ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜光を宿すもの〜 (ロンドロ)
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第1章 少年の旅路
計画は穏便に
グラン歴754年5の月。
春にしては暑く、夏にしては涼しい季節と、日に日に暖かな気候となってきている。初夏というのが正しいのかもしれない。もっとも、大陸の北のシレジア王国はまだ春にも差し掛かってもいないだろうが。
ユグドラル大陸中心に位置するグランベル王国の王宮、バーハラ城には他国の書状を運び込む文官や部屋を掃除する使用人、王族を護衛する近衛兵が行き交っていた。あちらこちらで地面を蹴る靴の音が響き、バルコニーには小鳥が忙しなく鳴いている。
そんな中、城の書庫で静かに本を読みふける人物がいた。
金の長髪を束ね、長い睫毛、ぱっちりとした大きな赤の瞳を持った少年である。まだ成人していないとはいえ、幼さを秘めたその容姿は見るもの全てに中性的な印象を与える。
–––少年ではなく少女なのでは–––と
「えっと、こっちが大陸史の本であっちが…」
少年は椅子に登り高い本棚から分厚い書物を抜き出す。そしてそれらを手に取り、側の机に平積みにしていった。
彼の名はユミル。
現グランベル王国国王アズムールの次男の息子、すなわち孫であり、バーハラ王家の祖であるヘイムの血を宿す、れっきとした王族の一人である。
第二王子の息子であるために正当な王位継承者ではないのだが、
この少年がこのユグドラル大陸で長きに渡り繰り広げれる"聖戦"に身を投じていくことをまだ誰も知らない。
「うーん…やっぱりこういう暖かい場所は、本の虫の特等席だな。」
木漏れ日がさす書庫の窓辺でユミルは本をめくっていく。
今読んでいるのはユグドラル大陸に巻き起こった200年にも及ぶ戦いの記録である。
グラン歴440年、暗黒神ロプトウスが大司教ガレに降臨し教団を作り上げ大国グラン共和国を滅ぼした、そして教団はロプト帝国を成立させ子供狩りや虐殺などの数々の暴挙を行なったのである。しかしその100年後、当時の皇帝の弟マイラが反旗を翻した。マイラはロプト教団以外の庶民が奴隷のように扱われていることに憤りを抱いていたのだ。反乱はすぐに鎮圧されたものの、これに触発され大陸各地に自由解放軍が立ち上がる。それでも解放軍は強大なロプト帝国に次第に追い詰められ最終的にはダーナ砦に立て籠もるほかなかった。誰もが絶望した中、奇跡が起こる。十二人の解放軍戦士の前に神が降臨し、十二聖戦士が誕生したのだ。神は聖戦士達に聖なる武器を授け、打倒帝国を掲げた解放軍により、その15年後ようやくロプト帝国は滅びたのである。その後聖戦士は各地に散りグランベル七公国と周辺五王国を建国した。
まるで神話のような話がこの大陸に起こったことを明確に記されている。僅か百年経ったのが今の時代であるということも。
「いつ見てもこれが本当にあったことだなんて思えないんだよなぁ…」
「何を見ているんだい?」
後ろから突然声をかけられ驚いてしまった。夢中で読みすすめていたので人の気配に全く気づかなかった。
声の主はどうやら叔父のクルトのようだ。ユミルの父親の兄にあたる人物である。
「お、叔父上!」
「へぇ、大陸史を読んでいたのか。」
「え、えっと…はい、勉強です。」
「勉強?今日は歴史学の先生が来るだろう。」
「よ、予習しておきたくて…」
「そうなのかい?」
クルトはユミルの挙動不審な様子に気づきはしたものの、あえて触れなかった。すると部屋に1人の文官が入って来た。
「クルト様、エッダ公国から書状が届いています。」
「おや、すぐ行こう。じゃあユミル、またね。」
「あっ、はい。それでは…」
書庫の扉がゆっくりと閉まる。
「…はぁ…」
ユミルは深い溜息をつきながら机に突っ伏す。
(まさかあの計画、バレてないよね…?)
懐から文字がびっしりと書き込まれた紙を取り出す。
折り畳まれていたということもあり、所々皺になっていたが。
紙を広げて確認するように目を通していく。
この紙に書かれたことこそが、ユミルの言う計画であった。
約半年もユミルが考えに考えた計画、
それは” 国からの出国 ”
出国とは呑気に馬車で各国を旅行する…などではない。逃げるようにこの城から、そしてこの国から旅立つというものである。
勿論これは誰にも他言していない。出国を完璧に済ませたいために。
「王子が国から出たがっている、はいそうですか、ならば馬車を用意させましょう」なんて、済むような話でもない。むしろ大事だ。
誰にも知られず、この国から出ることが一番の目標である。
出国は明日の夜。馬での移動は無理だ。試しに以前厩舎を訪れたとき、馬を引き連れようとして相当騒がれた。しかも目立つため門番にでも会ってしまったら計画がバレて全て台無しになってしまう。徒歩での移動の方がリスクが少ないというわけだ。
そして文官の持ってくる報せによると、西の方から雨雲が近づいて来ているそうで。雨が降ると外の見張りがいつもより半分ほどの人数になるのでその隙に地下から抜け出す。そのまま森へ進み、街を渡って国から出る。この前、騎士達の狩りに着いて行き、その時ついでに大雨が降っても安全な道を探してみたので、ある程度は把握しているつもりだ。
勿論必ず成功すると決まった訳ではないが。
随分と自分勝手な話だが、ユミルはクルトが正式な王になるまでにこの計画をやり遂げなければならなかった。
それはというもの、グランベル王国はバーハラ王家に代々受け継がれる聖遺物の聖書ナーガを扱うことのできる直系血族が王として、国を治める。本来ならばクルトが次期国王として、そして更に次の国王にはクルトの子供が王位を継ぐのが道理であった。
しかし現状では、次期国王の次はユミルが王位を継ぐと言われている。何故ならクルトには妃がおらず、世継ぎが存在しないため。
このままではバーハラ王家の直系血族は断絶してしまうと皆恐れている。最悪の場合、忌み嫌われているが傍系の両親から直系血族並に血の濃い子供を作る近親婚という方法がとられる。そのためにユミルを王にし、他のヘイム傍系の女を娶らせ直系の子供を産ませるだろう。クルトが王になればユミルは直系血族のかわりとして今まで以上に手厚く保護される。そうなってしまっては国を出るどころではない。
国を出るのなら、何の差し支えもない今こそが好機だと、そう思った。
もし成功したのなら、国の貴族だけでなく国民からも「王族が城での生活に退屈し国から逃げた」とでも思われるのだろうか。いや、この出国はそんな軽いものではない。まあ己の見解を深めるために、という理由もあるが。
(出来るか出来ないかの話なんかじゃない、やるしかないんだ。)
自分の考えは愚者の世迷いごとだと思われるのだろうか。
いや、それでも構わない。
(絶対に、成功してみせる。)
自らの拳を握りしめ、ユミルはそう決意を固めた。
ユミルという名前は北欧神話から。原初の巨人だそうです。(当たり前だけど本作のユミルは巨人じゃない)
「男と女の役割を担うことができ沢山の巨人を生み出した」というところから中性的な容姿と言葉、そして光を作り出すという本作のユミルに当てはまる設定だったので名付けました。
追記
【挿絵表示】
↑ユミルの容姿絵です。デジタルのくせに雑。
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準備
出国のために荷物を用意する。
水は1日分あれば十分だろう。外には川もあるが、雨が降ると泥と掻き混ぜられ茶色く濁ってしまうので飲めたものではない。雨が落ち着いて混ざった泥が沈むか、街に出たらいくらでも水が手に入るので、足りなければ雨水を集めて飲めば足りそうだ。
木で作られた筒に蒸留水を注ぐ。王族のために用意された水だ。
この旅でしばらく飲むことはないだろう。馴染みがあるものは水だろうがなんだろうが名残惜しいものだ。あまり味わいながら飲んだことはないので、ユミルは水をグラスに注ぎ、口につける。
「…美味しい、のかな?」
他と比べたことがないのでなんとも言えない。
次は食料だ。以前、狩によく行く兵たちから保存のきく干し肉の作り方を教わった。食べてみると固すぎて王族のユミルの口に合わなかったが、これが今、役に立つとは思わなかった。三日前から作り始めて今日完成した。肉を丁寧に紙に包み、鞄に詰める。他にも乾燥豆を入れる。意外と腹持ちがいいからだ。
「あとは…聖杖と、魔道書…それにペンダントか…」
ユミルは自室の隅に傾けられているリライブと机の上に置かれた魔道書を手に取る。握った聖杖にはほのかな温かみを感じた。
「母上…」
このリライブは母がユミルの誕生日に送った聖杖だ。『困っている人を見つけたら助けて上げなさい』という意味を込めて。
魔道書には新しくはないものの、特にこれといった損傷はなく、使い込まれた形跡はない。ライトニング、バーハラ王家が得意とする光魔法の一つだ。父が生前扱っていたもので、所々に装飾が施されており少しばかり重い。荷物は極力軽くしていきたいがこればかりは形見であるから手元に置きたい。
「やっぱりこれがあると落ち着くや」
魔道書は鞄に入れ、聖杖は大きいので背中から下げることにする。
そして魔道書の置かれていた横の小箱に目をやる。小箱は質素なもので、いたって普通の木製の箱だ。蓋を開けると小箱とは対照的に金の鎖に繋がれたペンダントが入っている。蒼く輝く宝石の中にバーハラの家紋が彫られていて、知らぬ者でも高価な物だと一瞬でわかるような代物である。
ユミルはペンダントを握りしめて磨き出し、首に通す。首元から見える鎖が光る。
「お祖父様、叔父上、申し訳ございません。」
1人だけの部屋でその声はだれにも拾われることはなかった。
(きっと長い旅になりそうだ。それでも僕は行かなければ…。確かめたいんだ。)
そう、父と母の死の理由を知るために。
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父と母
父は王族であったが長子ではなく次子であるがために王にはなれないと言われていた。実際父は争いを好まず叔父との継承権問題で揉めることはなかった。母はヴェルトマーの遠縁の人間で父とは政略結婚で一緒になったらしい。それでも周りからはとても仲の良い夫婦であったと言う。父は光魔法が得意で母は杖を使って人を癒すことが得意だった。父は僕がまだ幼かったことから魔法を教えることはしなかった。代わりに母から杖の使い方をたくさん学んだ。今でも聖杖は僕にとって大切な物だ。
「お父さまお母さま見てください!はなかんむりをつくってみました!」
「おや、凄いな。細かいところまで作り込まれてる。」
「まあ、ユミルってば本当に花冠を作るのが上手ね。」
「将来の夢はお花屋さんかな?お祖父様にも見せに行こうか。」
いつもそうやって頭を撫でてくれる。僕は父母のことが大好きだった。
別れは突然だった。父と母が公務として各地を回っていた中、馬車が山道に入った所で賊に襲われてしまい帰らぬ人となったのだ。僕はバーハラ城にいたおかげでなんともなかったが両親の死に長く苦しんだ。後日王国軍は襲われた周辺の賊を一掃したそうだが、失われた命は戻ることはない、母のお腹には新しい命を宿していたが生まれることもなく、露と消えてしまった。
それから自分の部屋に閉じ籠るようになってしまったが、気にかけた叔父が僕を実の息子のように接してくれたおかげで今の僕が存在する。叔父には感謝してもしきれない。
しかしただ一つ気になることがある。賊は馬車を荒らして金品を巻き上げたそうだが、父と母の亡骸のそばには僕が今持っているペンダントがあった。見ての通り、ペンダントは売ればとんでもない額が期待されるであろう見た目なのでこれも盗まれるはずだ。他の高価品を盗みペンダントだけ手をつけていないのはどう考えてもおかしい。叔父もそれを疑問に持ったそうだが、なんの結論も出ないまま6年経った。
一体どうしてなのか。きっと何かある、そう思えて仕方ないのだ。だから僕は…自分の目で確かめたい。父と母の死の謎を。
出国当日の夜。予想通り雨が降った。小雨ではないが、足を取られるほどの土砂降りではないのが幸いである。部屋を抜け出し、兵の目をかいくぐって地下に急ぐ。普段使われることのない地下は、護衛が一人もいない。雨のおかげで外から侵略されそうにもないからだろう。ホッと胸を撫で下ろすが地下は肌寒く鳥肌が立つ。ここから先、森に着くまで雨に打たれることを想像すると気落ちしてしまう。気を取り直して、外への隠し扉を開く。前々からいつ危険なことがあってもすぐに逃げれるようにと地下の道を侍女に教えてもらっていた。まさか出国に利用させてもらうとはと、侍女に申し訳なく思う。
外は月光が柔く差し込んでいるもののとても暗く、ランプもつけられない。衛兵に気づかれる可能性があるため城から離れるまでは己の目を頼りする以上他ない。長い髪は雨粒を吸って重くなっていき服は雨水の染みを作っていく。辺りを見渡してみるが衛兵の人影はなく、静かに森に進んでいく。
2時間は歩いただろうか。林にあった削られて洞窟のようになっている岩に潜んで雨を凌ぐ。
水を吸った服を乾かすため火を起こし外を見た。鞄に入れていた掛け布はすっかり湿っていたのでシーツ代わりにも使えない。雨は徐々に弱くなり朝にはきっと晴れるだろう。
引火しない程度に火から離れ瞼をとじる。
早朝にはここを出ないとまずい。少しでも王城から離れないと兵に追いつかれてしまう。それまで仮眠を取ろう、体力を回復しなければ。
うーん、過去話やってみましたが全然進みませんね…次話もあんまり進展なさそう。ていうかユミル以外の主要人物が出てないぞ!?
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若き騎士の苦悩
朝日が岩口から僅かに刺す。
「…うーん…もう朝か…」
目を開けるとすっかり燃え尽きた木片が転がっている。3時間か、それ以上眠っていたのか、今の時刻がどのくらいかを知るには町に出るほかない。今までバーハラ城でしか生活したことのないユミルには全てが新鮮に映る。宝の持ち腐れ状態であったこの知識がどのくらい役に立つのだろうか。
そんなことを考え革鞄から干し肉を取り出し口に入れる。乾物特有の硬さが脳を刺激したのか、みるみるうちに頭が冴えていく。寝起きの細い目はいつもと同じように大きく開き、赤い瞳がハッキリと見える。
そして城に出てから一度も口をつけていない木筒の水で干し肉を流し込む。ユミルは元々が少食なため、少量の食事をとるだけでも十分なのである。それ以上に食料を無駄にできないということもあるが。
干し肉を包み直し革鞄にしまう。空を見上げると先ほどよりも日が昇って随分明るくなってきたので洞窟から這い出る。夜の雨で地面に所々水溜りができたものの、草が大量に生えているおかげで滑りこけることはないみたいだ。泥と雨の染み込んだ革靴とローブを着直しユミルは森をあとにした。
一方バーハラ城ではいつも通りに変わらぬ風景がそこにあった。一人の男が鍛錬場にて訓練用の槍を振り下ろす。
「2996…2997…2998…」
男はかれこれ二時間前の早朝から己を鍛えていた。額からは滝とまではいかないが汗が頰を伝って落ちる。顔が整っているため汗をかいても絵になるような爽やかさを持っていた。水も滴るいい男とはよく言ったものだ。
「2999…3000ッ!!ふぅ…ようやく終わったな。」
男の名はロトアート。グランベルの騎士で、アズムール王に仕えるフィラート卿の孫である。まだ二十にもなってない若手だが、騎士としての実力を認められ、次期将軍候補とされている。自分にも他人にも厳しい性格で毎朝の鍛錬を欠かさず、今もこうして槍の素振りをしているところだ。
最近はクルト王子の甥であるユミルに剣術を教えている。「王族たるもの剣の一つは扱えなければならない」とアズムールからの提案である。実力もあり歳も近いということからロトアートが選ばれた。しかし多少は手加減しているつもりだが、ユミルには全く剣術の才がない。ロトアートの教え方に難あり、というわけではない。力もなく、剣筋もデタラメ、半年にもなるのに技が一向に染み付く気配がないのだ。聖杖を扱う力は一級品だが戦う才能は皆無と言っていいほどに。
(戦いよりも人を癒す、か。これもミーミル様とヘスティア様の性格譲りなのかもしれんな…)
今は亡き第二王子夫妻のため、騎士の自分に何が出来るか。その遺児であるユミルを立派な王子へと導くこと。…あの時城にいて何もできなかった自分には大したことのない贖罪かもしれない。しかしユミルを支えることこそロトアート自身が出来る二人への最上級の償いであった。
今日こそとまでは言わない。いずれ国を束ねる人間として、力を持つ者になってもらうために。ロトアートは槍を片付け城内へと戻るのであった。
ユミルを鍛錬へと誘うため、軽く朝食を済まし部屋に向かう。すると顔見知りの侍女がロトアートの方に駆けてくる。侍女はユミルの世話係であり、顔面蒼白で何やら酷く慌てていた。
「君、そんなに慌ててどうしたんだ」
「ロトアート様!!大変でございます!!ユミル様が…」
「何?ユミル様がどうかしたのか?」
「…いないのです。ユミル様が…いなくなってしまわれました!!!」
「な、何だとッ!!??」
普段から驚くこともなければ声を荒げることもないロトアートが大きく目を見開いた。
「食事を届けようとして部屋に行ったのですが反応がなく…部屋に入ったらユミル様の姿がどこにも無くて…」
「少し待っていろ、私が見てくる」
(ユミル様がいない…?一体どういうことなんだ?)
ユミルの部屋に辿り着くと扉に手をかける。
「失礼しますユミル様!!」
扉が勢いよく開きロトアートは部屋を見渡す。この時間ならばいつもベッドで寝ているか本を読んでいるかのどちらかである。しかし侍女が言った通り、ユミルの姿はそこにはなかった。それどころか第二王子夫妻の形見である魔道書と聖杖さえも消えていたのだ。
「そんな馬鹿な…………」
何故?いつ?どこに?そんな疑問が一瞬にしてロトアートの思考を駆け巡る。
「…!?まさか!」
寝具の毛布に手を差し込んだ。
(冷たい…早朝よりもずっと前か?)
毛布には人肌の温かさはない。ロトアートは先ほどの侍女の元へ向かい問う。
「最後にユミル様を見たのはいつだ?」
「…夜中の八つ時だったと思います。あの時ユミル様は本をお読みになられていたので紅茶を入れて持って行きました。」
「ということはいなくたったのは深夜か…?一体どこに!?」
「わ、私、とりあえず他の侍女達にも知らせてきます!!」
「すまない、頼む!」
書庫、手洗い場、礼拝堂、調理場などありとあらゆる場所を探してもユミルは見つからない。探した場所をもう一度回ることを続けては違う場所を見て回り一時間ほど経過した。クルトにこのことを伝えると彼もまた口を開けて驚愕した。
「ユミルがいなくなった!?」
「はい、昨夜の八つ時から姿が見えず…城中のいたる所まで探させてはいますが、一向に…」
「…城外に出たなんてことはないだろう。雨は降っていたし兵がいたはずだ。見落とすなんてことは絶対にありえない…」
クルトは下を向き考え出す。
「見落とし………」
他に探していない場所はあるのか?もし城外へと出る術があるとしたら…。
「…あっ!!もしかして地下通路に!!??」
誰もが見落としていた地下通路。クルトはその答えに行き着いたのである。
「早急に向かいます!!」
数人もの侍女と近衛兵とともに通路のある地下へと向かう。バーハラ王家とそれに仕える者でしか知ることのない地下通路。隠し扉を開くと寒風が吹き抜け、何人か身震いをする。ロトアートはランプで道を照らしながら通路の出口まで足を進める。
「この扉が外に繋がっているのか…」
出口の扉を触るとじっとりと冷たい水が手を濡らした。虫ですらも侵入できない扉が濡れているということにロトアートはユミルの行方がどうなったのかを理解した。
「……やられた。」
「どうしたのだ?ロトアート殿。」
一人の兵が尋ねる。
「出口が雨で濡れているということは昨夜誰かがこの通路を使ったということだ。」
「……ま、まさかユミル様はこの通路を通って…!??」
「城外へと出てしまわれた、そうなるな。」
「えええぇぇっっ!!!??」
狭い通路が侍女と近衛兵達の騒ぎで溢れかえる。
こうしてグランベル王国の王子ユミルは忽然と姿を消した。雨が降っていたにも関わらず兵に見つかるのことなく城を抜け出したその報せは国中を、いや、大陸中に知れ渡ったのであった。
(ミーミル様、ヘスティア様…申し訳ございません…)
ユミルが一人森を抜ける中、騎士ロトアートの苦悩は始まったばかりである。
ユミルの出自を知っていてなおかつ同年代くらいの人間を出したかったので本編キャラであるフィラートの孫ロトアートを登場させました。オリキャラだけど仕方ないね!
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盗賊の少年
バーハラ城から北上するため、森を抜けて早三日。干し肉や乾燥豆で食いつなぎ、川の水を飲んでここまでやって来れたのだ。
(もうしばらくは干し肉なんて食べたくないな…)
今はこうしてヴェルトマー領の宿場町の目の前にいる。
「うわぁ…すごく賑やかだなぁ…」
グランベルは元々物資の流通がさかんである。そのため各地で様々な商店が並んでおり果物の芳醇な香りや羊肉の焼ける匂いなどが町を満たしていく。
食料品を買ってから宿を借りようか。その前に町の外れにある道具屋を訪れた。王子が、しかも王の孫が金を持ってるわけもないので所持品を売ることにする。ユミルは鞄からブレスレットを取り出した。道具屋の主人はそのブレスレットを鑑定し、メモに書き出す。
「この腕飾り、相当な代物だな。50000Gはするぜ。なんでお前みたいな坊主がこんな物持ってんだか…。」
「ちょっと色々あってね。売れますか?」
このブレスレットは数年前にシレジア王国から友好の印としてグランベルに贈られた装飾品の一つで、形見のペンダントよりも見劣りはするが小さな宝石が埋め込まれている上等品である。お金にしたら旅費にはなるだろうと思い、城から持ち出して来たのだ。少し罪悪感はあったが。
「わーったよ。ほれ、キッカリ50000Gだ。」
主人は硬貨を詰めた小袋を差し出す。
「ありがとうございます。」
ユミルは金銭を受け取り店主に礼をすると、売り場の中央へと戻った。
「ちょいとそこのお兄さん!見かけない顔だね。」
食料品を探していていると小太りな女性が話しかけてくる。売っているのはどうやら魚類である。
「もしかして旅の人かい?」
「ええ、この街に来たのは初めてなもんで。」
「それだったらうちの品物買ってかない?うちは安さが売りなんだ。」
「そうしようかな…保存の効くようなものあったりしますかね?」
「保存食?だったら塩タラがいいよ。カビることがないから数年はもつ。ただ乾燥してて戻すのに木槌が何かで叩いて水につけなきゃいけないのがちょっと手間なんだけどね。」
「構いません。10尾頂けますか?」
「そいじゃ300Gだよ。」
「ちょっと待っててくださいね。えーっと300Gは…っと」
小袋から代金分の硬貨を取り出そうとすると腰に何かがぶつかったような衝撃を受ける。横を少年が走って行ったのできっと体でも当たったんだろう。店主が何かに気づき口を動かす。
「あ、アンタッ!!鞄が!!」
「え?どうかし…あっ!?鞄が無いっ!!!」
ユミルは腰に手をやり、肩から下げていた皮鞄がいつの間にか消え失せていたことに気づいた。まさかさっきの少年は…。
「物盗りか!!」
硬貨を素早くしまい、先ほどの少年を追いかける。一応人並みには足の速さはあるものの前方を走る少年とはかなりの距離感があった。少年の方もユミルを撒くまで体力が持つだろうか。
「待ってくれ!お願いだからその鞄だけは返して…」
ユミルは少年に向かって走りながら懇願する。鞄の中には形見の魔道書とペンダントが入っており無くなれば父と母に申し訳が立たなくなってしまう。
「やーだよっ!盗まれるような奴が悪いんだからな!」
少年の方はと言うと、ユミルを小馬鹿にしたような口調で挑発し始める。
二人の距離は全く埋まる気配がなくこのままでは埒があかない。長い王城生活のせいか体力のないユミルはどんどん息が上がり、少年を見失うのも時間の問題である。露店の主人たちも捕まえようとするが少年は素早くかわし続ける。
「あーもう…!!!」
痺れを切らしたユミルは近くの青果店の商品袋を掴む。中には十数個くらい入ったジャガイモ。この店の主人だろう男が止めにかかる。
「おい!ちょっとそれは大切な売り物の…」
「後で全部弁償しますから!!」
袋の口を少年のいる前方に向かってジャガイモを勢いよく転がす。ジャガイモはあっという間に道に散らばっていき、走っていた少年は足を滑らせて転倒した。頭を強打してないのが幸いだったが、怪我はしてるだろう。咄嗟の判断だったが居た堪れない気持ちになる。
「……くぅ〜っ……いったぁぁ……」
「だ、大丈夫?ごめんね、こんなことして…」
少年は膝に打ち身の跡と擦り傷を作り、悶絶する。いくら物盗りでもやり過ぎてしまった。
「ちょっと膝見せて。治してあげるから。」
背中に下げていた聖杖を掲げ魔力を込める。
「リライブ」
ユミルがそう唱えると聖杖は柔く光り、傷跡は段々と消えていく。
「あれっ?傷がない!」
少年は聖杖を初めて見たようでとても驚いている。怪我が治ったところでユミルは喋り出す。
「あのね、君がどうして僕の鞄を盗んだかは知らないけど、この中に入っているのは僕の大事な物なんだ。いくら困っていても残念だけどこの鞄は譲れない。」
少年は少しふてくされて口を尖らせた。
「失敗しちゃったなぁ〜、捕まったことだし煮るなり焼くなり好きにしなよ。」
「…どうして?なんで僕が君に何かするの?」
「だってあんたの所有物盗もうとしたんだよ?おいら。それなら何かしらの制裁は与えるんじゃない?」
「しないよ…さっき子どもなのに怪我させちゃったからこっちが悪いことしたし。」
「えっ?普通は殴ったり蹴ったりするのに…変なの。」
「…君もしかして物盗りの常習犯?」
少年はユミルの問いかけに答える。
「そうだよ。親もいないし、こうやって盗まなきゃ飢え死にしちゃうから。」
「子どもなのに?」
「子どもじゃないよ!もう11だからね。」
「まだまだ子どもじゃないか…11歳の子が盗みなんて…」
父母を失ったけれども叔父や祖父、家臣達が周りにいた自分には会って間もないこの子のことを同情する資格なんてない。可哀想だと思うだけでは単なる哀れみである。
少年を放っておけばまた盗みを繰り返すだろう。生きていくためとは言え罪を重ねれば後悔しようがしまいが消えない過去として残っていく。この子を救う方法は___。
「君……僕の旅に着いて来てくれるかな?」
「…へ?」
少年は拍子抜けしたかのように間抜けな声を出した。ユミルは少年の体に指差す。
「その腰に巻いてる短剣、少しは剣術でも習ったことがあるだろう?」
「え、まぁそうだけどさ。」
盗みをしていたからなのか多少は扱えるらしい。自分とは大違いだ。
「実は僕、いろいろあって長旅をしててね、戦う力もないし護衛を頼みたくってさ。もちろん報酬は出すつもりだよ。」
「おいらにその役目を?」
「そう、構わない?」
「普通は傭兵に頼むんだよそういうこと。」
「ん〜…じゃあ気まぐれ、かな?」
「…やっぱアンタ変だよ。」
少年は苦笑する。我ながら少々ベタだったか。
「いいよ、お金もらえるんなら。おいらもこれ以上盗賊紛いの事してたらいつ殺されるかわかったもんじゃないし。」
「お、了承してくれるってことかい?」
「うん、任せてよ。あっ、そういえば紹介がまだだったね。おいらデューって言うんだ、よろしく!」
デューと言うその少年は子ども特有の笑顔を見せる。
「そうだ、おにーさんの名前はなんて言うの?教えてよ。」
「えっ、僕?そうだね…」
(ここで実名教えるのはちょっとマズイよな…偽名でも名乗ろうか)
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遠い昔の記憶。母が妊娠したばかりの時に交わした会話を思い出す。生まれてくる子の名前を考えていたんだっけか。最終的に両親達が話し合って決め、父がその後教えてくれた。
「女の子だったらヨルズ、男の子だったら…___。」
_________________________________________
「…ロキ。」
「?」
「僕の名前はロキ。これからよろしくね、デュー。」
ユミルはデューに手を差し出すのであった。
この後めちゃくちゃジャガイモ弁償した。
デューとか出自の明らかになってないキャラって良いですよね。妄想捗るし。
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庶民的でも
デューを護衛と雇ったところで宿を借りる。風呂には入れるが食事は出ない、一人一泊700Gと比較的安価なところである。あくまで寝泊まりするだけの宿屋だそうだ。
今はデューの勧めで大衆食堂に。ユミルは紅茶を、デューは名物のぶどうのジュースを頼み注文を待っている。
「ねぇロキ、さっきの鞄って何が入ってたりするの?」
「ん?」
「ちょっと気になってさぁ」
頬杖をつきながら尋ねられ、ユミルは鞄から中身を取り出す。
「えーっとね、これが魔道書でしょ。それからこのペンダント、あとは食料かな。」
「…ロキってもしかして良いとこの坊ちゃんだったりする?」
ペンダントを見てどうやらそう思ったらしい。墓穴を掘ってしまった。家柄も隠さなきゃ自分が王子であることがバレてしまう。
「じ、実は家が少し裕福でね…家出して旅をしているってわけさ!世間知らずなのもそのせいなんだよね。」
咄嗟の嘘で内心焦る。デューの方は「ふーん?」と疑問に思ったみたいだがそれ以上は追求しなかった。
そんな会話をしていたら、食事が運ばれてくる。紅茶とジュースの他にもライ麦パン、付け合せとしてハム、ベーコンやチーズ、牛乳、根菜のポタージュなどが出てきた。ライ麦パンは焼きたてでチーズを塗るとゆっくりと溶けていく。3日間水と干し肉と豆しか口にしてないので自然と食欲を掻き立てられる。いつも安いパンしか食べていなかったため、この食堂を何度も利用しているデューでさえも目を輝かせている。いざ口に入れると
「「…ん〜〜!!??」」
思わず顔を見合わせる二人。形容しがたいこの美味しさ、パンを持つ手が止まらない!
「空腹は最高の調味料…ってことか、贅沢した生活送ってたんだなぁ僕…」
「このベーコンもなかなか美味しいよロキ!」
あっという間に平らげ、ユミルは口を開く。
「さぁて、これからどうしようかな。」
「そういえば旅の目的地って何処なの?」
「シレジアのリューベックよりも東、イザーク西部だよ」
そこで父母が襲われ殺された。あれ以来グランベル間での折り合いが悪くなり、一層イザークは東の蛮族と罵られることとなったのである。幸いにもシレジアとイザークの国境付近で国籍不明の賊が原因であったこと、公爵達の口揃いもあり戦争にまでは発展しなかった。今となってはあの賊がイザーク人だったかどうかもわからずじまいである。
(第一、父上と母上が賊相手に負けたなんてことは信じたくもない…)
「イザークかぁ。目的が何であれ馬車とかも使うと思うし、まずはお金の問題だね。今どのくらいある?」
「46500Gかな。」
塩タラ、ジャガイモの弁償、宿代の他にも先ほど乾燥果物、干し肉や堅焼きパンにチーズ、クルミなどのナッツ類も購入した。意外と重いのでデューにも持ってもらうことにした。
「イザーク着くまで足りると思えないんだよね。」
「それはつまり…旅費を増やせってことかい?」
「そういうこと〜。」
軽く返事をするデュー。それと同時に人差し指を立て意見する。
「闘技場ならいけるかもね。」
「闘技場?」
「そう、お金を払って相手と勝負するんだ。相手に勝てば賭け金の倍は貰えて、負けたら賭け金は返ってこないってルール。」
「ギャンブルか…色々心配なんだよなぁ…。」
「大丈夫だって!おいらなら三人抜きくらいならできるよ。ロキだって魔道書持ってるから戦えるでしょ?」
「いや、僕は無理だ。これはただのお守りみたいなもので…魔法なんて使えた試しがないよ。」
「えっ?そうなんだ。てっきりおいらの傷治してくれたから魔法が使えるのかなって。」
「あれは治癒。杖を使って人を癒す力であって魔法とは似て非なるもの。昔からこれだけは得意なんだけどね。」
魔法を初めて使おうとしたのは10歳くらいのこと。親は魔道士と杖使いなので才能がないことはないのだろうが。なんでも、幼い時から魔道に触れていれば覚えが早いらしい。
「へぇ…じゃあおいらが闘技場に行ってくる!ロキは観客席で見てて。」
デューは勢いよく食堂を飛び出て闘技場へ向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ!絶対に無理しちゃダメだからね!」
その後のデューの戦闘にユミルは終始圧倒されてしまう。
小柄な体型を生かしての素早い動き。重い一撃を躱し、子どもだと舐めてかかった男はあっという間に動きを読まれ、技を叩き込まれる。宣言通りにデューは三人抜きをした。
「ふーっ、似たような技ばっかり続けるんだから読まれるんだよーっだ。」
「確かに少し単純だったね、あの人たち。」
今はデューが受けたかすり傷をユミルが治している。
「まさかデューがあんなに強かったとはね。なんで僕の鞄盗んだ時転んだの?」
「あれはロキが何も知らなさそうな旅人だと思ったし、おまけにヒョロっちいから楽勝かなって正直油断してたの。」
「色々心外だよ…。それにしても2250Gはすごいな。」
「でしょ!!?これからまた闘技場に行こうよ、おいらも剣の修行しなきゃね。目指せ七人抜き!」
拾ってもらった身でもあり自分が賭けた金ではないので闘技場に駆り出されようともあまり気にしないデュー。ユミルの方も護衛してもらう身としては旅費も稼いでくれる存在なので文句は言えない。あまり頼りにしすぎても甘えになってしまうので自分は自分で出来ることを探してみることにする。
宿に帰ってからは水を浴びた。実に3日ぶりの入浴。雨に濡れてそのまま乾いた服も洗い、宿主から寝巻きを借りそのまま就寝する。昨日までは野宿だったこともあり柔らかい枕で癒されたいと思っていたところだ。寝具も上等なものではないが寝るには丁度良いものである。食事するにも就寝するにもこんなに苦労がいることになるとは。
「先が思いやられる…。」
一国の王子が寂れた宿屋で一夜を過ごすなんてことは誰も想像しないだろう。
(…でも、こういう生活も、悪くないな...。)
感想にユミルのステータスが見たいとの意見を頂いたので書かせてもらいます。
ユミル
兵種:(?)LV1
HP:28
力:0
魔力:11
技:?
速さ:?
運:1
守備:3
魔防:12
所持品
ペンダント:「?」「?」付与
リライブ
ライトニング(現在は使用不可)
な、なんて謎すぎるステータスなんだ…。?のところはまだ杖しか使えないので不明。
そして闘技場のシステム、賭け金なかったら経営者どうやって食べてんだろう…
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償い
ストーリーを練っているのですが、考えれば考えるほどオリキャラが多くなってしまって「これ聖戦の系譜でやらなくてもいいのでは?」と言う葛藤が起きてます。でも独身キャラがいればそれはそれで悲しい…。できればあと三人に留めたい…。原作をいい感じにアレンジできたらいいな。
今回はロトアート中心。結構短いです。
バーバラ城はいつにも増して慌ただしさが漂っている。国王の孫ユミルが行方不明になってから3日目のこと。クルトは各国に捜索隊を派遣したのだが、一向に見つからない。ユミルがわざわざ馬の進入が困難な森林から移動していることは誰も見当が付かなかったのだ。
「ああ、ユミル…」
グランベル国王アズムールはユミルの身を憂える。我が子が殺され、その次は孫が姿を消すなど聞くに耐えなかったのである。
「父上、あの子ならきっと大丈夫です。」
その側には長子のクルトが控えていた。
「クルト…ユミルはどうしていなくなってしまったのだろうか…」
「何か理由があるのかもしれません。考えなしに動くような子ではないですから。」
「…ワシはユミルがミーミルのように死んでしまうのではないかと…そう思ってしまうのだ。こんなこと、想像もしたくないのだがな…」
「ミーミルが亡くなってからユミルは閉じこもるようになりましたね。元々陽気な子だったのに、あの日から子どもとは思えないほど大人しくなってしまった。」
親子共々ユミルに亡くなったミーミルとヘスティアの面影を重ね合わせる。
親のように子が死んでしまったらなんと言う皮肉なのだろうか。
今はただ祈るばかりである。
「…ユミルにナーガの加護があらんことを…」
無事であることを願い、王室を退出したところでクルトはロトアートを見つけ呼び止める。拳を握りしめ苦々しい表情が窺えた。
「ロトアート、君のせいじゃないんだ。」
「クルト様…私は…」
「安心してくれ。ユミルはきっと戻ってくるさ。」
「しかし…」
「君はユミルの直属の臣下ではない、処罰もない筈だ。…そこまで思い悩むのは、ジークフリート将軍のことかい?」
ロトアートは自分の不徳とでも主張するような険しい顔を浮かべる。将軍候補とはいえ何故に一介の騎士が直属の主君でもないユミルを気にかけるのには理由があった。
___________________________________
六年前。ロトアートが見習い騎士の頃である。国交を結ぶために各地を回っていたミーミル王子とヘスティア妃がイザーク王国で殺された際、二十人ほどの護衛が就いていた。
護衛隊長はグランベル王国の将軍ジークフリート。
ロトアートの父親である。
賊に襲われた王子夫妻の亡骸の傍には護衛兵たち、そして返り討ちにあった賊たちの死体。周辺の市民によって見つけられたその死体は、ある者は首と胴体が切り離され、またある者は背中に深々と斧が突き刺さっていた。夫妻と護衛兵は無惨にも蛮族の手によって最期を遂げたのだ。
たった一人、ジークフリート将軍を除いて。
死者を埋葬するためグランベル直属の騎士ヴァイスリッターを率いたところ、ミーミル王子とヘスティア妃、その他の護衛兵の骸は発見されたのだが、ジークフリート将軍の姿はどこにも存在せず。この六年間、行方がわかっていない。
__________護衛隊長が主君を守れず、あまつさえ部下までも見殺しにし、逃げた__________
誰もが口を揃えて言う言葉。
彼を『グランベルの恥晒し』とまで罵る者もいる。フィラート卿とロトアートも反逆者の身内として国民から酷く非難されたのだ。
一部の貴族に虐げられ、他の騎士からも冷遇されたロトアートだが、それまで以上に鍛錬を積み重ね、見習い騎士から将軍候補にまで名を上げる。
しかし一方でジークフリート将軍の汚名は晴れることはなかった。
___________________________________
「私はジークフリート将軍の身は潔白だと信じている。それは君もだろう。」
「勿論でございます、クルト様。だからこそ私は父…将軍がお護りできなかったミーミル様とヘスティア様のご子息であるユミル様をこの身を賭してお護りすることが私自身の使命だと、そう思っています。」
「ロトアート…」
「クルト様、ユミル様は
私めにお任せください。このロトアート、誠心誠意努める所存でございます。」
それが騎士として、いや、この血を継いだ者としての贖罪ならば。
キャラ紹介
【ロトアート】
【挿絵表示】
バーハラ王家に仕える騎士。齢19でありながら将軍候補にまで選ばれるほどの実力を持つ。フィラート卿の孫であり、ジークフリート将軍の息子。自分にも他人にも厳しい性格で、整った顔立ちをしているが色恋沙汰に全くと言っていいほど縁がない。
父親の事もありフィラート卿共々、貴族から最も疎まれている存在。将軍候補まで登り上がったのもクルトの進言のおかげである。剣術と槍術を心得ているが、弓の腕だけは壊滅的。
兵種で言ったら多分パラディン辺りですかね。
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公女と器
宿場町での五日間の滞在で旅費はかなり貯めた方だと思う。闘技場は日ごとに相手が変わるため、五人抜きした時もあれば二人抜きで終わることもある。戦えない僕の代わりにデューが稼いでくれいてる。対戦が終了すれば僕が傷を治すのだけれど、軽いとはいえ怪我をさせてしまっているようなものだ。デューはいつも大丈夫と返すが本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「…ごめんね。」
「平気だよ、大したことないんだしさ。それにしても…今日は五人目の相手が手強そうだったんだよなぁ…四人抜きで切り上げてきたけど。」
「何でもいいけど無理だけはしないでよ。」
「はーい。」
闘技場は各地にあるらしい。移動費分稼いで次の街に行くのも悪くない。今日は荷物をある程度揃えて馬車を借りよう。お金も有り余るほどあるので、目的地とまではいかないがイード砂漠近くまでは向かえるだろう。
「馬車がない?」
「ああ、今日はもう全て借りられててね。悪いが明日にしてくれないか?」
御者のところを訪れてみれば馬一匹いないと言う。元々宿場町ということもあって、旅人達がよく馬車を使うそうだ。馬の頭数も少なく、今日のように全て借り出されていることもある。今日こそはと思ったが無理だろう。
「遅かったみたいだねロキ。」
「困ったな…今夜はどの宿に泊まろうか。」
昨日の安い宿にしようかと悩んでいたところ…
「ねぇ、この揚げ菓子ちょうだい!」
露店の商品を指差す女の子が見えた。紫の混じったような銀髪を後ろで束ねている少女。年は僕と同じくらいだろうか。店の主人は女の子に問いかける。
「お嬢ちゃん、それは一袋70Gだよ。」
「…?70Gって?」
どうやら代金のことがよくわかっていないらしい。よく見れば貴族娘のような綺麗な服を着ているし。どこかの令嬢だろうか。
「えーっと、お金って知らないのかい?」
「おかね?あたし、そんなのよくわかんない。」
女の子はキョトンとして、主人は困り出した。これは相当な箱入り娘か。
見るに見かねたため、横に入り
「僕が代わりに払います。」
と代金の70Gを手渡した。
主人は「悪いね。」と一言言って揚げ菓子を包んだ袋を女の子に差し出す。貴族かもしれないあの女の子が何故こんなところにいるのかは知らないが、喜んでいるみたいなのでその場を立ち去ろうとする。
「あっ、ちょっと待って!」
「ん?」
不意に振り返る。女の子に呼び止められたら、
「さっきはありがとう!おかねって言うの?さっきの。あたしあまり物知りじゃないから助かっちゃった。」
「いえ、お気になさらず。」
「あなたたち、名前は?」
「僕ですか?」
「おいらも?何もしてないんだけど。」
「いーのいーの!あたしティルテュ!」
ティルテュ?どこかで聞いたような名前だ。それにこの髪色も何処かで見たことがある。まさかあの男の…
「この人がロキ。で、おいらはデューっていうの。」
「ロキにデューね。そういえば二人とも何してたの?」
どうやら御者との会話が聞こえていたみたいて気になっていたそうだ。
「う〜ん…話せば長くなるのだけれど…」
自分たちが旅をしていること、馬車に乗ろうとしたが借りられないということ、内容をすべて話した。
まぁ言ったところで解決しない問題ではあったが。
「馬車がなくて旅ができないの?」
「えーっと…歩けば何とかなるだろうけど、お金があるんだったら馬車をかりたいなって。目的地は遠いし。」
デューの言葉にティルテュは
「それだったらあたしの乗る馬車においでよ!ヴェルトマー城までなら行けるから!」
と申し立てるように言った。
「…ええぇっ!!??」
「いいの!?」
驚く僕とは反対にデューは目を開いて喜ぶ。
「良かったねロキ!乗せてってもらえるんだってさ。」
「ちょ、ちょっとデュー、ダメなんじゃないかな…」
「ロキは律儀すぎるんだよぉ〜。ねぇティルテュさん、おいら達が乗っても大丈夫かな?」
「うん!だってさっき助けてもらったもの。エンリョしないで!」
どうやらこの子…ティルテュには警戒心がないらしい。いくら生粋の箱入り娘とは言え、素性の全く知らない男を自らの所有する馬車に同乗させようとするものだから。馬を引いた使いの人間も最初は拒んだものの、ティルテュの頑固な意思により最終的には折れ、許可してもらった。
「いいかお前ら、ティルテュ様に手を出したら命はないと思えよ。」
まぁ勿論乗る前に強く釘を刺されたが。そんな命知らずなことする訳ないじゃないか。
馬車の中はやはり貴族の物だと分かるほど広く、それでいて質素ながらも綺麗である。ガラガラと車輪が土を踏む音が響く。ヴェルトマー城までの道のりを進むらしいが僕たちはその手前で降りる。
バーハラの人間以外で僕の顔を知っているのは少なくとも6公国の当主たち。その六人はよく城で顔を合わせることもあったし、僕の姿を見られてしまえば正体がバレるかもしれない。わざわざリスクを負ってまで楽したいとも思わないし。デューは少し不思議がっていたが。
「ティルテュさん…いえ、公女とお呼びした方がよろしいでしょうか。」
指を組みながらティルテュの目を見つめる。
「ん?公女?」
デューが首を傾けながら口に入れた携帯食を咀嚼する。
「貴方様はフリージ公国当主レプトール卿のご息女ですか?」
単刀直入に問う。ティルテュは少し驚いた顔をしてから口を開いた。
「あれ?言ってないのに分かるんだ!すごいねロキって。」
「公爵家の娘の名前は自国の人間なら知ってるはずですよ。」
「あっ!どうりでそんなにキレイな服着てたのか!」と納得したように頷くデュー。やっぱり気になってたか。でも馬車を持っている時点で気づかなかったんだね。
ここで素朴な疑問を投げかけてみる。
「そう言えば、どうしてヴェルトマー城に向かっているんですか?」
「幼なじみに会いに行くのよ、アゼルって知ってる?ヴェルトマー家の…」
「…アルヴィス卿のご令弟、ですよね。」
「そう!」
名前は聞いたことがあるけど、会ったことはないんだよな。
それでもアルヴィス卿のことなら知っている。
アルヴィス卿はヴェルトマー公国の若き当主だ。幼い頃、父親である当時のヴェルトマー公爵が自ら命を絶ったことで十にも満たずして家督を継いだ男。ファラの血を強く受け継ぎ、ヴェルトマー家の直系のみが使うことのできる神器『ファラフレイム』の継承者である。
傍系とはいえ、同じファラの血を継ぐ僕とは遠縁の親族。
何度か彼が魔法を使っているところを見たことがあるのだが、自分とは雲泥の差だ。劣等感は幾度となく沸いたこともあったっけか。自分がヘイムとファラの血を継いでいようが、追いつくことのできない実力の差を痛感した。
一言で言えば天才。国王であるお爺様を守る近衛軍指揮官を任されていて、その魔道の才は国で叔父上に次いでのほどである。
「どうして会いに行くのですか?そのアゼル公子に。」
「アゼルがね、久しぶりにバーハラの士官学校から帰ってくるの。休みになったから外出許可もらったんだって。」
「へぇ…」
「??」
デューの方はというと何が何だかちんぷんかんぷんみたいな顔をしている。貴族のことはただの難しい話とかではないから。挙句、雑談もしている間に僕の方にもたれ掛かって眠ってしまった。
「ねぇ、それよりもさ。」
「…?どうかしたんですか。」
ティルテュがこっちを指差す。
「その背中にあるのって”せいじゅん”?って言うんでしょ。ロキも魔法が使えたりするの?」
僕を魔道士だと思っているみたいだ。
「いいえ、一切使えませんよ。」
本来、魔道書を媒体に発せられる魔法と、聖杖を媒体に人を癒す治癒魔法は体内に存在する魔力を消費するというところは同じだが、発動の仕方や技は全くの別物である。僕のように治癒魔法は使えるがライトニングやファイアーなどの魔法は使えない人間もいれば、その逆に治癒魔法が使えない人間もいる。
「そーなの?使えないんだ。」
「ええ、何度も練習したんですが一向に…」
「えーっ、でも変なの。あたしは魔道士だからわかるんだけどさ。」
「へ、変?いったい何が…?」
「魔道士とか、プリーストとか、体のなかに魔力がある人はね。近くにいる人のそれぞれが持つ魔力の大きさを感じとることができるのよ。」
「それはまぁ、知っていますけど…」
俗にいう魔力感知。
現に僕もティルテュから魔力を感じ取っている。さすがはレプトール卿の娘、かなりの魔力の大きさだ。
きっと僕なんか比べるに値しないんだろうな…
「ロキからはね、お父様と同じくらい…いや、それ以上かもしれない。とんでもないくらいの量の魔力を感じるの。」
「………えっ?」
盛りすぎたかもしれない…
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従姉
「………えっ?」
間の抜けた自分の声が静寂を破る。
とんでもないくらいの魔力がある?
嘘だろ。
偉大なる聖戦士の、両親の血を受け継ぎながらどれだけ努力しても魔法が使えないのに。
才能などないのに。
治癒魔法しか使えないこの身に聖戦士の直系にも勝る膨大な魔力が?
「は、ははは…ご冗談を…」
そんなことあるわけがない。
きっと、気の所為だ。
実際、魔力を正確に感じ取ることはほぼ不可能である。ぼんやりとした情報が直感のように脳に送られて来るような曖昧な感覚だ。その為に、どのような魔力量なのかを詳しく比較することは容易ではない。
直系と傍系は埋める事のできない差がある。それは聖遺物の力だけではない。本人の実力であるのだ。
もしかしたらこの子の勘違いかそれとも同情なんだろう。
「ん…?どうしたの?」
紫の瞳が僕を見据える。宝石が目の前のものを反射して映すように。
「……そんな事ないですよ。」
嘘をついているようには思えない。純粋にこの子が感じたことを述べただけのように見える。
わからない。
だとしたら勘違いなのか?
「んー、おっかしいなぁ…あたしロキからすごい魔力を感じたんだけどなぁ…」
「気の所為ですって………使えないのだから。」
虚しい言葉だな。
自分自身の魔力を知ることが出来たらどれだけ簡単なことだろうか。
「……そうだ!!私がコツを教えてあげる!!」
「はい?」
叫ぶような大きな声で思わずびっくりした。コツだって?
「今魔道書持ってないから見せてあげられないんだけど…あたし、小さいころから魔法はお父様やお兄様に習ってたの。」
「小さい頃、とは?」
「えーっと、五歳くらいから?」
「ご、五歳!!??」
思わず声を荒げてしまった。こっちは十一、二歳くらいで初めて習おうとしたのに。やっぱり幼い頃から学んでいればそれなりに使えるのだろうか?
「早すぎる…」
「でもね、カンペキに使いこなせるようになったのは九歳くらい。で、お父様に教えてもらったコツってのはね。」
レプトール卿直伝の技があるのか、是非知りたい。それで魔法が使えるのならば。一体どんなものだろうか。
「本当にあるものをイメージするの。」
「あるものをイメージ、ですか。」
どういうことだ?
「あたしは雷の魔法を使うときは、雷が鳴っている景色とか、音を考えるの。お父様に聞いたら『身近なものを想像した方が魔法にハンエイされやすい』んだって。」
「はぁ…」
反映…。
想像によって生み出されるということ?じゃあ光魔法を扱うならば光を、炎魔法を扱うならば火をイメージすればいいということか。
「えーっと、まぁただのコツってだけだよ?これでちゃんとうまくいくかわかんないし…やっぱり気持ちのモンダイかなぁ?」
腕を組みながら考え込むティルテュだが「やっぱりわかんない」と先程の明るい顔に戻る。
「……少し分かったような気がします。」
「そぉ?役にたった?」
「ええ。」
笑い返すと負けじとばかりにティルテュまで笑顔になり、先程までもたれかかりながら眠っていたデューが瞼をこすりながら起きた。寝起きゆえに細い声を出す。
「ふあぁ………今どこ?」
「あっデュー、起きたんだ。」
「えっとぉ…まだまだヴェルトマー城までは遠いみたい。あと二日くらいかな?」
馬車は徒歩よりは早いがそのくらいかかるんだろう。先を急ぐ旅でもない、僕の顔や名前を知っている人間に会わなければ何だって良い。
それからヴェルトマー城に向かう道中、数々の城下街を見て回った。従者が食事を買い巡り(勿論僕たちも)夜になれば至極安全な場所で馬を止めてそのまま眠りにつく。
途中、綺麗な湖を見つけてはティルテュが沐浴したいと言い出したことも。従者も脱ぎ終わった衣服を持ったまま僕たちが覗き見しないか、常に目を光らせていた。するわけないだろ。
とまぁ、特に大したいざこざもなく。着実に馬車はヴェルトマー城へと向かっていた。
「…………う〜ん……?」
気がつけば長いこと眠っていた。横にはデューが、目の前にはティルテュが横たわっている。爆睡しているな。
ここは随分と整えられた土地らしく、馬車が揺れることも少ない。だからうたた寝してしまったのか。
こちらの二人は起きる気配がない。談笑してすっかり疲れた。魔法のことや旅の話をしたり………考えてみれば同年代というか、そう歳の変わらないような女の子とこうやって喋ったのは久しぶりだ。
最後に女の子と会話したのは昨年だったっけか、彼女が公爵家に嫁いだ以来だ。
小さい頃からずっと一緒に遊んでいた従姉。母上の兄の娘で僕の二つ年上、僕にとっては姉のような存在だった。ひ弱で体の弱い僕と反対に、活発で……それに加えてよく人をからかうのが大好きな、少し意地悪な女の子。大嫌いな芋虫を持って追いかけられたりしたこともある。
父上と母上が亡くなられてから、会うことも少なくなってしまったけれど。部屋に籠りがちになった僕を時折訪れては慰めて、励ましてくれた。
彼女が僕の心の支えになってくれた。
大切な家族として。
それが昨年、十四になったばかりに彼女から縁談の話をされた。相手はフリージ家の次期当主、ブルーム公子。なんでも、まったく乗り気ではなく家が勝手に決めた縁談だと。
『貴族の娘は家名存続のため政略結婚の道具に使われる』とはよく言ったものだなとその時思った。どうして自分自身の幸せは選ばせて貰えないんだろう。
血というものは存外面倒である。この世で生きている限り、一生ついてまわる呪いだ。
それでも僕は相槌をうつことしか出来なかった。
「自分の好きなように生きろ」などと反対する無責任なことばなんてかけられる筈もない。
あのとき何をすれば良かったのか、何か言っていれば良かったのか、今となってはもうわからない。
そういえば、ここにいるティルテュはフリージ家の公女、つまり彼女の義妹に当たる。
彼女…ヒルダは元気にやっているのだろうか。
ティルテュに聞いてみたいけれど、それを聞くのはあまりにも不自然だ。極力ボロを出さない為にも、思いは胸に秘めているほか仕方ない。
でも彼女には、これからの人生何不自由なく幸せになって欲しい。
そう考えながら再び眠りについた。
原作知ってる人からしたら皮肉な内容ですね…
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別れではあるけれど
前の話を投稿した次の日にひどい胃腸炎になってしばらく書けませんでした。すみません。とりあえず漢検合格したり留年はしませんでした、良かった!
ヒーローズの方は英雄祭でようやくシグルド来たりして。聖戦勢は全員揃いましたが今やってるトラキアガチャに誰も来ない…トラキアプレイしろってことですかこれ……。
「本当にいいの?こんなところで。ヴェルトマー城までなら送っていけるのに。」
「はい、本当に…ありがとうございました。」
ヴェルトマー城の外れに位置する〝リディア〝と呼ばれる町の中、三日ともしないフリージ公女同伴の馬車の旅は終わりを告げる。まさか偶然とはいえ、宿場町にて自国の公女様に鉢合わせするとは思ってもみなかったが。
「たしか、これからイード砂漠の方へいくんでしょ?」
リディアはヴェルトマー城とバーハラ城の間に位置するため、グランベル各地の騎士などが行き来することもあり食料や武器、鉱物、果ては魔道書の流通が盛んである。その分物価は高く、ここで殆どの手持ち金を落としていくだろう。
魔道書は特に値が張る。しかしこの先、自由に購入することが出来るか、わかったものではない。
光魔法は扱いが難しく、初歩として炎魔法の練習をしてみることにする。母親はファラの血族だったので、その血を継いでいるユミルも理論上扱うことが出来る筈だ。幸いここはヴェルトマーの領地である為、炎の魔道書が多く取り扱われている。一先ずはファイアーの魔道書でも購入しようか。
そんなわけでこのリディアに足を止めた。
「それじゃあ、あたしそろそろ行かなくちゃ。あんまり喋ってたら怒られちゃう。」
手綱を持った従者を横目にティルテュはクスッと笑う。
「またいつか…会えると良いですね。」
「うん、そのときにはロキが魔法使えるようになってるのかな?」
「いつかお見せできるよう精進しますよ。」
この数日、まさか盗賊の少年を護衛に雇い、自国の公女の馬車に乗せてもらうなど城にいたときは想像もしなかった。父と母が生きていれば巡り合うことさえなかったのが皮肉に思えるほど。
「あっ、そうだ。ねぇロキ、ちょっと屈んで?」
「えっ?」
言われるがままにユミルが体を屈める。これに一体何の意味があるのだろうか、そう疑問をもった。
ゆっくりと膝は曲がっていき、背がティルテュの目の位置より低くなった、その次の瞬間。
「……………………………えっ…………えええええぇっ!!??」
「えへへ、幸運のおまじない。」
額に僅かに残る感触、間違いなく触れた。その…唇に。
「ちょ、ちょっと!!??」
思考が全く追いつかない、というよりも動いていない。横のデューも馬車の前部に座っている従者も目を見開いている。
額に口づけすることが幸運のおまじないなのかどうか知らないが、出会って三日もたっていない、どこの馬の骨ともわからないような相手にすることだろうか?
箱入り娘とはいえ、流石にそれは世間知らずが過ぎる。
ティルテュの方は早速馬車に跳び乗り、小窓から大きく手を振る。ユミルの慌てふためくその姿など気にせずに。
「それじゃあロキ、デュー、またいつか会おうね!!」
ハッと我に返った従者が手綱を引いて馬車を動かす。 同時にこちらを強く睨みながら。
みるみるうちに馬車は遠くへと走って行き、姿は見えなくなってしまった。
ポツンと取り残された二人。先にデューが口を開く。
「………………」
「……まさかおいらが知らない間にそんなことになっていたとは……。」
「ち、違うよ、誤解だ!!さっきのはいきなり……!!!」
「ふぅーん、じゃあそういうことにしておこっかなぁー。」
「だから違うってばぁ!!!」
「どうだろうねぇ?」
とぼける少年に狼狽える王子、ここにあり。
旅は始まったばかりである。
第1章のグランベル編、とりあえず終わりました。
ティルテュにフラグ建っていますが、お嫁さん候補はアンケートで決めます。どうしようか迷っているので。
次章はユグドラルの人たちの視点で始めて行こうと思います。シグルド好きでこの小説書き始めたのに名前すら出てないのは絶対おかしい。
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第2章 大陸に渦巻く
北国シレジア
新しい話を書くのに時間がかかってしまい、すみません。理由はここに書くのも言い訳にしかならないので詳しいことは以前投稿した活動報告の方を。
レヴィン、シルヴィア、キュアン、エスリン 、実装おめでとう!!
ユミル達がイード砂漠へと辿り着いた頃、大陸の北端に位置し十二聖戦士の一人、風の聖戦士セティが建国したシレジア王国も漸く春の兆しが見えてきた。シレジアは北国とはいえ、つい先日雪解けが終わったばかりである。それはと言うもの、一年の大半が氷山と深雪で覆われており春夏秋合わせて三月もない、それほどまでに寒冷な土地である。この気候のせいか、背に鳥のような羽の生やし空を駆けることの出来る白馬、ペガサスと呼ばれる生き物はここシレジアでしか生息しない。勇猛なる天馬騎士団や風の魔道士の手により護られ、シレジアは建国以来百年間完全な中立を保ってきた。
セティの子孫である王家は聖痕を持ち、風魔法『フォルセティ』を扱える者を代々国王とし国を治めている。
そんな中、王家に仕える天馬騎士団にこの年、新たなペガサスナイトが就任した。騎士の家系に生まれた彼女はまだ未熟ながらもその才能は目を見張るほどである。
そんな彼女が今どうしているかと言うと……
「きゃあぁぁっ!!ちょ、ちょっとそれは食べ物じゃないのよ!!」
自らのペガサスに緑の長い髪をムシャムシャと食われかけていた。
「あっははは!まさか草と間違われているんじゃないだろうな!」
厩舎でペガサスの身体を洗おうとしてこの有様である。横にいた青年はその様子を見て高笑いをする。
「レヴィン様!?」
少女は青年の方を振り向いた。ようやく離された髪はペガサスの粘性がある唾液ですっかり汚れてしまっている。
「いい加減ソイツの背に乗ることが出来たのか、フュリー。」
「ううぅ……まだです…。」
フュリーと呼ばれたその少女は水の入ったバケツを手に顔を伏せ縮こまった。
なぜなら言われた通りペガサスがまだ自分に懐いていないのに加え、目の前にいるのが自国の王子レヴィンだからである。
「そりゃあそうだろうな。なんてったって、こいつの元主がペガサスに乗れなくなってお前が譲り受けたのがついこの間だしな。」
厩舎の柱にもたれかかりレヴィンはそう言った。
「餌も馬房の掃除も決まった時間にはしているんですがどうも懐いてくれなくて…。」
「いざ乗馬して振り落とされないようにな。」
レヴィン のからかいにフュリーはやや落ち込みながら
「ぜ、善処します…」
そう言い溜息をついた。
「あの…レヴィン様は何故ここに?」
ペガサスを洗い終わり、フュリーはレヴィン に話しかける。
王子の方からこんなにも糞など獣特有の臭いが漂う場所に来ることは珍しい。何かよっぽどのことがあったのだろうか。
「ああ聞いてくれ、今朝方耳にした話なんだがな。今グランベル中が大騒ぎらしいんだ。」
「大騒ぎ?」
「なんでも、グランベルの王子がある日を境に行方知れずなんだと。」
「行方知れず…ですか。」
国内ならまだしも国外のことはあまり聞くことがない。
「詳しいことは俺にも分からないが…朝使用人が王子の部屋を訪れたら蛻の殻だってな、兵の目だってあっただろうし、一体どうやって城から抜け出したんだ?」
「そうですね……一兵士の私にはわかりかねます。」
「あーあ、何か都合よくこのシレジアに辿りいて欲しいものだな。同じ王子として、今一度話をしてみたいんだが。」
ここでフュリーが反応した。
「…………レヴィン様。あの、気になることがあるのですが…。」
「ん?どうかしたか?」
「以前仰られていましたよね? ダッカー様たちが勝手に王位を継いで自分は旅にでも出たいと。あの言葉、まさか本当に……。」
まるで追及するかのように問う。
「はぁ?そんなわけないだろ、ただの冗談だ。」
(この国を出る機会がなければの話だが。)
心の奥底で悪態をつきながら付け加えるようにレヴィン は喋る。
「失踪した王子は俺と年もそう変わらないそうじゃないかってだけで。まぁ、その王子サマがそんな都合よくシレジアを訪れることがあったらの話だが。」
返ってきた言葉にフュリーは安堵する。
「で、ですよね。良かった……シレジアは今不安定な状況ですから、ラーナ様も心配されていました。」
「不安定な状況、か。」
つい先日、レヴィンの父親であるシレジア王が病に倒れた。それから王の三人の弟たちが陰で王位継承のことで衝突が起きているらしい。
家臣たちが耳にしたのは、なんでも
“若輩者のレヴィンに代わって自分が王になるべき,,だと。
次期王になれるのはフォルセティを扱える者だけ。王弟たちもそれを理解していない筈はない。
それならば一体何故、衝突が起きているのか?それ程簡単に王位継承者がかわるものなのか?
確証のない不安だけが胸の内に残り、
何かが起きる、そんな気がしてならない。
「…本当にこの先何もなければいいんだがな。」
やや不安を抱きながらポツリと洩らしたその独り言は、誰にも拾われることはなかった。
4章はマーニャがトンボとりされてしまったのがトラウマですが音楽の雪国感?がとても好きなので個人的に好きな章の上位に入っていたり。
三人の王弟と書かれていますが、誤字ではなくオリキャラ追加。
この先あと何人オリキャラ出すんだろうな……
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閉まった感情
嘘です。
修理に出していたスマホが戻ってきてヒーローズを開いたんですが、聖戦の初回無料ガチャでレヴィンが出たら1日で書き終わらせたると個人ルール適用で回したところ、レヴィン が来ました。怖ぁ…
今回から過去の回想セリフのみ『』を使っていきます。以前の話のも時間があれば修正していきたいと思っています。
前話には言ってなかったんですが、この2章はユグドラルの人たちを中心とした短編集みたいなものになっています。ユミルが回想くらいにしか出てきません。言ってしまうと読まなくても大丈夫な章です。
今回は人を選ぶような内容(キャラ的に)になっているので不穏を感じたらブラウザバック推奨です。
『ねぇ見て見て!!ガーベラで花かんむりを作ってみたんだ!』
そう言ってあの子は満面の笑みで綺麗に編み込んだ花かんむりを見せてきた。
『…ユミルって女の子みたいだわ。』
『えぇーっ!? なんでそんなこと言うの!?』
同年代の男の子よりは幾分か華奢な体つき、整った可愛らしい顔、肩まで届きそうな金の髪、ぱっちりとした大きな瞳に長い睫毛。
あの子は今思えば、まるで人形のようだった。
『だって本当のことよ。私の知ってる男の人はみーんな花かんむりなんか作らないもの。お父様はいつも机で大事なお手紙と睨めっこしているんだから。』
『ぼ、ぼくだってれっきとした男だよ!いつかヒルダよりも大きくなるんだ!」
『あら〜?じゃあこれは?』
ヒョイっと地面から拾い上げ、私はあの子にソレを投げつけた。
『ちょ、うわぁぁッ!!?』
投げたと同時にあの子はひっくり返る。その勢いで頭を打ち付け、悶絶の表情を浮かべた。
『ふふ、イモムシ程度で驚いてるようじゃ、まだまだ格好いい男じゃないみたいね。』
『いてて…なんでヒルダは平気なの…。』
『ユミルが弱虫なだけじゃない。これくらい平気よ。』
『だって、ウネウネしてるし…触るとブニブニしてて怖いんだよ…。』
『だったら触れるように慣れましょ、私が手伝ってあげるから!』
『え、待ってヒルダ、近づけてこな…うわぁぁぉぁああっ!!!』
『あーっ!待ちなさいってば!!』
イモムシを片手にあの子を執拗に追いかけ続けたのも、号泣されお父様に嫌と言うほど怒られたのも、今となってはいい思い出である。そう、今となっては。
あの子…ユミルに最後にあったのはもう一年前だ。以前はよくユミルのいるバーハラ城へと遊びに行った。私のお父様とユミルのお母様が兄妹で、私たちは従姉弟だからと私は城に足を踏み入れることを許された。
ユミルの両親が不慮の事故で亡くなられてからは毎日とはいかないものの、籠りがちになってしまったあの子の部屋を訪ねた。最初は会うことも出来ず部屋から泣き叫ぶような声が響いていた。次第に私だけが部屋に入れてようになった。
それでも
『ねぇ、ヒルダ。』
『…?どうかしたの、ユミル。』
『どうして…父上と母上は…死ななくちゃいけなかったんだろうね。』
すっかりとやつれ、いつも光り輝いていた瞳は曇り、悲しく呟くあの子の声だけが、今も耳にこびりついて離れない。
あれから2年後、私や周りの支えもあってユミルは立ち直ることが出来た。以前のようにお城の花畑で遊ぶことはなくなってしまったが、
それでも私は幸せだった。
『ヒルダ、フリージの公子とお前の縁談が決まった。』
『縁談…ですか。』
何年かしてお父様にそう言われた。
私も気づけば16歳。ヴェルトマー家の遠縁とはいえ、貴族である。この歳になればそういった話が無いわけではない。
それでも会ったことのない相手との縁談には多少抵抗があった。
同年代で会話できるのは、姉弟のように遊んできたユミルだけだったから。
縁談を断ることも出来ず、その夜、私はユミルに会いに行き、バーハラ城の裏庭でこのことを話した。
『えっ、結婚するの? ヒルダ。』
『まだそう決まったわけじゃないわ、あくまでも縁談ってだけ。』
『そっか…じゃあこうして喋ることも出来なくなってしまうんだね、寂しく…なっちゃうな。』
『……』
『ねぇ、ヒルダはいいの?その話断ることは出来ない?』
『無理よ、お父様が決めた縁談だもの。娘の私が口答えなんて出来るわけがないわ。』
『…親思いのヒルダだからそう言うと思った。でも僕は…ヒルダが幸せならそれでいいよ。』
悲しそうな顔をしてあの子はそう言った。
言えば良かった。あの子が王家の遠縁の娘と結婚することになっていようとも、言ってしまえば良かった。
貴方が好きだということを。
結果的に私は臆病で、その一言が口から出てこなかった。
『あっ、そうだ!』
『えっ?ちょっと、どうかしたの?』
『ちょっと待っててヒルダ、渡したいものがあるから!』
思い出したかのようにユミルは花畑の方へかけて行った。しばらく待っていると、暗がりからユミルが白い花束を持って息切れしながら走ってくる。
『ごめん遅くなって。はい、ヒルダにあげる。』
そうやって花束を手渡された。
『これ、ポインセチアの花?』
『うん、僕からのプレゼント。花かんむりなんて渡したらヒルダにまたからわれちゃうから、包んで花束にしてみたよ。』
『あら、私にとってはユミルはいつまでも可愛い女の子だけど?』
『えぇっ!? 酷いよヒルダ!』
『冗談だってば。………ありがとう。』
『どういたしまして。』
普段礼を言うようなこともなかったので、照れ臭そうに私たちは笑った。
馬車で屋敷へと戻る途中、私は貰ったポインセチアを見つめていた。ユミルからの受け売りのせいか、私も城の花畑に咲く花には少し詳しい。名前や咲く季節、その花が持つ言葉なども。
ユミルはそれを知っていてこの花を贈ってくれた。勿論私も知っていた。
白いポインセチアが持つ言葉は……。
『………』
私は馬車の中でポインセチアの花弁を引きちぎっていた。
いつもユミルから貰った花は花瓶に飾ったり、押し花にして大事に取っていたが、こればかりはどうしても許せなかった。
『…馬鹿みたい……貴方がいなければ私は幸せじゃないのに。』
素直になれなかったばかりに、誰にも聞こえてしまわないよう私は声を押し殺して泣いた。
結局、私はフリージのブルーム公子と結婚することになり、ユミルとはそれが最後の会話となってしまった。夫がいる身となってから、いくら仲の良いあの子でも異性と会うことは如何なものかということで、今では月に一度手紙を交わす程度の付き合いとなっている。
二人の義妹たちと会話することは少なく、夫とも全てを話す仲でもない。
用意された部屋で書庫の本を読むことが私の習慣である。
今読んでいた本を書庫に戻そうと部屋のドアノブに触れようとしたが、ドアの向こうから声が聞こえた。どうやら侍女たちが
「ちょっと聞いた!? ユミル様っているじゃない。」
「えっ? ユミル様ってヒルダ様の従弟の方でしょ?それがどうかしたの?」
「なんでも、先日から急にいなくなったらしくって。」
「はぁ? いなくなったってどういう………!? ひ、ヒルダ様!?」
気づけばドアを開け、侍女たちの前に詰め寄っていた。
「ねぇ、何を話していたの? ユミルがいなくなったって。詳しく聞かせてくれるかしら。」
「それはその……兵士から聞いた話で私も詳しくは知りませんが、バーハラ城からユミル様の姿が消えてしまったようなのです。」
「ユミルが? 一体それはどういうことなの?」
「将軍がユミル様の捜索を始めたようなのですが……すみません、これ以上は……。」
「そう、ありがとう。話してくれて。」
曖昧な話だったと思う。この城の兵士が知っていることに確証なんてものはないし、侍女ごときが詳しいわけがないのだから。
それでも嬉しかった。次期当主の夫人となってからもうあの城で会うこともなくなってしまうのかと思っていたけれど。
「ユミル、また貴方に会えるのかもしれないわ。」
言いたいことがたくさんあるの。
そして今度こそ、私は貴方にこの気持ちを伝えたい。
白いポインセチアの花言葉:貴方の祝福を祈る
内容が内容だったので、批判は受け付けます。
でも書いてる時めちゃくちゃ楽しかったです。恋愛小説とかあまり読んだことないんですけどね。
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