実況パワフルクソ野球 (ブラスティングビニール)
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実況パワフルクソ野球
そんな人達の為に、中学時代の実体験を元に高校野球の作法を盛り込んだ小説を執筆しました。
チートオリ主『パワプロ君』と一緒に、この機会に高校野球のなんたるかを学びましょう。
1
────他校との練習試合。
高校野球におけるそれは、普段のスタメン(和製英語『スターティングメンバー』の略、最初から試合に出る選手のこと)達の試運転めいた調整の場であると同時に、公式戦では日の目を見ない補欠未満の部員達の出場する晴れ舞台でもある。
しかし────たかが、練習試合。
そんな、極一部の選手から漏れ出た侮りは、瞬く間に部員達に広まってしまう。
今この場所、小さな野球場へと礼の一つもせずにズカズカと上がりこんで行く『パワフル第二高校』の高校球児達からは、ホームではないグラウンドに足を踏み入れているという自覚すら失われていた。
野球に望む球児にとって、グラウンドへの挨拶は神聖不可侵の行為。
特に、今回のように他校のグラウンドを使わせてもらうとあれば、脱帽して深く頭を下げ『よろしくお願いします』と一語一句違えずに低音で叫ぶのが作法である。
それを怠る彼らへの周囲の目は冷やかだ。
監督と主力選手達に於いては『気合いと根性』をホームグラウンドへ置いてきた様子であるし、張り切ってこの一戦に望むべきベンチウォーマー(ベンチ温め係、普段は景気良く騒ぐしか仕事の無い選手のこと)達もそれにつられてか脱力し、せっかくのアピールチャンスを無に帰していた。
実際、彼らをここに導いた監督ですら、この一戦を単調な日々の鍛錬に疲れた部員達への息抜きの機会程度にしか考えてはいないのだ。
そんな気の緩みを象徴するかのように、監督が選手達を見渡しつつ声を上げた。
「よし! 全員揃ったかッ?」
こんな前置きをした以上、お察しの事かもしれないが────無論、揃ってはいない。
呆れ顔の選手達は、互いにアイコンタクトで発言権を押し付け合いながらも返答した。
「アー、監督。パワプロ君がまだです」
「……またヤツか、休むとは聞いてないが」
呆れた、とばかりに眉間を抑える監督。
この、呆れた態度の連中すら呆れさせる『パワプロ君』なる人物こそが、本日の主役であり、今後のパワフル第二高校野球部の主役となる球児である。
珍妙なあだ名を自称し、皆に呼ばせるその部員は頻繁に練習をサボるのだ。
そして在ろう事か、学校のユニフォーム身に纏ったままでひとり繁華街を練り歩くという奇行を繰り返す。
しかし、それを咎められた事は一度もない。
ひと度グラウンドへと入れば誰よりも真剣に練習に打ち込み、解散後もグラウンドでひとり走り続ける彼に対して、強く出られる者は居なかったというのが実情だろう。
血の滲むような、無駄な努力。
どんな練習をこなそうと決して上達する事のない彼には、多少の無法は許されるほどの“哀れさ”があったからだ。
「すみません、遅れましたッ!」
「ッ……お、おう!?」
────しかし、今日現れた彼の姿はどうだろう。
彼の口から────否、腹から放たれた遅刻定型文句(高校球児が言い訳に言葉を尽くす事は無い、シンプルな一言に魂を込めるためだ)に対し、気の抜けた返事を返したまま口を半開きにして固まってしまう監督。
無理もない、彼はそれほどまでに“変貌”していたのだから。
一目で全員が理解する、今の彼が名プレイヤーである事を。
それぞれ、互いに目を見合わせて己が記憶の正しさを確認する野球部員達。今、ここにいる誰もがパワプロ少年の哀れな日々を追想し、自らの記憶に疑いを向けていたのだ。
それでは、まずはあのユニフォームの半袖から覗く腕をご覧いただこう。
あれは何か?
フルプレート・メイル?
ある意味ではそれも遠からず。
今まで情けない枝を生やしていた彼の肩よりぶら下がるものは、もしかすると世界樹か。なるほど確かに鎧と勘違いするのも無理はない。
しかして、その正体とはしなやかさと力強さを兼ね揃える、引き締まった超良質な筋肉の束である。
実際のサイズ以上に太く見えたのはただの錯覚に過ぎない。
あまりに偉大なものを視界に入れたが為に、脳が勘違いをしてしまったというのが実際のところだろう。
あれこそは、高校球児達が目指す夢の形。
野球人生のターニングポイントたる高校野球の終着点にて、まるでアーサー王以外には誰にも抜けぬ宝剣・カリバーンのように担い手を待ち続けている理想の腕の形だろう。
次に、今度は意識を広げて彼の体格をその目で認めて頂きたい。
彼の全身を視界に入れるのは、不安だろうか?
……無理もない。昨日までのパワプロ少年の体にあんな腕が付けば、そのアンバランスさはどんな言葉を用いても表せない程のものだろう。
しかし、こうも考えられる筈だ。
その聖剣めいた美しい両腕を持つことが許される男が、この場所にはいるのだとも。
そしてどうか安心して頂きたい、伝説は今ここに実在するのだから。
それでは、改めてご覧頂こう。
生まれ変わったパワプロ元少年が、試合の開始を待ち切れぬとばかりに肩を、手首を、足首をほぐしている様子が伺える筈だ。
その姿のどこに違和感があるだろうか。
むしろ、腕の方こそ霞んでしまう程の体格ですらある。ユニフォームなどという薄い壁ではとても隠しきれない黄金の
その風格たるや、かつて母校だからとパワフル第二高校野球部の様子を冷やかしに訪れた、現役のプロ野球選手を思い起こさせる程だろう。
これらの原理は極めて謎である。
しかし、パワプロ少年の努力は一夜にして報われたのだ。
2
さて、それからというもの彼らはパタリと雑談を止め、威勢の良い野球定型文句を交わしながら準備に取り掛かった。
パワプロ元少年に話しかけるものはひとりとして居ない。
しかし、勘違いしないで頂きたいのだが、これは困惑によるものでは決してない。
彼らは仮にも高校球児、超常現象のひとつやふたつ出くわした程度で心を乱すと思われては、彼らにとっても心外だろう。
では、今この瞬間にも彼らを包んでいる不思議な一体感の正体はなんだろうか。
答えを明かそう。
それは、圧倒的上位者に対する“敬意”だ。
恐怖にも近い敬意は、雑談を封じる。
そして社会的・常識的に下位の存在であったパワプロ少年が根源的な上位者となった為、彼はあらゆる野球定型文句からの対象から外れてしまったのだ。
とは言っても、実力的なものではない。
未だ小走りしか見せて居ない彼の実力は現在未知数であるし、このチームの主力選手全員を上回るものを秘めているのかと問われれば、部員達の何人かは首を傾げるだろう。
ただひとり、本気でこの練習試合に挑もうとしている彼だけが持っている『気合いと根性』が彼を上位者たらしめたのだ。
────気合いと根性。
下らない言葉だと思うだろうか。
あるいは忌々しい呪いの言葉か?
確かに“根性”という言葉には、無能な顧問教師が事故を起こす際に度々用いられていたという呪われた歴史がある。
しかし、これこそが高校野球の醍醐味であり、高校球児にとっては必須となるパラメーターなのだ。
そもそも野球に必要なものとは、戦略における手札となる“技術”に、それらを適切に運用する“判断力”。そしてその双方を力強く支える土台たる“筋力”である。
プロ野球などであれば、この心・技・体こそが球場を支配するだろう。
だが、高校野球は違う。
彼らの勝負には、もうひとつのパラメーターとして『気合いと根性』という概念が確かに存在する。
ふたつじゃないか、などと言ってはいけない。これらはふたつでひとつなのだ。
全国の高校野球ファンは、これこそを目当てに球場へと足を運ぶし、プロ野球のスカウトマンが選手の潜在的素質を見出さんと注目するのもそこにある。
納得出来ないだろうか?
それでは、具体的な例を示そう。
例えば、投手の投げる球はどうだろう。
ただでさえ未熟な彼らは、第二次性徴期を終えて新しい体になったばかりというハンデまでもを抱えている。
その為、彼らの投げる球はあまり速くない。
変化球は大して曲がらず、コントロールも雑だ。
だからこそ、彼らは『気合いと根性』を魂という炉心に焚べるのだ。
これは決してスピリチュアルな概念ではない。
技術、筋力共に未熟な彼らの大半は、己が肉体の正しい使い方を理解していない傾向にある。
その為、肉体そのものに問いかけなくてはならない。
────真の実力を見せてみろ、と。
一度の負け試合がそのシーズンを終わらせるトーナメント方式の公式戦、自らの野球人生を勘定するプロ野球チームのスカウトマンの存在。
幸いにして、彼らは“緊張”の素には事欠かない。
その緊張こそが彼らの魂を炉心たらしめる。
そして自らの炉心へ『気合いと根性』を投入してやれば、灼熱する精神と共に肉体は一種の極限状態へと移行する。
ストレスを受ける事で生物が進化するように、極限状態へと移行した彼らの肉体は、時として無意識の内にその動作を補正し、昇華させる事がある。
この覚醒めいた事象こそ、言わずと知れた『一球入魂』に他ならない。
ただ一度きり、奇跡のような一投。
それを体験した球児は、必死にその時の感覚を体に覚えさせる事で、野球人生における壁をまたひとつ突破せしめる。
全国に一定数存在する高校野球ファンは、このドラマチックな番狂わせに魅入られた者達なのだ。
必然、膨大な『気合いと根性』をその身に宿す今のパワプロ元少年に対して、だらけきった他の部員達が声をかけられないのも無理はない。
彼に言葉をかけるのは畏れ多いのだ。
3
そんな彼を相手に、最初に言葉を交わす栄誉を授かったのは監督だった。
遂に練習試合が始まり、3回の裏。打順6番の打者が2回目のバッターボックスに入った所だ
監督はただならぬ気配を感じ、振り返った。
即座に発生源を特定した監督は、その意味を直感した。
これは『発言を許す』というメッセージだ。
浅くベンチに座り直し、喉の調子を確かめた監督は、緊張と共に声を上げる。
「パワプロ! ……パワプロ、来い」
不敬な態度と思われた方も居るかもしれない。
しかし思い出して欲しい、この呆れた監督だが、これでも社会的・常識的には野球部員達にとっての上位者である。
そんな彼がパワプロ元少年にへり下るなど、挑発行為でしかないだろう。
彼はごく適切な姿勢をとり、正しい野球定型文句を用いて彼を手招いたに過ぎないのだ。
「8番で代打に出す、慣らしておけ」
「はいッ!」
ありきたりな対話だが、鮮やかだ。
そして対戦相手チームから向けられていた蔑みの視線が、僅かに和らいだ事にお気付きだろうか。
非常にサマになっている野球定型文句のやり取りを目撃した彼らは、この呆れた監督が本当は名監督なのではと疑ったのだ。
やや劣勢で進行中だった練習試合だが、この瞬間から勝負の行方は未確定なものへとシフトし始めていた。
4
さて、出番を直前にしたパワプロ元少年だが、ここで彼の持つバットについて解説しよう。
彼の愛用するバットは、『カウンターバランス』と呼称されるタイプのものだ。
ニーアバランスとも呼ばれるそれは、文字通り重心が手元にあるもので、振りやすいものの凡打(ショボい打球のこと)を出しやすいという、ややマイナーな品となる。
カウンターバランスは、振りやすいバットとあって筋力の無い選手を魅了してやまないのだが、重心が手元にあるそれは強い遠心力を持つことが出来ないという欠点を抱えている。
故にこれは、今のパワプロ元少年のような球に押し負けない筋力の持ち主か、あるいはバットに振られがちな選手に向いているものなのだ。
そして、バットには他にもミドルバランスとトップバランスというものがある。
標準的なものであるミドルバランスについては解説を後に回し、まずはトップバランスについて少しだけお話ししよう。
文字通りバットの先端に重心が寄っているトップバランスのバットは、その遠心力の強さから非常に振りにくく、そして飛ばしやすい。
当たりさえすればスポーンと景気良く飛んでいくそのバットは、その性質から本塁打(ホームランのこと)を期待される選手に使用者が多く、また、球に押し負けてしまうような筋力の無い選手にも向いているものと言えるだろう。
しかし、忘れないで頂きたいのはこれらのバットは特殊な品であるという事だ。
打球が飛ばないバットと、綺麗なスイングが困難なバット。今から野球の道に入ろうという方には、間違ってもお勧めできないのがこれらである。
もし、自身のバットを購入しようと考えている野球初心者の方がおられるなら、是非ともミドルバランスの購入をお勧めしたい。
ストレートよりも先に変化球を習得する投手が居ないのと同じ、全ての基本はミドルバランスにこそあるのだから。
……しかし念の為に申し上げるが、ミドルバランスが初心者のバットという事では断じて無い。
むしろ、使えば使うほど味が出るのがミドルである。
慣れてくると気付く筈だ、打球の向きや角度を意識して調整している自分がいるという事に。
慣れてくると解る筈だ、試合後半になると相手の守備には綻びが現れ始めるという事に。
例えば、想像して頂きたい。
名プレイヤーである貴方には、球場の全てが視えている。
事前に集めた相手チームの分析。
自らの心眼が見抜いた勝利への野球論理。
僅かな『狙い目』を自らの打球で鎧通すべく、ミドルバランスのバットを手に、静かに呼吸を整える貴方はまるで狙撃手だ。
ミドルバランスのバットとは、困難なオーダーを容易く実現する為の芸術的な一本なのだ。
飽きたのでここまでにします。
何書いてんだろう、俺。
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