機動戦士ガンダムSEED DESTINY(エクステンデッドハッピーエンド) (筆先文十郎)
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機動戦士ガンダムSEED DESTINY(エクステンデッドハッピーエンド)

本作は機動戦士ガンダムSEED DESTINYの二次創作です。
こんな世界があってもいいじゃないか、という筆先文十郎の妄想です。

楽しんでいただければ幸いです。


 俺の名前はスティング・オークレー。粋でクールな元エクステンデッド(強化人間)だ。今日はこの飲み屋で、かつての親友二人と会う約束をしている。

 俺たちは昔の戦争で、ザフトのトップであるギルバート・デュランダルの捕縛という大手柄を立てた。

 これによりブルーコスモスの新盟主にしてコーディネイター殲滅計画を推進するロード・ジブリールによってコーディネイターの大虐殺が始まるかと思われたが、何を思ったのかジブリールは突然『憎しみで憎しみは消えない。愛によって憎しみは消えるのだ』と言って各プラントの支配とザフト軍の解体をしたもののコーディネイターの虐殺は行わなかった。

 

 こうして長きに渡るナチュラル対コーディネイター、地球連合軍対ザフトはナチュラルと地球連合軍の勝利で終わった。だがそれは俺達“戦うことが存在意義”のエクステンデットの終わりを意味した。

 幸いなことに愛に目覚めたジブリールによって俺達は処分されることなく普通の人間に戻れるように治療することが出来た。

 時間はかかったものの、2年後には普通の人間として生活できるくらいになっていた。

 あの大戦から4年。俺は『好きな人が見つかったから軍辞めるわ』と言ってオーブに行ったネオに代わってファントム・ペインを率いている。ただし今のファントム・ペインはブルーコスモスの私兵集団ではなく、高度な任務を専門とする地球連合軍の特殊部隊的な意味合いになっており、兵士達の中では憧れの存在になっている。

 

 ネオと同じく普通の身体を取り戻したアウルもステラも軍を辞めてしまった。

 二人もネオと同じく自分の道を見つけ、一人の人間として人生を楽しんでいる。

『面倒を見てやらないと仕方がない』と思っていた二人が自分の足で自分の人生を歩んでいる。それは嬉しいことなのだが反面、“あいつらの面倒をみてあげられないのか”という寂しさが残る。

 

 それでも俺達の関係は変わらない。俺達が別々の道を歩もうともお前らは俺の親友だと。

 コンコン

「スティング・オークレー様。お待ちのアウル・ニーダ様がいらっしゃいました」

「ああ、こっちに呼んでくれ」

「スティング、久しぶりだな!」

「あぁ、アウル。久しぶり」

 俺は部屋に入ってきた小柄な男を出迎えた。

 普通の人間に戻ったアウルはその後バスケットプレーヤーとして活躍している。その活躍はバスケ好きの部下達が『おい、今日のアウルの活躍見たかよ!』とアウルの活躍に一喜一憂するほどだ。

 一説によるとプロのバスケットプレーヤーの平均身長は190.4cmと言われている。170cmを超えるくらいしかないアウルは背の高いプレイヤーと比べると子どもにしか見えない。しかし彼らにはない高い運動能力とテクニックを活かしたスピードプレイでチームに欠かすことの出来ない存在になっている。

 甘いマスクと卓越した技術とスピード。とある専門家によると『アウルのおかげでバスケットボール業界に女性ファンが10%増えた』という。

 そんな男と同じ時間を過ごせたことに、俺は顔には出さなかったが心の中で笑みをこぼした。

「っていうかアウル。お前有名人だろ?サングラスするなりカツラ被るなりもう少しバレないように配慮しろよ」

「何言ってんだよ。こういうのは堂々としていた方が逆にバレないもんだって」

「そんなもんか」

 そんなことを言いながら、俺たちは席に座る。

「そういえばステラは?」

「いや。まだ来ていない。ちょっと子どもがぐずって遅れるとは連絡があったんだが」

 そう。普通の人間に戻ったステラは結婚し、今では一児の母になっている。旦那はディオキアでステラを救ったコーディネイターだ。

 コンコン

「スティング・オークレー様。お待ちのステラ・アスカ様がいらっしゃいました」

「わかった。通してくれ」

「久しぶり!スティング、アウル!!」

「「よっ、久しぶりだな」」

 俺達二人は部屋に入ってきた金髪の少女のような女性に挨拶する。

 結婚し、苗字をアスカに変えたステラ。旦那がプラントに住んでるのでステラもプラントに住んでいる。プラントは最低限の自衛の軍事力を除き解散させられ、地球連合軍の支配下に置かれたものの自治権はそのままなので不満はそこまで生じていない。

その姿はあの頃の少女の面影を残しつつも、少し力を加えれば折れてしまいそうなか弱さはなかった。

 自分を『守る』と言ってくれたコーディネイターと結婚し、母親になって戦場とは違う苦労をたくさん味わったからか。そんなガラにもないことを思う。

 こうして再会した俺たちは自分達が何をしているか、これから何をしていこうかという将来のことを語った。

 楽しい時間はあっという間に終わりそろそろ帰ろうかとした時、アウルが俺に尋ねてきた。

「そういえば聞きそびれたんだけど、スティング。お前何で軍に残ったんだ?」

 俺は二人から視線を少し逸らしてから、言った。

「バカ。……俺まで普通になったら、誰がお前らを守るんだよ」

 まるで好きな女に告白するような恥ずかしさだった。

 実際地球連合軍の支配に不満を持つ者や、今まで敵として戦っていたコーディネイター達と共存しようとする今の地球連合軍のやり方に不満を持つ者は大勢いる。その未だに戦いの終わりが見えない状況が、俺に軍を抜けるのを思い留めた。

 アウルは「そうなんだ~」とふふっ、と笑い

 ステラは「そうなんだ~」と素直に感心したように呟いた。

 ものすごい恥ずかしい思いをした俺だったが、不思議と後悔はなかった。

 

 またこいつらの顔が見たい。

 

 そう思えてならなかった。

 



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アスカ夫妻の日常

ふと思いついたので。


 プラント

 とある日曜日のアスカ家のリビング。

 子どもが近所の友達の家に遊びに行き家にいるのはシンとステラの二人だけ。

「~~~♪」

 ステラはニコニコと陽気に鼻歌を歌いながら掃除機をかけていた。

「…………ッ!」

 掃除機のウィンウィンという音に、ソファーで寝転がりながらゲームをしていたシンはイラついていた。

「~~~♪」

 シンがイラついていることに気づいていないステラは鼻歌を歌いながらソファーの近くのゴミを入念に吸い取っていく。

「……………………ッッッ!!」

 耳元でウィンウィンと鳴り続ける掃除機の音に、シンの堪忍袋の緒が切れた。

「おい、ステラ!!」

 ゲーム機の電源を切ったシンは立ち上がり、掃除機をかける妻に怒鳴りつける。

「俺は仕事で疲れているんだよ!妻なら夫が疲れていることくらい(さっ)しろよ!!」

「……ッ!」

「……お、おい……ステラ!?」

 突然涙を流しながら顔を覆う妻に、シンは動揺する。ステラは嗚咽(おえつ)を漏らしながら言葉を紡ぐ。

「酷いよ、シン……私、シンのことを考えてごはん作っているのに……仕事で子どもと接してあげられないシンの分まで……子どもに愛情、注いでいるのに……『貴方が今日そのご飯を食べていけるのも、温かいベッドで(すこ)やかに眠れるのも仕事(そと)で頑張っているシン(パパ)のおかげだからパパに感謝しなさい』って言っているのに……シンは、シンは私にそんなこと言うの!?……酷い、酷過ぎるよッ!!」

「…………」

 ステラの言葉を聞いたシンは身体を小刻みに震わせる。そして

 

「ステラ!!」

 

 愛する妻を力強く抱きしめた。

「ごめん、ステラ!俺、自分のことしか考えてなかった!……ステラがいるから……ステラが家を守ってくれるから……ステラが家に普段いない俺の分まで子どもに愛情を注いでくれるから……俺は仕事に打ち込むことが出来るのに……ステラも色々と大変なのに……その事を全く考えてなかった!……本当にゴメンッ!!」

「いいの、いいの……シン」

 涙を流しながらステラは首を横に振る。

「私もシンのことを考えてなかった。シンが仕事で大変なのは……分かっているのに…………」

「ステラ!!」

「シン!!」

 涙を流しながら熱く抱き合う二人。そんな二人を

 

「……お前たち」

「……何で掃除一つで昼ドラのワンシーンみたいなことしてるのよ」

 

 何度ブザーを押しても応答がなかったので気になって入った、シンの同僚であるレイ・ザ・バレルと、ステラの女友達であるルナマリア・ホークが(あき)れながら見ていた。

 



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ハイネは背中がうずくようです

一年以上ほったらかしにして忘れていたものです。
出来がいいとは思えないのですが、楽しんで頂ければ幸いです。


 ザフトが連合に破れるとプラントは必要最低限の軍事力を除き多くの者が除隊することとなった。その中にはパイロットメンバーの良き兄貴分としてシンやアスランへと接したハイネ・ヴェステンフルスの姿もあった。

 ザフトを除隊したハイネはその後ミュージシャンに転向するや否や歌手、作詞家、俳優、声優、タレント、ラジオパーソナリティ、実業家など隠れた才能を発揮。アニメやドラマ、はたまた消臭剤のCMに出るなど幅広い活躍をしていた。

 

 

 

『みんな! 元気にしてたか~い?』

 数万人が詰め掛けたコンサート会場にオレンジのグフイグナイテッドが左右に非武装のザクファントムを連れてゆっくりと会場に降り立つ。

 

 きゃああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!! 

 

 その光景に会場のファンがオレンジのグフに向けて黄色い声援を向ける。

 オレンジのグフのコックピットが開く。そこにはステージ衣装に身を包んだハイネがマイクを片手にゆっくりとステージに降り立つ。

 ハイネが何かする度に、万を超す観客から黄色い声援が爆音のように轟く。

 ハイネのパフォーマンスにこの日もライブは大成功。ハイネが姿を消した後もファンの熱気は静まることはなかった。

 そんな光景をオレンジのグフをエスコートしていたザクのパイロット、シン・アスカは「こんな男と一緒の部隊にいたんだよな」とはにかみながら肌で感じていた。

 

 

 

「よ、ありがとな。シン」

 ライブが終わるとハイネはザクファントムに乗っていたシンに挨拶してきた。

「あ、いや……俺はたいしたことしてないよ」

 照れくさそうに笑うシンにハイネは「あ、そうだ」と何かを思い出す。

「シン。お前結婚してたんだって? 俺とお前との仲だろ? なんで結婚式呼んでくれなかったんだ?」

「あ、いや……だってハイネ……ザフト辞めて色々忙しそうにしていただろ……だから、連絡したら迷惑かなって思って……」

 しどろもどろになるシンにハイネは「はぁ~」と重いため息をつく。

「そりゃあ確かに俺は忙しかったさ。でも俺とお前は一緒にいた期間は短かったとは戦友だろ? 声くらいかけろって」

「ご、──」

 ごめんハイネ。そう言おうとしたシンにハイネはとんでもないことを言い出した。

「よし決めた。今日の仕事はこれで終わりだし明日はオフ。だから今日はお前の家に遊びに行かせてもらうぞ!」

「え、ちょっ──」

「大スターの俺が遊びに来てやるって言ってんだ。拒否権はないからな」

 イタズラっぽく笑うハイネに「はぁ、わかったよ」と困った顔をするシン。しかし『自分とは違う世界に行ってしまった』と思っていた仲間が変わっていないことに自然と笑みがこぼれた。そして家にいる妻に「友達が遊びにくるから」と連絡を入れた。

 その友達(・・)が地球やプラントで知らぬ者の方が少ない大スター、ハイネ・ヴェステンフルスだということを隠して。

 

 

 数時間後。

「あなた、お帰りなさ──」

 シンが帰ってきたと思ったステラはドアを開けて、固まった。そこには

「ハイネ・ヴェステンフルスです。始めまして」

 愛する主人の隣に笑顔で手を振るハイネが立っていた。

「え、ちょっと……ええっ!?」

 テレビや新聞、インターネットで取り上げられない日はない大スターの登場にステラは目をパチクリさせるしかなかった。

「え、これ……夢?」

 突然沸き起こる疑問、その疑問は

「あ、ハイネだ!」

 息子がハイネに飛び込む姿で瓦解した。

 

 

 

「ん?」

「急いで準備しますので」と案内されたハイネは子どもと遊びながら背中に違和感を感じていた。

「ごめんなさい、たいした物はないのですけど」

「いえいえ美味しいですよ」

(ん、んっ?)

 申し訳なさそうに持ってきたステラのサンドイッチを美味しく頬張るハイネはまたしても背中の違和感に小さく首を傾げる。まるで背後からコックピットごと機体を両断されたような感覚。

 そして。

「ワンワン!」

 つい先程まで寝ていたのか。二階から黒い大きな犬が降りてきてハイネ目掛けてジャンプ。顔をペロペロと舐め始めた。

 突然のことに動揺するハイネだったがすぐに我に返り「おぉ、よしよし!」と黒い犬を撫でる。

「おい!やめろ、ガイア!!」

じゃれる黒い犬をシンが叱る。

「が、ガイア!?」

 その名前を聞いた瞬間、ハイネの体は凍りついたかのように固まった。

「ガイア!大人しくしていろ!!」

 シンは部屋の隅のゲージに犬を押し込む。ハイネにじゃれつきたい犬は「ク~ン……」と可哀想な鳴き声と共にハイネを見る。

 いつものハイネなら「気にするなよ、シン」と言ってガイアと遊んでいただろう。しかし今の彼にはガイアは恐怖にも似た違和感でしかなかった。

 その後ステラや黒い犬のガイアを見るたびに感じる背中の違和感にハイネは首を傾げた。

「何だったんだ?」

 シン・アスカ(元仲間)の美人妻、ステラ・アスカを見る度に背中がうずく原因が何なのか分からず、ハイネはアスカ夫婦に見送られながらアスカ邸を後にした。

 

 

 

 

 

 




ハイネの声優の西川さん。この人って何者なんだろう?平賀源内かレオナルド・ダ・ヴィンチ、十返舎一九の生まれ代わりじゃないの?何足のわらじを履いているんだ?(ウィキペディアを見ながら)


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ユウナはカガリを振り向かせたい

ユウナファンにお願いします。
今回のオチを考えたのは筆先文十郎の大学時代からの親友で『シーマ・ガラハウに成り代わった女』の協力者の柊竜真です。
そのことを理解した上で読んでください。


 オーブ トダカの部屋

「トダカ!」

 ノックもせず入ったユウナにトダカは目を大きく見開く。そんなトダカの様子を気にする余裕もないユウナは近づく。

「トダカお願いだ! 僕を鍛えてくれ!!」

「と、突然どうしたのですか……ユウナ様?」

 涙目で自分にしがみつくユウナに、トダカは困惑した表情を浮かべる。

「聞いてくれトダカ! ついさっき僕は見てしまったんだ。カガリがあのアスラン・ザラ(コーディネイター)と楽しげに話している姿を。……僕には一度たりとも見せなかった笑顔を、あのコーディネイターに向けて!!」

 その時の情景を思い出したのだろう。ユウナの顔が怒りと憎悪で歪む。そして再び悲しみに包まれる。

「……」

 呆気にとられるトダカにユウナは続ける。

「トダカ……僕は気づいたんだ。僕にとってカガリは『自分のために利用できる女』という存在でしかなかった。だけど……僕は本当はカガリのことが大好きなんだって……今頃になって気がついたんだ!!」

「……」

「あんなアスラン・ザラ(ヅラ)とかアレックス・ディノ(デコ)とか……石○彰(中の人)繋がりで『ヅラじゃない(かつら)だ』と髪の毛を気にするような名前の奴に負けたくないんだ。だからお願いだ、トダカ。……僕に力を貸してくれ!!」

 そう言ってユウナは膝小僧を地面につけ猛烈な勢いで頭を下げる。

(……この男は本気なんだな)

 自分に頭を下げるユウナに、トダカはぼんやりとそんなことを考えた。

 オーブ五大氏族に格上げになったセイラン家に生まれただけで国を背負う覚悟もなければ実力もない、自分より下の者は奴隷としか思っていない自分勝手なお坊ちゃま。

 それがユウナ・ロマ・セイランに対するトダカの印象だった。その自分勝手でプライドの高いお坊ちゃまがこうして自分に頭を下げている。

 

 好きな女性を振り向かせたい。

 

 その一心で。

 トダカはゆっくり目を閉じる。

(この男とカガリ様をくっつけるようなことをして……問題ないだろうか)

 ユウナがどれほど自分を鍛えたところで、父親のウズミに勝るとも劣らない風格を持つに至ったカガリ・ユラ・アスハを振り向かせることはできないであろう。そして何より目の前の男はいざとなれば自分を責任をなすりつける生け贄としか思っていない。だが自分に甘く他人に厳しいユウナがプライドを捨てて、下だと見下している自分に頭を下げて教えを()うている。それを無下にすることもできなかった。

 トダカはゆっくりと目を開ける。

「……ユウナ様、覚悟はおありなのですね? その言葉に嘘偽りはないのですね?」

「覚悟なんてとっくに出来ているよ!!」

 涙の溜まった瞳の奥底には燃え上がる様な決意があった。

 それを見てトダカも覚悟を決めた。

「わかりました。このトダカ、ユウナ様のその想いを成就(じょうじゅ)させるべく全力をもってご協力いたします。泣き言は一切聞きませんからね!!」

 こうして トダカによるユウナ改造計画がスタートした。

 計画遂行の第一歩として数人の部下を呼び寄せたトダカが最初に行ったこと。それはユウナの部屋からゲーム機などの娯楽品を処分することだった。

「何をするんだよトダカ!?」

 抗議するユウナを尻目にトダカは「構わず続けろ」と部下たちに指示を出してからユウナの方へ振り返る。

「まずユウナ様には徹底的に自分の生活を改めてもらいます。己を変えるということは今いる自分の立場から抜け出すということです。そのためには鍛練の時間を奪う障害となるものは撤去させてもらいます。また睡眠前にデジタル機器から発せられるブルーライトは覚醒作用をもたらし睡眠を阻害することが様々な研究により明らかになっております。故にそういった類のものは問答無用で撤去させていただきます」

「だ、だからって──」

「アスラン・ザラに負けてもよろしいのですか?」

「う……」

 その言葉にいうのは言葉を詰まらせる。

 

 カガリが他の男に奪われる。

 

 カガリを本当に愛していたと気づいてしまったユウナにそれは許せないことだった。

「わ、わかったよ……さっさと処分してくれ!!」

 ユウナは歯を食い縛った。

 その後公務のため、トダカの指導は一旦中断。会議などの公務を終えたユウナは食事を取るため部屋に戻る。

「今日の昼ご飯は何かな……え?」

 机に置かれた料理を見てユウナは目を疑った。

 そこには少量のご飯にほうれん草のおひたし、具だくさんの味噌汁、肉少なめの肉じゃがと贅沢な生活が許されるセイラン家では100%見られない、栄養バランスが整えられた庶民のご飯と言うべきものが並べられていた。しかも量は少ない。

「誰だこんな料理を作らせたのは!?」

「私です」

 ユウナが振り返るとそこには厳しい表情でユウナを見るトダカの姿があった。

「どういうことだトダカ!!」

「食は睡眠や運動と同様に人体を形成するものだからです」

 声を荒げるユウナにトダカはきっぱりと言う。

「太古の昔から人間は飢餓(きが)と戦っていました。故に人間は食べられない場合に備えてエネルギーを溜め込む体質に長い時間をかけて進化してきました。そんな飢餓に耐えるように進化した人間がユウナ様のように食べていたらどうなります? 必要以上のエネルギーをため込んでしまい肥満や糖尿病などの病気を(わずら)ってしまいます」

「う……」

 何の反論もできず言葉を詰まらせるユウナにトダカは続ける。

「また少食は様々なメリットをもたらします。満腹で戦いに臨むボクサーがいないように満腹まで食べてはいいパフォーマンスなど出せるわけがありません。また1日3食では糖質やカロリーを必要以上に摂取しやすくなります」

「……」

「故にユウナ様には食事の量を制限し腹八分目を心がけていただきます。よろしいですね?」

「……で、でも」

 反論しようとするユウナにトダカはトドメとさす。

「ユウナ様。太っている人間は『食欲の赴くままに食べるから自制心がない』と判断されがちです。これではカガリ様にあきれられるでしょう」

「う……」

 カガリの名前を聞いてユウナは想像してしまう。ブクブクに太った自分を見て「お前という男は自分の体も管理できないのか……」という言葉を残して振り返り、自分が忌み嫌うアスラン・ザラと仲良く歩いていく姿を。その際、憎くきコーディネーターが自分に向けて『俺のカガリに恋心を抱くこと自体間違いなんだよ』と侮蔑の笑みを浮かべて去っていく姿を。

「……わ、わかったよ!!」

 アスラン・ザラに負けたくない。その思いがユウナの反発したい気持ちを抑えつけた。

 黙々と目の前の食事を完食し仮眠を取らされた後、机に戻ったユウナの前に百科事典ほどの分厚さの本が置かれていた。

「なんだこれは?」

『読めばわかる政治哲学』という本を持ちながら、ユウナは傍らに立つトダカに尋ねる。

「30分後に行われる次のトレーニングまでにこの本を読み感想を書いてもらいます。そうやって時間を区切ることで締め切り効果と言う目の前のことに集中しやすくなり、また本を読み感想を書くというインプットとアウトプットすることによって記憶を定着させやすくなります」

「いや僕が聞きたいのはそういうことじゃなくて、何で僕がこんな本を読まないといけないのかということなんだよ!」

「カガリ様は感情的になりやすい所があります。そこをユウナ様がサポートすることでアスラン・ザラとの差別化を図ることができます。それはカガリ様にアピールするストロングポイントになります」

 

 憎きアスラン・ザラと差別化でき、かつカガリにアピールすることができるストロングポイント。

 

 ユウナのやる気に火がついた。

「うおおおぉぉぉっっっ!!」

 次にやらせたことは ジャージ姿に着替えさせ 強い負荷の筋トレを20秒行っては10秒休むというトレーニングを4種目、2周分繰り返しやらされていた。

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……!!」

 大量の汗をかき、少しでも多くの酸素を取り込もうと口から舌を出し、肩で息をするユウナは傍らに立つユウナを恨めしそうに見る。なんで僕がこんなキツイことをしなければならないんだよ、と。

「ユウナ様は公務でお忙しいお方。そんな方には効率的に体を鍛えるHIITというトレーニングが向いているといえましょう。このHIITは一定時間きつい筋トレをすることによって筋肉中の糖を消費し、トレーニング後、長時間にわたって脂肪が燃焼しやすい状態を維持しやすくなります。また大きい筋肉を使うので脂肪燃焼量を一気に増やすことが可能になります」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……!!」

 

 違う。僕が聞きたいのはそうじゃなくて! 

 

 自分を見るユウナの目にトダカは続ける。

「オーブは中立国。中立は力があって初めて成り立つのです。その国のトップに立つカガリ様の隣に立つ男が貧弱でどうするのです! カガリ様を振り向かせたいのであればまず己を鍛えることです!!」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……で、でも──」

「アスラン・ザラに負けてもよろしいのですか?」

「う──」

 何か文句を言おうとしたユウナの言葉に間髪入れずにトダカが言い放つ。

「……わ、わかったよ! もう文句は言わない!!」

 その後再び公務に戻ったユウナが全てを終わらせた頃にはすでに日は暮れていた。

「さ~て、何しようかな」

「寝てもらいます!」

「うわっ!? と、トダカ!?」

 忍者のようにいつの間にか部屋にいたトダカにユウナは声を上げる。

「朝は心身ともに疲労が少なく人間が活動するのに最も適した時間です。日が昇る頃には多くの公務をこなさなければならないユウナ様にとって自分自身を鍛え上げることができる絶好の時間と言えます」

「でも──」

「アスラン・ザラ」

「わかった! 寝る! 寝るよ! 畜生ッ!!」

 こうしてユウナはパジャマに着替えるとすぐに就寝についた。

 そしてトダカの予告通りユウナは朝から様々なことをさらされた。感情や気分のコントロール、精神の安定に深く関わるセロトニンの分泌を促し体内時計を整えるためと肌寒い朝15分の散歩から始まりトダカが用意した栄養バランスの取れた少ない食事を終えた後、普段の公務。その合間に休憩と政治家としての勉学、筋力トレーニングを課せられた。

 

 アスラン・ザラに追いつき カガリ・ユラ・アスハを振り向かせる。

 

 そのためにはわずかな時間も無駄にはできなかったのでそれは仕方がないといえた。

 それでも普段の自分の生活からかけ離れた鍛錬漬けの生活にユウナは文句を言うも「アスラン・ザラ」という反論の前には渋々従うしかなかった。

 

 なんで僕がこんなことをしないといけないんだ!? 

 

 自分から願い出たとはいえ自分に様々なことを課すトダカを恨みながら言われたことをこなす。そんなある日。

「え?」

 シャワーを浴びるために服を脱いだユウナはあることに気づく。優男と言われていた自身の体に筋肉がつき引き締まっていたのだ。

「……」

 試しに上腕二頭筋に力を入れてみる。そこには力強い力こぶが自己主張をしていた。

「……!!」

 ユウナは言葉にできない喜びに浸った。トダカが言ったカガリの隣に立つことができる男に近づいていると実感したからだ。

 その日を境にユウナの意識は変わっていった。トダカの課した訓練には何の意味があるのかを考えながら黙々とこなしていった。今までなかった自信は他者を認める余裕を生み出し、今まで下に見ていた部下にもユウナは積極的に接するばかりか「悩み事があるんじゃないか? 僕でよければ相談に乗るよ」と気に掛けるようになり、父であるウナト・エマ・セイランが間違ったことを言えば「それは違う!」と言うようになった。

 情けない言動ばかりが目立つ無能なボンボンという今までのユウナと違う、今のユウナの姿にトダカを始めとする部下たちの印象は良い方向へと変わっていった。

 そして月日は経過し、トダカのユウナ改造計画から半年後。

「カガリ!」

「ん?」

 廊下を歩いていたカガリは振り返る。そこに立っていたのは細いウエストに驚異的なまでに発達した背中による逆三角形の肉体と、ボディビルダーの大会に出れば優勝確実の黒光りした筋肉隆々の大男に己を鍛え上げたユウナ・ロマ・セイランが立っていた。

「どうだいカガリ? 生まれ変わったこの僕を!」

 様々なポージングをして自慢の筋肉を見せつけるユウナに、カガリはポツリと言った。

「……誰だお前?」

 

 ガーン

 

 そんな効果音が聞こえてきそうなほど大きく口を開いて膝から崩れ落ちるユウナ。そんなユウナを物陰から見守っていたトダカは

「少しやり過ぎたか」

 とつぶやくしかなかった。

 

 

 

 余談になるが。後に筋力増強とともに自分より身分の低い者でも自分より優れているのならそれを認める人間性を身につけたユウナは、オーブの国民・軍人から信頼を得て、瞬く間にオーブでカガリに次ぐナンバー2の地位に登り詰める。

 数年後のテロリストによるカガリ・ユラ・アスハ襲撃事件では護衛が凶弾で次々と倒れる中、鋼のような筋肉でカガリの命を奪おうとする銃弾を受け止め一滴の血を流させることなくカガリを守りきった。

 その翌年。カガリがプラントの訪問のためにオーブを留守にした時を狙い地球連合軍がオーブに侵攻した際には

 

 オーブは一向にかまわんッッ!! 

 

 と降伏勧告を一喝。徹底抗戦の構えを見せた。降伏勧告を拒否された地球連合軍がオーブへ攻撃を開始した際には信頼するトダカに迎撃の指揮を任せ、自身は国民に被害が及ばないように的確な避難指示を出しつつ、迎撃する兵士・将官を鼓舞。カガリが援軍と共にオーブに駆けつけるまでオーブを守り抜いた。

 防衛成功後にカガリから労いの言葉をかけられた際に『自分はただ命令しただけ。連合の侵攻を防ぐことが出来たのはオーブを愛する国民とトダカを始めとする軍人が心を一つにしたおかげ。そして迫りくる強大な敵にも立ち迎えるようにオーブを導いたアスハ代表の人徳によるもの』と発言。自分の功績を誇るのではなくオーブ国民と軍人、そしてカガリを立てる発言は彼の信頼をより強固にし、また彼の人間性を際立たせるものだった。

 その後もオーブとカガリの腹心として表立つことなく尽力する彼を多くの人は『獅子の盾』、『オーブの守護神』と畏敬をもって呼び、ユウナもその声に応えるようにオーブに尽くしていくのだが、それはまた別の話である。




繰り返しになりますが。今回のオチを考えたのは筆先文十郎の大学時代からの親友で『シーマ・ガラハウに成り代わった女』の協力者の柊竜真です。
私が
「(板垣恵介先生の)刃牙シリーズでユウナを筋肉マッチョにさせてカガリを呆れさせる話を思いついたのだけど誰がいいと思う?」
と尋ねた際に
「ジャック・ハンマーか(ビスケット・)オリバじゃない?」
と返事が返ってきたので
「あ、やっぱりオリバが出てくるよね♪」
とオリバになったのです。
ユウナファンの方に重ね重ね申し上げます。今回のユウナの変貌は柊竜真の考案であり私、筆先文十郎には一切責任はありません。怒りや文句は柊竜真にお願いします。

参考文献
川田浩志著:『世界一効率がいい最高の運動』
青木 厚著:『「空腹」こそ最強のクスリ』
若井朝彦著:『江戸時代の小食主義――水野南北『修身録』を読み解く』 


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永久の自由な世界へ

 C.E.73年10月2日にアーモリーワンで発生したカオス、アビス、ガイアのセカンドステージシリーズと言われるガンダムが、地球連合軍に所属するファントムペインによって強奪された事件をきっかけに、世界は再び憎しみと怒りの怨嗟によって血で血を洗う大戦へと突入した。

 この戦いは『憎しみで憎しみは消えない。愛によって憎しみは消えるのだ』と真実の愛に目覚め、コーディネーターへの憎しみを超越したロード・ジブリールが率いる地球連合軍に軍配が上がった。

 その後は各地で紛争などはあったものの、各々の戦争を回避による努力によって大規模な戦争へと発展することはなかった。

 そして時は経ちC.E.150年。かつての英雄たちは後進に譲り、またその後進も次の世代に譲った。あの時の大戦を体験した者は一握りとなっていた。

「水の……証を……。ハァ、ハァ……」

 かつて『平和の歌姫』と呼ばれた指導者、ラクス・クラインは全自動の車椅子に乗って空を見ながら歌を歌っていた。

 かつては多くの者を魅了してきたその声も、今では長くは出せないほど喉が弱りきっていた。それでも自分の声でまだ歌が歌えることにラクスは感謝していた。そんな時だった。

「ねえねぇ、おばあちゃん!」

 カガリによく似た、青い色の髪をした曾孫(ひまご)の女の子がラクスに呼びかける。

「あら、どうしたのかしら?」

ラクスは優しく曾孫に尋ねる。「あのね、あのね」と悲しそうな表情で女の子は説明する。

「私ね、昨日おじいちゃんと一緒に遊ぶ約束したの。でも何度呼んでもおじいちゃん起きてくれないの。 おじいちゃん、どうしたんだろう?」

「……!?」

 ラクスは慌てて車椅子のボタンを操作して縁側へ移動する。

「キラ!」

 ラクスは縁側に置かれたベッドで眠るキラに語りかける。誰かの助けなしでは歩くことができなくなるほど足腰が弱くなったキラにとって、天気のいい日に縁側に置かれたベッドで休むのが数少ない楽しみの一つになっていた。

「キラ!」

 ラクスはもう一度呼びかける。

 返事はない。ラクスはそっと愛する夫の鼻の付近にシワだらけの手を近づける。普通ならば感じるはずの呼吸の感触はなかった。

 ラクスは改めてキラの顔を見る。

 笑みを浮かべた穏やかな顔だった。

「キラ」

 ラクスを一筋の涙を浮かべながら言った。

「あなたは十分……生きられましたね。大切なものを守るために……戦って来られましたね」

 優しく愛する夫の頬に触れながら、ラクスは言った。

「……おやすみなさい、キラ」

 



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ディアッカ・エルスマンは謎の男に刺激を受けたようです。

機動戦士ガンダムSEEDFREEDOM。まだ公開しているところもあるので見る機会があればぜひ。


 ディアッカ・エルスマン。現在は最低限の防衛の軍事力として残されたコロニー警備隊の元ザフト軍の軍人である。警備隊の隊長を務めるイザーク・ジュールの右腕としてコロニーの治安維持に努める彼は暇になった時間を使い趣味の日本舞踊にいそしんでいた。

 そんなある日のことだった。日本舞踊の稽古の帰りの路上でディアッカは人だかりを見つけた。

「なんだ、ありゃあ?」

 気になったディアッカが覗き込む。そこには腰に日本刀を帯び、真っ黒な(はかま)に身を包んだ高校生くらいの女の子と見違えるような中性的な可愛らしい顔立ちの小柄な男がいた。

「はい、次!」

 男の呼びかけに数人の観客たちが男に向かって空き缶やタバコの吸い殻などを投げる。次の瞬間

 

 シャキーンッ! 

 

 男が手にした刀から鋭く走る音が周囲に響き渡る。それと同時に男に向かって投げられた大小様々なものが細切れになったかと思うと地面に落ちた。

 その光景に観客たちが歓声をあげる。

 男は「ありがとうございます!」と頭を下げながら真っ二つに切られたものを素早く片付ける。

「続きまして……」

 男は奇妙な仮面をかぶると近くに置いたラジカセのスイッチを入れ軽快な音楽が流れると、男はその場でうろうろと歩き出す。

 そして男がおもむろに服の袖で顔を隠して腕を下ろした次の瞬間。観客が鳴り響くばかりの歓声を上げた。

 奇妙な仮面から一変し、隈取(くまどり)が施された仮面に変わったのだ。

 

「なんだ、あれすげぇ!!」、「どうなってるんだ!?」、「一瞬で仮面が変わったわ!!」

 

 どよめく観衆の中でディアッカは小さくため息をついた。ディアッカは男が観客に見せた技を知っていたからだ。

(日本舞踊での交流会で見たことがある。あれは中国発祥の伝統芸能の一つ、変面(へんめん)。役者が劇で舞踊しながら次々と仮面を瞬時に変える技巧で、その仕掛けは国家機密とされるほど……まぁ、あの男も凄いには凄いが……新鮮味はないよなぁ)

 ティアッカの予想通り、男は再び瞬時に別の面に付け替える。

 賞賛する観客たちを尻目に予想通りの光景にディアッカは心の中で呆れかえる。

「帰るか」

 そう思った瞬間、

「え、嘘……だろ…………」

 男が次に変えた姿にディアッカは驚愕した。

 隈取の仮面から緑色の髪に少女のような大きな瞳をした気品漂う甘い顔立ちの少年の顔に変わったからだ。

 その姿にディアッカは思わず呟く。

 

「ニコル……」

 

 ニコル・アマルフィ。

 かつて戦場を共にし、15歳という若さで亡くなった戦友。165㎝の二コルよりも低い、150㎝前後と思われる小柄な体格と袴姿でなければ二コル本人だと誤認するほど瓜二つだった。

「…………」

 ディアッカが戸惑っている間にも男の動きは止まらない。男は懐から扇を取り出すとバッと広げ頭を観客に見られないように隠すと数秒でパチンと扇を閉じる。

 再び起きる観客のどよめき。

 そこにはダークブルーにミドルヘアとグリーンの瞳が特徴的な青年、アスラン・ザラの顔があった。

 男は袖で顔を隠し、腕を下ろす。

 そこには切りそろえられた銀髪に強気の切れ長の瞳の青年、イザーク・ジュールの顔があった。

 その後。男はディアッカのかつての上司で金髪と仮面が特徴の男、ラウ・ル・クルーゼに顔を変えて仮面に手をかける。

 

 バッ! 

 

 仮面を外した瞬間、大量の鳩が空へと飛び立つ。視線を男に戻すとそこにはお尻まで届くピンク色の髪の歌姫、ラクス・クラインの顔をした男の姿が。

 真っ黒の袴姿のラクスは足を交互に滑らせ前に歩いているように見せながら弧を描くように後ろへ歩いたかと思うと床を滑っているかのように横へスライドさせる。観客が「おぉ!」と声を漏らすと今度は地面から数㎝ほど宙を浮いているかのようなステップで観客をドッ! と湧かせる。

「え、おいっ!」

 足元にばかり視線を向いていた観客の中で一人の客が声を上げ指をさす。それに気づいた観客が、何度目かの驚愕の声をあげる。

 男の顔がラクスの顔からダークブラウンの髪色の柔和な青年、キラ・ヤマトへと変わっていたからだ。

 宙を浮いていると錯覚するステップを止めて、男は色鮮やかな和傘を取り出しバッ! と広げるとすぐさま閉じる。

 そこにあった顔はキラではなく、癖のある黒髪に真紅の瞳が印象的な青年、シン・アスカになっていた。

 観客がどよめく中。男が観客一人ひとりの顔をじっくり見てひとりの男に見つめると、男に向けて指をさす。

「え?」

 指をさされて思わず声を漏らす男、ディアッカに観客の目がいく。

(な、何をする気だ?)

 ディアッカが戸惑う中、男が傘を広げて一回転する。

 

「嘘だろ、おい!!」、「え、嘘っ!?」、「マジかよ!?」

 

 数々の顔に瞬時に変え、観客を驚かせ続けた男は一番の驚きの声をあげさせる。そこにいたのは

 

「グゥレイトォ!」

 

 顔だけでなく肌や体格、声まで酷似した、決めポーズを決める真っ黒な袴姿のディアッカ(・・・・・)エルスマン(・・・・・)がいた。

 顔だけでなく肌や体格、声まで変えるという男の変身に、顔だけ変えると思い込んでいた観客は度肝を抜かれ、二人のディアッカを高速で交互に見る。

「…………」

 仮面を瞬時に変える変面にはない髪型まで変える技巧、そしてそのさらに上をいく体格や肌色、声までも自身へと変えた男にディアッカは呆気(あっけ)に取られる。

 歓声、驚愕、呆気の観客を前に音楽が流れ終わる直前、傘を取れないように地面に転がした袴姿のディアッカは近くの観客からコートを借りるとマントのように羽織(はお)り、その場で飛んで一回転する。

 コートが男の姿を一瞬だけ隠すマントの役割をする。男が再び正面に戻りふわりと浮かんだコート重力で下に落ちる。そこには

 

「はっ!」

 

 演奏が終わると同時に手を大きく広げる、最初の男の姿があった。

 割れるばかりの観客の拍手と喝采。その一人だったディアッカは静かに群衆から離れた。

(あの方は俺の想像のはるか先の技とダンスで観客の心を鷲掴みにした。あれほどの技術、さぞかし血が滲む……いや、命を何度も落とすくらいの練習をされたに違いない! 俺もあの方に負けない、否! あの人を超えるくらいの練習をせねば!!)

 熱い想いを心に宿して。




機動戦士ガンダムSEEDFREEDOMの後日談、純愛のワルキューレという小説も投稿しているので読んでいただけると幸いです。


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