fate/Pretense of evil person (モンティナ・マッ■■)
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プロローグ ~Pretense of evil person~

「ようこそ、正義の味方。初めまして、エミヤシロウ。」

 

エミヤシロウは目の前の男を見据えていた。

黒髪を背中まで伸ばした東洋人。妖しく光る眼鏡がひたすら不気味で、その奥に見える目は視線を合わせるだけで呑み込まれそうになるほど威圧的だ。

その余裕綽々で堂々たる姿は、こちらが追い詰めている筈なのにこちらが追い詰められているようにすら感じる。

 

三日月のように口を歪ませてニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる青年。奴はエミヤシロウが何年も追ってやっと辿り着いた巨悪であった。

 

「何故、こんなことをする。何故、こんなことが出来る。何故貴様は・・・!」

 

エミヤシロウは思わず疑問を口にする。

それは怒りから来るもので、どうしようもない嘆きだった。

 

テロ、暗殺、麻薬、拉致、エトセトラ。

その他にも人にいうことさえ憚られることを星の数ほどヤっている。この男一人でも相当数。それだけではあきたらず、一つの国を越える人数の組織を作り、それが犯した罪はまさしく無数。

殺した人の数は分かるだけでも第二次世界大戦の戦死者位は殺している。

奴は悪の代名詞といっても過言ではないだろう。

 

何故悪事を為すのか。

 

既に現代史上に残る最大のテロリストとされているこの男にこそ、相応しい問いだった。

 

エミヤシロウの脳裏にちらつくのはこの男が造り出した地獄で苦しむ人々の恐怖に怯える姿だ。

彼らのためにも、奴は必ず殺す。だが、それは奴の言い分を聞いてからでも遅くはないだろう。

 

対して男はエミヤシロウの問いに目を丸くしていた。そして更に笑みを深めて嗤う。

 

「何故、何故か。そうだな。正義に理由は要らないが悪には理由が必要なものだものなぁ。だがな、エミヤシロウ。それは愚問だぞ?」

 

更に凶悪に嗤う男は右手を差し出すように広げた。

 

「悪人が、悪党が、何故に悪事を為すのか。はははははっ。そんな事決まっている。」

 

本当に、本当に楽しそうに笑う。

演技がかった口調も、わざとらしい動きも全て胡散臭いにも程があるが、独特の魅力を醸し出す。

 

「自分のためだ。それ以外何がある? 何もない。中には理由なんてないなんてふざけるやつも居るがあれば嘘だ。全ては、自分のため。それが答えだ。これは悪人全員共通だろうよ。マフィアもテロリストもサイコパスも。己の利益、思想、願望、快楽。その為にならば他者をコロしても構わない。いや、むしろ率先する。理解を求めながら、それを拒む利率背反を楽しみながら悪事に手を染めているのさ。」

 

抑揚の激しい記憶に残るその話し方はまるで演説を聞いているようだった。

 

「・・・ならば貴様は何を成すためにこんなことをした。」

「全く、そう流行るな。会話は楽しむものだぞ。結論ばかりを急ぐのは人間の悪い癖だ。だがまあいい。答えよう。そうさな。シンプルに答えるなら、このオレにも守りたいものがあったのだよ。」

 

エミヤシロウは思わず目を細めた。

その問いの答えが下らないものであるなら、即座に射ぬく、いやこの距離なら斬り捨てた。

だか、エミヤシロウの正義の根幹にかすめる理由に少しだけ揺らいだ。揺らいだだけに更に眼光を鋭くする。

 

「何だ? オレの答えに不満か? 」

「ふざけているのか。納得できるはずがないだろう。」

「そうか。それは残念だ。では君にも分かるように遠回しに教えてあげよう。そう、例えばの話だ。」

 

青年が浮かべていた笑みは消え、無表情に切り替わるとひどく真面目な声音で話を続けた。

 

「幾多の困難という壁を打ち破り、行く手を阻む強敵を凪ぎ払い、立ちはだかるライバルに競り勝ち、数多の害悪を払い除けた英雄がいたとしよう。」

 

青年は支配者のごとく両手を広げて熱弁を始める。煌々とギラつく目は一度見てしまえば忘れられそうもない。見るものによっては、立ち上がれぬ程の恐怖を、あるいは抗いようのない魅力に取り憑かれるだろう。

 

「確かにその伝説は、美しい。何よりも尊いと言えるやもしれん。彼らの生きた言葉はさぞ万民の心に響き渡ることだろう。感動というやつだ。」

 

その声も実に魅力的だ。思わずそちらを視ずにはいられない。分かりやすく聞き取りやすく、感情が全面に出ていて、心と脳に直接侵食して蹂躙していく。

 

「彼らは多くのものを救った。導いた。未来、人命、思い出、願い、希望、そして心を。救われたものたちは皆、決して状況が良くなくとも曇りない表情をしていることだろう。」

 

目の前に最も絶望していた英雄がそれを打ち払う様を見てしまったからだ。

 

「この先の未来が決して良いことばかりではないことぐらい分かっている。以前と変わらず苦難困難が待ち受けているだろう。もしかしたら、以前より大きな災難に巻き込まれるかもしれない。」

 

それはわかってる。現実逃避しているわけではない。しっかりと受け止めた上で・・・。

 

「それでも。それでも、もう一度立ち上がってみよう。一歩踏み出してみよう。そうすれば、きっと違うはずだ。昨日とは違う景色が見えるはずだ。そう心に誓うことだろう。」

 

何故ならば、それが守ってくれた彼らに報いることになると思うから。

 

「彼らのお陰で前を向いて歩くことができる、と。何故ならば生きているのだから。生き残ったのだから。彼らが命かながら、守ってくれた命だから。この先、新しい良いはずの未来が待っているのだから。」

 

青年は虚空を睨み付け、眼前の何かを握り潰すように拳を握りしめる。

 

「その者たちは良いだろう。だが、オレは思う。ならば、英雄に切り捨てられたものに、希望は与えられないのかと。」

 

その目にはユラユラと密かに意思の炎が燃えていた。怒りとも、憎しみとも、恨みにも見えるそれは激情であることには間違いない。

 

「困難の二文字に押し込められ、捨て駒のように扱われた兵士には救いはないのか。己の命と人生をかけ、行く手を遮り続けた強敵に誉れはないのか。努力し続けた末、惜しくも競り負けたライバルはそのまま一生敗けを背負えというのか。」

 

感情のまま言葉を吐き出すと言葉を興奮を抑えるように目を閉じて、再び目を開ける。そして静かに語り出す。まるで訴えるかのように。

 

「確かに加害者だったのだろう。悪に荷担していたのだろう。だが、彼らとて被害者ではないのか。彼らの死をしょうがないで済ませていいのか。彼らは英雄の守るべき人間には入らなかったのか。」

 

エミヤシロウを睨む。

 

「その者たちの遺志を受け継いだ? 彼らは心の中で生きている? それは貴様らの言い分だ。勝者のな。自分の都合よく捉えようとしているだけだ。己の行いの正当化しようとしているだけだ。」

 

何を見てきたのだろう。何を背負っているのだろう。この男はエミヤシロウのように壊れていない。ヒトとしての感情を保ったまま、エミヤシロウと同じところにいる。

 

「いつだってそうだ。勝者は、さも自らだけが歴史を築いてきたかのようにたち振る舞う。ふざけている。笑わせるな。歴史を築いてきたのは勝者だけではない。敗者もまた歴史の構築に貢献しているのだ。勝者はそれに気づかず、敗者を踏みつけにする。」

 

それがこの男には我慢ならないのだと。

 

「憎しみの中でしか生きられない人間がいる。復讐でしか自分を保てない人間がいる。戦いの中でしか自分を表現できない人間がいる。」

 

その者たちにとってこの男はまさしく救いで。

 

「決して人は希望や正義だけでは生きてはいけないのだ。」

 

真理だ。紛れもない真実の一つだ。この男は正しくない。だが、間違ってもいないのだ。

 

「オレはそいつらを救おうと思った。守ろうと思った。誰か一人くらいそんな馬鹿がいてもいいだろう。あいつら揃いも揃ってどうしようもない奴等ばかりでな。本当に救いようのない奴等でな。・・・可哀想な目をしてんだぜ。見捨てらんねぇだろ。」

 

エミヤシロウが大勢の人間を救うのなら、

この男は少数の人間を救おうとしていた。大切な人がそちら側に居てしまったが故に。

 

「正義など眩しすぎる。正しく。真っ当に。そのように生きられたならどれ程清々しいのだろうか。だがな、人は善ではない。だが悪でもない。両方を内包した、混沌こそ人間だ。」

 

性善説も性悪説も吐いて捨てよう。

 

「もし、悪を無くしたなら、必ず人類は滅びるだろう。もしくはヒトではなくなる。だってそうだろう。悪を産み出す人の感情。七つの大罪も百八の煩悩も、必ずしも悪だけを産み出してきた訳ではないからだ。それがあったから人間が科学を発展させてきた。それがあったから人をここまで繁栄させた。」

 

正義と悪が入り乱れる今の世界こそこの男にとってパーフェクト。

 

「弱者を、敗者を、少数を、世の中に魅せてやろう。覆してやろう。悪も正義も。光も影も。聖も闇も。何もかも。それが救いになることもあるのだから。」

 

エミヤシロウは納得など到底できなかった。言っていることは支離滅裂で、脱線しまくりで、曖昧なことを並び立てている。

それでもなにかを守ろうとしていたのは分かった。

 

彼は人間だった。どうしようもない人間だった。

その在り方は我慢できない子供だ。許せないから、認められないから、大人のように割り切ることをしようとせず、我慢なんてせず、我を通して世界に喧嘩を売った。

たった一人のための味方に成ろうとしていただけだった。

 

「・・・。」

 

エミヤシロウは全然笑えなかった。

 

 

 

 

 

 

オレは本心を語るつもりなどない。

わからないだろう。何故オレがこんなことしているのか。

なあ、エミヤシロウ。

オレも本当は正義の味方に成りたかったんだ。

 

あ~あ。もっと早く会って話してみたかったぜ。オレだって頑張ったんだ。知ってるか。知らねぇだろ。オレはオレのやり方で皆を守ろうとしたんだぜ。

 

どうしようもならないバカを居場所を与えて守ろうと思ったのは本当だ。

オレの計画は自分が悪になることで世界に蔓延る悪を制御しようとした。

どうしたって善人になれねぇバカどもをまとめあげて、世界に必要最低限の悪に成ろうとした。

 

 

 

 

 

言うなれば、それはアンリマユの名称を与えられた人間に自ら成ろうという試みだった。

あいつらは悪だ。全てあいつらが悪い。だから自分たちは正しい。

 

共通の敵を前にすることで世界は偽りでも平和になった。事実、この巨悪の前に国と国の衝突は無くならずとも少なくなった。

 

 

 

 

 

だか、計画は途中で頓挫した。予想外に膨れ上がった悪はオレの制御から外れて暴走を始めたからだ。

何故暴走したのか。理由ははっきりしている。オレがもう既に答えている。

 

人は善であり悪である。

必要最低限の悪。バカかオレは。七十五億人の善人がいるのなら、七十五億人の悪人がいることになるんだぜ。必要最低限って元々在りはしないのだ。

 

だから、悪を打ち倒す正義を探していた。

私ではなく公に徹することが出来る人間。完全な善人にあろうとする狂人。いるはずがないと諦めながら世界中をくまなく探していた。そんなときにいたのがエミヤシロウ、君だ。

 

君にはさんざん苦労を掛けたが謝るつもりはない。

オレもいい加減疲れた。君の実力を判断して、弱いやつから送り込んで段階を踏み、最終的にここまで辿り着かせるのはな。気分はドラクエのりゅうおうだったぞ。

 

オレが制御しなきゃどうしようもならないバカもオレが抑え込んでいたアホもオレの手で始末した。思い残すことはない。

 

存分にこの八つ当たりを楽しませて貰おう。

 

 

 

 

「最後に悪を語るものとして、これだけは言っておかねばな。」

 

「何だ?」

 

「オレの仲間にならないか。楽しいぞ。きっと楽しいぞ。君の思うよりずっと。オレはやがて世界を制する。その暁には、世界の半分を君にくれてやろう。」

 

エミヤシロウは呆気に取られ、呆然としたが次第に腹から笑い、一頻り笑うとニヤリと笑い。

 

「断る。私が貴様を殺すからだ。」

 

それを聞いた男はパチンッと指を鳴らすと部屋の四つ隅にルーンが光った。

 

アトゴウラ。

決闘のルーン。敗走は許されず、退却は許されない、決闘の陣。ケルト神話の大英雄クー・フーリンが最後まで戦い抜いた証。赤枝の騎士に伝わる一騎打ちの大禁戒。

 

「よく言った。宜しいならば戦争だ。さあ、戦いを始めよう。エミヤシロウ。準備はいいか? オレは出来ている。」

 

この戦いの勝敗は語るまでもないだろう。

正義は勝つ。ただそれだけのことだ。

エミヤシロウが処刑される前、技量、体力において全盛期のエミヤシロウを殺す一歩手前まで追い詰めたのは後にも先にもこの男以外他にいない。

エミヤシロウが殺されそうになる最後の瞬間、神様がいるかのような運で助かり、救われた。そして勝てた。

 

エミヤシロウは語るだろう。

今までで、いや、守護者となってからでも最強の敵は彼なのだと。



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