世界一わがままな料理店 (水城大地)
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実は、こんな店です

まずは、コピーで出したものの改訂版から。



普段から、人通りの少ないパプニカの城下町の表通りから少し外れた場所にある裏路地。

そんな場所を、上から下まできれいに着飾った女性が二人、まるで何かを探すように歩いていた。

その雰囲気を見ていれば、彼女達が他所の国から来た観光客だとすぐに判る。

なにせ、彼女達の手には一冊の本が握られているのだ。

まず、観光客で間違いないだろう。

どうやら、パプニカの事を紹介するガイドマップらしい本を何度も見直しながら、その本に載っている場所を探しているようだ。

しばらく歩き回ったところで、彼女たちは目的の場所を見つけたらしい。

彼女達が見つけた場所は、それこそ一軒のこじんまりとしたカフェレストラン。

 

店の名は「Green Foresut」。

 

パプニカの中でも、少し洒落た雰囲気の店構えに見えるカフェレストランに、彼女達の表情は少し緩んだのだが、すぐ眉間に皺が寄った。 

その理由は、実に簡単だ。

既に昼に近い時間であるにも関わらず、店先に「closs」の札が下がっていたからである。

 

「何よ、定休日なんて書いてなかったのに、休みなんて無いわ!」

 

今まで散々探してやっと見付けた分、店が休みなのは許せないような気がしたのだろう。

特に、こんな余り人が来なさそうな裏路地など、どう見ても貴族令嬢風の彼女達が普段足を運ぶ様な場所ではない事もあって、余計に癇に障ったのだ。

思いきり不満そうに言う女性の横で、もう一人の女性は行儀が悪い事も気にせずに、ヒールの先で店のドアを蹴り付ける。

 

「どうせ、こんな裏通りにある店ですもの。

客が少なくて潰れてしまったのかもしれなくてよ。

大体、このガイドブック通りにおいしい店なのかも疑問が残るわ。

本当においしいなら、こんな所に隠れるように店を出す訳ないもの。」

 

小馬鹿にした事を言いながら、うっかり観光用のガイドブックなどに乗せられてしまった自分達に腹を立てている様に見える彼女たちの背後に、銀髪の背の高い青年が姿を見せた。

ゆっくりと近付く足音に気付き、場所が場所だけに警戒するように振り返った彼女たちは、思わず息を飲む。

誰もが振り返りそうな、戦士系と思しきその人物に彼女たちが見惚れていると、その青年は先程まで自分達が悪態を付いていた店に視線を向けて、がっくりとしたように肩を落としながら小さく溜息を漏らす。

 

「・・・今日も店を開けていないのか・・・」

 

この様子から察するに、どうやらこの青年は地元の人間でこの店の事も良く知っている雰囲気だった。

しかも、青年の顔をよく見ているうちに、彼女たちはある事に気が付く。

もしかしなくても、この青年はあの世界を大魔王から救った勇者のパーティ「アバンの使徒」の一人、「戦士ヒュンケル 」ではないだろうか。

一応、彼女たちは隣国のベンガーナ出身の下級貴族だったので、戦争後に行われた世界的な式典に出ている彼を、遠目で見たことがあったのである。

 

今や、世の多くの女性にとってあこがれの存在とも言うべき、「アバンの使徒」の中でもいい男であるヒュンケルを、他国の下級貴族である彼女たちがこれ程間近で見られる機会など、殆ど皆無に等しいだろう。

 

少なくとも、現在のヒュンケルはパプニカで兵士達相手に剣術指南をしているのだから、他国を訪れている時間などはない。

元々、このパプニカは大きな大陸の中にあるベンガーナから来るには少しばかり離れていて、魔法使いでもない限り船を使わなければ来る事が出来ないのだから、彼が自分たちの母国を尋ねてくることは殆どないだろう。

こんな裏通りにある、小さく怪しげな店をお土産話の種にと探して来て本当に良かったと彼女たちは思いつつ、ヒュンケルに声を掛けた。

 

「・・・あの・・・ヒュンケルさんですよね?

この店に何か用があったんですか?

私達は、観光用のガイドブックを見てきたんですけど閉まってて、どうしようかと話したんです。」

 

そう言いながら、彼女たちはさっとヒュンケルの事を間に挟み込む様に取り囲んだ。

ここで、彼の事を逃がすつもりはないからこその行動である。

そんな二人の女性の行動に、ヒュンケルはどうしたものかと困惑しつつ、店の方へと視線を向けていた。

 

******

 

ヒュンケルはその日、昼休みに城下町の中でも一本裏路地に入った場所にある、ある人物の開いているカフェレストランへ、昼食を取るために足を向けた。

店を目指して歩きつつ、「もしかしたら今日も店を開けていないかもしれない」と思ったのだが、それでも一度食べたいと思ったら実際に赴いて確認するまでは諦める事は出来なくて、黙々と進んで行く。

何せ、店を経営しているコック兼店主は、周囲の予想以上に食材に対する拘り持つ頑固さを見せ、良い材料が手に入った時にしか店を開けない。

だから、明確な定休日が決められないのだ。

普通、客商売でそんな事をしていたら客を逃すだけなのだが、そんなことを一向に気にも留めないのもまた、この店の店主だった。

 

「・・・味は、文句なしの一級品なんだがなぁ。」

 

店の店主は、もう一ついい性格をしているのだ。

ヒュンケルだけでなく、店主が作った料理を食べたことのある者は皆、彼の料理の腕を超一流だと認めている。

だが、一つ困った問題があった。

それは、料理の作り手である店主が食べさせる相手を選ぶのである。

裏を返せば、店主が自分の料理を食べるに相応しい客として認めなければ、食事をするどころか入店してもすぐに店から追い出されてしまう。

しかし、一度彼に自分の店の客だと認められれば、店主の作る様々な極上の料理を、客の体調と好みに合わせて出してくれるのである。

しかも、その時に最高に美味い食材をふんだんに使って、最高の一品に仕上げた物を出されるのだから、文句の付け様はない。

ただ、一つだけ難があるとすれば、客の側からの料理のリクエストが出来ないくらいだろうか。

その分、その時の客の体調や精神状態まで考えておいしく食べれる物を提供してくれているので、何だかんだ言っても文句を言う者は居ない。

  

そんな事をつらつらと考えつつ、裏路地を進んでかの店主が開いている店の側まで来ると、二人の女性が何か文句を言っているのが聞こえた。

一人は、思い余って店のドアに蹴りを入れている。

呆れて物が言えないとはこの事だと、ヒュンケルはその醜態に対してそんな感想を抱きつつ、彼女たちの後ろから店のドアを覗いた。

すると、そこには彼の予想通り「closs」の文字が書かれた札が下がっている。

目の前にいる二人の女性の態度から、何となくそんな気はしていたものの、やはり今回も無駄足になってしまったことに、思わず溜息を吐くしかない。

 

「・・・今日も店を開けていないのか・・・」

 

溜息と共に漏らした言葉に、目の前にいた女性達の視線が自分に集中する。

その視線の中に、何となくではあるが自分を値踏みするものを感じ、思わず不快に感じてしまった。

しかし、それを顔に出す事なくこれからどうするか考える為に黙っていると、彼女達が恐る恐ると言った態で声を掛けてくる。

 

「・・・あの・・・ヒュンケルさんですよね?

この店に何か用があったんですか?

私達はガイドブックを見てきたんですけど閉まってて、どうしようかと話してたんです。」

 

そう言いながら、それこそさりげない振りを装って自分の周りを取り囲む彼女達に、ヒュンケルは何とも言えない不快なものを感じて、更に憮然とした顔になってしまう。

こういうタイプの女性は、元々苦手だった事も余計にそう感じてしまう理由なのだろうと予想を付けつつ、どうしたものかと思案を巡らせた。

服装を見る限り、この国の住人ではない上にそれなりに裕福そうな……そう、貴族と思しき女性が相手だ。

下手な行動は、このパプニカの国に迷惑を掛けてしまう可能性もある。

 

そんな風に、面倒な女性たちに絡まれて困っていたヒュンケルを救ったのは、件の店の主だった。

今まで、「closs」の札が掛かった扉がゆっくりと開いたと思うと、中から店の主が顔を出す。

キョロキョロと視線を巡らせ、すぐ側の道に立つヒュンケルの姿を捕らえたかと思うと、二っと嬉しそうに笑みを浮かべたのだ。

 

「なんだ、外が騒がしいと思ったらヒュンケルじゃないか。

丁度良いところに来たな。

今、新しいメニューを試作中なんだけど、試食する奴が居なくてさ。

兄弟弟子って事も考慮して、これから出す料理の料金は全部ただでいいから、出来立てほやほやの新作メニューを試食していかないか?」

 

にっこり笑って、ヒュンケルに向けてそう言ったのは、そう、みなさんもお気付きの通り大魔道士と名高いポップだった。

この会話によって、ヒュンケルの両サイドを囲むようにその場にいた女性達は、この店の店主が誰なのか悟る。

そして、自分達が店の前で取った横柄な態度を、店の中から見られていた事も。

そんな彼女たちの心の中での葛藤など、彼女たちの存在ごと無視すると、ポップは人垣の中にいるヒュンケルを自分の方に招き寄せる。

彼が、こういう女性達の扱いを尤も苦手にしているのを、ポップは良く知っていたからだ。

 

「・・・何だ、店の前に「closs」の札が掛かっていたから、店に来ていないのかと思ったぞ?」

 

ポップの機転に感謝しつつ、ついヒュンケルが店の前に来た時の感想を告げると、ポップはばつの悪い顔をした。

どうやら、彼自身も頻繁に店を開けられない事に関して、それなりに思う部分はあるらしい。

と言っても、やはり自分の拘りの方を優先させる為、営業方針を変えるつもりはないのだろうが。

 

「・・・仕方ないだろ。

そろそろ新作メニューを出したいと考えてたんだけど、いきなり店を開けた状態で客に対して試作品を出す訳にも行かないしさ。

それで、今日のランチは休みにして、試作品を何種類か作ることにしたんだ。」 

 

そう言いながら、ヒュンケルを店の中に招き入れる。

彼が店の中に入ると、ポップはその場に残されている女性達に対してにっこりと笑い掛け、そのままきっぱりと一言言い切った。

 

「・・・悪いけど、うちの店にはあんた達は相応しくない客みたいだね。

だから、店の主として、あんた達の入店を拒否させて貰うよ。

幾ら時間を変えたり、一緒に来る相手を変えたとしても、あんた達二人の顔を俺は覚えたから、店には入れないと思ってくれよ。

ま、そう言う訳だからさ、さっさと帰ってくれ。」

 

笑顔のまま、さっくりとそれだけ言うと、ポップはそのまま店の扉を閉めてしまう。

残された彼女たちは、余りの出来事に声も出ずに立ちつくしていた。

 

*****

 

余りの出来事に、呆然と立ち尽くす彼女たちの様子を見ていた街の人たちは、苦笑しながら次々にこの店の事を教えてやる。

この店が、大魔道士ポップが自分の趣味で出した店であり、立ち入る客を店側が選ぶ事でも有名なこと。

また、この店には決まった定休日は無いものの、店の店主であるポップの都合(主に食材の仕入れ具合)で休みが決まること。

そして、その事はこの国の女王であるレオナを持ってしても絶対に覆すことが出来ないことを。

その話を聞いた彼女たちは、自分達の自尊心を酷く傷つけられつつも、自分が店の前で取った態度にも非があるために文句も言えず、大人しく店を後にしたのだった。

 

*******

 

 




唐突に、他のジャンルを書きたくなったので。
この話は、十年近く前に出したコピー誌の改訂版になります。


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いつの間にか、店頭に入店前の注意書が出ていたよ

【 「Green Forest」へようこそ
当店では、店主がお客様を選ばせていただいています
よって、当店の店主の目にかなわなかった場合、大変申し訳ありませんが、お客様の入店をお断りし、お帰りいただくことになります
ご了承ください
また、当店にはメニューがございません
その日、一番おいしいものを、お越しになったお客様の体調や好みに合わせて召し上がっていただくためです
その代わり、料理は全てシェフが作り出す最上の味ですので、ご満足いただけると思います
是非とも、お越しになられた皆様が当店のお客様になられる方である事を、心よりお待ちしております 】


いつの間にか、店の入り口に取り付けられたこのプレートに最初に気が付いたのは、ダイだった。

どうやら、この店の店主がこんなプレートを事前に出してしまいたくなる位に、入店拒否をしたくなるような客が続いたらしい。

一度、実際に質の悪い客がこの店に来た現場に居合わせ、彼らの質の悪い行動の一部始終を見た事のあるヒュンケルの話を思い出す。

ちょっとだけ溜め息を吐きつつ、ダイは「OPEN」の札が掛かった入り口の扉をゆっくりと押し開けた。

 

カランッカランッ

 

小さなドアベルが、割と大きな音で鳴るのを聞きながら扉を潜って中に入ると、割と馴染んだ店内の様子がすぐに伺えた。

元々、この店はそれほど広い訳ではない。

十五人ほど入れば、すっかり満席になるような小さな店だ。

どこか、こざっぱりとしていながらガチャガチャとしていて、それでいて落ち着くと言う矛盾に満ちた店の雰囲気は、この店主の性格がよく出ていると言って良いだろう。

 

「よぉ、良く来たな。

時間的に、そろそろランチを終わりにしようと思っていた所なんだ。

結構タイミングいいぜ、お前たち。」

 

笑顔でそう言いながら、店の奥のカウンターから顔を覗かせ、そのままダイたちを歓迎する様に出迎えてくれたのは、店の店主であるポップだ。

そう、この店はポップが半ば趣味で始めた、小さなカフェレストなのである。

以前から、アバン先生の弟子として料理の腕にもそれなりの定評のあったポップが、パプニカの城下町で料理店をを開くと言い出した時は、本当に誰もが喜んだものだ。

今まで、彼が気の向いた時にしか料理しない為に、滅多に食べられなかったある意味貴重なポップの作る料理が、毎日のように食べられると。

 

しかし、実際はちょっと……いや、大分違っていた。

 

まず最初に、パプニカの城下町でも裏路地に位置するような場所に小さな店を開いたポップは、店の客を……自分の料理を食べる相手を選んだ。

自分の店に来ても、その客がここで食事をするのは相応しくないと思った時点で、あらゆる手段を用いて客を追い返してしまい、その相手の為には絶対に料理を作らない。

例え、それが各国の王族だろうが誰であろうが、彼が一度客と認めないと決めてしまえば、一切関係はなかったのである。

そして、料理を作る為の材料にも色々と拘った。

毎日、今までの寝坊助が嘘の様に早朝に市場に出向くと、その日に手に入る一番の材料を仕入に行く。

 

自分自身が納得がいくような、そんな一番良い食材をふんだんに使って、お客様と認めた相手に一番美味しく食べて貰う為に。

 

その信念から、もしポップの目に叶う食材が朝市の仕入れで手に入らなければ、その日は営業を中止して誰が何を言おうと店を開けようとしなかったのである。

また、この店にはメニューと言うものが存在しない。

食べる相手の事を、彼なりに色々と考えた結果だった。

なんと言っても、一人一人味の好みにも細かな違いがあれば、その日の体調も違う。

 

人の味覚は、体調によって色々と影響を受ける事から、希望している料理が必ずしも美味しく食べれるとは限らないと考えたのだ。

 

日頃、何かと忙しい友人たちの為に、彼らの体調に合わせつつ美味しい料理を作る。

料理を食べる本人たちは、彼が料理をするのを気まぐれだと思っていたようだが、これでもポップは忙しい合間を縫って彼らの為に料理をしていたのだ。

 

ポップの友人たちは、意外に自己管理が出来ていない者達ばかりだったから。

 

もちろん、これには戦時中と言う理由も存在していたので、ポップも特にそれを指摘したりはしなかった。

ヒュンケルなど、指摘しても耳を貸さない面々を相手に、そんな事で時間を割くのは惜しい状況だったから。

そんな事もあり、大魔王バーンとの戦いの最中より続いていた習慣の様なこの行為は、ポップの洞察力を上げる結果になった。

 

友人たちの顔を見るだけで、その日の体調がわかるようになったのだから。

 

色々と考えた上で、パプニカに料理店を開く事を決めた時、ポップはこれを一般客に応用しようと考えた。

誰だって、自分の体調に合わせつつ美味しいものを食べたい筈だと考えたから。

試しに開店初日の半数の客に、客の好みだけを聞いて後は体調に合わせた料理を出してみた。

あくまでも試験的なもので、これが受け入れられないと判断したら、普通にメニューのある料理店にするつもりだったのだ。

すると、意外に客の間でこの試みは好評となり。

開店3日目には、念のために置いてあったメニューを外す事をポップは決めた。

連日、この試みが受け入れられて、行列が出来るほどの大盛況だったからである。

もちろん、最初は戸惑ったり文句を言うものが居たが、出された料理を食べれば大概の者が納得してくれた。

 

以来、この店ではそれぞれの客のその時の体調に合わせて、一番美味しいと感じるであろう調理法を用い、その日一番の食材を使った料理が出されるようになった。

この店の営業方法を納得しないものは、客とみなされずに料理を口に出来ないまま、この店から追い返される事になったのだった。

 

そんなポップの態度でも、店が営業される日はほぼ満席になる程に繁盛している。

ある意味、それは当然の結果だった。

味は文句なしの一級品だし、提供される料理の値段も恐ろしく安いのだ。

ただ、店主のポップが客を選ばなければ、最高と呼ばれる店になっていただろう。

 

「……でも、そのおかげでいつ来ても居心地いいのよね、ここって。」

 

彼の営業方針を知っていて、そんな風に笑って言うのは、この国の女王であるレオナだ。

女王の重責から解放されるのは、自室以外ではこの店の中だけなのだと笑う。

実際、ポップからこの店に入店を許される様な客は、誰もがレオナを女王としてではなく、一人の女性として扱うものばかりだ。

ヒムや魔族のロン・ベルク、ラーハルトといった者たちに対しても、何の偏見もない。

まぁ、それは当然の結果だろう。

 

ポップは、来店した人間達の言動などからきちんとそういう者達を選んで、このの店客として敷居を跨ぐ事を許しているのだから。

 

元々、あくまでも自分の趣味で始めた様な店である。

だから、この店での儲けなど二の次なのだ。

彼の目的は、あくまでも自分の大切な友人たちが、いつでも寛げる様なそんな店を作りたかっただけなのだから。

 

そう……ここは自分の城などでは殆ど寛ぐ事が出来ない者達が、みんなで集まって馬鹿騒ぎ出来る事を大前提で作られた店なのである。

 

******

 

「それで、今日のお勧めは何?」

 

すっかりお腹がペコペコなダイが、カウンターから厨房の中を覗き込むようにポップに尋ねる。

店に入った時から、色々な美味しそうな料理の匂いが漂っていて、我慢出来なかったのだろう。

一緒に店にやって来たらしい、レオナやヒュンケルが苦笑している位だから、ほぼ間違いない。

 

「んー……そうだな。

ダイには、よく煮込んだ具沢山のビーフシチューだな。

後は、トマトサラダに胡桃入りのバケットパン。

デザートには、ブラマンジェの木苺ソースがけってとこか。

レオナは、ちょっと疲れが溜まってるみたいだし、美容にもいいものって事で。

ガスパチョに、臭みをしっかりと抜いたレバーのムニエル、クロワッサンとアボカドサラダにタルト・オ・フリュイが良いんじゃないかな、と。

んでもってヒュンケルには、小魚の南蛮漬けに魚介たっぷりのパエリア、クラムチャウダーにフルーツヨーグルトだな。」

 

ダイの無作法を咎め立てたりせず、カウンター越しに笑いながらそう言うと、そのままカウンター席に誘導して早速ダイたちの前にサラダを並べていく。

どれも、食欲をそそる色合いで盛り付けられている為、すっかり彼らの意識は料理の方へと持っていかれていた。

 

「……いつもながらどれも美味しそうね、ポップ君。

でも、ランチで提供するには多すぎるような気がするわ、この量。」

 

レオナがフォークを片手に苦笑をすると、ポップは軽く肩を竦める。

一応、彼女の様に言う女性客が全くいなかった訳ではないので、それに対する返事も慣れたものだ。

 

「そんなに心配しなくても、一品ずつの量は少なめだぜ。

それぞれの食材を栄養のバランスよく食べることが一番だからな 」

 

ひょいひょいと、キッチンで調理を進めながら答えるポップは、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

どうやら、会話をしながらメイン料理の調理に入るつもりらしい。

いつ見ても、信じられないほど手際よく調理していくその姿は、普段のポップからは想像出来ない位にかけ離れていた。

 

もっとも、最終決戦の時のあの器用さを考えれば、これ位の事は本気になれば可能なのかもしれないが。

 

「……他の客は、もう帰ったのか?

時間的には、まだランチの時間内だと思うが……」

 

ヒュンケルが軽く店内を見渡し、自分たち以外の客が一人も居ない事を訝しむと、ポップは軽く首を竦めつつ苦笑を浮かべた。

どうやら、自分達がこの店に来る前にまた何かあった様だ。

状況を察した彼らに、ポップは料理の手を休めずに簡単に説明してくれる。

 

「ん~、ちょっと……

少し前に来た客がな~。

初めてここに来る客だったんだけど、うちの客層似合わなかったんで入店拒否をしたら、店内で暴れてな。

……どうも、ここの店の店主が俺だって事に、すぐには気が付かなかったらしい。」 

 

「仕方がないよな、うん」などと言いながら軽く肩をすくめるポップを前に、ダイたちはその暴れたという客に同情した。

実は、この世界で一番怒らせていけないのは、ダイではなくポップだ。

ダイは、どんなに怒らせる様な事をされたとしても、決して人に対して冷酷にはなれない。

だけど、ポップは違う。

本気で切れたら、どこまでも冷酷になれるのだ。

ただ、それ以上に普段の性格が人間味が溢れ出んばかりに強いから、その事に誰も気が付かないのだが。

 

「……で、そいつをどうしたんだ?」

 

ポップが負い出した問う言う客への対応を聞くべく、ヒュンケルが先を促す。

すると、ポップは何となく言い辛そうな様子で視線を外し、ちょっと遠くを見ていた。

その様子を見る限り、結構な対応をしたんだろう。

だが、ここで確認しておかないと、後でその相手の国から何かの要求があった時に対応が出来ない為、更に無言で視線を向ける事で続きを要求した。

 

「あー……軽くベタンを掛けて気絶させた後、そのまま強制的にベンガーナのあるって言うそいつの自宅にルーラで送り帰させて貰った。

そしたら、流石にうちの常連客からもドン引かれてなぁ。

みんな、早々に食事を終えて帰ったんだよ。」

 

ちょっとだけ、常連客の前でやり過ぎたと首を竦めてはいるものの、迷惑行動をした客への対応自体は反省していないらしい。

苦笑を張り付かせたまま、さらりとそう言って退けるポップに、レオナが呆れたような顔をした。

 

「正直、ポップ君らしいとは思うけど、ちょっとやりすぎたんじゃないかしら?

ま、ここの店主が誰なのか知らずに暴れようとした、その客も悪いけどね。

……まぁ、いいわ。

久しぶりに、他人の目を気にせずのんびり昔話に花を咲かせられるいい機会ですもの 」

 

最初こそ、ポップへの忠告を口にしていたものの、最後はそうあっさりと言い切ると、レオナは目の前に出されたメイン料理にナイフを入れる。

出されたムニエルだが、しっかり牛乳に漬け込んでレバー独特の臭みを消してあったので、とても美味しくなっていた。

 

「……ほら、こっちがダイのメインだ。」

 

そんな言葉と共に、ポップからカウンター越しに差し出されたのは、一口大の大きさに切られた肉や野菜がたっぷり入ったシチューの皿。

トロリと煮込まれたシチューは、見ているだけで美味しそうだ。

ダイが自分の皿を受け取ると、今度はヒュンケルの前に小振りの深皿が差し出された。

 

「ヒュンケルのパエリアはまだ掛かるから、南蛮漬けを先に出しとくな。

あ、そうそう、全員にこれを出すの忘れてたぜ。」

 

そんな事を言いながら、ポップの手によって三人の前に並べられたのは、いい匂いを漂わせる香茶。

どこか甘みを感じる香りを漂わせるそれは、済んだガラスのコップの中で暖かな湯気を立てていた。

しかも、何時も出される紅茶の色と違って金色の色を湛えていて、とても美しい。

 

「……ねぇ、ポップ君。

これっても、しかしなくても新作?」

 

興味深げにグラスを眺めつつ、首を傾げながら尋ねるレオナに、ポップはにっこりと笑った。

レオナの横では、既に自分の分のグラスを手に取ったダイが、匂いを吸い込むように確認している。

 

「そう、新作。

ダンジャックたちの所からの差し入れでな。

普通じゃ絶対に手に入らないから、ぜひお前たちに振舞いたくてさ。

もし、三人が今日店の方に来なかったら、後で城に持って行こうと思ってたんだぜ、それ 」

 

こういう、珍しいものを自分達に出す時のポップは、すごく楽しそうだ。

意外と新しい物好きなポップは、こうして珍しい食材を手に入れると、絶対にみんなに振舞ってくれるのだが……

時々それは楽しそうに、それらを使って意地悪な事をされる場合もあった。

そう、こう言う珍品の中には美味しいばかりのものだけではないらしく、味がとんでもない代物を見た目だけ整えて、何も言わずに出してくれる事も多々あったりするのだ。

 

今回のこれは、グラスから漂う湯気からいい香りがするので、それほど味が酷いものではないと思うのだが……

彼が差し出すものの中には、香りは良くても味が信じられないような薬湯茶もあるから、正直不安になってしまうのだ。

 

「……まぁ、とにかく飲んでみろよ。

それは、本気でかなりの貴重品なんだからさ。」

 

ポップに勧められ、恐る恐るといった様子でお茶を口にして……

 

「「「……なにこれ、すごく美味しい……」」」

 

一口飲んだとたん、全員の声がハモッた。

甘く濃厚な香りに比べて、すっきりした味わいが本当に美味しかったのだ。

 

「美味しいだろ、それ。

ダンジャックの故郷でも、一度にわずかしか取れない貴重品なんだぜ。

今回、ちょっと面倒な薬草を融通してやったお礼に貰ったんだ。

本当に貴重品だから、心して飲んでくれよ。」

 

にっこり笑いながら言うと、漸く出来上がったパエリアの鉄皿をヒュンケルの前に差し出した。

ホカホカと湯気を上げているそれを受け取ると、スプーンを入れる。

 

「……相変わらず、何を作らせても美味いな。

あっさりした香茶にもあっていて、すごく美味い。」

 

自分のパエリアを口に頬張り、味わうようにして咀嚼して飲み込んだヒュンケルが、その味に満足そうに笑う。

その横では、レオナがダイのシチューを一口貰っていた。

 

「こっちのダイ君のシチューも美味しいわ。

あ、一口位なら分けて貰っても良かったわよね、ポップ君。」

 

一応、それぞれの事を思いやって料理を提供されている事を鑑み、にっこりと笑いながら確認を取るレオナに、ポップは苦笑した。

彼女が、美味しい物に目が無い事などポップも承知しているし、彼らのやり取りを見ているのも大好きだからだ。

 

「別に、それくらいじゃ怒らねぇけど?

それよりも、しっかり味わって食べてくれよ。

今日は仕入れの関係で、ディナーはやらねぇから。」

 

何気ない会話の中であっさり言われたので、ついそのまま聞き逃しそうになったものの、三人ともちゃんとポップが口にした言葉の内容を耳に捕らえていた。

三人を代表するように、レオナは大きく溜息を漏らす。

 

「……また、なの?」

 

どことなく、呆れが混じった声を漏らすレオナ。

これに関しては、ダイやヒュンケルも彼女と同じ心境なのか、同意するように頷いている。

そんな彼らの反応に、ちょっとだけ拗ねた様にポップは口を尖らせた。

 

「……そう言われてもなぁ……今朝は、ランチ分くらいしか仕入れが出来なかったんだから仕方ねぇだろ。

今回に限って言えば、完全に俺の食材への拘りと言う名の我儘が原因じゃねぇんだぜ。

今朝の朝市では、ちゃんとランチとディナー分のメイン料理用の食材の仕入れを確保してたんだ。

それなのに、横から割り込んできて茶々を入れる奴が居てさ。

何でも、どっかの国の大臣だか貴族だかのお偉いさんのお抱えコックらしいんだけど、自分がお偉いさんのお抱えだっていう立場を利用して、強引にこっちが先に押さえてた食材を横取りしやがったんだ。

しかも、俺が他の食材を仕入れに行っている間に、強引に金払って奪うように持ち逃げしやがって。

あぁ、腹が立つったらありゃしねぇ!!」

 

朝市の時の状況を思い出し、この場で腹を立てているポップの様子を見て、ダイは同情した。

仕入れの品を、そんな訳の判らない相手に横取りされたポップと、横取りしたせいで怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった件のコックに。

 

「……本当なの、今の話。

その話が本当なら、とても許せる話じゃないわね。

今日こそ、君の作ったディナーを食べに来るつもりだったの。

やっとアポロたちのお許しが出て、私すごく楽しみにしてたのよ 。

それを、そんな理由で取り止めなくちゃいけないなんて、冗談じゃないわ!!」

 

怒り心頭といった表情のレオナに、冷静なヒュンケルは仕方がないと肩を竦めた。

彼女は、自分たちと違って滅多の城を出てここで食事をする事が出来ない。

もちろん、彼女の立場や役目などの為なのだが、その分漸く許可が降りたここでの食事を楽しみにしていたのだ。

その数少ない楽しみを、くだらない理由で邪魔されたレオナの怒りは大きい。

 

「……なぁ、さっきも言ったような理由で今日のディナーはやらねぇけど、その代わりに城まで行ってハイティーの準備をしてやろうか?

本格的な料理は、流石に手持ちの材料的に無理だけど、それ位の事なら多分出来ると思うぜ。

何なら、ケーキの類はレオナの好きなモンばかりにしてやってもいいけど、どうする?」

 

それまで先程の事を怒っていたポップが、慌ててレオナを宥めに掛かる。

彼もまた、レオナが滅多に食べに来られない事をちゃんと理解していたからこそ、彼女の怒りを宥める事を優先したのだろう。

店を開いて以来、城で料理をしなくなったポップの申し出に、レオナの顔が輝いた。

 

「……それ本当?ポップ君?」

 

確認を取る様に訪ねて来るレオナに対して、ポップは軽く自分の胸を叩きながらにっこり笑って頷く。

そんなやり取りをしながら、既に自分のメインを全部食べ終わり、デザートを待つばかりとなっていたダイの前に、真っ白なブラマンジェを盛り、その上に木苺のソースをかけたデザートプレートを差し出した。

それと引き換えに、メイン等の皿をキッチンの中に引き上げる。

 

「あぁ、ちょうど姫さんとこの書庫を貸して欲しいと思ってた所なんだ。

ちょっと調べたいことがあってさ。」

 

にっこり笑って言うポップに、レオナが苦笑を浮かべた。

彼がわざわざ城に出向いてくれる理由が、書庫狙いだとすぐに察したからだろう。

だが、それでも彼が料理をしてくれる事には変わりがない。

 

「うちの書庫を借りたいってことは、ここの仕事じゃなくて本業の方ね?

……分かったわ、好きに使ってちょうだいな。

その代わり、デザートは紅茶のシホンケーキにフォンダンショコラ、キャラメルアップルパウンドケーキ、それにレモンムースをリクエストしてもいいわよね?」

 

だから、遠慮なく自分の要望を伝えてにっこりと笑うレオナに、ポップは楽しそうに笑う。

どうやら、彼も自分の要望が通った事に満足したからだろう。

 

「やっぱ、そのあたりをリクエストしてきたか。

多分、そう言うんじゃないかと思って、フォンダンショコラ以外はもう作ってあったりするんだよな。」

 

そう笑いながら言うポップに、「流石はポップだよね」とダイたちも感心した。

ちゃんと、レオナが要求しそうな当たりのケーキを、事前に仕込んである辺りがとても彼らしい。

こんな風に、相手の思考を先読みできる部分が、あの大魔王バーンをして「知恵者」と言わせるだけの理由なんだろう。

 

「……ま、とにかく今は料理の方を食べちまいな。

俺も片付けが終わり次第、城のほうに行くからさ。

あ、そうだ。

何なら出来てるケーキの方だけでも持っていくか?

ただし、持っていった品を黙って食べたりしても、追加のケーキは作らないからそのつもりで居ろよ?」 

 

三人にデザートの皿を出し終えたポップが、そう提案して来た。

と言うか、こちらの返事を確認をするよりも前に、出来ているケーキをそれぞれホールを大きな箱に入れて蓋をし、大きな籠に詰めていく。

どうやら、問答無用でダイとヒュンケルはケーキの運搬を任されるらしい。

綺麗にケーキの箱を詰め終えた、二つの籠をカウンターからダイたちの前に差し出した。

 

「ほら、これが言ってたケーキ。

気を付けて運んでくれよ?

運んでいく途中でケーキを崩したりしたら、向こう3日間出入り禁止にするからな。」

 

笑って言われ、ダイたちはその笑顔の裏に隠れているものを察して、少しだけ顔色が悪くなる。

ポップは一度言い出したことは、決して翻さないから。

 

「……うん、出来る限り気を付けるよ……」

 

二人にはそれ以外に答えられなかった。

 

食事が終わり、ダイたちが出されたケーキの籠を抱えて店を出た後、ポップは店の入り口に「close」の看板をかける。

先程もレオナたちに言った通り、今日はこれで店じまいをする予定だったので、サクサク作業する事に迷いはない。

慣れた手付きで、手早く使った道具や食器たちを片付けていった。

この後、城で【ハイティー】用の料理をする事になるのだが、道具は全部向こうの台所にあるものを借りる予定でいる。

急な飛び込みにはなるのだが、ポップが作るのはレオナたちが口にする料理なのだし、材料も向こうで用意してくれるだろう。

なにせ、既にレオナたちには今日の店じまいの理由が、仕入れが不足していたからだと伝えてあるのだから。

 

「……ま、最悪ある材料で何とか出来るだろうしな。

なんせ、一国の主の住む城の台所なんだからさ。」

 

そう考えると、急いで残っていた後片付けを済ませていく。

今日は、ただ単にレオナたちが店でディナーを食べられない代わりに料理をしに行くだけではなく、自分の本業である魔法研究のための資料を借りに行くのだから。

念のために、自分のオリジナルブレンドの調味料を鞄に詰めると、ポップは城に向かった。

 

 

その後、今回ポップの店の営業を邪魔したコックが使えていた某国の貴族の大臣は、あっさりと失脚した上に家督を半強制的に息子に譲る羽目になった。

今回の一件が、レオナの口から各国の王家に伝わり、各自が調査した結果、どこの誰なのか判明したからである。

何せ、諸国の王たち全員がポップの料理のファンであり、パプニカに来るたびお忍びで食べに行くくらいなのだから。

その店の営業を、一日とは言え邪魔したのだ。

唯でさえ店が開いている確率が悪いのに、それをさらに悪くするなど許しがたいものがあったのである。

しかも、邪魔をしたものが、以前ポップの店で入店拒否をされたのを根の持っての行動だと判明した時点で、処罰の対象になったのだ。

もちろん、今回の失脚理由ははっきりとは公にならなかったが、噂としては瞬く間に貴族たちの間で広まり……

 

以降、「世界中の王家から守られている店」としての認識され、ポップの店に対して一切の嫌がらせはなくなったのだった。

 




かなり昔の作品なので、割と色々と加筆修正しました。
実は、加筆しない状態でなら、最低でも残り四話ほどあったり。


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今日の営業が出来ない理由は……

久し振りに、こちらの更新です


ここは、パプニカの城下町の裏通りにある「Green Forest」

大魔道士ポップが、オーナーシェフを勤めるレストランだ。

この店には、他の店とは違い一風変わったルールが二つあった。

そのうちの一つは、客が店を選ぶのではなく、店が客を選ぶと言うものである。

 

なぜ、そんなルールがこの店に出来たのかと言えば、ここに来る客の中で一番多い常連客が、かつて大魔王バーンと戦った勇者たちの仲間だったから。

 

ポップの拘りにより、せっかくの落ち着いた雰囲気が漂う店構えになったのに、彼ら目当てで押しかけて来ただろう、ミーハーな客に壊されては堪らないからと、いつの間にかポップが掲げたルールだった。

それでも、未だにこの店のルールを理解していない、初めて来る客の中には、【自分は客として足を運んでやった】と言わんばかりに、横暴な態度を取ろうとする者もいたのだが。(主に貴族や王族のお馬鹿さん達だ。)

元々、そういう相手が大の苦手なポップは、問答無用で得意な魔法を駆使して撃退すると、そのまま客を送り返すのが常だった。

ポップがそこまでするのは、下手にそのままその場に残しておいても、目を覚ましたらまた騒ぎ立てそうだったから、排除と言う単純な理由だったのだが。

 

さて、この店のもう一つの変わったルールだが、それは「いい素材が手に入った時しか店をあけない」と言うものだった。

自分の店に来たお客様には、一番美味しいと思えるものを出したいという理由からだったのだが……ポップの拘りは予想よりも高く、気付けばそれが理由で何日も店が閉店したままの状態になってしまう事も多かったのである。

正直、この店の常連客側からすると困ったものだったのだが、一度こうと決めたからには絶対にポップは譲らない事も知っていたので、これに関しては諦めて受け入れるしかなかった。

 

******

 

「・・・あれ、今日はお休みなの?

でも、店の看板は『OPEN』になってたけど・・・?」

 

久しぶりにポップに会うついでに、そのまま食事をしようと店の中に入ってきたダイは、開店している時のこの店には珍しく誰も客がいない事を訝しみながら、カウンター奥のキッチンにいるポップに声を掛けた。

そう、普段なら開店している時は店に常連客が一人二人は必ずいる状態なのに、今日は誰も居ないのだからダイが訝しむのは当然の話である。

カウンター席でも、特にダイが好んで座る席に腰を下ろすと、ポップは苦虫を潰した様な顔をしながら、ガリガリと頭を掻いた。

 

「……たんだよ……」

 

ボソッと、小さく漏らされたポップの声。

いつもなら、飄々としているポップには珍しく、真っ赤な顔をした状態で呟く姿は、それこそダイだって数えるほど見た事があるかどうかのレベルである。

そういう意味で、本当に珍しい姿だ。

 

「えっ?何?」

 

つい、そちらに意識を向けていたせいで、ポップが何を言ったのか聞き逃してしまっていた。

そんな理由もあって、思わずもう一度と言わんばかりに聞き返すダイに、ポップは更に真っ赤になるとキッとダイの事を睨み付ける。

 

「だから、今日この店で使う予定で仕入れて来たメイン料理用の魚を、うっかり駄目にしちまったんだよ!!」

 

どこかやけっぱちでそう叫ぶポップに、ダイは思わず目を見開いていた。

ダイが知る限り、今まで料理に関してポップがそんな失敗をした事など、一度もなかったからだ。

だが……そういう理由なら、確かに店を開ける事は出来ないだろう。

 

「……でもどうして?」

 

らしくない失敗をしたと言うポップに、状況が掴めず不思議そうに首を傾げるダイ。

その姿を前に、ポップの機嫌が更に悪くなる。

だが、ダイはそんな不機嫌なポップを前にしても平気でいられる数少ない人間の一人なので、気にする事なく質問に対する答えが欲しいと、目で訴えてくる。

ダイの無言の質問への追及に、ただでさえ良く無かった機嫌を更に悪くしながら、ポップはそれでもため息と共に理由を口にした。

 

「……一応、今日のメインに据える予定の魚が取れる場所がロモスの港だったから、ヒャドで作った氷を箱に詰めて、瞬間移動で帰ってきたんだ。

だけど、せっかく現地まで出向いて仕入れて来た、魚以外の材料がまだ店の方に来てなくてさ。

まぁ、誰もが俺みたいにホイホイ気軽にルーラで移動出来る訳じゃないのは、解ってるからな。

仕方が無いから、野菜とかを何時も仕入れる市場の方に状況を確認に行ったら、野菜の一部を店の方のミスで〖取っておいた品を売っちまった〗っつーてなぁ。

でも、同じ野菜がまだ畑の方に残ってるって言うから、一緒に取りに行ったんだよ。

朝一番で、せっかくロモスまで行って仕入れてきた魚を、キッチンの奥にある保存用の箱にしまい忘れてな。」

 

そこまで言ったところで、ポップは大きくため息を付く。

ここまで話を聞けば、ダイにも大体の事情が見えてくるのだが。

つまり、店に届いていないものを仕入れる為に他所へ出向いているうちに、外へ放置してしまった魚が痛んでしまったのだろう。

 

「……魚、料理に仕えない位に酷く痛んじゃったの?」

 

思わず尋ねてしまったダイに、ポップは何とも言い難い顔を向けた。

どちらかと言うと、多少傷んだとしても上手く調理する術を知っているポップなら、そのまま捨てると言う選択をしないと思ったからこそ、そう質問したのだが……どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

微妙な顔をしていたポップだが、それでもちゃんと最後まで説明してくれるつもりはあるらしかった。

 

「そーじゃねぇ……

店の中に魚があるのに、うっかりあそこの窓に隙間が開いてたんだ。

ここまで言えば、どうなったのかお前でもすぐに判るんじゃないか、ダイ?」

 

そこまで言って、ポップは自分のミスを嘆く様にもう一つため息を付く。

確かに、ここまで話を聞けばダイにも状況が理解出来た。

 

「……そっか、魚、猫に取られちゃったんだ……」

 

確かに、よくよく店の中を観察すれば、キッチン奥の窓の方には何かを引きずった様な後が薄っすらと残っていて、更に所々魚と思われる鱗も落ちていた。

この状況から察するに、猫が獲物となった大きな魚を銜えて出て行った痕跡なのだろう。

しかし、珍しい事もあったものだ。

あのポップが、こんな初歩的なミスをするなんて。

 

「あー……実は、だな。

昨夜は、あんまり寝てねぇんだよ。

店を閉める直前、知り合いが厄介な品物持ち込んできてな。

急いで閉店してから、直接対応してたんだが……結局、そいつを全部片付けるのに、明け方近くかかっちまってさ。

殆ど寝ないまま、今朝の仕入れに出向いた事もあって、頭が微妙にボケてたんだよ。」

 

自分でも、ここ最近していなかった大きなミスをした事を振り返ったからか、ちょっとだけ不機嫌さが増したポップに、ダイは思わず及び腰になってしまう。

話から察するに、その昨夜持ち込まれたと言う厄介な品物を相手に、余程苦労したのだろうと言う事だけは直に察せられたので、それに関して下手に詳しい話を聞く気には、流石になれなかった。

基本的に、珍しいものが大好きなポップがこんな風に言う品など、多分ダイの手には負えないのだから。

 

「……でも、それじゃ今日は店を開けられなくても仕方ないね。

せっかく時間が出来たんだし、このまま寝れなかった分も寝てきたら?」

 

どこか心配そうに、ダイがポップに対して提案してきたのを聞いて、ポップはハッとなった。

自分が、ちょっとだけダイに八つ当たりしてしまっていた事に、今、気が付いたからだ。

ポリポリと、頭を軽く掻きながら済まなそうな顔をすると、ポップはダイの提案に乗る事にした様子だった。

 

「あー……わりぃな、ダイ。

お前が悪い訳じゃないのに、つい当たっちまってさ。

取り合えず、ここの後片付けが終わったら、上でしばらく寝てくるわ。

どうせ、明日の昼の分のスープとかの仕込みは、夜にはしなくちゃいけないからな。

あ、そうだ。

もし良かったら、これを姫さんところに持ってってくれねぇか?

今日店で出す予定だった、レアチーズケーキとキャラメルとナッツのタルト、後こっちはホワイトチョコレートのムース。

日を置くとおいしくなくなっちまうから、城の皆で食べてくれって言えば、絶対に受け取ってくれるからさ。」

 

そう言いながら、キッチンの奥の冷たいものを保存しておく為の箱から、ポップは既に作り置きしてあったケーキたちを取り出した。

慣れた手付きで、手早く大きなバスケットに詰め込んだそれを、にっこり笑顔を浮かべたままダイに手渡すポップ。

それを受け取ったダイは、首を軽く竦めるしかない。

まさか、ランチを食べに来て食べそびれた挙句、ケーキを幾つもホールで押し付けられるとは思っても居なかったからだ。

 

「はぁ……判ったよ、ポップ。

このケーキを、レオナに渡せばいいんだね?

じゃ、俺はそろそろ城に戻る事にするよ。

今なら、まだ白の方でもお昼を食べられると思うし。

後、たまには城の方にも顔を出してよね。

みんな、ポップに会いたがってるんだから。」

 

笑ってそう言うと、ダイはバスケットを揺すらない様に気を付けつつ、店を後にしたのだった。

 

*******

 

今回の様に、何らかの理由があればこの店は直に営業を中止する事も多い。

それこそ、店主の都合ですぐに店は【本日休業】になる、【世界一わがままな料理店】なのだった。

 




こんな感じで、ポップの都合によっても営業日が減っていくと言う。
基本的に、不定期営業な店だと常連客から認識されている為、問題はないみたいですけどね。


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