Electro Wizard (不知火 椛)
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1話 再び動き出す時間

ブゥーーン――カタカタカタ、タタ――カチカチ――カタカタカタ――

 

薄暗い部屋の中ファンの音とキーボードの音がよく聞こえる。

そして、部屋を照らしているのは複数台のモニターであった。

このご時世ホログラムキーボードや仮想キーボードを使うのが当たり前になっている中、その人物は今でも物理キーボードを使っていた。

ピコン!チャットに新たなメッセージが書き込まれた。

その人物は、サブのホログラムモニターに目を向けた。

 

System:犬が 電線 に参加しました。

 

犬:今回のお仕事楽すぎません?こんなに報酬貰って後で何か言われるって事無いんですか?

 

この間入った新メンバーの犬が仕事のチャットに書き込んでいるようだ。

 

Ri:あー、新入りは今回が初めてか...

 

犬:はい、初めてですが?

 

てるてる坊主:報酬額は基本的に歩合制だ、時には話し合いで割合は決まるが...

 

犬:え、あれ全部の報酬額ですか!?

 

ホーク:あ、すまん。そこのところしっかり言ってなかった...

 

Ri:うわー、リーダー酷いwww

 

てるてる坊主:そこはきちんと説明しとけよ...

 

ホーク:いや、素で忘れてたわ、すまん。

 

全員に指摘され犬に説明をきちんとしていなかった事に気が付いた。

 

犬:まあ、今聞きましたから。今後このようなことが無いようにお願いしますネ?

 

ホーク:うい。

 

Ri:これは、またリーダー何かやらかしそうだなww

 

てるてる坊主:あ、それフラグってやつだ。

 

ホーク:おい、やめろ。また犬がかわいそうな目に遭うだろうがww

 

犬:え!?こんな目に遭うのまた自分ですか!?嫌ですよ!

 

てるてる坊主:そして2度目を経験したら自動的に3度目がお約束に!!

 

犬:うわああああああああ!止めてくください!

 

Ri:おー、焦ってる焦ってるww

 

ホーク:他人事のようにしているが、お前らに降りかかる可能性も忘れるなよ?

 

てるてる坊主:え゛

 

Ri:え゛

 

犬:プギャ―! 

【挿絵表示】

 

 

Ri:犬てめえ、喧嘩売ってんのか!

 

てるてる坊主:ほう、新入りの癖に喧嘩を売るとは...いい度胸だ。

 

ホーク:?

 

犬:え、何するんです?

 

てるてる坊主:¶←犬がもう1度酷い目に遭うフラグ

 

てるてる坊主:フラグ建設完了!

 

犬:何てことしてくれるんですか!

 

ホーク:おい、それ俺がやらかすこと前提じゃねーか!

 

Ri:え?

 

てるてる坊主:え?

 

犬:え?

 

ホーク:お前ら...いい加減にしろ!

 

Ri:あ、ここのコードやらかしてるな

 

ホーク:あ、それ(ホール)だぞ

 

Ri:お、まじか犬踏むなよ

 

犬:踏むわけ無いじゃないですか...こっちもプロでやってるんですよ~

 

てるてる坊主:ほう、大きく出たな新入り

 

犬:な、なんすか?

 

てるてる坊主:

 

犬:何も言わないのが怖いんですけど!

 

ホーク:そろそろ真面目に仕事に戻れ、報酬減らすぞ?

 

犬:あ、はい

 

Ri:あ、ちょっと怒ってるな、すぐに終わらせよ

 

てるてる坊主:No.24~128まで終わったぞ

 

Ri:は!?てめえさっさとやりやがったな

 

てるてる坊主:仕事を終わらせて、雑談するのなら問題ないはずだぞ

 

Ri:ちくしょおおおおおおおおお!!

 

犬:あ、任されてた分終わりました

 

Ri:犬もか!?嘘だろ!?

 

ホーク:お、そうか終わったか

 

てるてる坊主:ふむ、口だけかと思ったが中々だな犬

 

ホーク:そーだな、少なくともRiよりは働くな

 

Ri:いやいやいや、俺も終わったから!

 

ホーク:本当か?

 

てるてる坊主:つまらん凡ミスをしてないだろうな?

 

Ri:何年やってると思ってるんだ?

 

ホーク:さあ?

 

てるてる坊主:20年?

 

犬:実はおじいさんだったり?

 

Ri:おし、てめえらが俺のことを思っていたのかよーくわかった

 

ホーク:で、そのミスなんだが...

 

Ri:ごくり...

 

犬:wktk!!

 

てるてる坊主:

 

ホーク:最初以外は全部合ってるぞ...最初以外はな!

 

Ri:いいぇー!ええええええええ!?

 

犬:やってしまいましたねー!!

 

てるてる坊主:クソ雑魚カテゴリーはと...

 

ホーク:大文字で始めるところを見事に小文字で始めたからな

 

Ri:嘘だ!

 

System:ホークが画像を送信しました

 

Ri:いやあああああああ!

 

犬:本当に間違えてますね...

 

てるてる坊主:はい、報酬減額かな?

 

Ri:それでだけは勘弁してください、お願いします。今月やばいんです

 

ホーク:ほら、馬鹿言ってないで各自報告

 

Ri:うい

 

犬:はい

 

てるてる坊主:了解

 

Ri:ここのは、一見するとセキュリティが硬い感じに作ってあるが駄目だな

  まあ、最近の傾向を見れば一目瞭然だが、無差別にアタックを掛けるパターン

  の場合は防げねえな

 

てるてる坊主:大枠はそんな感じだったな。中身の話だが、俺らが入れた時点でお察しだ

 

犬:同じくですね。セキュリティレベルは公表はAですが、CL (注1)で言えば正直BBですね。

  極秘に関してのみAくらいですかね。

 

ホーク:なるほどなここは問題ありだな、クライアントには改善点をまとめて報告だな。

 

Ri:まあ、よくこんなセキュリティで何にも盗まれてねえのが疑問だがな

 

てるてる坊主:そんな事もあるもんさ。ただ運が良かっただけだ

 

犬:ですね。それで、今回の仕事はこれで終わりですか?

 

ホーク:まあ、そうなるな。後はクライアントに報告をして報酬を受け取れば―

 

そこまで打ち込んだ所でホークの携帯端末R.V.G.D (注2)にメールが一件来た。

そのメールを見るとすぐさま―

 

犬:あれ?一体どうしたんです?

 

Ri:あー、あれかもな

 

てるてる坊主:その可能性が高いだろう

 

2人はわかっているようだが、犬には状況が呑み込めていない。

そして、急に

 

ホーク:後は頼んだ

 

System:ホークが 電線 からログアウトしました

 

Ri:ビンゴ

 

てるてる坊主:まあ、しょうがない

 

犬:一体何事なんです?

 

ホークはすぐさまサーバーを手動からオートに切り替えR.V.G.Dを引っ掴んで部屋を飛び出した。

 

Ri:そりゃ犬、お前は知るわけもないか

 

てるてる坊主:だが、どこまで語ったものか

 

ホークは部屋を出るまでに呼んだ自動運転のタクシーに乗るや否や、事前に行先を入力していたのにも関わらず声に出して行先を言った。

 

近江(このえ)大学総合医療研究センター1号病棟まで、なるべく急いでくれ!」

 

犬:どう言う事です?

 

Ri:ホークには妹さんが一人いるらしいんだがな

 

てるてる坊主:その妹さんは5年前から昏睡状態らしい

 

犬:はあ...え!?

 

Ri:まあ、驚くのは無理ねえな

 

道中ホークはもう一度メールの確認をした

 

帆鷹充様緊急の連絡のため本題に入らせて頂きます。

帆鷹愛美(あみ)様の意識が戻りました。お時間が御座いましたら、至急近江大学総合医療研究センター1号病棟までお越しいただくようお願い申し上げます。なお、愛美様のご容態ですが――

 

犬:それって、今回の突然のログアウトと関係があると?

 

Ri:だろうな。はあ、今回は俺が報告か。しゃーねえ

 

てるてる坊主:では、頼んだ

 

System:てるてる坊主が 電線 からログアウトしました

 

犬:へ?詳しい説明とか無しですか!?

 

Ri:詳しことは直接本人に聞け。まあ、あれだと当分は無理だろうがな。じゃ

 

System:Riが 電線 からログアウトしました

 

犬:ちょ、本当に何なんですか!もー

 

System:犬が 電線 からログアウトしました

 

「愛美...」

 

ホークこと、帆鷹 充(ほたか みつる)は車中で固く拳を握りつつ病院への到着を待った。

 

 

 




注1 CL ― Cracker Level (クラッカーレベル)
       クラッカー達の間で使われるセキュリティ難易度の事
       D、C、B、BB、BBB、A、AA、AAA、Sの9段階でSが最高
       ランクが高いほど、ハッキングが難しい。

注2 R.V.G.D ― Real and Virtual Glass Device の略称
         R.V.G.Dは多機能型携帯デバイスで、充は最上位モデルの
         nextと言うシリーズを更に強化して愛用している。
         半端な強化はしておらず、性能はスーパーコンピューターに匹敵

  歩合制 ― 変動給とも、業績や成績に応じて支払われる給料の事。


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2話 近づく気配

「愛美!」

 

勢いよく引き戸を開け個室の病室へ充は駆け込んだ

 

「シー」

 

しかし、入った途端担当の看護師である木田さんに突入と共に言われた。

 

「あ、すいません...それで、愛美は?」

 

充はすぐさま謝り、今度は小声で木田さんに話しかける。

 

「大丈夫よ、簡易検査がさっき終わったの、それで疲れちゃったのね、今は眠っているわ」

 

木田さんはカーテンが閉められた先にあるであろうベッドに向かって顔を向けた。

 

「それで、検査の結果は?」

「まずは、そこから聞くのね、まあいいわ。ここじゃ、何だからちょっとこっちに来て」

 

充は病室のすぐ近くのナースステーションの一角にある机に案内された。

 

「それで、愛美さんの簡易検査の結果だけど―」

「は、はい」

「今のところ特に問題はないわ」

「よ、よかった」

 

充は妹の無事を聞いて充は脱力をする。が、

 

「でも、これはあくまで簡易検査の結果よ、詳しく検査しないとわからない事もあるんだから、まだ完全に喜ぶには早いわよ?」

「は、はい」

「まあ、私の見立てでは大丈夫でしょうね。体の方はリハビリをしないといけないけどね。ただ」

「た、ただ?」

「いえ、これは誤魔化しても問題の先送りね、彼女目を覚ました時初めに何を言ったかわかる?」

「ま、まさか、両親の事ですか?」

 

妹が目覚めた嬉しさで失念していた最悪の出来事を思い出した。そして、思い至った。至ってしまったのだ。一気に残酷な現実に引き戻され、背筋が凍る感覚が全身に駆け巡る。

木田さんも目を伏せ口を開いた。

 

「多分その通りよ。ただ、5年ぶりに言葉を発したからでしょうね、はっきりとは聞き取れてないの。ごめんなさいね。今喜んでいる所に水を差すような事を言ってしまって」

 

木田さんは謝りながら言った。

 

「い、いえ。こちらこそ気を使ってもらって―」

「看護師だから当たり前です。愛美さんもだけど、充君あなたも大分無理してない?」

 

何故か、話題の矛先がこちらに向かって来ていたので、すぐに話を切り替える。

 

「そ、そう言えば、筋力を取り戻すリハビリって普通はどのくらい掛かるものなんですか?」

「んー、そうね。大体は寝ていた期間の倍は掛かるとされているわ」

「そう...ですか...」

「でも、その話は少し前の話よ。今は患者さんの気力にもよるけど愛美さんの場合は脳と精神系統の症例だから180日間は病院でできるわね。まあ、回復の速さは本人の頑張りと気力次第よ。」

「そうですか...回復はするんでしょうか?」

「愛美さんの場合、若いから完全に運動機能が回復する可能性は低くないわ、元々脳や神経にはこれと言った障害は負っていなかったはずだから大丈夫よ」

「なるほど。よ、よかった」

「でも、」

 

木田さんは少し間を置き、充の目をしっかり見据えて続きを言った。

 

「ここからが、本当に大変な所よ、愛美さんが元の、いえ...それ以上の生活に戻れるかどうかは充君、()()()()()()()であるあなたに掛かっているわ」

「っ...!」

 

充はその一言を言われ、体に力が入った。木田さんの言う通り、愛美がいざという時に頼れる家族は充ただ一人なのである。親戚連中が当てにならない事は、両親の葬式の時に嫌と言うほど思い知らされた。また、前の後見人には既に無理を言ってなって貰っていたため、成人をした去年に愛美の後見人を引き継いだ。

 

「そう、ですね」

「ごめんなさいね、まだ若いのに追い詰めるような事を言ってしまって...」

 

そう言った木田さんの表情もいつもより暗かった。と言うか、あなたもお若い気がするのですが。

が、木田さんはすぐに暗くなった話を元に戻すように

 

「さて、まずは今後どうしていくか計画を立てましょう?」

 

木田さんはそう言うと見積書や、リハビリのスケジュールプラン等を持ってきた。

その後担当医も交え、今後の事を話し合った。その結果、

 

「今日は泊まっていきなさい」

 

と言う担当医と1号病棟の看護師長でもある木田さんから言われてしまい今日は愛美の眠る病室に泊まる事が半ば自動的に決定したのである。

 

――――――

 

「全く、とんでもない事が今日は起こりすぎだ」

 

自宅へ一度帰り1泊する準備をして再び近江大学総合医療研究センターに戻る道中、充はそうぼやいていた。自宅に帰宅した充がした事はまずサーバーのログの確認であった。サーバーの管理を任せているAI「Re;Lear(リーリア)」の報告を確認する。

 

「アタックが4千回か、6時間出掛けててこれは少ないな」

 

どんどん読み進めていく

 

「動作異常も無いし、特に問題は無いな」

 

最後までチェックを終わらせると次は、ネットワーク界隈での動向の変化が無いかの確認し、準備を終わらせる。

 

「Re;Lear1日ほどここを空ける、何かあればすぐに報告をするように」

「命令を了承しました。いってらっしゃいませ充様」

「ああ、それと...」

「どうかなさいましたか?」

「いや、これは帰って来てからかな」

 

ホログラム内に設定したRe;Learは首を傾げる動作をしているのを傍目にしつつ部屋を後にした。

それが、つい5分前の出来事である。

 

「愛美は俺を兄と認識してくれるだろうか?」

 

ふと頭によぎるのは妹の事である。5年間眠っていたも同然なので、どうすべきか悩んでいたのだ。

 

「まあ、今悩んでいても仕方がない。まずは喜ぶ事が大切だな」

 

充はそう割り切る事にした。

 

――――――

 

「じゃあ、一応確認しておくわね。もし、目を覚ましても、急に動かすような事はしない事、何か異常があればすぐにナースコールをする事、いいわね?」

「はい、わかりました」

「ならよし、本当は君がいる時に目を覚まして欲しかったんだけどね」

「いえ、快復したと聞いただけで嬉しいですよ」

「まあ、明日目を覚ますだろうから大丈夫よ。その時どう声を掛けるか考えておきなさい」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、私はナースステーションに居るから」

 

そう言うと木田さんは病室を後にした。充は予め教えて貰っていたパスワードを入力して病院の専用ネットワークにアクセスする。実はこの病院も充達の大口のクライアントで懇意にしてもらっており、ここのネットワーク管理もほぼ充がやっている。また、他の病院のセキュリティレベルはAAだがこの病院はSにしている事もあり、信頼をして貰っているためだ。その代わり、クラッカー達の標的にされていると言う皮肉な所はあるのだが、それはまた別の話。

 

「前回のチェックは13時間前だったな。まあ、なんとも無いと思うが確認は重要だ」

 

そう言いR.V.G.Dと病院のサーバー、充の家のサーバーとも同期してサーバーの処理能力を上げ、サーバーログの確認を行う。

 

「Re;Learログチェック開始」

「サーバーNo.1~16までの同期を確認ログチェックを実行します」

 

Re;Learに確認処理を任せ、ハードの異常が無いかの確認を行っていく。

ハードの方も自動で報告を上げるように設定しているのだが、細かい所は本人がチェックするようにしている。

1サーバーあたり32ラックで構成されており、16基合わせて512ラック。

1ラックあたり64ノードで32768個のCPUで運用している。

4PFLOPSと言う莫大な計算をこなせるようにしている。

メモリーは1ノードあたり32GBで合計1PB。

計算結果即時記憶装置でSSDが合計512TBで3TBの耐久SSD188台。

カルテや計算結果等データ自体を記憶する記憶装置でHDDが合計20PBで4TBのHDDが1ラック10台で5120台。

KONOEGMCサーバーと名前がついている。

 

「CPUの異常動作はなし、メモリーは46番、224番、863番、6789番、20403番ノードでエラーを数回吐き出してるな...交換申請を出しておくか。SSDは96番と136番が不良セクタがあり、一度フォーマットして戻らないなら交換だな。HDDはNo.4サーバー113番ラックの7番、No.15サーバー478番ラックの2番、No.16サーバー511番ラックの10番が不良セクタあり、こっちもフォーマットして戻らないなら交換だ。ハードはこんな感じか」

 

ハードの方の確認が終わると次はログの確認である。

 

「Re;Learログで変化はあったか?」

「前回より稼働効率-0.0032%エラー件数7件、前回比+4件で不良セクタの影響です。アタックは1万302回で前回比-300回です」

「これと言った変化は無し、いつも通りだな」

「はい、これと言った問題は確認されませんでした」

「よし、最後にスキャン掛けてチェック終了だ」

「システムスキャンを開始します。その後通常稼働に戻し、同期を切断します」

 

充は同期を切ったのを確認し、サーバーとの接続を切る。

 

「特に問題は無かったな」

 

充は一息つく為、愛美に変化が無いのを確認して病室を出た。そして、自販機のある場所に向かい暖かいミルクティーを近くのベンチで飲んでいた。すると人の気配があった、巡回の看護師かと思い顔を上げるとスーツ姿にサングラスを掛けた如何にもな人物が立っていた。

 

「...どうしたんですか?ナースステーションはあっちですよ」

 

嫌な予感がしながらも、充はナースステーションの方を指差した。

 

「帆鷹充くんですね?総務省国家情報保安部の者です。」

 

そう男は口を開いた。

 

「国家情報保安部?」

「はい、総務省の管轄になります」

「で、そのお偉いさんがこんな一般市民に何の用ですか?」

「ははは、ご冗談を...ですが今は関係ない」

「どう言う意味だ?」

「いいでしょう、真夜中ですから早く帰りたいので本題に入らせていただきます」

 

深夜の病棟が異常に静まり返っているように充は感じた。男は笑いつつ一瞬区切ってから。

 

「国家解体プロジェクト...これのプロジェクトにご参加頂きたい」

 




KONOEGMC ― 近江大学総合医療研究センターのサーバー兼スーパーコンピューター
         GMCは General medical centerの略称
       ・全体構成
        全体で512ラック
        CPU数は32768個(512ラック×64ノード×1CPU)
        計算結果即時記憶装置SSD容量512TB(3TB×188台)
       ・ラック
        1ラックあたり64ノード。1ノード、1CPU
        磁気ディスクHDD容量20PB(1ラックあたり4TB×10台)
        システムボード
        IO用システムボード
        電源
       ・CPU
        Zero;code128
        16コア(1コアあたり8GHz)
       ・メモリー
        1ラック32GBで合計1PB


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3話 再開と不穏な動向

「国家解体プロジェクトだぁ?何かの宗教勧誘ですか?」

 

スーツ姿の男の突飛な発言に充は気の抜けた声で返す。

 

「いえ、私は大真面目ですよ、先程の発言も冗談ではございません」

 

表情を全く変えずに淡々とスーツ姿の男は大真面目にいう。

 

「はあ、で、その話が100歩譲って本当だったとして...善良な一般市民に何の御用がおありで?」

 

この男には何を言っても無駄だと充は判断し、話を進める。

 

「善良な一般市民とは言いえて妙ですが...あなた自身、既にお分かりではありませんか?」

「さあ?一体何のことを言っているのかわかりかねますね」

「まあ、我々はそれでも一向に構いませんが?」

「回りくどいな、何が言いたい?」

 

スーツ姿の男のじわじわと責めるような言い方に苛立ちを抑えきれなくなった充は核心に迫る質問をぶつける。

 

「では、ストレートに。()()()()()()()()()()?ここから先大変ですね?」

「っ...」

 

心臓を鷲掴みにされる感覚を充は久しぶりに体験した。

 

「おや?どうされました?顔色が優れないようですが?」

 

白々しく聞いてくる。まるで、こちらに選択権など始めから無いようにはっきりと。

 

「それは脅しか?」

「いえいえ、脅しだなんてとんでもない!」

 

よくもまあ、白々しくそんなことが言えたものだ。充は溜息を吐くと、

 

「はあ、今日は疲れている。後でメールでも何でもいい。連絡をしてくれ」

 

充は折れる事にした。その様子に、男は頷くと

 

「ふむ、確かに我々も焦りすぎたようだ。後日また連絡するとしよう。では、――」

 

そう言うと、元来た方向に男は歩いてゆく。

 

「ああ、そう言えば――え?」

 

こちらから連絡する場合は?と聞こうとした充の言葉は口に出されることなく止まった。何せ、疑問をぶつけるべき相手の姿が既に無いのだから。そして、頭をガシガシと掻き毟ると立ち上がり、病室へ向かう。

 

「ああ、これ寝て覚めたら夢とかじゃねえかな...」

 

その呟きは深夜の病棟に掻き消えた。

 

 

―――――――――

 

「...」

 

その後、すぐに眠りについた充は揺すられる感覚があり、まだ眠たい目をうっすらと開ける。同時に周囲の音も頭に入ってきた。

 

「...ねえ...てくだ...あ...起き...」

 

薄目を開けたと同時に揺すられる力も大きくなり、頭も回ってきたのか、声がはっきりと聞こえてくるようになる。

 

「起きてください!あ、ようやく目を開けてくれた。」

 

と、病院着の少女が寝ている自分に声を掛けていたのだ。おまけに病床からわざわざこちらに体を伸ばしてまで。そこで、はたと充はあることに気が付いた。この病室は病院側の好意もあり個室にしてもらっている。と言う事は、ナースか、医者でも入ってこない限り自分に声を掛ける人間はいないはずである。これから導き出される答えは...

 

「お前、愛美...か?」

 

何とか絞り出した言葉はありきたりの言葉であった。愛美の反応はというと。

 

「?そう、だよ。私は帆鷹愛美...ですけど」

 

どういう状況かわかっていないのか急に口調が変わる愛美に、苦笑しながら充は口を開く。

 

「おはよう、愛美」

 

充は体を起こし、愛美に向かいそう口にする。昔やっていた様に頭をなでるのを忘れずに。

 

「ん?うん?充...お兄ちゃん?」

「うん、そうだよ愛美」

「そうなの?でも、少し違うような...」

 

愛美は自分の知る兄の姿とかけ離れており、かわいらしく首を傾げるが面影は感じているようで複雑な表情をしていた。

 

「戸惑うのも無理はないか...よく聞いてくれ愛美、お前は5年間眠り続けたんだ」

「5年...も?私5年も眠ってたの!?」

「ああ、いずれわかることだからな。愛美は、どこまで覚えてる?事故のことは」

「事故?事故って...っ!」

 

愛美は急に顔が青ざめ、そして震え始めた。すぐに充は抱きしめて優しく

 

「大丈夫だ、お兄ちゃんはここにいるし、愛美も安全だよ」

「本当に?大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。それに、ここは病院だから」

「病...院?」

「そうだ、だから大丈夫」

「お兄ちゃんが、そういうなら...」

「その、な、これは言わなきゃならないことだから先に言っておく、これは避けて通れないから。しっかり聞いてくれ」

 

兄の厳しい雰囲気に愛美は少したじろいだが、愛美は充の目をしっかりと見た。

 

「わ、わかった」

「今から話すことは、全部本当のことだ。5年前のあの日――」

 

充は順を追って話し始めた。5年前のあの日起こった事を。

 

充が修学旅行で居なかった時の事だった。父さんたちも家族旅行へ行った帰りにその事故は起きてしまった。輸送型自動運転車両が突然、愛美たちの乗っていた自動運転車に突っ込んだのだ。

その事故で前方座席に居た両親は即死。後部座席に居た愛美は辛うじて無事ではあったが、両親が見るも無残な姿となっており、その影響で気絶してこの病院へ運ばれていた。今は交通管理システムとAI、自動運転システムが合わさって、事故が起こる確立は0.00001%以下と言われている。

そんな中で起きたこの事故は世間に衝撃を与えた。原因究明が徹底的に行われた結果、事故原因はこうだった。整備システムで見抜けなかった車両の足回りの劣化が原因だった。走行中に劣化部分が破損しコントロールを失って、衝突したという何とも拍子抜けする原因であった。また、製造側のデータ改ざんの疑いもあるらしい。

 

時折、震えて強く抱きしめらたりもしたが愛美は最後までしっかりと聞いてくれた。

少しでも拒絶して、取り乱すかと思っていたがそのそぶりは無かった。

 

「じゃあ...お父さん達は死んじゃったん...だね」

 

愛美の手をしっかりと握り、頷いた。事実を否定したところで、現実は変わらない。

充は残酷な真実をしっかりと、伝えなければならなかった。嘘でできた張りぼてが剥がれ落ちた時のリスクを考えるとこのタイミングで話すのが一番良かった。嘘はできるだけ少ない方がいい。

 

「ごめんな...俺、すぐに駆けつけることが出来なくて」

「え?」

「俺さ、事故が起きたのを知らされたのが深夜だったんだ。しかも、連絡は親戚から回ってきて駆けつけるのが遅くなっちまった」

「そう、なんだ...私はずっと寝てたからわかんないや...」

 

力なく笑う愛美の表情は自分を責めるものではなく、どこか諦めのような感じがした。

その妹に充は掛ける言葉を探すように視線をさまよわせて

 

「でも、父さん達は愛美を守って死んだんだ。俺は誇りに思うよ」

「そう、だね。愛美を守ってくれたんだよね...」

 

苦し紛れの、捻り出して言った一言ではあったがどうにか届いたようだ。

そろそろこのあたりで話を切り替えなければと思ったその時病室の扉が開いた

 

「失礼します~」

「あ、木田さんどうしたんですか?」

「えっと、誰?看護師さんなのはわかるけど」

「あー、ええっと」

 

充がどう説明したものかと考えていると先に木田さんが口を開いた。

 

「充君、私大人なのだから自己紹介くらいできるわよ?」

「あ、そうですよね。すいません」

「そうよ、あっ。ごめんなさいね、愛美さん」

「い、いえ」

「私はここの病院の看護師の木田です。あなたの担当をやってるわ」

 

木田さんはさらっと自己紹介をしてしまった。

愛美も呆気に取られていたが、気が付くとすぐに

 

「あ、えっと。ほ、帆鷹愛美です。あ、ありがとうございます?」

「何で自己紹介が疑問形なんだ?」

「だ、だってぇ」

 

ぽかぽかと側にい居た充を叩くと愛美は不満を露わにした。

どうやら、先ほどの暗い雰囲気は消し飛んだようだ。ここは木田さんに感謝しないといけない。

 

「はいはい、それはそうと愛美さんはこの後簡易検査したら、今後の方針を決めるからね」

「あ、はい。方針って言うと?」

「今のあなたは約5年間眠っていたって言うのは聞いた?」

「はい。聞きました」

「そう、なら話は早いわね。要は体を元のように動かせるようにリハビリね」

「リハビリ、ですか...」

「まあ、それも軽いもので済みそうだけどね」

「え?」

「何でもないわ。で朝食が来ると思うから、それが食べ終わったら検査だから。また後でね」

 

木田さんの呟きは聞かれることなく、そのまま病室を後にしていった。

それと入れ替わるように、朝食が運ばれてきた。

 

「入りますね。帆鷹愛美さん、朝食です」

「あ、はい。ありがとうございます」

「お兄さんの方は今からだと2回の食堂が開いているわね。食べてきたらどう?」

「あ、そうですね。あれ?でも2階って」

「木田さんと本堂先生がね」

「あ、ありがとうございます」

「ふふふ、お礼なら先生たちに言って」

「それもそうですね」

 

そう言って充は愛美の方を向くと

 

「じゃあ、俺も朝ごはん食べて来るよ。愛美もゆっくりでいいからちゃんと食べるんだよ」

「うん」

「焦って食べなくていいからね。胃にしばらく何も入ってなかったから」

「あ、そっか。久しぶりに食べるからこんなにぐちゃぐちゃなんだ」

「そうそう、急に物を入れたら胃もビックリしちゃうからね」

「あら、お兄さんよく知っているね。お兄さんの言う通りだから焦らずにね」

「はーい」

 

そう言うと充は病室を出て行った。

どうやら、看護師の人が食べさせてくれるらしいので、充は急ぎ食堂に向かった。

 

「Re;Lear」

「はい」

「何かあったか?」

「はい、Ri様からのメールが1通、その他依頼案件と思われるものが5通、迷惑メール等が304通、分類不能が1通となっております。また、サーバーへのアタックが増加傾向にあります」

「Riのメールと分類不能のみ開け、依頼案件はそのままRiに送れ。それとサーバーは警戒ランクを1段階...いや、念のため2段階上げろ」

「はい、了解しました。ですが、分類不能のメールを開いても本当によろしいのですか?」

「いい、あーいや、俺の端末に送ってそのまま接続を切っておけ」

「了解」

 

そう言って食堂に向かう道中そのメールを開いた。

そのメールを見たとき充は何とも言えない寒気を背中に覚えた。

メールの本文はこうなっていた。

 

メールsystem Re;DM

 

件名: 総務省 国家情報保安部

 

帆鷹充様

この度は連絡を欲しいとの事でこのような形を取らせて頂きました。

国家解体プロジェクト(以下プランDとします。)

プランDに関しては総務省が提案、国からの依頼となります。

無論、プランDに関して相応の報酬をお約束致します。

但し、プランDは国家機密事項であり、情報を漏らした場合は

相応の処置を取らせて頂きます。

プランDにご賛同頂けるようでしたら、ご連絡ください。

我々はあなた方を高く評価しております。

 

                 総務省  プランD

 

 

簡易的であったが、どこか強制力のある文章に充は面倒な物に当たってしまったと感じた。



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