絶望ノ淵デ慟哭ヲ謳ウ (玉響@彼方)
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キャラ紹介
紹介


オリジナルキャラクターの紹介をしてます。本編との関わりはあんまりないです。あまり興味のない方はブラウザバックでお願いします。


名前 アレン・ヴィルム

 

貴族出身で、黒髪の父とアルビノの母の間で産まれたため、体毛の色が、灰色に近い色をしている。

 

病弱だった母が5歳の時に他界した。

 

その後父からの人体改造の実験台にされる。

 

そのため非常に父を恨んでいる。

 

剣術は卓越した技術を持っているが、我流のため特にこだわりはない。そのため、環境の変化に強く、あまり動揺せず、常に冷静。

 

勘違いしないでほしいが、アレンはあくまでも超人的な力を持っているだけの人間。

 

殺し屋でも殺人鬼でもないため、殺しに対するこだわりやターゲットを調べるなどといったことはしない。

 

スパイでもないから、特に潜入や変装の技術があるわけでもない。

 

本人は常に機械的に機能的であれ。と思っているが、そんな訓練は受けたこともしたことも無いので、時折、感情的になる。

 

知識はあるため、思考能力は高いが、先述の通り感情が非常に混ざりやすい。

 

自分の手の届く範囲や関わりがあるものを優先的に守り、それ以外は簡単に切り捨てる覚悟と冷徹さも持ち合わせる。

 

実は母の生前、プリンセス・シャーロットに会ったことがあるらしい…

 

身長171cm

 

 

学園長

 

金髪碧眼に金縁のメガネかけている。

 

右目の下に泣きボクロがある。

 

実は()()()の??で??

 

見かけは美しい容姿に透き通るように綺麗な声をしているため、初めてあった人は皆騙されるが、その本質は狂気、野蛮、粗暴と三拍子揃った迷惑人間。

 

人の色恋沙汰に首をすぐ突っ込んでくるお節介。

 

人に関わることを趣味とするお人好し。

 

様々な面からの超迷惑な人。

 

酒を飲むと、タチが悪くなる。

 

沸点低いからすぐキレるし、怖い。

 

身長167cm

 

スリーサイズ

B.88

W.60

H.89

 

 

使用人

 

 

 

アルバス

 

初老の使用人でアレンが産まれる前からヴィルム家に使える執事長。

 

その正体は元??で??を極めた達人

 

歳をとってもその技術は未だ現存。

 

超人的な力を持つアレンでもかなわない。

 

料理の腕は絶品。

 

アレンの教育係として勉強や作法、礼儀を教えていた。

 

身長192cm

 

 

エリスタ

 

幼い頃、??に??され、??の技術や特訓を無理矢理教えこまれた。

 

しかし、??に助けられ、その後ヴィルム家に仕えるようになる。

 

アレンの??でもある。

 

身長157cm

 

スリーサイズ

B.82

W.57

H.80

 

 

リリー・ヴィルム

 

元の名前はリリー・ノーフォーク

 

ノーフォーク伯爵の娘として産まれたが、代々国境忌避の態度をとるカトリック教徒であったため、宗教的迫害を受けたりしていた。

 

それゆえ、王国の政治に常日頃から疑問を抱いていた。

 

世にも珍しいアルビノで産まれたが、その体の弱さ故、あまり人前に出ることはなかった。

 

身長161cm

 

スリーサイズ

B.89

W.63

H.88

 

 



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起源
過去


 

 

なぜ追いかけたんだろうか。

 

別に追う理由があったわけじゃない。

 

ただあの未遂事件の犯人が誰か知りたかっただけだった。

 

自分でも驚いた。自分にこんな好奇心があったとは。

 

しかし『好奇心は猫を殺す』。

 

俺は後後、この安易な猫を本当に殺したくなった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

父が嫌いだった。

 

 

いつも貼り付けたような笑顔を浮かべ、さらにその下にも嘘の仮面をつけて、その本性を奥底に隠すように過ごす。そんな父が大嫌いだった。

 

父はイカれたマッドサイエンティストだった。

 

夜な夜な、俺の体を弄び、書き換えられていく自分の細胞。もはや自分がなんなのか分からなくなっていた。

 

母さんが病で亡くなってから、父はおかしくなった。

 

いや、もともとおかしいのを隠していただけか。

 

母さんの死後、家には軍事関係や政治関係者が大量に出入りするようになった。

 

その頃から俺の体は異常を見せ始めた。

 

素手で林檎を握り潰す程の握力。

 

岩をも砕く四肢。

 

弾丸を見切る瞳。

 

とてもじゃないが人とは思えなかった。

 

しかし当時5歳の俺はそれに気が付かなかった。

 

ありとあらゆる世間の情報をカットされ、庭に出ようものならこっぴどく叱られた。昔、仲のよかった友人に会うことも出来ず、退屈だった。

 

ある日のことだった。

 

家の前に蒸気自動車が止まる音がして、目が覚めた。

 

(こんな朝から誰だろ?)

 

少し興味が湧いて、いつもより早く起きた。

 

いつもの階段をいつもよりゆっくり降りて、来訪者の顔を拝めるように階段の傍に隠れていた。

 

するとすぐに、家のベルが鳴って、使用人が扉を開けた。

 

そこに居たのは黒いシルクハットを被り、蝶ネクタイをつけ、膝まであろう長めの黒コートを羽織る。一人の男だった。

 

「おはようございます。ノルマンディー公」

 

使用人が深々と頭を下げた。

 

「ああ。彼はいるかね?」

 

多分この人のいう『彼』は父さんのことだろう。それは幼い自分にも察することができた。

 

「はい、例の件ですね。準備が出来ていると仰せつかっています。こちらです」

 

使用人がノルマンディーという人を案内する後ろを付いて行く。

 

少しついて行くと、倉庫まで来た。

 

(ここでなにをするのかな?)

 

物陰に隠れて、様子を伺っていた。

 

だがー

 

「さて、君はいつまで付いてくるのかな?アレン・ヴィルム君」

 

驚いた。絶対に気づかれないように尾行していたはずなのに。

 

「っ!!アレン様!いらっしゃるのですか?!」

 

使用人がひどく驚いた様子で声を上げた。

 

俺はそっと戸棚の陰から出た。

 

「アレン様…ここは立ち入り禁止ですよ。部屋にお戻りくださいませ」

 

使用人はそう告げて頭を下げた。

 

「…………分かった」

 

大人二人相手では流石に分が悪い。

 

そう言わざるを得ず、大人しく部屋に戻るため踵を返した。

 

「アレン君」

 

突然、ノルマンディー公に呼び止められ、少し驚いた。

 

「はい」

 

「君は、もう一度母親に会いたいかね?」

 

出来ることなら会いたかった。いつも暖かく抱き締め、名前を呼び、頭を撫でてくれる。そんな母が大好きだった。

 

だが母は死んだ。二度と会えることは無い。そんなことは分かっている。

 

「死んだ人には会えません」

 

湧き出た感情を押し殺し、幼いながらも考えて、絞り出した答えだった。

 

「そうかね…」

 

ノルマンディー公は顎に手を当て、少し仰ぎ見てこう言った。

 

「いつかその理論は変わる。君が望めば、母にもう一度…いや、永遠にそばにいられるようになるだろう」

 

言ってる意味は分からなかったけど、背筋が寒くなった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ノルマンディー公の来訪のあと、俺の日常に新しく出来たものがある。

 

剣術の時間だった。

 

剣を振ってる時は楽しかった。

 

体に溜まった嫌なものが抜けていく感じがして、とても好きだった。

 

閃く銀色の流れ。太陽の光を受けてチカチカと輝く刀身はどこまでも美しかった。

 

「はっ!」

 

気合を込めて振るう剣にはいつも揺らがない。

 

いや、揺らぐはずがない。

 

やがて1本では物足りず、2本振れるようになった。

 

我流剣術だったが、剣術はアレン・ヴィルムという『人間』を現すための唯一の方法なのかもしれない。それほど剣を信頼していた。

 

だが、夜になれば父の研究のための道具であることは変わりなかった。

 

細胞が変貌を遂げていく感覚はいつ受けても慣れることはなかったが、体に染み付いた、『剣の記憶』は絶対に消えなかった。

 

 

 

ある日のことだった。

 

夜になり、父の研究室に行くとこう告げられた。

 

「今日はこいつとの戦闘データを測る」

 

父が指さした背後のガラスケースには、体は腐敗し、爪や歯は異常なまでの伸びていて、瞳孔は限界まで開かれているが、ひどく濁っている人がたくさんいた。

 

「この人たちは…?」

 

「ふっ…コレが人だと?お前の目は節穴か?どう見たって人じゃないだろう!」

 

「でっでも、人の、姿をしてる…」

 

「コレは人の形をしたただの廃棄物だ。だが捨てるのが少し勿体なくてな…そこでお前の訓練材料しようと思い付いてな」

 

「訓練…材料…?」

 

「さぁ、殺せ我が息子よ。気の向くままにな」

 

「そんな…!」

 

 

 

「言っておくがコレに噛まれたり、引っ掻かれたりしたら、お前もコレの仲間入りだからな?死に物狂いで戦えよ」

 

 

 

 

「じゃなきゃロクなデータと取れないしな」

 

 

 

 

「まぁ、お前が仲間入りしたら所詮その程度の素体だったということだがな」

 

 

ああ、こいつは俺を愛してなどいない。初めからそんなことは分かっていた。分かっていたはずなのに…その事実を突きつけられただけで…どうしてこんなに…

 

 

『悲しくなるのだろう』

 

 

 

アレンはゆっくりとその眼を開いた。

 

俺が生きるのに邪魔者は要らない。

 

要らないものは捨てるだけ。

 

小さな少年はそのガラス部屋の扉を開けた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ガラス部屋の中のゴミは5つだった。

 

奴らはこちらを見た瞬間から、襲いかかってきた。

 

アレンはその一体の膝に足を掛け、顎に膝を叩き込んだ。

 

腐った肉の感触が膝に響いた。

 

「まず、1匹」

 

そのまま蹴った勢いで前方に飛び、振り向きざまに抜刀。

 

「邪魔…しないで」

 

言うと同時に、アレンは駆け出した。

 

すれ違いざまに、足下を切り裂く。

 

奴らはバランスを崩し、頭から床に突っ伏した。

 

その上から容赦なく刃を突き立てる。

 

「2匹」

 

サーベルを引き抜き、さらに踏み込む。

 

肩まで上げた剣を一気に振り下ろし、首を切り落とす。

 

「3匹」

 

もう人じゃない。ならば死ね。

 

脚に最大限の力を込め、一気に駆け出す。

 

躊躇う必要はない。

 

奴らの体にサーベルを叩き込む。案の定、腐って柔らかくなった体は刃を止めること無く貫通し、壁まで突き刺さる。

 

「4匹」

 

最後の1匹が近づいてくる。

 

しかしサーベルは壁に突き刺さったまま抜ける様子はない。

 

そんなことはつゆ知らず、どんどん距離を詰めてくる奴ら。

 

だがアレンの思考は至極落ち着いていた。

 

奴らの凶刃が小さな少年を傷つけた。

 

と思った瞬間、アレンの姿は消えていた。

 

次にアレンの姿を視認した時にはすべてが終わっていた。

 

最後の一体は膝から崩れ落ち、その頭部は逆さまになって、口からはとめどなく黒血が溢れ出ていた。

 

アレンは虚ろな眼で父を見つめていた。

 

体は返り血を浴びたせいか、頭から赤黒く染まっていた。

 

「よし、終わったな。あとの処理はやっておく。部屋に戻っていいぞ」

 

アレンはその言葉を聞き、軽く頷くと、ガラスケースを開けて、風呂場へ向かった。

 

その手は体よりも赤く染まっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

奴らのと戦闘が始まって12年もの年月が流れた。

 

その間、何人殺したか覚えてない。

 

いつからだったろうか。父の頼みで人を殺し始めた。

 

『邪魔者は消せ』。父はそれだけを求め続けた。

 

だから俺もそれに応えるように消した。

 

ただただ生きるのに必死で、自分の心を押し殺し、親父の道具であり続けた。

 

自分は道具だ。そう言い聞かせ、感情なんて不要な物は要らない。

 

慈悲なんて以ての外だ。そんなものは偽善と何の変哲もない。弱者が己を守りたいがために、体のいい言い訳をしているだけだ。

 

だから殺して殺して殺しまくった。

 

人だろうが、人じゃなかろうが関係ない。

 

頼まれれば殺す。実験でも殺す。

 

それだけが俺の生きる理由だった。

 

だが俺の日常は突然崩壊を迎えた。

 

「アレン、お前は用済みだ」

 

「………は?」

 

「入学手続は済んでいる。今すぐ荷物をまとめて、ここから出ていきなさい」

 

「どういうつもりだ」

 

「聞こえなかったのか?用済みだと言ったんだ」

 

「お前の実験に俺という道具は欠かせない物のはずだ。俺を捨てることがどれだけの損害になると思っている?あんたの頭じゃ分からないはずがない」

 

「金はについては心配するな。不自由はさせない」

 

「おい、話を聞けよ!」

 

「黙れ!時間が無いんだ。今は言う事を聞きなさい」

 

訳が分からなかった。昨日はいつもと同じように邪魔者を消し、帰って来て眠っただけ。

 

それが目を覚ましてみればいきなり用済み?ふざけるな。

 

「アレン様、こちらに」

 

傍にいた使用人が話しかけてくるが、悪いが今は聞いている暇はない、

 

「おい、待てよ」

 

あいつはいつの間にか背を向けていた。

 

「早く連れていけ」

 

その言葉を皮切りに一斉に使用人に取り囲まれた。

 

「グッ?!どけ!邪魔だ!」

 

「申し訳ございません。それはできない命令です」

 

目の前に立ったのは執事長のアルバスだった。

 

今の俺は使用人に両脇を固められて、まったくと言っていいほど動けない。

 

そんな俺を尻目にアルバスは腰を低くし、拳を構えた。

 

 

「アレン様、申し訳ございません。ですがこれが、旦那様のご意思です」

 

少し微笑みながらこう言った瞬間ーー

 

 

腹部に強烈な衝撃が走った。

 

 

「あがっ…!」

 

 

殴られた勢いは凄まじいものだった。

 

一撃でドアまで吹っ飛ばされ、そのまま外に叩き出された。

 

「ク…ソが!」

 

勢いを殺さず、そのまま地を蹴り、宙返りをしながら立ち上がる。

 

アレンが吹っ飛ばされた後、ゆっくりともう一度ドアが開いた。

 

「アレン様…これを」

 

使用人の1人が、アレンの荷物を両手で持って立っていた。

 

「エリスタ…」

 

「どうか…お気をつけて」

 

そう言うとエリスタはゆっくりとお辞儀をした。

 

アレンはなにも言わなかった。

 

だが今のアレンに言葉は不要だった。

 

必ず今日の真実を知る。

 

それが、それこそがアレンの新たな生きる理由になった。

 




皆さん、初めまして。玉響といいます。初めて二次創作の小説を書かせていただきました。拙い文章で大変申し訳ないです。私事ですいませんが、更新ペースは未定なっています。1度に2話更新する時とあるかもしれませんし、2、3ヵ月更新出来なくなることもあるかもしれません。申し訳ないですが把握よろしくお願いします。


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邂逅

 

 

父からの突然の勘当により、家に居られなくなったアレン。

 

だが彼の父はイカれてはいたがそれなりの良識派の人物だったようで、アレンの新しい受け入れ先は既に用意されていた。

 

「ここか…」

 

目的地に到着し、その目を見開き、嘆息した。

 

『クイーンズ・メイフィア校』

 

伝統と格式を重んじる名門校。

 

どうやらアレンの父はここの卒業生らしく、口利きをしたらしい。

 

その証拠にアレンのカバンの中には編入届の手紙が1通だけ入っていた。

 

門の近くまで来ると、警備員が立っていた。

 

無言で編入届に押されている烙印を見せるとすぐに中に入ることが出来た。

 

そのまま校長室に向かう。

 

そしてこの編入届を返し、先日の件について知っていることを洗い浚い吐かせる。

 

場合によっては殺すかもしれないが。

 

などと考えているいるうちに目的地に到着。

 

三回ノックをし、中からの返事を待つ。

 

間髪入れずに、

 

「どうぞ〜」

 

と気の抜けた声が聞こえた。

 

ガチャリと音を立てドアノブを回し中に入ると、そこには妙齢の女性が1人座っていた。

 

「ん、来たね。()()()()()()()()()

 

金髪碧眼で丸渕のメガネをかけた女性だった。

 

「あんたがここの校長で、()()()の知り合いか」

 

「口の利き方がなってないようだね」

 

例え年上であろうと()()()の知り合いなら容赦はしない。

 

必要あらばたたっ斬ってやる。

 

そう思っていた。

 

だが現実はそこまで甘くはなかった。

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

口の片方は釣り上がり、眼は瞳孔が開き、爛々と輝いていた。

 

一瞬。たった一瞬だったがこれほどまでの悪寒をアレンは感じたことは無かった。さらにいえば、それが女性であることがすぐには理解出来なかった。

 

あまりにも無機質で感情も抑揚もない、ただただ死を突きつけられた。そんな感覚。

 

その迫力にたじろいでしまったアレンの額にはツゥ…と一滴の脂汗が流れていた。

 

「プッ…アハハッ!冗談さ。ちょっとしたスキンシップだよ」

 

手を叩きながらクスクスと笑い始めた。

 

あれの何処がスキンシップだ。あんなもの喰らって平気な奴などいるものか。いやいるはずがない。

 

「まぁ、君のお父さんから話は聞いてるよ。今日からここが君の家だ。ここにいる以上は校則に従ってもらうけど…君の場合は特例でね、校則を破った場合、君は『反省室』に入ってもらう」

 

「『反省室』?」

 

「端的に言えば、独房さ」

 

「独…房?」

 

「入る理由は君が1番分かっているんじゃないのかな」

 

そうだ。俺は()()であり、また《化物》だ。

 

人じゃないなら人として扱われるはずが無い。例え俺が死んでも行き着く先は天国でも地獄でもない。そこはきっと『虚無』であろう。

 

お互いに押し黙り、耳にはオイフォンが鳴り響いていた。

 

「さて、ここら辺でお開きにしようか。あ、これ君の部屋の鍵ね」

 

と机の引き出しから小さな鍵を取りだした。

 

「部屋?」

 

「あれ、聞いてないかい?ここは寮生活だよ」

 

寮生活なんて初耳だ。ここでの生活もまだ分からないというのに、寮生活なんてやったら気が狂いそうだ。もともと頭の頭頂部から足の指先まで狂っているから変わりもしないのだが。

 

だがその迷いがアレンの中に葛藤を産んだ。

 

鍵をとる手が中々動こうとしなかった。動かそうとしてもまるでコンクリートに固められたように、ピクリとも動かなかった。

 

どうしようも無く、俯いてしまうアレン。

 

 

「この鍵を取ったら最後…()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

「さらに私は君のお父さんから君の処遇の一切を任された。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だけど編入をするなら私は君を全力で守ろう。もう二度と君に()()()()を付けさせない」

 

「あんた…何を言って…」

 

「さぁ!答えて!今!すぐ!ここで!」

 

校長の口や眼は先ほどのように狂気的に歪んでいた。

 

瞬間的に人体改造の記憶の全てがフラッシュバックした。

 

「俺は…もうあんな想いはしたくない」

 

「だから…俺を…()()()()()()

 

アレンの頭は無意識のうちに下がっていた。

 

初めて人に助けられた。

 

道具が感情を持つなど一度もなかったのに、彼は彼自身が気付かぬうちに助けを求めていたのだ。

 

だがそれだけで彼の本質が変わるわけでも、彼の罪が許されるわけがない。

 

アレンは気が付いていた。自分自身の罪は必ず自分にいつか牙をむく。

 

だからこそ今だけは救われていたかった。

 

甘く、浅はかな判断だが校長の手に命を握られている以上、この判断が最善だったのかもしれない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

終業の鐘が、アレンの耳に鳴り響き、前にいた教員が号令をかける。

 

「はい、次回の授業は102ページからだ。予習をしておくように」

 

教科書を閉じて教壇を降りた教員は扉を開けてさっさと出ていってしまった。

 

10歳で18歳までの教育課程を終了させたアレンにすればこの程度のことは、造作もない。

 

さらに化物じみた力を持ってすれば、学内一の身体能力をみせることなど容易。

 

むしろ『人』としての範疇を超えないように、手加減する方が余っ程困難だった。

 

ここでの生活は慣れてきた。それはいい。

 

しかし、

 

「アレン君、友達は出来たかい?」

 

「アレン君、恋人は出来たかい?」

 

そう、毎日のように校長が突っかかってくるのだ。

 

正直に言おう。

 

物凄く鬱陶しい。煩わしい。迷惑。

 

「ねぇねぇ、ちょっとはお姉さんともお話しようよ~」

 

「あんたキャラ変わってねぇか?」

 

「はーいそこ、メタいこと言わない」

 

「用がないなら部屋に戻ります」

 

これ以上校長の相手をするのは苦痛だ。用がないのに呼び出しを被ったこちらの身にもなって欲しいものである。

 

「嘘嘘、冗談だよ」

 

またクスクスと笑う校長の顔はどこか面影を感じた。

 

「はい、これ」

 

校長が引き出しから出したのは1通の手紙だった。

 

「君宛てさ」

 

表には『アレン・ヴィルム君へ』。

 

裏には()()()()()()()()の家のが烙印されていた。

 

「ノルマンディー公から?」

 

「何やら用事があるみたいだよ」

 

中に同封されていたのは招待状だった。

 

『突然、連絡してしまってすまない。久しぶりだね、アレン君。君に会いたくなってね、今回、上院議員達との夜会を名目にして、君を招待することにした。是非来て欲しい』

 

と手紙も添えられていた。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

アレンの中に最初出た疑問だった。

 

校長は自分を守ると言った。なのに自分の情報が漏れている。この人は約束をもう破ったのか?

 

「ん?どうかしたのかい?」

 

アレンの眼は疑惑に満ちていた。

 

「いえ、何でもないです」

 

何でもないわけがない。

 

守ると言われ、託した。

 

なのに漏れた情報。

 

自分に友達なんて安っぽいものはない。

 

学校にスパイでも紛れているのか。

 

妥当に考えれば、この人が最も怪しい。

 

だが守ると言った時のこの人の眼は本物だった。

 

感覚を極限まで高めたアレンにとって視線や殺気を感じ取ることは容易い。

 

しかし編入から今日までそういった類の物は感じなかった。

 

あらゆる疑惑や懸念が浮かぶが、可能性でしか無く、確信を持って言えることは一つとしてなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

疑惑を抱えたまま、夜会は当日を迎えた。

 

「さて、行こうか」

 

アレンはノルマンディー公の乗る蒸気自動車に乗り込んだ。

 

運命の歯車はゆっくりと、だが確実に動き始めたのである。

 

 




第2話更新です。次回から原作キャラとの絡みも少しづつ増やしていきたいと思います。


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暗殺

 

 

夜の帳は下りて、夜会の会場は徐々に近づいてきていた。

 

蒸気自動車の中の静寂は興醒めするように冷たく感じた。

 

さっきから、ノルマンディー公も押し黙っていて、顰めっ面を浮かべている。

 

かくいうアレンも満天の星空を睨みつけるように、外を見つめていた。

 

 

ひどく胸騒ぎがする。

 

 

水面の上澄みだけを撫でたかのように、静かだが、確かに触られている感覚。

 

だが刻一刻と迫る会場から感じる()()さはどうも強くなる。

 

首筋を舐められたかのように、粘つき、気味が悪い。

 

蒸気自動車がだんだんブレーキをかけ、速度が落ちていく。

 

どうやら夜会の会場に到着したようだ。

 

車の中で感じた異質さは既に感じなくなっていたが、残り香だけはどうしても感じ取ることが出来てしまった。

 

「さて、行こうか」

 

隣にいたはずなのに、いつの間にかアレン側の扉の傍に立っていたノルマンディー公。

 

「はい」

 

軽く返事を返し、車から降りる。

 

降りたすぐ目の前には数段の階段があり、豪華に彩られた、ドアや装飾は、この家の持ち主の気品の高さを知らしめているようだ。

 

「あと、これを君に」

 

ノルマンディー公は一本の杖をアレンに渡した。

 

杖は特別高価な装飾が施されている訳では無いが、どこか高級感を感じさせる代物だった。

 

「これは…?」

 

「差詰め、私からのプレゼントだと思ってくれたまえ」

 

渡された杖は重すぎず、されど軽すぎず。程よい重さは手に馴染んだ。

 

アレンはそのまま前を歩くノルマンディー公について行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

外装が外装なら内装も内装。

 

豪華絢爛な装飾がされたシャンデリアはグランドフロアを隅々まで照らし、広々とした大広間にはたくさんのテーブルと比例したかのように、何人かが固まってワインを飲んでいた。

 

その中心では男女が入れ替わるようにダンスを披露していた。

 

「これはこれは!ノルマンディー公。お待ちしておりました。此度の夜会、楽しみましょう」

 

と、前から小太りの禿頭が話しかけてきた。

 

「おお!君がヴィルム君か!申し遅れたね。私はクリフトン・L・エインズワースという。爵位は侯爵だ。母君のことは…その…残念だったね」

 

握手をしながらクリフトンはそう言った。

 

「ええ…最期まで母は強く生きていました」

 

「だろうね…彼女は昔から強かった」

 

「母を知っているんですか?」

 

「勿論さ!彼女…リリーは私の初恋の人さ」

 

クリフトンはどこか懐かしむように見上げた。

 

「いやはや、すまない。少しばかり感傷に浸ってしまってね」

 

その声はほんの少しだけ涙ぐんでいた。

 

本当に母さんのことを愛していたんだな…

 

アレンはその事を心の底から感じた。だがそう感じたからこそ、どうしてリリーはクリフトンと結婚しなかったのか。

 

やはり尽きぬ疑問。

 

「アレン君」

 

思考に入ろうとしたアレンはその一声ですぐに現実に引き戻された。

 

「今日はクリフトン君と共にいたまえ。私の方は気にするな」

 

有無を言わさぬノルマンディー公の態度はアレンに異議を唱える暇を与えることは無かった。

 

「え…え、あ、はい。わかりました」

 

「なら、アレン君、リリーの話を色々教えてくれないかい?ずっと気になっていたんだ」

 

「まぁ僕でよければ…」

 

「そうか!よろしく頼むよ」

 

クリフトンは嬉しそうにニッコリと笑っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

クリフトンとの話はとても有意義で楽しかった。

 

「ははは!流石リリーだ!」

 

「当時の僕もかなり驚きましたよ」

 

二人はかなり盛り上がって話をしていた。

 

だがーー

 

「失礼致します」

 

唐突に横から声がした。

 

アレンは素早くクリフトンと声の主の間に体を入れた。

 

そこにいたのは、妙齢の美女だった。

 

年齢はアレンと同年代…かまたは少し上。

 

美しい緋色のドレスに身を包み、豊満な胸を誇張するかのように、腰に腕を回していた。

 

(……腰に回転式散弾銃…型は…オリジナルか)

 

「あなたは?」

 

「私は()()の小貴族の娘です。ただ…クリフトン侯爵と私もお話したくて…あんなに大きな声で話されたら、興味が湧くのも致し方ないでしょう?」

 

クスクスと妖艶な笑みを浮かべる女性。

 

だが腰に銃を携帯した人とクリフトンを一緒する訳にはいかない。

 

「すまないけど今はーー

 

「構わんよ」

 

「クリフトン侯爵!」

 

するとすぐにクリフトンは手でアレンを制した。

 

「アレン君、申し訳ないが少しの間だけ、席を外してくれ」

 

「……わかりました」

 

そう言ってアレンはクリフトンから少し離れた。

 

その女性はすれ違いざま、少し笑ったように見えた。

 

そのまま二人は窓際を歩きながら話を始めた。

 

暫く話した後、二人はある窓の前で止まった。

 

そしてその窓は何故か開いていて、隙間風がカーテンを揺らしていた。

 

 

その時だった。

 

 

風が一瞬強くなり、カーテンを高く舞いあげた。

 

そして満を持したかのように発砲音とともにシャンデリアが撃ち落とされた。

 

だが、アレンには見えていた。

 

たった一瞬だけ巻き上がったカーテンの外に()()()()()()

 

そしてその光には()()がついていたことを。

 

「ッ!?」

 

気がついた時は既に走り出していた。

 

限界まで足に力を込め、一気に蹴り出す。

 

その距離は一瞬で埋まった。

 

だが凶弾はすぐそばまで迫っていた。

 

例え弾丸より速く動けても守る手段がなければ意味が無い。

 

しかしアレンの()()()気がついていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

窓を割り、今まさにクリフトンに直撃しそうになる弾丸。

 

そしてーー

 

 

 

その弾丸は一瞬で真っ二つに切り裂かれた。

 

 

しかし弾丸の勢いを殺しきることは出来ず真っ二つになった弾丸はそのままクリフトンの身体を挟むかのように、飛び、後方のワイングラスにぶち当たった。

 

「クリフトン侯爵、お怪我はありませんか?」

 

「あ、あぁ。問題ない」

 

クリフトンの様子から無事と分かったアレンはすぐに駆け出した。

 

先程の女性はいつの間にか姿を消していたが、視界の端で僅かながら捉えていた。

 

女性が逃げた方向に全速力で追跡すると、目の前に暗闇の中蠢く、赤を見つけた。

 

アレンはその場で跳躍し、木の上に登る。

 

辺りは針葉樹林が生い茂り、身を隠すのは容易であるため、そのまま木々を飛び越えながら、女性を追いかける。

 

女性が立ち止まった為、アレンも太い幹の陰に姿を隠す。

 

「暗殺は失敗。これよりコードβに作戦を変更。直ちにこの場から離脱する」

 

透き通るように綺麗な声がした。

 

一台の蒸気自動車の近くに何人かの女性が固まっていた。

 

今この場で、全員を殺すのは簡単。だが敢えてここは彼女たちを見逃す。一度逃がして泳がせておいたところを次は根絶やしにする。

 

一応、全員の顔は記憶した。

 

あとはこの情報をノルマンディー公に渡すだけ。

 

などと思案してるうちに、車の発進音がして、その蒸気自動車はあっという間に彼方まで走り去っていった。

 

車が見えなくなると、アレンは木から飛び降りて、一度、仕込み杖を抜刀した。

 

 

 

 




第3話更新です。ようやく原作キャラとの絡みが始まりました。政治に関しても触れていくつもりです。よろしくお願いします。


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正体

 

 

鶏が鳴く少し前からアレンの朝は始まる。

 

二度寝や寝坊などといったものはしたことは無い。

 

そういったものは身体によくない。常に正常で万全でなければ生存率は著しく低下する。

 

12年もの年月はその生活から解放されたアレンの生活をも未だに支配し続けていた。

 

軽く朝食を済ませ、手早く着替える。

 

時間はまだ5時を過ぎてすぐである。

 

いつもならここで登校・始業時間まである程度、学校の勉強をするのだが、()()()()()

 

今日は情報の整理をしなければならない。

 

 

 

まず、ここに来てから数日で、ノルマンディー公に居場所がバレていること。

 

これでは学園長はアレンとの『約束』を守っていないことになる。

 

暗殺が起きることを予測していたかのように、タイミング良く行われた、夜会。

 

19世紀になり、翌年、合同法によりアイルランド全域がグレートブリテン及びアイルランド連合大国となった。

 

そして、クリフトン侯爵。

 

先日の暗殺未遂事件のターゲットであったと思われる人物。

 

そしてその事件を未遂に終わらせた俺という存在。

 

この1件でクリフトン侯爵はノルマンディー公に大きな借りができた。

 

更に自分を助けたのが初恋の人の息子。

 

多分ノルマンディー公はクリフトン侯爵に()()()()の要求をする為に、俺を使い、そして、共和国側の企みさえ、交渉のための道具として用いた。

 

そしてその要求は確実に外交関係によるものだろう。

 

クリフトン侯爵が世界でも有名で、強大な力を持つ交易商であることがそれを裏付けている。

 

これらのことから導き出される解は…

 

『この学園内にはノルマンディー公との関わりを持つ人物が必ずいる』

 

ということ。と…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

今はまだだが。

 

さらに思案にふけようとしたところで、カーテンからの木漏れ日がアレンの頬を照らした。

 

どうやら日はいつの間にか十分、顔を出していた。

 

机から立ち上がり荷物を確認した後、部屋を出ると他の男子生徒達が、続々と登校し始めていた。

 

その集団に紛れ込むように学校へと確実に歩を進めて行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

いつでもやはり、学校の授業は退屈だった。

 

くだらない数式を解き、意味もなく英単語を覚え、興味もない歴史を教えられる。

 

どれもこれも既知である。

 

実験なんて結果が分かっているからつまらない。

 

体育だって、加減をしなければならない。

 

酷く退屈だ。

 

眠りたい衝動を何とか我慢しながらフラフラと廊下を歩いていた。

 

だがその眠気は次の瞬間、高速で吹き飛んだ。

 

過度を曲がって目の前にいた女生徒が顔つきが()()()()()()()にそっくりだったからだ。

 

「ッ!?」

 

一瞬、呼吸が止まるかと思うほど驚き、目を見張った。

 

その女生徒はこちらに気づくと、首を傾げている。

 

「どうしたのドロシー?」

 

隣にいた他の生徒から袖を引かれ、ドロシーと呼ばれた女性はそちらを向く。

 

「へ?あ、ああ」

 

好機とばかりにアレンはその場からすぐに立ち去った。

 

「なんでもないよ」

 

と微笑み、再度前を向くともうそこには誰もいなかった。

 

「あれ?今そこにいた人は…?」

 

「ドロシーがこっち向いてる間に来た道戻ったみたいだよ」

 

「そっか」

 

「え?!誰誰!知り合い?!」

 

「違うわよ」

 

「え〜でも、結構カッコイイね!」

 

「興味ないから」

 

「も〜」

 

ドロシーもその場からさっさと立ち去った。女生徒もそのあとについて行ったようだが、アレンについてまだ話しているみたいだ。

 

一方アレンは…

 

(あれは……いや、あの女は……!)

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

しかし待て。

 

確信を持ってそう言えるのか?

 

もし違ったら?

 

ならばすることは一つ。

 

確かめればいい。

 

幸い、名前は分かっている。

 

あとは呼び出して確かめる。

 

それだけだ。

 

アレンは懐から一枚の紙を取り出し、放課後会いたいことを綴った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

知らない人に呼び出された。

 

ドロシーの内心は非常に不安に満ちていた。

 

酷く胸騒ぎがして、昼間あの男子生徒を見かけてから、妙にソワソワしている自分がいる。

 

自分はスパイだ。

 

こんな事で取り乱して、また作戦を失敗させるようなミスは許されない。

 

などと思いつつも、どこか淡い期待をしている自分もいる。

 

そう思うと少し気が紛れるし、足取りは軽くはなった。

 

まぁそんな期待は一瞬にして瓦解するのだが。

 

呼び出された場所に到着して辺りを見回すと、木陰で座る影が一つ。

 

「あなた?私を呼び出したのは」

 

その問に答えるかのように、影は立ち上がり、姿を現した。

 

「ああ…俺だ」

 

姿を現したアレンは自らの疑問を確信に変えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

初春とはいえ、まだ肌寒いこの季節。

 

吹く風も、決して暖かいものでもなかった。

 

だがここの空気は異常なまでに冷え込んでいるように感じる。

 

相対した二人。

 

先に動いたのはアレンだった。

 

「悪いが単刀直入に言わせてもらう」

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「数日前、クリフトン侯爵の暗殺未遂事件の起きた舘にいて、その後仲間と共にその場から逃走した」

 

 

 

 

「そして、君は…クリフトン侯爵を窓際まで誘い込んだ」

 

 

 

全身から冷や汗が止まらない。

 

何故。

 

どうして。

 

今にも呼吸が止まりそうで、自分が息をすることさえも忘れてしまいそうで。

 

目がチカチカして、奥歯が震えて口の中でカチカチと音を鳴らしている。

 

目の前に立つ青年が、とても恐ろしく見える。

 

「動揺」

 

更に言葉を続ける。

 

「してるよな」

 

「ここに来た時より鼓動が早くなってる」

 

「あと瞬きの回数が増えた」

 

死の感覚。

 

スパイにとって身分がバレることはその者の死を意味する。

 

ありとあらゆる身分を詐称し、造られた経歴を持つ人間にとって自分を知られることは禁忌。例えそれが仲間であろうと、知られるに越したことは無い。

 

だがそれがどうした。

 

名前も知らない目の前の青年は、こうして自分の正体を明かしてきた。

 

「俺が言いたいのはそれだけ」

 

「それじゃ」

 

目の前の青年は、歩いてとっととこの場から去っていった。

 

ドロシーは直感的に察した。

 

彼を。

 

この世から。

 

()()()()()()

 

また一つ…

 

悪意に満ち、善意を擁する歯車が回り始めた。

 

 

 




大変申し訳ありません。もうこの一言に尽きます。不定期更新でごめんなさい…やはり自分で執筆するのは大変で、凄く難しいですね…


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『偽』王 Ⅰ

 

「………………………」

 

別に彼女たちになにかしようと言う訳じゃない。

 

俺は、何をしているんだろうか…?

 

自らの敵に、どうして躊躇いを感じているんだ?

 

さっさとノルマンディー公に()()()を伝えれば俺の仕事は終わりじゃないか。

 

何故そうしない?

 

「っ………クソが…」

 

自分自身が分からず、思わず悪態をつく。

 

矛盾した行動ばかりする自分に苛立つ。

 

窓に近づき、宙に浮かぶ月を眺めた。

 

月は煌々と輝いているが、それは酷く寂しそうな孤独を感じる。

 

じっと宙を見上げ、月を睨み付けていたアレン。

 

瞳は真っ直ぐ向けられていた。

 

しかしその瞳はほんの一瞬で怪訝なものに変容した。

 

それは()だった。

 

()は月を背に空を駆けていた。

 

黒い陰だった。

 

否、()だった。

 

ただそれは、人に有らず。

 

それの右腕は明らかに異型だった。

 

あまりにも肥大化した腕。

 

その先端につくは、鋭利に煌めく剥き出しの刃。

 

その刃は3つに分かれていて、まるで獣の爪のようであった。

 

その爪は彼岸花のように真っ赤に染まり、それがまた異質さを際立たせていた。

 

息が詰まる。

 

異型は学園の屋上に立つとこちらを見ていた。

 

頭の中の本能が騒ぐ。

 

『逃げろ』

 

『走れ』

 

『逃げろ』

 

『走れ』

 

『逃げろ』

 

そんなことは分かってる。

 

 

 

 

だが、体が…動かない。

 

 

 

 

息が詰まる。

 

 

 

 

異型は屋上から飛び降りると、巨体とは似ても似つかない、靭やかな動きで音もなく地面に着地した。

 

今度こそ、目が合った。

 

その瞬間、記憶がすべてフラッシュバックした。

 

幼いあと時戦ったー一方的な虐殺だったがーあの、腐った身体を持つ、()()()との記憶が蘇る。

 

ただ、此奴は違う。

 

あんな()()()()()のような奴らとは違う。

 

常軌を逸している。

 

もっと完全に近い、個体だった。

 

異型はこちらを見て、耳まで裂けていて、大きすぎる口を限界まで歪めてニヤァと笑った。

 

瞬間。

 

アレンは壁に叩きつけられていた。

 

「…がっ……ぁ……」

 

異型が瞬きする一瞬で距離を詰めて来ていた。

 

それも3階にあるはずのアレンの部屋に。

 

さらに、アレンを直接攻撃したわけではなく、()()で壁を殴りつけただけのようだ。

 

だが人間サイズに留まる左腕で、直接でもないのに、この威力である。

 

此奴がどれだけ人とかけ離れた存在かが分かるだろう。

 

しかしいくら屋上から飛び降りて無音で着地する怪物であろうと、壁を破壊する音は抑えることはできないようで、凄まじい轟音と共に寮には煌々と電気がつき始めた。

 

「……いっ…つぅ…」

 

頭部からはドロドロと真っ赤な血が流れ、制服はボロボロになりながらも、アレンは気を失うことはなかった。

 

怪物は鮮血に塗られた爪の間でアレンの首を挟むように壁に爪を突き立てた。

 

そして、そのままアレンに顔を近づけ、死臭と腐臭の混ざる息を吐いた。

 

『オ、マエ、アレン…カ…?』

 

たどたどしくそう呟いた。

 

アレンは返事をしようと口を開けようとしたが、あまりの臭さに顔を顰めた。

 

怪物はそんなことは関係ないと、アレンに近づき、匂いを嗅いでいた。

 

そして、納得したかのように、アレンを小脇に抱えると、その場から高速で離脱した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

刹那だった。

 

そう、本当に瞬きをするコンマ何秒の世界で、近くにいた仲間たちは、肉塊と化した。

 

そいつはどこからともなく、やって来て、虐殺をはたらいた。

 

挙句、ターゲット、アレン・ヴィルムを連れ去ったのだ。

 

仲間たちが不可解な死をとげたからと言って、私たちの今宵の任務が終わった訳じゃない。

 

私はすぐに生き残ったもう1人を連れて、車に乗り込み、怪物の跡を追った。

 

Lは「出来ることなら生きたまま連れてきてほしい」と言った。

 

何故かは分からなかったが、万が一ターゲットが生きているなら作戦を遂行しなければならない。

 

だからこうして、20人もいた仲間がほぼ全員死んでも、続けている。

 

と言っても、もしあの怪物と真っ向から戦うことになったら、間違いなく…死ぬ。

 

隣で仏頂面のまま、真っ直ぐ前を見ている相棒、アンジェを尻目に見る。

 

視線に気づいたのか、アンジェもこちらを見て、「なに?」というような目をしていた。

 

彼女が持つ、優秀なスパイにだけに与えられる『Cボール』

 

我が国だけで産出される「ケイバーライト」を用いて作られていて、起動させれば、重力さえも操ることができるようになる。

 

しかし怪物の力はそれすら凌駕している。

 

例えCボールを使ったとしても惨殺されるのがオチだろう。

 

それでも追わなければ。

 

と、怪物を追い続けているドロシーとアンジェだったが、だんだん車では通れない細い路地になり始めたところで怪物はある家屋に入っていった。

 

車を降り、その後ろを気取られぬようについて行く。

 

中に入ると、そこはホールのようになっていた。

 

2階からは1階のホールを見下ろす形に作られていて、ホールの中央には貴族のテーブルのようにかなりの長さを持つ長机が置かれていて、その左右には各10人づつ座り、その端には、もう1人と、アレンが座らさせていた。

 

ドロシーとアンジェは、物陰から様子を伺っていた。

 

傍から見たら、ただの貴族の集まりの様に見えるが、1点だけが、異質さを放っていた。

 

それは、アレンを除く全員が、目深にフードを被り、足元まで引き摺るくらい長いローブを纏っていた。

 

その先でアレンは足を組んで座っていた。

 

「んで、何の用だ?というかお前ら誰だ?」

 

不躾に口を開いたのはアレンだった。

 

「君にはね…我々の同士、仲間になってもらいたくてね…」

 

アレンの目の前、といっても結構先にいる人物が喋り始めた。

 

「仲間?」

 

「えぇ、君の事情はよく知っています。君のような不遇な人生を歩んだ者達…それが私たちさ。君のお父上は()()()()()を造っていたのはね…我々も驚いたよ。ただあれも、もう私たちの仲間だ。名はキングと言う。君も見ただろう?あれは非常に優秀だ。我々はキングの力とここにいる1()2()人の幹部、それに各地にいる同士たちで、革命を起こす」

 

「革命?」

 

「そうさ、王国も、共和国もない。両方を同時に叩き潰し、新たな国をここに作る。我々こそがこの土地を統治するのだ」

 

「新たな…国」

 

アレンは目を瞑り、立ち上がった。

 

「さぁ!私の手を取りたまえ!共に行こうじゃないか!」

 

リーダー格はそれを肯定と受け取ったのか、アレンに近づきならが右手を差し出した。

 

ゆっくりと閉じた目を開き、アレンは右手を上げて、

 

 

 

 

 

思いっきり振り下ろした。

 

 

 

『ッ!!』

 

振り下ろされた右手は机に叩きつけられ、粉々に砕け散った。

 

フードの者達は一斉に飛び退き、リーダー格の隣に並んだ。

 

「…………くだらねぇ」

 

「くだらない…だと?」

 

「ああ、くだらねぇな」

 

「君には分かるはずだ。この国はもはや終わりだ。改変が、必要なのだよ」

 

「それがくだらねぇって言ってんだよ。キング?だっけか。てめぇはさっきから1度も名前で呼んでない。あれで済ませていたな。つまり、道具のようにしか思ってないってことだろ?仲間なんかじゃない。それにアイツは俺のクソ親父が造ったもののはずだ。それを仲間にって…敵の力に頼って何が革命だ。やるなら自分たちの力だけでやれよ。そんなことが、分からねぇから革命なんてくだらねぇ発想に至ってるんだよ」

 

「ぐ…」

 

バッサリと言い切られ、言い返せずに黙り込むフード達。

 

「話は終わりか?なら俺は帰るぞ」

 

と踵を返し、とっとと帰ろうとした時だった。

 

「キング!!……奴、を殺せ」

 

声に合わせるかのように、どこからともなく、あの怪物が現れた。

 

だが先に動いたのはアレンだった。

 

一気に踏み込み、怪物の腹に拳を叩き込む。

 

「遅せぇよ」

 

怪物は背後に吹っ飛ばされ、古時計にぶち当たった。

 

その後ピクリとも動かず、機能停止したようだ。

 

「この…クソガキめぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

11人のフードたちは同時に銃を構え、引き金を、引ーーくよりも速く撃ったものがいた。

 

その弾丸は頭上にあった、絢爛なシャンデリアと天井を繋ぐ鎖を断ち切った。

 

落下するシャンデリアに視線が集まった瞬間に、部屋に煙玉が投げ込まれた。

 

それを後退して回避したアレンの手を、何者かが掴んだ。

 

「こっち!」

 

声の高さから女性だろう。

 

その女性に引っ張られるまま、外に出る。

 

「速く乗って!」

 

そこには一台の車が停まっていた。

 

「君は…!」

 

「いいから!速く!」

 

それは、昼間にあったあの綺麗な女性だった。

 

女性は制服とは違い、髪を後ろでまとめ、膝よりも短いスカートに、胸元が大きく空いた、何とも扇情的で目のやり場に困る格好だった。

 

なんて考えていると、車は急発進した。

 

「うおっ!」

 

「しっかり掴まってて!舌を噛むわよ!」

 

何故そうも急ぐのかと、背後を振り返ると…

 

キングと呼ばれた怪物は目を覚まし、こちらを追いかけてきていた。

 

「結構、渾身の力込めて殴ったはずなんだけどな…」

 

とアレンは嘆息した。

 

見れば、アレンが殴った跡は綺麗に完治していた。

 

「退いて!」

 

頭を押し退け、助手席に座っていたアンジェが、キングに向かって発砲。

 

頭部に命中するもそれを諸共しない勢いで走って来ている。

 

「あはは、効いてねぇわ」

 

「…標的を間違えたみたいだわ」

 

アンジェは銃口をアレンに向けていた。

 

「冗談だよ、冗談」

 

初対面のアンジェを笑い飛ばすアレンだが、その胸中は、嵐の如く、吹き荒れていた。

 




遅くながらも、第5話更新です。本当はまだバイオ要素は出すつもりはなかったのですが、話の流れ的にそろそろ出さないとつまらないので、ちょっと無理やりですが、出てもらいました。

拙い作品ですが、これからもよろしくお願いします。


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『偽』王 Ⅱ

6

 

 

キングは一切速度を落とすことなく猛然と走り続けていた。

 

「……やっぱり、無理か…」

 

ボソリとアレンは呟いた。

 

「なぁ、次の角右に曲がってくれるか?」

 

「右!?どうしてまた…!」

 

ドロシーも急に話しかけられたせいで、焦っているようだった。

 

「頼む」

 

アレンの真面目な声を聞き、不信に思いながらもドロシーはハンドルを右にきった。

 

ハンドルをきった先にあったのは荒廃した広場のようであった。

 

おおよそ、新たに作られた道路や店などに人が集中したため、忘れ去られたものなのだろう。

 

「そのまま道のりに沿って走って」

 

言われた通りに車を走らせようとスピードを上げるためにアクセルを踏み込もうとした、その時だった。

 

「多分、この道からなら逃げきれると思うから……じゃあな」

 

そう告げたアレンはその場でジャンプした。

 

その結果、慣性の法則に従い、アレンの身体は後方に消えていった。

 

 

「「はぁっ!?」」

 

 

驚きのあまり二人して素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

だが、時すでに遅し。

 

アレンの姿は暗闇に消えていた。

 

だが、それと同時に追跡する者の足音も姿も無くなった。

 

ドロシーは急ブレーキ、とまではいかないながらもブレーキをかけ車を停めた。

 

急ぎ足で車から降り、アレンが消えていった後方の闇を見つめるが、そこには何も無かった。

 

 

静寂。

 

 

 

 

 

轟音。

 

 

 

 

静寂。

 

 

 

轟音。

 

 

静寂。

 

 

「っ……………」

 

駆け出そうとしていたドロシーの腕を引き止めたのは、アンジェだった。

 

徐々に間隔を詰める轟音と静寂のコントラストは精神的に安定した状態ではない、二人にとっては非情なまでに恐ろしいものだった。

 

子供の身の丈程もある刃を鮮血に染め上げた化け物と一丁として銃を持たない少年が、この闇の先で生命を殺り取りしているのだろうと思うと正気を保つのが精一杯だった。

 

アレンが何者なのか正確なことは分からないが、あの怪物と素手で戦うことができるという事実から分かるように、この少年もまた、規格外の生き物なのだろう。

 

この場に残された二人も厳しい訓練を積んできているが、あの闇の先にある戦闘に参加できる程、度胸があるわけではなかった。

 

任務の遂行は、時として人の命よりも重要なことがある。

 

だが、いくら心を殺したところで本能がそれを妨げれば意味が無い。

 

頭の中で保身の警笛が鳴り続けている。

 

先に見える闇は、二人の希望を呑み込むように、ただただ静寂と轟音だけを唱え続けていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

痛い…

 

苦しい…

 

血が…止まらない…

 

もう何度地面に叩きつけられたのだろうか。

 

何度あの刃で斬りつけられたのだろうか。

 

流れた血が、どれだけこの場所を濡らしたのだろうか。

 

抉りとった奴の肉塊、肉片がどれだけ落ちたのだろうか。

 

それでも何回立ち上がったのだろうか。

 

別にあの二人の為に戦ってるわけじゃない。

 

これはアレンの()()の第一歩だ。

 

そしてアレンの()()だ。

 

憎き親が創り出した()()を破壊する。

 

そうすることで、親の実験を失敗させられる。

 

そして、実験体を破壊することで、犠牲になった人達に安らぎを与える。

 

そうして、復讐は始まった。

 

だが、どうだ。

 

初めて成功した生物兵器のプロトタイプである、正式名称『materialNo.1』にさえ、このザマだ。

 

「…ぅぐっ…」

 

苦痛の声が漏れる。

 

『materialNo.1』はあくまでプロトタイプだ。

 

成功体であるといっても、初期段階レベルにこうも押されるものなのか。

 

地面に突っ伏し、四つん這いになりながらも、なんとか意識を保つ。

 

口の中にどろりとした液体が溢れてくる。

 

血だ。

 

恐らく体内の臓器が傷ついているのだろう。

 

たまらず溜まった血を吐き出す。

 

「おぇ…」

 

真っ赤な粘液が地面に滴る。

 

そこへ、白い物体が飛んできた。

 

その物体はアレンの顔面めがけてすくい上げるように放たれた蹴りだった。

 

咄嗟に腕で顔を覆う。が、

 

勢いはとどまることを知らず。

 

アレンの体は上空に吹っ飛ばされた。

 

しかしアレンにとってこの攻撃は好都合だった。

 

「っ……らぁ!」

 

空中で体を捻り、落下の力を利用した蹴りを叩き込む。

 

が、No.1には届かない。

 

すんでのところで足を掴まれ、勢いを殺されていた。

 

アレンは唇をかみしめ、舌を巻いた。

 

No.1はアレンの足を持ったまま、振り上げた。

 

このまま地面に落とすつもりだ。

 

振り下ろそうとした、その時だった。

 

森の方からバンッと音がした。

 

その刹那。

 

アレンの足を握り締めるNo.1の腕から、鮮血が迸った。

 

『ッ!!』

 

これには二人とも驚きを隠せなかった。

 

しかし力が緩まる瞬間を逃すほどアレンも馬鹿ではない。

 

瞬時に、逆の足で踵落としをNo.1の手の甲に放つ。

 

思わぬ反撃にあい、アレンの足を離す。

 

着地後、すぐに射程圏内から後退する。

 

そのまま音がした森を見る。

 

そこには逃がしたはずの二人の少女が、銃を構えて、立っていた。

 

「お前ら…なんで…」

 

「私たちの今回の任務はあなたの身柄を確保すること」

 

「あと、あんたが何者であの怪物がなんなのか…教えてもらうわよ」

 

アレンは目を丸くした。

 

だが、同時に少し、安心した。

 

「あれの弱点は、首と頭だ。原理はウィルスが脳を汚染し、脊髄、神経系を全て管理している。要は頭と胴体切り離せば、止まるってこと」

 

「簡単に言わないでよ…」

 

「胴体への攻撃はあまり意味が無いんだ。ほらな」

 

アレンが指す先には、怪物の腕に当たった弾丸が、這い出た触手のようなものによって、取り除かれている瞬間だった。

 

「ウィルスに感染して、適合したものは大体ああなる。そして即座に細胞分裂による、高速再生が始まる」

 

明らかに嫌そうな顔をするドロシー。

 

1人静かにうへぇ…と唸っている。

 

「だから体と頭を繋ぐ首を狙う…」

 

それを気にしないアンジェ。

 

「そういうこと」

 

実際問題、勝てるかどうかは分からない。

 

だが、少なくとも勝率は上がっている。

 

だから、後は…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




いつも亀更新で申し訳ないです。そして駄作に付き合ってくれる方々。いつもありがとうございます。(*´▽`人)

これからもよろしくお願いします。


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『偽』王 終

7

 

奴を倒す、という利害の一致により一時的な協力関係となった三人だったが、戦局は未だ不利なものであった。

 

「これじゃ、キリが無いな…」

 

木陰に隠れながら、ドロシーがぼやいた。

 

アレンが前衛でキングの相手をし、後方から隙をついて、ドロシーとアンジェが発砲。

 

多少ダメージは入っている様子を見せるが、即座に細胞分裂による回復で、元に戻る。

 

こんな一進一退を続けていた。

 

「っ………」

 

不意にアレンの動きが鈍る。

 

刹那。

 

アレンの姿は()()()

 

否。

 

遥か遠くまで、一瞬にして吹き飛ばされていた。

 

キングは剥き出しになった刃でアレンを思い切り攻撃した。

 

『死んだ』

 

アンジェとドロシーは確信した。

 

あの巨体からの一撃をもろに食らったのだ。

 

アレンが吹き飛ばされた方向には岩が転がっていて、そこにもたれかかるアレンの姿が見える。

 

しかしアレンは項垂れたまま、ピクリとも動くことがない。

 

「くっ…アンジェ!」

 

「分かってる」

 

アンジェはすぐに後退を始めた。

 

ドロシーもそれに続く。

 

あの怪物に真っ向から挑むのは無謀すぎる。

 

さらに前衛で奴の気を引き続けていた者が、たった今、目の前で殺されたのだ。

 

自分たちにもう勝つ術はない。

 

ならばどうするか。

 

どちらか二人がこの場から無事に生還し、あの情報を伝えることが、最善である。

 

ドロシーの素早い判断は正しいものだろう。

 

だが、二人は気が付かなかった。

 

アレンの身体は既に人の領域を越え、さらに一歩、遠くに踏み出していたことに。

 

 

 

 

 

 

なぜ、アレンはキングから肉片を奪っていたのか。

 

 

 

 

 

なぜ、アレンはキングの血を体内に取り込んでいたのか。

 

 

 

 

 

アレン本人は薄々感ずいていたのではないだろうか。

 

自身を動かす何者かの力を。

 

欲しいものは全て手に入れたいと思ったことはないだろうか。

 

だが、それは「不可能」という理性によって押さえ付けられる。

 

好みの異性を、我が身の思うままにしたいと思ったことはないだろうか。

 

だが、それは「嫌われる恐怖」という理性によって押さえ付けられる。

 

味わったことのないスリルを感じたいと思ったことはないだろうか。

 

だが、それは「危険だから」という理性によって押さえ付けられる。

 

 

『本能』に従うことは『理性』に反すること。

 

 

本能は単純で、明快で、利己的で、暴力的で、狂歌的で、悪魔的で、それ故に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『美しい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として、キングの身体は()()によって切り裂かれた。

 

それは本当に瞬きをするコンマ何秒の世界。

 

何が起きたかわからない。

 

キングがアレンに近づこうとして、踏み出そうとしていた瞬間だった。

 

それが、ほんの一瞬間で、バラバラに消えていった。

 

まるで、夢の世界から起床したときのような儚さを抱かせるようなくらい、刹那なるものだったのだ。

 

 

―――――――――――――――

 

正直に言って、今、自分を突き動かすものは自分自身の意思によるものではないなと、気がついたのはやつにあってからすぐだった。

 

脳による理性を否定し、細胞による本能の肯定。

 

俗に言う、『考えるな、感じろ』というやつだった。

 

自身の中にある、細胞が進化を望んでいる。

 

アレンの父、スカーが生み出した、S-VIRUSは常に進化を望む。

 

進化が可能な宿主内では宿主に、絶大な力を与えるが、見込みがない個体では精神を侵し、肉体を崩壊させ、自我のない肉塊化させる。

 

そして、より強い個体を見つけると、その個体を喰らうことを最優先に行動するようになる。

 

例によって、アレンの中のS-VIRUSはより強い個であるキングの細胞を喰らうことを目的としていた。

 

それが、キングの肉や血を喰らう理由であり、より強くなったアレンのS-VIRUSは急速に遺伝子情報を変貌させ、進化させた。

 

「ようやく、馴染んだか」

 

アレンの腕は正しく異質なまでに変貌を遂げていた。

 

腕には指を模したかのように5本の刃が手のように生えていた。

 

そこから漆黒に染まった血管が浮き出ている。

 

さしずめ、『爪』というのが正しいだろう。

 

しかしその爪はただの爪にあらず。

 

銃弾を貫通させぬ肉体を真っ向から切り伏せ、その上、余波で地面を抉る。

 

最早、化け物の領域に達している。

 

「……………」

 

アレンは無言のまま、その爪をキングの死体に突き立て、真紅の臓器を取りだし、そのまま口に放り込んだ。

 

アレンの口まわりに真っ赤な液体が飛び散るが、意に介すことなく喰らい続ける。

 

「アレン…お前はいったい…」

 

何者か、と言葉を続けようとしたドロシーは言葉を詰まらせざるを得なかった。

 

なぜならそれは、アンジェが銃口をアレンに向けていたからである。

 

「答えて。あなたは人間?それとも…別の()()なの?」

 

アレンは口から残った血を吐き捨てた。

 

「…後者だったら?」

 

「質問に答えなければ、撃つ」

 

「なら、後者だ」

 

「そう…」

 

アンジェは納得したのか、ウェブリー=フォズベリーをしまった。

 

「とりあえず、ここから離れよう」

 

ドロシーが場の空気を読み、年長者らしく告げた。

 

「どこに連れていかれるんだ?」

 

「私たちの…まぁ、上司っていうやつのところ」

 

幸いにも、ドロシーの愛車は傷つくことなく無事に走れるようである。

 

「あの怪物はほっといてもいいの?」

 

と訊ねるアンジェに、アレンは軽く手を振りながら、

 

「ウィルスの核は心臓にある。その心臓が無くなれば、あとは勝手に死滅して、灰になる」

 

ほらな、と指さすアレンの先には体が灰色になり、足のつま先から粉になりつつあるキングの死体だった。

 

三人はその最期を見ることなく、この場から立ち去っていった。




投稿遅くなりました。いつも読んでくださる方々、ありがとうございます。今回でキングとの戦闘は終わりです。次回からはキャラ同士の絡みを増やしていく予定です。次回もよろしくです。


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仲間

8

 

「さて、アレン・ヴィルム君。君には選択肢があるわけだが…どうする?」

 

アレンの前で椅子に腰掛け、肘を立て、組んだ両の手の上に顎を載せる白髪の老人が、静かにアレンを眺め続けていた。

 

――――――――――――――

 

キングとの死闘を終え、ドロシー達共和国側の隠れ家に到着した。

 

外見は他の建物と変わらず、どこも変哲もない只の家のようであった。、

 

しかし中は違う。

 

様々な諜報員が、出入りをする。別名『コントロール』と呼ばれる。

 

アンジェとドロシーは躊躇うことなく、ずんずんと中に進み、一つ、ドアの前で止まった。

 

ドロシーがコンコンッとノックし、

 

「DとA、ただ今、帰還しました」

 

と声をかけると、中から低い声で、入れと聞こえた。

 

ドアを開け、中に入る二人にアレンは続いた。

 

中に入ると、席の奥に白髪の老人と目が合った。

 

その老人はアレンを一目みて、片眉をあげた。

 

手前には軍服を着た、ガタイのいい男。

 

向かって右側には、妙齢と思しき綺麗な女性と、小太りの男が一人座っていた。

 

「任務は無事に果たせたようだな」

 

白髪の老人がまず、最初に口を開く。

 

「ふん、いったいいつまで時間をかけるつもりだったんだか」

 

ガタイのいい男が、嫌味を口にする。

 

アレンは少し、腹が立ちそうになったが、相手にしない二人をみて、少し黙ることにした。

 

「確認だが、君がアレン・ヴィルムでいいな?」

 

「ん?…ああ、俺はアレン。アレン・ヴィルムだ」

 

「君のことは、色々と調べさせてもらった。その上で聞こう……我々に()()する気はないか?」

 

「…………何故だ?」

 

「恍ける必要は無い。今、君が単身、王国に反旗を翻そうとしているのは知っている。しかし、単身では分が悪いだろう。だから、我々と協力しないか?」

 

「俺はーーー

 

 

 

「君の身体については知っているよ〜」

 

 

 

「っ!?」

 

突然、これまで静かだった小太りの男が口を挟んできた。

 

「昔、お父上に()()()てるんでしょ?でも、今の王国相手じゃ、君一人では、勝てない」

 

「これは、提案じゃない」

 

「「脅迫か(さ)」

 

「おや」

 

しかし、小太りの男が言うのも事実だ。

 

かつて戦ったキングと先程戦ったキングとでは、明らかに性能に差がある。

 

要するに、父、スカーの研究が進み、更なる強敵が生産されつつあるという事実を裏付けている。

 

「分かってるさ。でも、これは俺の戦いだ。勝手にあんた達共和国の目的とすり替えてもらっちゃ困るんだよ」

 

アレンの目的は、スカーが造った人造ウィルス兵器の殲滅。

 

共和国の目的は、王国側から覇権を奪い、革命を起こすこと。

 

共和国側の主張としては、「革命を起こす時に、人造兵器が邪魔になるから、倒してほしいんだけど、それなら君の目的も達成できるでしょ?」というもの。

 

しかしアレン個人としては「目的は()()()()殲滅。共和国側の味方をする気はない」というもの。

 

一見アレンが、我儘を通そうとしているようにも見えるが、共和国はアレンを無理矢理連れて来ている。怒るのも当然とも言えるだろう。

 

「やはりな。こんな奴はさっさと殺すべきだ!」

 

軍服の男が声を荒げて、机を叩く。

 

「大佐」

 

大佐と呼ばれた軍服の男は、怪訝そうな顔で声がした方を見た。

 

「なんだ、7」

 

「お言葉ですが、それを決めるのはあなたではないでしょう?」

 

「…………」

 

7という妙齢の女性は尻込みすることなく、堂々とした態度で意見を述べた。

 

「決めるのは、Lです」

 

『L』

 

おそらくだが、あの白髪の老人を指すものだろう。

 

「僕もそう思うな〜」

 

小太りの男が続ける。

 

「貴様は黙っていろ!ドリーショップ!」

 

そして、またブツブツと文句を零す大佐。

 

「アレン君。もう少し、考えてみてはくれないだろうか?」

 

「我々も、君のような重要な戦力を無駄にはしたくない」

 

「ん……」

 

アレンは少し目の前で座る老体をまじまじと見た。

 

白髪の頭に、彫りの深い顔立ち。

 

飄々とした雰囲気は無く、厳格さを感じさせる佇まい。

 

あくまでも、そう思わせることが目的かもしれないが。

 

嘘を言ってる様子はない。

 

正直に言って、現状では誰が味方で、誰が敵なのか全くわからない状態でもある。

 

この誘いを受けることで状況が打破出来るなら、悪くは無いかもしれない。

 

しかし、軽率な行動は命取りになる。

 

実際問題、もう国家レベルのところまで首を突っ込んでいるのだ。

 

「…分かった」

 

アレンはLを真っ直ぐ見ながら告げた。

 

「やってやるよ。仲間でもなんでもな。暗殺だろうが、捨て駒だろうが、関係ない。1度は捨てかけたこの命。アンタらのために使ってやる」

 

「その言葉を待っていたよ」

 

Lはこう言った後、ドリーショップと呼ばれた小太りの男を見た。

 

ドリーショップはその太い指でパチン!と指を鳴らした。

 

すると、部屋の外から白衣を着た人達が数人やってきた。

 

「君の任務服だ。何か必要なものがあれば、ドリーショップに頼むといい」

 

渡された衣服は、膝まである黒いロングコート、灰色のシャツ、黒色のカーゴパンツ、同じく黒色のベルトブーツだった。

 

「任務についてはDに伝える。誰がいつ、君を狙っているかわからない。常に気を引き締めて行動するように」

 

L達、上層部はさっさと部屋を退室していった。

 

気が付いた時には、アレンはドロシーが運転する車に乗り込んでいた。

 

「まぁそんなわけで、よろしく。アレン」

 

ドロシーは運転席からアレンに声をかけた。

 

「ん?あ、あぁ。よろしく」

 

「因みにそっちのぶっきらぼうがアンジェだ」

 

「……」

 

「よろしく」

 

アレンはアンジェをみて、そう言った。

 

アンジェは返事こそはしなかったが、小さく頷いた。

 




どうも、玉響です。いつもながらの不定期更新すいません。今回でようやく、アレンを共和国側と引き合せることができました。ここから原作に沿ったストーリーを展開していこうと思います。これからもよろしくお願いします!


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疑惑

※今回はアレンとドロシーがちょこっとだけイチャつきますので、ご注意ください。


9

 

「……………はぁ」

 

アレンは深くため息をついて、ベッドに沈んだ。

 

ドロシー達、共和国側との接触から既に数週間がたった。

 

思いの外、共和国との協力は過酷で、アンジェやドロシーの足を引っ張ってばかりいるようだ。

 

それに、明日。

 

明日、『チェンジリング作戦』が決行される。

 

議員や王族、貴族が集まる夜会が開かれる。

 

そこにはノルマンディー公も現れるという。

 

「…クソ親父」

 

貴族が集まるということは、父スカー・ヴィルムもこの夜会に来るだろう。

 

しかし、Lから決して手を出さないようにと、釘を刺されている。

 

目の前にご飯があるのにお預けされてる犬のような気分だ。

 

さらに、貴族として顔が割れてるアレンは夜会に参加せず、遠くから様子を伺い、状況に応じて行動するように言われているため、父はおろか、ノルマンディー公にさえ近づけない。

 

歯痒い。

 

とても…

 

「嫌な気分だ」

 

アレンはベッドの上に仰向けになって、天井の木目を眺めていた。

 

その木目に向かって掲げた手の震えが止まらない。

 

すると、その木目が突然…()()()

 

「っ?!」

 

思わず、身構えようとするがそれは穴から現れたものによって止められた。

 

ひょっこりと穴から逆さまに顔を出したのは、ドロシーだった。

 

ドロシーは無言のまま、アレンにヒラヒラと手を振った。

 

アレンは、はぁぁ…と深くため息をついた。

 

「ちょっと…何よその反応」

 

と、アレンのベッドの隣に音もなく着地した。

 

「誰だって天井から知り合いが出て来たら驚くぞ…」

 

「全く、こんなに可愛い子が夜中に男の部屋に来てあげてるのに!」

 

「阿呆か…余計なお世話だ。帰れ」

 

「…心配?明日のこと」

 

「……」

 

見透かされていた。

 

「帰れ」

 

「嫌よ」

 

「か え れ」

 

「い や よ」

 

「かえrーー

 

と言ったところで、ドロシーが先に動いた。

 

ベッドの上にいるアレンを押し倒すかのように、ドロシーは覆いかぶさった。

 

「おい待て!お前、何しやがる!」

 

声を荒げるアレンに対し、終始無言のままドロシー。

 

そのままアレンの顔に自身の豊かな母性の象徴を押し当てた。

 

「っ!………っ!…!……っ!」

 

ぎゅっと押し当てられ、呼吸もままならなくなるアレン。

 

じたばたと暴れるが完全にホールドされていて、抵抗出来ない。

 

徐々に苦しくなり、抵抗が弱まった時にようやくドロシーはアレンを解放した。

 

「っ!…はぁ…はぁ…はぁ…うっ…ゲホッ…ゴホッ…」

 

ようやく解放されたアレンの顔はトマトのように真っ赤になっていた。

 

「お…前…本気で…何、しやがる…」

 

「あら?()()()()が頑張る弟を励ましてあげたのに…」

 

「何が…お姉さん…だよ」

 

「手、見てみな」

 

言われて初めて気が付いた。

 

さっきまで感じていた、手の震えが止まっていた。

 

「それに、私は本当に()()()()だからね?」

 

ドロシーは手を口に当て、妖艶に笑った。

 

実際、ドロシーはアレンよりも年上である。

しかし、アレンがそんなことを知る由もなく、今はただ面倒くさいとしか思ってなかったが、その事実を知って驚くのはまた、別のお話。

 

「じゃあね」

 

ドロシーはそれだけ告げると、さっさと天井に登って帰って行った。

 

「…ったく何してんだか」

 

ドロシーが去った後、すぐに悪態をついたアレンだったが、心のどこかで感謝している自分がいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

肌に触れる夜風が、アレンの覚醒を促す。

 

「……ん」

 

チェンジリング作戦が決行されて数十分くらい経っただろうか。

 

アレンは夜会が行われる屋敷から遠く離れた家屋の屋根の上に待機していた。

 

チェンジリング作戦についてはドロシーから話を聞いている。

 

だが、ここまで来るのに、正直言ってアレンはほとんど何もしていない。

 

そもそもプリンセスなんていうくらいだから、シャーロットは女の子だ。

 

そこにアレンが何かしようものなら、ノルマンディー公の警備や他生徒から白い目で見られるのは明白。

 

この作戦はドロシーやアンジェたちにしかできない作戦でもある。

 

しかし、万が一ということがあるかもしれない。

 

だからアレンも派遣されている。

 

と、いってもすることはあまりなさそうでもある。

 

(暇だな)

 

誰かに聞こえるはずがないが、敢えて口には出さなかった感情。

 

欠伸を噛み殺し、双眼鏡を覗く。

 

カーテンの隙間からアンジェの横顔が見えた。

 

(あいつ、何してんだ?)

 

アンジェは体の向きを変え、窓に背を向けた。

 

しかし、手だけはカーテンに隠されるように、『Cボール』を握っていた。

 

翡翠色の灯りが、何度も点滅した。

 

それがアンジェからのメッセージであることに気がつくのに時間はかからなかった。

 

(おいおいおい…どういうことだよ!()()()()()()()()だと?!何考えてやがるあいつ!)

 

アレンはすぐにその場から跳躍。

 

夜会の屋敷のすぐそばまで来たところで突然、連絡が入った。

 

メッセージの内容はすぐに帰投するようにというものだった。

 

目の前で何が起こっているか分からないが、取り敢えず、命令に従ってアレンは帰還することにした。

 

 

 

 

 

 




いつもながらの不定期更新です。いつもすいません。それと、今回は少し短くなってます。それは次の内容を少し濃くしたいので、今回は短くしました。それではまた次の話で。今後ともよろしくお願いします。


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解答

10

 

コントロールからの帰還命令により、1度離脱しようと、跳躍しかけたその時だった。

 

「うおっ!?」

 

突然目の前に、数本のナイフが飛んできた。

 

思わず、仰け反って避けるが体勢を崩し、屋根から街道に落下した。

 

着地は受身をとり、ほぼ無傷だったが、襲撃者は攻撃の手を緩めなかった。

 

既に放たれたナイフはアレンの頭部、腹部、脚部を狙って何本も投げられていた。

 

しかし、ナイフごときでアレンを殺せるなら、アレンはとっくに死んでいる。

 

それを裏付けるかのように、アレンは放たれたナイフを全て素手で叩き落とした。

 

襲撃者は屋根からまったく音をたてずに着地している。

 

流石のアレンもそれには驚きを隠せなかった。

 

「お前、本当に人間かよ…?」

 

「……」

 

襲撃者は無言のまま、また新しいナイフを構えた。

 

ナイフの形状は非常に鋭く、医療用のメスのようでもあった。

 

そして、黒い。

 

闇夜に溶け込むかのように、漆黒に染まっていた。

 

(手慣れてやがるな…)

 

アレンはどの武術にも精通しない、独自に編み出した、独特の構えをとり、右手を『クロー』に変化させた。

 

お互い、臨戦態勢を整えて間合いを取ろうとした瞬間だった。

 

突如として、黒い装束に身を包む者が、2人急に現れた。

 

1人は非常に背が高く、もう1人は、服の上からでも分かるくらい、女性的な体をしていた。

 

2人はアレンを見ると一礼した後、顔のマスクを外した。

 

「アルバス…エリスタ…」

 

アレンと襲撃者の間を割って入ってきたのは、かつて世話になった2人だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

正直に言って、アレン様に会いにいけという旦那様からの命令は私にとって苦痛以外の何にでもなかった。

 

今更、どの面下げて会いに行けばいいのだろうか。

 

私を見たら、どうするのだろう。

 

罵倒されるのかな…?

 

きっと怒るだろうな…

 

会いたく…ないな…

 

旦那様に言えば任務から外してもらえるのかな?

 

そんなことばかり考えていた。

 

先輩達に相談しても、『大丈夫じゃない?アレン様なら』と取り付く島もない。

 

いくら命令だからといっても家から最後に追い出したのは私だ。

 

アレン様の荷物を玄関先に置き、扉を閉めた。

 

アレン様はあの時どんな顔をしていたのだろうか。

 

嫌悪、憎悪、憤怒…色々浮かべてみる。

 

浮かべて、消えて、手を伸ばす。

 

何も掴めぬ細い腕を見て、私は私が嫌になりそうだった。

 

「何をしている?」

 

突然後ろから声をかけられ私は飛び上がりそうだった。

 

振り返ると、そこには執事長アルバスがいた。

 

「し、執事長!申し訳ありません!」

 

私は咄嗟に頭を下げ、この場から逃げようとした。が、

 

「待て、エリスタ」

 

と低い声が響き、私の体は静止した。

 

「…アレン様のことを考えていたのか」

 

図星だった。

 

でも、同時に思い至った。

 

執事長は何を思っているのだろう?

 

アレン様に久々に会うことになり、この人は何を思うのだろう。

 

「お前は、悲しいのか」

 

「へ?」

 

「涙を拭け、制服が汚れる」

 

涙?

 

私がいつ泣いていたというのか。

 

手を目元に持っていくと、肌がしっとりとしている。

 

「あ…」

 

「エリスタ、悲しむことを悪いことだとは言わない。だが、それはアレン様に会ってからにしなさい。それより、自分の身を守ることを最優先に考えるのだ」

 

「身を、守ること…ですか?」

 

「あぁ。恐らく、アレン様に会う際に交戦することになる」

 

「交戦?!」

 

「ジャック・ザ・リッパー」

 

廊下の奥から何者かの声がした。

 

「「っ!?」」

 

「彼には十分気をつけてな。2人とも」

 

陰から現れたのはヴィルム家現当主、スカーだった。

 

スカーは黒髪をすべてオールバックに固め、切れ長の目に高い鼻と、片目に縦の古傷を残した顔をしていて、いかにも清く正しくといった身なりに身を包んでいた。

 

「旦那様」

 

アルバスはすぐに廊下の隅により、道を開ける。

 

私もそれに倣い、道を開ける。

 

「いいよ、今は。それに、エリスタにはまだ言ってなかったからね」

 

「旦那様、ご質問よろしいでしょうか?」

 

「構わないよ」

 

「あの…ジャック・ザ・リッパーって最近流行りの…」

 

「うん、婦人ばかりを狙った連続殺人鬼。だけど、僕はこれが意図したものだと思っている」

 

「意図…ですか」

 

旦那様は無言のまま頷づき、続けた。

 

「モリアーティ教授が背後にいると、僕は思う。ジャック・ザ・リッパーの出現とともに、様々な議員や貴族が次々と死んでいる。それは事故であったり、病気など多岐にわたる」

 

「それが、ジャック・ザ・リッパーの手口。婦人ばかり殺したのは隠れ蓑…ということですな」

 

「ありがとう、アルバス。しかし、そこまでの事件が起きていながら、警察はほとんど動かず、事件を迷宮入り化させる始末…恐らくだけど、モリアーティ教授とノルマンディー公は裏で繋がりを持っている」

 

「あの、かの有名なシャーロック・ホームズは…?」

 

「彼は彼で忙しい身でね。この事実にはまだ…いや、彼なら既に気が付いているだろうな。あの天才なら」

 

ククッと喉を鳴らすように旦那様は笑った。

 

「いやいや、面白いなぁ…この世界は。()()()()()身としてはこんなに楽しい玩具箱はないな」

 

「それに、我が子の生い先は遠いようだし、安心してーーぐっ…がはっ!」

 

旦那様は突然、膝をつき、手を口に当てていた。

 

その手には、真紅の液体が吐き出されていた。

 

「旦那様!」

 

近づこうとした私を手で制し、よろよろと立ち上がった。

 

「いいかい…エリスタ…アレンには、君が、必要だ…あの子の傍に、居てやってくれ…」

 

「はい!」

 

旦那様は少し微笑み、私の金髪を一撫ですると、自室に引き返していった。

 

その手はかつて私を慰める時に頭を撫でてくれたアレン様にそっくりの温もりだった。いや、アレン様()似ているのだろう。

 

とても暖かくて、優しい手だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

突如として、現れた2人に困惑を隠せないアレン。

 

しかし、真っ先に動いたのは、エリスタだった。

 

「アレン様、こちらです!」

 

エリスタはアレンの左手を掴むと、すぐに駆け出した。

 

「ま、待て!エリスタ!アルバスが!」

 

「大丈夫です!今は私について来て下さい!」

 

アレンは咄嗟に振り返ると、既に襲撃者とアルバスの戦闘が始まっていることを知った。

 

その様子に気がついたアルバスはアレンを見て、不敵な笑みを浮かべた。

 

遠ざかって行くアルバスを尻目にエリスタは駆ける足を緩めることはしなかった。

 

かなり走り、コントロールのアジト周辺まで来たところで、エリスタは漸く足を止めた。

 

「エリスタ、説明してくれ。何が起きてる!」

 

「アレン様、ご無礼をお許しください。今から私が話すのはすべて事実です。信じえもらえないかもしれませんが、事実なんです」

 

「とにかく話せ!じゃなきゃ本当に分からない!」

 

「旦那様、スカー・ヴィルム様は現在病で床に伏せっております。病名は、『結核』。奥様、リリー様と同様の病気です。医者によると、もう永くない…そうです」

 

「結核だ…と?」

 

「それと、此度の襲撃者はジャック・ザ・リッパーと呼ばれる殺人鬼です。あいつは恐らくノルマンディー公やモリアーティ教授の手下と思われます」

 

「あいつが『ジャック・ザ・リッパー』か。道理で強いわけだ。あれは常人の強さじゃない」

 

「最後にですが、旦那様から伝言を預かっています」

 

「伝言?」

 

「『ある者に、手紙を託した。その者から手紙を受け取った時、もう一度我が家に帰ってきなさい。お前に渡したい物がある』」との事です」

 

「渡したいもの?」

 

「伝言は以上です」

 

エリスタはその場を離れようとしたが、どうにも身体が動こうとしなかった。

 

何故か、自分の中にふつふつと煮えたぎる()()()が離脱を拒んでいた。

 

そして、気がついた時には既にアレンに、抱きついていた。

 

「っ!!エリ…スタ…?」

 

「私は…私はあなたの婚約者です。あなたを誰にも取られたく…ありません。お願いです。私だけのアレン様でいて下さい…」

 

消え入りそうなか細い声で、エリスタは懇願した。

 

アレンは黙ったままエリスタの抱擁を受け入れ、静かにポニーテールに結ばれた綺麗な金髪を撫で続けた。

 

少しの間、抱擁を続けた2人は顔を真っ赤に染めていた。

 

先に口を開いたのはアレンだった。

 

「悪い、エリスタ。俺にはまだやるべき事がある。だから今は答えを出せない」

 

「今は、ですよね?なら、私はずっと待ちます。アレン様が答えを出してくれるまで、ずーっと待ちます。だから、必ず、教えてくださいね」

 

と、念を押した後、エリスタはアレンの頬に軽く口付けをして、アレンと別れた。

 

アレンはその温もりを忘れないように、そっと瞳を閉じた。

 




どうも玉響です。前回お知らせした通り、今回は3000字を越えて長くしました。今更ながら文章を書くのは本当に難しいです。でも書いてる時って楽しいんですよね。これからも頑張っていくので、よろしくお願いします。


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黒き決意

プリンセス・プリンシパルの続編決まって嬉しい!とか思ってたけと、劇場かよ!(・`□´・)ふざけんなよっ。



 

アレンは1人、夜明けと共に壁を見つめていた。

 

10と数年前、イギリスを二分させ、王国と共和国を対立関係に導いた万人にとっても、ひどく忌まわしき壁だった。

 

頬を撫でる風はほのかに冷たく、アレンの意識をはっきりと覚醒させ続けていた。

 

この高台に人はほとんど来ない。

 

ひとりぼっちには最適な場所でもある。

 

……考えてみて少しだけ悲しくなったのは気のせいだと信じている。

 

しかし、これで構わない。

 

友人なんてものは1人もいないーー訳ではないのか?

 

()()()()は友人…なのか?

 

少し考えてみてみたが、答えは否だ。

 

あくまでも協力関係。

 

それ以上もそれ以下もない。

 

エリスタが言っていた「手紙」と「伝言」は未だ知れず。

 

さらに思考を続けようと眼を閉じた瞬間、風の中に違和感を感じた。

 

耳を澄ますと、階段を登る音が微かに聞こえてくる。

 

音は時々重なるように聞こえてくる。

 

…2人か。

 

しかし敵対心は感じない。

 

それどころか向こうはこちらに気がついていない。

 

アレンは壁を駆け上がり訪問者を様子見ることにした。

 

突然やって来たのはアンジェとプリンセスだった。

 

会話をしているのは分かるが、風の音が思いのほか邪魔で、内容が上手く聞こえない。

 

「10年……ね」

 

「おかえ……い。シャーロット」

 

シャーロット。

 

今、プリンセスは確かにそう言った。

 

アレンはアンジェ会ってから何か違和感を感じていた。

 

心の中になにか変な風が吹き、感覚がほんの少しだけズレる…それくらいに小さなズレだった。

 

そのズレが今、そう。たった今。確証に変わった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

母さんが死ぬ前にあったプリンセスと女王様に謁見した時にあった彼女は既に()()()()()()いたのだ。

 

何故だか、心の底から笑えてきた。

 

顔を伏せ、手の平で顔を覆う。

 

そうでもしないと笑みが零れてしまいそうで、といってもアレン自身は気づいていないが、アレンの口角はこれまでにないくらい、引きつっていた。

 

愉快。

 

ただ愉快であった。

 

この世はすべて腐りきった果実のように、とても甘美な味に満ちている。

 

しかし胸に疼く焦燥感だけは形を潜めてはくれなかった。

 

クスクスと笑っていた自分がだんだん嫌になって、次第に笑えなくなってくる。

 

このことを知って何になる?

 

幼い時なら自分だけが知る秘密を抱えた時、どことなく高揚感を覚えた。

 

だが、今はどうだ。

 

もう子供と呼ばれる年齢ではない。

 

ある程度の成長を重ねてきた者として、この秘密をどうすればいいのだろうか…

 

ふと、下にいる2人が気になった。

 

だが、こんなことを知るべきでも考えるべきでもなかった。

 

ここで下を確認することがなければ、偽りの王女との関係はそこまで深くなることはなかっただろうに。

 

プリンセスはその美しい紺碧の瞳を見開いていた。

 

「あ………」

 

咄嗟に動けなかった。

 

その場から脱兎のごとく逃げようと駆け出す前に、既にプリンセスはこちらに手を振っていた。

 

こうなってしまってはもう逃げられない。

 

視線を交わらせ、手を振る。

 

たったこれだけの行為が2人にとっては特別な()()だった。

 

アレンは渋々、壁を飛び降りて、プリンセスの近くに着地する。

 

「合図、覚えててくれたのね」

 

とプリンセスは柔らかく微笑む。

 

「まぁ…な」

 

一方、アレンは視線を合わせようとせず、頬を掻いていた。

 

「私たちの会話…聞こえていたのかしら?」

 

「耳はいいからな」

 

「あら、地獄耳なこと」

 

プリンセスはあたかも驚いた、かのように手を口に当てていた。

 

「お前は今、何を考えているんだ?」

 

「何って…」

 

「誤魔化すな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って聞いてんだよ」

 

「聞こえていたのなら、分かってるはずよ」

 

「私はこの国を元に戻す。そして、最後の女王として君臨して………処刑される」

 

「それが私の本望」

 

「だから、アレン」

 

「私を王にして。あなたの力で」

 

分かっていた。

 

会話の内容がどれだけ突飛なものか。

 

だから、もう一度聞きたかった。

 

自分がただ、聞き間違えただけだと信じたかったから。

 

しかしそんな幻想は打ち破られる。

 

だからこそ、新たなる決意をここに誓うのだ。

 

「俺はーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーお前を王にする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がそれを望むなら、あの時の借りを返そう」

 

例え、行き着く先が絶望に彩られた宵闇だとしても。

 

 

 

 




いつも読んでくださる方、ありがとうございます。新しい話を投稿した後ってあんまりハーメルン開かないので、気が付かなかったんですけど、お気に入りしてくれる方が少しづつ増えてて、ものすごく嬉しいです。これからも、どうかよろしくお願いします。


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幻想と現実

しっかり前にある現実を見ることは大事だけど、辛いのもまた事実。


12

 

『またね、アレン!』

 

夕焼けを写したように黄金色に輝く金髪を揺らし、紺碧の瞳の少女は大きく手を振った。

 

こちらが少し肘を曲げて、胸の前で小さく手を振り返すと、少女は満面の笑みになって更に大きく手を振っている。

 

なんかもうすごいくらい振ってる。

 

だってブンブン聞こえてくるもん。

 

かわいい。

 

そんなふうに感情豊かに表現できる彼女を羨ましいと思った。

 

彼女は太陽だった。

 

『行くぞ、アレン』

 

だが夢を見るのは終わり。

 

無慈悲な腕はアレンを捕まえて離そうとはしなかった。

 

(あの娘のそばに居たいのにな…)

 

そんな願いは叶うことなく、アレンはズルズルと引かれていく。

 

『絶対!また…会えるよね!』

 

太陽の少女はその美しい瞳に涙を大量に溜め、今にも零れ落ちそうだった。

 

それでも泣かんまいと、懸命に涙をこらえていた。

 

ワナワナと震える唇、力いっぱい込められているであろうスカートを握る手。途切れ途切れに聞こえる鼻をすする音。

 

そんな少女がたまらなく愛しかった。

 

だから、アレンは無意識のうちに叫んでいた。

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

覚醒。

 

さっとベッドから降り、洗面所に向かう。

 

鏡を見る前に口を抑えていた手を離す。

 

「おえぇぇぇぇぇ……」

 

真っ白なシンクが茶色の液体に塗れる。

 

その汚物を見ているとまた吐き気を催しそうだった。

 

この吐き気は先程の幻想を見たせいなのか、それともここ最近の、ウィルスの過剰摂取による副作用、悪影響なのか。

 

「…くそっ」

 

力を込めた訳では無い。

 

しかし叩かれた鏡は粉砕され、写るもの全てを歪ませていた。

 

されど、アレンの拳にはガラスの破片1つ刺さってはいなかった。

 

手速く着替えを済ませ、他の生徒より早く部屋を出る。

 

別に理由があるわけじゃない。

 

ただ単純に他の奴には会いたくないだけ。

 

傲慢。怠惰。嫉妬。悪意。

 

こんな醜い感情が渦巻くこの学校に意味は無い、と思う。

 

くだらない授業を聞くのも飽きてきた。

 

いち早く教室に入ったと思ったが、いつも間にか人が集まって来ていた。

 

よし、寝るか。

 

アレンはくだらない日常の殆どをいつも通り睡眠で時間を潰していた。

 

教師陣からも他生徒からも白い目で見られるが、正直、知ったことじゃない。

 

どうでもいい存在からどう思われようが自分には関係ないと思い続けている。

 

と、思っていた。

 

気がつけば放課後。

 

目を開けると、目の前に知らない男子生徒がいた。

 

ぼんやりした目で、その生徒を見つめていると、突然その生徒はアレンの襟首を掴み無理矢理もちあげた。

 

アレンの身長は171cm。

 

しかしその男子生徒はアレンよりも頭1個分背が高かった。

 

「誰だ、お前?」

 

アレンがはっきりと疑問をぶつけると、男子生徒は思い切り、アレンを睨みつけた。

 

「アレン・ヴィルムだな。ちょっと面貸せよ」

 

と、グイッとアレンを引っ張る。

 

教室はざわめいていたが、そんなことは露知らず、アレンは未だ胡乱げな目で自身を引っ張る生徒を見つめていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私がその光景を見たのは、放課後のことだった。

 

廊下がザワザワとしていたから、近くの生徒に訊ねると、どうやら男子生徒同士の喧嘩らしかった。

 

「物騒ですねぇ…姫様」

 

と、傍らで私を見上げる可愛らしい少女。

 

ベアトリス…私の従者を自らやってくれる、心優しい女の子。

 

そして、私の友達。

 

まぁ、そう告げると「わっ私が、姫様の友達なんて、烏滸がましいです!」って全力で否定されちゃうけど…

 

「そうね、向こうの道から行きましょうか」

 

「はい!」

 

ニッコリと微笑む姿はとても愛らしい。

 

そして2人並んで歩いていた時だった。

 

眼下に群れる生徒たちを見つけた。

 

(あれが、例の…)

 

と考えているの束の間だった。

 

「あ、あれ…!」

 

礼儀作法の先生が見たらこっぴどく叱られるくらいの勢いで窓に飛びついた。

 

数人の生徒に囲まれる人が、知り合いだったからだ。

 

場所は陽も当たらないくらい校舎の陰だった。

 

見るからに、知り合いの前に立つ生徒はかなり殺気立っている。

 

気がついた時には私は既に一目散に駆け出していた。

 

急いで階段を降り、廊下を風のように駆け抜けた。

 

校舎から出た時、夕焼けが目に刺さり、目の前が真っ白になっても、足だけは止めなかった。

 

そして、眼前に校舎から見えた光景が見えてきて、ようやく私は足を止めて、叫んだ。

 

「待って!!」

 

私より頭1個分は大きいであろう男子生徒立ちに囲まれ、足が竦んだ。

 

「わ、私の顔に免じて、その人を許してくれないかしら?」

 

動揺を見せないように、あえて上から目線の口調で話した。

 

彼らは目を丸くした後、

 

「これはこれは…プリンセス。しかし、これは私と彼の問題です。例え貴方の願いであろうと、快諾しかねますね」

 

「…私なら、貴方のお父上の爵位を上げることも出来るかもしれないわね」

 

代表格の金髪オールバックの生徒の眉がピクリとつり上がった。

 

「…いいでしょう」

 

行くぞと、近くの生徒に声をかけ、多くの男子生徒がその場から立ち去った。

 

あとには、一国の偽姫様と灰色の貴族が残っていた。

 

 




どうも、玉響です。最近しんどいです。この時期って学生さんテスト期間ですもんね。大変だと思いますが、ここを乗り切れば!と思うとほんの少しだけ前向きになれると思います。頑張ってください!


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空中戦:前編

13

 

 

この人のことは昔から分からなかった。奇抜

な発想、常軌を逸した行動力、納得出来ないことは必ず抗議する。

 

この女の頭の中には「妥協」という文字は無く、一国の姫である自覚もないと思っていた。

 

そして、今。目の前でまたその奇想天外さを、垣間見た気がする。

 

呆気に取られていると、プリンセスはこちらを見て「てへっ」と笑った。

 

いや、笑い事じゃねぇよ。

 

「おい、あれどうすんだよ」

 

「ん〜まぁ、どうにかなるんじゃないかしら?」

 

「なんも考えてねぇのかよ!」

 

「でも、助かったでしょ?」

 

「ぐっ……」

 

そう、助かったのは事実。あそこで助けてもらわなかったら確実に問題を起こしていたからこそ、それを言われると黙らざるを得ない。

 

だからといって黙る訳にはいかない。

 

「それは…結果論だ」

 

「『終わりよければすべてよし』という言葉が東の遠国にあるらしいわ」

 

こりゃダメだ。勝てねぇ。

 

アレンは諦めて、大きく溜息をついた。

 

「んで?何か用事か?」

 

「ええ、アンジェたちが呼んでるわ。行きましょ!」

 

さっきの事もあり、まだ人だかりがあるというのに、人目もはばからず、プリンセスはアレンの手を引いて走り出した。

 

少し走ると、向こうからお団子のように2つに括られた髪型をした可憐な少女がこちらを見て目を丸くしていた。

 

「ひ、姫様?」

 

「あら、ベアト…ごめんなさいね」

 

と、悪びれる様子もないプリンセス。

 

「姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ベアトと呼ばれた少女は素っ頓狂な声を上げ、プリンセスのもとに駆けつけた。

 

「もう!突然走り出すんですから、びっくりしましたよ!」

 

今にも泣きそうなくらい目に涙を溜めているせいか、目元がうるうるしている。

 

ベアトことベアトリス…家名は知らん。

 

幼い時にマッドサイエンティストの父親の改造で首周辺、声帯などを機械化され、そのせいで迫害を受けていた…

 

アレンはベアトリスに少しだけ親近感を感じた。しかし、男である自分ならまだしも、こんなにもか弱い女の子に手を出す彼女の父親には、憎悪を抱かざるを得なかった。

 

「ジロジロ見ないで下さい…何か用ですか?」

 

別にジロジロ見ていた訳では無いが、大事な姫様が突然帰ってきたと思ったら男を連れていたら、少しは警戒するだろう。

 

「いや、特に」

 

とアレンも素っ気なく対応する。

 

「ベアト、彼は…その…一応仲間だから…」

 

それでも警戒を解かないままのベアトリス。以前こちらを睨みつけたままである。

 

相手するのも面倒なのでアレンは無視を決め込む。

 

「そ、それじゃあ行きましょう!」

 

冷や汗を流しながら、場の雰囲気に押しつぶされそうになっているプリンセスを気にとめるものは誰もいなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「寒いな…」

 

眼下には雲の隙間からは広大な大地が見え、所々にある民家はまるで豆粒のように小さく見えた。

 

ここは王国所有の飛行戦艦の上、およそ高度約550キロ。フィートに換算してほぼ18000である。例えるなら、中間圏に入ってから少し…と言った具合で気温としては約0度ほど。

 

その戦艦の上に1人、アレンは突っ立っていた。

 

アレンに言い渡された此度の任務は、2隻ある戦艦の内、紙幣の原盤を所有していない方に忍び込み、黒トカゲ星人と甘ちゃんな小娘の仕事の()()()()である。

 

「ったく…面倒だな」

 

はぁ…と深々と溜息をつき、反対側で飛び続ける飛行戦艦を眺めていた。

 

出航してから未だ合図もなく、ただひたすらに待ち続けていたアレンの怒りはフツフツと溜まっていき、今にも爆発しそうであった。

 

そんな折、ようやく黒トカゲ星人からチカチカと光る緑色の合図が発せられた。

 

アレンは自作した仮面を被り、手を握ったり開いたりしながら、船内に潜入した。

 

船内は薄暗く、より一層暗く肌にまとわりつくようなねっとりとした雰囲気が漂っていた。

 

今のところ人の存在を感じることは無い。ならばやることは1つ。

 

()()()()()

 

アレンは目にも留まらぬ速さで駆け出した。

 

するとすぐに、巡回中の兵士が目に付いた。

 

しかし…

 

「何者だ!止まれ!」

 

流石は訓練された兵士。アレンの足音を正確に聞き取り、振り返ってから銃を構えるまで、1秒もかかっていないだろう。が、

 

時すでに遅し。

 

ヒトならざるものとして確立しつつあるアレンにとっては所詮その程度でしかない。

 

兵士が引き金に指をかけたその瞬間にはもう、そのバレルは真っ二つに裂かれていた。

 

「なっ…!なんだ貴…様は……」

 

東国に存在する刀のような形状をした片刃の凶器(クロー)は容赦なく兵士の頸動脈を掻っ切っていた。

 

とめどなく溢れる鮮血は通路の壁を深紅に染め上げ、絨毯さえも緋色に変えた。

 

「恨まないでくれよ…コレが俺の仕事なんだ」

 

思えば、正しい生命を刈り取ったのはこれが初めてだった。

 

今までは倫理的に外れた存在ばかり相手にしていたせいで、どうしても命に対する罪悪感を感じることが無かった。

 

さらに言えば、怪物の領域に片足突っ込んでいるアレンに今更、命や罪悪感を説こうなど、愚の骨頂でもあるが。

 

血にまみれ、異型と化した自身の腕を眺めていたが、何故だろうか…どうしてこんなに…

 

笑いがこみ上げてくるのだろう。(心が悲痛な叫びを上げるのだろう。)

 

「は?」

 

突如として視界が歪んだ。

 

急いで仮面を外す。

 

目元を拭った手の平には液体が引き伸ばされた痕が残り、止めどなく瞳の雫が頬を伝って床に流れ落ちる。

 

動悸が激しくなり、呼吸もままならない。

 

込み上げてくる罪悪感はいとも簡単にアレンの精神を押し潰した。

 

「うぐ…がはっ……」

 

血の匂いが噎せ帰り、余計に気分が悪くなる。

 

それでもなお、膝を折ること無く歩く。

 

壁に手をつきながらも何とか曲がり角に差し掛かったところだった。

 

戦艦下部からけたたましい機関銃音が鳴り響いた。

 

アレンは直感的に自身の弱さを痛感した。

 

たった1人殺したくらいでここまで疲弊するとは思わなかったからだ。

 

そしてその疲弊は思いの外、時間を浪費していたようだ。

 

自身の情けなさを感じながらも、奥歯をグッと噛み締め、すぐに音の響く方へと駆け出した。

 

 




いつも不定期更新すいません。それでもこの小説を読んでくださる方、ありがとうございます。余談ですが、飛行戦艦のフィートはあくまでも僕の予想、想像となっています。判断した基準はプリンセス·プリンシパルの第3話のアンジェとベアトが一緒に飛ぶ時の雲の形が高積雲…俗に言う『ひつじ雲』と判断した結果によるものです。何かおかしな点がありましたら、コメント等して頂けるとありがたいです。それではまた。


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空中戦:後、終編

14

 

「クソが…クソッタレが!」

 

まだ頭の中がガンガンと鳴り響く。

 

痛くて痛くてたまらない。

 

今にもアタマにヒビが入って、カラダごと真っ二つに裂けてしまいそうだ。

 

先程より更にどす黒く染まった手を空に伸ばす。

 

しかし、その手が掴むものは虚空。

 

舞い散る花のように儚いもの。

 

滴る血が歴戦の数を物語る。

 

切り刻まれた死体が転がる廊下は緋に染まり、返り血を浴び続けたアレンの四肢も深紅と化した。

 

「ひぃひぃ……ひひ…」

 

目の前で悲鳴のような声を上げる王国兵士は、失禁しながらアレンを見上げていた。

 

虚ろな目で兵士を見つめるアレンの目に光は無い。

 

こいつに生きる価値はあるのだろうか?

 

殺すとは一体なんなんだろうか?

 

ヒトの命に優先順位はあるのだろうか?

 

何も無い。何も要らない。全部、邪魔だ。

 

もっと生命を刈ることに特化した方がいいんだ…

 

もっと、こんな爪じゃない…そうだ…()がいい。

 

「ひっ!」

 

兵士が最期に見たのは、目の前の人間の腕が、剥き出しの刃となった瞬間だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

銃撃は止めた。

 

あとはこの船を堕とすだけだ。

 

手始めにここ(砲撃室)を潰す。

 

自身の手を爪から進化したブレードに変え、部屋ごと切り裂く。

 

鋼鉄に囲まれたはずの部屋はプディングのように何の抵抗もなかった。

 

それどころか、斬った余波で船が割れた。

 

ズルッ…っと音がして、船の半身が真っ逆さまに落下していく。

 

「なっなんだ!何が起きている!」

 

突如として戦艦が半分に割れ、状況が飲み込めないが、残った戦艦の半分にいた兵士たちが続々と現れた。

 

それを確認し、アレンは落下する戦艦から、一気に跳躍した。

 

「く、来るぞ!なにか分からんが()()が来る!」

 

「撃てぇぇぇぇぇ!撃って撃って撃ちまくれ!奴を落とせぇぇぇ!」

 

兵士たちが所々で甲高い声で叫ぶ。

 

しかし、悲しいかな、その弾がアレンに当たるどころか、掠りもしない。

 

当然と言えば当然である、アレンには飛来する弾丸の軌道は全て見えている。

 

「うわぁぁぁぁぁ!ーーあがっ…」

 

とりあえず、手前にいた兵士の心臓を貫く。

 

ごぷっと血を吐き、目をひん剥いて動かなくなる。

 

「邪魔」

 

短く吐き出し、次の目標へ。

 

切って、斬って、貫いて、裂く。

 

鮮血が滴る前に、次から次へと刈り取っていく。

 

もう頭痛はしない。

 

罪悪感もない。

 

後に咲くように血が彼岸花のように宙を舞う。

 

「く、くく…きひひ…あははは…アハハハハハ!!」

 

惰弱。

 

脆弱。

 

矮小。

 

「こ…のっゴミ虫共がぁぁぁ!とっとと死に失せやがれぇぇぇぇぇ!」

 

叫びながら眼前の兵士を十文字に切り裂く。

 

返り血を浴びまくり、頭の先から足のつま先まで、真っ赤に染まったままアレンは甲板まで駆け抜けた。

 

ちょうどそこではパラシュートを身につけたアンジェとベアトリスの姿があったが、すぐに降下して行った。

 

「はぁ…はぁ…ハハハ…」

 

これで終わり。

 

作戦は成功で終わる。

 

アレンは降下する2人のあとを追うように艦から飛び降ーーれなかった。

 

「あ?」

 

腹が熱い。

 

違う…これは…

 

「いっ……つぅ……」

 

腹を()()()()()()

 

「や、やったぞ…仲間の仇だ!このバケモノめ!死ね!死ね!死ね!シネェェェェ!」

 

半狂乱状態の兵士は更に銃撃を続ける。

 

その度にアレンの服には血が滲む。

 

「う…ぐっ…」

 

あまりの痛みに思わず膝をつく。

 

狂ったように叫ぶ兵士の声が遠くに聴こえる。

 

この高度の上に伴った風速。

 

いずれあの兵士も吹き飛ばされて、地面に叩きつけられて紅い華を咲かすだろう。

 

だが…

 

「…こ…てやる…殺してやるよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

足を踏ん張り、風圧を割るように甲板を蹴る。

 

神速の如き速さで間合いを詰め、その脳天に刃を突き立てる。

 

ズズズ…とブレードが沈んでいく。

 

刃を半分ほど沈めたところで兵士の腹から刃が飛び出した。

 

「俺が受けた痛みの十分の一くらい味わっとけよ」

 

ブレードを引っこ抜くと、脳天から血吹雪が舞う。

 

今度こそ終焉を迎えた艦から離脱する。

 

パラシュートを使わなくてもこの程度の高さからならそのまま着地できる。

 

ズンッと音を立て、アレンは森に着地する。が、周りにクレーターが出来てしまった。

 

ま、是非もないネ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はちょっと短めでした。あと最後にノッブを挟んだことは反省はしていますが、後悔はしていません。


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約束と手紙

15

 

航空戦艦襲撃から数日が経過した。

 

しばらくは指令が下ることはなく、比較的平穏な日々を過ごせていた。

 

しかし、平穏とは突然崩されるもののようだ。

 

「で?俺に何か用か()()()

 

アレンは目の前で不敵な笑みを浮かべる学園長を睨みつけた。

 

「まぁ、ちょっとね」

 

と言い、人差し指と親指を目元で近づけ、片目を瞑る。

 

「なに、君宛てに手紙を一通預かっただけさ」

 

学園長は引き出しから一通の手紙を取り出し、アレンに手渡した。

 

「手紙?いったい誰か…ら…だよ…」

 

そこに刻印されていたのはアレンの実家、ヴィムル家の家紋だった。

 

目を丸くしたまま顔を上げると、さらに口角を上げた学園長の姿があった。

 

「ふふ…アレン君、頑張ったくれたまえ。君の決断を楽しみにしているよ」

 

そして学園長はアレンを一人部屋に残し、さっさと退室していった。

 

部屋に取り残されたアレンは手渡された手紙の刻印をただただ見つめていた。

 

そして唐突に思い出したのは、

 

「次の授業の準備しよう…」

 

教室にいるだけで授業を受けようともしない奴が何を言っているのだろうか。

 

それでも足早に教室に向かった。まぁ、休み時間とっくに過ぎ去っているのだが。

 

案の定、教室の扉はピッタリと閉ざされ、来る者を拒んでいた。

 

よろしい、ならば戦争だ。

 

とはならず、その場を立ち去る。

 

アレンが向かった先は学校の屋上のさらに上、屋根の上である。

 

天気は快晴で、気持ちの良い春の息吹が体を通り抜けていく。

 

手紙を開封し、中身を確認する。

 

手紙には今夜の10時に我が家に来るように書かれていた。

 

手紙をビリビリに破き、風に任せて放り投げた。

 

「すべて…終わらせてやる」

 

虚空を掴むようにアレンは空に手を伸ばした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

胸騒ぎがした。

 

背筋がゾクッとする感じだったが、些細なものである。

 

はずだった。

 

プリンセスはゆっくりと瞼を開き、ベットから上半身を起こす。

 

自室に戻った時、ひどい眠気に襲われて、そのままベットに倒れ込んだことは覚えている。

 

「起きたのね」

 

すぐ近くからアンジェの声がするが、どうにも目が虚ろでハッキリと見えない。

 

「んぅ……?」

 

目を擦りながらアンジェの姿を確認すると、1つのマグカップを差し出していた。

 

「ありがとう、アンジェ」

 

お礼を告げるとコクリとアンジェは頷いて、寝室から出ていった。

 

しかし、自分を叩き起した寒気は未だに肌にまとわりつくように感じた。

 

幸いなことに消灯時間にはまだ時間がある。

 

ーー少し、夜風にあたろうかしら…

 

プリンセスは寝室から出て、大きめの窓を開けてベランダに移動した。

 

昼間とは違い、少し冷えた風は澄んだ空や美しく輝く満月と相まって非常に気持ちがいい。

 

思わず恍惚とした声が出そうになった。

 

ハッとして、プリンセスは急いで口に手を当てた。

 

そのままほかの部屋のベランダを確認するが、そこには誰もいなかった。

 

いなかったが、視界に写ってしまった人物がいた。

 

「アレン………?」

 

アレンは屋根の上で一人佇みながら、満月を見ていた。

 

だが、それと同時に感じていた寒気が増した気がする。

 

その刹那。

 

こちらに気がつくように突如としてアレンは振り返った。

 

そして、視線が交わった時、身の毛のよ立つほどの殺気がプリンセスに向かって放たれた。

 

あまりの殺気に喉の奥からヒッと音がした。

 

恐怖で呼吸が苦しくなるが、目を離すことを本能が拒んでいた。

 

ーー追いかけなきゃ。

 

何かに駆り立てられるように、プリンセスは部屋を飛び出した。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

電灯が仄かに照らす廊下は何故か異常なまでに長く感じた。

 

一歩踏み出す度に、この廊下は永劫に続いていて、決して彼のもとに行けないような気にさせる。

 

暗闇の恐怖と未だ感じる殺気に押しつぶされそうになるが、今、彼に会わなければ死んでも死にきれないくらいに後悔する。

 

理由はわからないけど、そう感じる。

 

視線が合った時のアレンの表情は、憎悪や憤怒、殺意、復讐…人の悪意に満ちていた。

 

けれど、その瞳の奥…きっと自分でも気がついてない。

 

瞳の奥は、孤独に震えていた。

 

助けたい、助けてあげたい、なんて彼にとっては迷惑だと思う。

 

それでも、人は一人では生きられないのだ。

 

人の温もりや甘えと孤独の辛さを同時に知っているからこそ、そばにいて、支えてあげたい。

 

これ以上、アレンが苦しむ必要は無い。

 

だから…

 

「あなたの力にならせてよ…!」

 

疾駆する足に力を込めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ここは校舎棟の屋上、寮より少し離れた場所で、夜間は立ち入り禁止だ。

 

しかし、失敗した。

 

まさかプリンセスに見つかるとは思ってなかった。

 

最近失敗ばかりしていたのに、反省ができていなかった。

 

いざ手紙が来て、ようやく復讐を果たせると思ったのに、ここにきて覚悟が決まらない。

 

やはり自分は子供の頃から変わってない。

 

大事な時に失敗を繰り返し、腹を括ることすら出来ない。

 

自分自身が嫌になる。

 

このまま自殺でもできればまだ良かっただろうが、あいにくこの身体は想像以上に強い。

 

いや、強くなってしまった。

 

高度5000フィートから落下しても傷つかないのに、この高さから落ちたところで地面が陥没するだけだろう。

 

つくづく思うが、世界は矛盾だらけだ。

 

矛盾した世界は理不尽を産み、理不尽は叛逆を招き、叛逆は戦争を起こし、戦争は犠牲をつくり、犠牲は憎悪を浮かべる。

 

全くもって度し難い。

 

悪意がこの世をつくってるとしか言いようがない。

 

勘違いの善意のようなものほど塵芥なればいい。

 

見えるもの全てに虫唾が走る。

 

両腕が殺意を形作るように剥き出しの刃と変貌を遂げた時、目の前に一つの天佑が現れた。

 

「プリンセス…」

 

天佑の正体はプリンセスであった。

 

走ってきたようで、かなり息が上がっている。

 

そこでアレンは咄嗟に両腕を背中に隠した。

 

ーーこんな手見られたら、もう…

 

しかし、アレンの考えとは裏腹に、プリンセスはゆっくりとだがアレンに近づき、そっとアレンの頬に手を添えた。

 

「大丈夫…貴方がどんな姿でも、私はそばにいるわ」

 

手の位置を頬から脇の下に通し、ギュッと自分の方に抱き寄せた。

 

プリンセスが逆の手で背後にまわしたアレンの腕に触れた瞬間、呪いが解けるように奇っ怪な殺意は元の姿に戻った。

 

だが、アレンは抱きしめられていたことにようやく気づき、プリンセスの肩を押した。

 

お互いの行動の一部始終を思い出しさらに、恥ずかしくなる。

 

真っ赤なった顔のまま、どちらが先に口を開くか探りあっていたところ、先に開いたのは、アレンだった。

 

「な、なんでここにいるんだ…?」

 

「……さぁ?」

 

俯き、頬を赤く染め、指先で髪の先を弄んでいたプリンセスは、視線を合わせようとはしなかった。

 

「でも、貴方に会わないと後悔しそうだったから…」

 

そう言われてもアレンにはどうしたらいいのかわからない。

 

「…これから親父に会いにいく」

 

「え?…どっどうして?」

 

「向こうから呼ばれた。そして、決着をつける」

 

俯いていたプリンセスは驚きを隠せないように目を丸くした。

 

「今夜で終わる。すべて、終わらせる」

 

「アレンは死ぬ気なの?」

 

「俺諸共死んだ方が都合がいい」

 

と、告げた刹那、パンッと乾いた音が響いた。

 

「っ?!」

 

少し経って、ようやくアレンは自分が叩かれたことが分かった。

 

大して痛くなかったが、『痛い』。

 

何故か分からないが、これまで感じたことのない『痛み』。

 

「そうやって自分ごと死ねば解決出来ると思ってるの?…くだらないわ。本っ当にくだらない。だったら勝手に死ねばいいじゃない!生きることを諦めた貴方なんて()()()()よ!」

 

プリンセスの瞳からは零れ落ちる涙は滝のようで、頬を伝い、床に流れ落ちていた。

 

ーーなんで泣くんだよ。

 

叩かれた上に、説教まで食らった。

 

アレンの中で何かがフツフツと煮えたぎってきた。

 

「ならお前に俺の何が分かる…俺の、辛さの、何が、分かるって聞いてんだよ!生きることが当たり前じゃないんだ!もうこれ以上、犠牲となる人を増やさないために終わらせるんだ!その覚悟を『勝手』なんて簡単な言葉で片付けるな!」

 

「ちょっと!人が心配になって来てあげたのに、逆ギレするの!?心配して損した!もう()()()何処へでも行けばいいじゃない!」

 

「あぁ?!また勝手にって言いやがったな!……よぉ〜く分かった!絶対死なねぇ!

生きて帰ってきてやる!」

 

「あら、本当かしら?アレンは気が弱いからすぐ決心なんて変えそうね」

 

「じゃあ勝負だ。生きて帰って来れたら、俺の勝ち、死んだらプリンセスの勝ち、いいな?」

 

「勿論。勝負なら勝った方に何か景品が必要ね…」

 

ーー景品か。

 

少し考えた後、アレンはサッと自分の髪から一つのヘアピンを抜いた。

 

そのヘアピンはかつて母、リリーが付けていたスワロフスキーが散りばめられた美しいヘアピンであった。

 

「君が勝ったらこれを譲る」

 

ヘアピンをプリンセスに手渡すと、訝しそうな目でアレンを見た。

 

「それ、大事なものでしょう?」

 

「大丈夫、絶対負けないし。帰ってきたら返してもらうからな」

 

「そこまで覚悟してるなら、いいわ。私も大事なものを賭けてあげる」

 

「大事なもの?」

 

「乙女にとってかなり大事なもの」

 

プリンセスは唇に指を当てながらこう言った。

 

「私のファーストキス」

 

ヒュゥゥゥ…と春先の冷えた風が流れた。

 

「え?」

 

「だから私の」

 

「聞 こ え て る よ !」

 

とアレンはプリンセスの言葉を途中で遮る。

 

売り言葉に買い言葉でまさかこんなことになるとは思わなかった。

 

しかもプリンセスの顔は何一つ赤くなって…いや、涙で目元が赤くはなっているが、先程までの恥ずかしがっている様子はない。

 

「それ、本気で言ってる?」

 

「本気よ。貴方は意志が弱いからきっとすぐ諦めちゃうでしょ?だからそれくらい賭けてあげるわ」

 

ニコニコと微笑むプリンセスは絶対に引く気は無いようだ。

 

「…反応に困る」

 

「喜ぶところじゃないかしら」

 

「嬉しくないわけではないんだけどな」

 

と、喧嘩しているうちに時計は9時30分を指していた。

 

「そろそろ時間だ」

 

「そう…賭けのこと、忘れないでね。あ、忘れても私は構わないけれど」

 

「どっちだよ…まぁいいや、そっちも覚悟しておけよ」

 

アレンは屋上から飛び降り、夜の街に向かって走りだした。

 

「…アレンのバーカ」

 

満月に照らされたプリンセスの顔からは火が出そうなほど深紅に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 



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隠された真実

 

ヒュッと音を切る音が微かに響き、遅れるようにしてボトリと首が落ちる。

 

闇夜を切り裂き、満月に照らされた奇っ怪な刃は緋色を映す。

 

刃を振り、血を払い落とす。

 

一息つこうとして、腕を元に戻そうとした時、アレンの周りを複数の殺気が取り囲んだ。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙…」

 

とてもじゃないがこの世のものとは思えない声で現れた敵。

 

もとい、悪意の塊。

 

よくもまぁ、こんなものを造り出してくれたもんだ。

 

人権も生命の尊さなど、どこにも無い。

 

生きる屍。

 

今まで何度も斬り殺してきたが、未だ慣れそうにもない。

 

「もう…邪魔しないでくれ」

 

片手を掲げると、そこに纒わり付くように全身から血管が集まり、形を成していく。

 

ドクンッ…ドクンッ…と脈をうち、血管は強固に絡みつき、その姿を晒す。

 

「これが…俺の新しい武器」

 

その手に掲げられていたのは、無骨な大鎌だった。

 

だが、アレンの細胞が作り上げたものが、ただの大鎌のわけが無い。

 

アレンは臆することなく、感染の犠牲者たちを一瞥すると、大鎌を構え直し、その場で高速で回転した。

 

神速で振られる凶刃は一匹残らず、不死者を真っ二つに切り裂いた。

 

ここはヴィルム家前の庭。

 

周りは非常に高い壁に囲まれ、外からは様子が伺えないようになっている上に、住宅街やスラム、高級店街などからも遠く離れている。

 

まぁそれ故に()()()()()が日夜行われているのであるが。

 

だが、その壁が今回は功を奏した。

 

学校から特に障害なく我が家まで辿り着けたが、庭に奴らを解き放っているとは考えなかった。

 

いくら夜とはいえー()()の姿もそうだがー戦っている姿を見られる訳にはいかない。

 

そんな時、視界を遮ることが出来る壁はかなり都合がよかった。

 

とはいえ、庭に放たれた奴らの顔のいくつかには見覚えがある。

 

昔、世話をしてくれたメイドや執事たち…全員が全員覚えているわけではないし、恐らくだが、自分が勘当まがいに家から追い出されてからやって来た者もいるようだ。

 

ーーたった数ヶ月の間でここまで犠牲者を増やすのか…

 

やはり父、スカー・ヴィルムは殺さなければならない。

 

今はまだ、屋敷の者たちだけが犠牲になってしまっているが、いつ民衆がその毒牙にかかるかも分からない。

 

一刻も早く全てに決着を付けなければ、ロンドンはじめ、このイギリスそのものが崩壊してしまう。

 

ましてや、あの生物兵器が実装なんてされた日には、全世界で戦争が始まる。

 

ただでさえケイバーライトの生産や開発、研究で王国と共和国は影の戦争状態だというのに、ここに他国との戦争が始まれば、一体どれだけの戦死者、犠牲者、難民が出てしまうのか検討がつかない。

 

血塗れになった芝生を踏みしめて、アレンは自宅の扉に近づいた。

 

金色の装飾が施された絢爛なドアノブに手をかけ、下に回すと、ガチャ…とだけ鳴る。

 

生唾をゴクリと飲み込み、腹に力を込め、意を決してドアを開けた。

 

そこにはあったのは…

 

 

惨劇と腐臭。

 

 

劈くように鼻に飛び込んでくる腐臭。

 

腐った肉を吐瀉物と混ぜ合わせ、下水道に流し込んだような吐き気を催す匂い。

 

そして、辺りに血が飛び散り、壁に、床に、はたまた天井にまで血がこびりついていた。

 

しかも、どの血も黒く、固くなり、血がついてからかなり時間が経っているようだ。

 

玄関から移動して、食堂の方へと足を運ぶと、部屋の片隅に項垂れた人がいた。

 

「っ?!……うっぷ…」

 

すぐさま駆け寄ってみようとしたが、事切れてからもう長い間経っているようで、かなり腐臭がする。

 

それに、顔が半分無くなっていた。

 

身体中に歯型がつき、四肢や臓物を食い荒らされている。

 

「……すまない」

 

アレンは腐臭に耐えながらも遺体を動かし、項垂れた状態から仰向けにして、両の手を胸の前で結ばせた。

 

「気は済みましたか?」

 

突然、背後から声がとんでくる。

 

「ああ、問題ない」

 

驚く様子もなく、アレンは返事をする。

 

「お前こそ、その…大丈夫なの…か?」

 

()()()

 

その言葉が表す意味をエリスタは感覚的に察していた。

 

クスッと笑い、エリスタは微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ。()()アレン様と同じように適応しただけです」

 

電気もついていない暗い部屋で佇むエリスタの頬は、何故か病的なまでに青白く見えた。

 

「ご主人様は書斎でお待ちしています」

 

洗練された動きでアレンに一礼し、その場から音もなく立ち去った。

 

ついて来いとも言われなかったので、最期にもう一度だけ見たかったものを見させてもらおう。

 

階段をのぼり、母、リリーの部屋に入る。

 

「…母さん」

 

母、リリーは優しい人だった。

 

流行病のせいで死んでしまったが、それでもアレンの中に母の存在は今でも大きな役目を果たしている。

 

非情になりきれない最後の砦。

 

アレンの甘さの根源でもある。

 

しかし、それは同時に『優しさ』でもあった。

 

幼い頃に愛された記憶が、今もアレンの心を護っている。

 

白を基調とした静かな佇まいの部屋。

 

母の死後、掃除だけを行っていたらしく、埃一つ落ちていないし、脳裏に焼き付いている部屋の様子と何ら変わったところもない。

 

片隅に置かれた車椅子の座席の上に写真がひとつ飾られていた。

 

それは家の者全員で撮った写真だった。

 

両親含め、メイドや執事たちも写っている。

 

アレンは写真立てから写真を取り出して、ポケットにしまった。

 

空になった写真立てをそっと車椅子に戻し、部屋から出ようとした時、写真が熱を帯びているかのように感じたが、その温もりは心地よくて、どうしようもなく辛かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

扉。

 

木製の扉がある。

 

スカーの書斎へ繋がる扉。

 

ただの扉のはずなのに、恐ろしい迄に圧迫感を感じる。

 

ドアノブを握らせず、ドアの前に立つもの全てを威嚇し、追い返そうとする。

 

手をドアノブに近づけるだけで、手から腕へと、腕から肩、そして全身へと恐怖が伝わっていく。

 

奥歯がカタカタと震える音が異常なまでに耳の中で響いてくる。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁ…」

 

顔が緊張で強ばって青ざめ、呼吸が速くなる。

 

ガタガタと震える手に力を込めて、無理矢理押さえ込み、ドアノブを握る。

 

瞬間、身の毛もよだつ殺気がアレンに襲いかかった。

 

咄嗟に舌を噛み、どうにか堪えきったが、あれほどの殺気を出せる父の強さをまざまざと感じた。

 

意を決し、ドアを開ける。

 

暗かった廊下とは打って変わって、パッと視界が明るく開ける。

 

「…………来たか」

 

机に肘を載せて、もう片方の手には美しい羽根ペンを握り、絢爛な椅子に腰掛けるスカーは緋色の瞳からモノクルを通してアレンを一瞥した。

 

書類から目を離し、訪問者を眺める。

 

その左目には全く光がなく、右目もかつて見たような黒色から、変化するはずのない赤色へと変貌を遂げていた。

 

「久しいな、アレン」

 

貼り付けたような笑みを浮かべるスカーは、どれだけ見た目が変わっても、結局本質は変わっていなかった。

 

「ああ、死ぬ覚悟は出来てるか」

 

「…そうだな、死は最期を司る。何もかも、これで…終わりだ」

 

自嘲気味にスカーはそう告げた。

 

その言葉が最後の言葉と確信したのか、アレンは素早く腕を刃に変化させた。

 

軽く膝を曲げて、瞬きよりも速く距離を詰め、真上からブレードを振り下ろした。

 

「は?」

 

しかし、机ごと叩き切ったはずのスカーの姿は、跡形もなく消失していた。

 

「まぁ、待て息子よ。少しだけ話をしようか…ふむ…」

 

「っ?!」

 

消えたと思った瞬間、スカーの声は背後から聞こえてきた。

 

有り得ない。

 

人外の領域までに至ったはずの自身の力を過信するわけではないが、身体能力において自分に匹敵するものはいないと思っていた。

 

が、その自信をたった今、目の前で一蹴された。

 

動いた瞬間すら見えず、どうやって避けたのかも分からない。

 

自分の父がどれだけイカれた存在で、復讐が絶対に不可能であることを本能で感じた。

 

「どうした?…ああ、どうやって避けたのは分からなかったのか」

 

「今のは…なんだ」

 

ゆっくりと振り返りながら、なるべく感情を読まれないように、声を低く、冷淡に訊ねる。

 

「今のは我がヴィルム家に伝わる()()()だ。まぁ、基礎中の基礎だがな』

 

「…暗…殺術?なんで、そんなものが…」

 

「だから言っただろう、話をしようと…な」

 

スカーは本棚に近づき、ある一冊の本をそのまま、()()()

 

すると、ガコンッと音がして、本棚が真っ二つに分かれ始めた。

 

「着いてきなさい。お前はこの家の真実を知る必要がある…いや、知らなければならない」

 

本棚の中から現れたのは、人ひとり通れる程の穴だった。

 

アレンは訝しむように、後退りした。

 

「…エリスタとアルバスはいないのか?」

 

「大丈夫だ。これが終わったら二人にも会えるだろう」

 

と、こちらの返答を待たず、スカーはさっさと暗闇の中へと消えていった。

 

後に残されたアレンは仕方なく、自身も闇の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぶっちゃけると、オリジナルの話ってこの辺だけで、あとは原作のアニメの時系列順に進めていくだけになってしまいそう…後日談とか閑話とか挟もうとは思っているんですけど、どんな内容がいいですかね?リクエストとかあると有難いです。これからもよろしくお願いします。


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燃える血液

 

 

カツーン…カツーン…とブーツの音が壁に反射して、うるさいくらいに耳の奥まで響いてくる。

 

それと、鼻につく油のような匂いがする。

 

やがて、前を歩く父の足が止まり、かなり広い空間に出た。

 

スカーはおもむろに指を鳴らすと、壁や柱に付けられていた電灯が我先にと勢いよく付いていく。

 

そして、顕になった空間の正体。

 

そこには大量の新聞記事や赤いインクで罰印を付けられた顔写真が飾られていた。

 

時には勲章のようなものまで飾られてあり、その種類は多岐にわたっている。

 

「アレン、これがヴィルム家の真実だ」

 

薄暗い広間の電灯に照らされたスカーの真紅の瞳がアレンを貫いた。

 

「あ………はは……は…」

 

アレンは膝から崩れ落ちて、笑った。

 

祖先が、祖父が、父が、()()()()()()()()悟ってしまった。

 

「ヴィルム家は先祖代々、国家に仇なすモノを排除する…アサシンの命を受けていた」

 

アサシン。

 

影の中に生き、影の中でその命を終える者達。

 

しかし、何故アサシンの命を受けていたヴィルム家が()()()まで登り詰めたのか。

 

それは偏に国家さえもヴィルムの名を継ぐものの才能を恐れたからだろう。

 

「ヴィルム家が暴走したら、恐らく真っ先にに王の血族が狙われると考えて、ヴィルム家の動きを制限するために侯爵なんて大層な爵位を寄越したんだろう」

 

「まぁ、実際は殆ど意味が無かったがな」

 

スカーはそう言うと喉の奥からククッと笑った。

 

「話を戻そうか……王国が確立するまで、反王国勢力は常に存在した。その度に我々ヴィルム家は勢力を潰し、始末してきたが…絶え間なく奴らは出現を繰り返し、気づけば共和国という史上最大の勢力と化していた…そしてーー

 

「そして、王国と共和国は分断された」

 

倒れ込んだ状態から立ち上がったアレンの言葉にスカーは無言のまま静かに頷いた。

 

「教えてくれ…あんたがあの研究に至ってしまった理由を」

 

真っ直ぐにスカーを見つめ、もう片方しか見えていない瞳と真摯に視線を交わす。

 

その視線に気圧されたのか、スカーはグッと拳を握り、視線を外すように目を閉じた。

 

「ッ〜〜〜!!父さん!」

 

その言葉にハッとしたスカーは見てしまった。

 

真実を知り、なお自分を父と呼ぶ愛息子の顔を…

 

悲しみや怒りで胸が張り裂けそうな思いになっているはずなのに、それでも折れぬ不屈の精神。

 

ーーああ、やっぱりお前もまた、ヴィルム家の血を受け継いでいるんだな。

 

「…1794年にフランスのレーグルに落下した隕石、レーグル隕石の欠片をある商人が手に入れた。その欠片が屋敷に帰ったその日の内に盗まれたらしい。その後は一向に行方が分からずじまいだった…そしてある時、私はその隕石の欠片を見つけてしまった」

 

「任務中の事だった。ロンドンの下水道設備が1863年に完成し、その奥で反王国思想を持つ者達の集会が行われていると情報があり、集会を潰す任務が下された。だが、向かった先は地獄のような有様だった。ただでさえ下水道の中だというのに、そこでは人の肉が腐っていた…アレン、最近流行している病気はなにか知っているな?」

 

「…コレラか」

 

「正解だ。奴ら…言うなれば、不死者と呼ぶべき奴らが下水道内に現れていた。個体差あるが、そこまで強くない奴らを蹴散らした後、欠片を見つけた。欠片は網目の袋に入れられて、下水に浸されていた」

 

「下水に浸されていた?……っ!まさか」

 

「そう、そのまさかだ。どうやらコレラの原因菌が隕石の影響で変質したようだ」

 

「へ、変質…そのウィルスが、父さんの…」

 

「話はまだ終わりじゃないぞ。浸されていたということは何者かが意図的に図った行動ということだ」

 

意図的に生み出されたであろうウィルス。

 

リリーの死。

 

スカーの変貌。

 

そこから導き出される答えは…

 

「…ノルマンディー」

 

スカーは無言だった。

 

ただその瞳が怪しく光り輝いていた。

 

「リリーが結核で亡くなったあと、私は打ちひしがれていた。そこにやってきたのがノルマンディー公爵だった。奴は私にこう告げた」

 

『もう一度、リリーに会いたくないかね』

 

それは悪魔の言葉だった。

 

愛する人を失った悲しみを癒す、最悪の甘言。

 

「その後、王家からある箱が届いた」

 

「…隕石」

 

「その通り…気がついた時にはもう遅かった。全て、奴の手のひらの上で踊らされていたからな。私は研究に没頭し、リリーを生き返らせる為、お前や従者たち…それにスラムにいた人達までも犠牲にした」

 

「でも、俺や父さんは不死者化しなかった」

 

「理由はさっぱりわからないが、きっと身体に備わった抗体が対応したと考えている。祖先の全員が全員才能があった訳では無いから、捕まって飲まされたりした多数の毒によって抗体がつくられたのかもしれない。それで奴らのようにはならなかったのだろう。一部の者達だけだが、不死者にならなかったこともある」

 

「…やっぱり母さんだったのか」

 

「大体の察しはついていたんだろう?」

 

「まぁ…な。でも、どうやってあの狂った状態から元に戻ったんだ?」

 

そう、スカーは狂気的に研究に酔いしれて、全く人の話をきける状態ではなかった。

 

「これだ」

 

スカーは懐から一本の蓋をされた試験管を取り出した。

 

中では淡黄色の液体がゆらゆらと動いていた。

 

「これは私の血から作り出した血清だ。抗体を持つものの血清を打ち込むことで、私が造ったウィルスの活動を強制的に抑え込むことが出来る」

 

「それなら、俺の体も元に戻るのか?」

 

「恐らく戻せるだろうな。わかっていると思うが、このウィルスは意志を持つように所有者に合わせて成長する。私の場合は脳の成長によって記憶力や知識、可能性の発見といった研究向けの物に変わった…あとは性格の変化だな」

 

アレンもキングと死闘を繰り広げた際、キングから血液を取り込むことで、圧倒的な殺傷能力を得た。

 

それに伴って、落ち着いていたはずの自分が、一瞬で戦いの中に快楽を求める戦闘狂のようになった。

 

だからこそ、躊躇ってしまう。

 

あの能力によって窮地を救われた自身の経験から、あれは唯一無二の力を持つと確信している。

 

力を失えば、アレンはただの凡人に逆戻りだ。

 

「アレン、これ以上ヒトを辞めるつもりか?」

 

「ちっ違…」

 

別になにも間違っていない。

 

強力な力に依存し、ヒトを辞めることを受け入れようとしてしまっている。

 

「私の実験体たちを滅ぼしたところで何も変わらない。既に私の研究結果はノルマンディー公爵の手に渡っている」

 

「…それでも、誰かが戦わないと」

 

「もうお前は…十分に戦っただろう」

 

「俺じゃなきゃ、対抗できない!」

 

必死に訴えるアレンの肩にそっとスカーは手を添えた。

 

「いいんだ。きっと誰かが片付けてくれる」

 

しかし、アレンはその手を払い除けた。

 

「俺が終わらせなきゃ、俺にはその責任がある」

 

その意思は確固たるものだった。

 

復讐ではなく、贖罪のため。

 

ヴィルム家の産まれた身として。

 

イバラの道を歩く覚悟を。

 

血濡れの過去と歴史を。

 

影の中の戦争を。

 

あの美しい少女の約束を。

 

「そうか…私はーーうぐっ…うっゴフッ…」

 

「父さん!」

 

倒れ込むスカーをすかさず受け止め、床の上にゆっくりと横たわらせていく。

 

「まさか、リリーと、同じ病で…倒れることになるとは…なぁ…救おうと、した、相手の病にかかる、随分と皮肉なものだ…」

 

「喋るな!今、エリスタ達を…!」

 

駆け出そうとしたアレンの腕をスカーが咄嗟に掴んだ。

 

「もう、いいんだ…お前を、家から、出した時には…既に死んでいるような、ものだったんだ…ウィルスの力で、無理矢理寿命を…延ばしていたツケが、回ってきたな」

 

息絶えだえのまま、スカーは言葉を繋げる。

 

「二つ、伝えておく…ことがある。血清を打っても、ウィルスによる、身体能力は…失われない…ウィルスの成長の、能力は…使えなくなるが…お前ならきっと大丈夫…」

 

「でも、奴らに対抗するなら…!」

 

「お前には…沢山の、仲間たちが、いるだろう。必ず、お前の力になって…くれるはずだ。もう一つ…祭壇に、先祖代々伝わる武器がある…持っていけ」

 

震える指先が指した方向には一際目立つ、煌びやかな台の上に、一本の杖が据えられていた。

 

T字型で持ち手の部分に見事なまでの銀細工が施されている。

 

しかし、銀細工は上部だけでなく、拳一つ分まで広がっていた。

 

「ソードケイン…俗に言う仕込み杖だ…私の子だ…必ず使いこなせるだろう…」

 

そっと祭壇に近づき、銀細工の杖に触れる。

 

ひんやりとした銀細工は、長年ここに置かれていたことを物語っているようだった。

 

銀細工の持ち手を引くと、中からこれまた銀色に輝く刃が現れた。

 

刃はサーベルのように湾曲していない上に、両刃。

 

長さは90cm弱。

 

刃渡りとしては70cm程度であろうか。

 

アレンがその伝統の仕込み杖を手にした瞬間だった。

 

「…アレン、お別れだ」

 

その言葉を皮切りに、電灯が一斉に落下した。

 

パリンパリンッ!と軽快な音を立てて次々と電灯が割れていく。

 

しかし、電灯は割れるだけでは終わらなかった。

 

「っ?!」

 

割れた電灯から床に火が回り始めた。

 

ーー油臭かったのはこれが理由か!

 

「父さん!」

 

床に倒れている父を呼ぶが、返事はない。

 

「くそっ!」

 

父の所へ向かおうとしたが、想像以上に火の手が回るのが速い。

 

気づけば、火は炎へと姿を変え、屋敷の全てを焼き付くそうと煌々と燃え盛る。

 

「まったく…何を尻込みしているのですか」

 

背後から聞こえてきた声。

 

「アルバス…」

 

「早く逃げないと、焼け死ぬことになりますよ。それとも、ここで死にたいのですか?」

 

いつになく挑発的な態度をとるアルバスと、その傍らにはエリスタが佇んでいた。

 

「さっきぶりですね、アレン様」

 

「なっ!?なんでこんなに悠長ことしてるんだ!屋敷が燃えてるんだぞ!」

 

「これは旦那様自ら望んだこと。従者の我々は、それに従うだけです」

 

エリスタを残し、アルバスは炎の中へと消えていった。

 

「…申し訳ございません。アレン様、プリンセスのことよろしくお願いします。もし、また会うことがありましたら、どうか…私のことを『エリス』と、呼んでくださいね」

 

アレンは黙ったままエリスタの腕を掴もうと手を伸ばした。

 

しかし、エリスタの方が一瞬速かった。

 

アレンの手を躱し、薄く微笑んでから、エリスタもアルバスの後を追うように炎の中へ。

 

「なんで…なんでだよ!」

 

知った真実。

 

「どうしてこうなるんだ…俺が…俺が何をしたって言うんだ!」

 

失った家族。

 

「俺は、何を間違えたんだ!誰か教えてくれよ!なぁ!」

 

怒りを抑えきれず、力任せに床を叩く。

 

その衝撃に耐えきれるはずのない床はビキビキと割れていく。

 

何度も何度も。

 

何度も、何度も。

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

その手に血が滲み、腕の骨が複雑骨折ではすまないくらい、有り得ない方向に曲がってしまっていても、それでもアレンは拳を叩きつけ続けた。

 

炎が這い、屋敷全体に火の手が回ったころ、漸くアレンは正気に戻った。

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

 

火の発生源近くにいても、一酸化炭素中毒にならず動けるのは、未だ父からもらった血清を使っていないためであろうが、それでもかなり消耗している。

 

耳を澄ませると、外からはザワザワと声がする。

 

おそらく近隣住民やロンドン消防隊が集まってきたのであろう。

 

アレンは歪む視界の中、フラフラと拙い足取りで炎の中を歩き出した。

 

虚空に浮かんでいたはずの月は、曇天が覆い尽くしていた。

 




まず一言謝らせてください。長くなってしまって申し訳ないです…あと、次でこの実家編?は終わると思います。本音を言うとずっとちせを出したくて出したくてたまらなかったんです。


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はじめまして、探偵さん

「知らない天井だ」

 

それは、アレンが覚醒してから初めて口に出した言葉だった。

 

全身が軋むように痛い。

 

身体を起こそうとしても、力が入らない。

 

動くのは精々、指先が曲げるのが精一杯。

 

ここは何処なのか。

 

まず誰がここまで運んだのか。

 

疑問は尽きぬ一方だった。

 

しかし、またもや意識が混濁しはじめ、睡魔が襲ってきたが、突然開かれたドアの音が、睡魔を引き剥がした。

 

「ああ、起きたのかい。いつ目覚めるか心配だったんだ」

 

部屋に入ってきた人物は、いかにも「英国紳士」を体現したような人であった。

 

「あの…俺は…」

 

「おっと、済まない。自己紹介が遅れたね。私はワトソン…ジョン・ワトソンというものだ。こう見えて元軍医でね、医学に対しては多少だが心得がある」

 

元軍医のワトソン。

 

どこかで聞いたことがありそうで、無い…はず。

 

「すいません、ここは…何処ですか?」

 

「ここはベーカー街さ」

 

ワトソンは紅茶を飲みながら、近くの椅子に腰掛けた。

 

「まさか本当にこの日が来るとはなぁ…」

 

と悲嘆そうな声で呟いた。

 

()()()

 

ワトソンは今、この日と言った。

 

反応こそ示さなかったものの、つまり、この事象は予言されていたということだ。

 

父が死に、ヴィル厶家が終わるこの日は全て何者かによって予測され、アレンはここにいた。

 

ふざけんな。

 

今すぐにでもここを飛び出し、とにかく遠いところ、誰にも干渉されない場所に行きたかった。

 

しかし、アレンの身体は思考とは裏腹に、全く動こうとはしなかった。

 

「くっ…」

 

「今は大人しくしておいた方がいい。元軍医の僕が保証する。無理にでも動けば、君は死ぬ。むしろなんであんなにボロボロで生きていられたのか、教えて欲しいくらいだよ」

 

「俺の怪我は、どれくらい酷かったんですか?」

 

「腹部貫通5箇所、肋骨4本骨折、右腕複雑骨折、左足捻挫、全身打撲、裂傷、擦過傷多数…ここまで傷付く方がすごいね」

 

ぶっちゃけるとそこまで怪我をした覚えがない。

 

しかし、アレンはただ燃え盛る自宅から逃げたところから記憶が無い。

 

逃げた後、ここに来るまでに何かしらあった。

 

ーーダメだ…何も思い出せない。

 

だが、そこに横槍が入ってしまった。

 

コンコンと部屋のドアをノックして新しい人物が現れた。

 

紳士のようであるが、妙に胡散臭い。

 

口にはパイプを咥えられている。

 

「まさか、またコカインを注射していたのか?何度もやめろと言っただろう」

 

「ほんの暇つぶしさ、ワトソン。事件がないとどうも落ち着かない…だが、久しぶりに厄介事が来たね」

 

声の主は明らかにアレンを厄介事と称していた。

 

いきなり厄介事扱いされるのは腹立たしかったが、事実なので否定できない。

 

というかそもそも顔すら見えない。

 

顔を知らない相手に小馬鹿にされるのは筆舌に尽くし難い程、怒りを覚えるものであり、アレンは顔を顰めた。

 

すると、声の主はワトソンから離れ、アレンの横たわっているベッドに近づいてきた。

 

その人物は横たわるアレンの顔を覗き込みながらこう告げた。

 

「はじめまして、アレン。私はシャーロック・ホームズというものだ」

 

「……は?」

 

あまりの衝撃に気の抜けた声が出た。

 

彼の者の名はシャーロック・ホームズ。

 

イギリス最高峰の名探偵。

 

何故そんな人物が今、自分の目の前にいるのか…全く見当がつかない。

 

「ホームズ?…なんで、え?」

 

「どうやら驚いているようだね」

 

ホームズはパイプの煙を吐き、なんでもなさそうな顔で突っ立っている。

 

しかし、アレンの反応は当然のことだ。

 

「君は知らなかったろうが、私たちと君のお父上は友人…とまではいかないが、まぁ、知り合いではあってね。『自分の身に何かあったら、倅を頼む』とスカーから依頼されていたんだ。私も彼には恩がある…それ我が国の王族、貴族様を裏切る訳にはいかないだろう」

 

なんとも胡散臭そうな口実だが、嘘をついている様子はない。

 

とりあえず怪我を治療してもらった上、保護してもらっている恩もある。

 

まずアレンがすべきこと、それは。

 

「その…助けてくださり、ありがとうございます」

 

その言葉を聞き、ホームズとワトソンは互いに目を合わせた後、大笑いした。

 

「なっなんで笑うんだよ!助けてもらって感謝するのは当たり前だろ!」

 

「くっ…はははは!いやいや、その言葉を彼の息子の口から聞くとは思わなかったよ!」

 

ホームズはまだ愉快そうにクスクスと笑っていた。

 

あの胡散臭い顔が自分を嘲笑っていると思うと、無性に腹が立った。

 

しかし、2人と話したおかげだろうか。

 

さっきまでの緊張感は霧散していて、力を入れることさえできなかった身体は、いつの間にか動くようになっていた。

 

ゆっくりとだが、ベットから這い出た。

 

「~~っ!!」

 

腹に空いた穴のあまりの痛みで声すら出そうになかった。

 

「あぁ!まだ動いてはいけない!…傷口が開けば、治りは悪くなる。無理をすれば悪化の1歩を辿ることになるよ」

 

駆け寄ってくるワトソンの肩を借りて、何とか立ち上がったが、腹部の包帯には血が滲んでいる。

 

「すいません…俺には、帰らなければならない、理由があるんです」

 

ヨロヨロと歩き、ドアのぶに手をかけたアレンにホームズは声をかけた。

 

「そんなボロボロな状態で何が出来るんだ?」

 

「それでも!」

 

と言いかけた瞬間、ホームズは高速でアレンを足払いした。

 

アレンは急な攻撃に対処できず、顔面から地面に倒れ込んだ。

 

「なっ何をしているんだ、ホームズ!相手は怪我人だぞ!」

 

「彼には死んでもらっては困る…まだ、スカーからの恩を返せていない。だから彼を止めた。それだけさ」

 

それに、と一言はさんだ後、

 

「父からのプレゼントを忘れているようでもあるし…ね」

 

ホームズはポケットから、淡黄色の液体が入ったフラスコを取り出した。

 

「っ!!血清!」

 

倒れ込んだ状態から顔だけ上げていたアレン。

 

「君の怪我の状況から、かなり激しい戦闘であったことがよく分かるが、運良く割れていなかったようであったので、こちらで確保しておいた。寝ている間にうっかり踏みつけて割ってしまっては元も子もないからね」

 

「返せ!」

 

グッと力を込め、一気に距離を縮めて、ホームズから血清を掠め取る。

 

だが、掠め取ったはずの血清は手にないどころか、全身に高速の打撃が叩き込まれた。

 

「っ!!ホームズ!」

 

強烈な激痛で受け身すら取れないまま床に叩きつけられそうになったアレンを、すんでのところで、ワトソンがその身体を受け止める。

 

「先に手を出してきたのは、彼だ。私はただ自己防衛しただけにすぎないのだがね」

 

「相手は怪我人だと何度も言っているだろう!」

 

その場で2人は口論になってしまったが、怒涛の勢いで迫る眠気に勝てず、アレンはそのまま夢の世界まで落ちていった。




このSSではシャーロック・ホームズ等の人物は実在した人として登場させています。コナン・ドイル氏はシャーロック・ホームズシリーズを書くことが、本当は嫌だったのではないかと、噂を耳にしたこともありますが、シャーロック・ホームズは面白い小説(個人的主観です)だと思っています。19世紀末のイギリスといったら、やはり出て来て欲しい人物だとも考えています。彼の小説はホームズ以外にも多数あります。『失われた世界』という本も有名なので、読んでみて下さい。


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活路

何も見えない暗闇。

 

自分の足が地についているかも分からない。

 

変な浮遊感だけが我が身を包み込んでいる。

 

急に寒気がして、鳥肌が立つ。

 

無意識の内に奥歯がカタカタと震えている。

 

震えはやがて、全身に広がった。

 

呼吸もままならないくらい、心細かった。

 

しかし、四方八方を暗黒に閉ざされた空虚な世界に、救いなど無い。

 

震える体に鞭を打ち、どこかへ駆け出した。

 

でも、どこへ?

 

虚無の世界に、果てがあるはずが無い。

 

結局は闇に還る。

 

光はない。

 

希望もない。

 

そこにあるのは黒だけである。

 

生きる意味は消え去った。

 

ならばどうするか。

 

自堕落に生きていても、価値はない。

 

だったら、死ねばいいじゃないか。

 

立ち止まってしまっても、誰も何も言わないだろう。

 

黒い地面に膝をつけると、そこからゆっくりと黒い手が這い出してきた。

 

手は無抵抗のアレンの四肢に絡み付き、ズブズブと中へ引き摺り込む。

 

足首を掴み、這い上がるように、なにかも分からない液状の腕は、胴までも食らいついてきた。

 

首に纏わり、顔まで覆い尽くす。

 

しかし、泥の隙間からは、一筋の光が見えていた。

 

縋る思いで、手を伸ばす。

 

泥の中から無理やり引っ張り出した腕は、黒く染まっていた。

 

光はふわふわと浮かんでいた。

 

助けて。

 

誰でもいい。

 

もう、ひとりぼっちはたくさんだ。

 

やっとの思いで、光を掴み取る。

 

大丈夫。

 

心配ない。

 

だが、手元に引き寄せた光は、手に付着した泥によって、黒が侵食していた。

 

やめろ。

 

泥を振り払って、光を守る。

 

しかし 、振り払った飛沫が光に襲いかかる。

 

触れた箇所は、黒くなり、闇に染め上げる。

 

光はだんだんその輝きを失っていく。

 

やめてくれ。

 

止まれ。止まれ。

 

その願いも虚しく、光は結局、闇に還った。

 

どこからともなく吹いてきた風が、黒化した光をパラパラと削り取っていく。

 

そして最期は、霧散した。

 

光と闇はいつ、どの世界でも存在する。

 

光に満ちた世界はない。

 

同時に、闇だけの世界もありえない。

 

どちらが欠けても、世界は成り立たない。

 

強すぎる光は強すぎる闇を生む。

 

濃すぎる闇もまた、明るすぎる光を生む。

 

どこまで行っても、変わらない。

 

それなら、俺は…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

漆黒に覆われた世界に沈んだ瞬間、目が覚めた。

 

首や背中に服が張り付いていて、気持ち悪い。

 

どうやらひどく寝汗をかいていたようだ。

 

見計らったようにドアが開き、胡散臭い探偵がやってきた。

 

「時間通りだな、君がこの時間に起きるのは」

 

人の起床時間まで予測してくるのだから、この探偵も相当な化け物である。

 

アレンはホームズの気色悪さに、顔を顰めた。

 

「…何か用か」

 

なるべく冷ややかな声で、威圧するようにホームズを睨みつけた。

 

それに対し、ホームズはやれやれといった様子で、ため息をついていた。

 

壁の掛け時計が示すは午前3時。

 

未だ日の昇ることの無い、暗闇である。

 

「君は、これからどうするんだ?」

 

どうするか。

 

何をしようと結局行き着く先は…死のみ。

 

ノルマンディーは徹底的にこちらを排除しようとしているのだ。

 

向こうは王族で、こちらはただの貴族でしかない。

 

勝ち目もないし、打つ手もない。

 

完全な詰みというわけで。

 

「とりあえず、学校に帰る」

 

ベットから出ると、前のような倦怠感はなく、ワトソンの治療が効いたことが分かった。

 

立て掛けられていた仕込み杖を握りしめる。

 

ホームズは引き留めようとはしなかったが、懐から、金属製の何かを取り出した。

 

「これを渡しておくよ」

 

手渡された金属の物体は、注射器だった。

 

「血清を入れておいた。人に戻る覚悟が出来たら、体のどこでもいい。突き刺して、皮下に入れれば数時間で体のウィルスは鳴りをひそめるようになるだろう」

 

その場合は、二度と君の体は変化させることが出来なるなるけどね。とだけホームズは付け加えて言った。

 

「…ありがとう」

 

アレンの感謝に、再度驚いた様子で目を丸くしたホームズは何も言わず、笑っていたが、それでも今までの貼り付けたような笑みでは無かった。

 

部屋でねむりこけるワトソンを起こさないように別れを告げ、ベーカー街に降り立つ。

 

手渡された注射器を、割らないように丁寧にポケットにしまうと、背汗をかいた体に寒々とした風が吹き付ける。

 

ロンドンの深い霧は、まるで魔物のようであった。

 

見る人によって、その姿形は変貌を遂げる。

 

しかし、霧はただの霧でしかない。

 

自分の体のことを鑑みると、我が身の方が余っ程恐ろしいものである。

 

自嘲気味に鼻で笑うと、何故かほんの少しだけ、悲しくなった。

 

日も出てない深夜なら、人目に付くこともないだろう。

 

建物の出っ張りに足をかけて、屋根に立つ。

 

霧は深いが、先を見通せないほどではない。

 

一度、深呼吸をした。

 

正直に言うと、これから先のことを思うと、恐怖を感じざるを得ない。

 

自ら命を散らすのが怖くない人間は、いるのだろうか。

 

戦場に立つ兵士の気持ちが、少し分かったような気がする。

 

浅はかであるかもしれないが。

 

それでも前に進まなければならない恐怖は、きっと体験した人にしか分からないものである。

 

それでも。

 

踏み出す勇気は、必要だ。

 

右足を引き、グッと両の足に力を込める。

 

思いっきり息を吸い、吐くと同時に最初の1歩を出した。

 

曇り空だったはずの天気はいつの間にか終わりを告げて、深煙の中でも、あの月は煌々と光り輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実家編がもう少しで終わるとか言っておきながらここまで長引いてしまったこと、大変申し訳なく思っています。すみませんでした。


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無力

暁の空。

 

人々が起きるよりもまだ少し早い時間。

 

そんな中、アレンは戻ってきた。

 

ベランダの窓を開け、音を立てないように静かに体を滑り込ませる。

 

傷はすっかり癒え、体調も万全だが、やはり実家からホームズの家までの記憶は戻らない。

 

あの時何があったのか、知る必要がある。

 

しかし、目下の問題は燃えた家だ。

 

貴族の家が燃えたとなれば、記者連中が黙っているはずがない。

 

燃えたと言っても調べるのはあのノルマンディー率いる保安隊公安部。

 

恐らくこの火事をきっかけに、こちらに何かふっかけてくるだろう。

 

だが、正直な話、どうすることも出来ないのが現状である。

 

必要なくなった人間や裏切りには絶対に容赦しないノルマンディーが、研究施設を燃やし、本来王国側のアレンを寝返らせたヴィルム家になんの報復措置を取らないとは考えられない。

 

この数日の内に必ず何か仕掛けてくるだろうが、研究のことを公開されれば、非を認めざるを得ない。

 

アレンの存在は、動かぬ証拠だ。

 

「…くそっ」

 

手に持っていた仕込み杖をベッドに無造作に投げる。

 

ポスッと音を立て、杖が少しベッドに沈む。

 

ーー俺は…無力だ。

 

フラフラと覚束無い足取りで壁に寄りかかる。

 

背中をつけてズルズルと座り込むと、気が抜けたせいなのか、突然猛烈な睡魔に襲われた。

 

眠らないように頭を振るが、瞼は重石を付けられたかのように閉じようとする。

 

そしてそのまま泥のように眠った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……ん…?」

 

ーーああ、少し眠ってしまったか。

 

朧気な目で時計を確認すると、時刻は午前8時を指す。

 

「……はぁっ?!」

 

想像以上に眠っていた時間が長かったのか、遅刻ギリギリの時間である。

 

急いで服を着替え直し、部屋を飛び出す。

 

廊下を駆け抜け、教室のドアを蹴破る勢いで開ける。

 

突然開けたせいか、中に入った途端、多くの視線がアレンに向けられた。

 

それらの視線を意に介さず、さっさとアレンは席に着いた。

 

席に着いたはいいが、何故かまた、睡魔がアレンに襲い掛かった。

 

出席ををとる教師の声が、だんだん離れていき、プツン…と途切れた。

 

鐘の音でアレンは目を覚ました。

 

それが最後の授業が終わったことを告げる鐘だとは露知らず。

 

半開きの瞳のまま立ち上がり、朝とは正反対の様子で教室のドアに手をかけた瞬間。

 

ひとりでにドアが開き、そこには金髪碧眼の美しい少女が立っていた。

 

「あら、お寝坊さん。今起きたようね」

 

「あ?………プリンセスッ?!待った!いっ今のはただ…!」

 

「ただ?何?言ってくれないと不敬罪にするわよ」

 

脅迫じゃすまないぞそれ。

 

「ただ…眠たかっただけ…です。はい」

 

「ふ〜ん…?まぁいいわ。行きましょう!」

 

昔と変わらず、プリンセスはアレンの手を引いて歩き出した。

 

「ちょっと待てって!引っ張らなくても自分で歩ける!」

 

アレンは掴まれた腕を無理矢理引き剥がした。

 

無理矢理引き剥がしたせいか、プリンセスは頬を少し膨らませていた。

 

「んで、どこに行くんだ?」

 

これ以上機嫌を損ねると嫌な予感しかしないため、アレンの方から話題を切り出す。

 

「あっ…そっか。アレンにはまだ伝えてなかったわ。私ね、部活に入ったの」

 

「部活?何部なんだ?」

 

「それはこれから考えるってドロシーが言ってたわ」

 

そんなんで創部していいのかと思うが、できてしまったなら仕方ない。

 

「そこで皆と()()するのよ」

 

要は作戦会議用の部屋だろう。

 

「それでね、アレンも仲間だから入部させなきゃねって」

 

必要ない。

 

喉までその言葉が込み上げて来たが、そっと飲み込んだ。

 

作戦になった時、連携を取りやすくした方がいいと考えた。

 

だが、アレンは自分の本心に気がついていなかった。

 

孤高を気取っているだけで、本当は孤独になるのが怖かった。

 

弱い自分を押し殺し、強がっているだけで、アレンもまだまだ子どもだったのだ。

 

「アレン、どうしたの?」

 

急に立ち止まったアレンを気にかけ、プリンセスが振り返っていた。

 

視線に気づき、アレンが踏み出そうとした刹那。

 

アレンの首に細い腕が巻きついた。

 

「おぐっ?!」

 

喉の奥から変な声が出たが、背後から来た刺客はお構い無しに話し出した。

 

「いや〜いいね〜!青春だね〜!」

 

「何をっ…しやが…る!こ…クッソババァ!」

 

「クソババァとは…口が悪いねクソガキ。おや?プリンセス様ではありませんか。申し訳ありませんね。私、このクソガキに用事がありまして…先に譲って貰えると大変助かるのですが…」

 

「いえ、大丈夫です。()()()()

 

「そうですか!ありがとうございます」

 

校長はわざとらしい演技で頭を下げると、アレンの首を絞めたまま、ズルズルと引き摺って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「家が燃えたんだって?」

 

校長室に入るやいなや、開幕一番で突っ込んできた。

 

「なんであんたがそんなこと知ってんだよ?」

 

アレンは絞められた首を撫でながら、睨みつけた。

 

「…先に言っておくわ。()()()()()()()()

 

「…え、は?ちょっと待てよ。なんでうちの家が燃えたことと、あんたが死ぬことに何が関係あるんだよ!」

 

「私が死んだら、全てを知れるだろうさ」

 

「意味がわからねぇよ!だったらここで!今!説明すればいいだろうがよ!」

 

「それが出来たら、もうやってるわよ!」

 

普段、声を荒らげることのない校長が、机を叩くほど激昴していた。

 

その様子に、流石のアレンも後ずさりしていた。

 

「今は…無理なのよ。()()()()()()

 

その()()()()()()は何に対するものなのか、アレンは分からなかった。

 

突然怒ったことへの謝罪なのか。

 

説明できないことへの謝罪なのか。

 

それともまた、別の意味なのか。

 

「もう…いいか?プリンセスが待ってる」

 

「急に連れてきて悪かったね」

 

アレンは何も答えずに、部屋を出た。

 

部屋の外には、プリンセスがいた。

 

「大丈夫?」

 

大丈夫。

 

その言葉すら出てこない。

 

口が、喉が、カラカラに乾いている。

 

「怒鳴り声が聞こえたけど…」

 

唾液を飲み込み、声を絞り出す。

 

「……大丈夫」

 

アレンは右手を、プリンセスの頭に載せた。

 

そのまま流れるように、手に髪を絡ませる。

 

艶やかな質感が心地よく、サラサラとしている。

 

「んっ…?どうしたの?」

 

「なんでもない。行こう」

 

アレンの様子に首を傾げていたが、プリンセスはアレンを部室まで案内してくれた。

 

「ようやく来たか」

 

椅子に座っていたドロシーがアレンの顔を見るとそう言った。

 

「姫様に迎えに来てもらうなんて…なんて羨まーーなっなんでもありません!」

 

心の声が漏れ出すベアトリス。

 

アンジェは傍目で見るだけで、何も言わなかった。

 

アレンが来たことで皆、中央近くのテーブルに腰かけた。

 

「今回は主に護衛任務よ。日本から来る外務特使、堀河公とその使節団の護衛。プリンセスが出迎えることになっているから、私達はそのメイド、アレンは執事として潜入するわ。裏では、堀河公暗殺の噂もある。各々、気を抜かないように」

 

アンジェが冷やかな声音で告げる。

 

そのせいか、余計に緊張がはしる。

 

しかし、アレンはその殆どを聞き流していた。

 

いや、聞き流さざるを得なかった。

 

校長の言葉をいつまでも頭の中で反芻していた。

 

 

 

 




いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。そして、遅くなってしまいすみません。


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