百鬼夜行のヒーローアカデミア (ソトン9)
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プロローグ
~始まり~


 もし自分が死んでしまったとき、この意識や魂はいったいどこにいくんだろう。誰もが一度は考えたことがあるんじゃないだろうか。少なくとも私は考えたことがある。

 天国で毎日ボーっと過ごしたり、地獄で終わりのない拷問に晒されたり、時代を超えて生まれ変わったり。ネットやテレビなんかでいろいろ調べたりなんかもした。

 別に死にたかったとかではなくて、ただ単純などうなるんだろうという疑問と好奇心で動いただけである程度調べたら飽きてしまうくらいの気持ちだった。

なんで今こんなことを考えているのかというと、私はさっき死んだ。

生まれつき身体が弱かったけど普通に高校を卒業して、大学にも入って、友達は少ないけどそれなりに日々の生活を楽しんではいた。優しい両親に育てられて順風満帆とはいかないまでも、それなりに幸せな人生だったんじゃなかろか。

 

でも、遂に私の命運は尽きたようで。

 

 いつもの通学路、いつもの服装、いつもの天気、ただその日に限って私は寝坊してしまい講義の時間に間に合わせようと急いでいた。

 駅の改札を降りて大通りの信号がちょうど変わったところで渡った瞬間には右から大型トラックが目と鼻の先に迫っていて、(あ、これは死んだな~)って思った。時間が何倍にも伸びたような錯覚が起こって轢かれる寸前、世に言う走馬燈ってやつを見た。

 生まれてから走るのが苦手で力も弱くて、勉強は得意だったけど運動はからきしダメだった自分を思い出していた。運動音痴なことでイジメられて、それを知った両親は教育委員会に訴えでて助けてくれたっけ。幸いイジメた側からの謝罪もあって大きな問題にはならなかったものの、私はそのとき初めて体の弱い自分が嫌になったのを覚えている。

 そしてそこまでで私の意識もブツッと途絶えてしまう。おそらく撥ねられて死んでしまったのだろう。なんて呆気ない。

 

「強い身体に産んであげれなくてごめんね」 私は今でもこの言葉が忘れられない。

 

 結局両親に恩返しするどころか、最大の親不孝をしてしまった。

 

 私の身体がもっと強ければ撥ねられても死ななかったかもしれない。

 

 私の身体がもっと強ければイジメられなかったかもしれない。

 

 私の身体がもっと強ければ両親のあんな悲しい顔を見ずに済んだかもしれない。

 

 もっと強ければ…それこそ…鬼のように…

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、死んだ身で鬼になりたいたぁ大きくでたもんだなぁ」

 

 

 

 

 

 

 突然の声に驚いて振り向いてみると目の前にはちっちゃな女の子が立っていた。幼女である。でもただの幼女ではない。薄く茶色い長髪に真っ赤な瞳。頭からは2本の角のような捩れた枝が生えていて、服装は白のノースリーブに紫色のロングスカートと可愛らしいいでたちをしている。

 なんの意味があるのか腰や腕にはそれぞれ形の違う3つの分銅を鎖で吊るしていて、手には紐でぶら下げた大きな瓢箪を持っている。これでは日本どころかどこにいても浮いてしまって仕方ないんじゃないだろうか。

 

「えっと…あなたは?…それにここはどこですか?」

 

 先ほどまで暗い何もないところにいたと思えば、辺りを見回してみるといつの間にか純和風の大きなお屋敷の庭に立っていた。

 

「おや?どうやらお嬢ちゃん此処の住人じゃないようだね。外界から迷い込んできちまったのかい?」

「ええと、よくわかないです」

 

 本当にわからない。それに見た目は完全に年下の女の子なのに、お嬢ちゃん扱いされた上に大きなビルを前にしたような存在感に思わず敬語になってしまう。

 

「そーかい。…ん?その首に下げてるものは」

「これですか?これは私がまだ小さかった頃に両親と山へ登ったときに見つけたものです。」

 

 そういって、幼いころから肌身離さず身に着け続けていたネックレスを手に持って見せる。それは赤い光沢のある三角錐の形をした綺麗な首飾りであった。

 

 

 

 




とりあえずここまで、読み返し確認してませんごめんなさい。読んでくれる人いないと思うんですがゆっくり書きます。
ふえええ;つД`)


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幻想郷編
~幻想郷の管理者と萃香と萃香~


1話で5千や1万字書く人の凄さを改めて知りました!御見逸れ!(;゚Д゚)







「へぇ…嬢ちゃん。それはもしかして大江山で見つけたものかい?」

 

何か変なことを言っただろうか。目の前の少女は私の目と三角錐の石のネックレスを交互に見ながら尋ねてきた。

 

「確かにこれは京都の大江山でみつけたものです。でも見つけたというよりも気付いたら私のリュックのポケットに入ってたんです。ものすごくきれいだからそのまま持って帰ってネックレスにしちゃったんですけど…あの、なんでこれをそこで見つけたものだってわかったんですか?」

 

「ん?あぁいやね、それが私の身に着けてるもんとあまりにもそっくりなもんで思わず聞いちまったのさ」

 

そう言って徐に右手に吊るされている鎖を持ち上げて、先端についた分銅をこちらにみせる。それを見ると確かに私のものと瓜二つな赤い三角錐がぶら下がっていた。ただ驚いたことに私のは親指くらいの大きさに対して、少女の掲げたそれは人の拳よりも少し大きくて簡単にひょいと持ち上げられるようには見えない。それを軽々と持てるくらい少女の力が強いのか、それとも実は軽石のように見た目ほど重くないのか、見つめたまま黙っているとまた少女が口を開いた。

 

「なあ嬢ちゃん。名前はなんてんだい?」

 

「えっ」

 

「あぁ別に言いたくねぇんなら無理にとは言わないさ」

 

「あ、いえ…私の名前は萃香。  伊吹萃香です。  」

 

「ッ?!」

 

名前を言った途端、少女は驚いたようでそれが顔にもはっきり出ていた。

 

「………ははは、なるほどねぇ、どおりで。おい紫、見てるんだろ?さっさと出てきたらどうだい?」

 

「?………えっ?!」

 

なにかに納得したのか、ウンウンと頭を頷かせると空中に向かって誰かの名前を呼ぶ。紫とは…そんなことを思っているとちょうど少女が見ていた空中がパックリと二つに割れると、中から女性がゆっくりと浮き上がるように現れその美しさに思わず息を呑む。金で染色したかと見紛うほどの綺麗な長髪には軽くウェーブがかかっていて、瞳はそれに合わせたかのような黄金で顔立ちは同じ人間とは思えないほどに整っている。スタイルは中華風なゆったりとした服の上からでもわかるほどに起伏があり、まさに世の女性の理想のような体型。その黄金比の塊のような容姿に吸い込まれるように見入ってしまう。この人が紫という人だろうか。空間が裂けたようなところから出てきたのはいったいどうやったのだろうか。驚きとそのあまりの美しさにポカンと口が開いたまま固まってしまう。こんな人が道を歩いていたらきっと世の男性達が放っておかないだろう。

 

「あらあら、なんだか面白そうなことになっているからもう少し観察していようかと思っていたのだけれど、やっぱりバレちゃってたみたいね」

 

クスッと笑みをこぼしながら少女と私の間に立った紫さんはチラリと視線を移すと、どこから取り出したのかいつの間にか手に持っていた扇子を開いて口元を隠すようにしてこちらを見てくる。美しい………はっ!

 

「それで紫、こいつはいったいどういうことだい?」

 

「あら、なんのことか分かりませんわね」

 

「嘘はいっちゃあいけねぇな。私に通じねぇのは知ってんだろ?」

 

「あらあら、あなたに嘘を見抜く能力なんてあったかしら?」

 

「ないよ。でもわかっちまうのさ。鬼は嘘が嫌いなんでね」

 

「驚きましたわ~。あなたの口からそんな言葉がでるなんて、今日は弾幕が降るわね」

 

「うるせい!いい加減勿体ぶってないで、これがどういうことか説明しちゃどうだい?どうせおめぇさんは、さっきの私と嬢ちゃんの会話を聞いてたんだろ。幻想郷の管理者がこの異常事態を逸早く把握してないわけがないからね。外界の魂がこっちに迷い込んできちまうのはよくある話さ、珍しくもない。たまに人間が迷い込んでくるくらいだ。でもね、この嬢ちゃんはよりにもよって自分は「伊吹萃香」だと私に名乗りやがった。こいつぁ驚きだ、まったくとんでもねぇ、もし本当なら今ここには同じ存在が同じ場所に2人いるってことになる。たまたま同姓同名なだけかもしれないが、どうにも他人とは思えない。むしろ近しい存在だろう。そして極めつけはあれだ」

 

そう言って少女は私のネックレスを指さし。次いで自分の右手の鎖を掲げる。

 

「こいつは外界やこの幻想郷を含めても、どこを探したって私しか身に着けてねえはずのもんだ。なんたってこれは私自身みたいなもんだからね。ましてや複製や創造なんてまず無理だ。だがありゃあ私じゃなく嬢ちゃんのだ。似てるなんてもんじゃない、まったく同一そのものさ。見たところどうやら「密」の能力に目覚めてる。完全にゃあほど遠いし、まだ「一つ目」みたいだがね。死んだ魂が周りと違って人の形を保ってられてるのも、おそらく無意識のうちに自分という存在を無くさないよう集めてるからだ。だから」

 

「あ、あの…」

 

「…なんだい?」

 

あまりに突拍子すぎて理解できない話に我慢できず声をかけると、少女は紫さんからこっちに視線を向けてくる。途中で話を切ってしまったから気分を害してしまったんじゃないかと思ったけど、そうでもないようで良かった。

 

「あの、私が死んだというのはたぶん本当なんだと思います。きっと交通事故で…その時の記憶もありますし。ただなんだか先ほどから話の内容が掴めなくて、外界だとか幻想郷だとかあと鬼とかってどういうことですか?それにここは天国や地獄ではなさそうですし。あ、あとこの石のこととか存在がどうとかって…」

 

何とか自分の考えや疑問まとめようとしてみるが、情報量が多いうえに聞きなれない言葉ばかりで混乱してしまい上手く喋ることが出来ない。言葉に窮しているとそれを察してか先ほどまで聞き役に回っていた紫さんが口火を切る。

 

「あなたの言いたい事はわかります」

 

すごい、今のでわかっちゃうんだ。

 

「ですが今全てをここで説明したとしても尚更混乱してしまうだけで逆効果でしょう。ですから必要なこと以外は省かせていただきますわね。」

 

「…はい…」

 

「よろしい。ではまず最初にここはあの世かという質問ですが、正確には冥界と呼ばれる場所であり、あなたのように死した者が成仏するか転生するまでの時間を過ごす死者の世界ですわ。」

 

「え、それじゃあ…」

 

「いいえ。わたくしと彼女は死者ではありません。わたくしたちは幻想郷の住人、幻想郷とは外界から隔絶された古き良き理想郷、人と妖怪の楽園とでも思っていただければ結構です。そして彼女はこの幻想郷に住む鬼と呼ばれる妖怪であり昔話や伝説で語られるものと大差はありません。わたくしについては…まぁ必要ありませんわね。紫ちゃんとでも呼んでくださいな。」

 

 

 

「よく言うよ要介護のBBAのくせして」

 

………。

 

「………」

 

「………」

 

く、空気が悪い。見惚れるほどの微笑みに釘付けになっていたのに、今見ると顔は笑っていても目が笑ってない。

 

「え~っと」

 

「そしてその石についてですが」

 

あ。聞かなかったことにするんですね。紫…ちゃんは何事もなかったように話始めると、この石について教えてくれるようだ。

 

「正確には石ではありません。それは意志の結晶、あなたの奥底に眠る力があなたの「こうありたい」という意志や覚悟によって具現化し現れたものです。

間違っても自身を否定したり、心を沈めないように。でなければその力は失われ、今のその姿を保てなくなるでしょう。それを肝に銘じておくように。先ほど言ったように、それはあなたの意志そのもの。ただの石ではありませんことよ?」

 

「はい」

 

「紫、ダジャレかい?」

 

「お黙りなさいな」

 

「あはは……」

 

この二人は仲が良いのだと思いたい!いやきっと仲が良い!じゃないとこんな冗談言ったりしないもんね。

と勝手に納得していると、紫…ちゃんから衝撃の言葉が出てきた。

 

「しつこいようですがこれは意志の結晶。唯一無二のものです。さて、ではなぜ全く同じものを彼女も所持しているのか。それは、彼女もまた「伊吹萃香」というあなたと同一の存在だからですわ」

 

「……えっ」




ひぇ…ごめんなさい短い!そしてまだヒロアカの世界にすらいかない!
ホンマすんまへん。堪忍や~。

1話で5千や1万字書く人の凄さを改めて知りました!御見逸れ!(;゚Д゚)


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~スキマ妖怪とバカと仮説~

今回も全然進みません(;´Д`)

文章もちょっと雑に…orz

それでは短いですが、本編へ。ゆっくりしていってね。


「―――彼女もまた「伊吹萃香」というあなたと同一の存在だからですわ」

 

「…えっ」

 

 同一の存在……私と彼女は一緒?そう思って相手と自分を見比べてみる。

 

「――でも彼女は、その…萃香さんは鬼で………妖怪…なんですよね?私は人間ですし…顔は少し似てるかなって思いましたけど、身長とか髪の色とか言葉づかいだって違います。それにそんなオカルトじみた話――」

 

「あなたと彼女はそれぞれ別の世界においての「伊吹萃香」であり、異なった世界の存在であるならばたとえ生まれた時代、人種、容姿、性格、貧富諸々が違っていたとしても同じであることに変わりはありません。世界には無数の可能性があり、あなたもわたくしも彼女もまたそのうちの一人ということ。そうですわね。あなたの世界で言う並行世界(パラレルワールド)と言えばわかりやすいかしら。」

 

並行世界(パラレルワールド)…」

 

 聞いたことはある。別の世界線にいるもう一人の自分。でも私がネットや本なんかで知った知識では出生とか外見に差異はなく、性格の部分とか人生経験が多少異なるって程度の違いだった気がする。それを基に萃香さんと私を見比べても似ている箇所よりも違ったところを探すほうが簡単だろう。別人と言われても納得できるし、良くて姉妹といったところだろう。とても私だとは思えなかった。騙されてるのか、とも考えた。人を見る目に自信がある訳ではない。妖怪となれば尚更。でも紫ちゃんが嘘をついてるようには見えなかった。失礼なことに誠実そうにもちょっと見えないけど、私が信じたいと思ってるだけかもしれない。

 

「ですがあなたと彼女のように同種の力に目覚めたうえ、自身の名さえ同じというのはとても珍しい現象といえるでしょう。本来こういったイレギュラーは理論的に起こりうることはまずありえません。異なる世界間の境界は間違ってもお互いの影響を受けることのないようとても強固なものであり、まずもってこれを渡ることはほぼ不可能と言えるでしょう。ただ…」

 

 紫ちゃんは萃香さんのほうへ目を向ける。

 

「なんだい?」

 

「あなたのその密と疎を操る程度の能力ならば可能ではなくて?」

 

 そう言って紫ちゃんの目がスッと細めれる。

 

「おいおい、いくら私でも世界を渡るのは厳しいもんがある。それに世界の境界に関することならむしろおめぇさんの領分だろ?なんたって境界を操る程度の能力なんて大層なもん持ってんだ。世界同士の境界を操って曖昧にして橋渡しをするなんざ造作もないだろ?」

 

「博麗大結界に干渉し幻想郷の外にある現代との境界を開くことはできますわ。ですがいくらわたくしの能力をもってしても異世界との境界に干渉し操るのはなかなかに骨が折れますわ。下手をすれば世界のズレによる修正力がお互いに干渉し合い同時に消滅ということだって考えられます。リスクを考えればなんの備えも無しにやることではないですわね」

 

「だがやろうと思えばできるわけだ」

 

「わたくしはメリットが無いと言っているのですわ、バカ」

 

「あんだと!このスキマ妖怪!」

 

 ふぅ…とため息をついた紫ちゃんは出てきたときと同じように空中に裂け目を作ると中へと腕を入れてまた引き戻した。なんとその手には湯呑みが握られており、湯気が立ち上るお茶?をズズッと一口飲む。裂け目はいつの間にか閉じていた。そのまま私と萃香さんの間を通り過ぎると、縁側に腰を下ろして湯呑みをそばに置く。

 動作が流れるようにとても洗練されていて、その行動ひとつひとつに勝手に目が付いて行ってしまう。見ていて正直羨ましい。所作からみえる大人の女性としての余裕と風格が漂ってきて、今の状況を忘れてしまいそうになるほどだ。

 萃香さんのほうはバカ呼ばわりにムカついたのか腰にぶら下げていた瓢箪を無造作に口へ運ぶとグビグビ飲みだした。ああいった物の中身はだいたいお酒と決まってるけど、妖怪だから気にしなくて大丈夫ということなのか。それとも幻想郷という場所では常識なのだろうか。見た目倫理的にアウトな気がするのは私だけのようである。

 

「さて、お話しの続きですわね。さきも言ったように異世界の境界を操ることは容易ではなく、無駄に疲れるだけで労力に対する見返りもほとんどありませんわ。でもあなたのそのインチキな能力ならわたくしよりもまだ難しくはないと思ってますわ。なぜなら萃香、あなた何度か大結界をすり抜けて現代へ行ってますわね?」

 

「あぁ行ったよ。つまらなさすぎてすぐ帰ってきちまうけどね。だけどそれは紫も言ったように現代と異世界じゃ勝手が違う。さすがに無理だ。…いや、本気出しゃあわかんねぇか。…いや…やっぱわかんねぇや」

 

「…はぁ、つまりあなたにも境界を渡るくらいの力はあるということですわ。まったく…人のお株をそう易々と奪ってほしくないですわね。いいですか、わたくしもあなただけの力でこのような事態が起こったとはさすがに思っていません。おそらく2人の能力に関係があると言えるでしょう」

 

「へぇ、嬢ちゃんもかい」

 

「わたしも…ですか?」

 

「えぇ、あくまで仮設にすぎないのだけれど、一つずつ説明するわね。

 まず2人は「伊吹萃香」として同一の存在だということ。並行世界(パラレルワールド)という別々の世界に分かれていてもそれは変わらない。見た目や性格の差異も許容範囲よ。

 そして同じ能力に目覚めていること。彼女の発言や態度を考慮すると、向こうの世界はこちらの現代のように超常が無くなってしまった世界と仮定してよいでしょう。ですがその中で彼女はあなたの言う「密」の能力に少なからず目覚めていた。これは洩矢の東風谷早苗を例として、現代でも先天的にせよ後天的にせよ発現する者が稀に現れることも把握していまので、まぁ無くはないですわね。

 そして…死者であるあなたが何かしらの未練を残しているということ。あなたは事故で死んだ時もしくはその直前、何か強く願ったのではなくて?人間は時にその思いの力で奇跡を起こします。超常の力を無きものにする人の常識や認識も死者の世界ではその影響も無に等しい。それによりあなたの魂は少しずつ霧散し疑似的な「疎」の状態になりながらも理想に近いこの世界の萃香に惹かれるように世界の境界をすり抜け、幻想で満たされたここで本格的に能力が覚醒。あなたの魂は自身の「密」の能力によって形を取り戻し自我や魂の欠片を集め再構築することに成功した。以上がわたくしの仮設ですわ。いろいろ棚上げしたうえでの簡単な説明だけれど、おそらくこの結論で正解のはずよ」

 

 口を挟まないよう黙って聞いていた私は、今説明された内容について考えていた。とても全て信じられるような話ではない。なんといっても世界がどうとかという話である。スケールが大きすぎて信じろと言われたとしても難しい。…でもあのとき、何もない暗い意識の中で確かに強く願ったことがある。強くなりたかったと、弱い自分を最後まで心配させた親に申し訳なくて、そんな自分が許せず強い体をと思ったのは間違いない。

 …なるほど、もしそれで今この未知の場所にいるのだとしたら、私にはきっとまだ何かやれることがあるのかもしれない。たとえ死して魂のみなのだとしても。

 

「…でもよ、さすがに境界も超えて結界も超えてって…渡りきるまえに消滅しちまうんじゃないか?」

 

「あなた、ほんのちょっと前に起こった異変を忘れたの?」

 

「………あ~、天人の嬢ちゃんがやらかしちまったやつかい?」

 

 何か納得できない部分があったのか萃香さんが質問をすると、紫ちゃんはとても不機嫌そうに逆に質問し返す。その態度と異変という言葉で心当たりがあったのか、これという答えを言うと紫ちゃんはフンっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。約束に遅れた相手にするような仕草になんだかグッとくる。可愛い。

 

「あんな自分勝手なお子様は「お猿さん」または「クソガキ」で十分ですわ。いい?あれのせいで大結界にも少なからず影響がありましたのよ。おかげであっちへこっちへ飛び回って修正するはめになりましたわ!だいたい異変を起こした動機が暇つぶしなどというのがありえません。そんな理由でわたくしの愛しい幻想郷に手を出そうなど天人風情が烏滸がましい!…コホン、つまり異変によって大結界に微小の綻びが発生しそこから漏れ出した幻想の力がその子の助けになったということですわ。…さて今説明すべきことは話しましたし、ほかに言いたい事がなければあとはその子次第ですわね」

 

 …私次第、か。

 

 説明を終えて疲れたのか、紫ちゃんは座ったままゆっくりと伸びをするとお茶が冷めてしまった湯呑みを下に開いた裂け目に落とす。そして横に別の裂け目を開くとまた暖かいお茶の入った湯呑みが出てきた。まるで四次元空間みたいだ。…きっと並行世界(パラレルワールド)にいるもう一人のこの人は「ド〇〇もん」なんだろうな。

 

「なぁ」

 

 そんなことを考えているといつの間にか縁側で寛いでいた萃香さんに声をかけられた。

 

「なんでしょうか?」

 

「最初にブツブツ呟いてんのを聞いてたんだけどよ、嬢ちゃんは強くなりてぇんだよな?」

 

 涅槃の姿勢でお腹をボリボリ掻きながら好戦的な目で笑って聞いてくる萃香さん。まるでダメなオッサンのようである。鬼という種族だけあって長く生きているのか、その表情は普通の少女ではとても出せないように大人びていてどこかしら貫禄がある。紫ちゃんとはまた違った美人さんだ。

 

「まだちょっと頭がついていけてないですけど、私がそのままあの世とかに行かずにここにたどり着いたのは何か意味があるんだと思います。だってお話しを聞く限り私は自分の意志で、いろんな偶然のうえに成り立ってここにいるんだとわかりました。だから私にできることを今は精一杯やってみようかなって…死んじゃってる身で言うのもなんですけどね。あはは。…私は、強くなりたいです」

 

「ん、いい心がけだ。そうと決まれば話が早い!」

 

 私の話を聞いてポンと手を打ち、よっ!と縁側から飛んで目の前に立った萃香さんは仁王立ちして私を見上げるとニコっと笑った。

 

「嬢ちゃん。私と修行しようや!」




次から一気にヒロアカ世界に飛ばすか。
幻想郷パートもうちょい続くんじゃか。

どっちがいいでしょうかね?よろしかったら感想蘭に書いていただければ…チラチラ

自分で決めろって?はい!ごめんなさい!わたし優柔不断なもので(;^ω^)

それでは、ではでは





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~急展開と可能性~

 前回までのあらすじ。

 

 突如交通事故で死んでしまった私は、何故かあの世に逝くのではなく気付いたら見知らぬ純和風屋敷にいて、そこで現れた2人の妖怪に事の経緯を説明してもらうことに。

 「ある意味奇跡的なインチキ能力」(八雲紫談)によってここ幻想郷へと飛ばされてしまった私は、今後どうするのかと問われ強くなることを決意。同姓同名である鬼の伊吹萃香さんについて修行させていただくことになりました。

 

 

 

 

 

 ――それから半年が過ぎた頃。

 

 

 

 

 

 

 お父さん、お母さん。私は今空を飛んでいます。いや、落下してます!

 

「いやあああああああああ――!」

 

 死ぬ!死んじゃう!ていうかもう死んでるけどこれはもう一回死ねる!パラシュートだって装備していなので、近づいてくる地面を直視できずにギュっと目を瞑る。

 

「もうだめ…!」

 

「――まったく、世話がやけるねぇ」

 

 自由落下を止められず諦めて衝撃に備えて縮みこんでいると、師匠が上から私の服を掴んでグッと引っ張ってくれる。目を開けると地面が目と鼻の先であったことに恐怖しつつ、助かったことに安堵してため息が漏れた。

 怖かった…。 そんなことを思っていると一瞬の浮遊感に続いてドサッと地面に落ちる。そのせいで受け身がとれずフギャっと声が出たのは内緒。

 

 おでこと鼻を抑えて立ち上がると、師匠が胡坐に腕組みで目の前に下りてきた。

 

「嬢ちゃんはあれだな。空を飛ぶ才能がまったくねぇな」

 

 そう言って少し呆れた態度を出す師匠。

 

「うぅ~すみません」

 

 才能がないと言われて涙目な私。でも、ちょっと待ってほしい。普通人が空を飛べるわけがないのに、なぜ私が悪いみたいになってるのか全然わからない。

 だって人って特別な機械とかが無いと飛べないし、単独で飛べたら飛行機なんて開発されてないし、むしろさっきから然も当たり前のように空中に浮いているこの人のほうがおかしい。

 どうやらこの幻想郷の住人は能力があれば飛べて当たり前なのだそうだが、ひと月ほど練習しても習得できそうな気配もない。

 というかその「えーマジ飛べないの?…じゃあ他のとこを重点的に…ブツブツ」とか言ってるけど怖いからやめて!今日はもうずっと飛行訓練という名の紐なしバンジーの連続で、私のライフはもうゼロよ!ここに来たときからだけどね!

 

「伊吹さま!萃香さ~ん!夕ご飯の支度が出来ましたよ~!」

 

 そんなこんなで今日も飛行に関して何も得られなかったことにうなだれていると、お屋敷から私たちを呼ぶ声が響く。私が萃香さんで伊吹さまが師匠だ。ちなみに師匠というのは萃香さんのことで、修行開始初日に「そう呼べ!」と鼻高々に言われたのでそう呼んでいる。あと未だに私が嬢ちゃん呼ばわりなのは、自分で自分の名前を呼ぶのは落ち着かないからだとか。

 

「は~い!」

 

 返事をしながら振り返った先にいたのは、私が今お世話になっているこの白玉楼の主、西行寺幽々子さんの剣術指南役兼庭師である魂魄妖夢さん。銀色の髪をボブカットにして黒いリボンのアクセントが加えられていてよく似合っている。

 背格好や顔を見る限りは中学生くらいの可愛らしい女の子なのだけど、腰に差した2本の刀と彼女の周囲を浮遊する白いところてっ…物体をみればただ者ではないことが窺える少女なのだ。本人に聞いたところ人間ではなく半分人間半分幽霊の半人半霊という種族だとか。

 ただその物々しい出で立ちとは裏腹にとても慎ましく礼儀正しい子で、私の修行にもちょくちょく付き合ってくれる。実戦形式が多いのだけど、受け身や立ち回りに関して的確なアドバイスをしてくれる天使のような存在だ。

 

「しょうがない。飛行の修行はこのくらいにして嬢ちゃんの今後についてでも話すか。幸い密と疎を操ることに関しちゃ出来ることは一通り叩き込んでやったしな、頃合いだろう。んじゃ飯をいただくとするかい!」

 

「ま、待ってくださいよ!」

 

 ご飯に釣られて駆け出していく師匠の背中を追いかけながら私はこれまでの修行を振り返る。

 最初のころは「密」で自分や物の質量を増やしたり、応用で熱を発生させたりするだけだったのだけど、途中から師匠曰く「じれったくなってきた」とのことで実戦的な内容が増えていった。

 耐久力の実験で地面に叩きつけられたり、2メートルほどもある岩を投げつけられたり、巨大化した師匠に踏まれそうになったり、とそれはもうPTAが黙ってないような内容盛りだくさん。…あれ?これって質の悪いイジメより酷いんじゃないかな…と思う私。間違いない。

 どうやら死んでいても危機感というものは残っているようで、ある日わたしはバランスを崩して転倒した際に師匠に押しつぶされそうになったことがあった。壁が落ちてくると錯覚するほどの恐怖に咄嗟にすり抜けたり霧になったりすることを思い浮かべた時、意識も感覚も薄くなって自分がなくなるような状態に陥ったことを思い出した。

 あの時は気絶しただけかとおもったけど、師匠や駆けつけた紫ちゃんが言うには、あまりの危機的状況に「疎」の力が覚醒して制御できずに存在が散り散りになって無くなってしまうところだったんだそうだ。

 それを聞いて青い顔をしていた私に「普通は相手の力や衝撃を霧散させるのが優先なんだが、怖がらせちまったね」と師匠から申し訳ないと謝罪されてしまった。

 私としては新しい力に目覚めたのだから結果オーライだと思って水に流した。 

 ちなみにこのときネックレスがなくなって焦っていたら鏡を持ってこられ、左右の耳たぶにピアスのようななにかがあることに気付かされた。

 

 右耳に赤色の三角錐

 左耳に黄色の球体

 

 それぞれ密と疎を意味していて、私の能力がまた一つ覚醒したのだと師匠に教えられた。顔を左右に振るたびに鎖の先端に垂れ下がったそれが揺れるところをみて妖夢さんが「綺麗ですね」なんて言ってくれたのが嬉しくて思わずはにかんでしまった。

 1日様子を見て、それからの修行は尚苛烈で何度天に召されたいと思ったかしれない。

 日々ダメージを霧散させたり、分身したり、巨大化したり、基礎的な運用方法から様々な応用まで、余すことなく叩き込まれた。

 おかげで能力の幅が増えたことで多くの技を習得したけれど、ただひとつ。体を「霧化」させることだけは師匠にも紫ちゃんにも使わないよう約束をさせられた。下手をすれば以前のように元に戻れず消えてしまうため、自身を確立するまで使用は認められないとのこと。

 たしかに、私としてもそんなことにはなりたくないし今の私には到底扱えるものではないので使わないことを誓った。

 師匠から免許皆伝(仮)を頂いてからここ1か月ほどは空を飛ぶ訓練をひたすら頑張っているけど、今日の結果を見てわかる通りまったく上手く行っていない。

 そもそもどういった原理で浮いてるのか。始めた当初から何度か聞いているけど、なぜか全員回答が感覚的すぎて要領を得ない。

 曰く、「魔法だから」「奇跡だから」「メイドに不可能はないから」「勘」…うん。こうやって思い返してみると感覚的とかそういう問題以前に、聞く相手を間違えていたということがよくわかる。バカだな私!

 

 妖夢ちゃんに続いて部屋に入ると幽々子様がすでに席について夕食を食べ始めていた。

 

「っ…おかえり妖夢~。萃香ちゃんも先にいただいちゃってごめんなさいね~」

 

「もぉ~幽々子様!はしたないですよ!」

 

 ニコニコと謝りつつも次々と料理を口の中に放り込んでいく幽々子様にプンプンとご立腹モードの妖夢ちゃん。それでもちゃんと席に誘導して「どうぞ」と座布団を整えてくれるところにグッとくる。

 今日の料理はご飯に味噌汁にアジの開きに筑前煮等々、日本料理の定番といえるものばかりだ。

 

「こんばんわ~」

 

「夜分遅くに失礼いたします」

 

「あら~いらっしゃい紫」

 

「んお?なんでぇ藍も一緒とは珍しいじゃないか」

 

 早速食べ始めようとしたところにスキマが開くと紫ちゃんと藍さんがニュッと現れる。ホントにこの人はどんな時でも急に現れるものだから、驚いて手に持った器からお味噌汁が零れるところだった。

 紫ちゃんの横にいるのは八雲藍さん。金毛九尾の妖狐という妖怪と言われていて、その証拠にお尻の上あたりから九本のモフモ…尻尾が伸びている。紫ちゃんの部下らしいのだけど性格は正反対に真面目で、私の修行を見てくれた人物の一人でもある。

 

「ふた月ぶりだな翠よ。息災か?」

 

「あ、は、はい。おかげさまで!」

 

 師匠たちが話しているところを通りすぎて藍さんが傍へ来て声をかけてくれるのだけど、頼れる大人の雰囲気と綺麗な顔立ちで微笑まれるとドギマギして思わず背筋がピンと伸びてしまう。

 

「ふふ、そう畏まらなくてもいいと前にも言ったが相変わらずだな。それにしても最後に会ったときから随分と見違えるほどに成長したようで最初は誰かわからなかったぞ?」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

「修行は怠らなかったようで何よりだ。…さて今日は何をしにきたか話さなければな」

 

「そうでしたわ!」

 

 いつの間にか師匠とご飯の奪い合いをして暴れていた紫ちゃんは藍さんの言葉で何をしに来たか思い出したようで、持っていた器を師匠に返してこちらに戻ってくる。

 

「萃香ちゃん、今日はあなたにお話しがあって来たのですわ」

 

「私にですか?」

 

「えぇ。あなたを、その魂を転生させるための準備が整いました」

 

「私の…転生?」

 

「そうだ。翠よ、ここへ最初にやってきたとき紫様がお前になんとお話しされたか覚えているだろう。ここは死者の魂が転生と成仏をするまでを過ごす冥界と呼ばれる場所であるということをな。そしてお前が並行世界(パラレルワールド)から来た存在だということも」

 

「あ…」

 

 思い出した。たしかに私がここへ来てすぐ説明を受けたのを覚えている。私はすでに死んでいて、この能力と師匠との繋がり、そして私の想いや様々な偶然が重なってここへやってきたのだと。

 

「あなたがこちらの世界に来た時点で、ここには伊吹萃香が2人いるという理の矛盾が常に働き続けています。本来であれば世界の修正力によってあなたはすぐ消えてなくなるはずだった。ですがここが幻想郷であり、あなたが肉体を持たぬ魂のみの存在であったことが幸いして、その影響をあなたはほぼ受けずに済んでいるのですわ」

 

”異なる世界間の境界は間違ってもお互いの影響を受けることのないようとても強固なものであり――

   ――下手をすれば世界のズレによる修正力がお互いに干渉し合い同時に消滅ということだって考えられます”

 あれはこういう意味でもあったんだ…。

 

「しかし、それももう誤魔化せないところにまで迫っている。翠、お前はこのままではあと数日と持たず消滅してしまうだろう」

 

「数日」

 

 まさか何も知らない間にそんなことになっていたとは…。せっかくの修行も、ここでの半年間もこれでは意味がなくなってしまう。

 どうすればいいのかわからず顔を上げられないでいると、藍さんが私の肩に手を置いて「だが」と話を続ける。

 

「一つだけ方法がある。…これからお前を強制的に転生させる。それと同時に世界の境界に干渉し、お前がまだ生まれていない異世界へと飛ばす。そこで生まれるはずのお前自身に魂が宿ることで、記憶と能力を失うことなく再びこの世に生を受けることができるだろう」

 

「でもそれだとそこで生まれてくるはずの元の私はどうなるんですか?」

 

「そこは心配はありませんわ。魂が生まれる前ににあなたを定着させますので、その世界におけるあなたはあなただけになります。

 未来に何が起きるかはわかりませんが、あなたが転生してくるという世界も必ず存在するのですわ」

 

 紫ちゃんはそれを確信しているように言うとパチンと扇子を閉じて私を見る。

 

「可能性は示しました。あとはご自分で決断することですわね」

 

「今少し、猶予はある。翠。私はお前が消えない未来を選ぶことを信じるとしよう」

 

 最後にそれだけ言うと、紫ちゃんと藍さんは来たときと同じように、スキマを開いて中に入るとスッと消えた。




今回はなんというか、端折ったのに全然進まない文が続いてしまったかなと。

書きたいことが上手く表現できなくて、終始ウンウン唸ってました(笑)

次か次の次にはヒロアカいけるかな。

誤字とかあれば教えてくだしい。あと良かったらご感想も書いていってください。それを読んで力にできればと思います!

ではでは


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~別れ、そして転生~

「邪魔するよ」

 

 八雲の二人が帰ってからしばらくして借りた部屋でボーとしていると師匠が足で襖を開けて入ってきた。

 

「行儀が悪いですよ師匠。何回言ってもその足癖治りませんね」

 

「はっ、かてーこと言うない。今日は両手が酒で塞がっちまってるから仕方ねぇのさ」

 

「はぁ、いつもじゃないですか」

 

「そうだったかい?」

 

 この半年で何度目かわからない話もそこそこに師匠は縁側へどかりと座ると、瓢箪に口をつけてグッとお酒を飲む。

 

「ぷはっ。…嬢ちゃんは生きたくはないのかい?」

 

 質問の意図を探ろうと視線を師匠に移してみるが、庭のほうを向いていて顔は見えない。

 ま、きっと今日の紫ちゃんの話を聞いてのことだろうけど。

 

 スッと体を起こして縁側に出ると、私は師匠の隣に足を放り投げてストンと座る。

 

「…生きたいですよ。今は死んでますけど、次は後悔のないようにしてみせます」

 

「それなら迷うこたないね。今から紫に会いに行って転生の準備を済ませちまえばいい。…でもまぁ、それだけじゃあないんだろ?」

 

 返答が短すぎたせいかこれだけじゃ納得はしてくれないらしい。じっとこちらを見つめてくる師匠の目は「全部ゲロっちまいな」と言っているようだ。

 

 否定しても「鬼に嘘は通用しない」だったかな。そんなことを思い出し、諦めて話すことにした。

 

「…師匠には隠し事はできないですね。

 実は私、ここでの生活が楽しくて、このまま師匠や幻想郷の人妖たちとの時間が続けばいいのになって思ってたんです。皆さん優しくてご飯は美味しい。力の使い方を学んだおかげで信じられないくらい強くなれましたし、霊体だから寒いとか暑いってこともなくて毎日が過ごしやすいです。

 でも今日紫ちゃんが言ってましたよね。私に残された猶予はあと数日だって。

 …いつかはこの幻想郷を出て転生をする時が来る。師匠たちとの別れの時が来るんだろうなって思ってましたけど、それがあと数日だなんてさすがに驚きました。紫ちゃんにはああ言いましたけど、本当のところは師匠たちとお別れしたくなかっただけなんです。私は――」

 

 

 

 ――この半年で随分とここに愛着がわいてしまった。

 

 

 

「ふむ、まぁそんなとこだろうな」

 

 知ってた。そう言わんばかりの態度で酒を飲む師匠。どうやら隠し事どころか、私の気持ちすらお見通しだったようだ。

 

「ほら、見てくださいよ師匠。辺り一面桜が満開ですよ」

 

 私は話題を変えようと思い、屋敷を囲むように咲く桜の木々を見渡そうと庭へ出る。

 

「もう春なんですね。最初に出会った頃に見た秋の紅葉もとてもきれいでしたけど、やっぱり桜は満開に咲いてこそです!」

 

 立ち止まって数メートル先にある池を見てみると、桜と月が鏡の反射のように湖面に映し出されている。時折広がる波紋が映す景色を揺らす様子が幻想的で頬が緩む。

 

 

 

「こりゃ持論だが」

 

 目の前の景色に見惚れていると師匠はフワリとそばに着地して瓢箪にキュッと蓋をする。どうやら話題を変える気はないようだ。

 

「出会いってのは良いもんだ。それが人でも妖怪でも、関わりを持ちゃあ人生の輪が広がって自分の世界も広がる。そん中で経験を積んで成長すりゃ己の器もでかくなってってそこに終わりはねえ。どこまでも成長していける。

 でもそれだけじゃあダメなんだなぁ。出会いがありゃ別れもある。旅立ち、喧嘩、病気、寿命、まぁあげればきりがねぇが、実際にわたしが見てきた中じゃあ特に人間って生物は一度でもこれを経験するとバカみてぇに強くなるんだよ。ま、例外が一人この幻想郷にゃいるけどね」

 

 クックック、と笑った師匠は遠くを眺めながらどこか寂しいような楽しいような表情をしていた。

 

「もっと広い世界を見てきな、嬢ちゃん。おまえさんはもっともっと強くなる。もっともっと成長できる。

 鬼の四天王たるこの伊吹萃香が太鼓判を押してやろう!

 その短い人生を懸命に足掻いて生きてみせな人間よい!」

 

 こちらに向き直って声に気迫を込めて言い放つ師匠。それはとても力強くて、未だ決断できない私の心の中の靄が一瞬で吹き飛んでしまったような気がした。

 高みから相手を待つ王者のような風格でこちらを見る師匠へと私は向き直ると、空気を一気に吸い込んで頭を下げる。

 

「はい!今日まで得たものは決して無駄にはしません。今までありがとうございました、お師匠様!」

 

「おう!精々荒らしまわってきな!」

 

「それは、ちょっと…」

 

 下げた頭を戻し苦笑いして言葉を返すと、師匠は気にせず腕を組んだままニコっと笑う。

 

 月に照らされたその笑顔は初めてこの人と出会った日のときよりもさらに輝いて見えたような気がした。

 

 

 

 

 次の日、私と師匠は博麗神社へとやってきていた。

 

「立派な造りですね~。それになんだか真新しいというか木の香りがします」

 

「どっかのバカが余計なことをしたもんだから、最近建て直したのよ」

 

 素朴なように見えて、素人目でもわかるくらい頑丈そうに建てられている社に感想をこぼしていると、境内の奥から紅白の服を着た少女が現れる。ここの主、巫女の博麗霊夢だ。頭の大きなリボンと両肩あたりの布が無いのが特徴で、一日の大半は賽銭箱を眺めているかお茶を飲んでいるらしい。らしいというのは私は冥界から一度も出たことがないから。

 大幣を片手に頭をポリポリ掻いたり常にだるそうな態度とは裏腹に、この幻想郷ではたった一人でパワーバランスの一角を担っているんだとか。

 

「霊夢~、酒ね~か?」

 

「萃香、久々に戻ってきたと思ったら開口一番にお酒って…あんたね」

 

 早くもお酒を催促する師匠に対して霊夢は呆れて顔に手を当ててため息をつく。

 

「おはようございます。霊夢」

 

「呼び捨てなんだからおはようでいいわよ萃香。で?ここに来たってことはそう決めたってことよね?」

 

「うん。そうだね」

 

「あっそ。まぁ元気でね」

 

「ありがとう霊夢」

 

 どんな相手でも態度が淡泊なところは相変わらずなようだ。お茶を淹れてくると言って奥へ戻っていく霊夢を見送ってから時間もあるということで師匠と霧化の修行を見てもらう。

 

 

 

 

「――こら!しっかり意識は保っておけと言ってるだろ?」

 

「うぅ~すみません」

 

 手足の末端を霧化させることは成功しているけど、それが全身に及んだ瞬間意識が薄くなっていって拡散に歯止めが効かなくなってしまう。今回も意識が朧げになったところに師匠の能力で元に戻してもらった。

 

「今までは私や紫が集めてやれてたけど、転生したあとはそうもいかない。もう見てやれないからね。そろそろ時間だからもう終わるけど、これを修行するときは細心の注意を払ってやりな。じゃないと取り返しがつかなくなる」

 

「肝に銘じておきます」

 

「――す~い~か~さ~ん!」

 

 師匠との最後の修行もそこそこに霊夢が淹れてくれたお茶を居間で飲みながら寛いでいると、突如ハイテンションな呼ばれ方をした。部屋から目の前の参道に出て声のしたほうを見ると、人が飛んでくるところだった。

 シュタッと眼前に着地したのは妖怪の山にある守矢神社のミラクル風祝こと東風谷早苗である。

 

「萃香さん!第二の人生を歩むため異世界に転生することを決意したと聞きましたので、私も是非お力になれればと参上いたしました!すこし寂しい気もしますが、仕方ありません…!誰かが異世界転生する瞬間を見届けられるなんて滅多にありませんので!萃香さん主人公ですね羨ましいです!最強ですよ!異世界転生系は主人公が最強と決まっているのです!向こうでは頑張ってくださいね応援しています!」

 

「さ、早苗、わかったから、ね?」

 

 神社に着くやいなや私の姿を視界にいれた途端瞬間移動のごとく距離を詰められ、目を星のように輝かせて手を両手でギュウと掴まれる。そしてなによりこちらが口を開く間もなく飛んでくる弾丸トークには、戸惑うのを通り越して恐怖すら感じてしまう。

 近い!顔が近いよ!

 

「落ち着け東風谷早苗」

 

「んにょわ!」

 

 勢いに押されてたじたじになっていると、スキマを開いて現れた藍さんが早苗の服の襟首を引っ張って私から離してくれた。

 

「ほら、あんたはこっち」

 

 襟首を引っ張るのを引き継いだ霊夢が早苗を連行していくが、早苗は引きずられながら「にょわ~!」と叫びながら境内に消えていった。

 

「大丈夫か?翠」

 

「ふう、はいなんとか」

 

「行くと決めたのだな?」

 

「はい」

 

「うむ。お前には才能がある。そのような者が成長もできず消えてしまってはつまらんからな。それにお前は霊夢や魔理沙と違って礼儀がなっている。まぁ、紫様をちゃん呼ばわりするのは少々いただけないがな。

 まったくあの二人には手本にしてもらいたいものだ。特に霊夢は博麗の巫女たる自覚が足りないからな」

 

 声に呆れを滲ませて話す藍さんの表情を見る限り、霊夢たちは随分と傍若無人なようだ。

 

「ら~ん全員揃ったのかしら?」

 

「紫様。はい、守矢の巫女も先ほど到着しました」

 

 霊夢の素行について否定も肯定も出来ず苦笑いをしていると、紫ちゃんが日傘を差して現れた。

 

「ごきげんいかがかしら萃香さん。すでに転生の準備は整ってますから、早速始めましょうか?」

 

 どうやら後は私の返事次第だったみたいだ。少し時間をもらって参道の階段の前まで歩いていく。

 博麗神社は長い階段を上った先にある丘のような場所のため、ここからならば幻想郷を一望できると以前師匠から聞いたこともあって一度は見ておきたいと思っていた。

 眼下には大小いくつかの集落のような場所があり、少し霞んでいるが遠くには頂上付近を雲が覆っている大きな山が聳え立っている。あれが妖怪の山だろうか。残りはほとんど森に囲まれているが、ビルなどの近代建築が一切ない自然が残された光景はとても雄大で美しく思えた。

 

「…すごい」

 

「気に入りまして?」

 

 ぽつりと言葉を零すといつの間にやら隣に立っていた紫ちゃんがとても誇らしそうな笑顔で質問してきた。

 

「そうですね。しっかりこの目に焼き付けて行きたいくらいには」

 

 私がそう答えると彼女は扇子で口元を隠した、けど嬉しいという感情が雰囲気にも出ていてバレバレだった。普段は何も読み取れない怪しげな人なのに幻想郷のことになると本当にわかりやすい人だということがわかる。

 

「…それじゃあ、そろそろ始めちゃいましょう」

 

「ええ、そうですわね」

 

 ここでの思い出をこの風景と一緒に心に刻んで、私は揃って待っていた皆の元へと戻る。

 

 

 

 

「ここが?」

 

「そうですわ」

 

 あの後境内裏に広がる森の中へと移動を始めた霊夢、早苗、師匠、藍さん、紫ちゃん、私の6人は目の前に突然霧が現れたところで立ち止まった。不思議な事に霧は左右の見えない先まで続いていて、しかもガラスの壁か何かで仕切っているかのようにその場に滞留している。

 

「では」

 

 そういって一歩前にでた紫ちゃんは手にした扇子を下から上に流すとスキマの亀裂を入れる。真剣な顔を見てわかる通り普段の移動に使うような気楽なスキマではないようだ。

 

「藍」

 

「はっ」

 

 呼ばれて返事をする。そのやり取りだけで承知した藍さんは懐に手を忍ばせるとどうやって入れたのか大量の式札を取り出して放つ。札は一枚一枚手つなぎの状態で亀裂の中へと消えていくのが見えた。

 

「………見つけました」

 

「霊夢」

 

「はぁ~、だっるいわねぇ」

 

 印を結んで固まってしまった藍さんが何かを発見したらしく、続いて霊夢の名前が呼ばれる。

 懐から5枚の細長いお札を取り出した霊夢は先ほどの藍さんのように放つ。すると札は亀裂の周りを等間隔で囲むようにぴたりと止まって淡く光始めた。

 

「いいわよ」

 

「東風谷早苗、準備を」

 

「わっかりました!」

 

 最後に早苗が呼ばれると何やら大幣を振りながら念仏のようなものを唱え始めた。

 

「2人とも」

 

 ここまで出番もなく突っ立っていたままの私と師匠は作業を観察するのをやめて紫ちゃんのほうへ振り向く。

 

「あとはこのスキマを開いてあなたが通れば完了となりますわ」

 

「え、そんなにあっさりなんですか?」

 

 言われたことがあまりに単純なことにすこし驚く。スキマを通るだけとは随分と呆気ないなんて思っていると横からパシッと頭を師匠に叩かれた。

 

「バカ。世界の境界に穴を開けようってんだ。紫が異世界までの通路を開いて藍がこっちとあっちを式札で繋げる。そこを霊夢の札で固定することで安定させようとしてんだよ」

 

「な、なるほど」

 

 納得して叩かれた頭を擦りながら未だ何かを唱えている早苗のほうをみる。

 

「今でも十分すぎるくらいですけど、彼女には能力を使ってもらいなんのイレギュラーも起きないよう極限まで成功の確率を上げてもらっています」

 

 私の疑問を察して聞く前に答えてくれる。

 

「さぁ、心の準備はいいかしら?」

 

 まだ開いていないスキマの前に立つ紫ちゃんが聞いてくる。

 

 私は黙ったままスキマの前までいってスッと後ろを振り向く。

 

「師匠、紫ちゃん、藍さん、霊夢、早苗、皆今までありがとうございました!」

 

 これまでの感謝を込めて頭を深々と下げる。

 

「おう!萃香よう、達者でな!」

 

「楽しみが一つ減ってしまいますわね」

 

「さらばだ、翠よ」

 

「風邪、引くんじゃないわよ」

 

「ブツブツ・・・お、お元気で!・・・ブツブツ」

 

 それぞれの言葉を受け止めて後ろを振り返ると、スキマがゆっくりと左右に割れる。その奥にはいつもの大量の目玉は無くどこまでも黒く染まっていた。唯一目印にできるのは先まで伸びている式札くらいか。

 

 一瞬だけ躊躇してわたしはその中へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 異世界の萃香がスキマに飛び込んだ後、一刻程が経つとスキマは閉じられ周りの札もきれいさっぱり消滅してしまう。

 

「あぁ~もう無理」

 

「ばたんきゅ~です~」

 

「2人ともよくやってくれたな」

 

 少々肩で息をする霊夢と早苗は額や背中から玉のような汗を流して地面に倒れ込む。藍も少し疲れたような顔で二人を労う。

 

「若者がだらしないねぇ」

 

「まったくですわ」

 

 そんな3人とは違い萃香と紫の両名は涼しい顔で少女が消えた先を見つめていた。

 

「一緒にすんじゃないわよ」

 

「そうですそうです!」

 

 未だ力の差を感じて不満そうに噛みつく霊夢。それに便乗して早苗もうつ伏せで駄々を捏ねながら抗議する。

 

「…あいつ、無事にあっち着いたかねぇ」

 

「さぁ、どうかしら?霊夢」

 

「ま、行けたんじゃない?」

 

「へぇ、その心は?」

 

「勘よ」

 

 その答えを聞いて萃香と早苗は爆笑し紫と藍は口元を抑えてクックッと笑う。

 

「霊夢の勘ほどありがてぇもんはねぇな!」

 

 そういって瓢箪の酒を一気に呷る萃香。

 

「そうですわね。さて、このあとは5人で宴会といきましょうか」

 

 神社へと戻った5人は慎ましく宴会をしようと準備するが当然幻想郷の文屋がそれを見逃すはずもなく、宴会の話は瞬く間に全土へ広がり騒がしいものへとなっていく。

 

 来る者拒まず、去る者追わず、ここは幻想郷、幻想郷は全てを受け入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………暗い…ここはどこだろう。なにも見えない。なにか聞こえるが音が籠っていてよく聞こえない。…水の中だろうか?

 そんなことを思っていると突然視界が眩しく輝き、体が逆さに持ち上げられる。バシバシとだれかに叩かれて悲鳴が口から出てしまい、抵抗しようにも体が上手く動かない。

 

「は~い、元気な赤ちゃんが生まれましたよ~!」

 

 何か暖かいものが体を包むと私は誰かに抱かれるような感触を感じた。

 

「初めまして私の赤ちゃん。あなたの名前は萃香、伊吹萃香よ」

 

 ―――私は転生して再び生を受けた。

 

 

 

 

 

 




遅くなり申し訳ありません!

いやはや、モンストでHxHコラボが始まりまして、メルエムを運極にするのに手間取ってしまいまして!

しかもこんな時間に投稿というね。投稿予約しようかとも思ったんですが上げるなら早いほうがいいかと思いまして。

本当に申し訳ない!

さてさてプロローグですが、今回で終了となります。

次回からヒロアカ編を書いていきたいと思います。

あ、いちよう読み返してはいるんですが誤字等おかしいところあれば報告してくださると助かります。

ではではm(__)m


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雄英高校入学編
~萃香と実技試験~




前回から一週間も空いてしまい申し訳ありません!m(__)m

書けると思ったらなかなかどうして、あまり進まず四苦八苦していました(;´Д`)

それでは本編どうぞ!


 始まりは中国、軽慶市。ある日テレビで「発光する赤子が生まれた」とニュースで映像とともに紹介されたことがきっかけであった。一時期話題になったものの当時この映像をみていた大半の人間は専門家から一般人まで「よくある悪戯映像」だとして信じるものはおらず、日々の情報に埋もれてそのうち忘れられてしまうだろうと思われていた。

 しかし、事はこれだけで終わることはなかった。

 これ以降世界各地で"超常"は発見され、人ならざる力を持った人間が少しずつ増えていったのだ。

 いつしか"超常"は当たり前の"日常"に変わり、漫画やアニメの中でしかなかった"架空(ゆめ)"が"現実"となる。いつしか世界はこれを"個性"と呼び、個性を持っていることが当たり前の超常社会となっていった。

 そんな時代、個性を持て余し悪用する"(ヴィラン)"によって犯罪発生件数が年々上昇していくなかで、これらを取り締まり退治する"ヒーロー"と呼ばれる者たちがいた。彼らの活躍で(ヴィラン)の検挙率は瞬く間に上昇し犯罪発生件数も一気に減少する。

 更に自然災害や人災における救助、メディア出演、公共でのパトロールなど様々な分野において活躍を見せるヒーローたちは社会からの絶大な信頼を獲得し、世の子供たちの憧れとなった。

 

 

 そして現代、私はこの超常社会で中学生になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 春、時季も過ぎて桜の花もすっかり散ってしまった頃

 

「おはよう、萃香」

 

「おはよう、友子」

 

 始業ベル10分前に教室に到着すると、隣の席に座っていた友達の金井友子(かないともこ)が話かけてきた。

 腰までストレートに伸びた黒髪に少しタレ目のおっとりしたかんじの面立ちが印象的で、清楚なお嬢様っぽい雰囲気を漂わせる女の子だ。スタイルも良くて世間的には可愛いという部類に入る。

 彼女とは3年生に入ってからの友達で、街で2人組の男にしつこくナンパされているのを助けたことがきっかけで仲良くなった。

 

「相変わらず立派な角だよねぇ。ちみっこい見た目とは大違い!抱きしめていい?」

 

「ちみっこい言うな!抱きしめるのもダメ!」

 

「え~」

 

 頭へと伸ばされた手を拒否するようにパシンとはじき、ちみっこいと言った友子をムッと睨む。

 

 そう、私は転生前の頃とは違い、この世界ではとても背が低いのだ。というかむしろ師匠である鬼の伊吹萃香にそっくりと言ってもいいだろう。まさに生き写しである。

 私が生まれた頃から小さな角が生えていたらしく、成長するごとにこれは大きくなっていき小学4年生の頃には角も身長も師匠と瓜二つになっていた。

 密と疎を操る能力は生まれてすぐ使えたけど、どうやらこの世界で言う"個性"は特定の個性を除けば3歳頃から能力に目覚めることが常識となっているらしく、私もその年頃になるまで使わないようにしていた。逆にある程度の成長までに目覚めなければ無個性となり普通に生活するうえでまったく問題はないが超人社会においてはイジメの対象となるなどとても不利になるらしい。

 私の両親はどちらも無個性だったため、私が個性登録の際に能力を見せた時は「無個性の親から何故このような個性を持つ子供が生まれたのか?」と職員の人たちが揃って首を傾げていたのを覚えている。 

 5年生になり私の身長が伸びないことを心配していた母に一度病院へ連れていかれたが、結果は原因不明。医者も「体の成長が未発達で終わる子供も少なくありませんので」とフォローするくらいしか出来なかったようだ。

 以降、私の身体は成長を止め、男子から"ちび""ロリ"と言われる度に投げ飛ばすということが卒業するまで続いた。

 私は鬼じゃないから怪力等の鬼特有の身体能力は受け継ぐことはなかったようで、能力無しで岩を持ち上げたり投げ飛ばしたりは出来なかった。

 でも私は師匠の強さに憧れていたこともあって、そっくりになった今の自分が気にいっている。だからちょっと胸が寂しくなったとか全然思ったりしない。"合法ロリ予備軍"とか言われても殴り飛ばすだけだから。

 断じてわたしは目の前にいる友子が羨ましいとか思っていない。

 

 

 それからしばらく談笑しているとホームルームの時間になり、いつもと変わらない授業と平凡な時間が過ぎていき、気付けばもう下校時間になっていた。

 

 

 

 

 

 

「はい、今日の連絡事項はここまで。あなたたち、寄り道はせずにまっすぐ帰りなさいよ?制服でぶらついてたらすぐ学校に連絡が来るわよ。…じゃあ、解散」

 

 クラス担任の先生が明日以降の予定を皆に伝えてから締めくくる。

 

「起立、礼、「「「ありがとうございました」」」

 

「あ、そうだ。伊吹さん、このあと特に予定がないならこのまま職員室に来てくれる?」

 

 部活に行く者、家へ帰る者と生徒が思い思いに教室を出ていく中、友子とこの後どこへ遊びに行こうかと話し合っていた私は先生に呼び止められてしまった。

 

「えっと」

 

「あちゃあ、萃香じゃあまた今度ね」

 

「あ、うん。わかった。じゃあね」

 

 どうやら気を使ってくれたようで、遊びに行くのはまた今度となる。ひらひらと手を振り見送ってから先生へと向き直る。

 

「ごめんね。そんなに時間はとらせないから」

 

 私たちのやり取りを聞いて一言こちらに謝ってから先生は教卓の書類等を持って「行きましょうか」といって歩いていく。

 なんの用だろうかと思い職員室の中までついていくと、先生は自分のデスクの中から1枚の紙を出して私に見えるようにデスクの上に置いた。

 

「伊吹さん。これを見れば何故あなたを呼び出したかわかるわよね」

 

 スッと目の前に差し出されたもの…それは私が先日出した進路希望調査票だった。

 コクンと頷くと先生も合わせるように頷く。

 

「国立雄英高等学校 ヒーロー科。ここを目指す生徒には一人一人個別で面談をすることにしているの。といっても今までこの学校から合格者が出たことはないんだけどね。今年の希望者も伊吹さんだけよ」

 

 先生はそう言って隣のデスクの椅子を引くとそこへ座るよう促す。

 

「ここへ行くということは、伊吹さんは将来ヒーローになりたいのよね?」

 

「はい」

 

「そう。たしかにあなたの強い個性を活かすための職業を選ぶとするなら、これは当然の選択なのかもしれないわね。ご両親はあなたがヒーローを目指してることは承知しているの?」

 

 先生は指先で用紙の角をちょろちょろと弄りながら心配そうな顔で質問をしてくる。私はコクンと頷いて肯定する。

 

「とても危険な職業ということで最初は反対されましたけど、今は納得してくれて私がヒーローを目指すことを応援してくれています」

 

 2年生の頃、両親にヒーローになりたいと話したことがあった。それこそ初めは大反対されたことを覚えている。ヒーローという職業柄、凶悪犯罪に対する警察との協力や災害現場での救助など常に大怪我や死が付き纏う。そんな危険な仕事に就かせたくないと思う親の気持ちもあるだろうけど、それに加えて私の親はどちらも無個性でありながらも普通に仕事ができているため、わざわざそんな世界に飛び込まなくてももっと安全な職に就いてくれればいいと思っていたらしい。

 それでも雄英に行きたかった私は毎日少しずつ説得して半年をかけてやっと許可をもらった。

 そんなことを思い出して笑顔で答えると、先生は「そう」と短く答えてスッと立ち上がった。

 

「わかったわ。あなたが決めてご両親がそれを了承されてるなら私から口を出すことではないわね」

 

 先生はさっきの紙を引き出しの中にしまうとズイッと顔をこちらに近づける。

 

「目指すからには一番!立派なヒーローになりなさい!」

 

「あはは、努力します」

 

「我が校始まって以来初の雄英合格者!将来が楽しみね」

 

 この中学校からヒーローが生まれる。そう確信でもしているような顔で先生は発破をかけるが、私は少し遠慮気味に答えるだけにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は流れ。

 

 2月26日、雄英高校入試試験当日。

 

「う~ん、まだちょっと寒い」

 

 厳しい冬も終わりもうすぐ3月とはいえやはりまだ寒い。両手をこすり合わせて温めながら私は目の前の試験会場である雄英高校を見上げる。

 

「…でか」

 

 オフィス街に建っていても違和感を感じない立派な建物に加えて、3メートルはあるかという高さの塀に入口は校門というよりもセキュリティーゲート。まさに国立というべきか。警備ひとつとってもとてつもない予算を投資しているようだ。

 

「どけチビ!」

 

 まじまじと学校を眺めていると後ろから怒鳴り声が響く。

 

「おめーだよクソが!」

 

 誰が言われているのかわからず身長の低そうな人物をキョロキョロと探していると後ろから影が差してきたので見上げれば、不機嫌な表情に合わせたようなツンツン頭の少年が睨むように私を見下ろしてきていた。

 咄嗟に横に移動して避けると少年はこちらを一瞥してからチッと舌打ちをしてから通り過ぎて行った。

 

「感じ悪い」

 

 私は少年が見えなくなるまでひとしきりブーブー唸ってから後を追うように会場まで歩いて行った。

 

 

 

『今日は俺のライヴへようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』

 

 会場が受験生でいっぱいになるなりボイスヒーロー『プレゼント・マイク』がハイテンションで受験生に声をかけるが、全員緊張や困惑などの理由から反応せず変な沈黙が流れる。しかしこういった場面には慣れているのか再度テンションを上げて実技試験の内容を説明する。ヒーローを目指すならこういったスルースキルも必要なのだろうか。

 

 試験内容を聞き終わった後、受験生はそれぞれ割り当てられた会場にバスで移動するとのことで、乗車して10分もすれば会場に到着していた。

 周りを確認すると皆思い思いにストレッチなどで体を温めている。準備は万全にしてきたようで誰もが自前のコスチュームを着て今か今かと試験が始まるのを待っていた。私が今着ているコスチュームは師匠が来ていた服をそのまま真似たもので、何か耐久性があったりとかはない。

 周りに倣って私も試験に集中するため左右のピアスに両手の指先で同時に触れて目を閉じる。

 

「師匠…見ていて下さい」

 

 

『ハイ、スタートー!』

 

 それを聞いた瞬間、私は密で体を強化して、衝撃を逃がさないように同じく密で足元の空気を集めて前に蹴り出す。

 

「うわっ」

 

「えっ、なに?!」

 

 飛び出した衝撃でズンッと地面が一瞬揺れたようで、他の受験生たちは私がやったと気付かず動揺して動けずにいる。

 

「スタートダッシュ成功」

 

 後続に誰もついてこないことを確認してもう一度加速する。発動した能力に特に違和感もなく広い道路を高速で駆け抜けていくと、さっそく1P(ヴィラン)が視界に入ってきた。

 向こうもこちらを視認したらしく『ぶっ殺す!』とロボットにあるまじき暴言を吐いて迫ってくる。(ヴィラン)の大きな機体を利用した左フックを素早く避けて一気に肉薄し胴体に触れる。

 

「疎」

 

 接触した状態でそう呟く、すると1P(ヴィラン)は一瞬ガクッと態勢が崩れてあっさりとバラバラに潰れてしまった。

 何をしたのか簡単に説明すると、各関節の接合部分を能力で薄め脆くすることで機体が自重に耐えられなくなって壊れてしまったというわけだ。

 

「よし、まず1ポイント!」

 

 最初の(ヴィラン)を倒して少し開けた場所へ移動すると先ほどの1Pの他に2Pと3Pの(ヴィラン)が何十体と現れた。私を発見して群がってくる様には若干引いてしまうが、ここは大量のポイントが獲得できると思い、グッと前に踏み出す。

 

『あと6分2秒~!』

 

「うおっ、なんだありゃ!」

 

「独り占めなんてずるい!」

 

 攻撃を避けつつ着実にポイントを稼いでいるとスタートで置いてきた他の受験生たちがこっちに追いついてきていた。このままでは乱戦となりポイントを稼げないと思った私は、彼らに悪いと思いつつ(ヴィラン)を一気に殲滅することにする。

 空振りした2P(ヴィラン)の背後に回り込み密で体を強化して尻尾を掴む。そのままジャンプして空中に持ち上げてからブンブンと縦に勢いよく振り回した。

 すると(ヴィラン)たちが暴れて抉れた地面や崩れた建物の瓦礫が次々と浮かんで、振り回しているロボに集まりガコガコとくっついていく。

 

天手力男(たじからお)投げ!』

 

 気合いを入れ巨大な岩のようになった塊を(ヴィラン)たちへ向かって渾身の力を込めてブンッと投げつけると避ける暇もなく着弾し、すさまじい爆音と衝撃が周囲に響いた。

 全て倒したか確認するため着地してからモウモウと立ち込めている土煙を吹き飛ばして視界をクリアにする。

 

「…ちょっとやりすぎたかも」

 

 目にしたのは着弾したであろう場所に出来上がったクレーターと潰れてグチャグチャ衝撃でバラバラになって残骸となった各ポイント(ヴィラン)であった。

 自分が作り出した現状に若干引きつつ後ろを振り向くと、受験生たちは固まってしまい私と目の前の惨状を交互に見るだけのからくり人形になってしまっていた。空気に耐えきれずえへへと苦笑いを作ると彼らは何を勘違いしたのか、今度は自分がこうなるかもと蜘蛛の子を散らすように私から遠ざかっていった。

 

「傷つくなぁ………うわわ!」

 

 若干涙目になりつつ諦めて次へ進もうとしたところで、強い地震と轟音が響いてきた。何事かと思って音のするほうへ急ぐと、なんと巨大な機械が建物を押しのけながら移動しているのが見えた。

 

「「「なんじゃこりゃあ!!」」」

 

「デカすぎるでしょ!」

 

 受験生全員の総ツッコミが入るなか私は状況を把握するために観察をしていると、どうやらこれが例の四体目、0P(ヴィラン)であることがわかった。その証拠に他の受験生たちはあれに見向きもせず、逃げ回りつつも確実に他の(ヴィラン)を処理し始めていた。単純に逃げ回ってる人もいるみたいだけどね。

 

 

「きゃあああああ」

 

 そういうことならと私も他の(ヴィラン)を倒そうと思っていると0P(ヴィラン)に近い場所にいた少女に崩れた建物の瓦礫が降ってくる。咄嗟に瓦礫を密で引き寄せ助けられたが、腰が抜けてしまったのか少女は座り込んだまま動けず0P(ヴィラン)もすぐそこまで迫っていた。

 

「っ!仕方ない!」

 

 試験中だということを忘れ一気に飛び出し少女と0P(ヴィラン)の間に着地すると私は集中するために目を閉じて師匠が以前言っていたことを思い出す。

 

 

 (いいかい嬢ちゃん。今から教えるのはとっておきの技だ。ちょいと制御が難しいが、習得すりゃ相手の度肝を抜くこと間違いなしさ!!)

 そのときの高笑いしながらお酒をがぶ飲みする師匠を思い出して頬が少し緩む。…いやいや、集中集中。

 

「まずは疎」

 (イメージが大事だ。てめーの身体が風船みたくでっかく膨張していくのを意識しながら少しずつ感覚を拡大させる。霧化はしない。出来れば一気に過程を飛ばせるが今の嬢ちゃんには無理だからな)

 私は師匠の助言の通り、少しずつ体を薄く広く伸ばすことに集中して霧化しないように心掛ける。一歩間違えれば私の存在が消えてしまうため細心の注意を払う。

 

「そして密」

 (拡大が止まったらそこが今の嬢ちゃんの限界だ。そして次が大事なんだがね。最後に密で風船の中身を埋めて密度を上げるんだがこのままじゃ簡単に破裂して霧散しちまう。だから自分を強化するように枠を固めるんだ。いいかい?しっかりやらねえと大惨事になるから気をつけな。それが出来たら、あとは全力で密度を上げてこう叫びな)

 

「標的、ブッころ――」 

 

『ミッシングパワー!!』

 

 広げた感覚を外側から固めてカッと目を見開いて力を注ぎ込むと私の身体が一気に巨大化し、周りの建物とほぼ変わらない大きさへと成長する。巨大化に合わせて重量も増えているため、舗装された地面がビキビキと悲鳴を上げる。

 プログラムの想定外なのか0P(ヴィラン)は自身と同じくらいにまで急に巨大化した私を見て動きを止めてしまっていた。

 反応が人間ぽいと思いつつチャンス!とみた私はグッと右腕に力を入れて、下から抉り込むように0P(ヴィラン)の顔面めがけて拳を振り抜いた。

 雷が落ちたような轟音とともに0P(ヴィラン)の顔面が潰れ、首の機械部分が衝撃に耐えきれずブチブチと配線が切れる音がしたと同時に頭部が吹き飛んでいった。頭を無くした0P(ヴィラン)は行動不能になったようでしばらくフラフラするとその場で固まって動かなくなっしまう。

 

『終了~!』

 

 タイミングを見計らったように『プレゼント・マイク』の声が会場に取り付けられた拡声器から響く。まだ動き回っていた他のロボットもそれにあわせて機能を停止し、緊張が一気に途切れることで他の受験生たちも座りこんだり壁に背を預けたりと思い思いに休憩をする。

 私も能力を解いて元の大きさに戻ると、先ほど腰を抜かしていた少女のもとまで近づいていく。

 

「大丈夫?」

 

「…あ、はい」

 

 未だに座り込んだまま呆けていた少女は私が声をかけるとやっと現実に戻ってきた。ただ、まだ腰が抜けていて立てないようで、背負って連れて行こうとすると足を引きずってしまったため、肩車で崩れていない安全な場所まで運んだ。

 

「しばらくすれば試験官の誰かがきてくれると思うから休んでて」

 

「うん…あの」

 

 他に負傷した人がいないかその場を去ろうとすると呼び止められたので振り返る。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 気持ちが込められた感謝の言葉。それはとても心地よく私の心に響いた。

 

「どういたしまして!」

 

 その後目立ったケガをしている人も特に見つからず、しばらくして試験官の『プレゼント・マイク』がやってきて怪我人の対処や受験生の誘導などを行って実技試験は終了した。

 残るは筆記試験のみ。きっと大丈夫。この日のために勉強をして、模試の結果もA判定をもらっている。いつも通りに臨めば悪い結果には終わらないだろう。

 

 こうしてこの世界で私の初めての実戦(対ロボット)が幕を閉じた。

 

 

 

 

 






今回主人公が初めて使ったのは翠鬼「天手力男投げ」でした!それに続いて鬼符「ミッシングパワー」と、いちおう調べてから書いたので効果は間違って、ない、かな(;^ω^)

デビュー戦(入試)ということでスペルカード2つと少し贅沢に(文章がそれに伴っているかはともかく)使わせていただきました!

それでは、ではではm(__)m


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~試験結果とお祭り騒ぎ~

もう一週間過ぎちゃいましたね(;^ω^)

ちょっと短いんですが、ゆっくりしていってね(=゚ω゚)ノ


「はぁ はぁ はぁ――」

 

 早朝6時。

 入試試験から一週間が経ち、私は2年前から日課として取り入れているランニングをしていた。今朝は冷えるものの、体を動かしていればそれほどでもない。春の匂いが香り始めた空気を楽しみつつ、呼吸のリズムに合わせてタッタッタッといつものコースを駆け抜けていく。

 ランニングを始めた当初は1㎞走っただけでフラフラになってしまっていたのが、今では10㎞くらい走ってもほとんど息があがらない。転生前の体が弱かった頃は1500mを走り切ることすら出来なかった私が、今では自分の思うように動かすことが出来る。

 さらに私は体幹・筋力トレーニングにも力を入れていて、体育で行われる体力測定は女子の中でトップはもちろんのこと男子の一位よりも上だ。一部の男子から"ロリならぬゴリ"なんて言われたこともあったけど、女子側が"注意"してくれたおかげで次の授業が始まる頃には皆紳士的な人になっていた。あれが所謂"女子力"を発揮した結果なのだろう。すごいね女子力。

 目標の10㎞を50分ほどで完走したところでクールダウンさせるため、徐々にペースを落としつつ家にへの道を進んで行く。

 

 

「ただいまー」

 

「――おかえりなさい。萃香、ご飯作るから先にシャワー浴びておいで」

 

 玄関で靴を脱いで軽くマッサージをしていると、母がリビングから着替えを用意して出てくる。

 

「はいどうぞ」

 

「ありがとう、お母さん」

 

 母から着替えを受け取り服を脱いで浴室へと入る。取っ手を捻り少し熱いシャワーを頭から浴びると、冷え込んだ手足がじんじんと痺れながら少しずつ温まっていく。そうして汗を洗い流してから体を洗い、十分温まったところでシャワーを止め浴室を出る。

 タオルは置いてないが気にせず換気扇のスイッチを入れてから能力を発動させる。すると体から滴る水分が霧散して換気扇へとどんどん吸い込まれていく。全身の水気が飛んだことを確認してから能力を解除し部屋着に着替え、ついでに浴室も乾燥させておく。

 こんな能力の使い方を教えてくれたのも師匠だったことを思い出す。

たしか昔、つい八雲家の蔵の酒を全部飲み干してしまい、それがバレないように空気中の酒気を散らしたのがきっかけだったと言ってたっけ。空の樽や瓶を処分し忘れて、結局バレて紫ちゃんから大目玉を食らって大変だったってケラケラ笑ってたっけ。

 浴室も乾いたところで朝食を食べるためにリビングに入るとすでに食事はテーブルに並べてられていて、メガネをかけた母が対面に座ってパソコンを操作していた。

 

「そろそろ上がってくるころだと思った。さぁ、温かいうちに食べちゃいなさい」

 

「は~い」

 

 私が戻ってきたことに気付いた母は柔らかな笑みを作ると朝食を食べるように言ってくる。その優しい顔を見ると相変わらず美人な人だな~と思う。

 幼い頃に聞いた話で、母と父が初めて出会ったのは父の勤める市役所に母がやってきたのが最初なんだとか。その当時窓口を担当していた父がやってきた母に一目惚れ。その場で「僕とお付き合いしてください!」て告白したんだとか。母は困惑したものの「それじゃあお友達から」とお互いに連絡先を交換してその日は終わったという。もちろん父はこの後で上司にしこたま怒られたらしい。

 これを聞いた当時父に対して仕事中に何をやっているんだという気持ちもあれば、そこで何の抵抗もなく簡単に連絡先を交換してしまう母にも驚いたものだ。

 

「合否の通知、今日あたりじゃないかしら?」

 

「んむぅ」

 

 黙々と食事をする私に母が試験の結果がそろそろ届くのでは?と聞いてくる。

 確かに、試験が終わってからはや一週間。大抵の学校であれば通知書が届いていてもおかしくない。今日の夕方あたりだろう。そんな風に思っているとピンポーンと家のインターホンが鳴った。

 

「私が出るから食べちゃいなさい」

 

 私が行こうと箸を置くと母が先に立って待っているように制止をする。

 食事を続けつつ玄関のほうに聞き耳を立ていると、少し会話が聞き取れた。どうやら配達員が来てなにやら荷物を届けにきたようだ。会話が途切れてドアの閉まる音と同時に母が興奮した様子でリビングに入ってきた。

 

「萃香!雄英から試験の結果が届いたわよ!」

 

「えぇ?!」

 

 さっき話題にしたばかりなのに、タイミング良すぎない?と思いつつ母から荷物を受け取る。

 

「ご飯を食べ終わったら、2階へ行って自分で確認してきなさい」

 

「お母さんは一緒に見ないの?」

 

「私は後であなたから直接聞くからいいのよ。こういうのはまず自分だけで確認するものなの。」

 

 そう笑顔で言われた私は早々に食事を済ませ少し大きな封筒を持って自室へと上がる。

 

 

(少し重い?)

 

訝りつつも封を開けて机の上に取り出してみる。何枚かは入学案内の紙でそれだけで合格できたことがわかるが、その中に薄いタブレットのような機械があるのを見つけた。重さの原因はこれだったのかと思いつつスイッチがいくつかあったので電源ボタンらしきものを押してみる。

 

『私が投影された!!!』

 

「えっ、オールマイト?」

 

 起動音とともに目の前の壁に映しだされたのは現在ヒーローたちの頂点に立っていると言われる№1ヒーロー『オールマイト』だった。今年から雄英の教師になるとの話は本当だったようでスーツを着ている。サイズが合わず筋肉でパツパツという残念なことにはなっていないようで良かった。

 

『初めまして、伊吹萃香くん!私はオールマイト!今年から雄英で教師として赴任することになってね。こうして合否を君たちに伝える役が最初の仕事というわけだ!!さて、さっそくだが君の合否を発表させてもらおう!・・・おめでとう!合格だ!』

 

 オールマイトがオーバーリアクション気味に私の合格を伝えると、彼の背後の画面に"合格"と文字が映し出された。

 

『筆記試験に問題無し!実技のポイントも112ポイントと文句なしのトップ合格だ!』

 

 その結果を聞いて思わずグッとガッツポーズをとる。

 

『さて、先の実技試験についてだが、君たちに与えられていたのは仮想敵ポイントだけにあらず!』

 

 オールマイトがそう言うとスクリーンの文字が変わり救助活動(レスキュー)Pとなる。

 

『審査制の救助活動(レスキュー)ポイント!我々は君たちの個性を駆使した闘い方のみならず、ヒーローとしての基礎!人を助けようとする奉仕の精神!!それも審査基準に取り入れていたのだよ!伊吹萃香くん!(ヴィラン)ポイント57点!救助活動(レスキュー)ポイント55点!合計112点!少々迷ったようだが、あの最後の一撃!気持ちのいい一発だった!君の中にあるヒーローとしての素養をしっかり見せてもらったよ!改善の余地はまだまだあるが、それはまた今度、雄英にて学んでもらおう。改めておめでとう!伊吹少女、雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!』

 

 握手を求めるように腕が伸ばされたところで映像が切れる。どうやらこれで終わりのようだ。

 まさか敵ポイントの他に救助ポイントなるものまであったとは驚いたが、それよりも驚いたのは私がトップで合格したことだ。私はそのまま余韻に浸るように椅子の背もたれに背中を預けて目を瞑る。

 

(これで雄英に、ヒーローとしての第一歩を踏み出すことが出来る!)

 

 しばらくして雄英に合格したことを母に伝えると、目にうっすらと涙を浮かべ「おめでとう」と言って抱きしめてくれた。夜帰ってきた父にも伝えると大喜びしながら高い高いをしてくれたので、私もお返しにと高い高いしてあげるとあまりの嬉しさのせいか父は泣いていた。

 その日はお祝いということで父が外食に行こうと言いだし、合格した本人よりもウキウキしているのを私と母で宥めながら家を出た。

 

 

 

 

 

 

 入試試験直後。雄英高校大会議室。

 そこでは雄英の教師陣が受験生たちの合否について話し合っていた。

 

「続いて、次が最後の合格者となります。と同時に今年の実技試験でトップの成績を出した者です。受験番号2306番、伊吹萃香」

 

 教師の一人が紹介すると、会議室に設置された大画面のテレビに試験の状況が映し出され、各教師が手元の資料を捲る。

 

「"密と疎を操る個性"だぁ?おいおい随分と抽象的な個性名だな」

 

「ええ、私もそう思いましたのでまずは実技の映像を観ていただいたほうが早いでしょう」

 

 そういって教師はリモコンを操作して画面外へとはける。

 再生が始まり最初に映し出されたのはスタート直後。そこには地面に罅が入り他の生徒が困惑する中、高速で飛び出していく小さな少女の姿があった。

 

「…これは身体強化系の個性か?」

 

 速度が自動車ほども出ていることを確認した一人の教師が質問をする。

 

「最初はそうかと思ったのですが、スタート地点を確認したところ衝撃によってひび割れる地面とは少々異なっておりまして」

 

「どう違うのかしら?」

 

 別の教師が問うと、「これを見てください」と言って画面を切り替えると指示棒を一点にあてる。

 

「このひび割れの中心点ですが、あまりの衝撃に直径5センチに渡って一部が粒子化し陥没しています。」

 

「つまりどうやったかわからんが、この受験生は踏み出す最初の一歩で発生する衝撃を、逃がさないよう一点に集めて爆発させた。そういうことか?」

 

 先ほどの教師が聞くとコクリと頷く。

 

「そいつはシヴィー!!だがよ、それならさっき見た爆豪ってやつの個性と似たようなもんじゃねえか?あの少年は両手からだけだがこのお嬢ちゃんは爆発に似た衝撃をどこからでも出せるってーだけだろ?」

 

「……それでは続きをお見せしますので、今の仮説が正しいかどうか皆さんに確認していただきたいと思います」

 

 あえて答えを言わず、試験内容の続きを再生し始めたことに教師陣は訝りつつも黙って観ることにした。

 次に映し出されたのは1P敵との最初の接触シーン。離れたところから一気に加速した少女だがそこは雄英の誇るロボットなだけあり間合いに入る瞬間を見計らって前腕を振りかぶる。

 

「このあと」

 

 その一言で次に起こることに全員が集中する。

 1P敵から振り下ろされた腕は少女を捉えることはなく、少女は一気に懐へ入ると1P敵のボディにそっと掌を添えるのが見えた。先ほどと似たような方法で吹き飛ばすのだと思った教師陣は次の瞬間困惑する。

 1P敵が一瞬の硬直の後に、なんと自壊し五体がバラバラになったのである。これを見た多くの教師陣は今何をしたのかを見抜こうと考えるが全員が答えに辿りつけないでいた。

 さらに映像は進み、場面は会場の中でも一際開けた広場へと入る。そこには多数の敵を配置しており、一人で対処するには少々厳しくなるように設定した地点だった。が、少女は何も問題はないとでも言うように突っ込んでいく。その立ち回りはプロヒーローである彼らさえも中々に舌を巻くほどで、着実に一体ずつ処理をしていた。

 

「次です」

 

 言葉を挟んだところでまた画面に集中する教師陣。

 少女は後続の受験生が追いついてきたことを確認したところで2P敵の背後へと回り込み尻尾を掴むと、空中へと高くジャンプしブンブンと回し始める。次の瞬間一部の教師から「おおお」と声が上がる。

 なんと周りの瓦礫が振り回されている敵に次々と集まっていくではないか。それが2メートルほどの大きさになったところで少女は振りかぶると、勢いよく敵に向けて塊を投げつけた。轟音、衝撃、それによってカメラの映像が数秒ブレる。立ち込めた砂煙が不自然に晴れると敵達は一体残らず全滅していた。

 

「次が最後です」

 

 教師がそう言うと、また場面が変わる。

 「まだあるのか…」と、先ほどまでの情報だけですでに妙な疲れに襲われている教師陣は最後ならばと目頭を押さえつつ再度画面を見る。

 試験も最終局面、0P敵が登場し受験生は手を出さず逃げながら確実に各ポイント敵たちを撃破していた。それを見ても教師たちは特に反応はしない。なぜならヒーローも万能ではないため自身が手に負えない状況になることも少なくない。それを理解している彼らは受験生たちが0P敵を倒すことにはあまり期待はしていない。あくまでこの不測の状況でどう判断できるかを見ているにすぎないのだ。

 そんな中で一人の受験生が腰を抜かして座り込んでしまう。このままでは危ない。誰かが救助に向かわねば大変なことになるだろう。そう考えたところで彼らは理解する。

 

((((もしかすると…さっきの少女が?))))

 

 それを証明するように彼女、伊吹萃香が受験生と0P敵との間に颯爽と現れた。

 教師の一人が「イエアーーー!!」と興奮気味に叫ぶ。

 少女は何かに集中するためなのか、その場で静かに目を閉じて動かなくなる。

 それをみて教師陣も期待をする。ヒーローに必要とされるもの、人を助け守る自己犠牲と奉仕の精神。それがこの少女には備わっていることはわかった。ならばこの0P敵にたいしてどう戦うのか。最初のように分解し自壊させるのか、それとも広場で見せたような怪力を使って正面から打ち砕くのか。この先の結果が気になり彼らは一時的に職務を忘れ、食い入るように画面へと視線を注ぐ。

 

誰かが唾をゴクリと鳴らし…そして…次の瞬間………

 

 

 

 

 

 

 ―少女は巨大化した―

 

 

 

 

 

 

 

「「「なんじゃそりゃ~~~~~!!!」」」

 

 あまりの出来事に一斉に椅子から転げ落ち度肝を抜かれる教師たち。

 

「はああぁぁん?!なんでここで巨大化?!意味不明すぎて着いていけねえぞ!」

 

「どうやったかわからない…でも…熱いじゃない!!」

 

「クケケ、こいつぁ想定外だ。これだけ見りゃMt.レディの個性と似てるな」

 

「"密と疎を操る個性"破格の能力だ…ぜひB組にっ…」

 

(はぁ、どいつもこいつも)

 

今まで座りっぱなしで試験映像を淡々と観ていたせいか、肩や首が凝っていたこともあり、彼らは立ち上がるなりそのまま少女の個性について話したり、A組B組のどちらに入れるかで揉めたりとお祭り騒ぎになってしまう。

 もちろん静かに映像を観続けている者もいたが、いちいちこの状態を止める労力がもったいないと思い、彼らは我関せずを貫いて黙っていることにするのだった。

 

 そんな最中、再生が続く映像の中で少女の豪快なアッパーを食らい、0P敵の頭部がただ静かに画面の外へと消えていくのだった。





夜中3時!…うごご、ヒロアカ編に入ってからペースが落ちてしまったorz

さてさてなんと!UAが1万を超えました!これも作品を読んでくださる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!m(__)m

お気に入りも160件を超えて嬉しさもありつつ、読者の方々を満足させることが出来ているのか不安にもなります。

ですがまだまだ投稿を続けていきたいので、今年もあとひと月ありませんが、どうぞよろしくお願いしますm(__)m

んではでは!(=゚ω゚)ノ


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~入学初日と除籍処分~

大変遅れました。前回からもうこんなに経っちゃって…。

え~、皆さんのおかげ様で

通算UA 2万突破

お気に入り登録 794件

総合評価 1000pt突破

なんだかもう震えがとまりません:(;゙゚''ω゚''):

ありがとうございます!m(__)m

それでは本編




 四月

 晴れやかな春の日差しが部屋へ差し込む朝。空気の入れ替えのために開いた窓の外から、気持ちの良い風が吹いてきてカーテンを揺らす。

 風に運ばれてくる春の香りを感じつつ、私は壁際に立てかけた姿見の前でネクタイをキュッと締めYシャツの襟を折って戻す。ネクタイの位置を調整してから壁に掛けたハンガーから濃緑色のスカートをはずし、下から穿いてシャツの裾を入れてからスカートのチャックを上げボタンを留める。裾がはみ出ていないか一度背中側を確認し、今度は別のハンガーから袖と下衿に濃緑色のラインが入ったグレーのジャケットをはずして羽織る。ボタンを留めて所々の微調整を済ませたところで、改めて姿見で全身を確認する。

私が今着ている服は雄英高校の指定制服であり、今日が入学式ということで念入りにチェックしているところなのだ。

 

「……よし!」

 

 特に気になる箇所も無く満足したところで姿見にカバーを掛ける。窓とカーテンを閉めて机の上に置いてあるリュックのチャックを開き、筆箱や校内の見取り図など入学案内に書かれている必要な物が全て入っているか確認する。……うん、全部あるようだ。昨日の夜も一度確認しているものの、こういうのは時間ができたら何度もやっておいた方がより確実だろう。

 

 荷物の確認も終わり、リュックを背負い部屋を後にして階段を駆け下りる。玄関前まで来たところでタイミングよく右側のドアが開き、父がリビングから出てくる。

 

「おや、もう出るのかい?萃香」

 

 目が合った父が笑顔で話しかけてくる。

 整えられたオールバックの黒髪に優し気な目元。180㎝と長身ながらもスポーツは苦手だったらしくややほっそりとしている。30代も後半に差し掛かったものの見た目だけならまだ20代と言われても信じられるほどに若々しい。結果よくモテるらしいのだが、普段は口下手な上、父は母一筋なため仕事仲間と飲みに行っても必ず8時までには帰ってくる。休日は私の修行をそばで見ていてくれるし、時々旅行にも連れていってくれる。とても家族想いで優しい人だ。

 

「うん、今日は入学初日だからちょっと早めに!」

 

「ん、良い心がけだね」

 

 父は微笑みながら私の前に屈んで優しく頭を撫でてくれる。もう子供じゃないと言いたいところだが、この暖かくて大きな手が私は好きなので許すことにする。

 

「あら、今日は萃香の方が早く出るみたいね」

 

 なでなでのなすがままになっていると、母がリビングのドアからひょこっと顔を覗かせてから出てくる。

 薄らとした茶髪が胸の下あたりまでストレートに伸びていて、外から入ってくる陽の光で少し明るく見える。父と同じく目元は優しく、赤みがかった黄色い瞳がとても綺麗だ。父とはひとつふたつしか歳は違わないけど、未だ大学生か新社会人と変わらないほど若々しい。身長は父から見れば低く私から見れば高い、ちょうど間くらいだろうか。

 まったく、二人とも身長が高くて羨ましいものだ。私の身長は130㎝と低く、一番遺伝しておくべきところが継承されていない。身長が止まった当初こそウソダドンドコドーン!って思っていたけど、私は希望を捨てきれないでいる。だってまだ15歳だから!大丈夫、未来は明るい!

 軽く現実逃避をしつつ、父と母の間をすり抜けて玄関で靴を履く。

 

「気をつけて行っておいで萃香」

 

「学校の皆さんに迷惑かけちゃダメよ?」

 

「大丈夫!行ってきます!」

 

 玄関から見送ってくれる二人に手を振り返しつつ家を後にする。

 

 

 

 

 

「1-A……あ、ここだ。う~ん、思ったより早く着きすぎちゃったかな。というかドアがでかい」

 

 時刻は7時50分。校門は開いていたものの、敷地内の人通りは少なかった。案内にある時間まではまだ40分もあり、新入生が入るだろうこの校舎ではまだ誰ともすれ違ってもいない。当然と言えば当然だよね。

 歳相応にそわそわしている自分に恥ずかしさを覚えつつ、深呼吸をして1-Aと書かれたドアを開けて入ることにする。

 

「あう!」

 

 頭を引っ張られる感覚に思わず声が漏れてしまいなんだと思って確認すると、どうやら角がドアと壁の間に引っ掛かってしまったようだ。慌てて廊下に戻り誰も見ていなかったか辺りを見回すものの、目撃者はいない。よかった、普段は気をつけているだけに、緊張のせいで醜態を晒してしまうところだった。

 

「よしっ!」

 

 再度深呼吸をして、今度は引っ掛からないよう広めに開けて教室へと入る。

 誰もいないだろうと思って意気揚々と教室に入ると、机に座った一人の男の子と目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

 どうやら私よりも早く来ている生徒が一人いたようで、メガネを掛けた彼と私はただじっと視線を交わし時間だけが過ぎていく。

 

「えぇっと」

 

 さっきの見られた?!

 

 顔がカァっと熱くなるのを感じてそんなことを思っていると、彼は自分の席から立ちあがるとススッと歩み寄ってくる。

 

「初めまして!ボ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

 

 気を遣ってくれた!逆にもっと恥ずかしいです!

 

「は、初めまして。伊吹萃香です」

 

 ビシッとした姿勢でカクカクと動く彼に気後れしつつ、私も軽く頭を下げて自己紹介をする。聡明中学といえば有名な超エリート校だったような覚えがある。

 

「伊吹君だね。よろしく!どうやらボ……俺が最初のようで、他の生徒たちはまだ登校してきていないようだ。机にそれぞれ名前の書かれた紙が貼ってあるんだが、見たところ名前順なので君の席は廊下側、ボ……俺の後ろあたりだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言いつつ、指示されたほうへと向かう。どうやらさっきのことには触れないでいてくれるみたいで助かった。切れ長の目で怖そうに見える人だけど、思ったよりも真面目で良い人そうだ。

 早々に自分の席を見つけたのでそこへ座る。荷物を置いて一息ついたところで教室を見渡してみると、一般的な学校に比べて広いことがわかる。天井も高くて様々な個性に対応できるように設計されているようだ。時計を確認してみるとまだ10分ほどしか経っていない。飯田君はトイレに行くといって教室を出てしまったので話し相手もいない。私は鞄から学校案内を取り出して、そこに挟んであった紙を取り出す。そこには校内の見取り図が描かれていて、新入生が迷わないようどこに何があるかわかるようになっている。常に持ち歩くのもあれなので、時間を潰すことも考えて今のうちに覚えておこうと思う。

 

 

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 

「思わねーよ!てめーどこ中だよ端役が!」

 

 集中しすぎたせいか、何度も読み返してるうちに時間も過ぎて、教室の席は他の生徒たちでほぼ埋まっていた。騒いでいる方に目を向けると、先ほど自己紹介した飯田君と別の生徒が言い争っていた。

 ツンツンと四方八方に伸びた金髪に着崩された制服。後ろからなので顔は見えないけど、あの態度からしてなかなかに悪い顔をしているにちがいない。正直、ああいうオラオラ系は苦手なんだけど、今の私は弱くはないので目をつけられてイジメられたりはしないと思う。うん、だってここヒーロー科だしね。

 喧嘩を止めようか迷っていると、一人の男子生徒が入ってきて飯田君の気がそちらに逸れることで言い合いが止む。どうやらあの緑髪で気の弱そうな少年は飯田君と知り合いらしい。そこに茶髪でショートボブの女の子が加わることで空気が一気に軽くなる。

 緑髪の子が緑谷出久君で、ショートボブの子が麗日お茶子さんというらしい。

 

「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 彼らの話が盛り上がり始めていたところに突然教室の外から声がする。私の席は後方にあるので窓越しに廊下を見ると、誰かが芋虫のように寝袋に入っているのが見えた。彼はもぞもぞと寝袋から出てくると、当たり前のように教室へ入ってきて教室内を一度だけ見回す。

 

「はい、静かになるのに八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね。……担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 突然の辛辣なコメントに誰も反応出来ず沈黙していると、先生はどこからか学校指定のジャージを取り出して生徒に掲げて見せる。

 

「早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」

 

 頭が追いつかず未だ反応を見せない生徒に対して先生は一言「急げよ」と告げて教室を出て行ってしまう。

 

「とりあえず今は言う通りにするしかないだろう」

 

 飯田君は私の前の席に戻ってくると、体操服が入った袋を取り出して着替えようと周りを促す。

 

 

 

「20……21。全員揃ったな。ではこれから個性把握テスト行う」

 

 体操服に着替えてグラウンドに集合したものの、全員がこの状況を把握できていないところに先生から予想外の言葉が出た。

 

「個性把握テスト?!」

 

「えぇ?!入学式は?!ガイダンスは?!」

 

 これから始めることを知った私たちは驚いていた。それはそうだろう。入学案内によるとこの後行われる本当の行事は、体育館での入学式と説明会である。

 でも先生はただ一言「そんな時間はない」と切り捨てると、早々にテストの概要説明を始める。どうやら先生曰く、中学での個性禁止による体力試験は合理性に欠けていて意味が無いとのこと。今日はその個性をフルに活用することで結果がどうなるかを見るらしい。

 

「伊吹、中学の時、ソフトボール投げ何mだった?」

 

「え、っと……52mです」

 

 突然名指しで質問されたので慌てて答えると、周りの女子から「おぉ」と声が漏れる。先生は「そうか」と言って私にボールを投げてくる。

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何しても良い」

 

「あの、なんで私なんですか?」

 

「お前が今年の入試一位だからだ」

 

 間も空けず即答した先生の言葉に周りが騒然とする。私の実力を見定めようと熱い視線が注がれる中、別の睨みつけられるような視線を感じる。

 

「早よ、思いっきりな」

 

 先生に急かされたので、とりあえず投げることに集中しようと円の中に入る。

 

「……ふぅ~~」

 

 確かこういうのは重たいほうが良く飛ぶはず……。私はボールの比重を重くすると同時に自身の身体も強化する。見た目には変わらないけど、このボールは今陸上競技で使われる砲丸よりも重い。

 とりあえずこれだけでいいかな。そう判断したところでフと疑問に思ったことを先生に尋ねる。

 

「先生、飛ぶなら投げることにこだわらなくても良いでしょうか?」

 

「かまわん」

 

 先ほどと同じように即答で返された。ただ、欲しい回答は得られたので実践することにする。

 私がひゅっとボールを真上に投げると一部から「え?」と疑問の声が出たが気にしない。目の前の空間を密で筒状に固定し、右拳にさらに力を集中させる。さらに集中させていくと拳は熱を帯び始め、陽炎が発生して周りの景色が歪む。

 私はそのまま腕をグッと引いて構え、落下してきたボールと空間が直線に被るところで一気に拳を振り抜く。衝撃を逃がさぬよう入試時と同じように圧縮。

 

「んんんにゃあぁ!!」

 

「「「……にゃあ?……」」」

 

ボールに激突した瞬間ゴッという音とともにボールが固定した空間を通り抜け、遥か遠くへとぶっ飛んでいく。

 

「まず自分の最大限を知る、それがヒーローの素地を形成する、合理的手段……」

 

 しばらくしてピピッと反応した機器を先生がこちらに向けると、画面には3235mと表示されていた。……そんなに飛んだんだ。今までの測定は何だったのかと思えるほどの大記録に、思わず頬が緩む。

 

「すっげえ」

 

 私の記録を見た生徒の一人が呟くと、他の生徒たちも歓声をあげて次々に賞賛の言葉をかけてくれる。それがなんだかむず痒くて、顔が熱くなるのがわかる。

 この測定の趣旨を理解したことで皆がやる気満々で楽しそうだと興奮していると、先生が怒気のような気配を滲ませて口を挟む。

 

「面白そう……か。ヒーローになるまでの三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?……よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

 先生の静かに放った言葉に一瞬全員が凍りつくものの、すぐに我に返った生徒たちが抗議の声をあげる。それはそうだろう。せっかく苦労して雄英に合格することが出来たというのに、入学初日に除籍処分をされたのではたまったものではない。さらに声をあげる生徒達に対して、先生はさらに言葉を重ねる。

 

「生徒の如何は教師の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 髪をかき上げ、ニヤリと笑う先生に気後れしつつも、麗日さんが理不尽だと尚も言い寄る。

 

「今日まで日本は大規模な自然災害や凶悪犯罪の脅威にさらされてきた。ここは理不尽に塗れている。そんな理不尽を覆してこそヒーローだ。いいか、これから三年間、我々はこれから全力で君たちに苦難を与え続ける。プルスウルトラ、全力で乗り越えてこい」

 

 先生はこちらを挑発するように人差し指をクイと曲げ不敵に笑う。

 そしてもう誰も反論をしてこないことを確認すると、計測を再開するとだけ言って黙ってしまった。

 皆まだ言いたい事はあったようだけど、一度こうしてグラウンドに出てきてしまった以上は仕方ない。気持ちを切り替えて体力測定に臨む方が賢明だろう。

 先生のあの態度からして、たぶん本気なのだろう。

 

 うぅ、こういう重い空気……苦手だなぁ……。




前回書かなかった両親の描写。どうしようどうしようと思っていると、ジョー〇ター卿が囁いてきました。「今回からでもいいさ」と。

……(*´ω`*)ニコ


さて次回は個性把握テスト……になると思う!予定は未定なり!

そして私の小説を評価してくださった方々!ありがとうございます!

一人一人にメッセージを送るということはございませんが、感想蘭で「あ、この人評価してくれた人」と気づいたときには、感想の返信とともに感謝を述べたいと思います。ごめんなさい。


それでは次回もお楽しみに!|д゚)

ではでは


12/19 少々内容を編集しました。詳しくは活動報告に記載しています。

 


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~個性テストと合理的〇〇~

お待たせいたしました。

いつも読んでくださり、誠にありがとうございます。

それでは本編


 第一種目 50m走

 

 レーンがふたつあるため、どうやら二人ずつ計測するらしい。私の出席番号は5番なので、始まれば割とすぐに順番がまわってくる。

 私は他の生徒たちがどんな個性でテストに臨むのかが気になり、見やすい位置から観察をしてみることにした。

 まず最初に走り出したのは、このクラスで唯一話したことのある飯田君と、若干猫背で長い舌が特徴の女の子。飯田君は軽く屈伸をすると、スターティングブロックに片方ずつ足を乗せていく。その姿がとても様になっているのだけど、私の目は彼の足に向いていた。彼のふくらはぎには片方で六つ、両足を合わせると十二個の穴が開いていて、それが個性に関係するものだということが一目でわかる。

 パンと音が鳴ると同時に彼の足からは『DRRRRR』とエンジン音が響き、物凄い速さで50mを駆け抜けていく。記録はなんと3秒04。おそらく彼の個性がスピードに特化したものだからというのもあるだろうけど、常人では決して手の届かない領域も、個性を利用することでこうも簡単に届いてしまうとは……。

 ちなみに一緒に走った女の子も飯田君には及ばないものの、5秒58というプロのアスリートレベルの記録をあっさりと出していた。

 それに続いて、なんだかキラキラと変なポーズをとる男の子と、額から二本の触覚が生えた紫肌の女の子も5秒台を出すなど、さすがと言うべきか、日本最高峰のヒーロー科に合格するだけあって超人ばかりだ。

 

「ねぇねぇ、次だよね!私、麗日お茶子。よろしくね!」

 

 さて、どうしようか。そんなことを考えていると、次一緒に走るであろう彼女から声を掛けられた。茶髪のショートボブをしていて、笑顔がとても明るくて眩しい女の子。……いや、これは単純に彼女を見上げた先にある太陽が眩しいだけだった。

 

「私は、伊吹萃香です。よろしくお願いします、麗日さん」

 

 麗日さんにスッと頭を下げて、私も笑顔で自己紹介をする。

 

「や、やだな。そんなに畏まらないで!」

 

 頭を下げられ慣れていないのか、麗日さんは照れた様子で体の前でブンブンと両手を振る。くぅ、(太陽が)眩しい!

 私たちはそれだけ言葉を交わすと、スタートラインについて計測に集中することにする。

 パンと音と同時にスタートした私は、入試での実技試験のときのように足元に密を集中させてスタートダッシュで一気に加速した。巨大化したり、分身したり、空間を爆発させた衝撃でとんだり、いろいろ考えたけどやっぱりこれが一番シンプルでやりやすい。マックススピードのままゴールラインを抜けたところで、一回転して両足から飛行機の逆噴射のように地面に勢いを逃がす。するとキュッと制動がかかり、ブオンと土煙が舞った。

 結果は2秒78。

 

「やった!」

 

 私はあまりの嬉しさにグッと拳を握って万歳してから、息を整えて麗日さんはどうなったか確認してみた。普通に走ってきた彼女の記録は7秒15。どうやら麗日さんの個性はスピードに関係するものではないようだ。私が「お疲れさま」と話しかけると、麗日さんは若干興奮した様子で近づいてきた。

 

「さっきのすごかった~!伊吹さん、あれってどうやったの?!」

 

「あぁあれ?あれはね――」

 

「ボ……俺にも是非聞かせてもらってもいいかな?」

 

 麗日さんに説明を始めたところ、私の元へと飯田君や他の走り終わった人たちも近づいてくる。

 

「私、芦戸三奈!ちっちゃいのに超速いね!よろしく!」

 

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

 

「僕は青山優雅。僕ほどではないにしても、スマートな走りだったよ」

 

「えぇっと、伊吹萃香です。芦戸さんに梅雨ちゃんに青山君ですね。よろしくお願いします」

 

 なんか"ちっちゃい"って聞こえた気がしたけれど、気のせいだと思ってそこは聞き流すことにする。私はさっきの質問に対して細かい部分を省きつつ、"密と疎"の個性を使ったものだと大雑把に説明をした。入学してまだ初日なので自分の能力をひけらかすような真似はしない。飯田君はそこを察してくれてそれ以上聞かれることはなかったし、麗日さんたちはよくわからなさそうだったけど単純に納得してくれた。

 

 その後も、握力、立ち幅跳び、反復横跳び、ソフトボール投げ、長座体前屈、上体起こし、持久走、と順番に測定が行われた。途中、緑谷君が自分の個性の反動で指の骨が粉々になったり、それを見たツンツン頭の男の子が激昂して緑谷君に詰め寄ったり、それを止めた相澤先生がイレイザーヘッドというヒーローだと判明したり、先生がドライアイだとカミングアウトしたり、一悶着あったものの大きな問題もなくテストは進んでいった。

 

 

 

 

「――それじゃ、ぱぱっと結果発表するぞ」

 

 私たちは全ての測定を終えたところで、相澤先生に一か所に集められてすぐに結果を発表すると告げられる。

 

「トータルは単純に各種目の評価を合計した数だ。結果は表示するから自分で確認しろ」

 

 緊張して体に力が入る者、自信満々で結果を待つ者、大半は前者ばかりなため重たい空気が少しずつ漂い始める。最下位ならば除籍処分。せっかく掴んだ夢への第一歩が、たった一日で泡沫の如く消えてしまう。そんなことは許容できないが、それも結果次第。緊張感が漂う中、相澤先生が徐に口を開く。

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

「……?!」

 

「君らの全力を引き出す為の、合理的虚偽」

 

 相澤先生はハッと笑うと結果を表示だけして沈黙する。

 

「はあああああああああああ?!」

 

 対して生徒側は驚愕に包まれていた。除籍と言ったな……あれは嘘だ。以前見た映画のフレーズが頭を過ったけれど、被害者の悲鳴は比べるまでもなく大きい。一部の生徒はこれを予期していたようで、そんなはずがないと言って呆れかえっていた。それに引き換え、麗日さんは驚いて前のめりになり、飯田君は驚愕のあまり眼鏡が割れ、最下位で絶望的な顔をしていた緑谷君は心霊写真の霊のように輪郭が曖昧になるほど叫んでいる。緊張から解放されたせいか、冗談で良かったと皆が胸を撫で下ろす。

 ……あれは本当にウソだったのだろうか。テスト前の相澤先生の態度は真に迫っていたように私は思う。下手をすれば……除籍などありえないと手を抜いたり、相澤先生の琴線に触れるような態度をとっていた場合、先生は本当に除籍処分に踏み切るつもりだったんじゃないだろうか。

 私がじっと見ていると、それに気づいた相澤先生とほんの一瞬だけ目が合った。

 

「これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから、目ぇ通しとけ」

 

 先生はそれだけ言うと、個性の反動で負傷した緑谷君に保健室利用許可書だけ渡して校舎へと去っていった。私たちはしばらく相澤先生が消えていった方向を呆然と眺めていたけれど、チャイムが鳴ったところで皆思い思いに教室へと帰っていった。

 

 

個性把握テスト  結果

 

一位  八百万 百

 

二位  伊吹 萃香

 

三位  轟  焦凍

 

四位  爆豪 勝己

  

五位  飯田 天哉

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

最下位 緑谷 出久

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後 

 

 初日から入学式をすっぽかして強行されたテストも終わり、制服へと私たちが着替えた頃には下校時間となっていた。私は緑谷君、飯田君、麗日さんと校門で偶然会うと、途中まで一緒に帰ることにする。

 

「ねぇ、伊吹さんの個性ってすごいんだね!私、伊吹さんの記録に全然届かなかった!」

 

「ううん私なんてまだまだだよ。それに麗日さんだって、ソフトボール投げで∞出してたからびっくりしちゃった」

 

 キラキラと明るい笑顔で謙遜をする麗日さんだけど、彼女の個性はとても強力だと私は思う。

 個性『無重力(ゼログラビティ)』触れたものにかかっている引力を無効化する。

 軽くすることに特化した能力だけど、災害救助やヴィランの無力化をするという点ではとても重宝される。無重力できる重量には限度があるらしいけど、極めれば素晴らしいヒーローになれるだろう。

 

「まだまだとは、個性把握テストで二位をとったにも関わらず更なる上を目指す。素晴らしいな!」

 

 眼鏡を指でクイッとさせて何故か声を張り上げる飯田君。悪い人ではないんだけど少々変人だ。

 個性『エンジン』足が速く、MT車のようにギアを上げて加速できる。スピードに特化した能力だけに今日のテストではその持ち味を存分に活かしていた。50m走ではギリギリで私の方が速かったけど、持久走では最高速度に達した彼についていくことが出来なかった。

 私の能力は師匠曰く、『万能』らしい。ただ悔しいことに今の私では飯田君や麗日さんのような尖った個性に負けてしまうこともある。

 

「伊吹さんの個性は、たしか『密と疎を操る個性』だっけ?テストで使用してる感じを見る限りでは増強系の発動型個性に見えたけど、最初のデモンストレーションでは腕周りの空間が熱で歪んでるようにも見えた。一度熱に関係した個性だと思ったんだけど違うよね。それにボールを殴ったときのあの重い衝突音、もしかしたら『密と疎』というだけあって物体の密度をあげたり下げたり出来る個性なんじゃないかな?だとすればそのあとの……ブツブツ……」

 

 あの、怖いんですけども……。私が見上げる形だから余計にね。話しかけられたと思ったら、分析を交えた独り言だった。飯田君も変な人だけど、どうやら緑谷君は彼よりもう少し変人のようだ。ただし、着眼点がとても鋭い人のようで、物質や物体の密度を操作できることは飯田君にも麗日さんにも誰にも言っていない。それなのに緑谷君は私がテスト中に使ったのを見ただけでここまで予想してみせた。……恐ろしい子!!

 それなのに自分自身の個性は使いこなせていないのか、一度は相澤先生に個性を使おうとしたところを消され、二度目は発動して大記録を出したものの指が腫れ上がっていた。個性についても単純に増強系の発動型ということしか二人も知らないらしい。

 

「デクくん怖いよ!!」

 

「え、あ、ごめん麗日さん伊吹さん。僕って何かに集中するとどうにも周りが見えなくって」

 

 そう言って照れたように頭を掻く緑谷君。ただ私はそれよりも、さっき麗日さんが言ったことに違和感を覚えた。

 

「デクくん?」

 

「そう、デクくん!頑張れって感じで良いと思わない?!」

 

 私の問いに本人ではなく、麗日さんが麗かな笑顔で答える。緑谷君の方を見るとさっきよりもさらに照れていてトマトのように真っ赤になっていた。どこか嬉しそうにしてるのが微笑ましい……気がする。彼はドMなのだろうか?それとも……いや、本人がそれでいいと思っているなら私が口を挟むことでもないか。

 

「いいと思いますよ。それじゃこれからはデク君と呼びますね?」

 

「デクです」

 

「緑谷君!!!二回目!!!」

 

 私が笑顔で返すと、緑谷君はデク君と呼ぶことを即答で許してくれた。飯田君がツッコミを入れているけれど、緑谷君……いや、デク君は終始恥ずかしそうに両手に顔を埋めるだけだった。

 しばらくデク君たちと談笑してから、私は彼らとは逆方向の電車に乗るために別れた。

 

「あれ、萃香!もしかして今帰り?」

 

「あ、友子!もしかして友子も?」

 

「うん、そう!」

 

 聞き慣れた声に振り返ると卒業式を最後に会っていなかった友子だった。彼女は確か都内の有名な進学校に合格してそこに通っているんだったか。お互い会う機会が減るから寂しいねなんて話をしていたものだけど、まさかこうして駅でばったり会えるとは思わなかった。

 

「今日、雄英も入学式だったんだよね?どうだった?私は校長先生の話が長くて全然つまらなかったよ」

 

「入学式?ああ、そういえばそんなことがあったはずだけど、どうだったのかな?」

 

「どうだったのかな?って、私にわかるわけないじゃない」

 

 私の疑問を投げかけるような回答に、はてなを浮かべた表情で返す友子。私は今日あった出来事を掻い摘んで彼女に話した。それを聞いた友子は信じられないといった表情で、自分の学校の入学式はこうだったと話してくれた。

 

「――ふーん、その相澤先生って人なんだか嫌なかんじ」

 

「まぁ、たしかに怖い人だなって思ったけど、きっと先生なりの考えがあったんじゃないかな」

 

「まーた始まった。そうやってなんでも良い方向にばっかり考えてたら、そのうち変態な紳士に手籠めにされちゃうよ?」

 

「うんうん、なんだかバカにしてるのはわかったよ。そこに直れ!」

 

「あ、私この電車!じゃあね萃香!」

 

 いつもの如く調子に乗る友子を捕まえようとすると、彼女はドアが閉まりそうな電車に飛び乗ってバイバイと笑顔で手を振ってくる。

 

「ん~もう!」

 

 電車が動き出して遠ざかっていく友子を睨みながら、私は次は必ず痛い目にあわせてやると心に誓ったのだった。




これが今年最後の投稿となります(=゚ω゚)ノ

少々投稿間隔が落ち目ですが、来年も頑張りますので応援のほどをよろしくお願い致しますm(__)m

皆さま良いお年をお迎えくださいm(__)m

んではでは(=゚ω゚)ノ


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~ヒーロー基礎学と戦闘訓練①~

新年一発目の投稿です!

今回は屋内戦闘訓練。萃香ちゃん初めての対人戦です!

それでは、本編


 次の日

 

 初日から入学式をすっぽかして個性把握テストという強制イベントに参加させられた私たちは、今日はとても平和に授業を受けていた。相澤先生は相変わらず眠そうで怠そうな顔を隠そうともせず、かといって昨日のようにいきなり校庭に連れ出すようなこともなく、ただ今日の連絡事項だけを私たちに伝えて教室を出て行った。昨日の件もあるので皆緊張して身構えていたのに、なんだか肩透かしを食らってしまった。何人かの生徒はホッと肩を撫で下ろしていて安心した様子。

 そんな状況でも最初の授業の時間が近づいてくるにつれて、少しずつ皆の期待感が膨らんでいくのがわかる。私もその一人だしね。日本最高峰と言われる雄英高校ヒーロー科。そこで行われる授業とはどれほどのものだというのか。一限目があのボイスヒーロー『プレゼント・マイク』による英語ということもあって、どんな授業になるのだろうと想像してみる。ラジオでやっているような面白いやり方かな?それともまた違ったパフォーマンスで盛り上げるのだろうか?きっと他の皆も少なからず私と同じようにいろいろ想像したりしているだろう。

 時間になりチャイムが鳴ると出席簿と教材を手に『プレゼント・マイク』が教室へ入ってきた。

 

「イエエエエエアアア!!!お前らの入学最初の授業は英語だ!知ってるとは思うが、俺はボイスヒーロー『プレゼント・マイク』だ!身長は185㎝、誕生日は七月七日だ。よろしくな!この中に俺のラジオを聞いてくれてるリスナーもいるだろうが、贔屓無しでビシバシいくからそのつもりでいろよ~。ただし、贈り物や誕生日のお祝いは大歓迎だ!んじゃさっそく、教科書の四ページを開け!――」

 

 インコの鶏冠のように長く聳え立つ髪に黒い逆二等辺三角形のサングラス、ピンと伸ばされた襟、ヘッドホンと首に装着されたスピーカー、あとちょび髭。全身黒のパンクな出で立ちだが、子供からお年寄りまで幅広い人気があるヒーローだ。教卓についたマイク先生はなかなかのハイテンションで、簡単な自己紹介をするとすぐに授業へと入った。

 

 ――結果から言って、マイク先生の授業はとても"普通"だった。どれくらい普通だったかと聞かれたとして、大多数の英語教師がするような普通の授業としか答えられない。まさに普通の見本ともいうべきものだった。時々「盛り上がれー!」と拳を突き上げて叫ぶんだけど、盛り上がるはずもなく淡々と時間は過ぎていく。

 結局午前中は他の学校と変わらず一般的な高校と同じような授業が進み、気付けばあっという間に昼休みの時間になっていた。私はお弁当持参だったんだけど、昨日仲良くなった緑谷君たちに誘われて飯田君や麗日さんも一緒に大食堂で食事をすることにした。食堂はまさに大がついてもおかしくないほどに広く、ここのコックがクックヒーロー『ランチラッシュ』ということもあって沢山の食事をしに来た生徒達で溢れている。手近なテーブルで四人分の席を確保してから他の三人は注文に行ったので、留守番の私は楽しみにしていたお弁当の包みを解いて中身だけ確認する。こういうのはやっぱり皆で一緒に食べたいからね。

 座ると少々テーブルが私にとって高かったため、一度能力で椅子を高くしてから再度座る。よし、これで完璧。

 お弁当の蓋を開けてみると中は半分に仕切られていて、片方はご飯の上に梅干し、もう片方は揚げた竹輪に鮭の塩焼き等が並んでいて、『ザ・幕の内』といったラインナップだ。

 

「あれ?伊吹さん、先に食べずに待っててくれたの?」

 

 早く食べたい衝動に駆られてウズウズと帰りを待っていると、緑谷君が食事の載ったトレイを持って申し訳なさそうに聞いてきた。

 

「なんというか、こういうのはやっぱり皆で一緒にいただきますをしたいんですよね。ああ、私の個人的なこだわりなので気にしなくても大丈夫ですよ」

 

 恥ずかしい理由を少し照れながら答えると、緑谷君は納得したようだけどなぜか私と向かいのひとつ横の席に座った。

 

「緑谷君、そこ空いてるよ?」

 

 疑問に思いつつ私が目の前の席を指さすと、緑谷君は少し赤ら顔になってオドオドとしだした。

 

「い、いや!僕その……女の子と未だに話慣れて無いというか。異性と向かい合わせで座るのがなんだか恥ずかしくて、あはは」

 

「なるほど」

 

 どうやら彼はシャイボーイらしく、異性との会話にはまだまだ慣れていない様子。はにかんだ笑顔はなかなかどうして母性が擽られる。ふ、可愛いじゃないですか緑谷君。いやそれよりも、どうですか。私だって立派に女性として、異性として見られているじゃないですか。やはり、私の体から滲み出るお姉さんオーラは隠しようが無いみたいです。見ましたか?友子。今や私も立派なレディなんですよ。

 得意になった私は、緑谷君に「いいんですか?」と聞いてみる。

 

「おそらく私の隣には麗日さんが座るので、結果は変わらないんじゃないでしょうか」

 

「あ、そ、そうか!」

 

 私の言葉にハッとした表情で反応した緑谷君は、なぜか席を立って私の目の前に座りなおした。

 

「……」

 

「……」

 

 ……え?なにこれ?今のはいったいどういうことなのだろうか?

 緑谷君の行動にさっきまでの余裕も忘れた私は、一転してなぜかとてつもない敗北感のような感情に襲われていた。解せぬ。

 

「おまたせ~ってどうしたの伊吹さん?!なんとも言えない顔になってるよ?!」

 

「いったいどうしたというんだ伊吹君!」

 

 ……はっ!あぶないあぶない。無意識に現実から目を背けようと思考が停止していた。そしてその表情を見られたようで、いつの間にか戻ってきていた飯田君と麗日さんにツッコまれてしまった。

 私は二人になんでもないと言って平静を装いつつ、早くご飯を食べようと促す。うん、さっきのことは忘れよう。考えても無駄なことだからね。

 緑谷君も気まずかったのか。昼食も済ませて教室まで戻る途中ペコペコと謝られた。彼に悪気はなかっただろうし、気にもしていない。ちょっと意地悪な質問をした私も悪かったと返してこの件は一件落着!

 「それよりも」と午後のヒーロー基礎学の話を振ると、やはり三人とも関心を持っていたようですぐに食いついてきた。あれやこれやと憶測を話し合いながら教室に入ると、クラスの中でもこの話題で持ち切りらしく全員が席に着いたのは授業が始まる数分前だった。

 

 

 

「――ーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」

 

 昼休みの終わりを告げるチャイムとともに勢い良くドアを開けて入ってきたのは、現在すべてのヒーロー達の頂点に君臨している№1ヒーロー『オールマイト』だった。HAHAHAと劇画タッチな笑顔でポーズをとる姿はクラス全員の視線を釘づけにする。どうやら今年から雄英で教師を勤めるという話は本当だったらしい。

 筋骨隆々な肉体と二メートルを超える長身に加え、筋肉を強調するようにぴっちりとしたコスチュームと一人だけ画風の違う出で立ちは、某国の〇ーベルなコミックからそのまま出てきたような印象をうける。

 クラスが本物のオールマイトの登場にざわつく中、ルンルンと教卓の前まで移動したオールマイトはスッと片腕を前に出して静かにさせる。

 

「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う課目だ!!」

 

 単位数ももっとも多いぞ!と補足をつけたオールマイトは手に持ったプレートをバンと前に突き出す。そこには『BATTLE』と書かれているのがわかる。

 

「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」

 

「戦闘……訓練!……」

 

 戦闘の言葉に再度ざわつくものの、続きを聞こうとすぐ静かになる。

 

「そいつに伴って……こちら!」

 

 ピッとオールマイトがリモコンを操作すると、なんと教室の壁の一部が横にスライドしていくつもの番号が書かれた箱が出てきた。どうやらあれには入学前に送った要望に合わせた私たちのヒーローコスチュームが入っているらしい。何人かが興奮を抑えきれずに自分の番号と同じ箱へと駆け寄る。先生はそれを特に注意することもなく、昨日の相澤先生のように準備が出来たらグラウンドβに来るようにと言い残して教室から出て行った。

 

 女子更衣室

 

 今回私が要望したコスチュームは、幻想郷で師匠が着ていた服と同じデザインのものだ。入試の際に使った服も同じものだけど、あれは手作りで耐久性や機能性に難があるため改めて注文することにしたのだ。説明書には"特殊な鋼線を編み込んで防弾チョッキとしての役割を持たせ、さらに軽量化を実現させたコスチューム。プライベートで外出の際にも着用できる超・普段着だ!"と書かれている。後半は見なかったことにしてさっそく着てみると確かに軽い。腕を伸ばしたり上体を曲げたりしてみても特に違和感もなく動きやすい。箱の中を確認するとさらに指無しタイプの黒い手袋があった。手の甲と付け根部分には鉄板?がはめ込まれているものの、手にはめてみると非常にフィットする。説明書の二項目に記述があり、"銘『撲殺王』○ダ○ンチウム製の鉄板をはめ込んだ籠手"と短い文で終わっていた。たしか幻想郷で早苗が見せてくれた映画にこんな名前の鉄が出てきたような……まあ、気のせいだろう。

 

「準備完了!あ…っと、ごめんな……さい」

 

 制服等をロッカーに仕舞って向きを変えたところで誰かにぶつかってしまい謝ろうと見上げると、なんとそこには顔ではなく豊かな双丘が私を見下ろしていた。

 

「あら?これは失礼致しました。たしか、伊吹萃香さんでしたわよね。わたくしは八百万百。よろしくお願いしますわ」

 

 一歩下がって私と目線を合わせてきた彼女。ゆ、揺れるだとぅ?!……くっ!

 

「は、はい。よろしくお願いします、八百万さん」

 

 私はなんとか動揺を抑えつつ、微笑む八百万さんに笑顔を返して早々に更衣室を後にした。

 

 

 

「さぁ、始めようか。有精卵ども!!戦闘訓練のお時間だ!!」

 

 コスチュームへの着替えを済ませて全員が揃ったところで、オールマイトが大音声で宣言する。

 今回最初の訓練は"屋内戦闘訓練"ということで概要はこうだ。

 

 一、まず、「敵組」と「ヒーロー組」に分かれての二対二の屋内戦。

 

 二、「敵」がアジトに「核兵器」を隠して籠城している。

 

 三、「ヒーロー」はそれを処理するために行動する。制限時間内に「敵」を確保もしくは「核」の回収が出来れば「ヒーロー」の勝ち。

 

 四、逆に「ヒーロー」を確保するか制限時間まで「核」を守れば「敵」の勝ち。

 

「コンビ及び対戦相手はくじだ!!」

 

 一通り説明を終えたオールマイトはどこに隠していたのか、くじが入っているだろう箱をスッと出してきた。

 

 名前順に一人一人くじを引いていく。私のくじには「K」と書かれていて、周りをみたところどうやら私だけペアじゃないようだ。

 まぁ、私にはあれがあるし大丈夫でしょう。

 

 コンビが出来上がったところで今度は対戦の組み合わせをするくじが引かれる。時間は有限とのことですぐに実戦を始めるようだ。

 

 まず最初に対戦することになったのは、緑谷・麗日ヒーローチームと爆豪・飯田ヴィランチーム。

 順番まで待機となった私たちは地下のモニタールームへオールマイトと一緒に移動することになった。クラスメイトの個性や戦闘スタイルを観れるということで何人かは興奮していて、私も彼らがいったいどんな戦い方をするのかが気になりモニターへと噛り付く。

 しかし訓練がスタートしてしばらくすると最初の興奮はどこへやら、音声は届かないが明らかに激昂している爆豪君と、追い詰められつつも感化されたように昂っている緑谷君。その現場の緊張感は画面越しにこちらまで伝わり、皆がその空気に息を呑む。

 特に爆豪君の戦闘は終始押しているのにも関わらず、余裕がなく、何かに固執するような、むしろ逆に追い詰められているような、そんな焦躁が伝わってくるものだった。

 訓練終了間際、緑谷君が放ったアッパーの衝撃が、拮抗状態になっていた飯田君と麗日さんのいる核部屋まで貫通して床が吹き飛ぶ。事前に打ち合わせていたのか、焦る飯田君に対して麗日さんは折れた石柱で打った瓦礫に紛れて一気に接近し、見事「核」を確保。ヒーローチームの勝利となった。

 乱れた映像が戻り写っていたのは、肩で息をして呆然と立ち尽くす爆豪君と、右腕がひしゃげて全身ボロボロの状態で倒れている緑谷君だった。女性陣が悲痛な声を上げ、男性陣はグッと押し黙る。

 その後の処理はオールマイトが行い、爆豪君・飯田君・麗日さんの三人はモニタールームへ移動。緑谷君は重傷と判断され、ロボットに保健室へと搬送されていった。

 講評時間でMVPは飯田君であることが決まり、次点で麗日さん。そして緑谷君爆豪君と続いた。

 一戦目からとんでもないものを見せつけられたものの、ここはヒーロー科。どうやら誰も委縮するようなこともなく、二戦目三戦目と初戦が嘘のようにスムーズに進んでいく。私の順番は結局五戦目が終わるまで回ってこなかったので、最終戦ということになるのかな。

 

「ふむ、どうやらあとは伊吹君のKチームのみのようだね!戦いたいチーム!!」

 

 オールマイトが腕を掲げて対戦相手を募る。そして、なんとそれに応えて手を上げたのは全チーム、というより全員だった。

 ……皆ちょっと意識高すぎませんか?

 

「はい、先生!伊吹さんはどうやらお一人の様子、このまま一対二というのは彼女には不利かと思われますが?」

 

 八百万さんがビシッと手を上げて疑問点を指摘する。

 

「その通り!だから彼女のペアはもう一度くじで――」

 

「大丈夫ですよ、先生」

 

 私は先生の言葉を途中で遮り、一人で大丈夫だと言って能力を発動する。

 

「ふむ、しかし……むっ」

 

「「「「え?!」」」」

 

「「私が二人分になります」」

 

 昔早苗に読ませてもらった漫画のキャラクター『○レイヌさん』を真似てカッコつけてみる。オールマイトを除いたこの場にいる全員が驚愕といった表情で私を見ていた。それはそうだろう。今私のすぐ隣にはまったく瓜二つのもうひとりの私が立っているのだから。

 

 この技は『ミッシングパワー』と似たようなものだけど、行使するのはそれ以上に難しい。私と同じように意志を持ち、質量を付加するのは意外と骨が折れる。分身するだけなら十人くらいにはなれるけど、代わりに身体強化や巨大化といった他の能力が使えなくなる。一人の時と変わらない状態を維持するには、今のところ一人増えるだけで限界なのだ。

 それに比べて師匠はおかしかった。いきなり百人に分裂して「私一人で百鬼夜行なのさ」とドヤ顔を決められ、そのまま百人同時に組手をさせられた。それだけ分身してるのに能力の制限も無くバンバン使用してきたし、「嬢ちゃんも分身すりゃ勝てるかもな!」と笑う師匠の顔は忘れたくても忘れられない、若干トラウマとなっている。

 

「……うん!いいよ!!それでいこう!!」

 

 オールマイトは思案するように数秒沈黙するもいつもの調子を取り戻して、グッと親指を立てて許可をしてくれた。個性届を学校側に提出した際に私が今出来ることはほぼ記入していたので、さほど驚くことは無かったのかもしれない。

 

「皆聞きたいことはあるだろうが、授業の終了時間も迫っているので質問は無し!対戦相手もくじで決めさせてもらうよ!」

 

 オールマイトがくじ箱にズボッと手を突っ込み抜き出したのは「B」と書かれた紙。Bチームといえば、二戦目で圧倒的な強さで勝利した轟君と障子君のチームだ。彼らの方を見るとパチリと目が合う。

 

 轟焦凍 個性『半冷半燃』

 左右で色の違う瞳に右側が白髪、左側が赤髪の特徴的な人だ。今はコスチュームで左側の部分が隠れているけど、昨日の個性テストで見たのを覚えている。

 映像を観た限りは、ビルを凍結させるほどの氷とそれを溶かすほどの熱を操る個性だと思う。まだまだ隠している力はあるだろうけど、いずれにしても強力な個性だから注意が必要かな。

 

 障子目蔵 個性『複製腕』

 リーゼントから氷柱がいくつも垂れ下がったような髪型、顔は目から下がマスクで覆われていて確認できない。肩からは腕以外に二対の触手が伸びていて、一目で異形型の個性だということがわかる。戦闘訓練では直接戦う場面はなかったけど触手の先から口や耳を複製していたところを見るに、戦闘以外にも諜報活動も得意らしい。とても応用力に長けた個性なのでこちらも要注意。

 

「伊吹君が「敵」!Bチームが「ヒーロー」だ!5分後にスタートするから、両チームともすぐ位置に着きたまえ!!」

 

 



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~ヒーロー基礎学と戦闘訓練②~

二話連続投稿です

前話からお読みくださいm(__)m







「――よいしょ!」

 訓練ビル一階。私はここ一番奥にある広い部屋に「核」を配置することにした。全方位が壁なので窓からの奇襲を受けるこもない。障子君の個性を考慮すると、たぶんどこに隠れていても発見されてしまう。それであれば堂々とここで迎え打った方が無駄な手間もかからない。それに、轟君が一人で来るなら二対一、障子君も来たとしてもこっちは私自身が二人なので連携で後れを取ることもないはず。まさに一石二鳥だ。

 

「両チームともそろそろ訓練開始だが、準備はオーケーかな?」

 

 耳にはめた小型無線を通してオールマイトが確認をしてくる。私たちは監視カメラの方へ向いて「はい」と言って頷き、訓練に集中するため両耳のピアスに触れる。

 

「スタート十秒前!――5、4、3、2、1、スタート!!」

 

 パキパキパキパキ

 

 オールマイトが開始を宣言した瞬間、ビル全体が一気に凍りついた。まぁ、やっぱりそうくるよね。

 私たちはすかさず両手を地面に着いて個性を発動させる。

 

「「鬼火『超高密度燐禍術』密!」」

 

 本来は巨大な溶岩弾を地面から射出して相手に放つ技だけど、今回は射出せず発生した熱を壁や天井に伝播させるだけに留める。その効果は劇的で、部屋全体を覆っていた氷は赤熱ですぐに融け始めてあっという間に蒸発してしまう。初見であれば対処に戸惑ったかもしれないけど、これは一度見ている戦法なので考える時間は十分にあった。融けきったのを確認した私たちは、残った熱をすぐに霧散させ、ある仕掛けを施して訓練開始前と変わらない状態へと戻す。これで証拠隠滅完了。

 しばらくすると轟君がドアを無造作に開いて部屋へと入ってきた。何事も無かったように平然と「核」の前に佇む私たちを見て、轟君の目が見開かれる。でもすぐに無表情に戻ると、入り口から部屋全体を注意深く見渡し始める。私だけでなく部屋自体も凍り付いていないことを不審に思い警戒レベルを上げているのだろう。ふふふ、トリックを見破れまい!訓練を見越していたわけではないけど、昨日の個性テストで使用したのは身体強化がほとんど。大気の固定や物質の重量操作は目視で判断するのは難しいし、観察されていたとしても私の個性をそれだけで看破するのはほぼ不可能と言っていい。

 轟君も理解したのか、状況の把握に向けていたであろう視線を私に戻す。さっきまでの余裕を持った表情は消え、相手を警戒対象として認識した油断のない空気を滲ませる。

 

「おい、ビル全体を凍らせたはずだが……どうやった?」

 

「さあ~?、ヒーローに個性をばらすヴィランなんていないと思うので」

 

「当ててみるというのはどうですか?」

 

 私たちは意地悪な表情を作って、交互に喋ることで轟君を煽る。一瞬目元がぴくっと反応するものの、轟君は至って冷静という態度で私を見据えてくる。

 

「……ちっ、さすがに二番煎じは通用しなかったか。障子。……あぁ、どうやら一度目の映像を観て対策をとっていたらしい。……いや、一人でいい。あんまり手加減できないんでな、できれば巻き込みたくはない。……あぁ、まかせろ」

 

 どうやら障子君は応援に来ない様子。轟君は通信を終えると警戒態勢のまま徐々に近づいてくる。

 

「今言ったように手加減は……まぁ、できないわけじゃないが得意でもねぇ。降参するなら今のうちだ」

 

 足を止めて戦闘態勢に入る轟君。降伏勧告とはヒーローらしい良い判断だけど。

 

「私たちはヴィランだよ?」

 

「負けるつもりはないからさ」

 

「「さっさとかかっておいでよ」」

 

 勧告を蹴ったところで私も戦闘態勢に入る。その瞬間。

 

「っっ」

 

 轟君の足元が氷結して、パキパキと音をたてながら急速に接近してくる。私たちは左右に分かれて氷を回避。オリジナルの私が右側、分身の私が左側へと分断される。このままだと連携が取れなくなるだろうけど、問題なし!

 分身の私が即座に轟君の放った氷に手を触れると、そこからも氷が侵食してきて凍っていく。

 

「?」

 

 回避したのに自ら攻撃に当たりに行った私の行動を不審に思ったのか、轟君は怪訝な顔をしつつも分身を凍り漬けにしていく。本体の私は注意が逸れている隙に前へ突っ込むが、それに気づいた轟君が私に視線を向け、個性を私へとぶつけようとしてくる。

 逸れたな?

 

「疎ぉ!!」

 

 分身の私が吠えると肩口まで迫っていた氷が弾けるように砕け、私たちを分断した巨大な氷柱もバキバキと音を立てて割れ霧散していった。

 

「なに?!」

 

 音に気付いて氷柱が割れる瞬間を見た轟君は、動揺した様子で一瞬固まってしまう。

 

「密!」

 

「?!くっ!」

 

 本体の私から注意が逸れた隙を狙い、密による身体強化で一気に距離を詰める。加速しながら拳を握って殴り飛ばそうとしたけど、轟君もそう易々と殴られるほど甘くはないようで、一瞬の内に氷で防壁を作ってガードされてしまう。当たった瞬間氷が砕けて破片が散らばるものの、貫くには至らなかったようで八分程で止まってしまう。

 

「まだまだ!」

 

 今度は本体である私が疎で氷壁を霧散させ、近くなった轟君との距離をさらに詰めて接近戦へと持ち込む。

 

「くっ!いっ…つ!」

 

 再度お腹目掛けてパンチを繰り出す私の攻撃を、なんとか肘でガードする轟君。ただ、一撃目で強化状態の私の攻撃を正面から受けるのは危険と判断した轟君は、受けるのを止めて続くラッシュを全て間一髪で回避し始めた。右、左、右、下段蹴り、回し蹴り、上段蹴り、私のこれでもかという攻めを冷や汗を流しながら必死な様子で避け続ける轟君。私の隙を伺いつつ個性を使おうとするけど、そんな暇は与えない。

 轟君が上体を後ろに反らして避けたところで、腕を掴んでその場に釘付けにする。

 

「捕まえた♪」

 

「う、おおお!!」

 

「っ?!おっと」

 

 突然、コスチュームで覆われた轟君の半身から炎が噴き出し、驚いた私は反射的に掴んでいた手を離してしまう。噴き上がる炎を警戒して後ろへ下がり、どんな攻撃が来てもいいように身構える。まさかもう一つの個性が炎だったとは。『半冷半燃』という個性は氷と熱を操るものだと思っていたけど、実際は氷と炎、二つの強力な力を扱う個性だったようだ。併用されるとさすがに厄介だと思い対策を考えていると、轟君はなぜか炎を消し去り個性を解除してしまう。何かにムカついているようで、轟君は舌打ちをして再び氷で攻めてきた。私はその氷を回避しつつ疑問に思ったことを聞いてみることにした。

 

「『半冷半燃』とは氷と炎を操る個性だったんですね」

 

「それがなんだ?」

 

「素朴な疑問なんですけど、炎は使わないんですか?」

 

 私がそう聞くと、轟君は怒気を含んだ表情を表してあきらかにイラつき始めた。

 

「お前には関係ない。俺は戦闘じゃあこの個性しか使わねえ!」

 

 轟君は声を荒げると部屋全体を埋め尽くす程の大氷塊を発生させ、それが波のように私へと攻めかかってきた。さすがにこれは避けきれないし、散らすにしても規模が大きい。分身の動向を共有した感覚で確認し、再び床に手を触れて個性を発動する。

 

「鬼火『超高密度燐禍術』!」

 

 私の力は地を伝って即座に壁や天井にまで広がっていく。私は天井の温度を上げて赤熱させ、迫る氷塊に向けて溶岩弾を全力で射出する。ごうと音を立てて落下する溶岩弾。身構えた次の瞬間、私の溶岩弾と轟君の大氷塊が衝突してけたたましい爆音と衝撃が広がる。膨大な熱による水蒸気と煙で視界がゼロになってしまい何も見えないため、個性を使って仕方なく天井が無くなり吹き抜けとなった上階へとそれらを逃がす。

 天井壊しちゃったけど、これは不可抗力ってやつだし、緑谷君みたいに全階ぶち抜いたわけじゃないからきっと大丈夫でしょ。うんうん、そうにちがいない。

 そんな無駄な思考を働かせていると、轟君が背後から捕獲テープを持っていきなり現れる。

 

「俺の勝ちだ」

 

「しまった!な~んてね」

 

 ペロっと舌を出して笑う私を見て轟君は何かを察して制動を掛けようとするけど、もう遅い。分身の私が轟君の側面から現れて一気に懐に入る。轟君は氷で再び防御しようとするが、その防壁もさっき見たから今度は貫ける。

 床に罅が入るほどの踏み込みを入れて、右腕へと力を収束させる。

 

「妖鬼・密!」

 

 インパクトの瞬間、爆発、氷壁はあっという間に砕け散り拳が腹部に命中する。

 

「ぐぅ!」

 

 苦悶の声を漏らして膝から崩れ落ちる轟君。私はすかさず確保テープを取り出して彼の腕に巻き付ける。抵抗するほどの気力は無いようで、轟君はお腹を押さえたまま固まっている。

 

「轟君確保!」

 

「ヴィランチーム、ウィン!!」

 

 確保を宣言したところで、オールマイトがヴィラン側の勝利を通達する。緊張を解いてホッと一息ついた私は、分身の私にお疲れさまと言って発動しっぱなしだった個性を解除した。そのまま轟君へと歩み寄り、確保テープを外して声をかける。

 

「大丈夫?」

 

「あぁ、……障子がまだいたはずなんだが、俺の確保と同時に決着が着いたのはなんでだ?」

 

「あーそれはね」

 

 掻い摘んで説明すると、序盤に分断してきた氷を砕いた分身は、本体の私が轟君の注意を猛攻で引き付けている間に「核」部屋から離脱。ビルの入口付近で待機していた彼と戦闘に入り撃破。轟君よりも先に確保していたというわけだ。

 

「なんで障子はそれを通信で俺に言わなかった?」

 

「んふふ~、実はね~」

 

 私は部屋の壁に駆け寄って表面のコンクリートを剥し、内側を轟君に見せる。

 

「金属の壁か?」

 

「その通り!轟君が最初にビル全体を凍り漬けにしたとき、私はそれを取り除くのと同時に通信を妨害するためにこの部屋を金属の壁で覆ったんだよ。鉄筋や鉄骨のある建物だから素材には事欠かなかったし、私の個性は大抵の物質は操れちゃうからね。最後に君が入ってきたドアを閉めれば完成。障子君との通信を遮断するシールドの役割を、見事に果たしてくれたってわけだね」

 

「……なるほどな。とんでもねー個性だ」

 

 去り際、轟君は一言「次は負けねーぞ?」とだけ言い残して部屋を出て行った。

 轟君を見送ってしばらくの間、私はやりきったという満足顔で突っ立っていたのだが、オールマイトが部屋に入ってくるなり「無線通じない!講評の時間だよ!!」と言われてしまい急いでモニタールームへ戻った。

 

 

 

 モニタールームへ戻ると訓練を見ていたクラスメイト達から質問攻めにあいかけたけれど、オールマイトがそれを静めてすぐ講評へと移った。

 今戦のベストは私で、個性で分身していたとはいえ実質単独でのヒーローチームの制圧。さらに部屋全体を金属の壁で覆い、通信妨害することでチームを完全に分断。大規模な技で天井が無くなったとはいえ、轟君の氷塊に対処するためだったことが功を奏して、減点とは見られなかった。

 最後に地上でオールマイトによる今回の授業の総括と、労いの言葉を頂いて解散ということになった。オールマイトは緑谷君に講評結果を伝えるとかで、バヒュンと効果音を出しながら一目散に帰っていった。

 

 残った生徒達は更衣室で制服に着替え、その後教室に戻ると私がクラスメイト達から質問攻めにあったのは言うまでもない。

 

 

 

 




感想などお待ちしております(=゚ω゚)ノ

んではではm(__)m


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~学級委員長と一騒動~


この作品を書き始めてはや二か月!
「萃香ちゃん主人公の話が読みたい!」と思い、検索しても無かったことにショックを受け、「なら自分で書けばいいじゃない」と衝動のままに始めた『百鬼夜行のヒーローアカデミア』

ここまで続くなんて思わなかったので、自分で自分にびっくりです(;´Д`)

今回は日常回(白目)。

それでは、本編m(__)m


「ちょっとそこのお嬢さん!その制服、雄英の生徒ですよね?雄英の教師に赴任したオールマイトについて、あなたはどのように思っていますか?」

 

 屋内戦闘訓練という初めての対人戦を経験してから一日。入学してから新しい登校ルートにも慣れてきた頃。学校のゲートを通ろうとしたところ、報道関係と思われる記者の人にマイクを向けられた。

 オールマイトが教師として雄英にいるのをどこかから嗅ぎ付けたらしく、登校してくる他の雄英生にも次々とマイクやカメラが向けられている。独自の情報を得ようと我先にと質問をしてくる記者に対して、抵抗なく答える生徒もいれば、恥ずかしそうに一言だけコメントして早々に離れる生徒もいた。

 

「そうですね……。授業はわかりやすく、指導内容も的確で、ヒーローを目指す者として学ぶべきことが多いです」

 

「ありがとうございます」

 

 少し考えてから当たり障りのないコメントを返すと、記者の人は一言お礼を述べてすぐ別の生徒のほうへ足早に駆けていった。彼らをやり過ごした私は、このままここに突っ立っていてもまたすぐに別の記者に質問されると思い、他の生徒が捕まっている間にさっさとゲートを通り抜けてしまう。少し先のほうで後ろ姿に見覚えのある人物がいたので近づいていく。

 

「おはよう緑谷君」

 

「あ、おはよう伊吹さん」

 

 ここ数日で女性と話すことに少しずつ慣れてきたようで、未だに少し照れながらも挨拶を返してくれる緑谷君。彼の右腕を見てみると、包帯が巻かれている。数日前の屋内戦闘訓練で大怪我をした緑谷君は、当初ギプスを嵌めてバンドで首から吊り下げるという痛々しい状態だったんだけど、『治癒力の活性化』という個性を持つリカバリーガールの治療の甲斐もあって完治も近いらしい。彼の個性は増強型で、ビルの階層をいくつも吹き飛ばすほどの超パワーが出せるというもの。ただし肉体がその強力な個性についていけず、反動で骨や筋肉がグチャグチャになってしまうらしい。本当なら自分の肉体レベルに合わせてパワーを制御すれば問題は無いんだけど、彼曰く「個性が発現したのはほんの数か月前」。目覚めたばかりで調整がきかないらしく、体を鍛えながらイメージトレーニングをする毎日だと言う。

 私はそんな緑谷君の話に感心しつつ、ふと疑問に思うこともあった。現在の超常社会において、この個性という力は研究が進められていて、常に新しい発見がある。その研究成果によると、人が個性に目覚めるのは大体四才頃まで。遅くとも小学校に入るまでに発現し、以降兆候が見られない者は無個性として登録されるというのが定説となっている。つまり緑谷君は例外中の例外であり、なぜ今になってこのような個性が発現したのかという疑問が出てくる。……まぁ、素人の私がこんなことを考えていても仕方のないことなんだけどね。疑問が解けたところでどうこうするつもりもない。

 今度それとなく緑谷君に聞いてみよう。答えてくれるかどうかは別として。

 

 

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみてぇなマネするな。能力あるんだから」

 

「……わかってる」

 

 昨日の戦闘訓練から様子のおかしかった爆豪君は、今朝のホームルームの時間でもおとなしい。相澤先生の言葉にも素直に耳を傾けていて、いつもの偉そうにした態度が鳴りを潜めていた。

 相澤先生は緑谷君にも注意をしてこの話を締めくくると、さっそく本題をきりだしてきた。

 

「急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」

 

 うわ、物凄い学校っぽい。

 相手が相澤先生なので、なにかまた突飛なことをやらされると思って身構えていたら、全然そんなこともなかった。教室のこの空気からして、きっと皆も私と同じことを思ったに違いない。

 学級委員長というクラスを導く役を決めるとあって、クラスの全員が手を上げて立候補を申し出る。ちなみに私も手を挙げている。人の上に立ったり、目立つ立場になるのはあんまり好きじゃないんだけど、なんというかこの場の雰囲気に釣られて思わず挙げてしまった。

 

「静粛にしたまえ!!」

 

 各々が我先にと手を上げ収拾がつかなくなりかけたところに、飯田君が声を張り上げて静かにさせる。

 

「"多"をけん引する責任重大な仕事だぞ…!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!!」

 

 お説教をするように皆を諭す飯田君。彼の主張は「周囲の信頼を勝ち取って、投票によって選ばれた人が真のリーダー足りえるのではないか」ということらしいのだが、いかんせんプルプルと震える程に頭上に伸ばされた右腕が説得力を失わせていた。

 それはもう「そびえ立ってんじゃねーか!!」と総ツッコミを食らう程であった。

 投票にしても自分に入れるという意見が多かったけど、相澤先生は時間内に終わればどんな決め方でも良いという。ならばと試しに投票してみた結果、なんと緑谷君が四票を獲得して委員長に抜擢された。私は緑谷君に入れたので二票は確定だと思っていたけど、さらに二票も入っているとは。爆豪君なんかは緑谷君が委員長に決まったことであからさまにムカついていた。

 副委員長にはやおよろっぱ……もとい、八百万さんに決まった。少々不服そうだったけど、まぁ決まってしまったものは仕方ない。他の皆も特に異論はないと言うので、さして時間もかからずに学級イベントは終了した。

 

 

 

 

 お昼休み

 

 私は緑谷君、飯田君、麗日さんというお決まりになりつつあるメンバーで食堂へとやってきていた。いつものように適当な席に座ったところで、私は午前の授業からどこか落ち込んだ様子の飯田君が気になっていた。まさか学級委員長の件を未だに引きずっているとか?飯田君真面目人間だから、やっぱり委員長やりたかったんだろうな。それなのに緑谷君に票を入れるなんて、どこまでも真面目なんだな~。まぁ、そっとしておいてあげよう。

 

「でも、飯田君も委員長やりたかったんじゃないの?メガネだし!」

 

「っっん″ん″!」

 

「ちょっ、大丈夫?!伊吹さん!」

 

 まさか麗日さんがその話をぶっ込むとは思わず、もう少しでご飯が喉に詰まってしまうところだった。

 

「う、うん。大丈夫。ちょっと咽ちゃった」

 

 心配してくれた緑谷君にお礼を言って食事を再開する。

 まったく、悪びれもなく聞けるなんて……麗日さん、恐ろしい子!!

 

「それで、飯田君はやっぱりやりたかった?」

 

 よほど気になっているのか、再度飯田君に問いかける麗日さん。

 

「"やりたい"と相応しいか否かは別の話…。僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 

「「「僕…!」」」

 

「?!」

 

 今まで一人称が"俺"だった飯田君が、ここにきて無意識に"僕"と呼称したことに三人同時に反応してしまう。

 

「ちょっと思ってたけど、飯田君て"坊っちゃん"?!」

 

 しまったという顔をする飯田君に麗日さんが詰め寄るように質問すると、彼は観念した表情で話し始めた。

 なんと飯田君の家は代々ヒーローを輩出してきたヒーロー一家らしく、彼はその家の子供で次男にあたるらしい。現在活躍している有名なターボヒーロー『インゲニウム』の弟で、その兄はヒーローとしても一個人としても尊敬する人物だと熱く語る飯田君。でも、今の自分よりも緑谷君の方が相応しいと思ったんだとか。

 そうして話が一段落した時、突然校内で警報が鳴り響いた。

 

『セキュリティー3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難してください』

 

 警報と避難指示を聞いた食堂の生徒たちは避難しようと行動するが、パニック状態に陥っていて出口で詰まってしまっている。この騒ぎのせいで私は緑谷君たちとはぐれてしまい、目に見えるのは押し合い圧し合いする生徒達の首から下だけ。密着した状態で好き放題動かれるため、体の小さい私は角が引っ掛かったりしていろんな方向に波の如くさらわれてしまう。このままだときっと怪我人がでる。ていうか自分が怪我をしそうなので、とりあえず個性で身体強化して緑谷君たちを探すことにする。

 

「大丈ー夫!!ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません!大丈ー夫!!ここは雄英!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 見つからないなと思っていたら、突然飯田君が非常口の上に現れて声を張り上げて皆に呼びかける。窓に近づいて外を確認してみると、カメラやマイクを持った集団が敷地内をぞろぞろと歩いていた。あれは相澤先生とマイク先生だろうか。どうやら足止めと説得を試みているらしく、報道陣に囲まれ詰め寄られていた。

 しばらくすると警察が駆けつけてきたため、不法侵入で逮捕されてはまずいと報道陣はそそくさと帰っていった。食堂にいた生徒たちも飯田君のおかげで落ち着きを取り戻し、大した怪我人も出ずに済んだ。その後駆けつけた先生方の誘導でその場は解散となり、私も緑谷君たちと合流して教室へと戻った。

 

「ホラ、委員長始めて」

 

 お昼休みが終わると残った役職を決めるため、ホームルームの続きが始まった。緑谷君は副委員長の八百万さんに促され、緊張から何度も言葉を詰まらせつつ進行を執る。

 

「――その前に、い、いいですか?……委員長は、やっぱり飯田君がいいと思います。あんなふうにかっこよく人をまとめられるんだ。僕は、飯田君がやるのが正しいと思うよ」

 

 さっきとはうって変わって穏やかな表情で話をする緑谷君。たしかに、飯田君のあの食堂での機転を利かせた行動は称賛されるべきものだった。偶然同じように食堂に居たクラスメイト達も、緑谷君の提案に賛同してくれる。

 当の本人である飯田君はしばらく呆然としていたけど、我に返ると委員長になることを快く承諾した。

 こうして飯田君は委員長となり、今日一日だけ、あだ名が『非常口飯田』になったとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

 放課後、騒動の原因と何故マスコミが雄英の敷地内に入ってこられたのかが気になって、一人隠れて立ち入り禁止となったゲートを見に行くと、作動したと思われる隔壁が破られて無残にも崩壊していた。現場には校長を含めた多くの教師陣が集まっていて、その惨状を静かに分析、今後の対処について話し合っているようだった。私は気付かれないうちにすぐその場を離れ、別のゲートを通って学校を後にする。

 ……あれはただのマスコミがやったようにはとても思えない。ヒーロー以外の一般人は基本的に自宅以外での個性使用が禁止されているうえに、日本最高峰と呼ばれる雄英の警備用の隔壁を崩す程の強力な個性など、そうあるとは考えにくい。プロのヒーローが多数常駐していることを加味すれば尚更だ。

 まず間違いなく、あれは悪意のある意図を持って行われた所業であり、ヒーローが相手でも牙をむくとなれば、それはもう……ヴィランしかありえない。

 どんな目的があったかまではわからないけれど、なにか……とても良くない事が起こるような気がする。

 

「すーいか!」

 

「?!」

 

 考え事に没頭しすぎたせいか、突然誰かに後ろから抱きつかれてしまう。私は反射的に相手の手首を握って捻りあげ、拘束が外れたところで逆に相手の腕を後ろから固めて拘束する。

 

「イタタタタ!」

 

「っ!友子じゃない!」

 

 私が関節を極めた相手、それは別の学校に通う友達の友子だった。

 

「ごめんごめん、放してってば~」

 

 てっきり雄英の壁を破壊した誰かが、私のようなか弱い雄英の生徒を誘拐しようと企んで攫いに来たのかと思ったけど、どうやら違ったらしい。

 ため息をついて拘束を外すと、友子は腕を抑えてその場に蹲ってしまう。

 

「うぅ~、萃香にイジメられたよ~」

 

 スンスンとすすり泣いているように見えるけれど、そんなことはない。むしろ隠れて見えないその表情は、悪戯が成功してこれでもかと言えるくらい口角が上がっているに違いない。

 

「と~も~こ~?」

 

「なんちゃって!びっくりした?なんだか怖い顔してたから悪戯したくなっちゃって」

 

 周りの目も気になるので威圧を込めて名前を呼ぶと、友子はスッと立ち上がって満面の笑みで答えてくる。

 

「呆れた。……そんなに怖い顔してた?」

 

「うんうん、やっぱり萃香にはそういう表情が一番だよね。その上目遣い。紳士じゃない私でもそそられちゃうな~」

 

「もう、真面目に答えなさい!」

 

 まったく、いつもこんな調子である。こっちが聞いてるのに全然答えないし、尚且つすぐにおちょくってくる。友達になったばかりの頃は随分大人しかったのに、仲良くなって気心が知れた今となっては見る影もない。

 友子の学校の人たちも、友子のこんな一面を見たらびっくりすること間違いない。

 

「あ、そうだ!ここの近所に新しいスイーツのお店が出来たんだって!今から一緒にどう?」

 

「……行く」

 

 本当に、私の都合なんてまったく考えてないんだから。まぁ仕方ないから、これから行くお店の食事代は友子持ちということで手を打ってあげることにするかな。

 

 

 

 噂の新店舗に入った私はさっきの仕返しとばかりに高いスイーツから注文して、友子の制止を聞かずに好きなだけ食べてやった。お会計の際に「お小遣いが無くなった」とぼやく友子に、少しだけ悪いなと思いつつ奢ってもらった私。

 まぁ、奢ってもらったんだからお礼くらいは言わないとね。

 

「ごちそーさまでした!」

 

「はいはい、お粗末様!」

 

 




 UA4万目前!

 お気に入り1000件目前!

 総合評価も徐々に上昇中!

 この作品を読んでくれる読者さんが増えてくれるのは、けっこう私の力になっていまして。

 感想や高評価をくださる読者の方々には、本当に感謝に堪えません!

 執筆しているときは「これで読者は満足してくれるのか?」とか「早く次話アップしなきゃ」という勝手なプレッシャーを感じていたりもします。
 でも読んでもらえることは嬉しいです。
 更新は遅いし、設定も粗いし、いつ終わるかもわかりませんが、こんな私の作品に最後までお付き合い頂けたらなと思いますm(__)m

次回はおそらくUSJ編が始まります!

んではでは(=゚ω゚)ノ


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USJ襲撃編
~救助演習場と悪意の訪問者~ 修正版


今話の内容について、低評価なコメントが少なからずありましたので修正した内容を別で投稿することに致しました。

ヴィラン出現後を大幅書き換えしたので、そこから読んでいただければと思います。

すでに読んでくださっている皆さまには、二度手間となってしまうことを謝罪させていただきます。

ただ、おかげ様で多少は良い方向に修正出来たと感じております。あくまでも個人的な感触ですが(;^ω^)
私も少々納得のいかない出来でしたので、そういう意味では読者に感謝をm(__)m

それでは、本編



 友子のお小遣いをスッカラカンにしてから次の日。

 昼食も済ませて教室で雑談をしていると、授業開始のチャイムと同時に相澤先生がドアを開けて入ってきた。

 ここ数日で相澤先生の性格を把握してきた私たちは、会話を止めて教卓へと静かに視線を向ける。

 

「今日のヒーロー基礎学だが――」

 

 相澤先生は教卓の上に荷物を置くと、さっそくこれからの授業内容を話し始めた。科目は『ヒーロー基礎学』。オールマイトが最も単位数が多いと言うだけあり、今日は放課後までこの授業のみとなる。さすがヒーロー科。

 担当は相澤先生とオールマイト、さらに一人を加えた三人体制で見るらしい。前回はオールマイト一人だったことを考えれば、おそらく昨日のマスコミ騒動が影響しているのかもしれない。過去一度も侵入を許したことのない雄英の警備システムが、何者かによって隔壁が破壊されマスコミに侵入されてしまったあの騒動。初めての経験に生徒たちが混乱状態に陥ったものの、教師陣と一部の生徒たちの機転で幸い怪我人を出さずに済んだ。

 騒動の後、私は突破されたゲートを見た。故障したわけでも無理矢理こじ開けたわけでもない。隔壁は風化したように無残に崩され、細かい残骸が小さな山になっていた。明らかに法律を無視した個性の不正使用なうえ、ヒーローを挑発するようにもとれる堂々とした所業。

 この正体不明の者から生徒を守るためだとすれば、三人体制なのも納得できる話かな。

 

 今回の授業内容は"レスキュー訓練"。その言葉に生徒側が反応してざわつくと、相澤先生から睨まれて黙らされる。訓練場が少し離れた場所にあるということで、私たちはコスチュームを着てバスで移動することになった。

 

「バスの席順でスムーズにいくように、番号順で二列に並ぼう!」

 

 着替えが終わってバスの停留所に着くと、飯田君が指笛で皆を誘導して整列させていた。こういった率先した行動力を見ていると、やはり彼が委員長に決まったのは当然と言えるかもしれない。

 全員が揃って整列し飯田君の合図でバスに乗り込むが、前半分が左右から向かい合う形の座席になっていてどう座るか悩んでしまう。結局座席にはそれぞれ好きなところに座ることになり、飯田君は「こういう座席のタイプだった!」と言って自分の行動が無意味だったことに嘆いていた。芦戸さんが「イミなかったなぁ」と容赦のない言葉をかければ、飯田君はさらに落ち込んでしまう。真面目な分、こんな何気ない一言でも刺さってしまったようだ。

 

「私、思ったことをなんでも言っちゃうの、緑谷ちゃん」

 

 向かいに座る飯田君を慰めていると、梅雨ちゃんが緑谷君に話しかける。話題はどうやら緑谷君の個性に関することらしい。蛙吹さんが彼の個性がオールマイトに似ていると指摘すると、緑谷君は驚いた表情をして口ごもってしまう。たぶん憧れるヒーローに似ていると言われて照れてしまったんだろう。単純な増強型の個性に加えて、発動すれば強力な威力を発揮するあのパワーはたしかにオールマイトを彷彿とさせる。

 

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねぇぞ、似て非なるアレだぜ」

 

 やり取りを聞いていた切島君が梅雨ちゃんに反論をする。アレがどの部分を指しているのかは置いておくとして、私も梅雨ちゃんと同じで緑谷君とオールマイトの個性は似ているような気がする。オールマイトの個性に関しては、過去にも色んなメディアで取り上げられている。シンプルに増強型の発動系と言う人もいれば、常時発動系の異形型(ムキムキ)とか、大気を操る個性だとか、様々な意見がある。なぜこんな議論が多発するかと言うと、オールマイトが個性の詳細を公にしていないためだ。現在では増強型という意見が主流になっていて、オールマイトの事務所の公式ホームページでもそう紹介されている。ただ、超人社会においてもあまりにも強力すぎるパワーとスピード。ネタ好きなマスコミが「はいそうですか」と鵜呑みにするわけがなく、今でも定期的に専門家を呼んでテレビで議論しているときがある。

 それに比べて緑谷君の個性は確かにオールマイトと同じ増強型だけど、一度発動すれば必ず自爆してしまうリスクの大きい個性だ。オールマイトは自爆なんかしないし、個性を100%の力で行使できているように見える。強力な反面一発撃って戦力外ではプロでは通用しないのだ。

 個性が発現して日が浅いとはいえ、緑谷君もそれはわかっていると思う。だからこそ、彼がもし個性の使い方を習得して全力が出せるようになったとき、きっとオールマイトのようなヒーローになるんじゃないだろうか。

 まぁ、これは私の勝手な憶測だし、世の中増強型の個性持ちはたくさんいるからね。オールマイトと緑谷君だけを結びつけるのはさすがに強引すぎるかな。

 

「緑谷の個性も強力だけど、他に派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな」

 

 緑谷君の話は流れて今度は個性の強さの話になったところ、切島君が二人の名前を挙げた。

 爆豪君は"強い"という言葉に反応するも、梅雨ちゃんの「キレてばっかで人気出なさそう」という一言にすぐに噛みつく。「人気出すわ!!」と言いつつ、キレれている時点で本末転倒である。沸点がここまで低いと体への負担が凄そうで、老後が心配になってくる。

 轟君は強さに拘っている節があったから参加してくると思ったけど、この手の話に興味が無いのか反応はない。

 

「ケロ。強力というなら伊吹ちゃんの個性は未知数ね。モニタールームで二人に分身したときはびっくりしちゃったわ」

 

「そうそう!しかも分身って言っても個性の力だから、実質一人で二人を相手に戦ったってことだろ?それで相手を圧倒しちまうんだもんな。あれを画面越しに見た時は開いた口が塞がらなかったぜ!」

 

「あはは、ありがとう。なんだか照れちゃうな」

 

「そろそろ着くぞ。いい加減にしとけよ……」

 

「「ハイ!!」」

 

 梅雨ちゃんと切島君にベタ褒めされて照れていると、先頭に座っている相澤先生に注意されてしまった。私たちに許されるのは肯定のみである。

 

 

 

 

 バスを降りて到着したのはドーム建築の大きな建物だった。相澤先生の引率の元に入口を通ると、中には様々なアトラクションのような施設があちらこちらに並んでいて、どこか子供心を擽るものがある。

 歩いていくと巨大なアーチのそばに誰かが立っているのが見えた。

 

「ようこそ1-Aの皆さん。ここは、水難事故、土砂災害、火事、etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルームU S J  !!」

 

 USJって言っちゃった!ダメでしょ!いろんな権利問題が発生しちゃうよ?!

 そんな私の心のツッコミを他所に説明をしてくれているのは、実際の災害や事故現場で活躍している人物。スペースヒーロー『13号』という人だ。全身を宇宙服のような装備で覆っていて体格が読めず、ヘルメットの中は暗くて表情を窺うことも出来ない。その外見から子供たちを中心に人気が高く、過去に直接救助された人たちの中にはファンになった者も多い。救助専門でありながら時にはヴィランの大取物にも参加する彼は、実力と人気を兼ね備えたトップレベルのヒーローと言える。

 麗日さんは彼のファンのようで、隣でテンションが上がっている緑谷君よりも興奮している。

 ちなみにこの世界ではヒーローカードというものがあり、それには彼らの決めポーズや必殺技の写真やイラストが描かれている。13号のカードは真正面からの片手ピースという味気無さながら、今はプレミアがかかっていて中々手に入れることが出来ない。

 なぜいきなりカードの話なのか。私がそのプレミアカードを持っているからって理由で思い出しただけだからさ!

 

「えー、始める前にお小言を一つ二つ…三つ……四つ……」

 

 なにやら相澤先生と内緒話をしていた13号先生は、私たちの方へ向き直って話始める。

 先生の個性は『ブラックホール』あらゆるものを吸い込んでチリに出来てしまう反則的な能力である。その個性を使ってどんな災害からも人を救い上げることが出来るのが先生の持ち味と言える。

 麗日さんが高速で頷くなかで、先生は「しかし」と言葉を繋げる。

 

「これは簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」

 

 その先生の一言でハッとさせられる。……たしかに個性というものは人によっては強力で、一歩間違えれば即取り返しのつかない結果に繋がりかねない。それは私を含めてここにいる全員に言えることだと思う。

 これまでの授業で自身の個性に秘められた可能性と、人に向けることの危うさを学んでもらったと言う先生。

 

「この授業では心機一転!人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう。人を傷つけるのではなく、救ける為にあるのだと心得て帰ってくださいな。以上!ご静聴ありがとうございました!」

 

 一通りの話を終えて胸に手を添えてお辞儀をする13号先生。皆で拍手を送り、麗日さんと飯田君が歓声をあげる。カッコいいなぁ。スペースヒーローというよりも紳士ヒーローと改めてもいいと思います!

 

「そんじゃあまずは………?」

 

 たぶん授業を始めようとした相澤先生は、何かに気付いたのか、下方にある噴水広場の方へと視線を移す。それに釣られて私も視線を向けると、黒いモヤが少しずつ広がっていくのが見えた。

 あれはなんだろうか?……何か嫌な予感がする。そう思った瞬間、背筋に悪寒が走る。

 

 人の……手?

 

「一固まりになって動くな!!13号、生徒を守れ!」

 

「!」

 

 眼下の光景に目を奪われていた私は、相澤先生の大声のおかげでなんとか正気に戻る。

 ただ他の皆は状況が良く読めていないようで、先生の言葉を受けても呆然と立っている者が多かった。そうこうしている内に黒い靄はさらに拡大していき、中から異形といえるものが次々と現れる。

 

「何だありゃ?!また入試ん時みたいな、もう始まってるぞパターン?」

 

「違うよ切島君。あれはたぶん……」

 

「動くな!あれは、ヴィランだ!!」

 

 現状を把握できていない私たちに痺れを切らしたのか、相澤先生は彼らをはっきりヴィランだと明言する。それを聞いてさすがに自分たちの置かれている状況を把握した皆から一気に緊張が膨らんでいく。

 普通、ヴィランが自分からヒーローのいる場所に現れることはない。だけど今、続々と出てくるヴィラン達に加えて、通信機やセンサーなどの機器がまったく反応しない。

 ここは校舎から離れた建物だから、外部と連絡が取れないなら隔離されたも同然。それに私たちがここへやって来る時間を見越していたような、タイミングの良すぎるヴィランの出現……。

 

「バカだがアホじゃねえ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 

 どうやら私だけじゃなく、轟君も状況を見て判断していたようだ。他にも何人かが13号先生の指示を仰いだりなんらかの行動を起こしているけど、ほとんどは動揺していて棒立ちになってしまっている。

 無理もない。普段通りの授業を受けるのだと思っていたら、いきなりヴィランが現れたら恐怖に竦んでしまっても仕方ない。でも私たちはヒーロー科だ。いつまでも止まっていては始まらない。

 

「13号、避難開始だ!電話を試せ!センサー対策をされている今無意味かもしれんがな!上鳴、お前も個性で連絡を試せ!」

 

「っス!」

 

 逸早く現状を分析した相澤先生は皆に次々と指示を出していく。そこには普段の眠そうな相澤先生ではなく、プロのヒーローとしての『イレイザーヘッド』がそこにいた。

 

「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃいくら個性を消すって言っても限界が!」

 

 一人戦闘準備を整えた相澤先生に対して緑谷君が声をかける。先生の戦闘スタイルはヴィランの個性を消してからの捕縛。正面からの集団戦闘は不利だと説く緑谷君。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号!任せたぞ」

 

相澤先生はゴーグルを嵌めて私たちを一瞥すると、足止めのため階段を駆け下りて行った。

 

「先生……」

 

 一人立ち向かっていった先生を心配そうに見つめる緑谷君と他の生徒達。

 正直に言えば、私も緑谷君と同意見だ。プロとはいっても相澤先生の個性は『抹消』。相手の個性を消しての捕縛武器を用いた格闘戦は、個性に感けたヴィラン相手なら確かに効果的だと思う。

 ただ今回は相手が多すぎるうえに、本来はやり過ごす対象のヒーローに対して逆に攻めてきた。ということは、この場にいる先生方では対処しきれないような何か……奥の手といえる手段を持っているはず。先生一人じゃたぶん長期戦になるだろうし、疲弊した状態だと対処もしきれないはず。

 ……なら私に今出来ることと言えば。

 

「緑谷君。相澤先生には私がついていくので任せてください」

 

「え、伊吹さん!?」

 

 前に出た私に不安そうな表情を浮かべる緑谷君。敵は多い。相澤先生がプロであってもやっぱり心配なんだろう。そして、私も着いていこうとしていると思ったのか、顔色がさらに悪くなっていく緑谷君。優しい人だな。いや……むしろ今の状況なら誰が行こうとしても止められちゃうか。オールマイト以外は。

 そんな彼の不安な気持ちを、私が少しでも軽くしてあげるとしようかな。

 

「安心してください、私が直接行くわけじゃないですから。プロといえどあれだけのヴィランを相手に先生一人だと私も心苦しいですから。それに、緑谷君は知らないかもしれないけど……私ってけっこう強いんですよ?」

 

「えっ……伊吹さんが二人?」

 

 個性を発動させ複製した分身体と二人でウィンクしてみせると、困惑とした表情で固まってしまう緑谷君。

 そういえば前回あった屋内戦闘訓練の時は、重傷を負って保健室に搬送されちゃったから、クラスメイトが個性を使うところを緑谷君は見られてないんだっけ。

 今は説明なんてしてる暇は無いし、

 

「(それじゃあお願いね、私!)」

 

「(了解!)……それじゃあ行ってきます!」

 

 視線を交わして頷いたもう一人の私は、先行する相澤先生に追いつくため、手摺に飛び乗って滑り降りて行った。

 プロに比べたら一学生である私が分身で援護したところでどうにもならないかもしれない。けど味方は居た方が良いに決まってる。もし分身がやられても私自身に反動が返ってくることもないし、それならば相澤先生も否とは言わないはず。

 

「さあ、行きましょう緑谷君。13号先生や皆と早く外に避難しないと」

 

「あ、うん……」

 

 私が退却を促すと緑谷君はすぐに元の調子を取り戻し、広場で戦う二人をしばらく見つめてから皆の後を追いかけていった。

 念のため私も戦況を確認してみると、相澤先生がヴィランの個性を消しながら次々と打倒していた。私の分身も先生と上手く連携をしながら、『抹消』が効かない異形型を中心に意識を刈り取っている。

 合理性を重んじる先生のことだから、あらゆる系統の個性への傾向と対策は必ずしているはず。チンピラに毛が生えた程度のヴィランが相手なら、まず後れを取ることもない。

 さらに、あれだけの人数相手に孤軍奮闘する様を見せられれば、多人数戦の方が得意分野なのだとはっきりわかる。私の援護を考慮しても先生のヴィランを捌く速度は尋常じゃない。

 

 ……うん、大丈夫そう。

 あのままいけば、私たちが避難してヒーロー達の援軍が到着するまで、きっと持ちこたえてくれる。

 

「伊吹君何をしているんだ!早く避難を!」

 

 この場を動こうとしない私に飯田君が痺れを切らしたように呼びかけてきた。

 そうだ。今は戦況の行方を見守るよりもここを脱出することを優先しないと!

 

「させませんよ」

 

「!ヴィラン!?」

 

 出口とそこへ向かう私たちの間に突如出現する一人のヴィラン。

 下の広場からここまで距離があるはずだけど……黒い靄、不定形に揺れる姿。

 

 ワープの個性?

 

 もしそうなら、広場のヴィラン達はこの人物が連れてきたということ。

 

「初めまして、我々はヴィラン連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに、息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

 現役ヒーローの頂点であり、平和の象徴と言われるオールマイト。その彼を殺すと軽く宣言をするヴィランの言葉を聞いて、皆の間に動揺が広がっていくのがわかる。

 数々の功績と圧倒的な実力を持つオールマイトを殺すなんて、誰に聞いたとしても不可能だと答えると思う。それでも命を狙ってやってきた。

 気負った様子も無く、ただ淡々と、それが可能だとでも言うように。

 

 後に私はその答えを、絶望と共に知ることになる……。

 

 




いかがでしたでしょう。多少はマシになりました?(;^ω^)

これ以上は私の稚拙な頭ではどうしようも出来ませんでした(笑)
もしある程度満足していただけなかったなら、それは私の勉強不足です。ごめんなさい。

面白い内容を書くというのは思いの外難しいですね(;^ω^)
でも修正案を書いてる間は楽しかったですよ!

次の投稿も例の如く未定です。気軽にお待ちいただければと思います。

しばらくは修正前もそのまま置いておきますので、読み比べていただいても良し、飛ばしていただいても良しです。まぁ、あまり内容に変更はないですからね(/ω\)

何日かしたら修正前の方は消す予定ですのであしからず。

ではまた次回で

ではでは



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~実戦(本)と実戦(分)~

どうも、最後の投稿から実に3週間以上も過ぎてしまいました!

お待たせして申し訳ない!

私の最近のトレンドは『ベーコンムシャムシャくん』です

3/1追記

UAが6万を突破致しました!
いつも読んでいただきありがとうございます!
書き始めた当初は、まさかここまで伸びるとは思いませんでしたね~(;^ω^)
感謝感謝です!!(*ゝ`ω・)
これからも「百鬼夜行のヒーローアカデミア」をどうぞご贔屓に!m(__)m


それでは本編




「――危ない危ない。……そう、生徒といえど優秀な金の卵」

 

 オールマイトを殺すと言ったヴィランが油断している隙に先制攻撃を浴びせた爆豪君と轟君。不意打ちとしては完璧なタイミングだと思った私が個性で舞った砂煙を晴らすと、一切ダメージを負った様子のないヴィランがそこにいた。

 13号先生が二人をすぐに呼び戻そうと声を張るも、ヴィランの方が行動が速く、私たちは瞬く間に黒い靄に包み込まれてしまう。

 

「はああっ!!」

 

 次々とクラスメイトが飲み込まれていくのをなんとか阻止しようと、疎の効果範囲と強さを全開にして靄を散らせるか試みる。ヴィランに近い場所にいた爆豪君と切島君はすでに完全に飲み込まれてしまったけれど、あの二人は強いから何かあっても一緒であればきっと大丈夫。

 今の私の役目は、これ以上被害が広がらないようにすること!

 

「…?」

 

「……なんで!?」

 

 私の全力による個性への干渉は出来たものの、それはほんの少し動きを鈍らせただけで、ほとんど効果を出せていなかった。

 ヴィランが少し頭を傾げたようにも見えたけれど、そのまま何事もなかったように皆を飲み込んでいく。

 そしてそれは私も例外ではなかったようで、靄に捕まるとあっという間に視界が黒く塗りつぶされてしまった。

 

「皆!!!」

 

 周りの音が遠ざかっていく中ではっきり聞こえたのは、靄に飲み込まれてしまった私たちを呼ぶ飯田君の声だった。

 

 

 

 

 

 

「ッ!ここは!?」

 

 靄が途切れて視界がクリアになった瞬間、視界いっぱいに赤々と炎が燃え上がっている景色が飛び込んできた。

 体の表面を舐めまわすような火災と咽返りそうになるほどの熱気に襲われる。

 このままでは蒸し焼きになってしまうと思った私は、即座に個性を発動して周りの温度を二十度ほどにまで下げた。

 これでとりあえずは大丈夫かな。

 常時熱を緩和しつつ改めて周囲を確認すると、単に炎が上がっているだけではないということに気付いた。

 ビルやアパート、車や自販機など、ありとあらゆるものが炎に包まれていて、まさにテレビで見るような火災現場の真っ只中にいるような状況だった。

 この光景を見て、私はすぐに今いる場所の検討がついた。演習場に入って遠目に一度確認しただけだけど間違いない。

 

「火災ゾーン……」

 

「伊吹さん!!」

 

 聞いたことのある声に振り向くと、尾白君がこちらへ駆けつけてくるところだった。

 

「尾白君」

 

「良かった。いきなり黒い靄に包まれたと思ったら、次の瞬間にはこんな所にいて驚いたよ。見渡す限りどこも炎に包まれてしまっているし、僕以外誰もいないからどうしようかと思ってたんだ」

 

 安心した様子で息を吐く尾白君。

 見たところコスチュームの至る所が黒く煤けていて、私を発見するまで動き回っていたことがわかる。喉が焼けてしまうのではと思う程の熱気に包まれているというのに、尾白君が意外と平気そうにしていることに驚かされてしまう。

 

「おい、いたぞ!!予定地点に現れねえと思ったらこんなところに居やがった!」

 

 他にここへ飛ばれた人が居ないか、尾白君とこれからの行動方針を決めようと話し合っていると、ガラの悪そうな者たちが現れて周りを囲まれてしまう。

 

「な、こいつらまさか!」

 

「ヴィラン、だね」

 

 こちらを嘲笑うかのように嫌らしい表情を浮かべて近づいてくるヴィラン達。数はおよそ三十ほどで、炎を纏ったようなヴィランや岩で上半身を覆ったヴィランなど、暑さに耐性を備えている者たちが大半を占めているのがわかる。

 このヴィランたちもおそらく広場に現れた奴らと同様、あの黒い靄の男によってここまでワープで運ばれてきたのだろう。

 

 "散らして嬲り殺す"

 

 "予定地点"

 

「なるほどね」

 

「伊吹さん?」

 

「尾白君。彼らの目的はおそらく、靄の男によって分散して飛ばされた私たちを、数に物を言わせて蹂躙することだと思います。ここが施設内の一角にある火災ゾーンだとすれば、私たちと同じように他の皆もそれぞれの災害ゾーンにワープさせられて多数のヴィランと対峙してるかも」

 

 いつ攻撃されてもいいようにヴィランから視線を逸らさず警戒をしつつ今思いついた推測を尾白君に話すと、彼の方から息を呑むような気配が伝わってくる。

 

「そんな……」

 

「だから、さっさと目の前のヴィランたちを片付けて援軍に向かいましょう」

 

「え?」

 

「おいおい!初めてヴィランと対面してぶるっちまったか?!かの有名な雄英の学生ってもやっぱガキはガキか。まぁ、この人数差じゃ仕方ねぇし、せめて苦しまねぇようn?」

 

 私の言葉に傍らで呆ける尾白君と、数の有利からか饒舌に恐怖を煽ろうとしてくるヴィラン。

 私は個性全開で踏み込んで一気に最前列のヴィランに肉薄すると、視界から一人消えたことに呆けた表情をする相手の鳩尾に思い切り拳を叩き込む。

 

「ぅがっ!!」

 

 拳がめり込むと同時にうめき声を上げたヴィランは、苦し気な顔でこっちに視線を下ろすと驚愕に目を見開いて膝から崩れ落ちた。周りのヴィラン達は仲間が倒れた音でようやくこちらに気付いたようで、蹲って動かない者とそばに立つ私を交互に見て明らかに動揺した様子でざわめきだす。

 

「いつの間に?!」

 

「て、てめぇ!やろうってのか!」

 

「くそ、舐めたマネしてくれるじゃねえか!」

 

 味方の一人がやられたことに口々に声を荒げるヴィラン達は、それでも戦闘態勢をとるだけで攻めてこようとしない。

 どうやら誰も私の動きを捉えられなかったようで、自分はやられまいと警戒の目が私に突き刺さる。

 

「どうしました?まだヒーローにもなっていないガキにぶるっちゃいました?」

 

「んだとコラァ!!」

 

 相手を煽るようにさっき私たちに言った言葉をそのまま返して不敵な笑みを浮かべると、案の定挑発に乗ったヴィランたちはうって変わって全員が同時にかかった来た。遠距離主体なのか途中で立ち止まって腕や体から生えた触手を構える者もいるけど、この範囲ならいける!

 私は元いたところまでジャンプして尾白君の横に並び彼にこの場を動かないように指示をする。

 私と目を合わせながら尾白君が静かに首肯してくれたところで、地面目掛けて拳を打ち付ける。

 

「縛符『砂鎖縛留(ささばくりゅう)』!!」

 

 纏わせた個性を流し込むと鼓動を刻むように地面が波打つ。波は波紋のように全方位へ広がっていくと迫りくるヴィランへと向かっていく。警戒を全開にしていたヴィランたちは近づく地面の波に驚いて次々とジャンプをして飛び越えていく。最後に一番外側にいたヴィランに避けられた波は、数メートル進むと静かに地面へと消えていった。

 それを見ていたヴィランはこちらに向き直り嘲笑うかのように顔を歪める。

 

「ケッ。生意気な口をきいた割には随分としょっぺえ技だ。躓かせて擦り傷でも負わせようとしたってか?」

 

 そんなヴィランの人をバカにした余裕の態度に頬が緩むのが我慢出来ず思わず顔を地面へ向ける。その私を見て技が失敗して落ち込んでいると思ったのか、徐々に笑い声広がっていくのがわかる。

 

 サラサラ……

 

「い、伊吹さん」

 

 俯いたまま動かない私へと尾白君から心配そうに声を掛けられる。

 

 ズズ…ズズズ……

 

 誰も気づいていない。私以外の全員が今のが不発だったと思っている。

 

「…え?!」

 

 最初に異変に気付いたのは私と同じ場所に立っている尾白君。

 

「な、なんだこりゃ?!」

 

 次に気付いたのはヴィランの一人。その動揺が感じ取れる声に他のヴィラン達の笑い声が止み、戸惑いや驚愕の声が次々とあがる。

 

「砂ぁ?!」

 

「砂なんていったいどこから?!」

 

「ぬ、抜けねぇ!!」

 

「体がぁ、沈むぅ!」

 

「なんだよこの硬さ!砂じゃねえのか!」

 

 四方からあがる阿鼻叫喚の声の最中ゆっくりと立ち上がって周囲を見渡すと、ヴィラン達は一人残らず砂漠化した地面に肩あたりまで飲み込まれていた。

 未だに往生際が悪くもがき続ける者が多いものの誰一人として抜け出せる気配はないけれど。

 

 縛符『砂鎖縛留(ささばくりゅう)

 

 指定した範囲の地面を砂漠化させて流砂のごとく相手を飲み込む技。砂漠化といっても、ただ砂と砂利とセメントを分離させて相手を引きずり込み、再度混ぜ込んで固めるという単純だけど手間のかかるものである。

 

 こっちの世界に来てから編み出した技だけど上手くいって良かった。幻想郷で早苗に読ませてもらった漫画が良い刺激になったかな。

 

「す、すごいね」

 

 オリジナルの技が見事に決まって嬉しくなっていると、尾白君が感心したように声をかけてくる。

 

「うん、上手くいって良かった。…さてと」

 

 しばらくもがき続けていたヴィラン達はもはや抜け出せないと判断したようで、ほとんどが諦めた様子で大人しくなると視線が私の方へと集中し始める。

 頃合いかと思って両掌を打ち合わせると、残りのヴィラン達も大人しくなりこちらへと苦々しい顔を向けてくる。

 

 「さて質問です。オールマイトを殺すための手段というのを教えてください」

 

 そう言って私が友好的な笑顔を浮かべると拷問でも受けると思ったのか、ヴィラン達が絶望の表情で息を呑みごくりと喉を揺らした。

 

 失礼な!何もしないよ!

 

 

 

 

 

 分身萃香サイド

 

 

 本体と別れて階段の手摺りを滑り降りると、相澤先生の戦闘が近くで見ることが出来た。

 先生は普段首にマフラーのように巻いている特殊繊維の捕縛武器と個性の"抹消"を駆使して、次々とヴィラン達を戦闘不能状態にしていく。肉体レベルは一般人とさほど変わらないはずなのに、不断の努力と実戦で裏打ちされた技術が襲い来るヴィランをものともしてない。

 様子見もそこそこに、相澤先生に気を取られてこっちに背を向けているヴィランの一人に近づいて、背後から金的をお見舞いする。

 がら空きの急所に私の強化状態の不意打ちを食らったヴィランは、股間を手で押さえ言葉にならない呻き声をあげながら地に沈む。

 何人かのヴィランにも同じように急所へと攻撃を加えてから相澤先生の元へと到着すると、先生は一度だけ私の方を見てすぐに目線をヴィランに戻した。

 

「伊吹、俺はすぐに避難して応援を呼べと言ったはずだがな」

 

 プロとして、雄英の教師としての判断を私が無視したと思ったのか、相澤先生は声に滲む怒気を隠すことなく言った。

 

「安心してください。今先生のそばにいる私は個性で分けた分身。本体はちゃんと13号先生やクラスの皆と一緒なので心配されなくとも大丈夫です。出来るだけ邪魔にならないようにしますから共に戦わせてください」

 

「だめだ。これはプロとしての命令だ」

 

 共闘を提案したところあっさりと却下されてしまった。取り付く島もないとはこのことなのかな。いや、ちょっと違うかな…。

 今はそれは置いておいて、そう言われてはいそうですかと素直に従うつもりはない。

 我先にと攻撃を仕掛けてくるヴィランを一人一人捌きつつ、再度の説得を試みてみる。

 

「お言葉ですが相澤先生。先生の個性である抹消は確かに強力な個性だと思います。でもいくら武器を装備したり、体を鍛えたり、相手の個性を消せるといっても、先生自身の身体は一般人と作りは変わらないはずです。だとすれば、長時間の戦闘行動は不利です」

 

 今はこうしてヴィランの攻撃を捌けていても、ずっと走り回っていれば必ず体力の限界が来る。

 

「でも私の個性なら先生を補助しながらの戦闘が出来ますし、なによりも個性による分身の私はたとえやられても霧散して消えるだけ。負ったダメージが本体にかえったりといったリスクは一切ありません。だからお願いします。一緒に戦わせてください!」

 

「……お前の本体に影響はないんだな?」

 

「ありません!」

 

「…いいだろう」

 

 相澤先生はほんの少しの間考える様子を見せた後、私の言葉を再度確認してからようやく許可を出してくれた。

 

「「!」」

 

 そうして喜んだのもつかの間で、相澤先生が目を離した隙を狙ったのか、黒い靄を纏った男がいつの間にか移動してクラスメイト達がいる出入り口の方へと現れたのが本体から伝わって来た。

 

「くそっ、一瞬の瞬きの隙に一番厄介そうな奴を…」

 

 ヴィランを一人取り逃がしたことに苦い表情を浮かべる相澤先生。それに続いて本体から伝わってくる情報に私も思わず表情を歪める。

 

 

 "ヴィラン連合"

 

 

 "オールマイトの殺害"

 

 

 …そして  

 

「そんな?!」

 

「どうした伊吹!」

 

「……靄の男が現れたところ爆豪君と切島君が先制攻撃を浴びせたんですけど、効果は無し。さらに、そのヴィランが展開した黒い靄に捕まり、大半の生徒がどこかへ飛ばされました!」

 

「…ちっ!」

 

 私がもたらした情報に舌打ちをする相澤先生。あのヴィランの個性がワープであること。私の本体が飛ばされたのは火災ゾーンで他には尾白君しかいないこと。そこに大量のヴィランが現れたことを伝えると、先生はどんどんと不機嫌な表情を濃くさせていく。

 

「……伊吹、本体は火災ゾーンにいると言ったな」

 

 上半身が筋骨隆々なヴィランと両手を合わせて握り潰していると、質問をされたので頷いて返す。

 

「なら他の生徒等もお前と同じで他の災害ゾーンに飛ばされた可能性が高い。もちろん待ち伏せのヴィランもな。おそらくお前等を分散させて各個に嬲り殺すつもりなんだろう。であればこいつらにいつまでも構ってはいられん。全員さっさと片付けるぞ」

 

「はい!」

 

 そう言って捕縛武器で捕らえたヴィランを頭から地面に叩きつけて昏倒させる相澤先生。私もそれに続いて小柄なヴィランの足を払い、バランスを崩したところに頭を横から掴んで地面へと叩きつける。

 殺してはいない。地面に若干罅が入りヴィランが白目をむいているものの、衝撃はちゃんと調節して意識を奪う程度にしっかりとどめている…つもり。

 

 

 

 このままいけば、そう時間もかからずに広場のヴィランは制圧できそうだ。

 

 そんなことを考えているとふと視界に水難ゾーンからこっちを観察する緑谷君達が写った。

 どうやらあっちはなんとか乗り切ったようで良かった。

 私も負けられない。そんなことを思っていると、私の前に異形と言うよりも異様と言うべきヴィランが立ちはだかる。

 

 

 黒々とした身体。

 

 異常なほどに発達した筋肉。

 

 焦点の定まっていない目。

 

 そして、むき出しの状態で晒されている脳みそ。

 

 

 明らかに普通ではないその姿に自分が分身だということも忘れ思わず一歩後ずさってしまう。

 でもここで引くわけにはいかない。そんなことをすれば相澤先生の負担が一気に増加してしまう。

 それに、このヴィランは危険だと、さっきから私の勘や本能がそう訴えかけてきている。

 

 

 私は怯みそうになる戦意を奮い立たせ一気にトップスピードで駆け出し、異様なるヴィランへと躍りかかる。

 

 このヴィランこそ、奴らが宣言したオールマイト殺害を成すための手札だということも知らずに。

 

 

 

 




遂に初の実戦を迎えた萃香ちゃん。

書いてる途中で「あれ?この技名、某人気漫画の砂漠の人じゃね?」って思ったんですが、まあ多少効果は違うしいいかなと思ってそのまま使いました!

久しぶりの投稿で文章が荒れているかもしれませんが、まぁそれも素人2次創作の御愛嬌ということで!



それではまた次回に

ではでは


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~ヒーローは遅れてやってくる~

ヒョコ|д゚)

スッ|д゚)_(本編)




 捕らえたヴィラン達から今回の襲撃に関する情報を得た私と尾白君は、それを阻止するべく各ゾーンに散らされた皆と救援を含めた合流のために移動を開始していた。

 

 拘束したヴィランが言うには、今回襲撃してきた目的はあのオールマイトを殺害するためだと言っていた。ただし自分たちはあくまでも下っ端であり、どんな方法かまでは知らないらしくほんのちょっとだけ脅してみたものの、答えが変わることはなかった。

 

 彼らが担っていた役割は黒霧と呼ばれるあの靄のような男の個性で飛ばされてきた私たちを蹂躙し殺すことであり、誰一人として生きて返すつもりはなかったんだとか。

 

 結果としては逆に返り討ちに終わったわけだけどね。

 

「伊吹さん。他の皆は大丈夫かな?」

 

「・・・どうだろう。轟君や爆豪君、あの二人はまず心配はないかな。実力は折り紙つきだし、あのレベルのヴィランが相手なら遅れをとるなんてことにはならないと思う。・・・峰田君とかちょっと心配な人もいるけど、私たちは雄英の生徒で、ヒーローを目指してここに入学したんだからこのくらいの困難は乗り越えて見せないとね」

 

 皆の身を案じて表情を曇らせる尾白君に、私は明るく応じてみせる。

 

 尾白君はそれで少し安心したのか、幾分表情の硬さが取れて「そうだね、皆を信じよう」と言葉を返してくれた。

 

 しばらくして火災ゾーンの出口へとたどり着いた私と尾白君は、次に向かう災害ゾーンを決めるため辺りを観察してみた。

 

「こっちの巨大な岩場は山岳ゾーンで、あっちで渦を巻いてる湖があるのが水難ゾーンかな?伊吹さん、まずはこのどっちかに向かうってことでいい?」

 

「うん。それなんだけど、分身の私からの情報であっちの水難のほうは緑谷君達がなんとかしたみたい。今は岸の陰で休息してる状態だって。だから私たちが今から向かうのはこっちの山岳ゾーンのほうかな」

 

 私がそう言うと、尾白君もそれで納得してくれた。

 

 緑谷君達のいる水難ゾーンは最初にヴィランが出現したところに近いけど、プロヒーローの相澤先生が戦ってくれているし私の分身もサポートにまわってもらってるから他の場所よりは比較的安全なはず。であればまずは各所に飛ばされたであろう皆と合流したうえで安全を確保することが最善だろう。

 

「!?」

 

 そんな時、分身から緊急事態の情報が告げられる。

 

 それはこの超人社会にあっても異形と言わざるを得ない見た目をしていて、スピードもパワーも圧倒的なヴィランに分身は終始押され続けて敗北。情報共有が途端に切れてしまう。

 

「ごめん尾白君、私行かなくちゃ!あとはお願い!」

 

「ん?え?ちょっと、伊吹さん!?」

 

 私はそれだけ言って、返事も待たずに踵を返して広場へと全力で駆け出した。

 

 最後に分身から伝わって来たあの異形ヴィランの情報。あれは危険だ。相澤先生でも敗れる可能性が高い。

 そうなってしまったら次に標的になるのは、今一番近くにいる緑谷君達になってしまう。

 

「…急がなきゃ!」

 

 

 

 

「~~~~っ!!!」

 

 異形の改人"脳無"と呼ばれるヴィランに敗北した相澤ことイレイザーヘッドは、地面にうつ伏せに押さえつけられていた。掴まれた右腕は肘から先が折れ曲がり握り潰されているものの、彼は痛みに悲鳴を上げることなく歯を食いしばる。

 

「個性を消せる。素敵だけどなんてことはない。圧倒的な力の前ではつまり、ただの無個性だもの。」

 

 身動きの取れない相澤の前でフラフラと左右に頭を振りながら誰にともなく話すヴィラン。顔や肩、首、腕といった箇所に人の手首を身に着けたその姿はまさに異様と言えるものであった。

 

「ぐぁ…!!」

 

 相澤のぐちゃぐちゃとなった右腕を放して、続いて左腕をも握りつぶす脳無。

 それはヒーローとしての行動を起こせなくするための対処なのか、それとも単純に人を壊すことに楽しさを見出しているのか、焦点の定まらないその無機質な脳無の表情からは何も読み取ることが出来ない。

 

「そんなあんたに比べたら、さっきのガキの方がまだ頑張った方じゃないか。まぁ結果は脳無が地面に叩きつぶしてお終いだったけど、ヒーロー目指してたんだから死んで本望じゃないかな」

 

 圧倒的な優位性から人を小馬鹿にする態度と言葉を並べるヴィラン。その視線の先には覗かなければ底が見えないほどに深い陥没した穴が出来上がっていた。強い衝撃と威力によって成されたそれは穴の底にどんな惨状が広がっているのかを想像するだけで顔を覆いたくなるほどであるが、むしろこのヴィランは脳無と呼ばれた怪物によって作り出されたその惨状を見たいというようにそちらへと近づいていく。

 

死柄木弔(しがらき とむら)

 

 しかし、その歩みは先ほどまでUSJの入り口にて雄英の生徒達と対峙していたはずの男"黒霧"が現れ名を呼ばれることで止まる。

 

「…黒霧、13号はやったのか」

 

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおり…一名に逃げられました」

 

「………は?」

 

 肯定の直後に失態の発言を聞いた死柄木はさっきまでの上機嫌はどこへやら、一転して不機嫌となりガリガリと首筋を掻き毟り始める。ボソボソと悪態をつき、黒霧がワープという個性でなければ殺していると言い放った死柄木の目は暗く澱んでおり、本気であることが窺える。

 

「さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。…あーあ、今回はゲームオーバーだ。帰ろっか。…けどその前に――」

 

 そうしてぴたりと動きを止めた死柄木はゆらりと黒霧の方へと体を向ける。

 

 

 ほんの少し前にヴィラン達を退けて水辺に隠れながら状況を観察していた緑谷・蛙吹・峰田は、先ほどの死柄木の発言を聞き彼らが撤退することを知る。

 

 伊吹萃香の分身が異形のヴィランの一撃で地面に埋まって消え、さらにプロヒーローである相澤ですらも血まみれで倒れている。その両方ともがあの改人"脳無"によってもたらされたことを間近で見ていた三人は、死柄木というヴィランが帰ると言ったことに対して安堵するよりも気味の悪さを感じていた。

 

「気味が悪いわ、緑谷ちゃん…」

 

「これだけのことをしておいて…あっさり引き下がるなんて…(オールマイトを殺したいんじゃないのか!?これで帰ったら雄英の危機意識が上がるだけだ!!ゲームオーバー?何だ…何を考えてるんだ…こいつら!)」

 

 ここまでに警報装置が作動せず通信機器が使えなくなり、二人のヒーローが無力化されクラスの生徒達もこの施設のどこかへとバラバラに飛ばされるなど、これが用意周到に練られた襲撃計画であることがよくわかる。

 しかし本命と言える"オールマイト殺害"を前にしてあっさりと帰るという選択を取った死柄木の考えが、緑谷には読み取ることが出来ず困惑してしまう。

 

 まだ何かあるはずだとヴィランを注視しつつも思考の渦に入ってしまったせいか、ほんの少し気が逸れてしまい死柄木が少しずつこちらに視線を向けていることに気付くのが遅れてしまう。

 

「平和の象徴としての矜持を少しでも」

 

 そして次の瞬間には――。

 

「へし折って帰ろう!」

 

 一気に接近されたことに反応が出来ず死柄木の手が隣にいる蛙吹梅雨へと伸ばされる。こちらにはまだ気づいていないと思っていたせいか3人ともが呆然とした表情で固まってしまう。

 

 しかし咄嗟のことに身体が固まってしまったのとは逆に死柄木の手が彼女に届いてしまえばどうなってしまうのか、相澤の肘が崩れてボロボロになってしまったシーンが頭の中でフラッシュバックする。

 

 そうしている間に死柄木の手はとうとう蛙吹梅雨の顔を捉えてしまう。

 

 まだ中学を出て高校生になったばかりの少女が想像もしたくないような凄惨な死をむかえてしまう。間に合わない。

 

 死柄木の目が狂気に歪み、その場の誰もが彼女の死を確信する。してしまう。

 

 ……しかし、触れればすぐさま発動するはずの個性がいつまで経っても発動しない。

 

「………本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」

 

 少しの沈黙を挟んで言った死柄木。なぜ個性が発動しなかったのか。その言葉でわかる通り、両腕を潰され満身創痍の相澤が脳無に押さえつけられながらも、なんとか頭を上げて死柄木を見ることで個性を抹消した結果であった。

 

 そして…。

 

「本当に、さすがですよっね!」

 

「ぐっ!」

 

 突如横合いから蹴り飛ばされ苦悶の声をあげる死柄木。反射的に蹴飛ばされたほうへと踏み出したことでなんとか直撃を避け態勢を立て直したものの、脇腹から激痛が走り思わず顔が歪んでしまう。

 

 しかしその体に奔ったダメージよりも怒りが勝った死柄木は自分に不意打ちを食らわせた相手を見て驚愕する。

 

 

 

 

 間に合った!

 

 分身が消えちゃってからここまで全力で走って来たけど、目の前で梅雨ちゃんがヴィランに殺されそうになったときは思わず肝を冷やしてしまった。

 

「ふぅ、3人とも無事かな?」

 

「伊吹さん!君も無事だったんだね!良かった!」

 

「ありがとう伊吹ちゃん。助かったわ、ケロ」

 

「うおおお伊吹ぃ!」

 

 ヴィランから目を離さず声をかけると3人とも特に命に関わるような酷い怪我もないようで、それぞれの反応で返してくれる。

抱きつこうとしてきた峰田君は梅雨ちゃんが捕まえて水に沈めてくれた。

 

「本当に良かった。私だけじゃ間に合わなかったかもしれないから……相澤先生に感謝しないとね」

 

「あ…」

 

「ゲコ」

 

「ガボガボ(死ぬ)!」

 

 相澤先生は私が間に合わないと覚悟を決めそうになったとき、なんとか力を振り絞ってヴィランの個性を止めてくれた。それが無かったら今頃梅雨ちゃんは…。それに生徒を庇った結果、先生自身は黒いヴィランの脳無によって頭を地面に叩きつけられて意識を無くしてしまった。

 これがプロヒーローという職業なのだろう。時に自身の命を賭してでも誰かを救う。本当にすごい世界だと心底おもってしまう。

 

「おまえぇ!!」

 

 警戒を最大限にしたままヴィラン達の動きを観察していると、上半身にいくつもの手を付けたヴィランが私を睨みつけながら声を張り上げた。

 その男はゆっくりと立ち上がるとこっちを指さして怒りのままに話し出す。

 

「おまえ!さっき脳無が始末したはずの女だな!あの一撃でミンチになったはずのおまえがなぜ生きている!」

 

「ヴィランに答える必要のないことですね」

 

 考えるまでもない。ヒーローなれば名鑑に載るとはいえ、私たちはまだ学生だ。だからこそ個性がはっきり掴めないという唯一のアドバンテージをここで無くすなんてありえない。

 そうして回答を拒否すると、男は見るからに不快といった様子で首をガリガリと掻き始める。「どいつもこいつも」「予定が狂った」「イレギュラーばかり」。そんなことをブツブツと呟きながら男は次第に落ち着きを取り戻していく。

 

「まあいいや。また殺せば済む話だ…脳無、やれ」

 

 濁った眼で男が命令すると、相澤先生を抑えていたヴィランがそこから一瞬で肉薄してきた。

 私を捕まえようと伸ばされた腕を相手の懐に潜りこんで避けつつ、回し蹴りで足を払って浮かせる。

 脳無の身体が支えを無くしたところで払った足の指を握り、私は全力強化した状態で大上段から地面に一気に振り下ろした。

 

「ハアァ!」

 

 轟音。叩きつけた巨体が地面との激突の衝撃で浮き上がり、それを見た緑谷君達は目を見開いていた。

 私はそのまま脳無へ追い打ちをかけるべくその上にジャンプして、構えた右手周辺の密度を限界まで圧縮させて狙いを定める。

 

「これはさっきのお返し!」

 

 拳を突き出すと同時に圧縮した密度を脳無に向けて解放。両腕をクロスして防御されるけど、そのまま振り抜くと再度爆発と轟音が周囲に響き渡る。

 

 少し離れたところへ着地した私は、脳無が沈む穴を睨む。

 

「今のはさっきやられた私の分ね。そして次は相澤先生と皆の分」

 

 そして未だに動かず戦いを観察する残り2人のヴィランへと指を指して言う。

 

「本気でいかせてもらうから。ヴィラン」

 

 

 

 

 




久々にログインして、一年以上もエタってしまって、待ってる人なんてもういないと思ったんですが…、いました。いてくれました。

遅れて申し訳ない(m;´Д`)m

読んでくれる人がいるので、次もなんとか投稿出来るよう頑張ります('Д')9


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~歪な力と守る力~


 え~…お久しぶりです…。1年半ぶり?ですかね?
 長らく続きをあげることが出来ず本当に申し訳ありません!
 ちょこちょこ書いてはいたんですが(100文字くらい)、どうにも筆が乗らず時間だけが過ぎてしまいました…。

 おまけに一人称だか二人称だか三人称だかも忘れて、今話を書き終わってから気付く始末でした(笑)

 駄文、乱丁、人称違い等々があるかと思いますが、どうぞ暖かい目でお願いします(;´Д`)

それでは、どうぞ。


 USJ中央エリア広場

 

 

 

「……はは、本気ね。もしも今のがそうなら期待外れだ。実力はあるようだけど、そんなんじゃあそこに転がってるゴミヒーローと変わらない。それに…」

 

 萃香の宣戦布告に対して死柄木は呆れたような仕草をすると、さきほど脳無が沈んだ穴の方向を指さす。

 萃香が死柄木を警戒しつつそちらに視線を向けると、黒い手が穴の縁を掴んで胴体を持ち上げ脳無が何事もなかったと言わんばかりに変わらぬ姿で出てきた。

 

「・・・(全然効いてない)」

 

 たった一発だったとはいえ、全力で放った攻撃に堪えた様子を見せない脳無に萃香はさらに警戒心を強め、水辺から見ていた緑谷たちは顔を強張らせて駆けつけた萃香に不安と心配が入り混じった視線を向ける。

 

「脳無はまだピンピンしてる。多少驚きはしたけど、対オールマイト用に作ったこいつを止めることはそこに転がってるゴミを見てわかる通りプロですら不可能だよ」

 

 脳無にやられピクリともしない相澤を顎で示す死柄木。変わらぬ余裕を感じてか、まるで玩具を自慢する子供のように笑う死柄木のそばで、黒霧は少し後ろに立って口を出す様子はない。

 

「オールマイトが来るまでにこの場の全員を始末して、絶望を味わわせてから殺してやろうと思っていたけど気が変わった。まずお前に絶望を味わわせることにした。脳無相手にどんなに必死に足掻いても無駄だと、手を尽くしても敵わないと、その心と体に刻み込んでから殺すとしよう!」

 

 瞳に狂気を宿し、今自分が想像した凄惨で目も当てられない結末が待ちきれないのだと、そう言わんばかりに興奮を滲ませる死柄木。

 その黒くドロドロとした感情にまわりの空気が重くなる。もしも一般の学生や民間人がこの場にいれば足が震え逃げ出してしまうような殺気に溢れていた。

 

 だが萃香は怯むこと無く言い放つ。

 

「どうかな?私は強いから。それに、最後に勝つのはヒーローだって相場は決まってるよ」

 

 滲み出る冷や汗を無視してヴィランに好戦的な表情を向ける萃香。

 

 前世の、昔の弱く儚い自分であれば何も出来ず逃げ出していたかもしれない。しかし、死して辿り着いた幻想郷で知り合った人たちや、修行で対峙してきた者たちのプレッシャーはこんなものではなかった。もちろん誰もが本気で殺す気はなかったと知っているものの、濃密な日々の中で少女たちは強く、結局最後まで誰一人倒すことは敵わなかった。

 

 あそこはまさに人外魔境であったと萃香は知っている。

 

 であればそんな人外魔境で過ごした自分はここで立ち止まってはいけない。

 

「師匠…私に力を貸してください」

 

 自身の能力を象徴する両耳のピアスに触れて意識を戦闘へと集中させる。

 

 

「…脳無」

 

 無機質に、ただ名前を呼ばれた怪物は意味を理解したように身構える。

 瞬間脳無の姿が消え、元居た場所のコンクリートが爆ぜる。

 

 直後に衝突音が鳴り響き空気が揺れる。

 

「…」

 

「…っ」

 

 二メートルを超え全身の異常な筋肉とバネによって振り下ろされた拳に対して、百五十センチにも満たない華奢な体から突き出された拳。圧倒的な力による脳無の一撃を、同じく一撃を持って受け止める萃香。

 

 傍から見ればまず目を疑うような拮抗を続ける両者。

 

 純粋なパワーでは萃香が劣るものの、密で体を強化し、重心を合わせ、疎で衝撃を後方へと逃がすというすべての過程をこなすことで対等な領域へと引き上げていた。

 

 しかしそれでも徐々に圧され始めることに歯噛みしてしまう。このままでは弾き飛ばされるか押し潰されてしまうため一瞬力を抜いて右サイドへと逃れる萃香。

 

 食い止めるものが消えて脳無の拳はそのまま地面に刺さり轟音を響かせる。

 

「まったくデタラメね!」

 

 単純な力では敵わない。相手が増強型に特化した個性であればそれは尚更と言えた。しかし萃香の個性も特殊な系統とはいえ、入試試験に登場した中型ロボットを投げ飛ばせるほどには膂力に自信がある。加えて格闘術や体幹の鍛錬などで身体的な不利も出来るだけ排除してきた。それまでの技と力とを込めた重撃。

 

 それがたった一瞬拮抗しただけで跳ね返された。

 

 少なくともこのままの状態では力負けしてしまう。であれば入試の最後に見せたあれを使えばいいのだが。

 

「くっ!速い!」

 

 巨体が再び萃香に肉薄しラッシュを浴びせてくる。これまでに比べて一発は軽いものの、まるで弾幕のような連撃に萃香は防戦一方となってしまう。

 個性を身体強化以外にまわす程の余裕も無ければ、攻撃の軌道を逸らそうにも逆に萃香の防御が弾かれてしまい、距離を取ろうにも俊敏性まで高い脳無を引き離すことが出来ない。

 

 

 

「た、助けなきゃ・・・!」

 

 戦況を見守っていた緑谷は自分と同じ学年で同じクラスの同級生が、たった一人であの怪物と戦っていることに我慢が出来ず、加勢するために一歩を踏み出そうとしていた。今の状況では敗北すれば確実に殺されてしまう。

 

 そんな緑谷を蛙吹が肩を掴んで止める。

 

「だめよ緑谷ちゃん」

 

「蛙吹さん!どうして!」

 

 萃香を助けようとしたことを止められ思わず声を荒げてしまう緑谷。助けなければ、と。目で必死に訴える彼に蛙吹は"梅雨ちゃんと呼んで"と言って現状を冷静に説明する。

 

「緑谷ちゃん、例えここで私たちが伊吹ちゃんに加勢したとしてもきっと足手まといになってしまうわ。それにあそこの二人。今は伊吹ちゃんが黒いヴィランと戦って注意を引いてるから私たちは無事で済んでるけれど、ここで動いたら確実に殺されてしまうわ」

 

「それはっ…」

 

 そうかもしれない、と緑谷は思った。

 

 死柄木の接近に気付くことが遅れて蛙吹が殺されかけた時は相澤先生の抹消に助けられた。今起こっている戦闘は目で追うことが出来ないほどで、来るとわかっても自分ではどうにも出来ないような攻撃を萃香は全て捌ききっている。

 

 

 足手まとい。

 

 

 その現実を前に拳を握りしめ唇を噛む緑谷。

 

 

 変わっていない。

 

 

 ヴィランに襲われただヒーローが駆けつけてくれるまでもがくことしか出来なかったあの時の自分。血の滲む努力を経てせっかくオールマイトから個性を授かったというのに、今また戦っている少女の助けになることが出来ない。

 

「そ、それでも僕は…」

 

「あぁ!」 

 

 激しい衝突音。

 

 緑谷が蛙吹に諭されているなか突如悲鳴を上げる峰田。

 思考に陥っていたせいで何か形勢が変化するような事象が起きたのだろうと思い緑谷が振り返る。

 

 

 少し離れた位置。大雨ゾーンの外壁が陥没して大きく崩れ、その瓦礫の中に倒れ伏す萃香がいた。

 

「伊吹さん!!」

 

 たった数分の間に何が…。おそらく脳無の攻撃を受けてしまって吹き飛んだことはわかる。それが理性ではわかっているものの、萃香の危機に抑制が効かず感情が先行してしまいそうになる。

 

「伊吹さん、立って!立たなきゃだめだ!」

 

 ピクリとも動かない萃香に大声で呼びかけ続ける緑谷。蛙吹はそんな緑谷が一人で走りださないように腕を掴んでおり、峰田は腰に両腕を回して必死に緑谷を引き留めていた。

 

「やめろ緑谷!今行ったって助けるなんて無理だって!逆にこっちが殺される!」

 

「で、でも!このままじゃあっ!」

 

「私はっ大丈夫…!」

 

 そんな三人がもみ合っている間に萃香はなんとか立ち上がり態勢を立て直そうとしていた。しかし、頭のどこかを切ったのか額を血が流れ地面へと滴り落ちている。

 

 脳無の攻撃や壁や床に激突したダメージはなんとか個性で逃がしているものの、それは致命傷を避けるレベルでしかなく確実に萃香の身体に蓄積されている。

 

「いいから…緑谷君達は絶対にそこを動かないでね」

 

「…っ!」

 

 そう言いおいて再び脳無と激しい攻防を再開する萃香。

 

 脳無の弾幕のようなパンチのラッシュを全て拳の側面を殴ることで軌道を逸らし、両手を組んだ振り下ろしのハンマーは股下に飛び込むことで回避。その背後から渾身の一撃を放とうとするも…。

 

「ぐっ!」

 

 舞い上がった土煙から脳無の裏拳が振り回され、それを上体を仰け反らせることでなんとかやり過ごす。

 しかし安心する間もなく今度は振り向き様の右ストレートが迫る。

 

「んぅあ゛!」

 

 攻撃が当たる直前、脳無の拳を左拳で外側から殴ることでなんとか逸らし、その回転の勢いで脳無の右側面に回り込む。若干無理をしたせいか腕が悲鳴をあげるが動かないことはない。

 逸らした攻撃が後ろで地面に着弾し再度爆散した音が響くものの、今気にしている余裕は萃香には無い。

 

「(ほんのちょっとで良い!とにかく時間がほしい…)」

 

 個性で埋めたとしても脳無のパワーであれば簡単に脱出されてしまうし、横へ飛ばしたとしても腕や足を地面に引っ掛けられて簡単に止められてしまう。となれば…。

 

「(上に打ち上げる!)…超高密度燐火術!」

 

 個性を発動させ地面を叩きつける萃香。広場一帯が震えるような地響きが始まった次の瞬間、脳無の足元から赤熱した溶岩弾が噴き出しそのまま上へと持ち上げて行った。

 

「当たった!」

 

 いかに改人脳無といえども何もない空中に投げ出されれば落ちてくるまで何も出来ないはず、そう読んだ萃香はすぐさま次の技の準備に入る。

 

 今の萃香では密で集められる身体強化にも限度があり、幻想郷の萃香レベルと呼ぶにはほど遠い。

 しかし、今でダメならさらに多くを集められるように容量を増やせばいいだけである。

 

 

「ミッシングパワー!!!」

 

 発動と同時にボンッと空気が爆発したような音と白煙が広がる。

 

 緑谷たちは突然の強風に両腕で顔を庇い、何が起こったのかと再び目を向ける。

 

「い、いったい何が?」

 

 少しずつ霧散しているものの煙は未だ晴れておらず、先ほど萃香が打ち上げた脳無が落下を始めていた。

 

「おい、伊吹のやつどうなっちまったんだ?」

 

「この土煙だと何もわからないわね」

 

 声を張ってなにかを言っていたのはわかったが、萃香の放った溶岩の音と規模に目を奪われてよく聞き取ることが出来なかった緑谷たち。

 唯一視界に捉えられる脳無があと少しで地面に着地しようかという瞬間。

 

 煙の中から巨大な腕が現れ、脳無へと伸びてそのまま空中で掴みあげてしまう。

 

「え!?」「はぁ!?」「!?」

 

 緑谷たちは突然のことに動揺し思わず驚きの声をあげてしまう。

 

 一方で

 

「…は?」「これは…!」

 

 目の前の事態に呆けた声を出す死柄木と、何が起こったのか見極めようとする黒霧。

 

 

 そんな現状の把握に時間を要する外野を他所に、脳無は自身を掴む手から抜け出そうと力を込めるものの、なかなか抜け出すことが出来ない。

 そうして脱出に苦戦している内に徐々に視界が晴れていき、巨大な腕から先が見えてくる。

 

 そこには先ほどと同じく血と汚れに塗れながらも、真紅の双眸に力強い気迫を漲らせた萃香の姿があった。

 

 

「っさぁ、第2ラウンドよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





というわけで次話がいつになるのか…。

読者目線としてはエタられると悲しいという思いは私もわかっていたはずなんですが、完結まで書くことがこんなにも難しいとは想像出来ていませんでした。

どれだけかかるかわかりませんが、なんとか頑張りたいと思います。

それではまた…。

(ニュイ・ソシエールの配信観に行かなきゃ…)


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