祝福と目の覚めない悪夢 (タラバ554)
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1話 悪夢の始まり

忘れもしない、30歳を迎えたアノ日。知らない間に自分は別の世界へ移動していた……主観で言えば異世界転移だろうか。

住んでる場所、物、通帳の中身さえそのままだったが人が、人間関係だけが全然違っていた。

職場へ行けば見知った人が誰もいない。明らかに顔が違うし性別さえ違う人達が知り合いと同じ名前で親しそうに俺に話しかけてくる。

大いに混乱した俺は情けなくもその場でぶっ倒れ病院へ運ばれた。

 

病院で過労と診断され自宅療養を言い渡された後、知り合いに片っ端から電話をかけた所でここが自分が居た世界じゃないと思い始めた。

『家族に電話が繋がらない』

実家にも、親や姉妹が持っている携帯にも、親戚の誰にも電話が繋がらない。

直ぐに電車に飛び乗り実家へ向かうとソコには家があった。だが全く知らない家族が住んでいた。

確かめずには居られず、インターホンを押し尋ねてみる。

 

「ここは中真さんのお宅ですか?」

「いえ、家は〇〇ですが」

「そうですか……ありがとうございます」

 

たったこれだけのやり取りの後、俺は全身から汗が噴出した。

誰も。見知った人間が誰も居ない。

かなり辛かった。頼れる人も、いざと言う時に迎えてくれる場所が無いというのはかなり堪える。

どうにか自分のマンションまで戻りへたり込む。

それから暫くは散々な生活だった。

 

現実から逃げるために酒を飲み、人肌が恋しくなれば風俗へ通い。一時は薬にも手を出した。

ここが異世界だと確信したのはカレンダーを見た時。自宅に掛けられたカレンダーの年号が『2005年』

10年以上タイムスリップしたのだと知って再度気を失った。

そして感じた違和感、『10月なのに茹だる様な熱さ』

調べてみれば簡単だった……この世界が『エヴァンゲリオン』の世界だと……。

それが解ってからはかなりヤケを起こして更に酒を飲むようになった。

 

そんな生活を何年か続けて、どうにか精神が安定した頃に恋人が出来、子供も出来た。

今思えば家族に飢えていたのかもしれない。直ぐに彼女と結婚をしてそれまで浴びるように飲んでいた酒や風俗遊びも止めた。

幸いな事に仕事自体は前の世界と同じだったので問題なくこなせた。ただ、俺の人の変わりように職場の人には大分心配をかけてしまった。

10年も生活をしてればこの世界にも慣れ、後は子供の成長を楽しみながら仕事をこなして、偶には旅行を……そんな考えが過ぎり始めた頃。

 

原作が開始された。

 

使途の襲来、大停電、そんな当の昔に忘れた事象が40を過ぎた俺に襲い掛かってくる。原作の再現……という事は必ず終わりが存在する。

ここがどの世界なのか。アレでなければ、アレでさえなければ良い。そんな事を思いながら日々を過ごしていたが……とうとう終わりが来た。

 

その日は娘の誕生日だった。4歳になった娘がケーキのロウソクを吹き消して、嫁と一緒に拍手をして……電気を付けてケーキを食べようとしたその時。

嫁が『弾けた』

赤い水がその場に零れ落ち、光の柱が目の前に出た。理解した瞬間、娘に駆け寄り抱きしめた。

娘は何が起きたのか分からない様で光の柱を見てはしゃいでいた。

 

怖くて目を瞑り、腕にある小さな温もりに縋り、祈った事も無い神に祈り、臆面も無く涙を流しながらどうかその時よ来ないで下さいと思っていたが、その温もりは呆気なく弾けた。

 

『ぱしゃん』

 

その音は聞いたことの無いギロチンの音の様に感じた。

 

目を開けば光の中に居た。腕に抱いた娘は消え、赤く塗れた自分の両手が、自分を照らす光の柱がコレが現実だと俺に告げてくる。

 

 

 

どれ位の間そうしていたのか覚えてないが、涙も声も出しつくした。

ふらふらと立ち上がり蛇口を捻るが水が出ない。冷蔵庫を開けて温くなったミネラルウォーターを流し込む。

 

暫く寝て、起きて、水を口にして、又寝る。

そんな事を繰り返して居た。

 

このまま死んでしまおうかと思ったが、妻と娘が居た部屋では……自分の生活圏では死にたくないと思い自宅を出る。

何も動いてない街が目の前に広がっていた。

所々で火事が起きているが何も、サイレンの一つも聞こえやしない。

どうでもいいやと道路に出て適当な車に乗り込む。

 

海。海に行きたい。

 

その思いから車を走らせ、2時間程で海に着いた。

赤い海が血を思わせる。まるで地獄だなと呟きながら海へ向かってアクセルを踏む。

少しの浮遊感の後に着水の衝撃、そして隙間から入ってくる赤い水。体の力を抜いて自分の体が水に沈むのを待つ。

首にまで水が到達する頃になって又涙が出た。

『さようなら』と呟いて目を閉じた。

 

水をそのまま受け入れる。呼吸をするように。

嗚咽感と拒否感が駆け上がってくるが知った事か。

硬く目を閉じて息を吐き、水を受け入れる。

苦しみを受け入れ意識が飛ぶ間際、誰かから何かを言われたような気がしたがソレが何かを自覚する前に意識が落ちた。

 

 

 

次に目が覚めたのは青空の下だった。

目の前には四本指の大きな手があり、淡い光を放っていた。手の平から溢れる光が俺の中に入ってくる。

頭がくらくらしながらもどうにか立ち上がり相手を見ると人ではなかった。2メートルを優に超える身体に尻尾が生え、白いローブを着た亜人。

唖然とする俺を見ながらニコリと笑って「気をつけて」と一言喋るとそのまま歩いていった。

呆然としながら辺りを見回すと石造りの家が並び、跳ね橋が遠くに見える……フラフラと川の近くまで来た所で猛烈な吐き気に襲われて蹲り、胃の中身を全て吐き出した。

訳が分からないまま、流れ出る脂汗をそのままに石造りの川縁に背中を預けて空を見上げる。

死んだと思ったら別の場所に居た。似たような経験を10年以上前に経験したのを思い出しココが別の世界という仮説を立てた所で襲ってきたのは『死ねなかった』という後悔。

情けなく膝を抱えて頭を伏せて涙した。

手に入れた幸せが失われ、また身寄りの無い場所へと放り込まれた。年を取り、普通に動くだけで疲労が堪り易くなった今の状態でまた裸一貫というのはかなり辛い。

そしてなにより心が生きる事に疲れてしまった。

 

もう何もしたくない。このまま何もせずに……いや、それだと迷惑が掛かる。どこか別の所で……。

 

どれ位そうしていたのか……高かった日が下りてきて陰が長くなり始めた頃、話しかけてくる奴が居た。

緩慢な動きで顔を上げると、自分を心配していたのは昼間に会った亜人だった。

 

そこからは明確に覚えてないが自暴自棄になっていた私は多分相手に酷い事を言ったと思う。だが彼はそんな自分を無理矢理立たせて食事に連れ出した。

強引に席に座らせられ無理矢理酒を飲まされた。味は……旨いとも不味いとも思わなかった。

だが何も考えたくないという思いで目の前の酒を飲み続けた。

 

翌日、酷い頭痛で目が覚めた。

痛む頭を抱えながら水を貰おうと思いメニューを見たが水は有料、ここで初めて自分が金を持って無い事に気がついた。

顔を青くしながら金を持って無い事を伝えて無銭飲食をしてしまった事に謝っていると、宿の女将さんは笑いながらアンタのツレが払っていったと水と一緒に朝食を出してくれた。

朝食を食べ、腹が膨れた事で少し冷静になれた所で女将さんに昨日自分を連れて来た亜人について聞いてみた。

どうやら彼の種族はガルガと言うらしい。大きな体に尻尾。四本の指で力が強くタフガイが多い。

この場所から南に下った所に居を構えているらしいので早速会いに行くが似たような人ばかりで正直見分けがつかない。

 

仕方が無いのでガルガの人に片っ端から声を掛けていく。半日ほどそうしていると彼の方から声を掛けてきた。

昨日会った時とは装いがガラリと変わり拳闘士の様な格好で何というかかなり似合っていた。

呆気に取られながらも昨日と今朝の礼を言い頭を下げると今度は向こうがポカンとしていた。

自分が頭を下げた事がどうやらとても珍しいのだとか。何が珍しいか分からないが兎も角お礼を伝えてからその場を去ろうとしたが、呼び止められて今後のアテがあるのか聞かれ思わず沈黙してしまう。

そこから彼との付き合いが始まった。言われたのは「ならば一緒に冒険者をやろう」という一言。

仕事も無い、身寄りも無い。無い無い尽くしの自分。今思い返せばある種の自暴自棄だったのだと思う。

二つ返事でOKをしてその足で冒険者登録。流れる様に彼とPTを組んで色々な場所へ行った。

 

彼の……正確には彼の種族の故郷があった砂漠。

耳が長くスラリとした奴等が多いエルヴァーンと呼ばれる種族の国。

かと思えば小さい、本当に小さい子供にしか見えないタルタルが治める国。

猫の様な見た目で身軽なミスラと呼ばれる女性しかいない種族が居たり。

敵対している種族も様々でアンティカ、ゴブリン、クゥダフ、コースにソウルフレア、他にもデュラハン等々……本当に色んな所へ行った。

 

一日中歩き詰めで疲れながら大陸を横断したり、かと思えば彼が行き成り魔法を唱えて別の場所に飛ばされたり。

疲れる事だらけだったがその分、嫌な事を思い出す暇も無かった。

冒険だけじゃない、他にも薬の作り方を教わったり大工や鍛冶等、本当に色々な事をやらされて過去を振り返る暇すら無かった。

それでも夜になると昔の夢を見る事はあった。そういう時は決まって目が覚ると自分が泣いている事に気が付いてほっとした。自分はまだ家族の為に泣けるのだと。

 

この世界に来て随分年が経った。最初こそレベルという概念を教えられた時は卒倒しそうになったがそういうモノと割り切って過ごし、もう50は超えた所でやっと一人前と言われ始めた。

他の若い冒険者と比べると随分時間がかかったがそれでも何とかなったのは彼が共に冒険してくれたからだろう。その日改めて彼に礼を言った。

だが何時でも別れというのはやってくる。翌日彼は一枚の手紙を残して旅立っていった。

手紙には彼の寿命がつきかけている事、そして転生の時期が来た事。今まで黙っていた事を許して欲しい事……何とも短いがそれだけ書かれていた。

唐突な別れに呆然としたが余り気落ちはしなかった。一人になって改めて過去を思う。

もうあれから10年が経った。自分の手の平を見る。しわがれて武器を持ち続けた為にマメだらけ。もし又あの様な事があったとしたら……自分は何が出来るんだろう。

ソコからは何かに取り付かれた様に自分を鍛えていった。

年を取り、ヴァナディールと呼ばれるこの世界でもヒューマンNo2の長寿と言われる様になっても延々とモンスターを狩り、レベルを上げ、珍しい装備を収集し、何時しかお長寿冒険者とか運び屋冒険者と呼ばれ始めた。

何処へ出かけてもひょっこり帰ってくる事から妙な渾名を付けられたりもしたが、それでも自分を鍛える事をやめなかった。

 

どれだけの時が流れたか、彼と別れてどれ位経ったか。年月の感覚も大分薄れても過去の悔しさだけは何故か消えない。

追いかけてくる後悔を振り切るかの様に鍛えて鍛えて……これ以上は無いかもしれないと思い始めた頃にソレは来た。

 

3度目の世界転移。

 

 

 

次に目が覚めたのは病院だった。

医者曰く、街中で泡吹いて倒れていた所を見つかってこの病院へ運ばれたらしい。その説明をTVのニュース並みにぼけっと聞きながら自分の体を見回す。

若返ってる。

年の頃は20代か30代……さっきまで感じていた身体の重さを全く感じない。

医者の説明を聞き終わって疲れたと一言呟いて眠りにつく。

 

夢を見た。

元の……初めの世界の夢を見た。親と姉妹が居て・・・・・・TVを見ていた。

夢を見た。

世界を移動した後に出来た家族との夢を見た。娘が生まれた産声を聞いた。

夢を見た。

彼と駆け抜けた様々な土地を巡る夢を見た。死ぬような目にも何度もあった。

夢を見た。

生まれた娘が成長した姿の夢を見た。そんな未来は来なかったのに。

 

目が覚めて自分が泣いている事に気が付いてほっとした。自分はまだ家族の為に泣けるのだと。

 

暫く病院で過ごした後、自分の所持品から年は24歳という事に気がついた。前の年齢から考えると実に80歳も若返っている。

死んだと思ったら生きていて、挙句若返りという現象まで併発しているこの異常。呪いだろうか。ディスペルで消せるんだろうか……時間が空いたら試してみるのも良いかもしれない。

眩暈を覚えながら持っていた免許の住所を頼りに自宅へ戻る。どうやらこの世界の俺は学校の先生をしているらしい……美術の先生?

今までの仕事と勝手が違う……というか違い過ぎる。何十年ぶりとなるPCの操作に悪戦苦闘しながらも知識だけを詰め込んでこの世界の職場へ向かうとしよう……えぇっと、学校の名前は……。

穂群原(ほむらばら)学園? 何か引っ掛かるが……取り合えずは出勤だ。



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2話 胎動

「おはようございます、中真先生。体調大丈夫なんですか?」

「おはようございます。 えっと……」

 

勤務先の学校は分かった。ネットで検索が出来る事に感動を覚えた。だが学校に入る前に原付から降りてきた女性に声をかけられて思わず返事をしたが名前が出てこない。

俺はこの世界の記憶が薄い。

この世界に元々居た俺、中真有香の記憶を持っては居るがそれをしっかり受け止めている訳では無いからか記憶が凄くあやふやになっている。

その所為か目の前に居る話しかけて来た女性の名前が出てこない。

学校前、そして私服で話しかけてくる所を見ると恐らく女性の教員……つまり同僚だろうという事は推測出来るが……。 ここは素直に言うか。

 

「すいません。お名前伺っても宜しいでしょうか?」

「へ?」

 

何言ってんだって顔をされたが先日倒れてから色々と物忘れが酷いという事で納得してもらった。

自分で言っておいてなんだが、そんなので納得するのかよ。

 

「そんな事もあるんですねぇ。まあいいか、藤村ですよ。藤村大河。思い出せました?」

「ん……藤村さん……藤村先生ですね。OKです。覚えました」

「何か思い出せないってより忘れたみたいな言い方ですね。 それで倒れたって言いましたけど最近ちょいちょい起きてるガス漏れにでも巻き込まれたんですか?」

「あー、どうなんでしょう。 実は気が付いたら病院に居たんですよ」

 

軽く事情を説明しながら一緒に中へ、薄っすらと記憶にはあるがやっぱ案内役が居るならそれに越した事はない。

藤村さんが駐輪場に原付を停めるのを待ってから共に職員室へ入ると此方を見た数人から声を掛けられた。

やれ大丈夫か、体調はどうだと問われ記憶が混乱してるから咄嗟に人の名前が出てこなくなったと言うと『初期更年期障害か?』とからかわれてしまった。

精神年齢だけで言えば完全に老人……というか棺桶に入ってても可笑しくない年齢だが身体は若いので『まだ若いわ』と言い返すと驚いた顔をした後、酒に誘われた。意味分からんが取り合えず飲みにいく事には了承した。

後で分かったがどうやら倒れる前、この世界の元々の俺はどうやら物静か……というよりも暗い感じの性格だったらしい。 なので俺の反応がまるで人が変わった様だと言われた。

まぁ実際中身が違うからな。

 

 

 

そんな感じでギクシャクしながらも教師としての生活が1年が過ぎようとする頃、なんとも奇妙な生徒を見つけた……というより絡まれた。

目の前で悪態をついてる天然パーマの男子生徒。 名前は知らん。

言ってる事を要約すると、俺が話していた相手が彼の交際相手で人の女に手を出してんじゃねーぞ。と言いたいらしい。

成る程……俺が相談を受けたアノ子の彼氏は君だったか。

 

「あー、君の名前は?」

「は?」

「だから名前。 俺は君の名前さえ知らんのだが」

「……間桐慎二だよ」

「すっげー苦虫噛み潰したみたいな顔しとる慎二君や、君ちょっと俺と一緒に生徒指導室へ行こうか」

「ハァ!? 何で僕が!」

 

ハイハイ、悪態付くのは良いから来いっつーの。 ちょっと話す事があるんだよ。 大人として。

 

「で? 態々こんな所にまで連れて来て。 何言いたい訳?」

 

ソファーにふんぞり返ってこちらを見下している慎二君だが、非常に重大な事を教えてやろう。

とりあえず長くなりそうなのでコーヒーでも入れながら軽いジャブ程度の質問を放り込む。

 

「君さ。 アノ子とヤッタの?」

「はぁ? 何だあんた? 溜まってんのか? 風俗にでも行ってきたらどうなの? おっと童貞のあんたにゃハードル高かったかな?」

 

自分のセリフが面白かったのか盛大に腹抱えて笑ってる天パを横目で見ながらコーヒーを持ってソファーに座る。

 

「ま、俺が童貞かどうかは置いとくとしてさ。 割りとまじめな話なのよ。 お前さんアノ子と真面目に付き合ってるの?」

「はぁ? そんな訳無いじゃん。 あれは遊びだよ遊び。 それにまだ高校生なんだよ? そんなに自分の先なんて決めれないよ」

 

そうか。と呟いて自分の入れたコーヒーに口を付ける。 まいったなこりゃ。

どう切り出したものか悩みながら視線をさ迷わせる、それが気に食わなかったのか天パは飲み終わったコーヒーカップをテーブルに強く置きながら語尾を粗くしながら聞いてきた。

 

「で? センセーは生徒の遊びに口挟んで何したかった訳? もしかして女でも紹介して欲しかったの?」

「いいや、別に子供なんか紹介されてもね。 ……まあ、仕方ないか」

 

一呼吸、息を吸ってから真面目に彼を見る。

 

「君、彼女と性行為を行ったよね? しかも避妊せず」

「……だからさぁ……それがどうしたんだって言ってるんだよ! あぁ!? そんなにガキの事情を知って何がしたいってのさ?!」

「君の彼女、妊娠してるぞ」

 

 

「は?」

 

慎二君は今自分が何を言われたのか、もしくは全く予想していなかった事を言われて目が点状態になっている。

やる事やってりゃ結果として行為の代償が付いてくるのは当然で、避妊してなきゃ出来て当然。若さ故の万能感で突っ走った結果なのだろうけどその代償としちゃ正直割に合わんと思うが……。

無言の慎二君を前にしながらコーヒーを啜る。それにしても自分もこの一年で大分変わった。前の世界の最後じゃモンスターを殺す事……正確にはレベルを上げる事に躍起になってたが、気が付けばこの世界でネット生活エンジョイしてる。

 

(もう一度家族と会いたいな……)

 

最近若くなった所為か薄れてた過去を良く思い出す。勿論この世界には自分の家族は居ないし、結婚して子供を設けたなんて記録は無い。

暫く無言だった慎二君だったが呟くように声を絞り出した。

 

「何だよそれ……」

 

そこからは知らないだとか、どうでもいいとか言い始めたが、大人としては流石に見過ごせない。

既に腹の中に新しい命が宿っている。どうするかは別として結論は出さなければ。

放置しておけばその分だけしんどい話題なのだ。

 

「落ち着きなって、別に今すぐ結論を出さなきゃいけない訳じゃない。 確かに良い話題じゃないだろうけど、手遅れになって知らされるよりよっぽどマシだろ? 男としちゃさ」

 

忌々しいと言った顔をして暫くすると急に思考に没頭し始めた。

 

「あー、年長者としてアドバイスを一つ出すなら……だけどさ」

「……」

「子供がどうとかじゃなく、その相手とこの先の人生を歩いていきたいかどうかで考えたほうがいいぞ」

「………………無いな」

「じゃあ話は簡単だ。 子供は堕胎してもらう。 費用に関しては親御さんと話すかしてどうにか工面しな」

 

おい、何で素の顔に戻るよ。

 

「おーい、金が無いとか言うなよ?」

「違うよ、何か凄くまともっつーか、普通の大人な反応されたから戸惑っただけさ」

「何だそりゃ。 まあいいや、取り合えず彼女に子供は降ろして貰う様に伝えて、費用に関しては最悪お前の方で持ってやれ。 あっちは体の中を弄くるリスク背負ってるんだ、それ位は……な」

「ふーん……あんたフェミニストな訳?」

「俺が? 無い無い。 単純に問題を片付けるための道筋を教えただけだぞ?」

「……っそ、何にせよわかったよ。 その問題に対しては直ぐに片付くさ」

「そうか? まぁ当人同士が話し合いで解決するならそれでいいし、最悪親御さんが出てくるのは覚悟するのをオススメするよ」

 

入れたコーヒーを全部飲み干して会話を切り上げる。ついでに慎二君のカップも流し台へ。

もう帰ってもいいぞと言うと彼はそそくさと出て行った。帰って家族会議かねぇ……。

 

 

 

とか思ってた時もありました……。数日後に問題発言をかましてくれたはとてもしたり顔で言い放ってくれた。

 

「もう一回聞くけど何でそうなったの?」

「知らないよ。ウチのじじいが裏から手を回したんだろ」

 

この慎二君、よりにもよって親の権力にモノを言わせたのか? いや……ちゃんと聞かないとダメだな。

 

「つまり彼女との問題は解決したけど解決方法までは知らない、そして解決方法を知っているのは君の祖父がやったと」

「そうなるね」

 

頭が痛い。どこのヤクザだよ畜生め。

……ん? ヤクザ?? 何か凄く大事な事を思い出しそうな……。

 

 

「あ!!!!」

「っ! ……ビックリさせないでくれよ」

「あ、あぁ……ちょっと唐突に忘れ物を思い出してね」

「ふーん、まぁいいや。 兎に角、アレの件は解決したって事は伝えたからね」

「ん……まぁ思う所が無い訳じゃないけど、一先ずは片付いたって事にしとくか」

「じゃ、そういう事だから」

 

そう言って慎二君はソファーから立ち上がり出て行った。しかし良く事後報告してくれたな……さっき思い出した原作だと相当なひねくれモノだと思ったけど。

そう、この世界もまたサブカルチャーが基本となった世界。確か『Fate』、運命って意味だっけ。

副題が幾つかあって余り詳しくは知らんがFGOってソシャゲが出てたのは知ってる。後アニメ位か。

しかし気づかないもんだな。まぁアニメ顔が当たり前の世界に10年以上居て、更には家族まで設けた。

挙句そこから更に別世界に行って70年以上生活してりゃ多少の髪色が奇抜程度も『普通』の範疇になるから当然か。

 

あれ? この学校もしかして超危険地帯じゃね?

 

■ ■ ■ ■ ■

 

「で? ライダー、アレで良かったのか?」

(えぇ慎二、後はあの男を私が捕獲します)

「しっかしアイツがねぇ……」

 

今僕は一人で街を歩きながら考えをめぐらす。

僕が使ってる英霊ライダー事『メドゥーサ』 コイツ曰く、あの教師は非常に良い魔力の塊らしい。遊び相手に子供が出来てるなんて忠告してくる教師との会話中に念話飛ばしてきた時はぶん殴ろうかと思ったけど。

でもアイツを捕食すりゃ『霊核を上げてもお釣りが来る』と言われちゃ仕方ない。コイツのパワーアップが出来るなら教師一人位なら安いもんだ。

 

「でも何であんな普通の奴が餌として優秀な訳? 全然意味が分からないんだけど」

(説明は難しいですが……解りやすく言えば持ってるエネルギー量が絶対的に違います。 普通の人間をロウソクの火とするならアレは太陽に近い)

「でもソレって魔力回路とかじゃないんだろ?」

(違います。アレはそういう類のモノじゃない。学校に仕掛けている『魂喰』で言えばあの男一人で数百万を超える人間分のエネルギーが見込めます)

「数百……万?」

 

出てきた単位に思わず足を止め、口からこぼれる。今までチマチマやって来たのがアホらしくなる数値だ。

遠坂に魂喰の邪魔をされてイライラしてたけど、やっと僕に運が回ってきたか。 思わず口元が歪むのを止められない。

 

「ちょっと信じられない数字だけどお前がパワーアップ出来るなら何でもいいさ。そうすりゃ毎度こうやって街に出て獲物探す手間も省けるし」

 

僕は魔術師の家計に生まれながら魔術回路が無い。その所為で自分の家に伝わる魔術すら引き継げない。

お情けで参加した戦争。 お情けで渡された英霊。 そしてイヤイヤ付き従う英霊。

全部気に食わない。 でもソレ等全てをひっくり返したとき……僕は……。

 

「やるぞライダー。 あの男を捕まえてお前の糧にしろ」

(分かりました)

 

現界したライダーが障害者のフリをし、男の前で転ぶ。 暗がりでプロポーションの良い女、オマケにサングラスを掛けて杖を持っている。

察しの良い奴ならアイツを盲目だと思い手を差し出すだろう。 その裏に……男の方に悪意があろうと、善意だろうと関係ない。

その後はライダーのお気に召すまま。 物理的に食事してるのか、それとも性的に捕食してるかは興味がない。 ただただコイツが自分の食い扶持を稼いでるだけ。

それに付き合わされるのは癪だが、必要な事と割り切ってる。 器械にメンテナンスが必要な様に、この英霊には魔力が必要だ。

だが自分はその魔力がない。 なら他から持ってくるまでだ。 アノ男、中真だっけか。 精々僕の為に良い燃料になってくれよ。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

やばい、ヤバイ、YA BA I。

色々と自覚した俺は自分が今紛争地帯の真っ只中に居るんだと解ってしまった。前の世界で色々とやばい橋を渡る事には慣れたが何でこう危ない所に居るんだ俺は。

待て待て、落ち着け。落ち着く落ち着く、落ち着くんだ俺……。

まずどうすれば良い? 現状の把握だ。

えーっと……主人公のしろう?(漢字は忘れた)と慎二君が同じ学年で、且つ彼らが高校……何年の時の話だっけ?

3……いや、2年か? 正に今じゃね? ……ふー、何か一周回って落ち着いてきた。

一旦紙にザックリとした関係図書いて頭の中整理してみるか。

 

 

 

よし。うろ覚えの部分もあるけど大体思い出せたな。

教会に槍兵と弓兵、ヒロイン姉に弓兵、ヒロイン妹+慎二君に騎兵、義理の妹に狂戦士、主人公に剣士……あとは何だっけ。

出てないのは……暗殺者と呪術師? 確かコレってセットになってたような気が……。

取り合えず……だ。仕事辞めてしまうか? 後腐れも無いしある意味良い気がするけど。

別世界とはいえ幸いにもココは九州。土地勘はあるから辞めても職探しには困らないだろうし。

自分が前の世界の能力を抱えてるのは間違いないんだがソレが通用するかが分からない。確か色々トンデモ設定のはずだから出力とか違い過ぎるんじゃないかな……あっ、おなか痛くなってきた。

……結局またハロワに通うのか……命の代償としては軽いか。幸い職歴はまともだから再就職も別の学校と受ければいけるやろ。

とか考えながら気分を落ち着かせる為に缶ビールを数本飲んでから横になった。明日は土曜だし良いよね……。

 

 

 

『どうにかなる』そう考えてた時期が俺にもありました。何この状況。

寝て起きたらパンイチでベッドに縛り付けられてるとかどこのドッキリ企画だよ。そういうのは80年代のTV番組とかだけにしてくれ。

そして目の前には紫長髪の全裸の女性。そのくせ眼帯してるってかなりニッチだな……下の毛も紫なのか……ってそうじゃなくて!

 

「やぁセンセ、気分はどうだい?」

「……色々と混乱してるけどさ、取り合えずこのベットに貼り付け状態から開放して欲しいかな」

 

すっごいイイ顔、生き生きとした顔で俺に話しかけてきたのは案の定、慎二君だった。

 

「んで? この状況ってどゆこと?」

「へぇ……意外に冷静なんだね。もっと喚くかと思ったけど」

「あー、その……友人に似たような事やられた事あるからさ。酒飲んでホテルで起きたらコールガールが二人一緒のベットに入ってたり」

 

まぁ本当はコールガールじゃなくてミスラとエルヴァーンのコンビだけどさ。懐かしいなぁ、あの二人とはあの後も何度かお世話になったし。

あ、すごい真顔。いや、全裸のねーちゃんまで驚く事無くね?

 

「まあいいや、取り合えず僕からのプレゼントって事にしとくよ。センセーが童貞だと思ったから筆卸をコイツに頼んだのさ」

「気持ちはありがたいけどさ、流石に拉致してまでやる事じゃなくね? 普通に申し出てくれりゃこんだけの美人なんだから受け入れるっつーの。眼帯してるから顔は分からんけどさ……」

「ふぅん……だってさ、ライダー。リクエストに答えてソレ取ってやれよ」

「しかしシンジ……」

「いやいや、そうじゃなくて開放してくれって言ってんの」

 

慎二君が盛大に舌打ちをしながら呆れ顔でライダーさんを押しのけながらこっちに近づいて来る。

 

「あのさ、五月蝿くないのは良いけど、この状況わかってる? 少しは喚いたりとかは無い訳?」

「んー、ヤルのは良いけどせめて自分の部屋が良いかな。知らん場所でコトに至れる程神経図太くないからさ」

 

あ、慎二君がすっげー嫌そうな顔してる。

 

「何かアンタに付き合うのがあほらしくなって来た。ライダー、後は任せるぞ」

 

そう言うと慎二君はさっさと石階段を登って上へ上がってしまった。……なんかスゲー見られてる気がする。目の前の人は兎も角、周りからの視線が凄くキモチワルイ。

 

「そこの……ライダーさん? 出来ればコレ外してくれます? 色々と面倒だし。ヤルにしてもここは簡便して欲しい」

「……拒まないのですか?」

「? 何で?」

「え?」

「見た目が好みじゃない訳じゃないし……つーか美人だし、アンタとヤル事自体はイヤじゃないけどさ。流石に教え子が用意した場所ではヤりたくはないかな」

 

紫髪の美人はくすりと笑いながら顔を覆っていた眼帯を外してこちらを見つめる、まるで子供の悪戯を見つけた母の様な笑みを浮かべたかと思うと途端に妖艶な笑みを浮かべながら近づいて来た。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

蝋燭の火が照らす中、水気のある肉を打つ音が響く。

荒い呼吸音と寝床の軋む音が混ざり合い、正に今男女のまぐわいが行われている事を主張していた。

文字通り若返った体は目の前の美人に対して過剰な程に欲情してしまっている。いくら身動きが取れないように拘束されてるとはいえここまで無抵抗になる事などありえない。

本来なら多少なりと抵抗するべきなのだろうがそんな気が微塵も湧いてこない。あるのはもっと触れたい。もっと抱きたいという思い。

 

「うあっ……また射る…………」

「ふぅ、これでもう何回目か分かりませんね」

 

ライダーと呼ばれた女の中へ何度目かの精を放つ。以前であれば連続なら精々3回も出来ればいい方だったはずなのに射した回数が二桁を超えて尚、自分の分身は硬度を保ったままライダーの中を貫いていた。

余りの快楽に目の奥がチカチカして分身が辛い……にも関わらず体はライダーを求めてしまい、まるで拷問にすら感じ始めていた。

既に全身汗だくで呼吸もまともに出来て居ない。なのに自分の分身が女の胎に納まり快楽を貪っているのだけははっきりわかる。

前の世界の嫁とすらここまで強い快楽を味わった事がない。その快感に脳がいかれたのではないかとさえ思えてしまう。

 

「ハァー、ハァー。……頼む……せめて水」

 

その言葉を受けてライダーは俺の逸物を一度抜き、近くに置いてあった水差しから水を口に含み、口移しで水を飲ませる。

まるで水を飲むのはおまけのようにライダーの唇に吸い付き舌を差し出し、絡めあう。

粘膜の音が呼吸音と共に漏れ出る。ライダーが覆いかぶさりながら貪るようなキスをし、そのまま俺の逸物を自分の胎へと収める。

何度目か分からない挿入、そして襲ってくる快楽。普段ならとっくの果てに萎えてしまっているのに未だ女の胎を貫いている自分の分身に違和感を感じながらも成すすべなく精を放つと同時に意識が飛んだ。

 

「ふぅ……漸くですか」

 

意識の飛んだ男を見てそう一人呟く。既にまぐわいを始めて7時間は経過している。

軽いチャームを使ったとはいえ驚異的な精力、体力で私と交わり続けた男。そのお陰で私の霊核が上がり魔力も充実。おまけに肉体的にも満足が出来た。

シンジの命令とは言え思わぬ拾い物であり、本当の主であるサクラを守る事にも繋がる。ついでに自分も満足が出来る。

そして何よりもあの目。

獣慾の裏に時折見え隠れする情愛の目。今まで向けられた事の無い目。それが何故か心地良い。

 

「折角です。暫くこのまま…………」

 

そう言ってライダーは男の上に覆いかぶさり寝息を立て始める。霊体化せずともこの男の傍に居ればそのあふれ出る魔力だけで現界が叶うと分かっているから。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

目が覚めるとそこは自分の知らない部屋だった。体を起こして辺りを見回す。

部屋の持ち主は几帳面な性格なのか、部屋は綺麗に掃除されており余り物を置いていない。ただ匂いから女性の部屋だろうという事は推察出来る。

一応ジャージが着せられているので全裸では無いが、自分の服を着たい。そして猛烈に喉が渇いている。

 

(あれだけヤって汗かいたんだから当たり前か……)

 

喉が張り付いて気持ち悪い。幸い拘束されてはいなかったのでベッドから降りて部屋を出ようとドアノブに手をかけた所で扉が開いた。

目の前には慎二と同じ髪の色をした少女が立っていた。少し驚いた顔をしてから彼女は直ぐに頭を下げた。

 

「ウチの兄がすみません先生」

「は?」

 

(兄? 慎二君のことか? というか妹?)

「あ」

(そうか、ライダーってのは騎兵だ。そして目の前の子があのライダーの本当の主……って事は俺って英霊とヤったって事か?)

 

突然目の前で考え事を始めた男に対して桜は若干の戸惑いを感じながらも声をかける。

 

「あの……先生、ベッドへ戻ってください。まだ疲れてるでしょうし」

「ん? いや、申し訳無いけど帰らないと。迷惑かけたみたいだし……」

「いえ、こちらこそ兄が迷惑をかけたみたいで……、それにライダーも」

「知り合いなんだ? まぁ……女の子に言うのはアレだけど別に嫌じゃなかったし。平気だよ。それよりさ、俺の服ってどうなってる? 着替えて帰りたいんだけど」

「すみません、服は汚れてしまっていたので洗濯中です。食事を用意するので食べていって下さい。その間に乾燥機にかけますから」

 

申し訳無さそうにする妹さんを見て流石に強く言えずにその提案を受け入れる。リビングへ案内されて待っているとしわくちゃの爺さんが出てきて挨拶をしてきた。

 

「桜、この御仁は?」

「学校の先生です、お祖父様」

 

どうやら兄妹の祖父らしい。何かこの爺さんに見られてると凄く嫌な気分になる。具体的にはゴキブリ見つけた時みたいな感じ。確か慎二君が言ってたやべぇじーさん。

取り合えず世間話をして気を紛らわせる。無言でこの爺さんと向かい合ったら全身鳥肌が立ちそうでイヤだ。

 

「では最近こちらへ引っ越してきたと?」

「えぇ、と言っても生まれもこの辺なので仕事の為に引っ越しただけなんですけどね」

「では何かと物が入用では? 型の古い家電でよければ譲る事も出来るがどうかな?」

「いやいや、生徒さんの家族から物を貰ってしまうと賄賂だと言われかねないので……ご好意だけありがたく受け取っておきます」

「ふむ、時代の流れかの。昔ならそんな事も無かったが……」

 

背中に嫌な汗をかきながら話をしていると妹さんから食事が出来たと呼ばれ料理を振舞われた。祖父も一緒かと思っていたら彼は直ぐに何処かへ行ってしまった。

大人しく振舞われた料理を腹に収めて自分の服を受け取り着替える。着ていたジャージに関しては洗ってから返すと言って自分の家へ持ち帰えり、ついでに買い物を済ませてから帰宅する。

マンションに帰り着いて携帯を開いたら既に土曜の21時を回っていた。美人とヤれたのはプラスだけど後の事を考えるとプラマイ0。

盛大にため息を付きながら持って帰ったジャージを洗濯機へ放り込んで回し、その間に風呂に入って体を解す。アレがどれ位やってたか解らないが凄く疲れた。ヤった後に半日以上気を失ってたんだから体力も相当使ったと思う。

風呂上りに買って冷蔵庫で冷やしておいたスポーツ飲料水を飲んで寝た。多分泥の様に眠ったと思う。



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3話 生誕

一部間違いに気づいて修正


休日二日目、日曜日。普通ならだらだらゲームしたり寝たりと自堕落な事をしたいのだが、状況が状況なので身の振り方を考えなければいけない。

一先ず洗濯物を干しながら仕事の候補を考える。教師になるのも良いし、前の世界の様な仕事に着いても良い。

引き出しだけなら割とあるのだから食っていくだけなら仕事を選ぶ必要も無い。

何より死なない事を優先しよう。そのためには先ず今の学校を辞めて就職活動か……貯金はそこそこあるし問題無いだろう。

ため息を一つついてから辞表をPCで作成してプリントアウトする。そして直ぐに封筒に入れて準備完了。

時間にしたら1時間も掛かってないのに凄く疲れた。リビングで昨日買ってきていた缶ビールを飲みながらぼけっとする。

どれ位そうしていたのか、何時の間にか眠っていたようで不意に目を覚ます。目を擦りながらソファーから立ち上がろうとすると目の前のテーブルに奇妙なモノを見つけてしまい動きを止めて凝視する。

見たことの無いギチギチと音を鳴らしながら此方を見ている何か。余りに気持ち悪く顔をしかめる。というかこんなの何処から入ってきたんだ。

顔を歪ませながら買い置きの殺虫剤はと視線を部屋に巡らせてると目の前の奴が甲高い音を出したと思ったら飛び掛ってきた。瞬間、全身に鳥肌が立った。

ゴキブリが顔面に向かって飛んでくるとかそんなモンじゃない。もっと気持ち悪い。生理的に嫌な感じがして思わず両手で顔を庇う。最悪飛んで来た奴を右手で叩き落とすつもりだったが、それは目の前で起きた現象でやる暇すらなかった。

 

まるで金属同士を叩き付けたような音が鳴ったかと思うと目の前に薄い橙色の壁がが広がっていた。

 

その光景に思わず動きが止まる。

 

知ってる。これは前の……エヴァの世界で人外の敵、使途が使って……いや、正確には前の世界の生物なら誰もが持っていた『心の壁』

でも何でここに来てこんなモノが出てくる? ヴァナでは全くといって良いほどこんなモノは発現しなかった、それこそ今よりよっぽど命の危険があったのに。

余りに唐突な光景に虫の事すら意識の外になってしまう。どれ位呆然としていたのか、虫の事を思い出して辺りを見回すが虫は既に居なかった。

ため息を吐きながらソファへ腰を下ろす。何で俺が心の壁……ATFを使えるのかはこの際置いとく。自衛手段が増えたとでも思ってよう。それよりあの虫だ。

うろ覚えだけどアレは確か慎二君所の祖父の使い魔か何かだった気がする。肝心な何かを忘れてるけどそこは間違ってないはず。

確か元がエロゲーなだけにR18的存在だった様な気がする……だから昨日の食事の前に会話した時に鳥肌立ちまくってたのかな。

休んだはずなのに心労が一気に表に出てきたような虚脱感を感じつつ、買い置きのカップうどんに湯を注ぐ。自炊する為に食材を買ってきていたがそれすら使うのが億劫になり思わずインスタントに手を出す。

前の世界じゃ不摂生だった為に色々と体にガタが来ていたから自炊を心がけようとしていたのに……。思わずため息が出てしまう。

 

 

 

「はー……又無職か……、だる」

 

 

 

翌朝、疲れた体を引きずって職場の学校へ。着いてからは直ぐに上司に掛け合って退職の意思を伝えて引き継ぎの為に1週間は続けると約束した。

急な退職の為に理由を聞かれたがソコは嘘八百。ある意味俺の一番得意な事。

理由は天涯孤独と思ってた自分の家族が見つかった、そして相手から一緒に生活をしたいと持ちかけられそれを受けた為に学校での勤務が厳しいという事。

更に相手は病気を患っている為、中々移動が出来ないという設定。

余命が無くなって唯一人自分の血を分けた存在を探し出して連絡をしてきた家族に対して情を動かされたという……傍から見たら荒唐無稽だがこの世界の俺だと天涯孤独って事実があるので嘘に聞こえない。

ある程度察してくれたのだろう上司は引継ぎも1週間で良いと言ってくれた。本当にありがたい上司だよ。

そんな訳で俺の退職期間が確定した為、表面上は何事も無い様に過ごしてる。俺自身どこかのクラスの担任って訳では無いから特別連絡事項は無い。

ちょっと最後の飲み会と言って連日飲みにつき合わされはしたけど、そこはご愛嬌って奴だろう。

 

退職が決まり3日が過ぎた頃、引継ぎの資料作成等に時間を取られて遅くまで職員室に居たのだが……ソレが災いした。

資料作りが一段落して自動販売機に飲み物を買い、戻ろうとした所で耳障りな音が聞こえてきた。

鉄同士を叩きつけるような音、非日常的な音に思わず眉を寄せて音の出所を探ると校庭から聞こえてくる。身を屈めながら全体が見える校舎の2Fまで上がり窓から見下ろす。

見えない何かが音を立ててる。所々で土煙が上がって人影が見えたと思った次の瞬間には又消えて音が聞こえる。

薄暗いというのもあっただろう。だがそれ以上にソレ等は速かった。

自分では見えない、視界に捕らえきれない何かが争っていると理解した時、ゾっとした。

 

 

 

コレが始まりだと。

 

 

 

原作の開始だ。

思わず駆け出した。

直ぐに職員室へ全力で向かいノートPCと荷物をまとめて車へ向かう。

電気等を消すとか最低限の所だけで鍵も掛けずに走る。

明日怒られるとかそんな事を考える暇も無く兎に角走る。

あんな人外の争い事になんて巻き込まれたくない。俺はもう死にたくない。

俺は自分が思っていた以上に自己保身が大事で矮小な人間なんだ。

 

車の運転座席に座って噴出す汗に不快感を感じつつハンドルを握りながら頭を置く。

大丈夫と自分に言い聞かせながら、流れる汗をそのままにキーを挿そうとした―――――――――硬質な音がした。

 

 

 

車の屋根から槍が生えていた。

 

 

 

自分の顔の横。ほんの数センチ横でATFに阻まれて動きを止めた真っ赤な槍。

もし止まることなく突き入れられた先には、鎖骨を貫き、肉を割き、恐らく心臓へと到達していた。変な声が出た。

そのまま車の外に転がり出る。堪らず転び、後ろを振り返ると車の上に青い男が立っていた。

知ってる。槍兵。

赤い槍を使うとても速い……。

 

「くーふーりん……」

 

思わず出てしまった言葉に青い男、クー・フーリンが顔を顰めながら此方へ身体を向ける。

 

「オメェ……何故俺の名を知ってやがる。それにどうやって俺の槍を止めた? 魔術師か? にしちゃぁ……まあ良い」

 

極限に追い詰められると考えるより先に体が動くというのは嘘ではないらしい。思わず両の手で顔を庇った俺の顔、数十センチ前にはATFに阻まれる槍があった。

涙目になりながらも立ち上がり駆け出すが直ぐに目の前から強烈な衝撃が腹に伝わる。

肺から空気が出て目の前がチカチカと明滅するような感覚。あぁ、人間って蹴りで浮くんだな……等と場違いな思考をしながら体は吹き飛ばされ車にたたきつけられる。

背中を強かにぶつけて目の前へ倒れこみ息を吸い込もうとするが腹の痛みでそれもままならない。

まるで餌を求める鯉の様に口をパクパクとさせるが空気は一向に入ってこない。

空気を求める間に幾度と無く硬質な音が鳴り響いた後、今度は衝撃が顔に来て頭が跳ね上がる。

蹴られたと解ったのは大量の鼻血を流しながら鼻を押さえているとクー・フーリンが独り言を喋ったからだ。

 

「ふぅん、手前、何でか知らねぇが武器に対しての防御が硬てぇな……その割りに蹴りは普通に通じると……ならコレならどうか……なっと!」

 

顔が燃えた。

比喩ではなく、恐らく手で覆ってた顔が物理的に燃えた。

目を開ける事も呼吸をすることもままならず、たまらず地面を転げまわる。

余りに痛く、辛く。ただ涙だけが出た。

そして何故か体が軽くなる感覚だけが酷く鮮明に感じられた。

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

「ッチ、後味が悪過ぎるぜ」

 

ランサーのクラスで現界したにも関わらずルーン魔術を使った。その事にもムカツクし、俺の槍を妙なモンで止めやがった。

結局魔術師かどうかわからなかったが……もう終わった事だ。残りの処理は綺礼に任せちまおう。

後味の悪さからつい相手に目をやるとピクピクと動いてやがる……哀れだ。せめてもの情けとして首を落そうと槍を振るう。

 

キィン! と硬質な音を立て再度あの壁が槍を阻む。

 

「何!?」

 

直ぐ様後ろへ飛び身構える。肉弾戦でボロボロにした挙句、ルーンで顔を焼いて殺した。

手ごたえとして確かに殺したはずの肉体に情けで首を落そうとした途端、またあの壁が出現した。

アレを出してるのが焼いた奴ならまだ生きてるって事になる。だが色々と可笑しい。

 

何故アレは自分の攻撃全てをあの防壁で防がなかった?

何故槍だけを拒んだ?

何故ルーンは通った?

実はアイツが防御した様に見せて術者は別?

若しくは自動的に防御する何かを持っているだけ?

相変わらず魔力が動く気配が無いのに槍を阻むコレは何だ?

 

疑問が次々と湧いてくる。ソレ等を考えながらも視線は焼いた男から外さない。

……動きは無い。だが俺の感がアレを危険だと教えてくる。何かは分からんが脅威にならん内に摘み取るのが良いと。

最速で、最小の動きで、倒れている奴の死角……上空から槍を穿つ。だが、再度硬質な音と共に槍は壁に阻まれる。

 

「やはり槍は防ぐか……」

 

防がれた槍を足場に後ろへ飛びながら炎のルーンを紡ぐ、着地と同時に足元に転がる石に炎とは別のルーンで働きかけ相手へと飛ばす。

すると又、壁に阻まれた。解りづらいが先ほどよりも壁の色が濃く……はっきり視認出来る。

髪の毛を結んでいる辺りがチリチリと違和感を告げてくる。アレは何かヤバイ。

ランサークラスで現界している為にワンテンポ遅れたがそれでも直ぐに出来上がったルーンを放つ。

 

「燃えろ!アンサズ!」

 

火球を倒れてる男に向けて飛ばすと、盛大な爆発音と共に炎が広がる。だが同時にまた『アノ音』が聞こえた。

距離を取りながら槍を構えなおすと先ほどは通った炎が壁に阻まれ男の前で防がれているのが解る。ランサークラスとはいえ、それなりに魔力を込めたルーンが防がれた事に多少苛立ちながら再度死角へ飛ぶ。

目の前の男は確かに倒れている。時折体を痙攣させている所を見るとまだ死んでないだけで顔面が焼け、吸い込んだ炎に肺や気管を焼かれて苦しんでるのか……それとも死んでるのか。

どちらにしろ先ほどから死角から放つ槍を悉く不可思議な壁で防いでやがる。時折ルーンを使ったり肉弾戦を仕掛けてみたりするもキッチリ壁が止めて来やがる。

素人の始末なんざ直ぐに終わるとコイツを無視し戦いを優先させ、さらに気分が乗ってる所に別のボウズに水を差されて戦いを中断して殺した。

あっちのボウズの始末は直ぐに終わったってのにコイツは妙な壁使いやがって・・・・・・やっててイライラする。

つーか綺礼!!見てるならテメーが対処しろや! 明らかにコイツはお前向きだろうが!

暫く攻撃を続けてたが綺礼から戻ってくる様指示があった。ま、この男自体はさっきから動かなくなったし死んだかもしれねが。

消化不良だが仕方無しと割り切ってさっさと霊体化する。まったく、アイツがマスターならこんな面倒な事しなくても良かったんだがな・・・・・・。

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

青い鎧に身を包んだクー・フーリンが霊体化して姿を消した後、数分経過した所で男の身体が光始める。

まるでその死を無かった事の様に血が、傷が、逆再生の様に戻りながら宙へ浮かび、全てが完治すると同時に地面へ着地した。

着地と同時に尻餅を突いて盛大にため息を吐く。

 

「はー……リレイザーがあって助かった」

 

魔法【リレイズ】効果のある妙薬。ヴァナで一時期俺の収入源になってた薬。

時代と共に代価品が出て使われる事も減っていったが、収集癖というか勿体無い病というか……兎も角手持ちにあったコレのお陰で窮地は脱した。

現代日本だからステータスを白/黒にしていたのがアダになった。つーか動き早すぎる。ありゃ後衛職の能力だと捌けない。

っていうかATFが又出てたし。ヴァナだと一切出なかったモノが何でこっちじゃ出る? 助かってるけど謎だ……。

ヨロヨロと立ち上がり自分の服がまったく問題ない事を確認してから直ぐに車を走らせる。

兎に角一度家に帰って、直ぐに色々準備してから人目のある所へ移動しないと。



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4話 産声

青いのに襲われてから既に3時間程経過している。今は某ハンバーガーが代表の飲食店で時間を潰してる。

っていうかファーストフード店って意外と24時間営業してるのね。ジャンクフードとか久々に食ったけど……やっぱ旨いな。

もう2時間もすれば日が昇り始めて辺りも明るくなるはず。そうなったらさっさと引き継ぎの連絡だけして街を出よう。

最後の仕事がこんな形とか個人的にも嫌だが命には代えられん。メールで資料や手順をまとめたモノを送信してと……。

首や肩を捻りながらゴリゴリと音を鳴らして水を飲む。目を瞑って自分のステータスを思い描く。

何も見えない瞼の裏に自分の能力が浮かび上がる。これはヴァナディールで冒険者になってから身に付けた事で、他の人達はもっと細かい所まで見えるらしいが、自分は装備品や所持品、今何の職業をセットしているか程度しか分からない。

逆に所持品の所持限度が無い状態のは物凄く羨ましがれたが。そのおかげで今、家財道具一切合財を手ぶらで持ち歩くという荒業が出来ているのだからコレには感謝。

ただ他の人と違って一定量以上の物は何故か自分の影から出入りするという謎仕様なのは疑問だ。

 

一息ついた為に腹が空いて来た。1階のカウンターで追加の注文をして受け取りまた2階へ上がる。

ノートPCを使って軽く住む土地の目星を付けていたら、ふと、違和感に気がついた。静か過ぎないか?

さっき注文しに行く前にはまだ何人か客が居たのに居ない。始発が動いたのかと思ったがまだ4時を過ぎた位で始発までまだ時間がある。

嫌な予感がする。直ぐにPCをリュックに詰めて店を出るため1階へ降りよう……そう動いたが、嫌な予感ほど当たる。

後ろからの風斬り音。振り向きの最中、視界の端から向かってくる赤い槍。

槍に合わせて上半身を下げ、合わせて左足を起点に右足で蹴りを出す。易々と蹴りを防がれたがどうにか距離は開いた。

テーブルの上で気だるそうに槍を肩に担いでしゃがみ込む青い装いの男。つい数時間前に俺を殺した男がソコに居る。

 

「よう、さっきぶりだな」

「これ程嫌な再開ってのは中々無いなぁ……」

「まぁそう言うなよ。しっかし妙な事ってのは続く時は続くもんだな。まさか一晩で同じ人間を二度殺すって珍事が二度も続くたぁ。師匠が何かやったのかと疑うぜ」

 

やれやれだ、そう言わんばかりにテーブルから飛び降りてこっちを睨む。何で原作キャラが絡んでくるかね、こっちは被害さえなけりゃ逃げるだけだってのに……。

しかし危なかった。さっきの奇襲はステータスをモンクに切り替えてたから対応出来たが、そうじゃなけりゃ今頃あの槍に貫かれてたかもしれない。

 

「クー・フーリンさんよ」

「おん?」

「アンタの目的って何だ?」

 

キョトンとした顔でコッチを見てるが目的が『目撃者を消す』って事ならイコール『魔術の秘匿』のはずだ。なら俺が秘密を喋らないって事でカタがつく筈。

 

「こりゃ俺の推測だけどよ、恐らく……魔術の秘匿って奴だろ? もしそうなら俺は今回の事は喋らないし墓まで持って行く。俺自身叩けば埃の出る身でね、いざこざは避けたいのさ。ついでに言えば既にこの街を出る準備は出来たから後は電車なりなんなりで移動して口を噤むだけ。どうだ?」

「ほう、そりゃ何とも手回しが良いな。さてどうしたものかね……」

 

ニヤニヤと笑いながらこちらへ一歩近づくのに合わせて俺も後ろの階段へ下がる。モンクにしてるおかげで何とか槍へ対応は出来るけれどでもソレだけ。

ATFを自在に出せるならまだやりようもあるけど、何で出たのかも解ってないモノに頼るよりは自分の体に頼ったほうがいい。分の悪い賭けは好きじゃない。

クー・フーリンがにやけ顔で此方へ詰めて来る……直ぐに動けるよう重心を落としていたにも関わらず初動が見えなかった。顔の近くまで槍が近づいてやっと反応出来る。

 

「にゃっろ……!!」

 

悪態を付き床に倒れこみながら手近な椅子を手に取り武器にする。迫り来る槍を椅子で弾き、時に椅子で避け、絡め取れないかともやってみるが逆に椅子を巻き上げられた。

直ぐ様別の椅子を蹴り上げて構える。突きを椅子で受けながら絡めて近づく。が、クー・フーリンが下がりながらなぎ払いで対応してくる。直ぐに椅子を手放して槍の逆方向へ回り込んで接近。

そのままの勢いで足払いをかけながら【コンボ】からの【双竜脚】を放つが入ったのは足払いのみ、【コンボ】と【双竜脚】は初撃を右手で防ぎ、二撃目を槍を手放した左手で、三撃目は倒れこむ勢いを利用してかわし、追撃の双竜脚は一撃目を足場にして宙を舞い、追撃を手元に戻した槍で防ぐ。

俺がモンクをやる時の決め技を初見にも拘らず見事といわざる得ないほど槍と体裁きで防がれてしまった。戦いの最中とはいえその体裁きには思わず目を見張る。

直ぐに思考を切り替えて攻撃の手を続ける。椅子を蹴り飛ばし、ソレを追いかける様に近づいていく。

飛んで行く椅子が切り払われる寸前で追加の椅子を放り投げてクー・フーリンの死角へ。勢いを保ったまま【タックル】

上手い事入ったと思ったがどうやら誘われていたらしい。俺から受けた衝撃をまるで独楽の様に回転しながら殺し、オマケに槍での攻撃に転じて見せた。

両腕でガードが出来たものの左腕の二の腕と一の腕、更に右の一の腕の三箇所をザックリと切り裂かれてしまった。確実に骨まで達した傷。たった一回の防御でコレとか原作キャラ本気で強すぎませんかね!?

思わず舌打ちをして無理矢理腕を上げて構える。右はまだ構えられるが左腕が胸の辺りまでしか上がらない。

背中から冷や汗が流れ、額には脂汗が流れる。あぁ、ヴァナディールで色んなモンスターを狩ったが目の前のコイツ程じゃなかった。

いや、性格には自分の腕が上がってからはここまで追い詰められなくなってた。装備が無いとか色々な要素もあるがそんなの抜きにしてもクー・フーリンは強い。というか強すぎる。

どうやって切り抜ける? 何か何か無いか。切り抜ける為の何か。

 

「悪く無い動きだ。初めの動きとはまるで違う。ちと脆いのが残念だがソレでも良いセンいってるぜ?」

「そいつはドーモ、良いセンついでに見逃しちゃくれんかね。アンタの相手は俺にゃ辛い」

「悪ぃーな、マスターが始末しろって言ってんだ。諦めてくれや」

「さよで……」

 

呼吸を吐く、吸う、吐く、吸う。何度か呼吸を繰り返し気合を入れて再度構えながら【チャクラ】を使う。両腕に着いた傷から煙りが上がりミシミシと音を立て再生する。

再生すると言っても限度があり全快とはいかないが拳を振るうには足りる程度には治った。その様子を怪訝な顔でクー・フーリンは見ている。

追撃してくるかと思ったが何故かしてこなかった。何のつもりかわ分からない……だが折角なのでやれる事は全てやる。

【インナーストレングス】【無想無念】【インピタス】【集中】【回避】【百烈拳】

効果時間は短い、やれて45秒。その間にどうにか転機が訪れなければ……ここで死ぬ。死にたくない。

 

知らず知らずの内に唸り声を上げていた。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

目の前に迫り来る拳を見ながら考える。この男はどういった経緯でこの戦争に参加しているのか。

先の言動を考えると偶然巻き込まれた類か……あの小僧が七人目になるよりコイツが七人目になればもっと楽しかったのかもしれない。そんな事を頭の隅で考えながらも体は目の前の拳を反射的に防ぎ、捌いていく。

あの壁は魔術であろうと当たりを付けたが先ほど見せた回復はどうだろう。目の前で行われた回復行為に魔力の気配は無く、先ほどから続く拳の嵐もその速度がドンドン増している。

まるでエンジンの回転数が上がりギアを上げていく様に、加速度的に拳の速度は上がっていく。その光景には思わず口元がにやけるほど。

強者との戦いを望み参加してみれば出鼻を挫かれ、望み薄な展開だったにも関わらずココに来てまさか生身の人間が自分と同じ領域に居る事実。

しかもさっきまで物理一辺倒という感じだったコイツの拳は急にサーヴァントである自分に攻撃が通用し始めた。面白い。面白過ぎる。

思わず零れる笑いを止められそうにない。

 

「ははっ! イイ! やっぱり戦闘ってのは血湧き、肉踊るって感じじゃねぇとなぁ! そうだろ!」

「っ!! 戦闘狂かよ!」

 

拳一発の威力も悪く無い、速度も良い感じだ。だが見るからに後が無い。

だったら俺はこの猛攻を捌いているだけで目の前のコイツはジリ貧になるだろう。だがそんなのは俺の好みじゃねぇ。

槍で防御しながらあえて素手で応戦する。時折織り交ぜるように槍で攻撃する。

槍を振るう度に男の身体は赤く染まっていく。

 

「どうしたどうした! さっきの傷を塞ぐ奴は使わないのか!?」

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

「それとも赤く染まってみるか!?」

 

このやろぅ……クー・フーリンが槍を振るう。手加減されていると解っていても尚、避けきれないその槍捌きに若干の嫉妬を覚えながら致命傷にならないように身体をずらす。

防御はまだ良い、当ってるが致命傷にはなってない。問題は攻撃で振るう拳を奴が槍で防ぐ時、ご丁寧にしっかり槍を俺の拳に当ててくる。

当然奴さんの固い武器を素手で殴る形になる訳で……結果的に俺の拳は皮膚が裂け結構な血が流れ出してる。それでも攻撃を止めれば直ぐにあの槍を振るわれて終了。かといって打開策も無い。

気持ちばかり焦るがたとえ拳が砕けようとも今は気にする場面じゃない。体感で百烈拳の効果が半分を切りそうだ。

たった数十秒がやたらと長く感じる。目の前の男のニヤケ顔が凄くムカツク。振るうたびに重くなってくる自分の拳が嫌になる。

だが拳を止めることは出来ない。止める事は自分の死を意味し、それを受け入れてはヴァナディールで世話になった彼に、そしてエヴァの世界で家族になってくれた妻や娘に顔向け出来ないような気がしてならなかった。

故に、傷つき血に塗れた身体を動かす。限界ギリギリまで身の内に溜まった『気』を拳に乗せて放つ。ヴァナディールでモンクの代名詞と呼ばれるその技に変えて。

 

「食らっとけ! 【夢想阿修羅拳】【連環六合圏】【四神円舞】」

 

男の技が発動した時、初めてクー・フーリンは彼の拳を……自分に放たれた攻撃を見失った。知覚したのは届いた打撃の感覚。

ほんの一瞬の内に20近い打撃。生前にすら感じなかった知覚出来ない攻撃……しかも魔術の類でなく純然たる技として放たれた攻撃。

それが自分に向けられた物だとしても滾らずには居られない。闘争を求め参加した戦争、にも拘らず戦争を避けろと命令されフラストレーションが溜まっていた所に来た一般人を殺すという面白くも無い仕事。

なのに蓋を開けてみればどうだ。魔術を使うでもなく、純然たる技で、その拳一つで自分とやりあう男が居る。多少食らった所でこの戦闘への飢えが満たされるのならば笑わずには居られない。

 

冒険者生活80年を超え、只管マート老と研鑽を重ね辿り着いた怒涛の3技連携。間違いなくクー・フーリンに届いた攻撃だが……それでの目の前の男は倒れなかった。

それを受けて尚、立ちふさがる男は間違いなく英雄と呼ぶに足る人物だろう。そして自分の敵としては余りに強く、ましてや一人で挑むには高過ぎる壁だ。

最早身体に力が入らず立っている事さえ辛い。今すぐ膝をついて倒れてしまいたい。

だが駄目だ。ここで倒れたら待ってるのは死ぬ未来。それはどうあっても受け入れられない。

 

「くっそ……まだ余裕たっぷりかよ」

 

あふれ出る汗と上がらない腕。息を吸うにも一苦労と思える疲れが全身に圧し掛かる。

こうなったらJOBを変えて……いや、多分魔法職にした時点で槍に対応出来ずに死ぬ。せめて装備ありなら離脱の隙を作る位は出来たかもしれないが、周りの目があれば手を出しにくいだろうと考えた事が完全に裏目に出てる。

考えを巡らせるが良い案なんて出てこない。物語の主人公キャラは何でこんな状況下で色んな閃きがあるんだろう……やっぱ世界に愛されてるんかね。

そういう意味だと俺なんか完全に異物っつーかウィルスみたいなもんじゃね? 別世界を渡り歩いて巡り巡ってこの世界に来て……っは。妙な笑いが出てくる。

 

「地力の差がありすぎて笑えてくるな……英雄ってのはスゲェよ、素直に関心する」

「ハッ、その英雄に食らいついて来たお前さんも大したモンだと思うけどな」

「馬鹿言え。拳は割れてるわ、疲労困憊。それに引き換え相手はピンピンしてると来た。せめて隙の1つでも出来るかと期待したけどソレもムリっと」

 

言いながら疲労が足に来て尻餅を付く。一度崩れたらもう立ち上がれそうにない。大量の汗を流しながら愚痴を零す。

 

「この様だ。こんな事なら万全の体制で迎え撃った方がまだ目があったかもなぁ……、まあ所詮『たられば』だな」

 

盛大にため息を吐いて息を整える。何かここまで来ると諦めが出てくるな。

 

「ほー、って事は何か? 準備が出来てたなら俺とまだやれてたと?」

「さてね、でもちゃんと準備しとけば拳が割れる事は無かっただろうし、防具も着けれた。もっと言えば槍でやっても良かったかもね」

「へぇ、オメー槍も使うのか」

「アー、使う使う。槍でも銃でも剣でも斧でも、使えるもんは何でもな」

「面白れぇな」

 

「逃がしてくれりゃもう一回位ならやれるけど?」

「そりゃ出来ねぇ相談だ。こっちも仕事なんでな」

 

言いながら槍の先を俺へと向ける。ま、解ってたけどね。残念だ。

 

「せめて『痛い』なんて思う暇も無しに頼むよ」

「こっちじゃ『武士の情け』って言うんだっけか?」

「言うねぇ、ま、俺武士じゃないけど」

 

ま、思えば人間80歳までと思えばヴァナで1度は大往生の年齢まで行った。結末がこうなるとは思ってなかったが大分生きた。

諦めて目を閉じる。

 

奇妙な人生だったが、ある意味大満足だ。

一度は家族が出来、子も設けた。

我が子を抱く時の幸福も、失う時の絶望感も味わった。

死んだら何処に行くのか……家族とまた会いてぇな。

 

そんな事を考えながら、胸に感じる異物感と遠くに聞こえる馬の嘶きを最後に意識が途切れた。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

ビルの屋上から後ろにライダーを携えたままアイツとサーヴァントのやり取りを見ている。……アイツ本当に人間か?

 

「何でサーヴァント相手に生身で対応出来るんだよ……」

「シンジ、あれはランサーが手加減をしているおかげです」

「そんな事は分かってるよ! そうじゃなくて、手加減されてたとしても何でまともに戦う形になってんだよ! 普通嬲り殺しにされて終わりだろうが!」

 

何であんなポっと出の奴がサーヴァントとやりあえるんだ……思わず爪を噛む。くそ、あんな魔術の素養が無いただの一般人と思ってたのに……サーヴァントと殴りあいが出来るとかバグも良い所だ。

あぁ、イライラする。

 

「で?」

「で、とは?」

「お前はアイツを手に入れるつもりなんだろ? 行かなくていいのかよ。アイツ死ぬぞ。さっさと全部食ってりゃこんな面倒な事にならなかったのに……ったく」

 

そう。今僕がこんな寒い思いをしているのも。イライラしなきゃならないのもこのグズがあの時にアイツを全部食っておかなかったからだ。

せめて閉じ込めておけば後は吸い尽くすだけだったのに。

 

「そうですね……そろそろ行きます」

 

そう言い残して屋上を蹴り、ライダーがファーストフード店へ向かって飛んで行く。後はアイツが上手くやるだろう。

こんな寒い所で一人待っても意味が無いしさっさと家に帰ろう。こんな時はアイツでストレス解消するしかない。ああ、イライラする。僕の思ったとおりに動けよクズ共が!



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5話 思考

心臓を貫いた槍を捻って確実に殺し、更に突いた槍を横に薙いで傷を広げる。あふれ出る血液の量が目の前の男の死を間違いないと告げている……だが、クー・フーリンは警戒を解かずに男の死体を観察し続ける。

そんなクー・フーリンの耳が馬の鳴き声を捉える。場違いなその音に直ぐ様警戒を強めて声の方へ槍を構える。

直後、背後から嫌な気配を感じて身を屈めながら槍を振ると切っ先が鎖付きの短剣を捕らえていた。火花を飛ばしながら短剣を弾き、直ぐ様その場から飛び退くと同時に先ほどとは別の短剣が別角度からクー・フーリンが居た場所に突き刺さる。

そして目の前には堂々と姿を晒す女性のサーヴァント。長髪で紫の髪色、両の目を覆う眼帯。

まるでお前等眼を瞑ったままでも相手に出来ると言わんばかりの井出立ちに少なからず怒りが湧く。

 

「テメェ……」

 

さらに目の前の女は敵対している自分を無視して先ほど殺した男の死体を見下ろす。

初見のサーヴァントには深追いせず情報を必ず持って帰って来いとマスターの命令があったが、隙だらけであり多少の怒りも相まって刹那の間に背後へ移動し槍を振るう。

しかし、クー・フーリンの槍は獲物を捕らえる事無く空を切る。それどころか既に槍の間合いから外れている。

その事が逆にクー・フーリンを冷静にさせた。目の前の奴のクラスは何だ?

 

「セイバー、アーチャー、ランサー」

 

自分を含めてこの3クラスはもう会っている、更に態々姿を晒すなんて事はキャスターならするはずもない……となると。

 

「アサシン……いや、ライダーか」

 

ライダーのクラス名にピクリと反応する。やはりライダー。しかし自身の速さに多少なりと自信のある身としてはたまらない。

更に踏み込んだ先が良く無い。一度目の弾いた攻撃。二度目の別角度からの攻撃。

この二回で既にライダーの鎖による結界が出来上がっている。狭い室内で鎖の結界により尚の事狭くなり、満足に槍が振る事が出来ない。

 

「っち、この場面で出てくるって事は、テメェ見張ってやがったな?」

「……えぇ。どうしてもソレが必要だったので」

 

そう言ってライダーは男の死体を指差す。

 

「へぇ……だがソイツはもう確実に殺したぜ。心臓を貫き、抉ったからな」

「だとしても、ソレは回収します」

 

ライダーは対決も止む無しと短剣を構える。

それを見たクー・フーリンは構えていた槍を解いて背を向ける。

 

「付き合ってやりてぇ所だが初見のお前さんが居る以上、俺は直ぐに撤退する必要があるのさ。じゃあな」

 

言い終わると同時に直ぐ様クー・フーリンの姿が消える。ライダーは暫く迎撃の構えをしていたが気配が遠のくのを確認して男の死体を回収してこの場から離脱した。

 

 

 

あの場から離れたクー・フーリンは自分のマスターが居る場所へ向かいながら思考を巡らせる。

 

(ライダーがあの場に現れたのはあの男を手に入れる為だった。だがアイツは確実に殺した……それでも欲しがるって事は……。)

 

一つの可能性を思いつく。二度ある事は三度あるとはこの国の言葉だったか。思わず口角が上がっていくのを押さえられない。

三度目に期待しつつ、マスターへの報告の仕方を考えなければ。

 

 

 

ライダーが真中を回収し、死体をうつぶせの状態でペガサスへ乗せて間桐宅へ移動の最中。死体がもぞりと動いた。

行き成りの事に思わずペガサスを止めた途端、彼はガバリと起き上がり、そのままの姿勢で地面に向けて落ちていく。

 

 

 

意識が戻った時には空の上だった。目を開けたら町並みが眼前に広がってるとか誰が予想するよ。

 

「う、うぉあ!?」

 

思わず驚いて立ち上がろうとし、『落ちた』

物の見事にするりと落ち、馬上から転げ落ちた。頭が追いつかず目の前のペガサスを思わず凝視。

あ、ライダーが手綱持ってる……ってか何でライダー? ライダーもめっちゃ驚いたっぽいな、ちょっと固まってるし。

 

「どわぁあああ!!」

「っ!!!」

 

おちっ、落ちる! 死ぬぅぅうううう!! 長い人生ココまでの高さから落ちた事なんて無い。焦りながら咄嗟にポケットを弄り目当てのモノを見つけ直ぐに口に含む。

飲み込んだ数瞬後に強烈な衝撃を受けて意識が飛んだ。

 

 

 

困惑しながらペガサスを繰り落ちていった男の元へと辿り着くと、案の定潰れた死体がソコにあった。下半身は服が無ければ飛び散り、上半身は胸の辺りまで潰れており、腕も肩口辺りまで地面に叩きつけられて飛び散っている。

恐らく痛いと思う暇も無く絶命したであろう男の死体は、服という袋が無ければ間違いなくミンチになっていただろう。尤もその袋も殆ど破れてしまっているのだが……。

どうしたものかとライダーが思案していると多少飛び散っているミンチ死体が『もぞり』と動いた。この場で物理的にでも男の肉を食らうべきかと考えていた矢先に死体が動き始めたので尚の事驚いたライダーは目の前の光景を呆然と見る。

見る間に死体はミンチから元へ戻り、あっという間に人の形に戻ってしまった。ただ破けた服と辺りに微かに残る血の匂いが目の前で起こった事を主張している。

男が死んで、その後に蘇生した。

神秘が薄れて希薄なこの時代にそんな事が可能なのか……そう思いもしたが目の前で起きた事を否定する材料も無い。動揺しながらも男を再度ペガサスに乗せて空を翔る。今度は落さない様に鎖で縛り上げた状態で。

男を縛り上げた時についでに男のポケットを弄ると小瓶が一つ出てきた。見た目だけなら綺麗な小瓶位の感想で終わるが中身がおかしい。

この時代にそぐわない神秘を感じられる、それも自分が生きていた頃でもお目にかかれない様な濃厚な神秘。思わずその小瓶を自分の胸元に収める。

もしこの男がこの様な薬を複数所持していたら。もしかしたら自分の本当のマスターを……サクラを治す手立てがあるのかもしれない。

そんな期待を感じながらライダーは男をペガサスに乗せて空を掻け、間桐家へと急ぐ。

 

 

 

目が覚めると薄暗い場所で冷たい床に寝かされていた。身体を起こそうとすると背中側の服がガビガビになっていてゴワゴワする。それに身体中から骨が鳴って節々が痛む。

あぁ、空から落ちたから……何があったのか思い出しながら身体の痛みに顔を歪めつつ辺りを見回す。目を覚ました場所はライダーを抱いた(抱かれた?)場所だった。上に掛かっているタオルケットをどけながら起き上がる。

 

「ここって……」

「蟲蔵じゃよ、お若い先生」

 

声のする方を向けば間桐兄妹の祖父。コツコツと杖を突きながら階段を下りてくる。老人が近づく度になにか違和感が増していく。

 

「少々……おんしの持ち物を改めさせてもらった。一つ聞きたい、あの薬を何処で手に入れた?」

 

何の事を言われているか分からなかったが自分の体を弄って予備のリレイザーが無くなっている事に気が付いた。しかめっ面しながら間桐祖父を睨む。

粘着質な笑みを浮かべながら尚も此方へ近づいてくる。

 

「人の物を盗るのは関心しないな……」

「わしも孫の教師の荷物を改めるのは心が痛んだがね……死者の蘇生が叶う薬となれば話は別だ」

 

さっきから音が大きくなってる。小さい音が幾つも重なって大きく聞こえてくる。

 

「更に言えば……」

 

そう言いながら間桐祖父は杖を此方に向ける。次の瞬間、俺の頭上で硬質な音がした。振り返るとソコには人の倍はある蜘蛛が此方に牙を向けていた。尤もATFで防がれてはいたが。

直ぐ様振り向きざまに拳を一発。殴った感覚はあるが……柔らかい。いや、脆いという方が正しい。

結構キツメに殴ったはずなのによろけもせずに牙を突きたてようとしてくる。悪態をつきながら数発追加で殴る、蹴る。やっぱり手ごたえが可笑しい。牽制の意味で攻撃してたが距離を取りたい。

幸い【気(TP)】は溜まってるので技は使える。気の流れを右腕に集めながら力を貯める。周りのエーテルが反応し周囲に緑の淡い光が漏れて右手へ集う。放つ技は【短勁】

 

「食らっとけ!」

 

ドゴンッ! と、まるで自動車同士が交通事故を起こしたような重たい音が蟲蔵に響く。吹っ飛んだ蜘蛛を確認してから後ろを振り返る。【気】を高めながら余裕たっぷりの爺を睨む。

 

「どういうつもりかな、爺さん」

「サーヴァントと渡り合ったと聞いたのでな……どれ程か見てみたくてな」

「だから蜘蛛をけしかけた?」

「そうとも、それとお前さんが魔術師である事もこれで確信が持てた。何より、ランサーと会話するという事はそういう事じゃろう」

 

何でクーフーリンと会話してる事を知って……あぁ、そうかこの爺がアレだ、蟲の塊。という事はあの会話を虫を通して見聞きしてた?

取り合えずもう体裁を気にする段階は過ぎたか。

 

「はっ! そんな事知るか。それより俺は帰りたい……つーか出て行きたいんだけど? 」

「お主が魔術師である事は分かった。だがその所為で一つ疑問も増えた……何故お主が聖杯にマスターとして選ばれなかったかだ。何年も前からこの地に住んで居るといる上で聖杯に選ばれなかった……更に言えばお主の経歴や血には魔術の痕跡は無かった……ワシの記憶にも無い」

「なぁ、会話のキャッチボールしようぜ。俺は帰りたい。年寄りの話とか興味無いんだけど?」

「……間桐臓硯」

「は?」

「ワシの名前じゃよ」

 

次の瞬間、臓硯の身体が崩れた。

思わずギョっとなり臓硯が居た場所を凝視してしまう。するとソコから嫌な音があふれ出す。

知識としては思い出したが目の前で体感するのとはやはり訳が違う。想像して欲しい。目の前で会話していた人が崩れ落ちて、その残骸が全部虫に変わり自分目掛けて這い回ってくる様を。

全身に鳥肌が立ち後ろへ下がる。そりゃ大きな昆虫とかはヴァナで相手をした。アンティカ族とか砂丘でのガガンボとか色々と。

でもアレは大型で、かつ単体。こんな小さいのが郡体でワラワラと自分目掛けてやってくるのは流石に経験もないし……何より気持ち悪い!正直触りたくないというのが心情。

ならどうするか。

 

答え『焼く』

 

メインジョブをモンクから赤魔道士へ切り替える。そのまま直ぐに【ファイア】の詠唱に入る。冒険者時代からずっと続けてきた詠唱。

特に意味は無いけれど、それでも逝ってしまった彼と共に考えた詠唱は習慣で口から漏れる。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【ファイア】!!!!」

 

詠唱の完了と共に手の平を対象へ向けながら魔法名を口に出すと、虫の中心で人一人分飲みこめるほどの炎が起こる。

更に下がりながら【ファイア】を詠唱しつつ考える。

感覚的に【連続魔】が使えない今、発動までの時間が短い魔法を使うか、それとも多少時間を食っても範囲魔法を出すべきか。

全方位から這い寄って来る虫に鳥肌が立ちながらも虫が身体に這い上がってこないのは、虫が飛び掛ってくる度に発動しているATFのおかげだが何時まで防いでくれるか分からない為一瞬でも油断すれば即座に死んでしまうかもしれない。

湧きあがる生理的嫌悪感を目の前の虫を燃やす事で抑えながら出口を探す。【ファイア】を連続で放ち地面に残る炎が辺りを照らしてくれたお陰で殆ど暗闇状態だった蟲蔵がぼんやりと見え始めた。

その為、階段自体は直ぐにわかったが……階段が単純に長い。もっと言えば周りの蟲が減る様子が無い。

 

「だー! クソがっ! 一体どれだけの蟲が居るんだよ!!」

 

自分の周りで響くATFの硬質な音を聞きながら魔法を詠唱し続ける。いっその事【とんずら】使うか? でも効果が切れたら追いつかれそうだし。

逃げるだけなら呪符がまだ幾つかあるが……効果が現れるまでの詠唱で邪魔がされそうだよな……。相手のペースに乗せられてるよなぁ……新しい手札切ってる上に魔法使ったから魔術師じゃないって言い訳も通用しないだろうな。

やっぱここは逃げるが勝ちか。しかし打開策が……なんて考えていたら2Hアビリティが回復したのが感覚的にわかる。確実に逃げるなら後はジョブ変えて……。

 

 

 

目の前の小僧が足を止めおった。先ほどまで魔術で儂の蟲を焼いておったがそれも止めて目を瞑っておる。

この小僧が持っていた薬。アレが欲しい。アレの製法を含めてこやつを手に入れる。初めはそう思っておったが……。

見かけた当初は苗床としても、種としても優秀だと思って操る為に奇襲したが失敗。だがソレと同時にこの男を桜と共に間桐に染め上げれば次代の間桐に相応しい子が出来るやもしれん。仕込むだけ仕込んで、残りはサーヴァントの養分にでも……そんな考えはこやつが炎を使うまでじゃった。

アレはいかん。炎を使う魔術師は別に珍しい訳でもないし過去に何度かやりあった事もあって対処は分かる。だが先ほどから小僧が使う炎には何故か蟲の身体が過剰に反応してしまう。

理由は分からんがアレは儂と相性がよくない。儂の勘がそう告げておる。何としてもココで息の根を……。

あの小僧を庇う様に展開されておる赤い壁を貫くのは意識外からの攻撃くらいしかないか。そう思って天上からの奇襲を仕掛けるべく蟲を集め大型の蜘蛛を成形していたが……小僧が掌を振りかざしたかと思えば閃光が現れた。

蟲の特性上どうしても光に弱い儂は一時的に視界を失い、視界が戻る頃には小僧は既に蟲蔵から抜け出しておった。

蟲を集め普段の儂の形を作る。幸いにも小僧から奪った小瓶は合い変わらずこの手にある……。

 

「ふむ……収穫は薬一つ。されど使い様によっては鬼札になりうる……か」

 

小瓶を懐に収めて上へ上がる。仕込みが肝心、それもなるべく早い方が良い。早速桜を呼ぶとするか……。




後書きは本編とは余り関係ない事を……。

作者のFate暦は浅く、本格的に知り始めたのが去年の11月。
それまではアニメや原作者のきのこ作品を読む事はしてましたがFate関係はそこまで入れ込んではいませんでした。
ある事が切っ掛けでFGOに手を着けてそこからFateに触り始めて1年。
こんな作品をこさえる程度には作品に興味を持ってます。

作品自体には作者の好きな物を集めて、それをFateに落とし込んだらどうなるか。それを試しているので出来上がりが遅いですが付き合っていただければ幸いです。

質問や感想、評価や誤字報告等、反応、ご指摘は何でもありがたいのでお待ちしております。
では次話でお会いしましょう。


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6話 分岐

蟲爺の蔵を飛び出してどうにか間桐家の外へ。思いの外【フラッシュ】が効いたらしい。

逃げる為にナイト/シーフに切り替えたが【とんずら】は必要なかったか? しかし思いの外【とんずら】の速度が出てるような?

良く良く考えれば【ファイア】の威力も高めだったような気もする。

 

走りながら自分のアビリティや魔法の効果に少し疑問を感じながらも、走る速度は緩めない。

まだ家から出てほんの1キロ程、空も明るくなり始めたからこのまま駅まで走ってその足で電車に飛び乗ろう。

そう思っていた所で【とんずら】の効果が切れ、速度がガクンと落ちる。だが走る足再度力を入れて逃げようとした所で誰かに襟首を思いっきり捕まれた。

 

「ぐっへ!」

 

予想外の事が起きて思わず咽る。咳き込みながら後ろを見るとそこにはライダーが立っていた。

申し訳無さそうに手を出そうとして躊躇してる所を見ると悪いとは思ってるらしい。

 

「す、すみません。つい手が出てしまい……」

「っげほ。ああ、いいよ。それより何か用か? 急いでココから離れたいんだけど」

 

顔がほんのりと赤いのはさっきの失敗の所為か、それともヤル事ヤッタ俺と顔を合わせるのが恥ずかしいからか。あ、意識するとこっちまで恥ずかしくなる……平常心平常心。

しっかし……純粋に美人なんだよなぁ。確か女神の末っ子でメドゥーサなんだっけ?

自分がどれだけ彼女へ行為を繰り返したか等を棚に上げた思考をしていると、ライダーが折りたたまれた一枚の紙を渡してきた。

それを手に取り表裏を見てみるが特に何かが書かれてる訳では無い。これは何? と聞き返そうと顔を向けるとじっと此方を見ているので思わず黙ってしまう。

美人が無言でこっちを見るのって何か迫力があってつい黙ってしまうんだよね……。

 

「マスターからの伝言があります。困ったら其処へ……」

 

どういう事か聞き返そうと思ったが、ライダーは「それでは」と頭を下げて直ぐに跳んで行った。色々隠す気無いんかい……。ライダーにも俺って魔術師扱いされてるのかな。

貰った紙を一先ず内ポケットへ突っ込んで駅へ向かって走る。改めて自分の服を見るが……破れたズボンに穴の開いた上着、どす黒く染まって明らかにヤバイ感じが目に見える。

どこか……公衆トイレにでも入って着替えよう。幸い着替えは『持ち物』として持ってる。

 

着替えてみたらインナーや下着は物の見事に血で染まってた。まあ空中からスカイダイビング(パラシュート無し)して屋上へダイレクトアタックすれば当たり前か。

良く考えればダイレクトアタックした建物大丈夫かな……深くは考えないようにしよう。きっと妖精さんが何とかした。そう信じよう。

今後の事や移動先の事等、色々と考え事をしながら途中でタクシーを拾って駅へ。博多駅に着いたのでタクシーを下りて構内で切符を買おうと思ったが足が止まる。

 

嫌な予感がする……。

 

駅に入って直ぐに切符売り場へは行かず構内の売り場近くの飲食店に入る。注文した後、一面ガラス窓の席へ移動して人の流れを見る。

地下鉄から出てくる人、JRから降りてくる人、駅を通り抜ける人。

普段と変わりない様に見えるが1つだけ違う。『この駅から電車に乗る為に向かう人』が誰一人として居ない。

気がついた時には嫌な汗を流しながら人の流れを見ていた。

この駅を使う行為を禁止するって事は不特定多数に対して魔術をかけた? 効率的じゃないから人じゃなく土地に魔術を?

だとしてもソレが大多数かつ不特定多数の人間の無意識に働きかけて『普段とは違う交通手段を使う』って行動にさせたのなら……効果だけを見れば十分魔法じゃねーか。

こんな非常識な効果がまかり通る魔術を使う奴と思われたかと思うと頭が痛い。

そりゃヴァナディールの魔法や薬、技があれば特定の範囲、病気や毒、死に対しては強いが日常生活だと色々制限があるんだぞ。こういった術がある方がよっぽど凄いわ……。

 

自分の使えるモノと相手が使えるモノの差にゲンナリしつつ電車での移動は諦める。試しにバスはどうかと調べてみたが、県外へ行くバスへは誰も並んでない。魔術の規模ってどうなってんだ……。

残る移動手段はそれこそタクシーか、個人の車になってくる。

だが少し視点を変えてみよう。そもそもこの世界の騒動ってどの程度の範囲だった?

確か都市規模での災害クラスで其処から先へは広がらなかったような? うん? それは過去偏か? 現代偏だと違うんだっけ……?

あー、細かい所まで思い出せない! イライラしながらも近くのホテルで部屋を取って横になる。これからどうするか。

仮に被害範囲が都市部だけなら冬木市から離れて争い事の期間が過ぎるのを待つのも有りなんじゃないだろうか。イベントに関わらず安全圏でのんびり過ごす。あれ?

 

案外コレって良い案なのでは?

ふって湧いた考えだが悪く無い気がする。確かあの騒動って短い期間……それこそ1週間か2週間、1ヶ月も無かったはず。

 

「って事は……退職する必要無いじゃんか!!!! だー! やらかしたー!!!!」

 

ベッドの上でゴロゴロと転げまわりながら自分のポカに身悶えしながら頭を抱える。単純に暫く離れるだけで良かったじゃねーか!

何だか途端に力が抜けた。……ラーメンでも食べに行くか。

 

 

 

ホテル近くのラーメン屋に入ってとんこつラーメンを食べていると、携帯に着信があった。この番号知ってる人って職場の人位だけど……って、藤村さん?

 

「はい、もしもし。中真です」

『もしもし? 中真先生ですか?』

「藤村さんどうされたんですか?」

『どうされたんですか、じゃないですよ! 今日は出勤の最終日じゃないですか!!!! なのにこの時間になっても学校出てきてないし!』

 

…………………………あ~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!

 

「す、すみません! ちょっとトラブルがあって今博多駅の近くに居まして……」

『?? 博多ですか? えっと……取り合えず今日出てこれるんです?』

「あ~~…………すいません、今色々と混乱していて……。昼過ぎには……15時位までに此方から電話しますので……」

『わかりました。じゃあ今度は忘れないようにお願いしますね』

「はい、すいません」

 

電話を切り、内ポケットへ携帯をしまう。と同時に盛大にため息を吐く。

完っ全に忘れてた。引継ぎ資料も渡してないし、このままとんずらは色んな意味でまずい!

っていうか車も学校に置きっぱなしじゃねーか! ファー!

お、落ち着け俺。取り合えずホテルへ戻ってノートPCから資料を送って……そこから出勤するか考えよう。

 

ホテルに戻って資料をメールで送ってから冷静に考えているが別に無理して学校へ行く必要も無いかな。というかあの街に居たくない。

でも車は家に無かったから学校か……結局必要だから行く必要があるのか。

嫌だなー。いっそレンタカーで……あぁ、でもまだ買って1年未満の車を置いて行くのは…………。

 

行くか。

 

気は乗らないが、流石に買ったばかりの車がスクラップになるのは勘弁願いたい。

という訳でホテルをチェックアウトして直ぐにタクシーを拾い冬木市へ。あ、ついでにライダーから貰った紙を見とくか。

四つ折りの紙を開いてみると其処には冬木市の何処かの住所が書かれてる。つまり此処へ行くと悩みが解消?

念のために携帯に住所を入力して調べてみる……住宅街?

 

 

 

時刻は午後14時、どうにか自宅に戻って来た。とりあえず一度学校へ行って、引継ぎ終わらせたら……あ~~~本気で色々気づくの遅れたなぁ。

辞職の必要無かったのに……ハァーーーーーーーーーー。テンション駄々下がりの重い体を引きずって学校へ行く。

到着後職員室で出勤手続き後に校長の所へ行き嘘八百で事情説明をして事なきを得た。校長室を出た所で藤村先生に捕まってしまった。

 

「中真先生大丈夫ですか? 物凄く体調悪そうですけど」

「あー、いえね。物凄くアホな事をしたと言うか、やらかしたと言うか……。今自己嫌悪で一杯なんですわ」

「はぁ……」

「しっかし、学校辞めたらどうすっかな」

「へ? ご家族の所に行くって話じゃなかったんですか?」

「あぁ、ソレ。実は嘘だってわかりました」

 

一瞬の間の後、彼女は盛大に息を吸い込んだ。

 

『えぇ~~~~~~~~~!!!!』

 

思わず両手を耳に当てる。この人の肺活量は本当に英語教師か疑いたくなる。

本当は体育教師です。と言われたほうがよっぽど納得出来るんだけど。ともあれ、大声の所為でドアの向こうから校長に怒られてしまった。

まったく、物騒な事さえなければ静かに暮らすだけなのに。何であんなことに巻き込まれなきゃいけないのか。

前の世界じゃ情勢的に静かにのんびりって雰囲気じゃなかったけれど、コッチの世界ではのんびりしても良い気がするんだよな。インターネットもあるし。

元が引き篭もり気質なんだからゆっくりしたい。具体的には2年位引き篭もってダラダラしたい。……貯金の残高10億とかにならないかな。

 

アホな事考えながらも粛々と引き継ぎを行う。学生の授業が終わる頃には引継ぎ業務も粗方完了した。

20時が過ぎる頃には書類も完了、肝心の車は屋根に穴が開いているものの問題無く動く。動く事を確認したら直ぐに車を停めて【スニーク】をかけて車から出る。

人の目が無い事を確認して車を【マイバック】へ【収納】する。手持ちの枠を整理して開けていたから即座に車は陰も形も消える。

目を瞑る事で【マイバック】に車が入っている事が分かる。

 

【スニーク】をかけたまま学校から出て、効果が切れたらそのまま普通に歩いて自宅へ向かう。無職となってしまった……。

自分の時間は確保出来るが、給料が入らないのが物凄く辛い。金銭的にもそうだがそれ以上に精神的に辛い。

ヴァナの世界なら敵討伐してりゃ遺品が手に入ったり、敵が奪った金品を持ってたりしたからどうにかなったが……現代社会じゃそうもいかないからな。

次の再就職に向けての考えを巡らせながらホテルへ向かう。間桐の爺に見張られてる可能性高いし。

駅近くのホテルまで来て何気なく周りのビルを見る。確かアニメ作品じゃ、こういったビルをヒロイン抱えて飛び回るシーンが無かったか?

確かツインテールの遠坂さん。

 

「案外近くに居たりして」

 

なーんて、と男のさびしい独り言を続けようとした所で後ろから声がかかった。

 

「今晩は、中真先生。今、お時間よろしいでしょうか?」

 

……サブカル世界だとフラグってやっぱあるんだろうか。

 




約3週間ぶりの投稿となります。
FGOは1.5部が出揃ったり、エレシュキガルの実装発表があったりと年末に向けてのイベントラッシュですが、皆さんはどうでしょうか?
アビーが欲しくて課金しましたが見事に引けませんでした。
エレシュキガルは頑張って迎えようと思います。
マーリンガチャの二の舞になりませんようにと神頼みしつつ、小説の話に戻りましょう。

この6話でライダーから受け取った紙に何処かしらの住所が書いてある描写がありましたが、実はまだ何処の住所か決めてません。
なので皆さんが「ココどうよ?」という場所があれば是非お願いします。
理由付けは……あれば添えてどうぞ。
無かったらこっちで適当にでっちあげますので。
では、次回もよろしくおねがいします。

次はエレシュキガル引いた後かな。


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7話 始動

実に3か月……4か月ぶりの投稿。
その間にお気に入りとか評価してくれた人。本当にありがとうございます。
仕事優先なので色々とね……。
次はもうちょい早く書き上げます。


驚きの表情でこちらを振り返る男、名前は真中有香……。きっと普段の私ならこの先生に興味を持つ事すらしなかったはず、けれど冬木のセカンドオーナーとしては見逃せない。

何時から魔術師として活動していたのか知らないけれど、私に……セカンドオーナーに何の断り無く魔術師が住み着いて知らん顔して出て行ける何て思ってるんじゃないでしょうね。

 

「先生、今……お時間宜しいです?」

「あ~~……っと……確か遠坂さんだよね? もう9時をまわろうって時間なのにこんな所で何か?」

「中真先生に是非お聞きしたい事がありまして」

「えっと……それは今日じゃないと駄目なのかな? 何だったら後日とかでも良いと思うんだけど」

「いえいえ、先生は辞職なされたと聞きましたから……なら今日の内が良いかなと思ってここまで」

 

逃げようったってそうは行かないわよ。アンタが魔術師だって事はあの日……アーチャーがランサーとやりあったあの日から張り込んで分かってる。

必ず自白させて今日までのショバ代払わせてやるんだから!

 

 

 

後はホテルで休んだら明日からは新天地! そんなタイミングで女生徒からめちゃくちゃ良い笑顔で話しかけられた。一瞬『実は先生の事がっ!』なんて妄想してしまったがナイナイ。

振り向いてみればツインテールにリボンを付けて、こっちをキリッ!っとした目つきで微笑を浮かべている女の子……何だろう自宅訪問のセールスか宗教勧誘くらい胡散臭い。

一瞬『誰?』と口から出そうになったが、直前の記憶からこの子が原作のヒロイン枠である事を思い出した。確か弓の赤い奴と一緒にこうビルをピョンピョンと飛び跳ねたりするんだっけ。

ある意味正しい魔術師って奴だからルールに乗っ取れば話せない相手じゃないか。

 

「そっか、じゃあ取り合えずホテルのロビーでも良いか? それともどっか別の場所の方が良かったか?」

「(罠? 例えそうだとしても最悪の場合はアーチャーで身柄の確保という手もあるし)……いえ、ロビーでお願いします」

「そう? じゃあ入ろうか」

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

ホテルに入りチェックイン処理と手荷物を預けてから遠坂さんの所へ戻る。まぁロビーなんて言っても高級ホテルじゃないからフロントから少し離れた角にあるソファーに腰掛けるだけ。

座る様子の無い遠坂さんに手で座る様に促すが座る気配が無いので一度肩を竦めてそのまま切り出す。

 

「それで? 話ってのは何かな? 確か遠坂さんとはこんな風に一対一で話した事も無かったけど……俺に何の用なんだい?」

「そうですね、幾つか質問が……でもその前に一つはっきりさせておきたい事があります」

 

腕組と仁王立ちに加え、まるで裁判員の様なモノ言いにちょっと押されながら先を促す。何というかパワフルというかエネルギッシュというか……やっぱ原作キャラって持ってる熱量が違うねぇ。

 

「先生は魔術師ですね」

「……ん?」

「それも戦闘と治療に特化したタイプ」

「ん~~?」

「そんな魔術師が、この冬木の……セカンドオーナーたる私に断り無く入り込み、挙句に聖杯戦争に少なからず加担しているのはどういった理由かしら? 少なくとも時計塔から何も連絡は受けていない以上、派遣されてきたって訳では無いのでしょう?」

「……」

 

勝ち誇ったドヤ顔を披露されながら頭をかきつつ、遠坂さんの言葉を頭の中で紐解いて見る。セカンドオーナー、聖杯戦争、時計塔、派遣。

聖杯戦争ってのは確かこのドンパチの総称だった気がする。で、時計塔から連絡が~ってのは遠坂さんと繋がりがあるナニカで、そこから人が派遣される場合があると。

で、魔術師うんぬんの話の流れで派遣って話に繋がるって事は時計塔ってのは魔術師を派遣するような場所? 会社? 多分そんな所か。

分からんのがセカンドオーナーって奴だけど……オーナーって事は何かを管理、又は所有してる人って事だよな。

窓枠に頬杖つきながら外を眺めて思考を巡らす。ここで選べる選択と行動は何だ? そして遠坂さんは何を目的として俺に話しかけてきた?

正直分からん事だらけだなぁ……って言うか何でこんな駆け引きっぽい事を俺はやってるんだろう。面倒臭いなぁ。

何か適当に煙りに撒いても言い気がしてきた。嘘八百並べ立てても理論的に潰されそうだから……真正面から潰すか。

 

「遠坂さんの質問に答える前に、一つ聞きたい事があるんだけど……セカンドオーナーって何だい?」

 

 

 

思わず目を見開き、口を開けてマヌケ面を晒してしまったわ。

この男、言うに事かいて『セカンドオーナーって何』って本人に聞く!? なめるのも大概にしなさいよ!!

思わず怒りから立ちくらみを起こして頭に手を当てながら数歩下がる。

なるべく事を穏便に済ませようとした私が馬鹿だったわ。礼儀を知らない者にはソレ相応の対応があるって事を知りなさい!

 

「ふっ、ふふふ。先生は冗談がお上手な様ですね。魔術師が自分の住んで居る土地のセカンドオーナーを知らない? それは自分の国の大統領を知らないって事に似てますね」

 

 

 

遠坂さんの頭に井形の血管が浮いてる様が幻視出来る程度には怒っているのがわかる。っていうか何でこの子は『俺=魔術師』になってるんだろう。

接点って学校位? 学校……学校……あ、ランサー戦?

あの頭焼かれて殺されたシーン見てたのか。もしそうなら其処から蘇生したのを見れば魔術師に見えるのかな。

でも魔術師って事とセカンドオーナーってのが繋がらんな。オーナー……貸し出す? 何を? 魔術的な何か?

知らない内に魔術的何かを借りていて、ソレに対して怒ってるのか? だったら筋が通るような気もす……る?

もんもんと頭を捻っていると、ついに痺れを切らした遠坂さんが俺に宣言してきた。

 

「兎も角! 先生が魔術師である以上! この冬木に来てセカンドオーナーたる私に何の断りも無く魔術の行使はご法度!

 通常のやり取りに従って、先生には手数料及び滞在した年数分の金額を納めてもらいます!」

 

……え? オーナーって土地貸しみたいな事?

思わず口開けてぽかんとしてしまったが、気を取り直して遠坂さんに問いかける。

 

「つまり冬木って土地で魔術師が滞在するには通常の部屋を借りたりなんかする以外に、セカンドオーナーって役職に対して滞在費を支払う義務がある?」

「えぇ、そうよ。魔術師なら知っているでしょ?」

「でもさ……先生魔術師って奴じゃ無いんだけど?」

 

あ、目元と口元が痙攣してる。美人の怒った顔って何か迫力あるよな。アニメ顔とはいえ。

しかしまぁ、そうか。セカンドオーナーってのは土地貸しをする人なのか。で、誰彼が今この土地に居るって情報を魔術教会って奴に送ると……魔術を使う人間の位置情報の把握って奴?

人の意識下に働きかえる術とかやれる事を本気で使えば犯罪も容易だから取り締まってるのかね。でもセカンドオーナーの役職持ちと実行犯が手を組んだら色々面倒……もしくは更に監視する役割を持つ組織が別にいるのか?

監視……何か思い出せそうな気がするけど、何だっけか。何とか機関? こりゃエヴァの方か。魔術機関? 何か違う。

イタコ? シャーマン? 霊能力? 今一ピンとこねぇな。もっとこう……仏教系だったような?

 

「セット」

 

何かの掛け声が聞こえたのでそちらを向くと、彼女が右腕を銃の形にしてこちらへ向けていた。次の瞬間、二重の衝撃と鈍い音を感じながら意識が飛んだ。

 

 

 

あれ……? 目の前の男、中真先生は魔術師だ。それは疑い様も無い。始めはランサーとやりあったあの日、衛宮君を治療した後に学校を出る前に見つけた血溜まり。

周囲を調べて槍での攻撃痕がついた車をアーチャーが見つけて持ち主を特定。(ミヤコに借りを作ったのは癪だけど)

衛宮君の家まで行った時にランサーの一言が無ければ見落としたかもしれない其の後の攻防。何せあのランサーとファーストフード店でやりあっているのを見た。アレが一般人な訳がない。

なのに目の前にはガンドの一発を奇麗に食らい、あまつさえその衝撃で後頭部を壁へと叩きつけるというおまけ付き。完璧に気を失ってる。

 

(おい、凛?! これは大丈夫なのか?)

「え……いや、だって(素直に食らうなんて思わないじゃない!)」

 

私が慌てふためいてオロオロしている間に、ホテルの従業員が声をかけてきた。

 

「お客様どうかされましたか?」

「えっ?あっ、いや……」

(疲れてしまった。寝てしまったそう言え)

「えぇっと、連れが急に寝ちゃって……多分疲れてたのかと……」

 

従業員が私の後ろを覗き込む様に顔を傾け、男が俯いているのが見て取れたのだろう。従業員はニコリと笑いながら腕で力こぶを見せてくる。

 

「そうですか、ではこちらでお部屋まで運びましょう」

 

善意、もしくは若干の下心でもあるかもしれない従業員の対応に私は慌てて止める。何せ先ほどは勢いに任せてガンドを放った為、魔術での人払いをしていない。

 

「あああぁ!いえ!いいの!私が運ぶわ!」

「いや、しかし……」

「いいから!」

 

そう言う放ちながら暗示をかける。……ポケットに忍ばせておいたソコソコ良い宝石を触媒にしたのでバッチリ効いてる。でもこんな使い方するのならもっと安い奴も持ってきておくべきだった。くそう。

 

「……はい。……わかりました」

 

フラフラしながら従業員が去っていくがお財布的に私の方がフラフラよ! アーチャーから哀れみの籠った念話が飛んでくるが無視無視。

 

(凛…………)

 

手を頭に当てながら暫し考える。

 

(お小言は後、兎に角部屋へ運ぶから手伝って)

 

中真先生のポケットを弄って持っていた部屋のカードキーを使って部屋へ入る。落ち着いて軽い認識阻害をかけたので人に見られることも無かったから良し。

 

「で? どうするだ?コレは」

「うっさい!今考えてるのよ!」

 

男をベッドに放り込んで備え付けの椅子に腰かける。

 

「アーチャー、実際の所アンタの目から見てこの男ってどう?」

 

アーチャーが現界しながら凛の問に答える。

 

「どう……というと?」

「印象っていうか……行動が凄くチグハグなのよ。サーヴァントとやりあうだけの戦闘能力がある。其の上魔術の心得も多分持ってる。なのに聖杯戦争が始まった途端に町を去ろうとする。

 マスターの一人になる事にかけて冬木に滞在していたのかもしれないけど、だったら別に方法は他にもあるでしょう? それこそ最後のマスターが聖杯を手に入れる寸前になって奇襲をかけるとか。

 なのに取ろうとした手段が冬木からの脱出、つまり逃げるの一手だったのが凄く気になるのよ」

「そうだな……私から見てソコの男は確かに奇妙な点が多い」

「例えば?」

「動き方だ」

「動き方?」

「一般的な生活……少なくとも学校でその男の動きを監視していた時は『ちょっと運動神経が良い一般人』位の動作だったが、君と一緒に見ていたランサーとの闘いの時には完全に体の動かし方が違っていた」

「……言いたいことが今一うまく分からないのだけど、それは闘い方が上手いとかいう話では無いの?」

「全く違う。君もスポーツをするなら分かると思うが、覚えた動きというのは何気ない仕草にも必ず影響を及ぼす。

 水が高い場所から低い場所へ流れるように、一度体が効率の良い動かし方を覚えると関係ない場面でもその動きを取り入れようとするものだ。

 だがソコの男にはソレが全く見られなかった。もっと言えば君と対面した時ですら一般人と変わらない動きだった」

「戦闘になるかもしれないという考えが全く無かったとか?」

「そうかもしれない、だがあり得るか? 聖杯戦争の最中、この冬木を出る為に色々と画策している男に学校の生徒が、学校を辞めたその日の晩に訪ねてくる。

 私なら間違いなく警戒心を抱いて身構える」

「確かに……なら何故ガンドを黙って受けたのか。そもそもコイツって……」

「凛」

「何よ。何か良い案でもでた?」

「そうじゃない、今、彼の身体が動いたぞ」

 

「え?」

 

アーチャーが示す指先にはゆっくりと上半身を持ち上げる先生の姿があった。

 

 

 

奇妙な感覚だ。

まるで遠い所から……俯瞰で自分の体を操っている様な……、それでいて感触が水の中に居る様に感じる。

そうか、コレが妻や娘が感じていた感覚なのか……。

上半身を起こし自分の掌を見つめる。

 

そこで漸く人が居る事に気がついた。

あぁ、覚えているぞ。

敵だ。あれは紛れも無く敵だ。

私と彼女の邪魔になる。このノアの箱舟たるこの躰、私たちの敵。

 

「…………出て行きたまえ」

「えっと……」

「私を攻撃してきただけでは飽き足らず、私の荷物まで漁ろうという魂胆かね?」

「んなっ?!」

「盗人猛々しいな。それともそういう血筋か?」

「ちがっ!私はアンタを部屋に運んでやっただけよ!」

「そもそも、私を倒したのはキミだろう。まったく。教師生活の最後にこんな手痛いしっぺ返しを食らう事になるとはね……」

「…………っ!」

「大体、昏倒させた人間の部屋に別の男と一緒に潜り込んで何をするつもりだったのかね。私を贄に見立ててサバトの真似事でもやるつもりだったか?」

 

 

 

そりゃ攻撃したのは私だし、多少は言われるのも分かるけど……ここまで言われると流石にムカつく!

 

 

 

「さあ、もう帰りたまえ。私はコレでも忙しいんだ。わざわざキミの為に時間を割いたが……それが失敗だったようだな」

 

 

 

ここまで虚仮にされたのはアイツ……綺礼以来だわ。血管が破裂しそうな眩暈を覚えながら目を瞑る。手を頭に当てて少しの間自分を落ち着かせてから、アーチャーに念を送る。

 

(常に優雅たれ、でも私ってここまで馬鹿にされてコイツを許すの? ソレは違うわよね? ええ、違うわ、絶対違う。

 ……アーチャー今直ぐコイツの肩でも太ももでも貫いて自分の立場ってモノを解らせて)

(落ち着け、凛。コイツはマスターでは無いのだろう? ならばサーヴァントを使ってまで脅すというのは優雅とは言えないんじゃないのか?)

(うるさい! ここまで虚仮にされて泣き寝入りなんざ出来るかっての! キッチリやりかえさないと収まりがつかないのよ!)

 

 

 

アーチャーの溜息を聞いた気がするが視線は目の前のこの男へ向ける。認識外からの攻撃で慌てふためくコイツの顔を見て留飲を下げるのが先よ!

そう考えていた私の思惑は当てを外れる。

アーチャーが男の背後に回り込んで攻撃を仕掛けようとした瞬間、アーチャーが逆に吹き飛ばされた。

視覚外からの英雄の一撃を防ぐ魔術師って何よ。戦闘に特化した魔術師の大家なら分かるけど、存外の魔術師でそんな事が出来て良いわけ?

 

 

 

(ふむ……ユイが守ってくれたか)

視覚外からの一撃を放とうとした男をATFを使用する事で吹き飛ばしていた。使用方法自体はかつて敵として対峙した第14使徒と同じ使い方。

今、中真有香の体を動かすのは本人の意思では無い。

かつて、別の世界であらゆる犠牲……それこそ世界を犠牲にしてでも自分の妻を救い出そうと狂気の世界をその身一つで掻い潜ってきた男。

名前を碇ゲンドウ。巨大な組織の長であり、あらゆる非道な決断を自分の息子にまで下し、そうしてでも自分のたった一つの宝を求め続けた男。

そして彼は自分の考えていた方法とは別ではあるものの、求めていた者を手に入れた。思いがけず手に入れた理想郷。

長い時間を妻と過ごし、幸せを享受したがこの世界では新たな生命の創造は出来ない。そして次に出た夫婦の欲求は『息子に会いたい』という願いだった。

しかしこの理想郷に息子は居らず。さらにこの世界では新たな命の創造は許されていないらしい。いくら事に及んでも新たな命が宿る事は無かった。

だが、一縷の望みがある。この箱舟の能力を考えると無いとは言い切れない。もしかしたら違う世界かもしれないが、それでも自分たちの子供に会える可能性が残っている。

だからこそ守らねばならない。前の世界では敢えて箱舟を危険に晒して自衛手段を手に入れたが、この世界では手に入れるべき力は殆ど無いに等しい。

故に、ある意味総力戦が行える。魂の形を変え、理想郷で摩耗した者達も消耗される事に同意している。

その為にはまずは今、この時を生き残らなければならない。

先へ、類似の世界へたどり着く為に。

 

「私の……私達の邪魔をするな」

 

男の両目が赤く染まる。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

遠坂凛は困惑していた。聖杯戦争の枠を狙ってきた魔術師を追い詰めるつもりで来てみれば、逆に自分の英霊を追い詰めている。

しかも今まで目の前の男が使ってきた身体的能力ではなく、恐らく魔術で生成された壁をぶつけるというシンプルな技術で。

支援として放ったガンドも片手で展開された壁に阻まれ、反対側からアーチャーが切りかかるも同様に壁に阻まれる。しかも生成した壁をアーチャー事打ち出して建物の壁にぶつけるオマケ付き。

シンプル。やってる事は物凄くシンプルなのだがそれ故に破るのが難しい。

男が壁を作り出す前に攻撃を入れれば倒せるであろうと思うが、その壁の生成が早すぎる。

ノーモーションで少なくとも二方向に同時展開が可能な壁。さらに生成後に射出が可能。面での攻撃と同時に防御壁でもあるアノ壁は非常に厄介だ。

それに場所が良くない。こんな狭い部屋であの壁を作られると攻撃の幅がものすごく減る。

今思えば話の場に誘われたのもフェイクかもしれない。屋根と壁のある場所、アーチャーの強みである遠距離攻撃というものが潰される形での戦闘。

もしかしてこの男は私がアーチャーを召喚していた事を知っていた?

嫌な汗が首筋に流れるのと同時にアーチャーが自分の隣に戻ってくる。そしてすかさず私を抱えたかと思うと直ぐ様部屋から離脱し始めた。

 

普通の敵なら文句の一つも出るかもしれない。常に優雅たれ。この私の家訓に背くからだ。

だが今回に限っては文句が出なかった。悔しいが敵を過小評価しすぎていた。

故に今は退く。自分の見通しが甘かったせいだと。

 

「覚えてなさいよー!!!!」

「凛、それだと思いっきりヤラレ役だぞ」

 

冷静なアーチャーの突っ込みが辛い。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

直面していた危機は乗り切ったか。

そうゲンドウは判断して直ぐに荷物を纏めると、ATFを使って足場を作りながらホテルの窓から隣のビルへと歩いて移動する。

確かにここで戦闘を行ったのは自分だが、ホテルの修繕費を払うだけの支払い能力が有香には無かったからだ。

なので彼はさっさとこの場を去る事にした。詰まらない事で余計な出費をするのは組織を動かす長だった者としても容認出来ないという考えの元。

最も、翌日にはこの部屋でボヤ騒ぎがあったと報じられ、ホテルには保険が下りるのだがソレはゲンドウはあずかり知らぬ事である。

 



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8話 決意

目が覚めたら自宅だった。どういうこっちゃ。

良く分からないままポケットを確認してサイフがある事を確認。現金もちゃんとある。

そして謎の封筒が一つ。振ってみた感触だとどうやら紙が入っているらしい。

 

電気や水道その他諸々の解約手続き上、まだ水道が通ってた事をちょっとラッキーと思いつつ喉を潤してから身支度を済ませて家を出る。

家を出て腕時計を見ると昼過ぎだったので、その足で近くのファミレスに入って昼食。店に入る前に【マイバック】からカバンとノートPCを取り出して小脇に抱える。

昼を取りながらwebニュースを見ているとどうやら冬木でガス事故が起こったらしい。被害の場所は……元職場じゃねぇか。

学校で事が起こったって事は原作が本格的に開始されたって事か? いや、もしくはもっと前から始まってた? 正直時系列を殆ど覚えてないし、ぼんやりと覚えているイベントもどうやってソレが起こるか詳細は分からん。

だがコレが原作が開始されたスタートと考えると1か月以上此処を離れればそれだけで自分が被害に会うというのは免れる事が出来る。

職を失うというアクシデントはあったが、まぁソレも過ぎてしまえば笑い話に出来るだろう。何事も前向きに考えないと足が止まってしまう。

 

…………。

PCから目を上げて前の席には相変わらず話した事の無い人が居る。

 

「それで貴方は何でわざわざ相席してきたんですかね? キャスターさん」

「あら、私を知ってるのね」

 

面白そうに俺の前でクスクスと笑うキャスター。まぁ、一応聞いてたし。

 

「えぇ、葛木さんと呑みに行った時に話題に上がりまして。何でも将来を考えてる相手だと聞いてます」

「えっ!? そ、そそっそうなの?」

「酒が入った時に女性の話になって……その時に……あれ……もしかして何も言われて無いです?」

 

キャスターの顔が真っ赤になってる。というか耳尖って無いのは幻術か何かかな。

少し考える素振りをしてから視線を外しながら指を彷徨わせる。

 

「あー、じゃあ俺から聞いたとかは無しでお願いしますね。彼ってちょっとロマンチストな所あるから、もしかしたらサプライズとか計画してるかもしれないので……」

 

顔を赤くしながら首を縦に振るキャスターを見つつ、本題を切り出す。

 

「それで、俺に何か用ですか? 今日ってか今からでも此処を発つ予定なんですけど」

「あっ、あら。そうなの。あ、あ~えっと、え~っと、そのね。色々と聞きたい事とかあったのだけれど……ああ~えーっと……」

 

ふむ、神代のキャスターって言うけど、そこを外れるとこの人ただのバカップルの片割れだよな。

割と可愛い感じの思考してるというか……昔の人の価値観があるから残酷な側面もあるけど、それでも現代に適応出来るってスゲェよな。

そんな感想を抱きながら黙々と食事を進めていると、恐らくキャスターが頼んだであろう食事が運ばれてくる。

 

「キャスターさん、一先ずは落ち着いて食事をしたらどうですか? その後に多少はお話に付き合いますんで」

「……そうね」

 

顔を赤くしながらもパスタをフォークで突くメディアさんは割と可愛いと思う。後、恥ずかしさ紛れにタバスコ結構かけてるけど食べれるのか?

 

 

 

案の定というか掛けすぎて食べれなくなったパスタはせっかくなので俺が貰い、もう一つパスタを注文して再度食事再開。

予定になかったパスタだったが、まぁパスタの一皿位は許容範囲なのでペロリと食べた。割と辛いのも平気で食べれるのでこの程度は余裕。

で、食事を終えてから話を聞いてみると何か要領を得ない。肝心な事を聞きたいのにそれを上手く切り出せないでいるというか……。

どうせ上手い事駒にしようとか思ってた所に彼の話をぶち込まれたからタイミング失ったって所かな。

あっ、因みに葛木君と一緒に飲みに行ったのは本当だし、女性関係の話をしたのも本当。彼って口下手だけど話題を振ってやるとちゃんと喋るし回答が面白いので何度かサシ呑みにも行った。

酒の趣味が甘党だったのは意外だったが話は割と合うんだよね。

 

「さて、キャスターさんとの話は名残惜しいんですが俺はそろそろ店を出ないと」

「あ、あら? もうそんなに時間が経ってたかしら?」

「えぇ、この後の予定も押してるので……すみませんがこの辺りで」

「あー……あぁ……分かったわ。ごめんなさいね、ここまで話に突き合わせちゃって」

「いえいえ、楽しかったので気にしないで下さい。ああ、それと結婚式には是非呼んで下さいね、スピーチしますよ?」

 

顔を真っ赤にしたキャスターに笑いながら「ごちそうさまです」と言って伝票持って席を立つ。

何というか……葛木君から聞いてた印象よりもかなり可愛い感じだな。

 

追ってくるかと思ったけどそんなことも無く、あっさりと離れていった。もしかしたら魔術を使われてる可能性もあるから後でディスペル使っておこう。

それにしても……葛木君人生の勝ち組じゃねぇか。公務員で美人の恋人が居て順風満帆……うーん、出来るならひっそりと幸せになって欲しい二人だな。

さて、街中でタクシーを拾って量販店へ向かう。ダクトテープを買って車の屋根に空いた穴を簡易処理しないと……。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

量販店でダクトテープを買って店の裏手口、カメラが設置されてない場所で自分の車を【マイバック】から出す。

車外と車内の両方からダクトテープを張り付けてとりあえずの応急処置を完了。直ぐにエンジンを掛けて出発、目指すのは一先ず南!

自分の足が手に入った安堵感から溜息を出しながら車を県外へ向ける。一旦県外に出てしまえばそう易々と原作に絡むことも無いだろう。

高速に乗って2時間も走る頃には既に熊本に入っていた。小腹が空いたのでドライブスルーで軽食を取ってさらに南へ。

 

夕方には鹿児島に着いてホテルへ。露天風呂を満喫してから夕食には海の幸満載の料理。

飛び魚の刺身を久々に食べたけどやっぱ旨い。

腹を満たしてから朝に見つけた封筒を開けると中には2枚の紙。それぞれ筆跡が別なのでこれを書いたのは二人、片方は文字的に大人の女性?

 

手紙の中身はちょっと信じられない事が書いてある。人類皆兄弟ってフレーズがあったが、俺一人でそれを体現してるってどういう事だよ……。

混乱した頭を抱えながらリフレッシュの為に風呂に向かう。頭の中さっぱりさせないと理解が追い付かん。

 

手紙は『碇ゲンドウ』と『碇ユイ』の二人からの物だった。

自分が初めて世界を移動し、新しい家族を作った世界。その世界の住人からの手紙。

あり得ない差出人に非常に混乱したがそれと同時にある程度の納得もいった。

あの世界で溶けた人間はその殆どが自分の体の中に居るらしい。

そして長い時間を過ごして、今は自分自身の体を手に入れようと俺の中から異世界を見て研究をしていた……結果として俺が意識を失った時に限り体を動かせるようになったらしい。

どこまでが本当なのかは分からないが、それ以上に衝撃だったのが俺の中に妻と娘が居るかもしれないという事……。

現実味は無いが再び家族に会える可能性が残ってる……それだけで救われる気がした。

 

 

 

少し落ち着いてから露天風呂に入りに来た。

湯舟に浸かりながらも考えることは家族の事。

どうやったら体を取り戻せるのか。エヴァンゲリオンの世界基準で考えればやはりエヴァを模倣するって所か? 肉体を用意してLCLを利用して魂を移すって方法。

だが今いる世界でそんなもんを作り出す技術ってあったっけ。科学技術で言えばエヴァ世界って一部が元の世界より進んでたからな。それでもエヴァを用意するのに膨大な金と時間を使う。

こっちの技術や魔法やらを取り入れれば費用と時間を抑えることも出来るか? もしくは何か別の案を探す……あ?

まて、待て待て! あるじゃないか! メインはアレとして腹案としてはアレも有り……っつーか腹案の方がエヴァ世界的には有りなのか?

そんな事を考えながら夜景を眺めていると不意に入り口の方から湯舟に入る音がした。

多分別の客が入ってきたのだろうと思いチラリとそちらを見ると、とても肌の白いおっぱいが目に入ってきた。

 

「どうしたのですか、急に真顔になって」

「……何でこんな所に居るんですかねぇ……ライダーさんや」

「勿論あなたに会いに」

 

外では付けてたバイザーも外して綺麗な顔が見れる。見れるが……目が笑ってない……。あかん、俺も笑えてないと思う。

 

「それは……男冥利に尽きる台詞だけど、良くココが分かったね」

「えぇ、あなたの残滓がまだ残ってましたので」

 

そう言いながらライダーは自分の下腹部を撫でる。めっちゃ色っぽいけど色々思う所があって愚息はあまり反応しない。

ライダーを眺めてると抱いていた既視感の正体を理解した。この子、嫁さんに顔が似てる……ってかそっくりやん。

 

「それで……何の用があるか聞いても?」

「あら、女が裸で会いに来てるのに……野暮な事を言いますね」

「それは確かに嬉しいけどさ。本当にそれだけ?」

 

何となくそうじゃない気がする。細かい所は忘れてるけどこの世界って主要人物を中心に色んなパターンがあったはず。

この子もその内の一人……のはずだから何かしら抱え込んでるんじゃなかろうか。どうしようかとボケっと考えている間にライダーさんが俺の隣から正面に移動してきた。

 

「お願いがあります。私のマスターを助けてください」

 

どういうこっちゃと首をひねりながら問いかけると、まー厄事の数々。聖杯戦争だとか、性的虐待だとか、身体的な問題等等。いや、ある程度は朧気に覚えていたけど実際こうして聞くと思うところは有る訳で……。

夜空を見上げつつ色々試案する。

ここに来る前は関わるべきでは無いと思っていた案件だが事情が変わったので参入するのも良いかと考える。色々とメリットも多そうだし。

 

「で、ライダーさんからの報酬は何かあるの?」

 

一瞬キョトンとした表情になったが、直ぐに表情を変えて真剣な顔になる。

だが彼女曰く、渡せる報酬としては金銭的な物はほぼ無し。聖杯戦争の優勝賞品である『聖杯』を譲ると言ってきた。

 

「出来ればもっと確実性があるモノを用意したかったのですが……如何せん時間が足りなくて……」

「ふーん、じゃあその聖杯ってのが成功報酬って形か」

 

今の目的としてはアリか? えっと……確かこの世界の魔術としては規格外の代物だからアレとかアレに依頼をする時の報酬としては成立するかも……。

下手に金を積むよりもよっぽど確実かもしれんな。金だといくら掛かるか分からないし。(そもそも遭遇出来るかは別とする)

 

「じゃあ、報酬の一つはソレにしようか」

「聖杯だけでは足りないと?」

 

訝し気な顔をするライダーだが、俺の価値観からすると聖杯って必須アイテムって訳でもないからな。取引材料にはなるだろうけどソレ以上の価値は無いし……。

 

「報酬自体は聖杯って奴で良い。それ以外の所に条件を付けるよ」

「と言うと?」

「……それは事が終わったら教えるよ。今言っても意味無いし」

「そうですか、分かりました」

 

 

 

何かの作品で聖杯戦争後も生きてた描写あったけどそれが叶うかどうかはまた別だし……。

可能でありゃ……幸せに生きてほしいんだけどねぇ……。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

旅館で一泊して運転をライダーに任せて移動中。影から色々と道具を出しながらソレを【マイバック】の中身と入れ替えていく。

 

「貴方のソレは魔術……ですか?」

 

手元に引き出したイカロスウィングを弄りながら視線をライダーに向ける。因みにイカロスウィングはヴァナではTPを瞬時に貯める薬で決戦アイテムとしてちょくちょく作っては市場に卸していた。

 

「ソレってのは……この薬って事か?」

「薬に関してもですが影から色々と出し入れをしているでしょう」

「あー魔術ってのがどんなモノか正確に知らないけど、俺のコレは多分別じゃないかな」

「そうなのですか?」

「だって俺、魔術なんて習ったことも、修めた事ないし」

 

【マイバック】だって最初は普通の背負いカバンだったが、2日目にはカバンが無くなったと思ったら手元で入れ替え可能、内容物確認の為のウィンドウが目の前に見えるって不思議仕様に切り替わってたからな。

彼に『そういうものだ』って説明された時は納得いかなかったが、使えればいいかの精神で飲み込んだ。慣れればこんな物かって感じだし。

それに俺が学んだ物は魔術じゃなくて魔法。しかも別世界だから『こっちの魔術=あっちの魔法』って図式にはまずならんだろう。

ライダーがぽかんとした顔でこっち向いてやがる……前見てくれよ高速で事故って洒落にならんぞ。

 

「口開けてないで前見て、前。トラックに近づき過ぎてるぞ」

 

注意した途端、車がスッと動く。決して急に車線変更したって感じではなくスムーズに切り替えた様な、全く体に負荷がかからない運転技術。いいなぁ……俺もコレだけ運転上手くなりたい。

ライダーに前方注意しつつジョブを切り替える。メインジョブを戦士、サポートジョブに白魔導士。

安定して戦えるっていう意味ならコレで良い。けど、コレは保険であって力押しの戦術なんて取らない。

ランサーと戦ってみて分かったけど基本スペックは相手の方があほみたいに高い。ゲームで言えばLv100の敵にLv10位で挑む感じ。

世界を跨いだ時点で肉体的なスペックはこっちの世界基準に代わってるみたいだし。仮にヴァナ時代の40歳位の頃の体があっても、ランサーとやりあえば8~7割は負ける。

相手の土俵に立ってそれを打ち負かすってのは力ある人物がやればいい。俺みたいに半端者は争いの全容を俯瞰で見て、その根本とルールを抑える。

『戦争』って付いてる位なんだ、ルール無用は世の常だよな?

 

「今所在が分かってるのがセイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、分かってないのがキャスターとアサシン、でいいんだっけ?」

「はい、その内セイバーとアーチャーは協力関係、バーサーカーはアインツベルン陣営なので他と組む事は無いでしょう」

「なるほど……まぁキャスターとアサシンの所在は俺が知ってるから良いとして」

「え?」

「そもそもこの聖杯戦争って奴を正確に理解している人物はどれだけ居る?」

「えっと……正確にとはどう言う……」

 

ライダーが横目でこちらをチラチラ見ながら聞いてくる。

 

「例えば聖杯戦争の主役はあくまでもマスター側であって英霊はその手助けをするもの、そして贄になる事。そしてその贄を使って聖杯を起動、

 その聖杯も実現可能な物のみ叶えるだけで何でもは叶わない事とか。

 後、聖杯って何か中身が汚れてるっつーか余計な物が付与されて性質が変わってるから……「ちょっ、ちょっと待って下さい!」……どしたん?」

 

こっちが覚えてる事を共有しようと喋ったらライダーに遮られた。何でそんなに焦ってるの?

 

「色々混乱する情報はありましたが、貴方は何故そんなに聖杯戦争に対して詳しいのですか? コレは秘匿された魔術師の儀式のはず、それに貴方は一応一般人というはずでは?」

 

あ、そうだった……俺一応一般人枠じゃん。どないしょ……。

考えを巡らせているとライダーが溜息を吐き、話の続きを促してきた。

 

「はぁ、貴方が何故聖杯戦争の詳細を知っているかはこの際置いておきましょう。貴方が一般人という所も併せて」

「ま、明らかに異常だからそう言われても反論できねーや。取り合えずこの手の細亊は横に置いておこうぜ、目の前の事を終わらせてから説明なり何なりやればいいさ」

 

色々と面倒な事は後に回してまずは目の前の事を完了させる為の方便だがライダーも乗り気なので良しとする。

 

「で、今回の戦争のルールの根底は『サーヴァントを特定の人数倒す』っていう所と『聖杯が願いを捻じ曲げて叶える』って所ね」

「? サーヴァントを全員ではなく特定の人数……ですか?」

「そうそう、というか儀式の更に根底を話せば実は聖杯戦争とかやる意味無い。何せ儀式に必要なのは魔力だけだから時間をかければサーヴァントなんて呼ぶ必要すらない。

 では何故儀式は今のような形を取っているか、過去の英霊を呼ぶとソレ等は形を取るために魔力を目的である根源?だか何だかから魔力を引っ張って顕現する。

 結果、少ない魔力でサーヴァントという魔力の塊が手に入る。コレを核となる英霊殺してしまうと魔力の塊が残る。普通だと根源に戻るが顕現させる際に聖杯に戻る様に仕込みをしておく。

 後は聖杯から魔力を逃さない仕組みをしておけば、結果として小さい魔力で大きな魔力が溜まるって儀式の完成」

「成程……しかし分かりません。それならば態々サーヴァントを争わせる意味が無い様に思えますが……」

 

ある意味当然の疑問をライダーが口にする。

 

「それなー……何でそうなってるのかは謎だけど多分意味はあると思う。例えば戦わせる事でサーヴァントの持つ魔力が散って地脈に流れて活性するとか……何にせよソコは重要じゃない。

 大事なのは『特定の人数を倒す』これに限る」

「特定の数ですか……具体的には?」

「数だけ言えば『7』でもこの数は質を求めなかったらって意味」

「質……ですか?」

「サーヴァントにもピンキリで核となる英霊の質が高いとそれを顕現させるのに必要な魔力も膨大になる。結果として聖杯が得られる魔力が増える。

 これがこの聖杯戦争の抜け穴とも取れる部分だな」

「そんなサーヴァントが居るのですか? 私もある程度他のサーヴァントと会っていますが……」

「まあ、俺が知ってる通りなら問題ないと思う。やる事は増えるかもだけど」

 

【マイバック】の調整を終えて窓の外を眺める。高速で流れる背景を見ながら頭の中でパズルが組みあがっていく。

この戦争を切り抜け、自分の目的を達成する為には倒れられては困る相手が居る。まずはソコを抑えて……後は交渉次第かな。

あぁでも調査しなきゃならん事もあるから金がなー……どんな世界に流れても、結局資本主義社会だと何事にも金がかかる。世知辛いわぁ。

 



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9話 一歩

「はい……はい……、えぇ。では明日にでもお願いします。はい……では宜しくお願いいたします」

 

相談窓口の人と話をして一通りの計画の目途が立った。教師をしていたという後押しもあって割とすんなり話が通り、直ぐに決行が決まった。

携帯の通話を切ってPCのCADを立ち上げる。伏せていた幾つかの雑誌資料を見ながら図面を引いていく。

1時間もしない内に目的だった物の図面が引き終わったのでその流れでプログラミングを組む作業を進めているとホテルのドアがノックされた。

 

「はーい」

「頼まれた品は買ってきました。ただ、お店の人に聞いても分からないと言われたものが幾つか……」

「んー? 何も特殊な物は頼んでないはずだけどドレだ?」

 

扉を開けると頼んでおいた買い物の品を抱えたライダーが居た。渡された買い物袋を物色して買えなかった物を調べるとソーラーパネルが足りてなかった。

 

「む……ソーラーパネルが無いっつーのは意外だな。でも肝心なFRP樹脂が手に入ったなら後は計算で賄えるでしょ。ありがとさん」

 

本当はソーラー使って日中は無補給で動かしたかったけど無理ならしゃーない。バッテリーの交換とか定位置に置いて使う事で補えばいい。

買い物袋をテーブルに置いてプログラムを組む作業を再開する。

 

「はぁ……しかしこんな物で何が出来るのでしょうか」

「聖杯って知識を与えるけど応用とかは本人の頭でどうにかするって感じなのかね?」

「感覚としては思い出すというものが近いかもしれません。若しくは昔やっていたスポーツを数年ぶりに行う……そんな感じでしょうか」

「ははぁ、成程。っつー事は俺のコレも似たようなモノかもしれねーな。思い出すって感じがしっくり来る」

 

そんなやりとりをライダーとしながら作業を行う事計4時間。お手製のドローンと盗聴器が完成した。

 

「材料さえ揃っちまえば割とどうにかなるもんだな。というか今市場にある物よりも遥かに良い物のはず」

「盗聴器は分かりますが……このドローンという物は?」

「んー、お手軽な偵察機って所。ちょっと動作確認して早速仕掛けるかね」

 

手元のラジコン用のコントローラーでドローンを浮かせてみる。とても小さい駆動音が聞こえるが、それだけ。

環境音等がある状態なら殆ど気にならない程度なのでこれで良いだろう。簡易ギミックアームの方は……こちらも問題なし。

下準備は完了したからこれを飛ばして敵情視察と行きますか。

 

 

 

ライダーに車を運転して貰って複数作ったドローンを指定の場所に配置してきた。映像と音を受信出来る事も確認したのでこれである程度、人の動きは把握できる。

並行して人探しを探偵会社に依頼、そこそこ費用がかかるのが辛い所だが会えない事には話が進まないので必要経費だ。

ドローンを配置し終わって最優先でやるべき事が片付いたので、次は顔合わせを行いたい。

 

「よし、ライダー」

「なんでしょう」

「やるべき事もやったし、ちょっと近くのコンビニで飯でも買って休憩でもしようや」

「分かりました、コンビニの後は公園に向かいますか?」

「ん、じゃあそうしよう」

 

ライダーの運転する車の揺れを感じながら次の事を考えてうとうとしていた。

そうこうしている内にライダーがコンビニで買い物を済ませて近くの公園まで移動してくれて、俺はライダーに肩を揺られて起きた。

 

「んぉ? あぁ、寝てたか。ごめん」

「いえ、それよりご飯は買ったのでソコの公園で食べましょう」

「おう」

 

ベンチに並んで座り受け取った缶コーヒーを煽る。冷たい空気の中で飲む暖かさと仄かな甘みを噛みしめながら大きく息を吸い込む。

もしこれが聖杯戦争なんて物騒な事の最中でなければ、きっと隣に座るライダーとデートの一つでもしたのかもしれない。

ライダーと改めて情報交換をしながら昼食を取り終え、次に目指すのは葛木とキャスターのいる場所。彼らとは出来れば協力をしたい。

携帯を持ち出して登録してある番号を呼び出す。数回のコール音の後に通話が始まった

 

『……もしもし』

「もしもし、葛木?」

『教職を辞めた貴方が私に何か?』

「実はあんたと、お宅の嫁さんが参加してるイベントに関してちょっと話があってさ。 これから会えない?」

『そうか……分かった、場所は?』

「俺がそっちに行くよ。 一人で」

『そうか、待ってる』

 

そう言って彼はさっさと電話を切ってしまった。余り人の事を言えるものではないが、やっぱ葛木ってコミュ障だな。

ライダーと軽く打ち合わせをしながら昼食を終わらせる。ゴミを公園のゴミ箱に捨ててから車に戻り自分一人で車を走らせる。

20分程走らせた所で人通りが少なく、民家もまばらになってきた。更に走らせてソコソコの坂を上りきったことで目的の場所が見えてくる。

 

「やっぱこの距離を毎朝移動ってアイツの脚どうなってんだろ……」

 

アホな事を考えながら車を停めて目的地を見上げる。

 

「前ならこんな階段絶対上りたくなかったな……」

 

溜息を一つ吐いてからえっちらおっちらと石畳の階段を上がっていく。時折山肌を舐めるように吹く風が上り運動で火照った体を冷やしてくれて気持ちがいい。

上りきった所でまた葛木に電話をかける。1コール目で出たのでもしかしたら待っていたのかもしれない。

 

「着いたよ。今、寺の門の前に居る」

『分かった、迎えに行く』

 

階段に腰かけて街を眺めてると、自分の元居た所とは全然違う。都心から離れてるこの地方都市であんな馬鹿でかい高層ビルがあったり、ここに来る途中に大型の橋があったり。

肌で感じる風の冷たさや香る土の匂いは現実なのに……やっぱり心の何処かで現実じゃないと……そう感じてしまう自分が居る。

暫く門を背に風景を眺めていると後ろから声をかけられた。

 

「中真先生……いや、元先生か。キャスターの参加している件で話があるらしいな」

「お~、出来れば三者面談でもしねぇ? 俺も退職する前後でイベントに巻き込まれて就職活動どころじゃなくなってさぁ……ついでに相談したいなって」

「……わかった。こっちだ」

 

階段から立ち上がり葛木の後をついていくと本堂の一室へ案内された。部屋へ入るとキャスターが丁度お茶を用意していて二人と対面する形で座布団へ座る。

お茶で口を湿らせてから早速本題を喋ろうとしたが体が上手く動かない。視線を動かすとキャスターが呆れた顔でこちらを見ていた。

 

「凄く色々準備をしていたのに最初の罠に見事に嵌るとか……準備した私が凄く間抜けに思えてくるわ」

「キャスター、彼から情報を引き出してどういった手の者か確認してくれ。……私にとって数少ない理解者だが、同時に警戒すべき友人なのでな」

「分かりましたわ、宗一郎様」

 

二人が喋ってる間に口の中に入れてたカプセルをかみ砕き、中からあふれてきた『万能薬』を飲み込む。

 

「不意打ちは止めてくれよ。心臓に悪い」

 

メディアは驚いた顔でこちらを見るが葛木は冷静にこちらを見下ろしている。

盛大に溜息を吐きながらテーブルに肘を乗せ頬杖しながら体の力を抜く。

 

「別にお二人さんに危害を加えようとか謀ってやろうなんて気は無いし、敵対するつもりも無いから安心してよ。そもそも敵対するつもりならココに来たりしないって」

 

お茶と一緒に出された羊羹をパクつきながら二人の反応を待っていたら葛木が対面に座り、それに続いてキャスターもつられて座った。ついでにお茶は新しいものを貰う。

何か一々行動が一昔前の夫婦像なんだよなぁ……寡黙な父親と数歩後に続く妻みたいな……。

 

「あー、とりあえず最初に敵意が無いって点を証明しようとか考えてたけど……今のこの態度で納得してくれね?」

「……そうだな。貴方が本気なら他に方法があるにも関わらずこうして目の前で茶を飲んでいる……ソレで良しと……私はしよう。キャスターはどうだ?」

 

葛木がキャスターに意見を求めると首を縦に振り肯定の意を示してきた。

 

「宗一郎様がそうおっしゃるのなら私は……ただ、聞いておきたい事が。『他の方法』というのは何でしょうか」

「この男の体術は私と同じ程度、特定の動作、技などは私より遥かに威力や所作が洗練されている。つまり純粋な白兵戦……奇襲を行えば我々を無力化する事が容易い……なのにしなかった……そういう所だろう」

 

キャスターは自分のマスターの言葉に目を丸くしている。何せ宗一郎は暗殺者として優れ本骨頂が体術。

その技術はキャスターから見てもとても高く、明らかに他の人間とは一線を画す高みにある。そんな宗一郎自身が認めている以上それに異を唱える事は無いが、そんな存在が居る事に驚きが隠せない。

 

「葛木、そりゃ言い過ぎだ。奇襲しても成功は7:3位だろ」

「7割もあれば十分だろう」

「いやいや、やるならほぼ成功させないとダメだろ」

「以前話したが此方は元本職、それに対して7割成功の時点で十分だろう。ましてやお前は他に手札があると言っていたではないか」

「酒の席での話を信じるなよ」

「ソレを言ってしまえば、この話自体が四方山話になるだろう」

 

先ほどまでの衝撃とは別にマスターが長々と他人と話している。コレにもキャスターは驚いた。

宗一郎は寡黙な人物で独特の価値観を持つ。彼がこれほど他人と言葉を交わし冗談を言い合う事をこれまで見たこと無かったキャスターにとって彼が本当に宗一郎にとって友人であると無意識に認めた。

 

「おい、葛木。お前の嫁さん惚けとるがな……というか俺を見る目が珍獣を見つけた人みたいになってるのは何でなん?」

「正しくお前が珍獣だからだろう」

「酷くね?」

「正しい認識だ」

「へいへい……んじゃ、その珍獣さんからの申し出だ。聖杯戦争から時期を見てリタイアしてくれ、願い自体は別ルートで叶えさせる」

 

葛木とキャスターの両名が沈黙する最中、中真の茶を啜る音だけが響く。そしてその沈黙を最初に破ったのは葛木だった。

 

「中真有香、貴方はキャスターの願いを知っているのか?」

「……葛木よぉ……、酒場であれだけ惚気かましといて分からない訳ないだろが!」

 

以前職場での付き合いで酒を飲んだ際に葛木と少々絡んでいたが、何かコイツと居るとヴァナでの雰囲気を思い出す。其の所為か色々と懐かしくてちょいちょい酒に誘ってたが……こいつってば無自覚にキャスターとの惚気をかましまくる。

やれ、キャスターの行動の意味を理解したいだ。やれ、出てくる料理があいつの作る物の方が旨いだ。

えぇ、えぇ、そんな風に惚気話を長々と聞いてりゃ君等が夫婦として所帯を持ちたいんだろうなって事位、こちとら丸っとお見通しって奴だよ!

つーか葛木! おめーは少し位自分が話してる話題が惚気だって事に気が付け! ウチの高校の独身教員全員がおめーの事をヤレヤレって目線で見てるって事を自覚しろ!

 

「む、そうか……だが私は思った事を口にしただけなのだがな」

「そーいう所だよ……独身には辛い話題だったりする訳よ、おめー同僚の今年50を迎える藤井さんとか未だに独身の癖に生え際後退してきて『俺って結婚出来るのかな……』とか職員室で偶に呟いてるんだから察してやれや! 流石に可哀そうだぞ」

「そうか……善処しよう」

「キャスターは一々顔赤くしてんなよ……こいつの無自覚というか他人の心の機微に疎い事なんて近くで見てるあんたの方が俺よりよっぽど知ってるだろ」

「え……えぇ……」

 

 

 

この後はキャスターを葛木をネタに弄りつつ聖杯戦争の事と願いの詳細に関して話し合う。とはいえ、葛木もキャスターも提案自体には異論は無く今の生活が続くのであればと了承をしてくれた。

なのでコレからの聖杯戦争の動きとコチラがどう動くのかを大まかに伝えて準備を手伝ってもらう、その際の方法には大分呆れられたが納得もして貰えた。

 

 

 

「という事で俺からの情報はおしまいだが、聞いておかないとマズイ事は他にあるか?」

「マズイというか考えれば考えるほど頭が痛い事だらけよ……貴方めちゃくちゃすぎるわ……」

「それはまぁ……本人が一番自覚してるから勘弁してくれ」

 

肝心な話を終えてから世間話感覚で情報交換をしていたらポケットに入れた携帯に電話がかかってきた。着信相手はライダー。

合流して直ぐに持たせた携帯を早速使いこなしてる辺り、どこぞのうっかり女子よりは機械に関しての柔軟性が高い。やっぱ魔術師ってのがダメなんだろうか?

 

「もしもし?」

「有香、桜から連絡がありました。タイミングとしては今が良いかと」

「っ!……明日っつってたのに、何処の馬鹿だよ……まぁ事が始まる前だから有りっちゃ有りか? こっちも手段の一つを確保した訳だし」

「という事はキャスターとの交渉は上手く纏まったんですね」

「応、だからライダー……お前が一番適任だ。 お前の願いの第一歩を踏み出せ」

 

返事をせずにライダーは電話を切るが俺にはアイツが笑っているように思えた。

 

「さてとキャスター、早速で悪いけど一つ働いてくれ」

「あら? さっき伝えられた話では明日か明後日では無かったの?」

「そのつもりだったけどタイミングが早まったらしい。日本のお役所も使い方次第って事かねぇ」

「??? 何をしたのか分からないけれど……私がやる事は変わらないわね?」

「あぁ、それと手筈通りに葛木にも手伝ってもらうからな」

「承知した」

「うっし、そんじゃやる事やって、聖杯戦争なんていう馬鹿な儀式を終わらせますか!」



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10話 防衛

初めてこの小説に感想をいただきました。励みになります、ありがとうございます。
応援して貰えた分だけこの小説が早くなる……はず。
平成も終わりついに令和ですね。
もっと小分けというかサクサク投稿した方が良いんじゃなかろうかと思いながらも何となくキリの良さげな所まで書いてしまう。
ネット小説ならもっとサクサク上げるべきかも。

8/10 追記
葛木を葛城と表記していたので修正


中真が葛木、キャスターの二人と対談をする少し前、役所に勤める女性は電話による呼び出しを受けていた。

彼女の上司が言うにはソコソコに厄介な案件らしい。

というのも対象の家がこの市役所に対して少なくない額の寄付金を毎年支払い、市長に対してもそれなりの発言力を持っているのだと言う。だからこそ然るべき手段と手法に基づいて事を進めるべきと打ち合わせの為に彼女は呼び出された。

そこで聞かされたのは家庭内DV、それも性的なDVを義祖父と義理の兄から受けている子供が居るという内容。

彼女は直ぐに動くべきと主張したが先立って伝えられた寄付金や発言力といった部分が邪魔をする。

上司としても素早く動けるものなら動きたいという意思はあるが、言い逃れをさせないための準備時間が必要だと訴えてくる。

彼女もそれが必要であるという事は分かっているが、自分の娘と変わらない年齢の子供が実の家族に対して暴行を加えられているという事実に生理的嫌悪と道徳心が訴えかけてくる。

 

『本当に直ぐに動かなくてもいいのか』

 

彼女は善人で正義感が強かった。そして幸か不幸かそれなりのツテと行動力も有った。

これが今回の場合は被害者である少女には救いになり……彼女に対しては不幸となった。

彼女は直ぐに知り合いの自衛隊員と警察官である夫、さらには親戚の政治に通じる人物に対して連絡を入れ、子供を救う為の計画に助力を頼んだ。

皆快く助力を約束し彼女は動き出した。まさに電撃戦と呼ぶに相応しい速度。上司から伝えられて約半日で社会的に必要な力を集めた。

この時彼女が上司に報告、あるいはツテを集めたことを伝えていたのならこの後に彼女に降りかかる不幸ももっと違う形になっていたのかもしれない。

 

 

 

もうすぐ夕方になる頃、彼女は職場の同僚数人と件の少女の元へと赴いた。荒事担当の男性二名と彼女の計三名。

本来ならもう少し人を増やして動きたかったが最速で動く場合に彼女が直ぐに動かせる人数は少なかった。件の少女は直ぐに見つかった。

見るからに内気な少女。こんな子供が義理とはいえ家族に凌辱されているという事を考えると吐き気がこみあげてくる。

 

「失礼、間桐桜さん……で、間違いないでしょうか?」

「えっと……そうですが何か?」

 

彼女と話をしてみて間違いないという確信を得る。といっても経験則から来るものだ。

オドオドとした常に周りの目を気にしているにも拘らず相手の目を見る事を拒む伏目の上、相手の挙動一つ一つに過剰に反応する。そして目の活力の無さ。

どれもこれもDV被害者の共通点と合致する。間違いなくこの少女は虐待にあっていたのだろう。

 

 

 

件の少女「間桐桜」さんを無事に保護し役所の管理している施設に送り届けてから彼女が暮らしていた「間桐家」へ向かう。

健康及び精神診断の手配なども済ませた。彼女が所謂普通の生活に戻れるかどうかはこれからの彼女次第だが、少なくともその一助は出来るだろうと考えながら車は冬木の町並みを進む。

そしてソレが役所に勤めていた彼女の最後に見る町並みになった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

中真は葛木、キャスター組との話し合いを終えた後、寺の外壁に手持ちの道具で延々と模様を掘り続けている。この手の仕事はヴァナディールに居た頃、冒険者という名の何でも屋を行っていた際に回りの冒険者が引き受けないような事までやっていた為に出来るようになった。

あの世界の建築技術だったり、チョコボの育成から埋葬。クリスタルを使用した調合も勿論だがクリスタルを使わない手法こそ彼は率先して覚えていった。

何せクリスタルなんて物は元の世界にはなかったもの。魔力だって本来無いもの……もしかしたら自覚が無いだけであったのかもしれないが、中真はそういう不可思議が無くても行える手段をあの世界で没年するまで只管手に入れていた。

今やっている事もそのうちの一つで彫り込んでいるモノの名を【シアリングワード】と言う。

 

元々はとある地方で防壁として使われていた文様で、一定量の魔力を流し込む事で起動。外敵の侵入を一定期間阻み、入ってきた場合はダメージを与える結界。

今回の件を実行するにあたり、この技術をメドゥーサに見せて彼女の知識を合わせて改善・改良を施した。1時間もしない内に外周を一通り掘り終わり正面の門に戻るとキャスターがアサシンを連れてこちらを見ている。

 

 

 

「何て言うか……聞いていた以上に出鱈目ね、貴方」

「ふむ、この模様が先ほどキャスターが言っていた『なんちゃらわーど』と言う奴か……興味深い」

「『シアリングワード』な。元々の効果とは離れてしまってるからもう別物って感じだけど」

「だがソレのお蔭で拙者も寺の中へ入れるのだろう? 此処からの眺めも悪くないが自由の幅が広がるのは行幸。せめて茶位は自由に呑みたいものだ」

「アサシン……入るのは自由ですが基本門番だという事には変わりは無いのよ? 本来の役目を忘れないようにしなさい」

「うむ、ソレに関しては心得ている」

 

キャスター組の拠点を強化してキャスター、アサシンの二人と喋っているとライダーから電話がかかってきた。

 

「もしもーし、ライダー? そっちはどうなん?」

「こちらは予定通りサクラを確保しました。先ほど貴方から渡された服を着て貰って、今は薬で寝かせてます」

「服を着てからどうだった?」

「取り合えず上下を着て貰いましたがソレだけで動くのも厳しい様だったので指輪は私が付けました。その後は殆ど動く事も出来ないとの事だったので直ぐに渡された薬で……」

「そっか、割と思いつきな所あったけど意外と上手くいったな」

「ええ、今はサクラを背負ってビルの上を移動しています」

「ほいほい、じゃあこっちも摘出と封印の準備をしてるから無理せず合流してくれ」

 

レベル制限ありの装備を無理やり着込むとあらゆる行動に阻害が出る事を利用した拘束具。ヴァナではちょいちょい利用してたけどこっちの世界でも効くんだなぁ……レベル70装備(ヴァンパイアクローク)だしどうかとは思ったけど上手くいって良かった。

ライダーと通話をしながらキャスターと共に文様に魔力を注ぐ。アサシンが中に入れる事を確認したら電話を切ってキャスターの魔術工房の最奥へ向かう。

工房で【マイバック】と【影】から色々と道具を取り出すとキャスターが頭抱えてたが「慣れろ」の一言で押し通した。

俺だってマイバックを取った時の衝撃は凄かったが慣れたんだ。魔術師ならそーいうものとして受け入れてくれ。

ともあれ、キャスターが行うのはライダーの本当のマスターである間桐桜の心臓に巣食う『間桐臓硯』の摘出。ライダーは勿論だが俺自身も彼女から説明されてる時に思い出した。

間桐桜、この世界の不幸キャラと言ったらいいか……人として雑な扱いをされる事が多く、義理の祖父には道具として見られ、義理の兄には性処理の道具として見られる。

絵に描いたような日本での不幸キャラ。本来はなんか良く分からんままに可哀そうな結末に辿り着くんだろうが……まぁ、ライダーの頼みだし救うよね。手段あるし。

 

キャスターから手法やどういった手順で事を行う等を聞きながら、ソレをサポート出来そうな道具やら素材やら俺の作った薬なんかをアレコレ出してみる。

だが効果や使い方を説明しても結局の所キャスター自身が持つ技術で摘出を行う事になった。有益な道具等も存在したがうまく扱えるか、キャスターが行う魔術に作用しないか等を調べ上げる時間が無い為だ。

一応ポーションの類とリレイザーは渡しておいた。

 

さて、スケジュールを前倒しという形になったが、これでライダーの願いに向けて一歩前進した訳だ。

次にやる事は……精神疾患の子供対策と俺を目の敵にしてるお嬢ちゃん……あ、槍の正規マスターもまだ生きてるんじゃなかったか?

たしか金持ちの…………男だっけ? 女だっけ? ……忘れた。とりあえずまだ助けられるはずだからコレが終わったらキャスターに頼んで人探しをしてみよう。

後は本当にこの世界に探し人が居るかどうかだな。今回のごたごたの関係者の中に『アオ……なんちゃらトーコ』(だっけ?)と繋がりがある人が居たような気がするから大丈夫とは思うけど、念には念を入れてだ。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

ライダーのマスターである間桐桜はライダーの手によって無事にこちらへ届けられた。今からキャスターの手で彼女の心臓に文字通り巣食う寄生虫を取り除く。

その間俺が何をするかと言えば、手術が行われる部屋の隅で待機。俺が見てる世界と魔術師が見てる世界では視点が違う。

視点が違えば見ているものは同じでも見えているものは違うなんて事は往々にしてある。故に見る。

今、この瞬間もキャスターは間桐桜の上半身を露出させて魔術的に胸部を切開、心臓目掛けて少しずつ切り開く。

多少血が溢れているが出血は驚く程に少ない。ヴァナディールに居た頃にアレと同じくらいの傷を亀のや豚の亜人に与えた時はもっとドバドバと血が溢れて死んでいったのを考えるとキャスターの腕前が凄いのが窺い知れる。

そうやって術式が進んでいると遂に彼女の心臓が露出した。

 

『どくん、どくん』と脈打つ心臓が彼女の生を主張している。

 

キャスターが心臓に対して手をかざし、心臓と手の間に魔法陣が浮かび上がる。彼女の術式が佳境に入ったのだろうと思案したと同時に寺の周囲に施した結界から異常が伝わってくる。

小さな群れが大量に……数百という単位で寺への侵入を試みている。いや……いくつかは無理やり結界に入り込んだらしい。

 

「キャスター、恐らく『ソコ』に居る奴の援軍が来てる。多分虫」

「あら、予想通りなのね。それで結界の方は?」

「8~9割は押し留めてるけど少し通過した。アサシンが頑張ってるだろうけど葛木の方も気になるから少し席を外す」

「そう。なら手早く済ませなさい。と言っても、貴方以外はココへの立ち入りを禁止している以上、誰も入ってくる事は出来ないのだけどね」

「ま、葛木の居る所もアンタの結界があるから大丈夫だとは思うけど万が一があったら面倒だしな」

「どちらにしろ、もうすぐ寄生虫は排除出来るわ。こんな女を弄ぶような虫は……存在しない方が世の為ね」

「……多少思う所もあるが長生きしすぎるといい事なんて何もない。本当……嫌だねぇ」

 

頭を掻きながら部屋から出ていく有香を術式を進めながらもチラリと見てキャスターは少しだけ意識を彼の言葉に向けた。過去の亡霊たる自分もその範疇に入るのだろうか。

気落ちしかけた心を深呼吸する事で落ち着かせる。ソレを考えるのは後でも出来ると。

 

 

 

葛木と意識の無い坊主達が居る部屋の扉の前で葛木へ声をかける。

 

「葛木ー、そっちは変な虫とか湧いてないか?」

「中真か……いや、特にこれと言って変化は無い」

「そっか、虫が敵として入り込んでると思うから注意しといてくれ」

「承知した」

 

返事と共に扉から葛木の声が遠ざかったのは恐らく部屋の中心へ移動したのだろう。部屋の前から軽く境内を見回して備え付けられているサンダルを履く。

 

「おーい、アサシン居るかー?」

「ここに居るぞ」

 

その一言と共にアサシンが直ぐ近くに実体化する。少し消耗して見えるって事は霊体化して動き回ってたらしい。

 

「虫が入ってきてるとおもうけどどう?」

「門の方から入ってきた虫は全て斬り捨てておいたが、反対の方までは流石に手が回らなんだ。一応門側を終わらせてから残りを片付けたがある程度は斬り漏らしがある」

「って事は想定より大分数は減らせた訳か」

「何にせよ門に縛り付けられてなくて良かったぞ。門の外にいたらアノ虫共に貪り食われてたかもしれん」

 

そう言ってアサシンが門の方へ視線を投げるのにならって俺も門の方を見ると、門を潜り抜けようとする虫の大群が見える。

ぱっと見で足の踏み場もない無い程に体長10~20センチ程の虫達が地面いっぱいに犇めいている。

思わず鳥肌が立つのを摩る事でどうにか抑える。

 

「うへぇ……あんなところで立ちぼうけとか罰ゲームでしかないな」

「なんにせよ助かったぞ」

「んじゃ、一先ず外を掃除しますか『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【エアロガ】!!!!」

 

呪文の宣言と共に寺全体を覆う竜巻が形成される。時間にしておよそ10~20秒程だろうか。

境内は全くの無風だが外から聞こえてくる風の音は猛烈な台風と呼ばれる54m/sのソレが経過する時の音と比べても遥かに大きく、周囲の木々を巻き込み圧し折り、何かを潰す音が聞こえてくる。

それに合わせて虫達の断末魔の叫びもソコ彼処から聞こえてくる。まるでこの寺全体が蠱毒の入れ物になったのではないかと錯覚するような音。

竜巻が消える頃には周りからの音は止み、辺り一帯は無風になっていた。

 

「よし、一旦はこれでいいかな。それじゃアサシンは引き続き境内で見張り宜しく。俺は戻ってキャスターのサポートに回るわ」

「うむ、任された」

 

キャスターの工房へ向かう中真の背中を見ながらアサシンは言葉には出さないものの、アレが何者かを考える。

身の丈に似合わない技術と魔術。女狐の夫程破綻しておらず日常の中に居る……だがソレこそが異常であると元農夫は知っている。

まるで自分が生きた時代の侍によく似たありかた。そしてその内に宿している数えきれないナニか。

 

「虫とまではいかんが……アレも大概よな……」




とりあえず久しぶりに時間が取れてコレを書いてますが書くまでに湧いたネタを消費出来ないモヤモヤ。
短編で適当にオレツエーでネタ消費したい。


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11話 邂逅

仕事が忙しくなる+難産というWパンチでかなり遅れました。
次はもうちょい早くしたいが暫く忙しいので確約出来ない……。
出来る限り頑張ります。

2019/08/11 追記
セイバーの台詞の一部を変更しました。


キャスターの工房に戻り術式が続けられている奥へ静かに進むと、間桐桜の心臓……の周りが凄い事になっていた。

心臓は胸から30㎝程上に浮かび、ソレを取り囲む様に立体的に周囲を魔法陣が覆っている。キャスターの方を見ると部屋を出る時まで被っていたフードを外して大量の汗を流しながら心臓を睨んでいる。

手元の心臓を睨みながらこちらを見ずにキャスターが口を開く。

 

「戻ってきたのなら手伝う準備をしてくれるかしら」

「ん? 何か手伝える事があるのか?」

「この虫、忌々しい事に物理的に心臓に住み着いている以外にも霊的なパスにまで寄生して魔力を吸い上げてるのよ。更に心臓に何か別の異物を2つも埋め込んで……物凄く腹立たしい」

「……それはまた……」

「いくら私でも物理的に切り離すのと霊的に切り離すのを同時には出来ないわ。だから物理的な部分を貴方がやってちょうだい」

「えぇ……そんな繊細な作業は出来んぞ?」

「術式を続けろって訳じゃないの、もう直ぐで必要な工程を自動的に行う陣が完成するから魔力を注いで維持して」

「……魔力を流す割合は?」

「貴方がさっき外で使った魔力の1/10を20秒間隔で流して、多すぎても少なすぎてもダメ。一定間隔で一定量を流して」

「(エアロを20秒間隔で使う感じか)それなら多分いけるかな」

「消毒が済んだらこっちへ」

 

術式が始まる前にキャスターが用意していた陣の上に立ち魔力を少し注いで起動。所謂除菌の魔法陣らしく、汚れも落とせる。

事が済んだら絶対に教えてもらおうと頭の片隅にメモしながらメインジョブを【白魔導士】サポートジョブを【赤魔導士】に変えてからキャスターの隣に立つ。

 

「両の手で抱え込む様にして……私の手に重ねるように……そう、良いわ。最初はこちらからもサポートするから魔力を流してみて」

 

【ケアル】を使う感覚で両の手に魔力を留めると魔力が吸い取られるように抜けていく。まるでぬるま湯から手を引き抜くような感覚。

 

「悪くないけれど魔力が少し多い。もう少し抑えて」

 

多すぎるか……ならバフの『バファイ』とか『バエアロ』位でどうかな? と思いケアルよりも少し少ない程度の魔力を両手へ。

 

「……うん、良いわ。これを20秒間隔、魔力は持つかしら?」

「大分持つけど……素のままじゃ辛いから別のを併用して凌ぐかね」

「別の?」

「魔力回復促進って言えばいいのか? とりあえず……『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【リフレシュ】」

 

OK、20秒も間隔があれば間に『リフレシュ』を挟んでも問題ないな。後は集中力が続くかどうか。

 

「……思う所はあるけれど、今はそれは置いておきましょう。そのまま続けられるわね?」

「大丈夫、6時間位なら維持できる」

「結構。1時間以内に終わらせるから集中しておきなさい」

 

そう言うとキャスターは奇妙な言葉……早送り中の動画の様な声を上げながら体から溢れた薄っすらと光る青い帯を両の手に纏わせる。帯は腕の周りを動きながらやがて形を変え文字になり、文字の帯はキャスターの手を離れて間桐桜の心臓を包み込んでいく。

心臓を包んだ帯はそれだけにとどまらず心臓と胴をつなぐ血管、そしてそのまま体の中へ入り込み間桐桜の体は内側から胸を中心に青く発光しはじめた。あまりの変化に思わずキャスターへ問いかけたが「何も問題ないわ」の一言で質問を終わらせてくる。

口を噤み魔力を流す作業へ集中する。どの位そうしていたのか分からないが気が付けば間桐桜の体は余す所無く光っている。

 

「まるでUFOみてぇだな」

「無駄口を叩くのも良いけど魔力の供給は怠らない様にね」

「あいあい」

 

暫く魔力を流す事を続けていると結界から侵入があった事が分かる。どうやら虫の第二陣が進行してきたらしい。再び作業に集中しようとすると、いきなり光っていた彼女の体が細かく震え始め俺の両手に収まっていた心臓が突然肥大し始めた。

 

「おいおい! キャスター! これはどうしたらいい!?」

「そのまま魔力を維持してちょうだい。もうすぐこの子のパスと寄生虫を引きはがせる。そうなれば最後の仕上げを残すのみよ」

「ははぁ、さては虫の進行が来たのも焦って援軍を呼び始めたって事か?」

「おそらくそうね焦ってるのでしょうね。でも、ここまで陣と術を構築し終えてる以上、確実にこの虫は潰すわ」

 

言い切ったキャスターをよそに心臓はどんどん大きくなり遂にはサッカーボール位の大きさにまで膨らんだ。

まるで破裂寸前だと言わんばかりの膨張、心臓が鼓動しているかも怪しい程に張りつめている。物理的に支えている訳ではないのに命の重さだと主張するようなソレを抱える自分の両手がとても重く感じられる。

今まで幾つもの命を、動物を、亜人を、敵を、勿論人も……前の世界で当たり前の様に斬り捨てて来たモノがとても重たく感じられる。

日本に居るからだろうか。それとも少しの時間でも平和を体感したからか。

あの場所では当たり前だった事がココでは当たり前じゃなくて……、こんな人の命を支えてる場面だというのに考えてしまう。普通って何だっけ。

考えたくない。自分が如何に歪んでいるかを晒されている気分だ。首から下に嫌な汗が流れる。

雑念を振り払う様に目の前の作業に集中する。集中……集中……集中……………………。

 

 

 

「これで終わりよ」

 

 

 

キャスターがそう呟くと目の前の肥大した心臓が震え、表面が揺れたかと思うとまるで水の中から物を取り出すかの様に心臓から虫が引きずり出された。頭に人の顔が付いた虫。

人面犬なんて言葉があるが、まるでその虫版。見た目は尻尾が長いオタマジャクシで頭に人の顔があり頭は精々3~5cmだが尻尾が長く全長20cmはありそうだ。

こんなのが自分の心臓に住んでると想像したら思わず顔をしかめてしまう。そうやって虫を見ているとあろうことかその虫が啼いたかと思ったら人の言葉を喋りだした。

 

「カァァッ! 返せ!返せ!儂の躰ッ!!!!」

「虫になんて喋りかける趣味は無いのだけれど……それでもあえて言ってあげるわ。死になさい」

「儂のからっ………」

 

キャスターが指を鳴らすと同時に虫の頭は潰れ、尻尾は力なく重力に従い垂れる。潰れた頭からは何処にソレほど収まっていたのかと思うほどの血液が溢れて床に血溜まりを作る。

まるでゴミをゴミ箱へ投げ捨てるような、無価値な物を部屋の隅へ投げ捨てるような仕草で心臓に巣食っていた虫を放り投げるとキャスターは直ぐに間桐桜の心臓を俺の手から受け取り処置を始めた。

心臓を片手で支えたキャスターがもう片方の手を無造作に心臓へ突っ込む。中々にショッキングな絵面に面食らっていると何かをつかみ取ったキャスターはその手を心臓から引き抜いて見せた。

引き抜かれた手に握っていたものは3cm程の金属片と……リレイザーの小瓶!!!!

直ぐに虫へと視線を向ければソコにあったはずの死骸は無く血は工房の外へと続いている。

 

「キャスター!虫が生き返って外に出た!」

「何を……この小瓶っ!!!?」

 

キャスターが自分の手に収まっている物の正体を知って叫ぶと同時に、工房の外から断続的に大きな破裂音が聞こえてきた。

音を頼りに工房を出て向かう。するとソコにはアサシンと対峙している多数の虫が集まって出来た蜘蛛が居た。

ある意味予想していた事の為、迷わず魔法を唱える。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【ファイア】!!」

 

蜘蛛の顔面を焼いたファイアだが直ぐに別の虫が集まり蜘蛛の顔を構築し始める。

それを好機と見たアサシンが長い刀を正眼に構えたまま蜘蛛へ近づいたかと思うとアサシンの姿が消え、先ほど居た場所から蜘蛛を挟んだ反対側へと移動していた。

アサシンが刀を振りぬいた所作から正眼に構えなおしながら蜘蛛へと向き直ると同時に蜘蛛の左半身にある脚が切り落とされて地面へと転がる。

一瞬の動きで複数の脚を切り落とすという離れ業を行ったアサシンは、それが当たり前だと言わんばかりに油断なく蜘蛛を見据えている。

 

「アサシン! 対になる形で位置取ってくれ!」

「心得た」

 

施術用の術衣をはぎ取り、影から両手杖を取り出す。

 

「まずは……『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』支援四連!!【プロテアV】【シェルラV】【ストンスキン】【ヘイスト】」

 

淡い4色の光が俺とアサシンを包む様に渦を巻き体へ吸い込まれていく。アサシンが驚いた顔で視線を少しこちらに寄こしたが目線は蜘蛛から外れていない。

 

「アサシン! 今の俺は補助型だ! 戦力としての頭数にはしないでくれ!」

「承知」

 

小さく返答をしてアサシンは滑る様に地面を進み顔と脚が出来上がりつつある蜘蛛の左側の脚を再度、先ほどよりも深く切り落としていく。

俺はその動きに合わせて蜘蛛を中心にアサシンとは反対側へ。ついでに嫌がらせの様に蜘蛛の顔へ向けて『ファイア』を飛ばす。

 

「ふむ……体が軽い。奇妙な感覚よな……悪くない」

 

その一言と同時にアサシンの踏み込む速度がさらに鋭くなる。白魔導士じゃアサシンの動きについていくのがギリギリだ。

何度か蜘蛛を中心に互いの位置が入れ替わる様に動き回っていると蜘蛛がその身を震わせた、と思った瞬間その身が弾けた。

 

「む?」

「っいぃ?!」

 

思わずギョッとして足が止まった所に弾けて出てきた小さな虫の群れが俺とアサシンそれぞれに向かってくる。

虫一匹一匹の攻撃は何てこと無いが兎に角絵面が最悪だ。心象的にはゴキブリが集団で向かって来てるようなもので思わず逃げてしまう。

というかメイン白魔導士だと避けきれん。【ストンスキン】使ってるから多少のダメージは無効化されてるので今の所無傷だがこのままだとマズイ。

 

「だー! 鬱陶しい!!」

 

思わず手に持った杖で虫を掃おうとすると杖の動作に合わせて甲高い金属音が鳴る。

虫は群体の大半を潰され此方から一定の距離を取り俺を囲んでくるが、それよりも先ほどの音が気になった。試しに杖を再度振ってみる。

するとやはり金属音が聞こえる、目を凝らして見るととても薄くだがATフィールドが杖の先端に発生しているのが見える。

碇夫婦が協力してくれてるのだろう、ラッキーと考えながら杖を構えて虫の居る場所を薙ぐと、ATフィールドは虫の居る場所諸共をまるで地雷が爆発したかのような爪痕を残して虫を潰す。

 

「おぉ……便利~」

 

効果範囲と使い勝手が良いATフィールドに思わず感嘆の声を口走りながら杖を振るう。杖を振るう度に目に見えて虫が減っていくのを見て倒すのも時間の問題かと思った時、寺を覆う様に設置していた『シアリングワード』が異変を知らせて来た。

 

「アサシン! 結界が持たない! 虫を押しとどめる効果を停める前にキャスターに念話で連絡! 寺自体に防御用の魔術を展開して貰ってくれ!!」

「それなら心配はないわ。既に構築と展開は終わってる……虫は寺へ侵入出来ない。私の患者と総一郎様に虫ケラなんぞを近づけるものですか」

 

俺の声に答えるかの様にキャスターが中庭に上空から降り立つ。

 

「よし、じゃあ防衛は止めてアサシンの移動範囲の緩和だけを維持するように変更。『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』変異せよ【シアリングワード】!!」

 

杖を地面へ突き刺し魔力を流すと寺の壁に押し寄せていた虫達がなだれ込んでくる。そしてソレを待っていたと言わんばかりにキャスターが杖を振るうと虚空から光の玉がにじみ出て虫に向けて閃光を放つ。

光は虫と地面を焼きながらほんの数秒で外周を一周するとキャスターの手元へ戻ってくる。上空にあった時は数メートルの大きさの光の玉はキャスターの手元に来る頃にはまるでビー玉程度の大きさにまで姿を変え手のひらの上で浮いていた。

合わせてアサシンもすでに動いていた。キャスターが操る光の玉から逃れた虫を的確に切り捨てて常に移動している。

 

「よし、キャスタ、バフをかけるぞ。支援四連【プロテアV】【シェルラV】【ストンスキン】【ヘイスト】」

「あら、ありがとう」

「前衛に後衛……んー、俺も前に出るかな。キャスター、俺が着替えてる間のアサシンのサポート宜しく」

 

そういってジョブを『白魔導士/赤魔導士』から『ナイト/戦士』へ切り替え影から武器と防具を取り出し着替える。

こうやって周りが戦ってる時にもそもそと着替えてるとどうしてもヴァナディールでの装備の切り替え技術をモノにできなかったのが悔やまれる。本当にアレはどうやって着替えてたんだろう。

鎧と具足を付け終えた時に後ろから大きな音と共にライダーがボロボロの姿で吹き飛ばされてきた。直ぐに駆け寄りライダーを抱えて後ろを見るとソコには虚ろな目をした間桐桜が立って居た。

 

「ライダー、こいつを飲め。ポーションだ。」

 

ポーションを飲んでよろけながら立ち上がるライダーを背に隠しながら手甲を付ける。

 

「んで? 何でお前さんのマスターはおこなの? 何かやらかした?」

「……桜の躰に虫が入りました」

「……は?」

 

ライダーの歯ぎしりが聞こえる。

 

「あの虫が! 目を離した隙に桜の躰を乗っ取りました!!」

「私が……何より桜を優先すれば防げたのに……っ!!」

 

そっかぁ……。あぁ……嫁に似た女が泣いてる……ムカつくなぁ。

 

「よし、んじゃ……やるかぁ」

 

右手にエクスカリバー、左手にイージスを構えて大きく息を吸い。気合を入れる。

 

「キャスター! アサシン! もう少し虫は任せるぞ!」

 

答えは聞かずに間桐桜に向けて走り出す。桜が右手を掲げると彼女の足元の影が勢いよく此方へ伸びてくる。

それを左へ跳躍する事で避けながらそのまま勢いを殺さず駆ける。彼女が右手を此方へ合わせて何かを呟いたかと思うと黒い渦の様なものが空中に現れソコから帯のようなモノが飛び出してくる。

此方にぶつかるのに合わせて『シールドバッシュ』を叩きこみ帯を弾く。追撃してくる帯をエクスカリバーで切り伏せて走る。彼女が下がろうとしているがソレを先読みして彼女の後ろへナイトの十八番は放つ!

 

「【ホーリー】!!!!」

「がっっ!!?」

 

唐突に背中に直撃したホーリーに対応できなかった彼女は此方へ向けて吹き飛ばされてくる。これを見逃すほど俺は馬鹿じゃない。冷静に飛んでくる彼女を見ながらエクスカリバーを逆手で左手に移して腰を落とす。

角度良し。距離良し。踏み込むと共に腰を捻り力を右手へ伝える。今必殺の……

 

「ギガトンパンチ!!!!」

「~~~~~っっぶぇ!!!!」

 

ただのパンチだが彼女の胃の辺りを正確に抉る様に拳を突き入れる。すると彼女の嗚咽と共に虫が吐き出される。直ぐ様ソレ等を踏み潰して彼女の様子を見ると目に光が戻っていた。

 

「おい、俺が分かるか?」

「せん……せい?」

「腹が痛むだろうけど我慢してくれな、全部終わらせたらちゃんと治してやっから」

「はい……」

「ライダー、今度こそ守ってやれよ?」

「えぇ……間違いなく」

「うっし、それじゃあ俺は虫退治でもしますかねぇ【プロテスV】【シェルIV】」

 

肩を回しながらアサシンとキャスターの方へ向かう。二人が戦っていた虫の群体はいつの間にやら巨大なムカデに姿を変えていた。

アサシンがムカデの脚を切り飛ばし、キャスターの光の玉が甲殻の一部を焼くが怪我の部分の肉が泡立ち傷着いた場所はものの数秒で元通りに復元。これは中々面倒な相手と見える。

 

「アサシン、キャスター。俺がお前らの盾になるからキッチリ決めてくれよ。【挑発】!」

 

俺が挑発のアビリティを発動させると、それまで相手していたアサシンやキャスターを無視するかの如くムカデが俺に向かって一直線に突っ込んでくる。

 

「【パリセード】」

 

ムカデの突進を受け、後ろへ押されると同時に右手に構えたエクスカリバーをムカデの顔に向けて突き入れる。刃は甲殻の抵抗が殆ど無くずぶりとその身に沈み込む。

痛覚があるのかムカデは顔を仰け反らせたかと思えばその勢いのまま体を俺へ向けて叩きつけてくる。多分怒っている。

この虫は俺に対して怒りを感じている、それはヴァナディールの冒険の最中何度も感じた感覚。

知ってるぞ、その無機質な瞳から怒気が俺に向けて放たれているのを。

もっと怒れ。もっと。

 

「おぉおお!! 【セプルカー】【神聖の印】【ホーリーIII】!!!!」

 

聖属性の光がムカデの顔を焼く。痛みに躰をくねらせながら此方へと執拗に攻撃をしてくる。

ソレ等を丁寧に受け止め、時にいなし、受け流す。

執拗に此方を攻めるムカデ相手に時々【挑発】を入れながら、頭の触覚を、足を、顎の一部を切り落とす。

その度にムカデは声を荒げ身を震わせ傷を癒して突撃してくる。アサシンとキャスターに都度指示を飛ばしながらムカデの注意を引くことに専念。

闘いが20分を超えようとする頃、ムカデの躰を斬った後ついに傷口が塞がらずに残り始めた。

 

「【挑発】!! からの【ディフェンダー】【ケアル】!!」

 

自分の体力を回復させながら観察していると、ムカデに付けた傷から奴の体液があふれ出し地面へまき散らされ刺激臭が立ち込めている事に気が付いた。ムカデとのやり取りも終わりが近いと見える……。

自爆して体液をまき散らされたらかなわんな……。

 

「キャスター、こいつが悪あがきをしないとも限らんから押し切るためにデカいのを用意してくれ! アサシンは俺と足止め!」

「心得た」

「注文が一々細かいのよっ!!!!」

 

キャスターが文句を言いながらも空中から光弾を放つ。単身で空中飛行とか凄いと思いながらムカデに『シールドバッシュ』を決めてスタンを取る。

スタンで足が止まったムカデにアサシンが剣を振るい脚を切り落としていく。一層刺激臭がきつくなるがこれでムカデの機動力が大分下がった。

後は注意しながら攻撃を往なしてキャスターの準備を待つ……と思っていたが背後の違和感に気づいて後ろを振り向くとライダーが別のサーヴァント2体と交戦していた。

頭に血が上る。怒りのままにアサシンに檄を飛ばす。

 

「アサシン! このクソ虫の残りの脚も切り落とせ!! 今すぐ!!!!」

「承知。秘剣"燕返し"」

 

ムカデを挟んで反対側に居たアサシンがムカデから距離を取り構えを変えた……かと思えば凄まじい速度で駆け抜け俺の隣へ現れた。すると斬られた事に今気が付いたかのようにムカデの残っていた脚がすべて切り落とされていた。

それを見て直ぐにライダーに向けて走る。

 

「てめぇ! 何やってんだコラァ!」

 

落ち着いて見ればコイツ遠坂のサーヴァント、それにアーサー王! 主人公ペアのサーヴァントが何で?! とりあえずライダーから離れろや!

 

「【フラッシュ】!」

「むっ!」

「くっ! これは!?」

 

『フラッシュ』で視界を奪われたアーサー王に対して駆け寄る勢い其のままにドロップキックをお見舞いし、もう一方にはドロップキックから起き上がる時に握った砂を投げつけ牽制してから【スウィフトブレード】を叩きこむ。

くそ、アーチャーなのに双剣で『スウィフトブレード』を捌くとかマジか! 一撃毎に武器を破壊するが次の攻撃を入れるまでには新しい剣を取り出して対応しやがる。やりづらい事この上ない!

一旦アーチャーから離れてライダーにケアルを掛けつつ、自分は『ヤグードドリンク』を飲みながらアーチャーと向かい合う。

 

「おいコラ、お前等生徒の所の奴だろ。本人達は高見の見物か?」

「そう言う貴様は何だ? 凛や衛宮士郎の教師だとは知っているが今の魔術やその武器や防具、それにあの時見せたアレ。とても一般人とは到底思えんが?」

「人には色んな事情があるんだよアーチャー坊や。後、俺は本来こんな事をするつもりも無ければ関わる事すらするつもりが無かったんだよ。この状況自体が想定外の事態だ」

 

アーチャーとにらみ合っているとドロップキックで吹き飛ばしたアーサー王がゆっくり歩いてアーチャーの隣へ立つ。

 

「少し待てアーチャー、そこの……名は?」

「初めまして……名前は中真有香。この聖杯戦争とか言う成功率0%の魔術儀式に巻き込まれて無職になった可哀そうな男だよ」

「中真有香、貴殿のその恰好を見た所騎士の様に見えるが何かの組織、あるいは軍に所属しているのか」

「いいや、所謂フリーって奴だ。装備に関しては気にするな。王様」

 

黙り込むアーサー王、そして隠れて双剣の一本を此方へ投げてくるが見えてるんだよ! イージスで投げられた剣を弾くと同時に後ろからライダーが飛び出しアーチャーへ接近する。

それに合わせて俺も前へ出る。アーサー王が俺の足運びから最適なタイミングで剣を振るがソコに合わせてイージスで防ぎ。エクスカリバーで切り上げる形で振るうとまるで急に相手の力が上がったと錯覚するように相手の剣の勢いが上がり、抑えているイージス事叩き切ろうとしてくる。

思わずエクスカリバーでも相手の剣を抑え込むがあまりの力に押しつぶされそうになり堪らず離れる。追撃に備えてアーサー王を見るが自分の剣をまじまじと見るだけで此方へ来る気配が無い。何かに戸惑ってる?

 

「かーっ、何だその力。この盾で受けたのに腕がちょっと痺れたぞ」

「……私の剣を受けて痺れたで済むその盾の頑強さを褒めるべきか、それとも貴方の技量の高さを褒めるべきでしょうかね」

「何か高評価貰ってるけど奇襲掛けた事は許さんから」

「そうですか、我々には我々の目的があるので衝突するのも仕方ないでしょう……ですが貴方にはどうしても聞きたい事がある」

「王様が俺に聞きたい事? 聞かなくても世間の事なら知ってるんじゃないのか?」

「貴方が持つその剣の事だ」

 

アーサー王が左手で俺のエクスカリバーを指さす。

 

「貴方の剣と私の剣がぶつかった時、この剣の結界がほどけ掛けた……結界を破るなら分かるがそうではなく……まるで抑え込む事が出来ない様に内側から解けそうになった」

「ほーん? で?」

「……その剣は誰の剣だ……星の聖剣であるこの剣が反応する以上、形こそ変わっているが私の知る者の剣であろう。であれば貴様は盗人という事になる。誰の剣を盗んだか答えてもらおう」

 

そう言い放つとアーサー王の全身から風が吹き荒れ目つきが変わる。思わず身構えたが次の瞬間、俺は後方へ吹き飛んでいた。

吹き飛ばされる直前に見えたのはアーサー王が俺の目前に踏み込み聖剣をイージスに叩きつける所だった。



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12話 挑戦

視界が明滅する。思いっきり吹き飛んで背中から寺の壁へぶつかったからか呼吸もしづらい。

背中、それに顔……というか鼻が痛い。クラクラする頭を落ち着けながら鼻へ手をやるとヌルリとした触感と手に広がる熱い感覚。

目の前に手を広げてみれば真っ赤に染まっていた。鼻血が出るのを無視してどうにか立ち上がるとアーサー王は俺を吹き飛ばした場所から動かず俺を睨みつけていた。

抜けきれないダメージに『ケアル』を掛ける事で傷を塞ぐが軽い脳震盪までは治しきれない。時間が必要だ……。

纏まらない頭で口を動かす。大丈夫、闇の王とやった時と同じだ。いけるいける。

 

「あんた……さっき何て言った? 頭を打ったからかきちんと聞きそびれた」

「その剣を何処から盗んだのか答えてもらう」

「……何でいきなり俺が盗んだって決めつけてるんだ? この剣の正式な持ち主って考えは無いわけ?」

「ありえんな。聖剣は当代の持ち主が死ねば返還されるのが常だ、盗まれない限りな」

「つまり俺がコイツを盗んだ奴から経緯はどうあれ受け継いだから俺自身も盗人だと?」

「そういう事だ」

「盗人から買う=盗人か……一応分からなくもないけど極端な思考だな」

 

頭をかきながら右手に持ったエクスカリバーを見る。この剣を手に取り、今の状態まで鍛えなおすのにどれだけの時間を使ったんだろうか。

見つけたのは多分50代の頃でこの形になったのは70歳になる前、実に20年近くの年月をかけてエクスカリバーは今の姿を取り戻し、それからは俺の冒険を支えてくれた愛剣。

それを盗人の一言で済ませられるのはちょっと違うんじゃないか?

 

「王様よ、あんたの言い分も一部は理解出来る。でもコイツは盗んだ物でもましてや買い取った物じゃない」

「ほう? では譲られたとでも言うのか?」

「いや、コイツは元々朽ちかけていた。それを偶然手にして長い年月をかけて鍛えなおした。その結果としてコイツが俺の手元にあるんだ」

「……ありえんな」

「何故?」

「鍛えなおしたと言ったな。まるで自分がなおしたと言わんばかりに。」

「そうだ」

「では聞くが長い年月とは具体的に何年かけて直したか答えてみせろ」

「約20年だ」

「語るに落ちるな……、貴様は20年と答えたが貴様の年齢は幾つだ。日本人の顔は分かりづらいが……それでも貴様は精々30代、そんな男が20年も剣を鍛えなおした? 馬鹿を言うな」

 

まさかここで肉体年齢が足枷になるとか……マジか。確かに理屈はそうだけど……えぇ……どう言ったら良いんだ?

 

「あー、確かに俺は年齢としちゃソレ位だが別にウソはついてないぞ? コイツは間違いなく俺が時間をかけて鍛えなおした剣だ」

「そうか……」

 

その一言を呟くと同時にアーサー王が剣を両手で持った。それだけで俺も前傾姿勢で盾を構える。

次の瞬間イージスから衝撃が伝わってくる。やばい、コイツの踏み込みが殆ど見えん。ランサーの時はどう動くかが流れで見えてたがこいつ……瞬間速度が馬鹿速過ぎだ、目じゃ追うのが難しい。

しかもコッチはぎりぎりって感じなのに相手は余裕綽々な顔。絶対全力には程遠い。

エクスカリバーも添えて両手で如何にか拮抗させる。そうすると突風と共にアーサー王の見えない剣が剣先から徐々に表れ金色の輝く剣がその刀身を現す。

その美しさに鍔迫り合いの最中というのに目を奪われてしまう。

 

「貴様の話と年齢が噛み合わない、だが本当の事を話しているのだろう。直観が真実だと告げている。

 私の知る彼らの剣と貴様の剣は形が違うし、私の理性的な部分が『そういう事もあるだろう』と貴様がその剣を受け継いだとう可能性を告げてる。

 だが……納得がいかない! ソレは私の配下が得た何れかの剣! それを他人が振るう事は納得が出来ない!」

 

……ただの八つ当たりじゃねぇか!

 

「えぇ……八つ当たりで俺は斬られようとしてるのか?」

「うるさい!」

 

剣から伝わる圧が増し押し切られてしまうが、今度は分かっていたのでたたらを踏むだけに留まった。

理由は兎も角、戦闘能力は間違いなく向こうの方が上。下手に気を緩めれば間違いなく斬られる。

浅く呼吸をして集中力を高める。相手の全体を俯瞰で見るように。

アーサー王が右足に体重を乗せたのが見えたと思えば直ぐに体がブレて消え、右から風斬り音。弾かれるようにエクスカリバーで迎え撃つ。

彼女の放つ斬撃を受けきる事が出来ない事は自明の理なので右足を軸に受けた剣を受け流し地面へと抑え込んでイージスで殴る。が、相手の離脱の方が早い。

所謂ヒット&アウェイ戦法で移動の加速度がとても速いタイプ。さらにどういう理屈かは分からないが力の底上げが出来ると……。しかも正面からの攻撃も出来ると来たもんだ。

しかも相手は前傾姿勢というかとても低い位置からの攻撃を多用するので対格差もあってとてもやりにくい。自分が今まで相手にしてきた相手は総じて自分より体が大きい事が多く、下からの攻撃は捌くのに苦労する。

片手剣のエクスカリバーを両手で持ち、少し下がりながら捌き、時には反撃し、間に合わない場合はイージスで受ける。イージスの性能に助けられて動かせなくなる程ではないが徐々に腕が痺れて来た。

キャスターとアサシンに任せてる虫も気になるし早くどうにかしたいがコイツを倒すイメージが全く湧かない。

息を切らせながら剣の応酬を続けるがついにアーサー王の剣を止める事が出来ずに振り下ろした剣を跳ね上げられる。少しでも勢いを弱めようと後ろに向けて自ら飛ぼうとするが俺の思考をあざ笑うかのように相手の剣が俺の胴体を薙いだ。

幸い鎧を貫くような事は無かったが俺は7m程宙を舞い受け身も取る事が出来ないまま地面へと叩きつけられた。顔を上げれば聖剣を上段に構えたアーサー王。

息の吸えない体に鞭を打ち剣と盾でソレを防ぐが止まらない。止められない。

次の瞬間、まるで巨大なハンマーを叩きつけられたような衝撃を全身で感じると自分も含めて辺り一面が地面へめり込んでいた。

溢れる鼻血や血液交じりで口から出てくる泡を一切気にも留めず目の前のアーサー王へ【ホーリー】を放つ。あっさりと避けられるが距離を取ることが出来たので咳き込みながら剣を支えにして起き上がる。

やっと息が出来る。体中が痛い。ベヒーモスのストンプ攻撃を食らった時を思い出す。

あの時も今と同じように息が出来ずに藻掻いたのを覚えている。

【ケアル】でせめて傷を消そうとするがアーサー王はそんな隙を与えてなる物かと言わんばかりに畳みかけてくる。全快時でさえやっとの思いで捌いていた剣劇がダメージを負った体で捌き切れるはずもなく、着実に俺の躰に衝撃を加えてくる。

 

「どうした、目に見えて剣速が落ちているぞ」

「っぐぅ……っ!」

 

ここにきてアーサー王の速度と力が増してくる。これからが本番だと言わんばかりに目の前から一瞬で消え背中を斬られる。

 

「っっっ~~~~!!!!!!!! あぁっ!!!!」

 

口から血反吐をまき散らしながらどうにか反撃を試みるが掠りすらしない。絶対的に速度に差がある。

回復する暇も無く、反撃の剣は届かず、防御の盾は間に合わず。今倒れてないのは装備の性能に助けられどうにか立てているだけ。

それもアーサー王からの攻撃が途切れれば膝をついてしまう程に消耗している。どうあっても埋められない速度と力の差。

こんなのにどうやったら追い付けるんだよ……。致命傷になる様な攻撃だけは防げていたが剣の攻撃直後にアーサー王の左手が俺の顔面を捉えた。

剣による顔面への集中攻撃で視線がどうしても相手の剣へ集中した所での左ストレート。イージスで受けようとしたが相手の方が早くきれいに鼻っ柱を叩き潰された。

 

「痛っ~~~~~っ!!!!」

 

涙目になりながら口で荒く息をする。戦闘による激しい運動量に合わせて体は酸素を欲するが大量の鼻血で鼻は塞がれ、流れる血が口での呼吸を邪魔をする。

それでもアーサー王の攻撃は止まず、尚も剣速は上がり視界の端にぎりぎり姿が見える程度になってしまい攻撃を防ぐ処ではなくなってしまった。

縦横無尽に立ち位置が変わりながら攻撃を仕掛けてくるアーサー王はチーターさながらで俺はまるで案山子にでもなった気分だ。

 

 

 

どれほど攻撃を加えられたのか、半ば飛びかけの意識で視線を彷徨わせれば切り伏せられたライダーの姿が見えた。その更に奥でもぞもぞと動く虫の塊。

虫の一部が崩れ落ちるとその中から間桐桜の顔が見えた様だが一瞬でまた虫に覆われた。

虫に気を奪われた瞬間、アーサー王の剣で腹を攻撃されぎりぎり保っていた所への一撃に喉からせりあがってくるものを留める事は出来なかった。喉が焼けるような暑さと鉄の匂い。

血とゲロを地面にぶちまけながらついに膝をついてしまった。四肢は震え地面の冷たさを感じながら再度虫の居た方を見ると塊は徐々にキャスターとアサシンが抑えているデカブツの方へ向かっている。

アレが間桐桜なら彼女は何処へ居た? キャスターなら患者を安全な場所、信頼できる者へ任せるんじゃないか?

それは誰だ? そんなの決まってる。

 

「キャスターーーー!!!! 葛木の所へ行けーーーーーーー!!!!」

 

突然の俺の大声にキャスターは弾かれたようにムカデとの交戦を止めて葛木の元へ文字通り飛んでいく。アーサー王の剣が向かってくる。

今、ここでやるしかない。

 

「【インビンシブル】」

 

ヴァナディールにおいて物理攻撃に絶対の防御力を誇るナイトを代表するスキル『インビンシブル』1時間というリキャストを除けばデメリットが無い短時間の無敵効果。

肩口に叩きつけられたアーサー王の剣をまるで無いようにふらつく体を起こし、剣を杖にして立ち上がる。アーサー王は怪訝な顔で尚も剣を振るうが『インビンシブル』が発動している間は物理攻撃は俺へ届かない。

立ち上がり頭の中で自分の中に居る住人へ呼びかけながら『ケアル』を詠唱する。MPの大半を使って怪我を回復させる頃には無敵時間の終わりも近づいてきた。

血を流し過ぎた事でふらつく頭を大きく息をする事で気合を入れ、アーサー王を無視してライダーの元へ走る。アーチャーが矢を撃ち出してくるくるがソレも無視してライダーの元へ駆ける。

『マイバック』からルシドエリクサーIIを取り出しライダーへ飲ませる。背中を斬り付けられるが回復しきるまでは『インビシブル』は効果を発揮するだろう。

だがこのままじゃ結局、さっきの闘いを焼き増しするだけに終わる。打開策が必要だ。

身構えると同時に金属の様な硬質な音が足元に響いた。きっとあの二人が協力してくれるのだろう。

なら戦える。痛みもあるだろう。やった事が無い戦法だから失敗もするだろう。

でも見本なら嫌って程見た。今度はこっちの番だ。

 

「【ディフェンダー】」

 




基本自分の小説情報を週一位しかみない作者ですが、観覧数が一気に伸び感想も多く(当社比)で戸惑ってしまいましたが多数の人に本作品を見てもらう事が出来、感想も頂けて大変励みになりました。
現在仕事が忙しい時期だったり体調のせいで更新速度は相変わらずですがお付き合いいただければと思います。

合わせてお願いが1点、ジャンルを問わず面白い作品等があれば紹介いただければ本作品の糧にしたいと思うのでよろしくお願いします。


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13話 捕食

二度目の硬質な音が響いた時、アーチャーとセイバーの前から男の姿が消えた。

周囲から次々と金属同士を叩いた様な音が響き渡る。どういう原理か分からないが男が凄まじい速度で二人の周りを飛び回っている。

アーチャーはソレを冷静に見て矢を射かけるが当たらない。当たる直前で前回対峙した時と同様に壁の様なもので止められてしまった。

ならばと目の前で矢を爆破させるもソレも先ほどと同じで壁が邪魔をする。

 

「セイバー、先に行け。我々の目的はこいつと戦う事ではない」

「……了解です」

 

アーチャーは不機嫌を隠すことなく舌打ちをしながらセイバーと二手に分かれ再度弓を構え直した所へあの男が上から剣を構えて降ってきた。直ぐ様武器を弓から夫婦剣「干将・莫耶」へと切り替え剣を防ごうとするが一撃で両方が砕かれる。

砕かれる寸前にバックステップ、合わせて投影し直して夫婦剣を構えるが男は一撃後に即離脱。その際に男の足元にあの壁が見えた。

そして理解した。あの男は自分の足元に壁を生成、壁に乗る形で射出してあの速度と急激な方向転換を得ている……つまりあの男なりのセイバーの戦術の模倣というわけだ。

対峙するとやはり分かる。あの戦法はシンプルが故にやりづらい。

アレ以上の速度を持って追従、または追撃が出来るなら良いがあの男の場合はセイバーの魔力放出と違って恐らく魔力での壁の生成が主軸。しかも前の戦闘で2枚は同時生成出来る事が分かっているのだから恐らくそれ以上も可能と考えるべきだろう。

つまり移動中に攻撃された所で防御も出来るし、そのまま壁を此方へ射出して攻撃も可能。言葉にすると何と厄介な事か。

思考しながら次々と矢を放ち続けるアーチャー。矢が放たれる度に男の居る場所で爆発が起こるが男の移動は止まらない。爆破の寸前で壁の生成が見て取れる。

今までの行動から考えれば壁の生成は男の周り限定、この場を離脱して超長距離からの狙撃が有用だとは思うがセイバーを追わせない為にはここを動くわけにもいかない。

 

「歯がゆいな」

 

二度目の男の接近。それを察知したアーチャーは下がりながら矢を放つ。すると今度は爆破を盾で防いだ。

 

(壁では無く――――――っ!!!!)

 

違和感を持った次の瞬間、衝撃が身を襲う。気が付いた時には男の剣がアーチャーの腹を貫いていた。

男は常に手元に壁を生成していたので体から離れた場所へは生成出来ないと決めつけてしまった。そこを突かれた。

下がるアーチャーの後ろに壁を生成、射出。結果としてアーチャーは弾かれるように男へ向けて進み男の剣がアーチャーの腹を貫いた。

 

「なんだ、私以上にボロボロじゃないか」

 

血反吐を吐きながら男へ皮肉を言う。霊核こそ砕かれなかったが腹への一撃は現界を保つ事が厳しい状態へアーチャーを追いやった――――――が、男の方はもっとボロボロだった。

武具は健在だが両足と左手からは血が流れ、顔も一部火傷を負っている。剣を持つ手の震えが腹を貫いた剣から伝わってくる。

これ以上の深手を負う前に霊体化を行う。暫く休めば大丈夫だが少なくとも今回の戦線には戻れそうにない。自分の腹を貫いた男を忌々しく思いながらアーチャーの体は粒子に変わり宙へと溶けて行った。

 

有香は『マイバック』からルシドエリクサーIとIIを取り出して両方を飲む、すると無茶の代償としてボロボロになっていた手足の傷はみるみるうちに治っていく。もう地面に倒れこんでしまいたい欲求に駆られながら立ち上がる。

アサシンが抑えている虫の方を見るとムカデの様だった体躯は形を変え、男性器の様な姿になっていた。

 

「は?」

 

思わず闘いの疲れを忘れて疑問の声が出る。やっとの思いで一人撃退して戦況を見ようとしたら相手はまるで真・女神転生に出てくるマーラの様なフォルムになっているのだ。思わず声が出るのも当たり前である。

目頭を押さえて目の錯覚かと思い込んでみるが再び目を開けても紛れもなく男性器を模した姿は変わらずソコに在った。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

セイバーとアーチャー、彼等の本来の目的は間桐桜だった。本来なら主人の二人が来るつもりでいたが虫の大群に阻まれ進むことを断念。

せめてもとサーヴァントの二人を向かわせるが間桐桜の確保直前で学校の教師が邪魔に入り、もたついた事でライダーにも邪魔をされ戦闘に入る。更に外へ出てライダーを倒したと思った所へ別の人物から横やりを入れられる。

セイバーは桜が居た部屋へ向かいながらあの男……中真有香が持っていた剣の事を考える。自分の配下が持っていた剣とは姿形こそ変わっていたが自分のエクスカリバーが反応した事を考えればアレが星の聖剣である事は間違いないだろう。

だが自分の直観が何かを告げている、ソレを自分は認められないし認めたくない。それを認めてしまえば自分は――――――。

 

「イヤァアアーーーーーッ!!!!」

 

聞こえてくる女性の声に没頭しかけた思考が現実に引き戻される。目的の部屋から聞こえてくるその声に走る速度を上げて扉を開いてみればソコに居たのはキャスターとキャスターに抱えられた血まみれで下半身の無い男。

 

「駄目! 駄目っ! 嫌よ! 嫌嫌嫌っ! お願いです! 目を開けて! 総一郎様っ!!

 いやあぁああっーーーー!!!!」

 

涙を流し周りが見えていないキャスター、周りにはこの寺の住職だろうか。その大半は体中に穴が開き噎せ返りそうな大量の血と共に多数の死体が転がっている。

一瞬この場でキャスターを下すべきかとも考えたがマスター二人から最優先は桜だと念押しをされていたのでセイバーはこの場に桜が居ない事を確認して直ぐに部屋を出る。

心に残るしこりを頭の片隅に追いやって桜を探す。仏間を、客室を、別宅を。

見当たらない目標に焦りながら寺の中を走り、ふと入り口の方に目を向けると悍ましいモノが見えた。男性の一物を模った様なソレは黒いナニカを至る所から出し対峙しているサーヴァントとあの男へ向けて突き出していた。

セイバーの目は全体を俯瞰して見ながらも思考はどうしても男の剣へ焦点を合わせてしまう。間桐桜を見つけないといけないのに。優先すべき事は彼女なのにあの剣を目で追ってしまう。

黒い帯を弾き、切り落とす度に剣から極彩色の火花が散る。これは何だ? 何故あの剣を見ているとこうも心がザワつく。

良く見ればあの場にライダーとアサシンも居る事に気が付く。あの三人と交戦しているアレが何か分からない、一度戻るべきか……そこで気が付いた、知っていそうな人物が居るじゃないか。セイバーはソチラへ足を向けた。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

目の前の怪物から生えた黒い帯が三人に襲い掛かるのを防ぎ、躱し、時に味方を庇いながら三人は目の前の怪物を凌いでいた。というのも目の前の怪物に間桐桜が取り込まれてしまった為、所謂大技が使えなくなった。

故に三人は相手を弱らせる為に少しづつ削るしかないのだが……ここで有香が足かせになる。怪我は塞がり気力で如何にか立っては居るものの、消耗した体力は戻らない。

一般人と比べれば遥かにある体力だがそれも所詮は人。英霊のある種無限のスタミナと比べれば有限であり消耗すればいずれ底をつく。

先ほどのアーチャーとの闘いで行ったセイバーの真似事は言ってしまえば自分をスーパーボールに見立てた自爆技。凄まじい速度と急激な方向転換を可能にするがATFで自分を攻撃している様なモノで全身のダメージは大きい。

例え道具や魔法で怪我が消せるとしてもその時失われたスタミナまでは戻らない。ただでさえ虫の集合体の後にアーサー王との戦闘で消耗していた所にアーチャーと戦闘、そして休憩を挟む事無く化け物との戦闘でスタミナなど残っているはずもなくギリギリの状態で戦っている。

呼吸は浅く全身から汗を拭きだしながら剣を振るう。そんな状態なのに何とか戦う形になっているのはライダーのおかげだろう。

彼女が以前学校へ仕掛けた結界を即席とはいえ展開し虫の動作を阻害している、これが無ければ早々に戦線から離脱していたのは間違いない。

 

「ライダーのお蔭で戦う形になってるけど……きっついなぁ!」

「最初に拙者に使ったアレでどうにかならんのか?」

「最初って……あ~支援魔法? アレを使うには中身を切り替える必要があるし、使っても体力は戻らんよ」

 

口で軽口をたたきながら攻撃してくる帯を斬るが同時に二方向から別々に同時に襲ってくる帯を一つは盾でもう一つを剣で抑えながら後ろへ下がる。アサシンが襲ってくる帯をすり抜けるように掻い潜りながら切り払い、ライダーは周りを縦横無尽に描けながら本体を削る。

ちまちまと魔法を撃ちながら囮をするが付かず離れずの位置を取る。アドレナリンが出ている所為で何とか立てているものの下手すれば直ぐに膝を折ってしまう状況で前へは出たくない。

その為に息を整えながら体力の回復を図っていたが離脱したはずのセイバーがこの場へ戻ってきた事で悠長に構える事が出来なくなった。怪物とアーサー王の両方に対応出来る位置まで下がって身構える。

だがそんな自分をアーサー王はチラ見しただけで怪物の方へ近寄っていく。

 

「ライダー! 間桐桜は何処だ!」

 

唐突な問い掛けに数舜呆けるが直ぐに気を取り直す。

 

(アーサー王……というかあの二人組の目的が間桐桜? 家庭の事情で間桐家に預けられてるって学校で説明は受けたけど……姉ちゃんが妹を心配して、しろう君もソレに同調したって感じ?)

 

経緯はさっぱり分からんが目的が間桐桜なら協力して貰おう。

 

「おい、王様よ。目的は間桐桜で良いのか?」

「……ッチ、そうだ」

「(舌打ちしたよこの人……)じゃあ間桐桜を取り戻すのに協力してくれない?」

「取り戻すというのはどういう事だ?」

「どうもこうも……アレが間桐桜」

 

そう言って怪物を指さす俺を怪訝な目でアーサー王が見てくる。

 

「ちょっ! 何だよその目は! 本当だぞ!」

「ほう? では何故桜がアレなのか説明を」

「説明って……折角だし1から伝えておくとだな、間桐桜に寄生している虫をキャスターと共同で除去して助けた後に虫の大群が此処に押し寄せて来た。そんでもってそいつ等を駆除してる最中に再度虫の襲撃があって間桐桜を乗っ取るが制御が甘かったから取り返した。

 そしてライダーへ預けて虫に対応している間にあんた等が来てライダーと交戦、俺はあんたと、ライダーはアーチャーと戦って……後の流れはある程度分かるな? でもって俺らが戦ってる間に虫は悠々と間桐桜を取り返して取り込まれた。以上」

「……ッチ、仕方がない。ではアレを引き裂いて桜を取り戻す」

「あのさ……何で俺に対してそんなに当たりが強いの?」

「うるさい、黙れ」

 

不機嫌なアーサー王が怪物に向けて一瞬で加速すると速度を維持したまま側面を切り裂いて反対側まで移動、と思っていたらソコから更に速度が上がり始める。

ライダーが鎖の付いた短刀で点の攻撃をしているのに対して、アーサー王は移動の際に軌道上にある物を斬る線の攻撃。しかも腕力というか攻撃力という意味合いではアーサー王の方が強く攻撃範囲も当然広い。

アサシンも強いがこういった怪物と正面から戦うタイプではないので決め手に欠けていたがアーサー王は怪物を討伐する要素が揃っていた。耐久があり速度があり力がある。ガチガチの戦士タイプ。

三人で苦労していた怪物が見る間にボロボロになっていく。これなら直ぐに動けなくなるだろうと油断をしていた。気が付かない間に帯が一本俺の足元へ接近しており気づいた時には引きずり倒された後だった。

 

「うおぉお?!」

「いかん!」「有香!」「……」

 

アサシンがこちらに駆け寄り帯を斬ろうとするがソレよりも早く帯は俺を捕まえたまま上へと持ち上げられそのままアサシンへ叩きつけられる。

 

「い”づぅっっ~~!」

「ぐっくく……!!」

 

アサシンは咄嗟に柄頭で俺に直撃する事を防いだが俺はそのまま帯に振り回されてしまう。自分の意図しない急激な視界の変化に付いていけず如何にか足元の帯を斬ろうとするが其の度に地面や壁に叩きつけられていく。

頭だけは守っているもののそれでも目の奥がチカチカして仕方がない。気が付けば両手両足に帯が巻き付き完全に拘束されてしまっている。

その間もアサシン、ライダー、アーサー王の攻撃は続いているがこの男根擬きの怪物は斬られる事を気にしないと言わんばかりに大量の帯を体中から出し防御には使わず俺に対して向けてくる。また巻き付いてくるのかと思ったソレ等は俺の体の至る所に突き刺さり浸食してくる。

 

「~~~~っ~~っっ!!」

 

痛みで開いた口にさえ帯を突っ込み開いた目は抉り潰され化け物が俺の中を蹂躙している。自分の死を予感した瞬間、意識が途切れた。

 

 

 

まるで十字架に張り付けにされた男を見せつけるように怪物は男を頭上に掲げた。全身を帯が覆い黒いシルエットの様になってしまったが両手にある盾と剣があの男だと示唆している。

時折男のシルエットの一部が盛り上がっては縮んでいるのがまるで内蔵を貪っているかのように見える。そうしている間もアサシンやライダーが怪物を斬りつけているが何故か怪物はそれを無視し続けている。

見極める為に少し下がって全体を見ていると怪物が居る場所に光の柱が立ち上がった。




長期休み中なのでこの小説にリソースを割いてます。
感想や観覧数、評価といったものがここまでモチベーションに関わる物なんだなとちょっと実感しています。

それはさておき、沢山の方からセイバーの蛮族ムーブに対して意見を頂いておりますが、あれもちゃんと理由がありますのでこの作品におけるセイバーがただの蛮族ではないのでご容赦ください。
個人的には昔の戦争してた人って死体を潰して畑の下に肥料として撒いてたからあながち蛮族では?という感もありますがやはりFate作品のアーサー王として書きたいので理由はその内きちんと作中に記載します。

今後の展開等含め大まかに決まっていますが書いてるうちに予想外の方向へ進む事が多々あり、書いている自分も予想してない展開になる事がありますがその辺も含めて書くことを楽しんでいきたいと思います。
今後ともこの作品を宜しくお願いします。


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14話 循環

※今回は捏造設定が大量に含まれています。 本作品はあくまで二次創作です。 原作の設定とは別物とお考え下さい。


目の前には道路が続いていて左右を見れば疎らな住宅と視界いっぱいに広がる田んぼ。道のど真ん中に自分が立っている。

自分を見下ろしてみればシャツにジーパン、落ち着いて周りを見回せばここは自分の自宅から最寄り駅までの道だ。思わず笑いが出て地面にうずくまる。

 

「何て妄想してるんだよ、こんな道のど真ん中で……」

 

抑えた頭を左右に振って周りを見れば変わらない現実がソコにある。そうだ、アレが現実な訳が無い。

転移して仕事して家族作って一人生き残って、そっからまた転移して今度は冒険者やって……また転移して! しかも若返ってアニメの舞台になった都市で暮らす?

 

「いや~、無い無い。それにしても……えーっと、何してたんだっけ?…… 一回家に帰るか」

 

あまりにあんまりな自分の妄想に顔を赤くしながら自宅への道を歩く。暫く歩いて交通量がそこそこある交差点に差し掛かった時、違和感を感じた。車が一台も走ってない。

信号の押しボタンを推して考える、昼間でこの交通量はあり得るか? そりゃ田舎だけどこの通りはそれでも車の生頼があってバスも通ってた。

背中にじわりと汗がにじむ。決して暑さだけではない汗が出るのを自覚しながら信号が変わり住宅街を歩く。

見知った光景を見ながら自宅までの細い道を進む。住宅街なのに人の声処か物音や室外機の音すら聞こえない。途中にある物産の会社も普通なら昼間は従業員が居るはずなのに誰も居ない。

歩いていた足は不安から段々と早足になり駆け足は全力疾走へ変わる。5分も走らず実家が見えた。

変わらない自分の実家に思わず足を止めて自宅を見る。不安は安心へと変わり歩いて近づく。車庫を見れば姉妹と母の車が見える。

家族が居る事に安堵しながら自宅へ上がり「ただいま」の一言を掛けるが返事が無い。再度呼びかけるが声が無く、念のためにと靴を見るが家族の靴は有る。

地方の家としては平均程度の家なので部屋数もそこまで多くなく、風呂やトイレも含めて3分もあれば全ての部屋の確認が完了するが家族は居なかった。

 

「どこ行ったんだよ……」

 

思わず漏れた言葉に帰ってくる返事は無い。

 

「そうだ、携帯」

 

ポケットに入れた携帯電話から家族の電話を呼び出して駆けるが暫く待って繋がったのは留守番電話だった。連絡の取れない家族に苛々を募らせながら落ち着くために水を飲もうと食器棚からコップを取り出した時、玄関口に人が居る事に気が付いた。

だが同時に頭の中は真っ白になってしまった。現実のはずなのに、居るはずが無いのにソコへ立っていたのは碇夫婦だった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

小僧が貼り付けにされたと思ったら光の柱に飲み込まれる様を距離を取って見ていると女狐が此方へ血相を変えて走ってきた。

 

「アサシン! あの坊やは何処!! 今すぐあの子が持っている薬が必要なのよ!」

 

いきなり拙者の胸倉を掴みまくしたてる慌てっぷりに面食らう。余裕がまったく無いのだろう、目の前の光の柱なぞ普段ならいの一番に確認を始めるだろうに。

仕方なく小僧の居た場所を指さししてやると手を離す事すら忘れ呆けた顔で光の柱を見つめる。怪訝に思っているとまわ女狐が喚き始めた。

 

「何よ……これ……」

 

光の柱を見てキャスターは呆然とする。目の前の柱は立体的に形成された魔術……否……到達不能とされる魔法の類である事を彼女の目は読み取っていた。

神代に魔女と呼ばれた彼女でもコレを再現するには途方もない時間とリソースを使わないと無理だろう、それでも再現出来るかと言われると怪しい。そんなものが唐突に目の前に展開されているという事実と錯乱から戻ったばかりの脳は目の前で展開されている魔法の詳細な情報を幸運にもシャットアウトした。

もし彼女が目の前のソレを正確に理解しようとしたならば、この世界の法則を無視した術式に脳が焼き切れていたかもしれない。彼女の不幸が彼女を生かすというそんな皮肉を後目にセイバーは光の柱を睨み続ける。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

「お邪魔しているよ」

「ごめんなさいね、突然」

「あ、えっと……はい……折角なんでどうぞ……」

 

思わずテーブルに着かせたが何だこれ。現実にアニメキャラが居るってどうなってんの? 頭の中は混乱しているが取り合えず茶を出すためにお湯を沸かす。

 

「それで……碇さんご夫婦はなんで現実に?」

 

自分で言っておいて違和感しかない台詞だがその言葉を聞いた碇夫婦はキョトンとしている。耐えきれなくなったのかユイさんの方が笑い出した。

 

「ご、ごめんなさい。余りにもあんまりな質問だったからつい」

「ユイ……」

「そうね、ごめんなさい、あなた」

「妻がすまない」

 

ゲンドウさんが謝罪で頭を下げる光景に面食らう。アニメではまずあり得ない光景だ。構わないと伝えて二人にお茶を出す。

受け取ったお茶で口を湿らせてからゲンドウさんが口を開く。

 

「君の疑問の答えだが、君はココを現実と呼んだがそれは違う」

「いや……でもココは俺の実家……」

「ああ、それは知ってる」

「知ってる?」

「君が知りうる事は我々全員が知っている」

「全員?」

 

首をかしげているとユイさんが補足してくれた。

 

「私達夫婦と共に貴方の体に入り込んだ人達は貴方の記憶を共有してるわ、そうね……私達風に言えばここはガフの扉の先、つまりガフの部屋なのよ」

「え……待って待って、入り込んだ人達って事はあの世界の人達全員が俺がやった事とかした事……つまりお子様には言えないアレコレを全部知ってるって事?」

「全部では無いわ。流石にプライベートには配慮しているわよ? まぁそれをチェックするのに私達夫婦と他に数名はまるっと見てるけど」

「oh,shit!!」

 

まじかー……えぇーライダーとかエルヴァーンとかミスラとかタルタルとか……あの辺のも全部知ってるって事? 目の前の夫婦がめっちゃいい顔でニコニコしてるって事はそうなんだろうなぁ……あとゲンドウさん、あんたやっぱ笑顔も怖ぇよ。

 

「はー、まぁ俺の赤裸々記憶が共有されてた黒歴史ってのはもう終わった事としてだ……、ガフの扉って何? 俺ってその手の知識って大分薄いから正直分からんのだけど」

「じゃあガフの部屋の説明からね、すごく端的に言えばユダヤの伝承にある魂の生産工場で生まれてくる子供が魂を与えられる場所よ」

「それならガフの扉ってのは?」

「文字通り扉って意味もあるけれど、部屋に至る前提条件とも言えるわ」

「前提条件?」

「例えばこの人(ゲンドウ)が行った人類補完計画に関しては知ってる?」

「人を全部溶かして混ぜて1つにまとめるんだっけ?」

 

かなり乱暴な説明にゲンドウさんの眉が寄るがユイさんは笑って否定する。するとゲンドウさんが口を開いた。

 

「ガフの扉というのはアンチATFの事だ」

「あなた、それだけじゃ説明になってないでしょう。アンチATFに加えて神の館の話をしないと」

「神の館?」

「さっき私は魂というのはガフの部屋という生産工場から与えられると言ったけれど、肉体に宿るって事は逆に言えば肉体にはガフの部屋へ通じる通路が開いてるって事なのよ。

 例えば別の場所からこの場所へ来るためには必ず道を通るわよね? けれど何かしらの理由でその道が通行止めになったら? そしてその道が唯一の道であったなら?」

「目的の場所へ行けなくなる?」

「そう、唯一の道が閉ざされていると通れない。ではどうするか。そこでアンチATF、アレは人と人との境界線を無くすのと同時に物事や概念の境界線も消す力があるわ」

「つまりアンチATFで閉ざされた道を修復、もしくは新しい道を作って神の館へ行く?」

「正解」

「しかしガフの部屋への道をいくら修復したとしても交通量までは増えない、その為の人類補完計画という訳だ」

「ついでに言えばATFは拒絶の力以外にも存在を固定させる側面もあるわ」

 

何となく全容が見えてきた。人の体は魂を授かる場所『ガフの部屋』に繋がっているがそこへ繋がる道が途絶えた、もしくは成長と共に閉ざされる。

それを再び繋げる鍵がアンチATFであり同時にATFもその補助の役割を持つ。そして道が繋がっても交通規制(?)があって道に対して1名しか通れない……あれ?

 

「じゃあ何で俺の中には大量の人が居る?」

「そう! そこ!」

 

俺の一言にユイさんが食いついてきた。びっくりしていると物凄い勢いでユイさんがまくし立ててくる。

 

「私達は確かに一つになりかけてたけどシンジの望みから途中で一つになる事は中断されたわ。その結果LCLの中へと私達は戻り海で群体の様な形で保管されていた。

 本来ならその時点で私達に取れる行動なんて無いのだけど貴方が海へ……人類が溶けて魂の保管された海へ入ってきた事で道が開けた。

 貴方の体は最初からガフの扉が開かれていた。それが何故かはまだ分かっていないけれど私達人類は貴方の体へ縋ったわ。本来なら一人分しか無いはずの道幅もほぼ全員が通る事が出来た。

 これは貴方だからなのか、それとも私達の考えが間違っていたのかは検証のしようが無いけど結果として私達の魂は貴方のガフの部屋へと受け入れられた。

 そこからは人海戦術で貴方のガフの部屋を全員で歩き回って……」

「ユイ、その辺にしておけ。彼が困ってる」

「あ、あら? ごめんなさいね」

 

笑ってごまかすユイさんに愛想笑いで返す。

 

「……つまりあの世界の人達の魂が俺っていう工場に入って出荷前状態になったって感じ?」

「ちょっと語弊があるわね、あの世界にあった魂が入ってるってのが正しいわ」

「……何が違う?」

 

理解力の乏しい俺には違いが今一分からず聞き返すとゲンドウさんが回答を引き継いで分かりやすく教えてくれた。

 

「簡単だ。君の体にはリリスのガフの部屋の他にアダムのガフの部屋もあったという事だ」

「ごめん、やっぱり何が違うのかが分からん」

「つまり君の中には我々人類の他に使徒の魂も入っている」

「……はい?」

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

キャスターが目の前の光の柱を呆然と見つめるのを横目にセイバーは光の中から這い出てくる怪物を睨む。先ほどまで全身から黒い帯を出していた怪物はそれを引き込めて全身を震わせている。

震えが一層激しくなり剣を改めて構えた所で変化があった。首……と呼んでいいかは微妙だが段差の部分に亀裂が入り多少の血が溢れた後に血は止まり傷は口へと変化した。

全員が唐突な変化に驚いている最中、怪物は出来たばかりの口から血反吐と共に力の限り叫び声を吐き出す。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あああぁあぁぁあぁあああ!!!! サクラ!! サクラ!! 何処へ行った!!!! 儂から逃げるつもりかぁ!!」

 

そんな怪物の独白にセイバーの頭の奥が冷えてくる。あの男が居ないからか、それとも目的の手がかりが目の前に転がってきたからなのかは分からないがセイバーは構えていた聖剣を解いて目の前の怪物へ話しかける。

 

「貴方は……間桐桜の祖父、間桐臓硯で間違いないか?」

「……おぉ、そう言うお主はセイバーのサーヴァントじゃな……。確か衛宮の小倅が召喚したんじゃったか」

「先ほど口にしていた『サクラ』とは間桐桜で相違無いな」

「――――――それがお主に何か関係があるか?」

「一度しか問わん、間桐桜は何処だ」

「ふむ……そうさな……」

 

思案しているのを現すかのように胴体(?)をグネグネとさせながら頭(?)をセイバーへ近づけた臓硯は口を歪に曲げながら歯をむき出しにして囁く。

 

「アレは食った。元々そういう予定だったのでな、旨かったぞぉ? 儂は案外牧畜家の才能があるのかもしれんわ」

「白々しい嘘を吐くものだな、本当の事を言うつもりは無いと受け取るぞ?」

「カカカッ! 嘘ではない、アレは儂の腹の中。しかしのぅ、どういう訳か腹の中から逃げおったわ」

「ほう……」

「そのせいかのぅ……腹が減ってしかたがない。こんなに空きっ腹では動くに動けんからの……腹を満たす必要がある訳よ」

 

怪物が言葉を紡ぎ終わる前に素早く触手を伸ばしてくる。常人であれば体に巻き付く寸前か若しくは巻き付いてから気づくような素早さの触手をセイバーは一息で全てを切り伏せて見せた。

 

「そうですか、疑問は幾つか残りますが一番重要な事が聞けたので良しとしましょう。掃除(討伐)の時間です」

 

聖剣を構えなおしてそう口にした瞬間、既にセイバーは最高速度で宙を舞っていた。縦横無尽に空中で方向転換を繰り返しながら怪物を撫で斬りにし続ける。

堪らず全身から触手を生やしてセイバーを捉えようとするがソレ等を全く意に介さずに悉くを切り捨て、怪物……間桐臓硯が自覚する間も無く怪物の首を跳ねて上げていた。

小僧とやりあっていた時とはまるで違う一方的な蹂躙と詰将棋を見るかのような冷静な対応にアサシンは本当に小僧相手にまごついていたのかと思わずには居られない。

 

「――――――カッ?! カカッカカカッガガガゲッ!??!」

「虫、長々と喋っていたのは本体を逃がす為ですね。()()()()()

「ギギギッ!!!!??」

 

首を斬り落とした勢いをそのままにセイバーは空中を蹴る。急転換からの最高速に一瞬で到達した彼女は手のひらよりも小さい間桐臓硯の本体を聖剣の切っ先で貫き地面へと縫い付ける。

何かを喚こうとした本体を興味が無いと言わんばかりにセイバーは聖剣を覆う風の鞘の一部を開放する事で本体を文字通り粉微塵に変えてみせた。本体が死んだことで醜悪な形をした怪物は姿を保てなくなり解ける様に崩れていく。

アサシン、キャスター、ライダーの三人がかりで押さえつけていた怪物を正面から単騎であっさりと斬り伏せるセイバーの姿は正しく最優と呼ばれるに相応しい能力だろう。

死んだ虫の後を眺めてから背後で光り続ける柱を見上げるとその光が少しづつ小さくなっているのが分かる。自分の直観がアソコに間桐桜が居ると告げているが同時にあの男も居ると確信している。

聖剣を振り刀身に着いた虫の体液を吹き飛ばして柱を睨む。アサシンにはその姿はまるで先ほどの虫は前座で今から本番が始まると言わんばかりの気合が入っているように見えた。

 




お盆休み中に仕事が入って密かに考えていた連続投稿計画がとん挫した作者です。
一区切りするまで投稿をしたかったですが現実が許してくれなかったので読者さん、許して、ユルシテ。
こんな作品書く位なのであのゲームもやってますがイベント始まっちゃったので執筆速度が低下しています。
皆さんお目当てのキャラは引けましたか? 私は最高レアリティの乳が出なくてぐったりしております。

気が付けばお気に入りは100に届きそうで感想も個人的に沢山頂けて大変うれしい限りです。遅筆なので続きはまだかとヤキモキされるかもしれませんが良ければお付き合い宜しくお願いします。


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15話 歓迎

更新めっちゃ遅くなりましたが一段落する所までは書けたので投稿


徐々に細く、小さくなっていく光の柱は直径2m程にまでなるとその姿を唐突に消した。そして柱の後に残ったのはあの男が倒れているのみ。

間桐桜が居ないかと視線だけを辺りに彷徨わせるが見当たらない。どう対応するか思案していると金属を打ち合わせた様な音が響いた。

直観に従い反射でその場から上空へ跳ぶと私が居た場所にはあの男が剣と盾を捨てて突っ込んできていた。ちらりと男が倒れていた場所を見ると剣と盾が放り出されている。直ぐに男へ視線を戻すと目の前にオレンジ色の半透明な壁が迫ってきていた。

当たる寸前で回避に成功するが避けた先にも壁が……まるで城壁の様に複数の壁が迫ってくる。迫りくる壁の隙間を縦横無尽に避けていき回避ついでに壁が斬れないか試すが弾かれてしまった。

 

「むっ……」

 

弾かれた事には驚きはしたものの対応自体は出来ているので良しと頭を切り替える。壁を掻い潜り男に剣を振り下ろすと壁に阻まれた。

剣を弾く硬度とノーモーションで生成可能な事に舌を巻く。即座に横へスライドからの方向転換で男の背後へ回るが今度は男の背後に壁、そしてその壁を自分の背中から前へ飛ばすことで男が前方へ吹き飛んで行く。

接近を嫌がったのを見て直ぐに距離を詰めにかかる。壁の防御力にあの移動方法はある意味理に適っている、だが私は先ほどの移動で傷を負った事を見逃さなかった。あの移動方法で自身に掛かる負荷に耐えれていない所を見ると緊急用と察しが付く。

 

(あの壁を飛ばす事が攻撃法であると同時に防御になっている……加えて直ぐに距離を取ろうとした事から中距離がアレの持ち味を生かせる闘い方に向いているのでしょう)

(武具を手放したのは解せないが、尚の事離れずに白兵戦を仕掛けるのが得策。しかし……)

 

あの男が私へ挑んた時は明らかに人としての闘い様を見せていた、武器を手に取り盾を構えて。だというのに今のあの男の動きはまるで獣の様だ。

弾かれたように前へ跳んだあの男は吹き飛んだ先で地面に手足を付き、四足で地を走り、大地を跳ね、空中で翻りながら赤い目でこちらを観察している。

背筋を駆けあがってくる怖気を振り切るために男よりも速く地を跳ねて上空へ、上空から木の上、木の上から地面、其処から更に上空。速度を上げて上げて上げて、あの目から逃れるようにもっと速く。

男の視界から外れる度に3度奇襲をしかけた。上から、横から、背中から。だが私の剣が届きそうになると決まって甲高い金属音と共に此方の攻撃をすべてあの壁が阻む。

赤と黒の瞳が私を見ている。まるで観察するかの様なその目が堪らなく嫌だ。自分を鼓舞する為に叫びながら更に魔力絞り出す。心臓がまるで早鐘を打つ様に煩い。

渾身の力を込めて壁へぶつかると、まるで硝子にヒビが入るかの様に壁にヒビが入り硬質な音を立てながら壁が崩れる。壁を破壊した勢いのまま男へ向かい聖剣を跳ね上げる事で男が身に着けた鎧の隙間から右腕を斬り飛ばす。

逃さず追撃をかける為に魔力放出により男の背後へ跳んだ直後に聖剣を逆手に持ち替え背中合わせになる形で男の右側へ突撃を仕掛ける。速度は先ほどよりも尚上り確実に入った――――――はずだった。

斬り落としたはずの右腕は極彩色の腕へと変容して私の剣を握っている。男の両目が赤く染まり私を見ている。

赤い目に見据えられ聖剣を持つ手に力が入る。ストライク・エアを開放すると風の刃は男の躰を傷つけるが男は構わず聖剣を握り続け離さない。

ストライク・エアの出力を上げて男からの離脱を試みるもそんなものは関係ないとばかりに男は緩慢な動きで足を上げ、私の腹目掛けて蹴りを放った。その蹴りを受けた瞬間、腹の目の前で爆発が起きたかのような衝撃と共に後ろへと吹き飛ばされた。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

エヴァ世界の人類以外にも使徒まで俺の中に居るというゲンドウさんのびっくり発言をどうにか咀嚼してぐったりしているとさらなる爆弾が投下された。

 

「君の体に関して君の意識が無い間は操れるという事を手紙で伝えたと思うが、私達……いやそれ以上に君の体を心配している存在がいる」

「誰?」

「使徒だ」

「……はいぃ?」

 

ゲンドウさん曰く、彼等はエヴァ世界で他者との繋がりを求めたが人類とは別の可能性を選んだ生物、群体ではなく個で完結した生物。その特性から同類が他に居ない彼等は人類に繋がりを求めた。

そしてその結果、人類に倒された。彼らは孤独の中で死んだ……はずだった。

彼等の魂が何処に保管されていたか謎だが、全人類がLCLへと還った時に結果として一つになる事の無かった魂は海の中を漂った。そして使徒もその中を漂っていた。

そこに俺という入れ物が放り込まれた。漂っていた魂は流れ込む水の様に俺の中へ吸い込まれ、その際に使徒達も同様に流れ込んだそうだ。

 

「じゃあ俺の体に使徒が入り込んだ結果、使徒は目的を達成出来たって事?」

「そうなる」

 

思わず頭を抱え込んだ。本当なら自分の家族に危害を加えた原因になるんだろうが、ソレを言えば目の前の碇夫婦も同じだ。何といえばいいか分からずテーブルに肘をついて項垂れている間にも話は進む。

俺の実家であるこの場所はガフの扉から肉体へ繋がる道でアダムとリリス、両方のガフの部屋がつながる場所でもある。この場所では人類と使徒の両方が意思の疎通が出来る。勿論使徒が言葉を発する訳ではないが思念での意思疎通が出来るらしい。

 

「ここは使徒からすれば望んだモノが与えられる場所……彼らにとってのエデンという訳だ」

「知らん間に使徒から楽園認定かぁ……」

「さて、そんな場所を害するモノが現れたら彼等はどうするかしら?」

 

ユイさんがそう言い両の掌を上へと向けると、ソコへ唐突に空中ディスプレイが表示される。急なSF要素に思わず呆然とした後に問いただしてみるとコレがこの場所の特性だと教えられた。

この場所の主(つまり俺)が拒まない限り望む物の具現化が出来る。原理を知らないものでもイメージさえ出来ればソレが具現されるらしい。

なまじ魔法だとかファンタジーを見て、触って、知った今では大体の事は『そんな事もあるよなぁ』と思うので拒否感は無いが行き成りはちょっとビビる。

自分の実家がいつの間にかびっくり仰天なパワースポットに変わっている事に驚きながらユイさんが出したディスプレイを覗くとセイバーが映ってる。

 

「これは?」

「今貴方の体使ってる子がセイバーと戦ってるのよ」

「えぇ……うっわ、めっちゃ視点グルグル動き回って凄いなコレ……見てるだけで酔いそう。因みに誰が?」

「第9使徒のマトリエルね」

「ぱっと言われても正直わからん……」

「蜘蛛の様な見た目をしてるわね」

「あぁ~(確か目から溶解液出してジオフロントへ入ろうとした奴だっけ)……まてまてまて、え? 使徒が居るのも驚きだけどあいつら俺の体を動かせるの?」

「そうだ、彼等の意識が浮上した以上我々では彼等を止めるすべを持たん」

 

何か驚き疲れて感覚が麻痺してきてると感じながらディスプレイを見る。自分の体が意味わからん動きして視界がグルグル変わるって傍から見ると視点がめちゃくちゃなゲームプレイ画面みたいだなと思いながらボケっと眺める。

暫く眺めて気づく、何故セイバーと戦ってる?

 

「マトリエルだっけ? 何でセイバーとやりあってるの?」

「あぁ、それなんだけど……その……」

「八つ当たりだそうだ」

「は??」

「ちょっと巻き戻すわね」

 

ユイさんがそう言うと宙に浮いていたディスプレイの映像がどんどん巻き戻りながら主観から俯瞰に視点が切り替わり光の柱が映し出された。内蔵を握られるような感覚。じわりと掌に汗をかく。

手を握り締めて息を吸い込み、改めて映像を見るとあの光の柱は自分を起点に発生しているのが分かる。さらに映像は巻き戻され帯で拘束された俺が映し出された。

 

「ここね、貴方がこの……ナニみたいな奴に拘束された後、帯を通して君の体を食べた事が使徒達の逆鱗に触れたみたい」

「ヴァナディールに居た時から食われかけた事は何度かあったと思うけど……」

「その頃から私達も見ていたけれど周りに貴方の仲間が居て蘇生手段が整っていたから何もしなかったわ……けれどこの世界では蘇生手段は貴方しか持っていないし蘇生薬も服用してないでしょう?」

 

言われてみれば確かに俺はリレイザーを呑んでない。俺が死んだらどうなるかは分からないが紆余曲折あって他人と繋がる事が出来た使徒にとっては不確定要素でもソレは度し難い事だったと。

 

「まあ彼等の内、第12使徒であるレリエルは君がヴァナディール世界居る時から君に力を貸していたが本来の使徒の能力からは大きく減衰しているし君の中にあるエネルギーで使える範囲に収まっていたがね」

 

ゲンドウさんの一言に今まで使ってた影の収納が使徒の力と初めて気づく。まじか……まじでアレって使徒の能力なのか。

 

「そして君の体が本当の意味で死に向かった事で他の使徒も我慢が出来ずに表に出てしまった。これを見ると良い」

 

精神的オーバーキルされているがゲンドウさんが畳みかける様にディスプレイを見せてくる。画面には両の目が赤く染まり右手が斬り飛ばされる俺。

 

「う、腕~~~?!!? お? え? ちょっ、ちょっ、右手チョン斬られてるんだけど……えぇ……」

 

思わず斬られた箇所を摩るが間違いなく腕はある。そりゃケアル使えばどうにかなるかも知れないけど絵面が嫌すぎる。

映像はどんどん進み斬られた右手が新劇場版:序みたいになってる……セイバーから放たれた風の刃をものともせずヤクザキックがセイバーの腹に刺さり剣ごと寺へ叩きつけられる。ゆっくりと、体を揺らしながら俺inマトリエルがセイバーへと近づいていく。

 

「えっと、コレ止めないとマズイよね? どうやったら止めれるの?」

「君が体へ戻ると思うだけだ」

「戻る?」

「例えば私やユイはエヴァに乗るのをイメージしている。エントリープラグに乗り、それが君の体に入るイメージでいると体を動かせる様になる」

 

そう言いながらゲンドウが湯飲みの淵を指でなぞると中身のお茶が浮かび上がり形を変えて掌サイズの水でできたエヴァンゲリオンが宙に浮かぶ。さらにユイさんが持つ湯飲みからお茶が宙に浮かんだと思うとてエントリープラグへと形を変える。

お茶でできたエントリープラグはユイさんの湯飲みの上からゆっくりとエヴァンゲリオンの首筋、エントリープラグが挿入される個所まで移動するとスルリとエヴァの中に入った。

 

「私やユイがイメージするのはコレだ。そして目を開けると君の体の操作権を得る。といっても主導権は君にある」

「主導権?」

「多重人格障害の話を聞いた事はあるか? 多数の人格が一人の体に存在し、ソレ等を統括する人格が居る。この人格を『統括人格』と呼ぶが、君はこの統括人格というポジションに当てはまる」

「つまり私達がいくら貴方の体を乗っ取ろうと試みても、貴方の意識が表に出ている間は私達がどれだけ体を動かそうとも出来ないの」

「さらっと乗っ取りって言いましたか……」

「あら、何事も検証は必要よ?」

 

にこにこ顔のユイさんにちょっとした狂気を感じながらもスルーしてゲンドウさんへ話を振る。

 

「つまり俺の意識が表……現実に戻れば使徒が動くのを止めれる?」

「使徒と言えどこの場のルールには逆らえない。この場所の根幹……所謂ルールを決定するのは君なのだから」

 

そう、コレも君が拒まないから出来るんだとお茶で形作られたエヴァを指さしながら指で押す様な仕草をするとお茶エヴァが此方へ滑る様にやってくる。

そんな掌サイズのエヴァを見てると頭の中で一杯になってた色々な疑問がスコンと抜け落ちた。結局優先順位の問題なのだ。

女々しくも初めての家族の事が未だに忘れられず頭の片隅に常に残っている事も。ヴァナディールで自分を助けてくれた彼の転生が上手くいったかを知りたい事も。初めての妻の面影があるライダーの事も。

全部目の前の事を片付けてからで良いじゃないか。そう思えたら何故か涙が出て笑えて来た。

突然泣き笑いを始めた俺に碇夫婦が驚いた顔をしているが気にしない。とても気分が良い。

きっと俺の中に妻と娘は居ない。居るかもしれないという期待は持っていたが此処に来て居ない事が何となく分かる。

感覚的なものだから本当は居るのかもしれないが、多分居ないと思う。自分が抱えていた一番重たい物が自分の手から離れた様な喪失感と爽快感がある。

今の世界の事を色々と考えるのももう止めよう。ヴァナディールの様に日々命を懸けた冒険を共にし苦楽を共有した相手じゃないんだ。

もっと単純に考えていいじゃないか。

 

「突然泣いたり笑ったりしてすいません。お二人と話せて良かった。そろそろ現実に戻ります」

「その……大丈夫?」

「はい。とても気分が良いので、ちょっと使徒止めてきます」

 

ユイさんへそう言って目をつぶり深呼吸をする。暗闇の中で深く深呼吸をする度に体の感覚が薄れいくと共に先ほどまで全く感じられなかった自分の鼓動が脈打つのが分かる。

ほんの数秒の間に中真の体は透けていき遂には全て消えて彼が使っていた椅子と湯飲みだけが残った。

 

 

 

「……行ったか」

「この世界に来てから抱えてたもやもや。どうにか吹っ切れたみたいですね」

「そうだな……(本当は赤城君に任せたかったが……)」

「ゲンドウさん……私はまだ許してませんからね?」

「………………はい」

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

自分の中に流れる血液を感じる。体に当たる夜風に土の匂い。目を開けると、大きな穴が壁に開いた寺が視界に飛び込んできた。

右手を見ると感覚の鈍い極彩色の腕があった。継ぎ目の部分を見ればわずかな出血があるが擦り傷程度の痛みがあるだけで、ヴァナディールでアントリオン初遭遇時に奇襲の噛みつきで片腕食いちぎられた時に比べたら腕を切断した程の痛みは無い。

拳を開閉してから問題なく動く事を確認して辺りを見回す。ナイトのアーティファクト鎧は全身白なので夜でも直ぐに斬り飛ばされた腕を見つけることが出来た。

さてどうするかと思案していると頭の中へ響く音がある。金属音……音叉から出る音の様なソレはどうやら使徒マトリエルからの謝罪の意図が乗せられた声らしい。

実際に声を聴いてる訳じゃないが何となく謝罪したいってのは分かる。過ぎてしまったことだから構わないと思いながら右腕を【マイバック】へ放り込む。後でポーションを使って繋げるかアビリティで再生してしまえばいい。

右腕は兎も角、アーサー王が吹き飛ばされた方を見ると瓦礫を退けて彼女が出て来た。蹴られた鎧部分が若干凹んで頭から血が出てるが油断なく剣を構えてる。

溜息を一つ吐き出してからエクスカリバーとイージスを探す。怒ってるだろうなと思いながら見渡しているとライダー、アサシン、キャスターが拾ってくれた様で抱えて此方へもってきてくれた。というかキャスターが凄く焦ってるのは何で?

 

「ほれ、剣士が戦場で剣を捨ててどうする。剣以外を使うのか?」

 

そう言いながらアサシンがエクスカリバーを寄こしてくれたので手に取る。

 

「あんがとさん。まぁこいつ等以外にも武器はあるけど、そうそう手放す事は無いかな」

「あの……この盾は……」

「ん? あー、そっか。ライダー的にはソレって持ちたい物じゃないよな。すまん」

「いえ……、驚きはしましたが私の知る物とはまた別物の様です」

 

微笑むライダーからイージスを受け取って左手に備え付ける。そうしているとキャスターが怒り顔で詰め寄ってきた。

 

「色々聞きたい事もあるけれど! それよりも蘇生薬を頂戴! 総一郎様がっ!!」

「い”?! えぇっと……(今から戦いますよーみたいな雰囲気だしてるアーサー王をほっぽいて行くっつーのも気が引けるし)じゃあ、コレを貸すわ。キャスターなら使い方分かるっしょ」

 

そういって【マイバック】から手元に取り出したのは『レイズロッド』

アイテムに魔法効果を付与した物で使用者に左右されずに画一の効果を齎す道具。この片手昆には文字通り『レイズ』……蘇生の効果が付与されている。

渡された杖の効果を直ぐに理解したのだろう、怒りの表情は消え驚きへと変わっている。

 

「これって……」

「それなら葛木を助けられるだろ?」

 

キャスターは返事をすることも無く寺に向かって駆けていく。そんなキャスターを見ながら剣と盾を改めて手に持ちアーサー王へと対峙する。

壁から離れ俺との距離数メートルの所で立ち止まってる。アーサー王も少しキャスターを見ていたが直ぐ此方へと向き直った。

 

「お待たせ。それで、まだ続きやるの?」

「ああ」

「あのさ、お宅らの目的は何よ? 因みに俺はライダーに乞われて彼女のマスターの救済をやってた。アサシンとキャスターにはその手伝い」

「救済だと?」

「そうそう、彼女って寄生虫に寄生されてたからそれを治療するのに協力して貰ってた訳。治療も終わったから後は療養するだけって所で虫の最後のあがきに対応してたらあんた等が来た」

「……」

 

凄い気まずそうな顔してるし……そういや間桐桜はどうなったんだ? 虫爺に取り込まれて俺も捕まって……あれ? 爺はアーサー王に首ちょんぱされてたよね?

 

「つかぬ事をお聞きしますが王様よ。あんた、あのチ〇コ擬きの首(?)を斬り落として倒したよね?」

「? ええ、そうです」

「間桐桜は見つけた?」

「?? 言ってる意味は分かりませんが桜は見つけてません」

 

思わず頭を抱え込むとまた音叉の様な音が響く。今度は使徒レリエルからで虫爺が間桐桜を操って俺を食おうとした時、逆に間桐桜を影に取り込んだらしい。

そのことに安堵の溜息を吐くが問題になるのはアーサー王、雰囲気で流されて戦う気はあったが間桐桜が無事で確保できてるなら無理に戦う事も無い。

どうやって王様との戦闘フラグを叩き折るか……。

 

「改めて聞くけど、目的は何? こっちは話したんだから出来れば教えてほしいんだけど。そうすりゃ折衷案も考えられるからさ」

「それは……」

「こっちとしちゃあんた等と戦いたくないし、戦わんで済むならソレに越したことはないんよ」

 

暫く考えていたアーサー王は大きな溜息を吐いてから観念したように言葉を絞り出した。

 

「間桐桜の救出です」

 

俺も含めてアサシン、ライダーが黙り込む。

 

「「「はぁ??」」」

 

思わず出た言葉が三人でシンクロしてしまった。

 

「つまり俺たちが間桐桜の治療をしていたのを王様とアーチャーは何かよからん事をしてると思って間桐桜を取り戻し(?)に来たって事?」

「私達の目的は元々キャスター陣営への奇襲でした。ですが準備段階でキャスター陣営の魔力の流れが変わりつつあるとアーチャーのマスターから報告があり最初は様子見に徹していました。

 そうすると途中で桜を抱えたライダーがキャスターの元を訪れた。その時の桜の様子が衰弱している様だったのを見たマスター達が桜を取り戻そうと……」

「要するに指針は同じ方向を見ていたが互いの目的を知らなかったから阻害し合って今に至るって感じか……」

 

頭の痛くなる話だ。思わず夜空を見上げながらポロっと口から零れたのは

 

「アホくさっ」

「んなっ……!」

 

その言葉に即座にアーサー王が怒りで顔を赤くして反応したが一度力が抜けた為かまともに相手を出来ん。何せ対立しても実は旨味が何もないのだから。

 

「あのさ、俺はライダーに頼まれて間桐桜を助けに来た。これはライダーにちょっとした縁を俺が感じているから受けただけで、あんた等と戦ったのはアンタ達の目的や行動理由が分からないまま襲い掛かってきたからどちらかと言えば自衛に近い。

 今少なからず話して互いの目的が同じ方向に向いてるのが分かった以上、戦う理由も無いし治療の済んだ間桐桜を抱えて帰ればいいだろ」

「それは……そうですが……」

 

歯切れの悪いアーサー王に肩と両手を上げて何故のポーズをして見せる。

 

「何だよ、こっちはライダーへの義理は果たしたしあんた等は彼女の無事が確保できるんだから文句は無いだろ?」

「……では一つ質問を」

 

どうぞと右手をアーサー王へ向ける。

 

「そもそも何故桜はライダーと一緒に居るのでしょう? ライダーは桜の兄、間桐信二のサーヴァントだったと記憶しているのですが」

「え? ライダー、どうなん?」

「桜が本当のマスターです。シンジはサクラから令呪の1画を譲って貰っていたに過ぎません」

 

細々とした説明をライダーがアーサー王へしている間に俺は影から肝心の間桐桜を出そうとしたら何故かレリエルが拒否反応を示してきたので、頭の中でレリエルに何故かと問うと『同族』だという答えが返ってきた。何ぞ?

質疑応答を繰り返すことで何となく見えて来たのが間桐桜の魔術とレリエルの能力が似通ったものであり、俺を通して人間を知った事で人が自身と似たような能力を持つ事に興味が出たらしい。

『つまり友人になりたい?』と聞けば、回答は『YES』であり、桜本人とも話せているらしい。頭の許容量をオーバーした俺は『そっかー』で間桐桜を出すのを後に回した。

その気になればレリエルの方から連絡するという事なので問題は無いだろう。

 

……あれ? これをセイバー陣営に説明するの俺?

『YES』の意味を込めた音叉の音が頭に鳴り響いた、俺は盛大に溜息を吐いて肩を落としたのは仕方ないと思う。




約2か月に渡って更新が滞りましたが……いつも通りだな!
という訳(?)で更新です。

色んな事情で遅れましたが、読み手には関係ないので事情は割愛!
とりあえず私は健康ではないけど生きてるので執筆頑張ります。


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16話 切っ掛け

2020年もよろしくお願いします。


セイバー陣営の『the勘違い☆ 桜を取り戻せ!』騒動の翌日。結局間桐桜を引き渡すことは叶わないままアーサー王にはお引き取りしてもらった。

あの後再確認の為にレリエルへ問いかけたら本人の声まで聞こえるし……俺の体って本気でどうなってんの?

取り合えずアーサー王には無理やり納得して貰って翌日……つまり今日、セイバー陣営の本拠地。しろう君宅にお邪魔する事になっている。

 

昨日斬り飛ばされた腕はキャスターに補助して貰って『ケアル』を何重にもかける事できっちり繋がった。その時にキャスターの魔術を見せてもらったんだがまるで精密機械を扱う様に見えた。

エネルギーに当たる魔力を土地や自分から抽出しソレを元に魔術を組み、基盤となる魔法陣を書いてそこへ様々な魔術を上乗せする。見た感じ魔法陣はスターターキットの様な扱いで其の上に個々人が使用する魔術がある……と思う。

俺がヴァナディールで覚えた魔法よりも難易度が高い分、柔軟性に特化。その分扱いが個人の資質に左右される技術体系になってるんだと思う。

寝る前に少し試したけど正直扱いが難しいから覚えるとなると数年単位でやらないと無理そう。単純な外傷に関しては『ケアル』を使った方が早いけど今回みたいな寄生虫なんかには魔術の方が向いてるっぽいから覚えたいな。

一応『ポイゾナ』や『ウィルナ』はあるけど、一度感染してからじゃないと使えないのがなぁ……予防が出来るなら尚良いんだけど。

 

そんな事を考えながら昨日は葛木の勧めで寺に泊まり、治療してから就寝。住職達は死んで時間が経っていなかったので全員蘇生してある。

因みに血みどろで凄惨な事になっていた和室はキャスターが魔術で綺麗にしてくれてた。ああいった便利な技は是非とも覚えたい所。

 

朝食を取って色々と情報を整理し終わりお昼過ぎに寺を去る事にした。キャスターは聖杯戦争を降りる事に賛同してくれたし、色々と情報を渡しておいたから暫く葛木と一緒に冬木を離れてくれるそうだ。

ちょい前の職場の同僚達には負担を強いる事になるがそこは仕方ないと思うことにした。人手が足らなくなる事が重なるなんてのはよくある話なのできっと彼等なら頑張ってくれるだろう。

ライダーと並んで歩きながら互いの過去を話す。互いの家族の事、住んでた場所の事、食事や趣味等。

話を聞く事で妻と彼女が別人だという事を改めて確認しながらバス、電車といった公共機関を乗り継いでライダーが置いてきた俺の車がある場所まで到着した。

いざ運転しようとすると彼女が運転したいと言ってきたので運転を任せてノートPCを取り出し、Excelを起動して起きた事を時系列で並べていく。

 

この世界のヤバさに気づいたその日の夜にシンジ主導でライダーに拉致られて一晩に数回致して、翌々日には教職を辞める準備をして離職願いを出したらその日の晩にランサーとアーチャーの戦闘を目撃。

巻き込まれて殺害されるもリレイザーで九死に一生を得て冬木から逃げ出す直前に色々妨害されて逃げ回ってたら、又ランサーから殺されたと思ったらライダーに浚われ間桐家にご招待されて虫爺が出て来たが如何にか逃げ出した。

そっからこの聖杯戦争が俺の知ってる通りに動くならそんなに長い期間じゃないから態々職を辞める程じゃない事に気づきながらも後の祭りだと思って諦めて、色々ありながらも引き継ぎが終わったその夜に遠坂さんから襲撃されたと思ったら自宅に戻ってたり。

キャスターにファミレスでばったり会うが世間話で乗り切って車で県外へ脱出。その日の夜にライダーが風呂へ突撃して来た所で思う所があって聖杯戦争への横槍を入れる事を決定。

朝になって冬木に戻り間桐桜を救い出す仕込みをしてから葛木と連絡を取って寺へ。その日のうちに間桐桜を家から離す事に成功したのでそのままライダーに連れてきてもらい治療を開始。

なんやかんや有りながらも寄生虫の除去と蟲の駆除が完了。アーサー王とアーチャーの襲撃もどうにか撃退して翌日……つまり今日は経緯と間桐桜の安否説明と……。

 

一通り書き出してみて何だが……怒涛の一週間だな。この一連の出来事がたったの一週間で起こってるってのが凄いわ。

溜息を一つついてから頭を切り替えてこの後起こる可能性がある物を覚えている限りリストアップしてみる。

 

・傲慢王がアーサー王を寝取ろうと画策する

・筋肉モリモリマッチョマンが主人公をコロコロするが自前で蘇生(?)

・間桐桜のヤンデレ(?)

 

大きく分けてこの3つか? 1つ目と3つ目はそんなのがあったなー位だしエロルートは全然分からん。最悪こっちに被害が無いなら無視しちゃうのもアリか。

ついでにドローンから送られてきてる映像データを見てると何処か違和感がある。しばらく眺めていたが違和感の正体が見えてこないので複数の興信所から上がって来た報告書に目を通す。

報告書の内容と映像を照らし合わせながら裏付けを取っているといつの間にか衛宮宅へ着いていた。全く揺れることが無かったからめっちゃ集中してた……ライダーの運転技術の高さを改めて噛みしめながらPCを閉じて影に放り込んでから車を降りる。

ずいぶんしっかりしたお屋敷に思わずため息を吐いているとライダーがさっさと門を潜ってしまったので、慌てて後を追って玄関まで進むと既にインターホンを押してた。聞こえてくる声とライダーがやり取りをしてくれているので任せてしまおう。

セイバー組に行う説明内容をもう一度頭の中で纏めながら暫く待っていると玄関が開き、赤毛の青年が出迎えてくれた。

 

「えっと……こんにちは。ライダー、それと……中真先生……元先生?」

「こんにちは、シロウ」

「こんにちは。先生はもう止めちゃったから中真で良いよ。衛宮士郎君……で良いんだよね?」

「はい。それで……中真さんが桜の現状を説明してくれるってセイバーから聞いてるんですけど」

「うん、ちゃんと説明するけど……その前に君の後ろに居る子を如何にかして欲しいかな」

「へ? 後ろ?」

「お久しぶりね。中真、元、先生?」

 

士郎君が後ろを振り返ると彼の後ろから俺を睨みつけている遠坂凛が仁王立ちしている。衛宮君が出迎えに来た直ぐ後に奥から出てきて俺を睨んできた。

多分間桐桜の件以外にもホテルでのやり取りが原因だろうけど……喧嘩腰で来るかぁ……。若いなぁ。

 

「あの夜ぶりかしら、元先生?」

「あぁ、ホテルで君に気絶させられて以来だね。大分びっくりしたけど……まあこの際過去の事は水に流そうか」

「ええ、そうね……取り合えず上がったら? 桜の事、きちんと説明してくれるのよね?」

「勿論。その為に来たんだ」

 

私怒ってますと言わんばかりに厳しい目つきで此方を睨んでいた遠坂さんが家主ほっぽいて上がる許可をだしたのはちょっとびっくり。一応視線を衛宮君の方へ向けて確認すると快く迎え入れてくれた。

靴を脱いで玄関から上がると綺麗に拭きあげられた廊下を通り障子を開けて居間へ通された。するとそこには白シャツにロイヤルブルーのプリッツスカートを着用したアーサー王が鎮座していた。

思わず足を止めて数秒程凝視してしまったが、なかった事にしてテーブル周りに置かれている座布団へ。

 

 

 

アーサー王の対面に座り、衛宮、遠坂、ライダーが座った事で早速話を切り出す。

 

「さて、それじゃ先ずは間桐桜さんに関してで良いかな?」

「ああ、桜が今どうしているのか教えてくれ」

「結論から先に言うとこの場に居る」

「どういう意味だ?」

 

士郎君が怪訝な顔で此方を見てくる。居ない人間が実は居るとか言われりゃ当然か。

証明する為に立ち上がって全員が見える位置に移動してから影へ手を突っ込み、ノートPCを取り出して見せる。

 

「先生もある意味君たちと同じ、普通では無い側の人間で間桐桜さん……もっと言えば遠坂凛さんの妹さんは今、先生の影の中に居るよ」

「……それは脅しって訳? 貴方を倒すと桜は取り戻せないって事?」

「遠坂さん……何で君はそんなに喧嘩腰なの? 前会った時も先生魔術師じゃないって言ってるのに不意打ちで意識刈り取るし、挙句先生を部屋に連れ込んで日焼けしたガタイの良いあんちゃんと二人して俺に何かしようとしてたし」

「んなっ、何でそんな誤解される様な言い方するの! っていうか実際魔術師じゃない!」

「だから、魔術師じゃないっつーの。全部が全部教えはしないけどちゃんと説明するから座りなさいな」

 

本人も気づかない内に腰が浮いている。熱しやすく視野が狭い。若いから当たり前っちゃ当たり前だけど大丈夫かいな。

見かねた士郎君がお茶と羊羹を出してくれた、お茶請けまで常備してる高校生かぁ……流石主人公だな。とか思ってたら士郎君から質問が飛んできた。

 

「なあ、中真……さん。桜が遠坂の妹ってどういうことだ?」

「ん? え? もしかして聞いてない?」

 

士郎君の反応に思わず登坂さんを見ると、観念したように肩をすくめてからため息交じりに彼女達の関係性を士郎君に話しだした。

 

「言ってなかったけれど、桜と私は姉妹。私が姉で、桜が妹。あの子は小さい頃に間桐へ養子に出されたのよ」

「全然知らなかった……信二の奴も何も言わなかったし、桜だって……」

「別に言いふらす様な事でも無いでしょ。知ってるのは家族位だと思ってたんだけど……何で貴方は知ってるのかしら?」

 

咎める様に此方を睨みつけてくる。隠す事でもないので堂々と答えるが。

 

「あのさ……ウチの学校の先生は全員知ってるぞ? 君達姉妹の事」

「へ?」

「だって普通に考えたら不自然過ぎるだろ? 遠坂、間桐、両家共に子供が居て、どちらも経済的に何も問題が無い。世間一般的に考えればそのまま自分の家で育てるはずの所を態々養子に出すなんて何かしらの事情があるなんて事は大人なら直ぐに気が付く。

 君達二人の事は大人たちの間では所謂公然の秘密になっていて、君達姉妹の事は結構な大人が目を見張ってるよ? だからあの日も普通の大人として対応してたのにあんな事するし……全部君のせいでは無いけどおかげで退職ですわ」

 

当人しか知らない秘密と思っていた事がまさか大人が当たり前の様に知っていった事に頭が真っ白になっている様なのでさらりと退職理由の一旦を遠坂さんになすりつけつつ話を元に戻す。

 

「ちょっと脱線したから話を戻すけど、間桐桜さんは俺の影の中に居る……でもって今は影の中に居る奴と意気投合してるみたい」

「?? 他にもあんたの影の中に人が居るのか?」

「んー……大体そんな感じかな。昨日だって本当は直ぐに影から出して王様に渡すつもりだったけど本人が出てこないもんだから仕方なく無理やり帰ってもらったしね」

「へぇ、影の中に人を入れる魔術って初めて見たな。遠坂、こういう魔術ってやっぱ珍しいのか?」

「……」

「遠坂?」

「え? ああ、えっと影の中に人? うーん、触媒の内部容量を拡張するとかならあるけど自分の影をそうするってのは珍しい……のかも」

「そうなのか。じゃあ取り合えず桜を出してもらうか」

「あ、ごめんだけどソレは無理」

「へ?」

「俺が今日説明に来たのはその辺が絡んで来るんだけどさ、本人が出るの拒否してるんだわ」

 

士郎君と遠坂さんが訝しんで此方に目線を向けているが無理なものは無理。便宜上は俺の影に入ってるって事にしてるが実際はレリエルの影(というか本体)に取り込まれてるから出す出さないの主導権はレリエルにある。

その辺りは別に話す必要が無いので本人が出るのを拒絶しているという部分だけを伝えると、当然ながら間桐桜の安全に関する質問が出た。その質問が来るのは想定済みなのでライダーの方を向くとライダーが此方を見ながら頷いた。

 

「シロウ。それにリン。私、ライダーのマスターはサクラです」

 

そこからはライダーと衛宮、遠坂ペアの質疑応答が続く。桜は安全なのか、本当に影の中に居るのか、いつ戻ってくるのか等々。

彼等のやり取りを眺めながら視線を感じて顔を動かすとアーサー王がこっちを見ていた。暫く見つめ合ったが美人に正面から見られると居心地が悪い……。

目をそらして茶を啜っているとアーサー王が質問をしてきた。

 

「中真有香。貴方に質問があります」

「間桐桜に関する事です? それならライダーが「いいえ」……」

 

食い気味に返答が来たことで逸らしていた目をアーサー王へ向ける。

 

「柳洞寺でのあの戦い。貴方との交戦を止めて目的であるサクラを優先させる事は出来たはずでした……ですが、貴方が持つあの聖剣を見たら……考えがまとまらなかった。

 何故私を『王様』と呼んだのか。一目見た時から私の直観が貴方の持つ剣を私の物だと告げて来たのか。その瞬間から頭の中を……いや、心が掻き乱される様だった。

 正常な判断が出来なくなった。思わず貴方の語った剣の入手経路を否定し、その剣は部下の物だと言い張らないと心が張り裂ける程に……。剣を持たない貴方に対しては直ぐ様否定する様な……心が掻き乱される様な事は無い。

 だから教えて欲しい。貴方の持つあの剣は何か、ずっと心に引っかかるこの疑問を解いて欲しい」

 

そう言うとアーサー王が頭を下げて来た。しかもいつの間にか横の会話が止まってこっち見てやがる。

どうしよう……コレは正直予想してなかったぞ……。どこまで話すべきなんだこれ。

うーん、メリットとデメリットを考えてもどっちも特に無い……かな? ライダーやキャスター、アサシンに話した時点で秘密は漏れてる訳だし別に話しても良いんじゃね?

 

「っま、良いか。OK、教えるよ」

 

正直美人にああいう顔されるのって心が痛いんだよね。ソレに剣の中に居るアーサー王も話したがってたし。

 

「あの剣の名前はエクスカリバー。王様、あんたの持ってる剣と同じなのさ」

「―――――!!!!」

「ちょっと待ちなさい!」

 

アーサー王の顔が青くなると同時に遠坂さんが話に割って入ってきた。

 

「色々と言いたい事、聞きたい事があるのはこの際置いておくとして、何であんたがエクスカリバーを持ってるのよ! 現存しないはずの聖遺物を持ってるなんておかしいでしょ!」

「そんな事言われたってアレは間違いなくエクスカリバーだぞ。俺が知り合いと一緒になって約20年かけて復元したエクスカリバー、本人もそう言ってるし」

「復元したぁ!? そんなホイホイ復元できるものでもないし、大体エクスカリバーの欠片だけでも一体どれだけの値段がすると思ってるのよ!」

「へぇ、やっぱ高いんだ」

「当ったり前でしょ! 仮に欠片でも豪邸が建つわよ!」

「ふ~ん、まあ値段の話は置いとくとして」

 

遠坂さんが喚いているが無視する。士郎君、そのまま彼女を押さえておいてくれ。

 

「改めて言うけど俺が使ってる剣はエクスカリバーで、あんたが持ってる剣と同じ名前だし同一存在かもしれない。但しこの世界のエクスカリバーじゃない」

「どういう事でしょうか……」

「んー、俺自身の身に起きてる事だけど何とも複雑怪奇で説明が難しいんよ。なので王様同士で語ってもらうのが早いと思う」

「王同士……ですか?」

「という訳でエクスカリバーさんや」

 

その一言で【マイバック】からエクスカリバーを取り出すと途端にアーチャーが遠坂さんの後ろに剣を構えて現れた。そんなアーチャーを無視しながら剣をアーサー王へ手渡す。

 

「ほい。そいつ、所謂インテリジェンスウェポンだから話してみたら良いんじゃない? その中に王様居るし。ああ、でも男のアーサー王ね」

 

渡された剣を手に取りながら目を見開いているアーサー王。語りかけてる最中なのだろう、感情が顔にありありと出てる。

そんなアーサー王を眺めながら茶を啜っていたら肩を誰かに捕まれた。顔を向けると感情の抜け落ちた遠坂さんがソコに。あ、士郎君が向こうで倒れてる。ライダーさん、そのまま介抱してあげてください。

 

「ねえ、気付いてしまったわ。貴方さっきこの世界のエクスカリバーじゃないって言ったわよね? それに20年……どう考えても貴方の実年齢と計算が合わないと思うんだけど。どういう事か説明してもらいましょうか」

「何で君がそんなに食いつくんだよ……まぁ出鱈目な事言ってる様に聞こえるかもしれないけどさ」

「そうじゃないわよ! あんたが話した事が本当なら並行世界から来たって事じゃない!」

「おん? 並行世界?」

「そうよ! 魔術師の求める魔法の1つ! 第二魔法『並行世界の運営』その一端じゃない!」

「????? 第二ってことは他にも魔法ってあんの?」

「そこから!? あんた本当に魔術師なの?!!?」

「だから魔術師じゃねーし、そんなの知る訳ないじゃん」

 

凄い勢いで捲し立てて来た遠坂さんの両肩を抑えながら座らせる。後、唾を飛ばすな、唾を。いくら美少女顔とはいえ親しくない奴から唾飛ばされても嬉しくねえ。

そっから魔法に付いて遠坂さんが語りだした。

第二魔法『並行世界の運営』

第三魔法『天の杯(ヘヴンズ・フィール)』

第五魔法『魔法・青』

第一は既に世界から消失し、第四は魔術師の間でも不明、第六魔法は使い手が現れると世界に根本的な改変が加わるんだとか。魔術師が根源と呼ばれるものへ到達し習得を目指す、それが魔法。

それを使っているのなら魔術師じゃなく何なのか、と遠坂さんはヒートアップ。

 

「そんな事言われても俺が使ってるのは魔術じゃなくて別世界で魔法ってカテゴライズされてる技術だし、それに第三魔法? 魂の物質化ってのも嫌な事に心当たりあるから案外この世界で魔法って呼んでるだけなんじゃないの?

 それに青魔法って俺は普通に使うぞ? まあこっちの魔法・青ってのと同じって事は無いだろうけど」

 

遠坂さんが陸に上げられた魚みたいに口をぱくぱくさせてるのを見つつアーサー王へ目をやると大分穏やかな表情になっていた。遠坂さんが隣でギャーギャー喚いてるのを聞き流しながら眠気を噛みしめているとアーサー王の腹が盛大に鳴った。

家主の士郎君が『飯にしようか』の鶴の一声で何故か俺も含めて昼飯へと発展。焼き鮭と大根入りの味噌汁は旨かった、さすが家事万能主人公。

食事が終わって満腹になった所で不貞腐れた遠坂さんを放って士郎君と話す。

 

「っで、結局桜は何時帰ってくるん……ですか?」

「あー、別に敬語を無理に使わなくても良いよ? 俺はその辺拘って無いから」

 

身構えてた士郎君はテーブルに頬杖着いて座る俺を見て、一度宙を見上げて頭を掻いた。軽い溜息の後に敬語を取っ払い、素の言葉で話し始める。

 

「じゃあお言葉に甘えて。率直に聞くけど桜を何時頃渡してくれるんだ?」

「うーん、俺も出来れば今直ぐに引き渡したいんだけど中の奴と桜さんがすっげぇ意気投合してるみたいでさ……せめて一言本人から声を」

 

と言ってたら例の音叉の様な音と共に「それ位なら」との意思が飛んできた。何かに太ももを捕まれたので直ぐ様自分の下半身へ視線をやると影から出て来た両手ががっしりと俺の太ももを掴んでる。

無言で士郎君を手招きして現状を見せるとギョッとしていたが俺が片方の手を両手で持つと何か察してくれたのかもう片方の手を持ってくれた。二人して引っ張り上げると影からずるずると這い出てくる遠坂次女。

 

「桜!」

「ただいまです。先輩」

 

一気に二人の世界に入ってるな……両手繋いで見つめ合って。良いんだけどね、ここ士郎君の家だし……でも後ろに居る長女には気を付けなくて良いのかね士郎君。

 

「衛宮君?」

「え、あ、遠坂」

「はぁ……取り合えずお帰りなさい、桜」

「はい、ただいまです。姉さん」

 

明るく笑顔で返答する間桐桜にきょとんとする遠坂さん。あれ? 桜さんってあんなに明るい感じだっけ?

どうやら俺が疑問に感じてる事は遠坂さんや士郎君も同じの様でアレコレと桜さんに質問してる。そんな二人の反応が面白いのか彼女は笑いながら説明を始めた。

間桐家に引き取られて間桐厳戒に魔術師として強制的に訓練させられた事。その影響で髪や瞳の色まで変わった事。とても辛く苦しかった事。

昨日の学校帰りに公的機関から家庭内暴力の疑いありとして保護され、その先でライダーと合流した事。そこから先は意識を落として治療を受け、気が付けば俺の影の中に居た事。

 

「尤も、ライダーと合流した後の出来事に関しては影の中に居る方に教えてもらったんですけど」

「あいつの影の中に居るってどんな奴よ」

「人を指さすんじゃないよ、遠坂のお嬢さん」

「うーん、凄いの一言に尽きますよ。レリエルさんって言うんですけど、属性が私と同系統みたいで色々教わってる最中です」

「レリエルって……夜を司る天使の名前よね。属性が同じ?」

「はい。私の属性ってレリエルさん曰く『虚数』らしくて扱い方を教わってるんです」

「……はい???」

 

そこから遠坂さんが又ギャーギャー言い始めたので士郎君と桜さんに任せてアーサー王の隣へ席を移す。

 

「王様よ」

「あ、えっと……」

「ああ、まだ無理に剣返さなくても良いから。どう? 剣のアーサーと話して」

「何と言うか……まだ頭を殴られた様な衝撃が収まってません。でもある程度心の整理が出来ました」

「ふーん。それなら良いんじゃない?」

「……ふふっ、本当にアーサーが言う通りですね」

「ん? ソイツなんか行ってた?」

「えぇ、貴方の事は気分屋で感情的な空の様だと」

「それは褒められてるのか貶されてるのか……」

「誉め言葉かと」

「そういう事にしとこうか」

 

俺と対話していて笑顔が出るって事は本当に疑問は解決したらしい。適当に話していたら改めて謝罪された。

 

「先ほどは取り乱してすみません」

「いや……まあ色々あるだろうし良いよ」

「その、簡単に言ってしまうと嫉妬していたんです」

「『嫉妬』?」

「『アーサー』で無い誰かが『エクスカリバー』という剣を持っているという事実が私には受け入れられなかった。しかも『エクスカリバー』は持ち主を認めて振るわれている。

 聞けば貴方は自分で復元して使っている。つまりソレは私の様に仕組まれて手に入れたものではなく、剣自身に貴方が認められているという事に他ならない。

 それがどうしても認められなかった。頭の片隅では実は分かっていたと思うんですが、あの時は嫉妬で心が理解する事を拒んでいました。

 最初の一撃も思わず強張った体が動かせず食らってしまいましたし」

「あー、アレね。あのドロップキック。やけにアッサリと食らうなーとは思ったけどそういう……」

 

あの時のやり取りを思い返しながら自然と戦法に対しての評価とかやり方に関する話題へシフトする。だって他に話題らしい話題って無いからね!

そんな話をアーサー王としてたら途中からアーチャーも話に入ってきた。皮肉屋が俺のアーサー王モドキ戦法をめっちゃ揶揄って来たがソレにやられたのお前やんけ。

ついでにライダーも一緒になって闘い方に関してあーだこーだと話していたらマスター3人の方は話が一段落したらしい。

どうやら桜さんは今晩士郎君宅に泊まって色々と話をする事になったらしい。別に無理に影に潜る必要は無いんじゃないかと提案したがまだレリエルに教わる事があるとかで明日にはまた影へ潜るつもりなんだと。

色々面倒になってきたので其れで良いやと了承し、明日また伺う事にしてライダーと一緒に衛宮宅を出た。

 

 

 

ライダーと車に乗り込んでホテルに向かいながら今の状況を改めて整理してみる。

 

「協力関係にあるのは剣、弓、術、騎、殺、ってことは残りは槍、凶?」

「そのはずです」

「何でだろ……すげぇ嫌な予感がするんだけど」

「フラグですか?」

「違うと思いたい」

 

一抹の不安を抱えたままホテルに戻り暫く部屋で情報整理を行っていたら電話がかかってきた。出てみると相手は言峰神父。

とりあえず白を切る。

 

「もしもし? 何方ですか?」

「おや? 私の事を調べてる人間が私の事を知らないとは可笑しな話だ」

「……(クレーマーの電話対応みてーだな)いたずらなら切りますよ?」

「切っていいのかね? 君の元生徒達が大変な目に会うとは思わないのか?」

 

それを聞いて即座に通話終了のボタンを押す。直ぐに警察へ通話。

 

「もしもし? 実はとある人から電話越しに脅迫されて……最近色々物騒だったのでレコダーに記録してたんです。本当に役に立つ日が来るなんて……えぇ、それで自分が先日教職を辞したんですがそこの生徒に被害が出るぞと脅されて……えぇ、相手は教会に住んでる言峰神父って人なんですが……」




多数の感想を寄せられたアルトリアの心情をちょっとだけ書けた気がします。
本当はもっと心理描写出来ればいいんですけどね。
難しい。

今年も精進していこうと思います。
本年もご愛読宜しくお願い致します。


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17話 大人

会話中心は難しい
脳内の絵が動かないので絵を文字化するのが非常に辛い
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本作品に出てくる日付やら設定には作者の妄想が混入しております。
ご了承ください。


言峰綺礼を通報してから直ぐにキャスターへ連絡しお願いしていた事を実行して貰う。落ち着いた所で携帯で衛宮宅へ電話。

数回のコール音の後に電話口から聞こえて来たのは遠坂さんの声だった。

 

「もしもし」

「もしもし。遠坂さん?」

「あら、中真じゃない。こっち出てからそんなに時間経ってないけどどうしたのよ」

「あー、言峰神父居るじゃん? 聖杯戦争の監視役? だっけ?」

「そうよ、性格最悪だけどね」

「うん、そいつ通報しといたから」

「は?」

「ついでにキャスターにも手伝ってもらって匿名で色々と通報して貰ってるから警察も直ぐに動くと思うよ」

「ちょっと何言ってるの?」

「魔術協会? とかに動いてもらう必要があるなら早めに連絡してあげてね? 多分警察の方が早いだろうけど。それと奇襲に注意、そいじゃ~ね~」

「ちょ、っちょっと待ちな」

 

まだ聞きたい事があったんだろうけど一方的に電話を切ってホテルの部屋を出る。エレベーターで最上階まで上がり関係者用のドアから屋上に出る。

ホテルの屋上に吹く風は季節も相まって室内で暖まっていた体温をどんどん奪っていく。羽織っていたジャンパーを改めて締めながら待機していたライダーへ駆け寄る。

軽くライダーと行うべき事を確認してペガサスに跨り【インビジ】をかける。この魔法は対象の体と身に着けているものを合わせて透明になるという単純なもの。

しかし効果は絶大でこの世界で色々と試したが機械の類にも全く映らない。それ故に透明中に事故に会うと悲惨な目にあってしまうが……。

兎も角、ライダー、ペガサス、俺に【インビジ】をかけて最寄りの警察署の屋上まで移動。そこから警察のパトカーの動きを追って教会が包囲される所まで追尾。

パトカーが到着した頃には言峰神父は既に教会に居なかったが、キャスター経由で通報した内容が効いたのか警察が教会地下に囚われてた成人女性1名と鎖に繋がれていた年齢不詳の恐らく子供男女合わせて12名を救出。

この事件は直ぐに報道され翌日には言峰神父は指名手配される事となった。

 

翌日、ライダーと共に衛宮宅に行くと鬼の様な形相の遠坂さんがお出迎え。開口一番で俺の行動にキレてた。

 

「アンタ何考えてあんな事してんのよ! しかも携帯の電源切ってたでしょ! 信じられない!」

「だー、もう、唾飛ばすのヤメーや! 唾!!」

 

顔を真っ赤にして息を荒げている遠坂さんに注意しつつライダーと共に家へ上げてもらう。居間に通されるとソコには昨日のメンツに加えて見知らぬ女の子が。

 

「えっと? 初めまして?」

「初めまして。貴方が第三魔法で私達一族の悲願『天の杯(ヘヴンズ・フィール)』を再現出来ると言った人?」

「ほ? いや? 心当たりがあるだけで再現出来るかっていうとー……(あれ? でもLCL化というかインパクトを起こす切っ掛けになる使徒が俺の中に居るって事は可能なのか? アンチATFがあれば人は形保てなくなってLCLへ帰るならそもそも……)」

「ふぅん、リンが言った通り心当たりがあるのは本当なんだ」

 

思考の海に飲み込まれそうになってた所を銀髪少女の声で現実に戻ってきた。取り合えず自己紹介してみる。

 

「ドーモ、銀髪少女サン、中真有香デス」

 

手を合わせて45度のお辞儀をする。

 

「??? えっと、どうも、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」

 

銀髪少女、もといイリヤスフィールちゃんも手を合わせてお辞儀してくる。可愛い。

その仕草に俺も周りもほんわかしつつ通された座布団へ。貰ったお茶をすすると少し冷えた体が温まりほっとする。

 

「それで、昨日はどうだった? 奇襲されなかった?」

「神父からは別に……」

「そうね、綺礼の奴からは奇襲されなかったわ。その代わりバーサーカーには奇襲されたけど」

「あれはびっくりしましたね~」

「ねぇリン、貴方の妹ってやっぱり天然? バーサーカーの一撃を受け止めてびっくりで済ませるってどう考えても変なんだけど」

「私だって納得いってないわよ! 桜も何軽く影から出したリボンで受け止めて、剰え弾き飛ばして『びっくりした~』で済ますのよ! これも全部アンタのせいじゃないの?! 元先生!?」

「えぇ~、だって行き成り先輩に狙い定めて襲ってきたし、私は反撃してないんですから良いじゃないですか姉さん」

「自己防衛なら良いんじゃね?」

「そういう事じゃないわよ!」

 

息を荒げる遠坂さんを他所に桜さんと意気投合してみせる。かなり腹立たしいのだろう喚いてるがフォローは任せた士郎君&アーサー王、ついでにアーチャー。

話を聞いてみるとどうやらレリエルからリボンの出し方、使い方を教わっていたのでソレでバーサーカーに対処したらしい。カラカラと笑い顔の裏で内心汗をかいてしまう。

レリエルが同類って言ってたのはどうやら虚数空間を使う部分が似てるのでその使い方を教示したとの事……何してんのレリエルさん。というか桜さんサーヴァントに正面から勝つって……俺ボロボロになりながらやっと勝ちを拾った程度なのに……。

眩暈と嫉妬を感じながら桜さんのスペックの高さにクラクラしながら素知らぬ顔でイリヤスフィールさんと話を進める。

 

「それでイリヤスフィールさんは何でここ(衛宮宅)に?」

「シロウと話をする為よ。そしたらリンが貴方が来るのを待ちましょうって言いだして」

 

何のこっちゃ? っと首を傾げてると桜さんからフォローが入った。

 

「何でもイリヤさんは先輩のお姉さんらしいんです。それで皆話に頭が追い付かなくなってしまったので間に大人を入れようって」

「それで俺? 他に居なかったの?」

「ウチにより着く大人って藤ねえ位だからなぁ……」

 

藤村先生が居るなら良いんじゃないかなと思いつつ、見るからに肩を落とした士郎君を見ると藤村さんは頼りないって思われてるんだろうなぁ。そして殆ど話したことの無い俺を頼るって事は士郎君は思った以上に頼れる大人が少ないと……本格的に病気だな。

 

「ん”んっ! それじゃあ乗りかかった船だし、イリヤスフィールさんの話から片付けるかね」

「対応はするんだ」

「遠坂さんや流石にこの状況でスルーする程、俺は大人げなくはないぞ」

 

イリアスフィールさんに事の詳細を聞いて情報を整理すると以下のようになる。

 

・イリヤスフィールは衛宮切嗣の実子である

・衛宮切嗣は第四次聖杯戦争の参加者である

・イリヤスフィールの母、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは第四次聖杯戦争で亡くなっている

・衛宮士郎は衛宮切嗣の養子である

・衛宮切嗣は第四次聖杯戦争後、実子であるイリヤスフィールを迎えには来なかった

 

そして士郎君から聞いた情報はこう。

 

・じーさん(以下、衛宮切嗣)は身寄りの無い士郎君を引き取った

・年に数回海外へ渡航している

・病気を患い病死している

 

話を聞いた限り時系列順に並び替えると……。

 

・イリヤスフィールは衛宮切嗣の実子である

・衛宮切嗣は第四次聖杯戦争の参加者である

・イリヤスフィールの母、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは第四次聖杯戦争で亡くなっている

・衛宮切嗣は身寄りの無い士郎君を引き取った

・衛宮士郎は衛宮切嗣の養子である

・年に数回海外へ渡航している

・衛宮切嗣は第四次聖杯戦争後、実子であるイリヤスフィールを迎えには来なかった

・病気を患い病死している

 

はて? これを見ると海外へ渡航しているのにイリヤスフィールさんの所に顔を出さなかったって事は、そもそもイリヤスフィールちゃんが居た国に行かなかった?

でも子供が居る親が子供に会いに行かないって有るか? 普通に考えれば会いに行くと思うんだけどな。

 

「イリヤスフィールさんはお父さん……切嗣さんと仲が悪かったんです?」

「……わかんない。キリツグってしょっちゅう家に居なかったから……でも帰ってきた時には私と遊んでくれたりはしてたわ」

「家族仲は良かったのか。うーん、切嗣さんって士郎君からみてどんな感じ? 子煩悩お父さんとか、人間関係ドライとか」

「じいさんは……どうなんだろう? 何か色々と達観してたのは見て取れたけど」

「ん~? 子供が居る親としちゃぁ……(会いに行かないってのは無いよなぁ)……ん~、士郎君ちょっと切嗣さんのパスポートあったら見せて」

「ぱ、ぱすぽーと?」

「もう処分しちゃってる?」

「いや……どうだろ。多分あると思うけど……」

 

そう言うと士郎君は立ち上がって居間を出ていく。ノートPCを開いて今までの情報を整理しながら衛宮切嗣の情報をネットで集める。

……実はこの辺の操作は半自動で碇夫妻がやってたりする。昨日改めてガフの部屋へ赴いて碇夫婦と意見交換してたらやり方次第で現実世界での情報のやり取りが出来るんじゃないかって事で両手の主導権を向こう側に渡す事を意識してみたらアッサリ成功。

効率&高速化の為にノートPCを使ったらあっけなく向こう側からの情報共有が出来てしまった。ガフの部屋へ行って戻ると最低でも現実時間で1時間以上必要になるから情報のやり取りがスムーズになるのはとても有難い。

でもって自分の意志がある状態で手が勝手に動くってのは凄く不思議な感覚だが頭の良さではあの二人に勝てそうにないので頭脳労働が得意な二人に両手の操作を預けてノートPCに色々書きこんでもらってたりする。冷静な第三者の意見ってマジでありがたい。

そんな訳で俺が頭の良いムーブをしている様で実は碇夫妻の功績だったりする。が、傍から見たらそんな事は分からんので問題なし。後は神父の問題が片付けば終わりかなー何てのんきに考えていたら士郎君が戻ってきた。

 

「はい、これ。爺さんが使ってたパスポート」

「ありがと」

 

腕の主導権を戻してパスポートを受け取る。ページをめくって行くと複数の渡航記録。

 

「エジプトにドイツ? 年に数回……結構な頻度でイリヤスフィールさんの実家ってのは?」

「ドイツだけど……」

「って事はイリヤさんが居たドイツに行ってるのに会ってないってのは……変じゃない?」

「でもキリツグは一度も会いに来なかったわ……」

「イリヤ……」

 

士郎君がイリヤスフィールさんを慰めてるのを横で見ながら再度両手の操作権をあちら側へ渡す。ノートPCに書き出された言葉は『情報が足りてない』。

何に対しての情報が足りないかをズラズラと書き出されたのでソレ等を知っていそうな人物に心当たりが無いか聞いてみる。

 

「んじゃ、1つずつ聞いて行こう。まずイリヤスフィールさん、切嗣さんとの家族仲は悪くなかったという印象だけど君の家族って両親以外はどうなの? 祖父母とか」

「お爺様が居るけど……」

「ほう、祖父ね。それじゃそのお爺さんと切嗣さんの仲は良い?」

「……多分良くないと思う……」

「何で?」

「何でって……キリツグが前の聖杯戦争で聖杯を持ち帰らなかったからだと思うけど」

「ふむ……家族仲は良かったが養父……イリヤスフィールさんから見ての祖父とは折り合いが悪かったと」

 

両手が仮説をPCに書き出すのを見ながら次の質問を士郎君へ投げる。

 

「次の質問。士郎君さ、切嗣さんって病死って言ってたけど何の病気?」

「え? いや……病気とは言ってたけど詳しくはじいさんも話さなかったし……その、分からない」

「なるほど」

「じゃあ遠坂さんに質問」

「へ? 私?」

「霊薬ってある?」

「霊薬……そうね。ある所にはあるわよ。それなりの値段はするけど」

「その製造場所とか売買されてるところってエジプト?」

「霊薬……エジプト……、あ! アトラス院?」

「お? 心当たりがあるんだ」

「魔術協会の三大部門の一角よ。アトラス院、別名「巨人の穴倉」って言う……そうね、部署……違うわね。部門があるのよ」

 

遠坂さんの話を聞きながらまた両手が仮説を組み上げていく。欠けてる情報を補填する為に前回の戦争の結末を場に居る全員に投げかけるとバラバラの答えが返ってきた。

証言は遠坂さん、イリヤスフィールちゃん、それにアーサー王の3名。つーかアーサー王は前回の戦争にも参加してたんかい。

心の中で突っ込みを入れつつ話を聞いた結果、共通するのは衛宮切嗣が戦争の優勝者という一点。優勝した後の情報がバラバラ。

 

「ふーん……あ、因みに士郎君が切嗣さんに会ったのは何時?」

「へ?」

「養子縁組するって事は何か理由があったと思うんだけど、話て良いなら教えて欲しいんだけど」

「ああ、昔火災があったんだ。元々の家族はそこで死んでる。じいさんとはソコで会った。その後、起きた病院で養子にならないかって言われたよ」

「ほーん。因みに日付とか覚えてる?」

「えっと確か……」

 

士郎君の情報からネット検索したら結構な記事が出て来た。えーっと、何々?

西暦2004年1月30日の深夜に突如起きた大火災。原因を調査するも原因不明。推測の域を出ないが街の地下を巡っていたガスに引火、地域一体が爆発したのではないか。

……中国かよ。他にも宇宙人の仕業とか、政府の陰謀説まで怪しい情報が出るわ出るわ。

ある程度検索を終えてから出来上がった仮説を読み上げる。

 

「衛宮切嗣氏は聖杯戦争を勝ち抜いた後、優勝賞品である聖杯に対して何かしらのアクションを取った。このアクションが『何か』は情報不足で不明なので一端横に置いておくとして、聖杯戦争の爪痕として火災が発生。

 この火災によって士郎君と切嗣さんが養子になる切っ掛けになる。そしてこの時、火災の時かその前後で切嗣さんは体を病んだと考えられる。

 火災で切嗣さんに助けられた後、病院で目覚めた士郎君は切嗣さんの提案を受けて養子縁組を了承。名前が衛宮士郎になる。

 士郎君と切嗣さんの二人が暮らす中で切嗣さんは度々渡航を繰り返す。この渡航は恐らく目的は2つ。

 1つ目は『イリヤスフィールさんとの再会』で渡航記録を見る限り会いに行ってたと思う。けれど実際には会うことが出来なかった。普通に考えるとイリヤスフィールさんの祖父が会う事に反対してたとか、家に上げなかったって所が考えられる。

 2つ目は『体の治療』でアトラス院の霊薬を求めて活動していたんじゃないかな。実の子供と養子、形は違えど頼るべき大人が自分しか居ないという状況下でなら延命を求めるのは至極当然だと思う。

 だが切嗣さんの思いとは裏腹にこの2つの願いは叶う事は無く、イリヤスフィールさんには会えず、彼の体調が戻る事も無く先に寿命が来てしまったと……」

 

場の空気が重い!

 

「ま、まぁ仮説だから違ってる部分もあるかもしれないけど、概ねこんな感じじゃないかな」

「そっか、やっぱじいさんも長生きしたかったのかな……」

「……」

 

士郎君はしみじみしてるし、イリヤスフィールちゃんは俯いて黙っちゃったよ。うーん。

 

「ちょっと喋って疲れちゃったから休憩させてもらっていいかな? 少し庭先でリフレッシュしてくるわ」

 

そう言って周りの反応を待たずにさっさと居間から出て宣言通りに中庭へ出て深呼吸をする。お通夜みたいな雰囲気は苦手なんだよな。

後頭部をかきながら大きく欠伸を一つ。そのまま深呼吸して全身を伸ばす。澄んだ空気が肺を満たして長い会話でぼけっとしてた頭が覚醒していく。

 

「家族……養子か」

 

実子が居るのに養子を迎える。何で養子なんて育てる事にした?

例えば嫁さんとの間に子供が出来なかったなら分かる。でもイリヤスフィールちゃんが居るのに士郎君を迎えてる。

 

「―――っあ」

 

思い出した。火災の原因を作ったのは衛宮切嗣氏で士郎君は被害者。

確か火災現場で誰か生きてないか探し回って士郎君を見つけて引き取るって話だったはず。つまり贖罪の意味もあったのか。

あれ? なーんか忘れてないか? 何だっけ?

 

暫く庭先を見ながら何かを思い出そうとしているとライダーが来て声をかけてきた。

 

「有香、彼等の話は一段落つきました。皆が貴方を待ってますよ」

「お? んじゃ戻るか」

 

ライダーが玄関へ向いた後に続いて歩く。多分この後、ヴァナディールの事に関して色々聞かれるんだろうなと、重い足取りで歩いていたら……右脇腹から槍が生えた。

 

「いっ―――っつ!」

「有香!」

 

直ぐ様ライダーが俺の異変に気付き反転、此方へ鎖付きの短剣を投げるがソレが俺の後ろに居る奴に届くよりも先に槍はより深く俺の腹へと突き刺さり襟首を握られ俺が盾にされてしまう。

盾にされた事でライダーの短剣が俺の左わき腹へ突き刺さりうめき声が漏れる。更に襟首を掴んでいた手は襟首を捻り首を絞めて来た。

脳への血流を止められ、たったの10秒程で目の奥の血管の脈動が分かるほど脳が酸素を求める。

 

「ライ……ダー」

 

その一言を最後に有香の意識は落ちてしまった。はやる気持ちを抑えながら両手に構えた短剣に力を入れ地面を蹴る。

まるで地面が爆発したような後を残して彼の腹を貫いたランサーの後ろを取る。しかし短剣を振るうよりも早くランサーは有香を中心に体を入れ替え彼を盾にする。

思わず振るう短剣を止めて距離を取ってしまう。あぁ、彼の血が流れる。

駄目だ。なんて―――――――――もったいない。

 

「やっぱりテメェ……最初の時より早くなってやがるな」

「何の事でしょう?」

「とぼけるかよ。まあ良いさ。今、用があるのはコイツだけだ」

「させません」

 

ランサーが動くよりも早く、鋭く。上から右から左から後ろから。あらゆる方向から速さを使って短剣で、鎖で、時に砂利で。

鎖の結界を作りながらランサーの動きを阻害する、駄目、彼の血が流れる。あぁ、何て、何て美味しそうな―――――――――。

血の匂いだけで動きが早くなる、限界を超えて動ける。今すぐあの槍を抜いてその血を啜りたい。

 

「邪魔デス。ランサー」

「っっが!」

 

鎖の結界を十全に使い、加速した全体重を乗せてランサーを蹴り抜く。蹴る瞬間に有香を取り戻しランサーはそのまま蔵まで吹き飛んだ。

取り戻した彼は意識が無い。貫かれた脇腹からは彼の生命が溢れてる。

体が熱い。息が荒れる。霊基が溢れそうになる。

 

「ライダー!」

「……セイバー」

 

気が付けばセイバーが近くに来ていた。

 

「大分気が立っている様ですが……中真有香は……」

「先ほどランサーが襲撃してきました。一応迎撃はしましたが……逃げた様ですね」

「そうですか、兎に角、中に戻って治療をしましょう」

「……えぇ」




リアルが忙しい&色々考える事があるので更新ペースは相変わらずですがどうにか続けています。
一応終わりがチラホラと頭の中で見えて来たので完結には行けそうです。



酷評も反映出来るかはさておいて、対応はすべき箇所の気づきとなるので実は結構ありがたく拝見してます。
ただ最近モチベがリアル事情で上がらないので評価やコメント等を出来ればお願いします。


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18話 奥の手

非常に遅くなって申し訳ない。
情勢的に仕事のやり方が変わったり、そもそも仕事に対してのモチベーション維持が難しく趣味に割く時間がなかったりと色々ありましたが何とかGWに投稿できました。
次はこれほど時間を空けるつもりは無い・・・はず。


ランサーの奇襲で中真が意識を失った後、彼は衛宮宅の居間にキズが見える形で寝かせられていた。

彼を挟む形で衛宮士郎と遠坂凛が傷を観察し、ライダーは傷を圧迫しながら溢れる血をタオルでふき取っている。

士郎と凛が傷の具合を見ているのに対しライダーは傷というよりそこから流れる中真の血に怪しい目線を向けているのはご愛敬だろう。

 

「遠坂、どうだ? 治せそう?」

「……手持ちの宝石じゃ直ぐにどうにかするのは無理。応急手当よりマシ程度かな」

 

士郎の問い掛けに厳しい顔で凛は返答する。実の所、彼女の宝石魔術ならば中真を完治させる事も可能ではある。

しかし先の見えない聖杯戦争の最中で限られた魔力込みの宝石というリソースを目の前の男に割り当てるべきではないと凛は考えた。

そうしていると士郎の後ろから覗き込む様にしてイリヤが口を出す。

 

「じゃあ私がやる?」

「イリヤ、出来るのか?」

「まかせて」

 

士郎に頼られたのが嬉しいのかイリヤは胸を逸らせながら自信に溢れた態度を取って見せる。返事の後、直ぐ様横たわる中真の傷の上へと掌を上にして差し出す。

イリヤが自身の魔術回路に魔力を巡らせると、回路が体表に薄っすらと浮かび上がるのが士郎の目から見えた。光はやがて腕から掌へと集まり光の雫となってイリヤの右手から零れ落ちていく。

落ちた光の雫は中真の体へと染み渡りじわじわと傷が塞がっていく。それと同時に中真からうめき声が漏れる。意識は無いが傷が治る事で痛みを感じているのかもしれない。

暫く幻想的な光景が続いた後イリヤの手から溢れる光が収まっていった。見た目にはそこまで変わってないが出血に関しては明らかに減り、今溢れてる分を拭ってしまえば殆ど出血は止まっていた。

イリヤは小さく息を漏らして士郎の膝へと座り込む。

 

「あ~もう疲れた! シロウ、何かデザート無い?」

 

魔術を行使していた先ほどまでとは打って変わり、外見年齢通りの仕草に思わず士郎は笑ってしまいイリヤに怒られる。その光景に毒気を抜かれたのか何かを聞きたそうにしていた凛は肩の力を抜いて中真の傷を診る。

肉体的な傷はそこまで癒えてないにも関わらず出血が止まり先ほどまで上げていたうめき声も小さくなったのが見て取れた凛はイリヤが使った魔術の概要に当たりをつけ流石アインツベルンの名家と思わずにいられなかった。

恐らく肉体ではなく精神面、アストラルボディ……魂と言うべき部分を癒したのだろうイリヤ。多分それは聖杯戦争においてサーヴァントの治療を意味する。

そんな手札を切ってまでこの男を治療したイリヤに信じられない気持ちと、何としても「 」へ至るという気概を感じずにはいられない。

仕方なく手持ちの中で小ぶりな宝石を使って魔術を使うワードを唱える事で手に持つ宝石から赤い光が部屋を満たす。それに気づいたイリヤと士郎が凛の行動に疑問を持つ。

 

「遠坂?」

「治せないんじゃなかったの?」

「治せないわよ。でも気付け位にはなるでしょ。こんな状況なんだから動けないよりはマシでしょ」

 

魔術の起動ワードを唱えた事で周りに漏れていた光は宝石から10センチ程度に収まり、光を押し当てる様に中真の額へと近づける。

するとまるで眠っていた所を無理やり起こされた様に手で目を隠しながら不機嫌そうに中真が目を覚ます。

 

「ん”ん~? あ?」

「いつまで寝てるのよ、元先生。さっさと起きなさい!」

 

寝起きに強烈な怒声を突き付けられ段々と頭が覚醒していくと同時に体から来る痛みを脳が認識する。痛みで一気に目が覚める。

 

「あだだだだっ! え? 何これ、めっちゃ痛い!」

「起きたわね、それなら後は自分でどうにかなさい。魔術師の端くれなんだからそれ位は出来るでしょ?」

 

そう言いながら凛は中真の傷口付近のタオルを圧迫する。

 

「いでででで! ちょっと、触んなよ! 痛いって!」

「何よ、アーチャーから聞いてるわよ。どうせ霊薬を持ってるんでしょ。後は自分で治しなさい」

「は? 霊薬? ……あぁポーションの事か」

 

上半身を起こしながら真っ赤に染まったタオルを剥ぐと普段皮膚に覆われて見えないはずの肉の色が見える。思わず眉を寄せてしまうが目をつぶりJOBの変更を行う。

メインJOBを【モンク】から【白魔導士】に切り替えて両手で背中と腹の傷を覆う様に手を当てる。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【ケアルV】」

 

両の掌から光が溢れ、見る間に傷口が盛り上がり塞がっていく。凡そ10秒もかからない間に何の触媒も用いず、自らの魔力だけで行使した魔術で背中から腹にかけて出来た穴が塞がってしまったのを見た凛が叫んだのも仕方がない事だろう。

 

「何よソレー!」

「何って……ナニ?」

「質問を質問で返すんじゃないわよ! あんたのその魔術よ! なんで貫かれた腹が数秒で完治してんのよ! よっぽど魔力を込めてるならまだしも何気なく使った魔術でそんな事が出来るなんて理不尽よ!」

「いや……昨日も言ったけど魔術じゃねーし」

「それでもよ! あーもう! アンタ自分で治療出来るんなら魔術なんて使うんじゃなかった! リソースが限られてるのに使うとか馬鹿じゃないの私?!」

 

その発言で自分の治療に遠坂が一役買っていた事に気が付いた中真は成程と納得してしまった。

ぼんやりと覚えてる知識で彼女が使える魔術には宝石が必要だった事。その少ないリソースを一部とは言え自分に使ってくれたのだろうと。

 

「わざわざ魔術を使ってくれたんだ……んじゃ何か適当にお返しをすっかねぇ」

「はあ? 小ぶりとは言っても使ったのは宝石で、しかも魔力が込められたものよ……それを教師の安月給で払える訳が……」

「いや、金は無理。離職したばっかだし貯金崩せねえよ」

 

思わず顔の前で手を振って否定してしまう。この辺の金銭感覚はどれだけ稼ぐようになっても変わらないのはヴァナディールの冒険者時代から分かってるとはいえ、自分で言っててちょっと情けなくなる。

 

「だから代わりにコレの中から1つやるよ」

 

そう言って中真が影から出したのは所謂原石だった。赤石、透石、翠石、黄石、紫石、藍石、白石、黒石。

初めはそんな石を貰ってどうするのかと言っていた凛だが中真がこの石から宝石を取り出すと言うと興味を示しだしたのでヴァナディールでの彫金の事を教える。

クリスタルと呼ばれるエネルギーの結晶体。ソレを使って使用者のイメージを物質に反映させるという無茶苦茶な生産方法に頭をくらくらさせながらも宝石が手に入るのならと凛も納得した。

ヴァナディールの世界では彫金スキルを持つ者なら割と手に入れる事が安価だった宝石だが此方では貴重品。何かの時に買った原石だがこんな時なら良かろうと出したが凛はその後に出したクリスタルの現物に興味が引かれた。

しつこく聞いてくるのでクリスタルには属性があり用途に応じて使い分けるという事を言うと一通りのクリスタルを見せろと言ってきたので仕方なく8属性全てを見せた。

属性が8つという事に凄く驚いていたが気にせず1つだけ譲る事にした。大分悩んでいたが最後に選んだのは火のクリスタル。深く考えずに火のクリスタルを渡すと語尾を強めて「取引成立よ!」と言ってかなり喜んでた。

何がそんなに良かったのか分からず仕舞いだが本人が納得しているので問題は無かろう。遠坂さんがクリスタルを貰って喜んでいるのを眺めていたらイリヤスフィールちゃんが「私には?」と上目遣いで訪ねて来た。

 

容姿が子供+上目遣い……こいつは自分の使い方を心得てますね……。

 

話を聞けばどうやら本格的な治療をしてくれたのはイリヤスフィールちゃんの様なので此方にはもうちょっと良い物を渡したいが……何が喜ばれるのかさっぱり分からなかったので取り合えず無難に食べ物、フィクリカゼリーを取り出す。

異世界の食べ物という事で珍しがってくれたが味に関してはそこまでじゃないっぽい。まぁ味はイチジクのゼリーに近いからな。

欲しい物が何か無いかと聞いてみると

 

「健康かな~」

 

という答え……いい年したおじさんみたいな事言うなこの見た目幼女。うーん、健康……体調回復……長寿……。

 

「あっ」

「え?」

 

思わず手を叩いたので周りの全員の目が集まったが気にせず影に手を突っ込んで目当ての物を取り出す。あの人が欠かさず飲んでたアレをやろう。

 

「ほい、コレを上げよう」

 

俺から渡された物を両手で抱えて目を瞬かせる。しかし健康ってワードで良く思い出せたなコレ。

 

「……ミード? 何でミード……蜂蜜酒なの?」

「いや、健康が欲しいって言ったからコレかなって」

「あの……ユウカ。そのミードってもしかして……アムリタですか?」

「お? ライダーも知ってるの? 健康が欲しいって言われてコイツの効果思い出したんだよね~。実際マート老なんか毎日健康の秘訣とか言って飲んでたしきっと効果あるよ」

 

ライダーの一言で全員の目がイリヤスフィールの持っている蜂蜜酒……アムリタに注がれる。と思ったら何か女性4人が台所の方へ集まって話し始めた。

 

「ねぇ、どう思う? コレって本物かしら?」

「いや……私に聞かれても判断出来ないわよ。でもアイツが持ってる物の価値ってアイツが一番判ってないんじゃないの?」

「多分ですが、恐らく本物かと……。ユウカの場合は道具が如何に戦闘で役に立つかという点で収集している節があるのでその他の効果は二の次になっているという事では……」

「先生って色々と規格外ですからねぇ……」

 

何か色々言われてる気がするが畳の上で横になって奇襲への対策を考える。ぱっと思い浮かぶのは装備品だが普通の装備品を付けたままで生活なんて出来ないからアクセサリー群か。

指輪やピアスを使えば良いんだけど……そっと耳を触るがそこに穴は開いてない。ヴァナディールの世界でも結構な間ピアス穴を開けるの嫌ってたから当然か。

一先ず【守りの指輪】と【ヴォーケインリング+1】を両手にそれぞれ付け、【ストンチタスラム+1】を懐に忍ばせた後【ロリケートトルク+1】を首に着ける。

これで最低限のダメージカットは付けたが……ピアスなぁ。悩んでも解決しないし取り合えず穴を開けてしまうか。

 

「よし、ライダー! ちょっと俺着替えてくるから後で運転頼む」

「え? 何処へでしょうか?」

 

急に声をかけられたのでびっくりしたライダーが目を広げて此方を見る。そんな驚き顔にちょっとだけ嫁の面影を見て思わず笑ってしまう。

 

「ちょっと病院まで」

 

 

 

 

 

ライダーの運転で病院に着いて30分もしない内に穴開けが終わった。ヴァナディール時代だとでっかい針で穴をあけるってんだからかなりビビッたのを思うとやっぱ技術の進歩って大事だと思う。

病院から出てライダーが待つ車に乗り込んで直ぐにサイドミラーで穴を確認しながらピアスを付ける。

 

「あの……ピアスの穴を開けに病院へ?」

「そうだよ」

「何故こんな時にピアスを?」

 

ピアスを片方付け終えてもう一つのピアスをライダーに渡して見せる。

 

「奇襲対策って言っても気休めだけど付けとこうって思ってさ」

「コレをですか??」

「うん、ちょっと面白い効果があってね。お守りだ」

「そう……ですか」

 

不思議がりながらライダーが返してきた【玄冥耳飾り】の片割れを付ける。これで約3割のダメージカットなので気休め程度にはなるだろう。

そのまま車でショッピングモールへ行きぶらぶらして着替えを何点か買う。その後軽食を済ませて衛宮宅に戻り始める頃には既に日が傾き、町は夕焼けに染まっていた。

 

 

 

車を走らせ目的地までそう遠くない場所まで来た頃、唐突にライダーが急ブレーキで速度を落とし道の真ん中で停車してしまった。

何事かと横を見ると彼女の服は平時のソレではなく戦闘時にのみ見る服装へと変わっていた。

停車と同時に淀みなくシートベルトを外したライダーはそのまま車を降りる。それに倣って有香も車を降りてライダーを見ると彼女は前方を睨んでいる。

そちらに視線を向ければランサー、その後ろには言峰神父と金髪の男。周りへ視線を向けるも人処か車一台通っていない。

人払いの魔術、またはその延長にある術を使っていると当たりを付けてライダーに近寄り小声で話す。

 

「ランサーのクーフーリン、言峰綺礼、最後のは……多分アーチャー」

「アーチャーは……いえ、分かりました。では遠距離での攻撃もあると想定して動きます」

 

遠坂の契約サーヴァントがアーチャーであり同一クラスが2基同時に出る事はありえないと聖杯から与えられた知識が否定するが、ライダーは何故か彼の言葉を信じてよいと受け入れた。

そんなライダーの返事を聞きながら有香は視線を再び相手へ向けて考えを巡らせる。

あのアーチャーはぼんやりと覚えてる知識の中で武装が厄介な相手として覚えている。かなり出鱈目な存在で無茶の効く相手だと。

警戒すべき相手とだけは何となく分かるが具体的な攻撃法がさっぱり思い出せない。暫く向こうを睨みつける形で見ていたが頭を切り替える事にした。

 

下手にアーチャーに気を取られるよりランサーと正面からぶつかった方が良かろうと思いなおす。しゃがみ込み影から竜騎士での使用武器「アラム」を取り出す。

合わせてJOBを竜騎士/忍者に切り替えてからリレイザーを飲み干す。口元を袖で拭いながら大きく息を吐く。

槍を右手に左手で頭を掻きながら前へ出て相手まで30メートル程の場所まで進むとランサーが声をかけて来たので足を止める。

 

「よぉ。まさか三度も仕留め損ねるとは思わなかったぜ。さっき呑んだ奴がカラクリの種か?」

「からくり? 何のことか分からんけどさっきの襲撃は本気で焦ったよ。逝きかけた」

「そうかよ。所で今回は槍で戦うのか? 後で後悔しても待ってはやれないぜ」

「んー、個人的には今すぐ回れ右して逃げ帰りたいけどさ、そうするとアンタ追いかけてくるだろ?」

「まあな、何せマスターが出張る位には気合が入ってるからな」

「うん、だから正面から行くわ。多分だけど足を止めるだろ?」

「……良いねぇ。そう来なくっちゃ」

 

喋りながら緩やかに、自然な動作で両手槍を取りまわして両の手に抱えてランサーを見る男にクーフーリンは思わず笑みを浮かべて槍を構える。

ランサーの後ろに居る二人は動かず、又ライダーも同様に動かなかった。

少しの語らいの後、同時に動き出したランサーと有香が激しく体の入れ替えを繰り返しながら戦っている最中、ライダーは目の前で戦っている有香と『交信』していた。

ランサーとの交戦に入る前に密かに渡された携帯電話を弄ってライダーは桜の携帯へと発信。そのお蔭でライダー達が敵と交戦中である事は実に現代的な手法で他のサーヴァントへ伝わっていた。

そしてランサーと交戦中の有香は、いずれ援軍が来る事を見越して守り主体の戦闘を行っている。防戦一方ではなく時には攻め、守り、受け流す。

その攻防が気に食わないのかランサーは段々と眉間のシワを深くしていく。

時間にして凡そ10分に満たない戦闘はランサーからの攻撃中断という形で幕を閉じ、忌々し気にランサーは口を開く。

 

「攻めるつもりが殆どねぇな。それに勝つ気もないと」

「ふー。お察しの通り」

 

急なインターバルに有香は大きく息を吐き出しながら呼吸を整えていく。動いていた時間は僅かだが額には玉の様な汗がびっしりと浮き出ている。

そんな有香を値踏みしながらランサーは槍で肩を叩きながら言葉を紡ぐ。

 

「攻めっ気が無いのはこの際置いておくとして、テメェの動きは何だ? 何か妙に隙があるというか『足りてない』感がある」

 

ランサーの一言に思わず目を開く。今有香がメインJOBに設定しているのは『竜騎士』名前の通り竜と共に戦う者であり戦闘も当然同時に行う。

前情報なんて何一つ無い中で戦っている相手の挙動だけでソレを大まかに言い当てるという離れ業を当たり前の様に行って見せる……そんなランサーの戦闘センスというものが自分とはかけ離れてる事に言葉を失ってしまう。

そもそも有香が数あるJOBの中から竜騎士を選択したのは主兵装が槍でありランサーと同じ間合いであればランサーの興味を引いて多少なりと足止めが可能だと踏んだからであり勝てるなどは微塵も考えてない。

正直に言えば槍だけで何処までやれるのか試していた部分もあったので言い当てられたのはかなりびっくりしてる。

 

「いやー、流石ランサークラス。持ってるセンスが違うな」

「っけ。こんなもん俺の同郷なら誰だって判るさ、そんなこたぁ良いからさっさと何か出せよ。そうすりゃ多少はまともな闘いが出来るんだろ?」

 

ランサーは呆れ交じりの視線を飛ばしながら言葉後半になるとその目線は真剣味を帯び、言外に槍を持っていない時の方が良かったぞと語りかけてくる。同時に口元は歪み期待が込められている事が分かる。

元々は平凡な日常を歩んでいた有香だが最初の世界でも格闘技は多少齧っていたし、ヴァナディール世界では冒険者として常に闘争の中に身を窶していた。冒険者として活動していく内に戦う事の快楽をや強くなる事への楽しさ等を覚えもした。

恐らく目の前の漢は時代や環境がソレを一般的だとしていたのだろうと見当がつく。何となくではあるがあの世界での冒険者達と似たような雰囲気があるのだ。

相手は槍の使い手で自分よりも巧みに操ってくる。『目の前の漢をびっくりさせたい』そんな欲求が知らず知らずの内に有香の中に湧いてきていた。大きく深呼吸を一度してから改めて槍を構える。

先ほどの様に自然体では無く槍を体の左に構えて腰を落とす。下半身に力を貯めながら相棒を呼ぶ。

 

「ギズモ!ご指名だ!! 【コールワイバーン】!」

 

叫び声と同時に有香は前へ飛び出しランサーの頭を正面から狙うがランサーは一瞬で身を沈めて意趣返しと言わんばかりに下から有香の顔を狙う。やはり先ほどまでは加減をしていた事が分かる槍の速度に冷や汗を掻きつつ、槍に添えていた左手を外し回避と同時に反撃を狙う。

右足を軸に体を開く事で回避は成功したものの石突での反撃はランサーが突きの途中から防御姿勢に切り替えた事で易々と受け止めて防がれてしまう。さらにランサーは槍を受け流しながら足元を自分の槍で薙ぎ払ってくるので堪らず後ろへ下がる。

当然の様にランサーが追撃を仕掛けてくるがソコへ上空からランサーへ向けて炎が襲い掛かる。持前の俊敏さで炎を回避するが炎を放った相手を見て驚いた顔を見せる。

 

「ほぉ、こりゃ驚いた。飛竜か」

「サンキュー、ギズモ。助かった」

 

竜騎士の相棒であるワイバーンのギズモが肩に留まりながら『どういたしまして』と言わんばかりに一鳴きし、有香が相棒の頬を撫でる。相棒の重さを感じながら槍をもう片方の手で取りまわす。

それは決して素早い動きではないが淀みなく間違いなく槍を自分の一部としている者の動きだとランサーは見て取った。暫く飛竜を撫でていた手をゆるりと垂らし、取りまわしていた槍を両の手で握ると全身から力が抜け先ほどまでランサーと対峙していた時と相手の視線の置き方が変わっている事に気が付く。

これが相手の本来のスタイルだろうと口元が歪む。相手は全体を俯瞰して見るような目線になっている事から飛竜との連携を前提とした攻撃を繰り出してくると予想したランサーは当然の様に有香と飛竜の両方を視界に入れて身構える。

ランサーは有香がほんの少し前傾姿勢になり攻撃が仕掛けられるのを予感し下半身に力を籠めるが次の瞬間には視界に捉えていた相手がブレて消えた。視線を外した等ではない事は視界に入れてる飛竜が動いていないので間違いないが少なからず驚き身が強張る。

次の瞬間、ランサーは感で下半身に貯めた力を開放して左へ跳ぶ。すると跳んだと同時に今まで立っていた場所に槍を突き立てる形で有香が居た。

舌打ちをしながら相手は下がろうとする所にランサーが追撃をかけようとするがソレを阻止するように飛竜が炎のブレスを放ってくるので避ける為にランサーは下がる事を余儀なくされる。

数は二対一、更に向こうには空中を自由に躍る飛竜のブレスがある。全方位から遠近両方で来る敵。生前の戦争を思い出すようなシチュエーションを目の前の一人と一匹が作り出している。

初め違和感を覚えた槍術で、型にはめたような使い方だったが飛竜が居るのであれば逆に納得してしまう使い方だ。

更にどんなやり方か分からんが自分の目から一瞬で消えて見せる攻撃法。アレが相手の決め手なのか、それとも見せ技なのか。

自身の口角が上がるっていく事を自覚しながらも思考だけはどんどん加速していく。やはり目の前の男は当たりだったと心が躍る。

 

有香は【ジャンプ】が避けられた悔しさと共にアビリティが通用するという事実に少しだけ心が躍る。元は争いを好む性質ではないし出来る事なら楽に生きたい。

そんな人間でも長い年月を争いの中で過ごし、体を鍛え、荒事も含めて仕事として熟していれば闘争に多少なりと楽しみを見出す事はある。子供の頃に憧れた強い男というヴィジョンはヴァナディールという世界では実際に一定層は居るし、冒険者としては必要なスキルだった。

仕事人間というか根が真面目というか、元々はそんなに運動が得意ではなかった有香だが人間追い詰められたり環境が整うとソレを当たり前の様に熟すという事をあの世界で言葉の意味を身をもって体験していた。尤もソレ故にこの聖杯戦争に意味を見出していない側面もあるのだが。

息を整えて両手に持ってた槍を左腕のみで逆手に握る。更に背負う様に槍を移動し無手の右手を前にする様に半身に構える。

 

示し合わせたように同時に駆け出しランサーの間合いに入った途端、腹に向けて突いてくる切っ先を右手で逸らしてその勢いのまま更に踏み込む。切っ先を反らした上半身の反動を使い背負った槍で薙ぐがランサーは上体を反らし、そのまま有香の顎を蹴り上げる。

認識外からの一撃に意識が飛びそうになるのを気合で持ち堪えて振り抜いた槍を半ばで右手に持ち替え体重をかけて振り下ろすも、蹴りの勢いのままバク転で距離を取るランサーに避けられてしまう。追撃にギズモがブレスを吐き、その隙に【スーパージャンプ】ではるか上空へ上がる。

 

また一瞬の隙で有香が自分の視界から消えて見せた事に悔しさを感じながらも目の前の飛竜からの攻撃を往なす。ブレスや爪、時折尻尾での攻撃をしてくるが単体で見ればソレほど脅威とは見れない。

勿論竜種なので一撃は重く片手間に相手して良い類のものではないがソレでも単体なら何とでもなる程度だ。飛竜の爪を槍で受け止め跳ね返した際、首筋に刃物を宛がわれた様な感覚を感じて受け止めた姿勢のまま首を庇う様に槍を首に背負う。

次の瞬間相手が首を狙って槍を振り下ろしていたのを激しい金属音と共に受け止める。

 

「クソほど重てぇな!」

「コレを受け止めるとかマジかよ!?」

「って、熱っちぃ!!」

 

有香は【スーパージャンプ】を受け止めたランサーをあり得ないと驚きながらも受け止められた槍を足場にして跳ぶと同時にギズモのブレスがランサーを襲う。流石に受け止めた槍を足場にされた状態から即座に避ける事は出来ないようである程度ブレスを浴びてしまっている。

とは言えある程度で済ませてしまっているのがランサーの技量を物語る。普通なら小型とは言えドラゴンブレスをある程度浴びたのなら火傷の重症度で言えばII度と呼ばれる熱傷深度は免れないのだがぱっと見、彼は火傷らしい火傷を負ってない。

火に対する耐性が高いのか炎があまり効いてない。突きと払いを基本に棒術や格闘、更にギズモとの連携を織り交ぜながら思考する。

ランサーの属性に対する耐性は炎以外も高く他属性のドラゴンブレスを行っても大してダメージにならない可能性がある。というか属性によっちゃ逆に回復しそうなのでギズモのブレスを決め技にするには厳しい。

小手先の技で何とか場に留めているがそろそろ出せる技も少なくなってきた頃、金色の剣が此方に向かって飛来。俺を貫いた瞬間、ダメージを肩代わりして常時展開していた分身の一枚が破られる。

ついに動き出したかとランサーを警戒しながらレザーパンツとジャケットを身に纏った金髪のアーチャーを見据えるとちょっと驚いた顔をしていた。正直近距離戦だけで手いっぱいなので援軍の到着が待ち遠しく思いながらもランサーと交戦を続ける。

 

「だー、くそっ! ランサー、アンタのお仲間にチャチャ入れるなって言っとけや!」

「っは! アイツがこっちのいう事を聞く玉かよ! むしろさっきのを無傷で済ますとかやるじゃねぇか!」

「殺し合いしてる奴に褒められるって変な気分だよな!」

 

悪態を付きながら称賛されるってあのアーチャーはどんだけよ。そう思いながらもランサーの槍捌きが苛烈になっていく。

 

「そらそら、アイツが手出ししてくる暇が無い位に上げていくぜ!」

 

そう宣言した途端にランサーの動きが段々と、正確には2回攻撃する度に速度が上がっていく。思わず一昔前の人気俳優の台詞を使って制止を訴えそうになったのは悪くないと思う。

 

「っちょ! スピード上げすぎだろ!」

 

上半身への突き、突き、突き、突き、からの足先に対しての突き、と思えば顔面に対しての薙ぎ。速度が上がり過ぎて防戦しか出来ねぇ。つーかギズモのブレスや近接に対応して更に俺に攻撃仕掛けてくるってお前の速度どうなってんの!?

一気に攻撃速度が上がりソレに対応する為に必死に体を動かすが余りの速度に受け流すだけで一杯々ゞ、というか無理やり対応する為に速度を上げたせいで呼吸が浅くなり酸素が持たん。

時間にして凡そ30秒。その間に攻撃速度が約3倍程に上がったランサーの槍は二度、俺の体を貫いたが分身の術がダメージを受け持ってくれた。そのお蔭で如何にかランサーの槍を弾いて距離を取る事が出来たがたったの30秒で息は乱れて汗も尋常じゃなく溢れる。

荒い呼吸を整えながら手だてを考えるがあの速度は流石にどれだけドーピングしても追いつけそうにない。つーかジョブに縛られ状態じゃ無理なのが痛いほどわかる。

 

「っへ。どうした? 無手の時に比べて大分やりにくそうだな?」

「そりゃまぁ? 状況が違うからなぁ。つーか想像以上にあんた速過ぎだよ」

「そらどうもっと!」

 

掛け声と同時に飛び込んでくる突きを受け流そうとするが間に合わず左肩を貫く。痛みに耐えながら如何にか右手で握り込んだ槍を使い反撃をするもあっさりと避けられて距離を開けられる。

 

「成程。この位がオメーの限界速度か、無手の時を参考にしてたからっよ。もちっと上があると思ったんだが……コレで詰みか?」

 

余裕のランサーに対して槍を持って警戒するが関節を貫かれた左肩の所為で力は入らず、腕を持ち上げる事も出来ない。柳洞寺での戦闘と先ほどまでのランサー相手で、ある程度は通用するなんて思っていたが明らかにまだ余力のあるランサー相手に出し惜しみすると死ぬ未来しか見えない。

焦りが心を塗りつぶし始めたがライダーとの交信で援軍が直ぐそこまで来ており1分と待たずに到着すると連絡があった。それを受けて先ほどまでの焦りと不安から来る腹痛が無くなった。

だが本気のサーヴァント相手だと此処まで一方的になるのかと思いながら余力を残すという考えを捨てて、右手に持った槍の穂先を地面に向けて突きたて大きく息をする。

 

「ギズモ、【送還】」

 

その一言でギズモの体は光の粒子となり大気へ溶けるように消えていく。あわせて取り出したハイポーションを傷口にぶちまけて傷を塞ぐ。

回復するのを何も言わずにランサーは見ている。まるで今からやる事を分かってるかの様に『さっさとしろ』と言わんばかりに口角を上げて槍で遊んでる。

思わず笑って体の力が抜けた所で突き立てた槍も影の中へしまい込む。再度深呼吸をしてから体に不備が無いかを確かめるように手足や肩、腰等を動かして骨を鳴らして息を吐く。

 

「マート老、使います」

 

そう呟いてから今まで付けていた【JOB】を全て外す。ジョブを外した傍から自分の手足が躰がミチミチと音を立てて膨らんでいくのが分かる。

体格が総じて一回り大きくなり感覚が先ほどまでの比ではないほど鋭敏化していく。躰の肥大化が終わったと同時にアスファルトを砕きながら跳躍する。

先ほどまで竜騎士で使っていた【ジャンプ】を利用してのストンプ攻撃。が、やはりランサーには避けられる。

直ぐに追撃で【コンボ】、【短勁】を放つが槍で旨い事防がれたので【ためる】からの【夢想阿修羅拳】で何発か入ったので距離を取るために【空鳴拳】を打つ。するとランサーは自ら後ろへ跳んで空鳴拳のダメージを殆ど相殺して槍を構えなおす。

 

「っく、クハハハハッ! 何だ、やれば出来るじゃねぇか。出し惜しみしてたのか?」

「馬鹿言え。奥の手だから使いたくねーんだよ(反動あるし)」

 

口には出さないがジョブ無しで戦う技法はマート老に教わった。といってもあの人程に武を収めていない俺だと本来ジョブという枠に収めている技能が自分の躰に跳ね返り反動で動けなくなる。

因みに躰が一回り大きくなっているのが跳ね返った結果。これを解除した後はアホみたいにしんどいし倒れるが、此処で使わないと時間稼ぎすら出来ずに終わりそうなので出した。

悪態をつきながら【プロテスV】【シェルV】【空蝉の術:参】を使い【マイバック】から【エクスカリバー】【イージス】を手元に呼び出してランサーへ突っ込む。

右袈裟懸け、からの踏み込んでシールドバッシュを行いつつ剣を引き戻し勢いのままに喉狙いの突き。コレを悉く躱し流し突きに合わせて反撃してくるランサーの槍をイージスで流しながら盾で殴る。

受け流そうとランサーが後ろに飛ぶが逃がしてたまるかと追撃の【ファストブレード】を繰り出す……いや、繰り出そうとした。だが次の瞬間にはランサーへ追撃を仕掛けようとしていた右腕は持っていた剣ごと吹き飛び十を超える刀剣が俺を貫いていた。

 




何か毎回主人公ぽっくり逝ってるな。
ひどい目(逝く)


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19話 試練

えー、今回は若干の原作キャラ強化や性格の下方修正(?)が入っております。
また性的な表現も分かりにくいですが入ってますのでご注意ください。


有香が奥の手を出す暫く前、桜の携帯電話が鳴る。ソレを取ったのは持ち主の間桐桜……ではなく遠坂凛だった。

 

「はい、もしもし」

 

ナチュラルに携帯を取る辺りに妹がハイライト無しの目で反応しているが凛は気が付かない……というより電話口の相手が何の反応も無いのが気にかかる。

 

「もしもし? もしも~し?」

「凛、少し貸してみろ」

 

見かねたアーチャーが現界して受話器を受け取り耳に当てると声を発する前に沈黙してしまった。その事に凛と桜は怪訝な顔をして問いかける。

 

「ねえ……ちょっと。何で黙り込むのよ」

「あの……誰からの電話なんでしょうか?」

「着信はあの元教師だな……凛、あの二人が出かけてからどれ位経つ?」

「は? 出かけて……昼過ぎに出てるから1時間位かしら?」

「雪布病院に行くって言ってましたからもう帰ってくるんじゃないですかね」

「……なるほど」

 

居間の壁に掛けられた時計を見ながら携帯を耳に当てて一人納得顔のアーチャーに速く説明しろと凛は言う。ソレを受けてアーチャーが口を開けば電話越しに戦闘音が聞こえるとの事。

 

「それってつまり二人からのSOSって事じゃない?! 何でアンタはそんなにのんびりしてんのよ!」

「わ、私、先輩呼んできます!」

「何、あの男ならある程度は持たせる事位は出来るだろう。勇んで浮ついた足取りで駆けつけるよりもきちんと準備をしてから向かった方が良かろう」

 

ああ言えばこう言う自分のサーヴァントに凛はカチンと来るが言ってる事はまともなので一息ついて冷静を取り戻す。こちらの戦力はセイバー、アーチャー、バーサーカー、ライダーにマスターが4人。

思案していると話を聞いた士郎、セイバーが来たので直ぐにキャスター組に連絡を取る様に言うと固定電話から誰かに連絡を入れている。おそらく葛木の携帯に電話しているのだろう。

これでサーヴァントが6基、アサシンは動けないとして相手は消去法からランサーのサーヴァント。相手マスターは……恐らく言峰綺礼の可能性が高い。

認めるのが癪だがあの元先生は有能だ。魔術師としてみたら出鱈目だけど物事を冷静に見て何かを導き出すという点では私、遠坂凛の知る大人の中では群を抜いている……と思う。

だから元先生が綺礼に対してあんな事を仕掛けたのにも理由がある?

昨日の夜に流れた速報では言峰綺礼が指名手配をされ『教会の地下に繋がれた子供、笑顔の裏に潜むその凶悪犯の心理』等と報道されていた事から魔力を搾り取る為に人間を飼っていたと推測出来る。じゃあ何のため?

サーヴァントに十分な魔力を提供する為……でもそれだとニュースの中で「生きるか死ぬかギリギリの食事しか与えられず骨と皮の様な姿」と報道されたのは可笑しい。聖杯戦争が始まってまだ数日しか経過していないのに骨と皮だけに見える程に拘束時間が長い訳が無い。

答えが見えてこないがあの綺礼の事だから碌な事では無い。自分が考えている以上に悪い事が起きてる事を想定するべきだと勘が告げている。

 

「衛宮君! アインツベルンも直ぐ呼んで! 勘だけど総力戦で行くわよ!」

「え……っと、遠坂? 中真が襲われてるんだよな? 早く行かなくていいのか?」

「綺礼の奴が今回の聖杯戦争に深く関わってるのよ……」

「教会の神父だよな。それがどうしたんだ?」

「運営側って認識だったけどよく考えたらそうじゃ無いのかも。……すごく嫌な予感がするの、戦力を集めておいた方が良いわ」

「……分かった、確か近所のコンビニにセラ達と行くって言ってたから迎えに行ってくる」

「出来るだけ急いで頂戴」

 

返事もせずに出ていく衛宮を見ながら遠坂の思考は段々と加速していく。今回の聖杯戦争、言峰綺礼の不可解な行動、そして彼女はふと思いついてしまった。

『前回の聖杯戦争に綺礼は参加していたのか?』 一度考えると色々と怪しく見えてくる自分の兄弟子に背筋が冷える。信用はしていないながらも、少なからず多少は信頼していたがここに来てその相手が信頼できなくなってくる。

まるでダイビング中に酸素ボンベを取り上げられる様な息苦しさを感じながら彼女の思考はどんどん悪い方へ考えが膨らんでいく。「そんな」「まさか」といった『if』は元々優秀だった彼女はある可能性を導き出す。

あり得ないと思いながらも頭脳明晰な彼女はその考えを捨てきれないままに戦場へ出向く支度を整える。

 

 

 

「もしもし?セラか?」

『どうしました? 衛宮士郎。わざわざ携帯で』

「今三人で近所のコンビニに居るよな?」

『えぇ』

「今さっき電話がかかってきて中真……イリヤが傷を治した人居ただろ。アイツが今サーヴァントに襲われてる、全員で助けに行くからイリヤとバーサーカーにも手伝ってほしい」

『わかりました。お嬢様にそうお伝えしましょう。どこで合流しますか?』

「俺がそっちに向かってる。ソコで合流してから一度家へ戻る」

『待って下さい。今は衛宮士郎、あなた一人ですか?」

「そうだ」

『……直ぐに家に戻りなさい。こちらはお嬢様を連れて直ぐに貴方の家へ向かいます。』

「いや、でもな」

『戻りなさい。これはお嬢様の命令と思いなさい。伝えた時に戻っていなければお嬢様は貴方にお説教をする必要が出てきます』

「わ、わかった……戻るよ」

 

駆け足で向かっていた脚を止めて電話を切る。中真の忠告通りイリヤ達に携帯を持たせておいて良かったと思いながら士郎はイリヤが一緒じゃない状態で戻ると遠坂が煩そうだなと考え足取りが少し重くなったのはご愛敬だろう。

士郎が家へ帰り付くとソコにはキャスターが、更には先ほどまで確実にコンビニに居たであろうイリヤ一行が既に帰宅していた。

 

「衛宮君遅い!」

「え、えぇ……何でコンビニに居たイリヤ達の方が俺より早いんだ?」

「何でってリズに背負ってもらったから」

「だから言ったのです、直ぐに戻れと」

 

あっけらかんと言うイリヤとヤレヤレと言わんばかりの溜息を吐くセラ。そんな二人を見て肩を落とす士郎を見て空気を入れ替えるように遠坂が両手を叩いて全員の注目を集めて準備を進めていく。

必要な物が揃った所でサーヴァントは全員が戦闘態勢、マスターも戦闘に必要な道具や触媒を持ち戦える心構えを済ませていた。場所に関してもアーチャーが既に電話口の戦闘音、そして反響具合からある程度目星を付けて屋根の上から町を観察し場所を割り出している。

準備を完了させた全員が各々のサーヴァントの力を借りて最短で戦場へ駆ける。

 

 

 

 

 

有香とクーフーリンの戦闘を高みの見物と言わんばかりに屋根の上から眺めるギルガメッシュと言峰綺礼の姿があり、ギルガメッシュに至っては黄金の椅子に座り眼下の戦闘を肴に酒を飲んですらいる。先ほどのちょっかいをあの男が凌いだのが面白かったのかとても機嫌が良い。

 

「くははははっ、見ろ言峰! まるで出来の悪いヒーローショウだぞ! あ奴変身しおったわ!」

「中々興味深いな。先ほどの宝具を受けた後にソレ自体を無かった事にしたのも気になる」

 

暫く笑っていたギルガメッシュが不意に笑いを収めて酒を煽る。

 

「……どうやらお前の客が来た様だぞ、言峰」

「ふむ、少し彼等と話してくるが……ギルガメッシュはどうする」

「よい。お前はあの雑種どもと戯れていろ。我はアレに興味がある」

「ふっ、仰せのままに」

 

言峰の戯言に付き合うつもりは無いので自由にさせる。それよりもアレだ。アレは人だ……だが中々面白い中身をしている。

中に何人入れているか分からんが少々特殊なモノも入っていよう。我が手を出す価値があるものか……。

 

「さて、少し試練を与えようか」

 

 

 

 

 

衛宮一行が各サーヴァントの背に乗ったり抱えられ、もう直ぐ現場に到着するという所で飛来する何かを感知したセイバーは士郎を地面へ下ろして飛来物を剣で迎撃する。甲高い金属音を響かせて迎撃されたソレは黒い十字架を模した剣だった。

 

「やあ、少年。参加の意思を表明して以来か?」

 

警戒したセイバーと士郎の前に現れたのは何時ぞやに会った言峰神父。相変わらず何を考えているのか分からない表情で士郎を見据えながら物陰から這い出る様に体を現す。

 

「どいてくれ、あんたに構ってる場合じゃないんだ」

「ほう? 何か急ぎの用かね?」

 

士郎がニヤニヤ顔の神父にいら立ちを感じながら肩から下げたバックに手をかけると近くの建物の屋根から遠坂が下りて士郎の目の前に立つ。遠坂が出て来た事で士郎の手は止まる。

 

「ねえ綺礼、エセ神父であるアンタが今この場に居るのはどうして?」

「凛、監督役の私が此処に居る事が疑問かね?」

「ええ、平時なら兎も角アンタは既に犯罪者として一躍時の人よ。教会も別の監督役を送ってくるだろうし魔術協会だって他の人間を送ると連絡してきたもの、なのにアンタは相変わらず此処に居る。何が目的なの」

「ふむ……理由の言語化か。中々難しいな」

「また誰かのトラウマでも抉ろうっての?」

「そうだな、ソレもある」

 

そう言って言峰は周りを見回して見る。

 

「セイバー、アーチャー、それにバーサーカーか、随分と集めたものだ。凛、君は自分の力だけで聖杯戦争を生き抜くのではなかったのかね?」

「通常の聖杯戦争ならそうしたわ、けどアンタが裏で糸を引いてるなら話は別よ」

「ほぅ、私が糸を引いていると……」

「多分だけど……あんた前回のマスターの生き残りでしょ」

「遠坂?」

 

行き成りの凛の推論に士郎は戸惑うが言峰は手で口元を隠すが目が笑っている事を隠せていない。少なくない付き合いの凛には自分の推論が当たっている確信を得ると同時にもう一つの最悪のパターンを確かめずにはいられない。

魔術刻印を起動させ何時でもガンドを撃てる体制で問いかける。

 

「もう一つ……お父様を殺したのはアンタなの? 綺礼」

「えっ? 遠坂の親父さん?」

「さあ! 答えなさい!」

 

気迫の籠った遠坂の問い掛けに対して言峰がとった行動は『堪え切れずに笑う』だった。肩を震わせながら静かに、だがとても嬉しそうに口元を隠して腹を抑えながらも楽し気に笑う。

ひとしきり笑った言峰はまるでネタ晴らしだと言わんばかりに手を広げ言う。

 

「そうだ」

「~~~~ッ!!!!」

 

半ば予想していた答えに遠坂がガンドを放つが言峰はその軌道を当たり前の様に見て避ける。立て続けに放たれるガンドの連射をほんの少しの体捌きだけで避けきる言峰に凛は歯噛みをし、士郎は目を見開いて驚いている。

遠坂のガンドを避けていた言峰に士郎の横を駆け抜けセイバーが上段から斬り付けると手元から何かを出したと思えばソレは行き成り刃が成形される。セイバーの剣を受け止めると一瞬だけ拮抗するが直ぐに砕けてしまうがその一瞬で言峰はセイバーとの間合いを開けてしまう。

神父の体捌きに唖然とする士郎に対して歪な笑顔を崩さぬまま語り掛ける。ガンドとセイバーの剣劇が入り乱れる最中で神父は尚も士郎に注意を注ぎながら。

 

「どうした少年? 君は何もしないのか?」

 

自分と相手の実力差に唖然としながら何故この男が自分に固執しているのか士郎にはわからなかった。答えが出せず呆然としているとアーチャーの援護まで追加されると流石に捌くのが難しいのか数回被弾し怪我を負う。

 

「ふう、流石に多勢に無勢。こちらも手数を増やすとしよう……『来い、ランサー。サーヴァントの相手をしろ』」

 

そう言峰が言葉を紡いだ直後、ソコには有香と対峙していたはずのランサーの姿があった。

 

「っち、消化不足だ。俺の憂さ晴らしに付き合ってもらうぜ」

 

そう零したランサーは言峰を狙っていたセイバーの顔面を狙い突きを繰り出す。鋭い一閃を不可視の剣で防ぐと同時にセイバーの腹に衝撃が貫き吹き飛ばされる。

傍から見ていた士郎はランサーの突きと同時に出した蹴りがセイバー入って衝撃を逃がすようにあえて吹き飛んだ様に見えたが、アーチャーは槍よりも蹴りの方が本命である事を見抜いた。

 

「お? 見様見真似だがこりゃぁ案外いけるか?」

 

そう言いながらランサーは先ほどの有香が見せた様に両の手で槍を取りまわして見せる……といっても有香が行うようなゆったりした動きではなく動きを何倍も速くしたもので手元から槍の動きを想像しないと槍の先は殆ど見えない。

槍の取りまわしを急に停めたランサーは道路から一瞬で屋根の上から狙撃を狙っていたアーチャーの背後へと移動、背後からの一撃を投影していた双剣でコレを受け流すが同時に放たれた蹴りを処理できずに肩で受けてしまう。

肩に当たった蹴りの衝撃は肩から胴へ伝わり右腕を貫く。更に衝撃が大きい為、足元の踏ん張りが効かずに3軒ほど隣の屋根まで吹き飛んでしまう。

この蹴りの特徴に少なからず知識があるアーチャーはランサーが使える事に驚きを隠せない。というよりも何故使えるのかという疑問が思わず口から出てしまう。

 

「この腕の痺れ……何故君が中国拳法の『発勁』を使える」

「あ? 別にそういったのは知らねえよ。ただ……さっきまで相手してた奴の見様見真似だ」

「見ただけで再現しただと?」

「食らったら奇妙な感覚だからな、使えりゃ便利だろ」

 

ランサーの言葉からあの元教師がその手の事が出来るのに少なからず驚くが、それを見ただけで自分の中に取り込んでしまっているランサーに絶句してしまう。そしてそんな隙をランサーが逃すわけもなく追撃が始まる。

ランサーの発勁モドキの蹴りを受けてしまった左肩はダメージが大きく左腕は上手く動かせない。更にその衝撃が伝わった右腕は動かせなくはないが少しぎこちなく軽い麻痺にかかったような感触で動作がワンテンポ遅れてしまう。

二刀というアドバンテージが発揮しきれずランサーの槍が振るわれる度に傷が増えていく。槍がアーチャーの胴に穴を開けようとした時、横合いからの一撃を避けるためにランサーが距離を取る。

援護の一撃で助かったが思わず皮肉の一言が出るのはアーチャーの性格故か。

 

「ふう、助かった。だがもう少し早く援護に来てほしかったな、セイバー」

「ランサーに受けた一撃の影響が思いのほか抜けきれずに遅れてしまった。損害は?」

「左肩をやられた。その影響で右腕の痺れ。近接では元々不利だったが……あのまま続けてたら負けていた」

「では貴方は本来のクラス通り後方へ。私が前を受け持ちます」

 

 

 

 

 

「さて凛、サーヴァントはサーヴァント同士でやりあってる……ならばマスター同士もまたソレに倣うべきではないかね?」

「冗談でしょ。それは単にアンタが自分の土俵に私達を上げたいだけじゃない」

「ふむ……では言葉の剣で戦うとしよう。師である時臣氏の様に」

「っ!!」

 

言峰の一言に反射的にガンドが放たれるがソレを手元から出した剣で防ぐ。遠坂のガンド撃ちではらちが明かないのを察した士郎は言峰の言葉に乗る事を決めて口を開く。

 

「なあアンタ。言葉でって言ったけど話し合いをするって事でいいのか?」

「衛宮士郎……そうだな、私はその為に此処に立っている。サーヴァントと対峙する事になるのを承知した上でだ」

「じゃあアンタはその……聖杯戦争を止めたいって事で良いのか?」

 

その一言を待っていたとばかりに言峰の口元は歪む。

 

「いいや。私は聖杯戦争の調停を望まない。むしろ達成を望んでいるのだよ」

「なっ、何でだよ! 話し合いがしたいってのはそういう事じゃないのか?」

「少年。前提が違う。私は聖杯戦争を成立させる為に話し合いを行っているのだ。この意思は何を言われても変わらない」

 

根っからの善性を持つ衛宮士郎は言峰の言葉の意味が分からない。誰だって人が傷つく事、死ぬ事を良しとしないし出来るなら誰もが幸福であって欲しい、そんな理想論が根底にある少年の思考は目の前の神父の革を被った破綻者には辿り着けない。

紡ぐ言葉が思い至らない士郎を横目にガンドが無駄だと思った遠坂は撃つのを止めて言葉を放つ。

 

「それで、聖杯戦争を止めるつもり無い教会の監督者でランサーのマスター……それに前回のお父さまのサーヴァントまで持ってる意味を説明して貰おうかしら」

「凛。そんな態度では君の家訓を守れるのか? 師は常に言っていたと思うのだがね『常に優雅たれ』と。そのお蔭で最後のあの時はとても心が躍った」

「相変わらず嫌な趣味してるわねアンタ。お生憎様だけどマスターとしてアンタと対峙する以上、あんたの好きなトラウマ弄りには付き合ってやらないわ」

「そうか、それは残念だ。では先に君への用事を済ませよう。要件は2つ、時臣氏の最後に関する事と遺産に関してだ」

「いけしゃあしゃあと……」

「遺産に関して私が後見人となり大半を運用しているが……とても私の役に立ってくれた。お蔭で君を学生とする事も出来、君の母君はとても喜んでおられるよ」

「………………何を言ってるの?」

「師は家族を残されて逝く事に多少なりと後悔を持っていた。だからこそ師のそんな父としての願い位は叶えねばと私なりに貢献したつもりだ」

「ねえ!アンタなんて言った!!」

「それから、常に持ち歩くようにと言っておいたアゾット剣は帯刀しているかね? もし持っていなかったら興ざめだ」

 

歯を食いしばりながら遠坂はコートからアゾット剣を出して時臣に対して構える。それを見た言峰は目元を緩ませ満足そうな顔で凛と士郎を見る。

 

「そう、その剣が君の父、遠坂時臣氏を殺した剣。そして母君の腹を割いた剣だ」

 

凛は目の前の漢が言った言葉が理解できなかった。最悪の予想はしていた。

第四次聖杯戦争での父親の死に言峰が関わっていた可能性、最悪は下手人が目の前の男という可能性。だが先ほどの一言で疑うべき事柄が増え、人として混乱している頭でも魔術師として機能している彼女の脳の一部は冷静に且つ残酷に想像が進む。

心臓の鼓動が早くまるで全力疾走をした直後の様に息は荒く、普段なら考えが回る頭は思考が混濁する。目の前の現実が歪み視界が朦朧とする中で震えながら出て来た言葉は問いかけだった。

 

「私のお父さまがアンタの手にかかったのは分かった。腹が立つけど飲み込むわ。でもさっきの話にお母さまが出てくるのは何故? あんたはお母さまの何を知ってるの?」

「どうした凛。剣先がブレる等優雅ではないぞ?」

「答えなさい! 綺礼!!!!」

 

怒声を上げ気丈に剣を構えるもその剣先は震え、上げる声は大きく声量とは裏腹に言葉の裏の不安が聞き取れる。そしてその眼はまるで親から捨てられた子供の様に不安と理不尽に対する怒りが綯交ぜになり一言二言で感情があふれ出るだろう。

その声が、表情が、目の前の男を喜ばせてしまうものだと分かっていても彼女の人としての部分は男の言葉に揺さぶられてしまう。

 

「凛、君の誕生日の度に私は君にプレゼントを渡していたのを覚えているかね? 触媒として使用できるブラックダイヤモンドだ」

「それが! 何よ!」

「あれは君の母君が産み落としたモノだ」

 

今自分は地面に立っているのか、それとも座り込んでしまったのか。綺礼の声は聞きとれるが平衡感覚が機能していないのか地面が揺れる。

男の言っている事が分からず、理解できずに疑問の声は口から洩れてしまう。

 

「何を……言っているの?」

 

今知るべきではないと魔術師の頭が警告を発しているが人である部分の彼女が反応してしまう。

 

「どうした凛。普段の君ならある程度想像がつくのではないかね?

 つまり君が葬儀で見送った母君は別人で、本当の母君はついこの間まで生きていたのだよ。もっともその役割も終わったので処分してしまったがね」

「何を……言って……」

「君の兄弟……いや、この場合は姉妹か? ソレ等を使っての魔術はとても成功率が良かっただろう? 何せ肉親から作られたモノだ相性も格段に良い」

 

言峰の言葉に過呼吸になってしまった遠坂を労わる様に士郎が支える。だがソコで言峰の口撃は終わらない。

 

「その触媒の生産に携わった身としては君の魔術の習得に貢献出来た事は兄弟子としてとても誇らしい。母君も死を偽装してまで君の魔術師としての能力に貢献したのは誇りある物として受け止めてくれるだろう」

 

その一言に母の身に起こった出来事を想像してしまった凛は吐いてしまう。彼女は想像してしまった。

衰弱していた母が汚された場面を、そして知らなかったとはいえソレから作られた触媒を喜々として利用し魔術を収めていた自分を顧みて嫌悪感はピークを迎える。

士郎は剣を取り落とし嘔吐してしまう兄妹弟子を見て悦に浸る言峰綺礼を相容れない相手だとここに来て漸く判断する。目の前の男は悪であると。

 

 

 

 

 

ランサーが言峰綺礼に令呪で召喚される少し前。有香にギルガメッシュの試練が襲い掛かっていた。

 

右腕に熱を感じたと同時に体を衝撃が貫いた。ランサーに向けて踏み込んだ勢いは制御しきれずに足が縺れて地面にぶつかってしまう。

倒れ込んで漸く自分の躰に刀剣が貫いていることに気が付いた。目の前のランサーに集中し過ぎてアーチャーの存在を忘れてしまっていた。ある意味一番気を付けるべき相手の事が頭からすっぽり抜け落ちていた。

その代償が自分の躰を貫くコレ等というのは代償としては重すぎる。そしてマズイのはこの刀剣が『消えない』事。

うすぼんやりと覚えてる映像だとアイツは攻撃に使った後は直ぐに武器を消していたが何故か今は消さない。ヴァナディールならホームポイントの設置という保険があったがこの世界じゃソレが無い。

だからこそ『異物が入り込んでいない体』というのがリレイザーで蘇るための最低限のライン。目の前のランサーもヤバいが今は何より体に残る武器がヤバい。

あふれでる血やモツをそのままに立ち上がる。呼吸と共にあふれ出る血の味に眉を歪めながらランサーを睨むと忌々し気な顔でアーチャーの方を一瞥した後、俺に向けて槍を振るってくる。

咄嗟に残された左腕とイージスで止めようとするも動きが間に合わず胸の中心に槍が深々と突き刺さり勢いを受け止め切れず、そのまま後ろへ倒れ込み俺の自重で刀剣が更に深く体を貫く。

ランサーが何かを言ってるがソレを聞き取る余裕も無い。胸に刺さった槍を抜き取り俺に止めを刺そうとしたランサーが唐突に消えたのを最後に頭に響く何かの音を聞きながら俺の意識は飛んでしまった。

 

ギルガメッシュはそんな有香を見ながら思案する。

あの男は間違いなく人で、魔獣や幻想種などで無い事は間違いない。だが同時に普通の人間でない事も分かる。

人の身でありながら体の中に別の人間が居る。二重人格等ではなく完全に別の個体として中に存在しているのが分かる。

しかもギルガメッシュの眼を持ってその姿かたちを見通せば、凡そ人とはかけ離れた存在でありながらもギルガメッシュにはソレが人である事が分かる。

自分の眼は間違いがない、だが人の形からは逸脱したソレがとても面白くギルガメッシュの興味を引き付ける。

 

「存外あっさり試練に落ちたな……さて、このまま躰を割けば中身が溢れるか? それとも穴を開ければ出てくるか……そら、追加だ。特とその姿を我に見せよ」

 

呟きと共に有香の体に刺さった刀剣が彼の体ごと浮かび上がり、まるで磔で捌かれる罪人の様に宙に晒される。そして彼を取り囲む様に展開される『王の財宝』から様々な武器が顔を出しその攻撃性を体に刻んでいく。

有香の体が針山の様になった頃、そこに天を貫く巨大な光の柱が立ち上る。

 




※本文に出てくる病院名は適当です。
初めは都市名+病院を考えたのですが・・・検索したら普通にあるっぽいので適当に作りました。
(冬木病院→冬=雪、木→キ→着物→布、じゃあ雪布でいいやという謎ロジック)

※蘇生時の異物=宝具
普通の武器や鉛玉は問題なし。

はい、ランサーさんしれっと強化です。食らった【短勁】で見て覚えて「発勁」を再現してます。
影の国の女王の弟子ならこれくらいイケルイケル!といったノリで強化されました。

言峰神父は……元々破綻してるし愉悦部だからこれくらいやるかなと
言峰ファンの人はもうしわけない。何か筆が乗ったんです。

ギルガメッシュさんの千里眼は何か今一要領を得ない書かれ方されてたので「人相手なら大体読み取れるやろ」という事にしておきました。
表に出てこれる人は見渡せるって事で一つ。
尚、使徒=人は公式設定。(のはず)


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20話 毒

上手くまとめて書ききれそうに無いので小出しでも投稿していこうと思います。


光の柱を見つめながらギルガメッシュはその中身を見ていた。柱の中に内包されたモノが現れては戻り、現れては戻りと男の躰を媒介にして目まぐるしく入れ替わる。

それをまるで何が出てくるか分からないびっくり箱の様に心を躍らせながら酒を煽る。

 

「くはははっ! 良いぞ道化! 中々に演出という物が分かっているではないか。さあ、その中身を我に見せよ!」

 

その言葉に呼応するかのように柱が消え、男は武器に貫かれたまま自分の足で立っている。流れ出ていた血は止まり傷口には青い粘膜の様なモノが見て取れる。

身じろぎをすると武器同士が当たりガチャガチャと金属音が鳴り行動を阻害するのでまともに動けず、ふらついてはバランスを取るといった行動を繰り返している。

 

「ほぉ……この国の言葉に『二人羽織』というものがあるがその状態は『三人羽織』という訳か?」

 

その滑稽さを暫く眺めて次なる試練をと『王の財宝』から手頃な武器を展開する。射出された1本の剣は眼下でふらつく男の頭蓋を砕く軌跡を描きながら真っ直ぐに飛んでいく。

剣が当たったと思った瞬間甲高い音と共に男が仰け反る。そのまま後ろに倒れ込む様に見られた体は体中に刺さった武器を鳴らしながら倒れる事無くその場に留まった。

良く見れば頭に刺さっているのではなく口で剣を加えて止めている。当然ながら剣幅の所為で口の端は斬れて血が出ているがしっかりと刃を止めている。

 

「ふっ、ハハハハハハ! くち! まさかの口かっ! ハハハハハハハ、流石にそう来るとは思わんかったぞ! 良い良い、さぁもっと我を楽しませろ!」

 

興が乗ったのかギルガメッシュは百を超える王の財宝を展開し各種宝具を次々と男へ打ち込んでいく。立っている事自体が不思議な状態の男に向けて放たれる数え切れぬ白刃は寸分たがわず男の体に当たり一層針山の様に飾られていく。

全身の至る所に武器が刺さり、かろうじて視認できるのは男の顔右側の一部。ソコを覗くと最早人型のシルエット状に武器が集まっているとしか見えない。

 

「ほう、これでも倒れぬか。ふぅむ……ならば次は……ムッ?」

 

ギルガメッシュが次の試練を思案していると男の右腕があった個所、切り落とされた箇所の武器が不意に蠢いた。蠢きは段々と動作を大きくしていき一度ピタリと止まると男の全身が大きくブルりと震え、直後右腕から大量の青い粘膜の様なモノが溢れだしてくる。

溢れたた粘液は男の体に刺さった武器ごと全身を包んでいく。ソレに合わせて宝具の雨を降らせると粘液に当たる寸前にATフィールドに弾かれ周りの地面を抉り取るだけに留まり男の立っていた場所を残してクレーターが出来上がる。

時折粘液が盛り上がりながら流動するソレは一見してアメーバーに見えるがギルガメッシュの眼はソレがまごう事なき『人』であると訴える。人の可能性、人の別の形がコレだと示す目の前の存在に気分が乗った。

 

「さぁ人の形を捨てた人よ! もっとだ! 貴様の本質が獣か、それともそれ以外か、本質をさらけ出してみよ!」

 

ギルガメッシュの言葉に応えるかのように粘液は震え一部がまるでカメレオンの舌の様に伸び、斬り落とされた右腕を拾い断面をつなげる。繋がれた右腕と剣の一部を粘膜が覆い、まるで確かめる様に指を動かす。

ソレに合わせて体に突き立てられた宝具に異変が起きる。突き刺さっている部分から青いナニカがまるで染色が布に染みこむ様に宝具を侵していく。

英雄王が次の宝具を射出した直後、男の足回りに突き刺さっていた宝具は全体を青に侵され、直後ずるりと体に引きずり込まれ傷だけが残った。着弾した宝具がもうもうと土煙を上げる中その後方、不自然な形で道路の上に立ちながら男は次々と突き刺さった宝具を体に飲み込んでいた。

全身を覆っていた宝具が消え傷口から肉の色ではなく青の粘膜が見える男はまるで動かしづらい体を無理やり動かす様に錆び付いた可動部を動かすロボットの様な緩慢さで四足歩行の姿勢を行う。

 

「■■■■■■■■■■―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」

 

金属同士を擦り合わせた様な音を叫びながら男は地を這う様にギルガメッシュへ向けて駆ける。それを予見していたように宝具の弾幕で阻止を狙うが正面からの攻撃は剣と盾で弾き、左右からの攻撃はATFに阻まれ失敗に終わり男は尚も駆ける。

ならばと頭上や背後も含めた全方位に展開された王の財宝からの宝具射出に対して男が見せたのは『両手を物理的に伸ばし迎撃する』という方法だった。その手法には流石のギルガメッシュも驚き思わず目を見開いてしまう。

その隙を逃すことなく足元に展開したATFを使い自身を射出、アーチャー相手に見せたATFを利用した立体軌道でギルガメッシュの頭上から両手持ちのエクスカリバーを叩きつけるも上空を取った段階で展開された宙に浮く華に阻まれる。

3枚の花弁を叩き割る事が出来たがソコで留まりギルガメッシュの左右から射出された宝具で両脇を抉り取られ再び距離を離されてしまう。傷口からあふれ出る血を粘液で抑え込み再び男がギルガメッシュへの疾走を再開させようとした時、世界が一変した。

 

 

 

空には巨大な歯車

地面は砂

汚染を思わせる赤い空

無数に突き立てられた剣

草木は無く

生物の形も無い

 

 

 

「固有結界、そこ彼処に並べられた贋作の宝具……。下らん心象風景だ。そうは思わんか?」

 

ギルガメッシュが周りを見渡して心底落胆したが目の前の男は混乱していた。男は、否、体を操っていた第11使徒のイロウルと第13使徒のバルディエルは戸惑っていた。

器の体を蘇生可能状態に戻す事を最優先とし体に突き立てられた邪魔な武器を引き抜こうとするも器の出力が足りず叶わない。ならばと浸食し邪魔な武器を取り込む事でどうにかしようとすると今度は目の前の男が蘇生を阻害する武器をまた投げつけてくる。

これではイタチごっこになると避けながら一先ず体に突き立てられた武器を取り除くが、尚も攻撃してくる男が煩わしかったのである程度邪魔な武器を取り除くと受け身ではなく攻めに回る。

彼等本来の体なら直ぐに対応できるが如何せん器の体は出力が小さく思い通りに動かすのにも苦労する。アレを倒してから蘇生を行えばと思っていたがソレが叶わない事を手痛い反撃で判明した今、ギルガメッシュは排除対象となり本格的に立ち回ると決めた瞬間に周囲の状況が激変。

暫く周りを眺めたものの邪魔するモノは無いと認識し再び戦闘態勢に移る。足元が青く染まり先ほどまで獣染みた動きが少しだけ人の動きに近づいている。

割けた両頬を補うかの様に傷を覆った粘液が口の可動域の限界を超えて開き獣の咆哮を上げる。その咆哮に応えるようにギルガメッシュが宝具を展開し再び宝具の雨を駆け抜ける事となる。

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

時は少しだけ巻き戻り、固有結界が展開される前。綺礼と遠坂達の争いは佳境に入っていた。持前の速度に加え発勁という使い勝手の良い攻撃法を覚えたランサーにセイバーとアーチャーはジリジリと削られ、綺礼の口撃は更に遠坂を追い詰める。

 

「どうした凛。高々家族の死を偽造され辱められただけではないか。魔術師として不利益があるならまだしも利益として君に魔術触媒として優秀なモノを産み落とし渡していた……何か不満があるのかね?」

「お前っ……!」

「どうした少年。何か気に障ったか?」

「ふざけるな! そんな事して何でそんなに笑ってられるんだ!」

「……楽しいからだ」

 

綺礼が答えを口にした途端、彼の顔から表情が抜け落ちる。まるで自分がそうである事を再認識するかのように声に出しながら目線を彷徨わせる。

 

「そう、楽しいからなのだ……私は所謂『普通』という物が分からない。他人の傷を観察し加虐した際に発生する表情が私は楽しいと感じる。故に……私は私を肯定する為に他人を弄ぶことを是とするのだよ少年」

「ふ……っざけんなぁ!! 他人の家族を殺しておいて楽しいだとか、アンタ狂ってる!!」

 

抱えていたバックから木刀を取り出し構える。士郎の行動に対して綺礼がとった行動は身構える事ではなかった。

 

「それがどうした?」

「んなっ……!」

「私が狂っている事など昔から知っている。生きる事を止めた時から……いや、妻を娶った時か」

 

士郎は目の前の狂人に会話の余地無しと判断し木刀を構えて切りかかる。だが余りにも無謀。

無知とは罪と言われる事があるがこの時の彼はまさにその通りだろう。執行者と呼ばれる言峰綺礼に対し魔術を齧った程度の衛宮士郎が挑むのは余りにも無茶が過ぎる。

結果としてほんの少しの間に士郎の体と武器は刻まれ、叩かれ、圧し折られてしまう。数発の打撃で戦闘など出来ぬ程に追い詰めた士郎を気を失っている凛の方へ投げ捨てると巨大な岩の剣が真上から迫ってくる。

咄嗟の回避を図るが躱しきれぬと判断し黒鍵を手元に出して防御するも岩の剣は黒鍵を圧し折り勢いのまま綺礼の右腕の一部を削り落とす。本来であれば最低でも右腕を斬り落とすはずだった剣を自らが回転する事で肩から二の腕の肉が削がれる程度の損壊に抑えたのは偏に彼の研鑽の賜物だろう。

更には回転の際にバーサーカーの剣を足場に距離を取る事までやってのける。それを家屋の屋上から見ていたイリヤは眼下の男が本当に人間なのかと疑ってしまう。

 

「やれやれ、奇襲とは魔術師としては如何なものかな。アインツベルン」

「あら、確かに魔術師同士であればそうなんでしょうけど、貴方は魔術師じゃ無いじゃない。教会の監督役でルール違反者なのでしょう?」

「確かに私は今回の聖杯戦争の正式な参加者ではないが……参加権なら持っているのだがね」

「それは何処から調達したのかしら? 私達が持ってる情報から察すると……ランサーのマスターね?」

「そうだ、アレは余りにも実直でね。ソレでは面白くない、だから私が貰ったよ」

「ふーん、でも貴方の遊びは此処でお終いよ。バーサーカーには勝てないんだから」

「あぁ、確かにそのバーサーカーは厄介だ。だから私も切り札を切らせて貰おう、アインツベルン」

「君の両親は生きている」

「……そんな冗談に私が付き合うと思っているの? バーサーカー、やっちゃって!」

 

嫌悪感を隠し切れないイリヤの言葉に反応しバーサーカーが獣の如き雄たけびを上げながらアスファルトを破砕し弾かれたように綺礼へ迫る。巨躯から繰り出される剣戟を傷を負いながらも避けていく。

ほんの僅かなやり取りで全身がボロボロになる。先ほどの士郎と同じような構図になるがそれでも尚、綺礼が浮かべた笑みは消えなかった。

 

「アインツベルン、君の母親は前回の小聖杯の器だった。そして前回の儀式は聖杯を産み落とす事に成功し彼女は命を落とした……と、君には伝わっているのだろう?」

 

バーサーカーに攻撃されながらも綺礼は喋る事を止めない。

 

「そして最後まで生き残った第四次聖杯戦争のマスターで君の父、衛宮切嗣。彼は病死した……とされているがこの二人は未だ死なず私の監視下にある」

「黙りなさい!! そんな話は信じないわ!!」

「そこの衛宮切嗣の息子は魔術を殆ど知らない。だからあの男の体を回収するのも左程難しい事ではなかったよ」

「お母様は死んだの! キリツグも死んだの! だからあの二人はもう居ないの! 居ないのよ!! バーサーカー早くそいつを黙らせて!!!!」

「食屍鬼(グール)」

 

綺礼の言葉にイリヤは体を強張らせる。

 

「正確にはソレに似た別物だが……死んでも肉体と魂を維持する事は可能なのだよ。何を隠そう私がそうなのだから」

「見たまえ、これだけの傷を負いながら血液が殆ど流れ出ない。生きてはいないからだ。だが思考を行い喋る事が出来る」

「だがコレだけ傷つけば遠からず私は停止するだろう。そうなれば君の両親も同じ道を辿る」

 

言峰綺礼の言葉の毒がじわりじわりとイリヤを侵す。

もう居なくなったはずの家族。新たに出来たバーサーカーとの絆。聖杯戦争という儀式を勝ち残らなければいけないというプレッシャー。

彼女の心を構成するあらゆる情報が秤にかけられ天秤は揺らぐ。魔術師としてのプレッシャーではなく一人の子供としてのプレッシャーに彼女の心は悲鳴を上げる。

心の悲鳴は体に影響を及ぼし異常な発汗と手足の震え。更に常であれば完璧である魔術回路の制御が心の圧力で揺らいでいる。

無意識の内に固く握りしめていた両手が綺礼の次の一言で解かれる。

 

君は君の手で両親を殺すのかね?

 

親を求め焦がれる彼女にその毒は余りにも強く、彼女は抗う術を持たなかった。




リアル諸事情でメンタル&フィジカルがガタガタになっているのでちゃんと執筆が厳しい状態になっています。
待たせるのもアレカナーなんて思ったので多少なりと区切りが付けれるところで投稿していこうと思います。


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21話 延命

衛宮士郎が体の痛みから目を覚ました時、激しい爆発音が聞こえてくる。音を頼りにその方向を向けばセイバーとアーチャーはランサーとバーサーカーに追い詰められていた。

味方であるはずのバーサーカーに攻撃されている事に動揺し急に立ち上がろうとして体から来る痛みで立ち上がる動作は途中で止めてしまう。

 

「いっ! ……~~っつ」

「先輩、起きたんですね。無理に立ち上がらないで下さい」

「桜……遠坂は」

 

声をかけられソチラへ視線を向けると遠坂を膝枕している桜が居た。柔和な笑みを浮かべまるで日常の中に居る様に。

余りにも普段と変わらない表情に思わず思考停止してしまうが直ぐにセイバー達の事を思い出し桜へ問いかける。

 

「その、遠坂は大丈夫なのか? それにセイバー達は何でバーサーカーと戦ってるんだ?」

「姉さんは気絶してるだけです。バーサーカー……正確にはイリヤさんですが、あの神父にご両親を人質に取られてる様です」

「イリヤの両親って……母親に……俺の爺さんも?」

「聞いてた限りでは先輩のお父様も……」

 

士郎が絶句していると彼目掛けて綺礼から剣が投擲されるも桜の影が士郎を庇う様に伸びて重い金属音を立てて剣を弾く。弾かれた金属音で我に返り音のした方を見ると言峰綺礼が居た。

 

「やはり君の影は手持ちの武器では抜けぬ様だな」

「ええ、貴方みたいな人って私嫌いなので……全力で防ぎますね」

 

両者とも笑みを浮かべているが眼だけは笑っておらず相手の隙を探し出し抜こうと鋭い眼をしている。英霊に立ち向かうのとは別種の緊張感に士郎は固唾を飲み込みながら立ち上がる。

 

「どうした少年。何か言いたそうだが」

「爺さんが生きてるって本当か」

「……衛宮切嗣。君の養父は死んでいる、死んでいるが肉体と魂は紐づけたまま活動出来る状態にしているな」

「何だよそれ」

「肉体的には死んでいるよ。ただ思考し会話する事は出来るがね」

「嘘だ! 爺さんの葬儀だって、火葬だってしたんだ!」

「あぁ、葬儀の事か。アレなら顔を変えた死体を用意したよ。今は似たような場所で夫婦共々保管しているよ」

「お前……!」

 

綺礼の言葉で士郎の心臓が跳ね上がる。思考がまとまらず落ち着かない。呼吸は浅く、手のひらを何度も握る事で冷静さを取り戻そうと試みるがうまくいかない。

士郎達が手をこまねいている間にもサーヴァント同士の争いは過激さを増していく。屋根の上、道路、時には電線を使い立体的な挙動で戦場を変えながら攻防を繰り返す。

だが発勁を覚えた事によりランサーが有利だった所へバーサーカーが言峰側に加わった事により、ランサーがセイバーへ先行して攻撃し防御が崩れた所にバーサーカーが追撃を行うという連携を取った為、アーチャーの援護があるとはいえ徐々に傷が増えていく。

如何にかセイバーが聖剣により防御を行ってもその上からバーサーカーの剣はセイバーの鎧を剥がしていき至る所がひび割れてしまっている。これまでの戦闘中に負った右腕の怪我と、ランサーの発勁の効果により防御がワンテンポ遅れてしまっている。

徐々に追い詰められている事を自覚しながらも手が無いセイバーはもどかしく思いながらランサーの槍を捌き、バーサーカーの剣をあえて受け、コレを足場として離脱、アーチャーの援護を受けつつ屋根の上へ合流を果たす。

 

「セイバー、このままではジリ貧だ。状況を変える必要がある」

「アーチャーそれは判るが……ランサーの攻撃が厄介だ。武器で受けているのに手に痺れが伝わる、僅かな時間だがバーサーカーと戦うにはかなりの枷だ」

「だろうな。まったく戦闘思想の異なる武術の極みと言えるモノを少し受けただけで自分のモノにしてしまうなんて……才能というのは恐ろしい」

「敵を褒めた所で戦況は変わらないぞアーチャー、何か手はあるのか」

「ある……が、少しの間援護が出来なくなる」

「分かりました。では時を稼ぎましょう」

「頼む」

 

『I am the bone of my sword.』

 

アーチャーは構えていた弓を消し、詠唱を始める。同時にセイバーは頭上からランサーに向けて突撃を仕掛ける。

セイバーの鋭い振り下ろしを槍で受け流し横に飛びながらランサーは笑う。

 

「あのいけ好かねぇ奴との相談は終わりか!」

 

直ぐ様その動きに対応しながらセイバーが吠える。

 

「貴方程の人が何故あんなマスターに従うのか!?」

「っは! こっちにも色々あんだよ!」

 

追撃を受け止め薄闇の中で火花が飛び散りセイバーがそのまま押し切ろうとした時、横合いからバーサーカーが迫る。舌打ちと共に魔力を放出しその場から離脱すると直前までセイバーが居たアスファルトは轟音と共に柔らかいパンをむしり取った様に破壊された。

ランサーはそんな味方のバーサーカーに溜息を吐いて悪態をつく。

 

「は~~~。コイツが居たんじゃサシでの戦いすら出来やしねぇ、あのマスターもお節介な事をしてくれるぜ」

 

ランサーが悪態をついている間にもバーサーカーの猛攻は止まらず、セイバーが避けて移動する度にセイバーが居た場所はバーサーカーの剣で斬られ、抉られ、粉々になっていく。

このままでは面白くない、こいつ等とやるのも悪くないが自分が満足できそうなのはあの人間だ。アイツと戦うのは面白かった、わくわくするのだ。

思わず口角が上がるのを自覚しながら何かを仕掛けようとしているアーチャーを睨む。

 

「だからよぉ、さっさと仕掛けを動かしな。アーチャー」

 

アーチャーの練り上げた魔力が周囲を満たし、一帯の世界を言葉の終わりと共に書き換える。

 

『So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.』

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

固有結界の中、有香の体を操るイロウルとバルディエルは目の前の男を脅威と認識し今使える全力で対抗していた。砂の地面を浸食しながら駆けまわり、時にATFを足場に空を駆けながら金色の男に攻撃を仕掛ける。

だが男へ接近する事は叶わず虚空が揺らめき、揺らぎから高速で射出される武器に動きを阻まれる。それを周囲に刺さっている剣を傷口から伸ばした粘液で掴み取り迎撃に使う。

以前の躰なら単一で人類の作り出した化学兵器とタメを張れる程の頑丈さがあったが今の躰ではソレも叶わない。だから以前と同じ行動をしていてはまた負けてしまうとイロウルとバルディエルは『思考』した。

一つの躰に使徒が複数入る。更には思考をし考えを共有するという以前の使徒では出来なかった行動を行った二人はある結論に至った。

 

『器を生かす事を最優先とする』

 

この思考にたどり着いてからの行動は早かった。イロウルとバルディエル、そして常に影に潜り込んでいたレリエルと協力し自分たちの本体を使った総力戦である。

バルディエルの粘液を体の至る所から出し地面に突き立てられた武器を絡めとる、ソレ等をイロウルが浸食、武器の性質を理解しバルディエルとレリエルへ共有。更に粘液を体に纏わせ、疑似的に以前の躰を模倣する。

ギルガメッシュは使徒達が成す事をあえて余裕を持って眺める。目の前の人であって人でない彼等が成す事を余裕の笑みを浮かべて待ち構える。

1分も経たぬうちにバルディエルの粘液は全身を覆い、有香の体は二回り程の大きな粘液の塊となった。

 

砂塵が吹く大地にゆらゆらと前後に揺れる3メートルを超える人型の粘液の固まり。唐突に前後の揺れは止まり、砂煙を残してギルガメッシュの視界から消える。

 

それでも尚ギルガメッシュは焦らず、分かっていたと言わんばかりに彼の右後ろに盾が展開されバルディエルの一撃を防ぐ。甲高い金属音を響かせながらまたバルディエルが砂埃を残して視界から消える。

人という種が肉眼で追える速度を超え、更に英雄と言えど簡単には捉えられない速度で動き回りあまつさえ多数の粘液で絡めとった武器を使った攻撃をギルガメッシュは余裕の表情を崩さず悉くを防いでいた。

 

「人の姿を捨てた人よ、貴様の芸は高速移動と挟撃のみか? その程度はどの時代の人間もやっていたぞ。もっと我を驚かせる事は出来んのか?」

 

その一言を聞いたからなのか、それとも元々そうするつもりだったのか、仔細は判らないがバルディエルはギルガメッシュと距離をとって腕をだらりと下ろし粘液の触手を広げ中腰でギルガメッシュと相対した。

直ぐ様ゲートオブバビロンが展開され宝具が射出されるとソレに対抗するかのように青に染まった宝具が粘液から射出され空中で宝具同士がぶつかり爆発が起こる。粘液から射出された宝具はギルガメッシュが放った宝具や固有結界に突き立てられた宝具。

共通しているのは青く染まっている事、宝具の所有権がギルガメッシュから剥奪されている事。この事実に少なからず驚きはしたが『二度目』の為ある程度予想はしていた。

 

「ククク、まさかこの我から盗む愚か者が二度も出てくるとは……一度目は雑種だったが……良かろう、寛大な我が許す。全力で来るがいい下郎」

 

その宣言から今までは精々100程度の揺らぎだったのが数倍に規模を変える。天で回転を続ける歯車にまで届くような黄金の揺らぎ、そこから覗くあらゆる武器の切っ先の全てがバルディエルを捉えている。

ソレに応えるかのようにバルディエルのむき出しの粘液だった躰を覆う様に青の金属が覆い隠していく。これを『内側』から見ていた碇ゲンドウは青い零号機を思わせる姿に絶句していた。

金属の正体はイロウルが侵し取り込んだ宝具でありその神秘すら己のモノとしたイロウルの鎧とも言うべき防具。更に影に潜んでいたレリエルがバルディエルの体表を包み黒のボディに青の外部装甲といったカラーリングに染まる。

 

「ほう? 我の宝物をその様な形に変えるか……痴れ者め」

「■■■■■■■■■■――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」

 

バルディエルの咆哮が轟いてからの動きは先ほどまでの獣染みた動きとは違っていた。咆哮と共に空中にあらゆる角度で現れたATF。コレを己の手足と粘液の触手をバネとし飛び回るバルディエル。

勿論ギルガメッシュも展開したゲートオブバビロンから雨の様に宝具を降らせ本体を狙うと共に足場であるATFを崩しにかかる。だがバルディエルもただ飛び回るだけでなく伸ばした粘液の先や口から青く染まった宝具を撃ち出し、時には手足を伸ばして直接攻撃をも加えていく。

斬り、殴り、時に体当たり等、縦横無尽に砂の地平と空中を駆ける様をギルガメッシュは悠々と捌いていく。そして本体である有香はソレを内側から眺めていた。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

ぼんやりと目を覚ますとずっと昔に帰れないと思った見慣れた天井、ぼけっとしながら前を向けばソコは自宅の居間でテーブルに備え付けられた椅子に座っていた。

そして当然の様に碇ゲンドウが居る。

 

「目が覚めたら自宅だった件」

「おかえり……と言うべきかな?」

「ゲンドウさん、ただいま……なのか?」

 

くらくらする頭を摩りながら直前の事を思い出そうとしていると横からユイさんが麦茶を出してきた。

 

「どうも」

「いいのよ。ここは貴方のお家なんだから」

 

ユイさんの一言にトータル1世紀以上帰れ無かった場所なので今更感があるし、自分の中という事もあって返答に困るが『まあ良いか』と頭を切り替える。出された麦茶を一口呑んで外から聞こえるセミの音と暑さで自分が直前まで何をしていたのかさっぱり思い出せない。

 

「んー、俺ってなんでココに居るんでしたっけ?」

「記憶の混濁と痛みの損失……ユイ、どう思う?」

「大体それで合ってると思うわ、あなた。有香さん、貴方こっちに来る直前に文字通り針鼠みたいになってたのよ」

「ハリネズミ?」

 

そう言われて思い出したのは自分に迫りくる多数の宝具。全身から嫌な汗が溢れるのが自分でも感じられる。顔に掌を当てながら大きな溜息を吐く。

 

「まじか……ヴァナでもあんな目には会わなかったぞ」

「あら、でもハリネズミみたいになった事はあるんでしょ?」

「ん? ……あぁ、サボテンダーのカクトロットラピッドか……あったなぁ~、捌くでサボテンダーと戦ってた時のリンクで食らった【針万本】顔に刺さった針を抜いていく作業が地味~に痛くてな」

「それに比べたら刺さった数は少ないでしょ」

「笑いながら言っても説得力無いですよユイさん。それに針と武器じゃ被害が違い過ぎるわ」

 

口に手を当てて微笑んでるけどこの人本当に分かってるのか? 流石に針と武器じゃダメージが違い過ぎるっつーか普通に死ぬぞ。

あれ? そもそもココに俺が居るという事は誰かが俺の体を使ってるのか?

 

「えーっと、今俺の体ってどうなって……というか誰が使ってます?」

「それならイロウルとバルディエルが使っている」

 

そうゲンドウが言うと手元にウィンドウを表示させて此方へ投げて来たので受け取るとソコには戦ってるギルガメッシュと俺っぽいのが居るのが見て取れる。俯瞰映像なので全体が見れるのは良いが移動が速すぎて良く分からんのと、俺(?)が全身粘液塗れなのは何故?。

 

「何これ?」

「『彼等』は器である君の蘇生を最優先とした、コレには君の中に居る我々も同意している。

 全身の傷をパルディエルが塞いで出血を止め、君を貫いて蘇生の邪魔をしていた武器をイロウルが浸食して支配権を剥奪、その武器をレリエルが回収。

 蘇生を行おうとしたが効果が出る前に対峙している男が更なる攻撃を始めたので蘇生の為に排除を試みている最中だ」

 

ゲンドウさんの説明を受けて頭が痛くなる。奥の手出したのに足止めと時間稼ぎも出来ずに終わるとかマジかい。

というかギルガメッシュさん強すぎませんかね?! いや、俺が足止め出来んのはまだ分かる! でも使徒3体(?)と同時に戦って尚優勢とか嘘やろ?

改めてウィンドウに表示されているモノに目をやるが……どう見てもギルガメッシュが優勢です。

ATFで立体的に動き回りながら触手で辺りに突き刺さってる武器を投げたり、殴ったり切ったりしてるけどあの人高笑いしながら全く問題なさそうなんですが……。あ、粘液の一部が斬り飛ばされた。

コレに勝つとか衛宮士郎どんだけ? いや、まじで。やっぱ主人公って凄い(白目)。

現実逃避しているとユイさんがニコニコしながら書類を渡してきたので受け取る。流れで書類に目線を落とすとソコに書かれている題名は『S2機関生成計画書』。

 

「えっと……ユイさんコレは?」

「今回こんな事になったでしょ? 前の世界で貴方が蘇生薬『リレイザー』を大量に作って在庫がダブついてるからまだ大丈夫だと思うけれど何れソレも尽きる。だから身の安全っていうのはとても大事なのよ」

「ええ、それは判りますが……」

「でしょ? いざという時に私達や使徒達の協力が得られるけれど私達はATFが使えるけれど貴方の様にJOBと呼ばれる異能は無いから精々体を動かす程度だし、使徒達はそれぞれの異能があるけどある意味一芸特化で貴方程汎用性が無い。其の上S2機関が無いから細々としか動けないみたいなのよ」

 

めっちゃ早口で捲し立てられて思わず言葉が止まってしまった。というか近い。めっちゃグイグイ来る。

 

「いや、分かりますけどS2機関って作れないでしょ? アンタらの世界でも作れなかったのをどうやって……」

「大丈夫! 私達の世界では無理でも貴方の体は私達の世界とは別物で抗生物質もまた別! 既存の科学では物質的な物に囚われていた私達だけれどLCLとなった後にアナタに吸収された私達は魂とも呼ばれるモノへと変換されてココに居るしこの場所の物質というのがそもそも……」

 

―――――10分後

 

「だーっ! 分かった! S2機関の生成? やっていいですからちょっと落ち着いて下さい!」

「あらそう? 折角面白い話をしていたのに」

 

殆ど息継ぎも無しに延々と喋るし目線を一切逸らさないわ……こえーよ。原作で書かれて無かったけどこの人の性格ってこんな感じなのか?

ゲンドウさんを見ると顔を青くしてウィンドウ出してじっと見てる。ソレに倣って俺もさっき渡されたウィンドウに眼をやると眼を放していた隙に俺の体は青い鎧に覆われていた。

というか見た目が零号機ってどういう事?




思ったように話が進まない21話目
リアルの事情もあってなんかもやーっとした感じで上手く話が練れませんでしたが1か月も開いたので取り合えず投稿
次投稿するまでには就活終わらせて頭スッキリさせて投稿したいです
就職決まったら投稿ペースが上がるはず(きっと

はい、作者のそんな愚痴はここまでにして、内容に関して少し。
感想で使徒によっては詰むのではという話が出てましたがS2機関無いのでそんな出力出ません。
今回S2機関のフラグ立ちましたが……使うかは全く未定です。フラグを立てただけっていう。
何かあった時にこの設定を生かせれたらと思ってます。


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22話 固有結界1

色々あってかなり時間かかってしまいましたが……平常運転って事でユルシテ


宙に浮かぶウィンドウに映る光景の中心にギルガメッシュが映る。その周囲を飛び回り辺りに突き立てられた武器を使ってギルガメッシュを攻撃する零号機モドキ。

物理一辺倒とはいえその攻撃速度と攻撃回数は苛烈でヴァナに居る時にあんなもん食らったら俺は絶対耐えれそうにない……そんな攻撃を余裕で受けてるギルガメッシュ。

 

「ゲンドウさん……これどうやったら勝てるかな?」

 

思わず対面に居る碇ゲンドウに質問を飛ばすが青い顔したままで何も言わない。仕方なくウィンドウを眺めていると何かが頭に引っかかる。頬杖をつきながらウィンドウを睨む。

ギルガメッシュ、今映ってるギルガメッシュが気にかかる……何か似たようなものを見た事がある様な。暫く眺めていて唐突に思い出し思わず笑ってしまう。

 

「ふはっ、あっはっはっはっは!」

「!? どうした、突然……」

「くっくっく、いや、今映ってるコイツ」

 

そう笑いながらウィンドウに映るギルガメッシュを指さしながらゲンドウに思い出したものを教える。

 

「こいつノリマロ! ノリマロに似てんだよ! 攻撃方法がっ! ぶはっ!!」

 

自分で言って更に爆笑しながらテーブルを叩く俺に意味が分からないという顔を向けながらゲンドウは質問を投げてくる。

 

「ノリマロとは?」

「はーっ、笑い過ぎて腹痛い。あーっと、何て言うか……ゲームのアレ……なんだっけか。確か格闘ゲームの……そう! マーヴル・スーパーヒーローズ VS. ストリートファイター!」

「格闘ゲーム?」

「そうそう、昔ちょろっとだけやった事あるんだわ。興味あるなら記憶を覗いてみりゃ多分あるだろ」

「ふむ」

 

会話で冷静さが戻ったのかゲンドウの青かった顔は普段の顔色に戻るのを見てからノリマロの説明に戻る。

 

「こう文房具をさカバンから取り出してめちゃくちゃに投げる奴、アレに似てんだよアイツ。まーアイツが投げるのは武器なんだけどさ」

「全身を貫かれていたな」

「おー、アレな。めっちゃ痛かったわ」

 

そう、あれは痛かった。痛いという事を知覚する前にコチラに来たが体が貫かれる痛みは知っている。

ヴァナディールで腹を、腕を、足を、頬を斬られ、抉られ、傷つけられる痛みを知った。今回は全身がそうなった。

あのノリマロ野郎にソレをされた。それを考えると腹が立つ。

痛いのは嫌いだし出来れば争いごとなんざ面倒だから避けれるなら避けたいのが本音。だけど全身ぼろ雑巾の様にされてまでノリマロ野郎から逃げる? 何もせずに?

 

「冗談じゃねぇぞ」

 

全身がジクジクと痛む。古傷を抉られる様な痛みが全身から来る。

クゥダフの亀野郎に斬られた肩、ヤグードの糞鳥に抉られた腕、オークの豚に貫かれた脚、爆弾魔のゴブリンに焼かれた顔。過去の傷が一斉に痛みを思い起こさせる。

実際に痛い訳じゃない、訳じゃないが……不愉快だ。

 

「ムカつくな。もう何か色々巻き込まれてこんな状態になってるけどさぁ。それでもノリマロ野郎にハリネズミにされる理由にはならんよな」

「太古の王をノリマロ扱いか……それにしても宝具だったか厄介なものだな、使徒が出た時点で武力制圧は成ったものと思っていたが」

「ギルガメッシュ……確か手札の多さがキモな人物だな。持ってる物の種類は多いし効果もバライティに富んでる。爆弾みたいな物から医療関係、呪術関係とか多種多様」

「だがアレに勝つ手だてはある……だろう?」

「一応ね、外の風景が町並みじゃなくて砂漠広がってるって事は件の人物のどちらかが使ったんだろ。固有結界っての」

 

頬杖をつきながら肩をすくめて見せる。どっちもエミヤシロウだからある意味一人だけどさ。

 

「固有結界か」

「自分の心の中の風景を現実に置き換える? 浸食する? そんな奴」

「随分と都合が良い魔法だな、自分に有利な地形を出せるのだろう?」

「いや、都合の良い地形に出来る訳じゃなくて……なんか強烈な思い出の風景を出せるみたいな」

「……君の此処の様にか?」

「へ?」

「此処は"君の心の中"の風景だ。という事は同じ様な事が出来るんじゃないのか? 君も魔法が使えるのだし」

 

魔法は使えるけどコッチのは魔術だし……というか固有結界使ってもちょい田舎の風景が広がるだけで特別何か良い事がある訳でもなし。

 

「それはどうかな。そりゃヴァナディールで魔法は覚えたけどこの世界の魔法……つーか魔術? は学んでないし」

「なら学んでみれば良い。何かと便利な物もあるんじゃないか? 科学で再現が面倒な事を身一つで再現出来るなら便利だろう」

 

この人こんな事言う人だっけ?

 

「ゲンドウさん……意外とロマンチストっつーか、中二?」

「ロマンチストか……妻……ユイには割と言われるな」

「へぇ、何か意外」

「元の場所ではユイに会う事だけを考えていた……だが此処へ来て妻と穏やかな日々を過ごしていると色々と余裕が出来てね」

「ヴァナで俺が老衰するまでの時間を過ごしてるって考えりゃ……そりゃ落ち着くか。50年は此処で過ごしてるでしょ?」

「大体ソレ位になるのか? こちらでは君の体験を通して外の世界を見る位はしてるが今回の様な非常時で無い限りは出てこない……というか出れなかったというのが正解か」

 

出れなかった? 俺が思案していると続きを語ってくれた。

 

「ヴァナディールだったか、あそこへ流れついた時点で表へ出る為の枠は1つだった。こちらの世界へ来て暫くして枠が増えて同時に2枠、君がこちら側へ居る時に限っては3枠になるがね。

 君の体をエヴァに見立てた場合君の魂自体は機体に付属し、魂の拡張によってダブルエントリーが可能になった……という訳だ」

「いや、いきなりエヴァに例えられても……」

「普通なら使徒3体の同時顕現でどうとでもなると高を括っていたが、あの太古の王相手にはむしろ悪手なのだろう。恐らく君が全面に出る方が勝率が高い……が、体の蘇生がまだ出来ていないので表に出る事は無理だ」

「痛し痒しって奴か」

「そうだな……しかし、ココから魔法というモノは使えないのかね?」

 

ゲンドウさんの言葉に口を付けていたお茶をテーブルに置く。

 

「それは……どうなの? そもそもこの場所を自覚したのもついこの間だし、心の中って事だけは判ってるけど」

「では質問だ。『心』とは何処に有る?」

 

ん? 急に哲学的な質問が飛んできたな……。

 

「えーっと頭か、心臓か、もしくは体のどっかって話?」

「そういう認識か、ならば『此処と体の距離』は零という事になるな」

「……そうなる……かな?」

「では距離的な問題は無い。後は此処で魔法が使えるか試してみるだけだ」

「えぇ……」

 

原作と比べてポジティブだなこの人……下手に後ろ向きな人と付き合うよりかは断然良いけどさ。しかしこの場所で魔法ねぇ……。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【ウォーター】」

 

掌を上に向けて【ウォーター】を唱える。ウォーターが発動した感覚はあったが水の球が出てこない?

不思議に手を振ったり表裏ひっくり返したりするも何も無い。

頭に疑問符を浮かべながら唸っているとゲンドウさんが宙に浮かぶウィンドウを此方へ滑る様に投げて来たので見てみると『現実の俺』の斜め後ろの辺りにウォーターが発動していた。

 

呆けている俺を他所に碇夫婦はこの現象について話し合っている。

 

ウィンドウの中では『零号機モドキ』が目まぐるしく移動しながら近接攻撃を仕掛けてる……何だろう、目の前のモノが現実離れしてまるでオンラインゲームでもやってる気分だ。

待機してる【ウォーター】のターゲットをギルガメッシュに向けると当たる瞬間にはギルガメッシュの盾に阻まれた。ギルガメッシュが嘲笑った様に見えて何かムカつく……このノリマロが。

ジョブを無しから【黒魔導士/白魔導士】に切り替えて自分にバフを掛けた後、出の早い物から順に唱えていく。弱い攻撃魔法は弾かれる。デバフも同様に弾かれる。

ん? 動きが唐突に止まったけどスタンが入った? あ、モドキに殴られて吹っ飛んだ。スタン効くのか……って事はLv50以上で使える魔法が効く?

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』円環起動」

 

試しに【フリーズ/トルネド/クエイク/バースト/フラッド/フレア】を並行で唱える。この魔法の使い方もヴァナディールじゃ場のエーテルが乱れるから結構問題視されたけどこっちなら平気だろ。

タイミングをずらしながら延々と魔法をぶち込む。どうやらソコソコレジストされてるけど全くダメージが通ってない訳でもなさそう。こうなりゃトコトン乱れ撃ちしちゃる。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

有香がギルガメッシュに対して魔法の乱れ撃ちをしている頃、衛宮士郎一行も佳境を迎えていた。

セイバーがランサーの槍を捌き、アーチャーがバーサーカーに対して五月雨撃ちをしながらライダーが隙をついてその援護を行う。衛宮士郎は言峰綺礼と対峙し傷つきながら周りの剣を無意識に解析し無自覚に自身を強化していく。

サーヴァント同士の闘いは当然ながら、綺礼と士郎の闘いも次第に人外染みた戦闘速度に突入し、凛を抱えた桜はゆっくりと影を纏い周囲を警戒している。

桜に抱えられた状態で意識を取り戻した凛は魔術の強化を使っても援護が難しいと判断し思考というリソースを別の事へ割いていた。

 

セイバーの闘い方は市街地での地に足を付け、弾き、受け止め、反撃といったドッシリとした戦い方から打って変わって軽く、流れるような剣筋へと変わっていた。これは地面が砂地になった事もあるがそれ以上にランサーの技量に対応する為。

剣は受け止めるのではなく、そっと槍に触れるように剣を添え、勢いに沿う様に、そして自分が有利になる様に力を加えて流す。流すと同時に自身は踏み込み攻撃へと転じる。

踏み込みは力強いモノから地面を滑る様に蹴るモノへ変わり、攻撃に転化した瞬間に魔力放出を行い攻撃力を高める。ランサーはその攻撃を槍を手放し身を沈める事で掻い潜りセイバーのがら空きの背へ蹴りをお見舞いする。

ランサーの闘い方と状況に応じてセイバーの闘い方も急速に変化し対応し始めているがそれでも尚ランサーには届いていない。

蹴りにより崩れた姿勢をランサーが逃すはずもなく追撃の一撃を行おうとした所に当然の様にアーチャーの援護が入る。

 

「っち! 相変わらずチマチマと」

 

ランサーが悪態を吐くのと同時にアーチャーとは別方向から剣が飛んでくる。槍で撃ち落とし飛んできた方へと視線を巡らせれば地面から次の剣を引き抜くセイバーの姿が見える。

 

「おいおい、マジかよ」

 

聞こえていたかは定かではないが冷や汗と共に思わず出て来たランンサーの言葉にセイバーは当然といった態度で手に持った武器を投擲。その踏み込みを利用して魔力放出を行い加速。

周囲にある刀剣類を投げ、剣で弾き遠距離攻撃を行うと共にそのタイミングに合わせて近接攻撃も仕掛ける。更にソコに合わせるようにアーチャーの支援が所々で入ってくる。

展開された固有結界はバーサーカーを如何にかするではなく、ランサーを追い詰める為に利用されていた。

 

そんなサーヴァント同士の争いを後目に言峰と衛宮の争いは加速していく。嘗て第四次聖杯戦争で起こった最後の争いの様にマスター同士が生存をかけて争っている。

最初こそ言峰の優勢は揺るがなかったが固有結界に入ってから、徐々に士郎が言峰を押している。視界の端に移り込む多数の刀剣から無意識化で吸収した経験を自身に、戦闘に反映。

時間をかけるほどその経験は蓄積されていきそのパワーバランスがもう少しで拮抗するのは間違いないだろう。だが現実には体力という枷があり急速に上昇した戦闘技能に振り回され士郎の体力配分はグチャグチャだ。

結果として士郎は地に伏せ、綺麗はそんな士郎を見下ろしている。

 

「どうした少年、もう終わりか?」

 

士郎は滝の様に汗を流し気力を振り絞って立とうとするが底を付きかけている体力ではどうにもならず、地面から言峰を睨みつけるしか出来ない。

 

「君の正義への執着はこの程度か……これなら衛宮切嗣の方が幾分マシだったな。さて、アインツベルン……そして衛宮切嗣の娘、君がやりたまえ」

「え?」

「君が衛宮士郎を殺すと良い。どうせ元からそのつもりだったのだろう? 聖杯戦争に参加した以上、衛宮士郎は敵。ならば君が殺すと良い、そうすれば聖杯は君の願いに応えるだろう」

「あっ……」

 

衛宮士郎への興味が薄れた言峰は体をイリヤに向けて彼女の心に言葉の毒を吐く。

 

「君はバーサーカーを使い衛宮、遠坂、間桐の陣営と事を構えた、私の陣営に味方をした、賽は振られ事態は進んだ、後に戻る事は出来ない。ならば歩を進めるしかない……そうではないかな?

 さあ、地に伏せた兄妹をその手にかけると良い! 君の持つ天秤には両親が! もう片方には義理の兄妹が! 選べるのは何方か片方だけ! 君が選ぶのは何方かなアインツベルン」

「ふざけるなよ、どっちか一方なんてのは手前が決めたルールだろうが! イリヤ! そんな物に従う必要なんて無い!」

「ほう、ではどうする?」

「手前を倒す! そんでもって爺さんも! イリヤの母さんも! どっちも助ける!」

 

僅かな時間で戻った体力を振り絞り地に足を付け立ち上がる。目の前の悪を倒すという鋼の意思を持って。

 

「ふっ、私を殺せば両親の魂は肉体から離れる。どうやって私を倒す? 私が活動停止したのなら直ぐに魂は離れていくというのに」

「分からねぇ! 分からねぇよ! でもこのままにしたらお前は似たような事を繰り返す! ソレだけは駄目だ!」

「ほう……では君は義理の姉に犠牲を強いると。二度と会えないと思っていた両親との再会のチャンスすら奪うという訳か、流石だ! それでこそ衛宮切嗣の後継者、正義の体現! 正義の名の元に他人に犠牲を強いる、実に正義らしい行いだ」

「~~~っ!」

「何故怒るのかね? 古来より行われてきた正義とは正しく、君が行おうとしている事の繰り返しだ。大儀の元に少数を犠牲にして多数を救う、君の養父、衛宮切嗣がそうしてきた様に……ああ、そうか。こういう手法もあるな、君がアインツベルンを倒せば良い。そうすればバーサーカーも同時に片付けられるぞ?」

 

その言葉の毒に周りも自分の状況さえも見えなくなる。体の疲労を心の沸騰が凌駕し、全力での攻撃を繰り出す。

砂を蹴り、数歩でトップスピードにまで加速、敵の眼前で急旋回しながら更なる加速を行い知覚外である背後からの奇襲。

両の手に現れる夫婦剣、無意識に吸収した戦闘技能。自分の使えるモノを総動員した人生の中でも最高の一撃。

それでも言峰綺礼には届かない。

ほんの半歩、自身の体を攻撃対象である士郎へ近づけ、相手の勢いを利用した左手で行われる背面への肘撃ち、からの体を捻り向きを変えながらアッパー気味に行われる掌底打ち。

肘撃ちで肺の中から空気を抜かれ掌底打ちで内蔵を持ち上げ傷つけられ、士郎は口から血を吐き出しながら砂へ落ちる。

 

「今のが全力か? ならばソレをアインツベルンへ向ければ君は死なずに済んだ物を……さあ、アインツベルン。君はどうする? 神は自ら動かないモノに慈悲は与えない。両親に会いたく無いのかね?」

 

 

 

心臓の鼓動がハッキリ分かる。お母様の死を告げられた日、キリツグの裏切りを知った日、バーサーカーに助けを願った日、どれも心臓が張り裂けそうな思いだったがそのどれよりもキツイ。

全てを投げ出しても取り戻したい、そう思える。それが例え義理の弟を手にかける事だとしても。

振るえる躰で息を吸い魔術回路を起動させる。普段なら意識せず、それこそ息を吸う様に扱えるはずの慣れ親しんだ術がとても難解な術の様に感じる。

触媒が私の魔術で形を変え剣になり、衛宮士郎へと矛先を向ける。後は攻撃の意思を乗せれば対象の肉を割き、骨を砕き、命を刈り取る。

宙に浮かぶ剣はゆっくりと士郎へ近づいていく。

後ほんの少しの意思でお母様が取り戻せる……キリツグも……意思があるのなら裏切りの事を問いただせる。

二人が死んだと聞かされた時からの続きが取り戻せる。

なのに……何故私は攻撃出来ないのだろう。

震え、視界が歪む中で私が最後に見たのは倒れた士郎と視界の端に映る黒い呪いだった。

 

 

 

動けない士郎に魔術が届く寸前、凛のガンドがイリヤを撃ち抜いた。心の動揺で防御がまともに出来ていないイリヤはガンドを受けて倒れ込んでしまう。

尤も、例えイリヤが魔術を行使して士郎を襲った所で桜の影が攻撃を阻止していたのは疑いようもない。だが綺礼にとってみれば攻撃の成否は重要ではない。

攻撃を行った。この事実が重要であり今後を楽しむ上で重要な要素になるはずだったのだが……。

 

「やれやれ、せっかくのクライマックスでこの様な邪魔が入るとは……やはり先に片付けるべきだったか? 凛」

「黙りなさい綺礼。もうアンタの遊びに付き合うのもまっぴらごめんよ。それに、アンタって因縁を断ち切るのは私以外に適任者は居ないでしょ」

 

内心は煮えたぎるマグマの様な感情が渦巻いているがソレに反して思考はクリアになり冴えていき、冷たい目線で綺礼を見据える凛。

妹弟子の成長に思わず苦笑する綺礼だが肩をすぼめて見せる。

 

「成程、だがどうする? 君は魔術師としては成長したが私の相手が出来るとは思えんな。それとも、『コレ』が足りなかったかね? 凛」

 

そう言って懐から黒く深く光るダイヤを取り出す。忘れもしない毎年届けられたブラックダイヤモンド。

激情に駆られ乱れ撃つガンド、それを避けながらとても良い顔で笑う綺礼。凛の冷静で整っていた顔が怒りによって歪む。

 

「そう、良いな凛。私はソレが見たかった、人が、感情で歪む顔。剥き出しの感情によって歪められる感情の発露。

 それこそが私が美しいと思える人の側面。長い時間をかけ、ゆっくりと育てた、私が作り上げた、私が! 私だけが分かる。

 だから凛……もっと魅せてくれ」

 

攻勢に出た綺礼の攻撃を桜の影が防御する、その影の上からめり込む言峰の拳。

拳は割れ、肉が裂け、骨が見えても意に介さず影の上から鋭い一撃を叩き込む。肉体の損傷を考慮しない捨て身の攻撃。

ソレを受けながらも凛は反撃の拳を放つ。恐らくアドレナリンが大量に出て痛みを克服しているのだろう。

響くのは言峰の肉体が受ける損傷の音か、凛が行う打撃の音なのか。体に浮き上がる魔術回路が瞬き、血が飛びながら拳が互いの肉体にめり込む。

何方の体から響く音なのか、その区別すら着かない中サーヴァントの戦闘をBGMに肉を撃つ音が響き渡る。

 

だがその争いも凛の響く一言にかき消された。

 

「バーサーカーーーーーー!!!!」

 

予想外の一言に対峙している綺礼も一瞬の隙が出来る。そしてソレは致命的だった。凛に対しての隙ではなく『アーチャー』に対して致命的な隙だった。

凛は言葉と共に全力の掌打とガンドを綺礼の体越しにイリヤへ向けて放つ、掌打は言峰綺礼の左わき腹を捉え、地面から伝わる捩じれは彼の肋骨を砕き、圧し折り、粉砕する。そして掌打と共に放たれたガンドは掌打によって抉られた肉を穿ち、背中を引き裂きながらイリヤへ向かう。

バーサーカーは当然それを許さず一瞬でイリヤを庇いガンドをその背で受ける。そしてソレはバーサーカーを相手取っていたアーチャーにとって格好のチャンスだった。

待機させていた剣を矢として引き絞り狙いを付ける。心を空にして狙うべき敵の頭蓋へと剣を放つ。

寸分の狂い無く放たれた剣は言峰綺礼の頭蓋を砕き、その内に詰まった脳漿を砂漠の上へとぶちまけた。

 

「魔術師として……そして遠坂当主として、先代の仇、取らせてもらったわ」

 

その一言を最後に凛の集中力と体力は底をつき意識は飛び、攻撃を放った姿勢から糸が切れた人形の様に砂の上へ崩れ落ちる。

直ぐ様桜が駆け寄ると大量の汗で髪が張り付き砂が顔を汚している。

 

「っけ。散々こき使っておいて真っ先に自分が脱落すんのかよ……白けるぜ」

 

呆気なく動かなくなった自分のマスターに対してランサーは唾を吐き捨てながら言葉を投げかける。バーサーカーの驚異が無くなったと判断したアーチャーはその様子を見据えながら再度剣を手元に呼び出し構える。

ソレに対しランサーは肩をすくめて戦う意思無しと態度で示す。

 

「別にお前と遊ぶのも悪かねぇがよ、先約があるからテメーとはその後だ。もしお前等のツレが大事なら早めに来る事をお勧めするぜ。

 どーせアイツは邪魔してくるだろうし、面倒だからな。じゃあな」

 

言う事は言ったと背を向け離れようとするランサーに対しセイバーが構えながら此処で仕留めると言わんばかりの視線を投げかける。

 

「待てランサー、何処へ行くつもりだ」

「あぁん? 決まってるだろ。お前等相手するよりもよっぽど面白れーアイツの所だよ」

 

口元を歪ませ、今まで以上の闘気を漲らせながら手を広げてみせる。

 

「あの野郎は面白れぇ。今を生きる奴なのに気概が違う。生きる為に戦う奴の匂いがする。

 こんな時代じゃなけりゃ一角の戦士になっただろう類だ。そんな奴だからこそ闘いがいがある。

 約束もあるしな、さあ、ソコを退きな。さもなくば先ずはお前からになるぜ、セイバー」

 

槍を構えセイバーと対峙するがセイバーが構えを解いた事でランサーも闘気を消して歩みを進める。そう遠くない場所、争う音の発生地へ。




次話は年内に出せるよう頑張ります。


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23話 固有結界2

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


衛宮一行の騒動が一段落した頃、ギルガメッシュ対使徒の戦いは続いていた。

渇いた砂の匂いを嗅ぎながら青の軌跡を残し空間を縦横無尽に駆け回る影とソレを追撃せんと黄金の軌跡を描く宝具の雨。大量の宝具を従え扱う王は動かして見せろと笑みを絶やさず砂の上で仁王立ちで待ち構える。

青い影が動く度にギルガメッシュの周囲には砂とぶつかり発生するバチバチという衝突音が響き様々な角度からばら撒かれる魔法。そしてソレ等を防ぐ様に王を守る盾の群れ。

時に離れ、時に接近しながら青と黄金は周囲を破壊し派手な音を立てながら闘いは加速していく。最早爆心地といった戦場にランサーが到着すると第三者の登場に青と黄金は距離をとった。

黄金の揺らめきを背に抱えたまま赤い眼をランサーに向け問いを投げかける。

 

「ランサー、貴様何をしに来た」

「おいおい、何をしに来たか位テメェなら検討ついてるだろ? 元々俺のが先約だ。譲ってもらうぜ」

「ふん、我の獲物に手を出すつもりか痴れ者が」

「アイツがやられた今、縛るもんは何も無ぇ。オレはオレのやりたい事を優先するに決まってんだろ、それともお前からやるか? それも悪かねぇな」

 

ランサーの軽口が終わる瞬間、ギルガメッシュが背にする揺らめきの一つから斧が射出されランサーが居る場所へ向かう。その様をランサーの眼は然りと捉えているが動く様は無い。

距離にして残り2mといった所で漸くランサーは動き出す。しかしソレは回避行動ではなく槍を構えながら前へ踏み込む事だった。

斧の下へ潜り込み槍を使って斧を巻き上げる。射出の勢いを殺さず、むしろその勢いを利用してギルガメッシュへ投げ返すと展開された盾の宝具が斧を弾き落とす。

 

「一撃で屠ってやろうという我の慈悲を無碍にするどころか、我が財を投げ返すとは……余程惨たらしく死にたいらしいなランサー」

「おいおい、全盛期の肉体で健忘症か? テメーの蔵から薬を出した方が良いんじゃねぇか?」

 

この会話を皮切りにランサー対ギルガメッシュが始まる。先ほどまでギルガメッシュと相対していた零号機モドキとなった使徒達は暫しの思考の後、このチャンスを逃すのは愚策だとし肉体の蘇生を優先させる。

空間をATFを用いて飛び回る行為は当然ながら肉体に過度な負荷をかけ、一度針山にされた躰は使徒イロウルとバルディエルによる補修があったとはいえ多大な負荷により更に損傷していた。

零号機モドキの胸の辺り、本来コアが収まっているであろう箇所の外装が剥がれ、中の粘液が盛り上がりそこから有香の顔が露出する。露出した顔は嗚咽する様に口から血を吐き出し反射で呼吸を開始する。

 

有香の肉体が蘇生し、意識が表に出るまでの僅かな時間でギルガメッシュとクーフーリンの闘いは苛烈をを極めていた。

ギルガメッシュはその有り余る財を消費し物量によってランサーを殴殺せんと殺意を向け。その意志に従い宙に黄金の揺らぎが見上げる程に天高く広がりランサー目掛けて殺意の代行者たる宝具を射出する。

それに対してクーフーリンは自分に目掛けて飛んでくる宝具を軽い物は弾き、時に跳ね返し宝具同士の誘爆を狙う、また重い物は避け、時に足場にしながら宙を駆ける。時に爆破の影に隠れ、周囲の砂に溶け込みギルガメッシュに奇襲をしかけるがコレを盾で防ぎお返しとばかりにギルガメッシュが剣を振るう。

振るう剣は一級品、しかし振るう者は武芸者ではなく為政者(いせいしゃ)。故にクーフーリンは槍を巧みに使い、武器を通して発勁を打ち込む。

これには多少なりと驚いたのかギルガメッシュがその整った眉を僅かに歪ませた後、不敵に笑ってみせる。深くなった笑みに反応するかの如く空間を歪める黄金の瞬きは煌めき、一層激しくクーフーリンに殺意を向ける。

 

呼吸の開始を切っ掛けとして意識が浮上し始める。強烈な吐き気と血の匂いに血の塊を吐き出しながら動かない体と定まらない視界に困惑しつつも現状を把握しようとする。

肉体の痛みと目の前に広がる砂漠風景に鼓膜を揺さぶる轟音で自分が中から表へ出て来た事は把握出来たが体がマトモに動かせない。しかし状況とは裏腹に思考は冷静に動き始める、直前まで内側で聞いていたからか『痛み』があるという事は肉体が機能しているという事。マトモに動かせないのは損傷が激しい為、ならば回復が最優先。

 

「【ケアルV】」

 

詠唱する余裕も無く呪文名だけの詠唱で周囲のエーテルが反応し光を放つ。光は傷口に作用し肉が盛り上がり傷を埋め、肉同士が繋がり皮膚を作り上げる。

治っているのだが治る際の痛みまでは消しきれないので治る痛みに顔を歪めて治るのを待つ。もっとも呪文一つで原型さえあれば部位欠損も含めて治してしまうのだから現代医学に喧嘩を売るとかいうレベルではない。

直ぐに体が動かせるようになる。ズルリと粘液から腕を突き出し【マイバック】からリレイザーとラストエリクサーを呼び出し中身を飲み込むと全力疾走の疲労感が一気に引くように消耗していた体力魔力が戻ってくる。

回復の際に伴う感覚に背中をぞくりとさせながら体を覆っていた粘液が体から分離し、周囲に漂いながら此方に飛んできた剣をATFで弾き飛ばす。飛んできた方向を見ればギルガメッシュが口元を歪めながら赤い眼でこちらを見下ろしている。

クーフーリンを相手にしながら良くやると半ば呆れながら自分の装備を見下ろす。

 

オフィスカジュアルで通るであろう灰色のインナーと白のカッターシャツ。薄いオレンジのジャケットに黒のズボンに運動靴。

全身の洋服が穴だらけでとてもじゃないが再び着る事は出来なさそうだ。聖杯戦争に関わってしまったが為に数が多くない俺の服達はボロボロでこのふざけた争いが終わったら洋服を買いに行こうと決めた。

深い溜息と共に如何にか原型を保っていたジャケットを脱ぎ捨ててナイトのAFを取り出して身に着ける。戦場で着替えるってのもどうかと思うが防御は幸い粘液……バルディエルがやってくれてるので気にせず着替えを済ます。

というかJOBを外して戦った影響で体があちこちガタ来てる。ヴァナディールの装備品は体格に合わせて自動的にフィットする魔法が施されているので問題ないがJOBを外して体が一回り大きくなった影響で地味に靴のサイズがあってないので痛い。

着替えるついでにヴァナディール時代の靴へ変える。履き心地は兎も角JOBを外して戦うならこっちのが良い。

装備を着込んで体の調子を確かめながらクーフーリンとギルガメッシュの争いを観察する。

 

うん、ギルガメッシュの闘い方は記憶の中にあるモノよりちょい苛烈だけど分かる……クーフーリンさん、アンタなんで発勁使えてるん?

頭痛がする頭を振りかぶりやる気が少し萎えた心を深呼吸で振るい立たせる。まずはノリマロをぶん殴る!

 

そう意識した瞬間ATFを利用してギルガメッシュの頭上に居る。頭上から体重を乗せた全力の振り下ろし。

予想していたと言わんばかりに頭上を守る様にギルガメッシュが剣を振るう、同時にクーフーリンによる槍の刺突も周囲を浮遊する別の盾が防いでいる。鍔迫り合いで火花が飛びギチギチと金属同士がぶつかり合う音が鳴る。

けれどバルディエルの直接攻撃は予想が出来なかったらしく拳を模った粘液に殴られ数メートル吹き飛ばされた。だが大したダメージにもなってない為、口元に浮かべた笑みを消す事さえ出来てない。

 

「硬った、つか今のを剣で防ぐとかマジかよあのノリマロ野郎」

「やっと起きたか、遅ぇぞ。つってもアイツをやらねぇとオメーとマトモに戦る事も出来やしねぇ」

「士郎君来ないかな、あのノリマロ相手なら士郎君に任せる方が楽なんだけど……でもまぁ、やっぱ殴らないとちょっと気がすまないよなぁ」

 

自分を奮い立たせるために無理やり口角を上げて強気の言葉を吐き出し身構える。

飛んでくる武器を盾で弾き剣で受け流しながら隣を見る。隣ではクーフーリンも槍を使って受け流し手足で弾いたりもしている……この人のセンスどーなってんのマジで。

本物の戦闘狂のセンスに脱帽しながら【リジェネV】をかける、ATFを利用した加速……もといATFピンボールは球である自分の耐久力が低いのでダメージを受ける。

ランサーを警戒しつつ、じわじわと治る下半身を感じながら意識をギルガメッシュへ向ける。多分多少なりと怒りを感じているんだろうがそれ以上にこの状況を楽しんでいるのがギルガメッシュのあのにやけ面から読み取れる。

さらに後ろに浮かぶ黄金の揺らぎは数えるのが馬鹿らしくなる程に展開され様々な武器が此方に向かって飛んでくる。このままマトモにやってたらジリ貧になりそうなので……更に切り札を使う。

「ファンタジー+漫画」の発想で辿り着いたヴァナディールには無かった魔法の運用方法。遠距離を速度でもって潰す、その為の切り札。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』フィジカルエンチャント【エンサンダーII】」

 

呪文の詠唱完了と共に体のあちこちから放電が始まる。本来武器に付与する魔法を自身の躰へと付与すると心臓の鼓動が早くなり血流が普段よりはっきりと自覚できる。

視覚が聴覚が触覚が、戦闘で使用する感覚が鋭敏になるのがわかる。だが用途が違う物を無理矢理付与した為、呼吸で口から吐く息と共に口内の水分が蒸発し煙となって消えていく。

だがコイツはあくまでもスイッチ。コレを更に加速させ剣を届かせる為にはもっと大きな雷を取り込む必要がある。エンチャントが馴染む時間と次への布石として追加の詠唱を口にする。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【雷精霊召喚】」

 

戦場一帯に紫電の走る球体が出現する。ソレ等の球体は明滅しながら宙を動き回りギルガメッシュの周囲に纏わりつく。

当然迎撃しようと武器が放たれ球体を貫くが周囲に水晶と雷をまき散らしながらまた別の球体が現れる。

もしこの場にヴァナディールの住人が居たのなら口を開け呆然としただろう。有香が作り出したモノはヴァナディールで『エレメンタル』と呼ばれるモンスター、一説にはそれぞれの属性エネルギーが精霊として具象化したものとして伝わっており本来の雷精霊召喚はその特性が共わないエレメンタルを呼び出す。

特性とは物理の75%カット、魔法感知、洗脳(あやつる)不可、……そしてクリスタルのドロップ。そう、今この固有結界を無数に飛び回るエレメンタル達は迎撃される度に『雷のクリスタルの塊』をドロップしながらリポップしている。

このクリスタル、ヴァナディールではエネルギーとして利用されており雷のクリスタルは読んで字のごとく雷属性のエネルギーを保有している。そのクリスタルが宙を舞いながら振っている最中、雷をを纏った有香が駆けだす。

地に落ちたモノや降り注ぐクリスタルから雷のエネルギーを取り込みながら、迫りくる武器を弾き、避けながらギルガメッシュへ向けて駆けていく。クリスタルを踏み砕く度、走る速度は上がり肌から流れ出るはずの汗が水として露出するよりも前に蒸発し煙となる。

体表から漏れ出る程度だった電気と火花は既に放電と呼べるレベルになりまるで暴走し漏電する発電所の様に一帯を雷のエネルギーで満たしながら縦横無尽に駆け回る。最早雷の化身、その速度を持ってギルガメッシュへと攻撃を仕掛ける。

当然クーフーリンも黙って見ているはずもなく、雷を伴う暴風の最中を駆け抜け王へとその槍を振るう。異界からの来訪者と槍の英雄、攻撃速度のみで言えば間違いなく人類史に類を見ない攻撃の嵐。

 

だが、それでも尚エスカリバーの刃、ゲイボルグの矛先は届かない。

 

あらゆる方位、角度からの奇襲も興の乗った英雄王、慢心の無い王には届かず悉くが防がれる。

 

雷の轟音と擦れ合う金属音、神話に語られるような争いが固有結界内に再現される。

クーフーリンが横合いから槍の刺突を繰り出し槍を通して発勁を通そうとするも、英雄王は槍を直接は受けず宙に浮かぶ盾が矛先を止める。ソコに有香が上空から畳みかける様に振り下ろし、切り返しの胴薙ぎ、駆け抜けながらの切り上げ、瞬きの間に繰り出す剣の3連撃に加えて魔法の連射と粘液での打撃を仕掛けるが剣戟は2回をギルガメッシュの持つ剣で、1回を宙に浮く盾、魔法と粘液の打撃は揺らぎから射出された武器が上空から地面へ縫い付ける。

すかさずクーフーリンの矛先が有香へ向くが体に届く前に潰された粘液を切り離し距離を取る。三者三様、自分が勝つ為に物量で、速度で、技術で、あらゆる手段を用いて周りの敵へ攻撃を仕掛ける。

 

衛宮一行が合流したのはまさに神話の闘いが再現されている最中だった。

 

 

 

士郎がイリヤを背負い、凛を桜が支えて中真の元へたどり着いた時には周囲は雷が轟く嵐の真っ只中になっていた。

雨こそ無いものの砂塵が飛び雷が鳴り響くソコは固有結界を展開したアーチャーでさえ受け入れがたい現実でありその中心で争う三名も同時に否定したくなる。

三者三様の思わず笑いだしたくなる攻撃速度、金属音を響かせながら現れては消える無数の薄壁とソレを足場に跳ねまわる雷を纏う白、吹き荒れる風や砂すらも足場に無軌道に駆ける群青の影、無限に展開される至高の煌めきと流星群に王の威厳を示すかのようにどっしりと構え青と白を捌く黄金。

基本はギルガメッシュを攻めているが機会があれば躊躇いなくもう一人を攻める。まさに三つ巴と言える状態が眼前で繰り広げられている。

 

「っは、そろそろ貴様の相手も飽きて来たな雑種。その身を別のモノに明け渡し我を楽しませろ」

「うるせぇ、ランサー! もっとコイツを攻めろや!」

「あぁ!? オメーこそ他に隠し玉ねぇのかよ!」

「くっそ! 隙が無さすぎるんだよ! 【スタン】!!」

 

衛宮達には悪態をつきながら天候を操っている様にすら見える有香が呪文らしき言葉を口にするとギルガメッシュの動きが不意に止まる。それに合わせてランサーが槍を、有香が剣と粘液を叩き込む。

既に【フリーズ/トルネド/クエイク/バースト/フラッド/フレア/エンサンダーII/雷精霊召喚】と大量の魔法を行使している中、【スタン】を行使した為ギリギリだった負荷が鼻血、血涙として現れる。

血を流しながらの有香の攻撃とランサーの槍は防がれるが、どうにか粘液であるバルディエルの攻撃がギルガメッシュの体に通り、接触した部分から憑りつき浸食を試みる。

 

-広大な都市と黄金の煌めきを放つ様々な道具、そしてソレ等を自分のモノとして着飾り、見下ろす男-

 

浸食して直ぐにバルディエルは今まで触れて来た中で一番大きな精神を持つ個体だと認識し目の前の個体を改めて敵として認識。バルディエルの生存本能が刺激され波紋が走る様に粘液の体表が震える。

 

「ほう、王たる我の心を覗き込むか。異邦人」

 

その言葉を切っ掛けにバルディエルは器である有香に明け渡していた主導権を乗っ取りにかかる。

 

 

 

戦闘の為に展開した雷の雨、吹き荒ぶ砂嵐に災害と思える様な魔法の数々が荒れ狂い、更には固有結界という特殊な砂漠が広がり空に歯車の浮かぶ空間に居たはずの有香は戦闘の最中から……夕日の中、山間を歩いていた。

鼻を微かにくすぐる木々の香りに澄んだ空気、足から伝わる若干のぬかるみに足を取られない様にしっかりと地面を踏みしめながらリラックスした体で足を進める。

 

はて? 自分は何をしていた?

 

そんな疑問が頭に浮かぶが何かに急かされるように足は前へと進む。気が付くと目の前には輪郭があやふやな人影があった。

訳が分からないままに何故か体は動き人影を攻撃する。殴り、蹴り、跳躍し背後に回り攻撃を仕掛けるが抵抗され有効打が決まらない。

 

軽い苛立ちから自分の躰を『書き換える』

 

俊敏な躰を。そう思いながら四つん這いで地面を駆け、交戦を続けるがやはり倒せない。苛立ちをぶつける様に腕を地面へ突き立てる。

意志を読み取った様に腕が伸び、地面をかき分けながら相手の背後へ回り込みまんまと相手の首を取る事に成功。

憎しみを相手へぶつける様に腕に力が入っていく。両の手で人影の首を絞め段々と相手の抵抗が弱まってくる。

自分が相手の命を素手で摘み取ろうとしている事に疑問も無く、ただその行為自体に興奮を覚え気分が高揚した。

だがソレも相手の力が抜けた所までで、暫くの後に相手は本能を剥き出しにして抵抗を始めた。

 

掴んでいた手首を握りつぶされ。圧し折られ。

折られた腕ごと体を振り回し地面へと叩きつけられる。

痛みに呼吸が出来ず立ち上がる事すらままならない中、相手は自分に馬乗りになって殴りつけてくる。

猛烈な痛みを感じていたが体は動かせない、途中から痛みは鈍くなり何となく殴られているという感覚だけが残り躰は反射を返すだけになっていった。

鈍い感覚だけが相手は攻撃の手を止めてない事を教えてくる。視界も消え、自分がどうなっているかも分からないが相手の殺意だけは感じ取れる。

そして自分の核と呼べる部分に相手が触れたのを感じ取る。

 

『終わる』

『終わりたくない』

『嫌だ』

『生きる為に』

『どうすれば』

『失敗』

 

まるで妻が光の柱になってしまった時、自分の娘が腕の中で溶けた時の喪失感をループで思い起こすような感覚の最中、コレがバルディエルがギルガメッシュに感じたモノとして理解出来た。

 

「始まるのね……ゲンドウさん」

「ああ、私が為しえなかった神へと至る道。ユイと会う為に進み……挫折した先へ彼は進む。

 例え進む先が地獄だとしても……今の私なら少なからず彼の気持ちが分かる。痛い程に」

「ゲンドウさん……」

「アダムとリリンへの扉を持った器に知恵の実と生命の実がくべられた。彼の王のお蔭で器は船へと昇華する。

 私達を運ぶノアの箱舟へと」

 

次の瞬間、これまで戦場に落とされてきたどの雷をも上回る特大の雷が有香の体から空に向けてあふれ出る。先ほどまで縦横無尽に動いていた体は動きを止め微かに震えながら自身の傷から流れ出る血液すら沸騰させながら雷が吹き上がる。

同時に喉を潰してしまっても構わないと言わんばかりの雄たけびが有香の口から鳴り響く。雷と咆哮の音が固有結界を駆け巡る。

 

その光景にギルガメッシュは思わずといった笑みを零しながら剣を使いランサーの攻撃を捌く。

 

「我の獲物が漸く出てくる所だ、邪魔をするなランサー」

「っへ! そりゃコッチの台詞ってんだ!」

 

二人の剣戟を他所に有香の咆哮と放出していた雷が止まる。離れた場所から全体を見渡していた衛宮組全員は次の瞬間に有香の姿を見失う。

 

「はっ?」

 

誰の口から出た言葉だったろうか、視界に映らない有香を他所にギルガメッシュとランサーの争いは激化していき、視界の中では地面である砂地がそこ彼処で爆発し何かの痕跡だけを残していく。

最初に違和感に気づいたのは固有結界の主である英雄エミヤ。自分の投影した武器が遥か上空に集められている事を感じた。

宙に浮かぶ巨大な歯車より遥かに上。固有結界でなければ成層圏と呼ばれる地上からの距離、上空凡そ50kmの場所に自分の投影武器が集められている事が感覚として分かる。

そして同時に姿が見えないアイツがやろうとしている事が武器を通して理解し、同時に息が詰まる。

 

「凛! 今すぐ魔力を廻せ!!」

「アーチャー?」

「全員私の後ろへ! 早く!!!!」

 

ほんの数歩分、全員の前へ飛び出し比喩抜きの限界まで魔力を絞り出しながら両の手を前に魔術回路を全力で稼働させる。眼前に展開されるのは七つの花弁を模した盾。

生半可な宝具ならば正面から受け止める事さえ可能なアーチャーの持ちうる最強の盾が展開された次の瞬間、今までの比ではない轟音と共に世界が白に染まった。

 

 

 

激しい音、目を瞑っていても尚見える光、盾の後ろに居ても体全体を襲ってくる空気の波、空気と共に襲ってくる熱と皮膚を割いてくる砂。

目と耳の機能を一時的に奪われた衛宮達が正気を取り戻し視界に捉えたのは、アーチャーの展開した盾が残り2枚まで減っていた事とまるで爆撃された砂漠跡地と呼ぶような地面だった。

砂は消し飛ばされ、窪み、地面は溶け流れ、まるで活火山の火山口を見ている様に見える。砂が焼け、溶岩の様になった地面からは地面を焼き、焦げた匂いが立ち上がり辺りに広がり鼻を刺激してくる。

 

「何だコレ……」

 

士郎が口にした言葉は全員が思う所だった。

大量の汗を流しながらアーチャーがふらつき片膝を地面につけ荒く息を吐き出す。

 

「ちょっと、アーチャー。辛いのなら霊体化を」

「それは出来ん」

 

凛の助言を斬って捨てる様に食い気味にエミヤが言葉を遮る。守護者としての側面を持つ彼だからこそ、この場を離れられない理由がある。

 

「ここで固有結界を解いてみろ、冬木の街で目の前のコレが起こるぞ。セカンドオーナーとしてはソレは許容出来るか?」

 

言われてギョっとする。目の前の惨事が冬木で? 冗談ではない。正直体に残る魔力はほぼない、限界まで絞り出してしまっているがそうも言ってられない。

 

「それは駄目。アーチャー、魔力を廻すからどうにか固有結界を維持して。セイバー、ライダー、バーサーカーはアーチャーを守って頂戴」

「シロウ、構いませんね」

「あぁ、アーチャーを守ってくれ」

「ライダー」

「分かりました、サクラ」

「バーサーカー、お願い……」

「■■■■」

 

凛が右ポケットから魔力を込めた宝石を取り出し飲み下そうとした時、視界にクリスタルが飛び込んでくる。はっとなり左ポケットに入れていた炎のクリスタルを取り出す。

手持ちの宝石と比べても遥かに多くの魔力を含んだクリスタルをじっと見つめてから飲み込む。するとどうだろう、先ほどまで魔力が空となり倦怠感を覚えていた体が嘘の様に気分がすっきりしてくる。

というより魔力が溢れる。普段以上の魔力に戸惑いながらもソレをラインを通して全力でアーチャーへ流し込む。

エミヤが固有結界を補強し終えると爆心地から高笑いが響いてくる。

 

「ふははははは! 良いぞ! 良くぞ人の身でソレ程の力を蓄えた! 貴様を敵として認めよう!!」

 

ギルガメッシュの足元から黄金の船がその姿を見せ空へと飛び立ち、宙に佇む男へ迫る。

盛大な空中戦の幕開けである。




やっと最大の敵が対戦してくれる所まで来ました。
プロット通りに書いてたはずなのに何か色々追加で文章が生成されるのは何でじゃろ。
きっと面白くなってると信じてこのまま書いていきます。

因みにチート染みた雷云々はバルディエルのアニメ能力ではなく元ネタを参考にしています。
ご了承ください。


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24話 固有結界3

み、短い・・・。
でも形にはなったと思うので投稿します。


生身で空を飛ぶ。

 

このシンプルな行為を行った人間がどれくらい居るだろう。ヴァナディールでも終ぞこんな経験はしなかった。

遮る物が一切無いと風は強く冷たく体温をどんどん奪っていくだろう。本来は相応の恰好をしておくべきだが今は全く気にならない。

産まれた世界ではそこまでアクティブな趣味は無かったのでスカイダイビングも体験してない。そんな人間が空を飛んでいる。普通……と言って良いか判断しかねるがこんな状況になれば普通は焦ったりするものだろう。

だが特別な事をしている感覚は無い。まるで歩く事を一々意識しない様に当たり前の様に空に浮き、猛烈な勢いで此方へ来る黄金の船を見下ろしている。

 

自分はこんなに落ち着いた思考をしてただろうか? 若干の違和感を感じながらも体は緩慢に動き始める。

点の様に見えた黄金の船は徐々に視界の占有率を上げながら此方へ近づいてくる。残り10Kmを超えた辺りで船の周囲に黄金の波紋が現れる。

船の移動速度を加えた宝具の射出は音をも切り裂きながら迫ってくる、ほんの1秒程で10kmの距離を縮めその刃を届けようとした所で体を傾け宝具の隙間に滑り落ちる様に回避。

目の前数㎝を通過する刀剣類、その刀身の美しさに思わず見とれつつ風切り音を聞きながら脅威を見送る。

次々にこちらに向かってくる宝具を基本避けながら避けきれない物を剣と盾で受け流す。受け流す度にまるで金属カッターを使ったような音と火花がイージスとエクスカリバーから出てくる。

伝わってくる振動と衝撃が手を痺れさせ直撃すれば危うい事が伝わってくる。極力避ける様に空を駆け船ごと両断しようとギルガメッシュへこちらから向かう。

 

右手に握ったエクスカリバーを両手持ちに変え上段へ構えたまま頭から敵へと突っ込む。周囲に漂う雷を取り込みながらぐんぐん加速し、ギルガメッシュから見れば黒い点の様な影が雷を背負って落ちて来ている。

体の傷口から血が溢れ、溢れた端から蒸発していく。血以外の水分が体から出ていない……汗が出てない事を冷静に危惧しながら敢えてギルガメッシュとの闘いで使ってなかったカードを切る。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【ヘイストII】」

 

JOB無し状態、所謂ノービス状態でのヘイストIIは本来の攻撃速度に限定した速度増加と違いあらゆる速度を増加させる。

元々高速と呼べる状態からの更なる高速化で尚且つ視覚的に点の様に見える相手を欺くには効果的だった。

疑似的な超高速化にギルガメッシュの宝具の五月雨撃ちも展開が間に合わず見えている宝具群を潜り抜けると敵は直ぐ目の前。

渾身の力を持って上段に構えた剣を振り抜く。

 

殺った

 

そう確信出来る距離、武器の威力。

 

周囲から集めに集めた雷を武器の運動エネルギーに乗せて相手へ叩きつける一撃は正に必殺技と呼んで遜色ない威力。

 

だが剣が伝えてくる感触は肉を斬り絶つ感触ではなく。硬く、侵入を拒むモノだった。

 

 

 

何に拒まれたのか分からないが振り抜く事が出来ずに結果として相手の船の運動エネルギーに押し負け吹き飛ばされる。弾かれた身体は錐揉みをしながら宙を泳ぐ。

乱れる視界で敵の船を探しながら思考を走らせる。

相手への近接タイミングをずらして正面からの奇襲が破られた今、取れる手札は限られてくる。

 

だがやる。

絶対に、此処でアイツを落とす。

この一点だけは違えないとふら付く身体に気合を入れなおし再度宙を駆ける。

 

矢継ぎ早に押し寄せる宝具群を掻い潜りながら相手の上を取るように立ち回り、急降下で再び奇襲。

だが予測した通り敵に触れる直前に『何か』に弾かれる。

予測済みだと言わんばかりの眼に睨まれ離脱する際に背後から溢れる黄金の武具に身体を削られる。

魔法を使っても治りが遅い。薬を取り出したいがそんな暇が無い。

詰将棋を強いられる感覚がする。延命の手を打ちながら打開する為の一手を考える。

盤面を破壊する一手。

 

ギルガメッシュは周囲を動き回る異邦人……正確には混ざりものだが……について考えを巡らせていた。自分の『眼』を通して視たアレは人とは異なる姿形だったが間違いなく人である。

そして目の前の雑種の中に居る複数の人影と無数の雑種。

此処で全てを蹂躙し塵芥と変えてしまうか、それとももう少し遊ぶか……黄金の肘掛けを指先で数度叩き背後に金の波紋を出現させる。

 

再度の宝具群。ソレに加え英雄王の秘蔵の一品が異邦人を迎える。

 

『天の鎖』

 

英雄王がそう呼ぶ宝具であり友でもある。英雄王の眼が捉えた相手の性質は間違いなく人間だが其れと同時に僅か……本当に僅かだが神性も感じていた。

故に出し惜しみ無し、例え幾ばくかの遊びがあろうとも久しく相対するに足る人間だ。自分が一番信頼の置ける宝具を惜しげもなく使う。

 

鎖と武具が織りなす黄金の煌めきの中を文字通り駆ける。空気の薄さにも慣れ、頭の何処かで感じていた違和感も気にならなくなった。

迫りくる宝具に逃げるルートが制限され逃げ先にも天の鎖が配置されている。ある意味「詰み」の状態になった事で今まで見せていた手札の変化球を見せる。

 

「■■■■■■■ーーーーーーーーー!!!!」

 

咆哮と共に全身から発せられるATF。今までの様に壁としてではなく正に『フィールド』として発動させる。

ATFの出力に負け宝具の軌道は歪み、ランクの低い物は圧し折れ爆発という結果に帰結する。

 

視界から来る情報、空中に漂う雷から入ってくる情報を元に躰は行動を起こす。腕に力を入れ右手のエクスカリバーを振り上げる。

胴体から肩、右腕を通り剣へ大量の……それこそ負荷に耐えきれず金属が蒸発してしまうであろう電を魔法【エンチャントサンダー】を介して剣に宿す。

感覚としては【サンダーVI】なんて目じゃない、というか魔法とも違うプロセスで雷を産み出してる。

 

奇妙な感覚を感じながらも船以上の速さで迫りくる宝具を眼に収めながらもどんどん雷は剣へと蓄積していく。そして荷電がエンチャントの許容量を超えたのか剣から雷が漏れ出す。

 

次第に剣からだけでなく体全体から溢れる雷を使い姿勢を変え両手で剣を握る。その姿勢は奇しくもこの世界のエクスカリバーの持ち主、アーサー王が宝具解放を行う姿勢と似ていた。

そして上段に構えるソレを敵の船へ向かいながら振り下ろすと剣の軌跡をなぞる様に極閃が現れる。

 

光と轟音がギルガメッシュへ向かう

 

ギルガメッシュの宝具群が迫りくる極大の雷に飲み込まれ一瞬勢いを落とすが溢れ続ける雷が止まる事は無くギルガメッシュに牙をむく。それを見て英雄王は船の座席から立ち上がる。

英雄王の動きに合わせ背後の宙に浮かぶ黄金の波紋群、そして顔を覗かせる宝具の数々。ソレ等を躊躇なく眼前に迫りくる極閃へ向け射出。

多少は威力が減衰するものの勢いは止まらない。

黄金の主はその光景に怯む事無く口元を楽しそうに歪ませながら右手に持った鍵を起動させる。宙に走る紅の線、その線は直ぐに鍵へと戻ると右手には一本の剣が握られていた。

 

剣の名前は「乖離剣」

 

ギルガメッシュの持つ「王の財宝」の最奥に納められる知恵の神・エアの名を冠する剣。

英雄王にのみ持つ事を許されるその剣は「天」「地」「冥界」を表す円筒が回転しその性能を現実に刻む。

 

「出番だ。起きよ、エア!」

 

振るわれた剣は船の勢いを上乗せし、空間断層を眼前に押し出し迫りくる極大の雷を削りながら進む。そして英雄王は手を抜かない。

起動する乖離剣に魔力を通しながら左手を柄の底に添えてその本領を呼び覚ます。

 

「原子は混ざり、固まり、万象織り成す星を生む。異邦人! これを乗り越え拝して魅せよ!『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!!」

 

円筒がソレまでの比では無く回転を高め、圧縮された空間断層がエアから放たれ眼前に広がる極閃を全てのみ込む。

その攻撃は正しく究極。空中においても遺憾なく威力を発揮しありとあらゆる事象を飲み込み断裁し「原初の地獄」を再現してみせた。

ギルガメッシュの持つ最高の手札。最高の攻撃。コレを前に立つ者は居ない。

 

どこかでギルガメッシュもそう思っていた。次の瞬間までは。

 

両の手足に走る激痛。揺れる視界。

突然の事に痛みよりも困惑が先に立つ。

視界を巡らせると自分の右側に件の異邦人が居る。

振るわれた剣、斬られた四肢、攻撃されたのは分かるがどうやってエアの攻撃を避けたのかが分からず困惑は溶けない。

 

だが事実は至極単純。男は盾で顔を庇いながら突き進み、体に雷を纏い、エヌマ・エリシュを超えてギルガメッシュを斬り付けた。

ギルガメッシュの唯一の想定外、それは『原初の地獄でも生きる生命体』の存在。

男と混ざり合ったバルディエルもそんな想定外の内の一体であり、例え生命の実を持たない今でも『どんな環境下でも産まれ生きていける』という特性は引き継がれている。

例えソレが原初の地獄であり人類にとっては致命的な環境であろうとも短時間でソコを抜け出すのであれば死ぬ事は無い。最も、ダメージを受けないという訳ではないが……。

 

 

 

腕が引き攣る、皮膚が爛れ筋肉が痙攣し今の姿勢から動く事がキツイ。

込み上げてくるナニかを無理やり飲み込み息を吸う。

 

有香はギルガメッシュの四肢を斬り落とした剣を切り返しで首を落とす……つもりでいたが切り返しの踏み込みを行った途端に全身から血が噴き出し黄金の船へと倒れ、留まる事が出来ずにそのまま宙へと投げ出された。







('ω')スッー
やる気の為に評価とか感想下さい!
宜しくお願いします。


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25話 固有結界4

前回でギルガメッシュに勝ったと思った方……そんな訳が無いんだよなぁ……。


血を垂らしながら落ちる二人。

 

一周回って落ち着きを取り戻したギルガメッシュは再び鎖を呼び出す。

 

「エルキドゥ!!」

 

天の鎖を体に巻き付けて宙に留まる英雄王、そして両手をからめとられ十字架に張り付けにされた様な姿勢で吊るされる異邦人。

腕に力は入らず右手は雷の出力に耐えきれず皮膚が焼け爛れ、柄に癒着している為どうにか剣を手放さずにすんでる。

正に満身創痍。エネルギーの切れた機械の様で呼吸をするだけで精一杯というのが実情だ。

 

自分と異邦人の状態を冷静な英雄王の眼が正確に射貫く。

 

「我の玉体を斬り落とすとは……中々やるではないか。しかし最後の詰めを見誤るとは戯けめ。

 それでも……それでもエアの一撃を乗り越え我の元へ辿り着いたのは貴様が初だ。

 貴様を勇者と認めよう、雑種」

 

手向けだ

 

その一言に英雄王の矜恃が乗せられていた。

そこから行われるのは地上……砂漠での戦闘の焼き増し。

違うのは今度こそ加減無しの本気であり相手は五体満足だが上がらう事すら出来ない状態。

数えるのも馬鹿らしくなる程の黄金に輝く波紋。そこから覗く暴力の権化が異邦人の身体を捉え飛び出していく。

 

ギルガメッシュの最上クラスの宝物、数の暴力の前に使徒と混ざり合い肉体の強度が跳ね上がった身体でも宝具は彼の身体を打ち、衝撃は身体を駆け抜け、刀身は肉を貫く。

 

やがて針山の様な体になった彼に向けて英雄王の一言がダメ押しをする。

 

「爆ぜよ」

 

 

 

英雄王の一言に彼の財宝は従い宿る神秘の圧縮を行い崩壊、神秘の暴走という形で爆発という現象を引き起こし男の身体を内側から爆発させる。

爆破に耐えきれず千切れる両手、吹き飛ぶ腹部。唯一頭だけはATFが守り原型を留めている。

爆破により鎖に繋がれた部位が欠損し自由落下を始める。男の落下を見下ろしながら英雄王は手足の治療を始める。

暫しの時を経て両手足は再生。英雄王の目線は再び男を捉える。

まもなく地上へ到達するであろう男もまた少しづつ再生をしているのが見て取れた。

 

「存外貴様の張り付けは様になっていたぞ、異邦人」

 

そう言いながら蔵から取り出すのは『聖人を刺したとされる槍』

 

「裁定の時だ、勇者諸共逝け!」

 

英雄王の腕の一振りに合わせ射出されるは『ロンギヌスの槍』

ソレを選んだのは偶然か、それとも王の眼が見通しての事かは本人にしか分からないが槍は蔵から飛び出し再生を始めていた男の心臓目掛けて飛んでいく。

実に40Km超の距離の差を物ともせず槍は空気を切り裂き男の心臓目掛けて飛んでいく。新たな脅威が迫りくる事に気が付いた使徒は当然防御の為にATFを張る。

槍はオーソドックスな形の穂先でありエヴァ世界のロンギヌスの槍とは全くの別物だった。世界が違うので当然だ。だが、槍がATFに接触した時、不可思議な事が起こった。

ATFに拒まれた槍は確かに止まったが尚も進もうと接触面から火花を散らし、甲高い金属音を鳴らしながら進行を止めない。震える槍は穂先からその身を光に包み全身が光となった所で形を変える。

エヴァ世界においてのロンギヌスの槍。二股の捩じれ絡み合う朱色の長槍。

槍の変化に持ち主の英雄王、衛宮一行、そして男の内から見ていた者達も一様に驚き目を見張る。

槍はATFを破り遂に男の胴を貫き絶大な運動エネルギーと共に地面へと縫い付ける。

叩きつけられたエネルギーは地面に走りクレーターを作る。衝撃に砂が浮き、空気は揺れクレーターを中心に砂塵が舞う。

 

それでも男は微かに生きていた。

 

無いはずの左手で槍を掴み、無いはずの右手で天を掻く。

 

槍が肺を貫いている為か口からは血を吐き、目や耳鼻からも血を流してる。口からは声にならない声をか細く出しながら目は遥か上空に居る敵を睨む。

その目は瀕死の状態なぞ知る物かと言わんばかりの敵意が籠り両の眼を紅く光らせている。だが流れ出る血が多く数回の痙攣と共に動かなくなってしまう。

 

衛宮一行を襲った砂塵が収まると前方には独特な槍に貫かれた男が砂の上に赤い染みを作りながら横たわっていた。

 

「ユウカッ!」

 

ライダーが弾かれる様に砂を蹴り駆け寄ろうとすると上空から宝具の雨が降ってきた。堪らずソレ等を避け後退すると上空から黄金の船に鎮座した英雄王が降りてくる。

 

「さて、想定外はあったが……ある意味収まるべき所に収まったという事か。我の見立てを超えては来たが勝利を拾う程ではなったと……」

 

悠然と浮かぶ黄金の船を覆う様に空間が揺らぎ波紋が広がる。英雄王が最後の一言を発する前にその内の一つが向きを変え待機状態にあった武器を射出。

重々しい金属音が辺り一帯に鳴り響き英雄王目掛けて飛来した何かの進行を防ぐと、飛んできたモノは赤い軌跡を残して持ち主の元へと戻る。

 

「ランサー……まさか生きていたとはな。生き汚なさは言峰以上か?」

「っかー、あんなのと比較されても嬉しかねぇや」

 

手元に戻った槍を片手にランサーが姿を見せる。全身を包む青い鎧は至る所が焼け焦げ、出血もしている。

それでも闘志は折れておらず眼に宿る戦意は身体の状態に反して満ち満ちている。

 

「んじゃぁ改めて言うぜギルガメッシュ、アレは俺の獲物だ。これ以上やるならテメーから先に殺る」

「はっ! 吠えるではないか」

 

そこからはランサーとギルガメッシュの対決が始まった。結論から言えば対決の結果は知らない。

決着がつく前に固有結界は戦闘の余波に耐えきれず破壊され、その隙に乗じてライダーが俺を回収してくれたので争った本人達以外は誰も結果を知らないのだ。

尚、死んだ俺は柳洞寺へ運ばれた。理由はキャスターに譲ったレイズロッド。例え死んでも一定時間内であれば蘇生が可能な制限回数付きの蘇生アイテム。

狙って渡した訳じゃない……とも言えないが回り回って自分を助ける情けは人の為ならずとは言ったものである。

まぁ最も、蘇生後に相当大変な事になって目を覚ました後にキャスターに盛大に怒られたんだが。




という事で主人公が皆のトラウマ、劇場版の二号機みたいになるというのを目指した全4話(22~25)でした。

普段と比較するとかなりアッサリに仕上げてます。
後々加筆するかもですが取り合えず話を進めるのを優先します。

また数件の感想を頂いたのでこの場で返答させていただきます。

■ ■ ■ ■ ■
ガチガメッシュに勝っちゃったん…あかんやつや
>英雄王は滅びぬ!何度でも蘇るさ!
 いくら戦闘経験則数十年の積み重ねがあってもあんなのに勝てる訳ねーっす。

ランサーはどうなったのかな?
>すっごい迷いましたがぼかす形を取りました。今後の展開次第で一つ。

更新遅くてつまんねーわ
>更新遅いのはスマンの。生活(リアル)優先だから執筆に使える時間なんて一週間に3時間取れれば良い方なんや。
でも態々つまらんとか書くとか……ありがとな!
そんなんでも反応ある方がやる気でるゾ!君のお蔭で25話は早く上がったしwww


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26話 秘薬

時間が開いてしまいました。
中々展開の舵取りに踏ん切りが付かなかったので読者の方に見たい先を選んでもらいたいと思います。
アンケートへご協力ください。
※アンケートは4/11の1:00で終了しました。
 ご協力ありがとうございます。

※一部原作ゲーム内の仕様と異なる表現があります。 ご了承ください。

2022/06/19
一部修正


線香とい草の香りで意識が戻る。軽い身じろぎをすると重い感覚となれない感触……。

目を閉じたまま身体を動かして上半身を起こして目を開くと見慣れない和室だった。

 

「…………何処ここ」

 

暫く考えが浮かんで消えてという時間を過ごして少し頭が回り始める。倦怠感を振り払いながら毛布をはぎ取り立ち上がる。

どうやら新品のシャツとパンツ姿で寝ていたらしく、枕元には甚兵衛が置いてあるので取り合えず着る。大きな溜息を吐きながら敷布団の上で胡坐をかいて思考する。

覚えてるのは英雄王と戦った事、最後は負けた事、『槍』に貫かれた事。

シャツを捲って自分の身体を見直しても傷が無い。そんでもって和室っつー事は……可能性から考えて柳洞寺?

ふら付きながら襖を開けると日が落ち、ちらほらと雪が降る庭が見える。雪と夕方の所為で尚の事下がる温度が身を刺しぶるりと身が震える。

腕を摩りながら廊下を歩くと年配のお坊さんに遭遇した。

 

「あっ、どうも」

「おぉ、目が覚めた様ですね。葛木君とキャスターさんのお友達だとか」

「あー、えっと葛木の奴は今は?」

「葛木君は今学校ですよ。キャスターさんは貴方と一緒に訪ねて来た方と買い出しへ。多分1時間もすれば戻ってくるかと」

 

少し話を続けて一緒に訪ねて来たというのが衛宮一行という事らしい、お坊さんに礼を言って寝ていた部屋へ戻る。暫くしたら火鉢に火を入れてくれたので改めて礼を言って暖を取る。

掛け布団を羽織りつつ火鉢の傍で座布団を敷いて胡坐をかく、どうせ時間もあるし少し自分の『中』へ集中しよう。

 

大きく息を吸い、吐く。一呼吸の間に意識は自分の中へと移り変わる。

懐かしの我が家で目を開くと最初に飛び込んできたのはぐったりしたゲンドウさんだった。そしてリビングでハイテンションのユイさん。

何に対してそんなにハイテンションなのか謎だが目の前に空中ディスプレイとキーボードを出して物凄い勢いでタイピングを行っている。

 

「えっと……ゲンドウさん、何故奥さんはあんなにテンション高いんすか?」

「戦利品をとても気に入ってね……ソレの所為でああなった……」

 

やられたのに戦利品? そう疑問を浮かべてると詳細を教えてくれた。

 

「君が受けた槍、アレは【ロンギヌスの槍】。そしてバルディエルが最後の抵抗として槍を喰った」

「喰っ……た?」

「古代の王が所有する宝物……あらゆる至宝の原典を持つというのを『知識』としては持っていたが、あそこまでとは……エアの名を冠するあの武器も凄まじかったがロンギヌスの槍が変化したのは此方としても予想外だった」

「そう! 変化!」

 

リビングに居たユイさんがゲンドウさんの言葉に反応して顔を此方へ向ける。その顔は赤く興奮した状態で……端的に言えばエロい顔して此方に詰め寄ってくる。

 

「私達はあの英雄王と事を構える時が来る事は予想していたの! 色んなパターンと可能性を考え、貴方の持ちうる道具から色々な可能性を考えていたわ! でもあの変化は予想外だった! そしてバルディエルの『死』と『恐怖』そして『力への渇望』!

 槍が貫いた傷はこの場所まで届いた! でも同時に此処から槍へ干渉出来る事の証明! そしてソレは槍の簒奪という結果で証明出来たの! 不可逆な槍の変化、つまり槍は我々【箱舟】の【羅針盤】になりえるのよ!」

「お……、おう?」

 

言ってる事が正直解らんと言うか、理解するのを頭が拒否った。取り合えず英雄王との一戦にとても興奮してる事だけは分かった。

ユイさんのあふれ出るリビドーについて行けないのでスルーを決め込む。大人は何時だってこのスキル(スルー力)を求められる、コミニティに属している以上は必ずだ。

そんなアホな事を考えていると先の発言に気になる情報があった事を理解すると同時にあの状態のユイさんに聞くべきではないとゲンドウへ言葉を向ける。

 

「ゲンドウさん、『バルディエルの死』ってどういう事?」

「……言葉通りだ。第8使徒バルディエルは死んだ。君という肉体を通して彼の王はバルディエルに攻撃を届かせた。結果としてバルディエルはこの世界で言う『起源』とやらを覚醒させ因子を残して扉の先へ逝ってしまった」

 

そう言ってゲンドウが上着のポケットから取り出したのは黒いビー玉。正確にはビー玉の様に見えるナニか。よく見ればその中には黒い雷雲が漂い雷が雲の隙間を走っているのが分かる。

テーブルに置かれた球体はまるで傾斜を転がる様に水平なはずのテーブルを音を立ててこちらに向かって転がってくる。

思わずソレを手に取り持ち上げるて掌を開くと視線が吸い込まれる。その中に居る訳でも無いのに感じる吹き荒れる風、その風に乗って暴れる雲、身体を濡らす雨、空気を震わせ音を割いて走り回る雷。

ハッとし、引き込まれる様に近づけていた顔を球体から離す。固唾を飲み込み背中には一筋の汗が流れる。

視線を合わせたままテーブルに肘をついて溜息を吐くと球体を持っている右手がじわりと暖かい事に気づく。改めてソレに顔を近づけようとした時、球はまるで水に落とす様に掌の中へ吸い込まれていった。

唐突の事に混乱しているとゲンドウとユイが唐突にクラッカーを鳴らす。

 

どこからそんなもん出したんだと心の中で突っ込みを入れつつも、突然の大きな音にビックリして口からは出てこなかった。

 

その後何だかんだとお祝いとか言われて碇夫婦に飯を振るわれた。実際に腹が膨れる訳じゃないが意外と料理上手なユイさんの料理に満足してから現実の方で目を開けると既に夕方だった。

 

立ち上がって凝り固まった体をほぐしてから部屋をでる。夕飯の良い匂いに誘われ台所に近づくと姦しく女性が大勢で食事の支度をしている声が漏れ聞こえる。

やれ何処のお店が良いやらドコソコの店が安いから自分の懸想しているしている男の話。空気を読まずにさっと入った方が良いと判断し台所へ続く扉を潜る。

 

「腹減った~。晩飯は何じゃろかい」

「ユウカ」

「あ、有香先生。起きたんですね」

「いや……もう先生じゃないけどね」

 

俺の第一声に反応したのはライダーと桜の二人、次いでキャスターが声をかけてくる。

 

「『杖』を私に預けておいて正解だったわね。心臓止まっていたわよ」

「お~、キャスターもありがとね」

「アンタ運ぶのに苦労したんだから、運賃は後で請求するわよ!」

 

凛に続く様に視覚外から声が掛けられた。

 

「リン、その場合運んだのはバーサーカーだから請求するのは私よね?」

「う”……」

「どうせリンの事だからついでに吹っ掛けようとか思ったんでしょ。まったく」

「な、何よ! ウチの土地で色々やらかしてるんだからちょっと位請求しても良いじゃない!」

 

イリヤが凛をからかい全体を巻き込んでギャーギャーと言い合う。数時間前に戦場に居たと思えない程この場は和気藹々としている。

そんな中、頭の後ろ……頭頂部辺りがチリチリと反応する。直ぐに【マイバック】からイージスとエクスカリバーを取り出しジョブを【ナイト/戦士】へ切り替え嫌な予感がした方向へ向き直る。

台所の勝手口から飛び出し外へ、釣られて出て来たライダーとイリヤ、そしてイリヤの隣に現れるバーサーカー。

彼等を伴って直ぐに寺の入り口へ駆け階段の方を見ると横にアサシンが現れる。

 

「門番より先に客の気配に気づくとは……客はお前様が目当てかな?」

「さてね、取り合えず出てきたらどうだ? ランサー!」

 

その一言に少し下った先の踊り場に光の粒子が集まりランサーが現界する。姿は万全とは程遠く、装備はあちこちボロボロで疲労の色も見て取れる。

そんなランサーが此方を見上げ肩をすくめて話しかけてくる。

 

「よう、お互い生き延びたみてーだな」

「いや? こっちは一回死んだぞ」

 

こちらの真正面からの否定に少しの間呆けてから笑い出す。

 

「くっ、あっはっはっは! そうか! 一回死んだか! あっはっはっは!」

「いや、何わろてん。オメーも下手人の一人やろがい」

「いやーやっぱお前に頼るのが正解っぽいわ。スマンが助けちゃくれねぇか?」

 

涙をこらえながらランサーがそう言い放つ。その姿に裏は……無さそうだがこの場面で助けを求める理由なんてコイツにあったっけ?

まぁ理由は後回しで良いや。

 

「見返りは?」

「俺が味方になる」

「乗った」

 

即断即決。敵が減るなら良い。

で、話を聞いてみればどうやら元マスターを助けて欲しいってのが今回の救助を乞うた理由らしい。油断していた所を外道神父に襲われて元マスターが部位欠損及び重体の状態で放置されているんだとか。

直ぐにライダー、イリヤ(+霊体化バーサーカー)とランサーで車に乗って元マスターが居るという場所へ。50分程移動した所でランサー案内の元辿り着いたのは寂れた洋館。

既に暗くなり始めた状態で扉を潜り懐中電灯で周囲を照らしながら奥へ進むと床に左腕の先が無い、背中をバッサリ切られた男(?)がうつ伏せに倒れて……っちゅーか死んでた。ランサーが冷静に「こいつが元マスターだ」とか言ってるけど死んでるんじゃねーの?

そりゃ止血を試みた後はあるけど明らかに流れ出てる血が多すぎる。部屋の床が渇いた血でどす黒くなってるし。

俺が近づこうとしたら止められてライダーが生存確認すると生きてるらしい。思わず目を見張るが取り合えずケアルしとこう。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【ケアル】II」

 

詠唱と共に発動したケアルは手元の色とりどりの発光体が件の男へ吸い込まれ傷を癒していく。取り合えず大まかに傷を塞ぐのと増血程度は出来たと思う、現に塞がりきってない傷口から少し血が溢れてるように見える。

直ぐにランサーがソイツを担いで車へと運ぶ。俺はそれを追いかけながら携帯電話で葛木の携帯へ連絡。

 

「もしもし、葛木?」

『そうだ、中真か』

「おう、何か運び込まれたらしくて迷惑かけたな」

『構わん』

「運び込まれた奴が言うのも可笑しな話だがもう一人運び込んでも良いか?」

『どういう意味だ?』

「例のパーティーに参加してる奴が助けを求めてきてな。元主人を~って、見返りは味方になるって」

『……分かった、こちらはもう直ぐ寺へ着く。先に言付けておく』

「すまんが頼む」

 

少し遅れて車に戻ったら後部座席に例の元マスターが寝かされて……って

 

「っちょ! 直に置くなよ! せめてタオル敷け! タオル!」

「あ? オメーそんなの気にする性質なのか」

「他人の車を汚すなっつーの! 布に血が染みこむと取るの大変なんだからな!」

 

そう言いながら影から取り出した大量のタオルを後部座席へ放り込む。ライダーとイリヤがせっせとそいつの背中部分にタオルを敷いてる。

ついでなので毛布も出してライダーに渡す。

 

「ったく、ランサー。コレから戻ってお前の元マスターはきっちり助ける。その代わりちゃんと味方になってもらうし情報も貰うかなら」

「おうよ。なんならゲッシュに誓ってもいいぜ」

「要らねーよそんな誓い」

 

軽口を叩きながら運転席へ潜りエンジンを掛け暖気してから車を出す。因みに元マスターを乗せて席の余裕が無くなったのでランサーは霊体化して貰った。

このまま寺へ……と行きたかったが胸ポケットの携帯が鳴った。運転中なのでライダーへ投げ渡す。

 

「もしもし」

『あれ? ……ライダー?』

「シロウですか。ええ、ユウカは運転中なので」

『あっ、そうなんだ』

「何故彼の電話に?」

『遠坂から目が覚めたって、後イリヤが一緒に居るって』

「確かに一緒に居ます。変わりましょうか?」

 

ライダーがそう言いながら後部座席のイリヤを振り返るとイリヤは「私?」と自分を指さしながら言外に語って見せた。渡された携帯を受け取り耳へ当てる。

 

「ヤー?」

 

そう言って士郎との会話を始めた様で暫くすると血相を変えて叫んできた。

 

「行先変更! 直ぐにシロウの家へ向かって!」

「は? いや……こっからだと暫く一方通行だから遠回りなんだけど」

「そんなの良いから! 今すぐ方向転換! 早く!!!!」

 

余りの剣幕に仕方なく車を停める。

 

「ちょっと! 何で車を停めるの!」

「手っ取り早くショートカットするわ」

「ショートカット?」

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【デジョンII】」

 

車を覆う様に出現した暗闇は中に居る人間とサーヴァントを車ごと帰還ポイントに設定している俺のマンションの地下駐車場に出る。周りはポカンとしてるが気にしない。

 

「よし、ここからなら衛宮家の場所も分かる。何か急ぎっぽいから速度出すぞ」

 

混乱している周りを置いといて車を発進させる。まぁ飛ぶ前と後、どっちの方が近かったかは正直微妙だが運転する側としては見知った道の方が運転しやすかった。

そうして着いた衛宮宅。出迎えてくれたセイバーが案内してくれた先に居たのは布団に寝かせられた男女3名。

イリヤそっくりの女性と見るからにアジア系の2名。一緒に部屋へ入ったイリヤからこぼれた言葉で2名の正体が判明する。

 

「お母様……キリツグ……」

 

改めて視る。頬はコケて肉が無く、手も枯れ木の様に細い。肌は渇き髪の毛もパサパサで女性の一人は銀髪っぽくて分らんが黒髪の男性は髪の毛の大半が白髪だ。

 

(多分この男女がイリヤの両親、そんでもって以前話に聞いた切嗣さんか。あれ? でも二人とも亡くなってるって話じゃなかったか?)

 

そんな事を思案しているとイリヤに服を引っ張られた。

 

「ユウカ、貴方なら助けられる?」

「いや……んー、どういう状況なのかも分からんから何とも……衰弱してるってだけなの?」

「じいさんもイリヤの母さんも聖杯の泥でグールって奴になってるらしい」

 

俺の質問に答えを返してきたのは士郎君だった。

 

「ぐーる? ゾンビの親戚的な?」

「大体その認識で合ってるわ。それでどう? 貴方から見てお母様やキリツグ……それにリンのお母さんは助けられる?」

 

言われて改めて男女3名に目をやる。全員共通しているのは肌は罅割れて髪の毛パサパサ。

 

「取り合えず取れる手段は取って見るかね」

 

そう言いながらJOBを【白魔導士/学者】へ変更する。

 

「【白のグリモア】『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【女神降臨の章】【レイズ】【イレース】【ケアル】」

※1

 

レイズの行使で切嗣さんには若干の改善が見られるが女性2名に対しては効果が殆ど見られない。イレースで状態異常を一つ消せた筈だがケアルの効果も薄い。

近づいて確かめてみれば黒髪の女性は腹と胸を割かれてる上に息も浅い、イリヤのお母さん……アイリスフィールさんは外傷は無いけど息が殆ど無く体温も極端に低い。

……さてどうしたもんか。というか……。

 

「あのさ、遠坂さん……それに桜さんも、この件知ってるの?」

 

気まずそうに顔を伏せる士郎君にイリヤさん。溜息をついてから直ぐに携帯を取り出してキャスターを呼び出す。

 

「あ、キャスター? 今すぐソコに居る遠坂、間桐の二人に衛宮宅へ来る様に言ってくれ。家族が死にそうになってるから直ぐに来いって。あ? 晩飯? んなもん後。さっさと連れてきて」

 

葛木が絡んだ時のキャスターのポンコツっぷりにイラつきながら部屋の隅へ移動し座り込む。視線の先には遠坂凛と間桐桜の母親。そしてイリヤの母であり衛宮士郎の義母であるアイリスフィール。

改めて大きく息をする。別段珍しい事でもない。友人知人、家族との死別。

何時かは必ず来る別れ。それが彼等に訪れようとしている……違う所は既に死んでいると思っていた人物で、又死にそうになっているという所。

頭の中がグチャグチャになるような不快感を抱えながら過去に思いを馳せる。

ヴァナディールにもあった友人との死別。魔法ですら取り返せない傷に零れ落ちる命。

遺体を抱え家族の元へ運んでもそこに待っているのは泣き崩れる顔。そして後日会った時の反応……気丈に振舞う人も居れば心を病む人も居る。中には『お前が代わりに死ねばよかったんだ』とののしられた事もあった。

 

彼女達は耐えられるのか? 近しい人が再び生きていたと知った直後に再度死ぬというストレスに心を病まずに済むだろうか?

 

自分なら耐えれない。仮にもう一度自分の家族が何処かで生きてるとして再びその命が脅かされたら……。

きっと何においても妻と我が子を優先する。例えそれが何億という人の命を天秤に掛けたとしても。

 

心が痛い。頭の片隅にある可能性の糸がちらつく。

当事者ではないはずなのに何でこんなに肩入れをしてしまうのか、これは彼達の問題のはずで、俺はただ頼まれたから関わっているだけなのに。

思考の沼に嵌りかけている事を自覚して頭をリセットする。

 

結局の所『どこまで手を貸すか』だ。

 

ヴァナディールで錬金術を収めたを理由……より強力な蘇生薬の製薬を目指して収めた錬金術を、今、此処で使うか否か。

大きな溜息をついてから肩の力を抜く。湧いてきた気持ちは『良いか』という感情。

世界を跨いだ事で禁忌とされる技術であれってもソレを知る人は居ない。ならば後は自分が納得出来るかどうか。

腹が決まった俺は家主に一声かけてから部屋を出る。居間へ場所を移して影から素材を取り出す。

 

ランサーの元マスターの治療を粗方終わらせてから素材の準備に取り掛かる。まさか女とは思わず思いっきり上着脱がせてしまったが不可抗力だ。俺は悪くねぇ。

 

暫くするとチャイムが鳴り訪問者の訪れを知らせる。恐らく遠坂と間桐の二人が来たのだろう、こちらも残りの準備を済ませて向こうへ合流する。

 

 

 

襖を開けるとソコには役者が揃っていた。

衛宮士郎、イリヤスフィール、遠坂凛、間桐桜。そして横たわるアイリスフィール、衛宮切嗣、遠坂葵。

セイバー、アーチャー、ライダー、それに別室だがランサーとその元マスター、更にはキャスターと葛木もこの屋敷には居る。つまり聖杯戦争の主要人物は最後の敵を残してこの場に居ると……。

 

「先生! あのっ、母を治せますか!?」

「私からもお願いするわ。勿論報酬だって可能な限り用意する」

 

桜、凛の二人が駆け寄り問てきたので出来るだけ感情を抑えて答える。

 

「俺は善意で今まで自分の持ってる術を開帳してきた。そこの衛宮切嗣さんはその範疇で如何にか出来る見込みが高いが君達二人の母親、それにアイリスフィールさんは正直厳しい」

「そんな……」

 

俺の答えに対して俺の態度を見てある程度覚悟をしていたのか士郎イリヤの二人は顔をうつ伏せアイリスフィールさんの方を見る。桜は感情が優先されたのか涙を目元に蓄えたが、遠坂凛は冷静に言葉を紡ぐ。

 

「……じゃあ見せてない術の中にお母様を助ける術は?」

「姉さん?」

「……可能性としては……ある」

「じゃあ!」

 

さっきまでもっと気楽にやろうとしていたのに、いざとなるとやはり心が重くなる。

 

「数字で言えば1割前後、そして失敗すれば二度と動かなくなる。ある程度意識を取り戻す程度なら間違いなく開帳した術の範囲でやれる。

 確実な限られた時間の会話か、一か八かの博打に掛けるか。家族である君達がそれぞれ決めてくれ。

 それと決断に余り時間を掛けすぎると成功率は下がるぞ」

 

ふら付く桜をライダーが支える。遠坂も顔色が悪い。そしてソレは士郎、イリヤの二人も同じだった。

二人を尻目にちらりと件の人物を見れば退室した時と変わらない傷と血が『そのまま』ある。恐らく肉体と魂の繋がりが希薄でありソレが常習化していた弊害。アイリさんは外傷こそ見当たらないが似た様な状態だろう。

身体が傷ついても心と魂が薄く繋がっている状態なら魂への影響が薄く、傷からの出血も少ない。

 

「決断出来るまでに切嗣さんを先に処置する。士郎君、イリヤさん、布団ごと奥へずらせるか?」

「あぁ……」

「ずらせばいいのね?」

 

粛々とケアルを重ね掛けし、何度かエスナを掛ける。グール化していた身体は元に戻り、体の弱っている部分もエスナで治す。

繋ぎ留められてた切嗣さんの魂はきちんと復活したので暫く療養すれば順調に回復はしていくはずだ。そう士郎君に説明してから問題の女性二人に向き直る。

改めて二人を見る。見た目としては肌に走る亀裂や腹部の傷等が目立つがそれ以上にアンデッド特有の匂いが微かに漂う。

湿気た古木から出る甘い匂い……これが強く香り始めると途端に腐敗臭が漂い始めかなり分かりやすいサインとなる。この匂いを嗅いでいるとヴァナディールでアンデッド討伐を行う傍ら狂気じみた実験を行った過去を思い出す。

一応はその狂気の感情は乗り越えたが自分の過去の罪を思い返す様であまり気分は良くない。首筋をかきむしりながら畳へ胡坐をかいて座る。

 

全員が見守るなか影から次々と材料を取り出す。

先ほど準備した反魂樹の根をすり潰しペースト状にしたモノと聖水に浸した夢想花の花びら、細かく砕いた蜂の巣の欠片に光のクリスタル。そして鍵となるレイエリクサー。

光のクリスタルを右手に持ちながら子供たち4人に目を向ける。

 

「作って投薬したらもう引き返せない。灰になるか、生き残るか……二つに一つ。それでも作るか?」

 

4人は一縷の可能性に掛けて首を縦に振る。ソレを見て溜息を一つ吐いてから右手に持ったクリスタルを両の手で包み魔力を流す。

魔力を流す事で固体として結晶化していたクリスタルは属性固有の光を放ちながら宙へ浮き物質としての形を解いていく。クリスタルが完全に光になるタイミングで注ぐ魔力を一気に増やす。

飽和した魔力が畳に置かれた素材を浮き上がらせ光の中へ取り込んでいく。光の坩堝へ取り込まれた素材はお互いに作用しあいながら一つの形へ導かれる。

 

部屋中に広がった強力な光はやがて有香の手元へ収束しソコには二つの小瓶が収まっていた。

 

「っはーーーーーー。出来た。はい」

 

そう言って有香は手元の小瓶を桜と士郎、それぞれの子供たちへ手渡す。時間にしてほんの数十秒の作業なのにまるで滝に打たれたかの様に汗を流しながら。

 

「悪い、かなり疲れたから向こうの部屋で休むわ。ソレ飲ませれば良いから自分たちの手でやってくれ」

 

言い終わると返事を待たずに部屋を出ていき残されたのはマスター4人とそれに付き従うサーヴァント。そして其々の母。

誰もが言葉を発さず移動する男の足音が聞こえなくなると恐ろしいまでの静寂が部屋へ訪れた。

 

最初に桜が口を開き姉へと問いかける。

 

「姉さん……」

「……桜、貸して。私がやるわ」

 

「イリヤ」

「シロウ、ソレをやるのは私の役目よ」

 

年下から年上の子へと渡される可能性の切符。かくしてその切符は各々の母の口へと注がれる。




※1.本来のFF11では学者の「女神降臨の章」ではレイズは範囲化しません。


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27話 舞台

お久しぶりです。
約4か月振りの更新となります。

何パターンか書いてコレかなーってのを選びました。
何か降って来なければこのままラストまで行きたいと思います。
もう暫くお付き合いください。


影から取り出したタオルで汗を拭いてから衛宮宅の居間で雑に横になる。精神的な疲れから手が震える。

気だるさを感じながらも意図的にゆっくり呼吸をして力を抜く、暫くそうしていると部屋へ葛木とキャスターが入ってきた。

 

「中真、大丈夫か?」

 

まともに返事するのがしんどいので目線を投げ右手を上げて答える。

 

「ふむ……お前は意外と精神的に脆いな」

 

何も答えず上げた右手で目元を遮る。今は色々考える事をしたくない。

暫くそうしていると葛木が唐突に提案してきた。

 

「以前酒の席でした約束を覚えているか?」

 

少し考えたが、ぱっと思い出せなかったので右手を目元から外して発言を促す。

 

「手合わせをするという約束をしたのを覚えていないか? 気分転換になるのなら相手になろう」

 

不器用な友人の誘いに思わず笑みが零れる。折角なのでその気遣いに乗っかろう。

 

「そだな、やるか」

 

寝転んでいた体制から一気に立ち上がって葛木に向き直ると珍しく口元を緩めて微笑んてやがる。そんなに手合わせ嬉しいかね?

あと口には出さんがキャスター、その恍惚とした表情と溢れそうな鼻血は止めて。

 

 

 

衛宮宅の庭先でシャツとジーパンに無手で葛木と相対する。始める前にリレイザーを投げ渡す。

 

「んじゃ、ルールはこの家のモノを壊さない。範囲は庭の中。相手が負けを認めるか一回死んだら終わり。手加減無用って所で」

「ああ、構わない」

 

お互いにリレイザーを飲み干して構える。葛木は左手を前にした半身で右手は握り、左手は逆に開いている。

その所作から掴みも使ってくる事が伺える。対して俺は右手は自分の顎付近、左手は腹の前というちょっと独特な構え。

ヴァナディールで染みついたモンク特有の構えで自分より体格が良い相手だとこの構えが一番しっくりしていたが……人相手だとちょっと厳しいか?

 

じりじりと間合いを図っていると葛木が先に仕掛けて来た。

 

接近からの左、そこに合わせて自分の左を当てかち上げる。空いた左脇に狙いを定めて捻りの効いた右が来る。足を使い左を下げながら右の掌底を当てる。

停めた右手がビリビリと痺れる。

 

「ふむ、初手はやはり止められてしまうか」

「いやいや、ちょっとビックリした。初手で行き成り決めに来るんかい」

「? 手合わせとはそういうモノだろう?」

「……まぁいいか」

 

ちょっとズレた葛木の返しが笑いを誘う。

笑った直後に葛木の右手首を取り上げながら身体を潜り込ませる。狙うは葛木が狙ったのと同じ、右わき腹!

予想通りに足を使って迎撃に来たので左腕と肩を使い防ぎ、そのまま体当たりの要領で左肘を葛木に当てながら踏み込むと同時に葛木の右腕を引っ張る。

肘鉄を狙ったがその前に葛木が放つ左の打ち下ろしが頭を揺さぶり右腕が外されてしまった、だが踏み込みの勢いは止まらない。無理やり肘鉄を入れてフリーになった右で腹を狙う。

 

空気を引き裂いた右が肉を打つ感触が無く、打撃音だけが空しく庭に響き渡る。

葛木はいつの間にか左半身から右半身の構えに入れ替え構えも変えていた。

 

「っち、今の避けるか~、やっぱ上手いな」

「……肝が冷えるな」

 

顔に貰った左で出た鼻血を吹き出して息を整える。少し間合いを外して葛木に集中する。

まるで俺と同じような手の位置で両手を開いて左半身……正直やりづらい。試しに接近して葛木の右腕を取りに行く。

多分両利きになるよう訓練したであろう左右どちらでも使える動き。腕に入る力が右腕のソレと遜色が無くパワー負けしてしまう。

かといって右手で取りに行っても今度は葛木の左手がこちらを狙っている。数手、手首を取れないか試すが無理そうなので動きを変える。

 

どっしり構える型から重心を上半身に移す、足に重さを乗せず移動しながら葛木の様子を見る。構え方に変化なし、であるなら此方から仕掛ける。

 

葛木の周囲を回る動きから一気に接近し胴体狙いの左足の蹴り。それを右手で巻き取り足の破壊を試みる葛木だが予測通り。

相手の右手を支えにしてカニばさみの要領で右足で葛木の頭を狙うが意趣返しと言わんばかりに肘鉄で脛を狙われた。思わず出てくる涙を目じりに貯めながら拾った砂利を葛木に投げ脱出する。

 

(もっと……頭をからっぽに……)

 

再度体制を整えて今度は低く駆ける。間合いに入る直前に踏み切り膝蹴り、を防がれからの両手で拳を握り叩きつける。

打撃は成功したが俺の両手を割る様に葛木の右アッパーが鼻を捉え勢いよく鼻血が飛ぶ。痛みと熱さを感じ地面に倒れ込みながら手を支えにして足払いをかけるが躱されそのままストンプに繋げられてしまう。

あまりにも強力で肺の空気が一気に持って行かれる。息が出来ないキツさの中、ストンプを行ってきた右足首を圧し折る。

地面を転がり泥だらけになりながら息を整える。相手を見ると全く諦めた様子の無い眼。

それに釣られて頭の中と心のもやもやが空っぽになっていく。

 

 

 

どれ位やりあってたのか分からないが気が付いたら庭で転がってた。多分死んだなと感覚的に思って視線を彷徨わせればキャスターに治療されながら膝枕されてる葛木が居る。

力を抜いてぼけっとしてたらラランサーが話しかけて来た。

 

「よう、良い死合いだったな」

「おー、見てたのか?」

「マスターもお前のお蔭で一段落したからな。何なら俺ともやるか?」

 

答えをどうするか思案しているとバタバタと廊下を走る音が聞こえ、家主の声が飛んできた。

 

「中真さん! じいさんとアイリスフィールさん、それに遠坂達の母親が!」

「三人がどうした」

「全員起きた!」

「は?」

「どうしたらいいんだ!?」

「三人とも目を覚ました?」

「ああ!」

 

直ぐに立ち上がり走る。三人が寝かされていた部屋の襖を勢いよく開けると母親に抱きしめられる子供二組とソレを見る父親の姿があった。

全員確かに起き上がってる、起き上がってるが……何か変だ。確率で言えばそりゃ両方助かる目はあったが両方ともが助かるなんて思ってなかった。

違和感を感じてるが救われた事自体は良い事だ。

 

「そっか……賭けに勝ったか。おめでとう」

「それはこっちの台詞さ。じいさん達を助けてくれてありがとう」

 

そう言って頭を下げてくる士郎君。

 

「『朱と生命の泉』『対価と世界の法則の歪』『エーテルの輝きを此処へ』【イレース】」

 

イレースが発動し光の粒子が降り注ぐ。衰弱はしてるが間違いなく治ってる。

 

「治ってる。間違いなく……」

「あぁ、じいさんも、アイリスフィールさんも、遠坂の母親……葵さんも! 全部アンタのお蔭だ。ありがとう」

 

良い事なんだ。人が救えたから良いじゃないか。

大丈夫、笑えるさ。

大人なんだから。

 

「んっ。おめでとう」

「あぁ! ありがとう!」

 

 

 

自分の状況と比べるのは止めろ。

 

 

 

 

 

 

―――――――。

 

 

 

 

 

 

あれから三人にケアルをかけて家族水入らずの時間を過ごしてもらっている。その間、キャスター組同伴でランサーからギルガメッシュに関しての情報を仕入れる。

 

「つまり、ギルガメッシュは生きてる?」

「あいつは受肉してるからな。マスター無しでも顕現してられる、俺はさっきキャスターに本来のマスターとラインを戻してもらったから平気だが本来サーヴァントはマスターの魔力で動くから、マスターやられた時点で詰みだ」

「(何かへその緒みてぇだな)それで? 肝心のノリマロは何処に居るん?」

「(ノリマロ?)さぁな。やりあってる途中であの砂漠が消えたんで離脱してからは知らね」

「結局生きてるってのが確定情報になっただけか」

 

居間で茶を飲みながらキャスター、ランサー、葛木を交えてギルガメッシュ対策を考える。

元々はマスターの言峰を公的機関で捕まえて身動きが取れない間に聖杯の解体とか考えてた。だが準備が整う前に遭遇と流れで戦う事になり結果惨敗。

今度こそ準備を整えて事に及ばないと俺がしんどい。出力不足とはいえ使徒の一人を殺す人間って何だよ。某ロボゲーのなんちゃら不敗じゃねぇんだからソコは負けとけよコンチクショウ!

そんな愚痴を零しながらも話は進む。

 

「で、実際の所アイツとはどうやり合う腹積もりだったんだ?」

「答えて上げたら?」

「……ランサーの元マスターを警察に捕まえて貰った所で儀式の根底にある聖杯を解体するつもりだった」

「っは? 言峰のヤローを警察に?」

「おう」

 

ランサーが一瞬ぽかんとして笑い出す。

 

「ぶははっははっはあ、っは! くっくっく。そりゃ悪くねーけどよ、お前アイツが警察何かに捕まる様に思えるか?」

「捕まえられなくても良かったんだよ。聖杯へちょっかい出す時間さえ取れればソレで良かったんだ、本来はな」

「だが……私とキャスターが動く前に監督官達はお前に奇襲をかけて来た」

「っそ、少なくとも1日以上は時間が取れると思ってた。葛木達なら1日あれば目途も立つだろうからと思ってたんだけど……というか俺の予想だと狙われるのって衛宮・遠坂組だったのに何で俺だったんだ? 今回の儀式にほぼ関係ない人間ぞ?」

「オメーはソレ本気で言ってんのか?」

「いや、事実じゃんか。正直巻き込まれただけだぞ?」

 

ランサーが呆れた顔で溜息を吐く。

 

「サーヴァントとやりあえる人間とか絶対アイツの興味引くに決まってるじゃねーか。しかも何度やっても生き返るし」

「貴方が持ってる道具は効果だけを見ればギルガメッシュが財として持っていてもおかしくないものね」

「えぇ……」

 

心底嫌だ。逃げたいのにロックオンされてるとか気持ち悪ぃ。

 

「つーか、折角なら俺とも死合しようぜ。どうせ生き返れるんだろ?」

「……全部終わったらな。少なくとも今はやりたくねぇ。さっき葛木ともやったし」

 

ここ数日色々あってヴァナのノリになってるなぁ。この騒動終わったらリレイザー作る材料がこっちにも有るのか探さないと……。

 

「それにしてもお前何であんな道具持ってるんだ?」

「私も興味あるわね」

「あん?(そうか、こいつ等には言ってないか)……面倒」

「はー? そこはちゃんと言っとけよ」

「別にいいだろ、疲れたからちょい横になる」

 

そう言って部屋の隅へ移動してゴロンと横になり眠り始めた。それを眺める英霊2名とマスター1名。

 

「しかしこの戦争もどうなるのかね。まぁ、元からめちゃくちゃなのは知ってたがアイツの登場で盤面は完全にひっくり返されたからな」

「貴方の願いは闘争なのでしょう? 事が終わった後とはいえ願いが叶うのなら良いじゃない」

「まぁな、俺としちゃ第一印象だと本命はセイバーだったんだがコイツとの二度目の邂逅からは予想外にコイツが粘ったからな」

 

マクドナルドでの有香との戦闘を思い出しながらランサーが語る。周りにある物を何でも使って勝ちを拾いに行くスタイルはランサーも生前行ったので何処かしら共感を抱く部分があるらしい。

そしてソレに食いついたのはキャスターではなく葛木であった。

 

「ほう……中真はそんな闘い方も出来るのか」

「おう、コイツが色々獲物を使えるって事言ってたしお前さんは居なかったから知らんだろうが竜種まで呼び出してたぜ」

「はぁ!? どういう事よ?」

「そのままさ、幼体だが竜と一緒に槍を振るってたぜ」

 

魔法に幻想種、短縮呪文かつ極省のリソースで引き起こされる効果。自分の知っている魔術との乖離にある程度は理解していたがキャスターの理性が悲鳴を上げる。

そんなキャスターを見ながら葛木は思案顔。竜を伴った中真との戦闘をシュミレートしているようである。そこから三人で中真に関するアレコレを話、日は暮れていく。

 

 

 

身体を揺さぶられ目を覚ますと衛宮、遠坂、葛木、ランサーのマスター、セイバー、ランサー、キャスターがテーブルを囲い。更に藤村大河が自分の肩をゆすぶっていた。

 

「ん……藤村先生?」

「おはようございます。と言っても、もう夕飯の時間ですけど」

 

眠気眼で頭をかきながら大きく欠伸をしてから改めて目の前の光景を見る。聖杯戦争関係者+サーヴァント+一般人という訳が分からない集団。

全員が食卓を囲んでおり、ぼけっと眺めていると藤村さんに手を引かれてテーブルの一角に座らされる。

 

「士郎! 早く号令!」

「藤姉、テーブル叩くなよ……それじゃ、全員揃ったって事で、いただきます」

『いただきます』

 

回ってない頭で取り合えず周りに倣って「いただきます」を唱和する。

頭空っぽで目の前に置かれた味噌汁をすすると程よい塩分と吸い物の暖かさが身体の芯に移り目が覚めていく。

続いて焼き鮭をほぐしてご飯と共に口へ運ぶ。鮭の強い塩気と炊き立てご飯の甘さが口の中で混ざり合い、舌を通して目覚めを促す。

飯の旨さにもくもくと食事を取りご飯を三杯も完食し満腹感と共に幸福感で胸が満たされる。寝る前までささくれ立っていた心が満たされた気がする。

この段階になり漸く周りの音に耳を傾ける余裕が出てくる。藤村さん中心に話している内容は精々世間話。

やれ出身地だ、何の仕事をしてるか、何処で出会ったのか等々。葛木中心に弄られてる。

士郎君が渡してくれた急須から茶を注いで啜る。藤村さんと葛木が微妙に噛み合いそうで噛み合ってない会話をしながらキャスターが士郎君に料理教わってる。葛木が旨いって言ったからなぁ。

でもってセイバーとランサーはご飯を食べ続け、その横で遠坂とランサーの本当のマスター。バゼット・フラガ・マクレミッツさんが小声で談笑中。

談笑って言っても中身は聖杯戦争の事っぽいので適度に聞き流す。因みにこの場に居ない面子は蘇生された人達と一緒に食事中。

正直このまま儀式終了としてしまいたい。そう思う反面、出来ないんだろうなという漫然とした感覚が同時にある。

頭が痛くなり湯飲みを置いて壁へもたれかかる。

 

 

 

 

「中真さん! 飲んでますかー!?」

「……藤村さん、流石に生徒のお宅で飲酒はいかがなものかと」

「良いの良いの! それより! 中真さんは何でシロウの家に? というか葛木先生も」

「あぁ、葛木の婚約者のキャスターさんとセイバーさんが知り合いらしくて、んで、連絡取って見たら近くに居るって言うもんだから折角なら飯でもって。

 後は外国人のノリというか……気が付いたら士郎君の家で飯って話に」

「はー、じゃあハイっ!」

 

渡されたのは恐らく藤村の晩酌用ビール。彼女はすでに出来上がってる様で顔が赤く目も半開き。

 

「(押しが強ぇ、しかも500ml)あー、じゃあ1本だけ」

「おっしゃー! 士郎! 追加の1本!」

 

我が物顔で士郎君からビールを受け取る藤村さんに一つ考えが頭に過る。一言断って士郎君の近くへ行き小さい声で聴いてみる。

 

「藤村さんってここによく来てるの?」

「藤姉は毎日来てますよ。大体朝晩一緒に飯食ってから学校へ」

「そっか(毎日……あれ? もしかして)」

 

手招きして台所へ移動し更に小声で聴く。

 

「もしかして切嗣さんと面識ある?」

「あ”」

 

嫌な予感が的中。

 

「もしかして葬式にも立ち会ってる?」

 

冷や汗をかきながら顔を上下に振る士郎君。oh……どうしたものか。

取り合えず向こうに連絡しようとした所で藤村さんが士郎君をインターセプト。

 

「所で士郎。さくらちゃんは? 今日は居ないの?」

「あー、サクラはちょっと席外してるんだ。遠坂、少し様子を見て来てくれないか」

「! ええ、良いわよ」

 

如何にかやり過ごした所でフォローの意味を込めて藤村さんの所へ。

 

「いやー、藤村さん唐突に仕事辞めちゃってすいませんでした。色々引継ぎに協力してもらって助かりました」

 

そう言って頭を下げる。

 

「何言ってんですか! 新しい門出なんですから協力位しますよ!」

「それでもですよ。 本当に助かりました。 課題は色々ありますけど……何とかなるでしょ」

「けせらせら! って奴ですね!」

 

豪快に笑いながら肩を叩かれる。裏表の無い彼女の性格なので本心から言ってる事が分かる分……良心が痛む。

次の職に関する話や引っ越しの話、世間話を少しして連絡先の交換などをしていると話題は別の人物へ移る。

 

「それにしても葛木先生の婚約者……キャスターさんでしたっけ? 初めて見ましたけど美人さんじゃないですか! 何処で捕まえたんですか~?」

「そういや俺も出会いは聞いた事無かったわ、飲み屋じゃ大体惚気だし」

「キャスターとの出会いか? ……夜の公園で、彼女が弱ってた所を助けたのが切っ掛けだ」

「夜の公園で美人を! ちょっとドラマチックじゃないですか! ソコん所詳しく!」

 

酔っ払いの興味の矛先が葛木に向いたのでそっと席を立つ。

士郎君に一声かけてから居間を出て蘇生した人達が居る部屋へ移る。

 

 

中に入ると晩飯を終えた面々がそれぞれ話をしている様で襖を開けて2部屋を繋げてあった。

 

「あ、先生」

「『元』先生でしょ、桜」

「うぃっす、ちょい経過を見に来たわ」

「この子達がお世話になっている様で……」

「いえいえ、こちらこそ」

 

そう言ってまずは葵さんの様子を見る。幾つかの質問をしてまだ体調が優れない様なのでケアルを掛けておく。

改めて遠坂姉妹と母親を見比べる。……何かしら違和感を覚えるがその正体が一向に分からん。

取り合えず何かあれば直ぐに連絡を入れてくれと言って、今度は衛宮一家の方へ。

 

「ユウカ、貴方から見てお母様とキリツグはどう?」

 

心配そうに此方を見上げてくるイリヤを横目で見ながら意識は衛宮夫妻へ。

あの外道神父の関心が向いていたこの夫婦は身体をいじくり廻されている。何らかの仕掛けがあっても可笑しくないんだけど今の所ソレも無い……何か見落としてる様な気がするんだけど分からん。

 

「身体は多分大丈夫なんだと思う……。けど何だろう……ずっと違和感は感じてるけど正体が一向に分からん」

「まだ治療が必要って事?」

「ご本人的にはどうです?」

「僕もアイリも、不調って感じじゃないけどな」

「えぇ、魔術回路が上手く起動しない位かしら、キリツグは?」

「そういや試してなかったな……確かに、起動しない……というか回路に流す魔力が湧いてこない」

 

本人達は意外と問題ない様だがイリヤの方が取り乱していた。

正直魔力が湧かないだとか魔術回路がとか言われてもさっぱり分からん俺は蚊帳の外で話は進んでいく。

 

どうやら衛宮夫妻は元々あった魔術回路というものが使えなくなっているらしく、魔術が使えないとの事。

魔術師としては致命的らしいが渦中の二人は全く意に介していない。というのも既に一度死んだ身なので思う所はあれどソレ位は許容範囲の様だ。

 

「だって……ねぇキリツグ?」

「そうだねアイリ。イリヤ、僕たちは魔術師としての生は終わりも同然だけど……イリヤの親としてまた生きていけるんだ」

「私の親として……」

「そうよイリヤ。私は前の聖杯戦争で小聖杯として、キリツグは呪いに侵され。人としての死を迎えた所を言峰綺礼に鹵獲されてからは死後を弄ばれた。

 とても辛い時間だった……何より貴女を残して逝ってしまう事が。その時が来た後で痛感したわ……。もっと貴女を愛している事を伝えられなかったのかって。

 それがこうして貴方と又話が出来るのよ。これ位で済むなら安いものよ」

「お母様……」

 

これ以上この場に留まるのは無粋だと思い部屋から退室する。部屋を出て柱に『シアリングワード』を書く、特定の人物以外が襖を開けられないという効果だが無いよりマシだろう。

問題は残ってると思うけど家族が戻ったのなら乗り越えられるだろ。後は……亡霊対策か。

 

 

 

その日は経過を見る為に全員で衛宮宅に泊まり、床に就いた。

翌日、キャスターにこの世界の魔術と彼女の知る知識を座学として教えてもらい飲み込んでいく。素の頭じゃ無理だが俺の『中の人達』は有能だ。

何せ文字通り億単位の人間の頭がある。知識を無理やり飲み込み昇華していく。

凄まじい量の知識を叩き込みながらヴァナディールで一時期世話になったあの女性を思い出す。容姿は全く似てないが魔法、魔術というモノに対しての姿勢はよく似ている。怒らせるとおっかない人で基本ですます調なのに偶に出てくる「よござんす!」ってのが頭に残るんだよな……。

魔術を教わるのに平行してランサー、ライダーにギルガメッシュの偵察を頼んでる。

正直枷になっていた言峰綺礼が倒れた状態のノリマロ野郎は何をするか全くわからんのでめちゃくちゃ不安だ。

普通に考えたら回復→補給→活動って形なんだろうけど……アレがセオリー通り動く訳ないしどうしたもんか。

 

 

 

予想に反して何事も無く1週間が過ぎた。

二日目までは衛宮宅に泊まっていたが三日目には遠坂葵、衛宮夫妻と共にホテルへ移動。

以降は缶詰状態でキャスターから魔術を叩き込まれ続けて少し知恵熱が出そうになっている。

そして今日、ライダーから電話が来た。

 

『ユウカですか?』

「ライダー、何か進展があった?」

『はい、見つけました』

「それで、ノリマロ野郎は何処に?」

『それがその……』

「どうした?」

『冬木には居ません……ギルガメッシュは今、大宰府に居ます』

「……はぁ?」




最近は低体温症とか熱中症なんかでダウンしましたが、何とか生きてます。
ストレスなんかに負けない!
皆さんも色々お気をつけ下さい。


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28話 前座

「えっと……大宰府? 冬木じゃなくて?」

『はい、太宰府天満宮に居ます』

「……何をしてる?」

『ぱっと見は……観光の様に見えます』

 

あまりの事に視界が揺れる。

 

「そっか……頭が痛いけど一度接触してみないとさっぱり分からんな」

『迎えに行きましょうか?』

「いやぁ……見張っててくれ、近くまで行ったら連絡する」

 

携帯を切って椅子の背にもたれかかる。ただでさえ疲れていた頭が理解出来ない事に悲鳴を上げている。

 

「キャスター、悪いけど授業はここまでにしよう。ランサー、それにアサシンと出るからここの守りを宜しく」

「えぇ、分かったわ。精々頑張りなさい」

 

右手を振りながらアサシンと一緒にホテルの部屋を出る。まずはランサーと合流、そのまま電車で移動、集合場所は駅で良いか。

行動内容を決めてから携帯のアドレスからマクレミッツの番号を呼び出す。

 

「もしもし、マクレミッツさん? ノリマロが見つかったからランサーを寄こしてくれ。こっちは地下鉄、電車と乗り継いで行くから天神で合流させてくれ」

 

暫く電車に揺られながら本を読む。天神駅でランサーと合流して電車を乗り継いで大宰府へ移動。対応をランサー達と話してみたがあのびっくり箱みたいな奴が相手なので大雑把にしか方針が決めれない。

対応としては取り合えず話が出来るなら話をして、無理なら戦闘。そんな大雑把な方針だけ打ち立て、自分の地頭の悪さを悔やみつつも電車は進む。

大宰府についてライダーと合流、なんとも微妙な感じなので全員それぞれ現代の服を着た状態で現界して名物の梅ヶ枝餅とお茶を片手に移動する。

 

「それで、ノリマロは何処に居るの」

「先ほど太宰府天満宮へ移動しました」

 

ノリマロの思考が全く読めねぇ……色々考えつつバスで移動する。暫くして天満宮へ着きバスを降りると、ソコにノリマロが居た。

 

「よく来たな、この我が貴様が来るのを待っていてやったのだ。感謝しろよ?」

「テメェ、何企んでやがる」

「っは! 犬には分からんか」

「どうやら今すぐあの世へ行きてぇらしいな!」

「はいはい、取り合えず他のお客さんも居るんだから場所移そうぜ」

 

正直思考が止まったがランサーが熱くなってくれた事で冷静になれた。バス乗り場から少し離れた自動販売機で飲み物を買ってギルガメッシュも含め全員に渡す。

取り合えず全員でギルガメッシュの話を聞く。直接のやり取りは俺がすることに。

 

「そんで、アンタ何で冬木じゃなくて大宰府に居るんだよ」

「そんなもの留まる理由がなくなったからに決まっている」

「……理由?」

「言峰だ。あ奴は今の世にしては中々面白い奴でな、我の暇つぶしには丁度良かった。故にあの場所に留まっていたのだが……」

「成程。ツレが居なくなったから土地を離れたって感じか」

「そんな所だ」

「やる事無くなったから観光?」

「ふん、直に下々の生活を感じるのも王の責務というやつだ」

 

飲み物を一口飲んでから再び口を開く。

 

「それに次の観察対象である貴様もあの町を出るのだろう? ならば尚の事土地に拘る理由は無い。精々我の聖杯を回収する位か」

「いや、何で俺が観察対象やねん」

「我が気づいてないとでも思っているのか? 貴様並行世界からの来訪者であろう」

 

思わずギョっとする

 

「しかも近似世界ではなく、全く別の並行世界。恐らく魔術等が発達した世界からの来訪者。でなければ我との戦闘で見せた魔術行使の説明が付かん。

 それに貴様の中に居る雑種共もそうだ。

 殆どは雑種の集まりだが何人か人でありながら人の形を捨てた……いや、元から人の形をしていないのか……、興味深い奴を何人か腹の中で飼っているな?」

 

思わず眉を寄せる。

 

「別に飼ってる何て意識はねぇよ。勝手についてきただけだ」

「ほう? その割に上手い事使っているではないか」

「あのな、使える者は全部使ってじゃないとおめーに対抗なんて出来ないだろ。つーか全部投入して倒されてるこっちの身にもなりやがれ」

「っは! あそこまで手心を加えてもまだ足りんか? 少なからず我が認めた者がそれでは我の沽券に関わる」

 

瞬間、ノータイムで射出される剣。

目の前10cmで甲高い金属音と共に何重にも重なる橙色の壁。壁と拮抗する剣が数秒間火花を散らして弾かれる。

 

「唐突に仕掛けるのは止めてくんない? 当たってたら死んでるんだけど」

「日和る貴様が悪い。強者ならばそれ相応の振舞というものがあるであろう、何故そうしない」

「……はーっ、とことん見透かしてくるよな、お前。やり難いったらありゃしない」

 

ギルガメッシュから目を逸らして首をかく。チラリと目を合わせれば周りは俺の反応を伺ってるし、ギルガメッシュも真面目な顔で見てる。

嘘を吐く場面でも無いし偶には本音を吐露しておくか。

 

「良いか? まず大前提を言っておく。俺は元々が一般人だ。

 平和な世の中で戦争を知らず、争いも少なく、仕事を熟して金銭を稼ぐだけの身だった。それが気が付けば知らない世界に居た。

 何の前触れもなく、知人も、数少ない友人も、家族すら居ない世界にだ。その時点で頭がおかしくなりそうだったが色々あって何とか持ち堪えた。

 だが失敗した。現実逃避をした結果、失敗をしたんだ。

 結果、まあ迷子になった。そこでやっと現実と向き合った。

 幸い迷子になった先は自分を磨くには丁度良くてな、延々と鍛錬の日々だ。少なからず自己満足出来る位には強くなった……だけどその程度だ。

 アソコじゃ俺は精々『それなりに強い』って部類でしかない。そんな奴が強い相手と戦うなら相手を油断させて隙を突くしかない。

 だったら普段から自分を弱く見せてた方が楽だろ。

 と言っても俺からしてみりゃお前含めてサーヴァントは全員強すぎるから弱く見せる必要すら無いけどな」

 

一気に言いたい事言って缶に口を付け中身を飲んでいるとギルガメッシュが高笑いを始めた。

 

「貴様、言うに事をかいて『一般人』か! ハハハハハハ! 魅せ方で道化かと思ったがそもそもの思考からして道化とは、我を笑い殺す気か」

「いや、何が其処までツボってるか分からんが真面目に答えたつもりなんだけど?」

「まっ、真面目! マジメと来たか、っくくく、っはーっ、いや久々に笑わせてくれる。うむ、中々飽きぬ見世物よ」

 

ナチュラルにディスって来やがってこの野郎。思わずジト目になる。

 

「しかし何だな、貴様は在り方と思考の乖離がその様な生き方として現れているのか……面白い事には変わりないが……そのままではつまらん」

 

先ほどまでの雰囲気から一転、背筋を駆けあがる様に肌が粟立つ。

 

「場は我が整えてやろう、貴様に試練を与える。試練を乗り越えたら、我との交渉の席へ着く事を許そう」

 

そう宣言するギルガメッシュの顔は先ほどまで馬鹿笑いしていたのが信じられない程に透き通った自分に自信があり確かなモノを積み上げた事のある人物の顔だった。

 

「おい、ちょっと待て」

 

口を挟んできたランサーが俺に話しかける。

 

「オメーはコイツの試練とやらに乗るのか?」

「んーーー、出来れば避けたいってのが本音だけど受けないともっと面倒になるだろ。

 どんな状況でも殺傷能力がある武器を大量に持ち出して無差別攻撃が出来る奴だぞ? ソレを回りに向けられたら俺は困らんが士郎君がコレに突貫するじゃん。

 それは元教師としちゃ……ちょっとなぁ」

「ほお、貴様はあの小僧の為に我の試練を受けると?」

「……知り合いが不幸になるのはもう見飽きたからな、そろそろ周りが幸せになっても良いだろ。その為にある程度の実力は付けたつもりなんだし」

 

そう言うとランサーは白け顔、ギルガメッシュは笑い、ライダーとアサシンは困った様に笑っている。

えっ? 何この反応。

 

「理由自体はふざけているが実力は見せている。ならば我が用意する試練を受ける資格はあるとしよう。

 三日後にまた此処へ来い。あぁ、貴様の中身、それに貴様の人間性をさらけ出す覚悟をしておけ。

 雑種共が来ても構わんが試練を受けるのは貴様一人、手出しは一切許さん」

 

そう言い放ち手に持った飲料を飲み干して缶を投げ捨てる。直ぐに背を向け神社のある方へ進んでいく。

するとランサーもギルガメッシュが進む方へ歩いていく。

 

「アイツが何するつもりか知らねえが監視位は必要だろう。俺が張り付いておくからオメーらは一度戻れ」

「んっ、じゃあ頼む。ライダー、アサシン、一度戻ろう」

 

ランサーにギルガメッシュの監視を任せて再び冬木に戻る。

 

 

 

「よう、コレで俺の方は約束を守った。次はテメーが守る番だ」

 

そう言いながらランサーがギルガメッシュへ奇妙な形をした鋸と鳴動する肉片そして聖杯を投げ渡す。

鋸の名は『クルッジ』元は巨人ウルリクムミを倒すのに使用された工具であり天地を切り分けるのに使用された。

この切り分けるという部分を利用しギルガメッシュはランサーを使い、聖杯の中身を切り離し持ってこさせた。

 

「貴様を動かさずとも結果は変わらなかった様だがな」

 

道化の発言を思い出し笑いをしながらソレ等を受け取ったギルガメッシュは鋸と聖杯を蔵にしまい、片方の手で肉片に圧を掛ける。

 

ぶちゅり

 

そんな音を立て潰れた肉からは墨汁を濃くした様な光を飲み込む黒が溢れ、地面へ吸い込まれていく。

 

「さて、残り三日。存分に準備をするとしよう。

 ランサー、貴様も少しは働いてもらうぞ」

 

肩を竦めるランサーをチラリと見ながらギルガメッシュは蔵を開く。例え周囲に人が居ようと彼等はソレを認識出来ない。

日常の直ぐ横で非日常が蠢きだす。神話に彩られた様々な道具がその真価を発揮し人知れず異界が造られていく。

 

「神の残り香、異なる世界の来訪者、悪意に生命の泥。如何様な結果になるか……イレギュラーが入ったこの世界の更なる先、貴様は最高の依り代になってくれるだろう? 勇者よ」

 

 

 

ホテルに戻って三日という準備期間の事を考える。試練って何だ?

十中八九ドンパチだろうと改めて手持ちの道具を見直す。リレイザーに装備各種、ポーションが幾つか。

だが戦って勝って……それってノリマロの性格考えるとそれで済む訳が無いと思う。

アイツが試練云々言ってるのって単純に欲求不満だから……という事はアイツの欲求を満たせばそれで丸く収まる?

何か引っかかってる気がしてホテルで唸っていると電話が掛かってきた。

聞けばどうやら探し人が見つかったらしい。3日しかない。直ぐに動こう。

 

 

 

3日後、大宰府に全員が揃った。

 

 

 

儀式の参加者全員で大宰府に向かうとランサーが出迎えてくれた。

 

「よう、こっちだ」

 

ランサーの案内で境内を進み、鳥居を潜ると同時に違和感を覚える。

辺りを見回せば薄い霧に包まれており、地面は少し濡れていた。

 

「結界ね」

 

凛の呟きに納得しながら辺りに視線を飛ばしていると金の粒子が集まり人型を形成、古代の王が降り立つ。

 

「良く来た、貴様には二つの試練を与える。見事乗り越え、我との交渉の席へついて見せろ」

「おっと、俺の方が先約だって事。忘れてるんじゃねーだろうな」

「っち、分かっておるわ。さっさと済ませろ」

 

二人のやり取りを困惑しながら見ているとランサーが手に持った槍を此方へ向けて来た。その行動に問いただすマクレミッツ。

 

「ランサー! 何を!?」

「悪ぃなマスター、俺が望んだ闘争はこの後じゃぁない。『今』『此処』でこそ本気のコイツとやれる」

 

ランサーの眼が本気だと言ってる。こういう目をする奴はヴァナディールで何度も見て来た。

理由は様々だけど自分の意思を絶対に曲げないタイプ。まさか此処でそんな目で見られるとは思ってもみなかった。

 

「ダメ元で聞くけど今じゃないと駄目か?」

「おうよ。時間は『今』場所は『此処』でなけりゃオメーさんは本当の意味で本気にならねーだろ」

「この闘いの先じゃ駄目なんだな」

「おう」

「何に置いてもやりたいと」

「おう」

「そう……じゃぁ、やるか」

「応!!」

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

気合を入れたのに凛に止められた。

 

「何だよ嬢ちゃん、折角やる気になってんのに止めるなよ」

「私達の目的はそっちのギルガメッシュなのよ、ランサーとソイツが戦う必要無いじゃない」

「はっ! そもそも俺の願いは闘争だ。なのに聖杯戦争では闘争は望めずサーヴァント同士での争いもピンと来る奴がいねぇ。

 例外は後ろのコイツ位かと思ってたが……サーヴァントじゃなくても歯ごたえがあるコイツが居る。いや、むしろコイツの方が何が出てくるか分からないワクワク感がある。

 魔術師である嬢ちゃんにゃ分からんだろうが、これは戦士としての闘いだ。

 

 俺に此処まで言わせておいて尚この闘いを阻むなら……嬢ちゃんから先に涅槃へ送るぜ」

 

ランサーの気迫に思わず一歩後ろへ下がる。

 

そんな二人のやり取りを横目に桜と士郎にナイトのAFを付ける手伝いをお願いしている。

 

「なぁ、今更だけど本当にランサーとやるのか?」

「アレが会話で止まる様な類に見えるか?」

 

ランサーと凛のやり取りをチラリと見た士郎が首を振る。

 

「だろ? だからしょうがないさ。アイツの時代の価値観からみれば今回の決闘染みた事も特別な事じゃないんだろう」

「あの……先生なら大丈夫と思いますが気を付けてくださいね」

「んー、生徒に心配されると期待は裏切れんな~……んで? 士郎君は何でそんなに不満げなのよ」

「いや……別に不満って訳じゃないんだ。ただランサーと戦う必要は無いんじゃないかなって、話せばわかるだろうし……」

「君さ、病気の自覚ある?」

「へ? 病気?」

「やっぱ自覚無いか……桜ちゃん、君この子に惚れてるなら士郎君の精神疾患を治す所から始めな。じゃないと……アソコに居るアーチャーみたいになるよ」

 

呆けている士郎君を他所に桜ちゃんに士郎君の病気の詳細を伝えておく、アーチャーが何か頭抱えてるけどさっきの会話聞こえてたのか?

何だかんだで装備を取り付けるのは終わったのでまだ言い合ってる二人の元へ。

 

「はいはい、ソコの二人はイチャイチャしない。当事者の俺がやるって言ってるんだから子供に凄むんじゃねーよ」

「何だよ、少し位は俺がやる気を見せても良いだろうが」

「そーいうのはね、子供相手に見せるんじゃなくて俺に対して見せりゃいいだろ」

「んなっ! 何でアンタはやる気満々なのよ!」

 

凛の大声に対して大きく踏み込み剣を振り下ろす。剣の軌道は凛に当たる様なモノじゃなかったがアーチャーが前に出て双剣で防ぐ。

金属同士のぶつかり合う甲高い音で流石の凛も口を閉ざす。

 

「教え子を殺すつもりか?」

「当たらんのは目に見えてたでしょ。それでも防ぐ辺りは心配性なの直って無い……というか直さなかった結果かね」

「貴様っ」

 

剣を退けてランサーに向き直る。

 

「審査員もソコに居る事だし、そろそろ始めるか」

 

そう言いながらギルガメッシュを指さす。

 

「っは! 我に貴様らの闘いの裁定をしろと?」

「どうせ見てるだけじゃ暇だろうし、見届け人としちゃ最高だから良いだろ」

「性格は兎も角、格としちゃ一級品だからな……」

「ふん。良かろう、試練の前の前座として相応しいか、この我自ら裁定を下してやる。存分に足掻くが良い」

 

開けた土地、霧で少し湿る土の匂い、少し流れる風が木々を揺らし葉の擦れ合う音が耳に届く。早朝に野原を散歩した時の様な匂いに身体に入った余分な力が抜ける。

冷たい空気を胸一杯に吸い込むと頭が冴える。戦う前の独特の高揚感を覚えながら視線をランサーへ。

互いの距離は15メートル程で動き出して接触まで数秒かかるのが普通だが、あのランサーなら一瞬で距離を潰してくる。

待ちの姿勢は相手にアドバンテージを渡すようなものなので仕掛けるなら此方から。

ランサーの全身を俯瞰して見ながら口に出さず自分へバフを掛けていく。ジョブの縛りも外して反動が体へと還ってくる。

正直な所、ランサーとの戦闘は短期決戦にしたい……けどそう上手くは行かないだろう。どう考えても此方が格下。

ヴァナディールでの戦闘経験は周りの誰かと共闘する事が殆ど。個人対個人というのはほぼ無く、個人対群れが過半数を占める。

当然此方が群れで相手が個人。それに対して向こうは個人戦、しかもゲリラ戦のスペシャリスト。

いくら考えても此方の分が悪い。

 

なのでごちゃごちゃ考えない。

 

闇の王の討伐戦に補給部隊で指名され、あちらの軍に目を付けられ延々追い廻された時。生き残る事だけを考えて手段を択ばなかった時の様に。

 

何も 考えず 本能のままに。

 

 

 

衛宮士郎がその時目にしたのは有香の全身から立ち上がる湯気とバチバチという電気が走る音。そして次の瞬間には轟音と共にランサーと有香が視界から消えた。

 

 

 

有香の取った手段は至極単純。最初から全開のパワープレイ。

各種バフに加え奥の手の一つである【フィジカルエンチャント】も使っての速攻。

大きな違いはフィジカルエンチャントで雷属性を体に付与しても負荷が殆ど無い事。予測ではあるがバルディエルが残した『起源』とやらのお蔭と思ってる。

間延びした体感時間の中で影から雷のクリスタルを目の前に投げ出し体当たりで砕く、溢れ出る雷を余す所無く身に纏い雷速でランサーの後ろへ回り込む。

 

真後ろからの切り下ろし。その一撃が入ると思った瞬間にランサーの身体は反転し石突きがエクスカリバーの刃を捉える。

力で押し切るが、ランサーの動きの方が早く避けられる。この速度でも追い付けないとかバグじゃないのかと疑ってしまう。

離れない様に前へ、リーチ差があるので兎に角離れない。常に動きながら相手へ追い縋る。

 

左からの横薙ぎ、ランサーからの突きをスライディング気味に避けながら全身のバネを使い切り上げ、勢いを乗せたままジャンプを行い全体重を乗せねじ伏せる様に力を込めた袈裟懸けを行うがランサーの技巧によって弾かれる、弾かれるとは微塵も思っておらず体制を崩してしまい左肩を抉られるが避ける動作を利用しリスク承知の左回転からの発勁を込めた裏拳を叩きこみ右の剣をランサーへ向けて突き入れる。

だがランサーはソレを屈みこみ避けるがソコに対して潜り込んだランサーの頭目掛けての膝蹴りを放つ。

どれか一つでも決まればそのまま流れで持って行けた連撃を悉く対処していくランサー。

 

横薙ぎを上半身のスウェーで避け間合いを潰しながら顔面に向けて槍を突く、寸前で避けられた槍を即座に戻し下から来る剣を槍で受け右へと流し浮いた有香の下へと潜り込み正中線へ向け槍を繰り出そうとした所を上からの攻撃で止められる。

戦闘感がここだと全身に巡る力を使い剣をはじき返し体制を崩させ左肩を抉る。そのまま腕を捥ぐつもりで回転を掛けるつもりが抉るよりも先に相手が例のバリアを足場に回転をする。

不意の動きに対処を誤り相手の盾を利用した裏拳を思わず槍で受け止めると槍を通して両手に麻痺が来る、やらかした! と思ったが止まらない攻撃に思わず笑みが零れる。迫りくる剣先を槍で逸らし、飛んでくる膝蹴りを腕を交差させクロスガードにして受ける。

 

ランサーは膝蹴りを受けたオマケだと言わんばかりに後ろへ跳びながら有香の顎を蹴り上げる。

 

対して有香は鼻血が流れるのを無視、【ケアル】で無理やり直して前へ。

攻撃を継続しつつ【雷精霊召喚】を行い周囲にエレメントが漂い始める。場の状況がマズイと判断したランサーが場所を移す為に跳ぶ。

それをATFを利用しての跳躍で先回りして叩き落とす。攻撃の瞬間ランサーの「げっ!」という声が聞こえたが攻撃自体はキッチリ防御はされた。

 

ギルガメッシュ戦の焼き増しの様に雷を剣に流し込みながらATFを利用して地面へ落ちていく。雷で出来た光の柱が轟音とオーロラと共にランサーが居る場所へ出来上がる。

決め技としては良い手札だが一度見せていた事、そしてランサー相手には距離が開き過ぎていたのが仇になった。手ごたえが無く視線を辺りに飛ばしランサーを見つけた時には既に向こうの準備が整っていた。

ランサーが投擲の構えで右手に持つ槍から朱色のオーラが溢れ出す。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!!!』」

 

ランサーの手から離れた瞬間、空気を切り裂きソニックブームを発生させながら此方へ進む。

確実に来る死のイメージ、ソコから発生する恐怖、そして恐怖以上にこのままでは負けてしまうという事実に怒りが湧いてくる。

槍が此方へ届くまでのコンマ数秒以下の時間【とんずら】のアビリティを発動させる。飛んでくる槍以上の速度でバックステップで下がりながら槍の速度に合わせる。

そこからは槍を屈服させる闘い。槍を弾くと直ぐに軌道を変えて此方へ向かってくる槍を只管迎撃する。

時に槍を踏み台にして距離を取り、空中では雷精霊を潰して雷を補充し、弾き切れない時はATFを使い穂先を避け続ける。

そして溜まった雷を全開にして剣を振り下ろし槍を地面へ縫い付けた上で左手でゲイボルグを掴み取る。

 

槍がガタガタと動きクーフーリンへ戻ろうとするがソレを視線を注ぎ【あやつる】を使う。一時的なバインド状態となりその場に留まる槍。

ランサーが驚き徒手空拳で身構える。

 

「いくぞランサー。雷と共に」

 

影から出した雷のクリスタルを潰し溢れ出るエネルギーを取り込む。取り込んだ雷を呼び水にして自分の胸の奥から湧き上がる物を感じる。

一歩を踏み出すと足が踏みしめる先は10メートル程先になる、一歩の距離が途轍もなく広がりその動作も素早く視界に移る風景がビデオの早回しの様に映る。そんな中でランサーの姿だけははっきりと捉える事が出来る。

ランサーとの距離は50メートルも無い、数歩で縮まる距離。空気を掻き分けながら湧き上がるエネルギーが腕を通して剣へと伝わる。

あと一歩でランサーの目の前、剣への供給が限界を超え雷光が溢れ体の奥から雷鳴が鳴り響く。

 

「【ナイツオブラウンド】」

 

エクスカリバーを装備する事で使える固有WSを自分の言葉をトリガーに発動させる。言葉と共に剣へと雷とは別種の光が溢れ出す、同時にランサーの周囲へ十数個の光球が浮き上がり周囲をランダムに旋回する。

勢いを殺さず最上段からの振り下ろしをランサーへと叩きこむ。

ランサーの眼はソレを鮮明に捉え有香が剣を振り下ろす速度と寸分違わぬ速度で素手で剣の腹を受け、逸らす。体に流れ込む雷に例え体を焼かれようと、意地で反撃の挙動を見せようとする。

 

と同時に

 

全ての光球から同時に有香が行ったのと同等の威力が込められた斬撃が、雷が様々な角度からランサーの鎧と肌を割く。

 

 

 

視界を覆う雷光と轟音が晴れた時に見えた光景は息を荒く立ち尽くす有香と、焼け焦げ血を流しながらも満足気に不適な顔で笑うランサーだった。

槍がランサーの手元に戻り、戦闘の再開かと思えたがランサーが背を向ける。身体が解ける様に金の粒子を立ち上らせながらランサーはギルガメッシュへ問いかける。

 

「さぁて、どうだ? オメーの裁定とやらは」

「ふん、前座としては及第点だな。だが最後の技は悪くなかったぞ、ランサー」

「イヤミかよ、槍を堕とされ空手の苦し紛れを技とはな」

「っは! 精々座で精進するのだな。 前座ご苦労、では取り決め通り貴様の身体を使わせてもらおう」

 

そう言ったギルガメッシュがランサーに向けて蔵から取り出した金の杯を押し込む。そしてランサーの足元から湧き出す黒い液体。

 

「ランサー!」

 

思わず声が出た。その言葉にランサーが首を傾け此方を見る。

 

「何時か何処かでまたやろう! 次は俺がきっちり勝つ!」

「あぁ、またな」

 

笑ったランサーを一気に取り込む液体。時折黒の中に赤い明暗を繰り返す点が覗くソレはランサーの全身を覆い、彼の持つ槍さえも覆ってしまう。

暫くランサーの形を保っていた液体は収縮と膨張を繰り返して遂に形を崩し小さな塊となってしまう。

 

それをポーションを飲みながら眺めている。

やがて小さな塊から影が立ち上がる。

烏帽子に和服、剣を携えた黒い影。

 

「さて、此処からは我が用意した試練を与える。貴様の中身は知らんが身体の方はこやつの氏子であろう、我と交渉の席に着きたければ神殺し位の箔を付けよ」

 

ギルガメッシュが言い終わると人影を覆う黒が消えていき、中から人が現れる。

 

「バーサーカー。天神、菅原道真公。ここに見参した」




お疲れ様です。

(原)作中大活躍のランサーと戦わないとか無いわー。
という我儘から生まれた回でした。

今更ですが冬木が福岡にある設定はFGOの地球儀(カルデアス?)の光点の位置から設定を持ってきてます。
そして福岡で神様っていうと天神様。

じゃあコレしか無いでしょ。という安直ではありますがオリサーヴァントとして出張ってもらいました。
次回は……年内に出せるように頑張ります。

それでは次のお話でまたお会いしましょう。


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29話 試練と答え

2022/06/19 話数を間違えていたので修正



「バーサーカー。天神、菅原道真公。ここに見参した」

 

相手の名乗りに頭が真っ白になる……今天神様言ったか?

思わず衛宮一行の方へ顔を向けると、向こうも概ね口を開けてたり眉根を寄せてる顔だった。

 

「あー、えっと……英雄王? ちょとシャレにならんのですがマジ?」

「フハハハハ! 大いにマジだ! 我と交渉の席に着くというのであれば神殺し位は最低限の『格』というものよ」

 

おっふ……そりゃ最古の王で権力って言葉を体現したような人物だから確かにそうかもしれんが……。自分がソレと交渉とか思う訳ないじゃん!

つーか神殺して……ヴァナの麒麟じゃ駄目? 駄目だよねぇ……変な笑いを出しながら天神様……菅原道真公を見る。

烏帽子に和服、腰に大小の太刀に足は具足装備。何かアンバランスに見えるが……バーサーカーだからそんなものかなと思い頭を戦闘に切り替える。

 

「死合の相手が学者……いや、今は教師と言うのか。中々皮肉の効いた相手よな」

 

そう言いながらバーサーカーは腰の太刀に手をかける。

自然と重心を落としフラットに動けるよう足に力を入れ相手の全体を見る。動きを見逃さない様に。

ゆったりとした所作、お手本の様な刀の抜き方に息をのむ。

抜き放った刀を両手で持つ。この一連の流れがまるで能を見ている様に思えてくる。

道真公がこちらへゆっくりと歩いてくる。動き出そうと思うが意思に反して体が動こうとしない。

道真公の間合いに入り両の手に握られた刀が逆袈裟懸けで振るわれる。刀はあっさりと俺の首を通過、抵抗なく落とされた首は転がり視界は落ちていく。

回転しながら落ちていく視界、それでも瞬き一つ出来ず地面が迫りくる。

 

首が落ちた瞬間。目の前には道真公。逆袈裟懸けに振るわれる刀。

 

「うっ、おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

気合を入れ咆哮と同時に体が動き出す。左手のイージスで刀を弾き、その反動のまま距離を取る。

大量の冷や汗を流しながらエクスカリバーを前に出し左手で首を触る。確かに首は繋がっている……だがさっき見た光景は何だ?

荒い呼吸を整えながら考えを巡らせるが答えは出ない。そして相手は悠長に待つ事もしてくれない。

 

道真公の先ほどまでのゆったりとした所作はそのままに移動距離が大幅に上がる。動作だけを見ていると目測を見誤ってしまう。

間合いの外で刀を構えたと思えば既に間合いに入っていたり、振りかぶったと思ったら既に降りぬいていたり。

見た目の動きに騙されないように多少血を流しながらソレ等をいなしていくのだが……切られる度、何かがごっそりと削られる感覚がある。

体力でも魔力でも無い何かが切られる度に抜けていく。激しい運動で体温が上がっているはずなのに体の奥底の部分が冷えていく感じ。このまま攻撃を食らうのは非常にまずい。

 

「このっ【サンダーV】」

 

盾で受けながらのサンダーでの牽制、隙を生んでの反撃を目論んでいたが道真公は意に介さず返す刀をそのまま振り下ろしてくる。繰り出そうとしていた突きを刀との間に滑り込ませ受け流す。

道真公が攻撃を止めて刀を見ながら立ち止まったので離れて息を整えていると話しかけてきた。

 

「ふむ……お主、どれ程の命を蓄えておる?」

「は?」

「我が友である『死』を……幾度もその身に受け倒れておらんのは複数の命を宿しているのか?」

「言ってる意味が良くわからんけど……俺の命は一個だぞ」

「そうか……幾度体を切っても死なぬなら……やはり首を落とすか」

 

その言葉を言い終わると、目の前の道真公が掻き消えた。

 

そして再度見える首が落ちた時の光景。今度は後ろから首が落とされる。そして視界が暗転するとまた自分の首が斬られる直前に戻る。

先ほどの光景を避けるため全力で左へ倒れこみながら後方に向けて剣を振るう。

金属同士が当たる音が響く。併せて【ファイア】を牽制で顔へ放つが気にした素振りも無く追撃を仕掛けてくる。

派手に転がりながらATFを使った跳躍で追撃を避ける。空中で雷のクリスタルを砕き雷を補充、【リジェネV】にフィジカルエンチャント、更に対アーチャー戦で使った空中でのATFを利用した加速で更なる加速。

継続的な速度と軌道変更としては過去最高の速度で動き回りながら道真公へ迫る。

 

「まるで猫……いや、虎よな」

 

再度響く金属音。何度か打ち合ったにも関わらずケロリとしている表情を見るにやはり雷に対しての耐性が高い。直ぐに離れる。

速度を載せてる分、激突した時の力はこっちが上だが素の状態での力は向こうのが強い。バーサーカークラスってのが効いてるのか鍔迫り合いじゃ負ける。

雷速で空中を飛び回っている俺と道真公の視線が合う……一瞬とかではなく確実に此方を見ている。

 

「雷を纏う虎……雷獣か……概ね使い方は見た。雷の扱いに長けている様だが……私も伊達に天神と呼ばれてはおらん」

 

道真公が刀を上へと掲げると一瞬の光と音。それが落雷だと分かったのは道真公がその雷を身に纏っていたから……嘘だろ!? 見ただけで真似した!?!?

次の瞬間、勘で体を右へひねると左腕を脇から肩へかけて斬られる。痛みに顔をしかめながら右手のエクスカリバーを捻りの勢いで振りぬくが当たらない。

どうやって空中に居る俺の所までと思ったが俺が設置したATFを足場にして跳んでいる。というか俺より跳び方がスムーズだ、いくらバーサーカークラスでフィジカルが強いって言っても限度あるだろ!!!?

相手の理不尽さを噛みしめながら宙を跳びまわる。斬られた左脇を【ケアル】で繋ぐがまるで肩が外れた様に上手く動かせない。

技を盗まれ、体は負傷、純粋な強さは相手が上。ハードすぎる!

考えろ、考えろ、考えろ! 体を治すのが先か!? それとも攻めるのが得策か!?

 

「とりあえず【グラビデII】!!」

「む?」

 

空中を跳ぶ道真公にグラビデIIをかけて行動の阻害を行う。3割の移動速度ダウン!

これなら多少はと思った瞬間、危険を察知してATFを使い軌道を変えると下顎から頬にかけて斬られる。

 

「あっぶね!!」

 

全体の速度を落としても瞬発力までは落とせないって……サーヴァントまじえげつねぇ……。

冷や汗をかきながら兎に角デバフをかけながら相手の動きを見る。各種デバフをかけたおかげで動きが鈍りやっと視認出来た。

体に電気を流して底上げしてるんじゃなく、体の一部を雷そのものに変えて移動してやがる‼‼

フィジカルエンチャントの模倣とか思ったけど、そんなものじゃない。俺より使い方が張るかに上手い!

向こうのより有利なモノを見つけろ! その上で相手に不利を押し付けるには?! ……あった!

 

閃いた直後、直前まで周囲に設置していたATFを消す。その上で空中を跳ぶ道真公に対して魔法を放つが、道真公はそれを分かっていたと言わんばかりに宙を蹴ると跳ぶ方向を変えて見せた。

 

「嘘ぉ! 足場無いのに!? なんで?!」

「雷は空気を割いて飛来する。身に雷を宿しその速度を体現すればそう難しい事でも無かろう」

「んじゃ何で態々足場使ってたんだよ!!」

「楽だからの」

(楽の一言で他人の作った足場使ってたんかい)

 

そう思った事が一瞬の隙になったのか、後方に居たはずの道真公は刀の届く範囲にまで接近していた。

宙で体を捩じるも道真公の鋭い一閃は左脇から首にかけて走り。道中にある骨なぞ存在しないかの如く通り抜ける。自分の体の中を冷たく鋭い金属が通る感覚と肉を割かれる痛みと熱を感じながら体から力が抜けるのを感じる。

働く思考に意を反して体は動く事を止め地面に向けて落ちていく。

 

(あっ……これ死んだ)

 

斬られた場所から体に染み込む冷たさが今までと何かが違うと本能に訴えかけてくる。

今まで何度か見てきた走馬灯、思考に対して酷く時間が遅い。

 

訳が解らないままエヴァの世界に辿り着き、自殺を選んだらヴァナディールに辿り着き、がむしゃらに生きてある程度の満足を持って老衰したらFate世界。

 

(次があるかも分からないし、長い人生の終わりが道真公に殺されて終わりってのは流石に予想外だけど……世界は違えど日本の生まれ故郷の地で逝けるならソレも良いんじゃ……)

 

諦めが頭をよぎり周囲の時間が早くなり、落ちる視界に元生徒達が映る。

泣きそうな間桐桜とその後ろに立つライダーを見て、やっと感じていた既視感に思い当たった。

エヴァ世界で結ばれた家族の面影を二人に感じてたんだ。

 

思い至れば思い出がフラッシュバックしてくる、出会って、遊んで、喧嘩して、仲直りを切っ掛けに家族になって……、子供が出来た時は戸惑いと不安が、生まれた娘を見て、触れた時には涙と喜びが溢れた。

 

死に体だからこそ、自分が居なくなった先を考える。

このまま死んだら又何処かの世界に行くのか? それともコレで終わり? 残されたあの子たちは? 俺の中の奴らは?

こんな崖っぷちではない、既に崖から飛び降りた様な状態になってやっと自分を理解する。

俺はあの子たちに自分の家族を重ねて幸せを願ってるんじゃないか。

 

このままじゃ死ぬ。

 

―――あの二人は俺の家族じゃない。

 

何も出来ずに死ぬ。

 

―――関係は薄い赤の他人だ。

 

死んだら何も出来ない。

 

―――それでも。

 

それは駄目だ。

 

―――面影が見えるあの子達を。

 

死んでも死にきれない。

 

―――幸せにしてやりたい。

 

 

 

 

 

 

「―――~~~っっ‼‼‼‼」

 

 

 

形振り構わず、涙と血を流しながら声にならない叫びはある変化を起こした。

途端に有香の傷から溢れていた血は赤から青へ変わり、粘性を高め意思があるスライムの様に溢れ出るのを止めて体内へ戻りながら傷口を無理やり閉じていく。

自由落下を続けている足の先には虹色の光彩を放つATFが金属同士が擦れる様な音を上げながら何重にも重なり続ける。

頭から落ちていた姿勢をATFを引っかける様に出してあえてぶつかり足を地面に向ける。

地面へと激突する直前、地面との間に何重にも展開したATFで足場を作りソコへ着地という名の激突をする。

足は踏みしめるようにATFを捉え、上半身は衝撃を受け流す様に伏せる。

まるで虎が敵に襲い掛かる寸前の様な態勢。そして両足からは明らかに人の体から聞こえて来てはいけない音が周りに響く。肉が裂け、千切れ、砕ける様な音が離れている衛宮達の耳へと届く。

 

付けている防具で明確には見えないが裂けた太ももから覗く青い液体、士郎の目にはそこから更に白い物も微かに見えている。

 

下方で伏せる有香に追撃を加えるべく道真公が宙を蹴る直前、上を向く有香と目があった。

 

涙と血反吐を流しながら見ているが、その目が捉えているものは先ほどまでの『道真公』ではなく。障害として『人』を見る目。

道真公が嘗て藤原時平から向けられた視線と同種の視線に一瞬体が硬直してしまう。その瞬間道真公の体を通り抜ける様にナニかが通過する。

 

下から聞こえてくる轟音と両手首から感じる熱に溢れる血、それを見てやっと攻撃された事に気が付く。

雷を宿し、雷と同等の速度で動けるはずの道真公が知覚出来ない速度で攻撃された。自分の損害と相手の見せた手札から決着がすぐソコまで来ている事に気づき視界を上に向けれる。

はるか上空でATFを足場に有香が伏せている。豆粒の様に小さいソレを目を凝らして見ると道真公の刀と両手が粘膜と化した血液に包まれ、両手は端から溶かされている。

 

「道真公……あんた、邪魔だ」

 

血涙を流しながら細める目は充血し赤く染まるが、それ以上に光彩が怪しく紅く染まる。

 

「雷獣ではなく悪鬼羅刹の類であったか」

 

有香の喉から溢れた粘膜は体を伝い腕を包み、筋肉を模して形作られる。口から洩れる息は熱く外気温との差で白く曇り消えていく。

対する道真公は両手の先と獲物を失って尚、戦う意思を捨てておらず体を電に変えながら口を開く。

 

「ぶつ斬りにしてやる」

「東風こち吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな」

 

一方は殺意を口に出し、もう一方は心を落ち着かせる為の和歌を詠む。

互いに戦いを終わらせる為の必殺を用意する。

ATFを踏み砕きながら音を飛び越えて道真公へ落ちていく有香。

有香の周囲には光の玉が、道真公の背後からは淡く光る梅の木が出現する。

 

 

 

「【ナイツオブラウンド】」

「宝具・飛梅」

 

 

 

手の無い腕を構え、背に梅の木を咲かせて殴りかかってくる道真公。

そんな男を1秒に満たない世界で首を、腕を、胴を、脚を、肩を、膝を、肘を。同時に出現する合計13の刃が道真公を守るように生える梅の枝ごと両断する。

跳ねた首に目線をやると瞳が黒く染まり満面の笑みを浮かべていた。端から溶けるように塵となりながら口を開く。

口だけ故に正確な言葉はわからなかったが良くない事だけは解った。

 

満身創痍で地面に激突する様に着地し道真公の体が全て塵へ変わったのを見届けた。

剣を杖替わりに立ち上がり少し後ろへふらついた時、背後から腹を貫かれる。

道真公に斬られた時の様な感覚に目の奥がちかちかと明滅する。

痛みの元を確認すると梅の枝が腹を貫き蠢いているので左手で枝を掴み動きを止める。エクスカリバーで枝を掃おうと右手を振り上げた所で別の枝が右手を襲う。

貫いた枝は絡まり、逃がさないと言わんばかりに動きを阻害し更なる枝を放ってくる。

左肩、右足、左脚、喉を貫かれ、それぞれが絡みつき肉を割きながら締め付ける。

魔法で対処を試みるが梅の木は魔法を受け付けず文字通り手が出ない、体に異物が入った状態では回復魔法もまともに使えない。

梅の枝は成長を続け俺の体を持ち上げ宙へ浮き自重で枝は更に深く刺さる。

俺から命を吸い尽くすかのように梅は成長を続け花を咲かせると俺を貫いている枝から体内に向けて何かが音もなく入り込み思考を侵していく。

 

 

 

自由を奪われ、体を縛られ、全身にくまなく入れ墨をほられる。断続的な痛みを感じながら只管耐える。

水のみを与えられ仕方なく飲むが水に入れられた何かで段々と思考が鈍ってくる。視界が揺れて意識が落ちる。

意識が戻ると目の前に迫る人、抵抗できない体、突き立てられる刃物、皮を割かれ、目玉を抉られ、舌を切られ、指を捥がれ、はらわたを抜かれ、首を落とされ。

俺から奪われたモノは祭壇へ捧げられ神への供物として捧げられた。

俺をバラした奴らが叫び声を上げ神へと祈りを願ってる。

焚いている香のせいで頭がトんでるのか、残った俺の体を喰い、犯してやがる。

神への供物として捧げられた? 何で俺が捧げられた? 無力なこの身に何をさせるつもりだった?

殺され、勝手に呼び出して、また殺されて……この世は何て理不尽なんだ。

 

世の中は狂ってやがる。

 

 

 

梅が消えたことで体に大きな穴を6つもこさえた俺は地面へ投げ出される。落下の衝撃でトリップしていた意識が戻った。

梅の木が消えた事で回復は出来るが流れ出る血が多すぎて魔法では間に合わない……いざという時のために取っておいた【女神の祝福】を使う。

瞬時に傷は癒されるが喉に入った血で咽ながら起きる。血を吐き出し辺りを見回すが道真公は居ない。

身に着けていたナイトAFは梅の枝に貫かれて穴が開いている状態。奪った道真公の刀は何故かゲイボルクへと変わっている。

ふらつきながら槍と防具を外して影へしまいながらノ……じゃない、英雄王へ向かう。

 

 

 

英雄王が満足したのか解らんが黄金のテーブルに椅子と杯で酒を飲む位には余興になったらしい。

 

「えーっと、英雄王。交渉の席に着くための格は得たって事で良い?」

「うむ、貴様が最後に見せた『アレ』はとても興味深い物だった。我との席に着く事を許そう」

「(アレ?) はー、んじゃ失礼してっと」

 

そう言いながら影から椅子を出して座る。血が足りないのか少々頭が揺れる。

 

「さて、勇者にして来訪者よ。貴様には二つの試練を与えるとして一つ目の試練を見事に超えた。

 故に二つ目の試練を与えよう。コレを超えることで貴様は真に道化から脱却するであろう」

「……そっか、ランサーの分は単純にランサーが戦いたいってだけだから道真公が試練の一つ目……もう体力使う試練は無理っす」

「ふん、そんな結末の見えたつまらん試練なぞ我が用意する訳が無かろう。たわけが」

 

そう言い放ち手持ちの酒を飲み干して杯を置いてこちらに目線を寄越す英雄王。

眼を細めながら試練の内容を切り出す。

 

「試練とは問だ。我の出す問に答えを示せ」

 

そう言うと一つの鎖を取り出してテーブルに置いた。

 

「我は嘗て唯一と言える時間があった。何者にも代えがたい満たされた時間だ。それを取り戻す為には何が必要だ?」

 

鎖を見る目は優しく、思いを馳せる顔はとても穏やかで……ってそんな事考えてる場合じゃない。

テーブルに出された鎖……これって明らかにエルキドゥですやん。話の流れ的にエルキドゥ取り戻す方法って事? えっ? 難題すぎる……。

 

「えっと……満たされた時間ね。それ自体は共感出来るけど方法……方法……」

 

鎖は……あれ? 本人じゃないんだよね? つまり魂的なモノはこの場に無いから俺が考えてる方法じゃ無理だし……。

あかん、血が足りなくて思考が回らん。

 

「あー、召還する?」

「ほう」

「んっと、あんたが何処まで俺の中を見渡してるか知らんけど……俺って元々この世界の観測世界から来てるんよね」

 

なんか後方からすっげー困惑と怒気を孕んだ視線を飛ばされてるけど無視無視。

 

「続けろ」

「んでまぁ、ここの神っつーか、違うな……創造主? うん、創造主が近いかな。その創造主ってこの世界を作った後に近似世界も作ったのよ。

 そこで座に居るというか登録されてる影法師を引き出すというか呼び出す術式が組まれて縁があるモノを呼び出すちゅー……」

 

あっ、やべ、意識落ちそう。

そう思った瞬間、周囲から現れた鎖で椅子ごと雁字搦めにされる。

 

「ぐえっ」

「戯け、我の試練の最中に意識を飛ばす等。不敬であろう」

「げほっ、えーっと呼び出す方法があってだ。英雄王の縁って信頼する武器に付ける位大事な名前ならソコにも繋がるかなーなんて」

 

赤い目がこちらを見透かす様に覗いてくる。暫く見られていたがやがて目線を逸らされる。

 

「貴様の過去は界を跨いでいるからか見づらくてな、見通す事は叶わんが所作からある程度は解る。……まさか観測世界からの来報とは思わなかったがな」

「んで、問の答えとしては本人じゃなくて記録……しかもデットコピーになるけどサーヴァントとして呼び出せるから……ワンチャン同じ時間を過ごせる?」

「なるほど」

 

俺の答えにある程度満足したのか睨む様に宙を見て試案する英雄王。

とりあえず造血剤とかポーションとか飲みたいんだけど……鎖で動けん。一切動けそうに無いので溜息を吐いて椅子に体を預ける。

 

「決めたぞ」

 

そう呟くと英雄王は椅子から立ち上がり両手を前へ差し出すと黄金の波紋と共に手が虚空に消える。引き出された手に握られていたのは聖杯と……土?

聖杯へ大事に土を入れテーブルへ置き、何をするのかと見ているとナイフで突然手のひらを傷つけ血を聖杯に垂らす。

英雄王の行動の意図が読めずに首を傾げていると杯を掲げて此方へ近づいてくる。

 

「貴様は一つ目の試練で武を、そして泥を被って魅せた。我が思っていた以上の結果だ。

 また観測世界からの来報。更には近似世界とそこにある技術の概要……おかげで『繋がった』ぞ」

「あのー、英雄王? 何をするつもりで?」

「何も、貴様が無自覚に行っていた事を後押しするだけよ」

「へ?」

「臆するな、下地は既に貴様の中にある、コレが一番無難かつ成功率が高い。それだけの事よ」

 

英雄王の左腕が俺の顎を掴み力を籠める。

 

「う”ぉ!?」

 

開いた口に無理やり突っ込まれる杯。

いや待て! 聖杯ごと口に入れようとするな! いくら何でもそんなデケェもんが入る訳ない!

 

「あががが!!!」

「えぇい! さっさと飲み下さんか!」

 

そう言い放つと英雄王が聖杯に蓄えられた泥を俺の口に注ぎ無理やり飲まされた。さらに聖杯を胸に押し込むと体の中に聖杯がずるりと入ってきた。

途端に体が重くなる。全身にまとわりつくだるさと眩暈。

高熱に魘され思考が出来ない時に似た感覚を感じながら意識が落ちる。

 

ソレを英雄王は眺める。目の前に居る人の形をした人の集合体を。

 

見渡せずとも予測は出来る。人が人としての枠を取り除こうと足掻き、辿り着いた末に転がり混んできた器、その器に注がれた人、人、人。

経験を経て器は磨かれ、凡そ鈍らだったモノは過程で不確かながらも芯を得る。

おそらくコレはいずれ聖杯と似たナニカへと至るモノ。それが願望器なのかシステムなのかはさしたる問題ではない。

肝心なのは今、コレに聖杯を加え利用する。

 

「さぁ、勇者にして道化よ。我を更に楽しませろ」

 

 

 

 

 




実に7か月ぶりの投稿!
圧倒的遅刻!

・・・すいませんでした。

医者に余命宣告されたりしましたが

どうにか仕事回して
趣味のゲームやったり動画作ったり
絵を描いたり小説書いたり
なんとか生きてます!

頑張ってこの小説を終わりまで持っていくヨ!


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