韓信様、その外道な軌跡 (キューブケーキ)
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1.始まりの韓信さん
漢の太祖
後の国士無双──スーパーウルトラ大将軍、韓信が生まれたのは
当時、支那大陸を支配したのは大秦帝国。
秦王
「法が統治をする。儒学と言うまやかしはいらん。そんなカルトを信じるバカちんはぶっ殺せ」
力こそ正義。しょせんペンは剣には負ける。弱者が御託を並べられるのも、権利の保証された世界だからだ。漢では法が全てであった。
しかし秦は二代目社長がワンマン社長の指導力で成っていた会社を潰す典型的なパターンで、始皇帝が崩御した後、各地で反乱が頻発するように成った。
「おうふっ! ゆっくりしてたら、約束の時間に間に合わないんじゃぞ」
「ゆっふっふっ。完璧な計画があるんだよね」
ある時、
陳勝は始皇帝の息子
「秦を倒すんだ! 大楚は復活する。皆の力をオラに貸してくれ」
楚人は秦の統治に成っても反骨心と言うか不満を持っていた。野蛮で卑しい地域性に相応しく、簡単にキレやすい性格をしていた。公子、楚将が煽れば簡単に動いた。
「秦の糞ッタレどもをぶっ殺せ!」
嘘でも扇動さえ成功すれば後はチョロい物で、大沢郷の城郭を落とし、二ヶ月後には張楚の建国を宣言した。偉大な楚国の復活だ。
これに呼応するかの様に騒乱は各地に広がった。
「ゆっくりできない秦王朝は倒すんじゃ! 皆でやっつけるぞい!」
ブラック会社も真っ青な環境に民衆の不満が溜まっていたのだ。先ずは穀倉の在る
秦も反乱を黙ってみていた訳ではない。資金源と組織の弱体化に向けて討伐の兵を向けた。
「愚民どもめ、天を恐れぬその所業、断じて許さん。ゆっくりできない下衆は制裁だ!」
郎中令の
兵士は殺して仲間を失い、学び、そして勝利に進むことができる。実戦を重ねる事で兵士は鍛えられる。死んだ仲間の思い出を抱え、強く未来に向かい進む。
朝廷は座して放置する事は無かった。反乱鎮圧に努力した。
この瞬間に立ち会えたなら、歴史小説家の
さて、本作の主人公である韓信は自己保身だけは優れていた。そして出世欲だけは人一倍あった。
力は自分の為だけの物だ。本当に立身出世をしたいならよく考え使い所を選ばねばいけない。
──生きている世界が間違いないって誰が決めた? だったら俺は新世界を作り上げてやる!
「俺は将来、海賊王……じゃなくて、大将軍になるんだ!」
幼い頃から韓信は夢見る少年であった。
「何、寝言言ってるんだ。貧乏人のガキが。おめぇ、馬鹿じゃねえの」
韓信は街の亭長の所で居候をしていた。持っていた私物は剣が一本のみ。
それは剣と言うにはあまりにも……と言うか長剣であった。
「だいたいさ普段から、そんな長い剣持ってるけど本当は飾りなんだろ?」
「ああん?」
韓信は怒りに燃えた瞳でチンピラを睨み付ける。
「はん。凄んだ所でどうせ俺を斬る度胸は無いんだろ。なぁ、口だけの韓信君。俺の股をくぐってワンと吠えたら許してやんよ」
韓信は股の下をくぐると見せかけて、剣を抜くと男の睾丸を切り落とした。
「吠えるのはてめぇだ!」
「ほあああああああっ!?」
叫ぶ男に何度も剣を突き刺した。オーバーキルだ。
「お、おい。もう止めろ。とっくに死んでるぞ……」
声をかけられた韓信は、息絶えた男の首を切り取ると高々と掲げて怒鳴った。
「俺を舐めんじゃねえ!」
常在戦場の心得。麦わらと違い韓信は殺す事も厭わない。卑怯な真似も、卑劣な真似も勝つ為には許される。
「韓信君、マジすげぇ。パネぇよ!」
「韓信さん、チーッス!」
以来、股くぐりの韓信と怖れられる様になる訳だが、下宿先に戻ると亭長が待ち受けていた。
「韓信、今日、お前が人を殺めたと通報を受けた」
落ち着いた声とは対照的に、こめかみがひくついていた。
「知らねえよ」
さらっと答える韓信だが納得はしない。
「馬鹿野郎。嘘つくんじゃねえ! 証言があるんだ!」
「何だと、コラ! 嘘つき呼ばわりか? 殺しちゃいねえ、タマ切り取ってやっただけだ!」
亭長は言葉を濁らす。
「それは……何だ。あんまり無茶するな。それとな韓信、剣は見せる芸では無い。殺しの得物だ。気を抜くんじゃねぇ!」
「いやいや、お前、説教してたのにけしかけてんじゃねえよ。馬鹿野郎」
そんな韓信だが喧嘩に明け暮れていた訳ではない。
女子はイケメンに恋をする。だが韓信は金も無く、職も無い。
「韓信君、知ってるか。酒屋の後家がすげえ美人だってさ」
韓信の男振りに惚れた悪童達が子分として集まってきていた。
「今夜、夜這いをかけるか」
「ついでに金目の物も頂いちまおうぜ」
そして後家を集団で犯し金品を略奪した後は、殺して酒屋を燃やした。本作の韓信はジャンプ的な少年漫画の主人公とは違い、悪辣な生き方を進んでやる男だった。
「熟女は締まりが今一だったな」
「ぎゃはははは、韓信君、三回も
世の中には知らなくても良い事と、知らない方が良い事の2種類しかない。
ある時、亭長に韓信の悪事がばれて家から追い出される事と成った。
「お前、調子に乗って暴れてるんじゃねえよ。恥かかせやがって、この糞が!」
「うるせぇ!」
売り言葉に買い言葉、韓信は亭長を切り殺して妻子を斬殺、金目の物を奪うと火を放った。
「あばよ」
だらだらと過ごしている内に奪った金も尽きた。
「腹へった……金持ちでも殺して金を手に入れるか?」
韓信がふらふらしながら街中をさまよっていると、老婆が通りかかった。
まだ若い韓信と老い先短い老婆。どちらが社会に貢献する事が出来るかは自明の理だった。
「ババア、死んで俺の血肉となれ!」
「ひえええええ!」
老婆を殺して血抜きをすると、鍋で煮たり、団子にしたりして食し、それでなんとか飢えをしのいだ。
「ご馳走さん。ババア、てめえの貢献は忘れねえぜ」
後に韓信は老婆の尊い犠牲を忘れず、慰霊碑を立て多数の人肉を捧げて復活の儀式を執り行った。老婆は美幼女として復活し、愛妾としてたいそう可愛がられたそうな。
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2.西楚覇王さんとの出逢い
民兵は正規軍と練度で劣る。そう言う意味では、兵農分離を行った織田信長は天才と言える。
反乱軍は、中原から関中に至る関所である
70万に膨れ上がった軍勢は向かう所、敵無しと
秦の
(俺は出来る男だ。負けたのは秦の奴らが卑怯な真似をしたからだ! やっぱりあいつらはゲスだ。江南に戻れば兵だって集められる。そうしたら、秦の連中なんて制裁してやる)
復讐を胸に抱く首魁
「陛下……」
馬車が止まり御者から声をかけられた。
「うん、着いたのか? って、ゆべっ!」
陳勝は部下に刺し殺された。
楚は再びに秦に破れたのであるが、
「賊軍は楚の上柱国、
「項梁とは如何なる者か」
疑問に思うのも当然だった。だが返って来た返答は意外な物だった。
「はい。楚の名将、項燕の血筋だそうです」
歴史に名前が出た最初は放浪者としてであり、項梁の名が天下に定着する頃には金貸しを営んでいた。代々、楚の将軍の家計がいきなり金貸しに成る訳がない。項を姓としたのも楚が滅んだどさくさ紛れだ。
手広く商売を行い資産を増やした項梁は名士として知られる様に成り、闇の世界を牛耳ろうとした。先ずは手っ取り早い娼館経営を手がけた。娼婦は借金で首の回らなくなった女ばかりだ。
そして築き上げた豊富な資金と影響力で項梁は楚の再起を図った。
貧乏人は金持ちに従うしかない。世の中の常だ。この世界は上下関係が絶対だから、
運命は予想外の事をもたらす。
「陛下、御迎えに参りました。陛下が御苦労なさったのも、これまで上手く行かなかったのも全ては秦の政が悪かったのです。これからは臣が御守り致します。楽しく過ごしましょう」
礼儀正しく接して、心を傀儡として楚王に祭り上げたのが項梁だった。
その項梁の甥に、後に西楚覇王と呼ばれる支那史上最強の男、
絆とは付き合った時間の長さで決まる。叔父貴、叔父貴と項羽は項梁を親の様に敬愛し、いつも後を着いて歩く姿は犬の様であったと後世に伝えられている。
ある時、酔っ払いに項梁が絡まれた時だった。
「死ねや、オラッ」
項羽は簡単に切り殺したが、それは役所の人間だった。
人殺しは揉み消し出来るが、役人は厄介だった。使用者責任で項梁までしょっぴかれる可能性があった。
「叔父貴、すまねえ。俺を役人に付き出してくれて構わねえ」
別に数年、臭い飯を食うぐらい項羽には屁でもない。一人、罪を全て被ると項羽は言った。
そんな甥を項梁は叱った。
「ああ、何て馬鹿野郎なんだお前は。俺は家族を売らない。家族の敵は俺の敵だ。それなら役人を皆殺しにしてしまえば良いだろう」
郡を掌握すれば罪は消える。パラダイムの転換であった。
「叔父貴……あんたって人は……。分かった、俺に全て任せてくれ!」
項梁は舎弟やそこらのチンピラを集めて、
「俺を舐めるんじゃねェ!」
この蜂起が歴史を変えた。
またある時、項羽が出歩いていると老婆がチンピラに恐喝を受けていた。
「ババァ、金出せよ。貯め込んでいるんだろ!」
白昼の強盗、恐喝も日常茶飯事だった。ちらりと視線を向けた項羽は強盗の肩を掴んだ。
「何だ!?」
振り返った強盗の顔面を項羽の拳が粉砕した。脳の断片と血潮が降りかかる。
「うるせえんだよ、ボケが」
義侠心では無い。ただ耳障りだった。人を殺す理由はそれだけで十分だ。
「あ、ありがとうございます」
「良いんだよ婆さん。ここは項梁の叔父貴の
韓信はそんな項羽に惚れた。魂を熱くさせる男だったからだ。
「兄貴、俺をあんたの下で働かせてくれ」
項羽は韓信の熱烈なアピールに驚きながらも気持ち良く受け入れた。
「俺は気に食わねえ奴は殺す。叔父貴の為に命を張ってる。だから搾り取れるならガキにも金を貸す。それでも良ければ着いてこい」
「はい、兄貴!」
毒を以て毒を制す。項羽の名は響き渡り、
叔父の商売の邪魔に成る者は誘拐し、脅迫し、殺害した。甥の気遣いを項梁は優しい子だと嬉しく思った。
項羽は肩で風を切って歩き、抱きたい女は抱いた。身分なんて関係無い。
女は強い男に子宮を疼かせる。項羽に口説かれて股を開かない女は居なかった。
時には、有力者の妻子を拐かしアヘンで快楽浸けにした。妻子を人質に取られた有力者は、醜聞が広まる恐怖から項梁に協力させられた。
楚王を担ぐ事で反乱軍の中で影響力と勢力を拡大した項梁は、長江を渡り進撃を続けた。
楚軍が秦軍に勝利出来た活力は、殺しに長けた項羽の戦闘力が大きい。楚軍全体としては正規の訓練を受けた事もないギャングやチンピラ、民兵の様な物だった。
この状態で
「悟き者の知恵は自分の道をわきまえる事にあり、愚かな者の愚かは、欺く事にあるそうです。私は閣下にお仕えする分をわきまえ、職責を果たしたいと思います」
「うん、それで?」
金貸しだけあって項梁は損得勘定は出来た。他者の意見を蔑ろにして損をする気はない。
「今、我らは楚王に仕える軍として兵馬を整える時です。秦が六国を制した強国であった事を忘れてはいけません。相手は無頼の輩とは違い、本物の士卒なのです」
恋愛と戦争はあらゆる手段が許される。何が起こってもおかしくはない。だから敵を侮るな。宋儀はそう項梁に言っていた。
「ならば、斉に兵を出す様に使者をだそう。君が行ってくれるか」
「承知しました」
だが、同じく楚の宗室である
項梁は叩き上げの出世だが、以前は様々な職業を転々としていた。生きると言う事は綺麗事だけでは無い。
だから秦嘉に投降を勧告したが拒絶された。繊細な神経の持ち主である秦嘉は殺される事を恐れたのだ。
「舐めやがって」
顔をしかめる項梁に項羽は尋ねた。
「叔父貴、どうするんだ」
引退と解散だけで手打ちにする積もりだったが相手は拒絶している。面子を潰された。
「戦争だ。秦嘉のタマを取ってやれ」
項羽も半端なやり方は好みでは無かった。グダグダ悩むよりも動いた。
韓信達、手下も積極的な動きを喜んだ。
知恵者の
「俺に学は無いがあんたみたいな先生が居たら安心だ。宜しく頼むぜ」
「これから我等は楚軍として秦と戦う事に成ります。秦嘉の討伐に時間を取られては成りません」
戦争はただの喧嘩とは違う。勝手に暴れるのではなく足並みを揃える必要があった。
項羽は早速、どう征伐すべきか任務分析から行動計画の検討を実施させた。
(ほーん、兵法ってのは面白い物だな……)
プラス思考と知識は人生で必ず役に立つ。
項羽の若衆である韓信は、
(
韓信がそう思うのも当然だった。陳勝の直参であった
どちらも事後承認されたそうで、気を入れて考え奔走すれば日陰者でも日の目を見れる。外様でも風穴を開けて一国の王に成れる時代だった。
項羽は武と根性と人望を兼ね揃えた人物だったが、項梁に真底惚れ込んでいた。賊徒や愚連隊上がりの楚軍を纏めあげたのは項梁の力であった。
「割れた秦を無理に建て直す必要は無い。楚王にヤマ返しても構わねえ。だけど叔父貴だけは舐めるな。俺の叔父貴は腐った奴等を蹴散らして
精神的支柱である叔父の為に何時でも命を投げ出す覚悟があり、敵陣に単騎駆けをする根性が据わっている真の武将だった。
「兄貴、何なりと仰ってください」
項羽の器の大きさを知り、韓信も生涯ただ一人の兄貴分の為に己の命をかけて守り立てようとした。
「絶対に仕損じるんじゃねえぞ。腹を括って落とし前を着けてやれ」
抜き身の刀身の様にギラついた項羽。従う手下もケツを割る者は居なかった。
殺されるより殺せ。
項梁は攻めて来る。
「成り上がりの分際で、身の程を弁えず吠える犬よ。景駒様こそ楚を導く御方今こそ忠を示す時だ!」
景駒の側に居ると秦嘉は至福を感じた。本物の主に仕える喜びだ。項梁の様な偽物とは違う。
秦との戦は終わっていない。だが抗争は始まった。
秦嘉の下に
張良は未来から来たと言う者から戦術の参考と呼ばれるテキストを授かっていた。後に太公望から軍略を学んだと言われる回答集だ。
「項梁よ。来るなら来い。我らは退かぬ! 最期まで堂々と戦うぞ」
そんな秦嘉を黥布の兵団が攻めた。
黥布は秦に対する蜂起で、兵を率いて項梁の下に馳せ参じた者の一人で生粋の武闘派であった。そして項梁の甥の項羽に同じ気質を感じ、その男気に惚れ込んでいた。
「俺は親父の直参だが、項羽になら従っても良いと思ってる」
項羽や項梁の邪魔に成る秦嘉を排除する事に躊躇いなど感じなかった。
黥布が彭城を攻めていた頃、項梁は背後を任せて西へと兵を進めていた。
そんな項梁に対して直参ではない、枝の枝の様なチンピラが兵隊を貸して欲しいと話しかけて来た。
「私には甥が居る。何故、君を頼らねばならんのかね」
項梁は男から視線を外さなかった。甥の項羽はがさつな所もあるが、子の居ない項梁にとっては可愛い息子の様な者だった。築き上げて来た信頼関係が違う。
初対面の者をいきなり信用する訳にはいかなかった。
「俺は
あまりにも無礼な物言いに項梁は、いきりすぎなその男を殺そうと思った。手を叩き、死のサプライズを行おうとする。
「閣下」
しかし范増は止める。その男の瞳に王者の器を見たからだ。
王を支え歴史に名前を残したいと思う位に范増にも欲はあった。それが目の前の男かは別問題だが、それでも項梁の一助となる者だと感じられた。
手下の
「戦いにおいて必要なのは、最後は逃げてでも生き残る覚悟だ。君は矜持に拘って死んだりしないだろうね?」
范増の問いに男は勿論だと答える。
「愚問だ。今は
上に立つ
「だから俺は兵隊さえ貸してくれたら勝つ」
並みのチンピラは、面子に拘って損得が計算出来ない。損切りが出来ず破滅する場合もある。
金貸しであった項梁にとって無駄な損失は許せない物だった。だから一先ずはその答えに怒りを納めた。
「頂点か。ならば着いて来い。本物の頂点を見せてやる」
風は楚に吹いている。男、劉邦は勝ち馬である項梁に乗る事にした。
大秦帝国の帝都
北の城陽を攻める兵団の内、それぞれ独立した縦隊(支隊)を項羽、劉邦が指揮し、項梁の率いる兵団は南の
「武信君が来られるまでに
この時、劉邦の発言を人伝に聞いた韓信は、項羽の競争相手として劉邦を大いに警戒した。
事実、劉邦は項羽の様な武人とは違う。自ら軍馬に騎乗し先陣を駆けるタイプではなかった。舎弟の夏侯嬰に手綱を任せて、馬車を指揮通信車の様に使い、
韓信が見た所、劉邦は人を動かす事に長けている。今はまだ味方だが、いつか項羽の障害に成る気がした。
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