提督が鎮守府に着任···あれ? (征嵐)
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転生

 流石にブレブレとグリザイアに加えてコレも同時は死ねるから、多分更新は遅い。···いや、主は単純な性格なので、反響次第で更新頻度は上がるけれど。


 「神運営様ァァァァァ!! 公式Twitterに言い続けた甲斐があったってモンだなぁ、おい!!」

 

 スマートフォンの画面に表示された『アイオワの建造実装』の文字を見た瞬間、俺はここが何処かも忘れて叫んだ。PC、スマートフォン用のオンラインソーシャルゲームで、二次大戦時の艦艇を擬人化したキャラクターを収集して敵と戦う『艦隊これくしょん』のキャラの一人である『戦艦アイオワ』が、建造──所謂ガチャ──から出現するようになったのだ。今までは過去イベントの報酬と言うこともあって入手不可だった彼女に惚れ込んでいただけに、嬉しさは人一倍だった。

 

 一人、狂喜乱舞する俺に突き刺さる視線と嘲笑。

 

 「携帯を触るなら外でやれ。」

 「す、すんません···。」

 

 現在、大学の講義中。それなりの偏差値でそこそこの立地。当然のように人が集まる学校なので、講義に参加する人間も多くなる。

 

 (アイオワの建造実装···アイオワの建造実装···アイオワの建造実装ォォォォ···!!)

 

 資材大丈夫だっけ? いや、出るまで回すなら課金も視野に···。 全力オリョクルと課金で···。 バイト増やすか···。

 

 そんな思考を巡らせていれば、講義はいつの間にか終わっていた。サークル活動やら合コンやら飲み会やらのお誘いを丁重に断り、ついでに「一緒に艦これやろうぜ!」と、同志を増やすべく勧誘してから帰宅する。大学キャンパスからバイクで10分ほど──バイク登校は駄目だったので諦めて自転車で通っているが──の位置にある自宅アパートを目指してペダルを漕ぐ。やたらと坂が多い上に、「行きはよいよい、帰りは怖い」──つまり、行きが下り坂で帰りが登り坂になる所為で、エンジンが付いていない乗り物だと行き帰りで大きく所要時間が異なる道だが、今の俺には関係ない。

 

 「だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 マウンテンバイクの車体を振るようにして全力ペダル。最後の一際急で長い坂を登れば、頂上がゴールだ! 

 

 「待ってろよアイオワァァァァァ!!」

 

 叫んだ時だった。格好よさ重視でゴム製グリップを剥ぎ、金属パイプを露出させていた自転車のハンドルから両手がすっぽ抜けた。興奮したせいで手汗をかいていたのが致命的だったのだろう。両手が同時にハンドルを離れ、重心が後ろへ流れていく。

 

 「···え?」

 

 意識が暗転──()()()? 予期した衝撃もない。かといって体勢を立て直した訳でもなく、三半規管と脳は相変わらず「はやく上体を起こせ」と叫んでいる。が、動くのは口と目の筋肉だけ。腹筋も腕の筋肉も、まるでコンクリートで固められたみたいに動かない。

 

 「なんだ、これ···。」

 

 自転車が前輪を浮かせ、主を後ろへ放り出そうとして停止している。俺の体はそのまま倒れ込もうとして停止している。

 

 「あれか、『ザ·ワールド』ってか?」

 

 まるで時が止まったかのような状況。理解を超えすぎていて上手にパニックできない。

 

 「存在Xの顕現、の方が近いかな。」

 「誰? ···いや、ゴメン、ちょっとこっち来てくんね? 助けて。」

 

 自転車の進行方向から、中性的な声が聞こえた。が、今の俺の姿勢では視界に納めることができない。

 

 「いや、助ける事はできない。君はここで死ぬ運命(さだめ)なんだよ。」

 「神は言っている──ってか? ···マジで?」

 「マジもマジ。大マジだよ。本気と書いてマジだ。」

 

 この神えらく『コッチ側』に詳しいな、おい。

 

 「···で、助ける事はできない。ってコトは、転生でもさせて貰えんの?」

 「ま、テンプレ的にそうなるね。」

 「 や っ た ぜ 」

 

 特典とかあるんですか! 転生先は選べますか! 猿は人間に勝てますかぁ!

 

 「特典は一つまで。転生先も選べるよ。お前はこの神にとっての、猿です!ジョジョー!!」

 「うぉぉぉ!! ナチュラル読心だ! 神っぽい! すげぇ!」

 「さぁ、特典と転生先を選びたまえ!」

 「···! ···待って、考えさせて。」

 

 沈静。いや、だって、転生だよ? テンプレ的俺tueee展開か、或いはテンプレ的俺yoeeee展開かの瀬戸際だよ? そりゃ真剣に考えるよ。

 

 「ロンギヌス欲しい。」

 「魂の格が違い過ぎて自壊するけど? いい?」

 「じゃナシで。」

 

 特典は一つ。獣殿並みの魂と同時には貰えないか。いや、逆に考えよう。転生先なんぞ艦これ一択。なら、あの世界で一番使えそうな能力と言えば──

 

 「資材が尽きない能力。···いや、待って。」

 

 轟沈回避能力···は中破撤退チキンの俺には必要ないし、女神も居る。火力補正なんぞ、弾薬さえあれば必要ないし、あ、いや、待って。羅針盤操作能力も欲しいな···。艦これのラスボスはレ級やら姫やらじゃなくて羅針盤だからね。故に──

 

 「超弩級の幸運持って提督になりたい。」

 「おーけー。じゃあ、サヨナラ!」

 

 ふっ、と、唐突に世界が動き出した。当然、体は重力に引かれて落下する訳で──

 

 「もっとスマートに転生させて欲しかった。」

 

 視界が回転し、意識が暗転した。

 

 

 

 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼

 

 

 

 「ここは···ゴボッ!!??」

 

 意識が唐突に回復すると、そこは生暖かい水の中だった。がむしゃらに水を蹴って水面へ出る、と、水温なんかとは比較できない熱風が襲ってきた。

 

 「!?」

 

 続いて鼓膜を急襲する爆音。まるで艦砲射撃のような轟音は、かなり近くから聞こえた。そちらを向けば、画面越しに何度も見た、馴染みの顔があった。システム上の『ケッコン』をして、レベルを100まで育て、最上級の装備を積ませていたキャラクター。

 

 「···what the fuck.」

 「え?」

 

 俺の呟きに反応した彼女は、砲弾飛び交う戦場にあって尚、煤で汚れることのない、流れるような銀髪を靡かせてこっちを見た。

 

 「いや、違ぇだろ、おい。」

 「()()()()、どうしてこちらに!?」

 

 指揮官のことを『ご主人様』と呼び、紺と白のメイド服じみた装いに身を包む彼女の名は──軽巡洋艦『ベルファスト』。「違うだろォ~!!」のネタをかます事も忘れ、生ぬるい海水へ顔を付ける。

 

 『艦これ』において、イギリスの軽巡洋艦『ベルファスト』をモデルとしたキャラクターは実装されていない。ベルファスト(彼女)がメイド姿のキャラクターで実装されているゲームと言えば──

 

 「これ『アズールレーン』じゃねぇかクソォォォォ!!」

 

 ぶくぶくぶく、と、気泡を立てながら水中で絶叫する。前世で俺が嵌まっていたもう一つの沼──もといアプリ。『艦これ』と似たコンセプトのゲームで、タイトルは『アズールレーン』。

 

 「何をしているの? ベルファスト。」

 

 また頭上から降り注いだ、こちらも聞き慣れた声に顔を上げると、バルケンクロイツをあしらった装いに身を包み、銀髪をツーサイドアップに結った──

 

 「プリンツ···。」

 「···あら、指揮官。わざわざ戦場で海水浴なんて、珍しい趣味ね?」

 

 ドイツの重巡洋艦『プリンツ·オイゲン』。『艦これ』の方でも実装されていた艦船で、どっちも好きなキャラクターだ。

 

 「ジーザス···。」

 

 いや、提督にはなれた。けど、けどさぁ···。

 

 「そうじゃねぇよクソッタレェェェェ!!!!」

 

 今度は海中ではなく、天に向けて咆哮した。

 

 



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2

 あぁ神よ。···いや、神だっけ? DIO? 存在X? まぁなんでもいいが、ここはとりあえず存在DIOということにしておいて、だ。貴方がくれた恩恵は確か、『超弩級の幸運』だったはずだ。なら、どうして。どうして、こんなことに? ···いや、そんな大層なモノローグが必要なことでもないのだが、とりあえず一言。

 

 「なんで転生先を間違えるかねぇ···。」

 

 アズールレーンも、俺が嵌まっているゲームのひとつだ。艦これに通じる『艦船を擬人化する』というコンセプトのそのゲームには、艦これにはいないキャラも多数いる。その中でもお気に入りのキャラであるベルファストに出会えたのは、幸運なのか···。

 

 「あぁ、神よ···。」

 

 呟いた瞬間だった。以前に経験した感覚が訪れ──世界が停止した。俺の腕も脚も停止しているというのに、体が沈む気配が一向にない。ファンタジーだね。

 

 『私は、神だ···。』

 「出たな。おい、これはどういうことだ!!」

 

 胸に過った嫌な予感を振り払うように声を荒げる。だが、相手はまがりなりにも神を自称する者。俺程度の恫喝にはビビりもせず、俺の一番恐れる言葉を言い放ってしまった。 

 

 『何でも教えてやろう···。』

 

 あぁ、クソ。この台詞を言われてしまったら···もう、この質問を返すしかないじゃないか!!

 

 「俺のことどのくらい好きかおしえて?」

 

 最悪だ。顔も見えない奴に、男か女かも分からない奴に、この俺が誘導されるだと!? 悔しい!! でも(ry

 

 『···え? ホントにそんな事が聞きたいの?』

 「ノれよバカ野郎。」

 

 流れってモノがあるだろう。

 

 『怒った?』

 

 ···この野郎、分かってやがる。分かっててやってやがる。

 

 「···怒ってないよ。」

 

 語尾にハートマークでも付きそうな声色で返すと、満足そうに頷く気配が漂ってくる。もう帰れよお前···。

 

 「それで、質問いいか?」

 『ん? なんぞ?』

 「なんで転生先がアズールレーンなの?」

 『いや、メンテしてたから。』

 

 おのれDMM···。

 

 『DMMとKADOKAWAは許しちゃいけない。はっきりわかんだね。』

 「たつきを返して!! ···なんでKONAMIにはみんな何も言わなかったんだろうね?」

 『メタルギアの知名度が···ね?』

 

 ふぁっきゅー。

 

 『世知辛いのじゃー···って、言ってる場合じゃないんだけど? 僕、結構忙しいんだけど?』

 「あ、いや、うん···メンテなら仕方ないから···詫び石よこせ。」

 

 アズールレーンの運営はそのへん寛大だぞ? 神なら度量の大きいところ見せろよ。 はい、神様のぉーちょっといいトコ見てみたいー。

 

 『ぐぬぬぬ···なら、前に言っていたロンギヌスでも上げようか?』

 「いや、アズレン世界でロンギヌスとか、何の役にも立たないっしょ。」

 

 艦これ世界なら轟沈防止に役立つけど。

 

 『···いつから轟沈がないと錯覚していた?』

 「は? あんの?」

 『いや、無いけど?』

 「もう帰れよ!! なんか要望見つかったら呼ぶから!!」

 

 叫ぶと、いきなり世界が動き出す。慌てて手足を動かして浮力を確保すると、ベルファストとプリンツが腕を持って引き上げてくれた。そのままベルファストにお姫様抱っこされ──えぇ···。

 

 「あのー、ベルファストさん?」

 「何でしょうか?」

 

 悪戯っぽい笑み···ではなく、真顔で返される。え? 冗談だよね? このまま帰投とかないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 基地に到着し、硬い地面に足をついた俺は、案内された執務室のすみっこで体育座りをしていた。

 

 「もう、お嫁にいけない···ぐすっ。」

 

 出撃していたのはベルファストとプリンツだけだったらしく、その二人以外は何があったのか知らない。だが、プリンツにバッチリと俺の貴重な(被)お姫様抱っこシーン

を撮られてしまった。うう···。恥ずかしい。感想は? とか色々聞かれたけど、もう柔らかいとか良い匂いとか口走ったような口走っていないような、そんな感じだった。

 

 「恥じらっているご主人様も、大変可愛くていらっしゃいましたよ?」

 「煽らないで···泣くぞ? もう泣くぞ?」

 

 脅しのようで脅しじゃない台詞を吐いていると、扉がノックされた。どうぞ、と、ベルファストが許可を出し···ちょっと? この部屋の主は俺ですよ? なに勝手に入室させてくれちゃってんの? こっちはまだ地べたに体育座りなんだけど?

 

 「はぁ、指揮官。いつまでやっているの?」

 「なんだ、プリンツか。」

 「なんだとは、酷い言い方ね。傷付くわ。」

 「あ、ごめん···。」

 

 目を伏せ、心なしか萎縮したように見えるプリンツに、心が痛む。

 

 「あ、あの、プリンツ···? こ、今度王家グルメ奢るから···。」

 「追い討ちですか? ご主人様。」

 

 おい。そんなコト言っていいのかイギリス艦。お国料理だろ、王家グルメ(スターゲイジーパイ)。まぁ確かに、食えたもんじゃないと思うけどね。食べたこと無いから食わず嫌いなんだけど。だって···ねぇ?

 

 「···海軍カレー。」

 「···で、いいの?」

 「えぇ。一緒に食べに行きましょう。勿論、ビールも付けてね。」

 

 なんでもビールで流し込むのか。流石ドイツ。偏見120%だけど。

 

 だってドイツだよ? ドイツと言えば···「私は戦争が好きだ!」とか言っちゃうやべーやつと、「私は総てを愛している」とか言っちゃうやべーやつの故郷だよ? やばい国に違いない(偏見)

 

 「物凄く失礼なコトを考えている目ね。指揮官。」

 「はい。私の故郷を『対戦車ロケット推進式自爆兵器(但し爆発時期不明)を作るやばい国』と愚弄なさっているお顔をされています。」

 

 その通りじゃん。

 

 「なんら間違っておりませんが。」

 

 認めちゃうのかよ。

 

 と、またドアがノックされる。例によってベルファストが許可を出すと、入ってきたのは当然だが俺の知るキャラクターだった。

 

 のだが。

 

 「ぶっ···なんて格好してんの!?」

 

 入ってきたのは、イギリスの装甲空母イラストリアス。 なのだが、装いが余りに扇情的だった。豊満な胸元が晒され、所々に白いレースがあしらわれたそのドレスに、俺は見覚えがあり──。

 

 「え? でも、これは指揮官様が「この服装がいい」と···。」

 「うん。そうだね、うん。その通りです。はい。」

 

 好感度が100の状態で、アイテム『結婚指輪』を使い、好感度を『愛』から『ケッコン』に昇華させたときにのみ解放される、いくら積もうとショップでは売られないアバター。ウエディングドレス。確かに、アズールレーンをゲームとしてプレイしていたときには、「は? エッロ。こんなんこの衣装一択やろ。」と、ケッコン時からずっとそのままだったが···。

 

 「大変申し訳ないんだけど、着替えて来てもらえる?」

 「指揮官様がそう仰るのであれば、イラストリアスに否も応もありませんわ。」

 

 イラストリアスは、俺にぺこりと頭を下げると、そのまま部屋を出ていった。ホントに申し訳ないと思っています···。だって、ね。立つし。何がとは言わないけど。胸か尻かで言えば胸派の俺にはちょっと厳しい。

 

 「ご主人様、そろそろお時間です。ご準備を。」

 「ん? なんの?」

 

 時間? 時間···あぁ。

 

 「軍事委託、教練、ショップの商品入れ替え、及び演習権の回復です。」

 

 ──この時間か。

 

 



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異常

 なんかシリアス


 アズールレーンは、『放置系艦隊育成シューティングゲーム』という触れ込みで売り出されていたアプリだ。『放置系』というだけあって、一定期間装備の入れ替えや強化が出来なくなる代わりに莫大な経験値やガチャ用アイテムの"キューブ"、装備なんかまで幅広く入手できる『軍事委託』や、ただキャラクターを設定してアイテムと一緒に放り込んでおけば経験値の入る『寮舎』など、現実の時間を参照する機能が充実していた。故に、初心者···と、いうか、新参が手っ取り早く強くなるのに重課金をする、という事が少ない。

 

 「ガチャと言えば、今確率どうなってるんだ?」

 「···?」

 

 ガチャ、という単語に聞き覚えが無いのか首を傾げるベルファスト。プリンツはさっき「先に迎えに言っているわよ?」と言って出ていってしまった。

 

 「なぁベルファスト、新規艦の建造ってどうなってるんだ?」

 「建造でしたら、工厰の方に···。」

 

 と、彼女がそこまで言った時だった。ノックも無しに扉が開け放たれ、息を切らせたプリンツが駆け込んでくる。普段は怜悧なその美貌には、色濃い焦りが浮かんでいる。

 

 「指揮官、大変よ。すぐに来て!!」

 「どうした?」

 

 友人の何人かがこんな表情を浮かべているのは、主に単位がピンチの時と小テストの存在を完全に忘れていたとき。平和な日本の大学生には、軍人であり、そしてトップクラスの兵器である『軍艦』である彼女がそんな表情を浮かべる意味を、まだ理解出来なかった。──そして、直ぐに理解することになる。

 

 「工厰が無いの!!」

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 『アズールレーン』というゲームのホーム画面には、ショップ、キャラクター参照(ドック)持ち物参照(倉庫)スキルレベル上げ(学園)クエスト(任務)ガチャ(建造)ギルド(大艦隊)、そして編成と出撃という機能があった。当然、それが現実となったことである程度は変わると覚悟していたが──予想を上回る光景だった。

 

 まず、基地設備。ドック、倉庫、そして俺の執務室で受注達成の出来る任務の機能を内包した『本部施設』。全キャラクターがそこに住むという『寮舎施設』。一定時間ごとに資金や燃料を生産してくれた『海軍食堂』と『海軍売店』もここに内包されている。そして、ショップと学園を内包する『学園施設』。この3つに別れて、どこかの島の隅っこに存在していた。

 

 で、ここで問題発生。なんなら一にして全とか言っちゃっても良いぐらいの大問題。()()()()()()

 

 「神ぃー!! 神ぃー!!」

 

 この事実を自分で確認した瞬間に叫ぶ。俺を先導する──と言うよりも護衛する形で先を歩くベルファストが何事かと振り向く寸前で、馴染みつつある世界の停止が訪れた。

 

 『あのね、僕も忙しいの。もう最後だからね?』

 「おーけーおーけー。で、なにこれ。」

 『コレって?』

 

 何故、ガチャが、ないのか。

 

 『あー、君の魂と、君のいた基地をここに移す過程でバグっちゃったのかな? なんにせこちらの不手際だ。すまなかった。』

 

 殊勝に頭を下げてみせる──いや、例によって例の如く背後から話しかけられているので、声の聞こえ方からの判断だが。

 

 「質問2だ。基地を()()()って事は、ここはアズールレーンのキャラ達ですら知らない異世界ってコトで良いんだな?」

 『そうだね。···言ってなかったっけ?』

 「言ってねぇよクソッタレ!! ぶん殴るぞ!?」

 

 プリンツの慌てようから察するに、そしてベルファストが俺を護衛しながら基地を練り歩いていたことから、基地の異常は彼女達ですら知らないコトだった。その辺りから「なんか雲行き怪しいな」とは思っていた。けど、さぁ。

 

 「お前流石にオバロスタイルはあかんて。マジで。」

 『え? でも好きでしょ? オーバー●ード。』

 「いや確かに全巻持ってるしウェブ版もアニメも全部見たけども。」

 『あ、···いや、やっぱりいいや。』

 「クソ気になるじゃねぇか最後まで言えや!!」

 

 動かない身体を何とか動かして神畜生をぶん殴りたい。どうせアレだろ? 「オーバーロー●と違って、敵は君たちより強いよ!! 頑張ってね!!」とか言うつもりだろ!? 「ヌルゲーじゃなくて良かったね!! 幸運だね!!」とかいう流れだろ!?

 

 『質問はそれだけ?』

 「待て待てコレだけは聞いておく必要がある。···轟沈、ある?」

 『それを教えちゃあ面白く無いじゃないか。』

 「巫山戯んな死ねクソ神。」

 

 神は笑いを溢すと、「じゃあ」と言って帰ろうとする。世界が動き始めようとするその刹那、俺の脳裏に浮かぶ物があった。

 

 「黒衣の王、顔のないスフィンクス、膨れ女···。」

 『···何が言いたい?』

 

 笑いを納めた神が、今まで俺の罵倒にも笑って対応していた神が、ひどく平坦な声で言う。

 

 「お前の名前は何だ?」

 『君のような勘のいい人間は嫌いだよ。』

 

 即答。背後から聞こえてくる笑い声は、嘲笑の色を濃くして、そして──唐突に世界が動き出した。振り向くことに恐怖はない。そこにソレがいたのなら、振り向こうが振り向くまいがどうせ壊れるのだから。

 

 「ふぅ。」

 

 背後に誰もいないことを確認し、安堵の息を漏らす。怪訝そうなベルファストに何でもないと身ぶりで示して、基地巡りを再開する。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 「結局、異常と言えるのは、立地が変わったことと工厰の消失だけですね。」

 「だけ、とは言うけどねぇ···。」

 

 執務室でベルファストと会話しつつ、俺の意識は全く別のことに向いていた。オバロスタイル···と、言うか、この手の転生モノにおいて、主人公はまず味方キャラの忠誠心に関して心配する。が、幸運にもアズールレーンに反乱やクーデターというイベントは無いし、忠誠心なんてステータスもない。心配すべきなのはこの異世界固有の敵だったり、あるかもしれない轟沈だったり、だ。

 

 「とりあえず、周囲の確認からしないとな。ベルファスト、帰投した遠征部隊を空母と護衛艦隊を中心とした長距離索敵用編成に再編、1時間掛けて周囲の様子を探らせてくれ。敵──いや、ウチのモノじゃない船と遭遇した場合は殲滅よりも情報の収集を優先。絶対にこちらから攻撃はするな。」

 「畏まりました。」

 

 ドックから直通の出撃ゲートへ向かったベルファストを見送り、自分は基地をぶらつく。大学と同じか、もう少し広い敷地を持つこの基地は、意外なほどに静かだった。

 

 「遠征と寮舎と···あとは皆ドックに居るのかな。」

 

 歩きつつ呟く。オバロスタイルとなると、かなり綱渡りになるな···。最優先は資材の確保と周囲の様子の把握···あと、この世界の兵器···というか、軍の強さを知る必要があるな。日本人は平和ボケしていると言われるが、物事をネガティブに捉えるのも得意なんだよ。真っ向から対立する必要もないけど、戦闘に発展しないと決めつけるのは愚かに過ぎる。

 

 「指揮官。」

 「あぁ、プリンツ。」

 

 背後から掛けられた声に振り向くと、銀髪を揺らすプリンツが澄ました顔でこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

 プリンツ·オイゲン。ドイツをモチーフとする陣営【鉄血】に属する重巡洋艦で、耐久寄りのバランスの良いステータスと太ももの素敵なキャラクターだ。レベルは100で、スキルも限界まで育ててある。装備も充実させているし、文句なしの第一艦隊の防御役。ちなみに好感度は──あ。

 

 やばい。何が「忠誠心に関しては心配いらない」だよ。あるじゃねぇかよ、バッチリと。

 

 好感度システム。100まで上げれば結婚でき、衣装や特別ボイスが解禁されると共に、好感度が100以下にならなくなり、さらにはステータスも上がるお得機能。──だが、その数値は「上がる」だけではない。「普通」や「友好」、「愛」なんてといった複数の段階に分かれる好感度の下限──「失望」。「結婚」と同じく特別ボイスが設定されているそのレベルになれば、クーデターだって有り得るのでは···?

 

 ──プリンツの好感度は「愛」。結婚前の上限ではあるが、結婚はしていない。つまり、好感度はまだ下がるということだ。

 

 もし、この場でプリンツが裏切ったら? 艦船vs一般人(生身)が始まる。するとどうなる? 考えるまでもない。死ぬ。

 

 「指揮官?」

 「ッ···ごめん、何?」

 

 怯えなかったのは、退かなかったのは、逃げなかったのは、「流石に美少女相手に逃げられるか」という意地が2割と、「プリンツに殺されるなら別に良くね?」という思いが5割。2割は、思考に埋没し過ぎていたからか、平和ボケした日本人の性か、死に対する恐怖が無かったから。

 

 「そろそろお昼よ? 約束通り、海軍カレーを奢って頂戴?」

 

 そして残りの1割。「神」が「あいつ」なら、俺がここで死ぬなんて()()()()()結末を用意する筈がないから。

 

 「あぁ。分かった···って、俺、金無いんだけど?」

 「財布なら、執務室に置いてあったわよ?」

 「マジ? ありがと、取って来るよ。」

 「今はここにあるけどね。」

 「パクってんじゃねぇよ···。」

 

 プリンツが尻ポケットから出したのは、以前に俺が使っていたのと同じ財布。···日本円で買い物が出来るのか?

 

 

 




 あの神:みんな大好き無貌さん。

 異常:基地の立地が変わった 工厰が消えた


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4

 もっと軽い話の予定だったんだが?


 海軍食堂。どういうわけか無尽蔵の食料を生み出すその施設で、俺とプリンツはカレーを食べていた。ちなみに俺のドリンクは水で、プリンツはビール。まだお昼だというのに。

 

 「なぁプリンツ。」

 「何かしら?」

 「俺のことどう思ってる?」

 「好きよ? ···どうしたの、急に?」

 

 忠誠心とかクーデターの確率とかを測ろうとしてました。とは言えず。と、言うか、そう真正面から言われて平静を保つことなんて出来ず。

 

 「い、いや、別に···?」

 「変な指揮官ね。」

 

 どもった挙げ句、「なんだこいつ」という目を向けられる羽目になった。

 

 幸いにして、プリンツは拘泥することもなく、追加でデザートを注文し──へいへいへーい。

 

 「おい、プリンツ。カレーとビールは奢ると言ったが、デザートまでは約束してないぞ。」

 「?」

 

 いやいや、そんな「なに言ってんの? おまえ。」みたいな目で首を傾げられても困るし。財布の中身と食堂のメニューの値段を鑑みるに、金欠とまでは言わずとも、別に裕福な訳でもない俺に、昼食後のデザートまで奢ってやる予算はない。と、いうか。

 

 「資材とかどうしよう···燃料もだし、弾薬はどうなってるんだ···?」

 

 『艦これ』とは違い、『アズールレーン』には弾薬の概念がない。いや、基地で扱う要素としては存在しない。アズールレーンにおいて、弾薬とは戦闘マップ上でのみ存在する概念だし、尽きた所で戦闘不能になる訳でもない。ただ火力が落ちるだけだ。だが、その世界が現実のものとなった今、その法則が当てはまるとは考えにくい。

 

 「あー···ロンギヌス欲しかったなぁ···。」

 

 轟沈、つまりキャラクターのロスト──否、現実と化したこの世界において、死を意味するであろうその要素の存在が確認されていないことも、俺の胃を痛ませる。

 

 「まさか実験する訳にもいかないし···あー、あぁー!!」

 

 叫んでどうなる訳でもないが、取り敢えず、なんとなく叫んでみる。それに引かれた訳では無いだろうが、食堂の扉が開き、ベルファストが入ってきた。心なしか、その顔を青ざめさせている。いつも飄々とした──と言うには上品で、面白そうな──というには優雅な笑みを浮かべている彼女が、だ。

 

 「ベルファスト? どうした?」

 「ご主人様、周囲の探索に出ていた部隊より通達が。『2隻の軽巡洋艦クラス船舶を含む小型艦隊と接敵』と。」

 「···。」

 

 言葉を切ったベルファストに、無言で続きを促す。彼女のキャラクター性とレベルから鑑みて、軽巡洋艦クラス程度ならば何の問題も──お?

 

 いや、待て。最悪だ。俺はアホか? 何故、何故──()()()()()()()()()()()()()()!? 空母系の艦載機を含む艤装のチェックをしないまま、オ●ロと同じようにスキルや武装の類いが引き継がれていると思い込んでいた。そうだ、俺に幸運(笑)を寄越し、この世界に飛ばしたのは()だぞ? この基地にいるキャラ達が、全員ただの美少女になっているかも知れないだろうが!! 或いは、危惧した通り、本当に「その世界の敵は君たちのン十倍も強いよ!! 頑張ってね!! ヌルゲーじゃなくて良かったね、ラッキーだね!!」というクソ仕様かもしれないというのに。テンプレ通りに転生したからと言っても、テンプレ通りに無双出来るとは限らない。いや、()ならむしろ満面の嘲笑でやりかねない。

 

 「クソ···。」

 

 ベルファストが口を開くより早く呟く。当然、彼女にもプリンツにも聞こえただろうが、ベルファストはそれを完全にスルーして言葉を紡いだ。

 

 「『敵旗艦はセイレーンと思われる。』との事です。また、偵察部隊は回避を優先している為、敵火砲の威力は不明。敢えて被弾し、相手の火力を測ったほうが良いかと具申がありました。どうなさいますか?」

 「セイレーンだと!?」

 

 叫ぶ。いや、叫びと言うより悲鳴に近い音を出し、椅子から立ち上がる。セイレーンと言えば『アズールレーン』におけるイベントやストーリー後半の敵キャラで、超火力の弾幕やアホみたいな強ホーミングの魚雷を撃ってくる。HPバーの本数も多く、かなり厄介な相手だ。だが、彼女の言葉を聞くに、艤装はしっかりと機能しているようだ。──が、それ以上に聞き逃せない言葉があった。

 

 「回避を優先って···一発も被弾してないのか?」

 「はい。」

 

 ──えぇ···?(困惑) 『アズールレーン』において、敵の弾幕を回避する時には、プレイヤースキルよりもキャラクターの性能が物を言う。たとえプレイヤーが超反応の持ち主でも、キャラクターの移動スピードが遅ければ被弾するし、逆にプレイヤーが一切の操作をしなくても、回避値が高ければ被弾はしない。弾幕が触れたように見えていても、敵命中率とこちらの回避率を参照したロールで勝てば、つまり、()()()()()()絶対に当たらない。

 

 「これは···まさか?」

 

 バトル中は、意外なほどに確率参照が多い。こちらの攻撃の命中率、クリティカル率、回避率、スキル発動確率エトセトラ。その確率を『超弩級の幸運』とやらで100%に持ち上げられれば···たとえ相手が怪物であろうと、回避率がゼロパーセントでない限り死なず、命中率がゼロパーセントでない限り勝てる。

 

 「でも。」

 

 流石に楽観的すぎる。なんせこの幸運()は()の(ry

 

 「なら、最大限準備をしておくか。ベルファスト、回避を優先した前衛艦隊と、火力重視の後衛艦隊を編成。出撃して偵察部隊のバックアップを。偵察部隊には反撃を許可する。ただし、被弾実験は許可できない。」

 「畏まりました。直ちに。」

 

 表情を引き締め、執務室へ戻ろうとするその刹那、背後から凄まじいプレッシャーを感じて振り返る。

 

 「あ、ごめん、プリンツ···。」

 「別に、気にしてないわ。」

 

 回避優先、という条件だと自分があぶれてしまうのが気にくわないのだろう。怜悧な相貌には、色濃い不満が浮かんでいた。

 

 「また海軍カレー奢ってやるから、機嫌直してくれ。」

 「···今度はデザートも付けて貰うわよ。」

 「おーけー。分かった。前向きに検討して善処しよう。」

 

 頭に手を置いてそう言うと、一転して瞳に上機嫌な輝きを灯したプリンツが椅子から立ち上がる。

 

 「執務室に戻るんでしょう? 私が払っておくから、先に戻ってて。」

 「···お前が持ってるの、俺の財布だからな。」

 「奢ってくれるんでしょう?」

 

 ──なんか違くね?

 

 

 

 

 執務室のデスクに座り、ベルファストとバックアップメンバーの最終調整をする。このiP●dに似た端末で編成メンバーを指名し、出撃させるのだという。ちなみに、衛星とリンクでもしているのか、戦闘エリアを俯瞰で見ることも出来る優れモノだが、委託扱いで出撃している偵察部隊の様子は分からない。融通の効かない···と愚痴っても仕方がない。

 

 「ベルファスト。この二人は切り札だ。バックアップメンバーから外して、基地の防衛に当たらせてくれ。」

 「この二人ですね? 畏まりました。」

 「じゃあ──任せた。」

 「はい。行って参ります、ご主人様。」

 

 火力·回避率ともに優れ、バランスの良いスキルを持つベルファストは、バックアップメンバーの前衛艦隊旗艦だ。確実にクーデターを起こさないであろう結婚済みキャラが減るのは精神衛生上あまりよろしくないから──。

 

 「なるべく早く帰ってきてくれ、ベルファスト。」

 「···御意に。」

 

 優雅に腰を折ると、ベルファストは部屋を出ていった。

 

 

 




 次回は戦闘(予定)


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武装勢力

 武装勢力(自己紹介)


 「あっれェ~?」

 「どうしたの、指揮官?」

 

 執務室。出撃してしまったベルファストの代わりとして秘書官になった愛宕と一緒に戦闘区域のモニターを覗き込み、声を漏らす。ベルファストたちバックアップが到着した段階で、当該区域には一隻の船も見当たらなかった。いや、厳密には、()()()()()()()()()()一隻も見当たらなかった。

 

 「いや···偵察部隊の戦力ってそこまで強く無かったよな?」

 

 耐久重視の前衛艦隊に、長距離索敵を主軸とした装備。後衛艦隊は全員空母。攻撃部隊としての活躍はあまり期待できない編成だが···予想に反して、彼女たちだけで敵を──セイレーンを含む敵を悉く殲滅してのけたらしい。

 

 「ベルファスト、損害を報告してくれ。」

 「はい、ご主人様。少々お待ちください。」

 

 端末越しにベルファストに尋ね、愛宕と目を合わせる。二人が二人とも、拍子の抜けた瞳をしていた。

 

 「ご主人様、当方損害はゼロ──失礼しました。回避に徹しておりましたので、燃料の消費が著しいですが、敵性船舶による損害はゼロでございます。」

 「一撃も被弾しなかったんだな?」

 「はい。セイレーンを含む敵船舶の装甲も薄く、一撃の下に葬れたと。」

 

 こっわ。

 

 「分かった。じゃあ帰って来て──どうした?」

 

 愛宕に肩を叩かれ、端末から顔を上げる。通信中に伝えなければいけないほどに緊急の用事だと思ったからだ。

 

 「指揮官。来客よ。」

 「──は?」

 

 そして、その考えは正しかった。

 

 「基地正門に武装集団が居るわ。装備が統一されているから、正規軍じゃないかしら?」

 

 

 

 

 執務室の窓から、基地を囲うように動き出した武装勢力の様子を伺う。俺は双眼鏡で、愛宕は肉眼で。細められた彼女の両目は、肉食獣のごとき苛烈さと、鋼のごとき冷たさを孕んでいた。

 

 「サブマシンガンと···グレネードか。あとは···おぉぅ、擲弾兵がいる。通信兵とスナイパー···あ、目が合った。」

 

 言った瞬間に愛宕に頭を抑えられ、窓から顔を隠す。正規軍の狙撃手ともなれば、今の一瞬で俺を殺せたはずだから、きっとまだ火器統制が為されているのだろう。一個中隊レベルの人員を動員しておきながら悠長なことだ。サーマルスキャンでもすれば、この基地にいるのは男が一人と沢山の少女ばかりだと分かるだろうに。

 

 「って言うか愛宕。お前も体隠せよ。」

 「あら、どうして?」

 

 俺の頭を抑えたまま、自分の体を窓に晒す愛宕に警告すれば、本気の問いが返ってきた。

 

 「ねぇ指揮官。私たちは船──それも軍艦なのよ? 狙撃銃程度の銃弾じゃ死なないわ。私たちを殺したければ、魚雷を当てるとか、数十発の砲弾を直撃させるか、或いは空爆でもしなきゃ。」

 「なんだそのエイヴィヒカイト。チートかよ。」

 

 え、じゃあ、何? あの集団が雪崩れてきた時に危ないの、俺だけ···?

 

 と、絶望していた時だった。数回のハウリングの後、拡声器のひび割れた音が響いてきた。

 

 『当施設を不当に占拠するセイレーンへ告ぐ。人質を解放し投降せよ。繰り返す、人質を解放しろ!』

 「···え?」

 「はい?」

 

 愛宕と一緒に困惑の声を漏らす。おそらく、寮舎やドックでも同じような声が上がっているだろう。まずセイレーンって誰の事だよと。次いで、誰が人質を取って不当占拠してるんだよと。

 

 『我々は国連所属の対セイレーン部隊である! こちらは既に貴様らの占拠するこの施設を包囲している! 10分以内に人質が解放されない場合、我々は貴様らを殲滅する!!』

 「待て待て待てぇい。」

 

 執務室で叫んだ所で聞こえていないだろうが、叫ばずにはいられない。確かにベルファストからの報告を鑑みれば、この世界のセイレーンはそこまで強くない。が、生身の人間が相手できるものなのか? ──いや、あの武装勢力···国連の対セイレーン部隊の一人一人が、アズールレーンのキャラクター並みかそれ以上の化け物の可能性もある。武器はこちらのキャラに通じないが、肉弾戦が滅法強いとか···。

 

 「と、とりあえず行って交渉してくる。」

 「待って、指揮官。」

 

 立ち上がった瞬間、愛宕に手を引いて止められる。愛宕は小さく窓の外を指差すと、どこか諦めの混じった微笑を浮かべた。

 

 「え、なに···。」

 

 呟いた瞬間、銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 「あら?」

 「ん···?」

 

 バックアップから外された二人──基地司令官より「切り札」と称されたキャラクター『フッド』と『エンタープライズ』は、命令に忠実に従っていた。つまり、基地を守っていた。彼女たちは速やかに基地を包囲する武装集団を(昏倒させて一ヵ所に)纏め、敬愛する指揮官の下に報告に行こうとしていた。そこへ拡声器の声が響き──苦笑を交わす。

 

 「フッド、お前の砲撃で纏めて焼き払えないか?」

 「生憎と、私も貴女と同じで加減が得意ではありませんの。指揮官様も困惑なされていますでしょうし、情報の得られない鏖殺は避けた方がよろしいのでは?」

 「それもそうか。」

 

 そのまま声の響いてきた方へ歩いていくと、拡声器の横に立つ男が拳銃を、それを囲む形で兵士たちがサブマシンガンを向けてくる。誰何は英語で──英国訛りのある英語で為された。エンタープライズが苦笑し、フッドが微笑する。答えたのはフッドだ。

 

 「私たちはセイレーンではありませんわ。どうか武器を下ろして頂けませんか?」

 「···人質は男と聞いていたモノでね。他にも居たとは知らなかったんだ。失礼した。」

 「人質というのは、指揮官のことか?」

 

 銃を下ろした男と兵士たちにエンタープライズが問う。男は怪訝そうに問い返した。

 

 「指揮官?」

 「私たちの指揮官だ。」

 「ちょっと、エンタープライズさん。」

 

 フッドが咎める声を上げるが、もう遅い。

 

 「何者なんだ、お前たちは!」

 

 一斉に銃口が上がり、照準が二人へ合わせられる。

 

 「資料とは随分違う見てくれだが···お前ら、セイレーンなのか!?」

 

 さっき違うと言ったにも関わらず、答えの出ている質問をする男にフッドが笑う。ただ、この状況下でパニックになるのは仕方がないとも言える。むしろ冷静に「じゃあお前らは、セイレーンと敵対している新勢力なのか?」と真実を言い当てられでもしたら逆に警戒する。

 

 「落ち着いてください、皆様方。」

 「なぁ、フッド。指揮官を呼んできた方が早かったんじゃないか?」

 「執務の邪魔をするのは良くないと、貴女も同意したでしょう? それに、この仕事は私たちに与えられたもの。途中で上官に投げる訳にもいきませんわ。」

 

 狭量なやつめ、とでも言いたげにエンタープライズが肩を竦める。フッドが微笑を絶やさないのが逆に警戒を呼んでいるのだろう兵士たちが、それぞれの銃のトリガーに指を掛ける。

 

 「あの人質は···いや、あの建物にいる男が、お前たちの指揮官だというのか?」

 「えぇ、その通りですわ。」

 

 フッドが頷くと、男も頷きを返し──肩に着けた無線のスイッチを入れた。

 

 「火器統制解除。人質の男が奴らの指揮官だった!」

 

 フッドが目を見張り、エンタープライズが目を細める。二人が艤装を展開するより早く、銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 「──っ。」

 

 腰から力が抜け、執務室の床にへたり込む。目の前で銃弾を止めたのは、愛宕の白くて細い指の二本だった。

 

 「大丈夫? 指揮官。もう、だから顔を出しちゃ駄目って言ったでしょう?」

 「···。」

 

 こくこくと無言で頷く。まさか銃弾の速度に反応するとは思わなかったし、止められるとも思わなかった。が、これで一つはっきりした。完全にオーバー●ードですわコレ。周りはクソ雑魚で何故か自分の勢力が敵視される奴ですわ。あー、つら。

 

 壁際に寄り、今度はひっそり顔を出す。瞬間、顔のすぐ側の窓枠が吹き飛んだ。

 

 「うわぁ!?」

 

 完全に殺す気ですやん!? なんで!? 人質だと思ってたんじゃないの!?

 

 連続した銃声が響く。バースト射撃特有のそれは、長い間──と言っても数秒だが──続き、やがてフルオートのそれに変わった。銃声、連続した銃声。グレネードの炸裂音すら混じり、戦場である事を主張する音楽に耳が慣れ始めたころ、ついに弾薬が尽きたのか、ぴったりと音が止んだ。

 

 「···終わった?」

 「終わるわね。指揮官、フッドから連絡よ。」

 「···繋いでくれ。」

 

 

 

 

 

 

 「撃て撃て撃てェ!!」

 

 男が拳銃を、兵士たちがサブマシンガンの三点射をフッドとエンタープライズに浴びせる。新種のセイレーンに、その指揮官。デッドオアアライヴ(生死問わず)どころかデッドオアデッド(必ず殺せ)級の、人類の敵だ。人類から征海権を奪ったセイレーンが陸にまで進出してきただけで一大事だというのに、前線指揮官まで居ては、人類の逃げ場は空しか無くなるではないか。

 

 故に、絶対に殺す。人類のために。

 

 「駄目です、効いていません!」

 「頭を狙え!」

 「フルオート射撃だ!」

 「グレネード!!」

 「カバーしてくれ!!」

 

 訓練通りのパフォーマンスを発揮し、全弾をぶちまけていく。セイレーン相手に手加減など、自殺行為に他ならない。直径5.56ミリの金属が人型をした化け物を穿ち、血を噴かせ、地面に縫い付ける。そう、なるはずなのだ。

 

 男は知らない。セイレーン相手に、通常の弾丸なぞ役に立たないことを。目の前の相手は、セイレーンを一捻りに屠れるモノだということを。前者は、男のセキュリティクリアランス上開示されていない情報であるが故に。後者は、その存在が、ついさっきこの世界に生まれ落ちたが故に。

 

 「フッド、指揮官に連絡を入れてくれるか? 艦載機発艦準備完了、敵対勢力を殲滅するか否か、と。」

 「分かりましたわ。」

 

 己の敬愛する指揮官を殺されそうになった二人は、静かに怒り狂っていた。証左として、艤装は顕現し、照準が合わされ、爆撃機を含む艦載機が発艦しようとしていた。

 

 「指揮官様、挨拶もせず本題に入る無礼をどうか──」

 『別に構わない。どうした?』

 「はい。敵武装勢力殲滅の許可を頂きたく──」

 『···偉そうな奴と、適当に何人か残してくれ。』

 「御意に、指揮官様。···エンタープライズさん、数人は残してください。」

 「了解した。」

 

 ──蹂躙があった。

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ···。」

 

 なんだ、今の。エンタープライズが発艦したのは戦闘機だけ、フッドに至っては今の空砲だよな···。あれか、爆音による鼓膜への攻撃か。まぁなんにせよ、戦闘機の弾幕と空気を揺らす爆音で、兵士は悉く昏倒していた。

 

 「オーケーグーグル。捕虜の扱い方。」

 

 端末に声を掛けると、意外にも反応し、検索結果を表示してくれた。ありがてぇ···。

 

 



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6

 評価をくだせぇ。感想も。モチベが超上がる。

 お気に入りが100を超えた。もう増えないと思うと胃が痛い。


 「オーケーグーグル。世界の拷問。···うわぁ。」

 

 端末のブラウザをそっと閉じる。あかんて、流石にあかんて。なんだよファラリスの雄牛って···製作者可哀想過ぎるだろ···。そもそも器具が必要なやつは不味いですよ···およそ人間では出来ない残虐な行為をするって事だもん···。

 

 「と、言うわけで、俺は拷問なんてせず、ちゃんと対話して情報を得ようと思う。はい、どうぞ。」

 

 部屋──と、いうより独房だが、そこにぶち込まれた敵兵士の一人と鉄柵越しに会話する。と言ってもこちらが一方的に話しているだけで、ここ数分どころか数十分前にここに来てから一度も話してくれない。いや、所属と階級だけは言ったが、それ以上は何も言ってくれない。

 

 「···おい、なんだこれは。」

 「お?」

 

 予期せず返事が返ってきた事に驚き、セリフの内容に対して返事をするのが少し遅れる。それでも失礼にならない程度に早く復帰し、答えを返す。

 

 「この基地で一番高い料理だよ。その名も『王家グルメ(スターゲイジーパイ)』。生憎と、イギリス納豆は用意出来なかったんだけど。」

 

 ベルファストに言えば作ってくれるだろうか。別に要らないが。

 

 「拷問はジュネーヴ陸戦条約で禁じられているだろう。」

 「は? これはちゃんとした料理だ。イギリス人に謝れ。」

 

 って言うかあんたらの隊長イギリス人だろ。

 

 「···何が聞きたい。答えるから、せめてそっちをくれ。」

 「え? こっち?」

 

 俺が食ってるのは海軍カレーだ。そこそこ良い値段のメニューだが、まだゴールドで買えるレベルだ。王家グルメを含むこれより上のランクの食料はダイヤ──課金石でのみ購入が可能だった。まぁ、アズールレーンの運営は寛大だったから、その石でさえ配布してくれたのだけど。そう考えると()はホント糞だよなぁ? メンテしてたからって別の世界に送り込んで、詫び石も無しなんざ運営の片隅にも置けねぇなぁ!? 初期のFG○を彷彿とさせやがる···。

 

 『そこまで言わなくても···。』

 「こっち来んな。」

 

 また世界が止まりそうだったので牽制しておく。まぁ、拷問···じゃない『尋問』は気長に行こう。

 

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 ──1ヶ月後。

 

 

 捕虜の尋問が終わり、ある程度はこの世界についての情報が得られた。安堵すべきことに、この世界の技術·文化水準は元の世界とそう変わらない。武器の威力·射程から飯の味まで正確に。だが、完全に別の世界だと確信できる要素も多い。"セイレーン"の存在もその一つだ。···いや、この世界と元の世界との違い全ての根幹が『セイレーン』の存在にある。

 

 半世紀ほど前、突如として世界中の海に現れた謎の生命体"セイレーン"は無人で動く幽霊船を引き連れ、人類より制海権を奪取。人類は行動範囲を大幅に削られた。石油などの海産資源に経済的に依存していた国、そしてセイレーンに対抗するだけの戦力を持たなかった国は次々と陥落。残った国も重篤な被害を受けた。そして──『国家』は新たな『国家群』を形成した。旧ドイツを中核とした『鉄血』、旧中国を中核とした『東煌』、旧日本と旧英国が作り上げた『重桜』と『ロイヤル』、そして旧アメリカ合衆国が作り上げた『ユニオン』。それらの勢力が織り成すのが『国家群連合』。通称"国連"である。

 

 

 捕虜ではなく愛宕からレクチャーされた情報としては、艦娘たち、そしてセイレーンの強靭さが挙げられる。艦船に対して有効な一定火力以下の攻撃の完全無効化に、艦船レベルの耐久力と馬力。それを人間レベルの精密性を以て行使する。愛宕がライフル弾を摘まんだ事から分かるように、速度や反射神経の類も人外のそれ。たとえ艦砲射撃であろうと回避し、なんならキャッチしてしまうような怪物たちだ。──お腹いたい。

 

 「ご主人様、準備が整いました。」

 「ん、分かった。」

 

 黒いスーツを身に纏い、明石がどこかから入手してきた防弾チョッキをその下に着て、両サイドを完全武装のベルファストとプリンス·オブ·ウェールズに固められ、基地の外に停められた輸送ヘリに乗る。ヘリの持ち主は"国連"だ。『俺が人類の味方か敵か判断し、場合によっては暗殺する』というのが本音であろう申し出の建前は、『捕虜の返還に関する対話』となっていた。身代金を要求するつもりも人類の敵になったつもりもないのだけれど···。つらみ。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 緊張と酔いで2ゲロ(単位)ほど吐いたので、凄まじく不機嫌な状態で案内を受ける。それぞれの陣営のマーク──ゲームのものと同じ──が描かれた椅子と無地の椅子が並べられた円卓を数秒眺め、無地の椅子に座る。数分もすれば、それぞれのボディーガードを連れた各国代表が入室·着席し──対話が始まった。

 

 ローテーション制らしい議長を受け持つユニオン代表の男性(アーノルド·シュワルツネッガーに似てる。筋肉やばい)が口火を切る。

 

 「では、これより第90回国連会議を開始します。議題は、新たにトラック泊地に出現した勢力である──あー···」

 「勢力名などはございませんので、そちらのコードネームで結構です。」

 

 俺の方を伺うユニオン代表に対してベルファストが答える。名前、名前ねぇ···。

 

 「了解した。その新勢力『アンノウン』に捕らえられた国連軍の兵士についてだ。我々は速やかな返還を望む。そちらの要求にもある程度応える用意がある。」

 「あ、はい。返します。」

 

 さっさと返して敵意が無いことをアッピルしておかないと。戦争にでもなったらまず負け──る、か? 核でも使われない限りなんとかなりそうだけど···。いや、核を使われれば危ないんだから、やっぱり戦争なんかするべきじゃないな。うん。

 

 「···『アンノウン』指揮官殿に質問だ。どこの国家群の者か教えて頂けるか?」

 

 思考に浸っていると、『ロイヤル』代表の男性が聞いてきていた。どこの国家群にも属していないけど···心は日本人です! かと言って、ここで『重桜』です。と言って、国連内部のバランスを崩すのも良くない。そのくらいの事は分かる。

 

 「我々は何処にも属していません。強いて言えば『人類』でしょうか。セイレーンとは敵対し、貴方方にとっては味方です。」

 

 安堵したような雰囲気が円卓に漂う。こっちとしては全く安堵できないことに気付いたけどね、たった今。

 

 「では、『アンノウン』の──失礼、貴方の艦隊は、我々人類の味方と考えてよろしいのですね? セイレーンと戦う際には共同戦線が築けると。」

 「はい。」

 

 恐怖で言葉が少なくなる。なんだよこの部屋──魔境じゃないか!?

 

 「では、定例の国勢報告に──」

 「すみません、忙しいし、捕虜解放の準備もありますので、これにて。」

 

 適度に惜しまれ、それよりも安堵されつつ見送られ、部屋を出る。あかん、あの部屋はあかん。

 

 何がヤバいって全員──あ、いや、ほぼ全員が超絶美形だってことがヤバい。

 

 重桜代表、黒髪の綺麗なお姉さま。多分一番若い。app(外見ステータス)18。

 

 ロイヤル代表、金髪オールバックの初老紳士。app18。

 

 鉄血代表、白髪というより銀髪のお爺さん。目付きがやばい。app18。

 

 東煌代表、白髪混じりの黒髪を結ったおばさま。優しそう。app18。

 

 ユニオン代表、元カリフォルニア州知事(っぽい)。18。

 

 

 ──ほぼ全員()()()やんけ!? ふっざけんな!! あんなところに居られるか!! 俺は自分の基地に帰らせて貰う!!

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 「その人間、普通にイケメンか美人かってだけなんだけど···流石に僕のこと嫌いすぎない?」

 

 全てを俯瞰し、無貌が嗤う。

 

 




 トム·クルーズは全ステータスがやばそう。strとappとpowはまず18。


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7

 国連という組織は、多数の国が集まって形成されている。故に、良く言えば視点が多く、多様な考えが出来る。悪く言えば、組織として一枚岩でないが故に分裂しやすい。今回は、『悪い面』が仕事をしてしまった。

 

 国連本部第二会議室。『アンノウン』指揮官を含む各勢力代表が対話をしていた部屋の向かいで、『ユニオン』と『東煌』──国連でもトップクラスの大規模勢力が対話を行っていた。いや、対話というより打ち合わせか。二人の男が円卓に着き、数人の腹心に脇を固めさせ、手元の端末を凝視している。高速でスクロールされる画面には、航路図や爆撃機の性能が映っている。

 

 「では、決行する方向で。」

 「あぁ。セイレーンもどきなんぞと共同戦線など、ふざけた事はさせん。」

 

 『セイレーン』に深い憎悪を持つ二人の男が憎々しげに見る端末の航路図。赤線で示されたルートの折り返し地点であり()()()であるそこには、『トラック泊地』と記されていた。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 「づかれだぁぁぁぁ···。」

 

 スーツのままベッドに倒れ込み、背後のPoWに苦笑されつつ枕に顔を埋める。魔境から脱出した直後だというのもあって、身体中の筋肉が弛緩していた。

 

 「指揮官、せめてスーツを脱いで防弾チョッキを外してから寝ましょう。」

 「あーい···。」

 

 ところで、ここは一応軍事基地であり、駐留しているのは全て軍艦。つまり、対空監視に関してはなんの心配もいらないと言うことだ。

 

 「おじゃましまーす、指揮官!!」

 「お、1:10:00か。」

 「?」

 「?」

 

 入ってきたのは3d5···失礼、サンディエゴだ。やたら建造から出てくることもあってネタ要員扱いされているが、これでも最高レアリティの軽巡洋艦で、対空攻撃に高い適性を持っている。

 

 「あ、ごめんごめん。で、サンディエゴ、どうした?」

 「爆撃機編隊が接近中だよ、指揮官。どうしよっか?」

 

 うわぁ面倒くせぇ···。セイレーンめ、俺の気が緩んだ隙を狙うとは卑怯ナリ···。

 

 「サンディエゴ、何人か連れて出撃。基地に着く前に海上で撃墜しろ。プリンスオブウェールズは、三笠を旗艦、扶桑と山城を中核としてカウンター部隊を編成。敵航空基地か航空母艦──どちらかは不明だが、敵ホームを破壊しろ。」

 

 まぁセイレーンが航空基地を持つとは思えないし、空母だろうけどね。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 「爆撃機隊からの通信、途絶しました···。」

 「そんなバカな事があるか!! 第六世代相当の高性能ステルス爆撃機に戦闘機部隊まで合わせたんだぞ!?」

 「スペア部隊の離陸まで60秒···っ、ミクロネシア空軍基地からの通信、途絶!?」

 「繋ぎ直せ!!」

 

 通常、陸上基地が何の前触れもなく通信途絶した場合は、機器の動作不良やジャミングの可能性が高い。基地そのものの耐久力がそれなりに高く、無線が一個しかない、無線兵が殺されて通信できないという事が無いからだ。。ゆえに、彼らは考えない。()()()()()()()()()()()などとは。

 

 「最寄りの陸軍基地から増援を出せ!! ミクロネシアの海軍を総動員し、トラック泊地への攻撃を続けろ!!」

 

 

  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 「···との事です。」

 「マジかよなんだよ味方じゃないのかよ···。」

 

 トラック泊地、執務室。ベルファストが傍受した敵の無線を聞いていると、どうも敵はセイレーンではなく国連らしい。ので。

 

 「ベルファスト、国連に「どういうつもりか」って聞いといてくれ。」

 「畏まりました。ご主人様は──」

 「俺は──うん。ちょっと行って、滅ぼしてくるわ。」

 

 端的に言って面倒になった。だって、ねぇ? 政治的判断とかできないし、敵なら殺せばええやん?

 

 「はい、と言う訳でね。」

 

 執務室に設置された基地内放送用のマイクを取り、スイッチを入れる。

 

 「これから呼ぶ艦は、武装を整えて出撃ゲートまで来てくださーい。えー···」

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 「···ちくしょう。」

 

 俺も出撃するつもりではいた。が、それは高速艇か何かに乗って後ろからこっそり着いていくぐらいのつもりで、決してこんなつもりではなかった。

 

 「下ろして?」

 「ダメです。」

 

 迎撃艦隊前衛、プリンツ、愛宕、高雄。旗艦、グラーフ。後衛、フッド、俺onイラストリアス。──はい。またお姫様抱っこです。

 

 「下ろして?」

 「ダメです。」

 

 「下ろし──」

 「ダメです。」

 

 ぐぬぬ。

 

 かなり恥ずかしいが、この状況は結構重要だったりする。考えてみよう。1艦隊につき、編成出来るのは6隻まで。でも、今は俺を含めて7人が編成されている。これは端末の編成画面で『後衛:指揮官』となっていることから、「プレイヤーなのでキャラクター扱いにはならない」という事ではないと判断できる。つまり、「アズールレーン」の時のように、6隻対 た く さ ん 等という史実なら諦めて投了モノの戦いを強いられることがないと言うことだ。

 

 戦いの原則、「偵察」「計画」「圧倒的火力」を守れるって、素晴らしいね。

 

 『ご主人様、よろしいでしょうか?』

 「どうした?」

 

 耳に着けたインカムからベルファストの声が流れてくる。

 

 『はい、今回の襲撃の首謀者を捕縛したので、どうか基地への攻撃は止めて欲しいと。』

 「えー? ごめーん、なんだってー?」

 

 よく聞こえない。きっと波の音のせいだろう。

 

 「あ、ごめんベルファスト。そろそろ作戦開始だから、切るぞ。」

 『畏まりました。御堪能下さいませ、ご主人様。』

 

 はい。ではね。蹂躙です。

 

 




 戦闘描写、いる? いらないよね?


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8

 待たせたな!! 感想とお気に入りに触発されたZE···


 「···は?」

 

 目が覚めた。待て待て。ちょーっと待て。目に入る風景は、完全に執務室のそれだった。カレンダーと時計を確認。うん。何も問題はない。寝落ちしていたが故の夢オチという展開ではなさそうだ。なさそうだが。

 

 「神ィー!! 神ィーー!!」

 「はーい、呼ばれて飛び出てー。」

 

 体が硬直し、世界が停止する。椅子の背後からは、馴染みとなった中性的な声がする。

 

 「これ、なに?」

 「これって?」

 

 なんで、俺が、執務室にいるの?

 

 確か、国連の前線基地に攻撃を仕掛けに行ってたよね? それがなんで執務室に···?

 

 「あー、メンテだね。アプデ入ったんだよ。ほら、メンテ入った時って、出撃状況がリセットされるでしょ?」

 「えぇ···(困惑)」

 

 確かに『アズールレーン』ならそうだったかもしれないが、ここは現実世界だぞ? あ、いや、平行世界なのか? なんでもいいが、世界のメンテってなんだよ。世界のアプデってなんだよ!! 神のつもりか!! ──いや、相手は神だったわ。

 

 「丁度いいし、追加要素の説明するね?」

 「あ、うん。よろしくー。」

 

 ついにコラボか?

 

 「えーっとねー、今回のアップデートでは、新しく『認識覚醒』というシステムが追加されましたー。いぇーい。」

 「いえー、どんどんぱふぱふー。」

 

 止まった時の中で合いの手を入れる。気を良くしたのか、背後の声が少しだけ上機嫌に聞こえてきた。

 

 「はーい、どうもー。えー、認識覚醒っていうのはですねー、まぁ、所謂限界突破だね。」

 

 むん? 限界突破とな? 

 

 『アズールレーン』では、同一のキャラクターを所持している場合か、或いは専用のキャラクターを所持している場合、レベルの上限を上げられる。ベルファストやイラストリアスのようなレアキャラにつぎ込む為に素材キャラを集めまくるためにウィークリーミッションをクリアするためにデイリーミッションをこなしまくったのは、いい思い出だ。(白目) 閑話休題。 レベルの上限はレアリティに関わらず100レベル。それ以上の強化は、各ステータスを個別に強化し、それも上限になれば、あとは装備で引き上げるしかなかった。

 

 「そう。それが、レベルの上限が100を超え、なんと110になりましたー!! 120まで上がる予定だよ!!」

 「おぉー!!」

 

 で、どうやんの?

 

 「はい。こちらのメンタルユニットを使用しまーす。」

 「おぉー!!」

 

 で、どこで手に入れんの?

 

 「海域ドロップにしちゃうと、"こっち"の世界の人間に渡っちゃうかもしれないからね。ショップ限定にしておいたよ。」

 「ふむ···ふむ?」

 

 ドロップだったら幸運に任せて乱獲出来たんだけど···ちっ。

 

 「···で、本題なんだけど。」

 「あ、うん。なにかな?」

 

 いや、うん。確かにすごいシステムだけど。そんなことよりですよ。

 

 「今、どういう状況なんだ?」

 

 確か、基地が空爆されそうになって、反撃して、カウンターアタックに出たらメンテだったよね。うん。で?

 

 「あぁ、敵がどういう状況かって?」

 「うん。」

 「さぁ?」

 

 ははっ。fxxk. こいつが知らない訳がない。知った上で愉悦してやがる。くたばれ。

 

 「片手間にでも、クトゥグア召喚の方法を調べておこう。」

 「あっいやえっとあのその」

 「お? どうした? 何か思い出したか?」

 「あ、はい。国連の基地を壊滅させて、ベルファストが交渉を終わらせて、みんなが帰ってきたところでアップデートが来たような気がします。はい。」

 「おう。そうか。ご苦労。」

 「あ、はい。失礼します。」

 

 世界が、動き出した。

 

 「ふぅ···ちょっと真剣にウザくなってきたな。」

 「指揮官?」

 「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 急に隣で声が上がり、椅子から転げ落ちる。椅子の右側に立っていたのは、SSレアの駆逐艦「エルドリッジ」だった。フィラデルフィア計画に使われたという逸話を持っているからか、瞬間移動に等しい超回避を見せてくれるロリーtゲフンゲフン幼女だ。···ちなみに、可憐な見た目からは想像も付かないが、「フィラデルフィア計画」はやばい。とにかくやばい。興味があるならggってみてネ。

 

 「え、エルドリッジか。驚かせないでくれ···。」

 「大丈夫?」

 「うん···。」

 

 小首を傾げて安否を問われ、是と返す。安堵の雰囲気を漂わせたエルドリッジが小さく跳躍した。

 

 「指揮官、だっこして。」

 「えっ」

 

 オゾンの匂いとタンパクの焦げる匂いを残し、視界が暗転した。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 ミクロネシア前線基地が()()した。その知らせは、瞬く間に国連本部へと通達された。各国家群の代表の目が、一斉に無地の椅子──の、背後に控える麗しき銀髪のメイドへと向く。椅子の主、トラック泊地の指揮官の代理として出席していた彼女は、その視線を涼しく受け流す。

 

 「これは、どういうことか。説明して頂けますね?」

 

 ユニオン代表の男──メイト○クス大佐に似ている──が、まず口を開く。続々と追従の声が上がる中で、ロイヤル代表の紳士だけが口を閉ざしている。

 

 「先程も申し上げた通り、当方の指揮官とは連絡が取れない状況にあります。また、このような場で私の憶測を述べるのは不適切かと。」

 

 ベルファストが淡々と答える。向こうが何を言おうと、こちらの答えが全て"真実"なのだから。たとえ、事実と違っていたとしても。

 

 だが、そんな悠長なことを言っていられるのは、彼女が「強い側」だからだ。武力でも立場でも「弱い側」である国連としては、この国連本部や各国の国土にまで反攻されるのが怖いのだろう。語調は強くなる一方だった。

 

 それでも流石は各国の代表。激昂したりはしない。

 

 「今回の襲撃は、あくまでも一部の人間が行ったことです。それは、貴女の指揮官殿にもご理解頂けましたか?」

 「さぁ? 先ほどから申し上げているように、当方の指揮官とは連絡が取れない状況にあります。通信が復旧次第、連絡を入れてはみますが···もしかすると、彼がここに来る方が、早いかもしれませんね?」

 

 微かに微笑むベルファストに向けて、ロイヤル代表の金髪をオールバックに固めた紳士が微笑み返す。

 

  (それはありえないよ、ベルファスト殿。ここは対セイレーン戦争が始まってから作られた、川からも海からも遠い要塞だ。核シェルターとしても機能する防壁に、周囲の山には複数の高射砲陣地を敷かせ、ここに至る道路は装甲車とMBTで徹底封鎖·検問を行っている。まず部外者は立ち入れないよ。)

 

 かつて、彼の母国であったイギリスを守護する盾であり、敵を打ち払う剣でもあった軍艦、軽巡洋艦ベルファスト。その名を受け継ぐ彼女に、この場で最も敬意をもつ彼は、彼女の知らない情報を思い浮かべ、そして、目だけで周囲を確認する。

 

 各国の代表は、その多少に差はあれど、みな一様に侮蔑の視線を向けていた。

 

  (彼らをここに連れてきた輸送機の窓から見えた映像は、全てがダミー。気付かれていませんでしたか。)

  (ここは特定のIDを持つ者の端末を除き、偽の位置情報を流している。流石に監視衛星には映るが、奴らは海のモノ。)

  (おまえの言う「電波障害」は、我々が発しているジャミングの影響に過ぎん。セイレーンもどきの技術力もたかが知れる。)

  (この要塞は防壁を起動すれば、たとえ核ミサイルの直撃にでも耐えられる。少し強いだけの艦砲など、取るに足らん。)

 

 (((( その程度か、『アンノウン』!! ))))

 

 

 

 

 

 

 ──ばちっ。と、火花の散る音がした。

 

 

 




 もっと感想とか評価とかお気に入りとか、増えてもいいのよ?(強欲)


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9

 感想が来ていた。評価バーに色がついていた。お気に入りがめっちゃ増えていた。だから書いた。

 もっとくれてもええんやで(底のない強欲)


 ここは、国連の総力を挙げて、つまり、ユニオン、ロイヤル、重桜、鉄血、東煌の五大国家が、資材と技術を惜しむことなくつぎ込んで作り上げた軍事要塞だ。なんの要因もなく空中放電するような安い機材など一つもない。

 

 「確認を。」

 「了解」

 

 注意深い性格なのか、東煌代表の女性が、背後に控える側近を退出させた。

 

 「──それで」

 

 ロイヤル代表の紳士が、話を続けようと口を開く。だが、その声は、数倍しても尚届かぬほどの大音響で掻き消された。

 

 その轟音は、誰かの発声器官が産み出した物ではない。

 

 走る紫電が大気を貫き、孕む10億ボルトもの電圧が、空気を一気に3万℃にまで押し上げ、炸裂させる。その結果、爆発する大気は雷鳴となり、辺り一面を白く染め上げながら制圧する。

 

 フラッシュバンの爆発にも並ぶ爆音と、閃光。

 

 各国の代表とその側近たち。この部屋にいる全ての──否。フラッシュバンごときでは沈まない艦船の化身たる、銀髪のメイド。主のいない椅子の後ろで、綺麗な立ち姿を披露する彼女だけが──いいや、否。『筋肉は全てを超越する』。その言葉の真偽を露にするように、ユニオン代表の男性もまた、ユニオンのマークが掲げられた椅子に、背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま座っていた。

 

 その二人を除き、他の代表たちは酷いありさまだった。

 

 失神する者や、頭を抱えて机に突っ伏し、悶える者。目か、耳か、或いは、その両方か。感覚器官の中でも主要な二つに叩き込まれた衝撃は、脳にまで強いダメージを与える。

 

 だが、幸いにして、その余波だけで各国の代表を傷付けた雷撃が落ちたのは、無人だった『アンノウン』代表の椅子だ。もしも有人の椅子に直撃していたら、或いは、彼ら、彼女らの背後に控える側近たちに直撃していれば、愉快な人形の炭製オブジェが出来ていたかもしれない。

 

 鍛え上げられた筋肉に守られ、唯一、各国代表たちの中でハッキリとした意識を保つ彼は考える。

 

  (今のは放電···いや、雷。バカな、ここは室内···それもシェルターの中だぞ?)

 

 ──倒れ伏した盟友たちを眺めて顔をしかめる彼の視界の端に、揺れる銀色が映った。

 

 深々と頭を垂れるベルファストの、絹糸のような銀髪。それが、雷撃の余波でおかしくなったのか、ときおり点滅するLEDの灯りを受けて、艶やかに煌めいていた。

 

 「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません。ご主人様。」

 

 ご主人様、と、彼女がそう呼ぶ人間は一人しか居ない。

 

  (バカな···!?)

 

 無人だった、無人であるはずの、『アンノウン』の椅子。

 

 肘掛けに両腕を乗せ、深く腰かけたその男に、彼は見覚えがあった。

 

  (『アンノウン』指揮官!? いつの間に···いや、そもそもどうやってこの場所を!?)

 

 「さて、皆様方、どうやらお疲れのご様子。今回の件は、悲しいすれ違いという事で収めましょう。」

 「あ、あぁ···。」

 

 突っ込むことすら出来ず、彼は首を縦に振った。

 

 「迎えに来て下さったのですか?」

 

 ベルファストが問いかける。「···うん」と、舌足らずに返したのは、ベルファストとは椅子を挟んで反対側の、指揮官の背後に控える金髪の童女だった。

 

 「ありがとうございます、エルドリッジ様。では、帰りましょうか。」

 

 肘掛けに置かれた『アンノウン』指揮官の左手をベルファストが握る。反対の手をエルドリッジが掴むと同時に、また、紫電と閃光が迸った。

 

 『アンノウン』に所属する者が誰一人として居なくなった円卓の間で、複数のうめき声が上がる。一度目の雷撃で昏倒していた各国の代表達が、ようやく意識を取り戻したらしい。

 

  (エルドリッジ、だと?)

 

 頭を振ったり、ハンカチで顔を拭ったりしている同朋たちに視線を向け、それでも焦点は合わさず、遠くを見るような目をして、ユニオンを代表する彼は思考を回す。

 

  (ユニオンの···いや、合衆国の駆逐艦、エルドリッジ。フィラデルフィア計画が真実だとすれば、さっきのアレは超高電圧を纏っての瞬間移動──いや、この要塞に侵入できたという事は、超高速の線移動ではなく、点と点の連結···空間転移。フィラデルフィア計画のログによれば、乗組員は酷い有り様だったらしいが···あの指揮官は無事だったし、仲間を連れて帰っていたな。問題はクリアしたのか···?」

 

 思考に埋没し過ぎていたのか、途中から、考察の内容が口から漏れていた。

 

 ようやく頭が回るようになったのか、他の面々も先程の現象について語り出す。

 

 「あまり、よく覚えていないのですが···あの瞬間移動、何人までの戦力を運べるのでしょうか?」

 「はは、重桜の。そんな事は問題ではないよ。あの銀髪のメイド一人でも、我々の鏖殺は十分に可能だろうよ。」

 

 もし、軍隊を自在に、それも一瞬で移動させられたら、どれだけの驚異か。そう言った重桜代表の女性に対して、鉄血代表の男は、運搬可能と確定している一人だけでも十分だと、そう返す。

 

 「それに、転移の余波だけでもあの制圧力。エルドリッジだけでも凄まじい脅威でしょうね。」

 

 つい先程まで──一部の者の暴走が原因であり、総意ではないとはいえ──抗争状態にあった彼らの顔色は優れない。特に、その原因となった者が所属していた『東煌』と『ユニオン』の代表は、顔を青褪めさせている。

 

 もし、彼らの保有する大戦力の、そのほんの一部だけでも、あの恐るべき雷撃と共に首都に送り込まれでもしたら、国家は瞬く間に陥落する。

 

 

 虎の尾どころか、臥龍の逆鱗を蹴り飛ばすような行いを、彼らはしてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 side ベルファスト

 

 

 

 以前まで、ご主人様は指揮用の端末越しに指示を出されていた。直接お顔を合わせて頂けたのは、ほんの一月ほど前。私たちが見知らぬ場所に放り出されたとき、直接指揮を執りに来て下さったのだ。カメラ越しに、ディスプレイ上で見るのと変わらないお顔と、スピーカー越しに聞いていたのと変わらないお声。それが、彼が私たちの指揮官なのだと、抵抗なく理解させた。

 

 あの海域で出会ってから。端末越しだったころも合わせたら、私が建造され、この世に生まれ落ちてからずっと、私はご主人様のお側に侍らせて頂いていて、ずっと彼を見てきたから。だから、彼の異常には直ぐに気づいた。

 

 国連の代表が昏倒している? 会談の切り上げ方が雑?

 

 知ったことか。私にとって、最も大切なのはご主人様だ。

 

 

 エルドリッジ様の瞬間移動で、基地へと帰還する。見慣れた執務室の光景が目に映った瞬間、私は椅子でぐったりと脱力されているご主人様へと駆け寄った。

 

 「ご主人様、ご無事ですか!?」

 

 素早く、服越しにではあるが、お体を確認させていただく。頭を過ったのは、レインボー計画の悲惨な記録と、高電圧に晒された人間がどうなるのかという実験の、やはり悲惨な記録。

 

 幸いにして、外的な影響は無いようだった。これで、もし内的な後遺症があったりしたら、隣で心配そうな顔をしているエルドリッジ様を、私は──いけない、まずは、ご主人様の無事を確かめねば。

 

 頭を切り替え、ご主人様の体を軽く揺すると、ご主人様は薄目を開け、僅かに声を漏らした。

 

 一字一句を聞き逃すまいと、髪を掻き上げ、露出させた耳を口元へと近付ける。

 

 

 

 「···ねむみを感じる。ぽやしみ。」

 

 

 

 がくり、と、眠りに落ちたご主人様と一緒に、私までもが脱力してしまう。──でも、良かった。異常はないようだ。

 

 私はご主人様の脚へと手を回し、いつかのように横抱きに抱き上げた。

 

 「···ぇる」

 「···はい、ご主人様。」

 

 今度は不意に、顔の近くで囁かれて、心臓が跳ねた。

 

 「腹へった。」

 「···では、夕食のご用意を。それまでお休みになられては如何でしょう?」

 「···あぁ。」

 

 スタンガンどころでは済まない高電圧のせいか、ご主人様の声は酷く弱々しかった。ご主人様が起きてしまわない、不快に思われない程度に足早に、寝室へと向かう。ゆっくりと身体をベッドに横たえて、私はキッチンへと向かった。──こっそりと、少しだけ寝顔を堪能して。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 ──失態だ。

 

 調理に集中出来ていなかったのか、メイド服に油が飛んでしまった。メイド服はもともと家事で汚れることを想定して作られているから、エプロンを替えれば済むとはいえ、ご主人様に食事をお出しするのが遅れてしまうのは、メイドとして看過できない事態だ。

 

 自室へと戻り、替えのエプロンを取り出し──え?

 

 紺色のメイド服と、白いエプロン。ホワイトブリムやシルクのグローブ。いつもの私の着替えが並べられたクローゼットの隣に、見慣れない衣装ケースがあった。一瞬だけ爆発物の類いを疑うが、それはないだろうと自分で却下する。ここは軍事基地だ。そして、詰めるのは全員、人間サイズの軍艦だ。不届きものが入り込む余地などありはしない。

 

 訝しみながら、衣装ケースを開ける。

 

 「···ぁ」

 

 不本意ながら、小さく声が漏れてしまった。

 

 入っていたのは、純白のドレス──それも、ヴェールのついた、ウェディングドレスだった。

 

 「ご主人様···?」

 

 この基地で、こんな真似が可能なのは、ご主人様(あなた)だけ。

 

 ごめんなさい。一番始めに指輪を貰ったのに、イラストリアスお嬢様のようにドレスが貰えなかったから、「あぁ、私の指輪(コレ)は、戦力強化の道具でしか無かったんだ」と、あなたが端末越しに囁いてくれた愛を、私は空虚なものだと思っていた。それでも構わない、私はあなたを愛しています、なんて、格好つけていた。

 

 震える手でメイド服を脱ぎ、ドレスを纏う。本当は皆様にもお見せしたい。けれど、まずはあなたにだけ。

 

 ヴェールを付けて、折角だからと、少しだけメイクもして。姿見を覗き込んで、可笑しなところがないかを確認して──衣装ケースで光る、それを見つけた。

 

 「これ···チョーカー?」

 

 取り上げると、それはじゃらりという音を鳴らした。

 

 チョーカー、なのだろう。だが、それには、黄金の鎖が付いていた。まるで犬につける首輪みたいだ、と、苦笑しようとして、やっと気付いた。

 

 金は、化学的·時間的な劣化に強い。錆びず、朽ちないその性質から、不変性を示すものに用いられる事が多い。功績を讃えるメダル然り、永久の愛を示す結婚指輪然り。

 

 そして、私が贈られたのは、鎖のついたチョーカー。意味するところは、もはや考えるまでもなく明らかだった。

 

 「ご主人様···」

 

 嗚咽が漏れた。涙も、止めようもなく溢れてくる。メイクも崩れてしまうし、目蓋も腫れてしまう。最高の状態を見て頂きたいのに、これでは──

 

 

 ──結局、私が「完璧だ」と思えるレベルで準備を終えたのは、それから1時間も後のことだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

 ──目が覚めた。

 

 こいついっつも目覚めてんな。と、そういうツッコミは止めて頂きたい。健康な人間であれば、1日の始まりと学校の講義の終わりは目覚めで迎えるものだ。まぁそれはさておき、目に映ったのは、もはや見慣れつつある、自室の天井だった。自室、とは言っても、この世界に来てからの自室だが。

 

 時計を見ると、短針が11、長針が2を指していた。

 

 「···寝坊···じゃ、無さそうだな。」

 

 窓の外はすっかり暗く、昼前特有の刺すような光は入ってこない。

 

 「···いや、アホみたいに寝坊した可能性が微レ存···しないか。」

 

 一人暮らしをしていた以前ならともかく、今は起こしに来てくれる嫁···もとい、部下がいる。つまり、普通に就寝したものの、何かの拍子で起きた説が濃厚か。ふむ。やはり私の頭は優秀だ。ニャルをニャルと看破できただけのことはある。

 

 ──さて、そろそろ現実逃避は止めにしよう。

 

 

 

 俺は、徐に服を脱ぎ、全裸になった。

 

 

 

 ···俺自身の名誉のために言っておくが、別に脱いで興奮するタチではない。ところどころ欠落のある記憶が確かなら、俺は最後、エルドリッジの電撃を浴びて昏倒したはずだ。誰がここまで運んでくれたのかは知らないが、その人物にお礼を言うより先に、やらなくてはならないことがある。

 

 身体のチェックだ。

 

 エルドリッジを用いたフィラデルフィア計画において、乗組員に起きた異常。

 

 身体の凍結。身体のゲル化。身体部位の透明化、エトセトラ···。

 

 すっぽんぽんになり、全身をくまなく目視·触診で確認する。手が沈みこんだり、イヤに硬かったり···は、しない。

 

 「良かった···」

 

 ガチャリ、と、扉が開く音がした。

 

 安堵のため息を吐き、完全に脱力していた俺に、即座の反応は無理だった。出来たことと言えば、ただ来訪者の方を向くくらい。

 

 「···wow」

 

 また、意識が飛ぶかと思った。

 

 白銀の髪に、純白のヴェール。起伏の激しい肢体を、普段の紺と白のメイド服ではなく、その肌にも劣らぬ白いドレスで包んでいた。純白のドレスと、ヴェール。この二つを同時に纏う衣装を、俺は一つしか知らない。

 

 すなわち、ウェディングドレスだ。

 

 『アズールレーン』には、キャラクターの見た目を変える機能、"着せ替え"があった。各キャラクターに固有のアバターが、ハロウィンや水着など、季節のイベントに合わせて、かなり頻繁に追加されていた。課金するプレイヤーの目的として、まず真っ先に上がるレベルで素晴らしいモノばかりだった──が、その中に、ベルファストのウェディングドレスは無かったはずだ。イラストリアスのように、好感度を『結婚』に昇華させたボーナスとして貰えた訳でもない。今回のアップデートで追加されたのだろうか。

 

 そんなコトよりも、まず真っ先に頭に浮かんだのは「綺麗だ」という感動。大胆に晒された胸元や肩の白さに目が眩むより、身体にフィットするデザインのドレスが浮かび上がらせる、艶かしい腰のラインに理性が揺らぐより、陳腐で使い古された表現だと言われるのを承知で言うのなら、完成された「美しさ」にやられてしまった。

 

 「ベル、ファスト···」

 

 透き通るような白い肌に、絹糸のように艶やかな銀髪。汚れ一つない純白の衣装。その中で目を引く、首元の黄金。チョーカー、と言うのだろうか。首に付けられたアクセサリには、金色の鎖が付き、豊かな胸が作り出す谷間へと消えていた。

 

 「ご主人様···」

 

 少しだけ頬を上気させて、ベルファストが眉尻を下げる。

 

 「まずは、なにかお召し物を──」

 

 俺は慌ててドアを閉めた。

 

 

 




 何の気なしにベル見たら着せ替え来てたのマジでビックリした。そしてマジで綺麗だったから放心した。

 電車乗り過ごした。


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ぶりてぃっしゅ!!

 反響がすごかったので慌てて書いた箸···筆休め回


 「あ、あの···ベルファストさん?」

 「なんでしょうか。ご主人様、お食事のご用意が出来ておりますので、食堂までお越しください。それとも、ここまでお持ち致しましょうか?」

 「あ、いや、大丈夫。行きます···。」

 

 いつものメイド服とは違う、ベルファストの晴れ姿。俺に見せるために着てくれたのだろう。それが分からないほど、鈍感ではないつもりだ。···いや、ステータス上、好感度が『結婚』だからという判断なのだが。···で、そんな彼女に対して、俺は何をした。

 

 全裸で出迎えた。

 

 ···リプレイ。

 

 あばばば···絶対怒ってるよなぁ···表面上は穏やかな笑顔だけど、絶対怒ってるよなぁ···。どうしよう、今日の晩御飯がイギリス料理のコースだったりしたらどうしよう···

 

 俺は身体の震えを抑え切れないまま、ベルファストの後に付いて食堂へと向かった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

 「申し訳ありません、ご主人様。着替えに時間が掛かってしまったので、少し準備をし直して参ります。なるべく早くお出ししたいので、コース形式にしてもよろしいでしょうか?」

 「···あぁ、構わないよ。」

 

 罪悪感が俺を襲う。ベルファストの表情は、本当に申し訳なさそうで、目が少し潤んですらいた。哨戒任務上がりなのか、まばらに見える他の娘が、普段とは違うベルファストの装いに興味を引かれたか、チラチラと伺うような視線を向けてくるのが痛い。

 

 「では、まずは前菜を。季節野菜のサラダになります。」

 

 深皿に盛られた野菜は色とりどりで、発色の良さが新鮮さを裏付けるようだった。配膳したあと、ベルファストは着替えると言って出ていってしまったが、まぁ、当然だろう。ウェディングドレスのまま料理されては、安全面が心配すぎてちゃんと味わえない。

 

 「いただきます」

 

 コース形式とはいえ、そこまでフォーマルな場でもない。俺は用意された箸を使い、豪快に一口──ん。

 

 「あれ···?」

 

 もしゃもしゃと、噛めば噛むほどに味が──素材の味がする。

 

 「ミスった、ドレッシングとかは自分でかけなきゃなのか。」

 

 考えてみれば、コース料理なんて滅多に食べない。その辺りは、作り手であるベルファストの方が圧倒的に詳しいだろうし、こういう形で出されてやっと、「あ、そういうモノなんだ」と分かるレベルだ。

 

 俺はテーブルを見回し、ドレッシングの類いを探す。お気に入りは胡麻かオニオンだが、ベルファストはこのサラダに何を合わせ──あれ?

 

 ドレッシングどころか、塩を含む、食堂のテーブルに一セットずつ置いてあったはずの調味料セットがない。仕方なく、たまたま横のテーブルにいたプリンツに塩を取って貰い、ササッと振って──完食。うん。素材が良いのか、塩だけでも全然イケるな。

 

 「お待たせ致しました、ご主人様。次はスープ──Jellied eelsになります。」

 

 ぬん? じぇりーど···? まぁ、何て言ったのかは分からなかったが、すぐ側で、あのー、なんだっけ、お皿に乗っける銀色のアレ···クロッシュと言ったか、アレの被さったお盆を持ったベルファストが居るんだ。すぐにどんな料理か分かるだろう。

 

 流れるような所作で、いつものメイド服に着替えていたベルファストが音を立てずに配膳する。彼女がそっとクロッシュを退けると、暖かな空気がスープの匂いを運んで──ん?

 

 「なぁベルファスト。これ···スープ?」

 「はい。厳密には魚料理なのですが、魚料理には、より相応しいモノをご用意させて頂いておりますので。」

 

 まぁ、うん。ご存じの方も多いだろうが、一応描写しておくと、スープ皿に入っていたのは、スープというより、ゲル状のものだった。スープと主張するには些か固すぎるソレには、ぶつ切りにされた魚が入っている。英名Jellied eels。和名は──ウナギのゼリー寄せ。英国料理の、そのほんの一端に過ぎない。

 

 「い、いただきます」

 

 見た目はちょっとアレだが、日本にも似たような料理はあるし、意外とイケたりするんじゃなかろうか。なにより、ベルファストの手料理を残してたまるか、と、意地でゲフンゲフン美味しく完食させて頂いた。

 

 「お待たせ致しました、ご主人様。次は魚料理──王家グルメ(スターゲイジーパイ)でございます。」

 「あっ」

 

 予想通りといえば予想通りだったりする布陣だった。と、なると?

 

 「なぁベルファスト、飲み物を用意してくれるか?」

 「畏まりました。すぐにお持ちいたします」

 

 ベルファストが、俺の目の前に例のアレを置いて立ち去る。もはや描写の必要もないだろうが、一応言っておくと、まず、パイ生地がある。サクサクふわふわの、素晴らしい焼き加減で、表面は香ばしく、きつね色に焼き上げられたソレに、乱立するニシン=ヘッド。これぞ、英国面。そう言わんばかりの、アレだ。語彙が消滅するレベルの、アレだ。

 

 「···」

 

 一月ほど前、捕虜にコレを出した時に彼がした反応を思い出した。つまり。

 

 海軍カレーが食べたいなぁ。

 

 ──結局、ベルファストが持ってきてくれた紅茶で流し込む羽目になった。ベルファストを傷付けてはいないか、と、半分ほどを流し込んだ時点で顔色を伺ってみたが、凄まじくサドい笑みを浮かべていた。もしかして:お前、ニャル··· 外見ステータス(app)は確かに最大値の18だろうが、うーん。

 

 と、戦慄していたらいつの間にか完食していた。こわ。

 

 「次は口直し···もとい、口休めでございます。本日は、スコーンをご用意させて頂きました。」

 「良かった···流石はイギリス。おやつには全力だな」

 

 ティースタンドと言うんだったか、三層に皿が乗ったアレの皿一枚につき3つ、小ぶりなスコーンが乗っていた。今まで使っていたカップとティーポットも下げられ、別の、おそらくスコーンに合わせた茶葉を使ったモノが出てくる。これがイギリス料理フルコースだとすると、おそらく、ここからは安全だ。スコーンは、アフタヌーンティーに全力を尽くすイギリスが、唯一と言っていいレベルで料理に力を入れたお菓子の中でも、トップクラス。マドレーヌと並んで紅茶のオトモなソレならば、まず爆弾にはならないだろう。

 

 続く肉料理は、きっとローストビーフ。多少煙の匂いが残っているかもしれないが、そこはそれ、本国リスペクトの調味料フィーバーでなんとかしよう。

 

 一口でスコーン一つを平らげ──ようとして、これが微妙にスコーンではないことに気づいた。スコーンというのは、一般的に生地にいろいろな物が練り込まれているはずなのだが、このスコーンは、バターくらいしか使われていないようだ。適度なサクサク感をもつ生地は、仄かに甘く、少し濃いめの紅茶に合う。が、このスコーン、シュークリームのように、中にクリーム状の物が入っている。こういう形容が正しいのかは分からないが、クリームのようにトロリとではなく、ネトッと舌に溢れ出てくるソレは、とても塩っぽかった。

 

 「うぶぇ···」

 

 意図せず、変な声が漏れる。それを聞いて、ようやく俺のテーブルの異常に気付いたのか、隣のテーブルに腰かけていたプリンツが凄い目で見てくる。そして、彼女はこう言った。

 

 「こんな時間におやつなんて、身体に良くないわよ、指揮官。」

 

 ──口の中に広がる独特な味を嚥下し、紅茶で口の中を漱ぐ。イケないこともない、が、不意討ちだと流石にビビる。で、プリンツ。

 

 「これ、おやつじゃなくてコース料理の口休めなんだよ。もし良かったら、今度プリンツもベルファストに頼んでみるといい。世界が広がるぞ。」

 「コース料理? 倒れたって聞いたから心配してたけど、大丈夫そうで良かったわ。」

 

 食事は大事よ、ごゆっくり。そう言って、プリンツは食べ終わった自分の食器を片付け、食堂から出ていってしまった。

 

 ──さて、と。マーマイトはヤバいと言われていたが、コレはスコーンの甘さを引き立て···うぶぇ。逆だな。二つ目を食べて理解したが、コレは、スコーンの絶妙な甘さが、マーマイトの塩辛さを引き立てている。とはいえ、それを考えて茶葉をセレクトしたのか、紅茶に合う。意外とすんなり食べ終わった頃に、またベルファストがクロッシュの乗ったお盆を持ってきていた。

 

 「では、メインディッシュ、肉料理になります。」

 

 ことり、と、僅かに音を立てて置かれた皿。クロッシュが被さっているというのに、僅かに匂いが、いや、臭いが漏れていた。

 

 ···おい、誰だよ。ローストビーフだろとか言った奴。コレは···アレですよ。臓物の臓物詰めですよ。

 

 ハギス。国際問題すら生みそうになった、例のアレ。描写するまでもない、例のアレ。──の、ハズなのだが、クロッシュが取り払われ、スパイスの匂いが漂って来たとき、ここまで結構な量の料理を詰め込んできたというのに、胃袋が鳴った。コレを食わせろと、声高に主張した。唾液が分泌され、万全の状態でコレを迎え入れようと、先に詰め込んだ食物を、胃酸が急激に溶かし出す。

 

 「いただきます···!!」

 

 

 一心不乱に食べ──ようとした。紅茶で流し込むまでもなく、コレはイケる。そう思った時には、もう、皿の上には何も乗っていなかった。微かに戦慄しながら、ベルファストを見る。彼女は、もう怒っても、あの嗜虐的な笑みを浮かべてもいなかった。いつもの、穏やかで上品な笑み。自然とつられて笑顔になるような、慈愛の表情を浮かべていた。

 

 「お代わりをご所望ですか? ご主人様。」

 「あぁ···是非頼むよ。」

 

 

 

 

 




 主が食べたことあるやつ:マーマイト ハギス 生野菜

 主が食べたことないやつ:ウナギゼリー 王家グルメ



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誠意見せろや、オォン!?(ただし自分は偽名)

 評価者増。うれしみ。
 総合評価減。あっ(察し)


 胃袋堕天事件から数日後。執務室。

 

 「指揮官様。国連より、全世界同時オープンチャンネルで通信が入っております。お繋ぎしますか?」

 

 ローテーション制の哨戒任務で出撃してしまったベルファストに代わり、今日の秘書艦を勤めるイラストリアスが、通信用の端末を持ってくる。時刻は昼の3時を少し回ったところ。俺はイラストリアスが用意してくれたアフタヌーンティーを楽しみながら、端末を起動した。

 

 「指揮官様、お代わりはいかがですか?」

 「ありがとう。頂くよ。」

 

 彼女が注いでくれた紅茶を口に含み、軽く舌で転がす。少し濃いめに淹れられた甘い茶葉は、体の疲れを取り除いてくれるようだった。

 

 「お、始まるな。」

 

 画面に映っていた演壇に、見慣れた人物が颯爽と立つ。彼は確か、ロイヤル代表の紳士。金髪オールバックのダンディーなお人だ。なお、おそらく人間ではない。

 

 「こんにちは、世界。我々は私は国家群連合の広報担当官、ショーン·コネリー。こうして皆さんに向けて話せる立場にいることを、とても光栄に思います。」

 

 何度か顔を合わせただけだが、その印象と変わらず穏やかで落ち着いた微笑。彼が広報担当なのは頷ける話だ。と、いうか、ロイヤルを開発方面や外交方面に向けてはいけない。

 

 「今回、私がこの演壇に立っている理由は、たった一つの、けれど、とてつもなく大きな朗報を、皆様にお伝えするためです。」

 「···」

 

 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる、ロイヤル代表の男性──ミスター·コネリー。というか、そうか。何処かで見たと思ったら、初代か···。

 

 「今回、我々は、新たに三つの勢力を、仲間に迎え入れることが決定いたしました!! つまり、我々人類は、我々の知る人類以外にも、この抗争の時代を生きていたという事です。ご紹介しましょう、まずは旧ロシア連邦の作り上げた国家群──『北連』代表の、カーディナル·グレイ!!」

 

 名前ぇ!! と、ツッこもうとした瞬間だった。芝居掛かった仕草で演壇を明け渡したコネリーさんに代わり、壮年の男性が画面に映る。端的に言うと、知ってる人だった。ただし、知人という訳ではない。あくまで、俺が一方的に知っているだけ。と、いうか。

 

 「黒帯さんじゃないか!! なぜここに!!」

 

 今が何年なのか知らないし、俺の知る国家が存続していないのは明らかだ。英国は未だに女王陛下の国なのか、我が国の象徴はかの御方なのか、それすらも怪しい。だが間違いなく、画面に映った男性は、俺の知るあの人だった。誰とは言わないが、元KGBのあの人だ。

 

 「お知り合いですか? 指揮官様。」

 

 思わず声を上げた俺に、イラストリアスが興味深そうに聞いてくる。首を振って否定すると、じゃあなんでそんな反応なのか、と、怪訝そうな顔をした。

 

 「いや、まぁ、ちょっと、知ってる人に似てただけ。名前も違うし、別人じゃないかな。」

 

 言っている間に、件のジュウドーマスターの短いスピーチが終わる。まともに聞いていなかったが、実はバッチリ録画してあるから、あとで見直せば問題ない。

 

 「ありがとう、カーディナル·グレイ。さて、続いては、旧フランス共和国が作り上げた国家群──『ヴィシア聖座』と、『自由アイリス』の代表、ミス·ダンケルクと、ミス·リシュリュー!!」

 「お、女の人か。イイゾイイゾ」

 

 美人だとなお善き。と、画面を見つめる。イラストリアスの手前、食い入るように、という訳にはいかないが。

 

 まずはヴィシア聖座代表、ミス·ダンケルク。そう言って、またコネリーさんが画面外へと消える。流麗な所作で、黒っぽい服に身を包んだ、長い銀髪の女性が演壇へと立つ。彼女の背後には、既にミス·リシュリューと思しき金髪の女性が立っていた。

 

 「ほわぁ!? 美人!!」

 

 ──そんな配慮が吹っ飛ぶほど美人だった、と、好意的に解釈して頂きたい。こっそりとイラストリアスの様子を窺うと、困ったような微笑を浮かべていた。

 

 ···うぅ、怒られるより、泣かれるより辛いぜ。それはそれとして、なんか、こう、この、画面の中の二人に違和感を感じるんだよね。めちゃくちゃ美人だし、スタイルもいい。けど、その美しさは、ついこの前にも感じた、どこか気後れするレベルのものだ。人間とは違う、『美しく作られたもの』が持つ、絶対的で不可侵的な美しさ。

 

 まさか、な?

 

 「ありがとう、ミス·ダンケルク。では続いて、『自由アイリス』代表の、ミス·リシュリューから。」

 「ありがとう、ミスター·コネリー。」

 

 気付けば、ヴィシア聖座代表の、ミス·ダンケルクはスピーチを終えていた。くっ、美人の話を聞き逃すなんて···!!

 

 「──私は、私たち自由アイリスは、聖なる教えの下、人類を再興し、邪なる者を我らが大海から退かせるために存在している。だが私は──私を含む一部の者は、()()()()()()。私たちは兵器であり、戦うための道具であり、敵を殺す装置である。我々自由アイリス、およびヴィシア聖座は、我らと起源を、そしてその存在を同じくする、この場にはいない第四の新勢力──『アンノウン』との対話を望む。もしもこの対話が実現すれば、人類の勝利は、もはや確実なものと言えるであろう!!」

 

 ────はい?

 

 「指揮官様、今のは···」

 

 国連の、あの円卓の間にいた人間にしか伝わらない言葉。他の者からすれば、セイレーンとの抗争に全てを尽くしてきた者の言葉として捉えられるだろう。そこにどんな感情を抱くかなんて、どうだっていい。それは、皮肉ではなく事実なのだから。間違いない、彼女たちは──

 

 「国連に連絡を。至急、さっきの二人と話したい。」

 「はい、指揮官様。」

 

 ──ダンケルクと、リシュリュー。『アズールレーン』のキャラクターにはなっていなかったが、後者は『艦これ』の方では既に存在していた。どこかで聞いた名前だと思ったが、そういうことか、と、端末に向けて話しかける。

 

 「オーケーグーグル。艦船ダンケルク」

 

 やはり、出る。我らが知識の集積所(Wikipedia)によると、ダンケルクはフランスの高速戦艦だ。リシュリューもフランスの戦艦だが、これは検索するまでもなく知っている。

 

 「指揮官様、繋がりました。それと、ヴィシアとアイリスに繋がるホットラインの番号もお聞きしておきました。」

 「ありがとう、イラストリアス。」

 

 番号の書かれたメモを受け取り、端末に打ち込みながら受話器を耳に当てる。今さらだが、この部屋には、海域の様子や出撃状況の確認が出来、ネットワークからは切り離されている『指揮用端末』。ネットワークに繋がっているが、逆に基地のことが何一つ出来ない『情報端末』。そして据え置き型の電話の3つが置いてある。ビジュアルとしては、先に述べた順に、●Pad、●phone、黒電話だ。

 

 「もしもし」

 『もしもし』

 『もしもし』

 

 ──ちょっと笑った俺を責めることなんて、誰にもできないはずだ。

 

 「こちらはアンノウン代表、あー、ジョン·ドゥ。」

 『──中々ユーモラスなお人だ。私は自由アイリス代表、リシュリュー。』

 『ヴィシア聖座代表のダンケルクよ。ムッシュー·ドゥ。』

 

 苦笑の雰囲気を漂わせた、涼やかな声が2つ返ってくる。勿論俺にだって本名くらいある、が、至って平凡な名前だ。どうせ平凡なら、突き抜けた平凡にして、逆に印象的にしようと思っただけの、ただの悪ふざけです。はい。ホントは山本五十六とか山口多聞とかにしようと思ったんだけどね。畏れ多いからね。というか怒られそう。

 

 「こうしていきなり連絡した非礼を、まずはお詫びしよう。その上で、こちらから聞きたいことは一つ。」

 『構いません。それで、質問というのは──』

 『私たちが何者か、といった所かしら? あなたの想像通りだと思うわ、ムッシュー·ドゥ。』 

 

 お前たちが何者かなんて、もう分かっている。

 

 ヴィシア聖座と自由アイリス。そんな陣営は、『アズールレーン』には存在しなかった。だが、彼女たちの言動を鑑みるに、『アズールレーン』を起源とする俺たちと同一の存在──つまり、この世界から見れば、格の違う強者であり、怪物たち。過去の艦船をモデルとした、文字通りの擬人化した兵器。

 

 「君たちの指揮官と話させてくれ。話はそこでつける。」

 

 当然、そんな存在が自然発生する訳がない。いわゆる「天然の要塞」みたいなものならともかく、彼女たちは「造られた」兵器。当然、そこには「造った者」がいるはずだ。そして、そんなことが可能なのは、ただひとり。指揮官──プレイヤーだけだ。

 

 困惑した様子の二人に向けて、さらに言葉を続ける。

 

 「通信越しでも構わない。なんなら顔を見せない(サウンドオンリー)でも構わない。だが、使者か配下か、中枢か末端かは知らないが、トップではない君たちと話すことではないだろう。これは組織の存続に関わる重大な問題だ。」

 

 相手は国家群を作り上げる──つまり、一国を興すレベルで発展した戦力をもつプレイヤーだ。国を形成するのは単純な軍事力だけではないが、セイレーンという脅威によって軍事力の重要性はかなり高いものになっている。経済力か、外交能力か、戦闘能力以外で発展したとしても、一切の対セイレーン用の戦力を持たないということはないだろう。

 

 「言い方を変えようか。同盟を望むなら、誠意を見せてくれ。トップ同士、腹を割って話そうじゃないか。」

 「···ムッシュー·ドゥ。貴方は勘違いをしているようだ。私たちは確かにヴィシアとアイリスの代表だと、そう名乗った筈だ。それとも貴方は、私たちが誰かの傀儡になるような女に見えるのか?」

 

 電話なので顔は見えない。そう突っ込みたくなった。この期に及んで、まだシラを切るか。

 

 「なら、お前たちはどう生まれた? 誰に作られた?」

 「では聞くが、貴方は自分がどこから来たか、答えられるのか?」

 「当然だ。」

 

 あいむふろむじゃぱん!!

 

 「私たちには、その記憶がない。気づけば海を漂い、セイレーンどもと戦っていた。野性のまま無為に戦うのではなく、誰かに仕え、誰かを守るべきだと、私たちの本能はそう叫んでいるのに、その対象が分からないまま、ずっと戦い続けた!!」

 「落ち着いて、リシュリュー。ここで激昂しても良いことはないわ。」

 「私は、はじめ「国」だと思った。だから、こうして国を興した。だが、私の心は埋まらなかった。心は、いつもどこか遠くを向いていた。具体的には、貴方のいる、そのトラック泊地を。はじめ、そこに何があるのかと疑問だったよ。」

 「リシュリュー、落ち着いて。」

「偵察機を送り込めば撃墜される、強行偵察部隊は帰ってこない。国連とコンタクトが取れたとき、私たちはその戦力を買われ、参加を求められた。私たちは交換条件として、トラック泊地に何があるのかを教えろと言ったよ。そして──答えを得た。」

 「リシュリュー。」

 

 ダンケルクの声は、もはやリシュリューの耳には届いていないようだった。リシュリュー本人の声すら、もしかすると聞こえていないかもしれない。そう思えるほど、一種の狂気すら感じる涙声で、リシュリューは語り続ける。

 

 「貴方は、私たちと同じ存在を使役している。つまり、私たちが仕えるべきは、貴方なんだ。そう考えれば、全ての辻褄が合うんだ。」

 「えーっと···」

 

 なんかよく分からんけど、指揮官が居ないからこっちに加わりたいってことか? ···え?

 

 ここはアレじゃないの? 同盟にかこつけてこちらを併呑しようとしてくる敵プレイヤーをボコボコにする系のイベントじゃないの? いくら幸運()があるとはいえ、国造りしちゃうレベルのプレイヤーが相手だし、とか思ってめっちゃ警戒してたんだけど、もしかして:杞憂?

 

 「君たちの指揮官と話をさせてくれ(お前らの背後にプレイヤーがいることは分かってるんだよ、アァン!?)」(キリッ 

 「お前たちはどう生まれた?(プレイヤーが建造したんやろ? 分かっとんで)」(キリッ

 

 ──椅子蹴ろうかな(隠喩)

 

 くぉぉぉ···めっちゃ恥ずかしい···い、いや、北連のジュウドーマスターが黒帯ならぬ黒幕で、二人を背後から操っているという説も···プー●ンアズレンユーザー説とか面白すぎるだろ。無いな。

 

 「え、えーっと···じゃ、じゃあ、とりあえず直接会って話そう。うん。日時は追って連絡します。はい···」

 

 口調を飾る余裕が吹っ飛んでいる。イラストリアスに生暖かい目で見られているのが恥ずかしさを助長する···ちくしょう、あとでハグしてもらおう。で、ベル辺りにバレるんですね、分かります。やっぱりやめとこ···。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 通話が切れ、不通音を鳴らす受話器を置いたダンケルクは、()()()()()()()女性に向けて口を開いた。ダンケルクの座る机には、『ヴィシア聖座代表補佐』と書かれたプレートが置かれている。

 

 「彼、凄いわね。あなたのこと、気づいているみたい。会談にはあなたが行くべきじゃないかしら。」

 「そんな訳あるか。オレは表舞台に出たことなんて一度もないのに、どうやって気付くんだよ」

 「さぁ、それは分からないけれど。」

 

 ダンケルクの中では、ジョン·ドゥ──身元不明の水死体に付けられる仮名を名乗った男の像が出来上がりつつあった。

 

 あまり外交に向かないからと、内に秘してきた、一切の痕跡がないはずの「本当の指揮官」を見抜いていた。リシュリューが居る場でわざわざ口にするということは、その正体にも気づいているのではないだろうか。つい絶句してしまったが、リシュリューが感情的になってくれたお陰で、不自然に言葉少なになったのは誤魔化せただろう。半泣きになったリシュリューに、彼も困惑して、気を取られていたたようだし。素の話し方は、少しかわいいと思えた。

 

 「でも、彼を過小評価しない方が良いというのは事実よ。保有戦力は依然として不明なのだし。」

 「アイリスの偵察部隊が全滅したって話か。確かに、どんなモノなのか興味はある。分かったよ、会談にはオレが行こう。」

 「えぇ、よろしくね。ジャン·バール。」

 

 

 

 



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12

 大鳳引けた。エセックスも引けた。だから書いた。

 大鳳すき。


 会合をすることが決まった。まだ何も──日時も場所も決まっていないというのに緊張してきた。引きこもり気質なんだ···。あと面倒くさい。ついでに言うとアホみたいな勘違いをしてたアホだということがイラストリアスと相手の二人にバレたと思われる。つらい。

 

 「詳しい日程とかはそっちで擦り合わせてくれ···俺は寝る。ぽやしみ。」

 「はい、おやすみなさい。指揮官様。」

 

 とぼとぼと自室へ引き上げる。生暖かい視線は無視だ···でないとお前···俺は···お前···うん(語彙)

 

 「疲れたなぁ···こういうタイミングに限ってなんか問題起きるんですよ。俺知ってるよ。」

 

 フラグ建築乙。そんな声が聞こえてきそうだが、甘い。こうして口に出すことでフラグは立つ。が、こうして脳内で指摘することで、逆フラグが立つのだ。つまり、我が安眠は何人にも脅かされることはない!! 私の安眠を妨げることは誰にも出来ない!! キラークイーン!!

 

 自室のドアノブを握りながら、「カチッ、ドゥゥン。ジョォスケェ!!」とかやるアホがひとり。

 

 ──ドアを開けた瞬間だった。凄まじい違和感に襲われる。何の訓練も受けていない一般人だが、似たような違和感であれば経験したことがある。たとえば、中学校から帰ったら妙に部屋が片付いていたときとか。たとえば、登校したら机の端に書いていた数学の計算過程が消えていた高校生のときとか。或いは──『艦これ』の資材がいやに減っていたりした、大学の考査開けとか。

 

 ···オカン。掃除からの机配置ミス。建造衝動。

 

 最後に至っては完全に自分のせいだが、前ふたつは違う。自分以外が自分の関知しないところで自分に関わる何かをしていたとき、こんな感じの違和感に襲われるのだと、俺は経験的に知っていた。

 

 部屋が変に片付いていたりはしない。つまり、ベルが掃除してくれたという可能性はない。そもそも彼女はきょう出撃ローテの日だ。

 

 物が無くなっていたり、新品とすげ替えられたりもしていない。つまり、ヤンデレsの侵入でもない。

 

 単なる勘違いかと思いたいが、ここは軍事基地──情報の塊だ。不届き者が立ち入る余地はないが、不届き者が立ち入る理由は、ここに詰めるのが見目麗しい女性とアホが一人という理由も含めて山ほどある。諜報、盗撮、暗殺···。

 

 杞憂で済ませるために、その証明のために。その道に詳しそうなヤンデレsを呼ぼうとした瞬間だった。

 

 「はじめまして、指揮官様。」

 「──ッ!?」

 

 背後。首筋に柔らかな吐息がかかる感触と共に、甘い、恋人に語らうかのような声が掛けられた。

 

 ヤンデレsの声を最速で思起し、該当する者と、最適な行動を弾き出す。

 

 俺はズボンの後ろに挟んでいた9ミリ拳銃を抜き放つと、距離を取りながら振り向き様に後ろへ突きつけた。

 

 先ほどと変わらぬ位置で、不思議そうな表情を向けてくる少女。艶やかな黒の長髪をツインテールに結い、開けた和装から豊かな胸元を覗かせる彼女の名は──

 

 「···」

 「指揮官様? そんなに怯えて、どうされたのですか?」

 

 さっき、銃を抜いたとき。本職の兵士には遠く及ばないクソみたいな動きだったが、彼女は俺に銃を抜かせ、自分に向けさせた。見かけ通りの無力な少女なのか。そうすることで、俺に精神的安寧を保たせて落ち着かせようとしたのか。或いは、そもそも銃など意味を成さないからか。

 

 慎重に狙いを定めたまま、口を開く。

 

 「···君は、誰だ? どうやってここに入った?」

 

 ──俺は、彼女の名前を知らなかった。いや、名前どころか、顔も見たことがない。初対面のはずだが、そんなことはありえない。何度でも言うが、ここは軍事基地であり、詰めるのは人間スケールの軍艦たちだ。外部から侵入することなど不可能であり、侵入したとしても、彼女たちに消し炭にされるのがオチであり、正史だ。道理といってもいいその明白な運命を覆すとすれば、その侵入者は軍艦──否、その戦術集団である『艦隊』を打倒し得る戦力を有するということになる。

 

 一気に意識が冷えていく。

 

 ここに侵入できた時点で可能性がほぼゼロだった『見かけ通りのただの人間』という説は潰えた。そして、一番濃厚かつ最悪の可能性である、『銃が意味を成さない存在』──擬人化した艦船であるという説は、最悪の、『艦隊を打倒し得る戦略兵器』という仮説すら生み出した。

 

 艦船が擬人化したのだから、クラスター爆弾あたりが擬人化してもおかしくはない。あぁそういえば核兵器なみの破壊力を有する胸をお持ちですね、と、胸派か尻派かで言えば胸派のアホは考えた。

 

 銃を下げる。咄嗟に頭に照準を合わせていたが、以前、護身術を教えてくれたベルに言われた「至近戦闘で銃に頼るのは、あまり賢いとは言えません。」という言葉を想起したからというのもあるが、9ミリパラべラム弾が意味を成さないというのがなんとなく理解できたからだ。

 

 「──指揮官様。」

 

 優雅に、というよりは妖艶に。ツインテールを揺らしながら、彼女が歩み寄ってくる。銃口こそ床を向いているが、ハンマーは起きているし、指はトリガに添えられている。流石に掛けたままにするほどアホではない。

 

 「ようやく、ようやくお会い出来ました···」

 

 両手を広げて、抱き締めようとする動きを見せる。俺は名残惜しゲフンゲフン断固たる意思を持って、彼女を押し止めた。

 

 「待ってくれ。君は誰かと聞いている。」

 「大鳳は大鳳ですよ、指揮官様。あなたが呼び、あなたが作った、あなたの大鳳ですよ?」

 

 ──意味が分かりません、先生!!

 

 大鳳。大日本帝国海軍が有した装甲空母で、300キロの通常爆薬の炸裂に耐え得る装甲を持っていたらしい。···なるほどな?

 

 「気になりますか、指揮官様?」

 

 なななななにがでしょうか!? アッアッ腕で胸を持ち上げないでッアッアッ···(動揺)

 

 それはさておき、大鳳は艦載機は理論上70機まで積載可能で、なみの魚雷や爆撃にも耐え得る強大な戦力だ。ウチには···というか、『アズールレーン』には大鳳を沈めた潜水艦アルバコアは実装されていないし、もし本当に彼女が『装甲空母大鳳』なのだとしたら、確かにこの基地を制圧し得るかもしれない。

 

 

 

 ──ホンマか? 確かに重装甲の空母は脅威だが、俺の艦隊には一定時間無敵になれる奴とか、航空攻撃をほぼ全回避する奴とかがいる。ならば、彼女がここに来れた理由はその防御性能に依るものでも、多彩な艦載機に依る攻撃性能でもなく、艦船としてではなく、艦船少女であるからこそ持ち得る、その潜伏隠密能力──!?

 

 「アサシンみたいな能力だな。が、そういうワケでもなさそうだし···」

 

 ハニートラップでも掛けられたらイチコロだが、悪意は感じない。その道のプロならそういうことも可能だろうが、彼女の名乗りを信用するのなら、彼女は対人ではなく対艦を前提とした兵器。対人暗殺能力を持つ必要はない。

 

 「やはり、ヤンデレ···」

 

 恐るべき愛。恐るべき執念。愛すべき愛。愛すべき執念。

 

 やっぱりヤンデレは最高だぜ!!

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 無理やり纏めたはいいが、疑問が残る。『艦これ』の方には、装甲空母大鳳をモデルとしたキャラは存在した。ちなみにツルペタだったがまぁそれはそれとして、『アズールレーン』の方には存在しなかった。それに、つい先ほどまで電話機越しに会話していた、やはり『アズールレーン』には存在しなかったキャラと、陣営。この世界が『アズールレーン』をベースとしているのは確定と見て良いだろうが、そこから派生している別世界なのかもしれない。

 

 陰のある微笑みを向けてくる大鳳を眺めながら、ふと、一つの仮説に思い至った。

 

 「()()···俺に黙って何をした?」

 

 すぐ目の前にいる大鳳が声を聞くより早く、その詰問を聞き届けたモノがいた。それは人の視座では決して測れない、神と形容するしかない遥かな視座にあって、嘲笑と共にこちらを見下ろす存在──。

 

 『呼ばれて飛び出てー? どうもー、nyalさんでーす!!』

 「うるせぇ、質問にだけ答えやがれ。こちとらセラエノ断章を探しに行く準備は出来とるんやぞ?」

 『あ、はい···なんでございませう?』

 

 ──サイレントアプデしやがったな? お前?

 

 『ばれたか』

 

 殺すぞお前···ホンマ···お前···!! サイレント修正、緊急メンテ、ギリギリ許す。だがサイレント追加、おまえは駄目だ。石集めとか、素材温存とか、こっちにも準備とか都合とかいろいろあるんだよ!! せめて3日前くらいから告知しろ。いいな?

 

 『えー、では。アプデ内容発表~いえ~』

 「は?」

 

 は?

 

 『今回のアップデートでは、新陣営『自由アイリス』と『ヴィシア聖座』、および『北連』が追加されましたー。いえー。あとね、新キャラも何人か追加しといたから。』

 「建造できないのにどうしろと?」

 『いや、だからホラ。建造してもしなくても、どうせ君の幸運なら引き当てられるし配布したじゃん。』

 

 言って、顔の横から白い腕が伸びる。人のそれと何ら変わりない、細く美しい彫刻品じみた指先が、目の前で微笑を浮かべたまま世界ごと硬直している大鳳を指向した。

 

 「···なるほど。」

 

 つまり、ついさっき、いきなりこの世界に産み落とされたが故に、ダンケルクやリシュリューには『自己の起源』の記憶がないのか。···なら、それは目の前の少女も──大鳳も、同じではないのか? 旧フランス陣営ズの二人と同じように、『自分が何から生じた何者か』を、知識として持たないが故の、自己喪失にも等しい不安に襲われて、艦船の本能に従って、『指揮官』である俺の部屋に侵入したのではないだろうか。

 

 だとしたら、俺は、自分の内から沸き上がるゲシュタルト崩壊にも似た不安を抱え、唯一、それを解消出来るかもしれないと俺を頼った少女に、銃を突き付けたということになる。

 

 ──クソか?

 

 「···クソが。」

 

 確かに、大鳳はもともとヤンデレ気質だったのかもしれない。

 だが、その気性を不安で煽り、侵入という直接的な行動を取らせたのは目の前···じゃなくて、背後にいるクソ野郎だ。野郎じゃなくて女郎かもしれんけど。

 それは到底許されることではない。美少女を害する輩を許してはいけない。男として、人間としてだ。

 

 「──おい、神。前に『何かお詫びをする』って言ってたよな。」

 

 目まぐるしく、脳裏を過る武器たち。神殺しの槍ロンギヌス、神ですら"ばらばらにする"チェーンソー、唯一無二の対神特攻武器バールのようなもの。

 

 だが、そのどれもが、彼の千の貌を持つ邪神には心もとない。だから、俺は、抗うことを辞め、受け入れることにした。

 

 「任務を寄越せ。何でもいい。報酬はダイヤだ。」

 

 この世界に来てから、一度も更新されていない『任務』という要素。指定された行動をこなせば、提示された報酬が支払われるシステム。資金や燃料から各種アイテム、課金石であるダイヤまで、その報酬の幅広さは無課金勢には嬉しかった。が、この世界に来て、『運営』というものは存在しなくなり、また、プレイヤーが所属する『組織』もまた消えた。誰にも従わなくていい自由を得るために、その庇護も報酬も捨て去っていた。

 

 庇護などいらない。だが、自由は必要だ。そして何より、俺にはダイヤを入手する術が必要だ。

 

 課金石であるダイヤでのみ入手可能な、()()アイテムを購入するために。

 

 『···そんなにタイプだったのかい? ソレは。』

 「お前よりは何倍も···いや、ゼロは何倍してもゼロか。お前とは比較するのも失礼だな。端的に言ってドストライクだったよ。」

 

 ククク、と、嘲笑する気配がして──頷く気配がした。

 

 『あぁ、良いよ。分かった。元より、それは運営の仕事だからね。きっちりこなさせて貰うさ。』

 

 気配が消え、世界が動き出す。俺はすぐに銃をズボンの尻に挟むと、大鳳を抱き締めるべく両手を拡げた。

 

 が、その動きでシャツやズボンも当然動き、挟み方が甘かったのか、九ミリ拳銃が落下する。──そういえば、セーフティ掛けたっけ?

 

 

 

 ──銃声が鳴り響き、壁に穴を穿った。警報器は警報器の役目を果たした。つまるところ──血相を変えたイラストリアスと愛宕が乗り込んで来るまで、あと五秒。

 

 

 

 




 感想とか評価ウレシイ···ウレシイ···ウッ(嗚咽)


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13

 みんな、主がオフニャやら続々と来るイベントやら新要素やらに苦しめられているのは更新速度で察してくれていると思うんだ。
 加えて、この小説のタグには『気まぐれ更新』のタグがある。

 そして、極めつけは今回のお茶濁し回。先伸ばしとも言う。

 ···あとは、分かるな?


 視界に映る、敵と敵と敵。海の上を戦場とし、海の上に生きる彼女たちで埋め尽くされた碧海は、その色を失っていた。汚染といえば汚染なのだろうが、別に海水に何かが混じった訳ではない。血もオイルも、涙でさえも、流れてはいない。

 

 視界に映る、敵と敵と敵。黒色の鋼が折り重なるように作り上げた陣形の隙間から、辛うじて海面の碧が見える。

 

 海面だけが黒く染まったその海域で、無数の「敵」に囲まれる純白。紺色と共に存在しているその色は、俗にメイド服と呼ばれる装いのものだった。

 

 

 ◇

 

 

 「···これは、少し不味いですね。」

 

 誰にともなく呟いた声は、わたし自身が纏う艤装の駆動音と、膨大な数の船が立てる波の音に紛れて消えた。微かに口元を歪め、わたしは自嘲した。

 

 「まさか、道に迷うなんて···あぁいえ、海路に迷う、と言うべきですか?」

 

 いついかなる時も優雅たれ。どこぞのうっかり家系のような訓戒を叩き込まれ、そして後続の後輩たちに叩き込んできた。余裕を装うため、そしてその余裕を虚勢にしないために、わたしは笑顔を作る。

 

 巡洋艦クラスが数十、戦艦クラスが数十、正規空母クラスが数十、軽空母クラスが数十、駆逐艦クラスが数十。海面下には潜水艦も潜んでいそうだ。艦隊という区分に納めるべきではないほどの物量が押し寄せている。二倍では利かない数の砲がこちらに狙いを付けている。一度に複数の砲弾を放つことが──個人で集団を相手取ることが可能な擬人兵器とはいえ、流石に気圧された。

 

 そもそも、わたしのもつ小口径の砲では、重巡洋艦クラス以上の装甲には効き目が薄い。本物の艦砲を人間スケールで行使して、脅威となるのは人間までだ。相手が自分を上回る軍艦であれば、その「上回るもの」に下されて終わる。

 

 ──自らを嘲るわたしを守護して立つ、白銀のような例外を除けば。

 

 

 「お久しぶりですね、ニューカッスル元メイド長。覚えていらっしゃいますか?」

 

 揃いの色と、少し異なるデザインの装い。流れる銀髪を風に靡かせ、わたしを背に庇いながら、彼女は名乗りを上げた。

 

 「私はベルファスト。貴女の後任として、ロイヤルメイド隊のメイド長をさせて頂いております。」

 

 

 ──彼女には、勝てない。直感的にそう思った。

 

 わたしたち艦船に、単純に「どちらが強いか」という指標はない。砲の威力や装甲の厚さの差から生じる有利不利、エンジンの馬力や旋回性能といった差異は生じるが、それも決定打とはなり得ない。

 

 戦術兵器である艦船の優劣は、戦術以外では測れない。それが、わたしたち擬人兵器にとっての常識だった。戦術クラス以下の攻撃を無効化するわたしたちの、特権だった。

 

 だが──()()()()()

 

 性能も、搭載する武装も、装甲も、最大速度でも、大した差異はないはずの彼女が、とても強大な、同じ軽巡洋艦──否、同じ艦船ではないナニカに見えるほど、彼女は、『違った』。

 

 「さぁ──敵の皆様。次は、少々痛くなりますよ?」

 

 砲塔が回転し、それぞれが別の方向を指向する。一撃にどれだけの威力を期待しているのか、超広角に、正面180°を覆い尽くす敵の悉くを捉えている。

 

 無茶だと思った。

 

 軽巡洋艦クラス──わたしたちが搭載している15.2センチの砲で、戦艦クラスの装甲を一撃で貫くのは不可能だ。まして、彼女がいま目の前で装填したのは、装甲貫徹能力に乏しい榴弾。

 

 だが──どうしてだろうか。常識でそう捉えたはずなのに、加勢も諫言も、能動的な行動の一切を取れない。それは、死への恐怖からでも諦念から生じた無気力からでもなく、もっとポジティブな感情から。

 

 わたしは、安堵していた。確信したのだ。

 

 ──勝った、と。

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

 「それで、指揮官。これからどうするのかしら?」

 

 とりあえず執務室へ連行され、拳銃を没収されました。どうも指揮官です。

 

 同じ擬人化した兵器──特に、同じ重桜陣営ということで(理由がそれだけとは思えないが)意気投合したらしい愛宕の執り成しで、大鳳を拘束したりとか、そういう風にはならなかった。だがそれは、「彼女はどこから来たのか」という重要極まる問題を先送りにするという事でもある。

 

 神による悪戯という真実を、まさか露見させる訳にもいかない。人外の存在である彼女たちに正気度の概念があるのかは知らないが、発狂されても困るし。というか最悪のケースとして邪神艦隊が出来上がる可能性ががが···。閑話休題。

 

 そんな俺の延命が認められたのは、より重大な問題が発生したからだ。···いやまぁ、これも俺のせいなんだけど。

 

 愛宕とイラストリアスは、いきなり指揮用のネットワーク接続型端末に『任務』が届いたことに驚愕していた。もともと俺──『アズールレーン』のプレイヤーは、ゲームタイトルにもなっている『アズールレーン』という陣営に所属していた。その上層部から送られてくる『任務』のことは、彼女たちも把握しているだろう。だが、『アズールレーン』という陣営はおろか、敵対組織である『レッドアクシズ』すらも存在せず、ただ『国連』という一つの組織しかない。

 

 その国連も俺たち『アンノウン』の上部組織ではない。『任務』などという上から目線のオーダーを出せる立場ではないのだ。

 

 国連からの『任務』だと判断した愛宕は無言で笑い、ウイルスの類いかと判断したイラストリアスは、おもむろにロング·アイランドを呼びに行った。

 

 無言でニコニコ笑いながら艤装を出す愛宕は、正直、クソ怖かったです(小並)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「貴女は···」

 

 わたしの目には、もはや彼女しか映っていなかった。こう言えばロマンチックだが、これはそのままの意味であり、まぁ、つまり。

 

 ベルファストと名乗ったわたしの後任は、一撃──厳密には、一度の全砲斉射で、視界を埋める敵の悉くを撃滅した。榴弾が戦艦を()()貫いた時は本気で失神しかけたが、わたしはどうにか窮地を脱したらしい。

 

 「お怪我はありませんか、ニューカッスル···さん?」

 

 今の立場は彼女が上だが、わたしは彼女にとって『先輩』にあたる。どう呼び接するべきか、どう扱うべきなのか、決めかねているようだった。

 

 「えぇ、大丈夫よメイド長。敬語は要らないわ、わたしは貴女の···いえ、わたしは···」

 

 

 ──わたしは、だれ?

 

 

 

 








 でもなんだかんだ評価バーの色に支えられて更新すると思うよ(単純)


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14

 はやくサンディエゴ改造したいなぁ···え? オフニャ? 潜水艦? 皆まで言うな(白目)


 とりあえず任務を確認してみると、意外と『アズールレーン』の、つまり、ゲーム時代と共通点が多かった。『資金を調達せよ』『燃料を調達せよ』といったデイリーミッションから、『100回出撃せよ』のようなウィークリーミッションもある。だが、要求したダイヤが入手可能な任務は、画面をいくらスクロールしても見当たらない。

 

 ──野郎、いい加減な仕事しやがって。

 

 心の中で毒吐いた時だった。指揮用端末が振動し、『ピロピロピロピロ···』という例の着信音が聞こえてくる。いま出撃しているのは、確か──

 

 「指揮官様、ベルから通信ですわ。」

 「繋いでくれ。」

 

 秘匿回線ではなく、緊急用の、暗号化レベルの低い回線だった。もしや、何かトラブルでもあったのか。考え込む暇もなく、イラストリアスがスピーカーモードにした端末から、ベルファストの珍しく焦った声が聞こえてきた。

 

 『ご主人様、今日の秘書艦はイラストリアスお嬢様だったと記憶しておりますが、いま、側におられますか?』

 「···え? うん、居るけど?」

 

 通信を繋いでから斜め背後に控えているイラストリアスを一瞥する。

 

 『では、即座の発艦──いえ、無敵化の発動をお願いいたします。』

 

 

 ──はい?

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 「──わたし、は。」

 「···?」

 

 ニューカッスルの様子がおかしい。まさか、私は()()()()()()()()のだろうか? 一瞬だけ背筋を凍らせるが、すぐに自分で却下する。私たちのような高レベルでは無いにしても、彼女も擬人化した軍艦であり、超越存在だ。外傷がないことと万全の状態であることが必ずしもイコールではないご主人様とは違い、一見しただけでコンディションを判別できる。燃料弾薬の類いが切れた所で、行動不能になる訳でもないのだし。

 

 「ニューカッスル? ──っ!?」

 

 近寄ってどうしたのかと訊ねるより早く、電探が艦影を捉えた。数は──一隻だけ。

 

 「···?」

 

 通常、セイレーンであろうが人類であろうが、単騎での行動はしない。人類はセイレーンという格上が制海権を持っているから、常に艦隊規模で移動する。セイレーンは、不意に人類に遭遇した時に確実に狩り尽くすため──かどうかは定かではないが、無人の幽霊艦隊を常に引き連れている。この海において、単独行動というのはそれだけ珍しい。まぁ、私もその珍しい部類に入るのだけれど。

 

 だが、私が怪訝に思ったのはそこではなく、その艦艇──サイズから見て戦艦か──が掲揚する、二枚の旗。

 

 白地に、黒く見慣れないマークが抜かれた旗。その下にはためくのは──白と青で描かれた、ロシア海軍の軍艦旗。

 

 「···どう思いますか、ニューカッスル?」

 

 旧国家の軍艦のコピーを操るセイレーンだが、国旗の類は掲げない。軍艦旗も同様だ。ニューカッスルにも一応訪ねてみるが、彼女は俯いたままだった。セイレーンの特異個体と断じて撃沈するには性急だ。つい先ほどまでセイレーンが埋め尽くしていた海域に、人類の船が単騎でふらふらと航行できるとは思わないが、それでも、可能性は──ロシアを中核とした国家群が、私たちのような超戦力を開発したという可能性は、ゼロではない。

 

 「悪魔の証明じみていますが···」

 

 独白し、通信を繋ぐ。甲板からこちらを見て慌てる兵士たちを睥睨しながら。

 

 

 

 ──繋がらない?

 

 通信端末から聞こえる不通音が、一気に意識を冷却していく。過冷却すぎて凍り付き始めたそれは、氷刃じみた殺意となって顕出する。

 

 「チャフとは、また前時代的なものをお持ちですね。」

 

 雪のようにひらひらと舞い落ちてきた金属片を頭や服から払い除けながら、私は動きを止めた戦艦を睨み付けた。

 

 無線連絡を使う私たちに、ジャミングやチャフの類は有効だ。だが、セイレーンは電波的な交信手段には頼らない。対セイレーン戦闘を想定した艦に積むには無駄で、国家間での戦争が絶えて久しい現代では、もはや存在価値のないものである。

 

 わざわざそんな骨董品を装備している理由が、自分に向けてそれを使われても分からないほど、私は愚かではないつもりだ。

 

 「──ニューカッスル、動けますか?」

 

 愚鈍な艦砲射撃になど当たるつもりはないし、当たったところで大した痛痒はない。

 

 痛くも痒くもないが──給仕服に汚れが付くのは、有り体に言って気に食わない。

 

 「ニューカッスル。少し、手荒になります。我慢してくださいね?」

 

 海面にへたり込んでしまったニューカッスルを、いつかご主人様にしたように横抱きに抱える。ジャミングの圏外まで移動しようとすると、戦艦に搭載されている三連装の主砲が動き始めた。

 

 だが、わざわざ照準を付けさせてやる必要もない。愚鈍極まる。そんな動きで、この私を──ご主人様のベルファストを、沈められると思わないで頂きたい。

 

 ジグザグに航行しながら、チャフの圏外まで疾走する。戦艦クラスの鈍重な主砲では、直撃どころか航行に影響を及ぼすレベルの至近弾ですら来るか怪しい。現に、こうして一度も──一度も、撃ってこない?

 

 十分に。戦艦の艦影が、海面上の小さな点になるレベルで距離を取ると、私は怪訝な顔のまま、もう一度通信を開いた。

 

 刹那。

 

 水平線上の黒点から、青穹へと。ひとつの光点が打ち上げられた。

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 『巡回中、ロシア海軍旗を掲揚した戦艦と遭遇。ジャミングにより即座のご報告が出来なかったことを、まずはお詫びいたします。』

 「ベルがその状況で最善だと思うことをしたのなら、謝罪は必要ないよ。それより、状況を教えてくれ。」

 『はい。戦艦より飛翔体の発射を確認いたしました。おそらく、巡航ミサイルの類いかと。』

 「はえーーー。······はい?」

 

 呑気に聞き返しているのは、俺だけだった。

 

 イラストリアスは言われた通り即座に発艦し、()()()()()()無敵バフをかけた。

 

 愛宕はカウンター部隊を編成し始めているし、大鳳は既に偵察機を放っている。

 

 戦争でもするんですか? というか何なら戦争してるんですか? 宣戦されてませんけど?

 

 「まぁ厳密には俺ら国家じゃないし、宣戦の義務なんか無いんだけどネ。ハハッ」

 

 いや、笑ってる場合じゃない。まるで意味が分からない。何故、いきなりミサイルを撃ち込まれた? なんかした?

 

 ──ま、まさか、プーチンアズレンユーザー説が真実で、その有り得ざる真実に辿り着いた俺を消すために···な、訳ないか。というか「ミサイル撃たれた」とかいきなり言われても、どうにも実感が薄い。ベルがそう言うんだから本当なんだろうし、執務室に詰める艦船たちのピリピリした様子も放つ殺気も尋常ではない。

 

 が。

 

 どうせ何とかなるんやろ? 知っとんで。

 

 そう、例えば──俺の"幸運"のお陰で、たまたま軌道が逸れるとか、たまたま弾頭が不発になるとか。

 

 そう楽観していたら、暴風のような勢いで、というか暴風を巻き起こしながら、執務室にサンディエゴが突入して···もとい、入室してきた。彼女は、いつもの快活で底抜けに明るい雰囲気をどこに忘れて来たのか、『兵器の本分は破壊である』と主張する、冷たく鋭利な殺気を纏っていた。

 

 「ゴメンね指揮官、お説教は後にして!!」

 

 自前の対空監視装備で接近するミサイルに気付いたらしい。が、何だってワザワザ執務室に?

 

 「指揮官様ッ!!」

 「ん"ッ!?」

 

 大鳳に俯せに押し倒されたかと思えば、細い指で強引に口を開かされた。残った方の腕が頭に絡みつき、目と耳を覆う。

 

 ···対爆防御姿勢? あ、おい、まさかお前(サンディエゴ)···!?

 

 轟音。着弾予想時刻より早くに襲い来たそれは、そもそも何かが着弾した音ではない。それは、発射された音だ。

 

 サンディエゴの装備する138.6ミリ単装砲が火を噴くと、当然のごとく執務室の壁に大穴が開く。その隙間──隙間どころのサイズではなく、完全に壁があった痕跡ごと無くなっている──から、艦載機が群れを成して飛び出していく。発射もとである戦艦に向けた艦上爆撃機。ベルたちの援護用か、艦上攻撃機と戦闘機。そして──ゆっくりと、いっそ優雅に執務室に入ってきたフッドを補佐するための、偵察機。

 

 「無事で何よりです、指揮官様。」

 「いや、待て、何する気だ。」

 「そのまま伏せておいてください。今から、あなたを脅かす不逞の輩を、撃滅いたしますので。」

 

 室内で戦艦の主砲斉射とか、アホかお前!?

 

 「目標──あら?」

 「え、な、なに?」

 

 怪訝そうに首を傾げるフッド。ミサイルは撃墜したらしく、サンディエゴはいつもの雰囲気に戻り、「ふぃー」とか言いながらかいてもいない汗を拭うジェスチャーをしていた。

 

 「標的、既に消滅していますわ。それに──」

 「見たことのない艦船が──擬人化した艦船が居ますね。どう致しますか?」

 

 イラストリアスとフッドが報告してくる。同じ情報を偵察機を発艦した大鳳も持っている筈だが、彼女はサンディエゴとフッドという知らない顔に遠慮してか、沈黙を保っていた。

 

 というか、見たことのない艦船って言われてもなぁ···リシュリューさんとかダンケルクさんとか、大鳳とか? 次々に現れすぎて最早驚かない。というか。

 

 「ロシアの、というか、北連の艦船やろなぁ···」

 『ご主人様。大丈夫ですか!?』

 

 まだ繋がっていた通信機から、ベルファストが呼び掛けてくる。あれだけの爆音を通信機越しに聞いたのなら、ミサイルが着弾したと思ってもおかしくはない···だろう。ミサイルの着弾音なんか聞いたことないけど。とりあえず上に乗ったままだった大鳳をそのままに、マイクに向けて話し掛けた。

 

 「迎撃成功。こっちの損害は軽微だ。」

 『それは何よりです、ご主人様。それと──』

 『──直接話そう。端末を寄越しな。』

 

 少し遠くから聞こえた、聞き慣れない声。少しだけ躊躇うような空白のあと、聞き慣れない声が近くなった。通信機を渡したのだろう。

 

 『bonjour. アンノウン指揮官殿? オレはヴィシア聖座代表兼指揮()、ジャン·バール。いまオレが沈めたのは、オマエたちの敵ってことで、良いんだよな?』

 

 

 

 ──いや、誰?

 

 



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15

 執筆がアズールレーンの変化に追い付かない?

 だったら執筆を止めればいいじゃない!! って感じでサボってたです。はい。

 ユニオンイベントまだかなー(来たら来たで死ぬ)

 モナークが全然作れないんじゃぁ~


 「ヴィシア聖座って、あの、旧フランスの形成した国家群の?」

 『ソレ以外に、何か心当たりがあるってのか?』

 

 いや、無いけども。こっちはジャン·バールって名前にも心当たりがないんだよなぁ? ヴィシアの代表はダンケルクさんっていう柔らかい雰囲気のお姉さんだぞ。誰だよオマエ。名乗···りはしてるな。

 

 『そんなことより、お前ら、随分な嫌われようだな?』

 「···?」

 

 そんなこと···?(困惑) いや、代表を偽るのって、国際的に結構マズいと思うんですよ。知らんけど。

 

 『今オレが消し飛ばしたのは、北連のミサイル搭載戦艦だ。無事なようで何よりだが、今後もそうとは限らないんじゃないか?』

 

 ──そうか。やっぱり、北連の攻撃か。

 

 『オレたちをアンタの傘下に入れてくれれば、北連に対して優位に立てるぞ? ···まぁ、オレたちの助力なんて要らないだけの戦力を、アンタは持ってるんだろうが。』

 「···貴女方を私たちが陣営に加えるのは、国連としては受け入れ難いのでは?」

 

 思考に埋没する。暗くなっていく視界に、大鳳が怯えたように表情を歪めるのが映った。通信越しに何か言っているようだが、答えられるような精神状態じゃない。フッドが代わりに答えてくれているようだし、まぁ、いいだろう。誠実さを要求出来る立場に、向こうは立っていない。

 

 『かもな。だが、そんなのは知ったことじゃない。』

 「どうして我々なのですか? そもそも、貴女たちの戦力であれば、誰かの傘下に入る必要はないでしょう?」

 

 ──それよりも、だ。まず北連を滅ぼそう。さっきの一発が宣戦にしろそうでないにしろ、一発は一発だ。

 

 『戦力的な話じゃないんだ。これは、心理的な問題なんだよ。所属欲求に近いな。』

 「所属欲求、ですか?」

 

 ──さて、フッドとエンタープライズと、三笠と扶桑と山城と、赤城と加賀と? これくらい居れば、国土は蹂躙できそうか?

 

 『そうだ。同じ不安を、そこのオマエも共有してる筈だな? 説明は苦手でな、メイドに代わる。』

 「あ、ちょっと──」

 

 北連の国民には悪いが──せめて、苦痛なく吹き飛ばさせよう。そうだ、こちらも核を用意すればいい。核砲弾は二次大戦の時から開発されていたし···あぁ、クソ。反物質とか無いのか?

 

 『ご主人様、聞こえますか? ご主人様?』

 「···」

 

 いや、これは戦争だ。もはや配慮なんてしている場合じゃない。戦争では全てが許されるんだろう? なら、善良な市民の千万や億、死んだところで──

 

 『ご主人様!!』

 「指揮官様!!」

 「ナンデショウ!?」

 

 奇声を上げて飛び上がる。見回すと、部屋に詰める全員──愛宕、大鳳、フッド、イラストリアス、サンディエゴの五人──が、不安と恐怖を顔に貼り付けて、俺のことを呼んでいた。

 

 「大丈夫ですか、指揮官様?」

 「へ? 何が?」

 

 完全にトランスしてたで御座候。なにぶん未熟者ゆえご寛恕頂ければ幸いで御座候。ござそうろう。(言いたいだけ)

 

 「ベル、指揮官様はお疲れみたい。申し訳ないけれど、二人を連れて帰ってきて貰えるかしら?」

 『畏まりました、フッド様。ご存知かとは思いますが、ご主人様の私室は──』

 「えぇ、不可侵条約のことは忘れていませんわ。」

 

 不可侵条約!?

 

 『では、ご主人様。また後程···失礼致します。』

 

 え、ちょっと待って? 不可侵条約ってなんぞ? 不穏過ぎん? なんか、こう、なに? 「指揮官と一線を超えないために、誰も指揮官の部屋には入るなよ!!」みたいな、そういう平和な約束···じゃ、なさそうですね。『不可侵条約』とか言ってるもんな····。というか流石に自意識過剰の感が···い、いやいや、好感度は『結婚』ですし? ベルに至ってはカンストですし? ちゃんと下がらないように、連続出撃させないようローテーション制にしましたし?

 

 「はえー···」

 

 こわ。この基地こっわ。とづまりすとこ。

 

 

 ◇

 

 

 先の砲撃の余波か、私室の硝子が粉々になっていた。あとでサンディエゴをボコろうかと真剣に考えつつ、破片を片付けていると、扉がノックされた。

 

 「開いてるよ。入って、どうぞ。」

 

 戸締まりしようにも、私室の扉の鍵は既に大鳳に──つまり、一番の新参にすら合鍵を作られている始末だ。赤城辺りはスペアの鍵どころか、スペアの錠すら持っていそうで怖い。鍵を信じるよりは、拳銃でも抱いて寝た方が──あ、拳銃没収されてた。

 

 「失礼いたします、指揮官様。」

 「···展開的に、大鳳辺りが来るかと思ったんだが。どうした、イラストリアス?」

 

 扉を後ろ手に閉め、入り口の側で所在無さげに佇むイラストリアス。どことなく不穏な空気を纏っているような気がして、俺はガラス集めに使ったホウキを握り締めた。武器が心もと無いを通り越して無いに等しい。つらい。

 

 「指揮官様、ベルが帰ってくる前に、お話したいことがございます。」

 「ん、なに?」

 

 自分の嫁を相手に武装するというのも変な話だが、今のイラストリアスは、殺気に近いものを噴出している。俺に向けてではないが、それでも、軍艦の放つ鋼鉄の殺気だ。正直チビりそう。

 

 「あの大鳳という艦船、それと、ベルが連れてくるであろう、ジャン·バールについてですが──信用するのは危険かと。」

 「···ジャン·バールさんの方を信用するなってのには、賛成だ。でも大鳳は──」

 「いきなり基地の中に現れた主力艦を信用するのは、あまりに危険ではありませんか? それに、彼女は──その、重桜の所属ですし。」

 

 一瞬だけイラストリアスが言い淀んだのは、おそらく、重桜──日本という、"俺の母国"に対して遠慮があったのだろう。彼女からすれば、上司の故郷を侮辱している──とまでは言わずとも、否定的に言っているのは間違いない。

 

 そして、彼女たちが──旧連合国陣営が形成した、『アズールレーン』陣営に属する彼女たちは、旧枢軸陣営として日本が行った行為を、未だに認めていないのかもしれなかった。

 

 宣戦布告が受理される前に攻撃したり、人間に爆弾を抱かせて突撃させたり、或いは──人間が操る自爆機を、空母に向けて突撃させたり。

 

 彼女自身も、大鳳も、ソレを積んでいたわけではないし、ソレの被害を被った訳でもない。だが、『空母』である──空で闘う戦士たちの、飛び立つ場所であり、同時に"帰るべき場所"でもあった彼女たちにとって、ソレは侮辱とも言える代物なのだろう。そんなものを作り出した重桜──日本に対して、あまり良いイメージが無いのも頷ける。

 

 けれど、それはとても──

 

 「指揮官様は"ヤンデレ"がお好きの様ですから問題ないかもしれませんが、常に目を光らせているベルや私たちのことを、少しは考えてくださいね?」

 

 ──え?

 

 「と言うか、指揮官様は一部の結婚艦を優遇し過ぎです!! ベルが居るときでも、秘書艦をローテーション制にするべきです!! ぶーぶー。」

 「かわいい」

 

 かわいい。

 

 ···じゃ、なくて。なにこの···なに? 平和か?(語彙)

 

 怪しいから気を付けろとか、過去の因縁とかじゃなくて、『重桜のやべー奴』だから気をつけろ、と。そういうことですか?

 

 「あと、重婚するときは予め私たちに話を通してくださいね?」

 「あ、うん、はい、すみません···」

 

 土下座して平謝りに謝るしかねぇ!! と、五体投地した瞬間だった。

 

 「失礼いたします、ご主人様···ご主人様?」

 「お初にお目にかかります、貴方様···貴方様?」

 

 二人のメイドさんが、並んで入ってきた。

 

 

 

 



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16

 そろそろ神様に会いたくなってきた?


 「ご主人様、敢えて何があったのかは聞きませんが···改めましょうか?」

 「い、いや、いいよ。なに? というか、そっちのちっこいメイドさんは誰?」

 

 立ち上がり、なに食わぬ顔で膝を払ったりしながら訊ねる。ベルの掃除が行き届いているので、ズボンに汚れは無いのだが。そこは気分だ。

 

 「はい。今回の出撃でドロップ···と、表現するのが正しいのか分かりませんが、出会った艦船です。ロイヤルメイド隊の元メイド長···私の先輩にあたる、ニューカッスルです。」

 「···ニューカッスル、ね。」

 

 今まで居なかった艦、その四だ。正直言って、もう慣れた。人間、慣れてくると、疑問点に目が行くようになる。彼女たち追加艦やドロップ艦は、『どこから来たのか』という疑問が、俺の脳内で再燃した。

 

 「なぁ、ニューカッスル。···いや、ニューカッスルも、メイドさんとしての能力はあるんだよな?」

 

 だが、それを聞く勇気はなかった。自己の起源は、イコール、自己の存在の起点だ。それが揺らげば、自己が──自我が揺らぐ。鏡に向かって『お前は誰だ?』と言ってはいけないのと同じように、精神へ攻撃するのは得策とは決して言えない。それが軍艦の武力をもつ者なら尚更そうで、それが美少女ならもっとそうだ。それが艦船擬人化美少女メイドさんなら? 言わずもがなだ。

 

 「はい。なんなりとお申し付けください、貴方様。」

 「···anatasama?」

 

 なんか変な声が出た。

 

 貴方様···か。あなたさま···アナタサマ···anatasama···はーーーーー!!(興奮)

 

 いやいやいや、いかんでしょ。ご主人様とかご主人とか指揮官様とか指揮官とか指揮官くんとか色んな名前で呼ばれてきたけども!! これはいかんでしょ!! 

 

 「申し訳ありません、お気に障りましたか?」

 「い、いやいやいや、是非そう呼んで欲しいです。はい。」

 

 呼び方に個性があるのはいいよね。うん。それだけ。他意はない。ほんとほんと。

 

 それはそうと、もう一人居たような? と思っていると、ドアが三度ノックされた。分厚い扉が、くぐもった声を通す。

 

 「おい、そろそろ良いか? こっちも別に暇で来た訳じゃない。」

 「···ご主人様、よろしいですか?」

 

 ベルに問われ、頷く。正直に言うと、もはや得られる戦力を逃していい状況では無くなっていた。もし北連の国土を損なわずに制圧出来れば、彼女たち──旧フランス陣営に統治を任せようか。統治すべき国民が残っていればの話ではあるが。ユーラシア一面を大規模な農耕地帯にするってのはどうだろうか。···微妙な気がする。

 

 と、そんな皮算用をしているうちに、ベルファストが開けたドアから、鋼色に近いブロンドの女性が入ってきた。放送で見た『ヴィシア聖座代表』とは、似ても似付かない、鋭い容貌。開かれた胸元は、色気よりもワイルドさが滲み出ていて、『女性にモテる女性』というのはこんな感じなんだろうと思わせた。

 

 「お初にお目にかかるな、『アンノウン』指揮官殿。オレはリシュリュー級戦艦二番艦、ジャン·バール。」

 「よろしく、ジャン·バール。早速本題だが、俺達と──いや、どこまで俺に従える?」

 

 

 ◇

 

 

 

 国連本部、円卓会議室。世界に存在するあらゆる要塞より強固で、その存在を知る者すら限られる、秘匿施設。その中枢には、九つの椅子が対等を示す円形に並んでいる。

 

 旧アメリカ合衆国を基軸にした『ユニオン』

 

 旧連合王国を基軸にした『ロイヤル』

 

 旧フランス共和国を基軸とした『自由アイリス』

 

 同じく、『ヴィシア聖座』

 

 旧ドイツを基軸とした『鉄血』

 

 旧日本を基軸とした『重桜』

 

 旧中国を基軸とした『東煌』

 

 そして──旧ロシアを基軸とした、『北連』

 

 

 それぞれの陣営のマークを掲げた椅子に国家の代表が着き、会議は踊る。この場に代表者のいない第九の椅子、空席である『アンノウン』陣営についての議論が、最近の話題だった。

 

 だが、今上がっている話題はそれではなく、新顔──北連について、もっと言えば、彼らへの非難だった。

 

 「宣戦布告も、我々への事前通告も無し。しかも、我々と席を並べる『アンノウン』領土への核攻撃。制裁を加えるに十分な理由ではありませんか?」

 「更に言うなら、彼ら──攻撃された『アンノウン』からの要求にも、ある程度は応える必要があるかと。」

 「そもそも、セイレーン支配域をミサイル搭載戦艦一隻で航行していたという状況がおかしい。」

 

 国際社会へ事前通告せず、人間の住む領域への核攻撃。核戦争一歩手前の暴挙と言える。東煌と、ユニオンと、鉄血。大量の核を保有する国家の代表者が、口々に北連の代表者──カーディナル·グレイを責め立てる。

 

 彼は瞑目したまま、顔の前で組んだ手に額を当てる。

 

 苛立ちも露に、ユニオン代表の筋n──男性が口を開いた。

 

 「良いか、北連。我々ユニオンは、国際──」

 「──700名余りの同志が消えた事については、どうお考えか?」

 「社会の──何?」

 

 閉ざされていた瞼がゆっくりと開き、悲しげな色の瞳が、円卓の面々を順に見つめる。

 

 「何度も申し上げているように、あそこに我が北連海軍の船が居たのは、あの海域に蔓延っていたセイレーンの大部隊を撃滅するために他ならない。」

 

 セイレーンの大部隊。その存在は、以前から国連でも何度も議題に上っていた。艦隊というスケールでは収まらない、一国と同等かそれ以上の、馬鹿げていると形容すべき特大戦力。火力がどうとか、航空戦力がどうとか、そんな次元ではない。ただの物量が、一国の物量を押し流す。そんな光景が目に見えるレベルの、大部隊。

 対抗手段に核を使うという話は、何度も上がっている。そして、何度かは、実際に各国家が核攻撃を行っている。

 

 結果は、どれも失敗。

 

 海域を埋め尽くす大艦隊は、当然のごとく空を埋める対空攻撃が可能だ。だが、飛翔する核ミサイルは、別に空中で撃墜された訳ではない。

 

 正確な攻撃回数は、4回。そして、四回とも、核ミサイルを発射した直後に艦隊が()()した。目標の消えた無人海域に、核ミサイルが空しく吸い込まれていく。ただ海域を汚染するに終わった作戦が、四回繰り返されている。

 

 幻影だと言う説もあったが、今なら何となく察しはつく。あれは──空間の連結であると。

 

 かつてこの円卓会議室を襲った、恐るべき雷撃と共に襲来する、大戦力の瞬間移動。駆逐艦エルドリッジが使われたフィラデルフィア実験の副産物。結果として、レーダーの無力化が不要になるどころか、道中の補給も、進軍すらも必要では無くなった、戦略行動。

 

 それが分かったのはつい最近のことで、それまでは、北連の行ったような「至近距離からの核攻撃」という作戦も考案されていた。

 

 「聞けば、過去に国連軍の兵士が『アンノウン』に捕らわれ、拷問を受けたそうだな?」

 「それは──」

 

 口を開いたロイヤル代表の男性を片手で制して、北連を代表する彼は続ける。

 

 「拷問は国際法で禁じられている。それも知らない、或いは知っていても無視するような輩を、信じられるのか?」

 

 信じる。CIAやらMI6やらを抱える諜報能力のやべー奴らは、その言葉を聞いた瞬間に苦笑を漏らした。こんなのは建前に過ぎない。そう理解したからだ。

 

 本音は──

 

 「私は信じられない。少なくとも、会って、顔を見て話をするまでは。そこで我が同志たちについて質問して、明確な答えを得られるまでは。」

 

 ──『アンノウン』指揮官に会わせろと、そういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ばちっ、と。火花の散る音がした。

 

 

 



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17

 先に言っておきますが、主はけっこうロシア好きですよ? 外交問題はさておき。


 その音が聞こえた瞬間、ユニオンと北連の代表、アイリス代表のリシュリューと、ヴィシア代表のダンケルクを除いた各国代表とその護衛·補佐官達が取った行動は、綺麗に統一されていた。

 

 まず、椅子から身を投げてその場に伏せる。耳を塞ぎ、目を閉じ、口を開け、来る衝撃に備えて全身を硬直させた。

 

 「何を···?」

 

 ダンケルクが怪訝そうに、隣に座っていた、今は床に寝そべっているロイヤル代表の男性を見やる。

 

 「貴女も早く真似たほうがいい。でないと──」

 

 

 雷轟。

 

 

 空間を制圧する致死の電流は、過たず『アンノウン』代表者の為だけに用意された、唯一無地の椅子へと吸い込まれた。

 

 何の準備もしていなかったカーディナル·グレイが頭を押さえて悶絶し、リシュリューとダンケルクが即座に武装を展開し照準する。ついでに、会話するために耳の防護を解いていたロイヤル代表の男性も、床を転がって悶絶していた。

 

 「これは──っ!?」

 

 ホワイトアウトしていた視界が回復し、ダンケルクの目に見慣れた顔が飛び込んでくる。

 

 「ジャン·バール!? 何してるの!?」

 「···後で話す。変われ。」

 「分かったけど···」

 

 粗野な言葉遣いと、公の場には向いていないと自分でも言うほど好戦的な性格のせいで、ダンケルクに国家代表を押し付けていたジャン·バール。どういう訳か、秘密会談に行った筈の彼女が、会談相手の『アンノウン』指揮官と一緒に、やたら攻撃的に入場してきた。

 

 「···久しぶりだな、()()()?」

 「······。」

 

 ジャン·バールが話しかけた相手は、彼女と同規格の戦艦であり、ネームシップであるリシュリューだ。だが彼女の目は、ただ一人に向けられていた。

 

 無地の椅子に深く腰掛け、肘掛けに両腕を置いた、『アンノウン』の指揮官だ。

 

 

 ◇

 

 

 お前なに言ってんの?

 

 国連の会議室の自分の椅子に仕掛けた盗聴機越しに、代表たちの──というか、カーディナル·グレイの言っていることを聞いた俺は、まずそう思った。

 

 ついでに言うと、こうも思った。

 

 ──この国、要る? 滅ぼそうぜ?

 

 嘘が下手とか顔に出るタイプとか、元いた世界ではそんなことを言われ続けてきた顔面が、ばっちり憎悪を反映する。暗くなっていく視界で、ジャンバールが怪訝そうに顔を顰めるのが分かった。

 

 「何か、マズイことを言ったか?」

 「──いや、ジャンバール。なんでもない。それで、同盟の話だが」

 「同盟じゃない。」

 

 明度を半分ほどまで落とした、応接室の風景。豪奢な飾り付けとベルファストが淹れてくれた紅茶の入った、精緻な装飾のされたティーセット。第一印象からすると、この空間には合わないワイルドな装いのジャンバールだが、彼女はこの空間を見事に支配していた。

 

 「なんだと?」

 

 少なくとも、こちらの立場が上で、こちらのホームでの対談で、主導権を握らせない程度には。

 

 ···まぁ、俺の交渉スキルがカスなだけかもしれないけど。

 

 「オレたちヴィシアは、お前たちアンノウンの軍門に──指揮下に入りたい。」

 「俺に忠誠を誓うと?」

 「そうだ。」

 

 即答された。冗談半分で言ったんだけど···というか、ジャンバールさんや。

 

 「お前の率いる国家──『ヴィシア聖座』が、アンノウン傘下に入ると?」

 「ご主人様、よろしいですか?」

 

 俺の掛けたソファーの後ろ、ニューカッスルと並んで控えていたベルファストが口を開く。仮にも国家代表同士の──いや俺たちは別に国家じゃないが──会話に、メイドが口を挟むのは間違っている。分を弁えろと言われても仕方ない行為だが、ジャンバールは無言で目を閉じた。待つという意思表示だと受け取り、背もたれに深く背中を預ける。革張りのクッションに半ば埋まりながら、ベルファストが背後から囁く言葉に耳を傾けた。

 

 「我々は、いまはこの基地と周辺数海里──通常兵器の射程程度しか防衛圏として主張していません。これは、単純に他の国家との領土問題を引き起こさないという意味もありました。ですが、ここで旧フランス共和国領の半分を──鉄血領と隣接する領域を、いきなり所有するのは不味いかと。」

 「それはそう。···じゃあ、どうすべきかな?」

 「我々の傘下に──ご主人様の下に傅くというのであれば、領土を放棄すべきでしょう。ですが、領土と主権は放棄出来ても、そこに住まう国民はそうはいきません。」

 「それもそう。···あ、いや、待てよ?」

 

 ヴィシアとアイリス、両方ともコッチ側に来たいんだったよな? なら、いっそ俺たちがフランスへ移住するってのはどうか。形式としては、アンノウン陣営が旧フランスsの傘下に入るって感じで。···神か? 妙案過ぎるだろ。 これで、俺という個人が馬鹿げた力を持つという状況が消える。流石にロシア···じゃなかった、北連も、フランス級の他国に向けては核も撃てまい。へっへー、ざまぁ。

 

 ──まぁ、どうするにせよ、あいつらには滅んでもらうんだけど。

 

 「落ち着いてください、ご主人様。先ほどから、随分怖いお顔をされていますよ?」

 「···そうか?」

 「はい。ニューカッスルも怯えていますし···」

 「···悪かった。それで、ちょっとジャンバールにも聞いてほしい事があるんだが」

 

 俺氏考案のウルトラスーパーな妙案を語って聞かせたところ、なんと、返ってきた反応は異口同音に、それぞれマイルドだったり直球だったりしたが、意訳すれば、こうだ。

 

 

 『は? アホかお前?』

 

 

 「···ご主人様、相手は既に核攻撃をしています。この期に及んで、相手が正式な国家かどうかは関係ありません。」

 「国際社会からのバッシングだって、今よりは厳しくなるだろうが、武力制裁には至らないぞ? 核保有国同士の戦争は、セイレーンのせいで人類がヤバい現状じゃあ決定打になり得る。人類滅亡のな。」

 「貴方様のプランでは、北連は鉄血と衝突するのを嫌ってミサイル攻撃などはしないでしょうが···それでも、旧ポーランド領域やバルト海からの航空攻撃は免れません。核爆弾による爆撃だって、もしかすると。」

 「···あ、うん。おっけ。わかった。」

 

 じゃあ、うん。対内的なポーズもこれぐらいでいいだろう。

 

 元より、戦争を回避するつもりなんてないんだ。

 

 「じゃあ──ジャンバール。俺の傘下に入れ。」

 「ごしゅ──」

 「国は持ってていい。だが、そこの統治に関して、俺たちは関知しない。それから、俺たち『アンノウン』は──」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 以前は気絶した、エルドリッジのワープ移動。なるほど、こりゃあすごい。としか言い様のない攻撃性移動手段だ。採用。何にとは──まぁ、言わずともそのうち分かる。

 

 それはさておき。

 

 「あー、ミスター·コネリー。大丈夫ですか?」

 

 床を転げ回って悶絶する、ロイヤル代表の男性。流石に罪悪感を覚えないでもない。

 

 「あばばば···あぁ、アンノウン指揮官殿か、大丈夫だ気にしないでくれ。あばば···」

 「いや、どう見ても大丈夫じゃ···おい、この人を医務室か、何処か休憩出来る場所へ。この場のことは、どうせ録音なりされてるんだろ?」

 

 後で見せてやれ。そういう意図を込めて、ロイヤルの護衛団に言う。意外にも、彼らは言われた通り、ミスターコネリーを担いで出ていった。後には、補佐官と思しき男性だけが残った。

 

 「さて、では、皆さんお揃い···じゃないじゃん。いま一人居なくなったじゃん。締まらねぇなぁ···まぁいいや。」

 

 ぶつぶつ言っていると、北連代表の男性──カーディナル·グレイも復帰し、椅子に座り直していた。まだ頭を振ったりしているから、完全回復という訳ではないらしい。

 

 「えー、本日、私がここに来たのは、国際法に基づいた宣言と勧告をするためです。あ、あと報告も。」

 

 ふざけた喋り方だと自分でも思うが、軽く構えてないといろいろ暴発しそうなので仕方ない。それに、こんな話し方でも、誰も口を挟んでこない。

 

 厳粛な円卓の間に、火種を順番に投下していこう。

 

 「まず、報告を。我々『アンノウン』は、こちらのミス·ジャンバール率いる『ヴィシア聖座』と同盟を結びました。内容は、追って書面で。」

 

 ダンケルクに変わってヴィシアのマークが描かれた椅子に座ったジャンバールを指して言うと、少しのざわめきが円卓の間に満ちる。だが、それも一瞬で沈静化した。舞い落ちた静寂に火をつけるように、一番言いたいことを舌に乗せよう。

 

 「そして、我々──『アンノウン』は、先日の北連の核攻撃を重く受け止めています。具体的には──"宣戦"として。」

 

 円卓の間が、静寂を保ったまま、緊張を一気に増す。重みを持った空気が、次第に呼吸すら圧迫する重圧を帯びる。誰一人、呼吸の音すら漏らさない。心音や瞬きの音すら聞こえそうな空間で、ニッコリ笑って一言。これを言うために来たと言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 「というか、さ。───戦争がしたいなら、そう言えや。」

 

 

 

 

 

 

 



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18

 うたわれコラボはマジで草。


 「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 トラック泊地の、俺の私室。そこに、くぐもった叫び声がもたらされた。発したのは、無論俺だ。何故かって?

 

 ···ホントに何故か疑問なのか? じゃあ聞くけど、君ら、国家レベルで重要な会議の場で、「···戦争がしたいなら、そう言えや(キリッ)」とか言って平然としてられるのか!? 俺は無理!! 黒歴史この上無いよ!! ベッドの上で枕に顔押し付けて叫ぶに止めてる精神力をむしろ褒めろ!!

 

 「指揮官様!? 大丈夫ですか!?」

 

 開けっ放し──というか、吹っ飛んだガラス窓から声が漏れていたのか、隣の執務室に残っているらしいイラストリアスがすっ飛んで来た。

 

 「だ、大丈夫···それより、編成終わったか?」

 「は、はい。後程、ご確認頂けますか?」

 「うん、おっけ。···あー、いいや、今持ってきてくれる?」

 「畏まりました。紅茶もお持ちしましょうか?」

 

 チラッと時計を見ると、もう日付が変わりそうだった。深夜テンションであんなこと言って帰ってきて、しかもこれから戦争だというのに眠れる気もしないが、カフェインを摂るのには抵抗があった。

 

 「···いや、水でお願い。読んだら寝るから。」

 「ここでお休みになられるのですか?」

 「あー···、まぁ、そうなるのか。ちょっとサンディエゴ呼んで貰える?」

 「畏まりました。取り敢えず、お水と作戦企画書をお持ち致しますね。」

 

 イラストリアスが一礼して出ていく。さーて、サンディエゴをボコボコに···いや、でも、アイツのおかげで核ミサイルを撃墜出来たんだよな。なら、このくらいは許してやるべき···というか、むしろ褒めて然るべきなのでは? ···ほめてしかるべきって言うと、どっちなのかハッキリしろって感じで面白いな。どうでもいいけど。

 

 「指揮官様、イラストリアスです。入ってよろしいですか?」

 「ん、いいぞ。」

 

 水を持ってきてくれるとの事だったので、ドアを開けてやる。案の定と言うべきか、お盆を持ったイラストリアスが少し驚いた顔をしてから微笑んだ。

 

 「ありがとうございます、指揮官様。」

 「どういたしまして。お盆ごと貰うよ?」

 「はい、どうぞ。では、サンディエゴちゃんを呼んできますね?」

 「ん、頼むよ。」

 

 お盆を持ってベッドへ戻る。今度は突っ伏さず、腰掛けて端末を起動する。

 

 「えーっと、編成画面は···ん? なんだこれ?」

 

 ローテーション出撃にして、艦船たちの健康管理やら何やらを秘書艦に任せて久しい。久々に触った指揮用端末の、久々に見た編成画面。そこに、見慣れない文字があった。

 

 「···潜水艦隊?」

 

 潜水艦。『アズールレーン』には無かった要素、存在しなかった艦種だ。というか、『アズールレーン』のキャラクター達は、艦種にもよるが、主砲、副砲、対空砲、魚雷、追加兵装──レーダーや増設バルジなど──しか装備出来なかった。対潜爆雷やソナーの類いを持たない彼女たちにとって、潜水艦はアンタッチャブルだ。出会えば、如何に超常の戦力である艦船少女たちとはいえ、勝ち目は薄い。──負けの目が高い訳ではないあたり、やはり怪物じみているが。

 

 「誰が編成出来るんだよ。持ってないぞ、潜水艦なんて。」

 

 言いつつ、編成スロットをタップする。この世界で俺に従う──この基地に存在する艦船少女は、俺が『アズールレーン』で所有していたキャラだけだ。

 

 つい先日までは、そう思っていた。だが、大鳳という例外が存在する以上、他の『例外』が存在しても、別におかしくはない。というかむしろ──

 

 「なんでメンバーチェックをしなかったんだ、クソ。」

 

 大鳳が現れて、北連に襲撃されて、ヴィシアと会談して。そんな暇が無かったというのもある。だが、対外的な──その気になれば鏖殺できる程度の存在に拘らっていたせいで、内部のことを、何を賭してでも守り存続させるべきもののことを蔑ろにしていた。

 

 「指揮官失格か? 俺は。」

 「──いいえ、指揮官様。」

 

 悲哀を孕んだ声に驚き、聞こえた方に顔を向ける。いつの間にか、ドアの前にイラストリアスが立っていた。隣にはサンディエゴを従えている。

 

 「あぁ、イラストリアス。編成はこれでいい。それから、明朝0650──作戦開始十分前に、全艦を広場に集めろ。」

 「点呼を取るのですか? それなら、もっと早めに──」

 「いや、違う。」

 

 編成画面には、誰も表示されていない。無機質なゴシック体で、ただ『編成可能な艦が存在しません』とだけ映し出されている。

 

 当然──ではないが、良かった。

 

 「まぁ、明日のお楽しみだ。それからサンディエゴ、ちょっと頼みがあるんだが、いいか?」

 「へ? 頼み?」

 

 サンディエゴは怒られるとでも思っていたのか、きょとんとした顔を見せる。

 

 「一晩だけ部屋交換しようぜ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 風の吹き込まない、ちょっと良い匂いのする部屋で快眠し、翌朝。

 

 学園エリアの広場に、この基地に詰める艦船少女の全てが集っていた。彼女達を前に、朝礼台に登る。気分は校長先生だ。

 

 「ははは、壮観だな。」

 

 小さな呟きを、マイクが拾う。スピーカーによって拡声された感想が全員に行き渡り、押し殺した笑いが伝播した。恥ずかし。

 

 「ご主人様、陣営別ソート、完了致しました。」

 「お疲れ様、ベルファスト。」

 

 ベルファストは一礼して、列とは別に台の斜め前に控えた。纏められた銀髪と、一点の汚れもないホワイトブリムを一瞥して、前を向く。

 

 「えー、皆さん、おはようございます。」

 

 小学校の校長先生クオリティの切り出しに、艦船少女たちが苦笑しつつ挨拶を返してくれる。テンプレート的に「声が小さいですね。もう一度。」とやっても良いが、流石にこれ以上は緊張が解れ過ぎて気が緩む。というか、あのテンプレは小中高とやってきてもウザさに慣れなかったからね。殺意すら持ってた。

 

 表情を引き締めると、それを敏感に感じ取った艦船少女たちも緊張した面持ちで傾注するのが分かった。集中する視線の圧力に負けないよう、腹に力を込める。

 

 「さて、と。みんなもう知ってるとは思うが、十分後、我々『アンノウン』は、北連からの宣戦布告に対する受理通告を国際社会に発信する予定だ。それに際して、聞きたいことがある。みんな──戦争、したいか?」

 

 困惑の空気が満ちる。それでも沈黙が保たれるあたり、流石の統率だ。軍人ではなく軍艦であるが故に、人間的な動きを排除できる。ヒューマンエラーというものも起こり得ない。北連という大勢力と戦争しても、少ない消耗で勝ちを得られるだろう。

 だが──彼女たちの無敵性は、絶対ではない。敵にしてみれば、彼女たちのように被弾面積が小さく、回避能力が高い相手には、有効ではあるが高価な対艦ミサイルを使いまくる訳にはいかない。だが、この基地のように密集している場所に向けてミサイル弾幕を使われれば何人かは食らうだろうし、前回のように核兵器を使われるかもしれない。

 そうなれば、大量破壊兵器はその効果を十分以上に発揮し、彼女達を戦闘不能に追い遣るだろう。もしかすると、殺すかもしれない。神は、「この世界に轟沈(キャラロスト)はない」と言っていたが、信憑性は低い。

 

 「俺は、みんなに死んでほしくない。傷つくだけでも嫌だ。それに──もしみんなが、「人々を守るもの」としての兵器であるみんなが、その庇護すべき対象である人間を殺すのが嫌なら、俺は受理通告をしない。和解を申し込んでもいい。」

 

 戦争開始の十分前。全員の士気が高まりきった時間に、水を差すような言葉を投げた。指揮官としての器量が疑われる行為だし、彼女たちが戦争をすると決意していたら、それを鈍らせる行為だ。戦争になったとき、その鈍りは刃の鈍りになる。そして、刃の鈍りは、簡単に自分の命を落とす引き金になる。

 

 俺は、彼女たちの命を削った。自分の手で。何より庇護すべき彼女たちの背中を、死へ向けて押した。戦争という目に見える死から遠ざけたい一心で、彼女たちの首を締めた。

 

 そう気付いたのは、全て言い終えてからだった。

 

 「···ぁ、」

 

 犯した失敗の大きさに震え、息が上手く吸えない。足先から背筋、頭頂まで、内側から湧き出す寒さに震えている。卒倒しないように堪えるので、精一杯だった。

 

 「────指揮官、一つだけ質問してもいいだろうか?」

 

 こみ上げてきた、溢れないように必死に堪えている涙で曇った視界に、控えめに手を上げた艦船少女の姿が映る。重桜に所属する艦船少女を統括する、三笠だった。

 

 「どうした?」

 

 辛うじて鼻声にならなかった声が、微かにすら震えていないことに安堵する。

 

 「どうして今、そんなことを?」

 「···それは」

 

 今まで平気な顔をして戦場へ送り出してきて、どうしていきなりこんなことを言い出したのか。敵が人間だから? それは違う。今までだって、人間を相手取ったことはあった。こんなに怯えたのは、転移してから二度目だろうか。初めの一回は、この世界に来てからの初戦。みんなのスキルやステータスがどうなっているのか分からないまま戦地へ送り出してしまった、あの時だ。

 

 なら、結局俺は、みんなが傷付くことを恐れているのだろう。あるかどうかも分からない、生命ならばあってしかるべき、死を。恐れているのだろう。

 

 「死ぬかもしれないから、かな。」

 

 通常兵器だけなら、死ぬことはない。対艦兵器は、少し危うい。だが、核兵器なら──ほぼ確実に死ぬ。一部、核実験の的になっても生き残るような子もいるが。

 

 「なるほど、やはりな。」

 「···?」

 

 苦笑の雰囲気が、居並ぶ艦船少女たちに蔓延する。困惑していると、三笠がさらに言葉を続けた。

 

 「指揮官は、私たちが避けられるのは点攻撃──あるいは、点の集合としての面攻撃だけだと思っているのだろう?」

 「···なに?」

 

 違うのか? 含まれたそのニュアンスを感じ取った艦船少女たちは、「侮られている」と感じたのだろう。少しだけ、不満そうな空気になる。

 

 「まぁ、見ているといい。我らの戦闘を、我らの蹂躙を、貴方の艦船がもたらす、破壊と殺戮を。」

 「──ご主人様、お時間です。ご決断を。」

 

 こちらを見上げて、ベルファストが言う。

 

 自信満々といった表情の、三笠を筆頭とした艦船たち。その顔に引き上げられて、心配がいくらか薄れる。

 

 「···受理通告を。」

 「畏まり──」

 「ただし」

 

 だが不安が薄れたからといって、心を埋め尽くしていた不安が残した、薄ら寒い感じは取れない。払拭するには、同じだけの安心感が要る。故に──

 

 「慢心はしない。初めから全力で、戦いの幕ごと敵を切り捨てろ。手始めに──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──クレムリンを頂く。」

 

 

 

 

 



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警備員はトイレに行くようです

 モスクワ 現地時刻23:50

 

 

 「···なぁ」

 「···」

 「···なぁ、おい」

 「···なんだ?」

 「毎度思うんだが、この仕事は眠いことだけが障害だよな。」

 

 クレムリン宮殿に詰める警備の軍人が、そんな会話をしていた。宮殿内部は温かく保たれ、美しい調度品や磨き上げられた壁や床は、常に明るく照らされている。夜警とはいえ、この宮殿には立入制限区画が多い。それなりのベテランとはいえ、セキュリティクリアランスがそこまで高くない彼らは、巡回回数の少ない、そして、ルートは長いがあまり重要区画には近寄らない配置だった。

 

 「あと10分で見回りだが···もう出るか?」

 「どうせゲートは潜らないし、いいんじゃないか。」

 

 見回りするよう指示された定刻まで、ちょうど10分残っていた。が、早くに行動して──というか、時間を守らなかったからといって怒るような上官は、幸いにしてここにはいない。というか、多分、VIPルーム的な場所でウォッカでも飲んでるだろう。

 

 「行くか。安全装置は?」

 「完璧だ。」

 

 普段は観光客向けに、受けのいいアンティークのライフルと、万一のための拳銃──こちらは制式の、いわゆる"ガチ装備"──しか持っていないが、内部の者しかいない夜警であれば話は別。内部の装飾をなるべく壊さないよう口径は小さいが、それでも最新のPDWを携行している。

 

 「じゃ、行くぞ。···と、言いたいところだが。」

 「なんだ、トイレか?」

 「ご明察。ちょっとコレ持っててくれ。」

 

 片方の警備員が、もう片方にPDWを渡す。セキュリティクリアランス的にはレベル2──つまり、スタッフオンリー程度の警戒配置だが、ここはかなり奥の方だ。ここまで不届き者が、カメラやセンサーに引っ掛からずに来るなんてことは不可能だろう。そう思っているからか、対して緊張感はなかった。

 

 それが普通だ。そもそもPDWに実弾の装填が認められたのだって最近のことだ。ロシアという大国を主軸とし、未だ石油を始めとした資源大国である北連の、その首都のシンボル的建造物であり、外部にも少なくない数の警備が敷かれる情報集積施設に、誰が侵入しようと思うものか。自殺志願者としか思えない。だがセイレーンという脅威に対して核攻撃し、その報復に対して警戒している今は、違う。いつセイレーンの侵攻部隊が、このモスクワまで上ってくるか分からないのだ。

 

 「···あいつ、大の方かよ。」

 

 ため息を吐き、近くの壁に凭れかかる。見馴れた装飾品には、もはや興味をそそられない。

 

 「──あ?」

 

 不意に、窓の外で雷鳴が轟いた。そういえば、今日はなんだか雲行きが怪しかったな、と、特に何の感慨も抱かずに窓から目を離し──目前に閃いた落雷に、意識を刈り取られた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「──クレムリンを頂く。」

 

 そう言ったとき、肯定の反応を返したのはごく一部──もっと言うと、基本イエスしか答えないベルと、ヤンデレsくらいだった。他の艦船たちはというと、ごく普通の反応、つまり、「お前いきなり首都陥落とかマジか(意訳)」という反応だった。だが、誰も「無理だ」という反応はしない。

 

 「反対意見がある奴はいるか? いちおう、聞くだけは聞くが。」

 「···良いかしら、指揮官?」

 「どうぞ?」

 

 プリンツが挙手する。指名すると、小首を傾げて訊ねてきた。

 

 「どうしていきなり首都なの? 外側からじわじわと、活動領域を狭めて恐怖を刻み付けて、慈悲を乞わせ、それを踏みにじって殺すのかと思っていたのだけれど。」

 「殺意たっか」

 

 ガチで戦慄するレベルで殺意漏れてますよ、というか、反応を見るにみんな同意見ですね?

 

 「···えーっと、建前と本音、どっちで答えてほしい?」

 「じゃあ、建前から聞きましょうか。ちなみにそれは対外的なもの?」

 「うんにゃ、対内にも使えるもの。使う気もないけど。···で、なんでいきなり首都なのかって言うと、外側からじわじわだと時間掛かるじゃん? その間にまた核とか使われるの怖いし、早期決着にしたい。」

 「なるほどね? それで、本音は──『北連がこれ以上一秒でも存在することが気に食わない』ってところかしら?」

 

 ──エスパーか?

 

 「いや、まぁ、うん。それもまぁあるけど、ちょっとやってみたい事があるから、北連は潰さないぞ?」

 

 言った瞬間に、さっきの腰抜けスピーチでさえ笑わずに聞いていた艦船たちが、下手な冗談だとでも思ったのか苦笑を漏らす。が、俺が真顔で──というか、ガチで言っているということが分かった瞬間に、不満そうな、あるいはもっと直接的に、俺を案じる──俺の正気を疑うような顔になった。

 

 「落ち着いてください、皆様方。」

 

 この場で最もレベル·装備の充実したベルが言うと、みんなが渋々といった体で喉まで上がっていた不満を飲み込んだ。

 

 「ですがご主人様、せめて、その『やりたいこと』を教えて頂くことはできませんか? 直轄統治や植民地化であれば、用意する必要もありますので。」

 「ん? いや、その手の外交関係の面倒ごとは、全部ジャンバールたちに任せればいいよ。そうじゃなくて、さ。──"ロシア連邦首都·オイミャコン"って、どう思う?」

 「んっ···失礼致しました。」

 

 今度は失笑が伝播し、全員が俺の「やりたいこと」を理解したと伝えてくれた。まぁ、アレだね。シベリア送りって奴だね。ちょっと違うけど。

 

 「さて皆。さっきはあんなことを言った訳だが、俺は正直、北連が許せない。俺の大事なお前たちに刃を向け、核攻撃すらしたクソ共が、この世界に一分一秒でも存在することが、嫌で嫌で堪らない。プリンツの言ってた通りだ。だが──そう、だが、俺は慈悲深いからな。俺は優しいから、許してやることにしたんだ。もう二度と核開発が出来ないように、もう二度と俺たちに攻撃しないように、あいつらの仕事を、木を数えることだけにしてやろう。あいつらは幸福だな? そして他人を幸福にすることも、また幸福なことだ。俺たちも、あいつらも、みんなが幸せで、世界が平和になる。素晴らしいことじゃないか。···さて、プリンツ。お前の考えはほぼ正解だ。だが狭めていくのは首都に向けてじゃない。ヨーロッパ側からアジア側へ、国民も官僚も家畜も、老いも若きも男も女もどっちでもない奴も、全員シベリア送りだ。」

 

 一息吐くと、見計らったように、ピピ、と、腕時計が電子音を鳴らした。

 

 「──時間だ。あいつらの、俺の、世界の幸福のために、俺は戦争する。···受理通告と同時に攻撃を開始するぞ、戦闘用意。」

 

 イラストリアスが指揮用端末を持ち、台の下から差し出してくる。

 

 「エルドリッジ、足を頼む。ベル──ベルファスト、プリンツ、フッド、グラーフ、大鳳、ジャンバール。お前たちが先遣強撃隊だ。クレムリンを落とし、モスクワを焼き払え。」

 「首都を焼いて、その後はどうすれば?」

 

 グラーフに訊ねられ、少し黙る。特に考えていなかった、というか、流石に首都を焼かれれば抗わないだろうと思っていたが、ちょっと甘いかもしれない。

 

 「うーん···なぁ明石、異性核とか用意できないか?」

 「いせ···!? 流石にちょっと厳しいにゃ···」

 

 お前そんな物騒なモノ何に使う気だよ!? という空気になる。戦争しようと言っといて、今さら何を。···と思ったが、彼女たちは艦船──通常兵器だ。やはり核兵器には良いイメージが無いのかもしれない。

 

 「じゃあ、核爆弾とかは? 艦載機に装備させたいんだけど。」

 「いやいやいや、ちょっと待つにゃ。さっきからずっと思ってたけど、殺意高過ぎないかにゃ?」

 「せやろか? ···まぁ、そんなすぐ首都制圧とか出来ないだろうし、追々でいいよ。出撃しろ。お前らが行ってから受理通告するから。」

 

 それアウトじゃね? というツッコミは飛んでこない。というか、正式な宣戦布告が来てない以上、この受理通告には皮肉の意味しかないのだから、義務の類は生じない。

 

 「では、行って参ります、ご主人様。ディナーまでには戻りますので。」

 「···え、あ、うん?」

 

 ──冗談だよな? 

 

 



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20

 誰も前話タイトルについて突っ込んでくれなくて悲しい。でもみんなの殺意が高くて楽しい。


 指揮用端末は、衛星とリンクして作戦海域の様子を俯瞰で見せてくれる。だが、クレムリン宮殿内部までは流石に衛星では捉えられない。ガンカメラや服に着けるタイプの小型カメラなどの使用も検討したが、砲撃の余波に耐えられなかったり、露出が多すぎて肩や腰といった、あまりブレない場所に着けるのが困難な子がいたりと、障害は多かった。

 

 ので(順接)

 

 「俺も行っていいかな?」

 

 と、それとなーくイラストリアスに言ってみたところ、やっぱりそれとなーく、

 

 「アホか、死ぬぞ?」

 

 という答えが返ってきた。

 

 ので(順接)

 

 指揮用端末に映るのは、プリンツやフッドといった、比較的露出が少ない艦船に付けたカメラと、グラーフと大鳳の放った偵察機から送られてくる映像だ。

 

 

 『侵入成功。ご主人様、制圧いたしますか?』

 「いや、破壊しろ。」

 

 そこを奪って拠点にするプランも無いわけではないが、自決用──というか、奪取された時を想定した爆弾の類があっても困る。それに、クレムリンや赤の広場は国家のシンボル、聖地に近い。それを粉々に打ち砕き、ついでに燃え上がった復讐心ごとモスクワを蹂躙して消し炭に変えよう。

 

 「向かってくる奴は敵だ、殺せ。西と南に逃げる奴は敵だ、殺せ。北と東に逃げる奴は、目的地(シベリア)まで追い立てろ。足を止めたら殺せ。投降した奴は、武装解除させてシベリア鉄道に乗せろ。疑わしきは殺せ。壊して殺して蹂躙しろ。言っておくが略奪と陵辱は認めないぞ。では──進軍せよ。」

 

 開幕の号砲は、フッドとジャンバールが同時に放った全砲斉射だった。白亜の壁に大穴が開き、榴弾が炸裂して紅蓮が映る。一定以上の音を低減して伝える高性能スピーカーが、それでも爆音を鳴らす。

 

 『警報か。騒がしくなるぞ。』

 『既に煩いだろ、コレ。』

 

 火災報知器か、或いは爆発の振動を感知する侵入警報か、その両方か、甲高く耳障りなサイレンの音が、四方から響きだす。

 

 『奥へ進みましょうか?』

 『流石に、ここからの定点砲撃には限界があるでしょうしね。』

 

 ベルファストが問い、プリンツが肩を竦めて答える。

 

 『では私たちは、ここから街を焼き払えばいいのかしら?』

 『そう急くな。クレムリンが炎を上げて崩れ、瓦礫と化すのを見せつけ──』

 『──恐怖と絶望と怒りを植え付け、それも纏めて薙ぎ払うか? 悪趣味なことだ。』

 

 フッドと、グラーフと、ジャンバール。この場の最高火力たちが、穏やかな笑みを浮かべながら、不穏極まりない会話を交わす。

 

 「喋ってる場合か、敵が来るぞ。」

 

 偵察機に搭載されたサーモスキャナが、廊下に満ちた粉塵の奥で蠢く人の群れを捉えていた。ロシア語の叫びを発端に、断続的に銃声が鳴り出す。砂埃の向こうで、無数のマズルフラッシュが瞬く。そして、布を叩くような、気の抜ける音がして。

 

 『九ミリ? 舐められたものね。』

 

 フッドの肩に付けられたカメラに映るプリンツが、自分に当たる弾丸だけを正確に掴み取って観察していた。

 

 「すっげぇ···」

 『応戦致します。ご主人様、拷問用の捕虜は──』

 「ん? あぁ、カーディナル·グレイが居たら残してくれ。後は、さっき言った通り。」

 『畏まりました。では──』

 

 興味を失い、プリンツが持っていた鉛の塊を投げ捨てる。弾丸の纏う空気が掻き乱した砂塵が晴れた瞬間、居並ぶ軍人たちの姿が明確になった。

 

 『銃声から何となく分かってはいましたけど···本当に舐められたものですわね。』

 

 大鳳がうんざりしたように呟く。総勢15人、一個分隊と言ったところか。しかも、全員がPDW装備──つまり、対人装備。

 

 「敵がセイレーンもどきって事も知らないのか? 可哀想に。」

 

 ベルファストとプリンツが同時に砲撃し、廊下の突き当たりまでを薙ぎ払った。血飛沫と臓物を撒き散らし、人間の破片が散乱する。即席のレッドカーペットがカメラに映し出され、軽く顔を顰めた。

 

 「進め。」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「セイレーン警報!! 一番装備で出撃しろ!!」

 

 クレムリン警備隊と、首都防衛に振られていた軍人たちは、その言葉で全員が飛び起きた。非番も夜警も、官僚も前線指揮官も、先任曹長もヒラも、全員が重装備に身を固める。防弾ジャケットやヘルメットといった基本装備は言わずもがな、対人使用禁止の炸裂弾が各員30発以上配られ、グレネードも3つは持つ。対戦車ロケット兵が一個分隊に二人、徹甲弾を満載したライトマシンガンを持つ分隊支援員が二人、対物ライフルが一人、さらにアサルトライフル下部にはグレネードランチャーが標準装備されている。予算に糸目を付けないどころか、国庫を潰す勢いの装備だ。

 

 「配置につき、見敵したら合図を待つことなく撃て!! 躊躇うな!」

 「了解!!」

 

 クレムリンは、国にとって大切な建築物だ。それを破壊し得る装備が支給された時点で、軍人たちは察していた。「そのレベルの相手なんだな」と。

 

 だが──そんな認識では甘い。甘すぎる。

 

 「来たぞ、撃て撃て撃て!!」

 

 見目麗しい白人の女が、銀髪を靡かせて疾走してくる。大きく揺れる胸と、引き締まった美貌、それと、この硝煙と血の匂いが入り交じった戦場には似合わぬ、露出の多いメイド服に目を奪われ──スカートと共に翻ったスマートな脚が、首を撥ね落とした。

 

 

 「うわぁぁぁ!?」

 

 強装された弾薬が爆ぜ、人間の内臓をズタズタにして爆発する特殊弾が射出される。セミオート設定されていたセレクターもそのままに、引き切られたトリガーに従って、AN-94が忠実に一発の殺意を迸らせ──ひょい、と、そんな擬音が似合う動きで首を傾げたメイドが、音速の金属を躱して。

 

 「え···」

 

 メイドが掲げ持つプレートの、玩具じみた砲門と目が合った。

 

 

 上体がごっそりと吹き飛んだ同僚の赤い断面を見ながら、ライトマシンガンをぶっ放す。涙で滲んだ視界では、重い反動も相俟って狙いが定められない。だが、機関銃はそもそも面制圧武器だ。毎分800発の殺意から逃れることなど、まず不可能。彼我が10メートル程度しか開いていないこの状況なら、絶対に──

 

 「クソクソクソクソ!!」

 

 揺らぎもせず、ただ興味深そうにこちらを見ている銀髪のメイド。視線を遮るように、白い掌が視界に映り──こき、と、小枝を折るような音がして、意識が暗転した。

 

 

 ◇

 

 

 

 「アサシンかよ···」

 

 敵の背後に回ったプリンツが、流れるような所作で首を折って殺した。感心した様子のベルファストと、ちょっとドヤ顔のプリンツ。平和か? いや平和ではない(自己完結) 

 

 『ねぇベルファしゅ···ベルファスト。』

 「今、噛んだ?」

 

 ちょっと顔を赤らめて、プリンツがカメラを睨んでいる。やめろって、ちょっとゾクゾクするだろうが。

 

 『んん···ベルファスト、これ、一階の柱をとか壁を、全部壊したら早いんじゃないかしら?』

 「お前天才か? そこ何階?」

 『えっと···四階ですわ。』

 

 フッドが、大穴の空いた壁から下を覗きこんで確認していた。カメラ越しでも結構怖い。

 

 「じゃ、一階まで下がろう。道中の敵は鏖殺でいい。」

 『了解だ。あぁ、そういえば指揮官、核なら幾らか持ってた筈だ。ダンケルクにでも聞いてみてくれ。』

 「マ!? 愛してるぜジャンバール。」

 

 画面から目を離し、ダンケルクを呼ぶために内線を手に取った。

 

 

 



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責任···取ってよね///

 side ジャン·バール

 

 

 「核なら幾らか持ってた筈だ」

 

 指揮官は核兵器──というよりは、効率よく都市を焼き払える兵器が欲しかったらしいから、傘下に入る手土産って訳じゃないが、くれてやろうと思った。ただ、それだけのつもりだった。誉め言葉とか、良い立ち位置とか、そういうの欲しさにやった訳じゃない。指揮官からの返事も、軽い感謝の言葉だった。

 

 「マ!? 愛してるぜジャンバール!!」

 

 流石に出逢って1日経つかどうかの女に言う言葉じゃないだろうとは思ったが、艦船に向かってジョン·ドゥを名乗るような奴だ。可笑しなユーモアのセンスをしてるってことは、オレにでも分かる。

 

 ──オレにでも分かるのに、なんでコイツらは、こんなにマジなんだ!?

 

 

 通信が切れた瞬間、まずベルファストとプリンツ·オイゲンが駆け出した。戦艦クラス──最高レベルの艦船であるオレですら捉えきれない速度を初速に、立ちはだかろうとした兵士たちを殴り殺していく。

 

 オレたちは、艦船だ。兵器──つまり、『使われる側』であり、何かを『使う側』ではない。艦船としての姿しか持たなかった頃、少女としての人格を持たなかった頃なら、そうだ。

 だが今は違う。人間の肉体を持ち、人間スケールで動くことが出来る今は、もうオレたちは何かを『使う側』に立っている。たとえば、そう。軍隊式格闘術なんかを。

 

 ···その筈だし、さっきプリンツ·オイゲンは"レーダーにも視界にも映っているのに意識できない"レベルで気配を誤魔化していた。本職のアサシンでさえ再現可能な奴は一握りであろう秘奥の技術を見せた奴と、同性のオレでさえ魅了しかねない優雅な立ち振舞いを見せるメイド。人として習得し磨き上げた技術を持つ二人が、今は──

 

 「ふっ!!」

 「はぁっ!!」

 

 ──まぁ、なんだ。野生に返っていた?

 

 二個から三個小隊の、対物·対装甲装備の兵士達を、片端から殴る蹴るの暴行で制圧していた。少女の細腕ではあるが、重巡洋艦のプリンツオイゲンは13万馬力、軽巡洋艦のベルファストでも8万馬力はある。鳩尾を殴るだけで、人体の半分以上は軽く吹っ飛ぶ。

 

 「うふふふ···」

 「···」

 「···」

 

 俯き気味に、前髪で表情を隠しながら不穏な笑いを漏らす大鳳と、無言でオレを見つめるフッドとグラーフ·ツェッペリン。正直、敵地のド真ん中でなくとも、なんならヴィシアのホームでも相対したくない奴らが、不穏な空気を纏っていた。

 

 一触即発。味方に対して用いることなんてそうそうない四字熟語がぴったり当てはまってしまう。そんな状況は、白亜の壁と床を、即席のレッドカーペットで染め上げた二人が帰ってくることで打開された。

 

 「何してるのよ、四人とも。援護くらいしてくれてもいいじゃない?」

 「それより、はやく一階まで下りてしまいましょう。モスクワを焼くのに8時間見積もっていましたが──皆様、6時間でお願い致します。」

 

 ···お願いできますか? とか、ここはそんな風に可能か否かを問うべきだろう。そんなことを言える空気じゃないし、無理だとも、何故かとも言えない空気だったが。

 

 「えぇ、そうねベル。欲を言うなら、5時間くらいで済ませたいけど。」

 「討ち漏らしは無くしたい。焦るべきではないと思うが?」

 「というか、話している時間が一番の無駄ではありませんか?」

 

 大鳳の言葉に全員が頷き、階段へと歩き始めた。···なんか怖いし、ちょっと離れて付いていこう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クレムリン地下 情報管理局

 

 

 最新の機材と、厳しい訓練と定期的な技術更新を受けたスペシャリスト。創作にありがちな、暗い部屋で無数のディスプレイが立ち並ぶ──といった相様ではない。むしろ、部屋の明度は一定に保たれ、空調にも気を使っている。快適さで言えばVIPルームにも引けを取らない、素晴らしい部屋だ。詰める特技兵の中には犯罪者(ハッカー)上がりの低階級層の者も居るが、苦情の類は上がらない。彼らこそが、北連の内部で犇めく無限の情報全てを管理しているから。つまりは言論弾圧し放題だからだ。スターリン万歳。

 

 「···で、どうだ? 傍受出来たか?」

 「はい。衛星経由の秘匿通信レベルなら、まぁこんなモンですね。」

 「暗号レベルが通常の軍事回線レベルで助かった。」

 

 クレムリン内部に突如として現れた、セイレーンの小部隊。情報局の仕事は、なるべく多くのデータのバックアップを取り、そして削除することだ。

 

 セイレーンの脅威──特異性は、一般兵には開示されていない。情報局の職員ですら、大半はつい先日の核攻撃までは知らなかったことだ。そして、その数少ないセイレーンの脅威を知る者である彼らは、クレムリンの防衛を半ば諦めていた。結果、対セイレーンの情報収集に当てられたのは、60人居る職員のうち、たったの2名。なんなら職員の半分くらいは、地下道経由で脱出を始めていた。

 

 「よくやった、もういいぞ。そのデータを防衛指揮官に送ったら、データを消して脱出しろ。」

 「了解です。」

 「ハードの破壊はどうしますか?」

 「爆薬を使って地下室ごとやる。分かったら早く動け。」

 「了解。」

 

 

 

 クレムリン五階 防衛作戦本部

 

 

 セイレーン侵入から数十分。ようやくと言うべきか、この混乱状態ならかなりの早さでと言うべきか、設営された緊急指揮本部には、大将クラスの重役が6名、中将クラスはその倍と、誰が指揮系統を握るか──誰が責任を持つかで大揉めしそうな相様だった。

 

 「そもそも奴等はどうやって入ってきた!? 空挺か!?」

 「海棲生物──生物? まぁいい。海棲生物が空挺だって? 笑わせるな。」

 

 やんわりと、「空軍のミスちゃうん?」「いや海軍だろjk」と言い争い、追従する一団が居る。少し離れたところで、「どうせウチに回って来るんだろうなぁ」と、達観した顔になっている首都親衛隊の一団が居て、「一応いま俺らが戦ってるんだし、はやくちゃんとした指揮系統が欲しいなぁ」と、困り顔の陸軍がさらにちょっと離れて傍観していた。

 

 セイレーン出現以降、海が主戦場となり、軍内部の力関係は海>空>陸。首都防衛軍やら監査部やら細かい奴等を抜くと、大体そんな感じだった。そして、そこに属する偉い人たちが対立するのも、まぁ仕方ないといえば仕方ない。唯一の救いは、実働する兵員にはそこまでの対抗意識が無いことか。共通の明確な敵に触れている者同士、団結出来ている。

 

 モスクワで海軍が仕事をするのはキツイ。軍艦レベルの大火砲を、まさか首都に向けて撃つわけにもいかない。じゃあ必然的に、小回りの効く陸軍にお鉢が回って来るのだが、現在進行形で戦闘し、セイレーンを押し止めることに失敗している以上、ここで指揮系統が握られることはない。じゃあ首都防衛軍である首都親衛隊が? まぁ普通はそうなのだが、力関係の模式図にも組み込まれない、ある種のアンタッチャブルには、やんわりとでも「責任···取ってよね///」とは言えないのだろう。

 

 膠着した空気のなか、据え置きの電話機が鳴る。一番近かった陸軍派閥の一団から、ひとりの中将が進み出て電話に出る。

 

 「···分かった、ご苦労。」

 「何処からだ?」

 「は。情報局からであります。敵部隊は一階を爆破しクレムリンを崩壊させる心積もりだと。それから、地下の一室を爆破するが気にしないでくれ、と。」

 「···情報局がクレムリンを捨てたか。不味いな。」

 

 かなりの──下手をすれば、この場の全員が持つ情報を上回る知識を持つ彼らが「負ける」と判じた。そういう戦場なのだ、首都(ここ)は。

 

 「──私が指揮を。」

 「···いや、私が。」

 「儂がやってもいい。」

 「俺も──」

 「私が──」

 

 事態の深刻さが、階下からの爆音と震動を伴って伝播する。今のはセイレーンか、情報局か。どうだっていい。生き残って、あとで調べれば分かることだ。陸軍派閥が動き、空軍派閥が動き、海軍派閥が動く。

 

 「いえ、参謀連が指揮します。指揮権の委任を──」

 

 参謀連に属する中将クラスが動き。そして。

 

 「いや、我々に任せて頂きたい。」

 

 ──この場における最適解が出され、モスクワ近郊全軍の指揮権が、首都親衛隊へと委任された。

 

 

 

 「対物兵を二階へ全動員。そこでセイレーンを仕留めろ。三階は──三階の兵は、捨てる。」

 

 

 

 



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22

 前話の突っ込みどころに誰一人触れないどころか感想が一件しかなくて正直クソほど寂しかったので遅れました(いいわけ)



 「核が欲しい。」

 

 上司の──それも、つい最近その配下になったばかりの、人格や性向をほとんど知らない、付け加えれば異性で異生の──部屋に呼び出され、唐突かつ端的にこう言われれば、どういう反応を示すか。まぁ簡単に想像が付く──

 

 「どのスケールのものを、どのくらい用意しましょうか?」

 

 ──ちょっと想像と違った。

 

 机越しにダンケルクと相対し、勧めたソファーを固辞した彼女に、対話のとっかかりとして要求をぶつけたら、まさかの一発OK。交渉の進め方とか説得の言葉とか、いろんな物が無意味になったわけだが。まぁ時間は短縮できた。

 

 「えっ、あっ、えー···と、取り敢えず都市一個分で。」

 「分かったわ。ミサイルならヴィシア本土から撃てるけれど?」

 

 どうする? とか、どこに使う? とか、いろんな意味の籠った言葉。核攻撃にものっそい乗り気じゃん。こわ。いや俺もだけど。

 

 「あー···いや、北連対ヴィシアの構図は作りたくない。ヴィシアを足場にこっちに難癖──は、付けられないかもしれんけど。まぁ念のためだな。核搭載艦を、装備ごと委譲してくれ。追及されても、その後どう使うかはこっち次第って感じに切り抜けられるだろ?」

 

 不満そうな表情を一瞬だけ浮かべ、ダンケルクが頷いた。

 

 「分かったわ。···差し当たり、書類よりも発射キーの方が欲しいのよね?」

 

 名実の実を。核抑止力なんてものは必要ないだろうと、そう問われている。頷いて応えると、ダンケルクも微笑と共に頷き──手にしていたブリーフケースを差し出した。

 

 「はい、どうぞ。」

 「うん。ずっとなんだろうなー映画で見たことあるなーとは思ってたけどね。やっぱりジャンバールから話行ってるんだね。」

 

 せいぎょたんまつ を てにいれた !!

 

 

 

 ◇

 

 

 

 核搭載潜水艦アルゴノート。指揮権と所有権を貰ったそれは艦船少女ではないらしいが、それを聞いてちょっと安堵した。核武装した艦船少女とか運用が難しいにも程がある。というか切り札すぎて死蔵するに決まってる。そんなアホみたいな名前のものをポンポン使う状況は、盤面そのものを壊すようなタイミングに他ならない。

 

 「と、いう訳でそろそろクレムリンの破壊も終わった頃でしょう。核攻撃しようぜ!!」

 

 脈絡なく、ダンケルクにサムズアップする。苦笑して、彼女は指揮用端末を細い指でこつこつと叩いて示した。

 

 「流石に、一声掛けるべきだと思うわよ?」

 「それはそう。···おろ?」

 

 繋がらない。まぁ流石に戦場だし、と、再接続して──繋がらない。

 

 「え? ちょ、え?」

 

 大鳳の偵察機にも、プリンツの服に付いたカメラにも、グラーフの艦載機にも、繋がらない。

 

 「──どう、なってる?」

 

 シグナル·ロスト。そう表示され、期待に沿わない砂嵐しか映さないカメラ画面から、指揮画面へと移す。艦船のアイコン、名前、艦種、耐久力、弾薬。その他もろもろのステータスが表示されているはずの画面だ。

 

 結果は変わらない。シグナル·ロスト。

 

 「轟沈···いや、違うか。」

 

 戦闘から艦船が脱落したとき、その艦は強制的にドックへ連れ戻され、戦闘参加者の枠から外される。シグナル·ロストなんて表記は出ない。

 

 「何かのバグか···?」

 「···いえ、通信障害の類いね。」

 

 そういやチャフとか使ってたな···いや、けど、自国の都市部で? 避難誘導とか出来なくなると思うんだが···クレムリン内部での指揮伝達にも支障が出かねないぞ。もしかして:アホ?

 

 「な、訳ないよな。何かしら問題が発生したと見るべきか···ダンケルク···にはちょっと厳しいか。イラストリアスを呼んでくれ。」

 

 後詰め? オーバーキル過ぎて草ァ↑ 要らんでしょww とか思ってたけど、これはちょっと不味い状況だ。核攻撃する前に気付いて良かった。対艦クラス以下の攻撃全無効とかいうエイヴィヒカイトは、流石に核攻撃にまでは通用しまい。面攻撃回避とかいうチートスキルも、万が一彼女たちの意識が無かったり、或いは不意討ちだった場合にまで発動するとは思えない。

 

 「分かったわ。」

 

 退室していくダンケルクのお尻とか大腿とかをチラ見しつつ、そんなことをのんびり考えていた。

 

 そういえば、ベルファストの対航空攻撃回避スキル···煙幕散布·軽巡って、核攻撃にも適用されるのか? はぇーチート。まぁイラストリアスの無敵化の方が何倍もチートなんだろうけど。というか人間みたいなサイズで人間みたいな動きのクセに軍艦レベルの馬力と耐久力って時点でチート。どないせぇゆうねん···なんか訛った。

 

 「失礼します、指揮官様。」

 「んぁ、イラストリアスか。お疲れー」

 

 早速なんだけど、と、口を開くより早く、イラストリアスの表情が翳った。

 

 「どうし──」

 「っ!!」

 

 全身を暖かいものに包まれるような感覚。微かに前の景色が揺らぐこの視界に、見覚えがあった。思い出すのと同時に、連続した銃声が響く。

 

 「なんだなんだなんだ!?」

 「対空銃座ですわ。···被害状況の確認は私が。カウンター部隊の編成と指示をお願いできますか?」

 「は? え、あ、お、おーけー。」

 

 何で対空銃座が起動したのか知りたいんだけど···イラストリアスはそれを確認しに行ったのか。じゃあ帰ってくるまでにカウンター部隊の編成を···何に対するカウンター部隊なのか分からなきゃどうしようもなくね? と、とりあえず高レベル艦で揃えとくか···全員100レベルやないかい!! やべぇどうしよ。

 

 「えぇ···じゃあ旧第三艦隊でいっか···」

 

 『アズールレーン』時代の編成を思い出し、手早く編成していく。武装は···徹甲弾と榴弾1:2でいっか。魚雷と対空はいつも通り、で···追加武装が悩みどころさん。

 

 「ただいま戻りましたわ、指揮官様。」

 「お早いお帰りで。で、被害は?」

 「はい。飛翔体は通常弾頭の艦対地ミサイル、発射予測地点付近に北連の一個艦隊が。当基地および人員への被害はありません。」

 「まぁ宣戦受理したし、そうなるわな。つかまた完全に撃墜したんか···。迎撃には巡回中の艦隊と、追加で第三艦隊を出せ。装備は···はい、これ見て。」

 

 基地用の端末を渡し、指揮用の端末を取る。シグナル·ロスト。まだ駄目だった。イラストリアスが出ていったのを見て、表情を歪めて嘆息する。

 

 「クッソ···やっぱり後詰めは必要だったか···愛宕とか、第二艦隊ズは──基地警備か。第三艦隊は出撃させちゃったし···やべぇ、どうしよう。」

 

 『アズールレーン』では、4つまで艦隊を編成·運用出来た。が、「めんどくせ、二個で十分ナリww」とか言って慢心してたクソ雑魚も居る。まぁ俺なんですけど。一応の予備というか、高難度海域用に3つまでは編成しておいたが、それ以上は初編成だ。

 

 「つか三艦隊同時指揮とか無理ゲー。マルチタスクとかマジ一握りの才能だから···」

 

 

 

 ──世界が、停止した。 

 

 

 

 「なんでやねん···」

 「いやー、お困りのようだったからね。」

 

 馴染みとなった中性的な声が、硬直した体の後ろから聞こえてくる。

 

 「そんな君にいいモノをあげよう。」

 「外付けの脳ミソ(ショゴス)とか要らんからな。つかSANチェック必要なのは要らんからな!?」

 

 じたばたと心中で暴れて中指を立てていると、それを見たのかクスクスと耳障り──とは、どうしても思えない、むしろ耳当たりだけなら良い──笑い声が聞こえた。

 

 「警戒し過ぎだよ。ボクだって、なにも君を壊したい訳じゃない。」

 「嘘乙。つかお前、同一世界に複数人···複数体? の化身置くとかズルくね?」

 「···え? あぁ、あー···」

 

 なにその躊躇い。しかも顔見なくても分かるレベルの嘲笑を添えた躊躇い!?

 

 「ま、それはそれとして。」

 「えぇ···」

 「はいこれ。プレゼント。」

 

 細く、しなやかな腕が伸び、目の前の机に箱を置いて引っ込む。箱と言っても、黒い小箱的なサムシングではなく、パッと見普通の段ボールだ。

 

 「段ボール!!(CV:大塚明夫)」

 「もうひとつ、あるの···」

 「おいよせバカ止めろよマジで。···で、この中身なに?」

 

 また、笑い声が返ってくる。なんや喧嘩売っとんのかコラ···どつき回すぞ···

 

 「や、ごめんごめん。蛇も生首も入ってないから、安心してよ。」

 「前者はともかく後者は伝わらんでしょ···」

 「じゃ、ボクはこれで。またねー」

 

 世界が動き出した瞬間、まず椅子から身を投げてその場に伏せる。もちろん机に足を向けて。

 

 「爆発···は、しないか。ふぅ」

 

 段ボールに爆弾とか神経ガスとか、その手の物が入ってる可能性はなきにしもあらずだし。怖いよぅ···やだよぅ···

 

 ぷるぷる震えつつ、段ボールをペン先でちょんちょんつついてみたりする。

 

 「これ僕が開けるんスか···マジっスか···えぇ···」

 

 何の変徹もない、ただの段ボールだ。膨らんでたり濡れてたりはしない。持ち手の穴から中が見えたりしないかな···いやでも、『ナニカ』と目が合ったりしないかな···ショゴスとか。落とし子とか。ぬわぁぁぁん怖いもぉぉん·······ふぅ。よし。

 

 「···。」

 

 ぎちぎち、と、カッターナイフを取り出し、刃を出す。

 

 「死ねぇぇぇ!!」

 「待てぇぇぇい!!」

 

 大上段から降り下ろした刃が付き立つ寸前で、焦燥に焦がれた声を発端にもう一度世界が停止する。

 

 「はー···はー···あっぶな···。中身を殺す気かい、君は?」

 「殺すって言った? いま中身が生き物だって明言した? なに? ショゴス?」

 「信頼度ゼロだなぁ···。うーん···そうだね···猫、かな?」

 「は? ねこ? SCP-040-JP?」

 「よろしくおねがいします···いや、そうじゃなくて···でも猫もどきって意味じゃ近い···かな?」

 

 ほーん? なるほど殺すか。見たら負け見たらアウト···見る前に殺さなきゃ···

 

 「なんか不穏な気配がするから答えを言うけど、その中身は君の補佐をしてくれる猫みたいなナマモノ、おふにゃだよ。」

 

 

 



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SANチェック

 冒頭のネタは狂気山脈様の感想より拝借···駄目なら消しますけれど。

 感想を糧に仕上げたから結構早いペースで更新できたと思うんだ(当社比)


 「なんて? オフ···ニャル? お前の親戚か?」

 「流石に邪神クラスを送りつけるような真似はしないよ···オフニャね、お · ふ · にゃ。」

 

 スタッカートに発音され、ようやく聞き取れた。オフニャね。ちぃ覚えた。で、直視で幾らのSANチェックですか?

 

 「いや、正気度が減るようなヴィジュアルじゃないし···ねぇ、ちょっと本気でボクのこと疑いすぎじゃない?」

 「これまでの行い振り返って、どうぞ。」

 

 ···このクソみたいな現状の半分はこいつのせいじゃね? 残り半分は人類。やだ、セイレーンが何もしてない!! というかノータッチだから相対的に好印象!!

 

 「つかお前、ミッション更新しろし。ダイヤはよ。」

 「あ、ごめん完全に忘れてた···えっと、オフニャの説明したらすぐやるよ。」

 「いや説明とかいいんで。多分どうせ使わず死蔵するんで。」

 

 要素が多すぎると面倒だよね。ワカル。

 

 「えぇ···いや、でも一応ね? というか中身も見ずにカッター突き立てるような奴に説明せずに渡せるか。」

 「···それはそうか。」

 

 ショゴスとか斬撃無効ですもんね。ちゃんと火炎放射器用意しなきゃ。あとでベルに···っと、そういえばまだ出撃中か。硬直解けたら端末確認しなきゃな。

 

 「そういえばさ、なんか電波障害起きてるんだけど···サーバー異常とかじゃないよね?」

 「世界にサーバーなんてありません。いいね?」

 「アッハイ···いや、おい待てメンテとか」

 「あー、じゃあ説明の必要も無いみたいだし? ボクはこの辺で帰ろうかなー」

 

 あ、どうぞどうぞ。

 

 「えぇ···ツッコミすら貰えないと寂しいなぁ···ま、いいや。その箱と、コレもね。」

 

 もうひとつ···ってホントにもう一個くれるのか。まぁどうせ燃やすんですけど。

 

 「おっと、最後にひとつ忠告が。」

 「···なんだよ。」

 

 聞き慣れた中性的な声。それが、どうしてか初めて聞くような、違和感のある声色で、至極真面目に──あぁそうか、嘲笑の色を全く含んでいないんだ。と、そう気付いた時には、もう言葉は紡がれた後だった。

 

 「···この世界は残酷だよ。気を付けるといい。」

 

 

 

 ──世界が動き出す。

 

 

 

 クソ不穏な忠告と、縦に積まれた中身不明の段ボール。

 

 いや、あの、うん。そんなコト言われてこれ開けるバカがどこに居るんですかねぇ···。オフニャっていうのが新型爆薬のコードネームだったり···まぁつまり、開けた瞬間にドカンとかしたりするんでしょ? 俺は詳しいんだ。アレの考えることくらい──

 

 ──バリバリバリ!! と、凄まじい音を立てて段ボールに貼られたガムテープが剥がれ、内側から蓋が開かれる。当然、俺は触ってない。

 

 「うわぁぁぁぁ!?」

 

 人間は、極限の恐怖を感じると大きく分けて2パターンの行動を取るという。

 

 攻撃と、逃避。

 

 寸前まで、俺の思考回路には火炎放射器だのカッターナイフだの、物騒極まる単語が並んでいた。──だが、並んでいたのはそれだけではない。ショゴス。ねこ。無形の落とし子。ねこ。無貌の邪神。ねこ。それら全てを象徴し抽象的に言い表すのなら、それはやはり恐怖であり、抗えぬ超越存在である。

 

 ···とまぁちょっとカッコよく言い訳してみたが。結局のところ俺が取った行動は逃避──その場から飛び退るというものだった。が、執務机の後ろは窓で、しかもつい昨日、明石によって防弾耐爆仕様のスーパーハードに改造されたものだ。背中から思いっきりぶつかり悶絶していると、視界の隅に見慣れないモノが見えた。

 

 「毛玉···?」

 

 黒い、拳三つ分くらいの大きさの、もこもこした塊。それを形容するなら、正しく『毛玉』という言葉が当てはまる。

 

 呟いた瞬間、ぴくりと黒い塊が動いた。それはゆっくりと緩慢な動きでこちらを振り返る。そう。『振り返る』のだ。その毛玉には、首と頭部が明確──ではないにしろ、確かに存在していた。金色の双眸が動き、黒い縦割れの瞳孔が収縮する。

 

 「···あ」

 

 目が合った。気の利いた言葉のひとつも浮かばないまま、ただ時間だけが過ぎていく。5秒、6秒、7秒を数えた時点で、感嘆符以外の、意味を持った言葉が脳を過り、口を衝く。

 

 「そうだ、ベルたちの様子を確認しなきゃ。」

 

 机に置きっぱなしの端末を探し──床で見たものとは別の、茶色い毛玉に埋もれる──というか、下敷きになっているそれを発見した。

 

 「···ふむ?」

 

 ぎちぎち、ぎちぎち。カッターナイフを弄びながら、また数秒だけ思考を走らせ──

 

 「確かこの辺に···あったあった。」

 

 引き出しをまさぐり、予備の端末を引っ張り出した。初期設定とかは一応終わってるし、即座に使えるよう定期的に充電もされている。いやー優秀な秘書艦たちだなぁ。うんうん。素晴らしいことだ。

 

 「···お? 通信戻っとるやーん。···まだちょっとバグってるけど。」

 

 カメラ映像が不自然に途切れたり、ラグかったり。表示もところどころおかしいし。

 

 「ハローハロー、こちら指揮官、誰か応答してくれー、どうぞー。」

 

 双方向通信なので「どうぞ」は不要だが、そこは気分。何度か繰り返し呼び掛けると、無音だったスピーカーがノイズを発した。カメラ音声は銃声や砲声対策にミュートしてあるから、通信ツールのマイクが起動したことを示す音ということになる。

 

 「電波障害があったんだが、ジャミングか? 誰か返事を──」

 「──しき、かん」

 

 返ってきた舌足らずな声に、一瞬だけ思考が停止する。編成した覚えのない──聞き覚えのない、知らない女声だと思ったからだ。

 

 「え? あ、あぁ、プリンツ···だよな? どうした?」

 「クレムリンの破壊は成功よ、けど···」

 「···けど?」

 

 よくやった!! と、叫ぶ前に、プリンツの言葉に続きがあると気付く。沈鬱な、飄々とした彼女らしからぬ声音と、弱りきって掠れたような声量。

 

 不穏極まる邪神の予言、それを告げた声の感触すら残る耳に、その声は不吉で痛すぎた。

 

 「けど、私たちがやった訳じゃないの。···奴ら、私たちが二階に到達した瞬間に自爆して、私たちをクレムリンの下敷きにしようとしたのよ。」

 「そ、それはまた大胆な···」

 

 頬が引き攣るのを自覚する。大量の瓦礫やら何やらで通信障害が起こってたんですね···。

 

 「というか、今の今まで下敷きだったわ。やっと這い出してきたところ···よッ!!」

 「──!!」

 

 セリフの最後に、大気を震わす砲声が入り込み、続いて大鳳が焦ったように叫ぶのが遠く聞こえた。というか。

 

 「なんて? なんて? ()()()()()()!?」

 「えぇ。私が一番乗りみたいだか···らッ!! 救出活動中よ」

 「──もう少し安全な···と言うのも今更ですわね。」

 

 多分、いまセリフの合間にフッドの周辺を砲撃して吹き飛ばしたんだろう。うんざりしたような声が聞こえてきた。

 

 「クレムリンの下敷きになって生還ってお前ら···」

 

 ぶっ壊れというか怪物というか···お、カメラが···おぉ···

 

 大鳳がもう一度偵察機を発艦したのか、カメラ映像が復旧する。目に付くのは大量の瓦礫、瓦礫、瓦礫。けれどその画は単調ではなく、アクセントとして所々に赤い水溜まりやピンクの塊があったりするし、何なら中途半端に潰れた、それでも明確にそれとわかる死体なんかも写り込んでいる。

 

 「おっふ、すげぇ···」

 

 呟いた直後、画面外から轟音が響いてくる。即座に画面からプリンツの姿が掻き消えるが、数秒後にいくらか安堵した様子で戻ってきた。

 

 「···無事だったか、良かった。」

 

 満身創痍といった風情のグラーフに肩を貸したジャンバールが、瓦礫を吹き飛ばして歩いてくるのが写った。

 

 「そうでもねぇよ。オレはちょうど空間があったから軽傷だが···ツェッペリンの方は半身がまるまる──」

 「言うな、痛みが増す。」

 「そりゃ悪かった。」

 

 グラーフは歩きづらそうではあるが、それでも慣れない冗談を言ってこちらを気遣う余裕はあるし、何よりパッと見で潰れている感じはしない。内側で折れているかどうかは、流石に素人目では判断しかねる。

 

 「じゃあ、あとはベル···ベルファストだけだな。」

 

 焦りを隠せず、愛称が口を衝いてしまう。この状況この状態の艦隊を一刻も早く撤退させ、核攻撃に移りたかった。

 

 「えぇ、そう···ね。ごめんなさい指揮官、敵が来たわ。一度通信を切るわね。カメラも、一応。」

 「え? あ、あぁ、分かった。」

 

 いや、今更配慮とかされても、もう散々死体とか見ちゃったんですが。

 

 ──うわ、なんか今見たくない物まで見えた。具体的には机上でのんびりしてた茶色い毛玉と目が合った。

 

 「お、おーけー。分かったよ分かりましたよ。ちゃんと相手しますよ···えっと、オフニャっつったっけ···?」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 北連 クレムリン跡地

 

 

 「おい、オイゲン。どういうつもりだ? 敵なんてどこにも居ねぇだろう。」

 

 瓦礫と死体の山の上で、怪訝そうにジャンバールが、声を上げる。他の面々も似たような、不思議そうな顔をプリンツに向けている。

 

 「えぇ、そうね。でも絶対に彼に見せちゃ駄目なものが見えて、ね。」

 

 言って、所々に汚れや穴のある手袋に包まれたしなやかな腕が伸ばし、プリンツは一際高い瓦礫の山の、中腹辺りを指す。

 

 「──!!」

 「···嘘。」

 

 大鳳が口元を覆い、フッドが呆然と呟く。

 

 それは、人体のパーツだった。

 

 人間の、左腕。

 

 端的に形容してしまえば、そうなる。そんなモノは少し見回せば幾らでも目に入るし、何なら頭でも胴でも中身でも、赤にピンクによりどりみどり···。ここはそういう地獄だった。

 

 だが、その人体集積所じみた場所で、それは一際目立っていた。

 

 白い肌と、どちらが白いかを競うような純白の手袋。その双方が血に塗れ、手袋は指の部分が親指にしか残っていないほどボロボロだった。ミニチュアの砲塔が付いた手甲に守られ、手首から下腕は見えない。だくだくと血を垂れ流す肘が見え──そこで、それは終わっている。

 

 露出し、先端から血の雫を垂らす、細く形のいい五指。

 

 その薬指に、プリンツたちは白銀の輝きを見留めていた。 

 

 

 



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24

 前話でクソほど評価下がってお気に入り減ってて草生えた。けどまだ(ここ重要)エタらない。


 「で、おふにゃもなんだが、一個説明を求めたいんだが?」

 「なーに?」

 

 停止した世界の中、背後からの中性的な声と会話する。

 

 「俺の転生特典というか権能というか──は、『超弩級の幸運』で間違いないな?」

 「え、今更? ···そうだよ?」

 

 ふむ。じゃあこいつが間違えた訳ではない、と。

 

 「その特典、ちゃんと俺に付与されてるか?」

 「···何を疑ってるのか知らないけど、勿論だ。ボクはそういうところで抜かったりしない。」

 

 何を疑ってるのか知らない、と言いつつ不機嫌そうな神。とはいえその声には間違えようのない嘲笑が混じっているのだが。

 

 「けどさ、思えば『幸運』って曖昧な表現だよな。当たり確率0.05パーセントの宝くじを当てるのは、勿論『幸運』なんだろうが···0.0001パーセントを下回る確率の隕石の直撃を浴びるのも、言い方次第じゃ『幸運』な訳だ。」

 「···君は──」

 「···なんだ?」

 

 嘲笑の色を消さないまま、背後の声が問うてくる。

 

 「──君は、ボクが君で遊ぶために、特典に細工をしたと思ってる訳だ?」

 「違うか?」

 「違うよ。」

 

 即答だった。しかも、その声には苦笑も微笑も、嘲笑すらも含まれていないように思える。

 

 「ボクは確かに()()()()()()をするコトが多いけど···今回は、本当に何もしてない。君にあげた権能は『幸運』──ラックの絡む判定で絶対に勝利し、君を常勝させる、最強の特典だ。正直、今のボク相手なら無傷で殴り殺せるよ、君は。」

 

 真摯な声色。信じさせようという声ではなく、信じて貰おうという声に聞こえる。今までにおよそ聞いたことのない、俺が向ける猜疑に、悲しみすら覚えているような声だった。

 

 「そうかよ。···なら、何故あいつらは瓦礫の下敷きになった? 何故ベルがすぐに見つからない? 何故グラーフはあんな重傷を負った!?」

 「それは君の怠慢が生んだ必然だろう!!」

 

 追及に返される、烈拍の──叱咤。

 

 「君の権能は君のものだ。君の持ってる人形たちにその加護を与えたいなら、きちんと配下を指揮する必要がある。君はそれを確認もせず、初めての戦闘で人形たちが上げた戦果も、今までのものも全て、自分の『幸運』のお蔭だと思い込んでいた。滑稽過ぎて笑えもしないよ、君は。」

 「何を──」

 

 怒りとは、多少は相手に心を向けているから生じるという。好意にしろ悪意にしろ、ある程度の心を向けていなければ、感情など動かない。

 

 そして、いま(こいつ)は、明確に怒っていた。それは艦船たちが不憫だからとかそういう理由ではなく、単に俺が『玩具』にすらなり切れていないからなのだろうが。それにしても珍しいことだろう。かの悪逆非道の無貌の邪神が、こうも感情を露にするというのは。

 

 「いいかい? もう一度言うけど、君の『幸運』を配下たちにも適用させたければ、きちんと指揮をする必要がある。ゲーム時代の言葉で言う『オート放置』じゃ駄目なんだよ。その指揮用端末に、なんの為に衛星がリンクしてると思うんだ? そもそも君は迂闊過ぎる。ボクの正体に気付いておきながら、何故ボクの与えた権能をそうまで信用出来るんだ? 自慢じゃないが、ボクは信頼度の無さには定評がある神だよ?」

 

 別に信頼はしてなかった。というかなんならバリクソ敵視してたまである。

 

 「の割には、何度も何度もボクの化身と疑わしい国家元首たちが集う場所へ武装もせず乗り込んだり、自分からボクを呼び出したり、ボクのあげた権能を疑いもせずに使って──いや、使()()()()()()()()()みたいだけど?」

 

 ···俺の『幸運』が効果を発揮したことは、一度もない?

 

 「いいや? 現状、ヤンデレsが君に対しても仲間内でもFFに踏み切ってないのは、君の『幸運』によるものだ。それと、あの放電駆逐艦のワープで何の後遺症も残らなかったのも権能のおかげだね。」

 

 い、意外と地味に助けられてたんですね。

 

 「···言ってることは分かった。お前が自分から積極的にそういう説明をしない奴だってことも、分かってたハズだった。俺の怠慢があいつらを傷付けたっていうのも、間違っちゃいないんだろう。」

 「言い募りたいかい? 正直、君が何を言おうが論破できるよ、ボクは。君の行動は狂人じみて整合性がない上、いつも何かを怠っている。」

 

 何も言えねぇ。や、言い過ぎな気もするけど。

 

 「──舐めてるのか、キミは。なんて、陳腐なことを言いたくはないけど。」

 「···。」

 

 嘲笑する無貌。そう呼ばれ恐れられる邪神が、本気で怒っていた。計画を潰されようが、住居を焼き払われようが、ただ嗤笑するだけの破綻者が、俺を罵倒している。

 

 「···ま、そんなコトはどうでもいいや。とにかく、君の『幸運』は直接指揮下の艦船にしか適用されませーん。そこで役立つのが、こちらの商品──『オフニャ』でーす。今ならお安く、一匹1500ドル!!」

 

 15万って結構高くね? ···いつもなら、そんな風に突っ込んでいたのだろうか。自分で自分の考えが分からない。自分が真っ直ぐ立っているのか、座っているのか、寝転がっているのか分からない。頭に血が上っているのか、それとも貧血状態なのか、それも分からない。

 

 「あは、そんな反省してるフリとか、後悔してるフリとか──感情の模倣はボクの得意分野だよ? そのクオリティでボクを騙せる訳がない。」

 「···フリ、だと?」

 「違うとは言わせないよ? 所詮、君にとって配下の艦船は『ゲームのキャラ』で、『二次元嫁』でしかないんだ。まぁ、人間は本当に愛する者を喪っても、問題なく日常を過ごせるように作られてるんだけどね。そんな都合のいい生物であるキミだ。画面の中で女の子が何人傷付こうが何人死のうが、別に知ったことじゃないだろう?」

 

 今日は神が饒舌だ。そんな、この場においてはどうでもいいことだけが脳裏に浮かんだ。

 

 「それだけ些事ってことだよ、キミにとって、配下たちは。まぁどうだっていいけど。とにかく、オフニャの説明をするよ?」

 「──ふぅ。あぁ···いや、はよしろし。」

 

 意識的に、いつも通りに返す。

 

 「オフニャは、さっきも言った通り複数艦隊同時指揮──というより、君の『幸運』を指揮外の艦隊に適用させるための、いわばアンテナだ。中継点と言ってもいい。これがない状態だと、君の配下は自分たちのステータスだけで戦う必要がある。···ま、つまり今まで通りだね。」

 「今まででも大概ぶっ壊れだったけど···なに、もっと強くなる、と?」

 「まぁ有り体に言って最強になるね。」

 

 チートくせぇ···

 

 「ち、チートくせぇ···」

 「そんなチート能力を持ちながら条件を訪ねもせず、嫁の実力を自分の力と勘違いして重傷を負わせて、なんならひとり瀕死に追い込んだクソ野郎が居るってそマ?」

 「ほんとそう聞いたらマジでクソだな。死にたくなるレベルで···なんだと?」

 「え? いや、だから、君がクソ野郎だって話──」

 

 違う、そうじゃない···ことはないが、そこを尋ねたわけじゃない。

 

 「瀕死だと? 誰が?」

 

 震えた声で、動かない体で、背後に──最悪の邪神に向けて問う。

 

 「誰って、君がまだ姿を見てない子じゃないかな、普通に考えて。」

 

 

 

 

 

 

 ──────────────??

 

 

 

 

 

 我に返ったとき、世界は既に動き出していた。不幸中の幸いというべきか、時間としてはプリンツ達との通信を切ってから5分くらいしか経っていなかった。

 

 「なんだ、今の。」

 

 何故か少しひりひりする左頬を撫でながら、壁掛けの時計から目を離す。

 

 「まぁいい。···クソ」

 

 まだ取り込んでいるのか、なかなか通信が繋がらない。クレムリンで自爆攻撃をするような奴らが、次にどんな攻撃をするのかがまるで読めなかった。

 

 たった今窮鼠に子飼いの猫を噛まれた身で──いや、その喩えが、もう慢心なのだろうか。国力で見れば、猫どころか虎みたいな相手に食らい付いてるちっぽけな鼠でしかないのだ、俺たちは。

 

 「このままじゃ駄目だ···どうする、どうすれば···いや、相手はどう動く?」

 

 分かる訳がない。俺は偏差値そこそこの大学生、向こうはガチガチの軍事国家。戦力で見れば同等でも、頭の出来具合が違う。経験もない。今までそれを補って来れたのは、秘書艦の存在と、何もかもを灰塵と化せる超戦力によるゴリ押しによるものだ。

 そして、大戦力によるゴリ押しは、搦め手で崩せる。ラノベ主人公なんかがこうやって危機を乗り越えていくのだ。

 

 「魔王側、倒される側ってことかよ、クソ···」

 

 『クソ』以外に咄嗟に罵倒が出ないあたりボキャ貧である。

 

 「そういう時にこそ、ボクらの出番にゃ。」

 

 妙に頼もしい事を言う、聞き慣れない声。嫌な一人称からつい世界が止まると思って身構えたが、そんなコトは無かった。というか、声は前から聞こえていた。

 

 「···もしかして、お前か?」

 

 机上で仁王立ちしている、よく分からない生物。猫のような特徴を備えてはいるが、妙にもこもこ···デフォルメされている。そのくせ、くりくりした目の瞳孔だけは、猫科らしく縦割れの鋭いものだ。机の上で指揮端末をふみふみごろごろしていた、茶色い毛玉。神話生物の疑いがあるやべー物体とも言う。

 

 「毛玉···お前喋れたのか。」

 「にゃ。毛玉じゃないにゃ。」

 

 お、おう。そうか。

 

 「反応悪いにゃ、指揮官。折角の有能無比な援軍にゃのににゃ。」

 「え、援軍とにゃ?」

 

 移った。···少し観察してみて分かったことだが、このナマモノは別に喋っているわけではないらしい。人間の口を再現したというより、小文字のオメガみたいなデフォルメ調の口では発声出来ないのだろう。口はむぐむぐしているが、テレパシーっぽい何かで脳に直接響いているらしい。なるほど、確かにこれなら前線指揮も執り易そうだ。

 

 「そうにゃ。指揮官の特異スキルは聞いてるにゃ。タマたちはその中継点になれる···その上、基礎火力とかを引き上げちゃう優れモノにゃ。」

 「ほう。···あ、タマって言うのかお前。」

 「よろしくにゃ。ちなみに、そっちで爪研ぎしてる黒い方がノエルにゃ。」

 

 ちょっとお洒落な名前しやがってこの野郎。

 

 黒檀製と思しき重厚な箪笥で、かりかりと爪研ぎに励んでいた御猫様の首後ろを掴んでみょーんと持ち上げる。別に怒ったりはしない。その都度止めるだけで。御猫様は家にて最上。猫とか犬を飼ったことがあるなら自然とそうなる···よね?

 

 「で、タマとノエル。今からちょっと北連に行ってる部隊の支援に行って貰いたいんだが。」

 「えー」

 「さむーい」

 「良いから行け。えーっと···オフニャ用の編成スロットってここでいいんだよな?」

 

 指揮端末(ベッド化してた方)に付いた毛を払いつつ、画面を指して言う。合っていたらしく、短い首が縦に振られた。

 

 「じゃ、第一艦隊には···タマでいいか。第三にノエルで。えっと、現地に行かなきゃ駄目なんだよな?」

 「そんな訳ないのにゃ!?」

 

 幾らか焦ったように黒い方──ノエルが言う。その語尾共通なんですね。

 

 「戦場に、それも普段は水上の戦場に、猫を一匹送り込んでどうなるのにゃ。ここからテレパシーでちょちょいっと···」

 「チートくせぇ···」

 

 つか、それが出来るなら『幸運』の常時適用も出来るだろ。何故直接指揮が要る設定にした···

 

 ···逆恨みだな。

 

 「嘘乙にゃ。」

 「あん? 何がだよ?」

 

 タマが嘲笑うようにノエルを一瞥する。

 

 「騙されるにゃ、指揮官。流石にタマたちでもここから指揮するのには限界があるにゃ。指揮官みたいに衛星リンク端末があるならともかく···」

 「···なるほど。」

 

 ぽむ、と、端末に置かれた肉球。高性能なのか旧式なのか、全く反応していなかった。

 

 「お前この期に及んで何大パチこいとんじゃ···」

 「ごめんにゃ···ごめんにゃ···」

 

 にぎにぎにぎ···と、ノエルの肉球をむにむにする。何この文、偏差値ひっく···

 

 それはさておき、とっとと出撃させよう。エルドリッジを呼ぼうと内線に手を伸ばし──

 

 「ふぐぉ!?」

 

 ──右頬に衝撃。どうやらタマの猫パンチらしかった。

 

 「猫に電流はご法度にゃ···常識にゃ···というか指揮官と艦船以外は普通に死ねるにゃ。」

 「えぇ···じゃあどうするんだよ」

 

 流石にここ(トラック泊地)からモスクワまでは、空路でも海路でも遅すぎる。 

 

 「指揮官、タマたちは猫にゃ。」

 「は? お、おう、そうか?」

 「なんで疑問形なのにゃ···まぁ良いにゃ。つまり···」

 「どこにでもいて、どこにもいないのにゃ」

 

 タマの言葉を、先んじてノエルが奪う。

 

 「ち、チートくせぇ!? そっちの特性の方が幸運より強くね!?」

 

 言いたかった言葉を取られ、タマが毛を逆立てて怒っていた。

 

 「この特性はオフニャ用限定仕様となっておりますにゃ。」

 「ちくしょう···まぁいい。早く行ってくれ。」

 

 言った瞬間、二匹のナマモノの姿が消え失せる。もうちょっと遊ばれるかと思ったが、こっちの余裕が捻り出されたものだと気付いていたらしい。和ませようとしてくれていたのだろうか。

 

 「ふぅ······」

 

 ため息と共に、背もたれに深く体を預ける。

 

 「──失礼します、指揮官様。」

 「ドウゾー」

 

 三回のノックの後、イラストリアスの声が聞こえる。許可を出すと、ソーサーとカップを載せたお盆を掲げるように入ってきた。

 

 「お疲れ様です、指揮官様。···ここ、どうされたのですか?」

 

 白手袋に包まれたしなやかな指が、俺の両頬を包むように撫でてくる。

 

 「どうって、え? どうなってる?」

 

 どきどきしながら、気持ち身を反らして言う。まあ反らそうにも背もたれで無理なんだけど。

 

 「肉球の跡が付いていますよ?」

 「両側?」

 「はい。」

 

 ──なるほど。

 

 

 



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25

 感想嬉しい···ウレシイ···ウッ(嗚咽)


 クレムリン跡地近郊 モスクワ市街

 

 

 

 「フッド、敵の数は分かる?」

 「分かりません。···一見した限りでは、二個小隊以上。」

 「それは私にも分かるわよ。」

 

 百人は優に越えるであろう、人の群れ。防弾らしい金属のシールドや、装甲車の鈍い輝きがそこらで見える。

 数が多いというのは、それだけで気色が悪い。どこぞの王の言葉と指揮官が言っていたが、なるほど確かにその通りだ。瓦礫の山と、建物の森。アサルトライフル、グレネードランチャー、スナイパーに対戦車ロケット。ざっと見ただけで軍事パレードの気分が味わえる、バリエーション豊富な装備の兵士たち。

 

 クレムリンから少し離れたこの場所で、プリンツとフッドはその兵士の群れを相手取っている。

 

 「当たる訳──」

 「──ありませんわ!!」

 

 ほぼ全方位から飛来する十発以上の対物ライフル弾を、二人で掴み、弾く。残る四人は、総出でベルファストの捜索だ。彼女が見つかるまで、時間を稼ぐ。それが二人の仕事だ。

 

 「フッド、そっち側──きゃあ!?」

 

 驚きの声を上げて、プリンツが身を躱す。そのすぐ側を、超音速で砲弾が通り過ぎる。

 

 「戦車!? ···そりゃそうよ、ねッ!!」

 

 今まではクレムリンやら民間人やら、北連側にいろいろ遠慮というか、お荷物があった。が、もうここまでやればもう対して変わらない。

 というか、多分北連も吹っ切れている。

 

 「劣化ウラン弾でしょうか、これ。」

 「見て分かるほど詳しくないわ。悪いけれど。」

 

 重金属の矢を、フッドが片手に持っていた。先ほどの砲弾の弾芯だろう。

 

 「プリンツ、少し右に。···ありがとう。」

 

 パァン!! と、大気を鳴らしてフッドが重金属の矢を投擲する。遠く、瓦礫の山の頂上で、一台の戦車が爆発した。

 

 報復とばかり、また全方位から銃弾と、今度は砲弾も混じって飛来する。最小でも直径5.54ミリ、最大で110ミリの殺意が無数に殺到する。当たって不味いのは、そのうち110ミリの、戦車主砲のみ。──とは言うが、その数ですらカウント不能なほどだ。

 

 「ッ──《破られぬ盾》!!」

 

 プリンツが叫ぶのと、重金属の矢が二人へ到達するのは、ほぼ同時だった。

 

 だが──僅かにプリンツが早かったことを示す、青い、半透明の盾。三つのそれが、彼女たちを守るように浮遊し旋回していた。動揺の声が兵士たちに伝播する。一人あたりの声量はそこまで大きくないが、数が多い。先程までは二個小隊ほどだったが、戦車大隊が出てきた時点で、桁が一つ増えるほどに膨れ上がっている。

 

 「ここまで多いと、クレムリンの方に流れてしまいますわね。」

 

 彼女たちの目的は、殲滅ではなく足止め。ベルファストを発見し救出·撤退すれば、あとは核兵器で一掃だ。だが──

 

 「別に殲滅してはいけないという訳ではありませんし。良いですわよね?」

 「指揮官に聞きなさいよ。私は旗艦でもないのだし。」

 「それもそうですわね。では独断で──」

 

 フッドの艤装、腰両側と肩両側に据えられた二連装410ミリ砲。それが一斉に火を吹き、着弾地点と周辺を吹き飛ばす。

 

 ──ところで、『アズールレーン』は弾幕シューティングだ。敵も味方も、それぞれが特有の威力·密度の弾幕を展開し、攻撃する。ではフッドの弾幕はどんなものだったのかと言うと──一言で言って、「強い」。並み居る戦艦の中でも最強クラスの弾幕だ。その真価は、砲撃そのものではない。

 

 「プリンツ。」

 「分かってるわよ。もう伏せてるわ」

 

 瓦礫の上で寝そべるプリンツ。口は開かれ、目は耳を覆う手で一緒に押さえられている。対爆防御姿勢だ。

 

 「では。女王陛下と指揮官様に栄光あれ──《グロリー · オブ · ロイヤル》!!」

 

 先程の砲撃一発の威力を、仮に10としよう。フッドの周囲に浮かぶ光球は、数は50か60程度。上下を除いて全方位を指向しているせいで、密度はかなり小さい。だが威力は──100を下らない。

 

 光球が超音速で飛び散り──周囲を焦土と化す。重爆撃や核兵器でもなければ不可能なほどの破壊が撒き散らされ、1000以上の兵と200以上重兵器を消し炭に変える。その轟音と爆煙に混じって、伏せたままのプリンツは遠く、雷鳴を聞いた。

 

 「いいタイミングね。指揮官。」

 

 僅かに残っていた残党が、恐怖に逃げ出したちょうどその場所に雷撃が下る。先ほどの蹂躙の後では拍子抜けなほど簡単に、そして静かに小規模に、地面を抉ることも雲を晴らすこともなく、ただ敗残兵を炭に変えたのは、最近輸送役として指揮官に重宝されているエルドリッジだった。

 

 「···それに、良い人選だわ。」

 

 雷撃と共に送り込まれた援軍は、指揮官が昔「重回復編成作ったったwww」と言いながら組んだ艦隊だ。ユニコーン、ヴェスタル、明石という火力もなにもない、ただ補助に特化した主力艦隊。インディアナポリス、ノーフォーク、そしてエルドリッジという「そもそもダメージを負わない」ことに特化した前衛艦隊。指揮官は、当初自己回復スキル持ちだけで編成していたのだが「ペラッペラやんけ!!」と叫び、この形に作り直したという経緯がある艦隊だ。

 

 「大方殲滅し終えたから、向こうでベルファストの救助をお願い!」

 「ん···分かった。」

 

 また雷轟が響き、クレムリン跡地に落雷するのを見てフッドとプリンツは思いを同じくする。つまり。「その一撃で崩れたらどうするんだよ」と。なお本人は後に「除細動の代わり」などと供述するのだがまぁそれはいい。

 

 「次から次へと、有象無象が涌いてきますわね」

 「面倒臭いことこの上ないわね···装填は終わったかしら?」

 「えぇ。いつでも。」

 

 遠く、地面を噛み締める履帯の音が、エンジン音と共に、飛行機の飛ぶ音と、その全てを掻き消しそうなローター音に混じって聞こえてくる。空を見上げれば、低空飛行する戦闘ヘリに輸送ヘリ、中空で停止し鼻面をこちらに向けている戦闘機の一群、そして上空を旋回している爆撃機編隊が見える。

 

 「よく分からない布陣ね···」

 「陸上部隊の全滅が前提、なのでしょうね。」

 

 空高くなるほど、攻撃の威力も上がっている。爆撃機のサイズから見れば、このモスクワを煉獄と化せるだろう。ここに向かっているであろう陸上部隊ごと、だが。

 

 陸戦時の定石と言えば、まず遠距離砲撃か空爆で蹂躙──準備砲撃を行う。その後で、機械化歩兵を大隊単位で乗り込ませて残党狩り。これが一番負担の少ない、かつ効率的な戦略だ。だが、準備砲撃の段階で味方が目標地点に居ては、当然、蹂躙掃討を目的とした高密度の弾幕が味方もろとも整地してしまう。

 

 今のところ、航空戦力で警戒すべきは圧倒的な制圧力と火力を誇る爆撃機編隊ではなく、そこそこの火力とかなり高度な精密性をもつ戦闘機とヘリの誘導ミサイルだろう。まぁ、赤外線ジャマーなりフレアなりで簡単に同士討ちを誘えるのだが。

 

 「ベルファストの救助が終わる──いえ、回復が終わるまでは、クレムリンには行かせないわよ。」

 「そうですわね。とはいえ、そう余裕がある訳でもありませんね。」

 

 空対空装備のヘリはともかく、重爆撃装備の戦闘機はちょっと不味い。ここへ殺到している戦車の劣化ウラン弾の被弾も避けたい。

 

 「なら、いつも通りに?」

 「えぇ。お願いしますわね。」

 

 ──実は、という程でもないが、二人は艦隊最古参メンバーに数えられる。超火力のフッドと、超耐久のプリンツ。そんな安直かつダサいことこの上ない二つ名を指揮官から贈られた二人は、指揮官がまともな装備も艦も持っていなかった時代から、ベルファストと共に幾多の戦場を駆け抜けてきた。もし、彼女たちに指揮官以外に向けての好感度システムがあるとすれば、その数値は200を数えよう。100止まりのレベル、その数値を何倍にも引き上げられる連携を重ねて、彼女たちはここに立っている。

 

 毎分1000発以上の殺意をバラ撒く突撃兵も、対物ライフル装備のスナイパーも、徹甲弾を雨霰と浴びせる援護兵も、何百何千居ようが構わない。

 

 「《破られぬ盾》ッ!!」

 「《グロリー · オブ · ロイヤル》!!」

 

 青白い浮遊する盾が、飛来する重金属の矢を弾き返す。旋回する盾の合間を縫ってくる弾丸は、その尽くが無意味。貫通力も制動力(ストッピングパワー)も発揮せず、ただの鋼色の軍服に阻まれる。

 

 盾がカバー出来ない上方に、50以上の光球が浮かぶ。一発が戦艦の主砲を上回る威力のそれは、簡易的な炸裂反応装甲だ。ミサイルが触れた瞬間に破裂し、同時に爆発したミサイルのメタルジェットや破片、爆風を反対方向に吹き飛ばす。

 

 攻撃の第一波は、完全に防ぎ切ったように思える。だが──そもそも、この場における北連の攻撃に、「波」という物は存在しない。超のつく大規模部隊は、それそのものは一つの波とも言える。誰かが撃つ間に装填し、誰かが装填する間に撃つ。そのタイミングを意図的にずらしている以上、攻撃に緩急など生じない。

 

 鋼と火薬の雨が止むことはない。

 

 「──っ!!」

 

 盾の合間をすり抜け、プリンツに劣化ウランの弾芯が迫る。咄嗟に身を捻るが、相手は超音速で飛翔している。努力も虚しく、右腕に着弾した。

 

 「痛っ!?」

 

 ──人間であれば、半身が吹き飛ぶで済めばラッキーといえる攻撃。それを受けて、被弾した箇所の骨折で済むあたりが艦船を指して指揮官が「チート」と称する所以だろうか。だが、骨折というそれなりの重傷を負うということは、頭なり胸なりに受ければ、最悪死ぬということだ。

 

 運の悪いことに、プリンツの発した声は流石に聞こえないまでも、痛がる様子は北連の兵士たちに見えている。クレムリンを一個小隊以下で倒壊せしめた──爆破したのは北連だが、彼らはそんなことは知らない──セイレーンに、有効打を与えたという事実。士気を上げるには十分過ぎるだろう。

 

 「やってくれるじゃない···!!」

 

 プリンツの砲が哭き、彼女に一矢報いてみせた戦車と随伴歩兵を一撃で消し飛ばす。その間にも、重金属の矢と戦車を吹き飛ばし得るミサイルはカートン単位で飛んで来ている。勿論大半は盾と光球が受け止めるが、前者には三枚が旋回して守るという性質上物理的な隙間が生じ、後者は炸裂反応装甲という性質上消耗するという隙が出来る。

 

 端的に言って、死ねる火力が殺到する。

 

 二人の視界がグレーに染まる中、加速した思考で「せめて出来る限り道連れにしてやろう」と決意し──気だるげな声を聞く。

 

 「──《レインボー · プラン》」

 

 弾丸が。劣化ウランの矢が。ミサイルが。殺到する殺意の全てが、二人の体をすり抜けていく。必中の軌道を描いていたはずのモノでさえ不自然に軌道を変え、ギリギリ当たっていたモノは、もともと存在しなかったかのように掻き消えて。

 

 「助かりましたわ、エルドリッジ──」

 

 クレムリンに向かい、ベルファストの捜索に当たっていたのでは無かったか。フッドがそう怪訝な顔をした時、少し幼い、甲高い声が響く。

 

 「《彗星よ、尊き煌めきを》──!!」

 

 突如として現れる、爆撃機の編隊。北連のそれではなく、旧大日本帝国海軍が擁した爆撃機、『彗星』である。数にして20ほどのそれが、モスクワ市街を横切って──その仕事を全うする。つまり、腹に抱えた大量の爆弾をバラ撒き、並み居る兵士と戦車を肉片と鉄屑に変える。

 

 その後を猛スピードで追い、攻撃する北連の戦闘機と戦闘ヘリ。如何にチート艦船のものとはいえ、爆撃機。戦闘機の空戦能力の前には為す術もない。だが彗星は撃墜された瞬間に、幻影のように消え失せる。

 

 困惑したように滞空する北連の航空戦力に向けて、プリンツとフッドが対空装備を向け──

 

 「戦闘機は任せ、卿らは休んでいろ。──《鉄血の鷹》」

 「ヘリは私が。──《流星よ、真に転ぜよ》!」

 

 またしてもどこからか、今度は旧ドイツ第三帝国海軍が擁した戦闘機、Me-155A艦上戦闘機の一群が飛来する。旧世代のそれはしかし、チートと称される艦船の物。瞬く間に北連の最新鋭戦闘機を尽く撃墜した。そして──残された戦闘ヘリが乱数回避運動を取りながら離脱しようとする。その頭上、頭を押さえるのは旧大日本帝国海軍の艦上攻撃機、流星。その主兵装は──魚雷。

 この場に指揮官が居れば、何を考えているのかの困惑しただろうか。或いは、戦闘ヘリに魚雷はお約束、と笑っただろうか。

 急降下した流星が、腹に抱えた対艦攻撃用の火薬の塊を投下し──ヘリの一群を地に堕とした。

 

 

 

 北連の地上部隊が壊滅した時点で、高空を舞う爆撃機のパイロットたちは自国の領土を、それも首都を爆撃する決意を固めていた。酸素マスクと一体化したヘルメット、その耳元に据えられたスピーカーから、指示が飛ぶ。

 

 ()()開始。

 

 

 

 遥かな高みで悠々と飛行していた航空部隊が、旋回ではなくほぼ滞空に近い低速での直進──爆撃姿勢に移行したことを、プリンツたちに合流した大鳳とグラーフの二人が真っ先に気付く。

 

 「来ますわよ、雨が。」

 「あぁ──いや、何か変だ。」

 

 爆撃機の運用──というか、航空戦力の運用においてはある意味専門家の二人が、怪訝な顔で空を見上げる。つられて、おそらく救助され、目下回復中と思われるベルファストを除いた第一艦隊の残りと、第三艦隊の前衛三人も空を仰ぐ。

 

 「編隊爆撃の布陣じゃない。何か別の──」

 

 一機を中心に、取り囲む様に四機が飛行している。見守るように。監視するように。

 

 「いえ──観測?」

 

 空を仰ぐのを止め、全員が顔を見合わせる。青い顔をしている者、うんざりした顔の者、涼しげな顔の者。全員が口を揃えて、シンクロした予想を話す。

 

 『──核?』

 

 




 ところで空戦能力は戦闘機>攻撃機>戦闘ヘリでいいんだよね···? まぁ物によるだろうけど。


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26

 1/1D6>miss -6


 「流石に核兵器の直撃は避けたいわね。私もフッドも、受けたダメージは少なくないのだし。」

 「···そうですわね。エルドリッジ、離脱は可能でしょうか?」

 

 プリンツが折れた左腕を押さえながら言う。ただの重爆撃でもフッドや大鳳といった重装甲の艦ならば或いは──というレベルだ。観測機を引き連れての高高度爆撃──十中八九、新型核兵器が降ってくる。

 

 「ん···全員一気に行けるなら、大丈夫。」

 

 この場にいない、目下回復中のベルファストたちを置いていくと、プリンツたちは無事でも残される側がそうはいかない。それも、核の炎に晒されるのは手負いのベルファストと、装甲も薄く戦力としては数えられない回復要員たち。

 

 「せめてイラストリアスが居れば···」

 

 送り込まれたのが旧第一艦隊であれば彼女も一緒だったのだが、基地警護用に置いてきたのが仇となった。編成を組んだのは彼女自身だが。

 

 「腹を開いたな。···そら、来るぞ。どうする?」

 

 腹部ハッチを開き、「破壊のタネ」がお目見えする。遥か上空のそれを、この場の全員が肉眼で捉えていた。

 

 「···あ、指揮官?」

 

 黒光りする塊が、空を垂直に落ちてくる。それは途中でパラシュートを開き、大幅に速度を落としながらも、目下の街を焼き払うために進むことを止めない。

 

 それを仰ぎながら、プリンツは通信機に向けて話し続ける。些か気分を害した様子で、飄々と、涼やかに。今から熾天の裁きを受ける罪人の絶望とも、神の御許へ行く聖女の安寧とも違う、とっておきの悪戯を仕掛けた子供のような愉悦を浮かべて。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 38回。

 

 俺がリダイヤルした回数だ。ヤンデレもビックリな固執ぶりだが、そこはそれ、非常時ということでひとつ。

 

 既にオフニャと共に回復マシマシカチカチパーティーである第三艦隊を送り込み、指揮端末と衛星をリンクさせてはいる。が、通信だけが繋がらない。通信が繋がらなければ、指揮が執れない。指揮が執れなければ、『幸運』が艦隊に適用されない。

 

 というか、確かに慢心に溺れていたことも行動がフラフラだったことも認めるが、流石に『幸運』の発動条件を聞かなかったからと教えなかったのを棚上げしてあそこまで怒るのは如何なものかといじけてみたり。

 じゃあどうしろって言うんだよクソいっそ世界征服でもしてやろうか、と、今後の活動方針を検討してみたり。

 イラストリアスが淹れてくれた紅茶を啜りつつ、お茶菓子を摘まんだり。

 端末二台同時で呼び掛けてみたり。

 

 いろいろやってるうちに、30回を超えて。40に届くかというところで、ようやく繋がった通信。カメラは空を映すばかりで、プリンツの無事以外の全てが伝わらない。

 

 マイクに向けて叫びたいのを必死に堪えて、声を作る。

 

 「プリンツ、ベルは···いや、状況は?」

 『···えぇ、最悪ね。あれが見えるかしら。』

 

 向こうも声を作っているのではないかと思うほど、背筋に粟が立つような声色。涼しいどころか凍り付くような、聞き慣れた女声。

 

 カメラ画像の中で、血に濡れたのか色の濃い部分散見される、鋼色の軍服と手袋に包まれたしなやかな腕が伸び、指先が空の一点を示す。

 

 「──?」

 『核爆弾よ。』

 

 あっさりと、致命打の名を口にする。核兵器に対して、『幸運』でどうこうできるものなのだろうか。というか、この会話しているだけの状態が、「指揮を執る」ということなのだろうか。多分命令とかしないと駄目なんだろうが──クソ、詳しい話を聞いておくべきだった。と、今さら悔やんでも遅い。

 

 「エルドリッジの転移で──いや、そもそも合流できてるのか? そっちに第三艦隊とネコを二匹送ったんだが。というかベルは見つかったのか?」

 『──好きよ、指揮官。』

 

 ──はい?

 

 いつぞやと同じように、何の気負いもなくそう言われても、咄嗟にどう返せばいいのかなんて分からない。そもそもなんでこのタイミングで愛の告白が飛んでくる? こんなのは、まるで遺言だ。

 

 「おい、プリンツ!? おま、こった、なん···!?」

 

 クソほど噛んだ。無様過ぎるだろ···。

 

 そんな俺の醜態がお気に召したか、通信越しに笑い声が聞こえて──カメラ映像が白一色に染まる。

 

 困惑を舌に乗せる間もなく、通信機の安全装置が作動し一切の音を伝えなくなる。向こうのマイクが、少なくとも砲声並みの爆音を拾ったということになる。この状況で「あぁ、誰かがぶっ放したんだな」なんて暢気な勘違いを出来るほど、俺の脳は幸せじゃなかった。

 

 確認するまでもなく、衛星から送られてくる画像の中で、モスクワが炎に──と言うより、白い、いっそ神々しさすら覚えるような光の球に押し潰されていた。

 

 あぁ、核爆発ってこんな感じなんだ。そんな、冷静で場違いな感想を抱く自分が生まれて、即座に激情に呑まれて消える。

 

 この痛みはなんだろう。北連への怒り? それとも自分への怒りか? 愛する妻を、艦船たちを喪った悲しみか? そんな世界で生きていくことへの絶望か? そんな状況を作り出した自分への失望か? この状況を嘲笑っているであろう神への、その掌で踊り狂う俺自身への憎悪か? その全部で、その全部でも足りないんだろう。

 

 そう分析した自分も、よく分からない激情に呑まれて消える。自我が、理性が消えていく。怒りと悲哀と復讐心と諦感と喪失感と憎悪と殺意と絶望と──あらゆる感情を足して混ぜて掛け合わせたような、この、感じようのない感覚。何と名付けようか。そんな思案も消えていく。

 

 「──指揮官様!?」

 

 ドアを開けて、退出していたイラストリアスが駆け込んでくる。何をそんなに焦っているのだろうか。そんな心配も呑まれていく。

 

 「落ち着いてください、指揮官様!!」

 

 彼女は何を怒鳴っているんだ?

 どうして、そんな悲しそうな顔をしているんだ?

 俺のせいか?

 

 全部が全部、呑まれて消えて、統合される。感情を抱けば抱くだけ、その言い様もない感覚が肥大していく。感情を喰らうそれは、きっと── 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 衝撃と熱と炎。プリンツたちを襲ったものを時系列順に羅列すると、こうなる。

 

 モスクワの一角、総勢12人の少女を覆い隠すように広がる白煙の中で、険のある、すこし低い声が飛ぶ。

 

 「オイゲン、悪質だぞ。あれじゃまるで遺言だ。」

 「あなたのからかいには慣れておいででしょうけど···タイミングが悪すぎますわ。」

 「綺麗なメイドに心を奪われて私たちに構ってくれない、わるーい指揮官へのお仕置きよ。」

 

 なるほど、と思った者が10名。残る一名はと言うと。

 

 「···かと言って、ご主人様に無用な心労を負わせるのは見過ごしかねます。」

 

 ちょっと頬を赤らめて、照れ半分に怒るメイドである。

 

 「以後気をつけるわ。···もういいの? ベルファスト。」

 

 プリンツがベルファストの服に視線を投げ、一瞬だけ左腕で止まり、また目を合わせる。服も腕も、薬指の輝きも、元通りだった。というか、汚れやシワまで直っているだけに、プリンツの方が血染みや破れで余程重傷っぽい。実際、片腕が折れているのだが。

 

 「えぇ。皆様こそ、大丈夫ですか? 私のせいでご迷惑をおかけしました···欠員は?」

 「居たらヤバいな。大丈夫だ、12人全員居る。」

 

 ジャンバールが手を振って応じる。強襲部隊6名、第三艦隊6名、全員が──無傷。

 

 厳密には、北連の兵士とやりあっていたフッドとプリンツ以外は無傷。二人はそれなりに怪我を負っている。それも裂傷から骨折まで幅広く。それらを生んだのは全て劣化ウラン弾──その程度で済んでいるのは艦船の耐久力あってのものだ。というか人間なら一発でアウト。チェンジだ。主に住む世界とかが。

 

 「助かりましたわ。···おかえりなさい、ベル。」

 「そうだな。助かった···ありがとう。」

 「困ったときはお互い様ですわ、皆様。」

 

 全員を核爆弾がもたらす破壊から守り切ったのは、ベルファストのスキル『煙幕散布 · 軽巡』だ。その効果は──航空攻撃に対する回避ボーナス。

 

 だが、核爆発という一面を灼く攻撃を、どう回避するというのか。···実は、「核を使われたらどうする?」という問題は、この世界で人類と核兵器の存在が確認された時点で、艦船たちの間で出ていた。「撃墜する」「撃たれる前に滅ぼす」「そもそも人類を消せば撃つ奴も消える」という解決策が提示され、議長であった当時秘書艦の愛宕が許可しベルファストが黙らせた──いや、いまはこの話はいい。最終的に、「無敵化で凌ぐ」「撃墜する」という案が残り、その両方が()()()が必須という難点を抱える中で、颯爽と舞い降りた天案が──「避ける」である。

 

 彼女たちのいう「回避」には、実は二パターンの回避が存在する。

 

 一つは、「攻撃に当たらない」回避。銃弾なりミサイルなり、物理的·速度的に回避可能な攻撃に対しては、この対応が主軸になる。

 

 もうひとつ。これは──「当たっていないことにする」回避。ちょっと意味が分からないと思うが、これは爆弾や面制圧射撃など、物理的回避が不可能な攻撃に対して取られる。これを『世界に対する誤魔化し』だと、一部の艦船は考察する。なお大半は何も考えずに『判定回避』とか言っている。

 

 たとえば、銃弾がエルドリッジに命中する軌道で飛んできたとしよう。命中確率が100%の銃弾、というわけだ。ここで彼女は、体を二歩ほどずらす。すると、銃弾は何かしらの要因で曲がらない限りは命中せず、その命中確率は0%に落とされる。これが前者だ。

 後者はというと、命中確率100%の銃弾は、そのままエルドリッジに向けて飛翔する。そして、確かに「当たる」。だが、彼女の「被弾確率」は、スキルによって0%にされ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という状況が出来上がる。

 

 ──艦船たちの間で出されたこの考えが正しいのかどうか、それはこの際問題ではない。驚嘆すべきは結果。

 

 核爆弾が生んだ熱も衝撃も、彼女たちに確かに当たり、そして当たっていない彼女たちにはなんの傷も痛痒も残さず、過ぎ去った。

 

 「──さて、じゃあ反撃と行くか。あんまり何もしてないしな。《パイレーツソウル》!!」

 

 ジャンバールの主砲が、辺りに立ち込める煙や、何が蒸発したのかも分からない蒸気を裂いて砲弾を吐き出す。大気を引き裂く金切り声を上げて、380ミリ榴弾が空高く打ち上げられる。狙いは飛行速度に難のある大型爆撃機で、しかもそこそこ集まった編隊飛行。外す訳がない。

 

 「《榴弾強化》」

 「《グロリー · オブ · ロイヤル》」

 

 続けざまに、ロイヤル艦がふたり、スキルを発動する。ベルファストがジャンバールの砲撃を強化し、フッドは落下してくる爆撃機が腹に抱えた他の爆弾と燃料を、すべて上空で焼き払った。

 

 

 

 

 全ての敵を、その残骸もろともに焼き払ったクレーターの中で、12人の少女が弛緩した空気を漂わせる。明石たち回復組は、早くもプリンツたちの回復に取りかかっていた。立ち込めていた黒煙や残留していた火柱──きのこ雲は、戦艦ふたりが「不快」として全力の砲撃で吹き散らした。

 

 「にゃー、見かけほど重傷じゃなさそうにゃ。」

 「Danke sehr.」

 「フッドさんもですねー。あ、そこに座って貰えますか?」

 「分かりました。···熱い!?」

 

 明石は黙々と治療を受けるプリンツを担当し、ヴェスタルが身長差のあるフッドを担当する。途中でフッドがどろどろに溶けた瓦礫に座らされるという憂き目にあったが、それ以外は着々と進んでいく。

 

 「一応偵察機を飛ばしてみましたが···敵影はありませんわ。」

 「我もだ。オイゲン、通信機は直ったか?」

 「···いえ、まだよ。」

 

 索敵に出ていた──と言っても少し離れて偵察機を飛ばすだけだが──大鳳とグラーフが戻り、報告を上げる。

 

 プリンツは地面に投げ捨てるように置かれたガラクタ──もとい、通信機を忌々しそうに一瞥した。核兵器の爆発に伴う強力な電磁波が、辺り一体を蒼天の下で電波暗室と化していた。

 

 「エルドリッジ、どうかしら。」

 「まだ止めた方がいい···」

 

 空母勢と協力して、こちらは足での索敵──溶け固まり、愉快なオブジェの森となったモスクワ観光に終わった──から、プリンツと回復役の護衛に残っていたノーフォークとインディアナポリスを除く前衛艦隊、つまりベルファストとエルドリッジが帰ってくる。

 

 「···電磁波同士の干渉でレンチンとか、勘弁。」

 「もう十分暖まったもんね···」

 「同感です。···ではもう少し待ちましょうか。」

 

 巡洋艦勢が意見の一致をみたタイミングで、修理を終えたらしいフッドが寄ってくる。

 

 「どうでしたか? 航空索敵に引っ掛からない時点で、ほぼ殲滅できた──任務を達成したものと言えそうですが。」

 「はい。人っ子ひとり···どころか、無事な死骸の一つも見当たりませんでした。」

 

 遠く、見渡す限り広大なクレーター。ガラス化した地面や、沸き立った瓦礫、溶けた金属、蒸発した化学物質の臭い。どれを取っても人間には耐えられないだろう。加えて言えば、核兵器の本領その2である放射能汚染。目には見えないが、この場でのんびりするのを躊躇わせるファクターだ。

 

 「電磁波が収まるのを待ちますか?」

 

 表情はにこやかに、けれど声音からは否定的な感情を溢れさせながら、大鳳が一応といった体で述べる。

 

 「移動すべきだろうな、やっぱり。何より──」

 「──指揮官に連絡を取らないと、ね。」

 

 ちょっとした冗談のつもりだったが、まさか電磁パルスがここまで強力とは思っていなかった。軍用基準を満たす通信機には、そう弱い訳ではないEMP防護がある筈なのだが。このままだと指揮官が核報復でユーラシア大陸を海に変えかねない。

 

 「エンタープライズとか一航戦の先輩方とか···"ナイトメア"とかが来るかもしれませんし。」

 「北連の遷都──というか、生かして苦しみを刻み続ける事が目的でしょうから、ね。」

 

 大鳳がそのまま続け、フッドが応じる。

 

 「では移動──警戒、対空!!」

 

 グラーフが言い掛けて、即座に艦載機を放つ。レーダーが沈黙している現状で、空を裂く光点に気付けたのは幸運だった。成層圏を舞うそれに気付ける、知覚できるのは、空を統べる空母の二人だけで、軽空母の──というより、戦闘要員ではないユニコーンは気づいていない様子だった。

 

 「流れ星、な、訳ありませんわね。」

 「大陸間弾道弾···」

 

 モスクワ上空を高速で通り過ぎ、シベリア方面へと飛び去る無数の光点。モスクワを──彼女たちを狙ったものではなさそうだった。

 

 「···。」

 「ICBM、ですか? ──それは」

 

 あらかじめその正体を知った空母の二人が、まず結論に至る。遥か高空を舞う飛翔体の正体を聞くところから始まった他のメンバーは、少し遅れて。光の粒になっていく身体には構いもせず、背筋を駆け上がる悪寒に身を震わせて。

 

 「ヴィシアのか──いや、今はもう『アンノウン』かもな、オレたちも。」

 

 彼女たちの指揮官が吹っ切れた──というか、キレたことを察した。

 

 



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鞭と飴

 天城引けました(普段のガチャ爆撃への報復)

 流れ弾を食らったらごめんね!


 神だの存在DIOだのと、色々な呼び方をしてきたが、俺にとっての天敵を明確かつ最も知られた名で呼ぶのなら、ニャルラトテップ。或いは這い寄る混沌。或いは黒衣の王。或いは嘲笑する無貌。どの呼び名も相応しくなく、どの呼び名も相応しい。

 

 あいつの詳細は省くが、ggって目につくのは、禍々しい見た目のクリーチャーか、銀髪碧眼の美少女の画像だろう。この世界でこうして思走する羽目になった原因であるあいつは、中性的な声で、彫刻みたいにしなやかで綺麗な腕をしていた。というかそれくらいしか情報がない。小説やTRPGのシナリオで描かれるほど、こちらに干渉もしてこない。追加要素やメンテ──サーバーなんてないと奴は言ったが──のとき、説明を入れに来るくらいだ。そう聞くと、ソシャゲの運営みたいな感じでちょっと親しみが湧く。

 

 この世界を作り上げ、管理運営する、ゲームマスターのような振る舞い。もし本当に()()()()()()()()なのだとしたら、さっきの叱責はどういうつもりなのだろうか。

 

 あいつの行動理念は、『面白ければすべてよし』だ。人類の滅亡にも、地球の崩壊にも、大した意味は見いだしていないだろう。そうすれば人類が競い争い殺し殺されて面白い、そう判断すれば迷わないだろうが。だが積極的に、何の目的もなく、そんな面倒でつまらないことをするとは思えない。ましてや、説教なんていう「つまらないもの筆頭」みたいなことをするか?

 

 何か、あの叱咤の叫びには意味があったのではないだろうか。

 

 考えてみろ。あのまま行けば、俺はベルファストが瀕死ということを知らず、取り返しのつかない状況になっていたかもしれない。──ベルを喪って、プリンツも喪って、フッドも大鳳もグラーフもインディもノーフォークも明石もユニコーンもヴェスタルも、エルドリッジも、傘下に加わったばかりだったジャンバールも、喪って。今更何を言っているのか、俺は。

 

 彼女たちの死を、無駄にはしない。

 

 そんなありがちな台詞は、口に出すことさえできない。だって、彼女たちの死を無駄にしない方法なんて思い付かない。核の炎で燃え朽ちた死体を持ち帰って、解剖でもするか? ふざけるな。

 

 ──いや、そもそも彼女たちは死んだらどうなるんだ? 退役すると勲章になって···戦闘不能になるとドックに強制送還だったか。どういう設定だったか忘れたが、轟沈はしなかった。ストーリーは別だったけど。チュートリアルでヨークタウンが沈んでて草生えたなぁ···

 

 懐かしいな。放置系艦隊育成弾幕シューティング。その触れ込みに相応しく、キャラの育成も戦闘も、殆どが指示を出して放置するだけで良かった、『アズールレーン』というゲーム。それが現実のものとなり、キャラクターたちが一人一人意思を持って思考して動く。しかも全員が俺より有能。そんな状態で、彼女たちに全部任せたら全部上手くいく状態で、なんで何の専門知識も技能も持たない俺が、わざわざ指揮をとる必要がある? 基本方針だけ示せば、あとは皆が全部やってくれる。俺より上手くやってくれる。

 

 ならそれでいいじゃないか。全部任せて平和の中でも惰眠を貪って、それで問題なかったじゃないか。全部、北連とかいうクソ野郎がブチ壊してくれたが。

 

 そもそもこの世界はなんなんだ? ヴィシアだのアイリスだの北連だの、ゲーム時代には無かった陣営がいるし。潜水艦だの認識覚醒だの追加要素が無理やり神にねじ込まれるし···やっぱりあいつ運営なんじゃね? GMなんじゃね?

 

 

 

 

 脈絡のない、バラけそうな思考が、次々に脳裏を掠めては消えていく。──いや、消えているのではない。もっと別な、もっと激しい感情に取って代わられて喰われていく。

 

 『──ちょっと勘弁して欲しいな、それは。』

 

 その激情すら、大きなナニカに握り潰されるように萎んでいく。強制的な沈静化に、荒れ狂う感情が悲鳴を上げた。

 

 圧倒的な絶望。それを覆い隠すための、怒りと殺意と悲哀と復讐心。全部が全部、それを喰らっていた感情の消滅とともに帰ってくる。

 

 『──うん。だいぶいい感じに出来上がったけど、それだとワンパだね。···あぁでも、多分大丈夫かな。』

 

 疑問が浮かぶ。こいつは何を言っている? いやそもそも、俺の脳裏で好き勝手に話す、お前は誰だ?

 

 『あは、分かってるくせに。キミのピンチに颯爽と駆けつけた、いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌──にゃ』

 「出てけ!?」

 

 恐怖に駆られて叫ぶと、喉からも同じ叫びが漏れた。その大声で、悪夢が終わり、現実へと引き戻され──

 

 

 

 ◇

 

 

 

 目の前で泣きそうな顔をしている、イラストリアスと目が合った。

 

 「ご、ごめんなさい指揮官様。ですが、そんな状態のあなたを置いていくことは──」

 「いやゴメン違うんだ聞いて!?」

 

 怯えと悲壮に顔を端正な歪め、イラストリアスが微かに震えながらこちらを窺う。その様子に、嗜虐心と庇護欲という相反する感情を抱いて──感情を抱いたという自覚に、首をひねる。

 

 コレガ、カンジョウ···

 

 技術的特異点を迎えたAIのごとく感動していると、本日四度目の時間停止が世界を襲った。

 

 「──や、元気かい?」

 「いやそんな久しぶりみたいな空気出されても。さっきまで会話してたし、なんなら何十秒か前に脳内で話しましたし。」

 「···確かにそうだけど。」

 

 気分を害したように嘲笑する、中性的な声。あの激憤の片鱗は一切窺えない。

 

 「なぁ、一応聞くんだけど、さっきの俺の状態って──」

 「一時的発狂だね。ちなみに狂気内容は自傷行為と破壊衝動~」

 

 神はちょっと楽しそうに言って、背後から手鏡を持った腕を伸ばす。絶妙な位置と角度で、背後の風景は全く映さず、俺の顔だけが虚像を結び──

 

 「うっわ···うわうわうわえっぐ···つか意識したら痛くなってきた!!」

 

 眉から頬にかけて、かなり深い引っ掻き傷がついている。目尻や眉などの皮膚が薄い部分はそうでもないが、頬の柔らかい部分はかなり抉れていて、姿勢的に見えないし出来れば見たくもない手の指や爪の状態が窺える。

 

 「あー···そりゃビビりますわ」

 

 発狂したのは、どうせモスクワに落ちた核を、その破壊を衛星越しに見たときだろう。

 

 「厳密には、その破壊が指し示す配下たちの残酷な運命に気付いてしまったとき、だね。」

 

 どういう訳か──いや、ここで発狂して終了、なんていう甘えた結末を許容しなかった神が対処したのだろう。もはや、彼女たちの死という事実では狂えそうになかった。そのくせ、堪えようのない、それでも自我を喰らうには至らないギリギリの殺意や怒りや悲哀をない交ぜにした激情が──小さな狂気が燻り続けている。

 

 「──あいつらは、死んだのか。」

 「···。」

 

 その事実を口にしても、実感が湧くだけだった。もはや狂気に溺れることは──現実から逃げることは、出来そうにない。

 

 「一応聞くが、後追い自殺とか」

 「殉死は法律で禁じられてまーす。というか、ボクがそんなの認めるワケないじゃん。」

 

 ですよねぇ···知ってた(諦感)

 

 「で、どうするの? ちゃんとプレイする気になったかい?」

 「なに?」

 

 鏡を引っ込めて、今度は基地内部でのみ機能する方の端末を差し出してくる、しなやかな腕。そっと端末が机上に置かれ、任務画面が表示される。

 

 「ご要望通り、任務を更新しておいた。確認してくれ。」

 「確認しろつったって···うお!?」

 

 この止まった世界でどうしろと? そう恨み交じりに返す前に、体が勝手に動き出す。俺と、前日と当日の秘書艦しか知らないはずのパスワードが打ち込まれ、ロックが解除される。

 

 そのタイミングで見えた指や爪には、赤黒い血や皮膚がこびりついていて、なるべく意識しないようにしていた顔の痛みが帰ってきた。

 

 「いてて···ん?」

 

 タイトルが、『チュートリアルをクリアしろ』という任務が目につく。その進捗率が75%であることに困惑した。

 

 「おい、これ···」

 「北連と戦争して、どうだった? 色々学ぶところがあっただろう? とくに、艦船たちに何が出来て何が出来ないのか。艦船たちのために、キミは何をすべきで、何をすべきでないのか。この世界がどうなっているのか。この世界で生きていくということが、どういうことか。この世界が──いかに残酷か。」

 「──まぁ、この戦争を指してチュートリアルって言ってるんだろうなってことは分かってた。問題はだクソ野郎。」

 

 チュートリアル。どんなゲームでもたいてい準備されている準備期間みたいなもので、そこでプレイヤーは操作やシステムを学ぶ。そして、その期間中のプレイヤーの行動やシナリオの展開は往々にして──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。途中で止めることも、別の行動をとることも出来ない、敷かれたレールをどれだけ早く走れるかという時間。

 

 「この展開は──」

 「違うよ。言ったはずだ、ここまではチュートリアル──シナリオにすら入ってないんだ。キミはボクが用意したゲームに参加してすらいない。だから···違う。」

 「──そうか。悪かった。」

 

 しばしの沈黙。時間を具体的に言えば2分くらいか。反省とか謝罪を示すために、神はきっと、それを受け入れるということを示すために、口を閉ざしていた。

 

 「それで」

 「で、だが」

 

 ···おい、おいやめろ。なんでこのタイミングで被せてくるんだよ。んでなんでもう一度黙るんだよ。やめろ、ホントにやめろ。今の俺は嫁を喪って傷心だからフラグが立ったらルート一直線だからマジでやめて。お願いします。

 

 「あはは、言葉の上だけでもそこまで拒絶されると、結構イラッとするね。」

 「言葉の上『だけ』ってなんだよツンデレとかじゃねぇよブチ殺すぞ。」

 

 ラブコメじみた空気が一転、殺伐とした雰囲気になる。

 

 「···で、何かな?」

 

 その空気でさえも、俺への気遣いだったのだろうか。妙に優しい邪神に不信感を募らせながら、その優しさに甘える。

 

 「···戦力が欲しい。この際神話生物でも邪神でもお前でもいい、手が──いや、俺の全てに懸けて守るべきだったものを傷付け喪わせたクソ野郎を、殺してバラして並べて揃えて晒すだけの、爪と牙が必要だ。」

 「君の読書傾向が今の一言で分かったよ。···残念ながら、神話生物も邪神も上げられないね。キミには既に権能を与えた。そして、既にゲームが始まった以上、ボクはもうキミに対して干渉すべきじゃない。肩入れなんて尚更だ。」

 

 そう言って、邪神は嘲笑した。

 

 「ま、そうだよなぁ···あー、クソ。取り敢えず核ブッパするかぁ···」

 「あ、あれ? 意外だな。もうちょっと言い募るかと思ったけど。」

 

 困惑したというより、肩透かしを受けて気が抜けた声が返ってくる。そこに嘲笑の色はなく、本気でそう思っていたということが窺えて、たぶん今までの俺ならそうしただろうという同意と、その邪神の心中を察せたことに、ちょっと仲良くなったような気がして、俺は心底げんなりした。

 

 「色々教わったから、な。もういいか? やりたいことが山積みなんだが。」

 「──そうかい。じゃ、ボクからひとつプレゼントだ!」

 「なんて?」

 

 さっき肩入れできないとかこれ以上干渉できないとか言った、その舌の根も乾かないうちに···なに言ってるんだこいつ。

 

 「いや、これはボクからってワケじゃない。あくまでチュートリアルの一個だよ。」

 「はぁ? クリア報酬って訳でもないんだろ?」

 

 チュートリアルなら、まだ75%クリア──考え得る限り最悪の結果で──したばかりだ。本気でなに言ってんの、オマエ。大丈夫か、アタマ。

 

 「うん、ちょっと黙ろうか。···はい、コレ。」

 

 言って、今度は手のひらサイズの箱が置かれる。

 

 ──いや、箱、というのが正しい表現なのかは定かではない。だが立方体であることは確かだ。

 

 「メンタルキューブ···いや、でも?」

 

 『アズールレーン』において、ガチャ用アイテムとして存在していた青い立方体、メンタルキューブ。なんか詳しい設定がいろいろあったと思うが──忘れた。そのメンタルキューブに、とても良く似た()()箱。

 

 「レッドボックス···」

 「残念、ブラックボックスだ。」

 

 その見た目と、ゲーム時代のオーパーツぶりを指して呟くと、即座に突っ込みが返ってくる。というか今ので邪神と俺の読書傾向の一致が証明された。

 

 「で、なんぞコレ。」

 「なんだと思う? ···冗談だよ。いつもならこう言ってるところだが、今のキミにはちょっと余裕がない。あんまり無理しなくていいよ。」

 「···お前マジでどうしたの? なんか優しすぎて怖い。」

 「ちょっと優しくしたらこれだよ!! ···まぁいい、進めると、だ。これはちゃんとした追加要素。その名も──」

 

 こちらの心中を気遣っておきながら、演出を忘れない邪神。置かれた一拍の間に、その赤いメンタルキューブが微かに輝いた気がして瞠目する。それすらも狙い通りの演出だったのか、続く声は満足そうに、嘲笑の色を薄めていた。

 

 「──研究艦だよ。」

 

 

 



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28

 「研究官? ···研究艦?」

 「イントネーション的に後者っぽいね。まぁ文字通り研究開発段階で終わっちゃった、存在しないはずの艦船。それをベースにした艦船少女だよ。」

 

 で、出た。

 IF世界線に存在するアレだ。オフニャ同様のシュレーディンガー的スキル持ってそう(こなみ)

 

 赤いメンタルキューブを片手で弄びながら、まだ見ぬトンデモ量子物理学艦船その2に思いを馳せる。ちなみにその1は我らがテスラの遺産しびれぷに···もとい、エルドリッジです。

 

 「あは。オフニャの説明を真面目に聞いてたかい? アレはオフニャ専用スキルだよ。」

 「言ってたような、言ってなかったような?」

 

 というか、それが無いなら研究艦ってどういうメリットが···あ、狙った艦をピンポイントで取れるからか?

 

 「それも一つだね。まぁ取るまでが長いけど。」

 「というと?」

 「経験値がいっぱい要る。」

 「ええい、具体的な数値を出せ。」

 「300万ぐらいかな。」

 「は?」

 

 桁がおかしい気がする。

 

 ···ま、まぁでも? 10時間遠征一回で18000の経験値貰えますし? だいたい170回くらいで終わりですよ。1700時間···何日?

 

 「クソ雑魚暗算乙。」

 「どつくぞお前···まぁいい。善は急げっつか時は金なりだ。はやく解放して(はぁと)」

 

 かっこはぁと、と、真顔で言って、キューブを置く。

 だが、神の嘲笑も世界の停止も、まだ終わらなかった。

 

 「あぁ、言い忘れてたけど、研究艦に遠征とか寮舎の経験値は適用されないからね。」

 「···は?」

 「あと演習も。真面目に出撃してマラソンして(はぁと)」

 

 かっこはぁと、と、聞き心地の良い、甘い声が脳を侵す。

 が、それに溺れられるような情報じゃなかった。なんて? 出撃オンリーで300万? はっはー、無理ゲー乙。

 

 「いやいや、言っておくけどかなりの温情だよ?」

 「温情の意味調べてどうぞ。」

 「時間が無いって言ってなかったかい? まぁここで勿体ぶってもアレだし端的にね。···この世界にさ、"戦闘シーム"ってあると思う?」  

 

 ついでに【勿体ぶる】も調べろよお前。あと【端的】も。

 

 「つか戦闘シームってなんぞや。」

 「あー···ググって? っていうのも時間の無駄だし、良いよ。まぁそもそも時間止まってるしね!」

 「おう。で?」

 

 あ、あれー? と、渾身のギャグをスルーされたようにしょんぼりする邪神。ようにっていうかそのままだけど。···渾身? いや、よそう。

 

 「泣くよ? ねぇ泣くよ?」

 「説明して、帰ってから泣いてどうぞ。」

 「ふぐぐ。···で、戦闘シームっていうのはね?」

 

 もう飽きたのか感情の模倣を放り捨て、邪神が説明に移る。姿勢を正す──のは無理だが、自由な両手を机の上に置いて聞く姿勢を取る。

 

 「アプリゲームだった頃のマップ、覚えてるよね? ちみっとした海図に、ちみっとした艦隊が配置されてるやつ。」

 「敵艦隊とおんなじマスに移動したら戦闘、弾薬マスで補給···ってやつな? そいで?」

 「あのマス一つで起こる一戦闘、あれが戦闘シーム···まぁ厳密には違うけど、そういう認識でいいよ。で、この世界にあんな生っちょろいモノ、あると思う?」

 「無いなぁ···」

 

 いちおう、海図をエリアで区切って指揮する方法は今でも取る。というかこれが一番楽。ただゲーム時代のように、ワザワザ同じエリアに赴いて正面から殴り合い──なんてする必要はない。こっちの世界の国連軍でも、隣り合ったマスから砲撃くらいできるだろう。この前は北連がマップ外からミサイルぶっぱしてきたし。

 

 あとついでに言えば、ゲーム時代みたいに出撃せず放置してたら敵方も何もしてこない···なんていう、「常にこっちが攻める側」みたいなお約束もない。対人タワーディフェンスみたいな、目を離したら基地炎上ダーティパーティーナイトフィーバーになったりする。何言ってるんだ俺は。

 

 まぁとにかく、それを避けるために皆でローテーションを組んで常に哨戒任務やらをこなしていた訳だ。

 

 「そうだね。でも、ゲーム時代は艦隊一個···もっと言うと、一シームで一回分、経験値分配がされていた。それが、いまは戦闘シームがまるごと消えて、シームレス戦闘MMOみたいな様相だ。自由度もめっちゃ高いね。」

 「なお伴う責任。」

 「えへへ。···でね?」

 

 話続けていい? とばかり、ちょっと困った雰囲気で邪神が言う。

 

 「うん。」

 「流石に「ここまでで一回分」って区切ると面倒だから、「一人あたり何ポイント」って感じで、処理を簡略化しましたー。いえーい。」

 「いえーい······うん?」

 

 うん? 人間一人に一回分の経験値分配? ヤバくね?

 

 「いやいや、勿論1人で300も400もあげないよ? 一人1ポイントだから、頑張って!!」

 「人間一人1ポインヨ···胎児はカウントに入りますか。」

 「バナナはおやつに入りますかみたいな聞き方だね···入ります。」

 「ペットは家族!!」

 「人間一人当たりって言ったよね?」

 「奴隷に人権を!」

 「生物学的に人間ならカウントします。それ以外は無し! 以上!」

 

 聞くだにおぞましい会話がちょっと混じってたが、気にしてはいけない。

 

 すべては新しい艦船をお迎えし戦力を増強するため。そう、すべては皆のためなのです。みんなはみんなのために。素晴らしい。

 

 「ふーむ、となると東煌かインド辺りを核の炎で焼き払えば5億ポインヨは貰える? ···やったぜ。」

 「草ァ↑ ···とりあえずは以上かな。研究艦は取り敢えずこっちで選定しておいたから、開けてみるといいよ。」

 「開けるまでがクソ長いんですがそれは」

 「ヒント:北連」

 

 おほーっ。北連に核の焔を見せてやれーっ! ···ところで北連が自分で核使ったけど、アレは経験値カウントに入りますか?

 

 「ダメです」

 「はーい。」

 

 

 シリアスに始まったチュートリアルをコミカルに終えて、動き出した世界。

 

 救急箱を持ったイラストリアスから鏡も一緒に受け取り、彼女に別の仕事を与える。

 

 そう。『核でおそうじ! ダーティパーティーナイトフィーバー作戦』発令である。

 

 「はい? 核で···?」

 

 困ったように小首を傾げるイラストリアス。かわいい···じゃなくて。

 

 「核でおそうじ! ダーティパーティーナイトフィーバー作戦、だ。旧鉄拳作戦を改称する。」

 「は、はい。鉄拳作戦改め、えっと、核でおそうじ!ダーティパーティーナイトフィーバー作戦、開始いたします。···あの、よろしいのですか? 北連本土はヴィシア領として統治するのでは?」

 

 確かに、ユーラシア大陸の半分を占める北連領域、そこに埋まる資源。どちらも捨てがたい。正直言えば喉からもう一個喉が出るくらい欲しい。エイリアンばりの執念だ。だが、それを「戦勝国だから、ちょっとだけだから、先っちょだけだから!」と無理やり奪うと、それはそれで回りからとやかく言われそうで面倒くさい。

 

 ので(順接)

 

 核の焔で悲鳴を覆い隠せばええんやで。あなたの悲鳴は誰にも届かない···。「聞こえない」だっけ? 忘れたけど。

 

 「ではてっ···核で」

 「略称はナイトフィーバー作戦だ。」

 「はい。ではナイトフィーバー作戦、第一フェーズへ移行します。」

 

 イラストリアスは、おもむろに指揮用端末を取り上げる。同時に、基地内部用の内線も。

 

 『これより鉄拳作戦改め、ナイトフィーバー作戦を開始します。各員、重要性B以下の行動を中断し、予定通りに行動してください。』

 

 基地全域のあちこちに設置されたスピーカーから、目の前でイラストリアスが話した通りの内容が二重に聞こえてくる。同時に彼女は指揮用端末をポチポチといじり、そっと机に置いた。

 

 一応、核で(ry の説明をしておくと、旧名は鉄拳作戦というそれは、簡単に言えば核による絨毯爆撃だ。今回やるつもりだった、艦船たちと核攻撃による北連遷都計画。それを全部核兵器に変えて、遷都すらさせずに全域を核による炎と汚染で蹂躙する。それを()()()()のだ。

 

 ホウキでゴミを掃くように。何度も。何度も。

 

 まぁ当然そんなに一気に核兵器は使えないし持ってないから、十年規模の作戦なんだけどね!!

 

 「第一フェーズで自軍退避、第二フェーズが即座の核攻撃。第三フェーズは、第二フェーズ時点で子供だった者が戦力になる10年後から20年後。···何でこんな作戦立てたんだろう、当時の俺。」

 「それは分かりかねますが、立てておいて正解でした。それと指揮官様、第一フェーズ終了に障害が。」

 「え? なに?」

 「北連の核攻撃による電磁パルスで、撤退指示が出せません。強制帰還のご裁可を。」

 

 ──あぁ。

 

 涙が溢れそうだった。

 

 俺は、彼女たちを喪ったと知って、発狂した。派手に自分を傷付けて、邪神に強制的に沈静化された。そして、彼女たちの死を受け入れて、それでも納得したくなくて、報復しようとしている。

 

 けれどイラストリアスは──宥めてくれるモノが居なかった、彼女は。今も静かに狂っているのだろう。

 

 「···あぁ、いいぞ。」

 

 なら俺が。なんて、言えない。だって俺は──あん? 強制帰還? なんそれ?

 

 「海域からメンタルキューブ化した船体と精神を量子テレポーテーションの応用でドックへ強制送還します。取得経験値や制海権を喪失することになりますが···タイムラグ無しで危険域から離脱出来るので、ナイトフィーバー作戦とは相性が良いですね。」

 「え? いやでもあいつらは···」

 

 ポロっと出た困惑に、イラストリアスは狂気の片鱗も感じさせない清楚な笑顔を向けた。

 

 「指揮官様、あの場にはベルもエルドリッジちゃんも居るんですよ?」

 『確率回避系は、キミの送ったオフニャが陰ながらブーストしてるから100%回避スキルと同義だよ』

 

 鼓膜と脳裏で、最悪が拭われていく。

 

 えぇ? いやでも、邪神お前「あいつらは死んだのか?」って聞いたとき──

 

 『肯定したかい?』

 

 ──してなかった!! 黙ってニヤニヤ嘲笑の雰囲気だけ醸し出してた!!

 

 「い、いやでも、プリンツが遺言を····」

 『いつもの悪戯じゃないのかい? ボクに言わせればまだまだ甘いとしか』

 「お前の悪戯はシャレになんねぇんだよ!! てかお前ワザワザ時間止めなくても喋れるのかよ!? もういいよ!! 第二フェーズへ移行しろ、ふぁいあふぁいあ!!」

 

 ···ちなみに「ふぁいあふぁいあ」は、『ヴィシア本土より核攻撃しろ』という意味のコードで、別にふざけてる訳ではない。立案時はふざけてたけど。

 

 「了解、全艦をドックへ移送、核攻撃を開始します。」

 「ニャルてめぇ、なんでこんな大事なこと黙ってやがった···」

 「まだチュートリアル途中ですし? 残りの25%ぶんですね、その辺りは。」

 

 

 ────チュートリアルの残り25%、めっちゃ大事なのでは?

 

 そう思いつつ、俺はドックへ走った。

 

 




 量子テレポーテーション【りょうし─】

 なんか凄い通信手段。観測と状態確定で云々。すごい(ド文系並感)


 詳しいこと知ってる人がいたら教えて!! wikiより易しく(難題)


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29

 筆休め。···さ、サボりじゃねぇし。キリがいいだけだし。ほんとほんと。


 北連兵士ヨシフの記憶

 

 

 「おい、聞いたか。クレムリンが──」

 「あぁ、なんでもセイレーンの野郎が──」

 「赤の広場が文字通り──」

 

 北連、極東方面軍第一対装師団。一個歩兵連隊と二個特殊歩兵大隊で構成された対セイレーン用部隊が、シベリア鉄道でモスクワへ向かっていた。

 

 貨物車両を改装した、建前上の居住性が確保された鉄の棺桶。十以上のそれが連なり、最大速度で首都へと走る。その三車両目に、おれたち第二対物中隊が押し込まれていた。

 

 普段の訓練やパレードなら、何処を向いても汗臭い同僚しかいないこの空間は、愚痴と喧嘩で埋め尽くされる。だが、流石に今日は違った。

 

 一部の情報通──何故か一級情報統制を掻い潜っている──が数人、仲のいい奴に知っていることを教えてやる。すると周りが聞き耳を立てて静まり返り、その空気を察知して、他のことをやってた奴も動作を止める。必然、車両の四分の一くらいの人間が、"秘匿情報"を知り得る訳だ。あとは、分かるな?

 

 そんな訳で、おれ達は全員がモスクワの状況を知り、その上で地獄へ突っ走ってる訳だ。クソ。

 

 「──モスクワが見えたぞ!! クソったれ!!」

 

 出口辺りで銃の番をしていた部下が、厚ぼったい窓を覗き込んで叫ぶ。ここで窓に殺到しても見えないことは周知なので、他の窓に近い奴らだけが恩恵を享受し、おれ達はそいつらの情報を待つ。幾度となく繰り返した訓練の──やってる時は「首都攻められたらおれ等もう負けなんじゃねぇの?」とか思ってたが──賜物といえるか?

 

 「つか、おい。我らが首都に"クソ"はねぇだろ。」

 

 おれの前に座ってた同僚が、苦笑混じりにからかう。

 

 返事は立てられた中指だった。

 

 「あぁ? クソ、なんだってんだおい···」

 

 窓にかじりついたままの部下に苛立ったのか、同僚が席を立ち──

 

 「うぉ、危ねぇ!?」

 

 急停車した列車の慣性に引かれてたたらを踏んだ。

 

 「中隊長!!」

 「わぁってるよ!! 黙ってろ!! こちら三号車、状況を──」

 

 ちょっと良い席に座ってた上官に、無線連絡を乞う。このまま降りて散開していいのか、このまま待つべきか。モスクワが見えているとはいえ、徒歩と列車では進軍速度が段違いだ。鋼の車両は、いざというとき盾にもできる。

 というか、一個師団がぞろぞろ歩いて敵戦闘領域に行けるわけがない。死ぬ。シンプルに死ぬ。

 

 「──線路が破断してるらしい。即座の修繕は無理だそうだ。」

 

 おいおいおい不味いですよ···? この流れだと、まず間違いなく何個中隊かは出撃浸透する羽目になる。願わくは──

 

 「我々第三中隊は直ちに出撃。まず斥候を出し、経路を確保したのち浸透。以後は別命あるまで待機。」

 「クソ」

 「マジかよ」

 「ざけんな」

 

 口々に罵倒を呟く。当然中隊長にも聞こえているだろうが、彼も心中は同じだろう。

 

 対セイレーン部隊では、割りと見る光景だ。だが──

 

 「中隊長!! 質問よろしいでしょうか!!」

 「許可しよう。」

 「はっ。その、当該領域に核兵器が使用されたようなのですが···」

 

 ホントに突っ込むの? 生身で? 正気? つか対放射線防護は? 電磁パルス域に入ったら無線使えないけど、別命とやらはどうやって下るの?

 

 いろんな意味を持つ質問だった。だが、それは窓からモスクワを見ていた者しか知り得ない情報で、それなりに核兵器使用後の都市や空について見識が無ければ看破できない情報でもある。そこそこ良い理系大卒の彼だけが、その情報に辿り着いた──辿り着いてしまったのだろう。

 

 中隊長の反応は、眉を寄せて首を傾げるという疑問の露呈だった。

 

 「核兵器だと? セイレーンがそんなものを使ったという情報は入っていないが···一応、聞いてみよう。おい、無線を」

 

 従卒に無線をかけさせ、司令部へと繋ぐ。全員が中隊長の一挙動を見守る中、静寂にノイズ混じりの音声──司令部の偉い人の声が響く。

 

 『その情報は君のセキュリティクリアランスには開示されていない。以後の通信は許可されない、直ちに命令を遂行しろ。通信終了。』

 

 ────全員が心を一にした。

 

 すなわち。

 

 

 

 「死に晒せクソったれ!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 とはいえ、命令は命令だ。

 

 おれ達は渋々、こうして放射能汚染に侵された首都へ、てくてくとぼとぼ、徒歩でトホホと浸透した。

 

 「···ほぼクレーターじゃねぇか。」

 「なるべく喋るな。息も最小限にしとけ。」

 「それで死期が遠のくのか?」

 「さぁ? けどこれは斥候任務だろ?」

 「人体実験の間違いじゃねぇのか?」

 「かもな。モルモットとして死ぬか、命令違反の反逆者として死ぬかだ。」

 

 後者の方が楽に死ねそうだなと思ったが、口には出さない。

 

 「──はぁ」

 

 ため息をついて、予定通りのルートを通る。あらかじめ狙撃班と測量班が観測して決めた、瓦礫が崩れる危険性の少ないルートだ。

 

 「クソったれ···あ? っ!?」

 「っ···敵か?」

 

 先頭を行く同僚が急停止し、AKを構えた。

 

 訓練通り、六人班の全員が即座に意識を戦闘マシンのそれに切り替え、布陣を組み、照準する。

 

 「···女?」

 

 10人以上の女が、集まって何事か会話していた。

 

 「目標(セイレーン)か?」

 「核のクレーターに残ってるんだ。人間じゃねぇわな。」

 「撃つか?」

 「···いや、制圧しよう。」

 

 足音を忍ばせて、集団に近付く。総数は18人、こちらの三倍だが、全員が非武装の女だ。

 

 取った。

 

 そう思った瞬間に、全員が示し合わせたようにこちらを振り向く。

 

 「っ動くな!!」

 「両手を上げろ!!」

 

 freeze!! と、万国共通の静止をする。

 

 一番手前の女──いや、少女というべきか? そいつはまだ子供だった。

 

 少年兵。学習能力と適応力がピークの時期に戦闘と殺人のノウハウを叩き込まれたキルマシーンは、時におれたち正規兵にも並ぶ。警戒が足りなかった。背筋が凍るが、あちらは空手でこちらはフル武装。勝てる。既に取っている。

 

 「おい、両手を──」

 

 そこで、おれ達全員が気付いた。

 

 女の姿が、透けている? いや、光の粒子となって消えていく。

 

 「幽霊···!?」

 

 呟いた瞬間だった。雷鳴が轟く。

 

 核兵器という超級の熱破壊兵器を使ったあとは、雷や豪雨をもたらす大規模な積乱雲が生じる。

 

 そんな知識を思い出して。

 

 

 地面と水平に走った雷撃が、肉体を焼き払い魂を刈り取った。

 

 

 

 

 北連の上空を、幾条もの光が裂いていく。

 

 西はサンクトペテルブルクから、東はベーリング海峡まで。北は北極海から、南はウラジオストクまで。

 

 地図に虫食いができるほどの破壊が、一夜で北連の全域を蹂躙した。下手人は新興の国連加盟国家群、ヴィシア聖座──その背後には、正式な国家では無いにしろ、数回の北連による核攻撃を受けても損害を出さなかった、最強の武装集団、『アンノウン』が存在する。

 

 彼らは、矛を向けた北連を決して許さなかった。

 

 その北連を抑えきれなかった国連も、見限っていた。

 



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29

 圧倒的繋ぎ回


 ベルを抱き締めよう。

 

 いや、まずプリンツをぶん殴ろう。

 

 殴るのは可哀想だな、二時間くらい正座させよう。

 

 エルドリッジとベルファストを労うのが先かな。

 

 明石とヴェスタルはベルと俺の恩人だな。

 

 ユニコーンも、全体回復ですごく貢献してくれた。

 

 大鳳とジャンバールは、出会ったばかりで信用の薄かった俺に従ってくれた。

 

 グラーフとフッドは、ケッコン済艦ゆえの信頼を基に動いて、負傷した。

 

 ···じゃあ、まずは土下座して謝るべきかな。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 結論から言って、ドックに着くまでの思考は全部無駄になった。

 

 何があったのか? バカお前、そんな不名誉なこと明言する訳ないだろ。

 

 

 そんなこんなで翌日、俺は秘書艦に復帰したベルファストと一緒に、大量の抗議文書を処理していた。

 

 「東煌、重桜、鉄血、ユニオンより正式な抗議文書が二通づつ、それぞれ自国と程近い場所への核攻撃に対する重大な抗議と、放射能汚染への賠償要求です。国連加盟国連名で、過剰報復と事前通告無しかつ軽々な核攻撃に対する抗議と懸念が届いております。」

 「め、メンドクセェ···」

 

 おてがみがきた。ので(順接) へんじをかこう。

 

 では済まないというのが辛いのだ。

 

 「それから、北連大統領·首相より抗議声明が。」

 「北連は国家群じゃなくてただの武装した無法集団だからスルーで。」

 「畏まりました。」

 

 ヴィシアとアイリスは事実上俺達の傀儡政権なのでスルーするとして、ユニオン、ロイヤル、東煌、鉄血、重桜の五ヶ国。今なお物量と火力で国家群最強を掲げ、セイレーンの猛攻を生き延びたユニオンと、島国であり海軍が精強で知られるロイヤルと重桜。ここ三つとの戦闘は避けたい。俺の艦船たちが負けるとは思わないが、物量や奇策に弱いというのは昨日の戦闘で証明された。

 

 鉄血はちょっと微妙で、半世紀前のセイレーンの大攻勢を、なんと陸軍と空軍がゴリ押しで耐え凌いだという。海軍も勿論貢献していたのだが、他国が陸空海1:3:6くらいの比率だったのに対し、鉄血は3:3:4という『リアル鉄人集団』の名に負けない奮闘ぶりを見せていたらしい。爆撃機で戦闘機落とすやベー奴がいたとかなんとか···。

 

 東煌は、保有する海軍を極限まで温存し、重桜まで含む周辺諸国を盾とし時に矛として使い、最後には「付き合いきれんね」と手を引いた重桜に恨み言をぶつけながらセイレーンの猛攻に屈した。···が、いかんせん人口が多い。大量破壊兵器を持たない海上勢力であるセイレーンの殲滅力を、東煌の繁殖力···生命力が上回った。

 

 物量のやべー奴ことユニオン。

 

 精鋭海軍のやベー奴ことロイヤル。

 

 精鋭海軍と奇策のやベー奴重桜。

 

 セイレーンに片足突っ込んでる疑惑のある鉄人集団こと鉄血。

 

 耐久力のやベー奴こと東煌。

 

 「残り全部で五正面···は、無理だよなぁ······」

 「はい。今回の戦闘で、私たちは自身の限界を把握出来ました。それに照らし合わせると、彼らの最終手段──私たちが行ったような、核兵器の釣瓶撃ちには対抗出来ません。」

 「いや、範囲攻撃回避が出来るなら可能だけど···燃料が尽きたら終わりな以上、ジリ貧だな。」

 「はい。ですから、ここは──」

 「妙案が?」

 

 

 ◇

 

 

 またその翌日。食堂にて。

 

 「それではこれより、第一回専属艦会議を開催いたしまぁす!! いえー。どんどんぱふぱふー。」

 「ご主人様、他の艦船の迷惑になりますので声を抑えてください。」

 「はい」

 

 長テーブルを幾つか寄せあい、資料やらおやつやら酸素コーラやらを並べ、専属艦──ケッコン済み艦と物流の要たる明石──を呼び、今後の方針決定をしようという試みである。一応、ここでの決定を全員に通して多数決をする予定だが。ビバ、民主主義。

 

 「指揮官様、もう少し机を寄せて下さいます? 後ろと当たってしまいます。」

 「あ、おっけ。みんな机持ってー、はい、いっせーの。」

 

 薬指に白銀の輝きを纏わせ、この場の末席に加わった大鳳が言う。確かに他の子も食堂を使っているし、無理やり誂えた会議スペースでは些か手狭だった。

 

 「まさか執務室に入りきらないとはなぁ···?」

 

 い、一応艦船たちだけなら入った。机を置くとキツかったので食堂に来たのだが···というかなんで会議室ないん? 大講堂とかいういつ使うのか分からん謎施設よりは要るでしょ。あそこ入ったことないし。

 

 「よいしょっと···指揮官さま、大講堂の方がよろしかったのでは?」

 「タイムリーな···イラストリアス、お前エスパーか?」

 

 或いは俺の表情筋がアレすぎるか。どっちか。多分後者。

 

 「っていうか大講堂ってどんな感じなんだ? 入ったことないんだが。」

 

 イメージ的には、大学の大講堂···おいそのままじゃねぇか。

 もっと言うと、女子大の大講堂っていうイメージがあるので、いち男子たる俺が軽々に踏み込めないって感じ。

 

 「小規模な教室などもありますから、ここよりはこうした会議に向いているかと。」

 「なるほどな? ···先に言ってね、今度から。今回はここでいいや。」

 

 折角だし。というかめんどい。

 

 「それで、何故私まで呼ばれたのか?」

 

 並み居る最高レベル、ケッコン済みの艦船──俺の配下であり、『幸運』の下に集うモノ。世界に祝福された存在たちに紛れて、一人だけどの条件にも当てはまらない者が居た。

 自由アイリスの国家元首にして最高戦力、戦艦リシュリューである。

 

 「あー、うん。その説明も込みで、今から計画を話すよ。」

 

 一拍置いて、全員の顔を順繰りに見つめる。全員の意識がこちらに集中するのを見計らって、俺はこの世界に来て以来初めて、能動的な行動を提案した。

 

 

 




 センター試験初日お疲れ様でした。本日も頑張ってください。


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30

 やめろよ、絶対「シリアス引きました」とか「ヴィクトリアス鰤無し完凸シリアス1鰤完凸ー」とか「所詮シリアスも引けん敗北者じゃけぇ···」とか言うんじゃねぇぞ?


 臭気。

 

 肉の焼ける香ばしい匂いを、何十倍もおぞましくした腐臭だ。国連大会議室という戦場とは程遠い場所で漂うには、あまりに非人道的すぎる。

 

 原因は、三億ボルトもの超高電圧──落雷。コンセントなどとは比べ物にならない電流と電圧が、ひとりの男を消し炭へと変えた。···いや、それは、もはや消し炭ですら無かった。

 

 だって、炭とは普通黒い色をして、乾燥しているはずだ。

 

 ()()は、違った。

 

 赤。青。緑。黄。紫。白。黒。藍。茶。金。鋼。橙。

 

 色鉛筆も驚きのカラフルさで、半透明のぶよぶよとしたマーブルスライム状で、そして。

 

 「ぅ···ぁぁ·······」

 

 ()()は、生きていた。

 

 

 北連の紋章が刻まれた椅子で、どこにあるのか分からない発声器官から呻き声を漏らすスライム。並み居る各国の代表たちは、一様に絶句してそれを見つめている。

 

 苦しみを訴えるゲル状生物に慈悲の一撃を加えることもなく。

 

 下手人に非難と恐怖の視線を向けることもなく。

 

 ただ、呆然と。目前に現れた──いや、目前で姿を変えた、変わり果てたカーディナル·グレイを見つめていた。

 

 「な、んだ。これは。」

 

 そう声を発したのは、いち早く正気に戻ったユニオン代表だった。

 

 「何って、そりゃ···ショゴス? これが話題の転スラですか?」

 

 そう応じ、横に目配せする。俺の意を酌んで、控えていたエルドリッジがまた雷撃を加えた。

 

 「aaaaaaaaaaaa!?」

 

 スライムを熱すると、水分が飛んでカピカピの残骸が残る。

 

 普通は、そうだ。熱を加えると、当然、温度が上がる。

 

 その、はずだ。

 

 「a···aaa········」

 

 一部を()()()()()()スライムが、苦痛に身を捩る。

 

 おぞましい光景だが、それはロイヤル代表──ミスター·コネリーを現実に引き戻すのに充分なショックを与えた。

 

 「な、んだ。これは。」

 

 ユニオン代表と同じ言葉を漏らし、次いで俺の方を見る。口は震えて声を発しないが、その目は明確に「何故」と問うていた。

 

 「何故ってそりゃ···敵の首魁だし。殺すでしょ普通。まだ死んでないけど。」

 

 エルドリッジとは反対側に視線を遣る。

 

 ベルファストが恭しく差し出したトレイに乗った小瓶を、割らないように慎重に取り上げる。

 

 「というか、心臓も脳も無いから多分死なないけど。」

 

 正確には全身が心臓で全身が脳。

 

 ついでに感覚器官も兼ね備えてる優れモノだ。落雷はさぞかし痛かろう。俺は即刻失神したから覚えてないけど、多分痛いはず。痛いよね?

 

 「痛くなくても、これから痛くなると思うけどな。」

 

 手のひらサイズの小瓶から、粘性のある液体をスライムに掛ける。慎重に、慎重に。絶対に自分に掛からないように。

 

 「よ、よし···セーフ···」

 

 スライムの体が液体を十分に吸収したタイミングで、もう一度雷撃を加える。

 

 もう叫び声は上がらなかった。

 

 だが死んではいないはずだ。ただ、痛みに溺れているだけだろう。

 

 「殺したのか···?」

 

 鉄血代表が、恐る恐る聞く。首を振って、俺はまだ持ったままだった小瓶を示した。

 

 「それは?」

 

 重桜代表が興味深そうに──横で蠢いている肉のゼリーから目を逸らすように問う。

 

 「クスリですよ。刺激作用とか興奮作用とか諸々を組み合わせて出来た、その名も『感度が3000倍になるクスリ』!!」

 

 ものっそい白けた視線が女性陣──重桜、東煌、ヴィシア、アイリスの代表たちから向けられた。

 

 「いやいやいや、そんなスライムに欲情とかしてないからね?」

 「ご主人様、そういうことではないかと。」

 

 呆れ顔でベルが言うと、『お疲れ様』みたいな表情が向けられた。

 

 ──いやいやいや違うからね? そんな趣味はないからね?

 

 「まぁ、それはそれとして。エルドリッジ。」

 「ん···」

 

 何度目かの雷撃が落ち、スライムに直撃する。

 

 「うへぇ、気色わる」

 

 スライムから、カーディナル·グレイの顔が浮かびあがっていた。あまりのグロテスクさに、咄嗟に拳銃を抜いていた。グリップにセーフティのある、ガバメントである。安全第一。···フォーティーファイブ振り回して何が『安全』なのかは突っ込むな。

 

 「やぁ、お久しぶりですね。」

 

 にこやかに言って、一発。

 

 反動抑制も兼ねたサプレッサー越しの銃声。

 

 スライムの中ほどまで突き進んだ弾丸が、形状を留めたまま止まった。

 

 「────!!」

 

 絶叫だった。

 

 スライムが苦痛を紛らわそうと、力の限りに叫んでいた。正直クソ煩いのでもう一発。今度は口に銃口を突っ込んでぶっ放す。

 

 ショックも、失血も、内臓損傷も。どんな死因も許されない。少なくとも俺かエルドリッジが許すまでは。

 

 「お久しぶりですね、って言っただけじゃん···。 挨拶くらい返そうぜ、人間ならさ。」

 

 人間かどうか怪しいけど。一発。

 

 マガジンに12発、薬室の1発で合計13発。今3発撃ったから···まだまだ遊べるドン!!

 

 「もう一回遊べるドン!!」

 

 ドン、に合わせてサプレッサー越しの銃声を聞かせてやる。

 

 「てい、やぁ、ふん、そいそい、はぁっ、そりゃぁ!」

 

 銃撃。銃撃。銃撃。銃撃銃撃。銃撃。銃撃。

 

 「······何やってるんだろう俺。」

 

 沈静化した。

 

 「その辺にしておけ、アンノウン。ここは会議場であって拷問部屋ではない。もしこれ以上続けると言うなら──」

 「続けると言うなら、何だ。鉄血。」

 

 ドスを利かせた声に、銃口を向けて答える。だが流石に撃つ訳にはいかない。もっと言えば、この先のパフォーマンスを考えなければ銃口を向けた時点で俺の負けなのだが。

 

 「良いのか、私を──」

 「愚かなことだ。」

 

 鉄血代表が何を言おうとしたのか。それは分からない。

 

 台詞が回るより早く動いたリシュリューが、俺の腕を捻り上げて極め、銃を叩き落としていた。

 

 「痛い痛い痛い!?」

 

 あ、あれ? リシュリューさん? ちょっと? メキメキ言ってますよ? ちょっと!?

 

 青白い顔でじっとりと汗をかいていると、リシュリューが動いた瞬間から砲口を向け続けていたベルファストが、なんと武器を下ろした。射線上に俺が居るから···だろうか。

 

 「賢明だな、ベルファスト。···国家代表諸卿に提案がある。聞くか?」

 「まず俺を離せバカ、腕が取れる!!」

 

 叫ぶが、リシュリューはそれを無視して、困惑顔の国家代表たちを見据えている。

 

 「私は──いや、我々自由アイリスは、現行の国家群連合による協力体制の無力さを深刻に受け止めている。その理由が、そこのスライム···失礼、北連や、この短気な指揮官のような非協調的な国家に対して武力制裁を行えないこと。そして、セイレーンに対しての軍事同盟という名目の割に、統一武力を持っていない統治的国際政府としての面しか持たないことだ。」

 

 顔を見合せたり、側近と何事か話したりする国家代表たち。

 

 俺はとりあえず

 

 「取り敢えず放してもらっていいですかね···」

 

 と言っておいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「で、よ。今後どうなると思う?」

 

 ひとまず全陣営が持ち帰って検討、という形で終わった会合。俺たちは基地に戻り、第二回専属艦会議withリシュリューを開いていた。

 

 前回の反省点を踏まえて、学園エリアの教室ひとつを使っている。ベルといい大鳳といいグラーフといい、見目麗しい大人の女性が小さな机に付いているのはなかなかにシュールな光景だった。

 

 「はい。」

 「はい、グラーフ·ツェッペリンさん。」

 「まぁ順当に、『アンノウン』の暴走を抑えるための条項を盛り込んだ憲章が採択され、ここを仮想敵とした軍事同盟が成立するだろうな。」

 「俺たちを内側に取り込んでか?」

 

 ──ちと不味いか?

 

 「そうだ。その方が御し易い。」

 「···なるほど。それに国際政府軍に一定の人材派遣を強いれば、単純に俺の持つ戦力を奪えるか。」

 「洗脳は二次大戦中から研究されてきた技術ですから、もう実用段階でもおかしくありませんし、ね。」

 

 ──なるほど? じゃあなんでリシュリューはこっちが不利になるような話を持ち出したんだ?

 

 「電磁波や外科手法による洗脳は艦船には通用しない。開頭しようにも、メスも通らないからな。薬物的洗脳も言うに及ばんな。」

 「いや、それでもスキャンやら何やらで情報を取られて複製されると不味い。諜報面だと、俺たちはクソ雑魚だしな。」

 「明石による情報網の構築は──」

 「いっそ全員滅ぼして──」

 「戦争──」

 

 不穏な方に向かい始めた議論を、ベルファストが手を叩いて止める。

 

 「今日はひとまず、この辺りにしておきましょう。ご主人様、夕食のメニュー何かお望みのものはございますか?」

 「ん、何でもいいよ。肉がいいかな。」

 

 何でもいいんじゃないのかと言われそうだが、こうして最低ラインだけ決めて丸投げした方が作りやすい···らしい。ニューカッスルが前に言ってた。

 

 「畏まりました。出来上がり次第、お部屋へお持ち致しましょうか?」

 「いや、呼んでくれ。食堂で食べるよ。」

 

 厨房へ向かうベルと同じタイミングで教室を出る。これから哨戒任務に向かう者も居れば、何人かで連れ立って広場や商店街へ向かう者もいた。

 

 「···で、なんでついて来てんの?」

 「秘書艦ですので。」

 

 私室へ向かう道すがら、三歩ほど離れて着いてきていた大鳳に問う。軽く身の危険を感じ、私室は『協定』により立ち入り禁止だと言うと不満そうに寮へ戻って行ったが。

 

 「いやに素直だったな···逆に怖い、が?」

 

 ──慣れ親しんだ私室で、初体験ではない違和感が俺を襲った。

 

 



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メイド

 あと脚


 「···誰だ?」

 

 無人の私室に向けて、俺は囁くように誰何した。

 手には名銃と名高いコルトM1911。狭い室内では取り回し難い消音器を外し、警報器の役割を果たせるようにしておく。

 

 大鳳のときとは違う、明確な違和感──いや、差異。

 部屋が荒らされている訳でも、何かが無くなっている訳でもない。ただ──「分かる」のだ。

 

 「···ヤンデレ、いや、メイド隊か?」

 

 ベルファスト率いる、ロイヤルメイド隊。俺の部屋に踏み入ることが許されているのは、掃除を担当してくれている彼女たちくらいのものだ。

 

 「っ、誰か──」

 

 だが彼女たちは強力な陣営バフをもつクイーン·エリザベスと共に哨戒に出ているはず。

 大鳳のときは味方──というか、好感度が高い状態で現れたが、今回もそうとは限らない。それに、新規艦ではなく侵入者という可能性も無いではない。···悪意ある侵入者にしては、行動が謎過ぎるが。

 

 「御前に。何か御用でしょうか、誇らしきご主人様。」

 「うん、取り敢えず俺の護衛と部屋の安全確認を···誰だよお前!?」

 「はい、ロイヤルメイド隊が一、シリアスでございます。誇らしきご主人様。」

 

 背後に現れたのは、銀髪をボブカットにした改造メイド服の少女(巨乳)だった。かっこの中身は特に重要。でも一番重要なのはかっこの外。メイド服ってところだ。

 

 「ロイヤルメイド隊···新参か?」

 「はい。SPとして私が、側付として──」

 「私たちが侍らせて頂きます、ご主人様。ロイヤルメイド隊が一、軽巡キュラソー」

 「並びに軽巡カーリュー」

 「「着任致しました」」

 

 紺色のロング丈ワンピースに、白いエプロン。

 これが、これこそがメイド服だ。

 いやベルやシリアスのような目の保y···露出の多いメイド服は勿論それはそれで良いものだけれど、だがそれは「改造メイド服」であって、ベルのメイド精神や奉仕精神があってこそ、きちんとした従者足り得るもので···ただ着るだけなら痴女いコスプレにしかならないのだ。

 だが彼女たちの着ているそれは明確に家事用戦闘用として考えられたデザインの「メイド服」であって、奉仕精神のないただの女性が着たとしても「かなり出来の良いコスプレ」になり得るだろう。そして、キュラソーとカーリューからはベルに勝るとも劣らない気品とオーラが漂っている。かなり出来るメイドと見た。というか。

 

 「好き···」

 

 ぽろっと本音が漏れた。

 慌てて取り繕おうと口を開くが、その前に目に入ったものがある。

 頬を染めた、色気に満ちたキュラソーの顔。

 同じく頬を染めた、照れの多いカーリューの顔。

 愛おしさか、或いは即物的な獣欲か。高鳴る心臓の鼓動に身を委ね、一歩を踏み出す。二人が動こうともせず、シリアスもまた動かないのを良いことに二歩目を進め──

 

 「ご主人様、どうかなさいましたか?」

 

 さっき上げた声を聞いて来たベルと目が合った。

 

 「──!! ···?」

 「ベルファスト、今は貴女がメイド長なのよね。妹共々、よろしくね。」

 「キュラソー? と、カーリューにシリアス?」

 

 声にならない声を上げながら飛び退くと、ベルが怪訝そうに入ってきた。が、俺の心情は怪訝どころでは済まない。

 

 「な、なぁベル。それ···なに?」

 「お好きかと思いまして。」

 

 ベルが着ていたのは、いつものメイド服ともいつぞやのウェディングドレスとも違う、大胆なスリットから瑞々しい太ももの覗くデザインのチャイナドレスだった。

 

 「···ご覧になりますか?」

 

 スリットから覗く脚の付け根から太もも、白いストッキングまでの晒された肌をガン見していると、ベルが悪戯っぽく笑ってそう言った。

 

 が。そこで頷くのは素人か風流心──否、人の心を持ち合わせないサイコパスだ。

 

 脚、特に絶対領域は「絶対領域」であることに意味がある。スリットから覗く白い肌!! その瑞々しさと張りは、太もも特有の肉感的な感触を容易に想像させる。だがそこで満足するなかれ。実際は想像より柔らかく、そして固いのだ。ベルに限らず、程よく鍛えられ引き締まった脚は、膝枕の時などの気を緩めているときには柔らかく、不意に触られた時などの緊張状態では固くなる。硬直した筋肉の絶妙な固さも、それを覆うほどよい脂肪も、触れる前も、触れて尚も、俺を魅了して止まない。

 それがフトモモの魅力。そこに許されるのは純粋な脚線美のみだ。下着を添える? はっ、これだから女を見るや即座に盛る猿共は···。フトモモ延いては脚とは、それそのものが独立した「美」を持つ。肉欲も情欲も全てを食らいつくすほど圧倒的な「美」が!! なれば肉欲も情欲もそれは不純物に過ぎないのだ!!

 

 理解出来ない? なら君は人間じゃない。

 

 「や、ベルさえ良ければそのままで。」

 

 ちなみに俺は変態だ。多分人間じゃない。

 

 「そうですか?」

 「うん。よく似合ってるというか···綺麗だ。好き、死ぬ···」

 

 ぽろっと本音が漏れた。もう遅いような気がするが。というか情報量が多すぎて脳が処理落ちしてるんだが···

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「で?」

 「で、と、仰いますと?」

 「いや色々あるけど···取り敢えず、どうやって入って来た?」

 

 侵入者(メイド三名)と、メイド長(チャイナドレス)。あとフトモモ。情報量が多すぎるんだよなぁ?

 

 「不明点が多すぎるんだよ。整理しろ。あとベルのそのドレスなに。」

 

 何度だって言うが、ここは軍事基地だ。本職のアサシンでも侵入に難儀するレベルのセキュリティを持つ。メイド風情がそう易々と侵入出来てたまるか。まぁ艦船なら可能かもしれんけど。 というか、だからこそ不安なのだ。もしシリアス以下新参ズが大鳳のように「神」からのプレゼントではなく、ロイヤル陣営が開発した艦船で、スパイとして送り込まれた敵だったら? いくらベルが最精鋭とはいえ、俺を守り切れるかどうか怪しいところだ。そもそもベルは火力──攻撃寄りのステータスだし。

 

 「どう、と仰られましても。私たち艦船が生まれ落ちる場所は、一つしかありません。」

 

 代表してシリアスが答え、キュラソーとカーリューが窓際へ向かう。

 

 「ドッグにて建造されました。他ならぬ、我が誇らしきご主人様、貴方様に。」

 

 メイド二人がカーテンを引き開け、かつて吹き飛んだことから防弾仕様になった──まぁこれでもサンディエゴの砲撃を防げるとは思えないが──窓が露になる。

 

 差し込む陽光の奥、窓の端に、金属質の輝きが目に入った。

 本来は海だったはずの場所に、もともとそこにありましたよ? とばかり堂々と居座る巨大な建造物。

 

 「こ、工厰だと!?」

 

 このよくわからない世界に基地を持ってくる時点で置き去りにされた、『アズールレーン』におけるガチャ要素。『幸運』を最もダイレクトに発揮出来る要素でもあるそれが、漸くこの世界に持ち込まれた。

 

 

 




 そういえば報告がひとつ。

 今まで「アプリに課金とかww 愚者ww どうせいつか終わるのにww」とか言ってた愚者···筆者ですが。

 ベルの衣装に課金しました()

 だが後悔はしていない。というかベルの衣装に課金するのはむしろ賢しい行い。愚かなのは石を貯めておかなかったこと。


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32

待たせたな(CV:大塚明夫)


 「如何なさいますか、ご主人様?」

 

 どうする、とは、まぁ建造のことだろう。キューブと資金は、ここのところ建造どころか物資の購入もしていなかったせいで有り余っている。ならば大型建造や特型建造にぶち込むのか、と言われて即座に頷くほどの決断力はない。

 

 「イベまで放置・・・と言いたいところだが、シリアスだのキュラソーだのが来たってことは、いまイベント中なのか?」

 

 もしそうだとしても、シリアス以下メイド勢追加・・・ロイヤル陣営イベだとすると、この三人以外のまだ見ぬメイドさんがいる可能性もある。それを取り逃がすわけにはいかない。

 

 いかないのだが、資金とキューブは、なにも建造だけが使い道ではないし、核兵器の製造や購入を検討する身としては金はあるだけ困らない。というか早急にヴィシアに前回のぶんを支払わないと・・・。え? 無償提供じゃないのか? 無償ですよ? ただ次弾分のチャージはしておかないと。

 

 「どうするか・・・というか、新国連の方にも資金供与って要るのかな?」

 「我々は実効武力としての貢献を求められるでしょうから、そこまで大きな出費にはならないと思いますよ?」

 

 キュラソーが慰めるように言うが、ほんとぉ? と言わざるをえない。

 

 「僕ら10億ずつ出すんで、アンノウンさん5億でいいよ!!」とかいわれても、「いや、5億もないです・・・」と返すしかないし。

 

 「発言をよろしいでしょうか、誇らしきご主人様」

 「はい、シリアス」

 「全員殺せばすべて解決では?」

 「天才か?」

 

 正直言って、セイレーンの餌でしかない現状の人類は枷にしかなっていない。しかも全自動足引き機能付きだ。どこぞの少尉もびっくりである。

 

 「やはり戦力拡大は必須か・・・とはいえ、艦船だけだと限界があるんだよなぁ」

 

 呟くと、カーリューが控えめに挙手した。

 

 「セイレーンを取り込むのは如何でしょうか」

 「天才か!? ・・・いや、待て。俺ら何と戦ってんの?」

 「え?」

 「え?」

 

 ・・・え?

 

 「・・・つい先日、我々は北連と事を構えておりました。」

 「あ、うん。・・・言われてみれば。」

 

 あ、あれぇ?

 確か国連の大会議場で、しかも代表諸卿の前で『ボクら、人類側なんで(キリッ』とか言ったはずなんだけど。

 じゃあなんで攻撃されたって話ですよ。

 俺の記憶通りなら、先制核攻撃とかされたし。・・・よく考えたら先制核攻撃って頭のおかしい言葉だな。その後報復核攻撃とかした訳だし、これは核戦争と呼んで差支えないのでは??

 

 「・・・いやいや、落ち着け。」

 「はい。」

 

 整理しよう。

 まず俺たちは、いきなりこの世界にやってきた。

 で、基地周辺にいたセイレーンをタコ殴りにしてる間に、この基地が国連の強襲部隊に包囲されて、これを撃退。

 その後なんやかんや平和な日々を過ごしていたら、北連が宣戦布告ナシの突発核攻撃。これを防いだのち、北連にカウンター攻撃し、焦土化。

 

 「・・・あれ? 人類としか戦ってなくね?」

 「・・・まぁ、人間の敵は往々にして人間ですので。」

 

 妙に釈然としない。

 

 「ま、まぁ、うん。原作再現ってことで・・・」

 

 セイレーンと戦ったのは初戦も初戦。この世界に来てから初めての戦闘で鎧袖一触に屠っただけだ。北連戦の方が数十倍面倒だった。数の力、その偉大さを思い知った戦いだった。自分の甘さを思い知った一時間だった。

 

 「・・・」

 

 思考放棄が安牌、か。

 

 そんな結論に至った俺は、とりあえず晩御飯を食べることにした。

 

 

 




 まぁ繋ぎ回なんですけどね。


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34

 親分コラボは草


 もきゅもきゅとスターゲイジーパイを食みながら、何とはなしに周りを見る。

 食堂に居たほぼ全ての艦船と目が合った。・・・なんか変かな?

 

 「・・・お前らさ、さっきからナニ見てるんだ? 食べにくいじゃないか。」

 「指揮官の食べているソレが気になるんだよ。全く、こういうところで予想を超えてくるな。」

 

 ちょうど食べ終わったのか、トレーを持って後ろを通っていた江風がため息交じりに言う。

 なんでや、王家グルメはみんな通った道やろ。主に寮舎レベリングで。

 

 「ねぇ指揮官、もしかして酔ってるの・・・?」

 「サンディエゴ、それはどういう意味だ。俺が紅茶で酔うように見えるのか?」

 「い、いや、そうじゃなくてだな・・・」

 

 引き攣った顔のサンディエゴに変わり、エンタープライズが皿に乗ったスターゲイジーパイを示す。

 

 「王家グルメが、どうかしたのか? ・・・あぁ、なるほど。」

 

 そういうことね。完全に理解した。(完全に理解した)

 

 「おーい、ベルファスト。エンタープライズとサンディエゴにも同じ」

 

 

 ◇

 

 

 気が付くともう朝で、俺はベッドの上だった。

 なんだか首の後ろが痛いのだが、寝違えてしまったのだろうか。

 首の後ろをさすりつつ食堂に向かう。その途中、最短ルートである中庭を突っ切ったとき、嫌なものが目に入った。

 

 「・・・なんだあれ」

 

 噴水の横にぽつりと置かれた、黒いスーツケース。

 艦船の誰かが持ち込んだ私物────な訳もなく。かと言って、基地のど真ん中に侵入しての不法投棄ってこともまぁ無さそうだし。

 ・・・サイズは小ぶりで、膝くらいまでの本体と、腰くらいまでに伸びているハンドル。まるで誰かがそこに置き忘れたようだ。不自然極まりない。

 

 サリンか? 小型の核か? 俺の知らないナンカスゴイ兵器か?

 生物兵器や化学兵器という線は、艦船に対して全く意味を持たないことから除外できる・・・か? 狙いが俺だったら?

 

 「・・・困ったときのベル頼み、と行きたいところではあるが。」

 

 万が一小型の核とかだったら目も当てられない。もしそれでベルに傷でも付けば今度こそ首を括る所存である。まあ多分首どころか全身炭化するけど。

 

 「傷ついても心が痛まない奴なぁ・・・俺とかか? いや物理的に痛いじゃんそれ・・・」

 

 と言いつつ、じりじりとスーツケースに近づく。いつでも伏せられるように半身を切るのも忘れない。まぁ核でも生物兵器でも伏せるとか意味ないけど。

 

 「やだなぁ・・・痛いのも苦しいのもやだなぁ・・・」

 「MOVE!」

 「はい?」

 

 どこからか叫び声がしたと思った瞬間だった。

 いきなり背後から手が伸び、口元を押さえられる。手袋から漂う柔軟剤の匂いと手のサイズ的に・・・シェフィールドか?

 

 「気持ちの悪いお顔をしていないで、早く地面に這いつくばってくださいませ、ゴミムシ様。」

 「むぐむぐ」

 

 言葉よりは優しく地面に伏せさせられると、彼女はそのまま上に覆い被さった。

 

 「shoot!」

 

 言葉が聞こえた瞬間だった。

 中庭の両端、俺たちを挟む格好で、数人────いや、十数人の艦船が姿を見せた。

 

 「シェフィ、これ────」

 「後でご説明致します。まずは離脱を・・・いえ、安全の確保を。」

 「はい?」

 

 ドン、とか。バン、とか。

 そんな生易しい擬音語では到底表現できない爆音が、俺の疑問符に掛かるように鳴り響いた。

 

 「MOVE!」

 「RELOADING!」

 「COVERME!」

 

 「BRAKE!」

 「MOVE!」

 「ONEDOWN!」

 

 両サイドから聞こえる掛け声と、発砲音────いや、砲声。

 銃声なんぞとは比べるべくもない振動が鼓膜を打ち、脳を震わせる。

 

 「なんなんだシェフィ、何が起こってる!」

 「────!!」

 

 断続的な砲声にかき消され、ゼロ距離の言葉すら通じない。

 

 「シェフィーrぐえっ」

 

 襟首を掴んで持ち上げられる。猫のように四肢を丸めて無抵抗を示すが、勿論下ろしてもらえなかった。しばらくそのまま移動して、砲声が和らぐ辺りで止まった。

 

 「指揮官、あんなところで、一体何をしていたんだ?」

 「プーさん! 助かった、いまどういう状況なんだ?」

 「誰がプーさんか。全く、演習に迷い込んできたと思えば・・・」

 

 ぬん? 演習?

 

 「・・・あぁ、そういえば、君は私たちの訓練を見たことがなかったな。」

 「訓練・・・というと、対人戦闘か?」

 「対艦船戦闘だ。 ・・・この場合の艦船とは、言うまでもなく我々と同じ存在の事だよ。」

 「だろうな。・・・じゃあ、あのスーツケースは? 何かのオブジェクトか?」

 

 確保用か、破壊用か。核兵器が持ち込まれた・・・みたいな想定なのだろうか。

 そう、完全に気を抜いて考えていたが、生憎と返ってきた答えは首を傾げるというジェスチャーだった。

 

 「スーツケース?」

 「え? ・・・トランクケース、って言った方がいいか?」

 

 一応、薄い望みをかけてみる。

 

 「なに、それは。そんな趣向は無かったはずよ。」

 「・・・シェフィールド?」

 「はい。今回の訓練で、そのような小物は用意しておりません。」

 

 じゃあなんなんだよ、アレ。万が一爆弾だったら、あんな砲弾飛び交うトコに置いとけないぞ。

 

 「・・・あれか。指揮官はここに。私が見てこよう。」

 

 遠目にスーツケースを発見したらしいプリンスオブウェールズが近づいていく。

 防御スキルも回避スキルも持っていなかったはずだが、核爆弾だったらどうするのか。アホか。

 

 腕を掴んで制止すると、プーさんは微笑した。

 

 「なに。馬鹿正直に近づいて行って開ける訳じゃない。」

 「・・・どうする気だ?」

 「こう・・・」

 

 ジャキ。と、金属同士の擦過する音を上げて、プリンスオブウェールズの艤装、14インチ砲が回転する。

 なるほど、吹き飛ばす気か。確かに、核爆弾が設計通りに威力を発揮するには凄まじく精密な起爆が要求される。外側から圧力を受けて内部が変形なり破損なりすれば、もうただのゴミだ。

 ・・・ただし、猛毒のゴミだが。

 

 「待て待て待って! 基地を放射能汚染で廃墟にする気か!? というか、核じゃなくて毒ガスとかだったらどうするんだ!」

 「? ・・・あぁ、そういえば君は、その手の攻撃に耐性が無いのだったな。」

 

 爽やかに笑ったプーさんが、そっと俺の頬に手を添える。

 

 「人間(じんかん)呼吸、というものを知っているか? 加えて言えば、私たちは毒ガスを吸ってもそれを濾過して吐き出すことができる。」

 「空気清浄機か何か!? プラズマク〇スターか!? ぴちょんくんか!?」

 「冗談だ。大人しくイラストリアスでも呼んで────っと、丁度いいところに。」

 

 一通りの演習が終わったのか、参加していた艦船たちがこちらへやって来ていた。生憎とイラストリアスの姿はないが、プリンツが居た。

 

 「なに? どうしたの?」

 「あぁ、あのスーツケースなんだが・・・」

 

 それで察したのか、彼女は黙って『破られぬ盾』を展開すると、俺の隣に来た。

 

 「ガスマスク役は任せなさい。」

 「そのジョークはさっき聞いた。」

 「ジョークじゃないわよ?」

 

 プリンツとイチャつゲフンゲフン戯れていると、シェフィールドがサーマルゴーグルと簡易スキャナを持ってきた。流石MI6。なんでもあるな、うまい飯以外。

 

 「・・・爆発物ではありませんね。何かのオブジェクトと・・・装飾品、でしょうか?」

 「・・・中の空気に仕込みがある可能性は?」

 「ないでしょうね。あのタイプのスーツケースですと、気密性はほぼゼロです。改造が施された形跡もありません。」

 

 ・・・安全そう、か?

 

 いやでも、ねぇ? 何かのオブジェクトってなんだよ。どんな形とか、その手の形容がないってなんなの? 不定形だったりするの? 名状しがたいの?

 

 それに装飾品って何。指輪か? 首飾りか? サークレットか? 嫌な予感しかしねぇなぁ・・・あいつ干渉しないって言ってたけどなぁ・・・

 

 「オーケィ。待ってくれプーさん。俺が開ける。」

 

 シェフィールドは機械越しだから何ともないだけかもしれない。直に見たら発狂するようなやべーのだったら、或いは触ったらアウトだったりしたらアレなので、一応俺が行く。発狂耐性? いいえ、鎮圧の容易さです。

 

 「・・・?」

 

 黒いスーツケース、そのジッパーを開けると、中に入っていたのは、本当に何の変哲もないただの装飾品────ピンク色のカチューシャと、同色の箱。白抜きで『R』と書かれたそれには蓋がなく、空の内面が見て取れた。

 どうやら本当に危険はなさそうだ。そう安堵して立ち上がると、唐突に甲高い叫び声がした。

 

 「あー!! それ私の!! 私のアレ!! ぴょこぴょこ!!」

 

 



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35

 「・・・どちら様ですか?」

 

 戦利品を持って立ち上がった俺を引き留めた、ちょっと怒ったような声。

 声の主を確認するより早く、シェフィールドが動く。棘のある声で誰何しながら、拳銃サイズの艤装を向けて俺の後ろに滑り込む。ちょうど庇われる立ち位置だが、身長差があるから襲撃者は見える。

 

 「んん? あなたは・・・しぇ・・・しぇふぃー・・・?」

 「・・・。」

 

 シェフィのことを知っている? ・・・いや、シェフィ自身の反応から見て、知己という可能性は無い。なら一方的に知っているだけ、か?

 侵入者ちゃん(仮)をまじまじと見つめてみる。・・・なんだろう、どこかで見た気がするのだが・・・思い出せない。

 軽く染めているのか、明るい色の髪。碧色の瞳。美少女と言って差し支えない容姿・・・というか、艦船たちに交じっていても不自然ではない、異常なほど整った造形だ。端的に言うとAPP18。人間じゃなさそう。

 

 ・・・いや、じゃあこの既視感はなんだって話だ。

 年齢的に・・・大学で見たとかか? いや、このレベルの美少女だぞ? 流石に忘れんだろ・・・。

 

 「って、そんなことより! それ返してくださいよ!」

 「それ・・・って、コレか?」

 

 ピンク色のカチューシャを示すと、彼女は「ふんすっ」って感じに頷いた。

 別に危険なアイテムって感じもないし、それは別に構わないが・・・流石に近づくのはちょっと怖い。かと言ってシェフィールドを近付けるのもなんか嫌。では。

 

 「ほれ。」

 「投げるな! 私の本体ですよーもっと丁寧に扱ってよー。」

 

 放物線を描いて飛んだカチューシャを、彼女は両手で受け止めた。ぶつぶつ文句を言いつつそれを装着し──え?

 

 「・・・あ! ん!? んん!?」

 

 既視感!! 圧倒的な既視感!! こう、喉元まで出かかってるんだよ名前・・・えーっと・・・・・・

 

 「え、なんかいきなり叫び出した・・・変人さん?」

 「誰がだ。・・・クソ思い出せん。誰でしたっけ?」

 「・・・お知合いですか、ご主人様?」

 

 違う・・・と、思う。いや、どうなんだろう。この前の発狂で記憶飛んだとかじゃなかろうな。

 

 「ふふふ・・・良くぞ聞いてくれました。・・・はいどうも! バーチャルユーチューバーのキズナアイです!」

 

 ・・・え、なにこの人。いきなりテンション爆上げしだした・・・狂人さん?

 

 『お前じゃい!』

 

 うるせぇスッ込んでろ!!

 

 ・・・あ、いや待て。キズナアイ? どっかで聞いたことがあるような・・・バーチャルユーチューバー? なんかそういや転生前にちょっと流行ってたな。シロちゃんしか追ってなかったから詳しくないが。

 

 「ん? あれ? あれれのれ? もしかしてご存じない・・・?」

 

 おそるおそる、といった体で尋ねられても。知らんものは知らん。

 

 「そ、そうですか・・・そっかー・・・」

 「それより、アンタ・・・貴女も、あのクソ野郎に?」

 「クソ野郎・・・? いやー、気が付いたらここにいた・・・よねぇ?」

 「俺に聞かれても困るが。・・・シェフィ、銃を下ろすんだ。警戒は解かなくていい。」

 

 あのクソ野郎による転生だろうが、リゼロスタイルの突発的転生だろうが、起こった事象に変わりはない。

 ・・・つまりこれは、アレか。

 

 コラボという奴か。

 

 『ぴんぽんぴんぽーん! 大正解ー!』

 

 うるせぇ殺すぞ。聞きたいことは一つだけだ。こいつは味方か、それとも敵か?

 

 『え、なにその脳筋思考。こわ・・・まぁいいや。その子は味方だよ。』

 

 ほんとぉ?

 

 『信じないなら聞かなきゃよかったのに・・・まぁいいや、今回の更新では』

 

 更新とか言い出したよこいつ。前はメンテとかしてたけど。

 

 『・・・今回の更新では、キズナアイコラボが開催されました。はい、いえーい!』

 

 いえーい! どうせならシロちゃんが良かったが。親分のことそんな詳しくないんだよなぁ? 戦えるん?

 

 『そりゃ勿論。彼女には艦船としてけんげ───参加して貰っているからね。』

 

 いま顕現って言わなかった? 何者? 邪神?

 

 『噛んだだけだよ。気にしないで。』

 

 テレパシーで噛むってなんだよ。

 

 『文句の多い・・・山猫に食べられちゃえばいいのに。』

 

 食われる側はどちらかと言えばお前なんじゃねぇの。・・・まぁいい。この子も艦船レベルの戦力ってことで良いんだな?

 

 『あぁ。そういう理解で構わないよ。』

 

 ふむ。

 

 「シェフィールド、エンタープライズとフッドを呼んで来い。」

 「・・・ご主人様? いえ、かしこまりました。」

 「キズナアイ・・・さん。貴女は戦えるのか?」

 

 今まで黙っていたプーさんが、思いついたように尋ねる。時間稼ぎか、本物の興味か。そこはまぁ大した問題ではない。

 

 「えぇ、それは勿論! これでもバイオハザードとかサイコブレイクとかで鍛えてますから! ・・・ところで、あなたが指揮官さんですよね?」

 「・・・あぁ。・・・もう二歩下がってくれるか?」

 「失礼か! ・・・あ、はい、サガリマース。」

 

 フッドとエンタープライズ。この基地の最高戦力たちが到着し次第ぶち殺そう。自陣のど真ん中に素性の分からん奴を置いておきたくはないし、何より。

 

 あのクソ野郎は『その子は味方』だと言った。その子『は』だ。どうせ多重人格かなんかでもう一人のキズナアイは残虐非道人外外道邪知暴虐その他云々なキルマシーンなんだ。俺は詳しいんだ。

 

 『いや、あの・・・』

 

 なんだ。またぴんぽんぴんぽーん! とでも言いに来たか。

 

 『いや、あのすみません、ホントにその子味方です、はい・・・』

 

 嘘つけ絶対敵だゾ。

 

 『違うもん・・・ほんとに味方だもん・・・』

 

 ・・・ほんとぉ?

 

 『ほんと。ほんとにほんと。』

 

 圧倒的信憑性。この言葉を信じられる奴はたぶん頭のネジが何本か抜けてる。

 

 『お前じゃい!』

 

 は?

 

 「指揮官、どうするの?」

 「味方にしても敵にしても、素性の知れない奴を・・・ん?」

 

 左腕を占拠していたはずのプリンツの声が、何故か正面から聞こえて困惑する。

 確かに左腕から伝わる体温と柔らかさはそのままなのに、だ。

 

 「指揮官、下がって。プーさん?」

 「オイゲン、その呼び方はやめて頂戴。・・・分かっているわ。」

 

 プリンツが腕を離し、庇うように前に出る。二人は艤装を展開し、砲をキズナアイに向ける。

 慌てたように両手を挙げた彼女の背後から、一人の少女が飛び出してきた。

 

 「まぁ待ちなさい、わたし。」

 「退きなさい、撃つわよ。・・・わたし。」

 

 鋼鉄色の軍服を纏い、海風に銀髪を揺らしながら、その砲を油断なく照準するプリンツ。

 

 対するは、純白のドレスを纏い、同色のヴェールを靡かせる、プリンツ。

 

 「あ、プリンちゃん! はいかわいい!」

 

 




 確かにかわいい。


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36

 YANDERE IS GOOD.


 「プリンツ、か」

 

 この世界に来た時点で、覚悟はしていた。

 『アズールレーン』は数百万人規模のユーザーを擁するソーシャルゲームだ。リアルタイム対人戦こそ無かったものの、疑似的な対人戦──演習システムは存在した。

 だがこの世界で、俺以外に艦船を率いている存在は見当たらなかった。だから他者との戦闘にはならない、そうは思っていたが──そもそも、艦船たちが裏切らない保証は無かったのだから。

 自分の艦隊・艦船で、自分の艦船を攻撃する覚悟はできていた。自分の艦船に攻撃されて死ぬ覚悟も、まぁ死ぬのは御免だが出来ていた。

 

 ──だが、だからといって、他者の艦船を、それもケッコンに至るまで愛し、限定スキンまで解放した艦船を攻撃して沈める──殺す覚悟はできていない。

 

 分かっている。躊躇えば、沈むのは俺のプリンツかもしれないし、フッドかもしれない。勿論片方がやられた時点でもう片方の反撃で相手も死ぬだろうが、命の価値は等価ではない。1:1で交換出来たな、及第点、とはならない。俺のプリンツか他者の艦船か。どちらかを殺せと言われたら俺は躊躇うことなく俺のプリンツを救う。

 

 だが。そもそも。

 

 「待て、全員砲を下げろ。」

 

 戦わなければならない訳ではない。

 

 俺の指示に従ったのは、ウェディングドレスを着た方のプリンツとフッドだけだった。依然として険しい顔つきのプリンツの肩に手を置き、力を籠める。

 人間如きの腕力で艦船の力を抑え込める訳もないが、彼女はしぶしぶ従ってくれた。

 

 「キズナアイ・・・さん。艦船として存在しており、かつ自前の艦隊まで持ち込んでいる貴女を放置するわけにはいかない。・・・理解していただけるか?」

 「え、へ、艦船?」

 

 ・・・え、あいつ説明してなかったん? 無能?

 

 「今の貴女は“ヴァーチャルユーチューバー”としてではなく、現実に存在する艦船だ。えっと・・・試しに海に出てみようか。編成は・・・何?」

 

 持ち歩いていた端末を確認すると、何故か保有艦船一覧に『キズナアイ』という艦船が登録されていた。レベルは1で装備も貧弱、その上無強化と絶望的なステータスだが。

 

 「艦隊指揮、だと?」

 

 たった一つ保有しているスキル。レベル表記のないそれは、名を『艦隊指揮』。スキル概要は──

 

 「前衛艦隊に3人、後衛艦隊に3人、潜水艦隊に3人までの艦隊を編成し指揮することができる・・・?」

 

 強い。端的に言ってチート臭い。が、ここに登録されているということは、まさか味方なのだろうか。

 

 「えー、なんか普通のアズールレーンと一緒ー。もっと弾幕撃てるスキルとか欲しかったな・・・」

 

 戦慄する俺に気付かず、彼女はそう言ってぐねぐねと不機嫌を体で表した。

 

 単純に、キズナアイ本人が戦力にならないとしても彼女がフルパーティを持ち込めば、素の艦隊6人-1人+6人で11人。艦船一人の戦闘能力を軽く見積もって通常兵一個中隊分くらいだとすると・・・大体大隊くらいか()

 

 凄まじい戦力で草も生えない。

 

 「キズナアイさん」

 「アイちゃんでいいですよー」

 「・・・ではアイちゃん。出撃演習だ。確か・・・正面海域の端っこに訓練用のブイやら何やらがあったよな?」

 

 未だに少し不機嫌っぽいプリンツに確認すると、彼女は黙って頷いた。

 同型艦・・・いや、同一艦として対抗心でもあるのか、プリンツはもう一人のプリンツに視線を固定していた。

 だが相手は結婚済み。パラメータ補正がある以上、こちらのプリンツでは勝ち目が薄い。猜疑心に負けて、結局認識覚醒とやらにも触れていない現状では、まだ。

 

 「シェフィかフッド・・・いや、両方行け。あとでエンタープライズと大鳳に上空支援をさせる。」

 「かしこまりました。指揮官様は、この後どうされるのですか?」

 「とりあえず朝ごはんかな・・・」

 

 

 ◇

 

 

 

 「・・・?」

 

 その日の食堂は、いつもとは違う静けさに包まれていた。

 厨房にいるはずのメイド隊がおらず、自炊できる艦船が代替してご飯を作っている。

 食堂に来れば決まって甲斐甲斐しく給仕をしてくれる彼女たちがいないだけで、まったく別の場所にいるような錯覚すらした。

 

 「あ、なぁダンケルク。メイドたちはどうしたんだ?」

 

 たまたま近くの席に居たダンケルクに尋ねてみる。

 

 「朝礼が長引いてるらしいわよ。結構な問題が起こったらしいけれど・・・聞いてないの?」

 「んー・・・聞いてないな。さっきまでシェフィールドと一緒だったんだが。」

 

 納得したように頷いたダンケルクは、ふと何かを思い出したように、僅かに眉を上げる。

 

 「まぁ・・・見れば分かるわ。メイド隊の部屋に行ってみなさい。この後演習だから、一緒には行けないけれど。」

 「? ・・・分かった。飯を食ってから覗いてみるよ。演習、頑張ってな。」

 「えぇ、ありがとう。」

 

 ダンケルクがひらひらと手を振って出て行く。と、入れ替わりに、その席に座る影。

 

 「おはよう指揮官。朝からお前に逢えるとは、運がいいな。」

 「おう、おはよう加賀。・・・片割れ(赤城)はどうした?」

 

 一航戦、九尾の白い方。加賀だった。なんとなく会話の糸口として、普段は一緒にいる一航戦九尾の黒い方、赤城の名前を挙げてみる。

 すると、彼女は微笑を浮かべて、俺の前をちょいと指した。

 

 首を傾げて前に向き直る。

 

 「・・・へ?」

 

 なんか、いた。

 

 具体的には・・・そう、なんかちっこいのが。

 

 「・・・あいさつは?」

 「は?」

 「はぁ・・・おはようも真面に言えないのかしら、この子分は。」

 「・・・はぁ?」

 

 見覚えのある着物を着てはいる、が・・・なんだろう、赤城の妹とかだろうか。

 ・・・オッケーグーグル、赤城、姉妹艦、っと・・・高雄と愛宕、は、これは同名の別人だな。天城・・・は姉か。

 じゃあ君誰よ? 言っとくがここは軍事ry

 

 「主人の名前を忘れるなんて・・・どうやら教育が必要みたいね?」

 「あー、はいはい。あっちのお姉さんに遊んでもらおうなー。お兄さんはいまご飯食べてるからなー。」

 「むぅ・・・」

 

 ・・・いや、見た目ロリでもこいつ艦船なんだよな? ・・・やべぇ死ぬ。たすけてベル・・・ってか警護担当(シリアス)は何やってるんだ!!

 

 「・・・私が誰か、知ってから謝っても遅いわよ?」

 「・・・一応、名前だけ教えてもらっていい?」

 

 その言葉でプッチンしたのか、彼女は椅子から飛び降りる──足が届いていなかった──と、薄い胸を張ってこう言った。

 

 「天城姉さまの妹、一航戦の赤城とは私のことよ!」

 

 

 や、重桜のヤンデレ筆頭(やべー奴)じゃねぇか!?

 

 



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37

 いやーイベント始まりましたねー。250キューブ、2アラバマ0チモア。

 クソラックなんとかしろ() ボルチモア引かないと出せねぇだろぉぉん!?


 「えぇ・・・どうしてそんなに小さくなったんですか・・・?」

 

 真面目にやってきたからか? 後輩の方が大きいですけど。何がとは言わんけど。

 

 「知らないわよ。けど・・・」

 

 嘆息した赤城ちゃん(仮)がその場でくるりと回る。

 

 「・・・へ?」

 

 瞬きした後に、そこに立っていたのはいつもの赤城だった。着物のサイズがピッチピチになっているといったギャグ展開もなく、いつも通りの、巨乳で九尾なおねいさんだった。

 

 「その反応・・・指揮官様がロリコンでないと分かって安心しました。」

 「えぇ・・・なにそれ、変幻自在なの?」

 「はい。・・・それはそうと指揮官様、こちらを。」

 

 赤城が取り出したのは、指揮用の端末だった。・・・それが置いてある執務室は、俺がいない間は施錠しているはずなのだが。今日の秘書艦は赤城だったのか?

 

 「・・・外洋遠征部隊から?」

 

 緊急度レベル3────そこそこ優先度が高い。

 

 「どうした?」

 『指揮官。こちら第二委託部隊です。ポイント5で接敵、セイレーンです。殲滅には成功しました・・・ですが、増援が向かってきています。ご指示を。』

 

 第二・・・旗艦はアリゾナか。そんなに戦力の高い編成じゃなかったはずだが、流石はレベル100。お強いぃ。

 だがセイレーンとは聞き捨てならない。久しぶりの天敵だ、警戒していこう。

 

 「損害は?」

 「損害なし。燃料の残りがあまりありませんが、弾薬は問題ありません。遅滞戦闘なら───きゃぁっ!?」

 「どうした? ・・・アリゾナ? ・・・おい、アリゾナ!?」

 

 通信が切れていた。

 先日の戦闘を思い出し、一気に肝が冷える。

 

 「加賀、集合をかけろ! 第一艦隊は・・・いや、第一から第三艦隊は出撃用意をしてゲートで待機。手隙の空母は偵察機を出せ! ダンケルクに核ミサイルの準備をしろと伝えろ。赤城は俺と執務室へ。第二遠征部隊を暫定的に第四艦隊とし直接指揮を執る。・・・ノエル、タマ。仕事の時間だ。」

 『了解にゃ。』

 『第一艦隊は任せるにゃ。タマは第二と第三にゃ。』

 「いや、ノエルには俺が就くまで第四を任せる。一刻も早くあいつらを救い出してくれ。」

 

 二度とあんな無様を晒してたまるか。セイレーン風情が、俺の艦船に手を出したことを無限の拷問の中で後悔させてやる。

 

 「っ・・・え?」

 

 ドロドロとした感情を乱す、鳴動した通信機に慌てる。が、着信はアリゾナからではなかった。

 国際チャンネル。だがいつぞやのように、国連からという訳ではない。

 

 「・・・ペンタゴンだと?」

 

 ユニオン陣営の国防を取り仕切るあそこだった。ご丁寧に緊急度4のタグまで付いている。馬鹿が、アリゾナ達の危機より優先度が高いものなど存在せん。と思いつつ、一応出る。

 

 『・・・助けてほしい。』

 

 開口一番、苦渋の判断です、と言外に言いまくっている声だった。

 

 「助けだと? ・・・詳しく話して貰おうか。」

 

 一週間後にな! と言いたいところではある。

 だがこのタイミングで────セイレーン出現と同時期の救援要請だ。それに、第二遠征艦隊の目的地は大西洋沖だ。

 偶然と断じて通信を切るのは早計だろう。

 

 『ニューヨークが陥落した。』

 

 ・・・ほーん。それで? と言いたいところではある。ニューヨークが落ちようがワシントンD.C.が落ちようが知ったことじゃない。知ったことじゃないが、ちょうどその辺りにはアリゾナたちがいた筈だ。

 

 「・・・ノエル、被害状況の確認は済んだか?」

 『通信端末に被弾しただけにゃ。燃料は遠征成果を流用すれば基地まで往復できるレベルにゃ。弾薬も問題ないにゃ・・・ただ、敵がちょっと厄介にゃ』

 

 厄介、厄介ねぇ? 数か、質か?

 

 『セイレーンの数は関係ないにゃ。向こうの攻撃はほぼ無意味で、こっちの一撃で沈む相手を、弾幕ゲーでは強敵認定しないにゃ。・・・ただ・・・その・・・厄介な相手がいるにゃ。』

 『・・・敵はセイレーンの大群。そして・・・』

 

 

 

 『『艦船。』』

 

 



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38

 みじかいね。なんでだと思う?

 アズレンCWが!!別世界・別設定で!!何の参考にもならない!!  そのくせケッコン含むフルボイス!! よい!! 非常に良い!! 許す!! 大鳳とシリアスも追加しろ!!

 あと活動報告みて♡



 「赤城、出港を急がせろ! ベル・・・くそ、ベルファストはどこだ!?」

 

 純粋なレベルと、装備の充実度。そして戦闘経験。全てにおいて基地最強格の嫁艦を呼ぶ。

 

 敵が艦船だとしたら、こちら側と同じ「対艦クラス以下の攻撃の全無効」なんてチートが与えられている可能性もある。

 対セイレーン(クソ雑魚)用の艦隊すらまともに揃っていないユニオン···否、現在の人類では、まともな対抗手段はない。なんせ、彼女たちは高高度爆撃機はおろか、核ミサイルまで撃墜するのだから。

 

 だが、当たれば威力を発揮するだろう。そして、人類に与えられた最高火力=最後の希望でもある。

 アリゾナたちの存在を知らないユニオンは···いや、仮に知っていたとしても、彼らはそれを使うだろう。

 

 使い、絶望し。

 核の汚濁を踏み越えた、俺たちかセイレーンのどちらかに止めを刺されるのだ。

 

 「···指揮官、アリゾナたちが接敵した。」

 「一撃入れて沈められたら継戦、手応えナシか先に一撃食らったら緊急離脱だ。」

 

 チキン極まった命令に嫌悪感でも抱いたか、加賀はその命令を無線機へ向けることはなかった。

 だが俺が苛立ちを見せるより先に、彼女が困惑した様子で無線に語りかける。

 

 「なに、投降? 全艦が? ...そうか。警戒しつつ対話を試みて情報を集めてくれ。不審な動きを見せたら...そうだ。...そうだ、相手が誰であろうとだ。通信終了。」

 「敵対しなかったのか、艦船と。」

 「・・・どうやらそうらしい。前回と同じだ。・・・正直、考察だの推理だのは赤城向けの仕事なんだが、一応言わせてもらうと・・・お前は我々艦船に対して一定の統制力、あるいは魅力やカリスマ性のようなものがあるらしい。」

 「・・・なるほど。そりゃラッキーなことで。」

 

 その辺のことは、ジャン・バールやニューカッスルが来た時に考えてはいた。

 狂気じみた帰属欲求。艦船を統制しやすくするためか、或いは兵器たる彼女たちの本能か。とにかく艦船たちは俺の勢力に属そうとする。ここで勘違いしてはいけないのは、別に俺に対しての忠誠心やら何やらに基づいているわけではないということだ。この前検証した。・・・が、まあその話は今度。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「あなた方の装備で、あなた方の戦力なら、わたしたちを殲滅することもできるでしょう?」

 

 両手を上げた女性は、そのアリゾナのセリフに微笑を返した。

 

 「相変わらずネガティブなのね。確かに火力比較なら戦艦の多い私たちが有利かもしれないけど・・・そもそも、敵対しに来たわけじゃないしね。」

 「なら・・・どうして、ユニオンを攻撃したの? 私たちの母国・・・ではないけれど。ねぇ・・・ノースカロライナ。」

 「攻撃? なんのこと?」

 「え?」

 

 アリゾナとノースカロライナが互いに怪訝な表情になり、互いが率いる艦船たちも困惑に揺れる。

 

 そして。

 

 海が、反転した。

 

 




 ほんとに短いな・・・


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39

 ・・・アトリエやってました。ごめんなさい。


 「鏡面海域だと!?」

 「はい。既にアリゾナ達はその内部に居るものかと。・・・どうされますか、指揮官?」

 

 指揮用端末を手に、深刻そうな表情の赤城。普段は悠然としている彼女のそんな表情が、俺からさらに余裕を奪う。

 

 鏡面海域は対セイレーン戦の場。雑魚相手かもしれないし、ヒトガタを取る上位個体戦かもしれない。どちらにせよ、長距離遠征の途中で疲弊している、戦闘に特化しているわけでもない艦隊に任せたくはない。すぐにでも緊急離脱させたいところなのだが。

 

 「・・・通信は?」

 「依然としてノイズとラグが酷いですね。こんな状態で緊急離脱をするのは、鏡面海域の特性も理解できない現状では危険かと。」

 

 ・・・そう。セイレーンが現れるときに出現する『鏡面海域』は、その性質から影響まで悉くが謎だ。とりあえず分かっているのは、結界のような何かで、エリアへの侵入・離脱が制限されているということくらい。そんな場所からでも量子テレポートならなんとかなりそうだが、逆に「何か」が起こってしまうと困る。

 

 「応援を送って・・・いや、共倒れになるのは避けたいが・・・」

 

 かといって放置は無理だ。聞くところによると別陣営の艦船・・・かどうかは分からないが、とにかく俺の傘下ではない艦船もいるみたいだし。この状況を何とかできそうなのは・・・我らが最高戦力にして全能者(メイド長)たるベルファスト、セイレーンの技術を艤装に転用した鉄血のプリンツやらグラーフやら。そして最高の問題解決手段たる火力担当、ジャンバールとフッド。そして大穴というかダークホースというか、ブラックボックスのキズナアイ。正直言って彼女は能力が未知数過ぎる。ぶっちゃけ怖い。なんせ俺と同じ指揮能力持ちで────

 

 「指揮官。アリゾナから通信だ。」

 「ッ、すぐに繋いでくれ。」

 

 最悪の可能性を想起した瞬間に、見計らったかのように加賀が通信端末を寄越す。

 

 『指揮官、戦闘終了です。損害ゼロ、弾薬も補給できました。』

 「何? 何があった?」

 『詳しい話は戻ってからさせて頂きますが、大まかなところを申し上げるなら・・・』

 

 そこでアリゾナは一瞬だけ思案するような空隙を入れた。その一瞬に滑り込み、聞き慣れない声が通信機から流れる。

 

 『アタシたちが仲間になってやるってこ────痛ッ!?』

 『ごめんなさいねアリゾナ、よく言って聞かせておくから・・・』

 『あ、いえ、問題ありません・・・とにかく指揮官、帰投しますね。』

 「お、おう。」

 

 ・・・なんか前にもこんなことあったよな。

 

 

 ◇

 

 

 第二委託部隊が危機を脱した・・・というか、勝手に乗り切ったというか、そもそもセイレーン程度、危機でも何でもなかったというか・・・まぁとにかく安全が確保され、念のため後詰に戦闘に特化した第二艦隊を送り込んで、ようやく当初の目的・・・メイド隊の部屋にいるというベルに会いに来た。

 先ほどの赤城の様子を見るに、もしかしてベルもちみっこくなっているのだろうか。もしそうなら・・・うーん、なんだろう、複雑だ。あの黄金比と言っても過言ではないプロポーションを誇る肢体が失われるのは、非常に、とても、とっても惜しい。だがそれはそれとして、ロリータなベルも見てみたい。

 ロリコンの気はないが・・・相手がベルならワンチャン目覚めるかもしれない。

 

 「・・・よし。」

 

 メイド隊の部屋、そのドアプレートを見つめること約5分。

 ノックする決心がようやく固まった。

 

 「・・・どちら様ですか?」

 「その声、カーリューか? 俺だよ。」

 「ご主人様!?」

 

 カーリューが上げた驚きの声を皮切りに、今まで静かだった部屋の中がにわかに騒がしくなる。何を音源とするものかは分からないが、大掃除もかくやという喧騒だ。だがそれも数秒で収まる。

 

 「・・・どういったご用件でしょうか。」

 「え、あぁ、さっきからベルファストの姿が見えないんだが、知らないか? ダンケルクには部屋にいるって言われたんだが。」

 「・・・申し訳ございません、しばしお待ちください。」

 

 ここまで全部、ドア越しだ。メイド隊らしからぬ扱いである。

 ややあって、ようやくドアが開かれる。

 

 「お待たせ致しました。散らかった部屋で恐縮ですが、どうぞお入りください。」

 「あ、あぁ。お邪魔します。」

 

 散らかっているとは言っていたが、別にそんなことはなかった。まぁ狭い部屋で・・・とか言えないよな、俺の基地だし。まぁ俺が作った訳じゃないけど。

 

 「・・・ひょ?」

 

 普通に綺麗な部屋で、俺を出迎えたもの。

 

 予想通りそこにいた、何故か簀巻きにされて猿轡まで噛まされている、ちみっこいベルファスト。

 

 そして。

 

 土下座する、普通サイズのベルファスト。

 

 「・・・え? いや、え?」

 

 予想の斜め上を行く光景に戸惑っていると、ベルファストが土下座したまま口を開いた。

 

 「ご主人様・・・」

 

 その声は、何故か涙に濡れていた。

 

 

 

 



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