性格濃いめの女子が戦国BASARAにトリップした場合。 (藤 都斗(旧藤原都斗))
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はじまりはじまり

 

 

 

 とある秋の昼下がり。

 

 

 その日アタシはバイトも学校も休みだったから家でゴロゴロしてた。

 えぇ、そりゃもう盛大にリビングルームのテレビの前で床に転がりながら。

 

 パジャマ替わりの紺色の甚平、靴下はまあ良いやと裸足、でもちょっと寒かったから迷彩柄の半纏を羽織り、背中まで長さのある染めた茶髪はストレート、でもやっぱり邪魔だったからポニーテールにして、とにかく寛いでいた。

 

 オカンが同じ部屋の隅の方で、アタシに背を向けてパソコンつついてるけど、それすら気にせずにコンソメ味のポテチを貪り食う。

 

 

 「……この役者演技下手ね……、犬だってもっとマトモな演技するわよ……」

 

 

 意味もなくつけっぱなしだったテレビから流れる再放送のドラマに、毒を吐いた。

 

 そんなアタシは自他ともに認める美少女だ。

 どっちかって言うとカワイイ系じゃなくて綺麗系。

 

 自画自賛して虚しくなんてならないわよ? だって事実だし。

 目はパッチリ二重アーモンド型で、睫毛なんてマスカラしてるわけでもないのにバッサバサだし、肌も毎日お手入れしてるからツーヤツヤ。

 身長が低めで、胸が無いのと、性格が悪いのが唯一の欠点ね。

 あれ、唯一とか言いながら三つある、...まぁいいや。

 

 とにかく、そんなスレンダーで美脚なアタシ、黒柳カズハ、18歳。

 

 自他ともに認める美少女だ。

 大事な事なのでもう一度言いました。

 

 ...やっぱもっかい言っとこう、自他ともに認める美少女です。

 

 あれ、コレどっちかって言うと自他ともに認めるナルシストかな...まぁいいや。

 

 そんなこんなで暫くテレビを見てたんだけど、やっぱりつまらなくなって、たまたま視界に入ったゲーム機に視線を落とした。

 

 「...久しぶりにゲームにでも興じるか……そういえばソフト借りたままやってないし」

 

 意味も無くぼんやりと呟いて、テレビのチャンネルをリモコンで変え、ビデオやDVDに埋もれたゲームを引っ張り出す。

 それから放置してたソフトを、電源を入れたゲーム機に突っ込んだ。

 

 そして、同じみの画面と音が流れ、これからオープニングという時になって

 

 

 テレビ画面が白いままフリーズした。

 

 

 「.....は?」

 

 

 おい、ちょっとまてゲーム機……はこないだ買ったばっかだからプラズマテレビ、お前か。

 

 「母よ……、なんかテレビ壊れたっぽい、とりあえずどうしよう」

 

 「あー? ブッ叩いときゃ直るでしょ」

 

 昭和生まれの素敵な手抜き修理術だねマミー、余計に壊れる危険があるんだけど良いのかね? 

 

 「...まぁ良いか...了解ー」

 

 あえてツッコまず面倒臭そうにテレビへと近寄ると、そのまま適当に、バンバンとテレビの天井部分をブッ叩く。

 

 が、一向に直る気配は無い。

 

 ...ですよねー、なんて思ったりもするけど、他にやりようも浮かばない訳で、どうしたもんかとテレビ画面を覗き込んだ。

 

 「やっぱそう簡単に直んなぎァ!!?」

 

 次の瞬間、アタシは奇声を発した。

 

 何故かって、なんか知らないけど

 

 このアタシの麗しい首が、テレビ画面から出て来た手にがっしり掴まれていたからですよ。

 

 

 ちょっ、え、ナニコレ

 

 いやいやいやいや何が起きてんのよコレ

 

 嘘コレ

 やだコレ

 

 有り得ないってコレ

 

 ちょ……! 

 コレ苦しい!! 

 首めっちゃ絞まってる! 

 

 「なにー? ゴキブリでも居たー?」

 

 おかん助けろ!! 

 いや助けて!!! 

 

 助けて下さい!!! 

 

 いやつーか寧ろ気付け!!! 

 何暢気にパソコンつついてんだコノヤロー!!! 

 

 今、正に貴女の娘が不可解な現象に巻き込まれようとしてますよ!!? 

 

 つか何この手!! 

 めっちゃ甲冑的なのついてる!! 

 いやなんでわざわざ首掴んじゃうの!!? 

 

 喋れないし苦しいし痛いし何この意味不明なSMプレイ!! 

 

 アタシはMじゃねェから痛いの嫌いなんだよ!! 

 

 それより何より!! 

 

 

 痕になったらどうしてくれる!!! 

 

 

 「……かはっ、……っ!」

 

 

 くそォォオ!!! 

 やっぱ無理だ喋れない!! 

 つか首掴んだまま引っ張るな!! 千切れる!! 

 アタシの端正な顔とビューティフルな胴体がサヨナラする!!! 

 

 オカンは全然気付かないし、首を掴む腕は必死こいてバシバシ叩いても、テレビの縁に手を掛けて踏ん張っても、気にせずテレビ画面にぐいぐい引っ張り込もうとしてくるし、苦しいし痛いし喋れないし、ホント何だこの状況!!? 

 

 そう思った時

 

 痺れを切らしたように一気にテレビへ引っ張り込まれた。

 

 まず、肌に感じたのは水。

 

 口に入って来たけど、普通の水。

 生臭くもカルキ臭くもない何の味もしない自然の水。

 

 ...いやなんで水? 

 

 何コレマジでどういう事? 

 いや、あのホントマジで意味解んない

 

 そして浮遊感とザバーっていう水音が聞こえて、空気に肌が触れたのが分かった。

 

 うん、でも首が絞まってるから吸い込めない。

 

 

 ヤバイ、死ぬ。

 

 

 テレビから出て来た手に絞め殺されるなんて凄い新しい死に方ねコレ。

 

 てゆーか新し過ぎよねコレ。

 ヤダこんな死に方。

 もう少し美しく死にたかったのに何してくれてんのよこの手の持ち主ふざけんな

 

 頭の隅でそんなかなり暢気な事を考えてみるけど、苦しい事には変わり無かった。

 

 段々と意識が遠退いて行く。

 

 あー、コレマジで死ぬな。

 

 そんな事を考えた時

 

 「What!? なんだぁ? 川から人間が出てきたぞ?」

 

 不意にそんな声が聞こえた。

 

 ……なんかこの声……どっかで聞いた気がする。

 

 えーと……なんかワ●ピースのゾ●が異文化コミュニケーションした的なそんな感じの声だ。

 

 「……政宗様、何やら死にそうになってますが」

 

 「そりゃいけねェ、こんな目の前で死なれちゃ寝覚めが悪過ぎる」

 

 朦朧としていく意識の中、そんな会話と共に突然、地に足が付いて首を掴んでいた手が離された。

 途端に空気が一気に気管へ入り込んで肺を満たし、その所為で肺がびっくりしたらしく思い切り噎せ返る。

 

 「ッゲホゴホかはっ!! っはァ! はぁ! ゲーッホゲッホ!!」

 

 思う様噎せながら、思わず地面に膝をついて首を押さえた。

 

 「……Are you all Light?」

 「オーライな訳あるかァァァア!!!! 死ぬかと思ったわ!! なんでわざわざ首掴むのよ殺す気!!? 首がもげるかと思ったわ!!!」

 

 掛けられた声に思わず、少し声が枯れた感じになっちゃってる事も、涙目なのも、今の状況すらも気にしないで声の方向に向け力いっぱい悪態を吐く。

 

 だって当の本人全く気にしてないっぽいもん! 

 なんかものっそい腹立つもん! 

 アタシ悪くないもん! 

 

 「なんという口の聞き方を……! 女...今すぐその首と胴体サヨナラするか……? あぁ?」

 

 細長い何かを構えながらもう一人からそう凄まれるけど、アタシとしては酸素不足で目が霞んでるからあんまり見えない、ので、気にしない。

 

 「ハアァ!!? んな事したらどうなんのかアンタこそ解ってんでしょーねェ!? アタシが死ぬじゃん!!!」

 

 「テメェが死ぬのかよ」

 

 「ブフ……っ!! ……! ……HAHAHAHAHA! 面白ェ! んな啖呵聞いた事ねェぞ! なァ小十郎!」

 

 「はい……しかしこの俺にも動じないとは……余程肝が据わっているのか……」

 

 

 いや、ただ単に見えて無いだけです。

 

 

 「……Hey girl、名は?」

 

 「……はぁあ? なんでアンタ達にわざわざこのアタシが先に名乗らなきゃいけないのよ意味解んないわ」

 

 「Ha! 口の減らねェ奴だな。まぁ良い……俺は奥州筆頭、独眼竜伊達政宗」

 

 

 どくがんりゅう……? 

 

 

 「そっちは俺の部下……片倉小十郎だ」

 

 

 こじゅうろう…… 

 

 

 あれ……なんか聞き覚えが……? 

 

 うん、……とりあえず……今は、まぁ良いや、置いとこう。

 名乗って貰えたなら一応名乗り返さなきゃならんだろう、めんどくさいけど。

 

 「……アタシはカズハよ。

 超美麗なカズハ様とか誰よりも美しいカズハ様とか好きに呼んでくれて構わないから」

 

 そう言って二人を見詰めた時、霞んでた視界がやっと戻った。

 

 そして

 視界に飛び込んで来たものに正直ビビった。

 

 心からビビった。

 

 思考がフリーズするくらいビビった。

 

 

 「OK……、カズハだな?」

 

 ニヤリと意地悪く隻眼を細めて、不敵に笑う頭に三日月の付いた兜の、全体的に青いお兄さん。

 

 うん……なんかスゲー見覚えがある。

 

 確か、借りてたゲームのオープニングで赤い……なんか暑苦しいジャニーズ系とイヤッホゥ! とかなんかそんな感じに楽しそうにぶつかり合ってた青い兄さんじゃなかろうか。

 てゆーかアタシのボケとか無視されてない? 

 

 え? 

 何この状況。

 

 これが世に言うトリップ? 

 

 いやいやいやいや

 

 

 なんでアタシなんだ神様

 

 

 知らないよ

 

 アタシこのゲーム知らないよ

 

 だってまだ始めて序盤だったし、更には途中から放置してたし! 

 

 

 あっ

 まさかソレか神様

 放置した事神様が怒ってんのか? 

 

 いやいやいやいや神様

 

 どんだけ心狭いんだ神様

 

 それともアレか神様

 アンタこのゲームのファンか神様

 随分オタク的だな神様

 オイオイそりゃないだろ神様

 第一無理がある神様

 

 

 いかん、なんか変な口癖みたいになって来た。

 

 

 よし、落ち着け、冷静になれカズハ。 

 アタシの知らない間に勝手にどっかに連れて来られて、たまたま居合わせたロケ中のただの超本格的なコスプレイヤーかも知れないし(只今絶賛現実逃避中)

 

 

 うん、よし、大分落ち着いて来た。(現実逃避完了)

 

 

 「Hey、何百面相してんだァ? 綺麗な顔が台無しだぜ?」

 

 「え、嘘!!? ソレはヤダ! そんなの堪えられない! アタシの美しいスペシャルな美顔が!!」

 

 そう言って焦った時、なんか小十郎のおじ様……あれ、お兄さん? 

 どっちだろ……まあ良いやとにかくその人から冷たい視線を感じた。

 

 「special? ……カズハ……お前異国語が話せんのか?」

 

 は? 

 

 いやいや……何言っちゃってんのよアンタ

 スペシャルなんて結構日常的に……

 あ、自分に対して使うのはアタシだけかもしれないけど? 

 

 でもでもでも、テレビとかラジオとか携帯とか、情報なんて現代のそこかしこに溢れまくってんじゃないの

 

 それを言うに事欠いて異国語? 何言ってんのコイツ、ってゆーかなんでそんな発音良いの? 

 

 「オイ……政宗様が質問してんだろうが……、答えろ」

 

 ちょっ、おじ様……にしとこう解んないし! 

 とりあえずなんでそんなにガン飛ばすのよ! 

 アタシはアタシが思う侭、適当に言動してるだけじゃない! 

 

 お陰でアタシの言動のどれに腹立てたかなんて皆目見当つかないんだから! 

 このカズハ様の自己チューさ加減、甘く見ないでよ! 

 全く誇れないとかは知らない事にする。

 

 「……っあー……アレよ、勉強したのよ! 悪い!!?」

 

 特に浮かばなかったので適当に答えた

 

 ら

 

 「Huh? そりゃまたなんでだ?」

 

 またニヤリと、かなり意地の悪い笑顔を向けられた

 

 いや、うん、なんてゆーか……

 

 

 スゲー目の保養。

 

 

 いや、んな事言ってる場合じゃないけどね? 

 

 でも普段見る美形なんてアタシとかアタシとかアタシしか居なくて

 あとは芋とか人参とかキャベツとかそんなのばっかりじゃん? あ、人間の顔の話よ? 

 

 いくら超本格的なコスプレイヤーでもやっぱ綺麗なら許すわ。

 美形は正義よね。

 

 「どうした? 答えろよ……」

 

 声を掛けられて現実に気付いた。

 

 顔がめちゃくちゃ近い距離にあって、つい仰け反る。

 

 つか何この鬼畜顔! 

 え、何この状況! 

 

 なんかよく解んないけど怪しまれてるっぽい! 

 つか肩とかがっしり掴まれてる! 

 おじ様もなんか半眼でこっち見下ろしてるし! 

 

 こういう時は……えーと……まぁ良いやちくしょー、こうなりゃ泣き落としだ! 計画性? そんなもん皆無よ! 

 

 「……そ……そんな怖い顔しないで下さい……! アタシ……ただの通り縋りなんです……!」

 

 「Hu~h? 川から出て来た上に、異国語を勉強した通り縋りねェ……? 先刻までの威勢はどうしたよカズハ……」

 

 やべっ、まずシチュエーションに無理が有った! 

 

 思わず心で腹黒く舌打ちする。

 

 

 ……ん? 川? 

 

 

 「……えーと……、とりあえず少し待って、今アタシ混乱してて頭が状況に追い付いて無いから」

 

 「俺がンな暇与えてやる程親切に見えるか?」

 「うっせーな! 全く見えないわよ! アタシだって訳分かんないんだから状況確認の為の思案ぐらいさせろ!」

 

 アタシの剣幕に少しビビったのか隻眼が軽く見開かれた。

 しかし直ぐ様また先程の意地の悪い笑顔へ戻る。

 

 「……お前……なぁーんか俺の嗜虐心煽るんだよなァ……」

 

 

 Sか。

 ドSなのかこの青い兄さん

 

 そうか...だから始めにアタシの首掴んで絞めたのね

 

 そんで川に頭突っ込んで…………

 

 

 いや、もういいよ……。

 カズハ……世の中諦めが肝心なのよ? 

 もっと大人になりなさい? 

 

 ほら、周り見れば解るじゃん。

 

 この長閑な風景。

 綺麗な花畑

 広がる田園。

 ビチョビチョの自分。

 

 そして時折通り過ぎる……

 

 着物とか着てる人々。

 

 

 うん。

 

 

 コレ確実に巷で人気の異世界トリップとかいうのしちゃってる……。

 

 いやアタシもトリップとかすぐに思い付く時点でオタクだか腐女子だかなんだかになりかけてるけどさ

 でもアタシBLには興味ありません。

 好きか嫌いかだったら好きだけどね! 

 

 ……まぁそれはこの際どうでもいいとしよう

 

 なんだっけコレ、このゲーム。

 

 戦国なんちゃらとか書いてたから戦国時代と考えよう。

 

 うん。

 

 その戦国の世に、こーんな訳わからん美少女が来たら? 

 

 

 ……とりあえず今の所は色気皆無なカッコだから[自主規制( ピ――!)]される事は無いだろう。

 確実に。

 居たらかなりの物好きだと断言出来る。

 

 青い兄さんも茶髪だからアタシのこのビューティフルヘアーも多分大丈夫な筈。

 良かった金髪とかにしとかなくて。

 

 

 素性とかマジでどうしよう。(この間まで約35秒) 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ……変な娘だ。

 

 

 

 小十郎を連れた散歩の途中、すぐそばの川の底でなんか光った気がして

 だから、興味本意で腕を突っ込んだんだが、なんか妙な感触がした。

 

 

 感触からして女の、細い首。

 

 

 何だかわからねェが、なんか抵抗してるみてェだったし

 

 とりあえず引っこ抜いたら、ソレはそのまま引っこ抜かれて来た。

 

 だが、若干白目向いてんのに気付いて慌てて地面へ降ろした。

 

 そこには細い体を縮こませながら苦しそうに咳込む娘

 

 訳も解んねェ侭、とりあえず声を掛けりゃ、やっと落ち着いたらしい娘の口から出た言葉は、俺の異国語が解ったような調子の、かなりの毒舌。

 

 相当苦しかったのか、水に濡れたのもそのままにキロリと俺を睨んでいた

 

 ……正直、面白ェと感じた。

 

 俺の隣で凄んだ小十郎にさえ物怖じせず、あまつさえ訳解らん啖呵を切った娘。

 異様に自分を褒めたたえながらカズハと名乗った娘は現在進行形で百面相中だ。

 

 あー、なんつーか……アレだ。

 

 

 虐めてェ。

 

 

 その自信過剰な面を苦痛に歪ませたらきっと面白ェだろう

 

 矜持っつー矜持をボロッカスになるまで全部打ち砕いたら一体どんな顔をすんだろう

 

 泣く? 

 それともキレるか? 

 

 

 やべェ……なんか楽しくなって来た。

 

 

 訳解んねェ女だが、弄りがいのある骨のある奴ってのァ確かで、更には異国語が解る

 

 顔は、自分で褒めたりと自信があるだけあって端正に整ってる。

 

 今は弱そうだが、見る限り鍛え上げりゃ強くなりそうな、なんつーかしなやかな身体をしている

 

 ……体に凹凸が少ねェのは……アレだ、ご愛嬌ってやつか? 

 

 ……まァ、んなもんは追い追い育てられる。

 

 素性だのなんだのは捕まえて吐かしゃ良いだけの話。

 

 

 

 ……まぁとにかくアレだ

 

 

 気に入った。

 

 

 

 「Heyカズハ」

 

 「何よ、今考え事してんだから黙ってなさいよこの三日月男」

 

 

 余程真剣に思案していたのか、娘の眉間には思い切り皺が寄っている。

 だが俺は全く気にせずに言葉を紡いだ

 

 「お前……河童なんだろ?」

 

 途端、娘の眉間の皺がさらに、これでもかという程深くなった。

 ……ついで言うとちょっとキレそうだ。

 

 「この、アタシの、どこら辺が河童に見えるわけ? 

 アンタのその片方だけの目は何、節穴?」

 

 「なんだよ、河童だろ? 、川から出て来たじゃねェか、何が違ェんだ?」

 

 「河童は、まず頭に皿。そして水掻き背中に甲羅。

 そんなアタシの美意識に反する物が、このカズハ様の麗しき体に付いてる訳無いでしょうが! ついで言うとアタシは川から出て来た訳じゃない!!」

 

 そりゃ結局自分が綺麗だって言いてェのか? 

 そんで一番重要に考えなきゃいけねェ所が……ついで? 

 

 「……何が言いたい?」

 

 「アタシはアンタに首掴まれて引っ張られたから此処に居んのよ!!」

 

 Ah……まァ、そりゃもっともだ、だが。

 

 「んなのァ俺に捕まるテメェが悪いんだよ」

 

 ニヤリと、口の端を上げながら躊躇いも無く告げる。

 

 途端、水気を含んで重くなった、武田の忍び色の半纏が俺の顔面目掛けて飛んで来たもんだから、片手で叩き落とした。

 

 一般兵ならともかくこの俺にンなもんが当たる訳ねェだろ

 

 しかし目の前の娘は余程悔しかったのか、俺に聞こえるくらい盛大に舌打ちしやがった。

 

 ホントに良い度胸してやがる。

 

 ちなみにこの時小十郎は、俺の後ろで何やら溜息をついていた

 

 「Hey小十郎、この河童を城へ。吐かせたい事もある」

 

 「……はっ」

 

 「はァア? 河童じゃ無いって言ってんでしょ、ふざ、ちょ何……ワァァァアア!!?」

 

 短い返事と共に、小十郎は娘を手早く簀巻きにして肩へ担ぐ

 

 「オイオイ……、なんつー色気の無い悲鳴だ……もっとこうsexyに叫べよ」

 

 「無茶言うな!! こんな状況で猫被ってなんていられる訳無いでしょ!!? 猫だって裸足で逃げ出すわい!! 大体セクシーな悲鳴てどんなん!!?」

 

 「……小娘……猫は元々裸足だ」

 

 珍しく小十郎からツッコミが入った。

 

 「知ってるわよ! でも裸足で逃げるってフレーズのが分かりやすいでしょ!!」

 

 冷静にツッコまれたのが恥ずかしかったのか、娘の顔が羞恥でか朱に染まる。

 

 「……ふれーず……? ……まぁ良い……俺の肩に乗ってる分際で騒ぐな、喧しい……」

 

 「勝手に担いだのそっちじゃん!!」

 

 俺は、小十郎に運ばれて行く娘を眺めながらクツクツと笑みを零した

 

 あー、なんか……これからスゲー面白くなりそうだ。

 

 

 



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だっしゅつだっしゅつ

 

 

 有り得ない

 

 言うに事欠いてあの三日月男、このカズハ様を河童だのほざきやがった。

 

 ……このアタシを。

 

 ……この、超絶美少女を。

 

 あのボケどんな思考回路してんだマジで

 

 有り得ない

 

 ホントに心から全身全霊で有り得ない。

 

 しかもなんかずっと終始ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ……

 

 ムカつく。

 スゲームカつく。

 なんだあの勝ち誇った笑み

 

 このカズハ様を見下しやがってチクショーめ

 

 次に河童だのほざきやがったら顔面……は勿体ないから……

 鎧の隙間の地味に痛い所に、爪先使って思いっ切り全力の蹴りを叩き込んでやる。

 

 ホラ、顔蹴って酷い傷付いたら価値落ちるし? 

 ……それはちょっと勿体ないと思うのよね。美形だし。

 

 ……ただアノヤロー……ゲームのキャラだけあって強そうだ……

 

 ビリーさん、アタシに力を……! 

 

 (※ビリーさんとは:かつて一世風靡したダイエットDVD、某ブートキャンプの隊長さん。筋肉ムキムキ真っ黒テカテカ)

 

 

 

 「Han? こんな所でも百面相してんのか、河童」

 

 「ふざけた事抜かしてんじゃねェこの三日月男河童じゃねェっつってんだろシバくぞゴルァいい加減その腐った思考回路河童から離れさせとけ!!!」

 

 腹立ち紛れに息継ぎ無しで一気に叫びながら、三日月男とアタシを遮る木の格子へ力いっぱい蹴りを入れる。

 

 両手を拘束されてるからろくに助走も出来ないし、裸足だから力もそんなに入らないし地味に痛いけど、今はそんなモン関係無い。

 

 ……そう、あの後アタシは牢屋にぶち込まれた。

 

 檻の中で喚きながら暴れる事しか出来ないアタシに、事もあろうかこの三日月男

 

 呆 れ や が っ た。

 

 「オイオイ……俺様は三日月男じゃねェ……ちゃんと名乗ったろ? 、You understand?」

 

 しかもなんかかなりズレた所に対して。

 

 「知るかァァァアア!! つかどうでもいいっつのテメェだってアタシの事河童っつーじゃねーかソレやめたらちゃんと名前呼んでやるよ!!」

 

 「Han? 、そうかお前それが不満なのか……仕方ねェな、……じゃあカズハ河童って呼んでやるよ」

 

 「河童から離れろっつってんだろこんボケ先刻より酷くなってんじゃねェか太郎河童次郎河童かコノヤローアタシは人間だァァァアア!!!」

 

 先刻と同じようにノンブレスでツッコミ混じりに悪態を吐く。

 

 そしたら何故か、格子の向こうから生乾きの仁平の襟を片手で掴まれ、思い切り引き寄せられた。

 突然の事に顔面を格子にぶつけそうになるけどそこは無理矢理頭に方向転換させる。

 

 顔に傷だけは付けたくない!! 

 

 という訳で、アタシはこめかみのちょっと上辺りを思い切り格子にぶつけた。

 

 なんかもう力いっぱい痛い。

 

 あまりの事に抗議しようと顔を上げたら

 まるで人殺しみたいに、背筋がゾッとするような

 

 凄く、鋭い視線で見詰められた。

 

 

 え……ちょっと待って、怖いんですけど。

 

 主に顔が。

 

 

 普段そんな視線なんて向けられた事ないから、全く現実味が湧かなくて、呑気な事しか考えられなかった。

 

 「河童じゃなくて人間だっつーなら答えろ...、テメェ...何者だ?」

 

 

 えーと……

 よーしカズハ考えろ。

 

 アタシは川から出て来たって事になってる。

 って事はうちの家のテレビとあの川は繋がってる。

 

 つまり。

 

 「アンタが不用意に川になんか手を突っ込まなきゃ此処に居なかった異世界の一般人」

 

 という事になる。

 

 

 ……ん? 

 

 

 あれ

 

 今もしかして口に出して言っちゃった? 

 

 あ、ヤバイどうしよう言っちゃったっぽい

 

 なんか可哀相な子を見る目で見られてる

 

 

 

 いやムカつくからそんな目で見るなボケ!! 

 

 

 

 「嘘だと思うなら、アタシが投げた半纏。アレを調べてみると良いよ。

 この世界には絶対出来ない技術で作られてるからね」

 

 

 とりあえず、ナメられないようにと考えてそんな事を誇らしげに告げてみた

 

 

 ポリエステルなんて使われて無いだろやーいやーい

 

 日本……じゃなくて確かメイドインチャイナだから……

 えーと現代の地球の技術なめんなよ! 

 

 

 「Han……異世界……ねェ? 俄かには信じられねェな……」

 

 

 まぁそうだろーなチクショーめ!!! 

 解ってたよ!!! 

 解ってたさ!!! 

 

 でもだから調べてみろっつったよねアタシ人の話はちゃんと聞けちくしょう!!! 

 

 

 「Ha! まぁ良い。

 暫くはそこで素性が割れるまで大人しくしてろ……、替えの着物は後で届けてやる」

 

 突然嘲笑混じりにそう言われ、そこでやっと仁平の襟を掴んでいた手が離された。

 

 ヤッベーこの男マジ腹立つんですけど。

 

 そんな事を思ってる間に三日月男は踵を返し、颯爽とアタシの視界から去って行った。

 

 いや……うん

代えの着物をくれるっていうのは嬉しいんだけど寧ろそんなんより

 

 「こっから出してけやこの野郎!!!」

 

 

 そんなアタシの魂の叫びは虚しく虚空に響いていた。

 

 でもすっきりしたから良いもんチクショウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、どうしたもんか。

 

 アタシは畳の上で正座しながら一人思案を始めた。

 

 

 あれからアタシは、あの魂の叫びが聞こえたらしい神様のお陰か、牢屋じゃなくて座敷牢に移動して貰えました有難う神様。

 

 どのみち牢屋だけどさっきの3K(暗い、キモい、汚らしい)な牢より断然マシ。

 

 着物も新しく浴衣みたいなの貰えたし、あの牢屋より堅牢って事で手の拘束も外された。

 

 という訳で、現在アタシは貰った着物に着替えて(浴衣なら着た事あったから問題無し、流石アタシ)部屋の真ん中に正座している。

 

 そんで、これからどうしたもんかと考えを巡らせるも、この不利な状況から脱する打開策は何一つ浮かばなかった。

 

 ……いつまでも此処にいる訳には行かないわよねー……

 

 ただの勘とかじゃなく、アタシの本能がそう言ってる。

 

 

 あの三日月男はドSだ。

 

 

 このまま此処に居れば何をされるか分かったもんじゃない。

 

 殺されはしないだろうけどアタシはアタシじゃいられなくなる気がする……! 

 ……なんとしてでも逃げ出さなくては……! 

 

 

 …………何か方法無いかな……

 

 とりあえず一応室内を確認してみよう

 

 ……えーと

 

 畳

 

 壁

 

 格子

 

 天井

 

 以上。

 

 

 マジでか。

 

 

 うわー、どうしたもんかなコレ。

 逃げたいのに窓すら無いよ。

 

 あっ、そうだ! 、無いなら作れば良いじゃん! 

 

 いや、待て待て落ち着け、しっかりしろカズハ

 

 大体此処って城のどの辺よ? 

 壁が外に面してなきゃ出れないじゃん。

 つーか寧ろアタシは壁を破壊できるのか? 

 

 ……普通に考えて無理無理、有り得ない。 

 

 何処のゴリラよそんなん出来るの。

 アタシはこのゲームの秀吉じゃない。

 オープニングムービーに居たゴリラが秀吉だとはプレイするまで気付かなかったけどさ。

 

 まぁ良いか。

 それより脱出が大事よね。

 

 ……うーん

 見張りいないから騙し討ちすら無理か……

 

 なんか……

 なんか方法……! 

 

 駄目だ何も浮かばない……! 

 

 

 「誰か……っ、誰か助けて下さァァァい!!!」

 

 

 自棄になって叫んだら思いも寄らない返事があった。

 

 

 「ならば助けてやろうか?」

 

 

 そう言って不意に目の前に現れたものすげーカッコの美女。

 

 金髪! 

 

 綺麗な顔! 

 

 それより何より

 

 零れ落ちんばかりの

 

 乳!!! 

 

 

 いやいやいやいや、オッサンかアタシ。

 

 ともかくスゲー羨ましい見た目のお姉さんである。

 なんか見た事あるからこの人もきっとゲームのキャラだろう。

 

 「……娘、此処に囚われているという事は何かやらかしたのか?」

 

 えーと……やらかしたっつったら……まぁ……確かにそうかもしれない。

 

 「実は……此処の殿様と知らずに思い切り悪態を...、終いには着ていた半纏を投げ付けてしまって..」

 

 確か三日月男はゲームで殿様だったはずなので、嘘は言って無い。

 

 それを聞いたムチムチお姉さんは驚きに目を見開いた

 

 

 「それは……随分と大胆な行動を取ってしまったのだな……」

 

 「いえ……仕方が無かったんです。……川で溺れて殿様に助けて貰ったのは良かったですが……、その際掴まれたのが何故か首だったもので……性格上つい激昂してしまって……」

 

 そういう事にしとこう。

 ほぼ大体あってるし、間違いは無い。

 

 「……それは……災難だったな……」

 「それより……助けてくれるというのは……ホントですか?」

 

 「あぁ。……このままではお前……独眼竜に玩具にされるだろうしな……」

 

 よっぽど不憫に見えたらしい。

 なんか切々と言われた。

 

 有り難いけど玩具って……三日月男アイツあんまり人望無いのな……

 

 ……ん? そういやこの人どっから来たんだ? 

 

 さっき部屋見た時誰も居なかったはずよね? 

 

 ……まぁ良いや。

 例えこの人が何だろうとこっから出られりゃそれで良いし。

 

 「……有難うございます」

 

 「気にするな、同じ女としてこのままにしていられないだけだ……、少し待っていろ」

 

 そう言って彼女は突然目の前から消え、それから突然格子の一部分が開いたかと思ったら、消えた筈の彼女が顔を覗かせた。

 

 え、何、瞬間移動? 

 

 「……行くぞ」

 

 「あ、はい」

 

 

 うん

 出られるんならまぁ良いや!!! 

 

 

 

 

 

 座敷牢を出た途端、駆け出した彼女の後ろを追うように廊下を走る

 

 足音が聞こえないように走る彼女に、今更になってこの人、忍なんじゃないかなとか思った。

 

 ……とすると此処はアタシも足音もなく走るべきだろうか

 

 とりあえず善処してみよう

 

 あ、やっぱ無理だ

 

 でもカッコイイなー……女の忍だからくのいちか……。

 

 ……弟子入りとかしちゃ駄目だろうか。

 

 弟子入りしたら胸でっかくなれそうな気がする。

 

 

 「Ahn? 、城内にでけェネズミがいるな……」

 

 不意に、曲がり角の向こうから青い着流しを着たあの男がニヤニヤしながら現れた

 

 でも腰に刀を六本付けている。

 

 ……うわー……なんか来たよどうしよう……

 でも着流しカッコイイなチクショー流石美形……

 

 取り敢えずアタシは普通にそう思った

 

 「俺様の新しい玩具持って行こうなんぞ良い度胸じゃねェか……なァ? 上杉ん所の忍よ」

 

 ンなもんになったつもりねェよこのボケ

 

 男の数メートル手前で立ち止まると、アタシの前の彼女も止まった。

 

 「ちっ、厄介な……」

 

 舌打ちと共に不意に彼女が懐から何かを取り出したのが見える

 

 ……ん? アレって……おー! アレがクナイってヤツか! 初めて見た! スゲー! 

 

 

 「一体何しに来た? そんで何が目的だ? 俺様の河童奪いに来た訳じゃねェんだろ?」

 

 そう言って奴は腰の刀を構えた。

 

 ……つか今更ながら思うんだけど刀6本て欲張りすぎだろ

 

 てゆかよく持てるよね……重くないの? 

 つーか指吊るよね普通。

 

 とか思っていたら

 

 「何だと!? お前河童なのか!!?」

 

 なんて言葉がお姉さんから聞こえて来た。

 

 「いやだからアタシは河童じゃねェって何度言ったらわかんだよこの三日月俺様野郎!!! 

 ついでにアンタも信じてンじゃねェよ一目見りゃ違うって解るじゃん!!!」

 

 「そ、それもそうだな。すまない」

 

 なんかグダグダになって来た気がする……

 

 「ンな事ァどうでもいい……、質問に答えろ」

 

 「フン! こんな私好み、ゲフン! か弱い娘が貴様に手篭めにされるのが見過ごせ無かっただけだ!」

 

 ……今……なんか不可思議な言葉が聞こえた気がしたのは気の所為? 

 

 「Ha! 違ェよ、手篭めじゃねェ、調教だ」

 

 「ちょマジ何する気だ最悪じゃねーかお姉さんすいません本気で奴から助けて下さい!!!」

 

 とんでもない奴だこの男。

 即刻アタシの目の前から消えてくれ。

 

 いや寧ろ死んでくれ。

 

 この男は美形だけどもう良い。

 死ねば良い。

 

 「……解った、ではこの男は私に任せて、今はそこの窓から逃げろ!」

 

 奴にクナイを投げ付けながら向かっていくお姉さん。

 三日月男が刀でソレを弾くキィンという音が響く。

 

 それと共に布包みを投げて渡された。

 

 一瞬だけちらりと見えた中身はどうやら数本のクナイのようだった。

 

 「護身用だ! 使え!」

 

 「えっ、あ、有難う……でもお姉さんは!?」

 

 「私もすぐ後を追う! 早く行け!!」

 

 「はっはい!」

 

 促されるまま窓枠に足をかけ、包みを片手で胸に抱いて一気に跳躍する。

 

 

 でも、その先は空中だった。

 

 

 

 …………

 

 

 

 マジでか。

 

 

 一瞬思考止まったけどコレヤバイじゃん。

 三階くらいの高さあるんだけどコレちょっとなんで屋根無いの意味解んない死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!! 

 

 えーと受け身ってどうやって取るの教えてビリーさん!!! 

 

 今なんか頭でビリーさんの『諦めるな!!』って吹き替えされた声が聞こえたけど、今のアタシからしたら『うっせー黙ってろ!!!』って感じだった。

 

 それから、あ、アタシこれで死ぬんだ、と漠然とだけどなんとなく理解した途端、パニックに陥ってた頭はいきなり冷静になった。

 

 ……あー、嫌だなァ。

 

 こんな所で死ぬのか。

 

 どうせならもっと綺麗な死に方したかったなぁ

 

 そういえばこんな事考えるの今ので二回目だ……

 

 

 でも、実を言うと、アタシはいつでもどんな時でも、死ぬ覚悟は出来てる人間だ。

 生に執着した所で美しいとは思えないから、いつもそう心掛けて、いつ死んでも後悔したりしないようにと。

 

だから、突然のこんな結末でも、怖いけどまぁ仕方ないかー、と思える。

 

 我ながら現代人にあるまじき思考だと思う。

 

 でもまぁそれがアタシなのよね。

 

 

 

 ……てゆーか死ぬ時はスローモーションってホントだったんだ。

 

 地面まで凄い長いんだけど、早くしてくれないかな。

 

 ……ん? アレ、なんか真下に人が居る? 

 

 え、ヤバイヤバイヤバイあの人危ないって! 

 

 ちょっ

 

 

 え? 

 

 

 「おや……、そらからこんなにもうつくしいしょうじょがふってくるとはおもいませんでした……」

 

 

 気がつけば、背後に薔薇が飛んでるみたいな、キラキラしてる幻覚の見える、なんか微妙にまどろっこしい喋り方のスゲー美麗な人にお姫様抱っこされてました。

 

 え? 

 何この状況。

 

 「……こ……こんにちは」

 

 状況が掴めないからとりあえず挨拶してみる

 

 ……なんかよく解んないけどどうやら助かったみたいだ。

 

 「こんにちは、うつくしいしょうじょ」

 

 いや、そんなホントの事……

 つかそんなキラキラした笑顔向けられたら無駄に赤面しそうなんですけど。

 

 寧ろこの人

 

 

 男と女……一体どっちだ...? 

 

 

 超中性的なんですけど。

 

 

 「謙信様! 申し訳ありません、ご無事ですか!?」

 

 不意にそんな声と共にムチムチお姉さんが現れる。

 ついでにアタシは地面に降ろされた。

 

 「ええ、だいじありませんよ、わたくしのうつくしきつるぎ……」

 

 「謙信様……っ!」

 

 うぉ、何これキラキラした物が飛んでる幻覚が見える! 

 薔薇! 薔薇が飛んでる! 

 

 「して、つるぎよ……いったいなにがあったのです?」

 「実はこの娘が政宗公に手篭めにされそうだったもので……、勝手ながら救出致しました……」

 

 手篭め言うな。

 

 「なんと……それはまこと、さいなんでしたね、うつくしいしょうじょよ……」

 

 「え? あ、いえ、寧ろ助けて頂いてしまって……お手数掛けました」

 

 ……こんな友好的な美人さんは見てて嬉しい。

 

 あの男の所から逃がしてくれたし目の保養だしで感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 「よいのですよ、うつくしいひとがこまるのはしのびない……

 あぁ、かすが……もうすぐあおきりゅうがきます……このかたをあんぜんなばしょまでおおくりしてさしあげなさい……」

 「はっ! 謙信様の命とあらば命に代えましても……!」

 

 え? 、え? 会話が平仮名だからイマイチよく解んないけどもしかして奴が来るの? 

 

 「娘、行くぞ! のんびりしていては政宗公に追い付かれてしまう」

 「え、あ、はい!」

 

 慌ててそう返事した途端景色が一気に反転した

 

 もう訳が解らん

 

 全く話に付いていけない

 

 ねぇ、ちょっとコレ今この状況どうなってんの? 

 

 

 「おっ、お姉さん!」

 「私は“かすが”だ。舌を噛むぞ、黙っていろ」

 

 

 ……うん、その言葉……実はもう遅かったりするよ地味に痛い

 

 

 景色が、物凄いスピードで流れる

 

 アタシを肩に抱えてるってのにも関わらずすっげー速さ。

 

 さっきまで居た城がもう森の中に消えて、アタシの視界は凄いスピードで流れていく緑一色

 

 そういえば、あの美麗な人大丈夫なんだろうか

 

 いや、でも三階くらいの高さから落ちて来たアタシを何の衝撃も無しに受け止めた人だ、アレで凄い強いのかも知れない。

 

 見た目めっちゃ細っこかったけど。

 

 30分くらいそうして運ばれていただろうか。

 

 不意に、スピードが落ちた。

 それでも進む足は止まっていない。

 

 「此処まで来れば大丈夫だろう。……娘、名は?」

 「アタシはカズハって言います。

 お姉さん……えーと、かすがさんは何処へ向かってるんですか?」

 

 皆さん、言っとくけどアタシはアタシに友好的な人に対してはめちゃくちゃ猫被るタイプですよ。

 

 「……すまない、私は余り、謙信様のお傍から離れる訳には行かないんだ……、よって余りお前に構ってやれない」

 

 ん? えーと、それはつまり解りにくいけど、

 今は命令で動いてるけど安全な場所にアンタ置いてったらアタシすぐ帰るからねと、そういう事か? 

 

 質問の答えになってませんよー。

 アタシが聞いたのはこれから何処行くのかって事ですよー。

 

 知られたら困るとかそういう事? 

 しかし知った所でゲームの中の世界だからアタシ地理とか全く解らんわよ? 

 

 「すまんが此処でお別れだ、一応此処まで来れば安全な筈。

 森の中だが……もしもの時はお前にやったクナイを使え、ではな」

 

 「はっ!? え、ちょっと! かすがさん!!?」

 

 かすがさんはアタシを適当な木の下に降ろした途端、目の前から消えた。

 

 文字道理シュバッと。

 

 …………

 

 

 ハァ!!? え、ちょっと待ってこんな所でアタシにどうしろと? 

 

 

 茫然と立ち尽くして居たそんな時、不意にヒラリと白い紙が上から降って来た

 

 “私の足に付いて来れ、尚且つ忍び足の真似事をやってのけたお前の身体能力なら平気な筈だ

 

 頑張れ”

 

 

 かなりの達筆過ぎて読むのに1時間くらいを要したけど、何度読んでも確かにそう書かれていた。

 

 国語系の授業真面目に受けてて良かったと心から思う。

 

 てゆーか真似してたの気付かれてたんだ。

 ……いや、でも草書とか崩し書きとかスゲー読みにくいから楷書でちゃんと書いてくれ。

 

 ん? ……あれ? 何コレ、いじめ? 

 

 なんかもうすぐ日も暮れそうなんだけどコレ

 

 え? 野宿? 野宿しろってか? 

 

 現代人は布団が無いと眠れないよ? 

 

 大体さぁ、ここどこ? 

 

 「……最悪……」

 

 出て来た言葉は泣き言なんかじゃ無くてただの感想。

 

 今日一日の、感想。

 

 折角の休日だったのに二回も死にかけるわ、こんな所に放置されるわ、もう最悪としか言いようが無い。

 

 そんな事を思いながらも、とりあえず、木に登る。

 

 野犬とか狼とか犬科動物は木に登れないからそれらに襲われない為にだ。

 

 熊は登ってくるけど、その時は抱き着いてやる。

 

 疲労により思考回路崩壊中なアタシは真面目にそんな事を考えながら、ひたすら体を動かした。

 

 ……ビリーさん、アタシを鍛えてくれて有難う、木に登るのも楽だよアンタのお陰で。

 いや、DVD借りて頑張って体を動かしたのアタシだけど。

 

 暫く登り、適当な太さの枝に寝転がって夕日を見詰めた。

 

 ゲームの中だからなのかそれとも戦国の世だからなのか分からないけど、夕日は凄く綺麗だ。

 

 意味も無くまた今日一日を振り返る。

 

 うん、なんか……ホントに凄い最悪な一日だ……

 

 美形ばっかりに会えたのは良いんだけど……でもなんかもう色々有り過ぎてトータルでマイナスだ。

 

 ……とりあえず三日月男はいつかブッ殺してやる。

 

 

 …………

 

 

 まぁ良いや、違う事考えよう。

 

 ……そういえばこのゲームってどんなゲームだったっけ……。

 

 えーと確か……適当にキャラ選んで天下統一するゲーム……だっけ? 

 

 …………ん? 天下統一……? 

 

 …………そうか……! 天下統一すりゃ良いじゃん! 

 

 アタシが! 

 

 このカズハ様が天下を取ればあの三日月男をアタシに平伏させる事だって出来る! 

 ソレに此処がゲームの中って事は……他にも美形キャラがゴッサリ居る筈……! 

 

 つまり、アタシが天下取れば必然的に逆ハーレムが出来る……!! 

 

 ゆっくりと沈んでいく夕日に真面目な顔で決意の視線を向ける

 

 「目指せ……逆ハーレム……!」

 

 ニヤリと口端を上げて、アタシは一人笑った。

 



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へんたいへんたい

 

 

 

 

 不意に目が醒めた。

 

 よっぽど疲れてたのか、木の上だったってのにいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 辺りは暗いけどなんか薄明るいからきっとそろそろ朝なんだろう。

 

 でも、かなり寒い。

 手がかじかんで指先が動かなかった。

 

 あー、明け方が一番冷えるってホントなんだなーやっぱ。

 

 てゆーか初野宿も疲れてたからかサラっと終わったし意外と楽かも。

 普段寝ない所で寝たから肩凝りとか物凄いけど。

 

 でもまだ眠いからもう少し寝よ。

 

 そんな事を暢気に考えて二度寝しようとしたら

 

 突然

 

 身を預けていた太い枝が、根元から“ズレた”

 

 断面は綺麗な円形。

 一瞬の浮遊感の後の落下の間に、何かに斬られたのだと思った。

 

 何で? 

 誰に? 

 

 その答えはすぐに解った。

 

 落ちていく視界の中、目の端に映る

 

 長い、銀髪。

 

 両手に掴まれた大きな、黒い鎌。

 

 痛い思いはしたくないと、落ちていく身体をホントに無理矢理反転させて、いたたたた今背中グキって音した! とか言いながら足から着地すると、そいつは至極楽しそうにくつくつと笑っていた。

 

 ……アタシ、こいつ知ってる。

 

 友達のデータだったから何処の軍だったかとか名前とか覚えて無いけど、確か一回だけ、V系だからって気に入って使った覚えがある。

 

 使った時の感想は、使いやすくて強いけど

 

 

 こいつ絶対変態だ……、だった。

 

 

 

 「……迷子、ですか?」

 

 

 

 不意にそんな風に掛けられた声で我に還ると、ソイツはアタシを眺めながらニタリと笑った

 

 めちゃくちゃ怖い。

 

 「ま……迷子です。あの……なんでアタシが寝てたの邪魔したんですか」

 

 「こんな森の中に人が居たからつい気になって」

 

 気になったぐらいで安眠妨害されるアタシの身になってくれないだろうか

 

 「君は綺麗な顔をしていますね……」

 

 ホントに突然、そいつはアタシの視界から消えて、かと思えば、ふわりと背後からアタシの耳元へ語りかけて来た。

 

 悪寒が一気に全身を駆け巡る。

 

 余りの事に、貰ったクナイを一つ構えながら地面を蹴って、一気にソイツから離れた。

 

 「君には血の色がよく似合いそうです……」

 

 いやいやいや、似合うかもしれないけど別に今じゃ無くて良いじゃん? 

 

 「知っていますか? 、綺麗な顔が苦痛に歪む様はとても美しいんですよ……ふふふ……」

 

 知らねーよどうでもいいよ怖いよふふふじゃねーよ! 

 物騒な物構えないでマジ怖いんですけどこういう時ってどうすりゃいいの

 

 つーかさ、アタシ現在進行形で踏んだり蹴ったりじゃね? 

 いや、寧ろ踏まれたり蹴られたりだよこの状況じゃ

 

 ビリーさんマジ助けて……!! 

 

 

 そうこうしている間にもV系お兄さんはゆっくりこっちへ歩いて来る

 

 

 「貴女の苦痛に歪む表情……見せて下さい……」

 

 「……そんなん嫌に決まってんでしょ、アタシ痛いの嫌いなんだから……!!」

 

 

 今の所向こうに足を止める気配は無い。

 大きな鎌をヒュンヒュンと振り回しながら、ただただ妖し気な笑みを浮かべている

 

 

 ……はっきり言ってかなり怖い。

 

 何がって顔が。

 

 死ぬ死なないよりもあの人の顔と雰囲気が。

 

 なんか黒い靄がお兄さんから立ち上ってる幻覚が見える。

 

 あれ? マジで出てないか? 

 幻覚じゃないのコレ? 

 

 いやそんなんより……どうしよう。

 アタシってば、普通の、ちょっと身軽なくらいの一般人よ? 

 

 ……勝てるとは思えない。

 つか寧ろ対抗出来るとも思えない。

 

 武器らしきものなんて、かすがさんから貰ったクナイ数本オンリー。

 

 

 うん。

 

 逃げよう。

 

 

 こんな所で死んだら逆ハーレムの夢が潰えてしまう……! 

 

 それより何よりあの人マジ怖い。

 

 とりあえず、持ってたクナイをお兄さん目掛けて投げる。

 でも、案の定軽く弾かれた。

 

 「……こんな物が効くとでも?」

 「思ってないわよ、目眩ましくらいになれば良いかなーって思っただけ」

 

 「ふふふ……面白い方ですね……」

 

 アタシは全く面白くも何とも無いけどね!!! 

 

 ...ヤバイ、どうしよう、逃げる隙も無い。

 

 

 焦るアタシを他所に、また、お兄さんが消えた

 

 

 途端、アタシの頬にピリッとした痛みを感じて、頬を伝う血の感触に気付いた。

 

 そして、背後から感じたのは

 

 

 あの鋭い刃とお兄さんの気配

 

 

 うん、でもね。

 

 

 この兄さんは、アタシにしちゃいけない事をしました。

 

 

 さてなんでしょう? 

 

 

 チッチッチッ……ブー! 時間切れでーす。

 解ってる人が居ても知りませーん。

 はい正解行きまーす

 

 

 「テメェ……このアタシの顔に傷付けやがったな……

 ……ナルシストなめんなよゴルァァァァアア!!!」

 

 

 キレてとりあえず叫びながら、渾身の力を篭めて背後の男に向かって蹴りを放つ。

 アタシの突然の変化に付いて行けてないのか、男は驚いたような表情を浮かべ、アタシの回し蹴りを腹に喰らった。

 

 そのまま2メートルくらい吹っ飛んで、地面に落ちる事で止まった男は、ゆっくりと起き上がると

 

 

 「……く……クハハハハ!! ……アハハッ……ハハハハハハハハ!!! 、イイ……イイですよ……!!」

 

 

 なんか変態丸出しで笑い始めた。

 

 

 「貴女を今殺してしまうのが惜しくなって来ました……!! 、あぁ……惜しい!」

 

 ぐねぐねと身体を曲げたり揺らしたりしながら、仰け反る男は、なんか現在進行形で最高に気持ち悪い。

 

 キレて上がった筈のテンションも一気にガタッと落ちるくらいに気持ち悪かった。

 

 

 「こンの……変態が……っ! 許可も無く勝手にこのカズハ様に盾突いてんじゃないわよ……!」

 

 

 苦し紛れに悪態を吐く。

 

 下がったテンションを上げようと言ってみたけどあんまり意味を成さなくて、逆にソレであっちのテンションを上げてしまったらしい。

 

 なんか物凄く楽しそうな妖しい笑顔を向けられたキモい。

 

 

 「カズハ……、ふふふ……そうですか……、覚えましたよカズハさん……」

 

 

 うわ最悪だなんか名前覚えられた!! 

 

 

 「今の弱い貴女を殺すのは勿体ない……もう少し……もう少し武人として育つまで…………でも……」

 

 

 は? え、……何? 

 

 頭が真横になりそうな程首を曲げながらクスクスと笑っていた男が不意に静かになって、怖い。

 

 うん、ヤバイなんか凄い嫌な予感がする。

 

 

 「味見程度は構いませんよね……?」

 

 

 とても歪な笑顔で

 

 ニヤリと

 

 そいつが笑った。

 

 

 理解する事も出来ないままそいつは視界から消えて

 

 

 背中に

 

 刃の気配を感じて

 

 

 「っあぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 

 今まで感じた事の無い痛みを通り越した熱さに

 

 アタシの意識は飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらい時間が経ったのか。

 

 

 不意に意識が覚醒した時、ぼやけた視界に誰かの顔が見えた。

 

 知ってるような知らないような、……一体誰だろう? 

 

 「……――~―~……!?」

 

 何か喋ってるけどよく解らない。

 

 身体が全く動かないのはきっと血が足りてないからだろう

 

 でもそんな事をぼんやり考えてる間に、アタシの意識はまた無くなって行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が醒めた時、木目の天井が見えた。

 見覚えが無くて思わず眉間に皺が寄る。

 

 「お、目が醒めた~?」

 

 不意に、くすんだオレンジの髪をした緑のフェイスペインティングの、なんか異様に軽いテンションの男が視界にひょっこり入って来た。

 

 「君ねー、なんか森の中で血だらけで倒れてたんだよ~」

 

 わー……この人も見覚えある~……でも誰だっけ。

 

 もう訳解らん。

 話の流れが急過ぎてついて行けない。

 二回目だけどもっかい言うわ。

 

 ここどこ? 

 

 「……あの……えーと……」

 「あ、今動くと痛いから動かない方が良いよ~」

 

 大丈夫、動きたくない、つか寧ろ何もしたくない

 

 「で? 、君は何者?」

 「カズハです」

 

 「……いや、そうじゃなくてね? 何者かって聞いてるの」

 「質問の意図がよく解んないんですけど、せめて何がどうなってそういう事聞くのか説明下さい」

 

 そう告げたらオレンジ頭の人はなんか軽く悩んだ様子見せて、アタシを覗き込みながら口を開いた

 

 「えーとね、俺様の都合上、君の素性を知りたいんだよね。

 で、とりあえず君の持ち物調べてみたらクナイ入ってたし、見た事無い素材の服も有った。

 その上背中の傷は刀かそれに似た何かで付けられたっぽい、と来たら……ねぇ?」

 

 「成る程。それは怪しいですね」

 「いや、君の事だからねカズハちゃん」

 

 うん、ツッコミ有難うございます。

 

 見た事ない素材の服って、下着とかかな? 

 そうなんだろうな。

 傷の治療に邪魔だろうしね。

 しかし下着をまじまじと調べる男性って、完全な事案だよな。

 戦国時代で良かったねオレンジの人。

 

 しかしどうしよう。

 何者かなんて聞かれてもなんて説明すりゃ良いんだよ。

 

 えーと、ゲームしようとしたらいきなり誰かに首掴まれて引っ張られてこの世界に来て、その元凶の三日月男に悪態吐いたら座敷牢に入れられて、かすがさんに助けて貰ったと思ったら美麗な人にも助けられて、でもまた三日月男に捕まりそうだったから逃がして貰ったら、突然森の中に置き去りにされたので

 とりあえず野宿して寒い中起きて二度寝しようとしたらV系の変態に襲われました。

 

 長い上に訳解らん。

 駄目だ信じて貰えるとは全く思えない。

 

 うーん……仕方ない……。

 

 

 「名前以外……覚えて無いんです」

 

 

 これならなんとかごまかせる筈だ。

 

 「覚えてない?」

 

 「はい、アタシがなんでクナイ持ってるのか、その……なんかよく解んない服? についても」

 

 目を伏せ、若干シリアスな感じの表情を浮かべながら平然と嘘を吐く。

 

 

 「背中の傷は?」

 

 「……訳解らなくて……森の中で野宿してたら……、突然……銀髪の……鎌持った変態に攻撃されました」

 

 これは間違ってない。

 本当の事だもんね! 

 

 「あぁ……、アイツか……」

 「知ってるんですか?」

 「……まぁね」

 

 教えてくれないのかよ。

 

 「で? 本当は何なの?」

 

 あ、全く信じられてない。

 

 「アイツに襲撃されて生きてる一般人なんて居る訳ないじゃん」

 

 あのーすいませーん、居ますよー? 現在貴方の目の前に居ますよー? 

 

 「……なんか……苦し紛れに応戦したら……なんか殺すの惜しいとか言われて……でも味見とか言われて……意識飛びました」

 「……ふぅ~ん?」

 

 うーん、信じられてないなぁ。

 まぁ突飛だから仕方ないか。

 

 なんかニコニコして見られてるけどこの人垣間見える目が全っ然笑ってないな~、てゆーかこの首に当たってる冷たい物なんだろうな~、うわー、嫌な予感~。

 

 「本当の事言いなよ。君何処の間者?」

 

 ニコニコと笑ってない目で見詰められる。

 

 「……本当の事言ったってどーせ信じて貰えないでしょ?」

 

 「なんなら爪一枚ずつ剥いで行くよ?」

 

 うわー、完璧な拷問だよねソレ

 いくらなんでもそれは勘弁して欲しい痛いの嫌い。

 

 「……クナイは、かすがって人がくれたんです。

 変な素材の服はアタシが着てました、以上」

 

 「うーん、それだけじゃ駄目だなぁ。もっと詳しく教えてくれる?」

 

 ……しつこいなこの男。

 

 あと無駄に近い。

 

 「えーと……覚えてるのは……川で溺れて、助けて貰ったのは良いけど服装が怪しいからって捕まって……

 それをかすがさんが助けてくれたけど……なんか用があるからって森の中に置き去りにされました」

 

 うん、ぼかしてはいるけど間違ってはない。

 

 「……それはつまり、川で溺れる前は何してたとか覚えて無いって事?」

 

 「まぁそうなりますね」

 

 「……本当かなぁ?」

 

 「……信じる信じないはご自由にどーぞ」

 

 なんか面倒臭くなって来た、もう知らん。

 

 アタシは流れに身を任せるよ。

 殺すならどうかサックリ一発で痛くないように殺してくれ。

 

 そんな感じに目を閉じた時だった

 

 ドタタタタなんて人が走ってるみたいな音が聞こえて来たと思ったら

 

 「すぅぅあすくぇぇぇえエエッ!!!」

 

 スパァン!! と、なんかいきなり物凄い騒がしい音と共に騒がしい人が現れたっぽい。

 

 うん、でもオレンジの人の顔で何も見えない。

 

 「あっれ? 旦那ァ……もう来ちゃったんですかー?」

 「さっ!! さささささ佐助!! お主女子の上に跨がるなぞ破廉恥窮まりない!!!」

 「うぉっと!! ちょっと旦那ァ、危ないよいきなり何すんの?」

 

 説明しよう! 

 オレンジの人はアタシの首にクナイ突き付けてたけど、それを端から見たら怪しい図に見えたらしい喧しい人が、オレンジの人にドロップキックしようとしたけど

 軽く避けられて向こうの襖に思い切り突っ込みました。

 

 

 「……あの……訳解んないんですけど」

 

 正直な感想である。

 

 「おぉ!! 目覚められたか!! 申し訳ないな、起きたそうそう破廉恥な忍が破廉恥な事を……、後で某がよく言って聞かせる故許してはくれないだろうか!?」

 

 大破したらしい襖からガッバーとか起き上がったらしい騒がしい人に捲し立てられるけど、背中痛いからあんまり首とか身体を動かせなくて姿が見えない。

 

 てゆーかとりあえず頭動かしたくない。

 

 「……はぁ……大丈夫ですんで……お構いなく..」

 

 「ちょっと旦那、それは無いんじゃないの? 

 それじゃ俺様のやる事なす事全部破廉恥みたいじゃん」

 

 「女子の上に跨がっておったお主が何を言う!! 様子を見に来て驚いてしまったではないか!」

 「旦那の思考回路の方が破廉恥だよ」

 

 

 全くだ。

 

 

 「喧しいぞ佐助!! 良いからお主はお館様に報告へ行かぬか!!!」

 

 「はいはい、じゃカズハちゃんまた後でね」

 

 そう言ってヒラヒラと手を振りながら佐助と呼ばれたオレンジの人は姿を消した。

 

 うん。

 

 もう全てにおいて訳が解りません。

 

 お母さーん! アタシもうお家帰りたーい! 

 

 そんな事を考えたら、突然アタシの視界にその喧しい人がひょっこり入って来た。

 

 「怪我の具合は如何か?」

 

 ……うわー、この人も凄い見た事あるんですけども。

 

 ホラ、ゲームのオープニングで三日月男とぶつかり合ってたあの暑苦しいジャニーズ系。

 

 もうキャラいっぱい出過ぎて名前覚え切れないかも知れない。

 

 ついで言うと全く話に付いて行けてない。

 

 

 うん、でも目の保養。

 

 

 「えっと……、怪我は……先刻起きたばっかりだから解らないんですけど、寧ろアタシの怪我どうなってるんですか?」

 

 「え? 、あぁそうか……えーと……肩口から背中の中程まですっぱりと……」

 

 ……この人なんで顔赤らめてんの? 

 

 「……もしかして、アタシ怪我の治療したのって貴方ですか?」

 「そ、某ではござらぬ!! 横から見ていただけで……!」

 「……つまりアタシの裸見たんですね?」

 「ちっ違う!! そ、そそそ某はそんなっ……!!」

 

 キャー! とか言い出しそうな程真っ赤になって両手で顔を隠すお兄さん。

 

 うわー……なごむ……。

 

 今まで男の人にはドSとか変態とかSっぽい人とかにしか会ってなかったから、こういう反応凄い癒される。

 

 「まぁ……実際意識無かったですからどんな状況だったか解んないですけども……」

 「佐助じゃあるまいし、某はそのような事断じて致さぬ! ご安心召されよ!」

 

 ……まぁ、この調子なら大丈夫なんだろうな。

 

 「えっと……ところで貴方は?」

 「おぉ! 忘れる所であった! 某は真田源次郎幸村と申す」

 

 あー……、そうか、そういえばそんな人がいるゲームだっけ。

 てゆーかそんな名前だったんだ? 

 

 

 「ただーいまっと」

 「おぉ、佐助か! 早かったな」

 

 不意に突然あのどっか行った筈のオレンジの人が現れた。

 報告とやらは終わったのだろうか。

 

 ……まぁ、名前は佐助っていうんだろうけどまだアタシ名乗られてないからオレンジの人って呼びます。

 

 

 「つーかさ旦那ァ、初対面の素性も知れない怪しい奴に本名教えるってどんな神経してんの?」

 

 あ、それはアタシもそう思う。

 

 「何を言う佐助! この様なか弱い手負いの女子相手に!」

 「……あのね旦那、この子がもし間者だったらどうすんの? 殺されちゃうかもよ? 

 何たってこの子あの“明智光秀”とやり合って生き残ったらしいんだから」

 「なんと!! 其方怪我が治ったら某と一度手合わせせぬか!?」

 

 

 今の所全く会話について行けません。

 そしてやっぱ、ここどこですか? 

 

 で、何? 明智光秀がなんだって? 

 

 はいはいはいすいませーん、意味が解りませんよー。

 

 

 「ん? ……明智光秀? 、…………っ!!」

 

 

 あぁぁああ! 

 そういえばあの変態兄さんそんな名前だった! 

 友達も変態としか言わなかったし自分でもその印象強すぎて忘れてた! 力いっぱい忘れてた! 

 

 「カズハちゃーん? 余裕だねェ考え事で百面相なんて」

 

 うわ、なんかソレこっち来てからよく言われるなーアタシ。

 そんなに顔に出てんだろうか。

 

 ……てゆーか余裕なんてあんまり無いんですが。

 

 「このままじゃ怪我治ったら旦那と手合わせしなきゃいけなくなるよ?」

 

 「……は? なんで?」

 「旦那は思い立ったら必ず実行したがるからねェ。良いの?」

 

 「いや……あんまり良くない……アタシちょっと身軽なだけで……戦いに関しては素人だから」

 

 真面目に無理。

 力いっぱい無理。

 

 「だってさ旦那。諦めなよ」

 「……むぅ……、……手合わせ……」

 

 

 可愛いなオイ。

 しゅーんとかしてんですけどあの人幾つだよ

 ジャニーズ系の顔でそんな顔すんなよ

 

 虐めたくなるじゃん。

 

 

 「……まぁ、今は怪我してるし、何も出来ないだろうから放置するけどー」

 

 ん? え、何? 

 

 「旦那や大将に何か危害を加えようとするなら殺すからね★」

 

 語尾に付いてる星も黒いし、視線も冷たいし、目も笑ってない。

 

 うわー、この人絶対笑顔で人をサクサク殺せるタイプだよ、怖っ。

 

 まぁ、ソレ以前にアタシ、人に危害を加えようって思う時はその相手に何かされた時だけだから、そこの辺り解ってくれないかな。暴力は正当防衛オンリーよ。

 

 そんな風に考え込んでる間に、アタシがオレンジの人に言った事のあらましを説明されたらしい真田さんが、アタシの手をガシッとか掴んだ。

 

 「記憶喪失とは……っ! 、さぞ心細い思いを……っ! 

 その上……明智殿にまで襲撃されるなど……! 辛い思いをされたのだな……!」

 

 

 え、あの、なんで泣いてるんですかこの人。

 なんかどうしたら良いかわかんなくて困るんですけど。

 

 「カズハ殿! 、其方さえよければこの上田城に住まわれよ! 歓迎致すぞ!!」

 

 

 は? いやいや、この人何がしたいの? 

 いや、言ってる事は解るんだけど、話が突飛過ぎて付いて行けない。

 

 寧ろこんな怪しさしかない人間を住まわせるだと? 

 

 え? 

 

 馬鹿? 

 

 いや寧ろ阿呆? 

 

 

 「ちょっとちょっと旦那ァ、それマジで言ってんの?」

 「某、身寄りも無いに上住む所も無い、しかも記憶を失った女子を放り出すなぞ侍としてあるまじき行為……出来ん!!」

 

 

 いや、有り難いとは思うけどさ、でもさ

 

 ちょっと失礼して良いかな。

 

 こんな事言える立場じゃないってのは凄い解ってるんだけど我慢したくないから言います。

 拒否権はありません。

 知りませんそんなモン。

 

 アタシの辞書には無い!! 

 

 「……こんな素性の解らない、“怪しい”が服着て歩いてる様な娘を城に住まわせようとするなんて……アンタもしかしなくても馬鹿? 

 アタシが嘘吐いてるとか考えないの? 初対面の相手を信用し過ぎじゃないの?」

 

 眉間に皺寄せたりしながらそう言ったら、なんかオレンジの人が驚いた顔した。

 予想外だったのか軽く固まってる。

 

……いや、だってそうじゃん? 悪いけどアタシ現実派だから。

 こんなん普通に気になるしツッコみたくなるよ。

 

 ……つかなんでアンタ達そんなアタシ凝視してんの? 

 いくらアタシが美少女でもそんなに凝視されると居心地悪いんですが。

 

「……なんすかオレンジの人も真田さんも。そんな見ないで下さいよ」

 

 金取るぞ。

 

 アタシの天井しか解らない限られた視界の中で、しつこいくらい暫く凝視された後(マジウザかった)顔を見合わせる二人。

 

 なんか真田さんが勝ち誇った笑みをオレンジの人に向けている。

 

 んでオレンジの人は軽く溜息を吐いている。

 

 わー……何この空気とりあえず誰か説明くれよ。

 さっきからずっと言ってるけど訳解らん、話が見えない、誰か説明くれ。

 

 「……本当に旦那は……、俺様の仕事増やしてくれるよね……」

 「何を言う佐助、それがお主の仕事だろう?」

 「職権乱用だよ……」

 

 あのーすいませーん説明下さーい

 

 「そうそう、俺様オレンジの人じゃなくて佐助だから」

 「あ、はい。アタシはカズハです」

 「うん、先刻聞いた」

 

 ……何だこの会話。

 

 「まぁとりあえず、俺様は旦那の命令には逆らえないから従うけども……

 一応大将に指示仰いで来た方が良いんじゃないの? 旦那」

 「む……それもそうだな、それでは某は一度失礼する」

 

 そう言いながら真田さんが立ち上がったかと思ったら軽く一礼して

 

 「ぅおやかたさむアアアァァァァぁ……!!!」

 

 喧しく叫びながら走って行った。

 

 ……うん……うっせー人だな。

 

 「えーと、じゃあとりあえず何日か暫くは傷治すのに専念しときなよ。

 俺様声の届く範囲に居るから用があったら呼んで」

 

 「は? 、え……」

 「じゃーねカズハちゃん」

 

 で、佐助さんは消えた。

 

 



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はれんちはれんち

 

 

 なんかよく解んないけど一人になったからには、とりあえず状況整理しようと思います。

 

 えーと、明智さんに襲われた後

 どうやら真田さんに拾われて、上田城とやらに連れて来られたっぽい。

 

 あの消えかけの意識の中で見た顔が見覚えあったのは、やっぱりゲームのオープニングの効果なんだろう。

 

 で…佐助さんに疑われて、それから…

 あれ…?普通にツッコミ入れちゃったけどアレもしかして…

聞きようによっては真田さんを心配してるように聞こえた…?

 

 気になった疑問ぶつけただけだったんだけどな。

 

 つか答え無しかよ真田さん、肯定と取るぞ?いいのか?

 

 …まぁ良いや。

 

 真田幸村に上田城って事は、武田軍か此処。

 何県か知らんけど。

 

 佐助は確か忍だったよね。

 って事は、不安要素除去の為に、すぐアタシの素性を調べ始める筈。

 って事は三日月男の所に捕まってたのがバレるのも時間の問題か。

 

 まぁバレた所で異世界から来たなんて事信じないだろうけど。

 

 大体アタシ美少女で身軽なだけな一般人だし。

 まぁ佐助がまだアタシを疑って居ようと、あいつならアタシを一捻りで殺せるでしょ。

 とりあえず、怪我が治ったらすぐにこの城から出ていけば良い。

 

 『グキュルル~…』

 

 なんかいきなり腹の虫が騒いだ。

 

 折角若干シリアスだったのに勿体無い限りである。

 

 「………お腹減った。」

 

 …そういえば、こっちに来てからアタシ何も食べてない。

 胃の中のポテチ(コンソメ味)は完全に消化されてしまったんだろう。

 

 「すいません佐助さーん、お腹すいたんだけど良ければなんか食べ物恵んでくださーい」

 

 言った途端に佐助さんが現れた。

 ちょっとビビる。

 

 「はいはい。そう言うと思って持って来ましたよ。

 しかし随分卑屈な物の頼み方だねェ」

 「…いや…なんかそんな投げやりな気分だったんで」

 「アハハ~、カズハちゃんて変な子~」

 

 こんな美少女捕まえて変とか言うな。

 

 クソ…コイツの微妙なテンションのせいで無茶苦茶調子狂う…!

 

 「まぁ良いや、三日も寝てたらそりゃお腹も空くよねェ、はい、おにぎり」

 「あ、有り難う御座いま……三日?」

 

 受け取りながら軽く固まって佐助さんを見る

 

 「そうだよー。

 三日前にうちの旦那が奥州に行こうと馬走らせてたら何を間違ったか森の中に突っ込んでっちゃって、その時カズハちゃんが血塗れで落ちてたの」

 

 

 いや、そこは倒れてたで良いじゃん。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 カズハちゃんは、なんか複雑そうな表情で俺様の話に耳を傾けつつ、渡したおにぎりを頬張った

 

 茶色い艶やかな髪に黒い瞳

 長い睫毛に白い肌

 

 無駄に整った容姿。

 

 でも口いっぱいにおにぎりを頬張ってるから台無しになってる。

 ついでに、食べてる間も手を動かしたりしている所為か傷が痛むらしく表情は百面相。

 

 本当に台無し。

 

 でも、三日前旦那が見付けた時は出血で真っ白になってた頬も今では健康的な薄桃。

 

 背中の傷は見た目派手だったもののそれ程深くなく、此処三日で順調に回復しているらしい。

 

 クナイを持ってたからどこかの忍か間者かとか思ったけど、それにしては筋肉の少ない身体だ

ていうか先刻良く見ればあのクナイ、忍文字でかすがの名前が彫って有った。

 

 この綺麗な肌といい、割れてもない整った爪といい、忍でも農民でもない事だけは解る。

 

 どこかの姫と言われても可笑しくない程だ

 

 しかし、どこかの国の姫が家出したなどという情報はない。

 

 本人の口から話を聞こうと脅してみたけど、少し、嘘を吐かれた。

 旦那は信じたけど記憶喪失は嘘だろう。

 

 その他は嘘では無いらしい。

 かすがに助けられたって言ってたけど、かすががどこに属する忍か全く解ってないようだった。

 

 ...いきなり旦那に説教し出したのはびっくりしたけど。

 

 コレが間者だとしたらかなりの熟練者だ。

 やはり殺すべきな気がする。

 

 とにかく気になるのはこの冷静さ

 

 首にクナイを突き付けられていたというのにまるで“殺すなら殺せ”とでも言うように目を閉じた少女。

 

 普段の俺様ならこんな事有り得ないけど何故だかこの少女は気になった。

 

 

 「…カズハちゃんはさー。死ぬの怖く無いの?」

 

 「は?…、…んぐ…、なんすかいきなり」

 

 手で口元を隠しながら若干口元をもごもごさせつつ、少女は怪訝そうな瞳を俺様に向ける。

 

 「だってさァ、俺様が殺そうとしてんのに平気だったじゃん」

 

 「…平気じゃ無いすよ、痛いの嫌いですもん。」

 「…じゃカズハちゃんは痛くなきゃ死んでも良いの?」

 「うん。アタシが死んだって世の中には別段影響無いし。」

 

 意味が解らない。

 女の子ってもっとこう…何て言うか、ネットリっていうかなんかそんな感じが…してるもんじゃ無いの?

 

 「ただ、こんな人生かー、残念。

 でもまぁ良いや。って思うだけ」

 「へぇ…随分サッパリしてるんだねェ」

 

 「まぁ、…抵抗した所で死ぬ時は死ぬし、不様に生き延びようとした所で醜いだけだし。」

 

 アタシ醜い人間にだけはなりたくないのよねー、と呟いて、それから

 

 「…あ、おにぎり、もう一個下さい」

 

 サラっと、おかわりを要求された。

 

 

うん、変な子。

 

 

 「…佐助…んぐ、さんは、…もご、アレですよね」

 「…口に物入れて喋っちゃ駄目でしょー。

 あと何が言いたいか解らないよ」

 

 新しく渡したおにぎりを頬張りながら少女はモゴモゴと喋る。

 とりあえず注意したら大人しく口の中の物を全部無くしてから口を開いた。

 

 「佐助さんってアタシの事、信用なんかしてないですよね?」

 

 なんか今日頼んだ任務はちゃんと全部終わらせてあるよね?、みたいな口調で、さも当然のように確認された。

 

 「…は?」

 「だって真田さん簡単にアタシを信じちゃうんですもん。

佐助さんは大丈夫ですよね?あの純粋さに毒されて無いですよね?」

 

 それ、どういう意味なのカズハちゃん。

 

 「アタシならアタシみたいな怪しい奴居たら真っ先に蹴りくらわして追い出すもん。

 あの人よく今まで生きて来れたね」

 

 …旦那~、なんか遠回しに馬鹿にされてるよ~。

 

 「まぁ…、俺様は確かにまだ疑ってるよ?」

 「あ、良かった。佐助さんはマトモな神経持ってた。」

 

 ……これ、喜んで良いの?

 

 「カズハちゃんは、旦那の事…心配してくれてんの?」

 「まさか~、心配した所で何の特もないじゃん。

 美形だから勝手に死なれるのは惜しいとは思うけど。」

 

 ケラケラと、軽く笑う少女。

 振動で傷が痛んだのか一瞬顔をしかめた。

 

 …この子、くのいちに向いてるかもなァ。

 

 もし、本当にこの子に怪しい所なんて何も無いのなら

 この子が信じるに足る人物なら

 

 忍として鍛えてみようかな。

 

 

 ―…そう考えた自分に驚いた。

 

 

 …まぁ…、なんていうか…手負いの猫拾ったような気分だからかもしれない。

 とりあえず今は、気にしないでおこう

 

 そう、思った。

 

 どうせ、いつでも殺せるんだし。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 「じゃあカズハちゃんはさー、人を殺すのって平気?」

 

 「は?」

 

 アタシがおにぎり頬張ってたら、なんか突然、今日の味噌汁シジミ入ってるけど大丈夫?、みたいなテンションで尋ねられた。

 とりあえず口の中にある物を飲み込む。

 

 「俺様とか旦那とか殺せる?」

 「あ、無理。」

 

 思わず即答してしまった。

 コレが怪しい行為に繋がるかもだけど、まぁ良いや。

 

 「不細工ならちょっと躊躇うかもだけど殺せる、でも美形は絶対無理」

 「え~?何それ?つまり俺様達が美形だから無理って事?」

 「うん。

 綺麗なものを壊すのはアタシの生き様に反するもん。

 よっぽど酷い事されない限り美形を殺したいなんて思わない」

 

 真面目に告げる。

 

 えぇ本心ですよ。

 力いっぱい本心です。

 

 だって綺麗な物好きなんだもん!

 

 「…ぶっ!、くくく…っははははは!

 ちょ…生き様とかカズハちゃんホントに意味解んない…!」

 

 なんか爆笑されてるんですが。

 なんでだよアナタの方が意味わかんないからね。

 

 アタシの寝てる布団の横で佐助さんがひたすら笑い転げてるんですが、振動が傷に響くかもしれないので暴れないで頂きたいです。

 

 「佐助さん笑いすぎです。

 つか何が貴方の笑いのツボに嵌まったのかサッパリなんですが」

 「…ははは…!ぶぷっ…くくく…!、っ…あ。ゴメンゴメン!

 なんか顔にご飯粒付けた侭凄い真面目に言うから可笑しくって…」

 「なっ!?ちょっ早く言って下さいよ!!」

 

 焦りながらご飯粒を探したら佐助さんはその様子見てクスクス笑ってた

 

 …チクショー…、なんか腹立つな…怪我さえしてなきゃシバいてやるのに…!

 

 「あーホラホラ…そこじゃないよ。反対」

 「え?、アレ、何処?」

 「違うもーちょっと下、ったく世話が焼けるなぁ、ちょっと動かないでね」

 「え?…あ…はい、ってなんで顔近付けて来んの!!?」

 

 ご飯粒を取ってくれるものだと思ってたアタシは何故か近付いて来る顔にビビって、とりあえず両手で佐助さんの顔が近付くのを制止した。

 普通に背中痛いけど今はそれどころじゃない。

 

 「ん?なんでってそれはこっちの台詞だよカズハちゃん。

 俺様ご飯粒を取ろうとしただけだよ?」

 「口で直に取る気だったの!!?ちょっやーめーろーやー!!」

 「だってカズハちゃん面白いんだもん反応が。

 何?もしかして照れてる?」

 「いや寧ろスゲー嬉しいし目の保養だけど無駄に興奮しちゃうからやめて!!」

 「あ、何アレ」

 「は?」

 

 一瞬気を取られた隙に佐助さんが顔に付いてたであろうご飯粒を

 

 頬っぺたごとペロっと…

 

 ……………!!!

 

 「っギャァァァアアアアっグハァ背中!!背中痛い!!!」

 

 こんな簡単な手に引っ掛かるアタシもアレだけどコイツマジで口で直接ご飯粒回収しやがった!!

 つか、今までに無いぐらい恥ずかしいぞコレ!!

 

 うわうわうわ何してくれてんだ佐助さん!いや、もう佐助で良いやコノヤローが!!

 

 くっそー!鼻血!!鼻血出る!!!

 

 つーか叫び過ぎて背中に力入れちゃったマジ痛い!!!

 

 「ごちそーさまーって、ちょっ、カズハちゃん大丈夫?駄目だよ大声出しちゃー、…まだ治ってないんだよ~?」

 「…だ…誰のせいだと…っ!」

 

 布団を握り締めて歯を食いしばり痛みに堪えながらも告げる

 

 やっべーマジ痛い…!ビリビリしてるよ背中が…!

 もうやだアタシMじゃないんだってばホントに…!

 

 「だってカズハちゃん面白いんだもん」

 「…だもんとか…野太い声でカワイコぶんなよ…!可愛いとか思うじゃん…!」

 「俺様別に野太くないよ~?、てゆーか可愛いと思わせるのが狙いだから」

 

 タチ悪ィなオイ!!

 

 「とりあえず傷口開いてないか確認するからちょっと失礼するよ?」

 「…良ければ…痛み止めとか無いですか」

 「うーん、あったっけ?」

 

 とかなんとか言いながら手際よく俯せにされて、着物を脱がして貰ってたら

 

 「さァァアすけェェェエエ!!!お主カズハ殿に一体何を…」

 

 ドドドドドスパーン!!!とまた喧しい人が入って来て部屋の光景を見て固まる気配がした。

 

 

 

 「は…破廉恥!!!」

 

 

 

 今度のドロップキックは綺麗に決まったようだ。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 某は着物を直したカズハ殿の布団の横に正座して佐助に詫びた。

 

 「申し訳ない…、叫び声が聞こえたので駆け付けたのだが…

 まさか怪我の様子を見る為だったとは…」

 「まぁ…、アレは誰でも誤解するよね、だからもう気にしないでよ旦那」

 

 佐助の腹にはきっと某の両足の痕が綺麗に残っている事だろう。

 しかし本人は特に気にした様子もなく、いつもの笑みを浮かべている

 

 「…で、大将なんだって?」

 

 尋ねられて思い出す

 

 「おぉ、そうであった。喜んでくれカズハ殿!

 お館様は其方の話を聞き、城への滞在を許して下さった!

 これからの事は一先ず怪我が治ってから決めれば良いと言っておられたぞ!」

 

 「は?、え?、えー?」

 「…あーぁ…、やっぱりそうなっちゃったか」

 

 困惑気味のカズハ殿と何故か少し嬉しそうな佐助

 

 先程とは違い妙に雰囲気が柔らかい気がするが……某の居ない間に何か有ったのだろうか。

 

 「まぁ良いや、俺様この後任務あるから。

 じゃーね旦那、カズハちゃん」

 「おぉ、了解した。いつもご苦労だな佐助」

 「アハハ~、気にしないよ仕事だもん。

 あ、そうそう旦那」

 

 

 不意に、佐助が言葉を止めて一呼吸置いてから

 

 

 「カズハちゃんの傷の確認出来なかったから、後は旦那がなんとかしといてね☆」

 

「…な、ななな…なんだと!?」

 

 エェェエエ!!?

 ちょっ…え、エェェエエ!!?

 さ…さささ佐助…お主もしかして…先刻の事、やっぱり根に持っておるのか…!!?もしかしなくとも仕返しか!!?

 

 「んじゃ行ってきまーす。」

 「ちょ…っ待たぬか佐助ェ!!」

 

 呼び掛け虚しく、佐助はニコニコと姿を消した

 

 

 え

 

 

 いやいやいやいや

 

 無理

 

 無理でござるよ佐助

 

 

 某、女子の着物の脱がし方なぞ知らんもん

 

 それ以前に女子の肌に触れるなぞ…

 

 し、ししししししかもこの様な手負いの女子に

 

 

 …うん、無理。

 

 

 某は…、某は……っ!!!

 

 ぬおおおおお!破廉恥なッ!!!

 

 

 「…真田さん?どうかしたんですか?」

 

 

 一人で考えているとカズハ殿が怪訝そうにこちらを見てる事に気付く。

 

 しまった。

 不様な姿を見せてしまっただろうか。

 

 「…佐助さんは、あぁ言ってたけど無理しなくて良いと思いますよ?

 だって真田さん女の子に免疫ないでしょ」

 「し…しかし…、佐助に何か頼まれるなぞ…珍しい事なのだ…、なんか内容はアレだが」

 

 「…あー…うん…解りました…じゃあ、無理だと思ったら…えーと女中さんとか呼んで下さいよ」

 「相分かった。なるべく無理は致さぬ…」

 

 べ、べべべ別に裸が見たいとかそういう気持ちは無いぞ!破廉恥な!気持ちは!無い!

 

 恐る恐る俯せにして、また恐る恐る着物に手を掛け、ゆっくりと着物を脱がす。

 

 包帯が少し真新しい血に滲んでいるのを見て、傷口が少し開いている事を察した。

 投げ出して仕舞わぬよう、何とか理性を保ちながら包帯を取り払い、やっと傷口が見えた時

 三日前の、彼女が倒れていた時の様子が、頭を過ぎった。

 

 美しい白い肌に、痛々しく入った治り切らない傷。

 

 自然と己の眉間に皺が寄るのが解った。

 

 「あーぁ、コレきっと絶対痕になっちゃうよねェ…」

 

 不意に呟かれた、か細い苦笑混じりの言葉に、己の眉間の皺が深くなった気がした。

 

 ん?…なんか今ついでに明智殿に殺意が沸いた気がするが…気の所為だろうか…

 

 そのまま何気なく、そっと開いた傷口の近くをなぞってみると小さな身体はビクリと跳ねた。

 

 「ちょ、くすぐったいから!!」

 「すっ、すまぬ!!」

 

 誤魔化すように、慌てて佐助が用意していた薬壷を手に取って、それから指でたっぷりと掬う

 自分の顔は今、きっと真っ赤になっていると思うと、なんだか情けなくなって来た。

 

 しかし、そんな事を気にしても意味は無いと思い、改めてカズハ殿の背中の傷口を見詰めながら、薬を塗布する。

 

 途端カズハ殿がびしりと音がしそうな程硬直した。

 

 「い゙…っ!!痛い痛い痛い痛い痛い!!!ちょマジ痛いナニコレいだだだだだ!!!」

 「…ぬぅ…滲みるか…すまぬが我慢召されよ、すぐ終わる故」

 

 余程滲みるのかカズハ殿は布団を握り絞め足をバタバタとばたつかせる

 

 佐助の特製塗り薬はとても効くが…酷く滲みるのが難点だと痛みに悶えるカズハ殿の様子を見て、しみじみと思った。



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こわいこわい

 

 

 

 娘が掠われて数週間が経った。

 その間、政宗様はずっと機嫌が悪い。

 

 それもそうだ。

 折角見付けた自分好みの玩具を取り上げられ何処か遠くに隠されて仕舞ったようなもの…。

 

 上杉の忍も厄介な事をしてくれたものだ。

 

 お陰でその苛立ちは八つ当たりとして全て俺達家臣の方へ向いている。

 これではいけないと忍衆にあの娘の行方を探させているが…今の所情報は無い。

 

 あの後の政宗様は上杉殿にめちゃくちゃガン飛ばして物凄いキレていらっしゃった。

 その際必死で止めたのは俺だ。

 

 しかし上杉殿は気にも止めずニコニコとされまるで政宗様の方が悪いとでも言うような言葉を告げた。

 

 まァ…図星だから仕方が無いのだが。

 

 その後、帰還したくのいちに、政宗様が喧嘩を売り、暫く戦った後に娘をどうしたのかと聞けば、何と言う事か、森に置いて来たと言い切った。

 

 あのような年若い娘を森に置き去りに出来るなど、上杉殿は一体どういう忍の教育をしているのだろう。

 

 …しかし上杉殿はくのいちを責めもせず、これもびしゃもんてんのみちびきです、などと抜かしやがった。

 そしてその後、…なんか普通に帰って行った。

 

 引っ掻き回すだけ回して行って、なんか普通に帰って行ったのだ。

 

 

 一体あの方達は何しに来てたんだ。

 

 

 そのせいもあってか、政宗様の機嫌は頗る悪い。

 昨日なんか芽生いたばかりの野菜の芽達を馬で轢かれた。

 あれは色んな意味でちょっと泣きそうになった。

 

 とにかく、あの娘には悪いが政宗様の元に帰って来て貰わなければ困る。

 

 「…そうでなければ…俺はともかく…他の家臣達が心労で倒れる…」

 

 一部若干手遅れに思えたがそれでも、だ。

 

 娘を牢へ入れた後の、政宗様がまるで子供の様にはしゃぐ姿にかなり驚いたのを思い出す。

 

 

 「カズハと言ったか…、すまんが…政宗様の生贄になってくれ…」

 

 

 誰も居ない室内に、小さく呟いた声は夕闇に消えて行った 

 

 

 

*****

 

 

 

 「生贄は嫌ァァァアア!!!」

 

 城の一室で、アタシは自分の絶叫で目を醒ました。

 

 酷く嫌な、怖い夢を見ていた気がする…

 夜着が汗で肌に張り付いていた。

 

 とりあえず肩で息をしながらゆっくりと起き上がる。

 

 …うん、怪我は…昨日よりマシ。

 

 どうやらここ数週間で背中の傷は大分塞がったらしい。

 激しくブリッジとかしなければ大丈夫そうだ。

 

 いや、絶対しないけどそんなん。

 

 「つーか…生贄って…アタシどんな夢見てたんだよ」

 「全くだよ~、俺様びっくりしたじゃん」

 「ぅお、さ、佐助さん!」

 

 いつの間にか現れた佐助は天井からぶら下がっていた

 

 …ビビるからそれ止めてくんないかな

 

 ぼんやりそう思った時

 

 「カズハ殿ォォォオ!!如何致したァァアア!!!」

 

 ズドドドドド(足音)スパァーン!!!(襖音)と喧しく真田さんが現れた。

 真田さんが喧しいのはもう慣れたけど、五月蝿い事には変わり無いからもう少し静かにしてて欲しい…

 

 「真田さんおはよー。

 ごめん悪夢見ただけだから気にしなくて良いよ。」

 「なんと!!なれば夢の内容を教えて下され!悪夢は人に話せば良いと聞く!」

 「…そうしたいのは山々だけどもう忘れちゃったの。ごめんねー」

 

 軽く笑って言葉を返すと真田さんは若干残念そうに『そうでござるか…』とだけ呟いた。

 

 起き上がれる様になってから気付いた事がある。

 

 佐助って迷彩の服着てたんだね。

 

 「そうそう、カズハちゃん怪我の具合どう?起き上がって大丈夫?」

 「あ、うん。急に動いたりしなきゃ大丈夫っぽい。」

 「そっか、じゃあカズハちゃん、大将に挨拶に行こうよ。」

 

 予想外の言葉に軽く固まる

 

 大将?

 てことはお館様?

 

 え?

 

 てことは武田信玄?

 

 「…え。いや、確かにお世話になってるから一度挨拶には行きたいと思ってたけどさ、でも駄目でしょ。

 アタシがそんな偉い人に会うの」

 「しょーがないでしょー、大将が会ってみたいって言ってんだもん。

 俺様にもカズハちゃんにも拒否権は無いの」

 

 オイオイ、一国の主がこんな怪しい奴に会いたいとかマジ何考えてんの?

 

 「あ、某も案内致し申す」

 「え、あ…でもこんなカッコで良いの?

 コレ…パジャマ…じゃないか、えーと寝間着だよね」

 

 「それは大丈夫でござる、女中が手伝ってくれる!」

 「え…そうなんだ…、じゃあ恥ずかしーから部屋の外出ててよ」

 

 真田さんは今更気付いたのか、なんか顔を真っ赤にしながら慌てて佐助を引きずりつつ、出て行った。

 

 …ホントに今更だなオイ

 

 その後、真田さん達と入れ代わりに女中さんがやって来てアタシを着替えさせてくれた。

 

 立ち上がっても背中はそんなに痛くない。

 あーよかった、少しは傷の事忘れて居られそう。

 

 とりあえず明智光秀、お前はいつか絶対全殺しにしてやるから覚悟しやがれ変態が...

 

 それから、殺意を漲らせつつも着替え終わったアタシは、女中さんやら真田さんやらに綺麗綺麗と褒められまくって、思わず調子に乗ったのは言うまでもない。

 

 まぁ、自分大好きですから仕方ないよね。

 

 「はいはいカズハちゃんそろそろ行くよ~?大将待ってるからね~」

 

 そう言われてやっと本来の目的を思い出したアタシは佐助と真田さんの後ろを付いて行った。

 

 …うわー、アタシこれからかの有名な武田信玄に会いにいくのか…

 とりあえずゲームのキャラだからさぞダンディーに違いない…!

 何か矛盾がある気がするけど気にしないわよ!

 

 そんなこんなで暫く中庭に面した廊下を歩く。

 

 そして、一室の前に立ち止まったかと思えば、二人はその場に跪づいた。

 

 思わずアタシも吊られてその場に正座する。

 

 「真田幸村!お館様の命により、カズハ殿を連れて参りました!!」

 「猿飛佐助、右に同じく。」

 

 ……佐助のフルネームって猿飛佐助だったんだ…。

 …武田軍一度も使って無かったもんなぁ…

 つーかまず、ゲーム殆どやってないんだけどねアタシ。

 

 「うむ…入れ。」

 

 『…はっ!』

 

 

 ……なんか凄いシリアスな雰囲気なんですけど。

 え、うそ、こんな空気の中に入ってくの?

 マジで?

 帰って良い?

 いや、帰ろう。

 

 そーっと立ち上がってそーっと立ち去ろうとしたら佐助に手をがっしり掴まれた。 

 

 「カズハちゃん何処行くの。

 俺様達に拒否権無いって言ったよね、大人しく付いておいで?」

 「いや、だって雰囲気めちゃくちゃ真剣じゃん!?

 コレ怖いよアタシの入れる雰囲気じゃないよ!!」

 「どうしたのだカズハ殿、お館様が待っておられるぞ?はよう参られよ」

 「あぁあちょっ、待ってまだ心の準備出来てない無理無理無理!」

 「はいはいカズハちゃんさっさと行くよー」

 「いやいやいやいやいやちょ無理無理無理無理無理無理無理無理!!!怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!」

 

 暫くはそこで踏ん張っていたけど、結局男でしかも戦国武将二人の力には勝てなくて、私はあえなく室内へと連行された。

 

 自業自得だけど踏ん張りすぎて背中痛い。

 

 ピリピリした空気に若干ビビりながら正座して、恐る恐る上座へと視線を向ける。

 

 そこにはやっぱりダンディーなおじ様(赤い虎柄)が居て、でもシリアスな感じについ挙動不審になってしまった。

 

 「其方がカズハか。」

 「あ、…は、はい」

 「怪我はどうだ?」

 「…お、お蔭様で大分良くなりました」

 

 

 「…して佐助よ、その娘について何か解ったか?」

 

 不意に告げられた言葉に、思わずキュッと気を引き締めるアタシ

 

 佐助はちょっとだけ緊張したような、それでもいつもと変わらないような微妙な調子で報告を始めた。

 

 「この娘が現れた場所は奥州です。

 なんか竜の旦那に川から引き上げられたけど首掴まれたもんだからキレちゃって、着てた半纏投げ付けたり悪態吐いちゃったもんだから牢屋にぶち込まれて、逃げ出し、森へ迷い込んだって事は解りました」

 

 

 …忍の情報収集能力ってすげーな…。

 

 

 「…ふむ…素性については?」

 

 「何も。カズハなんて娘が生きて生活していた、という形跡すらありませんでした。」

 

 「どういう事だ佐助?」

 

 真田さんが間に口を挟む

 

 「カズハちゃんはある日突然現れた。

 それしか解らなかったんだ」

 

 まぁ、そうだろうな、うん。

 

 「その娘が佐助と同じ、忍である可能性は?」

 「無いとは言い切れませんね」

 

 佐助が言い切った時真田さんが勢い良く立ち上がった。

 

 「何を申す佐助!!カズハ殿が忍だなどと…そんな訳がなかろう!何を根拠に…」

 

 「根拠なんかないよ旦那、でもね、カズハちゃんは怪し過ぎるんだ」

 

 冷静な佐助の声が響く

 

 まぁ…仕方ないだろう。

 それが普通の反応だ。

 

 「カズハ殿…!、カズハ殿も何か仰って下され!このままでは有らぬ濡れ衣を着せられてしまいますぞ!」

 「え?、何言ってんの?

 アタシに身の潔白を証明出来るような物何も無いよ?」

 

 つーか持ってた所で使うかどうかも微妙だし。

 

 「しかしそれではカズハ殿が…!」

 

 「あのね真田さん、人間は嘘吐くんだよ?解ってる?

 特にアタシみたいに腹の中真っ黒な奴は、本当の事言った所で誰からも信じて貰えないの」

 

 友達を相手にするようないつもの調子で、普通に告げると、真田さんは驚いた様子でアタシを見ていた。

 

 「アタシはアンタ達に嘘を吐いた。記憶喪失なんて嘘。ホントはちゃんと記憶ある。

 ただその方がアタシにとって都合が良いと思っただけ。…まぁ、佐助さんにはバレてるだろうけど」

 

 視線を佐助に動かすとやっぱり驚いたようにアタシを見てた

 

 「そんなアタシが、アンタ達に信じて貰えるとは思わない。しかも素性怪しいし。

 …だから怪我が治ったらすぐに出てくから安心してよ。」

 

 室内は静かだ。

 

 「なんならアタシを此処出る前に殺しても良いわよ。

 どうせアタシ武術の心得無いし、体力も、頼れる場所も、知り合いもいないしね。

 そうなると後は野垂れ死ぬだけでしょ?死んだ方が楽じゃん」

 

 それに色々面倒臭そうだし、どうせ帰り方だって解んないし。

 

 「…何故…、何故そんな悲しい事を言うのだ…?」

 

 気が付いたら、何故か真田さんが眉間に皺を思い切り寄せ、ボロボロと泣いていた。

 

 え?あの…アタシそんなキツイ事言った?

 てゆーか良く泣く人だなこの人…

 

 「何故そんな風に考える…!」

 

 え…いや、あのえーと…、これってアタシが悪いの?

 

 「ちょ…真田さん?」

 「…カズハ殿は友が死んだら悲しいと思わぬのか!!」

 「いや…だからね」

 「それとも某とは友ではないと申すか!!?」

 「ちょっと待って話が…」

 「某はカズハ殿とはもう友だと思っ、ごふぇあ!!?」

 

 「一旦黙れアタシが喋れねェだろうがこのボケ!!!」

 

 

 ついにキレて真田さんの顔面に蹴りをお見舞いしたけど、アタシは悪くない。

 

 ついでにまた背中痛くなったけど、激しいブリッジした訳じゃないからまだ大丈夫だ。痛いけど。

 

 軽く吹っ飛んで襖に突っ込む真田さん

 その目はパチクリしている

 

 

 「んな事一言も言ってないでしょ?何言ってんの?

アタシはただ、アンタ達に迷惑掛けたく無いの、解る?」

 

 キッパリと言い放ったアタシの言葉に対して、のろのろと起き上がった真田さんは、キョトンと呆けたような表情でアタシを見た。

 アタシは自然とそれを見下ろす形だ。

 

 「…それは…どういう…?」

 「…アタシはね真田さん。

 人に迷惑掛けまくって、何も反応が無いのを良い事にその上に胡座掻いて、それに感謝もせず気付かない奴が大嫌いなの。

 だからアタシはそんな奴になりたくない。だから…」

 

 

 「だから、誰かに迷惑を掛けるくらいなら自ずから死ぬと申すか、娘」

 

 

 てっきり真田さんが喋ると思っていたので予想外の人物の介入に驚いた。

 

 

 「…それがお主の信念か?」

 

 「…そう取ってくれて構わないわよ」

 

 アタシは武田さんを真っ直ぐ見据え、言った。

 

 「…成る程な、…だそうだ…佐助、どう思う?」

 

 「そうだなぁ…こんな意味解んない忍が居たら、忍の品位を問われちゃうよね。」

 

 オイどういう意味だ佐助てめェ。

 

 「お館様…!、では…」

 「うむ、カズハよ、この城へ住み、儂に仕えるが良い」

 

 「え…、あの…はァ?」

 

 

 「うおぉぉおお!!流石お館様!!この幸村、感激致しましたァァァアア!!」

 「ぬおおおおお!来い幸村ァァァアア!!!」

 

 ドゴーンバキッゴシャァァア!!!とかいう物凄い音と共に襖が粉砕した。

 なんか突然、ぅお館様ァァァアア!!!幸村ァァァアア!!!とか殴り合いを始めたんだけど、真田さんと武田さん何してんの。

 

 ハッキリ言って意味が解らない。

 

 「良かったねカズハちゃん、大将は君が何処の誰でも気にしないってさ」

 「あの、…意味解んないんだけどコレ今どういう状況?」

 

 「うーん…、皆が君を信じるに足る人間だって理解した瞬間…かな?」

 

 

 え?どの辺が?

 

 アタシは、畳やら襖が粉々に粉砕されていく様を眺めつつ真面目に思った。

 

 ...まぁ、よく解んないけど衣食住が確保出来たっぽいし

良いか。

 特殊スキル『おおざっぱ』発動しことう。

 

 

 「という訳でカズハちゃん。

 君、忍に向いてるみたいだから怪我が完治し次第訓練に入るね」

 

 え?何?

 何が“という訳で”なのかサッパリなんですが。

 しかも決定?

 

 「あの、なんで忍?」

 「あ、じゃあ女中やる?」

 「あ、無理」

 「じゃあ忍だね」

 

 …いや、うん、仕えるって言っても現代人のアタシが出来る仕事なんて無いもんな、仕方ないか。

 なんか猜疑心しか無いけどまぁ良いや。

 

 「…でもアタシ…不細工しか殺せないよ?」

 「訓練するから大丈夫だよ~」

 

 え…ちょ、無理

 つかその訓練ヤダ怖い

 

 「冗談冗談。

 完璧目指せとは言わないから戦に役立つ位には育ってくれたら万々歳」

 「…成る程、合理的。」

 「でしょ~?」

 

 「でも、どうして一から教えようとしてくれんの?」

 「んー?俺様ね~、ちょっとでも楽したいの。

 だから手駒は増やしとこうと思って。」

 

 成る程、忍って大変そうだもんな、知らんけど。

 

 「……アタシに出来るの…?」

 「アハハ大丈夫大丈夫、なんとかするから。」

 

 へー…凄いな佐助……ん?

 今、なんとかする、って言わなかった?

 え、ちょっと待ってソレどういう意味?

 ヤダ怖い。

 

 「一週間くらいで忍の基本動作が出来るように厳し~く行くからね~」

 

 ………コイツもSか!

 

 「…あんまり怪我治って欲しくないかも…」

 「そうは行かないよ俺様が楽する為なんだから」

 「…完璧とかまで行かなくて良いんですよ…ね?」

 

 「うん、暗殺とか人斬りに関してはね。」

 

 つまりソレ以外は完璧になれと?

 え、無理じゃん。

 

 アタシそんなに覚え良くないよ?無理無理。

 

 「何不安そうな顔してんの、俺様が教えるんだから大丈夫だって~、何とかするって言ってるでしょ?」

 

 いや、だから不安なんですが。

 

 てゆーか一つ良いかな

 

 なんでアタシの周りにはSな人しか居ないんですか。

 

 ちなみに真田さんは、薬塗って貰った時なんか楽しそうだったからSっぽい人に昇格してます。アタシの中で。

 

 「…あ、そうそうカズハちゃん」

 「へ?何すか?」

 「君の過去とか素性の話、君が言いたくなったら聞くから。

 だから俺様達からはもう聞いたりしないからね」

 

 佐助はそう言ってアタシの頭をくしゃくしゃと撫で、ニコッて…ニコッ、て…

 

 ちょ…アンタ美形なんだからそんな悩殺スマイル向けないでくれないかなぁ!!?

 クッソォ照れる!!無駄に照れる!!なんかもう無駄に恥ずかしい!!

 

 「あ…、有難う御座います」

 

 アタシはそれだけ言うのが精一杯だった。

 

 「あ、そうだ。」

 「…こ、今度は何すか。」

 「訓練の一環として旦那との手合わせも予定してるから頑張ってね☆」

 

 え…真田さんと手合わせ?

 

 あのヘソ出しなのに暑苦しくて喧しい、現在武田さんと殴り合って室内を破壊してるあの人と?

 

 え、嫌だ

 

 「…ちょっと、そんな嫌そうな顔しないでよカズハちゃん。」

 「や、だって凄い面倒臭い事になりそうなんだもん、後片付けが」

 「…鋭いね、カズハちゃん、でも俺様も手伝うから安心してよ」

 

 あ、それなら大丈夫そう…

 

 「ついでと言っちゃなんだけど…、この部屋片付けるのも手伝ってくれる?練習だと思ってさ」

 「…佐助さん、もしかしてそれが狙いですか」

 「あ、バレちゃった?」

 

 思わず半眼で佐助を見詰める

 

 「…だって、毎日こんなんなんだよ?手伝ってくれる人居ないし」

 「居ないんですか?」

 「皆仕事あるからそれ所じゃないっていうのもあるし…」

 「…まだなんかあるんすか」

 「…コレ、いつ終わるか解んないんだよね」

 

 そう言って佐助は視線を、もはや原形を留めて居ない室内へ向ける

 

 「ぅおおおお館さぶァァァアア!!!!!」

 「幸村ァァァアア!!!!!!」

 「おやかたさぶァァァアア!!!!!!」

 「ゆぅきむるァァァアア!!!!!!」

 

 ドガガガガ!!!メキメキバキドゴォォオ!!!と物凄い音と共にまた畳が粉砕されていく。

 

 「………大変っすね」

 「…解ってくれる?」

 

 そんなこんなでアタシは正式に上田城に住む事になったのでした。

 

 なんでや。

 

 



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つらいつらい

 

 

 

 まぁそれから暫くして、アタシの怪我は完治してしまった。

 佐助とかじゃなく医者が言ったのだから間違いは無いだろう

 

 …うわー、マジでか…。

 

 

 あー……くそ…、これから佐助のスパルタ訓練があると思うと無駄に気が重くなる…

 

 布団の中で丸くなりながら嘆息した。

 

 外はもう朝で、いい加減起きなくちゃいけないんだけど大分億劫。

 

 そんな時、突然の殺気と共にいきなりクナイが飛んで来た。

 

 「ぅおお!?何!!?」

 

 咄嗟に布団を翻してソレを叩き落とす

 

 「ちょ…佐助!!!おまっなんつー起こし方してくれんの!!?」

 「おー、素人にしては中々の対応、凄い凄い」

 「凄い凄いじゃねーよ!殺す気か!!」

 「大丈夫大丈夫、ちゃんと手加減してたから」

 

 そーゆー問題じゃねーわコノヤロー

 

 「はいはい、そんな不細工な顔しないの。

 さっさと起きないカズハちゃんが悪いんだから。」

 

 「…チッ。」

 「はいはい舌打ちしない、とっとと準備して、コレに着替えてね」

 「…はーい」

 

 そんな感じに会話した後、佐助は姿を消した。

 また軽く嘆息して用意された着物を手に取る。

 

 「うぉ…、流石忍用…動き易そうだけど…、…うん…迷彩と黒か…佐助色だなぁ」

 

 広げて、どんな物かを確認してみる事にした。

 

 黒い足袋

 迷彩の袴

 黒い着物

 迷彩の着物

 黒い胸当て

 サラシ

 黒い腰紐

 黒い手甲

 

 うん…、どれから着れば良いんだろコレ

 

 …とりあえず、分かんないけどサラシから巻いていく事にしました。

 

 格闘すること20分。

 何とか着れたけど、これであってるか凄い不安である。

 

 「…現代人に忍装束は無理だろ…」

 

 ボヤキながらも実はちょっと楽しかったりする。

 

 軽く準備運動して着崩れたりしてないのを確認すれば、流したままだった髪を唯一服以外で持ち込んでたヘアゴムでポニーテールにした。

 

 「お、着替え終わった?意外と早かったねー、もっとかかるかと思ってた」

 

 不意に現れた佐助に若干ビビった

 

 「…忍って、そんなのも気配で解んの?」

 「ずっと覗いてた、って言ったらどうする?」

 「とりあえず、見たって美脚くらいしか見るもの無いわよ」

 

 そう言ったら佐助は少し詰まらなさそうに唇を尖らせた。

 

 「もうちょっと恥じらいとか持とうよカズハちゃん。面白く無いよ~」

 「そう?じゃあ、金取るわよ、の方が良かった?」

 「面白く無いよ~、逆に若干怖いよ~」

 

 「…とりあえず、訓練やるならさっさとやろうよ」

 「お?やる気になった?よし、じゃあさっさと済ませて朝ご飯食べよう」

 

 

 ………そうか、…戦国時代って稽古とかの後に朝食だって何かで聞いた気がする。

 

 つまり朝ごはん無し?

 

 …うわー、訓練中にお腹鳴りそう…。

 

 とりあえず、城の訓練場とやらに案内して貰って佐助に忍の基本情報を教えて貰った。

 

 沢山の暗器を見せて貰ったけど、スタンダードクナイとスタンダード手裏剣と鎖鎌くらいしか覚えられなかった。

 

 クナイと手裏剣ってあんなに沢山種類あるんだね…。

 

 「まぁ、名前よりも使い方覚える方が重要だから気にしなくて良いよ~」

 「…優しい言葉有難う。」

 

 そして、次に教わったのは気配の消し方だった

 

 「とりあえず、重要なのは呼吸だね」

 「…呼吸すか。」

 「うん、あと平常心と心の余裕。んでどれだけ周りと一体化出来るか」

 「つまり集中力?」

 「そうでもあるね。」

 

 暫くご教授してもらったけど、まだアタシには無理そうだと思った。

 ついで言うとどっかから、お館様ァァァアア!!!、幸村ァァァアア!!!、とか聞こえて集中力を欠いたとも言える。

 五月蝿いよあの人達。

 

 ついでに足音の消し方も習った。

 

 足を踏み出す時に踵でも爪先でもなく、その間の辺りから地面に降ろして、それから足指、踵、の順番に地に付ける。

 

 すると、足音が出ないらしい。

 

 へぇ~。

 

 それからアタシは、女中さんに呼ばれるまでの間ずっと忍び足のダッシュバージョンの練習をさせられた。

 スパルタ過ぎじゃねコレ。

 

 傷のせいで暫く寝たきりだった事もあり身体が鈍ってるのに気付いて若干苛立ってしまった。

 一通りやってみたけど完璧までは遠い感じがする。

 アタシって何か始めたりするとつい完璧を目指したりしちゃうのよね…

 

 早い話無駄に凝り性なんです。

 ゲームも全部のキャラをレベルMAXまで育てるタイプです。

 

 てゆーか完璧って言葉が美しくない?

 

 ……どうでもいいか。

 

 …うんとりあえずお腹空いた。

 

 

 で、やっと朝食にありついたアタシは、訓練の後だった事もあり、なんかもう物凄い勢いで食べた。

 

 行儀よく真面目なんてお前…空腹時にうまそうな塩鮭とほかほかご飯と味噌汁目の前にしてみろや

 

 無理だから。

 絶っっっ対無理だから。

 

 「…そんながっついて食べなくてもソレ、カズハちゃんの分なんだから誰も取ったりしないよ…」

 「うっさいお腹減ってんだからしゃーないじゃん!」

 「ちょ、カズハちゃん!食べながら喋っちゃ駄目!行儀悪い!」

 「ぅぐ!、…っ!喉にっ、詰まっ...!」

 「あーもー、急いで食べるから…はいお茶」

 

 そんなお約束なやり取りをしながら、アタシは佐助と一緒に朝食を終えた。

 

 真田さんと武田さんは別の部屋で朝食を取ってるらしい。

 

 まぁアタシこれから忍になる訳だしね。

 一緒に食べる訳には行かないんだろうと思う。

 

 てゆーか眠いんですけど。

 

 今って朝何時頃なんだろ。

 木々の緑具合からもうそろそろ夏な感じってのは解る。

 だから野宿出来たんだろうとは思う。

 

 って事は…太陽の昇り具合的に9時くらいか?適当だけど。

 

 「カズハ殿ォォォオオ!!!」

 

 朝ご飯を食べ終わってお茶を飲みながら、一息ついていた時、またズドドドドドスパァーン!!!と真田さんが騒がしく乱入して来た。

 

 「手合わせ願う!!!」

 「は?え、今から?てゆーかアタシまだなんの武術も教わってないんですけど」

 「ぬぅ!!佐助!!お主何をしているのだ!!」

 「旦那ァ、まだ訓練一日目だよ、しかも一日目終わってすら無いよ」

 

 ...真田さんはアレだね、絶対阿呆の子だ。

 

 「あ…でもまぁ習うより慣れろ、って言うかな。」

 

 …ん?、あれ?なんか嫌な予感して来たよ…?

 

 「よーしカズハちゃん!お昼は旦那と手合わせしてみよっか☆」

 「え…マジで?」

 「うん。俺様横で見てるから、ヤバくなったら止めるし」

 「…ホントですよね」

 「大丈夫大丈夫!旦那だって女の子との手合わせで本気出さないと思うし、安心してよ」

 

 「わ…、解ったわよ…、やれば良いんでしょやれば…」

 

 

 何か知らんけど、そんな感じで真田さんと手合わせする事になった。

 

 アタシ個人は物凄ーいめんどくさい。

 

 それから、ほぼ引きずられる形で、また訓練場に連れて行かれた。

 

 

 「…アタシ…戦うのなんて女同士の喧嘩くらいしか…した事無いんだけどなぁ…幼稚園以来だわ…」

 

 真田さんと対峙した状態でぽつりと呟く。

 

 「どうしたカズハ殿!!ぼんやりしている暇は無いぞ!!いざ!!!」

 

 なんでこの人こう…無駄にやる気あんだろ。

 なんか凄い嬉しそうな感じで武器構えてるんだけど。

 

 うん…帰りたい…。

 そして、帰って寝たい...。

 

 「カズハちゃ~ん、頑張れ~。」

 「いや、あんまり頑張る気無い…」

 

 佐助は、なんかのんびりとこっちを見てて、アタシはというとダルいから眉間へ皺寄せた。

 

 しかし真田さんはやる気満々である。

 しかも。

 

 「うぉぉおおお!!!来ないならこちらから行くぞカズハ殿ォォォオオ!!!」

 

 とか叫びながらアタシに向かって突っ込んで来た。

 

 「ぅお!、マジでか」

 

 ビビりながらもとりあえず、佐助から渡されてたクナイを両手に一つずつ構える。

 馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んで来るから、とりあえず身体を反らして真田さんの槍を避けた

 

 てゆーかこの人なんでこんな落ち着きのない走り方なんだろう。

 

 両手に槍持ってるから仕方ないのは解らんでもないが、しかし、一個は普通に持ててんだから…残りの一個ブンブン振り回しながら走らんでも良い気がする。

 

 「ぼんやりしている暇は無いと言った筈だぞカズハ殿!!!」

 「解ってるわよ!アタシを誰だと思ってんの!?」

 

 勢い良く振り下ろされる槍を身体を横にする事でギリギリに避けた。

 

 めちゃくちゃ怖い。

 

 「ちょっ!殺す気か!!アタシに傷付けたら責任取って貰うからね!!?」

 「ぬ!?せ、責任とは!!?」

 「えっ?、あー…アレよ!決まってんじゃない!アタシを傷物にするんだから!!」

 「傷物!?、まっ…まままままさか!!?」

 「は?、え、えーと…、そのまさかよ!!!」

 

 振り下ろされ続ける槍を両手のクナイで防ぎながらの会話である。

 

 なんか隙が出来そうだったから適当に言ったら

 

 「はっ、破廉恥…!!!」

 

 つって真っ赤になって固まった。

 

 いや…うん、アンタの思考のが破廉恥だから。

 

 「…旦那ァ~、何やってんのさ」

 「し…しかし佐助…っ!!」

 

 武器持ってその場でオタオタする真田さん。

 

 真田さんが何想像したのかは、それ所じゃ無かったからアタシは気にしない。

 

 とりあえず、なんか良い感じに怯んでるから攻撃を仕掛けたいと思います!

 

 え?何?…卑怯?

 えー?そんなの知らなーい。

 アタシの辞書にはそんな言葉無いもん。

 

 「よーし、じゃあ今度はこっちから行くわよ!?」

 「ぬぅ…っ!!」

 

 アタシはとりあえずクナイを構え地面を蹴り、勢い良く間合いを詰めながら真田さんに向かって斬り掛かった。

 攻撃した分の全部を槍の柄部分で弾かれるけど、そんなの今はとりあえず気にしない。

 

 でも、暫くそうやって攻撃を防がれ続けていたらなんか段々と苛々してきた。

 

 くっそー…!一回くらい当たれよ!!

 いや戦国武将にアタシみたいな一般人の攻撃が当たるとは思えないし当たらないって解ってるんだけどね!

 

 やっぱ腹立つなチクショー!!!

 

 「チッ…いつまで防ぐ気よ!!」

 「という事はカズハ殿を傷物にしても構わんのか!!?」

 

 「きっ傷物言うな!!何その含みのある言い方!!!」

 「カズハ殿がそう言ったのでは無いか!!」

 「そうだけど少しは言い方変えなさいよ!!!」

 

 「解り申した!では…傷を付けたら責任取って嫁に取るからご安心召されよ!!!」

 

 「ぅおォォォい!!!何ソレ変えたの!?変えてソレ!!?てゆか全く安心出来ねェよ!!!えっ、マジでそんな事言ってんの!!?」

 「責任取れというのはそういう意味でござろう!!?」

 

 「アタシんな事言った!!?」

 「そのまさかだ!と断言したではないか!!」

 

 「そんな事考えてるとは全く思ってなかったわよ!!!」

 

 そんな問答してる間も攻撃したり防がれたり攻撃されたり防いだり。

 

 てゆーか向こうも大分本気になって来てるのか段々一撃一撃が重くなって来たんですけども...!

 

 あ、ヤバイ…手痺れて来た…!

 

 キィン!と、高い音と共に持ってたクナイが弾かれる。

 

 「…く…っ!」

 「隙あり!!!」

 

 気を取られた隙に、喉元に槍を突き付けられた。

 

 弾かれたクナイがどこか視界に入らない位置の地面に刺さる、サクッという音が耳に入る。

 

 それから、アタシは真田さんを見据えた。

 

 「…以外と、…粘れたアタシって、…結構凄い?」

 「うむ、素人にしてはなかなかでござる。カズハ殿は凄いな!」

 「…てゆーか、真田さん…力強すぎ、手ェ、痺れたんだけど」

 「ぬっ、そ…それはすまぬ」

 

 とか暢気に会話しながら互いに武器を下ろす。

 

 肩で息をしてるアタシと違って真田さんは息切れ一つしてなかった。

 

 うん、当然だって解ってるけどやっぱなんかちょっとムカつく。

 

 「ありゃー、カズハちゃん負けちゃったねー」

 「いや、元から勝てるとか思ってないし。」

 「えー?、にしては色々小細工してたじゃん」

 

 「だってどうせ負けるならタダで負けたくないもん。

 一矢報いてやろうと思うもん。」

 「醜いの嫌いなんじゃ無かったっけ?」

 「時と場合によるのよ」

 

 アタシの自己チューさ加減嘗めんなよ

 

 「まぁ良いや、旦那ァ~、気が済んだ?」

 「うむ!!なかなか良い鍛練になった!!」

 「そりゃ良かった、んじゃそろそろ俺様達別の訓練に入るから、旦那はここまでね」

 「うむ、ではこれにて某も自分の通常鍛練に参る事にするぞ。カズハ殿、佐助、また夕刻」

 「またね旦那ァ~」

 「あ、うん、じゃあねー」

 

 そんな感じに、真田さんとの手合わせは終了した

 

 佐助がアタシと真田さんの手合わせを見てて気付いたらしいんだけど、アタシは瞬発力と応用力に長けてるらしい。

 

 でも素人丸出しな動きだから次の行動を読まれやすい、と。

 

 それから、体力が無いのは致命的。

 なので、次からはそれを補う為の訓練をする事になった。

 

 うん。

 

 休憩無しで。

 

 とりあえず佐助は絶対Sだ。

 確信が持てる。

 

 …だってアイツ、アタシが苦しそうにしてる時笑ってたもん。

 

 いつもの『ニコニコ』とかじゃなく『ニヤニヤ』してたもん。

 

 そんなこんなで佐助のSっ気たっぷり訓練を受けて改めて思う 

 

 

 

 ビリーさん、助けて。 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 俺様が思うに、カズハちゃんは普通じゃない。

 

 俺様が上司になったってのに態度を変える事すらもせずに飄々と接するし、俺様の上司である真田の旦那に至っては、若干見下されてる気がする。

 …まぁそれは旦那の態度がアレだから仕方ない気はするけど。

 

 始めの頃は遠慮してたのか誰に対しても敬語だったけど、今では大将以外となら誰とでも、まるで対等であるかのように接する。

 

 本来なら打ち首にされても可笑しくは無い。

 

 しかしその態度が特に不快と感じる訳では無いのであんまり止める気も起きない。

 

 

 やっぱ美人だからか。

 

 

 …いや、それとも彼女が心掛けているという生き様が滲み出ているせいか。

 

 うん、やっぱよく解んない。

 

 

 「…佐助…!、アンタいい加減にアタシを休ませなさいよ…!」

 「えー?そんな事言える元気があるならまだ大丈夫だよ」

 

 

 訓練を始めて一週間、この何日かで、とうとう俺様の事も呼び捨てになった。

 ちなみに真田の旦那の事も呼び捨て。

 

 最初は“真田”って呼んでたけど、他の家臣にも真田が何人か居るから紛らわしいって事で、呼び捨てに落ち着いたらしい。

 

 「は~いはい、あと50回」

 「ごじゅ…!?」

 「終わったら休んで良いから。」

 「ほ…っホントだろうなコノヤロー…!」

 「ホントホント。頑張れ~」

 

 現在、クナイを正確に投げる訓練の真っ最中。

 意外と良い感じだけどまだムラがある。

 

 訓練はまだ必要だ。

 

 いや、うん、忍の訓練とか言ったけどさ、実は別にそんなに強くなって貰わなくても良いんだよね。

 …でもやっぱ自分の身はある程度護れるようには、なって貰わなきゃ困る。

 

 そうじゃなければきっとこれから先、俺様…はともかく、旦那や大将と同じ敷地内で生活することは出来ないだろう。

 

 大将や旦那は殴り合い始めたら気が済むまで止まらないし、周りなんて全然省みないからある日巻き込まれて死んでました、なんて事になったら凄く寝覚め悪いもん。

 

 

 「…てゆーか…佐助、アンタ…自分の仕事は、大丈夫な訳…!?」

 「あー、うん大丈夫、合間合間にやってるし、部下も居るから」

 

 笑顔で告げたら舌打ちが聞こえた。

 

 「カズハちゃん、あと50回追加ね~」

 「なんですってコノヤロー!!鬼か!!!」

 

 …面白いなぁ、自分で墓穴掘ってるよこの子。

 

 「…クッソ…!、絶対佐助より強くなって仕返ししてやる…!」

 「アハハ~、無理無理、寧ろ返り討ちにしてあげるよカズハちゃん」

 「…あ゙ぁぁ!!!ムカつく!!!凄いムカつく!!!アンタなんか酷い風邪ひけ!!」

 

 …いつも思うけどカズハちゃんって結構な毒舌だよね。

 しかもソレ…農民なら死んでるよ

 

 始め会った頃は静かな子だと思ってたけど、それは猫被ってたからなんだろうな…

 段々打ち解けて来てるって事か?

 

 

 「佐助ェェェェエエ!!!カズハ殿ォォォオオ!!!」

 「ん~?アレ、もうそんな時間?」

 

 聞き慣れた騒がしい足音と呼ばれた自分の名にとりあえず変わらぬ調子でその声が聞こえた方に顔を向ける。

 

 案の定、旦那が風呂敷袋片手になんか嬉しそうに走って来ていた。

 

 これは訓練が始まってから、既に日課となっている。

 

 「やったー!おやつだ…!!」

 

 カズハちゃんが旦那に気付いて嬉しそうに手を止めた。

 

 「まったく旦那は…毎日毎日よく飽きないなぁ…。」

 「何言ってんの佐助!人間体力回復には甘いものが必要なんだから!飽きる飽きないとかじゃないのよ!」

 

 …意味が解んないよカズハちゃん。

 てゆーかそれ何処の情報?

 

 「そうだぞ佐助!!、皆で食べる団子は凄く美味ではないか!!!」

 

 旦那…、それ、なんか微妙に違う…

 

 「…はぁ…、ま、いっか…。俺様お茶用意してくるよ」

 

 「うむ!すまぬな佐助、頼んだぞ!」

 「幸村がお茶運ぶと全部零すもんね!」

 「なんと…!、何故カズハ殿が某の過去の失敗をご存知なのだ!?」

 「え、…ただの冗談だったのに…マジでやっちゃってたの?」

 「ぬぉお…!、なんと見事な誘導尋問…!、カズハ殿には、溢れんばかりの忍の才能があるのだな…!」

 「…いや…そんなつもり全然無かったんだけど…」

 

 二人のそんな会話を聞こえて、あまりの暢気さに笑みが零れた。

 

軽くその場を眺めた後、俺は予告通りお茶を取りに行ったのだった。

 

 

 



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だんごだんご

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 隻眼の青年が行灯の明かりに照らされながら、酒の入った盃を空ける。

 静かな夜の気配からは虫の鳴き声すらも微かにしか聞こえない。

 

 その様はあたかも何かの映画のワンシーンのようだった。

 

 

 しかし、そんな雰囲気にも関わらず、青年の表情は不機嫌そうに歪められ、眉間には皺が刻まれている。

 

 「政宗様、…あの娘の情報が入りました」

 

 そこへ、顔に傷の入った男が襖越しに青年へと、そう声を掛けた。

 

 

 途端、青年の表情が変わり口の端を上げてニヤリと笑む。

 

 

 「Ha…!やっとか小十郎…、…で?アイツは今、何処に居る…?」

 

 空の盃を片手に隻眼を細めた青年は酷く楽しそうに笑った。

 

 「黒巾頭組の掴んだ情報では、…甲斐に。」

 

 襖越しに聞こえた答えに青年は隻眼に剣呑な光を宿らせた。

 

 「…Huh…甲斐…武田か」

 

 青年の深意は解らない

 

 「小十郎」

 「…はっ」

 

 

 青年は微動だにしないまま言葉を紡ぐ。

 

 

 「…明日甲斐へ行く、支度をしておけ」

 

 「…承知しました」

 

 

 男の気配が無くなり、部屋が青年の息遣いしか解らない程になった時、青年は口を開いた。

 

 

 「待ってろ、カズハ…」

 

 

 

 *****

 

 

 

 「誰が待つかボケ寧ろ来んなァァァアアア!!!」

 

 アタシは自分の部屋に敷かれた、自分の布団から跳び起きた。

 今更だが、アタシが保護された時に宛がわれた部屋をそのまま使わせて貰う形になっている。

 

 うん…あれ、なんだろこのデジャビュ。

 

 まぁとりあえず、アタシはまた嫌な夢見て、自分の絶叫で起きた。

 内容全然覚えてないけど気分の悪さと寝汗具合で悪夢だったんだと解る。

 

 「…どんな夢だったんだ一体」

 「うん、それは俺様も凄い気になる。」

 「佐助!ビビるからその登場マジで止めてくれ!心臓に悪い!」

 

 やっぱり佐助はいつの間にか逆さで現れてこっちを見てた 

 つか佐助は気配読めないから尚更ビビるんだよホントやめてくれ

 

 「えぇ~?、ヤダ。だってカズハちゃん反応面白いんだもん」

 「…ヤダじゃねーよ、可愛い子ぶんなよ、可愛いけどさ」

 「アハハ~、それが狙いですから」

 

 …ホントにタチ悪ィなこの男

 

 「カズハ殿ォォォオオ!!!」

 

 そしてやっぱり幸村も騒がしく現れる

 

 「あ、幸村おはよー、騒がせてごめーん。なんでもないよーまた悪夢見たっぽいだけ」

 「なんと!またでござるか…、佐助!お主カズハ殿に無理をさせ過ぎたのではないか!?」

 「そんな事無いよ、最近じゃ俺様のさせてる訓練軽々と消化するようになったんだよカズハちゃん」

 

 いや、軽々って訳じゃない、どっちかって言ったらかなり必死。

 

 「…うむ、確かに此処暫くカズハ殿の武術の上達は目を見張るものがある…」

 

 あれから毎日手合わせしてても幸村に勝てた事無いけどね!!

 

 「でしょ~?、俺様の教育の賜物だよ。」

 

 あの訓練と称した嫌がらせ、もといイジメを、教育だと抜かすかコノヤロー

 

 

 

 アタシが此処に来て、はや二ヶ月。

 忍の訓練を受け始めて一ヶ月とちょっと。

 

 元々身軽だった事もあり、意外と早く基本が出来るようになった。

 

 

 

 佐助ほどに早く走れたり、一回の跳躍で空に飛んでったり、影分身作ったり、なんて人外な事は出来ないけど

 

 忍び足も、気配を消す事も、気配を読む事も

 クナイを狙った場所に正確に刺す事も、なんとか完璧に出来るようになった。

 

 佐助のスパルタ訓練のお陰…というより、スパルタ訓練のせい。

 

 アタシ個人は、護身が出来る程度で充分なんです。

 何この、忍見習いだけどもうすぐ忍になれます!みたいな現在のアタシの戦闘力。

 

 お陰でその辺の兵士なら、一撃で昏倒させる事が出来るくらいに強くなってしまった。

 まぁ、忍の基本知識で人体の急所全部叩き込まれたからってのもあるけど。

 

 アタシ、女の子なんだけどな...。

 

 …まぁ、アタシの美意識に反する程じゃ無ければ、どれだけ強くなっても良いや。

 

 女の子なのに超ムキムキ、とか、腹筋六つに割れてる、とか、そんな有り得ない状態でさえ無ければ。

 

 ホラ強い女ってカッコイイじゃん?

 

 …いや、この成長は確かにちょっと、異常かもしれないけど…、そこは…まぁ才能に満ち溢れてるカズハ様だからね、仕方ないね!

 

 てゆーかそれ以前に、もっとゆっくり…命とか掛けずに習いたかったです。

 

 いきなりどっか山奥に連れて行かれて、結構な高さの崖っぷちに立たされ、しかもコードレスバンジーで綺麗に着地しろ、みたいな事させられた時には、思わず自分の身軽さを怨んだ。

 

 なんとか出来て、やった方のアタシもビックリしたけど、受け身習って無かったら死ぬ所だよ、っていうか普通死ぬわ

何より顔に傷付いたらどうしてくれるマジふざけんな佐助

 佐助はそれをニヤニヤしながら見てるとか有り得ないだろ

 

 なんかアタシ最近佐助のストレス解消にされてない?

 …されてるよね確実に。

 

 …チクショー…このドS忍者め…。

 

 …まぁ、そんなこんなで。

 アタシは佐助みたいに完璧では無いけど、一応忍に近いものには、なる事が出来たようだ。

 

 …ある程度強くなって思ったんだけど、佐助は多分人間じゃないと思う。

 

 だって有り得ないじゃん、色々と。

 

 …流石ゲームだよね。

 

 

 「よし、ではカズハ殿!気分転換に城下へ行かぬか?」

 「城下?、えっ、良いの?今日訓練無し?」

 「ちょ、旦那!何勝手な事…」

 「佐助、お主とて休みが欲しいと思うだろう。

 カズハ殿は今まで訓練のみ、一日くらいは良いでは無いか」

 

 佐助は若干渋ったけど次には諦めたように溜息を吐いた

 

 「…ったく…解ったよ旦那。

 …カズハちゃん、帰って来たらちゃんと自主練習するんだよ?」

 「うん!大丈夫、既に自主練は日課になってるから」

 

 主に佐助のせいでな!!!

 

 うん、でもそんなどうでもいい事より、アタシ城下町に行けるの?

 

 …ヤバイ、なんか無駄に嬉しいかも。

 

 買い物とか散策とか、凄いしてみたかったのよね。

 

 だって現代に無い物ばっかりだろうし、何より綺麗な物が多そう。

 

 うん、でもそれ以前に気分転換出来るってのが凄い嬉しい。

 

 はっきり言って訓練飽きてたもん

 

 

 「ではカズハ殿!!朝餉が済んだら、某が城下を案内するでござる!」

 

 「え?、あ、うん。宜しく!」

 「ではまた後程!」

 

 アタシの返事を聞いた幸村は、そんな感じに珍しく爽やかに朝の鍛練へと向かって行った。

 

 

 

 …それにしても城下かー…

 

 …ん?、え?あれ、もしかしてコレってデート?

 

 

 …いやいや、それは勘違いでしょカズハちゃんよ。

 

 よく考えろ、んな訳無いじゃん。

 

 普通に考えて無理があるだろ

 

 …よし、とりあえず犬の散歩だと思っとこう。

 

 

 

 そしてアタシは、佐助の関与の無い朝の合気道の稽古へ向かった。

 

 佐助の関与が無いってだけで物凄い楽。

 

 精神的にも肉体的にも物凄い楽。

 

 

 …かなり今更だけど、武田軍に仕えるようになってから、なんか色々武術を習わされてます、現在進行形で。

 

 あと、毎日幸村との手合わせ。

 

 いつも思うけどなんでアタシ、本格的に武人になるようにしごかれてんだろうか。

 

 …解んないから気にしないけどね。

 なんだかんだで体動かすのは好きだし。

 

 まぁ、そんなこんなで朝稽古を終え、佐助と朝食を取って、普通の着物に着替えてから、幸村と一緒に城を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえばカズハ殿は、甲斐の町を見物するのは初めてではないか?」

 

 普段通る忍用の通り道なんかじゃなくて、色んな普通の人が行き交う普通の道。

 見慣れない角度の景色に思わず辺りを見回しながら歩を進めて居ればそう声を掛けられて、とりあえずアタシは機嫌良く答えた。

 

 「うん!、怪我治ってからずっと訓練だったし、城下町なんて遠くから見てるだけだったもん」

 「そうか、では今暫くはつかの間の休日、楽しもうぞカズハ殿!!」

 「つかの間とか言わないでよ!現実を思い出して悲しくなるじゃん!」

 「ぬぅ!!それは気付かなかった!!申し訳ない…」

 「え、自覚無し!!?」

 

 まぁ、そんな感じで城下を歩く

 

 ふと、町を歩く様々な人々が幸村やアタシを見ている視線に気付いてちょっと驚いた。

 

 …まぁ、遠くから見れば幸村ってかなり美形だもんね。

 普段五月蝿いから忘れがちになるけど、一応お偉いさんだし。

 

 まあ、アタシが美人だから余計に視線集めてるんだろうけどね!

 此処は重要よね!テストに出るくらいなんじゃないかしら。

 

 殺気の篭った視線も今の所無いし、これなら何の問題もなく過ごせそうだ

 そんな視線が解るようになったアタシもなんか人間ぽくない気がしないでもないけど、気にしない。

 

 

 「カズハ殿は…」

 「ん?何?」

 

 不意に掛けられた声に、とりあえず幸村へ顔を向ける

 

 幸村の方が背が高いからどうしても見上げる形になるけど、無理矢理気にしない事にした

 見上げるのあんまり好きじゃないのよね。

 

 「自分の故郷へ帰りたいと思った事は無いのか?」

 

 

 ……故郷?

 

 

 その単語に、思わず一瞬動揺してしまった。

 

 何故なら、今、それを言われてようやく、思い出したからだ。

 

 今までそれ所じゃなかった事もあるけど、なんか現代より居心地良いし、充実感あるしで、すっきりさっぱり脳から抜け落ちていた。

 

 「あー、忘れてたわ。」

 

 とりあえず、自分の頭の脳天気さに自嘲しながら苦笑する。

 

 凄いよねアタシ。

 携帯とか電化製品も無いのになんで馴染めてんのかしら。

 

 こんなんじゃ今後ホームシックになるかすら怪しい。

 

 あ、でも、お菓子とか洋食とかファーストフードは恋しくなりそう。

 今の所は平気だけど。

 

 しかし、アタシの言葉を聞いた幸村は、なんか勘違いしたらしく、眉間へ皺を寄せ、表情を曇らせた。

 

 「…す、すまぬ、某が余計な事を…」

 「いやいやいやいや、寧ろ忘れてたアタシがアレなんだから気にしないでよ、寧ろ思い出させてくれてアリガト。」

 

 「し、しかしカズハ殿…某のせい、おぶぅ!!」

 「はい黙れ。気にしてどうすんのよ、ンなどうでもいい事」

 

 喋ってる途中の幸村の顔に、張り手をかます

 ベチッという微妙に痛そうな音が聞こえたけどとりあえず気にしない。

 

 「どうでも良くは無いだろう!?カズハ殿の事ではないか!!」

 「チッ…いちいち面倒な男だなアンタ。気にしても仕方ない事気にすんなって言ってんのよ」

 

 「それは…どういう…?」

 「今の所、帰れるなんて思ってないし、帰った所できっと退屈するだけだもん」

 

 張り手された頬を押さえながら、若干驚いたようにアタシを見る幸村。

 

 「…母御や、御家族が心配召されて居るとは、思わぬのか?」

 

 「…?、あぁ、大丈夫。心配はしてるかもだけど、うちの家族皆、無駄におおざっぱだから」

 「そういう問題でござるか!!?」

 「うん。だってアタシの親よ?」

 

 誇らしげにそう言ったら、なんか微妙な表情された。

 

 …なんなんだ。

 なんか腹立つな。

 

 「…まぁ良いや、幸村!とりあえず団子食べよう団子!アタシなんか歩いてて疲れたし」

 

 適当にそう言って話を反らす。

 実際疲れた訳じゃないし、そこまで団子が食べたい訳でもない。

 とりあえず今は違う話題にしたかった。

 でないとなんか、アタシがいたたまれない。

 

 「…う、うむ!!それもそうだな」

 

 幸村はそう笑って、近くの団子屋まで案内してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 団子屋の外椅子に座り、二人で団子を食べながら町行く人を眺めつつ、アタシは若干焦っていた。

 

 

 だってアタシ、お金持ってない、どうしよう。

 

 

 ちくしょう佐助め、お小遣いくらい出掛ける前にくれても良いじゃん!

 幸村担いで食い逃げするべきかな、なんかそれが良い気して来た。

 

 「…カズハ殿?如何された、この団子…お気に召さなかったか?」

 「や、そうじゃなくて…アタシの分のお勘定どうするべきかと思って。」

 

 真面目にそう言ったら何故だか思い切り驚かれた。

 

 「カズハ殿!其方はお気に召されずとも良い!」

 「へ?、何?奢ってくれんの?」

 

 「当たり前にござる!カズハ殿を誘ったのは某!誘っておいて金を払わせる事なぞ出来ん!」

 「え、…そういうもん?」

 「そういうものでござる!」

 

 そうか。

 そうなのか。

 

 へー。

 

 現代の知識しかないから知らんかった。

 

 …いや、もしかしたら幸村がそういう奴だって可能性もあるか...

 とりあえず一意見として留めておこう。

 

 

 「なら、ちょっと遠慮して少し、頂く事にするよ。一応幸村ってアタシの上司の上司だし」

 「カズハ殿…別に遠慮はいらんのだぞ?」

 「良いのよ。食べすぎても夕飯入らなくなるし」

 

 アタシはそう言って皿のみたらし団子を頬張った。

 

 幸村はと言えば小さく『女子とはそういうものなのか…』と呟いて山盛りの団子に手を付けている。

 

 うん、そう、山盛り。

 

 いつも思うけど幸村の原動力は団子なんじゃないだろうか。

 

 それくらいいつも山盛りの団子を食べる。

 

 どんな胃の構造してんだコイツ。

 最近は慣れたけど、それでも見てて胸やけ起こしそうだ。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 

 遠くから、なんか異質な気配が城下町に入って来た感じがした。

 

 若干怒気が含まれたような、武人らしき気配。

 

 

 …なんか嫌な予感がする。

 

 

 「ねぇ、幸村…」

 

 「……この気配は…!」

 「……幸村?」

 

 アタシが不審に思って声を掛けた瞬間幸村は勢い良く立ち上がり、そして

 

 「政宗殿ォォォオオオ!!!」

 

 とか叫びながら、アタシを置いて走って行った。

 

 

 うん。

 

 部下を置いてくなよ。

 

 

 …てゆーか、お勘定は?

 

 

 .........…アイツ、何考えてんの?

 

 え?食い逃げ?アタシお金無いって事仄めかしたよね。

 

 

 え…ちょっ…どうしよう。

 

 

 いや、それよりも、アイツ今なんつった?

 

 

 

 「あ~ぁ、竜の旦那の気配がしたから来てみれば…、案の定こんな状態か」

 

 食べかけの団子を頬張って、無理矢理動揺を隠しながら色々思案していれば、気付いた時にはいつの間にか佐助がそこに居た。

 

 いつもドSでムカつく上司も今ばかりは救世主に見える。

 

 

 「佐助っ!!良かった、アタシお金無いからどうしようかと…!」

 「そっかそっか…よし、じゃあカズハちゃん。…“助けて下さい佐助様”、って上目遣いで可愛ーく言ってみようか」

 

 

 前言撤回。

 

 やっぱドSはドSだ。

 

 それ以上でも以下でも無い。

 寧ろドSでしかない。

 

 

 ニコニコしながら言ってる事こんなんとかホントどうしたいんだよコイツ

 

 え、言わなきゃダメなのコレ

 

 でもなんか、スゲー嫌だけど言わなかったら放置される気がする。

 

 ...それは避けたい。

 

 仕方ない…マジでもの凄く嫌だけど。

 キャラじゃないからマジスゲーハンパ無く嫌だけど、背に腹は変えられない。

 

 「…っ、…た…、助けて下さい…佐助様…!」

 「うーん、表情が引き攣ってるけどまぁ良いか。…じゃあお礼は体で返してねカズハちゃん」

 

 

 なんとか言えたと思ったら、軽い調子でそんな事を言われた。

 

 

 うん、とりあえずちょっとツッコんで良いだろうか。

 

 ねぇ、それどういう意味?

 

 

 …いや、やっぱ良いや、なんか聞くの怖いから聞かなかった事にしよう。

 

 

 「じゃちょっと待ってて、お勘定終わらせて来るから」

 

 

 佐助はそう言って団子屋の主人に近付いて行って普通に会計を済ませた。

 

 ちなみに幸村が残した団子は、一応お持ち帰りにしてもらう。

 

 まあ、勿体ないしね

 

 

 「…てゆーかさ、幸村走ってっちゃったけど、一体何が起きてんの?」

 「あれ、カズハちゃん解んない?竜の旦那とうちの旦那が戦ってんだよ」

 

 

 いや、幸村が誰かと戦ってるのは気配で解る。

 暑苦しい気配が誰か解んない武人の気配とぶつかり合ってるから。

 なんか無駄にはしゃぎながら。

 

 ……町破壊してないと良いけど。

 

 「とりあえず、竜の旦那って誰よ?」

 「えー?そんなん見た方が早いよ?」

 

 …確かに。

 

 とまぁそんなこんなで、団子の入った風呂敷抱えながら、現場に足を運んだ。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 俺と政宗様が町に入った時、土煙をあげながら見覚えのある赤いのが走って来た。

 

 「Ha!、律義にお出迎えたぁ嬉しいね!真田幸村!!」

 「うおォォォオオオ!!政宗殿ォォオオ!!!お手合わせ願う!!!」

 「Ah!?無視かテメェ!!」

 

 

 辺りにガキィン!という甲高い鍔ぜり合いの音が響いた

 

 そしてそれは暫くの間何度も辺りに響く

 

 その間俺は、それを見ている事しか出来なかった。

 …否、止める暇が無かった。

 

 …しかし止めなければ血気盛んな二人の事だ、このままでは町を破壊しかねない。

 

 

 「政宗様!!」

 「ゴルァ幸村ァ!!」

 

 

 俺の声と重なる様に若干ドスの効いた若い娘の声が響いた

 

 

 そして、何か小さい物が凄い勢いで俺の横を通り過ぎ、政宗様と幸村殿の間を割る様に壁に突き刺さった。

 

 「ぬ…!!?」

 「…団子?」

 

 政宗様の呟き通り、団子だった。

 何故か、団子が壁に刺さっていたのだ。

 

 意味が解らないが…とりあえず今のうちに政宗様に駆け寄る。

 

 「政宗様!何しているんですか、此処は街中ですよ!?こんな所で戦えばどうなるか判っているでしょう!!?」

 

 政宗様はバツが悪いのか眉間へ皺を寄せた

 

 「チッ…判ってるよ小十郎。しかし向かって来たのァあっちだぜ?」

 「ならば避ければ良いだけでしょう!何故立ち向かおうとするのです!」

 

 「それはアイツが無視しやがったから…!」

 「言い訳は聞きません!!」

 

 



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くるしいくるしい

 

 

 しかし、政宗様への説教を始めようとした時、真田殿が突然の土下座を敢行した。

 

 「片倉殿!悪いのは某にござる!政宗殿を責めないで下され!!」

 「え、…し、しかしですね真田殿…」

 

 他国の武人を責める訳にも行かず、戸惑ってしまったその時、また若い娘の声が響いた。

 

 「何アンタら、…小学校…は無いか、なんかの先生と生徒?」

 

 「カズハ殿!!何故此処に!!?」

 「アンタが走ってったから追っ掛けて来たんでしょうが。

 しかもこのアタシを全無視とか何様よ、シバくわよ」

 「す、…すまぬ」

 

 

 あの娘だった。

 

 情報通り、やはり甲斐に居たらしい。

 

 

 …しかし、何故団子が飛んできたのだろうか?

 

 

 

 「…Heyカズハ…探したぜ…こんなとこにいやがるとはなァ…」

 

 

 不敵にわらう政宗様のそんな言葉に、娘の表情が固まった

 

 

 「…あ、…アンタ…!、アタシに散々失礼やら無礼やら働いた…三日月男じゃない…!!」

 

 

 …その辺りはどっちもどっちな気がする。

 

 

 「…幸村!コレ忘れ物!そこの団子も食べといてね勿体ないから!じゃ!アタシは逃げる!!」

 

 娘は突然、持っていた風呂敷袋を真田殿に投げて寄越したかと思えば、一瞬で忍装束に着替え、

 民家の屋根を伝いながら、娘は颯爽と逃げて行った。

 

 …俺達が躍起になって探している間に、娘は此処でくのいちへと育ったらしい。

 

 しかも武田忍軍の。

 

 ちなみに現在、幸村殿は『解り申した!』とか言いながら、壁に刺さった団子を引っこ抜き、素直にもぐもぐ頬張っている

 

 なんだこの癒し系は。

 

 「やっほー、竜の旦那、理解した?カズハちゃんは俺様の部下になったんだよ。

 もう竜の旦那が拾った時のカズハちゃんとは違うね!」

 

 不意に、塀の上からなんとも暢気な声が聞こえた。

 だがしかし内容は明らかに政宗様を挑発している

 

 「Ha…テメェか猿飛佐助…!、俺の楽しみを奪いやがったのァ…」

 「奪うなんて人聞き悪いなァ竜の旦那は…。

 俺様の主が拾って、俺様が教育を任された、それだけの事だよ」

 

 ちなみに真田殿は、受け取った風呂敷袋を開け、中に入っていた団子をモッサモッサ口いっぱいに頬張りながら、この様子を見物している。

 

 この方は空気を読む事が出来ないのだろうか。

 

 まあ、…癒されるのだが。

 

 「俺は手放す気なんぞ無かったんだよ…返せ。」

 「返せって竜の旦那何言ってんのさ…それを決めるのは俺様じゃないよ?

 何処へ行きたいかなんてカズハちゃんが決める事じゃん?」

 

 「知るか。アイツは俺が拾った。だから俺のだ」

 「…何その理屈…子供みたいだよ竜の旦那」

 

 

 …二人の間に、妙な火花が散っている。

 

 猿飛殿の表情は笑ってはいるが、目は笑っていない。

 対する政宗様は機嫌の悪さが滲み出まくったような、何とも不機嫌な表情をしている。

 

 

 「Huh…?、それじゃァ言わせて貰うが…アイツが忍になりたいつったのか?」

 「さぁ?どうだろうね」

 

 「……降りて来いよ猿…」

 「えー、嫌だよ。斬り捨てられそうだもん」

 

 

 塀の上でニコニコと佇む猿飛殿と、物凄い剣幕でそれを見詰める政宗様。

 

 そしてそれを見ている俺と、未だにモッサモッサと団子を頬張る真田殿。

 

 

 …なんだこの状況は。

 

 

 しかもなんか段々野次馬が増えて来た。

 

 

 「…政宗様、猿飛殿、此処ではなんですから移動しましょう。」

 

 二人もやりにくいと感じていたのか、俺の言葉にコクリと普通に頷いた。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 「…クッソ…!、何だって今更アノヤローが来るのよ…!」

 

 

 アタシは民家の上を屋根伝いに走りながら一人呟いた。

 

 誰に、という訳では無いがそんな風に口に出して言わないとやってられない。

 

 

 とりあえず意味が解らん。

 

 何故アイツがココに来た?

 

 

 しかも『探した』だって?

 

 アタシを?

 

 …理由が全く解らない。

 まずアノヤローがアタシを探そうとする理由も、殿様が単身で他国に乗り込む理由も解らない。

 

 …普通は部下にさせるんじゃないの?

 

 大体、アタシもどうかしてる。

 佐助の言った『竜の旦那』ってのが『独眼竜の旦那』の略だって事くらい少し考えれば解るのに。

 

 アタシは阿呆か。

 

 「…っていうか…阿呆なんだろうな…」

 

 思わず自嘲気味に笑ってしまった。

 

 

 大体、あのドS三日月男の考える事だ、どうせ物凄いろくでもない事が理由だろう。

 アタシをストレス発散に使うとか、嫌がらせするとか、言葉責めにするとか、虐めるとか。

 きっとそんなサディスティックな事の為に探されてたに違いない。

 

 むしろ…それしか考えられない。

 それ以外はなんも浮かばないくらいそれしか思えない。

 

 うん、やっぱ死ねば良いよアイツ。

 

 しかしそれでもアタシはこの国から出る訳には行かない。

 

 この世界に来た頃とは違って、アタシは今、武田軍に仕える一人の忍だ

 

 まあ、まだ見習いだけど、それでも、この国から無断で出る事は、裏切りを意味する。

 

 アタシ、誰かを裏切ったり騙したりするのは割と得意だけど、でも流石にめちゃくちゃ世話になった人を、あっさり裏切ったり出来るような薄情さも、非情さも、卑怯さも持ち合わせて無いのよね。

 だってまだまだ現代日本人だし。

 

 

 それに、まぁ、一応は普通の女の子だから。

 

 

 今、佐助の声で『え?どの辺が?』って幻聴が聞こえたから、後で八つ当たりさせて貰おう。

 身体で返せって言われてたし、そんなんでいいよね。

 

 まぁそれはともかく。

 アタシは武田さんを裏切れない。

 

 ので。

 あの三日月男が諦めて帰るまで、アタシは隠れながら過ごそうと思います。

 

 そんであわよくばサクッと殺したいと思います。

 

 お付きの人も居たけどあの人は特にアタシになんかした訳じゃないから除外。

 まぁ、あの人素敵な感じのおじ様だもの。

 ヤーさん風だけど。

 

 是非ともアタシの作った逆ハーレムのメンバーに居てほしい

 

 という訳で、とりあえずアタシは上田城へ帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に目が醒めると何も見えなかった。

 

 いや、失明したとかそんなシリアスな感じじゃなくて、誰かの胸に押さえ付けられて。

 

 

 いや、うん。

 

 え?何コレ

 

 ちょい待て。

 

 マジ意味解んない

 

 

 まぁ、うん、誰だアタシを抱き枕にしてんのは。

 

 

 広い胸板から相手は男だと解るけど、この状況じゃ顔も見えないし身動きも取れない。

 身をよじってみるけど全く抜け出せそうに無かった。

 

 仕方ないからとりあえず、状況を確認してみよう

 

 アタシは寝る前何してた?

 

 えーと、とりあえず昨日は城に帰還した後、佐助と夕飯食べて、自主練して、風呂に入って、布団に入って、寝た。

 

 

 あれ、じゃあなんでこんな状態になってんだ?

 

 

 あ、なんか嫌な予感がする。

 

 

 「…Heyカズハ、お目覚めか?」

 「…いや、とりあえず聞かせろ。

 なんでアンタがアタシの部屋で、アタシの布団に入って、アタシを抱き枕にしてんだ」

 「Ha…んなもんたまたま通り掛かったからに決まってんじゃねーか」

 

 たまたま通り掛かったら、勝手に人の部屋に入って、勝手に人の布団に入って、勝手に人を抱き枕にすんのかアンタ。

 

 「んな事ァどうでもいい…お前…なんで昨日逃げた。」

 

 んなもん逃げたかったからに決まってんだろコノヤローめ、そのくらい解れ。

 

 てゆーかこの三日月男、上田城に泊まったのか。

 くそ…昨日城内を歩いた時、殺気立った気配なんて無かったから油断した。

 ついでに現代日本人なアタシは、寝てる時なんてホント無防備だからな…。

 寝てる間も気配を察知するなんてまだまだ出来そうに無い、って、いや出来なくて良いんだけど。

 

 此処で暮らすようになってから、アタシの体内時計も進化して、朝日が昇った頃に起きるようになったから、今はきっとそのくらいの時間なんだろう。

 そろそろ朝稽古の時間だから離して欲しいんだが。

 

 「…Han…だんまりか。

 良い度胸じゃねーかカズハ…今の状況が判ってねェ訳じゃねェんだろ?」

 

 ...一応判ってるけどアタシ個人は、あんまり判りたくないって言うか何て言うか…

 

 「お前は今、俺様の腕の中に居るんだぜ…?」

 

 えーと…これは…殺されるのと[自主規制]られるのとどっちだろうか

 

 …あ、もしかして両方?

 

 うん、謹んで遠慮します。

 

 「仕方ないわね…じゃあ言うわよ。

 えーと…そんなの逃げたかったからに決まってんじゃない」

 

 胸に顔面を押さえ付けられてるから凄い喋りにくいけど、とりあえずさっき思ったままを答える。

 

 どうでもいいけどアタシ、なんでこんな冷静なんだろうか

 

 あ、解った!なんも見えてないから状況の現実感が無いんだ。

 成る程成る程、なら仕方ないわね。うん。

 

 …って納得してどうする!!!

 

 「いい加減離せコノヤロォォォオオ!!!佐助ェェェエ!!!幸村ァァァア、うぶ!!」

 「shit!、騒ぐんじゃねェ、その首捩じ切るぞ」

 

 ちょま、恐っ!!!

 めっちゃ怖い事言われた!

 捩じ切るって何、ヤダ、絶対痛いし怖い!

 

 「竜の旦那ァ~?お楽しみのとこ悪いけど、ウチの部下に何してくれてんのかな?」

 

 あ、佐助だ!助けて!

 いや助けろ!!

 

 …なんか空気ピリピリしてるけど気にしない!助けて!

 

 てゆーか、胸に思い切り押さえ付けられてるからかなり苦しいんだけど何コレ

 

 すいませーん!死人出ますよー!

 アタシの命の灯が儚く消えようとしてますよー!

 今まさに有り得ない場所でアタシが死にそうですよー!

 息が出来ませーん!

 

 うわ、ヤバイってコレマジで

 

 

 あ

 

 

 なんか走馬灯見えて来た

 

 ついで言うと綺麗な景色も見えて来た

 

 あー、死んだひいお婆ちゃんがアタシを見付けてオタオタしてる

 あと昔亡くなった叔父さんが指差しながら爆笑してる

 

 いや、笑ってねーで助けろやアンタ。

 

 駄目だ考えるのも億劫になって来た…

 

 「ちょ竜の旦那!カズハちゃんピクリとも動かなくなっちゃったよ!!?」

 「何だと!?オイカズハ大丈夫か!!?、shit!!白目向いてやがる!!」

 「カズハどぬォォォオオ!!何があったでござるかァァァアア!!?」

 

 なんか幸村がやって来たような、皆が大騒ぎしてるような、そんな感じがしたけど

 

 アタシの意識はもう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が醒めた時、なんか異様な光景が広がってた。

 

 

 顔面に足跡の付いた三日月男が小十郎さんから説教受けてて、その横で幸村と佐助も一緒になって説教受けてた。

 

 正座で。

 

 …あれ、…此処アタシの部屋だよね?

 何この状況。

 

 「女性の寝室に勝手に入るだけでも非常識だと言うのに、あまつさえ寝込みに…云々」

 

 とかなんとかガミガミ説教されている。

 

 えーと、とりあえず今何時頃?

 

 朝稽古行かなくちゃなんだけど。

 そんで朝食ね。

 

 「カズハ殿!気が付かれたか!」

 

 幸村がアタシが起きたのに気付いた事で、視線が一斉にアタシに集まった

 

 「カズハちゃん大丈夫?竜の旦那はうちの旦那がシバいといたから安心してね」

 「Han!不意打ちだあんなのァ。卑怯極まりねェ」

 「政宗殿が破廉恥だからではないか!」

 

 成る程、三日月男の顔の足跡は幸村のドロップキックか。

 

 「ンだとォ!?それじゃ俺様の存在が破廉恥みたいじゃねェか!」

 「なんと!、違うのか!!?」

 

 幸村…アンタもしかして確信犯か…?

 純粋と見せ掛けて実は腹黒いの…?

 それとも素でそんなん思ってたの…?

 

 幸村以外の全員が幸村を見詰めながら押し黙った。

 

 きっとアタシと同じ事を考えたに違いない。

 

 

 「え、何?どうしたのだ皆、急に黙り込んで…某何か変な事でも言ったか?」

 

 オロオロとする幸村

 

 ...うん、とりあえず気にしても仕方ない気がする

 

 天然か確信犯か腹黒か計算か解んないけど、もし天然なら考えるだけ無駄だ。

 

 「まぁ良いや…アタシ朝稽古行かなきゃ…」

 「え?もう朝餉の刻限でござるよ?」

 

 …そんなに気絶してたのかアタシ。

 大体三時間くらい?かな?

 

 ...てゆーかその間ずっと小十郎さんから説教受けてたのかアンタら。

 

 まぁそんなこんなでようやく朝食を食べに向かった。

 

 

 朝食の後は佐助が勝手に組んだスパルタ鍛練がある筈なのだが、事あるごとに三日月男が乱入してきてそれどころじゃ無くなった。

 

 何がしたいんだあの男は。

 

 まぁ、スパルタ鍛練受けなくて良いって事は凄い嬉しいけど。

 でも逃げ回ったり隠れたりしなきゃならないから凄いめんどくさい。

 

 アイツさっさと諦めて帰れば良いのに。

 でもなんかよく解んないけどアタシを奥州に連れて帰りたがってるのよね。

 はっきり言って凄いうざい。

 

 

 「…お陰で隠密行動がプロ並になれそうだな…」

 

 城の屋根に佇みながら、小さく呟く。

 

 こーゆー事してると小さい頃やった隠れ鬼ごっこを思い出す。

 早い話隠れんぼの鬼ごっこバージョン。

 鬼に見付かったら捕まらないように全速力で逃げる、意外とサバイバルでスリリングな遊びだった。

 

 懐かしいな…うん。

 

 アタシが参加すると絶対泣き出す子がいたから自然と参加しなくなったんだっけ。

 何で泣かれたんだろ。

 

 鬼じゃない時は持ち前の素早さで誰にも捕まらないように逃げまくって、鬼になった時は一人に的をしぼってどこまでも追い掛けたりしたからかしら。

 

 …そんな風に過去へ思いを飛ばして居たら、いつの間にか幸村が隣でモッチャモッチャ団子食ってた。

 

 

 「…え、…幸村何やってんのアンタ」

 

 「ん?もご…んぐ…いや、某ちゃんとカズハ殿に声を掛けたのだが、返事が無かった故…」

 「そ…そうなんだ?ごめん」

 

 アタシ幸村の気配がわかんなくなるくらい考え込んでたのか…、悪い事したな。

 

 「…っていうか此処屋根の上だよね。」

 「そうでござるな。」

 

 「…いや、そうでござるな、じゃなくて。なんでアンタ登って来ちゃってんの」

 

 「え…某はカズハ殿と団子を食べようと…」

 「え…それだけの為に護衛の佐助も連れず、こんな所まで登って来ちゃったの…!?佐助は!?」

 

 「佐助は政宗殿との手合わせの最中にござる」

 

 佐助…アンタ何してんだ。

 あ、アタシが政宗から逃げた後を引き受けてくれたとかは考えないわよ、めんどくさい。

 

 「てゆーかアタシまだ完璧な忍じゃないからアンタの護衛出来る自信無いよ?」

 

 えぇ、カケラも。

 

 「大丈夫でござる、カズハ殿は立派な武田の忍、佐助の代わりも簡単にこなせる筈!」

 

 いや、無理無理。

 あんな人外な奴と一緒にせんでくれ。

 

 しかし、そこで幸村が口を開いた

 

 「…本当は某、…其方と団子を食べたいが為だけに上って来た訳ではござらん」

 

 え?あ、そうなんだ

 

 良かったー。

 団子を食べたいってだけの為に屋根の上まで来たんだったらホントにどうしようかと思った。

 どんな上司だよ!ってツッコミ入れる所だった、危ない危ない。

 

 

 「…実は某、カズハ殿に尋ねたい事があるのだ」

 

 

 ?…なんだろ。

 

 

 「…カズハ殿は…、政宗殿と共に奥州へ帰って仕舞われるのか?」

 

 

 はい?

 

 

 「え、何それ。どういう意味?」

 

 思わず眉間に皺を寄せて尋ねる 

 

 「政宗殿は…カズハ殿を迎えに甲斐へ来られたのだろう?」

 

 神妙な面持ちで尋ねられ、アタシの眉間に更なる皺が寄った。

 

 「…アンタ何の心配してんの?」

 

 「え?いや、だから…」

 「アタシがあんな男に付いてくとでも思ってんの?」

 

 不思議そうにアタシを見る幸村

 

 「アタシが、武田を裏切ると?」

 

 幸村の目が見開かれる

 

 「アタシ、そこまで信用無いんだ?」

 「ち、違うっ!!!カズハ殿、それは違うぞ!!!」

 

 「…良いよ別に。どうせアタシ新参者だし。」

 

 …アタシなんでこんな事言ってんだ?

 

 …あぁ、なんだ。

 ちょっとショックだったのか。

 ショック受けるなんてまともな感覚、まだあったのかアタシ

 

 ちょっと感心。

 

 「カズハ殿!!!」

 

 不意に両肩を掴まれ、視界には幸村の、なんかちょっと泣きそうになってる必死な顔があった。

 

 「聞いてくれカズハ殿!、某は…某はただ単に、其方に甲斐から離れて欲しく無いだけなのだ!」

 

 いや、だから離れるも何もアタシそんな気ないんだってば

 

 「政宗殿が、カズハ殿とは恋人同士だと言っておったから…」

 

 

 ..................は?

 

 

 ...あのボケナス...何意味の解らん嘘を吐いてくれてんだよ...

 有らぬ誤解を生産しやがって...

 

 

 これアレだろ、嫌がらせだろ、確実に嫌がらせだろ。

 

 

 それ以前に

 

 

 「んな訳あるかァァァアア!!!てゆーかあんなドSが恋人なんてアタシどんだけMなんだっつの、有り得ないっつーの!!!」

 

 

 よし!シバきに行こう!今からでも良い!全力でシバく!むしろぶち殺す!!

 

 ブ ッ コ ロ ス !!!

 

 「…?、カズハ殿?『どえす』とは何でござるか?」

 「え?、あぁ…人を虐めたり泣かしたりするのが大好きな人の事よ。」

 

 「では…『えむ』とは?」

 「虐められたり泣かされたりするのが好きな人の事よ」

 

 「…何処の言葉でござる?」

 「あー…アタシの故郷の方言みたいなもんよ」

 

 「成る程!」

 

 

 いや、幸村も何聞いてんだ、そんでアタシも答えてどうすんだ。

 

 大体何の話してんのよコレ

 

 

 「…では、某はどちらかと言えば『どえす』でござるな!」

 

 

 何言い出すんだこの子。

 

 

 え、いやMだって断言されても困るけど。

 

 てゆかホント何の話コレ。

 

 

 

 「…良かった。」

 

 

 

 不意に呟かれた一言。

 

 その一時の合間に、アタシと幸村の間を一陣の風が通り抜けた。

 

 「…何が?」

 「折角仲良くなったのにいなくなるのは寂しい…と、そう思ってたでござる。だから、良かった」

 

 

 いや、だからさ。

 

 

 そーゆー事をさ、美形がニコって笑いながら言っちゃ駄目だって。

 

 赤面するから。

 

 照れるから!!!

 

 ホント何もうこの世界、アタシを鼻血で失血死させたいのか。

 

 

 「…?、カズハ殿?どうかしたでござるか」

 「ななな何でもない何でもない!

 大丈夫大丈夫!大丈夫だから顔近付けて来んな!!」

 「カズハ殿!?如何致した!!顔が真っ赤にござる!!何処か具合でも!?」

 

 いやいやテメーのせいだよコノヤロー!!!

 あーもーいいから顔近付けんな余計恥ずかしいから!!!

 

 「何でもないっつってんだろ!!

 恥ずかしい台詞サラっと言いやがって恥ずかしいんだよ今のアタシを見るなァァァアア!!!」

 

 叫びながら幸村を背負い投げてアタシは屋根から跳び去った

 

 幸村の言葉は凄い嬉しかったけど、あの状況は無理。

 耐えられない。

 恥ずか死ぬ!!!

 

 アカン!とりあえず、どっかで頭冷やしたい!

 

 …そうだ!川行こう。

 

 川に入って頭冷やしてついでに魚とか捕って夕飯にして貰おう。

 ちょうどいいサボりの口実になるしね!

 

 という訳で、忍の技、早着替えで忍装束から普通の着物に一瞬で着替え、ポニーテールをロングヘアに変えて、そこからは歩いて川に向かった。

 忍って凄いよね、出来てるアタシも凄いよね。

 さすがはカズハ様よね。

 

 



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いけめんいけめん

 

 

 

 「…とりあえず、顔洗おう。」

 

 意味も無く一人呟いて河原を進む

 

 水音がサラサラというより若干バッシャバッシャ聞こえるのは先日の雨のせいで水嵩が増えているからだと思う。

 そう、最近雨降ったのよ。

 雨の中修行すんのクソダルかった。

 

 とりあえず水辺にしゃがみ込んで両手に掬うと、日の光が反射してキラキラしていた

 

 「…やっぱ水が綺麗だな。実家とは大違い」

 

 呟いてから顔を洗う。

 

 無駄に興奮した後だから冷たい水がとても気持ち良い。

 

 …あー、生き返る…

 

 

 「あ、そこの綺麗なお姉ちゃん!この辺の人かい?」

 

 

 不意に聞こえた声に思わず一瞬固まった。

 

 いや、だってBLE●CHの●護の声だったから。

 

 それから、とりあえず顔拭くのも忘れてゆっくりと振り向いてみる。

 

 そしてアタシはまた固まった。

 

 だってこの人もまた見覚えあるんだから仕方ない。

 

 何だっけ、えーと

 

 あ。

 お祭りの人だ。

 

 名前知らんけど。

 

 

 「アタシ、ですか?」

 「え?此処に居るのお姉ちゃんだけじゃん」

 

 あぁ…うん、確かに。

 

 服の袖で顔拭きながら周りを見回して今気付いた。

 

 のんびりと近寄って来る青年に、立ち上がってから体ごと向き直るアタシ

 後1メートルって所で、青年はアタシの前に立ち止まった。

 

 …でけーなオイ…

 え、身長めっちゃ高くない?

 

 「えーと、何か…?」

 

 とりあえず気にしても仕方ないから用件を尋ねてみた

 

 途端に青年の表情が緩む

 

 「そうそう!、此処って甲斐のどの辺か解るかい?」

 「ココ?…えーと…アレ、何処だろ」

 「え!?解んねェの?」

 

 …生憎と、地理は全く解りません。

 佐助、ちゃんと教えてくれなかったし。

 何でだ佐助。

 

 「でもあっちが武田軍のお城って事は解るよ」

 「ふーん。あ、じゃあお姉ちゃん、良ければ案内してよ。」

 「あ、うん」

 

 人懐っこそうな笑みを向けられて思わず普通に了承してしまった、やらかしたわアタシ。

 

 二人で上田城に向かって歩き出すと、青年はアタシににこやかな笑顔を向けた

 

 「俺は前田慶次!んでこっちは夢吉!お姉ちゃんは?」

 

 慶次と名乗った青年の肩からぴょこんと小猿が飛び乗って来た。

 

 うわー、ちっこい猿だ。

 無駄に可愛いなオイ。

 

 でも肩付近ちょろちょろするのは良いけど頭に乗らないで欲しい、可愛いけど。

 

 「…アタシ?、カズハよ。」

 「カズハか!綺麗で可愛い名前だなー!どんな意味が込められてんだい?」

 

 

 「…え、いや、知らないけど。」

 「ホントに!?それは勿体ないなー、今度親御さんに聞いてみると良いよ!」

 「…はぁ。」

 

 なんつーか、明るいと言うか

 こういうのを天真爛漫とか言うんじゃないかな…。

 

 道なりに歩を進めながらぼんやりとそんな事を考えた。

 

 まぁこんだけ暢気ならそう考えるよね。

 

 

 「じゃあさカズハ!今、恋とかしてるかい?」

 

 いや…あの初対面なのにいきなり呼び捨てかよ、とか思ったけど、まずその女子高生みたいな質問内容、何。

 別に良いけどさ。

 

 「…してませんよ。そんな暇無くて」

 「えぇえ!?そんなに綺麗な顔してんのに!!?勿体ないなー!」

 

 …顔が綺麗なのと恋が出来るのとは別物だと思うんだけど。

 

 「…よし!じゃあカズハ!アンタは俺に恋すると良いよ!」

 

 ...............はぁ?

 

 え、何言ってんだこの人、何が、よし!なのかさっぱりなんだけど。

 

 …阿呆の人だ。

 絶対阿呆の人だ。

 

「…前田さんは武田のお城に何の用なんです?」

 

 …よし、意味解らんしとりあえず今は話を逸らそう。

 そう思って尋ねたんだけど

 

 「違う違う、前田さんじゃなくて、慶次!」

 

 と、なんとも予想外の返答が返って来た。

 

 「…は?」

 「だから、前田さん、じゃ無くて慶次って呼びなよ!

 俺だってカズハって名前で呼んでるんだしさ」

 

 逆に話を逸らされた、とかも思うけど

 

 それよりもなんだこのゴーイングマイウェイな人。

 意味解んないんだけど。

 

 「…じゃあ慶次さん。」

 「慶次!」

 

 …面倒臭ェ男だなコイツも。

 

 「…慶次」

 「よーし!」

 

 呼び捨てにしたら満足したのか、ニコニコしながら頭をワッシャワッシャ撫でられた

 

 髪がグシャグシャになるから止めて頂きたい!!

 

 「そういえばカズハは何処の生まれなんだい?」

 「とりあえずこの国じゃない事は確かよ」

 「ハハ!それくらい解るよ!まぁ良いや。俺はね、京から来たんだよ」

 「へー、そうなんだ」

 

 コイツ、アタシが生まれ言わなかったから自分も言わなかったよ。

 

 …まぁ良いか。

 

 「じゃあさ!カズハは何の仕事してんだい?」

 「武田のお城に仕えてるわよ」

 「へぇ!そりゃ凄いや。女中さんとかかい?」

 「まぁね」

 

 適当に答えながら、とりあえず歩を進める。

 

 よく喋る男だなコイツ

 

 「カズハはさ!」

 「今度は何よ」

 「綺麗な髪の色だよな!」

 「…ありがと」

 

 えーとコレあれか?もしかして口説かれてる?

 …まあ、アタシってば、美人だから仕方ないわよね。

 

 …まぁ良いかどうでも。

 

 ...髪と言えば、なんか不思議なのよね。

 二ヶ月以上もこの世界に居るのに髪も爪も伸びない。

 でも怪我したら普通の人と同じ速度で治る。

 

 鍛えたらその分育つけど体型は変わらないし、……かなり不思議。

 

 考えられる可能性としては二つ。

 

 一つは、アタシが違う世界から来たから。

 

 もう一つは、

 

 此処がゲームの中だから。

 

 だってほら、ゲームのキャラって服や装備が変わる事有っても、髪伸びたりしないじゃん?

 

 あれ?って事はアタシもゲームキャラ?

 

 

 …まぁ考えても仕方ない気がする。

 

 

 しかし前田慶次か…

 なんか聞き覚えあるんだよな...

 

 あっ!確か前田利家の親戚、かなんかじゃ無かったっけか

 

 .........駄目だ。

 アタシの中途半端な知識じゃそれ以外何も思い出せ無いし解らない。

 日本史の授業、殆ど寝てたのが今になって響くとは…!

 

 …てゆーか今この世界の情勢とかってどうなってんだろ。

 

 チクショー、なんでそーゆー事教えてくれないんだ佐助!

 てゆかこの国自体日本地図のどの辺にあるんだかさっぱりだし(※山梨県です)

 

 あれ、アタシ忍なんじゃ無かったっけ?

 

 え、こんな世間知らずな忍で良いのか武田さん。

 

 …帰ったら地図見せて貰おう。

 そんで今の情勢どうなってんのか調べよう。

 

 「慶次はなんで甲斐に来たの?」

 

 とりあえず情報収集に聞いてみる事にした。

 

 「ん?そうさなぁ…、強いて言うならカズハに逢う為?」

 「なんだ浮浪者か」

 「違うよ!そこはせめて風来坊にしててよ!」

 

 うん…悪いけどかなりどうでもいい。

 

 …しかしアタシもよく考えたら凄いよなー。

 ゲームの世界に来たからって、キャラに会えるとは限らないのに、この短期間でコレだもんな。

 …運が良いのか悪いのか…。

 

 「…単に悪運が強いのか」

 「ん?何か言ったかい?」

 

 「あぁ、独り言だから気にしないで。それよりお城、見えて来たわよ。」

 

視界に入った上田城を指差して示しながら慶次を見上げる。

 

 「このまま真っ直ぐ進めば城下町だから。」

 

 そう言って踵を返そうとしたら

 

 「あ!待って待って!」

 

 と腕を掴まれた。

 

 なんなんだよもー。

 案内したじゃん、まだなんかあるのか。

 

 「一緒に行こうよ!カズハはあそこに仕えてんだろ?」

 

 …え…、…いや、そうだけどさ...あんまり今帰りたく無いんだよね...

 なんせ今城はドSの祭典が開かれている

 

 いやドSVSドS+自称ドSというか。

 なんか訳解んない事になってんだよね。

 

 「…いや、アタシまだ用があるから」

 「えっ?そうなんだ?悪い!」

 「うん、だからアタシはこれで」

 「俺手伝うよ!」

 

 ...............はぁ?

 

 「なんで」

 「え、だって俺のせいで余計な手間掛けちまったじゃん」

 「…はぁ」

 「だから手伝うよ!」

 

 いや、…うん。

 気持ちは…まぁ嬉しいんだけども、実は特に用なんて無いんだよね。

 

 「…いや、良いよ。アンタも用があるんでしょ」

 「大丈夫!用なんて暇だったからこっち来たついでに信玄公に挨拶しとこうかなーとかそんな感じだから」

 

 アンタ本当に甲斐に何しに来たんだよ

 

 大体何その理由

 

 「で、アンタの用って何なんだ?」

 「…ホントに手伝う気なわけ?」

 「当たり前だよ!男に二言は無いっ!」

 

 そんな感じに若干おちゃらけた感じで断言された。

 

 

 え、どうしよう

 

 えーと、えー―――っと。

 

 

 「あれー?カズハちゃんこんな所で何やってんの」

 「佐助!!?」

 

 なんて答えようか逡巡してたら、佐助がいきなりアタシに語り掛けながら現れた。

 

 「お!佐助じゃん!」

 「あれ。前田んとこの風来坊じゃん」

 

 え、何?

 知り合い?

 

 「前田の旦那、また家出?」

 「へへっ、風の吹くまま、気の向くままってね!」

 

 いやそれ答えになってないよ。

 

 「で…なんで前田の旦那とカズハちゃんが二人してこんな町外れに?」

 「そんな事聞くなんて佐助も野暮だねェ。

 男女二人でっつったら逢い引きに決まってんじゃん」

 「道案内頼まれたから此処まで案内しただけよ」

 

 ウザいから綺麗にスルーして佐助の質問に答えると、なんか『あれ?無視?』とか聞こえた。

 けど気にしない。

 

 「成る程ね。駄目だよ前田の旦那ァ。

 カズハちゃんはうちの旦那の嫁になる子なんだから手ェ出しちゃ」

 「はぁ?」

 

 いきなり何言い出すんだコイツ。

 

 思わず眉間に皺を寄せて佐助を凝視する。

 

 何がどうなってそんな話になったんだコレ

 

 だが佐助は、いつもの何考えてるかさっぱりな笑顔のままだ。

 

 「真田の嫁!?アッハッハ!そりゃ何の冗談だい?」

 「冗談じゃ無いよー。うちの大将結構その気だもん」

 「マジで!?」

 「マジだよ~」

 

 いやアタシ聞いてねーぞそんな事。

 

 あ、分かった、慶次がアタシをナンパしてるみたいだからそれを追い払う為に言ってくれてんのか?

 

 だとしたらそんな心配いらんよ佐助。

 

 アンタの修業のお陰でアタシは変わり身の術使えるようになっちゃったから。

 

 「って訳で。前田の旦那…悪いけどその子の手離してくんないかな?」

 「ありゃ、佐助もしかして妬いてるのかい?」

 

 …コイツはなんだってこうそっちの方に話を持って来るんだ?

 思考回路は女子高生なのかこの派手ででっかい兄さんは。

 佐助は単に自分の部下が許可も無くこんな状態になってんのに対して苛立ってんじゃないの?

 

 「前田の旦那はホントにそーゆー話好きだねぇ」

 「大好きだね!なんせ恋は人を幸せにしてくれる!」

 

 えーと…この世界の男は皆阿呆かドSしか居ないのか?

 皆美形だからまだ救われるけどさ。

 

 「まぁ良いや!ところでカズハ、何か用があるんだろ?時間は大丈夫なのかい?」

 「え?…あぁ、えーと、うん。今からなら何とか大丈夫だから。」

 

 「よし!じゃあ善は急げって言うし、さっさと行こうぜ」

 

 慶次がアタシの手を引いて歩き出そうとしたけど、何故かそこで佐助が空いてたアタシの手を掴んだ。

 

 「んじゃ俺様も一緒に行くよ!二人きりにしたらカズハちゃんの操が汚されそうだし」

 「なんつー台詞を平然と吐いてくれてんだ佐助!!!」

 

 デリカシーねェ!さすが戦国時代!

 

 「アハハ~気にしない気にしない」

 

 気にするわ!!!クソ!セクハラだコレ!絶対セクハラだ!

 

 という訳で。

 

 なんか訳解んない状態のまま、とりあえず甘味屋に幸村用の団子を買いに行きました。

 

 いや、用なんて他に浮かばなかったし、今更川に戻って魚捕るのも面倒臭いじゃん?

 

 まあそんな理由。

 

 って訳で、山盛りの団子を(幸村のツケで)買って何故か持つって言って聞かない慶次と佐助に風呂敷包みを持って貰いながら、帰りたくない城へ帰還したんだけど

 

 そしたら…なんか幸村と三日月男が戦ってた。

 

 

 え、何やってんのこの二人。

 

 

 「よくも某を謀ってくれたな伊達政宗ェェェエエ!!!」

 「Ha!!、騙されるお前がfoolなんだろ!?」

 「うおぉぉおお問答無用!!!お覚悟召されよォォォオオ!!!」

 

 

 …えー…?ちょっと何コレ、何がしたいのこの人達。

 

 

 「実はさー、先刻カズハちゃんに会う前に俺様が竜の旦那と手合わせ(?)してたらいきなり旦那が乱入して来たんだよね~」

 「そーなんだ…」

 「ハハッ!相変わらずあの二人は元気だなぁー!

 でもまさか甲斐で奥州名物が見られるとは思わなかったけど!」

 

 おーい慶次…そーゆー問題か?

 てゆーか奥州名物って何。

 

『カズハ(殿)!!!』

 

 うわっ、あいつらアタシに気付いた。

 やめてくれよこっち来んなよテメーら爽やかに汗掻いてるけど汗臭いんだから

 

 しかし、アタシの内心なんてお構いなしにバタバタと駆け寄って来る二人。

 

 「Heyカズハ!やぁーっと観念しやがったか?」

 「うっさい黙れ誰がするかそんなん。

 アタシは単に此処を通り過ぎたいだけだっつの。張っ倒すぞ三日月」

 「Ha…!んだよつれねえなカズハ…一夜を共にした仲じゃねーか…」

 「ちょっ気安く触んな金取るぞコノヤロー!!!」

 

 馴れ馴れしく肩に手を置くな寄るな触るな近付くな!

 

 「そうでござる破廉恥殿!カズハ殿が困っているでは無いか!」

 「Ah!?テメとうとう俺の存在自体を破廉恥呼ばわりかムッツリ侍!!!」

 

 「某はムッツリ侍では無い!!!真田幸村にござる!!!」

 「Ha!聞こえねェなぁ…もっぺん言ってみろやムッツリ侍」

 「某はムッツリ侍などでは無い!!!」

 

 

 …誰かーとりあえずで良いから助けてー。

 アタシを間に挟んでアタシそっちのけな口論とかやめてー。

 スゲー耳痛いんですけどー。

 

 あとさりげなく腕やら肩やら掴まないで、ていうか引っ張らないで。

 アタシは分裂も出来ないし海賊王目指してるゴムの人でも無いから。

 

 最悪千切れるから。物理的に。

 

 「おいおいお二人さん!カズハが困ってんじゃねえか、その辺でやめとけよ」

 「ぬ!?前田殿!!?」

 「Ah?前田慶次?」

 

 声と共にアタシが二人の間から引き抜かれた事で、ほぼ同時に慶次に気付いたのか、怪訝そうな表情を浮かべて慶次を見る二人

 

 ちょっと面白い。

 

 

 ついで言うと救出有難う慶次、っていうか知り合いなんだ?

 

 「オイオーイ…なんでテメーが此処に居るんだ」

 「いやはや、随分と久方振りにござるな、前田殿!」

 

 どうでもいいがテンションに随分と差があるなお二人さんよ。

 

 「風の向くまま、気の向くままってね!」

 

 うん、それちょっと前も聞いた。

 

 「そうそうカズハちゃん、サボろうったってそうは行かないからね。」

 

 突然そう言ってアタシの肩を軽く叩く佐助。

 

 ………チッ…やっぱり無理だったか。

 色々ツッコみたい箇所ばっかりだけど今はまぁ良いや

 

 とりあえずこのストレスを鍛練にぶつけまくってやる覚悟しやがれ佐助。

 

 …うん、なんなんだろうねこの状況

 アタシもうよく解らないよ

 

 なんでこんなアタシの周り男ばっかで、しかもスキンシップ通り過ぎたセクハラされたりとか妙に気に入られたりとか

 

 

 あれ?

 コレ逆ハーレムじゃね?

 

 

 あっ、違う!

 逆ハーレムにしてはアタシに対する皆の扱いが酷いもん

 

 

 なんかペット感覚に近い物を感じるもん!!

 

 

 こんな逆ハーレムアタシは認めねェ。

 

 

 アタシは『ドキッ☆振り回されてばっかの逆ハーレム~ドS達の祭~』

よりも

 『ウフッ★アタシには絶対服従の逆ハーレム~カズハ様最強伝説~』

 

 みたいな感じの方が良いのよ!!!(何このキャッチコピー)

 

 なんでアタシがアイツらに服従したり無駄に振り回されたりしなきゃいけないのさ

 アタシはそんな逆ハーレム認めない!!!

 

 てゆーかそれは逆ハーレムじゃない

 

 た だ の イ ジ メ だ !!!

 

 アタシは振り回されるより振り回す派なんだよ!!!

 

 

 最近色々忙しくて忘れかけてたけど、アタシの目的は天下統一と言う名の元の『逆ハーレム』を作る事!

 

 その為にはアタシも現役戦国武将、つまりアイツらと同じくらい、またはそれ以上に強くならなければいけない。

 現在アタシはその辺の名前付いてるモブ武将と同じ位の強さだからホントに頑張らなきゃなのだ。

 

 うん、まぁそれ以前に

 いつか佐助と三日月男をシバく為にも。

 

 そんでアイツら二人をSからMに転向させてやr………………それは良いや…キモい

 

 とりあえずアレよ、泣きながらの『スライディング土下座』させてやる。

 

 「カズハ?どうかしたかい?なんか顔色悪いぜ?」

 「…え?あぁ慶次…、や、大丈夫よ。

 ちょっと先刻想像しちゃいけない物を想像しちゃって…気分が…ね」

 「ありゃりゃ…、そりゃいけねェや。」

 「へ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出た

 

 まぁ、アレですよ

 

 所謂『お姫様だっこ』としか形容出来ないアレ。

 

 「…な、…何をなさるんですか慶次さん…」

 

 思わず敬語も飛び出した

 

 「だから、慶次で良いって。カズハ気分悪いんだろ?

 だったらゆっくり休憩しなよ。俺が城の中まで連れてくからさ」

 

 …いや、スゲー有り難い申し出なんだけど、そこで何故姫抱っこするんだよ?

 てゆか顔!!顔近ッ!!

 

 

 わー…男前ー…スゲー目の保養ー…

 

 

 って違うだろ自分!

 

 

 「前田殿!、破廉恥であるぞ!カズハ殿が困惑しておられるでは無いか!」

 

 あっすいません、寧ろ軽く視姦しちゃって、逆にアタシが慶次を困惑させてました。

 

 

 「ちょ、降ろしてよ慶次!アタシ自分で歩けるし、そこまでアンタの世話になる訳には…」

 「カズハは謙虚だなー!そんなに気にしなくて良いんだぜ?俺がしたいからやってんだ」

 

 えぇー…何この優しさの押し売り。

 てゆーかアタシが無駄に興奮しそうだから本気で離してくれ

 殴りたいけど、でもこんなにアタシに好意的な美形は殴れない…!

 

 「Hey前田慶次…テメー俺様の所有物に勝手に触ってんじゃねーよ…」

 「誰がだつーかアタシは物じゃねェ!!!」

 「ハハ!政宗はカズハが好きなんだな!」

 

 その場が一瞬固まった。

 

 「…………はァ?、…アンタ、本当そーゆー話に結び付けるの好きね…」

 

 その言葉が出たのは案の定アタシ。

 

 慶次の言葉に佐助は普通にしてて、幸村は皆の様子に不思議そうな表情で

 言われた本人は鳩が豆鉄砲喰らった

 

 (●◇・)みたいな

 

 そんな間抜けな表情で固まってた。

 

 

 よっぽど考えてもなかったんだろうな。

 

 

 うん。

 

 テメー失礼だとか考えろや本人目の前に居るんだからな。

 

 

 「…オイオイ前田…俺がカズハを好いてるだって?んな訳ねェだろ…大概にしやがれ。」

 「えー?、じゃあなんで文句言うんだよ」

 「決まってんだろカズハが好きとか嫌いじゃねェ、俺のPrideの問題だ。」

 

 …ぷ…?…あ、成る程プライドか、なんだ。何かと思った。

 英語だから解んなかったよ、発音良すぎ。

 

 「拾った猫が、俺様じゃなく他人に懐くなんて腹立つんだよ。You see?」

 

 …いや、うん。

 ツッコミ所はあちこちあるんだけど、とりあえず。

 

 河童から猫って結局人間じゃない…んだけどまぁ河童より大分マシだから良いや!

 

 「…カズハは猫じゃねェぜ?可愛い女の子だ」

 

 わーぉ。

 慶次ったら紳士~。

 

 その辺のSな二人に爪の垢煎じて飲ませたい。

 

 うん、でもさ。

 

 アタシはいつまでお姫様だっこな訳?

 

 

 「Ha!俺にとっちゃ似たようなモンだ。」

 

 

 …三日月テメーいつか絶対シバく。

 

 

 アタシは微妙に困惑した視線を佐助に送った。

 

 そして目で訴える。

 

 忍の技使っていい?

 

 しかし、返って来たのは首を横に小さく振る否定の動作。

 

 えー…まじかよ。

 良いじゃん別に。何でだよ

 

 佐助の考えが全く読めん。

 

 とか思ってたらいきなり景色が変わった。

 

 いや、前のアタシなら何も見えなかっただろうけど今は解る。

 

 佐助が突然駿足移動して、慶次からアタシを回収し、瞬時に元の位置に戻っただけ。

 

 アタシの体勢は変わらない。

 

 つまり現在アタシの目の前は佐助のアップ。

 

 つまりお姫様抱っこ。

 

 うん、意味解んない。

 

 てゆーかアタシ今鼻血出てない?大丈夫?

 

 「だからさー、困るんだよね。許可無くこーゆー事されちゃうと。

 言ったでしょ?前田の旦那。この子は真田の旦那の嫁になる子だって」

 

 いや、良いよその話は。

 とりあえず早く降ろしてくれ。

 

 三日月男なんかすっげー嘘臭いって顔して見てるじゃん。

 

 「…!、流石忍だなぁー…いつの間に…。」

 「さっ佐助!破廉恥であるぞ!」

 

 「えー?だってこうしないといつまで経っても…

 …あ、旦那もしかしてカズハちゃんを抱っこしたかった?ごめんごめん!」

 「な…!佐助!!そ、某はそんな事など…っ!!!!」

 

 「はいはい、解った解った。照れちゃってまー」

 「何が言いたいのだ佐助ェ!!!」

 

 …えーと、何この状況...、…ヤバイ。

 流石にカズハ様のこの超優秀な脳みそもショート仕掛かってるぞ。

 



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せくはらせくはら

 

 

 

 

 何この美味しい状況。

 なんか段々と皆でアタシを取り合ってるように見えて来たんだけど。

 

 え?妄想?

 コレもしかしてアタシの妄想?

 

 だがそれから、口論やら何やらで終始ずっと佐助に姫抱っこされ続け、ようやく解放されたのは、それから一時間後くらいに“慶次が来たから今日は宴会しよう”と決まった時だった。

 

 …うん。

 いい加減肩凝るわ!!!

 

 まぁそんな訳で今夜は宴会となったのだった。

 なんで宴会なのか毛ほども理解出来ない。

 

 そして勿論、アタシも強制参加らしい。

 何故なのか毛ほども理解出来ない。

 

 自主鍛練の途中で幸村に『カズハ殿も共に参ろうぞ!!!』とか拉致された。

 

 「…アタシ酒飲んだ事無いんだけど」

 

 だって現代日本人だから。

 

 「なんと!なれば尚更ご一緒に飲み明かしましょうぞ!」

 「えぇ…いや、あの…」

 「さぁさぁ!こちらでござる!」

 

 とかそんな感じで広間へ引きずられて行った。

 

 アタシの意思は完全無視らしい。

 

 一応上司だから従うけどさ。

 てゆかアタシ部下の部下だから元々拒否権なんて無いんだけどね!!!

 

 「カズハ殿を連れて参りましたぞぅお館様ァァァァァ!!!」

 「うむ!!そうか、楽しめよ幸村!!!」

 「勿論で御座いますお館様ァァァァ!!!」

 

 うぉぉおお!!!とか叫びながら武田さんに報告する喧しい幸村。

 

 その間アタシは放置。

 

 何コレ。

 

 「お、カズハちゃん鍛練終わった?」

 「その前に此処に連れて来られたわよ。なんなのアンタの主」

 

 渡された酒をお猪口でちびちび飲んでいた所へ声を掛けて来た佐助に、思わず半眼で告げる。

 

 …さすがは日本酒…苦い…!!!

 アルコールなんて慣れてないから舌がピリピリする!!!

 

 でもきっとコレは高い酒だから飲まなきゃ勿体ない訳で。

 

 ゆえにちびちび飲んでいる訳である。

 

 「あはは~やっぱりそうなった?」

 「やっぱりとか思ったんなら止めろよ。アンタお目付け役でしょ」

 「え~、だって面倒臭い、っ何すんのカズハちゃん!?」

 

 クナイぶん投げたら普通にビックリされた。

 

 折角のアタシの攻撃は、指でクナイ挟んでサラっと防御されたけど。

 

 「え?喧嘩売ってたんじゃ無いの今の。」

 「今喧嘩売ってどうすんのさ。

 それに折角の宴なんだからどうせなら飲み比べ勝負とかで良いじゃん。」

 

 「…別に良いけど、アタシ今まで酒飲んだ事無かったから、何が起きるか解んないわよ」

 「…へぇ。そうなんだ?」

 「まぁ飲む機会が無かっただけなんだけどね」

 

 そう言ったら、小さくふぅん、と返って来た。

 

 視線を巡らせれば、広間の向こうの方で三日月男と慶次が酒を酌み交わしてるのが見える。

 

 なんか楽しそうだけど嫌な予感がするから混ざりたくは無い。

 

 「カズハよ」

 

 不意に武田さんがアタシに声を掛けて来た。

 

 「なんでしょう武田さん」

 「済まぬが酌をしてくれぬか?」

 

 おぉ、お酌か。

 …あんまりした事無いけど、良いか。

 

 武田さんはダンディーだし、きっと三日月男みたいにセクハラなんてしないだろう。

 

 飲んでいたお酒をお膳の上に置いて、とりあえず武田さんの側に正座し、近くの徳利を手に取った。

 ちなみに幸村は、なんかはしゃぎながら慶次達の所に混ぜて貰いに行ってしまったので、この場はアタシと武田さんのみ。

 

 武田さんの持った赤い盃に酒を注ぎながら、武田さんに視線を送った。

 

 「…其方に尋ねたい事がある」

 「へ?、あ、はい。なんでしょう」

 

 不意の質問に面食らっていたら、武田さんは盃を傾け、ぐいっと飲んでから告げた。

 

 「其方は…、異世界から来たと聞いたが…」

 「あ、はい。そーです」

 「…ふむ。そうか」

 

 そこで途切れる会話。

 

 きっと三日月男が言ったんだろう。

 あのおしゃべりデリカシー無し男め。

 まぁ、ホントの事だから気にしないけどさ。

 

 そして、会話は途切れたまま、騒がしい音を耳にしながら、二人の間に訪れる静寂。

 ただし、聞こえて来る喧騒はめちゃくちゃ五月蝿い。

 

 

 ......ん?あれ、武田さん?それだけ?

 

 

 「聞いても良いか?」

 「何をでしょーか」

 

 また、暫くの沈黙。

 一体何なんだろう。

 

 「其方の居た場所はどのような所だ?」

 

 え、どんな…って…えーと…どんなだっけ?

 

 暫く考えてから、アタシは告げた。

 

 「……えーと…、…色々な技術に優れてたりしますが、本質はあんまり此処と変わりませんね」

 

 ゲームの中とはいえココも日本だし。

 一番の違いは戦が無い事くらいか…

 

 「カズハよ。」

 「はい」

 「辛くは無いのか?」

 

 武田さんの問いに、ちょっと固まってしまった。

 

 辛い、って、佐助のスパルタ鍛練の事だろうか。

 だったら凄い辛いけど。

 

 …いや、きっとそうじゃない。

 武田さんはアタシの事を心配してくれてるんだろう。

 

 アタシは文化も何もかも違う見知らぬ土地に放り出されたようなものだから。

 

 …優しい人だなぁ。

 こんな中途半端なアタシを心配してくれてるなんて、幸村が心酔する訳だ。

 

 「…大丈夫です。アタシ意外と楽しんでますから」

 「そうか。…あまり、無理はせずとも良いぞ?」

 

 まるで子供をあやす様に告げられたかと思えば、ワシャワシャと頭を撫でられた。

 あんまりそんなんされた事ないから妙に照れ臭い。

 

 

 「おぉそうじゃカズハ。」

 「はい?」

 

 不意にアタシの頭を撫でる手が止まった。

 若干不思議に思いながら武田さんを見ると、真剣な瞳と目が合う。

 

 「其方…幸村をどう思う?」

 「幸村、ですか?、…えーと…そうですね…いつも団子食べ過ぎだと思います」

 

 思い浮かぶのなんてそれくらいだったので、とりあえず真面目に答えたのだが、当の武田さんは驚いたような表情の後、快活に笑った。

 

 「ハッハッハ!!そうかそうか!成る程な!」

 「…なんでそんな話をするんですか?」

 「うむ、幸村は其方を気に入っているようだったからな。

 あ奴もいい加減身を固めたらどうかと思うての。

 しかしこの調子なら先は随分と長そうじゃな!」

 

 ん?何だって?

 

 「其方、幸村の嫁になる気は無いのか?」

 

 

 ...............は?

 

 

 「Wait!信玄公、そうはいかねーぜ?カズハは俺様が奥州に連れて帰るんだ」

 「ハッハッハ!伊達の小伜か。良く言うわ」

 「ちょっとちょっと竜の旦那!何うちの大将に絡んでんのさ」

 

 「そうですぞ政宗様!酔っておられるのか!?」

 「カズハ殿ぉ~、何してるでござるか~?」

 「ハハ!なんだなんだ?こっちは楽しそうだな!よっカズハ!楽しんでるかい?」

 

 えーと、うん、酒臭いよアンタら。

 なんか収拾付かなくなってんじゃん何コレ。

 

 「つーか幸村!アンタどんだけ飲んだの!?ベロンベロンじゃん!!」

 「ぬ?そんなに飲んでおらんぞ?さぁさぁカズハ殿!其方も共に飲みましょうぞ!」

 

 そんな事言いながら、いつもなら『破廉恥でござる!!』とか言いそうな、女の子を後ろから抱きしめる、なんて暴挙を自分からやってんだけどこの野郎。

 

 やっぱりムッツリか。

 ムッツリなのか幸村。

 

 とりあえず皆があんまり飲め飲め煩いから仕方なくアタシも改めてお酒を頂く事にした。

 

 しかし、勢い良く渡された徳利。

 

 え、何コレ。

 

 視線を幸村へ向ければ、ワクワクした様子でアタシを見ていた。

 

 ............飲めと?

 え?結構あるよコレ。

 

 しかし、いたたまれなくなるくらい見つめて来る幸村。

 

 だああ!もう!飲みゃ良いんでしょ飲みゃ!

 

 何かもうヤケクソになったアタシは、とりあえず一気飲みしてやった。

 

 っうがあああ!喉焼ける!アッツイ!

 

 

 「アハハ~、カズハ殿面白い顔であるぞ~?」

 

 

 うっせーこの酔っ払い!!

 

 からかってくる酔っ払い幸村にガンを飛ばすが、変化は突然訪れた。

 喉を通り過ぎた筈のお酒が、胃の中で発熱したのだ。

 

 お酒なんて飲んだ事無かったから、コレが当たり前の事なんて知らなかったアタシは、軽いパニックに陥った。

 

 何コレ、怖い。

 

 突然の事に思わずそんな風に動揺していると、また不意に更なる変化が表れた。

 

 あ…アレ?

 なんか物凄いほかほかして来たんですけど…。

 

 耳が熱いし掌が真っ赤だし顔も熱い。

 

 アレ、ほんとに何コレ?

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 余りの事に全く目が離せなかった。

 

 それは此処に居る皆が同じなようで、旦那なんか驚いて固まってる。

 

 綺麗だった白い肌が、酒を飲んで暫くした途端、みるみる真っ赤になって行って、彼女は若干フラフラし始めた。

 

 …そんなに酒に弱かったのか…

 

 凄く意外だ。

 なんかザルみたいな想像してたのに。

 

 「…カズハちゃん?えーと大丈夫?」

 

 とりあえず恐る恐る声を掛ける俺様

 

 「さっ…佐助ぇ!何コレアタシどうなってるの!!?」

 

 自分でもよく解ってないのか、思いきり慌てながら不安そうな視線を向けられた。

 

 「えっ?、えーと…全体的に真っ赤になってるよ」

 「ちょマジで!?、うっわ!!!キモい!こんなんが自分なんてマジ気持ち悪い!!!」

 「騒ぐと余計酒が回るよカズハちゃん」

 

 何て言うか…、自分で自分が気持ち悪いとかホント意味解んない子だなァ。

 

 「アハハ!カズハ真っ赤だ!可愛いなぁ!」

 「慶次ィ!アンタアタシを馬鹿にしてんの!!?

 なりたくてこうなったんじゃないっつーの!!その髪根元っから引っこ抜くわよ!!!」

 

 全体的に真っ赤だから悪態吐いても全然怖くないよカズハちゃん

 

 「カズハ殿ぉ~!、かわいらしゅうござるぞォォオオ!!!」

 「ぎゃァァァアアア!!?ちょっと何すんのいきなりィィィ!!?

破廉恥は!!?破廉恥は何処行ったの幸村ァァァ!!!」

 

 旦那がカズハちゃんを抱きしめてグーリグリほお擦りし始めた。

 

 …真田の旦那、酔っ払うと全体的に様々な意味で大胆になるからなぁ。

 …うん、頑張れカズハちゃん。

 

 「Hey真田ァ!テメー何気安く俺様のモンに手ぇ出してんだ、ソイツは俺様のなんだよ!!!」

 「カズハ殿は物ではござらぬ!!!それにどっちかって言ったらカズハ殿は某のものにござーる!!!」

 

 うっわー、酔っ払い同士がなんか言ってる…

 しかもなんかノリ的に飼ってる動物を取り合ってる子供みたいだよ二人共…

 

 「ハッハッハ、皆、仲が良いのぅ佐助」

 「…そーですね大将。」

 

 とりあえず相槌打っといたけどアレじゃカズハちゃん苦しそうだよ。

 

 あー…、でもあの困った顔…。

 酒が入って顔真っ赤だし、苦しいからか涙目だし、眉間に皺寄ってるし...イイね、うん。

 

 なんてゆーか、エロい。

 

 「ちょ…!、さ…っ佐助ェ!この二人何とかしてよ…!」

 

 酒のせいか、今まで涙なんか見せた事無いカズハちゃんが今にも泣きそうになっている。

 

 …うん、イイ表情。

 

 …あーいかんいかん、いい加減助けないとだよね。

 

 そう思った俺様は未だに口論を続ける酔っ払い達から気付かれないように一瞬でカズハちゃんを救出した。

 

 「カズハちゃん大丈夫?」

 「うあ゙ぁ…、なんか幸村にはあちこち触られるし、三日月男には乳揉まれるし、あンの酔っ払い共めが…っ!!」

 

 あんまり大丈夫じゃ無いらしい、てゆーか何してんのあの二人。

 そんでそんな事しちゃうまでってどんだけ飲んだのあの二人

 

 タチの悪いエロオヤジ化してんじゃん

 

 「あ~…そりゃ災難だったね。今は近付かない方が得策じゃない?」

 「そうね…。アイツらがこっち来たらどうしようも無いけど…」

 

 「どうしたのカズハちゃん。珍しく弱気だね」

 「カズハ様の肝臓はかなり弱かったらしくてね…意識はこんなにもハッキリしてんのに体があんまり言う事聞かないのよチクショー…!!」

 

 うーわ、もの凄い悔しそうな表情。

 

 「…だったら飲まなきゃ良かったのに。」

 「こうなると知ってたら飲んで無いわよコンチクショーめが、二度と飲まない」

 

 …それもそうか。

 飲む機会無かったって聞いたし。

 

 …しっかしまァ、コレはちょっと旦那達の気持ちが解らないでも無い。

 

 だってコレ、いつも強気で高飛車なカズハちゃんが、顔真っ赤で、涙目で、しかも自分の体を支え切れないのか若干俺様の方に凭れ掛かって来てる

 

 俺様が忍で良かったねカズハちゃん

 

 そうじゃなかったら旦那達と同じ事してる所だよ

 性格はともかくカズハちゃん外見だけは最高だから。

 

 

 「もう寝た方が良いんじゃない?」

 「…そうするわ。明日あの二人に制裁を加えてやる…」

 

 とまぁそんな感じにカズハちゃんはフラフラと立ち上がったけど、今度は前田の旦那に拘束された。

 

 それからカズハちゃんが前田の旦那と一緒に居るのに気付いた二人が乱入して、ホントに収拾付かなくなったのは言うまでもない。

 

 …頑張れカズハちゃん。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 目が醒めると、天井は見えるのに全く動けなかった

 

 うん、まぁ予想は付いたけどさ、でも

 

 「…何この状況」

 

 思わず呟いた。

 

 だってコレ有り得ないでしょ

 

 顔を右に向ければ幸村のジャニーズフェイス

 左を向けば三日月男のクールビューティフェイス

 

 そして間のアタシは二人にがっちり挟まれていて

 

 …うん何だコレ。

 

 「…おーい。」

 

 呼び掛けてみたけど爆睡してるのか反応は無し。

 

 

 「…佐助。」

 「呼んだ?」

 

 呼んだら来たよ、何でだよ怖いわ、別に良いけど!

 

 「この状況何がどうしてこうなったの?」

 「えーとね、あの後酔っ払い二人が離れなかったからそのまま一緒に連れて来たの」

 

 いやなんで一緒にすんだよ

 

 「ん…Heyカズハ、お目覚めか?」

 「うっさい黙れ。張っ倒すぞ離れろや三日月男」

 「Ha…!なんだカズハ…照れてんのか…?」

 「はぁ?ちょっ、なんだよコノ、まっ顔近い顔近い顔近い顔近い!!」

 

 「むぅ…?、もう朝でござ、カズハ殿!!?」

 「うぉわ幸村煩い!!耳元で叫ばないでマジで!!」

 「チッ、煩い奴が起きやがったな」

 「政宗殿ォ!!?ちょっ、ははははは破廉恥ィィィ!!!」

 「っ!!!アタシの麗しき鼓膜が…!」

 

 だからさホントに何この状況

 

 スゲー耳痛いんですけど、主に幸村のせいで

 

 「良いからさっさと離れやがれコノヤロー。

 あと昨日はよくも散々な事してくれやがったなテメーらァァァァァ!!!」

 「What?ちょ、オイ何を…」

 「カズハ殿!!?」

 

 横の二人の頭を掴んで勢い良く『ゴッッ!!!』と、なんか地味に痛そうな鈍い音を立て、仲良く額をゴッツンコさせてやりました。

 

 酔った勢いでアタシにセクハラした罰だ思い知れ。

 

 ふん!と踏ん反り返りながら、額をおさえて悶える二人を余所に、布団から起き上がる

 ちなみに佐助はそれをアラアラといった様子で見ているだけだった。

 

 オカンか。

 

 そんなこんなで本日はそんなグダグダな起床でした。

 

 

 

 

 

 

 「佐助、…アンタに聞きたい事がある」

 「ん?なーにカズハちゃん」

 

 アタシは現在、自分に宛がわれた忍烏の調教中。

 

 いや、餌あげの途中。

 実は雛から育ててます。

 なんかその方が仕込みやすいんだって。

 

 まぁそんな中でアタシは佐助に声を掛けた。

 

 案の定佐助は特に興味無さ気だが、そこは無理矢理気にしない

 

 「どうしてアタシに現在の情勢とかこの辺の地理とか、そーゆーのを片っ端から隠すの」

 「あれ、バレてた?」

 

 そりゃーこんだけ調べようとすんの色んな人から邪魔されたりすれば気付くよ。

 

 うん、そうなんです。

 お女中さん達や家臣の人達皆に聞いて回ったりしたけど誰一人として協力してくれなかったよ。

 

 何?嫌がらせ?

 

 「…そんなに知りたい?」

 「隠されると余計に知りたくなるのが人間の性でしょ」

 

 そう言ったらやれやれとばかりに肩を竦められた。

 

 暫くの沈黙の後、佐助の口が開かれる

 

 「…カズハちゃんさ。人、殺した事無いでしょ?」

 

 確かにそうだけどそれが何さ

 

 「…今のカズハちゃんなら人だってすぐ殺せる。実力だって忍として申し分ない。

 でも、情勢とか教えたら、カズハちゃんは本当に俺様の部下の忍として動かなきゃいけなくなるんだよ」

 

 いつになく真剣な佐助の表情に、苛立ちを感じた。

 

 成る程、つまり情勢を知るという事は甲斐の敵が明確になるという事か。

 敵が解れば、アタシは必然的に誰かを殺さなきゃいけなくなる

 

 そして地理が解るようになれば必然的に敵地へ偵察に行く事になる

 

 つまり一歩間違えば死にたくなるような拷問を受けたり、死んだりする事になる

 

 …随分と優しい上司だな

 

 今までのドSさが吹っ飛びそうだよ、飛ばないけど。

 

 知らなければ闘う必要など無いと、人を殺さずにすむと、そういう事か。

 

 …今、アタシには武田軍の為に死ぬ覚悟がある?

 

 …ぶっちゃけ無い。

 

 アタシは全体的に中途半端だから。

 だからアタシには命を掛けるなんてまだ、無理だ。

 

 しかしこのまま好意に甘え続けるのもアタシの性に合わない。

 

 でもぶっちゃけあんまり死にたくなんてないし、戦うのも…なんかアレだし

 誰かが殺されたりするのを見るなんて多分無理だし、戦場で戦うのも…アレだし

 

 沢山の人が傷付き倒れていく様を、冷静に見て居られるとは思えない。

 

 でもアタシは佐助の訓練によって様々な意味で成長した筈だ。

 

 正直、それでもたかが知れてるけど、でも、だからこそ、こんなアタシでも

 

 甘くたっていい、偽善がどうした、中途半端だろうが知るか。

 アタシを此処に置いてくれた人達の役に立てるなら。

 

 軍とかそんなの関係無い、寧ろそんなんどうでもいい。

 

 ただの、死なない程度の恩返し程度ならきっと、こんなに中途半端でもやっていける気がする。

 

 それより何より、このまま何もせずに見てるだけなんて全くもって面白くない

 どんだけアタシをナメてんだよテメーら!!!

 

 

 「…カズハちゃん?」

 

 突然静かになったアタシを怪訝そうに見ながらアタシの名を呼ぶ佐助に気付いて、アタシはゆっくりと静かに口を開いた

 

 「佐助…。その気持ちは有り難いんだけどね。

 ソレじゃアタシは駄目になっちゃう訳よ」

 

 何より、アタシはしなきゃいけない事から逃げたくない。

 どうでもいい面倒な事は全力で回避するけど、コレは違う

 

 「…アタシは逃げたくない。」

 

 言いながら真っ直ぐ佐助を見詰める

 

 「アンタがアタシをここまで強くしたんだ。…だったら、最後まで責任取って殺人マシーンを作り上げなさいよ」

 

 ニヤリと口の端を上げて、女の子は絶対しないような笑顔を浮かべた。

 

「ははっ…上等。途中で逃げ出すなよ?」

 

 と、佐助が、…なんか今までに無いくらい邪悪な笑みを浮かべて『ニヤ…ッ』と笑った。

 

 ヤバイ、もしかして早まった?

 うっわ、やっちゃったかもしれない

 

 佐助がなんか凄い邪悪に楽しそうなツラしてるんですけど

 

 「よーし、そうと決まれば、まずは読み書きが出来るようにならなくちゃね、…あとは地図の見方と…」

 

 とか何とか言いながら、ニヤニヤとこれからの指導について楽しそうに思案し始める佐助

 

 「………田中さん、どうしよう。

 うちのドS上司やる気になっちゃったよ…」

 

 田中さん(只今調教中の忍烏の雛)は、早よ飯寄越せとばかりに『ア゙ー』と鳴きながら小さく羽ばたいて、つんつんと小さい嘴でアタシの手をつっついていた、地味に痛い。

 

 アタシは自分の言った事に早くも後悔して思わず溜息を吐く。

 

 確かにアタシはこの戦国の文字なんて書けない。

 読むのはかなり時間掛ければなんとか、ってくらいだけど。

 だからまぁ有り難いっちゃ有り難いけど…勉強嫌いなんだよね…

 

 「んじゃ、俺様そろそろ仕事だから行くね。

 明日っから色んな事教えてあげるから楽しみにしててね★」

 

 楽しみにしたくなくて死んだ目のアタシなんて軽く無視しながら、佐助は駿足移動で姿を消した。

 

 「…田中さん…カズハちゃんはそろそろやさぐれそうだよ…。

 やっぱり早まったかな…アタシ」

 「ア゙ー。」

 「そうだよねぇー、コレただの自業自得だもんねー。…何やってんだろアタシ」

 

 箸で雛に餌を与えながら溜息を吐いた。

 

 でもアタシは確かに誰かに守られたりすんの嫌いなんだよね。

 守られるよりも守りたいのマジで

 なんかどっかで聞いたフレーズだけどなんだっけ。

 

 しかし、まさかカッとなってあんな事言って自ら人外への道に飛び込む事になるとは思わなかった。

 

 …まぁ良いや。

 なんか無駄に矛盾しまくってるけど、自分で決めた事だし、仕方ないから腹を括ろうと思います。

 

 



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ていさつていさつ

 

 

 「…カズハって、ホントにくのいちだったんだなー」

 

 不意に現れた慶次が、アタシの忍装束姿を見てるのに気付いてちょっと驚いた。

 

 いつの間に…?アタシまた考え込んで気配読むの忘れた?

 

 「…アレ、慶次には言ってなかったっけ?そうじゃなくても気付いてると思ってたけど。」

 

 とりあえず慶次に向き直りながら告げてみる

 

 「いや、気付いてはいたけど、あんまり信じて無かったっていうか。」

 「なんで?」

 

 「…あんまりくのいちっぽくなかったから…かな」

 「…まぁアタシまだ完璧な忍じゃないし…人を傷付けた事も殺した事も無いからね」

 

 忍っぽくないのは否定しない。

 まだまだモブ武将レベルくらいの強さの一般人のようなものだ

 

 そんな一般人いないとかそういう事はまぁ良いや

 

 「…カズハは、どうして忍になろうと思ったんだい?」

 

 慶次の質問に少しだけ驚いた

 でも少し予想くらいはしてたから不思議には思わない。

 

 「…強いて言うなら、働かざる者食うべからず?」

 「…は?、えーと…それって…」

 「カッコ良く言えば恩返し、ってヤツよ。命は掛けないけどね。そこまで忠誠無いから」

 

 なんか『えぇー…ソレで良いの?』みたいな視線が返って来たけどまぁ良いや。

 だってそれ以外になんて言えば良いかわかんないもん。

 

 それがアタシよ。

 文句なんて受け付けてませーん。

 知りませーん。

 

 「…カズハは不思議な子だなー」

 「どうせ変って言いたいんでしょ。」

 「うん」

 

 「いや、そこはせめてちょっとくらい口ごもるとかしてよ、何即答って。鳥の飯鼻から食べさせるわよ」

 「カズハ!!?ちょっソレは嫌だって!!

 生臭そうだし痛そうだし何よりなんでだよ真実じゃん!!」

 「人間ってのはね慶次。図星刺されるとキレるモンなのよ。

 その筋肉ばっかの少ない脳みそに叩き込んで置きなさい?」

 「酷っ!!俺そんなに筋肉馬鹿じゃないよ!!!」

 

 必死になって後退りまくし立てる慶次を気にする事無く、鳥の飯摘んだ箸を慶次に突き出してたけど、田中さんの声に意識を呼び戻された

 

 「ア゙ー!」

 「あ、ごめん田中さん。存在を忘れそうになってた。はいお食べ」

 

 そんな時、不意に雛に気付いた夢吉が、ぴょこんとアタシの肩に乗り、なんか興味津々で雛を見始めたのを見て自然と笑みが零れた

 

 「夢吉、この子が田中さんだよ。お友達になってやってね」

 「キキッ。」

 「ちょ、夢吉?ソレ田中さんのご飯だよ何すんの!?」

 

 暢気に笑ってたら夢吉が田中さんの飯奪ってマゴマゴ頬張ってた。

 

 ……鶏のササミだったからかな...虫じゃなくて良かった。

 食べるだろうけどそんなんあんまり見たくない。

 

 「ははっ、駄目だぞ夢吉、ソレ生だぞ腹壊すぞー」

 

 いや、そう思うなら笑ってないで夢吉捕まえるかして止めろよ

 田中さんめっちゃ夢吉にガン飛ばしてんだけど。

 

 ...友達は無理だなコレ。

 

 「カズハどぬぅぉォォォオオオ!!!」

 「うぉお!!?何どうしたの幸村!!?」

 「手合わせ願うでござるゥァァア!!!」

 「え、また!?」

 

 なんか突然現れた幸村に通り過ぎ様に手を掴まれて拉致された。

 

 慶次が呆気に取られてポカーンとアタシが連れて行かれるのを見てるのが見えたけど、それは壁に阻まれてすぐに見えなくなった。

 

 田中さん放置しちゃってるんですけど。

 あの子まだ飛べないのになぁ…

 

 まぁ佐助とか慶次とか他の人が後片付けしてくれる事を願おう。

 

 この手合わせが終わったら一旦様子見に来なきゃ…。

 

 そんな感じで幸村と手合わせした後、戻ったら案の定佐助が片付けてくれてて、地味にアイツはオカンだと思った。

 慶次は城下に行ったらしくて居なかったけど。

 

 

 

 それからアタシは、佐助や、佐助の部下の霧隠才蔵って人とか色んな人から字の読み書きを習ったり、現在の情勢を教えて貰ったりした。

 

 解ったのは、現在甲斐の国は奥州とつい最近同盟を組んだらしい事。

 三日月男がアタシを迎えに来た時に組んだらしいけど。

 

 ホントにアタシだけ蚊帳の外だった訳ね。

 ………なんか腹立つ。

 

 それから今現在の勢力図を見せて貰って、武田と伊達以外にどんな勢力があるかも解った。

 

 武田の一番の敵対勢力は、大河ドラマとかでやってたように、やっぱり上杉らしい。

 でも他の織田とか豊臣も大きくなって来てるらしくて、現在絶妙なバランスで拮抗状態を保っていたらしい。

 過去形なのは、武田と伊達が同盟を組んだ事によって徐々にバランスが崩れ始めているから。

 

 今はまだ何処も戦は始めてないけどいつ始まっても可笑しくない。

 

 嵐の前の静けさってヤツだ。

 

 何処かで戦が始まれば、それが火種となってあちこちを戦乱に巻き込んで行くんだろう

 

 そうなった時、アタシは冷静で居られるんだろうか。

 もしかしたらパニックになって不様に逃げ出したりするんじゃないだろうか。

 

 いや、それは無いわ。

 余りにもカッコ悪過ぎるもん。

 ナイナイ。うん。

 

 「…戦か…」

 

 和紙に筆で戦国文字の練習をして行きながら意味も無く一人呟く

 

 「手っ取り早くレベルアップするには…やっぱり雑魚倒しまくって経験値を稼ぐのが普通よね…」

 

 とりあえずRPGの常識を持ち出してみるけど、このゲームの中でそれをしようとすると大量殺戮しなければならない。

 

 「…今のアタシなら簡単なのよね…」

 「怖いの?」

 「…いや、寧ろ逆に楽しみになってる自分が怖いと言うか……ってまた佐助か。」

 

 またいつの間にか佐助が居たけどなんかもう慣れた

 

 「またって何さ。酷いなぁ、上司に向かって」

 「上司なら下っ端に構って無いでちゃんと仕事しなさいよ。アタシは今勉強中で忙しいの。」

 

 お手本の文字を書き写しながら、さも面倒臭そうに告げる

 

 「あーでもね、悪いけどのんびり勉強してる暇無くなっちゃったんだよね~」

 「…それってもしかして…」

 「うん。ウチの国じゃないけど、戦始まっちゃった。」

 

 「…マジで?」

 「うん」

 

 「…何処と何処?」

 「北条と織田」

 

 北条は主が大分ご老人で自ら天下取りに動いたりしないし、織田に攻め込んだりするような度胸も無いらしいから、織田が北条に攻め込んだか。

 織田はなんかよく解んないけど魔王がいるらしいね。

 

 「と言うわけでカズハちゃん。」

 「何よ?」

 「戦の様子を見に行こうか。」

 

 はい?

 

 「…今から?」

 「うん」

 

 いや、うん、じゃねーよ、とか思った瞬間、ニコニコしながら思い切り手を掴まれた。

 

 確かに偵察とか必要なんだとは思うけどさ、これも鍛練だって解るけどさ。

 

 「アタシの意思とか全無視かよ」

 「うん。何たって俺様上司だからね」

 

 …アタシなんで忍になんかなっちゃったかな…女中になれば良かったマジで。

 そしたら、覚えるの炊事洗濯掃除身の回りの世話だけで済んだもん。

 プラス暗器、空手、合気道、忍の技なんて意味解らん事習わなくて済んだもん。

 

 なんかもうそれ忍じゃない気がするんだけど女中仕事込みで忍って武田軍どうなってんの。

 

 お陰で出来なかった炊事洗濯出来るようになっちゃったんですけど…?

 

 「大丈夫大丈夫!ただの偵察だし、向こうも戦でそれ所じゃないから気付かないって」

 「…そうだと良いけど。まぁ良いや…結局アタシには拒否権無いんでしょ?、じゃあさっさと行こうよ」

 「うん。じゃあまだ道解んないだろうからはぐれないようについて来てね」

 

 なんかそんな感じで小田原に向かった。

 

 

 

 

 

 しかし、夕方頃、もう少しで小田原城という所でアタシは思わぬ足止めを食った。

 

 佐助の凧を追っかけて森の中の木の枝を足場にして伝って居たら突然足を置いた木が倒れたのだ。

 驚いたけど、何か居るんなら確認して佐助に報告しなきゃならない。

 

 ので、仕方なく地面に降り立ったら。

 

 「…クックック…、またお会いしましたね…逢いたかったですよカズハ…」

 

 変態がご光臨しくさってやがりました。

 

 「なんでアンタがこんな所で油売ってんのよ。」

 「いえいえ…この方が向かって来たので…戦いを楽しんでいただけですよ…」

 

 変態の足元には、死んではいないけど若干死にそうな感じの、若干黒ずくめで兜で顔が見えないお兄さんが転がってた。

 

 「…で、なんでまたアンタはわざわざアタシの足元の木を切り倒すのよ」

 「…ふふふ…そんなの決まっているじゃないですか…空を飛ぶように走る貴女が気になったんですよ」

 「気になったからって木を切り倒すアンタの神経が解んない」

 

 距離を取りながら、持てるだけ千本と呼ばれる針に似たクナイを両手に構えて明智を見据える。

 

 「…ふふ…大分私好みに育ったようですね…」

 

 うるせーよ気持ち悪いよ笑ってんじゃねーよ

 

 

 不意に、いつかみたいに明智が視界から消える。

 

 でも、今のアタシにはアイツの動きが解った。

 てゆーかアイツ動き早い割に気配駄々漏れなんだけどコレ、もしかしてアタシ、ナメられてる?

 

 今のアタシは、殺されかけたあの頃の、弱かったアタシとはもう違う

 

 ……甘く見た事、後悔させてやろうじゃないの。

 

 思い切り気合いを入れて気配を消し、駿足移動して、そのままの勢いで逆に相手の背後に立つ。

 

 「…っ!!?」

 「ナメんなよ」

 

 あの時のお返しとばかりに、驚く変態の耳元へ向けて、出来る限りの低い声で言ってやる。

 

 「…おぉ怖い…!、私は善良な人間ですよ…?」

 「アンタが善良ならアタシなんか聖人になれるわよ!!!」

 「ふふふ…あぁ…愉しい…!、実に愉しい…!!!」

 

 背後から首にクナイを突き付けていたんだけど、突然、そんな言葉と共に、何だか良く分からないモノに吹っ飛ばされた。

 

 「魂暗き嘆きの唄よ…!」

 

 低く、暗く、気持ちの悪い声での、何かに対する呼び掛けのような言葉。

 

 この台詞、とっても聞いた事がある。

 

 アレだ、バサラ技だ。

 

 簡単に言うと、必殺技みたいなモノである。

 何だか良く分からない『気』みたいなモノを身体や武器に纏わせて、それぞれの武将が思い思いのモーションで、兵や武将を惨殺していく技だ。

 

 これはマジでヤバイ。

 兵士なんて紙か草のように死んで行くのだから、シャレになんない。

 

 「くっそ…!!」

 

 この間合いだと確実に当たる。

 惨殺される。

 

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!

 

 こーゆー時、ゲームではどうしてたっけ?

 

 確実なのは防御だろう。

 だけど、防御力に自信なんてない。

 でもやるしかない訳で。

 

 「ッ考えてる暇無ぇし…!!!」

 

 悪態をつきながら迫り来る鎌を防御する為にと、佐助から貰った一番丈夫で大きなクナイを両手に構えた。

 

 途端に、持ったクナイが衝撃を受け止めると同時に、重くて鋭い音が辺りに鳴り響いた。

 

 毎日幸村と手合わせしてて良かったと思う。

 

 お陰でこんな攻撃を防ぐ事が出来るのだ。

 幸村と同じくらいか、ちょっと強いくらいの衝撃。

 幸村様々である。やったね。

 

 「っ何すんのよこんないたいけなか弱い乙女に!」

 「ふふふふ!なかなかやりますねカズハさん…!!!」

 

 ツッコミ無いのなんて解りきってたけどでも何でコイツこんな楽しそうなんだよ畜生!!!

 

 「ンの野郎…アタシをナメンのも大概にしやがれェェエエ!!!」

 

 思い切りブチ切れたら、辺りが闇に包まれたような感覚に陥った。

 更に、ゲームでバサラ技が発動した時みたいに、周囲の時が止まる。

 

 でもこの闇は、さっき発動させてたから明智のモノじゃない。

 

 て事は、必然的にアタシの身体から出たモノ、という事になる。

 

 .........マジでか。

 

 えー、アタシ闇属性?

 佐助とカブるじゃん

 

 まぁ良いや。

 何で使えるのかも、なんで闇属性なんだかも全然解んないけど、とにかく

 

 黒柳カズハ

 人生初のバサラ技発動である。

 

 その途端、両手に持ってたクナイが手の中から消え、代わりになんか凄い見覚えのある物体が両手に収まってた。

 

 伸縮性のある赤い紐の付いた、赤い、金鎚の柄が無くなったような妙な形の器具である。

 

 『ビリーバンド』だった。

 

 そう、知る人ぞ知る、ていうかもう殆どの人は知らないだろう。

 

 とにかく、ビリーさんが「諦めるな!」とか言いながら両手でフンフンやってたあの物体だ。

 

 1kgの柄が無い金槌みたいな形のウエイトに1.5mくらいの赤い紐ゴム、そしてゴムの先は、ゴムそのもので作られた輪っか。

 そのセットが二個、私の両手にそれぞれ一つずつ、ウエイトの方を下にして収まっていた。

 

 ........なんという酷いバサラ技だろう。

 

 ちなみに普段はこの輪っかに足を入れて固定し、ウエイトを両手に動き回る事で身体を鍛える補助器具である。

 

 だけど、今回は輪っかを持ち手にしながら、思い切り振り回せとの、誰かからのお達しのようだ。

 

 状態としてはお祭りで見掛けるヨーヨー風船の、風船の部分が柄の無い金槌みたいな。

 

 .........使い方は鎖鎌と同じ感じで良いだろう、多分。

 

 「この前はよくもアタシの背中に痕が残る傷を付けてくれたわねコノヤロー嫁の貰い手つかなかったらどうしてくれんだボケェェェエエ!!!」

 

 「なっ…!!?」

 

 両手は伸ばし、そのまま手首のスナップだけでブンブン振り回しながら、変態に向かって突進する。

 

 見た事無い武器に面食らったのか、明智はモロにアタシの連続攻撃を受けて身体をのけ反らせた。

 

 ビリーさんが持ってたのより重くて固いから意外とダメージを与える事が出来ているらしい。

 

 うん、なんだろうねこのバサラ技。

 

 でも、この武器意外とアタシと相性が良いっぽいから、今度同じ感じのを作って貰おうと思います。

 

 それからトドメの一発として思い切り振りかぶって、アタシはビリーバンドを振り下ろした。

 

 土煙が上がって勢い良く明智が地面に転がるのを尻目に、腕を組んで仁王立ちしたら

 

 「さっさと死ね!!!」

 

 というセリフが口から飛び出ていった。

 

なんか技が発動した後の捨て台詞みたいなの言っちゃったけど、なに今の。

 

 凄い台詞言っちゃったよアタシ。

 

 

 「…痛い、痛い…!、苦しい、苦しい…!、…くっ…はは、ハハハハハハハハハ…!!」

 

 だけど気が付けば明智は立ち上がってて、気が付けば手の中のビリーバンドは持ってたクナイに戻ってた。

 

 あれ?やばくね?

 

 「…意外とピンチ?」

 

 しかし、ぽつりと呟いた次の瞬間、遠くから洞貝の音が聞こえた。

 

 どうやら近くでやってた戦が終結したらしい。

 完全に偵察し損ねた。

 

 何コレ嫌がらせ?

 酷くない?

 

 折角の初仕事だったのにコレは無くない?

 とか思っていたら。

 

 「…おや……もうおしまいですか…、仕方ありませんね…」

 

 そんな事言いながら普通に帰ろうとした明智に思わず普通にビックリした。

 

 「ちょっ、アンタ何帰ろうとしてんのよ!!勝敗決まってないじゃない!!!」

 「…ふふふ…私の仕事は今日は此処まで…大丈夫、今は乱世…きっとすぐまた逢えます…、決着は…またいずれ…」

 

 気持ち悪くそう言った明智は、なんか突然現れた黒い忍達に担がれ、そして消えて行った。

 

 

 見上げると木々の合間から小田原城が燃えて居るのが見えて、この戦いは織田が勝ったのだろうと予測した。

 

 そしてアタシは不意に思い出す。

 

 キョロリと周りを見回せば、若干死にかけの男の人が血だらけで転がっているのが視界の先に入る。

 

 ……えーと、この人どうしよう。

 

 そのまま放って置くのも寝覚めが悪い。

 

 そっと近寄ってみたら意外と怪我が酷そうで。

 

 

 「…ほっといたら確実に死ぬ…よね…」

 

 

 ピクリとも動かないのは意識が無いからだろう

 

 

 「よし。佐助には悪いけど連れて帰ろう。」

 

 怒られるだろうけど良いや。

 気にしない気にしない。

 

 なんせ、アタシはこれから戦忍として沢山の人を殺すだろうし、なら、今のうちに助けられる人は助けておきたい。

 

 まぁ、一番の理由はこの人も微妙に見覚えがあるからなんだよね。

 

 だから多分、この兜の下はかなりの美形だろう。

 

 美形は大事にしないとね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…で、得体の知れない奴を連れて帰って来ちゃったって訳?」

 「おっしゃる通りですが何か?」

 「何か?じゃ無いでしょカズハちゃん。何考えてんの?」

 「だって、美しいものはなんだろうと大切にしたいじゃん?」

 

 と言ったら頭を叩かれた。

 

 手加減されてたけど結構痛い

 

 

 現在アタシは上田城の一室で、とりあえずは助けた人を布団に寝かせ、その傍らで佐助に説教されている。

 

 

 「だってもクソも無いでしょ!どうすんの?

 コイツが武田を内側からブッ壊そうとするような奴だったら!」

 「は?そん時はぶっ殺せば良いじゃん」

 

 平然と告げてみたら、佐助は言葉を詰まらせた。

 

 なんだ一体、どうした佐助、何が言いたい。

 

 「いや、そうだけどさ…でも…コイツどう見たって忍じゃん…」

 「大丈夫よ、とりあえず面倒はアタシが見るし、ホントにそんな奴だったら悲しいけどアタシが責任持って始末するから」

 

 まだ何か言いたそうな佐助を遮って捲し立てる。

 

 「…だから、良いでしょ?…佐助…お願い。」

 

 アタシの外見をフル活用したおねだり攻撃(しょんぼりバージョン+上目遣い)である。

 

 自分でやってて鳥肌立ちそうだけど、それは無理矢理押さえ込む。

 

 「…そ…その手には…乗らないからね…!」

 

 とか言いながらも佐助にこの攻撃は意外と効いているっぽい。

 声が結構震えている。

 

 なので。

 

 「そんな事言わずに…ね?、ちゃんと世話するから…お願い。」

 

 さっきと同じ感じでそんな風におねだりしながら、佐助の服の裾をちょっとだけツンツンと引っ張った。

 

 「~…っ!、…あ゙ーもー!!!今回だけだからね!!ちゃんと面倒見るんですよ!!!」

 

 

 佐助 陥落。

 

 

 「さすが佐助!!!有難う!!!」

 

 お許しが出たのでとりあえず満面の笑顔で抱き着いておいた。

 

 当の佐助は思い切り溜息吐きながら『反則だよ…』とか呟いてるけど気にしない!

 神様!私を外見だけ整えまくってくれて有難う!

 

 …そういえば、あの変態はあんな場所で忍のお兄さんを虐めて何をしてたんだろうか

 とか暢気に思いながらとりあえず佐助から離れて、未だに意識の戻らない男の人の寝ている布団の傍らに座った。

 

 黒柳カズハ

 18歳、女。

 職業、学生、兼忍

 趣味、自分を磨く事

 

 …初めて人間を拾いました。

 

 

 まぁとりあえずそんなグダグダな感じで、上田城には居候(超怪しい&大怪我で意識無し)が、ペット飼う時の親子みたいなやり取りの後、仲間入りを果たした。

 

 当の本人は意識無いからそんなの知らないと思うけどね。

 

 そして、とりあえず意識が無い間に傷の手当をする。

 

 さっき自分で世話をするって言ったから、佐助は手伝ってくれないらしい。

 

 まぁ薬は置いてってくれたから良いや。

 

 明智に切り刻まれて服は大分ボロボロになってたけど、中に着てた鎖帷子(くさりかたびらって読むらしいよコレ)のお陰で致命傷には至っていないらしい。

 

 どっちかって言ったら血が流れ過ぎたんだろう。

 

 …あの時のアタシと同じように。

 

 とりあえず着物を脱がして鎖帷子を外す。

 

 こんな沢山の生傷、直に見た事無かったから思わず顔をしかめた。

 血の匂いが鼻を掠めて眉間に皺が寄るのが解る。

 

 慣れない手つきで薬を塗布しながら本やらなにやらで手当の仕方を学んでおいて良かったと、少し思った。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 身体が痛い

 

 

 …そうか、たしか織田軍の明智光秀に不意打ちされたのだったか…

 

 痛みの原因を思い出して軽く落胆する

 

 

 自分の実力を過信し過ぎていたのが原因だろう

 

 気配で誰かが潜んで居るのは解っていたのに返り討ちに出来るとタカを括っていた

 

 余りにも不様だ。

 

 

 きっと北条は負けただろう。

 

 何せ本陣にはあのじい様しか居なかったから

 

 

 唯一の食いぶちが無くなった。

 

 

 



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おじゃおじゃ

 

 

 …これはかなりの痛手だ。

 

 こんな怪我まで負ってしまって…これでは次の雇い先を見付けるのも難しいだろう。

 

 溜息を吐きたかったが怪我のせいかそれは極小さな吐息にしかならなかった。

 ぼんやりとしていた意識がきちんと覚醒して、始めに視界に入った物は見知らぬ天井だった

 

 …可笑しい。

 

 確か自分は森の中に居た筈だ

 それが何故室内に居る?

 

 痛みに気を取られ気付かなかったが現在布団に寝かされていて、しかも何故か、多少雑だが手当までされている。

 

 何故だ?

 だが、意識を手放して居たから解らない。

 

 しかし辿った記憶の中に、記憶が途切れる寸前で明智光秀以外の人物が居た気がする事に気付く。

 

 織田の魔王に、あのじい様が勝利出来るとは思えない

 

 だとすると北条の人間とは考えられない。

 

 そこまで考えて、不意にこちらへ誰かがやってくる気配に気付いた。

 

 襖の開く音がして、軽い足音が小さな振動と共に聞こえる

 

 

 「あ。起きた?アンタ大丈夫?

 すっげー血出てたから無理しない方が良いわよ」

 

 軽い振動と共に視界に入った顔と耳に入った暢気な声に軽く面食らった。

 

 それは、美しい少女だった。

 

 端正に整っては居るものの幼さの残る顔立ちに、サラリと流れる細い髪、長い睫毛。

 纏う雰囲気は姫のそれとも武人のそれとも違う。

 

 戦国の世にはまず居ないような、不思議な雰囲気の娘だった。

 

 

 「あ、悪いけど兜?外させて貰ったわよ。邪魔だったから」

 

 

 言われてから、いつも顔を覆っていた物が無い事に気付く

 

 

 「…安心して。アンタの素顔見たの今の所アタシだけだから。

 だから、不都合なら怪我が治った時にでもアタシを殺せば良いよ。」

 

 その言葉と共に、兜の代わりだろう。

 手ぬぐいを顔の上半分に掛けられた。

 

 ...いや、それ以前に、今、この娘はなんと言った?

 

 不都合なら殺せば良いと、そう言ったか?

 

 一体、何だこの娘は。

 

 意味が解らない

 

 「あ。そうそう、聞きたいと思うから言っとくね。

 ココは甲斐、上田城。そんでアタシはカズハ。アンタを拾いました」

 

 ............は?

 

 「……これじゃ解んないか。…えーとアンタは森の中に落ちてた。

 で、アタシが通り掛かって、ほっとけなかったから拾って帰った。解る?」

 

 

 要約すれば、この娘が自分を保護したと、そういう事になる、らしい。

 

 とりあえずは、傷に響かない程度に頷いておく事にした。

 

 が…意味が解らない。

 忍を助けて何か意味でもあるのか?

 

 よっぽどのお人よしか、それとも偽善者か。

 

 しかし、この娘には敵意を感じられない。

 

 …ならば傷が治るまで利用しない手は無いだろう。

 此処に居れば衣食住には事欠かないと思われる。

 せいぜい利用させて貰うとしよう。

 

 しかし、甲斐、上田城…だと?

 

 この娘はわざわざ甲斐から小田原城付近にまでやって来て、何もせず、ただ自分を助けただけ、と?

 

 駄目だ、やはり意味が解らない。

 

 「…あとは…、えーと…あ、北条負けたよ。で、あとアタシ、アンタと同業者だから。」

 

 …は?

 

 北条が負けた事は予想をしていてやはりか、としか思わないが…それよりも、この娘が忍?

 普通それは隠すものじゃないのか?

 馬鹿なのか?

 

 いや、それ以前にこの娘が忍だとは不覚にも全く思えない上に、この娘が何をしたいのか解らない。

 

 …これでは風魔一族失格、いや、忍失格だろうか…

 

 この娘、一体何者で、何を考えて自分を助けようとしている?

 

 「…まぁ、まだほぼ一般人だけど、一応忍なんだって。アタシ」

 

 いや、自分の事だろうそれは。

 何故他人事のように話す?

 

 ……駄目だ。

 今まで生きて来てこんなに深意が読めない相手に出会った事が無い

 

 不可思議にも程がある。

 なんなんだこの娘は。

 

 思わず、手ぬぐいで見えないにも関わらず凝視してしまった。

 久し振りに此処まで混乱したせいか珍しく思考が追い付かない。

 

 「でさー。アンタって北条に仕えてた忍でしょ?」

 

 不意にペラリと手ぬぐいをめくられ、澄んだ黒い瞳と目が合った。

 

 それに少々驚いて、一瞬何を言われたのか解らず、反射的に頷いてしまった事に気付くのが少しばかり遅れてしまった。

 己は一体何をしているのだ。

 

 「じゃあ…アンタ、仕えるなら北条じゃないとダメ!北条以外考えられない!ってクチ?」

 

 もしかすると…これは、勧誘、か?

 怪我が治った時にでもこの甲斐の国、つまり武田で働かないか、と。

 

 そう言いたいのか

 

 もしそうだというなら、雇い先が無くなった今としては凄く有り難い。

 

 先程頷いてしまった手前、次こそは反応すべきではないのだろうが、怪我のせいで判断力が鈍ってしまっていたらしい。

 いつの間にか己は、首を左右に振り否定を示していた。

 

 「ふーん。成る程ね。じゃあさアンタ、アタシに仕えてみる気無い?」

 

 

 ...........................は?

 

 

 「実はね…アタシ、夢があるんだー。ありきたりの天下統一、なんだけどね」

 

 

 …意味が解らない

 

 

 「それで…天下統一したら、逆ハーレムを作りたいの!

…あ。逆ハーレムって、男版大奥って意味ね!」

 

 

 えーと。

 

 …男版大奥はかなりムサ苦しくないだろうか。

 

 

 「という訳で、アタシ天下統一の為の仲間が欲しいのよ。

 …今はまだ報酬とか払えないけど、これから目茶苦茶頑張る予定。

 だからアタシは結構将来有望株よ、どう?」

 

 一体、何処からそんな自信が出て来るのかと首を傾げたく成る程、自信満々にそう告げられた。

 

 …なんとも不可思議な娘だ。

 

 そして、…面白い娘だ。

 

 この娘は、目の前にいる男の名さえも、どんな奴なのかも知らないのに、そんな輩に自分の背中を預けようという気らしい。

 

 なんという無防備さだろうか

 

 そして、なんという自信。

 

 そんな態度をされてしまっては、不覚にも信じてみたくなってしまうではないか。

 悪戯っ子のように笑う楽しそうなこの表情を、守ってみたいと思ってしまうではないか。

 

 脳裏には、楽しそうに笑う北条のじい様の顔が浮かんでしまっていた。

  渋めの茶を淹れると嬉しそうに笑って、それから、先祖の話を何度も何度も、とても楽しそうに語っていた、じい様。

 

 あの表情が見られない事は、忍だから悲しいとは思わないが残念だとは考えてしまうくらいには、情が移っていた。

 

 

 「…仕えるのは怪我が治って本調子になった時からで良いし。

 ………どう?アタシに仕えてくれる気はある?」

 

 

 その言葉に反応して、思わず頷いてしまった己に、己が一番驚いてしまった。

 

 良く考えなくとも、かなり浅はかな決断だと言わざるを得ない。

 こうなれば、助けて貰った恩返しだとでも思えば良いだろう。

 

 忍である俺が恩返しなど 滑稽ではあるが…だが、たまには良いかも知れない。

それに、北条に仕える事が決まった時よりも後悔の念や迷いが無い。

 

 何故なのかはよく解らないが、初めて自分の意志で仕えてみたいと、そう思った相手に出会えたのは良い事なのでは無いかと思った。

 

 

 「んじゃ怪我治ったら宜しくね!

 あ、アタシ何か食べれる物持って来るわ、ちょっと待ってて。」

 

 

 満面の笑みを浮かべて、新しい主は部屋から出て行った。

 

 そのあと頂いた粥は、なんだか凄く、美味かった。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 …あの人、一言も喋らなかったなー。

 まぁ、あれだけの怪我だし仕方ないとは思う

 きっと喋るだけの気力が無いんだろう

 

 少しでも怪我が治ったらとりあえず名前を教えて貰おうと思う。

 いつまでも“アンタ”って呼ぶ訳にもいかないし。

 

 「まさかカズハちゃんにそんな壮大な夢があったなんてねー」

 「盗み聞きなんて趣味悪いわよ佐助。」

 

 気付いたらまた佐助が隣でニヤニヤしてた。

 

 「ンな事言ったって、怪しい奴が居るんだから監視するのは当たり前じゃん?」

 「アタシが居るんだから必要無いでしょーが。

 …ったく、…無駄に気配無く潜みやがって」

 

 「…気付いてたんなら話さなきゃ良いのに。」

 「どうせいつかは言おうと思ってたし、手間が省けて逆に良かったわよ」

 「ふーん?」

 

 どうせ佐助達は武田さんの部下だから手伝ってくれないだろうし、一応誰かにいつかは武田軍から出てく事を言っといた方が良い、そう思った。

 

 「カズハちゃん、武田を出ていくの?」

 「…いつかはね。まだ具体的に決めて無いけど。」

 「なんで?」

 「……は?」

 

 「折角俺様の部下になったのに、なんで出てくの?」

 「…え、だって…」

 「男版大奥だって、このまま武田に居て武勲を上げれば

大将に作って貰えるかもしれないのに」

 

 それはそうかもしれないけど…でも。

 

 「夢って、楽して手に入れて嬉しいもの?、少なくともアタシはそんなのヤダ。」

 

 真剣な様子の佐助に若干驚いていたけど、それでもアタシは真面目に佐助の言葉に質問を返して、告げた。

 

 「…それにさ、アンタ独眼竜から聞いたでしょ?、アタシが何処から来たか」

 「異世界から来たってヤツ?聞いたよ。…まさかそれが理由とか言わないよね」

 

 「…理由のうちの一つではある。」

 

 「…どういう意味?、異世界の人間だから、武田に居たら迷惑が掛かるかもって?」

 「あー…それはなんかもう今更って感じがするのよね。…そうじゃなくて。」

 

 「何?」

 「…折角異世界に来たのに同じ場所にずっと留まって居るのがなんかヤダって言うか。」

 

 そう言ったら佐助が思い切りズッコケた。

 

 そんで思い切り立ち上がって

 

 「そんな理由!!?」

 

 と、焦った様子でツッコみを入れて下さいました。

 

 …うん、見事なツッコミ有難う御座います。

 

 「…だってそうじゃん。夢とかただの口実だけどさ、やっぱりあちこち行ってみたいのよ。」

 

 「だったら武田に居ても出来るじゃん!なんでわざわざあんな得体の知れない奴連れて出ていくのさ!」

 「…だって佐助達は旅なんて出来るような暇無いでしょ。」

 

 「それはそうだけどさ…でも…!」

 「大丈夫!アタシは武田の敵になる気は無いから。それにさ…」

 

 「…何?」

 

 アタシはのんびりと佐助を見据えながら告げる

 

 「あの人、きっといい人よ。」

 

 「…そんな自信どっから出て来るんだよ…」

 「目は口程に物を言うのよ、知らないわけじゃないでしょ、佐助。」

 

 軽い調子で暢気に言ったら、佐助は思い切り溜息を吐いていた。

 

 「まぁ大丈夫よ佐助。

 次に戦があるなら、ちゃんと出るし、まだ暫くは武田に居るつもりだから。その間アタシはまだアンタの部下よ」

 「…どれくらいの間?」

 

 「…アタシの気が済むまで?」

 「すっごい曖昧だね」

 「うん、だって具体的に決めてないもん。」

 

 だって、ねぇ?

 世話になってる訳だしさ。

 

 すぐに出てくのもアレじゃん?

 なんか武田にとって役に立ってからにしようと思ってる訳ですよ。

 

 「…そっか。カズハちゃんはいずれ武田を出てく予定なのか…」

 「うん。まぁいずれね。」

 「…そんなん俺様が許すと思う?」

 

 「…え?」

 「俺様が、そんな勝手を許すと思う?」

 

 いや、うん、思わないけどさ。

 でも、一応言っといた方がいざ出て行った時武田を裏切った訳じゃない、って事の意志表示になると思ったんだけど

 

…もしかして早まった?

 

「…言っとくけど、俺様全力で阻止するからね。…もし出てったとしても、全力で探して連れ戻す。」

 

 え…エエェェー…

 

 「…いやいや…、何もそこまで止めようとか捜そうとかしなくても良いでしょ…、厄介払い出来ると思えば…」

 「…あのねカズハちゃん。

 君は俺様の部下よ?しかも武田の内部情報を知ってる。誰に捕まるか解ったもんじゃない」

 

 いや、どんだけアタシを甘く見てんだコノヤロー。

 

 「だから一応護衛にあの人付けたじゃない!!」

 「裏切らないとも限らないでしょーが!!!どんな奴かも解んないのに!!」

 「あの人はそんな奴じゃないよ、多分!!!」

 

 

 売り言葉に買い言葉で、そう断言したら、突然両肩を掴まれた

 

 「…なんでそんなすぐに人を信用出来んのさ、なんでそんなに平気なの君は…、俺は心配してんだよ!?」

 

 初めて悔しそうに、悲しそうに、そんな言葉を掛けられてしまって、ようやく気付く。

 

 あぁ、そういえばココは現代の日本じゃないんだ。

 

 ココは、戦国の世だ。

 

 今まであんまり意識した事無かったけど、今もどこかで戦が起きて、そうじゃなくても沢山の人が死んでいる。

 

 城を出ればいつ巻き込まれるかも知れない。

 一度旅に出れば、二度と会えるか解らない。

 

 また会える、大丈夫、なんて保証は何処にも無い。

 それどころか、佐助達だっていつ戦で命を落とすかも知れない。

 

 だから、佐助はこんなにも真剣なんだ。

 

 忍がこんな感情出して良いのかとか、そんなどうでもいい事を考えてる場合じゃ無かった。

 

 …自分の浅はかさに吐き気がする。

 

 でも、このまま甲斐に留まって、アタシは我慢出来るか?

 

 毎日幸村と手合わせして、佐助とスパルタな鍛練して

 佐助の色んな愚痴聞いたり、武田さんの肩揉んだり

 幸村と団子食べたり、三日月男のセクハラを回避したり

 

 あれ、そういやいつ帰るんだコイツ、まあ、いいか。

 

 小十郎さんの愚痴聞いたり、三日月男の夜這いを回避したり

 たまに来る慶次のクサーイ台詞に砂吐きそうになったり、幸村と三日月男の争いに巻き込まれたり

 そんな毎日…って意外とデンジャラスだなこの日常。

 

 …でも、あちこちで戦が始まってるから、こんな毎日ももう続かないだろう。

 三日月男もいい加減国に帰るだろうし、慶次だってきっと他の国へ行く。

 

 いつまでも皆で楽しく気楽になんて居られない。

 

 ならばアタシはどうするべきだ?

 

 知識が足りない。

 アタシには、まず学ぶ事が必要だ

 

 知りたい

 どうすれば良いのか。

 何をすべきなのか

 

 どうすれば皆で気楽に暮らせるのか

 

 それに、今この世界がどうなっているのかも気になる。

 アタシが来た事で何かどこかで歪みが生じていたりするかもしれない。

 

 この世界の人々がどんな状態なのかも気になるし、どんな国があって、どんな人が治めているのかも気になる。

 

 …それに

 

 「…アタシはアタシがこの世界に来た意味を知りたい」

 

 口をついて出て来た言葉に佐助が驚いた表情を浮かべた

 

 「…カズハちゃん。…ホントに行きたい?」

 

 佐助からの静かな問いに、つい無言だけを返してしまった。

 

 「もう会えなくなるかもしれないよ?」

 

 「…それでもアタシは…」

 「大丈夫なんて保証無いんだよ?」

 

 「……アタシは死なない。だからアンタ達が死なない限りまた逢える。」

 「…どっからそんな自信出て来るのさ」

 

 「…だって、アタシの師匠は佐助、アンタよ?」

 

 ニヤリと笑って佐助を見据えたら佐助は一瞬目を見開いて、それから笑った。

 

 今まで見た事無い、普通の人がするような優しい笑顔で。

 

 「…っとに、仕方のない部下だねェ…。どうなっても知らないよ?」

 「大丈夫よ。なんとかなるって。まだ先の事だし」

 

 アタシはそう言って一緒になって笑った。

 

 

 

 

 

 それから一週間程して、今川に武田、伊達の連合軍が攻め込む事が決まった。

 何故今川なのかというと、弱い所から攻めて領地を増やし、織田や豊臣と戦う時の為に力を蓄えようと、そういう事らしい。

 

 アタシにしてもこれはレベル上げにちょうど良さそうで、実は意外と楽しみだったりする

 

 …いかんいかん、人の命が掛かってる筈なのに何考えてんだ自分。

 ゲームの中だからって麻痺しているんだろうか。

 

 とりあえず考える事を止めて、まずは出陣前に標準武器を手裏剣やクナイから鎖鎌に変えてみた。

 ホントはビリーバンドにしたかったんだけど、よく考えたらこの世界、まだゴムが無いんだよね。

 ありそうなもんだけど、戦国時代だからか、無かったので仕方ない。

 

 出来れば鎖鎌じゃなくモーニングスター的な鈍器にしたかったんだけど、アレ重そうじゃん。

 振り回せる気がしないので、両手に鎖鎌、に落ち着きました。

 

 「うん。意外と大丈夫そう。

 無双の方の服部さんとカブりそうだけど…まぁ良いや。背に腹は変えられないし」

 「服部さんってもしかして服部半蔵?」

 

 「そうそう。こっちの世界の人の方の、じゃないけどね。…で、佐助、なんか用?」

 「カズハちゃんの世界にも居たの?服部半蔵」

 「あー…えーと五百年くらい前にね。とりあえず質問に答えなさいよ」

 

 某無双の説明が面倒だったから、とりあえず歴史上の方を説明しながら用件を早く言えと促す。

 

 「ふぅん。まぁ良いや、えーとそろそろ出陣するよ、桶狭間まで大分掛かるけど、…準備出来た?」

 「うん。特殊攻撃の技名も考えたし、仕込み暗器も持てるだけ持ったし…」

 「いや、そうじゃなくて、心の準備」

 

 一瞬意味が解らなかった。

 

 「心の?」

 

 「うん。初陣だし相手がアレだし…」

 

 アレって…一体どういう意味だ?

 

 イマイチよく解らなかったけど、その時は無双の方の今川義元を想像してあんまり気にしなかった。

 

 今思えばもう少し気にしておけば良かったと心底後悔している。

 

 

 って言うかコレ有り得ないでしょ

 

 

 寧ろ佐助だってこんな状態だなんて予想すらしてなくて、顔が引き攣ってるもん。

 

 こんな戦略反則でしょ。

 

 …武田、伊達連合軍が桶狭間に到着して見たものは、

 

 物凄い沢山の今川義元でした。

 

 いや、佐助の様子から今川義元は無双の奴みたいに白塗りなんじゃないかなーとは思っては居たけどさ

 だからちょっとくらいは心の準備っぽいものはしといたんだけど、でもいくらなんでもコレは無いんじゃない?

 

 ハッキリ言って気持ち悪い

 

 何がってそりゃ全員が全員『おじゃ、おじゃ』とか言ってるし

 

 しかも白塗りで、しかもすごい数で、しかもキンキラな衣装で。

 

 ヤバイ。

 なんか目がシパシパしてきた

 

 



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いくさいくさ

 

 

 

 「ねェ佐助…」

 「何カズハちゃん…」

 「アタシ幻覚が見えてんのかな、皆同じカッコしてるように見えるんだけど」

 

 「…安心して。俺様にも見えてるから」

 「…って事はコレ現実か…うわぁ……帰りたい」

 「安心してカズハちゃん。俺様もだから。」

 

 幸村なんか『今川義元が分裂したでござる…!』とか言いながらオロオロしてるし、三日月男にいたっては『oh…』とかぼやきながら苦虫を噛み潰したみたいな引き攣った表情してるし、一般兵の皆は目茶苦茶引いてるしで、現場はかなり混沌としている。

 

 この戦…嫌だなぁ…

 

 この時、幸村と武田さん以外の全員の心が一緒になった気がした

 

 

 しかし無情にも洞貝の音が辺りに響き渡る。

 

 これは、戦が始まる合図だ。

 

 「…ハァ…、嫌だけど…行きますか…」

 

 歩き始めた皆の足取りは大分重かった

 

 「皆の者!!!何をしている!!!さぁ、行くぞ!!!」

 「何処までも付いて行きますぞお館様ァァァアア!!!」

 

 この二人だけがなんか元気だった。

 

 

 そして、アタシの人生初の戦が始まる。

 

 

 カズハ様としてはあんまり近付きたくないが戦わなければならない。

 

 これは仕方のない事だ。

 

 ひたすら自分を励ましながら鎖鎌を構える。

 

 

 向こうは必死だ。

 

 笑ってなんか居られない

 馬鹿にしちゃいけない

 動揺を誘って、油断も誘う

 そしてあわよくば影武者に混ざってこっちの寝首をかく。

 

 多分それがあっちの目的だ。

 

 意外と策士だな今川義元の野郎。

 

 とりあえず殺らなきゃ殺られる。

 

 だから

 

 「殺られる前に…殺らなきゃ…!」

 

 

 そしてアタシは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   真っ赤な鮮血

 

 響き渡る悲鳴

 

     転がる手足

 

 

  飛び散る血飛沫

 

     崩れ落ちる人間

 

 叫ばれる呪いの言葉

 

 

    断末魔の悲鳴

 

  恐怖に歪む表情

 

       途切れる悲鳴

 

 

   肉や骨を断つ感触

 

 刃に当たる

   筋肉の弾力

 

       顔に掛かる血

 

 

 辺りに漂う、

   むせ返る程の血の匂い

 

       転がる死体

 

  呻き声

 

 

 

 

 ちょっと鎖鎌を振り回すだけで、たやすく吹っ飛んで行く人間達。

 

 外見が余りにもアレだから、戦っているのが人間だという感覚が薄れそうになる。

 

 だけど、手に伝わってくる様々な命を奪う感触に、現実へと引き戻された

 

 

 

    怖い

 

 恐い

 

     こわい

 

 

 なんだこれは

 

   アタシは今

    どんな顔をしている?

 

  何故

 

   こんなにも恐ろしいと思うのに

 

 身体は震え一つも起こさない?

 

 

  何故

 

 

 

 笑いが込み上げて来る?

 

 

 

     嗚呼

 

 

  この頬を伝うものは何だ

 

 返り血か?

 

 

  アタシは

   なんで無傷なんだ 

 

 

 

 

 恐い

 

 

 

    戦が

 

  向かってくる刃が

 

      敵意が

 

  殺意が

 

 

    そして

     何より

 

 

    自分が。

 

 

 「佐助の馬鹿野郎…!、マジでアタシを殺人マシーンにしやがったな…、嫁の貰い手付かなかったらどうしてくれんだコノヤロォォォオオオ!!!」

 

 

 苦し紛れに叫んで、少しでもこの嫌な感覚を払おうとしたけど、余り意味を為さなかった。

 

 アタシの周りにもう敵兵は居ない。

 

 代わりに敵兵だった物達が転がっている。

 

 アタシはまた、鎖鎌を構えて走り出した。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 娘は踊るように人を斬っていた。

 

 確実に敵兵を殺して行きながら、踊るように。

 

 その動きは独眼竜と呼ばれる俺でも身震いする程見事で、そして、そうさせたのが武田の忍、猿飛佐助だというのを思い出して若干苛立った。

 

 あれは、自分が育てる予定だったのに。

 

 「…初陣だと聞いて居たのですが…見事ですね」

 

 俺の横で小十郎が敵兵を斬り捨てながら呟いた。

 

 「Ha…、確かにな。あの動きはもう素人じゃねェ…」

 「あんな細腕の何処にあのような力が…」

 「…Ah…武田に置いとくにゃ惜しいな…」

 

 

 その時、気付いた。

 

 

 「…っ…!?」

 

 

 思わず息を呑む。

 

 

 娘は、泣いていた。

 

 表情は笑っている。

 

 だが、ボロボロと涙を流していた。

 その表情は悲痛としか言いようの無いもので、娘はそんな表情で、敵兵を一人残らず殲滅していた。

 

 「ッオイオイ…マジかよ…!!」

 

 驚いた。

 たった一人で、ゆうに五十人は斬っただろう。

 

 そして、周りに死体しか無い状況になった途端、娘は吠えた。

 

 「……っ!、…アタシを…にしやがったな…、嫁の貰い手付かなかったらどうしてくれんだコノヤロォォォオオオ!!!」

 

 前半は呟くような声で聞こえなかったが、後半は辺りに響き渡った。

 

 その言葉に小十郎が面食らっているのが解る。

 

 「………確かに…年頃の娘としては…かなりキツイものが…うん…」

 

 何真面目に考えてんだオイ、そんな場合じゃねェだろうが。

 

 そこで不意に、視線の先の娘が走り出した。

 

「...…Hey小十郎!、俺達もそろそろ行くぜ!!」

「…!、はっ!」

 

 若干慌てた様子の小十郎を連れ娘の後を追う。

 

 一番の理由は娘の様子が気になるから。

 

 涙の意味はなんなのか、先刻の言葉の前半はなんと言っていたのか、気になる事はいくつかある。

 

 だが、何よりあんな様子の娘を放っては置けない

 

 強いと思っていたあの娘が泣いていたのだ。

 

 しかも、あんなにも悲痛な表情で。

 

 

 ...この間まで戦いを知らなかった娘だ、恐くない訳が無い。

 

 俺でさえ初陣の時は怖かった。

 怖くて眠れなくなった程だ。

 

 それ以前に、人を十数人殺すのがやっとだった。

 

 それをあの娘は、初めてで五十人程殺した。

 

 「…大丈夫なのかよ…あいつァ…!」

 

 娘の背を見失わないように追いながら、向かってくる敵兵を斬り倒す。

 

 娘の方も敵兵に囲まれて居るようで、また、踊るように戦っているのが垣間見えた。

 

 

 「政宗様!ボーッとしている暇などありませぬぞ!」

 

 

 「Ha!解ってるさ…そっちこそちゃんと付いて来いよ!?」

 「…承知!」

 

 

 このままでは娘の精神がどうにかなってしまう気がした俺は、小十郎を連れて娘を追い抜く。

 

 少しでも、戦わないで居られるようにしてやろう。

 それから、戦が終わったら一番に様子を見に行こう。

 

 そう考えながら敵兵を斬り捨てて行った。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 視界の隅を、見覚えのある青いのが通り過ぎていくのが見えた。

 その辺りから戦いが少し楽になった気がする。

 

 ...人間を殺すのってやっぱり恐い。

 

 「…あ…はは、ハハハハ…!!」

 

 でも、気が付けばアタシは笑ってて、何故か高揚する気分に戸惑っていた。

 

 鬼女だと言われれば腹を立ててそいつを殺しに行き

 さらに向かってくる敵兵を殺す

 

 怨むなら、アタシじゃなくてこの時代を怨んでくれと願いながら、殺した

 

 嗚呼、怖いなぁ

 

 なんでアタシはこんなにも平気なんだろう

 

 なんでアタシは

 戦を

 人殺しを楽しんでいるんだろう。

 

 これはきっとアレだ

 

 血の匂いに酔ってるんだ。

 

 そうでないとこんな明智みたいな精神状態な筈が無い。

 

 そうでなければ

 アタシは

 人殺しを愉しむ殺人鬼になってしまう

 

 ...流石にそれは避けたいなあ。

 

 

 かなり冷静な自分に嘲笑を浮かべながら、次に佐助に会ったら一発殴らせてもらおうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くして、戦が終わった。

 

 今川は負けて、武田、伊達の連合軍が勝ったらしい

 

 洞貝の音が聞こえた時、アタシはその場に立ち尽くした。

 

 「…頭痛い…」

 

 不意に頭痛がして思わず呟く。

 

 身体が返り血で、凄く生臭い

 

 鮮やかな緑系だった忍装束も血に染まり、時間が経った為変色したのか、赤黒い斑模様になってしまっていた。

 

 …全身から血の匂いがする

 

 辺りを見回すと自分が殺した人達が血溜まりの中に転がっていた

 

 

 「…疲れた…」

 

 

 ぽつりと呟く。

 

 赤く染まった両手に視線を落とすと鎖鎌を握り締めていて、いくら離そうとしても手は開かなかった。

 

 

 

 不意にポタリと、何かの雫が地面に落ちたのに気付く。

 

 一瞬自分がどこか怪我をしたのかと錯覚して少し焦った

 あんなに人を斬ったのに自分が傷付くのは嫌なのかと思わず苦笑が込み上げて来たけど、でも、何故かその雫はアタシの顔に付いた返り血を洗い流している事に気付いた。

 

 「…アタシ…泣いてる?」

 

 思わず手で擦って、そこでようやくその事に気付いた。

 

 

 そしたら不意に曇りだった空から雨が降り出して、辺りの地面を濡らし始めた。

 

 

 雨足はどんどん強くなって、それが血溜まりの暈を増やし、辺りの死体の血が余計に増えたような感覚を覚えて。

 

 …身体に付いた血は少しずつ洗い流されるけど、アタシがやった事は流されないらしかった。

 寧ろ雨が降ったせいでアタシが人を殺した事実が強調されて、既に泣いてるのにもっと泣きたくなった。

 

 

 アタシが殺した中にどんな人が居たんだろう

 

 きっと家庭もあった筈だ

 

 

 「アタシみたいな小娘に殺されて…さぞ無念だったよねー…」

 

 

 そんな事を呟いた時、不意にどこからか足音が聞こえた。

 

 緩く音のした方へ向き直れば見覚えのある青い男が立っていて。

 

「…Hey、カズハ…大丈夫か?」

 

 答えを返したいのに、言葉は出なかった。

 

 代わりに沸き起こったのはえも謂われぬ焦燥感で

 

 今更になってようやく手足がガタガタと震えて、そこらじゅうからする血の匂いに吐き気が込み上がった。

 

 「…っ、ごめ…っ、う…っ…」

 

 視界が涙で滲んで何も見えなくなる。

 

 覚悟はしてた。

 でも、予想以上にキツくて、苦しくて、悲しくて。

 

 「…今のうちに泣いとけ。」

 

 そう言われて、抱きしめられて、優しく宥めるようにぽんぽんと背中を叩かれたら

 

 「ふ…っぅああぁぁぁ…っ!!」

 

 不覚にも、彼に縋り付いて大泣きしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くアタシは泣き続けて、大分落ち着いた頃にようやく政宗から離れる事が出来た。

 

 手は硬直してしまってて、未だに鎖鎌を持っていたから、政宗に手伝って貰ってなんとか外して、それから本陣へと向かう道を、雨に打たれながらゆっくりと歩いて。

 

 ぽつりぽつり、二人で話した。

 

 「カズハ…お前、何人殺ったか…覚えてるか?」

 「…六十までは数えてたけど…途中から…わかんなくなった」

 「…そうか。」

 

 そこで会話が途切れる

 

 それでも、何か喋っていないと今にも泣いてしまいそうだったアタシは、また口を開いた。

 

 「…アンタは…初めて人を殺した時、どう思った?」

 「………怖かった、な。目が合って、なのに斬らなきゃならなくて」

 

 「…そっか。」

 「その日は一睡も出来なかった。」

 

 「…………アタシは…今も恐い」

 

 両手に視線を落とすと、血に染まり赤黒く変色した両手。

 

 自然と眉間に皺が寄るのが解る

 

 「大丈夫だ、それが当たり前だからな」

 

 「違う…!」

 

 「Ah?」

 「……アタシは、…アタシが恐いの…!、人を殺したってのに、何も思わなかった。

 それどころか、愉しんでた…!、アタシは、人を殺しながら笑ってた…!」

 

 

 「泣いてたぜ?」

 

 

 「…え?」

 

 「顔は笑ってたが、お前は戦ってる間中、ずっと泣いてた」

 

 泣いてた?

 

 ずっと?

 

 「俺ァ…あんな悲しそうな泣き顔は初めて見た」

 

 泣いていた記憶は無い

 でも、政宗の真剣な表情からそれは嘘では無い事が伺える。

 

 だとしたらアタシは泣いていたんだろう。

 

 ...人を殺しながら、泣いていたのか、アタシ。

 

 

 それは、アタシがまだ人間だという証拠なんだろうか。

 

 そうだと良い、そう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 本陣に着いたら佐助が、雨の中でもいつもと同じように軽い調子で出迎えてくれた

 

 でも、気が付いたら政宗が佐助を殴り飛ばして、余りに唐突過ぎてアタシは固まってしまって、でも反撃すらしようとしない佐助にも、突然佐助を殴った政宗にも驚いた。

 

 佐助は一言も喋らなくて、一回殴ってやりたかったのにそんな気も無くなってしまった。

 

 「……全く意味解んないんだけど…」

 「…カズハ殿、とにかく今は少し休まれよ。疲れているだろう?」

 

 幸村に促されて、アタシは暫く休憩させて貰う事になった。

 

 

 それから陣を引いて上田城に帰還したんだけど、その間、皆アタシの武勇を褒めて、一般兵の間でもずっとその話で持ち切りだった。

 

 アタシが殺した中に今川義元は居なかったけど、今川義元の影武者として紛れ込んでた腹心の人達が数人居たらしくて、なんかかなり複雑な気分になった。

 

 でもとりあえず空元気で話に加わったりして、その場を凌いだ。

 

 

 城に着いたら、勝利を祝う宴が盛大に開かれたけど、アタシはすぐにお風呂入ると言って抜けた。

 女中さんに任せきりだったあの人の様子も気になるし、酒を呑んで騒ぐような気力なんて残ってなかったから。

 

 

 お風呂に入って身体に付いた血や泥を流す。

 

 湯舟に入る気は起きなくて、でも嫌な気分を払拭しようと何度も身体を洗った

 

 それから風呂から上がって着物に着替えて、明日どころか今にでも目が腫れてるんだろうな、とか、ぼんやり考えながら庭に面した廊下を歩いていたら

 

 前方に佐助が居た。

 

 月明かりに照らされながらぼんやりと。

 いつもの佐助らしくない、何処か覇気のない様子でアタシを見ていた。

 

 「…何してんの?」

 

 問い掛けるけど佐助は答えない。

 

 「…用がないなら、アタシ行くからね」

 

そう言って佐助の横を通り過ぎようとしたら、腕を、掴まれた

 

 「…ちょ…何?」

 「…ごめん。」

 

 尋ねた瞬間謝られて、何に対しての謝罪なのか一瞬解らなかった。

 

 「俺、ちゃんと止めておきゃ良かったよね」

 

 静かにそう言われて佐助の真意に気付く。

 

 「アンタが謝る必要無いでしょ。

 アタシが決めて、アタシが勝手にやった事よ」

 「…そうかもしれないけど、でもカズハちゃん。君は俺が鍛えたりしなきゃ普通の女の子だったろ?」

 

 アタシは答えない。

 

 「…傷付かない訳が無いよ。今だって無理してる」

 「…それが何よ。」

 「…無理しなくて良い。強がらなくて良い。」

 

 「うっさいわね…、何皆して腫れ物扱うみたいに…、どうして普通に接してくれないのよ」

 

 泣きすぎて、もう出ないと思っていた涙が視界を遮る。

 

 思わず拳を握り締めた。

 爪が食い込んで皮膚を破りそうになるまできつく。 

 

 「確かに怖かったわよ、無理して戦ったし、お風呂入ったのに身体から血の匂いが染み付いて消えない、でもそれが何!!?」

 

 アタシは叫ぶように言った。

 

 「沢山…殺したわ。虫ケラみたいに。何人も何人も!

 でもそんな事気にしてる暇なんて無かった、アイツらいくらでもやって来るんだもん」

 

 「……うん」

 

 「でも殺らなきゃ殺られるじゃない。なら殺すわよ。

 だって此処はアタシの生まれた…戦の無い平和ボケしたあの世界じゃ無いもの、仕方ない事なんだから」

 

 凄く、怖かった。

 

 今も恐い。

 

 目を閉じれば鮮明に思い出してしまう。

 

 敵兵達の無念そうな顔

 苦痛に歪む顔

 恐怖に引き攣る顔

 何が起きたか解っていない不思議そうな顔

 

 手に残る様々な命を絶つ生々しい感触

 その後訪れる一瞬の高揚感

 

 そして、多大な罪悪感。

 

 アタシはきっと忘れる事なんて出来ない。

 人間があんなに儚く、脆いものだと。

 

 「…ごめんね、カズハちゃん」

 「っ謝らないでよ…!、それじゃ…アタシが強くなったのが間違いみたいじゃん…」

 「…一回俺様を殴っとく?」

 

 「…それはもう良い。政宗が代わりにやってくれて、気は済んだから」

 「…そっか」

 

 殺す事で何かが守れたり、誰かを助けたり。

 

 それがこの世界で。

 

 …なら、アタシは誰かを殺さなきゃいけなくて。

 

 人殺しを正当化なんてしちゃいけない筈なのに。

 

 でも、この世界はそれが当たり前だから。

 

 「…謝るんじゃなくて、よくやった、って褒めてよ…」

 「うん…、頑張ったね、カズハちゃん。」

 

 そう言って佐助は、アタシの腕を掴んでいた手を離して、その手でそっと頭を撫でてくれた。

 

 

 

 「…なんか、今日だけでもう一生分くらい泣いた気がする…。」

 「...そうだろうね」

 

 「うん、だからもう泣かない、てゆーか泣きたくない。

 ガラじゃないもん。辛気臭いの嫌いなのよね」

 

 アタシはコロッと態度を変えて、まるでいつものように告げた。

 

 辛くない訳じゃない。

 

 怖さが消えた訳でもない。

 

 でもアタシは自己チューだから、あんまり気を使われると逆に頭に来る。

 

 だから気にしない事にしよう。

 気にしないけど、忘れない。

 

 あの人達には怨まれてるだろうし、畏怖されてるだろうけど、アタシはアタシが殺したあの人達を忘れない。

 

 この罪を忘れない。

 

 それに多分これから先もアタシはなにかしら失って行くだろう。

 

 今回罪を犯して失ったのは、“幸せになりたい”というささやかな願いだろう。

 アタシにそんな資格は無くなったから。

 

 その代わりに手に入れたのは、“幸せになって欲しい”という切実な願い。

 

 アタシにそれを手伝う事が出来るなら。

 

 等価交換とはどっかの錬金術師の兄弟もよく言ったものでまさにその通りだと思う。

 

 アタシは“日常”を犠牲にしてこの世界へ来て“出会い”を手に入れた。

 でも来たからにはいつか帰らなきゃならない。

 

 人を殺したのに帰る事なんか出来るのかって思うけど、でも何故だか“いつか帰る日が来る”ってそんな気がしている。

 

 

 その時犠牲にするのは彼等に会うこと。

 

 幸村とも佐助とも、武田さんとも、政宗とも小十郎さんとも、慶次とも、会えなくなる。

 

 それがやっぱり少しは悲しい。

 

 失う代わりに手に入れるなんて、なんかどっかで聞いたフレーズだなぁと思う。

 

 あれ、なんか何が言いたいのかよく解んなくなって来た。

 やっぱり今も少し混乱してるんだろう。

 

 …まぁ良いや、とにかくアタシは甘えを捨てよう。

 

 彼等の優しさにいつまでも甘えてても意味なんか無いし、アタシが成長する事なんて出来ないだろう。

 

 …てゆーかさ、なんでアンタ達そんなに優しいんだ、と思ってしまう。

 戦国の人間が、たかだか初陣に出た一般武将なんかを気にかけ過ぎだろ。

 そんなんだからアタシはアンタ達を恨めないんだよ。

 そんなんだから、幸せになって欲しいと思うんだよ。

 

 そう考えて、アタシは息を吸い込んで、そして暢気に豪語する

 

 「よーし、佐助!とりあえずなんか食わせろカズハ様は腹減ったわよ!」

 「カズハちゃん…普通初陣の後は食欲湧かないもんなんじゃないの?」

 「アタシを誰だと思ってんのよ佐助。大体そんな繊細さ戦国武将には不必要よ」

 

 「…カズハちゃん、君、戦国武将じゃなくて忍なんじゃなかったっけ」

 「どっちでも良いわよそんなん。良いからなんか食わせなさいよ。果物とかで良いからさ。」

 

 「アハハ、流石に重いものは食べられないか」

 「そこは当たり前よ、何たって初陣の後なんだから」

 

 若干矛盾してるけど腹減ったもんは仕方ない。

 

 そんな感じで、アタシは佐助に林檎を取って来て貰った。

 

 

 「佐助。」

 「何?」

 

 貰った林檎を皮ごとかじりながら声を掛ける。

 佐助はいつもの調子でこっちを向いて、緩く首を傾げた。

 

 「…アタシ、近い内武田を出てくわ」

 

 シャリシャリと林檎をかじりながら普通に告げる。

 

 「…そっか。いつ?」

 「次の戦が終わったら…かな?」

 

 その頃にはあの人の怪我も大分治ってるだろう。

 

 「そっか。…行くアテとか決めてんの?」

 「…えーと…とりあえず…美味しいカジキマグロ食べたいかなーとは思ってる。」

 

 とりあえず甲斐から出たい。

 そう思う。

 

 「…そっか。…ちゃんと旦那達に言いなよ?」

 「あぁ…うん。…やっべー忘れるとこだった」

 「ちょ、困るの俺様なんだからね!!?ちゃんと説得してってよ!!?」

 「大丈夫大丈夫、何も言わずに出てったりしないって、………多分」

 

 「多分じゃないでしょカズハちゃん、本気でやめてよ?じゃないと俺様無理矢理にでもカズハちゃんを武田に連れ戻すからね」

 

 「…チッ…解ったわよ…面倒臭いな…」

 

 佐助の脅しに思い切り舌打ちしてから溜息を吐いた。

 

 なんか佐助がジトーっとアタシを見てたけど、林檎食べてごまかした。

 わー、この林檎超オイシーイ。

 

 

 

 *****

 

 

 

 主が初陣から帰って来た。

 

 女中が話していたのを聞いて居れば、どうやら主は無傷で敵兵をあっという間に薙ぎ倒し、辺りに居る者を一人残らず何十人と殲滅したらしい。

 

 その様はまるで舞を舞って居るようだったらしいと、女中達が障子の向こうで騒いでいた。

 

 初陣で、しかも今まで人を殺した事が無いと言っていた娘がそこまで奮闘したのか。

 

 そんな娘が自分の主になったのだと思うと、何やら少しむず痒かった

 

 外は夜だ。

 きっと今頃は共に帰還した兵達と宴の真っ最中だろう。

 

 

 



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せっとくせっとく

 

 

 不意に軽い足音が聞こえ、障子の向こうから人の気配がした。

 

 「ただいまー。怪我の具合どう?大分良くなった?」

 

 そんな暢気な言葉と共に障子の開け放たれる音がする。

 いきなりの登場に少し驚いたが、声の様子から無傷はガセでは無かったと安堵した。

 

 でも少し違和感が有った。

 

 とりあえずは怪我が大分良くなった事を示すようにゆっくりと身を起こして頷く。

 

 「ッちょ…起きて大丈夫なの!?痛くない!!?」

 

 が、主は驚いて駆け寄って来た

 

 この質問には頷いておく。

 

 この程度の痛みなら慣れている。

 もう一週間もすれば本調子ではないが一応忍として働ける程まで回復するだろう。

 

 「そっか、まぁそれなら良いんだけど…」

 

 主は若干戸惑いながらも納得したようだ。

 

 その時、不意に彼女の目が腫れているのに気付いた。

 

 「………?…」

 

 声には出さず、それを指差して気になっていると示す。

 

 「へ?…あぁ、アタシ目が腫れてる?アハハ…なんせ今日一生分くらいは泣いちゃったからね…」

 

 …泣いた?

 

 「いやー…、なんてゆーか…戦って酷いね。

 初めて見た。あんなに沢山の人間の死体」

 

 彼女は『まぁ、その状況を作ったの、アタシなんだけどね!』と付け足しながらケラケラと笑った。

 

 …違和感はこれか

 

 彼女は明らかに憔悴していた。

 どう見ても無理をしているのが解るくらいに。

 

 彼女は女だ。

 雰囲気から察するに戦場を見た事も無かったのだろう。

 

 だとすれば辛くなかった訳が無い。

 

 しかし彼女は気丈にもいつも通りに振る舞っている。

 

 手ぬぐい越しの曖昧な視界の中で彼女を見詰めた

 

 「…あれ、もしかして…心配してくれてたりする?」

 

 思わず反射的に頷くと、

 

 「…大丈夫よ。単に疲れてるだけだから。目の腫れだって一晩寝れば治るって」

 

 そう言って、明るく無理をした笑顔で、ぽんぽんと軽く頭を叩かれた。

 男の頭を気安く触る行動は褒められたものでは無いのだが、この彼女の態度からか、不思議と嫌悪感は薄い。

 

 それよりも俺は、身体的な事に対する心配ではなく精神的な事に対して心配したのだが…、まぁ仕方あるまい。

 

 …しかし、こうなると自分が戦に付いて行けなかったのは悔しい、ように思う。

 本来なら、主を守る為に側で控えているのが常識だからだろう。

 

 「ねぇ、アンタ…もしかして喋れないの?」

 

 不意にそんな風に尋ねられ、少し驚く。

 

 喋れない訳ではない。

 喋らないだけだ。

 

 しかし、無言を肯定と取ったのか、彼女は少し困ったような表情を浮かべた。

 

 「…そっか、えーと…じゃあ…コレに名前書いてよ。」

 

 そう言って紙と筆を手渡される。

 

 白く、綺麗な紙だ。

 こんな物を用意出来るという事は、やはり彼女はそれなりの地位にあるのだろう。

 

 渡された筆の先は、先程一緒に用意したのだろう墨で濡れていた。

 

 己の思考は、結果として彼女を主と認識している。

 先日の決意のようなものは、まだ揺らいでいないようだ。

 

 普段の己からは考え慣れない思考である。

 

 そんな不可解な己に、妙な違和感と、むず痒いような嬉しさがない混ぜになり、なんとも言えない。

 

 だが、それでも彼女は己にとって主なのだ。

 ならば、主にはきちんと名乗るべきだろう。

 

 白い紙に、筆を付け、ゆっくりと滑らせた。

 

 “風魔小太郎”と。

 

 

 

 *****

 

 

 

 受け取った紙を見てアタシは呟く。

 

 「…なんとも…個性的な名前ね…」

 

 これは、ふうま こたろう、で良いんだろうか。

 それとも、かざま、だろうか。

 

 読み方分かんないんだけど正解教えてくれないかな、喋れないから無理か。

 

 まぁいいや、ふうま、の方にしとこう。

 

 それにしても聞き覚えの無い名前だ。

 いや、全く聞いた覚えがない訳じゃない気がする。

 どっかで見たような、聞いたような。

 

 このアタシが何となく聞いた事あるって事は、多分だけど、この人もゲームのキャラなんじゃないかと思う。

 

 わからんけど。

 

 だってアタシは生憎歴史上の人物達に詳しい訳でも、このゲームの事を知り尽くしている訳でも無い。

 だから、なんてゆーか、“へー。こんな人がいるのかー”って程度だ。

 

 とりあえず風魔さんを見たら、なんか無言でアタシを見てた。

 

 「えーと…じゃあとりあえず、風魔さんって呼ぶわね。」

 

 そう言ったら何故かフルフルと顔を左右に振られた。

 

 何故だ。

 呼び方が気に食わんのか?え?普通じゃね?なんで?

 

 「…え…、じゃあ…小太郎さん」

 

 また顔を左右に振られる。

 

 えええ、他になんて呼べと?

 まさかとは思うんだけどさ、一応聞くか。

 

 「…呼び捨てにしろと?」

 

 言った瞬間、こっくりと頷かれた。

 

 えーっと、さすがに若干気が引けるんだけど?

 だってこの人絶対アタシより年上じゃん。

 

 「……小太郎さん、とか、風魔さん、じゃ駄目なの?」

 

 確認するように尋ねてみれば、またこくりと頷かれてしまった。

 

 そうか、駄目なのか…。

 なんてゆーか、面倒臭い人だなこの人も。

 

 まぁ仕方ない、こういう人は強情ってのが相場だ。

 

 となると、苗字の方はあんまり呼ぶべきじゃない。

 だって、どこでどう身バレするか分からないし。

 なら、めちゃくちゃ馴れ馴れしいけど下の名前を呼び捨てるしか道は残されていない。

 

 大丈夫かな、これ。

 一応試してみて、反応によって他を検討してみるか。

 

 「…じゃあ、小太郎って呼ぶ。これで良い?」

 

 そう言ったら、何故か少しだけ彼の頬が緩んだ気がした。

 

 え、笑った?

 それとも今の幻覚?

 

 いやいやいや、ちょっと待って、マジで?

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 カズハちゃんはやっぱり普通じゃない。

 

 忍の才能でもあったのか、それとも元々備えていた素質か、はたまたこの世界の人間ではないからか。

 

 理由は解らないがとにかく、この短期間であっという間に、足軽を片手で倒せる所か、それなりの手練の武将すら倒せるまで成長した。

 たかだか二月半程の間に、だ。

 

 普通、忍というのは幼い頃から訓練を受け、少しずつ慣らし、覚え、成長していくものだが、この成長は異常としか思えない。

 

 以前一度さりげなく何故かを尋ねてみたら“びりーさん”のお陰だとか言われて首を傾げた覚えがある。

 

 カズハちゃんの師匠か誰かだろうか…

 

 俺は本当に護身出来る程度に鍛えるだけのつもりだった。

 

 でも教えれば教えるだけ吸収し、強くなり、いつの間にか真田の旦那とほぼ対等にまで渡り合えるようになっていくカズハちゃんに、俺はつい調子に乗って様々な技術を教えた。

 

 その結果カズハちゃんは、一人前の忍へと成長してしまった。

 

 余りの事に俺様も旦那も大将さえも舌を巻いた。

 

 ...だから失念していた。

 

 肉体の強さと精神の強さは伴わない事を。

 

 

 綺麗な髪を血に染めて

 覚束ない足取りで竜の旦那に連れられながら、泣き腫らした目で本陣へ帰還してくるカズハちゃんを、なるべく普段通りに出迎えた時、

 

 その姿が余りにも痛々しくて、

 自分が余りにも浅はかだった事を思い知った。

 

 竜の旦那に殴り飛ばされても、それくらいされて仕方ないと思った。

 

 彼女は元々一般人だった事を

 普通の女の子だった事を

 

 理解した振りをしていた自分に、凄く腹が立った。

 

 

 城へ帰る道中、一般兵が暢気にカズハちゃんの武勇を讃えていて、

 本人がどんな気持ちで人を殺したかも知らないのに、と俺らしくもなく、何度激昂しそうになったか知れない。

 

 でも彼女は、いつものように冗談混じりで、高飛車に、暢気に、明るく振る舞っていて

 それが更に痛々しくて、俺は何も声を掛ける事が出来なかった。

 

 その日の夜、どうやっても楽しめそうにない宴は、途中で抜けた。

 

 初陣を果たしたのはカズハちゃんだけではない。

 だけど、無事に、五体満足で生き残ったのは彼女だけだ。

 

 本来なら、凄くおめでたい事だ。

 

 でも、あの独特の雰囲気の彼女を変えてしまったのは、自分。

 

 暢気で、適当で、ふてぶてしくて、高飛車で、それでも清廉潔白だった彼女は、本人の意志に反して、血で汚れてしまった。

 

 自分が、彼女を見出さなければ、こうなる事は無かったのだ。

 

 頭を冷やそうと縁側の廊下を歩く。

 少し視線を上げれば綺麗な三日月が上っていた。

 

 その時ふと聞こえた足音に顔を向ければ、カズハちゃんが前から歩いて来ていて、その憔悴した様子に、思わず反射みたいに謝罪の言葉を言ってしまった。

 

 だけど、彼女は強かった。

 

 精神的に、もの凄く。

 

 辛くない訳が無い

 怖くない訳が無い

 

 なのに彼女はそれを受け入れて、それでも自分を見失わなかった。

 

 その上、俺は悪くない、と

 決めたのは自分だ、とそう言って

 

 それでも少し泣いていたから

 励ましを必要としてたから

 

 だから『頑張ったね』と言った。

 

 

 一番びっくりしたのはその後。

 

 

 そこに居たのは疲れや精神的な傷も少しはあるけどいつもの通りの高飛車なカズハちゃんで、

 俺様としては気が楽になって有り難かったけど

 

 …ちょっと立ち直り早くない?

 

 いくらなんでもアレはちょっとびっくりした。

 普段本心を出さない俺様が不覚にも少し動揺してしまった程びっくりした。

 

 アレは演技なのか、それとも本当にそうだったのかは解らないけど、それでも

 

彼女は強いと、そう思った。

 

 そして、俺の中で彼女の存在が、真田の旦那と同じくらいには大きくなっているのだとも、その時になって、今更、気付いた。

 

 

 次の日なんかには 昨日の戦での様子が嘘だったみたいにいつものカズハちゃんで、いつものように鍛練して、いつものように朝餉を食べて、いつものように軽口を叩いたりして。

 

 以前と変わった事は、彼女の醸し出す気配に、血の匂いのような剣呑さが混ざった事だけだった。

 

 以前はただ単に、強いだけの武人の気配だった。

 

 だけど今は、人を殺した事のある武人の気配。

 

 それだけが以前と変わった事だった。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 「……武田を出ていく?」

 

 あれから暫くいつものように日々を過ごしていたある日、前に佐助に言われた通り二人を説得しようと、城のとある一室で、武田さんと幸村を前にして正座しながら武田さんの言葉に頷いた。

 

 「まぁ、出ていくって言うか、暇を貰っての旅行?に近いですけど」

 

 アタシのすぐ側で驚きに打ち震える幸村と、考えるそぶりを見せる武田さんを交互に見ながら暢気に告げる。

 

 「折角知らない世界に来たのに、他を見て回らないのは勿体ないと思って。」

 「ふむ…見聞を広めたいと、そういう事か」

 

 武田さんに尋ねられれば素直に頷く

 

 「しかし…何もこのような時期に行かずとも良いのではないか?」

 「あ、いや別に近日中すぐにって訳じゃなくて…次の戦が終わったら、行こうかなって思ってます」

 

 そう言ったけど、やっぱり少し戸惑ってるみたいだ。

 武田さんのダンディな顔が、見事な程に更に渋くなっている。

 

 「そうか…しかし…のぅ…幸村」

 

 ちらりと幸村に視線を送る武田さん。

 釣られるように幸村を見ると、彼は何も答えずに、なんか凄い眉間に皺寄せて、膝の上に置いた拳を血管が浮く程握り締めてた。

 

 …若干怖い。

 

 「だ…大丈夫ですよ。ちゃんと護衛も連れて行きますし、今回の戦でアタシが結構強いの解りましたよね?」

 「……確かに今回は見事であった…しかし…」

 

 やっぱりまだ納得してくれないようだ。

 武田さんは何かまだモゴモゴと口ごもっている。

 

 …まぁ仕方ないとは思う。

 なんか知らんけど妙に気に入られてるみたいだからなぁ…。

 酒の席で、幸村の嫁にならないか、なんて冗談を言われたくらいだ。

 

 「えーと…じゃあ、こうしましょう。週に一回は文を送ります。…で、気が済んだら甲斐に戻って来ますよ」

 「…うぅむ…」

 

 …まだ駄目か。

 うーん…どうしよう

 

 「…解りました!、じゃあ三日に一回、文を飛ばします。」

 

 田中さん(※大分飛べるようになった忍烏)もいるから、きっとなんとか大丈夫だろう。

 

 「…そうか…そこまで行きたいか…………止めても意味は無さそうだの…」

 

 溜息と共にそんな言葉が武田さんの口から零れた。

 

 「っ!!!、お館様…!!?」

 

 その途端、幸村が息を呑む。

 

 「あ、じゃあ…良いんですね?」

 「某は反対にござるッ!!!」

 

 アタシの言葉に重なりそうな勢いで、とうとう幸村が吠えた。

 

 うん、そうなるんじゃないかとは思ってたけど、案の定だったみたいだ

 

 「…幸村。一応聞くけどさ…なんでよ?」

 

 「…っそれは…、このご時世、女子が旅をするなぞ…危険極まりないではないか!!!」

 

 いや、うん、えーと。

 

 「アンタ、話聞いてた?」

 

 「無論でござる!!!、…だがそうではないか!何が起こるか解らぬのだぞ!!!」

 

 いや、そんなの百も承知してるし。

 っとに、なんでコイツらこんなに優しいのかね。

 現代日本じゃきっと生きて行けないんじゃないかな、こんなに真っ直ぐで馬鹿正直な奴ら。

 

 「カズハ殿は…某の事が嫌いになってしまわれたのか?」

 

 突然、幸村は泣きそうな顔で歯を食いしばり、唸るように告げた。

 

 .........はあ?

 いやいやいや、待てやコラ、どっからそんな話になったよ。

 

 「…だから出ていくと言うのか!!?」

 

 .........えーと、

 コイツ絶対話聞いて無かったな。

 

 「あのね…幸「某の何がいけなかったのだ!!?言って下され!!!全力で直してみせましょうぞ!!!」

 

 「いやだから「さぁ!!!遠慮せず言うて下され!!!覚悟は出来申し、ぐっはぁ!!?」

 「いい加減にしやがれアタシに喋らせろや!!!」

 

 腹立ち紛れに思い切り全力の回し蹴りをぶち込んだら、幸村が勢い良く3メートル程すっ飛んで、ものの見事に襖へ突っ込んだ。

 

 うん。

 文字通り。

 

 上半身は向こう側で下半身はこっちに見えてる感じ。

 

 そして幸村は、そのまま向こう側の部屋に襖ごと倒れ込む。

 

 あの襖もう駄目だな…

 

 まぁそんな事はともかく、アタシは幸村に堂々と告げた。

 

 「アンタ一体なんの心配してんのよ!!アタシが何かに巻き込まれて死ぬとでも!!?だったら既に死んでるわよ!!!」

 

 幸村が聞いてるかどうかは解んないけどとりあえず続ける。

 

 「馬鹿にしないでよ!!アタシを誰だと思ってんの!!

 天上天下唯我独尊!!泣かない子供さえ号泣させるカズハ様よ!!?」

 

 自分で言っててもなんか大分意味解んないけど気にしない、めんどくさいから。

 

 けど、何が言いたいかは伝わるだろう。

 

 多分。

 

 「気が済んだら帰って来るって言ってんでしょ!!つまりアタシはちょっと長い旅行?に行くの!!!」

 「誠にござるか!!?」

 

 やっぱり話なんて聞いて無かったじゃねぇかこの野郎。

 

 「さっき言ってたじゃん。旅行に行くようなもんだって」

 「…そういう意味でござったか…!、某…てっきりカズハ殿に嫌われたのかと…っ」

 

 何言ってんだコイツ。

 

 いや…そんな事より幸村よ…

 襖、外しなよ…

 

 襖を突き抜けた状態のままで会話とか物凄い微妙なんだけど。

 

 「ハッハッハ!!幸村よ、早合点をしてしもうたようだの!!」

 「申し訳ありませぬお館様ァァア!!!真田幸村一生の不覚に御座いますッ!!!」

 

 いや、だから、襖…

 

 「慢心するでないぞ幸村ァァア!!!」

 「承知しておりますお館様ァァア!!!」

 

 あの…だから、襖…

 

 「幸村ァァア!!!」

 「お館様ァァア!!!」

 「幸村ァァァアアア!!!」

 「ぅお館様ァァァアアア!!!!」

 「ぃ幸村ァァァアアア!!!」

 「ぅおお館さむァァァアアア!!!」

 「ぃゆきむるァァァアアア!!!」

 

 あ…襖、武田さんの拳で粉砕した…

 

 てゆーか…アタシそっちのけかよ…。

 …ホントにもう…うるさい師弟だな…

 

 それ毎日やってんだからさ、いい加減飽きないかな

 後片付けする佐助とアタシの身になってくれないかな

 一日に何回部屋破壊する気だよ

 

 いや、それよりもさ、これで良いのかこの二人。

 もう何の話してのたかアタシでさえわかんなくなって来た。

 

 まあ…なんとか説得は出来たみたいだ。

 

 出来たんだよねコレ

 出来たのよねコレ

 

 …とりあえず、そう思っておこう。

 

 それから軽く一時間強の間、熱苦しく喧しい師弟の殴り愛は続いて、幸村がどっか遠くに殴り飛ばされてやっと終わった時

 部屋はもう使い物になりそうも無い程ごっちゃごちゃに破壊されていた 

 

 …天井に幸村型の穴が空いている。

 これは凄い、まるで漫画みたい。

 

 …てゆーか幸村…毎日コレやってるからあんなに丈夫なんだろうな…勝てない筈だ…。

 

 いや、んな事どうでもいい

 

 助けて佐助ぇええ!!!いつも思うけどもうこの部屋何から手を付けて良いか解んないよォォオオ!!!

 

 



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しばくぜしばくぜ

 

 

 

 「Hey、信玄こ...oh、こりゃまた盛大なpartyだな…」

 

 不意に政宗が小十郎さんと共にひょっこり現れたかと思ったら、室内の様子に驚いたように口笛を吹いた。

 ピュー、とか鳴らしてるけど無駄に上手いのが地味に腹立つ。

 

 「あ、政宗…何?どうしたの」

 「Heyカズハ、お前こそ何やってんだ?」

 

 「…見て解るでしょ…途方に暮れてんのよ」

 

 室内の様子を眺めながらそう言ったら、見かねた小十郎さんが来てくれて、しかも手伝うとまで言ってくれた。

 

 物凄い有り難い。

 

 ついでに武田さんも手伝うと言ってくれたけど余計に散らかりそうだし、一国の主にそんなんさせる訳にはいかないから丁重に断った。

 残念そうにシュンとしてたけどそこは心を鬼にする。

 

 ちょうどそこで、空の彼方に飛んでった筈の幸村が帰還して、武田さんと同じように手伝うと言ってくれたけど、武田さんと同じように丁重に断った。

 

 幸村もきっと武田さんと一緒で部屋の状態を悪化させるだろうから仕方ない。

 

 つまり現在、部屋の比較的無事な箇所に甲斐の虎と虎若子が二人してしょんぼりしながら正座し、アタシと小十郎さんと一応来てくれた佐助が部屋を片付けている、という何か微妙な状況だ。

 

 とりあえず目に付いた箇所から片っ端から片付ける。

 

 それから不意に思い出して政宗に声をかけた。

 

 「…で、政宗は何しに来たのよ?」

 「oh!、忘れる所だったぜ…。

 いい加減そろそろ奥州に帰ろうと思ってな。それを信玄公に知らせに来たんだ」

 

 ヘェ、帰るのか。

 

 「なんと!政宗殿…奥州へ帰還されるのか」

 「まぁな…、いつまでもこっちでのんびりしてる訳にもいかねェからな。昨日の戦で駆け付けたうちの兵達と一緒に帰るつもりだ」

 

 うんうん、一応殿様だもんね。

 いつまでも自分の城を空けっぱなしには出来ないわよね。

 良かった良かった。

 

 「そうか…寂しくなるのぅ。」

 

 武田さんが若干しょんぼりと呟く。

 

 「Ha!どうせ次の戦で会えるじゃねーか信玄公。何を寂しがる事があるってんだ?」

 「…それもそうさな。忘れそうであったが、甲斐と奥州は同盟国じゃったわ!ハッハッハ!」

 

 それ忘れちゃいけない事なんじゃないの武田さん

 

 「つー訳で、カズハは連れて行く」

 

 .....................は?

 

 「ちょ、意味解んないんだけど何が“つー訳で”なの!?

 なんでアタシまで奥州に行かなきゃいけないのかサッパリなんだけど!!?」

 「Ha!決まってんじゃねーか、Head hantingってヤツだ」

 

 …え?、何?…へ…ヘッド…ハンティング?で良いのコレ

 なんだっけそれ?

 

 あ、ヘッドハンティングか…。

 思わず頭ん中真っ白になったわ。

 えーと、つー事は、引き抜き?

 

 「なんでよ。アタシは嫌だからね。」

 「Ah?それこそなんでだよカズハ」

 

 「決まってんじゃない。強制されるのが嫌いだからよ。」

 「…Hu~h?つまり強制じゃなきゃ来るってのか?」

 「まぁね。」

 

 政宗が、お願いします、って頭下げて言うなら考えなくもないけどね。

 

 そう考えながら不遜に断言したら、当の政宗は顎に手を添えて軽く思案して小十郎さんに視線を移した。

 不意に政宗の視線が変わった事に気付いたアタシは、つられるように小十郎さんに視線を移して、固まった。

 

 小十郎さんは、なんか、捨てられた大型犬みたいな

 

 …なんか…もンの凄い切ない視線でアタシを見ていた。

 

 「…………えーと…」

 

 言葉が出てこない。

 つか、アンタそんなキャラだっけ?

 

 「……」

 

 いや、あの…そんな目して見られても困るっていうか…

 

 あの…えーと…どうしろと。

 

 いたたまれなくなって視線を逸らしたら、その先に居た幸村も…なんか『行っちゃうの?』みたいなしょんぼりした犬みたいな目を向けてて

 

 …ヤバイ、なんか犬耳犬尻尾の幻覚が見える。

 

 その横で武田さんまでもおんなじ目を向けてて、更にいたたまれなくなって視線を逸らしたら、その先に居た佐助までなんか若干寂しそうな顔してチラチラこっち見てた。

 

 佐助、お前は内心面白がってんだけだろ。

 

 えーと…何?

 アタシにどうしろっての?

 

 「っだあぁぁぁぁああ!!!何なのよ欝陶しいわね!!!戦国武将が寄ってたかってマジで何なのよ!!!」

 

 腹立ち紛れに叫んで政宗に向き直り、彼を見据えた

 

 「で!?なんでアタシを連れて行きたいか、とりあえず理由聞かせなさいよ!!!」

 「Ah、それもそうだな…。……まず、テメーは戦える。それも相当強い」

 

 改めてされた説明に、ちょっと納得。

 

 …まぁ佐助や幸村に鍛えられたからね。

 

 「だがよ…そんだけ強けりゃ嫌でも戦場に行かなきゃならねーだろう…。昨日みたいにな」

 

 何故か、そんな風に真面目に告げられて、思わず少し面食らう。

 

 「が…俺はテメーを戦わせたくねェ。」

 

 …なんか…戦国武将が生温い事言い出した…。

 

 え、ちょっと待って何言ってんのコイツ

 一体全体何を言いたいのか、全く伝わって来ない。

 

 「…元は俺がお前を川から引き上げたのが始まりだ…。それさえなきゃテメーは戦に出る事なんざ無かった筈だ」

 

 あぁ成る程…コイツ自責の念に駆られてるのか。

 

 察してしまったアタシの頭は、一気に冷めた。

 

 「つまり…俺のせ「はいストーップ。」

 

 おもむろに政宗の言葉を遮ってやる。

 面食らってるけど気にしない。

 

 「あのね政宗、確かに此処に来たのはアンタのせい。でもアタシが強くなったのは、死にたくないから。自分の意志よ」

 

 キッパリと言い放つと、政宗は黙って聞き始めてくれた。

 それを見て、一呼吸置いてから続ける。

 

 「…戦に出たのも、したくもない人殺しをしたのもアタシの意志。

 アンタはただアタシをあの世界から引っこ抜いただけ、アンタのどこに非があるっての?」

 

 そう言ったら政宗は驚いた顔をして、それからニヤリと笑った。

 

 「OK…成る程な…。…今のでもう一つ理由が出来たぜ」

 「…は?何よ」

 

 眉間に思いっきり皺を寄せながら政宗を見つめる。

 

 

 「嫁に来い。」

 

 

 「………ハァア?」

 

 

 あんまりな発言に、自分の眉間に更に皺が寄ったのが解った。 

 

 「お前戦場で言ってたろ。『嫁の貰い手付かなかったらどうすんだ』ってよ」

 

 うわ、聞かれてたのかあの魂の叫び。

 地味に恥ずかしいなコレ

 

 てゆーか!なんだそれ意味解んないんだけど。

 

 何か?それは“だったら俺が貰ってやるよ”って事か?

 どんだけ上から目線だよ

 

 いや殿様なんだから仕方ないんだろうけどさ、とりあえずコイツ何言ってんだ?とうとうイカれた?

 

 「ちょっとちょっと竜の旦那ァ。黙って聞いてたら何勝手にうちの部下を口説いてくれてんのさ?」

 

 よし佐助!言ってやれこの非常識男に!

 

 「カズハちゃんは真田の旦那の嫁になるんだからね!」

 「………!!?えっ何!!?なんで!!?何がどうなって今その話!!?」

 

 マジで意味解んないんだけど!!

 

 何コレ?嫌がらせかなんか?

 

 てゆーかもう良いよ、そのネタ飽きたよ。

 同じネタ三回は正直キツイよ、笑えないって。

 

 「Han…、言ってろ。とにかく俺ァカズハを奥州へ連れて帰る」

 「いや、だーかーらァ、アタシはヤダっつってんだろこの野郎。」

 

 大体アタシは誰の嫁になる気も無い。

 ていうか、結婚なんて諦めてる。

 

 この世界で人を殺したあの瞬間、人並みの幸せなんてモノは諦めたのだ。

 

 「大体アタシ、この次の戦が終わったら旅行に行くんだから!」

 「何だと?Heyカズハ、夫の許可無く何勝手に決めてんだよ」

 「うるせーアンタこそ何勝手にアタシが嫁になる事前提にしてんのよ」

 

 「そうであるぞ政宗殿!破廉恥極まりない!」

 「テメーの破廉恥の基準は一体何処なんだよ!!」

 

 ぎゃんぎゃん口論しているけど、なんというか暢気な時間だ。

 

 「…しかし旅行か…ならば今のうちに奥州に来ても特に問題は無いんじゃないか?、少し早い旅行だと思えば…」

 

 不意に小十郎さんがアタシに尋ねて来た

 

 「…奥州はさ…アタシが始めに来た場所でしょ?」

 

 小十郎さんの不思議そうな視線を感じて、告げて行く言葉を悩みながら静かに答える。

 

 「あの国には…多分、アタシの居たあの世界への入口がある。」

 

 ただの勘だけど、でも、佐助の鍛練や、幸村との鍛練、それから、あの戦で一気に育ったアタシの勘は、きっと当たっている。

 

 「だからアタシがあの国に行くと…多分、帰りたくてしょうがなくなる」

 

 だってそうじゃん、自分の家に繋がってんだよ?

 

 今更あの世界で平凡に、普通に生きて行けるとは思えないけど、でも、ホームシックにならないとも限らない。

 

 「だから、今はまだ無理。」

 「…そうか。」

 

 気が付けば辺りは静かになっていた。

 何故か皆、神妙な顔になっている。

 

 …オイテメーら、聞いてんじゃねーよ。

 

 「…まぁ、そーゆー訳で、奥州は旅の一番最後って決めてんのよ、オッケー?」

 

 「Ha…成る程な…OK…そういう事なら仕方ねェ。

 …だが俺は諦めねェぜ?いつかテメーを伊達軍に引き入れてやる」

 「今すぐ諦めろアタシにその気は無い」

 

 「解らねェぜ?人の気持ちってのァ変わるからなァ?」

 「アンタの態度が変わらない限りそれは無いから大丈夫。」

 「Han!言ってろ。」

 

 胸を張ってふんぞり返る政宗がウザい。

 

 「カズハちゃん、そろそろ鍛練の時間だからさっさと片付けようよ」

 

 「あ、はーい。とりあえず政宗、アンタも手伝いなさいよ突っ立ってないで」

 

 佐助の呼び掛けで作業再開させながら、政宗にも手伝わさせようとしたら、なんかめちゃくちゃガン飛ばされた、ウザい。

 

 「...Ah?...なんで俺がンな事しなきゃいけねェんだよ?」

 「人手が足りないのよ。良いじゃないちょっとくらい。」

 

 「オイ…!政宗様に手伝わせるなど…」

 「小十郎さん、甘やかせてもあんまり良くないわよ」

 

 「それとコレとは違うだろう…!!」

 

 まぁ、そんな感じで、その日は和やか(?)に過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今川との戦が終わって、アタシが少し、変な方向に成長した日から大分経った。

 その間に政宗は小十郎さんと一緒に兵を引き連れて奥州に帰還して、そして、アタシにまた一時の平和が戻って来た。

 

 季節はもう夏真っ盛りで蝉が凄い煩い。

 

 でも現代日本の夏より全然涼しくて過ごしやすい。

 これはかなり有り難かった。 

 

 それでも、毎日鍛練はする。

 

 昨日なんか幸村と、武田家恒例百人組み手、とか付き合わされて若干死ぬかと思った。

 色んな意味で死ぬかと思った。

 

 なんでアイツらあんなに暑苦しいんですか。

 

 軍の皆も幸村も武田さんもさ。

 唯一マトモだったの佐助だけじゃん。

 

 てゆーか色々ツッコミ所多過ぎて咽枯れるかと思ったんだけど。

 

 それより何より、幸村はなんで気付かないの?

 ひょっとこのお面とか狐っぽいお面被ってたけど、アレどう見たって武田さんと佐助じゃん。

 服さえ変わってないじゃん。

 

 幸村はかなりの筋肉馬鹿だと、しみじみ再確認しました。

 

 ちなみに小太郎は、何故かまだ本調子では無いってのにアタシの周りを世話してくれたり、サポートに廻ってくれたりしている。

 ホントはまだ寝てて欲しいんだけど、表情は分からないながらもしょんぼりしながら、じっと見つめられたら強く言えなくて、思わずアンタそんなキャラなのかよとか内心ツッコミながらついつい折れてしまった。

 

 とりあえず無理しないのを条件として提示しておいたので無理してない事を願う。

 

 それから次の戦が終わったら旅に出るよって言ったら普通に頷かれてちょっとビビった。

 

 てゆーか良いんだ?

 そんな普通なんだ?

 

 止められるか動揺するとか、なんかリアクションあるかと思ってたけど、…まぁ良いか。

 

 後はえーと、あの戦でかなりの武勲を上げたアタシは武田さんに褒められて結構色んな物を貰った。

 

 土地とかお金とか屋敷とか。

 

 はっきり言ってビビった。

 どんだけ太っ腹だよ武田さん。

 

 何か、アレか、甲斐に永住しろってか。

 

 てゆーか二百五十両って何万円くらい?

 二十石ってどのくらいの土地?

 

 しかも武田さんてばアタシを養子にしたいとか言い出してさ。

 

 …えーと、すいません、断って良いですか。

 

 今アタシの立場がそんな高い位置に決まっちゃったら放浪の旅に出た時なんか色々面倒じゃん。

 …個人的には凄い嬉しいけどさ

 でも流石にそれはいくらなんでも貰いすぎだろうと思うのよ。

 

 少ないって言われたけど、屋敷とか土地貰っただけでも貰いすぎだと思って、お金のみ貰って辞退したのにその上家族までなんて、それはちょっと有り得ない。

 仕方ないのでその時は冗談を言い出したんだと思い込んだ振りして、無理矢理流した。

 

 だってそうしないと旅なんて出れそうに無いし。

 

 

 

 「カズハ殿!失礼致しますぞ!」

 

 不意に聞こえた幸村の障子越しの呼び掛けに思考が止まった。

 

 「何?どしたの?戦始まる?」

 「そうでは無く…!、織田信長に明智光秀が謀反を起こしたと…!」

 

 思わず障子に手を掛けてスパーンと勢い良く開け放つ

 

 「明智が謀反!?」

 

 幸村はびっくりしながらもコクりと頷いた。

 

 え、この世界にも本能寺の変とか起きるんだ!?

 あ、でもあの変態ならなんかやりそうだとは思ってた、うん。

 

 「…織田信長は行方不明、明智光秀は豊臣軍に捕らえられたらしいと…佐助が…」

 「ふうん…、となると…戦況ぐっちゃぐちゃね…」

 

 これまでは調査で何となく次がどうなるか察する事が出来ていたけど、この件で次に何処が何処に攻めるのか、これからどうなるのかもサッパリになってしまった。

 

 佐助はまたあちこちに飛び回って調べ直しだろう。

 アタシはどうなるか知らんけど、もしかしたら駆り出されるかもしれない。

 

 「明智め…訳解んない事しやがってからに…」

 「お館様は、今は動くべきでは無いと…数日後に上杉に攻める予定だったのを先延ばしに…」

 

 ですよねー。

 

 まあ、良いけどさ。

 

「…よし、んじゃちょっくら豊臣の様子探って来ようかな」

 

 よっこいせ、と早着替えで忍装束に着替えたら、なんかめちゃくちゃびっくりされた。

 

 「なっ!!?何故でござるか!!?それは佐助が…!!!」

 「そうだよカズハちゃん!!!何!!?俺様の情報が信用出来ないの!!?」

 

 突然現れた佐助まで慌てながら止めてくるけど気にしない。

 

 「そうじゃなくて、明智は豊臣に取っ捕まったんでしょ?

 場所解ってんだから顔面に一発蹴り入れて来ようと思って。」

 

 当然とばかりに宣言したら、二人共固まってしまった。

 解せぬ。

 

 「だってアイツのせいで戦況訳解んなくなったのよ?腹立つじゃん。」

 

 軽くプンプン!とか可愛く怒って見せながら口を尖らせる。

 キャラじゃないけど気にしない。

 

 「カズハちゃん…危険なんだよ?解ってる?」

 「バレないようにシバいて来るから大丈夫よ」

 「いや…そういう問題じゃなくてね」

 

 「んじゃ!いってきまーす」

 「ちょっ、カズハちゃん!!?」

 

 アタシは無視して出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …まぁそんな感じで稲葉山城に来たんだけど。

 

 「小太郎は護衛だからともかく…なんでアンタまで付いて来んのよ?」

 「だって俺様カズハちゃんが心配だし、真田の旦那にも頼まれたし、ソイツ信用出来ないししてないんだもん」

 

 三人でそれぞれ木の枝に佇みながら顔を見合わせる。

 出発したのが夕方だった事もあり、移動している間に辺りは夜闇に包まれてしまっていた。

 

 しっかし、どんだけアタシは佐助にナメられてんだろうか。

 てゆーか“だもん”じゃねーよ。

 

 「…たかだか捕虜一人を夜闇に紛れてシバいて来るだけじゃない。なんの心配してんのよ」

 「捕まらないとも限らないでしょーが」

 「……………」

 

 因みに“…”は小太郎。

 何か言いたい事があるっぽいんだけどイマイチ解らない。

 でもまぁ喋れないなら仕方ないよね。

 

 「大丈夫よ。アタシを誰だと思ってんの?」

 

 大体アタシだって佐助には及ばないけど完璧に気配消せるし、忍烏だって居るし、イマイチ実感無いけど、前回の戦でレベルも少し上がったみたいだし、何より忍だ。

 もうその辺の忍よりは強いし技だって色々出来る。

 やっぱり一回の跳躍で空には跳んで行けないけど、でも木のてっぺんにまでなら一回で跳んで行けるようになった。

 

 …考えてみるともう大分人外だな…アタシ…。

 

 「…で、カズハちゃんは、どうするかとか作戦決めてんの?」

 

 「まぁとりあえず、風に乗せて眠り玉の煙を牢屋付近に漂わせて、見張りを眠らせてから侵入しようかと。」

 「成る程。単純だけど意外と良い作戦…ん?」

 

 不意に稲葉山の空気が変わった

 小太郎も武器を構えて辺りを伺っている

 

 「可笑しいな…、見つかっては居ない筈なんだけど…」

 「だよねェ…、なんだろう」

 

 不意に風に乗って、微かに血の匂いが流れて来た。

 

 「もしかして…、アイツ脱出しやがったのか?、チッ…アタシまだシバいて無いのに。」

 「カズハちゃん…どうする?コレ意味無いんじゃない?」

 「そうね…。でもまぁ一応“明智逃亡”って情報は手に入ったから良いんじゃない?」

 

 「…そうだね、とりあえず一旦帰って…」

 

 

 「そこで何をしているんだい?」

 

 

 不意に青年の声が辺りに響き渡った。

 

 

 うわぁ、なんかまた聞き覚えあるよこの声…

 なんだっけ、えーとアレだ、銀魂の桂じゃね?コレ。

 

 今更でどうでもいいけど、アタシ実は、ゲームよりアニメの方を良く見るのよね。

 

 とりあえず声のした方を見たら、なんか白い、ピッチリした洋服っぽい服の、紫の仮面の白髪の兄ちゃんが佇んでた。

 

 えーと、何この人。

 

 アレ…?此処って戦国だよね。

 舞踏会とかあるんですか?

 



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りょこうりょこう

 

 

 

 「君達、一体何処の忍だい?」

 

 佐助や小太郎には緊張が走ってるけどアタシにはあんまり無い。

 

 だから普通に口を開いた。

 

 「アンタこそ誰よ。」

 

 佐助が『しー!カズハちゃんしー!』とか言ってるけど気にしない。

 

 「ほぅ…?僕の居城で随分な物言いだね」

 

 “僕の居城”?、えーと…此処って稲葉山城だから……誰の城だっけ?

 

 「…だから知らないわよ。誰よアンタ。」

 「名乗る必要なんて無いね」

 

 ふーん?あっそ。

 

 「…成る程ね、んじゃ勝手に呼ぶわ。桂さんで良いよね」

 

 「…僕はそんな名前じゃないよ…」

 「…煩いわね、ヅラとか呼ぶわよ。」

 「なっ…!」

 

 ヅラ(仮)が驚きと動揺を見せる。

 

 「あぁ、それより…良いの?明智の変態逃げ出したっぽいわよ?」

 「…君達が手引きしたんだろう?」

 

 あー、まあ、この状況なら仕方ないけど…どうでもいいや

 

 「来たばっかりだからそれは無理よ。」

 「そんな事を信じるとでも?」

 

 「うっさいわね、そんなんだからアンタはアタシからヅラって呼ばれるのよ」

 「僕はヅラなんて名前じゃない!それに君が勝手に呼び出したんじゃないか!!」

 

 「どうでもいいでしょそんなん」

 

 そんな風に会話しながらも隙は見せない。

 いつでも武器で反撃出来るようにしておく事も忘れない。

 

 「…どうでもよくなんか無いよ…意外と重要な事だ」

 「アタシ別にアンタに興味無いもん。だからどうでもいいし」

 

 木の枝に佇みヅラ(仮)を見下ろすアタシと、地面からアタシを見上げるヅラ(仮)の視線が絡み合った。

 

 その時、アイツの武器が伸び、鞭のようにしなるのが見えて、アタシは素早く両手に武器を持つ。

 

 じゃらりという鎖の音が微かに響いた。

 

 小太郎と佐助も気配を殺しながら武器を構えているようだ。

 

 「…もう一度問うよ。君達は何処の忍だい?」

 

 「…答えてなんの得があんの?どうせなら答えない方が死なないで済むじゃない」

 

 そう言って笑ったらヅラ(仮)はフッと笑った

 

 「……解ってるじゃないか…頭良いんだね、君」

 「褒めてもアタシが調子に乗るだけよ?」

 

 変わらぬ調子で続けるアタシに、佐助は少しハラハラしながらこっちを伺っている。

 因みに小太郎はあんまりリアクションが無い。

 

 冷静だなぁ…忍の鏡だね。

 佐助とは大違いだ。

 

 「…僕は竹中半兵衛。君は?」

 「…アタシは…生憎名乗れないわね、足が付くかも知れないから。だから…そうね“黒柳”とでも呼びなさい」

 

 偽名とか考えて無かったから咄嗟に苗字答えたけど、意外と機転効くのなアタシ。

 前回の戦で名前は少し広まってるかもだし、苗字なら個人は特定出来ないし、さもそんな名前だって振る舞えば問題無いだろう。

 コレ旅でも使おうかな。

 

 「ふゥン…そうかい…じゃあ“黒柳”君、キミ…豊臣に来ないかい?」

 「…何ソレ、勧誘?生憎アタシそんなムードのない口説きに引っ掛かる程子供じゃないの。

 もう少し女の子の扱いを学んでから出直してらっしゃい」

 

 そう言って笑うと、竹中は少し面食らった後やっぱり笑った。

 

 「そうかい…君は面白いね…、秀吉に会わせてみたいよ。だから、豊臣においで?」

 

 いや意味解んないんですが。

 

 何?アタシの意思は無視?

 

 「君は“はい”と答えるだけで良い。簡単だろう?」

 「簡単とか以前に…拒否権無しかよ…」

 

 竹中はニコニコと笑っている。

 

 「服従か…死か、二つに一つだ。」

 「…うわー…何その究極の選択。全力で両方却下させてもらうわ」

 

 言い終わらない内に鎖鎌を構えた

 

 「…そうかい、実に残念だよ。」

 

 いや残念だとか思うならなんで笑ってんだよアンタ。

 アレか、お前もSか。

 そうなのかコノヤロー。

 

 

 そして、辺りの緊張感がピークに達した時、不意に血の匂いが強く、濃くなった。

 何事かと考えた次の瞬間。

 

 「…魂暗き嘆きの唄よ…!」

 

 そんな声と共に、変態がバサラ技を発動させながら乱入してきた。

 

 「…っ!!、明智光秀…!!」

 

 竹中が明智の技に巻き込まれながら状況を理解した時、アタシ達はそれを見てチャンスだと認識した。

 

 「…ちょうど良く邪魔が入ったわね。今のうちに帰るわよ二人とも!」

 「もちろん!さっさと帰って明日の朝餉の準備しないとだしね」

 「………」

 

 やっぱり小太郎は何か言いたそうだ。

 “主婦かよ”とかツッコミたいんだろうか。

 

 よく解んないからまぁ良いや。

 

 「…くっ…!、黒柳君!僕は諦めないからね…!また会おう…!」

 

 不意にそんな呼び掛けが聞こえてちょっと驚く

 

 明智を相手してんのにそんな事言うなんて…意外と余裕こいてんだな。死んでも知らんよ。

 

 「はいはい、じゃーね!ヅラ!」

 

 そう呼び掛けてアタシは忍烏に掴まって飛び立つ。

 

 「僕はヅラじゃない!竹中半兵衛だ…!」

 

 不意にそんなツッコミが背後から聞こえて軽く噴き出しそうになった。

 

 なんか面白い物聞いた。

 

 とにもかくにも、そんな感じでアタシ達は稲葉山城を後にした。

 

 明智の変態はシバけなかったけど、面白い物聞けたからまぁ良いや。

 

 

 そして上田城に帰還したアタシは部屋に帰って寝る事にして、佐助は武田さんに報告に行った。

 

 小太郎は…あの人気配全くないから解んない。

 何してるんだろうか。

 気が付いたら居たり居なかったりするし…、不思議な人だと思う。

 

 とりあえず怪我は大丈夫なんだろうか…。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よぉカズハ!今川との戦で大活躍したんだってな!」

 

 上田城の訓練場で田中さん(忍烏)の躾をしながら考え事してたら、突然慶次が現れた。

 

 そういえば最近見なかったなぁと今更思い出す。

 

 「アタシは確かに大活躍してたけど…アンタは何してたのよ?姿見えなかったから存在忘れてたじゃない」

 「いや普通そういう事は黙ってるもんじゃないの!!?」

 

 「でかい図体してんのに細かい事気にするなんて小さい男ね…」

 「えっ、コレ細かい!?」

 

 あーマトモなツッコミ受けるの久しぶりだ…

 最近ツッコミ入れてばっかだったもんなあ。

 

 「…で?アタシになんか用?」

 「あぁ、そうそう!、カズハ武田を離れるんだって?」

 「まぁね、今の所戦況がぐちゃぐちゃだからいつになるか解んないけど」

 

 田中さんの背中を撫でながら軽く溜息を吐くと、慶次は朗らかに笑った。

 

 「じゃあさ明日にしようぜ!!」

 

 

 「………はぁ?」

 

 

 いきなり何言い出すのこの馬鹿。

 

 

 「だってさァ!今の機会逃したら本当にいつ旅に出れるか解んねーじゃん?」

 「いや…アタシ別に急いでないし…」

 

 …でも言われてみれば確かにそうかも知れない。

 戦況が不安定な今なら混乱に乗じてスムーズにあちこちへ行けるだろう。

 

 が、混乱に乗じるって事は、やっぱりそれなりの危険を伴う。

 

 んー…でも少々スリルがある方が旅は楽しいかな…

 いや…うん、でもいきなり明日とか無理だろどう考えても。

 

 「ホラ善は急げって言うじゃん?」

 「いや、言いたい事は解るけどさ、急がば回れって言葉知ってる?」

 

 「知ってるよ!急ぐくらいならその場で回れって事だろ?」

 「あー、微妙に惜しい」

 「アレ?違った?」

 

 コイツ見た目通り筋肉馬鹿なんだろうか。

 でもなんでお前でかい図体で、しかも夢吉と一緒に首傾げてんだよ可愛いじゃねーか。やめろ。

 

 「で、いきなり来て、しかもいきなり明日出発しろなんて意味解んないんだけど。とりあえず理由聞かせなさいよ」

 

 「え?特に無いよ?」

 

 …エェェー…何だソレ…

 

 もしかしてその場の気分とかそんな理由か?

 

 「俺が甲斐を発つのが明日だからさ!どうせなら一緒に行きたいと思って」

 

 エエェェェエ…アタシの意思無視かよ…

 

 力の限り意味が解らないんだけどどうしてくれようこの男。

 

 「とりあえず…準備とかあるから明日いきなりは無理よ」

 「えぇー…、解ったよ、じゃあ明後日まで待つからさ!」

 

 なんか、残念そうにしながらもそう言われた。

 

 いや…何が解ったのアンタ。

 

 あー駄目だコレ…確実にアタシを道連れにする気だコイツ。

 

 まぁ元々出てく予定だったし…予定は未定だし、特に問題は無いっちゃ無いんだけど…しっかし幸村達驚くだろうなぁ…どうしよう…

 

 「カズハ?どうかしたかい?」

 

 不意にひょっこりと視界へ慶次が入って来る。

 

 「…なんでもないわ、一緒に行けば良いんでしょ、ったく…」

 

 まぁどうとでもなるだろう。

 いきなり言っても絶対止められたりするだろうからとりあえず置き手紙でもして行こう。

 

 あー…アタシ流されてるなぁ…。

 

 「よし!、そうと決まったら早速準備始めろよ!」

 「…えぇ…今から?面倒臭…」

 

 田中さんから慶次に視線移しながら呟く。

 

 「…とゆー訳で小太郎、そんな訳で明後日発つ事になったからさ、のんびり準備しといてくれる?」

 

 とりあえずそう言って振り向く。

 

 有り難いことに小太郎はいつもアタシのすぐ傍に控えてくれてるから今日も何処かに潜んでいるだろう。

 案の定振り向いた先の何処かで微かに気配が動いたからやっぱり居てくれたらしい。

 

 いつか小太郎の気配も解るようになりたいなぁ。

 

 小太郎に手伝って貰いながら鍛練すればもう少し成長出来るだろうか。

 

 …いや、コレ以上人外になってどうすんだアタシ…

 

 まぁそんな感じで慶次と旅に出る事になっちゃいました。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 「旦那っ!旦那!!大変大変!!」

 

 幸村は佐助のそんな声に、半分寝ぼけながら自室の布団から跳び起きた

 

 「ぬぅ!!?さ…佐助!?そんなに慌てて一体どうしたと言うのだ!!!」

 

 何処かの国が攻めて来たのかと寝間着姿のまま二槍を構える幸村を気にする事無く、佐助は慌てた様子で言う。

 

 「カズハちゃんがコレ残して居なくなったんだよ旦那!!!」

 

 一枚の紙を見せながらそう告げる佐助に、幸村の顔付きが一変した

 

 「…何だと…?」

 

 眉間へ皺を寄せ、普段見せた事も無い程の真面目な表情を浮かべながら、持っていた二槍を元の位置へ戻し、佐助の見せる紙を受け取ってそれに目を通す。

 

 

 “拝啓武田の皆様

 

 私はちょっと旅へ出てきます

 

 いきなり消えてゴメンね?

 でも今じゃないと次いつ行けるか解んないんだもん。

 

 いつ帰還するか具体的に決めては居ませんが、一応帰るつもりなのでご心配無く。

 

 ちゃんと文も送るからね。

 

 じゃ。

 

 

 

      カズハ”

 

 紙には若干汚い字でそう記されていた。

 

 

 「…旦那…どうする?」

 

 

 佐助が、紙を見つめたまま静かになってしまった幸村に、恐る恐るといった様子で話し掛ける。

 幸村は暫く黙り込み、それから見詰めていた紙を持ったまま、ぽつりと呟いた

 

 

 「佐助」

 

 「…な、何?旦那…」

 

 いつもと様子の違う幸村に佐助は若干戸惑いながら呼び掛けに答える

 

 「お前…忍では無かったのか?」

 「いや、忍だよ?どうしたの旦那…」

 

 「ならば何故カズハ殿が出て行った事に気付かない」

 「いや、無茶言わないでよ旦那…俺様だって任務あるし、何よりカズハちゃんは一人前の忍なんだよ?」

 

 本気で気配を消されたら流石の俺様だって解らない、そう付け足しながら答える佐助。

 

 しかし、現在の幸村にはブラックな何かがご降臨していた。

 

 「ほぅ?主に意見するか佐助…良い度胸だな」

 

 ニヤリと、普段の幸村からは考えられない邪悪な笑顔を浮かべて不敵に笑う幸村に、佐助はただ固まるしかなかった

 

 「…佐助、これは命令だ…カズハを捜せ」

 

 旦那…一体どうしちゃったのさ…まるで別人じゃないか

 

 てゆーかカズハちゃんどうしてくれんの

 うちの素直だけどちょっと馬鹿な旦那が、なんか突然真っ黒い笑顔浮かべるようになっちゃったんだけど。

 

 そんな風に内心凄い動揺しながらそう思った。

 

 

 当の幸村としては、カズハが拾った忍が妙に気に入らない、とか、カズハがお館様や自分に何の挨拶も無く旅に出た、とか、何もわざわざこんな危険な時期に、とか、武田に仕える者がなんて不用意な、とか、当初言っていた事と違う、など。

 

 諸々の要因があって妙なスイッチが入ってしまったのだが、佐助は知る由も無い。

 

 

 とにかくその日は、幸村が初めて『ドS』に目覚めた日となった

 

 

 

 *****

 

 

 

 「カズハ~、ホントに馬に乗らなくて良いのか?」

 「いらないわよ、馬なんか。何たってアタシ忍よ?馬使ったらおしまいでしょ」

 

 蝉の鳴き声がこだまする森の中をそんな事を言いながら慶次と一緒にのんびり歩く。

 

 今頃、甲斐では大騒ぎしているんじゃないか、とか、また佐助が大変そうだな、とかぼんやり思いながら、青空が垣間見える木々を眺めた。

 

 普通に清々しくて綺麗な景色だと思う。

 

 森の何処かには小太郎が居るんだろう、時々気配が動いて居る。

 

 早朝というより明け方…っていうか夜が明けきる前に、アタシは書き置きを残して上田城から出た。

 

 そして、甲斐の国境に程近い森の中に待機していた慶次と合流して、現在に至る。

 

 大分歩いたからとりあえず甲斐は抜けただろう。

 

 ちなみに、現在のアタシの格好は、誰にも怪しまれないように、この世界での世間一般の女の子が普通するような旅装束だ。

 

 「慶次、解ってるわよね?アタシの事は、『カズハ』じゃなくて『黒柳』って呼びなさいよ」

 「はいはい、解ってるよ…えーと…黒柳?」

 「いや、何で疑問形?、黒柳はアタシのもう一つの名前なんだからちゃんと呼びなさいよ。」

 

 慶次は微妙な顔をしてアタシを見てた。

 

 …なんかムカつくわね。

 

 「何よ、なんか問題でもある訳?」

 「…いや、そうじゃないんだけど…呼び慣れてないから違和感があってさァ」

 

 慶次はそう言いながらバツが悪そうに頬を掻いている

 

 「それは仕方ないかもだけど、『カズハ』の方は結構広まっちゃってるんでしょ?」

 「あぁ、うん。今川と武田、伊達連合軍が戦った時に『武田のカズハって武将が初陣なのにも関わらず百人斬りを達成した』って」

 「……いや…アタシ百人も斬ってないけど…」

 

 噂に尾鰭羽鰭がつくのは仕方ないけど、随分増えたな…っていうかアタシ武将じゃなくて忍だし…

 まぁその辺りはきっと情報操作とかがされたんだと思おう。

 

 どのみち忍だから目立っちゃ駄目だしな。

 

 

 「そんで『百人斬り』って通り名が付いたらしいよ」

 

 

 何そのゴツイ通り名…

 

 まるでアタシがゴリラみたいじゃん。

 やだよゴリラとか、うわ、なんか脳内でこの世界の秀吉が走ってった。

 

 てゆーかいくらなんでもソレは安直じゃない?

 あっ、今度はその後をヅラ(仮)が追い掛けてった何コレ。

 

 「ま、とにかく。黒柳って呼べるように練習しとくさ。

 そんなに気にしなくても良い気はするけどな」

 「確かに、百人近く斬ったのがこーんな麗しい美少女だなんて誰も信じないだろうけど…でもまぁ用心しないに越した事は無いでしょ。」

 

 うん、道中何があるか解んないからね。

 保険保険。

 

 「さてと、えーと黒柳、何処行くかとか決めてるかい?」

 「いや、特に決めて無いよ。とりあえず甲斐から出る事しか考えて無かったから」

 「じゃあさ、京行ってみないかい?」

 

 突然の言葉に少し戸惑う

 

 「え、京?なんで?」

 

 「カズハ…じゃなかった、えーと…黒柳に見せてみたいんだよ、祭をさ!」

 

 宣言通り、意外と名前間違えないように頑張ってくれてんな、慶次…

 

 「祭?そんなのあんの?」

 

 一応尋ねてみる。

 

 いや、どんな祭かとか大体は想像つくけどさ、一応ね、一応。

 

 「おぅ!楽しいぜ!皆でワイワイ騒いで飲めや歌えや殴り合えやの大騒ぎすんだ!」

 

 飲めや歌えやは分かるけど、殴り合えやは全く分からん。

 どんな祭それ、ヤダ、酔っ払いしか居なさそう。

 

 「そうと決まれば目指すは京だ!さっ!行こうぜ黒柳!」

 

 いや、決めた覚えないけど…まぁ他に特に行きたい場所がある訳じゃないし良いか。

 流されてるけどもう気にしない。

 

 「はいはい…んじゃ、目的地は京にしときましょ。」

 

 そんな感じに京へ向かう事になった。

 

 

 それから、慶次は近くの町で馬を借り、アタシはその後を忍らしく忍装束で忍んで付いて行きながら道を進んだ。

 道中、人がいる場所では確実に慶次の一人旅に見えて居る事だろう。

 

 寧ろその方が楽だから気にしない。

 慶次は結構気にしてたけどアタシ個人は気にしない。

 

 「…なぁカズハ…折角の二人旅なんだからさ…もっとこう…」

 「何言ってんの慶次、この方がお金掛からないし楽じゃん、それにアタシは今カズハじゃなくて黒柳よ」

 「あ、ごめん。」

 

 まぁそんな感じに京へ向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…うわー…、華やかっつーか賑やかっつーかうるさいっつーか喧しいっつーか…、アレね。むさ苦しい?」

 

 京に着いて辺りを見回したアタシの感想は、ソレだった。

 

 「ちょ…黒柳、ソレ途中から暴言になってるぜ?」

 「だってそうじゃん。ケンカ祭だかなんだかよく解んないけど、オッサンばっかじゃないの。むさ苦しいわよコレ」

 「だからってそりゃないだろ…」

 

 頭を抱えて溜息を吐く慶次。

 

 アタシは京に着くちょっと前に忍装束から普通の旅装束に着替えたので、端から見たら慶次が旅の女の子をナンパしているように見えている事だろう。

 

 「それより、京の街を案内してくれるんでしょ?とりあえずお腹減ったから何か美味しいの食べたいんだけど」

 「お!そうだったな、よォーし!じゃあ俺オススメのそば屋に…」

 

 不意に慶次が言葉の途中で固まった。

 

 「慶次?」

 

 不審に思って声をかけるけど、返答は無い。

 

 なんなのよ一体。

 

 何がなんだかよく解らないけどとりあえず、慶次が見ている方向へと視線を巡らせて、思わずアタシも固まった。

 

 「けェーいィーじィ~…?」

 

 そこには、なんかもう鬼の形相で、箒を片手に猪やら鷹やら熊やら半裸やらを引き連れた女の人が仁王立ちしてて。

 

 ちょっと待って何コレ、何この状況。

 

 「…ま…まつ姉ちゃん…なんで…」

 

 横の慶次が顔を引き攣らせながら、さらには所々ひっくり返った声を出しながら後退るのが解る。

 

 やっぱり知り合いですよねそんな気はしてた!



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ごかいごかい

 

 

 

 

 とりあえずさ、慶次、アンタあの人に一体何やらかしたの

 

 「本当に…貴方という人は…っ!!突然居なくなったかと思えばこのような所で…!!!」

 

 うわ、なんかよく解んないけど無茶苦茶怒ってるよあの人。

 慶次、アンタ何かやっちゃったならさっさと謝れば良いと思うよアタシ。

 

 「まっ…待ってくれよまつ姉ちゃん…!、俺」

 「問答無用です!!!さぁ!帰りますよ!!!」

 「ちょ、待ってくれってば!!、えーと、そう!俺この子に京の案内を頼まれてて…!!」

 

 うわ、コイツアタシをダシに使いやがったぞ、最低だな。

 

 「人様のせいにするものではありません!!!」

 

 あーぁ、一蹴されてやんの。

 

 とか思って悠長に構えてたら、当の慶次が何故か突然、アタシの後ろに隠れた。

 

 え、アレ?

 なんかアタシも巻き添え食いそうな予感が、ものっそいして来たんだけどコレ、気のせい?

 

 「何ですか貴女…これは前田家の問題、部外者は邪魔だて無用にございまする!」

 

 うわぁ、気のせいじゃ無かった、てゆーか予感的中しちゃったコレ。

 

 「…いや、あの…アタシ別に邪魔する気は…」

 「では何故慶次を庇うのです!!」

 

 いやだからね、コレ慶次が勝手に後ろに隠れただけであって、アタシ個人は何もしてないんだけど。

 

 「さぁ!そこをどきなさい!女子とはいえ、容赦致しませんよ…!」

 

 えー…ちょっと待ってよコレどうしよう…

 この人完璧にアタシが慶次を庇ってると思い込んでるよ…

 

 面倒臭ェな…適当に嘘吐いてごまかすか。

 

 「…そ、そうは参りません!貴女様がどなたかは存じませんが、慶次様は私の命の恩人…!

 この黒柳、恩人を捨て置いて逃げるなど出来ません!」

 

 適当にそんな事を言いながら両手を広げ、慶次を庇う動作をしてみる。

 オプションに怖がってちょっと震える動作付きだ。

 慶次がアタシの変わり身の早さに呆然としてるけどそこは気にしない。

 

 「恩人…?」

 

 お、案の定食いついた。

 こういう、真面目だけど話を聞かないタイプの人って、お涙頂戴系の話なら聞く耳持ってくれる事が多いのよね。

 

 「そうです…!、慶次様は私が夜盗に襲われ、あわやという所を助けて下さいました…!」

 

 そんな感じにカタカタと小さく震えながら、いかにもな感じで、さらに眉間に皺を寄せて真剣な感じにそれっぽく言う。

 そして顔だけ慶次に向けながら『話を合わせろ』と視線を送った。

 まだ若干戸惑っていた慶次も、そこでやっと理解したのか小さく頷く。

 

 「貴女様の事情は存じませんが、慶次様に危害を加えるのでしたら…私は…!」

 

 そう言ってきゅっと目を閉じた。

 

 「…慶次、それは本当なのですか?」

 「そ…、そうだよ!その時護りきれなくて、怪我させちゃったから、その治療で帰りが遅く…」

 

 慶次が、しどろもどろにそれっぽい理由を述べると、女の人は驚いたように両手で口を覆った。

 

 しかし、嘘に嘘が重なってってるなぁ。

 まぁ、ボロが出ないように頑張れば良いだけの話だけど。

 

 「…慶次…!、貴方って人は…!」

 「女子を守ろうと…!流石前田家の武士!!某は感動したぞ慶次ィィィ!!!」

 

 今まで黙りこくっていた半裸の人が、女の人の後ろで突然嬉しそうに吠えた。

 

 結構うるさい。

 なんだろう、幸村っぽい雰囲気を感じる。

 

 「ならば慶次!何故文の一つでも寄越さないのです!!」

 「ご、ごめんよまつ姉ちゃん…」

 「まったく…!、今回はこの方に免じて許しましょう…、しかし次は容赦致しませんからね!解りましたか慶次!」

 「わ…解ったよ…」

 

 若干しょんぼりしながら了承する慶次。

 

 いやー…しかしコレ面白い光景だな…

 あの慶次がヘコヘコしてるよマジウケる。

 

 まぁ慶次にはお迎えが来たみたいだから慶次との旅も此処までだろう。

 気の毒だけどアタシはあんまり関わりたくないからちょうど良い。

 

 よし、じゃあとりあえず今日は慶次と別れて、一旦どっかの宿にでも入ろう。

 お腹は空いてるけど荷物もあるしね。

 

 とか悠長に構えていたら

 

 「貴女、黒柳さんと言いましたね。」

 

 と、お姉さんから話し掛けられた。

 

 おっと危ない。

 

 とりあえずは、なるべく猫被っておこうと思う。

 今バレたら意味無いしね。

 

 「…は、はい、黒柳と申します。」

 

 深意が読めないので伺うように、なるべく礼儀正しく務める。

 

 「慶次がお世話になったようで…真に有難う御座いまする。」

 

 丁寧にお辞儀されて軽く面食らった。

 

 「あっ、いいえ!寧ろ私の方が慶次様のお世話になってしまいましたのに礼など…!

 それに、慶次様の御身内とは知らず無礼な真似…どうかお許し下さい」

 

 実際は巻き添え食っただけだからそんな事カケラも思って無いけど、でも一応アタシの中の“黒柳”って娘の設定は『礼儀正しくおしとやかな普通の人』だからね。

 

 という訳でそんな風に言いながら、慌てたように土下座をしてみる。

 

 忍って正体バレないようにしなきゃいけないから、佐助から無駄にスパルタな演技指導受けたのよね。

 こんなとこで役に立つとは思わなかったけど。

 さあ、どうなるかな。

 

 「まぁ!頭を上げて下さいな!」

 

おぉ、見た目通り良い人そうだ、アタシの行動に慌ててくれてる。

 

 肩に手を添えられてしまったので、反射的になるように顔を上げた。

 

 「着物が汚れてしまいますよ、さぁ、お立ち下さいな」

 

 優しく諭すように促されて、その流れで立ち上がったアタシは、お姉さんを見た。

 

 ふぅむ、さっきまでの慶次に対する言動は、怒りから来ていただけで、本来は常識的な人っぽいな。

 

 「なんとも…、真面目な娘子だなぁ…」

 

 不意に半裸の人がそんな風に感想を漏らしたのが聞こえたけど、あの人なんで半裸…ってゆーかほぼ裸なんだろう。

 

 いや、もうホントに意味わからん。

 

 「…有難う御座います。」

 

 だがとりあえず、お姉さんには礼を言っておく。

 

 「礼には及びませぬ」

 

 にこりと笑って返されて、やっぱり少し戸惑ってしまった。

 この世界に来てから初めて普通の人に出会った気がするから、妙に身構えてしまうんだろう。

 

 「…あ、私、宿を取らねばなりませぬ故、もう行きますね。

 関係の無い者がいつまでも皆様をお引き止めする訳には行きませんし」

 

 そんな風に若干慌てたように言いながら踵を返す事にした。

 

 「あっ!ちょっと待てよ黒柳!」

 

 が、慶次に肩を掴まれて引き止められた。

 

 「慶次様?どうか致しましたか?」

 「どうせなら宿より前田家に来ればいいよ!まつ姉ちゃんの作る飯はスゲー美味いんだぜ!」

 

 ええぇ…何でだよ、アタシ関係無いじゃん

 

 しかし慶次の目は語っていた。

 

 俺を置いていくなよ!まつ姉ちゃんの説教聞きたくないんだ!と。

 

 ふむ、そうか…だが慶次よ、アタシの意思は無視なのか。

 

 ホント何この扱い。

 

 「そ…そんな恐れ多い事…っ!前田と言えば立派なお武家様ではありませんか…!

 私のような素性の解らぬ者が敷居を跨ぐなど…!それに…ご迷惑になってしまいます!」

 

 なんとか関わるのを回避しようとひたすら捲し立てたのだが

 

 「なんと奥ゆかしい娘なのでしょう…!、大丈夫ですよ黒柳さん。

 私は迷惑などとは思いませぬ。むしろ貴女のような方でしたら大歓迎にござりまする」

 

 と、言われ、何故か逆効果になってしまった。

 

 エェェエエ…

 

 ちょっ…ま…エェェエエ…

 

 普通そこは止める所だよね

 なんでお姉さんまで賛成しちゃうのよ

 

 何この状況

 

 何コレホントに

 

 「しかし…、私のような者が…!」

 

 そう言いながら戸惑ったようにフンドシ的な男の人に“断れ!!”という意味を込めた視線を送る。

 

「某は別に気にせんぞー?」

 

 しかし全く気付かず、なんとも暢気な答えが帰ってきやがりましたチクショーめ。

 

 「流石犬千代様にございまする!」

 

 喜ぶお姉さん。

 

 …うわぁ、なんかハートが乱舞してる気がする。

 

 「そうと決まれば黒柳さん!慶次!共に前田家へ参りましょう!」

 

 えーと、アタシ…お腹空いてるんですけども。

 てゆーかいつも思うんだけど、なんで誰もアタシの話を聞いてくれないんだろうか

 

 …まぁそんな感じに、なんだかほぼ強制連行って形で馬に乗せられ、アタシは前田家へ連れて行かれました。

 

 

 この世界の人間はアレか

 Sか、馬鹿か、人の話を聞かない人しかいないのかもしれない。

 

 うん、でも慶次が言ってたようにまつさんの作るご飯はめっちゃめちゃ美味しかったです。

 

 

 

 

 そして現在、何故かお風呂に入らせて貰ってます。

 

 被ってる猫がいつ取れるか、気が気じゃ無かったりするんだけど、…でも今の所は大丈夫そうだ。

 

 ホント今だけ佐助に感謝したい。

 アンタのお陰で無駄に演技力付いたよ、女優になれるんじゃね?コレ。

 

 

 あ、そういえば小太郎はどうしてるだろう。

 後でおにぎり持って様子を見に行こうかな。

 

 

 「黒柳さん、お湯加減はどうです?」

 

 不意にまつさんの声が聞こえて若干驚いた。

 

 「あ…はい!、ちょうど良い湯加減ですよ、まつ様」

 

 とりあえずで、そう返事をしたら

 

 「そうですか、…では私も入りますね」

 

 そう言ってまつさんも浴室へと入って来た。

 突然の事に、湯舟に浸かりながらもビビる。

 

 「なっ…、ま、まつ様!!?」

 

 いや女同士だから別に構いやしないんだけど予想外だったから普通にビビった。

 

 いや別に良いよ、良いんだけどね

 しかし普通見ず知らずの相手が入ってる風呂に入って来るか?

 

 「あら、黒柳さん、どうか致しましたか?」

 

 いやいやどーしたもこーしたも、すげープロポーションですね、いや、違うそうじゃない。

 

 「も…申し訳ありません!私、すぐに出ますね!」

 「構いませぬ、ゆっくり入って居て下さいな」

 

 慌てるアタシにそう言って、まつさんはにっこり笑った。

 

 いやいやいやいや何考えてんだこの人

 

 「し、しかし…!」

 

 「大丈夫ですよ。そんなに警戒せずとも私は何もしませぬ」

 「そうじゃなくてですね!私が貴女様に何かするとは考えないんですか!?」

 

 そう言ったら

 

 「あら、慶次の連れて来た方ですもの。そんな事微塵も考えませぬ」

 

 そう返されて思わずうなだれた。

 

 なんなんだホントに。

 思わず被ってた猫が剥がれかけたよ今。

 

 「とりあえずは、背中の流しっこなど致しませぬか?」

 

 なんか楽しそうに言われて、断るのもアレな気がしたアタシは、少し戸惑いつつも湯舟から上がった。

 

 それから彼女に背を向けて座ったのだが、途端、まつさんから息を飲むような気配がした。

 

 「…これは…」

 

 彼女の声色で思い出す。

 

 あ、ヤバイ、自分じゃ見れないから忘れてた。

 そういやアタシ、今、背中に傷痕が有ったんだっけ。

 

 えーと、なんて説明すれば良いかなコレ。

 

 「…夜盗に襲われた時の傷…ですか?」

 

 考えている内に尋ねられて、今の自分の設定を思い出した。

 

 えーと“夜盗に襲われたのを慶次が助けてくれて、その際怪我をしててその治療で遅くなった”って言い訳してたんだよね。

 ……ちょうど良いから利用させて貰おう。

 

 「…はい。」

 「なんて事でしょう…!慶次ったら年頃の娘に傷を残すなど…!」

 

 「あっ、いいえ、これは慶次様のせいでは…」

 「いいえ!!慶次がもう少しきちんと治療していれば、痕など残らなかったはず!!!」

 

 いや元々慶次が治療した訳じゃないし、この傷付けたの明智の変態だし。

 

 …どうしたもんかなコレ

 

 「…慶次様には、この傷の事…黙っていて下さいませんか?

 あの方は…私の体にこんな大きな傷が残っている事を知らないのです」

 

 とりあえず、そう釘を刺しておく事にする。

 

 そもそも慶次はアタシの傷痕の存在自体知らないからね…

 余計な事言われてボロが出ないとも限らない。

 

 「…解りました。慶次には黙っていましょう…」

 

 渋々といった様子だが一応承諾してくれたようだ。

 

 なけなしの良心が痛む。

 なんでこんなにいい人達騙してるんだろアタシ。

 

 それもコレも皆慶次のせいだ。

 全てアイツが悪い

 

 あの馬鹿がまつさんを怒らせるような事しなけりゃアタシは嘘付かなくても自分を偽らなくても済んだのに。

 

 ぶっちゃけ、ずっと演技続けるのってストレス溜まるんだよねチクショー。

 

 

 

 それから他愛のない話をしつつ、アタシはやっぱり猫を被りながら背中の流しっこして二人して風呂から出た。

 それから、夜食におにぎりを二つ程貰い、そこでまつさんとは別れてから縁側に座る。

 

 気付けば辺りはもう夜になってしまっていた。

 

 「…小太郎ー?」

 

 おにぎりを持ったまま小さく名を呼ぶ。

 そんな呼び掛けでもすぐに小太郎は現れた。

 

 目の前に居るのにやっぱり気配は無い

 

 …凄いなホント

 

 「はいコレ。お腹すくでしょ。動いてばっかだし」

 「…………」

 

 そんな感じに持ってたおにぎりを差し出すと、小太郎は暫くは何の反応も見せなかったけど、でもそっとおにぎりを受け取ってくれた。

 

 「…あちこち行ってたみたいだったけど、なんか有った?」

 

 月を見上げつつ小さく尋ねる。

 それから小太郎に視線を戻せば一枚の封書を差し出された。

 

 中には、この辺りの治安や民草の様子と、街の詳しい地図などが書かれた紙が入っていた。

 

 「ぅわぁ…有難う。わざわざごめんね。」

 

 思わず感嘆の声が出る。

 

 頼んでもいないのに凄いなこの人。

 凄い有難いよコレ。

 

 紙から目を離して小太郎を見たら、両手でおにぎりをモチモチ食べながら、そこはかとなく嬉しそうにしていた。

 

 

 え 何この癒し系。

 

 

 なんだろう、なごむ…。

 

 

 「…美味しい?」

 

 尋ねればコクリと頷く小太郎は、背の高い男の人な筈なのに癒し系にしか感じられなかった。

 

 今までの荒んだ気持ちが癒されて行く気がする。

 

 だけどそこで、聞かなきゃいけない事があるのを思い出した。

 

 「…戦は、どうなってる?」

 

 尋ねれば、また封書を渡された。

 

 明智光秀も織田信長も行方不明。

 今は豊臣と徳川とが睨み合ってて、武田は上杉と睨み合い。

 伊達の方は、今の所だんまり。

 

 西は、長曾我部と毛利が睨み合い。

 

 封書にはそんな内容が書かれていた。

 

 「…成る程ね。何処も戦準備万端ってか。」

 

 とりあえず…次行くとしたらやっぱ四国だな。

 だって一応地元だし。

 

 

 「小太郎、解ってると思うけど前田家の忍殺しちゃ駄目よ。

 アタシが怪しまれるとかよりアンタの存在がバレるかもだからね」

 

 地図の分だけ抜き取り、読み終わった封書を小太郎に渡しながらそう告げると、小太郎はコクリと頷いて、そして微かな闇を残して消えた。

 

 「さてと…」

 

 小太郎が目の前から居なくなったのを見届けてから、アタシはまた、ぼんやりと月を見上げた。

 

 もうそろそろ満月なのだろう。

 形は大分丸い。

 

 「あ…、夜空綺麗…」

 

 なんせ排気ガスや光化学スモッグなんて皆無な世界だから空気が澄んでて超綺麗。

 そのうえ明かりなんか蝋燭や行灯のみだから星や月を邪魔する光なんて無い。

 

 一寸先は闇なんだろうけど今は月が照らしてくれていて、それが日本庭園の雰囲気にマッチしててマジ綺麗だった。

 

 「あー…、癒される…」

 

 アタシやっぱ綺麗な物が好きだ。

 心が歪んでようと荒んでようと美しいものは変わらない。

 

 そんな風に和んでいたら

 

 「うん?其方何をしておるのだ?」

 

 なんて、不意に聞こえたなんとも暢気な声に一瞬驚いた。

 

 しかしこんな奴はこの家には一人しか居ない。

 

 慶次の叔父、前田利家だ。

 

 「っ利家様…!、申し訳ありません、見事なお庭でしたのでつい魅入っておりました」

 「おぉ、そうかそうか!それは嬉しいな!」

 

 「とても腕の良い庭師なのですね」

 

 そう言ったら、利家さんはわかりやすいくらいに嬉しそうにしていた。

 

 …本心だからまぁ良いや。

 

 「うむ、庭師にそう伝えておこう」

 

 え、伝えられるの…ちょっと恥ずかしいなソレ。

 

 「私のような者の言葉で、前田家の庭師が喜ぶかどうか…」

 「喜ぶさ!こんな美人に褒められて喜ばない男など居ないからな!」

 

 …そーゆーもんか?

 

 とりあえず、外見褒められたから無難に普通の女の子の反応をしとこう…

 

 「…び、美人なんてそんな…!」

 「はっはっは!謙遜する事はないぞ!」

 

 あー…なんだろアタシのこの中身と外身のテンションの差。

 

 

 「ところで…黒柳殿は…、うちの慶次の好い人なのか?」

 

 

 「……は?」

 

 やっべ、あんまりの事に意識と一緒になって被ってた筈の猫が吹っ飛んだ。

 か、被り直さなきゃ、急げアタシ、頑張れアタシ。

 

 「と…利家様?突然何を…?」

 「うん?違うのか?」

 

 違うよ、違いまくるよ、冗談じゃねーよ。

 あんな軽い男彼氏にしたら苦労しまくるのが目に見えてんじゃん。

 

 アタシ個人は慶次と恋人ってのは無理があると思う。

 特に確信とかそーゆーのは無いけどでも慶次の相手がアタシってのには絶対無理あると思う。

 

 「利家様ったらご冗談を…私なんかに慶次様は勿体のう御座います。」

 

 とりあえずそんな感じに受け流しながら苦笑を浮かべる

 

 「そんな事は無いぞ!黒柳殿、慶次だって満更でも無いから家へ連れて来たのだろうし!」

 

 いやアイツは単にまつさんに怒られたく無かっただけだろ

 

 「まさか!慶次様は女の子が大好きでいらっしゃいますもの、私のような者は眼中にもありませんよ。」

 

 半分くらい猫被り切れてない気がするけどまぁ良いや。

 

 「何だって!?そんな馬鹿な!!慶次がこんな美人をほっとくなんて有り得ないぞ!!まさか具合でも悪いのか…!?、待ってろ慶次ィィィイ!!!」

 「えっ?ちょ…利家様っ!!?」

 

 ドタタタタとか騒音を立てながら利家さんは勢い良くアタシを放置して去って行った。

 

 いや、あの…何この状況。

 

 あれ、なんかだんだん嫌な予感して来た。



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やだやだ

 

 

 …なんだろこの予感。

 

 だけど、利家さんが何言い出すか気になるし…と思ったアタシは、気配を消しながら慶次の部屋へと行ってみた。

 慶次は気配が濃いからどの部屋にいるかすぐに解るんだけど、何故かまつさんも利家さんも居てなんか三人で話してた。

 

 忍らしく気配を消しながら、廊下で障子越しに立ち聞きしてみる事にした。

 

 てゆーか三人とも声でかいから丸聞こえなんだけど良いのかコレ。

 

 「なんなんだよ二人ともいきなりさぁ…特に利!俺ァ別にどこも具合悪くねーよ?」

 「何だって!!?じゃあなんで遊び人のお前が黒柳殿に何の関心も示さないんだ!!?」

 「…は?、ちょっと利…、アンタ俺の事そんな風に思ってたの…?」

 

 あ、慶次ショック受けてる。

 

 「そんな事よりも慶次。」

 「なんだよまつ姉ちゃん…」

 

 あ、そんな事で片付けられた。

 傷付いてる傷付いてる。

 声だけでも分かるよ慶次、分かりやすいなあ。

 

 「貴方は黒柳さんの事をどう思って居るのです?」

 「え?…可愛い女の子だと思ってるけど」

 「…では、あの子を嫁になさい。」

 

 

 「は?」

 

 

 そんな慶次の声でアタシは意識を取り戻した。

 

 ヤバイヤバイ。

 あんまりの事だったから今頭真っ白になった。

 冷静になれ自分。頑張れ。

 

 「あの子は慶次を慕っています。それに、慶次もあの子を気に入って居るのでしょう?」

 

 障子に映った影の利家さんがウンウン頷いている。

 

 つかアタシはそんなん思ってねーよ。

 

 「え…、いや、でも…」

 

 「まだ過去を引きずる気ですか、慶次。…もう、良いでしょう?」

 

 いや慶次の過去に何があったかは知らんが、多分慶次はそれ意外の事に戸惑ってると思うよ。

 

 「いい加減身を固めたらどうです。」

 「そうだぞ慶次!嫁がいるというのは良いものだぞ!」

 

 オイオイあんたら…一体何がしたいのよ…本当に

 

 「でもよ…まつ姉ちゃん、…多分あの子は俺の事好きじゃねーよ」

 「何を言うのです慶次!あの子は慶次の心配ばかりしておりましたよ、もう少し自信を持ちなさい!」

 

 え?何この会話、どこの女子高生?

 てゆーかアタシ慶次の心配してたってより慶次がいつボロを出すか心配してたんだけどな。

 

 「黒柳が…?」

 

 オイィィイ!!?ちょ…慶次おまっ何を真に受けてんの!!?

 

 「そうです。私と話している間も、あの子はどこか遠くを見ていました」

 

 いやそれ多分違う事考えてただけだと思うよ!

 

 「………そっか。黒柳は俺が好きなのか…」

 

 いやオイちょっと待てコラ

 何納得してんだコラ

 

 「それに…、あの子の背には刀による傷痕がありました。…年頃の娘としては、凄く辛いでしょう…」

 

 あっ!まつさんの馬鹿!秘密にしとけっつったのに!

 

 「傷…!!?」

 

 障子の向こうで慶次が息を飲む気配がした。

 その途端、慶次が動き出し障子に近付いて来ているのに気付いて、アタシは一瞬焦った。

 

 何がどうなるかは分からないけど、バレたらヤバい事だけは分かる。

 

 このまま開けられて、立ち聞きしていたのを気付かれる前に、気配を消したまま音を立てず、当初座っていた縁側へ駿足移動で戻った。

 呼吸を少し落ち着けながら縁側に腰掛け、それからまた月を見上げ無理矢理精神を落ち着かせる。

 

 落ち着けアタシ、よし、オッケーだ、いつでも来い。

 

 途端、ドタドタと誰かが走ってくる気配がした。

 

 気配からしてやっぱり慶次だろう。

 

 無理矢理心を落ち着かせたものの、やっぱり内心若干焦りながらも、無理矢理いつもの調子にシフトチェンジさせて、暢気に慶次がこっちに来るのを眺める

 

 「何どうしたの慶次、そんな慌ててなんかあった?」

 

 「カズハ!!…アンタ、俺の嫁に来い!!!」

 

 何がどうしてそうなった。

 

 「…さっぱり意味が解んないんだけど?」

 「まつ姉ちゃんから聞いた。背中に傷残ってるって、だから俺んとこ来いよ!」

 「……いや…やっぱり意味解んないんだけど…」

 

 主語も述語もあったもんじゃねーから真面目に意味が解らん。

 どんだけ焦ってんだこの男。

 てゆーかアタシ今は『黒柳』なんだけど?

 

 「カズハ、俺は背中に傷があろうと気にしない。だか」

 「うらァァァァアア!!!」

 「ぅおっとォォオ!!?ちょっ、何すんだよ!!!」

 

 回し蹴りしたら避けられた。

 

 …チッ

 

 「何を焦ってんだか知らないけどさ、アタシは誰の嫁になる気も無いのよ。

 そりゃ慶次の事は嫌いじゃないけど、でもそんな憐れみで嫁にされたら堪ったもんじゃないわ。

 まぁとりあえず落ち着いて説明しなさい」

 

 立ち聞きしたなんて気付かれないように、そう言って説明を促す。

 そうしてようやく落ち着いた慶次からされた説明は、かい摘まんではいたけど、内容はほぼ変わらなかったのでアタシが失敗さえしなきゃバレないだろう。

 

 と、いう訳で。

 

 「…ふーん?、つまり、まつさんの言葉をそのまま真に受けちゃって、それで嫁に来いとかなっちゃった訳ね。ははは。自惚れんなバーカ」

 

 とか馬鹿にしながら告げた。

 

 「ちょ…ヒデーよ…。」

 「何落ち込んでんのよアンタ。てゆーかアタシは今黒柳だっつーの」

 「あ、ごめん。」

 

 そこで慶次はようやく完全に落ち着いたらしい。

 暫く、沈黙が流れる。

 

 その合間に虫の鳴き声が微かに聞こえた。

 

 「…誰に付けられたんだ?」

 

 不意に慶次が呟く。

 

 一瞬は何について言われたのか解らなかったけど、さっきまでの話の流れで何とか理解した。

 

 「…言った所でなんか意味あんの?」

 

 仇討ちってか?

 アタシはやられたら倍返しするタイプだから要らんわよ

 

 「…じゃあ…、どの程度の怪我だったんだ?」

 

 「出血多量で死にかける程度?」

 

 特に気にせずそう告げたら、慶次は辛そうに顔を歪めながらアタシを見た。

 

 「…何その顔。アタシ憐れみなんか要らないんだけど。

 大体背中なんて自分じゃ見えないから気にしようがないし」

 

 続けて言ったけど慶次の表情は変わらない

 

 「でも…アンタは女の子なんだよ?」

 

 改めてそう言われて、少し戸惑った

 

 「…あのね慶次…、アタシは確かに女の子だけど、…その前にアタシはアタシ。

 傷があろうと無かろうとそれは変わらないのよ。」

 

 「…アンタ、気にしてないのかい?傷、付けられた事をさ」

 

 「過ぎた事を気にしてなんになるの?

 アタシに出来る事は傷痕付けた奴を腹いせにぶっ飛ばすだけよ。」

 

 まぁ一回はぶっ飛ばしたけど。

 今度会ったらとりあえず顔面に蹴り入れようとは思ってたりもする。

 

 「…黒柳、アンタ…やっぱ不思議な奴だな」

 「ハイハイ。どーせアタシは変ですよ」

 「そんな事一言も言ってねーよ?」

 

 言ってなくたって大体想像付くし。

 

 そんな風に思いながらまた月を見上げた。 

 しかし、これ以上面倒に巻き込まれない内にアタシの本性を暴露する必要がある。

 アタシが慶次の嫁に相応しくないと解れば、今の状況を打開出来るかもしれない。

 

 まぁそんな感じで、慶次を丸め込もうと試みてみる事にした。

 

 「アンタはさ…俺の嫁になるのそんなに嫌なのかい?」

 

 不意に慶次が呟く。

 

 でも慶次は、アタシを見ながらどこか遠くを見ていた。

 視線は此処にあるしアタシを見てるんだけど、アタシを通して誰かを、アタシの知らない別の誰かを見ているような、そんな感覚。

 

 「……生憎と、アタシを誰かの代わりにしようとしてるような男に興味ないの。」

 

 アタシは冷めた視線を向けながらそう皮肉った。

 

 慶次は驚いたような表情を浮かべながら、アタシを無言で見詰めた。

 

 「アタシはアタシ。…誰の代わりでもないし…ましてや誰かの代わりになる気も無い。

 アンタの過去に何があったか知らないけど…フザケてんじゃないわよ」

 

 そう続けながらアタシは笑った。

 ニヤリと、普通の女の子は絶対しない笑みで。

 

 「じゃ…おやすみ慶次。…また明日」

 

 無言になってしまった慶次を置いてアタシは踵を返す

 

 あーぁ、まったく…お陰で湯冷めしちゃったよ、風邪引いたらどうすんだ。

 

 とか思ってたら手首を掴まれた。

 

 「待てよカズハ」

 

 そう告げる慶次の表情は真剣だったので、若干面食らいながらも、尋ね返した。

 

 「…何よ」

 

 なんか雰囲気的に、それだけ言うのが精一杯だったけど、上等だと思う。

 

 「………いや、あの…今日はごめん…」

 「…謝るくらいなら最初から巻き込むなっての。」

 

 「うん。……おやすみ」

 「はい、おやすみ」

 

 そんな会話の後に、手を離しては貰えたので、アタシは宛がわれた客間へと向かったのだった。

 

 慶次が言いたかった事は一体何だったのか、分からないままに。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 「…俺、そんなに顔に出てたかな」

 

 一人残された縁側で俺は小さく呟く。

 

 カズハに悪い事をしたな…

 

 内心そんな風に落ち込みながら縁側に座り込んだ。

 

 確かにカズハを気に入ってはいた。

 

 でも今日、カズハが普通の女の子のように振る舞った時、何故か、あいつの事が頭にちらついた。

 あんまり似ているって訳じゃないのに何故かカズハと重なって驚いた。

 

 「…あいつじゃないのにな…」

 

 まるでカズハがあいつの生まれ変わりのような気さえした。

 だから、カズハが俺を好いてくれてるんじゃないかと聞いた時も嬉しかった。

 

 だからか、背中に大きな傷痕が残ってると聞いた時、脳裏に死に際のあいつが浮かんで。

 

 「…俺…阿呆だなー…」

 

 意味も無く呟きながらうなだれる。

 

 さっきカズハから言われた言葉が、胸に突き刺さった。

 

 「…カズハはカズハ…か」

 

 その呟きは夜闇に溶けて消えた。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 次の日。

 アタシはのんびりと目を醒ました。

 ちょうど日の出らしくて辺りは少し薄明るかった。

 

 「んぁー…朝か…」

 

 のんびりと体を伸ばしながらそう言って布団から起き上がる。

 

 …この時間に起きるのが習慣になっちゃってるな……まぁ美容に良いけど。

 

 なんて思いながら、くぁっ、と欠伸を漏らした。

 

 …さて起きたは良いがどうしよう。

 

 稽古するのもアレだし、だからって女中の仕事するのもアレだし…

 いや、佐助や幸村達のせいで出来ん事は無いようになっちゃったけどさ。

 

 なんで忍は皆水炊き出来るようにしてるんだろうね、あの国。

 

 もーマジ女中になれば良かった。

 佐助無駄にスパルタだしさ。

 

 もし、あの時忍になるって決めた時のアタシに会えるなら『こンのド阿呆がァァアアア!!!』って叫びながら蹴り飛ばしたい。

 

 

 「とりあえず…、着替えますか…」

 

 のんびりと呟いてそう考えを切り換えて、借りた寝間着から荷物の中の着物に着替えた。

 

 今更ながら着物に慣れといて良かったと思う。

 

 だってコレ慣れてない人にはキツイでしょ。

 

 良かったー、現代に居た普段から浴衣着たり振袖着たり、なんやかんやで自分を着飾りまくってて。

 アタシがナルシストでホント良かったよね。

 

 「…よし。完璧。鏡が無いのが残念ね」

 

 そんな感じに呟きながらのんびりと部屋から出る。

 

 さてと、ホントにどうしよう。

 

 荷物は少ないからそんなに整頓は必要無い。

 

 …暇潰しすら面倒だな…もう旅に出ちゃおうかな。

 

 のんびり廊下を歩きながら考える。

 

 

 

 「あら黒柳さん。おはようございまする」

 

 不意に聞こえた凛とした声に振り向くと、まつさんがパタパタとこっちに向かって廊下を歩いて来ていた。

 

 「…あ、おはよう御座います、まつ様。随分と早起きなんですね」

 

 とりあえずのんびりと挨拶をする。

 

 「私には朝餉の準備がありますもの。」

 

 にこにこと言われて思わず感心してしまった。

 

 スゲーな、主婦の鏡だね。

 

 「今から朝餉の準備ですか…!、大変そうでいらっしゃいますね…」

 「あら、なればお手伝い下さいませ。人手は多い方が楽で御座います故」

 

 そう言われたかと思えばガシッと手を掴まれた。

 

 え…いや、あの…マジで?

 

 「私が、ですか…!?」

 

 「あら、料理は苦手で御座いますか?大丈夫ですよ、私が指導致しまする故」

 

 

え、あの…もしかしなくても強制?

 

 

 「さぁ!共に参りましょう!」

 「え、いや、あの、えェェ…」

 

 そんな風にアタシは台所へ強制連行されたのだった。

 

 この世界ってホントそーゆー人ばっかよね。

 

 

 

 

 

 

 「黒柳さん、この人参は千切りに、こちらの芋は乱切りにお願い致しまする」

 「あ、はい」

 

 結局なんだかんだできっちり手伝っているアタシ。

 まぁ、タダで泊めて貰った訳だからお礼と考えれば良いのよね。

 

 それにしても…この時代の料理ってホント大変だよね…

 

 だって炊飯器無いんだよ?

 コンロだってレンジだって冷蔵庫だって無いし。

 昔ってマジで凄いよね

 

 「…あ。」

 

 考え事しながら切ってたら野菜の皮剥くの忘れた…

 

 「黒柳さん?どうか致しました?」

 

 「申し訳ありません…考え事をしていたら皮を剥くのを忘れてしまいました」

 「あら!大丈夫ですよ、うちの殿方は皆そんな事気に致しませぬ」

 

 いや、気にする人は気にすると思うよ?

 

 「寧ろ野菜は皮ごとの方が煮崩れ致しませんし、ゴミも減りますので、逆にとても良うございまする」

 「そうなので御座いますか…!」

 

 まぁそんな感じに主婦の豆知識付き料理を教えて貰いながら、まつさんとアタシと他の女中さんも交えて朝餉を作った。

 

 それから皆で集まって、朝餉を食べんだけど…ホントに皮が付いてても前田家の男は全く気にしなかった。

 

 寧ろアタシが手伝った事を喜んだりしていた

 

 …お前らそれで良いのか?

 つーか、料理手伝ったお陰でかなんか余計にまつさんに気に入られたような気がするんだけど、自意識過剰の気のせいだよね?

 もしそうだとしたらアタシ…此処最近ずっと墓穴掘りまくってない?

 

 …ヤバイな、どうしよう

 …アタシって無駄に見えっ張りだからなぁ

 

 わざと失敗するのも出来ないし、だからって言って嫌われようとするなんて今までした事無いからどうすりゃ良いかさっぱりだし。

 

 だってほっときゃ大概勝手に嫌うようになってたもん。

 

 

 あ、なんか胃が痛くなってきた。

 

 

 という訳で。

 

 

 

 「慶次、アタシそろそろ限界だからこの家出るわ。」

 「えっ!?、もう?」

 「普段こんなストレス感じたこと無いもん。

 あ、ストレスって何かの負担から来る苛々した感じの事ね。

 とゆー訳でアタシは今すぐ旅を再開します。」

 

 旅仕度を整えた姿で、きっぱりと慶次に伝える。

 

 「意味解んないよカズハ…昨日も言ってたけどホント唐突だなぁ…」

 「良いのよ。アタシマジでそろそろヤバそうなんだもん。普段そんなに苛々しまくる事無いからもう胃が悲鳴あげてんのよアタシ」

 

 猫被りっぱなしはホントにキツイ。

 しかも嘘ついてる訳だから良心が痛む痛む。

 何コレ精神的な拷問?

 

 「まぁそんな訳で、アタシは限界なの。オッケー?」

 「…おっけー。」

 

 若干残念そうな口調だけど、それでも慶次は了承してくれた。

 

 

 「じゃあ慶次、これまつさんと利家さんに渡しておいてくれる?」

 

 そう言ってアタシは慶次に書状を手渡す。

 

 「何これ?」

 「文よ。急用につき失礼します、お世話になりましたって感じの内容の。」

 「…俺は置いて行かれるのか?」

 「旅支度してないアンタが悪いんでしょ。じゃーね!」

 

 

 そんな感じにアタシは前田家を飛び出した。

 

 

 



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わんこわんこ

 

 

 

 町に出て、さぁコレでやっと一人旅だ!と思っていたら、何故か慶次が隣に居た

 

 「…いや、アンタなんで此処に居るのよ」

 

 「よく考えたら俺って、いつも旅仕度なんてロクにせずに家飛び出してる事を思い出して、とりあえず追っかけて来た。」

 

 とりあえずってアンタ…エェェエエ…

 

 「ちゃんと手紙渡したんでしょうね…」

 

 「ううん。でもちゃんと置いて来たから気付く筈だぜ。」

 

 「放置とかアンタ何考えてんのよ」

 「大丈夫大丈夫!まつ姉ちゃんなら気付いてくれる筈だって!」

 

 なにその理屈。

 

 「…アタシはアンタを連れてく気無いからね。」

 

 「そんな事言うなってェー。一緒に行こうぜカズハ~、女の子の一人旅は危ないって~」

 「ハァ?気持ち悪い声出さないで、ちょっ!抱き着こうとすんな!!」

 「いだだだだ髪引っ張るのは反則だって!」

 

 「知るかそんなモン。とりあえずハゲろ。ハゲてしまえ」

 「カズハ酷い!!!」

 

 

 なんだこの男。

 マジで意味解んない

 

 なんでアタシこんなに気に入られてんのよコレ

 

 昨日までこんなんじゃなかったよね

 てゆーかコイツマジでウザイどうしよう

 

 慶次ってこんな人だっけ?

 こんな阿呆な感じの奴だっけ?

 

 もっとこう、…………なんかアレだった気がするんだけど

 良い例えが浮かばなかったからもうそんなんでいいや。

 

 よし、次行こう。

 

 「とぅっ!」

 

 勢い良くそんな掛け声を発しながら、習得していた変わり身の術を発動した。

 

 「なっ!!!、丸太!!?」

 

 上手く発動したのか、どこから来たのか全く不明な丸太と、自分が入れ替わる。

 慶次と居た場所から一番近い木のてっぺんに居る事に気付いたのは、真下で騒ぐ慶次の大きい声が聞こえたからである。

 

 何回かやったけど、これ、ホントにどういう原理なんだろう。

 全く理解出来ないけど、出来ちゃうモノは出来ちゃう訳で、もう完全に自分が人間じゃなくなってる気が物凄くする。

 何これこわい。

 

 だがしかし、今はそれはどうでもいいのだ。

 

 「ふはははは!残念だったわね!カズハ様をナメんなよ!じゃあねー!」

 

 盛大に爆笑しながら逃げました。

 

 

 だってマジウザいんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとっ走りしてあちこち走り回った結果、なんとか撒けたみたいなので、たまたま足を止めた杉の木のてっぺんに佇みながら、確認の為に辺りを見回した。

 

 近くには居ないけど、どっか遠くからアタシの名を呼ぶ慶次の阿呆みたいな声が聞こえる。

 

 けど、無視だ。

 

 このまま静かに隠密行動しながらフェードアウトすれば、きっと完全に撒けるだろう。

 

 しかし、空の綺麗さについ、深呼吸したくなってしまったアタシは、気分の赴くままに息を吸い込んだ。

 

 「…あー…空気美味い…」

 

 吸い込んだ空気を吐き出しながら、しみじみと呟く。

 

 季節としては夏だけど、まだ朝だから少し涼しくて、でも太陽の日差しは眩しい。

 お陰で若干目が痛いけど、だがしかし風が良い感じで、いっそどっかでのんびり昼寝したいくらいだ。

 

 朝早かったから眠いわ。

 

 「ん?」

 

 不意に隣の杉の木のてっぺんに小太郎が居るのに気付いた。

 昼間っからこんなトコに居るのなんて珍しくて、つい首を傾げる。

 

 なんかあったのかしら。

 

 

 「何?どうかしたの?」

 

 

 確認の為に、とりあえず尋ねてみる事にした。

 隣って言ったって少し距離はあるけど、忍なので唇の動きだけで何を言ってるのか分かる筈なので、大声は出さない。

 

「…………」

 

 しかし、返事は無い。

 

 そりゃそうだ、喋れないんだから。

 

 いかんいかん忘れてたわ。

 ちょっと反省。

 

 その時、不意に小太郎はアタシの隣まで来て、文を渡して来たと思ったらまた同じ位置に戻った

 

 何だこれ?

 

 「…なんだろ」

 

 思わず呟いてしまいながら、それを開いて目を通す。

 

 宛先は、“黒柳”。

 

 差出人は、“まつ”

 

 

 一瞬頭が真っ白になった。

 

 動揺しながら、それでもとりあえず読み進めてみる事にした。

 

 

 “黒柳様

 

 突然の用との事とても残念でなりません。

 ですが、それは建前でございましょう

 

 きっと私達を騙している事が心苦しくなられたのでしょうね

 

 私は解っております。

 

 犬千代様は全く気付いておられませんでしたが、私は貴女様が何処かの忍で、共を連れての旅の途中だと気付きました。

 

 私は武将の妻ですゆえ、気付けぬ方が問題でございます。

 貴女様が未熟という訳ではございませぬゆえ、どうか気を落とさぬよう、お願い致します。

 

 実は、初めて貴女とお会いした時に感じましたが、貴女様は、本来はもう少し、お元気な方でございましたでしょう?

 もう少し早く腹を割って話せていれば、黒柳さんに辛い思いをさせずにすんだでしょうに…

 

 大変申し訳ありませぬ

 

 もしも次にお会い出来ました時には、どうぞ本当のお名前を教えて下さいまし。

 

 そしてまた、一緒に朝餉や夕餉を作りましょう

 

 

         まつ”

 

 

 

 「………………あいたたた…」

 

 額に掌を当てながら俯いてしまった。

 

 あー、そっかー、バレてたのか…

 なんていうか、女の勘って凄いね…

 

 でも大人の女の人って憧れるわ...

 

 暫くの間、まつさんを目標にしとこうかしら。

 あ、でも慶次の嫁に推薦されそうで嫌だわ、止めとこ。

 

 だけど、書いたお手紙の返事、来ちゃったんだから返事書くべきよね…。

 

 そういや、手紙といえば武田さんにも書かなきゃだったわ、忘れてた。

 

 とりあえず、まつさんには飛脚使えば良いとして、武田さんには…やっぱ田中さん(※忍烏)に頑張って貰わないとね。

 

 よし、そうと決まれば内容考えるか。

 

 でも、その前に。

 

 「ありがとね小太郎、わざわざ飛脚の真似事してくれて」

 

 軽く笑って礼を言う。

 だけど、当の小太郎はふるふると左右に顔を振った。

 

 「…アンタほんと真面目ねー…」

 「…………」

 

 案の定無言で佇んでいる。

 

 もう少しくらい適当で良いと思うんだけどなぁ…

 でもまぁ小太郎があんまり適当だったらアレよね、かなり違和感。

 

 …とりあえず気にしない事にしとこう。

 面倒臭いし。

 

 それはともかく、送る手紙の内容を考えなくちゃなんですよ。

 

 えーと…。

 

 思案しようとしたその時、なんか小太郎があの位置から動こうとしてない事に気付いてしまった。

 

 うん、何で?

 

 「ちょっと、どうしたのアンタそんなとこで」

 

 尋ねてみたけど反応無し。

 

 …えーと、何?

 どうしちゃったのこの子。

 

 呆然と見詰めていたその時、小太郎はサッと紙と筆と墨壷を取り出したかと思えば、さっきと同じようにアタシにそれらを渡し、また元の位置へ戻って行った。

 

 これはもしかして…

 

 「今、返事書け、って事?……え、でも今からじゃどうやって飛脚捜したら…」

 

 怪訝に思いながら自問自答するみたいに言ってたら、小太郎が自分で自分を指差しているのに気付いた。

 

「…もしかして…届けてくれんの?」

「…………」

 

 無言のまま、こくりと頷く小太郎。

 

 え……良いの?マジで?

 いや、でも流石に何度もそんな雑用を押し付ける訳にはいかんでしょ、普通に。

 

 だがしかし、小太郎って強情な人だから、ここで書かなきゃアタシが書くまでずっと、あそこで突っ立ったまま待ち続けるような気がする。

 

 …面倒臭いけど仕方ない…

 今からちょっと頑張ってみるか…

 

 「……分かった、じゃあちょっと待っててくれる?」

 「…………」

 

 小太郎は、さっきと同じように無言のままこくりと頷いた。

 

 あー、はいはいわかったわかった。

 やればいいんでしょやれば。

 

 とりあえず貸して貰った筆を墨壷に軽く浸して、それから頭に浮かんだ文言をさらさらと綴る。

 

 “拝啓まつ様

 

 お返事、有難う御座います。

 色々とバレてたみたいで正直ビックリです。 

 

 私としても、次お会い出来る機会あったらその時にでも色々語り合いたいです。

 

 料理教えてくれて有難う御座いました。

 

 

 では、機会があればまた

 

 

         黒柳”

 

 書き終え、墨壺と筆を左手に持ちながら、頷く。

 

 よし、こんなモンでしょ。

 めっちゃ短いけど良いや。

 

 「よし、はい…小太郎、これ。」

 

 適当に畳んだ後、そんな感じに小太郎へ手紙を渡すと、彼はまた無言のままに、こくりと頷いた。

 

 「じゃ…アタシは此処に居るから。」

 「…………」

 

 アタシの言葉にまた頷いた小太郎は、受け取った手紙を懐にしまい込んでから、一瞬でアタシの前から消える。

 

 いやー、さすがは忍…凄いなぁ。

 なんて言うか、年季が違うよね、年季が。

 

 とか考えてても仕方ない訳で。

 

 「…さて…どうしようかな」

 

 とりあえず杉の木のてっぺんで佇みながら何となくのんびり呟く。

 特に意味は無い。

 

 よし、なんも浮かばないからついでに武田さんにも手紙書こう。

 

 そうと決まったらさっさと済まそうと、懐から手紙用の懐紙を取り出した。

 

 「…えーと、武田さんへ…昨日前田家にお世話になりました、ご飯美味しかったです、では…っと。」

 

 小太郎から借りたままの筆で、浮かんだ文言を口にしながら適当にさらさらと綴る。

 すると、なかなか綺麗に書けたので、それに満足して一つ頷いた。

 

 書道って勢いが大事なのね、と一人で納得しながらピィッと高めに口笛を鳴らす。

 

 「ア゙ー!」

 「よーしよしよし、ちゃんと来たねー、偉い偉い流石田中さんだー」

 

 口笛の合図でバッサバサ翼をはためかせながら現れた田中さん(※忍烏)。

 腕に止まったその背中をわっしゃわしゃ撫でたりしながら懐紙を足に括り付けた。

 

 「その手紙を武田さんに、頼んだわよ」

 「ア゙ー。」

 「よし、行けっ!頑張れ田中さん!アタシはアンタはやれば出来る子だって信じてる!」

 

 言われた事に返事をするように鳴いた田中さんが勢い良く飛び立つと、アタシはそれを無意味に励ましながら見送った。

 一応頑張って躾たし、佐助からもお墨付き貰った烏だからきっと届けてくれる事だろう。

 

 だがしかし、小太郎はすぐに戻って来るだろうけど…田中さんはどのくらいで戻って来るんだろうか。

 

 はい、アタシ今気付きました。

 

 どうしよう、もしかして此処でずっと田中さんを待ってなきゃダメかしら。

 

 そんな事してたら慶次に見付かるかもしれな…、いや、それは気配消してりゃ良いから大丈夫か。

 アイツ結構鈍感だし。

 

 つかむしろ野宿とか嫌なんだけど。

 だって嫌な思い出しかないもん。

 

 変態とか変態とか変態とか。

 

 あ、でも今回は小太郎が居るから大丈夫か?

 

 …でも確か小太郎ってあの変態に負けたよね?

 

 

 …とりあえず、変態に遇わないように願おう。

 うん。

 

 そんな風に真剣に思いながら遠くを見詰める。

 

 と、その時だった。

 

 「おい!お前っ、そんなとこでなにしてんだぁ!!?」

 

 突然そんな声が辺りに響いた。

 

 …なんか凄いアホっぽい感じの声が下の方から聞こえたわね

 

 なんだろう、このジャ○アンを彷彿させる頭悪そうな喋り方。

 

 下の方を見てみると、なんか

 両手に太い木の棒(?)を持った野性児丸出しな感じで、額に白い鉢巻き巻いたアタシと同い年くらいの半裸気味の男の子がこっちを見上げていた。

 

 なんだろう

 若干嫌な予感がする。

 

 …関わらないでおきたいけどアイツどうみてもアタシに話し掛けてるわよね…

 

 「おいっ!!!おれさまをムシすんなよなっ!!!」

 

 …どうしよう

 アイツ多分かなりの阿呆だ...

 

 喋り方からしてかなり頭悪そうなんだもん何アイツ...

 

 「おいっ!!!きーてんのかっ!!?」

 

 えーと、うん。

 聞いてるけど何ていうかあんまり答えたくない。

 

 「おいっ!!!いいかげんにしろっ!!!」

 

 突然、そんな声と共に拳くらい大きさの石が物凄いスピードで飛んで来た。

 

 「なっ!!?」

 

 ちょっ!

 意味解んない意味解んない意味解んない!!!

 何してんのアイツ何考えてんの何なのよ突然!!!

 

 反射的に武器を取り出し、そのまま思い切りブン回して飛んで来た石を叩き落とす。

 

 「おっ!お前なかなかやるなっ!!!これならどうだ!!?」

 

 「ハァ!!?ちょっ、女の子に向かって石投げるなんて何考えてんのよ馬鹿じゃないのアンタ!!!」

 

 とか言ってる間に、ぶんぶんぶんぶん手当たり次第石を投げて来る馬鹿

 

 「何なのよ意味解んないんだけどマジで!!!」

 

 こんな足場の悪い所で飛んで来る石を全部対処しろってか

 

 佐助かアンタは

 

 ああ、懐かしき佐助のスパルタ訓練。

 絶対二度としたくないと思ってたってのに、突然何なのこの馬鹿は。

 凄いムカつくんですけど何この嫌がらせ。

 

 「おれさまさいきょう!!!」

 

 帰れ馬鹿、黙れ馬鹿、石投げんな馬鹿。

 

 駄目だ…コイツ今までに無いくらいウゼェ…

 

 「いい加減に…っしろやボケ!!!」

 

 腹立ち紛れに叫びながら、飛んで来た石を勢い良くキャッチ&リリースしてやったら、綺麗に馬鹿の額にクリティカルヒットしました。

 

 「げふっ!!!」

 

 あ。

 

…なんか、ガスっ!っていう痛そうな音が辺りに響いたんだけど、…えーと、どうしよう。

 

 「いっ、…石なんて危険極まりないモノ投げて来るアンタが悪いんだからね!!!」

 

 そんな風に断言しながらも、様子を見る為にと地面に降り立った。

 

 「いっ…てててて…」

 

 衝撃で思いっきりすっ転がってた少年が、頭をさすりながら起き上がると、火がついたみたいに吠え始める。

 

 「てめー!いきなりなにすんだっ!!!」

 

 いやいやいやいや。

 

 「その台詞そっくりそのままアンタに返すわよ。初対面の人間に石投げるなんて何考えてんの馬鹿じゃないのアンタ」

 

 「なっ!おれさまはバカじゃねぇ!!!てめーこそしょたいめんのヤツにしつれーだぞ!!!」

 

 「馬鹿に馬鹿っつって何が悪いのよ馬鹿。」

 「うっせーうっせー!!!バカっていうヤツのほうがバカなんだよっ!!!ばーか!!!」

 

 ヤバイ、頭痛して来た。

 真面目に頭痛くなって来た。

 

 アタシと同い年くらいなのに何このレベルの低さ。

 

 両手の人差し指を口突っ込んで、真横に引っ張りながら舌出すからかい方する奴なんて、今まで生きて来て初めて見たんだけど。

 よく見たら顔は良いのになんて残念な頭してんだろコイツ。

 

 ダメだ、コイツと居たらアタシまで馬鹿になりそうな気がして来た。

 

 逃げたい。

 力の限り全力で逃げてしまいたい。

 

 でも此処から移動したら田中さんが帰って来た時迷ってしまう。

 

 だぁぁぁあ!!!早く帰って来て田中さん!!!

 そしたらアタシ田中さんに掴まって逃げるから!!!

 

 「……はァァァア…」

 

 「なっ!ヒトのカオみてタメイキつくなんてしつれーだぞ!!!」

 「あーもー、喚かないでよ欝陶しいわね。大体アンタ何なのよ」

 

 「おれさまかっ!!?おれさまはムサシ!!!宮本武蔵ィー!!!」

 

 

 ………ええぇ……ちょ……ま……

 

 ………………えぇぇええ…

 

 

 …うん…えーと……このゲームって戦国時代じゃなかったっけ?

 なんで幕末ちょっと前くらいの偉人がいるの…(※本当は江戸初期です)

 

 てゆーかこんな宮本武蔵嫌だ。

 

 待って…宮本武蔵ってアレよね?何とか流の開祖的な偉人よね(※うろ覚え)

 

 …もしかしてこいつもこのゲームのキャラ?

 でもコレどう見てもそうよね。

 

 偉人の名前付いてるし。

 半裸気味だし顔良いし。

 

 …阿呆だけど。

 

 なんか、物凄く、力の限り、阿呆だけど。

 

 見る限り阿呆としか形容出来ないけど。

 

 うん、なんかもうマジで他に形容詞が浮かばないくらい阿呆に見えるけど。

 

 阿呆としか言いようが無いけど、でも多分そうな気がする。

 

 「で!おまえはダレなんだよ?」

 

 「…どっちかって言ったら名乗りたくない」

 

 踏ん反り返りながら、なんか偉そうに尋ねて来る馬鹿に、思わず真面目な顔で答えるアタシ。

 

 だってなんかムカつくんだもんコイツ。

 

 「んだとォ!!?せっかくおれさまが名乗ってやったのに!!!じゃあもういい!お前はミケだ!!!」

 「なっ!!?なんですってこの野郎!!!意味解んないわよなんでそうなんの!!?」

 

 「へんっ!名乗らねェおまえが悪ぃんだろ!!!」

 「アタシは……えーと忍なのよ!軽々しく名乗れる訳ないじゃん!

 なんなのアンタマジでウザイんだけど!!!

 じゃあ良いわ…アタシはアンタをポチって呼んでやるから!!!」

 

 なんだろう、なんか凄くグダグダになったコレ。

 

 うん、でもまぁいいや知らん!

 だってコイツ凄いムカつくんだもん!!!

 

 「あぁ!!?おれさまはポチじゃねー!!!武蔵さまだ!!!」

 「はいはい。ポチは五月蝿いわねー」

 

 そんな風にあしらっていた時だった

 

 「カズハ!!!やっと見付けた!何してんだよこんな所でー!!!」

 「ぎょあっ!!!」

 

 なんか突然、後ろから抱きしめられて、衝撃からかなんか口から思い切り変な声が出た。

 この爽やかボイスと筋肉な腕と派手な服はどう考えても慶次だろう。

 ギャーギャーやってるうちに見付かってしまったらしい

 

 ちくしょう阿呆っ子め…。

 でもとりあえず慶次アンタいきなり何してくれてんのよ

 セクハラは犯罪です、ダメ!絶対!

 

 「カズハ?、へぇ、おまえカズハっつーのか。変な名前。」

 「ポチにはこの名前の美しさが解らないのね。可哀相に…」

 

 てゆーか慶次のせいでこの阿呆っ子にアタシの麗しい名前が知れちゃったじゃないのさ、この馬鹿野郎。

 

 「ふん!」

 

 ガスッ!!!という痛そうな音が辺りに響くと、慶次が戸惑ったように声を上げた。

 

 「いってぇ!!!ちょ、カズハ!いきなり何すんだよ!!?」

 「いつまでもカズハ様の麗しい身体を抱きしめてんじゃねーわよ。いい加減金取るぞコラ」

 

 とりあえず抱き着いたままの慶次が欝陶しかったので、思い切り肘鉄を撃った結果がこれです。

 

 「カズハ酷ぇ!」

 「うっさいわよ。てゆーか女の子を軽々しく抱きしめるなんて何考えてんのよ」

 

 抗議の声を上げる慶次をスルーして、キッパリと言い放ってやった。

 

 現代ならセクハラで捕まるわよマジで。

 

 …あ、でもコイツ顔は良いからその辺の女の子なら簡単に許すかもしれない…。

 まぁアタシの場合は許さないから肘鉄お見舞いしたけどね。

 

 …つか、どうせアンタ肉々しい体してんだからこんな攻撃全然効いてないでしょ

 

 「おれさまをムシすんじゃねー!!!」

 「うっさいわよポチ」

 

 なんかキャンキャン五月蝿かったからとりあえず真顔でツッコんでおいた。

 

 「そうそう、アンタ誰だい?此処らじゃ見ない顔だけど…」

 

 そこで慶次が、キャンキャン五月蝿い阿呆っ子の発言でその阿呆っ子の存在を認めたのかサラっと尋ねた

 

 …今まで気付いて無かったのかしら。

 意外と酷い男なのね、慶次って。

 あ、アタシも大概酷いとかそういうのはどうでもいいから無しの方向で。

 

 

 「おまえ、おれさまがだれだか知りてぇのか?

 …へん!耳かっぽじってよく聞きやがれ、おれさまは宮本武蔵さまだっ!」

 

 「そうかい、俺は前田慶次ってんだ。よろしくな」

 

 さらりと流す慶次。

 

 …なんだろう、慶次が大人に見える…

 

 あれーおっかしーな…

 慶次の精神年齢は幸村と同じくらいだと思ってたんだけど…

 

 …あー…そうか。

 ポチの精神年齢の方がもっと低いのか…成る程ねー…

 

 それは仕方ないわ。うん。

 

 まァ、ずっとそんなどうでもいい事を考えて居る訳にも行かないわよね。

 

 

 という訳でアタシは思考を切り換える事にした。

 



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にゃんこにゃんこ

 

 

 

 とりあえずね、アタシは四国の方に行きたいのよ。

 美味しい海産物食べたいの。

 

 これから暑くなる事考えたら北の方かもしれないけど、そっち方面は政宗とか居るから、今回は南に行きたいのアタシ。

 

 四国と言えば、うどん、かぼす、みかん、そして鰹のタタキ!

 あるかどうか分かんないけど、もしあるなら是非食べたい。

 美味しい物って、何事にも変え難い価値があると思うの。

 

 慶次に抱きしめられたまま、真剣にそんな事を考えながら、遠く彼方の目的の地へと思いを馳せる。

 

 あれ、これ現実逃避?

 

 「俺はカズハを探しに来たけど、武蔵はこんなとこで何してたんだ?」

 「おれさまか?おれさまはしゅぎょうだ!スっゲーだろ!」

 

 アタシを抱きしめたままの慶次が、ポチとそんな問答をしてるけど、なんかどうでもよかった。

 

 つーか…ポチの奴、ただ単に“修行”って言いたいだけなんじゃないの?

 

 そんな脳内ツッコミをしながら、そんな感じに聞こえて来る二人の会話をぼんやりと聞き流し、空を仰ぐ。

 

 そこで、なんかふと、黒い点が視界に入った。

 抜けるような青空に、一つの黒い点。

 

 えーと、なんだろうアレ。

 

 考えてみたものの、とりあえず田中さんじゃない、という事しか分からない。

 烏にしては、妙な形をしているように見える。

 

 そこで何故か、危険という程じゃないけど、なんか妙に嫌な予感を感じてしまった。

 

 アタシのこういう時のこういう予感は無駄に的中率高いから、このまま此処に居るのはヤバイ気がする。

 

 確かめるみたいに点を見つめるけど、脳内に響くみたいな警鐘は鳴り止まない。

 

 うん。

 アタシの本能が逃げろって言ってるわねコレ。

 

 こういう時は逃げるに限る…んだけど、田中さんはまだ帰って来てない訳で。

 

 仕方ないので、慶次と阿呆の子が会話して気を取られてる隙に、またしても代わり身の術を敢行し、そのまま木々の影にサッと隠れて気配を消した。

 

 田中さんが帰って来てれば逃げられるってのに、何とも惜しい。ちくしょう。アタシのバカ。

 

 そんな事を考えながら隠れていたら、そこで二人はようやくアタシが居ない事に気付いたらしい。

 

 「あれっ?これカズハじゃない!、あっれー?何処行ったんだ?」

 「んん?ほんとだ!あいつどっか行きやがった!」

 

 そんな風に呟きながら辺りを見回している。

 

 阿呆だからか知らんけど気付くの遅くね…?

 武将としてどうなのアイツら。大丈夫?戦場出たら死ぬよ?

 

 「おーいカズハー!何処だー!?」

 

 テメーらから隠れてんだよ、察しろよ馬鹿。

 

 「おーいミケー!」

 

 誰がミケだコノヤローふざけんな馬鹿。

 

 「あっはっは!何言ってんだ武蔵、カズハはミケじゃねーよ、まァ気位が高いトコは猫みたいだけどさー、でもカズハは三毛猫ってよりは白猫っぽいぞー?」

 

 …何の話してんだコイツ

 

 「いや、おれさまは三毛猫だと思う!」

 

 お前も話に参加してんじゃねぇよ馬鹿か、あ、馬鹿だった

 

 …てゆーか、なんかアタシを探すんじゃなくてアタシが猫だとどんな猫だかの話する事に主旨変わってない?

 

 「えー?カズハは白猫だろ、肌だって真っ白だしさー」

 「いや!あいつは三毛猫だ!かみの毛茶色いじゃねーか!」

 

 いやその場合別に茶色い猫で良いんじゃないのソレ

 

 「んー、俺様だったらカズハちゃんは黒猫だと思うけどなァ」

 「なんでそうなんのよ、いや、黒猫好きだけd…」

 

 背後から聞こえて来た軽い調子の声に、反射的にか思わず普通に答えてしまって、軽くフリーズしてしまった。

 

 「だってカズハちゃんの場合、白っていうか黒でしょー?」

 

 …えーと、この聞き覚えのある飄々とした男前な声は……もしかしなくても…

 

 「…佐助さん…?」

 「なーにカズハちゃん」

 

 「なんで此処にいんの」

 

 「なんでって、お仕事に決まってんじゃん。あ、はいコレ。カズハちゃんの忍烏」

 「ア゙ー。」

 「何やってんの田中さん」

 

 振り向いてみたら案の定佐助で、軽く固まってたら何故か佐助の懐から田中さんが出て来た。

 

 「あ、あの文、お館様にはちゃんと届いてるよ。単に俺様が付いて来ただけ~」

 

 いや、…うん、えーと何してんだ佐助この野郎

 

 「意味解んないんだけどさ、アンタ何がしたいの?」

 

 「実はねー、旦那にさー…カズハちゃんを探すように命令されちゃったんだよね。」

 「……はぁ?」

 

 「だってホラ、カズハちゃん急に居なくなった訳じゃん?旦那ったらちょっと機嫌悪くなっちゃってさー」

 

 ……いや、あのさ。

 もう何にツッコめば良いか解らないから放置して良い?

 

 「まァ俺様としてはー、カズハちゃんには甲斐へ帰って来て欲しいんだけど、でも俺様邪魔しないって決めた手前邪魔したくないんだよねー、って事で。」

 

 「…何よ。」

 「カズハちゃんに付いて行く事にしました。」

 

 うん、えーと…なんでだこのやろう。 

 

 そして佐助はニコニコと笑いながら、まるで世間話するような軽い調子で

 

 「だって俺様、カズハちゃんを連れて来いと命令受けた訳じゃないしね~。」

 

 なんて、そんな事を宣いやがりました。

 

 えっと、うん…いやいやいやいや…

 

 「アンタ…他の任務とか良いの?」

 

 「俺様は真田十勇士の長よ?才蔵とか他の優秀な部下がやってくれるもん」

 

 うーわー…なんつーか…才蔵さん泣いてんじゃないの今頃…

 

 …つーか、佐助って真田忍隊隊長…なんじゃなかったっけ?

 

 「やだなーカズハちゃん、そんなん同じ同じ~。」

 

 そうだっけ…?なんか妙に違う気がするのは気の所為か…?

 …っていうか。

 

 「心読むのやめてくんない?」

 

 プライバシーの侵害で訴えっぞコラ

 いや戦国時代だから無理だけど、でも現代なら絶対勝てる。

 

 「あはー、ゴメンゴメン。」

 

 いや、あはー、じゃねーよ

 悪いと思って無ェだろ佐助テメコノヤロー。

 

 「ま!良いじゃん別に。気にしてたらキリ無いぜ?」

 

 爽やかにウインクされたけど佐助だから凄く胡散臭い。

 

 「…一体誰の所為だと思ってんの?」

 

 「あはー!」

 「あはーじゃねーわよ」

 

 「もー!カズハちゃんたら細かい事気にし過ぎだよ、三日振りに会ったってのに酷い!!」

 「…いや…アタシは悪くねーわよ。」

 

 何一つとして悪く無いもん。

 寧ろこの場合意味不明な事を言い出す佐助の方が悪い。

 

 「いーや!カズハちゃんが悪い。なんせ俺様達に一言の挨拶も無く居なくなっちゃったもん」

 

 「えー?それはまァカズハ様だから良いじゃん」

 

 「良くない!」

 「なんでよ?」

 

 「カズハちゃん…君、自分の立場解ってないの?」

 

 「立場なんかに左右される程出来た人間じゃないのよアタシ」

 「踏ん反り返って言う事じゃ無いよねソレ」

 

 真顔で断言したら、真顔でツッコミ返されてしまった。

 

 「仕方ないじゃない。なんせカズハ様なんだから。今更でしょ。」

 

 軽くそう言ったら、なんかよく解んないけど盛大な溜息吐かれてしまった。

 

 うん、なんかちょっとムカつく。

 

 「大体、なんで佐助が着いて来んのよ。アタシには小太郎がいるってのに」 

 

 「その“小太郎”っていうカズハちゃんの連れてる忍なんだけどね」

 「何よ?」

 

 「…調べたけど北条の忍って以外何も出て来なかった。」

 「まァ、そりゃ忍だしね」

 

 残してたらダメでしょそんなん。

 

 「でも、そこから推測されるのは、その忍が、長であるって事」

 「ふーん?イマイチ意味解んないけどそれがどうかしたの?」

 

 「北条が抱えてたのは、伝説と呼ばれる忍なんだよ。」

 「ふんふん」

 

 「風の悪魔、“風魔小太郎”」

 

 

 

 …風の悪魔ねぇ。

 

 

 

 「ふーん。」

 

 「いや、ふーんってカズハちゃん!!?、自分の連れてる忍が風の悪魔かもしれないのに何でそんな落ち着いてんの!!?

 誰も姿を見た事が無いって言われる、得体の知れない奴かも知れないのに!」

 

 「えー、だってそんなんどうだって良いじゃん。確かに小太郎は風魔って苗字だったけど。」

 

 「良くないよソレ完璧にアイツ“風魔小太郎”じゃん!」

 

 「だから、どうでもいいんだってば。」

 

 「何言ってんだよカズハちゃん!アイツがホントに風の悪魔だっていうなら、いつ殺されても可笑しく無いんだよ!!?」

 

 「それならアタシはとっくに殺されてなきゃ可笑しいでしょうが。」

 

 そう断言したら、佐助は言葉を詰まらせた。

 

 だって殺すつもりならいつでも殺せた筈だもの。

 アタシが今までピンピンしてるって事は、小太郎にそんな気は無かったって事だ。

 

 「心配してくれるのは嬉しいけどね佐助。過保護過ぎ。あんまりカズハ様をナメないでくれる?」

 

 佐助と真っ正面から対峙しながらニヤリと笑う。

 それから肩に掛かったポニーテールの一房を弄りながら興味ない感じで口を開いた

 

 「大体、今小太郎はアタシの部下なのよ?」

 

 でも佐助は納得してくれなかったのか、暫く考えた後に頭を掻きながら溜息を吐く

 

 「だから…なんでそんな簡単に信じちゃえるのさカズハちゃんは…」

 「そんなん決まってるじゃない」

 

 佐助を見据えながらそう言って小さく息を吸い込む

 

 「アタシが、自分を信じてるからよ」

 

 そして、そう断言した。

 

 …アタシは自分を信じてるから誰かを信じる事が出来る。

 もしそれで裏切られたとしても、それはそれで別に良い。

 

 単にアタシが裏切られるような人間だったってだけ。

 

 

 アタシが基本とする生き方は何事も美しく。

 

 それが信条なんだけど、でもその為には心の成長が不可欠。

 

 いくら外見が美しくったってアタシはまだその辺の子供と同じくらいの精神年齢だから、すぐ誰かを馬鹿にするし、悪態も吐くし、心もかなり狭い。

 

 それでもアタシは始めから人を疑って掛かったりなんかしないと決めている。

 よっぽど怪しい奴でないとそんな事しない。

 

 だから何が起きても大丈夫。

 アタシは心の底から後悔するような事だけはしないから。

 

 アタシは自分を、自分の心を、自分の考えを、自分の目を信じてる。

 

 だから

 

 「だからアタシは人を信じられる」

 

 告げながら緩く口の端を上げて、アタシは珍しく普通に微笑んだ。

 

 そして、佐助はそれを見て、盛大に目を見開いた。

 完全に顔文字で言う、(゜д゜)である。

 

 

 …いや、何もそんな驚かなくて良いじゃん。

 

 …まぁ確かに佐助の前で普通に微笑んだりした事無かった気がするけど、でもいくらなんでもびっくりし過ぎよねコレ

 

 ちょ、しかもなんかちょっと固まってない?

 え、何、佐助ってばアタシが邪悪に笑わなかった事がそんなにショッキングだったわけ?

 

 …シバくぞ。

 

 心の中だけでなく盛大に顔にも出しながら佐助を見る。

 そんな時不意に硬直から復活した佐助が、なんか若干呆然としながら口を開いた。

 

 「カズハちゃん…」

 

 「何よ」

 

 「とりあえず…忍としてソレ致命的とか色々ツッコミ所あるけど…それよりも………」

 

 それよりも?何?

 

 

 

 …………いや、間あけ過ぎじゃね?

 

 

 

 「…なんなのよ。早く言いなさいよ」

 

 勿体振られると無駄に苛々するんだけど。

 

 「…カズハちゃんってば普通に笑うと凄い可愛いんだね」

 

 …は……?

 

 やっと言ったかと思った矢先の、余りにも予想外過ぎる佐助の答えの所為で、アタシはなんか普通に目が点になった。

 

 顔文字に例えるとするなら、(・Д・)?だろうか。

 

 

 えっ、ちょ…待って何?

 今コイツ何て言った?

 

 

 「…はぁあ?、可愛いィィイ?え、…アタシがァア?

 いやいや、待ちなさいよ佐助、アタシはね、可愛いとかよりも綺麗とか美麗とかカッコイイとかそーゆーのが良いの。

 可愛いなんてアタシのガラじゃないの真面目に。ふざけないで」

 

 とりあえず思いっきり眉間に皺を寄せながらそう捲し立ててやった。

 

 うん。だってなんか全然嬉しくないし。

 てゆーか意味解んない何言ってんのコイツ馬鹿じゃないのマジで。

 馬鹿じゃないのマジで。

 

 あれ、なんか同じ事二回考えちゃった何コレ。

 

 「…とか言いながら…カズハちゃん顔真っ赤だけど?」

 

 「なんだとコノヤローまじでか。」

 「まじだよ」

 

 言われて改めて自分の手で顔に触れてみたら確かにいつもより熱かった。

 

 チクショウマジだったコレ!!

 

 「…っ仕方ないでしょ、素面でカワイイなんて今まで言われた事無いんだから!!

 あ゙あ゙あ゙ぁぁああ゙あ゙チクショーめこんなんで照れてる自分がマジで心の底からキモい!!!キモ過ぎる!!!そんで無駄にムカつく!!!とりあえず佐助アンタ腹斬れ」

 「褒めてるのに何その理不尽!あ、でも真っ赤だから怖くない!寧ろ面白い!可愛い!」

 

 ぅあ゙あ゙あぁぁぁああ゙あ゙どうしてくれようこの馬鹿上司なんだろうコレまじムカつく!!!

 

 ガチでムカつく!!!ハンパ無いくらいムカつく!!!何このとてつもない殺意!!!

 

 「あ゙ーもー!!!とりあえず死ねよ佐助お前頼むから死ねよ!!!」

 

 「なんで!!?しかも死ねって二回言われた!!!意味解んない!!!何この脈絡のない会話!!!」

 

 「うっせー馬鹿黙れ馬鹿死ねよ馬鹿」

 「ねぇ泣いていい?」

 

 いや泣かなくて良いから死んでくれ。

 それか真っ裸でどっかのマグマにダイブしてくれ。

 

そんな事を思っていたら、突然アタシの背後に人の気配を感じて、更には馴れ馴れしく肩に手を置かれた。

 

 …こんな事を平気ですんのは一人しかいないわね

 

 そう思った次の瞬間、案の定聞き覚えのある声が頭上から降って来た

 

 「おいおい、女の子虐めるのは良くねえよ?カズハが困ってんじゃん」

 「寧ろアタシはアンタが来たから余計困ったわよ」

 「いや、ちょっと待って、今一番虐められて困ってたの俺様だよね」

 

 佐助の場合日頃の行いが悪いからそうなるんでしょーが。自業自得ね。

 なんてどうでもいい事を考える。

 

 そしたらまたまた聞き覚えのある頭悪そうな声が隣から響いた

 

 「そーだぞ!よわいものイジメはよくねェんだぜ!」

 「いや、アンタその弱い者である筈のアタシに石投げまくってたよね」

 「あれ?何?無視?泣くよ?良い歳してお兄さん泣いちゃうよ?良いの?知らないよ?」

 

 いや知らんわよ。

 つか寧ろ本気でどうでもいいんですけど。

 

 「……………!」

 

 この時アタシは、いつの間にか帰って来てた小太郎がこの様子を見てどうすれば良いか解らず木々の影でオタオタと困惑してたなんて全く気付いて無かった。

 

 「まぁ良いや。冗談はこれくらいにして…そろそろ行こうかカズハちゃん」

 

 「はァ?なんでアタシがアンタの指図受けなきゃいけないのよ。意味解んないんですけど」

 

 てゆーかいきなりなんなのよこの人。

 意味解んない上になんかウザいんですけど。

 

 「あのねカズハちゃん、俺様君の上司だからね、君の師匠であり上司だからね!」

 

 「どーでも良いわよそんなん。」

 「いやいやいや良くないから。もういい加減にしようねカズハちゃん」

 

 適当に答えた途端に、なんかそんな子供に言い聞かせるみたいな言葉と共に、突然両手で腰を掴まれ持ち上げられた。

 

 「ちょっ!何すんのいきなり!セクハラ!セクハラは止めて下さい!!!」

 

 かと思ったら。

 

 「俺様南蛮語わかんなーい。」

 

 なんて言葉と共にひょいとか俵担ぎされました。

 

 …うん意味解んない

 

 「良いから離しなさいよてゆーかお腹にアンタの肩が食い込んで地味に痛いんだけど何この荷物的な運び方そこは乙女の憧れお姫様抱っこにしろよ!あと何処連れてく気!!?」

 

 「ヒ・ミ・ツ★」

 

 「ウザッ!!!」

 

 何コイツむかつくんだけどマジで!!!

 しかもアタシのボケ完全にスルーしやがったちくしょう腹立つ!

 

 「ミケ!!?おいみどり色いの!ミケを離せ!」

 

 うん、アタシはミケじゃ無いからね。

 あの馬鹿アタシの事マジでミケって認識しやがったのかしらぶっ殺す。

 

 「オイ佐助!カズハをどうする気だよ!!?」

 

 …嗚呼…今は慶次が一番マトモに見え

 「カズハは前田家のモンだぞ!!!」

 

 前言撤回…マトモじゃなかったわコイツも。

 

 しかも何前田家の物って

 

 ア タ シ は ペ ッ ト か

 

 政宗や幸村とおんなじ扱いじゃねぇか慶次この野郎

 アンタこないだ“カズハは物じゃない、可愛い女の子だ”とか似たような事言って無かったっけフザけんな

 

 「悪いねーお二方!カズハちゃんは貰ってくから★じゃあねー!」

 

 『あっ!』

 

 「テメーらマジ覚えてろよゴルァァァああああ!!!」

 

 なんかよく解んないけどアタシはそんな感じに、佐助に拉致されました。

 

 ……なんでだ。



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へいわへいわ

 

 

 あれから暫くして、ようやく降ろして貰えたのは、あの場所からかなり離れた大きな杉の木の枝の上だった。

 

 目の前の佐助を見据え、アタシは腕を組みながら口を開く。

 

 「で?」

 

 「いや、カズハちゃん何さ、いきなり」

 「いきなりはアンタでしょうよ。何なのいきなりアタシを拉致しくさってからに。」

 

 半目でジトーっと佐助を睨み、腹立たしさを微塵も隠さずに吐き捨てた。

 

 ちなみに現在小太郎は、アタシ達より一段上の枝に立ってます。

 

 ちゃんと付いて来てくれてるよ!流石だよねマジで!

 

 「…カズハちゃん、女の子がそんな汚い言葉遣いしちゃいけません。」

 「うっさい黙れ。どうでもいいのよそんなん」

 

 アタシそんなんが聞きたいんじゃ無いんですけど。

 

 でも佐助はまだ食い下がって来た。

 

 「良くないよ!そんなんじゃ真田の旦那の嫁になれないよ!」

 「なる気すら全く無ェよ馬鹿か」

 

 訳の分からん佐助の言葉に対して瞬時に真顔でそう言ったら、なんか言われた方の佐助は昔の少女漫画みたいな“どきーん☆”って感じの、全力で鬱陶しい顔をした。

 

 「え…っ、じゃあ俺様の嫁に…!!?」

 「シバくぞ。」

 

 どんだけKYだよお前。

 マジ意味解んないんですけどとりあえずもう死ねば?

 

 「大体アンタの嫁になるくらいならアタシ小太郎に嫁ぐし」

 

 佐助なんか絶対嫌だ。

 大体アタシはMじゃねぇ。

 

 しかしそれを聞いた小太郎は

 

 「っ!!?」

 

 遠くを見ていた視線をアタシにバッと向けてアタシを凝視した。

 兜のお陰で見てるのかよく解んない感じではあるけど、なんか視線が刺さりまくってるから凝視されてると思う。

 

 意外と動揺しちゃったらしい。

 

 「えええ!!?なんで!!?」

 

 でも、一番動揺したのは佐助みたいだった。

 なんか、物凄い驚いた顔しながら両肩をガシッとか掴まれた。

 

 …正直ウザい。

 

 だけどまぁ、とりあえず気にしない事にして、アタシはまた口を開いた。

 

 「…いや、だってアンタドSじゃん。小太郎は癒し系だもん。」

 

 でもそう言った途端に、アタシにそんな事を言われてしまった小太郎は、何故か思いっきり体を強張らせたかと思ったら、手をバタバタさせ始めた。

 

 「…っ!、…!、!」

 

 …イマイチ何がしたいのか解んないけど多分アレよねコレ

 いくらなんでも、さっきのはちょっと失礼だったって事よね。

 まぁ癒し系なんてアタシから言われても嬉しくないだろうし、ついでにいきなりだから意味もよく解んないわよね。うん。

 よし、とりあえず謝っとこ。

 

 「あー、ごめん小太郎迷惑だったね。例え話だから気にしないで良いよ」

 「………」

 

 謝ったけど、小太郎は無反応でした。

 

 なんとなくだけど、そこはかとなく微妙そうな雰囲気?な気はするけど、どうなんだろう。

 

 ……うん、やっぱ表情が分からんからよく分からんわ…感情全く読み取れんし…

 …とりあえず…納得はして貰えた…よね…解らんけど。

 ………うん。分からんからまァ良いや。気にしない事にしよ。

 

 「…って違う!また話がズレた!アタシが聞きたいのはそんな話じゃないのよ佐助いい加減にして」

 

 そんな事を言いながら、ぐるりと体ごと佐助へ向き直り、ついでにツッコミも混じえつつ佐助にガン飛ばすと、

 

 「ちっ。気付いたか」

 

 なんて、アタシから顔を背けながらおもいっきり舌打ちしくさってくれやがりました。

 

 …うん、シバくぞコノヤロー

 

 「気付くわよ馬鹿。アタシどんだけナメられてんのマジで」

 「………」

 

 小太郎がアタシと佐助を交互に見ながらちょっと戸惑ってるような雰囲気を醸し出してる気がしたけど、結局よく解らんからとりあえず放置しとこうと思います。

 そう思った時、佐助が仕方ないとばかりに軽く溜息を吐き、それから真剣な表情で口を開いた。

 

 「まァ良いや、理由は…―」

 「…理由は?」

 

 佐助の真剣な様子に、アタシも釣られて真剣な顔をしながら続きを促す。

 

 暫くの沈黙。

 

 余りにも真剣だから、よっぽどの事があるのかと頭の隅で考えながら、佐助が口を開くのを待つ。

 

 そして、ついに佐助が口を開いた。

 

 「なんとなく☆」

 「シバくぞ」

 

 …なんかもう思わず真顔のまま0.1秒くらいの脊髄反射でツッコんじゃったけどアタシは悪くないと思う。

 つーかコレもうコイツ殺っちゃってもいいんじゃないのマジで。

 だってムカつくし。

 

 「冗談だよ、全くもーカズハちゃんてば気が荒いんだからー」

 「誰が荒くさせてると思ってんだこのfryingmonkeyめ」

 

 「いくら俺様が南蛮語理解出来なくても今のは悪口だって解るよカズハちゃん。」

 「うっさい。今アタシは気が立ってんの。さっさと説明しなさいよ。」

 

 「……ったく、仕方ないなぁ…」

 

 いや仕方ない奴なのはアンタの方だからね。

 寧ろ話をどんどん脱線させやがって何してんだお前。

 

 やれやれ、なんて仕方なさそうなジェスチャーと表情をしていた佐助が不意にまた真剣な表情になった。

 そして奴は、少し思案しながら口を開く。

 

 「…この間さ、織田の魔王と変態が行方不明になったじゃん?」

 「あー、うん」

 

 「そしたらさ、新勢力が出て来ちゃったみたいなの」

 

 予想外だったその言葉に少し固まる。

 

 「新勢力?」

 「そう。なんか天下に興味は無いらしいから今までは放置してたんだけどさ」

 「何?いきなりそいつが天下取りに参戦して来たっての?」

 

 とりあえず適当に予想を付けてそう言ってみたけど、佐助は軽く眉を下げただけだった。

 

 「いや、違くて。」

 「何よ?」

 

 とりあえずアタシは眉間に皺寄せながら先を促す

 

 「なんかね、村とか国とか普通に襲い始めちゃってさ。」

 

 「はぁ?何それ…目的は?」

 「家宝だったり茶器だったり」

 

 うん、えーと…

 

 「…山賊じゃん。」

 

 「いや、山賊とはまた違うんだけどね、これが」

 「…何が違うのよ?」

 

 勝手に襲って奪うとか山賊そのものだと思うけど。

 

 「違うよー、山賊は生きる為に強奪してるけど、そいつは欲しいから、とか気になるから、とかそんな理由だから。」

 

 「……何それ子供?」

 「いや、白髪混じりのオッサン」

 

 「……………うわぁ」

 

 何してんのソイツ。オッサンの癖にガキみたいな事してるとか迷惑以外の何ものでもないじゃんソレ

 

 「…まぁつまりそんなだからさ。なんのつもりなのかとかその他諸々気になるじゃん?」

 「…そりゃまぁ…武田さんとかは気になるでしょうね」

 

 甲斐を治めてる訳だから…そんな訳解らん奴が出て来たらなんだコイツみたいなね。うん。

 

 頭でそんな事を適当に考えて居たら

 

 「だからさ、偵察をね。しなきゃなんない訳」

 

 そう言って佐助は爽やかに笑った。

 

 …………。

 

 「で?」

 

 「でさー。大将からカズハちゃん捜すついでに偵察して来いって言われてんの。」

 

 此処まで言われたら流石に佐助が何をしたいのか解る。

 でも佐助は、アタシが何か言おうとする前に、更にベラベラと喋り出した。

 

 「だからさー、めんどいからいっそ一緒に偵察しに行こうかと思って。」

 

 「ほほう、なるほど強制か。」

 「うん☆」

 「シバくぞ」

 「えー…良いじゃんそれくらい」

 「良くねーよ」

 

 いい加減にしろよマジで。

 アタシは四国に行きたいんだっつーの。

 

 「まぁまぁ、細かい事は気にしない気にしない☆」

 「いや、全く細かくないわよ明らかに」

 

 何言ってんのよふざけんな、そう言おうとした次の瞬間

 

 「………ダメなの?」

 

 なんて、捨てられた犬みたいな目を向けながら首を傾げられて、思わず硬直した。

 

 ……チクショウ佐助の奴アタシの扱い分かって来たわね…!美形がそんな仕種すんじゃねーよ可愛いだろ馬鹿!

 クソッ、負けるなアタシ!今負けたら面倒な事になる…!

 

 「…だ…、ダメに決まってんじゃない、アタシはマグロ食べに行くんだから!」

 

 ちょっと吃ったりしたけど何とか言えた!よっしゃあザマーミロ佐助!

 

 そんな事を思ってはみたけど佐助は未だ捨てられた犬みたいなしょんぼり具合で口を開く

 

 「…そんなんいつでも行けるじゃん。」

 

 ……うん。えーと

 

 「そんな訳あるか。アンタみたいな人外の動きアタシは出来ません!

 移動手段は基本足だっつーの!佐助みたいに浮かべた凧までひとっ跳びとか無理だから!有り得ないから!」

 

 思った事をそのまんま口に出して言いたいだけ捲し立てると、不意に佐助が真面目な顔で頷いた。

 

 「…わかった」

 

 ようやく理解してくれたのかと思ってホッとした次の瞬間

 

 「つまり後でカズハちゃんを四国に送れば良いって事だね!」

 

 爽やかな顔で訳分からん結論を仰ってくれやがりました。

 

 「いや何が分かったのよアンタ。」 

 

 さっぱり意味が分からんのですが。

 

 「え、違うの?」

 「いや、うん、まぁ色々ツッコミ入れたいけど…とりあえず楽出来そうだからいっか。」

 

 正直徒歩で四国目指すのダルかったのよね。

 送って貰えるんならそれに越した事無いわ、楽だし、うん。

 

 「マジで!!?よーし!じゃあ早速行こう!」

 「はいはい。終わったらちゃんとアタシを四国まで送りなさいよ」

 「大丈夫だって!俺様に任せときな!」

 

 ……無駄な爽やかさが逆に胡散臭いわね…。

 …まぁ、良いか。うん。

 

 そんな感じにアタシ達は偵察に向かう事になったのだった。

 

 

 思ったんだけど佐助の奴…幸村を放置してて良いのかな。

 

 

 

 *****

 

 

 

 一方の真田幸村はと言えば、武田信玄が本拠地、躑躅ヶ崎館へと居を移していた。

 青く爽やかな空の下、彼はその館の廊下を爆走する。

 

 「失礼つかまつります、お館様ァァア!!!」

 「何事じゃ幸村、騒々しい!」

 

 襖を開けた途端に響く威厳のある声に身をすくませ、素早くその場に土下座しながらも、幸村は意を決して口を開く。

 

 「もっ、申し訳ありませぬ!しかし!カズハ殿を捜索に向かわせた佐助がまだ戻らぬのです!もしやカズハ殿の身に何か…!!?」

 「うろたえるでない幸村ァァア!!!」

 「ごぶへぁ!!!」

 

 信玄の拳が、見事幸村の顔面にめり込み、彼は勢い良く吹き飛んだ。

 

 「佐助ならばついでに松永久秀の動向を探らせておる!帰りが遅いのも当たり前よ!」

 「っそ、そうで御座いましたかお館様ァァア!!!」

 「うむ!!!」

 

 鼻血を流しながら普段通り立ち上がり、尚も叫ぶ幸村の前で信玄は仁王立ちで頷いた。

 

 「っし!しかしお館様!!!佐助の事ゆえ、カズハ殿と共に松永久秀を探りにゆくやも知れませぬ!その場合カズハ殿は、」

 「馬鹿者ぉぉおおおお!!!」

 「っぶふぉあ!!!」

 

 「部下を信ずる事が出来ずしてなんとする!!!お主を信じておる佐助とカズハの気持ちを踏みにじるつもりか!!?」

 

 「っも、申し訳ありませぬ!!ぅお館様ァァア!!!」

 「幸村ァァア!!!」

 「ぅお館様ァァア!!!」

 「ぃゆきむるぁァァァァア!!!」

 「ぅおやかたさぶぁああああ!!!」

 

 

 彼等の殴り愛により、粉砕して行く部屋の中、その音が響き渡る館内で、武田軍は今日も平和だなぁ、としみじみしている兵達が居たのだった。

 

 



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しのびしのび

 

 

 

 

 

 行灯の薄灯りに照らされる室内に、一人の男が座っている。

 白髪混じりのその髪は、そのまま高い位置で結い上げられており、その男の表情は常に不敵に笑んでいた。

 

 そして、男の前には二人の人間が座っている。

 

 一人は兜で顔の上半分が全く見えない赤毛の男。

 もう一人は、勝ち気そうだが顔立ちは整った、茶髪の長い髪を高めの位置で結い上げた少女だった。

 

 「では決まりだな」

 

 男が不敵に笑みながら、ぽつりと告げる。

 

 「卿らには存分な働きを期待しているよ」

 

 男のその言葉に、少女は不敵な笑みを浮かべ、青年はこくりと静かに頷いた。

 

 

 その様子を天井裏から見詰める忍が一人。

 

 その忍はオレンジの髪の男で、表情は何処か硬く、緊張したように強張っており、そんな表情のまま、忍は気配を気取られる前にと考えてか、瞬時にそこから姿を消した。

 

 

 

 

 

 それから暫く経った後、武田軍のとある一室にてその忍の姿があった。

 

 その部屋の上座に、濃赤の着流しを纏った大柄な壮年の男が、行灯の灯りに照らされながら胡座を掻き、そうして確かめるように男は口を開く。

 

 「して、それは誠か、佐助」

 「……はっ、伝説の忍風魔小太郎、武田軍くのいちカズハ両名は」

 

 それを伝えようとする忍は、何処か困惑したような表情で俯き加減に続けた。

 

 「松永の軍門に降りました…!」

 

 その言葉に一番の反応を見せたのは近くに控えていた赤い青年で、彼はおもむろに立ち上がりながら声を荒らげる。

 

 「どういう事だ佐助!!、一体何があったのだ!!!」

 「………」

 

 しかし忍は、青年に対しどう答えれば良いのかと口をつぐんだ。

 上座の男は、表情を変えないまま不意に口を開く。

 

 「…成る程のぅ…」

 「大将…?」

 「…お館様?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に、二人が怪訝そうな表情をした。

 しかし上座の男は口の端を上げて楽しそうに笑う。

 

 「あやつもやりおるわ」

 

 そう言って、訳が解らないというような表情を浮かべる青年と忍を前に、男は気にした様子もなく、呵々と笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 丁度その頃、くのいちの少女と赤毛の忍は、とある場所へ向かって駆けていた。

 

 そんな中、赤毛の忍は、じっと少女を見詰める。

 その事に気付いた少女は、男へと視線を送り口を開いた。

 

 「何よ?」

 

 しかし彼は答えない。

 だが、そんな事は承知しているのか、少女は前方に気を付けながら続けた。

 

 「武田を裏切って大丈夫なのか、って?」

 

 少女は、その整った顔を不敵に歪めながら確かめるように尋ねる。

 すると男は小さく頷いた。

 

 「大丈夫よ、なんとでもなるわ」

 

 そう告げる少女は自信に満ちていて、彼はぼんやりと、この自信は何処からくるのだろうか、と考えたのだった。

 

 

 

 

 

 ……それから数日後、奥州では、独眼竜とその右目が怒りに震えていた。

 

 「Heyカズハ…、こりゃ一体どういう事だ…」

 

 独眼竜との異名を持つ隻眼の青年が握り絞めている紙に書かれた内容と、それを持って来たくのいちの少女がその原因だった。

 

 此処は数日前少女達が目指していた奥州の、伊達政宗の城の一室。

 その部屋の窓際で、少女は不敵に笑った。

 

 「どうって、見て分からない?」

 「テメェの口からちゃんと説明しやがれ、っつってんだ」

 

 隻眼の青年が、少女をその隻眼で射殺さんばかりに睨み付ける。

 

 渡された文の内容は、部下の命と引き換えに竜の爪を差し出せという物。

 そしてその文を運んだのは、少し前まで甲斐で共に楽しい時を過ごした少女。

 

 その少女は今、感情が全て抜け落ちた、まるで人形のような無機質な目をしていた。

 

 「やーね、熱くなっちゃって。coolに行くんじゃないの?」

 「……良いから説明しやがれ…!」

 

 青年の側に控える男の低いその声に、少女は小さく溜息を吐き、二人へ冷たい目を向けながら口を開いた。

 

 「…私は、アンタ達の敵になった。それだけの事よ?」

 

 そう言って、決して笑っていない目で二人へ笑いかける。

 

 「さ、その文の返事、聞かせてちょうだい?」

 

 にっこりと笑う少女は、彼らにとって記憶にある明るく暢気な人物と同一とは、とても思えなかった。

 そんな少女の言葉に、青年の中で何かがぶちりと切れる音がした。

 

 「伝えろ、返事は…Noだ!!!」

 

 青年がその言葉を口にしながら抜刀し、少女へ斬り掛かる

 だが、ガギィンという音と共に、その刃は少女へ届く前に赤毛の青年によって止められた

 

 そのまま、少女は不敵に笑う

 

 「…あらそう、仕方が無いわね。

 ま、でも文にあったと思うけど十日間は猶予があるから、その間よく考えてみたら?部下か、武器か」

 「……テメェ…!」

 「あら怖い。でもね政宗、人質って言葉の意味、分かってる?」

 「…チィ…っ!」

 

 少女の表情は変わらない

 隻眼の青年は、くやしげに顔を歪めながら吐き捨てるように告げた

 

 「首洗って待ってろ…!すぐに取り返してやる」

 

 「そう…んじゃそう伝えとくわ。小太郎、そろそろ行くわよ」

 

 しかし少女は、そんな青年など少しも気にしていないのか、促すように赤毛の青年へ声を掛けてから、踵を返した

 

 不意に、頬に傷のある男が口を開く

 

 

 「待て!」

 

 「…何?」

 

 呼び掛けに足を引き留めた少女は、振り返らずに静かに聞き返した

 

 「何故お前が…!」

 「………じゃあ、またね」

 

 しかし少女は、その問いには答えないまま

 

 赤毛の青年と共に、消えるように姿を消した。

 

 

 

 そうして、それから混乱する武田と伊達を嘲笑うかのように

松永軍はあちこちで猛威を振るい始めたのだった

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 時を、戻すとしよう

 

 

 佐助との会話の後、アタシ達はすぐ松永軍の拠点としている東大寺へと偵察に向かった。

 

 そこで見たものは、なかなかにダンディズム溢れるオジサマと

 それはもう見事な調度品や美術品の数々だった。

 

 茶器に茶道具に掛け軸に壷

 それらが置かれた部屋の空気さえそれはもう何とも言えなくて

 

 アタシは本気で、あ、あのオジサマぶっ殺して全部アタシの物にしたい、と思った。

 

 うん。

 

 それが理由。

 

 アタシは基本綺麗な物が好きだ。

 高い物も好きだけどやっぱり美術品が一番

 綺麗で見事な装飾が施されていたならもうカンペキ。

 

 とにかくそんな感じの事を考えたアタシは、佐助達と一通り偵察を済ませた後、武田さんに文を送った

 

 アタシこれから色々やらかすと思うけど気にしないでね、って内容の。

 

 それからアタシは、佐助に向き直って断言した。

 

 「ちょっとアタシこれから松永軍に入って来るわ」 

 

 その時の佐助の、アタシを馬鹿にしまくったような、可哀相な人を見るみたいな物凄く腹立つ顔は忘れられないかもしれない。

 ちなみにこの時の小太郎は無反応だったけど、微動だにしなかったからもしかしたら固まってたのかもしれない。

 

 まぁ、分からんけど。

 

 「……は?何言ってんのカズハちゃん」

 「アタシは本気よ」

 

 苛立ちをごまかすように真顔でそう告げたら、佐助は能面みたいに顔から表情を無くして、冷たい目でアタシを見た。

 

 まぁ、もしもの時はアタシを殺さなきゃならない、とかそういう事を考えてるんだろうと容易に想像が付いたけど、アタシはとりあえず気にしなかった。

 

 「…意味が解らないんだけど、…なんで?」

 

 そう告げる佐助の醸し出す空気は、張り詰めた冷たい物で

、でもとりあえずアタシはそれも気にしない事にして、口を開く。

 

 「あのオジサマをアタシの配下にする為に決まってんじゃない」

 「うん、何言ってんの?」

 

 瞬時に佐助に真顔でツッコまれたけど、とりあえずそれも気にしない。

 

 「だから、あのオジサマをアタシの下僕にして、あの調度品とか美術品を貢がせようと思って」

 

 いや、始めはぶっ殺そうかと思ってたけど、よく考えたらアタシ美術品の管理出来ないから下僕にしちゃおう、と考えての発言だったんだけど

 

 「いや、あのさカズハちゃん。普通に考えて無理じゃない?」

 

 なんか普通にツッコまれてしまった。

 

 ……………。

 

 「何言ってんの佐助、諦めたらそこで試合終了なのよ?」

 「えっ、ちょっと待って、本気?」

 

 「本気に決まってんじゃない」

 「いやいやいやいや無茶にも程があるよソレ」

 「大丈夫大丈夫。まぁ見てなさいって。小太郎!着いて来て!」

 「ちょ、待ってカズハちゃ…」

 

 まぁそんな感じで、アタシは佐助を放置して東大寺へと引き返した。

 

 遠くから“嘘だろぉおおお!!?”とか聞こえて来たけどとりあえず無視して、隣に小太郎を伴いながら着いてすぐに忍び込んだアタシはダンディーなオジサマのすぐ傍に降り立った。

 

 

 「…なんだね卿らは。」

 

 オジサマは突然現れたアタシ達に警戒してか若干眉をひそめて、でもすぐさま余裕たっぷりな顔になった。

 でもまぁ、そんな事心の底からどうでも良かったアタシは真顔で口を開く

 

 「アタシは黒柳。呼び捨て、見下し、変な呼び方以外なら好きに呼んでくれて良いわよ」

 

 「…それは“好きに”の内に入るのかね。」

 「あら、細かい事は気にしちゃダメよオジサマ。毛が薄くなるわよ?」

 「………」

 

 ツッコミに対して真顔で答えたら、オジサマは微妙な表情を浮かべたけど、とりあえずスルーして肩に掛かったポニーテールの一房を軽く払いながらまた口を開く

 

 「そんな事よりアンタに話があって来たの。今ヒマ?」

 

 そう尋ねると、オジサマは軽く眉を上げてちょっと驚いたみたいな顔をした後に、持ったままだったらしい筆を置いた

 

 あ、アタシ仕事中に邪魔しに来ちゃったのかしら、とか今更気付いたけど、まぁオッサンだし良いか、って事でスルーだ。

 

 「…ふむ…、良いだろう、話してみたまえ」

 

 そう告げながら居住まいを正すオジサマは、流石は殿様、態度でかい&上から目線。

 思わずイラッとするけどそこはとりあえず頑張って、腕を組み気を紛らわす事で無理矢理スルーして用件を言う。

 

 「とりあえずアンタの持ってる美術品とか全部欲しいんだけどタダでくれたりしない?」

 「……これはまた…、随分と非常識な用件だな」

 

 サラっと聞いたら、オジサマは一瞬固まってからアタシを蔑むみたいな表情で見詰めた。

 でもアタシは今現在、美術品に目が眩んでるからオジサマの表情なんか気にも止めずにニヤリと笑う。

 

 「常識なんかに捕われる程ヒマじゃないの、アタシ」

 

 そう告げた途端にオジサマは、軽く目を開いた後口の端を上げてニヒルに笑んだ。

 

 「…成る程、君にとっては常識など瑣末という訳か」

 「あら、解ってるじゃない」

 

 「…なに、私も常日頃似たような事を考えているのでね」

 

 そう告げるオジサマは表情を変える事なく笑っている。

 

 だがしかし…いつもアタシと似たような事を考えてるってソレ人としてどうなのかしら。

 アタシはまだまだ小娘だからギリギリ若気の至りで許されるけど…このオジサマはそうはいかないわよね

 

 …大丈夫なのかなこの人。

 

 ……まぁ良いや話進まないからスルーしよ。

 

 「そうなんだ?なんか気が合いそうね、アタシ達」

 「確かに。…だが、残念だな、あれらは譲れないのだよ」

 「えー?なんでさー」 

 

 「卿に譲る義理など無いだろう?」

 

 きっぱりと断言された事で現実に気付いた。

 

 ……そういえばそうか。

 今更ソレを言われて納得したアタシは、なんか美術品に目が眩みすぎて根本的な事忘れてたらしい。

 

 しかしそうなるとどうしたら良いかな。

 

 そんな事を考えた途端に、オジサマは目に剣呑な光を宿らせて不敵に笑いながらアタシを見た。

 

 「どうしても欲しくば、私を殺して奪うと良い」

 

 ………いや、うん、まぁそれも一理あるんだけど…

 

 「…殺して奪うとかする気無いのよね、アタシ」

 

 「ほう?何故だね」

 「だって冷静に考えたら美術品の管理とかアタシに出来る気がしないもん」

 

 真面目な顔で断言したら、オジサマは驚いたのか、軽く目を見開いてアタシを見た。

 …何せアタシには基本的に現代の一般人の知識と、こっちに来てから頭に叩き込まれた忍に必要な知識しかない。

 美術品を愛でる事は出来ても管理なんて出来る訳が無いのだ。

 

 うん、やっぱ今考えてもアタシには無理だわ。

 なるべく日影に保存するとか、たまに虫干しするとか基本的な事しか知らないけど例えする事がそれだけだとしても、よく考えるとアタシの性格上途中で絶対めんどくさくなるだろうし。

 

 「………ふっ」

 

 不意にオジサマが口に手を遣りながら肩を震わせた

 

 「っははははは!」

 

 かと思ったら噴き出すように思いきり笑われた。

 

 ……いや、うん、まぁ気持ちは解らなくは無いけど何もそんなに笑う事無くない?

 なんか初対面の人に真っ向から笑われる事多い気がする、こっち来てから。

 

 「いやはや驚かされる…!、何処までも己の都合のみか」

 「……当たり前じゃない、自分の他に何を大事にしろってのよ?」

 

 何?周りの奴らとか大事にしろっての?

 あいつら共通してアタシを蔑ろにするのに?

 やだそんなの。

 アタシを大事にしてくれない奴大事にする必要無いもん普通に考えて。

 

 小太郎は部下だから一応大事にしようかと思ってはいるけど、何考えてるかイマイチ解んないし、もしかしたらアタシの要らない考えかもしれないからとりあえずスルーしとこ。

 

 そんな事を考えながらオジサマをじっと見詰めた。

 

 



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はいてんしょんはいてんしょん

あけましておめでとうございますー!鈍足亀小説ですがまったり宜しくお願いします!


 

 

 

 

 そして、漸く落ち着いたのか少し笑いを収めたオジサマは、クツクツと喉の奥だけで笑いながらアタシを見た。

 

 「…確かに一理ある。…しかしなんとも欲に忠実な娘だ、その思考は嫌いでは無いよ」

 

 そう言ってニヒルに笑うオジサマは何と言うか、周りの美術品も相俟って凄く様になっている。

 これが大人の貫禄ってヤツなのか、とかどうでもいい事ぼんやり考えたけど、とりあえず褒められた…のかなコレ。

 

 イマイチ解らんけどまぁそんなんよりアタシは言いたい事があった。

 

 「…アタシの話を怒らずに聞いてくれた大人はオジサマが初めだわ」

 「何、私の思考は柔らかいのでね」

 

 そう告げながらオジサマは目を細める。

 

 「…その歳でソレって凄いわね」

 「褒めた所であれらを譲る事は出来んがね」

 

 「えー!そんなつもり無かったけどでも良いじゃんくれたって!」

 

 何なのかしらこのオジサマ。

 意外とケチなのかないい歳して。

 

 …いや年齢知らんけど。

 

 真顔でそんな事考えながら言ったら、オジサマは普通に溜息を吐いて口を開いた。

 

 「……管理出来ない者に与えてどうするのだね。何より私に得る物など何も無いだろう」

 

 ふむ…、成る程。

 自分にも利が無いと決断出来ない人なのか。

 まぁ確かに聖人君子ってガラじゃなさそうだし…どっちかって言ったら悪役まっしぐら系?

 そんな人がタダで貴重な物くれる訳無いか

 考えたら当たり前の事よね。

 まぁ元から駄目元だったけど。

 

「じゃあ働いたらくれる?」

 

 本当に唐突に言ったら、オジサマは軽く眉尻を上げて怪訝そうな顔をした。

 

 「………働く、とは?」

 

 「アタシ忍なの。その辺の…アタシの侵入に気付かなかった忍よりは役に立つわよ?」

 

 軽く目を細めて、いつもの、普通の女の子は絶対しないような、ニヤリとした笑みを浮かべる。

 途端にオジサマは何だか面白そうにアタシを見て

 

 「ほう…君が忍かね、…なんとも…似合わない職な事だ…」

 

 楽しげにそう言った

 

 それがどういう意味なのかとかどうでも良いアタシは、特に何も考えず口を開く。

 

 「あら、そんな事ないわよ、ただ目立って、明るい美少女なだけで師匠のお墨付きは貰ってるんだから」

 「ほう?」 

 

 「まぁ、美形は殺せないけど」

 

 興味深そうにアタシを見るオジサマを眺めながら、やっぱりアタシはテキトーに答えると、なんかオジサマが軽く固まった。

 

 何を答えたら良いか一瞬解らんくなったんじゃないかしら、ウケるー。

 

 まぁそんなオジサマ見るのも面白いけど、そんなん気にしてたら話進まないからとアタシはまた口を開く。

 

 「で、どうなの?」

 「…何がだね」

 

 尋ねた事によって復活したらしいオジサマが怪訝そうな表情を浮かべるけど、アタシは気にせず真顔で尋ねた

 

 「アタシに美術品くれる?」

 「……それ程まで欲しいのかね」

 

 オジサマが心底呆れたとばかりに溜息を吐いたけど、アタシはやっぱり気にせず顎に手をあてながら軽く思案。

 

 「んー…、美術品も欲しいんだけどー…」

 

 「…?」

 

 「ほら、言ったじゃない。

 アタシ、美術品を管理してくれる人も欲しいの」

 

 怪訝そうなオジサマに、そう言って爽やかな笑顔を向ける

と、彼は引き攣るように表情を歪めた。

 それは、驚いた表情を無理矢理不敵な表情に誤魔化そうとして失敗したみたいな顔だった。

 ウケる。

 

 「私ごと美術品が欲しい、と?」

 「まぁそういう事かしら」

 

 ニヤニヤしながらオジサマを見詰める。

 

 そのまま見つめ合う事暫く。

 この間にアタシは、ほぼ空気に溶けてるみたいな小太郎は本当凄いとかどうでもいい事を考えたりしながら、オジサマが反応するのを待った。

 

 当のオジサマはと言えば、不意にアタシから視線を外し目を閉じて、それから肩を震わせたかと思ったら

 

 「はっはっはっはっは!全く驚かされる、こんな形で口説かれるとは…」

 

 噴き出すように、さっきよりも盛大に笑い始めた

 

 「あら、こんな美少女相手に何か不満?」

 「あぁ、不満だとも」

 

 尋ねた途端に返って来た言葉に軽く面食らう。

 そのまま、眉間へ皺を寄せた微妙な笑顔でオジサマは続けた

 

 「君のような小娘に手玉に取られるなど不満以外の何でもない」

 「あ、やっぱり?なんかそんな気はしてたのよね」

 

 だって殿様だもんねこの人。

 無礼者!って斬られる前に逃げるとするか。

 小太郎が居るから大丈夫でしょ。

 

 そんな風に考えながら逃げる準備をしようとした時、

 

 「だが、…面白いな」

 

 オジサマはそう言って、ニヤリと笑いながらアタシを見た。

 

 「君を雇おう」

 「……はい?」

 

 告げられた予想外な言葉に、今度はアタシが固まった。

 

 けどオジサマは変わらぬ表情で笑っていて、でも今一瞬オジサマの笑みが深くなったから、多分今アタシはかなりポカンとした表情をしているんだと思う。

 

 なんか腹立つな。

 

 「不満かね」

 

 不満だよ。

 

 軽く眉間に皺とか寄せながら口を開く事にする。

 

 「…美術品は?」

 

 「…私と同じ軍になれば必然的に身近で見れる上に、管理する者も居る。君の望みが叶ったようなものだろう?」

 

 オジサマの返答に納得しそうになるけど、そこは流石アタシ、ちゃんと気付いた。

 

 まあ確かに、そう言われればそうなんだけど

 

 「…でもアタシのって訳じゃないじゃん」

 

 さっき伝えた事と違う話になってるよねコレ。

 そんな風に告げると、オジサマは軽く顎に手をあてながら思案がちに言った。

 

 「ふむ、己の物にする意味はあるのかね?」

 

 えっ。

 

 えーと、……改めて言われるとなんだろう。

 

 利点、っていったら、そうだ!

 

 「…不注意で壊しても怒られない」

 

 真顔で告げたら、何故かオジサマは笑顔のまま固まった

 暫く沈黙が続いたけど、それは数秒で。

 

 オジサマは、やれやれといった様子で口を開いた。

 

 「やはり君が美術品を持つのはやめた方が良い。」

 「なんでよ」

 

 つかなんでアンタに決められなきゃいけないのかマジ謎なんですけど意味わかんない

 

 「決まっているだろう?造った者が憐れだからだ」

 「いやいくらアタシでも手に取った途端壊したりしないわよ。そんなドジッ子じゃないし」

 

 大体そんな不器用で忍の仕事出来る訳無いじゃん

 此処まで出来るようになるまでどんだけの労力を費やしたと思ってんの死ぬ思いしたのよふざけんな馬鹿じゃないの

 

 蔑んだ眼差しを送ってみたけど、オジサマはといえば

 

 「おや、そうかね」

 

 なんて、サラっとかわしたもんだから、なんかやっぱりイラッとした

 

 「つかアンタ信じてないでしょ」

 

 明らかに信じてないの丸解りな顔してんですけどこのオジサマ。

 演技がわざとらしいのよなんかもう。 

 

 「何、壊れる様もまた芸術なのは解る。だがそうやすやすと壊されてもな」

 「いやアタシそんな壊しまくらないからね」

 

 つかどんだけガサツだと思われてんのアタシ。

 この美しいカズハ様がそんな美しく無い所作する訳無いじゃん馬鹿じゃないのこのオッサン。

 

 「気持ちは分かるのだがな…」

 「聞けよ、てゆーかアンタ…からかってるでしょ」

 

 真顔で言ったら、オジサマは軽く眉を上げて笑んだかと思えば、楽しそうにアタシを見た

 

 「おや、バレてしまったか」

 「…アンタ良い性格してるわね」

 「何、君こそ」

 

 どういう意味ソレ

 

 いや、言われなくても何となく解るけど。

 

 とにかく話が進まないと思ったアタシは、思いっ切り溜息とか交えつつ、とりあえず折衷案を出す事にした。

 

 「じゃあこうしましょ、アタシはアンタに少し力貸す代わりに、アンタはアタシに美術品を見せる」

 「成る程。交換条件という訳か」

 「そうそう」

 

 「…ふむ、まぁ良いだろう。」

 「じゃあ交渉成立ね」

 

 此処の美術品なら見るだけでも全然問題無い

 むしろ他の所みたく勝手に見て捕まったりしない分かなり良い

 

 まぁ、欲しかったら潜入した先で美術品パクったりすりゃ良いし

 

 …だけど、よく考えたらこの世界の物現代に持って帰れないんじゃないだろうか。

 せいぜい身につけてる物だけみたいな。

 なんかアタシの勘がそう言ってるから確かだと思う。

 

 つー事はやっぱ見るだけか。

 残念だけどまぁしゃーない、どのみち管理出来ない気がするし。

 

 ぼんやりそんな事を思ってたら、不意にオジサマが口を開いた

 

 「早速だが、私には今欲しい物があってね…、手伝って貰えるかな?」

 「あー、うん。いいわよ。何すりゃ良いの?」

 

 ぼんやりしていた思考を現実へ引き戻しながら、改めてオジサマを見詰めて、不敵に笑うオジサマの言葉を待つ

 

 「…奥州の独眼竜を知っているかね?」

 「成る程。あいつをシバいて来れば良いのね。任せろ」

 

 真面目な顔で頷きながらぐっと拳を握った。

 

 

 「…まずは話を聞きたまえ」

 

 

 まぁとりあえずそんな若干グダグダな経緯で、アタシ(小太郎含む)は松永軍でアルバイトを始める事になったのだった。 

 

 

 

 ******

 

 

 

 不可思議な、くのいちを雇う事になった。

 

 

 姿形は自分で言うだけあって、どこぞの姫かと思うぐらいには整っている。

 だが、その腹は自己中心的で傲慢、そして初対面の相手を前に礼節は皆無。

 

 しかし自覚が無いのかと思えばそうではなく、問えば“身分など人柄に敵う訳が無い”と不敵に笑う。

 

 つまり私は彼女の中で良くない人柄だと判断されてしまったらしい。

 

 何となく腹が立ち無理難題を押し付けてみたが、仕事は完璧にこなし、それ以外はのらりくらりとかわされた。

 

 確かに彼女は優秀な、くのいち、なのだろう。

 

 連れている忍が多少補助している気もするが。

 

 だが明らかに力の差がある私にさえ悪態を吐く彼女は、今までどんな場所に居たのか。

 

 一時の主とは言え、彼女は遠慮という言葉を知らないらしい。

 

 忍は道具、という事を忘れているような彼女は、本当に不可思議だ。

 

 美術品を好む、傲慢、気に入らないものは壊す、気に入ったものは奪う、いつでも不敵に笑んでいる。

 まるで私を女にしたようだが、彼女と私には決定的な違いがあった

 

 …澱みだ。

 

 彼女は血の香りがするにも関わらず、澄んでいる。

 

 その違いは余りにも大きい

 

 子供よりは汚れ、私よりも澄んだそれは、ひとつ間違えば同属嫌悪によって殺意が芽生えるものだろう。

 が、血の香りがそれを中和していた。

 

 この少女も、いつかは私同様に澱んでいくのかと思うと自然と笑みが漏れてくる。

 

 実に興味深い存在だった。

 

 「何笑ってんの松永のオジサマ。いつもより気持ち悪い顔になってるわよ」

 

 書簡を綴る手を止め、不意に聞こえた声に視線を遣ると、黒柳と名乗った彼女が腕組しつつ佇んでいるのが視界に映る。

 

 「気持ち悪いとは心外だな…、君は本当に遠慮というものを知らないらしい」

 

 「あら、なんでアタシがそんなんしなきゃいけない訳?意味わかんない」

 

 そう言う彼女は心底解らない、というような表情で此方を見ていた

 常識というものを理解していないだけの事はあるが、此処は大人としてそれを教えた方が良いのかもしれない

 

 だが、彼女には意味が無いようにも思えた

 

 何より、常識を知るからこその言動だという事は、同じ性質の者故か何となく理解出来た

 

 

 「…何、気にする必要は無い。ただ嫁には行けないだろうと思っただけだ」

 

 目を細め、笑って告げる

 このような娘は、余程の猛者で無ければ娶れないだろう

 

 「余計なお世話よ。大体行く気無いし、そんな乙女思考持ってないもの」

 「おや、うら若き乙女がそれを言うのかね」

 

 口の端を上げ笑みながら告げて見せた所、彼女には何故か溜息を吐かれてしまった

 

 「あのね…乙女なんてガラじゃないからアタシ。」

 「ほう?女である事が嫌なのかね」

 「それはどうでもいいの。」

 

 どうやら彼女にとっては己の性別さえどうでもいい部類らしい

 なんと言うか、外見は美しい娘だというのになんとも残念だ

 

 「なんでそんな残念な子見るみたいな顔してんの違うわよ、アタシが言ってるのはキャラ的、…えーと人格?性格?…性質?なんかそんな感じの問題」

 「ふむ、つまりどういう事だね」

 

 彼女に告げられた内容があまり理解出来ず聞き返すと、彼女は真面目な顔で口を開いた

 

 「早い話“可愛い女の子☆”より“カッコイイお姉さん”になりたいのアタシ。」

 「無理だろう」

 

 「なんでよ」

 

 直ぐさま告げてみれば、驚いたような表情の彼女と目が合う

 そのまま口の端を上げ口を開く

 

 「君は良い所、“我が儘な姫”と言った所だ」

 

 「ふざけんなばかやろう。」

 「…一体何が気に食わないのだね」

 

 何故そのような嫌そうな顔で悪態を吐かれなければならないのか

 年頃の娘ならば、少々喜んでも良いような言葉を掛けたというのに。

 

 この娘にはやはり常識は通用しないようだ

 

 そう思案する間に、彼女は捲し立てるようにつらつらと述べ始めた

 

 「姫なんて“女の子の憧れ☆”の固まりじゃん。しかも自由無いわめんどくさいわ勝手に結婚相手決められるわ最悪じゃない」

 

 確かにそう言われれば姫というモノは彼女にとって最悪に分類されるのかもしれない。

 しかし彼女は姫に役割がある事を忘れているのだろうか。

 

 「つまり結婚で助かる民の事はどうでもいいと?」

 

 尋ねれば、途端に彼女はキョトンとしたかと思えば、あっけらかんとした様子で口を開いた

 

 「え、だってアタシ姫じゃないし。つかアタシが関わり無い人達の事気にするような奴に見える?」

 

 言われて見れば、確かにそんな自己犠牲精神を持ち合わせているような人間には全く見えない

 

 「…確かにそれは無いな」

 

 思わず口の端が持ち上がる

 

 本当に不可思議な娘だ

 

 喉の奥でクツクツと笑って居れば、不意に彼女が呆れたように口を開いた

 

 「…で、そんなんよりもいい加減報告していい?」

 

 「ふむ、残念だな、それほど私との会話が煩わしいのかね」

 

 わざとらしく残念そうな声音と表情で告げてみせれば、彼女はやはり呆れた様子で本当に煩わしげな態度をみせた

 

 「はいはい、進まないから報告するわよ」

 「…まぁ良いだろう。報告したまえ」

 

 わざと尊大な態度で答えてみれば、彼女は面倒そうに私を見る

 

 そんな態度が実に面白いのだから質が悪い。

 

 「ホント無駄に偉そうね…、まぁ良いわ。えーと…はいコレ」

 「…これは?」

 「頼まれてた掛け軸。それから奥州の伊達なんだけど………」

 

 受け取った掛け軸の紐を解きながら彼女の報告を聞き、自然と口の端が上がる

 

 「…ふむ、そうかね」

 

 どうやら思い通りになりそうだ

 

 無意識ににやりと笑ってしまわないように気を使っていると、不意に彼女が口を開いた

 

 「ところでアタシその時やりたい事あるから、ちょっとだけ任せてくれたりしない?」

 

 「…ほう?」

 

 一体何をする気なのだろう

 

 ともあれ、面白いモノが見られそうな予感は今まで以上であり、不覚にも見たいと考えてしまったのは今までの彼女の言動に寄るものだ

 

 「面白い…、やってみたまえ」

 

 そう許可を出してみたものの、面白く無ければ爆破してしまおうと考える私は、余程捻くれているのだろう

 

 彼女が嬉々として去った後、部屋に残された私は一人にやりと笑った

 

 

 

 ******

 

 

 

 それから少し時が経ち、人取橋と呼ばれる付近に双龍が姿を見せた。

 松永久秀により取られてしまった人質を解放させる為、そして元凶である松永久秀をぶちのめす為に。

 

 進む度に掛かって来る松永軍の兵を容赦無く斬り伏せながらも、漸く辿り着いた最奥

 

 そこに奴は居た

 

 「松永…久秀…!」

 

 青い龍、独眼竜伊達政宗が搾り出すように名を呟く

 

 「おや、ようやくのお出ましかね。待ちくたびれてしまったよ」

 

 ゆったりと振り返った壮年の男は不敵に笑いながらのんびりと告げる

 それがカンに障ったらしい伊達政宗は表情を凶悪に歪めながら口を開く

 

 「戯れ事ほざいてんじゃねぇ…!人質返しやがれ!!!」

 

 当の松永久秀は軽く肩を竦めながら困ったような表情を浮かべる

 

 「おお怖い…。ならば相応の品の用意は出来ているのだろうな?」

 

 交換条件を出していたのだからこういう話の流れになるのは当たり前だろう

 

 しかし独眼竜は眉間へ皺を寄せ黙り込んだ

 

 「さぁ、六の爪を寄越して貰おう」

 

 松永久秀が急かすように手を差し延べる

 

 だが、差し延べられた手を無視して、独眼竜は腰の刀に手を掛けた

 

 「…コイツもそいつらもテメェにゃ渡せねェ…!」

 

 きっぱりと告げながら六本の刀を抜く

 

 「テメェが死んじまえばAll okだろ?、You see?」

 

 告げながらニヤリと笑って、六爪を構え挑発する姿は正に独眼竜の名に相応しかった。

 

 その背後に、彼女の姿を見るまでは。

 

 「政宗様…っ!!?」

 

 控えていた右目が気付いた時には既に遅い

 

 右目は咄嗟に駆け出そうと足を踏み出し、固まった

 

 「…!?」

 

 彼女、カズハが、政宗の腰、袴紐に手を掛けたのだ

 

 そして

 

 「ぃよいしょお!!」

 

 そんな掛け声と共に全てをずり下げた。

 

 

 そう、全て。

 

 

 何をどうやったのか、器用に腰鎧も袴も、戦用に作られていた筈の特殊な下着も、何もかもである。

 

 

 この場に居合わせた全ての者の時が止まる。

 

 ていうか固まった。

 

 視線の中心には、六爪を構えたまま下半身を露出させた独眼竜が、ドヤ顔のまま固まっている

 

 「あははははははははは!ざまーみろ!アタシの事散々コケにするからよ!あーっはっはっはっはっは!!」

 

 独眼竜に指差し腹を抱えて爆笑するカズハの震え気味な笑い声が辺りに響き渡る。

 笑いすぎて涙すら流れており、更には余程可笑しいのか美人が台無しなくらい顔が歪んでいた。

 

 独眼竜はと言えば、

 

 「…………」

 

 無言で俯き震え始めていた

 

 兜で見えにくいが耳が赤くなっている事から、怒りに打ち震えている事が解る 

 

 

 「ま…政宗…様…」

 

 右目が恐る恐る声を掛けた途端に、頭の何かがぶちりと千切れたらしい独眼竜が声を張り上げた。

 

 「…っテメ、カズハーーーー!!!」

 

 恥ずかしいのか悔しいのかそれとも他の何かなのかは解らないが、般若の形相でブチ切れる政宗。

 だが半裸+六爪のせいで何の迫力も無いので全く怖くない。

 むしろ彼女の笑いのツボを刺激するだけだったりする。

 

 「あははははははは!ヤバい凄い無様!!!ぷくくくく…!!!」

 

 確かにそんな格好で凄まれても無様である

 

 「あははははは!いやー気が済んだ!今までのセクハラはコレでチャラにしといてあげるわ!じゃあねー!」

 

 一通り爆笑して気が済んだらしい彼女はそれだけを告げて烏に掴まり飛び去って行った。

 

 そして訪れたのは痛い程の沈黙。

 

 チュピチュピと聞こえる鳥の鳴き声さえ己を馬鹿にしているように聞こえて泣きそうになり始めた独眼竜

 

 そんな中、口を開いたのは予想外の人物だった。

 

 「…ふっ、ははははは!いやはや、これはこれは…面白いものを見せて貰った。」

 

 「笑うな松永ァアア!!!」

 

 最早半泣きで怒鳴り散らしている姿は何とも哀愁を誘う。

 

 控えたままの右目は混乱の余りオロオロするしかなかった。

 しかし怒鳴られた松永は特に気にした様子も無く不敵に笑う

 

 「何、そう憤るな。そうだな、詫びといっては妙だが人質は返そう。」

 

 告げられた言葉に固まってしまったのは仕方ない事だろう

 

 「は…!!?」

 

 「不思議な事に、滅多に見られないものが見られただけで満足してしまったよ」

 

 こいつ一体何処に満足してんだよと思いはすれど口には出さない独眼竜

 

 「ではな。もう会う事は無いだろうが…。撤収だ」

 

 そして松永久秀は、本当に帰って行った。

 

 

 

 「………何だったんだ」

 

 ぽかーんと、何処か機嫌良さ気に帰って行った松永の最早豆粒よりも小さく見える姿を眺めながら呟く。

 

 そこで漸く右目が独眼竜へ声を掛けた

 

 「政宗様…、袴を穿いて下さい」

 

 「あ」 

 

 

 

 ******

 

 

 

 「いやー面白かった!超傑作だったわ!」

 

 武田の城に帰って来たアタシは自分の部屋に入るなり報告をしろと佐助に迫られたので、とりあえず適当に経緯と、何をしたかを話した所で、畳にコロンと仰向けに転がって背伸びしながら盛大にそう呟いた。

 

 だってあの時の政宗の間抜けさと言ったら無かった。

 

 なんかもう顔なんか真っ赤で耳まで赤くなってたし。

 

 あはははははははざまーみろアタシにセクハラとか好き勝手するからよバーカ!

 

 「…………」

 

 不意に佐助が無言で死んだ目をしてる事に気付いた。

 

 いやちょっとなんでそんな酷い顔してんのよ?

 

 「どしたの佐助」

 

 尋ねれば、一瞬考えるようなそぶりを見せてから口を開く佐助

 

 「いや、まさか…たったそれだけの事する為にあんな色々やってたの?」

 

 色々って、松永軍に入ってやった事なんて、美術品盗んだり美術品盗んだり人質確保の為に伊達の人捕獲したり、あと美術品盗んだり伊達に書状届けたりしか、してないけどなぁ…まぁ良いや。

 

 「確かに政宗に恥かかせたかったけど、本命は美術品よ?」

 「そのくらいなら大将がくれるでしょうが!!!」

 

 突然声を荒らげツッコむ佐助に、アタシは至極真面目に言葉を返す。

 

 「あら、ダメよ。ただでさえ色々貰ってるんだから。」

 「なんでそこで遠慮しちゃうの意味わかんない!!!こんな大騒ぎにしちゃうくらいなら大将とか俺様におねだりしてよ!!!」

 

 とうとう佐助が両手で顔を隠してうわぁあんと俯いてしまった。

 どうやらマジで半泣きらしい。

 

 なんなのこの男。成人男性がやるとこの上なくウザいんだけど。

 イケメンでもウザいものはウザいのね。新たな発見だわ。

 どうでもいいか。

 

 「…仕方ないわね。次からお館様に美術品見せて貰うように頼むわよ」

 「なんでそんなしぶしぶなの」

 

 溜息混じりに告げたら、じとりとした視線を向けられて、思わずちょっと眉根を寄せた

 

 「だって申し訳無いじゃない」

 「今回やらかした事の方を申し訳無く思ってよ!!!」

 

 「なんで?」

 「……カズハちゃん、君暫く外出禁止ね」

 

 「なんで!!?」

 

 かなり意味がわかんないんだけどどうしてこうなった!!! 

 

 

 

 




十年前はここで止めてしまってたので、改めて書いています。
気長にのんびりまったりお待ち下さい、宜しくお願いします。


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にげろにげろ

 

 

 

 

 

 転がる。盛大にゴロゴロと布団の上を転がる。

 

 起きたけど他にする事なんて何一つ無いから仕方ない。

 暇だから暇であって暇でしかない。

 故に転がる。

 

 何言ってるか自分でもなんかよくわかんないけどまあいいや。とりあえず転がる。

 

 え、理由?

 

 こないだやった事で自室謹慎になったからです。

 

 なんでこうなるのさ!別に良いじゃん!

 旅先での事なんだから大目に見てくれたってさぁ!ねぇ!

 

 ちょっとテンション上がりすぎて、ちょっとはしゃいじゃっただけなのになんで謹慎なんてしなきゃいけないの。

 マジ酷い。鬼だわ。

 

 確かにちょっと迷惑掛けたかもしれないけどさぁ、でも普段迷惑掛けられてるのアタシよ?

 たまに羽目外すくらい大目に見てくれたって良くない?

 なんでアタシだけこんな目に遇わなきゃなんないのよ理不尽だわ。

 

 「まだ行きたい所に行けてないのになんだって謹慎とかしなきゃなんないのよ、ヒマヒマヒマつまんない」

 

 「変な所で寄り道するからでしょ、自業自得だよ」

 

 ジタバタしてたらそんな言葉の後に、はーい、ご飯ですよー、とか続けながらお盆片手に佐助がやって来た。

 地味に腹立ったからとりあえず睨む。

 

 「アタシに自業自得って言って良いのアタシだけなんですけど」

 「いや知らないからそんなの」

 

 はい、いいからコレ食べて、と差し出された御膳に乗った朝餉は鮎の塩焼きと味噌汁と白菜のお漬物とピカピカの白米。

 相変わらずホントに美味しそうである。

 

 だがしかし

 

 「今日は痺れ薬とか入ってないわよね」

 

 昨日はいつの間にか入れられてて丸一日体が上手く動かせなかった。

 ちょっと出掛けようとしただけで薬盛るってどういう事なの。

 何が起きてるのこの屋敷。

 アタシどんだけ信用されてないの。

 

 普段傷付かないけどその時ばかりは傷付きそうになった。酷い。

 

 「逃げないなら入れないよ?」

 「逃げようとしたら入れるつもりなの」

 「当たり前でしょ」

 「ちっ、クソが」

 

 平然と言い放つ目の前の男に無性に腹が立つ。

 なんかもう腹パンしたい。それか下半身を重点的に蹴りたい。連打ならぬ連蹴したい。なんか汚れそうだからしないけど。

 

 「女の子が舌打ちとかクソとか言わないの。」

 「女の子だけどそういう時があるのよ。」

 

 仕方ないでしょ、だってムカつくんだもん。

 ご飯に箸を付けながら、食べる合間にそう答える。

 

 「言い訳しない。」

 「言い訳?純然たる理由でしょ今の」

 「舌打ちとかして良い訳じゃないでしょうが」

 

 腹立つからって何しても良い訳じゃないのは分かるけど、コイツなんでそんなちっさい事気にしてんのかしら。

 いっそハゲれば良いのに。

 

 あ、鮎うまい。

 

 「ていうかさ。なんで女の子は舌打ちとか汚い言葉とか使っちゃダメなのよ?」

 「そりゃあ理由は一つだけだよ」

 

 「下品とかそんな理由だったら張り倒すわよ」

 

 「いや、可愛くないからに決まってるじゃん?」

 

 うわぁ真顔で言い切りやがったこの男。ダメだコイツ、早く誰か何とかして。アタシは無理だから。

 あ、白菜うまー。

 

 「…アタシ可愛くなりたい訳じゃないから舌打ちして良いって事ね」

 「いやそういう問題じゃないからね」

 「どういう問題よ」

 

 もぐもぐとご飯を頬張りながら佐助の答えを待つ。

 そして、佐助はと言えば、どこか真剣な表情で口を開いた。

 

 「例えば兎が喋ったとする」

 「有り得なくない?」

 

 なんかいきなりファンシーな事言い出したんだけど一体どうしたの

 え、何、佐助って兎とか好きなの?

 うわ、似合わなさ過ぎてなんか気持ち悪い。ギャップ萌えとかそんなん感じなかった何コレ気持ち悪い。

 

 「もー!話の腰を折らない!」

 

 折りたくもなるわ気持ち悪い。

 

 コレあれかな、私の中で佐助の好感度がマイナスにでもなってんのかな。

 全部アタシを軟禁してる事が原因だわ、うん、味噌汁おいしい。

 

 「で、兎がだよ?気に入らない事があった時舌打ちしたらどう思う?」

 

 とりあえず言われるがままに想像してみる。

 

 茶色い、真っ黒なつぶらな目の兎が、とある家の庭に入る光景を。

 

 『チッ!この芝生湿ってやがる!足が濡れちまったぜチクショウ!』

 

 眉間へ皺を寄せ、機嫌悪そうに足をピッピッと振って毛についた水気を飛ばしながら悪態を吐く兎。

 

 「普通にかわいい」

 

 ギャップ萌えの典型だと思う。

 

 真面目に言ったら思い切り溜息吐かれた。

 

 「……………もういいや」

 「何よ、なんか文句あんの?」

 

 そういう態度腹立つんですけど。

 

 「カズハちゃんに聞いた俺様が間違ってたよ」

 「ちょっと待って納得いかない、どういう事よそれ」

 

 まるでアタシが変みたいな態度じゃない。

 普通に可愛いじゃんそんな兎。アタシの感覚は間違ってない。

 

 「そのままの意味だよ、まったく。せっかくの美人なのにホントに残念な子だよ」

 「いや残念なイケメンに残念って言われても」

 

 残念さは絶対佐助の方が酷いと思う。

 アタシは若干特殊なだけで基本的な部分は普通な筈だし。

 

 「いけめん?」

 

 不思議そうにアタシを見る佐助に、あれ、前説明しなかったっけ?佐助じゃないならアレ誰だ?慶次?とか曖昧になりすぎて何も思い出せない記憶を掘り返しながら、説明を口にする。

 

 「イケてるMEN'S、略してイケメン。早い話いい男って意味」

 「いやなんで略すの、っていうかちょっと待って俺様残念じゃないからね」

 

 「でも基本的にオカンじゃんアンタ」

 「御膳下げるよ」

 

 真面目に理由を言ったら御膳の脚を持たれてそのまま下げられそうになった。

 

 ちょ、アタシまだ食べてるのに!

 

 若干必死になってしまいながら御膳の脚を押さえつつ、アタシは慌てて口を開いた。

 

 「やだー!佐助ったらイケメーン、美形、いい男ー!」

 「なんで棒読みなの、せめてもっと可愛く言ってよ」

 

 「嫌よめんどくさい」

 

 キャラじゃないのに頑張って言ったんだからこれくらいで勘弁してほしいわ。

 

 「やっぱり下げようかな」

 「ちょっといい加減にしてよ飯くらい普通に食わせなさいよ」

 

 更に御膳を下げようとする佐助に、必死で御膳を押さえながら抗議するアタシ。

 

 「可愛ーく言ったら許してあげるよ?」

 

 こてり、と首を傾げて、にこやかに言い放つ佐助をぶん殴りたくなった。

 

 だがしかし。

 

 佐助の嫌がらせ<<<プライド<<越えられない壁<<ご飯

 

 佐助に屈するのは嫌。

 でもご飯食べられない方がもっと嫌だ。

 

 それなら佐助の嫌がらせなんて大した事ないって事よね。

 

 ならばやる事は一つだけだ。

 

 顎を引き、上目遣いで佐助をじっと見詰める。

 眉を下げ、拗ねたように軽く口を尖らせながら、いつもより若干あざとく、高めの声で首を傾げた。

 

 「…いじわるしないでご飯ちょうだい?」

 

 「しかたないなーカズハちゃんはー!もー!」

 

 すると途端に、でれっと顔を緩ませた佐助が、アタシの御膳を返して来た。

 

 よっしゃ勝った。

 

 美味い飯の為ならプライドなんてゴミと一緒。

 つまり佐助はアタシの中でゴミ以下なんだろう。

 

 別に酷いとかは思わない。

 忍として尊敬は出来るけどそれ以外はセクハラ鬼畜ドS残念オカンだし、普段が普段だもん。

 

 黙々とご飯食べていたその時、ふと、何かに気付いたらしい佐助の表情が何処か真剣なものへと変わった。

 

 「なに、どうしたの?」

 

 普段からそういう真剣な雰囲気してたら顔はイケメンなんだからモッテモテだっただろうに、普段が残念だから結婚出来ないんだろうなぁ。

 

 そんな事を真面目に考えていると、佐助はおもむろに立ち上がり、いつも愛用してる巨大な手裏剣を取り出した。

 

 「カズハちゃん、この部屋から出ないでね。絶対だよ」

 

 「佐助?」

 

 何が起きたのかと眉を寄せながら呼び掛けた時、自分もそれに気が付いた。

 何か、嫌なものが近付いて来る気配だった。

 

 嫌なものっていうか前に感じた覚えのある、めっちゃキレてる気配っていうか、

 

 うん。

 

 「むしろ逃げた方がいいんじゃないコレ」

 

 「大丈夫、俺様と旦那が居るからなんとかなるよ」

 

 自信満々に告げる佐助に、嫌な予感だけが募った。

 

 あの事件からしばらくは経ったけど、こうやって単身此処に来れる奴は一人だけ。

 

 怒りに満ちた気配がヒシヒシと伝わってくる。

 

 ……奴の目的は絶対アタシだろう。

 

 「あのさ、なんか嫌な予感しかしないんだけど、もしこっち来たらアタシ全力で逃げるからね」

 「全力で隠れてたら気付かれない筈だから、絶対逃げないで隠れてて」

 「いや、ちょっと待って佐助」

 「隠れててよ!」

 

 呼び掛け虚しく、佐助はこの部屋から消えるように居なくなった。

 遠くなっていく佐助の気配と、だんだん近付いてくるあの気配。

 

 それからいつもどこかで感じていた暑苦しい気配が交差した

 

 

 ………交差した?

 

 

 いや、交差しちゃダメじゃん!

 

 通り過ぎてこっち来てるよ!

 

 うわ、やば、隠れなきゃ!

 とりあえず天井に逃げよう…!

 

 そう考えながら慌てて腰を上げた時だった

 

 轟音と供に部屋の入口である襖が吹き飛んだ。

 

 「見付けたぜぇ…カズハ…!」

 

 ☆で☆す☆よ☆ね☆

 

 焦る余りに脳がそんな呑気な反応を考え始めた。

 きっと現実逃避なんだろう。

 

 そんなん考えてる場合じゃないのにね!

 

 アタシを睨むように見詰めながら凶悪に笑う奥州筆頭、伊達政宗。

 体中からバチバチと放電し、殺意を振り撒く彼はゲームで見ればそりゃあもの凄いカッコイイんだろう。

 

 現実で見たくなんか無かった。

 

 うん。これはヤバい。

 えーと、とりあえず時間を稼ごう!

 そしたらきっとすぐに佐助と幸村が来てくれるはず!

 

 アタシは気を取り直し改めて立ち上がりながら、余裕たっぷりに口を開いた

 

 「あらあら、一国の主が他国の女の子の部屋に無断で入るとか、随分t」

 「うるせぇ黙れ…!」

 「いやせめて最後まで喋らせなさいよ」

 「Ha!知るか!」

 

 言葉の途中で遮るとか余程キテるなコレ。どうしよう

 

 「で?何しに来たのよ?」

 「一回殺らせろ」

 

 尊大な態度で尋ねてみれば、瞬時にそんな物騒な言葉が返って来た

 

 響きはアレな感じなのに内容がヤバい。

 だって、死ぬじゃんそれ。

 

 

 「なんなら殺って、ヤる」

 

 

 あ、これ相当キレてらっしゃる。

 

 思考がだいぶヤバい方向にシフトしてるこの人。凄いマニアックな方向に行ってる。なんか目がイってる。

 

 ていうか

 

 「アンタ無傷だったじゃん!なんでアタシは殺されないといけないのよ!」

 

 思わずツッコんだアタシは悪くない。

 

 若干火に油注いだ気がするけど気にしてられるか!理不尽になんて負けない!

 

 「Ah!!?俺の心はボロボロなんだよ!責任取って殺られろ!!!」

 「ハア!!?ふざけんな!!なんで二倍どころか八倍にしてんのよ!!!」

 

 意味が分からんわ!理不尽にも程があるぞふざけんな!

 

 「Ah?一国の主にあんな事しといて殺られねぇ訳ねぇだろうが!」

 「普段アンタがアタシに性的な嫌がらせしてなきゃあんな事しねーわよ!!!倍にして返しただけじゃん!!!」

 

 「俺だから良いんだよ、だがテメェはダメだ!」

 「その辺のガキ大将みたいな事言い出したこの人!!!」

 

 どうしよう、このままじゃしょうもない腹立つ理不尽な理由で殺される。

 

 …あれ、アタシの人生これで終了?

 いやいやいやまだ逆ハーレム作ってないのにこんな所で死ねるか!!!

 

 カッと目を見開き、一瞬で忍装束へ着替えたアタシは、そのまま明かり取り用の障子窓を蹴破って外へ飛び出した

 

 「待て!逃がすか!!!」

 

 障子窓のあった壁をそのまま斬り結んで吹っ飛ばしながら、政宗がアタシの後を追って来る

 

 「うっせー!!!逃げるに決まってんでしょ!!!みすみす殺されてたまるか!!!」

 

 今だかつてない程のスピードで木々の上を駆け抜け、地を駆け、烏を使って空さえ駆ける。

 しかし政宗だって負けじと木々を薙ぎ倒し、地をえぐり、粉塵を巻き上げながら駆け抜けていた。

 

 人外にも程があるだろ何この状況恐い。

 自然破壊し過ぎでしょどう考えても。

 

 

 そのまま追われ続けて、一体どれくらい休み無く走っただろう。

 恐怖によるアドレナリンの所為か疲れは余り感じていないが、息は苦しくなって来ている。

 

 なんかもう、心臓が痛い

 

 後ろを見るとまだ政宗は追って来ていた。

 

 つかなんで六爪ドゥルンドゥルン回してんのよ!アタシも大概だと思ったけどそれ以上じゃん!どんだけ人外なのコイツ!

 しかもめちゃくちゃ楽しそうな邪悪な笑顔浮かべてやがるし!

 

 「いい加減おとなしく殺られろ!!!」

 

 「なんでよふざけんな!アタシはそんなドMじゃねぇ!!!」

 

 「Ha!知るか!!おとなしくしろ!!!」

 「出来るか馬鹿!!!」

 「んだとテメェ!」

 「馬鹿だから馬鹿っつったのよ馬鹿!!!」

 

 悪態吐いた次の瞬間、アタシを追う政宗が今まで以上に放電した

 

 「…折角殺るだけで済ませてやろうと思ったけどもう許さねぇ!テメェは監禁して縛り上げて[自主規制(ピーー)]に[自主規制(バキューン)]して[自主規制(ガガガガガ)]してから殺ってやる!!!」

 「露骨過ぎてもはや何言ってるか分からないくらい規制されてるじゃねーか死ね!!!」

 

 おまわりさん助けて!セクハラ通り越してもはや山賊並の思考だよ!アタシが一体何したっていうの!ただ一瞬の隙をついて下半身露出させただけじゃん!

 

 

 「なんなら[自主規制(バキューン)]と[自主規制( ピーー)][自主規制(ズキューン)]も付けてやる!!!」

 「いらんわ!!!殺された方がマシよそんなん!!!」

 

 「じゃあおとなしく殺られろ!!!」

 「無茶言うな嫌に決まってんでしょ!!!」

 

 大声でそう返し振り返りながら茂みを越えたその時、何故か政宗の顔が慌てたようなものへ変化した

 

 

 「っカズハ!!」

 

 「へ」

 

 

 着地点の足元が崩れる

 

 背筋をフワッとした浮遊感が撫でていった。

 

 

 落ちる?

 

 

 何処に?

 

 

 「カズハー-っ!!」

 

 

 こっちに必死の形相で手を伸ばす政宗が見える

 ついさっきまで凶悪な顔で殺気を飛ばしながら、アタシを殺そうとしてたのになんか凄い必死だ。

 

 変なの。

 

 あんだけ殺す殺す言っといていきなり慌てるって何なの

 あ、そうかコイツアタシを脅してビビらせて遊んでただけか

 

 くそタチ悪いな。

 

 一瞬の浮遊感の間、スローモーションで動いて行く景色や動作のお陰でか、ゆっくりそんな事を考える事さえ出来た。

 

 けど次の瞬間、重力がきちんと仕事をし始める。

 

 一瞬で景色が入れ代わって空が見えた。

 

 それからアタシの足が見える。

 

 地面が途中で途切れていて、そこから身を乗り出すようにして必死に手を伸ばしている政宗も見えた。

 

 あ、あそこ崖っぷちだったんだ、そりゃあ足元崩れるわ。

 

 

 ん?

 

 

 て事はアタシ今落ちてね?

 

 

 凄い今更だけどアタシは今ようやくその事実を理解した。

 

 途端に、背中を中心にブワッと冷汗が吹き出る。

 

 慌てて空中で着地体勢を取ろうと体を捻った所で、眼前に認めたくない光景が飛び込んで来た

 

 

 海だ

 

 

 しかもめちゃくちゃ波が荒い。

 もはや激流や滝壺に匹敵するくらいの波だ。

 

 水面は掻き混ぜられすぎて渦だか波だか泡だかでほぼ真っ白

 

 

 え、ちょっと待って

 

 海?

 

 紐無しバンジーは修行で何百回とさせられたからたとえ下が地面でも川でも無傷で助かる自信はある。

 

 けど海があるのは予想外だ。

 

 ヤバい。

 

 いつの間にこんな所まで来ちゃったんだろう

 

 崖の真下って多分深いよね?

 もし中途半端な深さだったら逆に危ない。

 落ちた瞬間荒波と岩とに全身をミキサーされる。

 

 鎖鎌を崖に投げつけようかと思ったけどそういえば佐助に没収されてたから今は苦無と千本、とにかく手裏剣の類いしか無い

 

 

 詰んだ。

 

 

 あ、もうダメだ。考えてる暇無い

 

 その事実を理解したと同時にとにかく息を吸い込む。

 途端、重力によって水面に叩き付けられた。

 

 足から落ちたのにも関わらず、荒波によって上半身にも地面に叩き付けられたみたいなダメージを負った。

 

 ドボンとかそんな生易しい落ち方じゃない、音にするなら、ドパァン!だろうか。

 

 まるで大きな塊で殴られたみたいな痛みに、目の奥がチカチカした。

 

 咄嗟に体を丸くする。

 波が身体を押してもみくちゃにしながら、何処か把握出来ない場所まで勝手に運んで行こうとしていたから、せめて何にぶつかっても五体満足で居られるようにという判断だ。

 

 洗濯機の中に放り込まれたらこんな感じなんだろうか。

 

 グチャグチャに掻き混ぜるみたいに、波に翻弄される。

 

 前後左右に身体が振られ、グルグル廻されていると、だんだん息が続かなくなってきた。

 今自分が上を向いているのか下を向いているのか、それさえ分からない。

 

 水面は何処だろう

 

 苦しいままでもパニックだけは起こさない。起こしたら死ぬ。

 それは佐助とした修行で培った経験上理解していた。

 

 無理矢理冷静になって落ち着こうとしたその時。

 

 「がっ…!!?」

 

 背中に感じた衝撃と供に肺の中にあった空気が全部出て行ってしまった。

 波によって岩に叩き付けられたんだろうと霞みが掛かる頭で理解したけど、なんかもう本格的にヤバい。

 

 苦しい、痛い

 

 心臓の音が頭に響く

 

 まずい。このままじゃ本当に死ぬ

 

 それでも最終手段にと、自分に宿る闇の婆裟羅技を使った

 

 発動中は周りの全てが遅くなる。

 それを利用して目を開けて辺りを確認した

 

 波で巻き上げられた砂や泡で何も見えないけど今は昼間

 

 太陽の光がどの方向にあるかだけは分かる。

 

 それに向かう為、時間の流れが遅いからか、物凄く重く感じる水を蹴った。

 

 

 チャンスは一瞬なんだろうけどそんなのは関係ない。

 背中が物凄く痛いけどそれも無理矢理無視する。

 

 必死に水を蹴るけど、一向に進んでいる気がしなかった

 

 

 あぁ、遠いな

 

 でも死にたくないなら泳ぐしかない。

 

 その一心で、とにかく泳いだ

 

 

 苦しくて、痛くて、何も考えられなかった。

 

 水を蹴って、蹴って、蹴って、あと少しで水面。

 

 

 あと少し

 

 手が水面を抜け、空を掻いた

 

 

 あとは顔を水面から出すだけ

 

 それだけなのに

 

 

 此処に来て効果が切れた

 

 

 

 

 

 あ、ヤバい

 

 

 

 これ死んだ。

 

 

 

 

 

 

 アタシはそのまま、意識ごと波に拐われていった。

 

 

 



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いたいいたい


お待たせしてすみませんでした。


 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 ......迂闊だった。

 鬼事を楽しむ余り周囲を全く確認出来ていなかったという失態に、歯を噛み締める。

 自分の浅はかさに苛立ちしか湧いて来なかった。

 

 一体何が原因か、なんて分かりきってる。

 俺が必要以上に追い立てたせいで、カズハが崖から落ちたのだ。

 

 そんなつもりは全く無かった。

 ただの、ちょっとした意趣返しのつもりで、にも関わらず、こんな事態になってしまった。

 

 どう考えても調子に乗りすぎた俺の落ち度だった。

 

 

 「カズハ!カズハッ!!どこだ!上がって来い!!」

 

 

 崖の下に見えた岩の上に飛び降り、そこで叫ぶように呼び掛ける。

 だが、波が高く、この俺の目ですら何処に居るのか全く見付けられない。

 

 焦りだけが募る。

 

 落ちていくアイツの、何が起きたのか全く理解出来ていないような不思議そうな表情が目に焼き付いて頭から離れなかった。

 

 己の失態によって誰かが死ぬ事に対して、伊達家当主として覚悟はしていた。

 何せ戦場ではよくある事だ。

 が、いくらなんでも日常で、そんな事があって良いわけがない。

 

 俺のせいでアイツが死ぬ?

 

 考えてしまった最悪を振り払うように声を張り上げた。

 しかし、そんな俺の声は波の音が掻き消していっているようにしか感じられなかった。

 

 アイツは強い。

 こんなんで死ぬようなタマじゃない。

 

 だが、こんな不意打ちのような危機に対処出来るような経験は積んでいないだろう。

 この世に来るまで、戦を知らぬ普通の娘だったと聞いた。

 

 いくら呼び掛け、辺りを見回しても一向に見付ける事が出来ず、どんどん焦りが募っていく。

 

 殺してしまうのか、俺が、あの娘を。

 

 そんな考えが過ぎった瞬間、嫌な汗が背を伝い、それを払拭するかのように頭を振った。

 

 今は、助けるのが先だ。

 

 ひゅうっと音が聞こえるくらいに、大きく息を吸い込んだ。

 

 「カズハーッ!!!」

 

 

 吸い込んだ息を全て使うように、あらんかぎりの大声で呼び掛けた時、沖に近い方で黒い光が見えた。

 

 たった一瞬、波間から見えたそれ。

 

 あれには覚えがある。

 

 闇の婆裟羅だ。

 

 「あそこか…!」

 

 足場にしていた岩を蹴り、雷の婆裟羅を発動させる。

 そのまま自分の身体を雷と同化させるような動きで宙を駆け、黒い光を目指した。

 

 アイツが落ちてどのくらい経った?

 いくら忍で、長く息を止めて居られるとしても、この荒い波じゃ何がどうなるか分からない。

 

 波の隙間から時折一瞬漏れ出てくる黒い光まで辿り着く寸前、水面から白い腕が見えた。

 

 見付けた。

 

 そう安堵した次の瞬間、黒い光が弱くなり、薄くなって、そのまま波に攫われるように、消えて行く。

 

 ぞわりと、血の気が下がった。

 

 白い腕が波に飲まれて、見えなくなっていく。

 

 その事実に、冷汗が背を伝った。

 

 

 ダメだ!ダメだ!!、まだ連れていくな!!

 

 

 焦りのせいか、それとも別の何かが原因なのか、全く理解しないまま、頭の中が真っ白になってしまった俺は、訳の分からない焦燥感から生まれた思考のまま、俺はアイツを助ける為に海へ飛び込んだ。

 

 荒い波の中で身体を安定させるのは至難の業だが、今は雷の婆裟羅のお陰で問題無い。

 泡で白く濁っているが、それでも辺りをぐるりと見回して見付けた、沈み行くその姿に手を伸ばす。

 波に流され、そのまま静かに沈んで行きそうなカズハの、力無く伸ばされた手を掴んだ。

 

 そのまま一気に引き寄せて脇に抱え、水面へと泳ぐ。

 既に意識が無いのか、ぐったりしたその細く脆そうな、冷え切った身体にゾッとした。

 腕を通して伝わる心の臓の音が無ければ、死んでしまっているのかと錯覚する程、体温が低い。

 

 息をさせる為に水面へ顔を出させたが、意識が無いからか余り意味が無いようだった。

 

 やはりこのままじゃまずい。

 今は平気だが身に着けている鎧や六爪が俺の体力の消耗を速めていくだろう。

 

 一刻も早く、陸に上がらなくてはならなかった。

 

 陸を探して辺りを見回すと、残念な事実に気付く。

 

 どうやらカズハを助けようと足掻いている間に、いつの間にかかなりの距離を流されてしまったらしい。

 陸はもう、辿り着けるか怪しいくらいに遠くなってしまっていた。

 

 「チィッ!」

 

 こんな時にだからこそ、舌打ちが出た。 

 

 仕方なく他に陸地が無いかを探す事にする。

 

 沖に出てしまったからか、流れは早いが波は低い。

 すぐに他の目標を見付ける事が出来た。

 

 島だ。

 

 しかも、遠目からでも分かる程度に、漁村らしきものも見える。

 このまま波に任せ、流されたままでいれば辿り着ける距離だろう。

 四の五の言わず泳げば、きっともっと早く着く。

 

 

 「運が良いのか悪ィのか…!」

 

 

 思わず呟いて、その島目指して泳ぎ出した。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、もう少しで夕方になりそうな太陽と海が見えた。

 雲が丁度よく光を遮っていたので目は痛くない。

 海面を光が反射してキラキラしている。

 

 なにこれめっちゃ綺麗。

 

 …海なんて久しぶりにちゃんと観賞した。

 最近遠くからチラッと見るとか急いで通ってる時に横目で見るとかそんなんばっかだったもんなぁ。

 改めて見るとめちゃくちゃ綺麗。

 

 そこで、自分が砂浜で横に寝転がっているらしい事に気付く。

 

 えーと、アタシは一体何してたんだっけ?

 

 

 「起きたか」

 

 「…まさ、むね?」

 

 掛けられた声に視線を動かして思わず動揺してしまった。

 

 目の前には、鎧兜を外し着物姿になった政宗が、アタシの顔を心配そうに覗き込んでいる姿が飛び込んで来た。

 

 ちょ、何この漫画みたいなシチュエーション。

 砂浜でイケメンがアタシの顔覗き込んでるんですけど何コレ。

 

 自分の声が若干弱々しくなってしまったのなんかどうでもよくなるくらい、目の前の景色が素晴らしい。

 

 背後の海と相俟ってなんかもう乙女ゲームとかそんなんに出て来ても可笑しくない感じになってるなにこれ眼福。

 

 こんなチャンス二度と無いだろうからもっとよく見ておこうとして体を動かそうとしたら、珍しく労るような声を掛けられた。

 

 「無茶すんな、背中ズル剥けなんだよお前」

 

 アタシの肩をそっと押さえ、そのまま元の寝転がっていた位置にまで戻されてしまう現実に、テンションが上がる。

 

 アタシ 今 イケメンに 心配されてる。

 

 いや違うそうじゃない、なんだって?背中ズル剥け?

 

 「ぅぐ…っ!」

 

 背中を意識した途端に感じ始めた痛みで唸ってしまって、そこでようやく思い出した。

 

 そうだ、海に落ちたんだった。

 

 どうやらアタシは、あれから政宗に助けられてしまったらしい。

 本当に死ぬ所だったけど、なんとか助かったなら万々歳だ。

 

 だがしかし、上がってたテンションはダダ下がりである。

 むしろ苛立ちさえ感じる。

 

 あーくっそ背中痛ぇ。

 背中ズル剥けって打撲傷か擦過傷か分からんけどどんだけ酷いんだろ。

 

 あぁアタシの麗しい背中が...!

 

 いや、前も背中怪我した気がするけどまぁいいや。

 良くないけどもう怪我しちゃったもんは仕方ない。

 

 なんでこう背中ばっかり怪我してんのアタシ。

 

 てゆかなんでこんな事になってんのかなちくしょう

 

 それもこれも全部コイツの所為だ

 マジで何してくれてんのかしら腹立つ。

 

 「…死ぬかと思ったんだけど?」

 「…チッ、悪かったよ。半分冗談のつもりだったんだ」

 

 確かめるようにそう尋ねてみれば、バツが悪そうに顔を背けながらの、そんな言葉が返って来た。

 

 「冗談で殺される所だったのアタシ」

 「だから、悪かった、っつってんだろ」

 

 せめて目を見て謝れバカタレ。

 

 こうやって喋ってると、地味に背中にダメージ食うんだけど、腹立つから全く表に出さずに悪態を吐いた。

 

 「それが謝ってる態度?、誠意が全く感じられないんですけど?」

 「だーかーら、悪かった、っての」

 

 不承不承というか、苛立ち紛れというか、小学生が先生に怒られて謝罪させられてるみたいな、なんかそんな感じである。

 

 何だこいつ、腹立つわー。

 

 「すみませんでした、じゃないの、普通」

 「へいへい、すみませんでしたーぁ」

 

 そんな小学生みたいな謝り方で許してしまう奴なんて、よっぽどのお人好しか、頭の軽い馬鹿だけだろう。

 

 「もっと誠意込めろっつってんだろ」

 

 「分かった、んじゃあ誠意込めてやろうじゃねぇか」

 

 「は?」

 

 突然、本当に突然、政宗の雰囲気が、肌に刺すようなピリッとした真剣なものに変わった事で素っ頓狂な声が漏れた。

 波の音だけが響き、綺麗な夕日に照らされた政宗が、凄く真剣な表情でアタシを見詰めている。

 

 突然の変化に付いていけないアタシを放置して、政宗が口を開いた。

 

 「俺の嫁になれ、カズハ」

 「誠意込めてそれかよ、死ね」

 

 まだ諦めてなかったのかこのクソボケ。

 

 「Ah?、傷物にした責任取ろうとしてんだから充分誠意こもってんだろ」

 

 「アンタねぇ……、罪悪感だけで好きでも無い女を娶ろうとしてんじゃないわよ、娶られる方の身にもなんなさい」

 

 盛大に溜息を吐きながら言ってやったら、何故か心外だとばかりに眉根を寄せられた。

 

 「Ha?、何言ってんだ、どう考えてもHappyだろ」

 

 「え?何、馬鹿なの?」

 

 「Ah?」

 

 「傷物にされたのをわざわざ娶ってやったんだから感謝しろ、とか、わざと傷物になるようにしたんじゃないか、とか言われたり、なんなら、家に相応しくない、とか言われまくってめんどくさいの極みじゃん」

 

 真面目に、起こりうるであろうその際の問題をつらつらと挙げてやれば、呆気に取られたような顔でアタシを見た。

 

 この顔は考えた事も無かったな、コイツ。

 

 「大体、アンタの家の場合、どうやっても側室という名の愛人にされるじゃない、めんどくさい、却下」

 

 「そりゃつまり、正室ならOKって事か?、随分と大きく出たな」

 

 ニヤリ、なんて不敵に笑いながら訳分からん事をのたまう政宗に、キッパリと返した。

 

 「人の話聞いてた?、めんどくさいの極みだから却下、つったでしょ」

 「テメェ...、随分な言い様じゃねぇか、大体そんなモンに参るようなタマじゃねぇだろうが」

 

 喧嘩腰というか、なんかメンチ切って来る政宗に、若干の苛立ちが発生。

 

 「はぁ?誰が好き好んでわざわざ、めんどくさい事分かり切ってる回避出来る道を選ぶのよ」

 「そこは愛と権力と俺の容姿に屈しろ」

 

 「容姿はともかく、権力なんてどうでもいいし、それ以前にアンタに愛なんぞカケラも無いわ」

 

 暗に容姿しか興味無いと言ってやれば、当の政宗は何故か物凄く驚いたように言葉を詰まらせた。

 

 「なん、だと...!?」

 「いや、逆になんでそんな愛される自信あんのよ、ビックリするわ」

 

 何こいつ、ナルシストか。

 

 ていうか、こんなんしてる場合じゃなくない?

 

 「それより、もうすぐ夜来るけど」

 「待て、カズハ、お前、俺の事、嫌いなのか」

 

 「普通」

 

 「普通!?」

 

 いや、どんだけ驚いてんのこいつ。

 何そんな好かれてると思ってたの?

 やだわー、自意識過剰っていうのよね、そういうの。

 

 「で、それより、夜来るけど、寝床どうすんの?

 このまま此処にいる訳にも行かないでしょ」

 

 「.........ああ、寝床、な。一応此処から少し先に村があるのを確認してる。」

 

 ちょっとショックだったのか、暫く間を開けてから若干テンションの下がった声で返答があった。

 

 うん、めんどくせぇから放置しとこう。

 

 「今までなんでそこに行かなかったか、理由聞いていい?」

 「村ってのは大体閉鎖的だ。行ってもどうせ門前払いだろう」

 

 あー、なるほど、他人にくれてやる飯など無い!的な貧乏村の可能性があるのか。

 

 「でも、まだ行ってないんでしょ?」

 「...ああ、まぁな」

 

 「とりあえず、行くだけ行ってみたらどう?魚一匹位は恵んでくれるかもよ」

 「だが、嫌な予感がする。」

 

 「...............ああ、うん。」

 

 確かに、なんかこう近くの村に行く、ってだけで嫌な感じがする。

 って言っても他に選択肢があるのかっていうと、あるの?

 

 「今から寝床作れるか、って言われると厳しいわね」

 

 「そうだな、もう夜が来る」

 

 困った。

 このまま此処に居ても満潮と干潮で浜の大きさは変化するだろうから、また波に飲まれる可能性がある。

 

 どうしたもんかと思案を巡らせるけど、村に行く以外に選択肢はなさそうだ。

 

 「...夜になる前に動かないと、ヤバそうよね」

 

 ポツリと呟いたアタシの言葉に対して、政宗は何かに気付いたように辺りを見回した。

 

 「...まだ遠いが、誰か来るぞ」

 

 その言葉を聞いたアタシは、隠し持って居た着物に早着替えした。

 ビッチャビチャだったけど、それでも可能だった自分にビックリだ。

 

 あと、めっちゃ背中痛かったからサラシ巻き直すついでにちょっとキツめに絞めておいた。

 これで止血になればいいなと思います。

 

 うあああああ!背中めっちゃ痛いいいい!!

 

 「おい、無理すんな…!」

 「良いから、アンタも鎧とか早く持ってきて…!」

 

 蹲りながらも、その辺に転がしてある鎧兜や六爪を持ってくるように指示を出す。

 武器や鎧を隠し持つ事に関して闇の婆娑羅持ちに出来ない事は殆ど無い。

 

 ちなみにこれ、佐助から習いました。

 

 死ぬかと思ったけど、習得しといて良かった。

 自分の影に荷物を隠すという、めちゃくちゃ便利な四次元ポケットである。

 

 難点は、物凄い衝撃を受けて意識を失った場合、影から荷物が飛び出て来る場合がある事。

 まあ、普通に寝たら大丈夫だとは思う。

 

 こんな事なら、影の中に食糧入れておけば良かった。

 入れたらあんまり美味しくなくなるけど、無いよりはマシなのである。

 

 「...便利だな、それ」

 「そういうの良いから、それより、数は」

 

 「三人、...いや、四人か」

 

 痛みで気配が分からなくなってるから、政宗に確認して貰う。

 

 この感じからすると、村人なんだろう。

 嫌な感じはずっと付いて回っているから、多分ロクな奴じゃない。

 そんな事を考えていると、ふと声が掛けられた。

 

 「おいあんたら、そこで何してる」

 

 訝しげな声は、四十代の男性だろうか。

 まあとりあえずオッサンね。

 

 それに答えたのは、政宗だった。

 

 「見れば分かるだろ、遭難したんだ」

 

 それに対して、声を掛けたオッサンの後ろから、別の人が口を開く。

 

 「...見た所、心中にでも失敗したのか?」

 

 なんでそうなる?

 いや、男女がずぶ濡れで浜辺に居たらそう思うのか?

 だが、これはこれで良いんじゃないか?

 

 ちらりと政宗に視線を送ると、コクリと小さく頷いた。

 

 ので、ここからは(くろやなぎ)の出番です。

 

 「どなたかは存じ上げませんが、どうか私達を放っておいて下さい...、どうぞ、このまま此処に...」

 

 儚く、今にも消えてしまいそうな、なんかそんな風に聞こえたら良いなぁ、と思いながらの演技である。

 

 「ダメだ!此処に居たら死んでしまう!」

 

 政宗がノリノリでアタシを抱き締めながら叫んだ。

 

 「お前様、構わないのです、来世で、お会い出来れば、この黒柳は、私はそれで...」

 「だが、生き残ったんだぞ!?このままどこかでひっそりと暮らす事だって...!、この藤次郎の名にかけてお前を守ると誓う!」

 

 あ、政宗の事は藤次郎って呼べばいいのね、了解。

 

 「いいえ、あの人はきっと私を見付けてしまうわ...、だから...」

 「黒柳!、くっ...、アンタ達からも説得してくれ!!」

 

 えええ、突然無茶振りしたぞ政宗コイツ。

 

 縋るように男性方を振り返る政宗に、困惑したような様子である。

 若干ヒソヒソと話し合い、そして何かが決まったのか代表らしい四十代男性が改まったように話し始めた。

 

 「何があったかは分からんが、君達はまだ若い。

 腹も減っただろう、ロクな物はないが少しでも腹に物を入れてから考えても良いのではないかね?」

 

 「何故、私達を助けようとするのです...?」

 

 純粋な疑問に対して、何か含む物があったらしい男性が、ふと視線を逸らした。

 はい、まっくろくろすけー。

 

 だが、腹が減ってるのは事実。どうしたもんかと思ったその時、政宗からの助け舟が出た。

 

 「黒柳、今は良い、疲れているんだ、この人達の言うように、少し休ませてもらおう」

 「藤次郎さま...、...分かりました」

 

 まあ、なんかそんなやり取りをした後、村へ案内して貰う運びとなったのでした。

 

 政宗と二人で、飯食ったらトンズラしようぜ、と目線だけで会話しながら。




自転車操業なのでめっちゃ更新遅いよ!!


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