Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王 (キングフロスト)
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序章 特異点F 炎上汚染都市 冬木
プロローグ 目覚めの時


 
※何番煎じかは分かりませんが、自己満足で気ままに書いていこうと思います。



 


 

 始まりはいつも唐突だ。

 

 月で初めて自我に目覚めた時。

 月の裏側に落とされて目覚めた時。

 記憶が欠如して月の新王として目覚めた時。

 

 いずれにも言えるのは、その全てにおいて私は記憶が無い、もしくは欠落があったという事か。

 

 まあ、つまり何が言いたかったかというと、今回もまた、始まりは唐突だったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、ふと微睡みから覚める。まるで長い間──一年か、はたまた数十年にわたり眠っていたかのような錯覚すらあった。

 

 どうやら、私は寝台か何かに横たわっていたらしい。

 

 

 

「やあ、目が覚めたようだね」

 

 

 

 声が聞こえた。若い男の声。なんとなく、胡散臭いような感じがするが、声のした方に目を向けてみると、そこにはピンクブロンドの髪を頭の後ろで束ね、白衣を纏った男の姿があった。

 どことなく頼りない印象を受ける。

 

 その男は椅子に腰掛け、ベッドで寝ているらしい私の顔を観察するように眺めている。

 なんだか恥ずかしいような、照れくさいような……。

 

「ん……、」

 

 状況が把握出来ない私は、ひとまず起き上がろうとしてみるが、全身に上手く力が入らないようで、腕も痙攣させるのがやっとだった。

 

「あ、ダメだよ! まだ万全とは言えない状態なんだから」

 

 男は私が起きようとした事が分かったのか、慌てたように立ち上がり、私を諫めようとする。

 

「うーん……。今回の実験で君が四号だから、不具合もそろそろ生じないと思ったんだけどなぁ。前は完全に成功した訳だし……」

 

 ……?

 男が何を言っているのかが理解出来ない。というか、そもそも私が今居るここはどこだ?

 私はマイルーム──という名の寝所でサーヴァントと共に休んでいたはずだが。

 そこで、私は重大かつ深刻な事態に気が付く。今まで感じていたはずの、契約したサーヴァントとの繋がりが一切感じられなかったのだ。

 

 最初から何もなかったと言わんばかりの、まっさらな感覚。左手に宿る令呪にも、サーヴァントとの繋がりは存在していないようだった。

 

「しかし、今回は異例づくしで困ったな。召喚当初から身体機能が万全ではなく、更に令呪まで所持しているなんて。一体どんなエラーがあったんだろう……? 触媒が問題だったのかな?」

 

 男はさっきからずっと、うんうんと唸りながら、何やら考え事をしているらしい。

 とにかく、情報が欲しい私は、口が問題なく動くのを確認すると、目の前の男に色々と聞いてみる事にした。

 

「あの……ここはどこなんですか?」

 

「……ん? ああ、ゴメンね。その調子だと会話は支障ないようだ。さて、ここがどこ、と来たか。うん、その質問はまた厄介だな。いや、答える事自体は簡単なんだけど、既にそんな質問が出てくる時点で問題なんだよね」

 

「それは、どういう……?」

 

 男はこれまた困ったと、表情は険しいが怖くはない様子で、頭を片手で押さえていた。

 

「えっと、ここがどこなのかだったね。ここは人理継続保障機関フィニス・カルデア。もっぱら『カルデア』とだけ呼ばれる事が多いかな。閉ざされた雪山にひっそりと佇む、まあ辺境の施設だね」

 

 人理……保障?

 人理、と聞けばいつだったか、人理定礎という言葉を聞いた事があるような気がする。

 

 霊子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)

 

 そう、確かあの男(アルキメデス)が剪定事象を移動する際に口にしていた言葉が、魔術世界では人理定礎と呼ばれている───と記録にあったような……。

 

「クォンタム……タイムロック……」

 

 気付けば、それを口に出していた。私の言葉に、目の前の男は意外そうな顔をする。

 

「……ふむ。単なる不具合じゃないのかな、その分だと。もしかしたらだけど君、ここに至るまでの経緯は記憶になくても、ここに至る前の記憶なら有るのかな?」

 

 ……確かに。月での経緯は全て覚えている。月の聖杯戦争、月で起きた月面大戦、そして本来なら消去されたはずの──月の裏側での経験すらも。

 

 だけど、私がどうしてここに居るのか。それだけは全くと言って良いほど心当たりがない。

 

 その通りだと男に伝えると、彼は得心したという風にポンと手を叩く。

 

「なるほど。不具合は有るには有るけど、完全なる記憶の消失という訳でもなさそうだ。なら、君も知りたいであろう君自身の現状について説明しよう」

 

 ようやく、核心に至る話題へと入ろうとしている。自然と、力の入らない全身であっても、緊張で強張るのを感じた。

 

「まず第一に、君は単なる人間ではない。君は英霊と呼ばれる存在であり、サーヴァントという使い魔の一種に分類される。まあ、どういうワケなのかクラスは不明、ステータスも不明、その出自でさえも不明で、分かるのは君が『岸波白野』という名前だという事だけなんだけどね」

 

 ……………。

 

 は?

 

「わ、私が、サーヴァント……!? しかも、英霊……!!?」

 

 まったく以て、意味が分からない。理解不能だ。

 凡人に過ぎない私が、英霊? 一体どんな冗談だろう。だけど、説明する彼の顔からは、とても冗談だとは思えない。

 まさか、本当に……?

 

「ん? その反応からするに、どうやら英霊やサーヴァントという言葉は知っているみたいだね。となると、君は生前に聖杯戦争と関わりのあった存在という事なのかも」

 

「生前も何も、私は死んだ覚えなんてないんだけど……。それに、私の魔術の才能なんて凡人レベルだし」

 

「あれ? となると、擬似サーヴァント……でもないか。岸波白野という英雄は聞いた事がないし、見たところ、君には混じり気というものがないようだ。うーん……これも不具合なのか?」

 

 男はまたも唸り始める。それにしても、私が、サーヴァント……か。なるほど、それなら幾分かの納得はある。

 サーヴァントとして召喚されたのなら、私は単体でここに召喚されたはず。なら、契約していたであろうサーヴァントとの繋がりもここまでは届かないだろう。

 が、それと同時に新たな問題というか論点が発生する。

 私がサーヴァントとして召喚されたとするならば、一体いつの時代で、どこに?

 英霊は多種多様な時代から召喚される。過去、現在、未来。私が生きる時代からすれば、2032年以降は未来となるが、果たして……?

 

「おっと。考え事を始めると、つい……。それで、続けると、君はサーヴァントであるんだけど、何故君が召喚されたのか。それは、召喚の実験であると同時に、カルデアの戦力を補充したいからでもある」

 

 戦力を補充するため? ならば、このカルデアとやらはどこかと戦争でも始めるのだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、彼は私の想像をバッサリと切り捨てた。

 

「別に誰か、どこかの国と戦争をしようって話じゃないさ。そもそも、どんな存在が敵なのか……まだ予想もつかないからね。ここからが本題だ。カルデアは近未来観測レンズ『シバ』により、人類の未来を100年先まで保証していた。だけど突如、現在(2015年)より未来、つまりは2016年より先の人理が燃え尽きたんだ。それが意味するのは、2017年には人類が全滅するっていう最悪の結末さ」

 

「!!」

 

「前触れもなく、原因も分からない。当然ながら、この事を外に漏らす訳にもいかない。なんせ人類が絶滅する、なんて未来が観測されてしまったんだ。理由が説明出来ない以上、外部にもし伝えてしまえば、無駄な混乱を招く。まあ、カルデアは混乱の渦だったけど」

 

 人類が全滅。その重みが、私は理解出来た。聖杯戦争、月の裏側での戦い、月面大戦。その全てにおいて、人類の未来を懸けた戦いが行われ、私はそれら全てを勝利した。

 だからこそ、その重みが私には分かるのだ。その全ての戦いが、命懸けで苦痛と困難にまみれたものであったから。

 

「そんな混乱の中で、シバは新たにとある反応を示した。西暦2004年、その年に()()()()()()()()()が急に現れたんだ。それは日本のとある地方都市。そこで、僕らはその時代にこそ原因があるとし、まだ実験中ではあるけど、過去への限定的な時間旅行を決行する事にした」

 

 過去に……。つまり、

 

「過去に英霊を送り込み、その問題を解消する……?」

 

「惜しいけど、少し違うかな。送り込むのは()()だ。時間旅行──レイシフトに適合出来る術者をその時代へと送り込み、その時代へと介入させて本来あるべきではない異常、特異点の解明と破壊。それと、君の答えに補足するなら英霊だけを送るのは難しい。英霊は確かに強力な存在だけど、魔力を補給する術がなければ単体では本領発揮が困難。だからそれを補強する意味合いでマスターがまず必要不可欠だ。英霊はマスターの戦闘代行者として随行するって感じかな」

 

 なるほど。ソロ・サーヴァントなるものも月には居たが、あれはムーンセルが世界改革のためにランダムで召喚したものと聞いた。要は、魔力供給をしてくれる存在がなければ、十全には戦えないという事か。

 そして、それが彼の説明とも合致する、と。

 

「それで、マスターに必要な戦力として、英霊召喚を行ったんだけど……」

 

 あはは、と若干の苦笑で私を見てくるが、なるほど、そこで私という訳か。

 戦力を欲していたのに、明らかにただの女の子が召喚され、あまつさえ戦力どころか素性すら不明。更に、召喚されたのに万全ではない。

 戦力どころかお荷物じゃないか、私。

 

「ちなみに、君を含めてカルデアではこれまで三度の英霊召喚を行っているんだ。英霊召喚一号は消息不明、二号は召喚こそ出来たが不具合で現界せず、三号のみがまだ戦力としてカウント出来るのが現状かな。君は、まあその、今後次第で」

 

「……ちなみに、そのレイシフトというのは、いつするんですか?」

 

 せめて、せめてそれまでに動けるようにはなっておきたい。戦力にはならないかもだが、何か出来る事はあるはずだ。

 私にはマスターとしての経験もあるのだし。

 

「あまり猶予はないからね。来週の今日には特異点の探索が開始される予定になっているよ」

 

 来週か。なら、今は出来る限り体を復活させないと。召喚の不具合でこうなったとの話だが、曲がりなりにも私は英霊として召喚されたのだ。

 それなら、普通の人間であった時よりは回復も早いに違いない。いや、割と本気でそうであってほしい。

 

「簡単に説明したけど、また追々話していこう。今回はとりあえずここまで。君が目覚めた事を所長に伝えに行かないといけないからね。あ、所長っていうのはこのカルデアの最高責任者で、君を召喚したのも彼女だよ」

 

 彼女、という事は女性なのか、その所長とやらは。

 私を召喚したという人物に興味が出て来るが、そういえば、と私は彼に尋ねる。

 

「あの、まだ聞いてませんでした。あなたの名前」

 

「あれ? そうだっけ?」

 

 男もど忘れしていたらしく、頭を掻きながらだらしなく笑う。何というか、本当に頼りなく見える男性だな。

 

「じゃあ改めまして。僕の名前はロマニ・アーキマン。気楽にDr.ロマン、と呼んでくれると嬉しい」

 

 

 

 

 そうして、私のカルデアでの生活が始まった。

 

 

 




 
前書きにも書きましたが、自己満足全開で書いてみたものです。自分でも駄文ばっちこいの精神で書いてますので、てきとうに読み流してもらってどうぞ。


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第一節 フォウくんとの遭遇

 

 Dr.ロマンが去ってから幾ばくの時間が経っただろう。少しでもリハビリすべく、私はあれからずっと手足を動かそうと力んでいた。

 

 でも、結果は言わずと知れているだろう。最初と同じく、痙攣するのがやっと。自分の姿は見えないが、きっと陸に打ち上げられて瀕死の魚のようになっているだろう。

 

「情けない……」

 

 かつて、犬空間とかいう頭のちょっとアレな所に閉じこめられた事があったが、あの時はまだハイハイしながらでも動けた。

 いや、アレもえらく屈辱的ではあったのだが。

 

 しかし、今回はそういった作為的なものや、何者かの意図が絡んでいない。これは誰のせいでもなく、強いて言うなら()()()()()()というだけの事。

 ここにきて、まさかガトーに共感する時が来ようとは思わなかった。

 

 どちらにしろ、体が動かないのに変わりなく、情けないと感じたのは、見た目が瀕死の魚っぽいという点においてのみ。

 期日はそこまで迫っている。なら、情けなくともリハビリは継続しなければ。……ピクピクしているのは、出来れば恥ずかしいので誰にも見られたくはないが。

 

 そういえば、私の今の服装は何だろう。最後の記憶が正しければ、聖杯戦争終結後にいつの間にか着ていた、腰部分に大きなリボンの付いた白いワンピースを着用していたはずだ。

 だけど、英霊とはその人物の全盛期で召喚されるという。なら、私の全盛期はどの時だろうか。

 個人的には、直接的に命の危機を何度も味わった月の裏側かとも思うのだが。そして、貞操の危機すらもあった月の裏側での経験は、私の心をより強くしてくれた。

 かといって、聖杯戦争や聖杯大戦はそうでなかったのかと聞かれると、そういう訳でもなく。

 聖杯戦争では多くのマスターやそのサーヴァントと戦い、空っぽだった私は、“なにか”で器を満たされていったのを覚えている。

 聖杯大戦では、サーヴァントとの絆をより深めたし、それは元々契約していたサーヴァントに限った話ではない。かつて戦ったサーヴァントとも、親交を深めて強い絆を手に入れた。

 

 うん。こうして思い返してみれば、私は多くの経験と出会いを経て、それらの積み重ねが世界を救うに至ったのだと、改めて思い知らされる。

 

「………んひゃ!?」

 

 などと考え事をしていると、急に布団の中で何かが蠢くのを感じた。その()()は、もぞもぞと私の服の中に入り込み、脚、腰、腹、胸と、徐々に上の方へと登ってきている。

 触感から、その()()はフサフサした毛むくじゃらで、大きさは猫くらい。というか、猫そのものではないだろうか?

 

 やがて、その猫らしき何かは、私の胸元から顔を覗かせた。

 最初に見えたのは、ぴょっこりと出てきたウサギの如く長い耳。毛の色は白い。

 目線を出来るだけ下げて見ると、つぶらな蒼い瞳をした猫っぽい何かが、私の顔をじっと見つめていた。

 

「………」

 

「………」

 

 互いに、(まばた)きしかしないままの睨めっこが続く。というか、何だ、その……。

 

「え、何これめっちゃ可愛い」

 

 フサフサの体毛に小さな目鼻口。なのに耳は長く大きく、アンバランスさが逆にこの小動物の魅力を引き立てている。

 

「フォウ」

 

 私がつい本音を零したからか、小動物もそれに応じるように短く鳴き声を上げた。その声のなんと愛らしいコトか。

 私の体が万全だったなら、迷わず抱きしめていただろう。それはもう、全身全霊で。

 

「フォウ、フォウフォウ」

 

 フォウ、というのが鳴き声らしく、猫にしては珍しい鳴き声というか。猫にも犬にも見えるのだが、本当にこの可愛い生物は何という種類の動物なのだろう。

 

「君、名前は何ていうの? ……なんて、話せるワケないか」

 

「フォウ? キューウ、フォウ!」

 

 人間の言葉を発する事は出来ないが、私の言葉は分かるのか、身を乗り出して顔をなめてくる。チロチロとなめられ、少しこそばゆい。

 

「あはは、くすぐったいよ。ごめんね、君を侮ってたみたい。人の言葉が分かるんだね、君。賢いなぁ」

 

「フォウ!」

 

 まるで「えっへん!」とでも言っているかのように、誇らしく声を張り上げる猫のような小動物。その様が、とにかく可愛くて可愛くて仕方がない。

 ……いけないな。語彙が全然出て来ない。それだけ、この小動物の可愛さは圧巻の一言、なのかも。

 

 身を乗り出した事で、この子の全身も少しだが把握出来た。首辺りはフサフサなのはもちろん、何かスカーフらしきものを巻かれている。毛並みと毛ヅヤの良さから、よく手入れされているのが見ただけでも分かる。

 となると、ここの誰かに飼われているのかもしれない。まあ、ここは雪山の僻地らしいし、猫が単独で生きていくのは厳しいだろう。

 というか、施設内に居る時点でここに住んでいると見るのが自然だ。故に、この子には飼い主がいるのだと帰結する。

 

 あわよくば、私がもらっちゃおうとか思ってなかった。思ってなかったよ?

 

「それにしても君は可愛いなぁ……いつまでだって眺めてられる」

 

 勝手に頬が弛んでくるのが分かる。にやけるのを止められない。可愛いものを前にした時、私は人間の(さが)に逆らえないのだ。

 が、勘違いしないでほしい。快楽や欲望も似たようなものだが、まったくの別物だ。欲望のままに動くような真似がどれほど愚かであるかは、もう思う存分、嫌という程に経験したというかさせられた。

 

 そう。これは言わば、赤ちゃんを前にした時の母性本能に近い。それか、今にも井戸に落ちそうな赤ん坊を助けようと感じる人間が持ち合わせる道徳心。そんな、当たり前のように人間が持っているものを、私はこの小動物に対し感じているのだ。

 

「フォフォウフォウ。フォウフォーウ!!」

 

 褒められたのがよほど嬉しかったのか、私の胸の上で半ば雄叫びを上げながらピョンピョン飛び跳ねる小動物。

 いや、軽いし可愛いんだけど、さすがに寝たきり状態には衝撃がかなりクるというかですね!?

 

 

 

 

『フォウさーん?』

 

 

 

 と、誰かを呼ぶ少女らしき声が聞こえてくる。声は部屋の外、扉の向こうから聞こえていた。

 

「フォウ!」

 

 呼び声に反応するように、小動物は一目散に声のする方へと駆けていく。どうやら、扉が若干閉じ切れていないために、あの子はここに入って来れたらしかった。

 

『あ、フォウさん! やっと見つけました。そろそろご飯の時間ですよ? ……なんだかご機嫌ですね。何か良い事でもあったのでしょうか?』

 

『フォウフォウ!』

 

 二つの声が遠ざかっていく。どうやら、今聞こえていた声の少女は、あの子の飼い主のようだ。

 声が聞こえてすぐに向かったのを見るに、相当懐いていると見た。

 名前は鳴き声そのまま。少女が呼んでいたように、あの子は『フォウ』という名前なのだろう。

 

「……ハッ!? リハビリ忘れてた!?」

 

 小動物の来訪ですっかり忘れていたが、リハビリの途中だったのを思い出す。

 首が僅かにしか動かせないので、有るかもしれない時計も確認出来ない。時間の間隔が掴めないのはキツいな。

 

 ……そういえば、さっきのやりとりで私の今着ている服が何か分かった。

 聖杯大戦の折に身に着けていた白いワンピースだ。

 スカートとブレザーが分離している月海原学園の制服と、旧月海原学園の黒セーラー服では、さっきのようにフォウが一直線に私の足元から胸元まで登ってくるのは不可能。

 故に、私が着ているのは白いワンピースだと推測出来る。

 

 ……。私が居なくて、ムーンセルは大丈夫だろうか。いや、英霊とは元居た人物の再現。なら、この私もその例に漏れないはず。

 向こうの心配はこの際必要ないと思う事にしよう。何より、この世界が危機に瀕していると聞かされた以上、途中で投げ出して帰るつもりは毛頭ない。

 私がどれほど力になれるのかは分からないが、やれるだけの事はやろう。

 

 さしあたっては、まずは体を動かせるくらいにはしないと。足手まといどころか、現状何の役にも立たない穀潰し。それが今の私なのだから。

 

 

 

 そして、フォウとの遭遇から少し経った頃。

 この日、私は運命と出会う───なんて、大層に言ってみたが、話は単純だ。

 

 ノックと共に、()()がここにやってきた。

 

 

 

「失礼するわ。初めまして──とでも言いましょうか、私のサーヴァントさん?」

 

 

 

 



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第二節 アニムスフィアの系譜

 
※文字数は回によって長かったり短かったりします。


 

 扉を開けて入ってきたのは、気の強そうな美人。腰まで伸びた長い銀髪を三つ編みサイドテールにしている。多分、そこがチャームポイントなのだろう。

 

 服の上からでも分かる、それなりに豊満な体つきは、同じ女の私から見ても羨ましいとさえ思う。

 容姿に関してはパーフェクト。どこも文句のつけどころが無い程に、整っていると言っていい。

 

「わたしの名は『オルガマリー・アニムスフィア』。話はロマニから聞いているわ。召喚の際に不具合が有った事で、あなたのステータスに問題が起きているそうね。現状問題なのは主に身体、次点で記憶。でも予定しているレイシフト当日までには、どうにか身体面の方は目処が立っているそうよ」

 

 オルガマリーと名乗った女性は、私の横たわるベッドに腰掛ける。

 いきなりの事に驚き、私が目をパチクリさせていると、

 

「何よ。あなたはわ・た・しのサーヴァントでしょう? そのわたしのサーヴァントが使っているベッドに、あなたのマスターであるわたしが腰掛けてはいけないのかしら? それに同じ女同士。何も問題ないわ」

 

「いや、別にその通りだけど……」

 

 な、何という高慢さ……!

 同じマスターとして、ここはビシッと言わないと。……あ。今はマスターじゃなくて、この人のサーヴァントなんだった。

 

「話を戻しますが、あなたはサーヴァントではあるけど、どのクラスに当てはまるのかは不明だそうね。しかも見たところ、私より年下の少女───高校生辺りかしら? 服装はそんなだけど、どことなくあなたからは近代の匂いがするわ。なら、キャスターかしら。それならそれで、三号と被ってしまうわね……」

 

 なるほど。既にカルデアに居るサーヴァントのクラスは、キャスターらしい。ふむ、キャスターは戦闘向きのクラスではない事が一般的だ。

 だから、より戦闘向きな新たなサーヴァントを召喚しようとして、私が召喚されてしまったと。

 

 ……それって、私が言うのもなんだが、大失敗というやつなのでは?

 

「さて、記憶が欠落しているのなら、カルデアや今の世界に関する情報も無い状態なのでしょう。わたしのサーヴァントなら、せめてこのわたしが所長を務めるカルデアについてくらいは知っておいてもらうわね」

 

 おっと。この美人さん、今から長ったらしい説明を開始しようと?

 寝たきりなので、逃げようにも逃げられない。ここは諦めて、素直に聞いておくべきか。

 

 私が黙って彼女を見つめているのを、説明を待っていると解釈したらしきオルガマリーは、得意気に話し始める。

 

「いい? 我々カルデアの使命とは、不安定な人類の歴史を安定させ、未来を確固たる決定事項に変革させる。霊長類である人の(ことわり)───即ち、人理を継続させ、保障すること」

 

「ふむふむ。それで?」

 

「そしてカルデアはこれまで多くの成果を出してきたわ。過去を観測する電脳魔『ラプラス』の開発。地球環境モデル『カルデアス』の投影。近未来観測レンズ『シバ』の完成。英霊召喚システム『フェイト』の構築。そして霊子演算機『トリスメギストス』の起動。これらの技術をもとに、カルデアでは百年先までの人類史を観測してきた。人類への百年先の安全を保証し続けてきたのよ。でも……」

 

 そこで、オルガマリーの顔に影が差す。今回の一件で、その保証してきたという人類史は、2017年より先の未来が途絶えてしまった。

 人類史を保護する機関。それもそのトップという立場である彼女にしてみれば、人類を救うなどというその重責はあまりに重すぎる。

 言ってしまえば、彼女の背中に全人類の存亡がのしかかっているようなもの。

 まだ年若い身であろうに。その若さで背負うには、重すぎる使命であるのは間違いない。

 

「結果は最悪。だけど、言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも言える。それがたとえ、非道に手を染めていたとしても……。人類史をこれから先も続けさせるには必要だったのかもしれない。そう、だからわたしは、レイシフトの決行を定めたのよ」

 

 決意の眼差しは堅く。されど、その瞳には一筋の恐怖の光が滲んでいた。

 怖くないはずがない。投げ出したくないワケがない。

 人類史が途絶えてしまうような大事件。そこにはとてつもない何かが待ち受けているはずだ。失敗すれば、人類は終わり。その終焉が、彼女の手に掛かっているとすれば、なおさら怖いはず。

 

 何が彼女を突き動かすのか。その原動力は分からない。けれど、恐怖心を抱きながらも前に進もうという確固たる意思は伝わった。

 

 ならば。

 私が彼女のサーヴァントであるのなら。

 私のするべき事は決まっている。

 

「ねえ、オルガマリー。ちゃんとした契約、まだしてないかな?」

 

「え? 召喚したらそれで契約成立なんじゃないのかしら……?」

 

 なるほど。どうやら正式な契約はまだのようだ。なら、これも良い機会。寝たきりで格好悪いが、それはこの際割愛しよう。

 

「こういうのは、通過儀礼みたいなものだよ。それじゃあ、こほん。……問おう、あなたが私のマスターか?」

 

「な、何よ。さっきからそう言ってるじゃない。わたしがあなたのマスターよ!」

 

 形式だと言ってるのに、頭の固いお嬢様なんだから。まあ、それでも良い。形だけでも、これは言っておきたかったし。……一度言ってみたかったし。

 

「ふふ。……ここに契約は成立しました。今後ともよろしく、私のマスター?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルガマリーとの邂逅から感覚的に一時間程が経っただろうか。彼女が退室してから、Dr.ロマンが再び私を訪ねてきていた。

 

「ねえ、白野ちゃん。君、所長と何かあったの? なんか所長の機嫌が最近では類を見ない程に良くなってたんだけど」

 

 うーん。別にそんな特別な事はなかったと思うが。強いて挙げるとするなら、正式に契約を結んだ事くらいか。

 その事をかいつまんでDr.に説明すると、

 

「ああ。そういう事か。道理で所長の機嫌が絶好調な訳だ」

 

 納得した、と何度か頷いてみせるDr.ロマン。それを不思議に思っていた私の顔を見て、察したらしい彼は続けて話す。

 

「いや、君を召喚したのは所長だって言っただろう? でも本当は所長が一人で召喚したってワケでもないんだよ」

 

「え……?」

 

「あれ、所長から聞いてない? でも遅かれ早かれ分かる事だし、僕から言っても問題ないか……」

 

 何やら考え事をしていたらしいDr.ロマンだが、何やら決めたのか、佇まいを整えると、改まって話を再開する。

 

「所長の家系、アニムスフィア家っていうのは、魔術世界でも有名な血筋でね。カルデアもアニムスフィア家が運営をしていたんだ。もちろん、人理を保証するなんて大役を任されても問題ないくらいだ。基本的にアニムスフィアの血筋は魔術師としても一流。所長も例外ではなく極めて優秀な魔術師と評価されている」

 

「……? なら、何が問題だったの? どうして一人で召喚しなかったの?」

 

「まあまあ。で、そんな優秀な所長でも、何故か持ち合わせていない才能(モノ)があった。それが、マスターとしての適性さ。レイシフトはサーヴァントと契約を結べるマスター適性を持つ者でなければ、まず不可能。これはそもそも身体面での問題だ。生まれた時から決まっていると言っても過言じゃない。それを、所長は持っていなかった」

 

 召喚、そして契約。地上でのサーヴァントの召喚には魔術的な素質が必要不可欠だとムーンセルの記録にあった。

 契約は、直接的でなくとも間接的にであれば才能がなくとも可能ではあるらしいが、それでも正規の契約でない以上、かなりの制約が付きまとうはず。

 

 そんな、人理定礎を修正する上で、必要不可欠とされるマスター適性をオルガマリーは有していない……?

 

「なら、どうやって君を召喚したのか。細かな点を省いて説明するなら、所長を補佐する形で何人かの魔術師も召喚に携わったのさ。召喚陣を書く者、触媒を用意する者、儀式を執り行う者、そして魔力を通す者が所長だ。ざっと言ったけど、この工程までで十数人は召喚に関わっていたからね?」

 

 思っていた以上に手が込んでいた!

 そこまで補強してやっとサーヴァントを召喚出来たのに、それがまさか私のようなサーヴァントが現れようとは思うまい。

 なんだか、必死だったであろうオルガマリーに申し訳なく思えてきたのだが。

 

「そうしてやっと、何度目かの召喚に挑戦して君が喚ばれた訳だよ。多分、君の不具合の要因もそこにあるかもしれないね。多くの魔術師が携わったとは言え、マスター適性のない魔術師が主体で行われた英霊召喚だ。今思えば、何が起きても不思議じゃなかった」

 

 ふむ。何にせよ、サーヴァントの召喚自体は成功し、オルガマリーが主体で行われた儀式だったが故に、私は彼女のサーヴァント、という事か。

 

 すごく喜んだのだろう光景が目に浮かぶ。ゼロに近い可能性に賭けて、私というハズレではあるが、サーヴァントを召喚出来たのだから。

 

「でも、残念ながら所長には令呪がない。召喚に成功したは良いけど、肝心のサーヴァントを律するための手段は得られなかった。マスター適性が無い故だろう。けど、君が話の分かるタイプで本当に良かった。だって君、お人好しな性格してそうだし。まさに不幸中の幸いだよね」

 

 会って間もないが、既に私の性格は彼にはお見通しらしい。意外と目ざといな、Dr.ロマン……。

 

「さあ、話は一旦終了! これから君のバイタルチェックと、それによってリハビリ日程を組んでいくよ! 英霊とはいえ、君はデータを見るに限りなく現代人に近い状態だ。無理せず、それでいて期日までに何としても万全を取り戻してもらうために、ビシバシ行こうじゃないか! あ、ちなみにビシバシやるのは僕じゃなくて君の先輩サーヴァントだからね? 君の事を説明したら、目を輝かせて請け負うと言ってくれたよ」

 

 ……。なんだか、とても嫌な予感がするのは、私の気のせいだろうか?

 

「いやぁ、天才もあそこまでいくと変態だよねぇ! 天才と変態は紙一重ってのをよく体現してるんだからさ。あれ? 日本にはこんなことわざがあったと思うんだけど、違ってたかな?」

 

「違いますよ。馬鹿と天才は紙一重、です。そして私の嫌な予感的中!! もういやぁ!!?」

 

「あはははは。心配しなくても、確かにアイツは天才で変態だけど、君が思ってるような変態ではないから安心していいよ」

 

 いやだから変態という時点で全く安心出来ないんですけどぉぉぉ!!!!

 

 

 




 


※こんな感じで、サクサク行けるところはサクサク行こうと思います。あと、気ままに書いてみるつもりですので、過度な期待はしないでください。


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第三節 私は万能の天才なのさ☆

 

 

 

「やあやあやあ。君がロマニの言っていた、(くだん)の不具合満載サーヴァントかい?」

 

 

 

 翌日。早速昨日Dr.ロマンから提示されたリハビリの課題が実行に移されたのだが、車椅子に乗せられ連行された私の目の前には、とんでもない美人が立っていた。

 服装は少々奇抜だが、それを差し引いても有り余る美貌。艶の有る美しい黒髪。微笑みはまるで女神の如し。

 絶世の美女と呼ぶに相応しいだろう。

 

「おや? 私の美しさに見惚れて呆けるのは分かるが、曲がりなりにも君はサーヴァントなんだろう? 別に私は魅了のスキルは持っていないんだ。いつまでも固まられちゃ困るんだけどなー?」

 

 この美女。恐ろしい事に、自身の美貌がずば抜けて優れていると自覚している。むしろ自信に満ち満ちている。

 言葉の端々から読み取れるナルシストっぷりも、この美貌なんだから頷けるというもの。

 

「えっと。あなたが三号──私の前に召喚されたサーヴァント、ですか?」

 

「ほうほう。どうやら私の事は前もってロマニから聞いていたかな? その通り! 現状のカルデアにおいては、まだまともに現界している唯一のサーヴァントがこの私さ」

 

 美女はえっへんと胸を張る。それに連動して、そのたわわな双丘も比例するようにプルンと揺れていた。

 ……ここに召喚されてから、同性に会ったのはまだ二人だけだが、こうも格差を見せつけられると、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

 いや、やろうとしても満足に動けないから、無様に倒れ伏すのが関の山だろうが。

 

「クラスについても聞いているんだろう? 私はキャスターだから、戦闘はそこまで得意ではないんだ。いやね? 別に出来ない訳ではないんだが、そういう力仕事というか肉体労働はセイバーとかランサーみたいな前衛の専門家に任せたいところだからね」

 

「でも、そのセイバーもランサーも居ないんじゃ……」

 

 カルデアに現存するサーヴァントは彼女と私、そして不具合で現界が出来ていないという召喚二号の英霊だ。

 二号はまず除外して、現状戦えるとするならカルデアの保持する戦力はサーヴァント二騎となる。

 だが、戦力としてはキャスターはその性質から心許なく、私に至ってはクラスでさえ判明していない。

 

 途端、戦力面にかなりの不安が出て来たのだが、目の前の美女はそんな事に歯牙も掛けていないようだった。

 

「その点に関しては心配しなくていい。英霊召喚システム自体は、君の召喚を経て、その後の調整でほぼ完璧に仕上がった。コストと時間という課題さえ合致すれば、次の英霊を召喚出来るからね。まあ、英霊が来るか、それとも特殊な礼装が生み出されるかという運任せな要素もあるけれど」

 

 それは、つまり──ガチャガチャ的な?

 率直な感想を伝えてみると、美女……いや、キャスターは神妙な面もちで頷いて返してくる。

 

「それだ! もっと具体的に言えば、私も現代のソーシャルゲームというものを幾らか(かじ)っているんだけど、召喚システムはそれで言うところのガチャだね。召喚に必要なリソースが資金であるとするなら、リソースが溜まるまでの時間は給料日と変換出来る。いやはや、君も発想が柔軟だね。お見逸れしたよ」

 

 えー……。サーヴァントがソーシャルゲームって……。ちょっと現代に馴染み過ぎてません?

 

「そうだ。まだ自己紹介がまだだったね。もしかしたらロマニやオルガマリーから聞いているかもしれないが、そこはこの際関係ないとする。それでは改めまして、私の名は『レオナルド・ダ・ヴィンチ』。あらゆる叡智をも凌駕する、万能の天才……それが私さ! 気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ!」

 

 ……これは、驚いた。フランシス・ドレイクが女性だったというのも衝撃的だったが、まさかあの稀代の天才と称され、今日(こんにち)に至るまでに多くの影響を与えたとされるレオナルド・ダ・ヴィンチが、まさか女性だったとは……。

 

「ふむ。その分だと、私の真名までは聞いていなかったか。なになに? もしかして私の性別に驚いてる? ちなみに言っておくけど、今の体は後付けのようなものだから、元々は男だよ、私は」

 

「は……? はあぁぁ!?」

 

 えー、つまりアレか。生前は男だったけど、英霊になってから、今の見た目になったと?

 

「もう少し補足しようか。私は常に美しさを追求している。モナリザってあるだろう? 私が書いた自信作。あの美しさをどうせなら体現しようと思った私は、このように体を作り替えたのさ。もちろん、一から十まで徹底だ。肉体だって全て女性のものだよ?」

 

 ほら、と言って私の手を自らの胸に誘導するダ・ヴィンチちゃん。あ、ふにゅってした!

 間違いなく本物の感触だ。だって、私は女であり、もっと特大サイズを揉みしだいた事だってある経験者。本物と偽物くらい見分けられる。

 魂がオッサンとか言われた事もあるが、きっと何かの間違いだ。

 

「ふふん。どうだい? 私の体は最高傑作と自負しているんだ。なので、おさわりは初回限定のサービスなのであしからず」

 

 意地悪な微笑みを浮かべて、ダ・ヴィンチちゃんは私の手をその胸から遠ざける。

 あの柔らかい感触は、「至上のマシュマロだった」。

 

「おいおい。思った事が口に出ているよ? まあ、満足してもらえたのなら、私としても誇らしいけどね」

 

 あ。思わず言ってしまっていたらしい。指摘されて、たまらず私は恥ずかしさで俯いた。

 魂がオッサンとか、否定しておいてすぐにコレだ。情けないにも程がある。

 

「ま、私と同等なマシュマロは他にも居るから、今度からはそちらにお願いするといい。多分、させてくれないとは思うけど。さて、本題に入るとしようじゃないか」

 

「本題……? 本題、本題……」

 

 そういえば、何か目的があって彼女と面通しをしたはずだったが、何だったっけ?

 本題が即座に思い出せない私を見て、ダ・ヴィンチちゃんは渇いた笑いを零していた。

 

「白野ちゃん、そんなに私の胸に首ったけなのかい? 君にはリハビリが必要だって話だよ。思い出したかな?」

 

 あっ……!

 そうだった。期日までに何とか体だけでも万全に整えられるように、昨日Dr.ロマンがリハビリの日程を組んでくれたんだ。

 そして、その担当者がダ・ヴィンチちゃん。色々なインパクトがあったから、ついその事が頭から抜け落ちていた。

 

「ようやく思い出したか。それでは、これから君のリハビリを開始しよう。とは言っても、だ。まだ満足に動かせないのなら、まずはそこを解消しよう。よっこらしょっと……」

 

 と、ダ・ヴィンチちゃんは何やら器具の準備をし始める。何かコードとかいっぱい見えるんだけど、一体何をしようというのか。

 大きな機械に次々とコードやら何やらを接続していくダ・ヴィンチちゃん。何というか、かなり手際が良い。

 

「あの、それは何をする機械でしょうか……?」

 

 準備が進んでいくにつれ、ごちゃごちゃし出した機械に、私は多少の恐怖を覚えていた。故に、おっかなびっくりといった具合で尋ねたのだが……。

 

「ああ、これはね───電気ショック」

 

「いや、電気ショックにしてはすごく大袈裟過ぎやしませんか!?」

 

 何でもないとばかりに軽く言ってのけたダ・ヴィンチちゃんに、私も軽く戦慄する。何を平然と言っているんだ、この人は!?

 

「仕方ないじゃん。だってのんびり回復を待ってられるような状況じゃないんだぜ? それに君は人間に近い体ではあるが、それでもやはりサーヴァント。多少の無茶くらいなら大丈夫だよ。ま、死んじゃ元も子もなくなるし、加減はするから安心してお姉さんに任せなさい」

 

 あ、お姉さんでいいんだ、この人。じゃなくて!

 そもそも電気ショックだけなら、そんな大掛かりな機材は必要ないと思うのだが。

 

「不服そうだねぇ。言っておくけど、弱っちい電気ショックじゃ効果なんてないからね? それなりの威力じゃなきゃ、荒療治になんてならない。荒療治と言うくらいなんだ、もちろん、強めが必要だ。だからこの私お手製の電気ショックマシーンを使うのさ。何度も言うが、私は万能の天才だ。下手な改造なんてしてないから、危険はないと約束しよう」

 

 そうこうしているうちに、ダ・ヴィンチちゃんは説明がてら私の指先にパチパチと器具を装着していく。

 まるで電気椅子の刑を待つ死刑囚の気分だ。正直な話、かなりビビっている。

 

「そんなに怯えなくとも、別に拷問をするってワケじゃないんだからさ。痛いのは最初だけだよ? それに今は先っちょだけだからさ? 力を抜いて、リラックス、リラックス」

 

「なんか台詞がいかがわしい感じになってるのは私の気のせい!? 誰か助けて! Dr.ロマン! オルガマリー!!!」

 

「アッハッハ。二人からの許可があるんだ。助けは来ないよ?」

 

 

 

 私の叫びは虚しく、こうして半強制的なリハビリ(という名の若干拷問)は開始されたのだった。

 

 

 

「ぎにゃあぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

「さあ、もっと強くしていくよ~」

 

 



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第四節 王権(レガリア)の残滓

 

 電気ショックによる荒療治もあってか、驚く事に本当に私の手足は少しなら動くようになった。

 リハビリ一日目は電気ショックで少し回復した事もあり、まずは手からのリハビリが実施された。最初は簡単に、ものを掴んだり放したり。徐々に持つものが重いものへと変えられ、分厚い本くらいなら持てるまでには回復を遂げる事に成功。

 これには私も素直に驚いた。時間にして4時間掛かったが、それでも全く動けなかった事を思えば、驚異的なリハビリ効果が出ていると言える。

 電気ショックでこれだけ回復するなら、世の中のリハビリ治療にも取り入れるべきでは?

 と、私がダ・ヴィンチちゃんに進言したところ、

 

「君はお馬鹿なのかな? これは私お手製の電気ショックマシーンだと言っただろう。このマシーンから発されるのが単なる電気ショックだけな訳がない。これはね、電気ショックと共に魔力を送る装置でもあるんだ。物理的刺激と魔力による刺激を与えて、体内を巡る魔力を活性化させて、新陳代謝と自然治癒力を高める効果が得られるのさ。当然、魔術回路か魔力を多分に含んだ肉体でないと効果は十全には表れないよ」

 

 といった具合に、長ったらしい説明が返ってきた。要は、魔術回路の無い人間、ひいては魔力に乏しい一般人には効果が薄いか、全く無意味であるという事らしい。

 確かに、そうだとすると一般社会に流通してもあまり意味はないだろう。しかも、製作したのはダ・ヴィンチちゃん。あの高名なレオナルド・ダ・ヴィンチが考案し作ったものだし、価格もそれなりにお高いに違いない。

 

 なんだかんだで、リハビリ初日から好調のスタートを切った私だったが、時間と体力の都合で今日は手の回復のみで切り上げとなった。

 

 部屋に帰るのもリハビリの一環という事で、ダ・ヴィンチちゃんと別れた私は、リハビリの途中から様子を見にきたDr.ロマンに見守られながら車椅子を漕いで、自分に割り当てられた部屋へと戻る。

 無論、私だけだと迷子になりそうだったので、Dr.ロマンがついて来てくれたのは助かった。

 

「それにしても、初日からトバして行くとはレオナルドも言っていたけど、まさかもう手足が動かせるようになるとはね。これでもカルデアの医療部門トップを務めている僕だけど、その僕でさえ驚きを隠せないよ」

 

 癖なのか、首の後ろに手を回して笑うDr.ロマン。どことなく頼りない印象を受けるのに、一部門のトップという意外な事実に驚きつつ、私は隣を歩く彼に恨みの念を込めて視線を向ける。

 

「ダ・ヴィンチちゃんから聞きました。電気ショックの許可を出したのはDr.ロマンとオルガマリーだって。すごく痛かったんですからね……?」

 

「うっ……!? そ、それを言われると辛いところなんだけど……。でもその分、君の回復も想像以上に早いんだし、ここはイーブンって事で許してくれると助かるかなぁ」

 

 ……む。その点については、Dr.の言う通りだし、大きな声で文句は言えないのもまた確か。とは言っても、それは結果オーライというだけで、私が痛い目を見たのは変わりない。

 

「……あのぅ、だからね? そんな怖い目で僕を見るのはやめてほしいんだけど。それにレオナルドのやり方を許可したのは所長だって同じなんだし、せめて僕だけを責めるのは勘弁してね?」

 

 あ。言うだけ言って、Dr.は私から逃げるように足早に先を歩いていってしまう。というか逃げたな。

 

「……、ふふ」

 

 でも、私が見失わない程度にはスピードは緩めてくれているあたり、Dr.ロマンの人間性というか、優しさが垣間見えているので、怒るのはもうやめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、私はDr.ロマンに肩を借りてベッドへと腰掛けた。足が動くと言っても、まだほんの少しという程度。手ほどは自由が利かないためだ。

 

「お疲れ様、白野ちゃん。さて、僕も退散するけど、これを渡しておくよ。何か困った事があれば、それを使って呼んでくれるといい。女性の手助けが必要なら、女性スタッフも手配するからね。まあ多分だけど、所長が買って出るかもしれないけど」

 

 そう言ってDr.ロマンから渡されたのは、腕時計のような端末だった。ボタンが幾つか付いており、軽く使い方の説明を受ける。

 どうやら画面はホログラム式で、操作も宙に浮き出た画面をタッチするといった、かなり近未来的な端末だ。

 これを見ていると、月の王権を行使する時に操作したコンソールを思い出す。

 

 Dr.ロマンが退室して、私はどうにか枕の元まで行くと、仰向けになってベッドに寝そべった。

 

「…………、」

 

 少し震える腕を伸ばし、手が見えるところまで持ち上げる。

 指先、正確には中指に、かなり見覚えのある物が嵌められていた。

 

 月の王権を所有する事を示す、唯一無二の王者の証。ムーンセルの全権限が集約された指輪───レガリア。

 

 ダ・ヴィンチちゃんに対抗する訳ではないが、可能な範囲内であれば、まさしく万能の礼装と言えるだろう。

 それは、時間を越える事さえも可能とした程に。

 ……とは言っても、過去へ遡ったのは『岸波白野の記憶』だけではあったが。

 

「レガリア……月の王権、か」

 

 その輝きは変わらない。けれど、そこには中身が伴っていなかった。ムーンセルへとアクセス出来るかと試してみたが、どうやっても接続されず、単なるお飾りと化していたのだ。

 ただ、うっすらとではあるが、このレガリアからは魔力を感じるので、単純に装飾品であるとは断言出来ないだろう。

 

 ───もし。

 もしも、月の聖杯戦争を共に戦ったサーヴァント達を喚ぶ事が出来れば。

 きっと、この世界を、人類を救う為に力になってくれるだろう。

 

「……ううん。それは、きっと叶わない」

 

 でも、それが無理だというのは頭で理解している。彼ら、彼女らとの繋がりはここまでは及ばない。

 魔力の枯渇が起こったという私の世界の地球。だが、この世界では魔力の枯渇は起こらなかった。

 魔術師(メイガス)は魔力の枯渇に伴い神秘が衰退した事で終焉を迎え、それにより新しい世代の魔術師(ウィザード)が誕生した。

 つまり、私の世界では魔術の名門など既に廃れているはずなのだ。

 

 しかし、この世界はそうではない。私を召喚したというオルガマリー。彼女が魔術の名門の生まれであるのなら、この世界では魔術師(メイガス)が現存していると推測出来る。

 

 以上の事から仮定するとしたら、ここは私が居た世界ではないのだろう。

 もしかしたら、ムーンセルすらも存在しない世界なのかもしれない。とすれば、ムーンセルが無い以上はレガリアは効力を持ち得ないのである。

 故に、ムーンセルに居るであろう私のサーヴァントともやりとりは困難を極めるどころか、不可能に近いかもしれない。

 

「……だとしても、私が為すべき事は変わらない。こうして、オルガマリーのサーヴァントとして召喚されたんだから、今の私が出来る事をするだけ」

 

 決めたのだ。この世界を見捨てて、ムーンセルに帰るつもりはない、と。

 

 それに、まだ可能性が完全に潰えたという訳ではない。英霊とは、世界と契約し、世界を超えた“座”と呼ばれる所に召し上げられると聞く。

 ならば、全くの同一存在とまではいかないだろうが、もしかしたら記憶の一部を保持したかつてのサーヴァントとも、この世界で再び逢えるかもしれない。

 

 今度、英霊召喚をする機会に立ち会ったら、レガリアを触媒に使ってみようか。

 まあ、レガリアと縁があるのは私が知る限りは四騎のみ。しかも、触媒として召喚するには、あまりに逸話として成立していないので、期待通りにはならないだろう。

 

「はあ……」

 

 疲れてきた腕をそろそろ下ろし、私は溜め息をつく。召喚され、覚醒してから今日で二日。今日だけでも色々と衝撃だったが(主にダ・ヴィンチちゃんの件で)、まだ何も始まってはいないのだ。

 物語で例えるとすれば、今、私が立っているのは序章。それも物語がやっと動き始めた辺りだろう。

 

 目を閉じ、思考を放棄する。

 とにかく疲れた体と脳を今はただ休めたい。そう思い、私は頭を空っぽにして、深呼吸をした。

 何も考えていなければ、疲れた体には案外あっさりと眠気がやってくる。

 それに抗う必要はない。惰眠を貪るのでなく、休息の為の睡眠だ。ならば、素直にこの睡魔に(たぶら)かされようじゃないか。

 

 閉じた瞼はもはや重く、開く気もなかったので、そのまま私は気付けば深い眠りに落ちていた。

 

 微睡みの中で、誰かの声を聞いた気がする。

 

 何故か、ひどく懐かしいその声。

 

 

 

 ──ああ、この夢は……いつ覚めるのか。

 

 

 

 



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第五節 小さき獣と戯れる乙女

 
※ご指摘頂いたのでタイトル並びにマシュの髪の色についての表現変更しました。(すごく助かりましたので、ありがたいことです)



 

 リハビリは当然ながら、明くる日も続いた。

 息絶え絶えになりながら、汗でベトベトになる私を、ダ・ヴィンチちゃんは女神の如き微笑みを携えて監督。

 忙しい中であっても、たまに様子を見にきてくれるオルガマリーに良いところを見せようと頑張り、余計に疲労を蓄積させる私のおバカさん。

 そして、私のリハビリの様子を見にきたというのを口実に仕事をさぼるDr.ロマン。

 

 とまあ、だいたいはこんな感じが、私のリハビリ風景となっていた。

 

 リハビリは順調に進み、日を追うごとに体もようやく思い通りに動くようになってきた。

 リハビリ開始から既に五日の日数が経過しており、期日であった特異点探索実行予定日はもう目の前───明日にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 車椅子生活はもう二日も前に終わっており、リハビリがてらカルデア内の探索をしていた事もあって、多少は一人でも迷子にはならないくらいには、私もカルデアを把握してきている。

 バタバタとせわしなく通路を行き来するスタッフと何度となくすれ違うが、作戦決行の日が近付くにつれ、喧騒も比例して大きくなってきているようだ。

 遠くからでも、話し声というか指示のようなものが聞こえてくるくらいに。

 

「おい、中央管制室の準備の進捗具合はどうなってる?」

 

「もうすぐで終了します。あとはマスター候補生に配布する資料を用意するだけですね」

 

「ついにレイシフト決行は明日なんだ。ミスや見落としは徹底的に無くすつもりで動けよ!」

 

 ……。

 慌ただしさの中にも、やはり多大な緊張感が拭えない。それも当然だろう。何せ、人類の存亡が懸かった作戦だ。些細なミスが、どんな重大な事態に繋がるかなど予測不能。

 小さなミスが、取り返しのつかないミスへと繋がる可能性も秘めているのだ。デリケートにもなるというもの。

 

 ちなみに、今聞こえてきた“マスター候補生”というのは、実際にレイシフトして特異点の探索及び原因の破壊を担う者達の事だ。

 オルガマリーは私を召喚出来たは良いが、元々マスター適性が無いが故にレイシフトは行えない。その代わりとして、適性を持つ人材を今日この時までにあらゆる手段を用いてかき集め、召喚したサーヴァントと共に特異点に送り込む───というのが、明日の作戦となっている。

 私のマスターはオルガマリーではあるが、特異点へと随行するマスター候補生に付き従う形で、オルガマリーの代行者として現地へと向かうマスター候補生へ貸し出されるといったところか。

 

 そして、そのマスター候補生は総数が48人。英霊を一人に一騎は用立てるとするなら、圧倒的に足りていない。

 だが、明日の作戦決行までにはマスター候補生たち全員分のサーヴァントが用意出来る予定で、召喚に必要なリソースが溜まるとの事なので、私が矢面に立って戦闘を行うという事はなさそうだ、とDr.ロマンが言っていた。

 ちなみにダ・ヴィンチちゃんも戦闘……というか、そもそも特異点には行かないとの事。彼女は少々特殊な方法で現界を維持しているようで、戦闘は出来なくもないが、現界に支障が生じてしまうのだそうだ。

 

 あと、私の召喚に踏み切ったのは、どうにもオルガマリーの意地も絡んできているらしかったが、そこはまあそれ。彼女の可愛い部分として流しておこう。

 

 さて、マスター候補生と言っても、彼ら彼女らを一概には語れない。

 前々から、こういった緊急の時に備えて訓練をしていた者。その期間は一年や半年と、まだ現場で対処に当たる分には心配が少ないだろうエリートたち。

 片や、急募であったがために訓練の期間が三ヶ月と短い者や、そもそも適性があるというだけの理由から、数合わせの一般公募としてここに来た完全な素人ですらも居る。それらの人員に至っては、訓練すらも受けていないという。

 

 だが、私からすれば、後者の訓練を受けていないマスター候補生には親近感が湧いてくる。

 私だって素人から始まって、月の勝利者となったのだ。素人だからといって卑下するなんて、私からすれば有り得ない。

 

 でも、聞いた話では魔術の名門から38人、才能ある一般人から10人……と、どうにもエリート志向な部類が多いようなのだ。

 なので、私はその10人が迫害されぬよう、カルデアの責任者である者のサーヴァントとして、そして素人から始まって、かつてマスターだった者として、彼らを導いていきたいと思う。

 

 

 

 時間が経ち、マスター候補生と思しき者たちが一斉に中央管制室へと向かって歩いているのを度々見かける。

 どうやら、明日のレイシフトにおける説明会と、その目的意義を説くとの事。それはオルガマリーからも、彼女が担当すると聞いていたので知っていた。

 私も、後で特異点探索に同行する、オルガマリーの代行兼サーヴァントとして来るように、と言われていた。

 そこで、彼ら彼女らと正式な初顔合わせをするのだろう。

 

 まあ、私の格好はそれなりに目を引くらしく、かなりの人数にすれ違う度にジロジロ見られたのだが。なんせカルデア内は暖房が点いているとはいえ、この雪山の僻地をワンピースで、それも裸足で過ごしているのだから、異様に映って当然である。

 

 

 そろそろ私も管制室に向かおうかとしたところで、

 

「フォウ、フォフォウ。キャーウ!」

 

 いきなり後ろから、足元にモフモフした何かが張り付いてきた。

 

「きゃっ……!? って、フォウくんか。びっくりしたぁ……」

 

 感触と鳴き声で、犯人をすぐに特定した私は、振り返り、ジッと私を見上げているフォウを持ち上げて抱っこする。

 ───あったかい。命の温もりを感じる。

 

 

「あっ」

 

 

 と、フォウを抱っこしてモフモフを堪能していると、誰かの声がした。

 声の方に目を向けると、カルデアの制服の上に白衣を纏い、薄い紫色をした髪の、ショートヘアーのメガネ女子が佇んでいるのが目に入った。

 

「イイ、メガネだね」

 

「はい? えっと、あの、初めまして、でしょうか……?」

 

 おっといけない。あまりにドストライクなメガネの持ち主の登場に、挨拶が少し変になってしまった。

 私の言葉に、少女は困惑しながらもきちんと挨拶をしてくる。うん、礼儀正しいメガネ女子でたいへん宜しい。

 

「ん? ……その声。ああ、フォウくんの飼い主の子!」

 

 そういえば、初めてフォウに遭遇した際、フォウは少女の声を聞いて私の部屋を去っていった。その時に聞こえたあの女の子の声と、この少女の声は同じのように思える。

 

「いいえ。わたしはフォウさんの飼い主という訳ではありません。フォウさんはカルデア内を自由気ままに散歩していますが、基本的に人に懐いたりもせず、何故かわたしには寄ってきてくれるので、わたしがたまにお世話をさせてもらっているのです」

 

 きっぱりと、ペットではないと言い切った少女。なんというか、この子はフォウを自分と同格に見ているような感じだ。

 

「あ! そういえば、自己紹介がまだでしたね。わたしは『マシュ・キリエライト』といいます。よろしくお願いします、えっと……」

 

「ああ。私は岸波白野。このあいだ、オルガマリーに召喚されたサーヴァント。よろしくね、マシュ?」

 

 サーヴァント、という部分にマシュは目を見開き、かなり驚いているようだった。

 

「あなたが、カルデアで行われ成功した英霊召喚の四号の……!! ずいぶんと挨拶が遅れ、申し訳ありませんでした! てっきり、マスター候補生の一人だと思って……」

 

「ううん。多分、私は君たちの年代とあまり変わりない時代の生まれだし、間違われても無理はないかな? ほら、ダ・ヴィンチちゃんとか明らかに時代が違う格好してるし」

 

 なるほど、とマシュは私の言葉に頷いて返す。ふむふむ、どうやら彼女は礼儀正しい性格な上に、几帳面なところもあるらしい。

 と、どうにも私がフォウを抱っこしているのがよほど気になるのか、マシュは私の腕の中で大人しくしているフォウを食い気味でジッと見つめていた。

 

「何かおかしなところでもあった?」

 

「あ、いえ。フォウさんがわたし以外に懐くのは珍しいので、少し興味深く思いまして。自分からはあまり人に寄っていかないので、岸波さんがカルデアで二番目のフォウさん認定者、ですね」

 

 おお……。こんな愛らしい生き物に私は認められているのか。しかも、あまり人に懐かないのに。

 それはそれで、感慨深いというか、メチャクチャ嬉しいのだが。思わず顔がにやけてしまいそう。

 

「嬉しいなぁ……。でも、そろそろ管制室に行かないとオルガマリーにどやされるから、ゴメンねフォウくん」

 

「フォーウ」

 

 いつまでも抱っこしていたいところだが、今は管制室に向かうのが先だ。名残惜しくはあるが、私はフォウをソッと床に下ろす。

 すると、今度はマシュの足を伝って、彼女の肩まで一気に駆け上がるフォウ。まるで木を登るネコかリスさながらである。

 

「あっ、そうでした! わたしも管制室に行かないと……!」

 

「そうなの? じゃあ、一緒に行こうよ」

 

「その、まだ他に用事が残っていまして……。わたしは用を済ませてから向かいますので、岸波さんはお先に行って下さって構いませんよ」

 

 時間はまだあるし、用があるのなら仕方ない。ここは一人で管制室に向かうとしよう。

 

「そう。じゃあ、また後で」

 

「はい。また」

 

 軽い再会の約束をし、マシュは私の隣をパタパタと早足で去っていった。肩にフォウが乗っていたのに軽やかなあの足取り───、どうやら普段からマシュの肩はフォウにとっての定位置なのかもしれない。

 

 マシュを見送り、私は管制室へと向かう。途中、同じく管制室へと歩いて行くマスター候補生であろう彼らと出会(でくわ)すが、やはりというか、私の格好は好奇の目で見られるようだ。

 ……もし可能なら、今度衣装チェンジを試してみよう。月海原学園の制服なら、刺さるようなこの視線もまだ少しはマシになるかもしれない。

 

 

 

 何だか、行き交うスタッフの慌ただしさも異常に増しているように思えるが、どうしたのだろうか?

 なんとなく、嫌な予感がする……。

 

 

 

 




 


設定ガバ、駄文でも気にしないで書く!!

……というのは冗談で、現状でも駄文なのはともかくとして、設定ガバだけはどうにか避けたい。
そしてはくのんボイス早くついてお願い。


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第六節 集うマスター候補生

 
仕事終わりに見てみると、UAがけっこうな勢いで伸びていて驚いていたり。(22時の時点で)

では、本編どうぞ。





 

「……はあ~」

 

 マスター候補生の群を追って行くうちに、中央管制室へと辿り着いた私。

 管制室のおよそ中心に位置するように浮かんでいる、一際大きな地球を模したと思われるホログラムに、私は感嘆の息を漏らす。

 

「驚いた? これがわたしの『カルデアス』よ」

 

 掛けられた声に振り向くと、もはや見慣れたオルガマリーの姿があった。私が管制室に入ってきたので、スタッフとの打ち合わせを切り上げて、こちらへとやってきたらしい。

 

「言っておくけど、これは単なるホログラムではないの。カルデアスが何であるか、それは前も言ったけど、我々カルデアは惑星には魂があるとの定義に基づき、その魂を複写する事により作り出された小型の疑似天体こそがこのカルデアス。いわば小さな地球のコピーです。地球環境のモデルを投影し、星の状態を過去や未来に設定し観測する事が出来、現実の地球の様々な時代を正確に再現可能なのよ。まあ、シバを使わなければ観測は出来ないけれど」

 

 得意気に語るオルガマリー。そういえば、ちょくちょく部屋にオルガマリーが会いに来てくれた時に、そんな話をしていた気がする。

 

「それと、これ自体が『高密度霊子の集合体』かつ“次元が異なる領域”でもあるために太陽やブラックホールと変わりなく、人間が直接触れてしまえば分子レベルにまで分解されて消滅してしまうという事を覚えておきなさい? 無論、サーヴァントとてカルデアスに触れれば無事では済まないでしょう。人間と同じく、たちまち分解されてしまうから」

 

「肝に銘じておきます」

 

 分解、すなわち触れれば死ぬのなら、間違っても自分から触ったりしない。まあ、宙に浮かんでいる時点で、触れようとするのがまず私には身長的にも困難なので、そこまで注意しなくても大丈夫だろう。

 

「さて、マスター候補生もそぞろ集まってきているから、もう少しで説明会を始めるけれど、あなたにはわたしのサーヴァントとして、壇上で立つわたしの隣に控えていてもらう事になっているから。別に何か話せなんて言わないし、安心なさい?」

 

「あ、やっぱりそんな感じになる? なら、出来れば私にもカルデアの職員と同じような制服を貰えると助かるんだけど。なんというか、私のこの格好ってここだと浮いてるみたいで……」

 

 サーヴァントとはいえ、私とて花も恥じらう、年相応のうら若き乙女だ。アイドルでもあるまいし、衆目の好奇の視線に晒されるのは、かなり……いや、相当にキツい。

 

「……そうね。手配はしておくけど、今は我慢なさい。せっかくのマスター候補生とサーヴァントとの顔合わせ、もといカルデア全スタッフへの公的な初お披露目でもあるのだから。それなのにスタッフと同じ衣装では、紛らわしいし雰囲気がぶち壊しでしょう?」

 

 うぐぐ……。ダメ元で頼んでみたが、こうも直球ど真ん中な正論で返されては、反論の余地はないか。

 今日だけの我慢なら、本当は嫌だけど耐えるとしよう。それに、制服を支給してくれるのは確定のようだし。

 まあ、かつての衣装を再現出来るかも試してみるつもりではあるけれど。

 

「所長。確認をお願いしたい事項が……」

 

「ええ。今行きます。じゃあ、私はまだ手が離せないから、白野は少しの間ここで待機。何なら霊体化していても構わないわ」

 

 オルガマリーの確認が必要であるらしく、彼女はスタッフと共に話し合いの輪に戻っていった。

 さて、待機ときたか。霊体化してもいいと言われたが、あいにく私にはその方法が分からない。何と言っても、これが初のサーヴァント経験なのだ。

 英霊としての自覚すら皆無に等しいのに、サーヴァント初心者の私にそんな高等な知識や技術があるはずもなく、諦めて大人しく近くの席に腰掛けて待つ事にした。

 その間、手持ち無沙汰になった私は、思考を放棄してぼんやりとカルデアスを眺める。

 

「地球の環境モデルを投影、か……」

 

 なんとなく、月の裏側に建っていた旧校舎でかつて見た世界地図のグラフィックを思い出す。国や大陸の形、文化の違いは私の世界とほとんど大差無いだろう。

 けれど、やはり異なっている。こちらには西欧財閥も、それに対抗するレジスタンスも存在しない。

 地図やグラフでは読み取れない二つの世界の相違点は、けれど確かに存在している。

 

 ……おっと。思考を放棄したはずなのに、何故か考え事をしてしまっていた。今回の境遇が特殊なだけに、ついセンチメンタルな気分になりがちである。

 

「………っ」

 

「ん?」

 

 隣で息を呑むような音が聞こえたので、そちらに視線を送ると、若い男が若干ながら頬を染めて私を見ていた。

 そういえば、マスター候補生は基本的に白い上着に、黒いズボンまたはスカートで統一されているらしく、彼もまた同様の姿をしている。

 ならば、この若い男もマスター候補生であるのだろう。

 目が合うと、彼は刀を思い切り振り抜くが如く、勢いよく私から顔を背ける。理由は分からないが、もしかしたら怒らせたのかもしれない。何か気に障る事でもしたのだろうか、私?

 

(うっわ何だよあの憂い顔ヤバすぎマジで超美しいというか可愛い彼女もマスター候補生かな今度食事に誘ってみようマジでツイてるぜ俺ェェェェ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、説明会の定刻となったのか、オルガマリーが壇上へと上がる。それに倣い、私も彼女の少し斜め後ろで控えるように待機する。

 壇上から見渡せば、扇形のようにズラリと並んで席につくマスター候補生たちが視界に映った。計48人と聞いていたが、こうして見ると少ないと思っていた人数も壮観なものがあるな。

 

「…………」

 

 いつ始まるのかと、視線をのんびりと泳がせて待っていた私だったが、何故か。何故だか一向に説明会が始まる気配がない。

 どうしたのかと思い、オルガマリーの様子を背後から観察していると、彼女の視線が真っ直ぐ彼女自らの正面より少し下に向いているのが分かる。

 オルガマリーの視線の先。もちろん、そこはマスター候補生が席について然るべき座席だ。それが二つ、まだ空席となっていた。

 

「………………」

 

 何故、説明会が始まらないのか。なんとなくその理由に察しがついてしまい、この沈黙が嫌に重く感じてくる。背中越しでも分かる、オルガマリーの怒りのボルテージ上昇が、余計にいたたまれない。

 ああ、もう我慢出来ない。もはや酌量の余地などない。庇うのも無理。この際、ぶっちゃけてしまえ。

 

 

 

 つまりは、まさかの、遅刻である。

 

 

 

 あ、なんか理由をはっきりと思い浮かべると、少しだけ息苦しくなくなった。

 ダメだよね、溜め込むのは。こういうのはしっかり発散しないと。

 まあ、オルガマリーはそれが出来ていないのだが……。早く来てくれ、遅刻したマスター候補生くんおよび候補生ちゃん……!!

 

 

 

 そして、待つ事10分。ようやくほとんどのマスター候補生が揃ってから、久方振りに管制室の扉が開かれた。

 入ってきたのは、コートに身を包みマフラーみたいに髪の伸びた男性と、黒いツンツン頭の少年と、薄紫の髪を持った少女。

 

「……マシュ?」

 

 遅刻していた一人が予想外のマシュであり、思わず口を突いて言葉が出る。

 

 コートの男性は悠々とスタッフの方に歩いて行き、残った二人、というかマシュが少年を連れて慌てて空いた席を捜すが、無論空いた席とはオルガマリーの真正面のみ。

 おそらく、恐ろしく仏頂面となっているであろう彼女に睨まれながら、説明会を受けなければならないという、有る意味では試練というか、自業自得の罰ゲームというか……。

 あの真面目そうなマシュが遅刻したのは、隣のあの彼が理由なのだろうか?

 ……、それにしても彼は何故あんなにも眠そうにしているのだろう。寝不足が原因で寝坊でもしたのか。

 

 マシュと少年が席につき、やっと座席が全て埋まったところで、ついに沈黙は破られる。

 その沈黙を破ったのは他でもない、この説明会を取り仕切る彼女、オルガマリーだ。

 

「時間通りとはいきませんでしたが、全員揃ったようですね。特務機関カルデアにようこそ。所長のオルガマリー・アニムスフィアです。あなたたちは各国から選抜、あるいは発見された稀有な──」

 

 気高くあろうと努めるオルガマリーの前振りであったが、そこで早々にちょっとした事件が発生する。

 

「──稀有な才能の持ち主です。そんなあなたたちをこうして迎え入れられた事を、わたしは喜ばしく……、思い、……………」

 

 途中でオルガマリーの言葉が途切れる。それもそのはず。遅れてきた少年は、何とオルガマリーの目の前。それも目と鼻の先で居眠りをしてしまっていたのである。

 

「……………」

 

 ち、沈黙がさっきよりも重い。というよりも殺伐としている……!

 とうとう怒りの頂点に達してしまったのだろう、オルガマリーはスッと壇上から降りると、彼の正面に立つ。そして、振り上げた手を勢いよく彼の頬へとぶちかましたのだった。

 

 バチーン!!

 

 と、聞いていて気持ちよくなる程に心地良い快音が管制室に鳴り響く。

 流石に今の一撃は重すぎたのか、その少年は目を白黒させて、机に突っ伏す形で伸びてしまった。

 

 恐るべし、オルガマリーの本気の平手打ち……。そして大丈夫だろうか、あの少年……。

 

 こうして説明会は、なんとも幸先が不安なスタートを切ったのであった。

 

 



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第七節 告げる。私の真名は───

 

 オルガマリーの平手打ちで伸びた彼を置いて、説明会は続行されていた。

 彼女がカルデアの所長としてマスター候補生へと語るのは、彼らの使命とここでの在り方について。

 それを聞いたマスター候補生の大半……いや、魔術協会から派遣されてきたという者たちが主だって、オルガマリーの言葉にブーイングを鳴らした。

 

 お前たちマスター候補生は人理を守る為に馬車馬の如く働け、魔術協会での功績や成績、優れた血筋や名門の出であるかなどはここにおいては一切無視する。このカルデアにおいてオルガマリーの命令、指示は絶対である───と、彼女は堂々きっぱりと言い放ったのだ。

 

「横暴にも程がある!! 何のためにわざわざこんな雪山の奥地にまで足を運んだと思ってるんだ!!」

 

「そうだ! だいたい、魔術師にとって家柄や血筋は何より誇りに掲げるべき象徴。最重視されてしかるべき事柄だ! なのに、それを無視など有り得ないだろ!!」

 

「そうよ! わたしたちは選ばれた存在。言わばエリートなのよ!? 一般の公募から来たとかいう連中ならともかく、そのわたしたちが軽視されるなんてあって良いはずがないわ!!」

 

 当然、オルガマリーの言葉に反論や意見を述べる者も出てくる。そしてそれを皮切りに、ガヤガヤと管制室が騒然となるが、

 

「黙りなさい!」

 

 オルガマリーの一喝により、騒いでいたマスター候補生たちは一斉に静まり返った。

 彼女の声音からでも分かる。今オルガマリーがどんな顔をしているのか。きっと、冷たくも凛々しい、毅然とした表情で、彼ら彼女らを睨み付けているのだろう。

 

「魔術協会から派遣されてきた魔術師はいつまでも学生意識が抜けきっていないようですね。この際、それをすぐに改めるように。ここカルデアはわたしの管轄です。外でのあなたたちがどんな功績を持とうと、どんな優れた家の出であろうと、カルデアに属する時点で重要視はしません。あなたたちは人類史を守るためだけの、道具に過ぎない事を自覚するように」

 

 不満はある。だが、マスター候補生たちは高圧的な彼女の態度に、どうにも反論出来ないようだ。

 そして畳み掛けるように、オルガマリーはトドメの一撃を口にした。

 

「これらの処遇に耐えられないと言うのなら、即刻ここを退去して下さって結構です。ただし、帰りの便はありません。ここに来た時からあなたたちには退路など存在しないのです。それだけ、人類史を守るという使命が大きいのだという事を早急に肝に銘じておきなさい。それでも嫌だというのなら、わたしは止めません。その脚で、雪山を自力で降りてもらうだけですので。遭難してもこちらは一切の責任を負いませんので、そのつもりで」

 

 ついに、完全なる沈黙がマスター候補生たちを支配した。この辺境の地にあるという雪山を、自らの脚のみで下山するなど自殺行為にも等しい──というオルガマリーの明確な脅しは、彼らには効果抜群だったようだ。

 

「……ようやく静かになったわね。あなたたちも、こちらの彼を少しは見習ったら? 黙って意見も反論も述べず、わたしの言葉に従順。わたしが求めている人材は、わたしの計画に無駄が無く動ける人間です。まあ、遅刻は許して良いとは言い難いのだけど」

 

 と、自らの前方を指差して、机に突っ伏した彼に顔を向けるオルガマリー。

 いや、それはあなたが張り倒して昏倒気味になっているだけだからね!?

 というか、わざと言ってるよね、それ。

 

 たぶん、オルガマリーなりの皮肉のつもりなのだろう。自分の意に添わなければ、彼のように力づくで無理やりにでも従わせる、といった具合に。

 

 うーん、ちょっとオルガマリーの困ったところだな。この性格は、人にとっつき難いタイプだろう。

 年齢的には彼女が私よりも上だが、彼女のサーヴァントとしてせめて人当たりくらいは良くなってもらいたいので、ダ・ヴィンチちゃんやDr.ロマンにも相談してみよう。

 彼女にとって念願だったサーヴァントたってのお願い(おねだり)だ。無碍にはしないはず。

 

「……では話を続けます。いいですか、今日という──」

 

 そして再び始まるオルガマリーの演説。

 机に倒れ伏す彼ではないが、私も少し飽きてきたので眠気が表れ始めた。

 ここで私まで寝てしまえば、それこそオルガマリーの立つ瀬がないので、ここはグッと堪える。

 

 どれくらい時間が経ったのか、長かったオルガマリーの演説もようやく終わりが近づいてきており、特異点修復の説明が一通り終わったところで、ようやく英霊とはどんなものかという話題になり、カルデアに召喚されたサーヴァントの紹介として、私が指名された。

 

「では、カルデアが保有するサーヴァントを見てもらいましょう。彼女が英霊召喚第四号。さあ、名乗りなさい」

 

 オルガマリーに促され、彼女に譲られて壇上へと私は立つ。

 さて、名乗れ、と言われると、やはりここは()()しかない。私の代名詞───別に、()()を名乗ってしまっても構わないのだろう?

 

「えー、ご紹介に預かりました。オルガマリー所長のサーヴァントにして、カルデアで四番目に召喚された英霊です。真名を、『フランシスコ・ザビエル』。親愛を込めてザビ子って呼んでね☆」

 

 ペロリと舌を出し、可愛く決めポーズをとる私。

 ……決まった。

 

 ……と、思ったのだが、何故か場がシーンと静まり返っている。おかしい。上手く出来たと思ったのだが。手応えもそれなりに感じたのに。

 

「…………えー、訂正します。この子は悪ふざけが好きで、今回はおそらく冗談を言って場を和ませようとしたのだと。彼女の真名は『岸波白野』。あいにくとクラス、ステータスが謎に包まれていますが、(れっき)としたサーヴァントです。彼女が、あなたたちのレイシフトにわたしの代行として同行しますので、よく覚えておくように」

 

 深い溜め息の後、速やかに私の自己紹介を訂正したオルガマリー。えっ? これってもしかして失敗してたの……!?

 まさか失敗していようとは夢にも思わなかった私は、ショックのあまり膝から崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

「では、これで説明会を終了し──」

 

 さて、粗方の説明も終わり、今日のところは明日に備えてひとまず解散───となるかと思いきや、想定外の事が起きた。

 それも、私の嫌な予感がおよそ的中する形となって。

 

 

 

「すまない。一つ、訂正を必要とする事項を告げねばならなくてね」

 

 

 

 挙手にて発言したのは、コートの男性。マシュやあの少年と共に入室してきた、あの彼だ。

 彼はこちらまでやってくると、オルガマリー、並びにマスター候補生に話し掛けるような位置に立ち、それを告げた。

 

「特異点へのレイシフト実行は明日……となっていたが、急遽変更となった。レイシフト実行は、これより数刻の後に、ね」

 

 ……!!

 男の言葉に、管制室は驚愕に包まれる。それも当然だ。明日と言われていたはずが、今日、しかも猶予は残り僅かなのだから。

 一部スタッフは、覚悟を決めたような顔をしており、どうやら予め聞かされていた者とそうでない者が居たらしい。

 そして、オルガマリーはその後者であるらしかった。

 

「レフ! わたしはそんな話を聞いていないわ!? 一体どういう事なのか説明して!」

 

 レフ、と呼ばれたその男は、オルガマリーに問い詰められると、申し訳なさそうに謝罪を述べる。

 

「本当にすまないと思っているよ。所長である君に何の連絡もしなかったんだからね。だが、これは緊急でもあった。私が遅れて説明会に参加したのもそのためだ」

 

 緊急。つまり、特異点に何らかの変化が見られた、という事なのだろうか?

 

「説明会が始まる少し前、シバを用いた観測スタッフより報告があってね。特異点が徐々に広がり始め、他の年代さえも侵蝕する兆しを見せ始めた、と。私は技術班の元に向かい、この目で確認をしてきたから間違いない。数値が異常に大きく変動を始めている。もはや、一刻の猶予すらない状態だ」

 

「なら、わたしに連絡くらいしてくれても良かったじゃない……!?」

 

 取り乱すようにレフにすがりつくオルガマリー。だが、

 

「事は深刻だ。説明会を控えていたマスター候補生たちに、細かな説明も無いままいきなりレイシフトを実行しろというのは酷だろう? だから、事前に君には知らせなかった。知らせていれば、君はすぐにでもレイシフトを実行に移していただろうからね」

 

「そ、それは……」

 

 彼の言葉に、言い淀むオルガマリー。確かに、短い付き合いではあるが、彼女の性格は少し把握している私からしても、彼女にそれを伝えていれば即刻、作戦は始動していただろう。

 オルガマリーは、事を急ごうとするきらいがある。

 

「とにかく、明日まで待つ余裕はない。幸い、ここに居る半数のマスターにサーヴァントを召喚するだけのリソースは貯蓄が完了している。今すぐにでも第一陣を出発させる為にも、コフィンへの個人登録を開始した方が良い」

 

「そう、ね……。あなたの判断がこれまで間違っていた事なんてなかったもの。ええ……、そうしましょう」

 

 僅かに落ち込んでいたオルガマリーだったが、すぐに毅然と顔を上げると、瞬く間に表情を引き締め、その場の全員に号令を発した。

 

「聞きなさい! カルデアの所長として、ここに、人類史を守る為の戦い───特異点の探索並びに修復を宣言します! マスター候補生たちよ、あなたたちの使命を今こそ果たす時! 人類の未来をこの先も切り開いて行くために、時間旅行による歴史修正を発令します!! 命を懸けて、わたしたちの、あなたたちの未来をその手に掴みなさい!!」

 

 場の全員が、緊張に包まれる。

 今この時を以て、私の初のレイシフト決行が、数時間後の実行と相成ったのであった。

 

 

 




 



レイシフト実行までの間が少し本来のストーリーと変更になっていますが、そこはそれ。オリジナリティという事で。

フランシスコ・ザビエルの擬似英霊としてザビ来ないかな……。この際、ザビ男でもザビ子でも構わないから来てお願い(懇願)


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第八節 そして私は立ち向かう

 

 号令が発されてから間もなく、管制室に備え付けられていた大きな筒状のコフィンを前に、マスター候補生の列が作られる。

 コフィンは一人一台で割り当てられているが、調整や確認、個人登録などややこしい手続きが有るため、スタッフを介して手続きが済んでやっと、コフィンに搭乗するといった流れだ。

 

 私は、どうせマスター候補生の準備が済み次第、共にレイシフトする予定なので、てきとうにその辺で彼らの様子を眺めていた。

 

「なにこれ、配属が違うじゃない! 一般協力者の、しかも実戦経験も仮想訓練もなし!?」

 

 ぼんやりしている私の耳に、若干のヒステリックな叫び声が届けられる。

 何だ何だとそちらを見れば、オルガマリーが一人のマスター候補生を捕まえて怒鳴っているようだった。

 

「……って、またあの遅刻くん、オルガマリーに絡まれてる。今度は何をやらかしたのかな……?」

 

 流石に彼には大きな前科があるため(オルガマリーの眼前で居眠りした事)、助け舟を出しに行くのは気が引ける。

 私まで怒られる羽目になりかねないし。

 

 そんな事を考えている間にも、やりとりはまだ続いていた。

 

「わたしのカルデアを馬鹿にしないで! あなたみたいな素人を入れる枠なんてどこにもないわ! レフ! レフ・ライノール!」

 

 怒り心頭といった具合で、オルガマリーはあのコートの男性を呼びつける。……レフ・ライノール、か。互いに自己紹介もないままに彼の名前を知ったが、彼も先程の、不本意ながらスベった私の名乗りを聞いていたはずだ。なら、別に問題ないか。

 

 オルガマリーに大きな声で呼ばれた彼はといえば、やれやれといった風に、しぶしぶやってくる。

 

「ここにいますよ所長。どうしました、そんな声高に。何か問題でも?」

 

「問題だらけよ、いつも! いいからこの新人を一秒でも早くわたしの前から叩き出して!」

 

 む。これはあまり良い流れではないようだ。けれど、あのレフというオルガマリーが信頼しているらしき人物が向かったのだ。私の出る幕ではないだろう。

 

 レフも、オルガマリーが何故怒っているのか察したらしく、宥めるように彼の弁論を述べる。

 

「あー……なるほど。いえ、お気持ちは理解しますが、ですがね所長。彼もまた選ばれたマスター候補。確かに他の者と比べれば、経験は少ないでしょうが、だからといってそこまで邪険に扱う必要はないでしょう。というよりも、それ自体が問題というか……」

 

「そうだとしても、なんの経験もない素人を投入するコト自体が問題よ! 貴重なマスター適性を持つからといって、もしもわたしのカルデアスに何かあったらどうするの!?」

 

 これまた負けじと、オルガマリーも正論をぶつけてレフに対抗する。いや、これに関しては私もオルガマリーを否定はしない。

 人類の存続が懸かった作戦に、他にも彼より良く使えるマスター候補生が居るのなら、下手に博打に打って出る必要もないだろう。

 ほら、私の時は他に人材も居なかったし、流れで仕方なくだったけど。自分より優れていたであろうレオに「お前が行けよ(注釈)」と進言しても却下されたくらいだし。

 

 なんだかんだと揉めているうちに、決着がついたらしい。

 

「いいからロマニにでも預けてきて! マスター候補生から外すと言っている訳ではないわ。せめて最低限の訓練を済ませてくる事!」

 

 プンスカとひとしきり怒った後、オルガマリーは再び作業へと戻っていった。

 あとに残されたレフと(くだん)の彼がなんだかいたたまれない。

 

「やれやれ、これはまた随分と嫌われたものだ。第一印象が悪かった、としか言えないかな? 仕方ない、とりあえず命令には従うか」

 

「………やらかした、かも?」

 

 ……………。

 あれだけ暴言を前に、驚く事に彼はケロッとしており、あまり(こた)えた様子が見られない。

 何というか、彼……思った以上に図太い性格をしているのかも?

 

 今度はレフがマシュを呼びつけたようで、二言、三言話すと、マシュが少年と連れ立って管制室から退室していった。

 うん、その、ご愁傷様……。

 

 

 

 

 

 

 

 少年とマシュが出て行ってしばらくした頃、マシュだけが再び管制室へと戻ってきた。

 おそらく、彼を個室なりへと連れて行ったのだろう。俗に言うマイルームというやつだ。

 カルデアの規模からして、ここに居るマスター候補生全員分のマイルームすら容易に用意出来るはず。あ、今のは別にギャグでも何でもないので。別に魂がオヤジ呼ばわりされていても、オヤジギャグが好きとかそんなんじゃない。断じてない。

 

「……そろそろ、終わるかな?」

 

 ずっと眺めているだけだったが、どうやらあとはマシュを残すのみで、全てのマスター候補生はコフィンへと搭乗したようだ。

 あの少年に関しては、オルガマリーに怒りを買ってしまったので、また今度にお預けかな?

 

「ふう……ようやく、あの素人マスター候補生を除いて全員の登録が完了したわね」

 

 疲れた、と一息ついて壇上から降りたオルガマリー。すぐ近くの、ちょうどあの少年が座っていた席へと腰掛ける。多分、彼が座っていたのを忘れているな、これは。

 

「お疲れ様、オルガマリー所長。これで、ようやく準備が整ったワケだ」

 

 そこに、レフが紙コップを持ってやってくる。湯気が立っているので、中身はコーヒーか紅茶だろうか。

 差し出されたそれを、オルガマリーは軽くお礼を述べて受け取る。

 

「ええ。予想よりも早まったけど、作戦はついに実行段階へと移行するわ。これもそれも、全てあなたのおかげです、レフ。これまであなたがわたしを、このカルデアを支えてくれたからこそ、今この時がある。これでわたしも、きっと父に認めてもらえる……」

 

 ……別に盗み聞きするつもりではなかったのだが、彼女の言葉からは何か、とても思い詰めたものを感じるのだが、私の気のせいだろうか。

 それに、父に認めてもらえる、とは……?

 気にはなるが、込み入った話であろう事は容易に想像がついたので、聞きたくなるのをグッと堪える。

 そんな私の心など知る由もない二人であったが、ここでレフがオルガマリーに壇上を指し示した。

 

「オルガマリー。君はこれまでよく頑張ってきた。三年前、まだ魔術協会で学生であった君は、その年若さで亡きお父上の跡を継ぎ、今日という日までカルデアに貢献し、職員一同をよくまとめあげた。その功績を、きっとお父上もお認めになるだろう。さあ、今一度、君が成し遂げた成果を壇上から見渡してごらん」

 

 彼の言葉に、オルガマリーは頷くと、その言葉通りに彼女は立ち上がり、壇上にまで歩を進める。

 

「…………?」

 

 だけど、この時。何故だか私は言い知れぬ不安に襲われた。何か良からぬ事が起きようとしている───そんな漠然とした、予感というか、直感のようなものが頭に過ぎったのだ。

 

 ふと、何気なくレフに視線を送る。特におかしなところは見当たらない。オルガマリーを見つめるその視線は、暖かいものさえも感じる。

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 私はその一瞬を見逃さなかった。

 

 コンマ一秒にも満たないであろう刹那。彼の顔が醜悪な笑みでオルガマリーを見つめていた事を。

 

 

 

「オルガマリー!!」

 

 

 

 咄嗟に私は叫んでいた。何かが彼女の身を襲おうとしている。命を脅かそうとしている。

 オルガマリーを、()()()()()()()()

 

 だけど、彼女を助けようと伸ばした手は、届かない。

 

 気付いた時には───

 

 

 

 視界の端で、爆炎が立ち上っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 ふと目を覚ます。喉が熱い。息が苦しい。肺が痛い。

 全身が熱を帯び、まるで焼かれているような熱さを感じる。その表現は、決して間違っているとは言い難いものだった。

 視界を覆い尽くすように、辺り一面が火の海と化し、瓦礫が至る所に積み重なっている。さっきまでの管制室の姿はもはやなく、見る影すらも消え失せていた。

 ここにあるのは、地獄。ただただ凄惨な光景が広がっており、ひたすらに燃え盛る炎が、生者を食い殺さんと暴れているのみ。

 なんだ、やっぱり地獄じゃないか。

 

「なんて……バカ言って、られない……つぅッ!」

 

 どうにか起き上がろうと全身に力を入れる。すると、突然額に痛みが走った。どうにも額を切ってしまっているらしい。

 傷口から溢れ出た血液が目に入り、余分な痛みと視界不良を引き起こす。

 

 頭部の痛みを無視し、どうにか立ち上がる。その際に分かったが、足を痛めたらしく、上手く歩けないようだ。心なしか、レガリアの嵌められた中指がひどく熱を持っている。金属が熱に当てられたのかもしれない。

 どうにかその場から移動し、火の海から身を守りながら、他に生存者が居ないかを確認する。

 管制室の端の方でスタッフの何人かが壁を背に倒れているのが分かるが、おそらくもう息はない。そのほとんどが首や胸を瓦礫で抉られており、奇跡的にまだ息があったとしても、きっと助からない。

 

 オルガマリー。彼女はどうなった?

 最後に見た時、彼女は爆炎に今にも包まれようとしているところだった。あまりにも眩い閃光で、その姿を最後まで確認する事なく、また私も爆風に押し出されてしまったので、その彼女の安否がまったく分からない。

 

 さまようように、私はオルガマリーを探しながら管制室を歩き回る。が、瓦礫に押し潰された死体や、炎に焼かれている死体、果ては爆発により体が吹き飛んでしまっている死体と、誰も彼も区別の付けようがない。

 幸い、まだ彼女とハッキリ識別出来るような死体は発見出来ていないが、この分では望みは薄いだろう。

 

「……いや。まだ、可能性はあるはず……!!」

 

 痛みを堪え、私は引き続き、火の海の中をオルガマリーを探して回る。緊急事態における館内放送が流れているようだが、この地獄のような世界を前に、私の耳には入ってこない。

 

 と、その時だった。

 

「なんという、事だ……!!」

 

「酷い……! 誰か、誰か居ないか!!」

 

 久方振りに聞いた気さえする、他人の声。私は自然とそちらを見やると、今や懐かしくさえ感じるDr.ロマンと、あの少年の姿がそこにあった。

 

「!! 大丈夫か!?」

 

 少年は、佇む私を見つけると、Dr.ロマンの制止を無視してこちらに走ってくる。そんな彼に、Dr.ロマンも諦めたように追走した。

 

「! 白野ちゃん!? よくこの惨状で生きていてくれた……!!」

 

 Dr.ロマンも、私が誰であるかに気付くと、血相を変えて肩に手を置いてくる。今は他人の手がこんなにも恋しく思えるなんて、いつ以来だろう。

 

「多分、私がサーヴァントだったから……だと、思います」

 

「無理はしなくていい。とにかく、避難を優先するんだ。他に君以外の生き残りは……?」

 

「………、」

 

 その問いかけに、私は黙って首を横に振った。それを見て、Dr.ロマンの顔が苦痛と悲壮に歪むのが嫌という程に分かった。

 

「そんな……、いや、そうか。白野ちゃん、藤丸くん。君たちは今すぐここを離れるんだ。外に出れば、きっと救助がやってくるはずだ。そして、僕は少しでもこの事態を収集するために地下へ行く。誰かがこの火を食い止めなきゃいけないのなら、それは僕の役目だ。まだここに来て日の浅い君たちよりは、まだ上手く立ち回れるだろうからね」

 

 有無を言わさず、Dr.は覚悟を決めた男の顔で、地下に向かって管制室から居なくなってしまう。残されたのは、私と、藤丸と呼ばれた若きマスター候補生のみ。

 だけど、私は───。

 

「……、あれは……!?」

 

 と、マスター候補生──藤丸は、何かを見つけたのか、そちらへと勢いよく駆け出す。

 

「どう、したの……!?」

 

「まだ生存者が居たんだ! 俺はいいから、君だけでも先にここを脱出してくれ!!」

 

 私は、彼の走る先に視線を向けた。すると、そこには、

 

 

 

 瓦礫に下半身を押し潰された、薄紫の少女───マシュの姿があったのだった。

 

 

 




 

気まぐれと息抜きで書いた作品が、まさかランキング4位にまで上がるとは、流石に私も想定外。
なるほどUAとお気に入りが伸びている訳ですね。

あと、感想頂ける方はありがたい事なので、大事にするスタンスでやっております。(別に催促しているワケではないので、思った事や気になった事があれば気軽に書いてもらえればと)


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第九節 過去へ

 
※今回は転換点でもあるため短め。だけど……?


 

 上手く言うことを聞かない足を半ば引きずるように、私も藤丸を追ってマシュの元まで駆け付ける。

 そこで私が目にしたのは、遠くから見えていた以上の惨状だった。

 

「マシュ……!」

 

 落石してきたのだろう大きな瓦礫は、うつ伏せに倒れる彼女の下半身を完全に覆い尽くし、隙間からは止めどなく血液が流れ出している。

 マシュの体を引き抜こうにも、瓦礫が大きすぎる。二人掛かりでもおそらく不可能。人手と機材があっても、まだ助けられるか分からない……といったところだ。

 いや。そもそも、流れた血があまりに多すぎる。マシュの周囲は彼女自身の血液によって、大きな血溜まりになっていた。このままでは、遠からず失血死してしまうだろう。

 

「せん…ぱい…」

 

「マシュ! 待ってろ、今助けるから!」

 

 こんな絶望的な状況にあっても、まだ彼は諦めていなかった。マシュもまた、下半身を潰されているというのに、辛うじて意識を保っている。

 だが。

 

「アヅッ!?」

 

 金属混じりの瓦礫は、火災によって触れると火傷する程に熱を伴っており、素手で触れるのは危険だった。

 現に、藤丸はあまりの熱さでたまらず手を離してしまっている。

 

「逃げ……て……くだ、さい。……先、輩」

 

 死にたくないだろう。助けて欲しいだろう。それなのに、この少女は自身がこんな目に遭っていながら、微笑んで他人の心配をしている。

 ああ……何がサーヴァントだ。何が英霊だ。こんなにも儚い笑顔を守れないなんて、自分の無力さが憎くて憎くて(たま)らない。

 

「そんな……!? 出来るワケ、ないだろう!!」

 

 若きマスター候補生はまだ諦めていない。彼はズボンのポケットから手袋を取り出すと、それを手に装着して再度、瓦礫へと手を伸ばした。

 ここに来る時に家族から贈られたのだろう、彼の名前と思しきアルファベットで刺繍の入ったそれも、荒れた瓦礫と熱で毛糸が(ほど)けてしまっていた。

 手袋一つで、たいした熱の妨げにはならないはずだ。事実、彼の顔には熱による苦痛が表れている。

 なのに、彼は諦めようとしない。

 

「……ああもう! 嘆いてる場合じゃないよ、私!!」

 

 諦めずに少女を救おうと戦っている彼の隣で、いつまでも沈んでいる場合ではない。

 私も、スカートの端を無理矢理に引きちぎると、手と瓦礫との間に挟む緩衝材代わりに、瓦礫に掴み掛かった。生足? そんなの構っていられるか!

 今は恥よりも人命が何より最優先。下着なんて見えたのならこの際いくらでも見せてやる。

 

「……どう、して」

 

 必死に自身を助けようする私たちの行動が理解出来ないのか、マシュの顔からは微笑みが消え、代わりに戸惑いが見えた。

 そして、その問いに答えるのは私の役目ではない。それが分かっているのだろう、彼が、私の言いたい事もひっくるめて答えてくれる。

 

「君を置いて逃げるなんて、出来るはずがないだろう!! 何が何でも助ける、マシュ!!」

 

 そう。理屈じゃないんだ。

 助けたいと思ったから、助けようとする。そんな単純な思考が、私たちの行動理由であり、原動力だ。

 体が勝手に動いた、というのがより正確かもしれない。

 

「岸波、さんも……どうして」

 

「今、彼が言ったのと同じだよ。助けたいんだ、マシュを。君はまだ生きている。だから、助ける。それだけ」

 

 出来るだけ、マシュを励まそうと笑顔を心がける。こういう時、救助側が明るく振る舞ってくれると、受ける側も少しは安心出来るはず。

 だから、私は苦しい顔を見せないよう努める。手が焼かれているように痛いけれど、マシュを不安にさせてはいけない。

 

 二人して奮闘するが、瓦礫は一向に動かない。それどころか、火事を食い止める為の隔壁も既に閉まってしまい、ここからの脱出すらも不可能になってしまった。

 助かるには、火から身を守る以外に手立てはなくなってしまったのだ。

 なら、是が非でもマシュを瓦礫の下から助け出さなくてはならない。このままだと、火の手の餌食になってしまう。

 

「……隔壁、閉まっちゃい、ました。……もう、外に、は」

 

 諦観の念にも似た、マシュの消え入りそうな声。私も、彼も、既に限界が来ていた。手は赤く焼けただれ、重度の火傷を負っている。

 体力も底をついた。もう、瓦礫を動かそうとするだけの力も出ない。

 

「……なんとかなるさ、きっと」

 

「……うん、そうだね、一緒だね」

 

 ぺたん、とそれぞれマシュの横に座り込む私たち。二人が共に、マシュの手を片方ずつ握りしめる。

 一人じゃない。マシュに───自分に言い聞かせるように。

 

「…………」

 

 マシュは、もう何も言わなかった。諦めた、というよりは、何か思案しているようにも見えるが……。

 

 そんな時だった。

 

 

 

『コフィン内マスターのバイタル、基準値に達していません』

 

 

 

 突如、アナウンスが管制室に鳴り響いたのだ。

 

 

 

「なに、が」

 

 

 ワケも分からず混乱している私だったが、アナウンスは止まってはくれない。

 

 

 

『レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中……発見しました。適応番号48「藤丸立香」を、マスターとして再設定します』

 

 

「な……!?」

 

 

 こんな状況であるのに、機械はまだ生きて、しかも起動しようとしている。

 更にマズい事に、不測の事態のままに、彼──藤丸立香のみをマスターとしてレイシフトを実行に移そうとしている!

 

 

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』

 

 

 くっ……! 止めようにも、私ではどうにも出来ない。準備も何も出来ていない状態で、彼一人レイシフトするのはあまりに危険───いや、無謀にも程がある。

 そんなの、みすみす命を投げ出しに行くようなものだ。

 どうにか食い止める術はないか。そう思い、私は無理に立ち上がって操作パネルを探そうとする。

 

「………あの………せん、ぱい。きし、なみ、さん」

 

 

『レイシフト開始まで、あと3』

 

 

 掠れる声を絞り出したマシュに、無情にもアナウンスはカウントを始める。感情の籠もらない機械の音声は、彼女の言葉を、待ってはくれない。

 

 

『2……1。……全工程、完了(クリア)。ファーストオーダー、実証を開始します』

 

 

 マシュが何を伝えたかったのか。それを知る前に、私たちは視界も、音でさえも完全に奪われた。

 眩く輝く蒼の光が、私たちの体を吸い込むように迫り来る。渦巻く中心に見える、真っ黒な穴へと、私たちは落ちていく────。

 

 そして、やがて真っ白な光へと、私たちは引き込まれていった。

 

 

 

 

 私たちが向かう先。設定されていたのは西暦2004年。日本の地方都市、冬木。

 否応なく、拒否も許されず、強制的に、私たちは過去への時間旅行を余儀なくされた。

 

 

 『人理定礎値C

 

 

 特異点F  AD.2004 炎上汚染都市 冬木』

 

 

 私と彼の、初めての特異点探索は、こうして訳も分からぬままに始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『特異点に揺らぎを確認。表記を最新のものに修正します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人理定礎値C+

 

 

 

 特異点F/S  AD.2004 怨嗟汚染魔都 冬木』

 

 

 

 

 

 



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序章 『真説』特異点F/S 怨嗟汚染魔都 冬木
第十節 再会


 
何故、第一節からではなく、プロローグの時点から序章が始まっていたのか……。

それは、全てはこの為だったからさ!

と、茶番は置いといて、本編どうぞ。


 


 

 

 

「お………て……」

 

 

 

 

 近くから、誰かの声が聞こえる。

 

 私は、一体どうなった……?

 

 起きようと思っても、体が休息を欲しており、瞼が異様に重く感じる。

 このまま、怠惰のままに微睡みの中に沈んでしまいたい欲求が、脳の奥底から湧き上がってくる。

 

 

 

 

「……き…………い!」

 

 

 

 

 また、誰かが私を呼んでいる。

 だけど、今はゆっくり休ませてほしい。疲労と火傷の痛みで、思考する事がもう辛いのだ。

 

 

 

 

 

「起きなさいって言ってるでしょうが!!!!」

 

 

 

 

「ぶへぇ!?」

 

 

 何かとんでもない衝撃を頬に受け、(たちま)ち深い意識の底に沈みかけていた私の思考が、一気に上へと浮かび上がってくる。

 

「うぅ……ほっぺがすごく痛い……!!」

 

 目覚めた私は何が起きたのかと、痺れる腕でどうにか体を起こすと、目の前には───

 

「オルガマリー!?」

 

 爆発の際に見失ったはずの、私のマスターが居た。

 

「何ですか、その素っ頓狂な声は? 驚きたいのはこっちよ……」

 

 上から覗き込むように屈んでいた彼女だったが、私が目を覚ました事で安堵したのか、その場でへなへなと座り込んでしまう。

 

 私はといえば、オルガマリーが無事でいてくれた事が嬉しいあまり、起きたばかりの態勢のままに彼女へと抱きついた。

 

「な、なに!? なんなの!?」

 

「良かった……!! 本当に良かった……!! あの爆発で、死んでしまったのかと……」

 

 私は彼女の無事を確かめるように、手をオルガマリーの体へと何度も何度も這わせて再確認する。

 特に大きな怪我もないようで、五体満足、最後に見た時の何も変わらない彼女が、確かに私の目の前に居たのだ。

 

「わ、分かったから。とにかく落ち着いて。わたしだってまだ状況の把握が出来ていないのだから」

 

「……あ、ごめん」

 

 背中を撫でられて宥めてもらい、私はようやく心の整理がつくと、ゆっくりオルガマリーから離れる。

 改めて見るが、傷も一切見られない。

 だが、あの爆発の中で全くの無傷とは、一体何故……?

 

「ここはどこなの? この様子だと、カルデア……というワケではなさそうね」

 

 周囲の光景を前に、冷静に分析を始めるオルガマリー。

 しかし、私はこの時やっとマシュと藤丸の事を思い出す。あの時、機械が勝手に起動し、私と藤丸は半強制的にレイシフトしたはずだ。

 もしかしたら、一緒にマシュも飛ばされたかもしれない……。

 

「オルガマリー、多分ここはレイシフト先の過去の世界。あの時、私と藤丸、そしてマシュは急にレイシフトのアナウンスを聞いて───」

 

「待って。レイシフトって言ったの、あなた? まさか、まだそんな時間ではなかったはずよ。それに、どうしてわたしまで……」

 

 そういえば、オルガマリーはマスター適性が無いために、レイシフトは出来ない……と言っていた。ならば、何故?

 ここがレイシフト先の過去の世界である事は、状況から考えても確実だろう。なのに、どうしてオルガマリーはここに居るのか……。

 

「……、あなた。今爆発がどうこうって言ってたわよね。一体何が起きたの? どうにも、レフに壇上に登る事を勧められてから、それ以降の記憶が曖昧なのよ」

 

 なら、オルガマリーはあの惨状については何も知らないのだろう。黙っていても、いずれは知る事になるのなら、今言ってしまったほうが彼女にとっても良いはずだ。

 

 私は、管制室で見たこと全てを彼女に話した。燃え盛る管制室。瓦礫に囲まれ、数多くの亡骸が横たわっていた事。そして、藤丸とマシュとの事を。

 

 話すにつれ、どんどんオルガマリーの顔色が悪くなっていくのが分かったが、途中で止めても意味がない。

 心を鬼にして、ありのままの地獄の如き管制室の様子を伝え終わった頃には、彼女の顔からは一切の余裕が失われていた。

 

「そんな……わたしの、カルデアが……」

 

「起きてしまった事はもう仕方ないよ。それより、マシュと藤丸はどこか知らない? ここに倒れていたのは私だけだったの?」

 

 問いかけにも、絶望したような表情のオルガマリーはまるで答えない。何度か強く肩を揺さぶってやっと、オルガマリーも正気に戻ってきたようだ。

 

「……分からない。わたしも、気が付いたらここで倒れてて……。近くを見たら、すぐそばにあなたが倒れていただけ。他には誰も見ていないわ……」

 

 ……。なら、レイシフトの際に彼とは別の場所に飛ばされてしまったのかも。

 この時間軸に私と彼が共に存在しているのは間違いないとして、距離がどれほどのものかは検討も付かない。

 それに、気になるのはマシュの容態もだ。レイシフトで瓦礫からは抜け出せたとして、すぐにでも手当てしなければまず助からない程の重傷だったはず。

 加えて、藤丸は魔術に関しては全くの素人と聞いていた。治癒の魔術など使えるワケがなく、かといって用具もない場所で応急手当てなど困難を極める。

 

「オルガマリー。治癒の魔術に心得は?」

 

「あるには、あるけど……」

 

「よし。なら、早くマシュと藤丸を探し出そう。急がないとマシュの命が危ないの」

 

 放っておけば間違いなく出血多量で失血死する。助けられるかもしれない命を、むざむざ見殺しになどしてなるものか。

 

 あの時、マシュを瓦礫から助け出せなかった分、無力さに打ちひしがれていた私は、今度こそ救おうと、より気合いが入るというもの。

 オルガマリーはまだショックを引きずっているが、とにかく今は生きる事を優先して行動するべきだ。それは、自分たちだけに限った話ではなく、仲間同士で助け合いながら。

 私のこれまでの経験則も、それが正しい選択であると語っている。

 

「……何だっていうのよ」

 

 二人を探し出すために歩き出した私の後ろでは、運命を呪うように愚痴を零しながら付いて来るオルガマリーが。

 

 

 ───本当は、さっきの説明の時にわざと言わなかった事がある。

 ……レフの事だ。オルガマリーは、心の底から彼を信頼し、信用しているようだった。だからこそ、そのレフこそがあの爆発を引き起こした張本人である可能性が高いとは、どうしても告げられなかった。

 これ以上、不必要に彼女の心を傷付けるべきではないと思ったから。

 

 

 

 

 

 

 どれほど歩いただろう。

 二人の捜索を開始してから、もう20分は経っている。腕の端末で確認していたので、それは間違いない。

 負傷した足はオルガマリーが魔術で治療してくれたので問題なく動く。額の傷に関しては、行動する上で特に支障はないので、彼女の魔力節約のためにも治療は断った。

 

 端末で思い出したが、カルデアからの連絡があるかとも思ったのだが、一向にその気配はない。

 まだ向こうの騒ぎも収まっていないのだろうか。

 

「……白野。本当にマシュと、その、藤丸? とかいうマスター候補もレイシフトしたの? 話の通りなら、さすがにマシュはもう……」

 

「そんなの分からないよ。藤丸が応急手当てを出来て、一命を取り留めているかもしれないし。それなら、オルガマリーの治癒魔術は必要になってくる。それに、私と彼は同じ場所でレイシフトされた。しかも、対象は私じゃなくて彼の方だったもの。きっと彼もここに飛ばされてる」

 

 私がレイシフトされたのは、同行するサーヴァントとして認識されたからだろう。それに、主なマスター候補として適任だったのが彼だけだったというだけで、生存者はオルガマリーのように同じくレイシフトされたかもしれない。

 なら、マシュだってここに飛ばされた可能性は否めない。

 

 とにかく、こんな絶望的な状況下にあるのだ。せめて希望だけは捨てず、前に進まなければ。

 

「……それにしても、何なのよここは?」

 

 オルガマリーの言葉に、私も改めてこの周囲を見渡してみた。

 レイシフトの座標は日本のとある地方都市、冬木と設定されていたが、およそ都市には程遠い光景が広がっていたのだ。

 いや、()()()()()()()のだろう。だけど、その街並みは完全に破壊し尽くされており、ビルは砕け、家屋は潰れ、街の至る所で火災が起きている。

 管制室のあの光景も地獄だったが、こちらもそれに引けをとらない地獄の様相を見せていた。

 

「! ちょっと! まさか、これって……!?」

 

 と、オルガマリーが何かを見つけたらしく、振り返り彼女が何を見て驚いたのかを私も確認する。

 すると、

 

「……なんて(むご)い」

 

 オルガマリーの視線の先にあったもの、それは人間の死体だった。しかも、単なる死体ではない。

 おそらくは男性だが、判別が難しい。何故なら、何か鋭利なもので斬り殺されたかのような、鋭い傷跡が幾つも全身に刻まれていたからである。

 

「死体、よね……? この様子だと、死後かなり経っているようだけど……。この時代の、この街の住人かしら」

 

「………、」

 

 これは、天災による死ではないだろう。何者かによってこの人は惨殺された。それも、かなりの悪意や憎悪を持った者による仕業だ。

 常人がこれまで執拗に切り刻んだりなどはしない。いや、まあ常人ならまず殺人などしないだろうが。

 でも、この死体は常軌を逸している。

 

「オルガマリー」

 

 私は、なるべく静かに語りかけるように、オルガマリーの名を呼んだ。

 これは何者かがやった事。なら、死後かなり経過していようとも、その犯人がまだ近くに居てもおかしくはない。

 そして事実───

 

「近くに何か……居る」

 

「……っ!!」

 

 私は何かの気配を感じていた。少し離れた所、瓦礫の後ろ辺りか? 何か動く存在が居るような、直感。

 伊達にアリーナでエネミーハントをしていたワケではない。サーヴァントとなった事もあってか、より感覚が研ぎ澄まされている。

 

 だが、これは困った。私は戦う手段を持っていない。コードキャストでもあれば、まだ話は変わってくるのだが、あいにく今は持ち合わせがなかった。

 レガリアだって、これは本来のレガリアの残滓のようなもの。あまりアテにしないほうが良いだろう。

 

 緊張が走る。オルガマリーも私の後ろに隠れるように様子を窺っているようだ。

 やがて、炎の燃える音だけが響いていたこの空間に、大きな変化が訪れた。

 

 瓦礫の後ろに居た、何か。それが、私たちの前に姿を現したのだ。

 

「なに、あれ……!?」

 

 オルガマリーが息を呑むのが分かる。私も、初めて見たその異形に、驚きを禁じ得なかった。

 

 現れたのは、何の変哲もない骸骨だった。人間のものだろう。

 それが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 手には刃先の欠けた刀を。辛うじて布切れがくっついているが、肉は根刮ぎ落とされたようにまるで付いていない。

 正真正銘、骸骨そのものが、意思を持ったかのように動いていたのだ。

 

「……!! 来る!!」

 

 骸骨はこちらを向いた途端、カタカタと骨を鳴らせて、辿々しい足取りで、なのに想像以上に早く私たちの方へと走り出した。

 

「オルガマリー、ガンドは撃てる!?」

 

「撃てるけど!? まさか、わたしにアレを倒せって言うの!?」

 

「だって私、まだ自分のクラスも分からないし、戦う手段が無いもの! ほら、早くしないともうすぐこっちに着くよ!?」

 

「ああもう!! 分かったわよ、やればいいんでしょ!?」

 

 かなり嫌々ながら、私の陰から隣へと飛び出したオルガマリーは、指で拳銃を形作ると、人差し指から石礫(いしつぶて)程の魔力の弾丸を射出した。

 一発、二発。しかし狙いが反れてしまい、骸骨には着弾しない。

 

「くっ…!! 当たれ、当たりなさいよ!!」

 

「焦らないで! しっかり狙いを定めて!」

 

 土壇場で、それも怪物に襲われようとしているのだ。恐怖と焦りで狙いがズレてしまうのも仕方ない。

 だが、彼女は優秀な魔術師だ。集中すれば、あんなデカい的に当てられないはずがない。

 

「合った! シュート!!」

 

 もうあと二メートル程という所まで骸骨が迫って、ようやくピントが合わせられたのか、オルガマリーのガンドはスケルトンの頭部目掛けて一直線に放たれる。

 

 撃ち出された弾丸は、スケルトンの頭部に直撃すると同時、その頭蓋を完全に打ち砕いた。

 すると、骸骨はピタリと動きを止めて、間もなく盛大に音を立てて崩れていった。

 

「やった……? やったの……?」

 

「勝てたよ、オルガマリー! さすがは私のマスター!!」

 

(おだ)てたって何もあげられないわよ。というか、あなた、わたしのサーヴァントのくせに全然わたしを守ってくれてないじゃない!?」

 

 今頃、私が残念なサーヴァントだという事に気付いたのか。なんというか、遅い。

 

「何はともあれ、ひとまず危機は去ったね。さあ、二人の捜索を再開……、」

 

 と、私は言葉の途中で思わず口が固まる。

 私の様子が変だと訝しむオルガマリーに、私は自らの視線の先を指差し、彼女に起きている事態を伝えた。

 

「冗談、でしょ……?」

 

 その視線の先に居たのは、さっきと同じような骸骨が、10体ほどで大挙してこちらに押し寄せている姿だった。

 

「……殲滅、出来る?」

 

「遮蔽物を駆使すればどうにかなるとは思うけど、こんなに一斉に来られたら一人じゃ無理よ!!」

 

 うん。なるほど。

 よーし、それなら取るべき行動は一つだな。ここは───

 

「逃げるよ、オルガマリー! 走って!」

 

「結局!? わたし、あまり運動は得意じゃないのにぃ!!」

 

 一目散にその場を離脱した。

 無論、骸骨の群れは私たちを追ってくる。およそスタミナという概念が有るようには見えない化け物だ。

 このまま逃げているだけでは、いつか追い付かれてしまうだろう。何か手を考えなければ。

 

 泣き叫びながら走るオルガマリーと、どうにか反撃の手段はないかと考えながら走る私。

 時間にして10分は走ったところで、ついにオルガマリーに疲れが目立ち始めた。

 私はサーヴァントであるからか、まだ余裕がある。(実際はアリーナで鍛えた足腰のおかげだが)

 ここは私が囮となって、オルガマリーから奴らを遠ざけるか……?

 

 

 

 

「敵性体捕捉。これより脅威を排除します、先輩!!」

 

 

 

 

 ……今、のは。

 

 走る私たちの横合いから聞こえた、少女の声。私は、その声の主を知っている。

 薄紫の髪を持つ、その少女の名は───

 

 

「ああ! 任せた、マシュ!!」

 

 

 




 


これを書いてる時はもっぱら白野のMMD動画見てます。踊るはくのん超可愛い。踊る白野くんマジイケ魂。


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第十一節 盾の英霊


※ご指摘いただきました、マシュの騎乗スキル、ランクC相当。
確認不足でしたので、修正と調整しました。
ありがとうございます!


 

 私の目に映ったのは、深い紺の軽鎧に身を包み、大きな盾を手にしたマシュと、その彼女に寄り添うようにして立っていた藤丸だった。

 

 何故。

 

 その姿は? そもそもマシュは下半身を瓦礫に押し潰されていたはず。なのに、今の彼女は元気──いや、以前の元気だった時のマシュより、それ以上に活力に満ち満ちている。

 

「戦闘開始します……!」

 

 小さく呟いた直後。およそ、人間の脚力とは思えない跳躍で、私たちと骸骨の群れとの間へと降り立ったマシュ。

 突如現れた敵に、やはりというか骸骨どもは驚愕など一切せず、獲物が目の前のマシュへと変わっただけ。

 彼女目掛けて、統率など皆無のままに一斉に刀を振り下ろす。迫る十の刃を、マシュはその手の巨大な盾で受け止めると、容易くそれらを押し返す。

 

 今ので分かる。治ったのは怪我だけじゃない。彼女は、人間を超えた筋力でさえも手にしている。

 

「ハアッ!!」

 

 押し返され、バランスの崩れた骸骨の群れに、盾による力強い横払いが放たれる。

 脆い骨には、硬質なそれの勢いを伴った一撃に耐える事など不可能。更に、まとまってマシュに凶刃を向けたために、一網打尽で粉砕された。

 

 一言で感想を言うならば、あっという間だった、というのがまさしく当てはまる。

 颯爽と現れて、瞬く間に敵を排除する美少女───一体どこのライトノベルヒロインだと言いたい。

 

「……え? なに、終わったの?」

 

 逃げるのに無我夢中だったらしく、オルガマリーはただ一人、全くと言っていいほどに状況を把握出来ていなかった。

 

「そんなに余裕なかったの……? なんか、ゴメン」

 

 ひとまずの脅威が去った事で、軽口を言える程度には余裕を持てる。それと同時に、安堵と共にドッと疲れも押し寄せてきた。

 オルガマリーの無事を優先に思考していたために、疲れも一時的にだが忘れていたようで、それが今になって返ってきたのだ。

 

「戦闘終了。あの……ご無事ですか、岸波さん。それと……」

 

 と、マシュが残敵確認を終え、私の方へとやってくる。心配、それと少しの戸惑いは、オルガマリーへと向けられてるようだ。

 

「それにしても、ちょうど良いタイミングだったな。それに、これで合流も無事に済んだし」

 

 藤丸もこっちに来る。彼も、特にこれといった怪我はしていないらしい。色々と聞きたい事はあるが、これであの時の三人が全員無事に再会を果たしたというワケだ。

 

「……マシュ? それと、あなたは……。ねえ、白野。わたしの目は腐ってしまったのかしら。何故、あの素人マスター候補がここに居るの? まさか、レイシフトした時に居たっていうのは……!」

 

 わなわなと俯きながら震えるオルガマリー。マシュの姿と戦闘力にも驚いたようだが、彼女にとっては藤丸が、あの時の少年であるという事実の方がよりショックであったらしい。

 

「よりにもよって、レイシフトされたのがこの素人マスター候補だなんて!? もっと他に居なかったの!?」

 

「所長。まずはこの場を離れるべきかと。またいつ、先程のような怪物に襲われるかも分かりません。安全確保を第一に行動しましょう」

 

「うぐっ……。というか、あなたも何よ!? その格好は一体───、まさか」

 

 一悶着が起きそうな気配だが、今はマシュの意見がもっともだ。面倒な話は、身を隠せる所に避難してからでも遅くない。

 

「オルガマリー。マシュの言う通りだよ。言いたい事があるのは分かるけど、それは後でも存分に出来るでしょう? とにかく、まずは身の安全を確保しよう」

 

「……分かったわよ。文句を言っても、現実は変わらない。この最悪の現状で、どう窮地を脱するのか……今まで生きてきた中で一番の難関よ、まったく」

 

 とやかく言うのは諦め、仕方ないといったように藤丸に視線を送るオルガマリー。

 藤丸は彼女の軽視もあまり気になっていないようで、もう次の事に思考も目線も向いているらしかった。

 

「よし。話がまとまったなら、早く行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤丸、マシュの二人と邂逅を果たした地点から歩くこと約1km程。道中、骸骨の群れを何度かやり過ごして、ようやくまだ安全そうな廃ビルで腰を落ち着けられた。

 廃ビル───今や、この街にある全てのビルがそう呼称出来るのは、なんとも皮肉な事だ。

 

 一息ついた私たち。ただ、一人だけは気難しい顔をして、藤丸とマシュを交互に見つめているのだが。

 

「それで? マシュ、あなたのその姿、()()()()()()()()ね? どうして今になって成功したのかしら?」

 

 聞き慣れない単語だが、デミ……とはどういう事だ? 普通のサーヴァントとは違うのだろうか。

 というか、マシュがサーヴァントというのは一体……?

 

「……ああ、白野は知らなかったわね。デミ・サーヴァント───簡単に言ってしまえば、人間と英霊の融合した姿よ。それも一時的ではなく、半永久的にその融合は続く。(ベース)となった人間が死ぬまではね」

 

 どうやら顔に出ていたらしく、オルガマリーが私に向けて説明してくれる。

 それにしても、人間と英霊の融合とはまた……人道にもとるような行為が、カルデアでは行われたというのか。

 英霊の驚異的な能力を得られると言えば聞こえが良いが、それはつまり、その基となった人間の一生を左右するのと同義。

 ……それに、そんな大それた行いが一筋縄でいくはずもない。そこには多くの代償、犠牲が存在しているに違いない。

 

「そんな顔をされても困るわ。確かに、人間のデミ・サーヴァント化なんて非道にも程がある。だけど、わたしにはどうしようもなかった。カルデアの職員でもごく一部の者しか、その実験に関わっていなかった。それに、実験はわたしが所長に就任するよりも前に行われた事。わたしからすれば、最初にそれを聞かされた時は寝耳に水だったもの」

 

 ……。それを語るオルガマリーの顔を見れば分かる。彼女にとっても、デミ・サーヴァントの実験は決して快いものではなかったのだろう。

 彼女を責めても意味はない。それに、そのお陰で私も、オルガマリーも、藤丸も、そして何よりマシュ自身も。命の危機を脱する事が出来たのだ。

 

 だが、それにしたって───

 

「そのへそ出しはいかがなものか。なに? 私を誘っているの? やだ、やらしい!」

 

「こ、これはわたしも望んでこんな姿を選んだ訳ではありません! デミ・サーヴァントになった時、気付けば勝手にこうなっていたのです!!」

 

 必死に弁明しながら、身を丸めるように色々と主張している体を隠そうとするマシュ。というか、意外と立派なモノをお持ちで。

 軽鎧を纏ってはいるが、なんともムチムチしいその姿は、ハレンチ以外の何物でもない!

 まさにマシュマロボデー! マシュだけに!

 

「確かに。マシュのこの姿はそそられるモノがあるけど、マシュはそんな安い女じゃない! 崇高なる淑女と言っても過言じゃない!!」

 

「先輩!?」

 

 おお……藤丸が熱く語っている。いや、私とて、本気でマシュがそのような娼婦みたいな真似事をするなんて(つゆ)程も思っていない。

 

「ゴメン。訂正させて。マシュは気高くて初々しい姫のごとき乙女そのものだったよ!」

 

「ああ! 素晴らしい例えだ!! 気に入ったよ!!」

 

「先輩だけでなく岸波さんまで!? その、とても恥ずかしいのですが!?」

 

 ガシッと熱く握手を交わす私と藤丸。それを、あわあわと恥ずかしがりながら為す術もなく見つめるマシュと、かなり冷めた目でアホでも見ているかのようなオルガマリーが。どちらもまったく異なる反応で、とても印象的だった。

 

「そういえば、ちゃんとした自己紹介はまだだったね。あの時は君、気絶してたし。私の名前は岸波白野。こう見えてサーヴァント。よろしくね?」

 

「俺は藤丸。『藤丸立香』。こちらこそよろしく、岸波! ……って、サーヴァント!?」

 

 驚く反応が遅れてやってくる藤丸に、私は思わず笑ってしまう。なんだ、すごく良い男の子じゃないか。

 オルガマリーからの心象が遅刻や居眠りで最悪だったけど、こうしてきちんと向き合えば分かる。彼は、とても誠実で、何より優しい人間なのだと。

 

「熱くなっているところ悪いけれど、話を戻します。それでマシュ。何故、デミ・サーヴァント化が今頃になって成功したの?」

 

 溜め息を吐いて話の軌道を修正したオルガマリーは、再度その問いをマシュへと投げかける。

 確かに、今までは無理だったのなら、どういう経緯でそうなったのかが気になる。

 

「はい。それについてはまず順を追って説明します。今回、特異点Fの調査・解決のため、カルデアでは事前にサーヴァントが用意されていました。一人は岸波さん。そしてもう一人が戦闘要員として」

 

 それもそうか。私は戦闘能力皆無のダメサーヴァント。なら、きちんと戦えるサーヴァントを用意していて当然だろう。

 それに、私の召喚もレイシフト間近の時期だった。それは幾ら何でも遅過ぎる。つまり、予備戦力を補充する意味でも、オルガマリーの意地による英霊召喚は実行されたのだ。

 

「そのサーヴァントも先程の爆破でマスターを失い、消滅する運命にあった。ですがその直前、彼はわたしに契約を持ちかけてきました。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と」

 

「そう……。それで、ようやく成功したのね。では、あなたの中にその英霊の意識があるの?」

 

 ふるふる、とその問いかけにマシュは首を横に振る。とても残念そうに、唇を噛み締めて。

 

「……いえ、彼はわたしに戦闘能力を託して消滅しました。わたしは、それを引き留める事が出来なかった。彼は最後まで自らの真名を告げずに、消えてしまった。ですので、わたしは自分が契約したのがどの英霊なのか、自分が手にしたこの武器がどんな宝具なのか、現時点ではまるで判りません」

 

 ふむ。これで、マシュの怪我が治った理由も説明がついた。融合によって、サーヴァントとしての健常な体へと変成したのだろう、という仮説が立つ。

 

 それにしても、英霊の真名が判らない、か。これまた厄介な事になっているな。

 私の時とは状況がまるで違う。あの時は、こちらの手の内を出来るだけ隠すためにとの理由で、宝具は使わせてもらえなかった。

 だけど、マシュに関しては最初からそれすらもない。真名を知るはずのサーヴァントは消え、宝具を与えられたマシュは何も知らず、何も教えてもらえなかった。

 これでは、幼い子どもにパソコンの使い方を分からぬままに扱え、と言っているようなもの。

 

 それについては、オルガマリーも同じ結論に達したらしく、眉間にシワを寄せて考え込んでいた。

 

「……真名が判らなければ、宝具もまた使用出来ない、か。当然にして自明の理ね。不幸中の幸いですらないなんて、本当にツイてないわ。それと、わたしと藤丸くん、そしてマシュがレイシフトしてしまった事も、考察がまとまったわ」

 

 そういえば、何故、私はともかく藤丸たちまでレイシフトしたのか、あまり深く考えた事はなかった。なんとなく、で行けていたので、考えようともしなかったというのが正解だが……。

 

「俺たちがレイシフトした理由……?」

 

「単純に言えば、共通項が存在しているのよ、わたしたちにはね。それは()()()()()()()()()()()()()という事」

 

 ……確かに。彼とマシュはコフィンの外だった。マシュの登録で終わったはずのレイシフトの前準備。ならマシュは何故、コフィンの外に居たのか。

 おそらく、あの爆発によってコフィンが破損し、外に放り出されてしまったのだろう。それも、マシュのコフィンだけが。

 だから、初めから外に居た私や藤丸、オルガマリーと共に、マシュもレイシフトされた、と。

 

「コフィンには、レイシフト成功率が95%を下回っていれば自動的にブロックが掛けられる仕組みになっていた。だから、ここにレイシフトされてきたのは正真正銘、()()()()()()()という事になるのよ。それにしたって、コフィン無しでよく無事にレイシフト出来たものだわ。コフィンを介せずのレイシフトとか、意味消失してたって何らおかしくないんだし」

 

「……それは、また危ない橋を渡ったものだったんだね、私たち」

 

「まったくよ。あなたやマシュはともかく、藤丸くんとわたしは運が悪ければここにレイシフトされる前に消滅していたかもしれないんだから」

 

「……生きてて良かった」

 

 心底ホッとしたとばかりに、胸を撫で下ろしている藤丸。意味消失を防ぐ事の重要さは、私も月の裏側を探索する時によく聞かされていたので、普通の人間である二人が無事この特異点に辿り着いたのは、本当に運が良かったと言えるだろう。

 

「マシュと融合した英霊の真名が判らないのなら、クラスも判らないのよね?」

 

「はい。残念ですが、わたしも把握していません」

 

 悔しそうなマシュの顔。私も、その歯がゆさはよく分かる。だって、私も自分がサーヴァントとして何なのか判らないのだし。

 

「ふむん……。見たところ、その大きな盾以外に主武装はないようだし、ライダー……という風にも見えないわね」

 

「一応ですが、騎乗スキルはランクC相当で所持していますが……」

 

「ライダーのクラスにしてはランクが低すぎるし、それも違うわね。武器が盾なら、セイバーでもないでしょうし、ましてやアーチャー、ランサーでもないはず。アサシンにしてはその盾は隠密に向かない。キャスター、バーサーカーはまずマシュを見る限り論外。……なら、残る可能性は───」

 

 オルガマリーがそれを口にしかけたところで、私はふと思い出す。

 七つのクラス、そのどれにも当てはまらないクラスの存在。そこに当てはめられる英霊たちが何と呼ばれるクラスであるか───。

 

 そう、その呼び名は……、

 

「『エクストラ・クラス』。当てはまるのは、ルーラーやアヴェンジャーといった、きわめて特殊なクラスたち……」

 

 あれ? 何故、私はアヴェンジャーなんてクラスを知っているのだろう。……分からない。

 

「あら、知っていたのね白野? そう、正規の聖杯戦争ではまず召喚されない、とても特殊なイレギュラー。それがエクストラ・クラス」

 

 でも、マシュはルーラーという感じはしない。()()()()と同じであるなら、聖人が纏う聖なる空気というか気配といったようなものを感じるはず。

 それに、私には朧気ながら()の聖女とも戦場を共にしたという、どこか虚ろな記憶がある。故に、マシュもそうだというのなら、なんとなく分かるはずだが……。

 

「マシュに宿ったという英霊がルーラーの素質を持っていたとしても、そもそもルーラーは通常の英霊召喚では召喚出来ないでしょう。ルーラー、それは大きくなりすぎた聖杯戦争をコントロールするために聖杯によって召喚されるクラスと聞いています。故に、マシュのクラスがルーラーであるという説は却下」

 

 むむむ。なんだか頭がこんがらがってきた。これだから、頭の良い連中の話は難しいから困る。

 

「もう見た目から名付けてしまいましょうか。大きな盾を持った英霊。だから───『シールダー』。盾の英霊。今はそれで良いでしょう」

 

 うんうん、と納得したように頷くオルガマリー。対して、自身のクラス名を名付けられたマシュはと言えば、

 

「シールダー……盾の、英霊……。何かを、誰かを守る為の、力」

 

 自らの武器でもある、その大きな盾を、優しい手付きで撫でていた。心なしか、嬉しそうにさえ見える。

 一体、その心は誰に向けられているのか───いや、それを詮索するのは無粋だろう。

 

 

 何はともあれ、こうして、マシュのクラスは仮称ではあるが、シールダーとして決定されたのであった。

 

 

 

 ……あの、ところで私はいつになったらクラスが判るの?

 

 




 




岸波白野がアヴェンジャーというクラスを知っている理由。
それは───遙か彼方の、あったかもしれないが、決して交わる事のない世界線の記憶。人理には記録されない虚ろな奇跡。


とある復讐の魔女との、泡沫の夢である。




……宣伝じゃないよ?


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第十二節 変異した特異点F/Sの探索者たち

 

 マシュのクラス名称をシールダーと仮定した後、次の指針として私たちは探索の起点となるベースキャンプの設立を試みる事にした。

 

「まずは起点となる霊脈を探すわよ。魔力が無尽蔵とも言っても過言ではない霊脈の上でなら、十分に備えが出来るようになるはず。それに、何かよほどの事でも起こらない限りは、カルデアとも恒久的な通信が行えるでしょう」

 

 オルガマリーのによる霊脈探しの利点とは何かとの解説で、私たちのやる気も俄然高まる。

 特異点の外と声が繋がるというのは、それだけで安心出来そうな気がするからだ。

 

 出来るだけ骸骨から身を隠して霊脈の捜索をする私たち。分散して探した方が効率的ではあるのだが、現状、まともに戦う力があるのはマシュだけ。次点でオルガマリーか。

 非常に残念ながら、私と立香には敵と戦い、倒すだけの力は備わっていない。よって、万が一を考えて全員で一塊(ひとかたまり)となって行動を共にしていた。

 

 ちなみに、私は藤丸の事を立香と呼ぶ事になった。意気投合したのもあり、彼本人からそう呼んでくれと言われたからだ。

 なので、私も白野で良いと返し、私たちは名前で呼び合う友達になった。

 

「……ポイント発見。一点集中でちょうど所長の足下から魔力の渦が吹き出る形となっています」

 

 何十分と時間を掛けて歩いていた時に、いきなりマシュがオルガマリーの足下を指差した。

 言われてみれば、何だか魔力が体に流れ込んでくるような感覚がある。私がサーヴァントだから、より感じやすくなっているのだろうか。

 

「うぇ!? あ……そ、そうね、そうみたい。あと、いきなり言わないで、マシュ。敵が出たのかと思ったじゃない……」

 

 ……本気で怯えていたな、今。まったく……、意外とチキンハートなんだから、オルガマリーは。

 コホンと咳払いを一つ、オルガマリーは立っていた場所から退くと、マシュに指示を出していく。

 

「マシュ。あなたの盾を地面に置きなさい。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから」

 

「……だ、そうです。構いませんか、先輩?」

 

 と、マシュはオルガマリーの指示に対し、デミ・サーヴァントとなった彼女のマスターである立香に是非を問う。

 サーヴァントにはマスターが必要だ。でなければ、魔力の供給が途絶え消滅してしまう。それはデミ・サーヴァントとなったマシュにも変わりない。

 まあ、彼女の場合は消滅ではなく、サーヴァントとしての能力が発揮出来なくなるといった風になるのだろうが。

 

「ああ。武器を構えられないっていうのは、少し怖いけどね」

 

「……了解しました。それでは始めます」

 

 マスターからの了解も得た事で、マシュは盾を地面に対し水平に設置する。

 やがて、光の粒子が盾から溢れ始め、そして私たちを包むようにこの周囲一帯にドーム状の召還陣が展開された。

 ドームの内側は青い背景の上に、機械的な紋様が浮かび上がっている。

 

「これは……カルデアにあった召喚実験場と同じ……」

 

 これにはマシュも驚いたように、目を丸くして呆然とこの光景を見つめていた。

 そこに、ジジジというノイズ音が発生した。なんとなく、ラジオの周波数を合わせている時に似ている気がする。

 

『シーキュー、シーキュー。誰か、返答を求む!』

 

 その声は……!!

 

「Dr.ロマン!」

 

『やった、通じた……って、やっぱり白野ちゃんもそっちに飛ばされてるのか』

 

 たまらず声を出したが、すぐに私の声であると気付いたという事は、どうやら向こうもある程度はこちらの状況を把握しているようだ。

 

『良かった……誰か───いや、藤丸くんとマシュがそちらにレイシフトされてしまったのは、こちらでも確認が出来ていたからね。ただ、サーヴァントの君はまだカルデアのシステムに完全には登録しきれていなかったから、足取りが掴めていなかったんだ。どちらにせよ、おそらく藤丸くんたちと行動を共にしているだろうとは予測していたけどね』

 

 なんだろう……その声を最後に聞いてからまだそんなに経っていないはずなのに、なんだかひどく懐かしく思え、しかも、想像以上に落ち着ける。

 認定しよう。Dr.ロマンは私にとっての癒やしであると! サボリ癖はあまり褒められたものではないけれど……。

 

「Dr.ロマン、レイシフトされたメンバーは全員無事だよ。今のところは、だけど」

 

『そうか。ともかく、三人ともご苦労様。これで空間固定に成功した。通信も出来るようになったし、補給物資だって───』

 

 しかし、そんな私にとっての癒やしボイスを途中で遮る者が。パクパクと唖然としたように口を動かしていた彼女が、今になって動き出したのである。

 

「はあ!? いや、ちょっと待って! なんであなたが仕切っているのロマニ!? レフは? レフはどこ!? レフを出しなさい!!」

 

『うひゃあぁあ!?』

 

 映像がなく、声だけではあるが、Dr.ロマンの驚く顔をが目に浮かぶ。

 

『しょ、所長、生きていらしたんですか!? あの爆発の中で!? しかもすごく元気そう!? どんだけ!?』

 

 Dr.ロマン、それはもう時代遅れだよ。

 ……それにしても、そうか。レフの疑惑を知っているのは、この中では私だけだ。Dr.ロマンには伝える余裕もなかったし、オルガマリーにはまだ話す気はない。もちろん、立香とマシュにも伝えていない。

 どっちにしても、レフもあの爆発の場に居たのだ。もはやテロリストのような犯行だが、彼も無事ではないだろう。

 

「オルガマリー、レフはあの爆発で……」

 

 幾度となく心の傷付いたオルガマリーに、真実を告げるのはまだだ。せめて、伝えるのはこの特異点を脱出してから。カルデアと通信が繋がったといえども、まだ先の見えない状況であるのには変わりない。

 そんな中で、下手に士気を下げるような事は伝えない方が、彼女の、そして私たちの為にもなる。

 

「あ……。そう、よね。爆発が起きた時、レフもあそこに居たものね……。……ロマニ、改めて問います。医療セクションのトップが何故、その場を仕切っているの?」

 

 ショックは隠し切れてはいないが、オルガマリーは所長としての責務を忘れてなどいない。

 それをDr.ロマンも分かっているからこそ、さっきとは違い、落ち着いて返答した。

 

『……何故、と言われると僕も困る。自分でもこんな役目は向いていないと自覚してるし。でも他に人材が居ないんですよ、オルガマリー。現在、生き残ったカルデアの正規スタッフは、僕を入れて二十人に満たない。僕が作戦指揮を任されているのは、僕より上の階級の生存者が居ないためです』

 

「……な」

 

 その絶句は、誰のものであったのか。おそらく、その場の全員のものだ。爆発の規模がどれほどだったのか、その全貌を私は知らない。

 けれど。あの爆発により、カルデアの人員はそのほとんどが命を落とした事になる。だが、それもよく考えてみれば当然だったのかもしれない。

 管制室には、マスター候補をはじめとして、カルデアのスタッフも大半以上の人数が詰めていた。

 説明会、その後のコフィンへのマスター候補たちの登録、整備───多くの仕事があったからだ。

 

『レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を執っていた。あの爆発の中心に居た以上、生存は絶望的だ。白野ちゃんも、それを分かっていたようだしね』

 

「……生き残ったのが、二十人に満たない? 待って、待ちなさい。じゃあマスター適性者は? コフィンはどうなったの!?」

 

『……47人、全員が危篤状態です。医療器具も足りません。何名かは助ける事が出来ても、全員は───』

 

 ───。Dr.ロマンの言葉に、私は声を失う。それは、マスター適性を持っていた藤丸も同じだった。

 彼以外のマスター候補は、誰一人として無事ではないという。それが意味するのは、彼がカルデアでただ一人、特異点を探索するために残された唯一のマスターという事である。

 

「なら、すぐに凍結保存に移行しなさい! 蘇生方法は後回し、死なせないのが最優先よ!」

 

『ああ! そうか、コフィンにはその機能がありました! 至急手配します!』

 

 即刻、Dr.ロマンが言い切るよりも前に、オルガマリーが命令を下す。凍結保存、言い換えればコールドスリープ。

 これも、因果なのだろうか……?

 

 オルガマリーが下した決定は、マスターの命を救うものではある。が、それと同時に、とある問題も並行して発生する。

 それはマシュが、少しの驚嘆と共に口にした。

 

「……驚きました、凍結保存を本人の承諾なく行う事は犯罪行為です。なのに即座に英断するとは、所長として責任を負う事より、人命を優先したのですね」

 

「……わたしが、そんな崇高な人間に見える? 違います。死んでさえいなければ後でいくらでも弁明出来るからよ。だいたい47人分の命なんて、わたしに背負えるはずがないじゃない……!」

 

 まごうことなき、オルガマリーの本音だった。所長としてではなく、一人の人間として、47人もの命を背負う覚悟など持てないという宣言。

 彼女の若さから考えれば、それは決して責められるものではないだろう。人道に反していようと、少しでも責任から逃れたいという、人間の本能的な感情。

 それは誰しもが持つものだ。故に、彼女を責める者など、誰も居ないし、出来ない。

 

「……俺だけが、唯一健常で残ったマスター、か。ハハハ……笑えないぞ、まったく」

 

 そしてここにもまた、とてつもなく重い荷を否応なく任されてしまった、若きマスターが居た。

 この特異点を脱出するまでは、カルデアからの他マスターによる救援もなければ、支援すらない。現場で全ての問題を、マスターである彼がただ一人責任を負わされるのだ。

 人類の未来さえも懸かった、少年には重すぎる使命。そのプレッシャーは、きっと計り知れないものだろう。

 

 片や、若くして家督とカルデアを継がねばならず、早々に人生の選択肢を選ばされた者。

 片や、自ら選んでカルデアに来たとはいえ、自身にとって想定外にも程がある過酷な運命を突きつけられた者。

 

 オルガマリーと藤丸立香。全く似ていないこの二人ではあるが、しかし共に苦悩と死への恐怖、その背に負うには重すぎる使命を強いられている。

 なんとも、皮肉なものである。どんな過程、理由があったにしろ、選んだ者と選ばされた者、そんな二人がこうして特異点の破壊という、同じ境遇に立っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、一度通信から外れていたDr.ロマンだったが、再び戻ってくる。諸々の作業が済んだのだろう。

 マスター候補たちの冷凍保存についての詳細を述べ、現状を伝えて報告が終了する。

 

『……報告は以上です。現在、カルデアはその機能の八割を失っています。残されたスタッフでは、出来る事に限りがあります。なので、こちらの判断で人材はレイシフトの修理、カルデアス、シバの現状維持に割いています。外部との通信が回復次第、補給を要請してカルデア全体の立て直し……というところですね』

 

「結構よ。わたしがそちらに居ても同じ方針をとったでしょう」

 

 と、いう事は。Dr.ロマンもやはり優秀な人物であると考えられる。医療部門におけるトップなのだから、優秀なのは当たり前か。

 

「……はあ。ロマニ・アーキマン。納得はいかないし不本意ではあるけれど、わたしが戻るまでカルデアを任せます。レイシフトの修理を最優先で行いなさい。わたしたちはこちらでこの街……特異点Fの調査を続けます」

 

『うぇ!? 所長、モニターでも分かりますが、そんな爆心地みたいな現場、怖くないんですか!? チキンのクセに!?』

 

「う、うるさいわね!? 怖いわよ、それが何か!? レイシフト装置が修理中なら、どのみち帰れないし、ここに居る彼を除いた他のマスター候補が全員使えないなら、今ここに居るわたしたちで調査、その解決に当たる為の手立てを見つけておいた方が良いわ。実行こそ後回しにするけれど」

 

 チキンなのは周知なのね、オルガマリーさん。それと、そのチキンなりに色々と考えていたようだ。

 

「この街に居るのは低級な怪物だけだと分かったし、デミ・サーヴァント化したマシュが居れば安全よ」

 

『え!? マシュ、デミ・サーヴァント化って事は、今になって成功したってコトなのかい!?』

 

「はい、Dr.ロマン。レイシフトする直前で、英霊から契約の申し込みを受けたのです。ですが、彼は力をわたしに託して消滅してしまいました。真名も宝具も判らないままに……」

 

「ちなみに、マシュのマスターは俺だそうです」

 

『……そうか。そんな危険だらけそうな街で生き延びれたんだ。それはマシュのデミ・サーヴァント化あっての事なんだね』

 

「ともかく。事故というトラブルはどうあれ、与えられた状況で最善を尽くすのがアニムスフィアの誇りです。これより藤丸立香、マシュ・キリエライト、岸波白野とわたしの四名を探索員として特異点Fの調査を開始します」

 

 指名され、自ずと私たち全員の顔が引き締まる。いよいよ本格的に、この特異点の調査が始まろうとしているのだ。

 

「とはいえ、現場のスタッフが未熟なのでミッションはこの異常事態の原因、その発見に留めます。解析・排除はカルデア復興後、第二陣を送り込んでからの話になります。キミもそれでいいわね?」

 

 と、オルガマリーが立香へと確認を行う。だが、彼の顔を見ればその答えは一目瞭然か。

 

「了解。なんなら、別にこのまま解決までしてしまっても構わないのだろう?」

 

「構うわよ、このバカ! 訓練も無しにどこからその自信が来るのよ、ホント……」

 

『アハハ……でも、彼の言う事も一理ありますよ、所長。そもそも、今回レイシフトを急いだのはレフ教授が特異点の拡大という危険性を訴えた事からと聞いています。もしかしたら、第二陣を送る前に取り返しのつかない事態に陥る可能性だって十分にある。それに……』

 

 そこで、Dr.ロマンの声音が急に真剣味を増した。あまり伝えたくないが、仕方ないと言わんばかりに、それを口にした。

 

『こちらでも特異点に変異を認めました。特異点F改め、現在の名称は特異点F/S。人理定礎値もCからC+へと少しですが上昇している。何が起こるか、全く予測が出来ません。それこそ、不測の事態がいつ起きてもおかしくない』

 

 ……特異点の拡大。そういえば、レフは一刻を争うと言っていた。あの男の言葉を信じていいか分からないが、Dr.ロマンも同じ事を言っているのだ。やはりそれは真実なのだろう。

 

「特異点の変異……!? なんでわたしばかり、こんな目に……。ええ、分かりました。なら、解決出来そうなら、その場で解決に踏み切ります。ですが無理だと判断した時は、おとなしく引き下がる事。いいわね、藤丸くん? そしてあなたたちも」

 

「俺はそれでいいかな?」

 

「わたしも、異存はありません。先輩に従います」

 

「だってさ。私はオルガマリーのサーヴァントだもの。マスターの判断がよっぽどでもない限りは異論なんてないよ」

 

「……という事よ、ロマニ」

 

『了解です。健闘を祈ります、所長。これからは短時間ですが通信も可能ですよ。緊急事態になったら遠慮なく連絡を』

 

「………ふん。SOSを送ったところで、誰も助けてくれないクセに」

 

 もう、ひねくれてるなぁ。私なんかはDr.ロマンの声が聞けるだけでも安心するのに。

 別に恋とかではないよ? なんというか、家に居る安心感が持てる的な?

 

 短い時間ではあったが、こうして通信は終了となった。今後、必要に応じて通信を行っていくだろう───

 

「フォーーーウ!!!!」

 

「ひにゃ!?」

 

 そして私を襲う謎の物体。というか、この鳴き声は……。

 

「あ、フォウさん。帰ってきたんですね、良かった」

 

「いやいやいや! 何事もなかったかのように言ってるけどね? なんでフォウくんまで居るの!?」

 

 私の死角から胸へとダイブを試みたのは、あの可愛い小動物ことフォウだった。何故、この子までここに?

 

「どうやら、レイシフトの際にフォウさんも管制室に紛れ込んでいたようでして。あの事故現場でよく無事だったという事の方が疑問ではありますが」

 

「フォウは俺とDr.ロマンが管制室に駆け付けた時に一緒に居たんだ。多分、だからだと思う」

 

 それで、さっきまでこんなおかしな世界の散歩に行っていたと。なんというか、えらく肝の据わった子だよね、君。

 

「話を戻すわよ。……当面の目標として、街の反対側へと向かいましょう。霊脈を探している時に分かったのだけど、ここは都市部。大橋を渡った先に、こちらよりも酷い状況の市街地が見えたわ。おそらく、そちらが住人の主な生活の場でしょう。もしかしたら、生き残りや何か情報が得られるかもしれないから」

 

 オルガマリーの提案に誰も異を唱える事はなかった。よって、私たちは向こう側へと渡る事に決定したのだった。

 

 




 
ようやく落ち着いたでしょうか?
何度も言いますが、最初の方で述べたように所詮は自己満足ですので、ケチや文句をつけられましても、作品内での対応はしかねますので、ご容赦を……。(多分、今後もナニソレみたいな展開があるかもですから)

誤字や設定確認漏れなどに関してはありがたく参考にさせていただきますので。


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第十三節 狂った聖杯戦争

 

※ご指摘いただいた聖杯戦争に関しての件を修正、調整致しました。ご指摘どうもありがとうございました!



 

 大橋を目指して歩き始めた私たち。途中、何度も骸骨の化け物と遭遇したが、10体以上の群れはやり過ごし、数体程度であればマシュとオルガマリーで撃破。

 消耗はなるべく少なくして、どうにか大橋の所にまでたどり着く。

 

 

 

「そんな……嘘、でしょ?」

 

 

 

 だが、そんな私たちの目に映ったのは、とある一つの人影だった。濃い殺気を放つ、人間よりも強い存在感の持ち主。

 

 腰より長く伸びた髪は足元にまで届き、二つの杭を鎖で繋いだ武器を両手に、魅惑溢れた妖艶な肉付きを包むのは際どい黒の衣装。そして、両の目を覆い尽くすように付けられたバイザー。

 

 私は、彼女を知っている。

 

 

「ライダー・メドゥーサ……!!」

 

 

 月の実権を廻って行われた三つの陣営の争いに際し、青い導師服のキャスターの軍に所属したゴルゴン三姉妹の末妹。

 世界的にも有名であり、知らぬ者などいないであろう蛇の髪を持つとそれる女怪。視界に入れたものは(たちま)ち石化させる魔眼の持ち主。

 そんな彼女が、巨大な殺気を振り撒きながら大橋の前に陣取っていたのである。

 

「ちょっと待って。ちょっと待ってよ!? この街に居るのは低級な怪物だけじゃなかったの? それなのに、まさかサーヴァントが居るなんて……!?」

 

 取り乱し、恐怖に顔を引きつらせるオルガマリー。無理もない、初めて向けられるであろう英霊の濃い殺気。私だって、初めての英霊との戦いで、サーヴァント越しにも恐怖を覚えた。

 臆病な彼女にすれば、死神が突然目の前に現れたようなものだろう。

 

 幸い、メドゥーサはまだこちらに気付いている様子はなく、私たちはすぐに近くの瓦礫に身を隠した。

 

「何故、サーヴァントが……?」

 

「それより、何で白野はあのサーヴァントの事を知ってるんだ?」

 

 率直な疑問を口にするマシュと立香。マシュはともかく、立香の質問に、私は少し困ったが答える。

 

「軽くだけど面識があって……。その、貞操を奪われかけた事が……」

 

 彼女自身も相当に美人なのだが、バイセクシャルの気があるらしく、キャスター経由で好みはスタイルの良い処女と聞いていた。

 ……決して私はペタンコではない。人並みにはあるはずだ。オルガマリーやマシュには負けるけど。

 

 こちらの異変を察知したらしく、カルデアからも通信が入る。

 

『……これは拙い事になっているね。まさかサーヴァントが現界しているなんて。白野ちゃんは戦闘能力に欠け、マシュはまだデミ・サーヴァントになったばかりで戦闘経験が浅い。はっきり言って、サーヴァントと戦うにはあまりにも時期尚早が過ぎる』

 

「でも、だからといって迂回なんて無理だ。あの大橋以外に向こう側へと渡る手段は無いんだし……。俺たちに一気に向こうまで行けるような移動手段があれば話は別だけど」

 

「はい。彼女を避けて向こう岸にまで移動するのは不可能かと。戦闘は避けられないと考えるべきです」

 

 戦闘も避けられないという言葉とは裏腹に、マシュの体は少し震えていた。当然だ、もしメドゥーサと戦う事になった時、マシュがその役目を負わなければならない。

 デミ・サーヴァントと言えど、元々はただの女の子。マスター候補だったとか、魔術師であるとかは関係ない。サーヴァントとの戦闘という、純粋なる恐怖は、そう簡単に拭えるものではないのだ。

 

『……そうか! 『聖杯戦争』だ! そこ冬木では、かつて一度だけ聖杯戦争が行われたという記録がある。それが確か2004年だったはずだ! 細かな記録は残されてはいないけど、正しい歴史ではそんな酷い事態にはなっていなかったはず。ならおそらく、その特異点での聖杯戦争は既に狂っている! だからこそ、本来聖杯戦争ではサーヴァント同士の戦いであっても神秘を秘匿すべきはずなのに、周りを気にしない結果がその街の惨状だ!』

 

 ずっと考え込んでいたのだろう、Dr.ロマンは思考の末の結論を声を大にして述べた。

 サーヴァント同士が形振り構わず戦い、暴れ回った結果が、この街の無惨な姿……。そう聞いて、どこか納得している私が居た。

 サーヴァント一騎が持つ戦闘力は、私のような無力な者も居れば、たった一人で国を滅ぼしうる力を持つ者だって存在する。

 そのサーヴァントが街や住人への被害を無視して、力任せに戦ったとしたら?

 

 ……そこは、生半可な戦争よりも恐ろしい戦場となるだろう。

 

『しかし、探索を進めるなら、向こうに渡る為にもこの大橋を通る必要がある、か。どうかな、あのサーヴァントはそこから動く気配はあるかい?』

 

「……いいえ。まるで門番でも務めるかのように、微動だにもしません。近寄る敵を警戒しているようです」

 

『近寄る敵……? となると、彼女にとって敵となる存在が居るという事になるが、それは一体……?』

 

 マシュの言う通り、メドゥーサは全く動く気配がない。だらんと杭を持つ手をぶら下げ、獲物がいつ来ても良いように、常に臨戦態勢のまま。

 あの分では、いつまで待っていても彼女がどこかに立ち去る事はないだろう。

 

「そんな事は今はどうだっていいわよ! それより、ずっとここに隠れているワケにもいかない! いつ他の怪物に見つかるかも分からないのよ!?」

 

 若干の癇癪を起こしているオルガマリーに、私は落ち着かせようと彼女の背中を優しく撫でる。泣き喚きたくなるのも分かるが、それで敵に気付かれては元も子もない。

 

「とにかく、メドゥーサをどう対処するかを考えないといけな───」

 

 言いかけた、その時だった。

 

「!! 皆さん、伏せて!!」

 

 マシュがいきなり叫ぶように声を張り上げて、立香を押し倒すようにして地面へと倒れ込む。

 私もとっさに、オルガマリーの手を引いて、二人して倒れ込んだ。

 その刹那──

 

 

 ズゴガガッ!!

 

 

 と、けたたましい削岩音が私たちの頭上で轟いたのである。

 

「な、何が……!!?」

 

 まさかメドゥーサにバレて、攻撃されたのか?

 しかし、まるでそんな気配はなかったが……。そしてその答えを、私たちはすぐに知る事になる。

 

「サーヴァントによる攻撃です! 敵はあのサーヴァント一騎だけではありません!!」

 

 マシュが指差した先は、大橋の遥か鉄柱の頂き。曲線になっているそこに、微かに光る何かが見えるが、距離がありすぎて判別は困難。

 だが、そこにサーヴァントが居たとするなら、超長距離狙撃が行われ、しかも正確に狙いが定められていたという事になる。アーチャー、か?

 

「でも、なんでここが分かったんだ!? 瓦礫に隠れてたのに!」

 

「……おそらく、ですが。わたしたちが大橋を塞ぐサーヴァントに気取られずに先に発見したように、あの狙撃をしてきたサーヴァントもまた、わたしたちに気付かれない位置からわたしたちを視認したのだと思われます」

 

 盾を構え、続く二撃目に備えるマシュが推測を語る。それが合っているとすれば、どれだけ視力が良いのだと文句を言いたいところだ。

 しかも、隠れた瓦礫ごと撃ち抜こうとしたとか。乱暴にも程がある。

 

『しまった……! 大変だ、今のでサーヴァントがそこに接近してきている!!』

 

 そして、ここで新たに問題が発生した。Dr.ロマンの言うように、今の狙撃によって、メドゥーサにも私たちの存在がバレてしまったのだ。

 見れば、彼女は大橋から一直線にこちらへと既に走り出していた。

 

「いや、イヤァ!!? 敵がこっちに来たわよ!? 戦いなさいマシュ!! もうこうなったら、あなたが戦うしかないじゃない!!」

 

 もはや半狂乱となってマシュへと縋るオルガマリー。しかし、こうなっては戦うしか道はないか。今からでは逃げ切れないし、背中を狙撃手に見せるのは、それこそ愚行。

 ………もう、覚悟を決めるしかない。いざとなれば、私を犠牲にしてでもこの三人を逃がす。

 私程度では、全く時間稼ぎにもならないのは分かっている。

 

「行こう。メドゥーサは私がどうにか引き付ける。マシュは狙撃からオルガマリーと立香を守りながら橋を渡りきって」

 

 でも、それしかないのなら、私は三人を守る道を選ぶ。単なるサーヴァントである私が、今を生きる者たちの為に盾となれるのなら、それに越した事はない。

 

「な、にを……馬鹿な事を言ってるの!? あなたは、自分のクラスも知らなければ、戦闘能力だって無いじゃない! それなのに、あのサーヴァントを足止め出来るハズが……!!」

 

 さっきまで泣き叫ぶ勢いで喚いていたオルガマリーが、少し正気に戻って私へと詰め寄ってくる。

 

「一応、策ならあるよ。限りなく負けに近い賭けだけどね。でも、それで成功して生きているあなたたちを死なせずに済むのなら、役立たずの私にとっては万々歳の成果と言える。それに、もう時間もない。メドゥーサはすぐそこまで迫ってる」

 

「で、でも……!!」

 

「オルガマリー。あなたは、僅かに生き残ったカルデアのスタッフたちをまとめなきゃならない立場にあるの。立香だって、この特異点での調査にマスターとして必要不可欠。マシュも戦力としては絶対に欠けてはいけない。なら、私がこの役目を負うのが適任。そうでしょう、カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィア」

 

 有無を言わせている余裕はない。私は、強い語気でオルガマリーに決断を無理やりにでも強いた。

 許可など得る暇もなく、勝手に了承を得たとして、瓦礫の外へと出る。

 幸い、まだ彼女に姿は見せていなかったので、メドゥーサは狙撃があった場所に敵が居るという認識しかないはず。というかそもそもバイザーで見えないはずだ。こちらの人数までは把握していないに違いない。

 

 ここで飛び出して私に意識を集中させれば、マシュたちが一気に動きやすくなる。さっきのマシュの反応速度からして、狙撃にもどうにか対処出来るはずだ。

 

「いい? 私が敵を引き付ける間はここで狙撃に備えて待機。私とメドゥーサがここから離れた頃合いを見て大橋を渡って!!」

 

「ま、待て、白野!!」

 

 制止する声を無視し、私は視界の開けた場所へと躍り出る。無論、いきなり出てきた私に、メドゥーサは注目を向けてきた。

 さあ、やるぞ……!!

 

「活きのイイ処女がここに居るぞーーー!!! 私の純潔、散らせるもんなら散らせてみろーーー!!!」

 

 我ながら、恥ずかしい台詞を口走っているが、この狂った聖杯戦争。そして狂っているであろうサーヴァントも、本能の赴くままに行動をする可能性だってある。

 月で彼女から守った純潔を餌に、メドゥーサをおびき寄せる。それが私の賭けだった。少しだけど自信ならある。だって彼女、私をガチで性的な意味で食べようとしていたし。

 

「来た!!」

 

 そして、恐ろしいくらいに見事にメドゥーサが私目掛けて突っ込んでくる。到着される前に走り出し、三人が居る場所からなるべく距離を取る。

 

 全力で走り、しかしメドゥーサは確実に距離を詰めてくる。私への狙撃がないのは、マシュが二人を守りながら橋を進んでいるから、狙撃手はその進行を止めようとしているのかもしれない。

 

「あっ……!!」

 

 向こうの方へと気を取られてしまったからだろうか、私は小石に躓いて転んでしまう。そもそも召喚された時からずっと裸足だったのがいけなかった。

 そのために、荒れ果てたこの街を痛みに我慢しながら進まねばならず、もはや私の足はボロボロになっていたのだ。

 裸足に慣れてしまっていたとはいえ、横着せずにきちんとカルデアで靴を履いて生活すれば良かったと、過去に遡って自分を殴りたくなる。

 まあ、ここも過去の世界ではあるのだが。

 

 転倒したせいで、一気に距離を詰められてしまい、振り返れば美しい顔をニタリと歪ませ、欲情した美女の姿があった。

 

「フフフ……よく私が処女愛好家だと知っていましたね。どこかの聖杯戦争で縁でもあったのでしょうか。それに貴女もサーヴァント、ですがその様子では戦闘能力も無いようですね。なら、じっくりたっぷりと可愛がってあげた後に、優しく殺してあげましょう」

 

 ゆったりと、獲物を痛めつけて楽しむように、私へとじりじり距離を詰めてくるメドゥーサ。

 蛇のように舌をチロチロと覗かせて、私をどうやって陵辱しようかと、まさに舌なめずりをして笑っている。

 彼女のバイザーの下に隠された目には、私がよがる姿が映っているのかもしれない。

 

「こ、怖くなんかない! これでも多くの修羅場を潜り抜けてきたんだもの! もっと酷い目に遭った事だってあるし! 全身を穴だらけに抉られたりとか!」

 

「あら、よく吠える口ですね。すぐに私が塞いであげますからね? ふふ、分かりますよ……見えなくとも。勝てない敵にでも果敢に立ち向かってみせるその勇気と、鈴のような透き通るその可憐な声。さぞ、愛らしくも美しい容姿をしているのでしょうね……。ああ、激しく鳴かせてあげますとも……!!」

 

 ……もう、逃げ切れない。万事休す、ここまでか。でも、三人が無事に橋を渡りきってくれたのなら、それで満足だ。

 フォウも、無事だといいんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 ───いや。まだ終わってなどいない。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………この、声は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───呼べ、我が名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が、聞こえた気がした。

 

 ひどく懐かしく、そして大切な人の声を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───我が剣で、立ち塞がる敵を断ち切ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ……やっぱり、気のせいなどではない。

 

 

 忘れるものか。果たされた奇跡と犠牲の末に救われた、その儚くも美しい存在を。

 

 

 なら、私がするべき事は決まっている。これまでと同じ。共に歩いたその名を、共に戦った私のサーヴァントの名を、口にするだけだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「来て──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───応えよう、私の(マスター)。我が名はアルテラ。フンヌの末裔にして、かつて遊星の尖兵だった者。我が軍神の力、お前の為に私は振るおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 






※アルテラが召喚された理由は、次回かその次にでも明かします。


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第十四節 白の剣姫

 

 私の呼び声と共に、私の目の前に降り立った白き剣姫。

 白銀のヴェールを頭に被り、褐色の肌には白い紋様が刻まれ、主張の少ないスラリと伸びたその肢体。

 

 手には三色の光を放つ剣が握られ、その切っ先はメドゥーサへと向けられていた。

 

「何者です……」

 

 突如として、いきなり何もない所から現れた白き剣姫に対して、メドゥーサは警戒心を全開にして距離を取る。

 対して、白き剣姫は彼女の反応に対し、あからさまな怒気を見せて威嚇した。

 

「貴様、私の虜を(けが)そうとしたな? それを許す程、私は優しくなどない。我が(マスター)に手を上げようとした罪、死んで後悔させてやろう」

 

 氷よりも冷たく、炎よりも熱い殺意と敵意の渦が、まるでメドゥーサを取り囲むようにして放たれる。

 アルテラの憤怒が如何に大きいか、考えるまでもなく理解出来た。

 

「死ぬのはどちらでしょうね……!!」

 

 メドゥーサはアルテラの怒気に怯まず、先制攻撃として手にした杭を投擲する。凄まじい速度で飛来するそれは、獲物であるアルテラの脳天を狙って突き進むが、

 

「ふん……ナメられたものだな」

 

 当然、そんなものは彼女には通用しない。軍神の剣を軽く振って、杭を容易く叩き落としてみせる。

 アルテラと正面から戦うのは推奨すべきではない。破壊の大王と呼ばれた彼女は、こと戦闘においても比類無き能力を持ち合わせている。

 その武力は、かの征服王や聖女というトップサーヴァントすらも退けるのだ。

 並大抵の攻撃では、アルテラには届かないのである。

 

 落とされた杭は、しかし鎖で繋がれているため、すぐにメドゥーサの手元へと回収されていく。

 

「やはり、そう簡単に殺せる相手ではありませんか」

 

「分かっているぞ。今のは単なる小手調べだろう? であれば、私とて貴様と同じ事をするだけだ」

 

 言って、アルテラは軍神の剣を引き、一気に前へ押し出す。剣の切っ先から放たれるのは、細い光の束。

 撃ち出された光の束は、質量を持ってメドゥーサへと襲い掛かった。

 

「ッ!!」

 

 バイザーで視界を封じているメドゥーサではあるが、その分ほかの五感が鋭くなっているのだろう。放たれた光の束の気配を熱か音で感知し、即座に回避の反応を見せる。

 その場から飛び退き、宙に浮いたままに杭の投擲で光の束を相殺させ、着地と同時に杭を引き戻し、並行して反対の手に持った杭で打ち損じた光球を切り払う。

 

 一連の動作はまるで流れるように滑らかで、敵ながら見事な攻撃への対応だと言える。

 だが、

 

「おい、まさか小手調べ程度で終わるとでも思ったか?」

 

 アルテラは光線を出した次の瞬間には、既にメドゥーサへと接近を開始していた。メドゥーサがそれを打ち落としている間に、彼女との距離を詰めていたのである。

 懐にまで入り込まれたメドゥーサは、片手分しかまだ杭が戻っていない。軍神の剣は剛剣にして柔剣の性質を持ち合わせているため、杭の一本程度では守りは必然的に薄くなる。

 

「チッ……!!」

 

 それでも、その杭たった一本でガードせざるを得ないメドゥーサは、逆にアルテラを先に仕留めんと彼女の脳天目掛けて杭を振り下ろす。

 

「シッ!!」

 

 苦し紛れの攻撃で倒せる程、アルテラは甘くない。本命である胴への斬り上げからすぐに切り替えた彼女は、迫る杭をメドゥーサの腕ごと斬り飛ばした。

 胴を狙えば確実に仕留められただろうが、そのまま消滅までの間に攻撃が継続されれば、アルテラとて無事では済まない。

 故に、安全と確実性を重視した結果が、メドゥーサ撃破よりも自身のダメージを無くす……という事なのだろう。

 

「グウゥゥウゥゥ!!?」

 

 腕を切断されたメドゥーサは、痛みを堪えるように大きな唸り声を上げながら、アルテラから距離を取る。

 隻腕となった彼女は、鋭い犬歯を剥き出しにして、憎悪の限りをアルテラへとぶつけていた。

 

「よくも腕を……!! 殺す、殺す殺す殺すぅぅゥゥ!!!!」

 

「よく吠える蛇だな。いや、蛇はそもそも声など発さないか。なら、やはりお前は怪物なのだろう。かつて神の一柱であった者よ」

 

 アルテラも、月での戦いで少しはメドゥーサと面識がある。それを覚えていたからこそ、メドゥーサがかつては女神であった事を指摘出来たのだろう。

 でなければ、その素性など言い当てられまい。

 

「それがどうしたと!? もはやこの身は真っ当な英霊なぞではない! 神霊からもあぶれ、この霊基すらも泥にまみれ、反英霊として人類史に刻まれた私が、怪物でなくて何だという!!?」

 

 それは憤怒の叫び。憎悪の咆哮。絶望の悲嘆。

 

 メドゥーサは、その在り方を受け入れた上で、心の底では自身という存在を拒否している。

 とんでもない自己嫌悪。それが、彼女を支配しているのだ。

 

「───!!」

 

 と、突如メドゥーサの動きが停止する。表情は険しいままだが、どことなく唖然としているような……。

 そして、再起動したと思った時には、憤怒や憎悪といった感情は溢れ出る程ではなくなって、至って冷静な様子を取り戻していた。

 

「……残念ですが、今回はここまでです」

 

 急に熱が冷めたように戦意を無くし、彼女は杭を構えた腕を下ろす。彼女の心境の変化が突飛すぎて面食らっていると、言葉の通りにメドゥーサは私たちへ背を向けた。

 

「待て。どういう心変わりだ? 私を殺すのではなかったのか?」

 

「別に。私はマスターからの撤退命令に従うのみ。手傷を負ったのは、倒すべきサーヴァントがあと一騎のみと油断していた私の落ち度。まさか他にもサーヴァントが召喚されていたとは……。今度会った時に決着をつけましょう。……そこの貴女も。絶対に私が食べてあげますから、そのおつもりで」

 

 最後に私の方に顔をチラリと向けて唇を舐めるメドゥーサ。その瞬間、ゾゾゾッと私は背筋がざわつく。これは……完全に目を付けられたようだ。

 

 アルテラはメドゥーサが走り去っていくのを止めようとはせず、黙って見つめているのみ。

 手負いのサーヴァントなんて容易く倒せるはずなのに、何故そうしないのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

「さて、久しいなマスター……と言うのが正しいのか? あいにく、私はどれほど時間が経ったのかは分からないのでな」

 

 アルテラに手を引かれて起き上がる私。

 ああ……最後に見た姿と全く変わらない。巨神アルテラではなく、その端末として稼働していた英霊アルテラ。

 不器用でぶっきらぼう、愛想のない顔付き。だけど、誰よりも優しく、誰よりも愛情に飢えていた彼女。

 

 消え去り、けれど新たに小さな命へと生まれ変わったはずの彼女が、どういう訳か私の目の前に立っている。

 

「本当に、アルテラ…なの……?」

 

「何を言っている。忘れたか? お前は巨神()の腹の上で───正確には胎盤がある辺りで気持ちよさそうに、赤子のように寝ていた事もあっただろう。私は細部にまでわたって覚えているぞ」

 

 それは……!!

 というか、それは“肉体の私”がした事であって、()()()には不可抗力であったと声を大にして言いたい!

 いや、“肉体の私”の記憶も継承しているけれども!

 

「まあ、()()がした事でないのは理解しているがな。この私を一瞬でも偽物かと疑ったんだ。ちょっとした意趣返しというやつだ」

 

 小さく笑って、私の頭を撫でるアルテラに、やはり彼女が本物であると改めて実感する。

 この温もり、魂の在り方は、紛れもなく彼女本人のもの。サーヴァントになったから、それが余計によく分かる。

 

「──って、そうだよ! 私サーヴァント! なのに、どうしてアルテラを召喚出来たの!?」

 

 サーヴァントがサーヴァントを召喚する。出来なくもないかもしれないが、私は召喚が出来る環境を整えていた訳ではないし、選定の場のようにサーヴァントが自分からやってくるような状況でもない。

 なのに、何故?

 

「そうだな。まず言っておくが、私は召喚された訳ではない。月でこの私が本体と統合した時、レガリアに英霊アルテラという存在の残滓が僅かに取り残され、時間を掛けてレガリアの機能とお前の魔力で霊基修復に至るまでに再生したのが、この私だ。言わば英霊アルテラの残り滓……だな。お前の身に危機が迫った事で、眠っていた私は覚醒し、お前の呼び声で起動した───そんなところだ」

 

 自嘲の笑みを浮かべて語るアルテラ。なるほど、レガリアから復活して現れたから、召喚ではない、と。

 

「……なんだ、お前も()()ではないな。そういえばサーヴァントがどうとか言っていたが、いつサーヴァントになったんだ、我が虜?」

 

 ジロジロと観察するように見つめられると、なんだかこそばゆい。

 

「まあいい。お前がサーヴァントであっても、お前はお前だ。その根本は変わるまい。ところで、私がレガリアで眠っている間に浮気とは良い度胸をしている。というか、かなりの狭さだったぞ。やはり一つのレガリアに二人も収納するのは無理があるか……」

 

「いや、何の話だか……」

 

 というか、そもそもレガリアは召喚されてから一度たりとも使っていないし、ムーンセルにも繋がっていないので使えない。

 

 確かに、私はパートナーであるサーヴァントに、安全の為とか言ってレガリアに収納されはしたが───、………。

 ん? 今、なんだか少し引っ掛かる事があったような……。

 

「ふん。それについてはまた後で聞くとする。それよりも、だ。これだけは伝えておく必要があるから言うが、さっき言ったように()()()は残滓から再生されたもの。故に、本来程の性能は有していない。ステータスも元々のものより二ランクは低下しているし、当然ながら宝具の真名解放も行えない。英霊アルテラという霊基を補えるだけの何かが有るのなら話は別だがな」

 

「……要約すると、今のアルテラは抜け殻が動いてるようなもので、本来よりも性能が低下してる───ってコト?」

 

「まあ、そんなところだ。正直、さっきも敵がすぐに退いてくれたおかげで助かったと言える。ただでさえ半端な状態での現界だ。まともに打ち合うにもまだ魔力も足りないからな。……だが、決して私が抜け殻というワケではないからな?」

 

 そう言って、面白くないとでも言うようにアルテラは仏頂面でそっぽを向く。

 あらやだ、アルテラちゃんたら拗ねてるの? 可愛いんだから~。

 

「それにしても、さっきのサーヴァント───メドゥーサ、だったか。あの女、奴自身が言っていたように霊基が汚染されていたようだが、一体この世界は何だ? お前は何に巻き込まれている?」

 

 あっ。そういえばアルテラは眠ってたんなら、私が置かれている状況も分からないのか。

 なので、私は彼女に現状を大まかに伝えた。時間はあまり掛けていられない。早くオルガマリーたちの所に向かわないといけないからだ。

 

「───。なるほどな。お前、結構な不幸体質か? 巨神(わたし)に捕まったり、存在を三分割する羽目になったり。あとは英雄王に気に入られたりとかな。あんな可笑しな男に好かれるとか、面倒にも程がある。それに今回もそうだ。異界の人類史を守る戦いとは……スケールが大きいコトこの上ない」

 

 ジトッと呆れたような視線で、静かに溜め息を吐くアルテラ。別に私だって望んで不幸を招いている訳ではないし、そこで呆れられるのはとても不本意だ。

 ……自ら困難に向かっていくだろう、だって? それはアレ。それが必要だからなのさ。

 

「人理修復……。アルキメデスがやろうとしていたのは、人理を操作する事で未来を確定させるという事だったが、こちらは違う。奴が現在(いま)を改変して未来を決めようとしたのに対し、こちらの世界の異変は過去に何かが起きた事で、それを正当化させて未来を確定させようとしている。きな臭いな……」

 

「きな臭い、か。メドゥーサはマスターが居るみたいな事を言ってたけど、もしかして誰かが過去に遡って、この時代を狂わせてる……とか?」

 

 まさか、レフ───は、ないか。彼はあの爆発に巻き込まれている。爆心地に居る上に、重傷を負ってレイシフトするのは危険すぎる。

 それに、彼が現代に居た時から特異点は存在して、異変も起きていた。なら、やはり彼は違うか。

 だが、レフがテロリストであるとすれば、その仲間が特異点を生み出した張本人という可能性も……。

 

 いや。今あれこれ考えていても仕方ない。原因を突き止めれば、自ずと真相は明らかとなる。とにかく、この特異点を引き起こしているのが何か、それを見つけなくては。

 

「ひとまず、仲間と合流しよう。あっちもサーヴァントに襲われてるはずなの。すぐにでも援護に行かないと」

 

 おそらくアーチャーであろうサーヴァントは、遠距離への対抗策を持たないマシュたちに、今も大橋から狙撃をしているはず。

 上手く逃げ切れているならそれで良い。だが、まだだとしたら……。

 かつてのアルテラの力は無いとしても、窮地を切り抜ける一助となるかもしれない。

 それに戦力としても、特異点を探索する上で大いに貢献出来るのは間違いない。

 

「運が回ってきた……かな? 行くよ、アルテラ!」

 

「ああ。私はお前の剣だ。どこへなりとも、どこまででもお前に付き従うとも」

 

 私たちは大橋へと向けて走り出す。メドゥーサからの逃亡により、かなり距離が開いてしまったが、距離など気にせず全力で走る。

 

 どうかみんな無事でいてくれ……!!

 

 




 


※注意 ちょっぴり長いので飛ばしてくださいどうぞ。それでも良ければどうぞ。





復刻クリスマス、二代目はオルタちゃん。

高難易度はAPが低コストで挑戦出来るので、何度かの試行錯誤で、

スタメン……孔明、頼光、フレマーリン

控え…………ジャック、刑部姫、ついでに余ったコストでアステリオスくん

礼装で重要だったのは頼光に持たせた『黒聖杯』限突のみ。
あとはそれぞれの特色に合ったものを適当に。
最初のスーパートナカイマン3の三匹で事故さえなければ安定して全同時討伐からの、後は頼光outジャックinと、マーリンか孔明のどちらかoutでおっきーinで安定して勝てました。
刑部姫とジャックの組み合わせはライダー相手に非常に噛み合わせが良いですね。最後は二騎だけ残りましたが、致命傷なく勝てましたし。二人とも強化解除あるのも強い。


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第十五節 空を裂く一矢

 
※タイトル間違えちった。てへぺろ!

すみませんでした……。

(投稿当時のものとは変更済みです)



 

 大橋に侵入した私とアルテラ。ここは既に敵のテリトリー内であり、言い換えればアーチャーであろう敵サーヴァントの掌の上である。

 いつ狙撃されてもおかしくない状況で、警戒心を最大限にまで奮い立たせて、来るであろう攻撃に怯まぬよう勇気を持って進んでいく。

 

「………、攻撃が来ない?」

 

 もう橋の中心まで来たかという頃になっても、一向に狙撃がない。それどころか、敵のそれらしき気配すら感じられなかった。

 

「妙だな。敵がアーチャーであるとして仮定するが、遠距離攻撃を得意とするアーチャーといえど、出自が特殊な英霊でない限りは気配遮断など持たないはずだ。だが、サーヴァントの気配など微塵も無い。確かに、そこかしこに戦闘があった跡らしきものこそあるがな」

 

 アルテラの言葉に、私は周囲を観察してみる。手すりは所々ひしゃげ、通路も傷だらけだったり穴が開いていたりしている。

 見上げてみれば、鉄の柱は大きな鉄球でも直撃したのかと疑いたくなる程に曲がってしまった箇所さえある。

 

 ここで、敵サーヴァントによる狙撃が行われたのは間違いない。しかし、その敵サーヴァントが見当たらない。

 この情勢から考えられるのは一つ。

 

「マシュに攻撃の悉くを防がれ、今も追撃している……?」

 

「そのマシュマロ? とやらがサーヴァントで、それも盾の英霊であるのなら、その可能性は十分にある。敵が居ない理由を挙げるとするなら二通りだ。一つは先程の敵のように何らかの理由で撤退した事。そしてもう一つは、お前が言った通り今も追撃している事」

 

「撤退の可能性は低いかも。マシュに遠距離への攻撃手段は無いし、オルガマリーの魔術が英霊相手に決め手になるとも思えない。防戦一方の相手に敵が撤退する理由がまず皆無だもの」

 

 それに、三人の遺体がこの大橋には無い。川に落ちたという可能性も否めないが、狙撃に当たって死んでしまったのなら血痕が有るはず。それも大量に、だ。

 それが無いのならば、誰も死んでいないし、致命傷も負っていないと考えられる。

 

「マシュが頑張ってるんだよ、きっと。なら、早くみんなの元に行かないと。敵も、距離に関係なく戦闘を行えるサーヴァントが居ると分かれば、迂闊に攻撃は出来ないはず。攻撃すれば自分の位置を知らせるようなものだからね」

 

「……お前、魔術に関してはほとんど素人だが、やはりそっちの方面での才能はあるようだな」

 

 目を細めて、感心したように達観した顔で私を見てくるアルテラ。なんだろう、褒められているはずなのに、軽く貶された感がある気がするのだが。

 

「三人を探すにしても、闇雲に動いてたら時間が掛かりそう。分かりやすく戦闘が行われているような音でもあればいいんだけど……」

 

 悠長に構えている余裕はない。確実に、尚且つ手っ取り早くマシュの援護に回る必要がある。

 と、その時。

 

「……聞こえたか、我が虜? 何かが大きな音を立てて崩れる音だった。方向からしてここから北東辺り、か? どうやら敵は派手にやっているらしい」

 

 壮大な破壊の音を撒き散らしているのは、大橋よりかなり離れた北東の方面。ビルの倒壊、もしくは巨大な鉄球を用いて建物を壊しているような音が聞こえた。

 離れているのにこれほどはっきりと聞こえたという事は、かなりの威力を持った一撃が放たれているという事だろう。

 アルテラの言う通り、まず間違いなく敵もみんなも、そこに居る。

 

「行くよアルテラ。みんなを助けに!」

 

「分かっているとは思うが、あまり期待しすぎるなよ。私とて、この霊基でどこまで戦えるのかは分からないのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橋を渡りきり、目的の方面へと進む私たち。ビルなど高層化の進んだ対岸とは違い、こちらは住宅街や小さな商店街、学校といったようにこの街の基本的な生活圏となっているらしく、破壊の残骸からもそれが微かに読み取れた。

 だが、やはり破壊の限りを尽くされ、その面影はほとんど無い。生きている人間はおろか、草木や小さな動物などといった生命の息吹も、一つとして残されていなかった。

 見たままの感想を述べるとするなら、まさしく“死の街”とでも呼ぶべきだろう。欠片もない生に比べ、死はそこら中に溢れかえっている。

 

「!! また聞こえた!」

 

 音は絶え間なく──という訳ではなく、一定の間隔で断続的に鳴り続いていた。そして、進むにつれて音が近くなってきており、そろそろ目的地にまで到着する頃合いかもしれない。

 

「近いな。もうさほど距離は無いだろう。で、どうする? 遠距離攻撃は出来なくはないが、威力は俄然として低下している。あれほどの破壊の音を奏でる暴威に打ち勝てる道理も無し。何か策が無ければ自ら矢に射られに行くようなものだぞ」

 

 ……確かに、対策は必要だろう。無策で飛び込めば敵の良い(まと)でしかない。むしろ、盾よりも防ぐのが難しいこちらの方がより危険かもしれない。

 

 単純に合流すればいいというだけの話ではなくなった。確実に敵の猛攻、その脅威を排除する手立てを考えておく必要がある。

 さて、どうするか……?

 

「…………、よし。いい、アルテラ? 今から作戦を言うよ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る。ひたすらに。ただ走る。

 音はもう近い。すぐそこまでに迫っている。

 

「はっ、はっ……! 見えた!!」

 

 瓦礫から瓦礫へと身を隠しながら走っていた私たちは、ようやく仲間たちの姿を視界へと捉えた。

 

 上空への警戒を怠らず、背後の立香とオルガマリーを守りながら後退を続けるマシュ。

 

「見つけたな。あれが、お前の新しい仲間とやらか。さて……」

 

 アルテラは視線を鋭く、盾を構えて敵の攻撃へと備えるマシュを注意深く観察する。

 すぐにでも助けに飛び出して行きたいところだが、それを私はグッと堪える。今はまだ、その時じゃない。

 機を逃してはならないのだ。

 

 そして、やはり凶弾はマシュたちへと目掛けて襲い掛かる。立香の頭を狙って放たれたそれを、マシュは機敏に弾いてみせる。

 だが、その一撃一撃が必殺であり必滅の威力を伴っているため、盾は弾いたと同時に大きく弾かれる。

 

「くっ……!!」

 

 盾を手放してしまえば、その時点でマシュを含めた三人全員が死を迎える事になる。故に、マシュは盾を弾かれようと決して手からは放さない。

 一撃だけでもあれほどの威力だ。デミ・サーヴァントと言えどもその細い腕には想像を絶する負荷と、彼女の心にも絶大なる死への恐怖を与えているのは想像に難くない。

 

 それでも、マシュの援護に向かわないのには、理由があった。

 

「アルテラ。敵の攻撃はどの方向から来てたか分かった?」

 

 息を潜め、マシュたちにすら気付かれないように気配を押し殺して確認する。アルテラはといえば、マシュ、そして攻撃が有った方へとゆっくりと視線を這うように移動させると、その眼差しはとある一点で固定される。

 

「……捉えた。遠すぎて視認が難しいが、サーヴァントらしき姿がある」

 

「どれどれ……、よし。私も把握した。じゃあ、タイミングに合わせて行くからね」

 

 距離がかなり離れているため微かにしか見えないが、人影のようなものが校舎らしき建物の屋上に立っている。

 これで手筈は整った。あとは、タイミングを見計らい、作戦を実行するだけだ。

 

「今助けるよ、マシュ、立香。そして───オルガマリー」

 

 さっきの攻撃から一定の間隔で、次の凶弾が放たれる。それを、やはりマシュは死に物狂いで弾き返す。

 おそらく、もう何度も繰り返してきたはず。近く、そのサイクルもマシュのスタミナ切れで終焉を迎えるだろう。

 でも、今ので攻撃から攻撃へのインターバルは掴めた。やるなら、次……!!

 

「ああぁっ!!!」

 

 三度目の攻撃をマシュが弾く。今だ!

 

 

 

「令呪を以て命ずる! 跳べ、アルテラ!!」

 

 

 

 敵が攻撃を行い、そして第四射目が放たれたであろう直後で隙だらけのはずな敵サーヴァントの眼前に、令呪を用いてアルテラを転移させる。

 アルテラが消え、僅かの後に再度攻撃がマシュへと降りかかる。そして弾くマシュ。顔の疲れ具合を見るに、もう限界が来ているはず。いや、とうに限界など超えているのだろう。

 それでも、限界を越えて二人を守るために戦ったマシュ。なら、早く休ませてやらないと。

 すかさず私は三人の前に躍り出る。

 

「マシュ! もう大丈夫、立香もオルガマリーも、早くこっちに!」

 

「白野!? 無事だったのか!?」

 

「驚くのは後! 今は逃げるよ!!」

 

 三者三様に驚愕している様子だが、そんな事は無視してオルガマリーの手を引いて走り始める。

 

「あっ……!」

 

「マシュ!」

 

 疲労からよろめいたらしいマシュは、立香が支えて事なきを得る。とにかく、安全な所まで逃げなければ。

 

「アルテラ、どうか深追いはしないでね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 令呪により、敵前へと一瞬で移動したアルテラ。そこには、白野の目論見通り、攻撃直後で隙だらけの敵の姿があった。手に弓を持ち、引き絞って間もないであろう、射手の構え。

 

「なに!!?」

 

「もらった!」

 

 転移と同時に振り下ろしていた剣で、アルテラは敵サーヴァントへと転移した時点で奇襲を仕掛けていた。

 要は、最初から攻撃のモーションに入ったままで転移してきたのである。

 

「ぐぬぅ……!!」

 

「入った───が、浅いか」

 

 奇襲は成功した。が、しかし流石は英霊と言うべきか。肩から腹にかけての胴への一閃は、されども驚くべき反射神経を以てダメージ軽減で済まされる。

 

 斬撃の通りが甘いと感じるや、即座に敵サーヴァントから距離を取るアルテラ。

 今の一撃で仕留められなかったのは、かなり拙い。いや、ダメージですらたいして与えられなかったというのは痛手ですらあった。

 

「何者だ。貴様、この聖杯戦争で見た顔の中には居ないな? 新手、いや───イレギュラーが起きたか?」

 

 敵サーヴァント───弓を持つ事からアーチャーと仮定する。

 アーチャーは、突如として現れた剣士に対し、訝しむように武器を構える。弓は虚空へと消え、代わりに両手に握られたのは二振りの刀。対を為すように左右の手で白黒に分かれたそれらは、さながら夫婦のようである。

 

「ああ。そういう事なら、貴様の言う通りだろう。私はこの聖杯戦争の新手という訳ではない。イレギュラーそのものと言っても過言ではない」

 

 極めて冷静に、アーチャーの言葉に返答をするアルテラ。だが、その実は内心で少しの焦りを抱いていた。

 弱体化した今の自分で、正規のサーヴァントとどこまで渡り合えるのか。それは彼女自身にも予想がつかないからだ。

 

「ふん。どうあれ、敵であるなら倒す事に変わりない。予定とは違うが、敵対者を潰せるならそれに越した事はないのでね」

 

 奇襲を受けてなお、アーチャーは余裕を崩さない。それが意味するのは、とどのつまり、今の一撃でアルテラの能力を一部とはいえ見切ったからだ。

 一対一でも、勝てる相手である、と。

 

「フッ。甘く見られたものだな。……お前、その顔には見覚えがある。確か、赤いセイバーの陣営の……」

 

 睨み合いの中で、ふと言葉を零すアルテラに、アーチャーは不敵な笑みをもって答えた。

 

「なんだ、ならばやはり、アレは()()で間違いないのか。見間違いかと思ったが、まあいい。どういう経緯でここに来たか知らないが、次は射抜くだけの話だ」

 

「……貴様が何者であろうと、我が虜を殺させる事だけは許さない。往くぞ、無銘の英霊。貴様は私がここで押し留める」

 

「いいだろう、英雄もどきの英霊。弱った貴様で、この私が倒せるとは思わんコトだ」

 

 

 




 


一つ言い訳を。
なんだよ1100万ダウンロード記念って!
おかげで溜まりに溜まってた一部サーヴァントをレベリングしまくりだよ!
しかも、そのすぐ後にセイレム配信て!?
配信当日に行けるとこまで逝ったに決まってるだろ!?

なタイツ声可愛いし、オケアノキャス可愛いすぎだろ爆死するわ!
ティテュバさんエロいしアビーちゃん愛らしいしラヴィも個人的にかなり好き!
というか同行鯖たち熱い展開披露しすぎじゃん!?


と、鬱憤も吐き出したので満足。
まあ、アビーが見た目キャスターなのにクラスも真名も非公開の時点で、予想の斜め上なクラスであるとは思っていたのですが。今回ばかりはもっと上を行っていた。
ちなみに、エピローグ終わってからもシナリオに番外編が有りますので、頑張ってクリアしましょう。
どこかのフリクエ三回終わらせたら出て来ますよ。しかも、番外編という割にはそれなりにしっかりしたヤツで。


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第十六節 森の賢者さん

 

「それで? 一体何が起きているのか、説明してもらえるんでしょうね?」

 

「話せば長くなるんだけどな~……」

 

 ジトッとした目で見つめてくるオルガマリーさん。さっきは感涙の涙を流しながら抱きついてきたくせに。

 一旦落ち着いたらこれだ。いや、説明するけども。

 

 

 

 私たちはあの場を離れ、今はとある家屋に身を隠していた。なんというか、武家屋敷っぽい。こうなる前はさぞ裕福な暮らしを送られていたのだろうが、今や見る影もない。

 それでも、他の建築物に比べればまだ破損も少ないほうで、生活の痕が読み取れるだけこの街では凄いと言えるか。

 

「不思議です。白野さんが無事なのは確かに嬉しいですし喜ばしいのですが、どうやって敵サーヴァントから逃れられたのかが唯一不可解です。それに、急にさっきまで続いていた敵の攻撃も止みました。一体何が……?」

 

「もしかして、実は白野も戦えるサーヴァントだったとか? 攻撃手段が無いって言ってたけど、実は隠し持ってたのか?」

 

 オルガマリーだけでなく、各々が疑問や意見を口にする。二人が推測を語る必要はない。答えなら、私が持っているのだから。

 

「そうだね……マシュと立香、二人の疑問を一度に解消出来るように答えるなら、“私ではなく、協力者が助けてくれたから”かな?」

 

「ちょっと待って。協力者って何? カルデアからの支援や救助は現状絶望的だという話ではなかったの?」

 

 と、私の胸元を掴んで揺すってくるオルガマリー。いや、割と本気で頭が痛くなるから辞めて下さいホント。

 

 ジェスチャーで放すように促し、解放された私は咳き込みをして続ける。

 

「コホン。えっと、私ってサーヴァントだけど、こうなる前はマスターだったの。それで、その時に契約していたサーヴァントが色々あってこの指輪の中で眠ってたんだ。そのサーヴァントが、メドゥーサを撃退してくれて、今はオルガマリーたちを襲っていたサーヴァント──多分アーチャーかな? そのアーチャーと戦ってくれてる」

 

「サーヴァントというか、まるでマスターそのものだな、白野」

 

 うん。立香の言葉に私も概ね賛成というか同意見だ。まずサーヴァントとしての自覚が薄いし、元々マスターとしてこれまでやってきたから、やっぱりマスターのほうがしっくりくる。

 

「私自身、まだ分からない事が多いけど、ひとまず納得してくれたかな、オルガマリー? それにマシュ?」

 

 強く疑問を抱いていた二人に声を掛ける。どちらかと言えば、立香はあまり深く考えていない───というよりも、気にしていないようだった。

 なんとも、立香と比べて二人は考えすぎるところがあるのだ。心配性というかなんというか……。

 

「サーヴァントがマスター経験者というのは驚きです。では、白野さんのクラスはキャスターという事になるのでしょうか?」

 

 ふむ、確かに私のクラスとして妥当なのはキャスターだろうが、やはり何かが違うような気がしてならない。

 そもそも、私は魔術師として素人。魔術に関する逸話なんて存在する筈もなく、魔術だってコードキャストしか使えない。ガンドみたいな自前で使える魔術すら出来ない私がキャスター?

 うーん、やっぱりしっくりと来ない。

 

「……この際、白野のクラスが何だって構わないわ。重要なのはマシュ以外の戦力を得られたという事実。それで白野、そのあなたのサーヴァントは敵サーヴァントをアーチャーと仮定するけど、勝てそうなの?」

 

 やっと真剣な表情に戻ったね、オルガマリー。さて、その質問にどう答えるべきか。

 下手に隠し立てしても意味はない。どうせだ、この際はっきりと嘘偽りなく答えてしまおう。

 

「分からない。前より弱体化してるって言ってたし、勝ってほしいけど正直なところ、かなり厳しいと思う。深追いだけはしないで、危なくなったら撤退するようにだけは言ってあるけど……」

 

 勝利までは望んでいない。もちろん、勝てるならそれに越した事はないけれど、無理をする必要なんてないし、無理をして勝ちにいくべきでもないのだ。

 この地獄のような街を生き延びるためにも、確実性と安全性を何より重視しなければならない。

 

「そう……。状況はあまりよろしくはない、か。アーチャーが相手だとすれば、撤退もそう簡単にはさせてくれないでしょう。遠距離攻撃が得意な彼らにしてみれば、逃げる敵の背ほど格好の的はないでしょうし」

 

 オルガマリーの言う通り。私も、そこだけが心配で、不安でならなかった。上手く逃げきってくれれば良いのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「どうした、破壊の大王とはこの程度のものだったのか? だとすれば、拍子抜けにも程がある」

 

 つまらない、そう言わんばかりに、剣の切っ先をアルテラへと向けるアーチャー。アルテラは地に膝をつき、剣を杖にするようにして体を支えるのがやっとだった。

 

 幾度となく、二人は刃を交え、重ね、激しく打ち合った。その度に大量の火花が散り、けたたましい金属音が鳴り響き、空気さえもが振動する。

 

 アルテラの剣を、アーチャーは彼女のものより小さな双剣であるというのに、ものの見事に受け止める。

 双剣の欠点は一撃の威力の低下だ。片手ずつで剣を振るうのと、両手で剣を振るうのでは全く重みが違ってくる。

 しかし、その欠点を補う為の利点が、手数の増加と柔軟な対応性にある。衝撃を受け流し、片方が塞がっていようと、すぐもう片方が敵を襲う。

 威力重視ではなく、技巧にこそ重視を置いた戦法こそが、このアーチャーの得意とする戦い方なのである。

 

「まだだ。まだ、終わっていない」

 

 どうにか立ち上がり、再び剣を構えるアルテラ。本調子でないが故に攻撃のことごとくを軽くいなされ、自分の二倍で襲い来る剣戟の数々を防ぐ事で、彼女の体力も魔力も、既に枯渇しそうになっていた。

 それでも、彼をマスターの元へは行かせまいとする心こそが、今アルテラを突き動かしている原動力に他ならない。

 

「弱体化の理由は知らんが、今のお前に私は倒せない。いさぎよく諦めて殺される事をお勧めするがね?」

 

「フッ。あいにく、私は諦めが悪くてな。どこかの誰かの影響でも受けたのだろう。それが誰かは貴様とて知っているだろう?」

 

 苦し紛れではあるだろう。アルテラは無理に不敵な笑みを作って、アーチャーへと対峙する。

 アーチャーも、彼女が誰を指して言っているのかは理解しているようで、つまらなそうに笑ってみせた。

 

「ああ、そうだった。()()と契約したサーヴァントはもれなく、()()の諦めの悪さが感染するのだったな。下らない、実に下らないね」

 

 否定こそしないが、彼はその在り方を見下している。今の自分には程遠い事象であると、過去を切り捨てるような嘲笑。

 

「この私は、もはや本来の霊基から変質している。故に、かつてのマスターへの想いも薄れ、未練もさらさら無い。だからこそ、お前をここで討つ事さえも迷いはない。彼女が救おうとしたお前を、な」

 

 その眼差しに慈悲は無く。冷たい眼光は冷酷かつ獰猛に、白い剣姫を見据えていた。

 今からその命を奪わんとばかりに、彼は一息に彼女との距離を詰める。双剣が交差するように大きく振りかぶり、獲物の首を跳ねんがために───

 

「くっ!」

 

 アルテラは反応出来ない。そもそもが無理に立っているような状況なのだ。とっさに剣を構えようするも、足から力が抜け、また地に膝をついてしまう。

 

「万事休す、か」

 

「すぐにマスターもそちらに送ってやるさ」

 

 今にも、アルテラの首に左右の両側から凶刃が襲おうとし───

 

 

 

 

「『───燃え盛るは原初の炎なり』ってな?」

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 双剣がアルテラの首を跳ねようとした刹那、刀身を弾くように小さな爆炎が立ち上る。双剣は砕け、爆風はアーチャーとアルテラさえも軽く吹き飛ばし、さっきまで二人が居た場所では炎が黒煙を上げて立ち上っていた。

 

「何が……!?」

 

 寸でのところで助かったアルテラだが、彼女にも何が起きたのか把握しきれていない。一つ分かっているのは、あの一瞬、何者かの詠唱らしきものが聞こえたという事だが……。

 

 後方に押し出されたアーチャーも、すぐに体勢を立て直し、アルテラを見据える。否、その視線の先に居るのは彼女ではなく───

 

「なるほど、誰かと思えば貴様だったか。クラスが変われど横槍を入れるのは得意なのかね、キャスター?」

 

「ああ? 横槍なんざ決闘に入れたりなんざしねぇっての。だいたいこの聖杯戦争は狂ってやがるんだ。決闘もクソもありゃしねぇよ」

 

 男の声に、アルテラも驚き振り返る。彼女より5メートルほど後方に、あからさまに術士の衣装を着込んだ一人の男が、身の丈ほどもある杖を構えて立っていた。

 

「つーかよ? この姉ちゃんが戦ってたのは、何かを守る為だ。なら、まだ味方になりそうなのを助太刀するのは当然だろうが。テメェと違ってまだ真っ当なサーヴァントっぽいしな」

 

「戦力増強の為に自ら出向いたという訳か。こちら側に来れたという事は、ライダーは橋から撤退したらしい。なるほど、それをやったのがお前という事か、破壊の大王。どうやら私はあの三人を仕留める事に掛かりきりになりすぎたようだな」

 

 砕けたはずの双剣を、どういう理屈か、元通りの形で再度出現させたアーチャー。警戒心は先程までよりも強く、動きの鈍ったアルテラだけでなく、万全で現れた術士の男──キャスターに最大の注意を払って構えを取る。

 

「おっと。ここで()り合うつもりは毛頭無いんでね。テメェとの因縁もさっさとケリを着けたいのは山々だが、オレはこっちの姉ちゃんを逃がしに来たんだからな」

 

「逃がすと思うか?」

 

 どう動いても対応出来るように、アーチャーは集中力を最大まで高めて、全身の筋肉へと魔力を通す。

 だが、キャスターは得意気に笑ったままで、焦る様子もない。その理由は、明白だった。

 

「仕込みは上々。オレが何も策を練らずにノコノコ出張るとでも思ったか? このヤサグレ野郎」

 

「チィッ……!!」

 

 アーチャーが何かに気付いたように、すぐさまキャスターへと向けて走り出そうとするが、それよりも早くキャスターは杖の尻を地面へと叩き付ける。

 

「『火と火を繋ぐは大地の裂け目。それすなわち火の山の唸り!』……つまりは大炎上しろってコトだ!!」

 

 瞬間、杖と地面の接する地点から、校舎の屋上全面に広がるようにひび割れが発生し、節々から炎柱が出現し始める。

 上手い具合にアルテラとキャスターから、アーチャーを阻むように炎柱が湧き起こり、やがて炎の壁が完全に彼らを分断隔離した。

 

「おい、ボーッとしてねぇで逃げるぞ! こんなんは即興の足止めだ。そのうち(やっこ)さんは出て来ちまう」

 

「あ、ああ。すまない、助かった」

 

「礼は後だ! とっととトンズラすんぜ! 走れねぇってんなら肩を貸す。行くぞ!」

 

 キャスターはアルテラが走る余力も無いと見るや、強引に腕を取り、自らの肩へと掛けさせる。

 炎の向こうでは、アーチャーが怒号の叫びを上げているが、無視してキャスターはアルテラ毎に屋上から飛び降りる。サーヴァントならこれくらいで傷も負わないし死にもしない。

 着地し、すぐさま瓦礫から瓦礫へと隠れるように後方を警戒して逃げる二人。

 

 しばらくしても、アーチャーが追跡してくる様子はなく、どうやら上手く難を逃れられたらしい。

 

「ふう~。なんとか逃げきれたか?」

 

 アルテラを下ろし、一息つくキャスター。術士のサーヴァントである割に、肉体労働はさほどキツくないようだ。

 

「重ねて礼を言わせてくれ。キャスター……だったか? お前の助太刀が無ければ、私はきっとあそこで消滅していた」

 

「よせよせ。だいたい知らん顔同士でもない。前は敵だったが、今のアンタはあの冷徹な遊星の化身じゃないだろ? だから助けた、そんだけだ。それに、あのお嬢ちゃんとは縁がある。二度ならず三度、そんで今回で四度目だ。アンタを見殺しにしちゃ、あのヒヨコマスターに合わせる顔もないからな」

 

 面倒、そうバッサリとアルテラの礼を受け取らず、私情で助けたと語るキャスター。ならば、とアルテラもそれ以上は追及しなかった。

 

「まあ、なんだ。今はランサーじゃなく、森の賢者さんとしてキャスターのクラスで現界しちゃいるが、そのぶん使える駒が必要なワケよ。んで、アンタのマスターと合流しときたいんだが、どこに居るのかは分かってんのかね?」

 

「それなら問題ない。落ち合う場所は決めてある。ここから少し離れているが、大きな武家屋敷とやらで合流する手筈となっている」

 

 作戦決行前に、予め決めていた避難所の目安。それが、現在白野たちが腰を落ち着けている武家屋敷であった。

 

「……あ~、あそこか。んじゃま、行きますかねぇ」

 

 目的地が決まり、二人は敵に注意しながら進行を開始する。狂った聖杯戦争に、同じく狂ったサーヴァントたち。

 この特異点での真の異常が何か。それを突き止める為にも、当事者の情報は必須。アルテラは、それを理解しているからこそ、信用しきれなくとも彼をマスターの元へと招く。

 賭けであろうとも、現状では最も有効な手段であると考えた末に。

 

 そして、キャスターと白野たちは邂逅する───。

 

 

 

 

「あれ? もしかしてクー・フーリン?」

 

 

 

 

 




 
そういえば、ビーストってそれぞれマークに違いが僅かに有るの、知ってました?

気になる方は見比べてみてね。


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第十七節 キャスターとの交渉

 

 アルテラと別れ、三人と合流してからどれほどの時間が経っただろうか。既に一時間は経過した気がするし、まだ10分と経っていないような気さえする。

 まあ、つまり私は心配のあまり、まともな時間感覚を失っていたのだ。と言っても、この街の惨状やいつまでも暗い空を考慮しても、正確な時間なんて分かるはずもないのだが。

 

「……やっぱり心配。私だけでも様子を見に行くよ。みんなはここで待っていて?」

 

 いくらアルテラでも、弱体化した状態で怪物ならまだしも、彼女一人にサーヴァントの相手を任せきりにしたのは失敗だったかもしれない。

 せめて、私も残って戦線で指揮を執っていれば、まだこんな心配をせずに済んだだろうに。

 

 立ち上がり、玄関に向かおうとする私だったが、

 

「待ちなさい」

 

 オルガマリーに腕を掴まれ、歩みを止められる。普段からキツい表情の彼女だが、今はいつにも増して険しい顔をしていた。

 

「今あなたが行ってどうなるの? もし白野があなたのサーヴァントを助けに行ったとして、そして二人ともが倒されるなんて事になったら、それこそ無駄死によ」

 

「けど!」

 

「行かせない。わたしがあなたのマスター、だからこれはマスターとしての命令です。ここで待ちなさい、白野。もうしばらく待って、あなたのサーヴァントが戻って来ないようなら、戦力はマシュだけと考えて行動指針を決めるわ」

 

「…………」

 

 有無を言わせぬ迫力でオルガマリーは私の手を強く握った。

 ……分かっている。私が今から行ったところで、どうにかなる訳ではないことくらい。戦えない私が行けば、ただでさえ弱ったアルテラの戦いの邪魔になる事も。

 だけど、理屈じゃない。私が信じていても、アルテラ本人が自らの力に自信が無いと言っていたのだ。マスターとして、側に付いていてやりたいと思うのは、魔術師としては愚かであろうが、人として間違いではないはずだ。

 

 でも、オルガマリーの言い分が痛い程に理解出来る自分がいるのもまた事実。

 残されたマスターの気持ちが分からない私ではない。だって私もマスターだ。もし、オルガマリーと同じ立場に私がなった時、きっと私は彼女の言葉を否定出来ないだろう。

 

「お、おい……今は喧嘩してる場合じゃないって」

 

 私とオルガマリーが険悪になりかけていると、立香があたふたと仲裁に入ってくる。こんな非常時、仲間同士で不仲になるのはいただけないので、正しい判断ではある。

 まあ、慣れていないのは一目で分かるので、逆に微笑ましくさえ思えるのだが。

 

「先輩の仰る通りです。どのような事であれ、仲違いするのはこの冬木の街では命取りに成りかねないと推測します。所長、白野さん。妥協案として、わたしと白野さんで様子を見に行くというのは? それなら、わたしが攻撃をガードしながら行き来が可能です。ただし、リスクが伴いますが……」

 

「もし敵に見つかった場合、あなたたちがここに戻って来る事はイコール、敵をわたしたちの元まで引き連れて来てしまう……という事でしょう、マシュ?」

 

 オルガマリーの指摘に、マシュは黙って頷いた。私は、そのやりとりを聞き頭を殴られたような衝撃を受ける。

 私はアルテラへの心配ばかりで、後の事を何も考えていなかったのだ。もし、無事に戻って来られたとして、敵を撃退出来ているとは限らない。

 こちらが逃げ帰った場合、それは他の仲間たちを危険に晒してしまう可能性とてある。思考が浅くなっている事を初めて自覚させられ、自分の浅慮さが嫌になる。

 

「なら、やっぱり行く事は許可出来ない。わたしはカルデア所長として部下をみすみす死地に向かわせるなんてしないし、それによって非戦闘員にまで危害が及ぶ状況は極力回避します。……白野の気持ちが分からないワケではないけど、今はチームとしての動き方を優先するべきなのよ」

 

「……オルガマリー」

 

 正論、そして彼女の気持ち。私の行動を律する彼女も、そのために心を痛めている。

 ……私は自分の事ばかりで、みんなの事が頭に無かった。

 

「……ごめん。私が浅はかだった。アルテラも、きっと死ぬ覚悟で私の作戦に乗ってくれたはずだもの。それなのに、私が命を放り出すような真似をしちゃいけないよね」

 

「白野……。頼りないかもしれないけどさ、俺たちだって居る! いざとなったら、俺が囮役だってするさ!」

 

 うん。励まそうとしてくれてるのは分かるんだけど、一応キミは現在カルデアで唯一無事に生存しているマスターなんだからね?

 そんな貴重な人材に、危険な役目をさせるワケないからね!?

 

 

 

「おうおう! 一端(いっぱし)に言うじゃねえか! 気に入ったぜ、坊主!」

 

 

 

 唐突に響いた男の声に、私たちは一斉に身構える。まさか敵にこの場所を発見されたのか!?

 そう思ったが故に、自然と警戒態勢に入ったのだが、すぐに私はある事に気が付いた。

 今の声、どこかで聞いたような───。

 

 深く考える時間もなく、足音が近付いてくる。音の感じからして、数は二人。そして、

 

「戻ったぞ、マスター」

 

「アルテラ!!?」

 

 最初に姿が現れたのは、白き剣姫こと私のサーヴァント。アルテラその人だった。彼女の死を覚悟したばかりの私としては、たまらず嬉しさが爆発して飛び付く勢いで彼女へと抱き付いた。

 

「え、なに、え?」

 

 突然の事で、目を白黒させているオルガマリーと立香。マシュだけは、デミ・サーヴァントであるからか、アルテラがサーヴァントであると肌で感じ取っているのだろう、まだ警戒を完全には解除せず、様子を窺っているようだ。

 

「よーう嬢ちゃん。毎度毎度、厄介な事に巻き込まれてるみたいで、まあ息災で何よりだ」

 

 アルテラの後ろから、さっきも聞こえた男の声が。その声は、どうやら私に向けられているみたいだが……。

 アルテラの肩の横から顔を覗かせ、その人物を確認する。と、同時に私をまたも驚愕させられる事になった。

 

「あれ? もしかして、クー・フーリン?」

 

「おうとも。呪いの朱槍をご所望かい? ……と尋ねたいところだが、あいにく今回は持ち合わせてない。この成りで察しはつくと思うがね?」

 

 私の問いに肯定で返した彼。確かに、いつも手にしている朱槍ではなく、木製の杖を持っている。それに、格好もなんだか戦士というよりは魔術師、それかドルイドっぽい感じがしなくもない。

 

「そこは追々話すとして、だ。そんでアンタらの中での頭目は誰だ? ちょいと交渉でもしようじゃねぇの」

 

 未だ固まっているオルガマリーと立香。私はとりあえず話を進める為に、オルガマリーを指差す。

 クー・フーリンは値踏みするように彼女をマジマジと見つめると、難しい顔をして困ったように頭を掻いた。

 

「なるほどな。いやまあ、こんな所に介入しようって連中だ。魔術師の連中が関与してるっちゃ想像はついてたが、まさかこんな若い女が死地にまで来るとはな。よっぽど切迫してんのかね、オタクら?」

 

「……な!? わ、わたしを侮辱する発言と捉えて良いのかしら!? わたしは誉れ有るアニムスフィア家の家督を継ぐ者です。貶される云われなど無いわ!」

 

 残念そうに話すクー・フーリンに対し、ようやく再起動したオルガマリーが若干ビビりながらではあるが反論する。

 やはり魔術師(メイガス)。魔術師である事を馬鹿にされるのは琴線に触れたのだろう。あと、若さを指摘されたのも彼女の経歴から考えれば、大いに関係しているかも。

 

「おっと。別に馬鹿にはしてねぇって。(おんな)子どもを戦場に出さなきゃならない程に、アンタらの生きる時代は殺伐とはしてないはずだろう? だが、その様子じゃそちらさんの状況もあまり良いとは言えないようだし、互いに面倒なコトになってやがるってね?」

 

 オルガマリーが怒った事には焦った様子はなく、むしろ茶化す感じで彼女を宥めるように軽く笑ってみせるクー・フーリン。

 彼に悪気があった訳ではなかったと、オルガマリーも分かったのか、眉間にシワを寄せてまだ少しぷりぷりと怒ってはいるが、やっと話が先へと進む。

 

「それで、交渉とは? あなたは何を望むのです?」

 

「まあまあ。とりあえず、そこら辺で腰を落ち着けて話そうや。せっかくこの街では珍しく形がそのまま残った家だ。商談やら交渉なんざは立ち話よりも座って腰を据えてやった方がいい」

 

 そう言って、彼は遠慮なくズカズカと居間まで歩くと、勢いよく座り込んだ。確かに立って話すのも疲れるし、長くなりそうならそのほうが良い。

 彼の言葉に一理ある、という事で、全員が腰掛ける流れになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに軽く自己紹介を済ませ、早速本題に入るクー・フーリン。蛇足ではあるが、彼の真名はあまりに有名なため、改めて名乗られた際にはやはりみんなにも驚かれていた。

 私が彼の名を口にした時は、気の良い兄貴分的な彼の口調から、まさか本物だとは思われなかったのかも。

 名高い大英雄がフランク過ぎるとか、オルガマリーなんかは特に信じられなかっただろうし。

 

「さて、名乗りも済んだ。まずはオレが置かれている状況、そしてこの聖杯戦争についての説明だ」

 

「やはりこの街では聖杯戦争が行われたのですね」

 

「いんや。その表現は正確じゃないぜ、マシュの嬢ちゃん。聖杯戦争は()()()()()()()()。つまり、現在進行形で続いてんのさ」

 

 ……聖杯戦争がまだ終わっていない。そんな予感はどこかにあった。何故なら、メドゥーサやアーチャーが私たちを襲う理由が、他に思い当たらないからだ。

 

「クー・フーリン。あなたも聖杯戦争に参加するサーヴァントであるなら、あなたのマスターは今どこに? 聖杯戦争であるなら、サーヴァントには契約するマスターが存在するはずよ」

 

「クー・フーリンにも、オレとマシュみたいな関係の人が居るって事か」

 

 魔術師として素人である立香が居るのは、私としてもありがたい。聖杯戦争に参加した事がある私だが、サーヴァントとなった今でも魔術師としては未熟で、知識も圧倒的に不足している。

 話に付いていくのも、正直なところ必死だったので、同じく理解しようと言った事を確認する立香には、私も大助かりだったり。

 

「居たには居たな。でもま、さっさと死んじまったよ。いや、オレのマスターだけじゃないな。マスター含めこの街の人間は誰一人として生き残っちゃいない」

 

「じゃあ、住人は全滅した……?」

 

「そうなるな。ある時を境に、オレたちの聖杯戦争は完全に別物へとすり替わった。一夜にして街は燃え上がり、この惨状だ。それに他にも疑問はあるぜ。マスターが不在だってのにサーヴァントの現界も保たれているってのは気味が悪いにも程がある。アーチャーでもあるまいし、単独行動のスキルなんざオレは持ってないんだがね」

 

 悪態にも似た文句を口にするクー・フーリン。聖杯戦争において、サーヴァントはよっぽどの例外でもない限り、魔力供給の源であるマスターが居なければ遅かれ早かれ消滅する運命を辿るもの。

 しかし、クー・フーリンにそんな兆しはまるで見られない。何かがサーヴァントの自然消滅を妨げる要因となっているのだろうが、それが何かまでは全くの想像もつかない。

 

「さて、この話の本題はここからだ。聖杯戦争が狂った時点で、セイバーが先手を打って出た。奴は街の異変なんぞ気にも留めずに他のサーヴァントを次々と撃破していった。そいつらはアンタらも既に目にした筈だぜ?」

 

 ───ライダー。そして、アーチャー。あの大橋を守るようにして陣取っていた、二騎のサーヴァント。

 だが、セイバーに倒されたはずの彼らが、何故消滅せずにいるのだろうか?

 

 私の疑問は顔に出ていたのだろう。クー・フーリンは面白くなさそうにその答えを口にした。

 

「倒されたサーヴァントは、その全てが魂を汚染された。消滅はさせずに、強制的に自分の配下として従えてやがるのさ」

 

「……ちょっと待って。セイバーはあなた以外に何体のサーヴァントを下したの?」

 

 何かに気付いたように、オルガマリーは恐る恐るといった具合でクー・フーリンへと尋ねた。私も、彼女の質問の意味を理解し、途端に血の気が引いていくのを感じる。

 

 その問いへの返答は、やはり最悪とでも言うべき内容であった。

 

()()()()()()()がセイバーに討ち取られた。たったの一騎に、五騎の英霊がだぜ? 笑えない冗談ってのは、こういうのを言うんだろうな」

 

 彼の言葉に、その場の全員が絶句した。アルテラでさえも、苦々しい顔をして、唇を噛み締めている。

 立香も、マシュも、オルガマリーも。身を以て彼らの危険性を体験しているからこそ、今の私たちが置かれている状況が如何に絶望的なものかを理解しているだろう。

 

「んで、奴らはいつの間にか湧いて出た怪物共を使って何かを探してやがる。その探し物の中には厄介なコトにオレも入ってるみたいでよ。そこで、だ」

 

 と、クー・フーリンは少し身を乗り出すと、オルガマリーを真っ直ぐに、その真紅の瞳で見据えて、自身の目的を語る。

 

「オレはこのクソッタレな聖杯戦争を終わらせたいんだが、戦力がオレ一人じゃ心許ないんでね。どうだい? ここは一つ、手を組むってのは?」

 

「なるほど。だから交渉、ね……」

 

 クー・フーリンの申し出は、こちらとしては願ってもない事ではあるが、それは同時にメリットとデメリットが発生する。

 私たちの戦力面を鑑みて、サーヴァントが一騎増えるだけでもこれから先の探索を安定して行える。正直、これはかなりありがたい。

 だが反面で、敵に狙われているという彼を味方に引き入れる事で、セイバー陣営からより狙われるという危険性が大きく増してしまう。

 

 オルガマリーは目を閉じて、黙って考え込んでいる。クー・フーリンが持ち掛けてきた交渉を、受けるべきか。それとも断るべきか。慎重に判断しているのだろう。

 しばらくして、ようやく決心したのか、彼女は重い口を開いた。

 

「……分かりました。あなたの申し出、受けるとしましょう。おそらく、セイバーはこの特異点を生み出す何かと繋がっているか、原因そのものである可能性とも考えられるわ。今のところカルデアに帰る手立てもないし、セイバーを倒す事で特異点の消滅が叶うなら、戦力は少しでも欲しいもの」

 

「よっしゃ! なら交渉成立だな。よろしく頼むぜ、お嬢ちゃんがた! それとそこの坊主もな? お前さんは男としてなかなかに見所があると見た。オレは気に入ったぜ」

 

「え、俺? あ、ありがとう」

 

 オルガマリーが了承した事で、目に見えて機嫌が良くなったクー・フーリン。そして名指しでお気に入り宣言された立香は、どことなく困惑したように礼を述べた。

 そういえば、彼は開口一番で立香を褒めていたのを思い出す。こういう性格の御仁なので、男らしい若者は人間として好ましく捉えているのだろう。

 

「……話はまとまったようだが、それでどうセイバーを討伐するつもりだ? お前はキャスター。私はサーヴァントとしては型落ちのセイバーだ。真っ向からでは到底勝つなど不可能だぞ」

 

 ここで、事の成り行きを黙って見守っていたアルテラが意見を述べてくる。ライダーとアーチャーと戦った彼女だからこそ、敵と真正面からぶつかるのは悪手だと分かるが故の意見だ。

 

「そこがネックだなぁ……。まあ、一騎ずつ確実に仕留めていくのが無難かねぇ?」

 

「セイバーを倒せば、そいつが倒した他のサーヴァントも戦意喪失したりはしないか?」

 

「その可能性も無くはない。が、(やっこ)さんを相手取るにしても他の邪魔が入るのは面倒くせえ。やるなら、セイバーは最後に回すべきだろうぜ」

 

 ………、ん?

 ちょっと待って。いや、ちょっと待ってほしい。何か忘れているような……。

 みんなの意見の応酬を聞いていて、私は何か引っ掛かる事があった。それは、撤退する間際のライダーとのやりとりだ。

 あの時、彼女は何と言っていた?

 

 

『別に。私はマスターからの撤退命令に従うのみ』

 

 

 確か、そう言っていたような……?

 その言葉の意味が、何であるのか。それが非常に気になって仕方ない。

 

「ねえ、クー・フーリン。セイバーは倒したサーヴァントたちにとってはマスターになるの?」

 

「ん? あー……そうだな。まあ、そうなるんじゃないのかねぇ? セイバーが倒したからこそ、奴らは汚染されて従ってるワケだし」

 

「そう……」

 

 何だか煮え切らない。何か、重要な見落としがあるような気がしてならないのだ。

 けれど、それがはっきりとは分からない。とても気持ちが悪い感じがする……。

 

 

 

 この街で蠢くナニカ。その正体は一体……?

 

 

 




 
もうすぐFGOも第二部ですね。
第一部が過去との対決でしたが、第二部は平行世界、剪定事象が舞台であるのは、1.5章の内容から見ても、もう確定と見て良いでしょう。
顔芸学士殿、敵でもいいから来ないかな……?


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第十八節 堕ちた英雄

 

 クー・フーリンとの交渉が成立したので、ひとまず現状報告のためにカルデアと連絡を取る事になった。

 元々想定外のレイシフトであった事と、これまた予定外のオルガマリーのレイシフトへの巻き込まれ事故などもあり、まともにカルデアと通信出来るのは立香が所持している端末からのみ。

 

 召喚サークルを設置すれば端末に関係なく連絡も取れるのだが、残念ながらこの武家屋敷には霊脈は通っていないようだった。

 いや、元々はあったのだろうが、何らかの要因でこの一帯は枯渇してしまったらしい。キャスターが召喚された当初はまだここにも霊脈の流れを感知出来たとの事なので、おそらくは間違いないのだろう。

 

 

 

『あっ、やっと繋がった! そっちは大丈夫なのかい!? サーヴァントの襲撃を受けたみたいだけど、急に通信が途切れちゃうし! それから全く音沙汰が無かったからすごく心配したよ!?』

 

 

 

 うぅ……。耳が痛いよ、Dr.ロマン。

 

 よほど心配していたのだろう、通信が繋がった瞬間にDr.ロマンの大声が武家屋敷中へと響き渡る。その騒音に顔をしかめていたのは、私だけではなかったようで、サーヴァントたち以外は耳を押さえていた。

 

「Dr.ロマン、声量をもう少し落として下さい。所長が人払いの魔術を掛けてくれてはいますが、魔物に通用するとも限りません。敵から発見される危険は極力抑えないといけません」

 

『ああ、マシュも無事そうで何よりだ。それで所長や白野ちゃんも大丈夫なんだろうね? 通信が出来ているって事は藤丸くんは無事なんだろうけど。白野ちゃんはともかく、所長は小心者のチキンだから心配で心配で』

 

 あっ。そんなこと言うから、オルガマリーが顔をすごく赤くして、鬼のような形相になってるじゃないか。

 

「誰がチキンですって、ロマニ!? あなたに心配されるほど、わたしは落ちぶれたつもりはないわよ!」

 

『うわぁ!? やっぱり無事でしたか、所長! どういう事か、映像がこっちに来ていないもので、皆の安否も音声でしか確認出来ないもので、つい……』

 

 確かに向こうの映像もこちらには届いていないが、見えずともDr.ロマンのシュンとした顔が瞼の裏側に思い浮かんでくるようだ。

 

 と、ここで通信の様子を観察するように眺めていたクー・フーリンが口を挟んでくる。

 

「魔術による交信か? いや、こりゃ礼装も使ってるな。それも現代の機械ってのを媒介にしてるだろ。魔術師の連中も神秘だ何だと言っちゃいるが、時代に合わせて進化してんのな?」

 

『ん? 聞き慣れない声だけど、一体……?』

 

 ここでようやくDr.ロマンへと、クー・フーリンとアルテラについての説明をする私。当然と言うべきか、彼は私の説明が進む毎に逐一驚きのリアクションを返してくる。

 何となく、説明の甲斐があるというか、話していて楽しいな。

 

『───つまり、白野ちゃんのサーヴァントとしてアルテラという英霊が現界し、そしてキミたちはキャスターことクー・フーリンと現地で遭遇して、彼と協力関係を結んだ。それで間違いないのかな?』

 

「うん。それで合ってるよ」

 

「そういうワケだ。ま、ここは一つよろしく頼むわ。つっても、通信越しの軟弱野郎にどうこう出来るとも思わんがね」

 

『うぅ……通信越しで顔を合わせてもいないのに、軟弱野郎呼ばわり!? ちょっと酷くないかい!?』

 

 拗ねてるな、これは。でも、現状本当にそうなので、私ではフォローのしようが無いのだ。諦めてくれ、Dr.ロマン……。

 

「フォフォウ、フォウフォウ」

 

『……励ましてくれるのはフォウだけだなんて、悲しいなぁ』

 

「いいえ。フォウさんも、『まったくその通りだ』とクー・フーリンさんの言葉を肯定しているようです」

 

『…………ねぇ、僕は泣いてもいいのかな?』

 

 おぉう……まさにマシュとフォウのダブルブローによる追い討ちとは。本気で彼が不憫に思えてきた。

 

「さて、与太話は置いといて。オレが知り得る敵サーヴァントの情報───つまりは真名だ。それを言っておく。とは言ってもだ、アサシンとランサーに関してはオレも正体までは掴めてないんだけどな。ま、四騎も敵の正体が分かってるってのは大きいと思うぜ」

 

「真名───ってのを知ってると、どう有利なんだ?」

 

 そしてお馴染みの立香によるクエスチョンタイム。これに関しては私でも答えられる。

 

「英霊にもそれぞれの伝承や神話、伝説があるんだけど、それらに基づいて英霊はサーヴァントとしてクラスを割り当てられるの。それで、そういった基となるものには、彼らにとっての特徴や弱点、どんな武器や宝具を持っているのかも予測出来るから、真名を探るのは聖杯戦争では重要になってくるんだよ、立香」

 

「ああ、なるほど! ゲームで例えるなら、『効果は抜群だ!』みたいな弱点がサーヴァントにも有るんだな!」

 

「……?」

 

 いや、その通りではあるんだけども。サーヴァントはともかくとして、現代を生きるオルガマリーやマシュですらも「何その例え?」みたいな顔になってるんだけど。ゲームはあまりしないのかしら?

 

 まあ、私は分かるけどね? (あまね)く未来を観測するセラフには、あらゆる可能性が詰まっていると言っても過言じゃなかったから、無限にも等しい量のゲームだってデータの海から引っ張って来れたし。

 私もその某ポケットの中の友達を集めて育てるゲームは暇な時にプレイしたもん。

 ちなみにお気に入りはオレンジ色を基調とした犬のモンスター。可愛いし、“赤原猟犬”って単語がしっくり来たもの。

 

 ……おっと。少し思考が斜めに逸れてしまったようだ。

 話を戻すために、クー・フーリンに敵の情報について催促をする。

 

「それで、敵サーヴァントの真名は?」

 

「まずはライダー。コイツはお嬢ちゃんもアルテラも遭遇したって話だったか? 真名は『メドゥーサ』だ。ゴルゴン三姉妹が末妹の蛇の怪物女だな」

 

「ああ。私が戦闘し、奴の片腕を斬り落としている。確実に戦闘へも支障は出るだろう。……奴の傷が元通りになっていなければ、だがな」

 

 何かを懸念するように、難しい顔をして目を細めるアルテラ。いくらサーヴァントとはいえ、腕が再生するなんて宝具でも無ければ難しいと思うが……。

 

「次、バーサーカーだ。コイツが今のところセイバーの次に厄介だな。真名は『ヘラクレス』。言わずと知れた大英雄。英雄の中の英雄。正真正銘の怪物だぜ、コイツぁよ?」

 

『ヘラクレスだって!? 半神半人でギリシャ神話の主神ゼウスの子とされ、数々の伝説的偉業を成し遂げた大英雄と言われる、あのヘラクレス!?』

 

「そのヘラクレスだ。そんな傑物が狂化したときたもんだから、面倒なコトになってんのさ」

 

 ヘラクレス……。おそらく、世界で最も有名な英雄の一人に数えられる存在と言えるだろう。誰もが一度はその名を聞いた事がある、英雄の中の英雄。

 そんな大英雄が敵として立ちはだかるなんて、最悪だ。それは私だけが抱いた感想ではなかったようで、オルガマリーやマシュも同じく、顔を真っ青にして息を呑んでいた。

 

 戦うにしても、倒すにしても。その名はあまりに重すぎる。英霊とは、その名が世界に轟くほどに強いものだ。強くなるものだ。英霊とはそういうものであるのだから、仕方ない事ではあるが、それが敵として現れた時の絶望感は計り知れないものがある。

 

「おうおう? 絶望的になるのはまだ早いんじゃないのかい? さて次だが、アーチャー。コイツは真名に関しちゃハッキリ言って知らねえ。が、腐れ縁のある奴でね。お嬢ちゃんも知ってるんじゃないのか? ()()()()()()()()()()をよ」

 

「赤い外套の、アーチャー……」

 

 知っている。私は彼を、知っている。月の聖杯大戦においては赤いセイバーの陣営に属し、彼女の副官を務めていた無銘の英霊。

 しかし、朧気で微かな記憶の中に、彼との何か大切な想いがあるように感じるのは、何故だろうか?

 

「彼も、ここに……?」

 

「だが、奴はお前の知るアーチャーとは既に別物に成り果てている。セイバーの仕業ではあるだろうが、アレはもはや堕ちた英霊だ。見知った顔、知らぬ仲ではないとしても、気を許すなよ、我が虜」

 

 ──そうだった。アルテラは、彼と交戦したのだ。そしてクー・フーリンに助けられた。アーチャーと戦い、そして彼が狂ってしまった事を誰より知っているのは、他でもないこの二人。

 ならば、あの無銘の英霊が、狂気に堕ちてしまったといつのは、真実なのだろう。

 

「……それで、肝心のセイバーの真名は何かしら?」

 

 オルガマリーが早く言えとばかりに、クー・フーリンをまくしたてる。

 それに対して、彼はやれやれとあまり困った風でもなく、淡々と答えた。

 

「締めはラスボス、セイバーだ。コイツに関しては、真名を口にするよりかは、その宝具が何かを語ったほうが早いかもな。それこそ、ヘラクレス以上に有名と言ってもいいほどの、聖剣の中の聖剣。黄金に輝ける栄光の剣───聖剣エクスカリバー。無論、その使い手とてお前さんたちも知らんはずがないだろ?」

 

「───円卓の騎士の一人であり、その彼らを束ねるブリテンの王。聖剣エクスカリバーの担い手であり、最後の騎士の物語とされる、『アーサー王伝説』の主人公その人……騎士王アーサー・ペンドラゴン」

 

 流れるように、マシュの口からセイバーの正体、その素性が語られる。

 アーサー王。()の聖剣の王が、まさかの黒幕……!

 その事実は、ヘラクレスが敵に回ったと聞いた時の比ではない衝撃を私たち全員へと与えた。エクスカリバーは世界一有名であると断言出来る聖剣だ。

 ヘラクレスと比べれば、英雄としての実力は一歩譲るかもしれない。だが、そのヘラクレスをも倒したというのなら、セイバーの力はホンモノ以上。

 この冬木の地では最強である事は疑いようがない。

 

「アーサー王、か。まさかここでも相見(あいまみ)える事になるとはな」

 

 アルテラの感慨深そうな声音が、嫌に耳に響く。()()は、月においてもトップサーヴァントの一騎として現界していた。なんでも、星の聖剣は宇宙(ソラ)の外からの外敵には殊更その猛威を増幅させるらしく、巨神アルテラにとってはまさしく天敵と呼べる存在だったのだ。

 と言っても、アルテラが私たちの味方になった事で、彼女は聖剣を巨神へと振るう事はなかったのだが。

 

 驚愕は恐怖へと変わり、希望は絶望に押し潰される。オルガマリーはもちろんだが、立香もその名を知っていたのだろう、悲壮に満ちた表情からはその心の内が読み取れる。

 

「最悪よ……ヘラクレスにアーサー王が敵? それって何かの冗談? メドゥーサだってそう。神話の怪物まで現界し、その牙を剥くなんて……どうしてわたしばかり、こんな目に……!?」

 

「アーサー王は流石に魔術に素人の俺でも知ってるよ。エクスカリバーなんて、色んなゲームやアニメでも登場する最強クラスの武器だ。それが、現実の敵として現れるのは想定外すぎるけどさ」

 

「所長、先輩……」

 

 二人の心配をするマシュでさえも、敵の強大さを耳にして、恐怖心から震えていた。

 ……今この場でまともに英霊と対峙した事があるのは、カルデアからレイシフトしてきた中では私だけだ。

 私が、しっかりみんなを引っ張ってあげないと。

 

「クー・フーリン。アーチャーとライダーはあの橋を守るようにして配置されているようだった。それぞれに役目が与えられているの?」

 

「そうさな、アイツらはオレを通さないように見張り役をしていた。要は門番だな。実のところ、お前さんらの騒動のおかげでオレもこっちに渡れたワケだし?」

 

 えっ。

 

 ……えっ。

 

 という事は何か。私がメドゥーサに陵辱されかけていた時に、近くに居たと?

 それについて問いただしてみると、

 

「いやぁ、あん時はオレもオタクらが敵か分からなかったし、邪魔なヤツらが消えて通れるじゃんラッキー! ……程度に考えてたからな。それにまさかお嬢ちゃんだとは思わねえだろ? まあ、なんだ、悪い悪い!」

 

 軽いノリで謝ってくる始末。それを私の隣で聞いていたアルテラは、冷たい視線をクー・フーリンに送っていた。

 こういうのを静かな怒りと言うのだろう。あからさまに怒っているより遥かに恐ろしいので、隣で黙って怒気を放つのはやめてホント。

 

「見張り──という事は、他にも役目を与えられたサーヴァントが?」

 

 ここでマシュが軌道修正してくれた事により、幾分かアルテラの怒気が収まっていく。怒りが他へと集中を逸らした事で和らいだみたいだ。正直、かなりありがたい。マシュに感謝だな。

 

「おう。ランサー、アサシンはオレを探して仕留める役割を持っていた。言っちまえば、向こう岸はオレを閉じ込め殺す為の檻みたいなもんさ。あそこでヤツらに遭遇しなかったのは、お前さんたちも運が良いぜ。アサシンはともかく、ランサーは放てば確実に敵を仕留められるだけの宝具を持ってるからな」

 

「では、バーサーカーは?」

 

「バーサーカーは殿(しんがり)だ。もしもの為にセイバーの手前で控えてんのさ。ったく、慎重な王様だコトで。オレ一騎に対してだけでも相当警戒してやがる」

 

 そして、そこに新たに私たちという不確定要素が現れた、と。なら、更にセイバーの警戒は強まるはずだ。

 離れていてもメドゥーサに指示を出せた事から、ランサーとアサシンもこちら側に帰還命令を出されていると考えてまず間違いないだろう。

 

「最後にセイバーだが、ヤツは細かく説明するまでもなく、単純に言えば司令塔だな。だが、手下なんざ使わずとも、あの野郎が出れば早い話だってのに、山奥の洞窟ん中に引き籠もってるのは、ちょいとばかし気になるな」

 

『洞窟に……? むむむ、とても怪しいよ、それは。クー・フーリン、その洞窟はどの辺りに有るか分かるかい?』

 

「あん? 街の西側も西側。寺の近くの山中だぜ」

 

『今の修復段階だと少しキツいけど、どうにか街全体のモニターを展開しよう』

 

 と、Dr.ロマンはその点が気になったらしく、クー・フーリンから伝え聞いたポイントを確認するや、少し通信が切断される。

 そして5分と経たずして、再び通信が接続されるが、

 

『良くない報告だ。確かに山中に妙な反応がある。というか、巨大な魔力反応が認められたんだけど……。どう考えても一サーヴァントが発していい魔力の大きさじゃないよ!?』

 

 Dr.ロマンの慌てぶりからして、おそらく想像以上なのだろうが、もしかするとそれがセイバーが動かない───いや、()()()()理由なのか?

 

「なら、やっぱそこに聖杯が有るな。その魔力反応は十中八九、この聖杯戦争での景品たる聖杯だろう。なるほど、(やっこ)さんはそれを守るので精一杯ってコトね」

 

「聖杯か。セイバーはそれがよほど大事らしい。ならば、セイバー、バーサーカーはこちらから仕掛けない限りは無視出来る範囲内か。他のサーヴァントを相手取る邪魔はしないし、出来ないだろうからな」

 

 怒気はどこへやら、アルテラは淡々と敵の内情を分析していく。さてと、少ない情報からでも予想より良い考察が出来ているところで、弱腰の二人に喝を入れておくかな。

 

「オルガマリー、それに立香。確かに敵はとんでもなく強大だけど、勝たなきゃ世界が終わるし、私たちも帰れない。こうなったらもうやるしかないよ」

 

「……前向きね、あなたは。よくもまあ、こんな絶望的状況で上を向いていられるものだわ」

 

「それが、私の取り柄だし数少ない武器だからね」

 

 フフン、と自信を込めて笑ってみせる。そうとも、私はこれまで何度だって危機的状況に陥ったけれど、諦めなければ何とかなるという事を知っている。

 場合にもよるだろうが、何もしないうちから諦めるのだけは間違っている。それだけは断言しよう。

 

「……。そう、だよな。こうなったらヤケだ! いや、無様に足掻いてでも勝ってやろうぜ!」

 

 どうやら、立香は吹っ切れたらしい。あとはオルガマリーだけだが……、ふふっ。あまり心配は要らないみたい。

 

「分かった、分かったわよ。やってやるわよ!! どうせここで勝たなきゃ未来は無いもの。なら、どうせ死ぬなら、死に物狂いで戦うだけだわ!」

 

 立ち上がり、ガッツポーズでやる気を見せるチキン所長さん。勢いあまってスカートがすごく翻ったが、興奮気味なので気付いていないっぽい。

 あ。立香が猛スピードで目を逸らしてる。

 

「おっしゃ! その意気だぜ若人ども!」

 

 クー・フーリンは、そんな二人の姿を見てカラカラと笑っていた。……が、その彼をアルテラがまた見つめている。何というか、今度のは怒りからのものではなく、何かを疑っているかのような……?

 

「キャスター。お前、本当にランサーの正体について心当たりが無いのか?」

 

「ほう? そりゃまたどうして、そんな事を聞くのかね?」

 

「ランサーの宝具について、それなりに詳しいようだったからな。まるで宝具の真名解放を見ているかのように……」

 

 クー・フーリンへの疑惑の念が、彼女の内で渦巻いているのか、彼を見るアルテラの目が険しくなりつつある。

 せっかく良い感じになってきているのに、一触即発とか勘弁───、

 

 

 

『!! みんな、サーヴァント反応だ! すごい速さで近付いて来ている!』

 

 

 

 敵の襲来をDr.ロマンが叫んで知らせてくる。この武家屋敷は他の場所と比べて損壊が少ないというだけで、絶対の安全圏という訳ではない。

 ならばこそ、敵だってここに入って来られる。戦闘を行うには些か狭すぎるが、逆に色々と仕込みやすいか……?

 

 敵の接近の報せから間もなく、急にオルガマリーが血相を変えた。そういえば人払いの魔術を掛けていたと言っていたが、もしかするとそれが強引に破られた事を察知したのかも。

 

 そして敵は現れる。中庭に降り立ったその人影に、私は思わず掠れた声が出た。

 

 

「……………ぁ」

 

 

 その顔を、私は知らない。だけどそこには、とある人物の面影があった。

 少し厚めの鎧を纏い、青い髪に、獣のように獰猛な眼光、手にした槍は血のような真紅に染め上げられている───。

 

 

 

「さーて、一応聞いとくが、どいつから死んどく?」

 

 

 

 ───槍を向け、凶暴な笑みを浮かべて立つのは、

 

 

 

「クー・フーリン……!?」

 

 

 



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第十九節 暗き太陽の御子


FGO公式サイトにて異変が!
詳しくは私の活動報告にて。気になるかたは、公式サイトを直接見るか、活動報告をご覧になってね。(12/27 現在)


 

 青い槍兵は、猛々しくも凛々しい顔付きでありながら、その双眸に狂気を覗かせ、その口元を邪悪に歪ませていた。彼の様相から見て、もはや正常な精神を保てていない事は明白。

 

 さながら闘争心を剥き出しにした獣の如く、彼は獲物である私たちへと順々に鋭利な視線を向けていく。

 と、その中で、キャスターのクー・フーリンを視認するや、彼は意地の悪い笑みを浮かべて、槍の切っ先をそちらに向けて掲げた。

 

「ヘッ! なんだアンタもこっちに来てたのかい。なら探す手間も省けたってもんよ。なあ、クー・フーリン(もう一人のオレ)?」

 

「チッ。こちとらテメェにだけは見つかりたくなかったんだがな。出来るなら失せてくんないかね? 未熟な自分とか恥ずかしくて見れたモンじゃねぇしよ」

 

 あちらのクー・フーリンが喧嘩腰なのに対して、こちらのクー・フーリンはとても面倒くさそうに彼を邪険にあしらう。

 同じクー・フーリンではあるが、二人の違いは明確にはっきりと分かれている。

 クラスの違い故に装備がまず全く異なっており、キャスターのクー・フーリンが落ち着いた熟練の風格を醸し出しているのに対し、ランサーのクー・フーリンは若さと荒々しさが前面に出て来ている。

 

 だが、見た目に差異はあれど、同じ英雄がサーヴァントとして召喚されているのは、一体どういう事なのだろうか。

 

 当事者たち以外が困惑を見せる中、アルテラだけは唯一得心したというように、納得の声を上げる。

 

「ああ、なるほど。そういう事だったか。何故ランサーについてはぐらかしたのかが分かった。本人が未熟だと感じている頃の自分が召喚されているんだ。確かに、自らの恥部を人に言いふらすのは気が引ける、という事か?」

 

「ハッ! 言ってくれるじゃねえか。オレにしてみりゃ、魔術師なんざに身を堕とした自分なんざ見たかねぇけどな」

 

「誰が好んでキャスターなんかで喚ばれるかっての。テメェが先に召喚されてたせいで、こうなってんだろうが」

 

 三騎の英霊が、互いに牽制しあうように言葉の応酬を繰り広げる。ただ一つ言えるのは、こちらの二騎に比べて、ランサーは非常に好戦的な性格を、言葉の端々から漂わせていた。

 具体的には、その声音全てがやたらと挑発的なものであるのだ。

 

 ……だが、これはある意味で好機なのでは?

 自身の過去の姿であるランサーが相手なら、キャスターはその手の内を把握しているはず。細かな癖、身のこなし、過去の己の実力……など。

 それらを覚えているのなら、アルテラが弱体化したとはいえ、こちらは二騎。戦力としては劣勢でも、戦術面においては優勢に立てるはず。

 

「アルテラ、クー・フーリン……は紛らわしいな。じゃあキャスター。彼が過去のクー・フーリンの姿なら、それより先を進んだクー・フーリンの居るこちらに分がある。ここでランサーを仕留めよう」

 

「……ああ、なるほど。そう考えちまうか。ま、普通の人間なら、それで(まか)り通るだろうがよ」

 

 私の発言に対し、ランサーは憐れむように、見下すように、面白いとばかりに嗤い声を上げる。

 何がそんなに面白いのか。私が分からないでいると、キャスターが彼とは正反対に、とても面白くなさそうに解説した。

 

「嬢ちゃん。英霊ってのは幾つか側面を持ってる奴もいる。オレがランサー、キャスター、はたまたバーサーカーとして召喚されるように、昔の自分がこうして召喚される事だってあるんだ。んで、厄介なのはどのクラス、年代であれ召喚された英霊ってのは()()()()()()()()()()()()()()()()現界する」

 

 ……それは。

 

「……理解したくなかったけど、理解したわ。つまり、ランサーがキャスターにとっての過去の自身であっても、そのランサーは未来の自分であるキャスターとしての記憶も有している。だから、相互に手の内が全て読める状況というワケね?」

 

 オルガマリーがキャスターの説明から、知りたくなかった真実を語った。

 そんなの、互いに手札を見せ合いながらババ抜きをしているようなものじゃないか。勝負がつかない───いや、違う。この聖杯戦争においては、例外的にそれは成り立たない。

 

 キャスターが通常の霊基であるのに対して、ランサーは汚染された上に仲間が居る。ランサーは敵を見つけさえすれば仲間を呼ぶだけで良いのだ。

 多対一。それがキャスターがこれまで逃げ隠れしていた理由に他ならない。それを失念していた……!!

 

「そういうこった。つっても? オレは根っからの戦好きだからな。特に一騎打ちは戦争とは比べものにならんほど格別でね。増援を呼ぶなんざ野暮な真似はしねぇから安心しな」

 

 こちらの思考を読んだかのように、獰猛に歪んだ笑みを私へと向けてくるランサー。ふと、私を見るその目つきが変わりつつあるように思えたが、気のせいだろうか。

 

「だがまあ、まだこっちが少し優勢なのは確かだな。何せこちとら敵さんにとってはダークホースなセイバーが居るんだ。コイツとは互いに手の内はバレバレだが、奴らに知られてない戦力があるのは大きいぜ?」

 

 キャスターがニヤリと、私とアルテラへと一瞬だけだが軽く視線を送る。どうやら、彼にしてみてもランサーを倒すまたとない機会であると考えているようだ。

 

「それだ。唯一不可解なのはそれなんだよな。オタクらは何なんだ? この聖杯戦争には居なかったはずのサーヴァントがひぃ、ふぅ……三騎か。どこの誰かは知らんが、アンタたちの存在だけはウチのマスターも計算外らしいからな。不確定要素は排除しろってよ」

 

 と、ランサーが槍を構える。ここに彼が来たそもそもの目的を果たす為に。

 

 キャスター、アルテラが私たちを守るように前に出ると、二人も自らの得物を手に出現させ、戦闘の構えに入った。

 今からではもう逃げられない。オルガマリーたちだけでもこの場から遠ざけるべきかとも考えたが、離れている間に他の敵に襲われないとも限らない。

 なら、二人の戦いの邪魔にならないように後方に控えたほうが賢明だろう。

 

「オルガマリー、立香は下がって。マシュはもしもに備えて後方二人の護衛。私は出来るだけ戦闘を近くで見て、ランサーの動きを観察するから」

 

「了解。ですが、それでは岸波さんの身が危険では……」

 

「心配ありがと、マシュ。でも私はそういうのに慣れてるから大丈夫」

 

 何も無意味に我が身を危険に晒すのではない。危険を伴うが、だからこそ得られるものもある。

 その私の意図を汲んでくれたのだろう、オルガマリーは何も言わず、黙って私の言葉に頷いた。立香も同じように、親指を立てて励ましの笑顔を向けてくる。

 

 言葉が無くとも、伝わるものがある。仲間とは素晴らしいものだな……。

 

「ケッ。オレは一騎打ちが好きなんだがな。ま、仕方ないっちゃ仕方ねぇ。そも、オレとて性能(スペック)は召喚時よりも上がってるんだ。そんくらいのハンデが無くちゃ───なァ!!!」

 

 言い切るよりも早く、ランサーは駆け出していた。一息、一足跳びで一気に距離を詰めるや、キャスターへとその魔槍を突き立てる。

 が、やはり若い頃と言っても己自身。思考パターンが読めているとばかりに、彼は音速の槍の一突きを杖で打ち上げた。

 

「やっぱ若い時のが血気盛んだな、オレ……!」

 

「そういうアンタ(オレ)も、ドルイドの真似事やってる時は幾分か冷静じゃねぇの!!」

 

 槍を大きく反らされて、腕もその反動で釣られて動く──かと思いきや、瞬時に槍を片手に持ち替えており、槍と共に浮かされたのは片腕のみ。空いた左手はそんな事はお構い無しに、指で空中に何かを描く素振りを見せる。

 

「斬る!!」

 

「甘いねぇ!!」

 

 隙有り、とアルテラが踏み込み剣を振り抜かんとするが、その一閃は途中で何かに阻まれ、ランサーには届かない。まるで、見えない壁にでもぶつかったような……?

 思い切り斬り込もうとしたが故に、今度はアルテラがその反動で大きくのけぞり、すかさずランサーの蹴りが腹へと食い込み、彼女を軽く押し飛ばす。

 

「余所見してんじゃねぇよ」

 

 そこへ、今度こそ隙だらけのランサーに、キャスターは杖を振り下ろす。しかし、ランサーは上体をズラし鎧へと杖の一撃を受ける事で、ダメージを受け流した。

 木製の杖であるばかりに、鎧が衝撃を弾いてしまいランサーにはダメージが全く通過していかない。

 

「チッ。やっぱ面倒くせぇな、自分と戦うってのはよ」

 

「コッチの台詞だぜ! オラァ!!」

 

 ランサーは肩で受け止めた杖を、勢いを付けた肩の上下運動によってはねのけると、反動が収まっていた槍を持っていた方の腕をそのまま振り下ろした。

 

 槍は切っ先にこそ殺傷力があるが、その柄とて十分な凶器と成り得る。刺さずとも、打つ事は出来るのだ。

 このまま行けば、無視出来ないダメージをキャスターは負ってしまう。

 

「くっ……させん!!」

 

 そこへ、即座に体勢を立て直したアルテラが、離れた位置から剣先より光線を発してランサーへと射出した。

 星の光にも見紛うそれは、光速でありながら緩やかな曲線を描いてランサーの元へ吸い込まれるように飛来する。

 彼がキャスターへ槍を振り下ろすよりも早く、光線はランサーに接近すると判断したのだろう。彼はキャスターへの攻撃を中断し、そのままの振り下ろす勢いで、アルテラの放った光線を全てはねのける。

 

「そら、がら空きだよ若造!」

 

「ガッ!?」

 

 キャスターもその僅かな隙を逃さない。アルテラがどうにか作った一瞬の隙、ランサーが彼女の攻撃を防いだところを、キャスターはランサーの腹目掛けて杖を突き出したのだ。

 流石にコンマ単位で繰り広げられる攻防に、ランサーもガードしきれず、まともに攻撃を受ける。更に、今の一撃だけでは終わらず、杖の側面に小さなルーン文字が浮かび上がると、次の瞬間には小規模な爆発と共にランサーの体が勢いよく吹き飛ばされた。

 

「キャスターってのは元々オレの性には合わないんだが、槍の時とは違って小細工がし易い。一発一発に何かしらの細工が仕込めるってのはよ、それはそれで厄介なもんだろうさ」

 

「チィッ!! ドルイドの真似事風情で、やってくれるじゃねぇか!!」

 

 得意気に語るキャスターだったが、今のを喰らってもランサーはすぐに態勢を立て直す。私から見ても、今の一撃はそれなりに良いダメージが入ったように見えたのだが……。

 どうにも、小さいとはいえ爆発を受けたにしてはピンピンしてないか、このランサー?

 

「ちょいとばかし頭にキたんで、そろそろトばして行くかねぇ!!」

 

 獰猛な笑みは、更に醜悪で凶暴な笑みへと変貌を遂げる。犬歯を剥き出しにし、目に見えてランサーの全身の筋肉が膨れ上がるのが分かる。体の内から湧き出るように、黒い魔力がオーラのように立ち昇り、空気に触れるや蒸発していく。

 明らかに、通常のサーヴァントからは常軌を逸している身体能力の強化───いいや、むしろこれは狂化だ。

 あれが単なる強化だとは思えないし、そうでないと断言する。これも、セイバーに敗れ霊基を汚染されたが故の結果なのだろうか。

 

「あん? 一騎打ちが好きだのとほざいた割には、他人から与えられたモン使ってんのな。情けないねぇ、汚染されて変わっちまったってか?」

 

 キャスターも、あれが単なる強化ではないと見抜いたのだろう。そもそもランサーは彼自身でもあるのだから、あのような自己強化を彼は出来ないという事か。

 それにしても、だ。キャスターはランサーを未熟な頃の自分と評したが、私からすれば英霊として彼を召喚出来る時点で、未熟も何もないと思うのだが。

 

「確かに他人からの貰い物だが、制御しちまえばオレの物だ。頭ん中をグチャグチャにかき混ぜようしてくるが、それを耐えるに見合った力をオレは得られる! アンタもこっちに下れば、この力の凄さが分かるだろうぜ。もっとも、アンタさえ消せばこの聖杯戦争も終結しちまうがよ!!」

 

 ランサーが咆哮する。獣にも似たその唸りは、空気を振動させる程に轟き、ピリピリとした空気が、私の肌を通して伝わってくる。

 

「シッ!!」

 

 それは何気ない動作。軽く跳んだだけの事だ。

 だけど。気付いた時には、ランサーの姿は視界から掻き消えていた。

 

「なっ、グハ!?」

 

 いつの間にかキャスターの眼前へと移動していたランサーの膝蹴りが、キャスターの体を大きく浮かせる。続けざまにもう一発、クルリとその場で回転しながら放たれた回し蹴りが、キャスターへと襲いかかった。

 

「ぐっ、ガッ!?」

 

「そうら、テメェの槍だ! 受け取りなぁ!!」

 

 とてつもない勢いで転がっていったキャスターに、トドメとばかりに追い討ちで朱槍を投擲しようとするランサー。

 

「ハァッ!!」

 

 と、そこへ槍が投げられる直前で、アルテラが割って入る。振りかぶられた槍を叩き落とす勢いで、ランサーの頭上から斬り掛かるが、

 

「さっきから邪魔だっての!! オラァ!」

 

 狙いをキャスターからアルテラへと変更するや、ランサーはそのまま槍をアルテラへと投擲した。投げ放たれた魔の朱槍を、軍神の剣で受け止めるが、力負けしているために体ごと押し返されてしまう。

 どうにか槍に貫かれぬよう、軌道を反らしたので、ダメージは負わずに済んだが、今の攻防だけで分かってしまった。

 

 今のランサーは、アルテラとキャスターの二人掛かりでも勝てないかもしれない。それだけの力量の差が、彼らには存在しているのだと。

 

「くっ……能力の全てが向上しているか。私が弱体化してさえいなければ、ここまで苦戦を強いられる事もなかっただろうが……」

 

 着地し、剣を構え直すアルテラ。しかし、その顔には焦りが見られる。圧倒的なまでの力の差を、彼女も実感したのかもしれない。

 

「ゲホッ、ゴホッ……。無い物ねだりしたって変わらねーよ。今ある手駒でどうにか切り抜けるしかねぇんだ。にしてもイッテェなぁ、おい!!」

 

 血反吐を吐いて立ち上がるキャスター。腹と脇腹に一発ずつ重いのをもらったのだ。そのダメージは無視出来るものではないはず。

 

「キャスターになってもしぶといのだけは健在ってか? 我ながら呆れたもんだ」

 

「しぶとさには定評があるもんで。メイヴの時とか、一人で何千って兵を相手にしたからな。持久力、耐久力はキャスターになっても自慢だぜ?」

 

 強がって見せてはいるが、体にふらつきが見て取れる。これ以上のダメージは命の危険もあるが、ここは退いて良い局面ではない。

 それこそ、命懸けで勝ちに行かねば、万に一つも生き残る可能性は無いに等しい。

 

「まあいいさ。オレもそう長くはこの力を維持出来ないからな。速攻で片を付けてやるとしますか!」

 

 更にランサーの魔力が膨れ上がっていく。拙い、これは本当にヤバい。言葉の通り、彼は必殺の一撃を繰り出そうとしているに違いない。

 あんな狂化のような強化を施した状態で、宝具の真名解放なんてされた日には、待っているのは絶命のみ。

 当たらない槍と評判のクー・フーリンの槍だが、流石に今の彼にその言葉は当てはめられないだろう。

 どうにか打開策は無いか……? 私にも、何か出来ないのか……? サーヴァントとして、二人の助けになれないのか……!?

 

「…………、」

 

 自然と、私は緊張から両手を堅く握り締める。指に触れる、硬く細い小さな何か。サーヴァントとなってからは、まるで役に立たない指輪。

 

 月の王権たるレガリア。

 

「…………もう、これしかない」

 

 一か八か。とっさに浮かんだのは、成功するかも分からない案だったが、今やこれに賭けるしかない。

 私が何か出来るとするなら、今この瞬間のはず。

 

 さあ今こそ、役立たずの汚名を返上し、その輝ける月の王権の象徴たる名誉を挽回する時だ、レガリアよ。

 ここにムーンセルからの恩恵は存在しない。ならば、令呪を代用として使うまで!

 

「レガリアよ、この令呪が一画を捧げましょう。そして今こそ、その力を解放する時! 行くよ、アルテラ───

 

 

 

 

 

───『ムーンドライブ』!!!」

 

 

 

 

 




 
プロトニキ、FGOの本筋シナリオやイベントですらほとんど登場しないので、ここで登場させてみました。

もしかしたら、第二部でプーサーが活躍するかもですから、プロトニキやプロのギルもそちらで活躍するのかも……?


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第二十節 覚醒、白野ちゃん!!

 

あけおめ、からの、ことよろ~。(by ケモミミJK)

では、本編どうぞ。




 


 

 私の左手の甲から消えゆく令呪。膨大な魔力の渦へと変換されていくそれは、真っ直ぐにレガリアへと流れ込んでいき、レガリアを通してアルテラへと注ぎ込まれていく。

 

 令呪とは、英霊を縛る枷であり、強化をも施す事が可能なドーピング剤でもある。回数や効力に限度こそあるが、一画ごとに莫大な魔力が詰め込まれており、その魔力量は馬鹿に出来ない程だ。ともすれば、下手な魔術師の持ち得る総魔力量を上回る事だってあり得る程に。

 

 レガリアから送られていく魔力は、アルテラの体を浸透し、全身にエネルギーとして循環していく。令呪の魔力を単純に力として変換したのだ。そのエネルギーはムーンセルからの補助には遠く及ばずとも、並みのサーヴァントを凌駕するには十分に足るはず。

 

「これは……レガリアの? ……行ける、今なら元の霊基と同じ出力で戦える……!!」

 

 全身から、収まり切らない魔力の奔流を溢れさせて、アルテラは剣を構える。令呪とレガリアによる一時的な超強化により、ランサーとの力の差は確かに縮まった。

 だが、それだけでは彼には届かない。通常と同じくらいに力を取り戻したとはいえ、ランサーも通常の状態から強化されているのだ。ここであともう一押し。

 ランサーに一矢報いる決定的な何かが必要だ。

 

「運が回って来たかね? よっしゃ、ならオレはアルテラの援護に専念するぜ。月で見せた猛威、そこの若造にも教えてやんな!」

 

「言われずとも分かっている。私は破壊の王だ、我が道を阻む者、我が虜を害する者は容赦しない。完膚なきまでに破壊してやる」

 

 キャスターが少し後方に下がり、アルテラがランサーの前へと足を踏み出す。

 ランサーは不敵に、その様子を眺めていた。

 

「パワーアップとは、面白いじゃねぇの。これでやっとまともに打ち合えるかね?」

 

「甘く見られたものだ。貴様の減らず口がいつまで続くか、見物だな」

 

 宝具を放とうとしていたらしきランサーだったが、アルテラが強化されたと見るや、構えを解き、さっきまでの戦闘態勢へと戻る。

 たとえ汚染されようと、腐ってもアルスターの戦士。彼は正面から己の実力でアルテラを倒し伏せようと考えたのかもしれない。

 

「ハンデはそのまま付けておいてやるよ。どうせ()()のやるコトだ、大概は動きも読めるからな」

 

 ランサーはキャスターの存在は特に気にならないとの事。なるほど、今、彼が真に警戒しているのはアルテラのみ、と。

 これは、大いに付け入る隙となる。アルテラの強化を終えた私など警戒すべきではないと見なされたのか、ランサーの目に私はもはや映っておらず、頭の片隅でキャスターと共に置いている程度か。

 

 ……それを後悔させてやろう。

 

「アルテラ! 行くよ!!」

 

「ふっ。お前の指示を受けて戦うか。なんだか懐かしいな……フッ!!」

 

 私の掛け声で、アルテラは僅かに穏やかな微笑みを浮かべ、瞬きの間に超スピードでランサーへと走り出す。

 弱体化してはいたが、元々のアルテラの身体能力は高い性能を誇る。彼女の持つ固有スキル、『天性の肉体』によるものだ。ランクは低いが、戦いにおけるセンスの良さと、彼女の戦士として培われた経験も相まって、ランク以上の能力を引き出している。

 

 アルテラの速度が段違いで上昇した事に、ランサーも驚愕するが、すぐに鋭い目つきでアルテラの動きに対応する。

 高速の突進から繰り出される、軍神の剣による突き。ランサーは横合いへとステップで回避する。そしてそのまま、カウンターで彼もまた突きを放ってくる()()だ。

 

「アルテラ、すぐに反撃が来る! それより先に仕掛けて!」

 

「ああ!」

 

 私の言葉に、アルテラは突きの態勢から体を捻り、ランサーへと無理矢理に方向転換すると、文字通り剣を鞭のように(しな)らせて、カウンターよりも早くランサーに仕掛ける。

 

「ッ!!? クッ!」

 

 まさか動きが読まれたばかりか、自分の攻撃すらも潰された上に、思いもよらない剣の異常な軌道。ランサーは頭部を狙ったその鞭の軌道を、首を後ろに反らし寸でのところで回避する。

 

「あ……っぶねぇ!! っと、まだか!」

 

 休む暇は与えない。息もつかせぬ鞭の乱舞を、ランサーはこれまた見事な槍捌きを以て全て受け止め、弾き、押し返す。

 元々リーチの長い槍でも、伸縮自在な剣の鞭、しかもかなりの使い手を前にしては、そう簡単には隙を見出せない。延々と続く槍と鞭の押収も、ずっと終わらない事などなく、

 

「キャスター、アルテラが足止めしてる今がチャンスだよ!」

 

「分かってんよ! もう準備は終わってるぜ!」

 

 続けて、私はキャスターへ攻撃の指示を出した。私が言うより早く、既にルーン魔術の用意は済ませてあったようで、キャスターが指を鳴らして魔術を発動する。

 

 キャスターの合図と共に大きなルーン文字が彼の前に浮かび上がって、その中央からボーリング程の大きさを持った火球が連続して射出されていく。

 数にして10発。大砲さながらの勢いで撃ち出された暴威は、一直線にランサーへと飛んでいく。

 

「クソがっ!! そう簡単に、やられるかよ!!」

 

 背後からのアルテラへの火力支援に対し、ランサーは一度大きく鞭を弾くと、バックステップで自ら火球に突っ込むと、反転して全ての火球を打ち落としていく。

 

「オラオラオラオラァァァ!!!」

 

 大きな火球をその身に一切受ける事なく、それら全てを打ち払っていく姿はさながら鬼神の如く。はたまた荒ぶる修羅のようにも映る。

 それにしても、不意打ちをものの見事に対応してくる辺り、やはり同じクー・フーリンの扱う魔術では決め手にはならないか。

 

()()の技がオレに通用するかよ!」

 

 全ての火球を弾いたランサーは、それと同時に即刻アルテラへと向き直る。振り返った彼の目前には、既にアルテラがランサーへと肉迫していた。

 

「斬る…!!」

 

「ぬぅ……!!?」

 

 振り向き際に、自身へと襲い来る凶刃。百戦錬磨の大英雄は、やはり流石と言うべきか、際どいがギリギリのところで剣戟を受け止めて見せた。

 

 あと一歩。その一歩が届かない。レガリアでアルテラを一時的とはいえ、元の霊基と同等までに強化を施したというのに。なおも及ばない。

 音に聞こえし光の御子は、そう容易くは落とせないという事か。

 

「……なら、あと一歩を。私が埋める」

 

 足りない一手。アルテラ、キャスターと二人の英霊が並んでも打ち倒せない、何らかの要因で堕ちたる光の御子、若かりし頃のクー・フーリン。

 彼が予想だにもしない、想定外の手札を、今の私は手にしている。

 

 勝利への布石を。

 

「キャスター、もう一度火力支援お願い!」

 

「別に良いが、通用しないと思うけどな。……何か策が有るんだろ? いいぜ、乗ってやる。使えるモンは何でも使ってやろうや。オレも、お嬢ちゃんもな」

 

 皆まで聞かずとも、キャスターは再びルーン魔術の準備に入る。その間も、アルテラとランサーによる剣と槍での打ち合いは熾烈を極めていた。

 切り払い、刺し穿ち、凪払い───。そのどれもが、簡単に相手の命を奪える必殺の威力を秘めている。だが、互いがそれらをことごとく防ぎ、そしてまた攻撃に転ずるといった攻防の連続。

 今まで何度も見てきた、英霊同士の戦い。人間の域を超越したその戦闘も、徐々にアルテラが押され始めてきているのが、私には分かった。

 それは微妙な変化だ。僅かばかりだが、攻守がランサー優勢での連撃に転じ始めている。

 ブーストではあるが、アルテラが通常の霊基の能力であるのに対し、ランサーは元の霊基からも強化された状態。当然と言えば当然の結果ではある。

 

「どうしたどうしたぁ!? そんなもんかよ!!」

 

「っ……!」

 

 状況が目に見えて変遷する。ランサーの攻勢は増す一方だが、アルテラが徐々に防戦一方へと追い詰められ始めたのだ。

 ムーンドライブの効力が切れかけてきているのかもしれない。ムーンドライブとは元々、ムーンセルから引き出した莫大な魔力をサーヴァントへと譲渡し、その能力を強化させるといった代物だが、令呪で代用するには無理があったのだ。

 効果は同じでも、その持続時間もそうとはいかない。

 

 時間がない。それはもう、誰の目から見ても明らかだった。

 

「アルテラ……ッ!!」

 

 逸る気持ちをどうにか抑え込む。ランサーは今、アルテラにのみ気を取られている。多少はキャスターや私にも警戒しているだろうが、彼女程とまでには及ばないはず。

 それこそがランサーを突き崩す唯一の光明であるのに、私が今でしゃばって台無しにするワケにはいかない。

 チャンスは一度きり。それを逃せば、私たちに勝機はない。後ろで控えているオルガマリーも、立香も、マシュも。ランサーの手によって、皆等しく殺されるだろう。

 

「よっしゃ! 準備完了だ、いつでも行けるぜ!」

 

 と、ようやくキャスターからの合図に、私は待ってましたとばかりに指示を飛ばした。

 

「うん! お願い、キャスター!」

 

 私の掛け声の後に放たれる火球の群れ。数にして計10発の火球がランサー目掛けて飛んでいく。

 無論、ランサーとてそれに気付かない訳がない。アルテラを蹴り飛ばして、即座に反転するや、一発一発、確実に火球を打ち落としていく。

 

「バカの一つ覚えか? んなもん通用するかよ!」

 

 1発、2発、3発───そして7発目。焦らず、困った様子もなくランサーは次々と火球を弾き返す。

 

「ハッ。くだらね──ガ、ァ……!?」

 

 7発目を弾き返したと同時、ランサーの体がピタリとその動きを止めた。まるで麻痺してしまったかのように、硬直しながらも体は震えている。

 

「ぐ、ゴォアァァ!!?」

 

 当然、そんな状態の彼に火球をどうにか出来る筈もなく、連続してその身にまだ残っていた火球を受けてしまう。

 物質としての質量も帯びた火球を受けて、ランサーは自身が蹴り飛ばしたアルテラの居る方へと己もまた吹き飛ばされる。

 

 無論、そこには既に態勢を立て直し、剣を構えて立つ彼女の姿があった。

 

「アルテラ!!」

 

 私は、()()()()()()()()()()()に、声を大にして彼女の名を叫んだ。もはや命令を全て口にするまでもなく、アルテラならばこれだけで私の言いたい事が伝わるだろう。

 

「……これで終わりだ。その穢れた霊基、破壊する!!」

 

 そして、アルテラは残った魔力の全てを、軍神の剣を握り締めた手に込めた。ガス切れ寸前のムーンドライブでの最後の、渾身の一撃を。

 

 迫るランサーへと向けて、力強く振り抜いた。

 

 

 

「ゴ、ガ……」

 

 

 

 一閃。輝く軍神の剣が通った軌跡には、三色の光の筋が残る。それもやがて薄れ、消え行き───同時にランサーの命の灯火をも表現しているかのようだ。

 

 アルテラの剣戟は、ランサーの体ごと、空間そのものさえも切り裂いた。首筋から腰にまで掛けて刻まれた深い斬撃の跡。その傷口からは、大量の血飛沫が周囲へと飛び散る。

 やがて裂けた空間も、自動的に修復されるように戻っていく。後に残るのは、鮮血の中で地面に倒れ伏すランサーと、その彼の返り血を一身に受けた白の剣姫のみ。

 

「ゴブ……ッ。へへ、やる、じゃねえの」

 

 力無くうつ伏せに倒れたまま、ランサーはもはや細々とした声量でアルテラを称えた。いや、私たちを。

 死に体でなおも強気な態度を崩さないのは、彼の性分が故か。

 

 私は、ゆっくりと彼の元にまで歩いていく。キャスターは、哀れむようにランサーを見るばかりで、こちらには来ようとしない。

 彼なりに、汚染されてしまった若い頃の自分に思うところがあるのだろう。

 

 もはや、立ち上がる事も無理なようで、ランサーはどうにか体を動かせて仰向けになる。傷の痛みが酷いのは明白で、顔に尋常ではない苦痛が表れている。

 

「よう……最後、アンタが……何かした、んだろ……?」

 

 私の顔を見るなり、笑って自身を打ち負かした一手が何かを聞いてくるランサー。既に消滅が始まり、彼は足元から光の粒子となって溶けていっている。なのに、その顔は何故か穏やかなように見えた。

 

「コードキャストだよ。あなたは知らないかもしれないけど、月の聖杯戦争に参加したマスターたちが扱う、礼装に宿った簡易魔術の行使。あっちのクー・フーリンなら知ってるかな。だって、彼はランサーとして聖杯戦争に参加していたから」

 

「んだよ、それ……。そりゃ知らねえ、っての。ははっ……でも、まあ……負けたが、清々しい……かね?」

 

 首に切り傷を受けたのだ、彼の言葉の端々からヒュー、という渇いた音がノイズのように混じる。既にその体は腹まで消滅が進んでいた。

 

 コードキャスト。かつて私がセラフで用いた、私でも扱う事の出来た魔術礼装による魔術。

 目覚めてから今の今まで、全く使えなかったというのに、ムーンドライブを実行に移した途端、レガリアから一気に様々なデータが溢れ出したのである。

 

 レガリアによるマスターの収納方法、私が契約しているサーヴァントのステータス、所持し保有しているアイテムなどなど……。

 コードキャストも、その内の一つだった。かなり魔力を消費するが、代わりに効果は大きいコードキャスト、shock(64)。このコードキャストは、サーヴァントの動きを僅かだが止める事が出来るのだ。

 それを、私はキャスターの火球の7発目がランサーに着弾するのと同時に当たるくらいのタイミングで、こっそりと発動させていた。火球には遠く及ばないサイズの光弾だったが故に、うまく火球がカモフラージュとなってくれた訳だ。

 

 それにしても、土壇場で開示されたからこそ、最初からランサーに気取られずに済んだとも言えるが……。

 何もこんなピンチでなくとも良かったのにとも思うけど。

 

「ランサー……いや、クー・フーリン。若き日のクランの猛犬よ、今度が有れば、その時は真っ当な英霊として戦おう」

 

「……その時に、備えて……テメェも、さっさと力ぁ……取り戻す、こったな……」

 

 そして、ランサーの体は完全に消滅した。光の粒子は、天に昇るように、霧散していった。

 なんというか……最期まで、彼らしかったな、と私は思う。また、彼に逢う事もあるのだろうか……。

 

 

 

 ここに、私たちはまず敵の一騎。ランサーを倒したのだった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランサーさんが倒された……? …………、こちらが考えていたより、敵はなかなかにやるみたいです。それなら、こちらも次の駒を差し向けるだけですけどね。さあ、行きなさい──

 

 

 

 

 

 アーチャーさん?」

 

 

 

 

 

 



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第二十一節 赤原を往く猟犬

 

 

 

『ええ!? ランサーを倒しちゃったのかい!? それはすごい!!』

 

 

 

 馬鹿でかい声がヤケに耳に響く。通信越しであるというのに、Dr.ロマンの興奮ぶりがこちらにまで伝わってくるようだ。というか、喜ぶ顔が容易に目に浮かぶ。

 

 ランサーとの戦闘が終結してから、まだ10分程度しか経っておらず、アルテラの消耗も激しいままだったが、ひとまずカルデアに報告をする私たち。

 向こうはこちらが戦闘中も、更なる危険の接近に備え広範囲をモニターして周囲の索敵を行ってくれていたので、一応の礼節としての、いの一番での報告だ。

 

『キャスターやアルテラが居るとはいえ、戦力的には向こうが上だったから、すごく心配してたんだけど、どうやら僕の杞憂だったらしい。いや~、誇らしい戦果だよ!!』

 

「ロマニ、周囲の状況は? 他に敵性サーヴァントの気配は無いの?」

 

『おっと、失敬失敬。今のところは問題ありませんよ所長。サーヴァントはおろか、近辺に怪物の姿も確認出来ませんから、その辺り一帯は現状では安全でしょう』

 

 Dr.ロマンの報告を聞いて、オルガマリーは「そう…」と一言だけ呟いて、胸を撫で下ろしていた。

 それには私も同感で、さすがに連戦は厳しいと言わざるを得ない。アルテラの消耗が予想以上に激しく、またランサーのような猛者が襲って来ては、まず勝ち目は限りなくゼロに近いだろう。

 

「よう、索敵の結果はあんまりアテにしないコトをオススメするぜ。ランサーがここで消滅したのは、敵さんも百も承知の筈だ。グズグズしてっと敵の新手が来るぞ」

 

 キャスターの警告に、自然と場の空気が緊張に包まれる。まだ気を抜く時ではない、敵はすぐにでも次の尖兵を送り込んで来てもおかしくはないのだ。

 

「それもそうだよな。敵がどこに居るか分かっていて、その上で疲れてる敵を狙うのは定石だろうし」

 

「藤丸にしては的を射ている発言ね。あなたの言うとおり、いつまでもここに留まっているのは得策ではないわ。敵にわたしたちがここに居るのがバレているのなら、周囲に敵の気配が無い今のうちに拠点を移動しましょう」

 

 オルガマリーの言葉を皮切りに、私たちはこの武家屋敷を離れ始める。腰を落ち着けられる貴重な場所だったが、危険であると分かっているのにずっと居続ける訳にもいかない。

 アルテラに肩を貸し、先を進む仲間たちを追って歩く。

 

 隊列の並びは、キャスターを先頭に、マシュ、立香、オルガマリー、そして私たちとなっていた。

 キャスターがルーンで索敵しつつ、マシュが敵の攻撃がいつ来ても防げるよう非戦闘員の前に陣取り、立香はマシュのマスターとしてすぐ後ろに控え、オルガマリーはもし後方から敵が来た時にはガンドで私たちの逃避を支援───といった具合である。

 

 武家屋敷を離れ、しばらく安住の地を求めて放浪する私たち。少しずつではあるが、アルテラも自分で歩けるくらいには回復してきたので、途中からは私が肩を貸さずとも大丈夫になっていた。

 

「……それにしても、酷い有り様だな」

 

 道中、さっきの武家屋敷のような立派なものではなく、ごく一般的な民家の建ち並ぶ通りにまで来た際、ふと立香が言葉を漏らした。

 民家が──と言ったが、それは正確ではなく、既にその全てが焼け落ちて原型を留めておらず、まだ形が分かるのが1軒、2軒と残っている程度。

 かつての生活の跡はもはや失われ、瓦礫の残骸が残るのみ。

 

 立香は……ついこのあいだまで、民間人だったのだから、この悲惨な光景が受け入れがたいのだろう。もしくは、自身の故郷と重ねているのかもしれない。

 奇しくも、ここは日本のようだし、立香も日本人。ここが出身国という事も、それを余計に助長しているのだろう。

 

「紛争地域でもここまで酷くはないでしょうね。こんなの天災と呼べるレベルでの大災害。それがこの地域だけに収まっているのがまだ救いよ」

 

「所長、そんな言い方は……!!」

 

 オルガマリーの言い分に、マシュが反感の意義を申し立てる。魔術師としての感性で語るオルガマリーと、一人の人間として反論するマシュ。

 互いに、異なった立場からによる意見の相違だ。オルガマリーは魔術師としては何ら間違った発言をしてはいない。確かに、この地獄のような光景がこの一帯だけで済んでいるのは良かったと言える。

 けれど、マシュからすれば、この街の住人たちに助かって欲しかったという感情が、オルガマリーの言葉を否定させるのだ。

 

 どちらも正しいし、どちらも否定は出来ない。価値観の違いなんて人それぞれなのだし、それこそ人の数だけある。

 だが、オルガマリーはマシュの反論に対し、一蹴してのけた。

 

「事実でしょう。この街、いいえ。この地方都市は既に壊滅状態。生きている人間にも今のところ遭遇していないし、もう生き残りは皆無のはず。ここに住んでいたであろう人々は確かに残念ですが、こうなった以上、この地獄が広がる事を阻止するよう努めるべきよ。幸い、まだこの惨状が拡大してはいないのだし」

 

「それ、は……はい。所長の仰る通りです。わたしたちの使命は、この特異点の調査及び消滅。この特異点を放っておけば、人類史には未来が無いのですから。この街の人々には申し訳ありませんが、今は目先の目標のみに集中します」

 

 まだ納得はいかないみたいだが、無理矢理に飲み込んだのだろう。マシュは表情に影を落としつつも、しっかりと前へと歩を進める。

 時には割り切る事も必要だ。どんな理不尽に苛まれようと、それを乗り越える意志も求められる。それが魔術の世界を生きる上で、尚且つあの電脳世界を戦い抜いた私が、様々な人や事柄を通じて学んだ事。

 

 マシュだけでなく、立香も、この地獄を見ても臆さずに前へと進んでいる。きっと、この二人ならば大丈夫。どんな苦境に立たされようとも、打ち勝っていく素質は大いにあるだろう。

 

「……、別に同情するなってワケではないのよ。いま大切な事は何か、それだけは忘れないように」

 

 オルガマリーも落ち込むマシュに悪い事をしたと思ったのか、フォローを忘れない。

 普通にしていれば、優しい心の持ち主なのに、プライドやアニムスフィアとしての誇りが前面に出て来てしまうのが玉に瑕といったところかな?

 

「………喧嘩するほど仲が良いってか? いや、仲良しこよしって感じでもねぇな、お前さんがたは」

 

 事の成り行きを静観していたキャスターが、茶化すようにオルガマリーとマシュに話しかける。後ろは振り返らず、周囲の警戒は続けたままに。彼の気性からして、単にお節介というだけだろう。

 

「何かしら? わざわざ話しかけて来たんだし、茶々を入れるだけってワケじゃないんでしょう、キャスター?」

 

「話が早くて助かるわ。ちょいと拙い事になってるんだが……」

 

 困ったような声音に、何かあったのかと勘ぐる私だったが、

 

『みんな、すぐに警戒態勢へ! サーヴァント反応だ!』

 

 急に回線が繋がったと思いきや、Dr.ロマンの慌てたような声が聞こえてきた。

 アルテラも、通信が来る前に気付いていたのか、Dr.ロマンの言葉を最後まで聞く前に、既にキャスターの隣へと並び立つ。

 

「まだ離れちゃいるが、遠くでも分かる程の強い殺気だ。まるで向こうから自分の存在を教えてくれてるって感じだな」

 

『霊基パターンを解析したよ。その結果、あの大橋でライダーと共に君たちを襲ったアーチャーと反応が一致した。でも、これは厄介だぞ……』

 

 アーチャー……!

 

 アルテラを敗北寸前まで追い詰めたサーヴァント。遠距離攻撃を得意としながら、弱体化しているとはいえ、セイバーであるアルテラを近接戦闘で負かす実力の持ち主だ。

 Dr.ロマンが厄介と称するのも納得出来る。何しろ、こちらにはアーチャーに匹敵する程の長距離攻撃が行える者が居ない。ガードは辛うじて可能だが、一方的に攻撃されるのは非常に危険だろう。

 

「あの皮肉野郎か。言っちゃなんだが、アーチャーと今のアルテラとの相性は最悪だぜ。こっちに遠距離担当が居ないのもそうだが、接近戦も迂闊にゃ挑めねぇ。アイツは弓兵のクセして白兵戦もそれなりに得意だからな」

 

 キャスターの言葉に、アルテラがしかめ面をする。その理由は明白。彼の言葉が真実であるからだ。

 アルテラはアーチャーと戦い、そして敗北した。決定的な敗北ではないにしても、キャスターが助けに来ていなければ彼女は殺されていただろう。

 

「そうは言ったって避けては通れないのが現実だ。マシュの盾で防ぎながら前進を続けても、向こうも後退しながら狙撃を続けて──のループにしかならない。そんな事をしていたら、そのうち他の敵サーヴァントが援護にやって来かねないし。決めるなら今、アーチャーを倒すべきだと俺は思う」

 

「ふーん……? なら、藤丸。あなたには何かアーチャーを打倒する策があるというの?」

 

「それは、まだ……」

 

 アーチャーを倒すべきだと主張する立香に、オルガマリーは半ば呆れたように問いを返す。立香も、そこまではまだ浮かんでいなかったようで、彼女の問いに答えが詰まってしまっていた。

 

「何よ。考え無しで方針を決めようとするのは愚か者のする事。それも、命の危険すら考え得る局面でのそれは愚考でしかないわ」

 

 オルガマリーは、立香の言葉にかなり否定的のようだ。まあ、エリート志向の彼女からすれば、一般人で魔術と何の関わりもなかった彼が、自身にはないマスター適性を持っている事もあって、辛く当たってしまうのは仕方ない事ではあるが。

 

 けれど、立香の意見には一考の余地があると私は思う。

 

「アーチャーとはここで決着をつけたほうが良いと私も思うよ。どのみち、セイバーを狙うにしても、他のサーヴァントを一騎ずつ倒すにしても、アーチャーの遠距離攻撃は私たちへの妨害かつ脅威になるもの。なら、来ていると分かっている今、アーチャーを倒しておけば後顧の憂いも無いからね」

 

「オレも、坊主や嬢ちゃんに賛成だな。あの野郎の存在はこれから先に必ず邪魔になる。だったら、今のうちに片を付けるのが得策だ。やり方はまだ検討中ってとこだがよ」

 

 キャスターも、私と立香の後押しをしてくれている。アルテラは言わずもがな、私の意見ならば賛成のようで、何も言わないが私を見る視線がそれを物語っていた。

 

「わたしは、先輩や皆さんの指示に従います。まだ戦闘にも不慣れな身ではありますが、先輩や所長、白野さんの身だけでも絶対に死守してみせます!」

 

「……何なのよ。これじゃわたしだけが悪者みたいじゃない。もういいわよ、好きにしなさい! その代わり、失敗は許しません。これはカルデア所長からの命令と受け取っても構いません。やるからには勝ちなさい!」

 

 オルガマリーはけっこう拗ねた様子ではあるが、結局は折れてくれたようだ。これで全員がアーチャー打倒の方向性で固まったという事になる。

 

「よし、決まりだな。んじゃま、戦う方向で考えるとして、だ。アーチャーの野郎も馬鹿じゃない。こうも分かり易く殺気を放って存在感をアピールしてくんのは、どうにも腑に落ちねぇ。これは何かあると踏んで見るほうがいいな」

 

「何か……。罠とか?」

 

「ん~……。ま、それもあるかもしれない。だが、その場合に考えられる罠のパターンが幾つかあるな。分かるか、坊主?」

 

 キャスターの言葉に、うーん、と悩むように思案する立香。

 罠という発想は正しいだろうが、それが一体どんな罠であるのか。

 

 悩む立香が、チラリと私やマシュへと救いを求めて視線を送ってくる。私も考えているところだったので、救いの手は差し伸べられなかったが、代わりにマシュが挙手にて立香の助太刀に入った。

 

「わたしも答えても良いでしょうか?」

 

「別に構わないさ。試験とかそんなんじゃねぇしよ。で? どんな罠だと思うかね?」

 

「はい。幾つかある、という事でしたら───まず一つ目は、敵アーチャー付近に罠が設置されている可能性です。遠距離攻撃を行う彼に近付いても、トラップでわたしたちの接近を防ぐ上にダメージも与えられるかと」

 

 ふむ。まずは妥当なところか。自身の周囲に罠を設置して敵の接近を阻止するのは、弓兵なら別におかしな話ではない。かつてセラフで戦った緑衣のアーチャーも、罠を得意とする英霊だったし。

 

「二つ目は手法こそ同じですが目的が異なります。そもそも彼自身が囮であり罠で、わたしたちをそちらへと近寄らせる事こそが目的である場合です」

 

「あっ、そうか! だからわざとこっちに分かるように存在感をアピールしてるのか……!?」

 

 立香くん。必ずしもそうとは限らないんだから、そう簡単に選択肢を狭めちゃいけないよ?

 でも、確かに二つ目の意見のほうが理由としては強いかも。離れた所から、こちらに位置が分からないような状況で狙撃すれば良いだけの話なのに、わざわざ殺気を放って自分の存在をバラしているのだ。何かあると考えるのが当然だろう。

 

『みんな、おしゃべりはそこまでだ! 魔力反応増大! 攻撃が来るよ!!』

 

 Dr.ロマンの警告から数秒後、赤く輝く何かが一直線に立香の頭部に向けて飛来してくる。

 横に居たマシュがとっさに間に入り、盾で弾いて事なきを得るが、安心している場合ではない。

 すぐさま近くの崩れた民家に私たちは身を隠し、アーチャーの次の狙撃へと備える。

 

「ありがとう、マシュ。助かったよ」

 

「いいえ。先輩のサーヴァントとして当然の事をしただけですから」

 

「安心すんのはまだ早いぜ。今のを見るに、マシュの嬢ちゃんのマスターが坊主だってのは敵さんにも知られてる。サーヴァントを仕留めるよりかはマスターを殺したほうが話が早い上に簡単だからな。その盾でしっかりとお前さんのマスターを守ってやんな」

 

 言いながら、キャスターは瓦礫からそっと顔を覗かせてアーチャーの動きを見て、それと並行して指でルーン文字を宙に描いていく。

 

 マスターの居るサーヴァントにとって、マスターは力の供給源であり、存在を繋ぎ止める楔のようなものでもある。

 マスターを失えば、正規の方法で召喚されたサーヴァントは、アーチャーのクラスが持つようなクラススキルである『単独行動』といった特殊なスキルでも無い限り、現界を保つのは非常に困難と言える。

 だからこそ、アーチャーは立香を殺して、その契約しているサーヴァントの力を奪おうとしたのだ。

 

「しかし本当に腑に落ちない。あの男があれほどあからさまに罠をアピールしてくるような英霊とは思えない。何か裏があると見て考えるべきだ」

 

 剣を構え、いつでも戦闘に出れるようスタンバイしながらも、アルテラはアーチャー周辺以外にも目を向ける。

 私は彼を直接見た訳ではないので、アーチャーの真名は予測すら付かない。男というのは分かっているが、見た事のある英霊ならまだしも、そもそも私が知るアーチャーなんて二人だけ。いや、無理矢理に当てはめるとしたら三人なのだが。

 それでも、やはりそう多くはないと断言出来る。

 

 今の弱ったとは言え、あのアルテラであっても圧倒出来る白兵戦の腕前に、正確無比な狙撃の技術。それらの共通点から私の記憶の中の、とある英霊の後ろ姿がふと脳裏にフラッシュバックされるが───それは、ないだろう。

 もしそうなら、どんな偶然だと叫びたくなる程に有り得ない偶然。いや、奇跡と言っても過言ではないだろう。

 

「裏……か。まさか伏兵が居て、隠れて挟み撃ちにしようとしている、とか?」

 

 立香の突拍子もない言葉に、場の空気が凍り付く。それは有り得ない事ではない。ランサーが単騎で襲って来たという事実から、敵は一騎ずつ戦いを仕掛けてくるという思い込みを私たちに植え付けられた。

 それが敵の狙いかどうかは分からない。ランサーの単騎特攻、そして彼の敗北さえも有効利用しようとしている可能性も無きにしもあらず。

 

 だが私は、ほとんど直感的に立香の言葉を肯定した。サーヴァントの戦いが一対一であるという先入観は、マスターなら当然持つもの。

 そこを敵が突いて来ないはずがない、と。この聖杯戦争は狂っている。ならば、そんな異常が発生してもおかしくはない。

 

「Dr.ロマン! 急いで索敵範囲を私たちの後方に広げて! 魔力感知、動体感知、熱感知、何でも良いから敵への感知に使えるシステムはフル稼働で!!」

 

『え? うん、分かったけど……、アーチャーの動きに気が回せなくなるよ!?』

 

「わたしからも命じます。ロマニ、白野の言う通りにしなさい。不本意だけど、藤丸の言葉は十二分に有り得る可能性の一つよ。敵がアーチャーだけではなく、まだ他にもサーヴァントを寄越しているなら……もしそれがアサシンであったとしたら───為す術なく不意打ちを受ける危険があるわ」

 

 私を後押しするように、オルガマリーがDr.ロマンへと命令を下す。あらゆる危険の芽を摘み取る為に、所長として彼女は立香の言葉と私の判断が正しいと踏んだのだろう。

 

『そういう事なら……了解しました。白野ちゃんの指示通り、あらゆるシステムを駆使して危険を察知するよ。アーチャーはアルテラとキャスター、君たちに任せるからね?』

 

 それだけ言って、管制室との通信が一旦途切れる。次に繋がるとするなら、それは後方に敵を感知出来た時か、あるいはアーチャーとの戦闘が終了した頃か。

 

「さーて、坊主の意見はひとまずあちらさんに任せるとして、だ。アーチャーをどう対処するかね? 言っちゃなんだが、奴ほど射程範囲はオレにも()ぇぞ」

 

「アーチャーの遠距離攻撃をどうにかしなければ、私たちに勝機は無い。手をこまねいていても、時間だけが無為に過ぎていくのみだ。一か八か、私が突撃するか……?」

 

 アルテラが陽動に出るとして、アーチャーに決定打を入れられる者が不可欠だが、マシュにはその役割は担えない。今のところ、守りに徹しているが、それは防衛だからこそ成り立つ話。

 サーヴァントとしての経験が浅いマシュでは、アーチャーを倒すまでは届かない。

 

「キャスター、あなたが宝具を真名解放すれば勝てる見込みはあるのかしら?」

 

 オルガマリーもそれが分かっているからこそ、キャスターに宝具の開帳を求めた。宝具は一発逆転すら狙える、まさしくサーヴァントが持つ最高の奥の手だ。

 だが、リスクは存在する。

 

「そうさな……、決まれば勝てる。つっても、宝具を回すだけの魔力が今のオレにゃ足りねぇな。使えるには使える……んだが、使えば当分は動けんだろうなぁ」

 

 決まれば勝つとして、キャスターが動けない状態になるのは拙い。もし勝っても、そこに新たな敵が現れたら、それこそ私たちに勝ち目はない。

 それに宝具をもし外せば、アーチャーの思うままに私たちは射殺されるのは目に見えている。

 

 マスター不在のサーヴァントに宝具の使用は厳しい。キャスターは暗にそう告げているのだ。

 

「何が言いたいの?」

 

「へっ。もう分かってるだろう? オレと契約するマスターが居れば、オレは宝具を使ってもリスクが軽くなるってコトだ。どうだい、坊主?」

 

「えぇ!? 俺!?」

 

 いきなり契約を持ち掛けられ、立香はかなり取り乱していた。でも、それも当然かも。

 英雄からマスターにならないかと誘われたのだ。しかも、ケルトの名高い大英雄からのお誘いだ。それは、そんなすごい人物から立香が認められたと同義に他ならない。

 

「でも、俺なんかで良いのか? 俺は魔術の素人だし、俺よりも所長のほうがよっぽどマスターとして相応しいんじゃ……」

 

「それは嫌味? それとも皮肉なのかしら? ……あなたが契約を持ち掛けられたのだから、わたしに話を振らないで。言っておくけど、わたしのサーヴァントは白野だけで十分よ」

 

 立香に嫌味だとか、そんなつもりは一切無いのは分かっている。けれど、彼はオルガマリーの触れて欲しくない部分を知らない。

 だからこそ、何も知らないからこそ、オルガマリーにマスターとして適正が無いという事に関してのタブーを避けられなかった。

 

 オルガマリーとて、立香が自分の事を詳しく知っているなどとは思っていないだろう。

 だが、それでもやはり、マスターになるのは彼女にとっては切望。言い返さずにはいられなかったに違いない。

 

「おいおい。今は喧嘩してる場合じゃ───」

 

 半ば呆れて、二人を諫めようと振り返り口を開いたキャスターだったが、強制的に開いた口は閉ざされる。

 

 振り返った彼の視線を割くように、赤い光の筋が通り過ぎていく。その軌道の先には、唖然と立ち尽くす立香が居た。

 

「坊主!!」

 

「え───?」

 

 何が起きているのか、眼前にそれが迫るまで理解が及ばない立香は、ただただ射抜かれるのを待つだけ。

 だが、彼の守護者が黙ってそれを許すはずもなく。

 

「先輩!」

 

 彼の隣に居たマシュが、立香を押し出して入れ替わる形で、盾を展開して赤い光を受け止めた。

 光は盾にぶつかると、上へと向けて跳ね飛ばされ、上空へと軌道を変えられる。

 

「な、何よ……今のは!?」

 

「なに、が……!?」

 

 訳も分からずに喚き立てるオルガマリー。立香に至っては、まさに茫然自失といった様子で、マシュに押し倒されたままに尻餅をついていた。

 

「すみません、マスター。ですが緊急であったので、救命を第一に……」

 

「いや、助かったよマシュ。でも、さっきのは……」

 

 誰もが驚きを禁じ得ない。身を隠していたはずなのに、障害物を難なく越えて襲ってきた攻撃。どういう原理で飛来してきたというのか。オルガマリーも、立香も、マシュも。

 誰もが検討もつかないという顔をする中、キャスターと私だけは違った。

 

「そういやぁ、あんなモンも持ってやがったな。オレとしたコトが失念してたぜ。……なあ、嬢ちゃん?」

 

「………そんな」

 

 今のは立香を狙った攻撃だった事もあり、私はアーチャーによるものであろう攻撃を客観的に見る事が出来ていた。

 故に、その赤い光を一瞬の時間だったとはいえ観察、分析、推測が可能だった。

 ───いや、推測するまでもない。だって、今の赤い光は、私の記憶にあるものだったのだから。

 

「敵を追尾する魔剣、赤原猟犬(フルンディング)───その模造品。なら、あのアーチャーの正体は」

 

 

 

 

 

 赤い外套の英霊。

 

 生涯を誰かの為に使い潰し、感謝と憎悪を一身に受けた末に死んだ、名も無き人々の正義の代行者。彼に名は無い。そんなもの、とうの昔に忘れ去ってしまった。

 

 故にこそ──

 

 

 

 彼は『無銘』の、英雄───。

 

 

 

 

「あなた、だったんだね。アーチャー」

 

 

 

 



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第二十二節 その背中を、私は───

 

 アーチャー。

 

 その呼び名は私にとって、単にサーヴァントにおけるクラスの一つというだけではない。私が名前の無い()を呼ぶ唯一の方法が、彼をアーチャーという名の人物として定義づける事だった。

 

 かつて、どこかで聞いたのかもしれない彼の過去を、私は知っている。

 それだけではなく、月の覇権争いの際にセイバー陣営で彼女の副官として戦場に赴いた彼を、その戦いぶりを、私は何度となく目にしてきた。

 それが意味するところとは、彼の性格や戦闘スタイル、修得した技術なども、私はある程度は把握出来ているという事だ。

 

 そして今放たれたと思わしい、赤原猟犬(フルンディング)。竜殺しの英雄、ベオウルフが持っていたとされる、敵を追い続ける魔剣……のレプリカ。

 ただし、レプリカと言っても侮れないのが厄介なところ。性能はそっくりそのままコピーされているのだから。

 かの魔剣の持つ特殊な力。それは所有者が健常かつターゲットを狙い続ける限りは、追う事を止めず、たとえ弾かれようとも直撃するまでは止まらない、絶対追尾の魔剣ならぬ魔弾となる。

 

 その意味するところは、つまり───!!

 

「やっぱり。攻撃はまだ終わってない!!」

 

 私は急ぎ空を見上げる。先程マシュによって弾かれたはずの赤い光は、宙を翻りながら再度立香へと向けて飛来しようとしていた。

 

「弾いたところで気休めにしかならねぇか。アレを止めるにはアレ自体を潰すのが手っ取り早い。幸い、あの野郎の武器は案外脆いからな」

 

「ならば私が破壊しよう。マシュの戦闘経験を踏まえれば、その盾ではアレを粉砕するのはまだ難しいだろうからな」

 

 流石は英雄。すぐに対策を打ち立てるあたり、英雄と呼ばれる所以かもしれない。

 だが、アーチャーの得意とする魔術を考慮すれば、それが最善手とは言い切れない。

 

「でも、それじゃあ砕いても、すぐに次のが来る。アーチャーを倒さないと、あの攻撃は延々と続くよ」

 

 本来、赤原猟犬は宝具だ。それを潰す事など普通なら有り得ないが、アーチャーが用いるのは贋作。本物ほどの強度は無く、それゆえに壊れる、または壊せるという性質を持つ。

 つまりは、アーチャーを倒さない限り赤原猟犬は止まらないし、それどころか新しいものが襲い来るのだ。

 

「じゃあどうする? 坊主を守るのに盾役のマシュは要る。あの矢を砕くにもアルテラが要る。手が空いてるオレは残念だが近接戦に不向きなキャスターだ。アーチャーに回す手が圧倒的に足りてないのが現状よ。これをどう打開するかね?」

 

 確かに。回せる手が不足している以上、適材適所で動いていかないとすぐにボロが出る。

 だが、だからといって手をこまねくばかりでは、やがてこちらが力尽きるのも明白だ。もはや時間の問題なのは間違いない。

 

 どうする?

 

 どうすればこの場を切り抜けられる?

 

「赤原猟犬が狙ってきているのは立香……。今、この場で最も警戒されていないとすれば、それは───」

 

 私とキャスター、アルテラは駄目。彼が()()アーチャーなのだとしたら、知己である私たちの行動パターンはほぼ読まれていると見て良いだろう。ただし、アーチャーにキャスターとしてのクー・フーリンとの戦闘経験がランサー時よりも少なければ、まだ希望は持てるが……。

 そして立香はマスターとしてターゲットにされ、マシュは彼を守る盾として離れられない。

 

 ならば、残る一人。魔術師であり私のマスターでもあるオルガマリーは?

 

 アーチャーにとっては魔術師として未知数ではあるが、魔術師(メイガス)がサーヴァントに敵うはずもないというセオリーから、あまり彼女の存在を重要視していない可能性はある。

 他の選択肢が無い以上、この可能性に賭けるしかないか……。

 

「オルガマリー。ちょっと良い?」

 

「へ? 何……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……動きが無い、か」

 

 あのマスターらしき少年の顔は捉えた。赤原猟犬はこちらが止めない限りは獲物を追い続ける。たとえ隠れたとしても、獲物の匂いを覚えたアレからは防げども逃れるなど到底不可能。それにアレが破壊されようと、その時は新たに次を撃てばいい。

 どちらにしても、彼らはその場に留まり続けるだけでは、こちらにとっては良い的でしかない。

 それに、瓦礫に隠れて動けぬ所を、貫通性能の高い偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)で射抜いてやるだけで、容易く状況は瓦解する。少年を狙っても盾のサーヴァントに防がれるだろうが、ならば他の者に狙いを付ければ良いだけの話。

 

「──投影開始(トレース・オン)

 

 何度となく繰り返してきた工程。もはや自然と手は動く。この身体に焼き付いた魔術回路もまた然り。

 イメージするのは、そこに隠れている男と同じケルトの英雄が持つとされる、螺旋を描いたドリルにも似た形状の剣。だが、矢として使うには些か太く大きすぎる。

 故に、あえて少し細く長くアレンジを加えて投影する。

 宝具を矢として使い捨てにするこの手法、慣れてしまった今となっては何の感慨も無いが、大元の英霊が見ればどう思うのか。

 

「…………、フッ」

 

 下らない思考だ。霊基を汚染され、無意味な事でさえ考えるようになってしまったのだろうか、オレは。

 今はそんな事を考えるよりも、目の前の仕事(えもの)を片付けるのが先決だというのに。

 

「……ほう?」

 

 無駄な事を考えている間に、何やら敵に動きがあったらしい。

 見れば、アルテラがこちらに向けて突進を開始している。瓦礫の合間を縫うように、無駄のない動きでありながら大胆不敵に。

 それはまるで、こちらが()()()殺気を放っていたのと同じかのようだ。

 

 アルテラの姿を視界から逃さないように、その後方の様子を窺う。キャスターは支援のつもりか、姿を晒しルーンを描いて待機している。マスターであろう少年、そして盾のサーヴァントはこちらと同じく様子見で、特に動きはない。

 あとは、かつての我がマスター───岸波白野。彼女は……、

 

「居ない……?」

 

 瓦礫に身を隠している?

 いや、彼女はそんな臆病者じゃない。他人に任せるだけで、自らは何もしないなんて彼女からすれば有り得ない。

 何せ、あの年若さながら、手足や臓物が吹っ飛ぼうとも歩みを止めない女だ。仲間を危険に晒して自分だけ安全な所に隠れるはずもなし。

 

 ならば、彼女はどこに……?

 

 そういえば、もう一人。魔術師らしき女も居たはずだが、彼女の姿も───否。考えるよりも今は、こちらへと迫り来るアルテラを対処すべき。

 

 偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)をつがえる弓の照準を、走るアルテラの軌道に合わせて修正する。いくらアルテラとはいえども、劣化した性能でコレをまともには防げまい。防いだところで、体の幾分かは損傷を免れないだろう。

 

「走っていようが関係ない。姿が見えているのなら、あとは射抜くのみ」

 

 弓を最大限まで引き絞る。弦の強度も汚染の影響故か、無理矢理にではあるがかなり上がっている。多少の無茶にも耐えるはず。

 

 貰った───。

 

 

 

 そう、思った時だった。

 

 

 

 

 

shoot(シュート)!!」

 

 

 

 

 

 矢を放つ瞬間よりも僅かに早く、女の声が右の方から聞こえてきた。何かしてくるとは思っていたが、まさか人間が英霊相手に特攻を仕掛けてくるとは。

 魔術師の女がガンドを撃ってくるのを視認し、アルテラへの射撃を中断する。オレの対魔力の低さを鑑みるに、ガンドは致命傷にはならずとも、射撃の邪魔にはなるだろう。もしくは足止めが狙いか。

 みすみす狙いを外されてまで射る必要はない。それこそ魔力の無駄使い。もし外し、投影から狙撃に入るまでが如何に短い時間であっても、アルテラに懐まで踏み込まれかねない。

 

 いや、なるほど。アルテラの突進は、彼女の奇襲をカバーするためのフェイクでもあったという訳か。

 だが、ガンド程度ではサーヴァントは倒せない。『フィンの一撃』とまで呼ばれる破壊力を持ったガンド使いも世の中には存在するが、それでも所詮は人間レベル。相手が戦闘の不得意なサーヴァントでも無い限り、並みの英霊には遠く及ばない。

 

 となると、彼女の奇襲すらも何らかの伏線を隠すもの……?

 岸波白野。ああ見えてなかなかに機転が利く彼女の事だ。二段、三段と策を重ねた上で打って出た可能性は否めない。

 

「なら、彼女はどこに……」

 

 一度弓を消し、投影した双剣へと持ち替える。魔術師のほうは……仕留める余裕は無い、か。アルテラが思いの外速い。

 戦闘の邪魔をされても厄介だ。牽制と、あわよくば討ち取れる事を狙って、彼女に向けて剣を投擲しておく。

 

「キャアァァァ!!?」

 

 案の定と言うか、悲鳴を上げながらしゃがみ込んだ女魔術師の頭の上を剣は虚しく通り過ぎていく。駄目で元々であったので期待はしていない。

 牽制にさえなれば、それで良い。それだけでも臆病風を煽るのには十分効果がある。

 

「余所見とは良い度胸だな、アーチャー」

 

「なに、君の戦闘力は既に底が知れているのでね。許容範囲内での余分な行動くらいは取れるというものだ」

 

 既に間合いに入っていたアルテラは、無遠慮に剣を振り下ろしてきた。片手で持った剣を両手に持ち替え、彼女の剣戟を受け止めるとアルテラごと剣を振り払う。

 同時に、すぐさま投影し双剣の構えに戻ると、アルテラへ追撃を開始する。

 

 互いに、既に剣を交えた身。先程も言ったが、このアルテラの実力がどれほどかは把握済みだ。こちらの攻勢に対し、防戦一方で反撃の機会すら掴めぬ、アルテラという英霊の不良品。いや、出来損ないか。

 

「どうした? 口振り程に対した事が無いのだが」

 

「くっ……!」

 

 剣を打ち込めば防がれるが、アルテラには一寸の余裕も与えない。すぐさま二刀目を振るい、剣を封じた彼女の身へと我が凶刃が襲いかかる。

 

「っ、ぐぅ……!!」

 

 身を反らして回避を図ったようだが、完全に避けきれず、剣がアルテラの横腹を僅かに抉る。

 が、戦士として国を束ねた王なだけはある。ダメージを受けて怯むどころか、封じられた剣をそのままに彼女は蹴りを放ってきた。それは起死回生の一撃となり、オレの胴へと吸い込まれるように打ち込まれる。

 

「ぬぅ……!!」

 

「……ッ、」

 

 多少ふっ飛ばされたが、この程度はダメージの内に入らない。すぐさま受け身を取って態勢を整え、アルテラの動向に目を配る。

 あちらは決して軽いダメージではなかったようで、傷口を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。傷口を押さえた手からは絶え間なく血が滴り落ちていく。

 

「分からないな。お前とオレとで戦闘力の差は歴然だ。先の戦いでもそれは理解しているだろうに、何故このような無謀な真似をした?」

 

「私しか前衛を務める者が居ない。それ以外の理由など無い。それに、無謀かどうかはまだ分からないぞ? 今回はキャスターや盾の英霊──さしずめシールダーか? といった戦力も有るからな」

 

 不敵に笑って答えて見せるアルテラだったが、それが虚勢であるのは明らかだ。支援が有ろうと無かろうと、単騎で突っ込んで来るようでは、アルテラに勝ち目は無い。

 せめて前衛を担うサーヴァントがあと一騎居れば、話はまた違ってきただろうが……。それも仮の話でしない。

 

「現実を見ろ。たとえ何人お前を支援するサーヴァントが居たとしても、単騎掛けをしてくる時点でお前に勝ち目など存在しない。それに、こちらが遠距離戦に切り替えれば為す術も無いのだろう?」

 

「ふん。貴様こそ、遠距離から矢を射るだけでは仕留め切れないと分かっているから、こうして姿を晒したのではないか? でなければ、弓兵が堂々と白兵戦を受けて立つとも思えんがな」

 

「………」

 

 減らず口を……と、言いたいところだが、それは否定出来ない。

 偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)で膠着状態を打破出来るのは確かだったろうが、アレだけで仕留める事が出来るとは到底思ってなどいない。

 盾の英霊はもちろん、その防御力には目を見張るものがある。あの盾を貫くのは困難──いや、不可能かもしれない。

 そして、キャスターといえど仮にもケルトの大英雄が、既知にも等しい宝具で簡単に殺せるはずも無し。

 人間を狙うならまだしも、それをさせてくれる程、アルテラとて弱ってはいない。

 

「図星、か。ならば、やはりこうなるのは必然だった。アーチャー、言っておくが私は負けるつもりは一切無いぞ。でなければ、軍神の剣を持って前になど出たりはしない」

 

 アルテラの目つきが鋭くなる。傷口を押さえていた手に力を込めると、苦痛に耐えながら傷を圧迫し始める。

 間もなく、手を離したそこからは、僅かばかりの流血が残るのみ。無理やり、力任せに傷を圧迫して封じたらしい。それがどれだけ無茶な応急手当てであるのか、後々で悪化するのは分かっているだろうに。

 まあ、その後が来る事は無いのだが。

 

「続けるぞ、アーチャー。貴様は何としてもここで破壊する……!!」

 

「フッ……。後ろのアレが何を企んでいるのか不気味なのだし、短期決戦と洒落込もうじゃないか?」

 

 互いに剣を構え、相手の出方を計る。懸念すべき岸波白野の姿が見えないのが不安要素ではあるが、アルテラさえ潰せば残す難敵はキャスターのみ。

 盾のサーヴァントは見たところ戦闘にはまだ不慣れ。こちらに依然分がある。

 

 万に一つも、オレが負ける事など無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに。私たちが不利であるのに変わりはない。

 

 けれど。

 

 万に一つだけでも、勝ち目(きぼう)は有る。

 

 

 

 アーチャーとアルテラの戦闘が始まってすぐ、私は彼がこちらを向いていない一瞬の隙を突き、密かに移動を開始していた。

 この街が廃墟化していたのは、今だけは好都合と言える。数多くの瓦礫は、敵の視界を遮る良い隠れ蓑の役割を果たしてくれる。

 アルテラの立ち回りが良いのも一助となっている。上手くアーチャーの視線を誘導し、私の姿が見えそうになっても、彼女が体を使ってアーチャーの視線を遮ってくれていた。

 お陰で、アーチャーの向きはキャスターたちのほうを向き続けているのに、私の隠密行動が悟られた様子は無い。

 

 いや、私が何かしようとしているのは感づかれているだろう。だけど、それが何かまでは予測出来ていないはず。

 

「…………、」

 

 息を殺し、気配を殺し、存在感を殺す。

 かつて、セイバー陣営で“精神の私”が、セイバーがアサシン先生と一目置く李書文に、気配の殺し方を教わっていた事がこんなところで役に立つなんて……!

 

 いや、素人にアサシンのクラスや彼ほどの達人技を再現するのは不可能なので、心得とちょっとしたコツを覚えただけなのだが……。

 それでも、戦闘中のアーチャーには気付かれないようには出来ている。これが私を見つける事だけに集中されたら、無意味な偽・気配遮断スキルであっただろうが。

 状況、地形に助けられた結果故の成功に他ならない。なので慢心せず、気配を潜めて前進を続ける。

 姿勢を低く、必要と有らば地面を這ってでも前に。……犬空間という、私の記憶する中ではトップレベルの屈辱が思い出されるが、背に腹は代えられない。

 

 プライドなんて、仲間を守る為なら捨ててやる。それでこの場を切り抜けられるのなら、そんなモノは安いものだ。

 

 そして、オルガマリーがヘタレ込む後ろにまで到達した私は、出来るだけ声を押し殺して彼女へと声を掛ける。アルテラがダメージを負ったらしく、もはや猶予は残り僅か。

 

(オルガマリー。タイミングは分かってるよね?)

 

 私の声掛けに、ビクゥッ! と過剰なまでに驚く彼女だったが、すぐに我を取り戻し、口元を押さえてこちらは見ずにコクリと頷いて返す。

 

 私はそれを確認し、彼女を置いて先を進む。この作戦において、オルガマリーは重要な役目を帯びている。アーチャーを倒す鍵の一つと言っても過言ではない程に。

 

 焦らず、確実に。目的の地点まで歩を進める。こうしている間にも、アルテラが頑張ってくれている。傷を負ってなおも懸命に。

 ならばこそ、私は、彼女の誠意に応えなければならない。

 

 

 

「………よし」

 

 目標だった地点───キャスターとの対岸側に辿り着いた。ちょうどアーチャーとアルテラを挟むような構図。オルガマリーを加えると、底辺の長い二等辺三角形のような位置取りだ。

 

 さあ、今こそ合図の時!

 

 私はキャスターによく見えるよう、大きく手を振る。もちろん、こちらに背を向けて戦うアーチャーには気取られる事のないよう静かに。

 

 これが失敗すれば、本当に打つ手無し。万事休すだ。

 

 だからこそ。絶対に成功させてみせる。全員で生きて帰る為にも。

 

 

 

 

 

 ───まさか、いつも見ていた背中を、私を守ってくれていたその背中を。

 

 この手で穿つ時が来るなんてね、アーチャー……?

 

 

 

 




 

突然ですが、

空前絶後の岸波白野ブーム到来か!?
と言いたくなるくらい、公式でEXTRAシリーズが賑やかな現在。
そんな中、とあるものを今日初めて知った私。
それは───



『Fate/育ステラ』(公式連載中)



え? ナニアレヤバタンカワイイ!!
ザビーズがついに霊基再臨(?)にてベビーズに。
やっぱ美男美女は赤ちゃんでも可愛いんだね。(真理)


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第二十三節 鶴翼三連

 

 

「! 嬢ちゃんからの合図か!」

 

 キャスター───クー・フーリンの視界に、岸波白野の姿が現れる。どうやら無事に反対側まで辿り着けたようだ。

 彼女がこちらへと手を振るのを確認すると、彼は待機しながら現在進行形で作用中とのものとは別に用意していたルーンを作用させる。追加として用意した術式は三つ。

 一つはここでアーチャーへの攻撃用に。もう一つは、彼自身と岸波白野の身体に。そして、最後の一つは───。

 

「坊主ゥ! あっちの嬢ちゃんの策の準備が整った! あとはお前さんが(おとこ)を見せるだけだぜ!!」

 

 意気揚々と、キャスターは藤丸立香を囃し立てる。もう彼を待つだけだと言わんばかりに。

 立香は、一瞬躊躇ったように顔を(こわ)ばらせるが、すぐに決意の意思を瞳に宿し返答する。

 

「分かった。キャスター、俺と───契約してくれ」

 

 ただの一般人だった彼は、この瞬間を以て、平凡な人間から逸脱する。英雄に価値を見出され、英霊から契約を持ち掛けられ、一時的とはいえ共に横に並ぶ者として立つ事を認められた。

 それが魔術師からすれば、どれほどの栄光であるのかは考えるまでもない。

 

 キャスターは彼の決意の言葉にニヤリと笑うと、握り拳を彼に向けて突き出した。

 

「よっしゃ! んじゃあ、よろしく頼むわ。マスター?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルテラとの戦闘が始まって5分が過ぎようとしている。だが、未だに他の者からのアクションが無い。何かを企んでいるだろう事は分かっているが、こうも動きが無いのは面倒だ。

 

「………、」

 

「ハア、ハア……!!」

 

 先程負わせたダメージが尾を引き、目に見えてアルテラの動きに鈍りが見え始めている。この分では、あと数分とせずして倒せるか。言わばこれは悪足掻きのようなものだ。倒されるのをただ待つだけで、アルテラがオレに勝つ未来は有り得ない。待っているのは敗北、消滅のみ。

 しかし、岸波白野がそれをさせる筈が無い。黙ってサーヴァントが倒されるのを見ている? 彼女がそんな薄情なら、月の王になど成りはしなかった。

 仲間想いの彼女に仲間を見捨てるという選択は考えられない。それが仲間からの頼みでもない限りは。

 

「そろそろ終わりにしよう。剣筋も容易く見切れる程に、お前は弱っている。いつまでも遊んでやるつもりは毛頭無いのでね」

 

「……、そう、だな。私もお役目御免だ」

 

「む……?」

 

 何だ? 今、オレの後ろを見て……、まさか。

 

 アルテラを蹴り飛ばし、無理やりに彼女との距離を離すと、急ぎ背後に目を向ける。

 そこには、やはりと言うか、()()が居た。

 

 距離にして数メートル程。キャスターよりは近いか? 彼女は腕を前に突き出し、手から光弾を撃ち出したところだった。

 

「コードキャストか!? ならば……!!」

 

 彼女の所有するコードキャストには、サーヴァントの動きを一瞬ではあるが完全に止めてしまうという強力なものがあったはず。

 一瞬、されどそれを可能とされるのは極めて危険。サーヴァント同士の戦いにおけるその僅かな隙は、命取りに成りかねない。

 

 だが、当たらなければ何の意味も無い。手にした剣を光弾目掛けて投擲する。あのコードキャストが想像通りのものであるならば、アレはサーヴァントの身体に作用するものであり、武器には発動しないはず。

 流石に贋作物である投影の剣は、あの光弾に被弾すれば消滅してしまうが、それこそ問題ない。また新しく投影すれば良いだけなのだから。

 

 しかし、

 

「何!?」

 

「そんなに簡単に行くと思ったか?」

 

 アルテラの得意気な戯れ言が背後から聞こえてくる。それもそのはず。光弾は投擲した剣をすり抜け、尚もオレに向けて飛来していたのだ。

 

「フェイク……幻影か!」

 

 なら本命は、このフェイクにより作った隙を不意打ちか?

 やはりアルテラから目を反らすべきではなかっ───

 

「残念。私でもないぞ」

 

 振り返り、彼女の攻撃に備えようとした刹那、しゃがんだ彼女の頭上を大きな火の玉が通過した。

 

「キャスター……!!」

 

 キャスターはただ様子見していたのではなく、これを待っていたのか……!

 回避は間に合うか……いや、既に不可能だ。避けられない間合いへと火球に入られている。時間にして僅かコンマ一秒。思考は回避を捨て、剣で受け止める事を選択する。

 新たに投影し、双剣で火球を受け止める。

 

「ぐ、く」

 

 魔力を蓄えていたのか、思った以上に威力が大きく、勢いを殺し切れない。しかし、このまま動きを封じられるのは危険だ。

 アルテラ、彼女が如何に弱っていようと、身動きの取れないオレを殺す事は容易いだろう。

 

 現時点で取れる選択肢は二つ。この火球が投擲物であると仮定し、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で防ぐ方法。

 もう一つは、手にしている双剣、干将・莫耶をオーバーエッジで強化して火球を切り裂く方法。

 

 どちらにするか。まだ確実性があるとするなら、オーバーエッジか。アイアスでは完全に防ぎ切れる保障は無し。オーバーエッジならば、攻撃力も上がりアルテラとの戦闘も幾分かは楽になる。

 

 魔力は使うが、躊躇している場合ではない。

 

「トレース・オーバーエッジ」

 

 発動すると同時、双剣が巨大化していき、火球に深く食い込んでいく。これならば、真っ二つにでも切断出来る。

 少し肝が冷える場面もあったが、こうして切り返せるのだ。詰めが甘かったようだな。

 

「フン!」

 

 全力を込めて、火球に食い込んだ剣を振り切る。クロスさせて受け止めていた双剣は、火球をXを描くように斬り裂いた。

 

 火球は分散した事で形状を保てず、小さな火の粉となって霧散していく。起死回生の策だったのだろうが、これで奴らも万策尽きたという訳だ。

 

「いい加減、こちらも貴様らには付き合っていられんのでね。それにまだ骨の折れる大仕事が残っている。そこのキャスターを除いた部外者は、そろそろ退場の頃合いだよ」

 

 そうだ。まだやらねばならない事がある。これ以上、奴らの悪足掻きに付き合うのは御免被りたい。

 

「退場、か。確かに、この狂った聖杯戦争の当事者である貴様らからすれば、キャスター以外は部外者だろう。サーヴァントである私であっても、この聖杯戦争には一切関わりは無い。だがな、こちらのマスターとて生存が掛かっている。故に退場などさせるつもりも無いし、するつもりも無い」

 

 ……なんだ?

 アルテラの勝利を確信したかのような口調。腹立たしくさえ思うその矜持は、何か根拠があるからこそ抱いたままでいられるというのか?

 

 何か、オレは見落としているとでもいうのか?

 

 

 

 

 

「───ッ!!!」

 

 

 

 

 

 瞬間、オレの思考が麻痺する。否、思考どころではない。

 

「ッッ!!!!」

 

 体が、動かない───ッ!!?

 

 背後から何か衝撃を受けたと感じた直後、全身を蝋で塗り固められたかのように、あらゆる筋肉に至るまでが硬直していた。

 この感覚、月の聖杯戦争で受けた覚えがある。いや、実際には違う形でならの話だが。

 ならば、この拘束はすぐに解けるはず。コードキャストを当てた絡繰りは不明だが、アルテラが踏み込んでくるまでには、体が自由を取り戻している事だろう。決定打には成り得ない。

 

 

 

「今だよ、オルガマリー!!」

 

 

 

 声が聞こえる。やはり、と言うべきか。その()()の声は、衝撃が来た背後、その遥か後方より聞こえてきた。

 声の感じからして、それなりの距離。先程見えていた彼女の位置よりも更に遠い。

 

 しかし、なるほど。まだ何か策を敷いていたか。そして、おそらくそれを回避する術は無く、オレに為す術も無い。

 

「ぐっ……!!」

 

 予想通り、体の拘束が解ける事を待たずとして、今度は真横からの衝撃を受ける。麻痺という拘束の上から、二重で縛るようにルーンがオレの体を捕縛し固定化させた。

 やったのは他ならぬ、魔術師の女。オレが脅威足り得る敵と見なさなかった人間。彼女は、単に囮でもなければ捨て駒でもなく、むしろ逆だった訳だ。

 

 既知にして未知でもあるキャスタークラスのクー・フーリンではなく、かつてのマスターとして既知である岸波白野でもなく、未知ではあるがサーヴァントとして未熟な盾の英霊でもなく。

 単に魔術師であるというだけの、臆病な人間だからこそ。

 オレに対し完全に不意を突ける存在と成り得た。

 

 あの若き少年(マスター)では無理だった。オレの殺害対象として認識されたが故に、分厚い盾に守られた彼では、この不意打ちは決して出来なかった。

 

「………、」

 

 仕上げはキャスターか。遠くで奴の宝具らしき巨大な炎が見える。人型……いや、アレは腕だろうか?

 まるで燃え盛る巨人の腕のようだ。

 

 それにしても。

 

 まさか、オレが敗れるとはな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルガマリーがキャスターから託されたルーンにより、見事にアーチャーを捕縛した直後、遠くで大きな炎の腕が現れるのを視認する。

 距離があるのに分かるくらいに巨大なソレは、他ならぬキャスターの切り札。宝具に他ならない。

 立香が彼のマスターとして仮契約をした事で、キャスターは魔力切れの心配無く宝具を発動する事が可能となったのだ。

 ただ、今回の場合は断片的な宝具の展開である。本来なら、腕だけではなく、炎に包まれた巨人そのものが現れるらしい。

 それをしない理由は一つ。今ここでアーチャーを倒し、消滅させてしまうのは勿体ないからである。

 

 言わば、彼は現状の私たちにとって、失うには惜しい貴重な情報源。動きを束縛し、更にルーンの効果による霊体化の阻止により、アーチャーは正真正銘、全くの身動きの取れない虜囚も同然なのだ。

 

「……アーチャー」

 

 私は、両膝をついて顔を伏せる彼の元へと歩み寄る。

 彼の人となりは知っている。けれど、それは遥か昔の事のように朧気で、彼をよく知っているはずなのに、何故か、ひどく他人事のように感じて仕方ない。

 自分ではない誰かの記憶を覗いているかのような、奇妙な感覚。

 

「……やはりキミは食えないな。巫女姿のキャスターやアルテラの元で過ごしたせいで、更に(さか)しくなったのではないか?」

 

 私の接近に、彼は皮肉を述べながら顔を上げた。その顔には、一切の後悔も未練も無く。淡々とニヒルに笑ってみせる彼。それが強がりからくるものではないと、何となく理解出来る。

 

「それにしても、キャスター、キミ、そして魔術師である彼女の三連撃と来たか。いや、三位一体と言うべきかな? 即席だったろうに、よくもまあ成功させたものだと感心するよ」

 

「それは違うよ、アーチャー。普段のあなたなら、もっと冷静に私たちの一挙手一投足の全てを見通せていたはず。あなたは汚染の影響を受け、好戦的で細かなところにまで目が及ばなくなっていた。だから、あなたは私たちに、この勝利を掴ませる隙を与えてしまったの」

 

「………。どうせ負けた身だ。オレをすぐに消滅させないのは、大方あの炎の巨腕を使って拷問でもする為なのだろう。なら、責め苦への餞別として、さっきのキミのコードキャストを当てたトリックを教えてもらっても?」

 

 私を見る彼の瞳に侮蔑は無く、ただただ率直な尊敬の念すら感じる。トリッキーな戦略を好む彼にとって、己を嵌めたこちらのやり口が気になったのだろうか。

 

「いいよ、教えてあげる。と言っても単純な話で、蜃気楼の応用ってだけ。最初にアーチャーが見た私とコードキャストは幻影(ミラージュ)。その後方で本物の私がコードキャストを放ったから、幻影もそれに同調していたんだよ」

 

 キャスターが得意とする魔術は、その宝具からして炎に関するものらしく、熱量の操作程度なら可能。蜃気楼も彼のルーンの応用だった。

 つまり、彼は私と自分に熱量操作のルーンを仕掛け、そのルーンが掛かっている事の隠匿と、オルガマリーに渡した射出式拘束ルーン術式の、計三つの異なるルーン魔術を同時に行使していたのである。

 

 ──そして、この三連撃はアーチャー。他ならぬ、あなたの得意とする技、『鶴翼三連』を参考に組み上げたものだ。

 

 私の説明に、アーチャーは一瞬目を見開くが、すぐに納得したようにその目を細める。

 

「そういう事か。あの男、細かな作業は不得手に見えたが、存外に器用だったという訳だ。そういえば、現世に馴染んで様々なアルバイトも掛け持っていたな。道理で……」

 

「ハッ。こちとら、()()スカサハにルーンの基礎を叩き込まれたんだ。それくらいこなさなけりゃ、槍で全身串刺しモンよ!」

 

 と、キャスターが炎の巨腕を後ろに従えて、こちらへと来た。そろそろアーチャーから情報を聞き出すのだろう。

 

「おう、嬢ちゃん。今は敵とは言え、お前さんにとっちゃ互いに情のある相手だろ。今からすんのは、ガキの目にゃあまりに酷だ。見たくなきゃ、坊主とマシュの所で待ってな。情報引き出すのはオレとアルテラ、それと所長さんでやっからよ」

 

 キャスターの提案は、心の底から私を案じてのものだ。

 私には、アーチャーとの記憶が霞が掛かったように、朧気にではあるが確かに存在している。あまつさえ、彼と月の聖杯戦争を駆け抜けた事があったようにさえ思える。

 そんな、浅からぬ縁を持つアーチャーの、苦痛に歪む顔を見たいと思うはずがない。

 

 けれど。

 

「……ううん。私も、立ち合う。私だけは、目を背けちゃいけないと思うから」

 

 いずれかの世界で、私はきちんと自覚出来ないけれど、私と彼はマスターとサーヴァントとしてパートナーになった事があるのかもしれない。だから、こんな曖昧な記憶が混在しているのかも。

 なら、もしその仮定が正しいとするなら、たとえその私は()じゃなかったとしても、岸波白野として彼の在り方を見届ける義務がある。

 

「いいんだな? なら、オレは止めねえ。キツくなったら離れたらいいだけだしな。遠慮しねぇで言えよ?」

 

 キャスターの気遣いに、礼として軽く頭を下げる。

 

 そうだ、私はこの道を避けてはならない。この特異点に来た時点で、弱音を吐くのは許されていない。たとえ知り合いが、友が、家族が敵になろうと、躊躇すれば死ぬのは私たちなのだから。

 

「さて、それじゃ始めるか───」

 

 

 

『ちょっと待った!!』

 

 

 

 

 キャスターが炎の巨腕でアーチャーを掴もうと動き出した直後、いきなり通信が入る。

 それは当然ながらカルデアからのもので、声の主であるDr.ロマンの大きな声が響く。相当慌てているように聞こえるが……?

 

「なに? 何かあったのロマニ!?」

 

『全員急いでそこを離れるんだ! とても巨大な魔力反応が、物凄い速度で君たちに接近してる!!』

 

「え───」

 

 彼の報告に驚く間もなく、私たちはすぐさま、その脅威の正体が何であるのかを知る事となる。

 

 

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■───ッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 咆哮が轟く。

 腹の底から震え上がってくるような、獰猛な獣の如き咆哮。

 

 それは、破壊の限りを撒き散らしながら、着実にこちらへと近付いて来ていた。崩れた家屋、積み重なった瓦礫の山を、まるで小石でも蹴るかのように、いとも容易く砕いて走るソレ。

 

 深く考えるまでもなく、私は理解した。こういった暴力の塊かのようなクラスを持つサーヴァントを、聖杯戦争では何と呼んだか。

 

 そう、そのクラスとはすなわち───

 

 

「バーサーカー……!!?」

 

 

 けたたましい破壊の音を引き連れ、こちらへとやってくる暴威に、私やオルガマリー、マシュに立香が唖然と恐怖に呑まれる中、サーヴァントたちはすぐに戦闘態勢へと戻る。

 

『な!? 戦うなんて無茶だ! アレは万全でも勝てる見込みが少ない! 一旦撤退して、対策を立てないと……!!』

 

「バカか! んなコト言ってる場合かよ!! 走って逃げ切れる相手じゃねぇ。誰かが足止めするっきゃねぇ!」

 

「そうだ。逃げろ、マスター。離れていても感じるこの濃い神の気配、流石は大英雄ヘラクレス、といったところか。アレは並みの人間が対峙して勝てるものではない。むしろ足手まといになるだけだ」

 

 キャスター、アルテラが私たちに逃げろと背を向ける。自分たちを置いて逃げろ、と。

 

「そん、な……こと、」

 

 

 

 

「そう。仲間を置いて逃げるなど、岸波白野に出来る筈がない」

 

 

 

 

 黙って私たちのやりとりを見ていたアーチャーが、急に口を開く。それは私への罵倒ではなく、確信を持って告げた、ある種の私への信頼でもある。

 

「アーチャー……?」

 

「かつて、仲間に後を託された事は有れど、自分から見捨てた事の無いキミに、アルテラやクー・フーリンを見捨てる選択肢は無い。故に、こうなる事は確定していた」

 

「何を言って……」

 

「バーサーカーの脅威を前に、即座に盾のサーヴァントの元まで退いていれば、話は少し違ったのかもしれないが。つまりは、こういうコトだよ」

 

 アーチャーが口角を釣り上げたのを確認した瞬間、私は体が宙を浮くのを感じた。

 否、何者かに抱えられている!!?

 

「なっ───!?」

 

「白野!!?」

 

 急激にオルガマリーやアルテラたちから遠ざかっていく視界。仲間たちもバーサーカーの襲来に加え、突然の不意打ちに、誰一人と反応出来なかった。

 私は急ぎ、自分を攫った何者かに目を向ける。真っ黒な布切れを纏い全身を覆い隠した誰か。おそらくはアサシンのサーヴァント。

 

「離して!!」

 

 必死に抵抗するも、それはまるで意味を為さない。同じサーヴァントであるはずなのに、非力すぎる私では、どんなにもがいても逃げられない。

 そうこうしているうちに、みんなの姿がどうにか視認するのがやっとになってしまう程に距離を離されてしまった。

 

「多少計画に狂いが生じたが、アーチャー殿の作戦、これにて完了ですかな?」

 

 低い声が耳に入ってくる。体格からして男だとは分かっていたが、その口調に違和感を感じた。

 いや、彼だけじゃない。ランサー、アーチャーも汚染されたという割に、そこまで狂気に駆られてはいなかった。

 もっと、バーサーカーみたく理性さえ失ってしまっているように思っていたのに。

 

「作戦……つまり、最初から狙いは私だった……?」

 

「それについては、まだお答えしかねる。本当に貴女が我らに有用な存在なのか、それを見極める必要があります故に……」

 

 私を即座に殺さなかった点から、今のところ命は保障されている、か。

 だが、向こうが心配だ。バーサーカー相手に、みんなどうか無事でいて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターを奪われた。これは許し難い失態だ……!!」

 

「だからって、テメェが抜ければここの全員が死ぬ! 今はバーサーカーに集中しろ! ここですぐに殺さなかったってのは、裏があるに違いねぇ。生きてさえいりゃ、まだ希望が持てるだろうが!!」

 

 岸波白野を連れ去られ、今にも追いかけようとするアルテラを諫めるキャスター。やはり、この男は野蛮なようでキレる男のようだ。

 

「ロマニ! ロマニ!! どういうコト!? アサシンの反応を探っていたはずでしょう!?」

 

『やられた……! 敵はバーサーカーの出現を隠れ蓑にしたんです。だから、アサシンの接近にまで気が回らなかった。これは完全に僕らスタッフの失態です。巨大な脅威を前に、冷静さを欠いてしまった……!!』

 

「そんな……。白野が、私のサーヴァントが、たった一人の私の理解者になってくれるかもしれなかった彼女が……!!」

 

 悲嘆に暮れる魔術師の女は、膝から崩れ落ちた。心が折れてしまったか?

 それにしても驚きだ。まさか、あの岸波白野がサーヴァントであったとは。なるほど、だからアルテラも()()に違和感を覚えなかったのか。

 

「アーチャー、さっきの口振りからするに、貴様の狙いはコレだったのか。我が虜を拐かしてどうするつもりだ」

 

「おっと。そう怖い顔で睨まないでもらいたい。彼女は、我々にとっても想定外の切り札と成り得る存在だ。千載一遇の逆転を狙う上で、彼女ほどに都合の良い存在も居るまい」

 

 今にも射殺さんばかりの視線を向けてくるアルテラだが、こちらの言葉に疑念を持ったらしく、殺気はあれど、今にも飛び出しそうだった殺意が引っ込んでいく。

 

 よし。少し予定とは異なるが、これはこれで良い采配となった。

 

「そこの魔術師のキミ。少しいいかね?」

 

「…………何か」

 

 かなり意気消沈しているが、こうなってしまっては、いつまでもその調子でいられても困る。故に、ここは一つ、彼女の喜ぶような取引をするとしよう。

 

 

 

「提案だ。オレ───いや、私と、取引をしないか? こちらが取引の成功報酬として提示するのは、岸波白野の命。そして、

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()、だ」

 

 

 

 




 



最近ようやく異動場所での仕事に慣れてきました、私。
これで更新間隔が少しでも早くなればいいのに(それはそれとしてゼルダの伝説ブレスオブザワイルド楽しい)。


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第二十四節 異形の者

 

 アサシンに誘拐された私が運び込まれたのは、どこかのお寺みたいな場所だった。街の惨状と対比するかのように、ここは損壊がかなり少ないように見える。お寺=神聖な場……だからとか? いや、それは無いか。そんな安易な理由ではなく、単純にこの場所が戦場にはならなかっただけだろう。

 方角的に山へと向かっているのは把握出来ていたが、それにしてもお寺とはまたどういった了見……、

 

「………あれ?」

 

 見知らぬ場所であるはずなのに、何故か少し見覚えがあるような……。そういえば、セイバーやキャスター、アルテラと共に駆けたセラフでの戦場に、こことよく似た場所があった気がする。

 もしかしたら、月の聖杯大戦でのあそこは、ここを再現していたのかもしれない。

 

 目的地はここかと思ったが、どうやら単なる通過地点であるらしく、お寺を過ぎて林の中へと連れられる。わざわざこんな奥にまで進むのは、山の中に何かあるからなのだろうか。

 

 しばらく道無き道を進んだところで、やがて洞窟らしきものの前に出る。そこで唐突に、今まで脇に抱えられていた私だったが、地面に下ろされる。意外なまでに丁重に下ろされ、言葉遣いからもこのアサシンがそういう気性の持ち主なのだと理解出来た。

 汚染され、一体どこが狂ってしまっているのか検討もつかない。

 

「失礼、ここからは御自分で歩かれたく。今は回復に専念しているとは言え、気の触れたライダーが現れ、いつ見境無く貴女を襲ってくるやも分からぬ故、貴女を抱えたままではロクに戦えないのです」

 

 ライダー───メドゥーサか。確かに、彼女には私やアルテラへの借りがあったが、アサシンとは仲間ではなかったのか?

 

「どうして、あなたは私への対応が丁寧なの? それに、ライダーと戦うって……何故?」

 

「汚染されたサーヴァントの全てが、(あるじ)に忠実であるとは限らない。ましてや魂が汚染されているのです。元々の性質から変異するのは当然。ライダーはそれが顕著なようですが、貴女は我々にとって鍵と成り得る存在。みすみす殺される訳にはいきません」

 

 淡々と、理由を述べるアサシンだったが、核心は口には出さない。彼の言葉には、何をするために私を連れて来たのかという、肝心の部分が抜け落ちていた。

 

「そうですな……私から言えるとすれば、今はライダーやそのマスターとは同じ陣営ではありますが、特に仲間意識を持ってはおりません。彼女らとは、そもそもの目的が違う。私が聖杯を求める理由も、彼女らが聖杯を使って何をしようとしているのかも。根底から、あまりに異なってしまっている」

 

「……聖杯を使って、何かを?」

 

 聖杯。神の子のソレとは別物であり、それは魔術世界においては万能の願望機とも呼ばれるモノ。

 英霊の魂を捧げ、その器に溜め込んだ膨大な魔力を以て、どんな願い、望みをも叶えてみせる奇跡の杯。

 

 聖杯とは銘打つものの、それが必ずしも杯の形をしているかと問われれば、答えは否である。

 万能の願望機としての機能を果たすのであれば、それがヒトであれ、どんなモノであれ、或いは概念であっても、『聖杯』と呼称する。ちょうどムーンセルオートマトンが巨大な聖杯であるのと同じように。

 

 聖杯が叶える願いに善悪は関係ない。要は使う者の願いを叶えるだけの機械のようなもの。

 

 使用者が富を望めば、莫大な金銭を。

 使用者が名声を望めば、栄誉や地位を約束し。

 使用者が虐殺を望めば、あらゆる命を殺し尽くす。

 

 何を願うのか。聖杯はそこに善悪の価値を問わないのだ。

 

 だが、聖杯の存在は魔術世界で広く知られるが故に、一般人のような願いを魔術師が叶える事は稀だろう。

 魔術師とは、根源を目指すもの。たいていの魔術師は、根源への穴を開ける為に聖杯を利用しようと考えるらしい。

 

 そして、今回問題視するべきは、敵が聖杯を使って何を為そうとしているのか。既にこの都市の虐殺は為されている。なら、次は全人類を滅ぼすとか?

 いいや、虐殺は聖杯を求めた結果としてでしかないのかもしれない。

 だからこそ、敵の目的を知るべきだ。その願い、目的次第では、聖杯の奪取もしくは破壊が必然性を帯びてくる。どちらにしろ、この街の惨状を作り出した張本人が願う事など、ろくでもない願いであろうが。

 

「セイバーがマスター……じゃないよね。この聖杯戦争は狂ってしまったけれど、元々は歴としたマスターも居たはず。もしかしたら、この聖杯戦争が狂ってしまったのは、そのセイバーのマスターが原因かもしれないし」

 

「……そろそろ口を噤んで頂こう。ここは貴女にとって虎穴も同然。敵の本拠地において、あまり談話するのは推奨しかねます。どこにマスターの目があるかも分からぬ故に」

 

 あっ、と私は言われて慌てて口を両手で塞ぐ。アサシンは立ち位置からして、敵陣営に対し何か叛逆の兆しがあるように見受けられる。

 あまり声を大にして、本来は敵である私とこの場での会話は避けたいのだろう。

 だが、まだ気になる点というか、もしライダーと戦闘になった場合の言い訳は考えてあるのだろうか。それが聞きたかった私は、出来る限り小声で問うてみた。

 

「でも、ライダーと戦うなんて大丈夫なの? 敵を庇うなんて、それこそ本末転倒だと思うけど……」

 

「ご安心を。申し開きはアーチャー殿が既に考えております。私はそれを盾に貴女を守りましょうぞ」

 

 ……何故だろう。素直に安心出来ないのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い洞窟を進んでいく。下へ、下へと降りていく。

 

 人の手が入っていない洞窟内は、当然ながら整備されているはずもなく、覚束ない足取りで私は転ばないように足元に注意して歩く。

 しかし、こう見えて私は多くのアリーナを制覇した健脚の持ち主でもある。走りに走った私の脚が、多少歩きにくい程度で速度を落とす事はないのだ。この脚を鍛えてくれた強化スパイクに感謝。

 

「………」

 

 耳に届くのは、自らの息遣いと足音、そして天井から滴る水の音くらい。恐ろしい程に静かな洞窟内は、この世からあの世へと向かう道のりなのではないかとさえ思ってしまう。

 アサシンは足音はおろか、呼吸さえ無音と、流石は暗殺者のクラスなだけはある。まるで一人きりで洞窟を進んでいるかのような気分だ。

 時折、どこからともなく聞こえてくる風の音が、魔物の唸り声を彷彿とさせ、余計に恐怖を煽っている。

 

「……っ!」

 

 更に深く深くへと進むと、次第に周囲にも変化が表れ始める。元々洞窟内だけあってヒンヤリとした空気だったが、それが奥に行く毎により冷たくなっていくのだ。

 肌寒いとか、そういう次元ではない。それは不安や恐れといった負の感情を増長させる悪寒となって、私を襲っていた。

 物理的に寒いだけではない。心にすら働きかけてくる寒気は、決して自然界には存在しえないもの。言わば、人工的に発生させられた邪気のような……。

 

 端的に言おう。私は、この洞窟の最奥に行きたくないと感じている。気味が悪い。気持ちが悪い。気分が悪い。

 人間に不快感を与える()()が、この奥底には潜んでいる───と、直感的に私は思ったのだ。

 

「……さて、そろそろ旅の終着点です。しかして心されよ。この先に居るのは、この地方都市を壊滅へと追い込んだ張本人。醜悪で邪悪、されど誰よりもヒトらしくあった怪物(にんげん)の成れの果てですぞ……」

 

 アサシンの声色が変わる。警戒心を最大限にまで露わにし、いつ何が起きても即座に動けるように、彼は纏っていたボロボロの黒いローブを脱ぎ捨てた。

 決して筋肉質とは言えないが、それでもその体躯は一般男性を優に上回っている。黒い肌、顔に直接縫いつけられた髑髏の仮面。片方の腕は包帯のようなものでぐるぐる巻きにして秘されている。そこには何が隠されているというのだろうか。

 

 彼が言った事を思い出す。

 

 ───同じ陣営であっても、仲間だとは思っていない。

 

 つまり、配下であるはずの彼であっても、気を抜けばその命を刈り取られる、と。

 

「……自分の仲間でも躊躇なく殺せるんだね。あなたたちのマスターは」

 

 それは、なんて惨い事なのか。

 アサシンは私の言葉に答える事はなく、たどり着いたその先へと歩みを進めた。それこそが返答であると言わんばかりの背を、私も意を決して追いかける。

 

 

 

 そこへ足を踏み入れた瞬間、これまでのジメジメとした空気とは一転、渇いた冷気が頬を撫でる。自然の産物であるはずの洞窟の最奥に広がっていたもの。それは、不自然なまでに開けた空間だった。

 明らかに異質な大空洞。これまで歩いてきた箇所は人の手が加えられてはいなかったが、ここはそうじゃない。どう考えても人工的に作り出された空間である事は疑いようがない。

 

「…………?」

 

 ふと、視線の先がぼんやりと明るくなっている事に気付く。山──いや違う。小さな丘の頂、その奥から光が漏れ出しているような感じだ。

 

 その淡い光に誘われるように足を運ぶ私だったが、

 

 

 

 

「そこで止まりなさい」

 

 

 

 

 不意に響いた女の声に、私の体はピタリと動きを停止した。儚くも可憐、それでいて芯の通った凛とした声音。

 

「え……」

 

 私は、その声に覚えがあった。いや、忘れる訳がない。忘れて良いはずがない。

 

 けれど、有り得ない。

 既に月の蝶は消え去った。ならば、もう二度と聞く事は叶わないのに。

 

 どうして、()()の声が聞こえたの……?

 

 だが、彼女は私の事など無視して言葉を続けた。

 

「アサシンさん。これはどういう事ですか? アーチャーさんとあなたには、この聖杯戦争において未確認のマスターと、そのサーヴァントの討伐を命じたはずです。別に生け捕りにしろとは言いませんでしたよね?」

 

「確かに。我らが仰せつかった命令は、彼女らの全滅。しかし、予想外にも敵はなかなかの強者でして。キャスターも新たにマスターを得てしまい、アーチャー殿の作戦が瓦解してしまいましてな。それならば、と人質を取ると同時に敵の戦力を削る方針に急遽変更した次第。彼女を捕らえたのは、苦肉の策だったのです」

 

「ふーん……そうですか」

 

 アサシンが言葉を選んでくれているのが分かるが、()()は彼の報告をつまらなそうに聞き流す。今の彼女の興味は別の所にある。

 言わずもがな、それは私だ。ジロジロと、舐め回すように観察してくる()()の視線に、胃が重くなるのを感じ始める。

 

 ()()の顔も、声も、全て知っているものと同じはずなのに。何故か嫌悪感しか湧いて来ない。

 見た目は同じでも、中身がまるで違っている。

 

「……あなたは、桜?」

 

 恐る恐る、声が震えそうになるのを堪えて、私は彼女()に問いかけた。

 彼女はその事に驚いたように、目を丸くして、だがすぐに再び冷たい瞳に戻る。

 

「驚きました。私の名前、知ってるんですね? 誰からか聞きましたか? キャスターさん───は、無いですね。あの人とは少し面識がある程度だし、彼にとって私はいきなり現れたブラックボックスでしたから、名前なんて知らないでしょうからね」

 

 淡々と、さりとて冷淡に。己が桜であると認めた少女は、無表情で言葉を紡ぐ。本当に人間かと疑いたくなるくらい、感情の籠もらない言葉。

 彼女は桜だが、私の知るセラフでの桜とは異なるのだろう。セラフの桜は、元となった少女の再現体である。となれば、この目の前の少女こそが、地上における本当の桜という少女に他ならない。

 藤色だったはずの髪は白く変色し、黒いワンピースのような服に身を包んだ姿から、桜という少女の本質が変質してしまっているのは明らかだ。

 それは、月の世界での彼女を知る私からすれば、一目瞭然だった。

 

「……そういえば、ライダーやアーチャーさんの報告にあった女の子の特徴と、あなたは一致しています。なら、あなたがライダーを撤退させたマスターさん、という事ですか?」

 

 ジッと見つめてくる彼女の濁った瞳に、私は金縛りにでもあったかのように身動きが取れない。途方もないプレッシャーが、彼女という存在の異質さを表しているかのようだ。

 体は動かないのに、顔だけが桜の問いに答えようと勝手にコクリと頷いた。まるで催眠術にでも掛けられた気分になる。

 

「そう……。アサシンさん、本当なら無駄な事を、と叱責するところでしたが、今回は許しましょう。彼女はライダーの好みに合うそうですし、たっぷりねっとりと愉しませてあげないと。生贄にするのは、ライダーが愉しんだ後でも十分ですもの」

 

 そこで初めて、桜が笑った。ニタリ、と邪悪に歪んだその笑顔は、およそ人間が浮かべるものではなかった。

 悪魔の微笑み───そう比喩しても何ら遜色ない程に。

 

 背筋が凍る。これまで感じた中で一番の恐怖。人間とは、これほどまでに異端に堕ちる事があるのかと戦慄さえする。

 

「ライダーは今は眠っているから、彼女が起きたらそこのマスターさんを食べてもらいましょう。それまでは、アサシンさんが見張りをしてください。頼みましたよ?」

 

 桜はそれだけ言うと、その姿を瞬く間に消した。例えとかではなく、本当に、最初から何も無かったかのように。煙の如く、闇に溶けてしまった。

 

 今まで会話していた彼女は、おそらく実体ではなかったのだ。そうだというのに、恐ろしい事に虚像であってもあの巨大な重圧感。本物は一体どれほどの怪物なのか……。

 

 アサシンも、少し緊張が解けたように息を漏らすと、()()を続ける。

 

「では、お目通しと報告も済んだ事です。早速ですが、貴女には牢に入って頂きたい。まあ、洞窟故に牢と言えるような立派な造りは皆無ではあるが……」

 

 閉じ込める、といった機能を果たすモノが無いのだろう。天然の洞窟にそれを期待するのは無理がある。

 アサシンという見張りが居てやっと、錠が無くても牢としての機能を果たすのだろうと推測する。

 

 ……それにしても、まさか見知った顔、それも予想の斜め上な人物と遭遇するとは。この特異点に来て、もう何度目になるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……ここであれば、少しは言葉も交わせるでしょう」

 

 アサシンに連れられて来たのは、少し戻って分岐点を進んだ先。大空洞からかなり離れた位置にある、この洞窟の行き止まり。思ったよりも入り組んではいないので、マップが無くてもそうそう迷子にはならないはず。

 

 ところで、もう普通に話しても大丈夫なのだろうか?

 

「心配めされるな。大きな声での会話は出来ませぬが、こうして近距離で話をする程度ならば安心しても良いでしょう。軽くこの行き止まりとその周囲を確認しましたが、仕掛けらしきものや魔術の痕跡も見受けられない。……油断は禁物ですがな」

 

 聞くより先に、アサシンが教えてくれた。もしかしなくても顔に出ていたのかも。

 

「……アサシン、そろそろ私をここに連れて来た理由を教えて。私が切り札になるってどういう意味なの?」

 

 私の一番の疑問。それは、何故私なんかを誘拐したのか、だ。

 自慢ではないが、私には戦闘能力はほとんど無い。いや、皆無と言っても過言ではない。コードキャストだって、サポートはこなせられても、決定打には成り得ない。

 私は誰かを、サーヴァントを支えてこそ真価を発揮するタイプだと思うのに、私が選ばれたのは何故?

 

「そうですな……。もっと細かに言うのであれば、貴女とその指輪───それが揃って初めて、アーチャー殿の策が成立する……とか。詳しくは私も聞かされていないが、あと一人、もう一手が欲しいのもまた事実。やはり、あの時に貴女だけしか連れて来られなかったのは痛手やもしれぬ……」

 

 本当に残念そうに溜め息を吐くアサシン。いや、私のほうがもっと溜め息を吐きたいのだけども。

 

「本来の計画ならば、貴女ともう一騎、弱ったサーヴァントを拉致する予定でしたが、貴女方は思いの外に強かった。故に、切り札足り得る貴女を確実かつ堅実に手に入れに行ったという訳ですが、こうなるとアーチャー殿が共に帰還出来なかったというのは、それこそ想定外である次第でして……」

 

「え? なに? つまりはアーチャーが居ないと作戦も何もないって事?」

 

「……まあ、掻い摘まんで言えば、そうなるかと」

 

 …………、あの色黒白髪頭。今度会ったらシバく。肝心なところが抜けてちゃ、作戦もクソも有ったもんじゃない。

 

「だが、彼は幾つものシナリオを用意していた。その中には、貴女を拉致するのに成功しても、彼がその場に取り残されるというものも有ったはず。彼なりに上手くやるでしょう。それは、貴女が一番よくご存知なのでは?」

 

「……、」

 

 確かに。あの食えない男の事だ、自分無しで作戦が成立しないと分かっているなら、下手に死んだりはしないだろう。

 というか、私をダシにしてちゃっかりオルガマリーたちと交渉なんかしちゃってたりして……。

 

 ………え? いや、まさかね? アハハー……。

 

 

 

 

 ……うわぁ、本当にやってそうな気がする……。

 

 

 

 

 

 



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第二十五節 オルガマリーの決断

 

 

 

「取引、ですって……?」

 

 目の前の男は一体何を言っている?

 白野の命を助ける? それだけならまだしも、特異点の消滅にまで手を貸す?

 さっきまで互いに殺し合いをしていたのに、ここにきて取引を持ち掛けてくるこのサーヴァントの真意が、とてもではないがまるで読めない。

 

『所長! そのサーヴァントの言葉の裏を読むのは後回しにして下さい! 今はバーサーカーをどう対処するかを考えないと!』

 

 ロマニの言葉に、わたしの意識が再起動する。思考し過ぎてしまったが、言われてみれば今まさにピンチだった。

 取引云々はともかくとして、この窮地を脱しなければ、それどころの話ではないのだ。

 怯えてばかりもいられない。わたしはカルデアの所長。部下の前で、これ以上の恥を晒すワケにはいかない。

 

「……ふぅ」

 

 一息つき、精神を落ち着かせる。これまで、わたしは辛い道を歩んできた。どんなに厳しい魔術の訓練も血反吐を吐いてでもこなし。膨大な知識を修めんとあらゆる書籍や論文、魔道書の写しを四六時中読みふけり。昔からアニムスフィア家を煙たがっていた魔術協会の連中とだって、父が亡くなってからはカルデアの存続の為に必死で渡り合ってきた。

 

 確かに命の危険とは無縁ではあったけれど。わたしの人生は自分でも過酷なものだと思う。

 長い道程、今ようやく命の危険と隣り合わせになる時が来た。いずれ来るべきものがついに訪れたというだけの話だ。

 思い出せ、オルガマリー・アニムスフィア。屈辱も、苦痛も、困難も、全てを越えてわたしは今ここに立っている。

 世襲的にカルデアを受け継いだようなものだけど、わたしよりも父の後継者らしい弟子だって居たけれど、カルデアを引き継いだのがわたしだからこそ、父の跡を継いで所長という重大な責務を果たさねばならないのだから。

 

 アニムスフィアの系譜として、そして現在の当主として、覚悟を決めろ、オルガマリー!

 

「キャスター、ルーン魔術で可能な限りトラップを作って。出来れば落とし穴系統が好ましいわ。そしてその穴の中に爆発する二重トラップを設置して。出来るかしら?」

 

 わたしの言葉に、振り返る彼と目が合う。数秒足らずの僅かな時間ではあったが、険しかった顔付きはすぐさま破顔一笑へと移りゆく。

 

「ちょいとばかし面倒な仕事だが、出来ねぇコトはねぇ。なにより、イイ女からの頼みとあっちゃあ断れるかよ。んなコトしたらフェルグスの伯父貴に笑われちまう」

 

 言うより早く、彼は膨大な量のルーン文字を展開させ、近隣へと術式を設置していく。わたしを魔術師と敬遠していたように思ったが、今の視線の交差で、彼の中のわたしの評価が少しだけ、変わったような気がした。

 

 さて、次はアルテラだ。彼女は白野のサーヴァントだが、わたしの指示に従ってくれるだろうか。

 いや、迷う時間はない。これは生きる為、そして白野を救う為の行動。ならば、彼女も最善で最短の手段を良しとするに違いない。

 

「アルテラ、あなたは体力の消耗が激しいわ。なので攻撃には出ずに、わたしとそこのアーチャーを担いで一時撤退よ。アーチャーの言う取引とやらは落ち着いてから聞きます」

 

「……アーチャーもか。本当なら断りたいところではあるが──我が虜を交渉材料に選んだ以上、見過ごす手はない。よし、その指示に従おう」

 

「ありがとう。それと───」

 

 アルテラに抱えられながらも、わたしは指示を飛ばすのを途切れさせない。

 

「マシュ、それに藤丸の両名もわたしたちと一緒に退くわよ。キャスター、トラップを仕掛け終えたら、わたしたちを追走して。そしてトラップからまた少し距離が開けば同じトラップを仕掛けなさい。それの繰り返しよ」

 

「おう、アレだな。逃げつつも敵を足止めしろってこったろ? 殿ならそのやり口はお門違いだが、生き残る為ってんなら話は別だ。バーサーカー相手にどこまで通用するかは分からねえが、やってみる価値はあるな。なんなら、違う方向へ誘導だってしてやるぜ」

 

 よし、ひとまずの方針は定まった。今は確実に自分たちが生き延びる。白野の救出は、万全を期して臨むべきなのだから。

 

「ロマニ、逐一バーサーカーの位置を報告しなさい! バーサーカーがわたしたちの軌道から外れ、距離を離せれば逃走は成功とします」

 

『了解です。よし、じゃあキャスター。キミに直接通信を繋げられないから、仮とはいえ契約したマスターである藤丸くんを通じて、随時状況を把握してくれ。藤丸くん、精神感応(テレパス)は分かるかい?』

 

「え? えっと、いや……分かりません」

 

「心配すんな坊主。オレがルーンで経路(パス)を作っとく。それなら素人でも簡単に念話程度なら出来るさ」

 

 ホント、ルーン様々ね……。ちょっと万能すぎない?

 いや、助かるからありがたいのだけど。

 

「よし。では、一時撤退します! 皆、必ず生き延びるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーチャーとの戦闘があった場所からどれだけ離れただろうか。どれくらいの時間が経過しただろうか。

 決死の逃走劇の末、わたしたちはどうにかバーサーカーを撒く事に成功した。今も遠くで家屋や瓦礫の粉砕される音が聞こえてくるが、音はどんどん遠ざかっている。

 キャスターが上手く誘導し、わたしたちとは逆の方向へと進路を変更させたようだ。

 

 現在、わたしたちが居るのは崩れかけた洋館。かつては栄華を極めたであろう屋敷も、今や見るも無残な姿へと成り果てている。

 前に潜伏していた武家屋敷とは(おもむき)が違うが、こちらは今にも崩落しそうなので残念だが拠点には出来そうにない。

 

 たまたま逃げた先にこの屋敷があったかというと、そういうワケではなかった。逃げる最中、ここへ向かうよう提案したのは、今そこで拘束されたまま胡座をかいているアーチャーだ。

 アルテラに抱えられている間も、拘束から脱け出そうという素振りはまるで見せず、本当にこちらと取引をするつもりなのだろうか?

 

「あとはキャスターが戻るのを待つだけ、ね。どう、藤丸? 彼の状況は?」

 

 気になったわたしは、藤丸に聞いてみる。現状、彼だけがキャスターと遠隔通信が可能なので、聞かない訳にはいかないのだ。……わたしと藤丸とは性格的に噛み合わないのは別として。

 

「ちょっと待って下さい。えー……」

 

 そう言って、手のひらを見つめて集中する藤丸。というのも、通信用のルーンをそこに刻んでもらったからだ。

 ちなみに、肌に直接刻んだとかいうワケではなく、緊急で用立てたので一時的なもの。印象的には少しの期間だけ効果のある不思議なシール、といった感じだ。

 

「……、状況を把握しました。ちょうど今こっちに向かってるそうです」

 

 と、藤丸が手のひらから視線をわたしに移し、キャスターの現状を報告する。まだキャスターがこっちに到着するまでは時間が掛かるようだ。

 

「………どうしたものかしらね」

 

 キャスターを待たず、先にアーチャーの取引とやらについて聞いてみようか。幸いルーンの拘束はキャスターが離れてもまだ活きている。それに消耗してはいるがアルテラも居る。

 アーチャーが無理に暴れようものなら、拘束が解ける前に倒してしまえばいいだけの話だ。しかし、それだけはなるべく避けたいところではある。

 

 この男は、白野の命運を握っていると言っても過言ではないからだ。殺してしまえば、白野の救出も絶望的なものに成りかねない。

 

「ロマニ、近くに敵の気配は?」

 

『えー……、問題ありません。サーヴァント反応、並びに敵性反応を持つ個体も付近には感知されませんでしたよ。アサシンは白野ちゃんを拉致したから、すぐにまたここへ戻るとも思えないし、しばらくはその一帯の安全を保証出来ます』

 

「そう……」

 

 ひとまずの安全を得られた。けれど、心が落ち着く事はない。白野の安否が不明な以上、安心なんて決して出来ないのだから。

 

「心配か?」

 

 と、わたしの心でも読んだかのように、的確に疑問を投げかけてくるアーチャー。あの時、この男は白野を攫うのが元々の目的だったと白状した。今思えば、アーチャーの計画通りに事が進んでいるようで、とても気に食わない。

 

「当たり前よ。あの子はわたしの大切なサーヴァントなのよ? 心配しないはずがないわ。本当なら、今にもあなたを殺してやりたい程に憎たらしいわ。でも、白野を救い、かつ特異点消去も同時に遂行出来る可能性をむざむざ潰すのは愚考よ」

 

「フッ……。なるほど、彼女と契約するのがサーヴァントであっても、それがマスターであっても、相棒が強情なのは変わらない、か。なんとも彼女らしいな」

 

「キャスターを待つか悩んだけど、もういいわ。取引とやらについて聞きましょう。あなたは、一体何を考えているのかしら?」

 

 取引。つまり、彼はわたしたちカルデアの陣営と仮初めの協力関係を築こうとしている。加えて、特異点の消去を持ち掛けてきた事から、彼はこの聖杯戦争が行われている時空が歪んでいると知っている。

 それらを考慮した上で、この取引が意味するのは、この特異点の歪みの中心であろうセイバーへのアーチャーの裏切りだ。

 

「何を考えているか、か。そうだな……元々は聖杯戦争に参加するサーヴァントでしかなかったが、本来なら私は少々特殊なサーヴァントでね。守護者と呼ばれる、霊長の未来を守る為の掃除屋だ。そして私自身この狂ってしまった聖杯戦争に未練はない。故に守護者としての役割を全うしようと思った。それだけの事だよ」

 

「霊長の守護者……。人類史を脅かす脅威を殺すとされる、世界の遣わした抑止力の具現ね」

 

 わたしも詳しくは知らないが、カルデアでの英霊召喚の研究の際、守護者についての文献も扱ったのだろうか、亡き父の書斎に有ったのを読んだ覚えがある。

 

 曰わく、人類を滅ぼしうる危険を孕む存在を排除する者。それが加害者であれ被害者であれ関係なく、関与した全ての人間を殺し、そこに善悪の一切は無く。

 人類史の未来を守る為ならば、害となる人間全てを躊躇なく殺す、そんなどこか矛盾した概念を持つ、冷徹なる執行人。

 それが、守護者と呼ばれる存在。

 

「なるほど、納得はしないけど、合点はいくわね。守護者として、人理の歪みを正す───それがあなたの言い分というワケかしら」

 

 だとしたら、やはり違和感がある。その違和感を口にしようとしたところで、黙って聞いていたマシュが先に口を開いた。

 

「待って下さい。アーチャーさん、あなたが守護者としての役割を果たすというのなら、何故キャスターさんやわたしたちを襲ったのですか? 協力して、歪みの元凶と推測されるセイバーを倒せば良かったはずです」

 

「そうね。わたしもそこが不可解だった。そもそもこの地の聖杯戦争は、わたしたちがこの時代に来る前に既に狂っていた。なら、何故最初からキャスターと協力しようとせず、あまつさえ彼を殺そうとしていたの?」

 

「セイバーに倒されて、狂ってしまったから?」

 

 藤丸、その予想は違うと思うのだけど……。それが理由なら、今こうして特異点消去という取引を持ち掛けてくるのはおかしい。もっと前に出来たはずなのに、今になって取引をしようと考えるのが不自然すぎる。

 それだと前後の問題が存在しなくなる。狂ってしまう前と後とでは関係ない結果になるからだ。

 

 立て続けの意見に、顔をしかめつつもアーチャーは答える。

 

「何点か訂正と補足が必要だな。一つ、何故キャスターの命を狙っていたか。これに関しては、その時点ではキャスターが私にとって不要だったからだ。それにキャスターの抹殺命令も下されていたし、下手にキャスターと協力するのは拙い。叛逆の意思有りとみなされれば、即座に私の霊基は砕かれていた」

 

 それは───一理ある。無為にキャスターと結託して、それが原因で殺されては元も子もない。

 

「二つ、今になって取引と称し協力を持ち掛けたのは、キャスター含め君たちが駒として有用だと判断したからだ。本来、私の押し進めたかった計画では、岸波白野とアルテラ、この両名の拿捕だった。他は切り捨てる───つまり殺しても問題なかった。だが、君たちは思いの外に強く、戦術も理に適っていたのでね。私が捕縛された以上、君たちと手を組むシナリオしかなかったという訳だ」

 

 アーチャーから語られた、彼の計画の真実の一端。それを聞いていた、本来狙われていたもう一人、その当の本人であるアルテラは、「そういう事か」と目を細めながら何やら納得しているようだった。

 ただ、自分だけで理解されても、わたしたちが置いてけぼりになって困る。

 

「何がそういう事なの?」

 

「我が虜の薬指に指輪が嵌められているのは知っているか?」

 

「……そういえば、そうだったわね」

 

 あまり装飾されすぎておらず、だというのに荘厳さと神秘の塊かと思わせるような、不思議な指輪。白野曰わく、何らかの礼装らしいが元々の機能を失っていると聞いた覚えがある。

 

 マシュと藤丸も、白野の指輪について詳しくはないものの、その存在は知っていたようで、うんうんと頷いている。

 しかし、その指輪が今どう関係しているのだろうか?

 

「あの指輪には、契約しているマスターとサーヴァント、そのどちらかを装着している一方が指輪へと収める事が可能だ。文字通り、指輪の内へと収納する」

 

「な……!?」

 

 驚きの事実に、わたしだけでなく、マシュと藤丸の二人も思わず声を上げた。

 礼装と言えども、人間やサーヴァントを物の如く、しかも縮小して収納出来るなんて、一体どんな魔術礼装だ。そんなもの、英霊が扱う宝具に等しい。

 

「猫型ロボット……!?」

 

「先輩……?」

 

 ……あえて突っ込まない。知っているし言いたい事は分かるけれども、藤丸のボケ(?)はスルー。

 

「詳細には触れないが、それはあの指輪───レガリアの持つ機能のほんの一つに過ぎない。私を目覚めさせた際に幾つかの機能が回復したようだが、それでも真の力には遠く及ばないがな」

 

 ……有る意味で、魔法の域だ。物ならともかく、人間のサイズを変えてしまうなんて。神代でならありふれた話かもしれないが、神秘の薄れたこの現代で、それほどの礼装は存在すら幻レベル。

 未開の地ではないジャングルで幻獣を探すようなものである。

 

「……あ!」

 

「! どうしましたか、先輩!?」

 

 さっきから漫才でもしているのかと二人に言いたくなるのを我慢する。というか藤丸、煩いわね。

 

「指輪にサーヴァントを収納出来るんだろ? なら、セイバーにも不意打ちするチャンスだって……!!」

 

「!!」

 

「た、確かに、話だけ聞いていたら可能かもしれません! それに、指輪に入っていればセイバーに気付かれる可能性も少なくなるかもしれませんね」

 

 盲点だった……! 指輪の機能のケタ違いな性能にばかり驚いていたが、言われみてればこれ以上にない、千載一遇の一手となりうる方法だ。

 まさか魔術の素人である藤丸に気付かされる事になろうとは。なんというか、少し屈辱だ……。

 

「そう。その少年の言う通り、それこそが岸波白野が切り札足り得るという証。確実性こそ保障出来ないが、君たちが現れるより前に元々考えていた策よりは、まだ希望が持てたのでね。使えるものは使わない手はないだろう?」

 

 

 

「だからって、テメェのやり方は遠回りしすぎなんだよ」

 

 

 

 そこへ、ようやく合流したキャスターが口を挟んできた。追っ手は居ないらしい。破壊音はさっきよりも遠退いている。

 

「おーい、遠見の貧弱男! コイツらの会話の記録は取ってるか? まあ、だいたいの察しは道すがらついたけどよ」

 

『貧弱……、コホン! 一応録音してるよ。取引内容はきっちりと押さえておかないとね。ご所望なら、後で録音データを藤丸くんに送っておくから、彼から聞かせてもらうといい』

 

「おう、それで頼むわ。んで、アーチャー。取引ふっかけてくるってコトァ、算段はついてるんだよな?」

 

「当然。そのためにバーサーカーを大聖杯から遠ざけた。出来るなら、事が終わるまでは奴に邪魔されても困る」

 

「ヘッ。だと思って、あの胸糞悪い教会まで誘導しといた。バーサーカーの野郎を遠ざけられた上に、アソコをぶっ壊せる。オレはそれだけで胸がスッとするね! ざまぁみろ、あの愉悦糞神父!!」

 

 仲が良いのか悪いのか、妙なところで気が合うような、合わないような。そんな二人の関係性を見ていると、わたしとAチームの関係のように思えてくる。

 ───取り分け、彼らの中でもヴォーダイムとわたし、と言ったほうが正しいのだが。

 

 それにしても教会を破壊させるとは、何とも罰当たりではある。よほど、その神父とやらが気に入らないのだろうか。それとも、何か酷い事でもされたとか?

 

「んで? 魔術師の姉ちゃんはどうする? アーチャーとの取引、受け入れんのか?」

 

 キャスターの真っ直ぐな視線が突き刺さる。この場を仕切るべきは、カルデアの所長であるわたし。方針も、可否も。わたしの一存と責任で決定される。

 

 アーチャーとの取引……。信用出来るかどうかで言えば、答えは否。そんなもの、当然信用なんて出来るはずもない。

 けれど、現状のわたしたちに白野を確実に救う術は無く、その方法をどうするべきか決めかねるのもまた事実。

 

 ───選択肢は、実は有るようで、ほぼ皆無に等しかった。

 わたしが選ぶべきは、アーチャーを利用するかどうかだけ。

 

 どうすればいい? 信用出来ないこの男の取引に応じるべきなのか……?

 

 

『はーい、ダ・ヴィンチちゃん参上! 悩めるオルガマリーに助言を与えにやってきたぜ☆』

 

 

 場違いなまでの明るく脳天気な声。普段は自分の研究室(ラボ)に籠もりっぱなしの彼女が、一体何を……。

 

『ちょっ、いきなり何だいレオナルド!? そこボクの席なんだけど!?』

 

『煩いなぁ。細かい事は気にしない気にしなーい! さて、オルガマリー。キミは今悩んでいる。白野ちゃんを救う為、この特異点を消し去る為に、先程まで敵対していたアーチャーと手を組むべきか否か』

 

「……ええ、そうよ。いつ裏切って背中を襲われるかも分からない相手を、信用するべきじゃないもの。けど、白野を救える可能性が最も高いなら、彼の力を借りるべきとも思う自分が居る。……カルデアを率いる者としてのわたしと、一人の人間としてのわたしの意見が、頭の中でせめぎ合っているわ」

 

 もどかしい。わたしがこの立場になければ、もっと簡単に選べたかもしれないというのに。

 

『そうかい。なら、先達としてのアドバイスだ。使えるモノは何でも使うと良い。今は火急の時なんだよ? 今ここでグダグダと時間を費やす間にも、白野ちゃんの身には危険が迫っている。白野ちゃんを拉致したのがアーチャーの策の内だとしても、敵方の黒幕がいつまでも見逃すとは思えない。それにバーサーカーの不在はまたとないチャンスでもある。作戦実行は今すぐにでもしないと、次の機会はもう巡って来ないと考えたほうが良いよ』

 

「……レオナルド・ダ・ヴィンチか。世紀の大天才が召喚されているとは、驚いた。天才であり変人、誰よりも優れていたが故に、誰一人として並び立てる者が居なかった、孤独な天才。そんなキミが、サーヴァントとして誰かに従うとは」

 

『別に? そういうキミだって守護者じゃないか。人理を守る担い手が聖杯戦争なんかに参加してて良いのかい? と言っても、もうその聖杯戦争は狂ってしまっているんだが。あ、だから守護者の本来の役目を果たそうとしてるんだっけ?』

 

 皮肉に皮肉で返す辺り、ダ・ヴィンチらしいと言えばらしいか。

 ……使えるモノは何でも使え、か。そうね、今のカルデアやわたしたちに、選り好みしている余裕なんて無い。

 なら、わたしが選ぶべきは───

 

 わたしは意を決し、アーチャーへと真正面から対峙する。この選択でどうなろうと、責任はわたしにある。

 

「決めました。アーチャー、あなたの申し出を───」

 

「………、」

 

 沈黙に包まれる。誰も彼もが、わたしの言葉を待っている。

 

 告げる。わたしは、

 

「───受けましょう。ただし、一つだけ条件付きよ」

 

「何だね?」

 

「キャスターのルーンと、わたしからの制約の刻印であなたを限定的に束縛します。それを容認しない限り、わたしはあなたを信用出来ない」

 

 彼を信用する唯一の妥協案。裏切りを事前に阻止出来るように、こちらが先手を打っておく。

 そうすれば、多少なりとも安心感を持って事に当たれるというもの。

 

「……ふむ。良いだろう。ただし、状況によっては君たちと敵対する演技を求められる事もあるかもしれないのでね。敵対行為=即死というような呪いは勘弁してもらいたい」

 

「いいでしょう。こちらとしても、それが原因で敵に警戒されて、本命の作戦が失敗なんて嫌だもの」

 

 取引は成立。わたしとキャスターとで、軽い服従の刻印をアーチャーへと刻む。わたしたちに危害を与えようとすれば、全身を一時的に麻痺させるといったものだ。

 わたしだけでは縛りは弱いだろうが、英霊の手助けもあれば、かなり強力な制約が期待出来る。

 

 さあ、これで心配だった要素は軽減された事だし、すぐにでも白野救出、及び特異点消去へと乗り出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。どうにか、オルガマリーは踏み切ってくれたみたいだね。なら、私はお役御免かな?」

 

 管制室にて、やりきったとばかりに息をつく彼女に、後ろから脳天目掛けてチョップが繰り出される。

 言わずもがな、Dr.ロマンによるものだ。

 

「急に来たかと思えば、所長に助言とか。お前は行動が突然すぎるよ!? と言うか何かな? さっきまでラボに引きこもってたんじゃないの? もしかして通信傍受してたのか!?」

 

「痛いなぁ、もう。レディの、それも大天才の頭を殴るとかキミは常識が無いのかなぁ? いいじゃん別に。通信傍受の一つや二つくらい。安いものさ」

 

「あのね、通信傍受するだけで無駄に電力消費するんだよ!? それなら最初からここで居たらいいだけだろ!?」

 

 コスト削減と怒鳴る彼に、ダ・ヴィンチは悪びれるでもなく、彼を無視して管制室の様子を見回す。事細かに、観察するかのように。

 

「…………ふむふむ。やっぱり、腑に落ちないな」

 

「まったく……って、どうしたんだい? 何か気になる事でも?」

 

「いやね、爆発の仕方というか爆発した箇所だ。機材ならともかく、爆発の可能性が無い所まで起爆した跡がある。これは事故ではなく、()()()()()()()()()可能性があるかもだ」

 

「な、にを……!?」

 

 Dr.ロマンが驚くのも無理はない。それが意味するのは、()()()()()()()()()()()()()()という事実の証左に他ならないからだ。

 

「だが、何のために……? カルデアに人類の未来が委ねられているようなものなのに、その邪魔をするなんて、一体どういう了見だ? これは少し調べる必要があるかな。ふふっ。こう見えて推理は得意さ。かの探偵顧問に適うべくもないが、私は天才だからね。というわけでワトソンくん、私はちょいとばかり、カルデアスタッフの私室を調査に向かうとしよう。なに、鍵なら心配ご無用さ。ピッキングなんてお茶の子さいさいだからね。それじゃ、あとは任せたよ、ロマニ?」

 

「ちょっと待て! ……って、行っちゃったか」

 

 鼻歌混じりに管制室を後にした彼女に、Dr.ロマンはうなだれてモニターに向き直る。というか、さっきの台詞からして、探偵というより泥棒がお似合いなのでは。

 

「それにしても、裏切り者……か。何だか嫌な予感がする。レイシフト中の皆も、それに白野ちゃんも、無事だと良いんだけど……」

 

 

 



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第二十六節 黒泥の底で、私は聖杯に愛を願う

 
久しぶりに1万字越えました。

※そして指摘頂いたので一部加筆修正しました。ご指摘ありがとうございます。


 

 アーチャーとの取引成立後、すぐさま白野奪還と敵撃破の算段を付けるべく、彼に敵の本拠地と戦力についての確認と分析を開始する面々。

 

 目的地は柳洞寺という山の上のお寺───ではなく、その寺のある山の奥地に存在する洞窟だ。

 その洞窟の最奥に、この土地で行われた聖杯戦争の核となるモノ、『大聖杯』なるものが設置されているらしい。

 

 大聖杯。つまりはこの聖杯戦争における景品の大元。勝利者が聖杯を手にするとされているが、その聖杯すらも大聖杯の端末のようなものに過ぎない。

 だが、願いを叶えるはずの聖杯も、何らかの要因により歪な性質へと変化してしまっていた。

 どのような願いであれ、その結果をもたらす為に多くの人間を殺すという。

 富を願えば、望んだ者以外の人間を殺す事で、その者に本来は殺した者たちのものだった富を与え、世界平和を願えば、人間を殺し尽くした上で作り出された仮初めの平和を提示する。

 

 願いが何であろうと、その結果に人間を殺す事が前提となる、呪われた願望機。それが冬木の大聖杯の正体だ。

 祝福を与えるはずの聖杯が、呪怨の満たされた毒の杯とは、なんとも皮肉な事か。

 

「聖杯なんて名ばかりね。呪われた願望機を求めて争う魔術師もどうかとは思うけど」

 

「何も最初からそうだった訳じゃない。反則とされる既存の七騎のクラス以外からの召喚───つまりクラスとしては例外となる八騎目であるサーヴァント、アヴェンジャーの召喚を行った陣営があったのだが、その呼び出されたサーヴァントこそが全ての元凶だ。奴が倒され、聖杯へと魂が奴の帯びていた呪いと共に回収された事で、大聖杯は汚染されてしまったのさ」

 

 奴とは言うが、どことなく自分の事を語っているようにも聞こえるアーチャーの口振りに、誰もが違和感を覚えたが、込み入った事情がありそうで、それを聞こうという奇矯な者など居るはずも───

 

「何か、けっこう詳しいな? 何でなんだ?」

 

 ───ない事もなかった。藤丸が臆面も無く、果敢にもアーチャーへと誰もが思った事を切り出したのだ。

 俄然、彼以外の者は「良くやった!」と思うと同時に、「でも、本当に聞くかぁ……」と、途端に気まずい空気になる。

 が、問われた当の本人であるアーチャーはと言えば、特に気にする様子もなく、淡々と質問へと答えた。

 

「別にどうという事ではないさ。霊基を汚染されたからか、大聖杯に潜む汚染の大元の記録が断片的にではあるが流れ込んできてね。だから、ある程度は把握しているという程度の話だよ。……まあ、それとは別として、私の場合は他にも要因はあるだろうが」

 

「とは言ってもだ。オレはそんな八騎目のクラス……アヴェンジャーつったか? だかのサーヴァントなんざ知らねえ。そんでここが特異点だかの過去の世界ってんなら、色々と混ざっちまった結果だろうな。大聖杯とやらが次元を歪めたのかもよ?」

 

「……ふむ、違う世界での、冬木の聖杯戦争か」

 

 そのキャスターの言葉に、遠くを見るように目を細めるアーチャーだったが、すぐに首を振って思考を放棄する。

 かつての自分殺しに意味を見出していた男は、今の己が臨むべく脅威へと考察を切り替えた。

 

「さて、話を戻そう。柳洞寺の大空洞に控えるサーヴァントだが、数は三騎だ。セイバー、ライダー、そしてアサシン。アサシンは私の協力者でもあるので、実質敵となるのは二騎だな」

 

「一つ質問してもよろしいでしょうか?」

 

「何かな? 疑問があるのなら、今のうちに解消しておこう」

 

 小さく挙手をして質疑の許可を取るマシュ。その問いこそは、カルデアのメンバーだけでなく、聖杯戦争当事者のキャスターでさえも分からない、最も大きな謎として扱われるべきものだった。

 

「はい。アーチャーさん含め、クー・フーリンさんを除いた全てのサーヴァントは汚染されているとの事ですが、守護者であるアーチャーさんはともかく、何故アサシンと協力関係を築けているのでしょう?」

 

『それは僕も不思議に思ったよ。汚染されていたランサーは、そこに居るクー・フーリンには申し訳ないが、ひどく好戦的というか戦闘狂じみていたからね。汚染されれば、ああなるのが当然かとも思ったんだけど……』

 

 先刻のランサーとの戦いが思い出される。彼は戦いに飢えていたようにも見えた。戦う事にこそ価値を求めていたとも言える。

 

「アレは確かに、狂ってたな。自分のコトだからよぉく分かるぜ。いくら若い時分が血気盛んだったからってよ、周りが見えなくなるほどに戦闘にのめり込んだりしねぇ。スカサハんとこで修行してたんだから、尚更のこと戦いのノウハウは叩き込まれてるしな」

 

「そう。キャスターの言うように、ランサーは汚染の影響で()()()()()()()()。他で言えば、ライダーは自制心が狂わされ、私は人格や思考そのものが本来のものよりも狂っている。バーサーカーは元々狂戦士ではあるが、やはり大英雄ヘラクレスなだけあって、汚染されようが本質は変化していない。それに、あの狂戦士振りであっても元のマスターに忠実でね。汚染の影響というより、本来のマスターを失った事で制御が利かない状態だ」

 

 汚染されたからと言って、完全に人格が破綻してしまうのかと聞かれれば、必ずしもそうではない。

 アーチャーのように、手段は選ばずとも守護者としての使命を果たそうとする意志は残るし、ランサーのように、戦闘狂にこそなれど、そこには正々堂々と果たし合おうという矜持も残る。

 

「そして件のアサシンだが───奴は元々マスターへの忠誠心が非常に強い英霊だった。しかし、汚染され、元のマスターを喪って無理矢理に新たなマスターへと鞍替えさせられ……その上でマスターへの叛逆を企てられる。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を意味する」

 

 マスターが代われど、サーヴァントが聖杯への願望を抱く事には変わりない。サーヴァントは己の信条や性格とマスターが合致しない場合には、マスターであろうと離反するが、基本的にはマスターを必要とするのが普通。

 アサシンがマスターへの忠義に厚い英霊であるのなら、マスターが代わったとしても叛逆はまずしない。しかし、アサシンは秘密裏に現在のマスターを裏切ろうとしている。

 それがアーチャーが指摘した、汚染されて変質したアサシンの性質だった。

 

『いや、だからってね……。前のマスターに義理立てしてる可能性だって否めないんじゃないかな?』

 

「それは無い。奴の前任のマスターも、今のマスターと同様に怪物そのものだった。そんな輩を相手に、義理も何も無いだろう。……恐らく、ではあるがね」

 

「んなコトはどうだっていいじゃねぇか。重要なのはアサシンが味方だってこったろう? あとは、どうやって敵を撃破するかを考えるべきだと思うぜ」

 

 議論するロマンとアーチャーを、面倒とばかりにキャスターが一蹴する。

 彼の言うように、今は攻略方法の立案が何よりも先決だ。こうしている間にも、事態が悪化している可能性だってあるのだから。

 

「白野とアルテラの捕縛が元々の狙いだって言ってたよな? なら、ある程度は作戦が組み上がってたのか? 俺が足手まといにならなければいいんだけど……」

 

「そうだな……予定が狂ったが、今からでも組み直せる範囲内だ。それに、弱者には弱者なりの役割もあるから、心配は無用だ。では作戦内容を説明する。時間は有限なのでね、短く纏めるのでしっかりと頭に叩き込んでくれ」

 

 そして、アーチャーから語られた内容は、こうだ。

 

①大聖杯の置かれている大空洞の手前まで全員で向かい、アーチャーのみで敵マスターと接触。

 

②アーチャーが時間を稼ぐ間に、岸波白野の捜索及び身柄を確保。

 

③救出した白野に作戦内容を伝え、アルテラにはレガリア内で待機してもらう。この際、アルテラの存在を敵マスターに気取られてはならない。

 

④敵マスターと総力を以て戦闘。この戦闘は勝利が目的ではなく、敵の隙を生み出す事が最大の目的。

 

⑤作り出した隙で、白野とアルテラによる不意打ち。可能であれば、この不意打ちで決着を。

 

「───と、こんなところか。」

 

「質問。不意打ちが決定打にならなかった時は? 何かカバー出来る策はあるのかしら」

 

「……その時は、決死の覚悟で戦うしかない。怪物と化しているとは言え、彼女も元々は人間だ。サーヴァント程は打たれ強くないはずだろう」

 

 その言葉に、サーヴァント以外の者の空気が凍る。彼にそのような意図は無かっただろう。これから戦うというのに、その意思を折るつもりなど有るはずもない。

 けれど、今の言葉の重みは、今を生きている者にとっては看過出来るものではなかった。

 

「ちょっと、待って。()()()()()? あなたたちの今のマスターって、セイバーじゃなかったの!?」

 

 取り乱すオルガマリーがアーチャーに詰め寄るが、彼はどこ吹く風と、あっさりと、何の感慨も無く返答した。

 

「セイバーがマスター、とは一言も言った覚えは無い。かつて違う聖杯戦争ではキャスターによる他クラス召喚とマスター権獲得というイレギュラーも存在したが……、セイバーが最優と称されるとて、彼女も魔術には疎い。セイバーによってほとんどのサーヴァントが倒されはしたが、魔術に疎いが故にサーヴァントがサーヴァントを御する方法も知らないだろう」

 

『待ってくれ、サーヴァントによるサーヴァントの使役もすごく気になるけど、問題はそこじゃないよね!? マスター───それも人間が敵だなんて、この特異点が発生したのは人為的だとも考え得る可能性さえ出てくる大問題だぞ!』

 

 何かしらの原因があっての人理の危機が、まさか天災ではなく人災ともなれば、そこには必ず悪意が潜んでいる事になる。

 そも、人類史の未来が消え失せるなどという大事件が起きる理由など、普通は思い当たるものではないが、その前代未聞の謎が悪意を伴って人間を殺し尽くそうとしているという事実は、人類史上でこれまでに無い程の脅威でしかないのは間違いない。

 

「何を今更。そもそも、人理が焼却されるなどという前例がまず無いのに、それが何故自然的に発生したと言える? 歴史というのは絶え間なく積み重なっていくものだ。それが途切れる事はまず有り得ない事でもある。現代にまで人類史が続いているのが、自然と過去の歴史が消えたりなどしない何よりの証拠ではないのかね?」

 

『それは……!! ……確かに。人理の崩壊なんて前例が無い。いや、前例なんて()()()()()()()()()。それは今を生きている僕らこそが現在進行形で証明しているからね』

 

「……今がある以上、人類史が消え失せる異常事態なんて有り得ない。そういうコトね……」

 

 過去の連続で現在がある。その過程でいずれかの年代に綻びが見られれば、この現在(いま)は存在しない。

 ほんの僅かな差違であれど、それは次第に大きな歪みとして現れるだろう。

 ──否。差違が発生してしまった時点で、そこからはifの世界へと派生していく。そうなれば、現在という土台が崩れかねない可能性もあるのだ。

 

「ですが、実際に人理は崩壊するとカルデアは観測し、この特異点が発生しています。原因が何かはまだ分かりませんが、まずは目の前の問題を解決するべきかと思います」

 

『……そうだね、マシュの言う通りだ。まずは目先の事を最優先で片付けよう。人類史を意図的に破壊しようとする輩が居るかもだけど、もしそれが真実だとして、この特異点を修復する事は敵の足を挫く事にもなるはずだ。なので、全員気を引き締めて白野ちゃん救出と特異点の消滅に取り掛かってくれ』

 

「そんなの、言われずとも分かってるわよ」

 

 ロマンが上から目線なのが気に入らないのか、オルガマリーはそっぽを向いて嫌々ながらに答え、いざという時の為に即座に使える魔術の術式を組み上げ始めた。

 

 各々が決戦に向けて準備に取り掛かる中で、手持ち無沙汰になっている立香とマシュ。

 というのも、立香はマスターの素質があるだけで本来なら魔術師ですらなく、マシュはデミ・サーヴァントとして成り立ての新米ホヤホヤ英霊。しかも、未だ宝具さえ使用は(おろ)か、その真名すらも知り得ない。

 有り体に言って、経験不足が故に、どうするべきかが分からない二人だった。

 

 そんな二人の様子を見かねたアーチャーが、仕方ないとばかりに声を掛けた。

 

「そこの二人。これまでの所見からして、君たちは戦闘に関しては素人だろう。盾のデミ・サーヴァント───シールダーは魔術には多少の知識はあるようだが、マスターはそうではないな?」

 

「……やっぱり分かる?」

 

「分かるとも。こう見えて、私も生前は魔術師だった。……いや、魔術使いと言ったほうが正しいか。若い頃なんて魔術もロクに行使出来なかったし、我流で鍛練していたが、それを見た知人の魔術師に自殺行為だと窘められた事もある」

 

「……」

 

「今の己はどう足掻こうとも変わるものではない。自分を変える───例えば性格だったり能力。そういったものは一朝一夕で変えられるのは不可能に近い。凡人なら尚更だ。ならば、どうするか?」

 

 アーチャーの問いに、立香もマシュも、口を閉ざしたまま。けれど、その顔には自ずと答えが表れていた。

 

「───そうだ。今、君たちに出来る事で最善を尽くせばいい。今の己を“イマ”越えるのではなく、越えようと、未熟な自分という現実に抗う意思を持て。そうすれば、多少は可能性の幅も開けるだろう」

 

 それは激励にも近しい言葉だった。若き日の自分の姿を、彼はこの少年少女に重ねていたのかもしれない。

 

「……。柄にもない事を口走ったかな。まあいい。そんな役目を果たそうと望む君らに、ちょうど良い仕事がある。一つ頼まれてくれるかね?」

 

「仕事、ですか? 力仕事ならお任せください。デミ・サーヴァントとはいえ、今のわたしはある程度は人間離れしていますから」

 

「俺も。簡単な事くらいなら手伝えると思う」

 

「よし。良い心意気だ。では、この屋敷の残骸から探し物をしてほしい。もしもの時の保険は幾ら有っても足りないものだ。崩落してしまってはいるが、おそらくまだ残っているはずだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い闇の中。私はジッと座り込んでいた。洞窟の中だというのに、漂う空気は生暖かい。まるで常にあの少女に撫でられているようにさえ感じてしまう。

 

 アサシンは何をするでもなく、ただこの牢の入り口に目を見張って佇んでいる。彼もまた、私と同じく今はひたすら待つだけだと理解しているのだろう。

 ここで下手に動いて殺されでもすれば、状況は最悪でしかないのだから。

 

「ねぇ、アサシン」

 

「……何用ですか?」

 

 何となく、ふと声を出していた私。こと沈黙に耐えられなくなったとかではなく、前から疑問に思っていた事があり、この機会に聞いてみようと思ったのだ。

 

「セイバー───アーサー王はどこに居るの? さっきは姿が見えなかったけど……。それに、彼女も汚染されたのなら、どう変質してしまったの?」

 

 円卓の騎士を束ねる長にして、自らも騎士であるブリテンの王。史実では男性とされているが、その正体は女性であり、背丈も私とそう変わらない少女。

 選定の剣を抜いたその時から、肉体の年齢は止まってしまったという話だけれど、精神は年相応なところも残った、可憐でありながらも誇り高き騎士王。

 

 彼女とは少し交友が有ったが、私の知る彼女ならば、まず虐殺なんて認めないし、自らが率先して止めているはずだ。

 その彼女が汚染されてしまったというのなら、やはり身も心も悪に染まってしまったが故であるのだろうか。

 

 私の問いに、アサシンは僅かに躊躇いを見せるが、すぐに取り繕って答えた。

 

「セイバーは……我々の汚染とは少し違っております。我々はセイバーに倒されて間接的に汚染されたに過ぎませんが、奴は今のマスターに直接霊基を汚染され申した。もはや汚染などという次元ではなく、アレは───反転、とでも言いましょうか。性質そのものが以前とは完全に異なってしまっている」

 

 反転。詳しくは知らないが、かつてセラフにて、サーヴァントとは、英霊とは何かを調べてみた際に、その膨大な量のデータベースから流し読み程度で目にした覚えがある。

 その英霊の側面の一つとして時折、本来なら有り得ない、けれどもしかすると本当は有り得るかもしれない側面がサーヴァントとして召喚される事がある。

 または召喚後に何らかの要因で霊基そのものが変質、属性が反転してしまう現象───英霊の“オルタナティブ”。

 

「セイバーは反転した直後、我ら他のサーヴァント五騎を次々と撃破し、自らの支配下に()()()()()置いた。マスターの影響を色濃く受けなかったのは、それが一助となっているのやもしれません。そして、キャスターを残して彼女は我々に彼を倒すように指示を出したきり、大聖杯の前から動いておりません」

 

「じゃあ、あの時は見えなかっただけで、丘の上の所に居たんだね」

 

 桜のように接触してこなかったのは、単に興味が湧かなかったか、干渉する価値も無いと判断されたから……なのだろうか?

 どちらにしろ、あのアーサー王が敵であるのは厄介だ。世界で最も有名な聖剣とその使い手。騎士としても最強クラスの実力を持つ彼女が強敵でない訳がない。

 それに、大聖杯の前から微動だにしないなら、確実に戦わなければならない。

 

 怪物に堕ちたマスターと、悪に染まった騎士の王。それだけじゃない。理性を壊され完全に蛇の女怪と化したライダーも侮れない。

 

 ……難易度高すぎない?

 例えるなら、アンデルセンとナーサリーライムがマスターのサポート無しでガウェインに挑むみたいなものじゃないか。

 その場面を想像しただけで哀れすぎる……。

 

「ただ、一つ気になる事があるとするならば、セイバーの思惑が今一つ掴めない事でしょうかな? 我らだけでなく、彼女自らも戦列に加われば良いものを、何故そうしないのか。わざわざ大聖杯の前に陣取る意味は何なのか……」

 

「セイバーの、意図……か」

 

 単純に、大聖杯を敵から守る為にその場で留まっているのか。それとも、他に何か理由があるのか。

 それを確かめずに、このまま戦闘になるのをただ手をこまねいて待つだけで、果たして良いのだろうか。

 

 そう考えた時、既に私の足は動き出していた。

 

「……どこへ行かれるか?」

 

「セイバーの所。話が出来るかは分からない。でも、どうしても確かめておきたいから」

 

 行っても無駄かもしれない。無意味な行動かもしれない。

 だが、どうしても騎士王の真意を知っておきたいと思うと、自然と足が竦まなかった。

 

「それに私はライダーへの(性的かつ食事的な意味での)生贄なんだし、桜に殺される可能性は少ないんじゃない?」

 

「ふむ……。そう簡単な話では済むまいでしょうが、既に止まる様子も無い。ならば、気が済むまで好きになさるとよろしい。アーチャー殿から、貴女の気質は聞き及んでおります故に。ただし、私もお供させて頂きますぞ」

 

 アサシンも同行してくれるらしい。それに関しては別に良い。むしろありがたいくらいだ。

 問題という程でもないが、若干気になったのはアーチャーに教えられたという私の性格について。

 どうせ、どうしようもなく頑固者とか、そんな感じにでも言ったに違いない。というか、私の居ない所で好き勝手言ってくれるとは、良い度胸をしている。

 

 事情の説明も無く私たちを襲った事といいアーチャーめ、後で絶対に玉天崩してやる。

 

 

 

 

 

 相変わらず、この洞窟は奥へ行く毎に嫌な空気が濃くなっていく。さっきまでいた洞窟でもまだ手前の牢は普通に過ごせたが、こんな奥のほうの所には何時間と長居だけはしたくない。

 気を抜けば、それだけで狂気に駆られてしまいそうだ。

 

 大聖杯があるという丘の前にまで来たが、生物の気配は一切感じられない。居るはずの桜も、そしてセイバーも。まるで居るとは思えない程に、人気が無さ過ぎる。

 

 

「あら、どうしました?」

 

 

 しかし、こちらに全く気配を感じさせず、少女は暗闇から這い出るが如く姿を現した。

 生気の無い顔色に、彼女が死人のようにさえ思えてくる。

 

「生贄が自分からやってくるなんて、まさしく愚かですね。……いいえ、もしかしたら、単に蛮勇が過ぎるだけでしょうか」

 

「どうせ殺さないでしょう? だって、私は貴重な生贄だもの。この街に、もう生きた人間は居ないだろうし」

 

「ふーん……。中々に賢しい人なんですね、あなた。まあ、どうでもいいですけど」

 

 図星を突いたが、別に堪えた様子もなく、依然として私を見下した態度の桜。もう、彼女には誰からの言葉も心も届かないのかもしれない。

 アサシンも、それが分かっているかのように、仮にもマスターである桜に何も語りかける事なく、ただ黙って私の後ろに付き従っていた。

 

「それで、何か用が有って来たんじゃないんですか? そうでもないのに、わざわざこんな場所に足を運びませんよね?」

 

 ……。やっぱり、目的を聞いてくるか。生贄が貴重であると言えども、ここで受け答えをミスすれば殺される可能性は大いにあり得る。

 怪しまれたり、変に勘ぐられたりしないよう、慎重に事を進めないと。

 

「セイバーが、かの有名な騎士王だって聞いて。ちょっと見てみたいなって思ったの。伝説のアーサー王がどんな人なのか気になったから」

 

「………、そう。でも、ガッカリすると思いますよ? 高潔な騎士王様をご所望でしたなら、もう手遅れですから」

 

 そう言って、身をクルリと翻して彼女が指差すのは、丘の上。

 

「今のセイバーさんは、清廉で高潔な騎士の王ではなく、傲慢で冷血の無慈悲な王。民草の言葉も聞かず、臣下を道具として扱い、人の心を理解しようともしない。正真正銘の暴君として変成しちゃいましたからね。私の手で♪」

 

「……!」

 

 それはもう、とても楽しそうに。彼女はセイバーの人格を壊したと、作り替えたのだと、誇るかの如く語った。

 それが偉業であると疑わない、本当は自らが大罪を犯した事にすら気付かない愚者のように。

 この少女とのやりとりを続けるうちに、彼女の怪物性がどんどん掘り下げられていくのが、嫌でも分かる。もう彼女が元には戻れないのだと、私自らの手でそれを証明していくようで、吐き気がしてくる。

 

「なので、ご期待に添えずゴメンナサイ? でも、そうですね……。あなたも、生贄としてただ殺すんじゃなくて、その上で作り替えてあげましょうか? 陵辱され、心を壊され、大切な人たちに自らの意思で牙を剥く。ああ……想像しただけで、涎が出ちゃいそうです……!!」

 

 反論したい。でも、それは飲み込まないと。今すぐに()()()()()しまっては、手の施しようが無くなってしまう。

 

「……、あなたは、そこまで狂ってまでして、一体聖杯に何を願うと言うの? この街の人たちを殺し尽くしてまで叶えたい願いとは何なの!?」

 

「願い?」

 

 さっきまで笑っていたのに、一転してキョトンと首を傾げる桜。願いが何かと問われ、今初めて気付いたと言わんばかりに、彼女はポカンとした顔していた。

 

 しばらく逡巡した彼女は、思い出したようにソレを口にした。

 

「私の願い──それは、

 

 

 

 

 

 “愛”です」

 

 

「……は?」

 

 何の躊躇いもなく、黒の少女は願いが何かを答えた。およそ、街一つを滅ぼした者が口にするとは思えない、その願い。

 道徳も人情もとうに失われたはずの少女。だというのに、願いは“愛”であると答えたのか?

 訳が分からない。意味が分からない。そんな如何にも歪んだような“愛”などと、知りたいとも思わない。

 

 けれど、少女は私が望まずとも勝手に言葉を紡ぐ。

 

「私が願うのは、()()()に愛してもらうコト。()()()からの愛を独占するコト。だから、私は()()()に───先輩に、愛してもらえるように。聖杯を使って先輩の望みを叶えるの。“正義の味方”を目指した先輩みたいに、私も(ヒト)を滅ぼして! 少しでも先輩に近付けるように!! よくやったって褒めてもらえるように!!!」

 

「な……に、を?」

 

「……、」

 

 破綻した願望に、私も、そしてアサシンでさえも、唖然と立ち尽くす。

 正義、と聞こえたが、彼女のした行為のどこに正義がある? 虐殺が正義の行いであるなんて、間違っても肯定してはいけない。ヒトとして、認めるべきではない。

 

「そんな……そんなの、狂ってる。あなたが誰からの愛を求めているかは知らない。けど、その人が本当にそんな事を望む? 罪もない人々を一方的に虐殺するなんて、絶対に誰も望んだりしない」

 

「何を言ってるんです? 人間なんて、存在そのものが悪でしょう? だって誰も私を助けなかった。誰も私の辛さを分かってくれなかった。私の絶望に気付いてくれなかった! でも、先輩だけは私に心から優しくしてくれた。案じてくれた。もう手に入れるなんて出来ないと思っていた愛をくれた!! だから、私は先輩の為に(ヒト)を滅ぼします。どうですか、私が幾ら人間を殺しても、それは正義の味方としての行いと何ら変わりありませんよね? 私は、この世界全ての人間を殺し尽くして、世界に平和をもたらします。それが、正義の味方を目指した先輩の最終目標だから」

 

 もう何を言っても通じない。彼女は、彼女の願いが()()とやらの望みに直結していると完全に信じてしまっている。

 ()()の人となりは知らないけど、“正義の味方”になりたいと望むのなら、彼女のやり方を容認するとは思えない。

 目の前の少女は、自らの願いと、()()の望みが決定的に矛盾していると、気付いていない。いや、気付けない。

 怪物に成り果てた少女は、もはや人間と同じ精神構造をしていないのだ。だから、その矛盾にも気付けないし気付かない。

 

 この少女を救うには、もう手立てが無い。それを今、私は理解した。理解、してしまった。

 

「私の願いの成就の為にも、早くキャスターさんには死んでもらわないといけません。もう少し、あと少しで聖杯は顕現する。私は永遠の“愛”を獲得出来る……!! その邪魔をするというのなら、誰であろうと容赦しません。全力で殺してあげましょう」

 

 にこり、と笑った少女の顔が、冷たい死神の笑顔に見えた。

 

 

「戯れ言を口にする暇があるならば、サッサとキャスターを始末しろ、マスター」

 

 

「!!」

 

 

 桜が自身の目的を語り終えると、丘の上から声が降ってきた。

 冷徹、冷酷、冷血。それら全てが凝縮されたような、酷く腹にまで響く声音。性質はまるで異なるが、かつて月で聞いた事のある、()()の声によく似ている。

 

 私はその声に、丘を見上げた。

 切り立った丘から身を乗り出すようにして、こちらを見下ろす一つの影。

 そこには、全身を黒い甲冑で武装した、騎士王───アルトリア・ペンドラゴンの姿があった。

 

「セイバーさん。久しぶりに口を開いたと思ったら、またそれですか? そんなに言うなら、あなたが直接出向けばいいじゃないですか」

 

「言ったはずだ。貴様が約束を違える可能性がある以上、私はここを動くつもりはない。そのために、わざわざキャスター1騎だけを残したのだ。先程お前が口にした、その大層な願いを叶えたいならば、後は己で敵を狩れ」

 

「………ふん、仕方ありませんね。今の私ではあなたを呑み込めないですし、セイバーさんの助力は諦めます。それに、ライダーがゴルゴンの怪物に変体している最中ですから、近いうちに全部片付くでしょうからね。そうなれば、セイバーさんだってもうお役御免ですもの。フフフ……」

 

 二人の言い合いは尚も続く。

 私は、あまりにおぞましい少女の願望と、かつての高潔さなど見る影もないセイバーに、頭がどうにかなりそうなのを必死に堪えて、その場を走り去った。

 無論、洞窟内から出ればどうなるかは分からないから、また牢へと向かったが。

 

 

 想像以上だった。この特異点に根付く闇の深さは、私程度では計り知れない。

 本当に、私たちは彼女たちに勝てるのだろうか?

 

 この特異点を消滅させ、人理を救えるのだろうか?

 

 頭の中でくすぶっていた一抹の不安が、途端に巨大になっていくのを、私は感じずにはいられなかったのだった。

 

 

 



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第二十七節 半神半魔のケイオス・ライダー

 

 怪物へと堕ち果てた桜の願いの吐露と、黒化したセイバーとの邂逅を経て、その場から逃げ出した私は、息も絶え絶えに牢へと戻ってきていた。

 

「……ハァッ」

 

 無我夢中で走ったため、呼吸もままならない。一度落ち着いて深呼吸すると、どうにか平静さを取り戻せる。

 

「……アレが、あの少女の本性です。よく分かったでしょう、彼女とは分かり合えないし、共存も不可能である、と」

 

 流石は英霊。アサシンは息一つ切らす事もなく、桜への嫌悪感を隠す事もせずに、そう吐き捨てた。人間というものは、自分とはあまりに違う者、かけ離れた者に恐怖や畏敬の念を抱くと言うが、アレは桁違いにも程がある。

 まず相互理解など絶対に不可能。共感も同調も、普通の感性を持った人間なら有り得ない。だが、そんな彼女に嫌悪感を覚えなければ拒絶も示さない者が居るするなら、それは似通った()()だけだろう。

 

 それよりも、冷静になれた事で、桜が気になる事を口走っていたのを思い出す。

 

「ライダー───メドゥーサが変体してるって言ってたけど、それはどういう事なんだろう? アサシンは分かる?」

 

「……メドゥーサと言えば、ギリシャ神話においては悪名として名高きゴルゴーンの怪物が、まだ女神であった頃の名前だったかと。その彼女が変体を行っているのでしたら、恐らくは……」

 

「……ゴルゴーンの怪物へと、当に今なろうとしてる?」

 

 それは、拙い。とてつもなく拙い状況だ。元々メドゥーサは女神でありながら怪物としての側面も僅かにだが有している。それがゴルゴーンへと変化してしまえば、完全に魔獣として覚醒する。

 英霊と魔獣の掛け合わせとか、はっきり言って底が知れない脅威でしかない。多分、世界的に有名かつ強力な大英雄でもなければ倒せなくなるかもしれない。

 

「ライダーめがいつゴルゴーンへと完全なる変成を遂げるかは不明。ですが、そうなる前に決着を付けるべきでしょうな」

 

 アサシンの言う通りだ。戦力的に、ただでさえ厳しいかというところに、更に手に負えない敵が出て来るなんて、勝ち目があるかどうかの話じゃ済まない。

 確実に、負け戦となる未来が見えている。そうなる前に、マスターである桜の打倒が望ましい。そうすれば、たとえ倒せなくてもセイバーを縛る枷は無くなるはずだ。

 

「作戦決行はいつなのか分かる、アサシン?」

 

「おそらく、今夜にもアーチャー殿は動かれるでしょう。こうなった以上、早期の決着が彼や私にとっても望ましい。時間が過ぎる程に、こちらの勝機が磨り減っていく事を、彼も承知しているはず」

 

 私はカルデアから支給された簡易型の端末を起動し、時刻を確認する。現在、19時を過ぎたところ。ここに来てから1時間は経ったか?

 アーチャーの性格からして、万全を期して突入するだろうから、その準備に1~2時間以上は掛けるとして、20時以降には必ず作戦を実行に移すはず。

 なら、私もそれに合わせて、いつでも動けるようにしておかないと。

 

 それにしても、簡易型であるばかりに、通信機能が備わっていないのが悔やまれる。私もカルデアのマスターである立香みたいに、ちゃんと通信術式を組み込んだ端末を貰えるか交渉してみようか。

 

 ともあれ、体と心を休ませていられるのは、もう長くは残されていない。今のうちにきちんと休息を取らないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岸波白野が仲間の行動を待つ一方で、彼らもまた動きを見せる。全ての準備を整えた一行は、既に柳洞寺の山の奥地、洞窟の入り口前にまで来ていた。

 

「良いか? これが最終確認だ。まずは私が様子見としてマスターと会う。その間に君たちは岸波白野の身柄を確保、救出するんだ。おそらく、彼女は洞窟内の分岐点の行き止まりに居るはず」

 

「そして、私はマスターと合流次第、レガリアの中で待機すればいいんだな?」

 

「その分、アルテラが戦力から抜けるから、キャスターを筆頭にマシュ、アーチャーでどうにかセイバーを倒すんじゃなくて抑え込む。俺や所長は敵マスターによるサポートを妨害し、白野とアルテラが敵マスターの隙を突いて不意打ち……。ここまでが作戦の流れだよな?」

 

「ああ。とは言っても、想定した流れのままに事が進むとは限らない。ライダーは私が最後に確認出来た限りでは、大聖杯の上で大きな繭に覆われていた。……まだ間に合うとは思うが、最悪のケースも覚悟しておけ」

 

 アーチャーの言う、“最悪のケース”に場の空気が緊張で固まる。

 

『最悪のケース───ライダー、メドゥーサを人為的にゴルゴーンの怪物へ変えようとしている、か。そうなれば、勝機が完全に失われるね』

 

「でも、まだそうなっていないと考えられるわ。もしゴルゴーンと化していたのなら、既にわたしたちを殺しに街に出て来ているはず。だって待つ必要がない。キャスターさえ殺せば、あとは雪崩的に事態は進行していくのよ? 邪魔が入る前に、障害に成りかねないわたしたちを見逃すとも思えないわ」

 

 まだゴルゴーンへの変成が完了していないからこそ、未だに他のサーヴァントを使ってキャスター狩りを継続している。

 制御出来ないバーサーカーでさえも、アーチャーやアサシンを使ってまでけしかけたのが良い証拠だ。

 

「どっちにしても、不安要素を完全に払拭なんざ出来やしねぇ。何しろ、これから突入しようとしてんのは、まさしく敵の根城だ。罠がわんさか仕掛けてあると予め心掛けとくこったな」

 

「罠か。ちょっと心配だ……」

 

「……不安、要素」

 

 キャスターの警告に、それぞれが意を決して洞窟へと足を踏み入れていく中で、一人、思い詰めたように立ち竦む者がいた。

 盾を持つ薄紫の少女───マシュ・キリエライト。

 

 その顔に浮かぶのは、一抹の恐怖と、何よりも心を占めるのは言い知れぬ不安。

 

「……」

 

「マシュ?」

 

 そんな少女の異変に、マスターである少年だけは気付き、同じく足を止めていた。

 

「どうかした? どこか具合の悪いところでもあったか?」

 

「先輩───いいえ、マスター。わたしは、これから待ち受ける戦いで役に立てるのでしょうか?」

 

 マシュの不安。それは、自身の状態を思慮しての事。ぽつぽつと、少女の独白は続けられる。

 

「わたしはデミ・サーヴァントです。でも、自分の契約した英霊の真名も、彼の宝具が何かさえも分かりません。宝具が使えず、経験も足りないわたしは、サーヴァントとしては出来損ない……。そんなわたしが、クー・フーリンさんやアルテラさん、アーチャーさんの足を引っ張らないか、すごく不安で、心配で、怖いんです……」

 

「マシュ……」

 

 ギュッと自らの手を握りしめるマシュ。敵への恐怖もあるだろう。戦いへの恐怖もあるだろう。

 何より、死への恐怖が大きいはずだ。それでも彼女は、自分の存在が仲間への重荷になってしまわないかを心配している。

 それはデミ・サーヴァントとしての責任感か。それともカルデアに籍を置く者としての使命故か。はたまた人理を守るという役目の為か。

 

 だが、英霊と融合したからといって、マシュが女の子である事は変わらない。それを、今この場に居る者の中で唯一理解しているのは、つい最近までただの一般人だった立香をおいて、他には居ない。

 

 英霊ではダメだ。魔術師であるオルガマリーでもダメだろう。人間とサーヴァントの狭間に位置するマシュの立場を正しく理解出来るのは、当事者であるマシュだけ。

 けれど、偉大な功績も無く、魔術師として理詰めの見聞も持たない一般人。そんな立香だからこそ、()()()()()()としてのマシュに寄り添えるのだ。

 

「マシュ。俺だって、きっとこの中の誰よりも役に立てない。魔術なんてろくに使えないし、戦う事だって出来ない。所長みたいに頭も良くないし、白野みたいに上手く戦術を立てたりも出来ない」

 

「先輩……?」

 

「マシュの不安な気持ち、俺にはよく分かるよ。だから、マシュが不安だって言うなら、俺がマシュの横に立つ。マシュを支えてみせる。俺も色々と足りてないところがあるかもだけど、二人で互いに足りない部分を補い合おう。そうすれば、少しはみんなの役に立てるかもしれないしさ」

 

 先が見えなくとも、未来が確定していなくても、それを変えられる努力を。

 一人では無理でも、二人なら。きっと、乗り越えられると信じて。立香はマシュへと手を差し出す。

 

 共に歩こう、と。

 

「……はい。マスター、一緒に……!!」

 

 彼の手を取るマシュ。恐怖は残るが、その瞳にはそれよりも強い意思が宿っていた。

 

「お取り込み中のところ悪いがね」

 

「!!」

 

 手を取り合って立つ二人の背後から、いきなり声が掛けられる。ニヤニヤと意地の悪そうな笑みで二人を眺めるのは、先に洞窟へと入ったはずのキャスターだった。

 

「マシュの宝具の真名について、だったか? 一応アーチャーの野郎もそれに関しては思うところがあったらしくてな。作戦に組み込まずとも大丈夫なように立案しやがったらしいが、オレとしちゃあ、有るに越した事はないと思ってる」

 

「で、ですが、わたしは自分がどの英霊と契約したのかも分かりません。この盾だって、どのような伝説や伝承を持つか知りません……。そんな状態で宝具を扱えるとは思えないのですが……」

 

 自信なく答えるマシュに、キャスターはどうしたものかと思案した顔で、頭を掻いた。

 

「そこなんだよなぁ……。マシュの嬢ちゃんは自信が無さすぎる。真名は分かんねえかもしれん。使い方も同じだ。けど、その盾は明らかに宝具で間違いない。武具ってのは大概、その見た目や本来の役割通りの使い方をするもんだ。オレの刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)もそうだからな」

 

 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)。真名解放の効果こそは省略するが、その用途も槍本来の刺す、突くというもの。

 キャスターが言いたいのは、つまり───

 

「マシュ、あなたの持つその盾。盾なら盾らしく、それは護る為の宝具であると考えるべき……って事かしら?」

 

「って、所長も来た!?」

 

「……なによ。あなたたちが遅いから、こうしてわざわざ見に来たんでしょう?」

 

「とまあ、所長サンに言われちまったが、概ねそういうこった。真名解放については、実戦でどうにかするしかないな。こういうのはアレだ、実際に戦ってみて体で覚えるのが一番だ。荒療治だが手っ取り早いってね?」

 

 荒療治にも程がある! と、オルガマリーからツッコミを受けるキャスターの姿に、自然と笑い声を零すマシュ。

 やり方はどうあれ、キャスターの持論には一理ある。差し迫った状況で、宝具を使いこなす時間は無いのであれば、ぶっつけ本番で使えるようになるしかない。

 

「そうだわ。真名が不明なら、仮でも良いから名前を付けておきなさい、マシュ。完全に効果を引き出せずとも、多少なりに宝具の仮想展開はしやすくなるかもしれないもの」

 

「宝具の仮名、ですか? ……うーん」

 

 突然の申し出に、どんな名前を付けたものかと悩むマシュに、言い出しっぺであるオルガマリーが助言する。

 

「悩むのなら、マシュにも意味のある名前で、ぴったりの名前があるわよ。……『人理の礎(ロード・カルデアス)』、というのはどうかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 名前の分からないマシュの宝具に、オルガマリーが名付けた仮の名前。マシュはそれをいたく気に入り、話が落ち着いたところでようやく洞窟内へと進んでいく一同。(ちなみに、アーチャーもこっそり彼らのやりとりを聞いていた)

 二股に分かれた所で、アーチャーが立ち止まり口を開く。

 

「さて、作戦を実行に移すぞ。キャスターは私と共に敵の元に向かい、キャスターは敵を視認出来る位置で待機。まずは私だけでマスターの前に出る。そして君たちは岸波白野と合流するんだ。おそらくアサシンは見張り役として彼女と一緒にいるはず。彼に私の指示で来たと伝えれば、それで通じるだろう」

 

 いよいよその時が迫り、ゴクリと唾を飲む立香。この戦いにさえ勝てば、人類の未来が守られ、人類史はこれから先も続いていく。

 ここが正念場となる。全員が気を引き締め、それぞれが作戦の通りに動き始める。

 

 立香たちはアーチャーの指示通り、奥が牢となっている通路を進んでいく。

 それを見送ると、アーチャーとキャスターも反対側へと進む。

 

「……盾としての使い方、か」

 

 途中、アーチャーがポツリと呟いたのは、先程のマシュの宝具に関しての事。

 アルテラは逸る気持ちから、後戻りせずに分岐点で待っていたが、彼は隠れてマシュたちのやりとりを途中からだが聞いていた。

 

「なんだ? テメェ、盗み聞きでもしてやがったか? 陰気な奴だねぇ」

 

「別に。私が口を出すべきではないと判断したからこそ、あの時は彼女に姿を見せなかっただけだ。今は協力関係にあるが、もしもの時を考えれば彼女が宝具の展開を可能になるのは面倒なのでね」

 

「……いざという時に裏切りやがったら、オレがテメェを殺すからな。それだけは覚えとけ」

 

「フッ……。やけに彼らの肩を持つな。気に入ったようで何より。だが、」

 

 いつものようにクー・フーリンと軽口を叩き合う時とは違い、アーチャーは顔を真剣そのものへと変えて言葉を続けた。

 

「彼女のアレは、本来は盾ではないと私は思うがね。確かに盾として使えるだろうが、それが真の用途ではないだろう」

 

「あん? その口振り、マシュの宝具が何か知ってやがるのか、テメェは?」

 

「いや。おそらく、という推測でしかない。しかし……いや、やめておこう。今語るべき事でもない。今は、この聖杯戦争最後のマスターを倒す事だけを考えよう」

 

 意味深に言葉を濁して、アーチャーは口を閉ざした。キャスターも、それ以上の追及はしない。

 マシュが契約した英霊。その正体は、彼女自身が突き止め、知るべきだから。ここで自分が何かを知り、うっかり口を滑らせるのは、何か違う。

 そう思ったからこそ、キャスターは知ろうとはしない。

 

 それから少し進んで、とある変化が表れ始める。

 

「……空気が変わった。このおぞましい気配───ライダーか!!」

 

 それまで生温い風が吹いていたのに、一気に気温が下がるのが分かる。そもそも洞窟内とはひんやりとした空気が漂うもので、さっきまでの生温い風も普通はおかしいのだが、この空気の冷たさは、洞窟のそれと比べても明らかに異質。

 まるで布切れ一枚で極寒の地に放り出されたような、凍える程の寒気───否、これはもはや冷気。

 

「おいおい。まさかライダーのヤツ、もう怪物になっちまったのか!?」

 

「……いいや。まだそうと決まったワケじゃない。もし既にゴルゴーンと化していたのなら、まだ彼女が動き出していないのはおかしい。まだ途中の段階だろうが、かなり進んでいるのは確かだな」

 

「あ~、おっかないねぇ。こりゃ本気で槍を持って来れなかったのが悔やまれる。こんだけの圧を放つ怪物だ、是非とも槍で戦ってみたかったぜ」

 

 不敵に笑いながら愚痴を漏らすキャスター。だが、その目はこれっぽっちも笑ってはいなかった。

 魔術師のクラスでの現界ではあるが、英雄“クー・フーリン”である以上、その本質に戦士としての望みは常に在る。

 聖杯への願い、望みの無い彼が聖杯戦争の召喚に応じるのも、ただ強い者との果たし合いがしたいだけ。それだけが、悔いも残さずに最期を迎えたはずである彼が、聖杯戦争へ参加する理由であるのだから。

 

「まったく。君はどうあろうとブレないな。その点に関してだけは、君の美徳として捉えておくがね」

 

「ああ? それだとオレが単なる脳筋の戦闘バカみてぇじゃねえか!? テメェのその憎まれ口は何とかならんもんかねぇ?」

 

 戦いの前のじゃれ合いにも見えるやりとりだが、彼らの纏う空気は、決して穏やかとは言い難い。

 

 何故なら、言い合ううちに、とうとう彼らの足は目的の場所へと踏み入れられていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何者かの気配」

 

「え?」

 

 牢でおとなしく待っていた私だったが、不意のアサシンの呟きに、入り口を見る。

 

 それから間もなく、私にも誰か、それも複数の足音が聞こえた。

 敵か味方か。話の通りなら、オルガマリーたちの足音だと考えられるが、もしそうでない場合、私を生贄として連行する為に桜の差し向けた存在であるかもしれない。

 身構えると同時に、自然と強張る体。何が起きてもいいように、コードキャストを発動出来るようにレガリアに指を添える。

 

 と、

 

「マスター! 我が虜!! 助けに来たぞ!!」

 

 警戒する私の視界にいの一番に入ってきたのは、猛スピードで私へと突進してくるアルテラの姿だった。

 当然、私は安堵から気が抜けるのだが、アルテラはその勢いを緩める事もなく。その結果、

 

「ぐみゅ!?」

 

 無遠慮に力強く抱き締められる形で、アルテラの胸に顔が押しつぶされる。平た……ゲフンゲフン。女性特有の柔らかさはあるものの、凹凸の少ない彼女の体と、想像以上に力の込められた抱擁に、それなりの痛みと圧迫感が私を襲う。

 そうとも知らず、アルテラは私の身を相当案じていたのだろう、まくしたてる勢いで質問責めにしてきた。

 

「ケガはないか? 何か変な事はされなかったか? こんな所に閉じ込められて怖かっただろう? だが、もう大丈夫。安心していいんだぞ。……クソ、私が付いていながらマスターの身を危険に晒してしまったのは、我が霊基の永遠の傷だ。もう、お前を誘拐されたりなどしない。私が側に居る限り、絶対に守ってやるからな」

 

「ちょっと、アルテラ!? その子、どんどん顔色が青くなってきてるわよ!?」

 

「なに? ……あ」

 

 熱烈というか強烈なハグに意識が薄くなり、途中からアルテラの言葉のほとんどが頭に入っていなかったけど、どうやら遅れて来たオルガマリーの呼び掛けで、私が窒息しかけていたと気付いたらしい。

 アルテラは力を緩めると、私の頬を両手で軽く叩く。

 ぺちぺち、と本当に軽めの衝撃で、薄れていた私の意識が引き戻される。

 

「すまないマスター。嬉しさのあまり、つい力が入りすぎてしまった……大事ないか?」

 

「だ、大丈夫。ちょっと軽くお花畑が見えたけど、体に支障は無いから」

 

 なんだろう……。アルテラってば、私に対してすごく過保護になってない?

 

「……なるほど。魔術師殿、貴女のお仲間でしたか」

 

 アサシンも、ここに駆け付けた他の面子から、アーチャーの計画が始動していると見たのか、構えていたダークを下ろした。

 

 オルガマリーや立香、マシュも、アサシンの特異な姿を改めて視認すると、やはりギョッとした顔になる。

 そもそも、顔面へ直接に髑髏の仮面を縫い付けているのだから、不気味に感じるのも無理はないだろう。

 

「……アーチャー殿がここに居ないのを見るに、マスターの所と行った、といったところですかな?」

 

『その通りだ。アーチャーはキャスターと共に先に向かったよ。……キミとアーチャーの計画、キミたちのマスターを裏切り、そして打倒する事───それはもう動き出している。それに加えて言うなら、我々カルデアも後戻りはもはや不可能だ。こうなってしまった以上、そこに居る所長たちは作戦を成功させないとこちらに帰って来れないし、命の保障もないからね』

 

 いつになく、真剣味の増したDr.ロマンの声。誘拐されて、久方ぶりに聞いたようにさえ感じるが、実際にはまだ何時間という程度だ。それだけ、私の置かれた状況は切迫していたのだろう。

 

「……ふむ。遠見の魔術でも使っているのか、姿無き魔術師殿。それは我らとて同じ事。この計画が失敗に終われば、二度と機会は巡っては来るまい。そして、あの邪悪なマスターが、裏切り者を生かしておくはずもない」

 

『そうか。なら、僕らは本当の意味で一蓮托生なワケだ。よろしく頼むよ。そして、現場に居るメンバーをどうかよろしく頼む』

 

 姿は見えないが、頭を下げての懇願であろう事は、容易に想像出来た。

 

「よし、それじゃあ早速だけど白野に作戦を伝えないとな!」

 

「うん。アサシンから大体は聞いてるけど、細かなところは変更もあるだろうし。道すがら教えて、立香」

 

 そして、牢を出ようとしたその時だった。

 

 

 

 遠く、いや近く。この洞窟内で何かが爆発したような音が響き渡り、それは強い振動となって私たちに襲い掛かってきた。

 

 

「な、なんだ!? 爆発!?」

 

『まさかアーチャーとキャスターか!? でも、仕掛けるにしては早すぎる! 何が起きたんだ!?』

 

 Dr.ロマンの焦る声。それとほぼ同じタイミングで、私たちは洞窟内の異変に気付く。

 空気が冷たい。それも異様なまでに。これはもう、洞窟の中特有の肌寒さとかのレベルじゃない。

 ……待て。そういえば、この感覚にはどことなく覚えがある。そう、そうだ。桜やセイバーの居た大空洞で、これに近いものを感じたはず。

 しかし、あの時よりも遥かに冷気が増している。

 

 その理由を考えて、ぶわっと冷や汗が一気に湧き出した。

 

「まさか、ライダーが……!?」

 

 桜の言っていたように、ついにライダーが怪物へと変貌してしまったのだろうか。

 アーチャーとキャスターはどうなった? まさか、今の爆発音は……!

 

「嫌な予感がする。私たちも急いで向かおう。走りながらでいいから、作戦での私の役割だけでも簡単に教えて!」

 

 了承を得る前に、既に私は走り出していた。とにかく、早く現場に行かなければ全て手遅れになってしまう。そんな、そこはかとない予感があったから。

 

「あ、待てよ白野! クソ、俺たちも急ごう!」

 

「先輩、頭上に注意してください! 今の振動で崩落の危険があります! 皆さんも気を付けてください! 大きな瓦礫はわたしが排除します!」

 

 立香に続き、マシュも私の後を追い始める。他の者も、遅れないようにぞろぞろと牢から出て行く。

 

「もう! どうしていつも上手くいかないのよ!?」

 

 オルガマリーの虚しい叫びを耳にしながら、私たちは駆ける。

 地面が震える。断続的に爆裂する音が続いている事から、確実に戦闘が行われているという事が分かる。

 

「見えた! 大空洞の入り口……!!」

 

 立香から作戦の説明を聞き、アルテラをレガリアに収めた私だったが、走りながら、それも全力疾走していた事もあり、立香も私もあまり満足に話が出来ず終いで到着してしまう。多分、半分も頭に入っていない。

 

 時間にしておよそ3、4分。されど、その僅かな時間が無限とも思えるくらい長く感じられた。だが、ようやく辿り着いた先で私が目にしたのは、あまりに絶望的な光景だった。

 

 

 

 

『グウオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!』

 

 

 

 

 巨大。まさしく圧巻の一言。

 ライダーだったモノであろうと思しきソレは、体のところどころに蛇の鱗が備わり、髪の先の一部が蛇の頭と化している。

 肥大化した手先は鋭い鈎爪となり、眼光は獣そのもの。

 

 ゴルゴーンの怪物。そう言い表して相違ない姿へと、ライダーは変貌を遂げていた。

 

「あら。生贄が自分から来てくれましたか。それと裏切り者も」

 

 ゴルゴーンの後方、大聖杯の近くからこちらを見つめる桜。裏切り者、とはアサシンの事だろう。つまり、アーチャーとアサシンの叛逆は既にバレていると考えて間違いない。

 

「案外早かったな。もう少し遅ければ、私もキャスターも死んでいたところだ」

 

 と、アーチャーが弓を手にしながら、私の元へと降り立つ。キャスターも同様に、こちらへと退いてきたが、私は彼の姿にたまらず血の気が引いた。

 

「おう、イイところに来てくれた。マジで助かるぜ。これでチィとばかしオレも楽出来るってもんよ。何せ、腕がコレだからな」

 

 笑って、腕を振るキャスター。

 

 ()()()()()()()左の腕を、あたかも在るかのように。

 

「キャスター!? 腕が……!!」

 

 キャスターの変わり果てた姿に、私だけでなく、仮とは言え彼のマスターである立香もまた、顔を青くしていた。

 マシュやオルガマリーも例外ではない。改めて、戦いが命懸けであるのだと実感させられている。

 

「なに、心配するな。油断して腕の片方を食いちぎられたが、片腕が残ってんならまだやれる。槍ならまだしも、ルーンは片手でも使えるからよ」

 

 痩せ我慢ではなく、彼は本気で言っている。片腕をもがれた程度で戦えなくなる程、ヤワではないのだと言わんばかりに。

 戦士としての矜持を、彼は示しているのだ。

 

「全員気を引き締めろ。アレはゴルゴーンの怪物───へなりかける一歩手前といったところだが、それでも怪物であるのには変わりない。もはや魔獣とでも呼ぶべきか、神と怪物の中間、もとい中途半端な出来損ないだ。しかし、能力だけはサーヴァント五騎分はあると見て考えろ」

 

「誰のせいでこうなったと? アーチャーさん、あなたが裏切ったりするからです。だから、ライダーが完全体になる前に起こす羽目になっちゃったんですよ?」

 

 初めて見せる、あの桜が苛立った顔。それは彼女が相当腹を立てている証拠だろう。

 

「ちょっと、アーチャー! どういうコトなのよ? 段取りと違うじゃない!?」

 

「すまない、オルガマリー女史。どうにも、私は彼女に信用されていなかったらしい。私が生きて帰った時点で、彼女にしてみれば怪しむべき事だったようだ」

 

「当然でしょう? アーチャーさんじゃなくてアサシンさんが人質を連れて帰った時点で、アーチャーさんは窮地にあるか、または討ち取られたか。それが五体満足で何事もなかったように戻ってこれば、ほら? 怪しいとしか思えません」

 

 少女の眼差しが、アーチャーへと向けられる。鋭く、冷たく、重い。視線だけで人を殺してしまえそうな、恐ろしく冷酷な眼差し。

 それを受けても、アーチャーは怯むでもなく、毅然と弓を構える。照準はライダーに向けられていた。

 

「そうか。やはり、堕ちてしまった時点で、君が誰かを信じるなど有り得ないと判断すべきだったようだ。だからこそ、配下()が帰ってきたとて真っ先に疑われる事になったのだからね」

 

 ライダーから一瞬だけ桜へと視線を送るアーチャー。何故だか、その目はとても悲しげなものに見えた気がした。

 

「いいか。ライダーは()()()()。ありゃ倒す倒さないの話じゃない。どうにか動きを封じて、隙を突いて敵のマスターを倒す。前者は白野を除いた全員で。後者はお嬢ちゃん、アンタに掛かってるぜ?」

 

 キャスターが片手で描けるありったけのルーンを展開する。ありとあらゆる手段で、何としてでもライダーを止めんが為に。

 

「マシュ、キャスター! 俺も全力でサポートする! だから、白野に道を作ってやってくれ!!」

 

「了解しました。わたしに出来る限りを尽くします! 状況、開始します、先輩!!」

 

 マシュも、立香の呼びかけに呼応し盾を構える。守りの要、それはマシュの盾に他ならない。彼女が戦えない立香やオルガマリーの防衛ラインであり、アーチャー、キャスターのサポートとバックアップを担う。

 

 この作戦にとっての唯一無二の防衛線。それがマシュ・キリエライトの役割だ。

 

「……」

 

 目の前の巨悪に目を奪われていたが、ふと私は大聖杯のある丘を見た。そういえば、セイバーが全く干渉してこない。

 彼女まで戦線に加われば、状況は最悪としか言いようがなくなるのだが……。

 

 そのセイバーはといえば、確かにそこに居る。居るのだが、降りてくる様子もなければ、剣を構える素振りもない。

 完全に傍観に徹しているように見受けられる。それはまるで、この戦いの行く末を見定めるが如く。

 彼女が何を考えているのかは分からない。けれど、この戦闘に参加しないのであれば、それはそれで助かるしありがたい。

 

 でも、いざという時の為にも、一応セイバーにも警戒するようにしておこう。

 

「フシュルルルル……!!!!」

 

「フフフ……。女神の成れの果て。怪物の成り損ない。半神半魔のケイオス・ライダー! あの人たちを喰らいなさい? そうすれば、私の願いも叶う。そして先輩の願いも……。さあ、私の目を覚まさせてくれた()()に、壊したこの世界を捧げましょう……!!!」

 

 

 



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第二十八節 マトウ サクラ ノ ネガイ

 

 桜の声を皮切りに、ライダーが一際大きく動き出す。蛇の頭部へと変貌した髪と手、胴体は生身と鱗が同居しており人間と蛇が混ざったような状態だ。

 足は無くなって完全に蛇の尾と化して、波打つようにこちらへと急接近してくる。その巨体から想像出来ない程に、速い。

 

「そら! 喰らいな!!」

 

 接近を許さぬとばかりに、キャスターがルーンによるトラップを発動させ、ライダーが触れた瞬間に次々と作動していく。

 一つの爆発が連鎖的に誘爆を引き起こし、ライダーに触れていないトラップさえも爆発する事で、ライダーの全身を呑み込むくらいの大規模な大爆発が巻き起こる。

 

「やったのか……?」

 

「まだだ。言ったろ、アレは倒せるとかの次元じゃないってよ?」

 

 爆発に呑まれたライダー。それを見て、立香は倒せたかと淡い希望を抱いたが、キャスターは残念そうに否定した。

 

『グゥゥゥウウウウ!!!!』

 

 それを証明せんとするかのごとく、ライダーは雄叫びを上げながら爆炎を突っ切って姿を現すと、真っ直ぐにキャスターへと突進を続ける。

 小細工が目障りだと判断したのだろう。アーチャーの攻撃には目もくれずに、意識は完全にキャスターだけに向けられていた。

 

「おお、おっかねぇ。イイ女に迫られるなら大歓迎なんだが、化け物だけは勘弁願いてぇや。んなもん師匠だけで十分だぜ!」

 

 目前にまで脅威が迫っているというのに、キャスターは軽口を叩く余裕を見せていた。理由は明白だ。彼とてケルトの大英雄、簡単に殺されるようなタマじゃない。

 仕込みがあるからこその余裕に他ならない。

 

 そして、キャスターへとライダーの魔手が襲った瞬間、キャスターの姿が忽然と消え失せる。

 アーチャーとの戦いの際に見せた、炎のルーンを用いた幻影だ。

 

「どこ見てやがる? ほれ、こっちだ!!」

 

 本物のキャスターは、気付けば立香のすぐ近くに陣取り、切り札たる宝具を展開させていた。

 

 轟々と燃え盛る、木から形成された炎の巨人。その名を『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』。

 キャスターのクラスで召喚されたクー・フーリンが有する、ドルイドとしての宝具。

 

 彼がスカサハより授けられたルーン魔術は、元は北欧の神々に由縁のある代物だ。それを鑑みるに、この炎の巨人は、ラグナロクを引き起こしたとされる炎の巨人王スルトさながらの迫力を有していた。

 

 炎の巨人がゆっくりと足を前に進める。それに呼応するように、ライダーもまたキャスター、そして炎の巨人へと向けて突進を再開した。

 

 怪物としての側面の顕著化により、体躯の肥大化したライダーではあるが、それに負けず劣らずの大きさを持つ炎の巨人が、蛇の女怪を迎え撃つ。

 

 燃える腕が、ライダーの体に掴み掛かり、炎熱が彼女の肌を焦がしていく。

 ただ、鱗にまでは炎のダメージは及ばないようで、やはりライダーを倒す決め手としては力不足だった。もっと言うなら、出力が足りていない。

 事実、女怪は苦悶の唸り声を上げるものの、炎の巨人はライダーを押し止めるだけで精一杯となっている。

 

 そうこうしていると、蛇と化した髪が、巨人を避けて他の者へと首を伸ばし始める。ライダーの体は押さえられても、その蛇髪までは手に負いきれなかったのだ。

 

「来るぞ! 宝具展開中のキャスターは無防備だ。何としても守り通せ、マシュ! でなければ、キャスターが死んだ時点で我々の敗北と知れ!!」

 

 アーチャーが多数押し寄せる蛇の群を迎撃しつつ、マシュへと注意を促す。

 宝具の展開、それも持続させるには膨大な魔力を有する。魔力は立香を通してカルデアからのサポートも有るには有るが、とてもではないがルーン魔術の行使までこなす、などという余裕は無い。

 

「悪いがそういうこった! なに、いざとなりゃ杖で少しは耐え凌ぐ。だが、デカい一撃だけは頼むぜ?」

 

 言葉の通り、キャスターは心配無用とばかりに杖で蛇を打ち払う。隻腕ではあるが、元々強化の魔術を予め掛けていたのだろう、少数程度なら容易く叩き潰していた。

 キャスターへ迫る蛇の数が少ない理由としては、アーチャーが自身のみならず、彼へと迫ろうとする蛇を射撃していたというのも一助となってはいた。

 

 互いに言葉はない。それぞれの役割を果たすだけ。そのために動いているだけなのだから、言葉は不要、という事なのだろう。

 

 ライダーは巨人が抑え、蛇髪はアーチャーが大半を凪払っている。キャスターとマシュが居れば、アーチャーの撃ち漏らし程度は何とか対応出来るか。

 なら、私が動くのは今しかないだろう。私だけが、何もせずに待っている訳にはいかない。

 

「マシュ、立香とオルガマリーをお願い。私が……桜を止める」

 

「はい。わたしにどこまで出来るか分かりませんが、きっと守ってみせます」

 

「白野……必ず生きて戻りなさい。これはあなたのマスターとしての命令よ」

 

 オルガマリーが、マシュの盾から顔を覗かせて言う。強がってはいるが、その顔は多大な緊張で強張っているのが分かる。

 ……うん。これは、絶対に生きて帰らないと、後が怖いかな?

 

 コクリと頷いて、私は走り出した。取っ組み合うライダーと炎の巨人を大きく迂回し、時折襲い来る蛇をコードキャスト・ガンドで対処しながら、桜の元へ足を急がせる。

 

 走りながら、一度だけ、アーチャーと目が合った。

 彼もまた、頷いて返すだけで、すぐに戦闘に戻る。私とアーチャー、どこか似た者同士なのかもしれない。

 

 

 ───この時の岸波白野の知るところではないのだが、どこかの世界で彼女とアーチャーは深い絆と強固な繋がりを築いた。共に過ごすうちに、彼女こそがアーチャーから影響を受けていたのだとは、きっと思いもしないのだろう。

 

 

 走る。走る。つまずいても、転んでも、すぐに起き上がり、走る。

 

 スカートを破いて作った即席の靴は、とうの昔にほつれて脱げていた。

 裸足で走るのは痛い。瓦礫に天然の段差、尖った石が足を傷つけていく。

 きっと、傷だらけになっていて、血も多く滲んでいるだろう。今すぐにでも足を止めてしまいたい衝動に駆られる。

 どうして、ここまでする? 自分を痛めつけてまで、自分とは関わりのない世界を救うために、何故?

 

 悪魔の囁きが脳裏によぎる。けれど、私は足を動かせ続けた。そんなものは決まっている。

 今の私があるのは、いつも誰かに助けられていたからだ。この私を形成するのは、私だけによるものではない。

 月の聖杯戦争も、月の裏側も、月の聖杯大戦も。いつでも、誰かが私を助けてくれていた。

 

 私は、()()()()()()の積み重ねで、今ここに立っている。

 なら、その私が、それを蔑ろにして良い道理がない。

 

 誰かを助ける為に、私も戦おう。命を懸けて、全力で。

 これまで、私がしてもらってきたように、私もそれをするだけの話なのだ。

 

 

 

「だから、止める。私はあなたを止める。桜」

 

 たとえ殺してでも。それしか方法が残されていないのだとしても、私は止めてみせよう。オルガマリーたちの為に。

 

「……止める、ですか」

 

 気付けば、私は桜の正面にまで来ていた。

 

「いつか似たような光景見た、聞いたような気がします。───先輩も、そんな目で私を見てたっけ」

 

 懐かしむように目を細め、そして次に腹を撫でる桜。その表情は我が子を慈しむ母のようでさえあった。

 

 何故か、その姿をおぞましいと感じてしまう。

 

「私は……先輩のためになることをしたかっただけなのに。先輩に喜んでもらえたなら、それだけで良かったのに。なのに、先輩は私を怒ったんです。酷いと思いませんか?」

 

「……怒って当然。桜、あなたのしてる事は、身勝手な親切の押し付けだよ。その先輩だって、大勢を犠牲にした平和なんて望まないはず」

 

「……あなたは先輩だけじゃなくて、姉さんと同じような事も言うんですね。でも、そうだとしても関係ありません。私が作った平和な世界を、見せてあげればいいだけだから」

 

 ニュアンスがおかしく感じたのは、私の気のせいなどではない。

 既に死んでいるであろう()()に、桜は本気で自らが作り出した世界を見せるつもりでいる。

 それは、天国から見ていてほしいとか、そういう話ではなくて、()()()()()()()()()()()()

 

 ここで、私はさっき感じたおぞましさの正体が何であったのか、気付いてしまう。気付いてしまった。

 考えたくもなかった、考えるべきではないはずの事実に。

 

 顔を青くした私に、桜は頼んでもいないのに、その事実を口にした。

 

「気付いたんですね? そう、私は先輩を食べました。食べて、今は私のお腹の中に居るんです。私が世界を作り替えた後で、産み直してあげるんです。もう正義の味方なんて酷使されて使い捨てにされるだけの存在にならなくてもいい、私と先輩だけしか存在しない平和な(二人きりの)世界に……」

 

 今、ようやく桜の言う“平和な世界”が何かを理解した。

 平和、それは当然だ。だって二人だけしか存在しない世界なのだ。互いに争い合う人類は根絶され、残ったのは桜と先輩。

 原理は分からないが、先輩とやらを自らの内に取り込んで再度産み落とし、二人だけの理想の世界を作る───それが、桜の目指した願いの果て。

 人理の消滅とは違う意味で、人類史の終焉を意味するもの。

 

「その邪魔をするなら、誰であろうと死んでもらいます。いいえ、そもそも私と先輩以外の人間なんて要らないですし、やっぱり殺します。そうですよ、誰も彼も関係なく殺してしまえば、それで良い話ですものね?」

 

 ユラリ、と笑いながら体を傾ける桜。伸ばした手から、黒い何かが現れる。ヒラヒラしているようで、その実は硬質なソレは、彼女が身に纏っているものと同質のように見られた。

 

 シュルシュルと布の擦れる音を立てながら、桜がその黒い何か振りかぶる。

 

「!!」

 

 放たれた黒色は、打って変わって一直線に私に向かって飛来してきた。予想外に速いソレに、私はどうにか避けるも、黒い何かは腕を軽く掠っていく。

 掠っただけなのに、焼けるような痛みが傷口から腕全体へと広がっていき、まるで毒に侵食されていくかのような激痛が走った。

 

「痛いですか? 苦しいですかぁ? どうかその苦痛に歪む顔を、もっと私に見せてくださいね。それが私にとって何よりの捧げ物なんです」

 

 神にでもなったつもりか、桜は私が苦しむ様を神への供物のごとくに称しながら、恍惚としてこちらを眺めている。

 いや、もはやヒトの居ないこの特異点においては、彼女は神にも等しい存在であるのか。間違いなく、邪神や悪神といった類のものだろうが。

 

 だが、確かに拙い。腕の痛みもだが、痛みだけでなく痺れるような感覚もある。これでは本当に毒と何ら遜色ないじゃないか。

 

「……んー、不思議です。詠唱が不要な上に工程を介さない魔術の行使は凄いですけど、身のこなしからして武闘派でもなさそうなのに、どうして私に一人で挑もうと思ったんでしょうか?」

 

 桜の指摘に、肝が冷える。

 レガリアに潜んだアルテラによる不意打ち、急襲こそが私たちの狙い。それを成功させるためにも、桜には私に対して油断していてもらうべきなのだ。

 アルテラにも、今にも出てきたいという思いを我慢してもらっているのに、ここで作戦がバレてしまっては、全てが水の泡となる。

 

 どうする? 腕は痺れるが、まだ動かせる範囲内な痺れだ。コードキャストだけでの応戦で、どうにかアルテラの存在を隠し通せたら、唯一の勝ち目が浮かんでくる。

 

 それしか、ないか……。

 

「別に。適材適所だよ。ライダーは手強いから他の全員で。あなたには私だけで十分。それだけの話だもの」

 

 挑発に乗ってくるとは思わない。けれど、必要のある事だ。私に桜の注意を引き付け、そしてわざと負ける。アルテラの不意打ちを決定的なものにするためにも、そうする必要がある。

 

 冷ややかな眼差しのままに、桜は軽く溜め息を吐く。挑発が効いたようには思えない。多分、呆れているのかもしれない。

 それとも、悪ふざけとでも思ったのかも。

 

「もう、いいです。話をするだけ無駄でしょうから。出来る限りいたぶって殺しますね? ライダーへのプレゼントにしようかとも思いましたけど、一刻も早くこんな世界は壊してしまいたいですから」

 

 瞬間、桜の顔から全ての感情が消え失せる。端正な顔は完全な無表情となり、そこから思考を読み取る事も不可能。

 言葉の通り、桜の攻撃は激しさを増して、私に襲い掛かる。私を簡単には殺さないように、的確に急所は外して、しかし確実に傷を蓄積させてくる。

 

「ほらほら、もっと痛いのをあげますよ?」

 

 鞭をしならせるように、関節ばかりを狙ってくる辺り、彼女の嗜虐性が痛みと共にありありと伝わってくる。

 

「──あ……ぐぅ、」

 

 痛い。全身のありとあらゆる部位が悲鳴を上げている。肌が擦り切れる。骨が軋む。神経が摩耗する。心が逃げ出したいと絶叫している。

 

 私に武術の心得が少しでもあれば、もっとダメージを軽減できたかもしれないが、無い物ねだりでしかない。

 痛みはどんどん激化していく。まだまだ攻撃は加速している。

 

「あ───っ」

 

 やがて、私の体はあまりの痛みに耐えかね、力無く崩れ落ちた。

 もう、体力も忍耐も、限界だった。

 

 倒れた私に、桜が悠然と歩いて近付いてくる。顔は無表情から嘲笑へと変わっていた。

 

「もう終わりですか? もっと楽しめると思ったのに……残念♪」

 

 必死に顔を上げ、こちらを見下ろす桜に目を向ける。残念と言う割に、彼女はとても楽しそうに、私を見下していた。

 

「ぐ……うぅ」

 

 もう、話す気力さえも残っていない。

 

 まだか……。まだ、なのか……。

 

「口も利けないみたいですし、辞世の句は諦めてくださいね。大丈夫、神様がきっとあなたを天国に導いてくれますよ。安心してください、神様は居るんです。だって、()()()()()()()()()()()()()

 

 生き返らせて……?

 それは、どういう───。

 

 意味を聞こうにも、桜は待ってくれる様子はない。どうやら、間に合わなかったらしい。

 

「アル……テラ……」

 

 本当にギリギリまで待って、それでもダメだった。アルテラの不意打ちは不発に終わったのだ。なら、すぐにでも許可を出して応戦してもらうしか───。

 

「さようなら、名前も知らない誰かさん。聞いたかもしれないけど、もう忘れちゃいました」

 

 桜の手が振り下ろされる。すぐにでもアルテラをレガリアから出して……、

 

 

 

 

「『妄想心音(ザバーニーヤ)』」

 

 

 

 

 ぐちゃり、という音がした。肉を抉るような不快な音。

 その音が聞こえる寸前で、男の声がした。

 

 桜の動きが止まり、間もなく口から大量の血が溢れ出す。ゴボゴボとむせるように咳き込み、再度大量の血を吐き出した。

 

 何が起きたのかを理解するまでに少しの時間を要したが、桜が膝をついて、後ろに振り返った事でようやく私は思い出した。

 

 そこには一人の男が立っていた。黒いぼろ布で覆っていた全身は既に外気に晒されて、封印していたであろう巨大な赤い腕が露わとなっている。

 

 そうだ、アサシン。彼の宝具こそが、不意打ちの決め手となるのだ。

 

 桜たちの前に姿を出してから、アサシンにだけは誰も徹底的に話しかけなかった。それは意図的で、桜にアサシンの存在を忘れさせるため。

 ライダーの変成、アーチャーの裏切り、そしてキャスターたちの登場。色々な事象は有れど、それだけで桜がアサシンの存在を忘れるはずがない。

 だから、私は慣れない挑発をしたし、桜の嗜虐心を煽ったりもした。視野を少しでも狭めさせる事さえ出来れば、アサシンにまで気が回らなくなると考えたから。

 

「……他の人はみんな、ライダーと戦っているはずじゃ……」

 

 そう思い込ませるための、あの台詞。桜に先入観を持たせた私の言葉は、意味を為していたらしい。

 

 アサシンは、自身を恨めしげに睨み付ける桜に───いや、彼女がまだ生きていた事へと驚愕していたが、すぐにそれを呑み込んで桜の疑問に答える。

 

「我らアサシンが何を得手とするか、まさか存じ上げない事も有るまい?」

 

「マスター……殺し……」

 

 アサシン。それは暗殺者のクラス。例外もあるが、基本的に正面からの戦闘を得意とはしていない。

 故に、通常の聖杯戦争では敵マスターを闇討ちして勝ち残るのが、アサシンとそのマスターの基本戦法となっている。

 

 桜は尚も立ち上がり、アサシンへの怒りを隠そうともしない。まだ動けるというのか。

 サーヴァントの宝具を受けたのに、まだ立ち上がるというのか。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い、イタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!!! ……ああ、でも、まだ倒れる訳にはいかないの。止まる訳には、いかないの!!!」

 

 痛々しいまでに、血反吐を撒き散らしながら少女は吼える。願いを終わらせないために。世界を終わらせるために。

 

 

 

 新しい世界を始めるために。

 

 間桐桜は、まだ戦おうとしている。

 

 

 

 もう、終わらせてやるべきなのだ。

 虚しさしか残らない、少女の願いを。

 

 

 

「行って───アル、テラ!!」

 

 

 

「ああ。任された」

 

 

 

 刹那、白の剣姫が顕れ、黒い少女を手にした軍神の剣で一閃した。アサシンへの怒りから、こちらに背を向けていた桜は、為す術もなくその背に剣戟を受ける。

 深い一閃。およそ即死は免れないであろう一撃。

 鮮血が舞い、アルテラだけではなく私にも降り注ぐ。生暖かい、命の温もりが、桜から急速に失われていった。

 

 大量の失血に、ついに桜は倒れ伏す。目の前に、倒れた桜の顔がある。色白かった肌は、より青ざめ、生気など微塵も感じられなかった。

 

「……、これは、ダメかな? こんなところで、終わるなんて。もう少し、だったのに」

 

 さっきまで恐ろしいだけだった少女の容貌は、けれど年相応のそれへと変わっていた。───戻った、というほうが正しいのかもしれない。

 

 目に涙を浮かべ、叶わぬ願いに思いを馳せる。少女の儚い想いの終焉だった。

 

「あーあ、セイバーさんは、結局……最後まで手を、貸してくれなかったなぁ」

 

「……」

 

 誰も、何も言わない。桜の最期の一人語りを邪魔しなかった。

 願いの末に全てを敵に回し、全てを殺してみせた少女。

 

 特異点最後のマスターにして、人理の敵対者。その死を以て、全ての終わりを迎える。

 

「……先、輩。好き……でし、た」

 

 最後に一筋の涙を流して、黒い少女は事切れた。特異点の元凶の一つが、潰えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (マスター)の死で、ライダーにも変化が表れる。魔力供給の停止は、怪物へと変成し、膨大な魔力消費を伴うライダーにとっては致命的だった。

 

 まともに力を振るう事はもう不可能であるはずだ。現実として、ライダーの動きは鈍くなっている。アーチャーやキャスター、マシュへととめどなく襲い続けていた蛇も、次第に数を減らし、勢いも無くなっていた。

 

 その変化に、アーチャーとキャスターは作戦が成功したのだと確信する。

 

「アイツら、やりやがったぜ、おい!」

 

「よし、これでライダーを倒すという話も現実味を帯びてきたぞ……!」

 

 喜び勇むサーヴァントたち。だが、それは早計だった。

 

 

 ライダーとて、己に起きた異変の理由に気付いていた。僅かに残された意識、怪物へと堕ちていく自我をどうにか奮い立たせて、最期の抵抗に出る。

 勝てなくてもいい。死んだって構わない。ただし───マスターを殺した者どもの全て、共に連れていく。

 聖杯? そんなもの、セイバーにくれてやる。元より、聖杯になど興味はない。桜さえ、彼女さえ居てくれたら、ただそれだけで良かったのだ。

 

 だから、彼女の居ないこの世界に意味はない。

 

 

 暴走。後戻りを必要としないライダーは、自滅覚悟での全魔力を解放する。

 途端、失速していた勢いは先程までよりも更に増し、炎の巨人を圧倒し始める。

 それだけでない。蛇の猛攻も更に苛烈さを増して再びアーチャーたちを襲い始めたのだ。

 

「どうなってやがる!? さっきより強くなってねぇか!?」

 

 片腕では蛇を御し切れなくなってきたキャスターが、叫びながら愚痴を言う。

 アーチャーの射撃も追い付かなくなっていたのだ。

 

「チィッ! ヤケクソと言うヤツか!? ライダーめ、まだ思考は生きていたらしい……!」

 

「どうするよ!? 敵のマスターさえ倒せば、聖杯戦争は終わるはずだったってのに! マシュの嬢ちゃんも限界が近い、このままだとマジで全滅しちまうぜ!?」

 

 アーチャーとて、それは理解している。マシュはよくやってくれていた。戦闘自体は憑依している英霊の影響で、ある程度はそつなくこなしているが、心がそれに追い付いていない。

 デミ・サーヴァントとして戦闘能力は備えていても、彼女には圧倒的に経験値が不足している。体力よりも、精神が既に限界に近付いているのは、誰が見ても明らかだった。

 

「……拙いな。私ではライダーを仕留めきれん。キャスターの宝具でも拮抗するのがやっと……、バーサーカーを遠ざけたのは失策だったか」

 

 大英雄ヘラクレス。彼ならば、或いは……。だが、バーサーカーである彼を制御するのは至難の(わざ)だ。

 本当なら、キャスターの宝具を頼りにしていたアーチャーだったのだが、それすらもライダー討伐に用いるには難しい今、完全に手詰まりだった。

 

「アルテラの宝具……いや、令呪の使用は避けさせるべきか。こうなれば、逃げの一手のみか……」

 

 逃げたとして、ライダーが魔力不足で自滅するまで逃げ続けられるかと言えば、答えはノーだろう。

 とうに全員が疲労困憊で体力も魔力も尽きかけている。英霊でない立香やオルガマリーの足で、いつまでも走る事など不可能。サーヴァントが抱えて走るにも、追撃への対処が出来なくなる。

 

 この際、ライダーの魔力切れまで粘るのが最善か───。

 

 

 

 

 

 

「退け。貴様ら」

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 響き渡る凛々しくも冷たい声音。

 今まで傍観に徹していたはずの、騎士の王。

 

 セイバー。

 

 今のは、他の誰でもない彼女の声だ。黒く染まった聖剣を後ろ手に、騎士王は攻撃の構えを取っていた。

 

「まさか、今頃になって参戦するってのか!? 冗談キツいぜ、オイ!!」

 

「……、」

 

 怒鳴るキャスターと比べて、アーチャーは何も言わなかった。ただ、セイバーの言葉の通りに、彼女の直線上から離れるのみ。

 

「そうだ。それでいい、アーチャー。そして勘違いするな、キャスター。今から行うは、貴様らの後始末。そして、サクラを倒した勇者と、ライダーの猛攻を凌ぎ切った盾の英霊への褒美と知れ」

 

 言い切って、突如セイバーを中心に莫大な魔力の渦が発生する。渦の中心、正確には黒き聖剣へと、それら全てが収束していき、途轍もない量の魔力の塊へと化していく。

 

 

「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め、『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!!!」

 

 

 光すらも呑み込む黒き光───闇が、振り上げられた聖剣より放たれる。

 ライダー目掛けて黒き極光は走り、炎の巨人ごと一瞬でその全身を呑むや、大空洞の端にまで激突した。迸る魔力の奔流は、やがて大空洞を破壊しながら収まっていき、後には瓦礫が残るのみ。

 ライダーも、炎の巨人も、跡形もなく綺麗さっぱり消し飛んでいた。

 

 

 

 

 

 その圧倒的な破壊力を目にして、マシュも立香も、自らの手が無意識に震えている事に気付く。

 ライダーは強敵だった。そんな存在を、セイバーはいとも簡単に倒してしまった。

 もし、アレを自分たちに向けて放たれていたら、きっと助からなかっただろう。

 

「強いなんてもんじゃない。次元が違う……違いすぎる」

 

「……あれが、ブリテン最後の騎士王の力。世界で最も有名な聖剣による、魔力放出」

 

 唖然とするほかない。魔術の素人である立香はともかく、マシュまでもが恐怖を禁じ得ない程の力。

 本能が告げていた。戦ってはいけない、と。

 

 驚愕する二人の後ろでは、オルガマリーが今の光景に息を呑んでいた。

 聞き及んでいた騎士王のサーヴァントとしての格。それは全英霊の中でもトップクラスとされているが、実際に目にして、それが嘘偽りのない真実であると再確認する。

 

 しかし、仲間であるはずのライダーを、何故倒したのか。その意図がまるで分からない。セイバーは何を思って、こちらに助力したのだろうか。

 

 

 だが、セイバーはそんな事など気にも留めず、一足跳びで彼女らの近くにまで降り立った。その手には、未だに黒き極光の聖剣を携えて。

 

 そして、彼女は無慈悲にも言い放つ。立香とマシュを絶望させるには、あまりにも十分すぎる言葉を。

 

 

 

 

「さあ、最後の試練だ。盾を構えろ、デミ・サーヴァント。我が聖剣の一撃、黒き極光。死力を尽くして防ぐがいい」

 

 

 

 



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第二十九節 人理の礎

 

 騎士王は告げる。

 我が宝具を真っ向から受けてみせよと。その盾が張りぼてではなく、真に何かを守るに相応しいものであると証明しろ、と。

 

 試練、と彼女は口にした。それはマシュと、彼女のマスターである立香にとって、決して避けては通れぬ道であるのだと言っているも同然である。

 

「構えよ。言っておくが、生半可な覚悟で我が聖剣を防ぐ事は到底不可能だと思え。無論だが加減もしない。ライダーに放った時と同じ威力を防げねば、人理の修復など夢幻、単なる妄言でしかなくなるのだからな」

 

 有無を言わさずに、セイバーは構えを取った。先程、ライダーとキャスターの宝具である『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』をまとめて消し飛ばした聖剣の一撃。

 立香とマシュに圧倒的な力を示し、その心に鮮烈な恐怖を刻み込んだ黒い極光。

 

 当然、二人には理解出来ない。何故、自分たちが指名され、しかも騎士王の宝具を防ぐなどという無謀な行為を強制されるのか。

 

「ちょっと待ってくれ! どうして、マシュだけなんだ? 白野やアルテラ、キャスターだって居るじゃないか!? それなのに、どうして……!!」

 

 立香の叫びは、私やオルガマリーの思いを代弁してくれていた。

 そうだ、立香の言う通りだ。何故、マシュだけを名指しする。彼女がデミ・サーヴァントであると見抜いたのなら、マシュは技量を持てども戦闘には慣れていない事など、先程のライダーとの攻防で分かっているはずなのに。

 

 私たちの中に疑問や不満、そして怒りが沸いてくる中で、キャスターやアーチャー、アサシンは沈黙を続ける。

 何か事情を察したのだろうか、アルテラでさえも彼らに倣い、言葉を発さない。

 

 やがて、莫大な量の魔力が聖剣へと集中していく中で、セイバーは端的にその答えを口にした。

 

「何故か、だと? それは、そこなデミ・サーヴァントが()()()()()()()だからだ。そして、人理を守る使命を帯びて、その娘はそこに立っている。故に、私は試さねばならない。貴様が──貴様らが、人理を守るという偉業を背負うに相応しいのか否かを。私には───」

 

 ───人理の防人として、見定める義務があるのだ。

 

 最後の言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。絶え間ない聖剣への魔力の圧縮は、ついには荒れ狂う暴風となって、彼女の言葉さえも覆い尽くしてしまったから。

 

 もうこの流れは止められない。マシュがその盾で、セイバーの宝具を防ぐしか道は残されていない。

 逃げ道は最初から存在していなかった。

 

「……先輩」

 

 マシュは、盾を構えながらも、顔だけは立香へと振り返った。

 

「本音を言えば……怖い、です。でも、きっとわたしは、この試練を乗り越えないといけないとも思うんです。わたしと契約してくれた“彼”が誰なのかは未だに分からないけれど……、その“彼”に盾を託されたわたしは、逃げてはいけない。そんな気がするんです」

 

 怖い。でも、立ち向かう。この盾を持つ者として。人理を守る者として。マスターを守護する者として。

 ここで逃げ出せば、全てが終わってしまうのだ。ならば、恐怖も飲み込んで、死地に立とう。

 

 本当に怖いのは、何も為せずに、後悔だけを残して終わってしまう事だから。

 

「マシュ……。うん、やろう。俺はマシュを信じる。サーヴァントを信じないでマスターが務まるか、ってさ?」

 

 立香も、マシュの意思を尊重したのだろう。必死に恐怖を押し隠して、どうにか笑顔を作っていた。不格好な強がりではあるが、私はそれを馬鹿にするつもりはない。

 彼と、彼女が決めた事。どんな結果になろうと、私は彼らを信じて見届けるしかない。

 

 

 マシュが立つ。立香を背に、盾を地面に突き立てて、セイバーの宝具に備える。

 

 オルガマリーは既にその場を退避しており、私の所にまで走っていた。

 傷だらけに痛めつけられた自分のサーヴァントを、心配しての事だろう。顔は多大な心配からか、今にも泣き出しそうになっていた。

 

 マシュは自分の契約した英霊の真名を知らない。それ故に、宝具の真名解放も不可能。

 だが、宝具が使用不可のままでは心許ない。その対策として、擬似展開だけでも可能にするために、仮の名を宝具に名付けたと聞いたが……。

 ぶっつけ本番で成功する確率は良くて二割。もし宝具の擬似展開が発動しても、その効果の程が分からないし、真名解放には遠く及ばない事を考慮すれば、マシュが生き延びる可能性は一割にも満たないだろう。

 

 立香は、彼女の後ろから意地でも動くつもりは無いらしい。マシュを信じて、どのような結末だろうとも、自分も運命を共にする覚悟なのだろう。

 それが、立ち向かうと決めたマシュへの、彼なりの覚悟の表明なのだ。

 

 

 セイバーをチラリと見やる。正面からの表情は窺えないが、微かに見えた横顔、その口元が、微笑んでいるように見えた。

 

 それから間髪入れず、黒い聖剣が振り上げられる。魔力による圧倒的暴力の放出。黒い極光が、一直線に走る。

 二度目の宝具解放。だというのに、その威力は先程のものと比較しても全く遜色ない。

 恐るべきはセイバーの無尽蔵とも思える魔力量。尋常ではないその甚大なまでの魔力量は、一サーヴァントが有しているはずもない程のもの。まさに有り得ないの一言だ。

 

 漆黒の暴威が迫る直前で、マシュは力強く叫んだ。

 

「どうか、どうか……!! お願い、わたしに力を……!!! 仮想宝具・擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)───!!!」

 

 それは懇願にも等しい叫びだった。

 どうか起動してくれ。命を懸けてもいい、先輩を守れるだけの力を。黒い極光を防げるなら、恥も外聞も、命でさえも全て投げ捨てる……!!

 

 彼女の命を懸けた咆哮は得てして、その花を開かせた。

 盾を起点として、大きな魔法陣のような方陣が展開し、押し寄せた黒い極光を受け止めたのだ。

 

「ぐ、うぅぅ───ッ!!!!」

 

 火花が散る。稲妻が走る。轟音が鳴り響く。

 盾の守護が外敵からの脅威を防ぎ続けている。侵攻を許すまいと必死に堪えている。

 けれど黒い極光は、一切の慈悲無く徐々にその護りを削り取っていた。貫き、穿たんと、ジリジリと障壁を摩耗させるように。波が堤防を少しずつ抉っていくように。

 

「ううぅ、あああアアアアアアァァァァァァ!!!!!」

 

 咆哮は絶叫へと変わる。マシュは全魔力を仮想宝具へと注ぎ込んで対抗する。無理な力の使い方は、全身の骨を軋ませ、細胞の一つ一つに渡るまで破壊の痛みをもたらし、頭は激痛で割れそうなほど。

 無茶を承知での最大限の抵抗は、しかし無惨にもマシュの頑張りを喰らい尽くす。

 勢いを殺しきれず、マシュの体は地へと突き立てた盾ごと後退させられていく。

 

 全力で以てしても、宝具の擬似展開が成功しても───聖剣エクスカリバーを前にしては、全て無意味であるのか。

 

 そう、諦めかけたマシュの手に、ふと暖かいものが重なった。

 目を閉じ、己の全てを懸けて抗っていたマシュは、驚きのあまり目を見開いて、盾を持つ手を見る。

 

 気付けば、自身の手に、後ろで見守っていたはずの立香(マスター)の手が重ねられていた。

 

「まだだ! まだ、終わってなんかいない! 負けて、ない!!」

 

 重ねられた手に、力が込められる。肩に手を回され、マシュが押し負けないようにと、二人の体がピッタリと寄り添った。

 

 それだけの事なのに、マシュは百人力を……いや、それ以上の力が湧いてくるような気がしたのだ。

 

 負けない。負けるはずがない。自分の隣に立つ人の為にも、絶対に防ぎきってみせる。

 

 力が漲る。今なら、押し負ける気がしない。

 

「アアアアアアァァァァァァ!!!!」

 

 苦痛の絶叫は、猛々しい咆哮へと回帰する。

 盾の放つ輝きが、より一層増していく。

 黒い極光とは真逆の、眩い白の極光と見紛うばかりに───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、先程と同じように私はセイバーの横顔が垣間見えた。

 

 口元の微笑みは、誇らしげな笑みへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い極光。騎士王の放ちし聖剣による魔力放出は、果たして雪花の如き淡い護りであるはずの盾を、貫く事に失敗した。

 盾の守護を食い破らんと放たれたはずの極光は、最後の最後で大空洞の天井へと流れが反れ、ポッカリと大穴を作って消えた。

 穿たれた大穴は綺麗に円形を描き、地表にまで達したのだろう、月光が大空洞へと差し込んでくる。

 

「───見事」

 

 セイバーの呟きが、大空洞に浸透していく。

 

「もはや言う事はない。これまで、この特異点の維持の為に、サクラによる大聖杯への接続を妨げ続けた甲斐があったというものだ」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、セイバーはマシュ、そして立香へと視線を送っていた。本当に賞賛しているように見えたのは、私だけではないはずだ。

 

「元より、私は汚染などされていなかった。この身、この霊基。最初からオルタとしての現界をしていたに過ぎない」

 

 衝撃の事情が暴露される。だが、それなら何故、アーチャーやランサーたちは汚染されたというのだろうか。

 口にはしなかったはずだが、私の疑問に答えるようにセイバーは続けた。

 

「ライダー以外の倒したサーヴァントに関しては、私が手ずから聖杯により霊基を調整した。ライダーは元々サクラのサーヴァント。真に汚染されていたのは、奴だけだったという事だ。……ランサーは少々弄り過ぎたようだが」

 

 なら、ライダー以外のサーヴァントたちは、それらしく見えるように、汚染していたと思わせるように偽装されていた、という事になる。

 

「サクラは───あれは死体が動いていたようなもの。自身の目的を為す事以外には気が回らなかったのだろう。だから、我が霊基を汚染出来たと思い込んでいた。私の事を御しきれないサーヴァントとしてしか認識していなかったのだ。オルタとして現界した私は、既に反転した身。汚染による霊基の反転など、今更受け付けるはずもないのに」

 

 さて、とセイバーは歩き出す。

 目指すは大聖杯の鎮座する丘の麓。

 

 聖剣を携え、彼女は再びそれを振るった。黒い極光は、荒ぶる波のように丘諸共に大聖杯を呑み込む。それが治まる頃には、丘───があった場所は、綺麗さっぱり更地へと変貌を遂げていた。

 

 それと同時に、サーヴァントたちに変化が表れる。足元から光の粒子が立ち上り始めたのだ。私は、これを見た事がある。月の聖杯戦争ではなく、聖杯大戦において。

 それはこの場からの消滅、もしくは退去を意味していた。英霊が座に帰る───。

 

「私の役目はここで終わる。私の消滅に伴い、この狂った聖杯戦争に喚ばれ、生き残っていたサーヴァントもここを去る。後は、貴様らに任せるとしよう」

 

 セイバーは勝手に満足して、さっさと消えるつもりだろうが、それではあまりに説明が足りてない。

 どうしてキャスター以外のサーヴァントを早々に倒してしまったのか。ライダー以外とは全員で協力して事に当たれば良かったのではないか?

 それに、()()()って何だ? まだ終わっていないとでも言うつもりか……!?

 

「そうだ。この特異点は、人理焼却と直接関わるものではない。……そうだな、最後に餞別としてこれだけは教えておこう。心して挑むがいい───グランドオーダー、聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだ」

 

 それだけを言い残して、セイバーは消滅した。座へと還っていった。何か妙なモノ──水晶体らしきものを、その場に残して。

 

「……それでは、これにて御免」

 

 アサシンもまた、簡単に別れを告げて消えていく。

 

「まあ、なんだ。よく分からんが、オレらはどうやらここまでだ。とりあえず、お前さんらに後は頼んだぜ。次があるなら、そん時はランサーとして喚んでくれや」

 

 にかっ、と。最後に気前の良い笑顔を見せて、キャスターも退去する。散々世話になった彼は、しかし別れを惜しませないように振る舞って。最後まで面倒見の良い兄貴分を演じて、去った。

 

 残ったのは、アーチャーだけ。その彼も、既に消えようとしている。

 

「クー・フーリンの真似ではないが、ここに縁は結ばれた。カルデアはもちろん、私と白野(キミ)には既に縁がある。無い事を願うが、もしそちらに召喚される事があるのなら、力になるだろう」

 

 最後まで皮肉屋な彼は、背を見せて、その場から歩き去るようにして、いつの間にか消え去っていった。後で殴ってやろうと思っていたのに、それが叶う事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルテラを除くサーヴァントたちの退去から、あまり時を経たずして、ようやくカルデアとの通信が繋がる。

 

『いやいや。やっと繋がった~! さっきまで物凄い磁場があったせいで通信が出来なかったけど、どういうワケかやっと繋がったよ』

 

 Dr.ロマンの安堵の溜め息。だが、私はまだ安心出来ないでいた。セイバーの残した言葉が、あまりにも不穏すぎたからだ。

 立香、マシュが事のあらましを報告し、報告を受けたDr.ロマンは再び安堵の息を吐いた。

 

『……うん。よくやったよ、みんな。映像も今度はしっかりと映ってる。どうやら本当に無事に終わったみたいで何よりだ。所長もさぞお喜びの事だろ、う……?』

 

 彼の言葉から活気が失われていく。それもそのはず、戦いに勝った、特異点を消去出来る───というのに、オルガマリーは辛気臭い顔をしたままだからだ。

 何やら考え込んでいるようだが、その様は異様とも思える程だった。

 

「……冠位指定(グランドオーダー)……。あのサーヴァントがどうしてその呼称を……?」

 

「……所長? 何か気になる事でも?」

 

 立香が話しかけて、オルガマリーは我に帰る。本当に周りの声が聞こえていなかったらしい。

 

「え……? あ、いや、何でもないわ。それよりも、よくやったわね、藤丸、マシュ。不明な点は多いですが、ここでミッションを終了とします」

 

 不明な点……というには大きすぎる問題だが、ひとまずは帰還してDr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんに顔を見せて安心させたい。

 私はオルガマリーから水晶体を回収するよう指示される。桜から負わされた傷については、オルガマリーから歩けるくらいには回復の魔術で治してもらっていたので、今のところ問題ない。

 

 セイバーの居た所まで歩いて行き───私は気付いた。

 水晶体が、独りでに浮遊し、それどころか移動している。

 

「え……?」

 

 まさか意思を持っているとでも言うのだろうか。そして、敵対されでもしたら、とてもではないが疲労困憊の私たちでは相手にする余裕など皆無。

 

 

 

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

 

 

 

 

 突如、男の声が大空洞に響き渡る。反響するように、声は位置を特定させない。

 しかし、私はその声に聞き覚えがあった。

 

「48人目のマスター適性者。まったく見込みのない子どもだからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ」

 

 それは、アルテラ以外の全員が知っている男の声。私やオルガマリーと共に、あの管制室の爆発に巻き込まれたはずの男。

 そして、彼はその姿を私たちへと晒した。

 

「レフ教授!?」

 

 マシュが驚愕にたまらず叫ぶ。私は、愕然とするしかない。奴も、やはり生きていた───!

 

『レフ───!? レフ教授だって!? クソ、また映像がノイズ塗れに……! 彼がそこに居るのか!?』

 

「うん? その声はロマニくんかな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく───」

 

 そこで、彼の表情が豹変する。これまで温和な笑顔しか浮かべてこなかった男が、獣じみた笑顔で、歯をむき出して嗤っていた。

 

「どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで、吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

 明らかな敵意と侮蔑。かつての彼をよく知る者たちからすれば、信じられない光景であろう。

 だが、私は彼の本性をあの時に垣間見ている。今の彼こそが、レフ・ライノールの真実に違いない。

 

「みんな、下がって。彼は、私たちの敵……!!」

 

 その顔、言葉。どれを見ても敵意しか感じない。だと言うのに、一人だけ、前に歩み出てしまう者が居た。

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ!」

 

 その人物とは、他ならぬオルガマリー。レフを信頼し、信用し、頼りきってさえいた彼女は、男の変貌ぶりに目もくれず、彼へと近寄ろうとしていた。

 私の制止の声も聞かず、オルガマリーは歩みを進める。

 

「良かった、あなたが居なくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」

 

 ついには走り出すオルガマリー。私も、マシュも、立香も。全員で呼び止めるが、彼女は止まらない。止まれない。

 無我夢中で、レフに救いを求めていた。

 

「やあオルガ。元気そうで何よりだ。君も大変だったようだね」

 

 宙を漂わせて取り寄せた水晶体を手で転がせながら、レフはオルガマリーに話しかける。

 

「ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたが居れば何とかなるわよね? だって、今までそうだったもの。今回だってわたしを助けてくれるんでしょう?」

 

 それは、もう洗脳とか、盲信に近い。オルガマリーはレフという人間に、完全に依存してしまっている。

 いや、もしかしたらそうなるよう、長年かけて仕込んでいたのかもしれない。

 

「ああ。もちろんだとも。本当に予想外の事ばかりで頭にくる。その中で最も予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足下に設置したのに、まさか生きているなんて」

 

 ピタリ、と水晶体を転がしていたレフの手が止まる。

 

「─────、え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

 

 オルガマリーも、そればかりは聞き逃さなかった。嘘だ、とばかりにレフへとすがりつく。だが、彼は彼女を無視して続けた。

 

「勝手なサーヴァントの召喚もだが、まさかあの爆発を生き延びているとは。───岸波白野、だったかな? 本当にまさかだよ。最初に聞いた時は、全身が動かないような欠陥サーヴァントだと思っていたのに、想定外過ぎる隠し玉を幾つも持っていたとはね」

 

 瞬間、私は全身に悪寒が走り、身動きが取れなくなる。ただ、レフに一瞥されただけ。それだけの事なのに、物理的に肉体の自由を奪われたかのような錯覚さえ覚えさせる、レフの異常なまでの威圧感。

 むしろ、畏怖しているとさえ私は感じていた。

 

「いやはや。さしもの私も、完璧に霊子変換を可能とする礼装には驚かされた。……ふーむ、ここは礼装というより、宝具であると仮定すべきかな?」

 

 興味深そうに、彼の視線は私から、私の指に嵌められたレガリアに移る。忌々しげに、かつ愉快げに。

 

「オルガ。君はレイシフトの適性がなかった。だが、適性の有る無しを無視して肉体を霊子変換し、レイシフトさえも可能にしたのが、あそこの彼女───君のサーヴァントである岸波白野くんの宝具なのさ」

 

 絶望のままに、オルガマリーは振り返る。そして、その悲壮な瞳は、私を映していた。

 

「皮肉……いや、これは運命なのかもしれないね? あれほど切望していた適性だったが、その代わりとなる者を君は手に入れたんだ。そうなると知っていれば、彼女の召喚を事前に防いでみせただろうに……」

 

 悔やまれる。私の召喚、そして召喚後も、私をのうのうと生かし続けた事が、何よりも悔やまれる。

 レフはそう言って、恨めしそうに私を見据えていた。

 

「だが、私とてそのまま己の失態を見逃すつもりはないよ? さて、オルガマリー。そしてマシュに藤丸くん。ここで見事セイバーやそのマスターを退けた君たちに、セイバーに倣い私からも褒美を与えよう。オルガマリー、生涯をカルデアに捧げた君の為に、せめて今のカルデアがどうなっているか見せてあげるよ」

 

 言うや、レフは手に持っていた水晶体を上に掲げた。すると、彼の背後の空間を大きく歪み始め、やがて大空洞のソレとはまったく異なる風景を映し出す。

 

 そこに有ったのは、カルデアス───かつて見た美しい青は失せ、太陽のように真っ赤な灼熱の球体へと姿を変えていた。

 

「な……なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる……? 嘘、よね? あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」

 

「本物だよ。君のためにわざわざ時空を繋げてあげたんだからね。なに、“聖杯”があればこんな事も出来るのさ」

 

 ……聖杯!? まさか、あの水晶体が聖杯?

 だが、もしそれが本当ならば、あれくらいの事は出来て当然なのか……!?

 

「さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前たちの愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は一欠片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」

 

 まさか。まさか、セイバーがこの特異点の維持に努めていたのは、こうならない為……?

 でも、ならば何故、彼女はこうなると知っていて、私たちに後を託したの?

 それは、これを解決させるため……?

 

 カルデアスの無惨な有り様を見せつけられたオルガマリーは、膝から崩れ落ちた。

 

「わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしが悪いんじゃない……!」

 

 腰が抜けてしまったらしく、未だにオルガマリーは立ち上がる事が出来ないが、それでも、顔だけは果敢にレフへと向けて、反抗の意を示してみせた。

 

「アンタ、どこの誰なのよ!? わたしのカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!!」

 

「アレは君の、ではない。まったく───最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」

 

 鬱陶しい───その一声で、オルガマリーの身に異変が起きる。

 

「なっ……体が、宙に───何かに引っ張られて───」

 

「言っただろう、そこは今カルデアに繋がっていると。このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう。()()()()とやらに触れるといい。なに、私からの慈悲だと思ってくれたまえ」

 

「ちょ───なに言ってるの、レフ? わたしの宝物って……カルデアスの、こと?」

 

 途端、尋常でない程に焦り出すオルガマリー。これは、拙いかもしれない。

 私は、レフがオルガマリーに意識を集中している間に、レガリアを操作する。レフ、さっき彼が言っていた事が本当であるのなら、或いは───。

 

「や、止めて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」

 

「ああ、ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ……人間が触れれば分子レベルで分解される。まさしく地獄の具現だろう。遠慮なく、生きたまま無限に続く死を味わいたまえ」

 

 ───拙い。それは、拙すぎる。アレに触れたら、それだけでアウトとか……!!

 オルガマリーの体はどんどんカルデアスに引き寄せられていく。彼女もどうにか逃れようともがくが、まるで効果がなかった。

 

「いや───いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、わたしを褒めてくれていないじゃない……!」

 

 カルデア所長としてではなく、魔術の名門の末裔としてでもなく、ただ一人の人間として、オルガマリー・アニムスフィアとしての悲痛な叫びが空間中に響く。

 

「どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた!」

 

 そんな事はない、と叫びたい。けれど、それをしてはいけない。出来るだけ、こちらにレフの注意を向けさせる訳にはいかないから。

 

「やだ、やめて、いやいやいやいやいや……!! だって、まだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに───!! 助けて、助けて─────白野ッ!!!」

 

「っ!!」

 

 もう、耐えられなかった。その叫びを聞いて、私は動かずにはいられなかった。

 気付けば、私はアルテラに命令していた。

 

「アルテラ、私をオルガマリーの所まで放り投げて!!」

 

「……勝算があると見て従う。言っておくが、無謀な行為を見過ごせるほど、私は()()が出来ていないぞ」

 

 仕方ない、とばかりにアルテラは私の首根っこをひっつかむ。自ら皮肉を口にしてまで、彼女は私の意を汲んで、命令に従い私を力一杯投擲した。

 

「む!?」

 

 流石にレフにとっても、私の自滅にも取れる行動に驚きを隠せなかったようで、声を漏らしていた。

 

 勢いのままに、私はオルガマリーの手を掴む。今にもカルデアスに触れようというところで、何とか彼女を私の胸元に手繰り寄せると、私はレガリアを起動した。

 

 次の瞬間には、オルガマリーの体が光の粒子となってレガリアの中に収められていく。

 ひとまずはクリア。だが、このままでは私もカルデアスにぶつかる。せっかく助けたのに、私ごとオルガマリーも死んでしまう!

 

 最後の手段しかない。レガリアを弄っていて、たまたま見つけた、ムーンセルでの私の遺産。

 

 ───取り出したリターンクリスタルを、私は躊躇なく握り潰した。 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、私の記憶はそこで途絶えた。次に目が覚めた時、私はまたしても、たいへんな状況に陥っているとは露も知らずに。

 

 

 

 

 

 




 



次話で序章終了です。
それに伴って、活動報告で述べたように、通常投稿は終了させていただきますので、よろしくお願いいたします。


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終節 人理修復への旅立ち / 岸波白野、ソラを飛ぶ

 

「えっ、白野は!?」

 

 オルガマリーを助ける為に、アルテラの助力のもと単身でカルデアス付近にまで投げ飛ばされていった白野だったが、灼熱の球体によもや直撃する寸前で、眩い光に包まれた。

 目が眩み、次に立香が目を開いた時には、彼女の姿はどこにもなく、痕跡すら消えていた。それに伴い、オルガマリーの安否も不明のままとなる。

 

「ドクター!? 二人の反応はどうなっていますか!?」

 

『ちょ……待って…れ。通信…度……るい』

 

 ここにきて、映像のみならず、音声まで不透明となったカルデアとの通信。もしくは、これすらもレフによる妨害工作の一つなのかもしれない。

 

「……ふむ。これは本当に想定外だ。まさか自ら死へと飛び込んで来る──かと思いきや、そのままどこかへ飛んでしまうとは。しかし、一体幾つの隠し玉を持っているのやら。……アレもサーヴァント、ならば如何様にもこちらへと引き込む手立てはある。殺してしまうには惜しい人材だなぁ、彼女は」

 

 ニヤリと厭らしく笑ってみせる彼に、アルテラは怒りを隠そうとしない。

 

「貴様、我が虜に手は出させん。出そうものなら、我が剣で一刀のうちに貴様を両断する」

 

 己へと剣を向けるアルテラに、しかしレフはまるで恐れる素振りを見せる事なく、ただただ彼女を見つめていた。

 

「おお、怖い怖い。か弱い人間相手に英霊が刃を向けるか」

 

「冗談は程々にするがいい、外道。貴様、もはや真っ当な人間ではあるまい。その体、それのどこがか弱い人間のものであるとほざく?」

 

 鋭い眼孔がレフの全身を捉え、彼の正体を暴き立てんとするが、彼は躊躇いなくアルテラの言葉を肯定した。

 

「さすがは英霊。同じ超上の存在として、匂いを嗅ぎつけたかな? では、改めて自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ」

 

『………い、何を……てる…だ!?』

 

 理解が追いつかないのは、立香たちだけではない。管制室で辛うじて音声を拾っているであろうDr.ロマンの、ノイズに埋もれながらも戸惑いの感情が現場にまで伝わっていた。

 

「聞いているなDr.ロマニ? 共に魔道を研究した学友として、最後の忠告をしてやろう。カルデアは用済みになった。お前たち人類は、この時点で滅んでいる」

 

「な……!!?」

 

 レフの言葉に、誰も彼もが耳を疑った。既に人類が滅んだ? なら、ここに来たのは何の為に……。

 いや、そもそも本当の事なのかも疑わしい。だというのに、立香もマシュも、レフの自信に満ちた言葉を受け、本能的にそれが真実であるのだと直感していた。

 

「未来が消失した? まこと、おめでたい話だ。まさかその程度の異変だとでも思っていたのかね? 2016年より先の未来が消えただけなら、まだ君たちには救いがあったかもしれないが……未来は消失したのではないのだよ。焼却、されたのだ。カルデアスが深紅に染まった時点でな」

 

 嗤いながら、男は狂ったように両腕を広げて宣言する。その有り様は、まさしく狂人のもの。

 

「結末は確定した。貴様たちの時代はもう存在しない! カルデアスの磁場でカルデアは守られているだろうが、外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう。いいや、もはや世界は消え失せているのだよ!!」

 

 立香の顔から色が急激に失われていく。いや、それは彼に限った話ではなく、マシュとてそうだ。人類史の存続の為に、命を懸けてまで戦ったというのに、そもそも手遅れだったなんて。

 到底、容易に受け入れられる話ではない。

 

「フフフ。そして、カルデアとて安全なままなのも時間の問題である。そこカルデア内の時間が2016年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。何しろ、人類の未来は2017年以降から失われるのだからね。ならばこそ、存在しないはずのものが存在するなど、この宇宙が許すはずもない。もはや、誰にもこの結末を変えられない! 何故ならこれは人類史による人類の否定だからだ!」

 

 声高々に、彼は饒舌に語ってみせる。人類史の終わりを。人類の、滅亡を。

 

「お前たちは進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない。自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙クズのように、跡形もなく燃え尽きるのさ!!」

 

 人類史をゴミと称したレフ。その僅か後に、今度はもっと大規模な異変が、立香たちを襲った。

 地震、いや、それどころか大空洞の崩落……?

 

 だが、それらの可能性はレフの口から否定される。

 

「おっと、この特異点もそろそろ限界か。……セイバーめ、おとなしく従っていれば生き残らせてやったものを。聖杯を与えられながら、この時代を維持しようなどと、余計な手間を取らせてくれた」

 

 苛立ちは、既に消え去ったセイバーへと向けられる。自らの意のままに動かなかった彼女もまた、レフにとっての想定外だったのだろう。

 

 と、そんな彼の前に、一人の少女の亡骸が転がってくる。地殻変動にも等しい大きな振動だったために、そこまで揺さぶられてきたのだろう。

 レフは、その少女を見下ろした。恐ろしいまでに冷たい視線で、彼女の死を悼む事もせず。

 

「この娘か……。せっかく聖杯を用いて死体を再利用したというのに、最後の最後でしくじるようでは、出来損ないとしか言えないな。でも、それも仕方ないかな? 死体故に、本来の彼女の能力の再現までには及ばなかった。……だがまあ、この娘の行った虐殺や破壊行動こそが、人間が奥底にひた隠しにする()()であったのかもしれないな。……今更、どうでも良い事だがね」

 

 言って、彼は思い切り彼女の亡骸を蹴り飛ばした。地震により生まれた大きなひび割れへと、その体は吸い込まれるように落ちていく。

 運命に翻弄され続けた少女。願いの為に全てを殺してみせた少女。その末路は、あまりにも悲しいものだった。

 

「では、さらばだロマニ。そしてマシュ、48人目の適性者。こう見えても私には次の仕事があるのでね。君たちの末路を愉しむのはここまでにしておこう」

 

 地響きは治まるどころか、より激しさを増していく。だというのに、レフは平気な顔で立って───否。浮いている。彼は宙に浮いて、悠々と立香たちを見下ろしていたのだ。

 

「このまま時空の歪みに呑み込まれるがいい。私も鬼じゃあない。最後の祈りぐらいは許容しよう」

 

 それだけ言うと、レフ・ライノールは霞のようにその姿を消してしまった。空間が歪んだために見えていた深紅のカルデアスも、彼の消失と共に消え失せる。

 残ったのは、未だに大地に揺られる立香、マシュ、アルテラの三人だけ。

 

「地下空洞が崩れます……! いえ、それ以前に空間が安定していません! ドクター! 至急レイシフトを実行してください! このままではわたしはともかく、先輩やアルテラさんまで……!」

 

『よし! レフが居なくなってやっと通信が正常化した! 分かってる、もう実行しているとも! でもゴメン、そっちの崩壊の方が早いかもだ! その時は諦めてそっちで何とかしてほしい! ほら、宇宙空間でも数十秒なら生身でも平気らしいし!』

 

「いやいやいや! それは流石に無茶振りすぎますって!?」

 

「おい、宇宙空間をあまり馬鹿にするなよ。宇宙は真空だ。そんな中に生身で飛び出そうものなら、数十秒と持たずに血管が破裂するぞ」

 

「すみません、皆さん黙ってください! 怒りで冷静さを失いそうです!」

 

 それぞれが冷静なようで、まるで冷静ではない。一見マトモそうなアルテラも、真面目な顔でロマニに反論している。

 マシュだけは冷静さを保とうと努めるが、それでも落ち着いてはいられなかった。

 

「とにかく意識だけは強く持ってくれ! 意味消失さえしなければサルベージは───」

 

 通信が途切れる。完全に大地は崩落し、立香とマシュ、アルテラも、地割れへと落ちていく。

 アルテラは、剣を壁面に突き刺してどうにか落下を防ぐが、二人は為す術もなく、落ちていくのに逆らえない。

 

「マシュ、手を───!!」

 

「先輩……!!」

 

 落ちる最中、二人は互いに手を伸ばし合った。このまま落ちていこうとも、決して離れないように。

 

 そして、二人の視界は真っ暗になる。

 最後に、チラリと白い小さな獣の姿が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、眩しいものが瞼を照らす。

 

 何だろう、地割れに落ちたはずだから、もしやマグマでは……!?

 そう思ったの束の間、彼が急いで目を開けると、そこには思いもしない光景が待っていた。

 

 

 

「よーし、キミはずいぶん良い子でちゅねー。何か食べる? 木の実? それとも魚? んー、ネコなのかリスなのかイマイチ不明だね。でもいっか、可愛いから!」

 

「フォーウ……ンキュ、キュウゥ……」

 

 

 

 ………。目を見張る程の美人が、フォウと戯れている。

 と、その絶世の美女は立香が起きた事に気付いたらしく、フォウと遊んでいたのを切り上げ、彼に向き直る。

 

「おっと、本命のお目覚めだ。よしよし、それでこそ主人公というヤツだ。おはよう、こんにちは、藤丸くん。いいや、ここは敢えて友情の構築の為にも、立香くん、と名前で呼ぼうかな? それでどうだい、意識はしっかりしているかい?」

 

「……ここ、は?」

 

 辺りを見渡す。どうやら、どこかの部屋のベッドに寝かされているらしい。というか、何故フォウが?

 

「んー、まだ思考能力が戻っていないのか。こうして直接話をするのは、確かキミとは初めてだったよね。なに? 目が覚めたら絶世の美女が居て驚いた? わかるわかる。でも慣れて」

 

 コホン、と佇まいを整えると、彼女は改めて自己紹介を始めた。

 

「私はダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者だ。というか召喚英霊第三号、みたいな? もっと分かりやすく言えば、白野ちゃんの先輩サーヴァントさ」

 

 あ、と立香は合点がいく。確かに、これほどの美人はそうそう現代においてはお目にかかれないだろう。サーヴァントであるなら納得だ。

 

「とにかく話は後あと。キミを待ってる人がいるんだから、管制室に行きなさい」

 

「待ってる人……? それってDr.ロマン?」

 

「ロマン? ロマンも待ってるには待ってるけど、あんなのどうでもいいでしょ」

 

 ダ・ヴィンチちゃん。呆れた風に、ごく自然にロマンを貶していた。何というか、凄いなぁ~……と、立香は思わざるを得ない。

 

「まったく、他にもいるだろうに、大事な娘が。まだまだ主人公勘ってヤツがなってないなぁ」

 

「フォウ、フォウ!」

 

 同調するようにフォウが鳴く。立香は困ったとばかりに、頭を掻いていた。

 

「ほら、この子だってそう言ってる。いいかげん、立ち上がる時だよ立香君。ここからはキミが中心になる物語だ。キミの判断が我々を救うだろう。人類を救いながら歴史に残らなかった数多無数の勇者たちと同じように。英雄ではなく、ただの人間として星の行く末を定める戦いが、キミに与えられた役割だ」

 

 

 

 

 

 

 

 半ば追い立てられるように部屋を追い出された立香は、生きて帰ってきたんだなぁ……と実感しながら、生を噛み締めていた。

 

 少し迷いながらも管制室に到着する。早速中に入ると、やはり彼女はそこに居た。というか、居ると聞いていたのだから、当然か。

 

 彼女も、立香が入室してきた事に気付いたらしく、駆け寄ってくる。デミ・サーヴァントとしての姿のままに。

 

「おはようございます先輩。無事で何よりです」

 

「おはよう、マシュ。それと……ありがとう」

 

「お礼を言うのはわたしの方です。先輩が居てくれたので意識を保っていられました」

 

 しばしの間、見つめ合う二人。しかし、そんな仲睦まじい男女の空気に割って入る者が居た。

 

「コホン。再会を喜ぶのは結構。でも今は、こちらに注目してほしいかな?」

 

 Dr.ロマン。彼もまた、先程のダ・ヴィンチちゃんのように、呆れた風に立香たちを見つめていた。

 

「まずは生還おめでとう立香くん。そしてミッション達成、お疲れ様。なし崩し的に全てを押し付けてしまったけど、君は勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。その功績を讃え、心からの尊敬と感謝を君に。君のおかげでマシュとカルデアは救われた」

 

 真心のこもった謝辞に、立香は照れくささに見舞われる。だが、成し遂げた事の大きさを考えると、それだけでは足りないのが、ロマンの本音でもあった。

 

「ところで、白野や所長は? アルテラも無事だったんですか?」

 

 照れ隠しに、何気なく聞いただけだった。なのに、その言葉で、ロマンもマシュも、表情を曇らせる。

 

「アルテラさんはわたしたちと共に無事帰還しました。今は度重なる戦闘で傷付いた霊基の回復に努めています」

 

「白野ちゃんと所長なんだけどね……。二人の消息は、こちらでもまだ掴めていないんだ。何しろ、白野ちゃんが消える直前に何かをしたんだろうけど、それが何かが全く以て不明でね。同じ時代の空間のどこかに転移したか、それとも時空の歪みに囚われたままになったのか……それすら分からないんだよ」

 

「そんな……」

 

 その事実に、立香は絶句する。オルガマリーを助けるために、そして自分も助かるために、白野は行動したはずだ。

 なのに、その二人の安否すらも確かめられないなんて……。

 

 落ち込む立香。ロマンは彼の気持ちを理解しているが、敢えて続けた。

 

「二人の安否は分からない。だけど、我々に止まっている猶予はない。マシュから報告を受けているよ。君たちが確認したという聖杯、そしてレフの発言───。見てくれ、このカルデアスの変容を」

 

 彼は指差した。背後に浮かぶ赤く染まった天体を。あの時、大空洞で見たものと全く同じ、深紅のカルデアス。

 幻でも嘘でもなかったのだ。

 

「カルデアスの状況から見るに、レフの言葉は真実だ。外部との連絡は取れない。カルデアから外に出たスタッフも戻って来ない。……おそらく、既に人類は滅びている」

 

 多大な悔しさを滲ませて、ロマンは語る。レフの語った人類の滅亡が、紛れもない真実であるのだと。

 

「このカルデアだけが通常の時間軸に無い状態だ。崩壊直前の歴史に辛うじて踏みとどまっている……というのかな。つまり、外は完全なる死の世界と化している。一歩でもカルデアから出ようものなら、本来の時間軸に絡め取られて───外と同じ運命を辿るだろう。この状況を打破するまでは、だけどね」

 

「打破、出来るんですか?」

 

 立香の問いかけに、ロマンは確固とした自信を持って答える。

 

「もちろん。まずはこれを見てほしい。復興させたシバで地球の状態をスキャンしてみた。未来じゃなくて過去の地球のね。冬木の特異点は君たちの活躍で消滅した。だというのに、未来に一切の変化が表れる様子がない……だから、他にも原因があるとボクらは仮定したんだ。その結果が───」

 

 カルデアスに、地球儀のような世界地図が浮き出てくる。しかし、それは立香が知るものとは、およそ遠く離れた代物だった。

 

「分かるかい? この狂った世界地図。新たに発見された、冬木とは比べ物にならない時空の乱れだ。よく過去を変えれば未来が変わる、というけど、ちょっとやそっとの過去改竄じゃ未来は変革できない。人理定礎───霊子固定記録帯(クォンタム・タイムロック)という、世界の行く末を一本道に固定化させる働きがあるんだけど、それと同じく歴史にも修復力というものがあってね。確かに人間の一人や二人を救う事は出来ても、その時代が迎える結末───決定的な結果だけは変わらないようになっているのさ」

 

「ですが、これらの特異点は違います。これは、人類のターニングポイント。“この戦争が終わらなかったら”。“この航海が成功しなかったら”“この発明が間違っていたら”。“この国が独立出来ていなかったら”……。そういった、現在の人類を決定付けた究極の選択点です。そのようなifが、本来なら起こりうるはずがないように歴史は固定されるのですが……」

 

「そう。それが崩されるという事は、人類史の土台が崩れる事に等しい。これまで培ってきた歴史の否定に他ならない。そして、この()()()特異点はまさにそれだ。この特異点が出来た時点で、我々人類の未来は確定してしまった。レフの言う通り、人類に2016年より先は訪れない」

 

 だけど、それでもロマンは希望はまだ残されているのだと、声を大にして主張するのだ。

 

「───けど、ボクらだけは違う。その理屈には当てはまらない。だって、カルデアはまだその未来に到達していないからね。分かるかい? ボクらだけが、この間違いを認識し、その上で修復だって行える。今こうして崩れている特異点を元に戻すチャンスがある」

 

 そして、ロマンは語るうちに高ぶる感情と興奮を抑え、打破する手段を立香へと伝えた。

 

「この七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す。それが人類を救う唯一の手段だ。これはボクらにしか出来ない使命でもある。けれど、ボクらにはあまりにも力がない。マスター適性者は君を除いて凍結。所持するサーヴァントはマシュ、そして白野ちゃんのサーヴァントであるアルテラだけだ。その白野ちゃんもオルガマリー所長と共に行方知れず……。この状況でこれを君に話すのは、強制に近いと理解している。それでもボクはこう言うしかない」

 

 自然と、立香は体を真っ直ぐに伸ばし、姿勢を正して、ロマンの言葉を待っていた。彼が何を言おうとしているのかを、何となく察した上で。

 

「マスター適性者48番、藤丸立香。君が人類を救いたいのなら、2016年より先の未来を取り戻したいのなら、君はこれからマスターとしてたった一人で、この七つの狂った人類史と戦わなくてはならない。その覚悟はあるか? 君にカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?」

 

「………もちろん。だって、こっちはあの騎士王からのお墨付きをもらってます。自分に出来る事なら、全力を尽くすと約束します」

 

 立香は答えた。人類を救う。困難に立ち向かう。世界へ、未来を取り戻すのだと。

 

 その返答に、ロマンは安心したように笑って返す。

 

「───ありがとう。その言葉、君の決意で、ボクたちの運命は決した。これよりカルデアは所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。……本当なら、この役目は所長に任せたいところだけど、事態は急を要するからね。コホン、目的は人類史の保護、および奪還。探索対象は各年代と、原因の核になっていると思わしき聖遺物・聖杯。我々が戦うべき相手は歴史そのものだ。君の前に立ちはだかるのは先の戦いからも分かるように、多くの英霊、伝説になる。それは挑戦であると同時に、過去に弓引く冒涜に他ならない。我々は人類を守るために人類史に立ち向かうのだから」

 

「けれど、生き残るにはそれしかありません。いいえ、未来を取り戻すには、これしかないのです」

 

 ───たとえ、どのような結末が待っていようとも。

 

「以上の決意を以て、作戦名はファーストオーダーから改める。これはカルデア最後にして最初の使命。人理守護指定・G.O(グランドオーダー)。魔術世界における最高位の使命の発令を以て、我々は未来を取り戻す!」

 

 ここに、大いなる使命が発令された。これより先は、幾たびの出会いと別れ、そして命懸けの戦いの数々が待ち受ける事だろう。

 だというのに、その重すぎる使命を背負う事になった当の本人である立香は、前向きに考えていた。

 

 この戦いは、未来を取り戻すためのもの。そして、きっと行方知れずとなった白野や所長も、戦いを巡る中で再会出来る、そんな予感が、彼には有ったのだ───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特異点F/S 怨嗟汚染魔都 冬木

 

 

 定礎復元 完了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデアにおいて冠位指定(グランドオーダー)が発令されたのとほぼ同じ頃。岸波白野はとある平原を全力疾走していた。

 なだらかな草原、点在するように立つ木々。風にそよぐ草花。

 およそ平和な風景が広がるのに、何故、彼女は全力で走っているのだろうか。

 

 その答えは、彼女の後ろにあった。

 

『ギイィィィ!!!』

 

 竜のような翼、コンドルよりも鋭い鈎爪、ワニのごとく硬い鱗───それは伝承に聞く、紛れもない竜種の末端、空を往く翼竜。その名はワイバーン。

 世界からは消え、世界の裏側へと住処を移して久しいはずの存在。本来なら、人間が簡単に目にする事など不可能なはずの、伝説上だけの生物。

 それが岸波白野───私を追って飛来していたのである。

 

「なんで……なんでワイバーン!? というか、なに!? 私、食べられちゃうの!!?」

 

 止まれば捕まる。そして捕まれば、恐らくは捕食される。

 冗談じゃない。訳も分からないまま、怪物に喰われて命を終えるとか、笑い話にすらならない。

 

 頼れるサーヴァントはここには居ない。アルテラとは離れてしまった。

 そも、ここがどこなのかも分からない。助けを求めようにも、地理に明るくないのに何処に行けばいいのかも分からない。

 

 だから、とりあえず全力で走って逃げ続けるしかない。とにかく生きること。それさえ諦めなければ、道は開けるはずだと信じて。

 

 

 

 

 

 

「おやぁ? これは異な事もあったものよ」

 

 

 

 

 

 

 ふと、前を通りかかった木の上から、声が聞こえた。

 鋭く、物腰の柔らかいようで隙を一切窺わせない男の声。どことなく渋いものを感じさせる。

 

 自然と、私は足を止めてそちらを見ていた。ワイバーンが追ってきている事も忘れて。

 

「その顔立ち、日の本の国の者と見た。ここいらでは西洋人しか見かけぬので、些か新鮮なものよ。いやな、拙者も慣れぬ土地故、下手に動かずにここで昼寝でもしていたのだが、まさかこのような異郷の地、しかも辺鄙な土地で同郷の者に出逢う事になろうとは思わなんだ。ふむ……これもまた一興か。どれ……」

 

 男は木から飛び降りると、私とワイバーンの中間に降り立った。

 

 和装、そして青みがかった長髪を頭の上でまとめた、細身の男。手には、彼の身の丈よりも遥かに長い刀───日本刀が握られていた。

 

 そうだ。日本刀。彼は十中八九、日本人───侍である。

 

「何やら、羽根のある蜥蜴(もど)きに追われている様子。嫌がる女子(おなご)を追い回すなど、度し難い不届き者よな」

 

 男は、不敵に笑いながら刀を構える。見据えるは、私を追っていたワイバーン───その、首。

 

「斬り捨て御免……!!」

 

 男が呟いた瞬間、私は何が起こったのか理解出来なかった。

 一瞬、男の姿が消えたかと思ったら、いつの間にか再度現れて、そして瞬きの間にワイバーンの首が血飛沫を上げながら吹っ飛んでいたのだ。

 ……ワイバーンの血って、緑色じゃないんだなー。とか、そんな事を呑気に思う間もなく、この逃走劇は終幕となったのである。

 

 今の御業(みわざ)は、明らかに人間のソレではない。恐らくは───英霊。彼もまた、サーヴァントなのだろう。

 

「失敬。ご婦人に流血沙汰を見せるのは憚られたのだが、このような野蛮な動物が居ては、ゆるりと茶も飲めまいと思ってな。つい、手が滑った」

 

 手が滑った、で済ませられる話じゃない。いとも簡単にワイバーンを葬る技量は、ただごとではなかった。

 そもそも、ワイバーンは全身を硬い鱗に覆われ、その上、首とて筋肉の引き締まった太さをしているというのに、それを一息で切断するのは、相当の達人でも至難の業。

 彼が達人どころか、それ以上の腕を有していなければ、納得の出来ない現象としか言いようがなかった。

 

「……あなた、は」

 

 いつまでも呆けてはいられない。ひとまずの危機は去った。そして、目の前の侍はこちらに敵意は無いようだ。

 ならば、仲間になってもらえないか交渉の余地はある。

 

「む? おっと、これは失礼した。まずは名を名乗るべきであった。……ふむ、だがまあ、良いか。この名を名乗るは、拙者としてはあまり気分が乗らんのだが、そのようにこの名という殻を割り当てられたのであれば仕方なし」

 

 男は刀を仕舞う。名乗りたくないというより、自身の名を名乗るべきであるのか悩んでいたようだが、結局は自身で納得したようだった。

 

「では、改めて……。アサシンのサーヴァント───佐々木小次郎。ここに見参(つかまつ)った」

 

 

 

 

 これが、私がここに飛ばされてきて初めての、自分以外のヒトとの邂逅となったのである。

 

 

 

 

 

 第一章 第零節 岸波白野、時空(ソラ)を飛ぶ  ~終~

 

 




 

序章、これにて終幕。
そして一章へ。

告知していた通り、通常投稿はこれで終わりとします。以降は、とりあえず土曜日辺りからチラシの裏へと移ろうと思います。

読者の皆様におきましては、長らくのお付き合いいただき、ありがとうございました。
非公開という訳ではありませんので、続きが気になるという方は引き続き、チラ裏でよろしくお願いいたします……。


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第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン
第一節 次元跳躍系少女はくのちゃん


 

 時は遡る───。

 

 

 オルガマリーを救うために、決死の覚悟で死地へと飛び込んだ私は、偶然レガリアの内部データで発見したリターンクリスタルによって、どうにか難を逃れた。

 

 しかし、そこからの記憶が途絶え、自分に何が起きたのかも分かっていない。

 分かっているのは、次に私が目を覚ました時、そこが、廃墟と化したはずの冬木ではなく、目の前いっぱいに広がった平和そうな世界であったという事。

 

 窮地を脱する為に使ったリターンクリスタル。本来なら、月面世界ムーンセルに存在する電脳空間セラフ、そしてその内部に構成されたダンジョン───アリーナから一瞬で学園へと帰還するためのアイテムだ。

 だけど、アレは使った事があるから分かるのだが、()()()()()()()()()()()()()()()、単純にダンジョンから外へと出る感じというか……。

 

 だって、月においては校舎は私の拠点という訳ではなく、真に私の拠点とするならそれはマイルームのはず。けれど、マイルームに直接転送された事は一度たりとて無い。

 “リターン”と“カムバック”では意味が違う……という事なのだろうか?

 

 もし、リターンクリスタルが自分の拠点へと帰るものだと仮定しても、あの時、あの空間はレフが強制的にカルデアと時空を繋げたがために、空間に非常に強い歪みが生じていた。

 もしかしたら、その歪みが影響して、リターンクリスタルが変に作用してしまったのかもしれない。

 帰るはずが、座標がズレて違う所に出た、みたいな。

 

 だとしても、ここはどこなのか。その疑問が解決される事は決してないのだが……。

 

 

 考えても何も変わらない。なら、まずはカルデアにオルガマリーを連れて帰る。それが私が第一にすべき優先事項だろう。

 冬木ではないようだが、ここが特異点でないという保証はないのだ。あの特異点でどこかの時空に飛ばされ、そのまま現代に帰れていたのなら、別にそれで構わない。けれど、何故か私はそうとは思えなかった。長年の勘、というやつかもしれない。

 

 オルガマリーは……まだショックから立ち直れていない。相当キツかったのだろう、レガリアから出しても、歩く気力が出ないようで、結局はレガリアに戻ってもらった。

 レガリア内に居ても、彼女のバイタルやステータスはレガリアを通じてチェック出来るので、何かあってもすぐに対応出来る。

 オルガマリーが立ち直るまでは、仕方なく私が彼女の足となるワケだ。

 

 

 あてもなく歩く。どこまでも続く平原。遠くには山が見え、時折ではあるが小川も目に付く。(まば)らに立つ太く立派な木。そこかしこに自然の緑が生い茂っている。

 

 だが、歩けども歩けども、人っ子一人見当たらない。集落、村、街───とにかく、人が居そうな所が見つけられたら、少しは心に余裕が持てるというのに。

 いい加減、歩き続けるのもウンザリしてきたし、足も疲れてきた。

 というか、私はカルデアから冬木にレイシフトしてからずっと同じ格好なのだ。つまり、ボロボロになったワンピースに裸足のまま。一体どこの浮浪者だと自分で自分に言いたくなる。

 ……言ってて悲しくなってきた。私だって、女の子なんだもの。いつまでもみすぼらしい姿でいるのは嫌だ。

 

 誰だ。今、「お前、女だけど鋼メンタルじゃん」とか思ったの。あとでガンドね?

 

 

 とまあ、とりあえず落ち着いて休める場所に、着替えの服を調達出来る店───のある人里を探しているのだが……。

 

 

 ───……ッサ

 

 

「……ん?」

 

 何か聞こえたような……?

 

 

 

 ───ッサ、バッサ

 

 

 

「……羽ばたきの、音?」

 

 いや、それにしては、音が大きすぎるような───振り向いて、私は意識が凍り付く。だって、その飛んでいたものとは、

 

 

 

「ギィイイイヤァァアアア!!!!」

 

 

 

 まるで小さな小さなドラゴンだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は戻り現在。

 白野は、侍───佐々木小次郎に助けてもらった礼を言う。

 

「ありがとう。私の名前は岸波白野。もう少しで、ワイバーンの胃袋に収まるところだったよ」

 

「礼は結構。当たり前の事をしたまでよ。拙者、刀を振るだけの人斬り故に、斬る事しか能がない。あの羽根蜥蜴はこれまでにも何度か斬ったが、些か人を斬るのとは趣が違ってな。それもまた乙なものがある」

 

 侍って、みんなこうなのだろうか?

 如何せん、様々な国、時代の英霊と出会いはしたものの、侍は初めてなのだ。私のオリジナルも日本人だが、やはり時代錯誤感は否めない。

 

 小次郎は刀を拭う事もせずに刀を収めた。あまりに早すぎる太刀筋は、刀にワイバーンの血液が付着する事すら許さなかったのだろう。

 長すぎる刀であるためか、その鞘も通常では考えられない程に長い。よく出し入れできるものだ、と半ば感心さえする。慣れていたとしても、ここまで手際良く収納する自信は、私ならない。

 

「さて、岸波殿。このような所で旅をしていたという訳でもあるまい。そうさな……もしや、そなたも英霊とやらか? 見たところ、この時代を生きる者でも無し。それにだ、人間が異界に単身乗り込んで来れるとも思えぬからなぁ」

 

 小次郎はしたり顔で、私を問い詰める。その様子では、彼はここがどういった世界であるのかは分かっているようだ。

 

「異界……。もしかして、まさかだけど、ここって特異点だったりしない、よね……?」

 

 希望的観測を口にする。特異点は冬木だけだったはずだ。……だが、レフの存在が希望に濃い陰を落とす。もしかすると、あり得るかもしれない……特異点が他にも勃発している可能性が。

 

 そして、やはり小次郎は、私の希望を打ち砕く答えを口にした。

 

「ほう。知っておったか。いかにも、ここは特異点とかいう妙な異界であろう。いやな、拙者も詳しい事は知らぬのだ。聖杯に召喚された英霊は、その時代の知識や情報を与えられるらしいが、拙者はそうではない。いわゆる“はぐれ”。野良の影法師という奴だ。その点では、お主と同じ根無し草という訳だな」

 

 サーヴァントが独りでに召喚された……?

 いや、もしくは世界が召喚したのだろうか。人類史を守るために人理そのものが遣わした英霊……?

 

 考えても、情報が少なすぎて考えがまとまらない。とりあえず特異点に迷い込んでしまった、という事実だけは頭に置いておこう。

 

 特異点に居るとして、ここはどの時代のどこの国なのだろうか。

 小次郎に何か手掛かりが無いか聞いてみる。

 

「はて? それは拙者にも計り知れぬところ。そうさな……一つ言えるとするならば、南蛮人……いや違う。確か西洋人だったな。金の髪に高き鼻筋、見慣れぬ衣を纏った者共が住まう国であるようだ。そして、先程のような羽根蜥蜴が跋扈する世界でもある」

 

 西洋人、か。なら、アメリカ大陸かヨーロッパ辺りにでも飛ばされたか。

 しかし、ワイバーンがうじゃうじゃと飛び回っているなんて、この世界の住人は恐ろしくて外も出歩けないんじゃなかろうか?

 

「集落を探しているならば、ここを西に進んで行けば、街らしきものがあった。宿場町かは分からなんだが、人恋しくなったのであれば向かうが良かろうて。なに、歩いて半日ほどで着く距離なのだ。先程の逃避行に比べれば、どうという事もあるまいよ」

 

 半日……!? 半日も無防備な状態で歩くとか、それこそワイバーンに食べてくださいと言っているようなものじゃないか。

 ここはやはり、小次郎に同行してもらえないか頼んでみるほかない。

 

「恥を偲んでお願いがあるの。……確かに、小次郎の推測通り私も一応サーヴァントなんだけど、戦闘能力はほぼゼロに近くて。だから私と一緒に街まで行ってくれる?」

 

 私のお願いに、少し考え込む小次郎。それも当たり前か。私に同行しても、彼に何のメリットもない。英霊とて損得勘定はする。それこそ、アーサー王やジャンヌのような高潔な英霊は見返りも無く人を助ける事を是とするだろうが、全ての英霊がそうではないのが現実だ。

 ヒトがヒトの数だけ個性を持つように、英霊とて同じ事が言えるのだから。

 

「……」

 

 決して長くはない沈黙。けれど、断られる可能性が高い事を思うと、胃が痛む思いで待つこの時間が、とても長いものであるとさえ錯覚する。

 

 時間にして、僅か1分。永遠とも思える程のその短い時間で、小次郎は答えを切り出した。

 

「ふうむ……。都市部にはあまり近付きたくはないのだが、手前の街程度ならば構わぬかな? 何より、美しい女子(おなご)に頼まれたとあらば、おいそれと断る訳にもいくまい。良かろう、拙者で良ければ共を承ろう」

 

「……! ありがとう!」

 

 これは本当に嬉しい。道中の危険がグッと抑えられるし、オルガマリーは塞ぎ込んでいるので、ある意味では一人旅に等しかったのだ。

 話し相手がいるだけでも、心が幾分軽くなるというもの。

 

「では、露払いは任されよ。竜に似たモノであれど、所詮は獣と同じ。拙者の敵ではない」

 

 おお、なんとも頼もしい……!!

 

 

 

 

 

 

 

 道すがらでは特に問題もなく歩を進める私たち。このまま何事もなく終わる……かと言えば、そう簡単な話では済まないのが世の常である。

 

 ようやく街が見えたかと思ったのも束の間。まだ何キロか先であるというのに、騒がしい喧騒が耳に届く。

 

 目に見えた異変。黒煙が上がり、街の上空をワイバーンの大群が飛び回っていた。

 ワイバーンの群による襲撃───!

 

「これは───いかんな」

 

「……急ごう! 助けないと!」

 

 居ても立ってもいられなくなった私は、小次郎の了承も得ないで走り出す。小次郎は止めるでもなく、黙って私に追従していた。

 

 あの襲撃はいつから始まったのか。もうかなりの時間が経ってしまっているのか。だとしたら、もう手遅れなのであろうか。

 であったとしても、まだ助けられる命があるのかも知れないなら、私はどうあっても助けたいと思ってしまった。

 力が無くとも、願ってしまったが故に、足が勝手に動いていたのだ。

 

 そして、私は街へと辿り着く。

 そこは───地獄だった。

 

 冬木とは違う意味で、地獄のような光景が目の前に広がっている。あちらが完全なる死の街であったのなら、こちらは死を撒き散らされたばかりの()()()()()街の残骸。

 そこら中に血がこびりつき、あちこちを咬み千切られた死体の数々。ワイバーンの死骸も数える程は見受けられるが、それでも住人の歪な亡骸の方が圧倒的に多かった。

 

 とにかく惨いの一言。子どもの遺体が少ない事から、運びやすい軽さに目を付けられ、奴らの巣へと連れ去られたのかもしれない。

 まさに見境無し。まさしく獣の所業としか思えない。

 

「一足遅かったようだな。自警団が居たと聞いていたが、大群相手ではひとたまりもなかったと見える」

 

 小次郎が言う。視界の先には、槍を手に、肩を抉り取られて死んでいる人の姿があった。

 槍と言っても、騎士が持つような立派なものではなく、簡単に作られた急拵えの安物。着ているものも、鎧なんて呼べる代物ではなく、薄い鉄板を紐で繋ぎ合わせただけのものだった。

 

「この分では、数刻も前に襲撃が始まったのだろう」

 

 私たちが辿り着くよりも早く、街の上空を旋回していたワイバーンたちは何処かへと飛び去ってしまった後。

 追いかけようにも、山を越えられてはどこが住処なんて分かりはしない。本当に、何もかもが手遅れだった。

 

「誰か……誰か、息のある人は……!?」

 

 この惨状だ。もはや生きている人など居らず、それを探す事など無意味だと理解していた。

 でも、探さずにはいられなかった。希望を、捨ててしまいたくなかった。

 

 ……街中を隈無く練り歩く。僅かでもいい、微かにでもいい。とにかく、まだ息のある人を……。

 そう思いながら探して探して、必死に探して。

 

 そして、一人だけ、見つけた。

 

「あ───ぅ」

 

 崩れた家屋の瓦礫の下。そこから微かに呻き声が聞こえたのだ。積み重なって出来た陰が有り、それがワイバーンから身を隠す一助となったのだろう。

 

「大丈夫ですか!? 今、助け───っ!!」

 

 近寄って気付く。この人は、先端が鋭利となっている瓦礫に、腹を貫かれていた。恐らくは、もう……助からない。

 

 血が流れすぎている。今は刺さった瓦礫が栓をしているから、まだ死なずに済んでいるが、抜こうものなら一斉に大量の出血によって、治療を待たずして失血死するだろう。

 

「が、ふ……」

 

 息絶え絶え、喀血を繰り返し、間もなくこの人は死に至る。だけど、必死で何かを伝えようとしている。

 そう思った私は、せめてその意思を尊重しようと、町人の口元に耳を近付けた。

 か細い声が、途切れ途切れにではあるが、私の耳へと届けられる。

 

「りゅ……うの、ま……じょ……だ。あ、のま……じょが……よみ……がえ……たん、だ……。ふく、しゅうの……ため、に」

 

 そこまで言って、その人は息絶えた。絶望のままに、血走った目を見開いて。

 

 

 

 

 

 

 結局、生き残りは一人も居なかった。倒れる人は皆、既に死に絶えていた。

 看取る事の出来たあの人は、まだ運が良かった方だと言えるだろう。

 

「……この特異点は、何なの」

 

 本来この時代で存在が確認されないはずのワイバーン。それが特異点の直接的な異常とは思えない。

 あのワイバーンは、何かしらの要因から現れたのだと考えるべきだ。世界の裏側へと消えたものが、表側へと自然発生的に出現するなんて考えられないのだ。

 

 その要因こそが、この特異点の元凶……。そう考えると、思い出されるのは冬木の特異点で出会った少女───桜。

 彼女が原因で、本来の聖杯戦争が狂った事により特異点が発生する事となった。

 

 それと同じだ。ここでも、冬木での桜と同じと言える存在が居る、もしくは有るのかもしれない。

 

 となると……またもレフが絡んでいるか?

 

「……復讐、か」

 

 目の前で死んだあの人の最期の言葉を思い出す。途切れ途切れだったが、しっかりと意味があったはず。たしか───

 

 

『竜の魔女だ。あの魔女が甦ったんだ。復讐の為に』

 

 

 魔女。歴史に名高い魔女と言えば、ブリテンの王アーサーの姉であり、敵対者であったモルガン。

 だが、別に彼女に“竜の魔女”などという称号はなかったはずだ。

 

 魔女、魔女、魔女……。有名どころで言えばキルケーとか、メディアとか?

 他にも居るには居るが、やはり当てはまりそうな魔女に心当たりはない。

 

「竜の魔女……、それがこの特異点の元凶? でも、だとしたら一体誰なんだろう……?」

 

「む? 竜の魔女とな?」

 

 と、街からまだ使えそうな物が無いか探して回っていた小次郎が戻ってくる。

 何やら、表情を険しくしているが、それは私に、というよりも『竜の魔女』というワードへのようだった。

 

「何か知ってるの?」

 

「知っているという程ではない。この街以前にも、違う集落や村を訪れた事があるのだが、それぞれでそのような言葉を聞いた覚えがあってな。そうだったそうだった、よくもまあ言葉が通じたものだと感心した覚えがある」

 

 そこは、まあ、何らかの補正でもあったのだろう。だが、その話が本当なら、竜の魔女がこの世界で広く知られているというのは、ありそうな話だ。

 

「……竜の魔女。もし通り名にあるように、竜種を従える力を持つとするなら、ワイバーンを操っているのは、その魔女ってこと……?」

 

 ならば偶然の襲撃だったのか、必然の襲撃であったのか。どちらにしても、その魔女が原因でこの街が襲われたというのなら、到底許せない。

 

「話では、首都へ近付く程に羽根蜥蜴が蔓延るらしい。となれば……そこが魔女とやらの根城であろうなぁ。いやはや、呪術や(まじな)いの類は扱うも相手取るも嫌っていてな。なにせ、この刀一本で生きてきた身。小手先は得意だが、小細工は気に食わぬ上に性に合わぬのよ」

 

 だから、小次郎は都市部に行くのを避けていたのか。

 だが、特異点を消し去るならば、そこを目指すほかないだろう……が、何分、私だけでは荷が重い。相手の戦力も分からないのに、こちらは私に、いつ別れるかも分からない小次郎だけ。

 戦力に乏しいのは、紛れもない事実だ。

 

 やはり、まずはカルデアと連絡を取らないと……。

 

 またリターンクリスタルを使って、次元跳躍出来ないかな……。まあ、やる勇気は無いのだけど。もし下手をしてもっと変な所に飛ばされでもしたら、目も当てられない。

 

「そうさな……もし、挑むというのであれば、戦力増強を試みてみるのは如何かな?」

 

 意味ありげな微笑みとウインクをしてくる小次郎。何か心当たりか、宛てがあるのだろうかと思って聞いてみる。

 

「これもまた、立ち寄った街で聞いた話なのだが、これまた拙者のような、この世界では歌舞いた格好の者がおるそうなのだ。確か、二人……。その特徴は、両者共に見目麗しい少女であり、頭には異形の角を生やしていたそうな───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白野ではないが、次元を跳躍して現代───カルデアにて。

 

 現在、カルデアでは第一特異点の攻略準備で誰もが忙しくしており、立香、マシュ、アルテラを除いた面々は休む暇なく動き回っていた。

 

 立香とマシュは第一特異点へ赴く前の小休止。過酷な戦いに備えて、心身をリフレッシュしてもらおうという、Dr.ロマンの計らいだ。

 

 そしてアルテラ。彼女は、元々不完全な霊基でありながら、それをおして無理な戦闘を行っていたため、霊基の損耗が著しく、実は機能停止寸前まで追い込まれていた。

 彼女は岸波白野の仲間であり、サーヴァント。消滅させる訳にはいくまいと、現在は特製サーヴァント医療ポッドで傷を癒やしている。

 

 

「アルテラ……アルテラねぇ。聞き覚えが無いなぁ」

 

 

 そんな彼女を見つめるのは、同じくサーヴァントであるレオナルド・ダ・ヴィンチことダ・ヴィンチちゃん。

 彼女もまた、レフの私室の調査に奔走しており、今は休憩がてらアルテラの様子を見にきていたのだ。

 

「ん? 何故かって? それはもちろん、このマシーンを作ったのは私だからさ! 我が子がきちんと稼働しているのか、親としては見る義務があるからね」

 

 一体誰に言っているのやら。独り言のようで独り言ではない、しかしやはり独り言を盛大にぶちまける、不振な美女。

 見る人が見れば「あ、関わっちゃダメなタイプの人だ」と感じるのは、仕方ない事だろう。

 

 

 結論から言って、レフの私室からは何も成果を上げられてはいない。

 それどころか、彼が研究に使っていた部屋からも、何も手掛かりらしいものは出て来なかったのだ。

 厭らしいのは、彼の裏切りが発覚した後で、管制室に仕掛けられたであろう爆弾の材料や設計図が出て来た事か。

 おそらく、バレても問題ない、あるいはわざとバレるように放置したか。それだけ、もはやレフにとってカルデアは敵には成り得ないという自信の表れなのかもしれない。

 

「まったく、骨折り損のくたびれもうけだよね。レフの野郎、今度顔を見せたらただじゃおかないよ」

 

 コーヒー片手に愚痴るダ・ヴィンチちゃん。それだけで、一枚の絵になってしまうのだから、流石はモナリザを手掛けた芸術家である。

 

「……レフも謎が多いが、白野ちゃんも謎だらけだよね~。何だい、人体の完全なる霊子変換を可能とする宝具って? カルデアからすれば反則級の代物じゃん」

 

 それが出来るのなら、レイシフト適性なんて調べる必要も無ければ、そもそも適性が必要無くなる。唯一求められるのは、マスターとしての素質があるかだけで良いという事になる。

 加えて、あのレガリアという礼装───宝具を解析出来れば、カルデアが誇る数々の装置を改良だって可能かもしれない。

 

「ま、解析出来ればの話なんだけど」

 

 実はダ・ヴィンチちゃん、白野が寝ている時にこっそりレガリアを解析しようと試みた事がある。

 あれはまだ、彼女が召喚されて間もない時期の、リハビリしている頃だったか。

 

 白野の就寝中、バイタルチェックの際にふとレガリアが目に付いたダ・ヴィンチは、それが単なる指輪ではないと直感した。

 故に、調べようとした。したのだ。

 

 だけど、解析出来なかった。

 万能の天才。叡智の申し子。そのレオナルド・ダ・ヴィンチを以てしても、完全に解析する事は適わなかったのである。

 

 だが、僅かながらでも解析には成功していた。やはり天才の名に間違いはない。

 

「はあ~……まさかオーバーテクノロジーとはね。しかも、現代の遥か先を行くときた。むしろオーパーツじゃない?」

 

 彼女が知る由もないが、レガリアとは月の王権が形を為したもの。人類ではない知的生命体、いわゆる宇宙人が作りし異星のテクノロジーの結晶だ。

 その全運営権を集結したものがレガリア。とは言え、ダ・ヴィンチが解析したのは、そのレプリカではあるのだが、レプリカとてレガリア。構造、能力、材質……全てがこの世界とは異なる。

 故に、そう簡単に紐解けるものではないのである。

 

「さて、そろそろ戻るとしますか。いつまでも休んでるとロマニに愚痴を言われかねないし。というワケで、キミはしっかり休んでくれたまえ。狸寝入りなんて趣味が悪いゾ?」

 

 ひらひらと、手を振って部屋を出て行くダ・ヴィンチ。残されたアルテラは、パチリと目を開く。

 

(……悪趣味なのはお互い様だろう。我が虜のレガリアを隠れて調べたクセに)

 

 白野が姿を消して、その行方はまだ掴めていないとアルテラはロマンから聞いていた。

 岸波白野とは、彼女にとって唯一無二のマスターであり、何よりも、誰よりも大切なヒト。

 居なくなって心配じゃないはずがない。本当なら今すぐにでも探しに行きたい。

 けれど、無理をして自身の消滅という事態を招けば、白野を悲しませてしまう───そう、ロマンに説得されたからこそ、アルテラは休息に甘んじていた。

 

(いつまでも、この欠落した霊基ではロクに戦えない。何か欠落を埋められるものがあれば───補填が出来れば……)

 

 そんなものがどこにも無い事は、彼女自身がよく理解している。己の霊基を補填するとしたら、近しい者による力の譲渡か、同一存在の霊基を吸収するか……。

 

 自分と同じ存在。オルタではいけない。純粋に同じ霊基でありながら、かつ違う個体として成立した霊基の共鳴。

 

 同じ霊基を有し、同じ名を冠したサーヴァントの同時存在……。普通に考えて、そうそう容易く実現しない状況である。 

 

(マスター。我が虜。今、どこで何をしている……?)

 

 白の剣姫は瞼を下ろす。サーヴァントは眠る必要が無いけれど、夢を見る事も無いと言われているけれど。

 それでも、眠れば夢を通じて白野の精神とリンク出来るかもしれないと淡い期待を抱いて。

 

 アルテラは微睡みへと落ちていくのであった。

 

 



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第二節 何度も出てきて恥ずかしくないんですか?

 

 小次郎から聞かされた、この世界でも特に妙ちくりんな格好をしているという二人を探すために、滅んだ街を後にする私たち。もちろん、目に付いた遺体だけでなく、瓦礫に埋もれた遺体も全て掘り出し、きちんと埋葬した。

 

 彼が街から適当に見繕ってきた、まだ使えそうな衣類を着て、装いも新たに私は気を引き締める。

 ……というか、何故この世界に探検家風の服が有ったのだろう? しかも、不思議と既視感のあるような、ないような……。

 ちなみにあの白いワンピースは後で修繕するため、レガリアに保存してある。アレは私がムーンセルで生きた証でもあるので、捨てるには忍びないと思ったからだ。

 

 さて、件の二人を探すワケだが、一体どこに居るのか。それがまるで分からない。

 小次郎がその情報を耳にしたのも、もう何日も前だという。ならば、その二人とていつまでも同じ場所に留まっているかどうか。

 とりあえず、目撃情報は首都から離れた村に限られているとの事なので、首都郊外の街や村を重点的に捜索するという事で方針が決まった。

 ……うーん。情報からして、もしかしたらその二人も竜の魔女を避けている、あるいは逃げているのだろうか?

 

 

 

 

 ひとまず首都のあるであろう西を避けて、東へと私たちは進む。推測が正しければ、その二人も同じように首都から遠ざかろうとしているかもしれないからだ。

 

「……、」

 

 あの街を発ってから、既に何日か経過している。食料は時折飛来してくるワイバーンを狩ったり、野生の動物や魚を穫ったり。サーヴァントに食事は必要ないとされるが、カルデアからの支援が無い今、魔力の補充手段として食事は必須となっていた。

 

 翼竜の肉は、最初は食べるのを憚られたのだが、これが食べてみると思っていたよりも美味しかった。肉は引き締まっていて、旨味も凝縮されており、臭味は強めだが、そこいらに群生しているハーブなどの香草を用いれば完全にではないが解消出来た。

 

 肉を焼くにも火が要るが、小次郎が原始的な方法(枝と木の板でやるアレ。木の板は小次郎が見事な刀捌きで丸太などから精製)で火を起こしてくれたので問題ない。

 

 そんな旅路を続けて何日か経った頃。立ち寄ったとある村で遂に二人についての情報を入手する。

 どうやら、本当に首都から離れるように郊外の方へと移動しているようで、今度は西に向かって出発していったそうだ。

 

「西の街───ボルドー、か」

 

 それが、二人の少女が向かったとされる街の名前。加えて、村人にこの国の首都の名前も聞いてみたが、返ってきた答えに私は驚かざるを得なかった。

 

 その名をオルレアン。

 それは、世界で最も有名であると言っても過言ではない聖女──ジャンヌ・ダルクが活躍し、そして同時に悲劇を迎える事の発端となった百年戦争でも出て来る都市の名前。つまりは、この特異点の舞台は過去のフランスという事になる。

 というか、フランス王国時代であるのなら、首都ではなく王都と呼ぶべきだが、この地方で最も栄えているのがオルレアンであるらしく、ある意味ではこの地方の首都と呼べなくもない。

 

 特異点とは過去の世界に異物が紛れ混んで発生するもの。ならばこそ、その時代を生きた英雄が存在してもおかしくはない。

 もしかしたら、時代さえ合致していれば生きている頃のジャンヌにも会えるかもしれない。まあ、向こうは完全に私の事など知りもしないのだが。

 

 しかし、それにしてもボルドーまではかなり距離があるとの事で、また長旅になりそうである。オルガマリーの様子も相変わらずで、定期的に食料をレガリア内に転送しているが、一応食べてはくれているようだ。

 早く立ち直ってくれると良いのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体、どれだけの距離を歩いたのだろう。カルデアから冬木の特異点に強制的にレイシフトされ、そしてそのまま帰る事もなく、この新たな特異点に来て、どれほどの時間が過ぎ去ったのだろう。

 まともな休息など取れず、最近は野宿ばかり。そのため、もう心身ともに疲労困憊になっていた私は、日数の経過も分からなくなってきていた。

 心配なのは私の事よりも、オルガマリーの方だ。

 飢えは、どうにか凌いでいる。けれど、オルガマリーをいつまでもレガリアの中で、そして特異点で居させるのは良くない。彼女の傷ついた心を癒やすためにも、もっと落ち着ける慣れ親しんだ場所……カルデアに帰してやるべきだ。

 

 小次郎は旅に慣れているのか、特に苦もない様子で余裕を崩さない。暇さえ有れば、刀の手入れをするくらいには余裕があるらしい。

 同じ日本人とはいえ、生きた時代も違えば、価値観も違う私と小次郎。細かな点を言えば、私なんてオリジナルが日本人というだけで、正確には生まれも育ちもムーンセル。

 私は不思議で仕方ない。何故、こんなにも付き合ってくれるのか。助けてくれるのか。何の得も無いはずなのに。

 護衛してくれるのは、本当にありがたい。それは確かなのだが……彼の真意、それが計りかねていた。

 

 無論、命の恩人である彼に、そんな不躾な質問をするべきではないから、結局は聞かずじまいなのだが。

 

 

 

 

 何日か掛けて、やっとの思いでボルドーへと到着した私たち。

 噂の二人も、サーヴァントとはいえ少女であるとの話だ。体育系でもない限り、休み無しで歩き続けたりはしないだろう。もしかしたら、追い付けているかもしれない。

 

 ここがフランスである事が分かり、そして一番の危惧であった言語の壁もどういうワケか存在しない事も分かっているので、小次郎と手分けして、私は臆せず町人たちに聞き込みを開始した。

 

 ……とは言うものの、どう聞き込みをしたものか。

 悩みながらも、恰幅の良いご婦人に声を掛けてみる。

 

「すみません。少しお訊ねしたい事が……」

 

「私かい? なんだい、答えられる事なら答えてあげるけど」

 

「えっと、珍妙な格好をした少女の二人組に心当たりはありませんか? 噂でも構わないんですが……」

 

 珍妙、という単語にすぐにピンときたらしく、ご婦人は両手でポン、と音を鳴らすと景気良く答えてくれた。

 

「珍妙と言えば珍妙な服を着た娘さんなら見たねぇ。どっちもえらくベッピンだったんで覚えてるよ」

 

「ホントですか!? 今どこに居るとかは?」

 

「さあ、そこまではねぇ……? そういえば、さっき宿の方で男共がやたらと騒いでたような……。もしかしたら、そこかもしれないよ? なんたって端から見ても仲の悪い二人組だったからね。また喧嘩でもしてるのかも」

 

 その宿の場所を聞き、情報をくれたご婦人に礼を言って、急ぎ走る。

 宿へと近付くにつれて、確かに喧騒が大きくなっていき、やれ「もっと派手にやれー!」だの「いいぞ! そこだ!」だのと囃し立てるような声が聞こえてくる。

 

 あ、これは完全に喧嘩の流れです。いやだなー、サーヴァント同士の喧嘩とか。サーヴァントって魔術世界では核兵器に匹敵する高位の使い魔らしいし、それがガチンコで殴り合いとか洒落にならない。

 願わくば、キャットファイト(ガチの殺し合い)にはなっていませんように……!

 というか、仲悪いのに二人旅してたの? という疑問はあるが、今は早く現場に駆け付けないと。騒ぎが大きくなって、それが原因でワイバーンに嗅ぎ付けられでもしたら大変だ。

 

 喧騒がどんどん大きくなり、宿が見えてきた。人だかりも見える。そして、人混みを掻き分けていく中で、ついにご本人たちの怒鳴り声も聞こえるようになった。

 

 

「だから! ステーキはミディアムレア若しくはレアって言ってるでしょう!? 肉から血が滴り落ちるくらいの焼き加減が最高に決まってるじゃない!!」

 

 

「いいえ! やはり、しっかりと焼いて調理されているべきです! お肉を食べるのでしたら、衛生的にも中まで火の通ったうぇるだんであるべきでしょう!!」

 

 

 ……とても、とてもくだらない内容の喧嘩だが、その内容よりも気になる点が一つ。

 最初に聞こえた方の声に、どこか聞き覚えがあるような───うぐっ!? 思い出そうとした途端に、何故か腹痛が!? 具体的には胃がキリキリ痛い!

 

 思い出したいようで、思い出したしたくもない記憶が、蘇ろうとしている。もっと言えば、頭では忘れたがっているのに、体が嫌でも苦痛な記憶として胃に刻み込んでいる感じ。

 

 ───そう、確かそれは、鮮血の赤よりも朱かった、地獄の料理……。

 

「すぅ、はぁ……」

 

 辿り着き、取っ組み合いをしている少女たちの片割れが目に入る。やはり、思った通りだった。

 ならばこそ、私は()()を言わなければならない。いや、私には言う義務がある。

 深呼吸をして……よし、行くぞ。せーの、

 

 

「何度も出てきて、恥ずかしくないんですかー!?」

 

 

「何よ!? 今回はまだ初めてでしょ!?」

 

 

 間髪入れずのツッコミ。やはり彼女はアイドルよりお笑いの道が似合っているのではないだろうか?

 などと思っていると、すぐに我に帰った彼女がこちらに振り向く。

 

「どこかで聞いた声に、聞いた台詞だと思ったら、子リスじゃない!? やだ、もしかして追っかけ? これがアイドルの追っかけってヤツ!? ヤバいわ、アタシ。追っかけのファン第一号が、まさか初恋相手の子リスだなんて……。これって運命よね? そうよね? ね!?」

 

「いいえ、違うと思いま」

 

 最後のす、まで言い切る事も許さず、少女ことエリザベートに突進されて押し倒される私。

 一瞬だけ息が止まるが、すぐに吹き返したので問題ない。それよりも、この目の前の少女こそが私たちの探し求めていた人物であり、予想外にも知り合いでもあった英霊───エリザベート・バートリー。

 ハンガリーでは悪名高い伯爵令嬢にして、若い娘ばかりを攫っては拷問の末に殺した殺人鬼。自称ではあるが、鮮血魔嬢とはよく言ったものである。

 

 側頭部からは天へと伸びるように突き出た巻き角。紫がかった長い赤い髪。ヒラヒラのドレスに平坦な胸。スカートから飛び出た蜥蜴のような尻尾。

 およそ、少女に似つかわしくない要素は、全てが『無辜の怪物』によるものというだけではない。彼女には、本当に竜の血が混じっているらしく、それも一因であるのだろう。

 

 さて、いつまでも頭グリグリ押し付けてきて角が当たって痛いので、見知ったエリザベートは押しのけて、見知らぬもう一人の少女にも目を向ける。

 

 一人取り残されて呆然としていたが、果たして、この少女もまた美しかった。

 薄い緑色の長髪。多分、14、5才くらいだろうが発育の良さそうな肢体を、これまた色っぽい和服で着飾っている。

 何より目を引くのは、その少女にも生えている角。エリザベートとはまた違った形をしているが、多分あれも竜の角だ。ただ、彼女には尻尾はないので、本当にそうかは断言出来ないのだが。

 

 子リス、子リス、と尻尾を左右に振りながらじゃれついてくるエリザベートは無視して、私はもう一人の少女へと声を掛けた。

 

「喧嘩しているところを邪魔してゴメン。私は岸波白野。このエリザベートとは縁があって知り合いというか腐れ縁というか。あなたもサーヴァント……なんだよね?」

 

「……岸波、白野?」

 

 私の名乗りに、その少女は訝しむようにマジマジと私を見つめてくる。何か気に障る事でも口にしてしまったのだろうか……?

 そんな心配は要らなかったようで、少女は「あ」と思い出しように声を漏らした。

 

「岸波白野さん。そのお名前、どこかで聞いた事があると思ったら、タマモさんのご主人様と同じ名前ではありませんか。もしかして、ご本人様でいらっしゃいますか?」

 

「え、キャスター……じゃなくて、玉藻のこと知ってるの!?」

 

「ええ、存じ上げておりますよ。だって、タマモさんはメル友ですし」

 

 メル……友……だと!?

 和風サーヴァントだなぁ、とは思っていたが、まさか玉藻の知り合いだとは思いもしなかった。世の中って以外と狭いよね。この分だと、私の知り合いの英霊のそのまた知り合いなんていう英霊と他にも出会いそうな気がしてきたんだけど。わりと本気で。

 

「ところで、少しお顔を拝見しても?」

 

「あ、はい」

 

 面食らっていたので、思わず二つ返事で了承したのだが、はいと答えた次の瞬間には、恐ろしいほどの速さで、彼女が顔が私の目の前にあった。

 ひたり、となめらかな手が頬を触れる。ちょっだけひんやりとした少女の手に、私の頬から熱が奪われていくような感覚。それがどこか気持ち良くて、じんわりと暖かいものが体の芯まで浸透していくような、不思議な気持ちになる。

 

 黄金色の瞳に、私の顔が映っているのが分かる程の至近距離。ともすれば、その瞳に吸い込まれそうな気さえする。

 

 ひとしきり眺めて満足したのか、頬から手が離され、彼女もまた離れていく。

 

「……タマモさんの話もあながち思い込みではありませんね。確かに、このお方は素晴らしい魂をお持ちのようでございます。イケ魂、というものでしたかしら? ……もしや、安珍様?」

 

 安珍……? それって清姫伝説に出てくるお坊さんの名前じゃ───

 

「ああ、そうでした。まだ名乗っていませんでしたね。サーヴァント、清姫。こう見えてバーサーカーですのよ? よろしくお願いいたしますね、白野さん……」

 

 おっふ。まさか、本当に清姫本人であろうとは。流石は玉藻のメル友というか何というか。日本でも有数の歴史に名を残すヤンデレ、それが清姫という人物だったはずだ。

 『玉藻の前』を調べるついでに出てきた情報では、清姫は安珍という僧侶に一目惚れし、しかし逃げられた。それを怒った彼女は蛇に姿を変えて、安珍をどこまでも追いかけ、最後には殺してしまった───と、だいたいはそんな話だったと記憶している。

 

 そんな彼女に安珍と認定されてしまいかけているの、私?

 もうヤンデレの知り合いはお腹一杯なんだけど……。具体的には月の裏側で満腹になったんだけど!

 

「よ、よろしく……清姫、ちゃん」

 

 とりあえず、清姫の友好的な挨拶に笑顔を捻り出して応じる。多分、引きつった笑いになっていたに違いない。

 だって、横でエリザベートがお腹を押さえながら笑うのを堪えているし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を移して、さっきまでエリザベートたちが目の前で取っ組み合いをしていた宿の中。そこの食堂で腰を落ち着けて、私は二人から情報の交換を行う事にした。

 もちろん、先程の喧嘩の内容に関してはスルー。あまり掘り下げすぎて藪蛇るのも御免被りたかった。

 

 小次郎とは、予め待ち合わせ場所を決めており、時間を見計らって集合する約束をしている。今から彼を探しても、無駄に時間を食いそうだったので、彼には後でここで聞いた事は伝えるつもりだ。

 まあ、小次郎もこの世界では奇異な装いだし、探そうと思えば難しくはないのだろうが。

 

「それで、二人はどこまでこの特異点について知っているの?」

 

「特異点……? ああ、ここの事。別に。アタシだって召喚されたのはいいけど、状況なんて何一つ掴めてないわ。そっちの蛇女はどうかは知らないけど?」

 

「そうですね……。わたくしも、実はあまり詳しくは把握しておりません。通常の聖杯戦争ならまだしも、どうやらわたくしやこのエリマキトカゲは野良のサーヴァント。聖杯から与えられるはずの情報というものがまるで有りませんので」

 

「……そっか」

 

 サーヴァントが二人。何かしらの情報を得られると期待していたが、残念ながら二人はこちらの期待には答えられないようだ。いや、勝手に私たちが期待しただけなので、彼女らには何も非はない。

 彼女たちにすれば、押し付けがましい期待でしかないのだ。

 

「ですが、」

 

 と、落胆した私を見かねてか、清姫が一旦一息ついて区切りを入れ、それを切り出した。

 

「敵と呼ぶべきものが、わたくしどもと同じサーヴァントであるのは分かっています」

 

「やっぱり、敵にもサーヴァントが……?」

 

「アタシとコイツはまだ一回しか遭遇してないわ。でも、その一回の遭遇がナンセンス。それで完全に目を付けられたのよね~」

 

 エリザベートはウンザリとばかりに語るが、目を付けられたというのに、よくもまあ無事にやり過ごせていると私は感心する。

 竜の血による第六感でも働いているのだろうか?

 

「それでその敵のサーヴァントの正体は分かっているの?」

 

 何事もまずは情報がモノを言う。敵が如何に強大であっても、情報さえ得ていれば対策の立てようもある。

 が、それを聞かれた途端、エリザベートは気まずそうに口を噤んでしまう。何か、言えないか言いたくない事情でもあるのだろうかと訝しんでいると、エリザベートの隣の清姫があっさりと口を割った。

 

「このトカゲ、どうやら敵が自分───それも英霊としては同一人物にして別存在とでも言うべきサーヴァントだったようでして」

 

 それは、何か? 冬木の特異点で出会ったセイバーのように、オルタという彼女の持つ別の側面で召喚されたのと同じような現象という事か?

 もしくは、クー・フーリンが若い姿とキャスターとしての姿とで同じ空間に同時に存在しているのと同じか。

 

 なら、エリザベートが言いたくないというのも頷ける。彼女は、以前から成長した自分を嫌っている節があった。

 理由までは私は彼女ではないので計り知れないが、やはり嫌っている自分の未来の姿については語りたくもないし、聞きたくもないのだろう。

 

「確か……『カーミラ』、でしたか。それがわいばーんや屍の兵士を率いて、わたくしたちを狙い回しておりまして。まあ、そこはこのトカゲ女が同一人物として思考を読めるので、どうにか回避できているのですが……」

 

 カーミラ! それは世界で最も有名な吸血鬼の一人として知られる女性の名前。

 そもそも、カーミラという吸血鬼伝説の元となっているのがエリザベート・バートリーだとされている。血の伯爵夫人として、数多の少女たちの生き血をその身に浴びたという彼女だが、その逸話から彼女が吸血鬼であるカーミラのモデルになったのだ。

 

 エリザベート・バートリーが吸血鬼であるという実証はどこにも存在しない。ならば、この特異点でカーミラと名乗るサーヴァントは『吸血鬼』ではないという事にならないだろうか。

 エリザベートが自己嫌悪するくらいだ。そのサーヴァントが彼女の未来の姿であるのはまず間違いない。ならば、その彼女が吸血鬼でない以上、カーミラもまた吸血鬼ではないと考えられないか?

 そうであってほしいとしか言えない。もし吸血鬼が英霊として現界した時、並みのサーヴァントでは太刀打ち出来ない超級サーヴァントに匹敵するだろう。

 

 吸血鬼と英霊のハイブリッド。それが本物の吸血鬼であった時、最悪の展開であると断言する。月の聖杯戦争で、私はそれを嫌と言うほど痛感させられた。

 第四回戦、ガトーとそのサーヴァント───バーサーカーであり真の吸血鬼であった()()と戦ったからこそ、断言できるのだ。

 敵は本調子でないのに、相当に苦戦を強いられた。もし全力のバーサーカー───アルクェイドと戦っていたらと思うと、ゾッとする。

 

 

 それにしても、同一人物であるが同一存在ではない、か……。

 まさか連続して、同じケースに出会(でくわ)す事になるなんて、想像もしていなかった。

 だが、となるとカーミラこそが竜の魔女なのか? 確かにエリザベートは竜の血を引いており、今の彼女は生前と比べればデミ・ドラゴンと言えなくもない。

 故にカーミラにも竜の血が表面化している可能性は十分にあり得る。

 

 それを言おうとして、清姫の悪口にも反応せず黙っていたエリザベートが、嫌々とばかりに私の先を行った。

 

「言っておくけど、アイツは黒幕じゃないわよ。竜の魔女だっけ? 多分、アイツもその竜の魔女ってヤツに支配されてるわ」

 

 何故、そう思ったのか。カーミラが竜の魔女ではない根拠は何か。エリザベートは、溜め息と共に答えた。

 

「だって、アイツはアタシだもの。あの時に見たアタシ(アイツ)は……既に狂ってるアタシから見ても、あの強い狂気は尋常じゃなかったわ。アレは、カーミラだけど、カーミラじゃない。誰かに手を加えられてカーミラが変質した存在……そんな感じかしら」

 

 エリザベートが苦々しい顔で述べた仮説。こちらもあちらも、どちらも自分(エリザベート)という存在だからこそ分かる違い。エリザベートからしたら普通では考えられないカーミラの異常性。

 サーヴァントが変質するには、それ相応の要因がなければ不可能だ。それこそ、聖杯やそれに匹敵するほどの強い呪いか。

 聖杯……レフに奪われたあの水晶体。あれならば、或いは……。

 

 思考が終わりの見えない泥沼に沈んでいきかけたその時、パチン! と渇いた音が鳴り響く。

 清姫だった。清姫が、両手を勢いよく合わせたのである。

 

「ともあれ、です。“竜の魔女”とやらを放っておけば、遠からずこの世界は滅びるでしょう。なら、そうならない為にも、その彼女さえ倒してしまえばいいのです。それに、下僕であろうカーミラとて竜の魔女を倒す上できっと戦う事になるはず。戦うと分かっているのなら、ここであれこれ推測するよりも、彼女に関する情報を集める方が幾分かは有意義でございましょう」

 

「そうだね……。時間も頃合いだし、街の入り口に向かおう。そこで私の連れと落ち合う事になってるんだ。二人も来てくれるかな?」

 

「旅は道連れ、と申しますものね。では不肖清姫、お供させていただきましょう」

 

「アタシへの了承は不要よ。子リス居るところエリザベート有りだもの。だから断られても付き添うわ。あ、付き添うのであって、あくまで付き従うのはマネージャーの子リスなんだからね? そこのところは間違えないでよね!」

 

 無理矢理ぶっ込んできた感は否めないがテンプレですねありがとうございます。

 

 話はまとまった。そうと決まれば、早速待ち合わせ場所に行くとしよう。

 仲間が一気に二人も増えて、口にはしないが内心では心強く感じながら、私は二人と共に宿を後にしたのだった。

 

 

 






もう今年の夏も終わりますね。そしてサバフェスも終わる。私は5日前ほどにようやく素材交換もポイント稼ぎも終わりました。疲れた。

さてさて、気になるのは今年のハロウィンがどうなるのやら?(←もう10月の話をする気の早い奴)
異聞帯絡みか、いつも通りに時系列があやふやな過去の物語になるのか。
そして今年もまたエリちゃんは増えるのか。そしてエリちゃんメインだったらこう言うのです。

「何度も出て来て恥ずかしくないんですか?」

もしそうなら、ああ、今からとても楽しみです。(←だから気が早すぎ)



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第三節 動き出す歯車

 

 

「これはこれは……。よもや、二人組の片割れが()の清姫伝説の清姫その人であろうとは。幼き頃に聞かされた怪談じみた御伽噺だが、夜も眠れずに震えた覚えがあるなぁ。さすがにこれには私も驚愕を隠せなんだ」

 

 

 小次郎と合流し、早速エリザベートと清姫を紹介したのだが、清姫の名を聞いて僅かに驚いてみせた彼の第一声がそれだった。

 

「いや失敬。女人を前にして、今の言い草は礼を失する事であった。して、清姫殿。そなたは“ばーさーかー”、という事に相違ないか? 清姫伝説を知る者であれば、それ以外には考えられぬのだが」

 

「ええ。わたくし、こう見えてもばーさーかーでございます。お侍様が白野さんのお仲間だったなんて、わたくしも少しばかり驚いておりますわ。倭の国の出身の者がこのような異国の地で巡り会えるなんて、奇跡のようなものですもの」

 

 くすくすと笑う清姫。確かに、同じ国出身の英霊が外国で集うというのもすごいのかもしれない。聖杯戦争での召喚では何かしらの触媒を用意すれば、偶然や必然であっても起こりうる事だろうが、ことここに至っては正規の聖杯戦争は一切関係ない。

 触媒など存在せず、可能性があるとするなら連鎖召喚くらいだが、小次郎と清姫とでは、それは有り得ない可能性だ。だって、二人には出身以外に全くの繋がりも無ければ伝承的な接点も存在しない。

 

 生きた時代は異なれど、同じ祖国を持つ者として和風サーヴァント同士が話題に花を咲かせる一方、蚊帳の外であったエリザベートは暇なのか私にべったりで、ずっと子リス子リスと口にしながら頭を犬のようにこすりつけてくる。

 愛らしいより痛いが勝るので、正直なところ止めてほしいのだが、それを言うと可哀想な気がしないでもないので、言い出せないでいる私であった。

 ……何だろうか。エリザベートのライバルを自称する、構ってちゃんの()()の事が思い出され、非常に懐かしく思えてくる。今頃どうしてるんだろう……?

 

 

 さて、小次郎とも合流した事だし、まずはこれからの指針を決めるべきだろう。

 目先の目的でもあった二人を仲間に引き入れられた。戦力増強は特異点の元凶に立ち向かう上で必要不可欠。ひとまず、多対一という最悪の状況だけは避けられるようになったし、逆に単独の敵を各個撃破という選択肢も選べるようになった。

 

「目下の標的は、この世界でよく耳にする存在───『竜の魔女』。でも、膨大な量のワイバーンを従える事、サーヴァントを支配下に置いている事……これらを踏まえても、一筋縄じゃいかない強敵だと思う」

 

「然り。まずそやつが単独で動く事は無かろうて。如何に強き者であろうと、効率良く配下を使っているというのであれば、それなりに頭もキレる輩だろう」

 

「逆に、下僕任せで本人はたいした事が無ければ嬉しいのですが……。トカゲ女の未来の姿とはいえ英霊をも支配下に置けるとなると、話は簡単には済まないでしょう」

 

 竜の魔女がどれほどの強さを持つのか、実際に見た訳ではないので、今ある情報から推測し、仮説を立てるしかできない。

 だが、特異点の主であるのは間違いないのだ。それ相応の実力は持っていてもおかしくはない。

 実際、冬木の特異点では黒い騎士王や狂った桜といった難敵揃いだった。ここは違うなんて保証はどこにも有りはしないのだ。

 

「あとは……厄介なのは魔女ってのが従えてるサーヴァントね。多分だけど、カーミラだけとは限らないんじゃない? こっちだってアタシと蛇女が野良のサーヴァントとして複数で現界してるんだし、向こうにも複数のサーヴァントが居てもおかしな話じゃないわよ」

 

 未だに私に抱きついたままのエリザベートが、意外にも重要な点について述べる。

 基本的に残念な発言の目立つ彼女ではあるが、貴族の令嬢として英才教育を施されているのだ。エリザベート・バートリーは賢い系、というのが本来の彼女の姿と言える。

 そう、賢い彼女の脳がアイドルと恋愛脳によりスイーツ化しただけで、元々のエリザベートは理知的な女性のはずなのだ。そうであってくれ、お願いします。

 

「わたくしとしては、気になるのは翼竜よりも屍の兵士ですわね。死んだ者が再び動き出してくるなんて、自然発生はまず有り得ない事です。人為的なもの───そうですわね、呪術師による反魂の術などでしょうか? それを扱えるきゃすたーが敵方には居るかもしれません」

 

 清姫の推測が当たっているとして、竜の魔女がそのキャスターに該当するのか。それとも他のサーヴァントがそうなのか。どちらにせよ、ワイバーンと屍を操れる者が敵に居ると考えるべきだろう。

 

 サーヴァントだけでも厄介なのに、ワイバーンや屍の兵士が雑兵として使役されているのは、果たしてこちらにとっては良い事なのか、悪い事なのか。

 生きている人間を相手にしないでもよいだけ、まだマシだと思う事にしよう。でなければ、死人なんて無尽蔵に湧いてくるであろう敵兵と戦わないといけないと思うだけで気が重くなってくる。

 

「白野殿の属する“かるであ”とやらとの接触は如何に手を打つのかな? 確か、今は手段が無いとの話であったが」

 

 カルデア、か……。出来るものなら、今すぐにでも連絡を取りたいところだが、如何せん手段が無い。

 オルガマリーならば所長として或いは───とも考えたのだが、よく思い返してみれば通信はいつも立香を通してだった。

 確か専用の通信機を立香たちマスター候補生は持たされていたのだったか? だから、特異点でのカルデアとの通信の手段は、それを持つ立香が近くに居ないと私では不可能。そして、元々オルガマリーは特異点に送り込まれるはずもなかったので、当然ながらその通信機は持っていない。

 

 困った。こちらからは連絡不通、しかも帰れないときた。帰りたくても帰れない。その手段が皆無。

 なら、私はどうするべきか?

 

「……、確かに連絡の手立てはないよ。今はカルデアから助けが来るのを待つしか、帰る方法はないかな。でも、ここに飛ばされてから何日かの日数が経ってる。そろそろ、カルデアから特異点を消し去るためにマスターが派遣されてきてもいい頃合いかも」

 

 時間の流れがどうなのか、カルデアがここの時間と流れを同じにしてくれているのなら、まだ望みがある。

 実際、冬木の特異点でもカルデアは私たちの動きをモニターしていたのだから、可能性は有るには有る。それに、特異点に干渉しなければ、その特異点に流れる時間が止まったままというのもおかしな話だ。

 もし時間が止まったままであるのなら、放置しても問題ないという事になる。特異点は進行形で変化していくからこそ、人理に致命的な汚点足りうるのだと私は断言しよう。

 

 まあ、時間の流れが完全に同一であるのかは別としてだが……。

 

「カルデアのマスターがこの世界のどこに降り立つのかまでは、私にも分からないし推測も出来ない。だから、私たちの取るべき動きは二つ」

 

「二つ、ですか……?」

 

 清姫が小首を傾げて、私の真意を探るべく真っ直ぐに見つめてくる。

 

「一つは、これまでと同じように竜の魔女からの魔の手をかいくぐりながら、街から街へと巡る事。カルデアが動いているなら、もしかしたら風の噂程度にでも情報が得られるかもしれないからね。もちろん、ワイバーンが街を襲っているなら全力で退けるよ」

 

 目の前で救えなかった街、既に滅ぼされた街。ここに至るまで、多くの街や村を通ってきた。

 助けられなかった命も、数知れない。戦力としては不足すぎる私、そして強いと言えども小次郎一人だけではワイバーンの群れに太刀打ちできなかった。

 けど、今はエリザベートも、清姫だって居るのだ。サーヴァントが三騎も居れば、もっと救える命だって、きっと……。

 

「して、二つ目とは?」

 

「うん。二つ目、これは可能であればの話だけど……。竜の魔女の配下であると思われるサーヴァントの排除。敵の戦力がどれほどか、まだ分かっていない現状で下手に喧嘩を売るのは愚策だと理解してるよ? けど、どうあれ避けては通れない戦闘なんだし、状況によっては討ち取れると判断すれば戦おう」

 

 出来る限り、まだサーヴァントとの戦闘は避けたいのが本音だ。現状、分かっているのは敵にカーミラが居るという事だけ。無謀な喧嘩をふっかけて、もし勝てたとしても竜の魔女から要らぬ注目を集めたくない。

 最悪の場合、過剰なまでの戦力を私たちに向けられてしまう恐れがある。本腰を入れて戦うなら、カルデア陣営と合流してからのほうが良いだろう。

 だからこそ、可能であれば、の話なのだ。それに何もデメリットばかりではない。敵サーヴァントを討ち取れたら、敵戦力に大幅な痛手を与えられるのだ。チクチクと徐々に敵戦力を削っていくというのも、立派な戦術の一つと言えるはず。

 

 私の二つの方針を聞いて、三人は特に異論も無いようで、私が視線を送ると頷いて返してくる。

 

「じゃ、方針も決まったコトだし、動き始めるとしましょう? で、どこから行くのかしら子リス?」

 

「わたくしとトカゲ女も街で情報収集をしていたのですが、これまでそれらしき話は聞いておりません。ですので、ここは一度来た道を引き返すというのは? もしかすると、わたくしたちの通った後で、かるであの方々も現れ、こちらを目指し始めているかもしれません」

 

 ……ふむ。確かに、私たちがこちらに向かう間に、立香たちがあっちに降り立っていたかもしれない。

 戻る、というのも良い選択肢の一つかも。

 

「よし、じゃあ清姫の案を採用します。またしばらくは長旅になると思うけど、よろしくね」

 

「なに、こう見えて私は元々は百姓の子であったのだ。足腰は畑仕事で鍛えられているので、心配は不要」

 

「ええ。わたくし、蝶よ花よと愛でられてきた身ではありますけれど、こう見えても旅は好きなのです。旅は良いですわよ……? だって、道中では素敵な発見で満ち溢れていますもの」

 

 うん。深追いはしない。追及もしない。清姫のそれは、アレでしょ? 安珍の、ね? 絶対にそうでしょう?

 でも、よく追跡中にそんな余裕があったなぁ……とも思うので、もしかして単に本当に旅行好きなのかな?

 

「ああ……思い出されますわ。安珍様を追って訪れた道成寺───あの日のことが……うふふふふふふふふふ」

 

「…………、行こうか?」

 

 そういえば彼女、バーサーカーだった。価値観もだけど、思考回路がまず普通とは違うのだろう。

 もう、この話には触れないようにしよう……。藪をつついて蛇どころか竜が飛び出しかねない。

 

 私の漂う哀愁感を察してか、小次郎も、エリザベートも、私に倣い清姫から目を逸らして歩き出す。

 それに気付いていないのは、遠き日の思い出(?)に想いを馳せながらもしっかりと付いて来るあたり、流石は日本古来よりの元祖ヤンデレストーカー系サーヴァントな清姫だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白野たちがエリザベート、清姫と合流した頃。カルデアでもようやく動きがあった。

 第一の特異点、過去のフランスであり、百年戦争の舞台でもあるオルレアン。

 シバに観測された年代や土地から考えても、歴史背景はちょうど百年戦争の真っ只中であると推測される。

 

「さて、今回で我々“人理保障機関カルデア”としては、人理修復のため二度目となるレイシフトだ。先の修復された特異点である冬木も相当に過酷な世界だったが、今度もそれに比肩しうる、もしくはそれ以上に過酷な戦いになるという覚悟をしておいてほしい」

 

 管制室に集まったのは、カルデア唯一にして人類最後のマスターである藤丸立香。

 そのサーヴァントであり、人間と英霊が融合したデミ・サーヴァントでもあるマシュ・キリエライト。

 オルガマリー不在のためにカルデアの全権限を一時預かりとなったDr.ロマン。並びに彼を補助するためにコンソール前に詰めたスタッフたち。

 そして、見送りのためにわざわざ自身の工房から珍しく足を伸ばした、万能の天才ことダ・ヴィンチちゃんだ。

 

 演説がましく口上を述べるロマンだったが、真剣に耳を傾ける若輩二名と、それとは対照的に冷やかすように斜め後ろからヒューヒューとヤジを飛ばすダ・ヴィンチちゃん。

 わざとらしい咳払いをして、ロマンは続ける。

 

「現時点で正確に観測出来ているのは、最初にカルデアスに浮かび上がった第一の特異点だ。時代と土地とを照らし合わせて、おそらくはフランス。それも百年戦争が行われている時代だと推測されている」

 

「百年戦争……聞いた事があるような、無いような?」

 

「先輩、百年戦争と言えば、かのフランスが誇る世界にも名高き聖女、ジャンヌ・ダルクが活躍したとされるものだったかと」

 

 疑問符を浮かべる立香だったが、マシュがここぞとばかりに挙手をして説明する。なるほど、と頷いて返す立香に、マシュは少し満悦そうに息を吐いた。

 

「そうだ。世界で最も有名であろう聖女ジャンヌ・ダルクが後に処刑されるキッカケにもなった戦争さ。とはいえ、そのジャンヌ・ダルクも今では復権され、汚名は返上されている。けれど、それは現代においての話だよ? レイシフト先の時代が時代だ、もしかすると生きたジャンヌ・ダルクに逢えるかもしれないが、彼女が魔女と呼ばれている頃である可能性も考慮するべきだね」

 

 と、マシュの説明に対し、特異点での場合を踏まえた補足をするダ・ヴィンチちゃん。マシュもまた、その懸念が抜けていたのか、ハッと顔を彼女に向ける。

 

「聖女ジャンヌ・ダルク。今でこそ聖人に数えられてはいるが、当時はまだ、彼女を魔女と呼ぶ者も居るだろう。その人となりは不明だけど、もし彼女と遭遇する事があり、そして行動を共にする事があっても、その事は頭の片隅に常に置いておくんだ。キミたちと違い、現地人にはその区別が無いだろうからね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、立香とマシュは最悪の場合を想定する。

 特異点の原因とは何ら関係ない現地の住人が、ジャンヌ・ダルクと行動を共にしていると知っただけで、自分たちに牙を剥く。言わば一般人である彼らと戦う訳にもいかず、戦うとしてもサーヴァントであるマシュはともかく、普通の人間である立香などは袋叩きに遭う危険だってある。

 

 無論、罪無き人々と一戦交える気は、二人にも毛頭ない。

 ダ・ヴィンチちゃんはそれを理解した上で、立ち回り方に気を付けろ、と暗に警告していたのだ。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉の意味が理解出来ない程、二人は落ちぶれてなどいない。その真意を汲み取り、こくこくと頷く二人に、ダ・ヴィンチちゃんは満足そうに微笑んだ。

 

 もう一度の咳払いの後、ロマンが説明を続ける。

 

「今回のレイシフトなんだが、立香くんとマシュには申し訳ないけど……二人だけでのレイシフトになる」

 

「え? アルテラはどうしたんですか?」

 

 立香は当然ながら、彼女も一緒に来ると思っていた。何せ、彼女の主人である白野が行方不明なのだ。もしかするとレイシフト先の特異点で見つかるかもしれないというのに、そのアルテラが来ないというのは疑問でしかない。

 そんな立香の問いに答えたのはロマンではなく、ダ・ヴィンチちゃんだった。

 

「アルテラの霊基は未だ修復が終わっていないのさ。ちょっと調べてみたんだけど、彼女の霊基は通常のサーヴァントとは少し異なる点が幾つか見つかってね。詳しくは省くが、現状カルデアの設備だけでは完全修復は無理。とてもではないけどレイシフトさせて、そして戦わせるなんて不可能だ。それこそむざむざ死なせに行かせるようなものだよ」

 

 説明の間、ダ・ヴィンチちゃんは悔しそうにそれを語っていた。

 いつでも明るく前向きな彼女が、だ。

 

 アルテラは、ボロボロの霊基でありながら、それでも白野捜索のためにレイシフトに同行を希望した。自身が消滅してしまうかもしれないというのに、彼女は自分よりも白野を優先しようとしたのだ。

 それをダ・ヴィンチちゃんがどうにか説得し、納得させたのであるが……。ダ・ヴィンチちゃんにしてみれば、アルテラの痛切な想いを無理矢理にねじ伏せたようなもの。だからこそ、悔やまれるのだろう。

 自らが彼女の霊基の修復さえ終えられたら、行かせてやれたのに、と。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの説明に、残念そうにしながらも、立香は納得する。特に何も言わず、黙ってその話題を切り上げる。

 アルテラの分まで自分が頑張る。白野を絶対に助けてみせると密かに決意して。

 

「それでは、これよりレイシフトを開始する。現地に到着次第、またこちらから連絡するよ。特異点にレイシフトさえしてしまえば、君たちを基準にこちらもモニターしやすくなるからね。白野ちゃんや所長の反応も運良く拾えるかもだ」

 

 

 

 レイシフト準備のため、コフィンに搭乗する立香とマシュ。

 過去のフランスで何が待ち構えているのか。白野と所長はそこに居るのか。

 

 様々な思いを胸に、レイシフトは実行される。青い光に包まれ、光の先に見えたものとは───。

 

 ふと、光の先に出る直前で、視界の端に白いモフモフが見えたような、そんな気がした立香であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る。

 

 

 走る。痛む体を引きずりながら、それでも足を止めることなく走り続ける。

 

 

 もはや走れているのか、それすらも分からないけれど。

 

 

 それでも、歩みだけは前へ。

 

 

「……はぁっ、はぁっ」

 

 

 傷は決して浅くはない。抉られた脇腹から血が流れ落ちていく。放置して良いものではないが、今は治療している時間が惜しい。

 無様に、滑稽に逃げている今の私の姿を見たら、かつて我が旗の下に集った彼らはどう思うだろう。

 

 余計な思考が頭を過ぎる。

 頭を振ってそれを追い出す。逃げることも戦術だ。形勢が不利な上に、守るべき民は近くに居ない。ならばこそ、今は活路を見出すためにも、この命を繋がなくてはならない。

 今こうして、私がここに居ること。それにはきっと、何か意味があるはずなのだ。

 敵へと勇敢に立ち向かう事、または無謀に挑む事。それらを今すべきではない。それは、私の背に守るべきモノがある時だけにする事。

 

 なぜ、私はここに立っている?

 

 それを考えろ。戦って、そのまま簡単に死んでしまうのは、きっと良くない。

 為すべきこと、それを見つけないままに死ぬのは、まだ早い。

 

 そうだ。だから、逃げる。なりふり構わず、走る。

 

 気を抜いたら、そこで終わる。

 だって、それを見逃すほどに()は甘くないのだから。

 

 

 

 

「血を。血を! 血を!! 流れ出るその清らかなる血を以て、この大地を満たせ! 貴様が死に絶えたその時こそ、我が内を支配する狂気は消え去るのだから!!」

 

 

 

 

 振り返り、絶叫を上げる男を見る。

 蒼白な肌、ぎらついた瞳。長い髪を揺らし、走る勢いはまるで衰えを知らない。

 その手にしている槍は、私の血で僅かに赤く濡れていた。

 

 私は、彼を知っている。正確には、今よりはまだ理知的で理性的であった頃の彼を。

 

「くっ……しつこい!」

 

 不意打ちで受けた傷が痛む。これさえ無ければ、まだ追跡を振り切る事も出来たであろうに。

 彼は、私の姿を見失う事は決してない。流れた血が、私へと通じる道標となっていたからだ。

 

「諦めを知る事だ! 今の貴様ではサーヴァント相手にまともに戦えまい。聖女よ、貴様が聖人であるのならば、我らに慈悲を与えてみよ! すなわち、貴様の死こそが我らへの慈悲であり、救いとなるのである!!」

 

 理路整然としているようで、その実まったくの暴論。

 誰かに死を求める慈悲など、有って良いはずがない。我らが主の名の下に、それを許して良いはずがないのだ。

 

 まるで血を求める悪鬼のように、彼はひたすらに私を追う。さながら、その姿は血に飢えた吸血鬼のようである。

 吸血鬼───世界で最も知られるのは、ドラキュラ伯爵。そして、そのドラキュラ伯爵にはモデルとなる人物が存在した。

 ワラキア公国の王にして、当時最強と謳われたオスマン帝国の侵攻を幾度も阻んだ、護国の大英雄。

 敵国の兵を見せしめのように串刺しにして、西欧においては悪魔とまでに称された男。

 その者の名を、『ヴラド三世』。

 

 そう、今、私を追っているこの男こそ、ヴラド三世その人である。

 

「汝に死を! 我らに救済を! 魔女の支配から解放されるのであれば、喜んで貴様を殺そう!!」

 

 もはや理性など飛んでいる。彼は全身を、心さえも狂気に蝕まれてしまっている。

 

 おそらくは()()()()による精神汚染だろう。こればかりは、今の私ではどうしようもなかった。

 

「クハハ! そうである、王侯貴族とは狩りを嗜むものだ。ならば、良かろう。貴様は獲物だ。余は狩人だ。これよりは、余と汝、それすなわち狩る者と狩られる者である! さあ、死を与えようぞ! 苦痛なく殺してやるとも!! 泣いて喜ぶがいい、世界に名高き救国の英雄────

 

 

 

 

 

 

 

 ───聖女ジャンヌ・ダルクよ!!」

 

 

 

 

 



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第四節 傷ついた聖女

 

 

 

 地に立つ。強く足を踏みしめる。

 

 肌を撫でるそよ風、風に乗って香る土と草の香り。

 

 前回の否応なくであったレイシフトとは違い、今回は覚悟と気持ちの準備も出来ていた上での転移なので、前ほどの驚きはない。

 けれど、やはり立香は未だ慣れない不思議で未知な感覚で、心と身体とが共に満たされていた。

 決して心地良くはない。だからといって不快でもない。何とも表現の難しいこの感覚をどのように表現したものかと考えていると、カルデアからの通信が入り、意識が現実へと引き戻される。

 

『聞こえるかい? 聞こえるなら返事をしてくれ』

 

「はい。こちら藤丸立香、特に異常はありません」

 

「マシュ・キリエライトも同様です。無事、特異点へのレイシフトに成功しました」

 

 立香とマシュの返答に、通信越しでロマンが安堵の息を漏らす。レイシフトの手段が確立しているとは言えど、不測の事態は有って然るべき。故に不安感は拭えないのだろう。

 

『無事に到着したようで良かった。いや、こちらでも二人のバイタルチェックは並行して常に行っているんだけど、やっぱり声を聞いておかないと安心出来なくてね』

 

 と、ロマンが言い終わると、今度は音声だけでなく映像───ホログラムが浮かび上がる。仕様上、通信相手の胸元までしか映らないようになっているらしい。

 想定外のレイシフトだった冬木では、装備も設備の用意もままならなかったが故に、映像も雑にしか送れず、このようなホログラムも投影出来なかった。

 虚像ではあるが、ロマンの姿をこうして見る事が可能というだけで、たった二人で現地に派遣された立香たちにすれば、多大な心の安らぎと言えた。

 

 半ば胸像の映像と化した彼は安堵したのも束の間、すぐにスタッフへ指示を飛ばし、立香たちの現在地を確認させる。

 

『現在地は……ドンレミ村、の近辺か。ドンレミ村と言えば確か───ジャンヌ・ダルクの生まれ故郷だったかな? 近くに何か見えるかい?』

 

「近くに……林、いや森? とりあえず木々が生い茂ってるのが見えます。村は視認出来る範囲にはありません」

 

 村の近くに降り立ったとは聞いたものの、彼らの視界には森林と草原しか映らない。民家は無ければ、人気すら感じられなかった。

 動物の気配も無い。小動物は疎か、鳥でさえも空には見当たらなかった。

 

 自然の息吹はある。だというのに、そこに住まうものは何一つ存在していないかのような、奇妙かつ不気味な違和感。

 その違和感を、立香もマシュも、目と肌で如実に感じ取っていた。

 

「静かすぎる……」

 

「はい。わたしも、カルデアのライブラリで外の世界がどういうものかは学んでいるので、ある程度は知っています。こうして大自然と呼ぶべき環境に初めて足を踏みしめて少し感動していますが、でも何かが違うような気がしています」

 

『生体反応も確認できない。付近には植物以外の命が居ないようだ。……どういう事なんだ?』

 

 静寂が支配する中、何か、僅かでも構わないから、生物の存在を確かめようと辺りを見回す立香。

 その視界の端に、チラリとフサフサした毛先が映る。

 

「いた、生き物!! ……って、フォウくん!?」

 

 期待して追った視線の先に、ちょこんとお座りの姿勢で彼を見つめるフォウの姿が。どうやら、コフィンに潜り込んで一緒に転移してきたらしい。

 素知らぬ顔でマシュの足を伝って彼女の肩まで登り詰めると、小気味良く一鳴き。

 

「フォウ!」

 

「フォウさん、まさかまた特異点に付いて来てしまうなんて……。ですが、今回のレイシフトはコフィンに搭乗した上での正式な転移です。わたしたちのどちらかと一緒に登録されて転移した訳ですし、わたしたちが帰還すれば自動的にフォウさんも帰還できるでしょう」

 

「そういうものか……?」

 

 ならば、無事に帰還しなければと気持ちを改めて引き締める立香とマシュ。

 と、フォウの存在で話がズレたが、結局のところ付近に原生の生物は確認できなかった。

 

『ふむ、生態系に何らかの影響が及んでいるのかもしれない。これは現地住民が居るのかすら怪しくなってきたぞ。というか、フォウ!? また特異点に付いて行っちゃったのか……』

 

 周囲のスキャンを行っていたカルデアから、立香の端末にデータが送信されてくる。

 西暦にして1431年。ちょうど百年戦争の真っ只中で、ジャンヌ・ダルクが処刑された年でもある。

 

「生きたジャンヌ・ダルクには会えそうもないか。少し残念だな」

 

「そうですね。聖女と呼ばれるお方の人柄がどんなものか、少しですがわたしも興味があったので、お会いできなくて残念です」

 

 残念。そう言って、気分を紛らわそうと上を向いた二人。そこに、思いもしない光景が広がっている事を知らなかった二人は、驚愕の光景に呆然となる。

 

『ん? どうしたんだい、空を見上げてポカンとしちゃって』

 

 二人の様子に対し、呑気な風に問いかけるロマンだったが、二人揃って彼の言葉に即答できなかった。

 真面目なマシュでさえ、目を見開いて空をただただ見つめている。

 

「……ドクター、映像を送ります。確認、してください」

 

『……? どれどれ───なんだ、これは』

 

 立香が翳した端末から、空の映像を見たであろうロマンも、二人同様に絶句する。

 

 空に、大きな穴が開いていた。

 穴というよりは、とてつもなく巨大な光の帯で輪が作り上げられており、それによって穴が開いているように見えるといったほうが正しいか。

 

『光の輪……いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か……? 何にせよ、とんでもない大きさだ。下手をすると北米大陸と同サイズか……?』

 

 北米大陸と同じくらいの大きさ。それがどれほどのものか、想像するだけで圧巻の一言。

 あの光の輪は、神々しくも不気味な存在感を放ち、空に鎮座し、下界全てを見下ろしている。

 

『ここで唐突に割り込みのダ・ヴィンチちゃーん! だぜ? いやー、何とも不可思議な現象が起きてるね~』

 

「ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 突如乱入したダ・ヴィンチにより、ホログラムの映像がロマンから彼女へと切り替わる。

 万能の天才、万能の叡智を自称する彼女からすれば、目の前の謎は大いに興味をそそるものなのだろう。

 

『アレが魔術式によるものか、それともレフの言う人類史の焼却に伴って発生した自然現象なのか、はたまたその副産物であるのか。それはまだ分からない。ともあれ、1431年にこんな現象が起きたという記録はないんだ。まず間違いなく、未来消失の理由の一端だろう。アレについては私やロマニで解析を進めておくから、キミたちはひとまず気にしなくていいよ?』

 

 張り切って鼻息を鳴らすと、先程乱入してきた時のように、唐突に映像から姿を消したダ・ヴィンチちゃん。

 そして少し間を置いて、再びロマンが映像に現れる。心なしか疲れた顔をしているように見えた。

 

『というワケだ。なので、君たちは現地調査に勤しんでほしい。まずは霊脈の確保だね。召喚サークルを設置できれば、現地でサーヴァントを召喚できるかもだ』

 

「了解です」

 

『それじゃ、健闘を祈る。こちらも完璧ではないけど、モニターしているから、何かあればすぐに報せるよ』

 

 通信が切れ、再び静けさが戻ってくる。

 聞こえるのは、弱々しくそよぐ風の音。そして立香とマシュ、微かに聞こえる互いの息遣いだけ。

 

「では、行きましょう先輩。霊脈の確保、そして現地住民との接触を図る事。これらが急ぎ片付けるべき仕事です」

 

 張り切るマシュの姿に、立香は自然と緊張が解けていく。さっきまでの、レイシフトした直後の不思議で未知な感覚は、既に薄れ始めていた。

 

「ドンレミ村の近くって言ってたよな。なら、その村から行ってみよう」

 

 見える範囲に家屋は無いが、もしかしたら移動すれば見えてくるかもしれない。

 早速、端末からデータを引き出し、この時代の地図を展開する。地図によれば現在地から少し北東に進めば、村のある場所にたどり着けるらしい。

 

「よし、行くか!」

 

 

 

 

 

 

 歩き始めて十数分、ようやく遠目でも家屋の立ち並ぶ村らしきものが視界に入る。

 しかし、近付くにつれ異変に気がつく二人。

 

 叫び声が絶え間なく聞こえてくる。煙などは上がっていないので、火事では無さそうだが、村が盗賊に襲われているという事もあり得る。

 

「急ごう、マシュ! 村人たちが心配だ」

 

「了解しました。走りましょう、先輩!」

 

 意見が合致し、村へ急行する立香とマシュ。叫び声は大きくなる一方で、村の入り口に到着してようやく逃げてくる第一村人に遭遇する。

 

「どうしたんですか!? 何があったんですか!?」

 

「あ、ああ……ば、化け物だ。化け物が、出たんだ……!」

 

 状況を尋ねようにも、完全にパニックに陥っており、村人らしき人物は同じ事を何度も繰り返し口にする。

 

「落ち着いてください。化け物とは一体どのような?」

 

「あ、あの男は、化け物だ……。一度槍を振っただけで、まとめて何人も殺されちまった。貫いて殺したとかじゃねぇ……。一振りで、何人もの胴体が上下に分かれたんだ……。あんなの、人間にできる所業じゃねぇよ……!!」

 

 男、そして槍。化け物が人間の姿をしているのなら、立香にはその化け物に心当たりがあった。

 槍を主武装とする英霊、すなわちランサーのクラスのサーヴァント。

 冬木で見たランサーは狂化されていたが、その武勇は凄まじく、能力は狂化など関係なく苛烈極まるものだった。

 

 断言はできないが、怪物とやらがサーヴァントである可能性は否めない。だが、もしサーヴァントだったとして、またしても英霊が召喚されている事になる。

 その場合、敵がサーヴァント一騎だけとは限らない。ランサー以外のクラスも現界している可能性も考慮しなければならないだろう。

 

「マシュ、サーヴァントとの戦いになるかもしれない。覚悟だけはしておいてくれ」

 

「……はい。戦闘準備、既に完了しています。いつでも行けます、先輩!」

 

 村人に隠れているよう伝え、騒ぎの音が大きな方向へと進む立香と、彼を即座です守れるよう盾を構えながら先行するマシュ。

 

 少し進んで、曲がり角から一人の女性がいきなり前方に飛び出してきた。

 金の髪をたなびかせ、軽めの甲冑に身を包み、身の丈よりも大きな旗を抱えて、荒い息を吐きながら走る、二十歳にも届かないくらいの女性。

 

「……ッ!!」

 

 彼女も、この時代にそぐわない装いに身を包んだ二人に気付き、一瞬身構えるが、すぐにまた走り出し始める。

 まるで、異邦の二人組よりも恐ろしい何かから逃げているかのように。

 

「あなたたちも早くこの場から退避を! ()()は私一人で引き受けます!」

 

 逃げろ、と叫び立香とマシュの間を走り抜ける女性。訳も分からず、彼女の後ろ姿を見送るのも束の間、次の瞬間には()()の正体が姿を現す。

 

「逃がしはせぬ! 逃してなるものか! その命、我らが呪縛を解くための供物である!!」

 

 女性に遅れて現れたのは、血の気の失せた細身で背の高い男だった。

 長い金の髪をたなびかせ、手には血濡れの槍を携えて、獣の咆哮の如く怒声上げている。

 

「先輩……!」

 

「ああ、走るぞ!!」

 

 現れた男。彼は明らかに普通ではない。その姿を目にして、立香の頭にとある単語が過ぎる。

 冬木の地で見た、人間ならざる超上の存在。かつて存在した英雄の再現であり、魔術世界において最も高位の使い魔───“サーヴァント”。

 

 立香とマシュは、先に走り去った女性と同じ方向に、すぐさま走り出す。

 

「先輩、もしかすると彼が───」

 

「多分、そうだと思う。村の入口で会った人が言ってた事を踏まえると、あの男には当てはまる節がある」

 

 だが、そうだとしても疑問なのは、何故彼は先程の女性を追っているのか。

 彼女を追っているとして、このまま彼女だけに任せきりにして見殺しになんて、立香に出来るはずもない。

 ならばこそ、彼女に追いついて守る必要がある。

 

「問題なのは、こっちには戦闘要員がマシュしか居ないって事だな」

 

 せめて、あと一騎。戦力が補強出来れば、まだ彼女を助け、こちらも助かる可能性が高くなるのだが……。

 

 男はやはりサーヴァントなだけあり、次第に立香たちとの距離が縮まりつつあった。幸い、女性の姿も視界に入っている。

 彼女の走った後には血の跡が作られており、どうやら負傷しているらしく、この逃走劇は長くは続きそうもない。

 女性に限界が来れば、サーヴァントの格好の的である。その前に、あのサーヴァントをどうにか撃退する必要があった。

 

『立香くん、マシュ! 状況はこちらでもモニターしているよ。君たち───というか、あの女性を追っている男は間違いなくサーヴァントだ! それとどういう訳か、その女性からもまたサーヴァントの魔力を感知した』

 

『付け加えれば、明らかに彼女は正常で、後ろのが異常だね。数値も通常のサーヴァントのものとは違う点が幾つか有る。敵の敵は味方と言うだろう? なら、彼女を助けるのは私たちにとっても都合が良い。彼女の素性はまだ不明だけど、手を貸して損はないかもだぜ?』

 

 ロマニとダ・ヴィンチちゃんからの通信が入り、前を走る女性もサーヴァントである事に立香は少し驚いたが、それでもやるべき事は変わらない。

 女性の走る速度が落ちてきており、傷は思ったよりも深いのかもしれない。だが、サーヴァントだったからこそ、傷を負いながら逃げ続けられたのかもしれない。

 

 走りながら、前を走る彼女に聞こえるように立香は声を張り上げる。

 

「待ってください! 俺たちは人理を守る為に来た者です! 後ろのサーヴァントを倒すために、俺たちと共闘してくれませんか!?」

 

 負傷していると承知の上で、そう声を掛けた。彼女の傷の具合がどうであれ、走れるだけの余力があるなら、傷の治療さえしてしまえば、まだこちらにも分はある。

 準備してこの特異点へとやってきた立香。カルデアのマスターとして魔術礼装を身に付けている今回は、制限こそあれど、簡単な魔術の行使も可能である。

 

 立香の呼びかけに、女性は立ち止まり、くるりと身を翻す。

 驚きを隠せないといった顔で立香を見るのも束の間、すぐさま旗を構えると、

 

「どなたかは存じませんが、助力いただけるのはありがたい事です。ならば、共に彼を打ち払いましょう。私のこの霊基がどこまで持つかは分かりませんが、全霊を尽くし戦うのみ!」

 

 宣言と共に広げられる大きな旗。不思議と、あの旗を見ているだけで力が湧いてくるような感覚を立香は覚えていた。

 

「マシュ、彼女と共闘する! 反転して敵を迎え撃つぞ!」

 

「はい、マスター!」

 

 立香の指示に、マシュは反転と同時に盾を構える。既にかなり接近されていたようで、僅か数秒と待たずして槍は盾に届き、甲高い金属音を鳴らせて弾かれた。

 

 突然の防御姿勢で槍を防がれ、敵サーヴァントは一瞬面食らったようにのけぞるが、何事もなかったように体勢を整え直すと、歪んだ笑みを浮かべて槍の穂先をマシュへと向ける。

 

「邪魔立てするならば、そのか細い肢体を我が槍で穿つのみ。若い女、それも少女の血ともなれば、さぞ美味であろう。我が槍が疼いているぞ、早く貴様の血を啜らせてくれ、とな……?」

 

 さながら、映画に出てくる吸血鬼のような台詞を男が吐く。青白い肌も相まって、立香には彼が本当に吸血鬼のように見えた。

 

「マシュ、攻撃は彼女に任せ、君は防御に徹するんだ! こちらは守りを固める。だから、あなたは盾を陰にして攻撃に転じてくれ!」

 

「盾のサーヴァント……ですね。分かりました、では遠慮なく隠れさせていただきます」

 

 マシュが盾を展開し、敵の攻撃を防ぎつつ、隙を見て女性が敵に攻撃を加える。

 マシュも単に盾を構えているだけではなく、敵の動きに合わせてシールドバッシュを交えて防御と同時に体勢崩しを狙っていく。

 マシュの動きに合わせるように、女性も怯んだ敵の隙を狙いつつ、同様にマシュにも発生した隙をカバーするように牽制の攻撃を放つ。

 

 初めて会って、互いの力量もまだ計れていないというのに、不思議な事に何故か上手く連携出来ていた。

 いや、連携出来ているのは、偶然ではなく、女性が上手くマシュに合わせてきているのだ。

 初対面でこれほどの動きが出来るというのは、よほど相手を気遣って立ち回れる証であると共に、相応の戦闘技術をこの女性は持ち合わせているのだ。

 

 立香にしても予想外の連携ぶりに、相手もまた同じだったらしく、思ったように攻撃が通らない事でその動きにも焦りが見え始めていた。

 

「何故、殺せない!? 何故、まだ生きている!? 我が槍だけでは足りぬというのか!!?」

 

「退け、狂気に取り憑かれたワラキアの王よ! こちらの援軍はすぐそこまで迫っている! 彼女こそは先駆けて助太刀に来た援軍の一人! 貴公とて、ここで無様を晒したくはないだろう!」

 

「戯言を。たとえ多勢に無勢であろうと、我が槍で貴様ら全てを抉り貫き殺すのみ。我が栄光は、貴様らと我が屍で築き上げた骸の塔である!」

 

 男が吼える。たとえ不利であろうと、向こうに退く気は更々無いのだろう。

 

 そして、女性の言う援軍というのはおそらくハッタリだ。マシュをその援軍の一人と呼んだ時点で、他に援軍は居ないであろう事は、立香もマシュも察していた。

 故に、ブラフが通用しなかったのは、かなりの痛手となる。マシュも女性も、善戦してくれているが、それでもあの男を倒すまでには届かない。

 

 このまま戦いを続けていれば、いずれ綻びが生じるのは明白だった。

 

「まずいな……。せめて、あと一騎サーヴァントが居れば……」

 

 無い物ねだりだと理解していても、“もしも”の可能性を求めてしまうのが人間だ。

 立香は祈るように戦局を見守るしかない己に、力不足と歯がゆさを感じていた。

 

 何か、戦局を変える手立ては無いか。何でもいい。何か、何か───。

 

 その折だった。彼が願った、その()()が訪れたのは。

 

 

 

 

 

『GAAAAAAAaaaaaaaa────ッ!!!!』

 

 

 

 

 

 金属音を激しく打ち鳴らす中、突然それを遮るように轟く音───否。これは何かの上げる咆哮に他ならない。

 大地を、空気を。全てを震わせる咆哮は、姿が見えないというのに、腹の底から恐怖を湧き上がってこさせる程に重く異様なものだった。

 

 と、咆哮が鳴り止むと、男がピタリと攻撃を止め、それどころか槍を下ろした。

 急にどうしたのか訝しみながらも警戒する三人だったが、完全に戦意を喪失したかの如く、男は槍を消して背を向ける。

 

「残念ながら、憎き我が主君より召集が掛かった。貴様らを殺したいところではあるが、召集は強制。故に戦いはここで終わるとしよう」

 

「………」

 

 本当に撤退するのか。疑念を抱きながらも口を挟まずに男の背中を見送る立香たち。

 やがて、彼は最初から何もなかったかの如く姿を消した。おそらく、霊体化したのだろう。

 

「………ひとまず、危機は去った、のか?」

 

「そのようです。周囲にサーヴァントの気配は感じません。アサシンが居るという可能性もありますが、彼の言葉が真実であるなら、先程の咆哮は彼のみならず他の支配下にあるサーヴァントにも向けられているでしょうから。ひとまず安心していいでしょう」

 

 脅威が無くなり、女性の言葉に緊張の糸が切れる立香。マシュも盾を下ろし、胸を撫で下ろしていた。

 

『敵サーヴァント反応の消失を確認した。本当に彼はそこから去ったみたいだね。いやぁ、それにしても、二人共無事で本当に良かった! どうにかなったみたいで何よりだ。……いや、運が味方したと言うべきかな?』

 

 モニター越しに様子を見ていたであろうロマニ。立香とマシュ、そして女性の無事に安堵しきっているようだった。

 

「遠見の魔術……? と、そうでした。ところで自己紹介がまだでしたね? こちらとしても傷を癒やしたいですし、色々とお聞きしたい事がありますので、どこか腰を落ち着けて話しましょうか」

 

 と、言うや女性は村の外へと向けて歩き出す。話をするなら、どこか家屋でも借りてすればいいのに、と思わなくもないが、彼女なりに何か事情があるのだろうと、立香とマシュは黙って彼女の後を追う。

 

 村を出て、少し行った林の中へと入った三人。ここなら身を隠すにはちょうど良い。負傷者が身を置く場所としては適さないが、敵の目を欺くには十分だった。

 

「それでは。サーヴァント、ルーラー。真名をジャンヌ・ダルクと申します」

 

「ジャ……!?」

 

『ジャンヌ!? ジャンヌ・ダルクだって!? いや待ってくれ、その時代はジャンヌが処刑されて間もない頃だったはず。そんな彼女がこの世界に存在する。それはつまり……』

 

「ええ。私はこの時代、この国の人々にしてみれば、既に死んだはずの人間。生きているはずのない存在です。有り体に言って、彼らからすれば私は悪魔かゴーストのようなものでしょうか」

 

 女性───ジャンヌ・ダルクの名乗りに、立香は目を丸くする。まさか、先程まで共に戦っていた相手が、世界で最も有名な聖女だとは夢にも思わなかったからだ。

 ロマニも同じだったようで、ホログラムの彼もまた大袈裟に驚いていた。

 

「あなたがジャンヌというのは分かった。でも、“ルーラー”って?」

 

「サーヴァントは基本的に七つのクラスが当てはめられますが、例外的なクラスが存在します。それらをエクストラクラスと呼称し、ルーラーはその一つであったかと」

 

『その通り。ちなみに、マシュも該当するクラスが無いから、エクストラクラスだと思われるんだ。盾の英霊だから、シールダー……とか? まあ、断言出来ないから仮のクラス名なんだけど』

 

 マシュの説明に対し、うんうんと頷くジャンヌ。

 

「では、今度はこちらの番ですね。先輩、カルデアを代表してお願いします」

 

「え、俺から言うの? えっと───」

 

 突然の指名にしどろもどろになりながらも、立香は自分たちについてジャンヌへと説明を始める。

 拙い内容になっていると自覚しながらも、それを茶化すような事もせず、ジャンヌは真剣な眼差しで、立香の話に耳を澄ませていた。

 

 一通りの説明を終え、一息つく立香。ジャンヌは聞き終えた情報を整理するためか、目を閉じて黙り込んでいる。

 

『……情報をまとめているところをすまない。ジャンヌ・ダルク、一つ聞きたい』

 

「……何でしょうか」

 

『君、もしかして本調子じゃなくないかい? 魔力反応もだけど、こちらで観測した君の霊基はその数値があまりに低い。さっきサーヴァントが異常な数値を示しているのとは逆の意味で異常だと言える』

 

 ロマニの指摘に、ジャンヌは彼のホログラムから目を背ける。まさしく、彼の指摘が図星であったためだ。

 

「……確かに、今の私は本来の力の一割程度しか、性能を発揮出来ていません。私がここに召喚された理由も不明な上に、()()()()()()()()()()()のです。残念ですが、正確な理由については私もお答え出来ません」

 

『そうか……。ジャンヌ、君はこの世界について、どこまで把握しているんだい?』

 

「詳しい事は何も。あの村は私の生まれ故郷なのですが、あそこにも何か情報が得られないかと足を運んだのです。ですが、まさか敵のサーヴァントと遭遇するなんて……。彼は私だけが狙いだったので、村人には退避するよう指示を出し、被害は大きくありませんでしたが……それでも死者を出してしまった。それが悔やまれてなりません」

 

 あ、と思い出す立香とマシュ。最初に会った村人が言っていた、槍の一振りで殺された数人の犠牲者の事を。

 

『ふむ……。ところで、先程のサーヴァントが撤退する直前に聞こえた、あの大きな咆哮。それにも心当たりは無いのかな?』

 

「……分かりません。ですが、アレは召喚されてからも何度か耳にしました。おそらくは竜種のものかと」

 

 竜種。その言葉に、ロマニだけでなく、マシュでさえも目を見開き、唖然となる。理解が及んでいないのは立香ただ一人のみだ。

 

『竜種だって!? それは、つまり、ドラゴン!?』

 

「この世界には、本来この時代に居るはずのないワイバーンが存在しています。それも数え切れない程に。もしかすると、それらをまとめているドラゴンが潜んでいるのかもしれません」

 

 ワイバーンにドラゴン。どちらも物語の中でよく登場するモンスターだ。立香とて、これまでそういったマンガやゲームにも幾度となく触れて、その存在がどういうものか大体は理解しているつもりだった。

 だが、ロマニの驚きようから考えを改める必要があると思い直す。おそらく、サーヴァントに匹敵する超上の生物なのだろう、と。

 

「竜種……。あの咆哮が何によるものかは不明ですが、ドラゴンに遭遇する可能性も考慮しなければなりませんね、先輩」

 

『それだけじゃないよ、マシュ。敵にサーヴァントが居て、おそらくは先程の咆哮の主との関わりもあると見て間違いない。ジャンヌも万全ではなく、マシュもまだ未熟───やっぱり戦力増強が望ましいね。立香くん、早急に霊脈を確保してくれ。もしくは、ジャンヌのように味方となってくれる英霊が他にも召喚されていると仮定して、その時は彼らを仲間に引き入れるんだ』

 

 霊脈の確保が何より優先事項として、ジャンヌとの情報交換は終了となる。

 

 ジャンヌの傷は浅くはなく、よくその状態で戦闘を続行出来たと言える程だった。現在は立香の魔術礼装による応急処置で回復し、疲れが溜まっていたのか、死んだように眠っている。

 

 時刻も、もうすぐ夜になる。あれから敵の襲撃はなかったが、ジャンヌの証言通りワイバーンが空を飛んでいるところを、立香とマシュは目撃していた。

 

「……静かだな」

 

「はい……。もしかすると、動物が見当たらないのは、ワイバーンに捕食されてしまったからかもしれませんね」

 

『君たちも休める時に休んでおきなさい。とりあえずジャンヌが起きるまではマシュが見張りをするといい。立香くんはマスターとして、いつでも行動出来るようにすぐ休むように。こちらでもモニターしているし、周囲に異変があればすぐに報せるから安心してくれ』

 

 ロマニの言葉に頷くマシュに甘えて、立香も少し横になる。

 ジャンヌ・ダルクとの邂逅、敵性サーヴァントとの遭遇、ドラゴンやワイバーンの存在……。色々な事を頭の中で反芻させて、立香は眠りへと落ちていく。

 果たして、この特異点の元凶とは何なのか。そして白野とオルガマリーはこの特異点に居るのか。

 

 意識はいつの間にか、完全に消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その白野はと言えば───。

 

「今日こそはアタシがディナーを振る舞うわよ、子リス!」

 

「いけない、それはいけない! エリザに料理をさせてはいけない! 小次郎、全力でワイバーン肉を死守! 小次郎が止めている間に清姫が晩御飯を用意して!」

 

「承知。という訳だ、エリザ殿。悪いが、あの肉には手出し無用。どうだ、ここは一つ私と得物を打ち合うというのは。なに、腹ごしらえ前の運動と思っていただければ結構」

 

「仕方有りませんわね。わたくしも、ゲテモノ料理なんて食べたくありません。ではご指名いただいた事ですし、早速調理いたしましょう。あ、ご安心を。良妻たるもの、料理が出来なくてどうしましょうか。愛情たっぷりのお料理を用意いたしますね、白野さん?」

 

 また違った脅威との戦いを繰り広げているのだった……。

 

 

 

 



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第五節 竜の魔女・種火

 

 どうにかエリザベートの人体破壊料理から逃れた翌日。私たちは現在、来た道を絶賛後戻り中だった。

 ちなみに、昨日の清姫の料理はすごく美味でした。ただワイバーンを焼くだけだった私と小次郎と違い、燻す、蒸す、煮込む、炒める───などといった、あらゆる調理法を清姫は用いて、食卓(と呼ぶにはあまりに簡素だが)に出て来たのは、ワイバーンの出汁が利いたスープだったり、ハンバーグやシチューだったりと、それはもう久しく食べていなかった()()だった。

 あまりの美味しさに、食べた瞬間に思わず涙が溢れた程だ。清姫曰わく、

 

「実はメル友がお料理教室に通っていると聞きまして。これは、安珍様の良妻であるわたくしも負けてはいられない、と一念発起した次第でございます」

 

 と、どこかの誰か(多分、私の知ってる狐耳だと思う)に張り合って、料理の猛勉強中なのだとか。

 美人な上に器量もあって気立てもいい。更には甲斐甲斐しいときた。これらを踏まえて断言する。清姫は間違いなく良妻としての資質を持ち合わせているだろう、と。

 ……が、彼女のヤンデレ気質が見事にそれら全てを打ち消してしまっているのだから、勿体ないにも程がある。

 ……食事中、彼女からの私を見る視線に熱がこもっていたような気がするのは、きっと気のせいだそのはずだ。

 

 

 とまあ、昨晩の夕食事情についてはこの辺で置いておくとして、今のところ敵らしい敵とはまだ遭遇していない。せいぜいワイバーンが時折現れ襲ってくるくらいだ。

 エリザベートと清姫が遭遇したというカーミラの存在が気になるが、いつ襲撃されても良いように警戒だけは怠らない。

 

「………、ぅぅぅ」

 

 エリザベートが竜よろしく唸っているが、どこか体に不調があるとかではない。単に、現状に不満があるというだけだ。

 

「歌いたい! 唄いたい! 何でもいいから歌を唄いたいわ!!」

 

 今にも槍(という名のマイク)に手を掛け、歌おうとするエリザベート。だが、それは許可できない。

 私は涙を呑んで、小次郎にエリザベートを羽交い締めさせる。

 

「あのね、何度も言ってるけど、歌なんて絶対ダメ。ただでさえ目立つ一団なのに、自ら存在を敵にアピールするなんて無謀すぎるもの。今はまだワイバーンだけで済んでるけど、サーヴァント複数が一度に襲撃してくる可能性だってあるんだから」

 

「ぐぬぬ……分かってるわよ、そんなコト! でも、欲求不満なのアタシ! 分かる!? ブラッドバスも我慢してるのに、その上、歌まで禁止とか何それ拷問!?」

 

 それはあなたの専売特許でしょ───と言いたくなるのをグッと堪えて、エリザベートの言い分を却下する。

 私だって、したくて彼女に我慢を押しつけているのではない。決して、エリザベートに歌わせたくないから禁止にしている訳ではないのだ。

 

「ここは素直に諦めるべきであろう、エリザ殿。こちらがサーヴァント三騎と言えど、敵の戦力は未だ不明。更にはいつどこで襲ってくるやも分からぬときた。こちらには分からぬ事が多い以上、迂闊な行動は即死に繋がるだろうよ」

 

「わたくしも白野さんと小次郎さんに賛成ですわね。この身は“ばーさーかー”なれど、わたくしは戦闘があまり得意ではないですので。できれば、なるべく不利な状況下での戦闘は控えたいと思います」

 

 小次郎、清姫からも正論で反論され、エリザベートはぐうの音も出ない程に完封され、ふてくされたように黙り込む。

 なんだか可哀想に思えないでもないが、これは仕方のない事なのだ。

 ……安全が確保できたら、思いっきり歌わせてあげようかな。もちろん、周囲に何も被害が及ばない環境かつ独りカラオケで。

 

「……分かったわよ。確かに敵の本拠地っぽいのが割と近めだし、バカみたいに騒ぎでも起こしたら、あっという間に一網打尽にされちゃうわ」

 

 そう。噂に聞く竜の魔女が拠点としているとされるオルレアン。ここはそこから南に進んだ山中の街、ティエールに向かう山道の道半ばといった所だった。

 ティエールは別名、“刃物の街”とも呼ばれ、武具の生産が盛んな他、スプーンやフォークといった食器類もここで多く作られているらしい。

 

 敵の主な兵力がワイバーンの他に骸骨兵やゾンビなども居るため、ティエールの武具が狙われないかという危険もあった。

 しかし、何故かティエールはあまり狙われていないらしく、行きで通った際も被害らしき被害は見当たらなかった程である。

 何か理由があるのかは分からない。だが、まだこの地方では比較的安全な街と言えるだろう。

 

「それにしても、ワイバーン以外とは全然遭遇しないよね。カーミラも来ないし、ゾンビやスケルトンも出ないし。ティエールも本腰を入れて襲われた事はまだ一度も無いらしいし」

 

「もしかしたら、この地域一帯が山だからかもしれません。刃物の街、つまりその名は鍛冶が盛んであるからこその呼び名なのでしょう。街を囲む山の中に鉱山もあるかもしれません。銀は欧州などでは聖なるものとされているそうですので、魔性に効力があるのでございましょう」

 

 あ~。そういえば、よく聞く話だなソレ。

 吸血鬼とか狼人間は銀が苦手だの弱点だのってヤツ。聖銀……だっけ? とにかく、銀は聖なる力を宿しているという説だ。

 

 海外で広く知られているとはいえ、日本の英霊なのに清姫ったら博識なのね。だがしかし、なるほど、確かに一理ある。

 地域一帯が魔性に効力を秘めているから、魔性の者共はここを避けているのかもしれない、というのは言い得て妙だ。

 

「だが、そうなれば……いずれ全力を以て滅ぼしに掛かるであろうな。厄介な要所をいつまでも残しておいては愚策ゆえにな」

 

「うん。今はまだってだけで、そのうちティエールも襲われる事になると思う。そうなる前に、竜の魔女を倒さないと」

 

 よりいっそう、決意を新たにする私たち。ちょうど同じタイミングで山道も終わりが見え始め、やっと街そのものが見えてきた。

 先を急ぐのも良いが、急いては事を仕損じるとも言う。ここで少し休憩を挟み、旅に向けての食糧や物資調達もしていこう。

 幸い、行く先々でワイバーン退治の謝礼として、この時代での通貨も幾分かあるので、お金にはさして困らないはず。

 

 街へ入り、まずは組み分けをする。食糧を担当するのは私と清姫。物資を担当は残った小次郎、エリザベート。

 この組み合わせには、きちんと意味がある。まず食事情をエリザベートに任せるのは無謀というか有り得ない。もしそれを許してしまったら、後が怖い。

 清姫なら料理も出来るし、旅が好きなら目利きもそれなりに良いとの判断だ。

 それに、基本的に食事が絶対必要なのはサーヴァントではなく、生きた人間であるオルガマリーのみ。それを加味して、私が彼女の身を預かる者として食糧調達班に自らを編入した。

 

 次に、物資調達班として小次郎を選んだ理由だが、彼もまた旅慣れているのか優れた目利きの持ち主である。

 剣士でありながら元々農民の(せがれ)というだけあって、自分たちに何が本当に必要であるのかを見極めるのが上手いのだ。

 流石は作業の効率化に秀でた農民兼、剣という一つの道を究めた侍なだけはあるといったところか。

 

 エリザベートは……まあ、なし崩し的に余った枠に収まっただけなのだが、彼女も貴族として英才教育を受けた身。物事を見極めるだけの眼は持っているに違いないので、何も問題は無い……はず。

 ………、ちょっと自信ないけど。

 

 

 早速、それぞれが目当てのものを探しに街を歩く。目指すは、どんな街でも賑やかであろう食品市場。

 

「~♪」

 

 隣を歩く清姫からは、機嫌の良さそうな鼻歌が。見れば、とても朗らかな笑顔で、私を見つめており、当然ながら目と目が合う。

 

「あら、どうかなされましたか?」

 

「いや、そっちこそ。さっきから私を見てたでしょう? 何かあったの?」

 

 私の問いかけに対し、清姫は首を横に小さく振った。

 

「いいえ。ただ、こうして二人仲良くお出かけするのも、風情があって良いものだと思いまして。何せ、わたくしにとって白野さんは安珍様の生まれ変わり候補。まだ確信を持つには至りませんが、あなた様には魂が感じる何かがございますので……」

 

 やだー。この子、うちのタマモと同じようなコト言ってるぅ……。

 え? なに? そんな何か勘違いさせるような事、あったっけ?

 

 心当たりがまるでなく、何かあったか思い出そうと必死に考え込む私を見ながら、よりいっそう楽しそうに微笑む清姫なのであった。

 

「あ、白野さん。食糧以外にも調理器具なども見ておきたいのですけれども……」

 

「ん? たとえば何が必要なの?」

 

「そうですね………包丁、とか?」

 

 そう言って、意味深な笑顔を浮かべる清姫。

 やめて、色んな意味でその単語とその笑顔は怖いから。nice boatな展開だけは勘弁してください。ただでさえ、身内や知り合いにヤンでデレな気質の人が多いのに、ここでもとかホント洒落にならないから……!

 

「別に取って食べたり致しません。ですが、包丁が欲しいのは本当です。だって、いつまでも小次郎さんの刀に頼ってばかりでは申し訳ないですので」

 

 そういえば、ワイバーンの肉はもっぱら小次郎に斬ってもらっていた。あの佐々木小次郎に、刀を使って何をやらせているんだと文句を言われても、きっと言い返せないだろうなぁ。

 

「ただ……あの硬い鱗は生半可な刃物を通さないでしょうから、解体はやはり小次郎さんにお願いする事になるでしょうか」

 

「肉の調理と解体は別の領域だもんね。まあ、これまでもやってくれてたし、きっと大丈夫だよ」

 

 小次郎には悪いが、引き続きワイバーン肉の解体屋を担ってもらおう。英霊の持つ刀だし、そう簡単に刃こぼれはしないと信じたい……。したら申し訳なさすぎるし、戦闘の際には私たちの命にも関わってくる。

 幸いにして、ここは刃物の街。刃物の扱いに関して学べる機会があるかもしれないので、可能なら忘れないようにしておこう。

 研ぎ方一つで色々と違ってくるかもしれないし。いや、小次郎ならそれくらい心得ていて当たり前だとは思うけど。今後の為というか、後学の為というか。知識を得ていれば、いつかどこかで役に立つかもしれない。

 

 

 清姫の狂気の一端に触れつつも、何だかんだで市場へとやってきた私たち。露天商っぽい出店が散見し、肉以外にも魚や野菜、果物などといった様々な食材が、店ごとに並べられている。

 私たちと同じく、食材を求めてやってきた街の住人たちで市場は賑わいを見せていた。およそ特異点とは感じさせない平和な光景。

 けれど、それは錯覚でしかないと私は理解している。ここに至るまでに、多くの滅んだ村、街を見てきたのだ。問題を解決しなければ、ここもいずれ、同じ結末を迎えるだろう。

 この平和な日常を壊させてはいけない。

 

「……痩せたお野菜ばかりですね」

 

 商品を見て回る清姫だったが、あらかた見終えての一言目がそれだった。目に見えて残念そうにしており、よっぽど期待していたのかもしれない。

 

「時代が時代だからね。今は百年戦争真っ最中なんだっけ? 戦争中は万国共通で一般層が貧困に苦しむものだし。しかも、ここは特異点と化してる。ワイバーンやらゾンビやらが当たり前みたいに外に湧いてる物騒な世界だから、農作物や家畜の生育にも影響があるのかも」

 

「そういうもの、ですか……。自分で言うのも何ですが、わたくし、蝶よ花よと育てられましたので、(いくさ)に関しましてはさっぱりでして……。無智な我が身を恥ずべきばかりでございます」

 

 謙遜しているが、清姫だってなかなかに博識だし、勤勉なんだから気にする必要はないと思う。時代どころか国も違うのだし、分からなくて当たり前なのだ。

 

「知識は追々ついてくるものだよ。今は知らなくても、これから知っていけばいいんじゃないかな?」

 

「お優しいのですね、白野さんは……。やはり、白野さんが安珍様の───」

 

 うっとりと私を見つめる清姫の言葉は、最後まで続く事はなかった。

 それは何故か。理由は簡単、それを遮る事が起こったからに他ならない。

 

「ワ、ワイバーンだぁ!! ワイバーンの大群が来たぞぉ!!」

 

 どこからか聞こえてきた怒号。それを皮切りに、市場が騒然となる。混乱し、逃げ惑う人々。悲鳴が飛び交う中で、私は空を見上げた。

 

「……ぁ、」

 

 まさに大群と呼ぶに相応しく、無数のワイバーンが空を覆うかの如く乱雑に飛翔している。今までに見た群れの比ではない程の物量だ。

 

「清姫、すぐに小次郎たちと合流するよ!」

 

 清姫の手を引き、急ぎ道を引き返す。多分、小次郎たちも別れた地点まで戻るはず。

 運良く、まだワイバーンが街へと襲い掛かる様子はない。だが、それにしては奇妙だ。これまで遭遇したワイバーンに知能らしきものは感じなかったというのに。

 この感じ……何というか、何かを待っているような……?

 

 

 街中がパニック状態に陥り、何度も人にぶつかりそうになりながらも、どうにか目的の場所にまで辿り着く。見れば、既に二人も到着していた。

 

「小次郎、エリザベート!」

 

「子リス! 見た!? あのワイバーンの数!」

 

「空を埋め尽くす程の(おびただ)しい数よな。あれではまるで風情が無くてつまらぬ。景色というものは、かような無粋者なくして見るものだ」

 

 この場の全員が、初めて目にするワイバーンのあまりの物量に、息を呑む。今はまだ襲い掛かってきていないが、それも時間の問題だろう。

 

「……ねぇ。あのワイバーンども、ちょっと変じゃない?」

 

「あら、トカゲ娘でも気付けるとは。やはり余程の不可思議な状況なのですわね?」

 

「こんな時までケンカ売るとかバカなの!?」

 

 この二人の喧嘩はもはや日常茶飯事なので、あえて無視して話を続ける。

 

「確かに変だよね。これまで見てきたワイバーンは、どれも見境無く人を襲ってた。あんな風にずっと旋回してるだけなんて、普通に考えておかしいもの」

 

「……ふむ。すると、この襲撃はこれまでのものとは違う、と?」

 

「多分。もしかしたら、ワイバーンを束ねる者が近くに居るのかも。ティエールは他の町村と違って襲われる機会が少なかった。その理由ははっきりと分かっていないけど、それを潰す意味でも指揮者が直接出向いてきたのかも」

 

 ───だとすれば、それは最悪の事態と言える。私たちが予想したワイバーンの大元、つまり特異点の元凶。それこそが“竜の魔女”。

 

 仮に、もし竜の魔女がティエールに来ているとして、今の時点で私たちに勝算はない。ゼロではない、けれど限りなくゼロに近い勝率だ。

 相手の素性、能力、兵力が分からないまま戦うなんて、無謀でしかない。

 それに、元々はカルデアと連絡を取って、合流してから攻略に移る算段だった。

 

 ゆえに、この襲撃が竜の魔女本人によるものではないようにと祈る私だったが、それを嘲笑うように祈りは無視される。

 

「…………なに、あれ」

 

 ワイバーンの大群が跋扈する空。それが急に中心へ大砲でも撃ち込まれたかのように、ドーナツ状に大きな穴を開けたのだ。

 そこからゆっくりと下へ舞い降りてきたのは、ワイバーンを遥かに超える巨大な体躯を持った竜───漆黒のドラゴンだった。

 

「竜種よ、アレ。アタシの中の血が疼いてるわ。あのドラゴン、多分ドラゴンの中でもかなりの上位種よ」

 

「……あれが西洋の竜。底知れない力を感じます」

 

 竜に連なるエリザベートと清姫だからこそ、あのドラゴンが規格外の存在であるのだと肌で感じたのだろう。

 いや、ドラゴンという存在がまず普通は規格外なのに、それすらも凌駕するドラゴンとはこれ如何に?

 勝てる気がまるでしない。

 

「……お逃げなされよ、白野殿。彼奴はただの魔性に非ず。(それがし)、ただの侍ではあるが、アレの禍々しい魔力は私にでも分かる。下手に手出しするのは得策ではないだろう」

 

「逃げる……? でも、そうしたらこの街の人は───」

 

 きっと、助からない。あの数のワイバーン、そして巨大なドラゴン。あれらが生存者を一人たりとて逃がすとは思えなかった。

 ここで私が逃げれば、確実にティエールは地図から姿を消すだろう事は目に見えている。

 

「致し方ない犠牲となるだろうな。しかし、白野殿の身は一人のものではないはず。その指輪に大切な御仁を仕舞われているのを忘れるべきではなかろうて」

 

 初めて向けられる小次郎の真剣な眼差し。いつも、刀を握った時に見せる剣士の顔。

 そこには一切の冗談も、付け入る隙も存在していない。それは有無を言わさぬ警告だった。

 

「世の中、何事も犠牲とは付き物だ。それに、此度の襲撃は必然であり、我らは偶然居合わせたに過ぎない。ならばこそ、私は白野殿を逃がす事だけに専念するのだ。貴殿らを失うのは、かるであとやらも大きな痛手となるだろうからな」

 

「でも……!」

 

「子リスには悪いけど、アタシもそこのサムライに賛成ね。この街の人間たちは遠からず死ぬはずだった。それがたまたま今だったってだけの話。アタシたちがここにこのタイミングで来た事は偶然よ。構う必要なんて無いわ」

 

「申し訳ありません、白野さん。あなた様をここで死なせたくないと願うわたくしを、どうかお許しくださいませ。この街の人々より、わたくしはあなた様の命のほうが重く感じるのです。人理を救うお立場であるのならば、大局をお見据え下さいませ……」

 

 意見は私以外が一致しているらしく、多数決には勝てそうもない。私が逃げないと言ったとしても、きっと誰かが無理にでも私を連れてこの場を離脱するのだろう。

 

「……」

 

 三人の視線が私に集まる。意見を求めているのではない。私が逃げると言うのを待っているのだ。

 ……本当に、このまま逃げてしまっていいのか? 日々を懸命に生きていたティエールの人々を、見捨てても良いのか?

 

 あの平和な光景を、壊させてしまっても良いのか?

 

「……うん。逃げよう」

 

「よし、ならば私が殿(しんがり)を───」

 

「ただし、先に街の人たちを避難させる。可能な限り、救える命は救う。逃げるのは、その後だ」

 

 何もしないで逃げるなんて、私には無理だ、出来ない。助けられるかもしれない命があるのに、自分だけが助かるなんて、そんなのは嫌だ。

 

「……ま、そう言うと思ったケド。あーあ、仕方ないわねぇ~。なら、久しぶりの仮契約、行っとく?」

 

 呆れたように、エリザベートは槍を手に持ち、尻尾をブン、と力強く地面へと叩きつける。その様は、気合いを入れ直すように見えた。

 

「何を馬鹿な事を。無駄死にさせる訳にはいかぬのだぞ」

 

「止めても無駄よ。子リスったら、一度言い出したら聞かないし。それに、子リスってこんなに愛らしい見た目してるけど、内面は鉄の精神だもの。説得するだけムダよムダ」

 

 小次郎から再度の眼差しを受ける。でも、私は彼の視線を真っ向から受け止め、目を逸らさなかった。

 やがて、私がどうあっても動じないと分かったのか、根負けしたように彼は呟く。

 

「……フッ。どうしても信念は曲げぬ、か。そういう若者と、かつて会った事がある。ならば、私が口出しするだけ無意味か」

 

 フォローありがとう、エリザベート。小次郎は私をすぐさま逃がすのは諦めたようだ。

 あとは清姫だけだけど……。

 

「では、わたくしも。白野さんが残るとおっしゃるのでしたら、わたくしも残りますとも。いざとなれば、転身して(あまね)く敵を滅ぼしましょうや」

 

「ありがとう。でも転身ってアレだよね。竜になって灼き殺すっていうアレだよね。頼もしいけどね、すごく怖いんだけど」

 

 ふんす、と鼻を鳴らして意気込む清姫。そういえばバーサーカーだった、彼女。普段から竜っぽい事をしてるけど(料理の際に火を吐くなど)、本領発揮した彼女は恐ろしくも頼もしい存在となるだろう。

 

「さあ、行動開始と行こうか」

 

 そうと決まれば、早速動き出す。

 街の人たちを避難させるにも手分けして動くべきであり、それぞれがバラけて行動する事にした。

 小次郎、清姫はそれぞれ単騎で動いてもらい、戦闘能力のない私はエリザベートと一緒に避難活動を行う。

 

「みなさーん、落ち着いて私の指示に従ってくださーい! 出来るだけ大きくて頑丈な建物に待避を! 家に地下室があるという方は、そこへ隠れて下さい! 助かる為には必要な事です!」

 

 大きな建物と言うと、この街だと教会あたりだろうか。それと地下室なら、たとえ上の建物が壊されたとしても難を逃れられる。もし生き埋めになったとしても、機を見計らって救助に当たれば良い。

 

 見ず知らずの小娘が何を、と普段なら一蹴されるところだろうが、今は緊急事態であり、助かる道があるならそれに従いたくなるのだろう。私の指示を聞いた人々は、少しだけ顔を見合わせて、すぐに指示に従い始める。

 

「教会だ、急げ! あそこなら簡単には壊れやしない!」

 

「俺の家に地下室がある。十数人くらいなら入れるぞ!」

 

「うちの酒蔵も使える! こっちだ!」

 

 自分だけが助かろうとするのではなく、隣人に手をさしのべる姿勢は嫌いじゃない。むしろ、私が望む光景でもある。

 この分だと、人伝に私の指示も広がっていくだろうけど……ワイバーンが襲ってくるのも時間の問題か。

 

「エリザ、いつでも行けるよう戦闘準備!」

 

「分かってるわ。フフ、オーディエンスがワイバーンだけなのは残念だけど、仕方ないからアタシのライブに招待してあげる!」

 

 翼を伸ばし、槍の上へと飛び乗るエリザベート。ワイバーンが地表に降りて来ようとすれば、即座にソニックブレスをお見舞いするためだ。

 

「竜の魔女だか何だか知らないけど、アタシの歌声が聞ける事を光栄に思いなさい?」

 

 エリザベートは準備できたようだ。さて、ワイバーンはいつ仕掛けてくるのだろうか……?

 小次郎と清姫も無事に切り抜けてくれると良いんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒竜は静かに街の上空から、その様子を傍観していた。矮小なる人間どもは、恐怖に煽られ無様に逃げ惑うしかできない。

 その気になれば、こんな街など一息で火の海に沈められる。しかし、それを彼は許されてはいなかった。

 

「……面倒よね、ホント」

 

 彼の背で、一人の女が不満を漏らす。竜の首元から覗き込むようにして、喧騒に包まれた街をつまらなそうに見下ろしながら。

 

「スケルトンとゾンビはここだと十全に使えないし、サーヴァントどもは()()()の討伐に出してるし、かと言ってワイバーンだけじゃ攻め(あぐ)ねるし……」

 

 心の底から呆れ、溜め息を吐く女。不満による苛つきが、徐々に募り始める。

 

「だからって、どうして私が手が空いているってだけで、わざわざこんな山の中まで出向かないといけないのかしらね? ねぇ、アンタもそう思うでしょう?」

 

 女の問いに、黒竜は何も答えない。彼女もまた、黒竜の無反応ぶりに動じる事もなく、淡々と言葉を続ける。

 

「まあいいわ。カーミラが見つけたっていうサーヴァントを探すついでに、この街も滅ぼすだけの事よ。角の生えた二人の娘……竜に連なる者であるのなら、私が活用しない手はないものね?」

 

 女が語る目的こそが、黒竜が街を即座に滅ぼせない理由であった。サーヴァントの拿捕、ひいては捕獲こそが第一の目的であり、この街を襲うのはそのついでなのだ。

 ワイバーンが殺されている量の多い経路を逆算し、件の二人がこの街付近にまで来ているであろう事は、既に敵の陣営の首領たる()()に知られていた。

 要するに、この街は運が悪かったのだ。そのうち滅ぼされる事は確定していたが、それが早まってしまった。避難する暇もなく、人間たちはここで死にゆく運命を決定付けられた。

 もうそれは覆らない。彼女がそうと決めた以上は。

 

「さて、そろそろ炙り出すとしましょうか。聞け、ワイバーンたちよ! 楽しい楽しい遊びと食事のお時間よ! 存分に喰らい、存分に蹂躙なさい?」

 

 ワイバーンの軍勢へと命令が下される。次の瞬間には、一斉に数の暴力と化したワイバーンが街へと降り注いでいった。

 

 人間ではひとたまりもないだろう。だが、サーヴァントなら話は別だ。

 最後まで生き残っている者、それこそがターゲットに他ならないはずなのだから。

 

 

 ───さあ、これより竜の魔女による、縦横無尽の殺戮ショーの幕開けだ。流れ出る無数の血を以て、この山岳地帯全てを鮮血の朱で染め上げようぞ……。

 

 



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第六節 竜の魔女・灯火

 

 ずっと空を舞うだけで、停滞していたかに見えたワイバーンの軍勢だったが、やはり襲ってこないなんて事はなかった。

 何の前触れもなく突如、急降下して街を襲い始めたワイバーンたちは、視界に入った街の人々に向けて鋭い牙を剥く。

 家屋や地下に逃げ遅れた住人を狙って、牙と爪を使って肉を抉り、逃げられないように足で獲物を抑えつけ、貪り喰らう。

 その様は、まさしく獣だ。たとえ幻想種や魔獣といった類の末端的存在であろうとも、本質的には現代にまで残る生物と何ら変わりはない。

 ───いや、空を飛び人を襲うという点においては、現代で考えれば最悪の害獣と言えるだろう。

 

「が、ぎぇ」

 

「た、助けて……」

 

 隣人が無惨にも生きたまま喰われる姿に、より強い恐怖を刻まれ、より深く混乱に陥る街の人々。

 次は誰が犠牲になる? いいや、もしくは自分が次に喰われる番かもしれない……。

 死の恐怖が彼らの頭に付きまとい、決して逃さないのだ。安寧は既にこの地には無い。あるのは、絶対的な絶望と恐怖、そして死へのカウントダウンだけ。

 

 死からは、決して逃れられない───。

 

 

 

「恋のビートは、ドラゴンスケイルぅ!!」

 

 

 

 だが、それから逃れようと───否。

 自身が逃れるばかりではなく、他者の命でさえも救おうと足掻く者たちが居る事を、忘れてはならない。

 

 竜の角と尾、そして翼を持つ少女──エリザベート・バートリーは、手にした槍でワイバーンを次から次へと刺し貫く。

 それだけでは手が足りない。槍を払い、ワイバーンの首をへし折り、時には強靭な己の尾さえも使って敵に攻撃を繰り返していた。

 

「アンコール、トばして行くわよ子リス!!」

 

 次から次へとワイバーンは飛来してくる。それを倒して、潰して、穿って、殺す。単にそれの繰り返し。

 ただ、彼女一人が捌き切れる数にも限度はある。幾らサーヴァントと言えど、万能の存在ではないのだ。

 エリザベートが戦っている間も、対処しきれなかったワイバーンによる街の人々への攻撃は止まる事を知らない。

 飛び交う悲鳴、飛び散る鮮血。力無き人々は、常に死の恐怖に晒されているのである。

 

 襲われる人々を助けようにも、その全てをという訳にはいかない。白野は、無力な自分への歯がゆさを堪えながら、コードキャストによるガンドで、次から次へと目に映るワイバーンの牽制と撃退を続けていた。

 

「倒しても倒しても、これじゃキリがない……!」

 

「まさかとは思うけど、召喚され続けてるとか?」

 

 最初に空に見えた大群も、エリザベートの他に街へと散った小次郎、清姫が撃墜している事でその数を減らしていても良いはずだ。

 だというのに、一向に攻勢が衰える気配がない。

 

「もし召喚され続けてるんだとしたら、竜の魔女を直接叩かないとダメかもだね」

 

 近寄ってくるワイバーンをガンドで撃ち落としながら、白野は空を羽ばたく黒竜を見る。

 相変わらず、黒竜が動きを見せる気配は今のところ皆無だが、それもいつまで続くかは分からない。

 だがもし、アレが動き始めたら、確実に全てが終わるのは明白だった。

 

「居るとしたら……やっぱり、あの黒竜の背中かな?」

 

「でしょうね。というか、あそこまで行くのアタシしか無理でしょ」

 

 翼をパタパタと動かしてアピールするエリザベート。確かに、少しだけなら飛ぶ事の可能な彼女なら、黒竜の元まで行けるだろう。

 しかし、その間にもワイバーンは街を襲う。もし黒竜を目指そうものなら、街の人々がより狙われる事となる。

 

「───、」

 

 白野は悩む。黒竜の背に居るであろう竜の魔女を叩き、これ以上のワイバーン増加を防ぐか。それとも、このまま徹底抗戦を貫き耐え忍ぶのか。

 どちらにしても、街が多大な被害を被るのは免れないだろう。

 

 そして、悩んで悩んだ末に、白野は決断する。

 

「……竜の魔女を叩こう。それしか、ワイバーンを止める方法はないよ」

 

「了解。とりあえずこの辺りに街の人間が居なくなり次第、サムライか蛇女と合流するわよ。飛ぶにしたって、援護してもらわないとだし」

 

 幸か不幸か、犠牲者こそ出ているが、避難も同様に進んでおり、付近に生存者はもうさほど残っていない。

 僅かに逃げ遅れた住人の避難が完了次第、ここを動く事にした白野たち。

 それから数分と待たずして、仲間のどちらかを探し始めるが、案外簡単に見つかった。

 と言うのも、清姫が炎のブレスでワイバーンに応戦していたからであり、空に炎の柱が立っては消えてを繰り返していたのだ。

 故に、そこへ向かえば自ずと合流できるという訳だった。

 

「清姫!」

 

 その姿が視界に入るとすぐに、彼女へ声を掛ける白野。清姫もまた、白野の姿を見て満面の笑顔で出迎える。

 

「白野さん、よくぞご無事で。トカゲでも護衛の務め程度は果たせるようですわね」

 

「うるさいわよ、このヘビ!」

 

「それはそうと、ここに来たのは何か理由がおありになるのでしょう?」

 

 片手間にワイバーンを灼き殺しながら、清姫がその真意を問うてくる。住民の避難よりも、こちらに来る事を優先したのは、何か考えが有っての事だと清姫は見抜いていた。

 

「うん。ワイバーンは際限なく現れ続けてる。もしかすると、竜の魔女が喚びだし続けているからかもしれないんだ」

 

「なるほど……。では、その羽根付きトカゲに黒竜の所まで行かせるんですね?」

 

「何よそのエリマキトカゲみたいな言い方!? ……そうよ、だから飛んでる間は無防備になるから、アンタに援護してほしいって話よ」

 

 先程までの炎のブレスを見るに、これから空を往くエリザベートの援護には、やはり清姫が最適である事は間違いない。

 

「そういう事でしたら、手伝わない訳にはいきませんね。かしこまりました。不肖わたくし清姫が、白野さんのお手伝いをさせていただきます」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 清姫の了解を得た白野は、まず二人に付近のワイバーンをできるだけ殲滅させる。次のワイバーンの群れが湧く前に、エリザベートに安全に空を飛ばせる為だ。

 

「それにしても、凄いなぁ清姫……」

 

 清姫のブレス攻撃が、ワイバーンの悉くを灼き落としていく。清姫自身、戦闘は不得手と言っていたが、範囲攻撃においては優秀であると言えるだろう。

 それを目の前で実感させられた白野は、感嘆の息を漏らしていた。

 

「さあ、仕度は整えました。行くなら今ですよトカゲ」

 

「分かってるからその喧嘩腰止めさないよね、まったく……。ほら、行くわよ子リス」

 

 粗方の殲滅が終わり、近辺のワイバーンが減った今、エリザベートは白野の後ろに回ってガッチリとホールドすると、翼を大きく広げた。

 何もエリザベートのみを黒竜の元まで送り出すのではない。白野自らも、竜の魔女と対峙するため、エリザベートに連れて行ってもらうのだ。

 どうせ地上に残っても、ワイバーン相手にたいした活躍はできないし、竜の魔女と戦闘になる事を考慮すれば、直接戦闘の指揮を執ったほうがまだマシだろうとの判断だった。

 

 無論、エリザベートに抱きつかれる形となった白野の姿に、清姫は面白くないとばかりに不満そうな顔をする。

 ただ、これが必要な事と割り切って、八つ当たりとばかりに新たに襲来するワイバーンを炎で包み込んだ。

 

「面白くないですけど、仕方なき事。どうかお気をつけくださいませ。あなた様を狙う輩は、この清姫が焼き尽くしてみせましょう」

 

「任せたよ、清姫。よーし、行くよエリザ! 無限の宇宙(ソラ)の彼方まで!」

 

「そんな遠くまで行かないわよ!?」

 

 冗談を交えて、白野を抱えたエリザベートが空へと飛び立つ。エリザベートの重さの許容量は人間一人分程度であり、白野を抱えるだけで精一杯。故に、今の状態の彼女にはとてもではないが戦闘は行えない。

 だからこそ、遠距離をカバーできる清姫に援護を頼んだという訳だ。

 

「お、重い~……!!」

 

「失礼な! そこまで太ってないよ私!?」

 

 顔を真っ赤にさせて羽ばたくエリザベートの苦言に、白野もまた少し顔を赤くして怒る。

 ……白野は知らないのだが、実はここだけの話、エリザベートの翼は本来なら長時間飛べるようにはなっていない。

 そも、スキル『無辜の怪物』と潜在的に眠っていた竜の血脈とが偶然、そして奇跡的に噛み合って、エリザベートは角に尾、翼が生えているのであって、生前の彼女には無論そんなものはない。

 元々翼のある生物でもなければ、その扱い方に慣れている訳もなく、むしろ少しでも飛べるだけでも誉めて然るべきなのである。

 

 必死に空を飛ぶエリザベートだったが、当然ながらワイバーンたちの格好の的となり、続々と殺到してくる。

 今のところ清姫の援護射撃ならぬ援護ブレスだけで間に合っているが、それでも手が足りないのが現実。

 徐々に、ワイバーンの牙がエリザベートへと迫りつつあり、攻撃を受けるのも時間の問題だった。

 

「マズイかも……!」

 

 後ろから抱えられている事もあり、白野はまだ両手の自由が利くので、接近してくるワイバーンをガンドで撃ち落とせていたが、それにも限度がある。

 圧倒的な物量が、次第に撃墜数を埋め始めていた。

 

「このままじゃ、落とされるわよ子リス!」

 

「分かってる! けど、もう打てる手が……!」

 

 清姫に宝具の真名解放をさせる事も頭に浮かんだが、それは却下せざるを得ない。

 どのような効果、範囲かも分からない。それに、清姫の伝説が宝具として昇華されていると仮定した場合、おそらく彼女は完全に制御しきれない可能性がある。

 

 最悪、自分たちも宝具の巻き添えになる危険性だってあるのだから、躊躇するのが当たり前だった。

 

(どうする、どうする? 清姫の宝具にイチかバチか賭けてみる? でも、リスクが大きすぎる……。どうすれば……!?)

 

 刻一刻と、ワイバーンの魔の手は迫りつつある。考えている余裕も、もはや残されていない。

 もう賭けに出るしかないか───と、そんな時だった。

 

 白野たちに接近してくるワイバーンたちが、次々とその首を落とされていく。比喩ではない。()()()()()()()()()()

 

「おやぁ? これはまた優雅なものよ。(それがし)(あやか)りたいものよなぁ?」

 

 声がするほうに顔を向ければ、そこにはワイバーンの死骸を足場にして、宙を舞う侍の姿があった。

 

「小次郎!!」

 

「いやな、天に昇っていくお主等の姿が見えたもので、私もこちらに駆け付けたまで。おっと、安心めされよ。街の者なら粗方の避難は済んだ。あとはこの蛇竜どもを片付けるだけよ」

 

「なに!? アンタ、サムライじゃなくてニンジャだったの!?」

 

「ハッハッハ。これはまた異な事を。どこをどう見ても、ほれ、ただの剣士だろう?」

 

 エリザベートのツッコミを、涼やかにかわして見せる小次郎だったが、白野も同じ事を思ったのを呑み込んで彼に礼を言う。

 

「ありがとう。すごく助かるよ」

 

「礼には及ばんさ。そら、本丸を叩きに向かうのだろう? ここは私と清姫殿で援護を承るゆえ、後ろを気にせず前に進むが良かろう」

 

 そう言って、小次郎は白野たちに近寄るワイバーンへと斬りかかる。ワイバーンも数多い事もあって、足場に困る事は無さそうだった。

 

「今のうちに行くわよ!」

 

 障害は無視して良くなった。襲い来るワイバーンに気にせず飛翔できるお陰で、エリザベートは難なく黒竜の背後に回る事に成功する。

 

 エリザベートの存在に気付いているはずだが、黒竜は向きを変える事もなく、位置を変える事もせず、ただただその空間を羽ばたくのみ。

 まるで位置固定されているかのようにさえ見える。

 

 それもあって、簡単に黒竜の背に着地できた二人だったが、特に攻撃をされるでもなく、逆に何も起きなかった事が不気味な程だった。

 

 

 

「あら、来たのね」

 

 

 

 前方、黒竜の首もと付近からの声に顔を向ける二人。果たして、そこには居たのは一人の女。

 黒い甲冑を纏い、大きな旗を手にし、脱色したように色褪せた髪と肌には金の瞳がよく映える───見知ったはずの女性の姿が、そこにあった。

 

「あのワイバーンの軍勢を凌いで、よくここまで来たわ。まあ? それくらい出来ないようなら、こちらとしても要らないワケだったけれど」

 

 不敵に笑う女は、その黄金の瞳で二人を見下ろす。見下し、蔑み、嘲笑うかのような視線は、けれど恐ろしいまでの冷たさを備えていた。

 その視線だけで、白野は腹の底から冷えるのを感じる。

 

 憎悪と絶望、何より鮮烈なまでの憤怒。白野の知るはずの彼女とは、何もかもが違っていた。

 

「竜の魔女って、あなただったの───()()()()

 

 その名を呟いた白野に対し、黒の聖女がそちらを一瞥する。それだけで、絶対的な死がちらつくような錯覚さえ起こる。

 

「ふーん。私が誰だか知ってるのね、アンタ。そうよ、そうですとも! 私が!! 私こそが!!! 竜の魔女として地獄から復活したジャンヌ・ダルクよ!!!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの大きな声で名乗りを上げた彼女は、醜悪な笑みを以て白野に応えた。およそ聖女には似つかわしくもない、歪んだ笑いが更に白野を混乱させる。

 

「ちょっと待って。ジャンヌって、あのジャンヌ? 月でアルテラ陣営に居たあのジャンヌ!? でも待って、それにしては色々ちがくない? 全体的に黒っぽいし……」

 

「月……? 何の事だか知らないけれど、私はジャンヌ・ダルクとしてこの世界に復讐する権利があるの。というか私が聖女? ふざけるのも大概にしろ。私は竜の魔女。聖女などと、綺麗事だけをほざくような輩と一緒にするな!!」

 

 怒りと敵意を剥き出しに、竜の魔女は高らかに咆哮する。あるいは、彼女が自身が竜であるかの如く。

 

 しばらくの間、互いに動かずの睨み合いが続く。互いが互いに、相手の能力が不明なためだ。

 エリザベートも、白野も、一瞬たりとも油断はできない。この黒竜の背は、言わば敵のフィールドだ。相手にとって有利に働く何かがあるかもしれない。そんな状況で、下手に動き回るのは無策すぎる。

 

 常に極度の緊張感を保ち、自然と汗が頬を伝う。白野か、エリザベートか。どちらかは分からないが、その汗が下に流れ落ちた瞬間、ジャンヌが動いた。

 

 ただ指をパチンと鳴らしただけ。それだけで、突如エリザベートの目の前で小さな爆発が生じた。

 

「ッ!!」

 

 不意打ちではあったが、予備動作のあったそれを、エリザベートは咄嗟に察知して後退する。

 

「まだよ!」

 

 指を鳴らしただけのジャンヌは、既に次の攻撃に移っていた。黒竜の首もとから跳び立ち、一気にエリザベートとの距離を詰めるジャンヌ。

 着地と同時に、手にした旗を強引に振り切り、エリザベートの胴へと重い一撃を放つ。

 

「が、はっ」

 

 細い体は、重すぎる一撃で吹き飛ばされるが、どうにか受け身を取って黒竜から振り落とされずに済んだ。

 だが、決して無視できるダメージではない。口元からは彼女の好む血が多量に吐き出される。

 

「ごぷ……ゲホッ。……ちょっとヤバいわね」

 

「エリザ!!」

 

 すぐに白野は駆け寄り、コードキャストで回復させるが、完全にはダメージが消えなかった。腹を押さえ、苦痛に顔を歪ませるエリザベート。

 たったの一撃で、エリザベートは瀕死直前にまで追い込まれたのだ。

 

「どんな剛腕よ、アンタ。内臓が一つ二つやられたわ」

 

「あら? 挨拶代わりの、軽いジャブのつもりだったんだけど。思いのほか効きすぎたのなら謝るわ? どうにも加減が難しくて、つい」

 

 謝るなど口だけで、明らかに煽ってきている。

 いつものエリザベートなら、この挑発に乗って怒り狂うところだろうが、今の彼女にはその余裕すらなかった。

 

「くっ……」

 

 竜の魔女───この特異点の元凶であろう存在。その正体がまさかジャンヌ・ダルクだという事実に驚愕した白野だったが、それ以上に一筋縄ではいかない彼女の強さにこそ驚愕する。

 白野の知るジャンヌ・ダルクは、どちらかと言えば攻撃より守備、もしくは守護を得意とした戦闘スタイルだった。

 あのような爆発は、少なくとも月でも見た事がない。

 

 エリザベートとて、サーヴァントとしては上位の存在だ。あの円卓の騎士であるガウェインをして、Aランク程度のサーヴァントと呼ばれ、月でも散々白野を苦しめた実力者。

 それが、たかだか数手で圧倒されるなど、白野にしてみれば考えたくもない現実でしかなかった。

 

「はあ~あ。にしても、もっと打ち合うかと思ってたのに、期待はずれも甚だしいわ。竜属性持ちサーヴァントならって期待してたのに、これじゃ駒にすらならないじゃない」

 

「駒……?」

 

「まあ、いいか。確かもう一騎居たものね? あの炎の息吹……フフフ。あちらのほうがまだ使えるだろうし」

 

 既にエリザベートなど眼中に無し。ジャンヌは端まで歩くと、黒竜の真下を見下ろす。その視線の先には、ワイバーンと戦う清姫の姿があった。

 

「さて」

 

 クルリと体を反転させ、白野とエリザベートに手の平を向けるジャンヌ。

 何をしようとしているのかは、すぐに分かった。

 

「邪魔者はここで消えなさい。あなたたちは私には不要。安心していいわよ? 跡形もなく、塵も残さず、灰すらも灼き滅ぼしてあげるから」

 

 ジャンヌの手の平から炎が立ち上る。今にも火炎放射が白野とエリザベートに放たれるかという時、傍らのエリザベートが痛みを堪えながら叫んだ。

 

「待って……! アンタ、サーヴァントよね? なら、マスターが居たほうが都合がいいわよ。サーヴァントはマスターが居て初めて本来の力を発揮するもの。アンタの狙いが何かは知らない。けど、駒を集めてるなら、サーヴァントの力を引き出すマスターは格好の存在でしょう?」

 

「エリザ、何を……!?」

 

 白野にすれば、何の思惑があってエリザベートがこのような事を言っているのか分かったものではない。

 しかし、エリザベートにとってこれは必要な事なのだろう。口を挟もうとした白野の口を無理やり手で塞いで、ジャンヌと会話を継続した。

 

「マスター……? なら、そっちの小娘がそうだとでも?」

 

「そうよ。強さを求めるなら、マスターの存在はアンタにとっても都合が良いはずよ。ここでコイツを殺すには、少し早計すぎるんじゃない?」

 

「………、」

 

 エリザベートの言葉に、少し思案するジャンヌだったが、ジッと白野を見つめると、またも歪んだ笑みを浮かべる。何か悪い事でも思いついたかのように。

 

「……そうね。ここで殺すには惜しいかも。あの女が最優先排除対象だけど、手負いとはいえ竜殺しも厄介だし。念には念を、か……」

 

 どうやらエリザベートの提言で気が変わったらしく、ジャンヌは早足で白野の元まで歩を進めると、その顎に手を添える。

 必然的にジャンヌを見上げるような形になる白野。間近に見えたその黄金の瞳には、自身の顔が映っていた。

 

「今から私がお前の主人よ。せっかくのマスターだもの。たっぷりと可愛がってあげる……」

 

 舌なめずりするその唇は、年不相応な妖艶さを漂わせ、同時に邪悪さをも伴っていた。

 

「さてと、目当て以上のものも手に入った事だし、さっさと帰るとしようかしらね。あ、ついでに下のサーヴァントも連れていくわ。逆らえば、どうなるか……分かるわよね?」

 

 白野の頬を冷たい手が撫でる。先程まで炎を吹き出していたとは思えない程に、氷みたいに冷たい手。

 

「………っ」

 

 考えるまでもない。もし逆らおうものなら、白野を殺すだけの話だ。今の白野には、下に居る二人にとっての人質としての役割がある。

 小次郎も清姫も、白野がジャンヌの手の内にある以上、彼女に従う他に道はないのだから。

 

「アッハハ! わざわざこんな山の中にまで来た甲斐があったわ! 早速召集の号令を掛けなきゃね。()()()()()()!!」

 

 ファヴニール、と呼ばれた黒竜がジャンヌの命令に従い、天高くその咆哮を轟かせる。

 大砲よりも、爆弾よりもなお巨大な轟音は、それだけで国一つ滅ぼしてしまうのではないかとさえ思わせる力があった。

 

 

 この時を以て、岸波白野ならびに小次郎、エリザベート、清姫の四名は、竜の魔女の虜囚となったのである。

 

 



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第七節 囚われのハクノ姫

 
問題)人理で一番強い猿とは?

答えはあとがきで!


 

 ジャンヌ・ダルクへの降伏を余儀無くされた私たちは、黒竜に運ばれて彼女らの本拠地、オルレアンの城へと移送された。

 不幸中の幸いだったのは、私たち全員を捕らえた時点で、ジャンヌによる街への侵攻がストップした事か。

 目的を達成した事で、街の住民になど興味が失せてしまったのか、彼女はワイバーンの全てを黒竜と共に自陣へと引き上げさせたのだ。

 理由はどうあれ、街がこれ以上襲われないのなら、それに越したことはない。だって無益な殺生がもう行われずに済んだのだから。

 

 うん。良い結果だったかどうかは別として、罪のない人たちが襲われる事がなくなったのは、喜ぶべきことだろう。

 だけど……、

 

「イヤァ! 牢獄なんてもう嫌よぉ!? ここから出して! 助けて子リスゥ!!」

 

 隣でピーピーギャーギャーとわめき散らすエリザベートに、これでもかという程に肩を揺らされている。ぐわんぐわんと揺らされるせいで、視界が常に左右を行ったり来たりの繰り返し。

 ……うっぷ。少し吐き気を催してきた。

 

「牢獄……まさか、わたくしがこのような所に入れられる日が来るなんて、まるで思いもしませんでした」

 

 エリザベートとは対照的に、清姫は興味深そうに石造りの牢獄の壁を眺めている。

 まあ、お嬢様だったワケだし? その気持ちは分からないでもないけれど。それにしたって肝が据わっていると感心する程である。

 

 二人と違い、小次郎は静かに胡座をかいて座り、目を閉じていた。眠っているとか、そういう訳ではないようで、物音で時折眉がピクリと動いているので、牢の外に対して意識を集中している感じ。

 そういえば、彼だけはここに連れて行かれると聞かされた際も、一切の抵抗なく即座に応じていた。

 清姫でさえ、私とエリザベートが人質でなければ、すぐにでもジャンヌに飛びかかるのではないかと思えるくらい、怨念のこもった視線を彼女に向けていたというのに。

 

「そろそろ白野さんを放して差し上げては如何です? いい加減、トカゲに振り回されるのは疲れてきているでしょうし」

 

 牢獄観察に飽きたのか、じっとりとした目つきでエリザベートを睨み付ける清姫。エリザベートは未だパニック状態のため、まるで聞く耳を持っていないので、必然的に無視する形となるのだが……。

 

「暗いしジメジメしてるし狭いし!! アタシは自由を謳歌しちゃいけないって言うの!? そんなの嫌!! 子リスぅ!!」

 

 大きな目にたくさんの涙を溢れさせ、子どものように泣きじゃくるエリザベート。でも、それも仕方ない事なのだ。

 エリザベート・バートリーの最期は、日の光どころか一切の明かりが差し込まない、完全な暗闇に支配された牢獄の中での餓死だったとされている。

 孤独と飢え。暗闇の恐怖に包まれて死んでいく。硬く冷たい床で、たった独りで静かに息絶えた彼女の最期を思うと、哀れでならない。

 彼女の犯した罪の重さを許しこそしないが、それでも同情はする。

 エリザベートが牢獄をトラウマとするのも頷けるというものだ。なので、私は彼女を止めるでもなく、甘んじてこの責め苦を享受していたのである。

 でも、そろそろ本当にリバースしかねないので、早く落ち着いてくれないかなぁ……なんて、思ってたりして。

 

「……む」

 

 と、ここまで沈黙を貫いていた小次郎が、小さく声を発した。片目だけ開けて、扉──その窓部分の鉄格子の外に視線を向ける。

 何かあったのかと思っていると、次第に私にも足音らしきものが聞こえてきた。

 その足音は、私たちの牢の前でピタリと止まると、少しして扉の鍵の開く音が鳴り響く。

 

 重い扉が開かれ、そこから姿を現したのは、一人の騎士らしき人物。可憐としか言いようのない美貌は、まるで白百合が如しで、男性には到底見えない。

 けれど、何となく既視感があるというか、月でもそんな感じの性別不明っぽいゆるふわ十二勇士と知り合いだったような……そんな妙な感覚。

 

 ───などと思っていると、

 

「竜の魔女がお呼びだ。私と共に来てもらおうか」

 

 容姿に似合った凛々しくも可愛らしい声で、私に同行を求める騎士。

 騎士は私から順に他の三人にも視線を巡らせると、立つように促してくる。

 

「どうやら向こうの支度も整ったようだ。では、ここは一つ潔く参るとしよう」

 

 拒否も抵抗もなく、小次郎はすんなりと騎士の言葉を受け入れ、牢の外へと出て行く。私もそれに倣い、小次郎に続くようにして牢獄から出ると、すぐの所でもう一人、見慣れない人物が待ち構えていた。

 真っ黒な大きめのコートに身を包んだ青年。どこか憂鬱そうに松明の火を見つめる横顔は、陰のある印象を受ける。

 牢から出てきた私を一瞥だけしたが、特に表情の変化はなかった。

 

「デオン。何故、連行するのに僕まで一緒である必要が? もし彼女らが反抗したとして、君だけでも問題なく対処できるように思うけどね」

 

 黒コートの青年が声を掛けた騎士───デオンと呼ばれた騎士は、不服を隠さずに返答する。

 

「マスターとは令呪を有する存在だ。それはサーヴァントを律するだけではなく、それそのものが巨大な魔力の塊でもある。もしブーストとして使用されでもしたら、私だけで対処できたとしても、何人かは取り逃がす可能性がある。だから念のために必要な措置だ」

 

「……そうか。白百合の騎士殿が言うんだ、間違いないんだろうさ」

 

 青年は騎士からの正論を受け、つまらなさそうに顔を背けた。何というか、心此処に在らず、といった風に見受けられる。まるで私たちに全く興味が無いとでも言うかのように。

 そんな彼の様子を見て、騎士は咎めるように警告する。

 

「君が王妃を探しに行きたいのは分かる。私だって同じ想いだ。だが、役目は果たさなければならない。そうでなければ、自我の保持を許されず、意識さえ奪われ人形に成り下がるしかない」

 

「分かってる。分かっているさ。だが、彼女は僕の手で命を奪うべきなんだ。何故なら、そのように運命付けられているんだからね。だからこそ他の連中に殺させるなんて許せない。ほら、焦るのも仕方のない話だろう?」

 

 なんだか物騒な話をしているが、王妃……? フランスの王妃といえば、まず真っ先に名前を挙げるとするならマリー・アントワネットだが、まさか……。

 デオンと呼ばれた騎士は、これ以上あの青年に何を言っても無駄だと思ったのか、諦めたようにため息を吐くと、私たちに向き直る。

 

「さて、そろそろ向かわないと、竜の魔女の機嫌を損ねてしまう。彼女の機嫌次第では虜囚の精神が壊されないとも限らないからね。彼女らは心の自由を許されたんだ、それくらい守ってやらないと私も気持ちが悪い」

 

 騎士は自虐的に小さく笑って、私へと手を差し出す。まさしく、清純たる騎士が無垢なる姫君の手を引こうとするかの如き様である。

 

 彼、もしくは彼女? が、悪い人物には到底見えない。だけど、この騎士がジャンヌの支配下にある以上、下手な真似はできない。

 差し出された手をとる。細く色白い指、されど決して柔らかいという訳ではなく、少しばかりガッシリとした手つきをしていた。

 騎士ゆえに剣を手に取るからだろうか。華奢な見た目とは裏腹に、とても戦士然とした手であった事に少しばかり驚いてしまう。

 

「……牢屋から出られたのは嬉しいけど、状況が状況なだけに喜べないわ……」

 

 エリザベートも牢の外へと出られた事で、ようやく平静さを取り戻したようだが、逆に我に帰った事により先程までとは違う方向へのネガティブ思考に陥っているらしかった。

 

 相手はサーヴァント二騎、比べてこちらは、戦闘力がほぼ皆無な私を除くと三騎。

 数の有利はある。しかし、今は逆らうべきではないだろう。ここは敵の本拠地だ。もしここで戦闘となり、早期に敵を仕留めきれなければ増援はきっと凌げない。

 まだこの二人以外にどんな未知のサーヴァントが敵側に居るのかも不明。敵戦力を把握していない現状、敵の懐で反抗しても呆気なく鎮圧されて終わりとなるのは明白だった。

 

 私一人の命ではない。私の手には、オルガマリーの命運も握られている。オルガマリーを無事カルデアに帰すまで、私は死ぬわけにはいかない。

 

 

 しばらく騎士の誘導で、城の中を進む私たち。かつては煌びやかであっただろう内装も、そこかしこが黒く焼け焦げ、煤で汚れている。

 城内を攻め落とす際、炎でも使ったのかもしれない。

 

「……っ!」

 

 ふと、通路の一角に目を向けた際、私は何かが壁にもたれるように寄りかかっているのに気が付く。そしてすぐに、それが人間の死体であるのだとも理解した。

 中世ヨーロッパを彷彿とさせる甲冑を身に纏い、左腕と頭部が丸ごと消え失せている。切断面がある事から、その箇所は何者かによって斬り落とされたのは明らかだ。

 単なる戦争で、このような惨い殺され方があるだろうか。この亡骸からは、憎悪や憤怒といった、強烈な負の感情が感じられた。

 

「子リス、あんなもの、あんまり無理して見ないでね」

 

「……うん。心配してくれてありがとう」

 

 エリザベートが気を遣って、私の背中を撫でてくれている。

 多少の荒事には慣れたつもりだったが、さすがに気分が悪くなり、少し吐き気を催した。なんとか我慢したが、当分は今の光景が頭から離れる事はないだろう。

 それにしても、流石は英霊といったところか。拷問でグロい光景に慣れているエリザベートや、侍の小次郎はともかくとして、生前はお嬢様だったはずの清姫でさえも、ケロッとした顔であの亡骸を横目で見ていた。

 清姫ってばすごいなぁ……と、感心していると、

 

「……結婚の祝いには、達磨も良いかもしれませんわね」

 

 ──などという呟きが聞こえた。あの死体からダルマを連想とかホントやめて。あと、ダルマって結婚とかより政治とかの印象が強いんだけど。

 清姫はいつどこであっても、ブレない強い女の子なのだと、私は再認識したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 連れられてきたのは、たいそう立派──だったであろう大きな扉の前。ゲームやマンガなどでよく見る、いわゆる“王の間”へと通じる感じの扉だ。

 ただ、やはりこの扉も少し焦げており、多量の血痕が付着していた。戦闘はここまで及んだのかもしれない。そしておそらくは、この先でこそ決着がついたのだろう。

 

 騎士は私たちを止めて、扉の前に立つと声を張り上げる。

 

「竜の魔女よ、虜囚を連行してまいりました! 中に通しても?」

 

「…………通しなさい」

 

 騎士の問いかけに、少し遅れて返事がくる。声の主はもちろん、他でもないジャンヌのものだった。

 聖女ではなく、竜の魔女として立つジャンヌとの対面に、自然と全身の筋肉が強張る。私の知る顔、だけど中身はまるで別物となっているジャンヌ・ダルク。

 凄惨に過ぎる殺戮、蹂躙を敢行した当事者の前に立つのだ。緊張しないはずがない。

 

 重い扉が音を立てて開かれる。扉の先は広い空間で、そして正面奥には玉座があり、そこに座するは黒き聖女。玉座から左右に広がるように並び立つ、サーヴァントらしき者たち。そのほとんどを私は知らなかった。

 けれど、彼女の傍らには、ただ一人見た記憶のある顔があった。

 

「ジル元帥……!!」

 

 青髭と呼ばれるフランスに悪名高き狂気の殺人鬼。子どもたちを誘拐しては惨殺した精神異常者。

 そのギョロリとした眼が私に向けられる。飛び出た魚のような眼孔は、いつ見ても恐ろしく感じる。

 

「おや、(わたくし)の事をご存知で? それは光栄にございますなぁ、マスター殿」

 

 何が楽しいのか、愉快そうに笑うジル・ド・レェ。彼まで存在しているのは驚いたが、どこか納得する部分もあった。ジャンヌがこうして悪の側に立つのなら、彼女を慕うジルが居ないはずがない。

 いや、むしろ喜んで彼女と共に、彼女を処刑したフランスに復讐するだろう事は容易に想像できる。

 

 ジル元帥の名を最初に呼んだ事が癪だったのか、ジャンヌがこちらを睨みながら口を開いた。

 

「無礼ね。私よりもまずはジルに声を掛けるなんて。この城、そしてコイツらの主であるこの私に真っ先に(こうべ)を垂れて機嫌を窺うのが礼儀ってもんでしょう?」

 

 ジャンヌが発する威圧に、私は思わず気圧されかける。だが、決して膝を屈する程ではない。英雄王に比べれば、竜の魔女からのプレッシャーなんて可愛いものだ。

 私が素直に従わなかった事に腹を立てる───かと思いきや、彼女の顔には何故か不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「いい度胸じゃない? 私に隷従しないのは気に食わないけど、その叛逆の精神だけは褒めてあげる。それでこそ、私のマスターに相応しいというもの。せっかくのマスターだし、意識を奪って傀儡にするのは勿体ないのよ」

 

 どうやら私は、逆に気に入られたようだ。すぐに殺される心配がなくなっただけ、喜ぶべきなのだろうけど、素直に喜んで良いものか……。

 

 そんな私を尻目に、小次郎は至って冷静に、ジャンヌへと要件を尋ねる。

 

「して、我ら全員を呼び寄せたのは如何に? 白野殿に用があるならば、何故我々まで共をさせたのかな?」

 

「極東のサムライ───だったかしら? 人斬りの割に頭が回るのね。まあ、答えとしては、貴方たちに早速仕事をしてもらうためよ」

 

 仕事……?

 まさか、私たちに人を殺せと言うの?

 

 警戒する私を余所に、ジャンヌはその仕事とやらについて説明し始める。

 

「この地に召喚されたサーヴァント……。私が喚んだもの以外にも存在しているのは、そこのサムライや竜の娘たちを見れば分かるでしょう。……マスターである貴女も、純然たる人間ではないようですし」

 

 確かに、小次郎もエリザベートも、清姫も。私が召喚した訳でではない。召喚者の存在しない、はぐれサーヴァント。

 

 もしかすると、小次郎たち以外にも同様に、マスターの居ないサーヴァントが召喚されていても、何らおかしくはない。

 

「そのはぐれサーヴァントの捕獲、もしくは討伐を任せる……と?」

 

「そうです。マスターの性能、私の役に立つか否か。それらを測るには十分でしょう? 無論、私の召喚したサーヴァントの監視下での話だけど」

 

 やはり、そうなるか。私たちだけで野に放つはずもない。私たちは捕らえたサーヴァントであって、彼女の召喚したサーヴァントではない。最初から信頼も何もない。反乱を起こして当然の状況で、見張りは必然だろう。

 

「貴女に拒否権はないの。私がやれと言ったらやる。拒むならこの場で殺す。それだけの話よ」

 

 私が逆らえないように、改めて釘を刺すジャンヌ。そんな事、言われずとも分かっている。

 

「それで、そのはぐれサーヴァントには見当はついてるの?」

 

「それでございましたら、幾人かのクラスと真名を幾つか把握しております」

 

 ジャンヌに聞いたつもりだったのだが、彼女の隣に立つジルが代わりに答えた。

 

「こちらで把握しているのは、ライダーのマリー・アントワネット。キャスターのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。セイバーのジークフリート。そして───ルーラーのジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・ダルク。竜の魔女とは別に、もう一人。

 それこそ救国の聖女と謳われる、私も知っている本来のジャンヌ。

 それが討伐対象として名前を挙げられ、私が驚かないワケがなかった。

 なら、目の前のジャンヌは何なのか。もちろん疑問を口にしたが、彼女は真実について語る事はなく、一方的に自分こそが本物であり、あちらが偽物なのだとしか言わなかった。

 話もそれで切り上げられてしまい、私たちは揃って城から放り出されたのである。

 

「ジャンヌがもう一人、か……」

 

 どう考えても、竜の魔女のほうが偽物だと思うが、一概には断言できない。一体どうなっているのか、それを探る必要があるだろう。

 

「あまり無闇に詮索しない事ね。あの女、その話題は執拗に避けているから」

 

 と、私のお目付け役に抜擢されたジャンヌの配下であるサーヴァントの一人、マルタが忠告してくる。

 

 私たちに付けられた見張りのサーヴァントは二人。その一人が彼女だった。

 マルタと言えば、リヴァイアサンの子孫であるとされる竜、タラスクを静めたとされる聖女だ。今はライダーとして現界しているらしい。

 彼女を一目見た率直な感想としては、エロいの一言に尽きる。

 

 何なんだ。聖女の癖にスタイル抜群で、その上美人。しかもチラリズムが半端ないエロい服装って。私への当て付けか!!

 

「あまり胸を睨まないでくださる? 同じ女のはずなのに、貞操の危機を覚えるのですけど」

 

「当然じゃない。子リスは前科持ちだもの。オッサンみたいな目をして、あの子の胸を揉みしだいてたもガガ!?」

 

 何故それを!?

 私が月の裏側で犯した黒歴史の一つを、何故エリザベートが知っている……!?

 

 急いでエリザの口を塞ぎ、誤魔化す私。変態のレッテルを貼られるのだけは勘弁願いたい。

 

「いやぁ、何を言ってるんでしょうね、この子は! あははー!!」

 

「? まあ、貞節さえ守ってくれたらいいのですけど。とにかく、竜の魔女はもう一人のジャンヌ・ダルクの存在を抹消したがっています。下手に藪を突けば、蛇ではなく邪竜に喰われると思っておきなさい」

 

 敵側であるはずのマルタだが、妙に気を回してくれているような……。気のせい、なのだろうか? だが彼女は、ジャンヌに対しての言葉と表情から、ジャンヌに敵愾心を抱いているようには見える。

 

「不思議そうな顔ですね。どうして私が貴女に忠告なんてするのか。それが疑問なんでしょう?」

 

 考えが顔に出ていたのか、ズバリ私の心を言い当てるマルタ。驚く私を尻目に、彼女は自嘲の笑みを浮かべて語る。

 

「竜の魔女に召喚された私たちサーヴァントには、全員に狂化の属性を付与されています。それも強制的にね。だからこそ、誰も心から彼女に忠誠を誓ってなどない。それに私だって反抗心でいっぱい。貴女への忠告も言わば、せめてもの反逆ってところかしら?」

 

 儚く笑いながら言いのけたマルタ。しかし、それが誰にでも出来る芸当ではないと、私には理解出来ていた。

 

 かつて、自分の意思とは関係なく認識を書き換えられ、その通りに動いてしまった後輩を、私は知っている。

 

 世界を敵に回してでも、大切な人を守ろうとした後輩。そんな強い心の持ち主だった彼女も、狂わされた自我から逃れる事は不可能だった。最終的には打ち克ったけれど、それは決して容易ではなかったはずだ。

 

 だからこそ、私には分かるのだ。マルタは、その尋常ならざる強い意思で、ジャンヌの支配から抗っているのだと。

 

 とは言え、だ。それでも支配を完全にはね除けた訳ではない。マルタは敵。その認識だけは捨ててはいけないだろう。馴れ合いも、すべきではない。情を抱けば、いざという時に戦えなくなってしまうから。

 

「その目……そうです。私をあまり信用しすぎないで。抗っているとは言っても、それも所詮は小さな悪あがき。この胸に渦巻く狂気は容易く抑えきれるものではありませんから」

 

「クリスティーヌ、クリスティーヌ……。ああ、そうだとも。この身を焼き尽くすが如く我が内で燻るは、まさしく炎。かの竜の魔女が抱きし憎悪の一端……絶望し、憤った末に狂いし彼女の心の一部。一度植え付けられてしまえば、死以外に逃れる術は有りはしない……。おお……だからこそ。だからこそ、お前こそが私を殺しておくれ。クリスティーヌ……!!」

 

 顔半分を仮面で覆い隠した男が謳う。怪物のように鋭い爪をした手を天に掲げ、そこには居ない誰かに死を乞う姿は、まさに狂気的であった。

 そう。彼こそがマルタともう一人、私たちの監視役として選ばれたアサシンのサーヴァント。その名をファントム・オブ・ジ・オペラ。

 あの『オペラ座の怪人』のモデルとなった人物である。

 

「歌うま系サーヴァント……ハッ!? もしかしてラ、ライバル登場、かも……!? あだっ!?」

 

「そこ。別に張り合わなくて結構ですので」

 

 ファントムの存在に違う意味で驚異を感じるエリザベートに、着物の裾を捲って的確で優雅なツッコミを決める清姫。どうやら、私や小次郎と合流する前に一度だけ、エリザベートとの初対面時に被害に遭ったらしく、やたら恨みが込められたツッコミだった。

 

 と、このように一見和やかに見える雰囲気も、全てはジャンヌの手の平の上での事である以上、決して受け入れるべきではない事を忘れてはいけないのだ。

 

「白野殿」

 

 エリザベートと清姫のやり取りにマルタとファントムが気を取られている隙を見て、小次郎がさりげなく距離を詰め、小声で話しかけてくる。

 

「どうしたの?」

 

「よもや、我らを野に放つとは思わなんだが……これは好機であろうよ。今はまだ従っている振りをすべきだが、もう一人のジャンヌとやらを見つけ次第、白野殿だけでもその者と共にお逃げ召されよ」

 

「でも、それじゃ小次郎たちが……」

 

 彼の申し出は、自己犠牲に他ならない。そして恐らく、他の二人も同じ意思だろう事は容易に想像できる。

 けど、私が納得できるかと言えば、また別の話だ。

 

「良いのだ。我らサーヴァントとは、所詮は肉を持たぬ虚ろな影法師。ならばこそ、今を生きる者の活路を切り開く事に意味に見出だせるというものよ。白野殿。その手に、守るべき者が居るという事を忘れるな」

 

 ……それを言われては、返す言葉も出てこない。オルガマリーを生きて帰す。それは今の私にとって、何より優先しなければならない事なのだから。

 

「納得はしてない。けど、分かったよ」

 

「うむ。それでこそ魔術師という奴だ。そなたは魔術師とやらにしては優しすぎるからな。人としては美徳なのだが、それだけではこの先、生き残り難くなるのは必須。……とまあ、つまるところ人斬りの戯れ言ではあったのだが。いざとなれば、先程の私の言葉を思い出してもらえれるならば幸いよ」

 

 それだけ言って、彼は私から意識を離した。

 

 自らを犠牲にして他者の為に道を作る。極限状態を生き抜くためなら、それも致し方ないと言えるかもしれない。実際、そういった男たちが居た事を私は忘れてはいない。

 

 でも、やっぱり。

 そうだとしても、生きてほしいと願う事は、絶対に間違いではないはずだ。

 

 どうにか、上手くこの状況から全員で脱け出す方法はないものか、私は無い知恵を振り絞りながら、歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

「……………、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルレアンの城、その城壁にて、遠ざかっていく白野たちの姿を見つめる影が一つ。

 それは紛れもなく、現在この城の主であるジャンヌ・ダルクその人だ。

 

 せっかく捕らえたマスター。それをわざわざ手元から自ら離したジャンヌ。どんどん小さくなる彼女の姿に、竜の魔女は何を思う───。

 

「ここでございましたか、ジャンヌ」

 

「……ああ、ジル。何か用?」

 

 急に現れたジル元帥に、別段驚く素振りもなく、淡々と返事をするジャンヌであったが、ジルのほうはと言えば、内心不明な事ばかりで首を傾げていた。

 今も、ジャンヌが何を眺めているのかと思い、そちらにギョロリと飛び出たその目を向けてみれば、まさしく疑問の種であるマスターの少女の姿が。

 

「何故、あの娘をサーヴァント討伐として遣わせたので? マスターとしての資質が有るならば、洗脳なり意識を奪うなりして、我々に魔力を供給するためだけの魔力機関にでもすればよろしかったと思いますが……」

 

「そうね。それでも良かった。でも、それじゃツマラナイ。魔力機関にしたとして、この城から動かせなくなるし、使える足は有効に使ってもらわないとね」

 

 くっく、と笑うジャンヌ。彼女が意図して白野を遣わせたのは理解したが、やはりその真意までは読み取れず困惑を隠せないジル元帥に、ジャンヌは見下したように微笑みかける。

 

「私に付き従い、役目を全うするならそれで良し。逆に刃向かうとしても別に構わないわ。アイツが私の偽物に会ってくれさえすれば、それでイイのよ。仮とはいえ、私とマスターは契約で繋がった。口約束であっても、それは今の私に掛かれば簡単に呪いとなる。呪いはどこであろうと、何時だろうとマスターの居所を指し示す。それこそ、正常かつ清浄な力を持つ者でもなければ、拭い去りなどできはしないわ」

 

 言って、彼女は再び白野たちを見つめる。既に視認するのも難しくなっているけれど、それでも彼女は岸波白野というマスターの存在を確かに認識していた。

 

「あえて、謎のサーヴァントとそのマスターの存在を伏せたのも、貴女の思惑の内、という事ですかな?」

 

「ええ。奴らが何者か、そんな事はどうでもいいけれど。邪魔なら消す、それだけの話。何も知らずに合流したなら……まとめて消せるのだもの」

 

 白野は知らない。自身に掛けられた呪いを。敵に居場所が丸分かりな状態で、仲間と合流しようものなら、ジャンヌからすれば一網打尽にするだけなのだ。

 あえて不明なサーヴァントとマスターについて伏せたのは、完全に情報をシャットアウトして妙に勘繰られる事を防ぐため。

 

「おぉぉぉ……!! 流石はジャンヌ! やはり貴女こそ、我らを導く御旗の担い手! 否!! 貴女をおいて他に居ない!!!」

 

 全身で彼女を讃えるジル元帥に、竜の魔女は不敵に笑う。その手には、獲物へと己を導いてくれる地図(かみきれ)が強く握りしめられていた───。

 

 

 

 

 

 




 


答え)三匹の魔猿……見猿、言わ猿、聞か猿

私の答え)ラーマ……不正解



以下、実話です。

私「ふむ。ボス鯖は恐らくセイバークラス……人理で一番強い猿。それすなわち、ラーマに違いない! ならば神性特効宝具のナポレオンで行こう!」

戦闘開始。三匹の魔猿登場。

私「やはりアイコン的に配下の猿を従えていたか。お山の大将なのかなラーマくん? よし、だったら引きずり出してやるぜ!」

猿の一匹が退場。

私「来るか、ラーマ……!!」

そして現れる──

雀「頑張るでち!」

───でち公。

私「え? え? なんで女将さん?! ラーマは!?」

まさかの女将登場に混乱する私。(少ししてイベントのストーリー的に妥当な登場だと気付く)

私「女将……神性ないやん。ナポレオン意味ないやん。どうしたものか……」

撤退して編成練り直すかとも思ったが、ひとまずそのまま続行する事に。

私「無敵散布のジャンヌとマーリンが居る! 行けるところまで行くぜ!」


初見でしたがどうにかクリア出来ましたとさ。
ちゃんちゃん。


というわけで、バレンタインでのラーマのバナナ押しで、てっきりラーマ来るかと思って編成したら全然違ったという失敗談でした。



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第八節 別離と再会

 

 私たちがオルレアンの城を発って、一日が過ぎていた。ジャンヌから知らされた、何人かのはぐれサーヴァントについて、名前は分かっているものの、何処に居るのかまでは分からない。

 宛もなく街から街へと渡り歩くが、一向にその足取りは掴めないでいた。

 

 マリー・アントワネットにモーツァルト、この二名は私としては優先して探す必要はないと思っている。見張りが付けられているし、遭遇してしまえば倒すしかないからだ。

 逆に、早く見つけたいのはもう一人のジャンヌ、そしてジークフリート。

 ジャンヌに関しては、竜の魔女の謎を解く手掛かりが得られるかもしれないという事が一番の理由だ。この特異点の元凶であろう黒いジャンヌには、あまりに謎が多すぎる。何も知らぬまま、分からぬままで物事を進めてしまうには、不安が大きすぎるのだ。

 そして、実のところ、私としては最も早く見つけたいのがジークフリートだったりする。彼の代名詞でもある有名な異名───竜殺しの英雄。

 かつて、悪竜ファヴニールを討ち滅ぼしたと言われ、似たような伝承を持つシグルドとしばしば同一人物ではないかと語られる事もある大英雄。

 私が彼を最も探し求める理由は、まさにそこにある。()()()()()()()()()()という伝承こそが重要となってくる。何せ、この特異点にはジャンヌの使役する黒竜───おそらく本物であろうファヴニール───が存在するのだ。竜の魔女を倒すにしても、あの黒竜をどうにかしないと、勝ち目は限りなく薄いだろう。

 

 マルタの話では、竜の魔女が関与せずに召喚されたサーヴァントで、彼女らが把握しているもの……すなわち討伐対象に名の上がっているサーヴァントたちは、一度以上は遭遇しているとの事で、中でもジークフリートには重傷を与えており、その上呪いまで掛けているらしい。この事から、その危険度が竜の魔女にとって高いというのが推測できるだろう。

 

 ネックなのは、ジークフリートの傷の具合だ。コードキャストで回復させられるなら良いのだが、呪いがどういった類いのものかによって、回復の阻害をされてしまうかもしれない。

 それに、もしジークフリートが動けない状態になっていたら、見張りの二人が居る状況で会うのは避けるべき。

 

 やはり、何をするにしても見張りが付けられているのが厄介でしかない。どうにか、マルタとファントムの監視の目から逃げたいところであるが……。

 

 

 

 

 どのようにして見張りを撒こうか悩みながら進んでいるうちに、気付けば私たちはジャンヌ・ダルクの故郷とされるドンレミ村、その近くの街であるラ・シャリテにまで辿り着いていた。

 

「何の収穫もないまま、か。ジャンヌの怒りを買うのも時間の問題かな……?」

 

「仕方の無き事かと存じます。村や街の中から探せというならまだしも、広大な大地を巡ってたかだか数人を、しかも何処に居るのかも分からない人物を探せだなんて、無理難題にも程がありますわ。婚姻の条件としてかぐや姫さんの出した無理難題よりは、幾分マシではありましょうけど……」

 

 私の力無い呟きに、清姫がさりげなくフォローしてくれる。かぐや姫を引き合いに出してくるあたり、日本の英霊らしいというか、何だかロマンチックである。

 

 さて、このラ・シャリテは戦火の中心地点となったオルレアンから、たいして離れていない距離に有り、戦いの傷痕も生々しく残っている。家屋は焼かれ、井戸は崩され、ワイバーンに食い荒らされたであろう住人の亡骸が放置されたままとなっている。

 この街に限らず、オルレアン周辺の街はほとんど全てが、このような惨状であり、私たちが捕まったティエールの街などは運が良かっただけだ。

 この特異点、冬木の地獄に比べればまだ良いほうだが、放っておけば同じか、それ以上の惨劇に成りかねない。

 

 人の気配のしない、まさにゴーストタウンを歩く私たち。ジャンヌにより狂化が付与されているとはいえ、聖女と呼ばれるマルタには平和が徹底的に破壊された光景は辛いようで、苦虫を噛み潰したかの如く歯を食い縛って街の様子を眺めていた。

 

「ここは外れだったかな?」

 

「ヴラド公の報告によると、竜の魔女の召集に応じる直前まで、ドンレミ村でもう一人のジャンヌと戦闘をしていたらしいのです。あれから時間も経っていますし、確かにまだこの付近に滞在しているとは思えませんが、痕跡は残っているかもしれませんね」

 

 私の質問とは言えない問いに対し、マルタが説明付きで返してくる。ヴラド三世と戦闘になったならば、もう一人のジャンヌは手負いの可能性もあるかもしれない。

 できれば負傷していない事が望ましいのだが、聞けばヴラド三世はバーサーカー。狂戦士のクラスとして召喚された上に狂化まで付与されている。つまりは二重の狂化が掛かった状態と言っても過言ではない。そんな相手と戦って無事でいられるとは、とてもではないが考えられない。

 今のヴラド三世は、かつて見た、李書文がアサシンとバーサーカーのマルチクラスとなった時とは似たようでまるで違う状態な訳だが、それでも知性を失っていないだけ、ヴラド三世の精神力の強靭さには恐れ入る。

 というか、私の知ってるヴラド三世と見た目が違ったんだけど。これが噂に聞く英霊のオルタナティブ───いわゆるオルタ化というヤツなのだろうか?

 

「じゃあ、手分けして何か無いか探してみようか」

 

「そうさな。であれば、二組に分かれよう。白野殿、エリザ嬢、清姫嬢、マルタ殿の組。そして(それがし)にファントム殿の組で良かろう」

 

「その組分けの理由は? というか、マスターのほうはまだ分かるけど、どうして私だけ”殿“なのです? 納得のいく説明をしなさい」

 

 私も理由は気になるが、マルタさん笑顔なのに凄みヤバい……。圧を受けてるはずの小次郎は、涼しげな顔で質問に答える。

 

「ファントム殿はアサシンのサーヴァントと聞いた。そして私も、こう見えてアサシンのサーヴァント。アサシンとは隠密に長けた技能を与えられ現界するのだろう? ならば、隠密行動に適した私とファントム殿は、アサシン同士で動いたほうが都合が良い。私の気配遮断など、ファントム殿に比べればたかが知れてはいようが、持つ者が持たぬ者と行動を共にしては、まさしく無駄でしかないというものよ」

 

「それは……一理あるわね、うん。マスターのほうに戦力を多めに割くのは当たり前。それにアサシンのクラススキルを活かすなら、単独かつ隠密のほうが効果は有るでしょうし。アタシはサムライに賛成するわ」

 

「わたくしは、白野さんと離れないのでしたら何でも構いません」

 

 小次郎の説明に、エリザベートと清姫も賛同の意を示す。そしてスルーされるマルタからの“殿”についての追及。

 

「それで良いかな、ファントム殿?」

 

「おお、愛しいクリスティーヌ……。君と離れる事の辛さは、胸が張り裂けるかの如く。だが、それが運命というのならば、この苦痛を私は受け入れよう。待っていておくれ、クリスティーヌ。すぐに私は君の元に舞い戻ってみせよう……」

 

 ……えっと。私の事を見ながら言われても。前から思ってたんだけど、まさかクリスティーヌって私の事なの?

 とまあ、ファントムも異論は無いようだ……、無いんだよね? うーん、自信無い……。

 

「私の聞きたい事だけスルーとか何様……コホン。では、彼の提案の通り、二手に分かれましょうか」

 

 小次郎の案は満場一致で可決された。マルタが若干怖かったが、私も触れないでおこう。触らぬ神に祟りなし、と言うし。

 

 そして分かれる直前、

 

「白野殿」

 

 すれ違い様に小次郎が、私にしか聞こえないくらい小さな声で、こう言った。

 

「私は捨て置け」

 

「……え?」

 

 どういう意味なのかを聞こうにも、振り返った時には既に、小次郎はファントムと共に私たちとは違う方向へと進み始めていた。

 彼が残した不穏な言葉に、その真意へ思考を巡らせながらも、私も足を動かす。

 

 ……何だろう。妙な胸騒ぎがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ果てた街を進む。壊された街道を歩く。見える光景、視界全てに映る荒廃と破壊の残滓。これら全てが竜の魔女による爪痕なのだと思うと、恐ろしさに寒気が絶えない。

 

 後世において聖女と謳われた彼女が何故、あのような変貌を遂げてしまったのか。ジャンヌ・ダルクは当時であれば異端の魔女として扱われた事もあったが、かつて月で英霊として再現された彼女を見た事がある私は、ジャンヌからは魔女と呼ばれるような性質を一切感じなかった。

 

 だからこそ、この特異点の原因が、あまりに聖女としての性質からかけ離れてしまったジャンヌにあるのだという推測は濃厚と言える。

 

 そして、もう一人のジャンヌの存在。私が目にした訳ではないが、配下のサーヴァントを使ってまで討伐しようとしているのだから、おそらく嘘ではないだろう。

 私の予想では、二人目のジャンヌこそ、私が知っている()()ではないだろうか?

 本来の、聖女としてのジャンヌ・ダルク。竜の魔女は、その救国の聖女を抹消する事を望んでいる。憎悪に取り憑かれ、自らを焼き殺したフランスという国、そこに住まう人間たちに、魔女は復讐しようとしている。

 

 この特異点に降りたってから今まで見てきたもの、聞いたもの、触れたものを頭の中で統合して、私は仮説を立てた。

 聖女と魔女、二人のジャンヌ。どちらも特異点の鍵となる存在。ならば、魔女に聖女を殺させてはならない。人理修復の為にも、聖女と協力し魔女を打倒する。これが最適解だろう。

 

(月の聖杯戦争での経験が活きたかな。マトリクス埋めや真名看破は大変だったけど、おかげで状況整理が楽になった)

 

 この特異点と竜の魔女についての考察をまとめたところで、一度思考をリセットする。正直に言って、今のは現実逃避のようなものだ。本当のところは、先程の小次郎が口にした不穏な言葉と、どうにもざわめいて仕方ないこの胸騒ぎを落ち着かせるための考察だった。

 

『私は捨て置け』

 

 単純な意味でその言葉を捉えれば、小次郎を置いて逃げろ、という事になる。だけど、どうして?

 逃げるなら、一緒に逃げればいいのに。

 

 彼はここに来て最初に私が出会ったサーヴァントだった。危ないところを助けてもらった。エリザベートや清姫と合流できたのも、彼が私の旅路に付いて来てくれたからに他ならない。

 小次郎は私の命の恩人だ。そんな彼を置いて逃げるなんて嫌だ。

 

 ……けど。私は何故か今、月の裏側で命を張った男たちの事を思い出していた。

 命を懸け、道を切り開いてくれた男たち。小次郎の言葉には、その彼らを思い出させる意志が感じられたのである。

 

 ───そして、運命とは残酷なもので、白野が望まずとも、本当にそうせざるを得ない状況になってしまう。

 

 

 

「……白野?」

 

 

 

 何の前触れもなく、私の名を呼ぶ声があった。それほど長く聞いていなかった訳ではないのに、やけに懐かしくさえ思える声。

 待ち望んでいた。思い焦がれていた。何より求めていた───カルデアとの繋がりを示す証。

 

「立香……!」

 

 振り向けば、そこには一人の少年が立っていた。

 カルデアに唯一残されたマスター。人類最後のマスター。彼の名は藤丸立香。冬木の特異点を共に生き延びた戦友である。

 彼の傍らには、彼のサーヴァントであるマシュの姿もあった。やはり、カルデアもこの特異点の存在に気付き、彼らを派遣していたのだ。

 

 カルデアとの合流は、私が最も優先したかった事だ。私のマスターであるオルガマリーの安全を確保する。私はそれを願っていたはず。それは今も変わらない。

 ただ……小次郎の言葉を実行せざるを得ない事だけは明白であり、それだけは悔やまれて仕方ない。彼を置いて、私は逃げるしかない。

 

 当然ながら、マルタは突然現れた立香という存在に対し、すぐさま警戒の姿勢を取るが、私はそのがら空きの背中にコードキャスト、ガンドを撃ち込んだ。

 

「ぐっ……!!」

 

「ごめん、マルタ。やっぱり私が居るべきは、そっちじゃない」

 

 たとえサーヴァントといえど、ガンドをまともに受ければ多少は行動の阻害をできる。僅かな間だが痺れて動けない彼女を、エリザベートと清姫に拘束させた。

 図らずとも騙し討ちをする形となったが、マルタは私の言葉に、怒るでもなく黙り込んでしまう。

 

 ひとまずマルタは無力化したが、いつ他の敵が現れるかも分からない。すぐにこの場を離脱したほうが良いだろう。数の利は有るようで無い。今は私たちが優勢でも、時間を掛けるだけ不利に成りかねない。

 だからこそ、小次郎はあのように言ったのだ。

 

「白野、その人は……、」

 

「今は説明してる暇はないの。すぐにここから離れないと。立香、召喚サークルの設置は?」

 

「え? えっと、してあるけど」

 

「一旦そこまで退こう。案内お願い」

 

 立香の問いかけにも私は有無を言わさず、召喚サークルまでの誘導を指示する。拘束したマルタをエリザベートたちに担がせ、すぐに移動を始めた。

 後ろ髪を引かれる思いではあるが、小次郎の無事を祈って、私は街を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、そろそろ頃合いか」

 

 

 

 白野たちと分かれ、およそ彼女らとは反対の方向へ探索に進んだ小次郎であったが、空を見上げながらポツリと言葉を零す。

 彼の言葉が何を意味するのか。ファントムはその言葉に反応して彼へと振り向けば、そこには刀を抜き放った男の姿があった。

 

 刀としては長すぎる刀身。それに比例するように異例とも言うべき長身の鞘は、背負うだけでも身動きに影響をあたえるであろう。

 初めて目にする長剣ならぬ長刀に、ファントムは自然と警戒の構えを取っていた。

 西洋の剣とは違い、あまりに薄く脆そうな刃ではあるが、それは人を斬る事に特化したためのもの。

 日本で培われてきた刀の歴史をファントムは無論知らない。その見慣れぬ武器の用途は分かっても、特性までは分からない。

 けれど、一太刀でも受ければ致命的であると、本能が彼の全身に訴えかけていた。だからこそ、油断してはならない。

 

「アサシン───暗殺者の型に押し込められはしたが、生憎と辻斬りなどの類いは私の性に合わないのでな。故に、正面から堂々と死合う次第。そちらへの恨みなど特にはないが、これもまた縁。しばし、お付き合い願おうか」

 

「おお……クリスティーヌ、彼は私たちを裏切ると言う。私は悲しい。クリスティーヌ、少なからず彼は君の親しき友。その隣人を殺す私を、その罪を、どうか許しておくれクリスティーヌ……」

 

「これはまた異な事を。裏切るなどと、最初から私も白野殿もお主らに与してなどいない。あの竜の魔女に隷属を強いられただけの事よ。従いはすれど、仲間になどなってはおらぬのだ」

 

 明確な敵対の意思を示した小次郎に、ファントムもまた戦闘態勢に入る。オペラ座の怪人として座に刻まれた彼は、英霊となる際に『無辜の怪物』というスキルを獲得した。───いや、獲得したというのは語弊がある。

 名も無き人々が、”()()()()()()()()()()()()()()()()と広く認識していたが故に与えられた、呪いにも等しいスキルだ。

 

 だが、それにより彼はサーヴァントとして現界するに当たり、特殊な能力を得た。地面から少しだけだが宙に浮き、両の手の指先は巨大な鉤爪へと変貌を遂げている。それこそが、『無辜の怪物』というスキルの顕れであった。

 

 ふわり、と一際大きく浮遊した彼は、ミサイルの如く小次郎へと向けて急速発進する。

 

「む……!」

 

 正面から突っ込んできたファントムに、小次郎は長刀・物干し竿で迎え撃つ。左右交互に繰り出される凶爪による連撃。ファントム自身が武芸者でも格闘家でもないため、その攻撃にはまるで規則性が無く、不規則な猛攻に小次郎は防戦を迫られる。

 

 ファントムが浮遊している事も相まって、軌道がまったく掴めない小次郎だったが、一度大きく弾いて押し返すと、ファントムから距離を取る。

 

「中々に素早い。流石は暗殺者の型に押し込められるだけの事はある。まあ、私も人の事を言えた義理ではないのだが」

 

 稀に見るアサシン同士の戦い。通常の聖杯戦争でならまず有り得ない展開だ。亜種聖杯戦争と呼ばれるものでなら、無くはないが、それでもアサシンとはマスター殺しに特化したクラス。やはり、アサシン同士で殺し合うというのは極めて珍しいと言えるだろう。

 

 とはいえ、だ。小次郎はアサシンではあるが、少々特殊な理由からアサシンのクラスに割り当てられており、やはり本物とは勝手が違う。

 正々堂々を好む小次郎に対し、大概のアサシンは暗殺に長けているため、多少はトリッキーな能力を有している。ファントムも例に漏れず、オペラ座の怪人としての能力をフル活用して戦闘に臨んでいる。

 どのような奇策、特殊技能を他に隠し持っているとも知れないのだ。決して油断はできない。

 

 加えて、竜の魔女から付与されているという狂化。程度こそバーサーカーのそれよりは低いだろう。しかし、ステータスの向上。これは見過ごすには大きすぎる要素である。

 

 宙に漂うファントムの姿は、その顔の半分以上を覆う仮面や、彼の纏う空気から、まるで幽鬼を連想させてくる。

 

「捧げよう、その命。クリスティーヌ、君の為にこそ私は歌う。たとえ、我が身、我が心が黒く塗り潰され、狂気に支配されようとも。君の為だけに、私は歌い続けよう……ああ、クリスティーヌ、クリスティーヌ!!」

 

「……いやはや。私も酔狂な事をした。たかが人斬りに過ぎぬ私が、誰ぞ為に刀を振るおうとは」

 

 何事かを口走りながら、再度突進してくるファントム。小次郎には分からないが、彼は歌いながらも小次郎に攻撃を仕掛けようとしていた。

 それが宝具発動のためのトリガーであるかもしれないのに。敵が目前まで迫ってきているというのに。決して優勢でないというのに。

 

 小次郎は刀を構えたまま、楽しげに笑っていた。

 

「だが、それもまた一興。悪くはない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちはラ・シャリテを離れ、街から東にあるジュラの森へと身を隠していた。霊脈が通っている事、敵から身を隠すのに良い地形である事などの理由から、召喚サークルはこの森の中で形成したらしい。

 

『本当に良かった……! 無事に白野ちゃんと合流できた事もだけど、オルガマリーの生存が確認できたのはカルデアにとって最大の朗報だよ』

 

 通信越しだけど、久しぶりに聞くロマンの声に、私は泣きそうになる。立香、マシュの姿を見た時もそうだったが、私たちは確かに生き延びたのだと、初めて実感できた気がしたのだ。

 

『……二人の無事を祝いたいのは山々なんだけど、今は聞きたい事、言わなきゃならない事がたくさんある。早速、報告をお願いできるかい?』

 

「……はい」

 

 私は促されるがままに、この特異点に飛ばされてからの経緯、これまでに起きた事の全てを話した。

 意図せず特異点に飛ばされ、小次郎と出会い、エリザや清姫とも合流。そして竜の魔女に捕まった事。

 

 私の話をしばらく傾聴していたロマンだったが、逆に私も聞きたい事があった。

 ここまで逃げる際に、街中で合流した一人の少女。おそらくは立香の仲間であろう彼女の顔を、私は知っていた。

 私は彼女と向かい合い、改めて確認する。

 

「ジャンヌ、だよね?」

 

 美しい金の髪を三つ編みにし、甲冑を身に付け、旗を手にした聖なる乙女。私が知っているジャンヌ・ダルク。

 

 彼女は私の問いに、静かに頷き、肯定の意を示した。間違いではない。彼女こそ、私の知るジャンヌその人である、と。

 

「お久しぶりですね、白野さん。───いいえ、月の新王。まさか貴方がサーヴァントとして藤丸さんたちと共に居るなんて、思いもしませんでした」

 

「そういえば白野の名前を出した時、かなり驚いてたもんな」

 

 いや、それは驚いても無理はない。立香には分からないだろうが、私は英霊になれるだけの偉業も歴史も無い。たとえ世界を救ったとしても、それにより最新の英雄と称されたとしても、私という個人が英霊の座に刻まれる事は有り得ないのだ。

 だって、私自身は何もしていない。私は単なるマスターだったに過ぎないのだから。

 

 だからこそ、私は何故ここに自分が存在しているのか、まだ理解していないし、できる気もしない。私だって自分の事なのに驚きを禁じ得なかったのだから、ジャンヌが驚くのは当然だし必然だろう。

 

「白野さんは竜の魔女に会ったのですよね。……彼女はやはり、()だったのでしょうか?」

 

「……分からない。顔も声もジャンヌだったけど、中身はまるで違ってた。正直、ジャンヌを知ってる私からすれば、あれがジャンヌとは思えない」

 

 こうして、私の知るジャンヌに会えた今だからこそ、私はこれだけは断言する。

 あの竜の魔女はジャンヌの本質ではない。異端の魔女と罵られ、挙げ句の果てに処刑されたというのに、サーヴァントとして召喚されたジャンヌは恨みも憎しみも抱いていない。普通なら復讐心に駆られるだろうに、彼女にはそれがないのだ。人間としてではなく、聖女としてジャンヌは完璧すぎるのである。

 

 あの魔女はその真逆。フランス、そしてフランス国民による己への所業に対し、激しい怒りと憎しみを募らせ、今まさに報復している彼女は、あまりに人間くさいと言えるだろう。

 

 二人のジャンヌ───おそらくだが、同一人物であったとしても、同一存在ではない。

 黒いジャンヌは、復讐に燃える魔女としての存在を確立させている気がしてならないのだ。

 

『竜の魔女が本物のジャンヌ・ダルクではない、というのは間違いない。その年代は、ちょうどジャンヌが処刑されて間もなくの頃だからね。君たちと共に居るジャンヌも、竜の魔女であるジャンヌも、どちらもサーヴァントであるのは確定事項であり、おそらく竜の魔女こそが特異点の原因でもある』

 

「となれば、わたしたちの最優先事項は竜の魔女の打倒、ですね。わたしもジャンヌさんも、守りには長けているのですがパーティとしての攻撃力に欠けていたので、白野さんたちとの合流はありがたく思います」

 

 ロマンが述べた推察を元に、マシュが明確な方針を掲示する。そういえば、史実でも実際に見た戦場でのジャンヌも猪突猛進な傾向にあるが、彼女は元々後衛で旗を振って支援する系女子とか自分で言っていた。盾のサーヴァントと旗のサーヴァント……確かに、印象だけで見れば攻撃力はあまり無さそうな感じだ。

 

 

 

 

 ある程度の情報交換を終え、早速オルガマリーをカルデアに戻そうと、ロマンにレイシフトを頼んでみたのだが、ここで問題が生じた。

 何故かは分からないが、オルガマリーだけではレイシフトが不可能だったのだ。

 

『これは推測だけど、彼女は本来レイシフト適性者ではない。けれど、それを可能としたのは白野ちゃんの持つ指輪に収納されていたからなのかもしれないね』

 

 ロマンの推測では、レガリアのお陰で適性のないオルガマリーもレイシフトできた───となると、レガリアに入れたままでなければオルガマリーをカルデアに帰せないという事になる。

 

 なら、レガリアだけをカルデアに転送するのは? そう思ってレガリアを外そうとしたのだが……。

 

「あれ? 抜け、ない……!!」

 

 力一杯引いても、回すように抜こうとしても、抜けない。

 ここで初めて、レガリアが指からどうやっても抜けない事に私は気付いた。召喚されてから結構な時間が経っていたのだが、今までレガリアを外す必要性も無ければ、試した事すら無かったので、ようやく気付けた次第である。

 

 困った。こうなれば、私が一旦帰ってオルガマリーだけでもカルデアに戻すほかない。と、思いきや。

 

『悪いけど、今はできないんだ。レイシフトには膨大な電力を使うんだけど、生憎とカルデアは復旧間もない。レフの奴、念入りにも妨害工作までしていたらしくてね。発電装置もほとんどが破壊されて、電力補充が追い付いてないのが現状だ。藤丸くんたちを第一特異点に送り出した段階で、こちらも設備を動かすのがやっとなんだよ』

 

『割り込み上等ダ・ヴィンチちゃんさ! まずは無事を喜ぶよ、白野ちゃん。で、だ。ロマニの言う通り、カルデアはギリギリのところで機能している状況だ。立香くんやマシュの存在証明、君たちの周辺のモニタリング、君たちのバイタルチェックなどなど……これらの電力は割くに割けないからね。良くて帰りのレイシフト分は電力を回せるけど、今から往復分は少々厳しいというのが本音なのさ』

 

『……そういう訳で、マリーには悪いんだけど、その特異点を修復するまでは帰還できない。だから、それまで彼女を守り抜いてほしい、白野ちゃん』

 

 ……、絶句する。やっとオルガマリーを安全な所に送り届けられると思ったのに、それは叶わない。

 でも、仕方ないと割りきるしかない。カルデアだって、どうにか運営している現状なのだ。特異点に派遣されている立香とマシュはもちろん、ロマンやスタッフたちだって無理をしているだろう。

 なら、私は甘えるのではなく、一刻も早く特異点を消滅させ、カルデアに帰還する。

 私たちを逃がすために自らを捨て石とした小次郎の為にも、私は全力を尽くさなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 ひとまず報告会を終了し、若干の蚊帳の外気味だったエリザと清姫を、改めて立香たちに紹介する。

 その際、清姫が立香を見る目が、何となく私に向けるものと近い感じがしたが、気のせいかもしれない。いや、むしろ本当なら助かるのだが。

 清姫は可愛いし、甲斐甲斐しくて気立ても良いので、どちらかと言えば好きなほうではあるが……やはり安珍との一件が大きすぎるくらい尾を引いている。

 仮に、安珍の生まれ変わりなどと認定(思い込み)でもされようものなら、下手をすれば清姫伝説の再現に成りかねない危険性が生まれる。

 立香には悪いが、私には安珍役は荷が重すぎるので、安珍認定が彼に下される事を祈るばかり。

 

「……安珍様候補が二人。ああ、そんな安珍様いけません。わたくしは一人ですのに、いっぺんに二人も相手にするなんて……!! わたくし、体が火照ってしまいます……!!」

 

 チラリと盗み見てみれば、清姫ちゃん、絶賛トリップなう。

 

「ところで、話は変わるのですが、拘束したサーヴァントの女性はどうするのでしょう……?」

 

 私が清姫に気を取られていると、マシュが拘束中のマルタに視線を送りながら、その処遇について問うてくる。

 確かに、マルタの扱いには正直に言えば悩んでいた。その場をすぐにでも離れる為には、マルタと戦闘になるより拘束してしまったほうが早かったからなのだが、後の事を何も考えていなかった。

 どうするべきか悩む私を尻目に、ジャンヌがマルタの前で膝をつき、彼女に語りかけ始める。

 

「あのマルタ様が竜の魔女に使役されているのは、本当に残念でなりません。どうにか彼女との契約を破棄できれば良いのですが……」

 

「残念ですが、それはできません。召喚の際に付与された狂化により、私たちは彼女からの契約に縛られていますから。私が死ぬか、竜の魔女が契約を切らない限りは永劫に解けない呪いのようなものなのです」

 

 呪い、か……。いかにも魔女が好んで使いそうな言葉ではある。呪いを解くには、とある条件や聖なる力が必要とかはゲームでよくある話だ。

 

 それにしても、少し気になるのはマルタたちに付与されているという狂化に関してだ。

 狂化という割には、会話も成立しているし、理性も残っているように見える。もっとバーサーカー的な印象があっても良いはずなのだが。狂化が強すぎないからこそ、マルタは多少であっても竜の魔女に抗えているのだろうけど……。

 私と同じ事を思ったのか、立香もその疑問を口にする。

 

「狂化されてる感じがしなくないか? 俺やマシュが最初に遭った敵サーヴァントは、確かに()()()()感じだったけど」

 

「そこは程度によります。狂化で完全に理性が失われてしまえば、流石の竜の魔女でも御しきれない。反英雄だけではなく、真っ当な英霊を従わせるには、狂化を与えた上で知恵と理性を残す必要があったのでしょう」

 

 ふむ。だから狂化が与えられていても、バーサーカーのように意志疎通ができないという事もないのか。マルタの説明に納得していると、不意に視線を感じた。

 見れば、マルタがじっと私を見つめている。

 

「な、何か……?」

 

 何を言われるのだろうとビクビクしていると、彼女は神妙な面持ちで、衝撃の事実を口にした。

 

「呪いで思い出したのですけど……あなた、やっぱり呪われてるわね」

 

「………えっ?」

 

「竜の魔女と仮とはいえ、契約を交わしたでしょう。その契約はあなたを縛りはしませんが、あなたと竜の魔女を確かに繋いでいます。有り体に言えば、常に位置バレしている感じ、でしょうか?」

 

 えっと、それはつまり、ヤバくない?

 

『ちょっと待ってくれ! 白野ちゃんをスキャンしたけど、そんな痕跡は見当たらなかったぞ!?』

 

「呪いと言っても、パスにへばりつく程度の微弱なもの。だから、観測できなかったのでしょう」

 

「隠れていても無駄って事か? なら、ここもすぐに見つかるな……」

 

 一時とはいえ、せっかく安全な場所を確保できたと思ったのに、私が居るだけで敵の位置を知らせているとは……。

 これはまずい。となれば、一ヵ所に留まるべきではないだろう。

 必然的に事を急がねばならないが、元々は竜の魔女の指示で、はぐれサーヴァントを探すために動いていた私たち。彼女の目的を果たすようで癪ではあるが、戦うためには仲間が一人でも多く必要だ。

 なら、やはり私がすべき事は変わらないだろう。

 

「小休止の後に、はぐれサーヴァントを探しに行こう。召喚が確認されてる中でも取り分け、竜殺しの逸話を持つジークフリートは重要度が大きい、敵よりも早く見つけて合流しないと」

 

「決まりだな。所長をカルデアに帰すためにも、早くこの特異点を修正しよう!」

 

 方針が決まり意気込む私と立香。そんな私たちを、マルタは何故か複雑な表情で見つめていた。微笑ましく、それでいて悲しげに。側に居たジャンヌも、不思議そうにマルタの様子を見守っていた。

 

「あなたたち、私の弟妹にどことなく似ています……。だからこそ、私はあなたたちを傷つけたくない」

 

「マルタ様……?」

 

 マルタは意を決したように、口を開く。私は何度か見た事があるから分かる。彼女は、何かを覚悟した顔をしていた。

 

「あなたたちにとって、私は所詮は敵。だから、私を討ちなさい。躊躇わず、遠慮せずに。いつ、あなたたちに狂気を向けてしまうかも分からない私など、今のうちに始末なさい」

 

「マルタ様……」

 

 殺せ、と。マルタは私たちに、自らを殺してくれと頼んでいる。後の世で、同じく聖女と呼ばれたジャンヌも、マルタの決意に思うところがあったのだろう。止める事はなく、静かにマルタに視線を送るのみだった。

 

 もはや竜の魔女の契約は切れない。ならば、自分が動けない今のうちに、引導を渡してほしいと。

 もちろん、私も立香も、それには抵抗があった。けど、躊躇っていられる状況ではない事も分かっている。

 

 彼女は死ぬ覚悟を決めている。どうあっても束縛から助けられないというのなら、その意思を尊重し、命を奪う事で救いとする。それもまた、彼女にとって救済となるのかもしれない。

 立香と二人、互いに目配せをして、マルタの望みを叶える事にした私は、この中では唯一明確な武器を手にして召喚されているエリザに、介錯をお願いする。

 

「じゃ、リクエストに答えてサクッとやるわ。言っておくけど、楽には死ねないわよ。それだけは覚悟してちょうだい」

 

「この望まぬ第二の生を終えられるのなら、構いません。この手を罪無き人々の血で染めた私には、苦痛の中で死ぬ罰を与えられて然るべきなのです」

 

 目を瞑り、静かにその時を待つマルタ。まるで、裁定が下されるのを今か今かと待ち続ける罪人の如く。

 が、ふと何かを思い出したように顔を上げると、

 

「最後に一つだけ。私はもう一人、この時代に召喚されたサーヴァントを知っています。これは竜の魔女にも隠してきた秘密。彼女さえもまだ存在を知り得ないサーヴァント。聖人の一人に数えられ、聖ジョージの名で知られるもう一人の竜殺し。───『ゲオルギウス』。彼に会いなさい。呪いは聖人が二人居れば解ける。その時こそ、あなた()()も呪いから解放されるでしょう」

 

 そこまで言って満足したのか、マルタは頭を下げた。その華奢な背に、エリザの槍が突き立てられ、一突きで心臓を刺し貫く。

 彼女の胸元から生えた槍の先端、そして傷口から大量の血が流れ出して、大地へと吸い込まれていく。

 

「これで……私も……解放され、る……………」

 

 死の苦痛を味わっているはずなのに、最期まで微笑みながら、安らかな表情のままにマルタは消滅していった。

 

 

 

 私たちに探すべきだという、もう一人の竜殺し。ゲオルギウスの名を残して。

 

 

 

 



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第九節 どんなダンスがお得意かしら?

 

 

 敵に位置がバレていると分かった以上、私には常に移動する必要があった。そして、敵よりも早く残りのはぐれサーヴァントを見つけだし、味方に引き入れなければならない。

 

 ファヴニールやワイバーンを使役する“竜の魔女”───黒いジャンヌがいつ再来するとも分からない。それに不安要素もある。

 私の位置は、常に敵に知れている状態だ。ゲームで例えるなら、マップ上のどこにターゲットが居るのか一目で分かる感じだろうか。なのに、本腰を入れて追っては来ていない。

 推測の一つとして、位置を把握している上で、あえて私を泳がし、はぐれサーヴァントを集めさせてから、そこをまとめて倒すつもりなのかも……?

 

 どちらにしても、このままでは彼女の思惑通りの展開に事は運ぶだろう。

 それを防ぐためにも、まずはマルタが消滅する寸前に話していた『ゲオルギウス』というサーヴァントを探しだし、呪いを解呪しなくてはならない。位置さえ把握されなくなれば、まだ挽回の余地は残されている。

 

 それにしても、ゲオルギウスか……。

 伝説では、聖剣アスカロンを手に、人々を苦しめていた悪竜を倒したとされる人物。聖人でありながら、武人としても非常に優れていたそうで、当時も騎士顔負けの武勇を誇っていたらしい。

 

 竜種や屍の怪物が蔓延り、この世界の住人を苦しめていると彼が知れば、逸話からしてきっと守ろうとするはず。

 だが、未だに存在が知られていないのは何故か? 竜殺しである彼が滞在する街は、竜種を率いるジャンヌ軍にしてみれば攻めあぐねそうなものだが……。それと同じくらい、他のサーヴァントたちも抗戦しているから、なのだろうか。

 

 

 できれば、手分けをして探したいのが本音だ。だけど、それだと各個撃破される危険は避けられない。レガリアが外せないと分かった事もあり、情けない事に私はなるべく多くの戦力に守ってもらわないといけないのである。

 オルガマリーの身を引き受ける役目たる私が、まさか敵に位置を知らせているなんて、最悪の一言に尽きる。

 

 ……現実逃避しても仕方ない。やるべき事をやる。成すべき事を成す。それだけの話なのだから。

 さて、またもや街から街へと巡る旅の再開だ。しかも、今回は急を要する。黒いジャンヌがはぐれサーヴァントたちを始末するのが先か、私たちが見つけだすのが先か……。この競争に負けた時、それは私たちの敗北を意味する。ひいては人類史の終焉に直結するだろう。

 

 だからこそ、私たちは半ば強行軍じみた勢いで、先を急いでいた。

 

 

 

 

 広大なジュラの森から、南に進んだ先にある街リヨンへと到達した私たち。

 マルタの消滅は既に敵に知られているのか、道中で竜の魔女の尖兵であろうワイバーンやゾンビ兵が度々襲ってきた。弱体化しているらしいジャンヌを除けば、こちらは健常なサーヴァントが三騎。そう簡単には倒されないが、今はまだ、なだけだろう。

 その気になれば、物量で押してくる事だってできるはず。なのに、毎回十に満たない敵の数には、ただただ追撃しているだけという印象を受ける。泳がして、集まったところをまとめて倒すという推測も、あながち間違いではないのかも。

 

「街に着いたは良いけど、ここもワイバーンに襲われてボロボロだね。さて、どこをどう探したものかな……」

 

「うーん。やっぱり、しらみ潰しに探すしかないんじゃないか?」

 

 捜査は足でするもの、と警察(ドラマ)も言っているし妥当な意見か。いや、私はサスペンスとか見た事はないのだけども。

 それしかないかと、立香と共にそれぞれに指示をどう出すか相談しようとした矢先、カルデアからの通信が入る。

 

『ちょっと待った。……うん、やっぱりだ。その街の中心で、魔力反応を観測した。魔力量からして宝具じゃなくて何らかのスキルか、それに類する魔術をサーヴァントが使用している可能性があるね』

 

「それはつまり、はぐれサーヴァントがこの街に居るって事ですか?」

 

『そういうコトだ。いや、訂正する。それが味方か敵なのかは分からない。竜の魔女の配下が何か策を講じて待ち構えているのか。それとも味方になってくれるサーヴァントが何かしているところなのか。それは行ってみない事には何とも言えない。とにかく、行くなら注意して向かってくれ』

 

 ロマニの警告に従い、ここは分散せずにあえて全員で、かつ慎重に足を進める私たち。

 街は見るも無惨な状態なのだが、不思議なことに住人の遺体がまるで見当たらない。血の跡は残っているので、間違いなく死者は出ているはずだというのに。

 その痕跡だけが、異様な不気味さを漂わせていた。ワイバーンが亡骸を残らず喰い漁ったのか、若しくは、誰かが意図的に死体を運んだのか。それとも死体が骸骨兵やゾンビにでもなってしまったのか……。

 どちらにしても、この廃墟と化した街の様子は奇妙の一言に尽きる。

 

「………ちょっと待ってくれ」

 

 と、マシュと並んで前を歩いていた立香が、手で私たちの歩みを制する。

 

「何か聞こえないか? 音楽、みたいな……」

 

 言われて、私も耳を澄ませみる。確かに、何か奏でているような耳に心地よい旋律が聞こえてきた。音色からしてピアノ───いや、オルガンか?

 

 廃墟に似つかわしくない、遠くからでも分かる心が洗われるかのような音色は、当然ながら違和感が尋常ではない。

 不謹慎ではあるが、言わばこの街は既に死に絶えている。人は居らず、家屋は崩れ、木々は焼け、視界に入るありとあらゆるものが粉砕されている。

 

 そんな所で、オルガンの音が聞こえるとか、どこの心霊スポットだと言いたい。

 

「……綺麗な音色ですね。清らかで、澄んでいて、まるで奏者の内面を表現しているみたいで……。何故でしょうか、私には、そこに居る誰かが敵とは思えないのです。それに、この演奏からは悪意が感じられません。……さあ、行きましょう皆さん。きっと敵では無いはずです。善は急げですよ!」

 

 そう言うと、ジャンヌは問題ないとばかりに、音色のほうへと歩を進める。

 

『演奏だけで敵味方が判別できるとは思えないんだけどなぁ……って、彼女どんどん先に進んでないか!? 早く追うんだ! 本当にそこに居るのが味方とは限らないんだぞ!?』

 

「あの聖女様、アレで結構な脳筋系女子ですので……」

 

 月の大海において、敵の軍勢に旗一本で突貫していくジャンヌの姿が思い出される。唯一、エリザのみが「うんうん」と私に共感していたが、エリちゃんは別の意味で頭がアレだったからね?

 頭の中がピンク色というかスイーツというかね?

 

 そんなバカな思考は頭の外へと追いやり、ジャンヌを急ぎ追いかける。音源に近づく毎に、微かに聞こえていた音色は、はっきりとした音調として耳に入るようになってくる。

 なんとなく、どこかで聞いた事があるような気のする曲。だが、どうにも思い出せない。というか、曲は聞いた事があっても名前までは知らないという可能性もある。

 と、思い出せないまま悶々と足だけを動かしていたのだが、ここでマシュが「あ」と何かに気付いたように声を漏らす。

 

「この曲、知っています! ライブラリを閲覧した時に、何度か耳にしました。たしか、曲名は『レクイエム』……だったかと」

 

『こっちでも音声を拾ったよ。マシュの言うとおり、これは世界に名高い音楽家、モーツァルトが作曲したレクイエムという名の楽曲で間違いない。僕も人並みには音楽を嗜むからね。すぐにとはいかなくとも分かったよ』

 

 Dr.ロマンの密かな嗜みは置いといて。モーツァルト、といえば知らぬ者など居ない程の有名人だ。バッハやベートーヴェンと並び、肖像画が音楽室の上のほうで陳列しており、およそ日本のあらゆる学校において飾られていて、日本人なら一部例外を除き小学生のうちから見た事が必ずあるのではないだろうか。

 

 黒いジャンヌの言葉が真実なら、彼はキャスターとして召喚されているはず。なら、この演奏は彼によるものである可能性は高いだろう。

 

 しばらく走って、ようやくジャンヌに追い付いた。彼女は足を止め、一点を見つめ動かない。

 そこは少し開けた、公園くらいの空間。街の中心、かつては噴水が有ったであろう残骸の前に、場違いにも程があるオルガンとそれを演奏する長髪の男、そして曲に合わせるようにくるくると舞い踊る一人の少女が居た。

 

 楽しそうに踊る少女は、曲に合わせて鼻唄を口ずさみ、ハーモニーを奏でている。

 

 少女の踊りは、セレブが踊るような社交ダンスっぽいものだ。

 決して。決して踊り自体はプロのような上手さとは言えない拙さがあったが、けれどそれを全て帳消しにするまでに、少女は美しかった。

 

 表現が難しいのだが、容姿だけを述べたのではなく、その立ち振舞い、足運び、表情、仕草、歌声───それら全てが、人間に表せる美しさの全てを体現しているというか。

 自分でも何を言っているのか理解できていないが、とにかく彼女に目を奪われてしまう。

 

 何もそれは私に限った話ではない。先にたどり着いたジャンヌを始めとして、立香もマシュも、サーヴァントたちも。全員が彼女の舞う姿から目を離せないでいたのだ。

 自称アイドルのエリザベートでさえも、まるで本物の偶像(アイドル)を目にしたかのように、瞳をキラキラと輝かせて、少女に釘付けになっていた。プライドの高い彼女の事だ。きっと無意識にそうなっているに違いない。でなければ、美しさを自負するあのエリザベート・バートリーが、自分以外の同性に見惚れるなんて有り得ない。

 

 しばらくの演奏が続き、やがて終幕の時が来る。その間、二人は余程集中していたからか、私たちには気付いていないようだった。

 

「……死んでいった、わたしの愛する民たちの魂に、どうか安らぎを。願わくば、その魂が暖かな光に包まれますように」

 

 ……、よく見てみれば、彼女を中心とした半径20mほどの円の内側には、布でくるまれた何かが数十と並んで横たわっていた。布の所々に赤い染みが散見し、おそらくアレは血痕。つまり、この街の住人の遺体だろうと思われる。

 それらの布で包まれた遺体のおよそ全てに、胸の上辺りでキラキラと何かが輝いている。少女の祈りに呼応するかの如く、その輝きは増しているように見えた。その物体は、なんとなく花の形に見えなくもない。

 

(……アレは、硝子でできた───バラの花?)

 

 彼女が祈りを捧げ終えると、少女と男はようやく、私たちの存在に気付く。

 

「あら? あらあら? ごめんなさいね、ダンスに夢中で気付かなかったわ。どなたか存じませんが、わたしたちに何かご用かしら?」

 

「おや? いつの間にか観客が訪れていたようだ。でも、すまないね。生憎だけど今の曲は鎮魂歌。生者へのものではなく死者へ手向ける為の演奏だ。それに、マリアたっての頼みだからこそ、先を急ぐというのにボクは応えたんだ。残念だが君たちへのアンコールには今はお応えできないよ」

 

「もう、アマデウスったら不躾ね。出会ったばかりの方々に対して、その言い方は失礼だわ! ごめんなさい。彼ってば、あえて空気を読まない困ったさんなの。どうかお許しになってあげてくださいな?」

 

 見ず知らずの私たちに敵意を向けるどころか、むしろ好意的にさえ取れる少女の態度からは、到底敵であるとは思えない。

 それにアマデウスと呼ばれた彼───間違いなくヴォルフガング・アマデウス・()()()()()()───が居る事から、彼女こそがライダーであるマリー・アントワネット王妃なのだろう。なるほど、納得というもの。かの貴婦人ならばこそ見惚れるのも当然だ。

 

 柔らかな微笑みを携えた王妃に、まるでそうするのが自然だと言わんばかりに、ジャンヌは膝をつき、(こうべ)を垂れる。

 

「こちらこそ、声も掛けず覗き見るような真似をし、謝罪します。そして感謝を。命を散らした民の為に祈りを捧げるべきは、本来ならば私のすべき役目なのです。……失礼ながらお聞きしますが、あなたはマリー・アントワネット王妃様で間違いありませんか? そして、そちらの男性はモーツァルト殿では?」

 

「まあ、そんなに畏まらないで? 貴女の言うとおり、わたしの真名はマリー・アントワネット。彼の真名もそれで合っています。ところで貴女……前に見た時と色や雰囲気が変わっているような気がするわ? いめちぇん? というのをしたの?」

 

「ぶふっ」

 

 およそかつてのフランス王家の王妃が口にするとは思えない単語が飛び出し、しかも的外れが過ぎる事もあって私は思わず吹き出した。

 

「ハハッ。ボクも大手を振ってキミの意見に賛同したいところさ! けれどマリア、目の前に居る彼女は、前にボクらが遭遇した少女とは別人だろう。いやはや、見た目はまるっきり瓜二つだけどね。違うのは色と口調と性格ぐらいじゃないかい?」

 

 いや、それだけ違えば()()()程度の話ではないと思うのだが……。それにしても、だ。

 前に遭遇した。つまり、一度は竜の魔女から逃げおおせたという事。二人ともサーヴァントではあるものの、戦いが得意だったなどという逸話は無い。どちらかと言えば、アンデルセンなどと同じように戦闘力皆無なイメージしか無いのだが……。

 

「それで? 見たところキミらは竜の魔女一派じゃなさそうだけど、あらかじめボクらの真名や存在を知っていたのは何故なんだい?」

 

 笑顔で問うてくるモーツァルト───今後はマリーに倣いアマデウスと呼ぶ───が探りを入れてくる。笑顔なのだが、作り笑いにしか見えないのは、きっと気のせいではないだろう。

 名前を知っているからと言っても、初対面に変わりない。ならば言葉は慎重に選ぶべきだ。

 丸投げという訳ではないが、カルデアについての説明や私たちの状況を伝えるなら、ここはマシュが適任か。

 というワケで、マシュの肩にポンと手を置き、目配せで後を任せた私なのであった。「えー」みたいな顔をされたが、だってカルデアではマシュのほうが私より先輩だし、それくらい許してくれてもいいじゃない?

 すぐに抗議を諦めたマシュが、私たちを代表して前に出る。

 

「わたしたちは人理継続保障機関カルデアの者です。焼却された人類史、そして消失した未来を取り戻すために、この特異点を消去するべく遣わされました。あなた方の事を知っていたのは、こちらに居る岸波さん(かのじょ)が竜の魔女に捕らわれた際に、あなた方の情報を耳にしたからです」

 

「まあ! じゃあ、あのワイバーンが飛び交うオルレアンから逃げ出せたの? あなたには幸運の女神の加護があるのかも。すごいわ! これが噂に聞く“ごっずほるだー”というものなのかしら?」

 

 そんな大それた存在じゃないです、私。

 

「特異点ねぇ……。つまりアレだ、人類は未曾有の危機に晒されているってコトだ。なるほどこれで合点がいく。だからボクやマリアが召喚された、と。サーヴァントがマスターも居ないのに現界してるなんて、普通なら変な話なんだぜ?」

 

 同じはぐれサーヴァント仲間であるエリザと清姫も、うんうんとアマデウスに同意するように頷いていた。

 通常の聖杯戦争では、聖杯から令呪を与えられたマスターが、聖杯を介して英霊を召喚するのだが、では今回のイレギュラーな召喚の理由は何か。

 何にしても、英霊召喚の鍵となるのは聖杯だろう。やはり、この特異点にも聖杯は存在するという事か……?

 

「それにしても、よりによって戦闘に向いてないボクが召喚されるとか、面白いくらい笑えるね。これならまだサンソンの野郎が召喚されてたほうがマシなんじゃないか? だってアイツ処刑人だし。刃物の扱いにだって多少慣れてるだろ」

 

「あら、あなたにだって、他の誰にも負けない素晴らしさがあるじゃない。アマデウス、あなたの音楽は人に感動を与えるの。それは誰にでもできる事じゃない、素敵で無敵な最高の長所だと、わたしは思うわ!」

 

 マリーは眩しい笑顔を以て、アマデウスの全てを肯定する。その有り様は、ある種の女神の在り方にも等しいと思えるまでの神々しさや貴さを内包していた。流石は、世界一有名な王妃様である。

 

「コホン。話を戻しますが、人類を救うため、未来を取り戻すためにも、どうかわたしたちに協力を───」

 

「するわ! もちろん!」

 

 ───お願いします、とマシュが言い終えるよりも早く、マリーはとびきりの笑顔でこちらの申し出を快諾した。

 早すぎる返答に、マシュは目をぱちくりさせて少しのあいだ戸惑っていたが、すぐに平静を取り戻す。

 

「あ、ありがとうございます。まさか即答してもらえるとは思わなくて……」

 

「だって、世界を救う戦いなのでしょう? それってすごいわ! まるで物語に登場する正義の味方みたいで、とてもとてもかっこいいもの! それに、それだけじゃないわ。愛するフランスの民の未来を守るためなら、わたしは戦う事を躊躇なんてしない。たとえ生きた時代が違っても、ここがフランスである事は変わらない。この時代の罪無き民の命がこれ以上奪われないようにするのは、この国の王妃として当然の務めだもの」

 

 彼女は堂々と断言してみせた。かつて、愛したはずのフランス国民から弾劾され、挙げ句は処刑までされたというのに。

 恨み言の一つも有るだろう。憎しみを抱いてもおかしくはないはずだ。

 だが、それを一切表には出さず、フランスに住まう者たちの未来さえをも守ると、彼女は笑顔で答える。

 

 私だったら、彼女のように自らや家族の命さえ奪った人々の為に、そんな風に微笑んで言えるだろうか……?

 

 マリー・アントワネット。かつてのフランス王権の象徴。貴くも儚き貴婦人。その真髄、その一端を、僅かながらも私はここに垣間見た。

 

 屈託ない彼女の慈愛の笑みに、やれやれ、と分かっていたかのように、アマデウスも諦めたように小さく笑った。

 

「マリアが話に乗るならボクも乗るさ。手を貸そうじゃあないか。もっとも、ボクは非力なキャスターだ。戦闘面ではあまり期待しないでくれたまえよ。あと、割りとサポートも得意なほうではない自負があるから、そこのところヨロシク」

 

 これまた邪気のない笑顔で以て、自分から使えないアピールしてくるアマデウス。これには私たちも渇いた笑いを禁じ得ない。

 と、とにかく、仲間が増えたのは素直に嬉しいしありがたい。この調子で他のはぐれサーヴァントも仲間に引き入れられると良いのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『話はまとまったかな? というワケで、今まで事の成り行きを見守っていたけど、ボクからも自己紹介を。カルデア所長代理をしているロマニ・アーキマンだ。よろしくお願いするよ』

 

「まあ! 姿が見えないのに声だけが聞こえてくるわ! 一体どんな魔法なのかしら?」

 

 カルデアとの通信に、未知に遭遇した子どものようにはしゃぐマリー。彼女の時代、電子機器なんて存在しなかったし、当然の反応ではある。

 ちなみに、まだ設備の修復が万全ではないため、今は声だけの通信となっているが、整い次第姿も映した通信ができるようになるらしい───と、ダ・ヴィンチちゃん談。

 

『白野ちゃんが竜の魔女から得た情報によれば、はぐれサーヴァントで残っているのは分かるだけだと、あとはジークフリート。そしてマルタが消滅の間際に伝えたゲオルギウスだね。特にジークフリートはファヴニールを討ち果たした英雄だから、敵がファヴニールを従えているなら、何としても彼と合流したいところでもある。そこにゲオルギウスというもう一人の竜殺しが加われば、まさに百人力なんだけど……』

 

「ゲオルギウス? ……んー、そんな名前をどこかで聞いたような。どこだったか……。マリアはどうだい?」

 

「わたし覚えているわ! ついこの前にティエールを通ったのだけど、街が襲われたところを助けてくれた人たちが居たんですって。その人たちが居なくなってからは、入れ替わりでゲオルギウスという方がティエールの街を守っているって聞いたわ。残念ながら、わたしたちは会えなかったのだけど……」

 

 ティエール? ティエールってたしか、私たちが黒いジャンヌに捕まった所では?

 

「街……ワイバーン……襲撃……うっ。頭が痛いわ……。具体的には、アタシがあの女に不様にコテンパンにされた的な! 思い出したらムカムカしてくるわ……!!」

 

「エリザベートカゲさんの悔恨と頭痛は置いておきまして。またティエールに向かう、という事でよろしいのでしょうか? わたくしたちが助けた街の方々の無事を確認するという意味でも、向かって損はありませんね」

 

 清姫がナチュラルにエリザをディスるのはこの際目を瞑り、ゲオルギウスがまだティエールに滞在している可能性も考慮するなら、目的地に指定して問題ないだろう。

 

『ゲオルギウスに会えれば、白野ちゃんの呪いを解く事ができるのなら、行かない手はない。ただ、解呪に成功すれば敵にもその事は知れるはずだ。最悪の場合、解呪してすぐの襲撃も有り得ると覚悟したほうがいいだろう』

 

「どちらにしてもリスクはある、か……。どうする、白野? 所長と君の安全を考えれば呪いは早々に解くべきだろうけど。ちなみに俺は行くのに賛成」

 

 立香の問いかけに、私は一瞬考えたが、すぐに答えは出た。

 

「もちろん。行こう、ティエールに!」

 

 元々、ここに飛んでからの私の旅は、仲間を集める為の旅のようなものだった。小次郎と出会い、エリザや清姫とも合流し、こうしてカルデアの皆やジャンヌたちとも再び巡り会えた。

 

 足を止める事だけはしない。これまでも。これからも。

 それだけが、何も持たない私にできる、唯一の事なのだから。

 

「決まりね! それじゃあ、遺体を埋葬したらすぐに出発しましょう! わたしの馬車なら、あっという間に到着しちゃうわ!」

 

 マリーは意気込むと、その細い腕で遺体を包んだ布袋を一体ずつ運び始める。文句を言う事なく、アマデウスも彼女に倣い動き始めていた。

 

 敵の襲撃の頻度からして、少しの猶予くらいならあるだろう。私とて、数多くの亡骸を放置するのは良くないと思う。ここは彼女に協力して、遺体の埋葬をしようか……。

 

 ───誰からでもなく、気付けば私たちは自然とマリーを手伝い出していた。Dr.ロマンも、特に口を挟むことなく静観している。火急の時とはいえ、倫理や道徳を軽んじてはいけないと彼も理解しているのだろう。

 

 立香は───あの冬木の地獄を見たとはいえ、きっとこれまで死とは無縁な世界で生きていたのだろう、やはり顔が強ばっていた。

 ……いや。私だって、同じだ。私も死には慣れていない。

 

 七回。月の聖杯戦争で自らの手に掛け、命を奪ったのは七人だった。だが、結論からして私は、それより多い、百を越えるマスターたちの屍の上に立っている。

 多くの骸を踏んで、私は月の王として君臨したというのに。未だに生き死にの世界から遠い場所に立っているという認識があった。

 電脳世界で生まれた私にとって、死者は消滅するもの。故に死体は見慣れないものだ。だから余計に、私は死への現実味を持てないのかもしれない。

 

 死への恐怖は知っていても、実像を持った死への耐性が、私には欠如しているのだ───。

 

 

 

「白野さん」

 

 

 

 いつの間にか、ジャンヌが隣に居た。私の顔を心配そうに覗き込んでいる。もしかしたら、思っていた事が顔に出ていたのかもしれない。

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもない。ただ、死体には慣れないなって。電脳世界だと死体は残らなかったし。……この手で何人もの命を奪ってきたのに、薄情な話だよね」

 

「……それは仕方のない事です。少なくとも、月の聖杯戦争に参加したマスターは皆、命懸けであると承知で参加したはず。もちろん、そんなつもりのない者も居たでしょう。ですが、だからって貴女が何もかも背負う必要なんてありません。命を奪った事は事実だったとしても、貴女は生きる為に戦った。生き残る為に勝ち続けた。それを誰が責めましょう?」

 

 私は悪くない、と。彼女はまるで聖女かのように諭す。

 ───否。彼女は、彼女こそは聖女である。本人は否定しているが、その精神は、心は、魂の有り様は、たとえ彼女自身が認めないとしても、私は聖者のものであると断言しよう。

 

「本来、人は死に慣れる必要など無いのです。それは戦士の本分。貴女は戦う者ではありますが、戦士ではない。けれど、貴女にしかできない役割がある事にも変わりない。貴女は貴女の戦うべき場所で戦えばいいのです。直接敵と戦う事、死との隣り合わせなんて、私たち他のサーヴァントに任せてしまえばいい。たとえ、今の貴女が同じサーヴァントであったとしても」

 

「……うん。そうだね。私には、私のやるべき事がある。それまでは──絶対に死ねない」

 

 きっと、私は死に慣れる事はないだろう。もしも、死に慣れてしまった時が来るとすれば、それは私が人である事を辞めた時。

 人の心を捨てて、悪鬼に堕ち果てる時がいずれ来るとしても、今はまだその時ではない。

 

 

 オルガマリーに。立香に。マシュに。カルデアのみんなに。

 私が僅かでも彼らの力になれている間は、全力で走り続けよう。

 だから私は死ぬ訳にはいかないし、これから先もきっと死に慣れる事はないし、そのつもりもない。

 

 たとえサーヴァントになろうとも、岸波白野(わたし)の在り方は変わらないのだから。

 

 

 



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