魔法少女リリカルなのは 魔法を使えない高校生 (キングver.252)
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プロローグ〜口煩いババアには優しいババアが多い〜

「――――おらァ!!いつまでも寝てんじゃないよ!起きた起きたァ!!」

 

いつもと代わり映えしない朝に、いつもと代わり映えしない起こし方。この喧しい騒音も10年も聞いていれば慣れという物が湧いてくるものである。

 

「毎度毎度うっせーんだよクソババア!!普通の起こし方出来ねーのかテメェは!?所構わず騒ぎ出しちゃう思春期かテメェは!!」

 

「大人になっても童心ってのは忘れちゃいけねえんだよ!分かったらさっさと下に降りてきな!」

 

「大人っていうかババアだろうがっ!!」

 

このクソババア、基『ササニシキ寮』の管理人である佐々錦笹江(ささにしきささえ)はそう告げる(怒鳴る)と、さっさと下の階に降りていってしまった。

 

「……ったく、絶対ありゃ早死にするタイプのババアだ。怒鳴りすぎて口内炎引き起こして口から炎吐き出しながら安らかに死んでくタイプのババアに違いねえ」

 

俺の名前は持田千海(もちだせんかい)。ここササニシキ寮には10年前の6歳の時からお世話になっている。

他の住人はゼロ。俺以外の住人はまったく居なく、在りたいていに言えば、『俺とババアの二人暮らし』みたいな感じである。

 

(……やめよ、気持ち悪くなってきた)

 

そのまま制服に着替えて一階に降りていく。俺の部屋、というか住人の部屋は基本二階にしか無く、一階は風呂やらリビングやらといった『皆で仲良く使いま

しょうコーナー』みたいな間取りであるために、ババア専用エリアみたくなってしまっている。

まあ、風呂掃除も洗濯も飯も全部ババアが持ってくれてるのだから、それくらいは当たり前なのかもしれないが。

 

「そういやアンタ、今日から私立の高校に上がるんだってね。上手くやんなさいよ」

 

「心配しなくても俺みたいな奴に話し掛けてくる奴なんていねえよ」

 

「初っ端から上手くできてねえじゃねえか!私ゃ友達つくって上手くやんなさいって言ってんだよ!!」

 

「あーもううるさーいっ!食事ぐらい黙って食えクソババア!!」

 

「クソババアとはなんだいアンタそれが命の恩人に対する態度かアァン!?」

 

「命の恩人はそんな脅喝紛いなことしません!!あーもうクソ!ゴチソーサマでした!!」

 

一気に全部平らげて、鞄を持って立ち上がる。

これ以上ババアの説教なんか聞いてたら鼓膜が飛び散って危なく鼓膜大噴火だ。ババアの怒りとともに大噴火を起こしかねない。

 

「ちょいと待ちな」

 

「まだ何かあんのかい!?」

 

「弁当、せっかく作ったんだから持ってきなさいよ」

 

差し出されたのは四角い風呂敷に包まれた弁当。どうやら鞄に入れるのを忘れていたのを見抜かれていたようだった。

 

「……ありがとよ。行ってきます」

まあなんだ、口煩いクソババアではあるが、『優しいクソババア』ではある。一応。

 

そのまま俺は靴を急いで履き、『気をつけて行ってくるんだよ!』という声を背に受けながら花粉舞う道を歩き出した。

花粉という野郎どもはとても質が悪い。自分には何のメリットもデメリットも無いのに人間を苦しめて遊ぶという極めて危険な存在なのだ。一時の力からしたら大魔王さえ凌ぐ暴挙である。

そして、奴らは人間を苦しめることにのみ快感を得て、それで苦しんでいる人間を嘲笑うかの如く、まるで『ヒーローショーで悪役をヒーロー4、5人がよってたかってボッコボコにする』かの如く、多勢で襲い来るのだ。

きっと彼ら(花粉)は俺らを見てこう言うだろう。

『人間だって同じことをやっているんだ。環境破壊の申し子である絶対悪のお前らに多勢で襲いかかっても、俺らァヒーローだよなァ!?』と。

 

「相も変わらず貧乏くさいチャリに乗ってるのね」

 

「ぞぢらは相も変わらず高級セレブな車に乗っでまずね。グズッ」

 

「花粉症?大変だね。えっと……はい!このティッシュあげる!」

 

現在花粉に壮大なイジメを受けている俺に更に援護射撃をして心に壮絶なバズーカ砲を撃ち放とうとしている者の名前はアリサ・バニングス。

日米で大企業を経営する家の一人娘で、本人は日本生まれの日本育ちだが英語も完璧に操るパーフェクトバイリンガルである。

 

それに対して、俺にさえ優しい聖母様のような笑顔でティッシュを渡してくれたのは月村すずか。控えめで大人しい本好きな少女であるが、その実ものすっごい運動神経が良く、その脚力は男子の走りを軽く上回り、ドッチボールなんてした日にはその腕力で捩じ伏せられること山の如しである。

 

「ありがとう月村。お前とは一緒のクラスになれることを切に願うよ。どっかのバーニングはいらないけど」

 

「バーニングって何よ!私別に燃えてないですけど!?むしろアンタの心を今この場で燃え尽くしてやろうかアァン!?」

 

「やれるもんならやってみろよアァン!?てめぇら女子は何でもかんでも語尾にアァン!?ってつけやがってアァン!?……あ、ババアは女子には入らねえかアァン!?」

 

「どうやったら車のスピードに対抗しながら言い争えるの……」

 

月村が何か言った気がするが、今は放っておく。今は目の前の敵に神経を集中させないと、―――――燃やされる。

 

「燃やさないわよアンタ人を何だと思ってんのよ!」

 

「一個前に言った言葉すぐ忘れんのやめてくんない!?そんなんだから『近頃の若者はダメですねぇプププ』なんて言われんだよ!テメェは近頃の若者筆頭なんだ――――――」

 

瞬間、声は途切れた。

まるで今までのことが全て嘘だったかのように、車の静かな音だけが響いていた。

 

「……消えたね」

 

「……消えたわね」

 

そっと。

本当にそっと。

アリサとすずかは後部座席から後ろを見てみた。

 

「………………………」

 

そしてさっと前を向き、すべての現実から目を背ける。

二人は何も見ていない。自分らとの会話に集中するあまり目の前に差し迫っていた木に気付かずに激突してしまった少年なんて見ていないのだ。

だからそっと目を閉じた。

 

「ぉぉぉ………」

 

そして、声は聞こえた。車の静かな音をかき消すように、その声はアリサとすずかの耳に届いていた。

 

―――――その瞬間。

 

「うあああぁぁぁ!!!!」

 

窓に先ほど撃沈したはずの少年が勢い良く映し出された。

 

「「きゃあああああああああああああああっ!!!」」

 

軽くホラーである。死んだと思ったら実はゾンビとして復活してましたー異論は認めませんーみたいな感じなのだ。そりゃビビって正解である。

 

「あ、あああアンタいい加減にしなさいよ!!びっくりしたじゃない!」

 

「ハァっ、ハァっ、び、びっくりしたぁ」

 

「ただでは死なん………ただでは死なんぞぉ!!」

 

最早生きた屍である。きっとゾンビが繁殖している世界に放り込んでも一週間はバレずに過ごせてしまうだろう。

 

「くたばれ!!」

 

「ガフッ!」

 

ただ、ゾンビには苦手なものが1つあることを俺は忘れていたのだ。

 

「火には……弱いん……だっ、た……」

 

「だァから燃えて無いって言ってんでしょうがァァアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 

 



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1話 〜普段優しい先生を怒らせると怖い〜

「ったく、容赦って言葉を知らねえのかアイツは」

 

アリサお得意のロケットパンチを披露され、土手の坂を転がり落ちて行った俺はそう悪態をつく。きっとあの世界ギネスを狙えるほどの威力を兼ね備えているロケットパンチは、俺でなければモロに食らって無理やり地球を一周させられる程度には脅威的であろう。

それを土手を転げ落ちるだけで留めるとはやっぱ俺天才かもしれない。

 

「おーおー、自転車もこんなになって……」

 

そして立ち上がった俺の横には無残にも塵と化した自転車が転がっている。ハンドルは曲がっちゃいけない方向に曲がり、サドルなんてどこかに行ってしまっていた。

 

「こりゃ近くのバス停から行くしかねえか」

 

遅刻確定の決断だった。

いや、遅刻自体は別にどうってことはない。人に褒められるような学校生活送ってるわけではないし、むしろ出来うる限り遅刻はしたいと思っている程だ。

今現在に至ってはそんな問題すら生易しい。

 

「この自転車どうしよう……ステッカー貼ってあるし捨てて行くのもマズイよな……」

 

そう。今の問題は、『このボロ雑巾と化したチャリどうすんの?』議題である。

脳内にいる全俺の8割が見捨てろと叫び、全俺の2割は背負ってでも担いででも運びきれと叫んでいる。

普通に考えれば多数決で簡単に決まるかもしれないが、ここでこの自転車を見捨てるという選択肢を取ると、近所の人に見つけられて学校に伝達されてしまうかもしれないのだ。

そうなればきっと学校の先生に呼び出され不法投棄でこっぴどく叱られてしまうこと山の如しだ。

 

だが、だからと言って担いで行こうものならきっと俺の肩やら腰やらの大事な部分がいらぬ欠損を起こしてしまうし、ただ単純に恥ずかしいからやりたくない。

 

(くそ、どうすればいい。打開策が出なければ俺はここを動けんぞ。考えろ集中しろお前はやればできる男のはずだッッッ)

 

取り敢えず何か活用出来るものはないか確認しようと、バッグを漁る。入っているのはスマホやら筆箱、後は教科書の類だけであり、何か使えるようなものは特になかった。スマホで誰かに助けを呼ぶのも考えたが、そもそも知り合いがそんなに居ないので全俺に満場一致で却下されてしまった。

 

次にポケットだ。きっと何かあると信じ、自分のポケットを手当たり次第まさぐるが、モンスターボールはおろか役に立ちそうなものすら入ってはいなかった。

 

「……詰んだ。これ完璧に詰んでるわ」

 

次第に俺の心はどんよりとしていくのに、空は至って快晴である。もうこっちは雨を降らせたい気分なのに空は我感せずの如く青空真っ盛りである。

 

「あははー何かもうどうでもよくなってき」

 

土手に寝転がりながら、青い空からふと前を見て、現実全てから逃避しようとしたその時、その景色は目に飛び込んできた。

 

「……いや、いやいやいや!流石にそれは人としてやっちゃいけないことだとお兄さんは思うなー!」

 

お兄さんが見た景色。それは土手の先に広がる、雄大な川であった。

全俺が満場一致で告げる。

 

『その川に捨てちまえよ』

 

悪魔の囁きが脳内に響きわたる。それはまるで抗えない快楽に導かれるが如く、俺の心と身体を引っ張っていく。

 

「待て、嫌だやめてくれ!まだ俺はそこまで外道に成り下がったつもりはないんだ!!」

 

口では強がっていても身体は正直である。きっと侵食されつつある心でさえ、後少ししたらこういうのだろう。『別にいいか』と。

 

(いやいやいや、さすがにやっぱりダメじゃねー!?確かに優等生ではないけど不良のつもりはないぞ俺!落ち着けー、落ち着けー。心をクールに保とう。千里の道も一歩からだ。焦らず落ち着いて深呼吸でもしながら)

 

「――――そこで何をしているのです?」

 

ビクゥッッッ!!!!!!

と、一瞬にして俺の身体は跳ね上がった。

聞いたことのある声だった。いや、むしろ『数学の時間』に毎回嫌というほど聞かされている声だった。

 

剣城一誠(つるぎいっせい)。

数学の授業担当の先生で、柔らかい雰囲気と生徒に対しても敬語で喋るその姿勢から、生徒には慕われている先生だ。………オマケに顔もそこそこイケメンだし、教えるのも上手いし、剣道部の顧問をやっているらしく、生徒(女子)には人気を誇る先生である。

 

「いい、いや、なんか自転車が壊れてしまったみたいでどうしようかなーなんて……あはははは」

 

「ほう。私には『自転車を川に捨てようとしている生徒』にしか見えなかったのですが、気のせいでしたか」

 

(うおおぉぉ野郎やっぱり見てやがったなァァアアアアアアアア!!どうする!?どうすればいい!?)

 

先生は車から降りて、こちらに近づいてくる。勿論理系イケメン特有の『メガネの位置治し』も完璧に行って、である。

 

(やっべぇどうするよ俺にはもう死刑宣告にしか見えないんだけど!?)

 

きっと今なら『謝って本当のことを言うのであればまだ見逃してあげます』タイムだ。

だがここで謝ったが最後、『俺がさっき嘘をついた事実』は見抜かれてしまう。

それはみすみす『捕まえてください』と言っているようなものだ。

やつだってまだ俺が捨てようとしていたことに『確証』は完璧には抱いていないはずだ。

言い逃れ出来る可能性もあるが、それは極めて低い。ただ、ゼロというわけでもない。

一生懸命開き直っていれば、『もしかしたら』が起こるかもしれないのだ。

 

――――どっちを取るか。可能性が高い方をとって安全に怒られに行くか、可能性の低い方をとって完全勝利を収めるか。

 

いつものごとく、ここで全俺が2つに別れる…………なんてことは起こりえなかった。そりゃそうだ。こんなの悩む前から答えは決まっている。

男とは、生まれたその日からスリルを求めてしまう生き物なのだ。刺激的なことをしたくてしたくてたまらない。きっと男なら誰しもがそんな感情を持っていることであろう。

ならば俺も従うのみだ。男としての本能に忠実に、危険な方をとる。

それがきっと、男の生き様なのだろう。

 

「――――まさか。善良な聖祥生にそんな輩いると思いますか?実は今自転車を上から地面に叩きつけたら直るかなーと思って持ち上げてたんですよ。そんで川付近に叩きやすそうな地面があったから近付こうとしてたんですよ」

 

「ほう。仮にも入るのにそれなりの頭がいる聖祥学校の生徒にそこまで大破している自転車に更に衝撃を与えて直すなんてこと考えるおバカさんがいるとは思えなかったのですがね。いやはや、私も見る目が衰えた

ということですかね」

 

くっ、強い。流石数多の生徒からの苦情申し立てを全て断ってきた先生は強い。

だがここで諦めるわけにはいかないんだ。

そう奮い立たせて、尚もワンサイドゲームに挑戦していく。

 

「衰えたというか目が悪いんでしょう?あんな遠くからこんなとこ見えるわけないですよ」

 

「おや、これは目が悪いからメガネを掛けているというわけではなく、『元々見え過ぎてしまう』からメガネをかけてぼやかしているのですよ?」

 

「バカなんですかね!?」

 

目が見えすぎるからメガネ掛けるなんて聞いたことない。

 

「まあ取り敢えず学校に行きましょうか。車乗せてきますからついてきてください(学校でいろいろ聞いてやるから覚悟しとけうんこ野郎)」

 

どうしよう副声音が聞こえまくってむしろもう副声音でしか聞き取れなくなってしまった。怖いよアンタ学校で俺に何する気だ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

きっとこれは喜ぶべきことなのだろう。幸運にも先生に拾われて学校に行けるなんてとてもラッキーである。

 

「さて、それでは出発しますよ。シートベルト締めてくださいね」

 

(不幸だ……)

 

この人じゃ無ければ、この人でさえ無ければ、俺だって泣いて喜んでいたはずだ。もう学校に行くのが怖くて怖くてたまらなくなってしまっている自分がいる。

 

「あ、そうだそうだ。そうだった。そういえば私、実は困っていることがありましてねえ」

 

走る車内で、先生は徐に口を開けた。

 

「学校の裏に草がすごい生えている場所があるでしょう?あそこの草むしりを今日任されてしまったのですが、私今日は急遽用事が出来てしまいましてねえ。あー誰か私の代わりにやってくれる人はいないでしょうか」

(おいこらクソ坊主。さっきやろうとしていたことは目ぇ瞑ってやるから俺の代わりに草刈りしろやボケ)

 

………あれぇ?一体どっちが副音声か分からなくなってきたぞぉ?

これはあれか。めんどくさいから俺に草刈りを任せようとしていると。そしてもし断るのならさっきやろうとしていたことは例え地獄だろうとゲロるまで逃がさないと。そしてゲロったが最後罰則として草刈りをさせられると。

 

(何ちゅう策士や……っ。そんなもん断っても断らなくても結果俺が草むしりをすることになっちまうじゃねえか)

 

未だ『あー誰かいないかなー?』アピール全開の先生を横に、何とか言い逃れする方法を考えたが、全然思い付かなかった。そりゃそうだ。そもそも逃げ道なんて用意されていなかったのだから。

 

「……くっ。せ、先生。仕方が無いので俺がやってあげましょうか?」

 

「おやぁ?別に無理やりやらせようとしているわけじゃないんですよ?『率先してやりたい』生徒を私は探しているわけですし、嫌々ならやらなくてもけっこうですよ?」

 

(サドか!?こいつ優しそうな顔してサドなの!?もう

やだ車おりたいぃぃぃいいいいいい!!!!)

 

口車に乗るのは癪だが、それでも乗らないと俺の今後の学校生活に関わることである。意を決して、俺は口を開いた。

 

「お、お願いします。俺に草むしりを、やらせてください」

 

「そこまでいうなら仕方がないですね。では草むしりは貴方に任せます。……あ、草一本でも残したらどうなるか、―――分かってますよね?」

 

こんなの絶対先生じゃない。

俺は泣きながら、何も言わず頷いた。

 

 



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2話 〜普段怖い先生は怒らせても怖い〜

――――放課後。と言っても今日は始業式と入学式を合わせたような式で終わりだったので午後の一時頃。

新たなクラスに心ときめかせ、また嫌な奴と同じだーとか、またあの子と同じクラスになれただのと浮かれ終わった放課後である。

もうまさかね、入学始業式で終わるとは思ってもなかった俺は意味もなく教科書を詰め込んだ重いバックを肩にかけ、学校裏に向けて一直線に歩いているのである。

――――――隣には何故か八神はやてが同行しているが。

 

………いやね、流石に存在自体は知ってるよ。バニングスやら月村やらとつるんでいる奴らで、清祥高では美人だと有名だからな。

ただ生憎と、俺がよく話すのはバニングスと月村だけであり、その他3人とは特に面識は無いのである。

つまりは、とても気まずい1on1である。

 

「……なあアンタ、良くすずかちゃんとかアリサちゃんと話してる

やつやろ?名前何て言うん?」

 

先手を仕掛けたのは八神はやてだ。

この気まずい空気に耐えられなくなって思わず声をかけてしまったのだろう。

分かる。その気持ち良く分かる。

 

「持田千海だ」

 

「千海?」

 

八神は聞き返す。

予め付け足しておけば、この聞き返しは別に聞き取れなかったわけではなく、予想外な答えに驚いた結果である。

 

「ぷっ、くく……っ。『せんかい』ってアンタ、私より変な名前とちゃうんか……っ!」

 

「初っ端から失礼なやつですね!」

 

自分でも気が付いている。千海なんて名前、時を遥昔に遡らなければそうそう見つけられはしないだろうと。だが、だからと言って初対面でそんなこと言う奴があるか。

 

「あっははは!いやぁ悪いなぁ。関西人に悪い人はおらんのや!」

 

「最初にアンタ悪いなぁって言ってるよね?言ったよね?あれ?おかしいな。どこをどう間違えたら一秒前どころか四文字前のことを忘れられるんだろう」

 

本来日本人とは譲り合いの精神、相手を尊重することが『美』とされてきた人間である。

間違っても、初対面の相手の名前を罵るような、そんな風には育てられないはずである。

 

「言うなぁアンタ。私にここまで口答えできた奴は初めて見たわ」

 

「まだ二言くらいしか言葉を交わしてないんですけどー!?」

 

何なのコイツ。一言目で何でもかんでも話しねじ曲げるとかそんな特殊的会話法身につけちゃってるわけ?怖すぎて話しかけられないんだけど。

 

「おいアンタ。ツッコミは私の専売特許やで!?何勝手にキャラすり替えとんねん!」

 

「知らねえよ何だキャラって!あれか!?キャラが無いと私の存在価値がーみたいなタイプかお前!?だったら安心しろキャラなんてなくてもお前はお前だ自信を持って生きていけぇ!」

 

「なんで私が励まされてんねん!!」

 

「うるっせぇんだよ廊下は黙って歩かんかいっ!!」

 

口喧嘩?みたいな応酬を繰り広げていたら、そんな怒鳴り声が前方から聞こえてきた。

見上げればゴリラ。隣には狸。ちょっとした動物園の完成だった。

 

「すいませーん。ちょっと隣の狸が動物園から抜け出しちゃったみたいでー、ちょーっと騒いじゃうかもしれませんが多めに見てやってください」

 

郷田剛(ごうだつよし)先生。名前の通りの期待を裏切らないマッチョ度を誇り、勿論担当は体育。部活は柔

道部の顧問をしている。身体を使う『武道』は一通り鍛え、その美しさ、カッコ良さを伝えるために学校の教師になったという噂もありけりだが、この先生はとにかく『筋肉』がすさまじく、『全ては筋肉で片付く』なんて考えを地で行く熱血ゴリラだ。

勿論のこと、顔も物凄くゴツイ。

 

「ちょっ!アンタ何言うてんの!?こんなゴリラみたいな顔の人にそんな『動物園』なんて言葉言っちゃアカンよ!!絶対中学校らへんで弄られて成長してきたタイプやから!」

 

「おいそこかよ!俺が言うのも何だけどそこかよ!?もっとこうつっこまなきゃいけないとこあったでしょ!?散りばめられてたでしょ!?」

 

「甘いんや千海!アンタ氷菓子のように甘いで!リア充のカップルの如く甘甘や!」

 

八神はやて理論では氷菓子とリア充のカップルの甘さは同等の甘さを誇っちゃうらしい。

それはあれか、駅のリア充を見て激しい苛立ちを覚えたら全て氷菓子にぶつけろと。そうすれば氷菓子=リア充の定理からリア充にも苦痛を与えられることになると、そういうことを言っているんですね、分かりません。

 

「アンタこんな二人だけでツッコミの応酬してで誰が楽しいんや?私と千海だけやろ?それじゃダメねん。今この場には3人いるんやで!?3人で盛り上がらんとダメやろうが!!」

 

「盛り上がるかァ!!そんな二対一でディスってて3人で盛り上がれると本気で思ってんのか!?いやーなんかもう本当すいませんね先生。このバカ狸すぐ連れていきますんで勘弁して」

 

「とりあえずそこ座れや」

 

殺気っ!?と思った瞬間には何故か座らされていた。

当然、何が起こったか等皆目見当もつかない俺と八神は、互いに顔を見合わせ首を傾げる。

 

「どォやらテメェらには軽ーい説教が必要みたいなんでなぁ…………。死に晒せオンドリャァァアアアアア!!!!!」

 

「やべぇどうすんだよアイツ本気で怒ってるぞ!?」

 

「逃げるんや!!それしか助かる方法はない!!」

 

2人で迫り来る猛威に立ち向かおうと決意を固め、すっくと立ち上がる。

――――――互いの生死をかけた、鬼ごっこが始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

元々剛先生、基ゴリラ教師は頭が良くない。テストの問題ですら、『筋肉で何とかなる』と思い込んでいる程だ。教員試験ですら、選択問題は『筋肉』に答えを教えてもらったと言っている。それで受かっているのだから笑えないのだが、そんなゴリラ教師は当然の如く生徒指導担当枠に当てはまる人類だ。

つまり、規約にはとても厳しい。それは『年上に対する礼儀』についても然り。

清く正しい生徒にするためには、どんな憎まれ役すら惜しまない。この教師なら例え体罰ですら、『この生徒がいい子になるのなら退職すら惜しみません(涙)』

みたいな感じで行ってしまうのだろう。

そんな先生だからこそ、分かってしまう。

―――――――これ以上ナマ言ったら、半殺される。

 

「またんかいゴルァ!!」

 

「どーすんの!?アイツくっそ足速いけど!?」

 

「くそぅ!予想外や!あいつまさか『筋肉』で頭の悪さを補えるとは!!」

 

そう。俺と八神には勝算があった。

それは『知能』の差。

ヤツは筋肉を地で行くタイプのバカだ。

だとするのなら頭脳戦にはめっぽう弱いはず。

その計算は本来ならば大当たりであり、俺らの勝利は確実なものになっていた。

だが如何せん、ヤツは筋肉を地で行き過ぎた。

あの教師の目の届かないところに隠れてやり過ごそうとしても、そもそも目の届かない範囲まで到達出来ない。

このままじゃ追い付かれるのも時間の問題である。

 

「しゃーない!こうなったら二手に分かれるぞ!!」

 

「承知や!」

 

廊下もいよいよ突き当たり。そこはT字路の如く、道が二つに別れていた。

 

「私は右行くで!アンタは左行きや!!」

 

「了解だ!!」

 

互いに、ニヤリと笑う。

 

「絶対生き残ろうな」

 

「何言ってんのや。当たり前やろ」

 

―――――ならそのために。

 

二人は頭の中でそれを呟く。

 

「身代わりなってくれ!!」

 

「生き残るんは私や!!」

 

握手を交わそうとした刹那、二人は互いの手を後ろに引き合った。

両者片方を転ばせて、一人だけ助かる作戦であった。

だが悲しきかな、二人とも『同じこと』を考えていれば、『同じことを行ってしまう』。

結果、二人とも盛大に転けてしまうのであった。

 

「おいテメェ!なにサクッと裏切ってんだオイ!!」

 

「アンタがそれ言うなや!なんやか弱い女の子転ばせておいて謝罪のひとつも無いんかい!」

 

「テメェのどこにか弱い要素あんだよ!か弱いっつーかむしろ強靭だろうが!」

 

「ハァ!?アンタ本当に目ん玉ついてんの!?もっと美少女を敬わんかい!!」

 

「残念でしたぁ!美少女は自分のこと美少女とは言いませーん!よってあなたは美少女じゃありませーん!」

 

「じゃあアンタは『私別に美人じゃないよ〜』とか言って内心自分よりもランクの低い女どもを優越感に浸った目で見てる女が美少女なんか?」

 

「ごめんなさいあなた様はとんでもない美少女でした」

 

 

 

 

「――――ほほう?口喧嘩とは随分余裕じゃのう。鬼ごっこは終いか?」

 

 

 

 

 

そんな声が聴こえた。聞こえてしまった。

それによって、忘れ去られていた記憶が一瞬にして思い出された。

俺は、俺たちは今まで、―――――なにから逃げてい

たっけ?

 

「やが」

 

み、と呼ぼうとして、もう手遅れなことに気が付いた。

 

「遅刻しただけなのに……なんで、こうなる、んや……」

 

それが八神はやての最後の言葉だった。

八神の息の根を消したゴリラ教師は、振り返り俺を見る。まるで次はお前の番だ、とでも言わんばかりに。

 

「……あ、うあ……」

 

「教師に逆らった罪、万死に値する」

 

流石にそこまで重くないはずだ。教師に逆らっただけで死刑なんて聞いたこともないし体験するつもりもない嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない八神みたいには絶対になりたくない。

 

「……そこで少し寝て」

 

―――――ピピピピ。ピピピピ。と、この殺伐とした空気に似合わない音が空間を支配した。着信音である。もちろん、俺の登録人数が少ない携帯からなるはずもなく。

ゴリラ教師はなっていた携帯を耳に当て、そのまま通話を始めた。

 

(――――チャンス)

 

これは絶好のチャンスだ。ヤツは頭が悪いが故に、一つのことにしか集中出来ない。つまり、通話を始めたということは『通話にしか集中出来ない』ということになる。

 

(千載一遇のチャンスだ。今なら逃げ出せるが……)

 

チラッ、と。八神の方へ視線を向ける。そこには気絶しているのか、ピクリとも動かない八神がいた。

 

(コイツをここに置いていったら間違いなく俺は助かる。だがその場合きっと八神は生徒指導室に連れていかれて酷い目にあうだろう)

 

だが、もし俺がここで八神を背負ってでも逃げたら、逃げきれる可能性は低くなるが、八神が助かる可能性は高くなる。

 

(一度は見捨てようとしてたくせに、都合のいいことを言うなと言われるかもしれない。確かに俺はコイツを裏切ろうとした)

 

これはただ良心が痛むだけ。気絶して動けない少女をほっといて逃げ出す自分が許せないだけのはずだ。

 

(でもやっぱ、可哀想だよな)

 

一度は共に逃げた戦友である。例え裏切ろうとしてたとしても、その日々はかけがいのないものであるはずだ。だとしたら、裏切るなんて真似できるわけが―――――――。

 

 

 

「いやぁ悪いのう、待ってもらって。そんじゃまあ、一緒に署へ来てもらいましょうか?」

 

裏切れば良かった、なんて思ってない。通話が終わる前に裏切れば良かった、なんて毛ほども思ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話 〜草刈りはチェーンソーで行いましょう〜

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『生徒指導には関わるな』

 

俺と八神が、高校生活1日目にして当たり前な事実に気付いた時には、もう心は死んでいた。

とりあえず説教、何があっても説教、終わりにもう一通り説教。

何と言うか、罵倒以外に何も言われていない気さえしていた。

 

「やめよう、もう八神とバカするのはやめよう……」

 

「ちゃうで……八神『と』バカするんやなくて、千海『が』バカなんやで……」

 

「喧嘩うってんのかゴルァ、テメェの身体コンクリにしてから三途の川拝ませてやろうかアァン?」

 

「アンタこそ私の456の秘技のどれかで三陸海岸に沈めたるわ」

 

「俺なんか秘技457個あるもんね」

 

「じゃあ私は3万や」

 

「桁飛びすぎじゃね?そもそもじゃあって言ってるよね言っちゃってるよね」

 

「こまけぇこたぁ気にすんなや」

 

もちろん、そんな説教の後である。自ずと会話も気だるくなってしまうのは自然の摂理だ。

そんな中でも、ボケとツッコミは欠かさない二人は最早プロと言っても過言ではないと思う。漫才でも組んだらいい線までなら行けるのではないだろうか。

 

「八神、この後何が残ってるか覚えてるか?」

 

「はやてでええのに。……学校裏の草刈りやろ?ホン

マめんどうなことになったもんやわ」

 

精神は最早ボロボロ。それに加えてこれから身体までボロボロになると思うと、もう死んだ方がマシだと思う。あのイケメン教師とゴリラ教師め、絶対後でしめる。

 

「千海こそ知っとるんか?この学校裏の草刈りが如何に大変かを」

 

「……あぁ。だがその点は抜かりない。これさえあれば俺は草だろうが何だろうがたたっ切ることができるからな」

 

俺が鞄から取り出すのは木刀。名前は無いが、そこらへんに売ってそうな安っぽい木刀であることに間違いはない。

 

「へぇ、千海、剣なんか出来たんやなぁ」

 

「むしろこれしか出来ないと言ってもいいがな」

 

「威張んなや」

 

軽い、軽ーいボケツッコミを繰り返しつつ、学校裏を目指す。と言ってももうすぐそこまで差し迫ってはいるのだが。

現在時刻は14時をちょっと過ぎた辺り。朝ごはん以降、何も飲まず食わずで草刈りはちょっと厳しいと思ったが、それでも頼まれたので仕方がないのだ。やらないとあの先生怖いし。もしやらなければ、『今日は8月5日なのでかけて40番の持田くん、この問題を〜』や、『それじゃあ今目が合ったのにわざと逸らしやがったそこの持田くん、この問題を〜』みたいな感じで1週間はあてられ続けられること間違いなしだろう。

 

「まあでも今のご時世ちょっと腕っ節が強い程度じゃ

生けてけないし、剣なんて何の役にも立たないことは重々承知だけどさ、……ずっと前に誓ったんだ。親とかは覚えてなくても、絶対に剣だけは忘れねえって。役に立つ立たないじゃなくて、剣は俺の命なんだって」

 

俺はドヤ顔でそう言った。

きっと八神の目には歯がキラッと光る好青年に見えたことだろう。間違いない。

 

「そっか……。元気出しや。まあでも大丈夫や!私とアンタなら漫才でも食っていけるはずや!」

 

と思ったらそうでもなかった。むしろ清々しいまでに同情された。無駄な提案まで添えられる完璧な八神フルコースだった。

 

「何でだよしねーよ漫才なんか!ちょっと俺今シリアスっぽい雰囲気出してただろうが!このまま『過去編』みたいなの突入して話数稼ぎしようとしてただろうが!」

 

「過去なんか振り返ったって、良いことはないんやで?私らはきっと今をひたすらまっすぐに生きてかんといかんのや」

 

「何で俺が説得されてんの!?今の感じからどうやったらここまで形勢逆転出来るの!?すげーよお前いやマジで!!」

 

今は俺が八神を説得しようとしてたはずだ。主導権は絶対俺にあった。なのに何故勝手に話しの舵が切られているのだろうか。

 

「……まあでも、私にも分かるで。何か一つでもそうやって大事にしたい気持ち。大切なもんを何か一つでも取りこぼせば、もうそれ以外の大切なもんは絶対に手放したくないもんや。――――案外私ら、似てるのかもしれへんな」

 

八神は笑う。もう失った何かを想うように儚い笑顔で笑う。

きっと、八神がいう事に嘘偽りはない。

八神だって大切なものを失い、それを乗り越えてここまで至ったのだ。

俺にとっては『家族の記憶』。八神にとっての大切なものは…………何なのだろうか。

否、これはきっと詮索すべきことではない。八神には八神の事情が、そして俺には俺の事情がある。それを解決できるのは、結局のところどれだけ他人に助けてもらおうとしたって、自分にしか出来ないのだ。

 

「まあ、理解してもらえたならいいや。ならちょっくら下がってろ」

 

そんな事を言い合っている間に、目的地まで着いてしまった。

最早自分の背丈まで伸びてしまっている巨草『雑草』。それが学校裏全体に広がってしまっている。

こんな長い雑草、一つ一つ引っこ抜いて行く方が骨が折れる。

ならば選択肢は一つ。―――――たたっ切るのみだ。

 

―――――ヒュウ、と。風が頬を一撫でする。

 

その合間に俺は木刀を腰にかけるように持っていき、『居合』の型を取る。

心を落ち着かせ、感覚は営利に。

『斬る』という一つの動作に全てを乗せ、己の一番のタイミングで、絶好の風に乗せて刀を一振―――――――ッ

 

 

 

 

 

 

――――――ズバんッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

そんな音を立てて、俺が立っている所から10メートルくらい離れた所まで、余すことなく根こそぎ崩れさった。

 

「……アンタ本当に人間かいな」

 

八神は苦笑する。いくらたかが雑草とは言え、千海が振るったのは『木刀』である。『斬ること』を目的とせず、『叩き潰す』ことを前提に置いた武器で、たった一振で根こそぎ雑草を切り倒したのだ。

よくある『ブチブチブチ!!』みたいな音など微塵もせず、『バサッ!』と、それこそ『チェーンソーのうるさい音を無くした状態で草を切る』とそんな音が出るような、そんな感覚。

 

「ちょっとは格好ついたかねえ。これでも精一杯カッコ良く決めたつもりなんだが」

 

「中々のイケメンやったで。その調子で切り倒していってちょうだいな」

 

そう言い、八神は切り倒した雑草をゴミ袋に詰め込んでいく。

 

「了解っと、俺より八神の方が負担少ないのは気の所為ですかねぇ?」

 

「アンタ女の子にそんなことさせるつもりなん?それにアンタこそ木刀振るうだけで仕事終わるなんていい

ご身分ちゃうの?こっちは一々草取るために上下運動繰り返さなきゃいけないっちゅうのに」

 

「……ほんっとうに口達者でいらっしゃる」

 

「若造に負けるほど落ちぶれちゃいないつもりや」

 

そんな軽口を叩きながらも、目の前の草は見る見る数を減らしていく。そりゃそうだ、数秒単位で10メートルは切り倒されているのだから。

 

「にしても本当にすごいなぁ千海!今度なのはんとこのお兄ちゃんとでも試合すればええんちゃうか!?」

 

「やだよめんどくせぇ!」

 

「絶対ええ勝負出来るって!今度言っといてやるわ!」

 

「余計!すっごく余計!何で俺の意見ガン無視!?耳

引きちぎって移植させてやろうか!?」

 

「なのはのお兄ちゃんもおっけーって言っとったよ!」

 

「何やっちゃってんのォォォオオオオオオオ!?」

 

「冗談や!」

 

「ぶっ殺すぞテメェ!テメェの顔を冗談みたいな顔にしてやろうかァアアアアア!?」

 

そう言いながらも草はズバズバ切っていきます。はい、口は熱く、手はクールに。これ絶対。

 

「ウルァ!!」

 

最後の一振。それで今までの鬱憤を晴らすが如く、猛速で振るわれた斬撃は草を根こそぎ刈り取る。大体の雑草は三分の二ぐらいまでの長さに刈り取れたよう

だった。

 

「ハァ、ハァ、おいこらテメェ。さっきからふざけたこと言いやがって、草ァちゃんと取ってんだろうなァ!?」

 

「ほらこれ見てみぃ!」

 

そう言って差し出されるのはゴミ袋。

――――ただし、十分の一も満たない量しか入っていないゴミ袋であるが。

 

「ぜんっぜん取れてねぇじゃねえか!!え!?なにお前なんで俺の後ろついて来てんの!?上下運動どうしたオイ!!」

 

「女ってゆーんはな、上を向いて生きてかなアカンのや。そう!つまり下なんて向いてる暇はないんや!」

 

「だァから草は取れねえってかァ!?んなこと言って

お前ちょっと草取ってんじゃん!それバリバリ下向いてんじゃん!なんでそこで割り切れなかったの!?」

 

「――――過去は、振り返らないもんやで?」

 

「もう黙れぇぇええええ!!よし分かった。お前は回れ右して上を向きながら草を取ってけ!涙が溢れないように上を向いて草を取っていけぇ!」

 

「そんなら草なんて取れるわけないやろ!アンタ何考えてん!?」

 

「もうお前ホントに何しに来たの!?」

 

 

 



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4話 〜誰にだって触れてほしくないものはある〜

時刻は午後の五時くらいを回った時であった。

大半の聖祥生は家に帰ったり、外で遊んでいたりするのだろうか。

そしてきっと今はそろそろ帰らないとまずいかなーなんて不安に押しつぶされそうになって結局6時くらいに帰っても全然怒られなくて平気でしたーみたいな、そんなことをやってる最中ではないだろうか。

そんな時間に俺こと持田千海は、ものの見事に未だ草刈りを行っていた。

否、草刈り自体は先ほど終了したのだが、生憎と身体が最早クタクタで動けないのである。俺然り、隣で寝転んでいる八神然り。

 

「な、何とか終わったわ。もうダメや、ボケる気力もあらへん」

 

「お前最初はツッコミ役っぽいこと言ってなかったっけ?」

 

「気の所為や、昔の女ァ忘れろや、とっつぁんよォ」

 

「とっつぁんじゃねえし、誰の真似だよ。それとついさっきの八神を死んだ人みたいに言うなよ、言っとくが酷い自虐は嫌われるぞ?」

 

「大丈夫や、周りの好感度はもうこれ以上無いくらいに上がりまくっとる。こんだけ上がりまくったらもう何しようが構わないくらいには上がりまくってしもうた」

 

「――酷いナルシストも、嫌われるんだぜ?」

 

大分綺麗になった地面に二人して寝転んで、もう夕日も見え始めてきた空を眺め言葉を交わす。

傍から見たら青春をしているように見えるのだろうか。アオハルに乗っているように見えちゃうのだろうか。

どちらにせよ、交わす言葉を聞いたらがっかりするだろう。鋭さも気力もないボケとツッコミのオンパレー

ドである。誰も聞きたいとは思えない。

 

「もう大体終わったし、八神もう帰っていいよ」

 

「そうしたくてもなぁ、身体が悲鳴を上げてて動いてくれんのや」

 

「お姫さまだっこしてあげましょうか?」

 

「やめてや気持ち悪い」

 

ズバンッッッ!!!と切り捨てられた。

 

「じゃあどうすんだよ」

 

「疲れが取れて回復するまでここにおるよ。千海と話すの楽しいしな」

 

「俺は疲れるからヤダな……」

 

「おいアンタ!せっかく美少女が話してあげようとしてんのにそれは無いんちゃうか!?」

 

「あー鼓膜が破けるー隣の自称美少女さんに鼓膜が破かれるー誰か助けてー」

 

「人聞きの悪いこと言うなや!」

 

耳元で大声で喋られ、本当に耳が逝きそうだった。

一通りボケとツッコミを終えると、二人は元の定位置に戻りまた寝っ転がる。

 

「もう私動きたくないねんけど」

 

「ただただボーッとしてるだけで読者が楽しめると思ってんのかー?働かざるもん食うべからず、きりきり動けー」

 

「なんでアンタは動かんのや!!」

 

「いやそりゃお前アレだよ。俺の足は良く見ると疲れた後すぐには立てない構造になっててな?もし立ってしまうと足が根本から崩れ落ちてしまうんだよ」

 

「なら私が立たせてやろうかぁ?ついでに色んなところも」

 

「ていっ!」

 

俺の言葉を聞いて、八神は目をキランとさせる。そのままド下ネタに走ろうとしてたので、頑張ってそれを阻止してあげた。

 

「あいたっ!何てことするねんアンタ!動物愛護協会に訴えるで!?」

 

「お前それ自分で自分のこと狸だって認めてるから。

それと女の子がそういうこと言うんじゃありません」

 

まったく。と、俺は再び空を見上げる。

時間はもうすでに、6時少し前ぐらいまで進んでいた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

八神がいつまでも愚図るから、結局家に帰り始めたのがすっかり暗くなってからになってしまった。

 

「送ってかなくてもええっちゅうのに」

 

「バァカ、危ないだろ」

 

そんな他愛のないことを喋りながら、俺と八神は夜の街を歩いていく。

外灯は最早満遍なくつけられ、店の光で夜でも明るい海鳴の町は、観光地ということもあってか行き交う人の数が多い。きっと高台から望遠鏡でも覗きこんだら、人がアリのように見えてしまうのだろう。

 

「……ははぁん。読めたで。アンタ送ってくとかチャラいセリフ吐いて実は私の家知りたいだけやろ。その手には乗らんで!」

 

「なんで俺がお前の家知らなきゃなんねえんだよ!そんなん知るくらいならペットショップでも知った方がよっぽどマシだ!」

 

「何やて!?んじゃあそこら辺のペットショップに

行ってどうぞ!?」

 

「危ないっつってんだろうがァァアア!!!」

 

―――――ヤバイ、と、八神はやては直感的に感じていた。

八神はやては、自分の家を『一般人』にあまり知られたくないのである。

それはもちろん、八神の家には『魔法的生命体』がいるからだ。

シグナムやシャマル、ヴィータとかだったらまだ大家族で誤魔化せる。

ただ、ザフィーラとリインフォースツヴァイはダメだ。あれはダメすぎる。

ザフィーラなんて犬状態であってもめちゃくそデカイし、人間形態になったとしても『犬耳』が生えてしまう。そんなもん自分は『不審』です、と言ってるようなものだ。

リインフォースに至っては最早サイズが妖精さんなの

だ。八神家に至っては誰にでも見える妖精さんがうようよしているのだ。

いつ地雷を踏み抜いてこちらに顔を見せるか分からない。

そもそも、シグナムやらヴィータらは別に問題はないと思ったが、よくよく考えたらあんなカラフルな髪の色持つ『日本人』なんていねえよなんなの赤色とかピンク色とか薄い緑色とか。人間式信号機かよ。赤色とピンク色の区別あんまりつかないけど。

 

(いやアカン。アカンでこれはホンマに。こんな一般人に魔法の存在を知られるわけにはいかん)

 

どうにかして千海が自分の家に来ることを阻止せねばいけない。いけないのだが、そのための方法がない。

 

―――こっそり逃げるか?

いや、捕まる可能性が極めて高いし、そもそもそんなことしたら千海に失礼や。

 

―――誤魔化して自分の家の近くの家で帰ってもらうか?

いやいや、それだと私がその家にインターホンも押さずに入ってしまうことになるし、いくらご近所さんと言えども勝手に入るのは気が引ける。

 

(じゃあどうすればええんやぁぁあああああああ!!)

 

「あ、あの……」

 

頭の中でグチャグチャになった打開策を全て弾き出すように叫び、千海の方をチラッと見る。千海は前だけを見て、自分の方は見向きもしなかった。

 

「――――そんな心配すんな」

 

ふと、そんな千海から声がした。

そのいつもの感じで告げられた言葉に、再度目を見や

る。

 

「家の近くまでしか送ってかねえよ。お前の家なんて知りたくねえし、知られたくもねえんだろ?」

 

「う、うん」

 

「だったら俺はずかずか入ってったりしねえよ。自分の秘密は守り通してこそ秘密だろ?」

 

笑いながら、八神に告げる。とても優しい笑顔で。

 

「あ、ありがとな。ホンマに恩にきるわ」

 

「気にすんな。それより――――さ、さっきのお前のオドオドしてたの、見ててめっちゃ笑えたんだけど……っ。ククッ」

 

「なっ――――」

 

八神の顔が思わず真っ赤になる。今まではどんだけ弄ってもそうそう変わらなかったのに、ここに来てようやくそういう顔が見れた。

そう思うと、笑いが止まらなかった。

 

「わ、笑うなや!あれはしょうがないやろ!」

 

「『あ、あの……』ってお前っ、ククッ!動揺しすぎだろ!アッハハハ!」

 

「うわぁぁあああああああ!!殺す!絶対に殺してやる!!」

 

 

 

 

 

 

「―――――いかんなぁ。女の子がそんな言葉言ったら」

 

 

 

 

 

 

たったの二言。それだけで、それまでの前提が全て弾き飛んだ。

コンクリートで出来た地面を堂々とこちらに歩いてきて、ソイツは告げる。

否、――『ソイツ』というには、最早数が多過ぎた。

 

「我ァ『禍螺夢楮(カラムーチョ)』っつう暴走族の頭ァ努めてる金堂悠雅(こんどうゆうが)っちゅうもんや」

 

暴走族?何故こんな所に?

なんて考えてる余裕はなかった。

 

「そこの女ァ街で一目見た時から惚れててなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「奪いに来てやったわ。そこんとこ、夜露死苦ゥ!!」

 

 

 

 



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5話 〜好きな女なら死ぬ気で奪い取れ〜

「へぇ。女1人取るために、こんな人数引き連れてかい」

 

「生憎と、好きなモンのためなら手段は選べねえタチなんでな」

 

全員同じ黒色の服に赤のラインが入っている、如何にも暴走族ですとでも言いたいような服を来て詰め寄る。

気づけば行き交う人もいなくなっていた。

そりゃそうか。誰が暴走族が屯う道路を歩きたいと思うものか。

 

「俺ァそこの女に心底惚れててなァ。どうだい兄ちゃん、俺に譲ってくれねえかい」

 

「だとよ八神。お前コイツになんか優しいことでもしてあげたのか?こんなとこまで来るたぁ随分な執着ぶりじゃねーの」

 

「私はなんもしとらんよ!こんな男初めて見たわ!」

 

そう言い、八神は顔をブンブン横に降る。

 

「だとよお頭さん?そういうわけだ、諦めてくれ」

 

「バァカ、今から知っていけばいいんだろうが!てめぇらかかれぇ!!」

 

金堂悠雅がそう告げると、群がる暴走族どもが一斉に鉄パイプやらを持ち上げ、かかってくる。

数にして凡そ20人くらい。

どう考えても勝ち目は無さそうだ。

 

「くそっ!逃げ場はつくる!八神は一人で逃げろ!!」

 

「んなこと出来るわけないやろ!」

 

「ハハッ!いい子だねぇますます惚れた!!」

 

まず1人、鉄パイプを振り上げる瞬間に木刀を首にかけ、掠めるように横に凪ぐ。それだけで敵は気絶し、地面に伏せる。

 

「ったく!敵を奮い立たせてどうすんだ!」

 

そのまま凪いだ勢いを利用して旋回しつつ、周りの雑魚を一掃する。

 

「ほら逃げろ!俺は大丈夫だから!」

 

「でも!」

 

「いいから!に、……げろぉ!!」

 

振り下ろされた鉄パイプを木刀で受け止め、そのまま

弾き返して脳天をぶち割る。

今ので何人だ。

後何人打ちのめせばいい。

視界に写るのは有象無象の雑魚どもだ。

 

「オラァ!!」

 

後ろの奴らは全員片付けた。これで八神の退路は確保された。

 

「捕まんじゃねえぞ!」

 

そう言って八神の背中をポンと押す。

もうすでに八神の目には涙が溜まっていた。

 

「絶対、絶対助けに来るから!!それまでは負けないで!!」

 

そう言って八神はようやく、道路をかけていった。

 

「行かせるかよォ!!」

 

暴走族どもが追いかけようとするが、―――――ムダなことだ。

 

「こっちのセリフだバカ野郎!!」

 

一凪ぎ。それだけで敵は撃沈していく。

 

「―――こっから先は行かせねえ。死にてぇヤツからかかってきやがれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――かっけえじゃねーの」

 

後10人以上もいる中から、一人の男が歩み出てくる。

言わずもがな、金堂悠雅だ。

 

「テメェみたいなやつが、族に欲しかったんだよなぁ!」

 

その手に持つのは木刀。そこら辺の鉄パイプの方が威力あるんじゃないのかと思うが、木刀ほど戦いやすい

武器はない。

まず一つに、力の加減をする必要がないのだ。

真剣の如く刃先が切れる訳でもない。ただ叩き潰すだけだ。頭とか殴ればそれ相応にはなるかもしれないが、それでも死ぬことはないだろう。

そして二つ目に、軽いということだ。鉄パイプや真剣等とは違い、木刀は軽い。そのために、速く振れるし、躊躇いもなくなるのだ。

 

「おいテメーら。手ェ出すんじゃねえぞ」

 

そう言い仲間を下がらせて、金堂悠雅は俺を見据える。

 

「……随分まっすぐした目してるじゃねえの。そんな目出来るならなんで暴走族になっちまったのかねえ」

 

「うるせェ!俺の事は今関係ねえだろうが!」

 

そう吐き捨て、木刀を正面に構える。

それに対して、こちらには構えなどはなく、至って自

然体である。

 

「――――オラァ!」

 

どちらからともなく、剣は交えた。

 

「ハッ!!」

 

だが、そのつばぜり合いもすぐに終わる。

金堂悠雅はつばぜり合いの最中、重心を下にずらし足をかけた。

言うまでもなく地面に倒れ伏したのは千海だった。

 

「終いだ!!」

 

「まだまだァ!」

 

木刀を振り上げ、そのまま振り下ろされた木刀を受け止める。そのまま今度は千海が金堂悠雅に足掛けをし、体勢を崩させる。

 

「くっ!」

 

両者は互いに立ち合い、一歩ずつ下がった。

 

「―――なんでそこまで俺のジャマをする!?」

 

「バァカ。一度知り合っちまったんだよ。だったら助けるしかねーだろ」

 

――――――ガンッ!!

と、木刀と木刀が打ちあう音が夜の街に響きわたった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

八神はやては走る。

より遠くへ、より速く。

それは、暴走族から逃げるというためではなく。

どちらかというと、『速く助けを呼びたい』という一心で。

 

(なんで私の力はこんな時に使えんのや!!)

 

八神はやては言うまでもなく魔法が使える。

この世界の住人に対しては圧倒的な力を行使出来る。

ただそれは、許されてはいない。この世界の住人に魔

法の存在を知られることそのものがあまり良くないことなのだ。そんな世界で友達を守るためとは言え、魔法を行使することは許されてはいない。

 

(どこに助けを呼べばええんや!?シグナムか!?い

や、こっからならなのはんとこの士郎さんに言った方が近いか!!)

 

頭に残るのは、自分を庇って暴走族に自ら飛び込んでいった少年。たかが木刀一本で、暴走族に立ち向かっていった少年を思い出す。

 

(なんで!?なんでなん!?なんで今日初めて喋った女の子のために命はれるん!?なんでまだ友達かも分からん人のために暴走族に飛びかかれるん!?)

 

少年の行動が意味分からなかった。自分なんか置いて、すぐ逃げれば危害など加わらなかっただろうに。なんでそこまでして自分を助けたのかが、八神はやて

には理解出来なかった。

 

「――――おいそこの。ちょっと待ちな」

 

八神はやての首に、知らない間に手が翳されていた。

 

「頭の命令なんでな。ちょっくら来てもらうぜ」

 

(あかんッ―――――)

 

「…………………………………」

 

そのまま、トンっと首を叩けば、すぐに意識が落ちる。

八神はやての逃走劇は一旦ここで幕が閉じることになる。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「ハァッ!!」

 

「甘ェっつーんだよォ!!」

 

激しい剣戟の中、持田千海は少しずつだが押され始めていた。

無理もない。今までのくぐり抜けてきた修羅場の数が違いすぎる。

鍛錬でのみ剣を鍛えてきた千海に対し、金堂悠雅は実践で剣を磨きあげてきていた。

『どうすれば勝てるか』『如何にして敵より優位に立つか』それを考える頭は、やはり金堂悠雅の方が少し上だった。

 

「ぐぅっ!」

 

バキィッ!!と、木刀が折れる音が聞こえた。

それは金堂悠雅が振るった剣が、千海の剣を打ち砕いた音であった。

 

「今度こそ終いだな。ガキにしては良く頑張った方じゃねーの?」

 

「ハッ、ハッ!何勝手に、決めつけてんだよ。……まだ終わってねえよ!!」

 

木刀が折れた?だからどうした。なら拳があるだろう。そう奮い立たせ、金堂悠雅に真正面から駆けていく。

正直に言って、愚の骨頂であった。

年上の、そして格上の相手に、武器も何も持たず、作戦すらないままに拳一つで挑む。

勝つ要素がどこにも見当たらなかった。

 

「――――頭。八神はやての方、確保しましたぜ」

 

――――ピタッ。と、振るわれそうになった千海の拳は、まるで世界が静止したかのようにその動きを止めた。

 

……今ソイツはなんて言った?

 

「おう、そうか。良くやったな。これでようやく―――――」

 

……ソイツが抱えている、気を失っている少女はなんだ?

 

分かっている。八神はやてだ。

じゃあなんで八神を敵が抱えている。

何故気を失っている。

―――その涙の後をつけたのは、一体誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

「――――――せ」

 

 

 

 

 

 

 

一言。持田千海が口を開いた時には、もう金堂悠雅は遥彼方へぶん殴られていた。

 

「その汚らしい手を、八神から離せよ」

 

最早感情というタガは外された。

言わば、怒りに身を委ねる獰猛なる獣。

 

「八神はやてを守り通せ!!」

 

埋もれる瓦礫の中から、金堂悠雅のそんな声が響いた。

 

「了解!」

 

八神を抱えているやつがその声に反応し、バイクに八神を乗せる。流石は暴走族。普段暴走しているだけあって、行動が素早い。

 

「行かせるわけねえだろうが!!」

 

一瞬で、と言ったら瞬間移動のように聞こえるかもしれない。

『一歩』で、八神を乗せたバイクに肉片し、粉々にするために拳を振り上げそのままバイクのど真ん中を音速を超える速さでぶち抜く――――――ッ

 

 

「―――させるわけねえだろォォ!!!」

 

その瞬間、千海の元へ金堂悠雅が飛んできた。足を2本同時に振り上げ、ドロップキックよろしくの勢いで千海を吹き飛ばす。

 

「グッ!?」

 

その吹き飛ばされた勢いで大勢を立て直そうとするが、――――金堂悠雅の方が一足速かった。

 

「テメェはしばらくそっから動くんじゃねえよ!」

 

大勢を立て直すために手を地面についたところを、金堂悠雅は見逃さない。音速の突きで持って、左手を地面に『縫いつけた』。

 

「ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアア!!!?!?」

 

―――――ブシャァッ!!と、まるでケチャップの中身を全てぶちまけたかのように血が溢れだした。

木刀は何度も言う通り貫く型に適していない。そんなもんで無理やり手を貫通させられ、地面に縫い付けられたら、その痛みも絶大であろう。

 

「そこでずっとくたばってろや!!」

 

痛みで反応が遅れた。

拳が飛んでくる。

その二つに気付いた時には、縫い付けられた木刀ごと拳でぶん殴られていた。

 

(ちっ、くしょー……)

 

何がいけなかった。何がダメだった。

――――決まってる。全てにおいて、ダメに決まってる。

あそこで逃がして、八神一人で逃げきれると思ってたのか?

こんなのにボロボロの状態で拳一つで挑んで、勝ちきれると思ってたのか?

 

遠のく意識の中、微かにまだ見えた。

 

涙で濡れた八神がまだそこにいた。

 

(ちょっくら、待ってろよ……。絶対に、連れ……帰……る、から……)

 

「おいガキ。まだ意識はあるか。最後に俺の居場所を教えといてやる。まだ挑む勇気があるのなら、仲間を引き連れていつでも来いよ」

 

そう不敵に笑う金堂悠雅は、不敵にこう告げる。

 

――――海の見えるコンテナだ。忘れてくれるなよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話 〜牛肉を買いに行くと死体が見つかることもある〜

「もう、お母さんったら人使い荒いんだから」

 

高町なのはは、1人そう愚痴りながら夜の街を歩いていた。

目当ては夕食に使う牛肉と切らした牛乳だ。

普段高町家で使う牛乳はちょっと遠いスーパーまで行かないと売っていないので、仕方なくそこまで行くことにしたのである。

 

「大体もっと計画的に買い物を――――ん?」

 

そこで高町なのはは気付いた。

遠くに見える、あの長い金髪を振り回して歩いている少女は一体どこの何子ちゃんだっただろうか。

 

「フェイトちゃーん!」

 

「あ、なのは」

 

そう言い、フェイトは長い金髪を振り分けながら振り返る。

普段から可愛らしい容姿で男女問わず人気を博すフェイトだが、夜の街を質素な服で出歩くフェイトも中々『大人の女』みたいな感じがして綺麗なのではないだろうか。

 

「こんなところで何してるの?」

 

「私はお母さんからお使いを頼まれちゃって。フェイトちゃんは?」

 

にゃはは、と笑いながら、なのははフェイトに同じ質問を投げかける。

 

「私もお買い物。牛乳が切れちゃってるから新しいの買ってきてって」

 

「それじゃ一緒に行こうか!」

 

そう言って、二人は夜の街を更に歩いていく。

 

「………ここでも、色々あったんだよね」

 

そうなのはは呟く。この街で、七年前にフェイトと高町なのはは出会えたのだ。

色々衝突も絶えなかったが、それでもこうして仲良く過ごせる『今』がある。

そんな事実に、何か懐かしさみたいなものを感じたのだ。

 

「そうだね。あの時なのはが、心から私に呼びかけてくれたから私も前に進めたし、きっとはやての時だってそう」

 

フェイトは言外に、なのはのおかげで今があると告げる。

アリサやすずか、はやてと笑い会える今があるのはなのはのおかげだと。そうフェイトは告げる。

 

「にゃはは。そんなことないよ。闇の書事件の時なんて、私かなり最低なこと言っちゃってたし」

 

思い出される記憶の数々。

『悪魔め』。

そう告げられた言葉に対し、なのはは『悪魔でいいよ』。なんて答えてしまったのだ。

もう普通の人間関係ならヒビが入っても仕方のない事件である。

 

「それでもはやての病気だって救えた。リインフォースだって幸せそうに消えてった。それだけでも、やっぱりなのははすごいよ」

 

「にゃははーやめてよもう!」

 

照れながら、なのははフェイトに止めるように苦言を呈す。

 

「それにそんなこと言ったらフェイトちゃんだって、闇の書事件の時助けてくれたじゃない。ほら、ヴィータちゃんが特攻仕掛けてきた時!」

 

『友達だ!』って言ってくれた瞬間、本当に嬉しかったなぁ。なんてなのはは感慨深く言葉を言う。

 

「あ、あれは、転送されたらなのはがいきなりピンチだったから言葉が上手くまとまらなくて」

 

今度はフェイトが照れる番であった。

 

「まあでもいつか、3人で『あの時はあーだったねえ』なんて笑い会える日が来るのかなぁ、なんて考えちゃうとなんか不思議な気分になっちゃって」

 

今でも鮮明に思い出される事件の数々。

きっと忘れることなんて出来ないのではないだろうか。

笑いあった記憶も、泣いて抱きしめあった記憶も、年月が経てば忘れてしまうとはよく言うが、この3人が出会えた『奇跡』は、きっといつまで経っても忘れられないものなのだろう。

 

「あー。それ、私も分かる。今はリンディさんとクロノと楽しく喋れてるけど、引き取ってもらえた時なんてまともに会話すら出来なかった気がするもん」

 

結局全部時間が何とかしてくれる。

そう結論づけ、高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは前を向く。

 

 

 

――――――そこで、ふと違和感を覚えた。

 

管理局なんて、魔法が飛び交う危ない職についているからだろうか、『血の匂い』には自然と敏感になってしまっているのか、その違和感に気づけた。

 

「なのは、あそこ」

 

フェイトの指さす場所には、不可解は血の痕跡があった。気を付けなければ見落としてしまうような、そんな血だった。

だがそれは確かにそこに存在しており、――――何故か路地裏にまで繋がっているように見えた。

 

「猫か何かかな?可哀想に」

 

そう言って、軽い気持ちでなのはは路地裏をのぞき込む。

 

「キャッ!?」

 

当然そこにいたのは、猫でも犬でも動物の死体ではなく。

 

――――――血だらけになって横たわる、新しいクラスメイトがそこにいた。

 

「フェ、フェイトちゃん、これって……」

 

「確か同じクラスの、名前は持田千海だったはず」

 

そこには確かに血だまりが出来ていたが、良く見ればそれは大半が手から出ている血だった。

つまり、出血多量でさえなければ死んでいる可能性は低い。

 

「救急車、呼ばないと」

 

「――――待って、なのは。何か言ってる」

 

無意識に人の気配に気づいたのか、意識は無いのに千海の口は動いていた。

 

「たの、む……。救急車は、呼ぶ、な……。やが、みが、あ、……ぶ、ない……」

 

「え――――?」

 

フェイトは己の耳を疑った。

その口から出て来たのは知人の名前である。

その知人が、『危ない』?

 

「なのは……はやてに念話してみて」

 

「分かった!」

 

そう言い、可能な限り大きな声ではやてに呼び掛けてみるが、返事は無かった。

 

「応答なしだよ、フェイトちゃん!」

 

「マズイ、絶対にはやてに何かあった。問題はそれが何か、だけど……」

 

「とりあえず私の家まで運ぼう!救急車は呼んで欲しくないみたいだし、腕の怪我だけだったら何とかお父さんの応急手当が出来るから!」

 

お父さんに電話かける!と言って、なのはは携帯電話で履歴から士郎に繋げる。

コール2回程で士郎は出てくれた。

 

「もしもし、どうした?牛乳無かったのか?」

 

「それどころじゃないの!私の友達が倒れてて、今すぐ迎えに来て欲しいんだけど!」

 

「……救急車は呼んだのか?」

 

「それが、意識のない状態で救急車は呼ぶなって言ってて。それに、もしかしたらはやてちゃんが今危険な思いしているかもしれないの」

 

「分かった。とりあえずそっちに車で向かう。場所は?」

 

士郎に場所を告げると、電話は一方的に切られた。

 

「フェイトちゃん!この調子なら後数分くらいでお父さんが来てくれるよ!」

 

「ありがとなのは。……でも、どうして持田がこんなボロボロになってこんな路地裏にいるんだろ」

 

「何かと戦ってたとかじゃない?」

 

「そこにはやてが絡んでくるとなると―――やっぱり『魔法』かな?」

 

「その可能性もなくはないけど、それだったらはやてちゃんだって相当な腕なはず。そう簡単にやられるとは思えないけど」

 

考えれば考えるほど、頭がこんがらがる。今二人に出来ることは無いのだと、その無力さを思い知らされた。

 

まずは士郎を待って、持田が目を覚ましてから。全てはそれからである。



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7話 〜晩御飯を作れないやつが3人寄っても何も出てこない〜

高町なのはと、フェイトテスタロッサが虫の息の主人公を見つける少し前。

八神家は、まるで誰もいないかの如く静まり返っていた。

 

「……はやて、帰ってこないな」

 

しかし、当然誰もいないわけではなく。

ヴィータが徐に口を開いた。

時刻は8時になる少し前。

普段なら、もうとっくにはやては帰ってきていて、家族仲良く食卓を囲っていたはずだった。

 

「まさか主の身に何かあったのではなかろうな」

 

「さっきから念話も通じないし、その可能性も無きにしもあらずだけど……心配だわ」

 

「でも、学校にはあの高町なのはとフェイトテスタロッサもいるのだろう。主だって魔導師の前に普通の

学生だ。遊びたい盛りなのではないだろうか」

 

「それだと良いんだが……」

 

再び、静寂が訪れる。

はやてが遊んで来ているのは別に良い。むしろ今まで辛い思いをしていたのだから、存分に遊んで欲しいとまで、ヴォルケンリッターは思っている。

従って、今の問題ははやてが遊んで来ていることではなく。

『はやてが帰ってこなきゃ夕御飯無いけど誰がどうすんの?』問題である。

 

「―――しょうがないわね。こうなったら私が」

 

「おい誰かソイツを物理的に黙らせろ!!」

 

「酷い……」

 

シャマルは論外。シグナムはそう結論づけ、『優し

く』諭してあげた。

 

「―――ならアタシが」

 

「そんな子供体系で料理がつとまると思うな永遠の幼稚園児が!!」

 

「んだとゴラァ!!」

 

遊び半分で、ウキウキした様子で台所に行こうとするヴィータも当然却下。

見た目からして料理が出来るとは思えない。

だとしたら、後残っているのは―――。

 

「ザフィーラ。お前、料理は……?」

 

「目玉焼きなら、焦げたのを作れるが」

 

「犬の餌かバカ野郎!人間の食物を作れるかと聞いた

んだ!!」

 

犬の餌を作れるザフィーラも当然却下。

でもまさか犬の餌なんて言われるとは思いもしなかったザフィーラはちょっとだけ涙目になってしまったのはここだけの話し。シグナムだって飯を食えてないからイライラ気味なのだ。

 

「あとは、リインフォースか。お前料理は作れるのか?」

 

「はやてちゃんのを見てたから何となくは作れるかもしれないですけど、あくまでも何となくですよ?」

 

「おいこらシグナム!?なんでアタシより体系が小さいリインフォースはそんな対応なんだ!?なんでアタシは言う途中で突っ撥ねられたんだ!?」

 

「何となくか……。あのチビより上手く出来るのであ

れば、何とかなるかもしれんが……」

 

「おいこら待てやテメェ!よーしその喧嘩買った表出ろやゴラァ!!」

 

「ヴィータちゃん落ち着いて!シグナムも今気が立っているだけだから!」

 

料理をするに置いて、『何となく』と言う言葉は当てにならない。

例えば、レシピになくても『何となく美味しそうだからこれ入れてみよう』なんて考えて、その結果クソまずくなることはただあることだ。

 

「……仕方が無いな。こうなったらこの私が」

 

「「一番テメェが失敗しやすそうなツラしてんじゃねーか!!」」

 

「よしテメェら全員表出ろ」

 

――――結局誰が作っても変わらないみたいなので、出前を取ることにした八神家一同であった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「頭。なんであのガキに俺らの場所教えたんで?」

 

バイクで夜の道路をかっ飛ばしアジトに戻ろうとする時に、はやてを持っていた部下が口を開いた。

 

「別に。あのガキは多分俺らのことを追ってくると思ってな。だったらもう一度真っ向から叩き潰してやろうと思ってな」

 

「へえ。お優しいこって」

 

「宗司も、めんどくさい仕事任せて悪かったな」

 

「いえいえ。…………ところで頭。その女、どうしていきなりとっ捕まえようと思ったんで?まさか本当に惚れてるわけじゃないでしょうに」

 

それは宗司にとって、最大の疑問であった。

今までこんな積極的に行動したことが無かったのに、こうしていきなり大胆な作戦に出たのだ。疑問に思わない方が無理な話だ。

 

「奇跡の起こし方を、知りたかったのよ」

 

「奇跡?」

 

果たしてその答えは、頓珍漢な内容だった。

 

「ここだけの話しだ。俺はお前に絶対の信頼を置いているから言うが、俺の妹は、もう命が残り少ないんだ。後何ヶ月生きれるかすら分からねえ」

 

「へぇ。そんな大事な話し、本当に俺にしていいんで?」

 

「あぁ。そろそろ俺も、誰かに話したいと思ってたところだからな。……そんで、なんで俺が暴走族の頭になったか、分かるか?」

 

そう聞かれ、宗司は分からないと首を振る。

実際、宗司達には何の知らせもなく突然頭が変わったのだ。

 

「妹のためさ。鴉の旦那に言われたんだ。『今の頭の代わりにお前が族の頭になって馬鹿やってくれたら、妹の病気を直してやる』ってな。そんで胡散臭いながらもなってやったら、本当に妹の手術が決まっちまったんだ」

 

「そんで?」

 

「そっからは、容態が悪くなる度に手術をしてくれた。ただ、手術しても妹の様子は一向に良くなる兆しが見えねえ。最近じゃあ目さえ見えなくなってきてる程だ。だから俺ァ気付いたんだよ。このまま苦しませるくらいなら、いっそ幸せに逝っちまった方がいいんじゃねえか、ってな」

 

バイクの走る時の騒音だけが響きわたり、一瞬の静寂が響いた。

 

「それと、あの八神はやてと何か関係はあるんで?」

 

「俺ァ七年前に、確かに奇跡を見た。遠目からだが確かに見た。この嬢ちゃんが銀髪の姉ちゃんに声をかけた瞬間に、その姉ちゃんは幸せそうなツラして消えてったんだ」

 

「――――は?」

 

とてもじゃないが、信じられる話しではなかった。

銀髪の姉ちゃんというだけでも相当なレアキャラなのに、言うに事欠いて『消えてった』だと?

 

「俺をおちょくってるんで?」

 

「いやぁ。真面目も真面目、大真面目さ。だからこうして、この八神はやてを連れ出してるんだろうが」

 

「でも、じゃあ妹さんは本当に諦めるって言うんですか?まだ助かるかもしれないってえのに」

 

「……助かるかも、なんて考えちまったら何にも出来ねえさ。もう妹は限界なんだ。世の中にはな、死んじまった方が楽なこともある。苦しんで苦しんで、それで幸せを掴めるようなやつなんざ稀だよ。『生きてればきっといいことある』なんて綺麗事じゃあ、生きてねえんだ」

 

金堂悠雅は空を見上げ、そう告げる。

 

「だったらよぉ。せめて最後ぐらいは苦しみなんか消してよ、楽に死なせてやりてえじゃねえか。最後ぐらいは笑わせてやりてえじゃねえか。そのために、藁にも縋る思いで八神はやてを連れ出してきたんだ」

 

「へぇ。やっぱアンタ、暴走族には向いてねえや。優しすぎるぜ。……正直すぎるのもあるけどな」

 

「ん?最後聞き取れなかったんだが、もう一回言ってくれないか」

 

「いやァ、気にするほどのことでもねえんで大丈夫っす。――――あ、頭。俺この後用事思い出したんだった。ちょっくら行ってきていいですかい?」

 

「あぁ。別に大丈夫だ」

 

「そんじゃあ、ちょっくら失礼しますわ」

 

アジトは後少しでつく。そんな時に、宗司は曲がって行ってしまった。

――――夜はまだ、長く続くようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話 〜子供が大人を頼る時、そこに理由はいらないんだよ〜

朦朧としながらも、灯りの眩しい光に当てられ千海の意識は覚醒した。

目を開ければ、そこは外以外のどこか。灯りが真上に見えて、尚且つ天井すら見えるということは、ここはきっと誰かの家の中だと結論づけて、左手をついて立ち上がろうとする。

 

―――瞬間、左手を中心に激痛がはしった。

 

「ッつぅ……!?」

 

その痛みで、微睡んでいた意識が急速にはっきりし始めた。それにつれて、先程までのことが鮮明に頭に思い出される。

 

「そう、だ――っ。八神を、助けなきゃ……ッ」

 

立てる。両足で床を踏める。痛いのは今のところ頭と左手だけだ。流石に左手はもう酷使することは出来な

いが、まだ右手が残っている。頭だってぶん殴られた

だけだ。

致命傷という程の怪我でもない。

 

「待ってろよ、八神」

 

―――――海の見えるコンテナだ。忘れてくれるなよ?

 

そんな声が、頭には残っていた。

その声に導かれるように、千海は部屋の扉を開けようとする。

しかし、それは反対側から扉を開けた何者かによって阻まれた。

 

「―――千海、くん?」

 

「お前は……」

 

見覚えのある顔だった。

月村すずかやアリサ・バニングス、それに八神はやての友達である、高町なのはである。

 

「目覚めたんだね!?良かったぁ!今お父さん呼んでくるから」

 

そう言い、一階に降りていこうとする高町なのはの肩を思わず千海は掴んでしまう。

 

「聞いてくれ、高町。八神が、危ないんだ――ッ」

 

その顔は、今にも駆け出していってしまいそうなほど悔しそうで。

なのはは、その先を喋ることが出来なかった。

 

「目が覚めたのかい?怪我の具合はどうだい、一応僕が手当しておいたんだが、この後ちゃんと病院に行くんだよ?」

 

そこで、高町士郎が階段を登ってにこやかに声をかけてきた。

それで―――――。と、高町士郎はそこで言葉を区切る。

 

「そんな身体でどこに行こうとしてるのか、それとあそこで血まみれで倒れていたわけ、もし良かった

ら聞かせてくれないかな」

 

そこには、数瞬前の穏やかな顔は存在していなかった。

 

「……ここじゃ何ですから、下にでも行きません

か?」

 

「そうだね」

 

記憶を再び蘇らせる。今日、完敗させられた記憶を。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。まとめると、暴走族にやられてはやてちゃんも連れていかれた、と」

 

高町士郎は千海の説明を一通り聞いて、深く考え込む。

一階は、とても静かな静寂が訪れていた。高町なのは他、高町家総動員プラス何故かフェイトテスタロッサ・ハラオウンまで居合わせている。

 

「それじゃあはやてちゃんは今どこにいるの?」

 

そう問いかけてきたのは高町桃子。

『老い』という言葉を知らないのか、未だに高校生行けるんじゃないか、なんて考えてしまう程に若々しい高町家のお母さんだ。

 

「海の見えるコンテナ、と聞いています」

 

「海の見えるコンテナか。……この辺じゃひとつしかないぞ、親父」

 

高町恭也はそう告げる。

 

「ああ。そうすると千海くん、だったかな?君をこんなことにした暴走族の人も、そこにいることになるの

かな?」

 

「はい。……あの」

 

千海は言いよどむ。それを見逃す程に士郎は甘くない。こと家族に置いてはまだ未熟かもしれないが、戦闘や、厄介事に関して言えば一流である。

 

「なんだい?」

 

本当はここで、思いっ切り助けを呼びたかった。

どう考えても、千海一人で解決できる問題じゃない。最後にアイツも味方連れて来いって言っていた。

八神はやてから聞いているとおりなら、強さ的には全然ついてきて欲しいのだ。

――――でも、同時に巻き込みたくないという思いも

働いた。

これは、千海が勝手に敗北し、勝手に八神を連れ去られた、言わば自業自得の責任であった。

本来ならば、一人で背負わなければ行けない責任。それを、人様まで巻き込んで傷を負わせたくはないのだ。

 

「…………いや、何でもな」

 

やはり断ろうと、何でもないです。と言い切ろうとしたのだが、その前に士郎さんのデコピンが炸裂した。

 

「いたっ!?」

 

「何を言いよどんでいるんだ?君が言いたいことは簡単なことだろ?」

 

高町士郎は、どこまでも見抜いていたのだ。

千海の思考の中、そしてどう切り出すかすら、予想は済んでいた。

 

「……でも、これは俺が蒔いた種だから。俺が決着をつけなきゃ」

 

「――――――バカやろう」

 

今度はデコピンなんかじゃない。本当の叱咤が飛んできた。

 

「千海の責任?千海の自業自得?そんなもの最初からこの話しの土俵には上がっていないんだ」

 

高町士郎他、ここにいるメンバーの皆の顔は、同じだった。『いつでも助けにいけるぞ』と。そう言っているのが分かった。

 

「自分で決着をつける?甘ったれたこと言ってんじゃない。それは自分の強さを把握して、勝てる自信があるやつが初めて吐くセリフだ。現にさっき助けを乞おうとしたやつが言うセリフじゃないんだよ」

 

「でも……っ、でもっ!!」

 

もう、千海は泣きそうになっていた。

助けて欲しいんだか、助けて欲しくないんだか分からなくなっていたのだ。それはさながら泣きじゃくる無垢な子供。

だとしたら、それを助けてあげるのは大人の役割だ。

 

「過去を書き換えるな。厳しいことをいうようだが、お前はその暴走族に負けたんだ。手負いのその状態で、また負けにでもいくつもりかい?」

 

ボロボロになって、左手まで貫かれて。

本当は泣き叫びたくって、それでもまだ泣くことは許されていなくて。

 

「いい加減素直になったらどうだ?君は、千海は僕達にどうして欲しいんだ。本当に守りたいものがあるのなら、そんないらないプライドは捨てろ」

 

悔しさに身を委ね、飛び出しそうになって。

それでも、それでもこんなおれにも、こんなに弱い俺にも力を貸してくれるのであれば。

 

「……助けて、ください……ッ!」

 

泣きながら、千海は助けを乞う。

 

「八神を、俺と一緒に助けてください……ッ!」

 

ポタポタと、涙が千海の太ももに落ちる。下をむいて、涙を必死に堪えているからだ。

そんな千海を見て、その場の全員は告げる。

最早答えは決まっていた。

 

「――――当たり前よ」

 

「――――当たり前だな」

 

「お姉さんに任せておきなさい!」

 

「――――何が出来るかなんて分からないけど、私も協力するよ!」

 

「――――私も、はやてとは友人だから、絶対助け出す。もちろん、千海もね」

 

最後に士郎は告げる。

 

「子供が大人に頼み事をする時に、理由なんて大それたものはいらないんだ。必要なのは助けて欲しいという気持ちだけ」

 

全員が立ち上がる。決意はもうとっくに決まっている。

 

「―――さあ、はやてちゃんを奪還するぞ」

 

枯れたと思っていた希望が、また華を開いた。絶望的な状況で、希望的なものがいくつも転がり込んで来た。

そんな『優しさ』に、千海は涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「ううん……?」

 

八神はやては、そんな呻き声のようなものをあげて目を覚ました。

 

「ここは?」

 

見る限り、どこかの倉庫だ。それも中々広い。

 

「私何してたんやっけ」

 

記憶を呼び覚ます。

確か今日は、初めての高校生で、初っ端から草むしりをやらされたはずだ。

そのあと、千海という少年と2人で帰って――――。

 

「そうや!千海は!?」

 

思い出した。たしか、千海が逃がしてくれて、私も頑

張って逃げてたんだ。

でもそれでも捕まってしまって。

結局、千海がしてくれたことはムダになってしまった。

 

「……私、バカみたいやな」

 

たった一人の少年を見捨ててまで逃げて、それでも捕まって。

本当にもう、何がしたいのか分からなくなってきた。

 

「―――そんなことねえよ」

 

ふと、声がした。

正面を見てみると、そこには見知った顔がいた。

 

「アンタ……」

 

「あの男はあの場で出来る精一杯のことをやった。お前もな。だけど俺たちにはおよぼなかった。だからお前らに足りなかったのは単純に力だ。バカってわけじゃねえだろ」

 

「敵にそんなん言われても嬉しくないわ!千海をどうしたん!?」

 

「安心しろよ、一応無事なはずだ」

 

良かった、と。思わず安堵の息が漏れる。が、すぐに気持ちを切り替える。今この場で、絶対的弱者は八神はやてだ。気を引き締めないとすぐにやられかねない。

 

「一体何が目的でこんなことしたん!?」

 

「奇跡だよ」

 

「はぁ!?」

 

間髪入れずに答えられた内容が、あまりにも奇想天外だったので、思わず聞き返してしまった。

 

「お前が七年前に起こした奇跡だ。俺は見ちまったん

だよ。幸せそうなツラして消えてく姉ちゃんを」

 

――――ヤバイ。と、本能的に八神はやては悟った。間違いなくコイツは、今この場で、『魔法』の話しをしている。

誤魔化す誤魔化さないの問題ではなく、『見られた』のだ。きっと七年前ということは、リインフォースを見送る時のことであろう。

本来ならば秘匿しなければならない存在を、知られてしまった。

 

「そ、それがどうかしたん!?それと今のこと、何か関係あるん!?」

 

「――俺の妹が、そろそろ逝っちまいそうなんだ」

 

果たして言われた内容は、八神はやてが想像し得ない問題であった。

 

「俺の勝手な判断だが、素人目に見てもあれは完全に死ぬ。だからもう命を引き延ばそうとはしないさ」

 

ただ、と。暴走族の頭である、金堂悠雅は八神はやてをまっすぐ見据える。

 

「死ぬときぐらいは、幸せなツラァさせてやりたいんだ。ずっと昔に笑ったっきり、アイツはもう、笑顔を見せてくれないんだ……ッ」

 

八神はやては何も言わない。何も言えない。それは、語られている内容があまりに重いからなのか、それともただ単純に言葉が出ないのかは分からないけど、言葉を紡ぐことは出来なかった。

 

「だから、……だからよっ!教えてくれねえ

だろうか!?アイツが笑って逝ける方法を、教えちゃくれねえだろうか!!魔法だろうが奇跡だろうが、何

だっていいんだ!!俺はもう一度、アイツの笑った顔を最後に見たいんだ……ッ」

 

知らず知らずのうちに、金堂悠雅からは涙がこぼれていた。それほど大切で、掛け替えのない存在だった。

 

「……そうか。アンタが七年前に見たのは、それは多分すべてが完了した時やったんやろなぁ」

 

そう言って、八神はやては切り出した。

 

「私が七年前したことはほとんどない。もう二人が頑張ってくれたんや。だから、私は最後に抱きしめてあげることしか出来ひんかった」

 

思い出すのは、ただ泣きじゃくるだけだったあの頃の『自分』。

 

少しは変われただろうか、なんて自分に問い掛けてみるが、それはきっと自分では分からないことだ。

 

「私は奇跡なんか起こしとらんよ。ただ最後にギュッと抱きしめて、一言言葉を言っただけで、幸せそうな顔してくれたんや」

 

「……そんな、方法で、本当に良いのか?俺ァ暴走族の頭ァ張るぐらいバカだからよう……っ!全然分かんねえんだ!!幸せの仕方なんて、全然知らなかったけどよ………っ!やっぱり、お前の話しを聞けて良かったよ」

 

なんや、良い奴じゃないかい。

なんて、八神はやては不覚にも思ってしまった。

今回の騒動だって、たった一人の妹のためにここまでの騒動を起こしたのだ。それこそ暴走族まで引き連れて。

――――ここまでされて、もう幸せじゃない妹さんなんておるんかい。

八神はやては苦笑しつつ、心の中でそう呟いた。

 

 



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9話 〜されど強者は集う〜

「よし、それじゃあ今回の作戦はこうだ」

 

そう言って、高町士郎は切り出した。

千海の涙も既に止まっており、みんなの顔は真剣であった。

 

「基本的に、コンテナに乗り込むのは俺と千海の2人で行く。恭也、美由希は『カラムーチョ』なる組織に繋がりがある組織を、手当たり次第潰していってくれ」

 

恭也と美由希がカラムーチョ討伐戦に参加しないで、周りを潰していくのには訳がある。

それは援軍を呼ばれた時のためだ。

呼ぶ援軍ももうすでに潰されていればこちらに来ることはできない。

カラムーチョだけでも相当な人数がいるはずだ。それよりさらに援軍を呼ばれたんじゃ、勝てる勝負も勝てなくなる。

 

「なのは、フェイトちゃん、桃子は取り敢えず待機だ。僕らから連絡があったらすぐに警察、または救急車を呼んで欲しい。それからフェイトちゃん、出来ればアルフさんを呼んで欲しいんだが、頼めるかな?」

 

「出来ますけど、何でですか?」

 

「一応念の為に、ね。こっちにも敵が来るかもしれないし、護衛をと思ったんだ」

 

「分かりました」

 

すぐに念話しときます。と、フェイトは作業に取り組んだ。

 

「あっ、そう言えば、さっき他にも呼んじゃったんですけど、事情を説明したらすぐに来るって」

 

と、思ったらフェイトは念話をする前に、そんなことを言った。

 

「きっともう少しで着くんじゃ」

 

―――――ピンポーン、と。

ちょうどいいのかちょうど良くないのか分からないタイミングで、その呼んだ人間は現れた。

 

「僕が出よう」

 

そういって、高町士郎は玄関に向かう。

これでフェイトが呼んだ人間であるならば良いが、そ

うじゃなく、暴走族関連の人間であるのなら、武術の心得のない人間が出るのは危ない。

 

「――――はい。どちら様ですか」

 

きっと、古今東西どこを探しても、侍みたいに木刀を腰に差して応対する人間はそうそう見られないだろう。

 

「八神家の人間です。こちらで主を奪還する作戦をしていると聞いたので、こうして参上致しました」

 

「そうか。それはありがたい。中にはいってくれ」

 

そう言って玄関から入って来たのは、八神家に揃うヴォルケンリッター。

古代ベルカ式の魔法を操り、肉弾戦でさ魔導師の中でもトップを争う奴らである。

もちろん戦力的には、勧誘せざる終えない人物達であった。

 

「…………高町、あの人達は誰なんだ?」

 

そんな中、圧倒的存在感を放つヴォルケンリッターを知らぬ千海は、そう高町なのはに聞いた。

 

「はやてちゃんの家族だよ。皆個性的だけど、いい人達ばっかだよ」

 

確かに個性的だ。と、ヴォルケンリッターを見つめ千海は思う。

そりゃそうだ。ピンクや薄緑、赤や藍色の髪をして、一人なんかは犬耳まで生えてしまっている。

 

完全に、千海が今まで見てきた中でダントツの個性派集団であった。

 

「一番前を歩くピンクの髪の人がシグナムさん。その後ろにいる赤い髪の子がヴィータちゃんで、薄緑色の優しそうなお姉さんがシャマルさんで、あの男の人がザフィーラさんだよ」

 

「…………随分な外人さんと家族なんですね、八神は。あれ?あの子たしか関西人とか言ってたような」

 

「ふぇ!?い、いやいや!が、外国の親戚さんが今は一緒に住んでるだけだよ!……ごめんはやてちゃんっ」

 

なのははそう言って誤魔化した。もちろんはやてに対する謝罪も忘れずに。

 

「貴方が主を助けてくれた少年ですか?」

 

誤魔化すなのはと千海が話していると、そこにヴォルケンリッターの将、シグナムが声をかけてきた。

 

「我らが主を護ってくれてありがとう、千海……と言ったか。八神家を代表して、私が礼を言おう。本当に感謝しています。」

 

「あ、主?もしかして八神のことか?それなら俺は助けてないです……。いや、助けられなかったんです。ですから、頭を下げる必要はないですよ」

 

「いや、それでもだ。結果はどうあれ、君ははやてを護ろうとしてくれた。それだけで、私達にとっては嬉しいことなんだ」

 

それでも頭を下げるシグナムに、千海は頭を掻いてしまう。元々、感謝されることは本当に何もやっていないのだ。だから、そんな反応をされてもどう返せば良いのかが分からなくなる。

 

「それじゃあ、話しの続きをしようか。まず、そちらで武術、剣術等に心得のあるものはいますか?」

 

高町士郎はそう仕切る。このままじゃいつまで経っても進めないと踏んだのだろう。話しの路線を戻してきた。

 

「魔法を使えないのなら、私とザフィーラが役に立てると思います」

 

「……魔法?おい高町。魔法ってなんだ?あいつらは一体どこの次元で話しを進めているんだ?」

 

「えっ!?だ、だだ、誰も魔法なんて言ってないよ!?聞き間違えたんじゃないかな!?」

 

いやお前、それどもり過ぎだから。

心の中でそうつっこみ、――――同時に千海は気付いた。

 

(なるほど。八神が隠してた秘密は、こういうことだったのか)

 

謎の外人家族。謎の魔法。そりゃあ誰にも言えないわな。

 

「っつーことは何だ。もしかして八神も魔法とやらが使えるのか?」

 

ドッキィィィッ!?!?

高町なのはは、思わずそんな反応をしてしまう。

 

「そ、そそそ、そんなことな、ななないよ!?」

 

「お前それ本当に隠しきれてると思ってやってる!?完全にお前のせいで全てバレてるよ!?」

 

思わずそうつっこんでしまった俺は悪くないと思う。

 

「なのは……もうそこまで言っちゃってたらごまかせないよ」

 

フェイトがそういう。その言葉で、確信した。

 

「まあ、今回の作戦では魔法を原則として使えないことにするから、どうかな、シグナムさんかザフィーラさんのどっちかに僕と千海と来て欲しいんだけど」

 

そう言って、今度こそ士郎は話しの路線を戻した。

 

「私が共に同行しよう。主はこの手で救い出す。それに、ザフィーラはどちらかと言うと守る戦いに向いている。ここでフェイトたちを護らせていた方が良い」

 

「分かった。ならば俺はここで皆を守る盾となる」

 

ザフィーラはそう頷く。

どうでも良いけどあの耳、本物なのかな?なんて考えしまう千海は、きっと『魔法』という存在を知れてちょっと嬉しいのであろう。まだ見ぬ神秘、それは男子の心をくすぐるには十分すぎた。

 

「――――なら決まったね。よし。それじゃあ、行こうか」

 

作戦を決行するために、アジトに乗り込む者、その周辺を潰すもの二班は、すっくと立ち上がる。

 

「八神はやて奪還作戦、絶対に成功させるぞ」

 

おちゃらけた雰囲気などあるはずもない。ボディーガードとして名を馳せてきた時代の高町士郎が、その表面に顔を出してきていた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「――――金堂悠雅は、妹のことをついに諦めました」

 

薄暗い部屋で、一人の男はそう告げる。

 

「……そうか。まだ有効利用出来ると思っとったんじゃがな。そろそろ潮時か」

 

「金堂悠雅は、『八神はやて』という少女を捕らえ、楽に死なせる方法を模索しているようです。如何いたしますか?」

 

フォッフォッフォ。と、妙齢の男性は嗤う。

 

「八神はやて、と?今そう言ったか?これは何と運がいいことか!まさか次に消してほしいやつを引っ捉えてくれているとはのぅ!―――よし、この私が出向いてやろう。おい誰か!金堂悠雅の元へ私を案内しろ!!」

 

そう呼び掛ければ、たちまちに人が現れる。

ただ、そうやって現れた人間は、男が見る限り、一人として『生気を宿した眼をしていない』。

 

「フォッフォッ。『地球人』は何と扱いやすいことかのぅ。おい!お主もこれからのことをその目で見たければ後を追ってくるが良い!!」

 

「はい!後に向かわせてもらいます!」

 

そう言うと、妙齢の男性は満足したのか、高級車に乗って目的地へと向かった。

 

明けない夜はない、と良く人は言う。

だが、明けないと錯覚してしまう程『長い夜』等、いくらでも訪れる。

今日は正しくその日だ、と。妙齢の男性と会話していた男は思う。

 

――――裏切りは俺の専売特許だ。悪く思うなよ。

 

そう言い残し、その男も次の瞬間には姿を消していた。

 



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10話 〜正面突破〜

魔法とは本当にすごいものなんだな。と、いまさらになって千海は感じた。

高町家を出る前、シャマルに千海は治療魔法をかけてもらったのだ。

もちろん貫通しちゃってるので、それぐらいで治る傷ではないが、それでも大分痛みは収まった。これなら、戦闘に使えなくても痛みで動きが鈍るなんてこともないだろう。

 

「――――もう少しだ」

 

そんな高町士郎の声が聞こえる。

翠屋としてのマスターではなく。高町士郎本来の顔つきで、そう告げる。

ここはもうすでに、『海の見えるコンテナ』の入り口に差し迫ろうとしている。

千海はおろか、シグナムでさえ、その顔には緊張が………と思ったが、そんなことは無かった。至って冷静と言うわけでもないが、激情して取り乱しているわけでもない。

どちらかと言えば、その二つを足したようなものだ。要はクールに怒りを抱いている。

 

「この作戦、俺達は特に策を持ち合わせていない。故に、敵を欺く戦い方は出来ない」

 

従って、と。高町士郎は車を運転しながら告げる。

 

「――――強行突破で行く。真正面から叩き潰せ!」

 

そのままコンテナ倉庫の入り口まで見えて来ると、『あえて』高町士郎はアクセルを全開にした。

いきなりアクセルをかけられた車は物凄い速さでタイヤが回転し、ギャリギャリギャリッ!という音を出しながら、コンテナ倉庫の扉に勢い良く激突した。

 

「いいねぇ。私もあれこれ考えて戦うよりは、真正面から斬りあう方が得意だ」

 

「んなっ!?なんだ!?あの車は!!」

 

コンテナ倉庫は予想外に広く、そこかしこに暴走族が固められていた。

多分、目測で測るのなら、その数は50人以上。

あの八神はやてを連れ去られた時よりも、更に数は多くなっている。

 

―――――だからどうした。持田千海。まさか怖気付いているわけじゃあるまいな。

 

自分で自分にそう問い掛ける。

 

―――――まさか。何人だろうと関係ねえ。

 

そう決意し、千海、シグナム、そして高町士郎は車を降りる。

 

「八神はやては返してもらう。その侘びと言っちゃあなんだが」

 

不敵に、千海は嗤う。

囲む敵に木刀を突きつけ、一言。

 

「――――テメェらの命も天に返してやるよ」

 

そこには静かに怒りを持った、持田千海がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー。良かったな嬢ちゃん。あいつはやっぱり来てくれたみたいだぜ?」

 

突っ込む千海らを見て、金堂悠雅はそうはやてに告げる。

 

「もうええやろ。アンタの望みはもう済んだはずや。私を早く開放して」

 

「それはダメだ。大丈夫、お前もあいつらも、殺しはしねえよ」

 

ただ、こちとら喧嘩ァ売られてんだ。

と、はやてに背を向けて金堂悠雅は立ち上がる。

 

「本当に助っ人連れてきやがったか。まあ、そりゃ正解だ」

 

おい。と、金堂悠雅が呼び掛けるだけで、後ろにはいつの間にか二人が並んでいた。

一人は金髪の男。ガタイも悪いとは言えず、良いとも言えない平均的な身体で、その目は恐ろしく『何も写していない』。

光りさえも、その目は抱かず。ただただ目の前の情報を視覚として捉えるだけ。なんの感情も抱かず、なんの疑問も持たず。

もう一人は女性だった。

こちらは金髪というよりかは黄色の髪質に近い。

髪は後ろに全部降ろしていて、その整った顔立ちからは想像出来ない程に、こちらも目が冷たかった。

――――世の中には、暗殺者と呼ばれる者や、忍者と呼ばれる者がいる。

その二つは、どちらかと言えば『護るよりも殺す戦い』だ。

つまり、その生き方を永遠に死ぬまで背負っていくには、人を殺しつづけなければいけなくなるのだ。

そうして人の心はだんだんと荒んでいき、殺すことに何の躊躇いも持たなくなる。

いつしかその目には、感情さえ持つことは無くなるのだ。

 

「いくぞ。奴らを殺さねえまでも、徹底的に叩き潰す」

 

そう言って、暴走族組3人は前へ出る。それと同時に、千海達3人も前へ出た。

 

「やってみろよ。こちとら皆相当頭にきてんだ。―――――言っとくが、温い憂さ晴らしなんてさせんなよ?」

 

木刀を突きつけ、そう言う。

 

「上等だァ。――――ぶっ殺す!!」

 

その一言が、開戦の合図であった。

 

「テメェらは八神はやてを守ってろ!!この闘いはチンピラが出ていい幕じゃねえ!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

そう叫ぶ金堂悠雅に、千海は思いっきり木刀を叩きつける。

横を向いて指示を出していた金堂悠雅はそれを、モロ

に顔面にくらい、遥後方へ吹っ飛んでいく。

 

「いってえなァンのやろう……。奈落!宵波!テメェらは他の二人をやってくれ!!」

 

モロにコンテナの壁に激突した金堂悠雅はそう叫び立ち上がる。外傷は頭から血が少し流れている程度。

 

(バケモンかよ……ッ)

 

それを見て、思わず千海は苦笑した。

今のは正真正銘全開でぶん殴った筈なのだ。

もう少し痛がってくれてもバチは当たらないんじゃないのか。

なんて自嘲気味に考えてみるも、すぐに思考を取り戻す。

 

「悪かったな、よそ見してて。さあ、やろうぜ」

 

あまりに千海にこの相手は分が悪い。一度完璧にボロボロにされているのだ。メンタル面でももうすでにやられかけている―――――。

 

「んなっ!?」

 

というのが、金堂悠雅の考えであった。その思考は、本来ならば正しい。

ただ。

ガキィィイインッ!と、金堂悠雅は慌てて木刀を降る。それによって迫っていた木刀を防御したのだ。

 

(動きが、速くなってやがるッ!?)

 

そう。この場、この局面に置いて、千海は更なる加速を見せた。

 

(何故だ!?あのガキに一体何があった!?)

 

その疑問に千海は答えるように、口を開く。

 

「あん時は八神を守らなきゃいけなかったからな。今は背負うもんは何もねえ。あるのはただ、テメェをぶっ飛ばしたくてたまらない、この言いようのない怒りだけさ」

 

護る闘いと、責める闘い。

果たしてそのどちらが楽で楽しいかと言われれば、それは勿論責める闘いだ。

護る闘いは防戦一方になり、常に護衛対象に気を配らなければならない。

サッカーで例えるならば、ずっと相手にボールの主導権を握られたまま試合を行うようなものだ。そんな試合負けるに決まってるし、面白くも何ともない。

実質、あの時はそうだった。

 

――――ただし、今は違う。

 

護る者が無くなったのだから、もう責めに転じていいはずだ。

要は心の持ちようである。

心の持ちようで人はいくらでも進化出来るし、退化も出来る。

従って、この千海の加速は何もフィジカル面で進化したわけではなく。

 

―――――あの時に比べれば、こっちの方が楽だ。という安心感から来た加速であった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

高町士郎は、少し離れたところで『奈落』と呼ばれた男性と対峙していた。

互いに持つものは刀。

ただし、高町士郎が持つのは木刀で、奈落が持つのは真剣であるが。

 

「どこかで見た顔付きだとは思っていた。―――奈落、お前こんなところで何してるんだ?」

 

「別に。良い護衛が欲しいという依頼を聞いてここに参上したまでだ、高町士郎」

 

二人は知り合いであった。

それはまだ高町士郎がボディーガードをしていた頃の話し。

高町士郎がボディーガードとして有名になり始めていた頃、もう一人名を馳せたボディーガードがいた。

依頼主を狙う輩は絶対に殺し、護る闘いであるはずなのに責めに転じてしまったボディーガード。その人を斬ることに対する躊躇いの無さ、また、仕事を選ばないで、何でも受けてしまうところから『殺し屋奈落』として奈落は有名になっていた。

ボディーガードという職につきながら、『殺し屋』と呼ばれる奈落を一度見たくて、高町士郎は接近したことがあった。

 

果たしてそこで高町士郎が見たものは、非道という他なかった。

 

数十人はいた敵を一瞬で切り刻み、そこはあっという間に血だまりができた。当然奈落だって返り血を物凄い量浴びていた。そして、依頼主でさえ、金を満足に払わないやつであったため切り伏せた。

 

『……お前』

 

そこで高町士郎は思わず声を出してしまっていた。その声に反応した奈落は、高町士郎の方へ向き直った。

 

『誰だ』

 

『高町士郎だ。何も依頼主まで殺すことはないんじゃないのか?』

 

そう問いただしたことがある。しかし、奈落は高町士郎の言葉を聞かずに、その横を通って歩いて行ってしまった。

 

『人道すらろくに守れねえ奴らだ。この先もどうせ大切な人を守ることすら出来ずに死んでくさ』

 

さり際に、そんなことを言い残して。

 

 

「まだお前はボディーガードやってたんだな。そんな仕事辛いだけだろうに」

 

「もう引き戻せないからな。この力も、『殺し屋』なんて汚名も、もう私からは剥がれないんだ」

 

そう、奈落は告げる。その瞳には、すでに何の感情も残されていない。

 

「そうか……。――――ならしょうがないな」

 

「あぁ。もうお前とは違う」

 

「しょうがない。しょうがないから、――――僕がその汚れを落としてやるよ。つるピカにしてやるから覚悟しとけ」

 

堕ちる前に足を洗った鬼と、堕ち続けた鬼。言いようもない運命で結ばれた二人は、互いにぶつかりあった。

 

 

 

 

 



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11話 〜護る鬼と殺す鬼〜

「――――どうやら因縁が無いのは、私達だけみたいだな」

 

宵波は、シグナムと対峙しそう告げる。

持田千海と金堂悠雅、高町士郎と奈落。互いに因縁を持つもの同士がぶつかり、斬り合っている。

そんな中で、シグナムと宵波だけが因縁もなにも持たず、『初めまして』で対峙している。

 

「ほう。そちらは因縁が無ければモチベーションが上がらぬ口か?」

 

「まさか。貴女みたいな女を切れることは――――至上の喜びだ」

 

チャキ……と。

真剣を宵波は構える。

刀は薄い光りを刀身に帯び、また宵波でさえ、その眼に一筋の光りを宿していた。

さながら、刀。何でも切れる日本刀のようにその目、その心は研ぎ澄まされていた。

 

「こちらも真剣を用意すれば良かったのだがな。生憎木刀しかない所存だ。―――――まあ、十分だろうがな」

 

瞬間。二人はその場から姿を消した。

目に見えない速度で斬りあったのだ。常人には把握すら出来ない速度で移動し、常人には目に見えない速度で刀を振るう――――――――ッ。

 

「―――――温い」

 

そう告げたのはどちらか。

気付いた瞬間には、宵波の肩からは血が流れていた。

 

「な――――ッ!?」

 

あまりの出来事に驚愕で目を見開く。

宵波は、忍であった。

人には感知されない山奥。そんなひっそりとした村で育ち、忍者として生きてきたのだ。

忍者というものは、世界で最速を誇る人種のはずである。宵波自身、そう自負していた。

クナイを持ち飛び回り、狙った獲物は必ず瞬足の速さで持って仕留める。

それが忍であり、それが出来なけれは忍ではない。

宵波の忍への価値観は、正しくそれだった。

 

―――――では何故。何故今私は『速さ』で持って、先に行かれている?

なぜ最速と謳われる忍の先を、あの女性は走って行ける。

 

「――――こちとら主を奪われて、内心ブチギレそうなんだ」

 

その問いに、シグナムは答える。

瞳には、宵波のような研ぎ澄まされた冷静さなんてものはない。

 

「キサマのチャチなごっこ遊びで止められると思うなよ?」

 

例えるのなら、青く光る赤。

冷静を保って、しかしその内で燃えたぎる。

鋭く冷たい宵波の眼とは、ほぼ真逆の眼であった。

 

(待っててください主はやて。今助け出します!)

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!?くっ!」

 

「そんなものか。高町士郎!」

 

高町士郎は、酷く押されていた。

 

「ハァッ!」

 

その証拠に、今も奈落の刀によって防いだ木刀ごと吹き飛ばされてしまっている。

 

「どうやら、ぬるま湯に浸かりきったキサマではもう肩を並べる程の強さは無かったようだな」

 

「……それは、どうかなっ!!」

 

神速。御神流の業の1つである。

驚くべき集中状態に自己的に陥り、さらにそこから神速をもう一段かけることによってその速さは圧倒的なものになる。

 

「――――見えるんだよ。お前の動きも、太刀筋も、全て!!」

 

その恐ろしい速度を持って、高町士郎は奈落の後ろに回り込む。そこで頭目掛けて木刀を振り下ろそうとするが。

 

(な――――――にぃっ!?)

 

後ろに回り込んだはずだった。完全に回り込めていた。

それなのに。

回り込んだはずの、がら空きの背中は、高町士郎の視界にはどこにも無かった。

 

「圧倒的速度というものは、こういうことを言うんだ!!」

 

その瞬間。取ったと、思ったその瞬間に。

 

「がっ!?」

 

ブシャァッ!!と、奈落の切り裂いた高町士郎の背中から大量の血が吹き出す。

奈落は後ろに回り込んだ高町士郎の、更に後ろに回り込んでいた。

 

「終わりだよ。お前が最強だった時代はもう」

 

血にまみれた刀を振るい、その身体全体を返り血で染めるその姿は、正しく『殺し屋』。

 

「―――――ま、だ。終わってねえだろう!!」

 

高町士郎が重力に逆らって倒れ込もうとした瞬間。

高町士郎は両足に力を込める。

何とか踏ん張り、振り返りざまに木刀を一閃した。

 

「な」

 

奈落はその一言を発し、予想外の攻撃に後方へ吹っ飛ばされる。荒い息を吐き捨て、高町士郎は叫ぶ。

 

「勝手に終わってんじゃないよ。終わらせてんじゃないよ。まだお前は、終わっちゃいねえだろうが!!」

 

高町士郎はそう吠える。背中を血で汚しながら、それでも尚吠える。

 

「………終わってない?違う。私はもう終わってるんだ。人間としての私ですら、とうの昔に終わっちまってるんだよ!!」

 

そう言い、吹っ飛ばされている最中で受け身をとり、バランスを整える。

そのまま吹っ飛ばされている反動を使い、壁を足で蹴って物凄い速度で高町士郎を蹴りとばす。

 

「ぐっ!?あ、ァァアアアアアアア!!!!!」

 

蹴り飛ばされた高町士郎は、それでも尚地に足をつけたまま踏ん張る。

 

「ぁぁあああああアアアアアアァア!!!!」

 

そのまま蹴っ飛ばされた頭を、反動を利用して奈落に叩きつける。

 

「確かに、人間としてのお前は終わってるかもしれない!返り血で前が見えなくなって、そこら辺の危ない道に迷い込んでるかもしれない!ただ、それでもお前という存在そのものはまだここにいるだろうがァ!」

 

両者ともに、刀なんぞもう持ち合わせてはいなかった。そんなもの吹っ飛ばされた時にそこら辺に捨て置いている。

従って、今振るえるものは拳のみ。

頭突きの反動で怯む奈落を、高町士郎は右手で殴りつける。

 

「お前自体は終わっちゃいねえ!だったらまたやり直せるはずだ!!道に迷ってんなら引き上げてやる!元の道に戻してやる!!闇に堕ちるな!光りを見つけろォ!!」

そのままもう一発殴りを入れようとして、その拳は受け止められる。

 

「ぐっ!?」

 

「何も知らないのに、勝手なこと言ってんじゃねえ!」

 

そのまま、掴まれた拳を引かれて、顔面を思いっきり殴られる。

 

「もう、ダメなんだよ。自分で自分を抑えきれないんだ。人を斬って、殺していくうちに、もう一人の『私』が顔を覗かせるんだ。血を欲しちまうんだよ!!吸血鬼のように、血がなけりゃ生きてすらいけねえ!………分かるかよ。光りを見つけて幸せに暮らせているお前に!泥の中を必死に歩いて、走って、探して!人間やめちまった私のことが、お前に本当に分かんのかよ!?」

 

そのまま、奈落は高町士郎の腹に蹴りを入れる。

最早この二人がやっていることは殺し合いでも闘いでもない、ただの喧嘩であった。

 

「ガフッ!?ガッハァッ!!」

 

そのまま蹴られ続け、高町士郎は血反吐をはく。

ふらふらになりながら、尚その手で、奈落を止める。

 

「狂っちまってたんだ。あの時お前に会っていた時には、もうすでに私は遅かった。人を殺し、強くなりすぎた私を殺せる者など最早いない!それは高町士郎!お前であってもだ!!」

 

「うるせぇえええええええええええ!!!!」

 

そう叫び、高町士郎は回し蹴りを奈落に叩き込む。

 

「お前はまたそうやって逃げるのか!?殺すことしか出来ず、そのことから手を離せなくなったお前がその事実から逃げ続けた結果がこれだろうが!!強い!?お前はそんな大層な存在じゃねえ!!弱いんだよ!仮初めの力を振りかざしてそれっぽいこと吐いて!お前はずっとそうやって逃げてきたんだろうが!!」

 

「違う!私は逃げてなど―――――」

 

「本当の強さってのはな!何者にも染まらず、自分を信じて生きてけるやつのことを言うんだよ!!テメェで生み出したもう1人のテメェを押さえ込めない程度で『強さ』語ってんじゃねえ!!」

 

二人はもうボロボロだった。

頭からは血を流し、至る所にアザは出来、切り裂かれ。

それでも互いは拳を振るう。

譲れない信念のために。

 

「そんな綺麗事じゃ、――――そんな綺麗事じゃあダメなんだよ!!どれだけ綺麗な言葉を重ねたって、俺の中の『鬼』は消えてくれねえんだよ……。なあ、高町士郎。……『俺』もよ、お前が羨ましかった。闇なんぞからさっさと抜け出して、光の道を歩むお前を見てて、心底羨ましかった」

 

殺し屋なんてあだ名、本当は嫌だった。

守りたいモン守って、救いたいモン救って。

――――本当はただ、それだけで良かったのだ。

 

「どこから俺は、狂ったんだろうな?いつから人を殺すことに悦楽し、いつから人を殺すことに躊躇いを持つ心を失ったんだろうな?――――――俺はもう、それすら覚えてねえよ」

 

そう言う奈落の顔は、涙で溢れていた。

 

「――――お前、まさか『戻った』のか?」

 

高町士郎はそう尋ねる。安らかな顔、涙。

その全てが、さっきまでの奈落とは根本的に違っていた。

 

「……よく分かったな。そうさ、これが本当の俺、奈落だ。」

 

逆に言えば、さっきまでの高町士郎が闘っていたのは奈落であって奈落でないということ。

 

「と言っても、根本的に違くなるわけじゃあない。俺の意識はそのまま『別の俺』になっても受け継がれてる」

 

ただ違うのは、そうさな。と、奈落は笑う。

 

「人を斬りたいなんて欲求が出てきちまったら、『私』のお出ましというわけだ」

 

「お前……」

 

高町士郎は、奈落を見て、その涙を見て、やはり根本的な奈落は死んでいないのだと気付く。

 

「高町士郎。――――もう一度俺が鬼になる前に、俺を殺しちゃくれねえだろうか?」

 

「やだね」

 

だからこそ、高町士郎はその問いを切り捨てる。

死んでいないのなら、『鬼』である奈落の部分を潰す。

 

「―――――はっ。正真正銘のバカだな、お前は」

 

「助けたいものがあるなら、バカにでもアホにでもなってやる。―――――俺ら『ボディーガード』は、そういう仕事だろ?」

 

はは、ちげえねえ。

そう言って、本当の奈落は意識を落とした。

 

「―――――――刀をとれ。鬼」

 

「命令口調か。随分偉くなったものだな」

 

高町士郎は、薄々感づいていた。

奈落は、『本当の奈落』は、俺の背中を斬った後辺りから顔をのぞかせていたのだと。

そもそも『鬼』の状態であるのなら、あんな人間じみたセリフは吐かないだろう。

だとしたら、それは全て助けて欲しいという合図だったのではないだろうか。

自分を助けられるのは、かつてライバルだった高町士郎のみだと踏んで、最後の希望にかけたのではないだろうか。

 

(だとしたら、その思い踏み躙るわけにもいかないな)

 

両者は、互いに居合の型をとる。

これが最後だとでも言わんばかりに。

これで仕留めると、両者は残して。

 

「―――ォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「―――ハァァアアアアアアアアアアアアァ!!」

 

気合一閃。互いの刃は、振りあった時に粉砕されている。

 

「―――――貸し、ひとつだぜ?奈落」

 

そう言った高町士郎の肩からは切り裂かれたのか血が勢いよく吹き出していた。

 

「―――――そん、な……バカ、な……」

 

対して、奈落の方は、地面に倒れ伏していた。

 

「この、私が……。負ける、だと……?」

 

「どんだけ身体を、意識を奪おうと。決して奪えない魂ってもんが人間にはあんだよ。分かるか?鬼。お前はお前が乗っ取ろうとした奈落自身に負けたんだ」

 

「そんなバカな……ッ。そんなバカなァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

『じゃあな、鬼』

 

奈落は、『本当の奈落』は、心の中で、もう一人いた自分に別れを告げる。そう告げるだけで、今まで恐ろしく頑丈に身体にへばりついていた『鬼』は消え去った。

 

「―――――よう。どうだい?さっきぶりの外の景色は」

 

「―――――最高だよ、バカ野郎」

 

笑いながら、満面の笑顔で奈落はそう告げた。

 

「そりゃあ、よか、……った」

 

その笑顔を見て高町士郎も安心したのか、一瞬で意識を落としてしまった。

背中のキズだけでも相当痛かったのに、そこから殴り合いまでしたのだ。

気絶して当然、というか、気絶しない方がおかしかった。

 

 



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12話 〜ステージは幕引きへ〜

――――バカな。と、宵波は心の中で驚愕する。

それはそうだ。見たことも聞いたこともない一人の女性に、『忍者』である宵波が速さ、速度で負けている。それだけで、『忍者』という種族に生きる宵波には考えられないことであったし、耐え難い屈辱であった。

 

「……どうやら私はハズレを引いてしまったようだな」

 

「ぐっ……」

 

宵波は歯噛みする。

既に宵波は息が少し荒くなる程度には疲労していた。

全速力で駆け、跳び、相手を翻弄して倒すはずが、いつの間にか翻弄すらできずに押されさえしている始末。

 

「もう諦めろ。精々お前は高校生ぐらいの歳だろう?大人には勝てんよ」

 

くぐり抜けてきた修羅場の数が違う。と、シグナムは言外にそう告げる。

シグナムとは、夜天の書の守護騎士ヴォルケンリッターが将でもある。

遥か昔の戦乱時代、『ベルカ時代』からその剣を振るい、群がる強兵達を切り倒してきたのだ。

その恐ろしく強い様は『烈火の将シグナム』とすら謳われ、恐れられていた。

完全に、完璧に、『たかが忍者』では歯がたたないのも当たり前であった。

 

「まだだ……っ」

 

ただ、圧倒的強さを見せ付けられても、宵波は揺るがない。

そうだ。ここで折れるわけにはいかない。と、宵波は自身を奮い立たせる。

 

「……何がそこまでお前を奮い立たせるのか。気になるところでもあるが、……やはりおまえでは無理だよ。まだ怪我も浅いはずだ。諦め――――」

 

そこまで言って、シグナムは喋るのを止める。

否、止めさせられた。

さっきまで距離はかなり空いていたのに、その距離を一瞬で縮め宵波が飛んできたからだ。

 

「―――――てはくれないのだな」

 

「……当たり前だ」

 

だが、その不意打ちにみすみす引っ掛かってやるほどシグナムも甘くない。

真剣での攻撃を木刀で難なく防いで、弾き返す。

 

「――――ならば、覚悟を決めろ。戦乱を生きたこの身、やすやすと傷はつけられんぞ」

 

そう告げ、シグナムは宵波の視界から『姿を消した』。

否、消えたのではない。超スピードで移動しただけだ。

宵波がそう判断した時には、シグナムは宵波の後ろを取っていた。

がら空きも同然の、無防備な背中。トドメを刺すのは容易であった。

 

(……相手の方が、自分より格上で、速度も上。――――――もうそれは痛いほど理解した。)

 

ただ。宵波自身もシグナム程ではないにしろ闘いの道を選んだ人間だ。こういう予想外の事態に対応出来る程度の力は持ち合わせていた。

 

「な―――――にぃ!?」

 

ガキィィイイインッ!!

と、シグナムが倒すつもりで払った一撃が、弾かれた。顔すらシグナムの方を向かないで、ただ刀を防御に回しただけの動作で、確かに宵波はシグナムの一撃を防いだ。

それは、忍者としての修行で培われた動体視力と、反射神経を持ちい、『感覚』や『勘』に頼った型なんぞ

微塵も感じられない防御であった。

 

(目で追えないのならわざわざそれを使う必要はない。この場合は自分の勘の方が)

 

「――――数倍速い!」

 

「グゥッ!?」

 

そのまま振り向きざまに横一閃。

宵波の『勘』の通りにシグナムの胴体を横に切り裂いた。

 

「……お、驚いたな。まさかあそこから一気に加速出来るとは」

 

シグナムは木刀で、宵波は真剣。

勿論のこと真剣で切り裂かれたシグナムの胸元辺りからは血が止めどなく出てしまっている。

 

(結構深く斬られたか?マズイな。予想外の攻撃を食らってしまった)

 

余裕を持ちすぎたか、と。シグナムは先ほどまでの自分を非難する。

宵波の『勘』は、殆ど居合いの間合いに近い『絶対殺傷距離』がある。

自分の手の届く範囲に立ち入る者は、その圧倒的な反射神経、動体視力、そして『勘』を用いて、何がなん

でも切り伏せる。

あれはそういった業に近い。

 

(……迂闊に近付けもせんのか)

 

宵波にも、今の自分の状態では『居合い』で攻めたほうが良いということは分かっているのか、自分から攻めてきたりはしなかった。

だからこそシグナムから近付こうとするが、『歴戦の将』であるシグナムでさえ、『近付けない』何かが宵波の周りには存在していた。

 

ツゥ……。と、シグナムに一筋の汗が流れた。

 

(……どうする。あれは最早完全に『最速で刀を振り抜く居合い』と化してしまっている)

 

先ほどまでとは全然違う。『スイッチ』の入ってしまった宵波。

 

(とりあえず間合いに入ってみないことには何も分からんか?)

 

その宵波を見て、シグナムも心を決める。あの恐ろしく冷徹な眼からして、一寸足りとも動作を見逃してはくれないだろうが、それでも行くしかない。ここでモタモタしていると、主である八神はやてに迫る危険性が増してしまう。

 

(――――――いざ、参る)

 

そう告げ、シグナムはまた世界から、人間の視界から姿を消した。

シグナムの到達点は真後ろ――――と見せかけた左横。

後3歩。後3歩も進めば、宵波の『絶対殺傷距離』に足を踏み入れることになる。

そのまま二歩、一歩――――――――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

―――――瞬間。シグナムの身体の、胸からヘソ辺りまでかけて。痛みすら遅く感じられる程速く袈裟斬りで切り伏せられた。

 

 

 

 

 

 

「ガァッ!?」

 

反応すら出来なかった。宵波の『絶対殺傷距離』に身体を入れ、その範囲に足をつける前に。

―――――もうすでにシグナムの胸辺りに刀は到達していた。

 

(……最早、知覚すら出来ない域とは…………ッ)

 

はっきり言って舐めていた。

シグナムは後ろに倒れながら、そう歯噛みする。

戦乱のベルカをその刀一本で乗り切り、烈火の将とまで謳われた存在が、今や年下の女の子にまで負けてしまうとは情けない。と、思わず自分に対する情けなさから苦笑が溢れてしまう。

 

―――――次に主に会うときに、どんな顔して会えばいいのだろうか。

 

仮にも、夜天の書の使い手である八神はやてを護る守護騎士なのだ。それが魔法はおろか、剣しか振るえない地球人に負けたとなれば、夜天の書守護騎士ヴォルケンリッターが将シグナムとしては顔など見せられない。

消え行こうとする意識の中で、ふとそんなことを思った。

怒るだろうか。いや、きっとそんなことはしないだろう。ただぎゅっと抱きしめて、ごめんねなんて言ってしまわれるのだろうか。あの心優しい主のことだ。きっとそういうに違いない。

―――――今の主は、どんな顔をしているのだろうか。

 

「――――ム」

 

きっと、泣かれているのだろうか。

 

「――グ―――ムっ」

 

顔だけでも、気絶する前にみたいものだな。と、シグナムはあまりの思考の軟弱さに涙さえ出てきそうだった。

 

「――――――――――シグナムゥゥウウウウウウウゥゥウウウウウウウゥゥゥウウウ!!!」

 

―――――その瞬間だった。

そんな嗚咽まみれの、所々裏返った叫びが、シグナム

の耳に届いた。届いてしまった。

 

(この声は……やはり泣いているのか)

 

「――――――あ、ああああ」

 

主に涙など、もう似合わん。

 

「ああああああああ」

 

主に涙など、もう絶対に流させない。

 

「ああああああああああああああああああああ」

 

そう誓ったではないか。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

なにが泣かれているだろうか、だ。負けそうになったくらいで情けない。

 

「なっ!?」

 

なにが最後に主の顔が見たい、だ。

 

「アアアアアアアアアアアアァァアァァアアアアアァ!!!!!」

 

そんなのは敵を倒してから言うセリフだ。と、シグナムは気絶しそうな頭をムチで殴りつけ、意識を落とさないように取り持つ。

そのまま崩れかけた足を地面に無理くりめり込ませ、決して倒れないようにささえる。

そのまま木刀を逆手に持ち、驚愕に染まる宵波を一閃。

 

「――――カ、ハッ」

 

ガゴォォオオオオオオンッッッ!!!と、凄まじい衝撃がなり、宵波はその衝撃をモロに食らい壁際まで吹っ飛んでいく。きっと至る所は骨折し、もう立ち上がれない痛みであろう。

実質、宵波は既に気絶していた。

 

「……主を、助けるまでは、絶対に負けるわけにはいかんのだ。倒れるわけには―――――」

 

そうシグナムは吠え、前へ進もうとするが。

 

――――――――突如身体が停止したように、動かなくなった。

感じなれた、この感じ。

今まで幾度となくこの技術に助けられ、またこの技術に命をとられそうになったものか。

そう、それはどちらかと言えば、『シグナム側』での話し。

 

 

 

「――――――お久しぶりですねぇ。シグナム二等陸士さん」

 

 

 

聞きなれた、管理局での呼び名。

 

「……キサマ、まさか……っ!?」

 

「あなた方に付けられたこのキズがどうにも痛みましてねぇ。―――――貸しを返しに来ましたよオ!?」

 

バインドまで使い、シグナムを拘束する男は。

かつて八神はやてが捕まえた凶悪次元犯罪者であり。

その黒ずくめの服から、『鴉』と恐れられた。

―――――――『カリエット・オーシャン』がそこにはいた。

 



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13話 〜狂った人間は尚も嗤う

「鴉の旦那!?なんでこんなところに!!」

 

そんな金堂悠雅の声により、持田千海との斬り合いは一次幕を閉じた。

『鴉の旦那』。金堂悠雅に暴走族の頭になるように言い、その妹さえも救ってくれようとした、言わば金堂悠雅の恩人でもある人が、そこには立っていたからだ。

 

「久しぶりじゃのぅ、金堂悠雅。何事もなく暴走族の頭やってるようで何よりじゃ」

 

そう言い、シグナムをバインドで縛り付けて『鴉』は喋る。

 

「そりゃあ、旦那は俺の家族の命の恩人ですからね!頼まれれば何でもやりますよ!」

 

そう言って、先ほどまで闘っていた持田千海をもその場に置いて、『鴉の旦那』の元へ駆けていく。

 

「あっ!こらまちやがれ!!」

 

そんな金堂悠雅を、千海も追い掛け――――――。

 

「――――――――ッッッ!?!?」

 

――――――ようとして、突如千海に走った悪寒がその足を止めさせた。

 

「ほう。危機を察知できる程度の能力は兼ね備えているようじゃな」

 

冷や汗を垂らしながら千海が睨み付けるのはカリエット・オーシャン。

何をされたのかは良く分からないが、本能的に『これ以上近付いたら駄目だ』と思わされた。

 

「千海っ!ソイツに近付いたらアカンで!ソイツの魔法は隷属させるまほ――――」

 

「おっと。ネタバレはいかんのぅ八神はやて」

 

そう言ってカリエットは人差し指を上に上げた。それだけで、八神の周りを囲んでいた暴走族50人が八神はやてを押さえ込んだ。

 

「おいこらテメェら!何やってやがる!?」

 

その奇行に、思わず金堂悠雅は叫ぶ。

ソイツは人質で、手を出したらダメだと。最初に、一番最初にそう言っておいたはずなのに。

 

「待て!待てって!おいッ!!」

 

「――――ムダじゃよ、金堂悠雅」

 

金堂悠雅は慌てて群がる仲間たちを止めに行こうとするが、そのカリエットの一言でピタッ、と足を止めた。

 

「……どういうことですか?鴉の旦那」

 

その顔に浮かぶのは、困惑。何故止めに行くのがムダなのか。金堂悠雅には、本気でそれが分からなかった。

 

「お主は確か『魔法』の、奇跡の起こし方を知りたくて八神はやてを攫ったはずじゃったな」

 

「何でそんなこと……」

 

そんなことは、旦那にはおろか、誰にも告げていないはず―――――だ。

…………………いや待て。

と、そこで金堂悠雅の思考にストップがかかってしまった。

誰にも告げていない?本当にそうか、と。

では先ほどバイクを乗りながら、自分は信頼している相棒に何を言ったか、と。

 

「宗司の奴が教えてくれたよ。―――――ダメじゃあないか、大事な妹さんの命を簡単に手放しちゃあ」

 

そこでようやく上げられた人差し指は下ろされた。その瞬間、群がる仲間たちは一斉に動きを止め、『まるで人形のようにその場から動かなくなった』。

 

「……なに、言ってるんですか。何言ってるんですか!アンタは!!」

 

「―――――そこのお前の手下達は、全て隷属させてもらった。私の指示に従ってもらおうかのぅ」

 

カリエットは下卑た笑みを浮かべ、金堂悠雅にそう言った。

 

「おいおい、仲間じゃなかったのかよ。あのジジイは」

 

「……るせぇよ。そんなこと俺にも良く分からん」

 

そんなことこっちが逆に聞きたいわ。と、金堂悠雅は千海の言葉を跳ね返す。

 

「千海とやら。お主も妙な真似をするでないぞ?お主の仲間であるシグナムと、そこの男がどうなっても知らんのなら別段動いても構わんが」

 

「……ちっ。おいジジイ。テメェの目的は一体なんだ」

 

動きさえも封じられた千海は、カリエットを睨みつけながらそう問い掛ける。

それは、金堂悠雅も聞きたい問いであった。

一体何をなし得ようとし、こんなことをしたのか。全てが金堂悠雅にとっては謎であった。

 

「私の目的か……。そうじゃの、八神はやてを殺すことじゃ」

 

そうして答えられた解は、二人の予想外の解であった。

 

「なんでそんなこと……」

 

千海は思わずそんなことを口走る。その問いに答えてくれたのが、後ろで野郎どもに囲まれている八神はやてであった。

 

「アイツは一度私に捕まってんのや。きっとその時の腹いせにこんなことしたんや」

 

カリエットは嗤う。無様に固まった男どもに抱えられ身動きが取れない八神はやてを見て、嘲笑う。

 

「フォッフォッフォッ!!何とでも言うが良い!キサマには私のあの時の屈辱は分からんて」

 

「なんで、だよ……。旦那!コイツは俺の恩人なんだ!どうか見逃してくれよ!!」

 

そう言って必死に懇願する金堂悠雅を。

 

「―――――黙れ童」

 

どす黒く染まる魔法球で持って黙らせた。

 

「グゥッ!?」

 

その一撃は、今まで金堂悠雅が受けたどの攻撃よりも不可解で、どの一撃よりも強力であった。

何とか木刀で防いだは良いものの、衝撃までは押し殺せない。そのまま後ろに吹っ飛ばされて、壁に激突した。

 

「魔法を『奇跡』と呼ぶ貴様らが割り込んできて良い話しではないぞ」

 

そう言って、真っ直ぐにその眼は金堂悠雅を見据えて嗤う。

 

「どうだ?これが貴様の言う『奇跡』だ。良かったのぅ体験出来て!!フォッフォッフォッ!!!」

 

「いい加減にしいや!そんな管理外世界で魔法なんか使って、また捕まりたいんか!?」

 

「―――――捕まえる?冗談は止せ。キサマはここで死ぬんじゃよ」

 

そう言って、カリエットはどこまでも嗤う。果てしなく長い『地獄』から這い上がってきた亡者の如く、そこには笑顔なんてものは無かった。

 

「そうじゃぁ……。良いことを思い付いた。おい、持田千海、金堂悠雅」

 

カリエットは告げる。果てしなく残酷で、非道な命令を、二人に告げる。

 

「――――――貴様ら二人で八神はやてを殺せ」

 

「なっ!?」

 

「ふざけんな!!」

 

告げられた言葉に、思わず二人は言い返してしまう。だが、それは仕方の無いことであった。

そもそも千海は、八神はやてを奪還するためにこの作戦を決行したのであって、決して殺すためではない。

そもそも金堂悠雅は、八神はやてを殺すつもりは無かった。妹を幸せに出来る方法を模索し、ただ八神はやてに答えを求めただけであった。

 

「良いのか?二人ともそんなこと言ってしまって」

 

ニヤニヤと、絶望はまだ続く。

 

「金堂悠雅。お前にこれは何に見えるかのう?」

 

そうして見せられた物は、縦に長い突起物で、一番頂上にはボタンみたいな、何かのスイッチのような物だった。

 

「ただのスイッチに見えるが、それがどうしたって言うんだ!」

 

「お主の妹の身体に仕掛けた爆弾のスイッチじゃよォ!これを押した瞬間、貴様の妹はどうなってしまうのかのぅ!!」

 

ゾクゾクゾクッ、と。

カリエットの背中に何かが走った。

言いようもない快感。今すぐにでも押してしまいたい衝動に駆られるが、それでは金堂悠雅を縛り付ける『物』が無くなってしまう。

 

「そんな……。嘘だろ!?嘘っていってくれよ!旦那ァ!!」

 

「本当にこの私がお主の妹なんぞ助けてやると思ったか!?哀れよのぅ!!この私が行わせた手術が無ければ、『本当の医師』に手術してもらっていたのなら!貴様の妹も死なずに済んだかもしれんのになぁ!!」

 

狂っている。その場にいた者は、皆が皆そう思った。

わざわざ金堂悠雅を騙すためだけに、妹でさえ利用したのだ。たったそれだけのためだけに、――――――――――金堂悠雅の一番大切なモノを壊したのだ。

 

「おいジジイ、いい加減に」

 

「おっとキサマもだぞ?持田千海。八神はやて一人を殺すのとシグナムとその男を殺されることを秤にかけろ。優先された方は果たしてどちらじゃろうなぁ!?」

 

あまりの狂いぶりに、千海が止めようと割り込むが、その前に先手を打たれてしまった。

 

「……クズが」

 

「何とでも言うがいい。私はとっくに人道など朽ち果てた身。今更何を言われようと何も響かないさね」

 

どうしたものか。と、内心煮えくり返そうな怒りを抑え考える。

しかし。

 

―――――チャキッ…………。と。

真後ろから、そんな音がした。

 

その瞬間、あらゆる思考が意味を成さずに消えていった。頭をかけ巡っていたものは全て否応なく排出さ

れ、その音にのみ思考が揺らいでしまっていた。

 

「―――おい、嘘だろ?まさかお前本当に」

 

後ろを振り向かなくても分かる。その音は、木刀を置いて、真剣を持った音だった。

 

「こうしなきゃアイツは、――――玲那は救われないんだ。アイツにはよ、幸せになってもらわなきゃよォ……」

 

―――――ここまでやった意味が無くなっちまう。と。涙を流しながらも笑い、そう告げた。

 

 

 

 

 

 



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14話 〜八神はやては動き出す〜

「ほォらァ!どうした持田千海!この二人を殺してもいいのかのォ!!」

 

そう狂ったように叫ぶカリエットに、持田千海は内心苛立ちを隠せない。

勿論千海に八神はやてを殺すつもりなど毛頭ない。だが、このまま八神はやてを助けたところで高町士郎とシグナムが殺されてしまう。

 

それに―――――。

 

「頼む……。八神はやてを、一緒に殺してくれないか……ッ」

 

泣きながら、金堂悠雅はそう言うのだ。本当に悔しくてたまらないような震えた声で、弱々しく笑いながら、尚も金堂悠雅は真剣を手に取ったのだ。

 

「……ちくしょう」

 

それなら。そこまでして固めた決意を持って真剣を持ってしまったなら。

―――――誰が金堂悠雅を責めることが出来ようか。

 

「ちくしょう……ッ」

 

持田千海は、宵波が使っていた真剣を手に取る。不思議と、手の震えが止まらなかった。今まで、刀をいくら持ってもそんなことは無かったのに。

 

「畜生ォォォオオオオオ!!」

 

千海は悔しかった。何も出来ないことが本当に悔しくて、思わず涙まで出てしまう。

守りたいと思った人でさえ、満足に守れない始末。

情けなくてヘドが出る。

 

「フォーッフォッフォ!愉快じゃのォ!ここまでの娯楽そうそうないわぃ!!のォ八神はやてぇ!!キサマもそう思」

 

そこで、カリエットは視線を八神はやての方へ向ける。男どもに拘束されたままの八神はやては、果たして今どんな顔をしているのかと。

ただ純粋な興味を持ってカリエットは八神はやての方へと顔を向けた。

果たしてそこにあったのは、『笑顔』であった。

 

「……ふん。殺される恐怖に壊れたか」

 

その言葉を聞いた八神はやては、さらに笑みを浮かべる。

 

「別に、壊れたわけやない。ただ、アンタが本当に哀れでならんくてなぁ」

 

「……どういうことじゃ」

 

嗤いながら、八神は告げる。

 

「私の命が欲しいなら好きに奪えばええ。それに、アンタに殺されるくらいなら千海に殺してもらった方が私的にも嬉しいしなぁ」

 

「―――――ふんっ。胸糞悪い」

 

「ただなぁアンタ。―――――その後五体満足で生きてけると思うなや」

 

「もういい黙れェェエエエエ!!おい2人!さっさとこの生意気な小娘を殺してしまえ!!」

 

聞くに耐えなくなった言葉に、カリエットはそう叫ぶ。

その言葉で、男2人はゆらりと、八神はやてにゆっくりと近づいて行く。

 

―――――――へえ。千海、剣なんか出来たんやなぁ。

 

千海はふと、そんな会話を思い出した。学校裏の草刈りを行った時に、八神はやてが言った言葉であった。

……本当は、誰かを守る剣になりたかった。決して、八神を斬って殺すような、そんな剣になるつもりはなかった。

 

―――――――大切なもんを一つでも取りこぼせば、もうそれ以外は絶対に手放したくないもんや。

 

そうだ。俺にとってはもう八神も大切な友達だ。失いたくない、殺したくない。

―――――――もっとずっと、笑っていたい。

 

 

 

―――――――私は奇跡なんか起こしとらんよ。

 

金堂悠雅は、そんな八神はやての言葉を思い出した。馬鹿で、腕っ節しか才能がなくて、あまつさえ自分を攫った相手にまで優しくそう教えてくれた。

 

―――――――ただギュッと抱きしめて、一言何か言ってあげただけで幸せそうな顔してくれたんや。

 

そうだ。俺も、妹にそんな風に、笑って逝ってくれるよう頑張ってきたんじゃないか。こんなこと妹が知ったら何と言うだろうか。罵倒され、罵られ、――――――きっと悲しい顔で逝ってしまう。

 

 

 

――――――――――――ただ。

きっともう、何もかもが遅い。

もっとずっと笑ってたかろうが、妹が悲しい顔で逝ってしまおうが、もう全てが遅いのだ。

 

二人は、涙を流しながら八神はやてに刃を突き付ける。

 

「ゴメン……八神」

 

「……ええよ。シグナムのこと助けてくれてありがとうな」

 

そんな、今から殺される局面になってまで、殺す相手に感謝さえ出来る。そんないい子を、なぜ殺さなければならないのか。

 

「すまねぇな……嬢ちゃん」

 

「なに泣いてんねん。アンタが泣くときは妹さんを幸せにして逝かせてあげる時やろ」

 

そんな、今から殺される局面になってまで、他人を笑顔で気遣える。そんないい子を、なぜ殺さなければならないのか。

 

「―――――私、幸せやで。こんな、私を殺すことに涙までしてくれる人達を持てて」

 

その言葉を聞きながら、二人は刀を振り上げる。

――――――後はその刀を、下に振り落とせば全てが終わる。

 

「早く殺せ!さもなくば爆弾のスイッチが押されてしまうぞォ!?」

 

少し黙ってろクソジジイ。

二人の心境は一致した。

あぁ、今殺すところだ。と。その後に、何がなんでもお前を殺してやると。

そう決意したうえで、刀を真下に振り落とす――――――――――。

 

「―――――――ほう。あなたの言う爆弾とは、このことか?」

 

ピタッ。と。その言葉を聞いた瞬間に、持田千海と金堂悠雅は動きを止めた。その声は、シグナムと対峙していた、宵波の声そっくりであった。

 

「人質とやらも、果たしてこいつら二人のことか?」

 

そこで、奈落の声そっくりの声まで千海の耳元には聞こえてきた。

 

「なっ!?いつの間に!!」

 

そんなカリエットの声に二人は答える。

 

「私は」

 

「俺は」

 

「「金堂悠雅の仲間なんだ。キサマにまで仕える義理はないぞ」」

 

そこには、ボロボロになりながらも二つの足で大地を踏んで立っている、二人がいた。

 

「ちくしょぉおおおがァァアアアア!!邪魔ばかりしおってェェエエエエ!!」

 

カリエットは眼を剥いた。いいところまでいきそうだったのに。もう少しで八神はやてを殺せたのに。

 

「もういい!おい貴様ら!その3人を皆殺しにしろォ!!」

 

そう言い、カリエットが指示をすると。

今までまったく動かなかった50人以上もの兵が、一斉に動き出した。

 

「―――――――――――アニキィィイイイイイイイイイイイ!!!!!アタシは無事だから、そいつらをブチのめせェえええええええ!!!!!」

 

と、同時に。―――――もっとも金堂悠雅が聞きたかった声が響いた。ずっと一緒に生きてきて、支えあってきて、―――――一番守りたい者が、ようやく金堂悠雅の心を覚醒させてくれた。

 

「千海の旦那も!シグナムさんと高町さんはこちらで確保しましたんで、存分に暴れちゃってくださいな!!勿論、八神はやてもですよ!!」

 

そんな宗司の声が、持田千海の動くための枷を外した。

 

「―――――だってよ。どうする?アニキさん?」

 

「―――――バァカ。決まってんだろ?千海の旦那さん」

 

ニヤリと笑い、二人はそのまま八神はやてに突き付けていた刃を真横に一閃。

周りを囲んでいるやつらを、根こそぎ斬り飛ばした。

 

「――――ようやくかいな。来るのが遅いねん!」

 

そう言って、八神はやては首にかけていたシュベルトクロイツをセットアップする。そうするとあっという間にバリアジャケットを身に纏い、そう告げる。

 

「悪いな、八神はやて。金堂玲奈を連れ出すのに結構時間かかっちゃって」

 

「まあ、約束通り助けに来てくれたから、チャラにし

ちゃる!」

 

「ありがとよ!その代わりと言っちゃあなんだけどよ、―――――存分に暴れてくれて構わないぜ!魔導師さん!」

 

「なんでアンタがそんなこと知ってんのか本当に謎やったんだけど、今はもうそんなんどうでもええわ」

 

――――――あの年甲斐も無く暴れているお爺さんを、何とかせえへんとな。

 

八神はやては笑いながらそう告げる。

戦況はあっという間に変わった。

――――――反撃の開始だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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15話 〜人には人の事情がある〜

「お、のれェッ!!おのれ宗司ィ!キサマこの私を裏切ったのか!?」

 

叫ぶ。カリエットはそう宗司に向かって怒鳴りつけた。

全てがもう少しで上手く行くはずだった。あの忌々しい管理局である八神はやても抹殺でき、持田千海も金堂悠雅もその後にゆっくりと殺してやるはずだった。

完璧だった。カリエットも自分で自負出来るほど、この作戦は完璧だった。

―――――宗司というイレギュラーさえ混じらなければ。

 

「何故だ!?何故だ何故だ何故だァァアアアア!!」

 

裏切られなければ。裏切られなければ、こんなことにはならなったはずだ。今のこの状況も―――――あの時でさえも。

 

ふと、そこまで考えて。

 

急激にカリエットの脳内は昔の出来事を思い出し始め

た。と言っても、それは八神はやて等管理局と対峙した時の記憶。言うほど昔では無いが。

カリエットにとっては忌々しい記憶の欠片。その全てが繋ぎ合わさっていく。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

今も昔も、カリエット・オーシャンという人間は復讐に燃える男であった。

元は管理局でさえもあまり近寄らない、辺境の星の辺境の村で生まれ育ったカリエット。

貧しいながらも、村の規模そのものが小さいせいか村の衆皆で協力しあって、それでも楽しげに生きていた。

 

『ねぇお母さん。なんで俺にはお父さんがいないの?』

 

歳は確か10歳過ぎたか過ぎてないかくらいの時に、カリエットは自分の母親にそう聞いた。

生まれたときから、自分の隣には母親一人がいつも居て、『本来もう一人いるべき存在』が居ない。

他の村の子供には、ちゃんと父親母親が二人揃って、楽しげに会話をしているのに。

 

『あなたのお父さんはね?遠い遠い、もう会えないくらい遠い星に旅立ってしまったのよ』

 

告げられた言葉の真理は、若干10歳のカリエットには良く理解は出来なかった。ただ、『会えない』という事だけは幼いながら分かってしまい、その時は酷く泣きじゃくったものだった。何せ自分には他の人が当たり前のように持っている存在がいないのだ。その頃のカリエットには、耐えられないほどの苦痛でさえあったのだ。

そんなカリエットを見て、胸を苦しめたのは母親である。目の前で父親がいないと泣きじゃくる子供に、母親はどう声を掛けたら良いか途方に暮れてしまっていた。

 

『遠いところに行っちゃったなら、俺が連れ戻してやる!』

 

会えないという事実さえも無視して、泣きながらカリエットは家を飛び出した。その時のカリエットの幼さからすれば、遠いところと言ってもそもそもその星から外に出るなんて考えた事もなかったし、絶対にどこかこの星にいるのだろうと決め込んで闇雲に走り回っていた。

ただ、カリエットは子供ながらにして、自分の行動範囲はきちんと把握出来ていた。

辺りが暗くなるのが気付かないほど父親を探すということに夢中になってしまっていたが、それでも無意識に自分の行動範囲外には出ないように走り回っていたのだ。

そこでふと立ち止まり、吹き出る汗を拭って顔を上げてみる。やはり辺りは真っ暗になってしまっていた。

 

『帰らないと』

 

そうカリエットは考えた。そこで、最も近道で帰れる方角に身体を向け、一歩踏み出したところで、異変に気が付いた。

カリエットは子供である。それ故に、行動範囲と言っても狭まってくるのは当然である。

――――――だから、その時の村の様子が、カリエットの目にはハッキリと映ってしまっていたのだ。

 

何故、村がこんなに明るい?

 

何故、村から煙が溢れるばかりに天に昇っている?

 

何故、こんな夜なのに肌寒くない?

 

―――――どうしてこんなに、胸騒ぎがしてしまう。

 

気が付けば、カリエットは走っていた。村の方へ、速く、疾く。

あんなにかけ巡っていたのに、村へはすぐにたどり着いた。如何に自分が村の周りをグルグル駆け巡っていたかを痛感し、…………また、幼いながら目の前の現実も痛感出来た。

 

村が、燃えている。

 

この恐ろしささえ感じる熱気も、眩しいまでの炎による灯りも。

全てがカリエットにとっては目の当たりにしたくない現実であった。

 

『なん、だよ……これ』

 

立ち上がる煙で涙目になりながら、とりあえず自分の家を目指そうと歩みを進める。

ガラガラと崩れ去る、友達の家。崩れた瓦礫の下からちょっとだけ見える、『人を為していたモノの一部』。

 

『誰が……こんなことを……』

 

そんな現実を築一見せつけられ、ようやくカリエットは目的地へ辿りついた。

村を出るまでは、立派にたっていた我が家。それが見る陰もなく、無残に瓦礫の山へと化してしまっていた

 

『母さんっ!?母さん!!そこにいるの!?』

 

それを見たカリエットは、無我夢中で瓦礫の山を退けていく。掻き分け、掻き分け、掻き分ける。

手がぼろぼろになっても、そのことにさえ気付かずにカリエットは瓦礫をかき分けた。

 

『母さんっ!!』

 

そこで、掻き分けていたところが崩れ落ちると、そこにはカリエットの母親がいた。

と言っても、村を出るまでの母親の風貌では到底無かったが。

 

『かあ、さん……?』

 

頭からは血が止めどなく垂れ、右腕なんかは完全に下敷きにされてしまったらしく、あらぬ方向に折れてしまっていた。それ以外にも服の所々から見える肌は傷だらけだった。

垂れた血が目に入り痛いのか、右目を瞑ったまま、母親は手を伸ばす。

 

『なん、で……、戻って……きたの。……早く、逃げなさい……』

 

血だらけの手で、母親はカリエットの頬に手を伸ばす。それは弱々しく、痛々しく。

まるで普段通りなら頬をビンタされるように、それは優しく触れられた。

 

『母さんも……』

 

『……バぁカ私は大、丈夫よ。アンタと違って、強いん、だから』

 

すでにカリエットはボロボロに泣いていた。それは煙なんかのせいではなく。

 

『やだよ……やだよお母さん!お母さんも一緒に!』

 

『お母さん、はね……?ここを、離れるわけには、いかないの……』

 

『なんで!?逃げなきゃ!死んじゃうよ!!』

 

そんな必死なカリエットに、母親は尚も笑顔で、告げる。

 

『だって……。ここは、あの人が……帰って、くる、……大切な家だから。私が、ここを守ってな、いと……あの人に怒られちゃう』

 

知っていた。カリエットは知っていた。そんな言葉が嘘であることを。母親の瓦礫で壊された足を見てしまえば、そんな嘘が見え透いてしまう。

 

『ごめ、んね。カリエット。……あなたに、一目でも……お父さんを見せてあげたかった。私の、……カリエットの、自慢の父、さん……を』

 

『そんなの、そんなのもういいよ!!母さんが動けないなら、俺が背負ってでも――――』

 

 

『おいっ!まだあっちから声が聞こえるぞ!!』

 

『生き残りは全て殺せ!』

 

カリエットがそこまで言ったとき、そんな声が聞こえてきた。声質から、とっくに大人の歳であろう声だった。

 

『もう、お別れ、みたいね』

 

トンッ、と。

驚くほど軽く、優しく、背中を押された。

 

『やだよ……やだよぉ!』

 

『ワガママを言うんじゃ、ありません。最後ぐらい、お母さんの言うこと、聞けないの……?』

 

笑いながらも、母親は涙した。まるで本当の別れのように、そう言ってカリエットの背中を押したのだ。

 

『最後なんかじゃない!俺はまだ―――』

 

『―――カリエット!さっさと行きなさい!!』

 

もう虫の息で、弱々しく顔を然ませて、母親はカリエットにそう叫ぶ。

 

『……うっ、あぁぁああああああああぁぁああ!!』

 

カリエットはそんな母親を見て、逃げる決意を固めた。母親が背中を押し出してくれた方向へ、速く。駆けていく。

 

『ぁぁあぁぁああああああああぁぁああ!!』

 

すべての悔しさを、叫びに変えて。

燃え盛る村を、全速力で駆けていく。

 

『ごめ、んね……。お母さん、最後に1つ、嘘、ついちゃったね』

 

そんなカリエットを後ろから見て、母親はポツリとそう告げる。

 

『おい!あそこにガキが!』

 

『殺せ!このことが漏れれば面倒なことになる!!』

 

そんな声を聞いて、母親はゆらりと立ち上がる。もう立てないほどボロボロになった足で。きっと骨なんかボロボロになって。それでも、道を塞ぐために立ち上がる。

この先には絶対に行かせないと。

 

『なっ!?誰だキサマ!!』

 

『あの子の、母親よ―――――ッ』

 

ここを通りたくば、私を倒してから行きなさい。

そう告げて、ボロボロの母親と男二人のバトルが始まった。

もちろん、結果は母親のボロ負けであった。もう立てない足で無理やり立っていたほどだ。

負けるにきまっている。もとより、母親は時間稼ぎが出来ればそれで満足であった。

 

(ごめんね、カリエット。私は先にお父さんの元へ行ってるね)

 

ずっと見守ってる。いつだって空の上からあなたのことを支えてあげる。

―――――だから、先に逝っちゃう私を、許してください。

そうカリエットに笑いながら思いを馳せ、目を閉じる。――――――――次の瞬間にはもう、母親は死んでいた。

 

強く、生きなさい。貴方はお父さんと、お母さんの子供なんだから。強く、幸せになって。―――――寿命で死んだその時、私達に報告しに来なさい。

 

その思いが、カリエットに届いたかは分からない。ただ、確かにあの時母親が身を呈して庇ってくれたお陰で助かったし、生きながらえた。

その後カリエットは、大人と呼ぶには歳をとりすぎた年齢になるまでその星で暮らし、あらゆる情報網を使ってどこの組織があの村を襲ったのか調べあげた。

その結果出て来たのが管理局。上層部にバレない人体実験を行える施設を配置するためだけに、カリエットの村を燃やし尽くしたという。

―――――ふざけるな、と。

その事実を目の当たりにした瞬間、身体の芯からふつふつと怒りが沸き上がってきた。

『潰してやる』と。本気でそう思った。

仲間を集い、あちらこちらの管理局が行っている施設を壊滅しまくった。元々非人道的な施設だったものも数多く、その怒りからか罪悪感はこれっぽっちも感じなかった。

 

『―――――数々の施設破壊の容疑で、アンタらを逮捕します!』

 

そんな頃だった。潰しまくって、管理局から『次元犯罪者』と呼ばれるまでには悪役になってしまったカリ

エットの元へ、八神はやてが現れた。

 

『やれるもんならやってみるがいい』

 

カリエットは、真正面から八神はやてに挑んでいった。

間違っているのは管理局だ。全て自分は正しいのだと。そう決め込んで。

 

『おい!あんなの勝てっこねえよ!逃げろ!!』

 

『やってられるかクソじじい!一人でくたばってろ!!』

 

その結果、八神はやて達の圧倒的な強さにカリエット達は惨敗した。と言っても、仲間たちが見限らなければ、カリエット達にもまだ勝機はあったはずだった。

 

『何故、じゃ……。一体どこで私は間違えた』

 

それでも、カリエットは結果論として裏切られた。それで長い間管理局に捕まってしまっていたのだ。

 

『仲間じゃ。絶対に裏切らない、仲間がいれば……………ッ』

 

そう結論づけ、まだ見ぬ復讐の舞台をカリエットは管理局の中でずっと考えていたのであった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「――――――これだからご老体はいけねえや」

 

ヒステリックに叫びを上げるカリエットを見て、宗司は笑いながらそう告げる。

 

「最初っから、俺はアンタに忠誠なんか誓っちゃいない。俺が従うのは頭ァただ1人だけでさぁ」

 

そう言って、宗司は胸元にかけてあったアクセサリーを手に持ち、小さく小声で『セットアップ』と告げる。その瞬間に、なんと宗司の暴走族共通の服は跡形もなく消え去り、バリアジャケットが現れた。黒を基点に、赤のラインがはいっているバリアジャケットであった。

 

「魔導師でも、管理局でもそうそう手に入れられない強さってもんを頭は持ってる。俺は頭のそんなところ

に惚れてんのさ。間違ってもアンタみたいな、復讐しか目に入ってない野郎には従わねえよ!」

 

「ちっくしょぉおおおがぁぁぁぁぁぁあぁぁああああああああぁぁああ!!」

 

また『アレを繰り返すのか』。と、カリエットはカリエット自身にそう問いかける。

裏切られ、死地に追い込まれ、また絶望するのか。

 

「ふざけるな!私は!私は……!!」

 

いや、違う。と、カリエットはもうそんなミスはしない。何故なら、もう決して裏切られないために、『隷属魔法』を手に入れたからだ。この魔法さえあれば、もう決して裏切られることなどない。

 

「そんな魔法で仲間欲しがって、復讐のために関係ないもん傷付けて。――――――私が憎いなら私に直接ぶつかってこんかい!!」

 

そう言って、宗司と八神はデバイスを構える。

 

「全員殺す……。跡形もなく、チリも残さず焼き払ってやる!」

 

「八神はやて二等陸佐と」

 

「嘱託魔導師宗司が」

 

「責任持ってアンタを助けちゃる」

 

「覚悟しとけよ、『クソじじい』」

 

魔導師対魔導師。

決して地球では相容れないはずの存在が、ぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい金堂悠雅。テメェ気付いているか?」

 

50人弱の暴走族と斬り合いをしている最中、千海は金堂悠雅に背中合わせになってそう告げる。

 

「……とっくにな。もうアイツらは俺の仲間じゃねえ」

 

不思議と、そう言う金堂悠雅の声からは、悲観が漂っているようには見えなかった。

『隷属魔法』をかける際には、1つ条件があった。それは、相手を自分に『全てを許している状況』にさせていること。つまり、少しでも反抗心があれば、この能力は使えない。

ただし。この能力には裏技があった。

『少しでも反抗心があれば能力が使えない?』ならば反抗心など持てなくさせてやればいいのだ。

つまり、『殺すこと』。殺しさえしてしまえば、反抗心なんて持てなくなるのだから。

 

「一体いつ皆はやられたんだろうな」

 

「さぁな。ずっと前からすでに殺されてたのかもしれねえし、たった今何らかの方法によって殺されたのかもしれねぇ」

 

だったら。と、金堂悠雅はそこまで言って顔を上げる。

 

「奴らァ冥土に送ってやんのは俺の仕事だろ。何つったって俺は―――――――奴らの頭だったんだからさ」

 

その言葉を皮切りに、金堂悠雅と千海は互いに逆方向の敵を斬りつけた。

斬っては切り上げ、切り下げては切り裂く。

さながら、それは二人で踊る剣舞だ。二人の動きに合わせて、血もそこら中に舞う。

最早返り血なのか自分の血なのか分からないほどに、千海と金堂悠雅は真っ赤に染まってしまっていた。

そんな甲斐あってか、暴走族の数は50人から30人弱までに数を減らしていた。

―――――ただし、そこまで来ると逆に二人が疲れてくるのも自然の摂理であった。

 

「グッ!?」

 

敵を1人切り伏せ、後ろを振り向こうとした瞬間に千海は後ろから背中を斬られた。

 

「引っ込んでろよ左手大重傷が!!」

 

千海を切り伏せた敵を今度は金堂悠雅が真後ろから切り伏せた。

 

「ガッ!?」

 

その瞬間、金堂悠雅は背中に猛烈な痛みを感じた。

なんのことはない。千海と同じように背中を切られたのだ。

 

「テ、メェもだろ万年ロリコン野郎!!」

 

そう言って、千海は立ち上がり金堂悠雅の後ろの敵を切り伏せる。

二人とも、すでに息は荒かった。その上、さっきまでの死闘で身体全体は既にボロボロだ。

 

「おい千海!テメェもう本当に無理すんじゃねえよ!」

 

流石にもう限界だと思った金堂悠雅は、千海にそう告げる。

 

「テメェに心配されるようじゃおしまいだな!」

 

ただ、千海はきかない。

一人を上から下に切り伏せ、真横から突進してくる敵を蹴り飛ばし、四方から飛び掛られればそれを全て引き剥がしてふっとばす。

 

「本当にヤベェんだ!!けが人は引っ込んで」

 

「それにィィ!!」

 

金堂悠雅の声を叫ぶように遮り、尚も千海は告げる。

 

「―――まだ、お前との決着がついてねぇ」

 

敵5人ぐらい固まっているとこに千海はは知って突進する。

その数歩手前で、千海は薙ぎ払うように刀を薙ぐ。

それだけで目の前にいた敵は全て吹っ飛び、おもちゃのように動かなくなった。

 

「……どうなっても知らねえからな!!」

 

「上等ォ!!」

 

互いに、後ろの敵を根こそぎ吹き飛ばす。

もともと死人だ。どんだけ斬ったって罪悪感など沸かない。

 

「ぉぉおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおお

おおおおお!!!!!」

 

「ぁぁああぁぁあああああああああぁあああああああああああああ!!!!!」

 

斬っては切り伏せ、斬っては斬られ。

――――――その数、最後の二人にまでなっていた。

 

「ハァッ、ハァッ」

 

「ゼッ、ハァッ」

 

荒い息を整えつつ、金堂悠雅と千海は目を合わせ、ニヤリと笑う。

その瞬間に、敵は二人とも斬りかかってきたが、千海と金堂悠雅はそちらを見向きもしない。

無言で飛びかかってきた亡者は、そのまま千海と金堂悠雅にそれぞれ飛び掛り――――――――――――あっという間に真横に一閃された。

 

「……全員終わったな」

 

「……ああ。そうだな」

 

二人は間を取る。その手には、ボロボロに朽ち果て、刀身など最早斬れるかわからない程刃こぼれしている刀を持って。

 

「―――――決着、つけるか」

 

「あぁ」

 

血だらけになって、たくさんの涙も流して、そして2人は剣を持つ。真剣を腰に差し、両者は居合の型をとる。

辺りを取り巻くのは圧倒的な静寂。すぐそばで八神はやてやカリエットがやりあっているというのに、二人の世界にはそれすらも『入ってこない』。

モノクロームに見える世界の中で、千海は一つだけ分かったことがある。

コイツが、コイツこそが、俺の求めてきた敵なのだと。絶大の強さを持ち合わせ、それに驕ることなく千海との勝負も真面目にサシで戦ってくれた。

こういう『ライバル』が、千海はずっと欲しかった。

―――――――だったら。いや、だからこそ、負けたくない。

 

「ォォオオオオオオオオォォオオオオオオオオォォオオオオオオオオ!!!!!!」

 

「ァァアアアアァァアアアアァァアアアアァァアアアアァァアアアアァァ!!!!!!」

 

気合の咆哮。最早おたがいの、互いの認識は『ライバル』以外の何者でもなかった。

互いに全力で走り、――――――そして剣を振るった。

ボロボロな千海の刀身はそれだけで真っ二つに折れてしまった。

キィン……。と、間の抜けた音がその場に響いた。

 

「―――――ようやく、勝てた」

 

刀身が折れてなお、千海は勝利を確信した。

 

「―――――強えなぁ。俺にお前は眩し、すぎ……た……」

 

その瞬間、刀身は折れないまでも、金堂悠雅の足が折れた。

意識もきっと朦朧としているのだろう。

そんな意識の中で、倒れながら金堂悠雅は思う。

これは負けて当然だと。一度負けて、それでも魂が折れないでここまで来れたんだから。その時点で俺との勝負はお前の方が勝ってた。

本当に折れない芯のあるやつってのは強えなぁ……。

 

そんなこと思いながら、倒れゆく金堂悠雅の口元は緩まった。

 

――――――次は俺が勝つと。

そう決意しながら。

 

 



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