「うんしょ、うんしょ」
羊さんみたいなもくもくふわふわで可愛らしい雲が、何匹かぷかぶかと泳いでいるだけの、涼しくて気持ちのいい秋の昼下がりです。私は、一人荷車を転がしていました。
「うんしょ、うんしょっと」
かき集めてきた
「あら、大変そうね」
「あっ、紫ちゃん」
声が聞こえてきたと思って足を止めると、いつの間にか荷車の宝物の山の上に金髪の綺麗なお姉さんがちょこんと座っていました。別に日差しが強いわけでもないのにいつも通りの日傘を差していて、もう片方の手で扇子をパタパタとしています。色々と不思議です。
「暇なんです?」
「いえいえ、私は忙しいわ。でもその忙しい間を塗って、貴女の様子を見にきてみたのです」
「暇なら手伝ってくれるとありがたいのです」
「ここから見守らせてもらうわ」
「むむ……なんと意地悪な」
「ほら、急がないと日が暮れてしまうわよ?」
むーと軽く唸ってみますが、寝坊助で怠惰そうな彼女が運ぶのを手伝ってくれるとは思えません。先程と重さの変わらぬ重たい荷車をせっせこせっせこ運び始めました。
「せっせこせっせこ」
「あー、効果音は自分で言うのね」
確かに乗っているはずなのに、紫ちゃんの重さは全く感じられません。色々と大きくて抜きん出ている分、重たいはずなのに。重たいはずなのにっ!
「色々軽そうな貴女が羨ましいわよ?」
「余計なお世話です!」
気を取り直してやる気を出して、先程よりも力強く荷車を押します。目的地まではもうすぐです。
紅葉の綺麗な妖怪の山の奥地、少し開けた木々の隙間に一軒の家が立っています。赤い煉瓦の屋根に、ぽうぽうと煙を吐く煙突。二階にある二枚の窓と一階にある一枚の窓で、遠くからだとまるで顔みたいに見えます。一階の窓の隣には、背の高い人ならうっかり、頭をぶつけてしまいそうな小さな扉と、扉の上の"たからものや"の看板が印象的です。我ながら、なかなか達筆で気に入っています。
「よっこらせっと」
荷車を家の外壁に立てかけて、軽く体を伸ばしてみます。運動したのは久しぶりだったのでなかなか疲れてしまいました。喉が乾いたことに気づいて、一緒にお茶でもどうですかとお誘いしようと思ったのですが、いつの間にか紫ちゃんはいなくなっていました。相変わらずの神出鬼没です。ただ、荷車の上にいつの間にか、見覚えのある扇子が一つ落ちていました。
「忘れ物か餞別か……どっちだとしても、いいセンスですねえ」
ぷぷぷ、と小さく笑ってみました。悲しくなりました。
はてさて、これだけあれば明日からは営業できそうです。緩む頬を押さえながら、店の扉を開けました。
『買います売ります 想いの詰まった宝物 byたからものや店主』
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弐之巻
「ふんふんふーん♪」
何処かで聞いたけれど名前の思い出せない、でも気に入ってる歌を
石の床をちょこちょこと雑巾掛けして、集めてきた宝物を丁寧に布巾で磨きます。壊れた物や欠けた物があると、私にはどうしようもできないため少し悲しくなりますが、一つ一つの
「よっとっと」
所狭しと物の並んだ店の奥の、地面から大きく突き出た畳の上に登ります。私が寝っ転がっても余裕がある大きさのそこに正座して、以前拾ってきた
右の壁に掛けてある柱時計を見ると、時刻は巳の刻。つまりは午前十時です。今日から営業を始めるここ、"たからものや"は、十時開店の十七時閉店。つまりは、遂に念願の営業が始まったのです。
「さあさあこいこい、お客さま方っ!!」
ソワソワしながら誰かが入ってくるのを待ちます。開店したというのに、誰も来ません。きっと今日が営業初日だから、何処と無く入りづらいのでしょう。
三分経ちました。
十分経ちました。恐らく表で、『誰が開店一番乗りの栄誉を得るのか』を巡って、激しい闘争を繰り広げているのでしょう。嫌、私のために争わないでっ! 二番目でも三番目でもいいじゃない!
三十分経ちました。きっと開店直後は行列が出来ると踏んで、皆さんゆとりを持って来るようにしているんでしょう。ふう、もしや誰一人来ないのではないかという私の心配は杞憂に終わりそうです。
一時間経ちました。二時間経ちました。三時間経ってお昼ご飯を食べてそれでも誰も来なくて――
「……ぐすっ」
「ごきげんよう。もしかして開店一番乗りかしら?」
「入口から入ってこなかったのでノーカンです!!」
いつの間にか紫ちゃんが入り込んでいました。視界が液体でぼやけていたせいで気づくのが遅れてしまったようです。
「……もしかして三時間、そこでずっと誰か来るのを待っていたの?」
「そーです……そーなのです……」
「宣伝も何もないのに、山奥に突如開店した店に人が来ると思う?」
「………………?」
「貴女に商才がないことは十分分かったわ」
「えー、でも私には、突如ここを通りかかった旅人にこのお店を発見され、そこから口コミで『山奥の隠れ家的名店現る!!』みたいな感じで広まっていく計画があったのですが……」
「邯鄲の夢と消えそうね」
「むむ……そーですか……宣伝が足りてなかったのですか……」
と、ここで私の頭を閃きが駆け巡りました。
「紫ちゃん!」
「宣伝のお願いならお断りしましょう」
「あっそれもお願いしたかったけどそうじゃなくて! 紫ちゃんの力で人里と店の前の原っぱを繋げれば、千客万来間違いなしだと思うんですよ!」
「いや、それも断らせてもらうけれど」
「えー、けちー」
素晴らしい千客万来の未来が浮かんでいたんですけどねー。悲しいなー。
紫ちゃんはというと、いつの間にか扇子を口元に当ててそっぽを向いていました。考え事でもしているんでしょうか。
「千客万来はさせてあげられないけれど、初めてのお客様くらいは見繕ってあげてもいいわよ?」
「お願いします!」
「貴女ほどプライドって言葉が似合わない子も、なかなかいないわよね」
「すいません、横文字には弱いもので……」
「暫しお待ちなさいな」
スキマと呼ばれる異空間を開いて、紫ちゃんはそこに潜っていきました。時刻は二時過ぎ、開店からかれこれ四時間経過しております。八百長だろうと何だろうと、初めてのお客さんを迎えると思うと何だかにんまりしてきました。
「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ紫!」
「暇そうにしてたから面白い場所に連れてってあげようと思ったのよ」
「紫の紹介って時点で期待値が下がるぜ」
にんまりする頬を、パンパンと叩いて引き締めます。表の騒がしさはどんどん近づいてきて、キキィと小さな音を立てて、ドアが開きました。今日のために集めてきた宝物たちが、鈍く光って見えました。
「いらっしゃいませ! たからものやへ、ようこそ!」
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其の参
スキマから落とされて真っ先に視界に映ったのは、紅葉の進んだ木々。しかしどうにも、変な感じがする。
「見慣れない場所だけど……妖怪の山のどこか?」
「良い勘してるわね」
私の問いに紫がいつも通りの胡散臭い笑みで答えた。どことなく偉そうな雰囲気が癪に障るわ。折角参拝客を集める方法を思いついたから、それを試そうとしてたのに……肝心なところで邪魔してくれちゃって。
「どうせ失敗するんだからいいじゃない」
「そうとも限らないでしょ!」
「そんなことよりも、この家はなんだ?」
魔理沙が指さしたのは少し開けた場所に立つ、珍しい外観の家だった。何となく紅魔館に近いかしら。
「ここが紫の言う素敵な場所って奴か?」
「ええそうよ」
「どうにもきな臭いわね……」
あら酷い、と紫は肩を竦めた。酷いも何も、アンタの日頃の行いよ。
「一先ず入ってみなさいな」
「はあ、行ってみるか」
「そうね」
所々赤黒く錆びた、年季の感じる扉を開ける。まず目に移ったのは手前の壁に置かれた、骨組みだけ残っている元は高価そうな木製の傘。所々折れていて、どう修復してももう使い物にならなさそう。次にその隣の不思議な四角い箱。紫っぽい配色で、太めの線が背中から何本か飛び出ている。でも何か重いものの下敷きにでもなっていたのか、軽く潰れていて上の面の四隅も歪んでいるみたい。
「いらっしゃいませ! "たからものや"へようこそ!」
奥の方から女の子のそんな声が聞こえた。見てみると綺麗な長髪を赤いリボンでポニーテールに纏めた、可愛らしい女の子が輝くような笑顔を浮かべていた。花柄の着物に身を包んでいて、背丈は私や魔理沙よりも全然小さそう。
「……ええと、あんたは?」
「あ、店主です。店員さんでもあります」
「いや、そういうことじゃなくてね」
背後の紫を睨もうとしたが、振り返った時には既に影も形もなかった。魔理沙はというと、店の中に入って目を輝かせながら品物を物色している。
「なあなあ、ここは一体何を売ってる店なんだ?」
「宝物を売ってます! お値打ち物やら年代物やら沢山ありますよー!」
「全部相当な年代物に見えるんだけど」
手頃な位置にあった傘を指さして、店主に質問してみる。
「例えばこれはどんな宝なの?」
「それはですねー、昔々の平安時代。身分違いの恋をしてしまった貴族の娘が、想い人に渡した傘なのですっ」
「……ふうん?」
「周辺の大地主の家に生まれた娘は、蝶よ花よと育てられます。ところがある日、何の変哲もない農民に、フラリと恋をしました」
いつの間にか魔理沙まで、物色の手を止め、私の隣で少女の話に耳をすませていた。
「二人は気が合い親しくなり、彼と彼女は逢瀬を重ね、愛を誓い結婚を夢見ます。とはいえ時代が時代です、それは叶わぬ願いでした。娘本人は知らなかったのですが、既に親が決めた婚約相手がおり、二人の恋は認められませんでした」
「そんなもの、二人でどこかへ逃げ出せばよかったんじゃないか?」
「電車も車も飛行機もなく、身一つで追っ手を逃れて亡命するのは難しいと思います。貴族同士の家の結び付き、それによる権力の拡大の為、誰もが結婚を望んでいたのです――というか、
「飛んで逃げればいいぜ」
「いや、余計目立って絶対気づかれますよー……」
コホン、と小さく咳払いして話は続いた。
「別れは突然訪れました。そういう時代の情報網っていうのは馬鹿になりません、娘のそういった話は、いつの間にか男の耳にも入っていました。不安そうな彼に彼女は言います。『大丈夫、私の心は貴方だけのもの。身体がどこにあろうと、心は貴方を見つめていますわ……』と。そういって、彼に手渡したのがこの傘です。これは逢瀬の度に彼女が使っていたもので、彼からすればその象徴のようなものだったのですね。元は葡萄染色の、綺麗な傘だったんですよー……」
「……それで、彼と彼女はどうなったの?」
頬に手を当て、色っぽく傘を見つめながら店主は答える。
「さあ?」
「何だそりゃ……」
「私にはそこまではわかりませんもの。でもきっと、彼と彼女のその日々こそが大切な、"宝物"と言えるでしょう……」
「それが宝なら、これは宝じゃないんじゃないの?」
「……はっ!」
今気づいた、と言わんばかりの顔の店主は、誤魔化すようにかぶりを振った。
「いやいやいや、これも重要な宝ですから!! これがなかったらきっとアレコレ始まってませんから!! 買いましょ、ね?」
「いや、買わないけど…… ふうん、つまりはそういう店なのね」
「はい、まあそういう店なのです――申し遅れました、私は財部
「私は博麗霊夢、でこっちが――」
「霧雨魔理沙だぜ」
「ご丁寧にどうも…… って博麗!? 博麗の巫女って奴です!?」
「そうだけど、何よ? あんたも妖怪?」
「い、いえ、違いますですよ!?」
「何か言葉がおかしくなってるぜ」
「私、紫に聞いたんですよ……博麗の巫女とその隣に大体いるとんがり帽子の魔法使いは、ヤクザみたいなものだから気をつけろって!」
「「誰がヤクザだっ!!」」
「ひいっ、やっぱり怖いっ!」
今度紫を見かけたら、本格的に懲らしめよう。そう誓ったのだった。
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四之巻
どうやらヤクザさんではないらしい、普通の魔法使い・魔理沙ちゃんと、素敵な巫女さん・霊夢ちゃんと、なんやかんやあって仲良くなりました。二人ともとても気さくで、いい人そうです。ひねくれてるところのある紫ちゃんにも、彼女らの素直さを見習ってほしいです。
「なあなあのの、そこのお地蔵様借りていっていいか?」
「魔理沙ちゃんは素直ですねー。宝物ですのであげられません」
「もらうわけじゃないぜ。ただ借りてくだけだぜ」
「あ、それなら別に……」
「魔理沙の口車に乗せられちゃダメよ」
「いてっ」
霊夢ちゃんが魔理沙ちゃんの頭をコツンと叩きました。とんがり帽子のとんがり部分がへにゃりと折れましたが、すぐに元の形に直りました。
霊夢ちゃん曰く、魔理沙ちゃんは『死ぬまで借りてく』とか言いながら人の物を盗んでいくことが多々あるので気をつけた方がいいとのこと。むむ、悪い人には見えないのですが……人は見かけに寄らないとはこのことですか。
「っていうかあんた、大切な宝物っていうなら何でそれを売ってるのよ」
「えっ、儲かるかなあって……」
「がめついわね」
「霊夢の言えることじゃないぜ」
がめつくない! と魔理沙ちゃんに抗議する霊夢ちゃん。私も別にがめつくないです。
そういえば、と魔理沙ちゃんが話題を変えます。
「さっきの宝物の話って、誰かから聞いたのか?」
「いえ、私が自分で聞きました」
「あんたも妖怪なの?」
刹那、霊夢ちゃんの雰囲気が微妙に変わった気がしました。慌ててかぶりを振ります。
「いや、別に妖怪ではありませんから! えーっとですね、そのへんは私の能力のお陰なのです。そう――『宝の声を聴く程度の能力』という!」
ドヤッ、と大きく胸を張ってみます。小さいだろ、というツッコミが何処からか聞こえた気がしますが気にしません。
「で、どんな能力なの?」
「え、そのまんまの力ですけど」
「あー? 宝の声を聴く、とだけ言われても私らには何も聞こえないんだから、どんな能力だか分からないぞ」
「んー、正確に言うとですね……宝にまつわる想いや、想い出が聞こえる感じですかね。こうイイ感じの情景も浮かびつつ」
例えば先程のお地蔵さん。アレは傘屋のお爺さんの宝物で、中々品物が売れなくて生活に困っていたお爺さんが、ある雪の日に埋まりかけていたこのお地蔵さんを掘り出し、傘を被せてあげたというエピソードがあります。
「妙に細かいしそれ、聴くってより見てないか?」
「聴くって方が何処と無くカッコよくてよいのです」
「『宝の声を見聴きする程度の能力』に改名ね」
「えー」
不満なので唇を尖らせてみましたが、正直反論の余地はないし自分でもこれはどうかなーと思っていたので素直に受け入れます。私は反省する女なのです。
「で、なんでののはこんな辺鄙な場所に店なんて開いたわけ? 儲けを考えても普通に客足を考えても大変そうだけど……」
「……ただのミスなのです……恥ずかしながら何も考えてなくて……」
思い出すだけで目頭が熱くなってきました……『広々としているし木の具合もいい塩梅ですね! よしここにしましょう!』なんて考えていた過去の自分にぼでぃぶろうでもくらわせたくなってきました。
霊夢ちゃんも「それは……なんというか、ご愁傷様」と痛ましそうな視線をくれています。むしろ悲しいです。
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五之巻
「そっか、でも面白い店だな」
店を見回して、魔理沙ちゃんは自然な感じで呟きました。その言葉に自然と顔がぱあっ、と明るくなって、「そうでしょうそうでしょう!」と思わず食い気味になります。
「ですから、絶対売れ……人気になると思うんです!」
「(今絶対売れるって言おうとしたな)」
「(別にそこは、素直に売れるって言っても問題ないと思うけど)」
二人のジトーっとした生暖かい目から、心の声が聞こえてくるようです。いいんです、商売人として、少しでもがめついというイメージは減らしておきたいので。
「そんなわけで、この面白くて売れそうな店、人里とかに宣伝していただければなー……と思うんですがっ!」
期待と興奮に満ちた瞳を、魔理沙ちゃんと霊夢ちゃんに向けてみます。二人して仲良く「えー」って言いたげな微妙な表情をしました。どうしてですか。
「えー、そこは宣伝してあげましょうよ! 私が喜びますよ?」
「あー? 労働を頼むなら、対価があって然るべきだと思うんだけど」
「そ、そこはほら! 友達のよしみと思って、ロハで!」
「駄目だぜ、友達だからってそういう所をなあなあにしてたら。親しき仲にも礼儀あり、だ」
「じゃあ物を無断で借りてくのは何なのよ」
「物の貸し借りは友達としてのマナーみたいなものだろ」
「一言断るのがマナーでしょうが」
「断ってるだろ、ちゃんといつも」
「断ったら断られそうですね」
文字にするとややこしそうな感じの会話になってきました。それにしても、お二人の会話は漫才みたいで、本当に仲がいいんだなーということがよく伝わってきます。私まで少し、ほのぼのした気持ちになってきます。
「ということで私としては、このお地蔵さん貰えれば引き受けてやってもいいぜ」
「あ、全然あげますよー」
「意外とあっさりあげるのね、もうちょっと粘るかと思ってた」
「確かにお金は大切ですが、別にないと死ぬものでもないのです」
「ご飯食べられなくて死んじゃうぜ?」
「雑草食べればなんとかなります! ……時々お腹を壊しますが」
「経験済みかよ」
うんうん、と何故か頷く霊夢ちゃん。経験者なのでしょうか。同じくその道の先輩として、師事を仰ぎたいです。
「こほん、お金はなくてもいいのです。私はそれよりも、お宝と、人との出会いを大切にしたいのです」
人と人との出会いは、一期一会。同時に、人と物との出会いもまた、一期一会なのです。物というのは、大切にされればされるほど輝きます。しかし、持ち主の成長や変化、物自体の劣化、故障のせいで、一度宝物になったものでも、容易にガラクタに成り果ててしまいます。そうなってしまっても思い出として大切に取っておく人もいますが、みんながみんな、そういう人というわけではありません。大半はなくなってしまったり、捨ててしまったりするでしょう。
――でも私がこうして拾い上げて店に並べておけば、魔理沙ちゃんのように気に入ってくれて、再び意味を与えてくれる。ガラクタを、宝物に昇華してくれる。だから私は、この"たからものや"を、開いたのです。
思っていたことを喋っていただけですが、言い終えるとなんだか、いいことを言ったような気がしてきました。魔理沙ちゃんと霊夢ちゃんもしみじみと、心なしか尊敬の念が篭った瞳で、私を見つめています。あれ? もしかしてめちゃくちゃいいこと言ったんじゃないですか?
「なんか、普通にいい話でびっくりしたわ」
「ああ、私もだぜ」
「えへへへへ」
「あー……このお地蔵さん、借りてくのはやめとくぜ。きっと私より、もっと大切にしてくれるやつがいると思うからさ」
「別に遠慮しなくてもいいのですよ? 開店記念サービス兼宣伝料金ということで、お二人共一品好きなものをプレゼントです☆」
「ならその権利、いつかの出会いに取っとかせてもらっていいか? ちゃんと宣伝はさせてもらうからさ」
「ええ、もちろん! 霊夢ちゃんはどうします?」
「私は……んー、この傘と扇子……どっちにしようか……」
霊夢さんは藍色の、先程話に上がった和傘と、綺麗な紫色の扇子で迷っているようでした。扇子は棚ぼた商品ですし、出血大サービスといきましょう。
「その扇子を選ぶとはいいセンスです、ぷぷぷ。ということで出血大サービス! 両方ともあげちゃいます!」
「え、いいの!?」
「いいんです!」
もしかしたら紫ちゃんが取り返しにくるかも知れませんが、その時はその時ということで。霊夢ちゃんの顔が一気に明るくなりました。うんうん、商売人として嬉しい限りです。
「霊夢に二つあげて私に一つって、ちょっと不公平じゃないか?」
「……あ、言われてみると確かに……で、でも魔理沙ちゃんは取り置きじゃないですか! 取り置き料金ってことで!」
「今すぐ選べば二つになるなら、迷いなくそっちにするぜ?」
「むー……じゃあ魔理沙ちゃんも取り置きで二つでいいです。おっけー!」
「やったぜ!」
「ののは甘いわね……どうせ大量にパクられるわよ……」
「死ぬまで借りてくだけだぜ」
決め台詞を言って、魔理沙ちゃんは笑います。私と霊夢ちゃんもくすっ、と笑いました。友達っていいなあ、と思う開店初日の夕方でした。
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六之巻
ちゅんちゅんちゅん、と小鳥さんの囀りが聞こえてくる朝です。私は、夢から覚め切らない時分に刺さる、眩い日差しに目を細めながら、右手にちりとり、左手に箒を構えて店の前に立ちました。そうしながら見上げれば、雲一つない蒼空。今日も今日とていい天気、絶好の営業日和です。
「るんるるんるんるーん♪」
とりあえず店の扉にちりとりを立てかけ、箒を使って付近を掃いていきます。と言っても、まだ開店二日目。そこまで目立った汚れや塵、芥はありません。じゃあ何故そうしているのかと言われれば、私はこう答えます。そうするのが、それっぽいからです。
「今日こそはー♪ 千客万来〜♪」
箒を勢いよく振り回しながら、さながら歌謡劇のように気分よく歌います。最早掃除でもなんでもありませんが、楽しいのでよいのです。
昨日来てくれてお友達になってくれた、霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんが、このお店を人里で宣伝してくれると言っていました。となれば、知名度の低さから二人しかお客様が訪れなかった、開店初日からは一転。山の奥の辺鄙な店に、山のようにお客さんが訪れるに違いありません。そうなれば、たくさんの宝物たちと、たくさんのお客様の縁を繋ぐことが出来て。その上、私の元に
「営業開始〜二時間前〜♪」
時刻は早くも朝八時。十時から営業開始ということを考えると、そろそろ混雑を警戒して並び始めるお客様がいてもおかしくない頃です。むふふ、その時はその気持ちに免じて、少し早く開店してあげましょう。具体的には、来て一分くらいに!
「一時間半前〜」
掃き続けること三十分が経過しました。ふむふむ、どうやら幻想郷の方々は一時間前行動を旨としているようですね。のんびりした気候、生活のおかげで、そういった認識が甘くなっているのでしょう。よくないことです。
「一時間前〜」
未だ誰も来ません。本当に皆さんのんびり屋さんですね! なんて思ってたら、正面にスキマが開きました。
「ネタの天丼は嫌われるわよ」
「あっ、紫ちゃん」
空間の裂け目に頬杖をつき、にょっこりと猫のように顔を出す紫ちゃんです。嫌われる、なんてよくないことを言いながらニヤニヤしてます。
「な、なんか前にもこんなことあったなーとは思いましたけど別に持ちネタとかじゃないですっ!!」
「前にも、どころか昨日のことなのだけれどね」
「そういえばそうでした。でも前のことは前のことなので、前のことなのです……!」
「はいはい」
軽くあしらわれた感じがして、むむっと頬を膨らませてみました。紫ちゃんは楽しそうに笑うだけでした。笑ってもらえたならまあ、よしとしましょう。
「あ、もしかしてお買い物に来ました!? それなら開店しますよ!?!?」
「いえ、まだ結構」
「さいですか……」
しゅん、となる心。でも、
「
「ええ、いつかはきっと」
「わーい! ご来店楽しみにお待ちしておりますよっ! あ、それでご来店でないなら何の御用です?」
「ちょっと様子を見に、ね」
「ほほう。冷やかしですか」
「客じゃない人には冷たいわね」
「冗談です」
本当に見に来ただけだったようで、紫ちゃんは小さく欠伸をしてスキマに潜っていきました。一体なんだったのでしょう。
「でもお陰で、一人の時間を少し減らせましたね」
やっぱり一人よりも二人の方がよいのです。ちょっとの時間だけ喋っているつもりでしたが、十分ほど経っていました。でも開店まではあと五十分あります。
「……よしっ」
可愛らしい装飾の施された木の扉の、中心にかかった札を裏返し、『準備中』から『開店中っ!』に変更します。どうせ暇なら、営業しちゃえばいいのです。
「はてさて、今日はどなたが来ますか……!」
期待に胸を膨らませながら扉を開けます。お客さんもこんな気持ちでこの店に入ってくれたらいいな、なんて思って「ぷぷぷ」と笑い、開店準備を始めるのでした。
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七之巻
「ごめんくださいな」
コンコン、と何処と無く上品なノックの音が響きました。遂にお客さんのようです。「はい、どうぞ!」と元気よく返事して、ワクワクしながらドアを見つめます。
「こんにちは」
昼下がりの日光に、編み込まれた銀髪を照らされながら、お客さんはぺこりとお辞儀しました。「こ、こんにちは!」と動揺しながら私も頭を思いっきり下げます。まさかそんな丁寧な態度でやってくるお客さんがいるなんて思わなかったからです。所々にフリフリのついた割烹着なんて不思議な服装だな、と思いましたが、これは噂に聞くメイド服というやつでしょう。メイドさんでしたら、この丁寧な物腰にも頷けますね。
「『たからものや』というのは、こちらで合っていますか?」
「はい、間違いないです! 『たからものや』へようこそっ!」
勢いよく頭を上げて、にぱぁっと満面の笑みを浮かべます。これは俗に言う『営業すまいる』などではありません。何故なら、昼過ぎまで誰も来店しなかったこの店に、お客さん(しかもどなたかの遣いだとすれば、かなりの上客さん?)が来てくれたことが、私にとって心の底から嬉しかったからです。
「人里で素敵なキャッチコピーを拝見したもので、気になって訪れてしまいました」
「おお、ありがとうございます! 我ながら良い言葉だったなと自負しております!」
「ここにあるものは全て売り物なんですよね?」
「ええ、そうですよー。どれも、誰かの想いの詰まった
「ふむふむ」
お客さんは、静かに店内を見廻り始めます。宝の声を聴く──もとい、見聴きする程度の能力で感じた宝物の由来をお教えしようかとも思ったのですが、何処か影を帯びた表情や一品一品を吟味するその様子から、何となく話しかけちゃいけないような雰囲気を感じて、何も言えませんでした。
「店主さん、少々よろしいですか?」
「大丈夫ですよー。なんなりとお聞きくださいませ!」
「貴女はこの店の物が、どういった宝なのかをご存知なんですよね?」
「そうですねー。私は『宝の声を聴く程度の能力』を持っているので、その宝の宝たる
「そう──なら、一つ伺いたいのですけれど」
お客さんは──銀髪の、お上品な所作のメイドさんは、求める品物を口にしました。
「この宝の山の中で、最も
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八之巻
「悲劇的、と言いますと?」
思わず聞き返します。いえ、求めているものは何となく見えてきたのですが、そこに齟齬があってはいけませんので。
「そうですね、私も明確に聞き及んでいる訳では無いのですが、壮絶な物語の果てに持ち主と別れた哀れな宝だとか、散々大切にされていたのに、より上等な物を見つけたというだけの理由で捨てられた宝だとか──そんなところでしょうか」
「成程ー。メイドさんは、ご主人のお使いでそういった品物を探しに来られたのですね?」
「ええ、そうです」
私の呼称に違和感を覚えたようで、そこで彼女は「申し遅れました、紅魔館でメイド長を勤めております、十六夜咲夜と申します」と名乗りました。紅魔館、というのは確か紫ちゃんに聞いた、吸血鬼の暮らすお館です。
「ご丁寧にどうも、私は財部載展と言います。ののって呼んでください!」
「よろしくお願いしますわ」
同時にぺこりとお辞儀したのが妙に面白くて、思わず少しにやけてしまいました。が、仕事仕事、と思い直して、ぶんぶんとかぶりを振りました。誤魔化すように話題を戻します。
「ええっと、悲劇的な宝物をお求めということですが……そも、ここにあるのは皆
持ち主と円満に別れたお宝も少なからずありますが、ややこしくなってしまうので、ここではその話は置いておきます。
「ある程度ご主人さんの望む方向性は分かりましたが、この中でもそれに見合う物といえば──」
右隣の古びた戸棚の中から、埃をかぶった箱を取り出します。それらをぱっぱっと優しく払って蓋を開くと、中から色褪せた、しかし鮮やかな、不格好な無数の鶴が飛び出しました。
「これは──千羽鶴、ですか?」
「いえ、千羽鶴ではないです。ここにあるのは八百九十羽なので」
ふう、と一息置いて、宝に触れます。声を聴きます。この子に込められた物語を、伝えます。
「この鶴たちは、ある少女に向けて、そのご友人が折った物です。彼女は難病でした。不治の病、と呼ばれるような、たちの悪い類のものです。彼女は元から病弱で、知り合いはあまりいませんでしたが、それでも親友はおりました。親友は見舞いに通いながらも毎日毎日、せっせと鶴を折り続けたのです。ですが──」
咲夜さんは、心做しか先程までより真剣な面持ちで、言葉を待っているご様子でした。
「──鶴が千羽に達する前に、少女は亡くなりました。千羽鶴とは本来、千羽丁度でなくてもいいものです。千羽は多数の代名詞に過ぎないのです。しかし、親友は額面通り千羽折ろうと、寝る間も惜しんで折り続けました。不器用なその人には鶴を折ることは重労働で、時間を要しました。そのせいで間に合わなかった。そう思った彼は、いつまでも泣きました」
「……それで、終わりですか?」
「いえ、終わりません。彼にとってはその後、この鶴たちは紙屑同然になってしまいました。故に忘れ去られ、こうして幻想と化した。しかし、これは
亡くなってしまった少女にとって、何よりの。
「鶴を折っている、ということ自体は少女に伝わっていました。もうすぐ完成するだろう、ということも。残念ながら受け取ることは出来ませんでしたが、それだけで、彼女にとっては宝であり──救いだったのです」
「……ありがとうございます」
素敵な話でした、と言って、咲夜さんは手拭を目にあてました。
「お礼を言われるほどのことではありません。私はただ──宝物の言葉を伝えただけなので」
「その千羽鶴、買わせて頂こうと思います。おいくらですか?」
「うーん…………いえ、お代は頂けません。お勘定は、その涙ということで結構です! 咲夜さんなら、お宝を大切にしていただけそうですし!」
そういうと咲夜さんは、きょとん、とした顔で「よろしいのですか?」と言いました。よろしいのです。女に二言はないのです。
「
「──ありがとうございます。それでは此度は、有難く頂戴いたしますわ」
「はい、どうぞ!」
小箱を抱えて咲夜さんはお辞儀します。
「次は、主と共に参ります」
「わあい──! また来てくださいね!」
実質的な予約。つまりそれは、常連さんへの第一歩。素敵な言葉に身を震わせながら、咲夜さんを見送ります。ドアが閉まったのを確認した後、小さくため息を吐きます。
「カッコつけ過ぎましたね……」
明日からのご飯、どうしよう。何とかなるでしょうって楽観と、宝物を渡せた達成感が、同時に胸中を渦巻く黄昏時でした。
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