

「……だぁーってさ、皆は気付いてなかったみたいだけど殺せんせーいたし。俺と適正が近いっていうランディさんのなら上手くいく気がして」

 

「イタズラは全力でやると楽しいってカルマが教えてくれたから……」

 

「あのなぁ……」

 

「はははっ!やるじゃねーか、ウチのお姫様と王子様は!あの一瞬で俺等の想定飛び越えてやらかすとは思わなかったぜ!」

 

「……え、」

 

「……ランディも、キミの事を認めてくれたんだと思うよ、カルマ君。離れて暮らしてる妹分だし、 特務支援課の皆でアミーシャの事は心配してたんだ。……って、けしかけたのはお前だろランディ!」

 

カルマと2人で殺せんせーをからかってたら、何かE組のみんなと話していたロイドさんがいつの間にか抜け出してこっちに来ていたらしい。軽く私たちの頭を叩いて説教し始めるロイドさんに、全く反省してない私たち、豪快に頭を撫でて髪の毛をぐしゃぐしゃにする勢いのランディさん……そんな光景を見てたみんなは、暗殺を仕掛けられたはずの殺せんせーまで一緒になって笑っていた。最後の最後にちょっとした暗殺(イタズラ)はしちゃったけど、兄ぃたちがここに来てくれてホントによかった。この笑顔が、その証明……この、またとない機会は、きっとみんなの力になってる……これなら、

 

「ね、アミーシャ」

 

「……どーしたの?キーアちゃん」

 

「アミーシャは、幸せ……?」

 

「……?うん、みんなと一緒にいられて、アミサは……ホントに幸せ。今までだって、ホントに、……幸せだったよ」

 

「……そっか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──この幸せな気持ちのまま、スベテを終わらせたいから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※殺せんせーをからかってる裏では

「どうせカルマ君が誘ったんだろうけど、ここでイタズラ心を発揮させないでよ……」
「ていうか殺せんせーいつ来たの?」
「いつもながらすごいコンビネーションですね」
「……えーっと……アミーシャ達のアレっていつもの事なの?」
「はい。というよりカルマが殺るなら徹底的にってくらいイタズラ好きで……突発的に仕掛けてくるんで」
「カルマ君は参謀向きだよね、かなり穴をついた戦略を考えてくるし、私達じゃ思いつかないような事を言い出したりするから」
「むしろカルマのあのイタズラや戦略に、何の相談もなくすぐに察して動けるのは真尾くらいだよな」
「ふふ、これを褒めるべきか、兄貴分として止めるべきか迷うところだね」
「止める気ないでしょう、ワジ君」
「バレた?……それに、リーシャが彼の事を認めるのも分かる気がしてさ」
「確かにね……カルマ君の近くにいる時が、1番彼女の素に近いもの。安心してそばに居るっていうか」
「あとはキーアの心配がどうなるか、か。……とりあえず俺はあの小悪魔2人を止めてくる。なんだかコロセンセーさんがかわいそうになってきた……」



「俺も行くか……そういや、『お嬢』に『ティオ助』、『キー坊』に『シュリ蔵』ときたから『アミ姫』って俺は呼んでるが……ホントに姫だとしてもあいつが守られるだけのお姫様でいるわけが無いもんなぁ」
「ですね、見た目も普段の行動も小動物並で、こっちが守りたくなるのにこうと決めた時のあのギャップ……毎回予想外です」
「……多分、平気ですよ。アミーシャには王子様がついてますから」
「カルマ君か……大物だよね、彼。いろんな意味で」
「そういえばワジさんが相手したんでしたよね、どうでした?」
「うーん……常に獲物をギラギラと狙ってくる……身軽な猫?」
「……それ、褒めてます?」
「もちろん。可愛いよね」
「「「(違う意味で可愛がってる)」」」



「アミーシャ」
「!お姉ちゃん……」
「冬休み、一度帰っておいで。きっとその頃には答えを出してるだろうし……アミーシャの気持ちを教えて欲しいな」
「……」
「今は公演があるし忙しいけど私がいるから強制なんてしないわ……能力的にはアミーシャなんだろうけど、元々継ぐのは長女の私なんだから。今も時々私の代わりに動いてくれてるんでしょう?どの時代にも1人だけって伝わってるけど、どんな在り方でもきっと父は許してくれるわ。『お前はお前だけの』って言ってくれた父なら」
「……わかってる」
「それに……」
「うん。でも、きっと変わらないよ。お姉ちゃんも、ロイドさんたちもみんな無事ってわかったから。私は私の道を歩く……父様の遺してくれた、この道を……みんなを守るために使いたい。……これって、わがままかなぁ……?」
「……いいんじゃないかしら。それが、アミーシャの決めた道だったら。でも、少しくらい心配させてね……たった一人の家族なんだから」
「…………うん、ありがと……リーシャお姉ちゃん」


++++++++++++++++++++


1週間経たずに次のを投稿するって言ったの誰でしたっけ。私だ!!
はい、ほぼ1週間かけてしまった作者です、申し訳ありません。

今回は代表としてティオを師事した組の様子とその後のお話を書きました。ここでインターミッションはおしまいとなります……ので、特務支援課の方々や最後の方いませんでしたがアルカンシェルメンツも一旦出番はおしまいとなります。作中でティオも言っている通り、この日はオリ主の家に泊まることになりますので、もしかしたら番外編として載せることがあるかもです。

そして読んでくださった読者さんは何となく察していることでしょう……作者はティオとワジが好きです。次いでランディ。なのでどことなく出番が多い多い……見逃してください愛ゆえです。

今回、結構専門用語とか描写しきれなかった部分があると思います。もし気になる部分やわかりにくい部分がありましたら、遠慮なく質問してください。作者で答えられるものは全てお答えします!(ネタバレ以外)


次回は期末テスト編ですね……!ここでも一波乱の予感。
では、また会いましょう!



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二学期末の時間

学園祭が終わり、生きてきた中で『縁』を結んできた懐かしい人達との時間もいつかは終わるもの……お姉ちゃんたちが日本の地を発ってから少しして。お祭り気分が抜けきらない中、なんとか普通の学校生活に戻りつつあった……と言いたいけど、学園祭が終わったということはもうすぐ冬休みがある。冬休みの前には、私とカルマが浅野くんたちを相手に直接啖呵を切っちゃった最後の勝負が待ち受けている。

 

「さぁて、この1年の集大成……いよいよ次は『学』の決戦です。トップを取る心構えはありますか?カルマ君、アミサさん」

 

「さぁねぇ……バカだから難しい事わかんないや」

 

「心構え……えっと、特にない、かな……?それよりカルマは分かるけど……なんで私?」

 

「あ?お前等2人がE組の成績ツートップだからに決まってんじゃねーか」

 

「アミサちゃんは前回の中間テスト、カルマ君と学年同率2位だったでしょう?殺せんせーもですけど皆期待してるって事ですよ」

 

「え、えぇ……でも勝てたことないし、それに前回のはその、……勝負のためだったし……すごいのはカルマとどんどん成績を上げてるみんなでしょ?」

 

「……うん

(こう考えると真尾ってホンッッットーに自己評価低いな……つーか、勝ってるから。お前1学期期末でカルマ抜かしてE組単独トップだったから)」

 

「そだね……

(多分完全に意識の外よ……大方『油断したカルマの実力は本気じゃないから、本気だったら勝てるわけない』とか思ってんじゃない?リーシャさんの話を聞いたあとにこれ見ちゃうと余計にそう感じるよね……)」

 

ちなみに決戦といえば、雰囲気に飲まれていつの間にかやる気になって取り組んでいた学園祭……あれの総合成績は次の日には本校舎に貼り出されていたらしい。例によって杉野くんのスマホに進藤くんが近況報告がてらって連絡してきてくれたのと、浅野くんがメッセージアプリで掲示を写真に撮って送ってくれたことで判明したんだ。……校舎が違うにしたって結果くらいすぐに通知してくれてもいいのに……本校舎の人たち(生徒というより先生)はそんなにE組に嫌がらせがしたいのかなぁ、……したいんだろうな。

……とと、思わず脱線してた……結果発表についてだったよね、総合成績で私たちE組は高等部の3年A組に続いて3位でした。浅野くんたち中学部3年A組が堂々の1位……スマホに送られた順位表の写真を見たE組は、浅野くんがこれを送ってくれたのは結果を教えてくれようとした善意なのか、私がみんなにも写真を見せることを想定した嫌がらせなのかで意見が分かれてた。……後者の方が圧倒的多数だったんだけど、なんで。

 

「ヌルフフフ……一学期の中間の時、先生は『クラス全員50位以内』という目標を課しましたね。あの時の事を謝ります、先生が成果を焦りすぎたし……敵の強かさも計算外でした」

 

「あー……直前にテスト範囲大幅に変えられた奴か」

 

「でも、なんだかんだいって全員順位上げてたよね」

 

「ケアレスミス以外で出来なかったのって、範囲外の問題くらいだったもんな」

 

殺せんせーに第2の刃として学力を鍛えられていたからこそ、高得点問題が割り振られていた範囲外はどうにもならない人が多かった代わりに、それ以外の基礎問題+αで挽回している人ばかりだった1学期の中間テスト。範囲外でも諦めずに部分点狙いで取り組んだクラスメイトは少なからずいたから、50位以内には入れなかったけど健闘したという人もいる。アレはある意味E組として、初めて学校という組織に対抗することを意識した勝負だった。

 

「そうですねぇ……君達の成長は目を見張るものがあって、出ていこうとしていた私を引き止めてくれた。そんな君達は様々な経験を通して頭脳も精神もより成長した。どんな策略や障害(トラブル)にも負けず、目標を達成できるはずです」

 

──堂々と全員50位以内に入り、堂々と本校舎復帰の資格を獲得した上で、堂々とE組として卒業しましょう。

 

にこやかにそう言いきった殺せんせーに、私たちは……特に普段あまり勉強に乗り気じゃない人たちまでがやる気十分だ。むしろ学園祭では勝てなかった分ここで取り返してやろうって意気込みが強い。ただ、一つ問題があるとするなら……

 

「そう上手くいくかな……これも進藤からの情報なんだけどさ、A組の担任が変わったらしい。新しい担任はなんと……浅野理事長だ」

 

「来たか……ついにラスボス降臨」

 

「そうですか、とうとう……!」

 

今までE組とA組が勝負してきたものは、全部五英傑が……浅野くんが先頭に立ってA組を引っ張ってきた。もちろん今回のテストでもそうなるだろうって私たちは思ってたんだけど……理事長先生が出てきたとなれば話は別。異様なカリスマ性と人を操る言葉と眼力、2日前に変更されたテスト範囲を本校舎の生徒全員に教えあげるほどの授業の腕……理事長先生の指導を受けたA組は、これまでと比べ物にならないくらい化け物じみた強敵になるだろう。

でも、そんな人が前に出てきたということは、浅野くんは……

 

「…………」

 

殺せんせーが前でこれからの予定を話しているのをなんとなく聞きながら、私は机の下に隠したスマホのメッセージを見つめる。開いているトークルームの相手は浅野くん……日付は、学園祭の結果発表がされた日、つまり2日前だ。

 

 

 

【浅野学秀(2)】

《浅野学秀:ステージの協力ありがとう。怖がりな君があの局面で独断のフェイクを入れるなんて……本当、君には驚かされてばかりだよ。

 

《アミサ:私こそ、歌わせてくれてありがとう。あのね、E組みんなが感謝してる……それに、浅野くんのこと見直したって。

 

《浅野学秀:ふん、E組ごときに見直されても嬉しくないがな。……そうだ、E組に通知が行くのがいつになるか分からないから僕が教えてあげるよ。これが学園祭の総合成績だ。

 

~写真を送信しました~

 

《アミサ:……E組が、3位……

 

《浅野学秀:2日目の途中で店を閉めたにしてはよくやったな。勝利を確信していた僕ですら、圧倒的大差をつけて勝つのは諦めたよ。

 

《浅野学秀:これから蓮達を連れてこの結果について理事長先生へ報告に行く。それが終わったら、久しぶりに4人も連れてどこかへお茶しに行こうか。

 

《アミサ:うん、楽しみにしてる。あと、ずっと言えなかったこと……ちゃんと、報告させてください。

 

《浅野学秀:……わかった、聞くよ。じゃあ、行ってくる。

 

《アミサ:いってらっしゃい。

 

 

 

《浅野学秀:しばらく、約束は果たせそうにない

 

《アミサ:浅野くん?どうしたの、何かあったの……?

 

 

 

──理事長先生に五英傑のみんなで報告しに行く。そのメッセージの少し後に、短いメッセージが送られてきて……それを最後に彼の返信が来なくなった。E組は旧校舎で過ごすから、本校舎で何が起きているかを詳しく知ることができない……だからこそ、杉野くん経由で進藤くんが情報を流してくれたりするんだけど。浅野くんも同じように私へ情報を流してくれていて、結構詳しく説明もしてくれていたのに……この文面からは何かがあったことしかわからない。

ぼーっと、返信が届かない彼とのトーク画面を見ていた私は、音もなく静かに近づいてきていた殺せんせーに気がついてなかった。

 

「こら!スマホを触っているのは見えてますよアミサさん。先生の話を聞きなさ、」

 

「っ!返して!」

 

「にゅっ!?あ、アミサさんっ!?」

 

「アミーシャ……?……先生、借りるよ」

 

「あ、こらカルマ君!」

 

「アミーシャがそんな反応するなんてよっぽどでしょ……って、……何コレ」

 

完全に油断してたから、スマホをしっかり握ってなかった。先生の触手が私の手の中のスマホを抜き取って……反射的に立ち上がって取り返そうとしたんだけど、私の反応に慌てたのか殺せんせーは軽く私が届かない程度まで持ち上げただけでワタワタと触手を動かしている。そんな殺せんせーの触手()から軽々とスマホを取りあげた──私に届かない程度の高さって事は、私より身長が高ければ届くってこと──カルマは、表示したままだったトーク画面を見て眉をひそめた。……見られちゃったし、いきなりの事でみんなにも注目されてしまった。

 

「……アミーシャ」

 

「……、……さっき、杉野くんが言ってた通り、理事長先生がA組の担任になった……その、前の日のトーク。……返信がね、こないの」

 

「……浅野クンから?」

 

「……浅野くんって結構律儀だから……絶対に既読で終わらないの……何かしら、返事をくれる。なのに、……それに、一緒にいたはずの他の4人のこと、なんにも書かれてない。全然わかんないけど何かあったとしか……」

 

「……そうか、真尾は受けたことないのか……理事長先生の授業」

 

「……へ?」

 

この程度のことで動揺してたなんて知られたくなかったんだけど……カルマに説明してと言外に含めながら名前を呼ばれて、不安な気持ちをゆっくりと話す。校舎が違うだけで状況を把握できない歯がゆさ、手伝いにも話を聞くに行くことすらままならない悔しさ……それらを打ち明けていると、磯貝くんが納得したようにひとつ頷いた。受けた事がないんだったら、なんで俺等があの人をラスボス扱いしてるのか……本当の意味では理解してるわけないよな、と。

 

「俺が2年の時、教科担任が体調不良ってことで代理で入ったのが理事長先生でさ……とにかく凄かったよ。次にあの人の授業を受けたら、多分もう逆らえる気がしない」

 

「一度だけだったから何とかなったようなもんだよな、アレ。ほとんど洗脳教育みたいなもんだったぞ」

 

「俺も、あれはもう受けたくないわ。めちゃくちゃ分かりやすい代わりに、完全に自分の力でってよりか……理事長先生によって限界以上に学ばされてるって感覚だったもんな。理事長先生がA組の担任になったのは昨日……ってことはA組は今日1日その授業を受けてるって事だ」

 

「……そんなに、」

 

磯貝くんと前原くん、それに三村くんが話すそれは初めて知ったことだった……彼等はたった1時間だけのことだったみたいだけど、今でもその授業の感覚を覚えてるって。球技大会の野球とか鷹岡先生の解雇のこととかで、理事長先生の教師としての手腕や信念は知ってたつもりだったけど……そんなにいうほど、なんだ。

 

「……ま、浅野クンはだいじょーぶなんじゃないの?」

 

「カルマ……おま、そんな適当に」

 

「あ、訂正するわ……浅野クン()()ならね。仮にも親子だし癪だけど地頭良いし……多分大変な事になってるA組の中でもあいつだけなら正気だよ、……他は知らないけど」

 

「お前なぁ……フォローしたいのか突き放したいのかどっちだよ」

 

「両方かなー……浅野クン達は敵だからね、いろんな意味で。それにさ、アイツが何もしないでやられっぱなしだと思う?」

 

「……思わない」

 

スマホを私に返しながらくしゃりと私の髪を撫でていくカルマの手のひら。なんだかんだと上からものを言いはするけど……友達とか対等っていうよりは手下とか手駒とか思ってそうだけど、A組の人たちを気にかけている浅野くんのことだもん。きっと、何か策を考えてる最中だよね、自分の中で整理してるんだよね……だから、返信がないんだよね。想像するしかない山を降りた先で闘う浅野くん(ともだち)を思って、私はスマホを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長と殺せんせーってさ、なんかちょっと似てるよね」

 

「……どこが?」

 

あの後、仕切り直しとばかりに今後のテスト対策について殺せんせーから説明があって……それがこれまでにない取り組みだったから、みんなで驚いて……みんなでやる気になった。諸々のことは明日以降、少しずつ取り組みながら決めていくことになり、今はみんなで山を降りて帰り道だ。その途中で、思い出したように優月ちゃんが言い出したこと……ホントに、どこが?

 

「ほら、2人とも……異常な力持ってんのに普通に先生やってるとこ。理事長なんてあれだけの才覚があれば……総理でも財界のボスでも狙えただろうに、たった1つの学園の教育に専念してる。そりゃ、手強くて当然だよ」

 

言われてみれば、確かに似てるかもしれない。

方や超生物の人外、方や完璧人間って感じはするけど、向かっている場所は同じ……何事にも『良い』 生徒を育てるってところ。そこまではよく分かるんだけど……なんで2人して何でも出来そうなのに『教育すること』に執着してるのかまではよく分からないんだけどね。

 

「なるほど……あ、あれ?浅野君だ」

 

「え……」

 

「ほら……」

 

カエデちゃんが指さすほうを見てみると、腕を組みながら校舎を背にして立っている浅野くんがいる。この場所は体育館へ繋がる渡り廊下とE組の校舎がある山へ登る道くらいしかないから、本校舎の人はほとんど来る理由のない場所……そこに浅野くんがいるってことは、E組を待っていた……?

カエデちゃんの声で私たちが近くまで来たことを察したんだろう、彼は校舎から背を離してこちらへと歩いてくる。

 

「なんか用かよ」

 

「偵察に来るようなタマじゃないだろうに」

 

「…………」

 

少しだけ俯いて握りしめた彼の拳が、小さく震えているように見えた。

 

「こんな事は言いたくないが……君達に依頼がある」

 

「……?」

 

「単刀直入に言う。あの()怪物を君達に殺して欲しい」

 

それは、私たちも全く予想していなかった依頼だった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「殺す……って……」

 

「もちろん、物理的に殺して欲しいわけじゃない。殺して欲しいのは……あいつの教育方針。……今のA組は、まるで地獄だ」

 

浅野くんは依頼する上で必要なことだからと、私たちにA組の現状を教えてくれた。それは、彼からのメッセージを見ている時から想像していた通り……ううん、それ以上に悲惨な状況。理事長先生は『E組()を憎み、蔑み、陥れる事で強さを手に入れる』ことを教育方針として掲げている。自分はああはなりたくない、だから努力する……自分はE組とは違う、選ばれた存在なんだから、E組なんかが自分より上に立つのはおかしい。それがこの学校でのE組の存在意義であり、私たちや歴代の先輩たちが味わってきた苦汁。

だけど、殺せんせーがE組の担任になってから私たちは変わった。前を向くようになった。上を目指すようになった。絶対に勝てないといわれたものでも勝利したり、対等な勝負まで持ち込んだり……とにかく、『E組は底辺で最悪な場所』という椚ヶ丘中学校の『当たり前』を崩しつつある。それが、理事長先生は気に入らない。

 

「『負けるはずのないA組が、E組に遅れを取っている』『底辺の存在が、自分達上回りつつある』……憎い、悔しい、陥れたい。そんなE組への憎悪を唯一の支えに限界を超えて勉強させる……もしあれで勝ってしまったら、彼等はこの先その方法しか信じなくなる」

 

「……じゃあ、私等にどうして欲しいっていうの?」

 

「簡単な話だ、次の期末でE組(きみたち)に上位を独占してほしい。むろん1位は僕になるが、優秀な生徒が優秀な成績でも意味が無い。君達のようなゴミクズがA組を上回ってこそ……理事長の教育をぶち壊せる。──時として敗北は……人の目を覚まさせる。だからどうか……正しい敗北を、僕の仲間と、父親に」

 

……言ってることはひどいけど、言いたいことはよくわかる。目指すところがあって限界以上に努力して得る強さならまだしも、陥れるため、蔑むためと人を蹴落とすことを目的にしても、その得られる力には限界があるしいつかガタがくる……自分の力として役に立つわけがない。浅野くんはそれに気づいたからこそ、こうして嫌っているE組に頭を下げてまで頼みに来たんだ。本気で……他人のことを気遣って……、……え、なに?

 

「え、他人の心配してる場合?1位取るの君じゃなくて俺等なんだけど」

 

「わ、わぁっ!」

 

「………ッ!」

 

「「「(カルマ……一気に空気が台無しに……)」」」

 

後ろの方でことの成り行きを見ていたはずなのに、いきなり隣から肩を組まれて浅野くんの目の前まで連れ出された……もちろん犯人はカルマなんだけど。そんなカルマの空気を読まない発言で、浅野くんの額に青筋が浮かぶ……い、イラつかせてるようにしか聞こえないよ……!?わざとだよね?

 

「言ったじゃん、次はE組全員容赦しないって。俺とアミーシャで同点1位取って、その下もE組……浅野クンは10番あたりがいいとこだね」

 

「おーおー、カルマがついに1位宣言……巻き込み事故で真尾も宣言したことになんのか?」

 

「え、えぇッ!?私も……っ!?」

 

「いや私もっていうより、お前はもうちょっと欲張れよ……」

 

「一学期期末と同じ結果はごめんだけどね」

 

「っ、ちょ、それ掘り下げないでよ……」

 

「今度は俺にも負けんじゃねーのか、ええ!?」

 

「……………………………………………………………………。」

 

「どわッ、イッ、がぁッ!?ま、マジで蹴んな……デェッ!?」

 

「……今のは寺坂くんが煽るタイミングを見誤ったせいだと思う……」

 

サラッと私を巻き込んでの1位宣言は、E組からしてみれば飄々と大変なものは避けて通るカルマが本気になったと思えるもので、少し嬉しくなる。でも、カルマにとっては黒歴史っていうのかな……舐めてかかって痛い目にあった1学期の期末テストを竹林くんに掘り返されて、罰が悪そうに顔を赤らめた……というところで、悪ノリした寺坂くんが彼を煽って、無言のまま倍返し以上の反撃(お腹への膝蹴り)で返されてる。竹林くんはカルマより上の成績を取ったからカルマは何も言い返せないだろうけど、寺坂くんが言ったら……って、うわぁ、痛そう……

 

「今までだって本気で勝ちに行ってたし、今回だって勝ちに行く。いつも俺等とお前らはそうして来ただろ。勝ったら嬉しく、負けたら悔しい、そんでその後は格付けとか無し……もうそろそろそれでいいじゃんか。『こいつらと戦えて良かった』って、A組(おまえら)が感じてくれるよう頑張るからさ」

 

「余計なこと考えてないでさ……殺す気で来なよ。それが一番楽しいよ」

 

「……浅野くん。誰かの期待に応えるとか、誰かに煽られた殺意なんかじゃなくて……自分の衝動で動くっていうのも……案外いいものだよ」

 

「……フッ、面白い。ならば僕も本気でやらせてもらう。……そうだ、この勝負のあと……必ず約束を果たそう。その時は僕と君の同率1位を祝おうじゃないか」

 

カルマを発端とした私たちの勢いに、最初は浅野くんも気圧されてて……でも、次の瞬間には不敵に笑ういつもの自信たっぷりの彼へと戻っていた。よかった、浅野くんはまだ正気で、彼自身を見失ってない。

背を向けて正門へと歩き出した浅野くんは、思い出したように足を止め、軽くこちらに顔を向けてニヤリと笑いスマホを軽く振って再び歩き出した。ほとんどどういう意味か分からなかったんだけど……

 

「……カルマ、何がなんでも1位取らなきゃなんねーぞ、これ」

 

「……あの野郎、本トにムカつく……ッ!何が『同率1位は僕と君』だ!何がなんでも勝ってやるッ!」

 

「……………………?……??」

 

「一応聞くけど……アミサちゃん、状況わかってる?」

 

「……、……ごめん、あんまり分かってない……」

 

「あー……ですよねー……」

 

約束っていうのが私とのお茶会のことなんだろうっていうのはなんとなく分かった……だって、浅野くんがこのメンバーの中で私以外とメッセージアプリのアカウントを交換してる人なんていないだろうし。そう考えればアレは私宛のメッセージ……なんだろうけど、察せれたのはそこまでだった。寺坂くんがボソリと呟いた言葉とカルマが地団駄踏んで怒ってる様子から多分挑発したのは彼に対してで……あれ?私宛のメッセージがいつの間にカルマ宛に変わったの……?前から私は2人は仲よし説を推してるけど、その通りで2人にしか通じない何かがあるとか……?

ごちゃごちゃ考えても私がよく分かってないのに気づいたんだろう……渚くんが確認するように聞いてくれたけど、ごめんね、ほとんど分かってない。正直に答えたら、当事者に伝わってないよ浅野くん……っ!ってがくりと項垂れてたんだけど、……私のせいなのかな、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから私たちはとにかく、がむしゃらに勉強した。分からないことがあれば、前以上に本気で分裂してる殺せんせーの分身に聞きまくった。正しい発音なんかはイリーナ先生にお願いして、ネイティブな生の声で何度も確認した。

そして今回のテストで先生役は殺せんせーやイリーナ先生だけじゃない……私たちは殺せんせー考案の新しい試みも実践した。それは授業以外の自習時間に得意教科を生徒同士で教え合うこと。

 

「んー……多分菅谷君は何となく分かってるけど、訳文にする時に意味を混同させてるんだよ。『he-his-him』それぞれ順番に意味は?」

 

「あー……『彼、彼の、彼は』……?」

 

「惜しい、『彼は・彼が、彼の、彼を・彼に』だよ」

 

「なんでそんなに意味があるんだよ、全部彼じゃん……」

 

「これは代名詞で、文の中に入れると使い方によって形が変わるとしかいいようがないなぁ……それに、英語は日本語と違って──」

 

英語は1学期の期末テストで学年1位を取る程の実力者である莉桜ちゃんや、毎回英語の上位争いにくい込んでくる渚くんが得意といえる。渚くんが基礎や単語系、莉桜ちゃんが長文読解だったり難しい読みかえ問題とかを説明してるみたい。

 

「ここ!ここ大事だから!」

 

「なるほど、重要な人類史の裏側にはそんな愛憎劇が……!」

 

「俺等の生きる現代はその上に成り立ってんだな……!」

 

「…………ねぇ、これって日本史なんだよね、なんでこんなにドロドロしてんの!?あとなんでちょくちょくエロが入ってくるの!?」

 

「決まってるじゃないか……エロは世界を救うからだ!

 

「(意味がわからない……)」

 

「お市の方は俺の嫁……?浅井長政の嫁じゃなくて……?」

 

「真尾、お前にはまだ早いぜ……せめてエロ本の素晴らしさがわかってからじゃなきゃな!」

 

「……んーと……読まないからずっと無理だと思うな……

 

「……アミーシャ、別の教科やろう。ここは悪影響しかないし、必要なら俺が教えるから」

 

「え、でも」

 

俺が教えるから

 

「……う、うん」

 

「(真尾を参加させられないのは残念だが……岡島、英断だ)」

 

「(確かに、真尾を参加させる努力をするよりは、カルマの逆鱗に触れないようにしたほうが賢明だよな……)」

 

「(ただ、止めるのに必死で気付いてないがカルマよ……この流れでその言い方だと、教える内容が日本史じゃなくて保健体育か何かにも取れるぞ)」

 

「「「(それな)」」」

 

日本史では岡島くん……最初、キリッとした顔で前まで歩いていき、始めてみる真剣な表情で何を教えてくれるのかと思ってたら……彼は彼だった。確かに史実だとは思うけど歴史をそんな側面から覚えるなんて想像もしなかった。……でも、前原くんとか寺坂組の男子とか、勉強嫌いのイトナくんまで真剣に参加してるのを見ると、ありなのかもしれない。……私は遠ざけられたから概要しかわからずに終わったけど。

 

「はい、違ーう」

 

「ぐっ……いちいち叩くな!てかどっから持ってきたんだよその竹刀!」

 

「え、体育倉庫にあったけど。1度やってみたかったんだよね〜、スパルタ教師の真似事」

 

「やってみたかったんだよね〜……じゃねーよ!体罰だぞこんなの!」

 

「俺、先生じゃないし〜。ほらほら、やるよ……三角形の面積を求めるには底辺と高さが必要、分かってるのは三角形の3辺だけ、つまり高さが分からない。代わりに全ての辺に接する円がすっぽり収まるわけ……この円が内接円ね。で、内接円の中心=円の半径=どの辺からも距離が等しい……ここまで分かる?」

 

「……おう」

 

「てことは、もう面積求められるでしょ?」

 

「……なんで?」

 

「だーかーらー……」

 

「……くっそ、これで教えるのが下手なら文句言えんのに……分かりやすいから何も言えねぇ……」

 

「ケッケッケ……オマケで漸化式の特殊解の使い方も教えてやるからさ〜、なんとか着いてきてよ。……あの捻くれた理事長の事だから、目立たないところも『ここも範囲表にありましたから』とかって、テスト問題に入れてきそうなんだよね、コレ……」

 

数学はカルマと私。範囲表の端っこにコラムとして載っていた漸化式が出題される可能性を呟くカルマは、竹刀を肩にかけていて……生徒役が間違えたりうるさかったりするとその人を容赦なく叩いてる。何でもテレビドラマに出てきた悪役教師の真似をしてるらしくて……教師のお手本となる役もあったはずなのに、わざわざ悪役を選ぶあたりがカルマらしい。確か、カルマの進路希望って……

 

「……悪の官僚の予行練習?悪の……竹刀持って……、……各省庁に殴り込み?」

 

「「「そんな物理的な官僚がいてたまるか!!」」」

 

「アミサ、アホ共は放っといていいから。ここ教えて」

 

「あ、うん。サイコロの組み合わせの確率だから……」

 

「この空気作っといて放置って……」

 

「お前も大物だよ、ホント……」

 

他にも国語は有希子ちゃん、世界史は磯貝くん、理科は愛美ちゃんというように各教科のスペシャリストが中心になって教師役をしている。自分で勉強して自分の刃を磨くだけじゃなく、人に教えることで教える側もより深く理解できるし、なによりチームワークが強くなる。

……もしも、ここで無様な結果を出してしまったら──たとえ暗殺に成功したとしても、多分私たちは胸を張ることはできない。生徒は殺し、先生は教えたこの暗殺教室。その先生の教え通り、第2の刃を全員が身につけたっていうことを……標的(ターゲット)に報告できないままじゃ卒業なんてできないから!

 

 

 

────そして、決戦の日。

 

 

 

テストを受けるために本校舎へ足を運んだ私たちE組は、背を伸ばしてまっすぐ前を見ていた。緊張してないって言うのは嘘になるけど……あれだけ今まで以上に、みんなで頑張ってきたんだ。やる気……ううん、問スターを倒すために殺る気で満ち溢れている。本校舎の生徒は自分たちのクラスでテストを受けることになるけど、私たちは校舎の端にある空き教室が試験会場になる……そこへ向かう途中、他のクラスの前を通ることになるんだけど。

 

……すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組……

 

「なんっつー目をしてやがんだ……殺気立つってこの事か」

 

「恐ろしく気合い入ってんじゃんA組の奴ら。カルマにアミサ、アンタら勝てんの?」

 

「どうだろ?……でも、」

 

「本気で殺す気ある奴がいたら手強いよね」

 

浅野くんが言っていた通り、廊下から見えるA組生たちはE組に対する憎悪でかなり怖い目をして私たちを見ていた。殺気立っててまるで呪文のようにくりかえされるそれは理事長先生の教育の賜物……なんだろうけど、それがいつまで続くか。あの殺気立つA組生徒の隙間からチラッと見えたのは、一人席について目を閉じている浅野くん……やっぱり、私たち以外で本気で殺す気で挑んでくるのは……彼だろう。

 

試験会場の教室につき、席に座る。

まずは英語。テスト用紙が配られ、試験開始の合図までの静寂の時間……さすがにここまで大事になってるテストでは、試験監督の先生も邪魔してこないみたい。

 

椚ヶ丘中学校の2人の怪物(殺せんせーと理事長先生)に殺意を教育された生徒たち。因縁に決着をつけるべく、今……

 

「……始めっ!!」

 

────紙の上で、殺し合う!!

 

 

 

 

 




「(E組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺す……)」

「(負けるものか、責任者を外されたとはいえ……支配者は僕だ!)」

「(問題を見てすぐに時間配分を決めなくっちゃ)」

「(……そろそろ、捨てる準備を始めなきゃ)」

「(鉛筆、足りっかなー……)」

「(うわ、裏面向けてても問題数の多さが透けて見える……)」

「(……負けるものか、今度こそ、完璧に勝利してみせる)」


++++++++++++++++++++


2学期、期末テストの時間です。
前回までのオリジナル話は一旦終わり、暗殺教室の原作側へと戻ります。オリ主がいるので、テストの様子や結果などに一部改変が含まれることになります。

今回のフリースペースは、テストが始まる前の心の中の声です。どれが誰か……わかるものもあると思いますが、という感じを意識して書きました。カルマ、浅野くん、オリ主はとりあえずいます。

では次回、テスト結果までお話が書けると思います。





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二学期末の時間・2時間目

力を認め合える相手と全力でやり合った(殺し合った)その先に、正解(こたえ)がきっと転がっている。その考え方で前へ進むのが私たちE組、暗殺教室であり……その最終目標である殺せんせーの暗殺期限まで、残り3ヶ月となっていた。

 

 

 

「──それまで!」

 

 

 

暗殺をすることが1番の目標とはいえ、暗殺教室の生徒である以前に私たちは中学生……今、この時間だけは目の前の問題を倒さなくちゃいけない。2学期期末テスト……内部進学のため受験の必要ない本校舎の人たちと、内部進学の資格がないからどこかの学校を受験しなくちゃいけないE組とでは、3学期から授業内容が変わってしまう。つまり、同じ条件で同じテストを受けられるのは今回が最後……1学期から争ってきたE組とA組の因縁も、明確な勝敗が出る勝負も、これが最後ってことだ。

まずは1教科目の英語……最初の数分を使ったヒアリングは、とにかく早いし質問文の単語数が多い。選択肢は似たようなものばかりで、選ぶものだけならいいのに、最後に簡単な虫食いを埋めなくちゃいけない問題まであった。

 

「ヒアリングエグかったな……ビッチ先生でもあんなにボキャブラリー豊富じゃねぇよ……」

 

「あんな言葉、使わなくてもこっちの単語で意味通じるのに……」

 

「ビッチ先生ので慣れてるからこその悩みだよね」

 

E組はイリーナ先生のネイティブな英語を聞いてるのにこの手ごたえのなさ……イリーナ先生の場合、会話術に重きを置いてるから、難しい言葉を使わなくても自分の気持ちを伝えられる術を教えてくれてるから、発音は完璧に理解できても文章として理解できるかは別なんだろう。むしろ選択肢を見て「こっちの単語で話してたらこの答えなのに」って迷うものが多かった。いかにわかりやすく伝えるかを学びすぎた弊害……なのかな。

もちろん英語のテストはヒアリングだけじゃない……筆記もかなり手強かったし、なにより。

 

「ダメだー……解ききれんかった……」

 

「難しい上に問題数が多すぎるよ〜」

 

「これがあと4教科も……」

 

陽菜乃ちゃんが言ってるように、50分で解く量じゃないって数の問題があって、最終問題までいけなかった人は1人じゃない。1つのテストを受ければ、何となくだけど今回のテスト全体のレベルが伝わってくるし、そこからペース配分も考えたりするんだけど……まさか最初の1つをこなすだけでこんなに消耗するなんて。

この後、英語とほとんど変わらない難易度の社会、理科のテストを受けて確信した。こんな難しいテストが続くってことは多分……学年全体の平均点ラインは今まで以上に低くなる。今回の期末テストは、できたかできなかったかの差がハッキリわかってしまうものになる。

 

「あー……次は国語か。そういえばA組の奴らはどうなんだ?」

 

「休み時間に覗いてきたけどよ、それはもう滾ってたぜ……ただただ狂ったように集中してる。憎悪ってあんな強いパワーになるんだな」

 

「……三村、お前よく覗きに行く余裕あったな」

 

「しかもバレずにだろ?」

 

「いやー……気になりすぎて、つい」

 

テストとテストの間にある、10分間の短い休憩時間……荷物を置いてる廊下に出て参考書やノートを読み直す人がいれば、教室に残って気分転換におしゃべりをする人もいる。他にもあんな会話がある通り、三村くんのように敵情視察として他クラスの様子を見に行く人も。ちなみに私は……

 

「どう、テストの出来は?」

 

「今の所だいじょぶ、かな……うん、見直しする時間も一応取れてるし」

 

「俺もそんな感じ……五教科はあと2つか」

 

「だね。……ふふ、なんか不思議。個人でテストを受けてるはずなのに、E組のみんなで1つの巨大な敵(問スター)を倒しにいってる感覚がするの」

 

「ま、今回のに関しては特にクラスで達成したい目標だしね」

 

「その通りダス」

 

「「!?」」

 

毎休み時間、カルマと2人で話して過ごして、できる限り根を詰めないようにしていた。ただでさえ今回のテスト内容は難しい……休み時間まで勉強してたら疲れちゃうしテスト中に集中が切れてしまうのが目に見えてるから。カルマも私と同じタイプのようで、ノートも何も持たずに軽く体のストレッチをしながら話していた……ら、突然聞きなれない声が割り込んできた。

 

「……あ、仁瀬ちゃん」

 

「アミサさん、今私は律さんの代わりとして来てるダス。だから呼ぶなら『律』、もしくは『ニセ律』と」

 

「……ニセ律さん、そこなの?気にするとこ……」

 

「仲のいいお二人の会話を邪魔してしまったのは申し訳ないダス……でも、お二人を含めてE組の皆さんに、できたら聞いてほしいことがあるダス」

 

私とカルマの机の近くに来てくれてた仁瀬ちゃ……いや、ニセ律ちゃんの声は、試験日だからこそ、そこまで大きな喧騒もないこの試験会場に響いて、そろそろ次のテストだと席に着き始めていたE組のみんながこちらに意識を向けてきた。ぐるりと教室中を見回して大体の人が聞いてることを確認してから、彼女は再び口を開いた。

 

「律さんから話を聞いてるダス、全員50位以内が目標だとか……本物の律さんはこう分析してたダス。『その目標を達成するには、私のような成績下位組の頑張りにかかっている』と」

 

「……なるほどね、確かにそうだよ」

 

「順位は上がってきてるとはいえ、トップランカーに比べたら順位が下なのは事実……10位以内常連がE組(うち)にはいるんだから、足を引っ張らないように私が頑張らなくちゃ」

 

「……やってやろーじゃねーか!」

 

それを聞いたE組生が目の色を変えた。今回の私たちのテスト目標は、1学期期末テストのようにどれか1つの教科でトップを狙うという一点集中の方法では達成することはできない。とにかく全教科で高得点を狙う……基礎問題をなるべく早く片付けて、ラスト3問の高得点問題に全力をぶつける必要がある。

成績下位組……ここでは50位以内に入ったことのない人たちとする……は、とにかく少しでも点を稼ぐこと。成績上位組は上位をキープしつつさらに高みを目指す。自分のためだけじゃない……文字通り、みんなで戦ってるんだ。

 

「──始めっ!」

 

試験監督の先生が教室に来て、開始の合図を出す。……さあ、あとは国語と数学の2教科を残すのみ……全力で、殺ってみせる!

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

前原side

 

「(うわ、数学も問題数ハンパないな……)」

 

「(攻撃箇所を迷っていたら、あっという間に時間切れだ)」

 

「(寺坂の方から物凄い鉛筆の動く音(攻撃音)がする……これ、もしかしなくてもサイコロの確率問題、片っ端から全潰ししてるのか?)」

 

「(あんのタコ……ッ!バカだからってバカにすんなよ!!)」

 

「(おいおい……普通組み合わせの公式(銃での遠距離攻撃)使うとこだろ……素手で殴んな、銃使えよ)」

 

「…………、……」

 

──不思議だ。

テストってヤツは、筆記用具の動く音だけが響く教室で受けてるはずなのに、個人で戦うものだからそこに『誰か』は存在しないはずなのに。同じ紙面で問題に向き合ってるからなのか、俺の周りにはE組のクラスメイト達が一緒にいるような感覚がある……まるで、コイツらがすぐ隣で武器を手に話している声が聞こえてくるようで。あ、ちなみに武器を向ける相手は殺せんせーじゃねーぜ?問題っていうよりも、難しすぎて誰もが問題を問スターだって言い出すくらいの、テスト問題が相手だ。

 

「(どうせウチら、エンドのE組だしね。カッコつけてないで、泥臭く行かなくちゃ)」

 

寺坂が公式使えば数行で終わる問題を、まさかの全部書き出すって戦法で解いてるのを鉛筆を動かす音で感じ取り……隣の席で同じようにテストを受けてる岡野が何となくそう言った気がした。……そうだよな、テストでカッコつけんのは〝アイツら〟に任せておけばいい……俺がカッコつけんのは、現実の女の子の前だけで十分だわ。

問題数が多くて間に合うかわかんねーってなら、問題を見た瞬間にどこに時間をかけるかを決めなきゃなんねー。たとえそれが正規の方法じゃなくても……たとえ正解までたどり着けなかったとしても……アプローチさえ正しければ、その分だけ部分点をもぎ取れる!

 

「(よっしゃ、多分これ殺ったんじゃね!?)」

 

「(見直してるヒマねーぞ!次だ次!)……ッうお……!?」

 

確かに椚ヶ丘(うち)は中高一貫校だから、進みの早い数学で高校の内容が出てくるのは普通だけど……噂だけだと思ってた漸化式が中学のテストで出てくんのかよッ……確実に高校の範囲だぞ!?とりあえずやった事がないってわけじゃないから、とにかく解き出す(攻撃する)……でも、あと少しってところで答えが出ない(倒せない)。くそ、あと少し、もう一撃で解け(殺れ)そうなのに……ッ!

その時、ここで引きたくなくてしがみついていた問題をもう一度見直してみると、さっきまでは何も無かった空間に……E組の中でここまで全然姿が見えなかった、見慣れた2人の姿を見た気がした。

 

「……っ!カルマ、真尾!」

 

「(へぇ、しがみつく根性あるじゃん前原)」

 

「(前原くん、コレは先週カルマが教えた特殊解に持っていけば解けるよ。……ほら、支えてあげる……上がっておいで)」

 

「…………おう!」

 

手に特殊解という解法(手榴弾)を持ちながら、俺に気付いて見直したとでも言うように笑うカルマと、手を伸ばして(答え)に引っ張りあげようとしてくれている真尾がいる……はは、コイツら、こんな俺の想像の中でまで2人で一緒にいんのかよ。少し呆然とはしたけど、気を引き締め直して俺を引き上げようとする真尾へと手を伸ばす……成績下位組の俺でも、もしかしたらこの高校レベルの問題に限っては2人に追いつけたのかもしれないってことだろ?……だったら、この問題だけでも……完璧に(マル)を取ってやる!

 

「(はは、いいじゃん。殺る気になってんなら完璧に解ける(殺れる)までやってみなよ)」

 

「(……がんばって。私たちは先に進んで、みんなの(マル)を取りに行く……この先で、待ってるから)」

 

「(間に合うなら見直しでもしてみれば?焦らずに殺れば(さんかく)くらいは取れるはずだよ)」

 

そう言って視線を前に向けた2人は、もう俺の事なんて見ていなかった。……そりゃそうだ、コイツらの見てる場所は俺の居る場所で終わりなわけが無い。2人の見つめる漸化式(強敵)の向こう側には、こちらを見ている浅野の姿が見えた気がした。

多分……いや、絶対に学年全体の半分がこの漸化式の後に待ち構える数学テスト最終問題、むしろここまですらたどり着けなかっただろう……俺みたいに、とりあえず全部の問題の出来るところまで手をつけてるって奴以外では。きっと、残りの半分も最後まで解く力は残ってない。チラ、と時計を見てみれば残り時間は10分も無いし……これで満点を出せる奴がいるとすれば。

 

「……あとは頼んだぜ、E組(俺等)のエース」

 

赤羽業、浅野学秀、真尾有美紗……コイツらだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数学最終問題

【右の図のように、1辺aの立方体が周期的に並び、その各頂点と中心に原子が位置する結晶構造を体心立方格子構造という。Na(ナトリウム)(カリウム)など、アルカリ金属の多くは体心立方格子構造をとる。体心立方格子構造において、ある原子A0に着目したとき、空間内の全ての点のうち、他のどの原子よりもA0に近い点の集合がつくる領域をD0とする。このとき、D0の体積を求めよ。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「…………」

 

 

 

……渚君が昔からよく言ってたっけ。

 

 

 

『はぁ……同じ人間なのに、どうしてここまで差がつくんだろう……やっぱ、カルマ君は才能が違うね』

 

 

……よく言うよ。

大人しい顔して鷹岡を倒したり、一応プロの殺し屋であるビッチ先生に気付かれずにサイズシールを剥がしたり……俺に言わせりゃ、本物の天才はどっちだって話。

要するに、人間は皆……他人の()()()()部分を才能と呼ぶんだ。

 

 

 

杉野みたく、あっさり人の輪に入っていける奴。

 

 

 

奥田さんみたく、好きな事にはバカみたいに没頭できる奴。

 

 

 

寺坂みたく、何にも考えないで動ける奴。

 

 

 

どれも俺から見りゃ才能だ。

どんな奴にも……俺には見えない才能の領域があって、俺にだって皆から見えてない才能の領域がある……そういう意味じゃ皆同じだ。

……で、問題は……俺の才能でこの問題が見えるかだけど……

 

 

 

「……やっべ、これ絶対時間足りなくね?」

 

 

 

手が付けられなくて、思わず頭を抱えながら問題文をはじめから最後まで何度も読み込む。

……別に、聞かれてる意味が分かんないってわけじゃない。

問題の要点は至ってシンプル……【他のどの原子よりもA0に近い点の集合がつくる領域をD0とする。このとき、D0の体積を求めよ。】ってことでしょ?

ただ、クソ真面目に解いてたら、絶対に制限時間内に終わらないし、そもそも椚ヶ丘(ここ)で勉強した事を使えないテストなんて作るはずがないんだ。

 

 

 

隣の席でテストを受けるアミーシャの席から、何かに気付いたのか……物凄い速さで鉛筆を動かしている音がする。

……俺が放棄した、大量の計算式を書いてるんだろう。

やっぱそれしか方法はないのか……?

絶対に時間が足りないテストの最終問題に、これを持ってきた、出題者の意図は……?

どこかに見落としが……何か……何かないか……?

 

 

 

もう何度目になるのか、問題文を最初から読み直そうとした時、音が消えた……俺の隣で猛スピードで鉛筆を動かしていたアミーシャの手が止まったんだ。

カンニングになるから様子を見るわけにはいかないけど……耳を澄ませてみたら指で紙をなぞる音がする。

次の瞬間、彼女が小さく笑う声が聞こえて、少しだけ鉛筆を動かした後に……彼女は消しゴムで今まで書いてきたのだろう大量の計算を消し始めた。

 

 

 

って、ええぇ……そこまで頑張って全部消しちゃう……?

でも、裏を返せば必要な計算はそれだけでいいってことだろ……

 

 

 

もう一度問題文を読み返す……、

…………、…………?

今、何か引っかかったような……

……【立方体が周期的に並び】……?

 

 

 

「……ッ、待てよ……コレ、難しい計算なんにもいらなくね……?」

 

 

 

この狭い1つの立方体(はこ)で区切ってたけど……原子が作る結晶って事は、この外にもずっと同じ構造があるって事だ。

 

 

 

つまり、世界は俺のいる(ここ)で終わりじゃない!

そして、俺から見れば皆が自分の才能を……領域を持っていて、それは皆にとっても同じって事!

 

 

 

俺が箱の中から見ていたのは……皆の欠片にすぎないんだ。

俺が目いっぱい自分の領域を主張したら……他の皆も同じように主張する。

皆同じ大きさで、同じ間隔。

それを1つの箱で切り出すと……8つの箱に同じ比率で分かれるということだから、皆の欠片は1人につき8分の1になる。

箱の中には俺がまるまる1人と、周りの8人が8分の1ずつ存在してる……つまり、この立方体の中で俺と他の8人を合わせた領域の比は、必ず1対1!

 

 

 

 

箱の中では1対1だから、俺が主張できる領域の体積は……立方体の半分までだ!

 

 

 

「……なぁんだ、小学生でもわかるじゃん」

 

 

 

1辺aの立方体の面積×1/2=a³×1/2=a³/2

 

 

 

……長々と計算しなくていい。

……複雑な図形を考えなくていい。

……ただ……

自分の外にも世界があるって気付けたら。

 

【最終問題:赤羽業 20/20点】

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

浅野side

 

……【原子】とか、【体心立方格子構造】とか……余計な言葉に惑わされてはいけない。

問題の要点は至ってシンプル。

 

 

 

【他のどの原子よりもA0に近い点の集合がつくる領域をD0とする。このとき、D0の体積を求めよ。】

 

 

 

……『敵に囲まれたこの箱の中で、自分の領域の体積を求めよ』だ。

各頂点()と立方体の中心に位置する原子()は同じもの……つまり、力は互角。

力が互角の両者の攻撃は、ちょうど中間でせめぎ合う……つまり、そこから内側が僕の領域。

立方体の中は8体の敵に囲まれている……つまり、せめぎ合った外側の領域8個分の体積を求め、立方体(はこ)から排除した残りがA0……僕の領域!

この空間を完璧に把握すれば、正解となる。

空間の支配、僕にぴったりのテーマじゃないか。

 

 

 

……親とは違う支配者の形。

今の父は、『憎み、蔑み、陥れる事で強さを手に入れる』という自らの合理教育が正しい事を証明するのに取り憑かれてる。

それは人を壊しこそすれ、育てはしない。

……僕が間違いを証明する。

E組に父の合理を崩させ、さらに僕はそのE組をぶっちぎってトップを取り、この学校(はこ)の頂点から説教してやる。

支配する事……それが僕の親孝行だ!

 

 

 

「……っ見えた!領域1個の体積は三角錐3つと六角錐1つの集合体だ!」

 

 

 

『体心立方格子構造において、A0と点A~Hは全て等距離にある。そして、A0と各点の間の各辺の中点を結んで繋いだものが境界となり……』

 

 

 

大量の計算は必要となるが仕方ない……必ず時間内に……!

 

 

 

────キーンコーンカーンコーン

「そこまで!」

 

「くっ……」

 

 

 

『……よって、(立方体の体積)-8×{3×(三角錐の体積)+(六角錐の体積)}=a³-8×(3×……』

 

 

 

「浅野君、終わりだよ」

 

 

 

……あと1行!

 

 

 

「……くそ、分かっていたのに……!」

 

【最終問題:浅野学秀 17/20点】

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

……体心立方格子構造ってことは……立方体の中にあるA0も、その各頂点も、同じ原子が配列されてるってこと。

……つまり、立方体の中心って扱いをしてるA0を1つの頂点として立方体を作っても、その中心にまたA0´が生まれるわけだから、私が求めようとしてる答えはこっちで考えても同じってことになる。

問題文で【ある原子】って言ってる時点で、どの場所の原子を使うのかって決まってるわけじゃないし……あれ、これって……

……1つの立方体って区切って考えなくても……立方体は内側にもあるってこと……?

 

 

 

つまり、A0を1つの頂点に含めた立方体で、対角に位置する頂点の間をちょうど半分に区切った領域がA0の領域と対角の頂点の領域……それが8個の頂点分あるから、それを全体の立方体から引けばA0の体積になる!

 

 

 

……作図してみると、わけのわからない図形ができたんだけど……これ、三角錐とか六角錐に分けて考えなきゃダメなの……?

補助線引いて、三角錐をつくって、ここからいらない分の三角錐を引いた方が早い気がする。

で、それが8個あるわけだから……

 

 

 

ガガガッと音がするくらいの勢いで鉛筆を動かしていたら、ふと気がついた。

…………、…………

……あれ、私、さっきなんて考えたんだっけ。

 

 

 

……『1つの立方体って区切って考えなくても立方体は内側にもある』

 

 

 

……『A0を1つの頂点に含めた立方体で、対角に位置する頂点の間をちょうど半分に区切った領域がA0の領域と対角の頂点の領域』

 

 

 

A0を中心とする立方体も、A0´を中心とする立方体も……同じ物質を頂点にしてるから、立方体の大きさが違っても主張してる領域の体積は同じになる。

てことは、別にA0´の立方体で必要ない体積を求めて、わざわざA0の立方体の体積からそれを引かなくったって……答えは同じになるんじゃない?

 

 

 

「……あは、なぁんだ……難しい計算なんて全然必要なかったんだ。……ていうか私、最初から答え出してるのに」

 

 

 

【原子】ってことに着目すれば、この答えはすぐに分かる。

ここまで問題文で何回も繰り返し説明されてるんだもん……重要じゃない情報なわけがないよね。

 

 

 

答えは、

1辺aの立方体の面積×1/2=a³×1/2=a³/2だ。

……さて、余計な情報って判断されたくないし……残り時間でこの大量の計算式を消しちゃわないと。

 

【最終問題:??? ……/20点】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、怒涛のような期末テストは終わった。

そして、3日後……

 

「……さて、皆さん。集大成の答案を返却します。君達の刃は……標的(ターゲット)に届いたでしょうか」

 

──ヒュヒュッ、ピピピッ

 

「「「!!」」」

 

「細かい点数を四の五の言うのはよしましょう。今回の焦点は……総合順位で全員トップ50を取れたかどうか!本校舎でも今ごろは……総合順位が張り出されているころでしょうし、このE組でも、順位を先に発表してしまいます!」

 

1学期の期末テストのように、1教科ずつ点数や順位を発表することなく……殺せんせーは固唾を飲んで結果を待っている私たちに、マッハで答案を返却した。みんなが1つ1つのテスト結果を確認する間もなく、殺せんせーは黒板に期末テストのトップ50までの大きな順位表を貼り出している。

私以外のE組全員がテストを片手に、順位表を見ようと席から立ち上がって黒板へと近寄っていく。……1人自分の席に残った私は、そんなみんなの背を見てから自分の答案に目を落とし……赤ペンで大きく書かれた数字を確認して、それを机の中に押し込んでから、席を立った。

 

 

 

 

 

渚side

 

「「「…………」」」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

皆、無言だった。最初に自分の順位を探し、その後に寺坂君の名前を探す。50位以内に入ってるかどうか……E組29人全員の名前が載っている事を確認するよりも、……言い方は悪いけど、僕等の中で最下位の成績である彼の名前を探した方がすぐに結果がわかるからだ。

……果たして、寺坂君の名前は……

 

「……うおおっ……」

 

「……お、俺が……46位……」

 

E組(うち)でビリって、寺坂だよな」

 

「その寺坂君が……46位……ってことは!」

 

トップ50の順位表に、彼の名前が載っている。つまり……!

 

「「「やったぁ!!」」」

 

「全員50位以内、ついに達成!!」

 

皆、顔を見合わせて思わず手に持っていたテストを投げるほど、跳んで、ガッツポーズで、手を取り合って、喜びの歓声を上げた。

 

「ふー……」

 

「どうですか、カルマ君?高レベルの戦場で狙って1位を取った気分は?」

 

「……んー、別にって感じ」

 

「完璧を誇った浅野君との勝敗は……数学の最終問題で分かれたそうです」

 

「ああ、……あれね。なんかよくわかんないけど……皆と1年過ごしてなきゃ解けなかった気がする。……そんな問題だったよ」

 

口ではあんまり興味無さそうに話してるカルマ君だけど、ホッとしたように1つ息を吐いてる……少しだけ照れたように頬を染めてるところを見ると、緊張はしてたんだろうね。

この時、喜びあっていた僕等は気付いてなかったんだ。最初からめんどくさがらずにE組全員の名前を確認していればよかったのに……

 

「俺さ、数学のテストで……どれだっけ……そう、漸化式!最初は詰まってたんだけど、最後の最後でカルマと真尾に引っ張りあげられたんだよ。『先週教えた特殊解に持っていけば解ける』『殺る気になってんなら完璧に解ける(殺れる)までやってみなよ』って!そんで、粘ってみたら……この大問、満点だぜ!」

 

「あ、お前も?俺もE組の奴らがすぐ側で一緒に戦ってるように感じたんだよな〜。てか漸化式で満点とかよくやったな!」

 

「本当にスゲーよ!それに上位争いも五英傑を引きずり下ろしてほぼ完勝ってな!そして1位は初のカルマでまさかの500点満点!……って、あれ……?」

 

「……どうした?」

 

「……、……真尾の名前は……どこにあるんだ?」

 

「…………え?」

 

前原君と杉野がテストを見せ合いながら話していた声で、E組皆が1つの目標に向かって1つの敵を倒そうとしていた感覚が僕だけじゃないって事がわかった。そして、僕も会話に混ざろうと杉野の近くに行こうとした時だった。前原君が杉野と話すために順位表から目を離し、バッと勢いよく二度見して……少ししてからポツリと呟かれた言葉は、喜びの声でざわざわとしていた教室に何故か響いて。ピタリと教室の中の歓声が静かになった。

慌てて順位表を上から確認していく……1位:赤羽業、500点……2位:浅野学秀、497点……3位:中村莉桜、461点……4位、5位、6位。そのまま最後まで見ていったけど、どこにもアミサちゃんの名前が書かれていない。

 

「……どういう、事だよ……」

 

「アミサちゃんが、トップ圏内どころか50位にすら入ってないなんて……」

 

ざわざわとしだす教室。

殺せんせーも結果は知らなかったらしく、慌てて何度も確認したり順位表を裏返してみたりしてる……って、さすがに裏側には書いてないと思うんだけど。ふと教室を見回してみるとアミサちゃんの姿がなかった。

 

「あっ、カルマ君!」

 

何かに気付いたのか弾かれたようにカルマ君がアミサちゃんの机に向かっていき……全く遠慮のない手付きで彼女の机の引き出しの中に手を突っ込んだ。

 

「ちょ、何してんの!?」

 

「カルマ君、さすがにプライバシーとかあるし……」

 

「………………見て」

 

「「「!!?」」」

 

彼氏だとしてもさすがにその行為はやっちゃいけないんじゃ……そう思って止めようと駆け寄った僕等の前に突き出されたものは、彼女の答案用紙で。

そこには赤いペンでこう書かれていた。

 

100

 

……と。

 

 

 

 

 

 

 




「うそ、アミサちゃんが0点……?」
「しかも、全教科って……」
「これ、おかしくない?白紙ってわけじゃないし、回答だってしっかりされてる……採点されて全部〇が打ってあって、100点とも書いてあるのに」
「……上から、消されてますね。横に大きく0点と書かれてます。……全教科同じで……なんで、カルマ君と同率1位の500点満点じゃないんですか?」
「…………これだ」
「カルマ君?」
「名前の記入欄、見てみなよ」
「「「!!」」」
「なんで、名前書いてないの……?」
「そんな……」
「……なんで、いきなりこんな事したんだ……?」


++++++++++++++++++++


二学期期末テスト・2時間目でした。
今回はアニメを少し参考にして前原君視点を入れてみました。みんなで漸化式の問スターを倒そうとしている時に、一斉射撃をしながら「効かない」って言っている中、前原君だけ(足元から問スターが現れたのも理由でしょうが)しがみついて上へ……カルマが特殊解の手榴弾を投げ入れた場所に誰よりも近づいていました。ということは、ほかの問題はいざ知らず、ここでは唯一正解に近かったのでは?と解釈した結果、今回のような立場に。この時を誰視点にするかでだいぶ迷っていたので、これを思いついた瞬間に採用しました。

次に、数学の最終問題は、カルマ、浅野君、オリ主の順でそれぞれ解決させました。
カルマと浅野君は原作通りです。オリ主に関しては、作者が体心立方格子構造やこの問題の解き方を考えている時に思いついたことです。カルマは【立方体が周期的に並び】という言葉に着目していましたが、問題文では別にどの原子に着目すると明言されていません。と、いうことは、8個の立方体の中心がA0と考えて、カルマと逆の見方もできるよね、となったわけです。ここで、カルマが気付いた【自分の外にも世界が広がっていること】と、オリ主が未だに【内側に閉じこもって外を見ていない】という姿を対比させてみました。

あとは……名前ですね。
感想でご指摘頂き、一部修正しました。
作者の方でも『テストを無記名にした場合』について調べましたが、学校内ではセーフなことが多いみたいです。テストの回収時に書かせてもらえたり、注意ですんだり、-何点かですんだり……模試で偽名を使い、成績通知に変な名前が載る事もあるのだとか……。ただ、作者自身が書き忘れで0点にされたことがあるという点、入試などでは受験番号などとの照らし合わせでも判明しない場合など(たまにあるらしいです)では0点扱いになるという点などから、大きくは変えないことにします。

次回のお話で、何故無記名で書いたのかなどを明らかにする予定です。教員試験の時間にも入ります。
……気が付いたら1学期期末テストのカルマとオリ主が逆の立場になってました、びっくりです。

長くなりましたが、捕捉と次回予告でした。




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名無しの時間

渚side

今、E組の教室は喜びとはまた違ったざわめきで満ちていた。原因はカルマ君が見つけてきて、そのまま教卓に乗せられたアミサちゃんの二学期期末テスト答案用紙。……正確には国語、数学、理科、社会、英語、五教科全ての答案が『100点満点』の回答がされてるのに、上から0点と書き換えられた、だけど。E組全員50位以内という目標を達成できたかと思えた矢先の出来事だったから、驚きどころの話じゃなくて……とりあえず、僕等だけでコレについての話し合いをしているところ。

 

「原因……理由っていってもなー……、……アミサちゃんがこの結果に納得できなくて、自分で上から0点って書き換えたとか」

 

「100点が納得できないってどんなだよ……まず、全校に貼り出される順位表に名前がない時点で本校舎側も結果は把握してるってことだろ?自分で書き換えたって線は無くなるんじゃないか?」

 

「……考えたくねーけど……本校舎の先生の嫌がらせか?」

 

「本校舎の先生がアミサちゃんの名前をわざと消して、0点扱いにしたってこと?」

 

「……おう。生徒目線でのE組差別はだいぶ落ち着いてきてるけど、先生からのは別だろ……」

 

「……確かに、真尾はE組落ちの時に先生との確執があったわけだし……有り得るな」

 

「……いや、多分これはアミーシャが自分でやったんだと思う。名前の記入欄がキレイすぎる……一度書いて消されたんだったら跡が残るはずだよ」

 

一枚の答案……多分数学だね、それを手にして空白の記入欄を指でなぞるカルマ君に、皆が何も言えなくなる。見せてもらった答案の最終問題には、ほんの数行だけ答えが書かれてるんだけど……よく見なくても大量の計算式を書いた跡が残っている。もし、アミサちゃんがちゃんと名前を書いていて、それを別の人が消したのだとしたらこんな感じに跡が残ってるはず。

……ホントに彼女は、なんでいきなりこんな事をしたんだろう……理由を聞こうにも、アミサちゃんはいつの間にか教室からいなくなってて聞けないし。彼女の答案を手に持ったまましばらく黙っていたカルマ君は、殺せんせーを振り返って窓の外を指さした。

 

「……殺せんせー、まだホームルームを始めるまでに時間ってあるよね?俺、その辺探してくるからさ、行ってきていい?」

 

「にゅ……そうですねぇ、では……」

 

「待ってカルマ、私達も探しに行くわ」

 

「お前なら真尾がどこにいるのか見当ついてそうだけど、今回に関してはお前らの問題ってわけでもないし。協力させてくれ」

 

「……、……でもさ、あの子相ッ当頑固だよ。時々計算して話してんじゃないかってくらい無自覚なまま会話の主導を持ってくからね」

 

「そんなの、1年この教室でクラスメイトやってるんだから知ってるよ〜。でもそれってさ、カルマ君が相手でも変わらないってことだよね」

 

「1人よりは2人、2人よりかはクラス全員でだろ!」

 

「2人からいきなり規模でかくなり過ぎだし。……しょーがないなぁ……ありがたく扱き使ってあげるから、存分に働いてよね」

 

「言い方がいちいち腹立たしいんだよ、お前!」

 

「なんだ、今のが寺坂に向けて言われた事だって気付いたのか」

 

「てめぇもだぞイトナァッ!」

 

いつものように1人で動こうとしていたカルマ君だったけど、殺せんせーが言い切る前に片岡さんと磯貝君が一緒に探すことを申し出る。自分がやるべきだと思ってるのか理由は分からないけど、カルマ君はその協力を渋ってて……だけど、その程度で折れるほど僕等は甘くない。ある意味、今回起きた事は個人的な事に過ぎないんだ。今回のテストにはE組全体の目標をかけて挑んでたから皆過剰に反応してるけど……要点を絞ると『アミサちゃん個人のテストの扱いについて』なんだから、僕等には関係ないっていえば関係ないんだよね。だけど僕等E組は、殺せんせーの暗殺で繋がり、トップ50位以内という目標を殺るために同じ場所を目指す結束力の強い集団でもある。たった1人の事だとしても、放っておくはずがない。

僕等に諦めるつもりがないと察したんだろう、カルマ君は大きくため息をついて、いつものように寺坂君を雑に扱って憎まれ口を叩きながらも頼ってくれた。……こうしてみるとこのカップルって、こういう人を巻き込まないために人を頼らないあたりがそっくりだなぁ。サラッと毒を吐いたイトナ君に詰め寄る寺坂君を何人かでなだめていると、カルマ君が「ちょっと、」と僕等に声をかける。

 

「寺坂はどうでもいいんだけどさ「あァ!?」……探しに行く前に1ついい?もし、俺以外でアミーシャを見つけて会話することになったら、見といて欲しいことがあるんだけど」

 

「……見ておくこと?」

 

「うん。俺も最近気付いたんだけどさ……もし、────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

 

「(……で、僕が見つけちゃうっていうね)」

 

カルマ君からのお願いというか……アミサちゃんの本心を知るための手掛かりとして〝あること〟を教えてもらい、各々心当たりの場所──まぁ、大抵が裏山なんだけど──へと探しに出た。テスト返しが終わってこの後にはもう授業が無いとはいえ、一応まだ下校時間じゃないから、根が真面目なアミサちゃんは学校の敷地からは出て無いだろうってことで。ちなみに殺せんせーは、もしも僕等がいない間にアミサちゃんが戻ってきた時のために、教室に残るらしい。

で、教室から出ていく皆を追いかけようとしたら僕1人がカルマ君に止められて……参考になるかわからないけどって前置きの後に教えてくれたんだ。アミサちゃんは自分がキャパオーバーしたり、何かしら行動を起こしたりした時には、カルマ君の行動をなぞる時があるってことを。なんでそれを僕に教えてくれたのかは分からない……でも、彼はこれを見越してたのかな。裏山にあるプール付近を見に行くというカルマ君を送り出して、僕はその手前……僕と、カルマ君と、アミサちゃんと、そして殺せんせーしか来たことが無いに等しい、2人が飛び降り暗殺を仕掛けたあの場所に来てみたら……居たんだ。崖から迫り出した細い木の上に、崖の向こうを見ながら危なげなく立っている彼女が。

 

「……アミサちゃん」

 

「……渚くん……?なんで、……あ、そっか、答案用紙……机に入れてきちゃったから、誰か……カルマが見つけたのかな?……失敗しちゃったな……」

 

後ろからいきなり声をかけたにもかかわらず、アミサちゃんは全く動じてなくて……軽く顔だけをこちらに向けた彼女はまるで見ていたかのように、彼女が教室を出たあと僕等がどう動いたのかを正確に予測している。ただ、それは僕との会話として成り立ってなくて、自分で納得するように言い聞かせてるようにも聞こえた。それだけを口にして、また黙ってしまったアミサちゃんの一挙一動に注意を向けながら、僕はちゃんと会話をしようと口を開く。

 

「順位表にアミサちゃんの名前が載ってなくて、皆驚いてたよ。で、テスト見てもう1回驚いた」

 

「驚いたって……みんな、怒ってないの……?」

 

「怒ってるっていうよりは、……うーん困惑してるって感じかな。今までにも学年のテストはあったのに、何でこのタイミングでやったんだ?って」

 

そう、別に僕等は怒ってない。確かに『全員で』っていう目標があったのに、皆が本気で取り組んでることも分かってたのに、なんでわざわざ0点にされるような行為をしたのかって思いはあるけど……その程度だ。だってさっきも言ったけど、全員50位以内なんていうのはあくまでも殺せんせーが出した目標で……個人のテストをどうしたってそれはその人の自由であり、強制することなんて出来ない。まあ、扱いは0点でも、彼女は実質500点満点って結果を出してるわけだし。

……ていうかそれを気にしてるってことは、もしかしてアミサちゃん、僕等に「なんでこんな事をしたんだ!」……みたいに怒られるのが嫌で逃げてきたってこと?……いやいや、まさかねぇ……なんて、思わずアミサちゃんなら有り得そうなことを想像して乾いた笑いが出そうになった時、目の前の彼女が木の上で僕の方を振り返って困ったような顔で……かすかに動いた右手が着ているカーディガンの裾を握りしめたのを見て、僕の思考はそこで止まった。

 

 

 

「そっか…………えへへ、ちょっと前から気になってたんだ。名前を書かないでテストを受けたらどうなるのかな〜って……。テストが返ってきてから、みんなが目標に向けて頑張ってる中で、私だけふざけたことしちゃったなって思って……つい、逃げちゃったんだけど」

 

 

 

……………………。

カルマ君、君が言っていたのはこれの事なんだね。

 

 

 

「……そっか。……他には?」

 

「……、……え、」

 

「他にも、何か教室に居づらくなった理由はない?」

 

「……それだけ、だよ?」

 

心配して理由を尋ねてる風を装った2回目はうまく誤魔化されちゃったけど、カルマ君の言ってることを信じるなら……少なくとも最初の言い訳は何かを隠してるサインだ。僕の態度を不思議そうに見る彼女は気付いていない(サイン)……カルマ君は僕等がアミサちゃんを探しに教室を出る前に言っていた。

 

『──右手で何かを握る仕草?』

 

『そ。アミーシャってさ、素直すぎるくらいだからほとんど嘘つかないし、ついたとしてもすぐに分かるんだけど……たまにつく何があっても隠し通したい嘘って、俺でもほとんど分からないんだよ。……一人称が『アミサ』になる時と、右手で何かを握る仕草をする時以外は』

 

……って。

カルマ君がそれに気付いた最初のきっかけは、夏休みにホテルへ潜入した時の事らしい。僕等全員に毒を盛られてることが分かってから、カルマ君はことある事にアミサちゃんの体調を気遣っていたけどその都度大丈夫だと返されるばかり。見た感じ普通の表情や言動だったから自己申告がない以上納得するしかなくて……結果、彼女は自分が既に致死性の高い毒に侵されている事を倒れるまで誰にも悟らせなかった。その時、件の右手を動かす仕草があったらしくて……振り返ってみたら、中1で知り合った時から時々見せていた仕草だってことに気付いたらしい。その時その場面でしていてもおかしくないさり気ない仕草だからこそ全然気付けなかったし、未だに分からない時の方が多いことに変わりはないらしいんだけど。

 

「もう一度言うけど、僕等は怒ってなんかないよ。ただ、やった事を知らせずに黙っていなくなったから、何かあったんじゃないかって心配してるだけ」

 

「……ホントに?」

 

「ホントに。ちゃんと、そうやって説明すればいいんだよ……だから、教室に帰ろう?」

 

「……うん」

 

今、僕の目の前にいるアミサちゃんは表情も声色も何もかも普段の彼女と変わりないし、言ってる内容にも納得がいく。まるで怒られることを怖がってる子どもみたいで……彼女の右手はカーディガンの裾にシワが寄るくらいの力で握りしめられている。……あの仕草、どこかで見たことがあると思ったら学園祭だ。わかばパークでカルマ君とイチャついてるから『きしのよめ』なんてあだ名を付けられたんじゃないかってからかわれた時に、メイド服のスカートを握りしめてた。……『子どもの前でイチャついてなんかない』っていうあれも、ある意味隠したい嘘だよね。

ゆっくりと僕の方へ戻ってきた彼女に手を差し出して、一緒に教室へ戻るように促すと、そっと重ねられる彼女の右手……それにはあまり、力は込められてなくて……二言三言、何か言ったように聞こえたけど、ほとんど聞き取れなかった。

 

「…………捨てる方法なんて……私には……これしか思いつかなかったから…………」

 

「……?どうかしたの?」

 

「……ううん、なんでもないよ……それよりも……ごめんね。みんなで50位以内を達成するって言ってたのに、こんな形で裏切っちゃった……」

 

「それは僕1人じゃなくて、皆に言うことだよ。……でも実力自体は学年1位なわけだし、むしろ誇っていいんじゃ……」

 

「でも、……公的な記録には載ってないもん……っ」

 

「ああぁあぁぁ……な、泣かないで……っていうか、後からそんなに気にするくらいならやらなければよかったのに……」

 

「……うぅ、無記名で0点にされるの知らなかったからぁ……」

 

「だよね、そう言ってたもんね!…………これ、 泣かせたら僕のせい……?」

 

じわりと目を潤ませるアミサちゃんには、今、何を言ってもネガティブに受け取られてしまいそうで……僕は落ち着かせようと必死だった。律にはアミサちゃんを見つけたことを報告してあるから、皆も教室に戻ってる最中だろうし……皆にバレる前に何とか泣き止ませないとマズい気しかしない。繋いだ手が痛い……ていうか、なんで1教科だけを無記名とかじゃなくて、全教科で試しちゃったんだろうこの子……。

……結局、アミサちゃんは泣きかけた程度でなんとか落ち着いたけど、教室に戻った僕等を見たカルマ君にはものすごくいい笑顔で詰め寄られたってことだけ、報告しておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な・ぎ・さ・くーん…………説明。

 

「(なんで泣かせかけたって分かるのさ!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に帰ってきてから、渚くんに伝えたのと同じ事をみんなにも言って、きちんと謝りました。そうしたら、みんな安心したように大きく息を吐いて……曰く、私が本校舎の人たちから自分たちの知らないところで嫌がらせを受けてたんじゃないかって思ってたみたい。渚くんの言った通りだった、みんな怒ってなかった……むしろ今回のテスト云々よりもそっちを心配させてた。

 

「さて、少しドタバタしましたが……このテスト結果を見て、この山から出たいという人はまだいますか?」

 

「いないに決まってんだろ!」

 

「二本目の刃はちゃんと持てたし、こっからが本番でしょこの教室は!」

 

「こんな殺しやすい環境は他に無いし……ねッ!」

 

仕切り直しとばかりに殺せんせーが私たちに問掛ける……このE組から出る最低ラインの学年50位以内の成績はクリアした、あとは元のクラス担任が受入許可を出せば本校舎に戻れると。E組生は2学期の期末テストが終わったすぐ後に転級申請を出さないと、自動的に椚ヶ丘高校への内部進学は不可能となる。外部受験をするなら入ることはできるけど……内部生に比べるとやっぱり狭き門だから、これがラストチャンスだ。

でも、殺せんせーもE組のみんながなんて答えを出すのかは分かりきってるんだろう……お茶を飲みながらのんびりと聞いてきてるわけだし。武器を構え、メグちゃんの言葉に隠した合図を聞いて一斉射撃をする……お茶をこぼさないまま軽々と避けていく殺せんせーに、笑顔で、暗殺で答える。それを見て、受けて、先生はとても嬉しそうだ。

 

「ヌルフフフ……茨の道を選びますねぇ。よろしい!では、今回のご褒美に先生の弱点を教えてあげm」

 

 

 

──ドガッシャァァン!!

 

 

 

突然響いた物凄い音に思わず耳を押さえ、同時に起きた校舎の揺れにたたらを踏む。何が起きたの……?校舎の中には私たちE組生と殺せんせー、教員室に烏間先生とイリーナ先生がいるけど……学校というだけでなく『殺せんせー暗殺の舞台』であるここを壊すような人はこの中にはいない。ということは、……外!そこまで考え、揺れが小さくなる前に体勢を整えることができた私は、すぐに運動場側の窓へと駆け寄り勢いよく開く……運動場に異常はない……、!

 

「何アレ……」

 

「校舎が……!」

 

私が外に原因があると考えて走ったのを追いかけてきたんだろう、メグちゃんが私よりも教室前側の窓から顔を出して驚愕の声を上げた。視線の先には半分くらいが解体されて、崩れているE組の校舎……さっきの轟音と衝撃はきっとこれが原因だ。私たちの声に教室の中にいたみんなも窓に近づいてきて……同じように崩れた校舎と解体を続けようとショベルを振り上げる重機を見上げて呆然としている。

 

「退出の準備をしてください」

 

「「「理事長!!」」」

 

「今朝の理事会で決定しました。この旧校舎は今日を以て取り壊します」

 

校舎を壊す業者に指示を出していたのは、浅野理事長先生だった……あと3ヶ月くらいで卒業っていうこの中途半端な時期に、この人は何を言いだすのだろう。理事長先生がいうには、この校舎を壊して卒業までの残り3ヶ月……新しく開校する系列学校の新しいE組校舎、そこの性能試験に協力しろということだった。常に見張られ、自分の意思では逃げ出せず、まるで刑務所の生活を強いられた中での勉強……それが、理事長先生の考える教育理論の完成系だという。

 

「い、今さら移れって……それに、勝手すぎる!」

 

「嫌だよ!この校舎で卒業してぇ!」

 

そんな理不尽に対する私たちの当然の反論には全く耳を貸さず、私たちの前に出てくれた殺せんせーに対しても理事長先生は態度を崩さない。それどころか……

 

「……ああ、勘違いなさらずに。新しい学び舎にあなたの存在はないのだから……私の教育にもうあなたは用済みだ」

 

そう言って理事長先生が懐から取り出したのは、1枚の書類。

 

「今ここで、私があなたを殺します」

 

「ヒイィィィィィィィィィィィィッッ!!」

 

それは、椚ヶ丘中学校の理事長だから……上に立つ支配者だからこそ行使できる権限……殺せんせーの解雇通知だった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

さっきの轟音で気付かないはずがないんだけど……外の様子を確認する前に、私たちに怪我がないかと烏間先生とイリーナ先生が教室に走り込んできた。この人たちは、ホントに生徒を大切に思ってくれている。廊下に1番近かった木村くんが誰も怪我をしてる人がいないことと事情を2人に説明してくれて……烏間先生は1度目を伏せただけで何も言わなかった。

 

「とうとう……禁断の伝家の宝刀抜きやがった……」

 

理事長先生は、このE組という校舎を殺せんせー暗殺の場として提供している立場、そして殺せんせーを教師として雇っている雇い主でもある。前に鷹岡さんがこの教室に来た時にも言っていたけど、教師の任命権があるのはこの人……だからこの場を使わせてもらっている立場である防衛省の烏間先生は何も口出しできないってことになる。

 

「は、はわわわわわ……ふ、不当解雇です!あなっ、あなたが理事長だからって私が人間じゃないからってとんでもない暴挙に出ましたねぇ!こ、こんなの黙って受けるわけにはいきませんよぉ!私だって何か、何か出来、そう、分身、分身します、私分身ができるんですよ!分身して学園の前で大挙してデモをしてやります!そしてそのまま……!」

 

「そんでコレ、面白いほど効くんだよこのタコには……」

 

「超生物がデモに訴えるのはどうなの?」

 

突きつけられた解雇通知にあわあわしていた殺せんせーがどうするのかと思っていれば、『不当解雇を許すな!』とか『浅野學峯は腹を切って地獄の業火で死ぬべきであるだって横暴だもの』とか『労働者よ立ち上がれ』とかのプラカードを持って1人デモ活動をし始めた。殺せんせー、先生として責められることに弱いから……。自分で言ってるみたいに分身してないのは慌ててるからなのかな……?それと『あと給料やっぱり安いと思うの!』っていうカードは解雇には関係ないんじゃないかって突っ込むべき?

 

「早合点なさらぬよう……これは標的を操る道具に過ぎない。先程も言ったでしょう、私はあなたを暗殺しに来たのだから」

 

「……本気ですか?」

 

「確かに理事長(あんた)は超人的だけど……思いつきで殺れるほど、うちのタコ甘くないよ?」

 

磯貝くんやカルマの言葉に対してにやりと口角を上げた理事長先生は、業者の人に声をかけて解体を止めさせた。正直、この1年近く暗殺を狙ってきた私たちでも無理だったのに、突然来た理事長先生が突然仕掛けてもうまくいかないとしか思えない。

信用できなくて不振なものを見る目の私たちへ教室の中から外に出るように指示したあと、理事長先生は殺せんせーに対して一言だけ言った。

 

 

 

もしも解雇(クビ)が嫌ならば、もしもこの教室を守りたいのならば、私とギャンブルをしてもらいます、と。

 

 

 

 

 




「きっと、なんで1教科じゃなくて全教科で無記名にしたんだろうとか、考えてるよね……渚くんは優しいから」

「でも捨てる方法なんて……私には……これしか思いつかなかったから」

「それに、もう言えないよ……」

「だって、これからもっと怒られるようなことをしようとしてるのに」



「……?どうかしたの?」

「……ううん、なんでもないよ……」


++++++++++++++++++++


無記名=名無し=解雇通知(役職が無い的な)
かなり強引ですが、今回のお話タイトルはこんな意味で付けました。なぜオリ主が無記名でテストを提出したのか、なぜ教室から逃げ出したのか……表向きの理由も嘘というわけではありません。ただ、まだ何かを隠しているということを知って欲しかったので、このような形に落ち着きました。
カルマと渚が気付いたように、実はこのお話にたどり着くまでの90話の中で、オリ主は数回だけ嘘をついたり隠し事をしたりしてます。その時の言葉や前後の仕草をよく見ると……実は、ということが分かったり。元々嘘つきの仕草はこの連載をする前から考えていたのですが、……オリ主が……素直すぎて……嘘をつかない……ッ!←
というわけで、ものすごーく貴重ですが、数回そんな描写があります。誤字かな……と思われた読者さんがみえるかもしれませんが、それはオリ主が隠し事や嘘をついているってサインです、よく気付かれました!(もし探してくださる方がみえましたら、おじさんぬやキーアがヒントです。彼等はオリ主が隠したい事を普通に察しちゃってる代表ですが)

理事長先生、登場はさせられましたがキリがいいので今回はここまでです。次回こそ、生死を賭けたギャンブルですね!



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教員試験の時間

教室の中には外で対峙していた殺せんせーと理事長先生の2人だけが入り、逆に中にいた私たちE組生徒は各自の荷物と一緒に外へ出され、窓から中を見つめている。あの人はたった1人でどんな暗殺を仕掛けるというのだろう……そんな思いで見ていると、理事長先生は5つの机を半円を描くように並べ、その上に5教科の問題集を置きはじめた。

 

「5教科の問題集と5つの手榴弾を用意しました。うち4つは対先生手榴弾、残り1つは対人用……本物の手榴弾です。どれも見た目や匂いでは区別がつかず、ピンを抜いてレバーが起きた瞬間爆発するように作らせました」

 

そう、私たちにも分かるように暗殺方法を説明しながら1つの手榴弾を手に取り、レバーを抑えながらピンを抜く理事長先生。そしてそれを適当なページを開いた問題集の間に、レバーを起こさないように抑えながら挟み込んだ。

 

「この問題集を開き、ページ右上の問題を1問解いてください」

 

「!!?そんなの、開いた瞬間レバーが起きて……」

 

「そう、ほぼ確実に爆発を食らう。ですが解けるまでは一切動いてはいけません。順番はあなたが先に4冊解き、残った1冊を私が解く……このギャンブルで私を殺すかギブアップさせられれば、あなたとE組がここに残るのを認めましょう」

 

そう……それが理事長先生の言った『教室を守りたければ』って言葉の意味だったんだ。殺せんせーを暗殺するために存在する暗殺教室を続けられるか否かって意味の他に、手榴弾による教室そのものの破壊が含まれてる。被爆したとしてそれが対先生弾だったら被害に合うのは殺せんせーだけ……対人用の手榴弾だったら殺せんせーには効かないし、理事長先生の時まで残ったならギブアップすればいい。

唐突に理事長先生は寺坂くんを指名して殺せんせーの勝つ可能性を計算させる。今回の期末テストのためにみっちり勉強した寺坂くんはしっかりと正解を導き出した……圧倒的に不公平で理不尽な暗殺だと結論もつけ加えて。

 

「社会に出たらこんな理不尽の連続だよ、強者と弱者の間では特にね。だから私は……君達にも強者側になれと教えてきた。さぁ、チャレンジしますか?これは……あなたの教職に対する本気度を見る試験でもある。私があなたなら……迷わずやりますがね」

 

クビをチラつかせ、誰から見てもあからさまに絶対有利な賭け(ギャンブル)を仕掛ける。殺せんせーは暗殺を受ける立場であり、国をあげて暗殺を狙っている標的(ターゲット)……すなわち、殺しに来る相手を拒む権利はない。不公平とはいえ、最後の手榴弾を受けると宣言している理事長先生がいる限り、誠実な先生としてあり続けたい殺せんせーとしても、受けざるを得ない。

 

「…………」

 

「どう思う、アミサちゃん」

 

「……殺せんせーとしてやらざるを得ない環境でなおかつ対人用(あたり)以外を選ばなくちゃいけないプレッシャー。……シロさんとイトナくんの暗殺、ううん、今までのどの暗殺よりも暗殺できる確率が高いと思う」

 

「マジか……」

 

問題を解くまで動けない、ということで殺せんせーはこれから開く問題集の前の椅子に座って何やらためらっている様子。……やっぱり、緊張するんだろう。問題集を開いて解いてすぐに閉じれば、レバーは起ききらないから爆発もしない……殺せんせーのスピードがあればその動作はできなくはないと思うけど、いきなり見た問題をすぐに解けるものなのか。

意を決した様にバッと開いた数学の問題集、と、同時にものすごい速さで触手が動いてるのが見えたけど、あの動きは答えを書いてるっていうより……頭、抱えてる?

 

────バアァンッ!

 

爆発、というより弾けるような音が響いて、それと同時にかなりの勢いで飛び散ってきた対先生BB弾の雨からとっさに顔をかばう。中の様子が見やすいようにって窓を開けて見ていたから、衝撃で外までBB弾は跳んできたんだ。火薬の煙がだんだん落ち着いてきて、その向こうに見えたのは……着ているアカデミックローブから露出した部分に対先生BB弾をまともに受けて、触手や顔に穴があき、溶け出している殺せんせーだった。

 

「まずは1ヒット……あと3回耐えられればあなたの勝ちです。さ、回復する前にさっさと次を解いて下さい」

 

「あんなの……あと3発耐えられるダメージじゃねぇ!」

 

こんな単純な方法で……殺れちゃうのかな?……でも、カルマが手のひらに貼り付けた対先生ナイフの欠片で簡単に触手を破壊できたくらいだし……案外単純なものの方が有効なのかもしれない。

 

「さあ、殺せんせー。私の教育の礎のひとつとなって下さい」

 

どこまでも自分の信じる教育のために、使えるものはどんなものでも利用して真っ直ぐな理事長先生に急かされ、殺せんせーはゆっくりと次の問題集……社会へと触手を伸ばした。

 

 

 

 

 

……ら、次の瞬間には問題集の表紙に、問いに対する答えの書かれた付箋が貼ってあった。

 

 

 

 

 

「「「……え、」」」

 

「はい、開いて解いて閉じました」

 

周りでみんなが驚いた声を上げ、理事長先生が固まった。

 

「……んー……どんだけ見えた?俺、開いて閉じて書いてる動作なら見えたけど」

 

「うん。問題集開いたあとに、問題の上に付箋を置いて書いて剥がして閉じて貼ってた」

 

「そこまでは見えなかったよ。俺は書いてる動作だけだな……でも、他の奴らだって見え方は違っても分かっただろ?」

 

「いや、カルマ君とアミサちゃんと磯貝君だけじゃないかな……」

 

「この動体視力バケモノ軍団め……」

 

「ごめん、私もちょっと見えた」

 

「茅野も!?」

 

カルマがなんてこともないように聞いてきたから私も普通に答えたんだけど、どうやらみんなには殺せんせーのあの動きは何が起きたか分からないってくらいのスピードだったみたい。カルマと磯貝くんとカエデちゃんも見えたみたいだから普通なんだと思ってた。……でも、社会は成功したのに……なんで1問目の数学はあんなにテンパってたんだろう。

 

「この問題集シリーズ、ほぼほぼどのページにどの問題があるのか憶えています。数学だけ難関でした……生徒に長く貸していたので忘れてまして……」

 

「!あ……も、もしかしなくてもこれ!?」

 

「はい。ですが、それのおかげで今回の数学では点数アップですよ、矢田さん」

 

殺せんせーが少し照れたように言うと、桃花ちゃんが慌てて外に持ってきた自分のカバンを漁り……中から数学の問題集を取り出した。確かに、理事長先生が偶然選んで持ってきた今ギャンブルに使っている問題集シリーズの本だ。たまたま覚えていたのかと思いきや、日本全国で発売されている全ての問題集を憶えているみたいで……教師になるからってそこまでするなんて、やっぱり殺せんせーは理事長先生とはまた違った教育熱心な先生だと思う。

先生はそのまま順調に国語、理科と問題を解いていって……最後に残ったのは英語の1冊、最初の約束通り理事長先生が解く問題集だ。

 

「どうですか?目の前に自分の死がある気分は。死の直前に垣間見る走馬灯……その完璧な脳裏に何が映っているのでしょうか?」

 

最初の数学の問題集は対先生手榴弾だった……けど、残りの殺せんせー担当の問題集3つは爆発させることなくクリアしている。ということは、最後の1つが対人用か対先生手榴弾(本物か偽物か)の区別がつかないってこと。中身が対先生手榴弾だとして理事長先生が問題集を開いて無事なら賭けは殺せんせーの負けになるけど……1/4の確率で理事長先生が危険なことにも変わりない。

長い、長い沈黙の中で、理事長先生は何を考えているんだろう。殺せんせーの言う通り、死を目前として走馬灯を見ているってこともありえるのかな。

 

「さぁ、浅野理事長。最後の一冊を開きますか?いくらあなたが優れていても……もしも本物の爆弾入りの問題集だったらタダでは済まない」

 

「アンタが持ち出した賭けだぜ!死にたくなけりゃ、潔く負けを認めちまえよ!……ヒィッ!?」

 

「っ、それに私達、もし理事長が殺せんせーをクビにしても構いません!」

 

「この校舎から離れるのは寂しいけど……私達は殺せんせーについていきます」

 

「家出してでも、どこかの山奥に篭もってでも。僕等は3月まで暗殺教室を続けます」

 

殺せんせーの勝利がほぼ決まって、危険なギャンブルは理事長先生が勝負から降りれば終わりという段階になり、余裕を取り戻した吉田くんが理事長先生に啖呵をきって……すぐに睨まれてメグちゃんに縋った。それを容赦なく引き剥がしたメグちゃんとにこやかに笑う有希子ちゃん、磯貝くんが続く。殺せんせーは嬉しそうに泣きながら涙を拭ってるけど……理事長先生は、怯えもためらいもどこかに捨ててきたような顔をしていた。

 

「………今年のE組の生徒は……いつも私の教育の邪魔をする。ここまで正面切って刃向かわれたのは何度目だろうか……」

 

どこか血走った目で問題集を見つめながら、独り言のように呟く理事長先生に、私はある不安が過った。……そんなことはあって欲しくない、生きるか死ぬかのギャンブルなんて簡単にのらないで欲しい、だから早くギブアップして欲しい……そう思ったけど、どうしても不安はぬぐえなくて、念の為にと力を込める。

 

「殺せんせー……私の教育論ではね、あなたがもし地球を滅ぼすなら……それでもいいんですよ」

 

そういうや否や、理事長先生は問題集に手をかけたのを見て、私は心を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「────────だめ」

 

「アミーシャ……?ちょ、何してッ!」

 

理事長が問題集に手をかけた瞬間、小さな、小さな制止の声が聞こえたと共に、小さな体が窓を越えて教室の中へと飛び込んでいく。俺のすぐ隣にいたから動きには気付けたけどいきなり過ぎたし、それくらい素早くってさり気ない動作だったから、予想も出来てなかった俺を含めて誰1人として彼女の動きを止めることができなかった。

 

────ドグォッ!!

 

アミーシャが教室に飛び込んだ直後、理事長が問題集を開いた瞬間にレバーが起きて……先程の対先生手榴弾の爆発とは比べ物にならない轟音と衝撃が起きる。……本物の、対人用の手榴弾が爆発した。

 

「……ぁ、アミーシャッ!」

 

「……え、嘘、あの子中にいるの!?」

 

「待って、今入ったらカルマ君が危ないって!」

 

殺せんせーがクリアする前に対先生手榴弾4回の被爆で死ぬ……その予定が、自分の番まで存命してしまった。最初の4冊は殺せんせーのスピードがあったから対処できた今回の暗殺。だけどどんなに完璧だとしても理事長は人間だ……人の域を超えるほどじゃない(とは思うけど、実際はどうなんだろうね)から、同じ条件の1冊でもクリアすることなんてほぼ不可能だろう。そんなことは理事長本人も分かっているはず……ということは、理事長は分かっていて自爆を選んだんだ。

生身の人間が本物の手榴弾の爆発を間近で受けて無事でいられるはずがない。理事長はもちろん……爆発直前で中へ入ってしまったアミーシャだって。こんな時くらいポンコツでいてくれた方が気楽でいいのに、瞬時に判断してしまった俺の頭脳が最悪の結果を告げ……まだ爆発による煙が立ちこめる室内へ飛び込もうとして、クラスメイトに抑え込まれた。どけよ、危険だろうがなんだろうが、早く彼女の無事を確認しないと────

 

「あ、アミサさんっ!?なんて無茶な真似をしたんですか!!」

 

煙が立ち込めている教室内……まだ晴れてないんだけど、殺せんせーが大慌てする声が聞こえてきて、彼女を呼ぶ声が聞こえて、俺はやっと暴れるのをやめた。だんだんと晴れていく煙の向こうに、人影より先に茶色の淡い光が見えた。

問題集や手榴弾が置かれていた机は木っ端微塵に吹っ飛び、木の破片や木屑で荒れた教室内に彼等はいた。もともとギャンブルをしていた位置に立ち、慌てたように触手を伸ばしている殺せんせー。床に尻餅をつきながら呆然としている理事長先生。そして……そんな理事長を押し倒した犯人だと思われるアミーシャが肩で息をしながら床に座り込んでいた。

 

「…………なぜ、君が…………」

 

「……あ、あはは……理事長先生なら、なんとなく逃げない、あのまま自爆を選ぶんじゃないかって……そう思ったら、体が動いちゃってました……」

 

「動いちゃってました〜……じゃありません!そんな無茶しなくとも、先生には脱皮という奥の手がありましたから、至近距離で爆発を受ける理事長を守ることが十分可能だったのに……」

 

呆然としながら危険を冒してまで自分を守ったアミーシャを見て呟く理事長と、見るからに顔を真っ赤にしてぷんすこ怒りながら触手をくねらせる殺せんせーを不思議そうに見た彼女は、キョトンとした表情のままさも当然のことのように言った。

 

「……でも、それだと守れたのは理事長先生だけでしょう?」

 

「……、……まさか……俺とイリーナか?」

 

「「「……!!」」」

 

「……はい。私たち生徒側よりも近い距離で見てたから……」

 

最初は、誰にもアミーシャのいっている意味がわからなくて首を傾げていたんだけど、答えを導き出したのは守られた1人である……烏間先生だった。烏間先生とビッチ先生は生徒では無いのと、防衛省所属、防衛省からの依頼で雇われた殺し屋ということで、暗殺を見届ける立場にある。だから理事長の暗殺も教室の扉を開けたまま出入口付近から見ていて、距離も近かったから巻き込まれる可能性がないとは言いきれなかった。烏間先生とビッチ先生なら十分自分で対処できたと思うけど……アミーシャだもんねぇ……危ないかもしれないって思った時点で我慢できなかったんだろう。

 

「……もしや、この茶色の光がアーツなのかな?」

 

「……、1度だけ、どんな物理的な攻撃・被害でも防いでくれる障壁を生み出す、«アダマスガード»(地属性補助魔法)というアーツです。複数人同時に効果がある代わりに、1度にかけられる範囲が狭くて……先生たちみんなを範囲に入れるには、どうしても理事長先生に移動してもらうか私自身が起点になるために、教室に入らなきゃいけなかったんです」

 

「はぁ……先生、脱皮しなくて正解でした……物理的なものから守るアーツということは、きっと守るつもりでかけた皮を攻撃判定として弾き、爆発直前に障壁が消えていたかもしれませんから」

 

「……2人して、私を守ろうとした……なぜ、私が自爆を選ぶと?」

 

「似た者同士だからです。お互いに意地っ張りで教育バカ、自分の命を使ってでも教育の完成を目指すでしょう……それに……私の求めた教育の理想は、十数年前のあなたの教育とそっくりでした」

 

『いい生徒』に育って欲しい。

将来社会で長所を発揮できる人材を育てたい。

思いやりを持ち、自分の長所も他人の短所もよく理解できる生徒になって欲しい。

理事長の元々の教育は、殺せんせーのそんな教育とそっくりだったらしい……何があって今の変に『強者と弱者』に固執するものになったのかまでは知らないけど。似た者同士の2人の教育バカの道が違ったのは、E組を弱者として『捨てた』か『拾った』かという小さなこと。

それでも、と殺せんせーは言う。E組は弱者と置いても、纏まった人数が揃ってて同じ境遇を共有してるから校内いじめに耐えられるし、1人で溜め込まずに相談できる集団だと。その集団を作り出したのは、他でもない理事長なのだと……捨てたつもりの『弱者』を、気付かないうちに育て続けていたのだと。

 

「殺すのではなく生かす教育。これからも……お互いの理想の教育を貫きましょう」

 

殺せんせーだって暗殺をするといっても、対象は殺せんせーただ1人……人間の命を奪え、殺し屋になれと育てているわけじゃない。だからこそ、それをも利用して生かすための教育をするのだと、対先生ナイフを理事長に手渡す殺せんせー。

 

「……私の教育は常に正しい……この十年余りで強い生徒を数多く輩出してきた。ですごあなたも今私のシステムを認めたことですし……恩情をもってこのE組は存続させる事とします。……それと、たまには私も殺りに来ていいですかね」

 

「もちろんです。好敵手にはナイフが似合う」

 

ナイフを手に、少しの間黙り込んでいた理事長は、ソレをネクタイピンに押し当てながら……笑った。邪悪な狂気的な雰囲気のない、何も企んでないあの人の笑顔とか初めて見た気がするんだけど……俺。そのまま教室を出ていこうとした理事長だったんだけど、ふと、黒板に目を向けてから何かを考え出し……アミーシャに視線を向けた。

 

「そうだ、……真尾さん」

 

「……ッ!」

 

「怒られる、と思うくらいなら自分を犠牲にして危険に飛び込むのはやめなさい。……だが、今回それに助けられたのも事実だからね……」

 

名前を呼ばれた瞬間に肩をビクつかせて縮こまったE組の小動物(アミーシャ)に、後から俺等も説教することになるだろういつもの自己犠牲による人助けを注意すると、理事長が懐から取り出したのは……赤ペン?

 

「……君はどちらでいきたいのかな?」

 

「……ぇ……」

 

「おや、今回無記名にしたのはそういう意味じゃなかったのかい?私の読み違いか……」

 

「違っ……わ、私は……さいごくらい、私でありたい……!」

 

「……ふっ、そうか」

 

俺等全員、アミーシャと理事長の間だけで成立している会話についていけないでいると、彼女の答えを聞いた理事長は手に持った赤ペンのフタを開けて……

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

向かった先は貼りっぱなしにしてあったのにあの爆発の中でもそこまで影響を受けていなかった順位表……その欄外、俺の欄のすぐ上にアミーシャ・マオと彼女の名前、順位、テストの点数を加筆していく。

 

「ふむ……浅野君以下に大きく順位変動が起きてしまうが……まあなんとかなるだろう」

 

「あ、あの……」

 

「なに、規定だから無記名の君は外していたが、本来君のような成績優秀者を学校の記録に入れれば、この椚ヶ丘のレベルはさらに上がるからね。当然の措置だよ」

 

「「「(本当にどこまでも教育のため……)」」」

 

理事長はにこやかにそう言ってのけたけど、アミーシャを1位に入れるということは浅野クンから下のトップ50が全員1つずつ順位が下がるってのは、なんとかなるレベルなんだろうか……なんとか()()んだろうな、この人なら。教育のために。

理事長が今度こそ教室を出ていったあとに、何ともなしに見送ってたけどはたと気がつく……今、理事長……

 

「……ねぇ、今普通にスルーしてたけどさ……」

 

「理事長、アミサちゃんの名前、順位表に書き込んでったよね?あれってE組限定の措置ってわけじゃないよね?」

 

「浅野以下に順位変動が出るって言ってたから、学年全体だろ。それより……真尾を入れても寺坂は47位だ」

 

「……ということは……!」

 

「「「今度こそ、全員50位以内達成だ!!」」」

 

流れ作業のようにアミーシャを今回の期末テスト結果に組み込んで去っていったから、理事長がいる間に何も反応ができなかったけど……これって、そういうことなんでしょ?今度こそ間違いなくE組全員が揃って目標達成が確定したとなり、テスト返却直後の喧騒が戻ってきた。喜びの歓声が爆発したのを見て、アミーシャは周りの騒ぎ様に驚いたのかビクビクしてたのが見えたけど、女性陣にもみくちゃにされて姿が見えなくなった。そういやあの子、順位表張り出される前には逃げ出してたから、こいつらのこの様子見てないわ……そりゃ驚くよね。

 

「よかったね、カルマ君」

 

「……それは無茶からの生還って意味で?」

 

「うーん……それもだけど、浅野君と競ってた方。自分こそがアミサちゃんと同率1位を取るってやつ……アミサちゃんの想定外の行動とったせいでどうなることかと思ったけど」

 

「……ま、当然だよね」

 

すすすっと静かに近寄ってきた渚君が、隣に並んで俺の視線の先を見ながら彼女について話す。アミーシャの奇想天外な行動で全部吹っ飛んでたけど、そういやテスト前に浅野クンとそんな話してたわ。1学期の期末は俺の慢心であんなことになったけど……今回は本気で解いて(殺して)本気で狙って本気で1位を取りに行ったんだ。

 

 

 

今回こそは文句なく俺の完全勝利でいいでしょ?

 

 

 

女子に囲まれて嬉しそうに笑うアミーシャを見ながら、俺は渚君に差し出された握りこぶしに、自分の拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、壊れた校舎は俺等が直すのかよ」

 

「理事長は?」

 

「『君達には一教室あれば充分でしょう』だって」

 

「そこら辺はブレないな……」

 

理事長先生は殺せんせーの暗殺とともに、校舎を解体する業者さんと重機を引き連れて帰っていった……うん、壊したものをそのまんまにして帰っちゃったんだ。E組の存続は認めても扱い方は相変わらずで、言い分も含めなんとも理事長先生らしい……といえばらしいのかもしれない。そしてその壊れた部分を誰かに頼ることなく、自分たちで修理できちゃうE組もすごいよね。設計はわかばパークの時と同じく千葉くんが担当してくれてます。

力仕事でもあるから、高所での作業や木材運びのほとんどが男子の仕事で、ほとんどの女子は足が着くところで釘を打ったり工具を運んだり。ほぼ1日仕事になるからってことで、残りの女子数人がおにぎりなどの差し入れを作っている。ちなみに私は身軽な方だし動く作業に回ってるんだけど……

 

「こらアミサ!スカートで飛び回らない!」

 

「ねえアミサちゃん、もうこの際カルマ君のでいいからさ、ジャージ借りて下に履こう?」

 

「ちゃんとスパッツ履いてるから見えてもだいじょぶなのに……それに……カルマのおっきいもん……動きにくくなるからやだ!」

 

「ぶっ!?」

 

「『変態終末期』が鼻血出した!校舎に付けるなよ?!」

 

「言い方!!もう少し目的語を付けよう!?」

 

「う〜……それに、ひなたちゃんもスカートなのに……私だってスカートの方が動きやすい……」

 

「岡野はいいんだよ、サルだから!」

 

ま〜え〜は〜ら〜ッ!!どーいうことよっ!

 

イダッ!……ほら、そーゆーとこだって!!」

 

今日はテスト返しが主だったから私もだけど体操服を持ってきてない人ばかりだし、何人か使わずに置いてある体操服はあるけど着替えようにも着替える場所すら理事長先生が壊しちゃったから、修復作業は制服だ。だから女子はみんなスカートなんだけど、何故か私ばかりみんなに動くことを止められる……私と同じ格好で同じ仕事してる人、他にもいるのに!だから思ったことをそのまま言ったら何故か岡島くんは鼻血を出してうずくまり、ひなたちゃんと前原くんがケンカし始めた。

 

「……危機感の無さ(あのあたり)、ホントに成長しないよね……アミサちゃんの作業してる周りには男子ばっかりなのにさ」

 

「さすがは別名『無自覚天然爆撃機』……ホントに容赦ない。俺等下での作業でよかったな……ついでとばかりに周りを巻き込んでる」

 

「カルマのがおっきいって……まさか!お前らまだ中学生だぞ!?けしからん!」

 

「うるさい『変態終末期』、聞き耳立てて鼻血出すな。絶対真尾の発言で変な変換したんだろ、お前」

 

「いやいやあの照れながらの表情を見ろ……案外ハズレでもないんじゃ……」

 

あー、手が滑りそうだけど下には何にもないし落としても平気だよね、よいしょー……っと」

 

「悪かったカルマ!俺が下に居るしそれは『手が滑った』んじゃなくて『投げ捨てる』っていうんだ!」

 

……言い合いを始めたのは2人どころじゃなかったかもしれない。しぶしぶ屋根から降りたところで、エプロンを付けた陽菜乃ちゃんからたくさんおにぎりが乗ったお盆を渡された。配ればいいのかな?

 

「あ、そーいえばさ先生。理事長先生の暗殺でそれどころじゃなくなってたけど……テストのご褒美は?」

 

「にゅ?……ああそうでした。先生の決定的弱点を教えてあげるんでした」

 

「「「!」」」

 

陽菜乃ちゃんの問いに全員が手を止めて殺せんせーに注目した。そういえば、そんなこと言いかけてた気がする……殺せんせー本人が明かす、殺せんせー最大の弱点とは?

 

「実は先生、意外とパワーがないんです……スピードに特化しすぎて。特に静止状態だと、触手1本なら人間1人でも押さえられる」

 

「つまり皆で触手を捕まえれば、動きを止められる……!」

 

殺せんせー最大の武器はやっぱりマッハ20と言われるスピードだ。どんなに技術を磨いたって、どんなに気配を殺せたって、避けられたら全部意味が無い……その動きを止められるのだとしたら!

早速とばかりに殺せんせーの近くにいる人が触手を掴んでみようと手を伸ばしている。殺せんせーもわざと動かないでいてくれるみたいだし、試させてくれるんだと思ったんだけど。

 

──にゅるん

 

──ぬるん

 

──ぬるぬるん

 

って、それが出来たら最初から苦労してねーよ!!

 

不可能なのわかってて教えただろこのタコ!!

 

「ふーむ、ダメですかねぇ……あ、要領はあのヌタウナギを掴む感覚です」

 

ほとんどの奴が触ったことねーよヌタウナギ!!

 

そういえば、殺せんせーの触手って粘液があるのを忘れてた。自分で調整してヌメリや粘りを纏わせられるんだから、動かなくったって私たちの拘束から抜け出すのなんて簡単に決まってるよね……せめて粘液がない時しか無理かな。

1学期から目指し続けた目標を達成して、役に立つんだか立たないんだか、そんな弱点を教えられた、今回の期末テスト。A組とE組の勝負には決着がついたけど、暗殺の決着はまだまだなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 




……E組みんなで頑張るのも……行事も。
……もう、あと少しだけ。はやいなぁ……
自分を諦めて暗闇に捕われていたみんなも、上を向くだけじゃなくて前を目指して……私の知る、誰よりも眩しい存在になり始めた。
……もう、ほとんど迷いはないけれど。
……もうすぐ、答えを出さなくちゃいけない。
殺せんせーの暗殺について、そして……



…………私の、進む道を。





「君はどちらで『いきたい』のかな?」

「……私は、『さいご』くらい私でありたい」





++++++++++++++++++++


教員試験の時間でした。
殺せんせー(超生物)対理事長先生(完璧超人)の戦いは、どちらも教育バカで人を育てることに人生をかけてるってあたりが似たもの同士なんだなって再認識する場面だと思ってます。

無記名にしたテスト結果、ここで回収できました。生徒のレベルを上げまくる理事長先生は、規定だから無記名=0点扱いとしてましたけど、機会があるのなら成績優秀者を逃がすつもりは無いんじゃないかな……と考え、この流れに。0点が1人居れば偏差値が下がるのと同様に、100点が1人増えたら偏差値が少しは上がります……よね?

『いきたい』=?
『さいご』=?
……アレです、理事長先生はなんでも知っている←

では、次は浅野君とお茶会ですかね。
演劇発表会も一緒に行われるかと思います。




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お茶会の時間

「何はともあれ……学年1位おめでとう、真尾さん」

 

「……えと、……ありがとうございます、浅野くん」

 

2学期の期末テストが終わり、A組との勝負や理事長先生が直接仕掛けに来た殺せんせーの暗殺劇を退けた私たちE組は、冬休みまであと少しという時間をつかの間の息抜きのように過ごしていた。お休み前に中学校最後の学校行事が控えてるとはいえ、個々に仕掛ける暗殺以外にみんなで揃って何かをしなくちゃってことはなく、結構自由な時間を取れてる……どうせ冬休みにはE組みんなで盛大な暗殺計画を実行するんだろうし。集中しすぎも良くない、休める時には休むことが大切というのが殺せんせーの言い分。ということで私は放課後の時間を使って、浅野くんたちと約束のお茶会をしに、いつかの入りそびれたカフェへと来ていた。

……のだけど、私は始まったばかりなのに既に帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。もしくは現実逃避でもして意識だけでもこの場から逃げちゃいたいなぁ……

 

「順位表にお前の名前がなかった時は何かの間違いかと思ったけどな」

 

「ケケ、模試ならともかく、まさかの学期末テストで無記名提出してるなんざ誰も思わんわ!」

 

「次の日に理事長自ら掲示を貼り替えていたから何事かと思ったよ……その日のうちに問題は解決していたんだね」

 

Amixia Mao(アミーシャ・マオ)……浅野君が教えてくれたからキミの本名だと分かったけど、初めて見た時は本当に驚いたよ。学年に僕が知らない女性がいるなんて思わかなったからね」

 

「……なんで字面だけで女性って分かんだよ……お、煮オレあんじゃん、アミーシャはどれ頼む?」

 

「え、えぇっと……」

 

「何を言ってるんだい分かるに決まっているじゃないか!名前から既に読み取れる花のように可憐な容姿、月夜を舞う蝶の如く美しさ……姉君のいいところをそのまま引き継いだあたり、まさに真尾さんのためにあるようなものだろう?!」

 

お前こそ何を言ってるんだ。僕は名前1つでそこまで分からないし分かりたくもない。ついでに分からないのは…………何故しれっとここに居る、赤羽!」

 

ポンポンポンとテンポよく進む会話の途中、隣から自然に差し出されたメニューに目を落としていて榊原くんの演説のような主張は半分くらい聞いてなかったんだけど、浅野くんのツッコミで若干意識が戻ってきた。

……私が現実逃避したい理由、お分かりだろうか……?一応、元々私と五英傑の6人で集まる予定ではあったんだけど、気づいたらカルマも当たり前のように同席してたんだよね。浅野くんは早々に噛み付いてるし、カルマはそんな浅野くんとの掛け合いを楽しんでる節があるし、他の4人は触らぬ神に祟りなしとばかりにある意味我関せずと受け入れてるし、……何このカオス空間、私はどうすればいいんだろう。

 

「だいたいお前は、何故僕と彼女の約束を知っている!」

 

「そんなの浅野クンからのメッセージ見たからに決まってんじゃん。あんな意味深なメッセージ、お人好しのこの子が心配してE組(おれら)に相談しないはずがないって分からなかったー?」

 

「……っ、テスト前ならともかく、最近の僕から真尾さん宛のメッセージを何故お前が知っているのかは百歩譲って脇に置いておこう。彼女だけを誘ったのにお前がついてくる意味がわからん……!」

 

「えー?野郎ばかりの所って分かってて1人で行かせるわけないっしょー」

 

「くっ……!」

 

「……赤羽(お前)が増えても野郎ばかりだけどな」

 

「「「確かに」」」

 

「……なんか、ごめんなさい……」

 

テスト前、私が浅野くんのメッセージからA組の様子がおかしいことを察した時……その内容を見られてるわけですよ、カルマに。で、その後に浅野くんと対峙してE組が彼から依頼を受けて、浅野くんが約束の内容を使って挑発したからカルマは色々察してしまったみたい。テストが終わってから浅野くんとはメッセージアプリだけで連絡を取り合ってて見られてないはずなのに、カルマは下校する時にサラッと合流していて今に至る、と。

カルマの言い分に対して静かに突っ込みを入れる瀬尾くん。そうだね、五英傑(男5人)()だったところにカルマ()が増えただけだもんね、結局女は私1人に変わりないもんね……。言い合いを続ける2人を置いといて全力で同意したところで、コトリと店員さんが苦笑しながらテーブルにコーヒーを置く。

 

「まあまあ、浅野もカルマもその辺にしとけよ。一応コレ、真尾のお祝いって名目なんだろ?」

 

「……僕としては、あれだけの騒動を起こしておいて再び君がバイトに従事していることに突っ込みたいんだが……?」

 

「いや、今回給料はもらってないからバイトじゃなくてただの手伝い(ボランティア)。お前らだけじゃなく……アイツらまでいたら店が回らないに決まってるしな」

 

「やっぱり気のせいじゃなかったのか……!」

 

「……赤羽君はともかく、真尾さんにはセ〇ムがどれだけいるんだい?」

 

「あ、あはは……ここで私はなんて答えたら正解なのかな……?」

 

注文した飲み物をテーブルに置いた店員は、ご存知E組の委員長である磯貝くん。そう、ここは〝kunugi-kaze〟……体育祭の前に浅野くんたちと訪れて結局お茶しそびれたあのカフェだ。磯貝くんは校則違反であるアルバイトを生徒会長直々に黙認されたことで、今もここでこっそりバイトを続けているみたい。今日に関しては、浅野くんがここに来るという前情報(私が行くってことを伝えたんだけど)があったから、文句をつけられないように店長さんに賄いは欲しいけど給料はいらないという交渉をしたらしく、ボランティアでシフトに入っているらしい。だから店の制服を着ないでエプロンだけつけてたんだ……アルバイトは校則違反だけどボランティアはむしろ推奨されてることだもんね。

で、浅野くんがテーブルに拳を打ちつけて震えてるのは、磯貝くんの示す向こう側のテーブルに見慣れた集団……E組のクラスメイトが何人もいるからです。こっちのテーブルまで来ることは無いけど、私からでも見える表情からして多分、……いや確実に見てるし聞いてる。榊原くんがセ〇ムって表現するのもなんかわかる気がするけど、あれって私についてるの?ううん……殺せんせーが覗きに来てないだけマシなのかな……

 

「ま、俺はアミーシャに手を出されないように代表して番犬しに来ただけだし、話すならどーぞご勝手に」

 

「……邪魔をする気は?」

 

「場合による」

 

「…………、…………っ、………………っ、…………まあいい。赤羽は空気だと思うことにする」

 

「自己主張の激しい空気だな、見た目的にも」

 

「黙れ、そう思わないとやってられない。僕は最近イラついてるんだ……主にうちの父親のせいで……!」

 

「……理事長先生、そんなに前と違うの……?」

 

磯貝くんに渡されたバナナ煮オレに口をつけながらひらひらと手を振って視線を外したカルマを、浅野くんは長い沈黙のあと無視することに決めたらしい。そして、あの日以来家でも学校でも接し方が変化したという理事長先生の愚痴を漏らし始めた。

……浅野くんと理事長先生は親子以前に物心ついた頃から『教師』と『生徒』の関係だったんだって。必要以上に会話のない、家庭というより教室という言葉が適していた生活をしてきて、傍から見れば今更かもしれないけど、教師から父親になろうとする理事長先生の態度の変化が、浅野くんはなかなか受け入れられないみたい。家族としてあろうとするのはいいことだと思うんだけど……軽く顔を青ざめさせながら寒気がするとまで言われるって……理事長先生は浅野くんに何をしたんだろう。家柄的に近いものがある榊原くんにはわかる所があるのか頷いてるし、他の3人も便乗して色々と愚痴を吐き出し始めた。……それは決して悪口というものじゃない、ただ、正面から向き合おうとしてるからこそ出てくる愚痴。私は聞くことしか出来ないけど……こういうのなら、聞いていても心は痛くない。

 

「……それに……、……」

 

「……?どうかしたの……?」

 

「いや……、……話し続けた僕等にも非はあるんだが……これだけ愚痴を聞かせてるのに、君は嫌な気分じゃないのか?」

 

「……?」

 

「……アミーシャ、コイツらの話聞きながらニコニコしてたからね?負の感情ぶちまけられてんのに、嫌な顔1つしなかったじゃん……それがなんでなのかって事」

 

結構饒舌に話し続けていたのに、話を聞いている私の顔を見てピタリと口を閉じてしまった浅野くんたち。いきなり黙るなんてどうしたのかと思えば、手元のコーヒーを一口飲んで少し私の機嫌を気にした表情で気遣う言葉をかけられた。いきなり話を中断してまで何のことかと思ったんだけど、ここまで静かに私たちの様子を見てたカルマが教えてくれて何となく把握する。……笑って聞いていた自覚はなかったんだけど、別に嫌ではなかったし……聞きながら考えてたことをあげるとするなら。

 

「……今までは5人とも……特に浅野くんなんて、『A組の1番』どころか『学校の1番』っていう責任ばかりで『自分以外はみんな下』って考えだったでしょう?だから自分に向けられる他人の感情とかを切り捨ててるように見えてた。今はどこか戸惑ってるみたいだけど、自分たち以外を受け入れようとしてるように見えたから。そんな人たちの話が嫌な気持ちになるはずないし、私でいいならなんでも聞く。それに5人とも、私にとっては大切な友だちだし……どこかで吐き出さないと壊れちゃうよ」

 

「「「…………」」」

 

「……えっと、私……変なこと、言った……?」

 

「真尾さん……」

 

「キミって子は……」

 

「はは、アミーシャらしいよ、人の本質を感じ取って負の感情まで受け入れるあたり」

 

「わ、ぷっ!」

 

感じていた通りのことを言ってみたら、瀬尾くんと荒木くんと小山くんの3人がそんなことを言われるなんて……みたいな表情で固まってしまった。榊原くんと浅野くんは苦笑いだしカルマは笑ってるし、突っ込まれてない以上失言はしてない、と、思うんだけど。

まさか自分の発言でこうなるとは思ってなかったから、どうしようかと視線を泳がせていると、頭に力が加わって強制的に顔は下を向かされて視界はテーブルだけになった……撫でてると言うより通りがかりに押さえていった感じ。

 

「……さてと、お前らがアミーシャを傷つけることはしないって分かったし、俺は向こうのゲス共の牽制に行こっかな〜……」

 

「赤羽、お前……」

 

「……さっさと済ましなよ、俺は何も聞かないでやるから」

 

笑いのおさまったカルマは、残っていた煮オレを飲み干すと席を立って、奥のE組が集まっているテーブルへと歩いていった……多分、彼なりの気遣いなんだと思う。触れていったカルマの手が離れ、顔を上げると五英傑みんなでその後ろ姿を見ていて……私が顔を上げたことに気づいたのか視線が戻ってきた。そっと、浅野くん以外の4人が席を立って磯貝くん(店員さん)に話しかけに行く……彼等も空気を読んで、かな。

 

「はぁ……お膳立てがわざとらしくて腹立たしい上、結果は分かっているんだが……それでも、聞かせてくれるか?」

 

「……うん」

 

まっすぐ私を見てくれている浅野くんに、私もちゃんと応えなくちゃいけない。大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐く……待ってくれてる彼に、誠実に。

 

「……ずっと、それこそ私が知らない時から気にかけてくれてありがとう……気づいてなくてごめんなさい。私、浅野くんが理事長先生の意思じゃなくて……浅野くんの意思で私を見てくれてるって知った時、嬉しかった」

 

「……ああ」

 

「最初の頃は『本校舎の人』っていうだけで怖くて仕方なかったけど……だんだん怖くなくなったのって浅野くんがきっかけなんだ。五英傑の4人とも接して、少しずつ関わりが増えて……私、幸せだった。でも……」

 

「…………」

 

「……ごめんなさい。私、恩人とか大切なお友だちとしてなら見れるけど……浅野くんの気持ちには応えられません」

 

頭を下げて、返事をした。承諾のお返事もなかなか言い出せなかったけど、お断りをするのも……結構つらいものがある。私なんかを好いてくれてるって知ってるからこそ、余計に。浅野くんは最初、じっと私のことを見ていたみたいだけど、大きく息を吐き出してから下げていた私の頭を撫でてきて……そっと顔を上げてみれば、残念そうな顔で笑っていた。

 

「……正直、赤羽とどうなったかの報告もなかったし、僕でもいけるんじゃないかと思ったんだけどね」

 

「それは……、お付き合い始めた直後からちょっと周りがバタバタしてて」

 

「分かってるさ。……返事、してくれてありがとう」

 

カルマと付き合い始めた直後って、イリーナ先生が攫われた死神さんの騒動があったんだよね……その後も結構バタバタしてて、浅野くんと会う機会もなかったし。学園祭で瀬尾くんたちから促されなければ、そのままなあなあに流されて、今日みたいな機会はもてなかったかもしれない。

この後、明らかに告白の返事をし終わったことに気づいたんだろう彼等が席に戻ってくるまで、少しだけ2人でおしゃべりした。これからの進路のこと、いつものように勉強のこと、A組の様子や機密に関わらない程度にE組のこと。そして、実はこのお茶会は学年1位をお祝いするって名目の裏に、理事長先生の洗脳で心配をかけることになった4人が元気だって姿を私に見せるために計画されたんだということを教えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、さっさと話題を変えよう……ここからは友達としての好奇心だ。学年50位以内という本校舎復帰のノルマを達成しても今年のE組生は全員が残留を選んだ。2学期中間テストを終えたらE組生の進学は受験となる……この先の進路、真尾さんはどうするんだい?」

 

「……浅野くん、切り替え早いね」

 

「悩んでいても仕方ないしね……そもそもそれくらいの精神がなければ椚ヶ丘の太陽(支配者)なんてやってられるか。それに恋人にはなれなくても……アイツに言えない話を聞けるって立場にはなれるだろう?」

 

「ふふ、そっか……そーだね、じゃあ……カルマには……ううん、E組のみんなには、絶対に伝えないつもりのこと、話そっかな」

 

「……え?」

 

「私ね……────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「バイト(仮)の磯貝を除外するとしても前原に岡島、杉野、渚君、イトナ。女子は茅野ちゃんに中村に奥田さん、神崎さん、速水さん、倉橋さん、矢田さん、片岡さん、岡野さん、不破さん、原さん、狭間さん……って女子全員いるじゃん。しかも男女合わせてクラスの過半数いるし……なにやってんの全員、暇なの?」

 

「だってー……気になるじゃん、生徒会長サマがどうやってふられるのか!」

 

「素直故に残酷な言葉で突き放したりしてな!」

 

「お前は真尾に何求めてんだよ……Sっ気?いやいやあいつにゃ無理だろ……」

 

「アミサちゃんがお茶会を楽しみにしてるの分かってたから、邪魔はしたくないけど……1人で男の人ばかりの所へ送り込むのは、ちょっと……」

 

「心配して集まってみたら気付けばこんな大所帯になってました。場所の提供を店長さんに交渉してくれた磯貝君には感謝ですね」

 

「ていうか私達は女子会も兼ねてるから。男子はあっちのテーブル戻ってよ」

 

「こっちの方が近いし声が聞こえるかもしれない」

 

「まあそうだろうけどさ……」

 

さすがに分かりきった応えを貰うところを、浅野クンだとしても俺に見聞きされんのは嫌だろうと、俺は思いつきを装って隠れるつもりのないコイツらの席まで移動してきた。ま、浅野クンはどうでもいいし、嫌がらせで残ることも考えるには考えたけど……きっとアミーシャも聞かれたくないだろうし。

で、誰が来てるかまでは知らなかったから改めて確認してみれば……女子はクラス全員そろってて甘味系頼んで食べてて、男子は……想像通りのメンツだった。前原と岡島はこの手のネタに食いつくのは言わずもがな、渚君と杉野は俺等といつも一緒に下校してるからだろうし……イトナはこの後アミーシャの家で夕飯食べるってことと、なんだかんだで慕ってるアミーシャをイトナなりに守ろうとしてるからだろう。

聞いてる限り、女子が元々座ってたテーブルに男子……といっても渚君と杉野とイトナに関しては元々のテーブルに居るから、あの2人が潜り込んでる感じか。女性限定なら気遣いができるモテ男はさりげなく色々世話焼いてるからいいとして、岡島……隅に追いやられてるし。いつもの事だからほっとく。

 

「てかさ、考えようによっては真尾って魔性の女だよな〜」

 

「あー、なんか分かる気がする」

 

「学校一の不良と理事長の一人息子の2人に告白されてるわけだもんね……ある意味タイプが全然違うのに」

 

「そうなんですか?アミサちゃんはカルマ君と浅野君は似た者同士で仲良しさんだってよく言ってますけど」

 

「あんなのと似た者同士とか、勘弁してよ……」

 

確かに俺と浅野クンが顔を合わせるたびにアミーシャがよく言ってるけどさ、一緒にされたくないね。……おいそこイトナ、「同族嫌悪だな」とか言ったの聞こえてんだけど、パフェ食いながら誤魔化すな。

少し自分がイラついたのを自覚し、イトナの方へ足を向けようとした時、ふいに店内のBGMに紛れていて気にもしてなかったテレビの音声が耳に入ってきて、意味もなく、何となくそちらへ視線をやった。

 

『──次のニュースです。○日午後8時頃、東京都○○市内の林道で男性の遺体が発見されました。被害者男性は○○○○さん。○○さんは次の議員選挙にも出馬予定で──』

 

「……殺人事件、か」

 

「……なんかさ、今までああいう殺人事件とかのニュース見ても他人事って感じだったけど、俺等が暗殺(アレ)するようになってから見ると変な感じがしない?」

 

「……身近に感じるよね、なんとなく……私達の場合、対象はタコだから微妙なとこけど」

 

「しかもこのニュースの場合、いかにも権力者の暗殺って感じがまた深読みしちまうっていうか……日本でさすがにそれはないだろうけど」

 

「でも殺し屋が実在する以上どうなんだろうね。アミサちゃんも《(イン)》さんっていう伝説の存在が故郷にいるからある意味身近な存在みたいだし」

 

偶然流れたニュースは、殺人事件について扱ったもの……いつもなら右から左に流れてくそれが気になったのは、俺等が普段から殺せんせーの暗殺、なんてものに関わってるからだろうか。俺の他にも何人かそのニュースが耳に入ったみたいで、話題がなかったこともあり機密事項は伏せながらだけどなんとなくで会話が進んでいく。

 

「殺人ならぬ殺タコって?……それなら既にやってんじゃん、カルマが」

 

「その後にたこ焼きになって帰ってくるまでが流れだぞ」

 

「…………」

 

「っておい!カルマストップストップ!」

 

「カルマ君、耐えて耐えて。ここ一応店の中だから!」

 

「……チッ、しょーがないなー……」

 

いつぞやの黒歴史を掘り返しやがった男2人を締め上げようと、指を鳴らしながら無言で近寄ると、慌てたように磯貝と渚君に止められた。多分この場にアミーシャがいたら、彼女も無言の圧力で詰め寄るとは思うけどなー。本気でやってたつもりは無いけど、実際店を荒らすわけにもいかないから盛大な舌打ち1つで諦めてやることにする。店の中だからダメだってなら、外ならいいんでしょ?オーケー把握把握。

 

「カルマ君、悪い事考えてない?角が見える気がする……」

 

「気のせい気のせい〜……ま、先生も言ってたっしょ、俺等が相手に出来るのは殺せんせーだけ、()()の暗殺、もとい戦闘はしないんだから。片足突っ込みかけてるとはいえ、俺等と殺人鬼とか殺し屋の生きてる世界は違うんだし、難しく考えなくていいんじゃね?」

 

「……論点ずらされた……」

 

「話を元に戻しただけだって。続けるけど……本物に比べたら、俺等なんて赤子同然だよ。どう頑張っても本職と学生じゃあ、同じ位置には立てるわけないんだからさ」

 

渚君と話しながら思い出すのは、戦闘が得意で武器も持ったメンバーを集めたチームだったのに、素手の相手に全く歯が立たなかった、あの死神との戦い。実際に人を殺してきた本物の殺し屋と、ちょっと暗殺のために1年足らずの訓練を受けただけの学生と、今も国を守るために強くあり続ける烏間先生との差を思い知らされた。俺だって散々喧嘩してE組の中じゃかなり強い方だと自負してる……けど、あの人達にとっては相手にならないどころか、眼中にすら入れられてなかった。途中で現れて協力してくれた《銀》さんもそう……依頼人(烏間先生)からの頼みだからって手助けしてくれたけど、超常的な力を使いこなす彼は俺等を圧倒した死神すら簡単に騙してしまった。

俺等が突っ込みかけてる世界ってのはそういう場所なんだろう。だけど殺せんせーも烏間先生も、力は与えてもギリギリを踏みとどまれるように制止してくれてる。だって大量の本物の暗殺者を生み出すわけにはいかないから……そういう進路を希望したならべつだろうけど。

 

どうでもいいことを話していたせいでアミーシャと浅野クンの会話を全く聞いてないことを思い出した時には、とっくに2人は雑談に入っていて、告白の件は聞けずじまい。どういう風に話したのかは分からないまま終わったけど、2人がギスギスすることも無く上手く話がまとまったみたいで安心……いや、別に心配してたのはアミーシャだけだし。

 

 

 

ただ、邪魔しないようにと別の話題で盛り上がっていた俺等は、気付いていないところで油断していた。

 

 

 

自由に雑談してたけど、殺せんせーの暗殺に関することは伏せて話していた。当たり前だ、この店はほとんどE組が占めてるとはいえ、浅野クン達五英傑や磯貝以外の店の人がいる。下手にしゃべって記憶消去なんて冗談じゃない。でも伏せていたのは『殺せんせー』のことと『俺等が暗殺に関わってる』ってことだけで、他は自分達の考えてることがダダ漏れ……つまり、あのニュースに対する感想は普通に話してた。俺等があのニュースについてどう思ったかについてだし、五英傑にだって別に聞かれてもいいんだけど。隠そうとせずにこうやって普通に話すと、話してる相手以外にも話してることは聞こえてるっていうのを完全に忘れていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違う世界、か」

 

 

 

 

 

 

 




「おかえり、終わったの?」
「うん、話すのは楽しかったけど、お付き合いはお断りしてきた。私に学秀くんはもったいなさすぎるよ……正直、カルマもなんだけど」
「えー、それでも俺を選んでくれたんでしょ?……って、ちょっと待って。今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする」
「?」
「アイツのこと、なんて?」
「学秀くん。なんか、そう呼んで欲しいんだって。特にカルマの前では絶対そう呼べって言われたんだけど……なんでか分かる?」
「……あ、のヤロォ……!!」



「真尾さんは強いな」
「だな」
「天然が入ってるのは相変わらずだけど……浅野君が名前呼びを頼んだ理由も分かってないんだろう?」
「多分な。独占欲の強い奴なら内心キレてるんじゃないか?」
「それが狙いだからいいんだよ。ただ、改めて思ったが彼女は危うい」
「どういう事だ?」
「……彼女が話す言葉には、聞いている僕達は助けられることが多い……だけど、その対象に自分を当て嵌めてない」
「……というと?」
「彼女は言っていたな……『自分に向けられる他人の感情を切り捨ててるように見えたが、今は自分たち以外を受け入れようとしてる』と。彼女から見て僕達はそうかもしれないが……」
「言ってる本人がそうしているように感じない、と。確かにね……」
「いつか誰にも相談せず、何かやらかしそうだな」
「……杞憂だといいんだがな」


++++++++++++++++++++


お茶会をしてみたらE組生がほとんどついてきちゃった、の図。
女子は五英傑に送り込んだ妹分を待つ間、本当に女子会やってました。終わったらオリ主も引き込んで再開する予定です。男子?向こうにテーブル取ってあるんだからそっちでやってよ、ここは女の園です!……あ、磯貝君は別だけど。な人が多い。

暗殺っていう非日常な生活を送っていたら、常日頃耳にするニュースの感じ方も変わるんじゃないかな、と考えて今回のお話を練りました。書いてる作者も分かるはずないのですが、もしも、を考えるとこれがしっくりきたので……

期末テストを終えて、表面上に変化はなくてもお互いに認めあってたらいいなと思います。

では、次回は冬休み前最後の学校行事です!





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演劇の時間

桃太郎だと原作と全く同じことを書くしかなくなる気がしましたので、演劇内容は完全オリジナルとなりました。
それでもいい方は、どうぞお進み下さい!


椚ヶ丘中学校は3年E組だけが山の上の旧校舎に通っていて、あとの生徒は本校舎がある麓に集まっている。生徒の大部分が本校舎に通っているということは、学校全体で行われることは基本なんでも本校舎で行うことになる。E組としては、殺せんせーを見られるわけにはいかないからそれでいいんだけど、月に1回ある全校集会だったり召集されることがあると不便だ。

 

「おーい、皆揃ってるか?」

 

「プリント配るから席に座って!……はい、上から3枚取って回して」

 

今も本校舎で行われるクラス委員会にE組の学級委員として出席した磯貝くんとメグちゃんが帰ってきたばかり……最初の頃だったら疲れてたり文句を言ったりしてたかもしれない。でも、今では訓練になるし気にしてないんだとか……なんか、私たちの学級委員たちがかっこいい。

そんな2人が私たちに配った資料をパラパラとめくって目を通す……様々な行事や出来事(おもいで)のあった中学校生活、E組みんなで学校行事として取り組むのはコレで最後になる『演劇発表会』が近づいていた。

 

「演劇発表会かー……」

 

「なにもこんな2学期末のこの時期にやらなくてもいいのに」

 

「しかも例によって……俺等だけ予算は少ないわ、セットとかはE組(ここ)から運ばなくちゃいけないわ……」

 

配られたプリントには演劇発表会の要項や当日の日程などが書かれている。1時間ごとに2~3クラスということは、1クラスあたりの持ち時間はだいたい20分~30分……それだけの舞台発表を考えなくちゃいけない。そして例によって例のごとく、E組の扱いは変わらない……何がって、プリントには全校行事だから全学年のタイムテーブルが載ってるわけなんだけど、3年E組の書いてある場所が。

 

「『おべんとうタイムwith3-E』って。酒の肴じゃないんだから;」

 

「真面目な人以外、見る人なんていないよ〜……あとは馬鹿にするためにご飯の片手間に見るか、かな〜」

 

「受験の必要が無い本校舎生徒と違って、俺等E組は受験があるんだからどうにかならないかって浅野に文句は言ったんだけどな……そしたらこう返されたよ」

 

〝短期間でセリフや段取りをきっちり憶えてこなす訓練、これも椚ヶ丘の教育方針だ。それに……どうせ君達だ、何とかするんだろ〟

 

「……言うじゃん、あいつ」

 

他の学年、クラスは1時間をいくつかに分けて発表するけど、E組はお昼ご飯の時間である1時間分を使って行うって……E組表向きの扱いの悪さは全然変わってない。だけど、浅野くんのように『私たちならなんとかする』っていう信頼を向けてくれる人がいる。きっとE組はまた何かやってくれると期待してくれる人がいる。何も変わってないようで、どこか足りなかった歯車がはまって、前以上に動けるようになったような……そんな感覚。これはこれで前よりずっと居心地がいい。

 

「よっしゃ、やるならさっさと役と台本決めて終わらそうぜ!」

 

「何がいいかな?E組は1時間も持ち時間があるとはいえ、別に全部使い切らなくてもいいだろうし……それか短いのを2本やるかだね」

 

「渚君、渚君、主役やんなよ、阿部定。石田じゃなくて自分のを取って使う感じで」

 

「なんかまた危なそうなオファーが来た!?」

 

「……阿部定って確か……むぐ、」

 

「わー!待て待てストップだ真尾!確かに今回の社会の範囲に入ってたしお前なら調べちゃってるかもしれないけど、詳細は口に出さない方がいい……内容的にヤバいから」

 

女性だし、たくさんお店を変えながら身売りしてた人じゃなかったっけ……と続けようとした所で、磯貝くんに口を塞がれた。倫理的?によくないんだって……社会の勉強をしてる時にチラッと書いてあったから調べただけなんだけど、あんまり大きな声で言うものではないからって。

そのまま喋れないなりに抵抗もしないでいれば、目の前を通学カバンが結構な勢いで通り過ぎて行った。飛んできた方向を見てみると、手を払って小道具係を希望してるカエデちゃんがいることから、投げた犯人は彼女なわけで……標的となった寺坂くんが失礼なことを言ったんだろう、多分。そのあたりで磯貝くんが手を離してくれた。

 

「監督は三村で、脚本は狭間が適任じゃないか?」

 

「おっけー、いいぜ」

 

「じゃあ主役はどうする?」

 

「あ、じゃあ俺が王子でアミーシャを姫役で。内容はなんでもいいけど」

 

「カルマ……お前って本当にブレないよな」

 

「なんでもいいが1番困るのよ……ベースになる話か、混合でもいいからアイディア出しなさい」

 

「じゃあ……童話系のミックスとか」

 

「『じゃあ』の割に範囲がほとんど狭まってないからやり直し」

 

「先生、主役やりたい」

 

磯貝くんがこの演劇発表会の中心で動ける人選を考え、選ばれた三村くんと綺羅々ちゃんがさっそく自分で動ける範囲で準備に動く。カルマが綺羅々ちゃんと色々言い合い、劇の内容を決め始める。

そんな会話が続く中で、演劇発表会の要項を見つめていた殺せんせーがボソリと呟いた事で教室の空気が凍り、みんなの目が点になる。そして始まる一斉射撃……殺せんせー、みんなが楽しそうな中自分もやりたくなるのはわかる気がするけど、学生主体の行事でその発言はどうかと思う。

 

「やれるわけねーだろ国家機密が!!」

 

「そもそも大の大人が出しゃばって来んじゃねーよ!!」

 

「だ、だって!先生劇の主役とか1度やってみたかったし!皆さんと同じステージに立ちたいし!!」

 

「いーわよ。書いたげる、殺せんせー主役にした脚本」

 

殺せんせーから唐突に落とされた爆弾に対する、みんなから返事代わりの弾幕をいつもの様に避けながら殺せんせーがわがままを言っていると、綺羅々ちゃんが承諾してくれて、殺せんせーは目に見えて嬉しそうな表情をうかべる。早速ノートにペンを走らせ始めている綺羅々ちゃんは、前まで特別他人とかかわろうとしないで影を好む人って感じだったけど、どこか変わった気がする。……そういえば、浅野くんと会った日の女子会にも参加してたっけ。ずっと飲み物飲みながら本を読んでただけって聞いてるけど、その場にいてくれるだけで違うと思ったんだ。

 

「標的や暗殺仲間の望みを叶えるくらいなら、国語力だけの暗殺者にも出来ることよ……というわけで杉野、アンタは神崎と組んで脇を固めなさい」

 

「え、いーのかよ!?か、神崎さんと共演……!」

 

「演技力無くても良ければ……頑張ろうね」

 

「主役、主役……!」

 

「ふふ、嬉しそうだね、殺せんせー。杉野くんもだけど」

 

「余裕そうだけどアミサ、アンタも1本主役やるんだから覚悟しときなさいよ」

 

「……、……え、あれ本気だったの……!?」

 

「時間的に2本出来るって言ってたじゃない。殺せんせー主役の短いのと、カルマリクエストのを1本やるわよ。ただし、私は闇が好きなの……在り来りなものは書かないけどいいのね?」

 

「いーよ。ついでに生徒会長を挑発出来そうなのを期待してる」

 

「ふ、それに関しては面白そうだから乗ってあげるわ」

 

「え、え、ええぇ……」

 

「クックックッ……言葉はね、爪痕残してナンボなのよ」

 

私が賛成も拒否も何も言う前に、気がつけば私も舞台に上がることが前提で話が進んでしまったらしい。話の内容もカルマと綺羅々ちゃんが楽しそうに案を出し合いながら進めてるし、他の意見が出てこないならこのまま決まるんだろうけど……あの、みんな、私の意思は……?

相手役がカルマならまだ安心してできそうだし、舞台が嫌ってわけじゃないからなんとかなると信じよう……でも綺羅々ちゃんのあの表情と言葉から考えて、平和なお話じゃないんだろうなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、演劇発表会当日……

 

「……人、いっぱい居る……」

 

「全校行事ですから」

 

「……学園祭のステージより緊張する……」

 

「今回は1人でやらなくていい分、気が楽でしょ?」

 

「…………心臓、バクバクします……」

 

舞台の上は明るくて、見ている生徒側は真っ暗だから全然見えないとはいえ……人の多さは感じられる。こっそりと舞台袖から客席を見たあとに裏で縮こまっていたら、愛美ちゃんと渚くんが声をかけに来てくれた。確かにあの時と比べて気は楽だけど、上手くできるかの不安はいつでもあるに決まってる。

 

「それにしても狭間さん、すごい脚本だね。……両方とも」

 

「あの4人を動かすのって面白いのよ、気が付いたら筆がのってたわ……我ながら大作を書きあげたと思うんだけど」

 

「なぁ、これってホントにあの童話がベースか……?初っ端壮大なファンタジーの世界だぞ」

 

「殺せんせー主役の方がかすみそうだね……本人は満足そうだけど」

 

「それはそうでしょ。舞台の真ん中で立ってるだけの『桃太郎』とは違って2本目ではセリフもあるんだし」

 

「『桃太郎』っていっても、既に出だしから大分ダークだけどな……さすが狭間監修の脚本だ……」

 

今舞台では、E組前半の演劇である『桃太郎』を上演しているところ……誰でも知ってる桃太郎とは全然違うお話だけど。上手いこと昔話と現代の内容を混ぜて、見ている人たちにリアリティを与え……誰かが言った通り人の心の闇をテーマにしてるから、つい気になってしまう演劇となっている。殺せんせー念願の主役は『桃太郎の桃』の役……桃太郎じゃなくて、桃なのが重要なのです。これを主役と言っていいのかは甚だ疑問なんだけど、真ん中でじっとしているだけの先生が満足そうな笑顔でホクホクしてるからこれでいいんだろう、きっと。

いつまでもうずくまってばかりはいられないと思いながらも、私が落ち着けずに舞台袖を歩き回ったりセリフを反復したりしている内に、前半の劇は終盤になり始めている。

 

『────鬼ヶ島は……私達人間の心の中にあるのかもしれません。生まれてくる桃の子にも……いつか鬼が宿るのでしょうか……』

 

「ヌルフフフフフフ……」

 

「「「…………………………………………、……………………お、重いわ!!」」」

 

「嫌がらせか?嫌がらせなのか!!?」

 

「つーか食欲なくなっちまったじゃねーか!」

 

……うん、お昼ご飯のおともに見るような演劇ではないよね。なんとも言えないような顔で私たちは顔を見合せ、桃殺せんせーを連れて戻ってくるカエデちゃんを待つ。次はそんなに重いお話ではないと思うよ……どう受け取られるかは、演じる私たちにかかってるけど。

 

「磯貝から連絡だ。下手も準備出来たってさ」

 

「……よし、行くぞ!本校舎の奴らを興奮の渦に叩き込もうぜ!」

 

「「「おー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

 

『深い深い森の中。ここには可愛らしい妖精達が暮らしていました』

 

E組オリジナル変則桃太郎によるブーイングの嵐が起きる中、体育館に再び律のナレーションが響いて、ざわざわとした空気がだんだんと静かになっていく。……他のクラスで2本演劇をしたところが無いから余計になのかもしれないけど、これから何かが起きるという雰囲気にはなったと思う。

それを見計らって、矢田さんや倉橋さんといった何人かの女子が舞台へ上がった……ピンクのワンピースに羽を付けた彼女たちは妖精役で、くるくる回ったりセットの花を摘んだりさっきのブーイングでステージに投げ込まれたゴミを拾ったり、とにかく自由に動き回る。

 

『仲良く遊ぶ妖精達の中には1人、人間が混ざっていることがありました。彼はこの森がある、王国の王子様……彼は厳格な政治手腕だけでなく人とかかわることが好きで、その性格から国民達にも慕われ赤の王子と呼ばれていました。そんな彼が今よりずっと幼い頃、森で迷子になった王子を1人の妖精が助けたことで縁を結び、それから毎日のように森に通うようになったのです。自分を助けてくれた妖精達の中でも1番幼い、白の少女と会うために』

 

律のナレーションと共に1度舞台袖まで戻ってきた矢田さんに手を引かれ、先に舞台に上がった彼女達とは色違いの白いワンピースと羽を着て、頭に花冠を被ったアミサちゃんが舞台へ上がる。そして反対側の袖からは、赤を基調とした服に身を包んだカルマ君がやってきた。そっと、矢田さんに肩を押されてカルマ君の正面まで来たアミサちゃんはワンピースの裾を持ってお辞儀して……カルマ君もそれに応えるように膝を折って彼女の手を取る。やるからには本物をとビッチ先生にさんざん仕込まれた、王子様とお姫様がするようなそれっぽい仕草だ。

 

『森にやってくるたびにいつも一緒に過ごす2人は仲睦まじく、少女の姉達も優しく見守ります。これからもずっとこんな毎日が続く……そう信じて疑わないほど、優しい日々でした。

ただ、この日はいつもとは違いました。いつもの様に王子を森の入口まで送り届け、帰ろうとした少女を王子は呼び止めます』

 

「実は俺、明日誕生日なんだ」

 

「わぁ、おめでとう……何歳になるの?」

 

「15歳。これで俺もやっと大人って認められる」

 

「……ぁ……そう、なんだ」

 

「それで……明日、城でパーティを開くんだ。君にも来て欲しくって。もし、1人が不安ならお姉さん達も連れてきてくれていいし……どう?」

 

「……うん、嬉しい。楽しみに……してるね……」

 

「どうしたの?」

 

「……なんでも、ないよ」

 

『年齢について話してからどこか寂しそうな表情を浮かべる少女を不思議に思いながらも、王子は城へ帰っていきました』

 

律のナレーションの間に仕草と一緒に軽く仕込まれたダンスを踊ったり、座って話したり。その姿は僕達がE組でよく見る2人の姿と重なって、なんだか見てるだけでほっこりする……まあ、つまりはいつもと変わらないってことなんだけど。

妖精である白の少女(アミサちゃん)赤の王子(カルマ君)が別れる場面の後、カルマ君1人が袖へ戻って舞台は暗転……アミサちゃん以外が全員舞台からはけると再び電気がついた。また、カルマ君が舞台へと戻ってくる。

 

『翌日。誕生日を迎えた王子は、仲よくなった少女達を……特に幼い頃助けられ、初恋の相手ともいえる少女を城に迎え入れようといつもの様に森の中へと入りました。15歳になった王族は婚姻を結ぶことが出来る……身分違いの恋は難しいとはいえ、彼女ならきっと認めてもらえる。サプライズで誕生日パーティ中に求婚したら彼女はどんな反応を見せるのだろう。そんなイタズラまがいのことを考えながら、王子はいつも彼女と会っている場所へ向かいます。……ですが、』

 

アミサちゃんは戻ってきたカルマ君へ静かに手を伸ばしたけど、彼は舞台の中央に立つ彼女を素通りした。

 

「……なんで誰もいないんだ……?……おーい!」

 

「……王子様……私は、ここにいるよ」

 

「……約束、したのに……あの子は約束を破る様な子じゃないのにな……」

 

「……やっぱり、〝大人〟になったあなたには……私は見えてないんだね……」

 

『……王子は知りませんでした。少女が人間ではなく妖精だということを。妖精が見えて、触れることが出来るのは子どもだけだということを。この日、この国で成人と認められる15歳の誕生日を迎えた王子は〝大人〟となり……妖精を見ることは出来なくなっていたのです』

 

「どこにもいない……クソッ、このまま〝さようなら〟になんてするもんか。絶対に見つけだしてやる……!」

 

「……私だって、何も伝えてないのに〝さよなら〟なんてヤダよ……。だけど私は妖精、あなたは人間……私もあなたと同じ人間に、なれたらいいのに」

 

『その日から少女は毎日泣いてばかり……姉達がどんなに慰めても暗い表情ばかり浮かべていました。人間になりたい、人間になれたら王子の近くにいられるのに……そう悩み続ける少女に姉達は、森に住む魔女について教えます』

 

少しだけセットを変え、魔女役として黒いローブのような衣装を着た狭間さんが出てくる。……脚本を書いただけじゃなく、魔女なら性に合ってるからって引き受けてくれて……言っちゃ悪いけど似合いすぎてる。カルマ君やアミサちゃんの様に色で表すとしたら、黒の魔女って感じかな。

 

「……何かしら、小さなお客様?」

 

「魔女さん、私、人間になりたいの。……大人が……王子様が姿を見ることが出来る人間に……そのために私があげられるものならなんでもあげます」

 

「……そう、別にいいわよ。ただし、人間にする代わりにアンタの声を貰うわ……そして、王子と結ばれなければアンタの存在は空気に溶けて消えてしまう。それでもいいの?」

 

「……構いません、もう一度王子様に会えるなら!」

 

「寿命の無い妖精から、たった80年程度しか生きられない人間(ヒト)になりたいなんておかしな子だね。……ほら、これを飲めばいい」

 

「ありがと、ございます……!」

 

ここまでの流れを見ていて、何となくこの劇の原作にしている童話が何か分かった人もいるんじゃないかな?……そう、これは『人魚姫』……舞台で海の中を表現するのは難しそうなのと、狭間さんと三村君がアミサちゃんだからこそ出来る表現を使いたいと言い出したことで、人魚姫を妖精に、舞台を海の中から森の中に、その他いくつか設定を変えて演じることになったんだ。妖精とか子どもとか……少しだけ『ピーターパン』の世界観も混ざってるんだったかな。

 

『そして、妖精の少女は王子とのいつもの待ち合わせ場所へ行き、躊躇うことなく薬を飲みました。次に会う約束をしたわけではないけれど、ここで待っていれば会える気がしたから……』

 

あ、また暗転して舞台が変わった。アミサちゃんが狭間さんから受け取った薬……一応それらしく見せるために色の着いた飲み物が入ってるらしいビンを一気にあおる。慌てて口元を抑えた彼女はビンを取り落とした。

 

──カラン

 

「!!……んぐ……~……っ!」

 

『薬を飲んですぐに意識が薄れ、同時に焼け付くような痛みが喉を走り、少女はその場に倒れてしまいました』

 

アミサちゃん、すごい演技力だ……あの苦しみ方とかリアルだし……って、あれ?なんか、実際に苦しんでる様に見えるんだけど……この場面では気絶してるはずなのに若干身動きして口押さえてるし……後で聞いてみようかな。

そうこうしている内に、照明があたって舞台は朝を表現する。再度カルマ君が舞台に現れて、倒れているアミサちゃんを見つけて駆け寄った。

 

「……!やっと、やっと見つけた……!……ねぇ、起きてよ」

 

「…………!」

 

「何日も会えなくなって心配したんだけど……もう、どこに行ってたのさ」

 

「……………、……、」

 

「……何も言わないんじゃ分かんないし……」

 

「…………、……、…………」

 

「…………もしかして、声が出ない、とか……?」

 

「………………………(コクン)」

 

「そんな……ううん、でもいーや。君は見つかったんだから……」

 

『少女を見つけた王子が少女を揺り起こしますが、どんなに問いかけても返ってくるのは空気の音だけ……目を覚ました少女は、既に声を失った後でした。会えなかった何日もの間に、何があったのか……王子には分かりません。それでもと再会を喜んだ王子は声以外は無事な様子の少女を抱きしめ、お城へと連れ帰りました』

 

森の中を表現するには、E組の校舎周りにいくらでも素材があったから楽だったけど、豪華なお城のセットなんてこの短期間で準備した挙句ここまで持ち込むなんて無理だ。ということで、わざとセットを全部外して何も無い白い空間に……西洋のお城は白くて綺麗だからそれでいいでしょ、と言ったのは誰だったかな……。

カルマ君とアミサちゃんの前に、側付きの役である千葉君と速水さんの2人が歩み寄った。

 

「王子、どちらへ行かれて……ッ!……その者は?」

 

「俺の客人。本トは誕生日に連れてくるつもりだったんだけど、事件に巻き込まれたみたいで遅くなった……丁重に持て成してくれる?」

 

「誕生日……、まさか、王子が幼い頃からずっとお話されていた方ですか?」

 

「……見つかったのですね。どうぞ、こちらへ」

 

「……」

 

「大丈夫、この2人は王……父上じゃなくて俺に忠誠を誓ってくれてるんだ。例え父上に認められなくても絶対に君に危害を加えることは無いから安心して」

 

『不安そうに何度も振り返る少女を側付き2人に預け、王子は父である王様に今回の件を報告します。遅れてしまったが、お嫁さんとなる候補の女性を連れてきた、と』

 

「話は分かった……だが、身分が違う娘なのだろう?王族は民を導く者……好きあっているからとそのような政治も知らぬ者をおいそれと認めてやるわけにはいかん」

 

「でも、俺は……」

 

1ヶ月(ひとつき)の間、様子を見よう。私も王だ、息子が選んだ娘を何も見ずに否定することはしない」

 

「……その言葉、確かに聞きましたから」

 

ここの場面では王様役である殺せんせーが声だけ登場している。単に王子を目立たせたいのだから、王様は声だけにしようということにしたのだけど……こうしておいて良かったかもしれない。舞台に1人跪くカルマ君の声だけじゃなく、姿の見えない殺せんせーの声が響いて……うわぁ、なんか王様っていうより魔王っぽい。

 

『それから1ヶ月の間、会えなかった日々を埋めるように王子は少女と過ごしました。声を出すことが出来なくても、何故か少女が何を伝えたいのか王子には何となく分かり……少女は少女で、王子の勉学の時間に様々なことを一緒に学び、王子が城の騎士達と剣術を学ぶ際も見守り続けました。

そして、約束の1ヶ月……王子は前のように白の少女を側付きに預け、結果を聞くために再び王様に謁見します』

 

「……あの娘を城に置くことは許そう。だが、お前と婚姻を結ぶことは許可できない」

 

「……ッ!何故ですか!?確かに彼女は勉学などしたことも無い身分ではありましたが、この1ヶ月……俺と共に学ぶ事でかなりの知識を吸収し、家庭教師も驚く程の実力を備えています!王女として迎え入れるのに相応しいと……!」

 

「口のきけぬ者を、国母として認めるわけにはいかないからだ」

 

「……ッ」

 

「あの少女の実力は目を見張るものがある上、私は嫌っているわけではない。しかしお前は将来、私の跡を継いで国を動かす存在となる……側で支える王妃が口をきけぬと、良からぬ輩に利用されて終いだ。

……今、我が国では隣国と良い関係を結びたいと話を進めている。こちらのお前と同年代で双子の王子と王女がそうだ……意味は分かるな?」

 

「……そんな……」

 

「婚姻は結べないが、このまま城で共に過ごせることに変わりはないだろう」

 

……と、ここで僕と茅野の出番だ。隣国の双子の青の王子()緑の王女(茅野)……要するにこの劇中での僕等の設定は、カルマ君達の政略結婚相手役ってわけ。最初、現実で僕等はカルマ君とアミサちゃんを邪魔するつもりは無いのに、劇ではこんな役割って……と茅野と2人で抗議したんだけど、この配役で僕等を選んだのは他でもないカルマ君だったらしい。理由ははぐらかされたから分からないんだけど。

僕等が舞台へ上がり、青の王子と緑の王女だと自己紹介したところで、実は王様との謁見が始まったあたりで舞台に出ていたアミサちゃんが舞台袖に向かって走っていった。……ここまでの会話を聞いてしまったからだ。

 

『王子と王様達の会話を聞いてしまった白の少女は、城の外にある庭の隅で座り込んでいました。王様の配慮で、王子と結婚することは出来なくても、自分を大切にしてくれる人の側にいることは出来る……しかし、少女は泣いていました。だって魔女は言っていたから……〝王子と結ばれなければ白の少女は空気に溶けて消えてしまう〟と。その時、庭の影から少女を呼ぶ声が聞こえたのです』

 

「こ、……こっちですよ、こっち」

 

「……っ?!」

 

「あ、これ?えへへ、可愛い妹を亡くしたくなくて、私達も魔女さんにお願いしてきたんだよ〜。そしたら、羽と交換でこの短剣を貰ったの」

 

「空は飛べなくなっちゃったけど、特に変わりはないし気にならないから」

 

「王子があなた以外と結婚した次の日……朝日が昇る時がリミット。その前に、これで王子を殺すの……そうすれば、あなたは消えなくて済むし、妖精に戻れるって言ってたよ」

 

「……、……?」

 

「『私が王子様を殺すのか』って?無理なら、私達が殺ってあげるからさ。人間になってもあなたは私達の大切な妹……消えて欲しくなんてないもん」

 

服装は初めと同じだけど羽を無くした奥田さん、倉橋さん、岡野さん、矢田さんがアミサちゃんに声をかける。少しセリフに詰まりながらも奥田さんが話し始めて、ナイフ……対先生ナイフにアルミホイルを巻いて銀色に見せた物を矢田さんがアミサちゃんに手渡した。躊躇う様子を見せた彼女から、無理しなくてもいいとナイフを受け取ろうとした岡野さんを制して、アミサちゃんがナイフを服の中にしまう。……そろそろクライマックスだ。

 

『王様の決定に逆らうことは出来ず、王子は隣国の緑の王女と結婚することになりました。白の少女が存在していられる時間はどんどん無くなっていきます。そして、白の少女が姉達に教えられたリミットの直前……少女は静かに王子様の部屋へと忍び込みました』

 

「……、」

 

横になるカルマ君の近くへアミサちゃんが近寄っていく。壁には窓の代わりに菅谷君が描いた朝日が昇る直前の風景画が貼ってあった。それを一瞥した後、アミサちゃんは服の中に隠していたナイフを手に持ち、王子に突き立てようと思い切り振り上げて……、……そのまま振り下ろすことはなかった。自分の前で眠る相手を殺さなければ、自分の存在が消えてしまう……そうだとしても、好きな相手に手を下すことは出来なかったから。

そっと身を屈め、眠る王子の頭を軽く撫でると、白の少女は部屋から出ていこうとする……が、その腕を眠っていたはずの王子が掴んで止める。

 

「……ねぇ、俺を殺さないの?」

 

「……ッ!?」

 

「俺も、君のお姉さん達に会ったんだよ……俺を殺せば、君は元の生活に戻れるんだろ?元はといえば、俺が無理やり君をこっちに連れてきたのがいけなかったんだからさ……ほら、このナイフで俺を殺して元通りだ」

 

だから殺せと、カルマ君はアミサちゃんのナイフを持つ腕を取り、自分の胸にナイフを向けたけど……アミサちゃんは、静かに首を横に振った。そっと、手を重ねて窓の外へと視線を向ける……いつの間にか夜明け前の風景画には、朝日が登っていた。

 

「なんで……!……ねぇ、なんか光って……」

 

「………、……」

 

「『お別れ』って、……」

 

──だいすきです、王子様──

 

「!」

 

『白の少女は、王子を殺すことは出来ませんでした。好きになった相手の命を奪ってまで、生き続けたいとは思わなかったのです。魔女の計らいでしょうか……朝日が昇り、光の中に溶け消えていく白の少女は最期に声を取り戻し、いつの間にか姿が見えなくなっていました』

 

ふ、と笑みを浮かべたアミサちゃんが、カルマ君に顔を寄せ……キスをする。その瞬間、彼女の周りに銀色に光る蝶が舞い始め……気が付くと、最期まで被っていた花の冠を残して彼女の姿はどこにもなくなっていた。これが狭間さん達が使いたいと言ったアミサちゃんにしかできない表現……彼女が《月光蝶》のクラフトを使って姿を隠す際、光る蝶の幻影が見えると聞いて思いついたんだって。むしろ、これを入れたいがためにこのお話を作ったらしい。カルマ君は呆然とした様に、アミサちゃんの姿が見えなくなった空間を見ていたけど、残された花の冠をそっと手に取って抱きしめ、静かに座り込んだ。

……という所で舞台の照明が消えたけど、まだこの劇は終わりじゃない。僕等は……特に今の今まで舞台に出ていたカルマ君とアミサちゃんの2人は急いで舞台袖に駆け戻ってきて準備をする。

 

『時は現代。ここは椚ヶ丘……今朝もたくさんの学生達が町を歩いています』

 

律のナレーションが流れた瞬間、観客席がザワついた。そりゃあそうだ、たった今までファンタジーのような世界観が舞台の演劇だったのに、ナレーションの中にここ、『椚ヶ丘』という地名が出てきたのだから。

そして、照明や進行の関係で袖に残らざるを得ないE組の生徒以外全員が、椚ヶ丘中学校の制服を着て舞台を歩く……まるで朝の登校風景のように友達とじゃれあったり単語帳片手に歩いたり。そして僕はというと、服を着替えていつもの黒いカーディガンを羽織ったカルマ君の隣を歩く。不意にカルマ君が誰かの腕を掴み、僕は彼のいきなりの行動を不思議に思って足を止める。周りを歩いていた僕等以外のE組生たちがはけると、舞台の上には僕とカルマ君、そしてカルマ君に手を取られたアミサちゃんが振り返ってこちらを見ている。

 

「……え……?」

 

「ねぇ、君は──」

 

ここで、照明は一気に消され、舞台は暗転。

【完】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え、嘘、続きはどうなったんだよ!?」

 

「意味深に終わるな!ってか気になって飯に手がつかなかったじゃねーか!!」

 

暗転した後、そっと舞台袖から【完】と書かれた札を三村くんが出した途端、静かになっていた観客席から一気に声が上がった。1本目の『桃太郎』よりもいいお話だと思って演じたんだけど……結局何をしてもブーイングは来るんだね……

 

「お、終わったぁ〜……」

 

「お疲れ様!」

 

「ちょっとー、ブーイングの内容おかしくない?食べられなかったのは自分のせいでしょー?むしろ私達は食べずに()ってるっての!」

 

「うわ、生徒会長の顔怖ッ!いろんな意味で色々やらかしたからかなぁ」

 

「とりあえず、小道具諸々回収して校舎に戻るぞ!」

 

観客席はブーイングの声でうるさいくらいだけど、舞台にいる私たちの方だって負けないくらい声を上げて指示を出しあっていた。だって聞こえないもん、それくらい声を張り上げなくちゃ。

最後のシーンのために全員が制服には着替えていたから、あとは舞台上に残ってる小道具を回収して、舞台袖に置いてある衣装の類を分担して運べば帰れる。上手と下手に分かれて指示を出してくれている磯貝くんと三村くんの指示で動き、ブーイングやら最後の結末をあえて明確にしないまま終わらせたことへの文句を聴きながら、私たちはE組の校舎へと帰還した。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

E組はお昼ご飯の時間に発表だったからまだ誰も食べてなくて、教室に戻ってきてすぐにみんながお昼ご飯を広げる。いっそ机じゃなくてブルーシート敷いてみんなで食べよう、なんて言い出したのは誰だったか……なんだか、みんなでピクニックに来たノリになってる。

教室の中はみんながみんな、それぞれの頑張りを讃え合う。やり切ったと綺羅々ちゃんや殺せんせーが静かながら満足そうに喜んでる反面、普段の様子とはかけ離れた演技を見せてくれた杉野くんは机に突っ伏したり、有希子ちゃんに褒められて持ち上がったりと忙しそうだ。小道具専門で動いたクラスメイトもいたけど、大半がどちらかの演劇にキャストとして出ていたから、意外な姿ばかり見られて面白かった。

 

「アミサちゃんすごかったよ〜!特に後半!喋れない設定だから一切セリフ無いはずなのに、すごい色々伝わってくる演技だったもん!」

 

「そ、そうかな……でも、みんなの支えがあってこそだよ。ありがと……」

 

「ご、ごめんなさいぃ〜……私、緊張してどもってしまいました……」

 

「奥田さんも全然よかったって;ほら、このおかず交換しよ?」

 

「あー!矢田さんずるい!私とも!」

 

反省があったり褒めあったり。みんなそれぞれで頑張ったこの演劇発表会で、この中学での学校行事は最後……全部終わったんだ。

 

「先生、2つとも大きな役がもらえて幸せです……」

 

「桃太郎はともかく王様の時、殺せんせーキャラ変えたっしょ。いきなりやんないでよ……焦ったじゃん」

 

「いやぁ、ついつい熱が入ってしまいました。先生の相手役はカルマ君だけでしたから、器用な君でしたらフォローしてくれるだろうと思いまして」

 

「声だけの演技でいい殺せんせーと違って、俺舞台にピンだったんだから誤魔化すの相当大変だったんだけど?」

 

「先生的には、カルマ君の大切な恋人を認めない役柄でしたから、何時キレられるかと……」

 

「そんなの練習中から報復しまくってるけど」

 

「にゅやっ!?そ、そういえば変なことが何度も起きたような……」

 

「あー、殺せんせー。何回かあった差し入れ、あれほとんど全部カルマの仕込みありだぜ?」

 

「殺せんせーの避難場所に色々仕掛けてたのもカルマ君だったような気がする」

 

「あ!そういや裏山のエロ本スポットが荒らされてたのも……!」

 

「それは俺じゃない」

 

時々会話が脱線しつつ、結構重要な役を一緒に演じられた殺せんせーは満面の笑み。それに、普段過ごすだけじゃわからない私たちの姿や魅力を見つけられて、かなり嬉しそうだ。

次は、冬休み……烏間先生の協力で、かなり大掛かりな暗殺にも取り組める。今度こそ、殺るよ……覚悟してね、殺せんせー!

 

 

 

 

 




「そういえばさ、アミサちゃんが飲んでた、あの〝人間になる薬〟の正体ってなんだったの?」
「あ、それ私も気になってた。近くへ行った時に冗談じゃなく本当に泣きかけてたし……そんなに不味いものだったの?」
「というかよく飲んだな、そんな得体の知れないもの」
「用意したのがカルマ君だから躊躇せず飲めたんでしょ……」
「…………レ……」
「「「へ?」」」
「……豚角煮オレ……新発売だって、前にカルマが言ってた……すごい味だった」
「泣きかけてた理由、まさに選んだカルマ君のせいじゃん;」
「ゲ、ゲテモノで有名な煮オレシリーズがさらなる刺客を生み出したってか……」
「真尾、お前よく生きてたな……」
「……フルーツのならおいしいけど、アレを笑顔で飲みながらおもしろい味の一言で片付けられるカルマはすごいと思うの……思い出したら……うぷ……」
「そんなにか;」


++++++++++++++++++++


演劇、原作と全く同じにしないために色々考えていたら更新が遅くなりました。別ルートの演劇の時間用に考えた内容以外にも色々考えたのですが……実は暗殺者だった説のある『シンデレラ』とか。『ヘンゼルとグレーテル』とか。主役じゃないけど暗殺が絡んでくる『白雪姫』とか。《月光蝶》の設定を使いたくて蝶々の出てくる童話、暗殺教室に絡めて暗殺物と考えた結果、蝶=妖精の結論に達し、『妖精姫(ベースは人魚姫)』という形に。よく言いますよね、妖精は子どもにしか見えないとか←
というわけで、配役や役割分担もせっかく考えたので下に貼っておきます。……クラス全員、いますよね?

★劇の配役&裏方★
総監督兼上手側進行:三村
監督兼下手側進行:磯貝
脚本:狭間

【桃太郎】
ナレーション:律
桃:殺せんせー
おじいさん:杉野
おばあさん:神崎
弁護士:竹林、片岡
村の男達:寺坂、村松、吉田
警察:中村
犬、サル、キジ:前原、岡島、イトナ
小道具係:カエデ(川)、矢田(煙)

【人魚姫(妖精姫)】
ナレーション:律
白の少女:オリ主
赤の王子:カルマ
妖精の姉達:倉橋、矢田、奥田、岡野
黒の魔女:狭間
王様:殺せんせー
側付き:千葉、速水
騎士:木村、不破
青の王子:渚
緑の王女:カエデ
小道具係:原(衣装)、菅谷(風景画)

それでは次回のおはなしで。



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正体の時間

 

「……木がなぎ倒されてる……これ……、……相当な力で引きちぎられた跡……土がえぐれた跡まである……」

 

 

「……確か、昨日見回りしたあそこにも同じような跡が残ってた……」

 

 

「…………まさか、日本(こっち)に魔物がいるなんてことは、ない、よね……?聞いたことないし、……烏間先生も、そんな事言ってなかったし……」

 

 

「……、……もう少し、もう少しだけ見て回ろう。もし、ホントに魔物の仕業だとしたら……今、これに対処できるのは……」

 

 

 

────プルルル……ピッ

 

 

 

「…………こんばんは、烏間先生……E組の真尾です。椚ヶ丘市内に、おかしな場所を見つけました。今から少しだけ範囲を広くして見て回ろうと……いえ、無理なんてしてません。だって、お姉ちゃんと烏間先生が認めてくれる限り……そして、私が選ぶまでは……私はただの生徒でいられるんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演劇発表会が終わり、私たちが次に集中すべき舞台は、夏休みに次ぐ長期休暇という名の暗殺のチャンス……冬休みだ。烏間先生が政府に便宜を計ってくれたおかげで、私たち学生の考えた突拍子もない暗殺方法を実行するだけの予算や場所を確保してもらえた。この1年間、時期とか道具の関係で直ぐに実行は出来ない計画も、世間を知る大人だからこそ実行できない夢物語のような計画も、思いついたものは全て記録してある。政府公認で好きにやらせてくれるんだ、これを生かさない手はないよね。

 

「外が猛吹雪のペンションの中で暗殺!逃げ場を塞いだ狭い空間なら暗殺できるんじゃない?」

 

「うーむ、殺せんせーの弱点を上手く使いたいよな……雪山の雪を溶かして水にするとか……」

 

「雪崩ならぬ濁流的な?だったら夏休みみたいに集団戦法が一番いいのかな……」

 

様々な意見をみんな隠しもせずに堂々と話し合う……少し前に殺せんせーが教室を出ていったからこそできる話し合いだ。いつの間にか渚くんとカエデちゃんもいないし……でもあの2人だけで暗殺をしかけに行ったとは思えないから、なにか用事があったとかなんだろうな。

 

「アミーシャ、少なめのEPで使えるアーツ書き出してよ。《火》なら俺も試したいし」

 

「あ、さっき言ってた雪崩を水にって案で使えそうだもんね……ちょっと待ってて」

 

「や、単に俺が使える可能性があるのを把握しときたいだけなんだけど……って、もう聞いてないよねー」

 

いつもの様に煮オレ片手に(今日はサバ煮オレだ……生臭くないんだろうか)私の所へ来たカルマは、暗殺に生かせそうなアーツを聞きに来たみたい。私もそっち方面でなら専門的にサポートできそうだし丁度いいと思って、ノートを破って書き出していく。低位属性から順番に書き出していると、カルマは私の手元を覗き込んで何やら考えているようだった。

 

「《地》《水》《火》《風》《時》《空》《幻》……前にも聞いたかもしれないけどアーツの属性ってさ、自然界の元素とそれ以外を構成するものって感じ?」

 

「んー……そだね、四大元素は言わずもがなだけど、《時》は時間、《空》は空間、《幻》は認識を司るって言われてるから、それらに干渉して起こす魔法って感じかなぁ……と、はい。旧式の導力器で使えるアーツはこんな感じだよ」

 

「サンキュ、……旧式?」

 

「戦術導力器って、どんどん新しいタイプが作られてるから……私のエニグマ(これ)だって、最新式に比べたらお古もいいとこなんだよ」

 

「へー……ちなみに、戦術導力器って他にどんなのがあるの?」

 

「えーっと……導力器、新型導力器って風にただオーブメントとだけ呼ばれてた時期があって……次がENIGMA(エニグマ)、私のコレが2年前主流だったENIGMAⅡ(エニグマ2)で……確か、その後すぐにARCUS(アークス)ARCUSⅡ(アークス2)が実戦配備され始めて、もうすぐRAMDA(ラムダ)が出るって聞いた気がする」

 

「アミーシャのヤツは既に3世代前の物ってこと?2年間でそれってどんだけ切り替わりが早いんだよ……」

 

指折り数える私の横で、スマホの最新機種みたいなものなのかな……とカルマは自分なりに解釈して納得してる様子だった。導力器って、切り替えごとに新機能がついたり強化されたり色々変わるから……。最近の物だと、導力器を介してパートナーと繋がり、感覚の共有ができるものもあるらしい……ただ、連携の幅が広がる反面、適性がなかったり不仲な相手だと使えないみたい。新しいバージョンだからこそ威力や戦術に差が出るし、私もそれに調整しようかと思ったこともあるけど……、感覚共有をする相手がいないならそっちに切り替えるよりは慣れているものの方がいいと考えてそのままだ。導力器(これ)を開発しているエプスタイン財団が突発的にバージョンアップするものだから、現場運用するのが大変だってロイドさんたちが言ってたな……前のタイプでは使えたクオーツが使えなかったりアーツ構成を1から覚え直したりする手間が痛いって話だ。

 

「……とりあえず、色々大変なんだってことは分かった」

 

「あはは……でもその分やっぱり利点も大きいから。これ1つで戦況がガラッと変わることもあるくらいだし…………、………………?」

 

「……なに?」

 

「えっと……今、なにか聞こえなかった?重たいものを地面にぶつけるような、そんな音……」

 

「……別に聞こえなかったけど……」

 

ドーンって、地面に響くような低くて重たい音が外から聞こえた気がして、会話を中断して顔うーんを上げた。でも、すぐそばにいたカルマは聞こえなかったって言うし、教室の中のみんなだっていつも通り……私の気の所為だったのかな。

そう、流してしまおうとした時だった。

 

────ドゴォォン!!

 

「「「!?」」」

 

「な、何今の音!!」

 

「校舎の中じゃない……多分、外……道具倉庫の方だよ!」

 

「行こう、こういうのは分からないままでいる方が危ない!」

 

私が聞いた音とは比にならない轟音が響き、教室中のみんなが声を上げる。教室から飛び出していく何人かの後に続いて、私も追いかけた。教室の揺れから考えても、校舎内から聞こえた音じゃない……方向的に、校庭近くの道具倉庫からだと考えていいと思う。そう、前を走る人に向かって声をかけると、なんとか聞こえたのか手を挙げてそちらへ進路を変えて先導してくれて……たどり着いたそこには、教室にいなかった殺せんせーたちがいた。

砂埃をあげる倉庫と地面、大穴の空いた地面の隣に泥だらけになって座っている殺せんせー、慌てたように倉庫から飛び出してきた渚くん、そして、倉庫の屋根の上に立っているのは、

 

「……か、」

 

「……茅野さん……何、その触手?」

 

首元から2本の触手を生やしたカエデちゃんだった。いつものツーサイドアップの髪型を下ろし、別人のように険しい表情をした彼女は、冷たい目をして私たちを見下ろしていた。

 

「あーあ、懇親の一撃だったのに。逃がすなんて甘すぎだね、私」

 

「茅野さん、君は一体……」

 

「ごめんね、茅野カエデは本名じゃないの。アミサちゃんと一緒……この教室に入るために名前を変えたんだ。……雪村あぐりの妹……そう言ったらわかるでしょ?人殺し」

 

……雪村あぐり……それって、

 

「しくじっちゃったものは仕方ない、切り替えなきゃ。明日また殺るよ、殺せんせー、場所は直前に連絡する。触手を合わせて確信したよ……必ず殺れる、今の私なら」

 

そう、一方的に殺せんせーへの約束を取りつけたカエデちゃんは、触手を使ってどこかへと消えていった。みんな、いきなりのカエデちゃんの豹変に何も言うことができなかった。その様子を見ていたイトナくんが信じられないとばかりにカエデちゃんがいなくなった方向を見ている。触手を移植していたからこそ分かる、痛み、苦しみ……それらを表情に出すことなく今の今まで耐えていた事実に驚いて。

そしてもう1つ、E組のほとんど全員を驚かせた事実があった。『雪村あぐり』……律ちゃんとイトナくんは会ったことがない相手……殺せんせーがE組に来る前の担任の先生の名前だ。私とカルマだって教室で会うことがなかった人だ。停学を終えて教室に入った時にはもう、殺せんせーがいて……雪村先生はいなくなっていたから。

 

「……俺、どっかで茅野を見たことあると思ってたんだ」

 

「んー……雪村先生とは似てなかったと思うけどな」

 

「いや、それより前だ。キツめの表情と下ろした髪で思い出した……磨瀬榛名って憶えてるか?どんな役でも軽々こなした天才子役の。休業して結構経つし、髪型も雰囲気も全然違うから……気付かなかった」

 

カエデちゃんの顔を正面に見た時から、スマホに目を落として何かを探していた三村くんが、写真フォルダの中から1人の女の子の写真を表示させる。見せてもらったそこに映っていたのは長い黒髪を下ろして、キツめの表情を浮かべた10歳前後の女の子……カエデちゃんと全然違うように見えるけど、どこか面影がある。

 

 

茅野カエデは偽名……E組のクラスメイトだけど、ホントはどこにも存在しない女の子。

 

磨瀬榛名は芸名……今ではテレビに映らない、長期休業中の元天才子役。

 

雪村あぐりの妹……私たちの知らない、触手を持った1人の復讐者。

 

 

「……どれが、彼女の本当の顔なんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『殺してやる!!あんたみたいな人でなし!!』

 

「……言われてみれば、確かに茅野だ」

 

律ちゃんが三村くんのスマホと繋いで、磨瀬榛名の代表作とも言える作品の名場面らしい……下卑た笑い声を上げる男の人に、ボロボロの服を着た今よりずっと幼いカエデちゃんが掴みかかって悲鳴のような叫び声を上げている映像を再生する。いつも教室で見ていた彼女と全然違う印象を受けるソレは、このE組の人たちのほとんどが見た事のあるドラマらしく……1年間一緒の部屋にいたのに気づけなかったことを悔しがるよりも、どこか納得していた。この演技力があったから、誰にもバレることなく正体を隠していられたんだ、と。

誰とでも仲良しなカエデちゃん……だけど、同じくらい誰とでも深くかかわろうとしなかった。この教室は『暗殺教室』……自分の触手での暗殺を決行するまで何もしなければ逆に怪しまれるからこそ、カエデちゃんは巨大プリンを使った暗殺を仕組んだ。明るく楽しく()()()()危険のない茅野カエデを演じることで、今日、今の今まで殺せんせーに警戒させなかった。

 

「……殺せんせー。茅野……先生の事、人殺しって言ってた。……過去に何があったんだ?」

 

「こんだけ長く信頼関係築いてきたから……もう先生をハナっから疑ったりはしないよ」

 

「でも、もう、殺せんせーの過去の話……してもらわなくちゃ、誰も今の状況に納得出来ない。そういう段階なんです」

 

私たちだけじゃない……事態を知って駆けつけた烏間先生とイリーナ先生からも真剣なは表情を向けられて、殺せんせーは大きくため息をついた。

 

「……、……わかりました。先生の……過去の全てを話します。ですがその前に、茅野さんはE組の大事な生徒です。話すのは……クラス皆が揃ってからです」

 

そう、殺せんせーが絞り出すように言った時だった。ブー、ブー、とバイブの音……殺せんせーのスマホからだ。あの時、私たちの前から去る直前、カエデちゃんはスマホを差し出して連絡すると言っていた……これがその連絡なんだろう。

殺せんせーがそっと私たちに見せてくれたメール画面……そこには『今夜7時、椚ヶ丘公園奥のすすき野原まで』と、カエデちゃんらしくない簡潔な文面で、要点だけが書かれていた。それを見た私たちの心はすぐに決まった。彼女は殺せんせー1人だけで来るように、なんて条件は付けてない、だったらみんなで説得に行こう。真実を、知るために。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

午後7時……カエデちゃんに指定された椚ヶ丘公園奥のすすき野原には、殺せんせーと烏間先生、イリーナ先生、そして制服のままではあるけど上から防寒着を羽織った私たちが集合していた。ここは、辺りにすすきがたくさん生えていること以外に何も無い平坦な場所……遮るものも何もないから、その真ん中で1人佇んでいるカエデちゃんを見つけるのはとても簡単なことだった。

 

「来たね。じゃ、終わらそ!」

 

触手を生やしている以外にはいつも見ていた笑顔と、全く変わらないそれを浮かべるカエデちゃんは、この12月という寒い季節に着るにはおかしい……ノースリーブのワンピースに厚手のマフラーという服装をしていた。あれは……寒さを感じていないの……?

そして、私たちが来たことに気づいた彼女は触手を振るい、目の前のすすきを薙ぎ払った。その部分だけすすきの背が低くなり、より私たちとの間を遮るものがなくなる。

 

「殺せんせー……先生の名付け親は私だよ?ママが「滅ッ」してあげる」

 

「茅野さん、その触手をこれ以上使うのは危険すぎます。今すぐ抜いて治療をしないと命にかかわる」

 

「何が?すこぶる快調だよ。ハッタリで動揺狙うのやめてくれる?」

 

「茅野……全部、演技だったの?楽しい事色々したのも……苦しい事皆で乗り越えたのも」

 

「演技だよ。これでも私役者でさ……渚が鷹岡先生にやられてる時、じれったくて参戦してやりたくなった。不良に攫われたり死神に蹴られた時なんかは……ムカついて殺したくなったよ。でも耐えてひ弱な女子を演じたよ。殺る前に正体バレたら……お姉ちゃんの仇が討てないからね」

 

殺せんせーの訴えにも、渚くんの問いかけにも動揺も躊躇いもなく即答していくカエデちゃん……そのまま触手とともに殺せんせーを指差して、表情には影がさす。この行動原理は自分のためじゃなくて、お姉さんのため……カエデちゃんはそれだけ、お姉さんのことが大好きだったんだろう。

 

「この怪物に殺されて……さぞ無念だったろうな。教師の仕事が大好きだった、皆の事もちょっと聞いてたよ」

 

「知ってるよ、茅野。2年の3月……2週間ぽっちの付き合いだったけど、熱心ですごくいい先生だった」

 

「そんな雪村先生を、殺せんせーはいきなり殺すかな?そういう酷い事……俺等の前で1度もやった事ないじゃん」

 

「ね、だから確認しよ?殺せんせーの話だけでも聞いてあげようよ、カエデちゃん」

 

カエデちゃんは、私たちの呼びかけを静かに目を伏せて聞いてくれている……これはもしかしたら、声が届いているのかもしれない。でも、静かに向けられる殺気は、ずっと変わらない。それがどういう意味かは分かっていたけど、もしかしたらに賭けたくて……声をかけ続ける。

 

「停学中の俺とアミーシャの事を家まで訪ねてくるような先生だったよ……ね?」

 

「うん。確か……兄妹だっけとか、中学生で同棲するなんてとか、ふじゅんいせーこーゆーがどうとか……色々言われた気がする」

 

「よく覚えてるな……というか、雪村先生の前でもそれが通常運転だったんだな、お前ら」

 

「……雪村先生のそれ、世間一般当たり前の反応だと思うぞ」

 

「……でも、それ以外にも人を信じたくなかった私が、話を聞こうって思えるくらいお人好しな人だって思った。わざわざ家まで来るなんて変な人だなって……」

 

「本トだよ……服装も変だったし」

 

「ダメだ、この2人だけじゃなくて雪村先生も通常運転だったわ」

 

停学中、課題を届けるために何度か家まで来てくれていた雪村先生。最初は勢いが怖くてカルマ任せにしていたけど、何度も顔を合わせるうちに会話は出来ない代わりに近くで話を聞くくらいはできるようになった。この人は建て前で話してない、本心からホントに思ってることを口にしているだけだって分かったから。私を見て話してくれていると感じたから。

そんな人が、E組に行ってみたらいなくて……どれだけ驚いたことか。誰も知っている人がいなかったから聞くにも聞けなくて、ずっと不思議だったんだ。まさか……亡くなっているとは思わなかったけど。

 

「とにかく……茅野ちゃん、本トにこれでいいの?今茅野ちゃんがやってる事が……殺し屋として最適解だとは、俺には思えない」

 

「体が熱くて首元だけ寒いはず……触手の移植者特有の代謝異常だ。その状態で戦うのは本気でヤバい。熱と激痛でコントロールを失い、触手に生命力を吸い取られ、最悪……死……」

 

イトナくんもなんとか止めようと言葉を続ける。イトナくん自身も触手持ちだったからこそ向けられる経験談には、死のリスクが含まれていた。リスクの無い挑戦だったら止められないかもしれない、でも、自分の命がかかっているなら……

 

「……うるさい、部外者達は黙ってて」

 

そんな希望は、顔を上げたカエデちゃんの触手に音を立てて燃え盛った炎によって、砕かれた。

 

「どんな弱点も欠点も、磨き上げれば武器になる……そう教えてくれたのは先生だよ。体が熱くて仕方ないなら……もっともっと熱くして、全部触手に集めればいい!」

 

「だめだ、それ以上は……!」

 

殺せんせーが止める声も間に合わず、殺せんせーとカエデちゃん……2人の周りを炎のリングが囲い、私たちとの間に壁ができてしまった。

 

「最っ高の状態(コンディション)だよ……全身が敏感になってるの、今ならどんなスキでも見逃さない」

 

「やめろ茅野!こんなの違う!」

 

今にも炎の壁も気にせずに飛び出そうとしている渚くんを、莉桜ちゃんと杉野くんが押さえつけている。前に進めない分声を飛ばす……誰だって、仲間が死に向かうことを黙って見ていられるはずがないから。

 

「僕も学習したんだよ!自分の身を犠牲にして殺したって……後には何も残らないって!」

 

「……自分を犠牲にするつもりなんてないよ、渚。ただコイツを殺すだけ……そうと決めたら、一直線だから!!」

 

だけど、既に触手の力を解放してしまっているカエデちゃんには、届かなかった。まるで火山弾のように縦横無尽に降り注ぐ激しい攻撃……見事なくらい殺せんせーの触手の動きをよんで触手を操るセンス……これが、カエデちゃんが押し殺してきた本心なんだろうか。

 

「イトナ、元触手持ちという観点から見て、あれはどーなんだよ」

 

「……俺よりもはるかに強い。今までの誰よりも殺せんせーを殺れる可能性がある……けど、」

 

「きゃははっ、ちぎったちゃったぁ……ビチビチうごいてる♡」

 

「……わずか10数秒の全開戦闘で、もう精神が触手に侵食され始めている」

 

「……あんなの、カエデちゃんの意思じゃないよ……」

 

「もうアレは茅野の意思以上の攻撃……あそこまで触手に侵食されたらもう手遅れだ。復讐を遂げようが遂げまいが、戦いが終わった数分後には……死ぬと思う」

 

「そんな……っ」

 

カエデちゃんと殺せんせーの戦闘は、外にいる私たちから見ても一方的だった。

カエデちゃん……と触手は殺せんせーを『殺す』ために急所を狙い、自分を省みないで全力をぶつけている。対して殺せんせーはカエデちゃんを『殺さないで助ける』ために攻撃を避けたり触手を操ったりしている……だから反撃なんて出来ないし、常に受け身でいるしかない。

 

「ホラ、死んでッ殺せんせー!死んで!死んで!!死んでッ!!」

 

 

声を上げているカエデちゃんの方が死んでしまいそうな、悲痛な叫び声。一撃一撃が重たくて、殺せんせーが避けきれなければ切断された触手が飛び、避ければ地面に大穴を開けていく。炎を纏った触手は広範囲にわたってムチのように振るわれているから、当たらない位置にいるはずの私たちの方にまで、火の粉が舞い、中へ入ることを許さない。

 

 

 

 

 

このまま、何も出来ずに見てることしか出来ないの……?

 

 

 

 

 

 

 




「……ダメ元で聞くよ、アミーシャ。茅野ちゃんを止められる?」
「そ、そうだよ!アミサちゃんのアーツならこんな炎のリングも関係なく……!」
「そうだね……止められないことはないかもしれない。だけど、それをしちゃった時点でカエデちゃんの命の保証はできない」
「なんで!?やってみなきゃ……!」
「今、カエデちゃんは殺せんせーを殺すことに()()執着してる……そこに部外者が入り込んだらどうなるのか全然予想がつかないから。それに……あそこまでの全力戦闘を相手にするなら、手を抜いた方が死んじゃう……」
「……つまり、殺すつもりじゃないと乱入はできないってことか」
「……っ」
「……そう、まあダメ元だったし」



カルマは私に、カエデちゃんを止められるかどうかを聞いた。
それを聞いていたクラスメイトは『アーツを使って』止められないかと方法を限定した。
だから私は……他の方法を使って止めに入ることについては、答えなかった。
あの戦場の中に入ることが出来て、その方法を使ったとしても……カエデちゃんを助けられるかどうかはわからなかったから。
……きっと、入れさせてももらえなかっただろうし。
それに、お姉ちゃんとも約束したんだから……私は、大切なものを守るために『私』を使うって。
死なせるために使うわけじゃない。
だから、黙ってた。



──だまってた、のに……予想できないことって、いつ起きるのか分からないものなんだね。


++++++++++++++++++++


書き溜めてあったので、短めですが投稿。
ついにカエデの正体が明かされるお話まで到達しました。戦闘描写を書くよりもE組みんな(主にオリ主ですが)の心情を書く方が大事かと思い、そちらを優先しましたが……

以前から予告していました1つのエンドまで、残り少しになってきました。……暗殺教室はまだ終わらないはず?そうなのですが、何故そうなるのかは……次回で!


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後悔の時間

展開の都合上、少しお話が前後します。



「死んで!死んで!!死んでェッ!!!

 

止まない嵐のような触手の猛攻に、私たちの中で誰1人として間に入ることが出来る人はいなかった。……ううん、唯一渚くんがあの中へ飛び込もうとしてたんだけど……何の対策もないままあの場所へ行ったら、ついていけなくなって終わりだ。カエデちゃんが『殺せんせーを自分の手で殺す』目的を果たすことに対して、部外者でしかない存在に配慮することなんて頭にないだろうから。私たちには無理でも……と、普段なら頼ってしまいそうな烏間先生やイリーナ先生も、あの中にはさすがに入っていけないらしく、難しい顔をしている。

 

「なんとかなんねーのかよ……茅野が侵食されてるのを見るしか……ッ」

 

「でも、どうしたらいいの……?」

 

こんなの、見ていられない……見ていたくない。多少の違いはあれど、そうみんなが思った時だった。「みなさん!」という呼びかけと一緒に、目の前に殺せんせーの顔だけドアップの分身がいくつも現れたのは。殺せんせーが言うには、カエデちゃんの攻撃に隙が見つけられなくて、顔だけ伸ばして残像を作っているんだとか……器用なことをしてるとは思うけどこっちの方が難しい気がするのは、どうなんだろ。

 

「手伝ってください!一刻も早く茅野さんの触手を抜かなくては!!彼女の触手の異常な火力は……自分の生存を考えてないから出せるものです!一分もすれば生命力を触手に吸われて死んでしまう!」

 

触手とカエデちゃんの殺意が一致している間は、触手の『根』が宿主の神経に癒着している……だからカエデちゃんは『殺せんせーを殺す』ために、触手を自分の手足のように自由自在に操れるんだ。時間があるのなら、イトナくんの時みたいに時間をかけて意思を切り離せばいい……だけど生命力がギリギリな状態のカエデちゃんには、もう説得している時間が無い。戦闘を終えて時間をかけて触手を抜くのでは間に合わないなら……

なんとか戦闘を終える前に、戦いながら抜くしかない。

 

「彼女の……というより、触手の殺意を叶えるため、先生はあえて最大の急所である心臓を突かせます。触手が先生の心臓に深々と刺さり、〝殺った〟という手応えを感じさせれば……少なくとも『触手の殺意』は一瞬弱まる。その瞬間、君達の誰かが『茅野さんの殺意』を忘れさせる事をして下さい」

 

「……殺意を……」

 

「一致している殺意を切り離すためってことは分かるけど、どうやって?」

 

「方法は何でもいい、思わず暗殺から考えが逸れる何かです。寺坂君がイトナ君にやったように、君達の手で彼女の殺意を弱めれば……一瞬ですが触手と彼女の結合が離れ、最小限のダメージで触手を抜けるかもしれない」

 

確かに、その方法なら……カエデちゃん助けられる確率は上がるかもしれない。でも、触手を抜くまでの間、殺せんせーの心臓にはカエデちゃんの触手が刺さったままってこと……。先生は上手いこと死なない程度の場所を狙わせるつもりらしいけど、急所には変わりない。それでも、クラス全員が無事に卒業できないのが、自分が死ぬよりも嫌だと、こんな状況なのに先生は笑って言った。

猶予はもうほとんどない……30秒ほど交戦したら決行すると言い残して、殺せんせーの残像は消えてしまった。またカエデちゃんの攻撃を受け流すことに専念し始めたんだろう。

 

「あの闘いに乱入してカエデの殺意を忘れさせろって……どーすんのよ、ガキ共に一発芸でもさせろっての?」

 

「一発芸……ハッ、そうだ三村」

 

「ん?」

 

「エアギターやれ、テメーの超絶技を見せてやれ」

 

この局面で!?いい事思いついたってドヤ顔するなよ吉田!むしろ俺に殺意が向くよ!!」

 

「いいからやれって!」

 

「いや無理でしょ!!」

 

「じゃあどうすんだよ!!」

 

……猶予はたったの30秒……いきなり殺意を忘れさせる何か、なんて言われても、そうすぐには思いつくはずがない。吉田くんは三村くんに無茶振りし出すし……さすがのカルマもこんな場面ではからかったり軽口を言ったりは出来ないみたいで、口元に手を当てながら考え込んでいる。

カエデちゃんの好きな物、思わず驚くようなもの、見入ってしまいそうなもの……思いついたものを上げてみてもどれもしっくりこない。実行する人に危険があったり、間に合いそうもなかったり、カエデちゃんが傷ついてしまうようなものしかなくて……ダメだ、もう、時間が……!

 

「……アミサちゃん」

 

「!」

 

「茅野が殺せんせーの心臓に触手を刺した瞬間……僕があのリングの中に入れるように、あの炎の壁をなんとか出来る?」

 

渚くんが私の肩に手を置いて話しかけてきた。私に話しかけてるけど、目はカエデちゃんをじっと見つめていて……きっと渚くんには、何か考えがあるんだろう。みんながみんな慌てている中、決心したように前を向く彼が、その一手のために私を頼ってくれた……だったら、私の答えは1つしかない。

 

「……やる、やってみせる!」

 

「……お願い」

 

そう言って炎の壁に向かって歩き出した渚くんを見つめながら、導力器の蓋を開け……いくつかのクオーツをなぞる。あそこまで動き回っている対象を避けてアーツを放つのは出来なくはないけど難しい。周りを巻き込まず、攻撃しないで、炎だけに対して直接的に働きかけるなんてちょうどいいアーツは存在しない……だけど、これなら上手くいくかもしれない。

 

──ズドンッ!

 

「殺ッ……タ……、──ッ!?」

 

「君のお姉さんに誓ったんです。君達からこの触手()を放さないと」

 

ついに殺せんせーが、今までかばっていた心臓を守る触手をどけてカエデちゃんの攻撃を受け入れる……作られたその大きな隙をカエデちゃんが見逃すはずがなく……殺せんせーの体に勢いよく触手が突き刺さった。一瞬動きの止まった彼女の体を、殺せんせーが触手で抱きしめて動きを止めているけど……カエデちゃんはトドメを刺すために捕まったまま触手をねじ込もうとしていて、殺せんせーは堪らず口から体液を吐いた。……ここだ、

 

「──A─リフレックス(魔法反射アーツ)

 

「!」

 

「渚……!」

 

「渚君……」

 

《空》の金色の光が渚くんに集まっていき、彼が炎の壁を通り過ぎる瞬間に炎を弾いて道ができた。《A─リフレックス》は本来は1度だけアーツや導力現象を反射することが出来るアーツ……炎を物理的なものと考えないなら、これで体から弾くことが出来るかもしれないと思っていた。近くにクラスメイトがいたら、炎が反射されて火の粉が飛んでいたから危なかったかもしれないけど……、うん、範囲外でよかった。

……静かに、だけど足を止めることなく真っ直ぐに、渚くんはカエデちゃんへと近づいていく。誰も手を出せずにいた中、たった1人で何かしようとしている。みんなが固唾を飲んで見守る中、渚くんは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──カエデちゃんにキスをした。

 

「「「なぁっ!?」」」

 

「「わぁ……」」

 

「ふふ……」

 

「「チャンス!」」

 

目が飛び出るほどに見開いて驚く人がたくさんいる中、いきなりのラブシーンに頬を染めている人、不敵に笑う人、……写真なのかムービーなのかスマホを構える人。みんながみんなそれぞれが()()()反応を見せる中、渚くんはカエデちゃんに向き合い続けている。……あれって、もしかしなくてもイリーナ先生直伝のキステクというやつなのでしょうか……カエデちゃんに危害を加えず、尚且つ殺意を忘れさせる手段にこれを選ぶって。……むしろ、よく思いついたと思う。

最初は殺意をもったまま抵抗していたカエデちゃんだったけど、途中で自分を取り戻したのか違う抵抗に変わっていたように見える。渚くんが逃げないように頭を押さえていたせいで、最終的に意識を飛ばしてしまったみたいだ。

 

「殺せんせー、これでどうかな?」

 

「満点です渚君!今なら抜ける……ッ!!」

 

触手の殺意が薄れ、カエデちゃん自身の殺意も渚くんによって鎮められた瞬間、殺せんせーは猛スピードで触手の根を抜き始めた。初めは目の近くまで赤黒い血管が浮かんでいた皮膚が少しずつ元の色を取り戻し始め……ズルンと2本の触手がカエデちゃんの首元から摘出された。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「茅野さん……!」

 

「待って、火を消すから……、ブルードロップ(水属性攻撃魔法)

 

「サンキュ、真尾!」

 

駆け寄ろうとしたクラスメイトを止めて、まだ炎を上げているすすき野原に大きな水泡をいくつか落とす……攻撃性があるから、さっきはどうしても使えなかったアーツだ。火元であるカエデちゃんの触手は摘出されたし、このまま火は消えていくと思う……今度こそ、私たちはカエデちゃんと殺せんせーの元へと駆け寄った。

 

「これで……茅野さんは大丈夫になったんですか?」

 

「……ええ、おそらく。しばらく絶対安静は必要ですが」

 

愛美ちゃんがカエデちゃんを膝に乗せて楽に寝られる体勢を作る……呼吸も穏やかだし、命の危険はなくなったんだと思いたい。殺せんせーからの要請とはいえ、気絶させてしまった渚くんも安心したように大きく息をついていた。

……と、ここで今回の功労者(渚くん)の元へと近づく影が……

 

「王子様〜、キスで動きを止めるとはやるじゃないか」

 

「ちゃんと写真も動画もバッチリ撮れてるから、後でグループに流しとくね」

 

「殺意を一瞬忘れさすには有効かと思って。茅野には後でちゃんと謝るよ……って、やめてよカルマ君!?」

 

「え、もう送信しちゃった」

 

「カルマ君ッ!!?」

 

「その動画、私にも後で送りなさい。そ・れ・よ・り・も……キス10秒で15HITなんて……まだまだね。この私が強制無差別ディープキスで鍛えたのよ?40HITは狙えたはずね」

 

「……へ、HIT……?」

 

あ、メッセージアプリの3年E組グループチャットに早速動画と写真が……早速ネタにしているカルマと莉桜ちゃんが渚くんをからかいに行ったかと思えば、イリーナ先生まで乱入してる。……でぃ、でぃーぷきすって、授業中にご褒美だとかお仕置きだとかで問答無用にイリーナ先生からされた、あの舌を入れるキスのことだよね……あれってHITとかあったの?ちょっと前の放課後塾でイリーナ先生が作ってた『3年E組キステクランキング』なるものの上位に入ってた前原くんやメグちゃんは20HITは超えるって漏らしてる。でも、今回の渚くんのは目的がキスじゃないわけだし、そんなにHITが上がらなくても……イリーナ先生的にはよくないみたいです、ごめんなさい。

 

「……ゲホッ」

 

「「「殺せんせー!?」」」

 

「……平気です。ただ、さすがに心臓の修復には時間がかかる。先生から聞きたい事があるでしょうが……もう少しだけ待って下さい」

 

やっぱり、心臓……致死点を何とかズラしたのだとしても急所を貫かれて、何ともないということは無いようで。ボタボタと口から液体……色は違うけど、私たちで言う血液なんだろうそれを吐き出した殺せんせーは、どこか冷や汗をかいているようにも見えた。

ここまで弱っている殺せんせーを見るのははじめてで……ホントなら、これをチャンスと考えて暗殺を仕掛けるべきなんだろうけど……できなかった。多分みんな、この1年の間隠されてずっと気にし続けてきた殺せんせーの過去を聞くって、決めていたからだと思う。

 

「……う、ん……」

 

「っ!おい、殺せんせーは後でいいだろ、それよりこっちだ……目ェ覚ましたぜ」

 

「茅野さん……よかった」

 

弱々しく微笑みながらもカエデちゃんが無事に命を繋いだことを喜ぶ殺せんせーの声を聞いてか、彼女はゆっくりと首を傾けながら周りを見回している。E組のみんなで……先生もみんな揃ってカエデちゃんを見ていることに気づいたのか、少し気まずそうに視線を落とした。

 

「……最初は、純粋な殺意だった。けど、殺せんせーと過ごすうちに殺意に自信が持てなくなっていった。この先生には私の知らない別の事情があるんじゃないか、殺す前に確かめるべきじゃないかって。でもその頃には……触手に宿った殺意が膨れ上がって、思い止まることを許さなかった。……バカだよね、皆が純粋に暗殺を楽しんでたのに、私だけ1年間ただの復讐に費やしちゃった」

 

悲しそうに俯きながら、自分の思いを吐き出していくカエデちゃんを、私たちは黙って見つめていた。だって、そんな思いを抱えていたなんて……全然気づいてなかったから。いつも明るく楽しく、笑って、怒って、……そんな表面上の顔ばかり見ていて気づいてあげられなかったから。

 

「……茅野にさ、この髪型を教えてもらってから……僕は自分の長い髪を気にしなくて済むようになった」

 

そんな空気の中、話し始めたのはやっぱり渚くんだった。1番、誰よりもカエデちゃんの近くにいて、1番彼女のことをよく見てきたから。

 

「茅野も言ってたけど、殺せんせーって名前……皆が気に入って1年間使ってきた。目的が何だったとかどうでもいい、茅野はこのクラスを一緒に作りあげてきた仲間なんだ」

 

隣にいても、カエデちゃんの苦しみは分かってあげられなかった。

隣にいても、カエデちゃんの心の奥のことは察してあげられなかった。

……隣にいても、たくさん一緒に笑った毎日が全部(演技)だなんて思えなかった。

だって笑顔で過ごしている彼女も、復讐に真っ直ぐ全力をぶつける彼女も、全部ひっくるめての『E組の茅野カエデ』なんだから。そんな彼女とこの1年、同じクラスで過ごしてきたんだから。

 

「……ね、だから先生の話、皆で一緒に聞こうよ」

 

「……うん、ありがと……もう演技、やめていいんだ」

 

ボロボロと涙を流し始めたカエデちゃんは、もう復讐にとらわれた表情をしていなかった。今まではきっと、殺せんせーを殺すために……そして触手の意思に飲まれないためにって、たくさんたくさん自分を押し殺してきたんだと思う。それこそ、本心なんてないし全部を演技だって言いきれちゃうくらいだったし……。だけど、そうやって溜め込み続けた感情を、やっと、ダムが決壊するように一気に吐き出すことが出来たんだと思う。

そんなカエデちゃんの様子を確認してから、私たちみんなを代表して、磯貝くんが殺せんせーに訴えかけるように話し出した。多分、今、この時……E組みんなの求めているものは1つになっていたから。

 

「……殺せんせー、茅野はここまでして先生の命を狙いました。並大抵の覚悟や決意じゃできない暗殺だった。これは……先生の過去とも、雪村先生とも、そして俺等とも関わりがあるって言えます。……話して下さい。どんな過去でも、真実なら俺等は受け入れます」

 

「……できれば、過去の話は最後までしたくなかった。けれど……しなければいけませんね。君達の信頼を、君達との絆を失いたくないですから」

 

誰も何も言わない時間が流れ、ザザザ、とすすき野原を冷たい風が通り過ぎていく。ゆっくりと殺せんせーが体を起こし、重たい口を動かして話出そうとした……それと同時に、

 

──ヒュ……ビシッ!

 

「「「!?」」」

 

「な……」

 

「銃撃……!?どこから……」

 

……空気をきるような鋭い音が響き、狙われていた殺せんせーが慌てて地面に体を伏せる。伏せたそのすぐ上を通っていったソレは、先生が避けたことで地面に当たって小さな穴を開けている……勢いからしてライフルによる銃撃だと思う。

12月の午後7時過ぎって、野外では電灯がなければだいぶ暗くて視界が狭い。さっきまではカエデちゃんの炎で明るかったけど鎮火してしまったから、私たちを照らすものといえば月明かりくらいだ。だからといって何も見えないわけじゃないし、だいぶ暗闇に目が慣れてきた。静かに射線の先をたどると私たち以外に立っている人物たち……離れたところの小さな丘に2つの人影が見える。

 

「使えない娘だ。自分の命と引き換えの復讐劇なら……もう少し良いところまで観れるかと思ったがね」

 

「……シロ!」

 

「大した怪物だよ……いったい1年で何人の暗殺者を退けて来ただろうか。だが……ここにまだ2人ほど残っている」

 

私が声を挙げなくても、名前を呼んだイトナくんを筆頭にみんなシロさんたちの存在に気づいたみたいだ。この暗さの中でも目立つ白い衣装のシロさんはハッキリ分かる……でも、あそこにいるのはもう1人で……、……誰?銃を持っていることから、殺せんせーを狙撃したのはこの人なんだろうけど、真っ黒な服で顔までファスナーを上げているのか……性別すらも判別できない。

 

「最後は()だ。全て奪ったおまえに対し……命をもって償わせよう」

 

「…………」

 

口元でゴソゴソと、何かを取り外すような手の動きを見せていたシロさんは、次の瞬間声色が変わっていた……、……ううん、逆だ。多分、今取り外したのは変声機なんだろう……それを外したから元の声に戻ったんだ。シロさんと、彼曰く『2代目』というらしい黒い人は、何かしら殺せんせーに関係があるのだろうけど……なんのことだか全然わからない。黒い人に関しては全く読み取れないけど、殺せんせーの納得したような表情とシロさんの恨みが篭もった声色から、私たちが知らない過去の因縁の相手同士だとは予想できる……でも、それだけだ。

それだけ宣言をして去っていくかと思えたのに、シロさんは私たちに背を向けてすぐに立ち止まった。何かを思い出したようにもう一度こちらへ向き直る。

 

「……ああ、そうだった。最近触手以外にも面白いものを手に入れてね……ぜひ遊んでやってくれたまえ」

 

「え……」

 

シロさんがゆるく手を挙げ、私たちに向かって振り下ろした……瞬間、ザワりと肌が泡立つような感覚を覚えた。

──上からなにか、降ってくる。

 

────ウオォォォォン!

 

「え、え、犬……?」

 

「なんか、死神の時に烏間先生が相手したやつに似てる気がするけど……赤い装甲?」

 

「いや、あの時は銃器背負ってたよな?あいつ、なんかくわえてねーか……?」

 

警戒する私たちの目の前へ大きな遠吠えと共に現れたのは、殺せんせーまでは行かないけど大人より少し大きな体格の〝犬〟。唸り声を上げながらこちらに近づいてくるソレを見て、みんなが戸惑ったように色々と予想を立てている。シロさんが連れてきたようなものだ……今までの周りを巻き込む戦術や犠牲を厭わない策略から考えても碌でもないものに決まってる、そんな思いがあった。

 

「──ッ!!あれって、まさか……」

 

「……心当たりでもあんの?」

 

「確認する……エニグマ駆動、アナライズ(幻属性情報解析魔法)!」

 

でも、多分ソレの正体に気づいたのは私だけだろう……あんなの、ただ可愛いだけの〝犬〟なわけが無い。それに……ホントなら日本(こっち)に存在するはずのない生き物なんだから、私しか違和感をもてなくても当たり前だ。隣で私の驚きように声をかけてきたカルマへ返事をしながら、導力器を駆動する。

 

『……アミサさん……?』

 

「……ッ!ブレードクーガー……!なんで、魔獣なんて……!」

 

「は、魔獣……?」

 

いきなりアーツを起動した私へ不思議そうに声をかけた律ちゃんを半ば無視したまま、《アナライズ》……アーツの対象となった相手の情報を解析する、ティオさんのクラフトのアーツ版の結果を展開する。出てきたのは、あの〝犬〟が魔獣である結果とその情報の類だった。

シロさんが連れてきた魔獣とはいえ、制御しているわけではないのか……私が視線を戻す頃にはこちらへと突っ込んでくるところだった。さすがに戦闘指示は出すと思っていたのにいきなりだったから、対応が遅れてしまった……油断してた。

 

「きゃあぁッ!!」

 

「うお、あぶな……っ!」

 

「下手に固まるな!距離をとるんだ!」

 

ブレードクーガー……結社《身喰らう蛇(ウロボロス)》によって調教された、見た目は大型の軍用犬だけど名前の通り剣を口にくわえて切りかかってくる立派な魔獣だ。その攻撃はかすっただけでも最悪死に至る効果がある技があるし、その他上手く体を動かせなくなったり目潰しされたりなどと状態異常を引き起こす技も合わせ持つ……加えて一撃が重たい。幸い、状態異常耐性のないタイプみたいなのが救だと思う。

……今は暗殺っていう非日常に身を置いてるけど、基本的に平和な日本で生きてきたみんなが、あのレベルを相手に出来るわけがない。時間が経てば経つほど、何人かのクラスメイトが自分の体に起きた異変……状態異常を引き起こしたそれを訴え始める。もう、このままにしておくには時間がなさすぎた。イリーナ先生だって専門はハニートラップってこともあって至近距離からの小型ナイフでの暗殺や小型銃器での射撃以外で戦闘はからっきしだし、みんなに大声で指示を出して退避させている烏間先生なんて近接()()戦闘のスペシャリスト……都合よく、武器なんて持ってるわけがない。殺せんせーは手負いで無理させるわけにいかないし……覚悟を決めるしか、選択肢は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────伏せて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

茅野ちゃんによる捨て身の暗殺後、突然現れたのは幾度となく俺等の邪魔をし続けてきたシロ。……話ぶりからして茅野ちゃんの事情を知った上で利用してたみたいだし、何度もクラスメイトを利用してくれた分お返ししてやりたいくらいなんだけど、そう簡単にやらせてくれるわけもなかった。隣にいる黒い変な奴もわけが分からないのに、シロが呼び出したのはアミーシャ曰く魔獣の存在。彼女が解析した情報を横から覗かせてもらうと、〝戦闘用魔獣〟という文字……あのアルカンシェルへ行った日に魔獣を見てみたいとは言ったけど、こんな対面は望んでないんだよね……。

こんな状況なのにいつも通りに見えるアミーシャの隣にいたから、俺も通常心でいられたんだけど、すぐにのんびりしている余裕はないことを思い知らされた。シロの指示を待つことなく、突っ込んできたソレを避けるのに精一杯になったからだ。いかなり方向転換をするような動き方ではなく、かなり直線的に突っ込んできて口にくわえた刃を振るうという動きのみではあるけど、そのスピードが尋常じゃない。1年間、普段の生活の中で殺せんせーのマッハな動きを見てきたから楽に避けられるけど、あまりにも続くようだと体力的に辛い。

 

「イッ……な、なんだコレ……腕が重い……ッ」

 

「菅谷、無理すんな!腕だけなら足は動くな?!とりあえず距離取れ!」

 

「……ッ、千葉、悪いけど手、引いて……急に見えなくなった……」

 

「!?……目潰しか……了解、いくぞ」

 

一部の奴等から、あの魔獣の攻撃が当たったのかかすっただけで済んだのか……自分の体に異変が起きたようでそれぞれ近くにいる者同士でかけ合う声が聞こえ始めた。だいぶ前の話だけど、夏休みの肝試してアミーシャが怖がっていたのも突然自分に起きる状態異常だったことを思い出す。……俺自身が傷ついたわけじゃないけど、目の前でその様子を見てしまえば、傷つくのを怖がる彼女の理由が分かった気がする。……何も出来ないままに仲間が傷つくのを見るしかないのは、確かに怖い。

 

「……っ茅野、平気?」

 

「うん……ごめん、渚……」

 

「神崎さん、こっち!」

 

「うん、わかった」

 

「奥田さんも近くに来といて……アミーシャはこっち」

 

「は、はい!」

 

「…………、…………」

 

もともと戦闘があまり得意じゃない奥田さんや神崎さんの2人を避ける方向へ誘導するために近くに立つ俺と杉野、そして何やら悩んでいる表情のアミーシャ。ちなみに茅野ちゃんはまだダメージが抜け切ってなくて動けないから、渚君が抱えている。……こんな状況じゃなければ写真撮った上でからかってやるのになー……そんなことを考えられるだけ、俺は余裕だったのかもしれない。

あちらこちらへと突っ込んでいる分、安全な時もあったのに、俺等の中に明らかな非戦闘要員(茅野ちゃん)がいることに気付いてしまったのだろう……魔獣は俺等へと進路を変えて飛び込んできた。俺等や杉野達は多分なんとかなる、でも渚君や茅野ちゃんは大きく動けない……どうすればいい!?その時だった。

 

「──伏せて!」

 

「「「!!」」」

 

────ギィンッ

 

誰かが()()叫んだ瞬間、俺は反射的に起こしていた身体を屈めたんだと思う。狙われていた神崎さんと奥田さん達が頭を抱えて体勢を低くし、渚君がしゃがみながら茅野ちゃんの頭を抱え込むように覆いかぶさった直後に突っ込んできたあの犬……曰く『ブレードクーガー』っていう名前らしい奴の前へ、いつの間にかアミーシャが割り込んでいた。俺等の代わりにあの直撃をくらったんじゃ……そう思って血の気が引いたし慌てたんだけど、よくよく見れば違うと分かる。

 

「……っ、」

 

「アミーシャ……!」

 

「平気……この程度なら、軽いから……!だから、今のうちに下がって……ッ!」

 

どこから取り出したのか……いや、いつから持ち歩いていたのか、が正しいのだろう。人間に大して影響のない柔らかい対先生ナイフとは違った、鈍い光沢のある金属……彼女は本物の刃物(武器)を手にしていた。言われた通りに急いで距離を取りながら確認すれば、ブレードクーガーの刃とアミーシャの武器……少し見えた形からしてクナイのようなものだと思うそれが鍔迫り合いをしている。

時間にして十数秒もなかった……その位の時間で拮抗していた両者の間で突然、ギイイ……という嫌な音を響いた。ブレードクーガーの刃がアミーシャのクナイの表面を滑った事で、金属と金属を引っ掻き合わしたような嫌な音が鳴ったんだ。刃を滑らせた事で体勢を保てなくなったブレードクーガーがバランスを崩す。その隙を見逃さず直ぐに後ろへ跳躍したアミーシャは上着の中へ手を突っ込み、何かを取り出して……

 

「────《爆雷符》!」

 

……それを魔獣に向けて投擲した。かなりの速さで真っ直ぐ投げられたそれは、当たった瞬間に小規模な爆発を引き起こし……甲高い悲鳴を上げたブレードクーガーは動きを止め、その場で弾けるように消えてしまった。あれだけ俺等を翻弄した魔獣を瞬殺してしまった驚きもだけど、ここまでの実力を全く悟らせなかった彼女に話しかけられる人は誰もいなくて。その場へパラパラと7色の石が飛び散り、それ以外には何も残さなかった魔獣のいた場所へ、アミーシャがクナイ片手に警戒したまま近づいていく。

……俺等は全員、しゃがみこんで地面に落ちている7色の石を拾って上着のポケットへ入れている彼女をただ見ているしかできなかった。と、そこへ全てを見ていた俺等E組以外の奴……シロの笑い声と拍手の音が響き、彼女は立ち上がる。

 

「ほう、躊躇うこともせずに瞬殺か。見たところ《爆雷符》は即死耐性がない限り一撃必殺のクラフト技といった所か?流石は全てを偽り続けた化け物……生きる世界の違う者は別物だな」

 

「────ッ!」

 

──キィンッ!

 

シロの言葉を聞いた瞬間、冷たく締め付けられるような感覚が襲ってきて身体が震える。それはアミーシャより後ろにいる俺等まで感じられるほど強いもので、よく知っているはずの彼女を『怖い』と思ってしまった……俺等は後にそれが、1度受けたことのある烏間先生によってアミーシャによる殺気だったということを知る。

そして誰かが止める間もなく飛び出した彼女は、クナイを構えたままシロの元へと走り、躊躇い無くそれを振るう……が、その刃はシロに当たることは無かった。隣にいた黒服の奴が、手に持っていたライフルで盾となってシロを庇ったからだ。

 

「クク、図星を刺されたからと俺を狙うのは感心しないな」

 

「……黙れ!なんで、なんでみんなを狙ったんですか!政府との契約でも生徒を狙うことは禁じられています……殺せんせーを暗殺するならE組のみんなは関係ないはずで……っ!」

 

お前がいるからだとは考えないのか?

 

「………………………………………え……、ッ!」

 

「戦闘に長けた者を相手にするにはそれ相応の相手をぶつけるに限る。だが、ここにいる2代目はまだ調整中……だったらお前と同郷の戦力を当てるのが手っ取り早いだろう?ちょうど手に入ったことだしな」

 

シロの話す言葉は俺等のところまで届いていたけど、何について言っているのか……何がアミーシャの怒りの琴線に触れたのかまでは全然読み取れなかった。ただ、シロに言われた何かによって動揺したのか動きを止めた彼女を黒服が突き飛ばす。体勢を崩しながらもバク転を駆使して着地したアミーシャは、もうシロへと向かっていこうとはしなかった。その様子を見て、シロは今度こそ背を向けて歩いていく。

 

「行こう、2代目……3月には……呪われた生命(いのち)に完璧な死を」

 

最後まで黒服は一言も話さないまま、シロの後を追って夜の闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

カルマside

シロたちが去った後、アミーシャは明らかに様子がおかしかった。シロによって唯一小さく、彼女にのみ聞こえるように告げられたのだろう言葉……多分、それのせいなんだろうけど。

しばらく誰もが動かず、何も話すこともない沈黙の時間が流れていたけど、呆然とシロ達が消えていった方を見ていたアミーシャが立ち上がってクナイをしまった所でようやく時間が動き出したように感じた。少しの躊躇はあったみたいだけど、全員でアミーシャへと近寄って声をかける。

 

「……アミサちゃん、ありがとう」

 

「助かったぜ……お前、本当に強いんだな!」

 

「な、ロイドさん達がお前を絶賛してたわけがよく分かったぜ!」

 

「すごくかっこよかったよ〜!」

 

「…………………………駆動、……レキュリア(状態異常回復魔法)

 

でも、彼女は誰の感謝や賞賛にも返事をすること無く、静かにアーツを発動させた。これは確か……状態異常を回復させるアーツだったか。さっきのブレードクーガー戦によって、身体に異常が出ていた菅谷や速水さんなどの数人が、回復した部分を動かして確認している。

……おかしかった。人見知りでもE組には懐いて、みんなの妹分としてかわいがられていたアミーシャが、壁を作ったのか心を閉ざしてしまったのか、何の反応を見せないことが。当然俺以外の奴等だって気付かないはずがなく、不安そうに彼女へ呼びかけている。

 

「……アミサちゃん……?」

 

「真尾、アイツに何か言われたのか?」

 

「…………何も、変なことは言われてないよ。強いて言うなら考えないようにしてたことを……私がここに居るってことの意味を、思い出させてもらったの」

 

アミーシャが、ここに……E組にいる事の意味……?分からないまま見ていると、そのままみんなを素通りして烏間先生の前へと歩いていったアミーシャは、真っ直ぐ先生の顔を見つめた。烏間先生も彼女を見つめ、何を言い出すのかと待っている。

 

「烏間先生……アレの流れてきた道を洗い出してきます。もしアレが、何も知らない人たちの前に現れたりしたら……対処できるのは、私しかいないから」

 

「真尾さん……防衛省を使ってはいけないのか?俺をはじめとして戦闘訓練をつんだ精鋭も多く在籍する。今回は手持ちがなかったために全面的に任す形にはなったが、普段なら……」

 

「……魔獣や魔物との戦闘をしたことがない人たちでは、特徴や弱点を知らないでしょう?銃の効かない相手、アーツしか効かない相手だっています。さっきのブレードクーガーのように即死の状態異常攻撃を持つ魔物もいます。それに……普段以外でも戦える人でなければ、今回のように意味が無いです」

 

「……だが……、それに、君は俺が認める限りこの教室の〝生徒〟だろう?」

 

「……いいんです。少しだけ、タイムリミットが早くなっただけですから。あと……申し訳ありませんが、依頼はこの場で破棄させて下さい。私のこともみんなに伏せておいてくれると嬉しいです……光の中に住んでるみんなは、こんな世界、知らなくていいから」

 

「…………そうか」

 

見たことがないほどの無表情で、烏間先生と言葉を交わしたアミーシャは、言外に普段から戦えなければ足でまといだと言っているようだった。次にビッチ先生へと視線を向ける。魔獣と戦っていたあたりから何かに気づいた様子だった先生には驚きの表情が浮かんでいた。

 

「……《爆雷符》って……アミサ、もしかしてアンタ……」

 

「……イリーナ先生、この教室でまた会えて嬉しかったです」

 

「やっぱり……全然気付けなかったわ……さすがね。それよりも、……ねぇ、行くの?ガキ共を全員置いて?カルマとの事はどうすんのよ?」

 

「少しでも、みんなを危険から遠ざけたいですから。それに……私に恋愛なんて無理だったんです……〝死と隣り合わせで生きてきた時点で悪〟なんですから……」

 

「……ぁッ!そ、それは私の事であってアミサの事だなんて……!」

 

「でも、今回の件は完全に私のせい……後のことを考えられなかった、私がダメだったんです」

 

「……アミサ……」

 

ビッチ先生とアミーシャは、この教室で出会う前から知り合いだったというのか。

そして何故か2人の会話に俺の名前が出てきた。それで何となく……アミーシャがやろうとしていることに検討がついた。彼女は、俺等の前から居なくなろうとしているのだ、と。

 

「アミサさん、あなたは……」

 

「殺せんせー、……先生の過去を話す約束、みんなに果たしてあげてください」

 

殺せんせーにかけた言葉はとても少なかった。それだけ言って殺せんせーからの返事を待たず、アミーシャは俺等に一言もないままに背を向けて歩き出す。

 

「「「アミサちゃん!!」」」

 

「「「真尾!!」」」

 

「……アミサちゃん、」

 

「アミーシャ……ッ」

 

慌ててみんなで呼びかけたけど、彼女は足を止めることがなく……シロ達がいなくなった丘の先でようやく足を止めた。

 

「…………なに?」

 

「……どこに、行くの」

 

「…………私とみんなが生きている世界は違うから。カルマも言ってたでしょ、同じ位置に立てるはずないんだから深く考える必要は無いよ……私さえここにいなければ……みんなは危険じゃなくなるはずだから。────だから、バイバイ」

 

答えになっているような、いないような……そんな、どこかで聞いたことがあるような言葉を残し、止めることも出来ないまま、アミーシャは宵闇の中を駆けて行ってしまった。

彼女の言う通り生きる世界が違うのは、なんとなく伝わってきていた……俺等が逃げ惑うしかなかった魔獣に立ち向かい、いとも簡単に倒してしまった実力者……そしてあとのことも淡々と処理して、シロへと単身向かっていった。実力のあまりの差に、動くことが出来なかったのは事実だったから。

でも、それって魔獣のいるゼムリア大陸で戦闘経験がある、戦わなければ生きていけないってだけじゃなかったのか……?分からない、分からない事だらけでムカつく。

 

 

 

 

 

時間が遅くなってしまったこと、アミーシャがこの場からいなくなってしまったことから、殺せんせーは過去の話を明日に回したいと提案した。正直俺等は、茅野ちゃんの事、シロの事、魔獣の事、そしてアミーシャの事と色々な事が一気に起きすぎて混乱していたから……必ず話すとも約束されたしその方がありがたくて、二つ返事で頷いた。先に帰ってしまったとはいえアミーシャに対する連絡手段はあるし、何やら烏間先生から直通でなにか連絡できる方法もあるらしいから、明日以降のことも伝わるだろう。

この時、俺は疲れていようがアミーシャを追いかけたり、何か事情を知っていそうな烏間先生とビッチ先生に問いただすべきだったんだ。先生達も、理解者だからと諦めずに話すべきだったのかもしれない。それに、もっと前から……色々な面で気を付けておくべきだったのだろう。でも、きっと今彼女は何かを悩んでいて整理する時間が必要なんだと、そう考えていたから全然大した事じゃないとさえ、思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺等は全員……先生達も含めて全員が、きちんと双方が納得できるまで話さなかった事を後悔することになる。

……冬休み以降、アミーシャが学校に姿を現すことは1度も無かったから。

 

 

 

 

 

 




「イトナ、何持ってんだ?」
「……多分、セピスだ。色も小さいのを合わせれば7色あるし」
「セピス?……うわぁ、すごく綺麗な石……」
「どうしたんだ、それ?」
「……アミサが倒した魔獣の跡に残ってた。ほとんどアミサが拾ってったみたいだけど」
「いつの間にそんなことしてたんだよ……」
「お前らがアミサを囲んでた時……俺はアミサが力を隠してるのはなんとなく分かってたから」
「…………は……?」
「どういうことだよ?」
「初めて目にした時から、アミサは一般人じゃないとは思っていた、ということだ」
「イトナ……」
「……はじめてって……お前が転校初日の壁突き破ってきた日か?」
「ああ。あの日、俺はカルマがこのクラスで1番強いと言った……そう思った事に嘘はない。だが、アミサを見た瞬間気が変わった。全てを押し殺している小動物のくせに、端々から感じる気配のおかしさ……俺の触手が怯えていた」
「……俺にも言ったやつか?『爪を隠した小動物にすら勝てないだろう』って」
「……寺坂に言ったことは覚えてないが、言ったんならそうだと思う」
「……お前の言い方はとことんムカつくが、……アレ、やっぱり真尾の事だったのかよ……」
「仕方ないだろう、触手を移植されている時は頭が働かないんだ」



「………………」
「カルマ君……」
「……、アミーシャの……バイバイって言葉が、頭の中をグルグル回ってるんだ……胸騒ぎしかしない」
「あ、明日のことは伝えるんですよね?烏間先生からも連絡入れてくれるらしいですし……」
「僕等では無理でも、カルマ君の言葉ならアミサちゃんは聞いてくれるよ。だから、きっと……うん、きっと届いてるって信じよう?」
「……俺、何か間違えた気しかしないよ。……あー……悪い、一人で帰るわ……明日までに頭冷やす」
「あ、はい、……おやすみなさい、カルマ君」
「また明日ね」



「……カルマ君、へこんでましたね」
「だね……いつも自信たっぷりのカルマ君はどうしちゃったんだろ」
「アミサちゃん関係の事だから、で説明できちゃいそうなのがあのカップルですけど……」
「奥田さんも言うようになったよね……その通りなんだけどさ」
「…………」
「…………」
「……でも、私も引っかかってるんです」
「……バイバイって言葉?」
「はい。だって、普通友達が相手でしたら別れる時の挨拶は『またね』ではありませんか?先程の渚君のように……」
「確かに…………明日になったら、全部無かった事になってればいいのにね」


++++++++++++++++++++


カエデの後悔、ある意味シロの後悔、オリ主の後悔、殺せんせーの後悔、E組の後悔。後悔することの無い人はいないと思いますが、ここまで1話の中に集結することはほとんどないと思います。書き終わって私もビックリ。

カエデちゃんを止めるシーンはほとんど原作そのままです。ただ、あれだけの炎のリングを作り上げておいて渚がサラッと中に入るのは難しいのでは……と思ったので、そこだけオリ主に手伝ってもらいました。適当な技もアーツもなくて、かなり無理矢理な感じにはなりましたが、無傷で入れた理由にはなったかな、と思ってます。

シロさんによる、魔獣投入の件について。
オリ主の離脱は元々考えていて、そのために決定打となるあるセリフを言わせる必要がありました(透明文字にしてあります)。ちょうど良かったのがこの魔獣:ブレードクーガー……碧の軌跡では傭兵が引き連れていたり中ボスだったりと、対策さえしていれば敵じゃない代わりに素早いので色々めんどくさい相手です。戦闘範囲内を移動しまくりますし……。オリ主の強さを強調するために、一撃でお亡くなりになっていただきましたが、本当は強いんです。こんな所で魔物の弁護をされてもとか、え、本当に?と思う方は、ぜひぜひゲームをれっつぷれい←

暗殺教室のお話はまだ3ヶ月分あるのにもうエンドなのか、という理由は今回のオリ主の離脱にあります。次回、先生の過去話の回なのですが、オリ主不在ということで場面が一気に飛ぶからです。
もちろんもう1つのエンドでは残り全てのお話を回収するのでご安心下さい!では、また次回の物語で会いましょう。




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過去の時間

渚side

冬休みに入ってすぐの日、僕等は朝早くからE組教室へと集合していた。理由はもちろん殺せんせーとの約束通り……先生の過去を教えてもらうために。

 

「……オーケー繋いでみて、律」

 

『はい!』

 

『……おはよ、皆』

 

「おはようカエデちゃん!」

 

「調子は?体調悪化してない?」

 

『あはは、大丈夫だよ。むしろそこまで傷があるわけじゃないのに体力だけ戻らないから、どこにも行けないし暇で暇で……』

 

本当ならこの教室の中でも1番関係があると言える茅野の目の前でやるべきなんだろうけど、触手の後遺症で入院が決まってしまったんだ。茅野も嫌がってたし入院を1日遅らせるって案も出たんだけど、死ぬ寸前まで体力を消耗した上に身体を酷使したんだ……何があるか分からないと、殺せんせー必死の説得とE組全員からの反対で泣く泣く頷いていた。代わりと言ってはなんだけど、病室に律がリアルタイム中継をすることで話がついた。電波とかが周りの医療機器に影響しないかって問題も、1度アミサちゃんの入院の時に試していたから大丈夫だって確信をもてる方法だ。

 

「おはよー」

 

「おっす、渚」

 

『……来てないね、アミサちゃん。カルマ君もだけど』

 

「カルマ君と一緒に来るんじゃないかな?」

 

「アミサにはカルマと烏間先生が知らせたんだよね?だったら連絡自体はいってると思うし……いざ休みだったとしても、私達が聞いた話を後から伝えれば大丈夫だよ」

 

「……うん」

 

冬休みに入る前……昨日の出来事は経験したことがないくらい濃すぎる夜で、嫌でも鮮明に思い出せる。まずは茅野の暗殺……彼女曰く、シロがまた微妙に裏にいたらしいことが分かってる。ただ、協力していたと言うよりは茅野に対して一方的に言うことを聞かそうとしてきたのにムカついて、反発してたからよく分からない、という茅野の証言があるから、あれはほとんど彼女1人で行った暗殺なのだとは思うけど。それと顔まで隠した謎の『2代目』の存在、シロが呼び出した日本に居るはずのない魔物、そして今この場にいない、1人の女の子が人外の生き物と戦うところを初めて見た衝撃……。

……アミサちゃん。あれだけE組全員を翻弄していた魔物に臆することなくぶつかり、すぐさま倒してしまった実力……ロイドさん達から聞いてはいたけど、あんなに強いなんて目の前で見ても正直信じられなかった。普段の様子とまるで違う、なんというか……的確に殺りに行っていた、というか。そして魔物を倒してからシロに単身挑んだ後、何があったのか先に帰ってしまって……そのまま会えてない。昨日の今日だし、会えなくて普通なのかもしれないけど……言いようのない不安が僕等の中に燻っていた。

……それはともかく、烏間先生やビッチ先生も教室に来てなにやら2人で話し出しているのに、まだ来ていない人物(生徒)が1人。

 

「……カルマ、まさか遅刻ってことは無いよな?」

 

「いや、でもあの遅刻魔だ。ありえるぞ」

 

「で、でも……明日までには頭冷やしておくって言ってましたし、よっぽどでなければ来ると思いますけど……」

 

『私には朝早くからメッセージ来たよ、これの開始時間の連絡。『律を通して教室に映像送るから、見られてもいい格好をしといた方がいいんじゃない?w』っていう余計なお世話付きで……!』

 

「カルマ君……;」

 

ベットの上に座りながら手を握りしめてプルプルと震えている茅野……女の子にそんなこと言ったらそりゃあ怒るよ。ていうかカルマ君、自分が間に合ってない中そんなメッセージ送ってたの?

そんなことを話していると、前の扉を開けてゆっくりと殺せんせーも教室に入ってきた。「学校でもない日なのに皆さん早いですねー」って空気を変えるように言っているけど、僕等はあまり元気に返事をする気になれなくて、表情は変えないでも少し先生も肩を落としている。これで教室にいないのはアミサちゃんとカルマ君の2人だけ……いよいよカルマ君は寝坊なんじゃないか、そんな空気が流れ始めたところで廊下をバタバタと走る音が……そしてスパーンッと大きな音を立てて後ろの扉が開かれる。

 

「はァ、はァ、は、……ねぇ、アミーシャはッ!?」

 

「え、き、来てないけど……」

 

「はー、はー、……クソッ、ハズレか……」

 

「カルマ君、とりあえず座ってください。そんなに慌てていては大事なものほど取りこぼしてしまいますよ」

 

「……はいはい……あ゙ー、あっづい……疲れた」

 

「今12月だよね、何その汗……」

 

「改札出てからここまで全速力で走って来た。フリーランニング無しの休憩無しはキッツいわー……」

 

そのまま机に突っ伏したカルマ君は尋常じゃない量の汗をかいていて、無言で手を挙げて『5分ちょうだい』と僕等にサインを出してからピタリと動かなくなった。すぐさま無言でカバンの中からタオルを出した磯貝君がバケツリレーのように後ろへ回し、千葉君がカルマ君の頭の上にかける……さすがイケメン、行動が早い。そして、奥田さんが慌てたように水筒を取り出して渡そうとしてるけど、それそのまま口を付けるタイプのだからやめた方がいいんじゃ……と思ってたら速水さんが止めた。代わりに俺のだけど文句言うなよ、と言いながら岡島君が水筒を回してる。

……皆、分かってるんだ、カルマ君がアミサちゃんを探して走り回ってきたんだってことを。誰よりも、もしかしたら本人以上に気にかけている彼だからしょうがない、だから何も聞かずに世話を焼いてる。……ていうか、慌てていても律儀に烏間先生との約束守ってフリーランニングを使わずにここまで来たんだ……茅野へのメッセージといい、こういうところといい、謎にマメだよね、カルマ君って。そして本人の宣言通り5分後、顔を上げたカルマ君は幾分かスッキリした顔をしていた。

 

「……落ち着いた、ごめん」

 

「いや、……分からんでもないしな」

 

「寝坊したんじゃないかって話になってたんだよ、連絡も無いし」

 

「あー……うん、スマホの存在忘れてた。岡島水筒サンキュ、ほとんど飲んじゃったし下行ったらジュース奢る。磯貝〜、このタオルこのまま貸してー」

 

「おまッ、マジで空じゃん……どんだけだよ」

 

「おー、洗って返せー」

 

この重たい雰囲気があったとしても、いつも通りのノリで話せるのがE組のいい所だと思う。だから焦っていたカルマ君も次第に落ち着きを取り戻せたんだと思うし、僕等も慌てなくて済んだ。1人以外は全員揃った教室で、殺せんせーに向き合う……先生は長い長いため息を吐いて、僕等を見回した。

 

「……アミサさんだって私の大事な生徒なんですがねぇ……、彼女本人から皆さんとの約束を果たすようお願いされましたし、いないままですが話すしかありませんね」

 

「録音してもいいなら律に頼んでそれ送って貰うとか方法あるよ?」

 

「一応国家機密の話ですし、流出がコワいのでそれはナシで。責任問題になったら先生嫌です。……誰か、先生の話が終わった後に彼女へ話してあげてください」

 

相変わらずの小心者な殺せんせー……、……教室にしばらく無言の時間が流れた。殺せんせーが僕等へ話すのを躊躇うほどの過去話……一体どれだけ重い話なのか、そして、そこには茅野にとっての真実を覆せるだけの根拠があるのか。……緊張で心臓の音が聞こえてきそうだ……ようやく先生も覚悟を決めたのか口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カルマ君が血相を変えて教室へ入ってきた理由を聞いてませんでしたねぇ。コレは聞いてもいいことですか?」

 

「「「なんでだよッ!?」」」

 

……、……思わず気が抜けてしまった。教室にいるほぼ全員からの総ツッコミを受け、何事ですかってワタワタしながら触手を動かしているけど、先にこの空気壊したの殺せんせーだからね?

 

「せんせー……」

 

『だから皆に段取り悪いって言われるんだと思うよ?』

 

「だ、だって気になるじゃないですかッ!」

 

「……別に…………今朝、アミーシャの家に寄ってからここに来たんだよ」

 

「あー、そんなこと言ってたな。家にいなかったのはお前の態度で分かったけど……そんなに血相変えるほどのことか?」

 

「……いなかった()()なら良かったんだけどさー……」

 

「「「?」」」

 

カルマ君も話さなきゃ殺せんせーは諦めないと察したんだろう……そっぽを向きながら話し始めた。教室にいないかって駆け込んできた時点でそうだろうとは思っていたけど、やっぱりアミサちゃんは家にいなかったらしい。でも、アミサちゃんは烏間先生に魔獣の流れてきた経路を探すって言ってからいなくなったし、それの調査でまだ家に帰ってないだけかもしれない。一応今日は冬休みだから、招集をかけたとはいえ絶対に学校に来なくちゃいけない理由はないし。

でも、それだけではカルマ君が慌てる理由にならない……僕でさえ思いつく可能性を、僕より頭の回転が早い彼が思い付いてないわけがないんだから。そして、そのまま続けたカルマ君の内容は誰も想像もしていないことだった。

 

「……もぬけの殻だったんだよ、家の中、家財道具全て……アミーシャが存在していたって痕跡すら残ってなかった。だけど家が売りに出されたわけでもなくって……俺の持ってた合鍵が使えたってことがアミーシャのいた証拠になんのかなー……って。ここ1、2ヶ月家に入れてもらえなかったのはこれの準備のためだったとしか考えられない」

 

「「「!!?」」」

 

「そんな……」

 

1、2ヶ月って……確かに僕やイトナ君も一緒にカルマ君の家で集まることはあっても、アミサちゃんの家へ最後に行ったのはだいぶ前だ。どこで集まるかを決める度にそれとなくアミサちゃんは自身の家を候補から外していて……そんなに前からいなくなる準備をしていたってこと?

 

「はー……アレがあるとしたらアミーシャの部屋だと思ってたんだけど……遅かった」

 

「アレ?」

 

「2年前の俺への誕プレ。俺と渚君に直ぐ渡せたってことは、手元にいくつか持ち合わせがあったってことでしょ……アレと同じのがあるって睨んでたんだけど」

 

「…………それを探してどうするのさ?」

 

「どうってそりゃあ……、……いや、渚君が覚えてないならいいや。俺の覚え間違いかもしれないし」

 

2年前にアミサちゃんがカルマ君に誕生日プレゼントとして渡したものといえば……僕にはクリスマスプレゼントとしてくれたあの白い石のことだろう。僕もまだ大事に飾ってある、ホワイトストーン……珍しいもののはずなのに僕等へ簡単にくれたってことは、確かにアミサちゃん用に1つあったとしてもおかしくない。だけど、あれを見つけたらアミサちゃんの居場所がわかる手がかりになったっていうの?……あの石に何か、意味とかあったっけ……?

 

「ま、そーいうことだから。殺せんせー、気にせずはじめてよ」

 

「そうですか……では、そうですねぇ……、……夏休みの南の島で、烏間先生がイリーナ先生をこう評しました。『優れた殺し屋ほど(よろず)に通じる』…、的を得た言葉だと思います。先生はね、教師をするのはこのE組が初めてです……にも関わらず、ほぼ全教科を滞りなく皆さんに教える事ができた。それは何故だと思いますか?」

 

……なんで、殺せんせーの話なのにいきなりイリーナ先生が出てくるんだろう。……まあ、一応聞かれたことだし、整理して考えてみよう。

イリーナ先生が殺し屋なのも、普段の生活では見た事のないピアノ技術を魅せられたのも、僕等と同等か訓練を受けてない分下だと思ってた殺し技の応用に格の違いを見せつけられたのも、先生は普段はアレでも本業ではトップレベルのハニートラッパーなんだって再認識させられたのも間違いないこと。それは全部ビッチ先生が暗殺対象(ターゲット)殺すために必要だから身につけた、殺し屋とバレないためにも様々な技術を磨いたんだって言うことだよね。

……そんなイリーナ先生みたいに優秀な殺し屋ほど、どんな事でもできるってことだ。これが殺せんせーは的を得た言葉だって言った。優秀な殺し屋……万能…………、……殺せんせーは、経験のなかった教師の仕事を、完璧にこなしてみせた。

………………まさか。

 

「そう、2年前まで先生は……『死神』と呼ばれた殺し屋でした。それからもう1つ……放っておいても来年3月に先生は死にます。1人で死ぬか、地球ごと死ぬか、暗殺によって変わる未来はそれだけです」

 

皆がみんな、驚愕に何も言えない中……超生物は語り始めた。秘められた……人間の記憶を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

『死神』は劣悪な環境のスラムに生まれ、何も信じられずに生きてきた中で、子どもの頃から唯一信じられた『殺せば人は死ぬ』という真実……だからこそ、殺し屋になる道を選んだということ。

 

弟子に裏切られ、シロこと柳沢による人体実験の被験者となったこと……そして、その監視役として茅野のお姉さんである僕等の前担任、雪村先生に出会ったこと。

 

教師の仕事を手伝う傍ら、自分を見てもらうことの嬉しさを知り、お互いの事をたくさん話したこと。

 

人間とは活かすものであり、弱者とは育てるものである……たくさん『死神』の知らない世界を雪村先生から教えられたこと。

 

直接ではないものの、触手を介して触れ合って感謝を告げ合い……その数時間後に自分の死の期限を知らされたこと。

 

手に入れた力を殺し屋として『殺すために壊すために』使おうと暴れていた所を、雪村先生が見を呈して庇い……結果的に命を奪うことに繋がったこと。

 

雪村先生の最期の願いを、手に入れた力を教師として『救うために』使おうと……彼女が見続けてきた生徒を代わりに見続け、そして、どんな時でもこの触手()を離さないと誓ったこと。

 

 

 

 

 

──30分かけて殺せんせーが『先生』になった本当の理由を話し終わって、先生の話を疑う生徒は誰もいなかった……それこそ、先生をお姉さんの仇だと信じて捨て身の暗殺に臨んだ茅野だって。だって、全ての理由が繋がったんだ。殺せんせーが万能だったのも、僕等がどんな常識外れでありえないような暗殺を仕掛けても()()()()()()のように避けれた事も……全部、殺せんせー自身が、多くの殺し屋達に恐れられる『死神』であり、そう生きてきた経験があったからだと分かったから。

 

「先生の教師としての師は誰であろう雪村先生です。目の前の人をちゃんと見て、対等な人間として尊敬し、一部分の弱さだけで人を判断しない。彼女から……そういう教師の基礎を学びました」

 

雪村先生から学んだ基礎だけでは足りない部分を殺せんせー自身の知識を足すことで補い、雪村先生が見ることのできなかったE組全員が自信を取り戻して最高の成長をした姿を実現する(見る)ために。殺せんせーは先生自身に残された命を使った暗殺教室を考え出した。そしてそれは、目論見通りに僕等の心の闇を晴らすことに繋がった……だけど、暗殺がなければ、暗殺者(アサシン)標的(ターゲット)でなければ、きっと僕等は闇に囚われたままで……自分を諦めてた僕等は、真剣に向き合おうともしなかっただろう。

 

「だからこの授業は、先生を殺すことでのみ修了できます。無関係の殺し屋が先生を殺す。先生が出頭することで殺処分される。先生が自殺する……期限を迎えて地球と共に爆発する。もしも、それらの結末で先生の命が終わったなら、暗殺で繋がった我々の『絆』は、卒業の前に途切れてしまうでしょう。もし仮に殺されるなら……他の誰でもない、君達に殺して欲しいものです」

 

殺せんせーが来て2週間の頃に、僕等は圧倒的な力の差を見せつけられて……それまで軽く考えていた暗殺が、いかに恐ろしくて難題なのかということを突き付けられたんだと初めて気付かされたんだ。『この先生を殺さなくちゃならないのか』……と。

今だってそう思っていることに違いはない……だけど、その意味は全く違う。殺せんせーの過去を聞いて、雪村先生との関係を聞いて、僕等に殺されたいという先生の覚悟(願い)を聞いて……僕等の頭を、殺せんせーとの思い出が駆け巡ったんだ。

 

本気で怒られて、怖かった事。

 

自分の甘さを見透かされて、腹が立った事。

 

念願の目標を達成して、嬉しかった事。

 

皆で一緒にリゾートで遊んで、楽しかった事。

 

皆で一緒に修学旅行へ行って

球技大会で戦って勝って、

バーベキューをして、

夏祭りに行って、

花火を見て、

遊んで、

立ち向かって、

学園祭をして、

他にもたくさん、たくさん……楽しかった事。

 

殺せんせーがE組(うち)に来て9ヶ月の間、僕等が考えようとしなかった事。だからこそ、何も考えずに楽しく、たくさんの思い出を作りながらのびのびと成長できた代わりに。

──僕等は、恐ろしい難題を突きつけられたと……ここにきて初めて気付いたんだ。『この先生を……殺さなくちゃならないのか!!』……と。

 

「……烏間先生、先生はこの事知ってたんですか?」

 

「……断片的にはな。だが、真実を話してしまえば、俺達国の人間が君達に押し付けた『殺す』という事実を君達が自覚し、暗殺に向き合えなくなるのは目に見えていた。なにより……学生らしく生きる君達の生活を奪うわけにはいかなかった」

 

「…………そんな……、 」

 

殺せんせーを殺すために国から依頼されてE組にやってきたビッチ先生はともかく、殺せんせーが先生をするために交渉した国で働いている烏間先生が……姿かたちや中身の性格までは知らなくても、これらの事情を全く知らないはずがなかったんだ。それでも烏間先生なりに、僕等へここまで重いものを背負わせないために、殺せんせーの教育に便乗する形で隠してくれていたんだ。

僕等は、いつかは知らなくちゃいかなかったんだ……クラス皆が全力で背を向け続けてきた、殺せんせーという思い出を共有してきた恩師を殺すという意味を。少しでも長く、罪悪感を感じなくて済むために、楽しく暗殺を続けるために目を背け続けてきたことを。

 

「……すまない。君達を暗殺に平気で向き合わせようとする俺の態度を懸念して、あの夏休みの時点で既にイリーナは言っていたんだ。『殺すって……』」

 

「……『殺すってどういう事か、本当にわかってる?』……でしょ」

 

「「「!!?」」」

 

僕等を気にしながら淡々と話し続けていた烏間先生の言葉を引き継ぐようにその言葉を言ったのは、烏間先生に直接言ったらしいビッチ先生じゃなくて……カルマ君だった。先生達も驚いている中、話を聞いている間も終わってからも何のアクションも起こさなかった彼は、ここにきて立ち上がった。

 

「殺せんせー」

 

「……カルマ君ですか、どうし……にゅやっ!?」

 

教卓のところで僕等を見つめていた殺せんせーに向かって、1学期の期末テストの時のように前へと向かいながら対先生ナイフを投げたカルマ君。僕等はすぐには受け入れられなくて、今は暗殺なんて向き合えそうもなくて……どうにも動けないのに、彼は。

 

「──俺はたった1人でだろうと暗殺を続けさせてもらう。……知ってたよ、ビッチ先生が烏間先生に言った言葉……あの時アミーシャが聞いてたんだ。だから夏休みの沖縄で、俺はアミーシャから『恩師を殺すこと』の意味をとっくに学んでるんだよ。虫けらを殺すこととはわけが違うんだってことは、もうとっくに知ってるし覚悟だってしてる」

 

「カルマ君……」

 

答案用紙の代わりに彼が握りしめているのは……僕等3人の繋がりでもあるカバンに付けられたキーホルダーだった。どういう理由でいなくなってしまったのかも、いつ戻ってくるのかも、戻ってこないのかも分からない彼女との、今持っている確実な繋がり……カルマ君は、それと一緒に彼女に立てた誓いを守ろうとしてるんだ。

 

「アミーシャは、誰も……俺すらも気付いてなかった頃から先生を殺す覚悟をもっていた。そのアミーシャがこのクラスにいない今、誰も暗殺に向き合わないってなら……俺だけでも向き合わせてもらうから」

 

「……ええ、受けて立ちましょう」

 

そう言って殺せんせーは、カルマ君から投げられた対先生ナイフをハンカチに包んで彼へと返却した。受け取った彼は僕等の方へ1度振り返って数秒、黙ってクラス中を見渡したあとにそのまま1人、教室を出ていった……多分、殺せんせーがこれ以上何か言うつもりもないみたいだし、って帰ったんだろう。その姿を機に、E組の生徒達は1人、また1人と無言のまま教室をあとにしていった。誰1人として、カルマ君のように覚悟をもてず、かといって何か言うこともできないまま。

 

「…………」

 

僕は、この暗殺教室と向き合う上で、考えていた事が少しあった。殺せんせーを殺さないで……このまま僕等の恩師としてずっとお世話になる方法はないのかって。今までは地球爆破の原因でしかなかったからそんなことは不可能だって思ってたけど、こんな過去を聞いてしまったら……もう今までと同じ暗殺対象(ターゲット)としては見れなかった。

──僕は殺せんせーを殺したくない(死なせたくない)、……助けたい。それを皆になんとか伝えられないだろうか。

無意識に僕は、カルマ君のようにカバンに揺れていた青いウサギのキーホルダーを握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 




「……」
「イリーナ」
「……本当のことは、ガキ共には伝えなくていいわけ?」
「……アイツが話したことで全てだろう?」
「違うわ、あの子よ。あの子は──」
「……言わないさ、ここの生徒以上に背負わせすぎた分の願いくらい、叶えるよう努力する」
「…………」
「…………」
「…………はぁ、分かったわよ。というか私だって言う気はないわ……あの子にカルマとの恋愛を諦めさせちゃったのは、私のせいなんだから」
「……?」



「…………」
『俺等と殺人鬼とか殺し屋の生きてる世界は違うんだし、難しく考えなくていいんじゃね?』
『どう頑張っても本職と学生じゃあ、同じ位置には立てるわけないんだからさ』
「……、アミーシャが昨日言ってたことで、心当たりがあるのはこのあたりなんだけどな……、……あー……やっぱり俺、間違えたかなー……」


++++++++++++++++++++


次の日の教室で。
次回、エンド1です。

エンド1のすぐ後に投稿予定の『???』が、ある意味この物語で最大のどんでん返しになる……はずです。

というわけで、次回はエンド1と『???』のお話が両方完成次第の投稿となります。もしかしたら一週間以上二週間未満の間があいてしまうかもしれませんが、気長に待っていていただけると嬉しいです。



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終わりの時間

カルマside

──あれから。

 

 

 

〝あー、くっそ……殺せんせー、明日も殺るから〟

 

〝ヌルフフフ……懲りませんねぇ。さて、手入れの準備は整ってます。今日はどれにしましょうか……〟

 

〝……前から疑問だったんだけどさ、なんで俺に対する手入れ道具だけ、毎回そんなに変なやつばっかりなわけ?猫耳に化粧に女装に……そういうのって専門は渚君じゃん。うっわ、俺の髪色に合わせたウィッグまであるし……何目指してんの?〟

 

〝最近渚君はコスプレに慣れすぎてて、全然動じなくなってますから、反応がイマイチなんですよねー〟

 

 

 

冬休みの間、俺は時間が許す限り殺せんせーが学校にいることを確かめては、様々な暗殺を仕掛けていった。元々冬休みにやろうとしてた暗殺計画はいくつか練ってたから、イタズラを含めてやるネタは尽きなかったし、殺せんせーも真面目に向き合ってくれたからやりがいがあった。だけどアミーシャの協力もあって成功確率の上がる予定だったものや複数人で挑むべき暗殺なんて、たった1人でやっても結果はたかが知れてる……でも、誰も動こうとしないなら仕方ないし。

 

 

 

〝そんな夢物語なんて信じてるの?E組で1番暗殺力がある渚君がそれって……全力で楽しい暗殺教室にしてきてくれた殺せんせーにも、暗殺こそ恩返しって信じるヤツらにも失礼って分からない?〟

 

〝それでも!僕は先生に卒業してからもお世話になりたいって思うから!カルマ君はそうじゃないの……ッ?〟

 

〝だーかーらー!それが甘ちゃんだって言ってんの!殺意が鈍ったらこの教室は成り立たない!その努力もわかんねーのかよ!!身体だけじゃなくて頭まで小学生か?!〟

 

〝……僕だって……半端な気持ちで言ってないっ!〟

 

〝コイツ……ッ!〟

 

 

 

そのまま冬休みが明けて殺せんせーはいつも通りだったけど、暗殺を続けるもやめるも……俺のようにハッキリとした答えを出した生徒は1人もいなかったようで、クラスの誰もに覇気がなかった。でも静かな教室に落とされたビッチ先生の言葉で何か考えさせられることでもあったのか、渚君が信じられない提案をE組に投げかけて……気が付いた時にはE組全体を巻き込んだ、俺と渚君が出会ってからはじめて起こした本気の大喧嘩になっていた。

 

 

 

〝ていうかさ、いい加減俺等呼び捨てで良くね?こんだけのことしといて今更君付けする気がしないわ〟

 

〝……今更?〟

 

〝それなら俺だけ呼ぶよ。……いいの?『渚』〟

 

〝……分かったよ、『カルマ』〟

 

 

 

E組を分裂させてまでの大騒動にはなったけど、今までこんなに自分の本心をさらけ出したことなんてなかったから……変な感じだ。それに、発端はアレだけど全力で真っ直ぐぶつかったから、クラス一丸になってまとまった結論にもっていけた。……ここに、彼女がいればもっとよかったのに。

それから、殺せんせーによる無理難題ってぐらいありえない提案の実現のために、またE組で作戦をたて、訓練をして、いざ烏間先生(国の機関)を騙してまでその無謀な計画を成功してみせて……俺等は俺等なりの暗殺教室での向き合い方を決めた。全員が納得したんだ……殺せんせーの暗殺は続ける、だけど危険はほとんど無くなったんだから、暗殺が完遂できなくても笑顔でこの教室を卒業しよう。だけど、それはこの1年をこの教室で一緒に生活してきた俺等だからこそ納得できるもので……世間一般には、受け入れられないものだということに、気が付けなかった。

 

 

 

〝怪物が捕獲された安堵の心境を一言ください!〟

 

〝おい、泣いてるこの子寄りで撮れ!使えるぞ!〟

 

〝君、そう言えってあの怪物に言われてたの?辛かったでしょ……もう正直に言っていいのよ〟

 

〝1%という数字はね……地球を賭けのチップにするには、あまりに高すぎるんだ〟

 

 

 

対先生バリアにE組の裏山全体が囲まれ、その遥か上空からこれまた対先生エネルギーによるレーザー砲で狙う……烏間先生ですら直前まで知らされず、1年の間秘密裏に進んでいた政府の計画……影響があるのは殺せんせーにのみ。当然、納得できなかった俺等は抵抗したし、軍の検問を突破して殺せんせーのいるE組の校舎へ突入する計画だって立てた。でも、殺せんせーを助けたいと行動するのは俺等E組のたった28人、危険な超生物を排除しようと影から表から動くのは地球上のそれ以外……まだまだガキでしかない俺等に太刀打ちできるはずがなかった。

E組(おれら)の暗殺の裏で進められていた殺せんせー最終暗殺計画……それの不安分子になりうるからと、E組の生徒達(暗殺教室の暗殺者)は隔離され、閉じこめられた。……悔しかった。E組のことを知らないくせに殺せんせーをただ悪く言う奴も、面白おかしく嘘ばかり並べるマスコミも、俺等を信じようともしない大人達も、……肝心な時に何もできない自分自身も。だけど、そんな中でも信じられる大人はいたんだ。

 

 

 

〝……ほら、最後の授業よ。さっさと行きなさい〟

 

〝ビッチ先生も烏間先生と一緒に来てよ!2人とも私達の大事な先生なんだから!〟

 

〝っ!……、……仕方ないわね!〟

 

 

 

──ビッチ先生。

 

 

 

〝なぁ、家に帰って新聞見たんだけどさ……〟

 

〝ああ、E組を擁護する記事だったな……あれだけ殺せんせーを悪く印象操作されてる中不思議だよな……?〟

 

〝……多分、理事長だよ。E組だけじゃなくて学校自体のイメージも払拭させてるあたり、らしくないかな?〟

 

 

 

──浅野理事長先生。

 

 

 

〝よく聞け、渚君……俺を困らせるな(君達を信じて、任せる)、わかったか!〟

 

〝……アイツらなんか俺等のこと、めっちゃ見くびってんな〟

 

〝それもこれも烏間先生のおかげだよ……周りに悟らせないように私達に情報を落としてくれたんだ〟

 

〝じゃあ、それに報いる動きをしなくちゃだね!〟

 

 

 

──烏間先生。

 

 

 

〝音だけでも……恐ろしい強敵を仕留めたのが分かりました。成長しましたね、皆さん〟

 

〝〝〝殺せんせー!!〟〟〟

 

 

 

────…………殺せんせー。

 

 

 

俺等には、助けてくれる人がいた。さり気なくついでのように守ってくれる人がいた。信じて任せてくれる人もいた。一緒に経験を、想いを、感情を共有してくれる……恩師がいた。だから、最後の時間が近づいていても……幸せ、だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

対先生バリアによって囲まれたドームの中……そこには強敵を退けてたどり着いた俺等以外に、招かれざる存在が入り込んでいた。殺せんせーという存在を作りだしておきながら周囲を巻き込みつつ殺そうとしてきた柳沢、そしてその柳沢によって改造を受けた2代目死神だ。

最初は、2代目の殺せんせー以上に圧倒的な力と自らに触手を埋め込んだ柳沢の援護により、一方的に攻撃を受け続けていた殺せんせーは、だんだん攻撃を見切り、かわし、工夫で戦力差を埋めるようになった。でも、教師として生きようとする殺せんせーにとって、俺等生徒は守るべき存在……それを逆手に取られて絶体絶命に。次元を超える戦いでは足手まといでしかない俺等が何もできない中、楽しい教室を終わらせる原因になってしまったという罪悪感から、たった1人で茅野ちゃんが立ち向かった……の、だけど。

 

ひゃはははははははは!!姉妹そろって俺の前で死にやがった!!本当に迷惑な奴等だなぁ!!姉の代用品として飼ってやってもよかったが……あいにく穴の空いたアバズレには興味無くてねぇ……ひゃっははははっ!!」

 

ドームの中に響き渡る、バカにするような柳沢の嘲笑(わら)い声……2代目死神によってE組全員の目の前で茅野ちゃんが……ッ……俺等がその事実を受け止めきれず、衝撃と絶望とで動けなくなって。ピクリとも動かなくなった茅野ちゃんへにじり寄り、彼女に触手を伸ばした殺せんせーが、ドス黒い怒りのオーラを纏って柳沢と2代目死神の元へと向かおうとした、まさにその時だった。

 

 

 

手を貸してやる……《崩月輪》──砕け散れ!

 

 

 

どこかで……何度か聞いたことのある声とともに、巨大な物体が勢いよく飛んできたんだ。顔の目の前を横切ったソレに、さすがの殺せんせーも怒気を一瞬忘れて思わず足を止めてしまっていた……忙しなく辺りを窺う柳沢や2代目も何が起きたのかわかっていないようだ。俺等だって突然の突然の乱入者に反応することもできず、なんとか状況を把握しようとあたりを見渡す。今の声、飛んできた物体……1m……いやそれ以上の長さはある大剣を、俺等は1度目にした覚えがあった。飛んできたソレには対先生物質でも仕込んであるのか、大剣の通り道にあった2代目死神の触手を引きちぎりながら、ブーメランのように投げた人物の元へと戻っていく。それを目で追うと、大剣が戻った先には身の丈程もある真っ黒な大剣を手にしている……俺等が予想した通り黒衣の人物が立っていた。

 

「……!あれは……!」

 

「「「《(イン)》さん!!」」」

 

──潮田渚、彼女を連れてすぐに下がれ

 

「は、はい!」

 

「誰だ!なんだ貴様は……ッ!」

 

フン、このクラスを嗅ぎ回っていた割に私の存在を知らないとはな……我が名は《銀》。お前達の相手は私がしてやろう

 

黒衣の彼からいきなり名指しされての指示に、渚は慌てたように走り出した。突然の乱入に動揺したのか、柳沢と2代目死神の意識は殺せんせーや茅野ちゃんから《銀》さんへと向いている。その隙を縫って茅野ちゃんの元までたどり着いた渚は、邪魔されることなく彼女を静かに抱き上げて俺等の方へと戻ってきた。慌てて渚と茅野ちゃんを囲んで戦闘からできるだけ離そうと後ろにかばう……ピクリとも動かない茅野ちゃんの腹は超体育着の強度をものともせず穿たれた酷い傷跡で見ていられず、茅野ちゃんだって見られたくないだろうと俺の上着を被せてやった。その時に見て、察してしまったんだ……見たことのない酷さなのに、血がほとんど流れていなくて、……ソレは流れ切ってしまったのだと、……おそらく彼女は、もう……。それでもなんとか命を繋げないかと呼びかけ続ける渚や何人かを尻目に、俺や数人のクラスメイト達は《銀》さんと柳沢達へと視線を戻した。

 

「《銀》さん、貴方まで……!」

 

……動けない超生物は回復するなり移動するなりしてさっさと体勢を整えろ。その間アイツの相手は私が引き受ける

 

「……確かに、貴方程の実力があれば私の速さにも軽く対応できてしまうのでしょう……私には弱点も多くありますから。しかしアレは倍のマッハ40が出せる上に全てが未知数、死を恐れない故に最初から最後まで全力です。……殺さず手入れに徹するものと最初から殺すつもりで向かってくるものとでは比べ物にならないッ!」

 

……問題ない、超大型の手配魔獣……いや、幻獣とみればいいだろう。それに……《鋼の聖女(アリアンロード)》の250年前から衰えない突きに比べれば、最近改造を受けただけの奴がこの《銀》の相手になるとでも?……私も馬鹿にされたものだな

 

「ほう、そこまで言い切るのならお望み通り試してやろう……殺れ、2代目」

 

……エニグマ駆動、……時よ進め «クロックアップ(時属性補助魔法)»

 

ドーピングを追加するように、柳沢は化け物と化した2代目死神へさらに注射器を突き刺した。ほぼ同じタイミングで《銀》さんの身体を青い光……戦術導力器(オーブメント)の駆動光が包み込み、発動した黒い時計を模したアーツが彼の身体に取り込まれていった。先程まで以上に脈打つ不気味な身体を動かし、2代目死神はバチバチと赤黒い光を放つ腕を大きく振りあげ、轟く声をあたりに響かせながら《銀》さんに襲いかかる。

何人かは明らかに違う体格差に見ていられないと顔を背けていたけど、……俺は何故か目を離せなかった。俺等には目もくれずに《銀》さん1人に集中していて上から振り下ろされる2代目死神による大きな一撃を、《銀》さんは手にする大剣を盾がわりにしながら、受け止めては上へ、下へと流していく。一撃、二撃と次々に落ちてくる重い攻撃を、彼は軽々ひらりひらりと踊るように捌いていて……時々触手が刃に触れているのか、2代目死神の触手がパチュんパチュんと音を立てながら弾けているのも目に入ってきた。

 

「すごい……!まだ1回も直撃受けてないよ!?」

 

「剣で受けた時に触手が弾けてる……攻撃を受け止める時に対先生物質に当たるよう調整してるんだ」

 

「マジかよ……あの状況で!?」

 

「……でも、いくらなんでも《銀》さんだって、マッハ40の怪物相手じゃ……」

 

「数でこられたら……」

 

誰かがそれを言ったかどうかというタイミングで、2代目死神は重い一撃を与える攻撃からスピードを活かした手数の多いものへと変化させ始めた。その動きは、例えるならフェンシングの突きを超高速でしているようなもので……でも普通ならありえない、マッハ40の触手だからこそ可能な一呼吸で数十、数百回という連続の突きだ。ズドドドドッという轟音を立て、《銀》さんの周囲を巻き込むようなその攻撃は、あたり一面に土煙を巻き上げていて、離れたところで見ているはずの俺等も思わず腕で顔を覆ってしまう程……顔を上げた時には煙のせいで彼の姿が見えなくなってしまった。

そう長くは攻撃し続けられないのか、はたまた様子見のためなのか……2代目死神が動きを止めたことで少しずつ土煙が晴れていく。2人のいる向こうへと目を凝らせば、だんだん視界がはっきりしていくその場所に、黒衣の一部が裂けてはいるものの大剣を右手に構えたまましっかりと立っている《銀》さんの姿が見えた。

 

「立ってる……!あの人、あの触手の猛攻を耐えきったんだ!」

 

「《銀》さん、あれだけの触手の動きを全部避けるか捌いて凌いだってこと……!?」

 

「……チッ、2代目、まだ奴を殺れないのか!?」

 

殺せんせーでもあの触手の動きに対応できるまでにしばらくかかったのに、超生物化してるわけでもなく生身の人間がこんな短時間で対応するなんて……さすが、伝説の魔人と呼ばれる存在なだけある。しかも対応してるだけじゃなくて確実に戦力を削ぎ続けていて……殺せんせーのように切り落とされた触手を再生するために体力を消耗するなら、だいぶ削れてるんじゃない?

焦れたように2代目死神へ叫ぶ柳沢と、それを聞いてか再びいくつもある触手を操って攻撃を再開する2代目死神……《銀》さんは上下左右から襲ってくる触手の手を素早く避けながら冷静に処理していっている。

 

「アイツらにあれ以上の奥の手はさすがにないだろ!」

 

「それを耐えきったってことはさ、もう、怖いものなんて……」

 

────ピシッ

 

「?」

 

「何、今の音……」

 

スピードはかなりのものだが、俺でも何となく軌道が見える単調な攻撃しか見せなくなった2代目の様子を見て、もう《銀》さんが使える手全てに対応しきったことによる悪足掻きなんじゃないか、この調子でいけば勝つのも夢じゃないんじゃないか、皆が思ったその時だった。何かが軋むような……金属にヒビが入るようなそんな音がどこからか響いた。《銀》さんが訝しげに確認したのは彼が手にしている黒い大剣で……当たり前だ、身近な金属で1番壊れると困るのはそれだから。だけど特に問題なかったのか構え直した彼を見ていた柳沢は、焦ったり動揺したりすることなく……、ニンマリと場違いのごとく不気味に笑う。

 

「ふん……所詮人間の理からは外れていない暗殺者。触手を凌ぎ切った反応は素晴らしいが、その触手を受けいれた2代目の能力には劣るな」

 

…………何……?

 

「あれだけの猛攻の中、自らは無事でも()()まではしっかり気を配れまい。最初は小さなヒビでも対策もせずにあのスピードで戦闘を続ければ……あとは、崩れるだけだ」

 

……ッ!

 

2代目死神は最高瞬間速度マッハ40という尋常じゃない速さを持つ化け物……殺せんせーを基準にして『もう勝てる』って考えが浮かんだけど、殺せんせーだって弱点が多すぎてついつい忘れがちになるだけで、マッハ20の怪物だ。……2代目の半分の速さ?とんでもない、いつまで経っても殺せなかった殺せんせーにそう思うこと自体が間違ってるのに、それ以上と言われる相手をそんな簡単に倒せるわけがなかったんだ。柳沢の言う通り、《銀》さんは身体能力を活かして、あるいは大剣を駆使して、直接的な打撃自体は全て避けきったのだろう。だけどあれだけ激しい攻撃中に打撃以外を受けていないわけがない……例えば風圧なんてどうだ?それに殺せんせーが死神だった時に使った戦法でもあったじゃないか……砂粒でも十分武器になるって言ってたじゃん。

 

────ピシ、パキパキパキ……パリン

 

ヒビ割れていくような音が響き、柳沢の言葉で何を言いたいのかに気付いたのか……《銀》さんは慌てたように顔に手を当てて何かを押さえていたみたいだけど、その時にはもう遅くて。今まで口元しか覗かせず、俺等を含め《銀》という存在を知るほぼ全ての者が見たことのなかっただろう、彼の……いや、()()()黒衣の仮面の下、素顔があらわにされた後だった。

 

「「「!!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────」

 

「…………うそ、だろ…………?」

 

「…………なんで…………」

 

「…………アミーシャ…………?」

 

 

 

 

 

仮面の下から現れたのは、ふわりと揺れるツーサイドアップにされた紺色の髪……冬休みから行方不明になっていたE組のクラスメイトで、……俺にとって大切で最愛の存在、アミーシャ・マオその人だった。

 

「はははははっ!これは傑作だ!!イトナの転入時(初対面)から素人集団の中に、気配から何まで明らかに不似合いなバケモノ娘が居るとは思っていたが……正真正銘の魔人(バケモノ)が紛れ込んでいたとはな!」

 

「……、あーあ……失敗しちゃった……お姉ちゃんからロイドさんたちにバレた状況、ちゃんと聞いてたはずなのに……」

 

再び笑い声を上げた柳沢から視線を外すことなく、ただただ残念そうに話す声はさっきまでの作られたような声色と全然違う……いなくなるまで毎日のように聞いていたアミーシャの声そのものだ。2代目死神は、俺等の驚愕も柳沢の嘲りも全てを無視して《銀》……アミーシャへと攻撃を仕掛けようと腕を振り上げたけど、柳沢が手を挙げてやめさせた。ここにきて動揺でも狙っているのか追い詰めようとでもしているのか、煽るように声を上げ続ける柳沢……アミーシャは、それらを淡々と聞き流しているようだった、けど。

 

「クラスメイト達の反応はどうだ?見る限りずっと隠してきたのだろう……?秘密を晒された気分は!?」

 

「……秘密……そうですね」

 

ピクリとはじめて反応を返したアミーシャは、そこで初めてE組の方を見て、様子を見ていることしかできない俺等を端から端までゆっくりと見渡して。彼女は……勘違いじゃなければ、俺と目を合わせて一瞬動きを止め、そのままふわりと微笑んだ。ただ、それは今までに何度も見てきたような幸せそうな暖かなものではなくて。

 

「このE組で生きてきた、平和な世界で生きてきた『真尾有美紗』はもうどこにもいない……もう、私には必要ないから、全部捨ててさよならしちゃった。我が名は《(イン)》、真名(まことな)はアミーシャ・マオ。東方人街の魔人として生きる……凶手だ」

 

────泣きそうなのに何かを覚悟した、悲痛で力強い微笑みだった。

 

 

 

 

 




今回でエンド……と言っておきながら、書いていたら(毎度の事ながら)長くなりすぎまして、やっぱり2つのお話で分けることにしました。申し訳ありません。

ついに、この小説でいちばん私が頑張っていた伏線を回収……!読者様のどれだけの方が《銀》=オリ主(アミーシャ)ということに気づいていながら黙って読んでくださっていたのでしょうか……!ネタバレなくここまで来れたのはその方やワクワクしながら読んでくださった方々のおかげです!……最後のお礼っぽいですが、最終回ではありません。

軌跡シリーズを知っていて読んでくださっている方にとっては『リーシャの妹』と設定している時点で、早々にバレていたと思います。わざと、ゲーム本編とほぼ同じ方法での身バレとさせていただきました。こっちのエンドではこの方が合っていて……

次回、今度こそ仕上げます。
タグ通り残酷な表現や描写が多く、かなり閲覧注意のお話になる予定ですので、把握した上でお読みください。





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終わりの時間・2時間目

今回、閲覧注意です。


渚side

……ずっと、僕等の側で守ってきたつもりだったアミサちゃんが、これまでに何度も僕等を助けてくれた《(イン)》の正体だった。驚きと、どこか彼女の様々な言動や疑問に答えが出そうな納得感で複雑な気持ちになってくる。今思えば、《銀》が現れたのは夏休みの特訓でカルマ曰くアミサちゃんが風邪で寝込んでいた時……、死神にやられて気を失っている間にアミサちゃんがどこかへ迷い込んでしまった時……、そして、夜中に母さんに連れられてここで殺し屋と対峙した時。全てアミサちゃんがいない時だった……E組とまあまあかかわりのあった《銀》なのに、《()》と彼女が同時に存在していた時は1度もなかったんだ。あまりにも入れ替わりに違和感がなかったせいで気付けなかった。

 

「そろそろ、動けるくらいには修復できましたよね……、超生物さん?」

 

「アミサさん……、……なぜ……、私は、あなたのお姉さんからリーシャさん自身が《銀》なのだと聞かされて……」

 

「リーシャお姉ちゃんがそう言ってたの……?……ふふ、表向きはそうだよ。でも、暗殺者としての能力は私の方があるんだって父様が……だからこそ、本来は一子相伝の家業なのに長女じゃない私も例外として『道』を継承してるの。……それより、質問に答えてください……ある程度なら、いけますか?」

 

「……ええ、完全には程遠いですが」

 

再び構え始めた2代目の触手を見てか、感情の見えない無機質にも聞こえる声色でアミサちゃんが殺せんせーに声をかけた。フラつきながらも立ち上がった殺せんせーは、僕等を背に守り続けながら《銀》……アミサちゃんの元へと近付いていく。彼女がこの場へ来てから、全ての攻撃を彼女が引き受けていたおかげで、殺せんせーは完全回復は無理でも動ける程度には回復できていたらしい。……それでも2代目死神の全力攻撃(フルパワー)を僕等を庇って何度も受けている先生が、《銀》……アミサちゃんがいるとはいえ、2代目と柳沢の連携についていけるとは思えない。どうするのかと思って見ていれば、1つ頷いたアミサちゃんは殺せんせーから柳沢達へと視線を戻してすぐ、なんてことも無いように言い切った。

 

「そうですか。じゃあ、あの男の人の方をなんとかしてきてください。私が2代目さんを引き受けますから」

 

「「「な……っ!?」」」

 

「な……、な、何を言ってるんですかッ!?先程までの柳沢は、可能なら殲滅、次いで貴女の仮面を割ることに2代目を集中させていたかのように見えます!その目的を達した以上、先ほどよりも攻撃に遠慮は……!」

 

「……だからこそ、です。まだ、体力的にも私の方が戦えますし……それに、これ以上の全力戦闘を相手にするのは、()()()()()()に困るでしょう?」

 

「!!……お見通し、ですか……ですが、それでも任せるわけにはいきません。貴女が認めなかろうと、アミサさんは……アミーシャ・マオさんは私の大事な生徒です!生徒を守らない先生なんていませんから!」

 

僕等全員が何を言い出すのか、それにせめて戦う相手が逆じゃないのかとさえ言いたくなる提案をした彼女に、殺せんせーも当然反対しにかかる。途中、名称を伏せられてなんの事だか分からない会話を経ても、アミサちゃんは全く折れる様子がなくて……心配して守ろうとする殺せんせーにそっと向けられた視線は、あたたかいものだった。

 

「……だったら……さっさと倒して、助けに来てね、……殺せんせー」

 

「!……仕方ありませんねぇ……ええ、もちろんです!」

 

ふわ、と少し痛々しい笑顔を向けた彼女は、さっきまで『暗殺者()標的(超生物)』という向き合い方をしていたんだと思う。でも今のは、『E組の生徒(アミサちゃん)E組の先生(殺せんせー)』だ……仕事ではなく、E組の生徒として殺せんせーにお願いしたんだろう。

立場を変えただけで状況が変わったわけじゃないけど、アミサちゃんが折れるつもりがないこと、そして先生を信じているんだと暗に言っているのを察して、殺せんせーは提案を飲むことに決めたらしい。すぐさま柳沢の方へと飛んで行った殺せんせーを見送ったアミサちゃんは、ゆっくりと僕等の方へと振り返った。

 

「……私、みんなのことが大好きだよ」

 

バチバチと音を立て始めた2代目死神の触手を横目にふわりと笑った彼女は、これまでずっと見てきた姿となんにも変わらない、小さくてどこかに強さを秘めているままだった。でも、すぐそこにいるはずなのにこっちを見つめる雰囲気はとても儚げで……今にも消えてしまうんじゃないかってほど、危なげだった。

 

「多分、私の隠し事はこれで全部。……ありがと、これまでこんな偽りだらけの私と一緒にいてくれて……。……これが終わったら、ホントにさよならするから、今だけ許してね」

 

「真尾……?」

 

「アミサちゃん……何言って……」

 

「……暗い、暗い裏の世界しか知らなかった私に、たくさんの光の世界を教えてくれたE組のみんな……私の事情を誰にも話さないでいてくれた烏間先生とイリーナ先生。閉じこもっていた私が外を見るきっかけをくれた渚くん、世界を開いてくれた殺せんせー……私にたくさんの感情を、……人を愛するって気持ちを教えてくれたカルマ。みんな、みんな私の大切だから……だから、この《銀》としての力でみんなを守る。私の進む道は……大事なものを守るために、戦うことだって決めたから!」

 

そう言うやいなや、僕等の制止の声も聞かずに飛び出して行ったアミサちゃんは、再び2代目死神の触手とぶつかり始めた。先程以上のスピードと威力になった触手による怒涛の攻撃についていく彼女は、仮面をつけていた時の戦闘より格段にスピードが上がっているように見える。上から突き刺さる触手を飛んで避け、触手を足場に駆け上がっては本体を大剣で斬りつける。弾き飛ばされれば空中で体勢を立て直し、クナイや符を使った飛び道具を飛ばして攻撃の手を弛めない。《銀》としての実力は何度か見てきてたけど、それが彼女だと分かった上での戦いは初めて見る……なんというか、まるで踊っているようで。

 

「……あの子……あんなに強かったの……?」

 

「あんな気迫……訓練でもどこでも見たことない」

 

「……真尾さんは、君達にだけはバレたくないとかなり注意を払っていたからな。正体がバレないために能力のセーブ、そして見た目を偽る体型操作などに力の幾分かを回していたから、今までは本気を出せなかったんだろう」

 

「烏間先生!」

 

音速と音速のバトルには参加できないと僕等と同じく離れた所で様子を見ていた烏間先生だけど、アミサちゃんと殺せんせーに戦力が分散した今、僕等の所へ来る余裕はできたらしい……ビッチ先生と一緒に生徒の無事を確認しに来てくれた。その言葉から、烏間先生はアミサちゃんが《銀》であると知った上でこの1年を過ごしてきたんだということがわかる。烏間先生には言えて、僕等には言えない事情だったのか。殺せんせーの暗殺という生死に関わることに一緒に関わってきたのに、信じてもらえてなかったのか。そんな思いからだろう……何人かのクラスメイトが烏間先生へ詰め寄る。

 

「なんで、言ってくれたら!」

 

「先生達は知ってたんでしょ?なんで私達には……っ」

 

「言ったところで、君達は受け入れられたか?」

 

「……っそれは、」

 

「彼女を暗殺者と知らず、同じ教室の中でずっと一緒に生活していた……真尾さんは既に仕事とはいえ人に手をかけている。受け入れてもらえないのが怖い、暗殺者と一般人は生きるべき場所が違うし、影の道を行く自分が光の道を歩く君達を巻き込みたくない、……そう言っていた」

 

「そんな……」

 

「……私ですらアミサが《銀》だって知ったのは、あのカエデの暗殺の夜なのよ?同業者である私にすら偽って……抱え込むのと同時に隠すことで周りを守ってたのよ。ほんとバカな子……」

 

「ビッチ先生まで……そっか、ビッチ先生は元々知り合いって言ってたもんね」

 

先生達も隠したくて隠していたわけじゃない。……アミサちゃんの思いを知っていたから、そしてこの1年の間たくさん頑張ってきたことを知ってるからこそ、無理をしてきた代わりにその思いを最後まで叶えてあげたかったんだ。きっと暗殺者として依頼した《銀》としてだけでなく、1人の生徒として見ていた烏間先生、元々同じ暗殺者として友人関係を築いていたビッチ先生だって、今、この場を彼女に任せなければならない状況を苦しんでる。

 

「……私、何も知らなかったら怖がったり避けたりしちゃってたかもしれません……でも、今は違います!ここまでいろんな苦楽を共にしてきたんですから……っ」

 

「俺もそう思う……あの子はただ、怖がりなだけだよ。それに相変わらずの勘違いと自己評価の低さだよね」

 

そんな空気の中、奥田さんがぎゅ、と胸の前で手を握りしめて言った言葉は、僕等の中に1つの波紋を生み出した。そうだ、過去では受け入れられないかもしれないけど、今の僕等だったら。そして、奥田さんに続くようにここまで黙りを続けていたカルマがやっと口を開いた。はぁ、と呆れたように息を吐いた彼は不安の色を目に映しながらもあの戦闘から目を離さないでいて……

 

「……カルマ」

 

「自分がどれだけこの教室で愛されてきて、俺を含めてどれだけの奴に影響を与えてきたのか分かってないんだから、そう言うしかないっしょ?俺等がどう思ってるのか分かってないなら、分からせてやればいいんだよ……全部終わったら、連れ戻す」

 

「……そうだね……うん、それがいいよ。信じるからこそ今はアミサに任せよう」

 

「ここにいても足でまといにしかならないしね……、皆、向こうまで逃げよう!……それで、全部終わったら僕等E組で……全員で迎えに行こうよ!」

 

もちろん、茅野も一緒に。戦いに巻き込まれないように、戦うアミサちゃんや殺せんせーの邪魔にならないように、それでいて様子は見えるように……それを考えると、触手を持たないアミサちゃん以外は通り抜けられないバリアの外が1番安全だ。腕の中で眠るように動かない茅野をもう一度抱き直し、僕はE組の先陣を切るように走り出す。

そして、戦場の声も姿も確認できるけど、僕等に危険は少ないだろう場所へ避難してから振り返ると……、……やっぱり体格差も戦力差もある強化された人外を相手に、たった1人でなんて、無理があったんだ。休むことの無い全力戦闘での疲労やたった1人で受け続けた小さなダメージが溜まっていたんだろう……アミサちゃんがあのバチバチとした2代目の触手を避けた瞬間にフラつき、ブラインドとして隠されていた次の攻撃が迫っているのに気が付けないまま。僕等は大剣を持つ彼女の右腕が吹き飛ばされた瞬間を目撃してしまったんだ。

 

「……ッ、アミー……!」

 

「ダメだってカルマ!!」

 

「お前が行っても意味ない、逆にアイツの覚悟を無駄にしちまう……!」

 

案の定、思わずというように飛び出して中に戻ろうとしたカルマを磯貝君と前原君の2人が押さえつける。万が一、カルマがその2人を振り切っても抑えられるように寺坂君達数人の男子もも近くに立ってくれている……皆、一様に青くなってる顔なのに変わりはないけど、アミサちゃんの戦いから視線を完全に外すことはできなかった。茅野の時と同じだ、不安だからだけじゃなく僕等を守るために戦う彼女から目を離すことは、どうしても失礼だと思えてしまったから……。

利き腕である右腕を失い、彼女の得物といえる大剣も手元にない……これでは戦いようがない。そう誰もが絶望しかけた、時だった。彼女の身体が青い光……戦術導力器を駆動した光に包まれる。

 

「……腕を失ったくらいで……止まると思わないで!」

 

アーツが発動し、駆動光に似ている蒼い雫のような光が彼女の右腕のあった場所に収束してすぐ……先端に鈎爪の付けられた長い鎖が、彼女に残った左手から放たれた。アミサちゃんの腕を吹き飛ばすために突き出していた2代目の触手、触手を突き出して前傾していた身体、そしてその他の触手に巻きついて拘束していき、それらに絡み合いながら地面に突き刺さって2代目の身体を拘束していく。当然身動きが取れなくなった2代目は身体を暴れさせて逃れようとするが、ミシミシと壊れそうな音を立てながらも鎖は切れない……でも、それも時間の問題だろう。

 

「ホントなら……殺せんせーに直接お別れさせてあげるべきなんだろうけど……ごめんね、私が終わらせてあげる」

 

遠目だと、動きはわかっても表情までは見えない……でも、きっと優しい顔をしていたんじゃないかな、……そんな声だった。左手に何か……終わらせるって言葉と大きさからして、多分対先生ナイフだと思われるそれを構えた彼女は、2代目死神の懐めがけて走り出して……それで。

 

 

 

 

 

────メキメキメキ……ドゴォッ!

 

 

 

 

 

「「「!!!!」」」

 

アミサちゃんが2代目死神の懐へ入り込む直前、ついに鎖が引きちぎられた。普通なら気付いた瞬間反射的に身体が強ばるなり逃げようと本能的に行動したりするだろう。……それをふまえても《銀》であるアミサちゃんなら、どんなに勢いがついていても避けたり1度離れて体勢を立て直してから仕掛け直したりできただろうに。鎖の拘束から解放された触手を勢いよく向けられているのに、彼女は走るスピードを落とすこと無く、自身に向けられた触手に臆すること無く、そのまま突っ込んでいき……2代目死神の心臓にナイフを突き刺した。

────代わりに身体を、無数の触手に穿たれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

 

なんで、……君は、

 

「……私は、これでいいの。……ねぇ、貴方は本当に何も伝えなくてもいいの……?」

 

…………僕は、あの人に……先生みたいに、なりたかった……ただ、見て欲しかっただけなんだ

 

「……うん、伝えてあげる……私が、貴方とせんせーの、最後の会話を奪っちゃった代わりに……」

 

…………ありがとう

 

蛍のような光の粒子となって、2代目死神が夜の闇に溶けていく────魔人と称される暗殺者《銀》であるアミサちゃんと、人ならざるモノと化した2代目死神との戦いが終わった。2代目死神は、得た力の代償として死の期限が既に決まっていたことから、楽にするしか手段がなかったわけだけど、柳沢に関しては国がバックについていることで殺してしまえば犯罪者だ……殺せんせーも倒しあぐねているようで、まだ向こうは終わりそうにない。

皆、あまりの光景に、身体も心も動かなくなってしまったかのように、空気が凍っていた。目の前で2代目死神が最後の光となって空へ昇っていった……その2代目死神が消えるということは、アミサちゃんのお腹を貫いていた触手も消えるということと同義だ。穿った穴を塞ぐ栓の役割をしていた触手が消えた瞬間、彼女の腹部からおびただしい量の血が溢れ出し……自力で自分の身体を支えられなくなった彼女は、重力に従って静かに地面へと倒れこんだ。そこでようやく、金縛りのように動けなくなっていた僕等の身体は、ぎこちないけど動かせるようになっていることに気がついて皆、反射的に走り出す。

 

「アミサちゃん!血がッ」

 

「真尾さん…………っタオル!誰か持ってないか!?すぐに圧迫止血を行う!」

 

「タオル……!先生、厚手のハンカチなら!」

 

「なんで、避けもしないで自分を犠牲にするような事……ッ!」

 

三者三様……そんな言葉があっているほど、E組のクラスメイト達はアミサちゃんに駆け寄り声をかける。夜に溶けるくらい真っ黒だったはずの《銀》としての衣装……アーツで血を止めていたとはいえ、タダでさえ右腕を吹き飛ばされたことでその鮮血に染まっていたのに、彼女のお腹からも流れ出た血液でさらに赤黒く染まっているのが、この暗さでも、よくわかった。倒れたまま全然動かない彼女を揺すっていいのかすら分からない……せめて止血だけでもしたくて、タオルやハンカチなどをかき集めて烏間先生が圧迫してるけど……苦しむ様子もなく、その表情はまるで眠っているだけのようで……

 

「…………ぅ、……」

 

「……!まだ意識がある!!」

 

「アミサちゃん、アミサちゃんッ!!」

 

もう死んでしまったのではないか、そう思った矢先に小さく反応したうめき声が聞こえた。意識が朦朧としているのだろう……あれだけ気配に敏感で、どんなに小さな音にでもすぐに反応を返していた彼女が誰が声をかけても大きく反応を見せないでされるがままになっている。……なのに、烏間先生と場所を代わって彼女の上半身を軽く地面から抱き上げたカルマには、かすかにピクリと反応を示した。体を持ち上げられたのもあるんだろうけど、ゆるゆると視線を上げてカルマの顔あたりをぼんやりと見ている……って、ぼんやりと?カルマ君に向ける彼女の視線がズレてるような気がするけど、まさか……

 

「……アミーシャ、なんで……」

 

「……へへ、ホントは最後まで……見てるだけのつもりだったの……もう、私はかんけいないからって……なのに、カエデちゃ、みてたら……つい、とびだしちゃった……」

 

「関係ないなんて……ここがアミーシャの居場所じゃんか……!……そうだエニグマ……ッ!あれで回復すれば……ッちょ、複雑だなこの服……どこにあんの……!」

 

「もう、いーよ……なんにも、見えないもん……まにあわないって……わかってる」

 

「……簡単に諦めんな!……あ、あった!…………ぁ……」

 

……やっぱり、自分に向けられた声と体の揺れに反応して視線を向けているだけだったんだ。……彼女の、……アミサちゃんの目は、もう何も映していない。だんだんと呂律が回らず鈍くなっていく反応に、カルマ君は慌てながらも複雑な衣装の中から彼女が装備しているだろう戦術導力器を探し始めた。前に特務支援課の人が言っていた……他人の導力器でも使えないことはないって。知識だけならイトナ君にもありそうだけど、発動経験があるのはカルマだけ……以前試した時はは苦手な属性だったせいで不発だったけど、それじゃなければ発動するかもしれない。感覚を知っているからこそ、彼に賭けるしかない、そう思ったのに。

なんとか導力器探し出し、腕の血を止めたのと同じようにアーツを使おうと蓋を開いたカルマは……一気に青ざめた。疑問に思って横から覗いた僕でも分かった……導力器の中の回路は潰れたり捻れたりしてぐちゃぐちゃで、いくつかセットされていたガラス玉は砕けてしまっていたから。多分2代目死神との交戦中に壊したんだと思うけど、……ここまでボロボロだとそう短時間で直せるものじゃないって事くらい察しがつく。この場で唯一この機械の修理をできる可能性があるイトナ君を振り返ってみたけど、同じように導力器をみた彼は静かに目を閉じて首を横に振った……直せない、そういう事だろう。

 

「……《銀》として……もう、いらないものは捨てたはず、だったのになぁ……」

 

「……そんなの、アミーシャが《銀》だからじゃない……アミーシャがアミーシャだからでしょ……。俺等を『いらないもの』じゃなくて『大切だ』って思ってるからの行動だろ……!」

 

「……そっ……かぁ……、大切……。……ねえ、みんなのこと……まもれたよね……?」

 

「……ッ、それは……」

 

「……ふふ……カエデちゃんは、へーきだよ。きっと、殺せんせーが……ゴホッごぽ……ッ」

 

「そ、そうだよ、殺せんせー、殺せんせーは今どうなってんの!?」

 

「……あっちで今なんか光った……前にも使ってたエネルギー砲じゃないかな……」

 

「そうか、吹き飛ばすだけなら……!アイツも触手を埋め込んでる、バリアは越えられないから……!」

 

アミサちゃんから『皆を守れたか』と聞かれて、咄嗟に答えられず言葉に詰まってしまった。アミサちゃんが出てくる前に2代目に殺られてしまった茅野は、僕の腕の中で息もしないで横たわっている……なのに、それを見たアミサちゃんは大丈夫だと笑う。殺せんせーが……何?最後まで言い終わる前に、何度も苦しそうに咳き込んだ上に血を吐き出してしまった。

皆、アミサちゃんが助かる最後の希望を殺せんせーに託している……向こうの方で何か光ってるし、こっちに来てくれるのも時間の問題だろう。それまで何とか意識をつなごうと、皆で代わる代わる話しかけ続けた……だけど、大きく咳き込んだあと、小さく笑った彼女は首を横に振った。

 

「……ね、せんせーに、つたえて……2代目は……ころせんせ、みたいに、なりたかったんだって……見てほしかったんだって……わたしじゃ、むり……だから……」

 

「……自分で伝えればいいじゃん!あと少しだから……まだ自分をもって!!」

 

「殺せんせーが来れば、もしかしたらがあるかもしれないんだから!」

 

どんなに訴えても、彼女は自分がどうなるのか理解しているように小さく首を横に振るばかりで……茅野の時点で鼻をすすっていた倉橋さんや神崎さん、奥田さんなんかは、この先を察して泣き出してしまっている。

 

「……アミーシャ……ッ」

 

「……へへ、……なんで、かな……もう、いたくないの……さむいのに……カルマはあったかい、ねぇ……」

 

「……ッ!ねえ、諦めんなって言ってんじゃん!ずっと一緒に居るって誓っただろ……どんな秘密があってもアミーシャを恋人としてそばに置くって約束した、1人にしないって……!」

 

「………そ、かぁ……おぼえてて、くれて……うれし、な……。……ねー、カル……、なか、ないで……、……」

 

「何、聞こえな……!」

 

──ごめんね、だいすきだったよ……あいしてた

 

約束を、誓いを、カルマが今でも覚えているのだと知って、アミサちゃんは本当に嬉しそうに笑顔を浮かべながら何か言おうと口を動かしている。だけど、もうヒューヒューという空気の音しか聞こえなくて、カルマが何とか聞き取ろうと彼女の口元に耳を近づけ……目を見開いて彼女の顔を凝視した。

ゆら、とアミサちゃんの左手が上がり、すぐ近くに近付けているカルマの頬を1度だけ撫でて……パタリと、力なく地面に落ちて、

 

「……アミーシャ……?……ごめんねって何……?……ねぇ、」

 

「……………………………」

 

「冗談でしょ……?やっとE組に、……俺の前に戻ってきたのに……」

 

「……………………………」

 

「ほら、起きてよ……前みたいに、いつもみたいに『おはよう』ってさ……言ってよ……ッねぇってば!」

 

「……………………………」

 

「なんで……、 なんでなんだよ……ッ!!……う、あああぁぁ……ッ!」

 

……カルマの腕の中で、静かに息を引き取った。ピクリとも動かなくなったアミサちゃんを抱えたカルマの超体育着がどんどん彼女の血の色に染まっていく……。彼女の死に顔は今にも起き出しそうな寝顔にしか見えなくて、目覚めることを願って何度も何度も声をかけて、それで、……初めて、カルマは僕等全員の前で隠しもせずに涙を流した。どんな時でも飄々とした態度を取り続け、表情を取り繕い、泣きそうに顔を歪めていても涙ひとつ見せたことがなかったのに……この教室の中で1番付き合いの長い僕ですら、初めて見た涙だった。

茅野が倒れアミサちゃんまでもが……大きすぎる犠牲に誰も、勝利を喜ばない……喜べない。慟哭するカルマの叫ぶような声に、みんな悲痛な面持ちで顔を背けたり俯いたり……生徒だけじゃなく烏間先生達も彼等を見ていられなくて、誰もが彼等から意識を外した。クラスメイトが亡くなったってだけじゃない、カルマにとっては半身のように大切にしていた最愛の恋人を犠牲に生き残ったようなもの……失った喪失感は茅野の犠牲以上だろう。……僕も、こんな不安定な腕の中なんかじゃなくて、安全な地面に茅野を下ろしてやりたい。グラウンドのド真ん中を目指すよりは、校舎の近くの方が近いし安全だと、敷くものを取ってくるという千葉君に甘えて、カルマとアミサちゃんはしばらく2人きりにしてあげようと背を向けた。

 

 

 

でも、これが間違いだった。僕等にとっての絶望は、これで終わりじゃなかったんだ。

 

 

 

カラン、という金属が地面に落ちるような音が聞こえた気がして、この周辺に金属で何か落ちるようなものでもあっただろうかと周りを確認したあとに、そういえばまだ見ていなかったな、くらいの感覚でなんとなく振り返る。そこには、体育着の上着を脱いでから声を押し殺して涙を流しながら地面に落ちた何かに手を伸ばし……それを掴んでそのまま自分のお腹に向けて振り落としたカルマの姿があった。

 

「ちょ、カルマ!何して……!」

 

「え……」

 

「なんだ……?」

 

躊躇いは一切なくて、最初は悔しさのあまり拳で自分のお腹を殴っただけだと思ったんだ……だけど、グチャりと嫌な音を立てて突きたてられたソレを引き抜いたのを見てゾッとした。月明かりに照らされて目に入ってきたのは、赤い血が付着しても鈍い金属の光を変わらず反射している物体……あれはアミサちゃんのクナイだ。再び振り上げられたそれを止めようにも、僕は茅野を抱えているから声しかかけられないし、他の皆も気が付くのが遅くて。そのままもう1度振り下ろされた刃は、カルマの身体に突き刺さり、さっきよりも深くを抉りとるように切り裂いていた。

……飛び散る赤に、もう何度目かわからない誰かの悲鳴が上がる……なんで僕は、こんな状態のカルマを残して2人きりにしようなんて考えてしまったんだろう。

 

「カルマ!」

 

「何やって……ッ」

 

「カルマ、どうして……」

 

「……渚ぁ、茅野ちゃんがおちそーだよ……あー……イッてぇ……はは、腹に穴があくのって、こんな感じなんだ……はじめて、知った……」

 

「赤羽君、なんてことを……それを知るために自分の身体を使ったのか?」

 

「まさか……最初から、それこそアミーシャと2人で崖、飛び降りた時から……決めてたこと、だから……。だから、……烏間せんせ、ごめんねー教室から、3人も……てあて、しなくていい、からさー……」

 

「…………そうか」

 

超体育着を脱いだのは、ダイラタンシーフレームによってクナイの刃が防がれてしまうのを防ぐため……座っていた姿勢が辛くなってきたんだろうカルマは、大事な宝物のように抱えていたアミサちゃんの身体ごと地面に倒れてしまった。こんな時ですらアミサちゃんの身体を抱きしめて、自分の下敷きにならないように気を付けているのが……もう、彼らしくて。烏間先生が応急手当をしようと手を伸ばしたけど、カルマはそれをクナイを持つ手で振り払った。弱ってる人間の手だし、烏間先生なら楽々抑え込めそうなのに……振り払われた手やカルマの傷をじっと見ていた烏間先生は静かに目を閉じると立ち上がって、カルマを囲む僕等の輪から出て背を向けてしまった。

 

「え、烏間先生どこに……」

 

「……内臓がえぐれている……然るべき処置をすれば助かるだろうが、今から病院に運ぶには時間が足りない。それに……」

 

「げほっ……俺等をまもる、ために……痛かった、よね……。……ねー、アミーシャにもらった、いのちだけ、ど……俺が、ダメだった……抱えて生きんのさ……」

 

「……あの様子を見る限り、助かっても真尾さんがいなければ再び自傷する可能性が高い。……教師なら、何と引き換えても助けるべきなんだろうが……再び彼自身に自分を壊させるくらいなら、いっそ……」

 

「「「…………」」」

 

傷の深さだけでなく、抱き寄せたアミサちゃんを大事そうに撫でながら、うわ言のように話しかけているカルマを見て、烏間先生は治療はできないと判断したらしい。したとしても、今後生きることを拒否してしまえば、何度でも起こることだから、と。……ただでさえ、カルマはアミサちゃんがいなくなってから彼女の遺志を継ごうと無理をしてきていた……いつか戻ってきた時に、彼女が惹かれてくれた自分のままであるために、そして約束を守り続けるために。だけど目の前でその彼女を失って、精神的に限界が来ていたんだ……アミサちゃんの願いに反しても、後を追おうと考えてしまうくらいに。

……僕は、カルマを誤解していた……勝手気ままで怖いもの無しで、そのくせスマートで何でも出来る……強くて、ひたすら前を見続ける、弱さなんて見せない強い人なんだって。本質的には多分それでいいんだ、ただ、本当に弱い側面を『見せない』ってだけで。隠したり取り繕うのがうまいんだ……そういうのを無意識に引き出していたのがアミサちゃん……そのアミサちゃんを失ったことで、せき止めていたストッパーも無くしたんだろう。

 

「……アミーシャは、こわがりで……さみしがり、だから。オレは、ひとり……しない、よ……やくそくどーり……ずっと……しんでも、いっしょ……に……」

 

だんだんとアミサちゃんの頭を撫でる手がゆっくりになっていき、笑みを浮かべたのを最後にその瞳から光が消えて……カルマはそのまま、動かなくなってしまった。

 

 

 

──────……

 

 

 

『死んでも、一緒にいるから』

 

あの、まだ無謀な暗殺を2人がしていた時にしたという約束だ。1学期末テストの後に、E組の誰もが律を通して会話を聞いていたからその約束のことを知っている。……まさか、本当に実行するなんて思うはず、ないじゃないか。

皆の悲痛な悲鳴を頼りに、柳沢をなんとか無効化して近付いてきた殺せんせーは、僕の腕にいる茅野と、地面に寄り添って眠っているようなカルマとアミサちゃんを見て、たった一言……『そうですか』と呟いた。

そして、ゆっくりと空中から降りてきたのは……殺せんせーの細い触手によって保管されていたらしい、茅野の血液や体細胞……あの激しいバトルの中で回収なんてしてたんだ。こんなに酷い傷口なのに茅野の血が全然流れていないと感じたのは、殺せんせーが回収して保管していたから。アミサちゃんが殺せんせーに代わって2代目死神の相手を引き受けたのは、茅野の生命線を守るため。僕等が気付いてないだけで、アミサちゃんも殺せんせーも僕等を守り続けてたんだ。……そして、針も糸も使うことなく、殺せんせーの触手による茅野の手術が行われた。それによって、跡1つ残さずに傷口がふさがっていく……電気ショックで再び動き出した心臓により、茅野は息を吹き返した。

 

 

 

──────……ザザッ……

 

 

 

「……また、助けてもらっちゃった……」

 

「何度でもそうしますよ……お姉さんでもそうしたでしょう」

 

皆、茅野の蘇生を一様に喜んだ。飛びついたり、抱きしめたり、胴上げなんてしようとした人すらいた。その場にいさえすれば、体をバラバラにされても蘇生できるよう備えていたと言う殺せんせー……僕等は、これで3人ともが助かると一気に希望をもった。……だけど。

 

「……すみません……、アミサさんとカルマ君は……」

 

アミサちゃんもカルマも、致命傷となった傷は殺せんせーが柳沢と交戦している最中だった。茅野の時のように、その現場を見ていたり精密な触手の操作をして飛び散ったそれらを集めたりする事が、殺せんせーには出来なかった、……タイミングが悪かったんだ。僕等の目の前で命を絶ったカルマはともかく、アミサちゃんに関しては大々的に戦っていたわけだから、離れたところで戦っていた殺せんせーも見ていたのかもしれない……でも、手を止めない柳沢との激しい交戦の中で、触手の繊細な操作はやっぱり無理で……間に合わなかったんだ。

……今、はっきりと理解した、……せざるを得なかった。大切な2人の友達の死を、僕も、誰も、止めることができなかったのだ、と。

 

 

 

──────……ザザザザッ……

 

 

 

 

 

「さて、皆さん……殺し時ですよ」

 

 

 

 

 

──────ザザッ……ザー…………………プツリ。

 

 

 

 

 




クラスメイトを2人も失った上に……恩師まで、自分達の手で殺さなくちゃいけないのか。

それくらい、いつもこの教室の中心にいた3人ともの存在が大きかったんだ。

酷な選択を迫っているのは分かっているが、決めて欲しいと先生達は言う。

僕等の頭の中はもう、ぐちゃぐちゃだった。

……だけど、決めなくちゃいけない。

レーザーの発射時刻は迫っていて……決断の時は迫っていた。

僕等は、────


++++++++++++++++++++


バッドエンド。


偶然ですが、番外編含めちょうど100話目の投稿です。
これが1つ目の分岐の先にあるエンドとなります。
元々全部1人で抱え込みがちなオリ主が、カルマの、渚の、E組の、そして先生たちの選択の先に、誰かに頼ることを選ぶことに考えが向かずに、1人で戦うことを選択してしまったがために訪れた結末でした。

1つのエンドでオリ主が自己犠牲で死んでしまうのは、元々考えていた内容でした……カルマの後追いは、読者様方に何を言われるかと思いながらも、これまでのかかわりや言動を考えるとありえると書いている途中で思い、こんな展開に。また、お話の中には入れることが出来ませんでしたが、演劇発表会の『妖精姫』は『人魚姫』だけでなく、『ロミオとジュリエット』もリスペクトしていました。全てはこの結末に繋げるために。

では、まず第一部をここで閉じさせていただきます。


同時投稿の【断章:???の想い】もぜひ読んでいただけるとありがたいです。



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断章
【断章:???の想い】


 

 

 

 

──これが、最初に見た【最初の現実(オワリ)

 

カエデが、自分の行動で教室の雰囲気を変えてしまった罪悪感から、自分の身を盾にコロセンセーを守ろうとして殺されて

 

アミーシャが、2代目死神を止めるために、そして本当の意味でE組とのかかわりを絶とうと、自分の命を犠牲にして刺し違えて

 

カルマがアミーシャの死に絶望して、そして、交わした約束に縋って後を追ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──カエデだけは、吹き飛ばされた体細胞や血液をコロセンセーが雑菌で汚染してしまう前にと回収して保管していたから、コロセンセーが繰り返さないために学び続けた技術で蘇生することができたんだけど……あとの、2人は……

 

アミーシャの場合、彼女が致命傷を受ける現場を交戦中のコロセンセーが見ていなかったのもあるけど、温存していた触手はカエデに使っていたからもう使えなかったっていう理由もあったみたい

 

カルマについては……アミーシャに守られ、託された命を背負って生きるんじゃなくて、まさか後を追って死んじゃうなんて、考えもしなかったんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──……ここから先に起きたことは、キーアは見ていないから分からない

 

ナギサたちがコロセンセーを殺すことになったのか

 

あのまま『天の矛』に任せて、生徒は先生の暗殺に手を出さない選択をしたのか

 

はたまた、誰も標的を殺せないまま……地球が最後を迎えたのか

 

全部が謎のまま、【最初の現実(セカイ)】は終わったのだ

 

それには、キーアの中にあった力が関係してくる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──アミーシャの学園祭に遊びに行った時、カルマとアミーシャの2人にはなんとなく説明したよね?

 

2年前のクロスベルで、記憶が無くて何もわからないキーアを外の世界へ連れ出してくれた、大好きで家族なロイド達が……周りが敵だらけの中、何人かはいたはずの味方に頼らないで敵のアジトへ乗り込み、黒幕に挑んだ結果殺されてしまう現実を見た

 

……この結末に納得できなかったキーアは、当時まだ健在だった至宝の力を暴走させて、過去の因果へと干渉したの

 

その結果、本来は起こらないはずだった事象を解決し、本来かかわりをもたないはずだった相手と共闘し、本来起こるべき結末を助ける存在が現れる未来へと導かれた

 

その未来へ向かう道すがら、何度も何度も最善の道を歩いてるかどうかを確認して、犠牲が出たりキーアの身体を差し出したり、なんとかみんなが笑顔で終れるように最善の道を探し出しながら時間は進んでいって……最終的に、キーアの力は失われた

 

それでも、【キーア】のセカイは幸せだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──至宝の力を失う直前

 

閉じこもった『零の世界』の中で、力を使ってひとりぼっちのまま消えてしまおうとしていたキーアは、走馬灯のように流れるロイド達の現実を改変した先に、1人の女の子の未来を見ていた

 

クロスベルに来たばかりのお姉さんに着いてきた、誰よりも強いものを秘めていて、周りをなかなか受け入れられないくらい怖がりで、キーアよりも歳上だけど、ロイド達より小さな女の子

 

とても短い時間だったけど、キーアにとってのその子は、自分とどこか似ているところを感じる、たった1人のお姉ちゃんだった……ある事情で外の国へ送り出してからも、また会える日を楽しみにしているくらい、ずっとずっと大好きなお姉ちゃんだった

 

だから、キーアがロイド達とクロスベルで一緒にいる時も、近くにはいられないけど裏ではずっと気にかけていた

 

……なのに、

 

ロイド達が生きる未来に、その子のお姉さんはいた……だけど、その子の姿はどこにもなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──その子は……アミーシャは、周りの当たり前を受け入れられずにどんな時間軸でもひとりぼっちで……原因はいろいろあったけど、15歳の年までに必ず死んでしまっていた

 

ある時は不良に性的な意味でも暴力的な意味でも襲われて、ある時は進級先の環境に心を潰されて、ある時は暗殺のために無理をして、ある時は心を開いた友達を守ろうとして、ある時は、ある時は、ある時は…………

 

ひとりぼっちだから、アミーシャは死んじゃうの?

ひとりぼっちだから、周りに頼らないのかな?

……分からないけど、キーアはそう考えた

 

だから、今後アミーシャとかかわる可能性のある人達の中から、アミーシャ自身を見て、接して、愛してくれそうな2人を選んで……早いうちにそのカルマとナギサに出会う因果へと導き、死んでしまう場面をカルマやナギサ、E組の人たちと協力することで回避できる未来へと導くことにした

 

それによってアミーシャには信じられる人がたくさんできたし、あれだけ1人でやらなくちゃいけない、自己犠牲をしてでも危険を回避しなくちゃいけないって行動していた彼女が、人を頼ることが増えてきた

 

アミーシャも幸せそうに笑う日が増えてきたし、きっと《銀》として生きる道しか知らなかった彼女にとって、毎日が眩しかったんだと思う

 

……それでも、みんなを守るために……理由は変わったけど、最後の最後に死んじゃうってことに変わりはなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ああ、ロイドがこの世界までキーアを迎えに来てくれた

 

キーアはあって欲しくない、否定したい、やり直したいと思った現実を変えてしまう【ズル】をしてきたんだ……ヒトが歩いてきた、懸命に生きてきた時間を否定してしまうようなことはあってはならない

 

こんな力はもういらない……力なんて無くてもキーア1人で抱え込まなくていい、家族としてみんなで頑張ればいいって、ロイドが教えてくれたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──…………だけど、最後に1回だけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──【ズル】だってことは分かってた、だけど、至宝の力が全て消えてしまう前に……もう1度だけ、彼女の因果律に干渉することにした

 

このままでは、たった15年分の世界しか知らないままに消えてしまう彼女に、どうしても生きて欲しかったから

 

これからの世界は、キーアが力を使った結果、本当ならロイド達は死んでしまうはずだった現実から生還したっていう、【書き換えられた】未来の上にさらに【書き換えられて】成り立つ世界

 

つまり、現実を書き換えた時間軸を、さらに書き換えてぐちゃぐちゃにしてしまったようなもの

 

……大きく干渉できない分、きっと、起きてしまったことを大きく変えることはできないし、例えこれからキーアとアミーシャが再会したとしても、その時にはもうキーアはなんの力も持ってない

 

もう、これ以上の干渉で、助けることはできない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──全ては、未来に生きる人達の、日々起こるたくさんの選択に託される

 

それでも、キーアは、アミーシャを助けたい……アミーシャの大切にしている人達の心を、守りたい

 

きっと、犠牲は出してしまうけれど……それでも、少しでもいい方向へ、未来が進みますように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────叶わぬならば……すべてをゼロに────

 

 

 

 

 

 

 

【断章:キーアの想い】

 

 






この断章で言える事は1つだけ。実は今までの物語は過去の、キーアの至宝の力によって書き換えられる前の現実のお話だったんだよ、ということです。

前話の突然現れた──ザザッという砂嵐、アレはキーアによる現実改変による世界のブレだと思ってください。改変の中心に位置するアミーシャと、そこに1番近しい存在だったカルマの命の灯火が消えたことで、暗殺教室としての結末まで世界が保たなくなったと考えてもらえれば分かりやすいかと……
《時》を司る力があったキーアですから、未来を見ていてもおかしくないのかな、と思ったり。



では、次回からは書き換えられたあとの世界……所々で起きる内容が変わります。




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《中学三年生》【第二部】
戦闘訓練の時間


このお話から第2部のような扱いになります。
同じ内容でも視点が変わったり、少し流れが変わったりしてますので、探してみてください。


 

 

 

 

「〜〜っやだ、……来ないで、ください!」

 

 

 

……初めて出会ったあの日、彼女は不良に襲われていた。

 

 

 

「ねー、お兄さんら。なにやってんの?」

 

「──ガァッ!」

 

「え、なに〜?聞こえなーい!あははははっ!あ、カバン持ってて〜」

 

「あー、うん。程々にね」

 

 

 

最初は暇つぶし程度だったんだ。いつものように俺なりの正義で、偶然見つけたし助けたいと思ったから間に入って彼女の代わりに不良の相手をしてやっただけだった。

 

 

 

「なーにー?俺も混ぜてよ」

 

「あ、終わったんだ」

 

 

 

そしたらケンカしてる俺より先に、彼の方が彼女と話して少し打ち解けていて……理由は分からないけど無性に腹が立った。気が付いたら2人の間に割り込んでたし、彼を彼女の視界から外すように遮っていた……まるで俺に注目を向けたいかのように。

 

 

 

「あの、助けてくれて……ありがとう。いきなりで、どうしようもなくて……怖かった、から……」

 

「ううん、僕はなんにもしてないよ。むしろしてたのは……」

 

「あれなら本気になる必要も無いくらいだよ」

 

「生き生きと不良の中に飛び込んでいったもんね……」

 

 

 

思わずなんてこともないように装って、得意気に不良共(アイツら)を見下してやった……まあ、実際これまで敵無しだった俺はかなり得意気だったわけだけど。彼に関しては、まあまあ俺と付き合ってきて俺の事をよく知っていたから、またかとばかりに苦笑い気味で一歩ひきながら俺のことを見てたな。なのに初対面の彼女は……

 

 

 

「僕は潮田渚。よろしくね」

 

「赤羽業。……見たところ同じ学校同じ学年みたいだし、気軽に下の名前で読んでよ」

 

「僕も下の名前でいいよ」

 

「私は、有美紗、……真尾有美紗、です。よろしくね……カルマくん、渚くん」

 

 

 

そんな俺等を最初、呆然と見つめていたのに、ふわりと笑顔をみせて自己紹介を返してくれたんだ。それは、まるで自分を救ったヒーローに憧れるような表情(かお)だった……と思う。目の前で喧嘩を見たくせに怯えず、むしろ血を流させた方に笑顔を向けた彼女に、俺は何かがザワついて落ち着かない気分になって……何故か熱くなった顔を見られる前に、慌てる彼女を抱き上げて移動していた。

 

 

 

 

 

気付いてなかっただけで、俺はその時からきっと心のどこかで確信していたんだ。

 

 

 

 

 

────俺は、この子を好きになるって。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「……なんか、2人に似てるなぁって…つい」

 

あまりにも彼女が世間知らず過ぎることが判明してから始まった『勉強会』。とにかく女の子が喜ぶ……()()()()()()()()()()()無い知恵絞って考えては様々な場所へと連れていった。

彼女がずっと手にしていて、手放そうとしなかったことから気付いたら購入していたソレは、最期まで俺等のカバンに下がっていた。

 

 

────パチリ

 

 

「……ごめん、なさい……私が迷惑かけちゃった……カルマくんがしなくていい怪我、いっぱい……っ!」

 

彼女が大切にしていた長い長い髪……それを切ることになったのは俺が原因だったっけ。決定的な隙を一瞬作るためだけに、バッサリと……なのに、彼女が気にしていたのは最後まで俺の事だけだった。巻き込まれたのは彼女の方なのに……恨み言ひとつ吐かず、ボロボロと泣いていた。

 

 

────パチリ

 

 

「……カルマくん、…いなく、ならない?…もう、信じるの、やだよ……」

 

ただでさえ精神的に疲弊していた毎日に決定打……先生が俺等の中で死んだ日。彼女は心を壊し、誰も彼もが信じられなくなった。唯一、同じ境遇にいた俺だけを信じて一時的に外の世界を全て拒否してしまった彼女は、殺せんせーが助けてくれたんだ。

 

 

────パチリ

 

 

「……あ、ぅ…………助けに来てくれて、ありがと、です……すごく怖かったけど、来てくれるって、信じてた」

 

少しずつ少しずつ改善していく人への恐怖……なのに、それを抉るように拉致されてしまった修学旅行。聞けば怖くて仕方がなかった時に、唯一助けを求めたのが俺だったとか。俺は彼女への気持ちに気付いてるのに彼女は全く意識してくれてなくて、かなり落ち込んだのを覚えてる。……この頃だったかな、彼女の自己犠牲について特に目に付くようになってきたのは。

 

 

────パチリ

 

 

「──ごめん、本トに。迷惑なんかじゃないから……むしろ、頼ってよ。俺はアミサに頼ってほしいし、俺だって一緒にいたいんだから」

 

「…………うん」

 

「腕も、ごめん。俺、あの時は抑えらんなくなってた。怖かった……?」

 

「…………うん、真っ黒でぐちゃぐちゃしたものしか、感じなかった、から」

 

「うわ、それは俺でも嫌だわ…………E組の皆のこと、正直侮ってたよ。俺も負けてらんないや」

 

「……、うん……ッ…」

 

俺を全然意識してくれなくて……いや、そもそも男に対してだけじゃなく、彼女の自分に対して向けられる感情に疎すぎるところか。だんだん『俺だけの特権』みたいなのが無くなっていくことに勝手に嫉妬してたせいで、一方的ではあったけど、初めて喧嘩らしい喧嘩をした1学期の期末テスト。結局、喧嘩中もその後も彼女は一切変わらなかった……俺が目を逸らしてる間も、ずっと、ずっと真っ直ぐに向き合ってくれていた。

 

 

────パチリ

 

 

「……隠しごとなんて……そんなの、出会った時からいっぱいしてるよ」

 

夏休みの沖縄で……彼女の隠された実力を垣間見た暗殺計画。『自分達と違う』これまでにもそんな部分をたくさん見せられていたはずなのに、何故かそれが自然すぎて違和感をもてなかった。泣きそうな顔をした『隠しごと』もこれから先、長い間知ることはできなかったんだ。

 

 

────パチリ

 

 

「……私も、カルマのことが好き。だけど、私はまだカルマにどうしても言えないことがある……それは、これからも言えないままかもしれない。それでも……こんな私でも、そばに置いてくれますか……?」

 

すごく時間はかかったけど、テストで勝負して得た権利で、告白の返事をもらった。まだ話せないことがある、不安そうに言いながらも確かに彼女の本心からの返事だった。この後真っ赤な彼女をからかってたら、最初のキスが人工呼吸なんて嫌だからやり直しがしたいなんて言い出して……ここで断ったら男じゃないと思う。でも、どこで覚えてきたんだろう、こんな煽り……ビッチ先生か?

 

 

────────パチリ

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

……なんか、懐かしいものを見た気がする。一緒に過ごすうちにいろんな表情を見て、いろんな彼女を知った……はは、どれもこれも彼女が自分を二の次にしてる言動ばっかだな、こう思い出してみるとさ。

 

 

 

 

 

…………、懐かしい……?……思い出してみると?

なんで俺、こんな前のことなんて考えてるんだ……しかも、全部彼女との記憶ばかり……俺だってそれなりに他人と関わって生きてきたはずなのに、登場人物が俺と彼女以外にほとんど居ないって変じゃね……?……目の前のソレはユラユラ揺れながら次々と泡のように浮かんできて、思い出してはパチリと消えていく。

 

 

 

 

 

……ああ、そうか。これは夢だ。

夢ってのは、自分の記憶や経験したものをもとにして見るって言うし、それなら納得できる……明晰夢って言うんだっけ、こう……夢だと自覚しながら見る夢って。ま、その割にはリアルすぎて変な夢な気もするけど……

 

 

 

 

 

パチリ、パチリ、パチリ、パチリ……

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「そろそろ、動けるくらいには修復できましたよね……、超生物さん?」

 

「アミサさん……、……なぜ……、私は、あなたのお姉さんからリーシャさん自身が《(イン)》なのだと聞かされて……」

 

「リーシャお姉ちゃんがそう言ってたの……?……ふふ、表向きはそうだよ。でも、暗殺者としての能力は私の方があるんだって父様が……だからこそ、本来は一子相伝の家業なのに長女じゃない私も例外として『道』を継承してるの。……それより、質問に答えてください……ある程度は、いけますか?」

 

「……ええ、完全には程遠いですが」

 

こちらの戦闘意志を感じ取ったのか……再び触手を構え始めた2代目を見て、感情を感じさせない無機質な声色でアミーシャが殺せんせーに声をかけた。フラつきながらも立ち上がった殺せんせーは、俺等を背に守り続けながら《銀》……いや、アミーシャの元へと近付いていく。彼女がこの場へ来てから全ての攻撃を引き受けていたおかげで、殺せんせーは完全回復は無理でも動ける程度には回復できていたらしい。……それでも2代目死神の全力(フルパワー)攻撃を俺等を庇って何度も受けている先生が、アミーシャがいるとはいえドーピング有りな上に命を全く省みない2代目と柳沢の連携についていけるとは思えない……。先生の調子を確認してどうするのかと思っていれば、1つ頷いたアミーシャは殺せんせーから柳沢達へと視線を戻してすぐ、大した事をなんてことも無いように言い切った。

 

「そうですか。じゃあ、あの男の人の方をなんとかしてきてください。私が2代目さんを引き受けますから」

 

「「「な……っ!?」」」

 

「な……、な、何を言ってるんですかッ!?先程までの柳沢は、可能なら殲滅、次いで貴女の仮面を割ることに2代目を集中させていたかのように見えます!その目的を達した以上、先ほどよりも攻撃に遠慮は……!」

 

「……だからこそ、です。まだ、私の方が戦えますし……それに、これ以上の全力戦闘を相手にするのは、()()()()()()に困るでしょう?」

 

「!!……お見通し、ですか……ですが、それでも任せるわけにはいきません。貴女が認めなかろうと、アミサさんは……アミーシャ・マオさんは私の大事な生徒です!生徒を守らない先生なんていませんから!」

 

俺等全員がいきなり何を言い出すのか、それにせめて戦う相手が逆じゃないのかとさえ言いたくなる提案をした彼女に、殺せんせーも当然反対しにかかる。……なんで人外である殺せんせーが人間卒業中の人間相手で、人間であるアミーシャの相手があのバケモノ級の2代目死神になるんだよ。ただ、こう言い出した時のこの子って、ホンっトーに折れないんだよね……。

あくまで『《銀》と一時的に協力する超生物』ってスタンスで会話するアミーシャに対して、謎な会話でもめげなかった殺せんせーは『生徒と先生』という心配を向けた。どこまでも先生ってことに誇りをもち、責任を主張する殺せんせーに、アミーシャは困ったように笑って。

 

「……だったら……さっさと倒して、助けに来てね、……殺せんせー」

 

「!……仕方ありませんねぇ……ええ、もちろんです!」

 

ふわ、と少し痛々しい顔を向けたアミーシャ……生徒に信じられてるって解釈したのか殺せんせーはすぐさま柳沢の方へと文字通り飛んで行った。生徒が先生として頼れば、殺せんせーは先生として生徒の願いを叶えないわけにはいかないもんね。ただ……殺せんせー、これの意味分かってんのかな?アミーシャは『柳沢を倒してからじゃなきゃ、共闘するつもりは無い』って言ってんのに……裏を返せば結局の所、1人で戦えば俺等の誰もが犠牲にならなくて済むし、自分を助けに来るくらいなら元凶を潰せって言ってるようなものじゃん。まったく自分を大事にしろってあれほど言ってんのに……。

俺がアミーシャの意図を読んでるなんて夢にも思ってないんだろうね……殺せんせーを見送った彼女は、ゆっくりと俺等へ振り返ってふわりと笑う。

 

「……私、みんなのことが大好きだよ」

 

すぐ目の前にいるはずなのに、雰囲気はとても儚げで……今にも消えてしまうんじゃないかってほど、危なげだった。泣きそうな顔しちゃってさ……何か覚悟して、やらかそうとしてるんでしょ?

 

「多分、私の隠し事はこれで全部。……ありがと、これまでこんな偽りだらけの私と一緒にいてくれて……。……これが終わったら、ホントにさよならするから、今だけ許してね」

 

「真尾……?」

 

「アミサちゃん……何言って……」

 

「……暗い、暗い裏の世界しか知らなかった私に、たくさんの光の世界を教えてくれたE組のみんな……私の事情を誰にも話さないでいてくれた烏間先生とイリーナ先生。閉じこもっていた私が外を見るきっかけをくれた渚くん、世界を開いてくれた殺せんせー……私にたくさんの感情を、……人を愛するって気持ちを教えてくれたカルマ。みんな、みんな私の大切だから……だから、この《銀》としての力でみんなを守る。私の進む道は……大事なものを守るために、戦うことだって決めたから!」

 

そう言うやいなや制止の声をかける暇もなく飛び出して行った彼女は、再び2代目死神の触手とぶつかり始めた。先程以上のスピードと威力の触手の攻撃についていくアミーシャは、仮面をつけていた時の戦闘より格段にスピードが上がっているように見える。上から突き刺さる触手を飛んで避け、触手を足場に駆け上がっては本体を大剣で斬りつける。弾き飛ばされれば空中で体勢を立て直し、クナイや符を使った飛び道具を飛ばして攻撃の手を弛めない。

 

「……あの子……あんなに強かったの……?」

 

「あんな気迫……訓練でもどこでも見たことない」

 

「……真尾さんは、君達にだけはバレたくないとかなり注意を払っていたからな。正体がバレないために能力のセーブ、そして見た目を偽る体型操作などに力の幾分かを回していたから、今までは本気を出せなかったんだろう」

 

「烏間先生!」

 

「なんで、言ってくれたら!」

 

「先生達は知ってたんでしょ?なんで私達には……っ」

 

「言ったところで、君達は受け入れられたか?」

 

「……っそれは、」

 

「彼女を暗殺者と知らず、同じ教室の中でずっと一緒に生活していた……真尾さんは既に仕事とはいえ人に手をかけている。受け入れてもらえないのが怖い、暗殺者と一般人は生きるべき場所が違うし、影の道を行く自分が光の道を歩く君達を巻き込みたくない、……そう言っていた」

 

「そんな……」

 

「……私ですらアミサが《銀》だって知ったのは、あのカエデの暗殺の夜なのよ?同業者である私にすら偽って……抱え込むのと同時に隠すことで周りを守ってたのよ。ほんとバカな子……」

 

「ビッチ先生まで……そっか、ビッチ先生は元々知り合いって言ってたもんね」

 

他の奴らはあの戦いの激しさに、先生達がアミーシャのことを知っていながら黙っていたことに驚いたり怒りを感じたりしてるみたいだけど……俺は色々と話を聞いて、やっと納得した気がする。今まで俺が感じていた様々な違和感がやっと線で繋がったんだ。

 

殺気や小さな音、ちょっとした気配に敏感なこと……最初からずっとアミーシャは言ってたじゃん。幼い頃から自分の家業を継ぐために訓練ばかりしていたからだって……ハッキリ言う事はなかったけどそれが《銀》としての教育だったと考えれば納得がいく。驚異的な身体能力や普通に生活していたら知っていそうなことも分からなかった世間知らずな部分もそうだ。

 

頑なに自分の戦術導力器(オーブメント)のラインを見せようとしなかったこと……使う導力器は個人のオーダーメイド、俺等に見られたらラインで正体がバレる可能性があったから。気付かなかった原因はただ1つ……導力器のカバーは変えられる、それを忘れていたから。俺等の前にいる時は赤のカバー、《銀》として現れる時は陰陽太極図とストラップに付け替えていたんだ。

 

死神事件でフードを被ったあの子の姿をどこかで見たことがあると思っていた……当たり前だ、《銀》という姿で俺等と対峙していたのだから。身長はほとんど変わってない代わりに、声色や体型は全然違ったから直ぐに結び付かなかっただけ。それに……アミーシャがいない時にだけ現れていた《銀》だけど、アミーシャじゃないっていう思い込みがあったんだ。風邪をひいて高熱を出してアミーシャが布団から動けないって時に……俺は《銀》と会っていたから。

 

俺は自分の中で整理して納得できたし、むしろ秘密を知ったからこそアミーシャという存在を本当の意味で知ることができた。これまでに暗殺者として人を殺してきたことなんて関係ない、それどころか俺に出会う前の彼女を知ったことで、俺はあの子の全部を知れたわけだ……暗殺者として生きてきたアミーシャのことを受け入れた以上、もう彼女拒む理由は無くなった。だけど他の奴らもそうとは限らない……アミーシャを拒む可能性を不安視しているクラスメイトに対して口を開こうとしたら、俺より先に前に出た子がいたんだ。

 

「……私、何も知らなかったら怖がったり避けたりしちゃってたかもしれません……でも、今は違います!ここまでいろんな苦楽を共にしてきたんですから……っ」

 

「俺もそう思う……あの子はただ、怖がりなだけだよ。それに相変わらずの勘違いと自己評価の低さだよね」

 

それは、多分E組の中でもアミーシャに次いで大人しくて怖がりで……それでいて大胆なところがある奥田さんだった。ぎゅ、と胸の前で手を握りしめて言った言葉は、彼女らしい拙いものではあったけど……なによりも真っ直ぐな感情だ。便乗するように俺も言葉を続ければ、奥田さんはほっとしたように笑みを浮かべる。

 

「……カルマ」

 

「自分がどれだけこの教室で愛されてきて、俺を含めてどれだけの奴に影響を与えてきたのか分かってないんだから、そう言うしかないっしょ?俺等がどう思ってるのか分かってないなら、分からせてやればいいんだよ……全部終わったら、連れ戻す」

 

「……そうだね……うん、それがいいよ。信じるからこそ今はアミサに任せよう」

 

「ここにいても足でまといにしかならないしね……、皆、向こうまで逃げよう!……それで、全部終わったら僕等E組で……全員で迎えに行こうよ!」

 

そう、全部終わったら笑顔で迎えに行けばいいんだ。居場所がなくてひとりぼっちだというのなら、ここがアミーシャの居場所で、帰ってくる場所なんだと伝えよう。信じて頼ることができる奴らがこんなにもいるんだって……偽物の愛なんかじゃない、恋愛でも友情でも俺等は本物の愛情を向けているんだってことを。それに分かろうとしないなら、分からせてやればいい。いくらでも手段はあるし、これから時間も人手もある……そうだ恋人って立場も積極的に使わせてもらおうか。

 

 

 

 

 

……だから、だからどうか……

……お願いだから無事で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ごめんね、だいすきだったよ……あいしてた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────ッ!?」

 

「あ、起きた」

 

「…………え、」

 

誰かの声が聞こえた気がした瞬間、何も考えられなくなるくらい頭の中が真っ白になって……俺は叫び声を上げた、のかもしれない。

気が付いたら周りに音や景色が戻ってきていて、目の前には心配そうな顔をした何人かのクラスメイトと、黄緑色の髪の……男性?女性?……あー、とにかく線の細い中性的な人が俺の顔色を伺っていて……って、え、何事?

 

「見た限り外傷はなさそうだけど、結構な勢いで投げ飛ばしちゃったからね……どこか痛みはあるかい?」

 

「……え、は、……あの……?」

 

「あー、もう!カルマの奇襲でもダメかー! 」

 

「あの、ワジさん、どんだけ隙がないんですか……一撃与えるどころか何もさせてもらえないんですけど……」

 

「しかも表情一切変えずに対応された……」

 

「うーん、これでも結構驚いてるんだけどな……、それに赤羽君だっけ?僕に足技以外を使わせてる時点で君、かなり戦闘レベルが高いと思うよ」

 

………………、……そうだ、今は椚ヶ丘中の学園祭の真っ只中で……今日は2日目。夏休みのホテルに潜入した時、アミーシャと渚君に惚れたらしい男によって繁盛したE組の店へ、アミーシャに会うためにアルカンシェルの3人と、向こうにいた時にお世話になってたっていうクロスベル警察の特務支援課の人達が遊びに来て……、それで、今はそれぞれのメンバーから自分が学びたい分野の相手を選んで戦闘指南を受けているんだった。

俺は最初にティオさんから自分では知りえない細部の情報を教えてもらい、次に俺とタイプが似ているらしいワジさんへとりあえず奇襲をしかけてみて……たった今、軽々と投げ飛ばされたんだ。一瞬意識がトんでたみたいだし、それで心配させてしまったんだろう……中村なんて既に心配通り越して悔しがってやがる。確認ついでに軽く体を動かしてみながら立ち上がり、特に異常はないことを告げたのに、ワジさんは俺の顔を覗き込みながら訝しげに口を開いた。

 

「悪夢でも見てたような顔をしてるけど……本当に大丈夫かい?」

 

「あ、はい。何か変な夢でも見てたみたいで……、……って、夢……?その割には妙にリアルな……、……あれ」

 

「カルマ?」

 

「……どんな夢だったんだ……?」

 

「いや、俺に聞かれたって答えられるわけないだろ……」

 

そんなに調子を疑われるほど酷い顔色してんのか、俺……といっても自覚ないし、もうどんな夢だったのか全く思い出せないんだけど。思わず半ば無意識に、近くにいた杉野に疑問を投げちゃったけど、答えられるとは思ってないから安心して……むしろ答えたら引くわ。

 

「……ちょっと混乱してるみたいだけど問題はないみたいだね……さて、次はどうしようか?個人の組手でもさっきみたいに1対多数でも僕は構わないよ」

 

「それならもう1回皆で……」

 

「あ、俺は個人での組手で。ワジさんの体術少しでも習得しときたいし」

 

「……お前って本当に個人主義だよな……」

 

「木村もやればいーじゃん」

 

「ワジさん相手じゃお前みたいに上手く立ち回れるわけないから絶対イヤだ」

 

「フフ、君達E組は本当に仲がいいんだね……じゃあ、赤羽君との組手は君達との集団戦の後にしようか。1度リセットするのも大切だと思うよ」

 

「……お願いします」

 

今気付いたけど、ワジさんって俺より身長低いから俺の事を今まで下から覗き込んでたんだ……なんなんだ、あの中性的な容姿でビッチ先生みたいに自分の魅せ方を理解してるような自然な色気。ティオさんもワジさんのことをホストだか何だかって紹介してたし、この人多分俺等の反応全部予測した上でやってる。ふとその仮説に思い当たってジト目で見てたら楽しげに微笑まれて流された……余裕かよ。

……さっきから中村がワジさんに1発当てたら性別を答えてもらうんだって意気込んでた理由がわかった、確かに気になるね。……このワジさん1人対多数の集団戦が終わったあとは俺の番だ、少しくらい協力してやろうか。1度頭を振って雑念を追い出す……よし、少しスッキリした。ここからは、集中……俺の番が来るまで自分の頭の中を整理すること、今のE組の動きや得意不得意を知ること、そして次の個人戦(タイマン)に向けてワジさんの動きを少しでも盗むことに専念することにした。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

そして……

 

「さすがに1対1だと攻撃を当てる当てないを基準に勝敗を決めるのは難しいから、適当なルールを決めようか」

 

「……俺が決めていいの?せめてお互いに意見出し合わない?」

 

「そう?じゃあまずは武器の使用についてかな……君達が普段使ってるのは対先生武器……だっけ、それを貸してくれるなら僕もそれを使うけど」

 

「……お互い武器無しの素手がいい。代わりに先に膝を着いた方が負けってルールは無しにしてくれない?……どうせ他の奴ら潰れてるしさ、ワジさんさえよければ俺の限界まで付き合ってよ」

 

「いいね、それでいこう。時間は?」

 

「無制限」

 

「フフ、そうこなくちゃ」

 

……という感じに、ワジさんとお互いにタイマンのルールを決めていった。いくらケンカ慣れしてるとはいえ、日常的に魔物(人外)との戦闘を繰り返してきている人達に普通に挑んだって勝てるはずがないんだから、ある程度俺が戦える場を作らなくちゃいけない。結構慎重に頭使いながらワジさんと話していて改めて思ったけど、この人愉快犯というか……思っていた以上に掴みどころがない。だからこそ油断できないっていうか、付き合いにくそうっていうか……あー、うん、下手に言葉で表そうとすると意味わかんなくなってきたし、別にいいや、気にしなくて。

あ、俺の前にワジさんに対して集団戦仕掛けてたクラスメイトはどうしてるのかって?誰も口挟まないから居ないように見えるかもしれないけど、俺等が楽しく自分達のルール決めてる向こうにいるよー……全員疲れきってぶっ倒れてるけど。

 

「……カルマの奴、いつになくマジメだねー……」

 

「……そうかー……?いつもみたく策略めぐらせてんのがそう見えるだけなんじゃ……」

 

「……んー……なんか、目的をもってカルマが技を盗もうとしてるというか……ほら、夏休みのホテルでのこと聞いたんだけど、烏間先生の防御テクニックで例えるとアイツにとってソレは『見てたら覚えた』程度なわけ。つまり必要性があって覚えたり、必死に身につけたわけじゃない」

 

「……てことは、結構本気(マジ)?カルマの方から近付いてるってことはさ……」

 

……元気そうだね、お前ら。聞かせようとしてんのか、声を潜めてるつもりなのか微妙なとこなのがまたねー……あの集団に中村がいる時点でお察しだしめんどいから無視するけど、俺に対して失礼じゃね?いつも何に対しても……イタズラ挑発ケンカに関しては特に真面目ですけど、俺は。当然、俺に聞こえたってことはそう遠くない距離に立っているワジさんにだって聞こえてるわけで、クスクスと笑いながら話しかけてきた。

 

「準備はいいかい?先に()()があるなら待ってるし済ませてきたっていいんだよ?」

 

「……もちろん、これが終わってから実践させてもらいますから」

 

「はは、さすがだね!じゃあ、────おいで」

 

この組手で盗んだ技術をそのままあそこで失礼な事言ってる奴らにぶつけてきます、って含みをもたせて言ったのを彼は正確に汲み取ってくれたらしい……止めもせず、むしろもっとやってしまえとばかりに笑って肯定された。前言撤回、この人めっちゃ仲良くなれそう。

そんなことを考えている間に一転して雰囲気が真剣なものになったワジさんが構えをとり、俺から仕掛けるように促された。お言葉に甘えて、先に仕掛けさせてもらおう。後ろ足で地面を蹴り、ワジさんの正面から……と見せかけて、フェイントをかけつつ少し斜め左あたりへと途中で進路を変えて走る。上手いこと進行方向へ注意を向けてくれたのを確認してから、地面を踏み切り反対側へと飛びながら蹴りを繰り出す。ワジさんの反応を見る様子見を兼ねてたんだけど、ヒットする瞬間に軽々と足を掴まれ阻まれた。

 

「やっべ……!」

 

「正面から来なかったのは正解、注意を引いた逆から仕掛けるのもオーケー。でも相手の力量を図るために飛び蹴りを使うのは感心しないよ……こう、空中で捕らわれたら反撃に転じられないから、ねッ!」

 

「ぐっ……く、そっ!」

 

「うん、着地はそれでいい……次に同じような状況があったとして、可能なら真っ直ぐ避けずに左右どっちかへズレてみて」

 

「……はい!」

 

掴まれたと言うよりは飛び蹴りの殺せなかった勢いを流された感じか……勢いをそのままに投げ飛ばされた。無様に地面に転がるのは避けたい……っ、慌てて地面に両手をついて反動をつけ空中で回転するように跳ね上がり、上手く足から着地する。勢いを殺す過程で距離は取れたけど、位置はワジさんの真正面だ。これじゃあ射線が真っ直ぐな武器相手だと、体勢整える前に恰好の的となって危険すぎる……実際ワジさんにもそこを指摘された。

 

「次は僕の番。……連撃いくからできる限り捌いてみなよ」

 

「っ!はや……っ」

 

体勢を完全に立て直す前にワジさんが勢いよく突っ込んできて腕を振るう。足技がどうとかって言っておきながら、遠慮なく殴ってくるじゃん……!身体に向けて打ち込まれるもの、顔を狙うもの、下からのアッパー……殺せんせーや烏間先生お墨付きの動体視力が無かったら、これ全部直撃してたんじゃない?思わずそう考えてしまうほど、俺の微かな隙を見つけて確実にそこを狙ってくる。腕をクロスして守ったり、烏間先生の防御テクニックを駆使したりやさっきのワジさんが俺の蹴りを防いだように片腕で勢いを流してダメージを減らしたりしながらなんとか全てに対応する。ここまで連続の乱打だとどこかに攻撃の切れ目があるはず……この連撃の嵐からなんとか抜け出そうと隙を伺っていると、急に目の前からワジさんの姿が消えた。

 

「え、消え……がっ!?」

 

「僕の攻撃は足技が主だって君は知ってるじゃないか。ボクシングじゃないんだから、いくらパンチに目がいっていたとしても下からの蹴りあげを忘れないで」

 

「……〜っ、は、い……」

 

「衝撃は殺してるね……突然入れたアッパーは捌けるのに蹴りあげに直前まで気付かないってことは、殺気の乗った腕だけに集中してたのか。……君は警戒心があるからこそ、そういう殺気とかの判別に長けてる。ただ、対策を練っておかないといつか裏をかかれそうだ」

 

消えたと思ったのは俺の勘違いで、連撃の合間にしゃがんで視界から消え、そのまま蹴りあげてきたらしい。腕での攻撃に対する防御だけに気を取られていた……完全に足技の存在を忘れていた俺のミスだ。……何やってんだよ、俺……グリップ(おじさんぬ)との戦いで、相手の全てを警戒することの大切さを学び直したじゃないか。咄嗟に顎を上にあげて衝撃を殺したとはいえ、蹴りあげられたことで頭の中が揺れている感覚が残ってなかなか立ち上がれない。早く治まれ……追撃が来る前に移動しないと……っ

 

「……《ヴァイスカード》」

 

「!」

 

ワジさんが自分の心臓のあたりに右手を当て、何か技の詠唱のようなものを呟くと、その右手に持ってる金色のメダルか何かに光が集まり始めた。それはだんだんとトランプ大のカードの形にまとまり始めて……これ、アミーシャがずっと前に言ってた戦うために各々が持つ固有の技、『クラフト』ってやつなんじゃ。この状態でクラフトなんてくらったら負け決定じゃん、無理矢理にでも避けてやる。揺れる視界と平衡感覚がおかしくなってるせいで思うように体が動かない中、無理矢理身体をズラそうとしたら、当の本人からストップがかかる。

 

「多分脳震盪だ……弾かないでそのまま受けて」

 

「……っ、」

 

弾かないで受けてって、そのまま受けたら俺限界じゃね……?そうは思っても身体が満足に動かせないから、受けるしかないんだけど。受ける衝撃を想像して思わず腕で顔を覆いながら目を閉じたんだけど、一向に衝撃を感じない……それどころか、視界の揺れが治まってるし体が軽くなって……。顔を上げて身体を確認してみればさっきのカードはどこにもなく、向こうからはワジさんがニコニコと笑いながらこちらへ歩いてくるところだった。

 

「これ回復するクラフトだから当たっても平気だよ……って、遅かったかな?」

 

「……、……ありがとうございます。ねぇ、ワジさん……間違いなく俺が『クラフト』の存在知ってるからこそ、今の説明しなかったんでしょ?」

 

「さぁ、どうだろうね」

 

……またもや先入観にやられた。クラフトについてアミーシャは俺に『戦いの中で攻撃や補助をする技』とだけ教えてくれていた……だから、『ダメージを与える』ための必殺技や攻撃力アップのような補助系の技の総称だと解釈してた。だけど今の《ヴァイスカード》は明らかに回復技だった……ひくりと口のはしがひきつったのが自覚できる。キレイにはぐらかされたけど、俺がアミーシャに聞いてクラフトをある程度知ってる上で勘違いしてるって判断したから、回復しつつからかってきたんだこの人。

 

「あは、怒らない怒らない」

 

「……怒ってない、なんかしてやられてんのが悔しいだけ……って、ちょっと、頭、揺れる……っ!」

 

「フフ、……僕のせいって分かってるけど、あの子の前でその顔しないようにね。結構そういうのに敏感だし」

 

「……それってさ、ワジさんがアミーシャに責められるから?」

 

「いや、それは別にいいよ。怒ってるあの子も可愛いし。それよりも自分が説明不足だったせいで君を油断させたって落ち込むから」

 

「(……ありえる)」

 

膝をついて見上げる俺の前にしゃがんで頭をかき混ぜるように撫でてくるワジさんはニコニコと……なんか、俺と組手始めてからずっと楽しそうに笑ってる気がする。……くそ、髪の毛ぐっしゃぐしゃなんだけど、この人が向けてくる感情には好意的なものしかないから怒るに怒れない……おもちゃで遊んでる的な?……この人にとってはその程度ってわけか……それはそれで悔しい。

そして俺を撫でながら顔を覗き込んできたかと思えば、今の微妙な気持ちが出ているだろう表情をアミーシャに見せるなと言う。もちろん俺的にもこんなかっこ悪いところを見せるつもりは無いけど、責任逃れというかワジさんが理由だってことを隠したいからなのかと思えば、アミーシャが気にするからだとか。彼女は今回のこの訓練……いや、関係ないことだとしても予備知識で回避可能だった出来事があれば、教えなかった自分のせいだと思い込んでしまう可能性が高い。さすが、アミーシャのことを大事にしてる人達の1人なだけあって、この人も彼女のことをよく分かってると思う。怒ってる姿が可愛いから止めないってところとか、俺も同じことしてるし。

 

……ホント、いろんな才能の原石みたいな子だね。可能なら僕の手で育ててみたいよ

 

「……?……ワジさん、何か言った?」

 

「別に?君が猫みたいだから、もっと遊びたいな(可愛がりたいな)ーって」

 

「隠せてないし言ってんじゃん……」

 

やっぱりこの人には勝てそうにない。ていうか、アミーシャの知り合いってこんな人達ばっかなの……?

 

 

 

 

 




「さて、どうする?今ので体力は回復してあげられたと思うけど、もう一戦いっとくかい?」
「……それはありがたいし大分魅力的な誘いだけど、そろそろあいつら放っておくのも勿体無いって気がしてきたんだよね」
「……なるほど、一理あるね。それに……あの子達対僕等2人って言うのも面白そうだ」
「でしょ?」



「……なんかあの2人、すっごく仲良くなってない?」
「ワジさんって歳上だよね……でも性質っていうか雰囲気がカルマと似てるからかな……」
「フケずに楽しそうにやってるからいいんじゃない?」
「楽しそうなのはいいんだよ……ただ……ねぇ、気のせいだといいんだけど、あの2人、めっちゃ笑顔でこっち見てるような気が……」
「……おもちゃを見つけたような顔デスネ。嫌な予感しかしない……」



「さて、そろそろ休憩できたかな。時間ももったいないし、続きやろうか」
「今度は俺等2人対お前らね」
「は、ちょ、カルマ!?なんでお前ワジさんと徒党組んでんだよ!?」
「ワジさん1人ですら勝てないのにカルマ君までそっち回ったら……!」
「ていうか、なんでいきなりそんな事になってんの!?」
「いや、この人と連携試したくなって」
「まあ、この子と連携試したくなって」
「「「鬼!!!」」」


++++++++++++++++++++


『インターミッション~訓練~』まで時間軸が戻って再スタートです。キーアが言っていた通り、大枠の流れは変わりません。ただ、これを1回目と同じととるか、違うととるかは読者様次第です。描写しなかった場面ですし。

今回は全体を通してカルマ視点となってます。
前半(というより大半)は1回目の数々の出来事を辿っています。カルマ自身は夢だと判断してますが、それは如何に?という感じでしょうか。でもすっかり忘れてしまいますから、夢でもいいのかもしれません。

ワジさんとの戦闘訓練は、戦闘描写を上手くかけずに苦労しました……。浅野君とは違った意味で似たもの同士だと思います、この2人。でも、同族嫌悪な感情を向け合う浅野君とは違って、ワジさんとなら気が合うって感じに仲良くなりそうな気がします。

では、次回でまた。



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戦闘訓練の時間・2時間目

「お疲れ様。日が暮れてきたし、そろそろ切り上げようか」

 

「はーい」

 

クロスベル警察特務支援課の人達による戦闘訓練……俺が師事したワジさんは、E組生がひたすら素手で彼相手に攻撃を仕掛け、身体運びや避け方などでワジさんが気になったことをその場で教えるという方法で訓練を進めていた。それと同時に場を読み、どう動けば味方の邪魔にならないように動けるか、どう動くのがその場で最善なのかということも実地で教えてくれて……正直こっちの方が楽しい。だけど俺は先を読むのは得意な方だから、どちらかといえば前者の格闘技や技術を盗むことに専念していて、ワジさん相手に組手をしたり、集団戦で連携を試したり、ワジさんにバディを組んでもらい他のE組生を巻き込んでの模擬戦を行ったり……と、想像してたよりもかなり有意義な時間を過ごせたと思う。

 

「……お、……わったー……」

 

「ありがとう、ございました……」

 

「こんだけしごかれたのに普通に立ってるカルマ、流石すぎるぜ……」

 

まだ明るいとはいえ少し日が傾いてきて、このまま続けると今度は視界が狭まって危険だとワジさんは判断したみたい……俺等の訓練はここで終わりのようだ。地面にぶっ倒れてる奴、座り込んでる奴ととにかく疲れきって息を整えてる奴らが大半だった。俺も散々戦ったわりには、結局一撃ってほどの攻撃も入らなかったなー……そう内心反省しながら腕を回していると、膝に手をつきながら息を整えていた杉野が俺を見て「体力オバケ」だの言ってきた。当然一発入れておいた。

 

 

────ピリリリリリ

 

 

「「「!!」」」

 

「おっと、僕だね……もしもし」

 

『ワジ、そろそろ暗くなってきたから訓練打ち止めにしようと思うんだけど、戻ってこれそうか?』

 

「グッドタイミング。ちょうど終わろうと思ってたところだよ……どこに集合?」

 

『最初に集まった校舎横に来てくれ』

 

「了解、リーダー。……全員聞こえたよね、行くよ」

 

突然鳴り響いた呼出音……音の出処はワジさんの持つ戦術導力器、エニグマ。確か、あれには通信機が内蔵されてるってアミーシャに聞いた気が……フタを開いて耳に当てるかと思えば彼が何やら操作をした途端、通話相手なのだろうロイドさんの声が俺等にも聞こえてきた。こっちでいうスマホとか携帯のスピーカーモードみたいな扱いなんだろう……見慣れない機器を当たり前のように扱う姿は、俺等からしたら不自然なはずなのにすごく自然に見えた。

歩き出したワジさんの後について、俺等も集合場所へ向かう。さっきまで座り込んでた奴らがすぐに歩けるって事は、その位の体力は残してあったということ……いや、ワジさんはこれを見越して訓練内容を組んでたんだろうな……改めて自分との実力差を痛感する。どんどん進んでいくワジさんとクラスメイトの後をのんびり最後尾から追いかける途中に、俺は何となく気になったことを聞こうとポケットにしまっていたスマホを取り出し、中にいる彼女へと声をかける。

 

「……律」

 

『はい、お呼びですか?カルマさん』

 

「ワジさんが今使ってたエニグマの通信ってさ、スマホの通話と何か違うの?あれって大陸違うところの通信機なわけじゃん、基地局経由するにしても遠すぎね?」

 

『少々お待ちください……、……えっと、そうですね……カルマさんのおっしゃる通り、スマートフォンや携帯電話……私が本体と接続してるのもそうですが、全て無線基地局を経由しています。対してエニグマはそれさえあればお互いの周波数を合わせて通信できるものだそうです。私に関しては独立したプログラムを皆さんのスマートフォンにダウンロードさせてますから、私本体とでは通信が無理な環境でも、私がダウンロードされたスマートフォン同士でしたらエニグマと同じように使用できますね。つまり、スマートフォンでは圏外となる場所でも、エニグマの通信機能でしたら繋がる可能性が高いと考えていただければいいかと。代わりに周波数を合わせれば通信できる分、傍受される可能性が上がってしまいます……最近はリベール王国のラッセル博士が開発に成功した、』

 

「ストップ、少し脱線してるし気になったとこは分かったからいいよ。……ところでさ、そんな知識どこで仕入れてきたの?」

 

『えへへ……実は私、インターネット回線だけでなく、導力ネットワークへの介入を練習してるんです!先程ティオさんに教えていただいてから、ヨナさんのパソコン経由でちょっと』

 

「早速指導された技術を実戦してるわけねー……一応あとでティオさんに報告しとくか。律、ハッカーはハッカーでもホワイトでいてよ」

 

『???』

 

「いくら律がAIでも、クラスメイトが逮捕(delete)されることになるのは嫌ってこと」

 

何気なく聞いたんだけど、結構大変なことやらかしてる……ま、ハッキングって行為がいいとは言えないけど、今後もかなり役に立つ第2の刃、だよね。さっきの今でここまで学習してる上に実践し始める行動力は律の凄いところだけど、いつか知らなければよかった事実とか持ってきちゃいそうなのが怖い……。

俺としてはそう思っての一言だったんだけど、律にとっては何か思うところがあったみたい。笑顔でニコニコとしていた表情をピタリと固まらせ、困ったように眉を下げた。……何か俺、おかしなことでも言った?

 

『……クラスメイトが逮捕、ですか……』

 

「……何?律が人間じゃないからってそれがありえないことじゃないでしょ。一応ハッキングって犯罪だしさ……ていうか、俺がクラスメイトを心配するのはおかしいこと?」

 

『い、いえ!私のことをそんなふうに言っていただけるなんて嬉しいです!……、ただ……』

 

「ただ?」

 

『……、……なんでもありません。それにその私はまだ、人の考えている有益な情報というモノの取捨選択がまだ苦手ですし……私の持つ情報も不確定すぎて、さすがにお話しすることはできませんから』

 

「あっそ。……俺じゃなくていいからさ、話せる人には話しなよ」

 

『……はい!』

 

……既に何か情報を仕入れてたみたい、しかも軽々しく話せない……情報漏洩したらやばいタイプの。ただでさえ俺等は殺せんせーって国家機密を抱えてんのに、律が話せないってことはそれ以上ってことでしょ?もしくは俺が聞いたらマズい話……国家の闇は一般市民の耳に入れるわけにいかないって感じかな。ま、この様子だと聞き出すのは諦めた方がいいか……下手に探って記憶消去なんてヤだし。だからといってそんな誰かに話せないような大層な情報を、自分の好奇心で探ったものとはいえ律1人に抱えさせるほど俺は愚かじゃない。内容はともかくふわっと事情だけでも烏間先生に言っとくか……、律は転校生暗殺者って立場だし、開発者()はいるとはいえ、管轄は烏間先生でいいんだよね?

 

 

 

 

 

『……ごめんなさい、これだけは……』

 

「……何?聞こえn……」

 

「おーい、カルマー。早く来いよー!」

 

「……はいはい、聞こえてるから。そんな大声出したら体力無くなるよ〜」

 

「そこまでやわじゃねーよ!元野球部舐めんな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集合場所に着くと、既に揃っていたのは連絡してきたロイドさんのグループだけだった。とはいえ、それぞれ他の訓練場所でも夜目が効かないと危ないってちょうど判断したところだったらしくて、そんなに待つことなく全グループが集合。本格的に日が暮れてきて、夕陽はあたりを茜色に染め始めた。グラウンドにいた生徒が全員指示通り、最初の集合場所へ集まった頃……

 

「全員揃ったか?」

 

「烏間先生〜、アミサちゃんの姿が見えませーん!」

 

「ん?うちもリーシャが戻ってきてないな……」

 

点呼をとる烏間先生の声に磯貝と片岡さんがそれぞれ男女の人数を数え始めたけど、アミーシャの姿がどこにもないような……倉橋さんも同じことを思ったのかすぐさま手を挙げながら報告している。キョロキョロと周りを見ているロイドさんの様子から、特務支援課側はリーシャさんがいないんだろう。この集合場所からはグラウンド全体が見渡せるけど、もう人影なんてないし……そもそも訓練中にあの姉妹の姿を1度も見てないような気がする。

 

「あ、そういえば……烏間先生!僕、訓練が始まってすぐくらいに、アミサちゃんがリーシャさんと裏山の方に歩いてくのを見ました!もしかしたらまだ帰ってきてないのかも……」

 

「なに……?」

 

「あー、やっぱりアミ姫はリーシャを選んだかぁ」

 

「ノエルさんと私は確かに分野が違うから来ないだろうとは思ってたけど……」

 

「他の人も含めて懐いてくれてるとは思いますけど、こういう時に頼られた事ってホントに無いですよね……」

 

ふと思い出したように顔を上げた渚君が烏間先生に心当たりを話した瞬間、特務支援課の人達の間にやっぱりかとでもいうような雰囲気が漂った。あの人達、ヘコんでるというか落ち込んでるというか、地味に傷ついてない……?

言ってる内容から察するに、普段から頼ってくれないアミーシャが、こういう専門的に教えられる場をお膳立てすれば来てくれると期待してたけど、彼女はなんの迷いもなくリーシャさんを選んだことにヘコんでるってところかな。

 

「……まあしょうがないだろう、今のところアミーシャを完全に理解してるのはリーシャしかいないんだから。……ティオ」

 

「……了解しました、生体反応を追います。《アクセス》……ヒットしました、ここから裏山へ入って少しの所にある岩場の空き地です」

 

「わかった。……えっと、多分あの姉妹は集中しすぎて時間を忘れたまま、まだやってるんだと思う。今から俺等で迎えに行こうと思うんだけど……君達も2人の訓練風景、見に行くか?」

 

「「「!!!」」」

 

「ホントですか!?」

 

「え、リーシャさんって舞台アーティストなのに訓練も何も……」

 

「バカ、真尾が言ってただろ、魔物と戦う力を持つ人は普通に戦闘とかやってるって。リーシャさんもそうってことだろ?」

 

「あの舞台を作り上げるアーティストなんだから、訓練も相当積んでるんじゃない?」

 

「むしろその舞台の訓練だったりして」

 

思わぬロイドさんの誘いにE組皆が盛り上がる。俺も烏間先生やE組生を相手にした暗殺訓練くらいでしか彼女の動きを見たことがないから、見れるものならぜひ見てみたい。しかも、いつもアミーシャが尊敬し、絶賛しているリーシャさんと一緒に行っている訓練……もしかしたら誰かが言ったようにアルカンシェルの舞台を想定した練習をしてる可能性もあるわけで、ファンとして気にならないはずがないよね。

だけど、誘った張本人であるロイドさんがどこか迷っているような表情で……困ったように頬をかいている。ちらほらとその様子に気付いた奴が増えて注目が集まってから、ようやく口を開いた……曰く、ここまで乗り気になるとは思わなかった、と。

 

「見に行くのは全然構わないし俺としてもアミーシャの頑張っているところを知って欲しい。ただ、覚悟がないなら見ないことをオススメするよ……着いてきたら、多分君達が見たことのない彼女を見ることになるから」

 

「俺等の見たことのない……真尾?」

 

「あなた達の知ってるアミーシャちゃんは、小さくて危なっかしいけどどこか器用な子って印象じゃない?でも多分、姉妹2人で訓練してる彼女は、そんな印象を覆しちゃうんじゃないかしら……」

 

「あの子達も僕達も望まないから全部は教えてあげられないけど……少しだけネタばらししてあげようかな。……あの姉妹は特務支援課の誰よりも、段違いに強い。それこそ一騎当千……僕達6人がかりでも勝てるか怪しいね」

 

「「「え」」」

 

「いや、ワジも俺達以上だろ。サラッと自分を抜くな」

 

「いやだな、僕は聖痕(スティグマ)を使う時だけしか強さに自信はないよ。それ以外の時はロイド達と同等さ」

 

「どうだか……」

 

「嘘くさいです」

 

……アミーシャが、リーシャさんが、ロイドさん達以上の実力者……?俺なんてついさっきまでワジさん相手に組手をしてもらって、全く技を仕掛けさせてもらう余裕なかったんだけど。涼しい顔で繰り出してくる拳と蹴りは、烏間先生よりも柔軟すぎて目で追うのがやっとだし、ギリギリ体が反応できるってレベルだったのに、……それ以上?そのワジさんもロイドさん達が言うには、かなりの実力を持っているらしい。俺等っていう子ども相手だったから全力には程遠い力しか見せなかったんだろう。そんな彼等にそこまで言わせる実力が、アミーシャの隠していることの一端なんだろうか……

 

「まあ、今はワジの実力どうこうは関係ないしおいておくぞ。今のを聞いても来る気がある子だけ、着いておいで」

 

「私が先導します。……やめるなら今ですよ」

 

そう言って、ロイドさんとティオさんを先頭に彼等は考え込む俺等を待つことなく裏山へと歩き出してしまった。俺等は何も言えず、困惑とともに固まっていた……この人達は俺等にどうして欲しいんだ。

 

誘っておきながら、来るのに難色を示す。

 

情報を開示しながら、全ては教えてくれない。

 

知ってほしいと言いながら、知らないでいてほしいと言う。

 

まるで正反対の言動は、なんと言うか……ロイドさん達もなにか迷っているんじゃないかって感じがする。アミーシャ達は知られたくないと思っているけど、彼等としては知ってもいいんじゃないかと考えてるというか、教えたいけど知って欲しくないというか……あー、ダメだ、考えれば考えるほど何が言いたいのか分からなくなってきた。

せっかく誘ってくれたんだし遠慮なく着いていかせてもらおう、聞いてすぐはそう思ったはずなのに。ダメ押しのように告げてきたティオさんの言葉に迷いが出てきて……俺は特務支援課の彼等を追いかけることもできず、足を止め、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝まあしょうがないだろう、今のところアミーシャを完全に理解してるのはリーシャしかいないんだから〟

 

「……………………………………………」

 

……、……なんだろう、ロイドさんの言葉を思い出したら無性に腹が立ってきた。〝今のところ〟とはいえ、〝アミーシャを理解してるのはリーシャさんだけ〟……?さっきの言葉がぐるぐると回っていて、頭の中を巡る度にムカムカした気持ちが膨らんでいく。

……俺は、アミーシャの恋人だ……アミーシャと俺は、出会ってからずっと一緒にいたんだ。アミーシャがリーシャさんと連絡を取っていたのだとしても、この3年近くを誰よりも側で、隣で見ていて理解してるのはリーシャさんじゃなくて俺だって自信をもって言えるし、もしかしたら客観的に見れる分アミーシャ自身よりもアミーシャのことを知ってるかもしれない。……こうとも考えられないか?俺が知ってるのはこの3年分だけど、アミーシャの隠していることを知れば、彼女の過去の一端を知ることに繋がる。過去や隠し事を知ることができれば、俺は彼女の全部を理解することができる、誰よりも彼女の理解者であれるって。……だけど、

 

「……カルマは優しいんだね」

 

「……ッ!!……キーア、なんで」

 

「なんとなく、カルマが迷ってる気がしたから。自分もリーシャのように……ううん、リーシャ以上にアミーシャの理解者でありたい。だけどアミーシャが知られたくないって思ってるコト、勝手に知ろうとして踏み込むわけにはいかないから諦めるべきなんじゃないかって思ってるのかなって」

 

「……そーだよ。こんなの、リーシャさんに嫉妬してるだけのただの独占欲……俺、もう1回失敗してるんだ。こんな醜い感情、またアミーシャにぶつけることになったら……」

 

「……いいんじゃないかなー。それが偽りのないカルマ自身だってことでしょ?」

 

ちがう?と、いつの間にか近づいてきて目の前で首をかしげて問うキーアの姿に、俺の中の迷いが晴れていくようだった。そうじゃん、アミーシャは人の本質を見抜くことに長けてる……偽りのある相手には一切心を開かないし、なにより警戒心を向けてかかわろうともしない。俺自身で向き合う為にも、本心のまま行動する方がいいに決まってる……それをこの無邪気な笑顔をした年下の子に気付かされた。

嫌われるかもしれない、目も合わせてくれなくなるかもしれない……そんな怖さがないと言ったら嘘になる。知りたくなかったことを知ってしまう怖さも同じだ。だけどその程度で俺が目を逸らしてどうするのさ、俺は何があってもずっと彼女の横に立つって決めたんだから。……そのためには。

 

「……キーア。俺の所に来たってことはアミーシャの居場所を知ってるんだよね?案内、任せていい?」

 

「んー、別にいいけど?こっちだよ!」

 

ニコッと笑みを浮かべたキーアは、俺の腕を掴んですぐさま走り出す。いきなり走り出すとは思ってなかったから一瞬足がついて行かなかったけど……俺の方が足は速いおかげで直ぐに持ち直せたし、小走りでついて行くことにした。キーアって境遇聞く限り俺より場数踏んでそうなのに、突発的に動く行動力も突拍子もないことを当たり前のように言える言動も年相応……いや、それよりも子どもらしい子だ。だけどかなり聡い子でもある……この子なりにどう話せば俺がのってくるのか考えてたんだろう。俺の願いに躊躇いも迷いもせずに俺を導き引っ張るこの手が証拠だ。

キーアと話して、この子も結構重いものを背負ってることを知った。それでもこの天真爛漫さを失わずにいれたのは、ロイドさん達みたいな支える存在がいたからなんだろう。別人の話なんだから俺とアミーシャに置き換えるっていうのも変だけど、俺も、そうなれたら……

 

「あ、カルマ!」

 

「……私達も行く?」

 

「どうしよう……」

 

「僕は行くよ……僕だって、アミサちゃんの理解者になりたいんだ」

 

「渚、私も行く!」

 

「……俺はあえてやめとこうかな。知るのが怖いのもあるけど……全部を理解して受け入れる奴以外に、何も知らないまま受け入れる奴がいてもいいと思うんだ」

 

「……私もそうしようかな。興味はあるけど、アミサちゃんの強さはこの教室で見てきてるわけだから……私はこの教室でのアミサちゃんも大切にしてあげたい」

 

「確かに、ただ待ってる存在っていうのも、いたらありがたいもん」

 

ロイドさんは行くか行かないかE組全体で決めろとは言わなかった……つまり、選ぶのは個人の自由ってこと。俺はすぐに追いかけることを選んだけど、追いついてきた渚君と茅野ちゃん以外のクラスメイト達が、何を考えて何を選択したかまでは知らない。言い訳を並べて『知る怖さ』に勝てなかったのだとしても……責めることはできない。腕を引かれたまま、俺は前を見続けた。……ていうか、さっきも思ったんだけどこの子指導に回ってない時点で非戦闘要員なんだよね?全く息切れもせずに喋って走って……子どもっていろんな意味で規格外だよ、本ト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……1つ、変わったよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走って追いかけたおかげか、先を歩いていたロイドさん達に追いつき、今は一緒にマオ姉妹がいるだろう場所へと向かっている。こっちの方向で岩場ってことは、多分人面岩のあるあそこのことだろう……足元が岩場ではあるけど場所によっては落ち葉が降り積もってるし結構広いから、いい鍛錬場だって俺等の暗殺訓練でも烏間先生がよく使う場所。アミーシャが案内したのかな……そう考えていると、俺等の歩く獣道の向こうから何かをぶつけ合うような音が聞こえ始めた。でも移動する気配とかそういう音とかは全然聞こえてこない……そこにいる、んだよね?

 

「……生体反応あり、この先のはずです」

 

「よし。ついて来たのは……赤羽君と……」

 

「……渚君と茅野ちゃん、来たんだ」

 

「僕はカルマ君みたいにアミサちゃんに対して恋愛感情あるってわけじゃないけどさ……僕だって、アミサちゃんのヒーローだ。何も知らないままただ待ってるだけなんてできないよ」

 

「私は……アミサちゃんのことを知りたいから。色々未知数なところばっかりな子だけど、ことが済んだあとも……お互いに全部知った上で、友達になりたいって思えたから」

 

『ちなみに来てない皆さんは、〝知らないからこそ支えられることもある〟とのことです!』

 

「……ふーん、そう」

 

E組(おれら)の中で訓練風景を見に行くと決めてついてきたのは、俺を含めてたったの3人……律入れて4人か。正直少ないと思ったけど、残った側にも色々考えがあるらしい。とにかく俺も、渚君も、茅野ちゃんも、それぞれが違った思いでだけど、この場所まで来る気になれたロイドさんの言葉でいう覚悟のあるメンバーってわけね。

黙々と足を動かしていると、先頭を歩くティオさんとロイドさんが止まって俺等を振り返る。確か、ここの茂みを抜けたらひらけた場所に出るはずだ。

 

「こんなギリギリに言うのもなんだけど……本当にいいんだね?」

 

「ですが覚悟をもってることはすごく伝わってきましたし……もし何かあったとしても私達が必ず手助けしますから」

 

「「「はい!」」」

 

「……ねぇ、カルマ、ナギサ、カエデ……お願いがあるの」

 

「どうしたの、えっと……キーア、ちゃん?」

 

「その……ここに来たってことは、3人とも強い想いがあるんだと思うの。だから、お願い……何を見ても、アミーシャを嫌いにならないでね」

 

「……え……」

 

「もういいかな……行くよ」

 

「「「……!!」」」

 

俺等に対して訴えるようにまっすぐ見つめるキーアを不思議に思いながら獣道を抜けて、一気にひらけた場所に出るとその場所の中心に彼女達はいた。夕焼け色に染まっていく森の景色の中で、オレンジ色のトップスのリーシャさんと俺等と同じ超体育着を着たアミーシャは、色のせいか暗くなる景色に同化しつつある。さっきここに向かう途中にぶつかり合う音しか聞えないとは思ってたけど、こう実際目にしてみても変わらない。彼女達は周りの様子なんて全く目に入ってないんだろう……この暗さだというのに、まだナイフ片手に打ち合いを続けていた。……あー……見て思ったことを色々並べたけど、これじゃあ現実から目を背けてるだけだし、そろそろハッキリ言おう……俺等はこの光景を見て言葉を失ったんだ。

今の時間、はっきりいって自分の手元どころかお互いの顔の判別すら難しくなりつつある程に日が落ちてきていて暗いんだ。その状況なのに、あの2人は移動のスピードもナイフを突き出す速度も変わらないし、迷いもない。どちらかが攻撃を仕掛ければどちらかがナイフを使ってそれをいなし、しゃがんだり跳ね上がったり左右にフェイクを入れて本命の突きを繰り出したり……次々と攻撃のパターンが移り変わっていく。目が離せなくなっている俺等の近くで、同じようにあの2人の訓練の様子を見ていたランディさんが頭を掻きながら大きくため息をついた。

 

「……はー、またか……あの様子を見る限りあの2人、休憩挟まずにずっとやってるな」

 

「え!?」

 

「休憩挟まずにって……訓練始まって3時間近く、ずっとってことですか!?」

 

「それでこの動き……」

 

「ううん、だいぶ消耗はしてるんだと思う。だってナイフの動きが見えるもの」

 

「そうですね……まずお2人とも普段と得物が違いますし、本調子でしたらナイフの太刀筋なんてあってないようなものです」

 

3時間近く休憩することなくずっとナイフ訓練をし続けられる体力、どちらかが倒れたり途切れたりすることなく相手の攻撃を見切り、隙を突こうとする動きの数々は明らかにレベルが違いすぎる。烏間先生と同等……彼女の得意分野だとしたら上を行くかもしれない。確かに覚悟も何も無ければこんなの見れないや……だってたったこれだけなのに、俺等はアミーシャに今までの訓練で手加減されていたのだと痛感させられてしまったから。

それでも踊るように繰り広げられるナイフ捌きからは目を離せない。見たことの無いような動きと、無駄のない体捌きは〝舞い〟と言ってもいいくらいに綺麗でずっと見ていたいと思うくらい……、……ん?あれ……あの姉妹の動きが早すぎるせいで確信がもてないんだけど、お互いのナイフの切っ先が狙ってる場所って……

 

「とにかく、このまま放っておいたら夜になろうが武器を落とそうがどちらかが気絶するまで続けんぞ、アレ。問答無用で止めに入った方が良くないか?」

 

「仕方ないな……赤羽君、確かあの姉妹が使ってる対先生ナイフという物は、人間には影響がないんだったよな?」

 

「……え?あー、そーだけど。ほらこれ、ただのゴムだし」

 

「はー……だったらなんとかなる、よな……俺が止めてくるよ。危ないから俺以外は来ないこと。特に君達3人は巻き込まれたら大変だ」

 

俺が自前の対先生ナイフの切っ先を曲げて見せたのを見て、だいぶ大きなため息をついたロイドさんの肩にランディさんが慰めるように手を置いた。安全なはずなのにそんなに躊躇うって、何が……?決心したように顔を上げたロイドさんは、腰に装備していたトンファーを両手に構えて、この場所を動かないよう言い含めてから俺等が見ている場所を飛び出していく。ランディさん曰く、トンファーという武器は攻撃するためというより、自分と攻撃した相手を守るための武器といった方が適切らしい。それもあって彼1人で送り出したんだとか……止めに入って怪我をさせたら意味ないしね、逆も然りだけど。

彼を見送ってからアミーシャとリーシャさんの方へ視線を戻したけど、彼女たちはまだ訓練を止める様子が見えない。そんな激しいナイフの応酬の中ロイドさんがトンファーを構えたまま近寄っていき……姉妹のナイフがお互いに打ち合った反動で2人の間が一瞬開いた瞬間、彼が飛び込んだところまではハッキリ見えた。そこで多分ロイドさんがトンファーを一閃したんだろう……彼が低姿勢で動きを止めたのを最後に姉妹の動きも止まった。というか、お互いに止めざるを得なかったんだろうけど。

 

「……っ、ぶな……」

 

「あ、」

 

「あ……」

 

「『あ』、じゃないだろ2人とも……ホントにその武器じゃなかったら俺、死んでたぞ……」

 

ロイドさんはアミーシャとリーシャさんの胴体にトンファーを当ててることから、2人の距離を広げようと外へ力を入れて引き離すつもりだったんだろう。そりゃあそうだ、戦いを止めるなら身動きを止めるか武器を手放させるか物理的に距離を取ってしまえばいいんだから。

問題は……ロイドさんのことが目に入ってなかっただろう姉妹のナイフの切っ先が半端なくヤバい位置にあったこと。どこにって……リーシャさんのナイフは後ろ手にロイドさんの目に向けて寸止めされているし、アミーシャのナイフはロイドさんとすれ違いざまに首の頚動脈を切りつけるように押し付けられていたから。どっちも狙いは人体の急所……本物の武器だったらロイドさんはほぼ確実に即死してる。

 

「リーシャ、アミ姫、毎度毎度長時間の訓練お疲れさん」

 

「今回もだいぶ集中されてましたね……はい、ワジさん作のピンキーローズです」

 

「あ、まだ残ってたんだね、ソレ。カクテルなのにいいのかい?」

 

「本当は運動後に合わないかもしれませんが、効果が魅力的です……ノンアルコールカクテルですから、アミーシャでも飲めますし」

 

「あはは……ひさしぶりだったので、つい熱中してしまいました。いただきますね」

 

「『つい』で人体の急所を狙い合う模擬戦なんてするなよ……俺、トンファーで距離取ってたのに致命傷って笑えない……」

 

俺と渚君、茅野ちゃん以外の姉妹を迎えに来た特務支援課の人達が近寄っていき、思い思いに声をかける。毎度毎度って……2人が訓練する度に時間を忘れてるってことか。そして、リーシャさんがノエルさんから何やらボトルに入っている飲み物を受け取り、それを見たロイドさんがため息とともにボソリとこぼした言葉で俺の見たものが見間違いじゃなかったことを知る。やっぱりさっき俺が感じたのは気のせいじゃなかったんだ。

首周り、目、脇、鳩尾、動脈の通る手首……あの姉妹はお互いが攻撃する時に、必ず相手の急所となる場所を狙っていた。対先生ナイフは人体に影響がないとはいえ、ゴム製だからそれなりの固さがある……それこそ、勢いをつけたら立派な鈍器になるだろう。トンファーを持つロイドさんだったから、攻撃が当たりはしたけどなんとか威力を殺せたんだ。割り込まなければ姉妹のどちらか……もしくは2人ともがお互いの攻撃で気絶していてもおかしくなかっただろう。

 

「……アミサちゃん」

 

「……っ!……」

 

「わっ、……やっぱり気付いてなかったのね?」

 

「……、……お姉ちゃんは、知ってたの……?」

 

「んー……誰かまではさすがに読み取れなかったけど、違う気配が増えたのは結構早くに分かってたわ」

 

「…………」

 

何も言えないでいる俺や渚君とは違って、早くに状況を飲み込んだんだろう……茅野ちゃんがアミーシャへ声をかけた。声をかけるのと一緒に近寄ろうとしたんだろうけど、足を前に出した瞬間、身体をビクリと震わせたアミーシャは、すぐさまリーシャさんの背中へと隠れてしまった。姉妹の会話から、アミーシャが俺等が来ていたことに全く気づいてなかったことが分かって……気配に敏感な彼女が気づかなかったなんて、どれだけ集中してたんだか。それだけひさしぶりに会えたお姉さんとの稽古が楽しかったんだろうけど。

とにかく……そろそろ恥ずかしいのか見られて気まずいのか、リーシャさんの背中にすがりついたまま顔をあげようとしない彼女をこちらに向かせたい。……〝アミーシャの事はリーシャさんが1番知っている〟……そう言ったロイドさん達だって俺等よりも昔の彼女を、彼女の本質をよく分かってる。

 

「アミーシャ」

 

「か、カルマ……その……」

 

「これで、隠し事は全部?」

 

「……!」

 

「これだけ戦える実力も、長時間動き続けられる持久力も、相手の急所を見極める動体視力も、アミーシャが隠してたこと……なんでしょ?」

 

「……そう、だけど……、……でも、」

 

「…………別にいいんだよ、まだ全部言えなくても。何回も言ってるじゃん、俺は待ってるからって……いつか、教えてくれるのを。今回のことだって、アミーシャには不本意だったかもしれないけど、俺は嬉しかったんだけどな」

 

「…………」

 

「……僕とカルマ君が一緒にいた時間は結構長いと思う……それでもお互いに知らないことはたくさんあるよ。それと同じなんじゃないかな?僕も、カルマ君も、茅野だって……他の皆がまだ知らないアミサちゃんのことを先に知れて嬉しいんだ」

 

情報を提示し合える関係……交換条件や探り合いなんてしなくても信じられる関係。疑わずに信じることって、どんなに付き合いが長くても難しいことだ……むしろ、付き合いが長いからこそ人はその分警戒する。彼等の間にはその警戒がない、それはそれだけ彼女から信頼されてるってこと……多分、俺はその信頼の域までは達してない。だから、迷ってるのかな。俺の言葉ではアミーシャを動かすのに何かが足りないみたいだ。渚君も援護してくれたんだけど、むしろ警戒させて余計にリーシャさんの後ろから出てきづらくしちゃった?まずったかなー……

さて、どう攻略すべきかな……そう次の手を考えている時だった。最初に声をかけてからずっと、何か考えている様子だった茅野ちゃんが、思いついたように口を開いたのは。

 

「……なんか、私には分かる気がするなぁ……」

 

「え」

 

「茅野?」

 

声をかけづらく近寄ることもできない俺等を横目にさっさと近づいて行った茅野ちゃんは、リーシャさんに軽くお辞儀してからアミーシャの隣から軽く髪をかきあげるように頭を撫で始める。リーシャさんから顔を上げようとはしないけど、少し身動ぎした様子のアミーシャに、茅野ちゃんはいつものお喋りをしてるように話しかけていく。クラスメイト、というよりは……E組で公言しているとおり、アミサちゃんよりちょっとだけ大きいお姉さん、という感じで。

 

「アミサちゃんは、知られたくなかったんでしょ?男の人より……ううん、E組の皆よりも自分には色々下地がある分できることが多いってこと」

 

「…………、わかんない……」

 

「うーん……なら、我慢してたんだよ。アミサちゃん的には守られるばっかりは嫌だけど、E組皆がアミサちゃんを可愛がりたいと思って甘やかしてるからそれを言い出せずに溜め込んでた。私達に顔を合わせづらいって思う理由がわからないなら……そういうのとか、しっくりこない?」

 

「……なんとなく、そんな気がする……けど、それじゃ……」

 

「私は別にいいと思うよ?強い女の子ってかっこいいと思うし……むしろ、か弱く見えるアミサちゃんの新たな一面って感じでさ、すっごく新鮮」

 

「だって、その……私は……」

 

「あはは、女が男よりも強いとか、ただ男のプライド抉るだけだもん。言えるわけないよね!」

 

「か、茅野……;」

 

「……抉ってるの、アミーシャじゃなくて茅野ちゃんだと思うんだけど……」

 

何を言い出すかと思えば……アミーシャの気遣い(?)を無に帰すくらい聞いてる俺等の心をガッツリ抉ってくる言葉だった。いや、確かにそうだけどさ;守りたい対象が自分より強くて逆に守られるとか、プライドバッキバキじゃん?……男女差別とか言うなよ、大事な奴こそ守られるよりは守りたいって思うのが男心ってヤツでしょ。

アミーシャを撫でることはやめないまま俺等の呟きをキレイに無視した茅野ちゃんは、空いた手をリーシャさんを掴んでいる彼女の手に重ねる。ゆるゆると顔を上げたアミーシャに笑いかけながら、茅野ちゃんは促す。

 

「ほら、一緒に帰ろ。気まずいなら4月の最初の頃みたいに、またちょっとずつやってけば大丈夫だよ」

 

「……うん」

 

「どーせこれ見てたのも、渚とカルマ君と私だけなんだし。2人が黙ってれば誰にもバレないもん!ね?」

 

「はは……僕等が黙ってることは決定事項なんだ」

 

「あー、もうそれでいいよ。だから、帰ろう……ほら、」

 

「……ヤだ。今日はカエデちゃんとがいい」

 

「…………」

 

「……ふふん」

 

「……カルマ、今日は明らかに茅野の勝ちだよ」

 

「……わーってるよ、はぁ……」

 

茅野ちゃんの手を取ったアミーシャは、リーシャさんの背中からようやく出てきた。泣いてたとかじゃないんだろうけど複雑そうな表情を見る限り、自分の考えとか色々上手く飲み込めないんだろう。それでもリーシャさんから離れられたってことは、納得したのか落ち着いたのかってとこかな。

そろそろ本格的に暗くなってきたから、集合場所に帰るぞ、といつの間にか俺等だけにして、話し終わったのを見計らったように離れたところから声をかけてくれたロイドさん達に手を上げて答える。とりあえず、俺はいつものようにアミーシャの手を引こうとしたんだけど……避けられた上にアミーシャは茅野ちゃんの腕にしがみつくように抱きついた。行き場をなくした手をどうしようかと固まっていれば、勝ち誇ったように笑う茅野ちゃんと、諦めろとばかりに俺の方へ手を置いてくる渚君。……まあ、納得したくないけどしょうがないか……今回アミーシャを動かしたのは紛れもなく茅野ちゃんだもんね。……納得はできないけど。

 

こうして、色々と思うところはあったわけだけど、無事に特務支援課の人達による戦闘訓練は幕を閉じたのだった。

ただ…………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえば赤羽君」

 

「……何?」

 

「今日、俺達はアミーシャの家に泊まるんだけど、よかったら夕飯も一緒しないか?」

 

「おお、それはいいな!そっちのミドリちゃんとミズイロ君もどーよ?」

 

「ミドリちゃん……って、私ですか!?」

 

「え、ミズイロ君って…………男に見てもらえた!?」

 

「待って、渚君。驚くところがおかしい」

 

 

 

 

 

……俺がこの人達と過ごす時間は、まだ終わらないみたいだ。

 

 

 

 

 




「すごいね、茅野……僕等じゃ全然ダメだったのに」
「あはは……たまたまだって。それに、最初からアミサちゃんに対しての好感度MAXの2人からすると、思いつかなくて当たり前だと思うよ」
「へ?」
「なんで?」
「女の子は強がりだから。特にアミサちゃんは鏡みたいな子だって言ったのはカルマ君じゃん。好意しか向けてこない相手に好意を返す上で、この子が心配かけるわけないでしょ」
「う……」
「それでも、さ……悔しいなーって」
「ふふ……こういうのは、女同士の方がよく分かってるってこともあるんだよ」
「……みたいだね」
「それに……」
「……?」
「……茅野?」
「……う、ううん気の所為!なんでもなかった!」
「そう……?」
「アミーシャ云々もそうだけどさ、茅野ちゃんだって話せるなら色々話しなよ。いつか溜め込んで爆発させそう」
「き、気をつけるね……
(危ない危ない……子役時代に演じてきた感情にそっくりだったから、なんて、私の正体バラすようなもんじゃん。あいつの暗殺が終わるまでは……最後まで演じきらなくちゃ)」



「(うあああああああああ……ッさ、3人とも……私いるの、忘れてないよね!?なんで私をはさんだまま私についての話をしてるのぉ……!?)」



「…………あの緑の女の子……」
「……うん、うまい具合にアミーシャの悩みをすり替えてたね。本人もそれに気づいてなさそう」
「あれ、アミーシャに何も言わせずにただそれらしいことを並べてただけですもんね。アミーシャにとっては肯定も否定もできない内容でしたから、そのままそれが真実としてまとまってしまいましたけど」
「……あの女の子、私に対して『すいません』って言ってたんです。多分、アミーシャの意思じゃないだろうけどこの場をおさめるために嘘をつきます、ってことじゃないかと思うんです」
「すごいな、あの短い時間でそれだけのシナリオを描いてたのか」
「……あの子も多分、訳アリなんだろう……俺達が関わることは出来ない大きな何か、のな」



「それにしても、あの緑の子が並ぶとあの2人、仲のいい双子かなにかに見えるんだが」
「「「わかる」」」
「あ、ということは私に妹がもう1人できたってことですね!」
「え、違……いや、そうなのか?」
「私に聞かないでください」
「リーシャ、そこは〝アミーシャは私の妹なのに〟って思うところなんじゃ?」
「というか、アミーシャが妹ポジションなのに変わりはないんですね」
「「「だってアミーシャだから」」」
「なんて説得力……」
「根拠があるわけじゃないはずなのにな……」


++++++++++++++++++++


少々更新が遅くなりました。後半のカエデの場面に少し迷いまして……使う言葉を選んでいたら遅くなりました。下手にやると、今後やりたいお話とダブりそうで難しかったです。今回悩んだ分、そのお話で使えそうな内容のストックができたのでバンザイではあります。

今話は見たことのあるお話だったと思います。同じ場面を違うように書くのって思ったよりも難しい……やると決めたからにはやってみせます。そんなにかぶる場面があるわけでもないですし!

次回は、オリジナルです。
番外編として書くと言っていたのに、気づいたら本編に昇格していました。次回のお話は、1周目にはなかった出来事だと思って下さい。

では、また次のお話で。


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食卓の時間

無事に怒涛の……忙しい……波乱の……?……なんて言えばいいのかわからないけど、ひさしぶりに会えたお姉ちゃん達も一緒のなかなか濃かった1日が終わった。臨時指導教官として私たちE組の訓練をしてくれた特務支援課のみなさんと、いつの間にかいなくなってたかと思えばイリーナ先生とおしゃべりしてきたらしいイリアお姉さんとシュリさんが先に帰り、残った私たちは簡単な注意・連絡事項を烏間先生から聞いて、この日は解散することになった。学園祭の総合結果は明日以降に本校舎で発表されるみたい……ゆーじくんのおかげで、1日目は程々だった売上も2日目にだいぶ挽回したと思うんだけど……結果はどうなったのかな。

 

「私、エリィさんのところに行ったんだけど、あの人すごいんだよ!移動しながらでも狙った場所に百発百中!」

 

「ノエルさんは早撃ちだよな。BB弾ってあんなに早く装填できるものだっけ……」

 

「千葉や速水を固定式とするなら、あの人達は移動式か……」

 

「……千葉、付き合いなさい」

 

「ああ、いつもの場所でいいか?」

 

「お前ら、言葉が足りなくて全然違う意味に聞こえるぞ」

 

エリィさんとノエルさんのところはやっぱり射撃中心だったんだ。凛香ちゃんと千葉くんは早速訓練の予定立て始めてるし……いい感じに刺激になったんだと思う。

 

「……節々、痛い……」

 

「今痛みが来てるんなら若い証拠だって……」

 

「大丈夫かよ?」

 

「ランディさん、とにかく説明よりはパターンに慣れろって感じでさ……とにかく普段使わない筋肉動かした感じがやばい」

 

「そういうワジさんの方はどうだったの?」

 

「……言われて考えてみると、あんまり疲れがないかも。むしろいつもより体が軽い気がする」

 

「身体の動かし方全般を教えてもらったよね。代わりに対先生武器を一切使ってないから、それと組み合わせたら動けるかがまだわかんないけど」

 

ランディさんは武器を使った模擬戦形式、ワジさんは武器なし素手での模擬戦形式って感じだったのかな。武器を介するかどうかで身体の感覚は全然違ってくるし、次はどう感覚を合わせるかが課題だと思うな。あとランディさんグループが筋肉痛気味なのは、普段使わない筋肉を使ったからというより、ランディさんのハルバードの一撃を受け止めようとしたからだと思う……

 

『早速導力ネットワークを破ったことを報告したら、ティオさんに褒められました!』

 

「それって褒められていいことなの!?」

 

「目を輝かせてそのデータを覗き込んでたぞ」

 

「ティオさん……」

 

『あ、でも。報告の後にヨナさんへ通信して静かに怒ってましたね』

 

「……そりゃあ主任はティオさんだけど、ヨナさんは導力ネットワーク管理者の1人だから……律がプログラムだからある意味無敵だとしても、情報取られてる時点で問題だからね……」

 

ティオさんは主に情報や機械関連だったんだろう……律ちゃんやイトナくん、映像関連で三村くんなんかも熱心に聞いてたんだろうな。……律ちゃんが相手じゃヨナさんは不憫だけど、立場的にしょうがないよね。

 

「……この時は10人小隊を組んで正面突破が1番被害も負担も少ないんじゃないか?スペースの関係からこの場所から敵は少人数ずつしか出てこれないし、分隊の陽動は必要ないわけだから……」

 

「いや、この場合はここにあるスペースをうまく使うのが肝だろう。6人小隊で役割をわけ、陽動、支援、防御、交渉……ここで1部隊は待機して強襲する、なんてのはどうかな?」

 

「悪くない気もするけど……この視界の範囲を見る限り、これだけ見渡せるってことは、その分相手からも狙われるってことだよな?リスクを考えると俺はあまり人数を配置したくないな……」

 

「だが、……」

 

磯貝と竹林(おまえら)は何をいまだに言い合ってんの?」

 

「あー……ロイドさんに出された『約30人でこの図面の場所へ潜入・交戦する場合』にどうするかって問題なんだけどさ。……お前なら見せた方が早いな……カルマ、お前ならこれどう解く?」

 

「はァ?…………、……俺ならこのスペースに偵察を置く。入り口側の味方に状況をリアルタイムで伝えられる環境を作って、あとはその情報しだいで決める」

 

「いや、この場所は敵からも見えるだろう?だから……」

 

E組(ウチ)には律もいるんだからさ、機械と同期させておけば安全じゃない?偵察用ドローンとかさ」

 

「……E組?」

 

「そんな前提はどこにも……」

 

「磯貝が言ったんじゃん、〝約30人でこの図面の場所へ潜入・交戦する場合〟って。これ、ロイドさんがハッキリ言ってないだけで俺等を想定してるでしょ?」

 

「「…………あ。」」

 

「それを察して作戦を立てるのも課題だったんじゃない?」

 

ロイドさんは戦闘訓練をするよりも、頭を使う系……兵法というか戦略についてなどを指導してたみたい。E組の中でも参謀役を担いそうなメンバーがここに集まっていたようで、磯貝くんや竹林くんのようなまじめな人たちは、今も何やら議論を繰り広げていた。何をあんなに頭を突合せて話してるんだろう……私と同じく気になったらしいカルマが様子を見に行って、一緒になって盛り上がってる。

いつもなら家の近い人とか仲のいい人で集まって帰るんだけど、今日は駅まで終始こんな感じにE組みんなで一緒に山道を降りる。普通ならあの学園祭での大盛況の話とかで盛り上がるんだろう……でも、ほとんどの口から出てくるのは戦闘訓練でのことばかり。誰かに話したくてしょうがないっていうのが伝わってくる……同時に自分が行かなかった他のグループでは何をしてたのかを聞いている姿もある。ここは一応外だし、もし公にしてバレたら危ないものはさすがにぼかしてるけど……みんな、いまだに結構興奮してるみたいだ。

 

「じゃあ皆、今日はゆっくり休んで」

 

「また月曜日ね!」

 

「さて、僕等はA組相手にどこまで勝負できたんだろうね……」

 

「じゃあね〜!あ、カエデちゃん、許可が貰えたらでいいから写真よろしくね〜っ!可能ならアミサちゃんとのツーショットがいい!」

 

「あはは、うん、撮ってもよさそうだったら倉橋さんの個人チャットに送るよ!」

 

「……私?」

 

E組みんなで一緒に帰ってるといっても大所帯だから程々に分かれてるし、家が近い優月ちゃんたち数人とは早いうちにバイバイして、椚ヶ丘駅に着く頃にはみんなほとんどバラバラだ。それでも、どんなに短い時間でも、こうやってクラス全員が仲良く行動できるのってすごいことだと思うんだ。……だからこそ、E組は居心地がいい。眩しすぎて時々私がいるのはおかしいことだって思う時もあるけど、同時にさいごまで残りたいっていう思いもない、とは言えないから、余計にそう感じてる。

いつもならカエデちゃんとも別々になる分かれ道で、元気に手を振って走っていった陽菜乃ちゃんがカエデちゃんに向かって、なにやら気になることを言っていた。……今、私の名前が出てきたような。そっと手を繋いでいたカエデちゃんの顔に視線を上げて問いかけると、にこりと笑った彼女が口元に人差し指を当てて少し考えるように空へと視線を向けた。

 

「なんかね、アミサちゃんとキーアちゃんのツーショット写真が欲しいんだって。色々ご利益ありそうだから、待受にしたいらしいよ」

 

「……キーアちゃんはともかく、私なんかにご利益はないと思うんだけど……」

 

「え、茅野ちゃん、俺等が夕食一緒すること倉橋さんに話したの?」

 

「まさか。誰にも言ってなかったんだけど、なんかバレてた。倉橋さん、皆が解散する前にキーアちゃんと話してたからそこ経由かな……」

 

「あー……倉橋さんも子ども受けいいからね……」

 

女神の早すぎた贈り物と呼ばれる至宝を模した、元・至宝であるキーアちゃんならご利益は多分期待できる。本人曰く、至宝の力はなくなったから時間や空間、認識の操作は出来なくなったけど、人の間に結ばれた因果はまだ見えてるらしいし。……で、なんで私?……あとなんでカルマと渚くんは「わかる」って頷いてるんだろう?

E組からの帰り道は真っ直ぐ帰る日もあれば寄り道する日もあるし、イリーナ先生の放課後塾が開かれる日もあるから、私は普段からいろんな人と帰り道を歩いてる。その中でも特に修学旅行以来は4班+誰かって形で帰ることが多いけど、今日は私の家に招待したカルマと渚くんとカエデちゃんの3人だけが最後まで一緒。いつもなら私とカルマと渚くんの3人で歩く道を、今日はカエデちゃんも一緒に歩く。私はカエデちゃんと並んで手を繋いで家までの道を歩く。カルマと渚くんはお隣同士で後ろをついて歩いてる。いつもと少し違うっていうのがなんか嬉しくて、彼女とつないだ手に力を込めた。

 

「……ていうかさ、茅野ちゃんそろそろ代わってよ。そこ俺の場所」

 

「カルマ君;」

 

「えー、アミサちゃんどうする?」

 

「……今日はカエデちゃんなの。カルマは明日」

 

「だって」

 

「はは、ふられちゃったねカルマ君……痛っ!」

 

「渚クーン、……その口塞いであげるから大人しくしてて……」

 

「い、いたたたたっ……もうなんでカルマ君ってホントに、アミサちゃんのこととなるとそんなに心が狭くなるのっ?」

 

なんでもない日の、とりとめのない日常が。私の存在意義が分からなくなるくらい、幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「おかえりなさーい!」

 

「わぷっ!」

 

「っ!……おー、いいタックル」

 

「カルマありがとー!それロイドにいつも言われるー!」

 

「いつも言われるくらいロイドさんに飛びついてるんだね、キーアちゃん……えっと、お邪魔します」

 

「お、お邪魔します!」

 

玄関の扉を開けた瞬間、なんだかいい香りと自分たちを迎える声とともに黄緑色の弾丸が飛びこんできた。先にお姉ちゃんや兄ぃたちが家の中にいるのは知ってたけど、このお出迎えは想定してなかった……到着予定の時間は知らせてあったから、この様子だと少し前から玄関で待機してたんだと思う。慌てて踏ん張ろうとしたけどバランスを崩して、すぐ後ろにいたカルマが私ごと受け止めてくれた。私にひっつきながら顔を上げたキーアちゃんが、動けない私の分までカルマにお礼を言う。

そんなやり取りをしていると、私たちが帰ってきたことに気づいたんだろう……リビングに繋がる扉が開いてワジさんとランディさんが顔を出した。

 

「お、きたきた。キー坊なんて30分も前からそこで待ってたぜ〜」

 

「おかえりアミーシャ、いらっしゃい3人とも。ロイドが料理作りながら待ってるよ」

 

「あ、ランディさんとワジさん」

 

「……お邪魔してます」

 

「道理でいい匂いがすると……え、ちょっと待って……〝作りながら〟……?え、なんでお客さんのロイドさんが夜ご飯作ってるんですかっ!?それ私のお仕事ですっ!!」

 

「やりたくてやってるんだから、やらせとけばいいじゃない。女性陣も張り切ってたから僕達は迎える役に回ったんだよ」

 

「私がおもてなししたかったのに……!キーアちゃん、ちょっと離れてっ、先に中入ってるからカルマたちはゆっくり来て……っ!」

 

「あ、キーアも手伝うー!」

 

あまりにも自然に私たちを玄関まで迎えに来て、ゆっくりしていってねとまで言い出しそうな〝この家の住人〟感を出してるから流すところだったけど、ここ、私の家……!だからお客さんは迎えに来たワジさんたちであって、間違っても私じゃない。なのにここまでいい匂いがしてるって、ほとんど料理終わっちゃってるんじゃない……!?

 

「あと盛り付け程度だからいってもやることないよ……って、行っちゃったか。……別に、たまには休めばいいのにね」

 

「だな。俺等が来た時くらい兄姉に甘えろっての」

 

「てことで、3人は僕達と一緒に行こうか」

 

「は、はい!」

 

「お願いします!」

 

「……ちなみに、ワジさん達は本トに俺等を迎える役割だったの?」

 

「まさか。自主的に決まってるだろう?それに僕は軽食系やカクテル系の飲み物が得意なんだ。適材適所ってやつだね」

 

「せっかくの(メシ)なのに男の料理が並ぶよりいいじゃねーか」

 

「「「(聞こえはいいけどこの人達、サボってるだけだ)」」」

 

慌てて靴を脱ぎ捨てながら、追いかけてきたキーアちゃんと一緒にリビングへ飛び込んだ私は、ワジさんの止める気もないくらいやんわりとした静止の声を全く聞いてなかった。……多分、聞いてたとしても飛び込んでたと思うけど。そして、お客さん(ゲスト)であるカルマたちを玄関に残すってことは私にとってのお客さん(ゲスト)であるワジさんとランディさんの2人に案内させることになるってことも、完全に頭から抜け落ちていた。……あとから考えるとおかしいよね、なんでお客さんがお客さんを案内してるんだって。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

慌ててリビングに入ると、お姉ちゃんやエリィさんたち女の人達が出来上がった大皿料理をテーブルに運んでいる最中で、キッチンの中にいたロイドさんはといえば、既にエプロンを外しているところだった……お、終わっちゃってた……。

 

「おかえりアミーシャ。手は洗ったか?」

 

「……まだ。シュリさん、なんで止めてくれなかったの……」

 

「俺は、というか俺とイリアさんとリーシャ姉は止めたぞ?絶対アミーシャは夕飯作る気で帰ってくるから、俺等で作るにせよせめて一緒に作ってやれよって。聞かずに始めたのはロイド(アイツ)だから」

 

「ロイドさんっ!!!」

 

「わ、悪かったって!毎日頑張ってるアミーシャに今日くらいはご褒美としてなんかしたくてだな……本当なら完成させて出迎えたかったんだけどさ」

 

「気持ちは嬉しいけど私がやりたかったのに……っ!……ついでに言うけどシュリさんの持ってるカゴも私のお仕事……」

 

「……?風呂洗いと買い出しはリーシャ姉がやったぞ」

 

「お姉ちゃんまで……」

 

何やらカゴ……私がいつも洗濯で使ってるやつだ……を抱えて窓際から歩いてきたシュリさんが私に声をかけてくれた。止めたっていっても言い方からして絶対本気で止める気はなかったと分かる。……あの、ロイドさんが勝手に料理し始めたって感じに話してるけど、空のカゴを持ってる時点でシュリさんも家事に手をつけてる気がするんですが……しかもやるのが当たり前とばかりに返されてしまった。色々言いたいことはあったけど、終わってしまったものは終わってしまったんだからしょうがない……でも分かっていても納得はできない。私は不機嫌な顔をしてるんだろう……慌てたようにこっちに近づいてきたロイドさんに頭を撫でてもらいつつ、まだ作ってなかったらしいデザートは私が作るということで妥協したことにする。なんとか折り合いがついたところでワジさんたちが部屋へと入ってきた。

 

「あ、やっぱり拗ねてる」

 

「ワジ!お前、料理の途中で消えるなよ。……俺は違うって顔してるけどランディもだぞ!」

 

「お客さんが到着したんだから出迎えるのは当たり前だろ?……あと、僕達までこっちにいたらもっとアミーシャが不貞腐れるのが目に見えてたしね」

 

「むー、お迎え役はキーアがいたのにー……」

 

「キーア、こっちに来てください」

 

「……よしよし、ワジさんはあんなこと言ってますけど、キーアちゃんと同じで彼等に早く会いたかっただけだと思いますよー」

 

「本当よ、特にカルマ君……だったかしら。ワジ君かなり気に入ったみたいだし」

 

「え」

 

「うん、懐かない猫みたいでかわいい」

 

「……え゛」

 

何度か来たことがあるから勝手知ったるとばかりに荷物を置くカルマと渚くんに続いて、カエデちゃんはキョロキョロと部屋を見回しながら着いて部屋に入ってきた。ロイドさんはワジさんとランディさんに突っかかってるけど、2人は2人で軽く流してる……こっちに来る前によく見てた光景だなぁ……。私と同じように役割を取られた形のキーアちゃんもぶすくれていて、ティオさんが彼女を近くに呼び、ノエルさんとエリィさんが抱きしめてなだめていた。若干カルマに飛び火してる気がするけど……まあ、ワジさんが気に入ったということはカルマは彼等が認めるくらいの素質……うーん、潜在能力?とにかく気になる部分があったんだろう。

 

「ま、話は食べながらにしよう。せっかく作ったのに冷めたらもったいないし」

 

「…………」

 

「……う、視線が痛い……ほら、誰と座るんだ?」

 

「……カルマとキーアちゃんがいい。渚くんとカエデちゃんとお姉ちゃんも、近くがいいなぁ……」

 

「あとは!?見事に手伝いしてた組省かれてるんだけど、」

 

「わーい、キーアもアミーシャと座るー!ティオ、隣になろ!」

 

「……!もちろんです!」

 

「あはは……って、うわ、」

 

「……おい、イリアさん!次から次に広げんなっていつも言ってんだろ!アンタホント私生活となるとだらしないな……」

 

「なーにー?私の家のようにくつろげる空間ってことじゃない。お酒飲んでるわけじゃないんだから〜」

 

「そんなの当たり前だろ!?くつろげてもここはアミーシャの家だし客も来てんだから、ちょっとは舞台上のイリア・プラティエらしくしてくれよ……!」

 

「……イリア・プラティエさんって……」

 

「あー……僕等がアルカンシェルに行った時も思ったよ。普段と舞台とでかなりギャップがあるよね」

 

「これって、ギャップで片付けていいものなのかな……」

 

……完全に好意だけだとしても勝手にご飯を作ったという、私にとってはお仕事を取られた発端であるロイドさんが、何事も無かったかのように食卓につこうと促してきて、つい無言で睨んでしまった。ちょっと自分と隣になろうってアピールされてた気もしたけど、今日のところは近くを私の好きな人たちで埋めさせてもらおう……キーアちゃんもわざとなのか天然なのかロイドさんの抗議しかけた声を遮ってティオさんを誘ってくれたし。そして、いざ席につこうとしたら……テーブル近くの椅子では、何かを飲みながらイリアさんが既にくつろいでた。

上着とか何かしらに使ったタオルとかをイリアさんがくつろぐ周辺に無造作にちらかされていて、それを見たシュリさんが怒る。あ、それお酒じゃなかったんだ。初めて普段のイリアさんを見たカエデちゃんが印象の変わりように目を白黒させていて、一応見た事のある渚くんとカルマは目を逸らした。

 

「……今になっちゃってからでなんなんだけど……ホントによかったんですか?皆さんアミサちゃんに逢いに来て、今日は家族水入らずって感じなのに」

 

「ふふ、もちろんいいに決まってます。むしろ誘ったのはこちらですし」

 

「アミーシャと俺達だったらこれからいつでも会えるけど、君達も交えて、なんて機会はもう早々取れないだろう?」

 

「ですから、気にすることはありません。さあ、そんなことよりも早く食べましょう……ロイドさんの料理でしたらものすごく美味しいものができてることは少ない代わりに、そうそう失敗もないので安心です」

 

「……なあ、ティオ……それ褒めてるか……?」

 

「いえ、事実を言ってるだけです」

 

「ロイドって、デザート系は壊滅的だもんね」

 

「……ぐ、否定できない」

 

「はいはい、ロイドもティオちゃんもキーアちゃんもその辺にしなさい。ホントに冷めちゃうじゃない」

 

「ごめんなさい、私達にとってはいつもの事なんですけど……ビックリされたでしょう?」

 

「いや、その……まあ」

 

「うん、アミーシャがちょっとやそっとじゃ動じない理由がよく分かったよ」

 

「カルマ君!そんなハッキリ、もう……」

 

席に着いてから申し訳なさそうにする渚くんとカエデちゃんに対して、ロイドさんを貶すことで認める兄ぃたち……ロイドさん、前以上にいじられるようになってる。でも、多分こういう扱いをするのは信頼するリーダーだからこそ、なんだと思う。だって、なんでもできる人ってだけだとどうしても距離を感じてしまうし、いつまでたっても追いつけないような気がしちゃうから……いじれる距離感っていうのが大事、なんだと思うな。E組でも、そんな感じだし……ただ信じて任せるだけじゃなくて、軽いノリも忘れないというか……。

あ、ちなみに得意料理がどうとかっていうのは、言葉通り兄ぃたちの料理の腕前のこと。見事なくらいみなさんバラバラなんですよね……ご飯ものは男性陣、軽食やデザート系は女性陣が得意で、よく失敗してはねこまんまなどを作るのはエリィさんやティオさんだったりする。

 

「たっく……じゃあ、全員席に着いたところで。いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

ご飯を食べる前から色々バタバタしてたけど、なんとか夜ごはんはそろって食べ始めることができた。ひさしぶりのロイドさんのご飯だ……あっちにいた時以来だから、3年ぶりくらい?食べていても楽しそうに話を振ってくるのはランディさんやイリアさん、それにキーアちゃん。静かで綺麗な食べ方なのはエリィさんやお姉ちゃんにカエデちゃん、それに意外とカルマも。普通に食べながらちょこちょこ騒がしくなる彼らを見て呆れ顔なのがティオさんやノエルさん。いじられて疲れ顔なロイドさん、ツッコミ疲れてきてるのがシュリさんや渚くんでそれを煽るのがワジさん。なんだろ、珍しいこの光景がとてもまぶしいものに感じる……それになつかしい、 たのしい、おいしい、うれしい……あたたかい。

 

「……アミーシャ、どうしたの?笑ってるのに泣きそうだよ?どこか痛いの?」

 

「……えへへ、んーん。また、こうやってお姉ちゃんと、みなさんと一緒にご飯できて嬉しいなって」

 

「……そっか!キーアも一緒、みんな一緒で嬉しい!」

 

…………あたたかい。

……ご飯も、だけど。

なによりもお姉ちゃんがいて、ロイドさんたち特務支援課の人たちがいて、イリアさんとシュリさん、それにカルマたちがいる。

私の大好きな人たちがここに集まっている。

それが、あたたかい。

……この2度と見れるか分からないくらいあたたかい光景は、きっと忘れられない。

…………わすれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────そこで、ガツンと言ってくれたわけですよ!あれはカッコよかったなぁ〜……」

 

「なにそれ、俺知らないんだけど」

 

「鷹岡先生の授業サボったのはカルマ君のせいでしょ」

 

「えー……」

 

「はっはー、なるほどな!それにやっぱりお前さんらは仲がいい!……で、アミ姫はいきなり顔覆ってどうした?」

 

「うぅ……こうなるだろうなって予想はしてたけど、なんで本人()の前で私の話をするの……」

 

「嘘偽りのない第3者目線でアミーシャのことを教えてもらうなら今しかないじゃない。通信もこっちとあっちとじゃなかなか時間も取れないし、アミーシャは重大なことほど隠すから」

 

「あ、じゃあやっぱり外せないのはあの話でしょ。ついでにカルマ君のアピール話も……」

 

「あぁ、ようやく通用したかに見えたのにアミサちゃんは理解してなかったアレね」

 

「……ちょっと、俺にまで流れ弾来たんだけど」

 

やっぱりというかなんというか、ロイドさんたちがカルマと渚くんとカエデちゃんを夜ごはんに招待したのは、私のことを聞くためだったらしい。確かに心配かけたくなくて、私からの通信は基本危険なこととかをぼやかしてた……とはいえ、あったことはだいたい伝えてたのに。でも、ここぞとばかりにカルマたちから語られる話は、私が気付いてなかったこととか気に止めてもなかった細かいことで……むしろそんなことあったっけ?というレベルである。怒られそうな話は正直辞めて欲しいのだけど、たまにむず痒くなるような話も入れてくるからいたたまれない。潜入慣れしてるワジさんとか、交渉事が得意なエリィさんとかが上手く話題にあげてくるから止められないし……味方はいないの?!と思ってたら、カルマも隣で突っ伏した。黒歴史、というやつらしい。

 

「──で、この後のことも絶対アミサちゃんは話してないと思うんですけど、」

 

「~~~っ、で、デザート作ってきます!」

 

「あ、……えっと、やりすぎちゃったかな?」

 

「んー、いいんじゃない?妹ちゃんには妹ちゃんの考えがあったんだとしても、私達に話さなかったらあとからこんな形でバレることになるって分かっただろうし」

 

「そうだよな。俺らに黙ってただけならともかく、家族であるリーシャ姉にすら黙ってたのは納得いかない。だからお前ら、今のうちに色々教えてくれよ?」

 

「シュリちゃんまで必死ね……」

 

「……一応、あいつは俺の妹分だからな。血は繋がってなくても、心配くらいはさせてくれたっていいだろ」

 

「………」

 

「あれ、カルマ君どこ行くの?」

 

「手伝ってくる。この人数だし作ろうとしてるのって、一気に作れるアレだろうから……材料あったっけ……」

 

全然終わる気配をみせない私が既に話したこと+αな過去話(カエデちゃんが言うには『アミーシャ伝説』らしい)に、終わるのを待たずに私がキャパオーバーだ。たまらずキッチンに逃げ込むことにする……隣だから話し声は聞こえてくるけど構わない、だってみんなに囲まれてない分心に余裕ができるから。調理器具を出しながらテーブルの上に使う材料を出していたら、横から食材を持つ手が差し出されてきて……顔を向けるとカルマが手伝いに来てくれていた。なんでもそろそろ自分を標的にされる話題が来そうだったから手伝いを理由に逃げてきたんだそうで。だったら私の時点で止めてよ、とは思ったけど。

カルマとならイトナくんとの夜ご飯会でよく一緒に料理するから、慣れたもの。1人でやるよりは手際よく、それでいてちょっとしたイタズラを込めながら手を動かしていった。

 

 

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

「……導力器、料理、戦闘、……ホント、彼ってどれだけゼムリア大陸側の文化に適応してるんだろう」

 

「アミーシャと一緒にいるためにってだけで、すごい研究してそうね」

 

「あ、あはは……料理に関しては、ここに来てないですけどイトナってクラスメイトと一緒によく夜ご飯を作りあってますよ?あの2人」

 

「最近はアミサちゃんの料理手帳見ながら、いかに魔獣食材を使わずに再現できるかにこだわってるらしいです。……変なのばっかできるらしいですけどね」

 

「そりゃ書かれた材料以外を使ったらそうなるわな」

 

 

 

 

 

────ボンッ

 

「「うわっ」」

「あー、やっぱりダメかー。魔獣の種をクコの実に変えてシロップ系を変更しただけなのに」

「なんで杏仁豆腐がプリン化してるんだろ……」

「さあ?……今回のは食えそうだからさ、もうこのまま出しちゃおうよ」

「うーん、……いっそ中にこれ入れちゃえばごまかせると……」

「あ、それナイスアイディア!……じゃあ俺はー……」

 

 

 

 

 

「「「…………」」」

 

「……た、タイムリー……」

 

「単に予想外料理が出来たわけじゃなさそうなのがまたな……」

 

「というか、後半の会話が不穏なんだけど……食べれるもの、出てくるわよね?」

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

完成した〝つるつる杏仁豆腐〟……一部〝ぷるぷるプリン〟っていう予想外料理が出来上がったそれをみんなのところへ持っていくと、待っていた全員が揃ってこちらを見てきて思わず固まる。え、と……なんでそんなに怖い顔してるんだろう……もしかして、嫌いだったかな杏仁豆腐(と、プリン)。カルマが鼻歌を歌いながらデザートの乗ったお盆をテーブルに置くと、渚くんが小さく手招きして私を呼んだ。呼ばれるまま近くに行くと、渚くんは耳元に顔を近づけてきて小さな声で尋ねられる。

 

「アミサちゃん、一応聞いとくけど……変なもの入れてないよね?」

 

「?なんで……?」

 

「あ、いやー、2人が作ってる時の会話が怖かったとかそんなことないんだけど、カルマ君が一緒なのがちょっと警戒対象っていうか……」

 

「俺信用ないねー。大丈夫大丈夫、食べれるものしか入れてないって」

 

「入れてるじゃん……十中八九イタズラ仕込んでるじゃん……!」

 

「……えーと、ナギサ君。確かに会話は不穏だったけど、そんなに絶望する程なのか……?」

 

「見た目、おいしそうな杏仁豆腐とプリンにしか見えないけど……」

 

「……甘くみないでくださいよ……学園祭で出してた見た目美味しそうなモンブランに、カラシとわさびを仕込んでたカルマ君が何もしてないとは思えない……」

 

「「「え゛」」」

 

「お盆乗せる時に適当に混ぜちゃったから、俺もどれに何が入ってるか分かんないからね〜。簡易ロシアンルーレット的な?」

 

「『的な?』じゃないよ、その一言のおかげでおいしそうなコレが恐怖の権化だよ!」

 

私が見てた限りでは変なの入れてる素振りなかったけどな……ちなみに私も関与してないとは言ってない。お盆の上に乗っている杏仁豆腐とプリンは見た目では違いが全然わからない……基本底に沈めてあるから分かったら分かったで怖いのだけど。それぞれが手を伸ばし、思い思いの器を……慎重な何人かは下から覗き込んでみたり軽く匂いを嗅いで見分けようとしてるみたいだけど、とりあえず1人1つ選んだところで私たちも席に座る。

 

「……い、いただきます!」

 

「「「いただきます」」」

 

「…………、……あれ、普通においしい」

 

「……ん、これカラメルソースの代わりに蜂蜜入れた?」

 

「お、なんだこれ……なんかコリコリしてんぞ……」

 

「……私のはジャムですね。イチゴのつぶつぶが美味しいです」

 

「キーアのチョコレート入ってた!」

 

「カエデちゃんのプリン爆殺計画が楽しかったから……やってみたの。ここにあるものを適当に選んだから、そんなにいいものはないと思うけど……」

 

「ていうかさ、アミーシャが発案者なんだからそうそう変なものは入らないって思わなかったの?」

 

「それ、ほとんどカルマ君の言い方のせいだと思うよ……」

 

恐る恐るというようにそれぞれがスプーンですくい、口にしていく……と次第にほわっとした笑顔とともに美味しいという感想が。味変するのもおもしろいと思ってやってみたんだけど……結構好評なようで安心した。ちょっとイタズラじみた言い回しをしちゃったのは申し訳なかったけど、これくらいの反撃くらいは許して欲しいな。

 

「っ!?なんだコレ、パチパチいってるんだけど!」

 

「あ、それ俺が入れたわたパチだ」

 

「……コリコリしてんの、噛んだら舌が痺れるんだが」

 

「それは山椒の実。甘いのばっかじゃ飽きると思って、クコの実の皮めくって中に詰めてみた」

 

「……結局変なのも混ざってるじゃん!」

 

「『そうそう』って言ったでしょ?『全く入れてない』なんて一言も言ってないよ」

 

「くっ、弁の立つ……!」

 

……前言撤回。カルマは普通にイタズラ仕込んでた。すぐさま渚くんのツッコミが飛んだけど、当の本人は飄々と言い逃れてる……確かに、変なもの入れてないって言ってはないから、嘘ではないよね。むしろ、食べれるものなら入れたってハッキリ言ってたよね、私も何入れたかまでは知らなかったけど。

ちなみにわたパチに当たったのはロイドさんで、山椒はランディさんだったみたい。わたパチはともかく、山椒……中華に和を合わせるなんて発想はなかったな……確かに色々料理するからってことで、キッチンにはいろんな調味料だったり香辛料だったりを揃えてあるけど。カルマ自身、お父さんお母さんの影響なのかお土産で揃えてる世界各国の香辛料が好きで詳しいけど。

 

「はい、あーん」

 

「?あー……、……あ、オレンジピール……」

 

「杏仁豆腐に合うかと思って。ちょうど俺のに当たったからさ」

 

「……ありがと。カルマも私の食べる……?」

 

「ん、ちょーだい」

 

唐突にスプーンを差し出されて、特に何も考えずに口を開けると、放り込まれたのは杏仁豆腐……ほのかにオレンジの香りがして、おいしい。今度は上からかけるソースを別で作ってみてもいいかもしれない……そんなことを頭の片隅で考えながら、私も自分のプリンをカルマの口へと運んでいた。

 

 

 

 

 

 

「……無駄な気もするが、一応聞いとくな。アレってわざとか?わざと俺らに見せつけてねーか?」

 

「いえ、いつもの光景です」

 

「食べさせあいっこも、1つのものを分けて食べるのも見慣れたよね……ここでもやるとは思わなかったけど」

 

「……カルマ君が確信犯なのは何となく分かった、……アミーシャはどう思ってるんだ?」

 

「これが普通のことだって思ってそう……そう教えちゃったのも僕等なんですけど」

 

「駄菓子も知らなかったもんね……思わず、色々試したいなら分け合いっこすればいいって、私も言っちゃったし、E組女子会やるたびにみんなアミサちゃんに餌付け並に分けてるからなぁ……」

 

「あ、キーアもあーんする!チョコと交換だよー!」

 

「うん、いいよ……はい」

 

「……なんだかんだやらかしてくれるけど、やっぱり可愛いわよね」

 

「天使が2人……癒されます」

 

「ふふ、愛されてるようでよかったです」

 

「そこでこの感想が出てくるのがこの子達よねぇ」

 

「リーシャ姉……エリィさんにティオさんまで……」

 

「いいなー……私も混ざりたい……」

 

「ノエルもか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザートまで食べ終わり、そろそろ解散の流れになってきた。私の家に泊まっていくお姉ちゃんやロイドさんたちはともかく、カルマと渚くんとカエデちゃんの3人は遅くなり過ぎないうちに帰らなくちゃいけない。玄関を出たところで別れの挨拶をする3人は、律ちゃんというプログラムを通して何かあった時に連絡するために周波数や暗号通信の仕方などを聞いていた。こっちでいう、メッセージアプリの通話みたいな感じかな……律ちゃんの学習次第でビデオ通信とかもできるようになりそうで怖い。既に《ARCUS》では実装されてるそうだから、無理じゃないんだろうけど……。

ここまで楽しいのはひさしぶりだったから、お別れするのが名残惜しくて……表に出さないように努力してたんだけど、少しは沈んだ感情が見えてたんだろう。ロイドさんが何か考えるように口元に手をやっていて、カエデちゃんに声をかけた。

 

「……カエデちゃん。キーアとアミーシャの写真を撮るって言ってなかったっけ。帰る前に撮らなくていいのか?」

 

「あ、そうだった!うーん、どこで撮るのがいいかなー」

 

「まだ夜ご飯の片付けの終わってないリビングよりは、私のお部屋とかのがいいかな……?」

 

「わかった!カエデーッいこー!」

 

「あ、うんっ!……渚!カルマ君!先に玄関行っててーっ!」

 

「ひ、引っ張らないで……っころぶ、ころんじゃうっ」

 

陽菜乃ちゃんに頼まれていた、私とキーアちゃんのツーショット写真……キーアちゃんに聞いてみたらすんなりオーケーされて、カエデちゃんはすごく喜んでた。どうせならカエデちゃんも一緒に写ればいいのに、『私よりも2人を撮る方が価値があるの!』……だそうで。嬉嬉として私の腕を引く2人に連れていかれる形で、私たち3人は家の中に逆戻りすることになる。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

ロイドside

言い方は悪いが『ちびっ子3人組』が家の中へと駆け戻っていったのを見送り、俺達は彼女らがいては話しにくかったことを口にし始める。主に、見たことがないほど自分を出し、小さなことではあるがイタズラに加担したアミーシャの変化についてだ。

 

「……かなりハイテンションだったな」

 

「ですね。普段の彼女でしたらもう少し自分を押さえ込んでてもおかしくなかったのに」

 

「かわいいイタズラもありましたしね」

 

「……そんなに違うんですか?」

 

「ああ、あそこまで表情がくるくる変わるアミーシャを見たのは初めてかもしれない。……ありがとな、2人とも」

 

「っ、そんな」

 

「な、なにもしてませんって!」

 

唐突なお礼に、ナギサ君とカルマ君は目を見開き、慌てたように否定してきた。それでも、俺達が与えられなかった彼女の存在意義を、価値を認めてくれたのは、やはりこの2人なんだろう。

 

「何もしてないってことはないと思うよ。事実、アミーシャのそばに居続けてくれてるのは君達だろう?」

 

「多分、()()アミーシャを見てもお二人は……いえ、カエデさんも入れて3人ともがあの子に対する態度を変えませんでした。それが嬉しかったんだと思いますよ」

 

アミーシャの戦闘……きっと一番仲がいいと見えるこの2人にすら、自分の暗殺者としての側面は見せたことがなかったのだろう。だからこそ、ひさしぶりにリーシャと組手をして周りが見えなくなった彼女は、暗殺者としての力の一端を見せることになってしまったことに怯えている。巻き込んでしまわないか、利用されたりしないか、なにより……嫌われないか。今までの意識をガラッと変えてしまう出来事を目撃して、態度を変えないというのは存外難しい。それが信用、信頼しているよく知っていると思っていた存在なら尚更だ。アミーシャにとってはカルマ君、ナギサ君がそうなんだろう。

 

「あー、いい写真撮れた!私も待ち受けにしていい?」

 

「いいよー!」

 

「な、なんでカエデちゃんまでっ……!?」

 

「……さ、そろそろ戻ってきそうだね」

 

「また、学校でも仲良くしてあげてください。……そういえば、もうすぐ定期テストがあるって聞きましたけど、どうです?」

 

「う、現実が戻ってきた……」

 

「……さあね、俺はバカだから難しいことは分かんないや」

 

当たり障りのない態度で接しながらも、明るく引っ張りつつ相手も立てる、女の子らしいカエデちゃん。

大人しくてフォローに回ることが多いだろう、どこか得体の知れない強さを秘めているナギサ君。

そして。アミーシャをすくい上げ、様々な感情や経験を教え、一緒に歩もうとしてくれているカルマ君。

怖がりで小さなあの子は彼等と過ごす毎日が変わらないことを望んでいて、彼等は無意識にでもそれに応えてくれている。俺達としても、彼女の滅多にない数少ない望みは叶えてやりたい。だけど……どうしたって、アミーシャが《(イン)》であり、既に裏の道を歩いているという事実はいつまでも付きまとう。

きっといつか……いや、近いうちにでもその力を使わざるを得ない時が来るんじゃないか、そんな予感があって。

これからこの地を離れる俺には、俺達には、彼等が笑顔で中学生活を終えることができるよう、静かに祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 




「うーん、どこで撮るのがいいかな〜」
「どこでもいいよ。写って困るものがあるわけじゃないし……」
「あーっ!!」
「「っ!?」」
「キーアちゃん?」
「ど、どうしたの?」
「ホワイトストーンが1個しかないよ!?キーアと、アミーシャと、シュリの3人で3つずつ分けたのにっ!」
「ホワイトストーンって?……うわぁ、白くてキレイな石だね。宝石みたい」
「キーアとアミーシャとシュリのお揃いなのに……」
「あ、あのね……実は、カルマと渚くんにあげたの」
「……へ?」
「渚達に?」
「う、うん。2年前のクリスマスに、カルマの誕生日がその日だってことを知って……その時の私がすぐに渡せるものって言ったら、それくらいしか思いつかなくて」
「へぇ……」
「そーなんだ、ならいいやー。捨てちゃったとかだったら嫌だったけど、カルマとナギサなら大事にしてくれてるだろうし」
「……残り1個にはなっちゃったけど、キーアちゃんともシュリさんとも、それにカルマや渚くんとも繋がってる気がするから……」
「繋がり……うん、分かる気がする」
「いいなー……ねぇ、私もアミサちゃんとお揃い持ちたい!」
「え……カエデちゃん、いいの……?」
「うん、もちろん!……でも、もうすぐ期末に演劇発表会でしょ?今すぐじゃなくていいの、落ち着いてから何か選ぼうよ!」
「……うんっ、楽しみにしてる」



「キーホルダーもお揃いなんだよね、だったら他ので何かいいものないかなー……普段使うもの……ハンカチ、シャーペン……消しゴム……お守り?あ、いいかも」
「……茅野は何を悩んでるの?」
「消耗品のことかと思えば神頼みって……テストの願掛けとか?」
「女の子の秘密!男の子はそんなに意識してないかもしれないけど、女の子にとってのお揃いは大きな意味があるんだよ!」
「なるほど、茅野ちゃんは俺等がアミーシャとお揃いのものを持ってるから嫉妬してたわけね」
「な、何故それを……!」
「いや、茅野が自分で言ってたから……」


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大変遅くなりましたが、学園祭後、オリ主の家での夕食風景でした。自由なイリアさんとワジさん。苦労しているロイドさんとシュリさんなどなど、色々書きたい人物像を書いては消してを繰り返し、やっと形になりました。

料理手帳について。
軌跡シリーズには切っても切れないシステムのひとつです。操作キャラクターごとに大得意料理・得意料理・苦手料理などが決まっていて、それによって大成功・成功・予想外・失敗に確率で料理ができます。『あ、それっぽい』と思える設定ばかりなので飽きません。ちなみに失敗作も食べれます。

ホントは、料理対決みたいな展開もいいと思ってましたが、今回あえて共同イタズラ料理を作ることになりました。なんでだろう。これが小説の不思議、キャラクターが勝手に動く。


では、次回は2学期末テスト(2周目)に突入です。



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殺意の時間

あけましておめでとうございます。……大変遅くなりました。


陽菜乃side

 

「ふん、ふんふふーん♪」

 

──ピロン

 

「……?カエデちゃんから……あ!アミサちゃん達、写真撮らせてくれたんだ〜っ!……わぁ、かわいい〜っ……おっと、保存保存っと」

 

──ピッ、ピッ……

 

「なになにー……ふふ、ぬいぐるみ抱いてる2人にー……抱きついてる2人にー……あ、これも可愛い!あー、頼んどいてよかったな〜!あとはー……、……なんだろ、2人が持ってるこれ……」

 

 

 

「白くて綺麗な宝石みたいな……なんか、神秘的……、……待ち受けこれにしよっと。……よし、コレで期末テストのお守りになるかな〜っ」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

「……ん?あれ、今屋根の上に何かいたような〜……気のせいだったかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅野side

 

「……あの、浅野先輩。理事長先生から伝言です……五英傑全員で理事長室へ来るようにとのことで……」

 

「……伝言ありがとう。助かったよ」

 

「!は、はいっ!失礼します!」

 

「……、……蓮、瀬尾、荒木、小山、お前達も呼び出しだ。行くぞ」

 

「おーけー」

 

「はいはい」

 

「……てか、お前ほんとに外面いいよな……」

 

学園祭が終わって時間ができるため、久しぶりに空きそうな放課後にお茶の誘いをかけようと、僕はA組の教室でスマホ片手に彼女へ送るメッセージを考えていた。と、そんな時にクラスメイトから廊下から下級生が呼んでいると声をかけられ……なんでも理事長が僕と蓮達を呼んでいるらしい。あの人が直接僕に伝えにA組へ(ここまで)来ようとしていたとは思えないから、どこかで思い立って偶然近くにいたこの子へと言付けたんだろう。作り笑顔と共にお礼を伝えた僕を見て、パタパタと逃げるように駆けていく後輩の姿を見送ってから、いつもの僕として五英傑を集める。……瀬尾、うるさいぞ、僕を『僕』として知っているのはお前達のような限られたヤツら、選ばれたヤツらだけで十分だからな。

ざわざわ。がやがや。廊下を歩けば椚ヶ丘学園の学園祭が終わった直後ということもあり、まだ浮かれた雰囲気が学校中を満たしている。あのクラスの発表がよかった、経営の素晴らしい店があった、アレはまた行きたい……中には苦言を呈する生徒もいるが、ほぼ肯定的なものばかり。 良いものも悪いものも噂となり、明日には学校中に広まっているのだろう。

 

「それにしても……浅野だけなら当たり前だけどよ、俺等まで理事長に呼ばれるなんてな」

 

「……何かやったかな」

 

「案外お褒めの言葉だったりしてな!ギシャシャシャ」

 

「……、さあな」

 

確かに、僕一人ならともかくこいつらまで呼び出すなんてことは今までにほとんどない……何かやってしまったのかと考えてもおかしくないか。小山が焦りを隠すように笑い飛ばしているが、顔に浮かぶ冷や汗までは隠せていない……まあ、今回に関してはスポンサー契約の際にも同行させたし、それ関係じゃないかと踏んでいるが。

五英傑(僕の手下)を伴って廊下を歩いていると、ある一角で人だかりができているのが目に入る。一喜一憂、というよりはやっぱりそうだよな、とでも言うような納得する声色の会話がパラパラと聞こえてきた。なんとなしに足を止めてみれば、生徒達の視線を集めているのは学園祭の総合成績のようだ。掲示された結果は、この僕が率いる中学部3年A組がトップ……今朝、A組を代表して表彰を受けたばかりだ。

 

「……早速中学部高等部合わせて模擬店の売り上げが載せられているみたいだね」

 

「僕達中学部3年A組が高等部の3Aを抜いてトップ、まぁ浅野君がいるし当たり前だよね!」

 

当然だ。この支配者たる僕が考え、交渉し、指揮した模擬店なのだから、1位になるのが当たり前。スポンサー契約によって飲み食い無料に加えて、僕の集客力と運営力……そして、五英傑の4人を筆頭にそこそこ顔の広いA組全員で挑んだのだから、負けるはずがない。……だが。

 

「A組もすごいけどさ、やっぱE組が目につくな」

 

「2日目の途中で店閉めたのに3位だぜ?最後まで勝負してたらどうなってたか……」

 

「おまえ食いに行った?」

 

「そりゃTVに出てたら興味も湧くわ」

 

「「「…………」」」

 

……E組。エンドで、底辺で、地獄のような場所だと学園全体から扱われている、あのE組が、総合成績で高校の店を抜いて3位につけた。彼女が言うには、想定していた客入り以上に店が繁盛して在庫が足りなくなり、自給自足の元である山の生態系を崩さない為にも早めに店仕舞いをしたのだとか。あの生徒が言っているように途中で店を閉めてあの成績なら、学園祭終了時間まで営業していたならあるいは。

僕達A組は直接対決していたわけではないが、心情的にはE組と争っていたようなもの……A組の面々もだが、他の学年、クラスの生徒達の声を聞く限り、だいぶ『3年E組』というエンドの名を彼等は覆しつつある。そのあたりは僕も認めざるを得ないだろう。……そうだ。

 

────カシャ

 

「……浅野君?」

 

「……どうせE組までこの情報が行くのは、早くて明日以降だろう。先に知らせてやろうかと思ってな」

 

「E組までって……真尾か?あー……確かにな……」

 

ぼやかして言ったにも関わらず、僕が知らせようとしている相手が真尾さんだとあっさりバレている……まあ、僕が連絡を取るE組生など、彼女くらいしかいないのだから当たり前といえば当たり前か。貼り出された総合成績を写真に撮り、彼女とのメッセージアプリを開く。ちょうど彼女との話題に困っていたところだったんだ、これをそれとなく送ってしまえばいい。

 

 

 

 

 

【真尾有美紗(2)】

~写真を送信しました~

 

《アミサ:……E組が、3位……

 

《浅野学秀:2日目の途中で店を閉めたにしてはよくやったな。勝利を確信していた僕ですら、圧倒的大差をつけて勝つのは諦めたよ。

 

《浅野学秀:これから蓮達を連れてこの結果について理事長先生へ報告に行く。それが終わったら、久しぶりに4人も連れてどこかへお茶しに行こうか。

 

《アミサ:うん、楽しみにしてる。あと、ずっと言えなかったこと……ちゃんと、報告させてください。

 

《浅野学秀:……わかった、聞くよ。じゃあ、行ってくる。

 

《アミサ:いってらっしゃい。

 

 

 

 

 

「…………、ついに、か」

 

「浅野?」

 

「……いや、なんでもない。さっさと報告を終えてA組に戻るぞ。放課後に彼女を誘ったからな、それまでに全ての作業(後始末)を終わらせる」

 

「お、りょーかい」

 

「さて、僕はめぼしい喫茶店でもピックアップしておきますかね」

 

「僕等にも手伝える仕事があるなら割り振ってくれよ?その方が早く終わるだろうし」

 

「……まずは理事長への報告が先だからな、浮かれるなよ」

 

彼女と約束を取り付けたことを知った4人の空気が軽くなった気がする……コイツらも彼女を認め、いつの間にか随分と好意的になったものだ。彼女を知れば知るほど、不思議な力が働いたかのように好意的になっていく。視線を落としたスマホには、ちょうど通知が来たところで……彼女の返信は、ずっと待ち望んでいた言葉を聞けることを確定付けるのと同時に、1つの終わりを示していた。彼女が何を選びとったのか気付かないフリをし続けてきて、その上機会に恵まれずに明言はされてこなかったが……本当は薄々分かっていた。彼女にとっても、今更な事だろう……それでも、こうやってきちんと言葉にしようとする姿勢はやはり心地いい。僕が好きになったのは、誰にでも誠実で噂に惑わされず自分で見聞きして判断する、そんな姿を知ったからなのだから。

僕だってそんなに鈍くない。彼女のせい、と言うよりは彼女の隣を陣取る赤髪(アイツ)のせいだが、あれだけ見せつけられれば事実は嫌でも分かるさ。だが、特別な関係にはなれなくても好きでいることくらいは自由だろう?それに、その立場におさまってアイツを振り回すのも面白そうじゃないか。飄々と人をイラつかせるアイツを、逆にからかってやる算段を頭の中で立てながら、僕は4人を促してスマホの電源を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室の前まで来ているというのに、ここにきて中へ入ることを躊躇う4人を問答無用で後ろに従え、僕達は理事長に相対する。総合成績を校内に掲示する前には当然理事長にも決済が回る……つまり、父もあの結果は知っているはずだ。わざわざ僕の口から聞かなくとも分かっているはずなのに、どのように価値を得たのかを僕の言葉で説明させたいらしい。まるで模擬店運営を通して先生()生徒()の教育をするかのように。……結局僕が全ての計画から結果までを話すわけだから、いよいよ五英傑(コイツら)まで呼び出した理由が分からない。この人の事だから意味の無いことはしないはずだが……。

 

「──以上です。僕等は努力の全てを注ぎこみました。勝利に満足しています」

 

「ほう……随分接戦だったようだが」

 

「それだけE組に戦略があったという事……圧倒的大差をつけるのはほぼ無理かと」

 

「違うな。相手は飲食店だ。悪い噂を広めるのは簡単だし、食中毒なら命取りに出来る。君は、害する努力を怠ったんだ」

 

……、……E組ごときを潰すために、毒なり異物なり何かを混入させればよかったと、この人はそう言いたいのか?……まあ確かに、倫理的にどうこうというのを置いておくとするなら、理事長のいう事はもっともだ。手段を選ばず、ただ勝つことを求めるだけならそれが手っ取り早い方法だといえる。異物混入が噂になった飲食店など、客足が遠のいて当たり前だからな。

だが、E組に勝つ、その為だけに無関係の人間を大勢巻き込むというのか?下手をしたら『杜撰な管理の飲食店の出店を許可した』なんて見方をされ、椚ヶ丘学園全体に大打撃だろう。『E組だから』なんて理由では、到底外部の人間を納得させられないし、バレた時のリスクが大きすぎて、とてもじゃないが実行に移せない。この人がそれを分かっていないはずがない……ということは、これはただの比喩。これに匹敵する何らかの方法を用いて、どんな手を使ってでも圧倒的な実力でもって、E組をねじ伏せるのが僕等の役目だったのだと、そう言うことなんだろう……?……だが。

 

「……お言葉ですが、理事長。あなたの教育は矛盾している。どうやったかしらないが、E組はこの1年で飛躍的に力を伸ばした。僕等、選ばれたA組と張り合うまでに……癪だが、僕自身も能力の伸びを感じます。奴等が刺激になっている事は否定できない」

 

体育祭の時。僕は圧倒的大差をつけてE組を絶望させる為に、同じ年齢ではあるが様々な分野で屈強で体格もかなりいい留学生を招くというルールのギリギリで勝負した。対してE組は、圧倒的不利の立場から決められたルールの穴をついて這い上がってきた。数でも装備でも力でも勝っていたはずなのに、僕等は終始奴らの手の上……A組のクラスメイトを信用せず、僕一人に負担が来る形で勝負したからこその敗北だと、今では思う。

だが、その経験を経たからこその学園祭。計画や指導こそ僕がしたものの、人脈、ステージ、接客などはクラスメイトが中心となって動いていた。全て、E組と争っていたからこそ気付くことができた。

 

「強敵や手しt……いや、仲間との縁に恵まれてこそ強くなれた」

 

……今お前、『手下』って言いかけたろ……

 

うるさい。……とにかく、弱い相手に勝ったところで強者にはなれない。それが僕の結論であり、それは……あなたの教える道とは違う」

 

今でも後悔し思い返す……あの時ああすれば、こうしておけば、と。だが、あの時に戻れたとしても、僕は僕が信じるものに固執し続け、何度でも同じ選択をし続けるだろう。だって、あの時僕が信じているものに迷いなど一切なかったのだから。勝ち続けることは何よりも気持ちがいい……だが敗北から学ぶものだってある。僕は身をもってそれを知ったのだから。

僕の話す言葉を聞いていた蓮達4人も、僕と同じ思いを持ってくれているのだろう……理事長から逸らしていた視線をまっすぐと向けている。1人でなんとかしなければならないのは、もう終わりだ。僕には頼ってもいい仲間がいる。その気持ちをもって僕も理事長をまっすぐ見つめていると、静かに目を閉じながら聞いていた彼がおもむろに口を開いた。

 

「……そうか。そうだね……、……浅野君、3分ほど席を外してくれないか。友達の4人と話がしたい……なに、ちょっとした雑談さ」

 

「……?いきなりなにを……」

 

「出ていろ、浅野君。3分くらい別にいいよ」

 

「外で待っていてくれ」

 

僕との問答に何の関係もない言葉を向けられて、特に直接威圧を向けられたわけでもないのにたじろいでしまう。その隙に蓮が話を受けてしまった。心配するなとばかりに軽く瀬尾に背中を押され、理事長室から出されることになった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

……なんなんだ、いきなり。確かに、いつもなら連れてこないアイツらまで今回の報告には呼ばれて不気味に思っていたが……この3分間の雑談が目的だったのか?それは、僕が聞いてはいけない、何か問題のある話なのか?それとも、理事長があの4人へ要件を伝え、後から正確に僕へ連絡する訓練……いや、これはないな。合理主義な理事長のことだ、こんな回りくどいことをするくらいならアイツらを通すことなく1度で済ますだろう。

 

「……浅野君、入っていいよ」

 

「……!」

 

3分という時間は、短いようで結構色々できる長さがある。ディベートなどで自分の意見を発言する際は1分以内に収めろという程だ……その3倍の時間。何を話していたかは知らないが、何かしらの要件を伝えるのには十分すぎる時間が過ぎて、やっと入室の許可が出た。

僕は言葉通りに理事長室の扉を開き、さっさと4人を回収して戻ろうとしたんだ。だが、中の様子がおかしい……たった3分の間に理事長室はおどろおどろしい黒ずんだ負の気配で満ちていて……

 

「っ、蓮、瀬尾!?」

 

「「「「……E組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE……」」」」

 

「な、何を、」

 

「ちょっと憎悪を煽ってあげただけだよ。君の言う『縁』なんて、二言三言囁くだけで簡単に崩壊する。私が教える『強さ』とは……そんな脆いものではない」

 

慌てて中へ入ったが、既に蓮達4人は先程僕を送り出してくれた彼等では無くなっていた。何を見ているのかハッキリしない虚ろな瞳で、ただただE組への憎悪を垂れ流す……

──洗脳……そう表現してしまっていいだろう。

 

「圧勝できない君の『強さ』など、誰も信じないだろう……だからこそ、私が出るしかないようだね。二学期期末テストは、私が全て執り仕切る。強くなければ何の意味も価値もない、それを一から教えてあげよう」

 

体育祭の時には……いや、それよりも前、真尾さんと交流を続ける上で薄々感じてはいた。何があったのかまではわからないが、確実にE組は世間一般でいう良い方向へと変わったのだということを。……父はそれが気に入らないのだ。

常に『最底辺』で『悪いお手本』であり『最悪な環境』で『誰もが諦めている』のが、父の用意したE組だったはずなのだから。『上を目指し』、『成長』を見せ、『勉強するのに適切な環境』で『誰もが真っ直ぐ前を向いている』のは認められない。

 

「用件は以上だ。さあ、教室に戻りなさい」

 

「…………っ、」

 

「……どうかしたのかな?」

 

「、……失礼、します」

 

理事長が何か仕掛けてくることなんて、想像できただろうに、これは全て、油断した僕の落ち度だ。おぼつかない足取りで退室した4人を尻目に、僕は理事長への言葉を探す、が。……何も、出てこない。何も、……頭の中が真っ白だ。

目の前の人は変わらない笑顔。何も見えない、底を見せない、空虚な。いつも、いつもそうだ。この人は、こんな数人では崩せない。もしかすると、A組全体でかかったとしても。幼い頃からこの人の教育を受けてきた、受け続けてきた、僕でさえも。

なんとか、退室の言葉を絞り出し、震える足を動かして理事長室の出入口へ向かう。扉を開け、振り返ることなく扉を閉め……その場で、扉を背に力が抜けた。ズルズルと廊下に座り込み、片手で顔を覆う。結局僕では、僕、1人では……太刀打ち出来そうになかった。

 

「……はは。……、……くそ、……やられた……っ」

 

……約束は、果たせそうもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……」

 

「うん……」

 

「あ、浅野君……あの4人のことなんだけど、何か知ってる?」

 

「…………」

 

「浅野君?」

 

「………、あ、ああ、ごめん。……なにかな」

 

「浅野君以外の五英傑の様子がおかしい気がするんだけど、浅野君なら何か知ってるかなって」

 

「……それは、」

 

教室へ戻ると、A組のクラスメイト達が先に戻った4人の様子がおかしい事にザワついていた。先程までは普通だったのだから理事長室へ行ったことが原因なのは明白で、一緒にいた僕の所へ事情を聞きに来るのも当たり前。僕自身満足のできる答えを用意できない中、返答を頭の中で組みたてながら聞かれたことに対して、口を開こうとした時だった。

 

「やあ、A組の皆。席について」

 

────反射的に口を閉じる。

A組の教室へ入ってきたのは、理事長先生……後ろにA組の担任が腰を低くしながらついてきているのが見える。僕が何か対応を取る前に行動に移すのが早すぎる……いや、その時間すら取らせないためなのか。

戸惑いながらもクラスメイト達が席についたのを確認し、理事長はニコリと……僕から見れば感情の何も無い乾いたものだが……笑顔で宣言した。今日からこのクラスの担任となる、と。

 

 

 

 

 

それからはもう、地獄のようだった。

 

 

 

 

 

「(いつもの授業の10倍は解り易いけど……)」

 

「(20倍速い!!)」

 

小学校とは違い、中学校では教科ごとに教師が代わり、それぞれその教師専門の教科を指導するのが当たり前。その教科のスペシャリストが責任をもち、より詳しく質の良い授業を、それでいて分からない奴にはそいつのレベルを把握し分かるように指導するためだ。当然この椚ヶ丘中学校でもそのシステムなのだが、理事長は担任着任を知らせると同時に全ての授業を理事長が受け持つと宣言してきた。

僕の家は物心ついた時から理事長(父親)が教師、僕が生徒という教室のような環境だった。特に教える事が無い時は、何も会話が生まれないほど……まるで親子という関係が無いかのように、赤の他人であるかの様な……それが当たり前 。『父親だろうが蹴落せる強者であれ』と教わって来たし、そつなるように実践してきた……他人から見れば異常なのだとしても、それが僕と理事長の親子の形だ。だから僕にとってはいつも通りの授業だが、僕以外の凡人はそうじゃない。

 

「……橋爪君、田中君、藤井さん、近藤さん、奥野さん。理解が遅れているようだね」

 

「そっ……そうは言っても速すぎて……五英傑レベルならまだしも、俺等にゃ無理です!」

 

「無理だと思うのは、戦う意義を理解していないからだ。3分間だけ廊下で話そうか……なに、ちょっとした雑談だ」

 

……あとは想像がつくだろう?先の五英傑4人と同じように、E組への憎悪を植え付けられた。多分、その後には残りのクラスメイトも同じ状態にされたと考えてもいい……、……何故『多分』なのか、と?……僕はA組から出されてしまったからね、最新の情報はわからないんだよ。理事長の期待に応えられなかった僕がA組にいては、……僕という逃げ道になりうる別のトップがいては、理事長の教育にとっては雑念となり邪魔でしかないから、じゃないかな。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

「これが、A組の現状だ。流石の僕でも、1人では対応できそうにない……むろん期末で1位になるのは僕だが、優秀な生徒が優秀な成績をとっても意味が無い。彼等には、……理事長には、君達のようなゴミクズがA組を上回っている事実を突き付けてこそ、彼等が信じる教育(強さ)をぶち壊せるのだから」

 

2学期期末テスト以降もE組に在籍する生徒以外の椚ヶ丘中学校生徒は、基本内部進学で高校へと上がる。そこでも同じように学力や個人の資質でクラス分けをされる。中学校で選ばれたA組生は、高校に進んでからも支配者である僕を支える手駒だ……だが、偏った強さの手駒では、いつか限界が来るだろう。

時として敗北は、人の目を覚まさせる……この僕が、敵を憎み、蔑み、陥れる事で手にする強さでは足りないのだと思い知らされたように。

 

「だからどうか、──正しい敗北を、僕の仲間と父親に」

 

コイツらに頼むのは、正直今でも腹立たしい。だが、コイツらなら何とかする、任せられると思えるのも確かだ。使えるものは何でも使う……その一心で、この僕が、コイツらなんかに、わざわざ頭を下げたというのに。

 

「え、他人の心配してる場合?1位取るの君じゃなくて俺等なんだけど」

 

「わ、わぁっ!」

 

…………この男は……ッ

顔を下に向けていても分かる……さっきまで興味なさげにしていたくせに、何を思ったのか赤羽業が僕のすぐ側まで来て僕を煽りにきているのだということを。イラッとした感情をどうにか押し殺してゆっくりと顔を上げれば、舌を出しながら余裕な表情で僕の顔を覗き込む赤羽と、……後ろの方で見ていたはずなのにここに居るということは無理やり連れてこられたのだろう……オドオドと所在なさげに視線を揺らす真尾さんがそこに居た。

 

「言ったじゃん、次はE組全員容赦しないって。俺とアミーシャで同点1位取って、その下もE組……浅野クンは10番あたりがいいとこだね」

 

「おーおー、カルマがついに1位宣言……巻き込み事故で真尾も宣言したことになんのか?」

 

「え、えぇッ!?私も……っ!?」

 

「いや私もっていうより、お前はもうちょっと欲張れよ……」

 

「一学期期末と同じ結果はごめんだけどね」

 

「っ、ちょ、それ掘り下げないでよ……」

 

「今度は俺にも負けんじゃねーのか、ええ!?」

 

「………………………………………。」

 

「どわッ、イッ、がぁッ!?ま、マジで蹴んな……デェッ!?」

 

「……今のは寺坂くんが煽るタイミングを見誤ったせいだと思う……」

 

ポツリと真尾さんが呟いたことに同意だ。明らかに赤羽と学力が違いすぎるだろう……何故そこで煽ったんだ、寺坂竜馬。照れ隠しなのか寺坂に対して物理的に反撃し始めた赤羽から意識を外し、僕に話を続ける磯貝を中心にE組生へ目を向けてみた。明らかな敵意を向け、様々な方法で陥れようとしてきた僕の依頼なのだから、彼等からは恨みや怒りを向けられているものだと考えていた。何も手が打てず、最後の手段として頭を下げに来たのだから、断られてもおかしくないと思っていた。支配者としてトップに立ち続けた僕が、たった1人しかいない父親()を捌ききれず、何も出来ないままに仲間を失った僕を憐れむ顔があると思っていた。

……なのに、どうだ。彼等が僕に向けているのは見下すものじゃなく、対等に、真っ直ぐに、ただの浅野学秀という個人を見たものだったのだ。

 

「余計なこと考えてないでさ……殺す気で来なよ。それが一番楽しいよ」

 

「……浅野くん。誰かの期待に応えるとか、誰かに煽られた殺意なんかじゃなくて……自分の衝動で動くっていうのも……案外いいものだよ」

 

予想外のそれらに、呆気にとられていたがゆっくりと現実に戻ってくる。

僕は2学期期末テストで学年1位になる。E組は学年上位を独占する。赤羽は僕を蹴落とし1位を目指す。……つまり、今回に関してはA組の事は考えなくていい。僕も、A組を率いる浅野学秀ではなく、ただの浅野学秀として戦えばいいのか。脇目も振らず、トップを目指せばいいのか。支配者として下の者を考える事なく、自分の思いを優先していいのか。……何故だろう、父を意識し続けて重くなっていた心が軽くなったように感じる。

 

 

 

 

 

「……フッ、面白い。ならば僕も本気でやらせてもらう」

 

 

 

 

 

このテストの間くらいは……父なんて関係なく、……僕の好きにしていいのだろうか。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

次のテストが終わったら、きっと五英傑の4人も自分を取り戻すだろう……いや、何をしても取り戻させるが。そうしたら、約束通り真尾さんに告白し直して、彼女の返事を聞かせてもらおう。まあ、結果は負けるはずなんてないから僕の単独トップ、あって真尾さんと同率1位だろう……赤羽への挑発はこれで十分だ。

背後で暴れる物音、それを止める声が聞こえるのを愉快に思いながら、校門へ足を進めていたら……想像もしない方向から足を止めざるを得ない爆弾を投下された。

 

「あ。ねぇねぇ、浅野ちゃん」

 

「「「ぶっ……!?」」」

 

「あ、浅野ちゃ……ッ!?」

 

「っ、あはははははははッッ!!」

 

「?……ま、いいや〜。浅野ちゃんってスマホは自分でカスタムしてるの?スマホの設定いじったりしなさそうなイメージだけど……アミサちゃんとメッセージ送りあってるってことは、そのためのアプリくらいは自分で入れてそうだけど〜」

 

よくない!と叫びたくなった……何故、僕のことを『ちゃん』付けなんだ……っ!?のほほんと自分の落とした爆弾に気付いていなさそうな倉橋さんは、僕だけでなく吹き出したE組をも不思議そうに見つつ、マイペースに話を繋げてきた。

……スマホの設定、だと?期末の話はどこに行ったんだというくらい、全く関係の無い話題を振られて流れが掴めずに、怪訝な表情が表に出ているだろう……一蹴してもいいが……まあ、気まぐれに答えても問題ないか。……腹を抱えて笑っている赤羽は覚えていろ。

 

「……スマホなど連絡用に使えれば問題ないからな。自分で入れたアプリ以外は、ほぼ初期設定のままだが……ああ、そういえば最近蓮達が共有しやすいためだとかで何やら設定していたな。……それがなんだ」

 

「なるほど!だったら出来るかな〜……やったできたっ、これ、お裾分けしてあげる!」

 

「は?……、……!」

 

僕が答えた瞬間に倉橋さんが手元のスマホを操作すると、程なく僕のスマホが小さなバイブで通知を知らせてきた。タイミングからして彼女からの何らかのアクションだとは思うが……何故メッセージアプリのアカウントやメールアドレスを交換していないコイツから?ニコニコと笑いながらスマホを見るように促す彼女を怪訝に思いながらスマホを立ちあげると、画面には……

 

「……これは、真尾さんと……」

 

「ふっふっふ……ご利益あると思うよ〜っアミサちゃん達の写真!私もお守り代わりで待ち受けにしてるんだ〜」

 

「え、ひ、陽菜乃ちゃんっ!?なんで浅野くんにあげちゃってるの……っ!」

 

「はぁッ!?ゲホッ、……は?!何やってんの倉橋サン!?」

 

これは、以前瀬尾がやり方を話していたな……対応する機種同士でなら、連絡先が分からなくても設定次第で画像やファイルのデータを送りあえるとかいう。僕は全く使わない機能なせいで、今の今まで知らなかったが。それよりも写真だ。目を閉じた真尾さんと黄緑色の髪をツインテールにした少女が、2人で真っ白な宝石……?を掲げ持っている。どこか神秘的にも見える画像を受信するか否かプレビューとして表示されていて……それを見つめていると、ふと、何かが頭の中を、何かの映像が流れていった、……ような気がした。

数秒その情報に気を取られて固まってしまったが、意識がこちらに戻ってきた時には、今まで笑っていた赤羽が驚きすぎてか咳き込みながら倉橋さんに詰め寄り、当事者な真尾さんは送られたものが自分の写真だということを知り慌てて僕の所まで追いかけてきてスマホに手を伸ばしているところだった。必死な彼女の手から逃げるように静かにスマホを持つ手を上に上げれば、身長の低い真尾さんには全然届かなくなる……左右に揺らす手の動きに合わせてぴょこぴょことスマホを取ろうと飛び跳ねる彼女を見るのは、どこか楽しい。

 

「あ、浅野くん、消して……!」

 

「…………もう保存した」

 

「ええぇ……っ」

 

「文句があるなら写真を送り付けてきたそいつに言え。まあ……消してもいいが2つ、条件がある」

 

「……っ、っ、じょう、けん……っ!?」

 

「ああ。まず1つ目は、この写真……テストが終わるまではこのまま持っていたい。消すとしてもその後だな……だいたい、倉橋さんなら君の写真を所持していてもいいのに僕はダメというのが納得いかない」

 

「う……だって写真なんて恥ずかしいし、一応私だけじゃなくて知り合いも写ってるから……。でも……消してくれるなら……いいよ」

 

「うん。それで2つ目なんだけど……」

 

 

 

 

 

────ザザッ……

 

 

 

『──この先の進路、真尾さんはどうするんだい?』

 

『ふふ、そっか……そーだね、じゃあ……カルマには……ううん、E組のみんなには、絶対に伝えないつもりのこと、話そっかな』

 

『……え?』

 

 

 

『……アミサは、ね……真尾有美紗はもう、みんなとは一緒にいられない。近いうちにいなくなろうと思ってるんだ』

 

 

 

『……なん、』

『……なんてね……えへへ、ビックリした?』

 

『……、タチの悪い冗談はやめてくれ……』

 

 

 

────ザザッ……

 

 

 

『……今、なんて……』

 

『……昨日の夜……真尾とカルマが、……死んだ』

 

『…………、………………は、はは……磯貝、何を言ってるんだ。そんな嘘、笑えな……』

 

『……嘘なんかじゃないわよ……私達だって信じたくない!だけど、目の前で……ッ!今日の卒業式、皆で迎えようねって言ってたのに……なんでなの……2人とも……ッ』

 

『……本当は外部には国家機密に当たるから他言無用なんだけど……E組や関係者で話し合ったんだよ。お前には……真尾を知ろうと、救おうとしてくれていたお前にだけは、正しい情報を伝えておくべきだって……』

 

 

 

 

 

まず見えたのはどこかの喫茶店で、真尾さんと2人で話していて……誰も話すつもりのない内緒のことだと冗談めかして打ち明けられた、彼女の進路。そして砂嵐のように映像が乱れて、たくさんの生徒が視界に入る。胸に花を挿し、普段着崩している奴らまで全員しっかりと制服を着ていることから、卒業式当日だろうか?会場の隅へ連れていかれ、E組クラス委員の2人から告げられた信じられないようなこと。

真尾さんと少女の写真を見た瞬間、過ぎ去った謎の光景……当然、僕にはどちらも心当たりがない。白昼夢か?それにしてはやけに鮮明だったが……なんにせよ彼女がいなくなるのも、命を落とすこともあって欲しくない。

 

「…………」

 

「……あの、浅野くん……?」

 

「あ、ああ……2つ目は、僕と勝負しよう」

 

「!」

 

「単純な点数勝負だ。君が勝てば写真の消去、それに何か1つ君の願いを聞こう。僕が勝てば写真はそのままだし……そうだな、君がA組へ転級する、なんてのはどうかな?」

 

「「「は!?」」」

 

「君を僕の支配下に入れるわけじゃない……だが、僕は君を手元に置くことを諦めたわけじゃないよ」

 

「……、……わ、かった。受けます、その勝負」

 

「それに、……近くに置けば、君を失う事も……

 

「……?」

 

「……なんでもない。じゃあ、期末を楽しみにしているよ」

 

もしかして、E組は危険な場所なんじゃないか。そんな考えが過ぎるが、証拠もないし真尾さん本人が本校舎にいた頃よりも生き生きとしてるから連れ出したくない。だが、僕の知らない場所で居なくなられたら全てが後手に回る……何も出来ないじゃないか。

……これは結果の分かっている勝負に対抗できる、真尾さんと赤羽を引き離す、ある意味最後の勝負だ。僕にとっては1つのケジメ……負けるわけにはいかない。

 

 

 

 

 




「……浅野君、遊んでるよね」
「アミサ、ちっさいから……でも、本気出したら絶対取れるんだろうけど」
「恥ずかしさと慌ててるので『自分なら奪える』ってことを忘れてるんでしょ。面白しほっといていいと思う」
「ぴょこぴょこやってるのを見てるこっちは癒されてるしな。なんか浅野に親近感わくわー……アイツも人間だったんだなって」
「言い方はひどいけど同意。……私としては、そこで暴走しかけてる彼氏の方をなんとかすべきだと思うんだけど……」



「……離してよ鷹岡もどき、邪魔なんだけどっ!」
「離したら、お前、浅野に、突っか、かる、だろうがっ!」
「なんでアイツのスマホに、アミーシャの写真があることを許容しなきゃいけないのさ!」
「相変わらず心狭ぇーぞ、お前っ!」
「……クソッ、律、」
「チート技に頼んな!」
「……チッ」



「「「…………」」」
「……どーするよ?」
「八つ当たりくらいたくないし、寺坂をあのまま生贄に捧げるに一票」
「それはさすがに……」
「寺坂君を救出するにしても、もうちょっと落ち着かないと手が出せないって」



Q.随分あっさりと引き下がりましたが、勝負に負けたら写真を消すことになりますよね?
A.「消したとしても、元のデータは倉橋さんが持っているんだろう?」
訳:またもらえばいい


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冒頭でも書きましたが、大変遅くなりました。

第1部との差をつけるために、全て浅野君視点のお話としました。流れを変えるために、後半少し言動に変化をつけていますが、裏側はこんな感じだったんじゃないでしょうか。

倉橋さんと浅野君のやり取りはアレです。某りんごマークの端末同士で使える○irdr○pという機能ですね。今回は写真を唐突に送るシーンを入れたかったので、五英傑がスマホを触ったことにしてしまいましたが、設定次第で便利ですが悪用されることもあるようですので……お気をつけ下さいm(*_ _)m

では、次はテスト編に入る予定です!


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★2学期期末テストの時間

 

浅野くんに『2学期期末テストの上位50位をE組が独占する(浅野くんは除く)』ことを頼まれた放課後の次の日から、私たちE組はとにかくガムシャラに勉強した。……まあ、浅野くんから依頼されなかったとしても、元々E組全員がトップ50以内に入ることは決めていたから、あの出来事はきっかけの一つに過ぎないと思うけど。強いて言うなら、あれのおかげでみんなのやる気に余計火がついたって感じかな。頑張る、頑張らなきゃいけない理由も増えたことだし。

……そうそう、テスト2週間前になって、ついにテスト範囲が確定したの。この日までは各クラス授業の進度がバラバラだったから、テスト範囲はある程度の所までしか予測できなかったんだけど……尋常じゃないくらい範囲が広かった。しかも当たり前のように難しいし、学校で配布されている問題集以外で参考書として上げられている問題集の数のえげつなさ……各教科十数冊以上あるって、どういうことなんだろう。学校側は買わせる気ないよね……?あくまで『参考』だから買い揃える必要は無いんだけど、ここから応用問題が作られたりするから、上位を目指す以上範囲内の基礎が終わって余裕があるならやっておきたいなー……どれか1冊くらい買っておいたほうがいいかなー、とみんなが思っていた時だ。

 

「『数Ⅲエキスパート問題サンプル』」

 

「あります」

 

「じゃ、じゃあ『読解理論化学』はどうですか?」

 

「ありますねぇ」

 

「…………『応用発展!古典』は?」

 

「もちろんあります。そのシリーズも古典・漢文・現代文全てを揃えてありますよ!」

 

「なんで先生問題集(これ)、全部持ってるの!?」

 

……範囲表に載ってる問題集、殺せんせーがまさかの全種類持ってたという。なんでも先生になる以上、私たちに教えられないことがあると困るからって、日本にある問題集を全種類買い集めて、全部解いてって殺せんせーなりに勉強したらしい。殺せんせーは、旧校舎を家代わりにして住んでると言っても過言ではないから問題集はこの校舎内にあるし、頼めば貸してくれるらしくて、みんなは次々に先生へ声をかけている。

 

「……ん?ちょっと待て、参考問題集に指定されてるこれ、明らかに大学入試レベルだろ!」

 

「あー、ホントだ……俺等、中学生なんすけど……」

 

「期末テスト作る先生たちも大変だね、範囲広すぎて問題絞るの大変そう……」

 

「アミサ、そこは問題じゃないから。先生の事情とかどうでもいい」

 

「今問題にしてるのは、先生の負担じゃなくて、受験する私達が解ける問題が来るかどうか、だよ〜……」

 

試験範囲を考えた人……まあ、多分、理事長先生なんだろうけど……は、どこまで上の実力を私たちに求めるつもりなんだろう。当事者な私たちから言うのも変かもしれないけど、椚ヶ丘中学校の3年生はほんの一部の人を除いて巻き込まれ事故だよね。自分の身の丈に合わないテストを強いられるって……偏差値の高い進学校という言葉にあてはまらなくなりつつあると思う。それでも『椚ヶ丘』の生徒という誇りのためか、E組もA組もそれ以外のクラスも一生懸命だ。杉野くんからの進藤くん経由で、B組も上位に食い込もうともう勉強してるって情報が来てたりする。そんなことを聞いちゃったら、なおさら負けてられないよね。

私たちは分からないことがあれば、前以上に本気で分裂してる殺せんせーの分身に聞きまくったし、英語の正しい発音なんかはイリーナ先生にお願いして、ネイティブな生の声で何度も確認した。ただ教えてもらうだけじゃなくて、クラスメイト同士得意なものを教え合うことで、自分の得意教科の穴を探して潰していくことも試した。殺せんせー曰く、分からない・解けない人って、できる人からするとなんでここで引っかかるのかって部分でつまづくらしい。ということは、できる人からすると、そのつまづく部分を疑問に感じることがない。テストというものはそんな小さなつまづきを突いてくるもの……教える側が教えられる側のちょっとした疑問に答えられて、引っかかりやすい場所を知って意識できてこそ、その問題を理解したってことになるだろうって。とにかく試験当日までの2週間は今までにないくらいの時間、みんなが机に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────そして、決戦の日。

E組の私たちもこの日ばかりはE組校舎(私たちのフィールド)を降りて、本校舎(アウェイな環境)で戦わなくちゃいけない。本校舎の生徒は自分たちのクラスでテストを受けるけど、私たちは校舎の端にある空き教室が試験会場になる……そこへ向かう途中、他のクラスの前を通ることになるんだけど。

 

「……すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組……」

 

「なんっつー目をしてやがんだ……殺気立つってこの事か」

 

「恐ろしく気合い入ってんじゃんA組の奴ら。カルマにアミサ、アンタら勝てんの?」

 

「どうだろ?……でも、」

 

「本気で殺す気ある奴がいたら手強いよね」

 

浅野くんが言っていた通り、廊下から見えるA組生たちはE組に対する憎悪でかなり怖い目をして私たちを見ていた。殺気立っててまるで呪文のようにくりかえされるそれは理事長先生の教育の賜物……なんだろうけど、それがいつまで続くか。あの殺気立つA組生徒の隙間からチラッと見えたのは、一人席について目を閉じている浅野くん……やっぱり、私たち以外で本気で殺す気で挑んでくるのは……彼だろう。

A組の教室を通り過ぎようとしたまさにその時、目を開けた浅野くんと目が合った……気がした。廊下を見つめる彼の柔らかく細められた目と小さな微笑みは、誰に向けられたのだろうか。

 

「……ねぇ、アミサちゃん。A組に行ったりしないよね……?」

 

「……え」

 

ぼうっとA組の教室を見ていた私に、陽菜乃ちゃんがかなり申し訳なさそうな顔をしながら話しかけてきた。その顔は、雰囲気は、いつもの天真爛漫な彼女からかけ離れていた。

 

「浅野ちゃんと個人的な賭け、してたでしょ?テストの点数で負けたらA組に転級って……私、アミサちゃんとは最後まで一緒のクラスのままがいい」

 

「……ひ、陽菜乃ちゃん?いきなり、どうしたの……?」

 

「いきなりなんかじゃないよ!少し距離が縮んで(名前で呼んでくれるようになって)から、ずっと、ずっと思ってたんだから!……アミサちゃんって、分かってないようで意外と理解(わか)ってるし、それでいてわかってないんだよ。それに、意外と見ててわかりやすいんだよ?今回だって……『どうなっても構わない』って思ってるんじゃないの?」

 

「……っ!……陽菜乃ちゃ、」

 

「……それにこんなことになったのって、びみょーに私のせいでしょ〜……私が、浅野ちゃんに、写真送ったから……」

 

浅野ちゃんは敵だけど、アミサちゃんを想う人って意味では仲間だし、何か激励みたいなことしたかっただけなのに……そうボソボソ言っていたらしい陽菜乃ちゃんの言葉は、ほとんど私の耳に入ってこなかった。

 

『分かってないようで理解ってるし、わかってない』

 

陽菜乃ちゃんは根拠を持って言ってるわけじゃなさそうだし、上手く表現できなかっただけだろう。それでも、ある意味その一言は的を得ていた。

…………そう、私は。分かってることも分かってないことも、全部同じように分からない『フリ』をしているに過ぎないんだ。突出した頭の良さは時に孤立を招き、周囲に溶け込むどころが存在を目立たせてしまう。『私』をいつか消さなくちゃいけないのに、そんなことをしたら意味が無い。それに、わからない素振りを見せておけば、知っておく必要のあることならその人が理解している分懇切丁寧に教えてくれる

──その人の理解している幅を知ることが出来る。

知る必要のないことなら、大抵の人は無理に教えようとすることはない

──私にとって必要ない情報を遮断できる。

もっとも、私にとって擬態するに都合のいいその姿を天然とか鈍感とかって受け取られて……この性格を意識して作って(偽って)るつもりはないんだけど。あれ、自覚できてないからこそ天然なんだっけ?……まあいいや……それにしても。

 

……なんで……

 

……なんで、陽菜乃ちゃんはそんなに沈んでるんだろう。

……なんで、こんなに寂しそうなんだろう。

……これからテストを受けるのに、今からそんなテンションで上位50位以内なんて目指せるのだろうか。集中、できるのだろうか。

……なんで、今、私に話しかけてきた。

……なんで、そんな個人的な賭けを陽菜乃ちゃんが気にするの。私を、気にするの。

……なんで、なんで?……なんで。

 

 

 

……なんで…………これから私は、『私』を捨てる気で、テストを受けるのに。

 

 

 

「……それは違うんじゃないかな、倉橋さん」

 

「……渚君?」

 

「確かにきっかけはそうかもしれないけど……元々彼も言い出すつもりはあったんだと思う。多分、浅野君はアミサちゃんに本気を出して欲しいんだよ。僕は浅野くんじゃないし、本心は分からないけど……本気で、他人のことを気遣おうとした彼のことだから……このテストを、一種のケジメをつける場にしたいんじゃないかな。E組とA組……旧校舎の落ちこぼれと、本校舎のエリート。中学校生活最後の、同じ舞台で戦うことが出来るこのテストを」

 

「だからさー、倉橋ちゃんも気にしない気にしない!結局はアミサと浅野だけじゃない、E組全体も頑張ることには変わりないんだから。ここで無様な結果を出したりしたら、たとえ暗殺に成功しても胸なんか張れないっしょ?」

 

「莉桜ちゃん……そだね、私は浅野ちゃんに後悔しないきっかけをあげたんだと思うことにする!」

 

「そうそう、その意気!」

 

「代わりに真尾が連れてかれそうになってるけどな……もがっ!」

 

「寺坂黙っとけ」

 

「せっかく上がったモチベーション下げんじゃねーって」

 

考えることはあとにしよう。まず、今考えなくちゃいけないことは………けじめ、かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────試験開始!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────今、私の目の前には裏返しになっている数学のテスト用紙。……あと数分で2学期期末テスト、最後の教科(試合)が始まる。

 

試験会場であるこの教室には、ブツブツと公式を口にする人、精神統一をするように手を組んで静かにしている人、鉛筆を回して余裕そうながら落ち着いている真剣な気配を滲ませる私の隣の席の人とかの気配が感じられる……みんな、本気だ。本気で殺しに行っている。私は時計を見て、まだ開始まで少し時間があることを確認してから静かに目を閉じ……あの日のことを思い出していた。

あの日──椚ヶ丘の学園祭にお姉ちゃんたちが日本(こっち)に来てくれて、夜ご飯を食べてからも一緒に、同じ家の中で過ごした日。遊びに来てくれたカルマと渚くんとカエデちゃんが帰ったあと、私は特務支援課やアルカンシェルのみなさんを混じえて、3人には聞かせられない内緒の話をした。みんなは私に会いに、っていうのも嘘ではなかったんだろうけど……きっと、この話し合いをするために来てくれたのもあるんだと思う。もうそろそろちゃんと答えを出さなくては行けない。私としての在り方を。これからどうすべきなのかを、聞くために。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「あと2ヶ月くらいでアミーシャは15歳ね。クロスベルと帝国のいざこざからの避難のために通ってた中学校ではあったけど……あなたはどうしたい?卒業とか、その後のこととか……」

 

「……それ、前に殺せんせーにも聞かれた。中学3年生だからこその進路相談だって。……その時は、特務支援課のみなさんを探しに行きたいって思ってたし、《(イン)》のこともあったから、その……調査票には何も書かなくて……」

 

「つまり白紙、ですか?」

 

「ん……、それに烏間先生ならまだしも、殺せんせーには《銀》のこと説明するわけにいかないし……」

 

「そっか、アミーシャが今契約してるのは烏間先生だったな。だったら殺せんせーに対しては守秘義務が発生するよな」

 

「むしろ発生しなかったら標的にバレて終わりじゃね?」

 

「ははは……笑えない」

 

お姉ちゃんと半々に受け継いだ形ではあるけど、私は正真正銘《銀》の後継者……アミーシャ・マオという個人の側面をもちながら、何百年も粛々と受け継がれてきた凶手(きょうしゅ)、暗殺者としての業を背負う者。色々と心配したお姉ちゃんたちが私を逃がすために、この学校へ入れるために作りあげた『真尾有美紗』という存在は、自分という存在を馴染みのない場所へ溶け込ませるためであり、正体を隠すために作られたものでもある。作られた者……はじめから存在しないのだから、いつかは……ううん、私がここからいなくなる前には、元通り消さなくてはならない。《銀》は歴代100年以上の長い時を通して同一人物として振る舞い、存在し続けている。ここに『私』という存在を残してしまったことで、この先『私』と()を繋げてしまう人が現れるとも限らないから。

 

「じゃあ、今は?」

 

「……今……?」

 

「ああ。俺達がここに来たことで、目的の一つが果たされたわけだからな。お前だってリーシャのように自分の本当にやりたいことを探してみてもいいんじゃないか?」

 

「この1年で、これまでとは違った付き合いができたんじゃないかしら?前に会った時と比べて、とてもいい顔をするようになってると思うわ」

 

「…………わたし、は、」

 

「……まだ、時間はあるもの。アミーシャはアミーシャの道を築けばいいと思う。父様だって……それくらい許してくれるわ」

 

 

 

 

 

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……他にもいろいろ話したけど、私にとって考えさせられたのはこの話題だった。私が殺せんせーに伝えた願いは、思いもしない形で叶ってしまった。私には、父から受け継いだ《銀》として生きる道が最初から用意されている。進路選択なんてしなくても……もう、決まっている一本道だからそれ以外私には関係ないと思っていた。あとはこれからの身の振り方を考えればいい……そう、思っていたのに。

同じクラスで過ごしてきたE組のみんなから私を完璧に存在を消すことは、記憶を消すくらいしないと……そんな大掛かりな記憶消去施術なんて大それたこと、国を動かすくらいのことをしなくちゃいけないからほぼ不可能だろう。ならば私自身が探しようもないくらい手の届かない場所に消えてしまうしかないし、それが一番簡単だ。関係も縁もない他の人だったらもっと簡単に済む……この学校で、全校生徒に名前が伝わってしまう可能性があるのは、私がE組であることを踏まえるとこの2学期期末テストがほぼ最後。つまり、ここで目立たなければいい。テストで学年上位50位以内を目標としてるE組である以上、テストを放棄することはできない。だけど、テストを一教科だけでも無記名で提出する、という方法は名案のように思えた。テストで誇れる成績を取ったとしても、私の名前は残らない……いないものとなる。上位50位以内の点数さえ取れば、E組としての名前は上がらないにしても、E組としての目標は達成したことになる。浅野くんは勝負の条件を点数勝負だと言った……屁理屈だけど記録に残らなかったとしても点数は点数に違いないし、学校に記録された点数でなければならないとかそんな条件はつけられてない。つまり、このテスト自体が私の名前をこの学校に残さないように、消してしまう舞台としてはいい機会だった。

 

 

 

 

 

……だった、のに。

 

 

 

 

 

『私、アミサちゃんとは最後まで一緒のクラスのままがいい』

 

 

 

 

 

…………。

勝負に勝ったとして。

私の目的が果たせたとして。

……私は本当にこれでいいの?

……だけど、光の世界で生きるみんなと私は、生きている世界が違うから。

『私』じゃない、私を知られたら……

 

 

 

『アミサちゃんは妹分だから!』

 

 

 

『危なっかしくてほっとけないもん』

 

 

 

『ずっと……死んだとしても、一緒に……』

 

 

 

……もう、一緒になんて、……いられ────

 

 

 

 

 

「────試験開始!」

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 

 

【  年  組  番 氏名        】

 

 

 

 

 

「……………、………」

────カリ……

 

 

 

 

 

23番 氏名 Amixia Mao

 

 

 

 

 

「……………………………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ガチャ、キィ……

 

 

 

「エリィさん……アミーシャ達は寝ましたか」

 

「ええ、キーアちゃんとシュリちゃんと川の字になって3人ともぐっすりよ。今日はよっぽどはしゃいだみたいね」

 

「……ありがとうございます、ついていていただいて」

 

「ううん、気にしないで」

 

アミーシャの家の一人暮らしにしては広めのリビングに、私達は集まっていた。ティオちゃんを除いた年少組は、エリィさんに連れられて先に眠ったらしい。戻ってきたエリィさんが席に着くまで……私達の間には無言の空気が流れていた。

 

「……リーシャ、どう思った」

 

「……、あの子の姿は以前の私と同じ……私も、迷いがあった時の私も同じ感じだったんだろうな、と」

 

「《銀》という、国家を揺るがしかねない闇の中を生きる道を普通の事だと受け入れていたのに、今になって光の中で生きる道を示されて……受け入れられないんでしょう。信じたものを否定されたのと同じです」

 

「ティオ助……」

 

「……私にもそんな時期がありましたから。教団にいた頃も、救出されて私が家に帰った頃も。感応力に戸惑ううちに本当の家族を拒否してしまったように」

 

……ティオちゃんは、幼い頃にD∴G教団に誘拐された、人体実験の被害者(生き残り)の1人。救出された当初は衰弱こそしていたものの、今は元気に生活している……投薬等の実験の代償として得た知能、そして以上に高められた感応力に悩まされながら、ですけど。家族の元へ戻ったのに、その家族との軋轢に耐えられなくなって家を飛び出して……それでも今、彼女は特務支援課の一人として笑っている。それは自分が表で生きていく道を見つけたから、希望を、光を見出したから。

それは私だって同じこと。本来ならアミーシャの姉である私だけが《銀》の道を進むはずだったのに、あの子になまじ力があったせいで、気付いた時には姉妹共々簡単に引き返せない場所まで沈みこんだ後だった。私は、《銀》であることに積極的な意味を見出せず、さりとてカルバード共和国の建国に携わるほどの存在を必要ないとも言いきれず……漠然と意味をもてないままに《銀》として活動し続けた。でも、イリアさんに、アルカンシェルに出会った。たくさんの人との触れ合いを経て、アーティストとして活動することを通して、私にとってのアルカンシェルとアーティストであることの意義、劇団やロイドさん達との絆を確認して、アルカンシェルのアーティストとして残ることに決めた。光の道を受け入れつつ、《銀》であることも誇りに思う……そんな道を受け入れた。

 

「リーシャはアルカンシェルを自分の側面として受け入れたわ。そうじゃなかったとしても私達は歓迎してたけど……姉妹共々、ね」

 

「イリアさん……」

 

「だってアーティストとして十分な逸材よ?その程度のことで手放す気にはなれないわ」

 

「仮にも暗殺者に対して『その程度』とは……流石ですね」

 

「あら、警察官のくせに暗殺者(犯罪者)を見逃してる弟君には言われたくないわね」

 

「……うぐ、お、表立って協力はしてませんし……仲間、ですから……」

 

「あ、ありがとうございます、ロイドさん。……迷いながら《銀》であろうとする私達姉妹に対して、父様は生前、『お前の《銀》はお前が決めるがいい』と言っていました。私はアルカンシェルという光の世界で生きる道もあることを見つけました……でも、アミーシャはまだ『《銀》であること』に固執してる節がある」

 

「案外近くに転がってるもんだけどな、自分の居場所ってやつは。俺にとっちゃあ、傭兵だった俺(過去の呪縛)を断ち切れたのはお前らのおかげなわけだしな」

 

「……ランディ」

 

みんな、どんな人にだって選択の時はある。人には裏と表があるし、自分が必要とされ、必要とする居場所がある。ただ、それが目に見えているいないかの違いがあるだけ。私やアミーシャには、目に見えた必要とされる道が物心着く前から用意されていた。それが闇の中を進む道だった、……それだけだ。気付くためのきっかけは与えられるけど、それに気付けるかどうかは自分次第。結局はその人が自分で見つけ出し、受け入れるしかないのだ。

……アミーシャ、あなたにはあなたの道がある。決して《銀》であることにこだわる必要は無いのよ?だって、あなたはまだ子どもなのだから選択する余地はある……お姉ちゃんだっているんだから、抱える必要は無いの。だから、お願い。取り返しのつかないことになる前に……気付いて。

 

 

 

 

 

『あの日』リーシャside終

 





「────そこまで!」



「「「お、……わったーーっ!」」」
「あとの結果は神のみぞ知る、か」
「えぐいのばっか出しやがって……」
「ヒアリング、発音は聞き取れるのに会話内容難しいよ……ビッチ先生のボキャブラリーでもあんなに豊富じゃないって」
「ビッチ先生は会話術だろ……受験英語じゃないし、そもそもわかりやすく伝える術を習ってるんだから当たり前だって」
「中村は余裕そうだな……」
「一学期末満点1位の意地、ここで見せなきゃなんなのよってね!……ま、ギリ解ききれただけだから、分かんないけどさ」
「わ、私……満点取れた気がします……!」
「「「おお!」」」
「理科だけ!」
「「「お、おお……」」」
「それ以外は?」
「なんとか問題にとりかかれた感じでしょうか……」
「奥田さん;」
「マジで出たぞ、サイコロの確率問題……」
「結局寺坂は公式使ったん?」
「……全潰し」
「「マジか」」
「カルマ、自信はどうだ?」
「ん?さーねー……全部解いたけど、結果はわかんないから」
「真尾、出来はどうだ?」
「…………」
「……真尾?」
「アミーシャ?」
「……!あ、ご、ごめんなさい。えと、なんだった……?」
「……いや、大丈夫か?」
「……えへへ、昨日遅くまで最後の追い込みやってたからかな……疲れちゃったかもしれない」
「もう、力入りすぎだって……緊張して固まったのかな?ほら右手貸して」
「あ、ありがと……メグちゃん」
「…………」
「カルマ?」
「……なんでもない」


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テスト回でした。最近月一投稿になっていて申し訳ないです。第一部との差をつけようとするのって意外と難しいですね……!やり始めて知る難しさです。別視点とかを考えたり、第一部では隠していたものをぶっ込んだりする楽しさはあります!

今回のお話は、オリ主が第一部で言う『2学期期末テスト全教科無記名提出』をやらかした場面でもあります。その時は誰にも何も言われなかったために実行してしまいましたが、今回は直前までの流れが少し変わりました。浅野君が賭けを持ち出し、倉橋さんが引き止めるという出来事が起きたことで、オリ主に迷いが出ました。考えた末の……というよりも、無意識に手が動いた結果、となります。それでも『真尾有美紗』の方を書かないあたり、そちらの決意もだいぶ強かったのだと受け取って欲しいです。

「これ全部数学だけのテスト範囲!?」
と某先生が言う場面がありますが、あれってさすがに学校で配布してる問題集では無いですよね?参考書扱いでいいですよね?ということでお話の中で使いました。理事長先生との対決に繋がってます。

フリートーク、オリ主の力が入っているのは【右手】ですよ?

それでは、次回はその理事長先生との対決がメイン、でしょうか……?早めに投稿できるよう、努力します!



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★2学期期末テストの時間・2時間目

 

「おーい進藤!期末の順位表見たか?」

 

「おう!俺、ギリッギリ50位で入ってたぜ……」

 

「見た見た。今回のテスト鬼畜すぎだって……よくそれで50位とか取れたよな、お前」

 

「負けたくない理由があったからな。……ま、どんな方法使ったかは知らんが、結局抜かれちまったけどさ」

 

「ふーん……」

 

「そんなことより、今回の上位争いはまさかの結果だよなぁ……」

 

「まさに番狂わせ!面白いことになった!」

 

「まさか浅野含めA組がなぁ……」

 

「てかさ、お前ら気付いたか?」

 

「ああ、アレだろ?」

 

「やっぱり気になるよな。うちの成績発表ってクラスは公開されないから……でも、さすがに大体のやつの名前は知ってるつもりだったんだけど……」

 

「「「あれ、誰だ……?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて皆さん、集大成の答案を返却します。君達の二本目の刃は……標的(ターゲット)に届いたでしょうか」

 

こんなにやった事がないってくらい、みんながみんな机にかじりついて真剣に勉強し、得意な教科を教えあい、E組のみんなで挑んだ2学期期末テストがついに終わった。挑むまでは長く感じたのに、終わってみたらあっという間……早くも3日が過ぎて教壇に立つ殺せんせーの触手()には、私たちの各教科採点されたテスト用紙が握られていた。……ついに、努力の結果が。A組との勝負の結果が公開される。

E組の教室中が静かに殺せんせーを見つめている。暗殺力、なんていうこの教室で学んだ見えない刃は、他人に……ましてや一般人には上手く伝わらないけど、学力だったらどんな人にでもハッキリとした、学生として1番わかりやすい力の指標。それがはっきりと示されるわけだから、成績開示を今か今かと待つそれだけの時間は、心臓がバクバクする音まで周りに聞こえちゃうんじゃないかってくらい張り詰めた空気が教室の中を流れていた。……だというのに、そんな私たちの緊張をよそに殺せんせーはヌルヌル笑っていて通常運転だ。

 

─ヒュヒュッ、ピピピッ

 

「「「!!」」」

 

「細かい点数を四の五の言うのはよしましょう。今回の焦点は……総合順位で全員トップ50を取れたかどうか!本校舎でも今ごろは……総合順位が張り出されているころでしょうし、このE組でも、順位を先に発表してしまいます!」

 

1学期の期末テストのように、1教科ずつ点数や順位を発表することなく……殺せんせーは固唾を飲んで結果を待っている私たちに、マッハで答案を返却した。私を含め、みんなが1つ1つのテスト結果を確認する間もなく、殺せんせーは黒板に期末テストのトップ50までの大きな順位表を貼り出している。ホントなら、自分のテストを確認してから順位表を見た方がいいのかもしれない……でも、それよりも。

 

「……アミーシャ、答案見た?」

 

「……ううん、まだ。……何となく、答案(こっち)よりも先に順位表(あれ)を見る方が大事な気がして……」

 

「……俺も、楽しみは取っとくべきかなーって」

 

殺せんせーから返却されたけど、点数とか、マルの数とか、そういうのが目に入る前に私はテスト用紙を机に伏せた……のと、ほぼ同時に隣からも紙を置く音が聞こえた。思わず反応してそちらを向いてみると、勉強に関してではいつになく真剣な表情をしたカルマが私の手元を見ていて……立ち上がると順位表が見える位置まで私の手を引いていく。多分、カルマが気にしてるのはテストの点数じゃない……今回のテストでカルマが、私が、そして浅野くんが学年のどの位置にいるか、だ。そしてそれは、個人的にA組への転級を賭けられている私だって同じこと……殺せんせーが言った通り、点数じゃなくて順位が重要なんだ。ガタリ、ガタリとE組全員がテストを片手に、順位表を見ようと席から立ち上がって黒板へと近寄っていく。

今回のテストは凄まじい難易度だったおかげで、確実に平均点ラインが低いはず。そして、満点を出してる人もそんなにたくさん居ないだろう……つまり、それぞれの教科の得意不得意が明確に表れ、順位も白黒ハッキリつく上に1点を争う結果になってると予想できる。今更ながらに緊張で手が震えてきて、繋いだままだったカルマの手を思わず強く握りしめて……そっと握り返されたことで、不思議と肩の力が抜けていった、気がした。顔を上げ、順位表から自分の名前を50位から順番に探す。いくつもの見知らぬ他クラスの名前、見知ったE組生の名前を通り過ぎていって……そして。

 

 

 

赤羽 業   500
Amixia Mao  500
浅野学秀   497
・・・・   ・・・

 

 

 

「…………!」

 

「……あ……!」

 

カルマと私(・)の名前が並んでいるのを見つけた。しかも2人して500点満点、浅野くんより上の順位……私の、私たちの勝ちだ。

 

「カル……!」

 

「「「やったぁ!!全員50位以内、ついに達成!!」」」

 

「みゃっ!?」

 

「(かるみゃ……)っと……コイツら寺坂の順位で目標達成確信したな、これ」

 

ほっとしたような、それでいてなんとも言い表せない不思議な気分が湧き上がってきて、勢いよく隣の彼へと顔を向けた……直後、教室中に湧き上がった歓声。勢いそのままに、私はカルマに飛びついてE組の勢いから隠れるように背中へと張り付いた。後ろ手に軽く体を叩くようにあやされるけど、……恥ずかしさで出て行けない……そうだった、私個人の賭けで頭いっぱいだったけど、E組としても浅野くんから依頼されてたんだった。

 

「ヌルフフフフ……お熱いですねぇ。さてどうですか、お2人とも?高レベルの戦場で狙って1位を取った気分は?」

 

「……んー、別にって感じ」

 

「う、えと……安心した、かな」

 

「そうですかそうですか。完璧を誇った浅野君との勝敗は……数学の最終問題で分かれたそうです」

 

「ああ、……あれね。なんかよくわかんないけど……皆と1年過ごしてなきゃ解けなかった気がする。……そんな問題だったよ」

 

「…………ぇ……」

 

「どーかした?」

 

「う、ううん、なんでもない」

 

口ではあんまり興味無さそうに話してるカルマだけど、ホッとしたように1つ息を吐いてる……少しだけ照れたように頬を染めてるところを見ると、緊張はしてたんだろうね。沸き立つE組のみんなを見渡しながら静かに話す彼を見て、近くにいた渚くんやカエデちゃんが笑っている。……それにしても、『みんなと過したから解けた』って、どういうことなんだろう?口振りからしてあの大量の計算式をこなしたとは思えないし、私と同じように、原子の集合体の中にはまた原子が存在するってことに気づいたとか……?でも、それにE組のみんなとすごした1年に何のかかわりがあるのかな、……私はそういうの分からないけど。少し疑問に思いながらも、私は楽しそうに笑い合うクラスメイトたちを見て、そっと息をついた。

 

 

 

 

 

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その後、皆が自分たちのテスト結果と順位表を見ながらの反省会……もとい大騒ぎはしばらく収まることがなかった。

 

 

 

44木村正義   321
45内田皇輔   320
45菅谷創介   320
47寺坂竜馬   317
48森川美化   308

 

 

 

「ひぇ、A組の奴と同率45位……」

 

「俺と菅谷で1点差かよ!?あっぶねぇ〜」

 

「マジで1点を争う勝負だったんだな……俺、よく取れたわこんな点数」

 

 

 

41岡野ひなた  324
42御山田一成  323
42前原陽斗   323

 

 

 

「「…………」」

 

「やった、前原に勝った!」

 

「ウソだろ、サルに負けた……!」

 

「だ・れ・が……サルですってぇッ!?」

 

「イッテェ!?そーゆーすぐに手が出るところだよ!」

 

「誰が出させてんのよ!」

 

「俺だけど!たかが1点じゃねーか!」

 

「たかが1点でも勝ちは勝ちよ!」

 

「お前らこんな時まで喧嘩すんのやめろ!」

 

「イテテ……まーしかし、ここまで長かったわー……」

 

「はぁはぁ……本当に私達、A組に勝てたんだね」

 

 

 

37岡本暁星   335
38杉野友人   333
39倉橋陽菜乃  331
40吉田大成   327

 

 

 

「吉田君、頑張ったじゃない!」

 

「あ、ああ!原もありがとな、帰ってからも差し入れとか助かったわ」

 

「寺やんも〜!頑張ったよね、えーいっ」

 

「ふ、ふん!」

 

「うおお……初めて進藤抜いた……!」

 

「よかったね、杉野!」

 

「ああ!……んあ、進藤からメール?……マジか、言われてみれば……」

 

「?」

 

 

 

31自  律   342
31玉虫慶真   342
33矢田桃花   340
34堀部糸成   339
35山鹿皐月   337

 

 

 

「どーよ、イトナ?」

 

「……俺には、今までのテストっていう比較対象がない。だが、初めて見る点数だ、とは思う」

 

「いいんだよ、それで。暗殺の次に達成したい悲願だったしね」

 

「……矢田、泣いてるのか?」

 

「!う、嬉し泣きだから!気にしないで!」

 

「?……そうか」

 

『これは……お父上へ直ぐに報告しなくては!』

 

「うん、偽律さんも喜ぶよ!」

 

 

 

21奥田愛美   377
22岡島大河   365
23矢野貴章   363
24長沢寿理亜  360
25茅野カエデ  356
26水野武丸   355
27村松拓哉   350

 

 

 

「ふぃ〜……これもヌルヌル講習早めに受けてた成果か?」

 

「村松……」

 

「1人で抜けがけかよ……」

 

「お前らだって、俺が誘った時にやればよかったじゃねーか!」

 

「か、カエデちゃんっ!」

 

「やったね、奥田さん!……私も、やれるんだっ……

 

「?……カエデちゃん……?」

 

「ん?なーに、奥田さん」

 

「い、いえっ!……カエデちゃんが別人に見えた、なんて……そんなの失礼ですよね……

 

 

 

15潮田 渚   402
16瀬尾智也   401
17三村航輝   392
18不破優月   389
19狭間綺羅々  381

 

 

 

「あわわ……瀬尾君抜いちゃった」

 

「なーぎさ!どう?」

 

「わ、茅野!……えっと、50位以内どころか20位以内とか……うん、これで母さんにいい報告ができるよ」

 

「よかったね!」

 

「……ふふ、なんとかなるもんね」

 

「狭間、お前なんか変わったな」

 

「……何がよ」

 

「……いや、変わんねーわ」

 

「みんな、志望校に行けるんじゃ……?!」

 

「女の子にもモテモテだぜ!」

 

「やるな、俺達!いぇーいモテモテー!!」

 

「フッ、最終回っぽいよね」

 

「ちょっと、終わっちゃダメよ!」

 

 

 

10千葉龍之介  429
11原寿美鈴   426
12小山夏彦   421
13荒木鉄平   418
14速水凛香   410

 

 

 

「どう?」

 

「これなら、第一志望何とかなりそうだ」

 

「建築の勉強、したいんだっけ」

 

「ああ。だから理系に強い高校に進みたいんだ」

 

「ふーん……」

 

 

 

中村莉桜   461
磯貝悠馬   457
竹林考太郎  447
片岡メグ   443
神崎有希子  437
榊原 蓮   435

 

 

 

「っ……」

 

「?体調悪いのか、竹林」

 

「ああ、いや……E組に落ちて、色々な事があったけど……残ってよかったなって」

 

「なーにシケたツラしてんだよ!」

 

「うわっ!?」

 

「そうだ、面が悪いのは寺坂だけでいい」

 

「ンだとコラァ!」

 

「寺坂締めてる締めてる!!!」

 

「よかったね、神崎さん」

 

「片岡さん……ふふ、うん。頑張ってよかった」

 

緊張で張りつめていた表情も、皆笑顔になって緩んでいる。そっと見上げてみれば、ニコニコしながら私達の様子を見ている殺せんせーの周りには花が飛んでいるようで。そういえばテストの前も、テストが終わってからも、それこそ順位を貼り出す時も……殺せんせーは全然慌ててなかった気がする。……そっか、殺せんせーは私達がやり遂げることになんの疑問ももってなかったんだ。……ただ、最初から最後まで、ずっと信じてくれていたんだ。

 

「しっかし……A組の連中、今頃真っ青な顔してんだろうなぁ」

 

「俺達に負けるなんて思ってもなかっただろうからな!」

 

「ちなみに、A組はテスト前半の教科までは絶好調でした。ところが……後半の教科になるにつれ難関問題で引っかかる生徒が増えたようです」

 

「そりゃそうだわ、殺意ってそんなに長く続かないよ。日頃から暗殺訓練しててもさ、1日ずっと殺す気でいるのは大変だもん。殺意でドーピングしたいなら……一夜漬けの殺意じゃなくて、時間をかけてじっくり育てるべきだよ」

 

────殺意。……殺意、か。

その言葉を聞いた瞬間、スっと周りの音が遠ざかって、私の心の中が急速に冷えていったような感覚がした。……っ、まだ、まだだよ。……1日ずっと殺す気でいるのは辛い、ね。一般人から考えたらそれが当たり前の感覚、だよね。対象だけを見つめ続けて、臨機応変に殺す方法を考え続けて、じっと隙を狙い続ける。よっぽどの執念がなければ淡々と同じことを『し続ける』って行為は苦痛でしかない。

彼女は日頃から殺意を育てているE組でもそれを保ち続けるのは大変だって言うけど……じっくり育てた殺意っていうのは、E組にだってあるんだよ?今も虎視眈々と息を潜めて、機会を狙い続けている獣の存在……だけど、誰も気づかないし、気づかせない。おさまれ、収まれ、おさまれ……きっと、最後まで、最期まで隠し通す。そして、全てをやりきったらあとは消えるだけ。それまでは演じ続けよう。みんなが望む私でいよう……目立たないように、それでいてここにいても不自然でないように。

 

「アミーシャ、どうかしたの?」

 

「あは、アミサちゃんも流石に疲れちゃった?」

 

「みんな、はしゃいでるもんね」

 

 

 

……そうでしょ?

 

 

 

「ううん、なんでもないよ。カルマ、渚くん、……カエデちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……(カエデ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういやさ……進藤からメール来てて疑問だったんだけど、なんで本名でテスト受けたんだ?真尾」

 

「あ、確かに……知ってるからこそスルーしちゃってたけど、おおやけに出しちゃってよかったの?アレ」

 

そろそろ先生が話しますよ〜、と殺せんせーがブニョンブニョンとした手拍子を打ったのを聞いて、みんながのんびり自分の席へと戻っていく。E組が50位以内を取れた喜びで、ほぼ全員がテスト用紙を放り出しちゃってたから、それらを回収しつつ、だけど。

席へ戻る途中、杉野くんが思い出したように私へと向き直ってそんなことを言った。彼の指が指す先には……順位表の私の名前。E組の『真尾有美紗』ではなく、本名の『Amixia Mao』と書かれたそれは、テストの名前欄に本名を書いて受験したのだということを表していた。どんなに書類を偽装したとしても理事長先生だけは知ってることだし、私の行動でどうしたいのかをしっかり汲み取ってくれたからこそ、私の名前が載ったのだと思う。

 

ホントは、無記名のつもりだったんだけど……

 

「何か言ったかー?」

 

「ううん、何も。……私、は…………私は、さいごくらい私でありたいって……思ったから、かな」

 

「……?……ああ、本名でやりたかったってことか!」

 

進藤くんにこの事を伝えてもいいかと聞かれ、他言無用にしてくれるならと条件をつけると、杉野くんは伝言役を快く引き受けてくれた。軽く笑いながら席に着く。机に伏せたままだったテスト用紙を見ずに机の中にしまい、教壇に立つ殺せんせーを見る。真実をにごした作り話、杉野くんは簡単に信じてくれたけど……うーん、ピシピシと突き刺さる視線……隣の席の彼は信じてくれてなさそうだ。まあ、後から問い詰められそうだけど、とりあえず今は乗り切ったからいいことにしよう。

 

「さて皆さん、晴れて全員E組を抜ける資格を得たわけですが……この山から出たい人はまだいますか?」

 

「いないに決まってんだろ!」

 

「2本目の刃はちゃんと持てたし、こっからが本番でしょこの教室は!」

 

「こんな殺しやすい環境は他に無いし……ねッ!」

 

仕切り直しとばかりに殺せんせーが私たちに問掛ける……このE組から出る最低ラインの学年50位以内の成績はクリアした、あとは元のクラス担任が受入許可を出せば本校舎に戻れる、戻りたい生徒は戻ればいい、と。E組生は2学期の期末テストが終わったすぐ後に転級申請を出さないと、自動的に椚ヶ丘高校への内部進学は不可能となる。外部受験をするなら椚ヶ丘高校に入ることはできるけど……内部生に比べるとやっぱり狭き門だから、これが楽に進学するためのラストチャンスだ。

でも、殺せんせーもE組のみんながなんて答えを出すのかは分かりきってるんだろう……お茶を飲みながらのんびりと聞いてきてるわけだし。武器を構え、メグちゃんの最初の射撃を合図にE組全員が一斉射撃をする……お茶をこぼさないまま軽々と避けていく殺せんせーに、笑顔で、暗殺で答える。それを見て、受けて、先生はとても嬉しそうだ。

 

「ヌルフフフ……茨の道を選びますねぇ。よろしい!では、今回のご褒美に先生の弱点を教えて

「──ッ!!」

…………にゅや、アミサさん?」

 

「どうかし……?!」

 

────ドッ……ガシャアァアン!!

 

殺せんせーの話し声の裏側で、ピリッとした感覚が私の体を走った。何、とは上手く言い表せない嫌な感覚、気配。殺せんせーの話の途中だったけど思わずその場で立ち上がり、嫌な予感がした方向……窓の向こうへ視線をやったその瞬間、突然響いた物凄い轟音と激しい揺れ。

思わず耳を押さえたけど、そんなことで止まってもいられなくて、校舎の揺れに逆らって窓際へと走る。バンッと音を立てて勢いよく開き、辺りを確認……運動場に異常はない……、なら、……!

 

「何アレ……」

 

「校舎が……!」

 

私が外に原因があると考えて走ったのを追いかけてきたんだろう、メグちゃんが教室前側の窓から顔を出して驚愕の声を上げた。視線の先には半分くらいが解体されて、崩れているE組の校舎……さっきの轟音と衝撃はきっとこれが原因だ。私たちの声に教室の中にいたみんなも窓に近づいてきて……同じように崩れた校舎と解体を続けようとショベルを振り上げる重機を見上げて呆然としている。

 

「────だめ」

 

ここには、烏間先生がいて、イリーナ先生がいて、殺せんせーがいる。

たくさんのことを学べる場所だ。

違った分野に触れられる場所。

たくさんのことを教えてもらった場所。

たくさんの人に出会えた場所。

殺せんせーを暗殺するために確保された、E組のための場所。

E組が、成長するための場所。

私が生きてきた中ではじめてをたくさん知った場所。

……私が、『私』でいられる場所。

 

「……っ!」

 

「アミサちゃん!?」

 

そこを壊されるなんて……イヤだ。

 

「……エニグマ、駆動……全てを守る盾と化せアダマスガード(地属性補助魔法)!」

 

────ガァンッ!!

 

「「「!!!」」」

 

誰も動けないのをいいことに、止められる前に私は窓から飛び出し、崩された木材や解体を進めようとする重機を足場に校舎の上へと飛び上がる。その間に詠唱しておいたアーツ……全ての物理的な攻撃を防ぐことができるソレを身に纏い、振り下ろされるショベルカーの真下へ入る。両手で受け止めたら物凄い音がしたけど、一応私も、防いでいる校舎も無傷だ。

校舎を破壊する直前に飛び込んだ私の姿が見えたからなのか、崩すはずだった校舎が無傷でショベルが何かにせき止められたかのように動かなくなったからなのか、ショベルカーを操作していた作業者のおじさんが慌てて様子を見に来る。私を見つけて目を見開いたおじさんたちは、直ぐに手を伸ばしてきた。

 

「き、君!そんな場所へ入り込むなんて……危険じゃないか!」

 

「1度重機を止めろ!屋根の上に子どもがいる!」

 

「…………め……」

 

「ほら、早く降りてきなさい……よく無傷で……この校舎はこれからおじさん達が直ぐに解体するから、離れたところで、」

 

「……だめ……っ」

 

「どうします?といいますか、場所は選んだとはいえ、まだ中には人がいるんですよね?避難させてからの方が……」

 

「……ッダメ!……ここは、私たちの暗殺の舞台、で、大事な居場所なんです……勝手に無くさないで!」

 

「し、しかし……」

 

「ダメ!!」

 

────バチチチッ

 

私が怒りの感情を表に出して威嚇しているのを見て、作業者のおじさん達は戸惑ったように動きを止めた。この人たちは上の人からの指示に従っているだけ、それが誰かはわからないけど勝手に動くことはできないはず。少しの間、私が一方的に睨みつけて威嚇する時間が流れたが、それを遮るように、パンパンッと()()が手を叩いて注意を向けるような音を立てた。

 

「真尾さん、降りてきなさい。校舎内に残る生徒達は退出の準備をしてください」

 

「「「理事長!!」」」

 

「今朝の理事会で決定しました。この旧校舎は今日を以て取り壊します」

 

校舎を壊す業者に指示を出していたのは、浅野理事長先生だった……あと3ヶ月くらいで卒業っていうこの中途半端な時期に、この人は何を言いだすのだろう。理事長先生がいうには、この校舎を壊して卒業までの残り3ヶ月……新しく開校する系列学校の新しいE組校舎、そこの性能試験に協力しろということだった。常に見張られ、自分の意思では逃げ出せず、まるで刑務所の生活を強いられた中での勉強……それが、理事長先生の考える教育理論の完成系だという。

 

「い、今さら移れって……それに、勝手すぎる!」

 

「嫌だよ!この校舎で卒業してぇ!」

 

そんな理不尽に対する私たちの当然の反論には全く耳を貸さず、私たちの前に出てくれた殺せんせーに対しても理事長先生は態度を崩さない。それどころか……

 

「……ああ、勘違いなさらずに。新しい学び舎にあなたの存在はないのだから……私の教育にもうあなたは用済みだ」

 

そう言って理事長先生が懐から取り出したのは、1枚の書類。

 

「今ここで、私があなたを殺します」

 

「ヒイィィィィィィィィィィィィッッ!!」

 

それは、椚ヶ丘中学校の理事長だから……上に立つ支配者だからこそ行使できる権限……殺せんせーの解雇通知だった。

 

 

 

 

 

それを私は、意識の端っこで、聞き流していた。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

カルマside

 

「皆、怪我はないか!?」

 

「ちょっと、いきなり何が起こったのよ!」

 

「か、烏間先生〜!ビッチ先生も〜!」

 

あの轟音と揺れで気が付かないはずがないんだけど……教員室にいたはずの烏間先生とビッチ先生の2人がE組の教室へ駆け込んできた。すぐさま倉橋さんが烏間先生の元へ走り、半分くらい泣きそうになりながら分かる限りのことのあらましを説明している。

話が一段落するまでの間、俺は外の様子を伺う。俺等の代わりに殺せんせーが理事長先生に相対してくれて……って、プラカード掲げながらデモっぽいことしてんだけど何してんの?……解雇通知見せられて動揺した結果?ふーん。何、聞いてなかったもんしょうがないじゃん杉野。俺はあのやり取りよりも、飛び出してったまま帰ってこないアミーシャの方が大事だし。アミーシャが上がっていった屋根の方を見る。……姿は見えないけど、微かに拒絶するような声は聞こえてくる。……いつだったかな聞いたことがある気が……、

 

 

 

──や、やだっ!……ッいやぁぁあぁぁあ!!!──

 

 

 

……これ、やばい前兆なんじゃ?

 

「ねー烏間先生、俺ちょっと外に行ってきていい?」

 

「?……ああ、君が自主的に動くということは真尾さんか……ん?真尾さんがなぜ外に!?」

 

「……俺はなんだと思われてんの」

 

「アミサちゃん大好き人間。えっと、校舎が壊された直後にそこの窓から出ていっちゃって……」

 

「これ以上校舎壊されたくなくて飛び出したんだと思う……けど」

 

「受け止めたような音したもんな、ガァンって。……アーツ使う駆動音したから、無傷だとは思うけど」

 

「ここで出たか、アミサの無自覚自己犠牲」

 

「……なるほど、状況は理解した」

 

「うん。そんで多分だけど、アミーシャ暴走してる」

 

「「「……は!?」」」

 

「だから、()()してる。聞こえる限り《魔眼》が制御できてなさそうだし、多分ほっといたら訓練を受けたことの無いようなあの作業員じゃ、あと数分ももたないんじゃね?」

 

「!……行ってこい。可能なら真尾さんを止めてほしい」

 

「おーけー」

 

バチバチという火花が走る音というか、電気が弾けるような音というか。それが未だに聞こえてくるのと、少し苦しそうな息遣い……こっちは重機動かしてたおっさん達のだね。正直俺は彼女さえ無事ならあのおっさん達はどうでもいいんだけど……俺にとっても大事になりつつある居場所を、理事長の命令とはいえ壊そうとしたヤツらなんて、心底どうでもいいから。

それでも、烏間先生は『アミーシャを止めるように』と指示を出した……ふーん、助けるんだ。一応従ってあげた方がいいかな……あの言い方じゃ、止めさえすればどうしたっていいとも聞こえるけどさ。そっと教室の窓から外に出て、崖上りの要領で校舎の屋根へ登る。屋根の上を探してみれば案の定、彼女は無表情なまま作業者のおっさん達を睨みつけていた。アミーシャから目を離せないまま体の自由も奪われている様子を見る限り、確実に彼女の《魔眼》の効果だろう。

 

「……アミーシャ」

 

「……め、だめ、ダメ……ここは、ダメなの……」

 

「そうだね、ダメだよ。ここは俺等E組の居場所。だけどアミーシャが悪役になる必要も無い」

 

「……だめ、とめなきゃ、ここ、」

 

「だいじょーぶ。殺せんせーが何とかしてくれるって。だってここ俺等の教室であると同時に、一応殺せんせーの家でもあるわけだしさ、必死に守ること間違いなしだって。だから……ほら、もういいよ」

 

「……も、いい……?……ぁ、あ……とめ、なきゃ……まが……あ、あぁぁァあ……と、まらな……」

 

「うん、……止めてあげる」

 

ゆっくり近付くと、彼女は小さくブツブツと呟いていて……内容を聞いて納得する。そっか、アミーシャも居場所を壊されることに過敏に反応しただけなんだ。それで久しぶりに《魔眼》を使ったら制御しきれなくなった、と……原因、理事長決定じゃね?

俺の声は聞こえているのかいないのか微妙なところがあったけど、話しつつアミーシャの想いに寄せて会話を繋げていると少しずつ変化が見え始めた。上手くいけば、俺は声をかけるだけで済むんじゃないかと思ったけど、……甘かったよね。この子なりに暴走してる《魔眼》の力を止めようとしてるのは分かる、でもガクガクと震える手で目を押さえたり爪を立てようとし始めた時点で、ヤバいと感じてアミーシャの両手を押さえる。とりあえずかなり力が入ってて厳しかったけど、何とか後ろ手に一纏めにして片手で拘束し、もう片手でアミーシャの目を塞ぐ。強制的に目を合わせないようにしてしまえば、作業者のおっさん達は動けるはずだ……確かこれは目を合わせることで発動するって言ってた気がするし。で、アミーシャの力が抜けてきたところで彼女の手を押さえていた手を頭を支えるように移動させ……

 

「…………」

 

「……ん…!……!?……〜っ」

 

「………………口、開けて」

 

「……ん、ん………っ……っ、……」

 

「…………ん、」

 

「〜〜っ!、……、…………」

 

「……、はっ、…………落ちたかな」

 

そのまま唇を合わせる。目を塞がれ、そのままキスまでされて混乱してるだろうけど……下手にまた暴走されても怖いし、アミーシャにも負担だろうから、手っ取り早く気絶させることにした。最初は俺の舌から逃げたり、軽く体を押し返そうとするような抵抗があったけど、だんだんと力が抜けていって……クタりと力が抜け、落ちた。キスは気を逸らすための手段であって、本命は後頭動脈を押さえること。ここを押さえると脳が酸欠状態になって、長く続けると失神する。流石に気絶した彼女にキスし続けるような趣味はないから、そっと唇を離す。……なんか俺、アミーシャとキスする時ってほとんどアミーシャが死にかけてる時のような気がするんだけど。気のせい?

アミーシャを抱き抱えて、屋根から飛び下りると、ちょうど理事長先生が殺せんせーに暗殺宣言をしたところだった。解雇通知が殺せんせーを暗殺の舞台に上げるための道具、みたいな事言ってるけど……結局のところはさ、

 

「確かに理事長あんたは超人的だけど……思いつきで殺れるほど、うちのタコ甘くないよ?」

 

「ふふ……取り壊しは一時中断してください。中で仕事をしてきます」

 

正直、この1年近く暗殺を狙ってきた俺等でも無理だったのに、突然来た理事長先生が突然仕掛けてもうまくいかないとしか思えない。信用できなくて不振なものを見る目の俺等全員へ教室の中から外に出るように指示したあと、理事長先生は殺せんせーに対して一言だけ言った。

 

 

 

もしも解雇クビが嫌ならば、もしもこの教室を守りたいのならば、私とギャンブルをしてもらいます、と。

 

 

 

 

 





「アミサちゃん……!」
「ぐったりしてるけど、なに?怪我は?大丈夫なの!?」
「死んでねーよな?重機の下敷きになってたんなら……!」
「……あー、ごめん。気絶させたのは俺」
「か、カルマが!?」
「あのままほっとく方が危険だって判断した。目を覚ましたら謝っとくよ……もっとも、気絶してて良かったと思うけど」
「……まあな。理事長は俺等がまだ校舎内にいるって分かってんのに重機で校舎破壊してきたんだ。どんな手を使ってくるかわからねーぞ」
「私達が校舎の外に出されてる時点で、ろくな手じゃないわよ……!イトナの時ですら、校舎にいられたのに!」
「危険だって言ってるようなもんだよな……とにかく、壊れたら困るもの?は持ち出すぞ!」



「あ、律……!」
『心配ご無用です!私は動けませんが、何かあっても反撃するだけの武器が備わってますから!』
「あー、うん。大丈夫な気がしてきた。でも、一応気をつけてね」
『はいっ!』



「カルマ君。どうやって気絶させたの?」
「え、なんで?気になんの?」
「アミサちゃん、警戒心強いしさ……どんなにカルマ君に気を許してても、気絶させられることなんてなさそうだなって……」
「……渚君ならいいか。……キス、だよ」
「………………え。
「だぁから、キスだって。キスしながら……ここ、この辺押さえんの。ここを押さえてやると、頭に酸素が回らなくなってボーッとすんだってさ〜……で、長めにやると失神、結果こうなる」
「……それって、ただ押さえるだけじゃダメだったの?」
「んー、それでもいいかもしれないけど……もともとキスで酸欠状態に近付けといた方が、効果が出るまでに時間がかからないみたいだからさ」
「へ、へー……」
「渚君も、覚えときなよ。いつか役に立つと思うよ?」
「へ!?や、役に立つことなんてないでしょ!?護身術としてキスとかやだよ!?」
「……何言ってんの?」
「?」
「調べた限り、ボーッとする感覚って気持ちのいいキスと同じ感じらしいよ。将来役に立つって……ああ、渚君は俺と卒業旅行で取りに行くから関係ないか……」
「取らないよ!それと、将来役に立つってそう言う……!?」
「うん、セッ……」
「言わなくていいから!!!!!」


++++++++++++++++++++


オリ主は今回無記名にしなかったため、書いたそのままで順位表に載りました。そのため、『あれは誰だ!』なことが起こりましたが、結局謎の人物ということで、本校舎の面々からは忘れられるのでしょう……500点満点とってる時点で無理かもしれませんが。

途中、いきなり入れたカエデsideのお話に騙されてくださった読者さんはいるのでしょうか?わざと誰視点かを書かずに書いたので、オリ主視点だと思って読み進めた読者さんがいるのでは!?と、少しだけワクワクしています。

人を気絶させる時、スタンガン以外によく聞くのは『首筋に手刀を落とす』『鳩尾を殴る』とかですが、これ、素人がやってもあんまり効果ないらしいです。鳩尾の方は肺を殴りあげれば有り得るらしいですが、手刀の方は……叩いた方の手が痛いか、最悪シに至らしめる……という情報を得て、今回はこっちの方法にしました。カルマ君も言ってますが、このカップル、まともな時に全然キスしない(笑)小説にあげてる分だけでもファーストキスはプールでオリ主が溺れた時の人工呼吸、2回目はお付き合い始めた時、3回目は進路相談の時、4回目は今回のお話となってます。……あれ、そうでもないかも?
フリートークでは、カルマ君は渚君にだけキスの秘密を明かしています。漫画を見てみると、132話ショックのあの時、渚君は後頭動脈を押さえてるような気がするんですよね……と思って、繋げてみました。私が忘れていなければ、この会話はまた使われます。

では、次回は教員採用試験の話……オリ主気絶中ですが進めたいと思います。







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★教員試験の時間・2時間目

 

✕✕✕side

 

『ほら、✕✕✕……《儀式》の前にいつものお薬だ、飲みなさい。ゆっくりでいいから全部、最後まで飲み干すんだよ』

 

『甘くて美味しいだろう……?薬が効いてくれば、もう何も考えなくていいからね』

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

──深い水の中に沈んでいくような感覚。

 

──不快感は全然なくて。

 

──ただ、視界は真っ暗だった。

 

──今日も、これから《儀式》がはじまる。

 

──……痛いの、やだな……

 

──……、…………っ

 

──……目が痛い……、頭が痛い……っ

 

──燃えてるみたいに、あつい、熱い、アツい。

 

──カラダが全然動いてくれない。

 

──口から出るのは言葉じゃない、ただの言葉になり損ねた音。

 

──どんなに叫んでも。それすら塞がれて。

 

──どんなに抵抗しても。それすら縛られて。

 

──……楽になれる日なんて……

 

 

 

『────』

 

 

 

──……!……声……?

 

──それに、悲鳴が聞こえ……

 

 

 

『……粗方、制圧しました。抵抗は激しかったのですが、教団員の内、大半が最期には自害してしまい……』

 

『……そうか。……生存者は?』

 

『………………、今の所は、いません』

 

 

 

──……誰か、いるの……?

 

 

 

あとは、この部屋……──っ!』

 

『こ、れは……』

 

『……これで確定したな。アルタイルのロッジでは感応能力の引き上げ実験が行われているらしい。……このロッジの子供達は、五感に対する人体実験の被害者だろう。(視覚)(聴覚)(嗅覚)(味覚)、そして(触覚)……それぞれに機械が取り付けられている』

 

 

 

──足音が近づいてくる。2人分聞こえる……のに、全く同じ感じがする……まるで、同じ人が2人いるみたい。

 

 

 

『…………ひどい……っ』

 

『……────、今は()()()だ。感情は抑えなさい。……分からないでもないがな』

 

『はい……、……?』

 

『……どうした』

 

『……──、あの子……』

 

 

 

──近くにいるの?最初に聞こえた声よりも鮮明な気がする。

 

──……?……誰かが、顔を触って……

 

 

 

『やっぱり……かなりか細いけどこの子、息がある』

 

『このロッジ唯一の生存者ということか……この子供は目の周りにやたらと機械が固定されているな』

 

『外しても平気でしょうか?』

 

『少し待て……、……システムは停止しているようだ。外すよりも早い……壊せ』

 

『はい』

 

 

 

──いきなり目の周りの圧迫感が消えた。

 

──それでも視界は全てを塗りつぶすほどに白く、それ以上に眩しくて何も見えない。

 

 

 

『……息はあるが、かなり衰弱しているな……』

 

『病院……!──、連れて行っていいですか?ちゃんと、────として行きますから』

 

『……そうだな、お前がそうすべきだと思ったのなら、そうするべきだろう』

 

 

 

──抱き上げられた。

 

──いつも《儀式》の後に動けなくなった✕✕✕が運ばれる時も抱き上げられるけど、こんなに優しくされたのは、はじめてだ。

 

──……視界は白んだままで、周りは全く見えないし、体も相変わらず動かないけれど。

 

──揺れからして、どこかへと運ばれているんだろう。

 

──ずっと、ここから出たことがなかったから、ここ以外の場所を知らない。

 

──いくつもの角を曲がり、その度に新しい感覚がする。熱い、寒い、ピリピリとした感覚、微かな機械音……

 

──……これは、血の匂い?たくさん、たくさん……

 

──血の匂いは嗅ぎなれた。だって毎日、1人、2人と子供たちは減っていく(死んでいく)。きっと、今日もたくさんいなくなったんだろう。その匂いに違いない。

 

──さっきまで、指先に触れる空気がビリビリと揺れていたのに、今はとても静かだ。まるで✕✕✕とこの人たちしか存在しないかのよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そういえば……、なんで✕✕✕の近くにいなかった時も、✕✕✕はこの人たちの声が聞こえたんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ドグォッ!!

 

「……、……ん……」

 

ものすごい衝撃と轟音に体が揺さぶられ、意識が浮上す、る…………あれ、私は今、寝てたの?何かあったことを仮定して直ぐには動かず、手足や周りに気をやって状態を確認する。私が覚えている限り、体勢や体の感じが変わったようには感じない……ずっと体を横にした状態で誰かに抱えられていた、ってこと?……うーん、なら、やっぱり寝ていたのかな……。

特に問題なさそうだと判断して、今度はゆっくりとまぶたを持ち上げ……1度では上手く見えなくてまばたきを繰り返す。眩しくて白い世界の中で1番最初に目に入ってきたのは。

 

「!……目ぇ覚めた?」

 

「……こはく……」

 

「……?」

 

()()()()()()()、こはくのめ……」

 

「……え、」

 

「…………あれ、カルマだ……、ここは……」

 

赤に近い、琥珀色に光る、()()の瞳。思わず口をついて出た言葉を聞いた()()の驚くような声が聞こえて……わけが分からないまままた数回まばたきをするうちに、やっと視界が開けてきた。少しずつ色が、輪郭が戻ってきた視界には、私を抱き抱えたまま膝に乗せて座り、心配そうに顔を覗き込むカルマの顔。そして、同じように私の近くにしゃがみこんでいる渚くんや数人のクラスメイトの姿が目に入った。私の意識がはっきりし始めたのを確認して、クラスメイトはカルマを残し、離れていく。

ここは外?残りの人たちはE組の教室を窓の外から見ているみたい。今、何が起きているのか……状況を飲み込めないまま顔を動かし、今度は周囲に視線を向ける。目が覚めた時に感じた衝撃と音は何だったのか。

 

「…………ショベルカーに校舎が壊されて、外に出て……それから、何があったの……?」

 

なるほど、今回もほぼ無意識か……あー……あの後、俺等全員教室から外に出されてさ。今は教室の中で理事長先生が殺せんせー暗殺を賭けたギャンブル中。内容は省くけど、多分本物の手榴弾爆発させたんだと思う」

 

「……え、手榴弾!?2人とも、無事なの……!?」

 

「へーきでしょ……殺せんせーは誰も人間を殺さないから。俺は別にどうでもいいんだけどさ」

 

俺等の居場所を無くそうとしたんだし。

そう、声にならない音でカルマが口にしたのに気づいたのはきっと私だけ……至近距離で彼の唇の動きを追えた私だけ、だと思う。今のは見なかったフリをすることにして、肩を貸してもらいながら立ち上がる。少し頭がぼーっとしてる感覚はあるけど、今ははっきり周りが見えるし……体も痛みがあるわけじゃないから動いても平気だろう、多分。

そっと有希子ちゃんの隣まで移動させてもらって、窓から教室の中を覗き込んでみると……そこには殺せんせーの脱皮した皮をかぶった理事長先生と、何故か顔の上半分がへこんでいる殺せんせーの姿があった。何、あれ……あれは殺せんせーがテストの時の分身みたいに自分で変形させてる形なの?それとも何かしらのダメージを理事長先生が与えるのに成功して変形しちゃったの?

 

「ちなみに殺せんせーのあの顔は、対先生BB弾入りの手榴弾を爆発させたせいだから」

 

「あ、目が覚めたんだね。おかえりアミサちゃん」

 

「……た、ただいま……?」

 

「神崎さん、すげぇ……色々スルーしてる……」

 

結構静かに隣へ立ったつもりだったんだけど、有希子ちゃんは気づいてたのか単に動揺しなかっただけなのか、普通に私の頭を撫でながらおかえりという。反射的に返事しちゃったけど……やっぱり私はみんなの前で寝てしまっていたのか。私が飛び出した後に何があったのか……それに原因はわからないままだけど。杉野くんが小さく言ったスルーしてるらしい色々の内容がすごく気になるところだけど。

とりあえず教室(なか)の様子を確認しようとそちらへ視線を戻すと、ちょうど理事長先生が殺せんせーの脱皮した皮を脱ぎ捨てて立ち上がったところだった。

 

「……なぜ、私が自爆を選ぶと?」

 

「似た者同士だからです。お互いに意地っ張りで教育バカ、自分の命を使ってでも教育の完成を目指すでしょう……それに……私の求めた教育の理想は、十数年前のあなたの教育とそっくりでした」

 

殺せんせーも理事長先生も、生徒に対して思っていることは同じ……『いい生徒』に育って欲しいということ。将来社会でその人自身の長所を発揮できる人材を育てたいということ。誰にでも思いやりを持ち、自分の長所も他人の短所もよく理解できる生徒になって欲しいということ。今はともかく理事長の元々の教育は、殺せんせーのそんな教育とそっくりだった、ということ。……何があって今の変に『強者と弱者』に固執するものになったのかまでは知らないけど、似た者同士の2人の教育バカの道が違ったのは、E組を弱者として『捨てた』か『拾った』かという小さなことなんだ。

それでも、と殺せんせーは言う。E組は弱者だとされていても、纏まった人数がここには揃っていて同じ境遇を共有してるから校内いじめに耐えられるし、なんでも1人で溜め込まずに相談できる集団だと。その集団を作り出したのは、他でもない理事長なのだと……理事長先生は他者の踏み台にすべく捨てたつもりになっていた『弱者』を、先生自身も気付かないうちに育て続けていたのだと。

 

「殺すのではなく生かす教育。これからも……お互いの理想の教育を貫きましょう」

 

殺せんせーだって、私たちに暗殺をさせようとしているとはいっても、対象は殺せんせーただ1人……人間の命を奪え、殺し屋になれと育てているわけじゃない。だからこそ、暗殺(それ)をも教育の一環として生かすための教育をするのだと、対先生ナイフを理事長に手渡す殺せんせー。

 

「……私の教育は常に正しい……この十年余りで強い生徒を数多く輩出してきた。ですごあなたも今私のシステムを認めたことですし……恩情をもってこのE組は存続させる事とします。……それと、たまには私も殺りに来ていいですかね」

 

「もちろんです。好敵手にはナイフが似合う」

 

ナイフを手に、少しの間黙り込んでいた理事長は、ソレをネクタイピンに押し当てながら……笑った。邪悪でも狂気的でもない、何も企んでない……そんな笑顔で。踵を返し、教室の扉へと歩いていく理事長先生……これで、円満解決……でいいのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、真尾さん?私が屋根から降りるよう言った時に逆らった上、業者の彼らを怪我させたんだったね……?」

 

「……!……あ、あの、屋根に登ったところまでは覚えてるんですけど、その後から曖昧で……でも、あの……ご、ごめんなさい……」

 

……よくなかったみたい。ピタリと足を止めた理事長先生は、背を向けたまま私の名前を呼んだ。それも怒りの感情をもって。……だ、だって、あの時は校舎をこれ以上壊されたくなかったし、声を上げてもやめてくれるような人たちじゃないのは、中に私たちも先生たちもいるって知ってて解体してたことから想像できたから。お誂え向きに私は防ぐ術があったわけで、時間がなかったから他のことは何も考えられなくて、できることがしたい思いだけで、気がついたら振り下ろされる重機の下に潜り込んでいたんだから。衝動的な行動だったんだ。

……それで、……それで?……受け止めたあたりまでは覚えてる、のに、その後のことが私の記憶の中からすっぽりと抜け落ちてしまっている。何をしてしまったのか……覚えていないけど、理事長先生が言うにはあの重機を操作していた業者の人が怪我をしたらしい。業者さんを傷つけてしまったことに怒っているのかな。……受け止めた後に、屋根から飛び下りて業者さんに攻撃したとか?……そんなの、寝ていた理由に説明がつかない。それに、どんなに頭に血が上っていたとしても記憶が曖昧になる理由がない。完全防御のアーツの次に攻撃アーツをなにか使った?使いすぎてEPが空っぽになったならわからないでも……自分のEPを確認してみたけど、EPは《アダマスガード》を使った分しか減ってないからこれも違う。だったら……

 

「……怪我については冗談だ。業者からは君と目が合った瞬間に締め付けられるような金縛りのようなものが起きたと聞いているだけだよ。高所から落ちたわけではないし、後遺症のようなものがあるわけでもないから安心するといい」

 

「……かなしばり……《魔眼》……」

 

「やはり分かっていないか。真尾さん、私が怒っているのはね、自分から危険を犯すその行為だよ」

 

「……え、」

 

あらゆる可能性を思い浮かべて私が焦っていると、理事長先生は怪我をさせたことについては冗談だ、そう言いながらまた教室内へと戻ってきた。私も、様子を見守っていた烏間先生やイリーナ先生、殺せんせーにクラスメイトたちも、いきなりの行動にザワついて、何が何だかわからなくて。思わずみんなが窓際から下がって開いたスペースに、理事長先生は手榴弾の爆風で吹き飛んだ窓に足をかけ、ひらりと飛び越えて着地した。そのまま私の正面まで来ると、軽く膝を折り────

 

「自己犠牲を衝動的にしてしまうのは君の性かもしれない。鷹岡先生の時もそうだね……それでも……減らす努力はしているのかな」

 

「!」

 

「また、私の教え子が()()()()()()しまうかと、柄にもなく慌ててしまったよ。……君はちゃんと生きているね、よかった……っ」

 

私の頬へ軽く手を添えたあと、ふわりと抱きしめられた。理事長先生が屈んだのは小さい私の身長に合わせるため……そんな関係ないことを思わず考えてしまうほど、先生の行動は予想外だった。両腕ごと抱きしめられて、相手は一般人だから手荒くその腕の中から抜け出すこともできなくて、かといってこのままでい続けるには違和感があって。どうしようかと目をさ迷わせていたんだけど、ふと目に入ったのは先生の小さく震えている肩だった。

 

 

 

……そっか、理事長先生はこの教室が塾だった頃の教え子を1人、亡くしているんだっけ。

 

 

 

この学校に私が入学するにあたって、素性をあらった時に見つけた情報のひとつだ。先生の思ういい生徒を育てたら、人に優しく接しようとするあまり、いじめに反抗することさえできないままにその子は死んでしまったのだとか。以降、そんな経験があったからこそできた椚ヶ丘のE組制度。今回、私が屋根と重機の間に入ったことは自殺行為でしかない……私には防ぐ手段があったとはいえ、何も知らない人が傍から見れば、なんの対策もなく飛び込んだただの自殺と変わらない。

 

 

 

心配、なのか。

心配、してくれたのか。

私は、理事長先生が目の敵にしているE組なのに。

 

 

 

「……さて、私は帰らせてもらう。駐車場あたりに浅野君がいるような気がするからね」

 

「ヌルフフフ……お手柔らかに」

 

「フッ、彼も私の息子ですから。週末には家庭裁判所が荒れるでしょう」

 

「「「(お前ら親子何する気だよ!!?)」」」

 

私がされるがままにじっとしていれば、理事長先生は私の頭をひと撫でしてから静かに離れていった。肩を震わせていたし、泣いているのかも……そう思ってたけど、顔を上げた先生の顔はいつも通りだった。

それにしても、駐車場あたりにいる気がするって、なんで息子の行動をわかってるんだろう。殺せんせーは笑ってるけど、家庭裁判所を揺るがす喧嘩(?)……さすが浅野親子、規模がでかい。その後、殺せんせーに返事したり烏間先生に何やら伝えたりする以外には特に話すことなく、理事長先生はE組の山を降って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、壊れた校舎は俺等が直すのかよ」

 

「理事長は?」

 

「『君達には一教室あれば充分でしょう』だって」

 

「そこら辺はブレないな……」

 

理事長先生は殺せんせーの暗殺とともに、校舎を解体する業者さんと重機を引き連れて帰っていった……私が防いだとはいえ、最初の解体された分はボロボロで、その部分を残していっちゃったんだ。E組の存続は認めても扱い方は相変わらずで、言い分も含めなんとも理事長先生らしい……といえばらしいのかもしれない。そしてその壊れた部分を誰かに頼ることなく、自分たちで修理できちゃうE組もすごいよね。設計はわかばパークの時と同じく千葉くんが担当してくれてます。

力仕事でもあるから、高所での作業や木材運びのほとんどが男子の仕事で、ほとんどの女子は足が着くところで釘を打ったり工具を運んだり。ほぼ1日仕事になるからってことで、残りの女子数人がおにぎりなどの差し入れを作っている。ちなみに私は身軽な方だし動く作業に回ってるんだけど……

 

「こらアミサ!あんたまだフラついてるでしょ!」

 

「ねえアミサちゃん、降りてきて〜っ」

 

「う、動けるよ……別に私がなにかしたわけじゃないんでしょ?みんな、結局私が覚えてない時に何したのか教えてくれないし……心配し過ぎ、……あ。」

 

「うごっ!?」

 

「岡島の上に木の板が?!」

 

「生きてるか!?」

 

「…………」

 

「お、岡島くん……っ!」

 

「……返事がない、ただの屍のよウギャッ!?」

 

「あー……死んでる死んでる、屍一体はっけーん」

 

「い、生きてる!生きてるから!踏むな!」

 

「死んだフリしてるから生存確認!だ!」

 

聞いたところによると、私は寝ていたのではなく気絶していたらしい。でも、屋根の上で結局私は何をやらかしていたのか、何があって気絶することになったのかは誰も教えてくれなかった。……いや何をやらかしたのかは、理事長先生の言葉から何となく推測できるんだよ……業者の人に対して《魔眼》使って動きを無理やり止めたってことだよね……?目の奥がピリピリする感覚が残ってるし、多分これは間違いない。問題は、気絶した原因……みんな、見てないらしい。カルマが代表して屋根に上がって、戻ってきた時には私は気絶した状態でカルマに抱えられていたらしい。……渚くんはわざとらしく目を逸らしたから知ってそうなのに、教えてくれなかった。

それで、頭がぼーっとする感覚は少し残ってたけど、私はすばしっこく動けるのが取り柄なんだから、飛び回りたい。各々が自分にできる仕事を見つけて動いてるし、私もやっていたら止められたってわけだ。……止められたのも虚しく、案の定小さな木片を屋根から下に落としちゃって、偶然下にいた岡島の頭に直撃してしまったらしい。慌ててたら、岡島くんは見事にネタへ昇華させて近くにいた数人の男子に踏まれていた。さすがに危ない実績を作っちゃった以上、と屋根から降りたところで、エプロンを付けた陽菜乃ちゃんからたくさんおにぎりが乗ったお盆を渡された。配ればいいのかな?

 

「あ、そーいえばさ先生。理事長先生の暗殺でそれどころじゃなくなってたけど……テストのご褒美は?」

 

「にゅ?……ああそうでした。先生の決定的弱点を教えてあげるんでした」

 

「「「!」」」

 

陽菜乃ちゃんの問いに全員が手を止めて殺せんせーに注目した。そういえば、そんなこと言いかけてた気がする……殺せんせー本人が明かす、殺せんせー最大の弱点とは?

 

「実は先生、意外とパワーがないんです……スピードに特化しすぎて。特に静止状態だと、触手1本なら人間1人でも押さえられる」

 

「つまり皆で触手を捕まえれば、動きを止められる……!」

 

殺せんせー最大の武器はやっぱりマッハ20と言われるスピードだ。どんなに技術を磨いたって、どんなに気配を殺せたって、避けられたら全部意味が無い……その動きを止められるのだとしたら!

早速とばかりに殺せんせーの近くにいる人が触手を掴んでみようと手を伸ばしている。殺せんせーもわざと動かないでいてくれるみたいだし、試させてくれるんだと思ったんだけど。

 

──にゅるん

 

──ぬるん

 

──ぬるぬるん

 

「って、それが出来たら最初から苦労してねーよ!!」

 

「不可能なのわかってて教えただろこのタコ!!」

 

「ふーむ、ダメですかねぇ……あ、要領はあのヌタウナギを掴む感覚です」

 

「ほとんどの奴が触ったことねーよヌタウナギ!!」

 

そういえば、殺せんせーの触手って粘液があるのを忘れてた。自分で調整してヌメリや粘りを纏わせられるんだから、動かなくったって私たちの拘束から抜け出すのなんて簡単に決まってるよね……せめて粘液がない時しか無理かな。

1学期から目指し続けた目標を達成して、役に立つんだか立たないんだか、そんな弱点を教えられた、今回の期末テスト。A組とE組の勝負には決着がついたけど、暗殺の決着はまだまだなんだろうな。

 

 

 

 

 





「……んー……」
『アミサさん、どうかしたんですか?』
「あ、律ちゃん。……私、屋根の上でのことで覚えてるの、《魔眼》を使う直前くらいまでなの。ちょうど重機を受け止めたあたり……?」
『ま、またそんなことしてたんですね……!?もう、めっ、ですよっ』
「ご、ごめんなさい……じゃなくて、あのね、《魔眼》を使った時は起きてたと思うの……」
『……?それは、起きてなければ目を合わせることは出来ないからでは……?』
「……あ、そうじゃなくて。えっと、横になってたわけじゃないと思うし、誰かが私を抱っこしたり抱えてたりしてたわけじゃないと思うの」
『それは……カルマさんに聞いたことを踏まえると、そうでしょうね?』
「……律ちゃん、私が気絶した理由、カルマから聞いて」
『ません。』
「……うう、即答……」
『アミサさん、話が脱線してますよ。それで、それがどうかしたんですか?』
「うん。……私、目が覚めた時に『さっきと同じように抱きかかえられている』って思ったの」
『……はい』
「その……さっきって……いつ……?」
『……』
「……」
『…………』
「…………」
『…………不思議ですねぇ?』
「…………不思議だねぇ?」



「アミサ……おなじ……こはくのめ……んー……」
「……マ君、カルマ君。カルマ君ったら!」
「…………え?」
「もー、手伝ってよ〜……男手欲しいんだから!」
「あれ、アミサちゃんは?」
「渚君と茅野ちゃんか……アミーシャならそのへん飛び回ってる。体の感覚取り戻す〜って言ってたから放置してるけど」
「放置って……暴走止めるためとはいえ気絶させといて心配じゃないの;」
「ていうかさっきから1人で何悩んでるの?」
「……あのさ、2人から見てアミーシャの目の色って何色?」
「「は?」」
「いいから答えて。俺だけだと確証持てないんだよ」
「え、えーと、紫……んー……紫に近い蒼?」
「どっちかというと、海の色じゃない?深いところとかあんな感じの色な気がする」
「あ、それだ。目の色がどうかしたの?」
「…………『アミサと同じ琥珀の目』」
「「……?」」
「目が覚めた直後に俺の目を見て言ったんだよ。でもあの子の目は渚君達が言った通り『深い蒼』だろ?だからよく分かんなくてさ」
「カルマ君も琥珀っていうよりはオレンジだよね」
「うん……」
きっと!この校舎が壊されかけたことによってアミサちゃんの何かが刺激され、何かが目覚めかけてるのよ!そうに違いないわっ!」
「わっ!不破さん、聞いてたんだ;」
「じゃあその『何か』って何?」
「何かは……何かよ!特殊能力だったり前世の記憶だったりそんなん?」
「まーた設定甘いなぁ……」















「…………2回だけ、アミーシャの目が琥珀色な時、見たことあるけど、さ。アミーシャに関係あることなのか……?」


++++++++++++++++++++


書いてるうちに、オリ主へ新たな設定が生えることに決定しました。いつの間にかキャラクターさん達とともに指が動いてたので、しょうがない。まだどんな内容になるかは小説に出てきてませんが、確実に言えるのは『第1部では知らずにいた真実』を『第2部では知ることになり話の流れが変わる』ことになります。第1部で作者の私自身が書いていて疑問や伏線のつもりじゃなかったのに伏線っぽくなったところを回収していくのにちょうどいいことになったのだと思ってます。

今回のお話、前半部分は『零の軌跡』『碧の軌跡』あと、『暁の軌跡』も入るのかな……?を知っている読者さんならなんとなく言いたいことがわかったと思います。ここではカルバード共和国にも《D∴G教団》のロッジがあった設定です。それを《銀》が壊滅してた事実を捏造しました。

第1部の教員試験の時間と少しだけ内容が変わってます。流れは一緒ですが、ちょこちょこ変わってます。理事長先生が人間ぽくなった不思議。元々人間ですが。

律とオリ主が並ぶとたまにツッコミ不在のホンワカ空間ができ上がることがわかりました。

それでは、また次回……多分お茶会の時間は飛ばします。


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《番外編》
番外編・クリスマスの時間


暗殺教室は時系列順のお話なので、いずれクリスマスも書きますしリアルの時期には合わせない……と、言ってましたが、ネタがふってきたのとやっぱりカルマの誕生日をお祝いしたい気持ちが沸き上がりましたので、急遽制作。

12月25日、カルマ、Happy Birthday!




中学1年生の冬のこと。カルマくんと渚くんと出会って、5ヶ月くらいたった日のことだ。日が暮れるのも早くなりだいぶ寒くなってきて、気づけば制服の上からコートを羽織ってマフラーを巻いていなければ耐えられないくらいの気温になっていた。いつものように3人で帰る通学路……いつもの街がどこか華やかで、キラキラした飾りで彩られる時期でもある。

 

「はー……わ、もう息真っ白だ……」

 

「寒いからね……くしゅっ」

 

「渚くん、だいじょぶ……?」

 

「ん、平気だよ、ありがとアミサちゃん……それにしても」

 

「「なんでカルマくんはフツーなの……?」」

 

鼻を真っ赤にして手袋をした手をすり合わせても寒がる私と渚くんの隣には、黒いコートを羽織ってマフラーもして息も真っ白なのに平然としてるカルマくんが歩いている。体を縮こまらせて寒がる私たちを横目にまっすぐと姿勢よく歩く姿は……大人だなぁ……同い年のはずだけど。

 

「俺も寒いよ?ま、そう見えるのは冬生まれだからじゃないの」

 

「そんなこと言ったら、私だって冬生まれだよ……」

 

「そういえば、2人って誕生日いつなの?僕は7月20日だけど」

 

「夏真っ盛りだね……」

 

「ん、俺?今日」

 

「「今日!?」」

 

あれ、今日って確か……。慌ててスマホを取り出して日にちを確認しようとしたけど、手袋をしたままじゃ上手く電源がつけられずに私はワタワタしていて……見かねたらしいカルマくんが私の手からスマホを抜きとって電源を入れてくれた。返してもらったスマホの画面には、イベントとか記念日になると変わる画像を待ち受けに設定していたから、ひょこりと現れた赤い服に白いヒゲの人と茶色の動物が表示される。

 

「12月25日……カルマくんの誕生日ってクリスマスだったんだ……」

 

「そ。俺の誕生日ってクリスマスと同じ日だからさ、毎年誕生日もクリスマスもごっちゃにされるんだよね。今年は親いないからどうなることか……」

 

「あ、そっか。同じ日だと誕生日のプレゼントもクリスマスプレゼントも一緒にされるんだね……」

 

「そゆこと」

 

今日が誕生日……もう少し早く知ってれば何かプレゼントの用意ができたのに……ちょっとだけムッとしていた時に2人の会話に違和感を感じた。なぜ、プレゼントが一緒になるのだろう、と。

 

「……?なんで?」

 

「なんでって……」

 

「だって、誕生日は家族とかお友だちからもらうけど、クリスマスはサンタさんでしょ?」

 

「「……………………」」

 

プレゼントする人が違うのだから、一緒にされることなんてないはずなのに何を言ってるんだろう……そう思って質問したのに、2人はありえないものを見る目で私を見ながら黙ってしまった。

 

「……アミサちゃん、一応聞かせてね。クリスマスプレゼントって誰にもらってるの?」

 

「誰って……サンタさんだよ?」

 

「…………うん、そうだね……、

(……カルマ君、アミサちゃん普通にサンタさんだよって言ったよね……)」

 

「(……この様子だとこの子、サンタクロースの存在信じてるね)」

 

「(……中学1年生で純粋というか、素直というか……家族の人、大変だなぁ)」

 

「(……渚君、これ、真実は黙っておいた方が面白いよね?)」

 

「(面白いかどうかで決めちゃダメだよ!?)」

 

何を当たり前のことを聞いてくるのかとは思ったけど、聞かれたからには素直に答える。……答えたら、渚くんとカルマくんが2人だけでこそこそお話してて、どうしてこんなことを聞いてきたのかまではわからなかったけど。

それよりも今の問題は、カルマくんの誕生日だ。年に1回のお祝いの日なのに……、家族は今年いないって言ってたけど何かしらのお祝いはあるだろう。だけど友だちとして私から何もしないのは私が嫌だし、知ったからには何かしたい……だけど今から準備できるものなんてたかがしれていて……そこでふと思いついたものがあった。

 

「あ……そうだ。ねぇ、帰りに私の家に寄ってもらっても、いい……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと待っててね、と言い残して玄関を入った所に2人を残して、私は部屋へと上がる。最初は寒いし2人も中に入るように言ったのだけど、さすがに今日は家族で集まるだろうから入るわけにはいかないって断られてしまった……この家、他に人いないのだけど。あんまり待たせるわけにはいかないから、目的のものを手に取るとすぐに玄関へと戻る。

 

「あ、おかえり」

 

「た、ただいまです!あの、」

 

「……ねぇ、アミサちゃん、この家ってもしかして1人で住んでたりするの?」

 

「そうだけど、どうして?」

 

すぐに渡してしまおうとしていた私は遮るようにされたカルマくんからのいきなりの質問にキョトンとしてしまった。家族のことは話題になったことがあんまりないし、気にしたこともなかったから話してなかったはず……さっきも結局家には人がいないことを伝えてなかった。疑問をぶつけてきた彼が見ていたのは靴箱……あ、さっき慌てて靴を脱いで入れたから、靴箱の扉が空いたままになって中が見えてるんだ。

 

「靴箱にも、玄関にも、アミサちゃんのものだろう靴しかないなって思って。ちょっと気になってさ」

 

「……前に私が外国育ちってお話はしたでしょ?そこから1人でこっちに来てるの。たまに家族とか、同僚の人が来てくれるけど……ほとんど一人暮らしかな」

 

「…………そっか。ごめん、いきなり変なこと聞いて」

 

「だから、そんなとこ見てないで待とうって言ったのに……それで、僕達をいきなり家に呼んでどうしたの?」

 

「……あ、うん。コレなんだけど」

 

できるだけ自然な笑顔に見えるように笑って伝えれば、一瞬カルマくんは目を見開いて……ふわっと笑って、少しだけ眉を下げて謝ってきた……バレたかな、ちょっとだけ寂しいって思ってたの。上手い具合に渚くんが話題を戻してくれたから、それに乗っかる形で部屋から持ってきた物を手のひらの上に出してみせる。

 

「これって……オーナメント?」

 

「うーん、なんていうか……これ『ホワイトストーン』って言ってね、前にお姉ちゃんに会うために里帰りした時にね、ビーチで拾ったの。ほとんどのホワイトストーンは長い時間をかけて砂になっちゃうんだけど、時々こうやって大きさがあって綺麗な形で残るものがあるんだって」

 

「へえ……じゃあ、それを見つけたらだいぶ運がいいってわけ」

 

「丸くて真っ白で、宝石みたい……石なんだよね?」

 

「うん。だけど大事にしてると持ち主の残留思念……想いのこもった珠になるらしいんだ。それで……はい」

 

持ってきたホワイトストーンを差し出し、反射的に手を出した2人の手のひらに乗せた。

 

「え、」

 

「これ……」

 

「クリスマスにピッタリなんじゃないかなって。

……渚くん、メリークリスマス!

カルマは、お誕生日おめでとう!

2人とも、大好きです……!」

 

準備したわけでもなく、家にあったものではあるけど……これは私にとって大事な宝物の1つ。だけど、大切な人に渡すものとしてはうってつけなんじゃないかって思うんだ。1人で寂しかった私にできた、初めて大切だって思えた存在……感謝を表すにも丁度いいかなって。……放っておいて、ただの置物としてホコリをかぶってしまうよりいい気がしたし。

 

「ありがとう、大事にするよ!」

 

「…………」

 

「あ、あの……やっぱり、こんなのじゃ……誕生日のプレゼントにはならないかな……?」

 

すぐに嬉しそうにお礼を言ってくれた渚くんとは違って、カルマくんは手の中のホワイトストーンをじっと見つめて固まってしまっていた。やっぱり、誕生日のプレゼントがただの石、だなんて失礼すぎただろうか。そう思って申し訳なくなっていると、彼は両手でそれを大事そうに握り締めて、

 

「!」

 

「……ありがと、最高の誕生日プレゼントだよ」

 

……意地悪とか、いたずら好きな笑顔とはまた違った、初めて見る少しだけ照れたようなはにかんだ笑顔でお礼を言ってくれたんだ。思わずその顔をじっと見つめてしまって、カルマくんには不思議そうに首を傾げられてしまったけど。

……その喜んでくれた表情に、私はあげてよかったという気持ちとともに……なんだか胸の奥があたたかくなるような……そんな不思議な感覚も一緒に感じていた。

 

 

 

 

 




「あれ、そういえば……結局アミサちゃんの誕生日っていつなの?」
「……私、言い忘れてたっけ?」
「……俺の誕生日、そんなに衝撃だった?」
「そのせいだよ」
「そのせいかな。……私は2月29日だよ」
「へえ、確かに冬本ば、……え」
「う、閏年以外誕生日来ないってこと……?」
「うん、だから私って今、ホントは3歳ってことになるのかなー……?」



「これ、ホントに綺麗に石だね。誕生日じゃない僕までもらっちゃったけど」
「そうだね、…………はぁ」
「カルマ君?」
「アミサちゃんの誕生日、まともに祝えないじゃん……」
「……日にちずらすとか、2月28日の日付が変わった直後とかならいいんじゃない?」
「えー……まぁ、それ以外の日で思い出作れるようにすればいいか……でもプレゼント……んー……」
「……(カルマ君、もしかして……)」


++++++++++++++++++++


カルマの誕生日、中学1年生バージョンでした。
今考えると、渚以外誕生日が物凄いことになってる。カルマはクリスマス、オリ主は閏年って。カルマの誕生日が衝撃だった上にさらに爆弾を落とされて固まるの図。

渚はこの時に、カルマがオリ主に向ける好意を察してます。でも、カルマ本人がまさか無自覚だとは思ってもおらず……結果、あの修学旅行での一件に繋がるわけです。何話かでのあとがきで書いた、『渚は悟っている』というのは、実はこの時からでした。

ホワイトストーンは、碧の軌跡で出てくるアイテムで、最終的にはファンにとって結構重要なアイテムとなります。クリスマスの番外編を書く気になったのは、このアイテムの存在を思い出したからだったり。
残留思念……何かで使えないかな。





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番外編・動画の時間(終業の時間・一学期)

アミサが自分の知ってる授業の抜け出し方で教室を飛び出し、そのある意味すごい行動力にある者は呆れ、ある者は笑い、ある者は感心した後。殺せんせーがある目的のために律の入ったスマホとともに教室を出て行くのを見てから、E組の生徒達は律本体の前に……正確には、画面の前に集合していた。

目的は、E組名物の友達以上恋人未満な2人を覗き……いや、見守るためだ。

 

 

++++++++

 

 

『…………』

 

 

不破「アミサちゃんが玄関に着いたわね。それにしても殺せんせー堂々してるなー……尾行じゃアウトだよ。真後ろから撮影してバレないって……」

 

片岡「アレでしょ、保護色。……でもアミサ、なんで気づかないんだろ……普段ならちょっとした気配みせただけですぐにバレるのに」

 

磯貝「そういや……俺と片岡が見舞いで病院行った時も寺坂の存在に俺等が紛れるように隠れてたのに、扉の前に来てた時点で何人か一緒に来てるってバレてたっぽいもんな」

 

寺坂「アレについてはカルマが言ってたぜ……俺の行動一つで部屋の外で何か分からんが揺れてる気がしたってよ。カルマが気付いてる時点で真尾も気付いてるに決まってんだろ」

 

片岡「私達もまだまだってことかぁ……じゃあ今は?」

 

菅谷「そんだけ真尾も必死なんだろ。よく言うじゃん、集中すると周りが見えなくなるって」

 

 

++++++++

 

 

『…………どこだろ』

 

 

杉野「お、外に出た。どこって言ってる割には迷いないな〜……渚、カルマがいるとしたらどんなとこが多いんだ?」

 

渚「んー、僕もそんなに詳しくないんだけど……裏山、校舎裏、その辺の木の近く、かな」

 

〝当たらずとも遠からずってとこのようですよ、渚君〟

 

渚「っ、殺せんせー!?」

 

〝律さんを通して音声は送受信です。皆さんの声は先生には聞こえるようにイヤホンしてます。……あんまり喋るとさすがにバレますので、先生が話すのは最低限にしますが〟

 

竹林「それで、その当たらずとも遠からずってどういうことですか?」

 

〝裏山だとすぐに戻ってこれない、校舎裏だと近すぎる、木の近くは……さっき先生が迎えに行った時にいましたから今は違うでしょう。ですが、別に『木の近く』とは立ってるだけが近く、ではいですよ?〟

 

 

++++++++

 

 

『……カルマ』

『……!……何』

 

 

〝ね?〟

 

前原「いや、ね?って言われても……どこだよ」

 

矢田「カルマ君の返事は聞こえたけど、姿ないよね……」

 

三村「数本、木が立ってるだけじゃね……?ちょっと枝が太めで葉も茂ってる程度の」

 

速水「……なるほど、上ね」

 

「「「!」」」

 

前原「お前よく見つけたな〜……」

 

 

++++++++

 

 

『教室、帰ろ?……降りてきてよ』

『……アミサだけ、帰りなよ。どーせ磯貝がそろそろ賭けで奪ったアレの使い道を先生に話してるとこじゃないの』

 

 

中村「拗ねてますな〜……」

 

狭間「どうせサボってたせいで成績落ちたとかそんなのじゃないかしら」

 

竹林「僕と片岡さんが7位で真尾さんが4位……中間テストを考えると彼が上位にいないし、案外そうかもしれないね」

 

原「それか、アミサちゃんに顔を合わしづらいとか……」

 

磯貝「……ん?カルマの言ってるアレって賭けで取ったアレのことか?」

 

渚「確かに連れ戻しに行かなかったら話してた頃かもしれないね」

 

茅野「……話す本人撮影してるけどね」

 

 

++++++++

 

 

『…………降りてこないなら、私がそっちに行く』

『……話聞いてる?……って、は?』

 

 

千葉「あ、赤髪が見えた……あそこにいたのか」

 

速水「今分かったの?」

 

菅谷「(すまん、俺も分からんかった)体起こしたらはっきり見え、……は?」

 

木村「跳んだ……?」

 

三村「器用にカルマの頭の上に着地したな」

 

茅野「すご、アミサちゃんあんなジャンプ出来たんだ」

 

片岡「ジャンプはすごいけど、お願いだから普通に登って〜っ……あの調子だと絶対パンツ見えちゃうって……!」

 

岡野「メグ、落ち着いて。分かるけど」

 

 

++++++++

 

 

『……私は〝おっと、律さんここはマイクを切ってください。彼女が以前まだ秘密にしたいと言っていた部分です〟『了解しました!』』

『……そういえば、そうだったね』

 

 

岡島「……殺せんせーにぶった切られたな」

 

木村「まぁ、先生に話してある秘密ならしゃーない。俺も頼んでることあるしさ」

 

杉野「木村が頼むことってなんだよ」

 

木村「何でもいいだろ!」

 

片岡「ちょっと、うるさいんだけど。騒ぐなら廊下行って!」

 

「「やだ!」」

 

片岡「なら静かにする!」

 

菅谷「……片岡かっけー……」

 

岡島「やってることは説教だけどな」

 

 

++++++++

 

 

『……ねえ、カルマ……私今回ね、色んな人に助けてもらいながら頑張ったよ。頑張ってたのに……カルマは全然近くにいない。最近、いつ話しても、カルマは私のことを見てくれてない……ずっと不機嫌で、でも、なんでかなんて分かんなかった。どれだけ考えても分からないし、誰も、教えてくれなかった』

 

 

神崎「アミサちゃん……だいぶ悩んでたもんね……」

 

奥田「はい……アミサちゃんは、カルマ君が安心スペースでしたから」

 

茅野「怖い目にあってもカルマ君がいればすごく安心した顔してたし」

 

岡野「そっか、3人は修学旅行で同じ班だったもんね」

 

中村「なのにその安心する奴を勉強会の誘いに行ったら、腕に真っ青なアザこしらえて帰ってきたしさぁ……本人はやたらカルマを庇って隠すし」

 

磯貝「そういや、校舎裏で壁に押さえつけられたとか言ってたな。……まぁ、俺や奥田に教えてもらうって誘ったらしいから……」

 

杉野「自分に頼らず、何で他にってか。それで今までの我慢も限界だったってことか」

 

前原「……信じてた奴にそんなんされたらそりゃ泣くだろ……」

 

茅野「なんとか協力して他の人に頼ることで成績残せた=他の人に頼るのも大事って言うのを伝えようって言ったら……」

 

中村「最初に言った一言が、『頑張ればまた自分のことを見てくれるかな』、だよ!?どんだけ健気……」

 

神崎「下手なこと言えないよね……」

 

奥田「それから先はとても熱心でした」

 

 

++++++++

 

 

『私、知らないことが多いから、自分だけじゃ何もできない。何も言ってくれなかったら、わかんないよ……どうしたら、また近くにいられるの……?』

 

 

渚「…………」

 

茅野「渚?」

 

渚「いや、…………そうかな、とは思ってたけど、カルマ君が避けてた理由って……僕等以外を頼るようになったからだよね」

 

「まぁ、そう、だよね……?」

 

渚「……ちょっと、僕とカルマ君のせいでもあるよ、これ」

 

「「「え。」」」

 

渚「アミサちゃんが周りを否定しすぎて、僕達に依存しないようにって外に目を向けさせたんだ。で、アミサちゃん自身は僕達以外にも頼れるようになったから、人と関わるのを少し克服したから頑張った分褒めてほしい……って思ってたみたい」

 

 

++++++++

 

 

『……ッごめん!』

『!!』

 

 

中村「カルマが謝って……」

 

寺坂「頭を下げた、だと……!?」

 

村松「真尾限定じゃね?」

 

渚「いや、他にも下げてる人見たことあるよ」

 

吉田「誰だソレ!」

 

中村「案外弱みになったり…!」

 

渚「アミサちゃんのお姉さん」

 

「「「あいつら家族公認なのかよ!?」」」

 

 

++++++++

 

 

『……最近アミサ、女子も男子も関係なく俺や渚君以外の奴ばっか頼るし、甘えに行くし……俺以外の男子に撫でられても嫌がるどころか撫でられて嬉しそうにしてるし……イトナにセクハラされても気付かないし、浅野君には告白されてるし、いつの間にか進藤にまで気に入られてるし……』

『え、と……?つまり、どういうこと……?』

 

 

前原「半分くらいは俺等もどういうこと、だよ……!」

 

菅谷「あいつ溜め込みすぎだろ、まだありそうだぞ!?」

 

千葉「イトナのセクハラ……ああ、胸をガン見してたあれか」

 

倉橋「浅野君って……生徒会長〜っ!?」

 

矢田「告白……え、A組の筆頭なのに、アミサちゃんに?」

 

渚「球技大会の日にアミサちゃんはぐれてたじゃん、あの時らしいよ」

 

杉野「しかもその時に進藤は真尾に惚れ込んでファンになった。杉野君は人の上に立つ側に選ばれたんじゃない、代わりにE組に選ばれた、彼はすごい所を持っているから悪く言うな……って正面から啖呵切って、からのあの球技大会の結果を経て」

 

木村「よく分かんねーけど、よそでも天然兵器は爆裂させてるわけか……」

 

 

++++++++

 

 

『……ずっと、俺のそばにいると思ってたのに、アミサが他の奴らに近付けるようになってから……なんで一番近いのは俺なのにって、嫉妬してた。でも、それをそのままアミサに言うのもかっこ悪いから……俺が、勝手に避けてた。その結果、傷つけて……本トに、ごめん……』

 

 

前原「これ、構ってる俺等に対しても嫉妬してねーか……?」

 

渚「前原君とか岡島君が構おうとするとすっごい目で見てる時はあるね」

 

「「なんで俺等だけ」」

 

「「「自分の胸に聞け!!」」」

 

原「それにしても……アミサちゃんに対してのひねくれた態度は誤解の元って、カルマ君なら知ってそうなのに」

 

千葉「それが男心ってやつなんじゃないか?」

 

不破「カッコつけめ……」

 

速水「カッコつけて傷つけてたら意味無いけどね」

 

 

++++++++

 

 

『……私、あの日から、ずっとカルマがそばにいてくれて……これ以上、寄りかかってたらカルマの自由を奪っちゃうから……迷惑になるって、思って。だから、カルマと渚くんから、少しずつ離れなくちゃいけないのかなって思ってた』

『そんなこと……』

『でも、やっぱり無理だった……どんなにたくさん頼れる人ができても、特にカルマはずっと一緒にいてくれたんだもん、離れていっちゃ、やだよ……ッ!崖から落ちた時も、全部……全部信じられなくなった時に言ってくれた……『死んでも一緒にいるから、一人にしない』って、……私はカルマが迷惑でもその言葉、信じてて、ッ!?』

 

 

「「「は!?崖から落ちたァ!?」」」

 

渚「あー……あの時カルマ君、そんなこと言ってたんだ……」

 

〝先生を暗殺するために、『マッハで助ければ彼等の身体が耐えきれずバラバラになって死ぬ』、『見捨てたりゆっくり助けに行ったりすれば間に合わずに生徒を見捨てた教師として死ぬ』という捨て身の暗殺を仕掛けられた時ですね〟

 

奥田「……なんていうか、最初の頃のお2人はだいぶ無謀なことをしてましたから……」

 

菅谷「花柄エプロン……」

 

渚「それ、カルマ君の前で言わないようにね」

 

 

++++++++

 

 

『──ごめん、本トに。迷惑なんかじゃないから……むしろ、頼ってよ。俺はアミサに頼ってほしいし、俺だって一緒にいたいんだから』

『…………うん』

『腕も、ごめん。俺、あの時は抑えらんなくなってた。怖かった……?』

『…………うん、真っ黒でぐちゃぐちゃしたものしか、感じなかった、から』

『うわ、それは俺でも嫌だわ…………E組の皆のこと、正直侮ってたよ。俺も負けてらんないや』

『……、うん……ッ…』

 

 

 

倉橋「……わぁ……映画のワンシーンみたい……」

 

狭間「抱き寄せて謝ってカッコつけて……本当……中二病でもないし常人でもないし、なんなのかしらあの中途半端」

 

前原「あそこまで言えるなら、さっさと告白しろよカルマァ!」

 

寺坂「ホント、余裕なくなんぞ……生徒会長に、野球部長に、……まだ増えたりしてな」

 

中村「それはそれで面白いけどね」

 

渚「面白いって……本人は死活問題だよ、多分」

 

茅野「そんだけ大事にして……ううん、しすぎてるんだよね」

 

磯貝「2人とも落ち着いたら帰ってくる……全員、リアルタイムで見てたことは秘密な!……ボロ出すなよ?」

 

岡島「真尾ならともかく、カルマはごまかせるとは思えないしな……」

 

菅谷「ていうか、侮られてたのか俺等……」

 

木村「どっかで見返さなきゃなー……」

 

奥田「!そうだ……アミサちゃん、帰ってきたらきっと目が腫れてますよね……私、冷やせるもの持ってきます!」

 

矢田「教員室にビッチ先生いないかなー、アイシングのやり方聞きに行こうよ」

 

倉橋「あ、私も行く〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

律『あ、ちなみに殺せんせー撮影のこの動画は、一部編集後でしたらお渡しできますが……』

「「「ほしい!」」」

律『わかりました!では、順次送っていきますね!』

 

 

 

 

 




「あ、帰ってきたよ!」
「おーおー、ケンカは終わりか?」
「手、繋いで帰って来てるし……どっちかと言えばカルマ君が手を引いてるって感じかな?」
「ホント、色々謎な距離感だよね……よし、男子はカルマ君よろしく!」


「カルマァ……」
「お前にとりあえず言いたいことが山ほどある……」
「……何、何のノリなわけ……?」
「まぁ、とりあえずこっちに来ようか。ちょっとした話合い……ってね」
「磯貝まで……」


「はーい、アミサ、あんたはこっち」
「アミサちゃん、お連れしま〜すっ!」
「え、え……?」
「おかえりなさい、アミサちゃん。少し、いい顔になってる……言いたいこと、言えた?」
「!……うん、ちゃんと、伝えれたよ」


++++++++++++++++++++


終業の時間・一学期
……の、あの場面の『E組生徒は見た』をお送りしました。多分、全員いるはずです。いなかったらホントにごめんなさい、そのキャラクターさん……;;
動かしやすい人は何回も出てくるし、わからない人は一回しかいないしで、結構難しかったです。

イリーナ先生にアイシングのやり方を聞きに行ったついでに事の顛末も伝わってるので、2人のケンカがどうなったのかは先生方も(リアルタイムでは見てないけど)ご存知だったりします。

律に悪気はゼロ。むしろ、これこそ『協調性を磨くため』に必要なことだと殺せんせーに言われて快く協力。動画は記録として残しておく。
クラスメイトの何人かは最後のシーンをもう一度見たさに、何人かは弱みにならないかな……なゲスい考えから、何人かは何かのために、と動画をもらってます。





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