短編集 (赤目のカワズ)
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ヘルサレムズ・ロットで神を見た事があるか?

 

 

ヘルサレムズ・ロットで神を見た事があるか?

答えはイエス。パチモン含め、イカしたゴッドが縦横無尽に徘徊するは新ニューヨーク。背徳が我が物顔で歩き回るこの街で生きていくのは、楽ではない。

 

二つ目の質問。ヘルサレムズ・ロットで関わってはいけない連中は?

こいつは意外と返答に困る。毒島組にアイスヴァイン商会、小弟弟(シャオディーディー)連盟。イカれた奴らは山ほどいたし、そこに異界と人界の区別はない。一歩足を踏み込めば何かしらの抗争に巻き込まれてしまうのがこの街の特徴だ。

 

その中でも、飛びぬけて、いやはや群を抜いて関わってはいけない連中がいる。闇の中にあって昼夜の均衡を守る謎の集団――ライブラ。世界破滅案件の殆どに首を突っ込み解決に導いているという腕っこきの集団だ。

無論、その全容は闇の中だ。構成、本拠地、資金源、その殆どがベールに隠されたまま世には出ていない。時折ライブラのメンバーが洗脳なり捕食されたりといったケースはあるものの、直ぐに揉み消されて結局情報は霧の中――幾度となく関わった事のある身としては、核ミサイルの直撃を受けて全滅してほしい集団である。

 

正にクソッタレな事実だ。何も恐怖や噂が一人歩きをしているのではない。魑魅魍魎住まうこの地にて、誰も彼もがライブラの目に見張られている――――レオナルド・ウォッチを殺害してしまったのは、ぶっちゃけそういう現状にムシャクシャしていたからだ。

一言に纏めてのたまおう。

 

カッとなってボン!

 

「ファック……ああ神様、どうか俺に救いの手を」

 

だが、すぐさま後悔が波となって押し寄せる。

結果的に見れば、レオナルド・ウォッチを殺害したのは、俺の人生において稀に見る悪手であったと言っていい。

神々の義眼の希少価値は勿論であるが、それだけではない。あのライブラの身内に手を出してしまったのだから。

 

俺は嘆いた。何故神は俺を見捨てるのだろう。助手と二回戦をおっぱじめようとした俺を見て――――レオナルド・ウォッチがドン引きしてる。

 

「ちょ!? あ、アンタ一体何なんだ!?」

 

「うるせえ! 神へのお祈り中なんだ! 人質は黙ってな!」

 

話は今日の朝に遡る。

ちょうどそう、はげ頭の老人に結果報告をしていた頃だ。

ヘルサレムズ・ロットでの探偵稼業は楽な仕事ではない。往々にして依頼人のリクエストは、彼彼女にとって苦々しい結末を迎えた。

 

「あー、それでは報告に移らせてもらいますぜ。結果的に言えば娘さんはとっくの昔に死んでました。いやいや、肉体的には生きているといっていいんでしょうがねぇ。何せ、アレを生きているといっていいか……ビデオまで撮ってるんだから悪趣味なこって。え、何? 内容ですかい? あー、顔ぼこぼこの女が突然苦しみだしたかと思いきや、『一つ』になっちまった穴ぼこからぼこんぼこん化け物が……」

 

卒倒してしまったご老人を手厚く介抱したのは、何も親切ばかりが理由ではない。ヘルサレムズ・ロットでの好意や善意は、全て生き抜くための貸付金だ。

ふつふつと怒りに燃え上がる老人をとんとん拍子で焚きつけた俺は、まんまと復讐代行料をせしめた。ついでとばかりに手渡されたアンプルに首を傾げていると、どうやら開発中止になった新薬。自我を持った臓器が口から這い出てくる恐怖を思い知らせてやれとの事だった。

 

「いやはや、中々狂った御仁だったぜ」

 

聞けば娘が誘拐されたのも、その発端を辿れば依頼人自身の悪事にまで遡るというではないか。親の因果がなんとやらという奴だ。ニューヨーク随一の人間街に居を構えた娘さんは、哀れ人間の手によって外道に引きずり込まれた。この街では、よくある話ではあるが。

 

「社長。依頼人が帰ったぞ。投薬後を見たいから、ビデオを撮っておいてほしいそうだ」

 

「追加料金ゲット! 久方ぶりの上客だ、精精働かせてもらおうか」

 

お見送りを終えた助手が仕事部屋に戻ってくる。

俺の喜びようとは裏腹に、助手の表情筋は酷いものだ。優雅にたゆたう金髪、ぱちくりと大きなエメラルドの瞳に整った容姿と、ガワだけ見れば大層な美人であるというのに、その顔つきからは感情というものが抜け落ちている。着飾った人形と言っていいだろう。

だが、感情がないという訳でもなかった。女はどこか不満げな視線をこちらに投げかける。

 

「……毎度毎度思うが、社長の腕前ならもっと稼げるのでは? 老人の願いに慈悲をなげかけるほど、人情家という訳でもあるまい」

 

「お前さんもまだまだだね。今回みたいなおまけがついてくるからこそ、やめられんのさこの仕事は」

 

「というと?」

 

「ま、お楽しみはまた今度という事で」

 

女は納得していない様子だ。こういった人間の機微という奴を彼女が理解するには、まだまだ時間を要するに違いない。孵化したばかりの雛が、翼の動かし方を知らないのと同じだ。

彼女は『向こう側』における文化人類学の研究者だった。異界と人界の融合は、彼女に生涯に渡るフィールドワークを決断させる良い機会でもあったらしい。早い話、長年の窃視病に足が生えた形だ。

無論、その本性はグロテスクな本体と違いはない。なんせ拉致してきた人間に自分をそっくりそのまま注ぎ込んだというのだから笑えない。時折性欲処理をしていると本体が飛び出てくるから心臓にも悪い。

 

「む。下半身への視線を感知。こーびするか?」

 

「しませんよこの万年発情期女が」

 

「あれは最高に気持ちいい。私の種族はいわゆる生殖活動を行わずに増える訳だが、種族レベルで損をしている。大損だ。ほら、こーびするぞ、こーび」

 

「そんなにセックスしたいなら娼館でも紹介してやろうか?」

 

「私はそんな安いクェンヴディではない」

 

「……仕事したらセックスしてやるから、ほれ呼び込みでもしてきなさいな」

 

性欲に支配された助手にビラ配りを命じた俺は窓から外を見下ろし、朝日の差し込むヘルサレムズ・ロットへと思いを馳せる。

相も変わらず変てこな町並みだが、差し込む日差しの美しさに変わりはない。照り返す朝日が煌びやかに世界を彩り、闇夜を吹き飛ばす。世界の趨勢を占い、覇権を握るヘルサレムズ・ロットの穏やかな一幕だ。

無論、こんな時間は長くは続かない。トラブルが駆け足で迫ってくるのがこの街の常先ほどたたき出したばかりの助手が帰ってきたかと思えば、彼女の服は真っ赤に濡れていた。

ついでに、その腕はあり得ない所から生えている。背中だ。といっても、彼女の背中ではない。

呼び込みの成果とでも言うべき歩行者は、哀れ磔刑に果てた神の子の如く、腹を貫通した腕によって宙に浮いていた。

 

 

「大変だ社長。ビラを配ろうとしたら思わず腹を貫いてしまったんだ。嘘ではないぞ」

 

「……リシャオラ。お前さん、異界ではそれなりに長く生きてたんだろ? 常識をどこに置いてきたんだ? ママンの腹の中かい?」

 

「クェンヴディに母という概念は存在しない」

 

「真面目か! ほら、さっさとそいつ見せろ! 殺しちまうと色々とメンドクセーんだからよ」

 

異界連中の中でも一際阿呆なリシャオラに頭を痛めつつ、治療の準備に取り掛かる。

それにしても不憫で不運な少年だ。リシャオラの二の腕はものの見事に腹を貫いており、誰が見ても重体である。腕を抜いた途端、ここら一帯は血の海になって彼は命を落とすだろう。

 

「よし。リシャオラ、とりあえず腕抜け」

 

「分かった」

 

少年は虫の息だ。うめき声さえ上げなくなった所を見るに、本当に死んでしまったのかもしれない。わが意を得たりとばかりに這い出てくる血を尻目に、俺はその時重大な決断を迫られていた。己の矜持に関わるそれである。

 

「さて――ここで会ったのも何かの縁。面白そうな案件を抱えていれば、それで良し。端末にして日常を覗くのもまた良し。悩みどころだ」

 

「社長。こいつ死んだぞ」

 

「なーに、死と生がひっくり返るのがこの街さ」

 

手を翳せばあら不思議――――血は逆戻り、時はさかまき、傷はふさがる。

男の傷はものの見事に消えうせていた。死体が一つ転がっていたとは夢にも思わないだろう。ここまで素晴らしい出来だと我ながら気分が上がってくる。もじゃもじゃ髪もついでに矯正してあげるべきだったか。

 

「さて、後はこいつの記憶をいじくっとけばそれでいい」

 

「ひとつ質問だ社長。何故ここまで拘る? この街ほど死体が似合う所もないだろうに。人体コレクター、生体兵器の燃焼機関、臓器林の苗床と、死体になったからといって価値が磨り減る訳でもない。いや、そもそも、社長の腕ならこの世から存在そのものを消す事も可能な筈だ。それこそ、痕跡すら残さずに」

 

「ごもっとも。しかしだよリシャオラ。不運ってのは知らず知らずの内に忍び寄ってくる影のようなものだ。俺は徒にそれを踏もうとは思わない。こいつの死が巡り巡って俺の不幸にもなりかねんし、なるたけ穏便に事を済ますってのがこの世界での生き方なのさ」

 

ご高説にリシャオラは納得していない様子だったが、それも当然だろう。薄ら笑いを浮かべながらとあっては、あらゆる言葉が白々しく聞こえてくる。しかし、そんな高尚な考えに縋りたくなるくらいには、俺は学習意欲の高い人間だった。死体一つ、怪我の元火事の元、である。

 

「あ?」

 

そう思っていたのも束の間、哀れな元死人の脳みそを覗いていた時だった。

 

「こいつ、神々の義眼所有者……!? いや、それよりも!!」

 

神々の義眼。歴史の裏側で絶えず受け継がれてきた謎の存在。人類史を揺るがす大事件が起こる度に姿を現し、人知れず全てを記録してきた。それこそ下界を知るために遣わされた神の感覚器とも。

とはいえ、正直、そんな与太話はどうでもよかった。それよりも重大なのは、こいつが、このレオナルド・ウォッチなる人物が、あのライブラの構成員であるという事だ!

 

「ファック! やっぱり殺しとこう!」

 

 

 

 

 

 

 

ここで話は冒頭に巻き戻る。

気が動転した俺はレオナルド・ウォッチを細切れにして惨殺したが、やがて正気を取り戻し、全てを無かった事にした。

だが、ここに、俺の探偵事務所にライブラの構成員がいるという事実に変わりはない。焦燥感がじわりじわりと俺の脳みそを苛む。底なし沼とてもう少し節度というものがある。一発キメて落ち着こうと考えた俺は、やおらリシュオラにマイサンをぶちこんだ。

 

「おっ♡♡♡ ぐご♡♡♡♡♡♡ あう♡♡♡♡♡♡」

 

「こいつ気持ちよくなってくると中身出すからほんと萎えるんだよな……」

 

半分に裂けたリシャオラの頭部から、一つ目の化け物が文字通り顔を出す。生まれたての胎児のような井出達をしたそれは、耳元まで裂けた口でわめき散らした。

 

「Smkr;grrke;oh! Gae;gkarjia;!」

 

「気持ちいいからもっとやれ? その目玉引っ込めてくれたらな」

 

いや、引っ込めるべきは己の息子だ。そろそろ冷静さを取り戻しつつあった俺は、縄でふんじばったレオナルド・ウォッチに向き直る。

 

「あー、レオナルド君?」

 

「……なんだよ」

 

「おいおい、そう警戒しないでくれよ。こっちも危害を与えたかった訳じゃあない。こいつは事故。そう事故だったんだ。この街じゃよくある事だろ? それに――どうやら一度顔を合わせた事があるらしい。君の脳みそに直接聞いたんだから確かだよ」

 

不信感ばりばりの視線を浴びるも、致し方ない事ではある。何せ一度は殺し殺されたの関係だ。修復は望むべくもないという事だろう。

だが、これは考えようによっては、ある種天から舞い降りた幸運と捉える事も出来るだろう。とんだ天使様もいたものだ。ぽっかり胸に空いた虚無感を、ようやく塞ぐことが出来るかもしれないのだから。

 

「さて、お噂はかねがね、ライブラのレオナルド・ウォッチ君。俺の名はロシナンテ。ろくでなしのロシナンテとでも呼んでくれ」

 

 

 



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