ロクでもない魔術に光あれ (やのくちひろし)
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ロクでなし講師
プロローグ


 

 転生と言うが、普通に考えれば死んだ後で魂が天に昇り、全てをリセットした状態で人生を再スタートするという認識だろう。

 

 小説などにあるような神様に出会い、任意の方法で第二の人生をスタートするものがあるが、神様と出会うでもなく、特別な儀式をしてそうなるわけでもない。

 

 しかし、何事にも例外がある。なんでこんなことを言い始めたかというと、自分がそんなことを体験しているからだ。

 

 ここまで言えば大方予想できるかと思うが、つまり俺は転生者──ではなく、異世界トリッパーというものである。

 

 先も言ったように、俺は別に神様と会っていないし、特殊な力を持ってトリップしてきたわけではない。ただ、気がついたらこの世界にいて、前の世界の記憶と天地リョウという名を持ってここに来ただけだ。

 

 そして、俺が異世界生活を開始したステージは以前のような科学の発展した世界ではない。

 

 なんとこの世界では魔術というものが発達しているのだ。ルーン語や術式の形を表層心理及び深層意識に覚えこませ、特定の呪文を詠唱することで世界の理に干渉し、通常人間にはできない筈の炎や雷を操るという出鱗目なことができるようになる。

 

 まあ、それはこの世界の常識ということで俺は元々科学側の人間だ。いきなりルーン語や術式なんてものを覚え込めと言われてもすんなりできるわけではない。

 

 別に記憶力がないわけではない。地球でも理数系は平均以上だったし、史学など特別退屈なものでなければ暗記だってそこまで困るわけではないのだが、ここで困るのが記憶するだけで使えるものなのかという疑問が邪魔をしてしまう。

 

 こっちでは魔術とは記憶と深層心理に刻み込んでから出来るという確信みたいなものを持たなければロクに発動もしない。

 

 基本の魔術を覚えるだけで相当数の月日がかかってしまう。

 

 それに俺はファンタジーも好きと言えば好きだが、どちらかと言えば特撮のヒーローみたいに特殊な力を身に纏って格闘みたいなのが好みだ。特に光を象徴した巨大ヒーロー。

 

 だから俺は魔術の勉強よりも身体を鍛えることを重視している。もちろん、魔術も嫌いではないので魔術を行使するために必要なエネルギー、マナの容量(キャパシティ)を増やすための訓練も続けてきている。まあ、所詮トーシロのよくわからん出所の知識だが……。

 

 まあ、マナが増えたところで魔術を使う技術がなければそれも意味はないのだが。そんなことだから──

 

「だから、この部分からマナが流れてその魔術が──」

 

 目の前のこの少女、ルミア=ティンジェルに魔術の勉強を教わることになっているのだが。

 

「……うん。どうにか……かな」

 

「わかった?」

 

「ああ……ギリギリ」

 

 どうにか基本と言われる三属エネルギー──電気・炎熱・氷結の三つの成り立ち……その術式の形とルーンの意味、マナの流れは大まかにだが理解できた。

 

 とは言え、前世における科学や物理と理論が似ているようで全然異なる。

 

 その前世の知識が魔術の知識を取り入れるのに邪魔になってしまっている。俺の特撮ヒーロー好きも原因のひとつではあるが。

 

 その所為で学力はワーストワンに近い底辺だし、実技だって一部を除いてギリギリ基本の三節でやっと発動するくらいの落ちこぼれである。

 

 俺自身はそんなに気にしてないつもりだが、ここでは魔術の実力がモノをいう世界なので落ちこぼれの俺は結構肩身の狭い立場にいる。だったら何で、魔術学院に通ってるのだと思うだろうが、気がついたらこうなっていたのだからしょうがない。

 

 ルミアがいなければもっと酷い立場だったかもしれないが、まあそれを知っていながら俺は自分の趣味に走りっぱなしだったのだけれど。

 

「とりあえず、これで一年次の時の範囲は終わったかな」

 

「いや、本当感謝しています」

 

「いえいえ」

 

「あなた、これだけ時間がかかってやっと基本の術式なの……」

 

 彼女の隣の席にいる少女、システィーナ=フィーベルから呆れた声がかかる。

 

 俺とは違い、彼女は学力は学年でトップだ。彼女の助力もあったからどうにか二年に上がることができたのだ。

 

 そして、時間がかかるのは仕方がない。なにせ科学の知識が詰まってる故に、魔術に対する理論に抵抗感もあるし、そもそもの常識が食い違っているのだから理解が難しいのだ。

 

 まあ、それもこれも主にルミアの根気強い助力があったからこそだが。しかし、ここまで親切を受けておいてなんだが、何故彼女はこんなにも親切を施してくれるのか、未だにわからない。他の男子にはここまでした記憶がない。それを物語るように男子たちの嫉妬を受けているのだが。

 

「しかし、復習する時間ができたのはありがたいところなんだが……こんだけ時間がたってるのに、まだ来ないんだな」

 

 今日は新しくこのクラスの担任を務めることになった魔術講師が来る筈だったのだが、授業開始時間になっても一向に姿を現さない。

 

 おかげで俺は魔術理論の復習をすることができたわけだから迷惑なのかありがたいのか。

 

「まったく……この由緒あるアルザーノ魔術学院の講師として就任初日から遅刻なんて良い度胸だわ。これは生徒を代表して一言いってあげないと」

 

「それだから講師泣かせやら、説教大魔王なんて二つ名が蔓延るんだと思うのだが……」

 

「何か言った?」

 

「いえ……なんでもありません」

 

 ちなみに先の二つ名は講師が授業でふざけた説明をしたり、手を抜いたりしている時に決まってシスティが物申ししている姿から言われている。

 

 まあ、真面目なのはいいことなんだろうけど、システィの場合……その回数があまりにも多いために素材が良いにも関わらず、男子からは敬遠されがちである。

 

 もうひとつ付け加えるなら、常に彼女の傍にいるルミアはその美貌と優しさで全学院の男子を虜にしている。

 

 最近ではそんな天使や女神なんて言われる美少女が俺の教育係をやっているために、ルミアを狙っている男子達の嫉妬の念が俺に集中している。ぶっちゃけすげえ恐い。

 

「あー、悪い悪い。遅れた」

 

 と、男子の視線に恐怖している間にようやく噂の新任教師がご登場のようだ。

 

「やっと来たわね!  あなた、一体どういうこと!? あなたにはこの学院の講師としての自覚は──」

 

 授業半ばまで遅れた講師に怒鳴るシスティが突然停止した。

 

「あ、あ……あああ──あなたは──っ!?」

 

 ……お知り合いで?

 

「違います人違いです」

 

「人違いなわけないでしょ! あなたみたいな男、早々いてたまるもんですか!」

 

「こらこら、お嬢さん。人に指差してはいけませんって習わなかったかい?」

 

「ていうかあなた、なんでこんな派手に遅刻してるの!? あの状況からどうやって遅刻できるっていうの!?」

 

「そんなもん、遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、実は時間にまだ余裕があるってわかってほっとして、ちょっと公園で休んでいたら本格的な居眠りになったからに決まってるだろう?」

 

「なんか想像以上にダメな理由だった!?」

 

「……なんなの、この状況? ていうか、登校時に何があった?」

 

「あはは……」

 

 どうやら登校時に何かがあったらしいが、一体何をしたらあんなにシスティを怒らせられるんだか。

 

 それからシスティと数分間の言い争いの後、新任講師のグレン=レーダスが授業を行うかと思ったのだが。

 

 手にした教科書を机に置き、チョークを持って黒板に書き記したのは……『自習』という二文字だった。

 

「……え?」

 

 まさかシスティの口からこれほど間の抜けた声が聞けるとは思わなかった。

 

「えー、本日の授業は自習にしまーす」

 

 そして、机に突っぷすとすぐに鼾の音が聞こえた。本当に寝ちゃったよこの人。

 

「ちょおっと待てええぇぇぇぇ──っ!?」

 

 そして、分厚い教科書を持ってグレンへ突進していくシスティ。──って……

 

「いや、まずお前が待たんかああぁぁぁぁっ!?」

 

 少ししてルミアも加わって激怒したシスティを抑えるのにかなりの時間を要してしまった。

 

 

 

 

 

 あれからもう一週間はたったが、グレン先生の授業態度はもうとんでもなかった。

 

 自習と称して居眠りした日の次にはようやく授業始めるかと思えば、ぐだぐだとした口調による説明にもなってない説明。その次には教科書のページを破って黒板に貼り付けて、また次の日には黒板に教科書を釘打ちし、最終的には何もしなくなった。

 

 まあ、俺はそんなぐだぐだな時間の間にルミアの計らいでこれまでの授業内容の復習を手伝ってもらった。おかげでまたある程度魔術の学がついたので良しとすべきか。

 

 いや、一部の人から言わせればどうでもいいか。

 

「いい加減にしてくださいっ!」

 

 うん、来たよ一部の人。もうここのところ日常の一部となりつつあるシスティとグレンの口喧嘩……というより、システィの一方的な言い放ちになってるが。

 

 しかも、今まで自分の家のことを持ち上げなかったシスティが遂に父親の名を使ってグレン先生を辞任させると脅してきたのにも関わらず、本人は嬉々としてシスティにそれをお願いと言い退けやがったよ。

 

 これには流石のシスティも限界だったのか、遂に左手の手袋を外し、それをグレン先生に叩きつけた。

 

「おまえ……マジか?」

 

 今までとは打って変わってトーンの低くなった声でグレンがシスティに尋ねる。

 

 そしてその状況を見ている生徒一同は響めきで満ちていた。それもそうだろう。

 

 手袋を相手に投げつけるというのは、地球の欧米でもよくある決闘の申し込みを意味するものなのだから。

 

「私は本気です」

 

「だめ! システィ、早く先生に謝って、手袋を拾って!」

 

 ルミアも普段は聞くことのない大声を上げてシスティに叫ぶが、そんなこと御構い無しにグレン先生とシスティの決闘が進行してしまう。

 

 条件はシスティが勝てば今後は真面目に授業をしてくれと、グレン先生が勝てばシスティのお説教を禁じ、自分の好きにさせろとのこと。

 

 そして、ルールは[ショック・ボルト]による撃ち合い。[ショック・ボルト]とは、簡単に言っちゃえばスタンガンの遠距離版みたいなものだろう。

 

 攻撃方面の黒魔術、攻性(アサルト)呪文(スペル)の中でも護身用として習っているもので、俺の数少ない得意呪文のひとつでもある。

 

 あと、魔術は呪文を口にして効果を発揮するものだと言ったが、腕のいい魔術師ならその呪文をある程度省略しても同じだけの効力を発揮させることができる。

 

 俺もこいつと他一部で同じことができるが、それ以外がまともに起動できない。しかし、システィは筆記だけでなく、実技においても学年のトップの座にいすわっているほどの実力者。学院で習う魔術はほとんど略式詠唱で起動できるし、授業で習っていない魔術も独学で身につけているものもあるというほど。

 

 これだけのスキルを身につけているシスティが決闘で負けるとも思えないが、グレン先生だって仮にも学院の講師だ。略式詠唱は当然身につけていると前提する。

 

 呪文を省略することは練習すれば大体できるが、それをどれだけ切り詰められるかがこの勝負の分かれ目と言えよう。それを極めればただ一単語口にするだけで魔術を起動できる者もいる。

 

 この決闘で使われるのが[ショック・ボルト]だけとなると、その呪文をどれだけ省略できるかという時点で勝負が決まると言っていいだろう。

 

 初級の呪文とはいえ、速度は拳銃の弾丸並だから起動した後で避けるなどといった特撮染みた芸は常人にはまずできない。

 

 だからこの決闘はどっちが先に[ショック・ボルト]を着弾できるかで決まる。

 

「……なんて脳内で色々考えたけど」

 

「今日の所は超ギリギリの紙一重の引き分けということで勘弁しておいてやる!  だが、次はないぜ! さらばだ! ふはははははははは──っ!」

 

 超絶ウザい高笑いを上げて決闘の場を去っていくグレン先生。

 

 ちなみに決闘は引き分け……と無理やり締めくくったが、ハッキリ言ってシスティの圧勝と言っていい。

 

 どこまで切り詰めた呪文が来るかと思えば、先にシスティの[ショック・ボルト]が着弾して勝ったと思えば、三回勝負だとグレン先生がルールを無理やり変え、渋々とシスティがそれに従って再度決闘したが、次も圧勝。

 

 更に何回も同じことを繰り返して気づいたが、どうやらグレン先生は略式詠唱が相当にできないと見た。本人は否定していたが、一々長ったらしい呪文を今時園児でもやらないような騙しの中で唱えるも、ことごとくシスティの略式詠唱による[ショック・ボルト]が炸裂したのだから疑いようもないだろう。

 

 そして遂に勝負がついたかと思えば、先のグレン先生の去り際。

 

 魔術師にとっては決闘はとても神聖なものらしいので、そこで定めたルールも約束もぶち壊しにして去ったグレン先生にシスティは普段の大声も上げずにただフルフルと怒りに震えていた。

 

 これを境にグレン先生の評価は遂に最底辺にまで落ちたと見ていいだろう。

 

 はぁ……なんとも先行き不安な学院生活になりそうだ。

 

 



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第1話

 

 

 システィとグレン先生の決闘騒動から数日後、相変わらず授業とは言えない授業の時間、俺は自習として相変わらず基本の魔術の術式やルーン語の翻訳をしていた。

 

 そんな時間を過ごす中でひとりグレン先生のもとへ質問に行く生徒が出る。

 

「あ、あの……先生。質問があるんですが……」

 

 眼鏡をかけた小柄で小動物のような雰囲気を醸し出している生徒、リンだ。

 

 クラスの中じゃ、ルミアの次に自ら話しかけやすい娘で、偶にある方面の魔術に関して質問したりしていた。

 

 こうしてグレン先生に質問しにいくように、システィとは違った意味で真面目で純粋な娘なのはいいが、結局いつもと変わらずお勧めの辞書を渡して引き方を説明し、自分で調べろなんていう始末だ。

 

 もうこの光景も何度目だろうか。みんな既にグレン先生のやることには無関心を決めてるようだが、ひとりだけ席を立つものがいた。

 

「無駄よ、リン。その男は魔術の崇高さを何一つ理解してないもの」

 

 システィだ。彼女もグレン先生のやることに無関心を決め込んだと思ったが、毎日健気に質問していく彼女に対する態度に腹をたてたというとこだろう。

 

 板挟みになったリンは居心地が悪そうだが。システィが魔術の偉大さ云々を口にして彼女に笑いかけた時だった。

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 気怠そうなグレン先生の呟きを聞いたシスティが即座に言い返して踵を返そうとしたが──

 

「何が偉大で、どこが崇高なんだ?」

 

 今日のグレン先生は妙に突っかかるなと思った。システィが当然のように魔術の偉大さを自分なりに弁論するが、今度はそんな魔術がなんの役に立つんだと来た。

 

 まあ、それに関しては俺も似た考えを持っていた。地球では魔術にせよ魔法にせよ、人々の暮らしを豊かにできるようなものを想像してたりしていた。まあ、逆に秘匿性に重きをおいたものもあったけど。

 

 こっちの世界では秘匿性が勝っていたってことで。そして極め付けにただの自己満足と切り捨ててシスティは唇を震わせて俯いた。

 

 かと思えば、急にグレン先生は掌を返して魔術が役に立つなどと言い始めた。

 

「ああ、魔術は凄え役に立つさ……人殺しにな」

 

 ……よりにもよって、その方面で説きにきたか。

 

 科学でも土木作業を捗らせるためのものが戦争で兵器として利用されているように、魔術にもそういう二面性があるという事だ。

 

 それ自体はわかってるつもりだったが、ここでその悪い方面を語り出した。

 

 それからグレン先生は次々と魔術の闇について説明しだした。俺たちが習う魔術、魔術関連における戦争の数々など、何かを憎むような表情をしながら語っていく。

 

「全く、お前らの気が知れねえよ。こんな人殺し以外、何の役にも立たん術をせこせこ勉強するなんてな。こんな下らんことに人生費やすならもっとマシな━━」

 

 パアン! と、乾いた音が教室内に響いた。

 

 音源は目の前。システィがグレン先生を引っ叩いた音だ。

 

「いっ……てめっ──っ!?」

 

 グレン先生が忌々しげにシスティを睨むも、すぐに言葉を失った。

 

 いつの間にか彼女の眼は涙で溢れ、表情は悲痛に満ちていた。それから大嫌いと言い残して教室から早足で出て行った。更にグレン先生も自習と言い残して教室を去った。後に残ったのは圧倒的な気まずさだった。

 

 みんな気落ちした表情で、勉強していた者たちも完全に手を止めていた。まあ、あんな黒い事実を突きつけられれば無理もないのかもしれないけど、そっちよりもまずは目の前だな。

 

「……リン、とりあえず席戻ろうか?」

 

 目の前で置いてけぼりにされたリンを席に戻すことだな。

 

「……リョウ君も、そうだって思う?」

 

「ん?」

 

「リョウ君も、魔術は人殺しにしか役に立たないって思う?」

 

 恐怖に震えながらそんな質問を投げつけて来た。周りを見ればクラスのみんなも暗い表情をしていた。

 

 ああ、俺は地球でのアニメやラノベからの知識とこっちの現実によるギャップで魔術に対する抵抗感があったからダメージは少ないけど、純粋に魔術を学んで来たみんなには自分の価値観全てを否定されたようなもんだもんな。

 

「……ん~、俺個人はどっちとも言えないな。魔術そのものに善悪はないから」

 

「え?」

 

 リンが気落ちした表情からキョトンと色を変えてこちらを見た。

 

「魔術って言ったって、元は目に見えない……無色の力の塊だろ。身近なもので例えるなら、まだまっさらなキャンバスって言えばいいのかな?」

 

「キャンバス?」

 

「そこにどう色を塗りたくっていくかは俺たち人間次第だ。例えばだ……」

 

 俺は机に置いてあったノートに羽ペンを走らせる。

 

「リン……これは何に見える?」

 

「えっと……可愛い、猫さん?」

 

 リンの言う通り、俺が描いたのはマスコット化させた猫だ。

 

「じゃあ、これは?」

 

「ん~……先生を叱ってる、システィ?」

 

「そ」

 

「あの……その隣で土下座してる人って」

 

「グレン先生」

 

 さっきのマスコット猫にシスティの要素を描き足して隣にグレン先生が土下座している姿を描いてみた。結構力作だと思う。

 

「じゃあ、今度はこうしてみると?」

 

「えっと……システィはそこまで怖くはないと思う」

 

 ちなみに付け足した要素は猫化したシスティに悪魔の羽根と鬼の角だ。

 

「じゃあ、カッシュは?」

 

 俺は更に別の要素を描き足してリンに見せ、難色を見せた彼女の次に数少ない男友達のひとりであるカッシュに見せる。

 

「あ……えっと、大体こんなもんじゃないのか、説教してるアイツの姿って」

 

「え~、そうかな?」

 

 カッシュは同意するが、覗き込んできたルミアは違うんじゃないかと異を唱える。

 

「まあ、こんなもんだ」

 

「へ?」

 

 どうやらまだ俺の言いたいことが伝わらないらしい。

 

「さっき俺の描いた猫をお前は可愛いと言って、そこに悪魔の羽根を付け足したら怖いって思っただろ。カッシュはこの絵を肯定してルミアは否定した。それと同じで描き方ひとつで色んな印象を与えるように、それぞれの感想が違うように、魔術だってさっき先生が言ったように殺しに使われる恐い要素もあれば、ルミアお得意の人の傷を治す優しい要素だってあるわけだ。日用品にしたって、包丁は大体料理に使われるけど、人に向ければその時点で凶器に早変わりだ。結局どっちに転がるかは人次第だ」

 

 特撮ヒーローにだって悪から生まれた力がそれを持つものの心によって正義を象徴するものになることだってあるんだ。

 

 更にここにいる奴らは魔術が崇高なるものだと信じて学んできたんだ。今回の先生の言で揺らぎつつあるが、十分やり直せる範囲だろう。

 

「まあ、お前がまだ魔術が善なるものだって信じてるならその想いをこれからも貫いて勉強して、いつか先生に魔術は善なるものだって事実を突きつければいいさ」

 

 あの人が魔術を憎んでる理由はわからんが、それをロクでもないものだというのなら自分達でそれとは逆のやり方と価値観を持ってあの人の価値観をぶち壊せばいい。

 

 それが簡単にできるとは思わないが、俺達が間違わなければどうとでもなるだろう。

 

「まあ、あくまで俺個人の価値観だ。魔術が大好きなみんなと俺とじゃ考え方も違うだろうし。けど、一枚の絵に対しての感想なんて千差万別なんだからみんな自分の価値観を大事にしてけばいいと思うよ」

 

 みんな俺とは違って魔術の才能は溢れてるんだから人生の幅は俺よりずっと広めだろう。

 

 さて、俺は俺で引き続き軽く自習してから趣味に走るとしよう。自習中、何故かみんなの視線が集中して気になったが、そんなにさっきの意見に驚いてるのか。正直、自分は自分で他人は他人という持論を特撮ヒーローっぽく言っただけのつもりなんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日はスマンかった」

 

 授業開始前、グレン先生のそんな一言が教室に響いた。

 

「まあ、その、なんだ……大事なものは人それぞれっていうか……俺が魔術が大嫌いだっていうのは変わらんが……それでお前のことをどうこう言うのは、筋違いっつーか、大人気なかったとは思う。まあ、とにかく……悪かった」

 

 いきなりのグレン先生の謝罪らしい言葉に教室は騒然とする。

 

 昨日の今日でグレン先生に何があったのだろうか。あと、何故か俺をチラ見した気がするんだが。

 

「さて、授業を始める前に言っておくが……お前らって、本当バカだよな」

 

『『『ああぁん!?』』』

 

 早速殺伐とした空気が教室に満ちていく。真面目ぶったかと思えば何で初っ端から人を煽るんだよ。

 

「昨日までの十一日間お前らをずっと見ていたが、お前らは魔術のことをな〜んもわかっちゃいない。やれ呪文の共通語約を教えろだの術式の書き取りだのお前ら魔術を舐めてんのか?」

 

「テメェに言われたくねえよ!」

 

「そもそも、[ショック・ボルト]ごとき一節詠唱もできない講師に言われたくない」

 

「あ~あ~、それを言われると耳が痛い。俺は略式詠唱だとか魔力操作のセンスが致命的に欠けてるからな」

 

 グレン先生は生徒達の罵詈雑言を受け止めながら自分の欠点をなんでもないように言いのける。

 

「けど……誰か、今[ショック・ボルト]()()()って言ったか? やっぱバカだ! なら、今日の授業はその[ショック・ボルト]について教えてやる」

 

 生徒達は今更何故初級呪文の授業などと渋った顔をするが、グレン先生は構わずに珍しく教科書を広げて……と思えば教科書を窓から投げ捨てた。ああ、また自習かとクラスのみんなが落胆する空気を気にもせず説明を始める。

 

「はーい、これが[ショック・ボルト]の呪文書。思春期が患ったような恥ずかしい文章の呪文や、数式と幾何学図形がルーン語でびっしり埋まってるのが魔術式ね」

 

 この世界では当然の知識の筈なのに、それを厨二病のお絵描きと言いのけて説明しちゃってるよこの人。最初ことは俺も同感だったんですが……。

 

 それから[ショック・ボルト]の実演を見せるが、以前と同様基本の三節詠唱による発動で生徒達はやれやれといった空気だ。

 

「これが[ショック・ボルト]の基本的な詠唱な。魔力操作に長けた奴なら一節でも詠唱可能なのはみんなも知っての通りだ」

 

「そんなものとっくに究めてますよ。ちなみにそこにいるリョウ=アマチですが、成績こそイマイチですけれど、それを含めて一部の呪文はほんの一言で発動できますよ」

 

「ほう、そりゃすごい」

 

 ギイブルの説明は一言余計だが、そう。俺はこの呪文と他一部だけなら一言だけで発動できる。何故かと言われればイメージし易かったからとしか言えないが。でも、他は全然ダメなんですけどね。

 

 三節したり発動できないものもあれば、使用するだけでごっそりマナ持ってかれたりするものもある。

 

「なら、お前に聞くが……この[ショック・ボルト]、習いたての時どんな感想を抱いた? 正直に言ってみろよ」

 

 いきなり何を言うんだと思ったが、とりあえず当時の記憶を思い返してグレン先生の質問に答える。

 

「えっと……そもそもなんでそういう呪文で決定づけられてるんだって思いました。術式さえ理解すれば魔術名を言うだけでも事足りそうな気もしたし……更には術式自体、ルーン語だけじゃなく、何で数式まで絡んでくるんだろうなとは」

 

 魔法陣とかの中に数字やルーン語が入るだけならそういうものなんだろうなと思っただろうが、それらしい図形の隣に何で方程式じみたものが描かれているのか関連性が掴めなくて大体の教師に教えを請うも、ほとんど自分でやれだの一蹴されたりただバカにされるだけで終わっていた。

 

「……だよなぁ。普通そう考えるよなぁ? なのにコイツらと来たら、それを暗記することしか考えちゃいねえ。これならお前の方がよっぽど魔術師に向いてるわ」

 

 お願いですからグレン先生、早くさっきの質問の意図を説明してください。あなたの質問に答えただけなのに、みんなからの敵意の篭った視線がグサグサと突き刺さるのですが。

 

「さって、そんなお前らにもんだ〜い」

 

 するとグレン先生は黒板に[ショック・ボルト]の基本詠唱を書き記し、呪文の節を切っていく。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以って・打ち倒せ》。これが[ショック・ボルト]の基本的な詠唱ね。これを──」

 

グレン先生は黒板に記した詠唱に更に節を加える。

 

「さて、《雷精よ・紫電の・衝撃以って・打ち倒せ》。これを唱えるとどうなる?」

 

「そんなヘンテコな呪文詠唱、あるはずなんてありませんわ!」

 

「その呪文はまともに起動なんてしない。必ず何らかの形で失敗しますね」

 

 お嬢様口調で抗議をする少女ウェンディと、眼鏡をかけたシスティに次ぐ秀才のギイブルが答えるとグレン先生は呆れたようにため息をつく。

 

「んなことは知ってんだよ。わざわざ完成した呪文を違えてんだからな。俺は、その失敗がどんな形で起こるのかって聞いてんだよ」

 

「何が起きるなんてわかるわけがありませんわ! そんなのランダムに決まってます!」

 

「ラ・ン・ダ・ム!? お前ら、この呪文究めたんじゃなかったのかよ!?」

 

 どこまでも馬鹿にするような高笑いを上げてグレン先生は腹を押さえる。

 

「まさか、みんなわかんない!? 全滅!? マジかよ! お前ら本当に何もわからずに一節してたのかよ!?」

 

 グレン先生の高笑いの所為でもうクラスのみんなの苛立ちは沸点を越えようとしている。

 

「ああ、だったら……おい、リョウだったか? お前はわかんねえか?」

 

 ここで俺を指名か! そんなのわかるか! とはいえ、ここで受け答えくらいしないとマジでみんながどうなるかわかったもんじゃない。

 

 えっと、何らかの形で失敗するのはギイブルがさっき言ったな。あの呪文を真ん中で更に区切ったわけだから多分魔力を操作する際のリズムに影響するのか。

 

「えっと……軌道が、変わる?」

 

「……三十点だな。模範解答としては……右に曲がるだ」

 

 急にグレン先生はさっきの四節詠唱を俺に向けて撃ち放った。当たるかと身構えていたが、[ショック・ボルト]の軌道はグレン先生の宣告通り、右に直角に軌道変更して空を切る。

 

「……マジ?」

 

 本当に右に曲がっちゃったよ。

 

「バ、バカな……」

 

「ありえませんわ!」

 

 クラスのみんなも信じられないと言うような表情だった。

 

「じゃ、次はここに……」

 

 それから先生が呪文を更に区切ったり、一部を消したりして実演してみる。どの呪文方法もグレン先生の宣言通りに起こってるのを見て、クラスのみんなはもう呆然だった。

 

「ま、究めたっていうならこれくらいは知らないとな」

 

 チョークを片手にウザったい顔で言い放つ。けど、誰もグレン先生に文句をいう者はいなかった。

 

「そもそも、お前らおかしいとは思わねえのかよ。こんな意味不明な本の内容覚えて変な言葉を口にするだけで不思議現象が起こるかわかってんの? 常識で考えておかしいだろこんなの」

 

 確かに、それだけで済むなら一般人にだって使えてもいいと思う。まあ、魔力のあるなしは先天的な問題としかいえないが。

 

「で、魔術式って? 式って言うからには人が理解できる、人が作った文字や数式に記号の羅列だ。人間が作ったものがなんでんな不思議現象を起こせる? なんでそんなものを覚えて、更に一見何の関係もない呪文を唱えて魔術が起動する? 考えたことねえのかよ? って、ねえんだろうな。それがこの世界の当たり前だ」

 

 だから誰も気に留めない。深く考えようとしないために暗記に留まり、俺の疑問も疑問のままで停止したままだった。

 

「だから、今からお前らにまず魔術ってのが何なのかを教えてやる」

 

 それから先生はまず等価対応の法則から始めた。ここは物理と似ている部分だからある程度覚えている。

 

 占星術を例題に、魔術が世界でなく人に影響を与えるもの。そして、魔術式は人の深層意識を変革させ、それに対応する世界法則に結果として介入する。言うなれば暗示をかけ、超能力者にしたようなものだろうか。どっかのラノベを思い出す。

 

「お前らは魔術は世界の真理を求めて~なんてカッコいいこと言うが、それは間違いだ。魔術は、人の心を突き詰めるためのもんなんだよ」

 

 それを聞いて胸に衝撃が走ったような気がした。頭の中で、何かが浮かび上がりそうになる。

 

 更に[ショック・ボルト]を妙な呪文で打ち出してみんなを驚かすし、ここまでくると誰もグレン先生をただのロクでなしと見る者などいない。

 

「じゃ、これからいよいよ基礎的な文法と公式を説明すんぞ。興味ねえ奴は寝てな」

 

 あそこまで驚きの光景を見せて、そして今までの講師達とは違う教え方をした後で眠気を抱く者などひとりもいようはずもなかった。

 

 



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第2話

 ダメ講師グレン覚醒。急に人が変わったと思えば今までとは違ったあの授業からクラス全体のグレン先生を見る目が変わってすぐにみんなの態度も一変。

 

 みんなグレン先生に対する質問も多くなり、グレン先生も困り顔をしながら律儀にひとつずつ質問に答えていくのを見ると、案外満更でもないのかもしれない。

 

 俺も負けじと質問をしていた。[ショック・ボルト]を題材にした授業から魔術の修練にも身が入っていき、少しだが得意魔術も増えていった。

 

 ここ数日間のグレン先生の授業のおかげで魔術の呪文の使い方、術式の組み方、魔術を使用する際に気をつけるべき点など今までの講師とは比べものにならないくらいの面白さでこれまでにないくらい集中している自分がいるのがわかる。

 

 先生の授業の進む中、高速でノートを取り、合間合間で自分の試したい魔術の指向性を絞って、それを休みの日に試していこうとやる気に満ちてきたこの頃──補講日として登校する羽目になった……。

 

 何故補講日だと聞かれれば、本来この日から五日間ほどは学院の講師たちがある魔術学会に揃って顔を出すため休校になるはずだった。

 

 しかし、俺たち二組はグレン先生の前の担任が突然辞任したことにより、授業が遅れてしまっている。その遅れを取り戻すために俺たちのクラスだけ本日も登校していたのだったが……。

 

「……遅い!」

 

 現在の時刻は十時五十五分。グレン先生、完全なる遅刻。

 

「あいつ……最近はすごくいい授業をしてくれたかと思えば、これなんだから! ひょっとしてあいつ、今日が休校日だって勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

 

「そんな、グレン先生でもそんなことは……ない、よね?」

 

「いや、先生ならその可能性大……てか、絶対それだ」

 

 グレン先生の性格を考えればそれが一番有力だろう。確実にその予定を聞き流していたか忘れてるかどっちかだ。

 

「あーあ、やっぱりダメなところはダメなのね。よし、今日こそ一言言ってやるわ」

 

「あはは。今日こそ……じゃなくて、今日も、じゃないかな?」

 

「全くその通り」

 

「煩いわよ!」

 

 相変わらず隣でぎゃあぎゃあ叫ぶシスティとそれを宥めるルミア。そして、グレン先生と顔を合わせればシスティの説教が始まり、グレン先生が流してシスティの[ゲイル・ブロウ]による追撃。そこでルミアが仲裁に入る。これがここ最近の日常の流れだ。

 

 そんなことを考えていると、教室の扉が勢いよく開く。

 

「あ、先生ったら、何考えてるんですか!? また遅刻です……え?」

 

 途中システィの言葉が疑問形で途切れたのは、入ってきたのがグレン先生じゃなかったからだ。

 

 見慣れないバンダナの男と、ダークコートで身を包んだ男だった。

 

「あー、ここかー。いや、みんな勉強熱心お疲れッス! 頑張れ若人よ!」

 

 いきなり現れたかと思えば、急にチャラチャラした挨拶。この教室の空気と目の前の男の雰囲気があまりにズレて気持ち悪くも感じてしまう。

 

「あ、君たちの先生なんだけど、ちょっとお取り込み中なの。だから、オレ達が代わりに来たってことで、ヨロシク!」

 

「ちょ、貴方達、一体何者なんですか?」

 

「え? オレ達? オレ達はー、まあ、テロリストね。要はこの国の陛下にケンカ売るための集団ってわけ」

 

 いきなりテロリストなんて言い出した。もちろん、システィも猛反発しているが、冷静になればコイツら、どうやって入ってきた?

 

 そもそも講師達が出払ってるとはいえ、守衛はいるし、この学院には結界が施されてあって俺たちは制服に許可証のような術式が刻まれてるが、それがなければ入ることなんてできないし、いかに腕自慢の魔術師であろうとまず破れることのないものだって言ったはずだ。

 

 つまり、普通に考えて第三者が入ってこれるわけがない。……普通なら。

 

「警告はしましたからね?」

 

 あれこれ考えてる間にシスティが強硬手段に出ようとしていた。システィが掌をバンダナの男に向ける。

 

対してバンダナの男はメンドくさそうに耳穴をかっぽじった後、その指先をシスティに向けようと動く。……()()()()

 

「……っ!?」

 

 二人の構え方の違いから悪い予想を思い浮かべた。

 

「《雷精の──きゃっ!?」

 

「《ズドン》」

 

 途中でシスティが悲鳴を上げたのは、俺が足払いでシスティを転ばせたからだ。

 

 システィはバランスを崩し、尻餅をつく。すぐさま俺はシスティの襟を掴む。

 

「ちょ、アンタ何すんのよ!?」

 

「テメェこそ相手をよく見ろっ! バカが!」

 

「な、あ……え?」

 

 周りがいきなり静まり返ってるのがおかしいと思ったのか、システィはクラスのみんなの視線を追って顔を向ける。

 

 向いた先は壁。そこには小さな穴が空いていた。そこから外の景色がくっきりと見える。

 

 ちなみにこの学院の壁もそれなりの強度があり、術式を施されてるから容易に破壊できるはずがない。だが、バンダナの男の指先から放たれた閃光は容易く壁を貫通した。

 

 閃光……最初は[ショック・ボルト]と誤認したが、すぐに違うとわかった。似てはいるが、[ショック・ボルト]と違ってエネルギーの収束率が半端じゃなかった。

 

「そんな……これって、[ライトニング・ピアス]!? 軍用魔術の……!?」

 

 軍用魔術。文字通り、戦時や軍の間で使われることの多い魔術。つまりは戦争用に練られた魔術だ。

 

「へぇ……よく知ってるね。これ、見かけは[ショック・ボルト]とそっくりなはずなんだけど、キミ達結構学あるねえ」

 

 バンダナの男は震え出したシスティの様子を楽しむように笑いながら話す。ふざけてるように見えるが、こいつはとんでもなく恐ろしい相手だ。

 

「[ライトニング・ピアス]……軍用、魔術」

 

「ん。そうだよ、坊主。コワイか?」

 

「[ライトニング・ピアス]……ライトニング……()()()じゃなく?」

 

 一瞬、教室内に微妙な空気が流れた気がした。

 

「……ブッ! ギャハハハハハハハッ! そうだよ! 形が形だから間違えやすいけど、大事なところだから間違えないようにしーっかり覚えようぜ、坊主っ!」

 

 バンダナ男が俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回すが、こっちにはそんな陽気な空気を出せる状態じゃないんだよな。

 

 せめて空気変えられないかとちょっとふざけて言ってしまったが、さっきの軍用魔術を見た所為でみんな恐怖に震え出してそれどころじゃなくなってる。

 

 それから数秒……遅れてみんなが悲鳴を上げて逃げ出そうと動くがいきなりのテロリストの存在。そして自分達との格の違いから来る恐怖の所為でまともな判断ができてないために動きが混乱している。

 

「あーあ、うるせえな。静かにしろよ……殺すぞ?」

 

 別にそこまで声を張り上げたわけじゃない。普段とあまり変わらない声量だったはずなのに、その言葉に込められた殺気と共に一気に教室内に波をたてるように響き渡った。

 

 もちろん、全員殺しになんて縁のない人間だ。殺気への耐性なんてもってるはずもなく、動きを止めて静まり返るしかない。

 

「はーい、いい子いい子。やっぱ教室ではお静かにしないよね! はーい、みんなせいれーつ!」

 

 バンダナの男の言葉に従い、全員震えながら教卓の手前まで移動する。

 

「じゃ、キミ達にちょっと聞きたいんだけど……こんなかでさ、ルミアちゃんって女の子いるかな? いたら手を挙げてー? もしくは知ってる人いたら教えてー?」

 

 ……ルミア? 何故ここでルミアの名前が出てくるんだ?

 

 他の奴らからも同じような空気を感じる。

 

「あ、ルミアちゃんはここら辺かー。んー、どの子かなぁ?」

 

 バンダナ男は誰かが無意識に動かした視線を追って狙いを絞った。

 

「ルミアちゃんは、キミかなぁ?」

 

「ち、違います……」

 

 バンダナ男が尋ねたのはよりにもよって気の弱いリンだった。

 

「ほんとかなー? オレ、嘘つきは嫌いだよー?」

 

 バンダナ男はリンに顔を近づけて表情を覗くが、リンは明らかに恐怖に震えて声を出すことすらできないでいる。あれじゃ、彼女の精神も長くは保たないだろう。すぐに失神するか、バンダナ男に殺されるかだ。

 

「……その子はリン=ティティス。ルミアじゃない」

 

「ん? あれー、さっきの坊主じゃん。あー、違ったのー? じゃー、どの子がルミアちゃんなのか教えてくれるー?」

 

 やべー……思わず口を出しちゃったが、どう会話を繋げるか考える暇なかった。

 

 どうにかこのままうまく意識を俺に向けたまま会話を長引かせられないかと考えるが……

 

「ルミアって子をどうする気なの?」

 

 考え事してる最中に先んじた奴がいた。これまたよりにもよってシスティだった。

 

 今この場を任せたら一番ヤバイ奴だよ。

 

「お前、ルミアちゃんを知ってるの? それとも、お前がルミアちゃんなの?」

 

「私の質問に答えなさい!」

 

 あのバカ、それは逆効果だ。あの手の奴はキレ易くて、一度そうなったらマズイってのに……と思った時には遅かった。

 

「……ああウゼェ、お前」

 

「……え?」

 

「うん、お前からにするよ」

 

 バンダナ男が指先をシスティに向ける。おそらく数秒後には[ライトニング・ピアス]がシスティの頭を貫いちまう。

 

 こんなところで殺人なんて目にしたくないし、殺させたくなんてない。とはいえ、力量差は明らか……やるにしても一回が限度。

 

 もう一人のダークコートの男は少し離れて様子を見守っている。バンダナ男の意識は今システィに向いている。

 

 こうなったらここで仕掛けるか。俺の魔術じゃあどうあっても火力不足だが、一度発動してバンダナ男の後ろを取れれば少しは稼げるかもしれない。ダークコートの方がどんな魔術を使うのかは不明だが、行動するならもう今しかない!

 

 決意した俺は足腰に力を入れる。ここで一秒……。

 

 一瞬ダークコートの男を見れば、視線はまだバンダナ男の方を向いている。俺は次に右手を少し引く。ここで二秒……。

 

「《ズ──」

 

 ここだっ!

 

「《光──」

 

「動くな、学院生」

 

 飛び出そうとするところに目の前に光が一閃した。

 

 数秒後には光が収まり、俺の目の前にあるのが剣だとわかった。

 

 どこから取り出したのか、いつの間にか剣を手に持っていたダークコートの男が距離を詰めて俺の目の前に突き出していた。

 

 油断していたつもりはなかった。だが、相手が魔術師だと思って侮ってしまった。

 

 学院の方針故か、学院にいる奴のほとんどが魔術のことばっかりだったから魔術師が接近戦を好むなんてほとんどないと無意識に思い込んでしまっていた。

 

 そのために思いっきりドジ踏んじまった。

 

「それとジン、遊びすぎだ。だから未熟とはいえ、学院生に隙を突かれるんだ」

 

「んだよレイクの兄貴、もう終わりかぁ? 折角坊主が面白いことしてくれるかと思ったのによぉ」

 

 ジンと呼ばれたバンダナの男がレイクというダークコートに注意され、オモチャを取り上げられた子供のようにつまらなそうな声を出す。

 

 意識を外したように見えて俺達一人一人の動向には常に目を光らせていたのか……。流石に闘いを経験してる奴らだけあるのか、見ている景色が俺達とまるで違う。

 

「あまり時間もかけられん。すぐにルミア嬢をあの男のもとへ連れて行く」

 

「へーへー、わかりましたよ。てなわけで、ルミアちゃんこっちねー」

 

 するとジンは迷いなくルミアの手を引っ張る。

 

「……やっぱり知っててさっきの問いかけをしてたのか? ゲームみたいに」

 

「そーそー。この子が我が身可愛さに隠れ続けて誰かがバラしてくれるのか、ルミアちゃんが自ら名乗り出るまでズドンってしちゃうゲームだったんだけどね。そしたら坊主が出てこようとしたからもうちょい面白いゲームになるかと思ったのにもうストップだぜー! ヒデェよなー?」

 

 このジンって男は正しく外道だと思った。普段は感じることのない感情が内側から湧いてくるのを感じた。

 

「動くな。一度目は敢えて見逃してやるが……次はない」

 

 レイクが目を細め、首筋に刃を立てながら殺気を込めて警告してくると同時に湧いてきた感情が一気に引っ込んだ。

 

 俺は右手を下げてゆっくりとクラスのみんなから少し離れて壁を背にする。

 

「……賢明だな。では、私は至急あの男の所へ行く。お前はこの教室の連中に[スペル・シール]をかけておけ」

 

「あのさぁ兄貴ぃ、本当にやるのかー? 一々かけるの面倒臭ぇし、そもそもみんなすっかり牙抜かれてんじゃん」

 

「そういう計画だろう。手筈通りやれ。ついでに……そこの男は念入りにだ」

 

 レイクが俺に視線を向けて命令した。

 

「えー? ますます面倒なんだけどー。別にこいつが暴れ出したところでオレの敵じゃないっしょ?」

 

「くれぐれも手を抜くな。いいな?」

 

「へーへー」

 

 それからジンは真っ先に俺の傍まで歩み寄って俺の手を机の後ろに回し、[マジック・ロープ]で拘束してから[スペル・シール]の術式を刻んだ呪符のようなものを貼る。

 

 その作業が進む間にルミアがシスティに声をかけてる最中だった。慰めようとしてるのか、ルミアがシスティの手を取ろうとした時だった。

 

「触るな。あなたが魔術師に触ることは許さん」

 

 ()()()()()()()? 魔術師に触って何か不都合でもあるのか? 今までだって散々ルミアは誰かの手を取ってた記憶があるが、なんでここでそれを止める?

 

 考えてる間にもルミアが教室から連れていかれた。

 

「あーあー、退屈だーねー。兄貴当分戻ってこねえだろうし……こうなったらお楽しみといっちゃうか。てなわけでそこの嬢ちゃんこっちねー」

 

「え、ちょ……放しなさいよ!」

 

 ジンはロクに動けないシスティの腕を引っ張り、強引に教室から連れ出した。

 

 ああ、もう完璧に嫌な予感がしないが、奇しくもまた動ける機会到来といったところか。

 

 魔術を発動したいものの、さっきあの男がつけた呪符の所為でそれができない。

 

 普通に考えれば俺達みたいな学院生にはお手上げなんだろうな。

 

「カッシュ。カッシュ」

 

「あ、なんだ……?」

 

「机。俺の机に水があるんだが、それ取ってくれないか?」

 

「何でそんな……というか、何をするつもりなんだ?」

 

「いいから、頼む」

 

「お、おう……」

 

 カッシュは怪訝な顔をしながら俺の机に向かい、水を取ってくれた。俺とは違って他のみんなは両手にかけられただけなので移動には不自由はない。

 

 カッシュが水を取って俺の傍まで寄ってくる。

 

「で、これどうするんだ?」

 

「とりあえず、この呪符にかけて濡らしてくれればいい」

 

「んなことしたって、この[スペル・シール]は解けないぞ」

 

「いいから言う通りにしてくれ」

 

 カッシュは俺の言う通りに、呪符に水をかけて濡らしてくれる。

 

「よし、じゃあ離れてくれ」

 

 呪符に水をかけさせ、カッシュを離して俺は自分の内側に意識を集中させる。

 

 この[スペル・シール]は魔術の起動を封じるためのものなために俺達学院生はなす術もないと思うだろうが、魔術はダメでも魔力そのものが流れなくなるわけじゃない。といっても、普通魔力そのものを使うことはまずないが。

 

 だから、自分の内側から魔力をワザと暴走させる。本来、[マナ・バイオリズム]という……魔術を使う際の呼吸法、魔力の流れの制御を手際良く行うことによって魔術という現象が現実にあらわれる。

 

 だが、その一つでも狂ってしまえば魔術は発動しなくなる。悪ければ暴発して術者自身が傷つく可能性だってありえる。

 

 だが、それを敢えて行う事によって魔力を爆発させ、その衝撃で呪符が壊れるのではないかという危険な賭けだ。

 

「スゥ……フンッ!」

 

 ズオッ! と、内側から魔力が迸るのがわかる。それと同時に身体中に痛みが奔る。

 

 うわ……なんとなくわかってたけど、想像以上の痛みだ。

 

 だが、まずこの拘束を解かなければ話にならないので、多少の痛みは我慢するしかない。

 

「フゥ……ザァ!」

 

 ドンッ! と、呪符と[マジック・ロープ]、机の脚を吹っ飛ばした。

 

「ズ~……キッツ……」

 

「当たり前だ。そんなバカみたいな方法を取れば、大怪我を負ったっておかしくない」

 

 ギイブルから冷たいコメントをもらった。

 

「まあ、自由の身になれたんだから多少の怪我は大目に見てほしい……」

 

 とはいえ、ギイブルの言う通り、大怪我したっておかしくないことをしたんだ。やり方を間違えれば魔術で身を滅ぼすなんて型月の主人公も言ってたような気がする。

 

 とりあえず、自由の身になって次はここにいるみんなの身の安全を少しでも確かなものにすることだな。

 

「ギイブル……お前、みんなの拘束解けるか?」

 

「これくらいの拘束の解呪なんて基本だよ。君のやり方がそもそもおかしいんだ」

 

「はいはい。じゃあできるってことでいいんだな? なら頼むな」

 

 俺はギイブルに付けられた[スペル・シール]の呪符を剥がして立ち上がり、教室から去ろうとする。

 

「待て。何処に行くつもりだ?」

 

「何処って、システィの所」

 

「バカか君は……さっきのあの男の軍用魔術を見たろ。僕達で戦っても勝てる相手じゃない」

 

「まあ、そうかもだが……アイツ、見たところ狂った快楽主義者だからうまくやりゃ鬼ごっこやらせるくらいには誘えるかもな」

 

 あのジンって奴、俺達のこと完全に下に見てるからな。今のところの狙い目はそこしかない。

 

「まあ、こんな状況なんだし……とりあえずなんとかして足掻くしかないだろ。何と言おうと俺はシスティの所に行くからな」

 

「……勝手にしろ。僕はみんなの拘束を解き次第、バリケードを張る。そうなれば君とシスティーナをすぐに中に引き入れることは難しくなるだろうから、そのつもりで行け」

 

「ギイブル、お前……!?」

 

 ギイブルとはあまり話すことはないが、錬金術が得意な奴だということは知っている。

 

 頭脳もシスティに次ぐくらいだし、バリケードを張る役目はあいつに任せた方がいいだろう。代わりに俺がシスティを助けたところで入れないのが痛いが、生き残れる人数は増やすに越したことはない。ギイブルの判断は間違ってはいないだろう。

 

「……わかった。教室はお前に任せる。後は頼むわ」

 

 俺はそう言い残して教室を出る。何人かが俺を止めようとする声が聞こえたが、正直構ってる余裕などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は教室を出ていってからできるだけ足音を立てずに、けど早足で廊下を移動する。

 

 相手が遠見の魔術なんてものを使っていればこんなことしても意味なんてないだろうけど、あのバンダナ男はそんな細かいことは気にしなさそうだし、ダークコートの方も今はルミアにかかりっきりだろうからもう少しは粘れそうだ。

 

 とはいえ、あのバンダナ男がシスティを連れて何処へ行ったのかがわからない。

 

 闇雲に探しても時間がたって見つかって、始末されるか……。

 

『ふざけないでっ! わ、私はフィーベル家の娘よ!』

 

 システィの声だ。俺はすぐに声をする方向へ走った。場所は魔術実験室だ。

 

 気づかれないよう足音を消しながら扉の側まで近寄って聞き耳を立てる。

 

『実はオレ、ルミアちゃんみたいな奴は嬲っても面白くないんだわ』

 

 聞こえてきたのはそんな猥談とも言える会話だった。

 

『ルミアちゃんって一見か弱そうに見えるが、アレは常時死を覚悟しているタイプの人間だ。そーゆー奴はどんな苦痛を与えようが、辱めを受けようが、決して心は折らねえ。それこそくたばるまでな。オレにはわかる』

 

 確かに、連れて行かれる時も他のみんなとは比べ物にならないくら落ち着き払ってた気がする。まるで自分がそうなるのが当然という風にも見えた。

 

『だが、お前は逆だ。一見強がってるが、中身はとんでもなく脆い。オレ、そういう自分の弱さに仮面つけてるようなお子様な女の子を壊すのが一番楽しいんだよ』

 

『私が、あなたに屈するとでも……?』

 

『屈するね、間違いなく。それもすぐにだ』

 

『ふざけないで! 私は誇り高き━━』

 

『はいはい、もう御託はいいからやっちゃおっか。どこまで保つのかな?』

 

 システィの言葉を遮ってバンダナ男がシスティの服を破ったのだろうか。何か布を無理やり破ったような音が聞こえてきた。

 

『はー! 胸は謙虚だけど、綺麗な肌してんじゃん!』

 

 そんなゲスな笑いが聞こえてきた。本当なら今すぐにでも止めに入るべきなんだろうが、俺とアイツじゃ実力があまりにもかけ離れてるのは目に見えてるので少しでも大きな隙を待たねばと足を止めてるが……。

 

 次に聞こえてきた言葉でそんな考えも吹き飛んでしまう。

 

『あの……や、やめて……ください。お願い……』

 

 バンッ!

 

「失礼、いいですか?」

 

「んあ?」

 

「あ……」

 

 やっちった。とはいえ、流石にシスティの口からあそこまで弱々しい声を聞かされちゃ動くなってのも無理でしょ。ヒーロー大好きの男からすれば。

 

「お前……どうやって拘束解いた?」

 

「いや、別に大したことはしてませんよ。とりあえず暴れまくったらね……落ち着きのない子供ですから、ちょっと遊び相手が欲しいと言いますか?」

 

「……おいおい。お兄さんはおとなしくって言ったのに、こんな所まで……しかも人がせっかく楽しもうとしてるのに邪魔しちゃダメじゃん?」

 

「まあまあ、そっちのお楽しみも満喫したい気持ちはわからんでもないんですが、身体を動かすならこっちの方もいいんじゃないですか? 鬼ごっことか」

 

「ガキか。ったく、しょうがねえな〜……仕方ないからお兄さんが遊んであげるよー。やるのは的当てゲーム〜。ルールは単純。どっちかが先に相手に一発入れたら勝ちー♪」

 

「そりゃわかりやすいこと」

 

 できればシスティから離れてほしかったけど、今はバンダナ男の意識をこっちにできるだけ向けるしかない。

 

「だ、駄目っ! リョウ、逃げなさい! あなたじゃ勝てない!」

 

 俺が来て幾分か恐怖が薄れたのか、システィが声を上げる。

 

 けど、もう逃げられると思えないな〜。もう既に指をこっちに向けてるから。

 

「さーて、どこまで逃げられるかな〜? 《ズドン》!」

 

 呪文が紡がれた瞬間、俺は床を転がって避ける。

 

「ほら、《ズドン》、《ズドン》、《ズドーン》」

 

 更に三連射……。次の魔術へ繋げる間隔が短いのは本当にすごい魔術師であるという事だ。こっちは学生だから一発一発を丁寧にやらなくちゃいけないのに、向こうは遊び気分でそんな高等技術をやってのけてる。

 

 と言っても、まだ当てる気がないのか、俺がギリギリ避けられるように撃ってるのがわかっちまう。

 

「くっ……《氣弾》!」

 

 短い呪文と共に、俺の指先から光の球が放たれる。バンダナ男はひょい、と難なく避ける。

 

「へぇ~……『マジック・バレット』とはまたマイナーなもん使うなぁ。しかも結構呪文切り詰めてるね~」

 

 今のが俺の使える数少ない得意魔術のひとつ、無属性の[マジック・バレット]だ。

 

 基本の三属呪文と違って結構魔力のコントロール技術を必要とする魔術だが、何故かこの呪文、俺は結構撃ちやすい。

 

 イメージしやすいからか、得意な魔術は呪文改変しやすく、短縮しやすかった。

 

「《氣弾》!」

 

「へへっ! 《ズドン》、《ズドン》!」

 

 しばらくの撃ち合いが続き、どうにか生き残ってるが、今こうしていられるのは相手が完全にこちらを舐めきってるからだ。

 

「はぁ……そろそろ兄貴の方も終わるかな。残念だけど、お遊びもここまでかな~」

 

 ため息混じりにのんびりと呟く。それからこちらに指先を向ける。

 

 今度は完全にこちらを殺すつもりで来る筈。来た……ここしかない。

 

 遊び気分の中で反撃したところで返り討ちにあうのは目に見えてる。だからああやって軽い撃ち合いもどきを見せ、こちらの手札がアレしかないと見せかける。

 

 まあ、見せかけると言っても、俺達学生の魔術なんてたかがしれてるから意味はないだろうが、俺が[マジック・バレット]による撃ち合いだけにしたのは理由がある。

 

「『雷華』!」

 

 俺は奴が呪文を発する前に指先から紫電が飛び出る。

 

「はっ! 今更[ショック・ボルト]か」

 

 俺が先手を取ったにも関わらず、奴は頭を傾けるだけで避ける。その直後、激しい光が奴の真横で発した。

 

「ぐあっ!?」

 

「『雷駆』!」

 

 今度は足元からの紫電。それが弾けると同時に俺は跳躍し、バンダナ男の顔面に膝蹴りを叩き込む。

 

「ぐおっ!?」

 

 どうにかうまくいった。[ショック・ボルト]の呪文改変及び性質の変化。グレン先生の授業でルーン語の性質、呪文の文法などを教えられた時に思いついた方法だ。

 

 少し前の授業で汎用魔術と固有魔術の違いを教えられた。汎用魔術は術式を覚えて呪文を口にすればすぐに発動できるが、固有魔術は術式の構築などから全部自分ひとりでやらなければならない。だが、術式を構築して呪文を唱えること自体は誰でも簡単にできると言っていた。

 

 固有魔術が難しいと言われる理由は自分で術式を構築して更にそれを何らかの形で超えなければいけないということ。でなければただの汎用魔術の劣化版になりかねないからだと。でも逆を言えば、自分のやりかた次第で色んな効果を持った呪文にもなるんじゃないかと。

 

 それが今回使った[ショック・ボルト]の性質改変だ。

 

「つってもまあ、今は[ショック・ボルト]と[マジック・バレット]にしかできないけどな」

 

「あ、あんた……最近やけに[ショック・ボルト]や[マジック・バレット]のこと先生に聞いてたかと思ったら──後ろ!」

 

 システィに言われ、後ろを向くとバンダナ男が既に意識を戻していた。

 

「テメェ……クソガキが!」

 

 おいおい、結構強烈な一撃だったはずだぞ。腐っても闘いの経験者ってわけか。マズイ、俺はもう逃げ切れない。どうにかシスティだけでも逃がせないかと思うが、もうそんな時間もない。

 

「《ズドン》!」

 

 バンダナ男が呪文を発した。それから奴の指先に紫電が閃くのが見え、もう駄目だと思った。

 

 だが、その紫電は霧散して消えていった。

 

「……は?」

 

「え?」

 

 俺だけじゃなく、向こうも何が起こったのかわからないようだった。

 

「ちょ、《ズドン》! 《ズドン》! 《ズドン》!」

 

 バンダナ男が何度も試みるも、奴の[ライトニング・ピアス]は起動する気配はなかった。

 

「ど、どうなってやがる……?」

 

「お前はもう魔術は起動できねえよ」

 

 実験室の外からこの頃馴染んで来た声が聞こえた。

 

「お前はもう俺の領域内にいるんだからな」

 

「だ、誰だテメェ!?」

 

「「グレン先生!?」」

 

 なんと入ってきたのはグレン先生だった。

 

「グレン……非常勤講師だと!? キャレルの奴はどうした!?」

 

「キャレル? ああ、あの毒霧使いね〜。ちょっと眠ってもらった。多分もうそろそろ憲兵に捕まる頃じゃね?」

 

「ふざけんな! 《ズドン》! ……くそ、何でだ!?」

 

「だから〜……もう魔術は使えねえって言ってんだろ? こいつを使ってんだから」

 

「あ? 愚者のアルカナ?」

 

 グレン先生が取り出したのは、前世でもよく見たタロットカードの愚者に似たカードだった。

 

「俺はこのカードの絵柄に変換した術式を読み取る事で俺を中心として一定範囲内の魔術の起動を完全封殺する、『愚者の世界』を作り出すことができる」

 

「魔術起動の遠隔範囲封印だと? そんなの聞いたことねえぞ!」

 

「そりゃそうだ。俺の固有魔術(オリジナル)だからな」

 

「な、なんだと!? テメェ、その域に至ってるってのか!?」

 

「す、すごい……魔術の遠距離封殺なんて。先生が三節しかできなくてもワンサイドゲームなんてもんじゃ……」

 

 確かに、グレン先生の周りから魔術が消えればもう怖いもん……ん? ちょっと待て……あの人、さっき……。

 

「あの、先生……」

 

「何だ?」

 

「先生……さっき、『俺を中心に』って言いました?」

 

「言ったな」

 

「つまり……先生も?」

 

「うん、魔術使えないね♪」

 

「「え?」」

 

 グレン先生がテヘペロと気持ち悪い笑顔を浮かべながら頷くと、システィとバンダナ男から間抜けな声が出た。

 

「だって、俺を中心にしてるんだし。俺もバリバリ範囲内にいるんだからさ」

 

「じゃ、何のために発動したんだよ!」

 

 思わずツッコんでしまった。

 

「も、もうダメだ……お終いだ〜」

 

 システィが面白い顔で絶望していた。

 

「ギャハハハハハハ! バカかお前! 魔術師が自分の魔術も封印してどうやって戦うってんだよ!?」

 

「そりゃあ、魔術使えなくたって……コレがあるだろ?」

 

 グレン先生は自分の拳を掌で叩きながら言う。

 

「はあ? 拳だぁ?」

 

「うん……拳っ!」

 

 瞬間、グレン先生の姿がブレた。と思えば、その時にはもうバンダナ男の顔にグレン先生の拳が叩き込まれていた。

 

「え?」

 

 は、速い。動きがほとんど見えなかったぞ。それから間髪入れずに掴み、拳、蹴り、投げを見事な流れで見舞った。

 

「テ、テメェ……多少アレンジが加わってるが、それは帝国軍式格闘術だぞ。魔術師が肉弾戦なんとか、ふざけんじゃねえぞ!」

 

「はぁ、なんでそんな魔術以外で倒されるのが嫌なのかなお前らって……」

 

 グレン先生が呆れたように言うが、バンダナ男はそれをほとんど聞くことなく、ただグレン先生を睨むだけだ。

 

 恐らく、もう先生ひとりでもカタは付くだろうけど、こっちもちゃんとやることはやっておきたいからな。都合よく先生しか見えていないようだし。

 

 気分は鳥みたいな顔の宇宙人になりきってここはひとつ。

 

「もしもし、誰か忘れちゃいませんか?」

 

「あん?」

 

「ふんっ!」

 

「ごぶっ!? ぐあっ!」

 

 最初は股間にひと蹴り、次に側頭部へ回し蹴りを食らわせた。今度こそ完全に沈黙したな。

 

「お前、鬼だな……」

 

「とかいいながらいつの間にか縄持って、しかもマニアックな縛り方して拘束してるあなたにいわれたくないですけどね」

 

「ていうかあなたたち、私のこと忘れてない!?」

 

 やべ、うっかりしてた。俺はすぐにシスティの拘束を解きにかかった。

 

 

 



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第3話

 学院にテロリストが侵入し、二人の仲間が連れていかれ、俺はどうにか教室から脱出の後、二人のうちシスティを見つけ、保護できた。まあ、それもグレン先生が助けに入ってくれたからこそだ。

 

 そしてテロリストのうちの1人のバンダナ男を捕らえてからグレン先生と情報を共有すること数分。

 

「ルミアがねぇ……白猫、何か心当たりはないか?」

 

「わかりません」

 

「そうか」

 

「そういえば、あいつらルミアを他の魔術師に触れさせるのは許さないとか言ってたけど、先生は何かわかります?」

 

「ん? ……いや、今の所は何も。それよりリョウ……お前、終わったらあいつらに詫び入れとけ。色々伝言しろとか煩かったから内容ほとんど覚えてねえ」

 

「教室に行ったんですか?」

 

「当たり前だろ。あそこから[ライトニング・ピアス]が放たれたのが見えたんだからな。学院入って真っ先に向かえば何時の間にかバリケード張って籠城して、お前は白猫助けに飛び出したなんて聞いたから急いで来たんだよ。お前、俺が助けに入ってなかったら間違いなく蜂の巣だったぞ」

 

 呆れながらちょっと怒ってる風なグレン先生の言葉に何も言えない。これでも色々考えながら行動していたつもりだったが、どうあっても俺では本物の命のやり取りを経験した者には敵わなかった。

 

 先生が助けに入ってきたのは単純に運が良かったからでしかない。

 

「……まあ、トーシロの浅知恵にしてもよく粘った方だ。あいつらもそのおかげで当面は保ちそうだ。一応及第点といったところだな」

 

 その時だった。昔の電話の呼び出しのような音が実験室に響いた。

 

 警報かと思って一瞬身構えたが、違ったようでグレン先生が懐から何かの宝石を取り出した。

 

「遅えぞセリカ! 何度連絡かけたと思ってんだ!?」

 

『悪い悪い。丁度講演中だったんで着信切ってたんだよ』

 

 宝石から女性の声が響いた。この学院……どころか世界でもトップレベルの第七階梯(セプテンデ)を誇るとんでも魔術師であるセリカ=アルフォネア。聞けばグレン先生の育ての親でもあるっぽい。

 

「ともかく下手人は天の知恵研究会の奴らだ」

 

 グレン先生がアルフォネア教授に報告をしている最中、疑問が浮かんだ。

 

「システィ、先生の言ってた天の知恵研究会って何だ?」

 

「あんた、あの組織のこと知らないの?」

 

「悪い、全然学がない」

 

 そもそもこの世界に来てまだほんの半年程度なんだぞ。この世界の常識なんてまだほとんど知らない。

 

 システィが噛み砕いて説明してくれたところ、天の知恵研究会とは魔導を極めるためなら平気で人殺しもする外道集団らしい。

 

 そんな奴らが何でルミアを欲しがるのかはわからんが、そんな組織が関わってるというのなら絶対にロクな目的じゃないだろう。

 

「ふざけんな! 生徒達の命がかかってんだぞ!」

 

 グレン先生の怒鳴り声が実験室に響いた。それから幾らか問答を交わして宝石を下ろした。どうやら通話は終了したようだ。

 

「ん? 何だ?」

 

「いえ、なんか……先生って、もっと冷めた感じの人だと思って……」

 

 確かに今のグレン先生は普段とはまるで違う、他人優先の熱血漢って感じがした。

 

「そんなことより、これからだ。セリカには一応ここの状況は説明したが、救援はまず呼べそうにないそうだ。呼ぶにしても時間はかなりかかるだろうな」

 

 つまり、大人の事情ってわけだ。考えてみれば、こっちの世界の通信手段はそこまで卓越していない。

 

グレン先生が今使った魔導器だって使う人間はかなり限られてる。そこから更に多くの人をこっちへ寄越すのにどうしてもタイムラグが発生してしまうだろう。

 

 それらの関係で情報は行き渡っても人を回すのに時間がかかってしまうわけだ。

 

 そう思ったところでシスティが実験室を出ようとするが、すぐに止める。

 

「何をする気?」

 

「決まってるでしょ。ルミアを助けに行く」

 

「ハッキリ言って無謀だぞ」

 

「あんたに言われたくないわよ! 私なら──」

 

「碌に抵抗もできなかっただろ。敵に会えばすぐに動けなくなって終いだ」

 

 バンダナ男と対峙した時だってすぐにスペルシールの付与された呪符は剥がしたのに咄嗟に詠唱することすらしてなかった。

 

 恐怖で口を動かすことすらできなかったんだ。1人で行かせたところでどうなるか目に見えてる。

 

「で、でも……」

 

「でもも何もない。今のお前は、俺以上の足手纏いだ」

 

 俺の言葉にこれ以上反論することなく、システィはただ震えるだけだった。

 

「だ、だって……ルミアは、私を庇ってあいつらに……」

 

 どうにか絞り出したちゃんとした言葉はそれだけで、システィはまるで子供のように泣き出してしまった。

 

 こいつはこいつで責任を感じてたんだろう。さっきまではバンダナ男に襲われた恐怖で考える間もなかったんだろうが、グレン先生の助けでほっとした拍子に家族も同然の親友が自分が騒いでしまった所為で連れ去られたんだと罪悪感が一気に込みあがったんだろう。

 

「お前、女を泣かせてんじゃねえよ」

 

「すみません。この状況と向こうの対応の悪さのストレスで……」

 

「まあ、言いてえ事はわかるけどさ。とにかく、泣くな白猫」

 

「先生の言ってた通りだった……魔術なんてロクなものじゃなかったんだ……こんなのがあるからルミアが──」

 

「だから泣くなバカ」

 

 グレン先生がシスティの頭に手を置くと、少しだけ落ち着いたのかシスティは先生を見る。

 

 システィが話を聞ける状態になったのを見たか、グレン先生が口を開く。

 

「魔術が現実に存在する以上、存在しないことを望むのは現実的じゃない、大切なのはどうすればいいかを考えること、だそうだ。ルミアの受け売りだけどな」

 

「あの子が……そんなことを」

 

「それに、お前は今魔術をロクでもないものだって断定しようとしていたが……」

 

 それからグレン先生は俺を一瞥して嫌ったらしい笑みを浮かべる。なんか嫌な予感がするのですが。

 

「お前は魔術を神聖視していたが、それだって元は魔力だマナなんていう無色の力の塊だ。例えるならまっさらなキャンバスな。それに色を塗って感動を与えるのが俺達魔術師の在り方なんだ……ってリョウが言ってたってな?」

 

「え?」

 

 そんな風にまでは言ってない。けど、そんな言い回しではあった気はする。

 

「せ、先生……その言葉何処で?」

 

「ルミアから聞いた。いや〜、アレ聞いて俺、不覚にも感心しちゃったね~。まさかお前がそんな情熱的なこと言うなんてな~」

 

 あいつか……よりにもよって一番聞かれたくなかった相手に聞かれたよ。あの時はそんなに深く考えてなかったけど、他人の口から聞いたらエライ厨二臭いセリフだよな。

 

「あんた、そんなこと考えてたんだ……」

 

「やめろ。そんな目で見るな」

 

 恥ずかしくなるから。ルミアの奴、この騒動収まったら覚えてろよ。

 

「それに、ルミアは将来こういう事件が起こらないように将来、魔術を導いていけるような立場になりたいらしい」

 

 そんなの、宇宙を蔓延る悪を殲滅しようとするくらい難しそうなのに。

 

「どんだけ……」

 

「アホだろ?」

 

「けど、尊いものですね」

 

「ああ、死なせられないよなぁ。だから俺がなんとしても助けてやる。お前らが言ったダークコートの男とまだ未確認の首謀者の2人と決めつけて暗殺する。もう、それしかない」

 

 暗殺……それをさも当然のように言った。あまり考えたくないが、ひょっとしてグレン先生は……。

 

「くは、くははは……暗殺ね。そんな言葉があっさり出るとは……只者じゃねーとは思ってたが、お前もこっち側の人間だったのか……クハハハ」

 

 バンダナ男……二度も顔にキツイ一撃見舞った上に、グレン先生が[スリープ・サウンド]もかけたっていうのに、どんだけタフなんだよ。

 

「先生とあんたと一緒にしないで! あんたみたいな外道なんかと──」

 

「違う? なんで大した付き合いでもないそいつのことをそんな断言できんだ? 言ってやるが、そいつは絶対ロクな奴じゃねえ。もう何人も殺した俺と同じ人殺しだぜ。そいつはそういう目をしている」

 

 システィはなんとしても違うと言いたいんだろうが、実際断言できるほど付き合いがなければグレン先生も肯定するかのように何も言わない。

 

 果てには俺にも視線を向けて懇願するような表情を浮かべる。

 

 俺にだってそいつを言い負かすような材料は持っていないが、言いたいことくらいは言っておくとしよう。

 

「先生……」

 

「……何だ?」

 

 言いたいことがあるなら言ってみろ。そう言われてる気がした。どんなことでも聞いておいてやるといったような雰囲気だ。なら遠慮なく言おう。

 

「……これ、持って行った方がいいですか?」

 

「……は?」

 

 俺が鉄パイプのようなものを持ち上げて尋ねるとグレン先生は間抜けな声を出す。

 

「残った奴を相手するってことは、先生またあの固有魔術使うんでしょ? だったら初めから使えそうな物持って事に当たった方がいいかなって」

 

「いや、お前……」

 

「おい、坊主。言った筈だぜ、そいつは人殺しだって」

 

 バンダナ男が何か言ってるが、こっちは無視だな。

 

「先生がアレ発動するまえに、コイツに[ウェポン・エンチャント]を付与すれば少しは使えそうだと思うんですけど」

 

「いや、使えねえから。つか、お前は白猫と残れ」

 

「ダメですか……」

 

「ていうか、今ここで聞くことかそれ。それよりも……」

 

「おーい、坊主。無視ですかー?」

 

 バンダナ男がまた話かけてくる。

 

「あんたさあ……静かにしてくれる?」

 

「あのさ、そいつが人殺しだって言ったよな? お前、そんな奴に肩入れするの?」

 

「……先生が過去何やったのかなんて知らないから何とも言えないし、ここで縁を切ろうがついていこうが、結局ロクでなしの仲間入りになる。だったら自分のやりたいようにやって開き直るだけだ」

 

「はっ! 確かにその通りだな!」

 

 くっくっ、とバンダナ男がおかしそうに笑う。俺はグレン先生を見やってから、

 

「それに、例え先生が過去に殺しをしていたとしても……今俺達の味方をしてくれるって言うのなら、俺はそれを信じるだけだ」

 

 俺の言葉が信じられなかったのか、みんな俺を意外そうな目で見る。

 

 そんな時だ。実験室の中央に魔法陣が展開された。そして、その中から人型の骸骨が3、いや10? でもない。どんどん増えてくる。

 

「ボーンゴーレムだと!? しかも竜の牙を素材に錬成、しかもそれを多重起動(マルチタスク)だと!? 人間業じゃねえぞ!」

 

 グレン先生の説明だけじゃ正確なところはわからんが、これがとんでもない所業だっていうことだけはわかった。あのダークコート、魔術もとんでもレベルだったらしい。

 

「ハッハー! ナイスだレイクの兄貴! これでお前ら終いだなぁ!」

 

 バンダナ男が叫ぶが、構ってる余裕はない。骸骨軍団の手には剣が握られており、そのうちの一体がシスティに襲いかかってくる。

 

「下がれ、白猫!」

 

 咄嗟にグレン先生がシスティを下がらせ、骸骨を殴るが、全く効いてる様子はなかった。

 

「硬ぇ! 牛乳飲み過ぎだろチクショウがっ!」

 

 竜の牙なんて言ってるから硬度もとんでもないんだろ。格闘センスのあるグレン先生ですら全くダメージが与えられないとなると……なんて考てる間にまた一体来る。

 

「リョウ! お前も下がれ!」

 

「いえ、先生はシスティを! 《光牙》!」

 

 俺は右手から光を奔らせ、骸骨に向けて振り抜く。どうにか骸骨を仰け反らせる。

 

「リョウ、お前それ……」

 

 グレン先生は俺の右手から伸びている光の剣について聞いてくる。

 

「簡単な錬金術と[ウェポン・エンチャント]の組み合わせです!」

 

「いやお前、複数の魔術の組み合わせってかなりの高等技術なんだが……」

 

「まあ、切れ味はまだゴミですけどね!」

 

「だったら! 素直に[ウェポン・エンチャント]使えばいいだろ!」

 

「無茶言わないでくださいよ! 先生ほど格闘に自信ありませんし!」

 

 できたら俺だってそれやって無双したいけど、こいつら本当に硬いし。俺のこれ、[フォトン・ブレード]は威力ないし、グレン先生も素手じゃ骸骨共下がらせるだけで精一杯だ。俺達が攻めあぐねてる時だ。

 

「《その剣に光在れ》!」

 

 システィが後ろからグレン先生に向けて[ウェポン・エンチャント]を一節でかける。グレン先生は光を纏った拳を数発入れて骸骨の頭蓋を砕く。

 

「《大いなる風よ》!」

 

 更にシスティが得意の[ゲイル・ブロウ]を畳み掛けて道を作ってくれる。

 

「ナイスだ白猫! 俺が先頭を行く! 着いて来い!」

 

「は、はい!」

 

 グレン先生が先頭で骸骨供を仰け反らせてシスティが真ん中を走り、俺が後ろで迫ってくる骸骨を[フォトン・ブレード]で押し退ける。力はすごいけど、思考は単純らしい。

 

「ぐああぁぁぁ! な、なんで俺まで……ああぁぁぁぁ!!」

 

 後ろからバンダナ男の悲鳴が聞こえた。更には粘着質のものが床を叩いたり、潰れたりするような音が何度も響いて来る。

 

 後ろで起こっている出来事を考えたら腹から喉へ込み上がってくるのを感じて、

 

「足を止めるな! 堪えろ! 止まったら奴の二の舞だ!」

 

 グレン先生が俺の襟を掴んで引っ張る。引っ張られながら俺は今自分が本当に命を潰し合っているという状況を実感しつつあった。

 

「しっかし、この数だとジリ貧だな」

 

 グレン先生の言う通り、さっきから骸骨がわらわらと集まってくる。しかもまだどんどん数が増えていく。

 

「先生! あなたの固有魔術(オリジナル)でなんとかできないんですか!?」

 

「無理だ! 俺の[愚者の世界]は魔術の起動を遮断するだけで既に魔術として機能しているコイツらに使ったところで魔力の無駄遣いだ! コイツらをどうにかするには[ディスペル・フォース]しかねえ!」

 

「でしたら私が使えます!」

 

「ああ!? お前の歳で習うやつじゃねえだろ!」

 

「はい! 学院じゃなくてうちでお父様から習ったんですけど!」

 

「マジか……」

 

「いや、でもこの状況でそれやってもすぐにマナが枯渇するだけでしょ!」

 

「だよな! 思わず関心しちゃったわ! こうなったら手はひとつしかねえ!」

 

 それから先生は廊下の階段を駆け上る。そして登り切ると、また廊下を駆ける。

 

「先生! この先は行き止まり!」

 

「ああ、このまま走っても体力が消耗して全員御陀仏だ。だったらここでこいつらを掃除するしかねえ。つうわけだから白猫、お前は先に奥まで行って即興で呪文を改変だ」

 

「ええ!?」

 

 それからグレン先生はシスティに[ゲイル・ブロウ]の改変方法を教えて先に行かせる。

 

「で、リョウ。お前はここで俺とコイツらの足止めだ。それと、お前も今から即興呪文改変だ」

 

「え?」

 

「お前のその剣……錬金術と[ウェポン・エンチャント]を組み合わせたって言ったな?」

 

「え、ええ」

 

「じゃあ、念動力関係の術式も組み込んで改めて三節でやってみろ!」

 

「ええ!?」

 

 今この場でそれをやれと!? しかももうひとつ加えろって言ったって、どの術式を組めばいいのやらで。

 

「とにかくやるしかねえんだ! 呪文の文法はもう理解してる筈だろ! ここでできなかったら白猫諸共留年だ!」

 

「うぉい!」

 

 最低だこの講師。んで、それだけ言い残してグレン先生は骸骨共へと突っ込む。

 

 ダメだ、もう後戻りする道も何もない。グレン先生の言う通り、ここでやらなければ全員やられるだけだ。

 

 俺は少し下がって一旦[フォトン・ブレード]を解除して意識を集中する。グレン先生が言ってた文法、術式の組み合わせ、詠唱の内容……これらを頭の中で整理して口に出す。

 

「《星降る光・果てへ奔れ・宵を絶て》!」

 

 詠唱を終えると、俺の右手に再び光の剣が顕現する。

 

「先生!」

 

「できたか! じゃあ、俺が態勢崩すからトドメ頼むぞ!」

 

 言ってすぐにグレン先生が骸骨を押し退け、俺は[フォトン・ブレード]を骸骨の首目掛けて振り抜く。

 

 スパン! と、小気味いい音が響き、あれだけ硬い感触だった筈の骨がいとも簡単に切れた。

 

「うそ……」

 

 グレン先生の言う通りにやってみれば斬れ味がさっきまでと段違いだった。ちょっと術式の組み合わせを変えただけでここまでの威力を発揮するとは。

 

 もし、俺自身でこれを完成させて……さっきのバンダナ男に向かっていたら。

 

「怖えか?」

 

 [フォトン・ブレード]の威力に驚いていると、グレン先生が俺の心境を知っているかのように尋ねてくる。

 

「今は緊急事態だったから口を出したが、お前のそれはもう簡単に人を殺せるものになった。謝れっていうなら後で──」

 

「結構です。怖くないと言ったら嘘ですけど……今これでしか人を助けられないなら、とにかく使いまくるだけです」

 

「……そうか」

 

 これ以上は聞かないと態度で示し、再び骸骨共と向き合う。相手は人じゃない。今はこの魔術を恐れる必要はない。そう自分に言い聞かせて骸骨共を斬り捨てる。

 

「先生! 出来ました!」

 

 どうやらシスティの方も即興改変が終わったようだ。

 

「何節だ!?」

 

「三節です!」

 

「よし! 俺の合図で唱えろ! リョウは一旦下がって白猫を守っとけ!」

 

「了解!」

 

 グレン先生と共にシスティのもとへ下り、骸骨共との距離が迫ったのを見計らって、

 

「今だ!」

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》!」

 

 瞬間、システィよりも前では廊下を埋めつくさんほどの強風が流れた。その強風が骸骨共の動きを抑えているが、それでも距離は詰まってくる。

 

 システィが悔しそうな顔をするが、グレン先生が懐から何かを取り出して呪文を唱え始める。

 

「へ? この呪文って……」

 

 システィが何か心当たりがあるようだが、グレン先生の呪文が重なると共に魔法陣が何重にも展開されていき、高速回転する。

 

「ええい! ぶっ飛べ有象無象! 黒魔改[イクスティンクション・レイ]──っ!」

 

 グレン先生の呪文が完成し、巨大な光の奔流が廊下を駆け抜けた。眩い光に目を庇うこと数秒。目を開けると、そこには灰燼が飛び散っているだけだった。

 

「すご……」

 

 圧倒的だった。まるで絆の巨人が繰り出す破壊光線の爪痕だ。その威力に驚嘆していたが。

 

「先生っ!?」

 

 システィの叫びが聴こえてそちらを向くと、グレン先生が血を吐いて倒れていた。

 

「これって、マナ欠乏症!?」

 

「ああ、分不相応な術を裏技で無理やりだったからな……」

 

 マナ欠乏症とはゲームに例えればMPが極限まで減る感じだ。言えば簡単だが、それに陥ると最悪死ぬことだってあるという魔術師にとっては生命の危険区域だ。

 

 グレン先生の容体を見てシスティは白魔[ライフ・アップ]で回復を図るが、ルミアと違ってこういった魔術はそれほど得意ではないので回復が思うようにいかない。俺も手伝えればいいが、俺の場合は苦手部門のため発動すらできない。

 

「バカ。やってる場合か……急いでここを離れないと……」

 

「……って言っても、遅いみたいです」

 

 黒焦げになった廊下の向こうから人影が近づいてきたし。その影はルミアを連れて言ったダークコートの男だった。

 

 そんでもってダークコートの男の後ろには五本の剣が妖しく光を放ちながら浮かんでいた。絶対に自由自在に動かせるか相手の行動に自動で反応して襲いかかってくるかのやつだよな。グレン先生も同じことを隣で呟いてるし。

 

「白猫、お前魔力に余裕は? お前はあの剣をディスペルできそうか?」

 

「残りの魔力全部使っても多分、少し足りない……というより詠唱だってさせてくれるかどうか……」

 

「じゃあ、リョウ。お前は……うん、スマン」

 

「露骨に目を逸らすくらいなら役立たずだって罵ってくれた方がマシだ!」

 

 いや、システィみたいに器用な真似はできないけど。

 

「なら、何か策はあるか?」

 

「策って言っても……俺の魔術であの剣の一部を抑えるくらいしか──」

 

「結構だ。なら、せめて白猫の助けになってやれ」

 

「へ?」

 

 理由を問おうとするも、その前にグレン先生が俺の胸ぐらを掴んでシスティへ向けて放り投げる。その勢いのまま俺達は壁のなくなった空間……つまりは空中へと放り出された。

 

「「ええええぇぇぇぇ──っ!?」」

 

 俺達はそのまま重力に従い、地面へ向けて落下していく。

 

「んのぉ! 《光殻(こうき)》っ!」

 

 俺は[ウェポン・エンチャント]を切り詰めた呪文で発動し、システィを抱えて着地態勢に入る。システィのような器用な魔術が使えない以上、筋力を強化する[フィジカル・ブースト]よりも強度そのものを強化するこいつの方がいい。

 

 その考えは正しかったのか、どうにか俺達は大した怪我をすることなく、着地することに成功したようだ。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

「な、なんとか……」

 

 どうにかどっちも無事だったのか、すぐに立ち上がって先生のいるだろう階の廊下を見上げた。そっちでは既に闘いが始まったのか、甲高い金属音と時々炎が見えた。

 

「結局、足手纏いでしかないのかよ……」

 

 なんとなく、そう悪態をつきたかった。命が助かったのなら喜ぶところだろうが、今俺が抱いているのは単なる虚無感だった。

 

「どうするのよ……?」

 

 システィが尋ねてくる。それは俺も聞きたいことだ。だから答えることはできなかった。俺が何も答えないことに苛立ったのか打ちひしがれたのか、肩を落とす。

 

「もう、先生の言う通りにするしかないの……言う通り?」

 

 言葉の途中でシスティが顔をあげる。

 

「……ねえ、先生は本当に私達を逃がそうとしたのかしら?」

 

「え?」

 

「だって、おかしくない? 本当に逃がしたいだけならいちいち魔力の残存量聞いたり、策を聞いたりするかしら?」

 

「……確かに」

 

 さっきまでのグレン先生を思えば俺達の能力を詳細に聞いて、とにかく出せる策出し尽くそうとする人だと思うんだが。つまり俺達を放り出したのは……なるほど、グレン先生の策が見えてきた。

 

「だとしたら、すぐに行かないと」

 

「待て」

 

「ちょ、何よ。すぐにでも行かないと、今の先生じゃ……」

 

「走って間に合うかわかんねえ。それこそショートカットでもしなきゃな」

 

「だったら尚更……でも、今魔力を使ったら……」

 

「だから俺が足になる。その前に先生と同じことを聞くが、全部は無理なのか? 数を絞れば何本ディスペル出来そう?」

 

「……えっと、二……いえ、三本ならギリギリ……」

 

「オッケー。じゃあ、後は先生にひとつ質問投げてから作戦決行だな」

 

 俺は意識を集中させて呪文を紡ぐ。

 

「《潺湲せよ・月魄の下・我が身に衣を》」

 

 三節で詠唱すると俺の周囲に大量の雫が浮かび、それが集まって羽衣のように浮かぶ。これが俺のとっておき。黒魔[アクア・ヴェール]と言ったところか。

 

 これはずっと前から個人的に研究していた魔術でまともにうまくいったことはないが、グレン先生の授業のおかげでようやく形になった魔術だ。ちなみに量は一般家庭の浴槽二つ分といったところか。

 

「システィ、乗って。これ長く保たないから」

 

「え、ええ」

 

 俺がその場にしゃがむとシスティはすぐに俺の背に乗った。うん、思ったよりずっと軽くて安心した。いつもその量で足りるのかと思うくらい食事がアレだったからか大して負担にはならない。ついでに小説や漫画では精神をガリガリ削ると評判の女性の象徴も……

 

「今ここで思いっきりあんたを吹き飛ばしたくなったんだけど」

 

「頼むからやめてくれ。シャレにならないから」

 

 鋭いシスティに俺は誤魔化し、すぐに精神を集中させる。

 

「《飛泉》っ!」

 

 [アクア・ヴェール]の水を足元に集め、水を媒介にした跳躍用の魔術、[スプラッシュ・バン]でそれを吹き上げて飛び上がった。

 

 一瞬で半壊した廊下まで辿り着き、最初に見えたのは全身切り傷だらけのグレン先生とまだ余裕のありそうな五本の剣を携えたダークコートの男。

 

 思った通りの大ピンチらしい。きっとグレン先生の身体の事を考えれば素人目から見ても後一・二手しか行動できないだろう。ならすぐに行動するしかない。

 

「先生っ! 二本はどっち!?」

 

 俺の背にいたシスティは怪訝な表情を浮かべるが、咄嗟の機転の効くグレン先生はすぐに俺の聞きたいことがわかったようだ。

 

「手動だ! 奴の手前で浮いてるやつ!」

 

「オッケー!」

 

 俺はすぐにダークコートの手前の二本の剣目掛けて[アクア・ヴェール]を撓らせ、剣を水で閉じ込める。

 

「水か……この程度で俺の剣を縛るなど──」

 

「《光殼》っ!」

 

「何っ!?」

 

 水で剣を捕まえたところに更に[ウェポン・エンチャント]をかけて圧をかけ、縛る力を強めた。咄嗟のひらめきだが、上手くいった。ほんの少しだろうが、これでやり易くはなった筈だ。

 

「システィ!」

 

「《力よ無に帰せ》!」

 

 システィが残った三本の剣を無効化し、剣から光が消えた。

 

 グレン先生はそれを見てすぐに駆け出す。

 

「くっ! 《目覚めよ──」

 

「遅え!」

 

 ダークコートが反撃しようとしたのだろうが、すぐにグレン先生は固有魔術(オリジナル)でそれを封殺する。無論ダークコートの男もそれだけで終わらず、光の失せた剣を持ってグレン先生に斬りかかる。

 

 ダークコートの男が剣にも優れてるのはもう知ってる。それからグレン先生の手からは[ウェポン・エンチャント]の光は失せている。このままでは明らかにグレン先生が奴の剣を受けてお終いだが……。

 

「誰か忘れちゃいないかな!?」

 

 俺は予め一部切り離した[アクア・ヴェール]を使ってダークコートの男の動きを

阻害した。時間にすればほんの一瞬程度だろうが、接近戦の得意な人ならその隙を見逃しはしないだろう。

 

 思った通り、その一瞬を突いてグレン先生は拳を振るい、足元に落ちた剣でトドメを刺した。

 

 そしてそれからは静寂が訪れた。ダークコートの男が事切れる前に何か言っていたようだが、距離的に聞き取れない。動かなくなったのを確認してから俺は[アクア・ヴェール]を解除した。

 

 それから一気に疲労感が身体を奔った。相当に魔力を消費した。

 

 とはいえ、少し離れた所ではグレン先生が肌から血の気の失せた状態で倒れていた。マナ欠乏症に加えて戦闘のダメージが大きかったのだろう。

 

 システィが駆け寄って肩を貸そうとするが、女子ではロクに持ち上がらない。どうやらまだ仕事が残ってるようだ。呑気に倒れることさえ出来やしない。

 

 俺はシスティと共にグレン先生を運んで半壊した廊下を後にした。

 

 



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第4話

 グレン先生がマナ欠乏症と戦闘のダメージによる出血多量で倒れてしまい、どうにかシスティと協力して医療室へ運ぶことができた。

 

 今はシスティが[ライフ・アップ]でグレン先生の治療に当たっている。

 

 俺は[ライフ・アップ]を発動することはできないので、いざという時のために医療室の扉の前で見張りをやっている。

 

 少しするとグレン先生が意識を取り戻してシスティと会話していたようだが、俺はいつ来るかもわからない敵の襲撃に備えなければならないので聞く余裕はない。

 

 それもすぐに終わってグレン先生は再び夢の中へと沈み、システィはそのまま魔力の続く限り[ライフ・アップ]をかけ続けた。

 

 そんな時間がどれだけ経ったのか、医療室から昔の電話のコール音が鳴り響いていた。

 

 確かこれはアルフォネア教授との連絡用の魔導具の音だったか。だが、グレン先生の意識は夢の中。もし緊急の連絡だったらすぐに出るべきか。

 

 数瞬迷って俺はグレン先生の懐から連絡用の宝石を取り出し、なんとなくと魔力を流して見た。すると、宝石からこれが聞こえるようになった。

 

『グレンか!? 今どうしている!?』

 

「アルフォネア教授ですか?」

 

『……誰だ?』

 

「リョウです」

 

『……ああ、リョウ=アマチか……。グレンはどうした?』

 

 いつものほほんとした態度で授業に出ていたアルフォネア教授にしては随分と慌てた様子で聞いてくる。

 

「さっきテロリストを……排除したところです。まだ顔も見てない人が残ってますけど」

 

『……そうか』

 

 消沈したような声が聞こえてくる。グレン先生が何をしたのか察しがついているのだろう。

 

『まあいい……グレンが目を覚ましたら言っておいてほしい。奴に頼まれた件だが、点呼を取ってみたものの不自然に姿を消したような者はひとりもいなかった』

 

「裏切り者ってことですか?」

 

 確かにそういった協力者がいればこの学院の結界を容易く突破できたのも頷ける。

 

「じゃあ、職員みんな白ってことですか?」

 

『いや、単純に結界の術式の情報を横流しして後は実行犯に任せるって手もある。まだ楽観視はできんな』

 

「そうですか……」

 

『それと、まだ時間はかかるだろうが、軍の奴らがようやく腰を上げてくれたよ。今宮廷魔導師団のそちらの支部が対テロ用の部隊を編成して向かわせてる。私もそっちへ行ければよかったのだが、やはり学院の法陣は潰されてたよ。全く、あれ相当の金と時間と素材が必要なんだぞ……』

 

 アルフォネア教授が愚痴らしいことを言うが、テロリストに言っても無駄だとすぐに言葉を止める。

 

『ああ、それと妙なことがわかったんだが。帝都のモノリス型魔導演算機から魔力回線を通してそちらの結界を確認したんだが……』

 

「モ、モノリ……演算……?」

 

 なんだか、妙にハイテクというか……ハイマジカルなものがあるんだなこの国……。

 

『まあ、とにかく遠くにいながら目的の建物の状態を見るためのものと思え。それで、今学院を覆ってる結界の話なんだが……外からは特別な術式を刻むなり呪文を唱えれば入れるが、内部から外には一切出られない仕様になっている』

 

「……え?」

 

 アルフォネア教授の言葉が一瞬理解できなかった。

 

「えっと……それってつまり、入る事は出来ても脱出は不可ってことですか?」

 

『そうだ。学院の結界を弄ったところから相当空間系魔術に通じている奴だというのに、この欠陥だ。一体何を考えてるのやら……』

 

「つまり、今回のこれって自爆テロ……?」

 

『ゼロではないだろうが、それだったら人質を取る意味がない。内側から出られないのなら抵抗したところで無意味になるからな』

 

「ですよね……」

 

 本当に今回のテロリストは何がしたいのかわからん。ひとりは如何にもな外道だが、いずれも相当の魔術の腕を誇ってるのに、こんなわけもわからん造りの結界を用意して閉じこもったり……。

 

 今グレン先生が目を覚ましてくれてたら結界のことで何か気づいてくれるかもと期待していたんだが。

 

 基本の魔術ですらまだ四苦八苦しているっつうのに、更に結界系の魔術の知識が必要になるとか、こんなことならあの人の授業もっと真面目に……待て。何だ? 今何かすげえ引っかかった。

 

「…………」

 

『どうした?』

 

「……アルフォネア教授。ひとつ聞いていいですか?」

 

『何だ?』

 

「あの人って……本当に学院を去っただけなんですか?」

 

『は?』

 

「本当に……()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

『待て、一体誰のことを……待て。お前まさか、奴を疑ってるのか?』

 

「どうなんですか!?」

 

『……それは生徒達に無用な心配をさせないための表向きの理由だ。実際は、理由不明の失踪だ』

 

「まさか……」

 

『いや、確かに奴はその手の専門家だが……』

 

「だったら法陣の件も! あの人ならそれを書き換えてそれを脱出手段にすることだって!」

 

『それこそまさかだ。いかに奴がその手の天才だとしてもそれを実行するのにどんなに周到にモノを用意しても半日はかかるぞ』

 

「俺達が通学する以前から進めてたんならもういつ半日経ったっておかしくないでしょう!」

 

 俺は宝石をグレン先生目掛けて放り投げるとそのまま医療室を出て行く。宝石からアルフォネア教授の呼びかける声が聞こえるが、こうなった以上本気で悠長に待つだけはできない。

 

 先も言ったように、今回の犯人もこれから実行しようとすることも俺の予想通りだったとしたらもう一刻の猶予もなしだ。

 

 そのまま廊下を突っ切り、校庭を横切り、並木道へ入るとやけにバカでかい白亜の塔が見えた。適当に走ったけど、あそこはいかにもって感じだ。オマケに道の傍らにあるレンガの欠片みたいなものが集まりだして、それが巨人の群れに変わった。

 

 恐らく、警備システムのような役目を持つゴーレムなのだろう。ご丁寧に俺の前に立ちはだかってここは通さんとでも言わんばかりに道を塞ぐ。

 

「でも、俺には関係ないね」

 

 見た限り、ゴーレムは俺の進行を防ぐために横一列になってる。しかもまだこちらを警戒しているだけなのか、歩みがかなり遅い。ここで俺が何かしらのアクションを起こせばすぐに飛びかかりに来るんだろう。だが、その行動の遅さが今は幸いだ。

 

「《潺湲せよ・月魄の下・我が身に衣を》」

 

 俺は[アクア・ヴェール]を起動して水を振るいながら駆ける。同時にゴーレムの群れが本格的に動きだした。

 

「でももう遅いよ! 《飛泉》っ!」

 

 俺は水を足元に持っていき、それを吹きあがらせ、ゴーレムの群れを一気に飛び越えた。そして着地点に水を持っていき、衝撃を和らげた。

 

「ブハッ!」

 

 まあ、怪我は特にないが、プールで飛び込み失敗した時みたいに身体が痛い。けど、本物の戦闘に比べれば大したことはないか。

 

 大事なことをほとんどグレン先生ひとりに任せた無力感を思い出しながら白亜の塔へと足を踏み入れる。あそこからはもう大したトラップは置かれていないのか。

 

 いや、目に見えないだけでどんな魔術的トラップがあるかもわからない。周囲に注意し且つ、急ぎ足で塔の階段を駆け上がっていく。そして最上階まで行くと扉があった。

 

 一瞬開けるのを躊躇うが、今時間を無駄にするわけにもいかないのでヤケクソで扉を蹴飛ばして開けた。

 

「リ、リョウ君……?」

 

 薄暗い広間の中心で膝をついて座っているルミアがいた。そして少し離れた所には柔らかい金髪の涼やかな表情をした青年。俺のよく知ってる人だった。

 

「まさかとは思ってたけど……本当にあんただったのかよ、ヒューイ先生」

 

「僕もまさか、君がここまで来れるとは思ってませんでしたよ」

 

 ヒューイ先生、俺がこの学院に入る時と入ってからしばらくお世話になったグレン先生の前任の教師だ。まさか本当に予想的中するとはな。

 

「で? 何であなたはこんなことを?」

 

 こうして普通に話しかけてるということはもうルミアをどうこうする準備は既に整ってるんだろう。下手に会話を長引かせず、直球に問う。

 

「まあ、単純に言えば来るべき時が来てしまったと言ったところでしょうか。僕はね、王族もしくは政府要人の身内などといった身分の方がこの学院に入学した時のための人間爆弾なんですよ」

 

「は……?」

 

 わけがわからなかった。それからもヒューイ先生は淡々と俺に様々な言葉を押し付けて来る。やれ自分が自爆テロで要人を殺害するための人間だったり、今自分の足元にある魔法陣、白魔儀[サクリファイス]が発動すれば学院は木っ端微塵だとか……完全に俺の理解の範囲を超えていた。

 

「ダメだ、全然ついていけね……辛うじてわかるところから聞けば、あんたはそんな人間が来るかもわからない中で教師やってて、偶然にもルミアはどっかのとんでもお嬢さんだったのが発覚して今回のテロと?」

 

「ええ。ルミアさんが入学しなければ僕ももうしばらくは教師生活を楽しめたのですが」

 

 少々もの寂しそうに呟く。だったら今すぐやめろと言いたいが、今はそんなことを言う気にもなれない。俺が気にしてるのはもっと別だからな。ヒューイ先生はそんな俺の考えがわかっているのか、ある部分を指差す。

 

 そこには魔力による文字だろうか、カウント数みたいなのが浮かんでいた。それも徐々に減ってきている。俺の視線を察したのか、ヒューイ先生がわざわざ説明を入れてくれる。

 

「ここに見えているのがあなたに残された猶予時間です。見ての通り、もう三十分もない。あなたひとりではルミアさんに施した転送法陣を解呪することは不可能です。しかし、あなたひとりなら地下にある大迷宮まで逃げ込めば助かりますので僕としてはそちらをお勧めします」

 

 ダメだ、もう詰んだ。もう少し時間があればグレン先生を無理やりにでも起こして少しでも知識を借りればワンチャンあるかと思ったが、もう呑気に戻ってる暇もない。

 

 誰も死なせたくもないが、誰かひとりでも助けに入ろうとすれば自分も他の人間も結局死んでしまう。自分ひとりだけ生きるか、全員死ぬか……その二択だけ。

 

「……リョウ君……逃げて」

 

「は……?」

 

「みんなが死んじゃうなら……せめてあなたひとりだけでも、逃げて」

 

「ちょ……」

 

「ここで逃げたって、誰もあなたを責めないよ。こんなの、とても学生じゃ背負いきれないんだから。みんなもわかってくれるよ」

 

 ルミアは子供を安心させるような笑みを向ける。

 

「待てよ、そんなことしたらお前はどうなる……?」

 

「私は……この法陣で別のところに連れて行かれるだけだから。大丈夫だよ」

 

 嘘だ……。すぐにわかった。理由は未だ不明だが、目の前の少女は件の組織にとって何か重要なものをその身に秘めてるんだろう。そうでなければあんな手練れの魔術師を何人も捨て駒みたいに送るわけがない。あくまで俺の予想でしかないが。

 

 そしてもうひとつ、ルミアは本心から逃げて生き延びて欲しいと思ってるだろう。こんな時にまで他人を気にかけるその優しさは素直にすごいと思う。

 

 ……本当に、まるでどこぞの聖女様みたいだよ。

 

「……《星降る夜・果てへ奔れ・宵を絶て》」

 

 俺は右手に[フォトン・ブレード]を起動してルミアを囲う法陣に斬りかかる。

 

 だが、法陣に触れる前に強い力で弾かれ、[フォトン・ブレード]が折れる。

 

「無駄ですよ。その法陣は転送用でもあると同時に強力な結界でもあるんです。無理矢理壊そうものならアルフォネア教授の神殺しの術でもない限り……」

 

「はぁ……学生に大人気ない仕様にしないでくださいよ」

 

「今はテロリストですよ、リョウ君」

 

「何やってるの! 私のことなんていいから速く逃げて! 間に合わなくなる!」

 

「……《光殼》、《炸雷》っ!」

 

 ルミアの言葉に耳も貸さず、今度は[ウェポン・エンチャント]と[ショック・ボルト]の合わせ技で結界にブチ込むものの、やはり全く効果がない。

 

「速く逃げて! このままじゃあなたまで死んじゃうんだよ! 今は自分を大事にして!」

 

「ルミア……それさ、思いっきりブーメランなんだけど」

 

「私はいいんだよ! 元々私はここにいていい存在じゃなかったから! でも、リョウ君は違うんだよ!」

 

 ここにいていい存在じゃない、ねぇ……。

 

「……それだったら、俺も似たようなもんだ」

 

「え……?」

 

「お前と違って、どこぞの坊ちゃんでもなければ特別な力が備わってるとかいうオチもないんだけどさ……俺も本来はこっちにいる筈のない存在なんだよね。しかも魔術なんて名前だけで実際は存在しないなんて言われてる場所。だからここに来て、魔術が実際にあって、しかも俺がそれを学ぶことになるんだから、そりゃ驚いたよ。んで、いざ学んでみればとんでもダークサイドな奴だったから妙につまんなくなって……で、後からグレン先生が来てから面白くなったかと思えば、こんな非日常だ。ラノベにありそうな展開……って言ってもわからないか」

 

「わ、わからないよ! リョウ君が言ってることも! なんでこんなことしてるのかも!」

 

「まあ、前半に関しちゃ仕方ないけど、後半は簡単だろ……」

 

 俺は間に[アクア・ヴェール]の呪文を詠唱してから息を整えて言う。

 

「ただみんなで生きて帰って……面白い日常を過ごしたいだけだ!」

 

 [アクア・ヴェール]を高圧縮してそれを法陣に叩きつけるが、やはりダメだ。しかし、俺はそれでも何度も叩き込む。

 

「なんで……もう、どうしようもないのに。ここで逃げたって、それは仕方のないことなんだよ。誰もリョウ君を責める人なんて──」

 

「ああ、誰もいないだろうな!」

 

 俺が怒鳴ると、ルミアは顔を上げた。

 

「システィも! グレン先生も! カッシュ、リン、ギイブル……それにルミアもだ!」

 

 俺は一旦下がると再び[アクア・ヴェール]を起動し、[ショック・ボルト]を組み合わせに入る。

 

「ようやく、魔術学院らしい日常を送れるかと思えば自爆テロでわけわかんなくて……そんでようやくこっちでできた友達もいなくなろうとして……そんでまたあんなつまらない日常に戻る──いや、もっと暗い人生送れってか……冗談じゃねえよ!」

 

 攻撃を入れる毎に自分の中から一気に何かが失うような感覚に包まれながらそれでも魔術もやめず、口も閉ざさない。

 

「ようやく無意味な日々から抜け出せたと思って、期待していたものとはまるで逆の日々にまた興味が薄れて……今度こそなれるかもしれないとまた夢見たっていうのに、それをこんな形で終わらせたくなんてねえ!」

 

「夢……?」

 

「人間、誰もが……多分、こっちでも似たようなことはあるんじゃねえのか? 正義の味方になりたいってやつ……。俺の故郷じゃ戦隊や仮面の戦士、光の戦士なんてのが代表格かな……特に光の戦士が俺は好きでな。いや、いい作品だと小さい頃から思ってた……」

 

 こんな時なのに、ふとそれを見た時のことを思い出す。

 

 それを見た当時は幼稚園児で、ただなんとなくすごいとしか思えなかったけど、ふとある作品を見てからは特撮にハマって、気づけばただ眺めるだけだった。

 

 ヒーローに憧れて、子供ながらに俺はあれこれと努力していたつもりだった。けれど、当時の俺は努力というものが全くわかっていなかった。

 

 これといって知識もなく、才能なんてない……ヒーローどころか、ちょっとしたスポーツマンにすらあっさり負けてしまう自分ではただの憧れに留まってしまう。

 

 だから自分はただ憧れて、遠くにいるその存在を応援するだけだった。自分には何もないと、そう言い聞かせ続けた。本当はそれこそ無意味だと気付かず。そして気づいた時にはもう随分と年月が経っていた。後悔先に立たずというのはこのことなんだろうか。

 

「だから……今度は、後悔したくない! 自分勝手で、ただの押し付けだってわかってるけど! 今ここで逃げたら……一生何も、変わらない! ただ、腐っていくのを待つばかりだ!」

 

 法陣を叩きながら、吠える。

 

 身体の内から何かが消失する……。外からは右手を起点に痛みが広がってゆく……。もう拳を握ってるかどうかもわからない……。耳もロクに聞こえない……。

 

「あ……」

 

 俺の右手から傷が広がっていくのを見てルミアが声をあげようとする。

 

「それはお前だって同じだろ……ここで声を上げなきゃ、本当にみんなと別れるんだぞ」

 

「わ、私は……私のことなんてどう──」

 

「どうでもいいなんて言ってんじゃねえよ!」

 

 ルミアの言葉に被せて激昂の言葉を投げる。

 

「自分のことをどうでもいいとか思ってるみたいだが……他のやつまで度外視してんじゃねえよ! お前がいなくなることを、俺やみんなが望んでるとでも思ってんのか!」

 

「みんな……」

 

「そもそもこんな騒ぎの中でシスティが恐いのも必死に押さえ込んで闘ってたのは何故だ? グレン先生が血だらけになってまで闘ってたのは何故だ? そんなの、お前にいなくなってほしくなんかないからに決まってんだろうが!」

 

「あ……」

 

「理由は知らないが、自分の境遇を言い訳にして自分を殺すなよ。誰かのために優しくなりたいってんなら、そいつらと生きることを望めよ」

 

 ルミアの姿と言葉を見て、聞いてわかった。こいつは聖女や天使なんて男子達から評価されるのがよく理解できる。何故なら、この少女はそうなろうと務めてきたから。

 

 自分に何かしらの後ろめたさというか、罪悪感があって、それを誤魔化すために優しい女の子であろうとずっと他人に愛想を振りまいていたのだろう。元の優しさもあるんだろうが、何がきっかけなのか、人に優しくしようという強迫観念のようなものが内に芽生えてしまったのだろう。

 

 でも、そんな生き方は間違ってる。認めたくない。自分もその優しさに甘えておいて今更かもしれないが、もうそんな生き方はしてほしくない。

 

「それで、ここまで似合わない説教くれてやって聞くが……お前はどうしたいんだ?」

 

「私は……生きたいよ……」

 

「聞こえないぞ、もっと叫べ!」

 

「生きたい! システィともっと色んなこと見たい……グレン先生の授業をもっと聞きたい……みんなと一緒にいたいよ!」

 

「それでいいんだ!」

 

 ルミアがようやく生きるという心からの言葉ところで俺も気合を入れ直したいところだが、もう俺の魔力も限界に近い。

 

「せっかくの感動のお話のところで申し訳ないですが、君にこの法陣を壊すことは不可能ですよ」

 

「知るか。あんたはそこで俺の今世紀最大の実験の過程を眺めてろ。今回の実験のお題は厄介な法陣を学生が如何にして壊すかだ」

 

「実験ですか……そういえば、その水の魔術は君が求めていたものでしたね。今は例の講師のおかげで形になっているようですが、私の監視の下での実験はどんな事が起こるかわからなくて冷や汗ものでしたよ」

 

「今度はそんなハラハラする暇もねえ。すぐにこれぶっ壊してあんたの涼しげな表情崩してやるよ」

 

「流石に今回の実験は結果を見るまでもないと思いますが……」

 

「そんなことは最後まで付き合ってから言え。だいたい、俺の限界を見定めた気になるのは早いよ。今その限界……飛び越えてやるよ!」

 

 ふと、頭の中で何かが浮かんだ気がした。そして、気づけば口が勝手に動いていた。

 

《──瀉出──・湧────碧水・潺湲──碧瀾──》

 

 自分でもどんな言葉を発しているかが満足に認識できない。

 

 けれど、詠唱が終えたと同時に、視界が碧く染まった。そして水に飛び込んだような感覚が身体を包んだ。

 

というか、実際に水が俺の周りで渦巻いていた。

 

『────っ!?』

 

 視界の隅っこでヒューイ先生が何か言ってるようだが、激流の音でかき消されてよく聞こえない。

 

 いや、そんなことはいい。今はとにかく、ルミアを囲っている法陣をなんとかするんだ。

 

 ここから先は我武者羅だ。よくはわからないが、この水が渦巻いてからいやに身体が軽くなっている。けど、同時に今まで以上に自分の身体から魔力が抜け出ていく。

 

 恐らく[アクア・ヴェール]以上に燃費の悪いものなんだろう。となればコイツが続いている内にカタを付ける。

 

 俺は右拳を構え、ただ一直線に法陣目掛けて叩きつける。右手を中心に螺旋の如く水が渦巻き、見えない壁から何かを削るような音が響く。

 

 数秒の拮抗の後、見えない壁に亀裂が奔る。それを視界に収めると俺は右手に更に力を込める。そしてようやく第一層の突破に成功する。

 

 続けて第二層。同じように削磨音が響き、拮抗する。

 

「──ぐっ!? ぐふっ!?」

 

 だがその数秒後、喀血してしまう。同時に俺を包んでいた水も弾けて消えて、力も抜け、そのまま床に倒れこんでしまう。

 

「────っ!?」

 

 本格的にマズイな……。聴覚も正常に働かないし、痛みすら感じなくなってる。

 

 あんだけ大口叩いておいて結局は実験失敗だった。似合わない意地張って、似合わない行動して、どう転んでも結局待っているのは虚しい現実だった。

 

 やっぱひとりで来るべきでなかったとか、大人しく逃げておけばよかったとか、色んな後悔が浮かんだが、やっぱり一番胸で渦巻いているのは誰かを助けることができなかったという無力感だった。

 

 結局俺は、何かを成すことなどできなかったのか。そんな絶望を抱くと同時にふと、視界の端で何かが動いた気がした。

 

 それからひとつの影が飛び込んできて俺の前で一旦停止するとしゃがみこむ。

 

 顔は元から暗いのに加え、俺の意識も薄れてきてるのでまったくわからない。が、かろうじて見えるその影の口が動いていた。俺に何かを言ってるようだ。

 

「……んどう……よ。ま、こ……でよ……た。後は……いせ……せな」

 

 聞こえたのはダルそうでありつつも真剣味の篭った、最近で随分馴染んだ覚えのある声だった。その声を最後に俺は意識を失った。

 

 薄れる意識の中で……俺の胸の中で一瞬何かが輝いた気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、気がつけば俺は病室でグレン先生と隣同士で寝過ごして、近衛兵らしい人からいきなり衝撃的な真実を聞かされて……相変わらず全然、ついていけねえ」

 

 あの自爆テロ未遂事件から数日が経って目を覚ました俺。最初に目にしたのはルミアとシスティの顔。そしてそれを遠巻きに眺めるグレン先生だった。

 

 ていうか、グレン先生……俺より遥かに重症だった筈なのに、何で俺より早く退院できてたんだろうか。

 

 まあ、見舞いに来たルミアからは涙混じりの礼にシスティからも同様の礼プラス説教。グレン先生も何か言いたそうにしていたが、続けざまにカッシュやウェンディ、リンなど割と多くの生徒が押し寄せてきてごたごたになった。

 

 リンには泣きつかれて、カッシュからは怪我人だというにも関わらずワンパン喰らわせてきてそれをセシルやテレサが止め、こうしてみると意外に自分も友好関係が多かったんだなとぼんやりと思った。

 

 そして更に日が経つと、突然グレン先生とシスティ、その傍には見慣れない騎士らしい男が立っていた。俺は怪我をしていたので車椅子に乗せられて帝国政府の上層部へと呼び出され、あの自爆テロ未遂事件が如何にして起こったのか事の顛末を聞かされた。

 

「まさか、自分のクラスメートが元王女なんて誰が予想できるか……」

 

「いや、一応異能者ってのも含まれてんだが」

 

「そっちは別にどうでもいいんですけどね」

 

「おいおい……」

 

 どうやらルミアがあのテロリスト達に狙われた理由は、ルミアがかつて流行病によって他界されたらしいエルミアナ王女その人だという。

 

 そして流行病という形で存在を抹消された理由としては、彼女は異能のひとつである感応増幅者というものらしい。世間では異能者は悪魔の生まれ変わりだとかなんだとかでその存在を確認されては処刑されるなんていうものらしい。

 

「全く、悪魔の生まれ変わりだとか証拠も何もないのにそんな下らん理由で存在を抹消されなきゃとか嫌な世界だよ本当に……」

 

「そう言うんじゃねえよ。陛下だって苦悩の果てに決断した処遇なんだからよ」

 

「そう言われても俺はその陛下に会うどころか見たことすらないんですから。ほぼ半年から以前はこっちにいない故に戸籍もないんですから」

 

「…………」

 

「何です?」

 

「いや、お前サラッととんでもないこと言ったなって……ていうか随分あっさり白状すんだな」

 

「どうせアルフォネア教授辺りからでも聞いたんでしょ?」

 

 一時期あの人からすごい視線を浴びたから。まあ、それもすぐになくなったから恐らく俺がどこぞのスパイかどうかでも疑ってたってとこかな。まあ、当然のようにそんなんじゃないしそんな訓練も受けてるわけじゃないので当たり前か。

 

「なら、遠慮なく聞くがお前……何で今回、あそこまで深く関わった?」

 

「……何が言いたいんですか?」

 

「別にお前の身の上はもう疑ってねえよ。ただ、お前の今回の件での行動……ただ友達を助けようにしては常軌を逸してる。それだけでここまで深く関わる義理なんかお前にはねえだろ」

 

「まあ、そうかもですけど……けど、とにかく助けたかったってのもありますよ。もちろん、流石に命かけようとした時は本気でどうしようかとも思いましたけど……一番の理由って言ったら、なりたいものに背を向けたくなかったから、かな」

 

「なりたいもの? 何だ、それは?」

 

「ああ……俺の年齢であまり言いたくはないんですけど、正義の味方ですね」

 

「…………」

 

「ただ、誰かを助けられるような存在になりたい。昔はとにかくそればっかり考えて生きていたんですよ。まあ、大した努力もしてない身で何言ってんだって思いますけど……やっぱり馬鹿みたいですか?」

 

「……ああ、そうだな。けど、どんな夢見ようがお前の自由だろ。……たく、白猫に続いてヤなもん思い出させやがって

 

「先生?」

 

 グレン先生の雰囲気が若干変わった気がした。

 

「いや、何でもねえよ。言っておくが、魔術の世界じゃお前の見てる夢はただの幻想としか言えねえぞ」

 

「それは今回の件で実感してますよ。でも、やっぱり正しい人だっているわけでしょ……後で聞いたんですが、俺が気失ってから先生が飛び込んでルミアを助けたんでしょ。それならやっぱりまだ諦めたくないって思うんですよね」

 

「ふ〜ん……ま、やりたけりゃそれでいいんじゃねえか。お前の人生はお前のもんだからな」

 

「はい。まあ、先生が去るのは惜しいですけど……今度こそちゃんとした努力はするつもりですよ」

 

「ん? いや、俺教師続けるよ」

 

「……え?」

 

「だから教師続けるって」

 

「や、でも……先生って一ヶ月だけの非常勤講師で……」

 

「続けることにしたんだよ。まあ、自分の金は自分で稼げってセリカがうるせえからな」

 

 なんか別の本音がありそうな気がするけど、そういうことにしたいらしいな。

 

「……じゃあ、これからもよろしくお願いします、でいいんですかね」

 

「おう、厳しくしごいてやるから覚悟しろよ〜」

 

 悪そうな顔して言うが、きっとまたグダグダな授業が多くなるんじゃないかと予想した。まあ、為になることは多いだろう。

 

 そう思うと、病室のドアがノックされた。返事をする前に扉が開き、入ってきたのはルミアとシスティだった。

 

「あ、リョウ君。もう退院なんだよね?」

 

「ん……ああ、ようやくな」

 

「よかった。ああ、これ……リョウ君がいない間に取ったノート。結構な量で大変だろうから手伝おっか?」

 

「それは助かる。こっちで用意された本だけなのは退屈だったから……」

 

「じゃあ、リョウ君の家に戻ったら早速お勉強だね」

 

「……待て。まさか、俺ん家まで来るつもり?」

 

「だって病み上がりなんだから無理するわけにはいかないでしょ? しばらくは私がお世話してあげるから」

 

 この人は何を言ってるんだ。いや、男からすればこれ以上にない甘美なご褒美なのだが……これはマズイだろ。

 

 どうもあの一件からルミアの距離が近くなってる気がする。まさかまさかとは思ってるが……本当にアレか? いや、単に恩人だからこれも礼のひとつとも思えるけど。

 

「……?」

 

 ……ダメだ、いつも通り過ぎる笑顔の所為でルミアが何を考えてるかわからん。

 

「なあ、白猫。あれなんだが……」

 

「だから白猫じゃ……いえ、何を言いたいかはわかりますが」

 

「あの二人……」

 

「はい、怪しいと思います」

 

 何か離れた二人がヒソヒソ話をしてるが、この状況見てるくらいなら助けてくれ。特に委員長気質のシスティ。

 

「じゃ、行こうか」

 

「え? いやちょっと、本当に? あの……マジで考え直してはくれませんかね?」

 

 ルミアが本気で俺の家まで着いて行こうとするのを感じて本気で阻止するのに数十分もかかってしまった。

 

 まあ、こんなどこぞのラブコメだって感じの光景だが……ようやく日常に戻れたということかな。

 

 結局、俺の家の近くまで付いてきたことがクラス全体にバレて翌日に一部を除いた男子達に追われて怪我の完治が延びる事になるのをこの時の俺には予想できなかったけどな。



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番外1

「こんなもんかね」

 

 狭い空間。日本でも昔あった旧式の釜戸の置かれてる厨房で俺は料理をしていた。

 

 そして、俺の目の前には小さな丸いフワッとした生地が何枚も置いてある。

 

「後はアレなんだが……別のもので代用するしかないか」

 

 確か、ある農家の人からもらったやつが使えると思うんだが……俺は手探りしながら料理を進めていった。

 

「……これ、気に入ってくれるかな?」

 

 これで少しは恩を返せるといいんだが……。

 

 

 

 

 

「ちょっと、先生! さっきの授業のことについてなんですが!」

 

「ま〜たか、白猫。毎度毎度よく飽きずに説教するよなぁ……どんだけ説教が好きなんだよ」

 

「好きで説教してるわけじゃないですよ! それよりさっきの授業の実演なんですが!」

 

「なんともまぁ……2人共よくやるわ」

 

「あはは……」

 

 午前の授業が消化してシスティがグレン先生の授業の内容、もしくはその実演方法に文句と説教を垂れる姿は最近では最早お馴染みである。

 

 グレン先生の授業、俺としてはわかりやすいし楽しいと思うのだが、根っから真面目なシスティにはお気に召さなかったようである。

 

 まあ、偶に法律的にアウトなものも混じってるからシスティが説教するのもわからなくはないのだが。

 

「はぁ……腹減ってるから白猫の説教が空腹に響く……」

 

「そういや、最近げんなりしてますけどどうしたんですか?」

 

「金欠なんだよ……たく、まだ給料日まであるってのに……」

 

「何に使ったんですか、そんなに?」

 

「ふっ。そりゃお前……夢を手に入れるために幾千の修羅場に飛び込み、あの手この手と策略を巡らせた──」

 

「カッコつけて言ってますけど、それって要するに博打に消えたってことでしょ」

 

「…………」

 

「図星ですか……」

 

「あはは……」

 

「あなたって人は……最近になってより強く思ったんですが、あなたにはこの学院の教師としての自覚というものが──」

 

 グレン先生の金欠の理由を聞いてため息混じりに再びシスティの説教が始まる。

 

「システィ……気持ちはわかるけど、先生もお腹空いてるんだから流石にそろそろやめよ?」

 

「んぐ……ルミア、あなたは先生に甘すぎるのよ。そんなんだからこの教師は性懲りもなく」

 

「……で、先生。今日の食事とかどうするんですか?」

 

 システィとルミアの会話はさておいてグレン先生の食の予定を聞く。

 

「お前、さっきの話を聞いて更にこの状態の俺を見てロクな飯に有り付けると思ってんのか?」

 

「でしょうね」

 

「くそ〜……こうなったら最悪、学院の庭に生えてるシロッテの木の枝でもかぶり付いて──」

 

 なんかものすごく侘しいこと言ってるが、いいタイミングかもしれない。

 

「だったらちょうど都合よく手持ちがあるんでどうです? 本来ならオヤツなんですが」

 

「俺は最高の生徒を持ったぜ!」

 

「途端に復活したな……」

 

 今さっきまで痩せこけてた顔に一瞬艶が戻った気がした。

 

「で、モノは何だ? この際オヤツだろうがなんだって構わねえ!」

 

「まあ、これですけど……」

 

「ん? なんだ、パンケーキか?」

 

 俺がバスケットから取り出したものを見てグレン先生が首を傾げる。

 

「生地は似てますけど、違います。名前は、『どら焼き』って言うんですけど」

 

「へぇ〜……ああ、確か東方にそんな名前の菓子があったなんて聞いたことあるなぁ」

 

「まあ、風習とかそれなりに似てるみたいですけど」

 

 偶に日本特有のことわざが聞こえたり、食材を見かけたりする度に東方という言葉が飛んでいるからな。

 

「へぇ……珍しいお菓子ね」

 

「わあ、おいしそうだね」

 

「なんだったら、2人も食べてみるか? せっかくだから意見聞きたいし」

 

「ん? これって、リョウの手作りなの?」

 

 システィが意外なものを見る目で俺を見る。

 

「そりゃ、遠い陸地の食べ物がこんなポンポンと出るわけないでしょ。こうやって手作りでもしなきゃさ」

 

「へ〜、リョウ君って料理できたんだ」

 

「俺を何だと思ってたんだよ。これでも甘いものが好きだからスイーツ作りが趣味でな。いや、それはいいからとりあえず食べて意見聞かせてくれ」

 

「任せろ。ここに来るまで暇あればフェジテの料理という料理全てを喰らい尽くしたこの食通のグレン様が貴重な意見を聞かせてやらあ」

 

 この学院に来るまでどんだけ暇してたんだよ、あんた。

 

「……ん〜、不思議な食感ね」

 

「でもしっとりして程よい甘さでおいし〜♪」

 

「ああ、あんこな。豆を煮て裏漉しして、更に砂糖と水加えて火を入れるんだ。これ結構技術いるぞ」

 

 ちなみに普通あんこは小豆を使うのだが、それは手に入らなかったのでキルアの豆を代用してみた。意外とイケてたのでそのままどら焼きに使った。

 

「ん〜……まあ、そのあんこってのはいいとして、それ挟んでる生地の火入れにバラツキが出てんな」

 

「ですよね〜……」

 

 だってこっちのコンロ……じゃなくて、竃じゃ旧式過ぎて火入れとかかなり面倒臭いんだよな。

 

「まあ、一流には程遠いとは思うが、ガキには丁度いいレベルじゃねえか。ま、俺の舌を唸らせたきゃもう少し腕を上げるんだな。一応期待して待ってるぜ」

 

「なんで施し受けたあんたが上から目線なのよ……」

 

「ガキレベルには、か……」

 

「リョウ君?」

 

「ん? あ、いやなんでもねえ。とりあえず貴重な意見ありがとうございます」

 

 まあ、それくらいなら大丈夫そうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、リョウ君って何処から来たんだっけ?」

 

「え? 何処からって……急にどうしたのルミア?」

 

「うん、ちょっとね……リョウ君、自分のこと話したことってあんまりないから」

 

「……言われてみれば。最近はそうでもないけど、学院に来た頃は私達が話しかけなきゃ全然喋ろうとしなかったものね」

 

 半年前、リョウ君が学院に入った当初は私達には無関心って感じで、みんなも中々彼に話しかけようとはしていなかった。

 

 色々あって打ち解けてみると、なんかリョウ君は他の人達とは何処か雰囲気が違うような、そんな違和感を覚えていた。

 

「リョウ君が学院に来てからもう半年くらい経つけど……私達、リョウ君のことあまり知らないよね」

 

「そうね……」

 

 どうにかしてリョウ君のこともう少し理解できないかなと思っていた時だった。

 

「よーし、そろそろオヤツにするかー!」

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

「うん、今の声って……」

 

 妙に聞き覚えのある声が近いところから聞こえてきた。

 

「どの?」

 

「えっと、あっちから……」

 

「ん〜? あれって、リョウ?」

 

「そうだね」

 

 ボンヤリとだけど、リョウ君が広場でバスケットを持って立っていた。

 

「ほーら、今日は俺が作ってきたんだぜー! みんなほしいかー!」

 

「「…………」」

 

「……誰?」

 

「えっと、リョウ君だよ……多分」

 

 明らかにリョウ君の姿の筈なのに、学院の時とテンションがまるで違うので私も自信を持って答えられなかった。

 

「……普段と全然雰囲気違うわね」

 

「うん。でも……楽しそうだね」

 

「そうね、あんなリョウ初めて見たわ」

 

 今日持ってきたどら焼きを子供達に配っているみたいだけど、その時のリョウ君は子供達と同じくらいの無邪気な笑顔で本当に楽しそうだ。

 

「じゃ、今日はここまでだな。みんなも帰りは気をつけろよー!」

 

『『『おかしのお兄ちゃんもねー!』』』

 

「はいはい。じゃ、バイバ━━……い」

 

 いざ帰ろうとしたのか、踵を返すと私達の存在を認識したのか顔を痙攣らせた。

 

「あ、あはは……」

 

「ぐ、偶然ね……」

 

「……いつから見てた?」

 

 さっきの楽しそうな表情から一変して目を細めて聞いてくる。

 

「その、リョウ君がお菓子あげてるところから……」

 

「……できれば他言無用で頼む」

 

「それはいいけど、お菓子のお兄ちゃんね〜。あんたがあんな子供好きだとは思わなかったわね。学院の時と全然口調も雰囲気も違うし」

 

 システィは面白いものを見れたと思ったからか、リョウ君をからかう。

 

「流石に子供の前で淡々とした態度はしないよ。言動だって気をつけないと悪い言葉覚えてそれを日常で多用する子供なんて見てらんないしな……子供って良し悪し関わらず大人のやることみんな真似したがるから」

 

「へ〜、いいお兄ちゃんだ」

 

 リョウ君もシスティとは違った意味で面倒見がいいのかな。

 

「……じゃ、俺はこれで帰るから」

 

「あ、せっかくだから一緒に行っていい?」

 

「え? いや、行ってもつまらないと思うが……」

 

「私は見てみたいんだけどな〜。リョウ君の家」

 

 せっかくの機会だし、前はなんだかんだ理由をつけられて見に行けなかったし。少しはリョウ君のことわかるかもしれないし。

 

「いや、けどな……」

 

「あ、今日作ってくれたどら焼き美味しかったな。みんなにも言っておこっか? 子供達にも喜んでもらえた──」

 

「よし行こう。どら焼きもまだ少し残ってるから馳走もする」

 

「やった♪」

 

 どうにかリョウ君の家に向かうことには成功した。

 

「……最近、ルミアの黒い部分が見え隠れしてる気がするんだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、ここって……」

 

「馬小屋?」

 

 リョウ君の家に向かってみれば、そこには年代物の馬小屋のようなものが一軒建っているだけだった。

 

「ああ。元は馬小屋だったのをどうにかこうにか改築して住めるようにしたってとこ」

 

「ええっと……あんたって、両親は?」

 

 私も同じことを思っていたが、システィが先に尋ねる。

 

「……死んでるわけじゃない。けど、下手すれば二度と会えないかもしれない」

 

「それって……」

 

「ああ、すっごく説明しづらいからあまり聞かれたくなかったけど……別に重苦しい事情がどうとかじゃないんだ。ただ、気がついたらそうなったってだけで」

 

 気になる言い方だったけど、それからリョウ君はこれ以上は話さないという風に別の話題に切り換える。

 

「んで、この街にポツンと彷徨ってた俺をあの子達が見つけてな……俺のことを親に言ったんだ。そしてどうにか俺を住まわせてくれないかって頼み込んだんだけど流石に見ず知らずで事情もわからない俺のことをあげるなんてできないだろうし、俺もそんな気はなかったんだけどな。でも、その中でひとり、元々馬小屋だったここを譲ってくれた人がいてな。それから他の親達も使わなくなった家具やちょっとの食べ物も融通してくれて、どうにか生活できるようになったんだ」

 

 本当に感謝しかないと言って、失敗作なのか少し形の悪いどら焼きをテーブルに運んできた。

 

「それでその条件というかなんというか……放課後とか休日とか暇な時には子供達の相手をしてくれないかと頼まれてな。まあ、忙しくて子供に構ってやれない人もいたし……俺としても手伝えることがあるならしたかったしな」

 

 まあ、最初は本当に大変だったけどなと遠い目をしていたが、うんざりとした風に話さないあたり、本当にあの子達が好きで感謝してるんだなってわかる。

 

「いい人達だね」

 

「うん。だから子供達のことだけじゃなくて何か俺にできる礼を考えてどら焼きならと思ったが、これを礼というにはまだ遠いな」

 

 どうしたものかと頭をかいて困った困ったと頭を横に振った。

 

「仕事の手伝いとかは考えてないの?」

 

「もちろん最初に考えたが、単なる力作業だけならまだしも接客に管理……頭を使う作業が多くて勝手が掴めそうになかったんだよ」

 

 まあ、大人の仕事っていうのは大変だろうしな〜とシスティと同調した。

 

「とりあえず学院で学んだ知識をどうにかこうにかしてあの人達に分け与えられないか俺なりに実験繰り返してんだよな」

 

 そう言って視線を移すといくつか妙な箱が並んでいるのが見える。

 

「あの箱は何?」

 

「錬金術利用して量産した鉱物の数々」

 

「……あんた、これ金にでも換える気じゃないでしょうね? 言っておくけど、金じゃなくてもそれ魔導法第23条乙項に反してるわよ」

 

「誰が売るか。第一こんな人工物に価値なんてないだろう。そもそも装飾物に使われる石なんて本当に一握りの────それに自然で創られる石は──」

 

 何か急に石の事に関して語り始めた。マントルだとか、プレートテクトニクスとか聞きなれない単語が気になったけど、口を挟む隙がなかった。

 

 下手をすればメルガリウスの城関連のシスティと同じくらいのレベルの語りぶりだった。

 

 それから数時間、もうお礼の話がどこかに行っちゃったみたい。今日はリョウ君の知らない一面をいくつも見たなぁとよくわからない話を聴きながら思った。

 

 でも、私達にはよくわからない話をまるで常識のひとつのように長々と話しているリョウ君は一体何処から来たんだろうという疑問が強くなった日でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、お菓子のお兄ちゃん♪」

 

「「「…………」」」

 

 教室に入って真っ先にグレン先生が挨拶を交わしてきた。何故か昨日子供達が口にしていたリョウ君の愛称を使って。

 

「……先生、それ何処で?」

 

「昨日偶然お前がガキ供にどら焼き配ってるのを見てな。い〜や〜……まさかお前があ〜んなだらしのない顔してガキ共とごっこ遊びしていたなんてな〜」

 

 グレン先生は新しいオモチャでも見つけた子供のようなテンションで悪い顔を浮かべながらリョウ君をからかう。

 

「それに〜、女の子達から花もらってチヤホヤされてたり〜? お前って、実はロリコ──」

 

「『光牙』」

 

 静かな呪文が教室内に響くと同時に眩い光がグレン先生の前で一閃した。

 

「…………」

 

「言いたいことはそれだけですか?」

 

 顔か表情が消え、目からは光が失せたリョウ君が右手から光の剣をグレン先生に向けて言う。

 

「お、おおおお、落ち着こうリョウ君。人間は話し合い、考えることのできる生き物であってだな……」

 

「問答無用。続きはあの世から話すんですね」

 

「い、命だけはお助けを〜!」

 

 それからグレン先生と光の剣を構えたリョウ君の鬼ごっこが数時間続くことになった。

 

 ついでにリョウ君が子供好きだったということと子供達から呼ばれた愛称があっという間にクラス内に広まってしばらくそれでクラスメート達からからかわれて恥ずかしさで悶え続けることになった。



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学院競技祭
第5話


「はーい、『飛行競争』の種目に出たい人いますかー?」

 

 教室にて、システィが壇上に立ってみんなに尋ねる。今回は授業ではなく、とある行事のためのホームルームというとこだ。

 

「はぁ、困ったなぁ……来週には競技祭だっていうのに」

 

 これがホームルームの議題。どうやら来週には競技祭……地球でやっていた体育祭などに魔術要素を取り入れた学園行事といえばいいだろうか。

 

 今回はそれぞれの競技に出る選手を決めるために会議してるのだが、みんなどれにも出ようとしていない。まあ、体育祭でもわざわざ自分から参加したいって人は少ないから決めかねるのは当然のような気もするのだが。

 

「ねえ、リョウ君は何か出ようって思わないの?」

 

 俺がボ〜ッとしてると、ルミアが尋ねてくる。

 

「いや、俺どの競技の内容もよく知らないし……使える魔術の限られてる俺が出たところで優秀賞狙うことすらできないと思うが」

 

「そうかな〜? リョウ君、運動神経だっていいし……攻性呪文(アサルト・スペル)を主体にした競技ならいい線行くと思うけどな〜」

 

 勘弁してくれ……。そしてシスティ、その『あぁ……』と微妙に納得するように頷くのやめろ。まさかと思うが、参加させる気じゃないよな。

 

「とりあえず、去年出られなかった人もいるし。リョウ君は初めてなんだから思い切って出て見ない?」

 

「嫌だよ……」

 

「出たってどうせ負けるし」

 

 俺も気乗りしないが、クラスのみんなはそれ以上に忌避している様子から察するに、何処かのクラスに強豪がいるということだろう。もしくは大体学年トップ10に入る生徒が多く出るためなのか。

 

「勝つだけが競技祭の全てじゃないんだから……」

 

 システィはシスティでどうにかしてみんなに出てもらって思い出づくり……がしたいんだろうが、トップ集団が相手となるのならよっぽど確たる要素を上げない限り、やる気なんて出ないだろう。かく言う俺もそんな感じだし。

 

 それからもシスティは粘るが、みんな中々首を縦に振らない、そんな時間が過ぎていく。

 

「全く、お情けでみんなに出番を与えようとするから滞るんだ。そもそも今回は女王陛下が御来臨されるんだぞ。そうでなくとも、魔導省の官僚や宮廷魔道士団の団員の方々なども数多く来る行事なんだ」

 

「そうだったのか?」

 

「う、うん……」

 

 俺は内容は知らないし、わざわざ観戦する人達がどんな集まりかなんて尚更なのでルミアに確認してみるが、どうやら近年の競技祭は将来の進路のため、教師達の顔を立てるためのの足掛かりとして各方面のお偉いさんにアピールする数少ない魔術系の行事。

 

 なのでどの競技でも成績上位者を出場させて勝ちを狙いにくるのが定石のようだ。

 

「なるほど……てかそれって、競技祭とは名ばかりの生徒を使った品評会みたいなもんじゃん」

 

「そうよ。そんなの決して競技祭だなんて言えないわ。毎年そんな勝ち方でつまらなくないの?」

 

「はぁ……システィーナ、いい加減にしないかい?」

 

 システィの言葉に呆れたように、ため息混じりに呟きながらギイブルが席を立つ。

 

「つまるつまらないの問題じゃないだろう。今回の競技祭の優勝クラスには女王陛下から直々に勲章を賜る栄誉が与えられるんだ。みんな躍起になって優勝を狙う筈さ。特にハーレイ先生率いる一組は一番の難敵と言っていい。足手纏いにやらせるくらいなら他のクラスと同じように、全競技を僕や君などの成績上位者で固めて出場すべきだ」

 

「ギイブル、あんた本気で言ってるの?」

 

「当然だろう」

 

 一触即発。システィの言い分もある程度共感できるが、実際勝算もなしに出場させるくらいならギイブルのように上位成績者で出場させる方が堅実的な方法とも取れる。

 

 このままじゃ確実にクラス内に亀裂が入るなと思いながらどう切り出そうかと思った時だった。

 

「話は聞いた! ここは俺に任せろ! この、グレン=レーダス大先生様にな──!」

 

 教室のドアが勢いよく開いたかと思えば、グレン先生がキメ顔で飛び込んできた。

 

「ややこしいのが来た……」

 

 ピリピリした空気が霧散したのはいいが、厄介なのが来たと言わんばかりにシスティが頭を抱えた。

 

「喧嘩はやめるんだお前達。争いは何も生まない。なにより……俺達は、優勝というひとつの目的を目指して共に戦う仲間達じゃないか!」

 

 爽やかな顔をして普段なら絶対言わないような台詞を前にクラスのみんなが引いていた。

 

「先生、普段のあなたのイメージを考えたらその顔とセリフは滅茶苦茶キモいですよ」

 

『『『言っちゃったよ!』』』

 

 心からの言葉を言い放ったらクラスメート全員に驚かれた。いや、みんなの気持ちを代弁してやったんだから感謝しなよ。

 

「リョウ、テメェ後で表出ろ。まあ、なんだ……随分と難航してるみてえだな。たく、やる気あんのか? 他のクラスはとっくに各種目の出場選手決めて来週に向けて練習してるっつうのに、意識の差が知れるぜ」

 

「『お前らの好きにしろ』ってやる気のなさ全開のあなたが何今更言ってんですか!」

 

「……え? 俺、そんなこと言ったか? マジで覚えがねえんだが」

 

「あんたは……」

 

 どうやら思いっきり意識が上空を舞っていたのか、全然話を聞いてなかった上での空返事だったみたいだ。

 

「まあ、このままくっちゃべっても決まらない以上、俺が超カリスマ魔術講師的英断力を駆使してお前らに合った競技を選んでやるそ」

 

 それからシスティの手から競技祭の内容が書かれてるだろう紙を引ったくって目を通す。

 

「なあ、白猫。これって、毎年同じ競技なのか?」

 

「違うわ。大目玉の『決闘戦』とか他一部を除いて内容が一部変わってたり、全く新しい競技を作られたりなんかもするからほとんどが去年と同じなんてのは早々ないわ」

 

「なるほどな〜……そうなるとここは……で、これは今年初の競技か」

 

 それから数分間ブツブツと目を通すと、顔をあげる。

 

「うし、決まった。一度しか言わねえから自分の名前出たら絶対覚えろよ。まず、最大の目玉の『決闘戦』なんだが、こいつは白猫、ギイブル……そしてカッシュで行け」

 

「「……え?」」

 

 疑問の声を上げたのは名前を呼ばれたシスティとカッシュのものだった。

 

「それから『暗号早解き』がウェンディ。『精神防御』……はルミア以外ありえねえわ。『飛行競争』は……」

 

 それから次々と競技名とクラスメートの名前が挙がるが、今のところ被ってる人間は誰もいなかった。

 

「……で、今年初の『ランド・パニック』はリョウだな」

 

「え?」

 

「以上だ。これで出場枠は埋まったな。何か質問はあるか?」

 

「ありますわ! なぜわたくしが『決闘戦』ではありませんの!? 私はカッシュさんより成績は優秀ですことよ!」

 

 声を上げたのはいかにもお嬢様と言った雰囲気のウェンディだ。自分で言ってるように、貴族のお嬢様でシスティをライバル視していることもあってか、たしかに成績も実技も優秀な方ではあるのだが……。

 

「ああ、お前……確かに呪文の数も知識も魔術容量(キャパシティ)もすげえんだが、ドン臭ぇところがあるからなぁ。突発的な事故に弱ぇし偶に呪文噛むし」

 

 そう。一言で言えばウェンディは所謂ドジっ娘なのだ。以前何もないところで躓いて転んでしまったところを目撃して恨めしい目で睨まれたこともある。

 

「けど、『暗号早解き』ならお前の独壇場だ。お前の[リード・ランゲージ]でポイント稼ぎ頼むわ」

 

「まあ、そういうことでしたら……言い方が癪に触りますが……」

 

「じゃあ、先生。俺は何故よりにもよって初参加で初競技に? ていうか、内容は?」

 

「ああ、『ランド・パニック』ってのは見たところ、障害物いっぱいのフィールドで他クラス全員集まっての魔術戦闘みてえだな」

 

「なるほどなるほど──って、それってつまりは魔術ありのバトルロワイヤルってことでしょ! そんな中で俺、圧倒的に不利じゃないですか!?」

 

 使える呪文の数の少ない俺じゃあ数の暴力で狙い撃ちされたら勝ち目ないじゃん。

 

「そうでもねえ。今回用意されるフィールドは石柱や樹木などが主だ。お前、結構身軽だからそこら辺上手く立ち回ればなんとかなるだろ」

 

「でも、魔術は……?」

 

「それも問題ねえだろ。大体の奴が覚えてるのは基本の三属呪文とその対策……持ってる奴は持ってるだろうが、その他一部だけだ。お前のお得意の魔術の特性とメリットも考えればこの競技が一番勝率が高い」

 

 メリットって言ったらアレのことだよな。まあ、最近鍛えたおかげか色んな用途で使えるようにもなってるがな。

 

 そしてグレン先生は他のみんなにもそれぞれの競技を選んだ理由、各々の長所を説明していく。聞けば聞くほどシスティの望んでいた展開まっしぐらな光景だった。

 

「てな具合だ。他に質問はないな?」

 

「……先生、いい加減にしてくれませんか? 勝ちに行くと言ってましたが、そんな編成で本当に勝てると思ってるんですか?」

 

 グレン先生の編成を傾聴して尚ギイブルは反対意見を崩さなかった。

 

「何だギイブル。お前は他に何か妙案でもあるのか? まあ、使えるなら使うに越したことはねえから一応聞いてやるよ」

 

「本気で言ってるんですか? そんなの、全種目を成績上位者で固めることですよ! それはどのクラスでも毎年やってることでしょう!」

 

「……え?」

 

 これはグレン先生の疑問の声。ていうか、何でそんな声を上げるんだよ……あんたも教師なら学園の行事くらい知って──いや、よくよく考えたら記憶になくても無理はないか。グレン先生は一節詠唱ができない……そしてグレン先生の学生時代でも同じような風潮が既に出来上がってたとしたら、一度も出場できなかったに違いない。そうなれば自分には関係ないと記憶から弾き出すに決まってる。

 

 そこまで予想してからグレン先生を見ると、ものすごい悪い顔していた。

 

 ああ、これはギイブルの意見を取り入れる展開になりそうだ。ていうか、そもそも何故グレン先生が魔術競技祭にやる気出してるんだと疑問が湧いた。いくらこの国のトップが来臨するからって、グレン先生は名声を求めるような性格じゃなかった筈だ。そんな人がやる気を出すと言ったらもっと自分に益がありそうな、例えば金銭とか……あ、わかった。

 

 恐らく、優勝したクラスにボーナスが出るとかそんなんだろうな。あのグレン先生の事だからまた性懲りもなく給料をギャンブルに使ったか何かしたんだろう。そして急遽新たな金が必要になった……そんなところだろうな。

 

 動機がわかったところで呆れ果てたが、この展開はシスティからすれば好都合だろう。それに、俺個人としてもそういういかにもな一致団結で体育祭に臨む展開は楽しみたかったこともあるからここらでひとつ便乗してみるとするかな。

 

「いいんじゃないか、ギイブル。この編成なら優勝も夢じゃないと思うが」

 

「リョウ……君だって出場するのを渋っていたんじゃないのか」

 

「まあ、具体的性に乏しいままだったらギイブルの意見に傾いてたかもだけど……ひとりふたりだけならともかく、全員の得意分野はもちろん、なんてことない生活の一部からみんなの長所も読み取ってそれに合った競技に入れてくれた。ただ成績優秀者を出すよりよっぽど勝てそうだし、面白そうじゃん」

 

「あのな……これは遊びじゃないんだよ。滅多に技比べのできる機会のない僕達の数少ない見せ場なんだ」

 

「だからこそチャンスだと思わない? 普通は成績優秀者を出すのが当たり前の行事に一見滅茶苦茶に見えるこの編成で勝ちを取る。花火上げるなら小さなやつパチパチを続けるよりもデカイのバンバンした方が面白いだろう」

 

「…………」

 

「それにこれは祭だ……それも年に何度か行われるね。将来のことを考えるのもいいけど、まずは陛下の前だからって怯臆しないで自分の得意分野をそれぞれの競技で思いっきり出して今の自身の可能性を確かめるという意味でも全員参加がいいと思うんだが……システィは?」

 

「もちろん、賛成よ! 先生が珍しくここまで考えて組んだ編成だもの。これで女王陛下の前だからとかで尻込みしてたんじゃ、それこそ無様じゃない!」

 

 それからは追い風に乗るようにシスティがみんなに向き合い、真摯な表情で説得する。反対にグレン先生からは余計なことをとでも言うような目で見られてるが。

 

「まあ、せっかく先生が数少ないやる気を出してくれたんだから、私達も精一杯頑張るから……期待しててくださいね」

 

「お、おう……任せたぜ」

 

 いつもとは違う、邪気一切なしに莞爾とした顔で言われたからか、グレン先生は表情を強張らせながらもガッツポーズで頷く。

 

「う〜ん……なんか、噛み合ってない気がするなぁ」

 

 そりゃあ二人の競技祭に求めるものが同じようで全く異なるんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時間は経って俺達のクラスは中庭で競技祭に向けての練習真っ最中だ。

 

「はぁ、まったく呑気なもんだ……人の気も知らないで」

 

「残念でしたね。ボーナスがかかっていたのに」

 

「正確には特別賞与だけどな。ていうか、テメェ知ってて誘導してやがったか!」

 

 グレン先生が俺の胸ぐらを掴んで持ち上げようとするところを回避する。

 

「まあ、どうせ賭け事ですったとかそんな事だろうかなとは思ってましたけど」

 

「そ、そんな事は……ねぇぞ〜」

 

 俺の予想にグレン先生は明らかに目をあちこちに泳がせて動揺していた。

 

「全っ然誤魔化せてませんから。んで、給金の前借りか小遣い強請ってか知りませんけど、競技祭で優勝すればさっき言ってた特別賞与がもらえるから頑張りなさいって学院長にでも言われたってとこでしょうか」

 

「……大正解だよ。お前、余計な所で勘が鋭いよな」

 

「よく考えればみんなわかりそうなもんなんですけどね。ま、クラス全員で参加できるのが珍しいからか、みんな浮き足立ってますしね。じゃあ、俺も練習と相談があるんで先生も給料のためでもなんでもいいですから優勝させるために頑張ってください」

 

 俺は逃げるようにみんなの練習場へと移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうわけだから、先生が言ったように……セシルは読書で培われた集中力があるから、視野を余裕の持てる範囲まで絞って静かに待つ。後はターゲットが範囲内に来るのを待ち構えるんだ。人間は視界の真ん中辺りよりも端の方が反射行動が働きやすいからな」

 

「うん……それにしても、リョウって先生ほどじゃないにしても何気に色々知ってるよね。カッシュやリンにも結構的確なアドバイス送るし」

 

 まあ、カッシュとは運動部の語り合いに近いし、リンには偶々仕入れた色彩学の知識が役に立ったし、セシルにはゲームセンターに通ってた時にやりまくってたガンシューティングや音ゲーでハイスコア叩き出すコツが役に立ちそうだったしな。

 

「さっきから勝手なことばかり……いい加減にしろよ!」

 

「ん、何だ?」

 

「今の声って……カッシュ?」

 

 どうも中庭の中心辺りが騒がしくなっている。見るとカッシュが見慣れない奴と揉めているようだ。騒ぎを聞いてグレン先生も歩み寄って来る。

 

「おーい、一体何があった?」

 

「あ、先生……こいつら、後から来た癖に勝手ばかり言って──」

 

「うるさい! お前ら二組の連中、ごちゃごちゃと大勢で鬱陶しいんだよ! ここは俺達が練習するんだからさっさとどっか行けよ!」

 

「なんだと!」

 

 突然やってきた男子が余計な事を言う所為でいよいよ喧嘩に発展しそうだった。

 

「あ〜、お前ら両方落ち着け」

 

「「ぐっ……!? く、首が……」」

 

 すげぇ……。片手ずつで結構体格のいい高校生男子持ち上げてるよ。

 

「お前、一組の奴だな。お前らも練習なのか?」

 

見慣れないと思ったら別クラスの生徒らしい。そりゃあ知らんわけだ。

 

「あ、はい……ハーレイ先生の指示で、場所取りを……」

 

「あ〜、こっちはこんだけいるもんな。ちっと場所取りすぎたか……全体的にもうちょい端っこ詰めておくから、それで手を打ってくんねえか?」

 

「え、ええ……場所さえ空けてもらえるなら──」

 

「何をしている、クライス! さっさと取っておけと言っただらろう! まだなのか!」

 

 ようやく話が丸く収まりそうなところに嫌な声が中庭に響いた。嫌な予感がしつつも視線を別方向に向けると校舎の方からいかにも自分エリートですなんて言わんばかりの雰囲気を醸し出してる教師用のローブを纏った眼鏡をかけた二十代後半の青年がズカズカと近づいてきた。

 

「あ、ユーレイ先輩、ちーっす」

 

「ハーレイだ! 貴様、何度人の名前を間違えれば気が済む!」

 

 なんか示し合わせたかのような流れのいいボケツッコミの応酬だった。

 

 ちなみにこのハーレイ先生、学院の講師の中でも有数の第五階梯(クインデ)の称号を持つ優秀な講師として有名だが、エリート思考が強くて成績優秀者にはそれなりに優遇するが、それ以外は基本冷たい面がある

 

 以前俺が授業でわからない所を質問してもそんな基礎など自分で調べろなんて一蹴する始末だった。まあ、その後でルミアから教わったからいいけど。ともかく俺としてはあまり好きになれない教師である。

 

「それよりグレン=レーダス。貴様は今回の競技祭、クラス全員を最低ひとつの種目に参加させるつもりらしいな?」

 

「ああ、まぁ、そうなっちゃったっていうか……流れでというか……」

 

 しかもこの2人、水と油というか……馬が合わないというか……まあ、ハーレイ先生がいつもグレン先生にあれこれ一方的に捲し立ててるだけなんだが。

 

 どうも非常勤講師として赴任していた時期から目の敵にしてるようで、あの覚醒の噂が立ってからは更に拍車がかかったように敵視するようになった。まあ、自分の生徒の何人かもグレン先生の授業に行ったことからの嫉妬なんだろうが。

 

「ちっ……まあいい。とにかくさっさと場所を空けろ」

 

「あぁ、はいはい。今すぐに……とりあえず、あの木の辺りまで空ければ十分ですかね?」

 

「何を言ってる? 貴様ら二組のクラスは全員疾く中庭から出て行けと言ってるのだ」

 

 その言葉には二組全員がシンと静まるには十分な威力があった。

 

「あのぉ、先輩……そりゃあいくらなんでも横暴ってもんでしょ」

 

「何が横暴なものか。私とて貴様が本当に勝つ気でいるというなら場所を公平に分けるのも吝かではなかっただろう。だが、貴様はそのような成績下位の……しかもあろうことか、魔術の基礎すら知らん無能までも使ってる始末だからな! 勝つ気のないクラスが、使えない雑魚同士で群れ集まって場所を占有するなど迷惑千万だ! とっとと失せろ!」

 

 ハーレイ先生の倨慢とした態度と邪慳な言い方にクラスメート達が顰蹙していく。グレン先生も今の発言に何か思い出したのか、目を伏せて拳を握っていた。

 

 まあ、俺が魔術の基礎も知らない無能だっていうのは大体合ってるから否定しようもないんだけど、流石に他はイラッと来たな。

 

「……宝石鑑定士みたいに神経質な人だなぁ」

 

「なに?」

 

「いや、なんとなくハーレイ先生の姿がそんな感じだったなぁって。不純物のついたものは切り捨てて、綺麗なものをとにかく取り揃えていく。というか、不純物削ぎ落として宝石の価値を上げていく職人っていうべきか」

 

 俺の登場と発言に一組も二組も、果ては教師達もが困惑しているのが見える。

 

「ふん。いきなり出てきたかと思えば、妙に洒落た事を言う。まあ、否定はせん。そう言うなら無能の貴様でもわかろう? 何の価値もない不純物などあるだけ邪魔。その宝石の価値を下げるだけだ。故に王族の前に出しても恥ずかしくないモノを磨き上げて公共の場に披露するのは職人として当然のことだろう」

 

 俺の言葉に乗って似たような物言いでハーレイ先生は先程と似たような口ぶりで言う。

 

「……お言葉ですけどね。宝石……例えばダイヤモンドとかって、あまり大きい物は見ないですよね?」

 

「……突然何だ?」

 

「そういうのは熱された物質が冷えて固まる段階で大抵不純物が付いている……更にその宝石の輝きをより強調しようと削りに削った結果、綺麗な結晶部分までも削ぎ落とした所為で宝石は掘り出した当時と比べてかなり小さくなるんですよ。そんな小さな宝石を作るためにそれを囲っていた大部分のものは何処に行っちゃうんでしょうね?」

 

 その面倒な工程の所為でウン十万と高額になるからアクセサリー系の宝石とは本当に邪道だなと向こうで結構思ってた。

 

「貴様、何の話をしているのだ?」

 

「まあ、要するに……結晶を支える不純物の集まり、花崗岩だとかなくして綺麗な結晶なんて作れない。色んな粒が集まって熱によって溶けては凝固し、また溶解して凝固を繰り返して綺麗なものを造っていくように……グレン先生が俺達に熱を入れて、上位下位関係なしに勝つ為の結晶を少しずつ積み上げてくれてる。ただ下位だ不純物だとえり好みで削るだけのアンタと違って立派に教師してくれてんだ!」

 

「ぐ……」

 

「アンタみたいに選り好みして削るだけの奴は勢いの余りに大事なもんまでどんどん無くしていくよな。例えば……アンタの毛根とかな」

 

『『『ぶっ!』』』

 

 何処からか笑いを堪えようとしたのが間に合わずに吹き出した音がいくつかした。

 

 実はこの教師、二十代の割に生え際が後退しかかってるのがコンプレックスだというのも割と有名だったりする。

 

「き、貴様……」

 

 ハーレイ先生が怒りに震えだす。だが、今怒るべきはそこではないだろうと自分に言い聞かせたのか、深呼吸して気を鎮める。

 

「ふん。教師に対して随分と無礼な口を叩くな。貴様の言い分はとどのつまり、全員一丸となって競技祭をしようなどというただの綺麗事だ。これは遊びではなく、真剣な勝負だ! なれば成績上位者を使いまわして優勝を狙うのが定石だろう!」

 

「そんな見た目だけに拘泥した人工鉱物でですか? 本当、その手の俗物は嫌ですよ。そうやって気付かずに宝石傷つけてちょっとでも汚れたら捨てるようなクズは」

 

「な、貴様……無能の分際で教師に暴言か」

 

「アンタこそ、教師の癖に随分な問題発言のオンパレードだっただろうが。教師なら迷える生徒に手を差し出すのが務めだろう。なのに成績の優秀なやつだけ優遇して大半が切り捨て……こんなザマで何が教師だ。学院長もアルフォネア教授も毎日心労が募るでしょうね。こんな教師の風上にも置けないような俗物ばかり相手にしなきゃいけないんですから」

 

「この……」

 

 ハーレイ先生も流石に我慢の限界なのか、手袋を外そうとしていた。大方決闘でも申し込むんだろうが、こっちとしては相手が格上だろうが望むところだった。

 

 そんな張り詰めた空気の中、俺達の間に割って入る影があった。

 

「あ〜、はいはい……リョウもハーなんとか先輩も落ち着いてくださいな」

 

「何だグレン=レーダス。私はこの無礼者に灸を据えねば……」

 

「まあ、今のは水に流してとりあえず場所はお互い分け合うことで落ち着いてはくれませんかね?」

 

「ふざけるな。貴様らはさっさと出て行けと言った筈──」

 

「給料三ヶ月分」

 

「……何?」

 

「二組は二組のやり方で……先輩達は先輩達のやり方で競技祭に出て、勝負をしようってことですよ。給料三ヶ月分……俺はこいつらの勝利に賭けますよ」

 

「な、き、貴様……正気か!?」

 

「正気も正気。マジで勝ちにいくって言ったでしょ?」

 

 ハーレイ先生が目に見えて狼狽している。まあ、当然だろう。だいたいの教師達は自分の魔術研究のために給料の大半をその資金に使っていると聞いている。

 

 それを三ヶ月分となれば自分の研究どころか、生活だって危ぶまれる。

 

「あれれ〜? 優秀な教師であるハーなんとか先輩ともあろうお方がまさか格下と言った自分らに恐れをなしてるとでも〜?」

 

「ぐ、この……魔術師としての誇りも矜持もない、第三階梯(トレデ)の三流魔術師が……」

 

 流石グレン先生……。煽りスキルが人一倍だ。けど何故か焦りがどんどん表情に出てきて果てには脂汗まで出てんですけど……この人まさか、勢いで言ってるのでは?

 

「そこまで言うならいいだろう。私も自分のクラスに給料三ヶ月分だ!」

 

「や、さ〜っすが先輩。そうこなくっちゃ面白くないですよね〜。いやぁ……先輩くらいの教師なら給料も俺と違って相当なんでしょうねぇ……ごっつぁんです」

 

「き、貴様……」

 

「そこまでです、ハーレイ先生」

 

 ここで登場我らが委員長……いや、この学院に生徒会はあってもクラス内の委員なんてないんだけど、リーダー的存在のシスティの御登場だ。

 

「先程から聞いて入ればハーレイ先生、あなたの主張には何処にも正当性が見られません! あなたの発言はグレン先生や二組のみんなに対する侮辱もいいところです! これ以上続けるというのなら講師として人格的にふさわしくない人物がいることを学院上層部で問題にしますが、よろしいですか?」

 

「ぐぅ……っ!? この、親の七光りがぁ……っ!」

 

 システィのご両親の権威はこの教師すらも黙らせる程か。グレン先生には効いてなかったからよくはわからんが、やはり相当の地位の人のようだ。

 

「今ここでそんな低俗な争いをせずとも、グレン先生は逃げも隠れもしません。一週間後の魔術競技祭で正々堂々とハーレイ先生率いるクラスと戦うでしょう……ですよね、先生?」

 

 期待に満ちた、グレン先生を微塵も疑ってない、かつてないほど嬉しそうな顔つきでシスティが問いかける。

 

「お、おう……この俺が教えるんだ。必ず勝つぜ」

 

「く、精々首を洗って待ってろ、グレン=レーダス! 集団競技になった際には、まずお前のクラスから率先して潰してやるからな!」

 

 そんな捨て台詞を置いてハーレイ先生は中庭から去っていった。練習場所の話がどこかに飛んでいったようだが、まあどちらにしてもあんな会話繰り広げた直後に同じ場所で練習は無理だろうな。

 

「……なぁ、リョウ。この際前に作ったどら焼きでもいいからさ。飯……用意できね?」

 

「流石に三ヶ月は無理です」

 

 こっちだって平和的に見えて結構切り詰めた生活なんだからさ。

 

「だよなぁ……」

 

「あのクズに喧嘩売った俺もですけど、何であんな賭け持ちかけたんですか?」

 

「いや、勢いというか……ついな……」

 

 グレン先生もグレン先生でハーレイ先生の発言に怒り新党だったんだろう。ともかく今回の競技祭は随分ハードルが高まったっぽいな。

 

「それにしても、少し見直したわ。グレン先生……もなんだけど、リョウまで教師相手に随分な啖呵を切ったじゃない」

 

「いや、別にお前らのためじゃないんだが……」

 

「それは忘れろ」

 

「何? 照れ隠し?」

 

 グレン先生はマジだろうが、俺も頭に血が昇ってハーレイ先生に向けての発言が自分の趣味の色とヒーローのイメージごちゃ混ぜにしちまってたから恥ずかしいのなんの今気づいちゃったんだよ。

 

「いや、先生。アンタ漢だよ!」

 

「僕、見てて感動しました!」

 

「リョウって……子供好きだって聞いた時も驚きましたが、情熱家だったんだっていうのも意外でしたわね」

 

「その……ちょっと、カッコよかった」

 

 なんかクラスメートからグレン先生と共に欣快の言葉を浴びてるのだが。

 

「ほら、みんな! 二人がここまで私達を信じてくれてるんだもの、絶対に負けるわけがないんだから! みんなで競技祭、勝ち抜くわよ!」

 

『『『おおぉぉ────っ!!』』』

 

 恥ずかしさいっぱいの俺と絶望に彩られた表情のグレン先生を置いてクラスのみんなのテンションが最高潮に上がって意気軒昂となっていた。まあ、士気が上がるのは良いことなんだろうけど。

 

 ちょうどみんながグレン先生の啖呵に舞い上がってるみたいだし、このままグレン先生を持ち上げればさっきの黒歴史も忘れてくれる筈。

 

「あ、先生との決闘なんて無茶しようとしたのはあれだけど……リョウ君もかっこよかったよ」

 

 ──と思ったら、ルミアはちゃっかり覚えてたみたいだった。ともかく、一週間後の競技祭に向けて特訓を続けることになったとさ。

 



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第6話

 グレン先生とハーレイ先生の賭けが始まって一週間、俺達はグレン先生のアドバイスの下練習を続け、いよいよ魔術競技祭当日となったこの日……こっちへ向かっている女王陛下を迎えるために生徒教員全員が待機していた。

 

「ていうか……本当に陛下来んのか?」

 

 俺の隣では顔に窪みが見える程痩せこけたグレン先生が呟いていた。ていうか、今日までどれだけ過酷な食生活だったんだろうこの人。

 

 まあ、今日来るかどうかと聞いたらシスティはグレン先生の様子に気づかないまま来ると力説していた。俺としてもその女王陛下の顔を見るのは今回が初なので気になっていた。

 

 システィが言うには各地の民の視察によく赴くらしく、かなり心根の優しいことで知られているようだ。俺もちょくちょく質問を重ねるが、民の反感を買うような人物像ではなさそうだ。その辺り、日本のお偉いさんも見習ってほしいものだ。

 

「女王陛下の御成り〜〜! 御成〜〜〜っ!」

 

 考えてる間に件の女王陛下が到着したようだ。来臨の合図を聞いた生徒達が大歓声を上げながら拍手していた。うわ……ヒーローステージやアイドルのライブとかとはまた違った盛り上がりようだ。

 

 みんなの視線が注がれてる馬車の窓から身を乗り出した女性が和やかな笑みを浮かべて手を振っていた。あれが女王陛下のようだ。前評判の通り本当に優しそうな人だ。

 

 その笑みは何処と無く誰かと被る、なんて思いながら俺は視線をズラすとルミアが神妙な顔つきで首からぶら下がってるロケットを握りしめていた。

 

 気になったのかシスティがロケットの中身の事を聞くと、中身は何も入っていないことに気づく。いきなりのことに戸惑ったのか、ルミアは動揺してなんでもないように振る舞う。

 

 それから離れた場所で二人の様子を見るが、ルミアが女王陛下を見る目がどことなく寂しそうというか、複雑な色を示してるところを見るとどんな話をしてるか大体想像がつく。

 

 ひと月前のあのテロが終わった後で聞かされたルミアの素性……本来ならこんなところにいる筈のない━━なんていうのはバカらしいか。どんな経緯であれ、彼女はこうしてここにいるのは俺にとっても、システィにとってもよかったと思えることだろう。

 

 だが、彼女は異能者……こっちの歴史は未だによく知らないが、このアルザーノ帝国に隣接するレザリア王国とこの国の教会の関係がものすごい険悪なのと異能者という存在に対する認識が悪いためにそれが明るみになれば戦争待った無しの展開が目に見えるため、それを避けるためのルミアの現在……自分の意思に関係なく家族の下を去ることを強いられ、環境をぐるりと変えられ、当時の彼女はどんな気持ちだったか……。

 

 いや、その複雑な気持ちはきっと今も彼女の中に傷として残っているんだろうな。だから俺からは何も言えないし、姉妹同然の関係であるシスティですらどんな言葉をかけていいかわからないといった様子だ。

 

 だから俺もシスティも何も言わずにただ女王陛下を見送るルミアを横から眺めるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまでもしんみりとした空気でいるわけにもいかないとルミア本人からも言われ、気持ちを切り替えていよいよ魔術競技祭本番となった。

 

 といっても、自分の出番なんて相当先だからやることは応援なんだけどさ。まあ、応援だけじゃなくてもやれることはあるんだけどさ……今もちゃんと競技の様子を見て録ってるし。

 

 ……で、最初の競技は『飛行競争』。一周五キロス(多分日本単位の五キロだと思う)のグラウンドらしい舞台を二十周する空飛ぶマラソンのようなもののようだ。舞台も自由自在に変えられるのは流石魔術学院と感心しながら競技の行く末を眺める。

 

『そして、差し掛かった最終コーナーっ! 二組のロッド君がっ!? 二組のロッド君が、これはどういうことだああぁぁぁぁ!? トップ争いの一角の四組を抜いてそのまま三位でゴールだああぁぁぁぁっ! こんな展開誰が予想できたかああぁぁぁぁ!?』

 

 熱狂的な実況のゴール合図と共に会場に用意された席に座していた観客達からの実況にも負けない拍手喝采。トップでゴールした一組よりも盛り上がっていた。

 

「うそーん……」

 

「いや、アドバイスした本人が何一番意外そうな顔してるんですか」

 

「ああ、正直ここまで奮闘できるとは思ってなかったからな。とはいえ……考えてみれば当然と言えば当然か」

 

「まあ、熱の入り方が他とだいぶ違ってましたしね」

 

 二組意外の選手達は得意顔で俺達を見下しながら最初は余裕のスタートを切っていたが、途中からへばり、ロッドとカイの距離が近づくのを感じると途端に焦りを浮かべてスピードアップするが、それがかえって災いした。

 

 グレン先生のアドバイスでペースは絶対に崩すなと言われていたので、若干動揺したみたいだが二人共最終コーナーまでのびのび……とは言えないが、自分に定められたペースを守り切っていた。

 

「それにお前のアドバイスも若干効いたみたいだしな……一体何を言ったんだ?」

 

「いえ、大したことは……ただ、燕の飛び方をちょこっと教えてただけです」

 

「ツバメ……?」

 

「ああ、俺の故郷にいた鳥の一種です。翼で空気を掴むのがすごく上手い鳥で最高速度に達する時間が他の鳥に比べてかなり短いんですよ」

 

「ほぉ……その鳥の飛び方をあいつらに上手い事説明してアドバイスをねぇ」

 

 俺もあの魔術を知ってから真っ先に会得しようと躍起になっていた。ほら、光の巨人と言ったらやっぱり飛行能力だし。でも、飛行魔術『レビテート・フライ』は俺が思ってるほど単純なものでなく、浮くのはいいが、全く小回りが効かないために苦戦した。

 

 何か別のイメージを当てはめられないかと思って考えたのが燕を連想することだった。おかげで結構飛行能力は上達できたと思う。だが、燃費が半端なかった。

 

「幸先いいですね、先生!」

 

「え……そ、そりゃ当然だ。一周二周のレースだったら速度がモノを言っていただろうが、今回は去年と違い、一周五キロスのコース二十周とやたら距離の長いレースだからな。みんなが去年の『飛行競争』と同じ物差しで練習に臨んでたのを見た時からこうなるのは予想しきっていた。去年と同様のペースで飛行し続けていれば後半には自滅する選手が続出するだろうからあの二人には死んでもペースを守っとけって念を押した甲斐があったってもんだ。まあ、欲を言えばもうひとつ上が欲しかったが、序盤としては上々だ」

 

 予想外の奮闘ぶりを見て興奮していたシスティの言葉に、グレン先生は余裕の態度を装って最初からこうなることを見越していた風に話した。

 

「こ、これって俺達……」

 

「先生についていけば、本当に勝てるんじゃね……?」

 

 この説明と『飛行競争』の順位を見て二組のみんなは気分が高揚し、次なる戦いへの意気が更に高まる。それと反比例してグレン先生の額から汗がだらだらと流れてるが。

 

「うおおおぉぉぉぉ! 勝てる! 勝てるぞ、俺達ぃ!」

 

「ああ! これなら優勝も夢じゃねえ!」

 

「ちっ……マグレで上位に入ったからっていい気になりやがって」

 

「マグレじゃねえ! これは先生の実力だ!」

 

「そうだ! お前らは所詮、先生の掌の上で踊ってるに過ぎないんだよ!」

 

「な、なんだと! おのれ二組が……次からはお前らを率先して狙ってやる!」

 

「へっ! 返り討ちにしてやるぜ! 俺達とグレン先生でな!」

 

「ああ、先生がいれば俺達は無敵だっ!」

 

 そんなグレン先生の心境も知らず、いつの間にか一組と二組だけの戦いに留まらず、ほとんどのクラスを敵に回す羽目になった。いや、元々自クラス以外みんな敵なんだけど。

 

「(ああぁぁぁぁ! どんどんハードルが上がっていく〜〜っ!? マジでやめろお前ら!)」

 

 グレン先生は自分そっちのけで盛り上がってる状況を見て更に脂汗が滲み、胃を押さえていた。

 

「あの、先生……大丈夫ですか?」

 

「ルミア、今はそっとしよう。グレン先生は今内面で色んな敵と戦ってるんだろうから」

 

 主に空きっ腹と胃痛という名の敵に。

 

「あぁ……お前ら二人だけが俺の心のオアシスだぁ……」

 

 これは、本格的にマズイのではないか。流石にそろそろ何かグレン先生の胃に食べ物入れた方が……いや、こっちは俺必要なくなったかな。先生には悪いが、俺よりも適任者がいるからもう少し辛抱してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二組の奮闘ぶりに会場全体が大いに盛り上がっていった。どの競技もトップ3に入り込み、いくつか一位に入ったものもある。

 

『こ、ここまでの競技で一位は一組、二位は五組、そして三位は意外にも二組だあぁ! トップはみなさんも予想した通りハーレイ先生率いる一組だが、三位がまさかの二組だなんてこんな展開誰が予想できたことかぁ! すごい、すごいぞグレン先生率いる二組ぃ!』

 

 実況も観客もトップの一組よりも二組への応援が多くなってきている。しかも他クラスの観客までもが二組の奮闘に見入って応援しているのがチラチラ見えた。やはり成績上位者が出るのが当たり前という認識があるとはいえ、出られない人達は自分もこういった舞台に立ちたいという思いがあるのだろう。だから自分達と立場の近い二組が全員出るというのが意外と思う反面、羨望と共感が出てきたということだろう。

 

「先生っ! みんな上位キープしてますよ!」

 

「ああ、観客の反応もみんなの指揮もいい感じに上がっているな」

 

『さぁ、盛り上がってますねー! 現在トップのハーレイ先生率いる一組! 彼らを追い抜く展開が訪れるのかー!?』

 

 さて、みんなの奮闘に盛り上がるのもいいが、現実を見ればそろそろ誰かが気づくかもしれない。

 

「一組はもう三桁稼ぎましたか……」

 

「あぁ……今はあいつらの奮闘ぶり見てやる気が向上してるから誤魔化せてるが、やっぱ地力の差が数字に出てきてんな」

 

「このまま数が重なれば、近いうちに力の差を感じ始めるでしょうね」

 

「だな…………せめて午前中のうちに順位もうひとつ上げられればいいが」

 

 そう呟きながらグレン先生はプログラムをチェックする。

 

「えっと、残るは二つ……リョウの出る『ランド・パニック』とルミアの『精神防御』。狙うならここしかねえ。つうわけで、頼んだぜ」

 

「軽く言ってくれますね……」

 

 競技どころか出場自体初めての俺にトップを取れとか難しすぎでしょ。

 

「お前ならアレ使えば楽勝だろ。つか、絶対勝て。じゃなきゃ単位取り上げる」

 

「うわ、教師の立場を楯に……」

 

 単位使って脅迫してくるグレン先生に呆れつつ、実際トップを取らなきゃいけない状況なのだから覚悟決めなきゃなと意識を集中させる。

 

 いよいよ俺の出る競技の時間となった。

 

「リョウ! このままトップもぎ取るぞ!」

 

「ここで負けたら承知しませんことよ!」

 

「が、がんばって……っ!」

 

「しっかりしなさいよ!」

 

「リョウ君、ファイト!」

 

 背中越しにクラスメートからの声援を受け、視線を向けずに手をヒラヒラ揺らしながら舞台へと上がっていく。他のクラスの競技者達も舞台へ集まると、地震でも来たかと思わんばかりの揺れが起こったかと思えば舞台のあちこちに石柱や樹木が立っていく。

 

 もう何度も見てるけど、本当に魔術による技術ってすごいなと思った。純粋な科学力で言えばまだ蒸気機関車が途中段階くらいの文明レベルなのに。

 

『さあ、いよいよ始まります! 今年初の競技、『ランド・パニック』! 初の種目に対し、選手達がどのような機転を見せてくれるのか楽しみなところだ!』

 

 実況の人の説明が終わると同時に競技者達が位置に着き、俺も少し腰を落としてスタートの合図を待つ。

 

 それから何秒かすると合図が会場に響き渡り、全員が動き出すと同時に魔術を起動させる。

 

「『雷精の紫電よ』!」

 

「『紅蓮の炎陣よ』!」

 

『「白き冬の嵐よ』!」

 

『「大いなる風よ』!」

 

 そして、それらの魔術が俺へと向かって放たれる━━って俺狙いっ!?

 

「ちょ……『紫影』!」

 

 俺は白魔[フィジカル・ブースト]をスピード特化させて改変したものを使って瞬時にその場から脱出する。これ、元ネタは古代の光の巨人。

 

「なんてふざけてる場合じゃねえ!」

 

 どうやら連中は結託して俺を……というよりは二組を最優先して狙いを定めに来ているようだ。どうやら二組を本格的にダークフォースとして認識したのと俺達の参加に対する姿勢が面白くなかったからだろう。嫌な連中だ……。

 

「もう、初っ端から様子見だとかできる範疇じゃねえな」

 

 俺は再び[フィジカル・ブースト]を唱えて大きめの石柱の影に隠れて詠唱を始める。

 

「『潺湲せよ・月魄の下・我が身に衣を』」

 

 黒魔[アクア・ヴェール]を発動させ、周囲で踊らせながら岩陰から出る。

 

 さて、本当の戦いはここからってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、なんと驚くべき展開だぁ!? 二組のリョウ選手、他クラスの攻性呪文(アサルト・スペル)を身体に纏った水で悉く防ぐ! そしてその水を撓らせてまたひとり場外へと追い出す!』

 

 リョウが[アクア・ヴェール]を発動させてから荒波のように他クラスの競技者の繰り出す攻性呪文(アサルト・スペル)を飲み込みながらひとりひとりを場外へと叩き出していく。

 

「うそ……」

 

「マジか……」

 

 この光景を見ていた二組の生徒達もこの状況を作り出しているのがリョウだということがいまいち信じられないでいた。

 

「あいつ、本当に魔術習って半年程度なのかよ……」

 

「しかも、攻撃力なんて皆無の水で何故あそこまで……」

 

「別に不思議でもねえだろ」

 

 ポソリと呟いたグレンの声が聞こえたのか、システィにルミアとほか何人かの視線がグレンに集中する。

 

「考えてみろ。水が火を消すなんてのは常識だし、電気も通りやすいから盾にすれば避雷針代わりにも使える。風だって大して通らないし、氷結系も凍らされたところで壁としての機能は変わらないし、むしろそれを利用して物理的な攻撃手段にも使える。お前らは魔術の威力ばかり重視してるけどな、水はちょっとばかし扱いは難しいかもしれないが、鍛えれば学生レベルの攻性呪文(アサルト・スペル)なんざ飲み込んじまうんだよ」

 

「しかし、結局攻撃性に欠けてるのは変わらない……」

 

「それも大丈夫だろ」

 

 いちいち説明するのも面倒臭いと言わんばかりにリョウを顎で指し示してみんなに見るのを促すと丁度リョウが更なる反撃に出る。

 

「『紅の華・円陣描きて・波立てよ』!」

 

 更に何組かが攻撃してくるタイミングを見計らってリョウが黒魔[フレイム・ウォール]を三節で唱え発動させ、それを相手の攻撃が着弾する瞬間に合わせ、自身の周囲を踊ってる水に向けて放つと熱され、一気に沸点を振り切り、蒸発してフィールドに擬似的な霧が発生した。

 

『なんとリョウ選手! 自分の操る水を自ら壊して会場に霧を生み出した! これは他の選手はおろか、わたくしも実況を十全にお送りすることも━━あ、また二人! 今度は六組と九組が場外へと飛ばされた! まさかこれはリョウ選手が!? 霧の所為で自分も視界が不安定だというのに何故こうも的確に!?』

 

 それから霧はすぐに消え、フィールドにはリョウと三クラスの競技者だけとなっていた。

 

 そしてリョウの存在を確認した競技者達がすぐに手を向けるが、リョウはいち早く口を開く。

 

「『通電』!」

 

 リョウが足を思い切り踏み付けて詠唱すると、足から紫電が放たれ、それがフィールドを駆けて競技者達の身体を襲う。

 

「「「がっ!?」」」

 

『な、なんと!? 今のは[ショック・ボルト]でしょうか!? だが、その電撃は三人共に命中!? どうなってる!?』

 

「足元だよ」

 

「え?」

 

 実況の疑問に答えるようにポツリとグレンが呟いたのを聞いたシスティが首をかしげる。

 

「あいつ、さっきの霧が弱まる前に地面を水浸しにしてたんだよ。ただ、それもかなり魔力を食うからまず人数を減らすためと狙いを悟られないための霧だったんだろうがな。で、水浸しにしたところに[ショック・ボルト]撃ち込めば水が自動的にあいつらに電気を運んでくれるって理屈だ」

 

「うそ……」

 

 言葉だけ聞けば単純だが、それを実行するだけの発想と技術がリョウにあったことに再び驚くクラスだった。

 

「確かにギイブルの言う通り、水自体に大した攻撃力は望めないが、あんな風に別の魔術と組み合わせて使えばかなり戦略の幅が広がるんだよ。まあ、一人前の魔術師に通じるかと言えばそういうわけにもいかねえが、基本護身用の三属呪文しか取り柄のねえ学生からすれば最早あいつの魔術は天敵みてえなもんだ」

 

 グレンの説明を聞いてクラス全員は動揺を隠せなかった。自分よりも魔術にかけた時間も短い上、ほんのちょっと前は得意不得意の落差の激しい留年一歩手前のクラスメートが他クラスを圧倒する実力を見せたのだから。

 

「(まあ、んな説明で納得させたものの、俺もまだイマイチ納得しきれねえ部分はあるんだがなぁ)」

 

 リョウの魔術を間近で見て、ほんの少しだがアドバイスも入れてやったグレンだが、いくら発想力があるからとはいえ、短期間にあそこまで実力が上がるなどとは正直に言って予想外だった。

 

 皆水の魔術を覚えようとしないのは攻撃力がなかったり、そもそもの知名度がないマイナーなものだというのも大きいが、一番の理由がその扱いづらさだ。

 

 水を操るのが難しいというだけはわかるが、その理由というのは水が[レビテート・フライ]と同様、維持と制御が難しい。また、水を発生させるためには空気中の水分を集める技術、またそれらを液体とすべく圧縮するためのプロセスが存在するからだ。

 

 放出するだけならともかく、常に形を変化させる水を制御するというのは簡単な事じゃない。

 

「(俺が本格的な授業を始めて少しした頃にあいつに水の魔術を使えるようになりたいって言われた時は流石に無謀だろうと思ってたんだが、いざ付き合ってみれば意外にも水に対する理屈が立派なもんだったのは正直、驚いた)」

 

 グレンも最初はリョウの魔術実験に付き合うのを渋っていたが、リョウから聞いた水に対する理論はそれなりに驚かされた。リョウ自身は知る由もないが、魔術会にレポートとして提出すれば採用はされずとも魔術を研究している者達が見れば震撼は間違いないだろう。

 

「(理論や技術もそうだが、あいつはなんか最初から水を扱う際のイメージが鮮明に固定化されていた気がする。というより、俺達とは別視点から水に向けている眼というか……考え方が異なっていたな。あいつら以上に魔術も覚束ないあいつがどうしてあのレベルの理論を叩き出せるんだ? まるで魔術とは違う観点から物理事象を見聞きしたみたいに……)」

 

 それはリョウが魔術ではなく、科学の発展した世界から来たということを知らないグレンからすれば疑問しかわかない不可解な点だった。

 

 まあ、それはまた機会あったら聞けばいいかなと思って思考を中断する。リョウを信じているからとかそれ以前に、つい物思いに耽った所為で空腹を刺激してしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、そろそろ終幕とするか」

 

 残った一組、三組、七組の競技者を[ショック・ボルト]によって動きを封じ、大きな隙を作ったのを見て最後の攻めに転じる。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』!」

 

 空気中の水分が凝縮し、俺の背中から龍の尾を思わせるように撓る。[アクア・ヴェール]をちょい攻撃仕様に改良した黒魔[テイル・シュトローム]である。

 

 俺は身体をフル回転させて水の尾を振るい、残った競技者を全員フィールドの外に追い払った。

 

『ここで決着ぅぅぅぅ! 『ランド・パニック』を制したのは二組のリョウ君だああぁぁぁぁ! あんた本当に魔術触れて半年かぁ!?』

 

 終幕の合図と共に実況の説明が会場内に響き、それからクラスのみんなや観客がわあわあと大歓声だった。

 

 で、戻ってみればクラスメートからは叩かれ褒められの揉みくちゃ状態。更に俺の水系魔術をどう作ったとか聞かれたりした。質問に関しては内緒ということで無理やり締めくくった。

 

 いや、あれ覚えるのに宇宙の話にも触れなきゃいけないから。こっちの世界の最先端って言ったら蒸気機関車らしく、宇宙どころか深海や月のことだってまだほとんど知らない世の中でそんな話はできない。なのでお開きにした。

 

 俺の競技が終わってからは午前中最後の競技、ルミアの出る『精神防御』だ。毎年何人も病院送りになる競技だとのことで女であるルミアは捨て駒ではないかとギイブルとシスティが疑ったが、そんなことは決してなかった。

 

 というか、以前の学院テロで一番度胸の据わったのはルミアなんだから当然と言えば当然だろう。このまま楽勝かと思えばルミアと一緒に生き残ったジャイルという男がまたとんでも肝っ玉だった。見た目とは裏腹なルミアと違い、こっちは見たまんまだ。明らかに魔術より身体を鍛えてると言った見た目である。

 

 そのまま二人の戦いはクライマックス。競技者に精神魔術をかける係のツェスト男爵が白魔[マインド・ブレイク]を徐々にレベルアップしながら二人に掛け続ける。

 

 それが三十回程繰り返すとルミアが膝をガクリと曲げかけるが、ギリギリの所で踏みとどまり、次に行こうとしたところでグレン先生が棄権を宣言した。

 

 ギャラリーはブーイングを起こすが、ルミアがギリギリだというのは素人目でもわかるのでクラスメート達も文句を言わず、むしろ奮戦したルミアを褒め称えていた。

 

 ところが競技が終わってトップへのインタビューをと思えばなんとジャイルは平然としたように見えて既に立ったまま気絶していたというどっかの漫画みたいな展開がそこにあった。それを見て実況と男爵が判定を覆し、最後の最後で二組の大逆転となった。

 

 まだ競技はあるのにまるで優勝したかのような騒ぎであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……と、こんなもんかな」

 

 競技祭午前の部が終わって会場の外の木の上、俺は自分の手元にあるものを見て呟いた。そこには俺やルミア……クラスメート達の競技の奮戦ぶりが録画されていた。

 

 そう。今俺が手に持ってるのはI Pod Touchだ。こっちの世界に転移する時に持っていた荷物の一部である。他にもあるがこいつと同様この世界ではまだ開発の設計すらないので今まで持ってこなかったが、今回は祭りということでこいつだけ持参してきた。

 

 こっちの世界での映像記録はみな魔術を使わなければならないし、写真だってまだモノクロだ。しかも道具が大きくて重い。なので携帯性に優れたこいつでみんなの出る競技を撮らせてもらった(無許可だが)。

 

「……と、誰か来たな」

 

 人の気配を感じて俺はアイポタを閉じる。もちろん、こいつを見られないようにするための対策もそれなりに考えている。

 

 黒魔[ミスト・レイダー]。実は『ランド・パニック』の時もこれを使って他クラスの競技者の視界を遮りつつ、何人かご退場願ったのに使っていた。

 

 その効果は蝙蝠やイルカの超音波に近い。霧の水分が壁や生き物などの障害物に触れれば手で触ったように感じ、霧の触れたものの形と温度がわかるというもの。まあ、超音波に例えたものの便利なようで効果範囲はあまり広くなく、密閉されれば障害物の向こうの様子が全くわからなくなるという欠点の大きい魔術なので要改良。

 

 まあ、こういう隠し事がバレたくない時にはそこそこ使える魔術なので助かったりするかなと思って立ち上がるとおかしいと思った。

 

 人の気配があったから立ち上がったものの、周囲にはそれらしい影なんてなかった。しかし、今も人の形をした気配はある……けれど視界には映っていない。

 

 もしや魔術で自分の姿を隠してるのではと思ったと同時に悪寒が走った。ほんのひと月前にルミアを狙ったテロがあった。そしてまた今回、競技祭を隠れ蓑にルミアを誘拐しようと企んで行動に出たやつがいるとしたら相当にマズイ。

 

 人に知らせるかと思うが、姿の見えない犯罪者などと言っても信じてもらえるとは思えない。グレン先生やアルフォネア教授なら信じてくれるかもしれないが、前者はいつのまにか会場を出て行ったし、後者は女王陛下の席の隣なのでそもそも近づけない。

 

 だとしたら行動に出られるのは俺ひとりのみ。そう思ってから行動に出るまで時間はかからなかった。

 

「止まってくれませんか?」

 

 俺が声をかけると、姿の見えない何者かの動きが止まった。やはり魔術で姿を隠していたようだ。

 

「何用でこの学院に来たのかわかりませんが、姿を見せないようにするっていうのは少々マナーがなってないんじゃないですか?」

 

 ちょっと喧嘩腰に言いつつも内心はかなり切羽詰まってる。声をかけたはいいが、そこからどんな行動を繋げるか考えられない。最悪、[マジック・バレット]をあちこちにぶっ放して危険を知らせるかと思ったが……。

 

「……あら、ごめんなさい。余計な警戒をさせてしまいましたね」

 

 聞こえてきたのは女性の声だった。犯罪者かと思えば随分と優しそうなイメージの声だった。そして目の前の景色の一部がぼやけ、輪郭が見え始める。

 

 それが人の形を取り、その姿がハッキリと見えるようになると俺は唖然とする。

 

「ごめんなさい……こうでもしないとロクに散歩もできない身だったので知人に協力してもらったのですが、これを見破るなんて随分優秀な生徒なんですね」

 

「じょ、女王……陛下?」

 

 なんと目の前にいたのは悪戯のバレた子供のような笑みをうかべる女性。この国の頂点、アリシア7世だったのだから。



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第7話

「──とまあ、そんな感じでルミアにはお世話になってました」

 

「まあまあ、あの娘らしい。私に似てすごく優しいのね……なんて」

 

 傍でチロリと舌を出して茶目っ気を見せる女性はアリシア七世。この国の頂点にいる人間だ。

 

 昼休み、姿の見えない人間の気配を感じて牽制しようと思えば何故かそれが国の頂点ってどんな漫画展開だよ。

 

 一応俺がこの学院に編入してからしばらくの生活を話題にして会話しているが、王族どころか貴族に対するマナーとかも知らない俺にはこの時間はキツイ。

 

 まあ、女王陛下が俺がこの手の人間に対する礼節とかに慣れてないのをわかってか砕けても構わないと言っていたが、いきなりそれは無理というものだ。だからボロが出ないように必要最低限の会話にしたいが、かといってダンマリな状況にするのもなんか不敬っぽく感じるのでルミア関連の話題を出していた。

 

 しかし、女王陛下は茶目っ気を出してるように見えるが、どこか落ち込んでいるような儚げな空気を纏っていた。

 

「ふふふ……私が傍にいなくても立派に過ごしているようですね。もっとも、私の心配などあの娘にとっては煩わしかったようですが」

 

「へ?」

 

「先程あの娘に会ったのですが……あの娘は私を母とは呼びませんでした。当然、ですよね……私は母なのにあの娘を捨てたんですから」

 

「あ……」

 

 そうか、本来貴賓席でみんなの注目を浴びる人がただ散歩だけの理由で隠蔽の魔術を借りてまでこんなところを彷徨くわけがない。ただルミアに会うためにこんなことを。

 

 だが、肝心のルミアが彼女を母としてではなく女王陛下として接したことから過去に家族と離れた時の傷がルミアの正直な気持ちを押しのけてしまったのだろう。

 

「仕方ありません。私は母親として最低なことをしたんですから、憎まれてもしょうがありません」

 

「あ、それは……」

 

 違うと言いたいが、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。もちろん女王陛下がルミアを引き離したのが国の混乱を防ぐためだというのは理解している。

 

 もし女王陛下が国の政治第一な考え方の人だったら一言くらいは口にしたいと思っていたが、実際相対するとそんな腐った考え方が微塵も感じられない、優しさに溢れた人だというのがわかる。

 

「すみません、こんな話をして。ただ、どうかあの娘のことをお願いしますね」

 

「……俺にそんなことをお願いしていいんですか? 俺はその……本当に何処ぞの馬の骨ともわからないのに」

 

「いえ、あの娘があなたと楽しそうに接しているのだし、ひと月前の騒動では良い働きをしてくれたとか」

 

 以前のテロ騒動はもちろんのこと、やはり俺に戸籍がない不自然さも知ってるわけだよな。その上でルミアのことを頼んでいる。

 

 国の頂点に信頼されてるっていうのはなんとなく嬉しいんだけど……。

 

「あの、陛下……俺は──」

 

 言葉を続けようと思うと、数メートル先から甲冑に身を包んだ集団がこちらへ歩み寄ってきた。たたでさえ絵面だけでも厳かなのに、一番前を歩いている老騎士がやたら鬼気迫った顔をしているので余計警戒心が浮き立つ。

 

「ご安心ください。彼らはわたくしの近衛騎士団ですから。ですが、今はあなたにしか見えないようになってるはずですが、何故セリカの魔術が……」

 

 女王陛下は俺が気づいたから一時的に姿を現したが、またアルフォネア教授の魔術を起動して俺以外の人間が自分を認識できないようにしたらしいが、あの騎士団は明らかに女王陛下を認識している。

 

 それから騎士団が目前まで歩み寄ると横一列になって待機状態になり、その間から老騎士が前に出てきた。

 

「女王陛下、お探ししました」

 

「見つかってしまいましたか、ごめんなさいゼーロス。どうしても寄りたいところがあったので」

 

「いえ、ところで……そちらの少年は?」

 

 ゼーロスと呼ばれた老騎士が俺を鋭い目で一瞥して女王陛下に尋ねる。

 

「彼にはちょっとこの近辺を案内してもらっただけです。ところで、何かあったのでしょうか?」

 

「陛下、少しお話しがあります」

 

 ゼーロスが一揖しながら呟くと同時に右手を軽くあげるとそれが合図だったのか、瞬く間に待機していた筈の騎士団が女王陛下を囲繞する。

 

 騎士甲冑に身を包んでるとは思えない俊敏な動きと俺と女王陛下との距離が一メートルにも満たないにも関わらず上手く滑り込む足運びに関心すると同時に違和感が生まれる。

 

「……どういうつもりですか?」

 

「御無礼お許し頂きたく、陛下。しばしの間、力づくでも御身を拘束させて頂きます」

 

 王族相手に堂々と力づくだ拘束だなんて言葉を使う状況に疑問を抱かないわけがなかった。どんな理由があるかわからないがこんなのが異常なんてのは俺でもわかる。

 

「女王陛下を守るための騎士団が随分物騒な真似をするんですね」

 

「黙れ、学院生には関わりのないことだ。下がってもらおう」

 

「こんな正気じゃなさそうな光景見せられて下がれるわけないでしょう。女王陛下に剣を向ける前に冷静に話し合うことも──ぐっ!?」

 

「黙れと言ってるのだ! これ以上楯突くのであれば貴様の首を斬る!」

 

 最後まで台詞も言えず、騎士団の一人に剣の柄で殴打されて地面に倒れこむ。

 

「おやめなさい! 守るべき一般市民に剣を向けるなど、国に仕える騎士団として恥ずべきことです! 貴方達はいつから暴漢へと成り下がりましたか?」

 

「御身の命に比べればその程度の汚名など塵にも値しません。しかしながら、この狼藉は決して国に仇なす行為に非ず、ひとえに御身と祖国に対する忠義とご理解願いたい」

 

「ゼーロス……」

 

 それから女王陛下はゼーロスと俺を交互に見比べると観念したように頷く。

 

「わかりました、お話を聞きます」

 

「ご理解、感謝致します」

 

「リョウ、この度は申し訳ありませんでした」

 

 女王陛下は俺に謝罪すると騎士団と共にこの場を去って行った。残された俺はもう何が何だかわからないままだったが、女王陛下に何かが起ころうと……いや、既に何かが起こってるのだろうと予想した。

 

 そして騎士団が無理やりにでも女王陛下を連れて行ってるところを見ると、外にいるのがマズイということか……そうなると、暗殺対策のために壁に囲まれ、更に護衛に最適なアルフォネア教授の所へ戻る筈だ。

 

 いや、女王陛下の身を考えるならこの学院から去るかそもそもこの行事自体を中止にすればいい。混乱を避けるために報せないでいるということかもしれないが、どちらにしても女王陛下を無理やり軟禁状態に置く意味がわからない。

 

 一体どんな不都合があっての……。

 

「不都合……?」

 

 不意に浮かんだ言葉にゾッと冷たい何かが背中を走った気がした。

 

 そうだ、女王陛下本人は考えないかもしれないが、周囲に知られれば国の不都合になる不安要素はあった。もしあいつらがそれを強行しようものなら……。

 

「ルミアか……っ!」

 

 俺はまだ痛む頰を乱暴に摩るとすぐに駆けだす。恐らくすぐに騎士団がルミアを連れて行こうとするかもしれない。あまり考えたくないが、女王陛下が優しいからってその家臣が同じ心とは限らない。最悪秘密裏に首を落とされかねない。

 

 そんな悪い予感を必死に振り払いながら俺は競技場の周囲を駆け回っていく。さっき女王陛下はルミアと会って話をしたって言って、そしてルミアが動揺をして遠ざけてしまった。多分、複雑な感情が絡み合ってひとりになって考えようとするだろうからあまり人通りの少ない場所へ行こうとする筈だ。

 

 もう午後の競技が始まったのか、会場がわっと歓声を響かせるがそっちに気を取られてる場合じゃない。

 

 三十分かけてようやく半分まわった所でようやく目的の人物を見つけることができた。ただし、さっきの騎士団と同じ格好をした奴らに囲まれて。

 

「っ! 《飛沫》!」

 

 俺は一節で空気中の水分を圧縮して手のひら大の大きさの水球をつくり、騎士団に向かって投げつける。

 

 騎士団のひとりが気づいて前に飛び出して防ぐと圧縮した水が弾けてルミアを囲っていた騎士団全員にかかる。

 

「リ、リョウ君!?」

 

「貴様、我々が何者か知っての無礼か?」

 

「そっちこそ、俺のクラスメートに剣を向けて何のつもりだ?」

 

 思わず敬語が抜けたが、友人に剣を向ける奴に礼儀なんて必要ない。

 

「ここにいる少女は恐れ多くも、女王陛下の暗殺を企てた罪人だ! よって、不敬罪及び国家反逆罪の容疑で処刑を下す!」

 

「あ?」

 

 あまりにも駭魄な話で意味がわからなかった。いや、わかりたくなかった。

 

「暗殺? なんでルミアがそんなことをしなきゃいけない? そもそもそんな証拠が何処にあるわけ?」

 

「これは一般市民が触れてはならない国家機密事項だ! だたの学院生でしかない貴様が入り込む余地はない!」

 

「ふざけんじゃねえ! 証拠もなければ手続きを証明する書類もねえ! 挙句に裁判もなしに即処刑とか文字通り話にもなんねえぞ! 大体、テメエらに裁く資格なんてあんのか! まずは検察官とか弁護士呼べよ!」

 

「これは女王陛下直々の命令なのだ! 逆らうのであれば貴様もこの娘の共犯者として処分させてもらおう!」

 

「デタラメ言ってんじゃねえよ。俺はついさっきまで女王陛下と会っていたんだ。テメエらが出しゃばるまでそんな命令一言も発していなかったよ!」

 

「出まかせをぬかすな! これ以上我々の邪魔立てをするならまずは貴様の首からだ!」

 

「お前ら──」

 

「リョウ君、駄目!」

 

 俺の怒りが更にヒートアップしそうなところにルミアの悲鳴じみた叫びが割り込む。

 

「もういいよ。あなたはこのまま下がってて。私が素直に首を出せば全部収まるから」

 

「ふざけんな! こっちは全然収まるか! んなわけもわからない理由でお前を死なせるとかありえるか!」

 

 これを知ったら収まらないのは俺だけじゃ絶対に済まない。システィはルミアの経緯を知ってるから何かの陰謀を感じ取って行動を起こすだろうし、他のみんなだって絶対大騒ぎすることは確実だ。

 

「お願いだから戻って。このままじゃみんなにまで迷惑かけちゃうよ」

 

「迷惑はむしろこいつらの方だろうが! 何普通に受け入れてんだお前は!」

 

「いい加減にしろ! 学院生風情が──」

 

「『テメエらも・ちょっとは・黙れねえのか』!」

 

 横槍入れてきてムカつき、俺は呪文を即興改変した『アクア・ヴェール』を振るって騎士団ごと周囲を水浸しにする。

 

「……貴様、これは我々に牙を剥いたと取って良いのだな?」

 

「お前らこそ、まだルミアを処刑しようってんなら沈めるぞ?」

 

「リョウ君!」

 

 ルミアが叫ぶが、ここまで来てもう止まれないし止まりたくない。

 

「学院生風情の攻性呪文(アサルト・スペル)など我らの対魔術装備には通らん。無駄な去虚勢は張らない方がいいぞ」

 

「……お前らさ、俺の出た競技見てなかったの?」

 

「なに?」

 

「つまりさ……お前ら、バカだろ。『通電』!」

 

 [ショックボルト]を少し広範囲に改変した魔術が騎士団へ襲いかかる。

 

「「「ぐああぁぁぁぁっ!?」」」

 

 結構威力も出てたから倒れずともしばらくは痺れが取れなくて満足には動けないだろう。

 

「バ、バカな……何故対魔術装備を……」

 

「水は電気を通す……当たり前だろ」

 

 騎士団も軍の一部なんだしそんな装備があったっておかしくないことくらい予想してたよ。学院生の俺達の制服にだって軍ほどじゃないにせよそれなりの対魔術機能エンチャントされてるんだから。

 

 だから一旦水で濡らしてお前らの身体に直接電気が伝わるよう細工した。

 

「自分の装備を過信しすぎなんだよ。俺ですら簡単に攻略できちゃうし」

 

「ぷぷーっ! 『対魔術装備に身を包んでるから三属呪文も精神汚染呪文も効かん』だなんて言ってたのは何処のどなたでしたっけ〜!?」

 

「まったく──って、先生っ!?」

 

 何時の間にかグレン先生が俺の後ろに立っていた。

 

「き、貴様は魔術講師……何故、さっき……」

 

「ああ、俺こう見えて拳闘の方が得意でね……あんな程度の打撃ならいくらでも外せるんだよ」

 

 どうやらグレン先生もこいつらと一悶着があって機会が来るまで様子を見てたと。

 

「ぐっ……貴様、我々に仇なすとはすなわち女王へい──ぐふっ!」

 

「ああ、いちいち話を聞くつもりないんで。せっかくのチャンス潰されたくないし」

 

 騎士団のひとりが最後まで言い切るのを待たず、グレン先生があっと言う間に全員手刀で沈めた。

 

「さてルミア、助けに来たぜ」

 

「せ、先生……それにリョウ君も、王室親衛隊に手をあげるなんて……」

 

 ルミアが青い顔をしながら俺達と騎士団を見比べる。

 

「ああ、うん……かなりヤバイことしちゃったかも……」

 

「ルミアのピンチだったとはいえ、俺ら所謂不敬罪やら公務執行妨害やら成立させちゃうことしましたね」

 

「何呑気なこと言ってるの! これじゃあ二人まで国家反逆罪になっちゃうんだよ!」

 

「うん、それは確かに……」

 

「ヤベエな……」

 

 俺とグレン先生は違いを見合って呟く。

 

「急いで離れないと! こんなところ誰かに見られたら!」

 

「お、落ち着け。王室親衛隊にも話の通じる奴がいる。まずはそいつらと話し合って──」

 

「いたぞ!」

 

 少し離れたところからこれまた同じ格好の別働隊の騎士団がこちらへ向かって駆けつけて来た。

 

「見ろ! 同志達がやられてる!」

 

「おのれ、大罪人に与する不届き者め! 我らが剣の錆にしてくれる!」

 

「志半ばで倒れた同胞の無念、必ず晴らしてくれる!」

 

 何故か倒れてる騎士団が死んだことにされて勝手に変な盛り上がりを見せつけてるし。

 

「先生、話の通じる奴なんています?」

 

「うん、俺も自信なくなってきたわ……ていうか、みんな人の話最後まで聞こうってママから教わらなかった!?」

 

「ど、どうするんですか……このままじゃ……」

 

「どうするもこうするも……」

 

「逃げるしかねえだろ!」

 

 グレン先生がルミアを抱きかかえて走り出す。俺もそれについていき、意識を集中させる。

 

「リョウ! 俺に捕まっとけ! 《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》!」

 

 俺がグレン先生の言う通りに背中を掴むと黒魔[グラビティ・コントロール]を発動させて俺達の重量を極端に軽くして向かい側の建物の屋上までひとっ飛びする。

 

「先生、そのまま停止! 《清冽たる碧瀾(へきらん)潺々(せんせん)と声を・その漣漪(れんい)絶ゆることなかれ』!」

 

 俺は足元を中心に水を圧縮させ、足場に敷き、更にそれ自体を高速で移動させて俺達を運ばせる。[アクア・ヴェール]を移動手段として開発した黒魔[シュトローム・サーフ]。

 

 水なわけだから自分の足で走る時と違って摩擦によるスピード低下を気にせず、水の中に磁界を発生させて地面から少し浮かせるように術式を調節して走らせ、更に人間が沈まないように表面に[ウェポン・エンチャント]の術式仕込んで沈まないようにしてるので人が懸河の上を滑ってるように移動できるというわけだ。

 

 ただ、自動車並みのスピードのため細かい軌道修正が効かないのと魔力の燃費が半端ないためこういう長距離を短時間で移動するためにしか使えないのでまだ魔術戦では投入できない魔術だ。

 

 これのデビューがまさか国を守る騎士団から逃走するために使おうとは思わなかった。

 

「に、逃げたぞ!」

 

「追え! 逆賊を逃すなぁ!」

 

「ああ、もう畜生! 何でこう次から次へと! だから俺は働くなんて嫌だったんだよおおおおぉぉぉぉ! ええい、引きこもりバンザ──イッ!」

 

「逃走中に大声出さないでくれません?」

 

 とはいえ、俺もこんな状況に愚痴も言いたくなったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレン先生の指示のもと、俺達は適当な人気のない路地裏まで逃げ切った。速度なら俺達の方が上だったのに重ね、グレン先生がやたら普通の人の通らない道に詳しかったので簡単に振り切れた。

 

「たくっ……面倒なことになったぜ」

 

「しかも向こうが全く話を聞こうとしないのが更に厄介……」

 

 女王陛下の命令だ言ってるけど、全く信じられない。かといって、あいつらの何人かの会話の中に怪しさというか、むしろ焦りがあるように思えるのも不思議な話だが。

 

 ともかく、向こうがルミアの殺害が女王陛下のためと信じて疑わないみたいな態勢を見せてる以上、まず交渉は不可能だと思う。

 

「二人共、どうして……」

 

 息を整えながら考えると、落ち着いてきたのかルミアが問いかけて来る。

 

「いやあ、お前を見捨てたら白猫が煩いじゃん? あいつの説教かなり耳に響くからさ」

 

「ふざけてる場合じゃないでしょう! それにリョウ君だって、自分が何をしたのかわかってるの!?」

 

 今度はこっちに矛先が向いた。いや、何をしたかって言われてもな……。

 

「向こうが勝手に無実の罪を着せて来るから助けただけなんだけど……」

 

「王室親衛隊に手を挙げたんだよ! リョウ君だって国家反逆罪で死罪にされちゃうんだよ!」

 

「いや、実際に親衛隊倒したのグレン先生だし……」

 

「おいコラ、何自分だけ責任逃れようとしてんだよ。ここまで来たからにはテメエもキッチリ巻き込まれろや」

 

「いや、俺は先生ほど口上手くないんでここは人を口で泣かせるのが得意なあなたに一任します」

 

「人聞きの悪いこと言わないでくれる!? 俺が何時誰を泣かした!?」

 

「非常勤講師として赴任してから十日程にシスティを」

 

「そんな昔のこと掘り起こさないでくれるかな! もうあれは時効でしょ!」

 

「二人共真面目に聞いて!」

 

 俺とグレン先生がコントみたいな会話を繰り広げるとルミアが赫怒した様子で割り込む。

 

「何であんな無茶をしたの!? そのおかげであなたもいつ殺されたっておかしくないくらい本当に危ない立場になっちゃったんだよ! もっと自分を大事にしてよ!」

 

 確かに無茶した感は強いが、今の言葉には俺もついカッとなってしまった。

 

「前半はともかく、最後の言葉そっくり返してやるよ。事実無根だってわかってんのに何でお前はあんなくだらん裁き擬きを受け入れようとしてんだよ! それを知ったらシスティやみんなだってどんだけ悲しむと思ってんだ!」

 

「だからって、私が生きてたらみんなに迷惑がかかっちゃうんだよ! こんなことにみんなを巻き込めるわけないでしょ!」

 

「誰が何時迷惑だと言ったんだ! 誰かが言ったわけでもないのに勝手にんなこと決めつけてんじゃねえ!」

 

「リョウ君だって私の言葉も聞かずに無茶ばかりしてるでしょ! 助けてなんて一言も頼んでなかったよ!」

 

「お前な──」

 

「お前ら落ち着け!」

 

「ぐぶっ!?」

 

 俺とルミアの口喧嘩がヒートアップしてきたところでグレン先生が仲裁に入った。ルミアは襟元を掴んで引き離され、俺はゲンコツで止められた。そこはかとなく差別を感じる。

 

「たく……二人揃ってらしくねえ口喧嘩してんじゃねえよ。ルミアの言う通り、そろそろ真剣にこれからのこと考えねえとな。もうこれかなり詰んでるし……」

 

 確かに、女王陛下本人にさえ会えれば冤罪は解けそうなものの、その前に話を聞かない騎士団が立ちふさがってるもんな。

 

 女王陛下の傍に来た騎士団、ルミアを拘束した騎士団、そいつらを倒した後で駆けつけてきた騎士団など。それらだけでも結構な人数だったけど、恐らく総数ならその何倍もいるんだろうな。

 

 そんな集団をすり抜けて女王陛下のもとへたどり着こうなんてかなりの難題だろう。

 

「……って、直接会わなくても解決できんじゃん!」

 

 どうしようかと考えてるとグレン先生か懐から赤い宝石を取り出した。

 

 確か、テロ騒動の時にも使った魔術的な通信機だっけ。あれでアルフォネア教授と連絡したこともあったな。

 

 なるほど、あれでアルフォネア教授に口利きしてもらえば解決というわけか。

 

「セリカなら今も女王陛下と一緒に貴賓席にいる筈だ。セリカを通して女王陛下に話をつけて、王室親衛隊の暴走を止めてもらえるよう進言すればいい」

 

 それからグレン先生が通信に入ると暗澹とした空気が場を支配する。更に路地裏ということもあって更に緊張感が高まる。

 

 グレン先生が通信中だから自然と俺とルミアだけが取り残されることになるから尚更だ。さっきはカッとなったとはいえ、随分暴言吐いた気もするし。

 

「あの、さっきはごめんなさい……」

 

 気まずい状況の中、ルミアが切り出した。

 

「その、迷惑かけたくないのはさっきと同じだけど……みんなに何も聞かないで勝手に決めつけたのはその通りだから、ごめんなさい」

 

「あ、いや……俺も言いすぎた。しかもお前の言い分かなり無視してたから非難されるのはしょうがないと思う……」

 

 お互い謝ったものの、やはりまだ気まずい感じがするなと思ったところだ。

 

「おい、何言ってんだ? ふざけんな! 今俺は真面目に……っ!?」

 

 何やらアルフォネア教授と通信してるグレン先生の様子がおかしい。神妙な顔つきでいくつか質問を重ねるがその表情は渋くなる一方だった。

 

「あ? それってどういう…………て、おい!? あの女……変なこと言うだけ言って切りやがった。くそ……俺ひとりでどうしろってんだ」

 

 グレン先生が頭を抱えてるところを見ると、アルフォネア教授の協力は得られそうにないんだろうな。

 

「先生……」

 

「ああ、大丈夫だ。絶対どうにかすっから俺を信じろ。とはいえ……この状況と手持ちの札があまりにもな……」

 

 向こうは数で圧倒してる上に女王陛下の勅命なんて大義名分を持ってるからやろうと思えば更に手札上乗せされかねない。恐らく俺達の存在を認知すればすぐに怒濤となって押し寄せてゲームオーバーだろう。

 

「……っ!? お前ら下がれ!」

 

「え?」

 

 グレン先生が急に声を荒げて路地裏の向こうを見ると、そこには見慣れない格好をした2つの影があった。

 

「リィエル!? それにアルベルトまで!? 王室親衛隊だけじゃなくて宮廷魔導師団も動いていたのか!?」

 

 宮廷魔導師団というのはよく知らないが、グレン先生の様子を見る限り、そっちも非常に厄介な存在なんだろう。

 

 グレン先生が向こうにいる二人を認識すると片方の、癖っ毛の多い青い髪を束ねた少女が驚異的な跳躍を見せ、何かを呟きながら地面に手を叩きつけると手を着いた場所を中心に石畳が一部砂塵となって瞬時に大剣へと変化する。

 

「ちっ! 形質変化法と元素配列変化を応用したお得意の高速武器錬成か!」

 

 まるでクウガの武器変換みたいな錬金術の腕に驚いてる暇もなく、少女はいかにも重そうな大剣を軽々と上段に構えながら突進してくる。

 

「くっ! 《白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ》!」

 

 止まる様子もない少女に対してグレン先生は魔術を使って吹雪と氷の礫を撃ち放つが、少女の身体はちっとも凍らない上に氷の礫も鋼を相手にしてるかのように全く歯が立たない。

 

「相変わらずデタラメに頑丈な奴だな!」

 

 口を動かす暇もなく、少女はあっという間にグレン先生の目の前まで接近して大剣を振り上げる。

 

「くっ! 《光殼》!」

 

「いいいやああぁぁぁぁぁ!」

 

 少女の大剣が振り下ろされる前にグレン先生の拳を[ウェポン・エンチャント]で強化し、なんとかグレン先生は防御態勢を取るが、大剣と拳が触れた瞬間、2人を中心に数メートルほどの足場がめり込んだ。

 

「このバカ! いい加減話を聞け!」

 

「問答無用っ! 斬る!」

 

 少女はグレン先生の言葉に耳を傾けようとせず、とにかく台風のような斬撃を繰り返すばかりだ。そして、少し離れた場所からは少女より更に濃い青の長髪の青年が指を使って狙いを定めていた。

 

 マズイ状況なのは瞬時に理解した。グレン先生は少女の攻撃を躱すだけで手一杯だし、更にグレン先生の固有魔術を使おうにも大剣を振り回す少女には意味がなく、青年も効果範囲外なために使えない。

 

「ぐ……《光牙》!」

 

 俺は[フォトン・ブレード]を左手に付与して青年に向かって駆け出していく。

 

「リョウ、バカ! そいつは──うおっ!?」

 

 後ろで少女の相手をしているグレン先生が止めようと声を荒げるが、どっちにしたって不利な状況に変わりないし、青年の方が厄介だっていうんならそれも承知の上だ。

 

 青年は接近してくる俺に気づいて鷹のように鋭い眼光と指を向けて狙いを定めに来るが。

 

「《紫影》!」

 

「っ!?」

 

 俺はスピード特化させた[フィジカル・ブースト]を発動させて一気に肉薄していく。

 

 青年は一瞬驚いたように目を見開くが、瞬時に冷静に俺の太刀筋を見切って緩やかに身体をズラして再び狙いを定めつけようとする。

 

「《伸》っ!」

 

 更に一節詠唱を入れると、[フォトン・ブレード]の刀身が伸びて青年に肉薄していく。魔術競技祭以外にも毎日の練習で刀身の長さをある程度調節できるようになった。

 

 だが、これで決まるなんて微塵も思っていないが、こいつは捨て札で本命は右手に集中させてる……飛び出す前に[アクア・ヴェール]を手の平大に圧縮したものを見えないように待機させている。

 

 回避しようが受けようが、その瞬間にこいつで仕掛けて動きを封じに入り、グレン先生がこちらに駆けつけて固有魔術を使わせる時間を作るしかない。

 

 そう思いながら刀身を振るうが……。青年の指から突如紫電が閃いた。

 

「えっ?」

 

 紫電の光が見えた途端、腹部に鋭い衝撃と全身を駆け巡る痺れが身体を支配した。

 

「ぐあ……っ!?」

 

「リョウ君っ!?」

 

 ルミアの悲鳴じみた叫びが聞こえるが、顔もロクに動かせなかった。ていうか、今この人呪文なんて全く口にした様子がなかった。あの紫電の形からして[ライトニング・ピアス]なんだろうけど、威力は前とは違ってかなり低いので手加減して撃ってたのか。

 

 状況がてんでわからないが、極めれば詠唱も破棄して魔術を使えるのかよ。

 

 そんなことを考えてる間に青年は再びグレン先生に目を向けると指を上げて狙いを定める。

 

「やめ……っ!」

 

 止めようと口を動かすも青年は再び雷閃を撃ち放ち、それが高速で宙を駆け抜けていき──

 

「ひゃうっ!」

 

 ──少女の頭に命中した。

 

「「……え?」」

 

 いきなりの予想外の展開に、俺とグレン先生が間抜けな声を出す。そんな俺達を余所に青年はコッコッと少女のもとへ歩み寄る。

 

「久しぶりだな、グレン」

 

「お、おう……」

 

 何とも言えない静寂の中、青年は冷静にグレン先生に語りかける。

 

「場所を変える。付いてこい」

 

 呆然とその場を眺めていると、青年が不意に俺へ視線を向けて来る。

 

「お前もだ、手加減はした筈だ。もう立てるだろ」

 

 いや、確かにもう痺れは取れてるけど、痛みや怪我とかじゃなくてこの状況に着いて行けなくてこの体勢のままになってたんだが。

 

「リョウ君……大丈夫?」

 

 落ち着いたのか、ルミアが俺のもとへ駆け寄って立ち上がらせる。

 

「あ、うん……で、先生。これって……どういう?」

 

「いや、むしろ俺が聞きたい……」

 

 変な疑問を抱えたまま俺達は路地裏の奥へ向かう青年の後を追う。

 



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第8話

「このお馬鹿! お前、一体何考えてんだ!」

 

 狭い路地裏の道の中、更には両側は高く長い壁にはさまれてるからグレン先生の声がかなり反響する。

 

 つい先程、ルミアが女王陛下暗殺の容疑なんて言いがかりも甚だしい汚名を被せられ、逃走中に宮廷魔導師団の二人が俺達に襲いかかり、何故か片方が止めに入るなんて変な展開になって混乱していたが、理由を聞いたらなんともくだらん事情だった。

 

「俺が現役時代の時にお預けになった勝負の決着をつけたかっただと!? こいつは、時と場所を考えろや! おかげで俺どころか無関係の一般市民まで死ぬとこだったわ!」

 

「……むぅ」

 

 俺達に襲いかかった癖っ毛の多い青髪の少女はどうやらグレン先生が過去にお預けしていた決着をつけようと勝負を申し込んだと言っていたが、俺から言わせてもらえばアレは最早決闘なんて綺麗なものとは程遠かった気がする。

 

 で、そんな少女の単独行動を抑えようと鷹のような眼光の目立つ青年が止めてくれたということだったらしい。

 

「あ、あの……さっきは早とちりして、すみませんでした」

 

「…………」

 

 青年は気にしてないと言わんばかりに無言を貫いていた。

 

「あの、それで先生……この方達は?」

 

「ああ、俺の帝国軍時代の同僚だ。帝国宮廷魔導師団特務分室……執行ナンバー7、『戦車』のリィエル。執行ナンバー17、『星』のアルベルト。リィエルのデタラメっぷりはさっき見た通りだし、アルベルトは魔術の腕も接近戦の才能もだが、何よりすげえのは俺の固有魔術の範囲外からでも相手を仕留められる正確無比の射撃の腕前と時間差起動(ディレイ・ブート)二反響唱(ダブル・キャスト)の連携だ。その凄さはリョウが身を以って体感したろ」

 

 どうやらさっき俺を無詠唱で倒したと思った魔術は予め詠唱してそれを銃に弾丸をこめるようにストックして任意のタイミングで発動させる時間差起動(ディレイ・ブート)と呼ばれる高等技術らしい。まさかそんな技術あったとは知らなかったから聞いた時はすごく驚いた。

 

 ていうか俺、そんな完璧ハイスペックな人間を相手にしようとしてたのか。覚悟してたとはいえ、無謀すぎたかも。

 

「とまあ、組めばすげえ頼りになる二人なんだが……さっきので信用しろなんて言っても無理か……」

 

「そうよアルベルト。町中でいきなり軍用魔術なんて使うから、この子達怯えて──」

 

「「最大の原因はお前(君)だ!!」」

 

 自覚なしにアルベルトさんに責任なすり付けようとしたリィエルにグレン先生と同時にツッコミを入れる。

 

「漫才して遊んでいる暇はないぞ。事態は深刻なんだ」

 

「あ、スマン。で、リョウ……さっき女王陛下に会ったって言ってたが、何があったんだ?」

 

 アルベルトさんの冷やかな指摘でグレン先生が真剣な表情で聞いてくる。

 

「何がっていうか、俺もてんでわからない。親衛隊が来たと思ったらいきなり女王陛下を拘束するなんて言い出して連れて行ったから」

 

「こちらも同様だ。王室親衛隊は女王陛下を監視下に置き、そこの少女──ルミア嬢を始末するために独断で動いている」

 

 俺の見てきた状況を伝えるとアルベルトさんがそれを補足して説明する。

 

「女王陛下は午前と同じく貴賓席で魔術競技祭を見守っている。だが、その周囲一帯を王室親衛隊の上位幹部陣を中核とした精鋭が取り囲んでいる。更に今はその周囲をいかなる者も近づけないための厳戒態勢……突破は至難の業だろう」

 

「セリカはどうなってんだ? ほら、元特務分室のナンバー21」

 

「親衛隊と同様女王陛下の傍らにいるが、行動を起こす心算はなさそうだ」

 

「えっと、アルフォネア教授のことまだよく知りませんけど、現代最強の魔術師なんていう風には聞いてますけど……何かあれば真っ先にその人がなんとかしてくれそうだと思うんですけど」

 

 色んな魔術に精通して会得が難しい魔術だっていくつも軽々とこなしているっていうくらいにはよく耳にしていたのでそんな人を出し抜けるだなんてまず思えないが。

 

「彼女が行動を起こさない理由は依然不明だ。だが、そこのルミア嬢が噂の廃棄王女だとするなら、何処かでそれを聞きつけた王室親衛隊がその忠誠心を暴走させ……その娘を始末するために動いている、と考えられなくもないが……」

 

「いや、それだって無理ありすぎだ。例え動機がそうだったとしてもタイミングがおかしすぎだ。女王陛下が来臨してる今だぞ……それを不敬罪犯してまで起こす意味がない」

 

「確かにな。やるなら密かにやればいい話だ」

 

 冷静に会話を聞いて俺も思った。以前のテロ騒動から真っ先にルミアが狙われてると考えてしまったが、明らかに理由が無理やりすぎるし女王陛下のいる所で大々的にやる意味なんてない。自分の首を締める行為にしかならないだろうに。

 

「考えたところで何も始まらない。私が状況を打破する作戦を考えた」

 

「ほう? お前が作戦ねぇ……言ってみろ」

 

 リィエルがこの膠着状態が煩わしかったのか、自分の考えた作戦を説明する。

 

「まず、私が真正面から突っ込む」

 

 いきなり特攻ときたかと呆れるが、この娘なら下手に隠密に回すより騒ぎを起こす囮役の方が向いていそうなのはわかるので特に違和感は湧かなかった。

 

「次に、グレンが正面から突っ込む」

 

 国家反逆の罪を被ったルミアの逃走を手助けするグレン先生を見せつけて更に混乱を煽り、女王陛下と接触できる確率を上げる……という作戦かな。

 

「最後に、アルベルトが正面から突っ込めばい──いたいいたい」

 

「お前はその脳筋思考をどうにかしろ!」

 

 グレン先生のグリグリによるツッコミが炸裂。ていうか、作戦も何もない本当にただの特攻だった。頭が痛い……。

 

「少しは理解したか? 貴様が黙っていなくなったことで誰がこいつの面倒をみていたのか」

 

「うん、ごめん。それはマジでごめん」

 

 アルベルトさんの言葉にはものすごいトゲを感じる。まあ、こんな娘を押し付けられたらそりゃ文句の一言は言いたくもなるだろうな。

 

「お前が俺達のもとを去った理由をここで問うつもりも、戻ってこいというつもりもない。だが、いつかは話せ……それがお前の通すべき筋だろう」

 

「……わかった」

 

「そして、私と決着をつけるのが筋」

 

「それは嫌だよ!」

 

 相変わらずリィエルはグレン先生との決着に固執していた。

 

「大体お前は何で俺との決着に拘るんだ!?」

 

「魔術師の決闘は勝者が敗者に要求をひとつ通せると聞いた」

 

「ああ、そんなカビ臭い伝統があったな! で!?」

 

「……グレンに、帰ってきてほしかったから」

 

 ついさっきまで人形みたいに表情を動かさなかったリィエルの眼が、憂いを表すように揺れた気がした。

 

 言ってることは滅茶苦茶だし、頭の痛いところもあるが、その雰囲気はまるで寂しがりな小さな子供を連想させた。

 

「……いい人達じゃないですか、先生」

 

 その光景を見守っていたルミアが微笑ましいものを見るような表情でグレン先生に言う。

 

「はぁ? こいつらがいい人って冗談だろ……」

 

 グレン先生はうんざりするように言うが、満更でもなさそうな雰囲気だ。本当に素直じゃない。

 

「それで、これからどうするつもりだグレン?」

 

「やるならすぐにやるべき。グレンの敵なら私が全部斬って──」

 

「だからお前は、その脳筋思考をやめてくれ」

 

 なんだかこのままでは脱線しそうなのでリィエルに色々言うべきかも。

 

「ああ、リィエル……敵に突っ込むのを止めるとは言わないけど、せめて作戦……誰が何をするかっていうのはちゃんと決めた方がいいよ」

 

「うん。だから私が突っ込んで、グレンが──」

 

「突っ込むのは今は置いといて、今俺達がどうなってるのか説明すると……」

 

 会話してわかってきたが、この娘は俺達と同年代くらいに見えるのに考え方というか……思考が妙に幼い気がする。だが、好きな人を守りたいというのは感じるのでちゃんと理解させればあの妙な特攻作戦も自重してくれる……筈だと思う…………多分。

 

 それから十数分色々な方法でリィエルに説明を続けた結果……。

 

「……つまり、誰も斬らないようにして助けたら、グレンは褒めてくれる?」

 

「なんか、合ってるようで微妙に何処かズレてる気もするけど……そんな感じかな?」

 

「……うん、だったら作戦に従う」

 

「よし、それで結構だ」

 

 書くもの何も持ってないから身振り手振りで色々言ってみたけど、どうにかうまくいったか。近所の子供達よりも若干疲労度が上な気もするが、ギリギリ許容範囲内か。

 

 何故かグレン先生の単語がこの子の思考から全然抜けてくれないけど、それはそれで言い方次第でどうにかなりそうだな。

 

「……嘘だろ?」

 

 状況を見守っていたグレン先生が信じられないものを目の当たりにしたような表情でつぶやく。何故かアルベルトさんも瞠若してるのか、鷹のような眼が少し丸みを帯びてる気もする。

 

「あ、あのリィエルを説得するとか……お前は神か?」

 

「いや、何を大袈裟な……」

 

「だっておま、あのリィエルだぞ! 一度突っ走ったらまず止まらねえ、任務で一緒に組みたくないランキング万年トップのリィエルだぞ!? お前とんでもねえ偉業だぞ! 流石お菓子のお兄ちゃん! ガキの説得はお手の物ってか!」

 

「いくらなんでも失礼すぎでしょう……。ていうか、その呼び名やめろ」

 

 まあ、さっきの行動を考えればありえるのでつい同意しちゃうが。しかし、グレン先生がこんだけ言うとは、グレン先生の現役時代の彼女の行動の旨を知るのが恐い。

 

「……いい加減話を進めたいのだが。何か作戦はあるのか、グレン?」

 

「おお、そうだ。女王陛下に直接対面すること……それが突破口になる筈なんだ。だから、俺達はどうにかうまく奴らを掻い潜って女王陛下の前に立つ必要がある」

 

「その根拠は何だ?」

 

「セリカが言ってたんだよ。俺だけがこの状況をなんとかできるって。あいつはケチで意地悪だが、無意味なことは絶対に言わない。そんな奴がそんなことを言うってことは、必ず何かしら意味があるはずなんだ。だから俺はその言葉に賭けたい」

 

 どうやらアルフォネア教授との通信でグレン先生がこの状況を打開する鍵になると言われたらしいが、それがどんな意味を持つのかはまだわからないと。

 

「そんな曖昧な言葉で信じられるのか?」

 

「少なくとも俺は信じられるね」

 

「……いいだろう。お前がそこまで言うなら俺もその言葉を信じるとしよう」

 

 この言葉を機にアルベルトさん達が本格的に俺達と組むことが決定になったようだ。

 

 それから主にグレン先生とアルベルトさんの作戦会議が始まり、軍事関連に詳しくない俺とルミア、そして考えることが得意でないリィエルは蚊帳の外になる。

 

「なんか……ものすごい状況になってるな。女王陛下の意味不明な軟禁にルミアの冤罪……グレン先生じゃないけど、俺もしばらく学院サボりたいかも……」

 

「ごめんね、私の所為で……」

 

「だからルミアが悪いんじゃないんだからもう少し気楽に……ていうわけにはいかないよな」

 

 自分に無実の罪が被るどころか、母親が実態不明の軟禁状態なんて状況なのだから色んな不安感がのしかかってるのだろう。

 

 俺もそれなりに考えてるが、ルミアの冤罪が何らかの陰謀によるものなのはもう明らかなのだが、女王陛下の置かれてる状況が全く見えない。

 

 法も何もあったものじゃないし、どう考えても理不尽な行動なのだからあの人が止めろと言えばそれで事足りそうなのにそうできない理由があるのか?

 

 考えられるのは脅迫とかそんな感じだが、親衛隊のみならずアルフォネア教授がいる中でそんなことができるとは思えないが……もし内部の人間の犯行ならアリかもしれないが、どっちにしろ警戒態勢の整っているところでできそうにないし。

 

「漫画だったらこういう時……妖怪とかなんかが絡んでるんだがな」

 

「ま、まんが……? ようかい?」

 

 口に出していたのか、ルミアが首を傾げていた。

 

「ああ、小説とかの内容を絵とちょっとの台詞で構成した書物かな? で、とある漫画じゃ妖怪が人間の中からその人操ったり、関係者に化けていたり、禁句を言えば魂取り上げるだなんて状況が多かったからさ……」

 

「えっと……あそこにいる人達みんな人間だからね。それにしても恐いものが多いね……」

 

「まあ、オカルト関係の漫画だしな」

 

 筋肉マッチョの多い奴らのバトル漫画や海賊ものは俺には合わなかったが、オカルトとかファンタジー系の漫画は結構読んでたからな。

 

「……おい、リョウ。お前、今なんつった?」

 

 ルミアと漫画の話をしていると、グレン先生が割って入る。

 

「え? 何って、オカルト漫画?」

 

 グレン先生、こういうの興味あるっけ? 以前、怪談話で思いっきりビビったってシスティやルミアから聞いたんだけど。

 

「違え! どんな内容が多かったかって話だ!」

 

「え、えっと……妖怪が人間の中からその人操ったり、関係者に化けていたり、禁句を言えば魂取り上げるとか──」

 

「それだぁ!」

 

「はい?」

 

「そうだ! だから俺だったんだ! 今のでセリカの言ってた意味がやっとわかったぜ!」

 

 え? 今俺、何か重要なこと言ったか?

 

「……なるほど。確かにそれなら、グレンが一番適任だろう。そして、そういうことならこの状況にも説明がつく」

 

「リョウ、お前偶にいいとこ気がつくじゃねえか!」

 

「ええっと……」

 

 ただそういう状況の方がまだわかりやすいなって思っただけの言葉だったんだが、この二人の中で何かがはまったっぽいな。

 

「よーっし、作戦決行前に気づけたのは僥倖だ。後はさっき言った作戦を実行するのみだ」

 

「で、グレン先生……その作戦って?」

 

「ああ、それなんだがリョウ……お前は先に戻っておけ」

 

「は? いや、俺も指名手配状態……」

 

「お前ひとりだけなら問題ねえ。あいつらが狙ってるのはあくまでルミアの命だ。[セルフ・イリュージョン]でも使ってちょっと顔変えれば連中は簡単に誤魔化せる。そんで、お前に頼みたいんだが……どうにかしてあいつらの士気を上げてほしい」

 

「士気をってことは……それは競技祭で優勝しろってことですか?」

 

「ああ、そうだ。この作戦を成功させるには二組の優勝が必要不可欠だ、頼む」

 

 グレン先生が真剣な表情で俺の肩に手を置く。

 

 いきなり言われても士気を上げるだなんて真似はやったことないし、そもそも俺にそんなリーダーシップなんてない。それに親衛隊の奴らが総出でルミアを狙っているのがわかっていながら競技祭に専念しろなんて言われて簡単にできるわけがない。

 

「……今一緒にいたところで、学院生でしかないお前にできることなどない」

 

 俺が迷っているのを見透かしてか、アルベルトさんが厳しい言葉を投げつけてきた。

 

「さっきのを見た限り、お前は妙な魔術の改変を得意としているようだが、同じ学院生ならともかく、訓練の行き届いた軍人では相手にもならん。ならばグレンの言葉に従い、同僚達の士気を上げてグレン達を女王陛下のもとへ送る算段を立てることの方が重要だろう」

 

 相手にもならない……か。事実だろうけど、軍人に真っ向から言われれば流石に堪える。

 

「まあ、アルベルトの言い方はちっとキツイが……頼む。別にあいつらに的確なアドバイスをしろなんて言わねえ。知略も大事だが、教えることは練習で散々済ませてきた。あとはあいつらが自分を信じられるかどうかなんだ。だからお前にはそれに気づくきっかけを与えてやってほしい」

 

「俺が……ですか?」

 

「ああ……お前だって練習であいつらに散々アドバイスしたろ。知識は多いほうじゃねえが、お前の例え話はいいところ突いてるからきっかけ与えるにはうってつけだ。だから頼む……あいつらを支えてほしい」

 

「…………わかった。絶対に優勝する」

 

 さっき突きつけられた通り、みんなについていっても足手纏いになるだけだろう。だったらグレン先生とアルベルトさんの言葉に従ってクラスメート達の手助けにいくしかない。

 

「あの、リョウ君……」

 

 声を掛けられて振り向くと、ルミアが責任を感じてるような表情で俺を見ていた。

 

「えと、ごめんね。こんな事に巻き込んで……」

 

「だから、お前の所為じゃないんだけどな……まあとにかく、さっさと優勝して女王陛下と会って、こんな下らん馬鹿騒ぎ収めようぜ」

 

 ルミアの頭を撫でながら子供に向けるような声で言う。

 

「じゃ、絶対戻って来てくださいね」

 

「わかってる。お前も変なとこでしくじるなよ」

 

 グレン先生と一言交わし合ってから俺は路地裏を出て行き、黒魔[セルフ・イリュージョン]で適当な人間に変装して学院へ向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 半刻程かけてようやく学院に到着し、競技場へ入ったところで[セルフ・イリュージョン]を解除して二組のいるスペースまで駆け寄った。

 

「リョウ、先生とルミアを知らない? 二人共午後の競技始まってから全然姿を見せなくて」

 

 着くとすぐにシスティが二人の行方を聞くが、俺はそれを無視してまず周囲を見渡した。

 

 女王陛下は午前と変わらず貴賓席にいて、アルフォネア教授や親衛隊もいる。順位は、現在は四位か……やっぱり地力の差が出始めてしまったか。

 

「リョウ、聞いてる?」

 

「あ……システィ、二人は今緊急事態だ。今はそれしか言えない」

 

「……何かあったの?」

 

 緊急事態という言葉に嫌なものを感じたか、神妙な顔つきで聞いてくる。

 

「それはここじゃ言えない。とにかく、グレン先生は二組のみんなでなんとしても優勝してくれって言ってた。今はその言葉を信じるしかない」

 

「でも、こうしてる間に……それに、みんなも……」

 

 システィに言われてクラスメート達を見ると、所々諦めかけてる奴らが出始めているな。まあ、実際総合力で劣る二組が上位に入ってること自体がすごいことだからしょうがないかもしれないけど。

 

「……みんな、ちょっと聞いてほしい!」

 

 俺の声掛けにみんなの視線が集中してくる。みんなには悪いが、こっちはどうしても優勝しなければいけない理由があるからなんとしても頑張ってもらわなくちゃいけない。

 

 こっちの都合ばかり押し付ける申し訳なさはあるが、今は謝るための言葉も持ってないし、それを口にするわけにもいかないのでここはとにかく押し付けるしかない。

 

「先生は今緊急の用事ができたって言って学院の外に出てる。それと伝言を預かったんだけど、この競技祭はなんとしても優勝してくれって言ってた」

 

 俺の言葉にみんながざわついた。なんでまた優勝をとか、一体何処にいるんだとかなんて言葉が聴こえてくる。

 

 疑問は尤もなんだが、今はそれに答えることはできない。

 

「みんな! 先生達が今どうしてるかはわからないけど、やることは変わらないわ! 先生のおかげでここまで喰らいついてるのよ! 後もう少しじゃない! 諦めるのは早いわ!」

 

 システィが俺に続いて意気消沈しかけてるみんなに堂々と宣言する。

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「やっぱり先生がいないと……」

 

 やはり簡単にはいかないかと考えながら俺もどうにかできないかと考えを巡らせる。アドバイスは俺の範疇外だから除外だし、気の利いた言葉も使える自信はない。それ以外でみんなのやる気を出させるにはと思ったところでピンッ、とアイディアが浮かんだ。

 

「みんなはグレン先生がいないとロクに戦えないの?」

 

「え、リョウ……ちょっと」

 

「この競技祭で出来そうなことはみんな散々練習したんだろ。なのにグレン先生がいないだけで尻込みするほど弱いわけ?」

 

 いきなりこんな罵倒みたいな言葉を使うとは思わなかったのか、システィが止めようとするが、俺は軽く押し退けて言葉を続ける。

 

「そんなザマじゃ、優勝なんてできないし、もしこれがグレン先生に知れたら……どうなると思う?」

 

 この言葉にみんなが敗北した後のグレン先生の行動を予想する。それを見計らって俺はもう一度口を開く。

 

「『あ〜らら〜♪ お前らって俺がいないと何にもできないんだな〜! ごめんね君達ぃ、途中で抜けちゃって優勝逃しちゃって〜! てへぺろ♪』……とかな」

 

 イラッ、とそんな擬音がみんなから発された気がした。

 

「言いそう……」

 

「ウザいですわ、それはとてつもなくウザいですわ……っ!」

 

「あのバカ講師に言われるのだけは我慢ならんな」

 

「それに、グレン先生が何のために優勝してくれなんて言うと思う?」

 

 俺の言葉に新たな疑問が浮かんだのか、みんなが首を傾げる。

 

「まあ、ハーレイ先生とのその場の勢いの賭けもあるんだけど……そもそもあのグレン先生がなんでこの行事に口出ししてきたんだと思う? 聞けばこの行事でトップを取ると、普段の給料とは違うボーナス……特別賞与なんてのがあるらしい」

 

「おい、アイツまさか……」

 

 ここまで来たら誰もが予想できたのか、カッシュが代表して声を震わせながら聞いてきた。

 

「ああ、特別賞与にハーレイ先生の賭け金……合わせたら当分遊んで暮らせる程の大金が入るからやる気出したんだろうな。まあ、ハーレイ先生との出来事はグレン先生も予想してなかったんだろうけど……思わぬ儲け話にグレン先生も躍起になってんだろうな」

 

「ふざけんな! こうなったらあの野郎、とっちめて──」

 

「はい、待て」

 

 競技祭放ったらかしでグレン先生に殴り込みに行きそうなカッシュを止める。

 

「何で止めんだよ! あのロクでなし講師に一発やらなきゃ気が済まねえよ!」

 

「言いたいことはわかるが、別に拳による制裁はいらないだろう」

 

「何?」

 

「みんなが怒ってるのは自分達が必死こいて優勝するのを自分の金儲けのダシに使ってるグレン先生の行動が許さんってことだろ?」

 

 俺の質問に全員が強く頷いた。

 

「だから制裁したいって気持ちもわかるが、何も暴力だけがおしおきじゃないだろ」

 

「て言うと?」

 

「もしこの競技祭で優勝できたとしたらそれはグレン先生のアドバイスも大きいが、競技に出て勝利をもぎ取ったのは飽く迄俺達だ。なら、勝利に貢献した俺達にはあってしかるべきものがあるんじゃねえのか? そう……つまりは御褒美」

 

 そこまで言って合点がいったのか、カッシュがニヤついた顔で俺に問いかける。

 

「なるほど……そりゃあそうだよな。競技に勝つのは俺達なんだから、御褒美くらいあってもいいよなぁ?」

 

「ああ……優勝して、グレン先生の懐が温まったところでその喜びをみんなで共有する権利くらいあると思うんだよ」

 

「だよなだよな。俺達がもぎ取ったもんなんだから当然の権利だよなぁ」

 

 そこでカッシュが全員に目配せすると大半が強く頷き、

 

『『『終わったら祝勝会だ! 飛びっきり高い店で!!』』』

 

 今ここにみんなの心がひとつになった気がした。代わりにグレン先生の懐が大ピンチに陥ったが。

 

 すみません、グレン先生……全員の士気を上げるにはこれくらいしか思いつかなかったんです。後でそれなりのフォローはしますので今だけは許してください。

 

 俺はまだ来ぬグレン先生に向けて合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分後、次の競技に入る。次の種目は『変身』……。文字通り何かしらの姿に変身してその変わり様の出来に応じて点数を競い合う競技、リンの出る種目だ。

 

『ハーレイ先生率いる一組、セタ選手! 迫力満点な竜に変身したぁっ! これは凄い!』

 

 今は一組の選手が闘技場の真ん中で竜に変身し、会場を騒がせてる。漫画とかでもよく見る西洋のドラゴンの姿だった。

 

「ひっ……!?」

 

 その再現度には隣にいるリンも思わず後ずさってしまうほどだ。

 

「あ、あわわ……どうしよう……」

 

 身も心も、声も震わせリンは青ざめ混乱していた。

 

「……リン、追い討ちをかけるようで悪いけど……俺は君に言うべき言葉が見つからない」

 

 俺の発言にリンは震えながら、今にも涙が溢れそうな目でこっちを見る。

 

「これまでグレン先生のアドバイスでトレーニングはしっかり積んで来たんだよね?」

 

「うん……昼休みにも、選手交代してもらおうと思ったら……出ろって言われて、それでイメージトレーニング用に先生がこの本を薦めて」

 

 どうやら昼休みにグレン先生に相談してたようだ。

 

「なら、問題ないと思う。それに、イメージをするのに大切なことはもう言ったよね」

 

「えっと……あの、青と銀の姿で言った……」

 

「うん、あの姿のことは忘れて……。で、あの時言った言葉なんだが……覚えてる?」

 

「うん……」

 

「前にも言ったけど、リンの想像力というか……夢を見る力は相当なもんだと思う。[セルフ・イリュージョン]の特徴はイメージ次第でいろんな姿になれるってことだ」

 

 本編には出てないフュージョンアップだろうがフュージョンライズやらを模すことができたほどなんだから正に変幻自在というべき魔術だと思う。

 

「リン、君は自分を優柔不断だと言ってたけど……それの何が悪い?」

 

「え?」

 

「そりゃ、決断の早い方がいい時だってあるかもしれないけど……グレン先生に選手交代を相談したのだって見方を変えればクラスの優勝を真剣に考えてたからってことだし、イメージの件だってリンの拘りだ。どの姿がより本物の女神様に見せられるかって必死に考えてる証拠だ。そんなリンの優しさや頑張りを馬鹿にしようものなら、グレン先生に変わって鉄槌を下してやるよ」

 

「……ふふっ」

 

「なんでここで笑う?」

 

「だって……言ってる事が先生とそっくりだもん。リョウ君と先生って、どこか似てるよね」

 

「俺は先生と違って生活は計画的にしてるぞ」

 

 教師として尊敬してる部分もあるが、基本はだらしない反面教師だからな。

 

「ま、そんなわけだから君は安心して行ってこい。どちらかといえばこれは競技というより芸術だ。芸術ならリンのお得意だろ」

 

 図書室で会う時は神話の絵を手書きしているのをよく見かけたが、あれはすごかった。地球で美術の発表会にでも出せば上位間違いないと思う。

 

「うん! 頑張ってくるね!」

 

「おう!」

 

 ようやく決心が固まったのか、さっきとは打って変わった笑顔で競技場へ駆け出していった。

 

「……ふぅ」

 

「具体的性には欠けてるが、彼女には良い激励になったんじゃないか?」

 

「え? ……って、アルベルトさん!?」

 

 後ろを振り向けば何故か燕尾服に身を包んだアルベルトさんが静かに佇んでいた。

 

「何でアルベルトさんが? グレン先生とルミアは……」

 

「グレンからの指示だ。先程し──フィーベル含めた二組に伝えたが、ここからは俺が二組の指揮を取り、優勝の手助けをしろとな」

 

「はぁ……それじゃ、俺がわざわざ発火装置にならんでも」

 

「お前にはお前にしかできないことがある。俺ができるのは選手のペースに合わせた助言だけだが、お前はその独特の言い回しで奴らの士気を上げられる。現に先の少女はお前の言葉を受けて安心感と高揚感を取り戻した。どんな勝負事や戦でも、士気の高さが勝敗を左右するんだ。お前はその口を存分に使ってみんなを支えていけばいい」

 

 さっきちょこっと会話した程度だが、俺からみたアルベルトさんは理屈を突き詰めた科目な人ってイメージだったので感情的な考えを述べることに少し驚いた。

 

 まあ、さっき厳しいこと言われた分喜んでるって部分もあるけど。

 

 とにもかくにも、リンが『変身』で最高得点を叩き出してくれたおかげでクラスの士気が戻って行き、いくつか競技を乗り越えた頃には一組との差がかなり縮まった。

 

 士気が戻った影響もあるが、この快進撃に大きく貢献したのは間違いなくアルベルトさんのアドバイスだ。特に戦闘系の競技には目立たないが、右手をササっと動かすだけの簡単なハンドサインでクラスのみんなをうまい具合に動かした。

 

 しかし、あれは確かグレン先生がみんなと長い時間相談して決めたサインの筈なんだが。いくらグレン先生が伝えたと言ってもひとつひとつ丁寧に教える時間があったとは思えないし……そう考えながらアルベルトさんを見ると、控え室では見なかったリィエルも隣に立っていた。

 

 リィエルまで来ていたのかと思ったが、よくよく見ると選手の動きを見て思案顔になったり、喜んだりしていた。失礼だと思うが、リィエルは表情が人形並みに変化なしだと思ったから妙な違和感を抱いた。更に少し離れたところではシスティが意味ありげな顔で二人を見ていた。

 

 ここまで来たら俺も理解した。なるほど……グレン先生の作戦というのはこういうことだったのか。なら、俺も自分のやれることを精一杯するのみだと自分の頰を叩いて気合いを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、いよいよ魔術競技祭の大目玉、『決闘戦』のトーナメントも大詰め! 片や当然の如くハーレイ先生率いる一組! もう片方は、五組、八組を下して遂に二組が決勝戦までのし上がって来たぁ!』

 

 日が西の山に沈もうとする頃、ようやく決勝まで勝ち進んできた二組。優勝まで目前に迫って来るなか、競技場の空気がビリビリと振動している気がした。

 

 両サイド火花を散らし、先鋒戦にカッシュが出たが、良いところまでいったものの相手側の魔術によって動きを封じられ、惜しくも敗退となった。

 

 中堅戦ではギイブルが将棋詰めのように相手を徐々に追い込んで行き、呪文改変の召喚魔術によって喚びだされたアース・エレメンタルによって相手を行動不能にして勝利を掴んだ。

 

 そして大将戦ではシスティと相手側の互角以上の戦いが長く続きつつも、最後にはシスティの黒魔改[ストーム・ウォール]で相手の不意を突き、更に駄目押しの[ゲイル・ブロウ]でフィニッシュを取った。

 

 この瞬間、俺達二組の優勝が決まった。それを会場内のみんなが理解すると同時に歓声と拍手が競技場に轟いた。

 

 クラスのみんなは勝利を収めたシスティを胴上げに行った。本人は突然の胴上げに目を白黒しっぱなしだったが。

 

 ようやく優勝ができたと同時に、やっと本星へ到達できるかと安堵した。グレン先生の作戦がいよいよ最終段階に入ろうとすることを理解しながら俺は更に集中力を研ぎ澄ませるよう深呼吸をした。

 

 さて、ここからが本当の戦いだな……。



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第9話

 魔術競技祭表彰式……。長い時間がかかってようやく二組の優勝が決まって式が始まり、女王陛下が勲章を授けるために表彰台へと登った。

 

 更に実況の人が俺達のクラスの優勝を宣言すると同時に拍手が起こる。そして代表が呼ばれ、アルベルトさんとリィエルが表彰台へと上がる。

 

「あら? 貴方達は……」

 

 女王陛下は二組の担当がグレンだということを知ってるのでアルベルトさんがいることに不自然さを感じた。

 

「なぁ……いい加減、このバカ騒ぎ収めちゃくれねぇか、おっさん?」

 

 突如、アルベルトさんの口から似合わない慇懃無礼な言葉が飛び出した。それからブツブツと何か一言呟くとアルベルトさんとリィエルの像と空間が歪み、空間が戻ると同時にその姿が変わった。

 

「き、貴様は……っ!? 魔術講師っ!? そんな馬鹿な……貴様はルミア嬢と共に町中で部下が……」

 

「[セルフ・イリュージョン]ですり替わってたんだよ、途中から。お前魔術師を相手にするならもう少し部下にちゃんとした教育するんだったな!」

 

 やはりというか、先程までアルベルトさんとリィエルだと思った二人は偽物でグレン先生とルミアが[セルフ・イリュージョン]で化けていたわけだ。

 

 全ては女王陛下の傍まで近づくための作戦だった。

 

「何をやってる! 賊共を捕らえんかっ!」

 

 女王陛下の傍にいた騎士……ゼーロスだったっけ。アイツの怒声混じりの指示が出ると、一瞬硬直していた親衛隊が表彰台に上がろうと動き出す。

 

「セリカっ! 頼む!」

 

 グレン先生が大声を上げるとアルフォネア教授がボソリと呟き、表彰台を光の壁が包み込んだ。

 

「ほう? 音まで遮断する結界とは随分気前がいいな。……で、何でお前まで出て来るんだ?」

 

「どうせこうなることは俺でもわかりきっていたことですし。何するにしても先生ひとりじゃ守りながらは不利でしかないでしょ」

 

 グレン先生は結界が構築する直前に飛び込んできた俺に呆れたような眼を向ける。グレン先生がアルベルトさんになりきってることを理解してからグレン先生の取ろうとしていた作戦が理解できたのでいつでも飛び込んでいけるようにマナバイオリズムは常に整えていた。

 

 そして結界が表彰台を覆う前に目立たないよう最後列で[アクア・ヴェール]を起動した俺は水を使って一気に飛び移ったというわけだ。

 

「まぁいい……ここまで来たからにはテメェも最後まで付き合ってもらうぞ」

 

「元々そのつもりですから」

 

 今回ばかりは似合わないだとか考えるつもりもない。ただ足掻き続けなければ自分の大事なもの全部壊されかねないから。もうあれこれ考えるのはやめだ、今はただ目の前の障害ぶち壊して友達助けることだけを頭に浮かべる。

 

「セリカ殿……貴様、この期に及んで裏切るかっ!?」

 

 向こうではゼーロスが結界を構築したアルフォネア教授に怒鳴っていた。当の本人は飄々と無言を貫いて突っ立っているだけだ。

 

「さってと、オッサン……そっちの事情はもうわかってる。セリカが教えてくれたからな。まあ、余りにも判りづらいヒントだったが、それもコイツのおかげでピンときた」

 

 グレン先生が俺の頭をクシャっと乱暴に撫でて言う。

 

「つうわけだ……あとは俺が陛下をお助けしてやる。俺が……陛下のネックレスを外してやるよ」

 

 ……ネックレス? 何のことかよくわからんが、グレン先生の言葉を聞いてゼーロスが目に見えて狼狽し始めた。

 

「き、貴様……たかだか一講師でしかない貴様が女王陛下に近寄ろうなど無礼も甚だしいぞ!」

 

「まあ、やっぱこうなるよな……こりゃ説得も簡単じゃねえぞ」

 

 さっきの凄みたっぷりの威圧感は残ってるものの、ゼーロスは明らかに動揺している。女王陛下が付けてるネックレスに何かあるのだろうか。

 

 まだイマイチ話が見えてこないが、グレン先生がああいうってことは……あ、わかってきた。ここまで来たら俺でも事の顛末が見えてきた。

 

「くっ……っ! 貴様ら、これ以上余計な行動を起こすな! この国に仇なす逆賊が、陛下を守るため、ここで始末してくれる!」

 

「……あんたに陛下は守れないよ」

 

「……なんだと?」

 

「え? ちょ、リョウ……?」

 

 俺が言い放った言葉に、この場にいる全員が呆然と俺を見ていた。

 

「わかんない? あんたじゃ、誰一人助けることなんて出来やしないからさっさと引っ込んでろって言ってんだよ」

 

「おい、リョウっ!」

 

「グレン先生が女王陛下を救うって言ってんだよ。この人ならそれが出来る。ただ剣を振るって、何の罪もない女の子斬ることしか考えられないアンタとは違って誰も傷付くことなく事は収まる。わかったらいい加減下がれよ」

 

 いい加減、このジジイの言葉にはウンザリしてた。女王陛下を守る立場にいる以上は側近でない限り警戒しなければいけないというのはある程度許容できたが、ここまで来てこの態度は流石に腹立たしかった。

 

「学院生が口を挟むな! 貴様らが女王陛下を守るなど……我ら騎士団を前にしてよくもヌケヌケと言えたものだ! 逆賊風情が、これ以上我らを侮辱するなら貴様の口から斬り落としてくれる!」

 

「自分だけが女王陛下を守れるって言いたそうな発言だな。テメェ、何様だ? 陛下の傍にいるほどなんだから実力は相応のものだってのはわかるが、いくら強いと言っても所詮は剣を使うことしかできない……物理的に人を斬り落とすことしか頭にない金属頭の馬鹿じゃどう足掻いたって誰も救えない……いい加減にしろよ頑固頭っ!」

 

「……飽く迄我々を愚弄すると言うか、小僧」

 

 ゼーロスがストンと腰を落とし、両手を剣の柄に添える。同時に背後に獅子のような、仁王像のような姿が見えると錯覚するほどの殺気……というものか、とんでもない雰囲気が濃霧のように襲って来る。

 

「ほんとに度し難いカチコチ頭だよ……そんなやり方しかできないでよく騎士なんて名乗れたもんだよ」

 

「リョウっ! いい加減止せ! 喧嘩売る相手が悪すぎだ!」

 

 グレン先生が俺を止めようとするが、俺は[アクア・ヴェール]でグレン先生の手を払いのける。

 

「悪いですけど、こればかりは譲れませんよ。この馬鹿には頭どころか骨の髄まで凍えさせるくらい冷えたもんぶち込まなきゃ気が済まない」

 

「お前……っ!」

 

 それから俺はゼーロスに視線を戻すと既に両手には鞘から抜かれた細身の双剣が握られていた。その眼と刀身にはもう俺の姿しか映ってない。

 

 俺は[アクア・ヴェール]を撓らせて力を込める。互いを睨むこと数秒が過ぎ、俺は先に仕掛けることにした。

 

「『飛瀑』っ!」

 

「遅いわ!」

 

 水を足場に一足飛びでゼーロスに接近するが、俺のスピードなど置き去りにする程の速度で双剣が俺に迫って来る。

 

「知ってるよ!」

 

 もっとも、そんなことは承知の上なので剣が俺に到達する前に[アクア・ヴェール]を眼前で盾のように圧縮し、構える。

 

「こんなものっ!」

 

 だが、ゼーロスはそれを交差した剣閃で紙切れのように4つに切り裂いた。マジで水を切り裂くなんて芸当できるんだなと呑気なことが頭に浮かんだ。

 

 もちろんそれも俺自身わかりきってたことだ。この防御はあくまで囮だ。

 

「ぬっ!?」

 

 四分割された水を操り、ゼーロスの四肢に絡ませて動きを封じる。そこに更に俺が飛び込んでゼーロスを抑え込む。

 

「『光殼』っ!」

 

 もうひとつオマケで[ウェポン・エンチャント]を[アクア・ヴェール]に付与して拘束力を上げた。

 

「この……こんなもので!」

 

 が、やはり鍛え方がまるで違うのか、今にも引きちぎられそうだった。……だが、俺の妨害工作はこれで終わりじゃない。

 

「『白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ』っ!」

 

「なにっ!?」

 

 後ろから詠唱が聞こえたと同時に俺達を凄まじい凍気が襲う。それはグレン先生の黒魔[アイス・ブリザード]だった。

 

 これで更に拘束力は強まったし、鎧に[トライ・レジスト]が付与されてるとしても身体に襲いかかる冷気で起こる体温の低下による動きの鈍りからは簡単には逃れられない。

 

「こ……のっ! ふざけた小細工を!」

 

 なのに、ゼーロスは剣を握る手を震わせながらも徐々に俺の首に刃を立てようと迫ってきた。こんだけやってるのにこの馬鹿力はどうやって付けてんだよ。

 

「リョウ君っ!」

 

 寒さで凍えながら後ろからルミアの悲鳴混じりの叫びが聞こえ、いよいよここまでかと思うと視界の端からキラリと光るものが飛んできた。

 

「な──っ!?」

 

 俺がそれを認識する前に既に気づいたゼーロスが剣を握る手から力を抜き、俺達の傍に落ちた翠緑の宝石の付いたネックレスが放られた方向を目で追うと、投げた本人か、女王陛下が右手を胸の辺りまで上げた状態で立っていた。

 

「へ、陛下っ!? 何を──」

 

「うおおぉぉぉぉりゃああぁぁぁぁっ!!」

 

「ぐあ──っ!?」

 

 ゼーロスが動揺した瞬間を狙ってグレン先生が見事な回し蹴りを炸裂させ、俺達を縛っていた氷を砕きながら数メトラ吹っ飛ぶ。

 

「いっっっってぇな! 硬ぇ……。けど、良い所に決まったな。いくら化け物クラスに頑丈でも人間だからな……しばらくはお寝んね状態は続くぜ」

 

 蹴っておいたが、相手が硬かったのか脛を摩りながら呟く。

 

「ぐ……ワシのことはどうでもいい! それより陛下が……っ!」

 

「それならもう大丈夫ですよ、ゼーロス」

 

 弱々しく地面で身体を震わせつつも女王陛下を守ろうと立とうとするが、その側に本人が立つと目を丸くする。

 

「へ、陛下……? 何故……ネックレスが外れて……」

 

「俺がコイツを無効化したからな」

 

 ゼーロスが呆気に取られるとグレン先生がさっき放り投げられたネックレスを拾って忌々しげにそれを見つめる。

 

「条件起動式……条件起動型の呪い、だな。つまり、このネックレスは呪殺具で発動条件が『勝手に外す』、『一定時間の経過』、『第三者に報せる』」

 

「で、解呪条件がルミアを殺すことだったってわけですか……」

 

「条件にちっと差異はあるが、概ねその通りだ」

 

 俺達の予想にアルフォネア教授はホッとしながら頷いた。

 

「ルミアを狙う何者かが陛下にこれを上手いこと着けさせ、後でそれを知らせる。そして陛下を救うためにルミアを殺そうと親衛隊は大暴走。陛下が死ねばそれも良し……ルミアが殺されても後でいくらでも事情をでっち上げられることも込みで仕掛けた……コイツを仕掛けた奴、絶対頭イカれてやがるぜ」

 

「やっぱお前……緊急時限定だけど、頭冴えるよな。私は信じてたぞ」

 

「たくっ、調子のいい……コイツがいなかったらこの壇上登っても混乱真っ只中だったぞ。ていうか、お前も陛下のネックレスの事気づいてたか」

 

「気づいたのは先生が言ってからですけど」

 

 魔術のある世界なんだから所謂呪われたアイテムなんてもんがあってもおかしくないだろうしな。

 

「で、俺が呪殺具封じる時間稼ぐために自分が囮になってオッサンに喧嘩売ったと」

 

「ちゃんとわかってくれて助かりましたよ」

 

「ま、言い方があからさまだったしな。一発ブン殴るって言うならまだしも、冷えたものなんて言い回しすれば誰でも気づくわ。しかもご丁寧に燃費の悪い魔術起動しっぱなしで見せつけてくれたしな」

 

「オマケに最初からそのつもりだったか、予め自身に[トライ・レジスト]重ねがけしてたしな」

 

「やっぱ気づいてましたか……」

 

 まあ、そうじゃなきゃ軍用魔術まともに喰らって無事じゃいられないしな。

 

「けどお前、無謀もいいとこだぞ。お前が喧嘩売った相手は何十年前の戦争生き抜いた歴戦の猛者だ……あと一瞬助けるの遅れたら首チョンパだったぞ」

 

「なら、言えば先生が相手してくれましたか?」

 

「それこそ冗談……あんな化け物、絶対相手にしたくねぇ」

 

「そ、そんな事より……貴様、一体何をした? 何故陛下の呪殺具が、起動せずに……」

 

「ああ、そりゃ……コイツを使ったからな」

 

 グレン先生が懐から出したのは、以前のテロ騒動でも使ったアルカナのカードだった。

 

「これは俺特製の魔導器でな。俺はコイツに刻んだ術式を読み取ることで一定効果領域内の魔術の起動を完全封殺する。呪いだって魔術の一種だ……だからコイツで囲った領域内じゃ、条件が揃ったところで呪殺具が起動することはないってわけ」

 

「魔術の起動を完全封殺……愚者のアルカナ……まさか、貴公は……」

 

「さて、何の話だかな。ともかく残った問題はまだあるけどそれよりまずは……」

 

 グレン先生はゼーロスの言葉にすっとぼけて周囲を見回す。

 

「……これ、どう収拾つけんの?」

 

「……暗殺阻止よりも面倒臭い問題だな」

 

 そういえばここ、公衆の視線の中心だったわ……。

 

 

 

 

 

 それから夜が更ける頃、街灯や住宅の明かりのみに照らされた薄暗い町中を歩いていた。

 

「あぁ、やっと終わった……銀鷹剣付三等勲章とかいらね。それよりも金の方がいい」

 

「ブレないですね」

 

「つか、俺ら被害者だろ……なのにまた後日召喚だとか面倒臭ぇ……」

 

「あはは、仕方ないですよ。私達が事件の中心人物なのには変わりないですから」

 

「俺達からすれば甚だ不本意だけどな」

 

「でも、何だかんだで丸く収まったし」

 

「まあ、なんだかんだ被害はゼロだかんな」

 

 結論を言えば事件は解決。ゼーロスが投降宣言をし、学院長と女王陛下の弁舌によってどうにか会場内の人間の混乱を抑えることに成功し、その場でゼーロス達の処分が下った。

 

 公衆の面前なので厳しい懲戒処分の体を装う必要があったが、女王陛下の為ということもあって情状酌量の余地は充分とのことらしい。まあ、そんな処分が霞んで聞こえるくらい女王陛下が見事な言い回しで俺達の武勇伝らしい話を持ち上げて聞かせていたのでルミアを巻き込んだ不可解さも含めて目を逸らすことに成功した。

 

「ああ、本当に丸く収まってよかったぜ。こっちは生きた心地しなかったがな」

 

「まあ、騎士相手に喧嘩売って生き残れたんですしね」

 

「それもだが、問題はその後だ、後! お前、打ち首にされてえのか!」

 

「え? 何でいきなりそんな話に?」

 

「あのなぁ……女王陛下が笑って許してくれたからよかったものの、アレ普通に考えて不敬罪で首チョンパ待ったなしだったかんな!」

 

 ……ああ、ひょっとしてアレか。女王陛下の弁舌が終わった後、グレン先生と共にお礼をされていた時だった。改まってルミアの事をよろしく頼まれた時、俺は魔術競技祭の時に言いそびれた事も含めて言いたかった。

 

『すみませんが、陛下。その頼みは聞けません』

 

 そう言った時の場の空気が一気に冷え切った気がした。だが、そんな空気も御構い無しに俺は言葉を続けた。

 

『俺がルミアといるのは自分がそうしたいと思ったからです。陛下に命令されるでもなく、自分の意思で。それを今更義務感として上書きされたくはないんです。じゃなきゃ、本当の意味で彼女を守るとは言えなくなっちゃいそうなので』

 

 そう言ったら女王陛下は一瞬惚けるが、すぐに笑みを浮かべて今度は女王としてでなく、母親として頭を下げてきた。

 

 流石にそこまでと思ったが、王特有の雰囲気が抜けており、その瞳からは母親としての優しさを感じられたので俺はその頼みを承諾した。

 

「たくっ……オッサンに喧嘩売った事といい、陛下への言葉使いといい、お前はイチイチ自分の首を締めなきゃ気が済まないMなの?」

 

「んな特殊な性癖なんて持ってませんよ。両方共心の底からちゃんと口にしなくちゃならないと思ったから言ったまでで」

 

「相手が猛者と権力者だってことわかってるの!? いくらこの国の人間じゃないからってお前慇懃無礼すぎでしょ!」

 

「別に他国の人だからずけずけ言ってるわけじゃないですよ。ていうか、むしろ自分の国のお偉いさんより信頼しているまでですし」

 

「お前に愛郷精神はないわけ!?」

 

「まあまあ、終わったことですし……私は嬉しかったよ」

 

 ルミアが仲裁に入ってこの話題は切り上げることになった。

 

「まあそうだな……もうしばらくこの話題は出したくねえ。酒でも飲んで今日の不幸全部忘れてやる」

 

「そういえば、みんな今打ち上げやってるんですよね?」

 

「ああ、一応優勝してくれたわけだから俺の奢りってことでな。今回の件が解決できたのはあいつらのおかげだしな」

 

「へぇ、先生も偶にはいい事してくれ……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、何か大事なこと忘れてるような……」

 

 なんか、自分で撒いた爆弾忘れたまま放置しているような感覚……。

 

「ああ、あそこだ。たく、奢ってやるとは言ったが、何もこんな高い店でやんなくてもいいだろに」

 

 着いた店は古めかしい木材で建てられたものだが、あそこから漏れ出てくる料理の香りは嗅いだだけで相当質の高い店だっていうことがわかる。

 

 ……高い、店?

 

「……あ゛っ!」

 

「おい、リョウ。なんだ、その『あ゛っ』て?」

 

 やべぇ……親衛隊の騒動ですっかり忘れてた。

 

「先生、最初に謝っときます。ごめんなさい」

 

「何だ急に? なんかすげぇ嫌な予感してきたんだが……」

 

 俺の謝罪にグレン先生が恐る恐る店のドアを開けるとその向こうではクラスのみんなが大盛り上がりだった。

 

『『『あ、先生っ! お先にやってまーす!』』』

 

「「…………」」

 

「……おい、何だこの皿と空き瓶の量は?」

 

 グレン先生はテーブルに積み重ねられていた皿の数と所々に散乱されてる空き瓶の数を確認しだした。

 

「こ、この皿に微かに残ってるソースからして料理は……しかも、この瓶は『リュ=サフィーレ』……貴族御用達の高級ワインじゃねぇか。誰だこんなバカ高いもん頼みまくったの!?」

 

「いやぁ、先生っ! 俺達に黙って酷いじゃねえっすかぁ! 俺達散々扱き使って自分だけ金たんまり稼ぐなんてさぁ!」

 

 ほんのり顔が赤くなってるカッシュがそんなことを叫んだ。どうやらアイツも酒飲んじまったみたいだな。

 

 で、カッシュの言葉を聞いたグレン先生がギギギと音を立ててこっちを睨んだ。

 

「……おい、リョウ。何か言うべきことがあるんじゃねえか?」

 

「……心の底からごめんなさい」

 

「謝って済む問題かぁ! テメェ、こいつらにチクったな! 今回の稼ぎが全部お星様になって消えちまったじゃねえか! どうしてくれんだこの始末!?」

 

「いや、本当にすいませんでした! あいつらの士気を上げるにはああするしかなかったんです! 後でちゃんとフォローはするつもりだったんですよ! でも、今回の騒動の所為ですっかり頭から抜けちゃったんで!」

 

「んなもん言い訳にもならんわっ! テメェ、そこに直れっ! 渾身の[イクスティンクション・レイ]を見舞って──どあっ!?」

 

「先生〜! やっと来たんですか〜?」

 

 グレン先生がキレると、横からシスティが抱きついてきた。あ、コイツも相当酔ってるな……。

 

「先生〜……今回もまたルミアを助けてくれてぇ〜。私見直しちゃったぁ〜」

 

「や、やめろ! くっ付くな!」

 

「うふ、うふふふ! 先生偉いなぁ〜! お礼に〜、私を娶る権利をあげてもいいわよ〜!」

 

 酔ってるからって、ものすごい事を言い出した。

 

「ちょ、ウゼェ……いい加減離れろ!」

 

「や〜だ〜!」

 

「ああ……じゃあ、俺はこれで」

 

「テメェ、逃げんじゃねえ! 責任持ってコイツどうにかしやがれ!」

 

「流石に馬に蹴られるってことわかって、そんな野暮はできませんから」

 

「先生〜! リョウじゃなくて、わらしを見て〜っ!」

 

 後ろから呂律の回ってないシスティとグレン先生の困惑の叫びを聴きながら俺はバルコニーに避難……もとい、気を遣って退散した。決して酔っ払ってるシスティの対応が面倒臭いわけじゃない。

 

「つっっかれたぁ……」

 

 バルコニーの柵に寄りかかった途端、一気に疲れが乗っかってきた。ゼーロスとの戦いで思ってたよりも何倍も披露が溜まっていたようだ。

 

 疲労回復のために何かオススメの紅茶がないかとマスターに頼んだ。もちろん、これは自腹で。流石にさっきのアレを見たら奢ってもらおうなんて気になれないし、もとはといえば俺の所為だしな。

 

「……ふぅ。癒される」

 

 紅茶の種類なんてわからんが、紅茶とかコーヒーを飲むのは結構好きだ。ようは飲むものが美味ければそれでいい。

 

「それ、美味しい?」

 

「ん、ルミアか。そっちは何か頼まないのか? まだ夕食取ってないだろ」

 

「うん、そうなんだけど……今日これ以上出費させるのはね」

 

「ああ、そうだな……」

 

 もう既にみんなが高いもの頼みまくった所為でグレン先生の財布が風前の灯火だしな。原因俺だけど……。

 

「せめて何か入れとけ。今回は俺が奢るから」

 

「リョウ君だって生活あるんじゃなかったっけ?」

 

「今日くらいはいい。色々大変だったんだから労いって意味でな」

 

「労いっていうならむしろ私が何か出すべきだと思うけど」

 

「ああもう……じゃあアレだ。母親との蟠りが解けた祝いってことで」

 

「う、うん。じゃあ……」

 

 それからルミアも注文を取り、りんごジュースとケーキを頼んだ。それから紅茶を飲むためにカップを持ったり置いたりする音とケーキを食べるためにフォークが皿に触れる音だけがバルコニーに響く。

 

 そんな時間がしばらく続くと、先に沈黙を破ったのはルミアだった。

 

「あの、今日は本当にありがとね。お母さんを助けてくれて」

 

「……助けたのはグレン先生だろ。俺は場を引っ掻き回しただけで」

 

「ううん。先生よりももっと危ない場所に飛び込んでまで助けてくれたよ。それに、ゼーロスさんに言ったことも、お母さんに言ったことも、嬉しかった」

 

 穏やかな笑顔で礼を言うもんだから俺はなんとなく気恥ずかしくなって眼をそらす。

 

「……話は、できたんだよな。どんな?」

 

「今までのこととか、色々……短い時間だったけど、自分の中にあったもの全部吐き出せたと思う」

 

「そうか……」

 

 そりゃよかった。命賭けた甲斐があったってもんだ。

 

 それから夜が更けるまでルミアと今日のことについて話し合った。システィを寝かしつけたグレン先生が来てからは珍しくお小言が降りかかったが。

 

 いや、本当にすみませんでした。



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第10話

 五月病というものがある。大体4月辺りに受験、就職など大きく環境が変わる中で心身がその環境の変動についていけないため、地球ではゴールデンウィークなど大きな休みの前後に起こる、医学名『適応障害』などとも言われる精神的な症状。

 

 こっちの世界でも似たようなものはある。ついこの間行われた魔術競技祭など、大きな催しの後では一気に脱力して大抵の面倒ごとは避けたくなるのは学生あるあるだ。さて、なんでいきなりこんなことを思い出したかと言うとだ……。

 

「──てなわけで、明日の午後は前から言ってた通り、お前らの親御さん招いての授業参観だ」

 

『『『うぇええ〜〜……』』』

 

 ──という風に、本来地球でいう土日に当たる日の筈が、こんな面倒臭い行事が待ち受けていたということだ。

 

「んな嫌そうな顔すんなよ、俺だって面倒臭えんだから……。たくぅ、授業参観だとか何で俺がそんな教師みてぇなことしなくちゃいけねぇんだ?」

 

『『『いや、教師だろ実際!』』』

 

 今日も男子達のキレのいいツッコミが冴え渡っている。

 

「あぁ、もう俺明日は熱出して休む予定だから……今朝からどうにも体調がな」

 

「汚ねぇ──っ!」

 

「なんて奴だ……」

 

「てか、熱出して休む予定ってなんだよ、予定って!?」

 

「しかも教師が休んだら授業参観の意味ねえだろ!」

 

「じゃあ、教師がいなくなったってことで授業参観は急遽中止に」

 

『『『それだ!!』』』

 

 なんかどっかで見たようなギャグっぽい展開をBGMに俺はやる気もなく肘杖をつくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局行くしかないわけで……はぁ、本当に面倒臭い」

 

 放課後、俺は帰路につきながらため息混じりにトボトボと自宅に向かって歩く。

 

 授業参観を嘆いていたグレン先生と一部を除いた男子陣が漏れなくシスティの説教を受け、諦めて明日の予定の詳しい説明を聞いて解散。

 

 俺はとにかくやる気がなくて全然力が入らない。

 

「ていうか、俺親が来たくてもこれねぇし」

 

 そもそも文字通り住んでる世界が違っちゃってるし。親の来れないことがわかってるのに強制参加とか人によっては苦痛もいいところだ。こっちに教育委員会でもあれば物申ししたい。

 

 まあ、そう愚痴ったらシスティが自分達の親も忙しくて来れないのは一緒なんだから俺もくるべきだと一蹴された。

 

 まあ、システィの両親がどっかのお偉いさんで忙しいのも聞いてたし、ルミアに至っては俺に近しい理由だしな。まあ、物理的には会おうと思えば会える距離なだけマシな気もするけど。

 

「どーん!」

 

「うおっ!?」

 

 考え事に集中してると腰辺りに何かがぶつかってきた。それから柔らかい感触が腰を縛り付けてくる。

 

「こら、スゥ。危ないでしょ」

 

「あぁ……スゥちゃんか」

 

「おにいちゃん、こんにちは!」

 

 俺の腰に抱きついて来たのは赤い髪と翡翠の瞳が特徴的な5歳くらいの少女のスゥちゃん。ご近所づきあいの中でも顔を合わせる頻度の高い子だ。会えば今みたいに飛びついてくる甘えたなところや天真爛漫という言葉が似合うくらいの元気のよさもあって会う度にホッコリする。

 

その後ろでは母親であるリリィさんが仕方ないというような笑みを浮かべてその様子を眺めていた。

 

「リリィさんも……買い物でしたか?」

 

「えぇ。今日は主人が出張から帰ってくるからちょっとやる気がね」

 

「へぇ、よかったねスゥちゃん。お父さん帰ってくるって」

 

「うん!」

 

 俺の言葉にスゥちゃんが本当に嬉しそうに頷く。こんな笑顔が見れるだけで精神的な疲れも吹っ飛ぶ。あと、面倒そうな雰囲気は出さないようにしないと。

 

 誰かが言ったわけではないが、俺はいつの間にか子供達に色々なことを教える先生みたいな役目が出来上がっており、子供達は俺に会う度にどんな話を聞けるのか楽しみにしているので子供達の前では言動に気をつけるようにしている。

 

「そうだ、どうせならリョウ君もうちに来たらどうかしら?主人もあなたと話をするの楽しみにしてるわよ」

 

「え?いや、せっかくのお誘いですけど、今日は家族水入らずで楽しんだ方が──」

 

「えぇ〜! おにいちゃんもいっしょにごはんたべよう! またおはなしききたい! えっと……あおいきょじんさんのおはなし!」

 

 丁重にお断りしようと思ったが、スゥちゃんが今子供達に聞かせてる慈愛の勇者のお話の続きが気になってるようだった。

 

 最近はどの戦士の、どの話を聞かせるか悩むくらいだ。遠くのぉ〜世っ界から〜来たぁ〜男が〜♪巨人の〜伝説〜教え〜て〜く〜れ〜る〜♪なんて歌をオープニングにして聞かせたいくらいだ。

 

「あと、おえかきもして、あしたはみんなといっぱいあそんで……」

 

「あ、あぁ……それなんだけど……」

 

 楽しみにしてるスゥちゃんには申し訳ないけど、明日は参観日があるんだよね。それを聞かせると案の定可愛らしく頰を膨らませて恨めしそうに俺を見る。

 

「うぅ〜〜っ!」

 

「こらスゥ。学院の決まりなんだから我儘言わないの」

 

 リリィさんが宥めようと努めるが、それでも中々スゥちゃんのご機嫌は直りそうになかった。罪悪感に苛まれる中、後でどう詫びようと考えてるとスゥちゃんがとんでもない提案を持ち出した。

 

「じゃあ、スゥもじゅぎょうさんかん、いく!」

 

「「えぇっ!?」」

 

 リリィさんと一緒になって驚いた。いや、これも全く予想してなかったわけではないが、これは授業参観をサボる以上に難関な頼みだった。

 

「あ、あのねスゥ……私達は魔術なんて使えないから、学院に入ることはダメなの。魔術師さんが普通の人達に魔術を見せるのはダメだって決まりなんだから」

 

「や──っ!」

 

 一緒に遊べないなら自分が行く。なんとも子供らしい行動だが、いくらなんでもこればかりは無理だとしか言いようがない。

 

 しかし、いくら言ってもスゥちゃんは決して折れようとはしなかった。話が平行線をたどる中、俺はひとつ妥協案を出してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、ダメ元で頼んでみたらなんと許可されたと。流石グレン先生」

 

「おにーちゃーん!」

 

「こら、スゥ。すみません」

 

 教室の後ろでは保護者という名目でやってきたリリィさんとスゥちゃんがいた。そしてスゥちゃんが人目も憚らずに騒いでるのをリリィさんが周囲の保護者に謝罪しながら止めるが、保護者のみんなは小さな女の子が騒ぐ姿を見て昔を思い出したのか、ホッコリとした表情で眺めている。

 

 そして、俺も周囲のクラスメートから生暖かい目線で見られてる。これは次の登校日から再びお菓子のお兄ちゃんの名が広まりそうだ。いや、最悪ロリコン疑惑を広められかねない。

 

 まあ、俺よりももっと未来の自分を心配しなければならないのは……、

 

「よ、ようこそ保護者の皆さん。私がこのクラスの担当講師のグレン=レーダスと言います。どうかお見知り置きを」

 

目の前で銀縁のメガネをかけ、ストレートに整えた髪を後ろで束ね、普段は着ない学院講師用のローブを身に纏ったいかにもエリート講師っぽい見た目のグレン先生だな。

 

「ぶっ……!」

 

「ちょ、先生……それ反則だろ」

 

「ま、まずい……俺、明日腹筋痛くなりそう……」

 

 普段とは全く違う様相のグレン先生にこれはなんのギャグかと思ったクラスメート達が笑いを必死に堪えようとしていた。

 

 ちなみに何でグレン先生があんな格好をしているかというと、俺がリリィさん達の入校を申請しようと向かった時、システィとルミアがグレン先生と話していた。

 

 聞くと、今日来ないと思っていたシスティの両親が授業参観に来ると言い、しかも父親の方が相当の親バカらしく、グレン先生の態度次第ではクビにしようとまで言ったらしい。それで2人はクビを阻止すべく、グレン先生に今日1日は真面目な態度で授業するよう頼んでいた。

 

 あと、2人からは何故か謝罪をもらったが、こっちも保護者的な人を同席してもらえることになったので気にすることはないのだがな。

 

 ただし、リリィさん達が一般人だという事実は隠した上でとのことだ。まあ、それは当然だろうな。だから俺は出来る限りスゥちゃんとリリィさんのフォローに努めなければいけないのだが……。

 

「……ぷっ! くくく……あっはっはっはっは!」

 

「む……何だ、人目も憚らずに人前で大笑いを。誰の保護者か知らんが、あんな輩に保護監督される奴などロクな者ではないだろう。見つけ次第、学院に在籍する資格を問うてやりたいところだ」

 

 それ以上にマズイのが何故か大きな射影機を設置して大笑いしながら撮影しているアルフォネア教授と、それを見て不快な表情を隠そうともしない銀髪の壮年……システィの父親であるレナードさんだ。ちなみにレナードさんの隣にいる金髪の物腰の柔らかそうな女性が母親のフィリアナさんらしい。

 

 というか、小さな子供の前で両方してはいけない顔をしないでくださいよ。

 

「はぁ……今は先生以上にスゥちゃんのこれからが心配になってきた……」

 

「ご、ごめん……うちのお父様が……」

 

 システィが恥ずかしそうに謝罪してきた。ある意味今まで以上の不安を抱えながら授業参観が始まった。

 

 ちなみに授業参観は講座と実技を分けて行うようで、今は前半の講座。『黒魔術学』の三属呪文の術式構成の仕組みをやっている。

 

「──という風に、この術式の構造から見てわかるように、電気・炎熱・冷気の三属呪文は根元的には同じものが使われています」

 

 などなど、グレン先生の分かり易い説明に保護者も感嘆の声を漏らす。

 

 ただ、事あるごとにアルフォネア教授が他の保護者に自慢するように語りかけて来る。幸いというか、スゥちゃんが素直に頷いてアルフォネア教授もその反応を楽しんで語るが、グレン先生は帰れという文字が顔にありありと浮かんでいた。

 

 対してグレン先生の粗探しをしていたのか、面白くなさそうな表情を浮かべながらレナードさんが急に挙手してきた。

 

「先生っ! あなたは今、三属呪文が根元的には同じだと言いましたが、今挙げられたのは導力ベクトルは根源素(オリジン)中の電素(エトロン)の振動方向と流動方向の二つだけ。それでどうやって三属の呪文を構成するのですか?」

 

「……ええ、それを今説明するところでした。今あなたの挙げた二つの方向の片方、振動方向には加速と停滞の二つの振動方向。つまり、電素の振動が激しくなるか、止まるかの違いで炎熱と冷気の二属エネルギーと変わるのです」

 

「ぐ……ちっ、知ってたか……」

 

「おかあさん、おとなのひともしつもんしていいの?」

 

「こ、こら……!」

 

 スゥちゃん、そこは黙って見過ごすべき所だよ。

 

「ぶっ! こんな小さな子供にまで言われるとは、誰の保護者か知らんが、最後まで話も聞かずに早とちりするとは……お前に保護監督される子供はさぞ恥ずかしいだろうな〜?」

 

「な、なんだと!? 私はあの子達にとって胸を張れる父親だと自負している! あの子達が私を恥ずかしいなどと思っている筈があるか!」

 

 レナードさん、本当にそうなら俺の隣にいる女生徒が恥ずかしそうに顔を赤くして俯くわけがない。

 

「大体、あなたとて何だその派手な射影機は! そんなもので見られる子供はさぞ恥ずかしい思いをしているのだろうな!」

 

「はっ! 何を馬鹿な。あの子にとって私は理想の母親だぞ。そんなこと有り得ないね」

 

 アルフォネア教授、本当にそうなら目の前にいる講師が顔真っ赤にして恨めしそうな表情をするわけがない。

 

 ていうか、両方やめてくれ。スゥちゃんが見てる前なんですけど。

 

「おっと、こんな親バカに付き合ってる場合じゃないな」

 

 そう吐いてアルフォネア教授は撮影を続行していた。

 

「くっ……何者かは知らんが、子の晴れ舞台を形に残したい親としての思いは本物か……」

 

 そしてアルフォネア教授の行動を見て何を思ったのか……。

 

「負けてたまるかああぁぁぁぁ!」

 

 何故か懐からアルフォネア教授よりは小さい、携帯に優れた射影機を取り出した。

 

(何でそこで張り合うっ!?)

 

(つか、アンタも持ってたのかよ!?)

 

 俺とグレン先生が心の中で同時にツッコんだ気がした。

 

「いやああぁぁぁぁ! お父様、それだけはやめてええぇぇぇぇ!」

 

 レナードさんの奇行に遂にシスティも耐えられなくなったのか、顔を真っ赤にして叫び出した。

 

「はははは! 馬鹿め! これで私も娘の姿を──」

 

 コキャ。レナードさんの言葉が最後まで紡がれる前に、何処からか妙な音がした。見ればシスティの母親のフィリアナさんがレナードさんの首に手を回していた。それを見るに、あの細腕で一瞬のうちにレナードさんの意識を刈り落としたようだ。

 

「ふふ、お気になさらず、授業を続けて」

 

「は、はい……」

 

 笑顔の裏に隠れた謎の迫力にグレン先生は恐る恐る頷いて授業を続行する。

 

「おにいちゃん、なんでなにもみえないの? きこえないの?」

 

「これは見聞きしちゃダメだからだよ」

 

 あまりにもバイオレンスな状況に発展した瞬間、俺は全身体能力を駆使してスゥちゃんの元へ駆け寄り、目と耳を塞いだ。最悪の場面はどうにか切り離せたが、こんなのが当分続くのかと思うと、胃が痛くなる。胃痛なんて初めて経験したよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから結局ことあるごとにレナードさんがグレン先生に突っかかってシスティが恥ずかしそうに俯いてはフィリアナさんがレナードさんを締め落とすを繰り返して俺の胃痛も若干酷くなってきた。

 

 スゥちゃんを誤魔化すのも一苦労だったし。

 

 そんな精神的疲労を抱えたまま後半の実技授業になる。以前魔術競技祭を行った競技場にて『魔術戦教練』が行われる。

 

「そんな時が来ないでほしいとは思いますが……皆さんが魔術師である以上、他者との闘いは避けられないことでしょう。そんな時がやってくる可能性は、残念ながら否定できません」

 

 まあ、以前のテロ騒動然り、魔術競技祭でのルミアと女王陛下の暗殺未遂……短い間にこうも大きな騒動に巻き込まれることを考えると、この授業は真剣に取り組みたい。

 

「歴史的な事実として、魔術と闘争は切っても切れない縁があり、生徒達諸君もそれをよく自覚し、いざという時に魔術師として何ができるか、どこまでやれるのか……それを知っておかなければなりません」

 

 クラスメート達も思うところがあったのか、グレン先生の話を真剣な表情で聞いていた。

 

「さて、授業の意義を再確認したところで、本日は戦闘訓練用のゴーレムを使って魔術の戦闘訓練を行います」

 

 グレン先生の傍には人型の金属製のゴーレムが佇んでいた。

 

 あのゴーレム、何段階かのレベルが設定されており、自分に合ったレベルで訓練ができる。レベル1で一般人の成人の平均レベル。レベル2で喧嘩慣れしたチンピラと同等。で、今回はそのレベル2で行くとのことらしい。

 

「ええ〜〜!? まさかのレベル2かよ!?」

 

「レベル2って喧嘩慣れしたチンピラ程度でしょ!」

 

「それじゃつまんないでしょ! せめてレベル3で行きましょうよ!」

 

「ダメです。確かに魔術を使えるかそうでないかだけで歴然とした差がありますが、正式な戦闘訓練を行ったかどうかだけでもかなりの差があるのです。皆さんが言った通り、レベル2は喧嘩慣れしたチンピラ程度ですが、レベル3は帝国軍一般兵と同等……喧嘩慣れしたチンピラとはわけが違うんです。今回は戦闘そのものを経験するという意味でレベル2でゴーレムと闘ってください。ルールを設けられる試合とは違い、容赦のない敵という存在がいかに恐ろしいものなのか、その身で知っていただきます」

 

 そう言って渋るクラスメートの言葉を無視してゴーレムの設定に取り掛かった時だった。

 

「こら──っ! ゴーレムを使った戦闘訓練だと!? 貴様、私の可愛いシスティとルミアに傷がついたらどう責任取ってくれるつもりだぁ!?」

 

「チッ……まぁたか、あのモンペ」

 

「ご、ごめんなさい先生……」

 

 再びレナードさんが騒ぎ、グレン先生がうんざりした表情を浮かべる。普通なら教師に有るまじき言動が出る度に説教を垂れるシスティが恥ずかしそうに謝罪するあたり、あの人の親バカっぷりが見て取れる。

 

「仕方ありません。私は、保護者方に説明しますので皆さんは準備運動をして待機してください」

 

「あ、先生。それなら私達も行きます」

 

「私達からも説明した方がお父様も納得くださるでしょうし」

 

「俺も行きます。……これ以上スゥちゃんにあんなの見せたくないし

 

「助かります。では、くれぐれもゴーレムに触ることのないよう」

 

 そう言い残して俺達はレナードさんのもとへ向かった。だが、ここで俺まで離れたのがよくなかったとすぐ後悔する。

 

「私も娘達も魔術師だ! 怪我をさせるなとまでは言わんが、本当に大丈夫なのか!? 二人に万が一の事があれば泣くぞ!」

 

((知るか、このモンペが……))

 

 恐らくグレン先生も今同じことを思っただろう、一瞬うんざりした表情に変わった。どうにかスゥちゃんを会話の聞こえない所まで離したはいいが、もう10分近く同じ会話の繰り返しだった。

 

 もうどうしてくれようと思ったところに焦った様子のリンが駆けつけてきた。

 

「せ、先生! 大変です!」

 

「ど、どうしましたか?」

 

「ロッド君とカイ君が、勝手にゴーレムのレベル設定を弄り始めて……!」

 

「な……っ!?」

 

 グレン先生が驚くと同時に最悪の事態が起きた。

 

「うわああぁぁぁぁ!?」

 

「レベル3がこんなに速いなんて!」

 

 見ればロッドとカイが地面を転がって、その正面にはゴーレムが立っていた。そこまではすぐ理解したが、もっと恐ろしい事が起こっていた。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

 何故かその側でスゥちゃんが怯えた表情で地面にヘたり込んでいた。

 

「ちょ、スゥちゃん!?」

 

「な、何であの子が!?」

 

「その、あの子がゴーレムの闘うところを見たいって言い出して、それでロッド君とカイ君が……」

 

「あの馬鹿共が……っ!」

 

 言ってる間にゴーレムが一番距離の近かったスゥちゃんに狙いを定めたのか、徐々に距離を詰めていき、右手を振り上げた。

 

「いけない!」

 

「マズイ! 『大いなる──」

 

「『雷駆』っ!」

 

 ゴーレムの攻撃がスゥちゃんに当たる前に魔術を使って全力で跳躍し、体当たりを喰らわせた。ゴーレムは一瞬よろけたが、すぐに俺の身体を掴んで投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばされて地面を何回転かした後、すぐに体勢を立て直すが、その時には既に懐に飛び込まれ、ゴーレムが右手で正拳を放ってきた。

 

「ぐっ……!?」

 

 どうにか右腕を前に出して防ぐことは出来たが、金属製だからか滅茶苦茶痛い。だが、ゴーレムはそんなの御構い無しに再び俺に向かって駆け出して来た。

 

 だが、その距離が縮まる前に妨害が入った。ガンッ!と、派手な音が響くと、ゴーレムの動きが止まり、ある方向を向いた。

 

 そっちには右手を振り被っていたグレン先生が立っていた。どうやらそこらの石でゴーレムを妨害したようだ。

 

「チッ……リョウ! さっさとそのガキ連れて下がれ! こっちが相手だデクノボーがっ!」

 

 グレン先生の怒鳴り声で俺はすぐにスゥちゃんのもとへ駆け寄り、スゥちゃんを抱き寄せて距離を取る。

 

 ゴーレムは怒鳴り声を威嚇と認識したのか、グレン先生を標的にしてものすごい勢いで接近するが、対してグレン先生はステップを踏んで何発かのジャブで動きを止めると、全力の拳を叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 同時にグレン先生は顔を顰める。相手が金属だから拳の骨がイっちゃったかもしれない。だが、今ので人間で言えば戦闘不能レベルの攻撃だったのか、ゴーレムはそれっきり動きを止めた。

 

「スゥ!」

 

「って、そうだスゥちゃん! 何処か痛くない!? 怪我は!?」

 

 俺はすぐにスゥちゃんの調子を尋ねる。小さい子にはかなりショッキングな出来事だったのか、まだ喋れる余裕は戻ってないが、首を振って大丈夫だと示した。

 

 スゥちゃんが無事だったのがわかるとリリィさんが駆けつけてスゥちゃんを抱き寄せる。母親の存在を認識してようやく気が抜けたのか、リリィさんの胸の中で泣き始める。

 

 スゥちゃんが無事だった事にホッとしたのも一瞬。すぐに周囲を見回すと、グレン先生がロッドとカイの怪我の具合を診ているのが見えた。そこから少し離れた場所では顔を引きつらせてるレナードさんと両方を見てオロオロするシスティが。

 

 それを視界に収めると俺は早足でその場へと歩み寄って行く。

 

「たくっ、お前らお袋さんに良い所見せたかったからって──」

 

「テメェら何してやがったんだっ!」

 

 グレン先生が説教してたみたいだが、俺は怒鳴って強引に会話に入り込んだ。

 

「あんな小さな子供の前でゴーレム起動しやがって、挙げ句の果てに自分の許容範囲超えたレベルにして吹っ飛ばされ、スゥちゃんはもう少しのところで一生消えない傷負うところだったんだぞ!」

 

 俺が嘗てない怒号をあげてるからか、ロッドもカイもグレン先生も、周囲のみんなが呆然と眺めているが、そんなことを気にするつもりもなかった。

 

「あと、アンタもんな顔する資格あんのか!」

 

 俺はシスティの父親のレナードさんに振り返って怒鳴りつける。

 

「「え?」」

 

「散々グレン先生の授業妨害して次にはこの状況! 俺やグレン先生の監督不行き届きと言われたらそうだが、原因はアンタにもあるってわかってんのか!」

 

「ちょ、ちょっとリョウ!?」

 

 俺がレナードさんに摑みかかるとシスティがそれを止めようとするがそれを無理やり振り払う。

 

「口開けば娘娘娘! 先生の授業受けてるのはアンタの子供だけじゃねえんだよ! 先生の粗探しだか何だか下らねえこと企んでたみたいだが、先生の立場以前にアンタの過剰なまでの文句でどんだけ周囲が迷惑してたと思ってんだ!」

 

「リョウ、ストップ! それ以上は!」

 

「リョウ君、落ち着いて!」

 

「おう、いいぞ! もっと言ってやれ!」

 

「お前はいい加減帰れ!」

 

「ちょっと黙ってろ! いい加減この馬鹿親の態度にも我慢の限界──」

 

「ご、めん……さ……」

 

 まだ言い足りないと次の言葉を吐き出す前に今にも消えそうな、か細い声が耳に入る。

 

「ごめんな、さい……」

 

「スゥ、ちゃん……?」

 

「スゥが……みたいっていったから、だからスゥがわるくて……だから、けんかしちゃ……う、うぅ……ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 スゥちゃんが自分を責めるような言葉を吐き出すとボロボロと涙を流しながら泣き叫んだ。リリィさんや、システィにルミアも必死に慰めようとするが、中々泣き止みそうにない。

 

 しまった……ちょっと注意するだけの筈が頭に血が上ったのか、スゥちゃんの目の前だったのに思いっきり怒鳴り散らしちまった。しかもスゥちゃんを恐がらせて泣かせておいて、最悪だ。

 

 他のクラスメートや保護者も泣き続けるスゥちゃんにどう対処したものか迷走している。

 

「……たく、面倒な仕事増やすんじゃねえよ」

 

 グレン先生が頭を掻きながらスゥちゃんの目の前にしゃがみこむ。

 

「なあ、ちょっと話聞いてくれるか?」

 

 グレン先生が声をかけると、スゥちゃんは嗚咽を漏らしながらもグレン先生に目を向ける。

 

「まあ、確かに兄ちゃんや母さんに何も言わずに入っていったのは悪い事だな」

 

「ちょ、先生……」

 

「けどな……今兄ちゃんが怒ったのは何でだ? お前が悪い事をしたからか?」

 

「う、だって……スゥが……」

 

「言っておくが、違ぇぞ。アイツが怒ったのはお前が大事だからだ。お前だって自分の大事なもん取り上げられたら怒りたくなるだろう?」

 

「う、うん……」

 

「じゃ、わかったならまず言うべきことがあるよな?」

 

 グレン先生がニカッと笑って問いかける。こんな時だけど、今のグレン先生ものすごく教師っぽい。

 

 スゥちゃんはぐしぐしと涙を拭って俺のところまで歩み寄る。

 

「おにいちゃん……ごめんなさい」

 

 たったの一言だが、スゥちゃんがどんな思いで頭を下げてこの言葉を口にしたかはわかってるつもりだ。

 

「……うん。俺も怒鳴ってごめんね……あと、怪我がなくてよかった」

 

 だから俺も謝罪とこの子が無事でよかったことを言葉にした。そう言ったらスゥちゃんは再び涙をポロポロと流しながら泣きついてくる。俺は左手でスゥちゃんの頭を撫でてただ受け入れた。

 

「さって……仲直り出来たところ悪いが、こっちも説教の続きだかんな」

 

「え? ……って、痛っ!?」

 

そう言ってグレン先生が俺の右腕を掴み上げるとものすごい激痛が襲ってくる。

 

「チッ! 折れてはいないが、ヒビが入ってるな……まあ、あれだけのもん受けてこの程度で済んだのは不幸中の幸いか……。ルミア! こいつに[ライフ・アップ]かけとけ! 俺はロッドの骨をくっ付ける!」

 

 グレン先生はルミアに指示するとロッドの元へ再び歩みより、腕を診る。あっちの方は骨を折ったようでそれを確認するとグレン先生は自分のローブを脱ぐと端を持って両手に力を込める。

 

「え? ちょ、先生っ! それは──」

 

 システィが何をしようとしたのか悟ると、声を上げて制止しようとするも、間に合わずビリビリと音をたててローブが破られあっという間にボロボロの布切れへと成り果てる。

 

 そして破ったローブの切れ端を素早くロッドの右腕に巻きつけるとさらに力を入れ、そこら辺に落ちていた木の破片を使って固定させる。

 

「とりあえず応急処置はこんなもんか」

 

「す、すみません先生! 息子が余計な事を! クラスメートに怪我させるどころか先生のローブまで!」

 

「いやいや、お子さんだってもう今回ので懲りたでしょうし、ローブだって制服と違って何の魔術付与もないただの布じゃないですか」

 

「あ、あの先生……」

 

「それより、みんなもキッチリ胸に刻んでおけ。分不相応な行いをしようとすれば今回みたいなトラブルも招きかねないんだ。魔術なんかに命かける前に自分のできるところできないところはちゃんと理解しておけ」

 

「そ、そこまでに……」

 

「それが貴様の本性か」

 

 グレン先生の説教をシスティが止めようとするも、時既に遅く、第三者の声がかかる。

 

「…………あ」

 

 自分に声をかけた男性、レナードさんの姿を認識すると同時に自分の失態を思い出して間抜けな声を漏らした。

 

 トラブルの所為で俺も本人も忘れてたが、今回はレナードさんがグレン先生の教師らしからぬ姿を見ればクビにしかねないために品行方正な態度で授業に臨もうとした筈が、ここに来て全てを台無しにしてしまう行為を見せまくったために作戦は失敗になった。

 

「あ、えと……すみません。つい熱くなってしまいましたが、これでも普段はもう少し落ち着いた好青年でありまして……」

 

「やかましい! 男が言い訳などするものではないぞ!」

 

グレン先生が苦し紛れの言い訳をするもあの態度を見て既に聞き入れる余地が消えてしまい、システィとルミアが止めようにも取りつく島もなかった。

 

「まったく……ゴーレムを素手で対処する野蛮さといい、生徒の手当ての雑さといい、魔術師としてなんたる所業だ」

 

 このままではクビは免れないかと思い、またスゥちゃんを怖がらせてしまいそうだが、反論する準備を整える。

 

「そのおかげで私の娘達の活躍が見れなかったじゃないかっ!」

 

「「……はい?」」

 

「「……え、そっち?」」

 

 いきなり話が変な方向にシフトしたために、俺やグレン先生、システィにルミアまでもが目を点にして間抜けな声を漏らした。

 

「システィなら風の魔術であんなゴーレムなど一発だったというに、貴様が乱入した所為で見れぬは、ルミアは回復呪文(ヒーラー・スペル)ならプロ顔負けだというのに、あんな雑な手当てで邪魔する! オマケにあんな子供の無茶を許容する貴様の神経、色々言いたいことはあるが……授業の邪魔をして、申し訳なかった」

 

 ギリギリと歯軋りしながら文句を垂れたかと思えば、突然真剣な表情をして頭を下げる。

 

「システィは、その類い稀な才の所為で、無意識のうちに天狗になりやすいところがある。ルミアも、優しいのは美徳だが、そのために自己主張に欠け、才の成長を妨げている。二人のことを……どうかうまく導いてほしい。それから君、名はなんと言ったかな?」

 

「え、あ……リョウ=アマチです」

 

「君の言う通り、確かに自分の娘の事ばかりでこんな小さな女の子のことを度外視してあんな目に遭わせる原因を作ってしまった。本当に申し訳ない」

 

「あ、えっと……」

 

「まだ荒削りもいい所だが、君のあの呪文改変は中々だった。機会があれば、私が少しばかり面倒も見よう。今回の詫びとしてもな」

 

「は、はぁ……」

 

「話は以上だ。授業を続けてくれ」

 

 それからは口を聞くこともなく、背を向けて保護者のスペースへと戻る。その後ろでフィリアナさんが少しだけ振り向き、頭を下げて同じように戻る。

 

「えっと、白猫……何がどうなってんだ?」

 

「いや、私にもわかりません……」

 

「どうしたんだろう?」

 

 グレン先生どころか、娘であるシスティやルミアも突然のレナードさんの態度に疑問ばかりで続行された授業では集中しづらかったが、授業参観は滞りなく進んだ。

 

 ちなみに今日の夕食もスゥちゃんの家で、しかもスゥちゃんが俺の利き腕が使えないとの理由で食べさせたのは余談だ。

 

 



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遠征学修
第11話


「はぁ……はぁ……せ、先生……もう、許して……」

 

「ふぅ……もうダウンか。まぁ、箱入りお嬢様じゃこんな事する機会なんてないだろうしな。ま、回数重ねれば次第に慣れるさ」

 

「慣れるって……これ、慣れるもんなの?」

 

「ああ。実際、初めての頃に比べたら腰の具合とか、だいぶ見違えたぜ」

 

「そんなこと言ったって、私……ずっと先生に弄ばれてばっかで」

 

「へっ! そんな雑な手つきで俺を手玉に取ろうなんざ百年早い」

 

「随分と余裕そうですね」

 

「当たり前だ。お前とは相手取る数が違うんだ。そら、身体を冷やすわけにはいかねえだろ。お前も一応女の子なんだからな」

 

「ん……先生の匂いがする」

 

 グレン先生に渡された上着を羽織りながら腰を浮かせ、グレン先生の傍に立つ。

 

「ねえ、先生……前から思ってたんだけど……私達、何で拳闘の訓練してるんですか!?」

 

「そろそろそんなツッコミが来るだろうと思ってた」

 

「ていうか、いくら人通りが少ないとはいえ、聞く人が聞けば誤解を招きかねないと思うんですけど」

 

「おいリョウ……くっちゃべるのはいいが、今何周だ?」

 

「……五周です」

 

「へぇ……最初は二周程度が随分続いてるな」

 

 今俺は自然公園の敷地内の歩道を周回している。その距離は大体一周五百メトラ程度。言っておくが、普通なら二周や五周程度で体力が切れるような軟弱な男じゃない。

 

「というか、何で俺はこんな重り付けて走ってるんでしょうかね!?」

 

 そう。俺がランニングに手こずってるのは両足に重りを付けているから。しかも片足五kg。

 

 きっかけは些細だ。俺が学院に入ってから日課にしている早朝ランニングのコースを変えて自然公園を走っている時、この二人が拳闘をしているのを見かけた。

 

 と言っても、システィが一方的にグレン先生に攻撃を仕掛けてグレン先生はそれを軽く躱すくらいで隙あらば寸止めでシスティを動きを封じていた。それでも続ければ先に体力が尽きて倒れていた。

 

 その時もさっきみたいな言葉だけなら誤解を招きかねないことをしたところをつい邪推してこっそり戻ろうとしたところを倒れた筈のシスティに見つかってしまい、顔真っ赤になりながらの事情説明。

 

 聞くとルミアの事情を知る数少ない人間のひとりとしていざという時のためにグレン先生に何度も頼み込んでようやく魔術戦の訓練をしてくれるようになったと聞いたが、やっているのは主に肉弾戦の訓練だった。

 

 魔術を上達するために肉体の訓練からというわけかと思い、俺もいざという時のために鍛えてくれないかと頼んだところ、グレン先生は渋々といった感じだが、俺の参加も認めてくれることになり、今に至る。

 

 グレン先生が俺に与えた課題はなんと特定のコースを重りを付けて足音を立てずに十周しろという。ハッキリ言って地獄だ。

 

「言ったろ。お前は体力や発想力があるとはいえ、自分の身体を十全に扱えてるとは言えねえ。だから無理やり身体を重くして効率のいい動きを覚えさせれば普通の状態の動きなんか見違えるようになるだろうさ」

 

「あの、リョウが体力とか鍛えるのはともかく……何で私までこんなことを?」

 

 まだ疲れが抜けてないのか、肩で息をしながらグレン先生に問う。

 

「ああ、結局どっちにしても同じことなんだよ。こいつには自分の身体を思い通りに動かすために、お前には拳闘で当て感を鍛えるために。魔術戦や接近戦も、根っこは同じなんだよ」

 

 グレン先生の説明によると拳闘で攻守の感覚が磨かれれば魔術戦にも大きな影響をもたらすらしい。接近戦もできるようになれば相手の動作への反応も素早くなれる。

 

 理屈は尤もだと思う。魔術によって違うかもしれないが、相手の挙動さえ見れば近距離であれ遠距離であれその隙を見逃さなければ躱すこともできるし、カウンターを決めることもできるわけだ。

 

「ま、当面の間はこのメニューこなしてある程度できたら軍用魔術を教えていくつもりだ」

 

「ぐ、軍用魔術……」

 

 軍用魔術と聞いてシスティの表情がこわばった。

 

 以前学院を襲ったテロリストが使った軍用魔術。ハッキリ言えば人殺しの魔術だ。

 

 俺もテロ騒動の時、グレン先生の助言で[フォトン・ブレード]を強化した時、本当の意味で魔術に恐れを感じた。

 

 やろうと思えば岩をも簡単に斬り裂けるような威力になったことには今も震えることがある。

 

「怖いか。ま、別にそういう感情を持つこと自体は悪いことじゃねえ。けど、お前がいざという時に本当にルミアを守りたいって思うなら、やっぱり『力』は必要だ。それが甘えの許されない現実だ。だが、お前がルミアに対する気持ちが本物だって思ったからお前の想いに応じたんだ。軍用魔術を怖いと思えるお前なら魔術の暗黒面に振り回されることもなく、『力』を振るえると信じてな」

 

「先生……」

 

「ま、本当ならそんな時が来ないのが一番なんだがな……」

 

 グレン先生は背を向けながら空を仰ぐように見上げる。それからシスティは頭を下げ、再び型の練習に戻る。

 

「……で、本当に教えるんですか? 軍用魔術……」

 

「まぁな……って言っても軍用の功性呪文(アサルト・スペル)はほんの少しだ。後はアイツに合うものを俺が選別してやるさ。それより、むしろお前の方が大変だぞ。お前の魔術は幅が利きやすいから増やすことはあまりしねえが、お前すぐ敵に突っ込む所があるからそのメニューこなしてからも身体に叩き込むものはたくさんあんだからな」

 

「それだったらシスティみたいに帝国軍隊式格闘術、でしたっけ? アレの基礎でもいいから教えてくれればいいのに」

 

「あぁ、そりゃあダメだ。お前の身体の癖を見るに、俺の知ってる格闘術とお前の動きは全く異なるみたいだから今から基礎を教えたって両方中途半端になっちまう。大体お前、拳打とかのセンス皆無だし」

 

 ぐっ……。気にしてる所を突かれた。昔もヒーローに影響されてボクシングごっこみたいなことしてパンチを練習してみたけど、へなちょこというか……とにかくブレブレで威力も何もない。

 

 手刀や掌底ならそれなりにできるのに……。

 

「まぁ、お前の場合は拳とかバンバン打ち込むよりその柔軟さと跳躍力で相手の魔術を躱しながら隙を突いて飛び込み、脚力たっぷりの蹴りを打ち込むか魔術を当てるって感じのスタイルを中心に育てるつもりだ」

 

「すごい体力と集中力必要そうですね……」

 

 ヒットアンドアウェイといったところか……戦闘中の大半は動くことになりそうだからキツそうだ。今まではグレン先生の協力もあったし、そこまで時間もかからなかったから良かったけど、もし単身でしかも長期戦になった時は今のままじゃ足りないことだらけだろう。

 

「だからまずその重りで身体の操作を向上させる。ついでに魔力制御にも通じるところはあるから時々お前の魔術の使い方を鍛える感じでいく。お前の魔術は珍しいし、他の魔術とも組み合わせやすくはあるが、癖が強いからな」

 

 燃費が悪い上に今の俺では扱える規模が小さいからな。技を増やすよりまずその欠点をどうにかしようという方向を決め、再び練習に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝練が終わり、自宅に戻って来たところで目眩を覚えた。別に朝練の疲労ではなく、目の前に広がる光景への不自然さにだ。

 

「えっと……何で君がここにいるの?」

 

 俺の目の前にいるのは碌に手入れもせず、大雑把に後ろで束ねながらも朝日を浴びて輝く蒼い髪の少女……そう、以前魔術競技祭での騒動で出会ったリィエルだった。

 

「…………アルベルトがここに行けって」

 

「アルベルトさんが?」

 

 何故俺ん家に? 彼女一人なら迷子だとかそんな理由で無理やり納得はできる。あの人が俺の家の場所を知ってるのも軍人だからという意味でも納得できる。だが、何故彼女をここに寄越すのか。

 

「えっと……何しに来たの?」

 

「……護衛」

 

 淡々と一言……。多分任務の内容なんだろうけど、俺を護衛する意味がわからない。

 

「誰を?」

 

「グレン」

 

 今度は間髪入れず……余計わからなくなった。俺もあの人も護衛を寄越される理由がない。となると、別人だ。俺の知ってる中で護衛が必要そうな人間と来たら……。

 

「ルミアだな……」

 

「ルミア……って、誰?」

 

 任務の内容を捏造した挙句に、あの騒動のこととルミアの名前は既に彼女の記憶から抜けてるようだ。こんな調子で護衛とか大丈夫なの、この子で。

 

「せめて何か手紙でもないかな?」

 

「手紙? …………あ」

 

 リィエルが何か思い出したのか、ポケットをまさぐって何か食べ物を包んだだろうゴミと一緒にクシャクシャになった手紙が出た。いや、任務関係の手紙ならもっと大事にして。

 

 俺は若干呆れながら手紙を受け取って中身を見る。軍人の手紙を軽く見ていいものかとも思ったが、彼女一人では話が進まなそうなのでこっちの方が手っ取り早い。

 

 えっと……『諸事情により、リィエル=レイフォードをアルザーノ魔術学院に編入させることになった。お前なら察しはつくだろうが、それは表向きの理由だ。詳細は省くが、リィエルのサポートに協力してもらいたい。お前に義務はないが、これは室長命令も含まれる。リィエルが必要以上の行動を起こさないよう配慮願う』。

 

「…………何で?」

 

 アルベルトさんのみならず、まさかの上司にまで命令されてる事態に頭が痛い。更にもう一枚重なってるのに気づき、上の紙を捲って二枚目を確かめる。

 

 『お前さんの事はアル坊から聞いた。ちょっとキツイじゃろうが、頑張れ♪』、『一人前の淑女にまでと贅沢は言いませんが、任務中に大人しくなってくれるようお願いします』。

 

 ……誰かは知らないが、少しだけ理解した。この二つの文を綴った人もリィエルの行動で頭を痛め、そんな出来事を引き起こした面倒な子を押し付けられたということだと。

 

「……どうしたの?」

 

「あぁ、とりあえず……任務を頑張ってくれだってさ」

 

「うん、グレンは私が守る」

 

「まずもうそこからどう変えればいいのかだな……はぁ」

 

 目の前で任務内容を勘違いしまくってる子をどう説得するかと考えながら溜息をつく。とりあえず、グレン先生と合流して相談だな。

 

 

 

 

 

 

 

 家で朝食を済ませて着替えるといつも通りの道を歩き始める。ちなみにリィエルもだ。どうも支給された食べ物を一回で完食してしまったのでこっちに来るまで碌に食べてなかったそうだ。

 

 あの手紙と一緒に出たゴミはその残骸だったというわけか。

 

 ともかく、数分歩くと街道の先にあるちょっと広めの十字路に着くとシスティとルミア、グレン先生が三人並んで歩いているのが見えた。

 

 システィとルミアの組み合わせは日常茶飯事なので特に違和感はないが、最近になってグレン先生が途中で合流して通学するようになった。

 

 理由としてはルミアの護衛だ。魔術競技祭での一件でルミアが本格的に狙われてる立場にあると確信してからグレン先生は狙われやすい登下校に着いて行って周囲を警戒するようになった。もちろん俺もそれに着いて行ってるが。

 

 ただ、その所為なのかそれを目撃した連中からは嫉妬と嫌悪の視線が集中するようになった。ルミアは学年どころか全学院の中でもトップレベルに人気を誇ってるわけだから俺達がルミアの側に居続けてるのが面白くないということだろう。

 

 当の本人も申し訳なさそうにしてたが、本格的に命の危険が関わってる以上、そんなことは瑣末事だ。まあ、戦う敵が増えそうなのは面倒だけど……。

 

 そんな事を考えながら三人と合流するために歩を早めながら声をかける。

 

「おーい、みん──」

 

 ビュオ! と、空気を切り裂くような音が聞こえたと思うと、いつの間にか俺達を襲った時のあの大剣を構えながらリィエルが突っ込んでいくのが見えた。

 

「──って、おーい!」

 

「ぎゃああぁぁぁぁ!?」

 

 止めようとしても既に遅く、その大剣はグレン先生の鼻先に着くか着かないかの紙一重なところで白刃どりされて止まっていた。

 

 すげぇ、リアルに白刃どりを見るのなんて初めてだよ……。

 

「リョウ! 遠い目をしてねえでさっさとこいつ引き離せっ!」

 

 額からダラダラと冷や汗を流しながら叫ぶグレン先生に従い、どうにかリィエルを引き離す。この子力強すぎでしょ……[フィジカル・ブースト]使ってようやくだったし。

 

「グレン、会いたかった」

 

「さっきの今でよくそんなセリフが言えたもんだなテメェ! 一体これは何のつもりだ!?」

 

「挨拶」

 

「挨拶じゃねえ! むしろこれは『相殺』だ! ただし一方通行のな!」

 

 バカテスの珍回答かよ……。

 

「……違うの?」

 

「全然違うわ! ていうか、こんな挨拶の仕方に何の疑問も持たねえのが不思議だ!」

 

「でも、アルベルトは戦友への久々の再開の挨拶はこうだって」

 

「アイツかああぁぁぁぁ! あの野郎、そんなに俺のことが嫌いかちくしょーっ!」

 

「いたい〜、やめて〜」

 

 今度はしんちゃんでよく見るグリグリ……アニメのギャグパターンが最近よく見かけるようになったな。

 

「あの、先生……この子って、確か……」

 

「あぁ、覚えてたか。魔術競技祭の時に会った奴な。白猫も、顔だけなら知ってるだろ」

 

「あ、そういえば……」

 

 あの時のは本人ではなく、ルミアが変身してただけだしな。

 

「ていうか、お前何でリィエルと来てんだ?」

 

「今朝家の前にいたんですよ。で、任務だって聞かされて」

 

「任務?」

 

「あぁ、こいつを見て大体察してると思うが……こいつが編入生だ。表向きはだが……」

 

「表向き?」

 

「あぁ……帝国政府が正式にルミアを警護することを決定してな。それで一応こいつが護衛として派遣されることになったんだが。けど、何でお前んところに来たんだ?」

 

「アルベルトさんに言われたそうですよ。コイツを持ってきて」

 

 グレン先生に今朝の手紙を差し出すと、それを取って広げて見る。何秒かすると同情混じりの視線を向けてきた。

 

「……お前も災難だな」

 

「彼女が来るのは別に反対とは言いませんけど、せめて誰かもう一人くらいは……というか、彼女じゃなくてもっと適任者いなかったんですか? こう、宝石の似合いそうな社交性抜群の俺達とほぼ同世代のイケメン君とか」

 

「あぁ、俺もまさにそんな感じの後輩が来るって思ったんだが……」

 

 俺達が視線をズラすとルミアがリィエルに挨拶していた。

 

「改めて自己紹介しますね? 私が、ルミア=ティンジェルです。で、この子が私の友達のシスティ、システィーナ……帝国宮廷魔導師団の方が来てくれるなんてとても心強いです。これからよろしくお願いしますね」

 

「ん、任せて。グレンは私が守るから」

 

「「「…………」」」

 

 相変わらずの間抜けな返答に俺はおろか、ルミアやシスティも硬直した。

 

「違ぇよバカ! 俺を守ってどうすんだ!?」

 

「痛い、やめて〜」

 

「お前任務の内容聞いてなかったのか!? お前が守るのはこっち! この金髪の可愛い天使なルミアちゃんな、オーケー!?」

 

「……何で?」

 

「はい、やっぱり人選ミスねー! 本当に何でよりにもよってこいつだったんだよ! 見たかリョウ! こいつがアルベルトのみならず、翁やクリストフを頭痛で追い詰めまくった諸悪の根源な! もうお前に望みを託すしかねえ! どうにかしてこいつに任務を教えてやってくれ、お菓子のお兄ちゃん!」

 

 結局グレン先生までもが俺にリィエルを押し付ける始末だ。まあ、ちゃんと理解させなければルミアの護衛どころか逆に危険に晒しかねないのは十二分に理解してるので説得するのはもちろん頑張るが……ハッキリ言って自信ない。

 

 で、以前のようにジェスチャーやら絵を使ってやらで説明を重ねる事十数分……。

 

「……じゃあ、この子を守ればグレンが喜んで褒めてくれる?」

 

「相変わらず、何でグレン先生を入れなければ理解できないのかが意味不明だが……とりあえず、今はその解釈でもういいです」

 

「……ん、わかった」

 

「やっと終わった……」

 

 あれこれ説明入れてようやくルミアという存在を視野に入れることに成功した。ただルミアを守ることを説明するだけで何でここまでしなくちゃいけないのか……。

 

 事の顛末を見届けてたグレン先生が拍手をしながら声をかけてくる。

 

「いや、マジ助かったわ。これからもこいつのこと、全面的に頼んだ」

 

「あんたも手伝ってくださいよ……」

 

 こんな子一人で相手するのは面ど──かなり厳しいです。

 

「えっと、改めてよろしくお願いしますね、リィエル」

 

「ん、任せて。卒業するまで頑張ったらグレンが決着つけてくれるって言うから」

 

 あ、リィエル……それ言っちゃアカンやつ。

 

「ふざけんな、テメェェェェェ! 何故に俺が生贄に捧げられにゃならねんだああぁぁぁぁ!?」

 

 案の定、激怒したグレン先生が俺の胸ぐらを掴み上げてきた。

 

「いや、元はと言えばアンタがあの子の面倒見るべきでしょ、教師なんですから!ついでに何も言わずにいなくなった詫びとして一回くらいは付き合ってあげてくださいよ!」

 

「俺に死ねって言うのかテメェは!アイツのデタラメなパワーはもう見てんだろ!あんなの受けたら俺潰れるぞ!」

 

「アンタなら帝国軍式格闘術でなんとかなるだろ!」

 

「簡単に言うんじゃねえよ!そんな事するくらいならお前がどうにか説得しろよお菓子のお兄ちゃんよぉ!」

 

「だからその呼び方やめろ!そもそもこんな面ど──難しい任務俺には無理だっつの!」

 

「今、絶対面倒って言いかけたろ!お前も結局リィエルを相手にしたくねえだけだろ!」

 

「……ねえ、あの二人は何で喧嘩してるの?」

 

「あ、あはは……何でだろうね?」

 

 それからグレン先生と口喧嘩し、ちょっとした乱闘もして途中でルミア達に止められ、大急ぎで学院へと足を運ぶことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──てなわけでだ、本日からお前らの学友になるリィエル=レイフォードだ。まぁ、仲良くしてやってくれ」

 

 場所は教室……。ホームルームを進行して今編入生……つまりはリィエルの紹介に入っている。

 

「おぉ……」

 

「……か、可憐だ」

 

「すっごい綺麗な青髪……」

 

「まるでお人形さんみたい……」

 

 お人形……言い得て妙だ。容姿は端麗、ボサボサでありながら艶のある青髪、細められてる目はあまり上に行くことなく、更にまだ彼女との付き合いが浅いとはいえ、その表情が変わったのをほとんど見たためしがない。

 

 そして同世代にしては身長はやや低いものの見た目は紛う事なく美少女なので男子連中はリィエルをロックオンし始める者もしばしば。

 

「ああ、新しい仲間が気になるのはわかるが、とりあえず自己紹介に移るか。つうわけでリィエル、何か言ってやれ」

 

「…………」

 

『『『……………………』』』

 

 長い沈黙。口を開く事のないリィエルに対して妙な気まずさが漂い出す。

 

「おいリィエル……自己紹介つったよな?」

 

「……? 何で私の事を紹介するの?」

 

「いいからやれ! お決まりっつーか、定番っつーか、そういうもんなんだよ!」

 

「ん、わかった」

 

リィエルが頷くと全員を見渡しながらようやく口を開く。

 

「リィエル=レイフォード」

 

『『『……………………』』』

 

「…………?」

 

 再び妙な気まずさ漂う沈黙。リィエルは状況がわからないのか、首を傾げる。

 

「名前は俺が最初に言ったわ! そうじゃなくてもうちょっと何か掘り下げろよ!」

 

 グレン先生がリィエルの頭を掴んでシェイクしだした。

 

「でも、何を言えばいいの?」

 

「なんでもいいんだよ! 趣味でも特技でも、とにかくお前の事適当に話せばいいんだよ!」

 

「うん、わかった。……リィエル=レイフォード。帝国宮廷魔導師団、特務分室所属。コードネームは『戦車』。今回の任務で──」

 

「だああぁぁぁぁぁっ!」

 

 言葉の途中でグレン先生がリィエルを掻っ攫って廊下へと出る。元々の声が小さかったのか、致命的な部分までは聞こえなかったようだが、みんな若干怪訝な顔を浮かべる。本当に何やってるんだよ、リィエル……。

 

 そして数分すると二人が廊下から戻ってくる。

 

「……将来、帝国軍に入隊を目指し、魔術を学ぶためにこの学院にやってきた、ということになった。出身地は……えっと、イテリア地方……? 年齢は多分、十五……趣味は……読書で、特技が…………何だっけ?」

 

「俺に聞くな」

 

 リィエルの棒読みな上に所々でグレン先生に聞くなど、全く信憑性が浮かばない。

 

 どうにかして質問コーナーを終わらせたかったグレン先生だが、ウェンディが質問をしたいと名乗り出てそれを断ろうとするグレン先生だが、リィエルが承諾してしまったために頭を抱える。

 

 グレン先生、ご愁傷様です……。

 

「差し障りがなければ教えて頂きたいのですが、貴女はイテリア地方から来たと仰られましたが、貴女のご家族の方は?」

 

 その質問にグレン先生とリィエルが目を見開く。

 

「えっと、家族……兄がいた、けど……」

 

「まあ、お兄様が。どんな御方でしょうか?」

 

「兄さん……兄さんの、名前……は? あれ……?」

 

 ウェンディの質問はなんて事ない、よくある事だ。だが、リィエルは明らかに眼の焦点がこちらに合っておらず、微かだが震えていた。今までと様子が全く違う。

 

「……ああ、悪い。こいつに家族の質問は避けてくれ。こいつは今身寄りがいない。それで察してくれ」

 

「え?でも、兄が……いたって……申し訳ありません、リィエルさん。わたくし、何も知らず……」

 

「ん、いい」

 

 質問が終わったと見るや、途端にさっきまでの無表情に戻った。さっきのは何だったんだ……?

 

「えっと、じゃあさ! リィエルちゃんと先生って、どんな関係なのかな?」

 

 カッシュが気まずい空気を払おうと別の、そしてクラスメート達がみんな思ってるだろう質問をぶつけた。

 

「私と……グレンの関係?」

 

「う……ああ、えっとだな〜……」

 

 まあ、馬鹿正直に帝国軍の同僚なんて言うわけにもいかない。かと言って、他にどう言ったものかと迷っていた。

 

「グレンは私の全て。私はグレンのために生きると決めた」

 

 だが、そんな中でリィエルが盛大な爆弾を投下してしまった。

 

「「「きゃああああぁぁぁぁっ! 大胆〜っ! 情熱的〜っ!」」」

 

「「「ぎゃあああぁぁぁぁ! 一目見て恋してもう失恋だああぁぁぁぁ!」」」

 

そして、混沌(カオス)が巻き起こった。あと、男子諸君……世界最短記録の初恋からの失恋、お疲れさんです。

 

「禁断の関係っ! 先生と生徒の禁断の関係よ~っ! きゃーっ! きゃーっ!」

 

「……先生と生徒がデキているのは、倫理的な問題としていかがなものかと」

 

「へぇ、やるなぁー、先生!」

 

「な、何を仰ってるの、カッシュさんッ!? これは問題! 問題ですわ──っ!」

 

「ちくしょう、先生よぉ…………アンタのことはなんだかんだで尊敬してたが…………キレちまったよ…………久々になぁ…………表出ろやああああぁぁぁぁ!」

 

「夜道、背中に気をつけろやああああぁぁぁぁ!」

 

 リィエルの告白とも取れる言葉にはしゃぐ者、呆れる者、良いもの見つけたとニヤける者、血涙を流して慟哭する者など、最早収集が着かなくなりつつあった。FFF団かよ……。

 

 そしたらグレン先生がこの窮地を脱しようとしたのか、またリィエルに何か吹き込む。

 

「……? えっと……それと、これからリョウの家でお世話にもなるので……何かあった時にはリョウを通してください……?」

 

「「「表出ろや、リョウ──っ!」」」

 

「ちょっと待て! 俺だって初耳だ! おい教師! さては今朝の仕返しか! みんなもんな取ってつけたような理由を真に受けるな!」

 

「……あと、普通の女の子の喜ぶこととかも教えて、くれる……? ……美味しいものとか?」

 

「「「殺す……っ!」」」

 

「あんた、もういい加減にしろよ!」

 

 またリィエルに余計なこと言わせた所為で男子共が暴走する。いや、一般の女の子はどうするものなのかはある程度教えるつもりではあったけど、断じてみんなが思ってるやつじゃない。

 

「リョウ、お前のことも割といい奴だなって思ってたが……お前も俺達の敵かああぁぁぁぁ!」

 

「やっぱああいう小さい娘が好みか! このロリコンがっ!」

 

「最近後輩からの人気が高まってるからって、調子乗ってんじゃねえぞ──っ!」

 

「ロッド、テメェ後でぶっ飛ばすぞゴラァ! そしてカイ、その話後で詳しく聞かせろ!」

 

 ロッドが言ってはならんことを言ったので後で制裁しておく。ついでにカイの言ってたことの真実を早急に確かめなければならなくなった。

 

 ほら、俺も男ですから気になるし。

 

「……っ!」

 

 急に背筋がゾッとした。背後周辺だけ気温が下がったかのような感覚をおぼえた。

 

 一体何だと恐る恐る背後を向くといつも通りの笑顔を浮かべたルミアがいた。

 

「えっと、ルミア……?」

 

「リョウ君、今の話は本当なのかな?」

 

 訂正……笑顔はそのままなのに目が全く笑ってない。それどころか若干ハイライトがなくなりかけてる。

 

「いや、ちょっと待って……俺だって初耳な上に今のは先生の冗談……」

 

「じゃあ、何であの子はリョウ君の家に行ったのかな?」

 

「そりゃあ、アル……」

 

 ここで言葉に詰まった。ここでアルベルトさんの名前を出すべきか迷ってしまった。言葉を詰まらせたのが後ろめたい理由があるからと思ったからか、ルミアが更に質問を重ねる。

 

「それと、リィエルに何を教えようとしてたのかな?」

 

「だから、世間一般の女子の常識というか……」

 

「それは私達が教えるから。それと、リョウ君は後でお説教ね」

 

「え、何で……?」

 

「いいね?」

 

「……はい、わかりました」

 

 何か、言葉にできない迫力を見せるルミアに何も言い返せなかった。その恐ろしさは後でグレン先生が『すまん、保身に走ったとはいえやりすぎた』と謝罪を送ってくる程だったと言っておく。



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第12話

「《雷精の紫電よ》!」

 

 場所は競技祭や授業参観に使用した競技場。その空間で凛とした声が響く。

 

 それと同時に眩い紫電が閃き、競技場の真ん中に立っているゴーレム……その頭部に付けられた的を撃ち抜く。

 

「すごい、システィ! 六発全弾命中なんて!」

 

「へぇ……やるな、白猫。この距離で全弾命中は普通にすげぇぞ」

 

 システィが200メトラ先にあるゴーレムの所々に付けられた六つの的に[ショック・ボルト]を全て命中させるとルミアが自分の事のように喜び、グレン先生は感心しながらボードにメモする。

 

 現在は魔術の実践授業。本来は座学なのだが、今朝の騒動の所為で大幅に時間が狂ったのとグレン先生のリィエルに対する気遣いで急遽予定変更になった。

 

 座学より実技の方が色んなものが見えやすいということでこの授業なのだろう。うまくいけばクラスのみんなに溶け込めるし、それで守るという意識が芽生えるかもしれないし。

 

 ちなみにトップはシスティとギイブル。その次でウェンディ。ただし、ウェンディは最後の狙撃でくしゃみをしたために狙いが外れたので普段通りならトップ二人と並んでいたことだろう。この三人はクラスの中でも文武共に高レベルだしな。

 

 ワーストから数えればカッシュが一発も当たってないが、溜めなしであそこまで寄せられるのだからもう少し落ち着いて撃てばいい所いくだろうとグレン先生もフォローしてた。

 

 その次でリンだが、ほとんど撃つ瞬間に目を瞑ってしまってるために一発しか命中していない。臆病なのを譏るつもりなどないが、殺傷力の低い攻性呪文(アサルト・スペル)かつ相手が無機物だというのにも関わらずこれは流石にまずいかもしれないな。

 

 グレン先生もどうしたものかと彼女に対する教育方針に悩みながらボートにメモする。

 

「じゃ、次はリョウな」

 

 どうやら次は俺の出番のようだ。後ろからがんばれよーと軽い声援を受けながらターゲットを視界に収める。それからゆっくり深呼吸してから脚に力を入れる。

 

「すぅ……《飛雷》っ!」

 

 ハイキックの要領で脚を振るうと弾丸状の紫電がゴーレムの左肩の的を破壊する。

 

『『『足ぃ!?』』』

 

 大半の生徒が驚愕していた。まあ、普通は目で見て対象に手を向けるものだが、実践を想定するなら手以外にも使えそうな足でも撃てないかと試した結果、意外とできた。

 

「加えて──《雷》《雷》《雷》《雷》《雷》っ!」

 

 更に呪文を連続して繋げ、[ショック・ボルト]を五連続で放つ。

 

「……六分の四、か。まだイマイチだな……」

 

「いやいや、あんな方法でやって半分以上は素直にすげぇぞ。つか、足からの[ショック・ボルト]もだが、お前いつの間に連続呪文(ラピッド・ファイア)なんて覚えてたのか?」

 

「その、連続呪文(ラピッド・ファイア)ってのが速い連射ってのはなんとなくわかりますが、足からのは手が使えない状況を考えて、練習してみたらなんか出来ました」

 

「なんか出来たって……お前、発想力と魔力制御だけなら白猫以上の天才か?」

 

 何故かグレン先生が呆れたように頭を抱えながら呟いた。

 

「あ、あんな方法で……しかもあんなに短い間隔で呪文を繋げて……」

 

「けど、システィみたく全弾命中とまではいかないからまだまだなんだけどね」

 

「あんたね……」

 

 なんかシスティが呆れと対抗意識の込もった目で俺を見た。

 

「あのなぁ……命中率はともかく、あんな速度の連続呪文(ラピッド・ファイア)なんて学生で出来る奴はまずいないし、足で攻性呪文(アサルト・スペル)ぶっ放すなんざ試す奴なんていねえんだよ」

 

 グレン先生が呆れた風に言ってくる。どうやら俺がもっと詠唱と詠唱の間を省略できないかと練習してた技術は連続呪文(ラピッド・ファイア)と呼ばれる技術で時間差起動(ディレイ・ブート)程とは行かずとも結構なものらしい。

 

 更に足で魔術を撃ち放つ者もまずいないため、俺は結構異端な奴みたいだ。まあ、実際見たことないからそうなんだろうなとは思ってたけど、使える所はとにかく使いたかったからな。

 

「あ、あんたには絶対負けたくない……」

 

 どうやら今回のでシスティに対抗意識が芽生えたようだ。まあ、結構魔術に対してプライドの高い奴だから大して魔術に没頭した時間の少ない俺に抜かれるのが面白くないと感じた、と言ったところか。まだまだ魔術の実力はシスティの方が優ってるんだけどな。

 

「まあ、命中率はこれから時間かけて改善すりゃあいいしな。学生にしては文句なしに合格レベルだろ。……これならもう少しメニュー増やしてもいけるか

 

 褒めたと思ったら最後なんか不穏な事言いませんでしたか? それと、システィからより敵意のような目を向けられる。あ、対抗意識の根元の理由はこっちだったようだ。

 

 まあ、これを言ったところで本人は認めようとしないだろうから口にはしないけど。

 

「じゃあ、次はリィエルだな」

 

「ん……」

 

 いよいよ本日のメインイベントと言ったところか。編入したてでその実力がまだ明るみになってないリィエルにみんなの視線が集中する。

 

 リィエルがどれほどの腕前を持ってるのか興味津々であちこちからそんな疑問の声が上がっている。

 

 リィエルは聞こえてないのか単純に興味がないだけなのか、標的に眠たそうな目を集中させて掌を向けて口を開く。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以って・撃ち倒せ》」

 

 ボソボソと詠唱して掌から紫電が閃くが、閃光は的はおろか、ゴーレム自体から大きくズレて通り過ぎていった。

 

『『『…………』』』

 

 本日何度目か、また微妙な沈黙が場を支配していた。

 

 あまりにもお粗末な魔術の使い方にみんな信じられないような目を向ける。それは俺も同じで実力を隠してるのかとリィエルと見てからグレン先生に視線を向ける。

 

「あいつ……今までよく生き残れたな」

 

 などと呟きながら頭を抱えてるあたり、あれが彼女の実力なのだろう。どうやら彼女は大剣を作ることのみに特化した魔術師のようで他はてんでダメなんだろう。

 

 それから何回か再チャレンジしてみるも、全く的に寄らないところを見てみんな子供を見守るような雰囲気になって応援していた。

 

 そして最後に来たところ、リィエルがグレン先生の方に振り返る。

 

「ねえグレン……これって、[ショック・ボルト]じゃないと駄目なの?」

 

「いや、別に駄目とは言わないが……この距離でまともに当てられるのは[ショック・ボルト]くらいだからなぁ」

 

「ん、わかった」

 

「何をすんのか知らねーが、軍用魔術は禁止だぞ」

 

「ん、問題ない」

 

 それからくるりとゴーレムの方に向き直って再び口を開く。

 

「《万象に希う・我が腕手に・十字の剣を》」

 

 身を屈めて地面に手を叩きつけると紫電が奔り、土が抉れたと思うとその手には御馴染みの十字の大剣が握られていた。

 

「「「な、なんだああぁぁぁぁ!?」」」

 

 いきなりの高速武器錬成にクラスメート達が驚きの声を上げる。

 

「お、おいリィエル……お前、何をするつもり?」

 

 疑問をぶつけているが、恐らくグレン先生含めて今朝のリィエルの奇行を目の当たりにした俺とシスティにルミアはこれから何が起こるのかなんとなく予想できてるのだろう。

 

 あまり考えたくはないが……。

 

「いいいいやああぁぁぁぁ!」

 

 普段はボソボソとしか話さないリィエルにしてはえらい気合いの込もった声が上がり、両手に握られた大剣を力一杯投擲する。

 

 大剣は遠心力たっぷりの回転を保ちながらゴーレムに命中し、的ごと粉々に砕け散った。

 

『『『…………』』』

 

「ん、六分の六」

 

「なわけあるか!攻性呪文(アサルト・スペル)って言ったのに何でソレ使う!?」

 

「うん、錬金術で創った剣だから攻性呪文(アサルト・スペル)

 

「それ絶対間違ってるから……」

 

 グレン先生は天を仰いだ。そして今の奇行で大半のクラスメートが怯えた。

 

 うん、何も知らなかったら俺も絶対向こう側だったな。そんなこんなでリィエルの顔見せイベントは最悪の形で終結する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、昼休みに入った。ふと気になって視線を移すと、窓際でボーッと外を眺めているリィエルとそれを遠巻きに眺めてるクラスメート。

 

 やはり実技授業の奇行……更には無表情なことと間立ちのなさも相まってより声を掛けづらいといったところか。俺もコミュニケーションに自信のある方ではないが、彼女のあれは最早対人がどうとかを軽く逸脱していた。

 

 軍にいる理由はわからんが、あの奇行から察するにまともな生い立ちや環境じゃなかったのだろう。しかもロクな教養も与えられてない……精神的な部分は幼稚園児と同等かそれ以下なのかもしれない。

 

 まあ、だからと言ってこのまま放っておいていいなんてことは全くないし、何故かアルベルトさんやグレン先生にも頼まれてるわけだしな。

 

「……リィエル、昼休みに入ったけど、昼食は取らないのか?」

 

「……お昼ご飯? 必要ない。私は三日間食べなくても平気。食料も支給されてないから」

 

「支給されてたよね? 一回で食べきったけど……」

 

 多分カロリーメイトのような固形物の兵糧の入った袋を見るに、一応三日分くらいはあった筈だ。だが、この子はそれを一食で食べきってしまっていた。

 

 食料を分配されるまで一体どうやって護衛をやっていこうとしたのか。いや、そもそも護衛を任されてるという自覚すらまだ備わってないけど。

 

「ふぅ……じゃあ、今日は俺が奢るから学食行かないか?」

 

「学食?」

 

「学生が食事をする場所だから学食。普段より美味しいもの食べられるよ?」

 

「…………」

 

 リィエルがふと違う方向を見る。彼女の視線を追うと、グレン先生が頷いて片手を縦にして頼むとジェスチャーしてきた。リィエルのことを知ってるだけに、何だかんだで心配だったんだろう。

 

「ん、じゃあ行く」

 

 それからリィエルが立ち上がって俺に着いて行くのをクラスメートが信じられないといった風に眺めていた。まあ、それが当然の反応と言えばそうなんだろうな。俺だって誰かがやればそんな風に見ただろうし。

 

「あ、リョウ君。学食に行くの?私達もいいかな?」

 

 学食に行こうと教室の扉から出て行くところでルミアとシスティに会う。気づいたルミアが俺とリィエルの姿を見ると誘いをかけてきた。

 

「ほら、私達これからしばらく付き合うことになるでしょ?親睦を深めるっていうか、食事は大勢の方が楽しいし」

 

「らしいけど、どうだ?」

 

「ん、楽しい? 私はよくわからないけど……うん」

 

「ふふ、よかった。じゃあ行こうか」

 

 ルミアがリィエルの手を引いて食堂へと向かう。

 

「…………よくわからない、か。彼女、幼少の頃から軍にいたんですか?」

 

 俺は背後から着いてきてるだろうグレン先生に尋ねる。

 

「ん……幼少っつうか、まあ一応そんな感じでな。あいつ、楽しいとかそういう同世代の奴らとの接点がまるでないからな。いつも戦闘に呼ばれるか、待機してる時でも自分から何かするのがほとんどなかったからな」

 

「そうですか……」

 

「まあ、この任務にあいつ選んだ奴を殴りたい気持ちはあるが……今回の任務はある意味あいつに必要なんだろうな。同世代の奴らと触れ合って何か感情が育つきっかけになれば。つうわけで頼むぜ、お菓子のお兄ちゃん」

 

「だから、あんたも手伝えって言うに……まあ、頑張りますけど」

 

「マジで頼む。あいつ、色んな意味で子供だからさ」

 

 今のグレン先生の声はいつもの調子に乗った上から目線のようなものでなく、哀憐のようなものを感じた。俺は軽く頷いて三人を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に来てみれば結構な人数で占められていた。席取りが大変そうなのでルミアに軽く注文頼んで俺は空いてる席がないかを探してどうにか端っこ近くの席四人分を確保できた。

 

 数分すると三人がトレイを持ってきて合流した。

 

「はい。カレーとサラダと、パンケーキのアイス乗せでいいんだよね?」

 

「ありがと。で、システィはいつも通りみたいだけど……本当に大丈夫か?」

 

 最近はグレン先生との朝練で結構カロリー消費してるし。

 

「うん。別にシスティ太ってるわけじゃないしね。むしろ痩せてるくらいだし」

 

「べ、別に太るとかの心配じゃなくて、午後の授業が眠くなるから少量にしてるだけだし! これだけでも十分足りるわよ!」

 

「で、リィエルは……何、その苺タルトの山……」

 

 リィエルのトレイには何故か苺タルトが山積みになって置かれているという、偏食どころか変食とも言えるメニューだった。

 

「なんか、一目惚れしちゃったみたいでとにかくそれを積んでね……」

 

「はぁ……」

 

両手で優しく持ち、カリカリと一心不乱に食べてる様子を見ると本当に気に入ったみたいだな。しかも、小動物みたいで微笑ましくもある。

 

「う、羨ましい……」

 

「どうしたの、システィ?」

 

「うぅ……食べれば食べるだけ育つルミアにはわかんないわよ」

 

 まあ、システィが充分な栄養を取らないってのもあるけど、ルミアも先天的な代謝持ちなおかげでいいスタイルを維持出来てるわけだからな。神さまって残酷だって思う。

 

「リョウ君も量が多いし、甘いものも多いけど……全然太らないよね」

 

「ん? まあ、運動すればいいし……それに、甘いもので太った事がないからな」

 

 言ったらシスティに睨まれた。いや、本当に地球でも普通の料理だったらそれなりの影響はあったけど、甘いものに限ってはいくらでもイケてた。

 

 まあ、俺よりもとんでもない奴が目の前にいるけどな。あんだけあった苺タルトの山が半分にまで減っていた。

 

「……む?」

 

 俺が見ていたのに気づいたのか、俺と苺タルトを交互に見ると苺タルトを隠すようにして食べるペースを速めた。

 

「いや、取ったりしないから」

 

 そんな光景を見てルミアとシスティも頰を緩める。

 

「ほら、リィエル……ほっぺにクリーム付いてるじゃない」

 

 ほっぺにクリームを付けるといういかにもな子供っぽさにシスティが保護欲をかき立たされたのか、ハンカチで頰に付いたクリームを拭き取る。

 

「おお、何だ。随分和やかになってんじゃねえか」

 

 微笑ましい光景を眺めてると声がかかる。振り返ると昼食を出されたばかりの料理の乗ったトレイを手に持ったカッシュがいた。

 

「なあ、良けりゃ俺達も混ぜちゃくれねえか? こんだけの美人揃いの昼食会、乗らない手はねえだろ。いいかな、リィエルちゃん?」

 

「……ん。別にいい」

 

「そっか! いやあ、ラッキーだな! おいセシル、こっちだ! あ、ウェンディにリンもどうだ?」

 

 カッシュが少し離れた場所にいたセシル、ウェンディ、リンに呼びかける。三人がカッシュに呼ばれ、リィエルの存在を認識すると複雑な表情を浮かべる。やはり授業の時の奇行を思い出したのか、いきなりリィエルと一緒に食事をと言われてもすぐには頷けまい。

 

「ところでさ、リィエルちゃん! 授業の時のあの剣をバリバリーって出す奴すごかったな! 一体どうやったんだ?」

 

「すごい? 私が?」

 

「おう! あんな魔術見たことないぜ! 今度コツ教えてくれよ!」

 

「あ、僕もあの高速錬成式の仕組みが知りたいなって思うな」

 

「…………ん。暇な時に教えてあげる」

 

「おー、ラッキー! おい、ウェンディもリンもどうだ?魔術師としての位階昇格の力になると思うぜ?」

 

 カッシュがあっという間にリィエルとの約束を交わし、更にウェンディとリンを輪に入れてしまった。

 

 あいつのあのコミュニケーション能力はとんでもないな。俺がこの学院に編入したての時も最初に声をかけてきたのはカッシュだったんだよな。当初は随分乱雑な受け答えだったが、俺がこの学院でやっていけてるのはこいつが橋渡しをしてくれたのも大きな要因なんだよな。

 

「ありがとね、カッシュ君」

 

「まあ、変な奴とはいえ、新しい仲間が爪弾きにされるっていうのはな……。あ、お礼なら今度俺とのデートで──」

 

「あ、それはダメ。ごめんね、カッシュ君」

 

「ぐはっ!」

 

クラスの兄貴分で尊敬はしてるけど、残念なところも多いんだよな。まあ、おかげでウェンディやリンも最初の恐怖心が薄まったし、今度何か奢ってやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、こうなって……ここの元素配列式をマルキオス演算展開して……こう……で、こうやって算出した火素(フラメア)水素(アクエス)土素(ソイレ)気素(エアル)霊素(エテリオ)根源素(オリジン)属性値の各戻り値を……こっちに……こんな感じで根源素(オリジン)を再配列していって……物質を再構築……」

 

 時間は放課後……。錬金術の授業の後、リィエルが実技授業での高速錬成が話題に上がってカッシュが昼休みに言ってた約束を早速使うことになり、リィエルの高速錬成の術式を教えてもらってるのだが……。

 

「……わかった?」

 

「おう、全くわからん」

 

「同じく……」

 

 錬金術は無機化学と似てるから授業もそれなりについていってたけど、リィエルの錬金術の仕組みはまるでわからない。

 

「す、凄すぎる……」

 

「なんて事……こんな術式、誰が作ったのよ……」

 

 学力抜群のセシルやシスティがリィエルの説明を受けて表情が驚愕に染まっていた。

 

「恐れ入ったよ……どうやってウーツ鋼の大剣をあんな高速で錬成してたか不思議だったけど……魔術言語ルーンの仕様に存在するバグすら利用していたなんて……」

 

 よくはわからんが、セシルの説明からわかるのはリィエルが行った高速錬成は下手をすればゲームデータがぶっ壊れる可能性のある裏技を連発してるようなもんか。

 

「リィエル、あなたいつもこんな事やってるの? こんなの一歩間違ったら脳内演算処理がオーバーフローして、廃人確定よ?」

 

「そうなの? 全然知らなかった」

 

 システィの説明はつまり、身体は無事だったとしても、心は死んでしまう可能性があるという事だ。そんな危ない術式をよく躊躇いもなく使えるな。

 

「はぁ……みんな、真似しちゃダメよ。この術式使いこなすには、錬金術に対する圧倒的な天賦のセンスがいるから。ここまでくると、もうこれ、リィエルの固有魔術(オリジナル)みたいなものよ」

 

「出来るかよこんなの……」

 

「多分リィエル以外誰にも出来ないよ……」

 

 ガタン! と、突然教室内に荒々しく立ち上がる音が響く。今まで会話に入っていなかったギイブルが苛立たしげに荷物をまとめていた。

 

「おい、ギイブル……どうしたんだよ、突然?」

 

「……帰る。君達もそんな風に遊んでる暇があったら、帰って魔術の勉強に励むべきじゃないのか?」

 

「はぁ? お前、そんな言い方はねえだろ」

 

「……ふん」

 

 カッシュの言葉も無視して教室を出て行こうとするが、何時の間にいたのか、リィエルがギイブルの制服を掴んで止める。

 

「……これ。落とした」

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 リィエルが羽ペンを差し出すとギイブルは顔に慍色を浮かべてぶん取ると、そのまま大股で教室を出ていった。

 

「何だよあいつ?」

 

「仕方ないよ。ギイブル、錬金術には絶対の自信があったから。それこそ、システィにも負けないって」

 

 まあ、ギイブルもプライドの高い奴だからな。あんなデタラメな癖して自分の得意分野は勝ってるってなれば面白くないか。

 

 リィエルは気にしてないというか、何もわからないようだし。その辺りのズレも時間かけて解消するしかないか。幸いというか、それにピッタリなイベントがすぐにあった筈だし。

 

 まだまだ不安はあれど最悪の一日にならなくてよかった。



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第13話

 リィエルが編入してから既に数日……。初日から今日まで常識教えたり、グレン先生の悪口言ったハーレイ先生に斬りかかるのを止めたり、クラスメートとの仲を取り持ったり、グレン先生の悪口言った生徒に斬りかかるのを止めたり、器物破損を食い止めたり……って、ほとんどリィエルの暴動を食い止めることしかしてないじゃん、俺……。

 

 まあ、初日こそアレだったが、クラス内に限ればだいぶ打ち解けてきている。あとはちょっとしたきっかけで彼女に目に見える変化が出るかもしれない。

 

「まあ、そんなわけで……今度お前らが受講するお出かけ旅こ──ゲフンゲフン! もとい、遠征学修についてのガイダンスを行うぜ」

 

「って、先生! 言い直したつもりでしょうけど、ハッキリお出かけ旅行って言おうとしたのがバレバレです! アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に赴いて研究所見学と最新の魔術研究に関する講義を──」

 

「はいはい、ご丁寧な解説ありがとさ〜ん」

 

 システィがいつも通りの説教と丁寧な説明を聞いた上で言わせてもらうけど、俺から見ても地球で言う修学旅行みたいなもんだな。真面目な見学と言ったらほんの数時間で大体は自由時間多めでグレン先生の言う通りお出かけ旅行と言われても納得がいく。

 

「俺らが行くのって、サイネリア島の白金魔導研究所だったんだっけか? どうせなら軍事魔導研究所がよかったんだけどな」

 

「そうだね……生命の神秘もいいかもだけど、僕もどっちかって言ったら魔導工学研究所の方がよかったかも」

 

 ま、行き先が生徒の意思だけで決まるなら教師達も苦労はないわけで。俺が前いた学校でも修学旅行に沖縄か北海道かでアンケート取ったものの、最初から沖縄に行くことが決定されてたわけで行きたかった北海道が当たらない挙句に何のためのアンケートだと憤慨した記憶がある。

 

 みんなの不満な気持ちはなんとなくわかる。

 

「おいおい男子共……やれ軍事魔導研究所だ魔導工学研究所がよかっただ言ってるが、俺から言わせて貰えばこの研究所に決まったのはお前らにとっては確実に幸運と言えるぜ」

 

「はい?」

 

「いや、何を馬鹿な……」

 

「ならお前らに聞くが……そもそも白金魔導研究所のあるサイネリア島がどういうところかわかってるか?」

 

「え? あそこは水源に富んでて、一年中温暖気候のリゾートビーチが有名の……って、まさか先生!?」

 

「そうだ! 学修だなんだ言ってるが、施設を訪れる以外は結構な自由時間が多く取られてる。俺達の取る宿からは海が結構近い。そしてあの島の気候の関係上、季節的にはちと早ぇが海水浴も十分可能。そして最大のポイントとして……うちのクラスは結構な美少女揃いだ。ここまで言えばお前らもわかるだろ?」

 

「せ、先生……」

 

「先生は、このために……っ!」

 

「ああわかってる、もう何も言うな! みんな、黙って俺に着いてこいやああぁぁぁぁ!」

 

「「「うおおぉぉぉぉ!」」」

 

「先生っ! アンタって奴はぁ!」

 

「白金魔導研究所最高ぉぉぉぉ!」

 

「馬鹿の集まりか、このクラスは……」

 

 雄叫びをあげるグレン先生と男子にシスティは頭を抱えていた。

 

「ビーチか……」

 

「リョウ君はあまり嬉しくない?」

 

「暑いのは嫌いなんだ……」

 

 地球じゃ夏は太陽が燦々と照り輝く砂浜より森林が鬱蒼と茂る山に行く方が多かったからな。好きこのんで暑苦しい所になんか行きたくない。

 

「でも、みんなで海で遊ぶの楽しいよ?」

 

「そういうもんかねぇ?」

 

 正直、暑い場所で楽しいなんて言われてもピンとこない。みんな水着だかどうとか言ってるけど、正直そんなの漫画だけだと思ってたが……騙されたと思って大人しく行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおええぇぇぇぇ……」

 

「台無しだわ……」

 

 日は変わって『遠征学修』当日。馬車を乗り換え船へ乗り込み、半日かけての旅路を進み、ようやくサイネリア島へ着いた。

 

 島という名前通り海が近くにあるので潮の香りが漂い、周囲は海が陽の光を反射させ輝きながら波打ってる光景など、観光地やリゾートとして有名な理由の一端が見えたのだが、それも背後でルミアと俺によって支えられてるグレン先生の嘔吐で台無しになってしまったが。

 

 ていうか、一番盛り上がってたのグレン先生なのに出発前とすごい落差だな……。

 

「私達の感慨を汚さないでくれませんか!? 大体、何ですか船酔いって! あんな図太い神経してる癖に!」

 

「図太さと乗り物酔いは関係ないと思うんだが……」

 

「ああ、大声上げんじゃねえよ……。まだ気持ち悪いのが抜けねぇ……」

 

「大丈夫ですか、先生?」

 

 ルミアがグレン先生の背をさすったりりんごをやったりと甲斐甲斐しく世話をするもすぐには酔いが冷めそうにはなかった。終いには船の存在意義に抗議しはじめるし。

 

「船が苦手ってんならなんだって四方が海に囲まれてるこっち選んだんですか?」

 

「あ? そんなの決まってるだろ……美少女の水着姿はあらゆる面において優先すべき事柄だからだ」

 

 それからローブを取り出して海をバックにローブをはためかせる。

 

「ああ、そうさ! 例えここが三国間紛争の最前線だったとしても……俺はここを選んでいただろうさ!」

 

「せ、先生……あんた漢だよ……!」

 

「俺達、一生先生に着いて行きます!」

 

「うちのクラスの男子、先生が来てからノリおかしくなってない!?」

 

 グレン先生の無駄にカッコいい演説に歓声を上げるクラスの男子過半数のテンションの高さにシスティがツッコミを入れる。まあ、こっちの方が健全な学生っぽいから俺は一向に構わんがな。

 

 それから俺達は予約していた宿まで一直線に進み、受付を終わらせると男女で別々の棟に分かれ、更にそれぞれの班に別れて部屋へと移動する。ちなみに俺はカッシュ、セシル、ギイブルと四人班だった。

 

「うおっ! このベッド滅茶苦茶柔らかいなっ!」

 

「まったく、煩い男だな」

 

「あはは、あまり暴れると怒られるよ?」

 

 普段ここまで高級そうな寝具なんて使う機会なんてないのか、テンションの上がってるカッシュはベッドの上でトランポリンみたいなことを始めていた。

 

「そういえば、これからの予定ってどうなってるんだっけ?」

 

「そんなの旅のしおりを見ればわかるだろ」

 

「家に忘れてきちゃってな……」

 

 カッシュのうっかりにギイブルは呆れのこもった溜息を漏らす。

 

「俺の記憶じゃ研究所見学の四日目と五日目以外は基本自由行動多目って感じだな。明日は海で決定だろうけど、街巡りもあるだろうし自由時間といえど休まることはまず無さそうだな」

 

 白金魔導研究所に決まった当初は不満そうにしてたが、海の綺麗な光景を前にして色々観光したいという気持ちが強くなったようで何処を回ろうかという会話がチラチラ聞こえていた。

 

「なるほどなるほど、あいわかった」

 

 ザックリ予定を伝えるとカッシュは頷いて何か呟き出す。

 

「研究所への往復が大変だから明日の夜は余裕がない……かと言って講義を受けた後も同じ。でも六日目まで待つことはできない……となると、仕掛けるのはやっぱり今夜しかねえ」

 

「仕掛ける? 一体何を言って……」

 

「ふ、決まってるだろセシル。夜、女子の泊まってる部屋へお忍びで遊びに行くんだよ! これぞ、魔術学院遠征学修の伝統行事じゃないか!」

 

 漫画みたいなことを言い出した。まさか本当にこういう場面に出くわすとは。

 

「で、伝統なんだ……」

 

「ふん、くだらん」

 

「くだらんとは何だギイブル! これこそ男の浪漫じゃないか! 俺はこの日のために生活費切り詰めてカードやボードゲームを買ったんだ!」

 

「使う機会があるかどうかもわからんままでか……」

 

「それに、見つかったらマズイんじゃないかな。先生はそんなに厳しくはなさそうだけど……」

 

「心配ご無用! 準備は万全! 例えここで失敗したとしても、俺は本望だ。やらずに後悔するより、やって後悔した方がいいさ!」

 

 カッコいい顔ですごくカッコ悪いこと言ってるぞ、カッシュ。

 

「つうわけで、お前らも参加するか?」

 

「するわけないだろ、バカバカしい」

 

「僕も……なんかいやな予感するし」

 

「俺も遠慮する」

 

「ええ!? ギイブルとセシルはそんなキャラじゃないからいいとしても、リョウも断るのか!?」

 

 お前の中で俺はどんなキャラしてるってんだ、おい。

 

「だって、ルミアちゃんがいる部屋だぞ? リンにウェンディやテレサも。今回はリィエルちゃんだっているんだから行かなきゃ損じゃね?」

 

「……美少女揃いだから行きたいのはわからんでもないが、その中にシスティは入ってないのか?」

 

 一応システィも外見はトップレベルだとは思うんだが。

 

「ん? いや、あいつは……説教して煩くなるだけっぽいしな」

 

「……そうか」

 

 その興味なさそうな淡々とした感想……本人が聞いたらどうなるのやら。

 

「ともかく、俺は参加するつもりはない。夜とはいえ、暑いし。部屋から出たくない」

 

「そっか。まあ、別に無理にとは言わねえよ。じゃあ、後はロッドとかカイとか……何人か声掛けとくか」

 

 そう言ってカッシュは部屋を出て行った。

 

「それにしても、大丈夫かなカッシュ? 先生は厳しくは言わないだろうけど、成功したらしたで結構問題になっちゃったり」

 

「いや、それは百パーセントないだろ」

 

「え? 何でそんなに言い切れるの?」

 

「だって、考えても見ろ。もし先生が俺達と同年代だったらどうすると思う?」

 

 俺の質問にセシルとギイブルが数秒考えて納得した表情を浮かべる。

 

「あぁ、うん……絶対カッシュに着いていきそう……」

 

「というより、むしろあの講師から率先して行きそうだな」

 

「そういう事。だからカッシュ達の行動パターンは既に見切られて、今頃待ち伏せしたり罠張ったりしてるだろうな」

 

 元々帝国軍の人間なんだから学生の行動パターン読むくらい朝飯前だろう。それに、学院でリィエルの暴動止めてると言っても三回に一回は取り逃しちゃうから学院の器物損壊が徐々に重なってグレン先生の監督不行き届きということで給料減らされてるって聞くし、この旅行で些細な騒ぎも起こさせたくはないんだろう。

 

「リョウって、最近みんなのことよく見てるよね。リィエルの事だって、自分から話しかけにいくくらいだし」

 

「ん? ああ、それはな……」

 

 リィエルが軍の人間だってことを知ってたし、グレン先生やアルベルトさんからも頼まれたからやってたってだけだしな。

 

「ほんの半年前までは魔術も態度も雑だった君が随分と変わったものだ」

 

「魔術はともかく、態度に関してはギイブルには言われたくねえよ」

 

 と言っても、ギイブルの言う通り半年前はリィエル程とはいかないが、俺の学院での風聞も決していいとは言えなかっただろうな。

 

 学院に来る前にしても、随分と大変だったわけだからな。

 

 ほんの半年前な上に衝撃的だった筈なのに、今はそれがとんでもなく昔に思えてくる。

 

 今がとんでもなく濃い日常だからそう思えるだけなのかもしれないな。俺の日常がこんなにもガラリと変わるなんてあの時まで思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──半年前……。

 

 当時、地球の日本は夏真っ盛り。温暖化の影響もあって毎日が猛暑でできれば外に出たくない中を俺はトボトボと歩いていた。

 

 暑いのが苦手な俺だが、家の中だけでは退屈なので休日は必ず何処かの店に足を運ぶようにしている。幸い近所には大きめのショッピングモールがあったのでそこならば暇を持て余すということはなかった。

 

 だが、運悪く道の途中で自転車がパンクしたために俺はこの炎天下の中、自転車を引きながら歩く羽目になった。大した距離ではないとはいえ、高気温にジメジメした空気。俺からすれば最悪の環境だった。

 

 ちょっと歩くだけで汗だくになり、気を抜けばすぐに意識が飛びそうなほどだった。それでも快適な涼を求めて歩き続けるとフワッと涼しげな空気が身を包んでくれた。

 

 そう思って目を開けるとそこに広がるのは何故か満点の星空だった。

 

『…………は?』

 

 目の前に飛び込んでくる光景を見た第一声がそれだった。あの時はそれ以外言葉を発することができなかった。

 

 大した距離を歩いたわけでもなく、時間もそんなに立ってないのに夜になったのもそうだが、俺の記憶にある中にここまで星空の綺麗な場所なんて知らなかったからだ。

 

 そして更に驚くべきところを挙げると。

 

『……天空城?』

 

 ふと空を見上げると月の光を浴びて神秘的な輝きを帯びた城のようなものが浮いていた。どっかのジブリの世界かと思ったが、流石にありえないと頭を振ったりちょっと自分の身体に刺激を与えるも景色は変わらず、痛みが走るだけだった。

 

 俺は徐々に焦りに支配されつつも、引いていた自転車を捨てて歩き出す。不幸中の幸いというか、何もないわけではなく、近くには街らしいものが見えていた。

 

 そこへ向けて歩き、街へ入ればまるで中世ヨーロッパのような光景が広がっていた。しかも今は夜だからなにか言い知れない迫力のようなものを感じた。

 

 それもその筈でそこは貧民街の真っ只中だ。当時は知らなかったが、一見栄えてるように見えるフェジテ市も一部ではゴロツキの蠢いている地域だってある。

 

 運の悪い事にそんな事も知らずに入り込んだ俺……更に俺の所持している物がどれもここでは見ることのないものばかりなために見る人から見れば格好の獲物だったということだろう。

 

 もちろん、ゴロツキは俺の前を通せんぼうしていたが、俺が所持している中で使えそうなものがないかバッグの中を探り、所持している中で最も大きかったI padを取り出し、奴らの目の前で電源を入れた。

 

 普段から薄暗い所で過ごし、古めかしいランプしか光源のない中でしか暮らした事のない者達にとっては電子的な光に慣れてないだろう、一瞬だが目を庇うように身体を仰け反らせた。

 

 その隙を突いて俺はゴロツキの間をすり抜けて一目散に駆け出していった。体力には元からそれなりにあったと自負するも、突然の環境の変化、滅多に見ることのない明確な悪意……普段感じることのないものを連続して突きつけられた中で疲労が常時の何倍もの速さで俺の身体を蝕んでいった。

 

 それでも少しでも止まれば奴らの餌食になることは本能的に理解していたため、疲れに支配される身体に鞭打ってでも走り続けた。

 

 何分、何時間と経ったかもわからず、疲労が限界に達した俺は公園らしい場所にあったベンチに座り込み、荒い呼吸を繰り返していた。そしてそのまま何か口にすることも、考えることも出来ないまま意識を手放すことになった。

 

『……ちゃん? お兄ちゃん?』

 

 ふと、幼い声が聞こえてきたかと思い、目を開けると可愛らしい顔が俺を覗いていた。いつの間にか寝て朝になってたようだ。

 

 目の前にいた少女の他にも何人かの子供が俺を囲うように見ていた。そこにいたのがスゥちゃんを含めた俺を助けてくれた子供達だった。

 

 最初は何でここで寝てただ何処から来ただ質問してきたが、俺だって自分の置かれてる状況を把握できてないため、上手い説明をすることなどできなかった。

 

 そんな下手な説明を聞いてどう思ったのか、スゥちゃんがリリィさんに住む場所を分けられないかと交渉したが、もちろんそれは難航していた。

 

 何処の誰とも知れない男を上げろなんて言われて素直にはいなどと言えるわけがない。

 

 だが、他の子供達も自分の親に色々交渉してどうにか得られたのは嘗て馬小屋として利用されていた建物を好きにしていいというものだった。そこからは以前ルミア達にも言ったように、子供達と遊ぶことを条件づけられ、相手をし、少しばかりだが住まう場所を提供してくれた人達の手伝いをしながら生活していた中だった。

 

『もし、こちらにリョウさんという方がいらっしゃると聞きましたが』

 

 ある日、俺の家を訪ねてくる男がいた。顔は妙に大きいシルクハットで見えづらかったが、その男は右手に手紙を持ちながら話しかけてくる。

 

『あなた、アルザーノ魔術学院に行く気はありませんか?』

 

 突然そんなことを言われた。魔術なんて俺のいた世界じゃまず有り得ないものを当然と言わんばかりに口にされた。

 

 もちろん、魔術が本当にあるものなのかとその場でシルクハットの男に尋ねるが、男はそれに頷いて答え、魔術の何たるかをその場で軽く説明してくれた。

 

 自分が漫画やラノベで得た知識と比較しながら自分にも学べるかどうかを考え、そして自分にも使えるのかを聞くと俺にもそれなりに素養はあると言われた。

 

 しばらく考えてどうにかそれを学んで自分の生きる糧にして、更には居場所をくれたみんなに礼ができないかと思いながら俺はそれを承諾した。

 

 その手紙を受け渡され、件の魔術学院まで案内され、学院長室まで足を運ぶといつの間にかその男は消え、何もわからないまま入室するとこの学院の責任者であるリック学院長と魔術会ナンバーワンと言われるアルフォネア教授が驚いた目で俺を見ていた。

 

 俺が魔術学院に入ることを伝えるとそんな話は聞いてないという。話が噛み合わないと思いながらもあの男に渡された手紙を見せると、それはどうやら俺の編入手続きとのことらしい。

 

 もちろん二人には不可解な顔で見られたが、書類は本物とのことだし、魔術の素養はあるので編入自体は十分に可能だということで手続きをすることになった。代わりにしばらくアルフォネア教授には疑いの目を向けられることになったのはこの時は考える余裕なんてなかった。

 

『天地……じゃないや、リョウ=アマチです。魔術なんて今まで聞いたことないから全くと言っていいほど知らないけど、よろしくお願いします』

 

 思えば完全にあの自己紹介は失敗だった。思いっきり不審な目で見られたし。更に大変なのがここから。編入はできたものの、魔術の勝手なんてわかる筈もなく、初日から難航の嵐だった。

 

 教科書は呪文と起動方法しか書いておらず、授業も一部を除いて起動してからの結果しか説明してくれず、学習もままならなかった。編入したてということで、カッシュも含め何人かが気を遣って勉強も見てくれたが、みんなの説明も同様なため、結局途中で俺が切り上げてしまった。

 

 そのかゆい所に手の届かないようなイライラを抱えながらどうにか足掻いてみるものの、大した進歩も見られず、その空気を感じたのかほとんどのクラスメートも来なくなった。カッシュやルミアなど、一部の者は根気よく声をかけたものの俺はほとんど口を利くことがなくなった。

 

 それから何週間か経って少しずつ魔術言語の読み方くらいはわかっていき、クラスメートとの関係も少しずつ改善していって今に至ると言った感じだ。そういえば、いつからみんなと口を聞けるまでになったんだっけ?

 

 昔を思い出してふと気になった俺は二人に見つからないように荷物を漁り、I padを取り出した。俺も海だけじゃ暇になりそうだなとこいつとアイポタを持って来ていた。で、アイパではメモ機能を使って日記をつけたりしていた。

 

 俺はメモアプリを開いて当時の日記を見るが、あまり大したことは載っていなかった。何でもう少し細かいこと書いてなかったのか当時の俺自身に呆れてたが、まあ人間関係の変化なんて元々気にする方じゃなかったので仕方ないと割り切りながら今日の出来事を少しだけ記して大人しく就寝することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウが就寝するのと同時刻、女子部屋では結構な人数がひとつのベッドの上でカードゲームに興じていた。

 

「では、ルミアさん……キッチリ話してもらいますわ!」

 

「えぇ……」

 

 ベッドの上でウェンディが若干興奮気味にルミアに詰め寄っていた。ちなみに今はカードゲームでルミアがビリのため、ルミアにある罰ゲームが発生していた。

 

「さあルミアさん……ここでハッキリさせてもらいますわ。あなたとリョウさんの御関係を!」

 

 つまりは、女子会でもよく話題に挙がり易い恋バナというものである。

 

「えっと、ウェンディ……別に私とリョウ君はそういうんじゃ……」

 

「そんな誰でも言いそうな逃げゼリフを聞きたいわけではありませんわ! 私はあなたがリョウに対して何を思ってるのか、ハッキリと聞きたいのですわ!」

 

「それは私も聞きたいわね」

 

「システィまで……」

 

 まさか家族同然のシスティまでもがそちら側に立つとはルミアも予想しなかった。

 

「あなたはあまり聞かないかもしれませんが、魔術競技祭以来後輩の女子からの人気が高まっているとの話ですわ」

 

「まあ、確かに年下には態度が和らぐから頼れるお兄さんに見えなくもないかな……」

 

「わ、私もなんとなく安心はできるから……」

 

 ウェンディの言葉にテレサとリンも肯定するように補足する。

 

「それに、以前はよく御一緒に図書室で勉強に付き合っていたり、魔術競技祭では一時一緒にいなくなったりと色々怪しいですわ」

 

「そ、それは……」

 

 前半はともかく、後半は緊急事態がためなのだが……と言うわけにもいかず、どうしたものかと沈黙を貫いていた。

 

「まあ、私も他の男子と比べてリョウとは仲よさそうだなとは思ってたけどね。それに、リィエルのフォローに回ってるリョウが疲れてないかとか困ってないかとかチラチラ見てたし」

 

「システィ!?」

 

 まさかそんな攻撃が来るとは思わなかった。恋愛には疎いと思ってた親友がここまで鋭い観察眼を持っているとは……できればこんな所でその成長を発揮しないでほしかったとルミアは内心システィを恨んだ。

 

「ほら、あなたも観念しなさい。いい加減自分の心に素直になってここで全部言っちゃいなさい」

 

「「「…………」」」

 

「「…………?」」

 

 システィとリィエル以外の女子は全員思った。『素直になるべきはあなたでは?』と。

 

 ちなみに一部を除いてクラスメートの大体はシスティがグレンに想いを寄せ始めてるのではとクラス内で話題のひとつになっていた。それに気づいてないのは本人ばかりである。

 

「まあ、ツッコみたい所はありますが、システィの言う通りですわ。さあ、一体いつから彼をお慕いするようになったのか!」

 

「だから違うからね!?」

 

「ほら、言いなさい! 多分時期的に図書館で勉強した時なんだろうけど、そこで何があったの!?」

 

 ルミアが否定するもみんなは既に二人がデキつつあると思い込んでいたために、対応に苦労していた。

 

 ちなみにシスティの言っていたことは大体当たっている。リョウも無自覚というか、知らなかったために記憶に留めていなかったが、以前魔術の勉強に難航していたリョウを図書室で見かけ、困ってるなと思っていたルミアが手伝おうかと協力を持ちかけたことがある。

 

 当時のリョウは魔術への抵抗感と周囲の常識の食い違いも相まって最初は渋っていたが、結局協力してもらうこととなり、ちょっとした勉強会が始まった。

 

 まずは歴史をと思い、大陸に伝わる伝承などを読み漁り、異能に関する記述に入ったところだった。自分が異能持ちであったために、抵抗を感じたルミアだったが、自分がそうだなどと言えず筈もなく、大陸に伝わっている異能者に対するこの国の常識を教えていた時だった。

 

『……くだらない』

 

 異能のことを教えてる最中、そんな事を呟いていた。なんとなく、その言葉の真意を尋ねたくなってリョウに聞いてみる。

 

『いや、だって……俺から言わせてもらえば、魔術も異能も超常現象を起こすという意味ではどっちも似たようなものじゃん。なのに魔術が許されて異能が許されないとか意味がわからない。悪魔の生まれ変わりだとか、何を証拠にそんなことを言ってるのか……こっちだって、俺から見れば異能に嫉妬した昔の魔術師(バカ)がそんなデタラメな噂を広めたようにしか思えないし──』

 

 などなど、この大陸に住むものならばまず言うことなんてない事をペラペラと述べていた。魔術を使えない一般市民でも異能者と聞けば大体が畏怖の対象であるのに、目の前にいる少年は全く異なる認識を抱いていた。

 

 編入初日にクラスメートから質問された中で何処から来たかと聞かれた時はとりあえず遠い所からなどと曖昧な言葉ではぐらかされた。魔術も御伽噺としてしか聞いてないと言ってたからこの大陸にある魔術や異能に関する常識を知らないだけだったのだろうが、その言葉はルミアの中に微かに安堵をもたらした。

 

 それからは勉強を毎日手伝うようになり、時にリョウの身の上や価値観に探りを入れるようになったり、気がつけばリョウとの勉強会が自分の日課になりつつあった。

 

 更にしばらくするとリョウとの勉強会を偶然見ていたのか、カッシュを中心にセシル、ウェンディにリン……システィも加わるようになり、リョウの周囲が少しずつ賑やかになって微笑ましく思った。

 

 ──というのが、ルミアがリョウに関わるようになった経緯なのだが、理由の中に異能の事が入っているためにそれを口にすることはできなくなっていた。

 

 これはみんなを落ち着かせるのは大変だなと思いながらルミアは今も尚詰め寄って質問責めしてくるシスティとウェンディ、少し離れた所から若干眼を輝かせてるテレサとリンを止める言葉を必死に考えていた。

 

 外でグレンが女子部屋に飛び込もうとしている男子と戦闘してる音を響かせながら、女子会の夜もまだまだ続くのだった。



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第14話

「「「しゃああぁぁぁぁっ! 海だああぁぁぁぁ!!」」」

 

 遠征学修二日目の朝、ギラギラと眩い太陽、その光を反射して煌めく海の波、それが押し寄せる砂浜……そして、男子の待ち焦がれていた女子の水着姿が広がっていた。

 

「……こりゃ、絶景だな。百花繚乱……ビーチも案外、悪くないかも」

 

「だなぁ……俺のクラスの女子共はどいつもレベル高えからな。いや、眼福眼福ぅ」

 

 女子が波打ち際で戯れ、それを眺めては歓声を上げる男子から更に離れた木陰でその光景を視界に収めながらグレン先生としみじみ呟く。

 

「お前は行かないのか? あんな光景、そう何度も見れるもんじゃねえぞ」

 

「暑いのは苦手なんですよ。海に入るもいいかもしれませんが、普通の水はともかく、海なんて経験がないからちょっと抵抗が……」

 

「ほーん。で、そっちもいいのかよ? こんなクソ暑い中で制服のままで読書とか」

 

 グレン先生は後ろで同じく木陰に座り込んで教科書を手に読書しているギイブルに尋ねる。

 

「余計なお世話です。そもそも僕達は遊びに来たわけじゃないんですよ」

 

「やれやれ、相変わらずお堅ぇ奴だな……」

 

 まあ、どう過ごそうが個人の自由なのでグレン先生もとやかく言わず、惰眠を貪ろうと寝転がった時だった。

 

「先生〜! リョウ君〜!」

 

 離れた所から呼ばれ、視線を向けるとルミアが俺達のもとへ向かって駆け寄って来た。

 

「どうした、ルミア?」

 

「えへへ……どうかな?」

 

 その場でくるりと一回転して両手を広げる。多分、水着の感想を聞いてるんだろうな。

 

「うん、爽やかで清涼感あっていいと思う。可愛い」

 

「えへへ、ありがと♪」

 

 水着になんて詳しくないのでありきたりな言葉を並べるしかできないが、ルミアはお気に召したようだ。

 

「お、何だお前ら……結構可愛いじゃん。眼福じゃん!」

 

「ジ、ジロジロ見ないでください!」

 

 後から来たシスティ含め、水着を堪能するグレン先生に対してシスティは頰を赤らめて背を向けた。こうしている分にはただ可愛いんだが、何で男子が敬遠するまでになっちまうのか。

 

「…………ん」

 

 ルミアとシスティの水着姿を眺めていると、リィエルがずい、と前に出てきて前屈みになってグレン先生をジッとみつめる。

 

「ん? 何だ、リィエル?」

 

「…………」

 

「いや、黙ってちゃわかんねえって」

 

「…………なんでもない」

 

 プイ、と背を向けてトボトボと離れていく。

 

「……先生、ちょっとは何か言ってあげてくださいよ」

 

「は? 何言ってんの、お前?」

 

 リィエルの行動の意味が全くわかってないようで、俺は呆れてため息を吐く。

 

「あはは……そうだ! 二人共ビーチバレーしない?」

 

「あん? ビーチバレーか?」

 

 見ると、既にコートが出来上がって三人一組のチームがそれぞれボールを打ち上げては叩きつける姿があった。

 

「ビーチバレーねぇ……いや、嫌いじゃないんだけどさ。俺、あのバカ供の相手一晩中してたからさ……」

 

「俺も……以前言ったように暑いの嫌いだからさ……」

 

「そんなの、[トライ・レジスト]付与(エンチャント)すれば日焼け対策にもなるわよ」

 

「いや、一般の場で魔術って使っちゃいけないんじゃ……?」

 

「今は私達だけなんだから問題ないわよ」

 

 それでいいのかよ、優等生……。

 

「ほら、やっぱり遊ぶならみんなと一緒がいいし……思い出づくりってことでちょっとだけ、ね?」

 

 両手を合わせながら上目遣いで俺を見上げるルミアに速攻根負けした。妙な罪悪感もあるし、もしここで断れば男子からの風当たりが酷くなりそうだし。

 

「わかったわかった。じゃあ、ちょっとだけ……」

 

「やった♪ 先生もどうですか?」

 

「え〜……俺はなぁ〜……やっぱお肌焼けちゃうし〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っしゃ、来いよゴラァ!」

 

「いや、全力で渋ったのが一転してめちゃくちゃ暑苦しくなってんじゃないですか」

 

 ただ今、俺達はチームを組んでビーチバレーをしていた。一試合始まってからいつの間にかすっかりのめり込んでいた。

 

「というか、何故僕まで巻き込まれているんだ!」

 

 そして、最後のチームメンバーであるギイブルも気付かぬ間に引き込まれ、今になって自分が何処にいるのか気づいたようだ。

 

 それもグレン先生の巧みな話術によるものだ。とりあえずそんな感じで俺らのチームが編成され、結構な勝ち数を上げている。

 

「おい、気を抜いてんじゃねえ。次はかなりの難敵だぞ」

 

「でしたね」

 

 俺達が勝って敗北した側のチームが入れ替わり、一人目にご存知馬鹿力を誇るリィエル、運動神経のいいカッシュ、女子の中で一番大人びているテレサが入った。

 

「リィエルは言うに及ばず、カッシュもいい動きしますし、テレサは思いの外[サイ・テレキネシス]でいいレシーブしますし……」

 

「更にあいつのスパイク時、全ての時が停止してしまうかのような錯覚に陥ってみんな行動不能になっていた。アレは精神攻撃? いや、もしくは時間操作系か?」

 

「いや、それみんなテレサの一部分を見るのに必死になってただけでしょ?」

 

 テレサは女子の中でも特にスタイルが抜群だった。地球の女性を含めてこれまで見た中でトップに躍り出る程の豊満な身体。アレを見た時は流石に俺も驚いて一瞬停止してしまった。

 

 今もどう対処したものかとゴクリを唾を飲み込みながら考えてしまう。

 

「って、何処見てんですか先生」

 

「リョウ君?」

 

 クーラーがある世界じゃないのに、何故か寒い風が吹いた気がした。お陰で気を引き締められるようになったが。

 

「えい」

 

 ドザアアァァァァ! と、音を立ててリィエルのスパイクによって放たれたボールが砂浜にめり込んだ。

 

「……どうしろと?」

 

 試合開始早々リィエルの常識外れのポテンシャルに軽い絶望感が漂った。

 

「やっぱアイツ、ヒュペリオン体質だとかそんななのか?」

 

「あ? 何だそりゃ?」

 

「だいたい二億人に一人の確率で出てくる特異体質で、筋肉繊維が常人と比べて細いやつが何百複雑に絡んでてパワーとか柔軟さが常人の何十倍。あの手の小柄な女の子でも何百キロっていう重りも軽々持ち上げられる程の腕力を誇るらしいです」

 

「なるほど、だいたい納得したよ。今の状況じゃ何の気休めにもならんどころか、より恐怖が増すだけだが」

 

「すいません……」

 

「講師が何弱音を吐いてるんですか!」

 

 ここに来てギイブルが熱いセリフを口にした。

 

「このまま負けっぱなしで終わってたまるか! 先生っ! 僕がなんとしても拾うのでなんとしても決めてください! 僕らの教師がここで無様に負けるなど許しませんよ!」

 

「ギイブル……」

 

「へへっ……そう来なくっちゃな」

 

 ものすごく意外な光景だが、そもそも魔術師は大体が勝負事に熱を注ぐ生き物だ。それはギイブルとて例外ではなかったということだ。

 

 そしてグレン先生がサーブを打ち、カッシュがトスをいい所に打ち上げる。

 

「行け、リィエルちゃん!」

 

「来るぞっ!」

 

 リィエルが駆け出すと同時に警戒態勢MAXで構える。

 

「えい」

 

「そこだ──《見えざる手よ》っ!」

 

 リィエルのボールがコートの丁度真ん中の砂浜に沈もうとしたところでギイブルの[サイ・テレキネシス]がギリギリでボールを拾い上げる。

 

「「「なっ、何いいぃぃぃぃっ!?」」」

 

「おっしゃ、ナイスレシーブ! 先生っ!」

 

「どっせええぇぇぇぇい!」

 

 ギイブルの取ったボールを俺がコート前にトスし、グレン先生が渾身のスパイクを決めた。

 

「ナイススパイク!」

 

「おっしゃ! ギイブルもナイスプレーだ!」

 

「ふん、たかが一点でしょ。それより、彼女のボールは威力はデタラメだが、真ん中にしか打たない。次からも僕が拾いますので、ヘマしないでくださいよ」

 

「お前、ホントブレねぇよな……」

 

「まあ、ギイブルらしいというか……」

 

「次が来ますよ。さっさと構えてください」

 

 ギイブルに言われ、構え直すと次のプレーが開始される。ギイブルのレシーブのお陰で大差開いていた点差が徐々に縮まって来た。

 

「くそ……向こうもやるな。リィエルちゃん、ちょっと……」

 

 だいぶ点差が詰められてるのに焦り出したのか、カッシュがリィエルに何か吹き込んでいた。向こうの作戦タイムが終了し、向こうのサーブから始まる。

 

「どっしゃあっ!」

 

「《見えざる手よ》っ!」

 

 グレン先生のスパイクをテレサが拾い、カッシュがトスで繋げ、再びリィエルが打ちにくる。

 

「ギイブル!」

 

「わかってる! 既に準備は──」

 

「とう」

 

 ドザアアァァァァ! と、音を立てたボールはなんとコートの右隅に沈んでいた。

 

「なっ!?」

 

「コースを、変えた……?」

 

「どうだ! こっちだっていつまでもワンパターンな攻撃で行くと思ったら大間違いだ!」

 

 カッシュが嫌味ったらしく胸を張りながら叫ぶ。どうやらカッシュがコースを指定してリィエルに撃たせてるっぽいな。

 

「マズイぞ……何処に撃ってくるかがわからなきゃ、即席で[サイ・テレキネシス]を使ってもアイツのデタラメスパイクなんか拾えねー」

 

 ギイブルが拾えたのは予め指定した座標に集中力を注ぎ込んでいたからこそだ。固い石も広範囲に薄く広げれば壊れやすくなってしまう。このままではまたワンサイドゲームになってしまう。

 

「……ギイブル、一点集中して呪文紡ぐのにどれくらいかかる?」

 

「は? ……コンマ五秒あればいいが、あのボールに対してそんな時間など──」

 

「だったら次は俺が先にレシーブする。トスは任せた」

 

「何か策があんのか?」

 

「とにかくやるしかありません。後のことは頼みます」

 

 作戦会議を終了させ、今度は俺からのサーブでゲームスタート。やはりカッシュがトスを上げ、リィエルが跳躍してスパイクを撃つ瞬間を待ち──

 

「えい」

 

「ここ! [水鏡]っ!」

 

 リィエルのスパイクの軌道上に割り込み、両手に厚めの水の盾を創り出す。ボールは物凄い威力で水を弾くが、その勢いは幾分か衰えていた。

 

「ギイブルっ!」

 

「くっ、[見えざる手よ]っ! 先生っ!」

 

「チェストォォォォ!」

 

グレン先生のスパイクが相手コートに叩き込まれ、俺達の加点だ。

 

「ナイスだリョウ! 液体使って威力を削ぎ落とすとぁ考えたな!」

 

「君にしては上手いことを思いついたものだ」

 

「もう少しマシな労いしてほしいんだけど……まあ、ともかく再び反撃開始だ!」

 

 俺も随分熱くなってきてるようだ。身体は既に汗ダラダラなのに、全然重くない。

 

「くっそ……ここでまた盛り返しに来るか。……何かアイツらの弱点がわかれば……」

 

「……弱点」

 

 互いに点数が重なって行き、いよいよクライマックスといったところで出来ればすぐにマッチポイントを押さえたいところだ。

 

 次のリィエルのスパイクをなんとしても防いでグレン先生に決めてもらわなければ。そう考えてる間にプレー開始になった。

 

 相手コートに入ると再びリィエルのスパイクの流れが出来上がろうとするところで俺はリィエルの眼前に立つ。

 

「……弱点」

 

 ふいに、リィエルの口からそんな呟きが聞こえた。まさか、またカッシュから何か吹き込まれたか。

 

 だが、弱点と言っても何処だ? 右か、左か、意外なところでポーキーか? 警戒心を上げながらリィエルのスパイクに備えて構える。

 

「うりゃ」

 

 チ────ン!

 

「おぅっ!?」

 

 リィエルのスパイクが、俺の手を掻い潜り、落下し、確かに俺の弱点を突いた。全男子共通の弱点を……。

 

「「「「リョウ────ッ!?」」」」

 

「リョウ──ッ! おま、生きてるかぁ!?」

 

「か、かて…………ころ……」

 

「ああ、いい! 今は喋るなっ! カイ、ロッド! 急いで宿から氷嚢貰ってこい! 大至急だ! セシル、ギイブル! [サイ・テレキネシス]ですぐ運べ! 但し、出来るだけ揺らさずにな!」

 

 碌に喋ることもできず、くの字に倒れ込む俺を診ながらそれぞれに指示を飛ばす。ついでにこっちの配慮もしてるのか、女子を近づけずに進めていた。

 

「リ、リィエルちゃん……何であそこに……?」

 

「ん……あなたが弱点を突けって言ってた」

 

「あ、あぁ……言ってたけど……」

 

「だからあそこが弱点かと思って」

 

「あ、うん。確かに弱点だな……全男子共通の」

 

「ん、リョウだけじゃないんだ。……じゃあ、他の男子にも同じ所狙えば勝てる?」

 

「やめんかっ! お前の腕力でそんなことしたら今度こそ死人が出るわっ!」

 

 リィエルの呟きを聞いたのか、男子達が無意識に自分の股間を庇う態勢に入っていた。

 

 グレン先生に數十分の処置を施され、どうにか俺の命もモノも失わずに済んだ。但し、あれだけの事があったのか、機能が一時停止してしまい、風呂に入る時に男子達から哀れみの視線を向けられたのは余談だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーチバレーである意味今世紀で一番死を覚悟してからの翌日の午後、俺達は本来の目的である白金魔導研究所に向けて樹海の辛うじて開いていた荒い道を歩いていた。

 

 聞くところその研究所は研究内容が生物系のため、綺麗な水源のある所に建てられてるため、必然的に人気の少なく、複雑に入り組んだ道の先にあるという。

 

 そんなため、一部を除いてクラスメート達が半分も行かないうちに息を荒げていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「リン、辛いなら荷物代わりに持つけど?」

 

「え、でも……」

 

「いいから。こんな荒れ道で無理したら戻りがより大変だぞ」

 

 こういう複雑な道も山登りもそうだが、大事なのは無理せずに休み、戻れる時はキチンと戻る事だ。程度の差はあれど、毎年遭難があったり、山道から転げ落ちて死んでしまうケースもあるんだ。自然を舐めて掛かると手痛いしっぺ返しを喰らうということだな。

 

「う、うん……ありがと……」

 

「お、リョウ。お前まだ余裕なのか、スゲェな」

 

「そういうカッシュも二人分の荷物持ってまだ余裕そうじゃん」

 

 一人分の荷物も重量にして大体四・五キロはあると思うんだが。

 

「まあ、みんなと比べて田舎育ちだからな」

 

「さ、流石冒険家志望だね……」

 

 一部を除けば魔術学院の生徒達は大体が都会育ちでこっちはジムなんて体を動かすのに便利な施設がないからみんなの体力は衰退する一方なんだろう。そんな奴らがいきなりこんな荒れ道に足を踏み入れて平気なわけがない。

 

 それからもちょくちょく休憩も入れながら俺やカッシュなど、体力に余裕のある者が疲れの目立つ奴の荷物をローテで負担しながら荒れ道を進むと、意外な光景が目に入った。

 

 ルミアが偶々安定の悪い石で足を踏み外しかけたリィエルを支えようと手を伸ばすが、その手をパン、と払い除けていた。

 

「……触らないで」

 

 次に聞こえたのは明らかに拒絶の意思が込められた言葉だった。

 

「ちょ、リィエル……今のはちょっと酷いわ。何があったのか知らないけど、ルミアは貴方の事が心配で──」

 

「うるさい……うるさいうるさい! 関わらないで! もう私に関わらないで! イライラするから!」

 

 リィエルが今までの人形のような寡黙さから一転して明確な敵意を剥き出しにして大声をあげていた。それには他のみんなも思わず足を止め、呆然と見入っていた。

 

「私は……あなた達なんか、大っ嫌い!」

 

 そう言ってスタスタとみんなから早く離れたいと言わんばかりに歩を早めて遠ざかって行く。

 

「な、何なのリィエル! 貴方──」

 

「待ってシスティ」

 

 リィエルの行動に流石に腹を立てたシスティが追おうとするも、ルミアが手を掴んでそれを止める。

 

「何があったのか知らないけど、今はそっとしておこう」

 

「……貴方が言うなら」

 

 渋々とだが、システィはリィエルを追うのをやめた。

 

「ねえ、やっぱり嫌だったのかな?」

 

 気不味い空気の中、ルミアが悲しげに呟きだした。

 

「リィエルは……私達と住んでる世界が違うのに……私は勝手にあの子を振り回して……本当は嫌だったのに、無理に付き合わせちゃったのかな? 私、お節介だったのかな……?」

 

「それは違うと思う」

 

 ルミアが自責の念に囚われてるのを見て流石にキツくなって思わず口を挟んだ。

 

「表情が変わらないから解りづらいけど、少なくとも昨日まで迷惑と感じたことはなかったと思う。色々知らない事があって目をパチクリさせたり首を傾げたりはあったけど、不快な感情は見当たらなかった。お前のやったことは決して余計なお世話じゃないと思う」

 

 俺だって最初はその親切を不快に思った事はあったが、最終的にそれで助かった身だからな。

 

「その通りだと思うぜ」

 

「先生……」

 

 一番後ろから生徒の動向を見守ってたグレン先生がさっきの騒動で足が止まったから様子を見に来たんだろう。

 

「まず礼を言わせてくれ。社会性・協調性・一般常識ゼロのあいつにお前らは本当よく付き合ってくれたもんだよ。本当なら俺が色々言ってやるべきだったんだろうが、良い機会かと思ってお前らに任せっきりになってたからな。本当ありがとな」

 

「い、いえ、そんなこと……」

 

「あと、同時に謝らせてほしい。実は昨晩、俺が余計な事口走った所為でリィエルを怒らせちまって……ちょっと今あいつ、情緒不安定になってんだ」

 

「すまんって……リィエルのあの調子は貴方の所為だったの!? 朝まで部屋に姿が見えなかったからどうしたのかと思ったら貴方の仕業だったの!? 全く、一体どんなデリカシーのないこと──いたっ!?」

 

 リィエルの不調がグレン先生の所為だと知っていつものように口煩くなりそうになったのを俺が足を軽く蹴ることで止める。

 

「何すんのよっ!?」

 

「黙ってろ。あんな様子見てんな口叩くお前がよっぽどだろが」

 

 今のグレン先生は申し訳なさそうに俯いてただ黙ってシスティの罵倒を聞くだけだった。それを見て流石に様子がおかしいと思ったのか、システィもそれ以上言葉を紡ぐ事がなかった。

 

「あいつさ、子供なんだよ。特殊な生い立ちでな……見た目はお前らとほぼ同年代なんだが、心はまだほんの小さな子供なんだ」

 

「生い立ちって……一体──」

 

「どっか狭い所で心が育たないまま幽閉された所を助け、雛鳥が最初に見た奴を母親だと思うように……あの子は先生に対して依存するようになった。……で、何を言ったかは知りませんが、先生の様子を見てあの子は俺達が先生を自分から奪った敵と認識しちゃった……てな感じですか?」

 

 システィの言葉に先んじて俺が今現在考えてる予想を言葉にした。これくらいにしないと一から十まで全部聞き出そうとしてしまいかねない。

 

「う……大体合ってる。お前、本当時々恐ろしいくらい鋭いよな」

 

「依存する人間の典型的なパターンと言いますか……」

 

「ん、まぁ……そんな感じでな。まだあいつは自分の感情をちゃんと理解出来てねぇだけなんだ。だから、これで愛想を尽かさないでやってくれると助かる……まぁ、あんな事されて難しいかもだが……」

 

「大丈夫です。昨日の今日で拒絶されて驚きましたけど、これで嫌いになんてなったりしませんから」

 

「やな感情持ってないと言ったら嘘になりますけど……出来るだけ努力はするつもりです」

 

「そんなことよりも、さっさとリィエルと仲直りしてくださいよね。貴方の不始末がみんな私達に皺寄せするんですから」

 

 お前は素直に気遣う事が出来ないのかと思ったが、口に出さないでおいた。他も戸惑いは見られるが、出てくる言葉はみんなリィエルの事を心配するものだった。

 

 あんな滅茶苦茶でも、みんな既にリィエルを仲間として迎え入れている。それを見てグレン先生は安堵の息を吐いた。

 

 リィエルがみんなを受け入れてくれるかまだ不安はあるが、俺達は改めて研究所に向けて足を動かして行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に二時間険しい道のりを歩くとようやく目的地である白金魔導研究所に到着した。

 

「はぁ、たく……こんな僻地に研究所なんて建てるか普通……」

 

 流石のグレン先生も疲労を感じたのか、正面の建物を見ながら毒づく。まあ、研究内容と条件が限定的なんだから場所云々を俺達が問うのは無粋というものだろう。

 

 しかし、神殿みたいな建物の周りには鮮やかな緑の森林に轟々と流れ落ちる滝壺、そこから飛び出る飛沫に神殿の足元に溜まった澄んだ水に光を乱反射してできる複数の虹。疲れがあるからか、普通に見るだけでも観光名所として有名になりそうなのがこの状態だとまるで天国にでも足を運んだかのような感覚だ。

 

「えっと、ひぃ、ふぅ、みぃ……おう、ちゃんと全員いるな」

 

 グレン先生が点呼と人数を繰り返し確認していると、研究所の入り口から人影が近づいてくるのが見えた。

 

「ようこそ、遠路遥々とお疲れ様でした。アルザーノ魔術学院御一行様ですね?」

 

 現れたのは初老の男性だった。表情は穏やかで丁寧だが堅苦しいというほどのイメージもなく、なんとなく親しみやすそうな人だった。

 

「お、あんたがここの所長さんか?」

 

「えぇ。ここ、白金魔導研究所の所長を務めてるバークス=ブラウモンです」

 

「アルザーノ魔術学院、二年次性二組の担当のグレン=レーダスだ。今日はウチのクラスの『遠征学修』に協力頂いてありがとうございます。生粋の研究型魔術師のアンタには鬱陶しくてしょうがないでしょうが」

 

「いえいえ。私も日夜研究ばかりでは気が滅入りますからな、こうして未来を担う若者と触れ合うのも良い刺激になりますからな。お疲れのところ大変でしょうが、ここまで来てくれた労いの代わりと言ってはなんですが……本日の見学は私がご案内しますよ」

 

「はぁ!? 所長のアンタが直々に!? アンタだって研究で大忙しでしょう!」

 

「構いませんよ。私の権限があれば普段一般の方が立ち入らない区域にも入れますし……やはり若者には最高の一日を送ってもらい、この日が将来この子達の糧になってくれるのならやはりこちらも相応のものを見せてあげたいものですから」

 

「はぁ……普通は自分の研究なんて他者には見せないもんだっつうのに、マジで人格者だな……いや、マジでありがとうございます」

 

 所長の案内だけでも破格な待遇なのが更に一般人の入れない場所まで見学できるもんだから最初は渋っていたみんなも研究所の見学が楽しみになって疲れが吹き飛んだかのようにバッと立ち上がる者も出て来てる。

 

 相当太っ腹というか、グレン先生の言う通りかなりの人格者のようだ……。

 

 ……と、普通なら思ってたんだろうけど、さっき一瞬だけ目を薄く開けた時、妙に暗いような濁ったような色が見えた。そしてそれがルミアに向けられた気がした。

 

 グレン先生は向きの関係から、他のみんなは意外な好待遇に気を取られて気づいてなかったようだが、ルミア本人はそれを敏感に感じたのか、表情がすぐれなかった。

 

 出来れば何もない事を願いたいが……念のため、ルミアの傍から離れない方がいいかもしれない。護衛のリィエルがアレでは碌に機能しないだろうしな。

 

 バークスさんの案内のもと、研究所内を静かに歩く。生命の神秘を研究しているからか、いたるところに掘られた溝に清浄な水が絶やさず流れていた。そして壁や所々にある花壇にある木や草花に蔦が通路にびっしりと生えていた。

 

 灯りに使える物がないのに妙に明るいのは光苔や発光バクテリアの影響だろうか、人工的な光源もなしに視界に影響がない程明るさがあるのはここの水の影響だろうか、更にそれらが発する光の影響もあってか、草木や花も色にほとんど淀みがない。

 

 そんな緑の通路を抜けると、広い空間に出た。そこではあちこちに何かの薬品の詰まった円筒に様々な姿をした生物が閉じ込められていた。

 

 そしてその傍には妙な石版のようなものがあって、まるでコンピュータみたいにあらゆる情報が次々と表示されていた。

 

 バークスさんに聞いてみればあの石版はモノリス型魔導演算器であれで人や動植物の膨大な遺伝情報と魂情報を解析してるらしい。こっちではマギピューターと呼ばれるらしいが。

 

 生物の方はともかく、あの研究道具や水は是非欲しいと思ってしまう。

 

「うわ〜……私、将来は魔術考古学を専門にしたいって思ってたけど、これを見てるとちょっと心が揺らいじゃうかも」

 

「そうかな……私は魔導官僚志望だから。それに、これを見てるとちょっと気がひけるなって……」

 

「気が引ける?」

 

「本来生物っていうのは気の遠くなる程長い時間を掛けて進化するもんだ。それを人が勝手に弄って変な構造の生物を作ったり、捨てたり……」

 

「ちょ、ちょっとリョウ……」

 

 研究者に聞こえるのを危惧してか、システィが俺を嗜めるが、言わんとしてる事はわかるのか今度は色々考えながら施設を見渡す。

 

「生命の神秘の研究と言えば聞こえはいいけど、それを求めるだけならこんなわけのわからない合成獣を作るなんてせずに純粋に起源を辿ればいいだろう。これだけの綺麗な水があればそれを辿るには絶好の材料だっていうのに……こんな狭い所で自分勝手に身体を弄って訳の分からない生物にされ、もしそいつらに知性があるとしたら……俺達人間に対してどんな感情を抱くのやら」

 

 特撮でもよくあることだけど、人間の勝手な研究のために他の生物が被害を被ってその命を散らせたり、辛うじて逃れては人間に復讐心を抱くことだってある。

 

 その人間の業とも言うべきものを形にした大怪獣の事を思い出しながら施設を見ると、そんなのが現実に現れてもおかしくないと思えるくらいのおぞましい内容を展示室でも見た。

 

「別に生物の構造を知ること自体が悪いとまでは言わないよ。医学や生物学だって、そうして日々進化を続けていくわけだからな。ただ、何事もやりすぎたら駄目だってことだな」

 

「そうね……それが過ぎたら、外道魔術師っていうのに堕ちていくのよね……」

 

「うん……」

 

 なんだか、ここだけ随分暗い雰囲気になっちまったな。

 

「まあ、システィが心が揺らいじゃうってのもわからなくもないか。これだけのものがあると俺だって色々見たくなるしな。あの水を使って命がどうやって誕生するのかとか知りたいし」

 

「水だけでそんなことがわかるの?」

 

「もちろん、水単体じゃ無理だな。水を波打たせたり渦巻かせたり色んなもの混ぜたり……電気や熱、様々なパターンを試してどうやってタンパク質やアミノ酸とかが生成されるだとか……」

 

「あ、あみのさん……?」

 

 聞き覚えがないのか、ルミアが首を傾げた。そっちは学問で伝わってないのか、それとも別の言い方なのか……。

 

「ああ、アミノ酸っていうのは俺達の身体を構成する物質の一種だ。そのアミノ酸も何十種類とあって、人間に存在するのが約二十種……グリシンだろ、アラニンに、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン……あと、何だったか……思い出せんけど、とにかく水……というか海だな。そこで様々な要素が反応起こして生命が生まれる条件が整った。やろうと思えばやれそうな気はするけどな……簡単に行くとも思えんが」

 

 自然界が生み出せたものなんだから魔術でも生み出せなくはないとは思うが、それがいつくらいになることやら。

 

「詳しいね……」

 

「全部聞いただけの穴だらけ知識だけどね。あとは細胞を取って、遺伝情報だかなんだかを含めた核を培養すれば同一個体を作る事も可能ってくらいか」

 

 地球じゃ色んな物質混ぜてポツリと出てきた新しい細胞を作り出して増幅させたりで医学が進んだなんて事もあったしな。ほとんど覚えてないけど。

 

「同一個体か……そういえば、流石にあの研究はここでもしてないわよね」

 

「あの研究?」

 

「それって……?」

 

「ああ、さっき貴方が言ってたのと似たような奴。確か死者の蘇生・復活に関する一大魔術プロジェクトで……」

 

「は……? 死者蘇生?」

 

 いきなりとんでもな研究内容を聞かされた。

 

「うん。で、そのプロジェクトの名前が確か……」

 

「『Project(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ) Life(ライフ)』」

 

 突如、背後から第三者の声がかかった。それがなんと所長のバークスさんだった。

 

「いや、まさか学生さんの口からそのような言葉が出てくるとは。それに途中から話を聴いてましたが、そこの少年も中々多くの知識を秘めてる。将来我が研究所に欲しい人材ですな」

 

「い、いえ……」

 

「あの……そのプロジェクトって、具体的にどういうものなんですか?死んだ人間の蘇生・復活は不可能だと学院で習いましたが……」

 

「ええ。仰る通り、生物には肉体の『マテリアル体』、精神の『アストラル体』、霊魂の『エーテル体』の三つの要素で構成されてるのは皆さんご存知の通り。人間の死後、それらは別々の円環へと還ります」

 

 バークスさんの説明は大体予想通り人間の死後、それらがバラバラに散ってしまうためにそれらを手繰り寄せる事は魔術では不可能だから必然、死者蘇生は無理だというのが常識だ。

 

「──とまあ、そんな理由で死者の蘇生・復活は不可能。それが死の絶対不可逆性です。今現在ではそれを覆すのは不可能……それが『Project:Revive Life』。通称『リー──」

 

「要するにそのプロジェクトは、さっき所長さんの言っていた三要素の代替物で死者蘇生を試みようとしてたモンだ」

 

 バークスさんの説明を遮ってグレン先生が割って話し出した。

 

「復活させたい人間の『ジーン・コード』を基に錬金術で代替肉体を錬成して、他人の霊魂に初期化処理を施した『アルター・エーテル』をその代替肉体に取り入れ、復活させたい人間の精神情報を『アストラル・コード』にして代替精神とする。とま、それらの三つを組み合わせて復活させようってのがこのプロジェクトだ」

 

「ちょ、先生! 説明はいいんですが、バークスさんの話の最中に──」

 

「いいんですよ。私なんかより余程簡潔で分かり易い。流石に現役講師ですな」

 

 割り込んだグレン先生にシスティが注意するも、バークスさんは特に気にした様子はなかった。

 

「あの、さっきから複製という言葉が何度も出てますが……それって、復活と言えるんでしょうか?」

 

 確かに、聞く限りでは地球でいうクローンと大差ない。とても死人が生き還るというようなものとは思えなかった。

 

「ええ。あなたの言う通り、それらの方法で蘇る人間は厳密的に言えば本人ではありません。しかし、同じ顔で、同じ性格で、同じ記憶を寸分違わず持った人間が戻ってくる……そういう有用性を唱えられたものです。そうすれば、望まぬ死を迎えた優秀な人材も同じ容姿と人格記憶、才能までもが戻ってくるという利点もあります」

 

「……そんなのは狂った人間の考えですよ。死んだ人間は決して戻らないし、そこに手を伸ばすべきでもない。そんなの、別世界に旅立った人達に対する侮辱だ」

 

「え、リョウ君……」

 

 地球でも人間のクローンは禁止されてる。理由は色々あるだろうが、個人的にも薄ら寒いものを感じるし、自分も死んでるとは違うがこうして別世界にいる。

 

 もし、ここにいる俺が何らかの間違いでだけで存在してる偽物で本物は今も地球で普通に暮らしてるのではとか、考え出したら気が滅入るしそもそも考えたくない。

 

「あなたの言う通り、そんなものは正気の沙汰ではありません。まあ、結論としてこのプロジェクトは失敗で凍結したわけですから要らぬ心配ですが」

 

「失敗ですか……?」

 

「さっき言ってた三要素の代替物を揃えたところで、俺達が魔術を行使する際に使うルーン語じゃそれらを合わせる術式が造れなかった。ルーン語の機能限界なわけだな……いくら天才が創意工夫重ねたところで真銀(ミスリル)の壁を相手に鉄が斬ったり砕くなんて出来やしねえ」

 

「いやはや、なかなかお上手な例えで」

 

「まあ、恐らくですけど……等価交換にも関わってますよね、それ」

 

「……正解だ。むしろ、ルーン語の機能よりもそっちの方が問題だ」

 

「等価交換って?」

 

 システィとルミアが揃って首を傾げていた。

 

「魔術にしても物理現象にしても、自然界における事象は等価交換が常なのは常識だろ? で、このプロジェクトは命なんて大それたものを手繰り寄せようとしてるんだ。そんなものに見合うものって言ったら何だと思う?」

 

「へ……?」

 

「それって……」

 

 俺の言いたい事がわかったのか、二人は顔を蒼くする。

 

「多分、さっき言ってた三要素のひとつの……『アルター・エーテル』、自然界のブツだけで作れるもんじゃないですよね」

 

「あぁ、そいつを作るには複数の人間から霊魂を抽出して加工・精錬するしか手段がなかった。それぞれが異なる『ジーン・コード』や記憶を持ってるから複数必要なのか理由は定かじゃねえが、このプロジェクトを実行しようとするだけで何の関係もない人間が何人も死ぬんだ。もう等価交換もなにもあったもんじゃねえクソッタレなプロジェクトだ」

 

「そんな様々な問題が出てきたことで、このプロジェクトは永久封印されることになったわけです。まあ、何処かの魔術結社がこのプロジェクトを盗み出して、稀代の天才錬金術師を使って完成に至った……などという話もありますが」

 

「……ああ、ありましたね。あくまで都市伝説レベルの話ですけど」

 

 神妙な顔で呟いたグレン先生はそれからその場を離れる。それからもシスティとルミアがいくつかバークスさんに質問を重ね、それにバークスさんが応じる時間が過ぎる。

 

 その間、その様子を見ていたが、時折バークスさんがルミアを見る時、やはりあの穏やかそうな表情の中にほんの少しだけ違和感を感じる。妙に優しいだとか取り繕おうとしているというのともまた違うが……目の色がどこか濁って見える。

 

 そんな違和感を抱えたまま研究所の見学が続いていく。

 

『……がい、……を……て』

 

 ふと、何か聞こえた気がして辺りを見回すが、みんなほとんど声を出しておらず、数少ない口を聞いてる者も自分の方を向いてはいなかった。

 

 気の所為かと思い、俺はみんなのもとへ戻る。なんとも言い知れない嫌な予感を抱えながら……この後で起こる残酷な悲劇が自分に牙を剥くと知らず。



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第15話

 白金魔導研究所の見学が終わり、あの険しい道を再び辿って港町まで戻った俺達のクラスは今日の主な予定を終えた事で各々これからどうするかを話し合っていた。

 

 大体がどの店に寄って、何処で食事をするかの会話だったが。

 

「ねぇ、リィエル」

 

 ルミア達も例に漏れずにその会話をしてる最中、ルミアがリィエルに声を掛ける。

 

「これからみんなで夕食にしようって思ってるんだけど、どうかな?」

 

「……いや」

 

 少しだけルミアを一瞥すると、不機嫌さを隠そうともせずに拒否の一言。簡単にいくとは思ってなかっただろうが、ここまで拒絶の態度を見せられては流石のルミアも堪えるようだ。

 

「おい、いい加減にしろよお前」

 

 流石に見てられなかったのか、グレン先生がリィエルの肩を掴んで声を発する。

 

「いつまでもガキみたいなことしてねぇで──」

 

「うるさいっ! 離して!」

 

 グレン先生の説教にも耳を貸さず肩に置かれた手を払い除けて遠ざかろうとしていた。

 

 パンッ!

 

「「「っ!?」」」

 

 だが、そこに俺が更にリィエルの手を引っ張り、頰に平手を叩き込んだ。俺の行動が予想外だったのか、グレン先生とルミア、システィが目を見開いていた。

 

「そうやって我儘言って、先生が手を差し伸べるとでも思ってるの?」

 

 俺が言い放つとリィエルはキッ、と睨みつけてくる。

 

「君は先生を守ると言ってたけど、今君のやってるのは何なんだ? 本来守るべき筈の対象を遠ざけ、先生の言葉も聞かずに暴走……君のそれはただの独り善がりだ」

 

「っ! うるさいっ!」

 

「ぐっ!」

 

 リィエルの並外れた腕力で押し退けられ、数メトラほど突き飛ばされる。

 

「うるさいうるさいうるさい! みんな、大嫌いっ!」

 

 そう言い捨ててリィエルは持ち前の身体能力であっという間に逃げ去っていった。

 

「あいつ……」

 

「先生、今はあの子の方に……。私達じゃ逆効果ですから」

 

「……すまん。ちと説教してくら」

 

 グレン先生はリィエルを追って街道を駆けていった。

 

「リョウ……さっきのはやり過ぎよ」

 

 グレン先生が見えなくなると、システィが非難してきた。

 

「いくらなんでもあそこまでやる事ないじゃない。確かにあの子の態度は悪いとは思うけど、あんな暴力みたいな事をして……」

 

「もちろん、ただの喧嘩みたいなものならここまではしなかったよ」

 

 子供の口喧嘩みたいなものであればまだやれやれと呆れる程度で済んだだろうけど、リィエルに限らず何かに依存している人間は自分を邪魔しようとする者に対して何をするのかがわからない。

 

 あまり考えたくはないが、ちょっとした拍子に敵に加担してルミアを危険な場所に放り込む可能性だってある。護衛として派遣された奴が対象を殺すことなどあっちゃいけないだろう。

 

 だが、リィエルの様子では自分からそうしようとしなくても簡単に敵の罠に落ちかねない。

 

「このままにしていたら、多分リィエルは……とんでもない過ちを犯す気がする。そうなる前に、例え嫌われようと誰かが間違ってる事を理解させなきゃいけないと思う。唯一リィエルに懐かれてる先生にさせるわけにもいかないし……だったら俺がやった方がいい。子供を叱りつけるのは慣れてるし」

 

 子供達の相手をしてるわけだから当然子供同士の喧嘩にも立ち会う事はあるし、イタズラで周囲を困らせる事もあったからその際はちゃんと叱りつける事も念頭に置いている。

 

「ごめんね……」

 

「謝る必要はないんだけど……とりあえず、みんな何処かの店に行こうって話になってるけど、どうする?」

 

 このまま暗い空気を放っておくわけにもいかないので、無理やり話題を変えようとするが、ルミアは首を横に振る。

 

「私は、リィエルがすぐに帰ってくるかもしれないから残るね」

 

 すごく申し訳なさそうに言う。なんともルミアらしいというか……恐らく、ここで俺やシスティが何を言ったところでテコでも動かないだろう。

 

「随分と損な役を自ら買って出るよな……」

 

 会ったところでリィエルがちゃんと話し合うかどうかなんてわからないのに。

 

「それはリョウ君には言われたくはないかな」

 

「あんたも大概でしょ」

 

「別に……ふぅ。じゃあ、俺はアイツらについていくけど」

 

「うん。私のことは気にしないでいいから」

 

「ああ。まあ、今はシーズンなのか、街はお祭り騒ぎみたいだからどの店も混みやすいだろうし……屋台とかで何か買ってからこっち戻るよ」

 

 そう言うと、ルミアとシスティは一瞬瞠目すると二人して笑い出す。

 

「……何?」

 

「う、ううん……やっぱりリョウ君って優しいなって」

 

「本当、二人揃ってお人好しよね」

 

「……別にそういうんじゃなくて。単純に人の多い店が苦手なだけだから」

 

「はいはい。買い物なら私も付き合うからさっさと行きましょう。先生がいつ戻るかわからないんだから」

 

「結局お前も残るのかよ……」

 

「何か文句でも?」

 

「いや……」

 

 人のこと散々言って自分だってお人好しだろうとツッコみたかったが、言ったら問答無用で[ゲイル・ブロウ]が飛んで来そうだからギリギリ口を塞ぐ。

 

 結局、俺達三人は宿でグレン先生とリィエルを待とうということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、こんなくらいでいいかなと」

 

 俺は一旦カッシュ達と合流して屋台の多い通りに出て店を回った後、みんなと別れて人数分食べ物を買い占めると行き道を辿って宿へと戻っている最中だ。

 

 街道から出ればあっという間に人気がなくなり、妙な静けさに包まれていく。

 

 リィエルが逃げ出してから随分経つが、グレン先生の説得は上手くいっているのだろうかという疑問も浮かんでくるが、自分では静観するか介入するにしても説教をするくらいしかできないのでこのままあの人に任せるしかないかと思考を放棄した。

 

 とりあえず急いで宿に戻って保温処理でもするかと歩む足を早めているところ、何処からか爆発みたいな音が響いた。ここのところ嫌なこと続きだったためか、音を聞いてから反射的に持っていた荷物を捨てて駆け出していく。

 

 宿の中を猛スピードで飛ばしていくとひとつだけ扉が開けっ放しになっていた部屋があり、そこから僅かに土煙が昇っていたのが見えた。

 

 足を早めて辿り着くと、窓があっただろう壁が大きく壊されており、その前でシスティが床にヘタレ込んで震えていた。

 

「システィ! 何があった!?」

 

 俺はシスティの肩を揺さぶりながら問うも、彼女の目の焦点が定まっていない。何処か虚ろで、恐怖に支配されてるようだ。

 

「おい! しっかりしろ! ここで何があった!?」

 

 さっきよりも激しく揺らしながら怒鳴るも変わらず意識のハッキリしないままだが、システィの口から恐怖の混じった声が漏れ出す。

 

「リ、リィエルが……ルミアを攫って、天の智慧研究会の一人で……先生もあの子に、殺されて……」

 

「は……?」

 

 システィの言葉の意味がわからなかった。リィエルが何をしでかすかわからないところはあったし、ちょっとした拍子に敵の手に嵌る可能性は予想してたが、それがよりにもよって天の智慧研究会によって、しかもグレン先生が殺された……。

 

「……なろ」

 

 一瞬思考が堂々巡りになりそうだったが、床に拳を叩きつけ、その衝撃と痛みで頭を冷やして立ち上がると、得意の水の魔術で建物の屋上を伝って跳びかける。

 

 あの轟音からそこまで時間は経っていないからいくらデタラメな身体能力を持つ彼女でもそこまで遠くには行かないだろう。そしてルミアを攫ったなら今一番可能性のある道筋と言ったら……。

 

「…………あの辺りしかないよな」

 

 俺は直感を頼りにリィエルの通っただろう道をショートカットして駆け抜けると案の定、俺の視線の先にルミアを担いだリィエルと、もう一人青い髪を束ねた青年がいた。

 

「……リィエル、どういうつもりだ?」

 

「…………ああ、まだあなたがいたんだ」

 

 ゆらりと首を向けたリィエルの表情は……只でさえ無表情で人形のような印象を持たせたのがその瞳の空虚さでよりいっそう不気味なものになっていた。

 

「ルミアを攫っただけじゃなくて、先生も手にかけたって聞いた……どうなんだ?」

 

「……うん。グレンは私が殺した」

 

 淡々と、信じられない言葉を平然と投げかけた。俺は拳を握りながらどうにか言葉を繋げる。

 

「……お前は先生を守るって言ってたんじゃないのか。それに、そこにいる男は誰だ?」

 

「私の兄さん。私は兄さんのために生きると決めてる。兄さんの敵は私が倒す」

 

「あ……?」

 

 また信じられない言葉が投げられる。リィエルに感じた怒りが一瞬収まる。

 

「お前の兄は死んだんじゃないのかよ? 経緯を聞いたわけじゃないが、そんな感じだったぞ」

 

「うん。そう見せかけて裏でどうにか生き残ってたんだ」

 

 ここでようやくリィエルの兄らしい青年が口を開く。

 

「天の智慧研究会のメンバーと言ったけど、僕達は末端も末端……言ってみれば奴隷のような存在だったんだ。彼女は色々あって宮廷魔導師団に保護されてたみたいだけど、僕は日陰で生き延びたものの最近彼らに見つかってまた逆戻りさ」

 

「それが今の状況とどう関係ある?」

 

「君も彼女が研究会に狙われてるのは知ってるだろう。僕に負わされた任務は彼女を連れて行くことだ。だが、僕は戦闘方面はからっきしでね……昔からそういう腕のあったリィエルの協力が必要だったんだ」

 

「……で、リィエルはそいつの言葉にホイホイついていったっていうのか?」

 

「……私は兄さんを守る。だから、兄さんの敵は──」

 

 ジャキリ、とルミアを担いでいない方の腕で持っていた大剣の鋒を俺に向ける。

 

「──私が倒す」

 

 瞬間、まるで存在自体が切り取られたようにリィエルの姿が俺の視界から消え、頰を風が通り抜けた気がした。

 

「ちぃ……!」

 

 直感的に危機を察して全脚力を持ってその場を離れると背後に回っていたリィエルが大剣を振り下ろし、地面を大きく抉った。

 

「兄さんは行って。こいつは私がやる」

 

「……すまない、リィエル。彼の事は任せたよ」

 

 そう言ってリィエルの兄はルミアを担いでその場を離れようとしていた。

 

「待てっ!」

 

「ダメ」

 

 リィエルの兄を逃すまいと追おうとするも、リィエルが驚異的な脚力で俺の前を取り、大剣を振り回す。俺は[ウェポン・エンチャント]を全身にかけて避けきれない分は身体を上手く使って躱すも、ちょっと触れただけでとんでもない衝撃が身体を駆け巡って焼け石に水だった。

 

 うっすらとわかってはいたけど、もう明らかに紙で大砲を相手にしてるようなもんだった。

 

 まともに食らえばいくら身体の硬度を上げてもひとたまりもない。

 

「おい、リィエル! お前は今まで何のためにあそこにいたんだ!」

 

 だから、無駄かもしれなくても全力で言葉を投げかけて勝機を手繰り寄せるしかない。真正面から向かっても勝てる相手じゃないから。

 

「お前は先生を、守るんじゃ、なかったのか!?」

 

「……私は、兄さんの為に生きるって決めたから」

 

「そうじゃねえよ! お前が先生を、ルミアやシスティをどう思ってたか聞いてんだ! お前は、みんなが好きじゃ……なかったのか!」

 

 俺には説得の材料がないために感情論のような言葉しか出てこないが、元々リィエルに理屈どうこうは無理そうなので必然こういう言葉を使うことしかできない。

 

「……私は兄さんのために生きる。じゃないと……何の為に生きてるかわからないから……」

 

 その言葉を発した瞬間、何故かリィエルから苦痛を我慢してるかのような……今にも壊れそうな、ルミア達を拒んでいた時とは違った危うさを感じた。

 

 だが、それを斬撃の嵐の中で反復して考える余裕なんてなかった。

 

「何のために生きてるかもわからないから、兄に自分を任せてるって、いうのか!ふざけんな!」

 

 大剣の鋒が右腕を掠った……だけなのに、腕に大きな切り傷が入った。とてつもない痛みが身体を襲う。

 

「っ……! お前は、兄が間違ってるとわかって、いながら……仲間を売るのか!」

 

「兄さんを、悪く言うな!」

 

「どう考えても、悪いのはお前の兄だろうが! そもそも、本当にアレがお前の兄か!?」

 

「……どういう、事?」

 

 あれほど凄まじかった斬撃の嵐が突然止んだ。どういう事だか、今のはかなりリィエルを動揺させたようだ。

 

「今まで死んでるって思ってた兄が突然出てきてお前を引き込んだ……どう考えても出来過ぎだってことだ。今まで聞かないでおこうと思ってたけど、お前の兄はどうやって死んだ?」

 

「どうって……兄さんはアイツに殺され…………あれ? アイツって、誰……? そもそも私はその時、どうやってそれを……」

 

 リィエルが頭を抱え出す。事情はわからないけど、これを見て俺の中である予想が本格的に生まれた。

 

「だったら根本的なところからだ。お前の兄の名前は? 今ここで言ってくれ」

 

「兄さんの、名前……それは、その……あれ? 何で? 何で兄さんの名前が、出てこな……」

 

 その様子を見て確信した。同時にリィエルの兄を名乗ったあの男に今まで以上の怒りを感じた。

 

「……もういい。名前は一旦置いてもう一度聞きたい。お前は……ルミアやシスティをどう思ってた?」

 

「何、言って……」

 

「答えろよ……お前は、みんなと過ごして、楽しくなかったのか?」

 

「そんなの……私は、兄さんのために……」

 

「兄を言い訳に使ってんじゃねえ! 俺はお前自身の気持ちを聞いてるんだ!」

 

「私には、そんなの……どうでも……」

 

「なら、さっきからみんなの事を聞くたびになんで苦しそうにする? それに……その涙は何だ!?」

 

「……え?」

 

 今まで気づいていなかったのか、自分の目元に手をやって自分の頰を伝う涙にようやく気付いたようだった。

 

「な、何で……私は……」

 

「その涙が、お前の気持ちなんじゃないのか? もう一度考えろ……お前はルミアやシスティに、何をしてもらいたい?」

 

「あ、あぁ……あ……」

 

 リィエルの眼から流れる涙の量が更に増える。それを止めようと両手で眼を覆うが、その涙は決して止まらなかった。

 

 ようやく、自分の罪と気持ちには気づけたようだ。その代償が右腕というのは割に合わない気も……いや、リィエルに限ってはそれは破格だったかもしれないと、場違いな事を考えられるくらいは俺の気持ちは晴れた。

 

「……私は、どうすればいいの?」

 

 ポツリ、とリィエルが呟く。

 

「どうすればいいのかは、自分で考えるべきだ。今度は自分が何をしたいのか考えてみろ……」

 

「でも、私……ルミアに酷いことした。システィーナにも……クラスのみんなにも……」

 

「それは、謝れとしか言えない。お前の言いたい事を言って、その上で頭を下げてな」

 

「けど、みんなきっと許さない……」

 

「それはないんじゃないか。色々言う奴はいるだろうが、それでお前を嫌うような奴はいないって思うぞ」

 

「……私は、みんなといていいの?」

 

「多分な……」

 

 まだ聞いたわけじゃないが、みんななら今のリィエルを見て許さないなんて言うことは絶対にないって言い切れる。

 

 俺は右腕の痛み並びに疲労困憊の身体に鞭打って立ち上がる。

 

「待って」

 

 ふいに、リィエルから声がかかる。

 

「ルミアを助けるなら……私も行く」

 

「……大丈夫なのか? 絶対にお前の兄と闘うと思うが」

 

「……わからない。兄さんはきっと私に怒ると思う。でも……それでも、私はルミアを助けたい」

 

 あいつがどう出るかなんてわからないだろう、不安も大きいだろう……それでも、ルミアを助けようとする意思が表情にも瞳にも表れていた。

 

「……そうか。じゃ、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、感動的に意気込んだものの……」

 

 リィエルが改心して仲間になってくれたのはいいのだが、考えてみれば相手は天の智慧研究会だ。

 

「見事に厳重……」

 

 リィエルは兄を名乗る男の目的地は覚えていないけど、バークスの名前を出していたらしいから向かうべき場所はわかっていた。

 

 だが、いざ来てみれば昼間と違って白衣の研究員があちこちに散らばって監視していた。その傍にはそれぞれ違った姿の異形の獣が唸り声をあげていた。多分、昼間見た合成獣の一種なんだろう。

 

「どう搔い潜ればいいか……」

 

「必要ない。私が全員倒せば──」

 

「やめろ」

 

 リィエルが飛び出そうとするが、ギリギリで引き戻す。……うん、見つかってないな。

 

「ひとりでも見つかればその時点でバークスやお前の兄に知られるぞ」

 

「だったらその前に……」

 

「あいつらが俺達の事に感づいたらルミアを連れて遠くに逃げられる。今あいつらを逃したら、俺達じゃその行方を追うことはできない」

 

「じゃあ、どうするの……?」

 

 俺はリィエルの言葉に返す事が出来なかった。どうしたものかと頭を抱えていた時だった。

 

『……こっち』

 

「え?」

 

「……どうしたの?」

 

「いや、何か聞こえなかったか?」

 

「……何も」

 

 気の所為かと再び監視の目をどうしようかと思考を戻すが──

 

『こっちだよ……』

 

「……またか」

 

『こっちならいない』

 

「一体誰だ?」

 

「……どうしたの?」

 

『お願い……こっち……』

 

「……こっちだな」

 

「リョウ……?」

 

「とにかく、行くしかない」

 

 何故か俺にしか聞こえない声に従って俺達は監視の目をくぐり抜けて行く。

 



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第16話

 ルミアが誘拐され、リィエルとの交戦後、どうにか敵対していた彼女と和解して組む事が出来たものの今回の事件を起こした黒幕のアジトへ来たが、そこは警備が厳重なために侵入が困難だと思っていた。

 

 だが、俺にしか聞こえない声が俺を導いてアジトとは別の所へと向かわせていた。

 

 白金魔導研究所の前の樹海を通り抜け、妙な扉が見えた。

 

「……ここに?」

 

「多分……なんとなくこっちから聞こえる気がする」

 

「ここから入るの?」

 

「いや、無理……」

 

 どう見ても魔術的な仕掛けを施されてることだろう。そんなものを俺が解除出来るわけがない。

 

『必要ない……』

 

「ん……?」

 

『僕達が……やる』

 

 瞬間、扉の表面が発光してパズルが移動するようなエフェクトが流れるとギギギ、と音を立てて扉が開いていく。

 

『もうすぐ……』

 

「……辿り着くってことか」

 

『……急いで。あいつらの目もいつまでも誤魔化せない』

 

「時間はないか……」

 

「……行くの?」

 

「ああ」

 

 俺達は扉を潜って薄暗い通路を駆けていく。それからしばらくあの声の導きに従い、誰に見つかることもなく通路を通り抜け、広い空間へと出た。

 

「……何処? ここ」

 

「さぁ……」

 

 ただあの声に従っただけだから、ここが何なのかなんてわからない。見えるのはあちこちに昼間見たような円筒が立っていた。

 

『やっと……来てくれた』

 

「ここが、目的の場所っぽいけど……君は何処に?」

 

『君の、すぐ前……』

 

「……え?」

 

 言われて前を見ると、目の前の……緑の液体に満たされた円筒。曇ったガラスを手でふき取ると、そこには悍ましいものが浮かんでいた。

 

「っ……ゔっ、ぐ……っ!?」

 

 一気に吐き気が襲って来た。円筒を満たす液体の中には脳髄が浮かんでいた。いや、ここだけじゃない。前後左右……あちこちに並んでいる円筒みんな同じように脳髄が浮かんで並んでいた。

 

 所々肉体の残ってる者はいるが、まともに生きている者はここにはいなかった。

 

「な、なんだ……ここは……?」

 

『あいつの……バークスの、実験の成れの果てだよ……』

 

「実験……だって?」

 

『よく見て……みんなの足元』

 

 足元……円筒の根本辺りを見ると、札のようなものがかけられていた。……『感応増幅者』。こっちは『発電能力』……『発火能力』に『氷結能力』……全て知りうる限り、異能の能力名なんだろう。

 

「こ、これは……まさか……」

 

『うん。みんな異能者……僕もね』

 

「君は……『思念送受信者』?」

 

『うん。これは文字通り、僕の意思を伝えたり、自分が思い描いたイメージを見せることが出来るし、その逆も。もっとも……あまり距離があるとこの研究所の結界の所為で聴こえなくなるんだけど……その所為で僕達の声は今まで届かなかった』

 

「……ちょっと待て。おかしい……結界があるなら何で俺には君の声が聞こえるんだ? 施設内に入った時に聞こえるならまだ距離が近いという理由で納得はできる。だが、君の声は外でも聞こえていた。しかも俺だけにだ。それは何故……」

 

『本当なら中に入っても普通の人には聞こえないよ。でも、お兄さんは僕の声に耳を傾けられる人だったから……』

 

「それって、どういう……」

 

『魔術師なら誰でも、ある程度知識を仕入れたら自分が何者なのかを知ろうとする。自分の魂の形を探るよね?』

 

「……魔術特性(パーソナリティ)

 

 魔術師のみならず、この世界ではあらゆる生命が魂を持つ際、世界を構成するあらゆる『概念』のいずれかを内包した状態で出ずる。それが魔術特性(パーソナリティ)だ。その魂にどんな概念を宿してるのかを示す[α概念]と、その魂の方向性を示す二つの[ω属性]。

 

 それらはオリジナルを目指す魔術がまず最優先で確認するものであり、その先天的な音色が各々の魔術に影響を及ぼすものでもある。グレン先生のあの[愚者の世界]も魔術の乏しさもその魔術特性が深く関わったものなのだろう。

 

 そして、肝心の俺の魔術特性だが……[器の変革・調節]。それが学院で検査を受けた俺の魂の在りようだった。

 

 ハッキリ言って、これが魔術にどう関わってるのかはわからなかった。これだけでは俺の得意不得意がくっきり別れてる理由が不明だし、発動すらできない魔術があるのもわからない。だが、その魔術特性がここで作用して彼の声を聞くことが出来るようになってるみたいだ。

 

「……俺の魔術特性が関係したのはわかった。それで、俺をここに呼んだのは何でかな?」

 

『……僕達を…………殺して』

 

「…………え」

 

 喉がうまく動かなかった。即答で拒否したいものだった……。でも、周囲の光景を見ると、最早助かることはないというのも嫌でも理解してしまう。

 

 それでも、何故……どうしてそんな事にと、それしか考えられない。

 

『僕達も、もう限界なんだ……残った部分がじゃない。僕達の心がだ』

 

 聞こえてくる声は震えるような、そして今にも消え入りそうなほど小さくなっていく。

 

「それって、どういう意味だ……?」

 

『……見せて──いや、伝えるよ。僕達が、どんな目にあったのか』

 

「何を──」

 

 するつもりだと言葉を紡ぐこともできず、視界が暗転した。目の前の景色が渦巻き、身体の感覚もなくなり、妙な浮遊感に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の暗闇の後、目に映ったのはのどかな草原だった。

 

 その景色を見ながら歩いているように見えるが、自分の足で立って歩いている気がしない。なのに感覚だけはわかる。

 

 妙な矛盾が俺の脳に刻まれている。伝えるというのはこういうことなのだろう。どんな仕組みかは知らないが、俺にこの景色を見せ、この景色を見ていた人の感覚を俺に伝えているのだろう。

 

 そう考えてると、すぐに目の前の景色が一変した。

 

 あれだけ緑に満ちていた景色が赤く、紅く、朱く、緋く変貌していた。草木が燃え、点々と建っていた家が炎によって崩れ落ち、あちこちで黒焦げになってしまった死体がころがっていた。

 

 炎に焼かれずに済んだと思われた者も、炎の中を歩く奇妙な集団によって切り捨てられ、明暗の差はあれど、辺り一面は赤一色に染まっていた。

 

 この景色を見た者も、炎の熱さが……濃密な死の臭いが……どうしようもなく苦しくて、救われたくて、だから……目の前にいる者達がこの事態の元凶だとわかっていながらもそれに縋り付くしかなかった。

 

 だが、それはこれから始まる地獄の序章に過ぎなかった。

 

 再び視界が暗転し、次に見えたのは何処かの檻だった。そこには歳の近い者同士で集められた場所のようだ。

 

 白衣に身を包んだ者がひとり連れていき、その少し後で悲鳴らしい声が聞こえてくる。それが終わればまたひとり連れていかれ、同じように悲鳴が上がる。

 

 それによって残された者達は恐怖によって震え上がらせ、自分の出番が来るのをただ待つ事しかできなかった。

 

 何度も同じ光景が、同じ悲鳴が繰り返し、遂にこの景色を見ている者が連れて行かれる。

 

 白衣の者に引っ張られ、歩いて行った先には緑の液体に満ちた円筒の並んだ空間だった。

 

『づっ──!』

 

 首筋に痛みが走る。何かの薬だろうか、身体に力が入らなくなり、倒れる。それを白衣の者が拾い上げ、硬い寝台の上に寝かされ、手足を拘束する。

 

 次に見えるのは同じような格好をして顔をマスクで覆った者達と……狂気に表情を歪ませたバークスの顔だった。

 

 それからは痛みの嵐だった……。

 

『あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 手足を切りつけられる感覚が──

 

『ぐ、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 体内に異物が入り込んでいく感覚が──

 

『あぁ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 色を、音を、味をしるために大事な部分が次々と激しい痛みと共に喪われていく……。

 

 それらを失っても尚この痛みは収まりなく、怒涛のようにこの身に刻みつけて来る。既に声を出す部分は喪われたため、叫ぶ事も出来ない。

 

 それが何時間……何日……何年も続いていき、痛みの怒涛はなりを潜めるも失った故の痛みは永遠に続いていく。

 

 世界を知るための器官は無くしても、魂は円筒の中に縛り付けられ、痛みと恐怖はずっと脳を焦がし続けて行く。それは自分達を攫った者が自分達を用済みと判断するまで延々と刻まれて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ! ぐ……っ!」

 

「リョウッ!?」

 

 視界が戻り、声を出せずにいた反動が現実世界で発生した。

 

 身体に傷こそないものの、あの炎の熱と血生臭さ……身体のあちこちを削り取られる感覚が脳に焼き付けられていた。

 

 どっちが現実で、どっちが幻なのか曖昧な気持ち悪さに嘔吐してしまう。

 

 あれが、彼の──いや、ここにいる者皆がアレをずっとその身──いや、脳に焼き付け続けられたのか……。

 

『わかった? 僕達がアイツから何を受けたのか……』

 

 わかった……というより、自分がアレを受けてた気分だ。あんな残虐な、とても人間のすることとは思えないものをバークスはずっとこの子達に浴びせていたのか。

 

『だから、もう終わらせてほしい……せめて君の手で、終わらせてほしい』

 

「それ、は……」

 

 言ってる事は否応なしにも理解してしまう。あの子達がどんな痛みを与えられ、そしてそれが今も尚続いているのも。

 

 でも、それをするのをまだ躊躇ってる──いや、自分の手でそれをするのを嫌がってるという、浅はかなものだ。

 

「…………」

 

「待て……」

 

 リィエルが両手に大剣を持って歩み出ようとするのを止める。

 

「……リョウがしたくないなら、私がやる。リョウが苦しむのは見たくない」

 

「…………っ!」

 

 自分を恥じた……。自分の浅はかさを呪った……。自分が手を汚したくないばかりにリィエルに汚れ役を押し付けて安心してる自分に憤りを感じた。

 

 リィエルは俺の内心を察して自らこの子らを終わらせようとしてるのだろう。

 

「…………リィエル、ここは俺がやる」

 

「……でも、リョウ……」

 

「俺が……終わらせてやりたい」

 

 この子達が求めたのは俺だ。それを聞いた俺がこの子達を送ってやるべきだ。

 

「…………ん」

 

 リィエルは顔を俯かせて一歩下がる。

 

「……『清澗たる水よ・玉輪を穿て・巌を断て・刃を持ちて』」

 

 目の前の円筒を、周囲の円筒を……透明な刃が一閃した。多分、苦しみもないと思う。

 

 光の通った後には円筒を照らしていた照明の光を反射して煌めいた雫が飛び散っていた。

 

 今使った魔術の名は[ウォーター・カッター]。地球でも、ウォータージェットと呼ばれるもので、水を高圧縮し、極細の噴出口から秒速五百から八百──ものによってはマッハ3程の速度で放水する事でダイヤモンドや金属の加工が可能になるほどの技術を魔術的に応用したものだ。

 

 これだけの魔術……規模こそ小さいが恐らく[ライトニング・ピアス]並の軍用魔術と言っていいだろう。正直、水の魔術を考え始めてから真っ先に思いついたもので今の俺でも十分に可能な魔術だというのは前から知っていた。

 

 だが、金属を斬れる程のものなのだから人なんてそれこそ紙のように切れてしまうだろう。だから人には向けるべきでないと思っていたが……既に死に体同然とはいえ、人の命を終わらせるために使ってしまった。

 

 でも、[ウォーター・カッター]を放つ寸前……あの子が、『ありがとう』と、礼を言ってた気がした。

 

「…………なんで、礼なんだよ」

 

 どうせなら恨み言の方がここまで胸を締め付けることはなかったかもしれない。むしろ自分が死んだ方がいい気さえしてしまう。

 

「……おい、こりゃどういう事だ?」

 

 ふいに、後ろから聞き慣れた声が掛かった。

 

「……グレン先生? それに、アルベルトさん……?」

 

「……グレン」

 

 黒いコートに身を包んだ疲弊しきった顔のグレン先生とアルベルトさんがツカツカと歩み寄って来る。

 

「リョウ=アマチか……何故お前がこの場にいるかはさておき、まさかリィエルまでもがいたとはな」

 

 アルベルトさんが鋭い眼光を向けるとリィエルはバツが悪そうに目を逸らす。理由は知らないが、アルベルトさんはリィエルが裏切りとも言える行為をしたのを知ってるのだろう。

 

「待て、アルベルト。リィエル……ひとつだけ聞くぞ。お前は今、味方なのか?」

 

「…………うん。ルミアを助ける……システィにも、グレンにも謝りたい」

 

「……そうかよ」

 

 ふぅ、とため息混じりに目を閉じたと思うと──

 

「ふんっ!」

 

「ゔっ!?」

 

 リィエルの頭頂部に中立の拳骨を落とした。いくら頑丈でもあれは相当痛いだろう。

 

「う……グレン?」

 

「俺の腹に風穴空けた分はこれでチャラにしてやる。ルミアと白猫については後回しにする。今は俺達に協力しろ……いいな?」

 

「……うん」

 

 とりあえず、この二人に限って言えば一件落着か……。

 

「さて、リョウ……この有様を説明してくれ。これ、どういう状況なんだ?」

 

「……『思念送受信』」

 

「あ?」

 

「『感応増幅』、『発電能力』、『発火能力』、『凍結能力』……あの子達の能力名です」

 

「っ!? まさか、ここらにいたのは、全部……」

 

「……調べでバークスが典型的な異能差別主義者だったのは知っていたが、想定以上に腐っていたようだな」

 

 ここにいた者達の事を知り、グレン先生は怒りに拳を握り、アルベルトさんはこの場にいないバークスに軽蔑の意思を向ける。

 

「それで、その中の……『思念送受信』の子が、『終わらせてくれ』と。それで……」

 

 斬ったと言う前に、グレン先生が俺の頭に手を置く。

 

「もういい。すまねぇ、嫌な役やらせちまって……辛かったろう」

 

 辛い……。それもだが、何よりこの子達をこんな風にしたバークスに、こんな程度でしか『救い』を与えられなかった自分の程度が許せなかった。

 

「貴様ら……なんて事をしてくれたのだ!?」

 

 嫌な空気の中、場違いな怒号と台詞が静寂な空間内に響いた。出口らしい通路から憤怒に表情を歪ませたバークスが躍り出る。

 

「貴様ら、そのサンプルが如何に貴重なものか、そんなことも理解出来ん程の愚鈍か!?」

 

「……サンプル?」

 

 聞き捨てならない言葉が飛び出て、知らずのうちに手を握る力が強くなる。

 

「……ひとつ聞くぞ」

 

「何だ、ガキが?」

 

「この異能者達を攫う時、彼等の家族だけじゃなく、何の関係もない人達まで殺したようだが……異能を手に入れるためにそこまでする必要があったのか?」

 

 俺の言葉にグレン先生とアルベルトさんが鋭い眼光をバークスに向けて放つ。対してバークスは一瞬呆気に取られたような表情をした。

 

「何を抜かす……私の偉大な魔術研究の礎となるのだぞ。普通なら悪魔と罵られ、殺されようというところをこのバークスが助けようとしたというに、あの馬鹿共は愚かにも私に牙を向け、逃げ出そうとした。全くふざけた話だ……少しは感謝してもらいたいものを」

 

「っ……けんな……っ!」

 

「それでも苦労をかけてやっとそれなりの実験材料を手に入れたと思えばこの有様だ! 魔術の崇高さも理解できん愚か者共がっ!」

 

「ふっざけんじゃねぇ! 何が崇高だっ! 結局はただの外道じゃねえか! いや、道だとかそんなもんじゃねぇ……テメェは人の皮被った正真正銘の悪魔だっ!」

 

 心底頭に来た……っ! 今すぐにでもこいつの口を閉ざしたかった。

 

「待て、リョウ=アマチ」

 

「ぐ……何ですか、コイツは──」

 

「この男の相手は俺がやる。お前達は先へ進め」

 

 俺の肩を掴み、先へ行けと促す。

 

「っ……何故ですか? あなたがいつからいたのかはわかりませんが、多分ここが怪しかったからかルミアの護衛ですよね。だったらこのクズは俺が──」

 

「この場に偶然居合わせたとはいえ、お前は本来この件とは無関係だ。だが、今は見ての通りグレンは満身創痍だ。学生とはいえ、お前の助けでもなければただの足手纏いだ」

 

「お前、本人目の前に喧嘩売ってんのか……」

 

「ここから先にルミア嬢がいる。だが、そこで何が行われてるのかわからん以上手は多いに越した事はない」

 

「だったら尚更あなたが行くべきでしょ。闘いの数もですが、罠に飛び込む状況なんてもっと経験がないんですよ。やっぱりここは俺が──」

 

「くどいぞ」

 

 先程からバークスに向けていた冷ややかな鋭い目が今度は俺に向けられる。これ以上長引かせるならお前を先にと言わんばかりに。

 

「この男は俺が始末をつける……それが俺の任務だからだ。だが、貴様が今すべきはこのクズの血で己の手を汚すことか? 異能者の何を聞いて感情移入しているかは知らんが、彼等はもう既に死んでいる。今貴様が優先すべきは生者であるルミア嬢の救出だ。このまま時間をかければ彼女もあのような姿に変えられるぞ」

 

「……っ!」

 

 そうだ……ルミアも異能者であり、アイツに攫われた以上、ああなるのも時間の問題だ。

 

「まあ、そういうわけだ。悪いが、真面目に時間もねえ……急ぐぞ」

 

「…………はい」

 

「……つうわけだ。リィエル、お前は殿だ。アルベルト、援護頼む」

 

「ん、わかった」

 

「行け」

 

 アルベルトさんの合図のもと、グレン先生が駆け出し、それに続いて俺とリィエルも床を蹴る。

 

「馬鹿が! 格好の的だ! 《猛き雷槍──」

 

「《気高く・吠えよ炎獅子》!」

 

 バークスが呪文を唱えようとする前にアルベルトさんが広大な炎を撃ち放つ。このままでは炎の波に呑まれると思ったが……。

 

「止まるな! そのまま走れ!」

 

 グレン先生の一喝で足を速めると、炎が不自然にうねり、バークスのみに向かって蛇のように襲いかかる。

 

 それを通り過ぎていき、次なる通路へと出る。

 

「いやぁ……本来無差別に辺りを焼き尽くす魔術を一節改変加えただけで軌道変更と集中放火とかマジ敵に回したくねぇなアイツ……」

 

 通路を駆けながらグレン先生が先程の魔術の説明をしていた。しばらく不規則なリズムの足音が通路に響くとグレン先生が沈黙を破る。

 

「お前が異能者達から何を聞いたのかは知らないが……アルベルトの言う通り、お前は本来こっち側には来ちゃいけねえんだ。確かにお前が残って俺達で先進んだ方がルミアを助けられるかもしれねぇが、それが異能者達のためになるのか?」

 

「…………」

 

「そもそもアルベルトがあんな提案持ち出したこと自体驚いたわ。何より任務優先、確率厨な奴が護衛対象そっちのけで先に行かせた。口ではああ言ったが、あいつもお前の手を血で汚させたくねえんだよ」

 

「…………」

 

「……余計なお世話だって言いたそうだな。そりゃ、あいつらを失った辛さがわからんわけじゃねえ。もっと他に方法があったんじゃねえかとか、バークスをブッ飛ばして少しでも異能者達の手向けが出来ねえかとか色々考えてんだろうけどさ」

 

 まるで俺の心を見透かすようにスラスラと俺が考えていた事を口にする。

 

「けど、異能者達のことばっか考えて後悔や憎しみに囚われて大義を忘れるな。前にも言ったろ……お前が進もうとしてるのはこういう事なんだ」

 

 以前、病室で言ってたあれか……。今になって思い出すと、俺はこういう所を進もうとしていたんだな。血みどろの戦いになること自体はわかっていたつもりが……あんなものを見せられて今やらなくちゃいけないことを忘れてた。

 

「今はルミアを助ける事だけ考えろ。あの異能者達の事については……終わった後でじっくり考えろ。で、忘れるなよ……多分、今のお前が必要なのは──っと、見えたぞ」

 

 最後まで続かず、通路の先に分厚い扉が見えた。

 

「よし、何があるかわからねえ。リィエル、お前から先に開けて入れ」

 

「うん」

 

 ドゴオオォォォォン! と、轟音を立てて扉が粉砕され、ドーム状の空間に出た。

 

「お前、入れって言って何故壊す?」

 

「開けてって言ったから」

 

「いや、開けたっていうか……ああ、もういいや。なんかこれ見てるとお前が帰って来たんだなって謎の安心感が出てくる辺り、俺も随分毒されてきたな……」

 

 溜め息ひとつついてからグレン先生は部屋の奥にいるリィエルの兄を名乗った青髪の青年と、ボロボロに服が破れてほとんど肌を隠す機能を崩した装いのルミアを見た。

 

「おい、ウチの生徒に随分と趣味のいいコーディネートしてくれてんじゃねぇか?」

 

「う……」

 

 普段のグレン先生から想像もつかない鋭い目つきで青年は萎縮して一歩後退する。

 

「何故だ……バークスとエレノアは、足止めしてたんじゃなかったのか!? まさかあの二人に限ってやられたのか!?」

 

「あん?」

 

 バークスの他に別の名前が出た。確か、競技祭で女王陛下を呪い殺そうとしていた首謀者であの人のお付きのメイドを装った天の智慧研究会のスパイだって言ってた。

 

 バークスと一緒にはいなかった……。見捨てたのか……本来の用件がもう済んだのか。

 

「リ、リィエル……何故君がグレン=レーダスのもとにいるんだい? 君は兄さんの味方じゃないのかい?」

 

「それは……」

 

 青年の懇願するような言葉にリィエルが戸惑いを見せる。

 

「兄さんの事は助けたい……でも、ルミアも助けたい。謝りたい事があるから……」

 

「リィエル……」

 

「何を言うんだ……唯一無二の兄だぞ! お前がいなくなれば僕は──」

 

「テメェ、いい加減にしろよ」

 

 今までとは比較にならない程の怒気の孕んだ低い声を発したグレン先生が青年を睨みつける。

 

「さっきから兄兄と……ベラベラ法螺吹いてんじゃねえよ、このニセモンがっ!」

 

「な、何を言ってる……僕は正真正銘リィエルの──」

 

「そもそもコイツの事をずっとリィエルなんて言ってる時点でテメェは真っ赤な偽物なんだよ。テメェの面、そして後ろの術式……もう全部わかってんだよ。それは『Project Revive Life』……通称『Re=L(リィエル)』計画の儀式だな?」

 

「なっ!?」

 

「「え……?」」

 

 グレン先生の言葉に青年と、ルミアとリィエルの驚きの声がだだっ広い空間に響く。

 

「……まさかとは思ってたけど……やっぱりアイツは偽物で、リィエルは……」

 

「……お前、知ってたのか?」

 

「昼間の話で薄々は……」

 

 グレン先生があの話に割って入った事を考えると、本当はリィエルには聞かせたくなかった事だったんだろう。でも、ここでそれを言うということはもうこの戦いでその話は避けられないということか。

 

「何で……私の名前が……?」

 

「シオン」

 

「え……?」

 

「シオン……それが、お前の兄だと思ってた……稀代の錬金術師の名前だ」

 

「っ!?」

 

 戸惑うリィエルに彼女の兄らしい者の名前を出した途端、彼女の身体が仰け反るようにガクつき、地面にヘタレ込んだ。

 

「リィエルっ!?」

 

「落ち着け。そいつは今思い出してるだけだ……あの偽物に封印された記憶をな」

 

「封じられた……?」

 

「イルシア……イルシアって? 何で、兄さんもみんなも私をイルシアって……? 誰なの、それ……?」

 

 意識が戻ったのか、リィエルが蒼い顔で聞き慣れない名前を口にしながらグレン先生に問う。

 

「シオンとその妹、イルシア……もう一人の仲間を含めた三人は天の智慧研究会の末端で件の計画を進行していた。その最中、シオンが組織を抜け出し、帝国に亡命する事を条件に内通者を担った。だが、天の智慧研究会の運営する研究所支部を強襲したところ、突然連絡が取れなくなり、捜索の末にイレッセの大雪林で血まみれになって倒れたイルシアを発見。イルシアは発見後間も無く息を引き取り、その直前に得た情報を基に研究所支部を捜索した結果、シオンの遺体と奴の行った研究……『Project Revive Life』の成功素体を発見」

 

「あ……」

 

「その成功素体が目を覚まし、自分をリィエルと名乗った」

 

「それって……」

 

「お前は、世界初の『Project Revive Life』の成功例。シオンの妹、イルシアの『ジーン・コード』から、錬金術的に錬成された身体を持ち、イルシアの記憶情報……『アストラル・コード』を引き継いだだけの魔造人間……シオンの妹とは別人だ。そもそも、お前には本当の意味で家族がいない」

 

「う……ぇ…………」

 

 リィエルの身体が震え出し、普段の人形みたいな無表情が剥がれて今にも崩れてしまいそうなほどに弱々しくふらふらとよろめく。

 

「で、でも……兄さんは目の前に…………兄さんが誰かに殺されたアレは、何かの間違いで……」

 

 リィエルは藁をも掴もうとしてるように青年に歩み寄ろうとする。

 

「…………やっぱさ、俺の最大の失敗は安直にシオンを殺したことだな」

 

「え……」

 

 さっきまでとは違う口調で、邪な笑みを浮かべながら語り出す。

 

「俺が構想していたプロジェクトの術式が、あいつの手でいつの間にかシオンのオリジナルと化していたんだ。それに気づいたのはあいつを殺した後だったから……知った時は肝が冷えたよ」

 

「に、兄さん……?」

 

「まったく、『アストラル・コード』を弄って考える力を弱めたものの、人の記憶っていうのは思いの外複雑でな。自分の記憶と少し食い違ったり、封印した筈の記憶を刺激するものに会っちゃうと、途端に人の認識が変わっちまう……だから口調をアイツに似せたり、髪の色はリィエルとお揃いにしたっつうのに、ちっともうまくいかないもんだな」

 

「な、何なの……」

 

「いや、だってお前イルシアの人格と記憶を受け継いだコピー人間だろ。シオンを殺した時の記憶をどうにかしないとお前、言うこと聞いてくれないだろ。だから白魔術の記憶操作術式系の『キーワード封印』を使って『シオン』というワードを設定。もう少し時間をかければお前にとっての兄が完全に俺にすり替わって、俺にとっての都合の悪い記憶は消えて完全に妹として俺の手駒になるはずだったのに……もう少しのところで、お前が邪魔をした。グレン=レーダス! お前が俺のリィエルを勝手に持ち帰った!」

 

 青年が忌々しげにグレン先生を睨む。

 

「なるほど……やっぱりお前はライネルだったのか」

 

 どうやらあのニセ兄の名はライネルというらしい。

 

「二年前のあの作戦で外法研究所をアルベルトとぶっ潰してシオンとイルシア、そしてもう一人の研究仲間であるお前を連れ出すというのがシオンとたてた計画だったんだが……予想外な事にあの兄妹が殺された。だが、その中でもう一人の研究仲間であるライネルが行方不明になったままあの事件は終わったと思ったんだが……」

 

「やれやれ……もう全部お見通しというわけか。流石に元とはいえ、宮廷魔導士か」

 

「わかりやす過ぎんだよ。リィエルが兄の事を思い出そうとすると頭痛を起こしたり、コイツの事をロクでもないプロジェクトの頭文字で呼んだり……俺じゃなくてもちょっと考えれば素人でもわかるほどだ」

 

 グレン先生が俺を指差しながら言う。

 

「はぁ……まったく、二年前に初めてそのガラクタと接触した時でさえ、そいつの『アストラル・コード』の掌握に時間がかかってあの時点である程度記憶の改変と封印が終わってたから再会したらすぐこっちに引き抜けるかと思ったところに……グレン、お前が現れた時は正直肝が冷えたよ」

 

「ガラクタ、だと……?」

 

 ライネルの発言に拳に力が入り、グレン先生も懐から古いモデルの銃を掴む。

 

「おいおい、そう睨まないでくれよ。先生はともかく、学生のする顔じゃないでしょ?」

 

「うそ……だよね、兄さん……。だって、兄さんは私の……兄さんで、昔からずっと私を……」

 

 グレン先生の話が本当ならシオンの名を聞いた時点であいつの事を含めて全て思い出した筈だが、それでも自分の内に秘められた現実を認めたくないのか、ヨロヨロと普段から重い大剣を振ってるとは思えない程手が弱々しく伸ばされていく。

 

「うん、もちろんだ。君は大切な妹……だったよ」

 

 そんなリィエルとライネルは兄を名乗った時と同じ表情と口調で言い捨てる。

 

「けど、もう要らないよ。この子達が──」

 

「《いい加減に・しやがれよ・お前ぇ》!」

 

 これ以上コイツの言葉は聞くに耐えなかった。俺は呪文改変で[アクア・ヴェール]を纏って鞭のように撓らせ、ライネルを叩きつけようとする。それと同時にグレン先生が取り出した銃の引き金をひき、轟音が広い空間に響く。

 

 だが、それが届く事がなかった。突如ライネルの前に新たな影が三つも飛来してきたから。

 

「な……っ!?」

 

「嘘、だろ……っ!」

 

 俺とグレン先生は目を見開いて喫驚し、リィエルはそれ以上に顔面蒼白でその光景を見て震駭していた。

 

ライネルの前には三人とも同じ顔の……リィエルが大剣を手に持って構えていた。

 

「ど、どう言う事だ!? 『Project Revive Life』はシオンの固有魔術だぞ! 一体どうやって!?」

 

「どうせ俺にはシオンみたいな事は出来ないと思ってたか? バカが!」

 

 グレン先生の反応を見て愉快そうにライネルが叫ぶ。

 

「もう『Project Revive Life』はシオンだけのものじゃない! このルミアとかいう部品のおかげで! 俺はもういくらでもリィエルを作り出せるんだ!」

 

「……っ!」

 

 最初からわかってたが、コイツも……バークスと同じ、人を人とも思わない屑だ。

 

「今回のリィエル達は完璧だ! 『アストラル・コード』から余計な人格や感情は予め徹底的に抜いたから僕の言葉に忠実に従う! 記憶の改変やら調整やら七面倒な真似などしなくても俺はリィエルの凄まじい戦闘技能だけを受け継いだ人形を生み出せる!」

 

「い、や…………」

 

「もう兄だなんだ演じるのも煩瑣だったからな! 余計な感情を持って右往左往されるくらいなら最初から余計な心なんて無くして俺の思い通りに動く人形を作れればそんなガラクタなんていらないんだよ!」

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 リィエルにとって最後の繋がりとも言えた兄の存在もこの男の暴戻によって無惨に打ち砕かれ、リィエルは悲痛の叫びを上げた。



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第17話

「どうだ、見たかグレン=レーダス! これが俺の力だ! 俺は力で組織をのし上がる! このルミアという部品があれば俺は何体でもリィエルを作れる! 一体に複数の魂が必要になるが、その程度の犠牲など問題じゃない! リィエルを作れば作るだけ強くなる! これを最強と言わずに何だ!」

 

 リィエルが目の前の男、ライネルを兄だと思い込まされ、その事実を突きつけられた上に彼女が必要ないと突き放し、目の前にはリィエルと同じ姿の少女が三人。

 

 その全てがリィエルと同等の実力だというのなら通常の魔術師ではまず勝ち目がない。腹立たしいが、あいつの言う通り作られれば作られるだけあいつは強大な力を手にするというのは間違いじゃない。

 

 だが、こっちは満身創痍のグレン先生に攻撃手段の限られた俺、そして心を打ち砕かれたリィエル……正直に言って戦いになるかも怪しいところだ。

 

「なぁ……クッソ。一人でも厄介極まりないってのに、それが三人とか無理ゲーなんてもんじゃねえぞ」

 

 グレン先生も苛立ちながらも焦りが顔に出ている。リィエルは攻性呪文はほとんど使わないが、代わりに肉食獣並みの敏捷性と圧倒的なパワーを持っているからまともに向かっては勝ち目などない。

 

「やれ、木偶人形共っ! そいつらを始末しろっ!」

 

 ライネルが命令を飛ばすとリィエルのコピー……いや、リィエル・レプリカというべきか。三人のリィエル・レプリカが俺達に向かって飛びかかってきて、あの大剣を振り回してくる。

 

 そのうちの一人は今も失意によって虚脱していたリィエルを狙っていた。

 

「くっ! 《飛沫》っ!」

 

 俺は掌に水分を圧縮して水の球を作ってリィエルを狙っていたリィエル・レプリカに向かって投げつける。それがリィエル・レプリカの顔に当たり、動きが一瞬止まったところにグレン先生がリィエルを庇ってその場を離脱する。

 

 俺も自分に向かってきた大剣を退いて躱して態勢を整え、呪文を紡ぐ。授業とかで習ってる魔術では足留めにすらならない。だとしたら、今現在の俺の持つ攻撃力の高い攻性呪文で。

 

「《清澗たる水よ・玉輪を──」

 

 呪文が紡がれる前に、死角からリィエル・レプリカの一人が大剣を振りかぶって既に俺の傍まで迫っていた。

 

「くそっ!」

 

 ガウンッ! と、銃声が響き、金属同士がぶつかる音がすると同時にリィエル・レプリカが離脱する。

 

「コイツら相手に長い詠唱を使うな! チンタラしてる間に迫られる! とにかく省略しまくった呪文のみでどうにか凌げ!」

 

 銃の弾丸を見事な早業で装填しなおしながら怒鳴り散らす。確かに驚異的な速度で呑気に呪文を唱える時間を与えられるとは思えない。

 

 結局のところ、一言で発動出来る程度の魔術のみを使って活路を開くしかないが、ちょっと目を逸らす一瞬のうちに距離を詰められるほどの身体能力を有してる敵を相手に対した効果は望めない。

 

「なんで、二人は……私を守ってるの?」

 

「何でも何もねえよ! 目の前で誰かに死なれるのは御免なんだよ!」

 

 ぼそりと呟いたリィエルにグレン先生が怒鳴り返す。そこで再びリィエル・レプリカが動き出し、剛刃が振り下ろされようとする。

 

「《光殻》っ!」

 

 自身の身体に[ウェポン・エンチャント]をかけて剛刃に対抗するが、ハッキリいって受け止めようとするだけで身体全体が痛くなる。

 

 弾いて逸らすにも腕力が足りなすぎて逆に弾かれて身体が真っ二つにされてしまう。

 

「私は、人間じゃない……作られた人形で……」

 

「だから何だ!? 人間じゃない奴なんて身近に普通に闊歩してるわ! セリカとかセリカとかセリカとかな!」

 

 グレン先生が危なそうなところに水の球を撃ってリィエル・レプリカの一人を後退させ、魔力を纏った蹴りでもう一人を離す。その隙にグレン先生が銃に弾丸を装填し、それをクイック・ドローで狙い撃つが、驚異的な速度で躱される。

 

「グレンに、あんな事して……みんなにも酷い事言って……」

 

「だったら謝ればいいだろ! そもそもここに来たのはルミアに謝りに来たからだろ!」

 

「ちなみに俺は許さんからな! 腹斬られて滅茶苦茶痛かったんだからな!」

 

 水の球を打ち続けて動きを若干遅らせるも、元々のパワーの差が歴然としてるため、本当に自分が傷付く時間をほんの少し先延ばしにする程度だった。リィエル・レプリカの剛刃が掠っただけで右肩から右胸辺りの皮膚がパックリ裂かれ、血が吹き出る。

 

「私は……生まれた意味がわからない……」

 

「んなもんみんな同じだよ! 俺だって毎日毎日のほほんとしていただけで大した意味持って生きたことなんてないよ!」

 

 吹き出た血潮を一部掴み取り、それをばら撒いてリィエル・レプリカの一人の顔に付着し、視覚を若干封じると[ショック・ボルト]をようやく命中させ、動きが鈍った。

 

 その隙にグレン先生が前に出て残った二人の攻撃を捌いてる間に[アクア・ヴェール]を纏ってリィエル・レプリカを弾き飛ばす。

 

「そもそも私のこの記憶は、私のじゃない……」

 

「記憶なんて大した問題かよ!」

 

 すぐに顔に着いた血を拭ったリィエル・レプリカが[アクア・ヴェール]を剛刃で削り飛ばし、その風圧で地面を転がる。その隙を狙って同じように剛刃を振るうリィエル・レプリカの前にグレン先生が飛び出し、剛刃を無理やり受け止めて庇った。

 

 当然、リィエル・レプリカの腕力で振るわれたソレを受けて無事でいられる筈もなく、あちこちの皮膚が割れ、何かが軋むような嫌な音がグレン先生から出ていた。

 

「私は兄さんのために生きてたのに……その兄さんは偽物で、そもそも最初からいなくて……私はもう、何のために生きてればいいのか……」

 

「「さっきからウッセエんだよ!」」

 

 一瞬だけリィエル・レプリカから視線を外してグレン先生と同時にリィエルへと怒鳴りつける。

 

「ああもう、さっきから誰のため何のためとか、自分の生きる理由を他人に委ねてんじゃねえよ!」

 

「そもそもお前が俺達と、一緒に、ここに来たのは何でだ!? お前が決めたからだろうが!」

 

 グレン先生が銃で牽制してる間に再び[アクア・ヴェール]を纏ってリィエル・レプリカの足を狙って振り抜き、一瞬だけ空中に跳んだ隙を狙って水球、[アクア・スフィア]と[ショック・ボルト]をコンボで使って動きを鈍らせる。

 

 グレン先生は身体を目一杯使ってリィエル・レプリカの脚や腕の関節を狙って強烈な蹴りを叩き込む。顔色は全く変わらないが、蹴りが命中した腕と脚は震えて動きが若干鈍っている気がする。

 

「兄なしじゃ何にも判らない、決められないって言ってる奴が何で俺達の味方をした!? それも全部兄やグレン先生に言われたからか!? 違うだろうが!」

 

「最初から何もない奴がんな絶望なんてするかよ! それはお前が人間として生きてるって証だ! お前は全然空っぽじゃねえよ! 頭の中はともかくな!」

 

 もっとも、焼け石に水程度にしかならないのか、鈍った部分に目をくれることもなく、失った部分など大したことはないと言わんばかりに突進してきて、万全だった時とほとんど変わらないスピードとパワー、そして連携で三つの剛刃が次々と襲いかかってくる。

 

 俺も魔術で進行を緩めようとしても大した足留めにもならず、あっという間に距離を迫られ、剛刃が俺の身体に触れる前にグレン先生が間に入って魔力を纏った拳と銃身でそれを受け止める。

 

 もちろん、グレン先生の身体が軋みをあげ、皮膚があちこち割れて血潮が吹き出る。

 

「ぐぅ……っ! 自分が何のために、じゃなくて……何を大切にしたいかを考えやがれ! 元々頭も常識もねぇ奴がこんな時ばかり尤もらしい理屈考えるな!」

 

「結局こういう時大事なのは、そういう手前勝手な考え方から始まるんだよ! 学院の時のお前みたいにな! あまりにも滅茶苦茶だったけど!」

 

 [フォトン・ブレード]を展開してリィエル・レプリカ向けて突き出すも二人が退避し、残った一人が俺に向けて剛刃を振り下ろしてくる。

 

 横転して躱しても、退避した二人がすぐさま俺に向けて駆け出して生き、グレン先生が銃を発砲し、攻撃に転じた隙に離れた一人がグレン先生を狙う。

 

 それを俺が庇っても剛刃を手にした二人が今度は俺を狙い、グレン先生が庇う。同じことの繰り返しだ。

 

「もう一度言うぞ! 自分が大切だと思う何かのために生きろ!」

 

「今までの自分を思い出してみろ! お前はいつ、何処で、どんな時に暖かさを感じた!? 痛みを感じた!? それだけでわかる筈だろうが!」

 

「…………あ」

 

 お互いを庇いあいながら闘うも、それももう限界のようだ。体力はグレン先生のお陰で鍛えられても戦闘技術はまだほとんど教わってなく、元々地力の差が歴然とした中で闘えたのはグレン先生の守りがあったお陰だからで。

 

 リィエル・レプリカが三方向に散らばり、俺、グレン先生、リィエルに一人ずつ剛刃を掲げて駆け出していく。

 

 二人揃ってリィエルの方向に気を取られてる内に接近を許してしまい、[フォトン・ブレード]でガードに入るが、あっさりと打ち砕かれ、右手に厚い刃が深々と切り込まれた。

 

 右腕から来る、熱いのか冷たいのか、痺れるのか圧迫されてるのか、色んな感覚と痛みがごちゃ混ぜになって脳に襲いかかっていき、それに耐えようとする間に既に次の攻撃が俺の眼前にまで迫って来た。

 

 グレン先生はもう一人のリィエル・レプリカを相手にしてるため、もうフォローは無理だろう。いよいよもってここまでかと内心諦めかけていた時だった。

 

「ぅぁぁああああぁぁぁぁぁ!」

 

 轟っ! と、落雷が落ちたような、嵐が一瞬にして駆け抜けたような鋭く、荒々しい音が耳を抜けたかと思うと、いつの間にか俺の目の前にはいつも見慣れてるウーツ鋼によって錬成された大型剣を構えたリィエルが刃を振り抜いて立っていた。

 

「ごめん、ね……」

 

 そう呟いたと思った直後、目にも留まらぬ速さで駆け出して生き、グレン先生を相手していたリィエル・レプリカの首筋に……先程吹き飛ばしただろう二人のリィエル・レプリカの胸辺りを深々と切り裂き、その数秒後には全員動く事はなくなった。

 

「……さよなら」

 

 沈黙が支配した場の中で、ただ一言リィエルは涙を流しながら別れの言葉を口にした。

 

「ば、ば……馬鹿なああああぁぁぁぁ!?」

 

 ようやくリィエル・レプリカが全員倒された事を理解したのか、ライネルが悲鳴じみた叫びを上げた。

 

「な、何故俺の人形達がそんなあっさり!? みんな同じリィエルだぞ! しかも余計な感情は全て除外した完全なる人形だ! それがあんなガラクタ一体に何故こう簡単に!?」

 

「同じじゃねえよ」

 

 狼狽していたライネルにグレン先生がどこか納得顔で口を出す。

 

「俺達がまだ生きてる時点で察するべきだったな。もし本当にリィエルの力をそっくりコピー出来てるなら俺達はとっくにくたばってる筈だ」

 

「ふざけるな! 俺のコピーは完璧だ! リィエルの、いや……イルシアの戦闘能力を完全にコピーし、俺に忠実に従うように感情も排除した! 純粋なる人形があんなガラクタに負ける筈が──」

 

「だから負けたんだよ」

 

 ライネルの言葉で俺も理解できた。そりゃリィエルが負ける道理なんてないわけだ。

 

「そんな昔の人間のコピーなんて作ったところで勝てる筈なんてない。あんたがチンタラしてる間にリィエルはずっと成長を続けていた。そして、今は手放したくない大事なものを手にしたから、リィエルはあんたなんかの予想の範疇じゃ理解できない程に強くなった」

 

「ま、テメェは『人間』ってのを舐めすぎてたってこった。ただの人形と違って、人間ってのは成長する生き物なんだからな」

 

「人間……」

 

「ふ、ふざけるな! ただの人形が成長だと!? そんな馬鹿げた話が──」

 

「知るか。んな話なんざ俺だってどうでもいい。重要なのは……テメェの守りはもうゼロだってことだ」

 

 グレン先生の言葉でようやく自分の置かれた状況を知ったのか、きょろきょろとしながらグレン先生と俺、リィエルを見比べて後ずさりする。

 

「く、た……《猛き雷帝よ・極光の閃槍以って・刺し穿て》っ!」

 

 ライネルが苦し紛れに呪文を紡ぐが、魔術は起動しなかった。

 

「お前な、相手の得意技くらい予習しとけよ」

 

 そう言って、グレン先生が懐から例のタロットカードが握られていた。あれでライネルの魔術を封じ込めたのだろう。

 

 そうなってはもはやライネルに勝ち目などないだろう。

 

「ひ、ひぃ……!」

 

 不利を完全に理解したライネルはその表情を恐怖に歪めて背を向けようとしていた。

 

「……ふざけんな」

 

「ぐはっ……!」

 

 ライネルが逃走しようとしたのを理解すると俺はライネルに駆け寄り、拳を顔面に叩きつけて床に転がす。

 

「ひぃ……や、やめろ! やめてくれ!」

 

 恐怖に怯え、地面を這いずって逃げようとするそれは『思念送受信者』が俺に見せた記憶にいた被害者達を思い出させる。それがより腹立たしかった。

 

「ぐふっ! がっ! むごっ!」

 

 俺はライネルの身体の上に乗っかり、マウントを取ってライネルの顔を殴り続ける。

 

 顔を上げる度に殴り、左右一発ずつ全力で、声を上げる前に、殴って、殴って、殴り、殴り、殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴る。

 

「や、やめ……頼む、殺さな……で、くれ……」

 

「そうやって……命乞いするくらいなら、シオンって人についてくべきだったな」

 

 手前勝手な理由で人を捨て、自分の欲望のために数多の命を火にくべる薪のように次々と使い捨てにし、犠牲になった人達には目も向けない。そんな人間を許す事などできなかった。

 

「そのシオンさんはあんたのためにも組織を抜け出そうとしていた……なのにあんたはそんなシオンさんを自分勝手な理由で殺し、イルシアさんを殺し……リィエルを弄んだ。そんな奴が今更命乞いして助かろうとかふざけるな……っ!」

 

「や、やめてくれ……俺は、俺はシオンが羨ましかったんだ!」

 

 何度も俺の拳を受けた事であちこちの皮膚が切れて血を流し、腫れてボコボコになり、涙を流しながらライネルが叫び出す。

 

「あいつはいつも俺の一歩先を行っていた! 同じ境遇で小さい頃から同じ場所で育っていた筈なのに……あいつは本当に天才だった! だからあっさり自分の研究を手放せるなんてことが出来るんだよ! あいつは天才だからいくらでもやり直しが効く! けど、俺はあいつのような才能なんてなかった! 目の前のチャンスを棒にふるなんて出来なかったんだよ! なのにあいつは俺の気も知らずに組織を抜け出せなんて! あいつに凡人の気持ちなんてわからねえんだよ!」

 

 きっかけは本当に些細な事……常に傍でその才能を見ていた人間にしかわからない劣等感。それがこいつの心を歪めた。

 

 確かに余程の気持ちの強い善人か天才でもない限り、犯罪組織に与していた人間が表に出られることなどないのかもしれない。天の智慧研究会に捕まった点で言えばシオンさんもイルシアさんも、リィエルも……こいつも被害者なのかもしれない。

 

「……だから何だ?」

 

「…………ぇ」

 

「だからって、お前のやったことが許されるとでも思うのか。俺はシオンさんやイルシアさんの事は知らないから敵討ちするなんて考えもできない……今俺の頭にあるのは、リィエルやルミアを傷つけたあんたが許さないって感情だけだ」

 

 異能者達を攫って実験台にしたバークスも、ルミアやリィエルを道具扱いしたライネルも到底許せない。

 

「だから……」

 

 俺はまだ健在だった左手をゆっくりと宙に上げていく。

 

「リョウ君、いくらなんでもそれは……!」

 

「お前は……」

 

 左手の拳を握っていつでも振り抜けるよう身体をひねる。

 

「や、やめて……」

 

「……ここで終わらせる」

 

「やめてくれええぇぇぇぇ!」

 

「[光牙]っ!」

 

 左手を振り下ろし、ライネルの首筋に魔力の刃が刻み込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……事はなく、何もない左手が床に叩きつけられる音が響いた。

 

「…………へ?」

 

「バァカ……お前、コレの事忘れてんだろ」

 

 自身に何もなかった事に呆けたライネルにグレン先生がタロットカードを見せつけて言う。

 

「コイツが俺を中心に魔術の起動を封じてるんだから、リョウの魔術だって機能しないわけ。わかる?」

 

「あ、あぁ……」

 

「まあ、お前みたいなクズでも殺したらルミアやリィエルが心痛めるからなぁ。今の恐怖はコイツらを苦しめた報いだと思っとけ」

 

 そう言いながらツカツカとグレン先生は放心状態のライネルへと歩み寄る。

 

「で、こっちは……テメェに殺されたシオンとイルシアの分だ」

 

 そう言ってグレン先生がライネルを蹴り上げ、それを最後に意識を失った。

 

 それからは捕まったルミアをリィエルが解放し、一時自分がいなくなった方がいいとリィエルが俺達のもとを去ろうとしたが、ルミアがリィエルを抱き止め、一緒にいてほしいと希求する。

 

 リィエルは自分がいていいのかと疑問を持つが、俺の知らない……ルミアとシスティ、リィエルの三人だけの思い出を語りながら涙し、共に抱き寄せる。

 

 それからもバークスの事を任せたアルベルトさんと合流し、ライネルの事を任せた後で宿に戻り、俺達の姿を見たみんながすぐさま駆け寄った。

 

 システィがリィエルの姿を見て彼女の頰を叩き、険悪になるかと思えば涙を流しながらリィエルを抱き寄せ、その心配が杞憂だとすぐにわかった。

 

 色々あったものの、どうにか収まる所に収まったというか……事件はようやく終わりを迎えたようだ。

 

 …………だから、強くなりたいと思った。この光景を見て……あの出来事を経て。俺は、強くなろうと思った…………外道魔術師達を、根絶やしにするためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがお前の望んだ光景か?」

 

「さてな」

 

 白金魔導研究所の事件から翌日。本来なら今日も研究所に行く予定が、所長であるバークスの失踪や政府からの研究所の稼働禁止令や、宮廷魔導師団による島の調査、サイネリア島内にいる住民及び観光客の退避命令など、様々な事が重なってもはや学修どころではなくなった。

 

 だが、全ての人間が島を出るためにはそれなりの時間を要するため、待つ人間が出るのは必然。そして、アルザーノ学院生徒達は最後の便に乗る事になったため、ほぼ丸一日が自由時間となった。

 

 そうしてその時間を潰すために目一杯海で遊ぼうという事になり、今も浜辺でビーチバレーが行われていた。

 

「確かに、尊い光景だな」

 

「あぁ……あんだけの戦闘力を持ったテレサやルミアがまだまだ成長段階だと思うと戦慄を覚えるぜ。いや、まさかの切り札を持っていたリンの成長も結構楽しみな」

 

「誰が水着の話をした」

 

「いや、冗談だから! だから紫電纏った状態の指を俺に向けないでくれるかな!?」

 

「ふん。で、今回の件だが……こればかりはお前に謝罪せねばならんな」

 

「あ? 何だよ突然。らしくもねぇ」

 

「だが、その上で言わせてもらう。リィエルに対する認識を間違ったと思ってはいないし、奴に対する疑念もまだ晴れていない」

 

「……お前、まだリョウを疑ってんのか?」

 

「当然だ。奴の事を競技祭以降も調べたが、半年より以前の経歴がまるでない。まるで最初からそこにいないかのようにな。それに加え、リョウ=アマチの編入を手助けしたという存在も気にかかる。奴らとの関わりがあるとは思えんが、まだ必要以上に信頼を寄せるべきではない」

 

「……あいつは俺の生徒だ。あまりゴチャゴチャと変な事言うと俺でもマジギレすんぞ」

 

「相変わらず甘いな。今までがどうあれ、今回の件で奴の中で明らかに何かしらの変化は起こっている。注意はしておくに越した事はない」

 

「そりゃ、あんなもん見せられて微塵も変われねえ奴なんざいねえだろ。例えそういう変化があったとしても、その時には俺が止めてやるさ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………」

 

 アルベルトの指摘にグレンは沈黙する。

 

「念のために奴に対して遠見の魔術を施していたが、あの時奴は確実にライネルの首を切り落とそうとしていた。だが、奴の殺気に気づいたお前が()()()()()()()()()()()()()()()ことでそれを止めた」

 

「……生徒の人殺しを放置する教師がいるかよ。相手がいくら外道で屑だったとしてもな」

 

「普通ならあの手合は疾く始末するのが俺達の常だが、奴は生徒……俺達の領域に踏み込ませないため、か。存外、立派に教師をしているものだ。だが、放置すれば奴は今度こそその手段を躊躇なく実行するぞ」

 

「奴が人を殺そうと考えてるなんて本気で思うのか?」

 

「考えるだけなら勝手だがな。しかし、奴は学院生が習う自衛魔術から独自に改変を加えてあの光剣と水刃の魔術を作った。実行に移せるだけの手段は既に持っている。そしてこれからも増えるかもしれない」

 

「…………」

 

「それを成せるだけの知識を何処でつけたかは知らんが、これ以上奴に魔術を使う事を許せば何が起こるかもわからん。確かに忠告したぞ……今度こそ自分を殺すような甘さを捨てられればいいがな」

 

 そう言ってアルベルトは背を向けて浜辺を去っていく。

 

「……ちっ。んなもん、解らねえ程バカじゃねえよ」

 

 舌打ちしながら足元の砂を握り、指の隙間から漏れる砂塵を見つめながら呟く。

 

「けど……あいつにそんな事はさせねえし……()()だってあるからな」

 

 辟易としながら、天を仰いで呟く。その後でルミアやシスティ、リィエルにビーチバレーに誘われ、喧騒な時間に巻き込まれる事になった。

 



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天使の塵
第18話


「はいはい、そこまで!」

 

 時刻はまだ夜明け前……。空が暁に染まり始める頃、俺達はその下でいつもの訓練をしていた。

 

 ちなみに今は拳闘による模擬戦。俺の眼前には息が乱れてへたり込んだシスティ。たった今俺が目の前の少女を負かしたところである。

 

「お前、最近どんどん化け物じみて来てない? いや、良い意味でだけど……少し前までは地上を走ったり滑ったりが主だったのが、ここんところ立体的な動きまで入ってて白猫全くついていけてねぇぞ」

 

「あ、あんなのについていくとか……まだ……無理に決まってる、でしょ……」

 

 まだと言ってる辺り、すぐに追いついてやるというシスティの意思が見えるのでどこまでも負けず嫌いだなとため息をひとつつく。

 

「じゃ、そろそろ時間も近いし白猫がへばってるから今朝はここまでだな。ちゃんと休んどけよお前ら」

 

「待ってください。最後にもう一回……今度は先生とで」

 

「休んどけって言ったろ。無理しても訓練した分だけ強くなるってわけじゃねえんだ」

 

「無理はしてません。まだ余力は……」

 

「いざって時に体力回復もままならんままで敵と遭遇したくはねえだろ。それに、お前が最近街の外彷徨いてるの知らないとでも思ってんのか?」

 

「…………」

 

 グレン先生の言う通り、最近の俺は街の外に足を運ぶ事が多くなっている。

 

 その理由は単純……強くなるためにだ。街中では走るかグレン先生との訓練しかないが、外に行けば魔獣の住まう森が近くにある。

 

 そこに徘徊してる魔獣を見つけては突っ込んでいき、素早く魔術を行使しては仕留めるを夜通し繰り返して実践感覚を磨いている。身体能力の向上はその副産物といったところか。

 

 誰にも言ってはいないが、この人にはとっくに見破られてたらしい。

 

「俺がお前らに教えてるのは飽くまで自衛目的だ。自ら敵の懐に飛び込むようなもんじゃねえ。以前の事もあって理由はわからんでもなかったから何も言わなかったが、あんまし無茶な事はすんな。お前がソレをする必要なんてない方がいい」

 

「……必要かどうかは、俺が決めることです」

 

「……とにかく今朝はここまでだ。お前、ただでさえ寝る時間も少ねえだろ……多少は居眠りも見逃してやっから今はとにかく休め。どうせなら訓練もしばらくやめとけ」

 

 俺の最近の生活リズムの事まで把握してるらしく、これ以上の訓練をしようとは思ってないようだ。

 

 休めと言われたところで、あの白金魔導研究所の事件以来、足を止めるだけで嫌なイメージばかりが頭に浮かんで離れなくなる。時々みんながどんどんいなくなる夢さえしない見る程だ。

 

 そんな不安を抱えたままなのは嫌だから……。

 

「……強くなるしかないだろう」

 

 拳を握り締めながら力なく呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何考えてんですかあんたは──っ!」

 

「フハハハハハハハ! 今更コイツを簡単に手放せるかぁ!」

 

「……アホらし」

 

「あはは……」

 

 今朝のあの葛藤を抱えたあとで目の前の光景を見ると今自分が強くなろうと思ってるのが阿呆らしく感じてしまう。

 

 ちなみにあの二人が追っかけっこをしてる理由はグレン先生がまた金欠を起こしてどうにか金を手にできないかと考えたところ、リィエルに金塊を錬成させるなどという手段を実行させた。

 

 もちろん、純金を錬成するのは犯罪に当たるのでシスティがお冠になって[ショック・ボルト]を伴った説教を浴びせようとしたところで現在の状況だ。

 

 毎度毎度飽きないのかあの二人は……。そう思っていた時だった。

 

「うぇええええぇぇぇぇい!? 馬車ぁ!?」

 

 システィの追撃に集中した所為で前方を通る馬車に気付くのが遅れ、接触寸前で地面を転がって難を逃れた。

 

 こんなところに馬車……別に交通手段としては普通にあるが、ここまでいかにも旧ヨーロッパの貴族が使ってそうな豪奢なやつを見るのは初めてだ。

 

 いや、多分貴族なんだろう。馬車から降りた人がこれまた立派な装いをした青年でその佇まいからもかなり育ちが良いんだなと予想できる。

 

「す、すみません! この人には後でキツく言っておきますので!」

 

 システィが青年に謝るが、じっと黙ったまま動かなかった。

 

「……まさかここに来て早々に君と再会できるとはね」

 

 発された言葉は妙に馴れ馴れしく、懐かしさを感じさせるようなものだった。

 

「久しぶりですねシスティーナ。相変わらず元気のよろしいことで」

 

「あ、あなた……レオス?」

 

「……あれ? 何この空気?」

 

 どうやらシスティは青年の事を知ってるようだが、相手の事を知らないグレン先生や俺達は完全に蚊帳の外である。

 

「あ〜……あのさ、あんた一体誰……?」

 

「ん? あ、申し遅れました。私はレオス……レオス=クライトスです。この度この学院に招かれた特越講師で……システィーナの許嫁です」

 

「ああ、許嫁ね……いいなず──」

 

「「「…………え?」」」

 

 …………マジで?

 

『『『ええええええええぇぇぇぇ!?』』』

 

 グレン先生にレオスという男性が気になって集まっていた生徒達の素っ頓狂な叫びが学院内に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、先日の特別講師のレオス先生のシスティとの許嫁宣伝から翌日。昨日は本当にすごい騒ぎになった。

 

 いきなりの許嫁宣言もそうだが、その相手というのがシスティであり、レオス先生も聞くところこことは別の学院を経営している伯爵家の御曹司らしく、システィとは幼馴染。

 

 そんなゴシップ誌にでも大々的に掲載されそうな要素満載の関係性はあっという間に学院全体の噂になり、レオス先生は女子の人気を集め、システィにはその関係性についての質問が殺到していた。

 

 もちろん、こんな事をグレン先生が問い詰めないわけもなく、無遠慮にデリカシーの欠片もないまま直球な発言をぶちかましていつものように[ゲイル・ブロウ]を喰らって空を舞ったが。

 

 で、その噂の張本人であるレオス先生は軍用魔術概論を専門とする講師らしい。軍用魔術の術式の構造や現代に至るまでの道筋……背後の歴史などを教える分野のようだ。

 

 軍用魔術は魔術師としての力を示す分野の最たるものと言っていい。ゲームにせよラノベにせよ魔術や魔法を使う者に対するイメージはまずその攻撃性を優先して想像する者がほとんどだからだ。かく言う俺も最初はそのイメージから始まったからな。

 

 で、その授業で今……基本の三属呪文、ついでで風の呪文の物理作用力(マテリアル・フォース)の比率の理論を掘り下げてる最中だ。

 

「このように、何故軍用攻性呪文のほとんどが『炎熱』、『冷気』、『電撃』の三つで占められてる理由が諸君にもわかってきたと思いますが。術者の魔力を物理作用力(マテリアル・フォース)へと変換するのにあたり、これら三属が最も変換効率がいい。つまり、より効率的に相手に損害を与える事ができる魔力の使い方だということです」

 

 レオス先生の教えは軍用魔術の進化の歴史と俺達が教わっている魔術の内容である攻性呪文の分野が基本三属と呼ばれる『炎熱』、『冷気』、『電撃』が多いのかと言う理由。そしてそれらを数学的価値観から見た理屈。

 

「さて、これらの理屈を考えて風の呪文が弱いと言われる理由がわかったでしょう。それは風の魔術が他の三属と比べて物理作用を起こすためのエネルギー運用が他より要するために威力が低くなりがちになってしまう。これが風の呪文が弱いと揶揄されてしまう原因です。しかし、それでも風の呪文は今でも使われておりますし……風には風の利点があります」

 

 内容が風の呪文に入ったところで講座の終了を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 

「おや、今回はここまでですか。では、風の魔術の利点及び軍における運用法については次回に持ち越すことにしましょう。ご静聴、ありがとうございます」

 

 いかにも貴族らしい一礼をして授業は幕を降ろした。

 

「……完璧じゃねえか」

 

「えぇ……本当にすごかったです」

 

「リョウ……お前、この授業聞いてどう思った?」

 

「今の自分達でもやろうと思えばやれる……というのはわかりました。軍用魔術に手を出さなくても魔力と術式の比率をいじれば[ショック・ボルト]でもそれなりのものが出るってことですよね」

 

「リョウ君」

 

「わかってる。別に殺し屋になろうなんて言ってるわけじゃない。あくまで理論的な話だ」

 

「…………」

 

 隣でルミアがいまだに俺を心配そうに見てる。最近はよくこんな視線を向けられる。

 

 グレン先生にバレた以上、多分ルミアにも感づかれてる可能性はある。だが、それを口にするつもりはない。

 

 言えば絶対止めにかかってくるだろうからな。

 

「先生は認めたくありませんか? こういった授業は」

 

 話を逸らそうとグレン先生に質問する。実際グレン先生の様子も気になるしな。

 

「先生も、常日頃から力の意味と使い方を考えろって言ってましたもんね。これを聞いたら自分達にはまだ過ぎた力だなって思いますけど……それでも、先生の教えを受けて間違うなんてことはきっとありません。不安でしょうけど、私達を信じてください」

 

 時折、俺を見ながらルミアはグレン先生の不安を払うように言う。

 

「……べっつに。あいつが思った以上にいい授業するもんだからちょっと嫉妬しただけだ。イケメンってだけでも重罪モンなのに、頭よくて面倒見も良くてモテモテだとか手の出しようがねえじゃんか。クソ、爆発しやがれリア充が」

 

 グレン先生は不貞腐れるように言うが、内心を悟られまいと憎まれ口を紡ぐだけ。そんな事をしてもルミアは誤魔化せないと思うが。

 

「リア充っていやぁ……いや、マジで良かったな白猫。お前の将来の婿殿は実際に対した奴じゃねえか。本当良い買い物できたよな」

 

またもデリカシーのない発言にシスティは憤慨する。

 

「で、ですから違うって言ってるでしょ!」

 

「違うって……あいつはお前のフィアンセだろ?」

 

「確かに形式上はそうかもしれませんけど!」

 

「いや、形式も何も親が決めた許嫁同士とかマジモンだろ」

 

「だからそれは──」

 

「やあ、システィーナ」

 

 いつものグレン先生のデリカシーのない発言にシスティが反発していると、レオス先生から声がかかる。

 

「あっ……」

 

「僕の講義、聞きに来てくれたんですね」

 

「あ、うん……素晴らしい講義だったわ。文句のつけようがないくらい……」

 

「そうですか、それは良かった。貴方にそう言っていただけて何よりです。噂では貴方は『講師泣かせ』として有名みたいなので」

 

「あぅ……」

 

 普段ならその名が出れば授業を担当している講師がどうとか反論するが、許嫁相手には反論できないのか、顔を赤くして俯く。

 

「まずは、第一関門突破と言ったところでしょうか……将来の伴侶すら納得させられない授業しかできない者など、あなたの伴侶にふさわしくないでしょうから」

 

「だから! そ、そういうのを人前で言うのは……ああ、もう! どうして貴方はそう昔から……」

 

「貴方を愛しているからです。別に隠し立てする必要なんてありませんし」

 

 すっげ……あのシスティが完全に主導権を握られてる。そしてあっという間に中庭での散歩を約束付けて教室から出て行く。

 

「なんとも物好きな奴だね〜……まあ、良かったぜ。これであいつも生涯独身なんて不名誉を背負わずに済むな」

 

「それ、本人に言わない方がいいですよ」

 

 今度は強風程度じゃ済まなくなりそうだしな。

 

「あ、あの……二人共」

 

「「……ん?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、頼みというのがシスティ達の尾行って……」

 

「何で俺らが他人の恋路なんて独り身にとって地獄でしかない空間に飛び込まにゃならん」

 

「あはは……ごめんなさい。こんな我儘言って……」

 

 何でか俺達は中庭へ出てシスティとレオス先生の後をつけていた。

 

「まあ、親友に急に変な虫が寄って来ちゃ心配なんだろうけどさ……俺、こういうの全く興味ないんだけどなぁ……」

 

 そう言いながらシスティ達の方へ視線を向けると二人が向かい合っていた。

 

「おお──っ! あの男、白猫に結婚申し込みやがったっ! 見かけによらずなんて大胆な奴だ! 白猫の返答や如何にぃ!? 盛り上がってきた──っ!」

 

「興味ないって言ったのは何だったんだよ……」

 

「グレンが一番張り切ってる」

 

「あはは……」

 

 思いっきり野次馬根性丸出しで見入ってるし……。良い雰囲気も隣のロクでなし講師の所為で台無しであった。

 

「なぁ、何でいきなりこんな事言い出したんだ? 面倒臭いからって思っての質問でもあるんだけどさ……いくらシスティの素直じゃない面知ってるからって、人の恋路を盗み見するような奴じゃないでしょ」

 

「う、うん……確かに、当人同士の恋愛に口を出すのもどうかと思ったけど……なんか、嫌な予感がして……。レオス先生が良い人なのは見てわかったけど、あの人からはなんとなく……バークスさんのとはまた別の、嫌なものを感じるの」

 

「…………」

 

 バークス……白金魔導研究所でルミアをさらって道具扱いし、リィエルも苦しむことになった事件……。異能者の扱いが俺の想像を絶する程の地獄だと痛感させられた出来事。

 

 あの時もルミアはバークスに嫌なものを感じた鋭い勘の持ち主だ。曖昧だからという理由で一蹴できるものでもない。

 

「……わかったよ。ただの恋愛ストーリーならそれでいいけど……もしもの時は、俺が始末するから」

 

「…………っ!」

 

 ルミアの勘が働いてるなら警戒した方がいい。見た限りやっぱり件の組織が絡んでるとは思えないから別口の可能性か……そうなると、レオス個人の意思で。

 

「わかった。斬ってくる」

 

「待て」

 

「早まるな、バカ!」

 

 疑わしきは罰せよと言わんばかりにレオス先生に斬りかかろうとするのを俺とグレン先生で止めた。

 

「ごめんなさい、レオス……その申し出は受けられないわ」

 

 リィエルを止める最中、システィがプロポーズを断る言葉が聞こえた。

 

「……貴方の事は嫌いじゃない。でも、私はお爺様と約束したの。いつか、メルガリウスの天空城の謎を解くって。私はまだまだ魔術の勉強しなくちゃいけなくて……だから、今は誰とも家庭を築くつもりはないの……だから……」

 

「……ははっ。システィーナ……貴方はまだそのような夢みたいなことを」

 

 システィの言葉をまるで子供に対して仕方ないなという風に口にする。

 

「魔導考古学……古代遺跡の探索やアーティファクトの採掘だけじゃない。究極の目的は、古代文明の謎を紐解き、古代の魔術を現代に再現するための分野です。しかし、未だ嘗てそれを成し遂げた者はひとりもいません。現実を見てください……貴方ももう立派なレディなのですから」

 

 レウス先生は単純にシスティを気遣ってるのかもしれないが、あの二人の間には決定的な隔たりがある。レオス先生が言葉を紡ぐ度にシスティは表情が沈んでいく。

 

 夢と現実の間にある大きな壁……空白の時間がそうさせるのか、あの二人の元々の意識の違いからなのか、とにかく雲行きが怪しくなってきてるな。

 

「貴方のお爺様は本当に天才でした。魔導考古学などに傾倒しなければ第七階梯(セプテンデ)にまで到達しただろう人物です。あなたはレドルフ殿に勝てるですか?私は……あなたに人生を無駄にしてほしくはないのです。だから、システィーナ……私と実りのある豊かな人生の為に、私と──」

 

「詭弁弄してんじゃねえぞ、クソが」

 

 レオス先生がシスティに手を差し伸べようとするところに、グレン先生が割って入った。

 

「せ、先生……何でここに!?」

 

「白猫がどんな夢を追おうが、テメェに関係ねえだろ。女の子の夢言葉巧みに踏みにじって弱った心につけ込んで引き入れんのが貴族の御曹司様のやり口か?」

 

「……やれやれ、また貴方ですか」

 

 横槍を入れたグレン先生の怒気を含んだ言葉を受けてもため息混じりに受け流す。

 

「これは私とシスティーナの……そう、クライスト家とフィーベル家の問題ですよ。無関係の貴方が口を出さないでいただけますか」

 

 確かに貴族の問題がどれ程難しいものかは知らないが、法的な縛りが強いものなのはわかる。それを引き出されては法的援助のないグレン先生では口の出しようがない。

 

「関係はあるわ」

 

 今までグレン先生の迫力で一歩下がってたシスティがズイ、と前へ出る。

 

「…………白猫?」

 

「先生は関係あるわ」

 

「それは、どういう意味でしょうか?」

 

「だって……私は…………」

 

 それからシスティはグレン先生の手を取って──

 

「私は、先生と将来を誓い合った恋人同士だからっ!」

 

 ──とんでもない発言をした。

 

「……え?」

 

「「……へ?」」

 

「…………?」

 

「な──っ!?」

 

「今まで黙ってごめんなさい。でも、もう私は先生以外の男性と一緒になるのは考えられないの……」

 

「お、おい白猫……?」

 

 一瞬、システィが自覚ないまま秘め続けた想いがこの状況で一気に爆発したかと思ったが、彼女がグレン先生に耳打ちしている様子を見ると、どうやらグレン先生を架空の恋人に仕立て上げて縁談を断ろうということだろう。

 

「だから、私の事はもう諦めてほしいの。もう私は、貴方と結婚できない……」

 

「はーっはっはっは! そういう事だっ! お前が散々想い続けていた白猫は残念ながらもう既に身も心も俺のもんだ!」

 

 気持ちのいいくらいの切り替えの良さでシスティの彼氏役を演じるグレン先生はこれまでもかというくらいレオス先生を挑発する。

 

「もう俺達はテメェの想像以上の事だってしてるぜ! 昨夜だってベッドの上で可愛い声をワンワン響かせたし、今朝だって肌に汗を浮かべながら──」

 

「《この・馬鹿ああぁぁぁぁっ》!」

 

 調子に乗って如何わしい発言が出た途端、システィの即興改変した[ゲイル・ブロウ]がグレン先生を上空へと飛ばした。

 

「いくらなんでもやりすぎでしょ! だいたい、私達まだキスしかしてないでしょ!」

 

「キスゥ!? それは本当なのですか!?」

 

「え!? あ、いや……キスと言ってもあれは……」

 

「ま、そういうわけだ。俺と白猫の式にはちゃんと呼んでやるからここは大人しく引いておきな」

 

「ふ、ふざけないでくださいよ……っ!」

 

 グレン先生の言葉に堪忍袋の尾が切れたのか、ワナワナと身体を震わせながら忌々しげにレオス先生はグレン先生を睨みつける。

 

「私は彼女の婚約者で、ずっと彼女を想い続けてきた! 今更こんな事で……しかも相手が貴方と聞いて引き下がるわけがないでしょう!」

 

「……つまり、テメェは諦めるつもりはないと。そして、これからも白猫に迫り続けると?」

 

「当然でしょう! 貴方と付き合ってるのだって何かの間違いでしょう! 気の迷いだ! 彼女を幸せにできるのは私だけだ!」

 

「……まあ、べつにテメェが白猫を想おうとするのは勝手だし……お前の言う通り、コイツを幸せに出来るのはもしかしたらテメェの方かもしれねぇ。だがな、例え無謀な夢かもしれなくてもその道を歩く事を見届けるくらいはしてやってもいいんじゃねえか?」

 

「ダメですね。相手を想うからこそ現実を認識させなければいけないんです。その道では、システィーナは決して幸せになれない。そんな甘さしか与えられない貴方はやはり彼女に相応しくはありません。故に僕の下に来る際はシスティーナには魔導考古学から手を切っていただきます」

 

「……そうかよ。ハッキリしたぜ」

 

 グレン先生は面倒臭そうに後頭部をかきながら呟く。

 

「やっぱテメェに白猫は渡せねえな。テメェの時代遅れの家庭像なんざ微塵も興味わかねえ。そもそもコイツがそんな大人しめの生活が似合う口か」

 

「ちょ、どういう意味ですか!?」

 

「コイツはちょっとリラックスしようとするだけでギャンギャン説教してお節介焼くわ、人のプライベートにまでああだこうだ言うわ夫を暖かく見守るようなキャラじゃねえだろ」

 

「あ、あんたね……」

 

 仮にも彼氏役の癖に散々な言いようにシスティがワナワナと震えていた。

 

「だがな……コイツは自分の夢をずっと追い続けて来てんだ。誰に何言われても、それでもずっと走り続けてんだ。それこそそれを現実がどうのこうの、白猫を大して見てねえテメェがほざくんじゃねえぞ」

 

「……そうですか。あくまであなたはシスティーナをそんな無意味な道へ進めようとしますか。ならばお覚悟を、グレン=レーダス……あらゆる手段を尽くして、私は貴方からシスティーナを奪い返します。クライトス家を敵に回したことを後悔しなさい」

 

 今までとは打って変わって、随分と攻撃的に、冷酷な面貌だった。恐らく宣言通り、本当に色んな手段を使ってグレン先生を潰す気か。

 

「ちょ、クライトス家って……先生はそんな大袈裟にしたいわけじゃなくて……そ、その、やっぱり本当の事説明するわ! さっきのは──」

 

「ああ、それがお前の本性ね」

 

 グレン先生がダルそうな口調で呟くと、左手の手袋を外し……レオス先生へと放る。それを反射的に受け取ったレオス先生は愕然とする。

 

「決闘だ。白猫を賭けて勝負といこうぜ。俺が勝てば白猫は俺のモン……で、アンタは大人しく手を引け。二度と白猫の前に姿見せるな」

 

「ちょ、ちょっと先生! 決闘って!? ていうか、人を勝手に賞品にしないでください!」

 

「ふっ……それは願っても無い話です。しかし、よろしいのですか? 私が勝てば、その時は貴方がシスティーナから身を引いてもらいますが」

 

「構わねえよ。どうせ俺が勝つし」

 

「その余裕の笑みが崩れる瞬間を楽しみにしてますよ。日程と内容は後日、ゆっくりと話し合って決めましょう」

 

互いに不敵な笑みを浮かべて威嚇し合うとレオス先生は踵を返してその場を去る。

 

「…………悪りぃ☆やっちまったぜ♪」

 

「何が『やっちまったぜ♪』、ですかっ! いや、私が巻き込んだ所為でこうなっちゃったかもですけど! もう少しやりようはあったでしょう!」

 

「いや、勢いとノリでとんでもないこと言っちゃった感はあるけどさ……よくよく考えればこれってビッグチャンスじゃね?」

 

「な、何がですか?」

 

「いや、最近忘れがちだけどお前の家だって相当の金持ちだろ? このドサクサに紛れて逆玉の輿狙っちゃえば俺は晴れて教師生活からオサラバ! 夢の引き篭もり生活だぁ!」

 

「こ、この……《バカアアアアァァァァ》──っ!」

 

 システィの[ゲイル・ブロウ]が再びグレン先生を上空へと投げ飛ばす。今日はいつにも増して飛ぶ回数が多いな。

 

「なんか妙な展開になったんだが……」

 

「た、大変な事になっちゃったね……大丈夫かな?」

 

 まあ、決闘の内容はわからんが、純粋な魔術勝負じゃなければグレン先生ならどうにか勝ちは拾えるだろうから決闘の勝敗にはそれほど不安はない。

 

 問題はあのレオス先生だ。ルミアの言っていた不安の正体はまだわからないが、さっきの様子を見る限りじゃ結構怪しめだから警戒した方がいいな。

 

 まあ、あの人の事もだが……。

 

「……そういえば、システィって……いつの間に先生とキス、済ませてたのか?」

 

「えっと……どうなんだろ? でも、さっきの様子を見る限りじゃ嘘じゃなさそうだけど…………それに、さっきの様子……みんなにも知られちゃってるよね」

 

「こりゃ……システィに女子達が殺到する未来が見えてきたな……」

 

 グレン先生の決闘やレオス先生の正体の前に、システィのキス発言が事実かどうかの真偽が気になってしまった。

 

 そのおかげか、最近感じてるイライラが一時的に収まった今日この頃である。



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第19話

「まぁ〜、そんなわけで……俺が見事白猫との逆玉の輿獲得するために、一丁お前らの協力頼むわ」

 

『『『ふっざけんなああああぁぁぁぁ!!』』』

 

 レオス先生への宣戦布告から翌日の授業前……。教壇に立ったグレン先生の発言にクラスメイトの怒号が波となって襲う。

 

「何勝手に俺ら巻き込んでんですか!?」

 

「やるなら当人同士で勝手にやってくださいよ!」

 

「ていうか、まず真面目に授業してください!」

 

「ていうか、先生最低……」

 

「むしろ負けろ!」

 

「んでもって死ねっ!」

 

 もう、まさにボロクソであった。まあ、みんなの言うことはもっともである。

 

 グレン先生とレオス先生の決闘の話は宣戦布告した日の内に瞬く間に学院中に広まったのは別段不思議ではないが、その翌日にいきなり自分達を巻き込んだ内容になろうなどとなれば不平不満は当然の事だ。

 

「ええい、黙らっしゃい! しょうがねえだろう! レオスの野郎が決闘の内容を教師としての腕を問うたモンにするために魔導兵団戦にしちまったんだから!」

 

 今グレン先生が言っていた魔導兵団戦……言葉の通り魔術師達を歩兵とした集団模擬戦のひとつでレオス先生はこの模擬戦で自分とグレン先生のどちらがシスティを良い方向に導けるかを競おうとのことらしい。

 

 単純な魔術決闘に比べればハンデは開きづらいし、それなら確かに両者の教師としての腕がハッキリしやすい。システィ本人の意思はともかく、どっちが良い導き手になれるかは目に見えやすい。

 

「まあ、丁度都合のいい事に黒魔術の授業が進んでる代わりに魔導戦術論の方が若干遅れてるこのクラスにこの決闘内容はいい授業じゃん。だから、この授業内容の変更は仕方なくだ。し・か・た・な・く」

 

 グレン先生の言い分にクラス一同は呆れるしかなかった。

 

「はぁ……先生達の決闘の勝敗は別にどうでもいいですが。その決闘はハッキリ言って無駄でしょう」

 

「ほう? 何でだ?」

 

 そんな微妙な空気の中でギイブルが辛辣な言葉を吐き、グレン先生がその真意を問う。

 

「この魔導兵団戦は、文字通り……僕らを兵士と見立てて行われるものです。僕やシスティーナ、一部の者を除いて戦力になれる生徒などほとんどいないでしょう」

 

 言われてみれば確かに、このクラスは所によっては問題児クラスという風に言われてる節がある。みんないい奴ではあるんだが、成績が偏ったり低迷したり、性格に問題あったりなどといった生徒が集まりやすく、逆に他のクラスでは魔術に優れた生徒が集まりやすく、トップとしてハーレイ先生が担当してる一組に続き、現在レオス先生が担当し且つ、今回の相手となる四組が二番目。

 

 個々のパラメーターがかなり開いてるのは否定できない。

 

「ん、何言ってんだ。戦力になれる奴なんてこのクラスに誰一人いねえよ」

 

「え……」

 

「つか、ぶっちゃけお前みてえなのが一番扱いづらくて真っ先に死ぬタイプだな」

 

「な……」

 

 バッサリ切り返された挙句、足手纏いも同然な風に言われてギイブルは開いた口が塞がらなかった。

 

「おい、リョウ……お前なら今の意味わかるよな?」

 

 急に俺に吹っかけ、みんなの視線が俺に向く。いきなり問いかけられて戸惑ったが、さっきの物言いと今回の内容を考えればおぼろげにだがグレン先生の言いたいことはわかる。

 

「……チーム戦だから、ですか?」

 

「まあ、それも合ってるがダメだな。良い機会だからお前らに一丁教えてやるか。魔導兵士団……戦場における魔術師の使い方と戦法、心得って奴を。コイツを教える前にまずお前らの認識をまず正さなきゃな。魔術師の戦場に、『英雄』なんざいないってことをな」

 

 そう言って、魔導戦術論の授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間はあっという間に流れて数日経った午後……。俺達は馬車によって学院から少しばかり離れた広い土地へと足を運んだ。

 

 目の前には草原やら林やら緩やかな丘が広がっており、ここら辺が丸ごと学院の所持している領地とのこと。普段は魔導兵団戦の演習場として使われてるらしい。

 

 そして、その地の端っこにある廃墟跡で付き添いで来た数人の教師達と、その前に俺達のクラスとレオス先生のクラスが整列していた。

 

「では、諸君らは魔導兵団戦の演習は初めてであろうから、この私が今一度ルールを説明しよう」

 

 付き添いの一人であるハーレイ先生が前に出て魔導兵団戦のルールを簡単に説明する。今回の決闘で使える魔術が[ショック・ボルト]などと言った殺傷力の低い初級魔術のみ。この決闘では水系統の魔術は使えそうにないから俺は基本[ショック・ボルト]と簡単な白魔術くらいか。

 

「この魔導兵団戦で大きな怪我を心配する必要はないが、万が一の事も考えて法医師先生もこの演習に立ち会う事になったので、諸君らは遠慮なく競い合うといい」

 

「はい。もし怪我をなさった方は遠慮なく言ってくださいね」

 

 ハーレイ先生の隣に立ったのは普段医務室に勤務している法医師のセシリア先生。法医術に長けて男子の間で人気の美人教師ではあるのだがこの先生……法医術の腕は確かな癖にちょっとしたことで吐血してしまう程の病弱体質でもある。

 

 怪我や病気を治療する法医師の筈なのに何故か訪問したり運び込まれたりした人間の方が彼女を介抱しているという事例も決して少なくはない。

 

 この人に怪我人を任せて大丈夫なのだろうかという疑問を浮かべると同時に互いの拠点と定められた進軍ルート、それぞれのフィールドの利点欠点の説明を軽く受けて魔導兵団戦が始まる。

 

「──で、俺はリィエルと丘を歩いてるわけですが。敵さんが接近……数にして九人です」

 

 俺は予め配布された魔導通信具を使ってグレン先生に報告する。

 

『やっぱり確実性と全力投入を選んだか。じゃ、後は手筈通りにな。お前らは下手に攻撃せずに付かず離れずの状態を保っとけ』

 

「リィエルはまともに使える呪文がないからそうするしかないんですけど、俺は誰か一人くらいは倒した方が良くないですか?」

 

『ダメだな。下手に攻撃手段を使うとリィエルの動きについていけない奴らが一斉にお前を標的に絞る。だから両方回避行動に専念して狙いをバラつかせた方がいい。まあ、もし退避行動に出たら何発か撃って一人でも仕留めれば良し……駄目ならそのまま逃しとけ。こういう集団戦で深追いしたら手痛いしっぺ返しを喰らうからな』

 

「了解」

 

 グレン先生の指示を受けて魔導通信具をしまい、もうそろそろ敵軍と接触する。

 

「リィエル、先生が出した指示は覚えてる?」

 

「ん……私はただ全部避けろって」

 

「そう、俺達はとにかく回避だ。敵さんの攻撃を避けて向こうが逃げるのを待つ……以上」

 

「ん、わかった」

 

 簡単な作戦確認を行っていよいよ敵軍との接触だ。

 

「《雷精の紫電よ》っ!」

 

「《紅蓮の炎陣よ》っ!」

 

「《白き冬の嵐よ》っ!」

 

 目視範囲に入ると九人のうち六人が別々の呪文を唱え……紫電、紅炎、吹雪が襲いかかってくる。

 

「《虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮》」

 

 空気を圧縮し、光と音で対象の動きを止める黒魔[スタン・ボール]を敵さんの目の前で破裂させ、魔術の続出を止める。

 

「ぐっ……もう一度だ! 《雷精の──」

 

「ん……」

 

「──って、わぁ!?」

 

 突然集団のど真ん中にリィエルが立っていた事に驚いて列が乱れそうになるが、慌ててトライアングルの陣形を取りながら三方向に散らばる。

 

 三人一組の連携……グレン先生の言った通り、レオス先生は軍でもよく使われている基本陣形を行使している。

 

 グレン先生が言うには、魔導軍では基本三人一組になって攻撃・守備・支援と役割分担をすることで下手に力のある魔術師三人の寄せ集めよりも効率のいい進撃が可能になるという。

 

 しかし、この陣形……三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)は密度の高い訓練が必要であり、特に支援係がその役目をこなすのが難しい。ほんの数日でその陣形をものにするにはグレン先生では無理との本人談。

 

 だからレオス先生とは違う方法で訓練をしていた。その内容とは二人一組による連携。三人四脚で走るのが難しいなら難易度の低い二人三脚で行こうという単純な方法だった。

 

 注意が分散しやすく、攻撃や守備よりも選択肢の多くなりがちな支援を抜いて戦法をより単純化させることにより、より機敏に、効率よく動かしやすいこちらの方が短期間で練度を高めやすいという理由だ。

 

 その選択肢は正しかったのか、向こうの連絡係らしい生徒が相当慌ただしくなってレオス先生に報告していた。

 

「くそっ!  《大いなる風よ》っ!」

 

 一人がレオス先生の返事も待たずに[ゲイル・ブロウ]を打ち放ってくる。

 

「《紫影》」

 

 速度特化の[フィジカル・ブースト]を唱えて嵐を回避する。もう陣形も何もなく守備担当だった生徒まで攻撃に回って乱れていた。

 

 そんな混沌とした時間がいくらか続くと四組の生徒達が引いていく。どうやら退避命令が出たようだ。

 

「……先生、向こうは退きましたけど。追撃します?」

 

『いや、やめとこ。他も退いたから次は戦力が一ヶ所に集中するはずだ。追撃途中で他の連中と鉢合わせになった時が怖ぇ。ボーナスステージはここまでだ。お前らは引き続き、そこで守っとけ』

 

「……はい」

 

 軽い報告と返事を終えて俺とリィエルはこのまま丘を守る事に専念する。

 

 しかし、ルールがルールだから仕方ないとはいえ……使える呪文がやたら制限されるわ、攻撃に参加させてもらえないだ。運動にはなっても大した訓練にはならない。

 

 軍事魔導関係の知識が豊富な人が指導するからもう少しねばってくるかと思えばさっさと撤退させるし。まあ、模擬戦とはいえ指揮官としてはむやみに戦力の低下を抑えたいのだろうから仕方ないのだろうが、やっぱりデータを鵜呑みにして実践経験大してないって感じの奴なのか。

 

「……あまり期待はできなさそうかな」

 

「…………?」

 

 隣で疑問符浮かべながらユラユラと風に揺られながら首をかしげるリィエルを尻目にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さって、もう少しくらい片付けておきたかったが、やっぱ流石に魔導兵関係の知識豊富なだけあって退き際も弁えてるか。となると次は全勢力投入して…………」

 

 グレンは拠点でそれぞれの場所を守っていた勢力の報告を纏めながら次にレオスがどの作戦を取るか予想する。

 

「おっし残ってるお前ら! 全員、森に移動だ! 次の戦いの中心はあそこだ!」

 

 グレンは残った生徒達に指示を飛ばして森への移動を促し、指示を受けた生徒達が指定された場所へと移動する。

 

 そんな中、移動する集団から外れてルミアがグレンへ駆け寄る。

 

「あ、あの……先生?」

 

「お、どうしたルミア? 次の戦場は森になるからすぐ移動するぞ」

 

「あ、はい。それより……その、リョウ君は?」

 

「あぁ……あいつはこのまま丘で待機。戦況が混乱でもしない限り動く事はねえだろう。何も起こらない限りはあいつに攻撃指示出したりはしねぇよ」

 

「そうですか……」

 

 グレンの言葉を聞いてルミアは僅かに安堵の息を吐く。

 

「しっかし、まさかお前がリョウを攻撃部隊に参加させないでくれって言われた時はちょっと意外だったな。いくらレオスが優秀だからって、向こうの生徒達に遅れを取るとは思えねえけどよ」

 

「……最近のリョウ君、何と言いますか……恐い、というよりも危ない、感じがするんです。白金魔導研究所に行ってからほとんど笑わなくなって……まだあまり見えませんけど、身体に傷を作ってますし。多分ですけど……ここのところ毎晩、街の外に行ってるんですよね?」

 

「……ん〜、まあな」

 

 やはりというか、今のリョウの心境も街の外れに足を運んでいる事もルミアにはお見通しのようだった。下手に隠しても意味がなさそうなのでグレンは適当に頷く。

 

「リョウ君、白金魔導研究所で何か見たんですよね。私は、普通の道から抜けさせてもらいましたけど……別の道で、私の知らないところで何かあったんですよね」

 

「ああ……悪いが、それは言えねえ。お前は聞くべきじゃねえ」

 

 いくらルミアの精神力が常人離れしたとしても、まだ十代の少女があんな悍ましい出来事を知ることはグレンにとっては好ましくない。リョウは偶然知る事になってしまったが、わざわざそれを口にするわけにもいかない。

 

「きっと……そこで誰か助けられなかったから笑わなくなったんですね。だから強くなろうとしてるというのもわかります。でも……今のリョウ君は見てられないんです。笑わなくなったし、いつもの様に面白い例え話も私達の知らないえっと……英雄でしょうか、時々口にしてた名前も一切聞かなくなりましたから」

 

「…………」

 

「システィの事も心配ですけど、リョウ君も……このままだと近いうちに壊れそうで、でもこんな曖昧な感覚のまま言っても聞いてくれないかもしれませんし、もっと無茶をしそうで……」

 

「言うに言えないってわけか」

 

 グレンの言葉にルミアは頷く。グレンはどうしたものかと後頭部を掻きながら一拍置いて口を開く。

 

「大丈夫だ。確かにちっと危ねえところはあるが、周りの奴らないがしろにしてまでやるような奴じゃねえ。この件が終わったら俺から一言くれてやるよ」

 

 だから後は任せろと言うようにルミアの頭をポン、と軽く叩いてその場を離れる。

 

「……先生もあまり無理しないでくださいね」

 

 心配そうな表情で言うルミアを尻目にグレンは歩を速める。

 

「……わかってんだけどなぁ」

 

 こっちの事も気づかれていたのかと参りながら次の作戦へと意識を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『双方そこまで! たった今双方の戦力損耗率が八十パーセントを越えた! よって、この決闘のルールに従い、引き分けとする!』

 

 丘でしばらく待機していると審判役のハーレイ先生が拡声魔術で声高らかに終了宣言を広めた。

 

 最初の集合場所へ行ってみんなと合流すると疲弊しきったクラスメート達が荒い呼吸をしながらトボトボと今にもバランスをくずしそうな足取りで戻ってきた。

 

 聞くと森でグレン先生が囮になってあっちこっち動き回りながら自分達で少しずつ戦力を削ったものの、相手側が態勢を立て直してからは最早模擬戦なんてもんじゃなかったという。

 

 ただのごっごの延長だと思ったのが、本物の戦争に入った気分になって今は生きてることが素晴らしいとカッシュが声高らかに叫んでいた。目尻に涙を浮かべてることから本当に悲惨な状況だったんだろうな。

 

「よーう、みんなお疲れさん! お前らよくやってくれた! あのレオス相手に引き分けは純粋にすげえぞ!」

 

 大した疲労感も顔に出さないまま戻ってきたグレン先生がみんなに労いの言葉をかけ回っていた。

 

「いや、先生……引き分けになっちゃったんですけど、システィーナはいいんですか?」

 

 そういえば、勝ち負けのことばかりで引き分けた時のことなんて全然話してなかったな。

 

「ん? あぁ、それなんだが──」

 

「何なんですか、あの体たらくは!」

 

 グレン先生が何か言いかけるが、少し離れた場所からレオス先生の怒鳴り声が聞こえ、みんなの意識がそっちへと向く。

 

「あの無様な戦い方はなんですか!? 貴方達がもっと私の指示に従っていれば……」

 

 どうやら自分の思うように事が運ばなかったのが相当腹立たしかったようで、自分の生徒達をしきりに叱っていた。

 

「なんか、感じ悪りぃ奴だな……」

 

 ボソリと呟いたカッシュに同意して頷く。場が見えないのだから思うように事が進まないことだって十分あり得るし、自分の思惑から外れるのが嫌ならグレン先生みたく、自分が視認できる距離まで近づけば状況は違ったかもしれないのに、失敗を全て生徒に押し付けるのはどうかと思う。

 

 レオス先生の姿を見て容姿と頭脳に欽慕していたクラスメートも戸惑い、一部幻滅する者も出ている。流石に見てられないのか、グレン先生がズカズカとレオス先生へと歩み寄る。

 

「おい、それはちょっと筋違いじゃねえのか? 兵隊の失敗は指揮官の責任だろう」

 

「うるさい! 貴方ごときが私に口答えするな!」

 

 グレン先生の言葉にもヒステリックな受け答えで怒鳴り散らす。

 

「……おい、アンタちょっと顔色悪くね? もう帰って休んだ方がいいんじゃねえか?」

 

 確かに、レオス先生の顔色が出会った当初と比べると随分青ざめてるような気もするし、発汗量も異常に見える。

 

「勝負も引き分けだ。ここは互いに白猫から身を引くってことで……」

 

「うるさい……!」

 

 グレン先生は引き分けということで場を収めようとするが、レオス先生はそれに納得はしないのか、自分の手袋をグレン先生へと放る。

 

「再戦です! 今度はわたしから貴方に決闘を申し込みます!」

 

「お前、まだ諦めねえのかよ……」

 

「当たり前です! 貴方なんかにシスティーナを任せられるわけがないでしょう!」

 

「……ああいいぜ。なら次の決闘は──」

 

「いい加減にしてよ!」

 

 二人が再決闘をしようと話を進めようとすると、システィが我慢の限界なのか二人へ怒鳴る。

 

「黙ってれば二人して私そっちのけで勝手に盛り上がって! そんな勝負に勝ったところで私が求婚に応じると思うの!?」

 

「う、システィーナ……その件は深くお詫びします。しかし──」

 

「今度の決闘は一対一。日時は明日の放課後、場所は中庭だ。ルールは致死性の魔術は禁止で他は全手段解禁。それで行くぞ」

 

「っ!?」

 

 レオス先生の言葉を遮ってグレン先生は決闘のルールへと話を進め、決闘を承諾する意思を見せた。同時にシスティが裏切られたような表情をした。

 

「……ふっ、いいのですかそれで?」

 

「ああ、いいぜ。これに勝てれば逆玉の輿だしな。ここいらで一発体張って──」

 

 パンッ! と、グレン先生の言葉が最後まで続くことはなく、システィがグレン先生の頰を叩いた。

 

「……嫌いよ、貴方なんか」

 

 そう言い残して馬車へ向かってその場を離れた。

 

「……ふぅ、無様なものですね。貴方こそ、彼女を諦めるべきじゃないですか?」

 

「……うっせえよ」

 

 その後はなんとも気まずい空気のままみんな馬車へと向かっていく。

 

 今日は大して動かなかったから今日も街外れで魔獣狩りでもするかと思ってると、レオス先生の豪奢な馬車が目に入った。

 

 相変わらずの金持ちっぷりだなと思うと、その馬車の手綱を握ってるシルクハットの人と目が合った。シルクハットの人がぺこりと一礼して俺もそれに返す。

 

 レオス先生が馬車に乗るとすぐに走り出し、あっという間に離れていった。

 

「おい、どうしたリョウ?」

 

「…………なんか、どっかで見たような?」

 

 あの手綱を引いてたシルクハットの人……何か見覚えがある気がする。

 

 妙な既視感を抱きながらも馬車に乗り、自宅へと戻り、夜になったら再び街外れへと出て一日が過ぎた。

 

 そして翌日の、決闘の時間…………グレン先生が来る事はなく、その日から音信不通となり、一週間後にシスティとレオス先生が結婚することが学院中に広まった。



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第20話

「システィーナ……少々よろしいでしょうか?」

 

 グレン先生の行方が掴めなくなり、システィとレオス先生の突然の結婚宣言に学院中が騒然としたままの休み時間。ウェンディがシスティに詰め寄っていた。

 

 ウェンディのみならず、カッシュもその場に入り、システィの結婚とそれによって将来の夢を諦めることを本気かと問うていた。

 

 その他にも周囲でシスティの様子を見ていたクラスメートがシスティの表情と今の状況が何処かおかしいことは感づいているだろう。

 

 システィはレオス先生との結婚が夢だった、もう届かない夢は綺麗さっぱり諦めたような事を言ってそれを聞いていたみんなはより疑念を表情にして浮かべた。

 

「あなた、やっぱりここのところ様子が変ですわ。ひょっとして……あの人に何か弱みでも握られているのではなくて?」

 

「ぇ……」

 

 一瞬だが、システィの表情が揺らいだのが見えた。

 

「そ、そんなわけないじゃない! こんな幸せな結婚出来るなんて思わなかったからちょっと夢心地なだけで!」

 

「システィーナ」

 

 みんなの会話を遮るようにレオス先生が穏やかに声をかけるが、おかしな状況のことも相まってウェンディ達が思わず身構えた。

 

「結婚についての打ち合わせがあるので少々場所を変えませんか?」

 

「あ、うん……わかったわ」

 

 システィがレオス先生に着いて行き、教室を出て行く。その様子を見ていた大体の生徒達は仲睦まじいなと囁いていたが、二組のみんなはそれを怪訝な表情で見ていた。

 

「……ねぇ、ルミア。あのレオスって男、斬っていい?」

 

「ダ、ダメだよ!」

 

「落ち着けリィエル。んな事したらアイツの権限を持って牢獄行きだ」

 

 今にもレオス先生に斬りかかりそうなリィエルをどうにか説得して止める。

 

「でも、システィ……ずっと苦しそう。あいつが……あいつ、すごく嫌な感じがする。きっと、あいつがシスティを苦しめてる……そんな気がする」

 

 リィエルの言う通り、システィの様子がおかしいのはどう考えてもレオス先生以外にあり得ないとは思う。グレン先生が何の前触れもなく姿を消すし、何もかもがあの人の都合のいいように事が進みすぎる。

 

「でも、何の証拠もないんだよ。もう少しだけ待って……きっと、グレン先生がなんとかしてくれるから」

 

「……でも、グレンはいない。三日前にルミアから離れるなって言ってそれっきり」

 

「俺には手紙を置いてった」

 

 三日前、魔導兵団戦を終えて街の外で魔獣狩りをした後の帰り、家に戻ると手紙が戸に挟まっており、見るとルミアから決して離れるなという内容だった。そしてその翌日に決闘のボイコットにシスティの結婚宣言。

 

 魔導兵団戦の後で俺達の知らないところで何かが起こっていたのだろう。そして、レオス先生はグレン先生を退けたのを好機と見てシスティとの結婚を強行しようとしている。

 

 だが、グレン先生が負けただけでシスティがすんなり結婚を受け入れるとは思えない。それも、毎回ベラベラと語ったメルガリウスの城の事を諦めてだ。多分、ウェンディがさっき言ったように何かしらの脅迫を受けてると考えるべきだろう。

 

 システィが結婚を受け入れる程の脅しの材料になり得るのはやはりルミアだろう。レオス先生は何らかの経路でそれを知ってその情報でシスティを揺さぶっている。

 

 だが……それでもおかしい。そんな脅迫材料を入手してるのならもっと前の段階から使ってもよさそうだし、グレン先生がボイコットしたのだって、多分普通にやっては勝てないと踏んでの行動なんだろう。

 

 魔導兵団戦の様子を見る限り、理論と数字だけを真に受けて実践経験に乏しそうな印象しかないあの人がそこまでの腕を持ってるとはとても思えない。でも、今のあの人はそんな匂いを微塵も感じさせない……むしろ異様なまでの狡猾さと残忍さを思わせるような冷たさが瞳の奥で鈍く光っていた。

 

 この妙な違和感と何もできない無力感を抱えたまま無駄な時間がどんどん過ぎて行き、遂に結婚当日になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結婚当日になり、参列席で座って待つ事数十分……。グレン先生も来ないままシスティとレオス先生の結婚式が始まった。

 

 大きなステンドグラスで作られた絵のある静かな空間の中、パイプオルガンの奏でる音色と共に純白に彩られたウエディングドレスとタキシードを着た二人がバージンロードを一歩一歩進んでいく。

 

 その一瞬一瞬に祝福の言葉を投げ掛ける者もいれば、素直に見送れない者もいる。結局、いつまで待ってもグレン先生は来ず、結婚式は聖書朗読まで来ていた。

 

「愛は寛容にして慈悲あり……愛は妬まず、愛は誇らず、見返りを求めず……只、己が身と魂を汝が愛する者へと捧げよ。さすれば──」

 

 ただ粛々と式は進んでいき、遂に締めの祝詞へと入ってしまった時だった。

 

「その式、認められるかぁ!」

 

 バン! と、勢いよく開かれた扉から聞き慣れた声と見慣れた影が厳かな空間に割って入ってきた。

 

「グ、グレン先生……?」

 

「何で今になって……」

 

 突然のグレン先生の登場にクラスメートや式に招かれた教師達も開いた口が塞がらなかった。

 

「その結婚式、ちょっと待ってもらおうか。俺は断じて認めん……テメェに白猫は絶対に渡せねぇな。そう簡単に逆玉の輿を諦めてたまるかぁ!」

 

「うわ〜……」

 

「先生、ここに来てまで……」

 

「ある意味尊敬する……」

 

「そこに痺れないし、憧れもしない……」

 

 ようやく登場したかと思えば相変わらずのゲスい表情とセリフにみんな呆れるやら安心するやら複雑な表情を浮かべていた。

 

「ふ、ふざけないでください……貴方って人はどこまで……」

 

 そんな中、システィ一人だけは拳を握り震わせ、グレン先生を睨んでいた。

 

「私とレオスとの結婚式を邪魔しないでください! そもそも決闘から逃げた卑怯者が今になってこんな所に来ないでください!」

 

「へっ! 卑怯もラッキョウもあるか! ようやく夢の引き篭もり生活の日々目の前にチラつかされてこのまま退き下がれるかぁ!」

 

 グレン先生はいかにもゲスいセリフを吐きながら懐から何かを取り出し、それを床に叩きつける。

 

 すると、眩い光と轟音が式場を一瞬にして包んだ。どうやらスタングレネードみたいなものなんだろう。目と耳塞いで正解だった。

 

 光が収まると突然の光と音に五感を狂わされたみんなもいつの間にかグレン先生とシスティの姿が見えないことに慌てふためいた

 

「あーばよっ、レオスちゃん! 白猫は頂戴するぜぇ! ギャハハハハハハハ!」

 

「いやああぁぁぁぁ!」

 

 一瞬遅れて、開きっぱなしだった扉の向こうからグレン先生のゲスい高笑いとシスティの悲鳴が聞こえてきた。どうやらシスティを連れてグレン先生は既に逃走したようだ。

 

「な、何を考えとるのだあの男はああぁぁぁぁ!?」

 

「は、花嫁が拐われてしまったぁ!?」

 

「キャー! 愛の逃避行よ!」

 

「いや、これは完全に誘拐じゃ……」

 

「み、みんな静まれ! 生徒達はそのままここで待機だ! 教師達はすぐに奴の行方を!」

 

 場は一気に騒然とし、俺達生徒は取り残されて教師達はグレン先生の行方を探そうと表へと去っていく。

 

 そして式場ではグレン先生の帰還とまだ真相は定かじゃないが、俺達の知らない所で苦しんでるシスティを救出したことに歓喜していた。

 

 そんな中、俺はまだ式場に残っていたレオスの方へ目を向ける。その姿を視認し、向こうも俺を見ると口元をニヤリと歪める。その狂ったかのような笑みを見て背筋がゾクリと氷を押し付けられたような寒気を感じた。

 

「お、おい……何だよ、アレ!?」

 

 同時に誰かが叫び出し、振り返ると外から何かがゾロゾロと入り込んでくる。

 

 それは格好からして一般市民だろう。だが、あの集団の一人一人は明らかに様子がおかしかった。

 

 それぞれの身体には網目のように血管が浮き出しており、肌の血色は蒼白く、皆がその手に棍棒やら包丁やら鍬、シャベルを持っており……みんなユラユラと、生気を全く感じない目で迫ってくる。

 

「み、みんな! とにかく奥へ下がれ!」

 

 カッシュがみんなに呼びかけて下がらせるが、何人かがこの不気味な光景を見て恐怖に支配され、動けずにいた。

 

「こ、来ないでください!」

 

 取り残されていたリンと寄り添っていたウェンディが悲鳴にも近い声を上げるとそれに反応して集団の一人の男が包丁を持って信じられない跳躍力と敏捷性で壁を蹴りながら迫っていく。

 

「《氣弾》っ!」

 

 ウェンディとリンに迫る男に[マジック・バレット]を当てて退けるが、男は意に介しない……というより痛みを感じてないようにすぐに立ち上がって今度は俺に向かってくる。

 

「の……《氣弾》、《弍弾》、《参弾》!」

 

 今度は三発当てて退けるが、それでもゆらりと不気味に立ち上がってくる。まるでバイオハザードだな……。噛まれたりして感染なんてないよな。

 

 ゾンビみたいな人達はそれから次々と手に持っていた武器を振り上げ、何人かは壁を跳びかけながら波のように襲いかかってくる。

 

 動きは人間のものとは思えない速度だが、動きは魔獣よりも単純だ。俺はそれらを払いのけながら呪文を唱える。

 

「《渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ》!」

 

 [テイル・シュトローム]を発動させて集団の一部を払いのけるが、それでもゾンビ集団は次々と武器を持って襲いかかってくる。

 

「(……待て。何だ、こいつら……)」

 

 この集団、俺が戦っているからかどうなのか……大半が俺を狙ってるように思える。もちろん、一部みんなを狙って襲ってるのもいるが、どいつも入ってはまず辺りを見回し、俺の存在を認知してから即座に飛びかかってきている。

 

 理由は知らないが、どうやら連中の狙いは主に俺らしい。

 

「……よくはわからないが、ここに留まるのはかえって危ないな。リィエル! コイツら連れて出て行くからどうにか隙を突いてみんなと逃げろ!」

 

 リィエルに言い残しておき、ルミアが止めようとするのが見えたが構わず[マジック・バレット]や[アクア・バレット]で牽制しながらゾンビ集団を連れて裏口の扉を蹴破って外へと出る。

 

 そのまま時折追いついてくる奴を払いのけては逃げるを繰り返し、人気のない広めの通りへと出た。

 

 ここならなんとかなるだろうとゆっくりと近づいてくるゾンビ集団を待ち構えていた時だった。

 

「いやぁ、知性がなくなってるとはいえ……『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の感染者相手に学生の君がよくここまで抗えたねぇ」

 

 この殺伐とした空間に不似合いな、妙に芝居掛かった口調と拍手の音が響いた。

 

 見ると、正面の建物の屋根にタキシード姿のレオスが拍手しながら俺を見下ろしていた。

 

「うん、君もやはりそういうタイプか。他の生徒達を巻き込んで騒動を起こせば君は必ず一人になって彼らを倒そうとする……やはり僕の予測通りだ」

 

「……あんた、一体何者だ?」

 

「ん? 言ったろ、僕は軍用魔術を研究して──」

 

「もういい加減正体現したらどうなんだよ、偽者」

 

「……ほう?」

 

「魔導兵団戦が終わってからどうにもおかしいとは思ったんだよ。本当ならレオス先生に負ける筈もないのに、あの人が変則的な戦略を取る人間だって知ってても、ボイコットまでするような相手とは思えない。なのに先生は姿を眩まし、突然のシスティの結婚。本来なら家族の合意だって必要な筈なのに、大人の味方がほとんどいないこの状況……いくらなんでも出来すぎだろ」

 

「…………」

 

「しかも、理屈はわかんないけどこの人ら……多分薬物か何かでも投与されたんだろう。それも、魔術的な……それこそ禁忌指定される程の何かを。よっぽどの錬金術師でもない限りそんな代物を製作はできないだろ。でも、レオス先生の専門は軍用魔術だった筈だ。錬金術なんて触り程度にしか知らない筈……なのに、そんな専門的なやつを易々使えるアンタは誰なんだよ?」

 

「…………やはり、そこまでは気づいていたか」

 

 俺の言葉を聞き終えるとレオス先生の姿をした誰かは口元を歪めて邪悪な笑みを浮かべる。

 

「いい加減、元の姿見せろよ。そもそもアンタが誰かも知らないのに俺にそこまでする意味なんてないだろう」

 

「知らないとは心外だな。まぁ、あの時の事は思い出せないように暗示をかけて話していたんだから仕方ないんだけどね」

 

「……暗示?」

 

「それでも、君をアルザーノ魔術学院に編入出来るよう学費を出したり手続きしてあげたのは僕なんだから少しくらいは感謝の言葉もあったっていいんじゃないかな」

 

「え……?」

 

 俺が疑問を浮かべてるとパチン! と、指を鳴らし……その姿が変わっていく。同時に俺の頭にも衝撃に似たような痛みが発生し、俺はある出来事を思い出した。

 

「あ、アンタは……」

 

「やぁ、久しぶりだねリョウ=アマチ君。自己紹介をするのは初めてだけど」

 

「あの時の……俺を学院に連れてった……」

 

 レオス先生のメッキが剥がれ、姿を現したのは普通よりも短めな手袋、黒い紳士服、特徴的なシルクハットに小さめの眼鏡。そうだ、半年前に俺に魔術の存在を教え、アルザーノ魔術学院に編入させるきっかけを与えた男だ。

 

「改めて、僕は元宮廷魔導師団特務分室所属、執行ナンバー11『正義』のジャティス=ロウファンさ」

 

「元宮廷魔導師団……先生と同じ」

 

「あぁ、嘗てはグレンと同僚だった。一年余前のあの事件が起きるまではね」

 

「あの事件……?」

 

「そうさ。一年余前……僕はこの帝国に隠された邪悪な真実を知ってしまった。そこで、正義の執行者である僕は今回みたいに『天使の塵』を使い、この帝国を滅ぼすつもりだった。でも、そこでグレンに阻まれ……僕の正義は一時潰えてしまった」

 

 帝国に隠された真実だとかグレン先生との間で何があったのか、それを演劇のように語り聞かせようとするが、俺にとってはどうでもいいし今は別の事だ。

 

「帝国だとか先生のことだとか、今はそんなのいい。一体何で、俺を学院に入れた?」

 

 俺は目の前の男とは何の関わりもない。あの男が何者かも、何処かに繋がる余地だってない。精々俺がグレン先生の教え子だということだけだが、それでも俺が編入して半年も後の話だ。

 

「……正義のためさ」

 

「は?」

 

「そもそも最初は君の事を知った瞬間に殺そうとさえ思っていた。君はこの世界では言わば異物なんだからね」

 

「な……!?」

 

 異物……。そんな言葉が出てくる理由と言ったらひとつしか思い浮かばない。

 

「アンタ、まさか俺の事……」

 

「ああ、もちろんわかってるさ。まさか異世界から来た人間なんて、僕だって最初は信じられなかったさ。だが、君の事を()()していくうちに僕の中でそれは確信となった」

 

「……だったら、何で俺に魔術の事なんて教えた? あの時の俺は魔術なんてほとんど知らなかった。何も言わずに殺す機会なんていくらでもあっただろう」

 

「確かに、殺すだけなら簡単だった。でも、君の中にある知識を見て気が変わった。僕の正義を更に高みへと昇らせるために、君に魔術を知ってもらいたかった。魔術を知ることで、君の中の知識とそれが混ざり合うことで君がグレンと同じところまで来てくれれば僕と彼の聖戦の前戯として君と闘う事も期待してたんだけど……」

 

 一度言葉を切ると、ため息混じりに首を軽く振る。

 

「正直、ガッカリだったよ」

 

 そして、失望したと言わんばかりに俺を見下ろす。

 

「君が魔術を知って何をしてくれるかと思って見ていたが、君は他の生徒と同じで魔術を使ってただ遊ぶ事に費やしていただけだった。グレンが魔術講師になってからも、闘いに割り入る意欲を出したものの全部僕の()()()()に動くだけ……とても僕の期待通りにはいかないようだ」

 

「当たり前だ。アンタの期待に応えたいなんて思わないし、そもそも正義だなんだと言いながらこの人達は一体何故こんな目にあわせられなきゃいけない?」

 

「さっきも言ったろう、正義のためさ。もっとも、この帝国の真実を知らない君達の価値観では僕の崇高な行いは理解し難いのもわからなくはない」

 

「俺ひとり殺すためだけに、無関係の人達まで巻き込んでか?」

 

「彼らは僕が進む先にある理想郷の礎となっただけさ。どれだけ血を流そうが、そこへ辿り着くためには多数の犠牲もやむなしだ」

 

「ふざけんな! テメェの都合で俺を魔術の世界に引き摺り込んで、勝手に期待して勝手に失望して、挙句に無関係な人達まで巻き込んで正義だなんてぬかすんじゃねえ!」

 

「否! これが正義なんだよ! あの忌まわしい天の知恵研究会を滅ぼすために、そして禁忌教典をこの手中に収めて、僕は正義の魔法使いとなる!」

 

 禁忌教典……。天の知恵研究会がルミアを狙ってる理由だってのはグレン先生から聞いたが、何故こいつまでもがそんな単語を出す?

 

「僕のことを考えてる余裕なんてあるのかい?」

 

ジャティスの言葉に我にかえるとゾンビ集団が凄まじい勢いで俺へと迫ってくる。

 

「その集団は僕の命令を忠実に実行する人形だ。『天使の塵』を投与した者は理性と人格を破壊され、薬物を投与した主の命令に従って動く。また、量と濃度を調節すれば人格を保ったまま違和感なく意のままに動く事も出来る」

 

 その説明である予想が思い浮かんだ。

 

「じゃあ、レオス先生も……」

 

「死んだよ」

 

 俺の問いかけを予想していたように淡々と答える。

 

「『天使の塵』を投与した時点で人間として死んだようなもんだけど、投与を続けなければ禁断症状を起こして、続けたとしても最終的には生物的にも死んじゃうんだよね。で、魔導兵団戦の直後だよ」

 

「……っ!」

 

「彼はよくやってくれたよ。僕の思うがままに動いてくれて、彼には感謝してるよ」

 

「この……っ!」

 

「もちろん彼らにもね。彼らの協力あったからこそ君とこうして話ができた」

 

「いい加減に……」

 

「でも、もうひとつ何か欲しいところだ。どうすればグレンは完全に戻ってきてくれるか……彼女の存在もだが、彼の夢と僅かながら共通している君を殺すことで……いや、君の大切なものを壊せばどうなるか。そうだな……感染者達を街に放って、子供を片っ端から襲わせたりとか」

 

 その言葉で遂に俺の中の何かが切れた。

 

「デメ゛エ゛ェェェェェェ!!」

 

「そう……そうだ。それだよ! 僕が欲しいのは! 自分の夢、大切な者を壊そうとする者を憎むその目! 魔導師時代のグレンを彷彿とさせる! あとはそれに力が伴えば! この試練……()()()()()()も! 君が僕の予想を超えてくれるのか、最後に少しだけ期待して待ってるよ!」

 

 そう言い残し、ジャティスはその場を去っていく。

 

「待ちやがれ! くそがぁ! この、邪魔だああぁぁぁぁ!!」

 

 俺は紫電を閃かせ、水流を叩きつけ、光剣で斬りつけ、水刃で切り裂き、向かってくる敵という敵を悉く蹴散らしていく。

 

 時間にすればほんの数十分。短そうで、俺にとってはとてつもなく長い時間闘っていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めれば、既に終わっていた。

 

 俺の意識が戻った時、俺は真っ白で簡素なベッドの上で横になってた。起きたら隣でルミアが座っていたので気になっていたら街の路地裏で俺が大量の死体の中でポツリと倒れていたところを宮廷魔導師の人が見つけ出してくれたらしい。

 

 多分、アルベルトさんかその関係者なんだろう。グレン先生に会ったらあの人経由で感謝の伝言でも送ってもらおうかな。

 

 その前にルミア含め、あの時置いていったクラスメート達からの見舞い品として数々の説教を送ってもらった。

 

 俺がいなくなってからゾンビ集団の数は減ったが、それでもリィエルひとりではみんなを守り切るのは大変だった時、アルベルトさん含めて三人の宮廷魔導師が駆けつけて事態は終息した。

 

 グレン先生とシスティはこの事件を仕組んだ黒幕……恐らくジャティスだろう。そいつと対峙して闘い、どうにか帰還できたらしい。

 

 聞くと、レオス先生については何者かに操られ、魔導兵団戦の後に暗殺。それから黒幕がフィーベル家とクライスト家の財を手中に収めるための企て、それに気づいたグレン先生がそれを阻止するために動いたという。

 

 事件の内容が内容なのでジャティスの性格と言動には触れず、わかりやすい動機をでっち上げて周囲を納得させるための架空の顛末だろう。

 

 全てはアイツの自分勝手な価値観から始まった事件。被害はあまりにも大きい。だが、グレン先生もシスティも、俺もどうにか生き残れた。

 

 そこまでいって俺はこの先どうしようかと考えた。ジャティスは狂人ではあるが、馬鹿でも間抜けでもない。とても計算高く、研究熱心で、ただ己の正義を貫こうと愚直なまでに歪んだ正義の道を進み、その過程で俺が異世界の人間だと知った。

 

 あの男が俺を狙った事は恐らくグレン先生やアルベルトさん辺りに不審に思われる事だろう。そうなると、あの人達の前じゃ誤魔化せる自信がない。

 

 このまま黙るくらいなら、いっそ全てを話すべきなのかと思って病院の廊下を歩くと子供の啜り泣く声が聞こえた。

 

 見ると、それはスゥちゃんだった。何故彼女がこの病院に来てしかも泣いてるのか。事情を聞こうかと出て行こうとした時だ。

 

 彼女の近く……どっかの病室の扉が開いていた。確か、あそこらへんは『天使の塵』の被害者達が寝かされている場所だった筈。

 

 その扉の向こうに見えるのは顔は白い布で隠れていたが、僅かに見える肌の色、体格、傷跡を見て俺の記憶が刺激された。

 

 確か、俺が倒した奴らのひとりがあんな特徴だった気がする。

 

 それから俺は影から飛び出してその病室に入った。スゥちゃんと室内にいたリリィさんが驚きの声をあげたが、それも無視して室内を見回す。

 

 周囲には被害者の遺族だろう人達が泣いていた。どこも子連れの人ばかりで、俺が遊んでいる子供達の姿もあった。

 

「あ…………」

 

 何を、勘違いしていたのか……。

 

「はぁ……はぁ…………っ!」

 

 俺は、あくまであの闘いを潜り抜けたに過ぎなかった……。

 

「あぐ……っ!」

 

 それだけで、何もしてないどころか……俺は自分で、自分の大事なものを汚していたことに、今になってようやく気づいた。

 

 自分が今まで何を考えてたか、それが本当はどれだけ恐ろしいものなのか、この光景を見て理解した。

 

「あ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺は……ただ、何もわからなくなった。ただ、怖くなった。

 

 この世界に、もう俺がいる資格なんてないと、思い知らされた。

 

 本当に俺はこの世界では、ただの異物だったんだ。



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絶望の先
第21話


 

 ジャティスが起こした『天使の塵事件』から一週間が経過した頃……。

 

「はいはーい、今日はここまでな。良い子は全員、寄り道すんなよ」

 

 授業終了の鐘が響き、グレンは教材を片手に教室に出る。

 

「あ、あの……先生」

 

 グレンが教室を出るとカッシュがおずおずと尋ねる。

 

「どうした?」

 

「あの……あいつ、どうですか?」

 

「…………」

 

 カッシュの質問にグレンは苦い顔をする。

 

「お前が気にすることじゃねえ。そっちは俺がなんとかすっから」

 

「け、けど……」

 

「いいから、お前もさっさと帰れ」

 

 もうこれ以上の問答は不要という風にスタスタと廊下を歩いて去る。ここのところはカッシュ以外にも何人かから同じような質問を受けていた。

 

 ジャティスがシスティーナや周りを巻き込んで自分と殺し合いを強いたあの日、色々あったがシスティが勇気を出して手を差し伸べてくれたおかげでどうにかあの男を退けることは出来たと思えば、また別の厄介事が舞い込んできた。

 

「先生……」

 

「だから──って、今度はお前らか……」

 

 学院の門を潜った傍からグレンを呼び止めたのはシスティーナとルミア、そしてリィエルだった。

 

「お前ら、放課後はまっすぐ帰れって言ったろ。終わったとはいえ、物騒な事件のあった直後なんだから」

 

「また……探しに行くんですよね、リョウ君を」

 

「…………」

 

 いきなり本題を切り出したルミアにまたか、と後頭部を掻いて困ったもんだと嘆息する。

 

「リョウ君……姿を眩ましてもう一週間になります。もしかしたらあの人に……ううん、そうでなくても何かあるんじゃないかって……だから、私も──」

 

「やめとけ」

 

 ルミアが言葉を続けようとするも、グレンがそれを遮る。

 

「あいつがいなくなったのは恐らく自分の意思でだ。今俺達があいつに会って戻ってこいと言ったところで聞くとも思えねえ。それに、お前は下手に行動を起こさない方がいい。お前が動くとかえって余計な混乱が起きかねない。お前は白猫とリィエルと一緒に家戻って大人しくしとけ」

 

「先生っ! ルミアは──」

 

「システィ! ……いいの。先生は私達の事を考えて言ってくれてるんだから」

 

「でも、ルミア。あなたは……」

 

「大丈夫だよ。先生だってリョウ君の事……ですよね?」

 

「…………」

 

 ルミアの悲痛をこらえるような揺れた瞳を向けられ、グレンはただ黙することしかできなかった。

 

「失礼しました。それではまた」

 

 ルミアはペコリと頭を下げてからフィーベル宅へと歩き出し、システィーナもルミアとグレンを交互に見ながらついていく。

 

「……グレン。ルミアとシスティは私が守るから、グレンは気にしないでリョウを探せばいい」

 

 最後にリィエルがグレンに言い残して先を歩いてる二人を追っていく。

 

「…………くそ、どいつも見透かしたように言いやがって」

 

 グレンは頭を乱暴に掻いて街道を歩く。

 

 ここ一週間、ルミア達もとっくに気づいてるようだが、グレンは行方知れずになったリョウをあちこち回りながら探していた。

 

 一週間前、ジャティスが事件を起こしてから病院へと向かったが、リョウは届けもないまま病院から出ていったらしい。

 

 後で聞いたところ、リョウを襲った『天使の塵』の末期中毒者の半数以上がリョウの遊び相手だった子供達の親族やそれに近しい間柄の人間だったらしい。

 

 恐らくリョウは自分が子供達を苦しめてる元凶だと思い、苦悩の末にフェジテから出て行ったと考えるのが自然だ。

 

「……くそっ!」

 

 グレンは街灯の柱に拳を叩きつけ、高い金属音に驚いた通行人が一瞬グレンを見るが、忿怒にまみれたグレンの顔を見ると皆そそくさとその場を離れていく。

 

 そんな通行人を気にもせずにグレンはジンジンと痛む拳を握りながら再び街道を歩く。

 

 思い出すのは一週間前のジャティスとの決戦。システィーナと組んでようやく一矢報いたというところで向こうから撤退宣言を言い渡された時だった。

 

『あ、そうそう。今回は思わぬ収穫があったけど……彼の方はどうかな?』

 

『あ? 彼だと?』

 

『ほら、君と同じ夢を抱いてる彼だよ。まあ、君とは違って大した学力はなかったが、君が魔術講師になって手ほどきしたおかげである程度は闘えるようになったけどね』

 

『っ!?』

 

 ジャティスの言葉を聞いてグレンは自分の過去を掘り下げられた時やシスティーナを『天使の塵』の末期中毒者から守った時と同等の殺気を漲らせる。

 

『テメェ! リョウに何しやがったんだ!?』

 

『少し挨拶しただけだよ。僕が彼を編入させてから随分経つからちょっと経過が気になってね』

 

『お前が……何でお前があいつを…………いや、そもそも何であいつまでテメェの下らねえ企みに巻き込みやがる!?』

 

『言っただろ、彼は君と同じものを抱いてると。だから君と決闘してる間に彼に少し試練を与えてあげたんだよ。彼が君と同じところまで来るのか確かめるために』

 

 ダメだ。やはりこの男とはまともな会話が成り立てない。だが、それでも聞かなければならないとグレンは怒りをどうにか飲み込もうと歯をくいしばる。

 

『……ジャティス、あいつは……リョウは一体何者なんだ? お前は何を知ってんだ?』

 

 腹立たしいが、ジャティスの相手の心理や行動パターンを数値化して計算できる未だ謎に包まれた固有魔術を持つ。自分やシスティーナはもちろん、その周囲の人間、もちろんリョウの事も全て頭に入ってるはずだ。

 

 しかも、自分と闘うのが目的のはずが何故リョウにちょっかいをかけるなどという寄り道をするのかが妙だ。

 

『……それは彼に直接聞けばいい。もっとも、無事に会えればだけどね』

 

『おい!』

 

 グレンの制止の言葉も聞かず、ジャティスは路地裏の奥へと消えていった。

 

 それからシスティーナを背負ってみんなの所へ戻り、すぐにリョウの捜索を始め、日を跨いだ頃に病院にいるとの報告をルミアから聞き、いざ病院へ行けば既に行方知れずになった後だった。

 

 突然リョウが姿を眩まして珍しく動揺して冷静な判断を失いかけたルミアをシスティーナが必死に宥める普段とは逆の光景だなと思うでもなく、グレンの中に渦巻いたのは生徒が苦しんでる時に何も出来なかった無力感だった。

 

 リョウの失踪はまるで魔術講師になる前の、自分のかけがえのない大切な者を失った時の自分に似ていた。

 

 自分も力が足りなかった所為で大切な人……今は亡きセラ=シルヴァーズという女性を失ったことで無気力になり、一年余セリカの下で引き篭もることになった。そしてリョウは子供達の大事な人達を自分の手で殺めた事に恐怖してフェジテから出て行った。

 

 状況と理由は違えど、内か外か……目の前の残酷な現実に耐えられずに逃げ出したという点は自分と通ずるところがある。

 

「……んなとこまで似るんじゃねえよ」

 

 感傷的な声色で呟きながらいつの間にやらフェジテの繁華街の裏路地を進み、ひっそりと隠れるように据えられたバーが姿を見せる。

 

 グレンは店へ入り、カウンター席へ腰を下ろしてマスターに適当な酒を頼んで数分待つと、自分の隣に別の人間が腰をかける気配を感じた。

 

「珍しいな。お前が先に来るとは」

 

「仕事が早く終わったんでな」

 

「残業から逃げてきただけじゃないのか。学院でもまだ騒ぎが収まっていないのだろ」

 

「わかってんなら聞くんじゃねえよ」

 

 グレンは酒を呷りながら隣の男、アルベルトの言葉を聞いて顰蹙する。

 

「珍しいな。貴様から接触するとは」

 

「まあ、ちょっと俺ひとりじゃキツイもんが……」

 

「リョウ=アマチの事か」

 

「……もう全部わかってるわけか」

 

「今回の事件の経緯と奴の失踪……そして貴様の性格を考えれば誰でもわかる。大方フェジテの外で奴の捜索に協力しろということだろう」

 

「わかってんなら話は早ぇ。もちろん、ジャティスの奴のせいでお前らが大忙しだってのもわかってる。その上で頼む。別にあいつの捜索に力を入れろとまでは言わねえ……もしそれらしい奴がいたら使い魔でもなんでも情報をくれ」

 

「……ふん。フィーベルの事もそうだが、リョウ=アマチにも随分入れ込んでいるな。何故そこまであの男を気にかける?」

 

「……あいつだって俺の生徒だ。あいつにまで、俺と同じ想いはさせたくねえ。それに……約束だってあるからな」

 

「約束?」

 

 アルベルトは疑問を投げるが、グレンはこれ以上は話せないという風に沈黙を貫く。

 

「……まあいい。俺も少しの間、フェジテを出てジャティスの捜索に当たる。別方面を担当している《法皇》と《隠者》にも既に協力を仰いだ」

 

「……お前、相変わらず手回しが早いな。ていうか、お前も何だかんだであいつの事気にかけてたのか?」

 

「勘違いのないよう言っておくが、奴がただジャティスに利用されていた者だったとはいえ、俺はまだ疑いを晴らしてはいない。むしろ何故ジャティスがあの男を利用しようとしていたのか新たな疑問が湧いて出た。ジャティスとどんな関わりがあったのか、僅かでも情報を得られればという藁にもすがる考えだが」

 

「相変わらずドライな奴だな。けど、それでもサンキュな……恩に着る」

 

「ふん。やはり貴様は相変わらず──なに?」

 

 突然アルベルトが何かを感じたのか、明後日の方向を向いてブツブツと呟き出した。その手にはいつの間にか宝石の片割れが握られていた。

 

 どうやら通信用の魔道具のようだが、連絡を知らせる合図が全く聞こえなかったので恐らく周囲に気取られないための配慮だろうが、相変わらず完璧な秘密作業っぷりに久しぶりに驚嘆する。

 

「……そうか」

 

「何の報告だったんだ?」

 

「…………リョウ=アマチの行方が判明した」

 

「……は?」

 

「《法皇》からの報告だ。既に身柄も確保したようだ」

 

「マジか!? 何処だ!?」

 

「……この街を出て北を行ったネブラと呼ばれる村だ」

 

「北……結構な田舎だな。ネブラっていうと、早馬使っても半日はかかるか……うし、明日はサボり確だな。すぐに出発だ」

 

「待て、グレン」

 

「って、何だよ。あいつが見つかったならさっさと連れ戻さねえと……」

 

 アルベルトを見ると、普段でも鷹のような鋭い目つきがより険しく細められていた。

 

「……何があったんだ?」

 

「……リョウ=アマチを連れ戻したところで、今の奴は魔術師はおろか、もはや普通の人間として暮らせるのかも怪しいぞ」

 

 現実は、どこまでも天地リョウという男を追い詰めていく。



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第22話

「いっ……ぐすっ……」

 

「どうしたの、スゥちゃん?」

 

 いつもの公園で泣いているスゥちゃんを見かけ、どうしたものかと声をかける。

 

「なんで……?」

 

「ぇ……?」

 

「なんで……おじいちゃんを死なせたの?」

 

 普段の天真爛漫な笑顔とは真逆の、憎悪に満ちた目で俺を見上げる。

 

「なんでお兄ちゃんじゃなくて、おじいちゃんが死ななきゃいけないの?」

 

「そ、それは……」

 

 胸が締め付けられるような苦しみを抱えながら目線を右往左往させると、俺の周囲に子供達が立ってスゥちゃんと同様に憎悪の目を俺に向けていた。

 

「なんでだよ……!」

 

「どうして?」

 

「なんで助けてくれなかったの?」

 

「人殺し」

 

「「「お兄ちゃんの所為だ!」」」

 

「「「お兄ちゃんの所為でみんな死んだ!」」」

 

「あ、う……うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

みんなの憎しみの目に耐えられず、俺は頭を抱え、声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁっ!」

 

 ガバッ! と起き上がり、気づくと俺はベッドの上で目覚めていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い呼吸を繰り返して、額に浮かんだ汗を拭ってベッドから起き上がろうとする。

 

「……うわっ!?」

 

 だが、右側に何の感触もなく、バランスを崩してベッドから転げ落ちた。

 

「いつつ……」

 

 痛みを堪えながら俺は立ち上がろうとするとまた右側に傾きそうになり、再び尻餅を着いて妙なバランスの悪さを確かめようとすると、右側には何もなかった。

 

 正確には、右の肩から下がなくなっていた。本来あるべき、俺の右腕が失っていた。

 

「……っ!? ぐっ……!」

 

 失った右腕を自覚すると、ないにも関わらず嫌な激痛のようなものを感じる。いや、失くしたからこそか。

 

「あぁ……んっとうに、何やってんだか」

 

 ふと呟いて、辺りを見ると部屋の隅に俺の手荷物があったのが見えた。

 

「『三か……っの…………」

 

 歩くのもキツイ中、魔術で取り寄せようとするも、呪文が大きく途切れてしまう。

 

「──こと…………ぁ……」

 

 それでも紡ごうとするも、呪文は完成することなく……更に内側の魔力が大きく乱れているのを感じる。

 

 もう無理だと諦めて呪文をやめると激しい動悸が身体を支配し、大して運動もしてないのに息切れを起こしてしまう。

 

「く……っそ…………本当に、何を……」

 

 誰もいない……まるで自分と世界が切り離されてるような孤独感の中、俺はただ自分の無力さに悔しさを、悲しさを、怒りを滲ませるしかできなかった。

 

 何故俺がこんな事にまでなってるのか……話は半日程前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石に疲れてきたな」

 

 広い平原……。僅かに手入れのされた一本道の途中で俺はポツンと盛り上がった岩に腰を下ろして休む。背負っていた手荷物は自分の足元に。

 

「……まさか、街を離れるのにこれがまた役に立つなんてな」

 

 俺は自分の傍に置いたボロボロの自転車を置いて呟く。

 

 あの事件から一週間……自分の殺した人達が子供達の親族だったと知ってから俺は自分の周囲全てが怖く思えてしまった。

 

 子供達から憎しみの感情を向けられるかもしれないから、これ以上魔術に関わりたくないからか、とにかく俺はもうこれ以上あの街の……いや、この世界の人達と関わるべきじゃない。

 

 だからあの街から逃げた。途中で偶然、この世界に来てしまった時からご無沙汰だった自転車が手付かずであの時の場所に残っていたので軽く手入れをし、パンクした前輪には錬金術でつくった厚めのゴムで補強し、乗り心地はともかく走行機能は取り戻せたのでその足を使ってフェジテから遠ざかった。

 

 そのまま道なりを進み、途中で予め用意していた携帯食料を口にしながら何日もかけて進んでいき、ある村にたどり着いた。

 

 通行人に聞いてみると、ここはネブラという小さな村らしく、豊かとはいえないが右には草木が生い茂る平原があり、左には森が高く立ち並んでおり、その先にはそれなりに高い丘が見える。

 

 所々には丘から流れたものなのか、綺麗な小川があり、その側には畑を木製の柵で囲ってる場所もあればその近くに牧場なのか牛や馬が闊歩してる姿もあった。

 

 その途中途中で自分の畑で作ったものなのか、作物を物々交換したりしてる人達もおり、街の市場とは違うが、この村はそうやって生計が成り立ってるようだ。それなりに活気もあるしとても平和的な村のようだ。

 

 一時休息を取るにはうってつけの場所だろう。

 

「……と、思ったのが……」

 

「ねえ、アレって何て乗り物?」

 

「ふぇじて? から来たって言ってたけど、どんな街なの?」

 

「魔術って、本当にあるの?」

 

 ちょっと休憩のつもりが、何故か子供達に囲まれて質問攻めにあっていた。

 

 最初は花かんむりを作っていた女の子が自分の使っている花の種類を疑問に思っていたのでちょこっと説明したら会話が弾み、農家の人達の仕事内容とそれを行う理由の説明をすると会話を聞きつけた他の子供達が集まって次々と質問してそれに対応し、今に至る。

 

「あっという間に人気者ですね〜」

 

「は、はぁ……」

 

 子供の疑問にちょっと答えた程度のつもりだったのだが、何がどうしてこうエスカレートしてしまったのか。

 

 というか、ちょっと休憩したらすぐに出て行くつもりだったのだが、子供達に泣きそうな目で見られたら構わざるを得ないだろう。結局、子供の頼み事は一生かけても断わりきれないんだろうなという事がわかってしまった。

 

 まあ、フェジテにいた時と変わらず子供達に囲まれてる俺だが、この時は唯一の例外があった。

 

「……(チラッ)」

 

「……っ!」

 

 ふいに気配を感じて振り返ると、物陰から僅かにはみ出た紅い結った髪の片方がビクリと跳ね上がり、シュッと姿を消した。そのまま何十秒かジッと待つとソロリソロリと徐々に顔を出していく。

 

 物陰にいたのは大体六・七歳程度の小さな女の子だった。

 

「えっと……何か聞きたいことある?」

 

「……っ!」

 

 声をかけると、女の子はビクリと一瞬震えて一目散に走り去った。

 

「え……?」

 

「あぁ、ヒーちゃんか……」

 

 いきなり逃げられた事実に軽くショックを受けると同時にその姿を見た子供達の中では年長者くらいの女の子が呟く。

 

「ヒーちゃん?」

 

「うん。何ヶ月か前から住んでるんだけど……お母さん以外まだ誰にも慣れてなくて、声をかけてもすぐ逃げちゃってね」

 

「ふ〜ん……」

 

 何か訳ありなのかと思ったが、自分も似たようなものなのでここで探りを入れるようなことはやめといた方がいいな。どっちにしろ俺もすぐにこの村を出て行くのだから。

 

 長期的な関わりを持てないのにあれこれ考えるのは単純な偽善だ。あの時みたいな……。

 

「何だ、随分酷い顔してんな。何かあったか?」

 

 農家の人だろうか、随分と体格のいい男性が鍬を持ちながら声をかけてくる。

 

「どうもその顔からして、訳ありって感じだが……前の街で嫌な事でもあったか?」

 

「…………そんなものじゃないです」

 

 嫌なんて単語で言い表せるもんじゃない、何処からなのか、俺が大事な事も見ることも考えることもせずに行った結果がアレだ……。

 

「ただ、もう俺はあそこにいるべきじゃないってわかりました」

 

「……何故そう思う?」

 

「俺がバカだったから……俺が大事なもの見落とした所為で子供達にあんな顔をさせた。だから、俺はもうあの街にはいない方がいいです。俺は……あそこじゃ異物ですから」

 

「…………」

 

 俺の言葉を男性はただ黙って聞いていた。俺も何であんな事を初対面の人にスラスラ言えるのか不思議に思うが、今だけは口にしたかった。

 

「この村に来る前……俺にも似たような出来事があった」

 

 ふいに、男性が口を開く。

 

「今はこの村にいるが、これでも旅をしている身でな。その途中で結構な数の敵と戦った事もあってな……守りたいものの筈なのに、大事なもんも見えずに暴れた結果が……あの出来事だった。自分が不幸の元凶だと自分を呪った時期もある。だが、いくら嘆いても怒っても……起こしてしまった過ちを取り戻すなんて出来やしない。だからこそ、前へ踏み出す勇気が必要だ」

 

 どこかで聞いたような話を聞きながら俺は言葉を割りいれずに黙っていた。

 

「完璧な奴なんて、どの世界にもいない。人間誰だって間違いは犯すし、それで自他共に悲しむ事だってある。大事なのは、その過ちから目を逸らさずに、逃げ出さず、受け入れ……抱きしめるんだ」

 

「…………」

 

「それに、事情はわからんが……それはお前一人で抱えるべき問題か?」

 

「いや、だって……俺がいたからあんな……」

 

 どうやって知り得たのかは知らないが、ジャティスは俺が異世界から来たということを知って半年前からあの事件を起こす計画を立てていたのだ。俺が考えないで誰があんな悍ましい事を受け止めるんだ。

 

「人間一人じゃ、抱えきれない問題だってある。それで今みたいに道に迷う事だってあるだろう……そんな時は自分の歩んできた道を思い出してみろ。自分が何を考え、何をしたくて、今までの道を歩んできたのか」

 

「自分の、道……?」

 

「これはその道を歩んできたお前にしかわからないことだ。それでもわからない時は、仲間を思い出してみろ」

 

 男性はそれを皮切りに、俺の背を掌で何回か叩いてその場を後にした。

 

「……仲間……」

 

 その言葉が頭に強く残っていた。仲間……まず考えるのはルミアやシスティ、グレン先生にリィエル、カッシュやリン達クラスメートだ。

 

 だが、そんなみんなのことを考えずにめちゃくちゃな行動を取った結果があの事件に関わったみんなを不幸にさせたという事。今更俺が仲間面していいなんて思えるか。

 

「……そろそろ行くかな」

 

 子供達には悪いが、そろそろ出発させてもらうとしよう。まだ色々整理しきれないし、これ以上何か考えたくなかった。

 

 適当な理由を述べてこの村を出る事にしようと立ち上がった時だった。

 

『いやああぁぁぁぁぁぁ!』

 

「……っ!?」

 

 遠くから女性の悲鳴が上がるのが聞こえた。村から出て行こうと思った矢先に今までが今までだったのか、つい反射的に悲鳴のあった方向へと足を向けて駆け出した。

 

 走る事何十秒かするとそこには地獄が広がっていた。民家のいくつかが紅く燃え上がっており、その周りでは突然の出来事に恐怖と混乱に陥っていた人々が動き回っていた。

 

 それを追うように複数の動物的要素が混ぜ合わされた合成獣(キメラ)と岩で造られたゴーレムが蠢いていた。

 

「きゃああぁぁぁぁ!」

 

 また悲鳴がひとつ上がり、振り返ると女の子がゴーレムに襲われてるのが目に入った。

 

「くそっ!」

 

 女の子が襲われてるのを視界に入れるや否や、俺はゴーレムに体当たりしてバランスを崩し、すぐに女の子を抱き起す。

 

「急いで逃げるよ!」

 

「あ──」

 

 女の子が何かに気づいたように目を開いており、それに釣られて後ろを見ると今度は合成獣が狼の胴体から発揮される脚力で瞬く間に距離を詰めていた。

 

 このままでは二人共合成獣によって斬り伏せられる。最悪、捨て身覚悟で女の子を助けるかと逡巡した時だった。

 

「うぉりゃあ!」

 

 いつの間にか来ていたのか、さっき相談に乗ってくれていた男性が鍬を振り抜いて合成獣を退けた。

 

「大丈夫か!?」

 

「あ、はい!」

 

「なら、さっさと子供連れて避難しな!」

 

 それから男性は鍬を合成獣に投げつけ、ゴーレムに体術で勝負を仕掛けた。格好からは想像できない俊敏さと腕力で次々とゴーレムと合成獣を退け、民家達を助けている。

 

 俺も急いで子供の親を探し出し、ちょうど民家達が避難所として指定していた方向に向かっている途中で合流でき、子供を届けるとすぐに来た道を戻ってまだ残されてる人がいないかを探し回っていた。

 

 数分捜索を続けると、すぐに見つかった。燃えてる民家から離れた牧場の隅に積み上がった藁束の影に小さな女の子がいた。昼間見たルーちゃんだ。

 

 だが、そのすぐ側で合成獣がふんふんと鼻をヒクつかせて生き物を探していた。数秒するとヒーちゃんの存在に気づいたのか、鋭い眼光を向ける。

 

「ひっ……!」

 

「マズイ!」

 

 現況を理解してから駆け出すが、合成獣はヒーちゃんを視界に収めるとすぐに牙を剥き出して襲いかかる。これでは俺が駆けつける前にヒーちゃんが歯牙にかけられる。こうなれば魔術で追い払おうと思ったが……。

 

「いやぁ!」

 

「っ!?」

 

 ヒーちゃんが悲鳴を上げると同時に咄嗟に差し出した彼女の掌から眩い閃光が放たれ、その閃光を真正面から浴びた合成獣は全身の皮膚が焦げ付き、数秒もしないうちに息絶えた。

 

「今のって……」

 

 魔術……いや、魔力の波は感じなかったし。違うとすれば残るはただひとつだ……。

 

「異能……なのか」

 

「見つけましたよぉ」

 

 ヒーちゃんが異能者だという事実に放心していると、気味の悪い声が沈黙した空間に響いた。

 

 燃え盛る炎の中から陽炎のようにゆらりと出てきたのは白衣を纏った研究者のような男だった。

 

「手間をかけさせますねぇ……ですが、ここでようやく……」

 

「ひっ……」

 

 あの白衣の男の異様な雰囲気にルーちゃんが完全に怯えている。今あの子の異能の事だかを考えるのは後回しだ。

 

 俺はヒーちゃんと白衣の男の間に入って臨戦態勢に入る。

 

「ん……何だい、君は?」

 

「それはむしろこっちのセリフだけど。もうあんたが黒幕なのは間違いようがないと思うけど……一体何のためにこんな事をした?」

 

「あぁ……別に隠す事でもないですし、長々と説明するつもりもないので簡潔に説明致しますと──」

 

 白衣の男は面倒そうにため息をひとつ吐くと右手の指を俺に──というより、その後ろのヒーちゃんを指す。

 

「その子ですよ」

 

「……何でこの子を?」

 

「あなたもつい先程見たと思いますが? その子は異能者なんですよ」

 

 それは本当についさっき見たのだから知ってる。だからと言って……。

 

「そんなのは俺の知った事じゃない。俺が聞いてるのは何でこの子を求めてこんな事をしたのかって事だ」

 

「……異能者なのですよ? 人の間で生まれておきながら人間ならざる力を有した悪魔の申し子」

 

「魔術だって十分人間ならざる力だと思うけど。何だってあの所長といい、あんたみたいな奴といい、下らない噂話みたいなのを真に受けるんだか」

 

「所長……?」

 

 すると、白衣の男の俺を見る目が鋭いものに変わった。

 

「……そうか、君は白金魔導研究所を潰した一派の一人ですか」

 

「なに……?」

 

「あそこで私の合成獣研究も中々順調に進んでいたというのに、外からこんな宮廷魔道士が嗅ぎつけた所為で一晩のうちに我々研究者達も壊滅状態になったんですよ。ま、私はギリギリ難を逃れたのですが」

 

 まさかの状況だった。嘗て異能者達をモルモットのように扱って散々命を弄んでたバークスの部下がこんな所でまたあの惨状を繰り返していたのだから。

 

「これは好都合です。我々の研究を台無しにしてくれた一派の一人をこの手で葬れる機会が来ようとは」

 

 白衣の男の表情が狂気的なものに変貌し、悪寒を感じた俺は咄嗟に魔術を唱える。

 

「《電しょ──っ!……っ!?」

 

 牽制で[ショック・ボルト]を撃とうとするが、口が思うように言葉を発せなかった。

 

「……っ!?くそっ!」

 

 何故か呪文詠唱ができなくなってるが、すぐに肉弾戦に切り替えて白衣の男に向かって突進する。

 

「……はぁ。拍子抜けです」

 

 白衣の男がため息を吐くと同時に横から強い衝撃が襲いかかり、数メトラ吹っ飛ばされる。地面を転がりながらすぐに起き上がると、狼の足二本とゴリラっぽい腕を持った合成獣が白衣の男を守るように立ちふさがっていた。

 

「いやぁ!」

 

 同時にヒーちゃんの悲鳴が聞こえ、振り返ると別のゴーレムが大人の胴体そのまま覆える程の腕で彼女の足から肩まで掴み上げていた。

 

「この……《雷──っ!」

 

 再度魔術を行使しようと試みるも、思うように呪文を紡ぐ事が出来ない。何だって急にこんな事が……。

 

「あぁ〜……白金魔導研究所を潰した一派の人がどれ程の方かと思ったのですが、とんだ期待外れでしたね。ハッキリ言ってガッカリですよ」

 

「……っ!」

 

 また、か……。勝手に俺に変なイメージ押し付けて、勝手に幻滅して……まるでジャティスと対面してたあの時みたいだ。

 

 更にヒーちゃんの怯えた顔を見るとどうしてもフェジテにいる子供達の事も思い出してしまう。

 

「いい加減に……俺に、勝手な幻想押し付けんなぁ!」

 

 魔術も使えず、更についこの間体験した出来事、その後で思い知った無力感と後悔、恐怖。いくつもの記憶と感情が爆発的に膨れ上がった俺はただそれらを刺激する存在を消したいがためにただ突進していく。

 

「……ダメだね。君は」

 

 白衣の男が指を鳴らすと同時に合成獣が驚異的な速度で接近し、巨大な腕を磨りあげ、鋭利な爪が手の甲から飛び出る。

 

 俺は咄嗟に腕を前に出すが、それが悪手だという事にその時は気づけなかった。

 

 ザシュ! と、弾力あるものを無理やり切ったような、引きちぎったかのような嫌な音が響くと同時に目の前が紅く染まった。同時に腕が目の前であり得ない方向に回るのが視界の端に映った。

 

 目の前が紅く染まったのが自分の血であること、腕が回ったのは既にそれが自分の身体にくっついていない事に気づく前に右腕を斬られた痛みに悲鳴を上げる事も出来ず、何かを考えることも出来ず、ただ今までに感じた事のない痛みに包まれながら意識を手放していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、気がつけば今のこの場所だった……。

 

 自分の有様と周囲から焦げ付くような匂いが漂って俺はあいつに腕を切られ、更にヒーちゃんをみすみす連れ去られてしまったということだ。

 

 やろうと思えばあの子を助け出すくらいは出来たかもしれないのに、肝心な所で声を出す事ができなかった。

 

 あの子を通じて、フェジテにいる子供達を思い出さなければ……。

 

「なぁ……」

 

 ふいに、俺に向けて声をかけられた。振り返れば、農家のひとりだろうか……険しい顔つきで俺を睨みつけていた。

 

「あんた、魔術師だったのか?」

 

「……はい。でも──」

 

 言葉を紡ぐ前に、俺は地面に倒れこんでしまった。農家の人が俺を殴りつけたから。

 

「お前がっ! あいつをっ! 倒さなかったから! 俺達の、村がっ! お前の所為でっ!」

 

 殴られて倒れた俺を農家の人は憎悪に満ちた表情で叫びながら蹴り続ける。だが、それが数分続くと騒ぎを聞きつけたらしい農家仲間の人達が駆け寄って止めに入った。

 

「おい、何やってんだ!」

 

「相手は子供の上に怪我人なんだぞ!」

 

「離せよ! こいつの所為で、村はこんなになるし……それに、あのガキの所為でこの村が襲われたんじゃねえか!」

 

「っ!」

 

 俺を殴り倒した男の言葉を聞いて俺は痛みも忘れて左手で摑みかかる。

 

「な、なんだよ……?」

 

「俺の事はいいんだよ……実際ロクに戦えもせずにこんなザマになったんだから。でも、あの子だって被害者なんだよ。一方的に純粋な子供に罪を押し付けていい年した大人が恥ずかしくないのか?」

 

「なんだと……余所者が知ったような事を言うな!」

 

「いい加減にしろ! 俺達で争っても村が元に戻るわけじゃねえんだぞ!」

 

 俺達が殴り合おうという所でこの中で一番年長者の初老の男性が間に入って両手で俺達を止める。

 

「君も戻るんだ。さっきので大怪我をしたんだから、今は安静にすべきだろう。それと、うちの仲間が悪かった」

 

 俺を蹴った男の代わりに頭を下げて謝罪するのを見て俺の内にあった怒りが収まっていき、代わりに大きな虚しさが心を占めていった。

 

 俺は謝罪の言葉に何も答えることなく、トボトボとその場を後にした。

 

 戻ると言っても今寝付く気にもなれないし、かと言って片腕を失くした身で手伝えそうなことなど考えられず、当てもなく彷徨っていた。

 

 周囲では壊れた柵や家の破片などを撤去している姿があったり、大きな火を起こして調理する姿があったりと、自然災害が起こった後の避難生活をしているような光景だった。

 

「……って、それを止められなかった俺が何考えてんだか……」

 

 俺があいつを止められなかったためにここまで被害が肥大化してしまったのだ。何らかの形で償おうにも片腕では使い物にならないし、魔術も使えない。ハッキリ言って役立たずもいいところだ。

 

「あ、こんな所にいたんですか。空き家にいなかったので探したんですよ」

 

「腕切られておいて短時間で意識が戻ったのもそうじゃが、そんな大怪我でよく出歩けたもんじゃのぅ。……気の所為か、怪我の度合いが増えとる気もするんじゃが」

 

 声をかけられ、振り向くと俺とほぼ同年代くらいの少年と初老の結構ガタイのいい男性がいた。そして外見の特徴よりも先に意識が向いたのは二人の服装だった。

 

「そのローブ……アルベルトさんと同じ……」

 

 二人の羽織っていたローブはアルベルトさんの着ていた宮廷魔道士を表すものと全く同じものだった。それを羽織っているということはこの二人も……。

 

「まあ、お前さんの考えとる事は正解じゃ」

 

 初老の男性が俺の考えてる事がわかってるように肯定の言葉を口にする。

 

「ワシも宮廷魔道士団の一人じゃ。特務分室執行官ナンバー9『隠者』のバーナード=ジェスターじゃ」

 

「ちょ、バーナードさん……そんな簡単に……」

 

「別にいいじゃろう。この坊主はこっちの事情知っとるし、今更じゃろ」

 

「あの、一応僕達がここにいるのも御忍びなんですが……もういいです」

 

 初老の男性、バーナードさんの悪戯坊主みたいな雰囲気と言葉に呆れるように頭を抱える少年が溜息をひとつ吐いて俺の方へ向き直る。

 

「こうなっては、僕の事も言った方がいいんでしょうね。初めまして、バーナードさんと同じく宮廷魔道士、特務分室執行官ナンバー5『法皇』のクリストフ=フラウルです」

 

 これが俺と、アルベルトさんやリィエル以外の宮廷魔道士達の邂逅だった。

 



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第23話

「そうか……」

 

「だから、あの街を離れたんですね」

 

 偶然出会った宮廷魔道士のバーナードさんとクリストフさん……。この二人に俺のことを話すべきかと考えたが、これ以上動こうという気もなくなり、半ば諦め気分であの街から出た理由を説明した。

 

「俺が殺した人達が、子供達の血縁や親戚だったと聞いて……怖いと思ったと同時に、自分が今までやってきた事って何なんだと思って……」

 

 地球では、ただ無気力なまま自分の趣味に明け暮れる毎日……。こっちに来てからしばらくの間も同じ所を右往左往する毎日……。

 

 テロ事件や競技祭での暗殺事件があってからも自分なりに強くなろうと必死になってた。

 

 だが、白金魔導研究所であの恐ろしい光景を目の当たりにしてから、何の罪もない人達を利用している奴らが憎くなって……それからは更に実戦の経験を積もうと街の外に出ては魔物を屠りながら訓練した。

 

 その経験があったからか、ジャティスによって心を壊された人達が相手でも負ける事はなかった。だが、何も考えずに戦った結果、子供達の大事なものをこの手で奪ってしまった。

 

「……ワシが言ったところで、何の慰めにもならんじゃろうが……年寄りの妄言かと思いながら聞いてくれんかな?」

 

 しばらく沈黙が続くと、バーナードさんがふと話し出す。

 

「大事なものを取りこぼすのを恐れる気持ちはわからんでもない。ワシの知り合いにも同じような奴がいたからな……そいつはワシらのもとから離れてしまったが」

 

 バーナードさんの話は何処かで似たような事を聞いたような気がする。

 

「ワシはあやつの心の内に気づけなかった……その所為で大事な仲間を失ってしまった。あやつがそれを口にせんかったのもあるのじゃろうが、ワシがもう少しあやつに歩み寄ってやれば少しは違ったのではと思う事もある」

 

「あの、何故それを俺に……?」

 

「……坊主はあやつにどことなく似ておるからな。妙にお節介したくなる……坊主をかつての同士の代替と思っとるわけじゃないが、なんとなくな。で、ワシが言いたい事は……今の坊主に必要なのは自分の心の内を口にする事なんじゃないかの?まあ、ワシに聞かれても戦闘関連以外碌なアドバイスはしてやれんがな」

 

「僕からも……僕はあなたの事を知ってるわけではありませんが、あなた一人で全てを背負えるわけじゃありません。今のあなたには酷かもしれませんが、街から……子供達から、全てから黙って逃げ出したところで、何かが変わるわけじゃありません。あなたにとって彼らが大事だと思ってるのなら、何があってもキチンと向き合うべきじゃないんですか?」

 

「それは……」

 

 逃げてる……自分がやってることがそれでしかないことは俺自身わかっている。だが、一体俺に何をしろっていうのか。

 

 みんなと会わない事には何も変えられないのもわかる。だが、俺に関わる所為で何が起きるともわからないのに、そんな事すらもできない。

 

 何をするのが一番なのか、全くわからない。

 

「……バーナードさん、そろそろ」

 

「じゃな」

 

 クリストフさんが声を掛けると、バーナードさんと共に立ち上がる。

 

「僕達は、この村を襲った外道魔術師を追います。あなたはここで休んでください。既にアルベルトさんと、あなたの教師にはここに居る事を伝えたので朝には着くと思います」

 

「はぁ……あの物狂いの調査ついでで坊主の行方も追っていたところに、更に異能者を攫った外道魔術師とはなぁ」

 

「バーナードさん……」

 

「わかっとる。坊主にも色々聞きたい事はあったんじゃが……今はこっちの方が先じゃな」

 

 二人はそのままこの場を後にし、あの男とヒーちゃんを追っていった。残された俺はだたそれを見ているだけだった。

 

「相変わらず、この世の終わりみたいな顔してるな」

 

 二人がいなくなった後で声を掛けたのはあの時の農家の男性だった。「よっ」と、この場に不釣り合いな明るさで挨拶してくる。

 

「今の二人、あの子を追って行ったんだろ。一緒に行かないのか?」

 

「……俺が行っても、足手纏いですよ。現に、こんなザマですし」

 

 俺は失くなった右腕を指しながら呟く。一緒に行ったところで、俺に何が出来るのか。

 

「……けど、あの子は助けを求めてる。その声を、お前は無視出来るのか?」

 

「じゃあ、俺が行ったところで何が出来るんですかっ!?」

 

 尚も俺に問いかける男性に、俺は怒鳴り散らした。

 

「あの子のために出て行ったところで、俺には力もない! あの子を安心させる言葉も思いつかない! あの子だけじゃない……俺の所為で大切な人達を失くした子にだって、俺にどう向き合えって言うんですか!?」

 

 何かをしたくても力不足故に何もできない。だからと言って、あの子達にどんな言葉をかければいいのかもわからない。

 

 何処を見ても出口のない、真っ暗な闇の中を歩かされてる気分だった。

 

「……生きてる限り、出来ることは必ずある」

 

「だから……俺にはそんな力も心もないんですよ!」

 

「本当にそう思ってるのか?」

 

「…………っ」

 

 目の前の男性は俺に怒鳴られてもその真剣な表情を崩す事もなく、ただ真っ直ぐ俺を見つめていた。

 

「その子供達の事も、お前の右腕の事も、あの子の事も……力があればとか、もっと上手くやれたのか……嘆くだけなら簡単だ。だが、いくら言っても過去を変える事なんて出来やしない。だが、未来なら変える事は出来る」

 

「…………」

 

「お前が関わってきた子供達の大切な人達の代わりにお前がここで生きてるなら、その命で何をすべきか……そして、あの子の未来が閉ざされようとしてる今、お前はどうしたいのか。全ては、お前の心次第だ」

 

 男性の言う事は疑問形にも聞こえるが、同時に俺に何かをしろと言っているようにも思えた。

 

 何をすべきか、何をしたいのか……それ自体を言葉にするのは出来る。だが、それを実行するための力が俺にはない。その事実がどうしてもその言葉を口に出来ない。

 

 そんな葛藤を胸に渦巻かせながら沈黙が続いていた時だった。

 

「あの……少しいいでしょうか?」

 

 突然別方向から女性の声が耳に入り、振り返ると若い女性が立っていた。

 

「あなたは……?」

 

「初めまして、レーナと言います」

 

「あの子の……ヒーちゃんの母親なんだとさ」

 

「……っ!」

 

 男性の言葉で一気に身体に重いものが乗っかったような衝撃を覚えた。目の前にいるのが、あの子の母親……。

 

 俺が守れなかった女の子の、親……。俺は身体を震わせながら口を開く。

 

「その……ごめんな──」

 

「謝罪はいいんです」

 

「……え?」

 

 頭を下げ、謝罪の言葉を述べようとするも、レーナさんに止められた。

 

「聞きました。あなたが、あの子を守ろうとしてくれていたのを」

 

「あ、その……」

 

「それと、あの子が異能者だと知ってても立ち塞がってくれたのも」

 

「…………」

 

「ありがとうございます」

 

 レーナさんが突然頭を下げ、感謝の言葉を口にした。

 

「な、何で礼なんて……俺はあの子を守れて……」

 

「それでも……異能者だと知りながらも、あの子を守ろうとしてくれました。それだけでも、本当に嬉しいんです」

 

 レーナさんは涙を流しながらも、本当に嬉しそうに感謝の言葉を口にする。それから涙を拭い、再び語り始める。

 

「あの子がまだ、本当に小さい頃……あの子が異能者だと知って私達は故郷を追いやられて、それから夫とあの子の三人で色んな場所を回っていました。ですが、途中で異能者を狙う魔術師に見つかり、夫は私達を逃すためにたった一人で飛び込んで……私はそのままあの子を連れてまた旅に出ました」

 

 語られたのはレーナさんとヒーちゃんの過去……。あの子の父親は既に他界しており、やっとの思いでこの村に住む事が出来るようになったが、碌に人と話をさせた事がないからか……或いは当時の記憶が潜在的に残っているからか、他人に怯えるようにヒーちゃんは毎日を過ごすばかり。

 

 それでも時間をかければ誰かと一緒に過ごす時間も増えるだろうと思っていたところに、今回の出来事だ。

 

「生きていれば、きっとあの子が笑って過ごせる場所も見つかる。それを信じて今まで夫がいなくても頑張ってきました。でも……」

 

 レーナさんの眼から、再び涙が流れ落ちてくる。

 

「どうして……どうしてあの子は、殺されなければいけないんですか? あの子は、何も悪い事なんてしてないのに! どうして異能を持ってるだけで、殺されなければならないんですか!?」

 

 レーナさんの言葉は、俺だって何度思った事か。だが、いくら言ってもヒーちゃんのような子供達を根絶やしにしようとしてる奴らがいる。

 

 それを止めたいのに、俺にはそれが出来ない。レーナさんに返す言葉を口に出来ない。

 

「……ごめんなさい。こんな事をあなたに言っても困らせるだけでしたね」

 

「いえ……」

 

「あ、それと……これを」

 

「っ! これ……」

 

 レーナさんが差し出したのは薄紫色のカードファイル……地球の日本の百均でもよく見るものだった。

 

「やっぱり、あなたのだったんですね。火事のあった家の傍に落ちてたので」

 

「そうでしたか……」

 

 レーナさんからカードホルダーを受け取り、一枚一枚確かめながら捲っていく。

 

 青い水晶の戦士、サイバー感の満ちる戦士、大地と海の戦士、そして赤と紫の古代の戦士……。俺が憧れた存在の描かれたカードがこのホルダーに束となっていた。

 

「それでは……」

 

 レーナさんは頭を下げてその場を後にする。

 

「…………」

 

「それは何だ?」

 

「……光の戦士っていう人達の描かれたカードです」

 

「……そうか。それで、それはどんな人達だ?」

 

「すごく強くて、眩しくて……」

 

「……それだけか?」

 

「…………」

 

 男性に言われ、改めて思い出す。俺がこの存在に憧れたきっかけ。

 

 園児の頃は同年代に比べても半分以上周囲に飛び交っている言葉の意味もわからず、教育用や娯楽用のビデオを見てもイマイチピンと来なかった。

 

 中には特撮もあったが、昭和シリーズの物が多めだったので始めはあまり興味は湧かなかった。だが、平成シリーズに入ってから映像が幻想的というか、綺麗に思えて魅入っていった。

 

 それから成長していき、それらを繰り返し見る度に俺の中でその存在がどんどん大きくなるのを感じていった。子供にはありがちな事だが、俺もいつかそんな風になってみたかったと思っていた。

 

 だが、更に成長していく内にその思いは薄れていくのが当たり前。中学生に入る頃には単なる趣味程度になってしまった。

 

 結局自分には何かを変える力なんてないとわかったから。

 

「お前は、その人達が強いから憧れたのか?」

 

「……そう、思ってました。自分もそうなればいいって思ってたから……でも、一口に強いって言っても……たくさん意味があるんだって、時間を置いてわかってきたんです」

 

 単純に身体を鍛えて得る強さ、生まれ持った特異な強さ、そして……何事にも屈しない精神的な強さ。ただ身体を鍛えるだけならともかく、ずっと同じ事を思い続ける事なんて普通は出来ない。

 

 持とう持とうと思っても、成長するに連れて周囲の認識が変わっていき、そこから生まれる摩擦や衝突を恐れてその想いは途中で切れてしまう。俺はそれに負けた。

 

「だから、俺は諦めたんです。俺には、どの強さもないから」

 

「弱いから……諦めた、か。けどそれは、本当にお前自身で出した答えか?」

 

 『──ほとんどの人々は他の人々である。彼らの思考は誰かの意見、彼らの人生は模倣、そして彼らの情熱は引用である──』。オスカーなんたらって人の格言だったかな。

 

 俺もそんな感じで、人の意見に左右されてそう思っただけなのかもしれない。だが、事実考えたり行動しただけでうまくいくような世界じゃない。

 

 地球でもそうだし、こっちだってそうだ。魔術があったという事実に少しだけ希望が見えた気がしても、結局は同じ事だった。

 

「言っただろ。自分が何をすべきか、どうしたいのか……それはその道を歩んできたお前にしかわからないことだ。周りの事なんて気にせずに考えろ……お前は、本当は何をしたい?」

 

「俺は……俺、は……?」

 

 俺が、本当にしたい事……。

 

 逃げる事……否、あの子の泣き叫ぶ姿を見て放っておきたくなどない。戦う事……否、実力で敵わないと知ってるのに自分から死にに行きたいわけでもない。被害に会った人達を支援する……否、同じ傷付いた人達の側にいたところでそれがなんになる?

 

「……助け、たい」

 

「それが、お前のしたい事か?」

 

「確かに、俺には何もかもが足りないです。悔しいし、泣きたいし、何もかも投げ出したくもあります。だけど……それでも、やっぱり諦めたくないし助けたいですよ!」

 

「それなら……走るべきじゃないのか。その道を」

 

「はい……!」

 

 俺はヒーちゃんの行方を追うために走りだそうとするが、一旦足を止める。

 

「どうした?」

 

「……行く前に、言わなきゃ……伝えなきゃいけない事があります」

 

「……そうか」

 

 俺は大急ぎで走り出す。助ける前に、伝えなければならない事があるから。

 

「レーナさん!」

 

 しばらく走ると、レナさんの後ろ姿が見えた。

 

「あなた……」

 

「レーナさん……さっきは言えませんでしたが、あなたに伝えたい事があります」

 

 俺はレーナさんと向き合い、荒れた呼吸を整えながら言葉を吐き出す。

 

「正直、なんであの子が殺されようとしなければならないのか……それはわかりませんし、わかろうとは思えません。それに、あんな子供が命を落とすなんて、あってはいけないとも思ってます。異能者だからって理由だけで、何でこんな事にって……」

 

 レーナさんが苦い顔を俯かせ、俺の言葉を聞く。

 

「でも、そんな事を考えたって……答えなんて見えない。大体の奴らはあんな事を言いますが、俺にとっては……あの子は、みんなと同じ、ただの人間の子供ですから。魔術を支えようが、異能を使おうが、何もなかろうが……俺はあの子を助けたい。あなたの夫があの子の未来を守ろうとしたように……今度は、俺があの子の未来を守りたい」

 

「ぇ……」

 

「俺が……あなたの夫の意思を引き継ぐ。あの子の未来を取り戻すのが……今の俺の、進みたい道だから」

 

 そう言うと、レーナさんは顔を両手で覆った。時折鳴咽のような声が漏れてるのが聞こえるが、おそらく泣いてるのだろう。そこにどんな感情を込めてるのかはハッキリとはしないが、どちらにしても今俺がすべきは二人の未来を取り戻す事だ。

 

「……それでは」

 

 俺はレーナさんに一言言い残して頭を下げ、踵を返して走り出す。その途中には男性が俺を待っていたように木に背を預けていた。

 

「想いを受け継ぐ……未来を取り戻すか。一気にご大層な事言えるようになったじゃねえか」

 

「……もう、いつまでもしょげてる場合じゃないから。ずっと逃げたり、立ち止まったら……この人達に顔向け出来ませんからね」

 

 俺はポケットにしまってあったカードファイルを取り出して男性に見せる。

 

「……そっか。じゃ、今度こそ行ってこい」

 

「はい。ジーッとしてても……ドーにもならねえ、です!」

 

 俺の憧れの戦士の一人のキャッチコピーを引用すると、勢いを付けて走り出す。

 

「良い顔つきになったな…………頑張れよ、◼️◼️◼️」

 

 去り際に男性が何かを呟いた気がするが、俺はただ走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体、どれだけ走り続けてるのだろう。ほとんど休みなんて入れてないし、大体あの子が何処へ連れ去られたのかも知らない。

 

 なのに、身体は全く疲れを認識しないし、何故かこっちの方向にいると妙な確信めいた予感もある。

 

 そして数十分も走り続けると、その予感が的中するかのように辺りに生き物の死体と、大きな岩の欠片のようなものが転がっていた。

 

 どうやら合成獣の死骸とゴーレムの破片なのだろう。恐らくバーナードさんとクリストフさんが途中で遭遇して戦闘したのだろう。

 

 だが、余程急いでいたのか俺の接近にあの男が気づいたのか……前方に合成獣とゴーレムの団体が立ちふさがっていた。

 

 様々な姿をした合成獣が威嚇の声を上げ、ゴーレムが無機質な動作でゆっくりとこちらへ接近してくる。

 

「……来るなら、来いよ」

 

 俺は左手の拳を団体へと向けて呟く。

 

「全員纏めて……地獄へ送り届けてやるぜぇ!」

 

 声を張り上げ、啖呵を切ると同時に走り出し、向こうも同じタイミングで動き出した。

 

「『光──っ!?」

 

 呪文を紡ごうとするも、また口が思うように動かなくなる。やはりいくら鼓舞しても簡単に心に負った傷が癒えるわけじゃない。

 

 だが……あの男性の言葉や、去り際に見たレーナさんの顔を思い出す。

 

 天知リョウ……お前は今、何のためにここにいる?お前は、あの子を守りたいんじゃなかったのか?

 

 そうだ……あの子を助ける。未来を取り戻す。そして……それからもまだ、俺にはしなきゃいけないことが山程あるんだ。

 

 こんな所で……躓いてる場合かぁ!

 

「ぐ……『光牙』ぁ!」

 

 必死に呪文を紡ぎ、左手から光の刃が伸びる。

 

「『紫影』!」

 

 光の刃を構えると速度を上げ、擦れ違いざまに合成獣らを切り裂く。

 

 合成獣を過ぎると、今度はゴーレムが俺を潰そうと腕を振り回してくる。俺は周りの木や岩をジャンプ台にして躱しながら呪文を紡いでいく。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』!」

 

 俺は黒魔[テイル・シュトローム]を発動させて右に左にと水の尾を振り回し、ゴーレムを叩き潰していく。

 

 集団を越えたと思えば、また次の集団が俺へと向かって来た。

 

「まだまだぁ……!」

 

 俺は地面を転がりながら水の尾を叩きつけ、その反発力で跳躍すると更に呪文を紡ぐ。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』っ!』」

 

 [テイル・シュトローム]をもうひとつ重ねがけし、水の尾が二本へ増えた。

 

 俺は片方でゴーレム集団を叩き潰し、もう片方で木や岩を掴みながら縦横無尽に跳び回っていく。

 

「『光牙』!」

 

 更に左手に[フォトン・ブレード]を顕現させて、猛スピードで飛び回り、叩き潰し、切り裂いていき、更に進んでいく。

 

 そんな攻防と進行を繰り返していくと、ようやく終着点が見えた。木々が開いた所で最初に俺の右腕を切り裂いた巨大な合成獣が暴れまわり、その周囲を二つの影が動き回っている。

 

 更に離れた所では一つの影とその側に淡く光っている何かが付いていた。目に見える光景から状況を理解すると更にスピードを上げ、一気に森を飛び出す。

 

「『氣斬』っ!」

 

 飛び上がったと同時に[マジック・バレット]を斬撃仕様に改変した呪文を紡ぐ。

 

 水の尾に更に魔力を込め、それを振り抜くと二つの斬撃が空を切り裂き、合成獣に命中した。合成獣には特に外傷は与えられなかったが、突然の不意打ちに態勢を崩し、更に追い討ちをかけて水の尾を叩きつけると合成獣は地面に倒れこんだ。

 

 そして少し離れた所に着地し、合成獣は無視して俺は自分の守るべき者とそれを阻む者を同時に視界に収める。

 

 ヒーちゃんも白衣の男も、少し離れた所ではバーナードさんとクリストフさんも突然の俺の登場に驚いて声を上げてるようだが、話の内容は全く頭に入ってこなかった。

 

 今はただ守りたいものの為に走って、絶対に救い出すだけだ。

 

「守ってみせる……本当の闘いは、ここからだっ!」

 

 夜空にぼんやりと明るみが混じる中、最初の一歩を踏み出す。



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第24話

一年以上この小説を描いてようやく初の前書き後書きを披露か……。
今回はようやくの瞬間だったので初めて出張ってきました。この小説を始めてからここまで……意外にもお気に入りが増えてる事に感動しました。
さて、随分先送りの心境を述べた所で本編を。それから後書きでまた……。


「絶対……守ってみせるっ!」

 

 俺は地面を強く蹴り出し、ヒーちゃんへ向かって駆け出していく。

 

 白衣の男が俺の登場に一瞬惚けたが、俺が駆け出すと同時に巨大合成獣に指示を出すと巨大合成獣が咆哮をあげ、駆け出してくる。

 

「『光牙』っ!」

 

 俺は疾走しながら左手に[フォトン・ブレード]を形成させ切っ先を地面に向けて傾ける。

 

「『伸』っ!」

 

 そしてその刀身に魔力を更に込め、刃がみるみる伸びていく。伸びた刀身を使って棒高跳びのように上空へ跳ね飛び、空中で身体を回転させながら[フォトン・ブレード]を白衣の男に向けて振り下ろす。

 

 白衣の男は[フォトン・ブレード]を回避してヒーちゃんの元へと戻ろうとしていた。

 

「『雷駆』っ!」

 

 足元に紫電が閃き、瞬間的に強力な反発力を得ると同時に空中から更に跳躍し、一瞬で白衣の男に肉薄する。

 

「なん──ごぉ!?」

 

 白衣の男の顔に回し蹴りを見舞い、十数メトラ程吹き飛ばす。そこから間髪入れずに踵を返してヒーちゃんに向き直る。

 

 ヒーちゃんは縄で縛られ、手首と口元には術式らしいものが描かれた符呪が貼られていた。

 

 解除してやりたいところだが、特別な手順が必要かもしれないし、そもそも俺にはそんな技術も時間もない。だとしたら離れた所で戦っているバーナードさんとクリストフさんのもとへ届けるのが先決だ。

 

 俺はヒーちゃんを左手で抱え込み、駆け出す。

 

「ぐ……そのガキを逃がすなぁ!」

 

 白衣の男の叫びを聞き、巨大合成獣が咆哮を上げると同時に鋭い尾が振り下ろされる。

 

「『紫影』っ!」

 

 呪文を口にすると同時に瞬間的に加速力を得て振り下ろされた尾を回避した──先に森で撃ち漏らしたのか、ゴーレムの集団が待ち構えていた。

 

「く……『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』!」

 

 ゴーレムの攻撃を回避しながら呪文を紡ぎ、[テイル・シュトローム]を形成してゴーレムの集団を薙ぎ払う。

 

 だが、その間十数秒の攻防に気を取られてる間に合成獣が唸り声を上げながら鋭利な牙の並ぶ口元に高熱の炎が紅く燃え上がっていた。

 

「っ! 『水渦』!」

 

 渦巻いた水の盾を形成すると同時に合成獣の口から灼熱の炎が解き放たれ、水の盾があっという間に沸騰し始める。あと数秒もすれば蒸発し切って焼かれてしまうだろう。最悪大火傷覚悟でヒーちゃんを逃がすかと思っていた。

 

「《高速結界展開・金剛法印》!」

 

 何処からか五つの光る石が飛んでくると、七色の線が五芒星を描きいて俺と炎の間で展開され、強固な盾となった。

 

 スガガガガガンッ!

 

 更に銃声が轟き、合成獣の頭部に命中すると爆発を起こし、仰け反った。振り返るとグレン先生と同じ銃を両手に構えたバーナードさんとキラキラとエメラルドカットされたダイヤモンドを手に持ったクリストフさんが合成獣の死角に立っていた。

 

 俺は合成獣が仰け反ってる隙に[フィジカル・ブースト]でその場を離脱して二人のもとへ駆け寄る。

 

「助かりました……っ!」

 

「まったく……いきなり現れたかと思えば、とんだ無茶をしますね」

 

「じゃが、坊主が出てきたお陰でお嬢ちゃんはどうにか取り戻せた。ま、見事なファインプレーじゃったわい」

 

 バーナードさんがカッカッ、と笑いながら俺の背中を叩く。銃を握ってるから銃身が当たって痛い……。

 

「けど……」

 

「ああ、わかっとるわい。どうやら奴さんはまだ諦めとらんようじゃしな」

 

 視線を別方向へ向けると、既に合成獣は立ち上がっており、白衣の男は俺が蹴った事で付いた痣と憤怒の情に顔を歪ませていた。

 

「……お二人は、あの合成獣をなんとか出来ますか?」

 

「あぁ〜……無理。アル坊ならなんとかなったかもしれんが、儂はこういうので精一杯なんじゃよなぁ」

 

「僕も……防御や解析ならともかく、攻撃系の魔術は……」

 

「わかりました。ヒーちゃんの方はクリストフさんに任せます。バーナードさんはあの男を……俺はあの合成獣を!」

 

 バーナードさんとクリストフさんの制止を振り切って俺は合成獣へ向かって駆け出す。

 

「『氣斬』っ!」

 

 魔力を斬撃仕様にした、[フォトン・スラッシュ]を放って合成獣の気をこっちに引きつけ、ヒーちゃん達からこいつを離す。

 

 こいつを倒すのが難しいのなら指示を与えているだろう白衣の男をどうにかするしかない。

 

 巨大合成獣は動いている俺を認識したのか、咆哮を上げながら灼熱の炎を吐く。

 

「『紫影』っ!」

 

 迫り来る灼熱の炎を高速移動で回避し、[テイル・シュトローム]を岩の頭へ伸ばして飛び上がる。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』!」

 

 更に[テイル・シュトローム]を重ねがけし、二本の水の尾で巨大合成獣の周囲を跳び回り、翻弄する。

 

「『雷鎚』っ!」

 

 片方の尾に紫電を纏わせ、垂直に振り下ろして頭蓋に命中させると巨大合成獣は強い衝撃で若干フラつく。

 

 その隙を見て更に接近して巨大合成獣の口元へ出ると二本の水の尾をその口へ突き刺す。

 

「『震電』っ!」

 

 水の尾に紫電を奔らせ、その体内に直接高圧電流の衝撃を与える。巨大合成獣は体内で暴れまわる衝撃にのたうち回り、水の尾を無理やり千切った。

 

 振り回された俺はそのまま空中に投げ飛ばされ、岩壁に背中から叩きつけられた。

 

「がぁっ!」

 

 あまりの衝撃に目に見える景色にノイズがはいったようにチカチカし、フラフラとバランス感覚もあやふやになってくる。

 

 不安定な視界の端で大きな影が唸り声を上げながら俺から離れていこうとしていた。

 

 俺は必死に頭を振ってボヤけた視界を無理やり元に戻そうとすると、まだ若干ピントが合っていないが、目に見える景色は若干クリアになった。

 

 そこにはようやく解呪に成功したのか、拘束から解放されたヒーちゃんとあの子を庇おうとするクリストフさんの姿が見えた。

 

「っ! くそっ!」

 

 その姿を見るとすぐに不安定だった意識が覚醒し、即座に駆け出した。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』っ!」

 

 再び水の尾を形成してそれを勢いよく伸ばし、巨大合成獣の胴体に巻きつけて動きを止めようとする。だが、あまりにも大きさが違うために完全に力負けしていた。

 

 大して踏ん張りも効かず、ズルズル地面を引き摺られていくだけだった。

 

「ぐ……『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』っ!」

 

 引き摺られながらも呪文を紡ぎ、水の尾をもう一本作り出すと近くにあった大木にそれを巻きつけ、それでようやく巨大合成獣の動きを止められた。

 

 だが、それでも巨大合成獣は止まるつもりもなく、負けじと身体を前進させようと前後の足に力を入れる。

 

「っ! いけない!」

 

 クリストフさんが何かを見て叫んだが、気づくのが遅かった。巨大合成獣の口元にはいつの間にか灼熱の炎が循環しており、それをその場に留まるのに必死な俺に向けて照射した。

 

 俺はすぐに水の尾を解き、地面に叩きつけてその場を離れようとするも、炎の奔流の余波で全身に焼け付くような熱さと風圧で吹き飛ばされ……湖へと真っ逆さまだった。

 

 湖に投げ捨てられた俺はすぐ陸に上がろうとするが、さっきの炎でほぼ全身が火傷してしまったのか身体中が痛く、手足がまともに動かせ無かった。

 

 ロクに動けない俺は重力に従ってゆっくりと湖の底に向かって沈んでいく。

 

 息もできない状態でもがく事もできず、酸欠による苦しさだけが募っていき、意識を保つ事すら難しくなってきた。

 

 まともな思考も出来ない中で今俺の心の中を占めていたのは『悔しさ』、『無力感』、そして……『まだ諦めたくない』という感情だった。

 

 ──……るな!──

 

 決めた筈だろう。あの子を助けたいと……。

 

 最初は憧れた……。途中から憎しみが募った……。次いで過ちを犯した……。そして逃げた……。そして今ここで全てが終わろうとしている……。

 

 ──諦……っ!──

 

 それでも、あの少女を助けたいと思う。憎んでも……怖くても……逃げても……俺の中から今までの事は全部消えないし、無かった事にも出来ない。だからこそ、今目の前で苦しんでるのをわかっていて何もしないなんてあり得ない。

 

 動け……まだ終わっちゃいない。身体はまだ残ってる……命だってまだ燃え尽きちゃいない。まだ……終われない。

 

 ──諦めるなっ!──

 

 

 ドクンッ!

 

 

 

 俺の内側で、心臓とは違う何かが脈を打った気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸では、リョウが湖に投げられてからも戦いが続いていた。

 

 バーナードは白衣の男へ接近しようと試みるも、それを阻むようにゴーレムの集団に邪魔をされ、クリストフは傍にいる少女を守るのに精一杯で防御以外の行動を取れずにいた。

 

 二人の実力ならば今回の騒動の大元である白衣の男を倒すだけならそのための手段も取れる。だが、それは一人の少女の命を見捨てる事になってしまう。

 

 アルザーノ魔術帝国の人間を守るための宮廷魔導師としても、個人的な感情にしてもそんな事を考える二人ではなかった。

 

 だが、戦況を保つにも限界を迎えようとしていた時の事だった。

 

 リョウが投げられた湖の中から青い光球が放たれ、巨大合成獣へ直撃した。巨大合成獣はバランスを崩し、地面に倒れこんだ。

 

 その場の一同が何が起こったのかと驚愕した直後、水面を叩いたり掻き回すような音が聞こえ、振り向くとリョウがヨロヨロと陸に上がってきていた。

 

 身体のあちこちに火傷を負い、全身が水に濡れて体温も下がり、息も弱々しい……誰が見ても生命活動が危ういものだと理解できるのは難しくはない。

 

 それでもリョウは、一歩一歩……バランスを崩しそうになりながらも足を止めずに前へ進んでいく。

 

「な、何故……何故君はそんなになってまで立つんだっ!?」

 

 白衣の男が今まで聞いたこともない程の声量でリョウに問いかけた。その表情には焦りと恐れが複雑に混じっていた。

 

「君はその子とは何の関係もない筈でしょう! 偶々あの村で会って、会話だってロクに交わしていない……全くの赤の他人でしょう! 宮廷魔導師の二人はともかく……何の所縁もない君が何故そこまでする!?」

 

「……縁も何も、そんなの関係ない」

 

 リョウは息を乱しながらも、ハッキリと声に出して答える。

 

「ただ……俺がそうしたいと思ったから助けるだけだ」

 

「そんなのはただの自己満足でしょう……そんな悪魔の子を助けたところでどうなる?そんな子が戻る事なんて誰も望んで──」

 

「でも、その子の母親はその子の帰りを待ってんだ!」

 

 白衣の男のセリフを遮ってリョウが大声で言い放つ。

 

「異能者だから? 悪魔の子だから? そんなの俺には関係ないって言ったろ……たった一人でも、あの子の帰りを待ってる。あの子を愛する人がいるっていうなら……命かけて戦う理由なんてそれで十分だ」

 

 そう答えながらリョウは再び歩を進めていく。

 

「決して、誰にも壊させない……誰だって、誰かに愛されてる……それを知ってる限り、絶対に諦めない。お前みたいな奴らに……あの子と親を引き離す、権利はねぇ!」

 

 リョウの気迫に白衣の男が一歩退いた。そして同時に怒りも湧き上がってくる。

 

 目の前にいるのは魔術師にもなりきれていないただの学生だ。しかも腕を片方失っており、傷だらけで誰が見ても自分の勝ちは揺るぎないものだと思う筈だ。

 

 だが、目の前にいる男は片腕を失っていながら魔術を行使できるどころか、その精度も徐々に上がってきている。そして何より、リョウの目の中にある光が時間が経つに連れて輝きが増していっている。自分が軽く恐怖を覚えてしまう程に。

 

 そんな事実など認めたくない、あれはただの芥だ。そう自分に言い聞かせて白衣の男は声を荒げる。

 

「何をしている! さっさとそのガキを始末しろ!」

 

 白衣の男の命令を受けて巨大合成獣が立ち上がり、咆哮を上げながらリョウへと迫ってくる。

 

 敵は巨大で強い……自分は今にも崩れ落ちそうな満身創痍の状態。普通ならまず勝てないだろう。だが、不思議と恐れを感じてない。

 

「まだ、終わってたまるか……」

 

 敵が強大だから何だ。今更そんな事を考えても仕方がない。

 

「諦めてたまるか……」

 

 誓った筈だ……先刻──否、ずっと前から思い続けていた筈なんだ。遠慮して、迷って、心の底に押し込めていただけで。

 

 まだ動ける……まだ生きてる……まだ抗える。あの子が誰かを求めて、あの子の母親が帰りを待っている。その事実があるだけで、内側から力が湧いてくる気がしてくる。

 

「俺は……」

 

 叫べ。もう遠慮する必要などない。異世界だからと、自分が他の人間とは違うからと……それだけのことで口にしない理由になんてならない。

 

「俺には……」

 

 今ここでもう一度誓え……今度は声を大にして。

 

「守るべきものがある……」

 

 これからもぶつかる事はあろう、転ぶ事はあろう。だが、それを恐れる事はない。そうなったら何度も立ち上がればいい。

 

「最後まで諦めない……何度だって立ち上がる。それが……」

 

 自分はそんな存在に憧れた筈だ。そして、そうありたいと生きて……これからもそう生き続けたい。

 

 ──人間一人じゃ、抱えきれない問題だってある。それで今見たいに道に迷う事だってあるだろう……──

 

 けど、一人では出口を探す事は出来ないかもしれない。

 

 ──そんな時は自分の歩んできた道を思い出してみろ。自分が何を考え、何をしたくて、今までの道を歩んできたのか──

 

 ──これはその道を歩んできたお前にしかわからないことが。それでもわからない時は、仲間を思い出してみろ──

 

 ──生きてる限り、出来る事は必ずある──

 

 今更仲間の事を思い出して、戻る資格なんてあるかもわからない。でも、もう何も失いたくはなかった。

 

「それが……っ!」

 

 だから、今度こそ踏み出そう。自分の道の一歩目を……この世界で、本当の意味で。

 

 走れ……そして叫べ。世界という壁を隔てた向こうにいる存在を。自分が行こうとしている先にいる者達の名を。

 

「……それが……『ウルトラマン』だから!」

 

 

 

 ──ドクンッ!──

 

 

 

 変化は突然だった。リョウと巨大合成獣の間に光の障壁が出現し、巨大合成獣の進行を阻んだ。一時敵を弾き飛ばすとひかりの障壁が薄れ、青、赤、白、黄色の四つの光球がリョウを守るように浮いていた。

 

 その場にいた一同はおろか、リョウ本人もこの不可思議な状況に目を見開いていた。

 

「これ……」

 

 リョウは触れるか触れないかの距離で光球に手を翳していた。ちょっと触れるだけで壊れてしまいそうな……けど、暖かく、力強い光だった。

 

 同時に、自分のポケットで何かが光るのを視界の端で捉え、それを取り出すとレーナが見つけてくれたカードホルダーだった。慌ててページを捲ると、その中の数枚がまるで生きてるかのように光を点滅させていた。

 

「……これって」

 

 リョウはカードの一枚に手を触れ、そこから流れる温もりを感じる。

 

「……諦めるな?」

 

 声として、音として聞き取ったわけではないが……カードがそう言ってる気がしてならなかった。

 

「……俺に、出来るのか?」

 

 そう尋ねると光球が四つ共リョウの目の前でその光を強く点滅させていた。リョウの問いに肯定するかのように。

 

「…………うん。俺……あの子を守りたい。母親に会わせてやりたい……みんなの所に戻りたい。だから…………皆さんの力、お借りします!」

 

 リョウが左手を伸ばすと、それに応えるように光球がリョウの内側へと飛び込み、溶け込んで行き……リョウの身体が光に包まれた。

 

 その途端、魔力とは違う類の力が波となって広がっていく。その波動に当てられ、一同が一歩退く。それは巨大合成獣とて例外ではなかった。

 

 だが、巨大合成獣は恐怖を感じながらも威嚇の声を上げ、口から高熱の炎を放射する。

 

「……『光よ』」

 

 リョウは左手を前に突き出し、そこから虹色の波紋が盾となって出現した。それによって炎は阻まれ、そのままリョウは一歩ずつ巨大合成獣との距離を詰めていく。

 

「……『燃えろ!』」

 

 リョウはあと数メトラという所まで距離を詰めると炎と光の盾ごと払い除け、通常ではあり得ない脚力で空高く飛び上がり、右足に炎を纏いながら巨大合成獣を蹴りつけ、自分の吐く炎以上の熱量を持った灼熱の脚を叩きつけられた巨大合成獣は熱がるような声を上げながら地面を転がる。

 

 そんな異常な光景にリョウ以外の人間達は今が戦いの真っ只中だという事も忘れ、見入っていた。

 

「っ! いつまで転がっているんだぁ! さっさとそいつをやれぇ!」

 

 白衣の男がキレ気味に叫び、巨大合成獣はヨロヨロと起き上がり、長い尻尾を振りかぶる。それを見てリョウは心の中である事を念じた。

 

 すると、リョウのズボンのポケットから青い光を纏ったカードが飛び、リョウの左手に収まる。

 

 瞬間、頭に言葉が浮かぶ。この感覚には覚えがある。以前にも一度だけ感じた事がある。

 

 あれは学院でテロ騒動が起こった時、ルミアを閉じ込めていた結界を壊そうとしていた時だった。あの時は無我夢中で自分が何を言ってるかすら認識できなかった。

 

 だが、今度はハッキリと思い浮かぶ。自分の中にある扉を開ける為の言葉が……。

 

「『邪を瀉出せよ・湧き立つは碧水・潺湲するは溟海の碧瀾』」

 

 リョウが呪文を紡ぐと海を思わせる蒼い光に包まれ、湖へと飛び込んで回避する。

 

 目標を見失って巨大合成獣は水面を見渡すが、水中から蒼い光球が飛び出してその巨大な身体を宙へ吹き飛ばす。続いて水中からリョウが飛び出し、その背後で蒼と銀の身体の幻影を浮かべながら連続キックを畳み掛ける。

 

 その衝撃を受け流しながら空中で次のカードを呼び出す。

 

「『坤與に降りよ陽光・邪を阻みて・遍く命を扞禦せよ』」

 

 リョウを纏う光が蒼から赤く変色し、大地に降り立つとその衝撃で砂埃が舞い上がる。

 

 大地に降り立った直後、巨大合成獣は炎を放射し、一面が炎に包まれる。炎の波が小さくなると、そこには既にリョウの姿はなかった。

 

 突然巨大合成獣の真下の地中からリョウが飛び出し、赤い身体の幻影と共に拳を叩き込む。巨大合成獣を殴り飛ばすと、再びカードを呼び込む。

 

「『燃えよ気焰・無窮の世を駆け・未来を勝ち取れ』」

 

 次に白い光に包まれ、一躍して距離を取ると左手を掲げる。

 

「『氣弾』」

 

 掌に光球を握るとその傍に赤と青の身体を持った幻影と共に腰を捻って振りかぶり、それを投げ飛ばす。直線軌道を描いた光球は巨大合成獣が躱して外れた──事もなく、光球はカーブを描いて背中に命中する。

 

「『輝け暁光・心中に巨影を・その背に希望を』」

 

 最後に黄色く光るカードを手に取り、呪文を紡ぎ、黄色い光に包まれる。

 

 巨大合成獣が再び咆哮を上げながら長い尻尾を振りかぶる。

 

「『雷刃』」

 

 リョウを包む光が瞬間的に紫に輝くと、真っ直ぐ構えた手の先から紫電の刃が放たれ、巨大合成獣の尾を切り裂いた。

 

「『紅炎』」

 

 巨大合成獣の悲鳴じみた叫びにも反応を示さず、リョウは身体を包む光を赤く変色させて左手に炎を纏った光球を握るとそれを撃ち放つ。

 

 それが命中して爆炎が広がると同時に再び黄色い光を纏いながらリョウは駆け出し、左手を腰の後ろまで引く。

 

「『燦爛せよ』」

 

 リョウの左手に光が集まっていき、みるみる輝きが増していく。その輝きを握りしめ、巨大合成獣を距離を詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 少女は自我を持ち始めた時から父親がいなかった。自分の側にいるのは母親のみだった。

 

 小さいながらにそれが疑問だった。しばらくの時間が経ち、自分の父親が既に他界している事実を知って一時悲しんでいた時期もあった。だが、すぐにそれも収まり、母親との時間が流れる。

 

 だが、程なくして自分が世間から拒絶される類の力を有している事実を知らされる事となった。ある場所で自分が異能者だという事が自他共に認知する出来事があり、それを知った周囲の人間が自分に悪態をついてきた。

 

 幼い少女はそれ以来、他者との交流に怯える日々を送ってきた。そして、しばらくして今日突然の母親との別離を強いられた。

 

 自分が知らない男性に連れられてる最中、二人の人間が自分を助けに来たが、自分の知らない悲惨な光景を続けて見せられて少女の心は壊れる寸前だった。

 

 だが、そこに更に一人の人間が割り込んできた。その人は右腕を失いながら、傷つきながらも自分を腕一本で抱え込み、助け出した。

 

 そして、戦い続ける中で湖に投げられ、死んだと思った。だが、そこから再び這い上がり、自分の持つ力と近いものを行使しながら戦っている。

 

 何度も自分を守ると口にし、自分の力になろうと今も走り、戦っている。

 

 少女の内側で失いかけた光が再び灯り出した。もしかしたら自分を助けてくれるかもしれない……母親に再び会わせてくれるかもしれない。そんな微かな希望に万感を抱きながら少女は声を上げる。

 

「お願い……お母さんに、会いたい」

 

 

 

 

 

 

 

「っ! 会わせてやるさ!」

 

 リョウと少女の間ではそれなりに距離は開いており、少女の声も小さい筈なのに、ハッキリとその声を聞き取れた。

 

 元より迷いなどないが、少女の口から直接言われた事が更なる起爆剤になったのか、拳に宿る光がより輝きを増していった。

 

 巨大合成獣は接近するリョウに向けて炎を放射するが、リョウはスライディングで炎の軌道の下へ滑り込み、一気に巨大合成獣の真下に入る。

 

「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 リョウは隣に赤と紫の身体をした幻影と共に光り輝く拳を巨大合成獣の腹部へと打ち込んだ。

 

 そして数秒の沈黙の後、リョウの拳が接触した部分を中心に亀裂が入り、巨大合成獣の口や目から眩い光が漏れ出し、断末魔を上げながらその身体を粒子に変えて散っていく。

 

「な、あ……あぁ……」

 

 白衣の男は目の前の光景が信じられなかった。ここに来た当初で既に魔術師として致命的なダメージを負い、戦いの途中で瀕死状態にまで追い込まれた筈の男が突然魔術とは違う力を行使し、自分の最高傑作を打ち破った。

 

 最高傑作さえ破られなければ少女の代わりにあの男をと思っていただろうが、今はそんな事を考えられる状況ではない。急いでこの場から離脱しなければとゴーレムを囮に使おうと思っていたが……。

 

「ふぅ〜……ようやく片付いたわい。この程度で息があがるとはワシも老いたのを実感するわい」

 

 自分の近くで宮廷魔導師の片方を足止めしていたゴーレム集団がリョウと巨大合成獣の戦いの最中に全て倒されていたのか、皆ただの土塊へと戻っていた。

 

 当初攫おうとしていた少女ももう一人の宮廷魔導師に守られており、状況は完全にこちらが負けていた。

 

 リョウは黄色い光を纏いながらコツコツと近づいてくる。

 

「ひぃ……っ!?」

 

 目を向けられた瞬間、白衣の男は恐怖で動けなくなった。

 

 別に敵意や殺気を向けられてるわけではない。だが、リョウの背後に赤と紫の身体をした巨人のような姿が見え、その力の巨大さを肌で感じていた。

 

 軍用魔術で牽制しようとも思ったが、恐らく今のリョウにそれは通じないだろう。アレは最早人間を越えた何かだ。

 

「……あんたがどういう目的であの子を攫おうとしたのかは知らないし、慣れない説教みたいなことも言うつもりはないけど、これだけは言っておくよ」

 

 リョウは自身を包む光を紫色に変えて一瞬で白衣の男に肉薄する。

 

「子供から……家族を奪うんじゃねえ!」

 

 握り拳を接近した際の加速力と体重をありったけ乗っけて白衣の男の顔面に叩き込み、その体が数十メトラ吹っ飛ぶ。

 

 周囲を静けさが包み、リョウはトボトボと踵を返すと少女のもとへと歩み寄る。

 

「……ごめんね、待たせて。よく……頑張ってくれたね」

 

 左手で少女の頰を撫でるとその顔に涙が滴り、啼泣した。そして、自身の体をリョウへと寄せた。

 

「……帰ろ。お母さんの所へ」

 

 

 

 

 

 騒動から数時間……。村に戻ると、すぐにレーナさんを見つけ、疲れて寝ていたヒーちゃんを揺すり起こす。

 

 あんな状況であれば疲れるだろうし、休ませたいとは思うが、母親との再会はすぐにさせたいと思った。

 

「ん……ぁ……」

 

 ヒーちゃんがゆっくりと目を開けると、母親の存在を認識し、俺の身体から飛び降りて駆け出していく。

 

「おかあさーん!」

 

 レーナさんも歩を進める足を早め、ヒーちゃんに駆け寄っていく。

 

「ヒカリー!」

 

 レーナさんが娘を抱きかかえて両者共滂沱と涙を流しながら感泣していた。

 

「ヒカリ……」

 

 どうやらあの子の名前のようだ。ヒーちゃんというのはあだ名みたいなものだったんだろう。レーナ……ヒカリ……まさかな。

 

 すると、レーナさんがヒーちゃんを抱えて歩み寄ってくる。

 

「あの、娘を助けてくれて……本当に、本当にありがとうございます」

 

「……俺だけじゃないです。あの人達の助けがなかったら……」

 

 バーナードさんやクリストフさん……そして、この人達の助力があったからこそだ。ポケットにあるホルダーに触れながら思った。

 

「本当に、どうお礼を言えばいいか……」

 

「……じゃあ、ひとつだけ」

 

「はい……」

 

「その……あなたの、夫の……ヒーちゃんのお父さんの名前を聞かせてくれませんか?」

 

 俺の言葉にレーナさんは一瞬目を見開くが、ヒーちゃんを見てから微笑を浮かべて口を開く。

 

「……ダイゴ。この子のお父さんの名前です」

 

「ダイゴ…………ははっ」

 

 本当に、どんな奇縁なんだ。自分の憧れたものがどこにもないかと思って逃げたのが、こんな所で、意外な形で見つかるとは……。

 

「お兄ちゃん……泣いてるの?」

 

 ヒーちゃんに聞かれて自分の頬に触れると、いつの間にか涙を流していたようだ。

 

「……ううん。やっと……やっと、見つけられたんだって」

 

「何を?」

 

「はは……それは、秘密だ」

 

 そう答えると、ヒーちゃんは可愛らしく頬を膨らませて教えてとせがんでくる。そんな微笑ましい光景を離れた所でバーナードさんとクリストフさん、レーナさんが笑って見ていた。

 

 これでようやく、一歩目を踏み出せたんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 ヒーちゃんとレーナさんを会わせ、住民達との若干の口論はあったが、どうやらあの二人は今後もこの村に住み続ける事になるようだ。もっとも、ヒーちゃんが異能者という理由でそれなりの制限が付くそうだが。

 

 あの親子の今後を約束するため、バーナードさんが裏で手回しをするとのこと。クリストフさんもあの親子が安全に暮らせるよう特殊な結界をこの村に設置すると言っていた。

 

 更に住民の中にも少なからずヒーちゃんを好意的に受け止めてる者もいる。半数以上が子供だが……。けど、今はそうでもいずれは村の住民全てがあの親子を受け入れる時が来るだろう。今はそう信じよう。

 

「もう行くのか?」

 

 持ってきた荷物を纏めると、後ろから農家の兄さんが声をかけてきた。

 

「……はい。俺、フェジテに戻ることにしました。……みんなが、待っているって」

 

 あと少しすればグレン先生が小さめの馬車を引いてこの村に着くそうだ。俺のことはグレン先生に任せてあの二人は再び任務に戻るそうだ。

 

 あの二人からすれば今回のアレの件で俺に聞きたい事は山程あるだろうに、それでも俺の気持ちと都合を優先してくれた。あの二人なら、アルベルトさんを介して話してもいいかもしれない。

 

 けど、まず先に話さなきゃいけない人達がいる。謝らなきゃいけない事だってあるのだから。

 

「……そっか。それがいいだろ。今度こそ、仲間を大事にしろよ」

 

「はい。今回は本当にお世話になりました」

 

「気にすんな。俺は大した事なんかしてない。前へ進む事を決めたのはお前だ」

 

「いえ……あなたの言葉がなかったら、ずっと立ち止まってたと思います」

 

 バーナードさんとクリストフさんだけじゃない。この人の言葉もあったから、俺は思い出す事ができた。

 

「そうか? まあ、そういう事にするか。お前も達者でな」

 

「あなたも、行かれるんですか?」

 

「ああ……俺もまだまだ、旅の途中だしな」

 

「そうですか……」

 

 そういえば、この人は旅人だって言ってたっけ。最初は農家のお兄さんと思ってたのが、旅のお兄さん……って、いうか。

 

「そういえば、お互い名前ずっと言ってませんでしたね……聞いても?」

 

「ん……別に名乗る程のもんじゃねえ。ただの風来坊だ」

 

「えぇ……いやでも、いつまでも恩人の名前を知らないっていうのは」

 

「どうせ俺達は、この空で繋がっているんだ。生きてる内にまたどっかで会うだろう。お前の心に……ウルトラの光がある限りな」

 

「え……?」

 

「じゃ、あばよ」

 

 旅人のお兄さんはレザージャケットを羽織り、テンガロンハットを被って踵を返す。その出で立ちには見覚えがあった。

 

「ま、待ってください! あなた、もしかして──」

 

『おーい、リョウーッ!』

 

 目の前の男性を呼び止めようとしたところに別の声が割って入った。まだほんの一週間くらいなのに、ひどく懐かしく感じる声だった。

 

 少し嬉しさが込みあがった事に一瞬気を取られ、すぐに反対方向を見るが……男性の姿は既になかった。まるで幻のように。

 

「……もう少しくらい、ゆっくり話してみたかったのにな。せっかく、本物に会えたんだから」

 

 誰に聞かせるでもなく、呟くと何処からかハーモニカに似た心地よい音色が響いてくる。俺はしばらくこの音に酔いしれていた。

 

「……お疲れさんです、ってな」

 

 そう呟き、俺は踵を返す。戻らなきゃな……あの場所に。そして、またもう一度始めよう……本当の自分を明かして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別の場所……リョウ達がいた村から少し離れた丘の上で、テンガロンハットを被った男性がハーモニカに似た楽器を吹いていた。

 

「……行ったみたいだな」

 

 男性の見つめる先には、普通の人間では決して視認する事の出来ない距離。村を離れるリョウの姿がハッキリと見えていた。その顔は最初に会った時と比べてとても穏やかだった。

 

 男性はふいに、腰にかけていた銀色を主体に、青いリングを模ったホルダーを開き、そこから一枚のカードを取り出す。

 

 そこにはリョウの持っていたカードと同じ絵柄が描かれていた。唯一違う点を上げるとすれば、そのカードがまるで生きてるかのように黄色い光を心臓の鼓動の如く点滅させていた。

 

「あの少年に、力を貸していたんですね……お疲れさんです」

 

 男性はカードに対し、労うように声をかけた。再び視線を戻し、リョウの姿を見る。彼の身体からは僅かに白い輝きが漏れていた。

 

「あれが、◾️◾️◾️の……これからも頑張れよ、地球人」

 

 男性はリョウがまだ誰にも明かしていない自分の出身世界の名を口にしていた。

 

「さて、俺も行くか」

 

 男性はいつの間に取り出していたのか、二つの羽が青い輪を支えてるような形のリングを握っていた。

 

「光の力、お借りします!」

 

 男性がリングを掲げると、リングを中心に紫色の光が眩く輝いた。

 

『シュウウウウゥゥゥゥゥゥワッ!』

 

 この日、地から大空へ飛び立つような流れ星が某所にて観測された。普通ではあり得ないものだとその手の学会で一時期話題に上がることになるが、同じ光を観測する事は二度となかった。




これを投稿するまでどうしよどうしよと悩んだ……。直接的な単語を出すか、ボカした表現を使い続けるか。

悩んだ末にこうなりました。遂にリョウがこの世界で初めてウルトラマンの単語を口にしました。今までは自分はウルトラマンになれないという理想と現実のギャップから言えずにいたという風を演じてみたつもりです。

ここに来て随分ウルトラマンを思わせる文章を綴ってしまいまして今後がどうなるか結構不安だったりしました。けど、ウルトラマンが好きでタグも付けてるからには絶対に出したいとも思ってた。

元々ウルトラマン関連の小説を見る人が少ないと感じて始めた小説なのだから後悔もなし。これからもウルトラマンを思わせる文章を描いて行きたいと思う。ウルトラマンが好きだから。

閲覧者のみなさん、この小説を見てくれてありがとうございます。これからもこの小説にお付き合い願います。では、また次回にて。次でようやく……。


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第25話

 コッコッと、静けさに満ちた廊下を歩いていた。今俺が歩いているのは学院の廊下だ。

 

 あの惨劇……天使(エンジェル・ダスト)の塵事件から十日、あの村の事件からはまだ二日。後者の事件で右腕を失った俺はフェジテに戻ると同時に病院へ行った。

 

 そこに勤めてる法医師によると、腕をくっつけられる人は探せばいるかもしれないが、その肝心の腕がない以上はお手上げとの事。なので簡単な処置だけを施し、しばらく安静にしろと言われた。

 

 それからはグレン先生やアルフォネア教授を除いて一般人……ルミアやシスティ、クラスメイト達や子供達との面会はお預けになり、退屈な時間を過ごした。

 

 そこに昨夜、アルフォネア教授が今日の放課後に学院長室へ来いと言った。大事な話があると言っていたので、恐らく俺のこと全部と考える以外にないだろう。

 

 そこまで考えると、学院長室の扉が目の前に見えた。扉の前で軽く深呼吸を繰り返すと、意を決して扉の表面をノックする。中から学院長の返事が聞こえ、ドアノブを回して中へ入った。

 

 扉の向こうにはもちろん学院長と呼び出した張本人のアルフォネア教授。グレン先生とルミア、システィ、リィエルが並んでいた。

 

「スマンな、急に呼び出して。本当なら、もうしばらく安静にさせるべきかとは思ったんだが……」

 

 学院長が俺とアルフォネア教授へ交互に目線を送りながら気遣いの言葉を口にする。

 

「……事が事である以上、俺が主犯とどう関わっていたのか……俺自身のこととか、聞かないわけにもいかなくなった、と」

 

「……わかっててそれを口にしたということは、話してくれるのかな?」

 

「はい。……本当ならあの事件の後で言おうかとも思ってたんですが」

 

 子供達の肉親や親戚などが被害にあったと知ってみんなから……この街から逃げてしまった。

 

「……いや、いい。嫌な事を思い出させてしまったな」

 

「いえ……。で、早速言いますが……今から話すのはこっちの価値観の事を鑑みてもあり得ないというようなものです。けど、俺の事を話すからには絶対に言わなくちゃいけない事です。少し長くなりますが、いいですか?」

 

「構わん。人払いは済ませてあるから多少時間はかかろうが、思うように話せばいい」

 

 学院長の代わりにアルフォネア教授が答えた。そういえば、放課後とはいえ随分人と会わないなと思ったが、この人が人払いの結界を仕掛けたからだろうか。

 

「じゃあ、話しますね。まず、俺が何処から来たかという事ですが……」

 

 俺は手荷物を置き、それから何十分も話し続け、この場にいる人達も俺の話に口を割りいる事もないのでそれなりにスムーズに進んだと思う。

 

「──それで、俺はこの学院に編入する事になり、後はみんなの知っての通りです」

 

 ようやく話を終え、みんなの表情を見るとやはり驚愕と動揺の色が見て取れた。

 

「いや、色々言いたい事あってうまく纏まらねえんだが……まずひとつ、お前が異世界出身だなんて、それマジか?」

 

 最初にグレン先生が疑問の声を出す。それは真っ先に思うだろう事だというのは予想していた。だからそれに対する答えも勿論用意していた。

 

 俺は傍に置いていた荷物を片手で探り、ある物を取り出す。

 

「……何だ、それは?」

 

「I pad……って言ってもわかりませんよね。書類やらキャンバスやら、射影機やら……複数の道具の利点を一気に詰め込んだような道具です」

 

 興味深そうに見るアルフォネア教授にI padを手渡す。アルフォネア教授は本体の外側をさすりながらじっくりと観察する。

 

「……まず、ここをこうすると」

 

「おぉ……?」

 

 俺は電源ボタンを押して画面を出すとアルフォネア教授が驚きの声を出した。それから画面に指を走らせ、写真ファイルを開く。

 

「と、こいつで撮ったものをこの中に保存したり、メモアプリを使って書類みたいに纏める事も出来るんですが──」

 

「こ、これは……グレンがこんな色鮮やかにっ!?」

 

 グレン先生の写真を見た途端、目を血走らせて凝視していた。

 

「何だこれは……現在の射影機でここまで色鮮やかに写せるわけがない。一体、この薄い板にどんな仕掛けが……アマチ。この道具を後で──」

 

「って、今注目すべきはそこじゃねえだろう! 今シリアスな場面だから! 空気読もうな! あと、お前も一体何撮ってんだ!?」

 

 暴走しかけていたアルフォネア教授にグレン先生がツッコんで話を引き戻す。いや、今のは見せたものが悪かった。ちなみに見せたのはグレン先生が以前参観日で紳士姿になっていた時のものだ。面白かったんで、こっそり盗撮していた。

 

「すみません……とりあえず、それを見ればある程度の納得は出来るんじゃないかって思うんです。コレ……今のこの世界の技術じゃ到底作れないでしょ」

 

「……そうだな。軽く解析してみたんだが……材質自体は探せば見つかるものだ。だが、これだけ繊細な技術をこの板一枚に詰め込むなんて技術は一般人はおろか、今の魔術工学の者でも出来ないだろう。少なくとも現代の世界中を探してもな」

 

 第七階梯位(セプテンデ)であるアルフォネア教授にまで言わせる程の地球の科学技術にその場の全員が驚いた。

 

「ついでにアマチにも魔術的検査を施したが、そいつの言葉にも、嘘はない。真に信じられん話だが、コイツが異世界の者だというのは本当なんだろう」

 

「マジか……」

 

 アルフォネア教授の言葉と解析の事もあり、ようやくこの場にいる全員が俺の言葉を信じてくれたようだ。

 

「……それで、アマチ君。君は一体どうやってこの世界に?」

 

「それはいつもの日常を進んでいる内に偶然……としか言えません」

 

 俺の言葉を聞いて学院長はアルフォネア教授を見て頷いた所を見ると、この言葉も嘘ではないと言ってるのだろう。

 

「それでこの世界に来た当初は訳もわからないまま過ごしてました。それからしばらくして今の住居をもらって……アイツが来ました」

 

 直接名前を言うのはマズイと思ってボカしたが、アイツによって被害をこうむったグレン先生とシスティは理解してるのか、表情を強張らせる。

 

「ジャティスの野郎か……」

 

「はい。どうやってかわかりませんが……アイツは俺が異世界出身だというのを知ってた上で魔術の存在を教え、俺をこの学院に編入させました」

 

「なるほど……アイツお得意の固有魔術か。人の人生も軽く誘導出来るんだ……書類操作なんて息をするぐらい軽いもんなんだろうな」

 

 グレン先生曰く、アイツはどうやら固有魔術によって対象者及び、周囲の人間の行動を記憶、数値化する事で大規模の演算を脳内で行い、その人間がどの道筋の先でどんな行動を取るのかを把握する事が出来るらしい。

 

 つまり、あの事件で俺やグレン先生達の行動は全部アイツの思惑通りに動かされてたという事か。

 

「……とりあえず、ここまでが俺がこの世界に来てからの事です。今まで隠しててごめんなさい」

 

 そう言って俺は頭を下げた。しばらく妙な静けさが場を満たしていたが、ふと肩に

手を置かれる感覚があった。

 

 恐る恐る頭を上げると、最初に見えたのはルミアの顔だった。そう思ったらすぐに学院長室の壁に切り替わった。

 

 遅れて頰に痛みが走るのを感じた。視線を戻すとルミアが眼に涙を溜めながら腕を上げているのを見ると、俺はルミアに頰を叩かれたようだ。普段のルミアからは考えられない行動に俺やこの場にいる全員が驚いていた。

 

「ル、ルミア……?」

 

「……何で、言ってくれなかったの?」

 

「……ごめん。お前にアレコレ言っておいて自分は何も言わないとか無責任というか、情けないにも程があるよな」

 

「そうじゃないよ!」

 

 静かな室内にルミアの怒鳴り声がいやに反響した。今までと全く違う類のルミアの迫力に口を開けなくなった。

 

「別に秘密を打ち明けなかった事に怒ってるんじゃないの。そんなの普通じゃ言えないだろうし……でも、リョウ君がこの世界に来てからできた悩みくらいは少しでも聞かせて欲しかった。別の世界から来た? こっちにいる筈がない? そんなの関係ないよ! 自分の境遇を言い訳にして悩み全部一人で抱えないでよ!」

 

「…………」

 

「……今の、リョウ君が私に言った事だよ。境遇を言い訳にして自分を殺すなって」

 

 そういえば、学院テロ事件でそんな事を言ってたか。今まですっかり忘れてたが。

 

「リョウ君が何処の人かなんて関係ないよ。私やみんなだって、リョウ君の事友達だって思ってる。友達だからみんな心配するし、力になりたいんだよ」

 

「ま、それは俺も同じだな。お前が異世界から来た人間だろうが、お前は俺の生徒だ。その事に変わりはねえ」

 

「そうね。色々難しい事言ってるけど、正直外国から来た人間とあまり変わらないしね」

 

「ん……リョウはリョウ」

 

 ルミアの言葉に同調するように他のみんなも思い思いの言葉を口にする。

 

「……迷惑、かけてごめん。多分、これからもそうなる……」

 

「迷惑なんてないよ。こっちだって色々巻き込んじゃってるし……」

 

「自分の事棚上げにしてみんなに色々勝手言ってた……」

 

「大丈夫よ。自分の事棚上げで生徒にアレコレ似合わない注意する講師に比べれば」

 

「おい……」

 

「みんなから逃げた卑怯者だ……」

 

「ん……よくわかんないけど、みんなそうは思ってない。みんな心配してた」

 

「……こんな俺でも、ここにいていいのか?」

 

「バ〜カ……ガキが色々考えすぎなんだよ」

 

 グレン先生が前に出て俺の頭を小突く。

 

「迷惑だなんだ考えるのはガキの仕事なんかじゃねえんだよ。そういうガキの勘違いをなんとかしてやんのは俺達教師だろうが」

 

「お、珍しく教師らしい事言ってるなお前」

 

「珍しくは余計だろう!」

 

 真面目な話をしてるつもりなのに、何故か何時の間にかいつもの日常の色が広がっていた。

 

「リョウ君……生まれた世界は違うかもしれないけど、あなたは今ここにいるんだよ。あなたがどんな世界から来てどんな人だとしても、リョウ君はリョウ君だよ」

 

 ルミアがいつもの優しい笑みで俺に言い聞かせた。他のみんなも気持ちは同じだと言わんばかりに笑っていた。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺は子供達に救われた時と同じ──いや、あの子達には申し訳ないが、秘密を打ち明けた分今が一番喜ばしく感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 話が終わり、リョウは現住居へと戻っていく。ルミアとシスティ、リィエルもそれについていった。

 

 学院長に残ったのはグレン、セリカ、リックの三人となった。

 

「……それで、グレン。お前はどう思う?」

 

「どう思うって、何だよ……?」

 

「奴の話だ。お前だってわかってるだろ……アマチの言っていた話のおかしな部分を」

 

「…………」

 

「確かに……彼の話に嘘がないのはセリカ君のお墨付きじゃが、どうにも納得いかん部分もある」

 

「まず魔術だ。アマチのいた世界では魔術も異能も物語の中だけで実在することはないと言っていた。となれば奴には当然、魔術師にとって必要不可欠な器官が本来はない筈だ」

 

 一般的に普通の人間と魔術師の大きな違いは体内に──否、魂にマナを貯蔵するための霊的な器が在るかどうかである。

 

 大気に存在するマナを霊的器であるエーテル体に貯蔵し、体内に循環させる事で生命活動を維持し、もしくは貯蔵したマナを用いて魔術を行使する事ができる。

 

 リョウのいた地球の人間全員がこちらでいう一般人と同様であるのならリョウに霊的器など存在する筈がない。それは先天的な性質なのだから後で突然出てくる事などあり得ない。

 

「他にも、お前が宮廷魔導士から聞いたっていう奴の突然開花した異能染みた能力だ。それを可能にしたカード……解析してみたが、変わった作りだという事以外、特にこれといったものはなかった」

 

「つまり……彼もまた異能者だと、そういうことかの?」

 

「いや……仮に異能者だとしてもおかしい。聞いた話じゃ奴は複数の能力を使っていたと言ってたな。異能者が発動出来る能力は基本ひとつだけの筈だ。以前グレンが言っていた白金魔導研究所の所長が使っていたドラッグもなしにそんなものを得るのが可能か?」

 

 異能者の能力も歴史的な問題の所為でハッキリとした事は未だにわからないが、その能力は一人につきひとつというのが常識だ。

 

 電気や炎、氷結など攻撃的なものもあればルミアみたく誰かを補助するための能力もある。だが、グレンがアルベルトを介してバーナードとクリストフが見たという能力はそんな常識を簡単に破ったものだった。

 

 魔術的観点から見ればあまりに不可解な事が多く、そんな能力を持ったリョウをセリカは十全には信用し難かった。

 

「……わからねえ事ああだこうだ言ってもしょうがねえだろ。そもそも異世界から来た人間って自体、初めての事なんだ。何かあるにせよ、俺が責任持って面倒見るから今はそれで納得しとけ」

 

「グレン……お前は口では面倒臭がっていながらもどうしようもないくらいお人好しだというのは知っている。だが、随分アマチに感情移入しているようだが」

 

「…………あいつは俺の生徒だ。あいつがどんなもん持ってようが関係ねえ。それに、約束だってあるしな」

 

「約束? 何だ、それは」

 

「……ヒューイ、はもちろん覚えてるよな?」

 

 グレンの口から出た名にセリカとリックの表情が憂いを帯びる。

 

「ヒューイ君か……彼も優秀な教師じゃったが、あの組織の一員じゃった。で、彼がどうしたと?」

 

「そのヒューイから言われたんだよ……あいつの事を頼むって」

 

 その約束はもう何ヶ月も前……グレンが講師になって数週間、ルミアの秘密を知るきっかけとなった学院テロ事件を起こした黒幕であるヒューイと対峙した時だった。

 

 

 

 

 

 

 そこでは血だらけな上、マナ欠乏症になっていたリョウが倒れ、その前には幾層もの結界に閉じ込められたルミア。そこから伸びるラインの上に立つヒューイだった。

 

「この、人が寝てる間に面倒な事しやがってよ。ま、ここまでよくやってくれた。後はこのグレン大先生に任せな」

 

 グレンはここに来るまでに門番役をしていたゴーレムを掻い潜る際に無茶な動きをしてシスティーナが[ライフ・アップ]によって塞いだ傷も開いてしまっていた。その傷から流れる血を手で押さえながらルミアへと歩み寄る。

 

「白魔儀[サクリファイス]か……今は一層がぶっ壊れてんな」

 

「つい先程、彼が壊しましたから」

 

「なに……っ!?」

 

 グレンはつい視線をリョウへと移す。ちょっと変わった奴程度と思っていた学生がこれほど高度な結界を一層だけとはいえ突破……しかも物理的な方法でだ。ただの学生に出来るものかと信じられない気持ちだった。

 

 だが、本来五層張られる結界の一部が破損……ルミアは内側に囚われてるので無理。ヒューイは黒幕なのでそもそも論外。信じる以外になかった。

 

 驚きでいっぱいだが、理由がどうあれここに来るまでの傷とマナの残存量を考えると一部だけでも壊れてるのはありがたかった。今でもギリギリだが、生徒が傷だらけになってまで無茶をしていたというのに教師である自分がただ黙って見るだけというのはグレンのプライドが許さなかった。

 

 自分の手首の皮膚を噛みちぎり、そこから流れ出る血を使って黒魔[ブラッド・キャタライズ]を発動させ、血文字で術式を描くと黒魔[イレイズ]で[サクリファイス]の法陣を無効化する。

 

 血を流し、マナ欠乏症も起こって息も切れ切れ、意識も混濁していったが、リョウの無茶によって工程がひとつ減ったおかげなのか本来自分のマナだけでは成し得なかっただろう[サクリファイス]の解呪がギリギリのところで成功した。

 

 結界が消滅した事で囚われたルミアが真っ先にグレンへと駆けつけ、床に倒れこんだグレンの手を両手で掴み取る。すると、全身を熱い何かが駆け巡り、落ちかけた意識が一気に覚醒する。

 

 気づけば自身の底を尽きていた魔力も徐々に満ちていった。何かの回復呪文(ヒーラー・スペル)を使用したかと思ったが、これはそんなものじゃない。数秒の時間を要してこれが魔術ではなく、異能者だという事を理解した。

 

 次々と驚きの展開に満腹を通り越して吐きそうな程のグレンだったが、ルミアのお陰で楽になったとはいえ、まだ痛む身体を無理やり起こしてヒューイと向き合う。

 

「さって、お前の計画は完全に頓挫したぜ。覚悟は出来てるか?」

 

「そうですね……こんな事をしておいてなんですが、生徒達が死ななくて良かったと思ってます」

 

「マジでこんな事しでかしてんな口を聞けたもんだ。で?寝ちゃう前に何か言い残す事はあるか?」

 

「……ひとつ、頼まれてはくれませんか?」

 

「あ?」

 

「リョウ君を……彼ら生徒の事をお願いします。私はもう教師としての資格なんてありませんが、あなたなら私がこれから教えるだろう分まで私以上に彼らに大事なものを教えられる気がするのです。先程……彼がやったように」

 

「……俺はあんなもん教えた覚えはねえんだがな」

 

「ですが……私では彼を導く事は出来ませんでした。彼はどうも私達とは見てるものが違うように感じる所がありますので。どうか、お願い出来ないでしょうか」

 

「…………ま、考えるだけはしておくわ。とりあえず……歯ぁ食い縛っとけ」

 

 グレンは満身創痍とは思えない俊敏さで距離を詰め、ヒューイの頰を全力で殴った。

 

 

 

 

 

 

 

「──ま、成り行きとはいえ約束は約束だかんな。それに、純粋にアイツの事も気になったからさ……あの野郎、どっか俺に似てやがったからな」

 

 小っ恥ずかしい部分を省きながらヒューイと約束を交わしたという所だけを抜き取り、二人に説明した。

 

「まあ、セリカが納得できない部分があるっていうのは否定しねえよ。けど、それでもアイツのことは信じてくんねえか?何かあった時は俺が責任取る。今はこれで納得してくれ」

 

「……はぁ、わかった。しばらくは様子を見るだけにしよう」

 

 セリカはため息混じりに呟き、グレンの言葉を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、リョウ君。これ、どうするの?」

 

「……もう机の上でいいよ。ルミア達には隠す必要なくなったし、カバーすれば傍目からすれば薄い本みたいなもんだし」

 

 俺は家に戻り、ルミアには荷物の整理を手伝ってもらっていた。

 

「それにしても、戻って来れば本当に自分がバカだったんだなって痛感した……」

 

「それはもうね……子供達もみんな泣いていたんだから」

 

「うっ……」

 

 普段は上手くフォローの言葉を入れてくれるルミアですら俺の言葉に即答した。

 

 帰る途中でスゥちゃんに会って泣きつかれ、それが呼び水になって子供達が殺到してきた。大人達も遠巻きで見つめながらも後で戻ってきてよかったと声をかけてくれた。

 

「あぁ、もう大丈夫だから戻ってもいいんだぞ?」

 

「それはダメ。リョウ君今片手しかないんだから料理もできないでしょ?」

 

「それはそこら辺でパンでも買えば……」

 

「食事はシスティが買ってくれるから大丈夫」

 

 そう。ルミアがいるのは荷物整理の手伝いもあるが、一番は片手を失った俺を気遣って家事をしてくれると言ってきた。果てには泊りがけしてでもというもんだから反応に困った。

 

 そこら辺はシスティも一緒になって止めてくれたからマズイことにはならずに済みそうだ。いや、この状態でも十分心配事がいっぱいだが。

 

「ていうか、システィ……買い物は自分とリィエルでするから後はお二人でって、妙な気遣いしてたな」

 

 去り際に見たあのニヤニヤした表情……普段は魔術を学ぶ学生としての矜持だか風紀だかを煩くいう癖に俺に何を求めてるのか。

 

「あはは……もう、システィったら……」

 

「ん? どうした?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 それから荷物は一通り片付けたわけだから後はシスティが夕食を持ってくるのを待つだけなのだが、ルミアと二人きりというのがどうにも落ち着かなく、気不味い沈黙が場を支配していた。

 

 何か話題でもないものか……。謝罪と感謝は学院で済ませちゃったし、授業やみんなの事を聞いても余計気まずくなりそうな予感がするし。

 

「リョウ君は……」

 

「ん?」

 

「リョウ君は、何で魔術を知ろうって思ったの?」

 

 気不味くなった俺を気遣って話題を出したのだろうか。まあ、俺が話題を切り出すよりはいいかもしれないし、ありがたかった。

 

「そりゃあ、学院でも言ったけど地球……俺のいた世界じゃ魔術なんてなかったから純粋な興味だな。あの時は魔術を学べればいい事ありそうだって思ってたから」

 

「じゃあ、実際に魔術を習ってからは?」

 

「俺の思ってた光景と違って随分地味だったな。漫画とかみたいに呪文を習ってそれを実践して積み重ねるかと思えば地球の学生達と同じように小難しいものを勉強しなきゃいけないからちょっと落胆した」

 

 もう少しファンタジーなものを期待していたのに実際に舞い込んできたのが地球の学校と同じ机に向かって勉強という地味だったもので……みんなには失礼だが期待外れでガッカリとしていた。

 

 まあ、今になって思えばどの世界でも地味な基礎の積み重ねが大事ってことか。

 

「それでもなんとかって思って俺なりにあちこち探ってみたけど、思うようにいかなくて後はルミア達も知っての通りだ」

 

「じゃあ、何で今まで魔術から離れようとしなかったの?」

 

「何でって……子供達がな」

 

 編入してしばらくは学院から帰る時は決まって子供達から何をしたのか聞かれまくった。魔術の決まり事でそれに関する事は一般人には明かしてはいけないのでほとんど話す事は出来なかったが、子供達に話す時は楽しいって思えた。

 

 面倒な決まり事の所為で一般人達は魔術の恩恵を受けられない話を思い出し、もしどうにかして子供達にそれを広げられないかとストレスを感じながらも魔術を学ぼうと思った。

 

 と言ったものの、グレン先生が来るまで大した進歩はなかったんだけどね。

 

「まあ、魔術で色々あったけど……俺が歩んだ道にあの人達がいたんだってわかってよかったって思う」

 

 俺はポケットに入れてたホルダーから四枚のカードを出してそう呟いた。

 

「もちろん、みんなに会えた事もな。だから……ありがと。これからも宜しく頼む」

 

「うん……。あ、そういえばずっと言ってなかったけど……」

 

「ん?」

 

「図書館でのお礼まだだったなって」

 

「図書館……?」

 

 はて、ルミアと図書館に行くような事が最近であったっけか。

 

「ああ、やっぱり覚えてないんだ……」

 

「え、あ……ごめん。何のだっけ?」

 

「ほら、歴史の勉強してた時に……異能者の事についてリョウ君が言ってたこと」

 

「…………あ」

 

 思い出した。そういえばあの時はまだルミアの事情は知らなかったからすっかり忘れ去ってたけど、俺この国の異能者に対する認識がくだらないとかなんだ色々言ってたっけ。

 

 よくよく考えたらあの時からか……ルミアがやたら俺の勉強に付き合ってくれるようになったのって。

 

「あぁ……なんていうか、忘れてごめん」

 

「まあ、あの時はまだ知らなかったもんね。でも、あの時のあれはちょっと嬉しかったんだよ。だから私からも改めて言わせてほしいの」

 

 それからルミアがズイ、と俺に顔を寄せて来た。

 

「別の世界から来たかなんて関係ないの。時々私達の知らない事を知ってたり、子供達に優しかったり、迷ってたり、でも最後まで諦めない……そんなリョウ君だから一緒にいたいんだよ」

 

 あとちょっとで触れそうな距離でみんなが謳うような天使みたいな微笑みで言われ、俺は今まで味わった事のない嬉しいような恥ずかしいような落ち着かない感じがした。

 

 そんな硬直状態をどうにか解こうとした時だった。

 

「おい、リョウ──ッ! 戻ってたのかぁ!」

 

 バンッ! と、勢いよく扉が開くとそこからカッシュがすごい形相で飛び込んできた。後に続いてセシルにウェンディ、リン、テレサと久しぶりのクラスメートの顔があった。

 

 カッシュやみんなが俺を見て、右手があった場所に視線を移すと一瞬表情が揺らいだが、すぐにいつもの顔に戻ってカッシュが俺に迫ってきた。

 

「お前、どんだけ心配かけたと思ってんだ! こっちがどんだけお前を探して街のあちこち回ってたか……っ!」

 

 いつぞやの病室の時みたく殴りかかりそうな剣幕で捲し立てて来る。自分達がどれだけ俺を探したか、心配したか、次々と大声で語る。

 

「……まあ、戻ってきてよかった。そりゃ、あんな騒動の中で凶悪な外道魔術師に目を付けられて拐われたって聞いたから仕方ないかもだけどよ……」

 

「……ん?」

 

 なんか変な感じに勘違いが起こってる気がするが、多分結婚騒動の時とフェジテを出て行ってからの経緯を捻じ曲げて伝えたんだろう。あんな重い出来事をみんなに話すのは酷だろうしな。

 

 まあ、みんなにも心配かけた事には変わりないから俺はルミア達と同様謝罪をした。

 

「もういいって、こうして戻ったんだからな。……で、ついでに聞いておきたいんだが……お前、ルミアと何話してた?」

 

「え……?」

 

「だってよ、あんな顔近づけてさ……どう見ても校舎裏でよくあるアレな感じだったぞ?」

 

「……あ」

 

 そういえば、カッシュが飛び込んだ時の俺達の距離……確かに側から見ればアレな感じのシチュエーションにも見える。

 

「いや、待てカッシュ。ビジュアルはあれだが、さっきのはそういう話じゃなくてな……」

 

「わかってる。わかってるから正直に話せ……親友として盛大に祝ってやるからな。みんなで」

 

「その拳を震わせてるのを見るとお前の言う祝いがバイオレンスなやつしか思い浮かばねえよ」

 

 このままじゃカッシュどころか全男子にマズイ誤解が広まってしまいかねない。どうにかルミアと協力して切り抜けたいところだが、視線を向けると女子の方もその話題で盛り上がってる最中でとても入り込めそうになかった。

 

 結局みんなの誤解をとくのに一時間近くかかり、その時にシスティが夕飯の材料を持って家に来た。

 

 それからはこの場にいる全員で夕飯……というか、俺の復帰祝いみたいな感じでみんなの手伝いのもとで調理し、いつもよりはちょっと出来はブサイクだったが、あったかい料理を並べてみんなでワイワイ騒いだ。

 

 こっちの世界に来てから色々あったが、こうして笑ったり騒いだり出来るのはここでみんなといるからこそだろう。それを気づかせてくれたみんなに感謝してる。同時に絶対守りたいと思えた。

 

 もしかしたら今後も間違いは起きるかもしれないが、これからはひとりじゃないってわかるから。大事なものがいくつもできた今だからそう思えるから。

 

 それにしても…………。

 

「はい、リョウ君」

 

「あ、うん……」

 

 利き手がなくなったからって左手で食べられないわけじゃないというのにルミアがやたら甲斐甲斐しく世話を焼いてくるので周りの視線がすごい。

 

 いや、嬉しくはあるんだけどさ……。

 

(俺……このまま依存症になったりしないよな?)

 

 もうひとつ気付かされた事…………それは俺を認めてくれたルミアに対する懸想であった。早い話が惚れた。……俺って、結構チョロい?



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番外2

「オーウェル=シューザーですか……聞いた事ないな」

 

 ある日の午後……。最近、みんなが手助けしてくれるものの左手だけの生活が思ったより難しい事が多く、せめてこの学院の中だけでも普通に過ごせる道具でも作れないかなと図書室で大量の本を読んでるところに妙に悪どい笑みを浮かべたグレン先生が『お困りかな、少年?』と、明らかに何かありそうな雰囲気を纏って話しかけてきた。

 

 最初は関わりたくなかったが、これから魔導具に精通した研究者に会うというので思わず興味を持って頷いてしまった。そして、今その研究者……オーウェル=シューザーのもとへ向かっているわけだ。

 

「そりゃあそうでしょうね。あの人、普段は自分の研究室に引きこもり気味だし、あなたが編入したのはあの人の魔導発明品のテストの後だったんだから」

 

「ふ〜ん……で、その人が何だって?」

 

「さあ、俺にもよくはわからん。大体の教師達は狂乱するし、逆にセリカは面白いやつだって言うけど……」

 

「……それだけでロクでもなさそうな奴だっていうのだけはわかりますね」

 

「実際そうなのよ。二人はあの人が学院でなんて呼ばれてるか知ってる? 『天災教授』よ。魔導工学士としての腕は本物なんだけど、やること出すものがいつも予想の斜め上を行くものばかりで、しかも実験すれば周囲の人達を巻き込んだ大騒動になるんだから」

 

「そんな魔窟に何で俺が……」

 

「愚問だな、リョウ。お前ならお得意の異世界知識で脱出の糸口を見つけられるかもしれないだろ。俺の命はお前の両肩に掛かってるといってもいい」

 

 そんな理由で俺を連れてこうとしてるのか、このロクでなし講師は。

 

「まあ、リョウを連れて反撃の糸口を……っていうのは百歩譲って納得するとして、なんで私とルミアまで連れてこうとするんですか?」

 

「愚問だな、白猫。ルミアは優しい上に可愛いだろ……俺に万が一の事があればそんな子に今わの際を看取って欲しいと願うのは男の性だ」

 

 なんとなくわかってしまうのが俺がルミアに惚れ込んでる所為なのか、性格が似てるからなのか。前者であってくれと願う。

 

「……じゃあ、私がいるのは?」

 

「わからんか、白猫。お前は口やかましい上に生意気だろ。俺に万が一の事があればそんなお前を盾にして逃げたいのは男の性──」

 

「離してルミア! こいつ殺せない! こいつを殺して私も死ぬ──っ!」

 

「無理心中……?」

 

「あはは、大丈夫だよシスティ……。きっと、先生の冗談……の筈」

 

 いや、絶対本心だよこの人。ルミアもいい加減、この人のキャラクターを理解しようぜ。

 

「さて、どうこう言ってる間に着いちまったぜ……オーウェルとやらの研究室」

 

 暴れるシスティを押さえ込みながら進むと件の天災教授の研究室らしい扉の前に着いたようだ。

 

 だが、その扉は学院のどの教室に続く扉と変わらないのに、異様な雰囲気が内部から漏れ出ている。

 

「……なに、この魔王の根城にでも通じそうな邪悪な雰囲気の漂う扉?」

 

「リョウ……冗談にしても笑えねえぞ、それ。本当に異空間にでも通じちゃいそうな雰囲気だぞ」

 

「どうします? これを見ると、正直関わらない方がいい気がしますけど……」

 

「つっても、行かなきゃクビだって学院長にまで脅されてるしなぁ……はぁ、セリカのスネ齧ってたあの頃が懐かしく感じてきた……」

 

 グレン先生が遠くを見ながらボヤいていると、急に扉が開け放たれ、中からひとつの影が飛び出してきた。

 

「「「「…………え?」」」」

 

 突然の事に反応が遅れた俺達が見たのは、歳にして大体二十代辺りだろうか、若い見た目で右目には眼帯。乱れた長髪、その顔は狂気的な笑みを浮かべている。所謂マッドサイエンティストと言わんばかりの外見だった。

 

「……あ、もう俺クビでいいです。それではこれにて……」

 

 目の前の人の危険性を本能で悟ったのかすぐに回れ右して来た道を戻ろうとしたグレン先生だったが、瞬時にマッドサイエンティストらしい人が回り込んだ。

 

「フハハハハ! まあ、待ちたまえ! 皆まで言うな! 君達は今から偉大な歴史の証人となるのだから! 今こそ、君達の心を言い当てようではないか! この、『竜の涙(ドラゴンズ・ティア)』でな!」

 

 見ると、マッドサイエンティストの頭には妙な機械みたいなものが着いていた。何かの魔導具なんだろうか。

 

「では当ててやろう……今君達が思い浮かべてるのは、『腹が減っている』だな!」

 

「いや、全然違うけど……」

 

 俺は純粋に目の前の人の魔導具が気になってるだけだが、他三人は恐らく『早くここから立ち去りたい』とかだろうな。

 

「なにっ!? 魂紋パターンを読み違えたか!? だったら……『明日の天気が気になる』。これだっ!」

 

「いや、微塵も掠りもしてねえけど……」

 

「何故だぁ!? 感情によって色と形を変える魂の波形……魂紋! その無数とも言える形を百パーセント解析できるのは間違いなく証明されてる筈だっ! なのに何故当たらん!」

 

「はぁ!? 魂紋パターンの解析だぁ!?」

 

「そ、それって本当に……?」

 

「当たり前だ! 私は天才魔導工学者のオーウェル=シューザーだぞ! 証明データは既に学会に提出出来るレベルにまで達しておるわ! だが、魂紋パターンを思考言語化する過程に間違いがあったのか……?」

 

 目の前のマッドサイエンティスト、シューザー教授の発明品のコンセプトらしいものを述べるとグレン先生とシスティが驚愕していたが、事の重大さを理解できない俺とルミアは首を傾げるばかりだった。

 

「あの、先生? システィ? 魂紋って?」

 

「いや、名前からして魂関連の何かだとは思いますけど……」

 

「ああ、リョウの言う通り魂の……言わば指紋だな。この変態の言う通り、魂紋ってのは感情によって色も波形も変わるやつで、しかも個人によって形も幅も千差万別でな」

 

「生命の神秘を追求する白金術じゃ、常に立ち塞がる最大の壁なの。その解析に莫大な金と時間を費やしてもなお解析しきれないものなのに……それを一瞬で解析できちゃうって……」

 

「それって、すごい事なんじゃ……」

 

「そうなのよ! これがあれば白金術の歴史が一新される大発明よ!」

 

 ようは脳波とかそういうのに近めの奴か……。地球でも似たような学問があった気がするけど、細かい事は覚えてないんだよな。

 

「何が大発明だ! 肝心の思考言語化が実現できておらんじゃないか!」

 

「いや、人の思考を読むなら既に[マインド・リーディング]なんて便利で簡単なもんがあるじゃねえか!」

 

「そうですよ! 魂紋から思考を読み取るなんて回りくどくて無駄極まりないですけど、この時点で既に魔術史上に残る大発明ですよ!」

 

「……え?」

 

グレン先生とシスティの言葉を聴くとシューザー教授が間抜けな声を出す。

 

「……え、そんな便利な魔術があったの?」

 

「いや、あるって。白魔術じゃ割と基礎の範囲だし……」

 

「ああ、そういえば前にアルフォネア教授が俺の言葉が嘘かどうかを見てましたけど、それだったんですかね」

 

 以前俺の真実を教える時アルフォネア教授が魔術で俺の言葉に嘘があるかどうかを見てたが、グレン先生が言ってた魔術を使ってたのだろうか。

 

「ふっ……なるほど。つまり……」

 

 シューザー教授が不敵な笑みを浮かべると自分の頭に付けた解析器を外す。

 

「これは何の役にも立たん鉄屑だという事かああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そして、盛大に床にソレを叩きつけ、解析器は大破した。

 

「「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 世紀の大発明がああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」

 

 その光景にグレン先生とシスティが揃って悲鳴をあげた。

 

「くそっ! 私としたことが、まさかの前提条件が間違っていたとはな! まあいい……天才でも間違いはあるさ」

 

「いや、前提がっていうか……間違ってるのはアンタだろ! 何歴史に残る程の発明を自ら叩き壊してんだよ! 直せよ! 設計図は!?」

 

「そんなもんあるか! こんなの、本命の発明の片手間に暇潰しで作ったものに過ぎん! 設計図は愚か、自分でも何を使ったのかさえ忘れてしまったわ! どちらにせよ、使えないとわかった今では直すなんて無駄で無意味な事をする気など起きんわ!」

 

「何なんだよ、コイツ!? 根本的におかし過ぎだろ! 学院長達が関わりたくないって言ってたのがよくわかったわ!」

 

「うぅ……頭おかしくなりそう。やっぱり来るんじゃなかったわ……」

 

 シューザー教授の狂った思考にグレン先生とシスティが頭を抱えていた。かくいう俺も単なるキャラとして考えるのが難しくなってきた。

 

「…………ん?」

 

 すると、シューザー教授が俺の存在を認識するとジーッと見つめてくる。

 

「えっと……何です?」

 

「…………君、何やら私と同じ匂いがするね」

 

「寝言は寝て言えよ、変態教授」

 

「リョウ君っ!? いくらなんでも失礼すぎだよ!?」

 

「いや、出会い頭でコイツからそんな言葉が出たら俺だってあんな返答するぞ」

 

 初対面で何故こんな変態と同種だなんて思われなければいけないのか。これには俺も反射的に言動が荒くなってしまう。

 

「えっと……それより、私達は教授の発明品のテストの助手として来たんですが」

 

「ん? おぉ! そうか! 君達がかっ!」

 

 ルミアが本題に入るとシューザー教授が目を輝かせていた。

 

「まあ、でも……その発明品が壊れたみたいですし、私達はお役御免ですよね」

 

「そうだな。当の本人も直す気なんてなさそうだし……ここは報告だけして俺達は退散するとしますか」

 

 そう言ってグレン先生は俺達の背を押して回れ右をしようとしたところにシューザー教授が待ったをかけた。

 

「そう遠慮する事はない! 第一アレは片手間の暇潰しと言っただろう! 本当の発明品のテストはこれからだ! 君達は歴史の変わる瞬間を目の当たりにするのだぞ!」

 

「いや、既に目の当たりにしたよ! そんでもってアンタが台無しにしたよ! それにもうこれ以上は俺達の脳がヤバそう──」

 

「《レッツ・キャーッチ》!」

 

 グレン先生の言葉を遮ってシューザー教授が指を鳴らしながら叫ぶと室内の暗がりから巨大な石の手が俺達を拘束した。

 

「な、なんじゃああぁぁぁぁぁ!?」

 

「フハハハハハハハハハッ! こんな事もあろうかと、 『ガードが堅い可愛いあの子を強引にマイハウスに連れ込み君』が役に立った!」

 

「いや、それ犯罪だろ!」

 

「だから何だ!? 例え犯罪と言われようが、私は言いたい事も言えないシャイな思春期男子達の背中を押すためにこれを作ったのだ!」

 

「背中を押した結果が断崖絶壁へ真っ逆さまじゃねえかっ!」

 

「でも、すごいわよこれ……こんな高出力かつ、精緻な制御の出来るゴーレム作成術……これが学会に出ればゴーレム工学が五十年くらい進歩するわ!」

 

「そんなに難しい事なのか……ロボットみたいに要所要所に特別な関節を作ってるのか? そしてそれを脳と神経みたいに何処かに術式を連結させて人の動きに近いものを作りだしたのか……いや、指一本一本を自在に動かしてるからミクロ……いや、ナノレベルに小さく精密な術式をあちこちに?」

 

「冷静だね、リョウ君」

 

「いざ、ウェルカムトゥマイルーム! 四名様ご案内ぃ──っ!」

 

 こうして俺達は半ば……というか、完全に強制的にシューザー教授の研究室に引きずり込まれてしまった。

 

 そうして引き込まれた先にあったのは本人曰く失敗作のガラクタの山らしいものが置かれていた空間だった。半永久的に決まった時間に半熟の目玉焼の上がる装置だったり、太陽光を魔力に変換するパネルだったり、既に絶滅した筈の紅茶の茶葉だったりと世間に出せば大騒ぎ確定なものが無造作に置かれていた。

 

「一つ目は全くわからないが、パネルの方は俺だって小さいので電気を生み出す奴を十回に一回作れるかどうかの奴をこの人は魔力版の物をあっさりと……そして既に絶滅したものをって、クローン技術か? いや、絶滅したものの細胞なんかどっから手に入れるのやら……化石じゃあるまいし、ゲノム編集みたいなのが魔術で可能なのか?」

 

「あはは、これだけのものを見ても冷静なんだね……」

 

「ていうか、あんた今地味に凄いの作ったって言わなかった?」

 

 どれも大体こんな感じかと予想出来るものではあるが、どうやって科学でも実現できるかわからんものを個人であっさりとやってのけるのか、メチャクチャではあるが興味は尽きなかった。

 

「さて、今回の大発明の披露は一旦置いといて……まず君達にこの国の現状についてどう考えてるかを聞かせてほしい」

 

「え、いや……この国の現状って、いきなりすごい話にシフトしたな」

 

「この国に隣接している狂信者で溢れてる事で有名な、聖エリサレス教会教皇庁が支配するレザリア王国は、常に我がアルザーノ魔術帝国と併合しようと画策してるのは知っておろう」

 

「っ!」

 

 いきなりの話題転換に何をと思っていたが、妙に緊張感の漂う話で俺も紅茶を片手に耳を傾けざるを得なかった。

 

「幸いというか、我が国では優秀な魔術師達や彼らの魔導技術による戦力的優位が成り立っているから奴らの抑止力にこそなっているが、この膠着状態がいつまで続くかもわからん。レザリア王国の土地、人口は我が国の数倍……ちょっとしたキッカケでいつ第二次奉神戦争が起こってもおかしくない」

 

「く……」

 

「しかも国内ではあの邪悪な探究結社、天の知恵研究会がガンのように帝国を蝕みつつある。奴らの行動による犯罪係数がここ数年で右肩上がりに上昇し、奴らが良からぬ事を企んでるのは明白。世間では魔術による世界支配などが目的と噂されてるが、少しでも魔術の闇を知る者ならあの組織がそんな低俗な目的で留まる筈がないのは火を見るよりも明らかだろう」

 

「それは……」

 

 この国の緊迫した状況にも驚きだが、天の知恵研究会の事も確かにその通りだと言わんばかりの話だ。支配が目的ならもっと他にやりようはあるだろうし、俺達に牙を向けた方法だって統一していない。俺達の知らない所で何かが進行されてるのは想像に難くない。

 

「わかるかね? 我々は今当たり前のように『平和』を堪能してるように思えるが、それはちょっとした拍子で脆くも崩れ去る薄氷の上に成り立っているものだ。時間が経っても、人がちょこっと突いただけでもあっさりと壊れてしまう……私とて女王陛下に忠誠を誓う一人の魔術師の端くれだ。こんな現状を看過する事など出来ん!」

 

「オーウェル……」

 

「シューザー教授……」

 

 あれこれとんでもない発明をするかと思えば、目的と用途が明後日の方向に空回りした変わり者で……でも、蓋を開ければ国思いの強い人間。正直、思うところのある話だった。

 

「……オーウェル、あんたの信念はわかったよ。それで、ここまで壮大な話をさせて今更聞くのもなんだが、あんたは一体何を発明したってんだ?」

 

「ふっ。ここまで言わせておいてわからんか?」

 

「いや、多分国防関連の何かだとは思ってるが……」

 

「も、もしかして……さっきのゴーレム技術を応用して戦闘用魔導人形を実践投入可能なレベルにしたとか!?」

 

「えっ……戦闘用魔導人形って、実践を想定して柔軟な動きが可能な代わりに動作安定性と防御性が不安だって言ってた?」

 

「だとしたらレザリア王国が攻め入ったとしても数の不利を補えるわ!」

 

 システィとルミアが興奮して語るが、シューザー教授がチッチッ、と舌を鳴らして指を振りながら否定する。

 

「ノンノン、お嬢さん。それじゃあ発明じゃなく、単なる改良だよ。もう少し単純に考えてみたまえ。この国の緊張感は我々魔術師のみに留まらず、一般市民の心にまで悪影響を及ぼしているんだ。そんな不安を抱える帝国民達の心境を思えば自ずと浮かび上がってくるだろう」

 

 シューザー教授の説明にグレン先生達は首を捻るばかりだが、俺は何となくわかってきた。いや、アレが好きな俺だからこその共感なのかもしれない。

 

「つまり、そんな何時崩れるかもわからない混沌とした世の中……」

 

「邪悪が我が物顔で闇を闊歩し、弱き者が虐げられるのを黙って見過ごすしかない暗雲の時代……」

 

 俺のオープニング前の前置きみたいな呟きにシューザー教授が乗っかって一緒に語り始める。

 

「人々の心は闇によって徐々に塗り固められてしまう……」

 

「だが、そんな中でも尚運命に抗い、人々の希望を背負おうと立ち上がる存在……」

 

「「即ち正義の英雄(ヒーロー)をっ!」」

 

「「いや、何言ってんのお前ら(あんた達)は……」」

 

 俺とシューザー教授が手を握り合いながら語ると、グレン先生とシスティが横からツッコミを入れるが、俺達の耳に入る事はなかった。

 

「やはりわかってくれるか! どうも君からは私と同じ匂いがしたと思ったんだ!」

 

「あんたと一緒っていうのはどうにも嫌だけど、その存在に憧れるって事だけは大いに共感できますよ。して、そんな話をしたって事はあなたが発明したというのはつまり──」

 

「ザッツライトッ! 人々の希望を背負い、闇を照らして悪を討つっ! そんな英雄になれる魔導アイテム……ここに爆・誕っ!」

 

 かの風来坊のセリフをパクって叫びながら取り出したのは何のマークなのかはわからんが、中央に特徴的な紋章の入ったバックルが取り付けられたベルトだった。

 

「これぞ私が発明した血と涙と汗の結晶っ! 『仮面騎士の魂(ナイツ・オブ・ソウル)』っ! 設定されたポーズと共に呪文を叫ぶと正義のヒーロー『仮面騎士カイザーX』になれるという優れものなのだぁ!」

 

「変身ベルト、キタ────ッ!」

 

「何いきなり叫び出してんだ、お前は!?」

 

「いえ、コレを見たら叫ばずにいられなかったので……」

 

 あの宇宙飛行士みたいな見た目の高校生ライダーのセリフを思わず叫びたくなるくらいお決まりのものが飛び出してきた。これには流石の俺も興奮を隠せなかった。

 

「これは錬金術を応用した最新式の魔導工学の結晶だっ! 一度起動させれば仮面騎士の鎧と剣を瞬間高速錬成、使用者に瞬時に装着させること出来る。しかもその鎧に包まれれば使用者の身体能力は飛躍的に上昇し、防御にも優れている。更に主装備である剣の斬れ味も優れ物! 分厚い鉄板だってバターのように真っ二つだ!」

 

「げ……発想はアホらしいのに、どんだけ高度な技術力なんだよ」

 

「ただし、これを装着してる間は使用者は魔術は使えんが」

 

「魔術を追求するこの御世代にあるまじき最大の欠陥品じゃねえかっ! 何でそんだけの技術成立させといて肝心の魔術が使えねえんだよ!?」

 

「うるさいっ! 何が魔術だっ! ヒーローは正義! 正義は騎士道っ! 騎士道と言えば剣ではないかっ! 何が魔術だ、魔法だっ! そんなものの所為で失われた騎士道をコイツで取り戻せっ! そうは思わんかね、同士っ!」

 

 バンッ! と、擬音が出る勢いで俺の眼前に変身ベルトを突き出すが一言告げておきたい。

 

「いや、あなたの発言思いっきり矛盾してますよ?」

 

 ガーンッ! と、これまた擬音が発するばかりに表情が驚愕に染まる。

 

「な、何故……?」

 

「だって、騎士道やらなんだ言ってますけどこれって魔導技術の結晶って言いましたよね。魔術に頼るなみたいな事言っておいて魔術で作られたものを着飾るとかいいんですか?」

 

「そ、それは……」

 

「それに、民衆の希望になるかと言われると話を聞く限り微妙なところでしょうね」

 

「な、なんだとっ!?」

 

「主装備が剣だということは、これを装着した人は前線で戦う事になるんですよね?」

 

「当然だっ! 自ら先導し、闇を切り裂く……それこそ騎士だっ! ヒーローだっ!」

 

「でも、一般民衆にはそれを見せられませんよね?」

 

「…………え?」

 

「あなたはこれを不安で押しつぶされそうな帝国民に希望を与えるために作ったと言いましたよね?」

 

「う、うん……」

 

「希望を与えるならその雄姿をもっと間近で見たいと思うのが人の性でしょう。かと言って、一般市民を前線に連れてくなんて出来ませんから雄姿を見せることは出来ない。更にこれは対人……いえ、性能が本物なら対軍もいけるかもしれませんが、もし敵の牙が知らず知らずのうちに民衆に向けられたとしたらその時どうやってその牙の前に立ち塞がるんですか!?」

 

「……あっ!?」

 

「あなたの言う通り、魔術を一切使えないのなら当然空を飛ぶような事は不可能。それじゃあ市民のピンチに颯爽と現れるヒーローを求める人達の希望には成り得ないんじゃありませんか?」

 

 そこまで言うと、シューザー教授は放心したように膝を着く。

 

「す、すげぇ……おかしくなったかと思えば、真面目にダメ出ししてやがる」

 

「…………つまり、そうか……」

 

 シューザー教授が肩を落としたかと思うと、すぐに全身に震えがはしる。

 

「これもまた、何の役にも立たんガラクタだという事か──っ!?」

 

 これまた自分の発明品がガラクタだと認識するや、再びそれを床に叩きつけようとしたところで俺はそれを止める。

 

「な、何を……っ!?」

 

「シューザー教授……あなたの言う通り、天才に失敗は付き物。けど、それを認識した瞬間に片っ端から壊して別の物を求めるのが天才のやる事ですか?」

 

「ぐ、それは……」

 

「天才だって完璧じゃない。それはその通りですし、前を向くのも必要でしょう。ですが、失敗から目を背けては真の進歩は得られないんじゃないんですか?失敗なら失敗で、何処にどんな欠点があるのか……それをその目で見てからでもいいんじゃないんですか?」

 

「う、同士ぃ……」

 

「さ、まずはそのバックルの性能を確かめましょう。……て事なので先生、お願いします」

 

「何でそこで俺に振るっ!?」

 

「いや、だって元はと言えばあなたに協力して欲しいと頼まれたんでしょ?」

 

「そこまでこの変態と意気投合出来るならお前がやれよ! 俺を巻き込まないでくれる!?」

 

「けど、俺は腕がこうですし? これ、多分五体満足の人じゃないと無理でしょうし。それに……」

 

「それに?」

 

「……こんな技術があるのならまず第三者目線でヒーロー誕生の瞬間を撮影したいのは特撮マニアの性だからだぁ!」

 

 俺はカメラモードにしたアイポタを手に叫んだ。

 

「今まで見た中で最高のテンションと眩しい笑顔だなっ!?」

 

「……リョウって、こんな性格だったかしら? 思いっきりキャラが崩壊してるんだけど……」

 

「あはは……小さい頃からヒーローに憧れてたみたいだし、こっちで久しぶりにそういうのが見れそうだと思ってはしゃいじゃってるのかも」

 

「というわけなので先生、すぐに」

 

「さあ……この『騎士の魂(ナイツ・オブ・ソウル)』を装着し、『仮面騎士カイザーX』となるのだ」

 

「断固拒否する! 俺は帰る──って、あれ?」

 

 グレン先生が回れ右して帰ろうとすると右手がバックルへと引っ張られるように伸びていった。

 

「あ、あれ? 何で……? 手が、バックルにくっ付いてるように離れねぇ……」

 

「フハハハハハハハハハ! どうやらこのバックルが選んだのは君のようだね!」

 

「え、選んだ……?」

 

「かの岩より選定の剣を抜けるのは選ばれし勇者のみ……このバックルもまた然り! これには周囲の者達の変身適合率を自動計算し、最も高い者を選び、手放せなくなるという『祝福』がかかっているのだよ!」

 

「それは『祝福』じゃねえ! 『呪い』だぁ!」

 

「カリバーのような、メモリのような……名前といい、設定といい、色々混ざってるよなコレ……」

 

「お前は何処に関心してんだ! さっさとこれなんとかしろ!」

 

「なんとかすると言っても……多分、これ解除できるのは開発者のシューザー教授しかいないんじゃないですか?」

 

「うむ。私ならこれを解呪(ディスペル)出来るが、そのためにはなぁ……」

 

「くっ……俺に選択の余地はねえのかよ……」

 

 こうしてグレン先生はバックルに変身者として選ばれ、ヒーローとなるのだった……ていう感じの光景だな。

 

「だから違うっ! 手はこう動かし、もっと天を突くようにっ! 足捌きも違うっ!」

 

「何でこんなややこしい変身手順に設定しやがるんだ、コイツ……」

 

「趣味だ」

 

「なるほど」

 

「ふっざけんなあああぁぁぁぁぁ!」」

 

 紅茶を飲みながら目の前ではかれこれ十分間、やたらと複雑な動きをレクチャーしながら『変身!』を連呼しているグレン先生とシューザー教授だった。

 

「だあああぁぁぁぁぁ!? こんなに恥ずかしいの我慢しながらやってんのに一向に姿が変わらねえ!」

 

「…………思ったんですけど、もしかして起動ワードが違うなんてオチじゃないんですか?」

 

「…………あ、そういえば。『変身』じゃなくて、『瞬転』だったわ……テヘペロ⭐️」

 

「ブン殴るぞ、テメェ!」

 

 そんなこんなで、昭和のライダーみたいな振り付けを混じえながら再び呪文を叫ぶ。

 

「《瞬、転──っ》!」

 

 瞬間、眩い光に包まれていき、グレン先生の姿が一変した。

 

「おぉ……思ったよりカッチョいいな」

 

「どんなエキセントリックな見た目になるか半分恐怖だったけど、まるで英雄詩に出る騎士みたいね」

 

「うん、すっごくかっこいいですよ」

 

「フッフッフ……見たか、私の血と涙と汗の結晶を。これなら同士もあっと──」

 

「イマイチですね」

 

「えぇっ!?」

 

「白銀のマントっていうのは良いとしましょう。ただ、全身一色で塗り固めるのは芸がないですね」

 

「う……!?」

 

「オマケに、鎧のイメージが俺の知ってる騎士達に似通ってて、言ってしまえばパクリくさいんですよね」

 

「パ、パクリッ!?」

 

 俺の個人的な感想を述べると、再びシューザー教授は膝を着いた。

 

「おいおい、流石にパクリは酷いんじゃねえか?」

 

「くっ……! 私の、魔導技術の最先端が……パクリ……鎧の錬成の術式構成に三日、デザインに三年を費やした私の情熱がパクリだとおおおおぉぉぉぉっ!?」

 

「うん、お前アホだよな。とっくにわかってたけど」

 

「やっぱ装着者のイメージも考えないと……格闘が得意。普段はズボラ、お調子者で、寝坊助、人の名前も何度も間違える。でも頼れる時は頼れる。燃える炎の戦士……あ、グレン──って、いたっ!?」

 

「よくわからんが、お前のソレも何かのパクリだろっ!」

 

 バレたか……。でも、改めて思うと、頭の出来を除いてグレン先生って、あの炎の用心棒に似てるんだよな。名前も……。

 

「まあ、デザインについても後の課題にして早速テストに入りましょう」

 

「つってもな……テストって言ったって、どうやって性能確かめるんだよ?」

 

「そもそも敵なんてこの学院にいないんだし……」

 

「まあ、ライダーのスペック表みたく……パンチ力、キック力、ジャンプ力、走力でも確かめればいいんじゃないんですか?」

 

「フッフッフ……同士よ、そんな方法で満足するとでもいうのか?」

 

 俺が適当にテスト内容を纏めようとすると、シューザー教授が不気味な笑みを浮かべていた。

 

「ヒーローの強さを確かめるには手っ取り早く敵と闘う以外にあるまいっ! ただ待ってるだけでは乱れない平和の中のテストなど無意味っ! なのでここは学院の平和を積極的に乱そうではないかっ! 皆の平和を守るために!」

 

「いや、待て……その理屈はおかしいだろ」

 

「平和を守るために平和を乱すって、言ってること矛盾しまくってるし……」

 

「というわけで、こんな時のために作っておいた『悪の戦闘用魔導人形』達を召喚し、学院を襲わせてみよう!」

 

「どんな事態を想定してんだよっ!?」

 

「ていうか、それ正義のヒーローファンがやっちゃいけない所業だろ!」

 

「何をいうか! 本物の敵がいてこそ、真のヒーローの存在感が増すのだっ! 本物の恐怖に逃げ惑う無辜の人々! 切に救世主を待ち望む民草達の無窮の叫びっ! そんな燃えるシチュエーションを用意してこそ正しい実験データが得られるもの! それを正義のヒーローたる君が守れば何の問題もなしっ!」

 

「大ありだろうがっ!」

 

「どこの愛と善意の伝道師だアンタはっ!?」

 

「……愛と、善意の伝道師……その言葉、何故かすごくインスピレーションを刺激される。こんな時に次の研究テーマが浮かんでくる。今度は巨人型の魔導人形を作りたくなってきたぞ……っ!」

 

「マズイッ!? 余計やばい方向にシフトしそうっ! つか、本当にやめろっ!」

 

「とにかくっ! 俺は絶対にテストなんてしねえかんな!」

 

「ふふふ……いいのかな、グレン君?」

 

 グレン先生がテストを拒否しようとすると、シューザー教授が邪悪な笑みを浮かべながら机に大きなスイッチが置かれる。

 

「もし、ヒーローたる君が闘いを放棄すれば、私がこのスイッチを押し……我が悪の魔導人形の軍勢が──」

 

「や、やめろ、テメェ! 俺の生徒に手ぇ出すんじゃ──」

 

「──私特製、『何故か服だけ溶かす液』を乱射するっ!」

 

「ネーミングがまんまだし、悪党の所業にしては微妙っ!」

 

「ふっ、素晴らしい発明だ。存分にやれ」

 

「見事なまでの手のひら返しっ!?」

 

 時を守る電車ヒーローの主人公をも凌ぐダサいネーミングにもグレン先生の態度の変わり様にもツッコミどころしかねえ。

 

「この学院の平和は俺が守るっ!」

 

「よく言った! その意気だ、グレン君!」

 

「あ、あんた達は……」

 

 このアホらしい状況を見ていたシスティも遂に堪忍袋の尾が切れたのか、拳を震わせながら立ち上がった。

 

「……ん? ちょ、おい……システィ。その手、動かさない方が……」

 

「いい加減にしてくださいよ、このロクでなし共はっ!」

 

 俺の制止の声も聞かず、システィが手を叩きつける。そしてその手の下には丁度シューザー教授が出した魔導人形を動かすためのスイッチがあった。

 

「「「「…………あ」」」」

 

「……グレン先生といい、シューザー教授といい、お前といい……本当に、漫画みたいな展開を地で辿るよな、この学院の奴ら」

 

 俺は天を仰ぎながら頭を抱えた。

 

「まあ、なんにしてもこれで舞台は整ったっ! さあ、イッツショータ〜イムッ!」

 

 シューザー教授がどこからか巨大な水晶玉を出して、そこに現在の学院の中庭の光景が映っていた。

 

 そこにはシューザー教授特製の服を溶かす液があちこちに乱射され、その制服を溶かされた生徒達で溢れかえっていた。……何故か男子ばかりだが。

 

「……コ レ ハ ヒ ド イ」

 

「なんという地獄絵図……」

 

「ていうか、何で男子ばかりなんだよっ!? ヤロウ共の肌色なんざ求めちゃいねえよっ!」

 

「私は淑女には手を出さない紳士なのでな。人形の行動パターンはそういう風に設定している!」

 

「学院全体を騒動に巻き込んでおきながら今更紳士ぶってんじゃねえよっ!」

 

「それより……急いで行かないとこの学院が社会的な意味で終末を迎えかねませんよ?」

 

「こんなふざけた理由で学院が終わるとか、学院長やセリカになんて言われるか……あぁ、くそっ! こうなったらヤケクソだ、ドチクショウがああああぁぁぁぁぁ!」

 

 グレン先生が血涙でも流しそうな叫びを上げながら中庭へと向かっていった。

 

「さぁっ! 選ばれし英雄よっ! この混沌とした状況をどう切り抜けるかっ!」

 

「そもそもこうなった原因はアンタだろうが……」

 

 そんなツッコミもないかのように、水晶玉に映る光景にグレン先生が派手な登場をしていた。テストを拒否していたのに、随分とノリノリじゃんか。

 

 そして、映像の中でグレン先生は眩い剣を手に取り、派手なエフェクトを撒き散らしながらゴーレム達を倒していく。

 

「何あの光っ!? 妙に派手な消滅の仕方なんだけど!」

 

「フハハハハハハハハハッ! やはり敵が爆発四散するのはお約束だからなっ! 魔導人形の弱点である動作性能と防御性を実践投入レベルに引き上げるのに三日程度で終わったが、この芸術的な爆発死滅っぷりを生み出すのに、実に三年かかった! 感無量っ!」

 

「無駄な努力すぎる!」

 

「エフェクトはいいんですけど、雑魚にまでイチイチアレやるのはどうも飽きる気がするんですけどねぇ。やっぱりああいうのはここぞの必殺技の時じゃないと」

 

「あんたは何の話をしてるのよっ!?」

 

「心配ご無用っ! そんな事にならぬよう、必殺技は更に派手にしてるからなっ!」

 

「いい加減、あなたはその努力をちゃんとしたところに向けられないんですかっ!?」

 

 映像の向こうでシューザー教授が言うようにグレン先生が奥義らしい剣技(というか、ただの振り下ろしだが)を披露してゴーレム達を光へと昇華させた。

 

『か、仮面騎士様……』

 

『ふっ……怪我はないかい、お嬢さん?』

 

『えっ……あの……わたくしは、大丈夫ですわ。貴方が……守って、くださいましたから……』

 

 映像の向こうではウェンディが頰を仄かに赤くしながら普段と違って妙にしおらしくなっていた。

 

『あの……せめて、何かお礼を……』

 

『礼には及ばんさ。強いて言えば、君の笑顔が最高の報酬さ』

 

『なっ!? か、からかわないでくださいましっ! わたくしは、真剣ですのに……』

 

『あっはっは! それはすまなかった! 君があまりに可憐だったのでね、つい舞い上がっていたようだ!』

 

 そう言いながらグレン先生がマントを翻してその場を去ろうとしていた。

 

『闇の手が再び君の光輝の花を摘み取らんとする時、私は再び君の元へと駆けつけよう! では、さらばっ!』

 

『まっ、待ってくださいましっ! せめて……せめて貴方の本当のお名前をっ!』

 

「何これ……」

 

「あはは……」

 

「昔の漫画か、アニメにあんなシーンがあったような……」

 

 なんとも下らんラブシーン擬きを見せられて頭痛が起きるが、どうにか学院の惨劇は収まったようだ。

 

「ああもう、先生も先生よっ! あんな歯の浮くような台詞っ! 調子に乗りすぎっ! 絶対後で説教してやるんだから! それとシューザー教授っ! 先生が戻ったらあの忌々しい鎧を解いて──って、あれ? シューザー教授は?」

 

「変だね……さっきまでそこにいたのに」

 

「……まさか、あの人」

 

 俺はとてつもなく嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、中庭へとたどり着くと、そこには『仮面騎士カイザーX』と対をなすような漆黒の鎧に身を包んだ誰かがボロボロになってその前にグレン先生が妙に清々しい雰囲気を放ちながら佇んでいた。

 

「そ、そうだよね……いくらスペックで勝っても、肝心の格闘技術が私にはないんだもんな……私としたことが、なんたる見落としを……」

 

 声からしてあの漆黒の鎧の中身はやはりシューザー教授なのだろう。どうせグレン先生に装着させたのとは別に用意してグレン先生が安全だから自分も装着してヒーローになり代わろうとグレン先生に挑むも、経験の差で見事に返り討ちと。

 

 本当に特撮でよくある展開を繰り広げてくれるよ……。

 

「あぁ、騎士様……なんて凛々しい」

 

「あんな光景を目にしてそんな言葉が出るあたり、ウェンディの将来が不安になるわ」

 

「あはは……恋は盲目だね」

 

「これ、後で真実を知ったらどうなるんだろう……」

 

 ちょっぴり見たい気もするが、彼女の心が壊れかねないな。

 

「ふふふ……今日のところは君の勝ちだ、カイザーX……だが、覚えておけっ! 人の心に闇がある限り……第二、第三の黒騎士が現れる事を──さらばっ!」

 

 これまた昔の魔王みたいな台詞と共に自身のバックルを弄ると──

 

『『後、三十秒で自爆します』』

 

 ──妙な電子音声みたいな警告が二重に響いた。

 

「……おい、リョウ。これ、どう見る?」

 

 明らかに不安がってるグレン先生。きっと仮面の下ではその表情は青ざめてる事だろう。

 

「明らかに向こうと先生の鎧が同時に起動しましたね。恐らく、術式も何もかもが同じ種類で形成されたから向こうが自爆機能を作動すればそれに連動して先生のも作動するって仕組みなんじゃないんですか?」

 

「…………おっと、この天才の私としたことがなんたるミスを……テヘ⭐️」

 

「……ルミア、システィ。即刻ウェンディを引き離そう」

 

「そうね……すぐに離れた方が良さそうね」

 

「そ、そんなっ!? い、いやああぁぁぁぁぁっ! 騎士様あああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 俺達は申し訳なく思いつつもウェンディを連れてさっさと立ち去ることにした。

 

『ふっざけんなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 

 中庭で大きな爆発音が響く直前、グレン先生の心の底からの叫びが聞こえた気がした。合掌……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ……? 今の二年次生が卒業するまでは派手なテストは控えるって?」

 

 あの騒動から数日後、身体のあちこちに包帯を巻いたグレン先生が俺の言葉を聞いて間抜けな声を出した。

 

「あぁ……あの騒ぎで教職員達が大騒ぎして今のうちに次の生け贄の事を議論していたんで、あの騒ぎを助長させちゃった責任も兼ねて試しにシューザー教授に言ってみたんですよ。『ああいうのは秘密裏に進める方がカッコイイ』とか、他にもいくつかあの人をその気にさせるような言葉をかけてみれば、見事にあの人、『確かに、その方がロマンがある! そっちがよっぽどサプライズ感があっていい!』って言って、俺を助手にする事条件に呑んでくれました。それ報告したらほとんどの教師から感謝されました」

 

「……なあ。最初からその案持ちかければ、俺はこんな大怪我する事なかったんじゃねえか?」

 

「……まあ、当時はあそこまでの騒動になるとは思ってませんでしたし……俺もあの人の作ったものが純粋に気になってたんで、失念してました」

 

「ふっざけんなああああぁぁぁぁぁぁっ! これじゃあ、文字通りただの骨折り損じゃねえかああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 グレン先生の怒りの叫びが学院中に響きそうな程轟いた。

 

「ていうか、助手って言ってたけど……まさかあんた、自分の世界の英雄とかあの人に作らせるとか言わないわよね?」

 

「いやいや、まさか……あの人に任せたらテラノイド、いやカオス……いや、果てには第二のザギすら作りかねないのにそんな恐ろしい真似出来るか」

 

 そんな事になったらこの世界の文明どころか外宇宙すら滅びかねない。そうなったら何処かにあるかもしれない宇宙警備隊の方々に顔向けができない。

 

「あはは……まあ、助手もいいけど、程々にね?」

 

「せめて安全性は確かにしなさいよ? またあんな面倒ごとは御免だから」

 

「……善処はする」

 

 確約できないあたり、あの人の技術力と破天荒っぷりを痛感したからな。

 

「同士いいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

「「げ……」」

 

 噂をすれば何とやら。話題の人が猛スピードで駆け寄ってきた。ていうか、あんたも結構な怪我だった筈なのに随分元気だな。

 

「何でしょう、シューザー教授? 仮面騎士II(ツヴァイ)のデザインの仮案は粗方出した筈ですが」

 

「あんた、まだあんな奇天烈装備諦めてなかったのかよっ!?」

 

「そんな事よりもだっ! 気紛れに作った『未知のもの探索発見器君』を使ってみたら見事に未知のエネルギーに突き当たったぞっ!」

 

 これまたネーミングがまんまな上に普通だったら何年も気の長い時間をかけて探すものを一発で見つけ出す才能に張本人以外が軽く目眩を起こした。

 

「……それで? 今度はそのエネルギーを運用した装備でも?」

 

「ザッツライトッ! これを見て今製作過程の仮面騎士IIもよりパワーアップする事だろうっ! そして今回見つけ出したこのエネルギーッ! 空の彼方から観測された事に因んで……『スペシウムエネルギー』と名付ける事にしたっ!」

 

「…………は?」

 

 単なる偶然……だよね?



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タウムの天文神殿
第26話


 季節的には、もうそろそろ日本でいう立夏辺りだろうと思ってる。この頃日差しが強く感じてきたからそう思ってるだけだろうが。

 

 様々な事があって、一時この街を離れてそこでも色々あって右腕を失ってしまったが、それでも地球にいた頃よりも得られた物があると実感できるようになってから数週間が過ぎた。

 

 あれからも俺なりに修練は続けてるし、これまたいくつか増えた物があるが、それは割愛する。そして学院では平和なひと時を享受しながら過ごしていたところ──

 

「はぁ〜……」

 

 ──盛大なため息によって気分が一気に沈んだ。

 

「……で、どうしたんだシスティの奴?」

 

 目の前でため息を吐きながら机に顔を沈ませているシスティを指しながら事情を知ってるだろうルミアに小声で尋ねる。

 

「あ、うん……システィ、帝国の東部で新しく見つかった遺跡の探索メンバーに参加したいって論文を書いて立候補したんだけど……」

 

 結果は落選したとあの様子ですぐにわかる。まあ、進路が魔導考古学って言ってたからこういう話には飛び付くだろうとはなんとなくわかる。

 

「何よ、魔術師に男も女もないでしょう……ていうか、生意気って何よ?」

 

 誰に聞かせようという意思があるでもなく、ブツブツと自分を落選した人間への呪詛のような愚痴を呟いていた。落選した理由として魔術師としての位階が低いだの、女だの、生意気だのという理由らしい。

 

「しかし、一部を除いて理由が下らんな……どの世界でも女や社会的地位の低い人間ってのは冷遇されやすいのは変わらないもんなんだな。探索くらい、内部までとは行かずとも連れていったっていいだろうに」

 

「ダメだよ、そんな事言っちゃ。私だってシスティの夢は応援したいけど……遺跡調査員に求められる位階は基本第三階梯(トレデ)じゃないといけないし、今回見つかった遺跡の予想探索危険度ってB++だって聞いたよ」

 

「予想探索危険度……?」

 

 聞きなれない単語が出たので聞いてみると、遺跡は大抵がゲームのダンジョンみたくあらゆる罠や仕掛けもあり、魔獣や守護者(ガーディアン)に霊的存在が蔓延っており、それらと周囲の環境要素を基に判断されたランクの事らしい。アルファベットで上からS~Fの七段階、更に+記号を使って計二十一段階で決められるようだ。

 

 ルミアの言葉を聞くと、今回の遺跡は数字にしたら半分より結構上であるから相当な難易度だと予想できる。現にその段階になると念入りに準備しても死人が出てくる事もあるらしい。

 

「そんな危険な場所にはまだ行ってほしくないな……私、心配だよ……」

 

「むむむ……」

 

 システィには悪いが、その話を聞いたら俺も反対したいところだ。上から目線な言い方になってしまうが、システィはそういう関係のものになると周りが見えなくなる傾向がある。普段の魔術に対する意識だって元々かなり神聖視している節もあるしな。

 

 真面目と言えば聞こえはいいが、彼女を知らない人から見れば押し付けてる感が強い。自分の感じた事を正しいと疑わずに他人にあれこれ物申ししすぎる。魔術とか関係なしに学者の説は一人の意見で成り立つわけじゃないからな。どこかで衝突して万が一が、なんてことも十分にあり得てしまうだろう。

 

 早い話が、魔術の腕以上に精神的な部分が未熟な気がするというところか。

 

「ふっ……おはよう、諸君っ!」

 

 ルミアがシスティを慰めてるところにグレン先生が普段のだらし無さっぷりから想像できないようなテンションで教室に入ってきた。

 

 予鈴も鳴って全員が着席して普段と違うグレン先生の様子に教室の空気が重くなった気がした。

 

「授業に入る前に、みんなに言っておきたい事がある。お前ら……毎日毎日教室に引きこもって机に向かって教科書置いて教師共の話を聞くだけの授業で満足できるのかっ!?」

 

 急に何を言い出すのだと全員の胸中が一致していることだろう。俺達の反応を予想していたグレン先生は更に熱弁し、数分語るとようやく本題に入った。

 

「……つうわけで、こっからが重要なんだが……今回、学院側からとある遺跡調査を依頼されてな。その遺跡調査にお前らを連れて行きたいと思うっ! そして、その調査する遺跡ってのはみんなも知ってるだろう、『タウムの天文神殿』だっ!」

 

「『タウムの天文神殿』!?」

 

 グレン先生からいきなりの遺跡調査の話題に全員が驚いた。特にシスティは顕著だった。

 

「で、俺はこの遺跡調査の調査隊員をこのクラスから募る事にした。って言っても、学生である以上、俺が面倒を見切れるのは八人が限界だがな……」

 

「シ、システィ……よくわかんないけど、いきなりのチャンス到来だよ」

 

「そ、そうね。しかもあの『タウムの天文神殿』なんて……」

 

「…………?」

 

 システィの態度に妙な違和感を覚えた。念願の遺跡調査の経験を積めるというのが喜ばしいだろうとは思うが、いつもの遺跡関係の話題を語るときとは違う熱意のような……。

 

「先生、私──」

 

「妙な話ですね、グレン先生」

 

 システィが我先にと挙手しかけたところにギイブルが割って入った。

 

「遺跡調査は慣例的に第三階梯以上の者から調査隊員を募る筈……なのに、何故まだヒラの学生でしかない僕らにそんな話を持ちかけるんですか?」

 

「そりゃお前、そうなると規定で雇用費が発生して──ゲフンゲフン! こんな息苦しい環境の中で新たな刺激を求めてるだろう君達に対するボクからの細やかな贈り物デスのよ! どうせ最低ランクのFなんだし〜! これはお前たちのための特別講座だ!感謝せい!」

 

 ギイブルの指摘に明らかに何か下らない背景があるだろうとは予想できる返しだった。ていうか、人件費削減のためかよ。

 

「やれやれ……どうやらあの噂は本当のようですね」

 

「噂……?」

 

「グレン先生……あなた、教師の必須事項である魔術研究の論文を出してないためにクビになりかかってるそうですね。それで、苦し紛れに遺跡調査を行う事でクビを免れようとしているということでしょう」

 

「ク、クビッ!?」

 

「先生、それ本当なんですかっ!?」

 

「え、な、なんの事かな〜!? ボクにはサッパリ〜!」

 

「目が泳ぎまくってる上にそんな漫画にありきの誤魔化し方で逃げられると思ってんですか?」

 

 ギイブルの指摘に滝のように冷や汗を流しているグレン先生が誤魔化そうと色々言葉を並べるが、最終的にみんなの疑念の眼差しに耐えられなくなったようで……。

 

「どうか、この哀れでゴミクズな俺に力をお貸しください、お願いします──っ!」

 

 アクロバティックな動きからの綺麗な土下座を決めてきた。これには皆呆れてものも言えなくなっていた。

 

「頭を上げてください、先生。先生がいい論文を書けるように、頑張りますね」

 

「て、天使……」

 

 グレン先生にルミアが迷わず手を差し伸べたのをきっかけに、次々と候補者が上がってくる。

 

「ん……私も行く。私はグレンの剣だから、私がグレンとルミアを守る」

 

「俺も行くぜ! 冒険は俺の夢だしな! な、セシル!」

 

「うん、僕も学者を目指す者として興味はあるしね」

 

「やれやれ……呆れるしかありませんが、遺跡調査は経歴に箔がつきますから参加させてもらいますよ。もっとも、危険度Fではたかが知れてるでしょうが」

 

「あの、私も……私も、先生に辞めてほしくないですし……」

 

「ふふ、私も参加させてくださいな」

 

 リィエル、カッシュ、セシル、ギイブル、リン、テレサとこの時点でもう七人が決定した。真っ先に行きたいだろう筈のシスティは何故か机で次々と名乗り出る者達に羨望と嫉妬の視線を向けていた。

 

 どうせ仕方ないという体で参加しようとしたのを先越されたり、参加する理由が明確な奴らが羨ましかったり、先生から声がかからないのを拗ねてたりしてるのがわかってしまう。別にシスティが魔導考古学目指してるのは周知の事実なのでそこまで考える事でもなさそうなんだがな。

 

「さて、もう最後の一人なんだが……最後は是非来て欲しい奴がいるんだよな」

 

 ああ、よかった。グレン先生だってシスティの夢は知ってるんだから、ここで省いたら面倒だって事くらいわかってるよな。

 

「ウェンディ、お前だ」

 

「(なんでやねんっ!)」

 

 思わず机に頭を叩きつけてしまった。隣でもほぼ同じタイミングでシスティが頭を打ち付けていた。

 

 ウェンディは呆れたように言うが、満更でもなさそうだった。こっちは心中穏やかじゃいられないがな。システィが悔しそうな顔で今にも爆発しそうな程に震えていた。

 

「さて……面倒見切れる奴は八人なんだが、もう一人なんとしても連れて行きたい奴がいてな」

 

 ああ、よかった。何だかんだでちゃんとシスティは連れて行こうとしてくれるのか。グレン先生がツカツカと近づいて行き、システィは希望の光が見えたような表情とした。

 

 そのままグレン先生はシスティの正面──を通り過ぎて、俺の前に来た。

 

「リョウ……お前は絶対に同行してもらいてぇんだ」

 

「(そこはシスティじゃねえのかよ!)」

 

 心の中で全力でツッコんだ。隣ではシスティが白く燃え尽きたような気がした。

 

「な、何で俺なんですか?」

 

「護衛出来る人間が欲しいんだよ。リィエル一人でも足りそうな気はするが、アイツ一人じゃ突っ走りそうだしな……もう一人くらい頭で考えながらみんなを守れる人間が欲しかった。お前ならリィエルをうまく誘導できそうだしな。それに、この遺跡調査でお前に損はさせねえよ」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「いいから来てくれ。いや、本当に頼む。お前ならお得意のアレで上手い論文思いつきそうだしさ……な?教師続けられるようになったら何か奢るから!」

 

 また下らん理由を並べるが、グレン先生の態度から見るに何が何でも俺に来て欲しいみたいだ。

 

「……まあ、いいですけど」

 

「よしっ! これでメンバーは理想のメンバーは揃ったな! みんな、ありがとう! 予定は後のミーティングで追って伝える──って、何だ白猫?」

 

 グレン先生が決定づけようとすると、システィがフラフラと危なっかしい動きでグレン先生に近づく。

 

「お、おい何だよお前……」

 

「ぐ、う……むぅ〜〜っ! ふぅ──っ!」

 

「いや、マジでどうした!? 軽く怖ぇぞ!」

 

 システィの行動の意味が全く理解できないのか、軽く恐怖しながら後ずさりするグレン先生。まったく……素直に遺跡調査に行きたいと言えばよかったものを。

 

「リョウ君……どうにかしてシスティも参加させてあげられないかな?」

 

 システィが不憫に思えたのか、ルミアが小声で俺に援助を求めてきた。まあ、放っておけば面倒臭い事になりそうなので協力はしておくが。

 

「それで先生、遺跡調査に行くのはいいんですが俺遺跡自体初めて見るんで勝手がわかりませんよ。先生だって専門家じゃないのに準備とかどう進めるんですか?」

 

 我ながら古臭い三文芝居な気もするが、隣でルミアも手話で伝えてようやくグレン先生もシスティの行動の意味を理解できたのか、納得顔で頷いた。

 

「あぁ、そういう……いや、専門家ならいるだろここに」

 

「……え?」

 

「いや、お前遺跡マニアじゃん? その手の事なら誰より詳しいだろうからお前は問答無用で連れて行こうと思ってたしな。それに、こいつらを上手く纏め上げられるリーダーも必要だったしな。つうわけでお前は教師権限によって強制参加……異議は認めん」

 

「……な、なんて人なのあなたは! 教師を盾に生徒の同行を強制するなんて! 大体クビの件だってあなたの普段の怠慢さが──」

 

 参加が決まってからいつものように説教を連発させるが、その表情は明らかに嬉しいという感情が浮かんでいた。

 

「…………初めから参加したいってだけ言えばいいのに、子供かお前は」

 

『『『あ……』』』

 

 あまりに漫画にでるツンデレキャラっぷりと面倒臭さが相まってつい本音を漏らし、満点の笑顔から一転して鬼のような形相に変わったシスティの風鎚制裁によって一時間目の授業は欠席する羽目になった。

 

 ……これ、俺が悪いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡調査が決まってから一週間の準備期間を経て俺達は暁に染まる空と周囲に漂う朝霧の中をちょっと大きめの馬車で移動していた。

 

 それなりの期間の調査との事なので主にグレン先生と遺跡マニアのシスティの先導のもと、それぞれ手分けしながら調査に必要なものを仕入れて商家の娘であるテレサが馬車と御者を手配し、出発する事ができた。

 

「……よし、これで勝ち確だ」

 

「あ、ロイヤルストレートフラッシュですね」

 

「ふっざけんなああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そして移動中、遺跡に着くまではほとんど何もないので暇潰しににとテレサという紅一点を交えて俺を除いた男子陣はポーカーをやっており、先程からテレサの一人勝ち連発であった。

 

「……テレサつよ」

 

「まあ、あの娘は天性の剛運の持ち主ですからね。下手な小細工など通用しないのですわ」

 

 もし彼女が本物のカジノで賭け事なんてしたらたった一晩で潰れそうだな、カジノが。

 

「それにしても、本当にこの国は大なり小なり遺跡が多いですわね」

 

「言われてみりゃ……」

 

 この街道にしたって、さっきから所々にストーンヘンジみたいな環状列石があったり、苔に覆われた石碑が横倒しになってたり、城跡っぽい地が見えたり、この国は昔の文明がそのまま残されてる場所が多いみたいだな。

 

 それらを見て疑問に思った俺達にシスティの説明も加わり、この国はその昔超魔法文明というものが栄えていた歴史があるとの事。更に魔術と魔法の区別の説明があり、その辺りは型月で聞いてたやつとあまり変わらないようだな。

 

 あまり歴史とか遺跡に興味があったわけじゃないが、この国にそこまで古代遺物が集中してるのを見ると、この国には一般的に伝わってる歴史とは別の何かがあるのではと勘ぐってしまう。

 

 まあ、地球人である俺の個人的な感想だし俺一人で調べられる範囲などたかが知れてるだろうから手を付けようって気にもなれないが。

 

「ところで……さっきからこの馬車、何処に向かっているのですか?」

 

「へ? そんなの『タウムの天文神殿』に……って、ちょっと待って。ここ街道から外れてるわよ!」

 

 しばらくして馬車が予定のルートを大きく外れてるのがわかり、馬車の内部で若干の混乱が起こった。

 

「ちょっと御者さん! こんなルートを予定した覚えなんてありませんよ! 森になんて入ったら──」

 

 システィの叫びも若干遅く、森を入って少ししたところで十数の影が馬車の前を陣取った。

 

「シャ、シャドウウルフッ!?」

 

 その影の正体は魔獣シャドウウルフ。見た目は黒い狼みたいだが、地球で知られる肉食獣のライオンやトラなどとは比較にならない危険な生物の一種である。

 

 というのも、この魔獣は普通の動物とは違い、生き物の恐怖に非常に敏感であり、その感情を持った生物を餌と認識したら何処までも追って喰らい付こうとする。一部スペースビーストと通づる連中である。

 

「待てい、テメェら! 俺の生徒に手ぇ出そうたぁいい度胸じゃねえか! とうっ!」

 

 ここでグレン先生が勇敢に馬車から飛び降り、地に降り立ったかと思ったが……。

 

 ──グキッ!──

 

 嫌な音が響いた。

 

「…………イッテェ! 足挫いたああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「あんた、何しに出てきたんだよっ!?」

 

 こんな状況下でもアホな展開が舞い込んできて、ついツッコんでしまう。

 

 それを合図にシャドウウルフが鋭い牙が並ぶ口を大きく開けてグレン先生へ突進してくる。

 

「ああ、もう! 『光牙』っ!」

 

 俺は左手に[フォトン・ブレード]を顕現して突進してきたシャドウウルフ二体を切り裂いた。だが、俺では一度に倒せるのがこれで限界なため、何匹も漏らしてしまった。

 

 漏らしたシャドウウルフの先には恐怖で震えていたリンがいた。

 

 以前魔獣と闘っていた時の経験がここで裏目に出てしまった。さっきも言った通り、こいつらは生物の恐怖を敏感に感じるため、恐怖心の最も強いだろうリンを狙う事は必定と言えよう。

 

 闘っている俺を無視して連中はまずリン一人に狙いを定めたようだ。俺一人じゃ守りきれないのに、肝心のグレン先生は今動けないし、リィエルもこんな時に寝入ってる。

 

 どうにかして守りに入りたいが、距離が開きすぎる。ただ走っても魔術を行使しても間に合わないだろうが、どうにか辿り着かなければと思った。

 

 そう考えなら地面を強く蹴りつけた一瞬……俺はリンの目の前に飛び出た。

 

「…………へ?」

 

 自分でも想定外の事が起こって一瞬呆けたのがいけなかった。シャドウウルフはその勢いのまま俺に牙を向けてくる。

 

「っ! くそっ!」

 

 俺は咄嗟に左手を前に出し、シャドウウルフの牙が左腕に突き立った。

 

「リョウ君っ!?」

 

 激しい痛みを我慢しながらシャドウウルフを蹴飛ばして馬車の前で再び防御態勢に入るが、今ので左手も封じられた以上ジリ貧だった。

 

 せめてリィエルが起きるまで時間稼ぎできないかと思った時だった。一つの影が視界の端を過ぎったと思うと、あっという間にシャドウウルフ達の首が吹っ飛んでいった。

 

「…………へ?」

 

 シャドウウルフの首が吹っ飛んだかと思ったら、俺の目の前に馬の手綱を握っていた御者が眩い剣を手に佇んでいた。

 

「……何だ、お前いたのか。色々言いたいところだが、後は任せたぞ」

 

 グレン先生は挫いた筈の足首で何ともないように立ち上がっていつの間にか握っていた銃を懐にしまいこみ、馬車に背を預けた。それから数分もしないうちに御者が高速の剛剣にてシャドウウルフを掃討した。

 

 ただ、最後の剣を振るう前にシャドウウルフの爪が御者の外套を引き裂くと、眩い金髪が揺れた。

 

「え、うそ……」

 

「あ、やーれやれ、もうバレちゃったか。失敗、失敗。もう少しで満を持して登場するつもりだったのにな〜」

 

「ア、アルフォネア教授っ!? どうしてこんな所にっ!?」

 

「や、みんな元気かな〜?」

 

「『元気かな〜?』じゃねえだろうが! 出て来るならもっと早く出ろっ! こんな危険な場所に入った挙句に生徒に怪我させてんじゃねえよっ!」

 

「あ、いや……」

 

 よくわからんが、アルフォネア教授が何処かで御者さんと入れ替わって付いてきたらしい。それからもよくわからんままアルフォネア教授も同行する事が決定した。

 

 

 

 

 

 

「リョウ君、まだ痛む?」

 

「いや、もう平気」

 

 ルミアの[ライフ・アップ]のお陰で傷を塞ぐ事が出来た俺は軽く巻いた包帯を見せて言う。

 

「あぁ、悪いなリョウ……あのバカが振り回した所為で」

 

「いえ、俺はそういうキャラなんだなって感じで納得出来ますけど……みんなは……」

 

 アルフォネア教授が同行する事が決まって今度はグレン先生が馬の手綱を握ってアルフォネア教授はみんなと同じスペースで腰掛けて読書をしているが、その周囲人二人分はスペースが開いていた。

 

 そしてみんなもアルフォネア教授とどう接したらいいのかわからないのか、それぞれどうしようという視線をあちこちで交差させていた。

 

「……すっごく気まずそうですね」

 

「たく……そもそも何の目的で着いて来たんだよ、あいつは……こりゃ絶対何か企んでやがるぜ」

 

「そ、そこまで疑わなくても……きっと、先生を助けてあげようっていう親心で」

 

「い〜や、あいつに限ってそれはあり得ねえ。あいつは、俺以上にものぐさっていうか、ワガママでフリーダムなんだぞ。自分の興味のねえ事には世界が滅んだって見向きもしねえ奴だ。そんなのがこんな取るに足らねえ遺跡調査なんかに着いてくるとか絶対何かあるに決まってる」

 

「あはは……」

 

「そこまで言いますか……」

 

 フリーダムに関しては人の事言えるかと物申したいところだが、そのグレン先生にさえここまで言わせる程となると、何故着いてきたのかちょっと気にはなる。

 

『だからな……お前達には、本当に感謝してるんだ』

 

 気になって後ろに意識を向けると、微かにだがアルフォネア教授の話し声が聞こえてきた。

 

『グレンの奴が、昔みたいにバカ出来るようになったのは……きっと、お前達のお陰なんだろうな。私一人がベッタリと囲って、甘やかして、守っていようが……きっと立ち直れなかった。だから、ありがとな』

 

 俺もみんなとあまり変わりなく、アルフォネア教授との接点は少ないので単に優れた魔術師という認識で、グレン先生からの聞き伝で意外とメチャクチャなんだという程度にしか知らなかったのでこんな一面を知れたのは驚いた。

 

 それを聞いてからはみんなの緊張も幾分か解れ、カッシュとウェンディがぎこちなくもアルフォネア教授と会話するようになってきた。

 

「あんれ〜? いつの間にか雰囲気よくなってね?」

 

「きっと、みんなアルフォネア教授がいい人だってわかってくれたんでしょうね」

 

「ですね……グレン先生の昔の話してる時のアルフォネア教授、すごい優しい声でしたし」

 

「おいっ!? あいつ一体何話してやがんだ!? 余計な事吹き込んじゃいねえだろうな!?」

 

「ちょーっ!? 先生っ! ハンドル──じゃない、手綱手綱っ!」

 

「大体、あいつは傍若無人で、破天荒で、我が儘で、悪ふざけが好きで、嘘か本当かわからん噂放ったらかしにして、しかもそれ利用して人の反応楽しむわ、しょーもねえ奴で! そりゃあ、偶に優しい面を見せるし、何だかんだ赤の他人だったガキの俺を育ててくれたし、魔術師としての力や誇りはちょっとは認めてっけど!」

 

「そんな反抗期なマザコンのツンデレっぷりはいりませんから早く手綱握り直してくださいよ!」

 

「はぁ!? 誰がマザコンだ、テメェ! 放り出すぞっ!」

 

「あはは……」

 

 そんな賑やかなひと時を過ごして更に数時間……黄昏時になってようやく目的の地点へ到着した。

 

「す、すげぇ……」

 

「これが、『タウムの天文神殿』」

 

 目の前に広がる草原の先にある高台の上に石造りのドーム状の本殿とそれを囲う幾つもの柱。

 

 行ったことなんてないけど、ギリシャの神の住まっていた神殿に負けないくらいの存在感があそこに鎮座していた。

 

「おーい、何ボサッとしてんだ! 本格的な調査は明日からだから今日はここで野営だ。野郎共は天幕の設置。リンとテレサは夕飯の準備。セリカ、念の為野営場周辺に守護結界の敷設頼む。白猫、ウェンディはその補佐。ルミアは馬の世話、リィエルは周辺の警戒。んで、俺は寝るわ」

 

「『アンタも・何か・働きなさいよ』──っ!」

 

 みんなをこき使って自分だけ楽をしようという、グレン先生らしさにシスティがいつも通り[ゲイル・ブロウ]と[ショック・ボルト]の洗礼を浴びせていた。

 

「あ、リョウはゆっくりしてろよ。昼間の魔獣達の所為で怪我してんだから」

 

 カッシュが気を利かせてくれて俺は何もせずに周囲をブラブラしていた。

 

「『タウムの天文神殿』……どんな遺跡なのかねぇ」

 

 なんとなく目的の神殿の事が気になり、日が沈んで星の光が見えるようになる空をバックに神殿が薄っすらと明るくなってきた。

 

 どんな理屈か知らないが、あれも何か魔術的な仕掛けなのだろうか。そう思うと同時に妙な感覚が後頭部に突き刺さる気がした。

 

 振り向くが、誰もいない。それでも妙な感覚は消える事もなく、しばらく警戒するが周りには誰もいない。

 

「……気の、所為か?」

 

「おーい、リョウ! 飯の準備が出来たから来いってよ!」

 

「ん……ああ」

 

 結局気の所為だと片付けて俺はみんなのもとへ戻っていった。

 

『…………誰なの?』

 

 それを別の所から見られているのに気づかないまま。



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第27話

 タウムの天文神殿……危険度Fランクの、ほとんど歴史的価値も罠も少ないという遺跡。どんな理由があってこの遺跡の調査を頼まれたのかは知らないが、ヒラの学生でも準備さえしておけばほとんどの危険はないとの話なので学生が遺跡調査の練習をするにはうってつけというのがアルフォネア教授の意見だ。

 

 だが、そんな安全だと言われた場所だというのに……。

 

「わああぁぁぁぁぁ! き、き、来たぁ!」

 

「え、えと……まだ、《魔弾──」

 

「ああ、もう! 昨日からこんな事ばかりですわっ!」

 

 現在、神殿内部の通路にて阿鼻叫喚の展開が繰り広げられていた。

 

「『魔弾(アインツ)! 続く第二弾(ツヴァイ)! 更なる第三弾(ドライ)』!」

 

「『氣斬・交差(クロス)』!」

 

 システィがみんなの先頭に立って[マジック・バレット]の連射に、俺が通路を塞ぐように[マジック・エッジ]をX字に放って目の前の存在……怨霊のような半透明の異形を消滅させる。

 

「え、ええいままよ──『魔弾よ』っ!」

 

「ま、『我は射手・原初の力よ・我が指先に集え』!」

 

 後ずさりしていたみんなも負けるかと気合を入れて[マジック・バレット]を異形達に向けて打ち出していく。

 

 多少の混乱はあったが、十数分間の戦闘が続くと粗方片付く事が出来た。

 

「はい、お疲れさ〜ん。中々良かったぞ、お前ら」

 

 後ろから戦闘を控えていたアルフォネア教授が膝や尻餅を着いたみんなに労いの言葉をかける。

 

 あの人が戦闘を控えたのは俺達に学院では得られないだろう実戦経験を積ませるためだという。元々低ランクの遺跡なのだからいい練習台になるだろうというのがあの人の意見だったのだが……。

 

「ていうか、狂霊共がここまで湧いていたとはな。しかも数も相当だし、どんだけ放置されてたんだよこの場所っ!?」

 

「まあ、この場所は霊脈(レイライン)の影響でああいう奴らが湧きやすいからな。とはいえ、今回の件を報告すれば流石にランクがひとつ上がるだろうな。よかったな、お前。あたしがいなかったらとんぼ返りだったぞ」

 

「うっせえよ……」

 

 アルフォネア教授がいなかったら……そう言われる理由としてああいう存在はグレン先生にとっては天敵と言ってもいいからだそうだ。グレン先生の固有魔術(オリジナル)……『愚者の世界』なのだが、あれはグレン先生の魔術特性(パーソナリティー)が『変化の停滞・停止』という、普通の魔術師から見れば致命的な欠陥とも言える才能から作られたものだから。

 

 その所為でグレン先生は魔術行使が常人より劣り、更に[マジック・バレット]のように魔力制御に重きを置いた魔術がてんでダメだという。そしてあの狂霊は精霊や妖精が霊脈の影響で凶暴化した存在であり、その存在を構成するものがマナという影響で三属呪文が効かないらしい。だからグレン先生にとっては天敵と言える。

 

「つか、システィーナもリョウも随分腕上がってるよな……」

 

「え……?」

 

「そうか?」

 

「いや、だって……システィーナもいつの間にか連唱(ラピッド・ファイア)なんて覚えてるし、リョウだってその……身体の一部ないのにマナ・バイオリズムに全然淀みがねえし」

 

「そういえば、シャドウ・ウルフに遭遇した時も二人はすごく平然としてたよね……?」

 

「リョウなんて真っ先に馬車から出たし……」

 

「すごいね、連唱(ラピッド・ファイア)なんてシスティ、いつの間に覚えてたんだ!」

 

「え、あ、あはは……えぇと、いつからだったっけ?」

 

「俺も、何故か普通に使えるのには驚いたぞ」

 

 右腕を落とされる前から心理的影響で魔術が使えなかったと思ってたが、きっかけがあったとはいえ、落とされた後でもこうして使えるようになったのはあの件の後で遅れて驚いてた。

 

 やはりあの時、ウルトラマン達の力が影響したからだろうか……その副作用として更に驚くものも得られたし。

 

 まあ、みんなの目もあるし、流石にここで使う事はないと思うけど。

 

「って、また団体様のお出ましだぞ! やるか!?」

 

「当然……今度は誰がより数多く落とせるか勝負ですわ。システィーナやリョウにも負けてられませんわ!」

 

「まあ、待ちな。お前達はさっきから連戦してたんだから、ここらで一旦休憩しな。無茶するとマナ欠乏症になるぞ」

 

 俄然やる気を出したカッシュ達の前にアルフォネア教授が躍り出てみんなを下げようと促す。

 

「で、ですが……あれだけの数を一人でなど。やはり、ここはみんなで一斉に片付けた方が……」

 

「大丈夫だって。こういう時の手本を見せてやるからさ」

 

 システィの制止も聞かずにアルフォネア教授は余裕の態度を見せて指をパチンと鳴らす。すると、アルフォネア教授の周囲に多数の[マジック・バレット]が出現する。

 

「「「え……?」」」

 

「と、やってから──」

 

 次いで狂霊の集団に指を差し向けると、待機していた[マジック・バレット]が一斉に発射し、狂霊達を消滅させる。

 

「「「……えぇ〜」」」

 

「──と、まあこんな感じだ。わかったか?」

 

「ぜ、全然参考になりゃしねえ……」

 

「つくづく規格外ね、この人……」

 

「ていうか、俺達がコレしようとしたら一瞬でマナ欠乏症になりますからね。そこの所ご理解くださいね」

 

 あまりのチートっぷりにそう呟くしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂霊の集団を粗方掃討し終えて、俺達は遺跡探索を続行する。その途中で、通路が外から見た神殿を考えると余りに不釣り合いな広さに驚き、アルフォネア教授が神殿内の空間も、建物の補強にも全てが古代魔術(エインシャント)によるものだと説明された。

 

 そのお陰で建物はいつまでも風化する事なく、当時の姿を保っていられるらしく、リィエルの怪力はおろか、アルフォネア教授の最高魔術でも破壊不能のようだ。そして、その術式構造もアルフォネア教授でさえお手上げだという。

 

 そんな驚くべき事実を説明されると同時に今回の調査の対象区域である第一祭儀場に着いた。

 

「さて、何もねえとは思うが、一応俺が先に確認してくら」

 

「おぉ? 我先に身体張って確認に出ようとは、生徒想いだねぇ〜」

 

「うっせえな。ていうか、これくらいしねえと今回俺全くの役立たずになるだろう」

 

「大丈夫か? お前、幽霊の類とか駄目だし……恐いなら私も着いていってやろうか?」

 

「じゃかあしいわ! ていうか、ガキ扱いすんじゃねえよ!」

 

 そんな会話を交わしてグレン先生は入り口をくぐり抜けた。それから十数分は経つが、いまだに静寂が場を包んでいた。

 

「……ちょっと遅くないですか?」

 

「そうだな。流石に時間かけすぎるな……ちょっと様子見てくるな」

 

 アルフォネア教授も様子見して、しばらくして合流して祭儀場を観察する事になったが、グレン先生の様子が少しおかしかった。本人はなんでもないと言っていたが。

 

 調査中、時折ルミアの顔を見ては神妙な顔つきになるし。さっきの確認で何かあったのだろうか。そんな疑問を浮かべながら調査を進行していく。

 

「ふう……ひとまずこんな所か。よし、今日はここまでにして野営場に戻るぞ」

 

「…………」

 

「リョウ君? 先生、戻るって言ってるよ」

 

「え……あぁ、俺はもう少し観察したくてさ」

 

 俺は内ポケットからアイポタを取り出して見せつけると、察した表情をしたルミアがグレン先生に耳打ちする。

 

「ふ〜ん……まあ、しばらくは狂霊も湧く事はなさそうだしな。別に構わねえが、三十分以内にはちゃんと戻って来いよ?」

 

「はーい」

 

 そうして俺以外は祭儀場から退場し、俺は一応有言実行としてアイポタで祭儀場のあちこちを撮影しておいた。一通りアイポタにおさめると懐に仕舞い込み、双子を模した像へ勢いよく振り向いた。

 

「誰なの?」

 

 振り向いた先にはついさっきまでは絶対にいなかった影が浮いていた。背中には明らかに人間のものとは思えない蝶の羽のようなものが広がっており、何より驚くのはその顔だった。

 

「ルミア……?」

 

 いや、顔はルミアに瓜二つだが、明らかに雰囲気が別物だ。

 

「えっと、君は……?」

 

「……あなた、誰なの?」

 

「え? いや、それこっちが聞いてるんだけど……俺は、リョウ=アマチ」

 

 俺が名乗ると少女はふよふよと浮遊しながらゆっくりと俺に接近してくる。

 

「……あなた、何者なの?」

 

「な、何者って……単なる学生だけど。今は先生の事情で遺跡調査やってる」

 

「ふざけてるの?」

 

「いや、ふざけてるって……本当なんだけど」

 

「そもそも、あなたは何故私を恐れないの?」

 

 いや、一体何者なんだと結構疑心暗鬼になってるんだが。

 

「その前に、君は一体何なの?」

 

「…………本当に何なの? こんな奴、私は識らないわ」

 

 俺の言葉に耳も傾けず、少女は忌々しげに呟くだけだった。

 

「あの、聞いてる……?」

 

「…………」

 

 少女は何か言うでもなく、姿を消した。そして孤独な静寂が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからグレン先生達と合流し、野営場へと戻った。

 

 あの少女については何も話さない事にした。言葉に出来る自信はないし、調査を続ければまた会えるかもしれない。その時傍にグレン先生達がいたら話せばいい。

 

「つまり──宇宙からやってきた侵略者(エイリアン)の仕業だったんだよ!」

 

「な、なんだって──っ!?」

 

 焚き火を挟んだ向こう側ではカッシュ達が今回調査したデータを基に推察した考えを話し合っていた。ていうか、そういうSFチックな話がこっちにもあるんだな。

 

「……ていうか、そもそも何であんな所を調査する事になったんだろうな?」

 

 なんとなくそんな言葉を呟く。ランクとしては最低だと聞いた所にグレン先生の論文の材料として紹介されたとはいえ、何故依頼が入ったのか。

 

「ん? リョウ、あんた配布された資料読んでなかったの?」

 

「資料……?」

 

 そんなもん、受け取った覚えはないんだが。会話を聞いていただろうグレン先生がマズイと言わんばかりの表情をしていた。

 

「ちょっと、先生? あなた、引率者なんですからそういう管理もキチンとしてください!今回のこの遺跡調査は時空転移魔術があるかどうかを確かめる為でもあるんですよ! ある研究者が唱えた説を証明する手掛かりが何処に点在してるかもわからないんですからもっと真剣になってくださいよ!」

 

「あ、ちょ……バカッ!」

 

「時空、転移……?」

 

「そうよ! 所謂時間旅行なんて言われる技術が本当に見つかったら時間を操るなんてレベルじゃないわ。それぞれの切り離された次元の壁を破って世界を超えるなんて事も──あ」

 

 熱弁する途中でシスティもマズイと言ったような表情をした。

 

「……なるほど」

 

 グレン先生が何で俺を遺跡調査へ連れてきたのかわかった気がした。こういう事だったわけだ。

 

「ん……ぐぐっ……んくっ」

 

「って、リィエル!?」

 

「それシスティと先生とリョウ君の分だよ!?」

 

「ケプッ……ん、いらないかと思って……」

 

 会話してる間に待ちきれなくなったのか、リィエルが俺達の分の食事まで見事平らげてしまった。

 

「ちょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!? リィエル、おま、なんちゅう事してくれたんじゃああぁぁぁぁぁ!?」

 

「ちょっと!? ほんとに全部平らげちゃったじゃないっ!」

 

「三人共いつまでも食べないから……」

 

「とっておいてるって考えはお前の頭で浮かばねえのかぁっ!?」

 

「…………?」

 

 リィエルからすれば食べられる物が目の前にあるのにすぐに食べないという感覚はわからないようだな。

 

 ちなみに俺達の食事は念の為持ってきた保存の効くパン(御近所付き合いの特権で手に入れた物)を三人で分けて食べる事にした。

 

「……私の分は?」

 

「さっき俺達の分まで食っといてまだ欲しがるか!」

 

 そんな賑やかな夜を過ごした……。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は月が中天にまで差し掛かった頃……。今日の出来事が気になって寝付けなかった俺はなんとなく一風呂浴びたくなって野営場から少し離れた天然の温泉地に向かっていた。

 

「……時空転移魔術……それと、あの女の子」

 

 システィが言うには、ある魔術師があそこが時空転移魔術の儀式場ではないかという説を唱えるも、既に探索済みと銘打った場所を誰も調べたがらず、窮地に陥ったグレン先生に再調査を命じる事になった。もし本当にそうなら俺が地球に戻れる手掛りを得られるかもしれない……。

 

 そう考えれば喜ばしいものだろうが……何故かあまり喜ばしいと思えない。現実味がないのか、それとも……。

 

 それに、祭儀場で会ったあの少女……何故あそこにいて、そもそも何者なのか。いくら時間が経とうとその疑問は尽きる事などない。

 

 安全な遺跡調査の筈が、妙に重苦しいものが連続で押し寄せてきてるな。

 

「お? 何だ、アマチ。お前も一っ風呂浴びに来たか?」

 

 考え事に迷走してると、前方にはアルフォネア教授がいた。ほんのり湯気がたっているから、多分ついさっきまで入ってたんだろう。

 

「ええ……ちょっと寝付けなくて」

 

「そうか……ここの温泉は疲労回復にもいいからゆっくり浸かれ。今グレンも入ってるから暇つぶしにもなるぞ」

 

「はい。…………ん? 何でアルフォネア教授がグレン先生が入ってるって?」

 

「そりゃ、一緒に入ったんだからな」

 

「…………」

 

 絶句した。いや、いくら親子同然に過ごした者同士だからって、男女が混浴なんて大丈夫なのか。

 

「なんだ〜? お前も一緒に入りたかったとかか〜? 異世界の人間でも男の考える事は大体同じなんだな〜」

 

「違いますからっ!」

 

「じゃあ、ルミアと一緒が良かったか?」

 

「…………」

 

 咄嗟に否定出来なかった……。

 

「ハハハハハ! 若いってのはいいねぇ! こういう所は昔のグレンに似てるよな、お前!」

 

「どういう意味ですか……」

 

「いや、お前もいたからグレンも立ち直れるようになったんだろうなってさ」

 

 揶揄うように笑ったかと思えば急に慈しむような表情になって俺を見つめる。

 

「今更だろうが、編入してきた当初は疑って悪かった。今になって思えばお前だって人生狂わされた被害者だったのにな」

 

「あ、いえ……あれは俺があなたの立場でも疑いますよ。結果として随分迷惑掛けましたし……」

 

「それこそ気にするな。まあ、それはともかく……話は変わるが、お前は昔のグレンに似てるんだよな」

 

「俺が、ですか?」

 

「あいつ……ああ見えて昔は正義の魔法使いになりたいなんて夢見てたんだぞ。魔術師としての才能は無いに等しいのに、それでも相当の努力をして三流ではあるが、立派な魔術師になれたんだ」

 

 グレン先生にも、魔術にそういう思い入れがあったのか。思えば、あの人に何かがあって魔術を嫌いになったって事以外、考えた事なかったな。

 

「まあ、その後も色々あって魔術から遠ざかったが、私が無理矢理教師にしてお前らに会って……少しずつだがグレンは昔に戻りつつある。だから、お前らには感謝してんだ」

 

 昼間の会話でも同じような事を言ってたな。普段は滅茶苦茶だけど、グレン先生をずっと見守っていたアルフォネア教授なりの親心から来る言葉なんだろう。

 

「だから、どうかこれからもグレンと一緒にバカやってくれると助かる。今じゃロクでなしだが、根っこの部分は昔のままだからさ」

 

 そう言うと、話は終わりと言わんばかりに俺に振り返る事もなく歩み去っていった。

 

 俺はそのまま言葉を発する事もなく温泉地に辿り着き、服を脱いで温泉へと入る。何歩か進むと湯気の向こうにひとつの影が見えた。

 

「あ、本当にいたんですね」

 

「ん……あぁ、お前だったか。一瞬セリカが戻ってきたかと身構えちまったぞ」

 

「アルフォネア教授ならさっきそこで会いましたよ」

 

「そ、そうか……で、何か変わった所とかなかったか、あいつ?」

 

「ん……いえ、グレン先生の事をよろしく頼むだとかって言われたくらいで」

 

「母親目線かっ!? いや、最早あいつとは家族だって思ってるけど生徒にんな小っ恥ずかしい事話すんじゃねえよ、あの年増はっ!」

 

 一瞬憤慨するとグレン先生は湯に入り直して深呼吸をした。それからは何とも言えない沈黙が場を包んでいた。

 

「…………ああ、その……黙ってて悪かったな」

 

 しばらくすると、グレン先生が気不味い沈黙を破った。

 

「今回の遺跡調査ですか?」

 

「あぁ……損はさせねえって言ってたけど、時空転移魔術なんて普通なら有り得ないからな。本当にあるかもわからない内から期待させていざないってわかってガッカリなんてのは流石に悪いからな。ハッキリとするまでは黙ってようと……」

 

「……それはもういいですよ。気にしないわけじゃないですけど、今回はあくまで先生が教師を続けられるようにするためですから、俺の事は気にせず論文に集中してください」

 

「お前……帰れるかどうかの話なのに、何とも思わないのか?」

 

「思わないわけじゃないですけど……現実味がないってのもありますけど、帰れる方法が見つかったところで、そのまま地球に……って出来るのかなって。帰りたくないわけじゃないんですけど……なんか、こっちから離れたくもないって思って。色々あったんですけど……いや、あったからこそこっちに愛着が湧いたっていうか……」

 

 今になればもうすっかりこっちの暮らしも慣れてしまった。それこそ地球で暮らしていた頃よりも生き生きとしてる気さえする。

 

 帰る方法が見つかって帰れたとして、こっちとの繋がりがどうなるのか……そう考えると今が壊れて欲しくない。そんな風に考えてしまう。

 

「なので、正直……今は考えたくないっていうのが本音ですかね。いや、先生には悪いですけど今はそういう話はして欲しくないです」

 

「……そっか」

 

 俺の事を考えて連れて来てくれたグレン先生には悪いが、本当に今はそういうのは考えたくない。こっちにいる限りは今という瞬間をただひたすら受け続けたいと思ってる。

 

「……って、柄にもなく話しまくったな。そろそろ上がろ」

 

「だな……こっちもいい加減のぼせそうだ」

 

 話を終えて二人で上がろうとすると湯気の向こうからひたひたと複数の足音が聞こえて来た。

 

「システィ、早く早く〜」

 

「ちょっと、急かさないでよ」

 

「「…………え?」」

 

 突然聞こえて来た話し声に俺とグレン先生は揃って呆然とした。

 

「この温泉は本当にいい湯加減ですね。何度でも入りたくなりますわ」

 

「ええ、この温泉を見つけてくれた教授には本当に感謝ですね」

 

この足音の数と声からしてアルフォネア教授を除いた女子全員が入ってきたようである。

 

「ちょ、先生っ!? これ、どうするんですか!?」

 

「ど、どうするって……と、とにかく隠れるぞ!見つかったら一巻の終わりだ!」

 

 俺達は咄嗟に湯の中に隠れ潜み、息を潜める。

 

「(──って、しまった! 別に隠れなくても声出しとけばお互い目を逸らして上がれたんじゃねえか!?)」

 

「(今更ですかっ!?)」

 

 湯船の中でジェスチャーで会話をしながら自分達の行動の愚かさに辟易していた。

 

「ところで、時間が時間とはいえ大丈夫ですの?またカッシュさんが覗きに来るのでは?」

 

「大丈夫よ。カッシュなら縛って吊るして置いたから」

 

「ついでに火炙りにでもすればよろしかったですのに♪」

 

「そうね。もし拘束解いて覗きにでも来た日には全身ロープで縛って上空にでも投げとばそうかしら」

 

「あはは……」

 

「「((…………))」」

 

 もし自分達が見つかったら起こり得るだろう処刑内容に俺達はドン引きする。あいつ、鬼か……。

 

「ところでルミア……相変わらず順調に育ってるわね」

 

「そ、そうかな? 胸なら、アルフォネア教授やテレサの方が……」

 

「確かに、あのお方のプロポーションは相当なものですわ。造形もまるで古典彫刻みたいに芸術的ですし……羨ましいですわ」

 

「嫌味なのかしら、テレサ?私からすればどっちもどっちよ……」

 

「それにしても、システィーナは相変わらず年の割に貧相ですわねっ! こればっかりはわたくしの完全勝利──って、ちょっとリン……あなた、随分と育ってません事?ひょっとして、ルミアと同じくらいでは?」

 

「え? ちょ、そんなに見ないで……」

 

「リン……あなたって、着痩せするタイプだったの?私なんて、私なんて……」

 

「ねえ、ルミア。何でみんなの胸は丸いの?」

 

「え? ええっと、それは……」

 

「私とシスティは平たいのに……何で?」

 

「そんなにハッキリと言わないでええええぇぇぇぇぇぇ!」

 

「(……ふっ。みんなの戦闘力は凡そ俺の予想通りみたいだな)」

 

「(言ってる場合ですか。これ、今見つかったら絶対殺されますよ……)」

 

「(だな……そろそろ息もキツい。ていうか、お前平気なのか……?)」

 

「(そういえば……あまり苦しくありませんね)」

 

 もう軽く数分はこの状態の筈だ。軍時代に鍛えたグレン先生は相当の肺活量があるからなんとか耐えられるのだろうが、俺はまだそんな特殊な訓練も受けていないのに妙に息が続いているな。

 

「(ていうか、もう……本気でキツい。限界……)」

 

「(ちょ、待ってくださいっ! 今出たらマズイ! え、えっと……人工呼吸で!)」

 

「(気色悪い事言うなっ! う……マズイ……今のツッコミで更に……も、もうダメ──だああぁぁぁぁっ! 限界だああぁぁぁぁっ!」

 

「(ちょっ!?)」

 

止める暇もなく、グレン先生は湯船から飛び出た。

 

「ぐっ! ゴホッ! ゲホッ! ……ふっ、空気がうめぇな〜。やっぱ人間、陸で生きるやつだからな」

 

「遺言はそれだけかしら?」

 

 噎せながらも息が出来る事に感動を覚えたグレン先生が感想を漏らすが、そんな感傷に浸る間もなく、システィ並びにウェンディとテレサがズズズ、とグレン先生に忍び寄る。

 

「あ、あの……皆さん? せめて……せめて俺の言い分を……」

 

「『問答無用じゃ・この・変態──っ』!」

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 システィの渾身の[ゲイル・ブロウ]がグレン先生を空中へと投げ飛ばした。グレン先生……あなたの犠牲は無駄にしません。

 

 俺は騒ぎに乗じて気づかれないように温泉からオサラバしようとした。

 

「何してるのかな、リョウ君」

 

 あと一歩で出られる所なのを左肩を掴まれて阻止される。ブリキ人形みたく後ろを振り向けば上半身をタオルで隠したルミアが笑顔で立っていた。

 

 いや、顔は笑ってるが雰囲気が全く笑っていなかった。ていうか、肩がミシミシと音を立ててるんだが、どんだけ力込めてるの?

 

「何で、リョウ君がここにいるのかな?」

 

「ま、待って……俺達は最初からここにいたんだよ。そこに突然女子が入ってきたから出られなくなって……」

 

「だったら声を出しておけばお互い見ずに済んだんじゃないかな?」

 

「…………仰る通りです」

 

「とりあえず、リョウ君は外に出て正座で待っててね?」

 

「いや、これ事故……」

 

「せ・い・ざ♪」

 

「…………はい」

 

 ルミアの言いつけ通り、俺は外に出て着替えて正座でみんなを待った。そしてみんなが戻ってきてからボロボロのグレン先生も一緒になって三時間の説教を食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、いよいよ最後の調査区域の大天象儀場(プラネタリウム)か……」

 

「……なあ、リョウ。何でグレン先生、あんなボロボロなんだ?」

 

「……聞かない方がいい」

 

 遺跡調査の最終日、いよいよ最後の調査となった。ていうか、昨日の説教が響いてるのか、結構眠たい。

 

 これまで結構な数の狂霊を掃討したから特に戦闘になるような事はなかった。そのまま今までの通路を辿り、一番最奥だろう所まで行くと中心に二十面体のオブジェと石版以外は何もない空間へと辿り着いた。

 

「私はまだ見た事ないが、ここの天象儀(プラネタリウム)は相当すごいらしいぞ」

 

「そうなのか?」

 

 プラネタリウムと言えば、地球にも似たような物はあるが、考えてみればこっちの星空だとかゆっくり観察した事なんてないな。ちょっと興味湧いてきたかも。

 

「あの、先生……せっかく来たんだからここの天象儀で星空を投影してみませんか?」

 

「はぁ? 天体観測でもするってか?面倒だなぁ……」

 

「お願いします。どうしてもここの天象儀が見たいんです」

 

 俺がこっちの世界の星空に興味を持つとシスティが随分と真摯に見たいとグレン先生に頼み込んでいる。

 

 なんか、ここに来てから妙に切羽詰まった表情をしてるな、システィの奴……。

 

「そういえば、あの資料……」

 

 昨日システィに注意されてからグレン先生に資料を借りて読んだ。俺には隠すつもりだったから俺の分は用意しておらず、今回の調査で参考にと学院長から渡された資料を軽く読ませてもらった。

 

 もっとも、そこに書いてあった術式の構造だとか霊脈だとか理屈も何もサッパリだったが、それを書いた著者が『レドルフ=フィーベル』と載っていた。たしか、システィの祖父の名前だった筈だ。

 

 つまり、今回の調査でシスティはお爺さんの理論が正しいと証明したいというわけか。

 

「……まあ、いいだろう。ここの数少ない名物みたいだし、私も現物は見てみたいしな」

 

「ん……まあ、お前がそう言うなら」

 

 アルフォネア教授の進言もあって渋々だが、グレン先生はプラネタリウムを起動する事にした。

 

 オブジェの前に立っている石版、モノリスを使って操作すると周囲が暗くなり、辺り一面に星空が広がった。

 

「……すっご」

 

 そんな感想が漏れた。地球のプラネタリウムとは比べ物にならないくらいリアルな映像だった。いや、映像なんて生温いもんじゃない……自分達が実際に星空に昇ってるような感覚さえする。

 

「ほら、ボーッとせずにな。天体観測は後でいくらでも出来るから今は調査に専念しな」

 

 アルフォネア教授が柏手を叩くと同時に俺も意識を戻して慌てて調査へと加わる。

 

「あの、アルフォネア教授……この天象儀、詳しく解析してくれませんか?」

 

 俺達が調査を進める中、システィがアルフォネア教授にプラネタリウムの解析を頼み込む。

 

「おいおい、白猫……一体どうしたんだ?コイツは本当にただの天象儀だぞ?」

 

「そんなのわかんないじゃない! アルフォネア教授程の人が解析すればもしかしたら!」

 

「だとしてもな……」

 

「……いや、やってみよう。もしかしたら何か見落としがあるかもしれんしな」

 

 アルフォネア教授もシスティの頼みを引き受け、モノリスに手を添えて解析を始める。時間にしてほんの数分だが、永遠とも思える中でようやく解析を終えただろうアルフォネア教授が溜め息を吐く。

 

「……ダメだな。隅々まで確かめたが、やはり天象儀としての機能以外、特別な術式は見つからなかったよ」

 

「お前程の魔術師で見つからねえってんなら、本当にただの娯楽装置って事か」

 

 期待の物が見つからなかったのか、システィは肩を落とす。それはつまり、彼女の祖父の論文が間違いだと言う事になったからだ。

 

 それからもグレン先生はアルフォネア教授と組んで周囲の調査を進めていたが、システィはそれを羨ましそうに見ている。もっとも、本人は認めようとしないだろうが。

 

 その隣でルミアがシスティを慰めるが、それでも悔しそうな表情は晴れる事がなかった。

 

 俺が言っても何もならないなと思いながら俺もこっそりアイポタで撮影出来ないかと思った時だった。

 

「……そうだ。ルミア、ちょっと力を貸してほしいの」

 

「え?」

 

「あなたの異能の力を借りて[ファンクション・アナライズ]を使えば、何か見つかるかも」

 

 システィが持ち出した提案が耳に入り、俺は異様な胸騒ぎを覚えた。何故かわからないが、これを見逃すのはダメな気がする。

 

「おい、システィ……ちょっと待て」

 

「何よ……?」

 

「話は聞こえたが、誰かに見られたらどうするんだ?それに、今それをするのはダメな気がする」

 

「何でよ……ルミアの力を使えばアルフォネア教授でも見つからなかった何かがわかるかもしれないのよ」

 

「お前の気持ちはわかった。昨日グレン先生から借りた資料を読ませてもらった……お前のお爺さんの書いた論文を」

 

「…………っ!」

 

「お前のお爺さんの理論が正しいんだって主張したくなる気持ちもわからなくはない。けど、感情に任せてばかりで調査を進めたところで何になるんだよ。ここに来て調査をするならもう少し先送りにしてからまた先生に頼み込むなりすれば──」

 

「あなたに何がわかるのよ……っ!」

 

俺を見据えるシスティは震えながらその表情は憤悶に満ちていた。

 

「私はお祖父様に誓ったっ! この遺跡の天象儀の謎を解くって! あのお祖父様の論文が低評価のまま終わるなんて嫌……ここで何か見つかればみんなお祖父様の‘研究が全部再評価されるわ。そうすれば魔導考古学が一気に──」

 

「魔導考古学の事は俺にはわからないからそれに関しては口を出すべきじゃないかもしれない。けど、だからって一方的に自分の主張ばかり押し付けていい理由になんてならないだろ。それに、今のお前はただお祖父さんの事を言い訳にして突っ走ってるようにしか見えないんだよ」

 

「もういいから……っ! あんたは黙ってて!」

 

「おい!」

 

 俺の制止も聞かずにシスティはルミアの手を引っ張り、ルミアの異能の力を借りて[ファンクション・アナライズ]を発動させる。

 

 遅かった……。今下手に口論すればみんなから怪しまれかねない。せめて今の二人を見られないようにと思っていた時だった。

 

「……え? うそ……見つけちゃった……」

 

「え……?」

 

「なに……?」

 

 再びシスティの口から出た言葉は驚くべきものだった。まさか、本当にルミアの力でこのプラネタリウムに隠された謎がわかったのか?

 

「……いや、話は後だ。とにかく、何か見つかったって事だけでも先生に伝えないと」

 

「待って……これ、何かの起動手順みたい。これを操作すれば……」

 

 システィは見つけた何かを操作しようとモノリスに再び手を延ばす。

 

「おい、やめろ……何かの罠かもしれないだろ。まずアルフォネア教授に言ってもう一度調べてもらって……」

 

「普通の手段で見つけられない所に隠しておいて罠なんてそんなにないわよ。多分、古代の人間だけがこれを操作出来るように設定されてたのよ……でも、今なら私でも……」

 

 会話しながらも普段から容量がいいのか、無駄に器用にモノリスを手早い作業で操作する。

 

「ま、待て……っ!」

 

 俺の制止も遅く、その手がシスティに触れる頃には全てが終わっていた。

 

 この広間の中心にあったプラネタリウムが再び作動し、周囲が暗くなって星空が投影される。そしてそれぞれの星が銀線を描きながら大回転を起こし、天体観測写真のような軌跡を描くと光が収縮していき、中心に真っ黒な穴が空いた。

 

「え、嘘……本当に?」

 

「す、すっげえええぇぇぇぇぇぇっ! なんじゃこりゃああぁぁぁぁ!?」

 

「こ、これってすごい大発見じゃない!?」

 

「ま、またシスティーナに……ムキイイイィィィィィィッ!」

 

「まさか、特別な手順を踏む事で隠し機能が発動する仕組みだったのか……」

 

 突然の出来事にみんなが興奮するが、一部反応の色の違う者もいる。

 

「おい、どういう事だよこりゃ……」

 

「バ、バカな……これは……」

 

 このプラネタリウムに特別なものはないと結論付けていたグレン先生とアルフォネア教授は思わぬ形で発見した出来事に驚愕していた。

 

「これは、回廊……そうだ、『星の回廊』だ!」

 

 これを見ていたアルフォネア教授がこの空間の穴の名称らしい単語を口にしてゆっくりと近づいていく。

 

「お、おいセリカ……?」

 

「そうだ……私は……」

 

 そのままアルフォネア教授は突如駆け出し、穴の向こうへと飛び込んだ。

 

「なっ!? おい、何やってんだセリカ!? まだ何もわかってない状態で行くのは無謀過ぎだ! 一旦戻れ!」

 

 グレン先生が叫んでもアルフォネア教授は戻ろうとしない。更に空間の穴が徐々に小さくなっていく。

 

「お、おい! セリカ! 急いで戻れ!」

 

 グレン先生の叫びも虚しく、空間の穴は完全に閉じられてしまった。

 

「……くそっ!セリカァァァァァァァァ!」

 

 突然の古代遺物の謎にアルフォネア教授の消失……立て続けに起こる出来事の中、グレン先生の叫びが木霊した。

 



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第28話

「さて、話してもらおうか。お前らがあのモノリスで何をしていたのか」

 

 場所は野営場の天幕の中……。アルフォネア教授の突然の消失によって混乱した俺達を引っ張ってグレン先生が野営場へと誘導した。

 

 そして、そうなった原因であろう俺達を天幕に連れ、防音魔術も施して秘密の談話を始めた。システィがプラネタリウムの謎を解きあかそうとルミアの異能の力を借り、その結果あの空間の穴を開いた事を説明した。

 

「……なるほど、やっぱりな」

 

「やっぱりって……何がですか?」

 

「ずっと疑問だったんだけどな……けど、今回の件でようやく合点がいった。ルミア……お前の異能は『感応増幅』じゃなかったんだ」

 

「『感応増幅』じゃない? でも、先生やシスティはルミアの力を借りて普段以上の力を発揮したんですよね?それが『感応増幅』の特徴で……」

 

「ああ。それにばかり気を取られてたから気づくのが遅れた……。だが、遠征学修の時から変だと思ってたんだ……『感応増幅』でその……『Project : Revive Life』を完成させるなんて出来る筈はねぇ。けど、あの時それは確かに完成していた……今回もそれと似たような事が起こったんだろう」

 

 そういえば、遠征学修の時……その計画はそれ相応の魔術言語、もしくは魔術特性でもなければ決して成立しないものだったと説明されていた。

 

 そして『感応増幅』はあくまで術者のマナ、魔術の力を増幅するものであって間違っても古代魔術を解析したり仕組みからして不可能なものを成功させるものではないとの話……。

 

「……じゃあ、遠征学修のアレはルミアじゃなくて『Project : Revive Life』の完成データが目的だった?」

 

「つまりはそういう事なんだろう。ルミアの異能はそういう不可能を可能にしちまう程の何かがあんだろう」

 

「あの古代魔術の仕組みまで解析してしまう程ですしね……膨大な年月で拡散してしまっただろう魔術の系譜を遡って太古の昔の魔術機能を目覚めさせる……もしくは、近代魔術の機能そのものを拡張させるものだとか?」

 

「さてな……そういう予想は今は後回しだ。ここで考えても仕方ねえ。今はセリカの事だ」

 

「ご、ごめんなさい、先生……私、古代の謎ばかりで、リョウだって注意してくれたのに……」

 

「待って、システィは悪くないよ……私が安易な気持ちで協力しなければ……」

 

「それを言ったら俺だって同罪だろ。みんなから不審がられる事覚悟で最初から止めに入っていれば……」

 

 今となっては反省してもアルフォネア教授が帰って来るわけじゃないが、俺達の行動があの人を何処か別の所へと追いやってしまったのは事実だ。

 

「バカ……お前らの所為じゃねえよ。まあリョウの言う通り、ルミアの力を借りたり何か見つけたなら俺に一言くらいは欲しかったが、いくらなんでも仲間内の中とはいえちょっと迂闊だったぞ」

 

「本当にごめんなさい……私、焦ってて……」

 

「まあ、俺もようやく思い出したが……お前の祖父さんの研究の事だもんな。それを解き明かしたいのは悪い事じゃねえし、アレを見つけた事自体は別にいいんだ。ただ、悪いのは……ッ!」

 

 ガンッ! と、激しい音を立ててグレン先生が天幕の中心にあったテーブルに拳を叩きつけた。

 

「あの、耄碌ババアだっ! あいつ、一体何考えてやがんだ! 生徒連れて危険な道進んでショートカットするなんて言い出すわ、単独行動起こして勝手に消えやがるわ、マジでいい加減にしやがれ!」

 

「それでグレン……セリカはどうするの?」

 

「連れ戻すに決まってる! 連れ戻して一発ガツンとブチかまさなきゃ気が済まねぇ! それに……」

 

 怒りに憤慨したかと思えば突然後悔に満ちた表情をする。

 

「最初からおかしかったんだよ、あいつ……何でかわかんねえけど、何処か普通じゃなかった。いや、普通じゃないのはいつもだが……上手く説明出来ねぇけど、何かおかしかった。今のあいつを一人にするのはマズイ気がする……放っておけねぇ」

 

 ずっと家族も同然に過ごしてきたグレン先生ですら確信に至れなかったアルフォネア教授の態度に俺達じゃ逆立ちしたって気づける筈もない……が、それでもあのチート魔術師なら何があっても問題ないという先入観が今回の出来事だと考えるとグレン先生やアルフォネア教授だけの責任とは言い難かった。

 

「俺はすぐにあいつを追いかける。ルミアと白猫はあの扉の開閉を頼みたい。リョウとリィエルは俺がいない間のみんなの護衛を頼みたい。明日の朝、昼、夜と一回ずつあの仕掛けを起動してもし俺とセリカが戻って来なかったら俺達をそのまま置いて一旦フェジテに戻って応援を呼んでほしい」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 何勝手に全部決めてるんですか!? 狂霊一体でも相当手こずるあなたじゃあの穴の向こうでどうなるかわかったもんじゃないでしょ!」

 

「そうですよ! それに私も一緒の方が向こうにもあるかもしれない装置を起動させた方がより確実です!」

 

「私だって魔導考古学の知識が向こうで役立つかもしれない! 元はと言えば私が勝手をしたのが原因なんだから、私も行くわ!」

 

「うん……私も行く。セリカを助けたい」

 

「お前ら…………いや、やっぱりダメだ。今回は俺一人で行く」

 

「先生っ!」

 

「そもそもこの全員で行っちまったら誰があいつらを守ったり導いたり出来るんだ?リィエルやリョウは護衛として必要だし、白猫しかリーダーシップ取れる奴がいねえ。ルミアだって万が一のための生命線なんだ。誰か一人でも欠けちまったら途端に危険度が高まる……連れて行けるかよ」

 

「ふざけんなっ!」

 

何がなんでも俺達をここに留まらせて危険から遠ざけたいというグレン先生の気持ちはわかったが、それでも一人で行かせたくなかった。

 

「あんた、言ったよな……一人で抱えずに頼れとかなんとか。なのにいざこういう時は自分だけ除外とか都合のいい事言ってんじゃねえよ! 俺の腕を見ろ……他人の事言えた義理じゃないけど、俺は一人勝手に突っ走って、腕どころかもっと大切なものまで失うところだった……あんただって同じ──いや、それ以上の事が起きるかもしれないのわかって行かせられるかっ!」

 

 あの時の自分を他人目線で見たら今のグレン先生みたいな感じだったのかもしれない。そう思ったら止めずにはいられなかった。

 

 危険だったら構わない……。幸か不幸か慣れちゃったからな。でも、自分の見えない所で最悪な事は起こってほしくない。

 

「お前……いや、それでも連れて行くわけにはいかねえ。俺達の問題に生徒を巻き込むわけにはいかねえ」

 

「先生っ!」

 

 俺達の制止も聞かずに一人行こうと天幕を出た所でみんなが待っていたかのように並んでいた。

 

「先生……アルフォネア教授を探しに行くンスか?」

 

 カッシュが何か言いたげな表情でグレン先生に問う。

 

「っ……ああ。でも安心しろ……お前らを巻き込むわけにはいかねえからここは俺一人で行くわ。お前らはここで明日まで待機していてくれ。細かい事は白猫達から聞いといてくれ」

 

「待ってくださいっ! 私達、まだ納得してませんっ!」

 

「これだけ言ってまだそんな無謀な事言うんですかっ!」

 

「ええい、うるさいっ! お前らは待機と言ったら待機だっ!」

 

「いい加減にしろっ! 今はそんな意地張ってる場合じゃねえだろうが!」

 

「お前も我が儘言うんじゃねえ! ガキはいい子でお留守番しやがれっ!」

 

「どっちがガキだっ!」

 

「テメェら両方だバカヤロォォォォッ!」

 

「「グハッ!?」」

 

 グレン先生と口論した所にカッシュの見事なドロップキックが俺達の頰を直撃した。

 

「二人揃って何くだらねえ喧嘩してんだっ! そんな事するくらいならあんたら全員でアルフォネア教授助けに行きやがれっ!」

 

「っ……カッシュ、それは──」

 

「無理だとか言うんだったら聞かねえぞっ! ていうか、あんた一人で行く事の方が無茶だろうが! 俺が言うのもアレだが、あんたはとんでもなく強ぇけど、魔術師としてはド三流だろうがっ!」

 

「ぐ……」

 

 カッシュの言う通り、グレン先生は元軍人だから実力は高いが、魔術師としての才は先天的な理由で平均より下くらいだし、相性の悪い者だって多いだろう。本人もそれをわかってるからか、反論出来てない。

 

「だからシスティーナも、ルミア、リィエルちゃんも、リョウも連れて行ってこいよ! システィーナはあんたよりも遺跡に関しちゃ詳しいし、ルミアは法医術ならプロ級だし、リィエルちゃんは凄え強ぇし……リョウだって、上手く言えねえけど何か凄えのあるんだろ」

 

 見せた事はない筈だが、カッシュや他のみんなも俺に何かがあるという事自体は勘付いていたみたいだ。

 

「だから変な意地張らないでみんなで行けよ……こっちは俺達で何とかするからさ」

 

「これでもあなたには鍛えられてますからね。まだアルフォネア教授が施した結界がある以上、下手に動かなければ自衛くらいは出来ますよ」

 

「伊達にあなたの授業を勉強してるわけではありませんからね。悔しいですが、今回わたくし達は留守番にでも勤しんでおりますわ」

 

「先生一人で行くなんて……そんな、無謀な真似はやめてください」

 

「いくら先生でも、それじゃ無理ですよ」

 

「ですから、先生達はアルフォネア教授の元へお行きなさいな」

 

「お前ら……何でそこまで?」

 

「何でも何も仲間だろ、俺ら!」

 

「…………ッ!」

 

「まだほんの少ししか話してねえけど、あの人と話すの凄え楽しかったんだ。でも、まだ全然話足りねぇよ……」

 

「僕達、もっとあの人と話し合いたいなって思ったんです。今まではちょっと恐かったけど……いざ話してみれば全然そんな事なかったから」

 

「まあ、魔術の話はやたらハイレベルですが、あの人から得られるものは多そうですし……今いなくなっては困るんです」

 

「先生の子供の頃の話もまだ半分も聞いてませんですし」

 

「お前ら……」

 

 みんなの温かい言葉を聞いてグレン先生も、俺もみんなの凄さを再認識した。

 

 俺はこんな良い奴らがいてくれたにも関わらずにあんなバカやっちゃったんだなと思ったが、今はただ感謝だけを胸に留めればいい。

 

 いつの日か、俺の事をみんなにも話せるようになれればとも思う。いつかはわからないけど、俺の事を話して……その時こそ胸を張って仲間だって叫びたい。

 

「……ありがとよ。もう変な見栄張るのやめるわ」

 

 グレン先生は決意を秘めた目で俺達を見据えた。

 

「頼む……お前らの力を貸してくれ。セリカは……知っての通り、凄え滅茶苦茶な奴だけど……それでも、ガキで何もわからなかった俺を一人で育ててくれた……俺の大事な家族なんだ。だから、俺の家族を……助けてくれねえか?」

 

「言われずとも」

 

「最初からそう言ってくれればよかったんですよ」

 

「助けましょう……先生の大事な家族」

 

「ん……すぐに行こう」

 

「あぁ……頼むぜ、俺の頼れる生徒達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレン先生が俺達の同行を願い、五人でプラネタリウムのあった空間へ行き、ルミアの異能の力を借りたグレン先生が再びあの装置を起動し、空間の穴を広げた。

 

 何とも言い知れない緊張感を持ちながら進めば、アッサリと入れてしまった。

 

 何かの罠があるのではと警戒していた分、妙な脱力感もあるが、下手な戦闘はないに越した事はないので助かったと言えば助かった。いや、敵と言えるような存在はアルフォネア教授が片付けた可能性もあるが。

 

 とにかく穴を潜った俺達は奇妙な通路へ飛び出た。

 

「ここ、古代の遺跡なんですかね? 天文神殿とは若干雰囲気違いますが……」

 

「若干なんてもんじゃねえぞ……何なんだここは……?」

 

 グレン先生に言われた前方を見るとそこには悍ましい光景が広がっていた。

 

 口にこそ出さないが、この場にいる全員が息を呑んだだろう。目の前には無数のミイラが転がっていた。

 

 白金魔導研究所でも似たようなものを見てしまったが、あの時とは比べ物にならないくらい濃密な死の匂いというものが漂っているのを感じる。

 

「こいつら……所持してる道具から察するに、全員が魔術師なのか? 一体こんな所で何があったんだ?」

 

 グレン先生の観察じゃみんながみんな魔術師らしく、しかも何故か生前に身体の一部を切り取られたのか、どのミイラも体の一部が欠損していた。

 

「せ、先生……」

 

「っ……! ……さて、行くぞお前らっ! こんな辛気臭ぇ所なんざオサラバしようぜ!」

 

 グレン先生が先導しようとした時、背後のT字路の曲がり角から金髪が見えた。

 

「セリカ……? セリカかっ!? おい、一体どうし──」

 

 アルフォネア教授かと思って駆けよろうとしたグレン先生だったが、ほんの数歩で止まった。その金髪は首と右腕以外何もなかった。

 

 顔も全く生気はなく、眼球もなく、欠損した面から内臓を垂らしながらズルズルと這いずっていた。

 

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 そんなゾンビ映画が如くショッキングな光景にシスティが堪らずに悲鳴をあげた。それと同時にゾンビ女が右腕を物凄い勢いで動かして地面を滑り、グレン先生へと飛びかかって首を絞める。

 

「先生っ!?」

 

『憎イ──憎イ──憎イ────ッ! アノ女ッ……アノ女サエイナケレバ──ッ!』

 

 ゾンビ女は人間が出すものとは思えない声を上げながら意味不明な言葉を叫んでグレン先生の首を絞め上げる。

 

「ぐ……か……っ!」

 

「この……グレンから離れ──」

 

 リィエルが大剣で斬りかかろうとするが、途中で地面や壁から生えた手によって壁に縛り付けられる。

 

「い、痛い……っ! 離して……!」

 

 驚異的な腕力に定評のあるリィエルですら振り切れない程の力とは……覚悟してたつもりだったが、この遺跡は本当にヤバイかもしれない。

 

「先生っ! リィエルッ! くっ……『光在れ・穢れを祓い──」

 

 二人を救うためにシスティが祓魔の呪文を唱えようとするも、その足を別のゾンビが掴んだ。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 勿論、呪文は途中でキャンセルされ、二人を助けるどころかシスティも加わって更にピンチになる。

 

「この……ぐっ!?」

 

 せめてリィエルかグレン先生のどっちかでも助けられないかと駆けつけようとするも、こっちにもゾンビや奇怪な腕が縛り付けてくる。

 

「ぐあっ……!」

 

 とんでもない力だ……。腕のみならず、顔や口までふさがれてとても呪文なんて唱えられる状態じゃない。

 

 窒息すらしそうな崖っぷちの状態まで追い詰められた時だった。

 

「『光在れ・穢れを祓い給え・清め給え』!」

 

 多数の腕の隙間の向こうで眩い光が周囲を明るくした。

 

「…………っ!」

 

 あれを見てから、頭の中にあるイメージが浮かんだ。

 

 俺はどうにか力の限りを尽くして左手を胸ポケットに触れさせる。すると、そこを中心に眩い光がゾンビや腕を消滅させた。

 

「ぷは……っ!」

 

 視界が回復した先では明るい橙色の炎がゾンビ達を焼き払った。

 

「今の……[セイント・ファイア]か? ルミア、お前そんな高位司祭が使うような高等浄化呪文を使えたのか……?」

 

「はい……昔、王室教育の一環として、お母さんから習ったんです……。私ではまだこの香油を触媒にしないととても唱えられませんけど……」

 

「ルミア、その香油って……女王陛下から御守り代わりにってもらった大切なものじゃ……」

 

「いいの。みんなを助けるためだもの……お母さんだってきっと納得してくれるよ」

 

 どうやらルミアがさっきの浄化魔術唱えるために女王陛下から貰ったものを触媒にしたのをシスティが気遣ったが、本人は至って柔和な笑みを浮かべていた。

 

「おい、リョウ……」

 

「はい?」

 

「お前……さっきのは何だ?」

 

「さっきの……」

 

 多分、さっきの光の事を言ってるんだろう。他は気づいてなかったのか、俺はグレン先生以外に見られないよう胸ポケットにあったものをグレン先生に見せる。

 

「それは……」

 

 俺が出したのは俺がこの世界の人間じゃない事を明かすと同時に見せたカード……その内の一枚。赤と紫に彩られた戦士の描かれたカードだ。

 

「お前、前から疑問だったんだが……これって一体何なんだ……?」

 

「…………」

 

 そんなのは俺が知りたかった。何故ただのおもちゃでしかなかったカードでこんな事が出来るのか。

 

「……いや、それも今はどうだっていい。正直、この雰囲気に呑まれて色々参っちまったかもしんねえ。もうさっきみたいな無様晒したりしねえ」

 

 グレン先生はさっきの疑問は外に追いやって今は目の前の事のみに集中しようと再び先導する。

 

 道を進む途中でさっきと同じようなゾンビ達が群がって来てシスティは得意の風属性の魔術で退け、ルミアの浄化魔術で昇天させ、リィエルと俺で二人の呪文を紡ぐ時間を稼ぐ。

 

 その連携のお陰で比較的安全に遺跡を進む事が出来た。

 

「しっかし……一体何処なんだ、ここは?」

 

「ですね。迷路みたいなものもあれば、居住区みたいな場所もありましたし……」

 

「しかも、随分下った筈なのに、地面らしいもんも見えないし……むしろ空が広く感じるし」

 

 そもそもまるで空にでも浮かんでいるかのような目線の高さだし……もしかしたらあの天文神殿は本当に時空転移魔術の儀式場であそこはこの塔に向かうための扉の役目をしていたのか。

 

「……っ!? これは、戦闘音?」

 

「先生……」

 

「ああ、恐らくセリカだ……!」

 

 通路の向こうから轟音が聞こえ、大急ぎで向かうとまるで闘技場のような所に出て、その中心でアルフォネア教授がゾンビ軍団と闘っていた。

 

 雷撃と爆炎、凍気の嵐が次々と群がるゾンビ達を蹴散らしながらもゾンビ達は尚もアルフォネア教授へ迫って来る。

 

 いや、まるで憎んでるかのように次々と湧いて来るゾンビ達だが、ある方向……闘技場の一角に見える巨大な扉に行かせまいと立ち塞がってるようにも見える。

 

 だが、そんな数の暴力をアルフォネア教授は眼前に地獄の入り口とでも言うような穴を広げ、ゾンビ達をそこへ突き落とした。

 

「セリカッ!」

 

 亡者達が消えて沈黙が支配した場にグレン先生が早足でアルフォネア教授に駆け寄った。

 

「……グレン? お前、何でここに?」

 

「何でって……そりゃこっちの台詞だ! 何一人でこんな所突っ込んだんだ!? とにかく、帰るぞ! 俺は別にお前の事なんざ心配しちゃいなかったが、あいつらがやたら心配してたから仕方なくな! 俺は別に心配しちゃいないが!」

 

「先生、二回も言わなくたって……」

 

「まったく、素直じゃないわね」

 

「それをお前が言うか……」

 

 ようやくアルフォネア教授を見つけてホッとし、いつもの和気藹々とした場所に戻れると思った時だった。

 

「そうだ……グレン! やったんだ……ようやく見つけたんだ!」

 

 安堵したグレン先生にアルフォネア教授がやたら明るい声で言った。

 

「はぁ……? 見つけたって、何を?」

 

「私の失われた過去の手がかりだ!」

 

「……なんだと?」

 

 その内容に全員が息を呑んだ。そういえばこの人は、数えて四百年前から以前の記憶が無いまま悠久の時を生きてきた不死者(イモータル)らしく、そうなった原因は本人ですらわからないらしい。

 

 その手掛かりがこんな所に……?

 

「思い出したんだ……あの異空間の扉、『星の回廊』を見てから。まだ全部じゃないが、私は昔、あそこを行き来していたんだ! 間違いない! そこはなんとなく覚えてる!」

 

「おい、セリカ……」

 

「今の今まで何一つ思い出せなかったのに……こんな事、四百年の間で初めてなんだ! それに、お前……ここが何処だかわかるか!?」

 

「何処って……どっかの塔って事くらいしかわかんねえぞ」

 

 確かに、見た感じではそんなもんだし、あんな景色に繋がるような地理関係は思い当たらない。地球から来た俺はともかく、システィやルミアだって知らない風だったしな。

 

「実はここはな……アルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮なんだよ!」

 

「……は?」

 

 地下……? 明らかに空が広がってるこの塔が地下? しかも、地下迷宮って……以前、ヒューイ先生が言ってた場所だ。

 

 確か、学生の実技演習でも使われるものでもあるが、一定の層から一気に危険度の高まる地獄とも言えるような場所だったな。

 

 そして、最強と謳われるアルフォネア教授ですら四十辺りで引き返せざるを得ない程の難易度だと言う。そしてここはその倍は深い所だという。

 

 天文神殿が何故学院の地下に……いや、学院の地下迷宮の扉も天文神殿で見たあの空間の穴も同じような場所に行くための門だとすれば……今のところ考えられる事はただ一つだ。

 

 『メルガリウスの城』……。帝国の上空に浮かぶ浮遊城で特殊な結界があらゆる者の行く手を拒み、未だに全容の見えない最大の古代遺物。システィが必死に追っている謎の頂点とも言えるもの。

 

 地下迷宮と天文神殿の扉がどっちもそこに繋がっているのだとすれば……いや、そもそも何でそんな風に作る必要がある? 何であの浮遊城が大地から離れた?

 

 そんな疑問ばかりが頭を占めていく。

 

「そうだ……あそこ、あの門だ……あの門の向こうに、私の全てが……」

 

「やめろ」

 

 そんな疑問を他所にアルフォネア教授が吸い寄せられるように闘技場の一角にある扉に行こうとするのをグレン先生が止める。

 

「……グレン?」

 

「行くな。帰るんだ、セリカ」

 

「な、何でだよ? ようやく、私の手掛かりを掴んだんだぞ? もう少しで……私の事がわかるかもしれないんだ」

 

「何であの門の向こうにそんなのがあるんだって言うのか、俺にはわからん。だが、それでもわかる事と言ったら……セリカ、お前の過去は多分……本気でロクでもないもんだ。こっちに入ってからうじゃうじゃ湧いてきた連中はみんな誰かを酷く恨んでいた」

 

 そういえば、みんな特定の誰かを憎むような言葉を口にしていた。まあ、見境なしに俺達を襲っていたが。

 

「けど、ここでお前と闘っている姿を見て確信した。連中が恨んでいたのは、セリカ……お前だ」

 

「……っ!」

 

「一体何をどうしたらあんな異形共に恨まれるのか、一流の作家でも想像仕切れないぞ。まあ、そんなのはどうだっていい。お前の過去だとか、あのクソ亡霊共が何の理由があってお前を恨んでるかだとか、俺の知った事じゃねえ。お前は俺の……師匠だ。それは過去も未来も変わらねえ」

 

「でも、それじゃあ……グレン、私は……」

 

「忘れちまえばいいだろ、セリカ。お前が何者だって、俺は……」

 

「いやだ……いやだ、嫌だっ!」

 

 グレン先生の言葉も聞かず、アルフォネア教授が何かに取り憑かれるように門へ向かう。

 

「おい、セリカ!」

 

「それじゃあ駄目なんだ! だって、それじゃあ、私はいつまで経っても……っ!」

 

 その顔はとても悲痛に満ちていた。そして、焦りを募らせたままアルフォネア教授は呪文を紡ぎ、いつかグレン先生が使っていた極太の光波熱戦の魔術を門に向けて撃ち放った。

 

 だが、そんな魔術を軽々と射ち放ちながら門には傷ひとつ付いていなかった。

 

「何で……? 何でぶっ壊せないんだよ!」

 

「落ち着け、セリカ! らしくねえぞ! 霊素皮膜処理を忘れたか? 古代の建造物は現在の物理的、魔術的な手段は通用しねえんだ」

 

「離せ、離せよグレン!」

 

 傷ひとつ付かない門に苛立って拳を叩きつけるアルフォネア教授をグレン先生が後ろから必死に掴んで止める。

 

「一体何が不満なんだよ! 何でそんなに過去の記憶なんかに拘るんだよ! そんなに大事なのか? 現在(いま)より、失くなった過去がそんなに大事なのか……?」

 

「…………っ!」

 

 グレン先生の必死の言葉にアルフォネア教授が苦しそうに俯いた時だった。

 

『その尊き門に触れるな、下郎共が』

 

 突然、この場にいる誰のものでもない第三者の声が響いた。

 

『愚者や門番がこの門、潜る事、能わず。地の民と天人のみが能う──汝らに資格なし』

 

 その言葉と共に闘技場の中心から影がその性質のまま形作ったような人型の何かが出現した。

 

「ひ……っ!?」

 

「せ、先生……あの人……」

 

「ぐ……っ!」

 

 影が出現したかと思ったらシスティやゾンビ達に全く怯まなかったルミアも、平静を保ち続けていたリィエルですら青ざめた顔をしていた。

 

「おい、お前ら……大丈夫か!?」

 

 俺はみんなを揺さぶるが、リィエルはともかくシスティとルミアが震えるばかりで全く動けずにいた。

 

「おい、リョウ……お前は、動けるのか?」

 

「え? あ、はい……」

 

「く……だったら丁度いい。あいつは明らかにヤバイ奴だ。俺とセリカでどうにか隙を──」

 

「はっ! 誰だ、お前?」

 

 グレン先生が作戦を伝えようとしたところに、アルフォネア教授がズシズシと影に近寄る。

 

「ばっ! セリカ!」

 

「丁度いい。会話が出来るんだったら教えろ。どうしたらあの門を開けるんだ?答えなければ消すぞ」

 

 突然の行動に焦るグレン先生に目もくれずに影に尋ねるアルフォネア教授を見た影が驚くような仕草を見せる。

 

『貴方は……セリカ?おう……遂に戻られたか、(セリカ)よ。我が主に相応しき者よ』

 

「……は?」

 

『だが、嘗ての貴方からは想像もつかない程のその凋落ぶり。去れ……今の汝に、門を潜る資格なし』

 

「待てよ、お前は私を知ってるのか?」

 

『去れ……今の汝に用はなし』

 

 すると影は何時の間にか両手に持ってた漆黒と紅の剣を構えて禍々しい魔力と殺意を漲らせる。

 

『愚者の民よ……この聖域に足を踏み入れた以上、生きて帰れると思うな。汝らはただ、この双刀の錆となれ』

 

 言葉と共に発された殺気にシスティとルミアが生まれたての子鹿のように足を震わせる。

 

「この……っ! 人の話を、聞けよっ!」

 

「なっ……!? よせ、セリカ! こいつの異常性がわからねえのか!?」

 

「『くたばれ』っ!」

 

 グレン先生の叫びも聞こえないのか、アルフォネア教授が超高温の紅炎を影に向けて放つ。

 

『まるで、児戯』

 

 だが、影は左手に掴む紅刀を奮って紅炎を霧散させる。

 

「なっ……!?」

 

「はっ! 対抗呪文の腕は中々だなっ!」

 

「違う! 冷静になれ! アレはそんなんじゃねえ!」

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 魔術が効かないと見ると、アルフォネア教授はシャドウ・ウルフを倒すのに使っていたミスリルの剣を構えて影に斬りかかる。

 

『借り物の技と剣で粋がるか……恥を知れっ!』

 

 影が紅刀を再び振り抜くと、アルフォネア教授の動きが停止した。

 

「……な? 何だ、これ……? 私の術が……解呪されてる?」

 

『……我が左の紅き魔刀、魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)。そのような小賢しい児戯は我には通じぬ。だが、その剣の誠なる主には敬意を表する。今は亡きその剣の使い手たる愚者の民……人の身でありながら、よくぞその領域まで練り上げた。だが、(セリカ)よ……汝は何処まで堕ちた? 我は汝に対する失望と憤怒を抑えきれぬ……っ!』

 

「この──っ!」

 

 アルフォネア教授が今度は超電磁砲みたいな紫電の砲撃を撃ち放つが、それも影の紅刀によって霧散してしまう。そして、その姿が一瞬にして消えると気づいた時には既にアルフォネア教授の後ろに来ていた。

 

「くっ……!」

 

 ギリギリの所で気づき、背中を黒刀が擦りながらも回避したアルフォネア教授だったが、次の瞬間には力が抜けたように倒れこんだ。

 

「な……何だ? 力が……」

 

『我が右の黒き魔刀、魂喰らい(ソ・ルート)。これに触れた貴様は最早終わりだ』

 

 影が纏う魔力が更に勢いを増しながら倒れこんだアルフォネア教授へ近づく。

 

『見込違いだったか……今の汝に我が主たる資格なし。神妙に逝ね』

 

 影が黒刀をアルフォネア教授へ今にも振り下ろそうしていた時だった。

 

「ざっけんなテメェェェェェェェェェェェッ!」

 

 最悪の瞬間が訪れる寸前でグレン先生が拳銃を連射して影を退けた。

 

『ぐ……っ! 何だ、その道具は爆裂の魔術で鉛玉を飛ばす魔導器か……猪口才なっ!』

 

 こいつ……銃を知らない? どれだけの期間この遺跡で過ごしていたんだ……?

 

「くっそ! 心臓撃ち抜いた筈なのに、何で平然としてんだコイツはっ!」

 

『良かろう……愚者の牙で何処まで抗えるか、存分に試すがいい!』

 

「システィ! リョウ君っ!」

 

 グレン先生が弾を再装填する前に斬りかかったところでルミアが俺とシスティの肩に触れて異能を発動させる。

 

「『海霧』っ!」

 

「『集え暴風・戦鎚となりて・打ち据えよ』ッ!」

 

 俺の水をシスティの風に巻き込んで影を退けようと迫っていくが……。

 

『……児戯』

 

 それもただの一振りで霧散されてしまう。

 

「嘘っ!? ルミアの力を乗せても駄目なの!?」

 

「問題ない! いいいいいいやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 リィエルが自慢の大剣を翳すも、それは魔術で造られた物で奴の紅刀で瞬く間に砕け散る。

 

 だが、その砕け散った破片が影の目を覆い、その隙を突いてリィエルはアルフォネア教授が手放したミスリルの剣を手に取って台風の如く斬り上げた。

 

『……見事なり』

 

 だが、それを受けながらも影は倒れるどころか堪えもしなかった。

 

『まさか、愚者の民草に二つも持っていかれるとは……我も未だに未熟か』

 

 奴の言い方に何処か引っかかりを感じる。

 

『ここまで来た褒美だ、愚者の民草らよ。我が攻勢にて、塵と消えよ! ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎──ッ!』

 

 影が形容し難い発音を紡ぐと、その頭上に紅いエネルギー体が出現する。それから規模を大きくしていき、高い熱を帯びていく。まるで小さな太陽だった。

 

 アレから感じる力はアルフォネア教授の使っていた軍用魔術の比じゃない。アレをまともに受ければこの場にいる者全員が奴の言う通り塵へと還る事になるだろう。

 

 次の瞬間にでも放たれんとする力を前にルミア達も立ち尽くし、グレン先生も固有魔術を発動すべきか一瞬躊躇った。

 

 その間に向うの魔術が完成したのか、撃たれる寸前だった。

 

『……逝ね』

 

 遂に影が太陽のようなエネルギー体を撃ち放った。

 

『──ぬうっ!?』

 

 だが、そのエネルギー体は蒼い光の軌跡によって斬り裂かれた。

 

 一体誰がと思って僅かに残った光の軌跡に視線を走らせ……最終的に俺に向いた。

 

「リ、リョウ……?」

 

「その姿……?」

 

 みんなが俺を見て目を開いていた。今の俺は制服がいつも以上に蒼く、まるで深海を思わせる色に満ち、所々に金色のラインが描かれていた。

 

「……先生、みんなを連れて逃げてください」 

 

「なっ!? バカかっ! さっきの見たろ! どう考えても一人で勝てる相手じゃねえだろ!」

 

「けど、こっちの魔術は何一つ通用しない! 何度攻撃を入れても死なない! 逆に向こうは圧倒的な武力ととんでもない火力の魔術を使う! だったらもう()()しかないんですよ!」

 

 多分、()()を使ったとしても勝てる見込みはないと思う。だが、みんなを逃す時間を稼ぐくらいは出来るかもしれない。

 

「だとしても! 生徒を置いて行けるかっ!」

 

「生徒とか教師とか言ってる場合かっ! 第一、あんたのアレを使って俺のコレを使ったとしても逆にこっちが不利になるだけだってのはあんただってわかってるだろう!」

 

「っ! それは……」

 

「せめてみんなが向こうに戻る時間くらいは稼ぐっ! みんなを連れてさっさと行けっ!」

 

「……っ! わかった……でも、これだけは約束しろ。勝てなくてもいい……けど、絶対に死ぬなよ」

 

「…………わかりました」

 

「ぐ……っ! お前ら、行くぞ!」

 

「そんな……先生っ! いくらなんでも……」

 

「少しでも生存率を上げるにはもうこれしかねえんだ! アイツの気持ちを無駄にすんな!」

 

「でも……っ!」

 

「リィエル! ルミアを頼む! 行くぞ!」

 

 グレン先生はアルフォネア教授を背負い、まだ反対するルミアをリィエルが担ぎ、システィは時折こっちを気にしながら通路の向こうへと消えていった。

 

「……意外と律儀なのかな? 正直、いつ攻撃されるかと警戒MAXだったんだけど」

 

『勝てる見込みがないと知りながら仲間を逃す汝の意を汲んだだけだ。そも、全員を纏めて塵に還すも、汝を倒してから向こうを追うも……遅いか早いかの違いに過ぎん』

 

「あっそ……精々その調子で舐めたままでいてほしいけど」

 

 俺は肩を落としながら左手を胸ポケットに持っていき、一枚のカードを取り出す。

 

「悪いけど、こっちは時間もないんだ。速攻で行かせてもらうよ」

 

 手に持ったカードを蒼く輝かせながら啖呵を切ってやった。



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第29話

『どうした……先の勢いは何処へ行った?』

 

 グレン先生達を逃してから目の前の双刀使いの影と戦っているが、とんでもない剣捌きだった。

 

 魔術を破壊する紅い剣と多分何かの呪いみたいなのを帯びてるだろう黒い剣……更にリィエル以上の身体能力を誇る相手にこうして戦えてるだけでも奇跡的だ。

 

 もっとも、これは俺に力を貸してくれてる存在のおかげなのだが。

 

『来ぬなら、そのまま無駄な抵抗なく散れい』

 

 言いながら影は黒い方の剣を構えて向かってくる。あれに触れればさっきのアルフォネア教授みたいに一発で戦闘不能に追いやられるだろう。

 

 俺は左手に蒼い光剣を顕現させ、抜刀前の居合いのような構えを取る。

 

 そして爪先に力を入れ、人間離れした脚力で一気に間合いを詰める。影は紅い方の剣で俺の攻撃を無効化しようと思ったのだろうが、その防御法は悪手だ。

 

『ぬう……っ!?』

 

 蒼い光剣は消される事もなく、不意を突いた斬撃で影の態勢が崩れたところに逆袈裟に斬り下ろす。影はすんでのところで飛び退いただけで傷はなかった。

 

『くっ……貴様、それは愚者の牙ではない……!?』

 

 完全に俺の使ったコレが魔術の類いだろうと勘違いしていた影は若干の苛立ちを込めながら呟く。

 

 俺が今使ったのは接近戦用に使ってる魔術の[フォトン・ブレード]ではなく、俺が現在纏っている力、『ウルトラマンアグル』の力によるもの。

 

 あの村で起こった事件以降、俺の持っていたカードの内……この『アグル』を含めた『ティガ』、『ダイナ』、『ガイア』の四枚の力を自分に憑依……と言えばいいのだろうか。この制服に付与されてる魔術を上書きしたような状態で力を借りる事が出来るようになった。

 

 あれから自分の魔術の精度を上げるための勉強も並行してわかってきた事だが、俺の魔術特性、『器の変革・調節』は魔導具の作成やら改造やらで効果を発揮しやすいというのがシューザー教授談だ。

 

 今の俺の魔術では簡単な魔導具しか出来ないものの、ウルトラマンの力を使えばこの制服の上にその力を纏わせる事が出来るようだ。もっとも、上書きというわけだから元々制服に付与されていた[トライ・レジスト]や体温調節、物理保護やらの魔術は一時消失する事になるわけだが、ウルトラマン達の能力を考えれば魔術はともかく、物理的な防御面は元よりも遥かに優っている。

 

 特にこういった物理優先な強敵相手ならそれなりに戦える。オマケで魔術とは違うから影の使う紅い剣も意味をなさないので今回はその不意を突けたわけだ。

 

 しかし、例え致命傷を負わせたとしても、向こうは何故かピンピンしている。

 

 もし、あいつの不死身っぷりが何処ぞのギリシャ神話の英雄みたいな能力だとして、あと何回致命傷負わせればいいのか見当もつかなくて嫌になるが、今は少しでも削るしかない。残り時間もそんなに余裕はないからな。

 

「『ダイナ』っ!」

 

 とにかく速攻……身に纏う力を『アグル』の物から『ダイナ』に変更し、制服の色が上が赤、下が青、マントが金と銀の色に染まった。

 

 力を纏ったと同時に駆け出し、左手から青白い光刃を三連射して牽制する。

 

『猪口才なっ!?』

 

 もう俺の攻撃が魔術によるものではないと理解しただろう、影は双刀を振るって光刃を叩き落とす。

 

 影が双刀を振るう間に距離を詰め、左手に光の刃車を顕現して投げ放つ。

 

『ふんっ!』

 

 光の刃車を紅い剣で斬り落とし、黒い剣を俺に向けて突き出してくる。その瞬間を狙った。

 

「ここだっ!」

 

『な……っ!?』

 

 眩い光を放つと共に青い光が三方向へと別れる。それらは全て俺……制服を青と銀に染めた三人の俺が目にも止まらないスピードで三方向から攻撃を仕掛ける。

 

 またも通常の魔術師では考えられないだろう攻撃法に影が咄嗟に防御するが、両手が塞がった所に背後に回った本体の俺が青く光らせた左手で袈裟斬りする。

 

 分身を消して距離を取り、纏った力を一旦引っ込めていつもの状態に戻る。時間はもう少しあるのだが、不意を付けるだろう攻撃法は今はあれくらいしか思いつかないので、今は無駄に力を持続させるのは危険だと思った。

 

 しかし、グレン先生の銃撃、リィエルの斬撃、俺の二回の攻撃を入れてまだ倒れない……一体後何回倒せば終わるのやら、軽く絶望感が漂う。

 

『その力……そうか、ソレは…………なるほど、我が討たれるのも当然。借り物であれど、見事な……しかし、それ故に赦さんっ!』

 

 影の纏う空気が一気に震えを増し、顔はわからないが、その様子からして相当の怒りを表してるというのはわかる。

 

『愚者がっ! 天空より遥か先に住まう天神の力を簒奪したか……恥を知れい!』

 

「……は?」

 

 影が放った言葉に引っかかりを覚えた。

 

「お前……コレの事を知って──」

 

『最早一片の容赦も要らん! 神妙に逝ねっ!』

 

「なっ!?」

 

 俺の言葉も聞かずに突進してきた影の攻撃を俺は咄嗟に跳躍する事で回避した。だが、影の攻撃のスピードもパワーもさっきまでとは比較にならない程に強烈だった。

 

『ほう……今のを躱すか。盗っ人の愚者の割にはよく動ける』

 

 影は余裕を持ちながら話すが、こっちにはそれに答える場合なんてなかった。ウルトラマンの力を引っ込めたのは完全に間違いだった。

 

 奴の力量を舐めていたなんてつもりはなかったが、こっちはウルトラマンの力まで使って全力で削ったというのに、向こうはついさっきまでずっと手加減した状態だったのだ。

 

 理由は知らないが、俺のこの力に憤りを抱いてから全力を出し始めた。

 

 正直、全力の影を前にもう一度ウルトラマンの力を纏う余裕なんて与えてくれそうにない。とにかく逃げに徹して少しでも時間を稼ぐくらいしか出来ない。

 

 それからはとにかく回避に徹しながら通路を駆け、時折何かの広場みたいな所にも出るが、奴の全力があまりにも凄まじ過ぎてあっという間に疲労困憊となってしまう。

 

『最早ここまでか……盗っ人の愚者でありながら我をひとたび殺し、ここまで耐えた事には称賛を送ろう。今ここで潔く逝ねっ!』

 

 影が黒い剣を構えて距離を詰めたところだった。

 

「『猛き雷帝よ・極光の閃槍以って・刺し穿て』っ!」

 

 聞き慣れた声による呪文と共に紫電の槍が影目掛けて飛来し、紅い剣でそれを霧散させた隙に距離を取った。

 

「いいいいぃぃぃぃやああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

『ぬっ!?』

 

 更に気合いの込もった声を上げながらアルフォネア教授が持っていたミスリルの剣を構えたリィエルが勢いよく影に飛びかかった。

 

「リョウ、遅れてスマンッ! 真打ち登場だっ!」

 

 そんな声を共に俺の肩に手を置くのはグレン先生……それに続いてシスティとルミアが肩を揺らしながら駆け寄って来た。

 

「リョウ君、大丈夫っ!?」

 

「あんた、よく無事だったわ……」

 

「み、みんな……何で?」

 

「何でも何も、生徒置いてトンズラする教師が何処にいんだ。それに、あいつらとも約束したしな……みんなで戻るって」

 

 ルミアの回復呪文を受けながらグレン先生の一言で嬉しいという気持ちも出るが、同時に来て欲しくなかったという矛盾した気持ちが俺の心を占めた。

 

「でも、あいつはとんでもなさ過ぎです! あれだけの実力でついさっきまで手加減状態だったし、オマケに何度やっても倒れないんですよ!」

 

「それなんだけど、リョウ……あいつの不死身っぷりも正体もわかったの!」

 

「え……?」

 

 あの影の事を説明しようとしたところに何かの本を持ったシスティの驚きの一言が割って入ってきた。

 

「あぁ、正直まだ信じられんが……白猫が言うには、アイツはその本に出てくる登場キャラクターの一人でその命も無限じゃないらしい」

 

「何だそりゃ……じゃあ、何か? 俺の予想通り本当にギリシャ神話みたく大昔の英霊でどっかで受けただろう試練の分命のストックがあるってこと?」

 

「そのギリシャ神話っていうのは知らないけど、そんな感じ。あいつの正体はアール=カーンって言って、十三の命を持ってるの。でも、この本の内容によれば過去に七度倒されて、先生とリィエルの攻撃で二度……だから、あいつの命はあと四つよ」

 

 システィの言葉でようやくあいつの不死身っぷりにも確信が持てた。システィが持ってる本の内容も気になるが、それは終わった後でじっくり聞けばいい。

 

 俺は呼吸を整えてゆっくりと立ち上がる。

 

「だったらこっちからも朗報……あいつの残りの命は後三つ。先生達を逃してからどうにか攻撃入れられたので」

 

 俺からの情報にグレン先生達が驚愕した。

 

「お、おま……まだ確信しちゃいねえが、アール=カーンを相手に一回とはいえ討ち取ったのかよ」

 

「けど、ついさっきから向こうもお怒りの本気モードなのでこれまで以上に厄介ですよ……」

 

「おま、怒らせたって……一体、俺らがいない間あいつに何したんだよ?」

 

「何って……」

 

 向こうは何故かウルトラマンの事知ってるみたいな発言してたけど、そんな話をする余裕はない。

 

「いや、今はいい……とりあえずお前は休みながらも援護頼むわ」

 

 そう言ってグレン先生は[ウェポン・エンチャント]を拳に纏って影、アール=カーンの右を取り、リィエルが左側から大剣で攻め立てる。アール=カーンが向きを変えても、その直後には二人が場所を入れ替えて二人は同じ方向からの攻撃を続ける。

 

「なあ、さっきから思うんだけど……二人の陣取りがおかしくないか? いや、多分奴の剣の効果への対策だってのはわかるけど……もし、それに気づいて剣を持ち替えでもしたら」

 

「多分、それはないと思う。あの剣は決められた手に持たないとその効果を発揮できないから」

 

 随分確信めいた言い方だが、それもシスティの本の中にあった記述のひとつだろう。さっきからグレン先生が挑発を交えながら攻撃してるが、アール=カーンは若干の苛立ちを覚えながらも剣を入れ替えない事からそれは当たりだったようだ。

 

 だが、剣を封じるだけではダメだった。アール=カーンは剣戟のみならず、体術まで織り交ぜ、二人を壁面へ叩きつける。

 

 それから片方に狙いを定めればシスティが[ライトニング・ピアス]でフォローを入れ、その間にルミアが白魔[ライフ・ウェイブ]で二人の傷を癒す。

 

 そして再び対峙し、グレン先生が懐から銃を取り出すとアール=カーンが紅い剣で銃口を逸らすと共にカチンという虚しい金属音が響いた。それを聞くとアール=カーンは即座に背後を振り返ってリィエルの相手をしようとした所にガガガンッ! と、三つの銃声が瞬く間に響くと共に左手に持っていた黒い剣がアール=カーンの手から離れた。

 

 さっきの金属音は恐らく、最初から弾を込めていない部分を回しただけだったのだろう。グレン先生が相手取っていた黒ではなく、紅い剣で銃を弾いた事からさっき銃を魔導具と勘違いしていた事を利用したんだろう。

 

 それが幸いして現状厄介な方の剣を無力化させて敵の攻撃力を半減させようという事なんだろう。アール=カーンは剣を取りに向かうが、システィの風の魔術で剣は遠くへ吹き飛ぶ。

 

 更に剣を取り戻そうとした所で突進してきたリィエルの大剣がアール=カーンを襲い、グレン先生も銃を発砲し、更に態勢が崩れた所にシスティとルミアの連携で目眩し。視界を封じた所にリィエルの力押しの斬撃が炸裂した。

 

『くっ……!』

 

 アール=カーンは不利を悟って距離を取ると、呪文を紡ぐ。

 

『⬛️⬛️⬛️⬛️──』

 

 そして、さっきの黒い太陽のようなものが奴の頭上に現れた。

 

「させるかよっ!」

 

『⬛️⬛️⬛️……なっ!?』

 

 頭上の太陽が突然消えて狼狽えた所にシスティが[ライトニング・ピアス]で心臓を撃ち抜いた。

 

「ふう……これでようやくだぜ」

 

『き、貴様……今、何をしたのだ……っ!?』

 

「悪いなぁ……実は俺、『相手の魔術だけを遠距離から一方的に封殺出来る魔術』を持ってたんだわ。ま、チートってんならそれはお互い様だ」

 

『く……愚者の牙でそのような事が……』

 

 いや、明らかに嘘だ。グレン先生の[愚者の世界]はそんな御都合主義みたいなものではなかったが、遠距離からシスティ達の援護を受けてるという状況をこれでもかというくらい見せつけてからのこの固有魔術。

 

 何も知らない向こうからすれば信じるしかない状況なんだろう。

 

「さて、これで最後の一つ……だよな? アール=カーン……? もう三つも削ったんだから、あんたももう後がないんじゃないのか?」

 

『…………ふっ。簒奪者のみならず、愚者の民の牙も中々……よかろう。汝らも、我が障害と改めて知り、全力で向かおう』

 

 さっきの俺に向けた怒りよりも大きな気迫……だが、それでいて静かな……まるで津波や雪崩に巻き込まれんとする状況をじっと見てるって感じだな。

 

「さて、残り一つまで追い込んで牙の片方も落として断然俺らの有利なわけだが、それでもまだ油断はならねえからな。リョウ……少しは休めたか?」

 

「はい……さっきは出し惜しみしちゃったので、まだもう少しだけ使えます」

 

 俺はウルトラマンのカードを見せてまだ戦線に加われる事を告げる。

 

「だったらやる事は単純だ。お前とリィエルは力のゴリ押しで行け。後は俺らでフォローしてやる」

 

 つまりは短期決戦……いたずらに時間を引き延ばしたところで圧倒的なポテンシャルを誇るアール=カーンを有利にしてしまうだけ。ならば、優勢だと見たここらで一気に勝負を付けようという事だ。

 

「『ティガ』……!」

 

 俺は『ウルトラマンティガ』のカードを翳し、制服の外側が青紫、中央が赤、マントに金と銀のラインがはしった。

 

「おっしゃ、こっからが正念場だっ! お前ら、キッチリついて来いやぁ!」

 

 グレン先生が駆け出すのに合わせ、再び戦いの幕が開いた。だが、光明が差したと思えたこの優勢もあっという間に覆される事になった。

 

 最初の内はいい勝負は出来たと思う。元からポテンシャルの高いリィエルの剣戟とウルトラマンの力を纏った俺が白兵戦を挑む事で隙を作り、グレン先生の銃撃とルミアの力を借りたシスティの魔術で討ち取ろうという算段だったが、アール=カーンの力は俺達の想像を遥かに超えていた。

 

 リィエルの剣戟も、強化された俺の攻撃も、全てを圧倒的な剣技でいなされ反撃を受け、遠距離からの射撃も剣一本で防ぎ、今度は体術の割合も多くなり、驚異的な脚力が俺達の身体を一気にレッドゾーン域までのダメージを与え、ルミアの治癒魔術を受けるもすぐに劣勢に逆戻りしてしまう。

 

 それが何回かループする内に限界が訪れ、俺の身体から『ティガ』の力が抜け、その瞬間にはリィエルとアール=カーンの剣戟の余波で吹き飛んだ。

 

 一度ウルトラマンの力を使い切れば半日は使えなくなってしまう。そうなっては申し訳程度の魔術しか使えなくなってしまう。だが、俺の持ってる魔術では奴の命を刈り取るのは無理なため、せめて援護だけでもと思うも俺の魔術も全てがあっという間に霧散されてしまうので劣勢の一方だった。

 

 それも何回か繰り返す内にグレン先生もリィエルも満身創痍となり、システィも五感と反射神経を強化するために改変した[フィジカル・ブースト]を常時発動しながらの精密な射撃を繰り返し、ルミアも何回も二人を治癒したためにマナ欠乏症に追い込まれた。

 

 そんな中で唯一アール=カーンは未だに余力を残してるのか、平然と立っていた。

 

『……なるほど、そういう事か』

 

 そこで何を理解したのか、その場から跳躍して高台へと躍り出た。

 

『小細工と虚言だけでよくぞ我とここまで戦えた。汝らは愚者の民でありながら……恥知らずの簒奪者でありながらも間違いなく強者だ! その褒美に、苦痛なき死をっ!』

 

 アール=カーンがまたあのよくわからない呪文を紡ぐと頭上に黒い太陽が出現した。グレン先生の固有魔術のカラクリがバレ、その範囲外から一気に殲滅するつもりだ。

 

「させるかテメェ────ッ!」

 

「先生っ!?」

 

『いと、往生際悪し! 晩節を汚すな、愚者がっ!』

 

 飛び出したグレン先生にアール=カーンが紅い剣を投擲してそれを止めようとする。考えなしに飛び出したために最早避ける事は叶わない軌道、距離、時間だった。

 

 例えみんなが魔術を使えるとしても到底間に合わない。

 

 今にも到達せんかという刹那の中、システィやルミアの悲鳴と絶望寸前の悲痛な表情が目に入った。それを見て思い出すのは子供達の顔だった。

 

 天使の塵(エンジェル・ダスト)で理性を失い、人間としての生を理不尽に終わらせる事を強いられた人達を失い、泣き叫んだ時のあの子達の顔だ。

 

 今ここでグレン先生を失えば、二人もあの子達同様悲しみに暮れるかもしれない。

 

 また、同じ事を繰り返すつもりか……?

 

 ようやく自分を出して、今度こそ歩み始められたと思ったのに……こんな所で、また立ち止まる──否、退くのか。

 

 そんなのは嫌だ……みんなの泣き顔が見たくないだけじゃない。俺自身、失いたくない。

 

 グレン先生という個も、あの人を含めたみんなも、みんなといる日常も。

 

「ぅ……う……っ! あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 だから……現実的に間に合わないとわかっていながら、つい駆け出す。今更足を進めたところであの剣を止める事は出来ないとわかっている。

 

 それでも、手を伸ばしたかった。もしかしたら起こるかもしれない奇跡というものに縋りながら。

 

 以前にも掴む事が出来たのなら今回も……そんな藁にも縋るような思いで駆けながら。そして……。

 

 ──諦めるなっ!──

 

 ドクンッ! と、いう心臓とは違う鼓動が……あの時と同じように身体中に響いた。

 

 今回違う点と言えば、意識が急に遠のき、いつの間にか別の場所に降り立っていた。

 

『…………え? ここ……宇宙?』

 

 そう……四方に黒い空間が無限とも言えるくらい広がっており、所々に星の輝きが点在していた。足が着いてるように思えば浮遊しているようにも感じるという非常に曖昧な感覚だが、目の前に広がる光景は間違いなく宇宙だろう。

 

 あの一瞬で一体何が起こったのかと焦るが、ある方向から何かが光るのが見えた。

 

 よく目を凝らして見ると、蒼白い光と赤黒い光が互いに衝突してるように見える。同じような光を何回か発すると一際大きな爆発を起こし、そこから別方向へ流星のようなものが駆けて行った。そして、そのまま何処かへ向かっていき、見えなくなった。

 

『……何だったんだ?』

 

 いきなり別空間に来て、そこが宇宙で……しかも、よくわからないものを見せられていくら特撮好きだとしてもこんな意味不明な展開が続けば頭も痛いし、焦りもする。一体何がどうなってるのかと思えば、今度は背後から妙な気配を感じた。

 

 気配のする方を向いて俺は目を見開いた。俺の背後に二つの影が立っていた。

 

 それを認識すると共に惑星の影になっていた太陽が俺を含めた周囲を照らし、その存在が明らかになった。

 

 片方は銀色の体に赤いラインのはしった身体と、左手には炎を思わせる赤いブレスレッドが輝いていた。

 

 もう片方は濃淡がある蒼い群青の身体に、鎧のようなプロテクター……胸には星のような銀色の丸い突起が並んでおり、右手には青いブレスレッドがある。

 

『ウルトラマンメビウス……ウルトラマンヒカリ……っ!?』

 

 俺がその名を呼ぶと、両者が肯定するように頷いた。

 

『何で二人がこの宇宙に……? いや、それより本物っ!? 本物のウルトラマンッ!?』

 

 こんな訳の分からない状況の中でも、憧れの存在が目の前に来れば興奮せずにはいられなかった。だが、数瞬遅れて俺は自分がさっきまで何をしていたか思い出した。

 

『あ……あの、色々聞きたい事はありますけど、俺──』

 

 言葉の途中でヒカリが止めるように手を向ける。続けて右手のブレスレッドから蒼い光が浮かんで来て俺の周囲を回る。

 

 更にメビウスが左手のブレスレッドを翳し、赤い光を浮かべて同じように俺の周囲を漂う。

 

『あの、これって……?』

 

 俺が二人に尋ねるも、二人は何も話そうとしなかった。そのまま背を向けてこの空間を去ろうとする。

 

『ちょ、待っ──!』

 

 それを追おうとするも、自分の意思に反して二人との距離が開いていく。そのまま周囲が白く染まっていく。

 

 その直前、メビウスだけが俺の方を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『⬛️⬛️⬛️⬛️──むっ!?』

 

 黒い太陽が今にも放たれようとした瞬間、眩い閃光がはしり、黒い太陽を斬り裂いた。

 

 少し前にも同じような光景を見たため、その場にいた全員が反射的にある箇所に視線を向けた。そこには左腕を振り上げているリョウの姿があった。

 

 だが、その姿は先とは異なっていた。制服のマントの部分が変化して蒼い鎧のような形を取り、所々に銀色の丸い突起が並んでいた。

 

「リョウ……?」

 

 グレンが呆然とリョウを見つめるが、リョウはそれに反応せず、アール=カーンのみに視線を集中させていた。

 

『貴様……またしても天神の力を奪ったかっ! 何処まで堕ちるか、盗っ人が!』

 

 アール=カーンが驚異的な脚力で自分とリョウの距離を一瞬にして縮め、右手の剣を振り下ろす。

 

 それを認識したグレンも行動を起こそうとしても既に剣はあと数寸でリョウの肩に食い込もうとしていた。

 

『──ぬっ!?』

 

 だが、アール=カーンの剣はリョウの肩を斬る事はなかった。肩に触れる手前で蒼い鎧が光を放って剣を止めていた。

 

 リョウは拳を叩き込み、アール=カーンを退けると左手を胸の前に持っていき、左手に赤い光が集中し、炎を思わせるブレスレッドが装着された。

 

 更にブレスレッドの赤い宝玉の部分、クリスタルサークルから無限を象徴するメビウスの輪が廻りだし、制服が紅蓮に染まり、胸の部分には炎を思わせる金色のラインがはしった。

 

 リョウは左手のブレスレッドを腰まで下げ、居合のような姿勢で構える。同時にブレスレッドが熱を帯び始める。

 

 左手の周囲に陽炎が立ち、数秒後には紅い炎が包んだ。

 

「…………はあっ!」

 

 左腕に炎を纏いながら駆け出し、アール=カーンへ向けて肉薄していく。

 

 アール=カーンもそれに対抗して紅い剣を振り下ろし、リョウの拳とぶつかり合う。しばらくの競り合いが続き、ブレスレッドの赤いクリスタルが光り、()()()()()()から刀身が伸びる。

 

 アール=カーンは反射的に退がるが、今のリョウには間合いは関係なかった。

 

 リョウが突き出した刀身が一瞬にしてぐんと伸び、その切っ尖はアール=カーンの心臓を穿った。

 

『ぐ……っ!?』

 

「…………最後まで諦めず、不可能を可能にする……だったな」

 

 リョウは刀身を粒子へと変え、制服の色が戻った。同時に膝から崩れ、倒れ込んだ。

 

「おい、リョウッ!?」

 

 倒れ込んだリョウへ一番近かったグレンが駆け寄り、顔を覗き込むと呼吸がグレン達以上に酷く、顔色も青ざめていた。

 

「熱っ!? お前、身体が熱いぞ? マナ欠乏症……じゃねえ。こんな熱、普通じゃありえねえぞ。大丈夫なのか?」

 

「あ、はぃ……限界時間超えたから一時的にオーバーヒートしてるだけだと思います……。しばらく休めば戻る筈です……」

 

「そうか……」

 

『ぐ…………四つ目……まさか、本体ではないとはいえ、我が愚者に下されようとはな……。そも、まさか天神の力を使おうとは……』

 

「ん? 天神……?」

 

「ぁ……そうだ。あんた、さっき俺の力を……」

 

 アール=カーンが意味不明な単語を発してグレンとシスティーナ、ルミアは疑問符を浮かべ、リョウはある予想を浮かべながら問おうとするも、アール=カーンは聞こえていないのか、両手を広げ歓喜に震えていた。

 

『よくぞ我を殺しきった……っ! 見事であったぞ、愚者の子らよ! 尊き門の向こう側にて、我は汝等を待つ……さらばっ!』

 

 その言葉を最後に風がひとつ吹き、アール=カーン黒い霧となり、跡形もなく消えていった。

 

「え、えっと……終わったんでしょうか?」

 

「多分な……」

 

 窮地を抜けたのは間違いないものの、現実離れした展開が続いたためにどう言葉を紡げばいいかわからないのがみんなの心境だった。

 

 だが、怒涛の展開は魔人の消滅で幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が山に沈みかけ、夜になろうという光の名残が草原を黄金色に染める中、一台の馬車がカラカラと音を立てて走っていた。

 

「まあ、ともかく……みんな戻れてよかった……んだよな?」

 

「うん。一時はどうなるかと思ったけど、みんな無事でよかった」

 

 後ろでは野営場に残っていたみんなが全員無邪気な顔で寝ていた。遺跡では時間感覚が狂っていたが、こっちで丸一日経っていたらしい。

 

 いつ戻ってくるか、欠けてしまうのか、行方不明のままか……そんな色んな不安と緊張の中をずっと待ってくれたために、疲労と心労が溜まったようだ。

 

 今度は誰一人欠けることなく戻ってこれたんだよな……。

 

 向こうでアルフォネア教授がグレン先生に寄りかかりながらあの魔人の剣の影響が残って魔術に制限が付いて来るだとか、万全になるにはしばらく霊的休養が必要だとか聞こえてくる。

 

 あと、自分達が家族だという事を口にし合ったり。

 

 時折システィーナがチラチラと様子を窺って不満そうな表情をして、ルミアが指摘し、慌てる。あれだけあからさまなのに何で一向に認めようとしないのか。

 

「リョウ君……身体の熱は、どう?」

 

 からかわれて不貞腐れ、寝入ったシスティを尻目に遠慮がちに俺に近寄って来る。

 

「あぁ……ちょっと、微熱程度には残ってるが、もう大丈夫だ」

 

 ウルトラマンの活動限界と同様、三分間という制限を突破していきなりメビウスとヒカリの力を纏った反動だろう。

 

 無茶をすれば何十度もの高熱を発する事があるのはウルトラマン見てて何度かあったが、自分が似たような症状を体験するとはな。

 

 さっきまで自分の身体で湯でも沸かせるんじゃないかってくらい熱くて戻って来た時に駆け寄ってくれたカッシュを火傷寸前に陥らせてしまったのはちょっと笑ってしまった。

 

「(……そういえば、あの時の子も……コレの事を知ってたような口ぶりだったな)」

 

 あの天文神殿に戻ってくる手前での話だった。みんながルミアの力を借りて作り出した門を潜ろうとした時だった。

 

『ねえ……』

 

「ん?」

 

 俺に声をかけてきたのはあの時見たルミアにそっくりな子だった。

 

「あ、あの時の……って、何でこんなとこに?」

 

『……ありがと』

 

「え……?」

 

『グレンとセリカを守ってくれた。おかげで彼女が最悪の事態になることを免れた事には礼を言うわ。でも、私はあなたをまだ信じられない』

 

「…………そう」

 

 何でグレン先生やアルフォネア教授の事を知ってるのか色々聞きたいが、多分またよくわからない言葉を呟いたまま消えられそうだと思ったが、今回は違ったようだ。

 

『……何であんたに言おうとしてるのか、自分でも疑問だけど言っておくわ』

 

「ん……?」

 

『多分、あなたの中にあるソレ……天神のものね?』

 

「っ……それ、あの魔人も言ってたけど……こっちに彼らが来た事があるの? 一体この世界で何が……」

 

『ソレ……これ以上使うべきじゃないわ』

 

「……は?」

 

『確かに今はあなたに力を与えてくれるものかもしれない。でも、それを使い続ければ……あなたはきっと自らの選択を悔やむ事になる』

 

「…………」

 

『あなたが何なのかは未だにわかんないけど、二人を助けてくれたことには感謝してる……だから言うわ。これ以上は──』

 

「これをどこで使うかは俺が決める」

 

 ルミア似の子の言葉を遮って語調を強めて言う。

 

「君達が何で彼らを知ってるのか、何で俺が後悔するって言い出すのかは知らないけど……そんなよくわからない未来を示唆されたまま従うより、目の前の事に全力でいたいから」

 

『……そう』

 

 ルミア似の子はその背にある紫の蝶の羽を向けて去ろうとする。

 

「……そういえばさ」

 

『…………』

 

「君の名前……まだ聞いてないけど」

 

『……ナムルス……とでも言っておくわ』

 

 ルミア似の子、ナムルスはそのまま幻のように消えた。

 

 後で聞いたが、グレン先生達もナムルスに会って途中まで安全な場所へ案内されていたらしい。グレン先生からすればクソ生意気で訳の分からない事ばかり言ってイマイチ信用ならんとの事らしいが。

 

 それにしても……。

 

「……何であの二人は、ウルトラマンを知ってる風だったんだ?」

 

 システィではないが、この世界の大昔の事が知りたくなってきた。それと……。

 

 魔人に飛び込んでいった時……メビウスとヒカリの力を纏う直前、メビウスが俺の方を向いていた時、微かに聞こえた言葉。

 

「『すまない……』って、何の事だ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻……四方に星の光が瞬く場で、宙に浮かんでいる──目の前にリョウ達を乗せた馬車が走っている映像を見ている二つの影があった。

 

「…………」

 

「どうした? やはり、納得がいかないか?」

 

 そこにいたのはリョウに力を貸した存在……蒼い身体の巨人、ウルトラマンヒカリ。赤い身体のウルトラマンメビウスが宇宙空間でリョウ達の様子を見ていた。

 

「……やっぱり、いくら大隊長の命令でも、僕はどうしても賛成できない。これでは、彼や……彼を慕うみんなが余りにも辛すぎる……っ!」

 

「……大隊長とて苦渋の決断だったんだ。地球人を巻き込むような事など、快く賛成出来る者など、誰一人としていまい」

 

 メビウスの震えるような言葉にヒカリも苦悶を浮かべながら返す。

 

「……だが、我々ではあそこに直接手を出す事は叶わない。()()と、()()()()()()()()が引かれ合い、同じ場所に行き着いた。この機を逃してはいけない」

 

「…………」

 

「……アレの恐ろしさはお前も知ってる筈だ。だからこそ、大隊長もこの指令を下した」

 

「けど……」

 

「信じよう……彼等の強さを。我々も少しばかりだが、力も貸すんだ。彼なら……きっとアレからこの世界を守れる筈だ。彼にも仲間はいる……仲間が作り出す強さはお前が一番知ってるだろう」

 

「……そう、だね。うん……今は信じよう」

 

「うむ……次は彼に任せて、我々は戻ろう。ウルトラサインは送ってあるな?」

 

「うん。そろそろこっちに着くと思う」

 

「あとの事は……それこそ、神のみぞ知るだな」

 

 それから二人は互いに光のゲート、トゥインクルウェイを作りだし、自分達の星へと戻った。

 

 

 



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社交舞踏会
第30話


 タウムの天文神殿での遺跡探索から十日程経ったこの頃……。あれからは特に目立ったトラブルもなく、平和な時間が学院内で流れていた。

 

 アルフォネア教授がグレン先生に構ってもらえないからと授業に介入して大騒ぎ起こすわ、子供になって学院の人間に暗示かけまくって大騒ぎするわで大変な時間もあるけど。

 

 まあ、学院の地下迷宮で命無くしかけるほど無茶な時間がなくなっただけ、あの二人にとっては良い事なのかもしれない。

 

 さて、グレン先生がアルフォネア教授と騒ぐ時間が増えたのに加えて俺はと言うと……。

 

「えっと……次はどちらまで?」

 

「はい……今度開かれるダンスパーティ用の道具を揃えたいので倉庫の方に向かいますが」

 

「了解です」

 

 俺は目の前にいる女性……この学院の生徒会長のリゼ=フィルマーさんに着いて行く。

 

「それにしても、やっぱり男手があると助かりますね。私は基本事務作業が主ですから体力の要る仕事は自信がなくて」

 

「まあ、女性ですし……リゼさんの場合は要らん事まで引き受けてる気もしますしね」

 

「そんな事ありませんよ。どれも生徒達により良い学生生活を送らせるために必要な事ですから」

 

「だからって、普通ここまで生徒に仕事投げる学院には問題ありなんじゃないんですか?」

 

 この学院への入学を志望する子供達に体験授業させるイベントだって、一部を除いた教職員達は自分の研究にばかり没頭するし、このダンスパーティの準備だって殆どがリゼさんの指揮の下でやってるわけだ。

 

 あまりにこの学院の教師達は重きを置くべき所を間違ってる気がする。一度学院長に直談判すべきではないだろうか。

 

「それにしても、ごめんなさい。あなたの手まで借りるばかりで……」

 

「ああ、気にしないでください。これは罰ですし、あなたには個人的に恩もあるので」

 

 罰というのは俺が一時期学院──というより、街から離れてる間の無断欠席の件だ。

 

 事情を話す事なくいなくなったのでその罰として生徒会の仕事を手伝えという事が俺が戻ってくる前に決定されていた。

 

 もっとも、俺の右腕の事まで伝わってたわけじゃないので生徒会室に行った時のリゼさんの俺を見た時の驚きようは今でも覚えてる。

 

 最初こそ右腕を失った俺に仕事をさせるのは心苦しいと思っていたようだが、この人には編入したての頃にこの学院について色々教えてもらったり、ルミア達と同様に世話になったりもしていた。

 

 なので罰など関係なしにこの人の頼みは大抵聞き入れる事にしている。まあ、グレン先生含め教師達が投げただろう仕事には参るしかないのだが。

 

『こ〜ら〜! あなたも真面目に仕事しなさい〜!』

 

『へっ! 誰がんなお世辞言いまくるためのパーティの準備などせにゃならん!』

 

「……はぁ」

 

「あら、疲れましたか?」

 

「ああ、いえ……またあの二人が騒いでるみたいなので」

 

「あぁ……ふふ。相変わらず仲の良さそうな二人ですね」

 

「本人達は否定するでしょうけど……」

 

 特に銀髪の猫娘の方が。

 

「それにしても、よく離れた距離の声が聞こえますね。私には全く聞こえませんが」

 

「……まあ、最近耳が良くなってきつつあるので」

 

 耳どころの話ではないんだけどな。どうも最近、色んなものが聞こえたり見えるようになったりして目まぐるしい時間も増えてきてる。

 

 タウムの天文神殿でメビウスとヒカリの力を得てから常時身体能力を上げられたり、五感が鋭敏になってきてる。

 

 ウルトラマンの力を使う影響で俺の身体がそれに引っ張られるように強化されてきてるのだろうか。

 

 お陰で生徒会の仕事が増えてもこの強化された能力で殆ど疲れ知らずになってきてる。まあ、リゼさんの仕事が楽になれるのならそれに越した事はないだろうが。

 

「荷物はとりあえず整理完了…………あと、何かありますか?」

 

「いえ、今日はここまでで大丈夫です。予定よりずっと早く進んでますので……本当に助かります」

 

「どういたしまして。じゃあ、俺は自分のクラスの役割に戻っていいですか?」

 

「はい。いつもありがとうございます」

 

「いいえ。それではこれで」

 

 数十分の生徒会の手伝いを終えて俺は二組が担当する区域の飾り付けとセッティングの方へと向かっているところだった。

 

『ルミアさん! 今度のダンスパーティ、僕と一緒に『社交舞踏会』のダンス・コンペで踊っていただけませんか!?』

 

『ごめんなさい、せっかくだけどお断りします』

 

『うわああああああぁぁぁぁぁぁぁん! またかああああぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 情けなく、喧しい悲鳴じみた叫びと同時に猛スピードで俺の傍を一人の男子生徒が走りすぎていった。ていうか、またか……。

 

 ため息混じりに歩を進めて目的の場所に辿り着くと苦笑いしたルミアと眉を顰めたシスティがいた。

 

「あ、リョウ君……そっちは終わったの?」

 

 俺が戻ったのを確認すると同時にルミアが声を掛けてくる。

 

「ああ、うん。それにしても……今回のでもう何回目だろうな?」

 

「あ、もしかして……聞こえてた?」

 

 今のは盗み聞きとかを疑ってるのではなく、俺の強化された五感の事を知ってるからこその言葉だ。タウムの天文神殿以来強化された感覚の事はルミアを含めてグレン先生やシスティにも説明していた。

 

「あぁ……。とはいえ、あれは俺じゃなくても聞こえてるだろうな。準備始まってからしょっちゅう起こってるし」

 

「あはは……」

 

「まったく、どいつもコイツも『社交舞踏会』を何だと思ってるのかしら……」

 

「まあ、ダンスがあるってんじゃ男子はお目当の女性を誘うのに必死なのはわからんでもないんだがな……」

 

 だからって、ルミアにはちょっと集中しすぎな気もするんだけどね。もうとっくに二桁はいってると思う。

 

「ああ、違うわよリョウ。あんたは知らないだろうけど、今度開かれる『社交舞踏会』のダンス・コンペ……あれが競技式で行われるのは知ってるわね?」

 

「まあ、一応は……」

 

 細かいルールは参加するつもりはないので知らないが、そのダンスパーティでトーナメントみたいなのをやるって事は一応聞いてる。

 

「それに優勝すると、特典として優勝者のカップル……女性の方は『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』っていうドレスを着飾って踊れるんだけど……それに纏わる噂がね」

 

 あぁ……今ので言わんとしてる事はわかった。

 

「そのドレス着た女性と踊れると将来結婚出来るみたいなジンクスか?」

 

「正解よ……。と言っても、わかってるだろうけどそんなのは根も葉もないデタラメよ。こういうイベントで踊る人達が元からそういう仲の人が多くて、お互い気心の知れた人同士で努力した結果、仲の良い人同士が優勝して思い出になる。そんな人達なら将来的に結婚してもおかしくないっていうのが、このジンクスの正体でしょうね」

 

「結局は男子の妄想がそのジンクスを助長させたって事か……」

 

 魔術のある世界ならそういう加護が働く服があってもいいかもしれないが、流石に学生の通う学び舎でそんなものを用意するとは思えないな。

 

「まったく、そのジンクスの所為で下心見え見えな男子生徒があっちこっち見え隠れしてて鬱陶しいったらないわ!」

 

 その叫びと同時に周囲から何人かの気配が若干遠ざかっていった。恐らくまだタイミングを伺ってた男子生徒だろうな。

 

「あはは……でも、ジンクスがデタラメでもちょっと憧れるなぁとは思うな」

 

「まあ、女子ならなんとなく思うとこはあるだろうな」

 

「ていうか、ルミアが誰かとカップル組めば必然的に収まるんじゃないかしら?」

 

「え?」

 

 ふと、システィが素朴な疑問をルミアに投げかける。

 

「えっと……組むって、誰と?」

 

「そりゃあ、例えば……リョウとか?」

 

「あ?」

 

 システィがルミアに見えないようにニヤついた表情を俺に向けてくる。

 

「いや、何言ってんだ? 俺、この手のダンスなんて縁がないぞ」

 

「そんなのはルミアに教わればいいだけでしょ? 元王族なんだし、ダンスならそこらの貴族の子供よりずっと詳しい筈でしょ?」

 

 言われてみればそうだ。ルミアは事情あってシスティの家にいるってだけで元々は王宮で暮らしていたんだ。

 

 だとすれば、教育の一環としてダンスを教わってたってなんらおかしくはない。

 

「けどな……俺、腕がこんなだぞ。まともにリードなんて出来ないから優勝どころか、一回戦突破だって無理だろ」

 

「まあ、優勝は確かに難しいでしょうけど、こうして誰かとカップル組んででもしないとずっと下心見え見えな男子達が群がって来るしね。だったら誰かと早々に組んだ方が手っ取り早いでしょ」

 

 いや、それしたらルミア狙いの男子連中が闇討ちに出かねないぞ。

 

「あ、システィ……私は別にそこまで無理させるつもりは……」

 

「何言ってるのよ。あなただって『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』を着てみたいって昔そう言ってたじゃない」

 

「そうなのか……?」

 

「う、うん……そうだけど、やっぱり私はコンペは関係なしに踊ったりお喋りするだけでいいかなって」

 

「どっちにしてもダンスに参加するのは一緒でしょ。だったらやっぱり誰かと組んどいた方がいいでしょ。ダンスに参加しないで居座り続けたら運営側から追い出されるから」

 

「え? そうなのか……」

 

「そうよ。そもそもダンスをしたり交流を深めるための催しなのに誰とも踊らない、会話もしないで居座ったら何のためにここにいるのかって話になるし」

 

「マジか……」

 

 そんな決まりがあったとは知らなかった。俺はただみんなと適当に喋るだけで終わらせようと思ってたが、それは出来ないという事か。

 

「ていうか、もしかしてあんた知らなかった?」

 

「……いやだって、俺向こうでも平凡な庶民だぞ。そんな貴族間の決まりみたいなものなんて聞く機会なんてあると思うか?」

 

「ああ、そういえばそう言ってたわね。なら、あんたも誰かとカップル組んで『社交舞踏会』に入る資格を得た方がいいと思うわよ。ルミアと組んだりして」

 

 どうあってもコイツは俺とルミアを組ませようとしてるようだ。俺的には嬉しい気遣いだが、大勢の人間の前でダンスというのはどうも抵抗がある。だが、カップルを組まなければ運営側から追い出されると言うし。

 

「……ルミアは、どうなんだ? ダンス未経験な上に腕こんなだけど……」

 

 なので、まずルミアに聞いてみる事にした。

 

「え、えっと……リョウ君はこの催し初めてみたいだし、どうせなら参加したい?」

 

「まあ、地球じゃこんなパーティなんて機会がないからな……一度くらいはとは思ってる」

 

「ん〜……じゃあ、私達で組んで参加しちゃう?」

 

「……え?」

 

 まさかのOKサインって事?

 

「いや、その、いいの……?」

 

「うん。だって、リョウ君は参加したいんだよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「じゃあ、リョウ君の人生初のダンスパーティのために協力しようかなって」

 

「よかったじゃない。ルミアが男子と組んでこの催しに参加するなんて今までじゃあり得なかったわよ」

 

 システィが俺の強化された感覚を見越して少し距離を置いた上で小声で俺に言い放つ。

 

「じゃあ、準備を進めてから中庭で──」

 

「よう、働く若人供〜」

 

 ダンスの練習の予定をルミアと立てようとすると、ダラシない声が割って入ってきた。いつも通りダラんとした様子のグレン先生が歩み寄って来る。

 

「先生ですか……ついさっきシスティに追っかけられて逃げたばかりだったんじゃないんですか?」

 

「うぐ、聞こえてたのかよ……相変わらずの地獄耳だな」

 

「俺じゃなくても聞こえる人には聞こえると思いますけど。で、どうしたんですかこんな所で」

 

「ああ、用があるのはルミアの方だ」

 

「え、私ですか?」

 

「おう」

 

 そう言ってグレン先生がルミアへと歩み寄ると……突然ルミアをそっと壁に押しやって両側から腕を壁に伸ばしてドンと立ちふさがる。謂わゆる壁ドンの態勢だった。

 

「今度やるダンス・コンペ……お前、俺と参加しろ」

 

 ルミアの逃げ道を塞いだ上で直球で告げる。

 

「お前が数多の男子生徒達に誘われてるのは知ってる。だが、他の奴らには渡せねえ。お前をエスコートするのは俺だ。安心しろ、『天使の羽衣』は絶対に俺が優勝して着せてやる。悪いようにはしねえ」

 

「それが辞世の句だとしたら面白いですね」

 

「ん? って、危なっ!?」

 

 俺が背後から回し蹴りするも、グレン先生は間一髪でしゃがんで回避した。

 

「おい、あっぶねえな!? ただでさえお前、ここんとこ身体能力上がってるからうっかり受けたら俺、病院暮らしになるぞ!」

 

「人がようやく合意得られそうだったところに無理やり横入りして頷かせようとした奴にはお似合いだと思いますが?」

 

「あん? お前もルミアを誘ってたのか? へ〜……ヘタレにしては随分頑張ったみてえだな〜?」

 

 ニヤつきながら失礼な事を抜かす。誰がヘタレだよ。

 

「まあ、いい。そういう事なら悪いが、ルミアには俺と踊ってもらう。スマンが、諦めて他の女子と踊ってろ」

 

「人の予定ぶっ壊しておいて随分な言い草ですね。大体、あんた貴族のダンスとか踊れるんですか?」

 

「その言葉そっくり返してやろうか? ダンスのダの字も知らないようなド素人君?」

 

「そもそもデリカシーのカケラもないあんたがロクにエスコート出来るっていうんですか?」

 

「……あん?」

 

「……えぇ?」

 

「あ、あはは……」

 

「なに、この光景……」

 

 気づけば俺とグレン先生で互いに火花を散らしながら睨み合っていた。

 

「ならルミアにここで決めて貰おうぜ。で、どうだルミア? 俺と踊らねえか? 踊らなきゃ単位落とす」

 

「普通に脅迫してんじゃねえよ。単位を楯にするとか、最悪の教師だな」

 

「テメェこそ、只でさえ右腕ねえのにリードなんて出来んのか?」

 

「少なくとも仕事ほっぽり出して俺に押し付ける奴よりは出来ると思ってるよ。あんまり強引な手に出るならすぐにリゼさんここに呼びましょうか?」

 

「ぐっ……テメェこそ脅迫してんじゃねえよ」

 

「そもそも、ダンスとかそういうの全く興味なさそうなあんたが何でダンス・コンペなんかに参加しようとしてんですか?食事目的にしても他に誘える相手ならいるでしょうに」

 

「ふん……そんなもん決まってんだろ?」

 

 俺の問いにグレン先生は得意げに言う。

 

「お前は知らねえだろうが、このコンペに優勝すれば金一封だ! ただでさえ給料減額されまくって俺の懐は常にピンチなんだよっ! だから今回のこのチャンスを逃すわけにはいかねえ!」

 

「理由が全くもって最低じゃないですか……それ聞いて俺がこの場を退くと思ってんですか?」

 

「そんな事言っても〜、お前だってダンスの事なんて知らないのは事実だし〜。魔術の授業とは訳が違うんだから、公衆の面前で恥をかくくらいならここは大人しく先生に譲るべきなんじゃないかな〜、素人君?」

 

「恥をかくのはそっちでしょうが。そんな下らん理由で組まされるルミアの身にもなれってんだ、万年金欠講師」

 

「ハハハハハ……ッ!」

 

「ふっふっふ……っ!」

 

「え、えっと……二人共?」

 

 俺とグレン先生が笑い合う中、ルミアは俺達の傍でオロオロしていた。

 

「「……決闘だっ! 表出やがれ、クソ講師(ガキ)ッ!」」

 

 お互いに左手に嵌めていた手袋を相手の胸に叩きつけながら叫び合う。

 

「決闘内容は今回のダンス・コンペで踊るシルフ・ワルツだ。いいな?」

 

「ダンス? 魔術戦じゃないんですか?」

 

「別に決闘内容は互いの合意さえあれば魔術戦じゃなくてもいいんだよ。それとも何か?やっぱりダンスには自信ないかな〜? ま、そりゃあそうだよな〜。お前こういうお金持ちのパーティとか無縁の貧乏人だったみたいだしな〜。まあ、別に受けなくてもいいんだぜ〜?     女の子の前で恥をかきたくないだろうし、俺もそこまで大人気ない事はしねえよ。お前がどうしても『グレン先生、ぼきゅはダンスなんて微塵も知らない不出来な生徒なので別の決闘法でお願いします〜』とでも言うなら変えてやらんでもないんだけどな〜」

 

「上等じゃねえか……やってやるよ、そのシルフ・ワルツッ!」

 

「リョウ君っ!?」

 

 あまりにもグレン先生の挑発にムカついて条件反射でグレン先生の挙げた決闘法を半ばヤケクソで承諾した。

 

「じゃ、決まりだな。と言っても、流石に何も知らないままですぐやらせる程俺も鬼じゃねえよ。まずは俺が適当な奴と組んで手本見せてやっからお前はルミアと組んでやればいい。どうせ俺が勝つから今だけでも組ませてやるよ。ああ、俺優し〜」

 

 どこがだ──とツッコみたいが、今更突っかかってもどうにもならないし、こうなったら意地でもコイツに勝ってやる。

 

 それから中庭に移動すると、既にカップルを組んだ生徒が何組か踊りの練習をしている姿があった。

 

 それを遠巻きに羨ましそうに見る男子もチラホラ。

 

「ねえ、リョウ君……勝負するってなっちゃったけど、シルフ・ワルツなんて知らないよね?」

 

「……情けない事に、その場の勢いだったんだよ」

 

 後ろからルミアが小声で痛いところを聞いてくる。余りにグレン先生がムカついちゃったから決闘に応じちゃったが、俺はそのシルフ・ワルツはおろか、地球でやるダンスの事だって何も知らない。

 

 ハッキリ言って無謀だとは自分でもわかってるのだが。

 

「さって……場所を確保したところで、肝心のシルフ・ワルツなんだが。どうせ何も知らねえだろ、お前。だから踊る前にサクッと説明してやるよ」

 

 こういう流れにした張本人が何を言うかと物申ししたいが、実際何も知らないので説明は欲しいところである。

 

「シルフ・ワルツっていうのは、まあざっくり言えばとある遊牧民族の、戦巫女が踊る神聖な舞を貴族用に簡略化したようなもんだ。ノーブル・ワルツやファスト・ステップよりは難度高いとはいうが……まあ、とりあえず俺がやって見せるからとにかく覚えろ。以上だ」

 

「説明がざっくり過ぎます! もう少し言いようってものがあるでしょう! 大体シルフ・ワルツと言うのは南原の戦舞踊を優雅に改変したものですけど、本来はとても神聖な舞として古来より伝わって──」

 

 グレン先生のざっくり過ぎる説明もだが、システィの熱弁してるシルフ・ワルツのルーツらしい背景の説明も俺には全く理解が出来ない。

 

 なんとか俺の頭で拾えるのは元は精霊と交信するための舞で魔の加護を纏ったり清めたりするためのものらしいという事くらいだ。

 

「──そんなこんなでこうして現代に伝わってるもので──って、聞いてるんですかっ!?」

 

「あ、あぁ〜ぁ……ん? なんだ、何処まで言った?」

 

「あ、あなたは……っ!」

 

 自分の説明を欠伸しながら聞き流すグレン先生にシスティがワナワナと震えていた。

 

「まあ、どんだけ凄え歴史があるとかはともかく、学生レベルのお遊びコンペで負ける事はねえよ」

 

「……へぇ〜? そ・れ・な・ら……是非ともお手並み拝見させてもらおうかしら?」

 

 こめかみに青筋を立てたシスティが自分がグレン先生と組んで踊ると名乗り出る。

 

「さあ、試しにエスコートさせてもらおうかしら?」

 

「はぁ……適当な奴とは言ったがなぁ。まあ、お前がそれでいいなら構わんが……」

 

「そうやって余裕ぶってる場合ですか? ド素人の先生に私が手ずから教えてあげるんですから、感謝しな──って、何ですかその顔」

 

 システィが得意顔でいるとグレン先生がクックと含むような笑いを浮かべていた。

 

「いや、今回ばかりは小生意気なお前の鼻を明かせてやれそうだな」

 

 妙な言い回しをしてからルミアが設置したレコードみたいなものを作動させてクラシックっぽい音楽が流れ始める。

 

「じゃ、行くぜ」

 

「え──って、きゃっ!?」

 

 音楽が流れて数秒後、グレン先生がシスティを引っ張って廻り始める。

 

 ゆったりしたかと思えば急激に速度を上げ、動きの激しい振り付けを、何歩かステップを踏んで風を起こさんばかりのスピンを加えながら怒涛の踊りを繰り返す。

 

「スゲェ……」

 

「う、うん。でも、これシルフ・ワルツと言うより……」

 

 ルミアの言葉も気になったが、それ以上に目の前のダンスに本能的に魅入られてるのか、あの二人の踊りから目が離せなかった。

 

 近くで練習していたカップル達やクラスメート達もグレン先生達のダンスに惹きつけられていた。

 

 そのまま現実時間では数分の筈なのに、一瞬のような永遠のような、曖昧な感覚のままだんっ、と力強く地面を踏みつけると同時にグレン先生がシスティの状態を支える状態でフィニッシュを決めた。

 

「どうだ……俺も中々のもんだろ?」

 

「はぁ……はぁ……はっ! うぅ〜っ!」

 

 グレン先生の激しい踊りに引っ張られた所為なのか、上気して顔が赤く、息も荒くなって放心したようになってると思えば、すぐハッとなってグレン先生から距離を取った。

 

「いや〜、昔ダンスにうるさい同僚がいてな。そいつに散々仕込まれてこんなもんよ。意外だったろ」

 

 いや、本当に。あのグレン先生がここまでのダンスの腕を誇ってたなんて全く想像出来なかった。

 

「あの、先生……その同僚って、南方のご出身ですか?」

 

「おう、よくわかったな」

 

「はい。先生の踊りの振り付けが貴族用のじゃなくてその原型の……南原の遊牧民族の伝統舞踊のそれに近い気がしたので」

 

「まあな。てなわけだから、その本格仕様の教え受けてた俺からすれば、シルフ・ワルツなんざ欠伸が出るぜ」

 

 素人の俺じゃどっちもわからんが、グレン先生の言う通りなら貴族用に直されたシルフ・ワルツも出来なければ勝つなんて出来そうにない。

 

「じゃあ、次はリョウなんだが……どうせ一回だけじゃ覚えきれねえだろ。もう一度、第一演舞だけゆっくり見せてやっから今度こそ覚えろよ」

 

 あれだけの技術を持ってる者としての余裕なのか、再びシスティと組んで第一演舞だけさっきよりはゆっくりめに曲を流しながら踊った。

 

 相も変わらず見事な振り付けで周囲のみんなも魅了していた。

 

 今度は集中して見るとグレン先生の踊りは周りで踊ってた生徒達のとは違ってこう……生命力に溢れてると言うべきようなものだった。こうして見ると確かに目に見えない何かを降ろしたり身を捧げるような踊りだと言われると納得できる。

 

 そのままじっと見続けると自分の身体の内側から何かが沸々と湧いてくる気がする。

 

「──ふぅ……さて、今見せたみたいにやってみろ」

 

 ダンスを終えて肩で息をしているシスティを尻目にニヤケながら挑発するように言ってくる。

 

「リョウ君……大丈夫?」

 

「…………多分」

 

 俺はルミアの手を取り、そっと引き寄せてこれからの動き方を軽く伝えると、近くに設置していたレコーダーみたいなものが音楽を流し始めた。

 

 曲が耳に入ると同時に自分の中に出てきたイメージに合わせて身体を動かしていく。

 

「「……なっ!?」」

 

 グレン先生がやっていたみたいに猛スピードのスピンをかけ、所々で右手が使えない分をルミアがカバーするように動いて俺にピッタリ着いてくる。

 

 だが、途中でリズムが合わなかったのか、足を引っ掛けてしまった。

 

「あ、ごめん……」

 

「ううん……こっちももう少し寄りかかればよかったかも」

 

「お、お前……ダンス自体初めてじゃなかったっけか?」

 

 ダンスが中断すると、グレン先生が愕然としながら問うてくる。

 

「いや、そうですけど……自分でもわからないけど、なんか先生のダンス見てたら妙にイメージがハッキリ自分の中で浮かんで、その通りに動いてみたら……って感じで」

 

「つまり、見様見真似って事か……? 何日も振り回された俺の苦労って……」

 

 なんかグレン先生が遠い目をしながら落ち込んでた。

 

「それで、結果なんですけど……これ、グレン先生の勝ちって事に……?」

 

「あ、そうだな……いきなりあのレベルだったのには驚いたが、勝負は俺の勝ちだよなぁ。てことで、悪いがルミアとタッグ組むのは俺だな」

 

 ムカつく程ニヤついた顔でグレン先生が勝利宣言し、ルミアへと近づく。

 

「つうわけでルミア……今度のダンス・コンペ、俺と踊れ」

 

「…………あの、すみません先生。私、やっぱり今回はリョウ君と踊る事にしたいんです」

 

「え……?」

 

「え……いや、俺勝負に負けたけど……」

 

「でも、元々はリョウ君と約束したのが先だし……せっかくだから、今年はリョウ君と踊ろうかなって」

 

『『『な、なああぁぁぁぁにいいいいぃぃぃぃぃぃっ!?』』』

 

 ルミアの言葉にグレン先生含め、外野の男子達が悲鳴じみた叫びを上げた。

 

「……それでいいわけ?」

 

「うん。私はリョウ君と一緒に踊りたいな」

 

 ダメだ……嬉しすぎてみんなの前で泣き──そうにはないな。ルミアのパートナー宣言で周囲の男子達が一気に殺気立ってきた。

 

 これは今日から色んな意味で大変な事が続くんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つっかれた……」

 

 学院の門限が過ぎ、俺は帰路を歩いていた。

 

 今日だけで相当に大変だった。生徒会の手伝いはともかく、ルミアとのダンスを合わせる練習や、ルミアとカップル組んで嫉妬に狂った男子達が今日だけで二桁入る程俺に決闘を申し込んできた。

 

 理由は言うまでもなくルミアとのパートナー交換だ。まあ、身体強化や五感強化を使うまでもなく魔術だけで勝てたが。

 

 多分、明日からもこんな感じの事が続くんだろうなと気が滅入った。

 

「しかし……中でも先生が特にしつこかったな」

 

 今日一番の疲労の原因はグレン先生かもしれない。ルミアとダンスの練習が終わった後や決闘の最中でも周りの男子達押し退けて俺にルミアとのパートナー交換を申し出てきた。時折綺麗な土下座も混じりながら。

 

 本気で懐が大ピンチだの一番頼みやすいだのアレコレ理由を述べてどうにかルミアと踊ろうとしていたのだが……。

 

「どうもしっくり来ねえ……」

 

 グレン先生のイメージを考えれば十分にありそうな展開ではあるが、どうも様子がおかしい。

 

 終わって冷静になって思い返せばグレン先生の行動は何処かおかしく感じる。ダンスパートナーならルミアじゃなくてもいいはずだ。そりゃあ、ルミアは元王族なわけだからダンスの腕も相当で本格仕様のシルフ──じゃない、大いなる風霊の舞(パイレ・デル・ヴィエント)を身につけたグレン先生の組み合わせなら間違いなく優勝するだろうからそうしたいのも頷ける。

 

 だが、今回の行動は何処と無く必死さを感じた。というか、デジャヴを感じた。

 

「システィと婚約を賭けた決闘に似てるよな……」

 

 そう……今回のグレン先生の行動と言動はレオス先生と俺らを巻き込んだ決闘をしていた時と状況が似ている。自分の本心を隠しながら自分を悪役に見せるように演じてた時と同じだ。

 

「まさか、天の智慧研究会が……?」

 

 理由を考えればそれしかない。あの集団がルミアを殺すために動き出して、それを掴んだグレン先生がルミアとパートナーになる事で阻止しようとしているのだとしたら……。

 

「交換……すべきだったのかな?」

 

 ここまで考えたら自分のやった事はグレン先生の邪魔になってたのかもしれない。だが、今ルミアとパートナー解除すれば本人に気づかれる可能性もある。

 

 そうなればルミアの事だから絶対に自分の所為だとか言い出しかねない。

 

「とりあえず、何処かで先生を問い詰め──ん?」

 

 家に辿り着いて入ろうと戸を開けようとして、ある事に気づいた。玄関に仕掛けたものがなくなっていたからだ。

 

「…………っ!?」

 

 アレが無くなってるという事は俺のいない間に誰かが入ったという事だ。近所の人達が俺に黙って入るのはないだろうし、あったとしても何かしら言ったりそれを知らせる物が置いてある筈だ。

 

 それすら無いという事は完全に不法侵入者だ。そこまで考えて一気に警戒心を高め、そっと扉のノブを回して一気に入った。

 

「……遅い。状況判断に時間を置きすぎだ」

 

 入って目に映ったのはアルベルトさんの姿だった。…………何故か作業員みたいな姿をして。

 

「……えっと、アルベルトさん? どうして……?」

 

「お前に話があるからだ。しかし、時間をかけすぎたとはいえよく俺がいるのがわかったな」

 

「ああ……扉にシャープペン……って言っても知りませんか。筆記用具の一種で、羽ペンで文字書くのにインク付けるでしょ。そのインクの役目をする細い炭の棒なんですけど、それを扉の目立たない所に差し込んで折れればわかりますし、気づいて戻しても長さを見れば誰かが入ってるってわかりますし」

 

「……なるほど。今後のために覚えておこう」

 

「それってまた侵入して来るって事ですか……ていうか、そうじゃなくてアルベルトさん……その格好は?」

 

「…………話がある。すぐに入れ」

 

 いや、ここ俺の家……。ていうか、自分の格好の事誤魔化した?

 

「あの、話って……?」

 

「……まあ、話があるのは俺ではないがな」

 

「アルベルトさんじゃない? じゃあ、誰が──」

 

「ああ、私よ」

 

 居間に入った所で俺達の間に女性の声が割って入った。

 

 声のした方向を見るとまず目に付いたのは炎を思わせる真紅の長髪。アルベルトさんと同じデザインのローブを着込んだ、年は俺達とそう離れてない女性だった。

 

「初めまして、あなたがリョウ=アマチでいいわね」

 

「……はい」

 

 真紅の女性に声をかけられ、咄嗟に頷くように答える。

 

「私はイヴ=イグナイト。まあ、簡潔に言えばグレンやアルベルトと同じ特務分室の、室長と言えばわかるかしら?」

 

「グレン先生の……?」

 

 ということは、やはりアルベルトさんと同じ特務分室の。しかも、隊長みたいな立ち位置の人か。

 

「それで……そんな人が何の話を?」

 

 正直、そんな大物がこっちに来たという点を考えて俺の中で嫌な予感が渦巻いてきた。

 

「そう警戒しないでくれるかしら? これは貴方にとっても重要な話になるんだから」

 

「俺にとっても?」

 

「ええ。とりあえず、腰掛けて話し合いましょう……異世界から来た坊や♪」

 

 これが、この世界に本格的に関わる事になった瞬間だと後に思うようになった出来事だ。



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第31話

 『社交舞踏会』の準備がいよいよ大詰めにまで来たところ……。教師のほとんどは運営に回り、生徒達の準備も終えて大体がダンスの練習に勤しんでいる頃……。

 

「お前みたいな薄気味悪い奴が、ルミアさんと踊ろうなど──」

 

「『水蛇』」

 

「ごぼっ!?」

 

「この……っ! 貴様が彼女に誘われるなんて、おかし──」

 

「『電衝』」

 

「あばばっ!?」

 

「くそっ! みんな、何としてもアイツを抑え──」

 

「『舞うは蒼き水龍』」

 

「「「ぎゃああぁぁぁぁっ!?」」」

 

 だが、そんな中で俺はと言うと……目の前にいる男子十数人を相手に魔術戦をしていた。

 

 理由はルミアとダンスパートナーを組んだのが俺だという事への嫉妬と怒りだ。自分を差し置いて俺がルミアとカップルを組んだのがどうしても認められないようで決闘を申し込んでくる奴が次々と沸いて出てくる。

 

 最初は一人ずつ十秒以内でカタを付けたのだが、あまりにも人数が多いので一回の決闘で十人ちょっとを相手するようにした。それも今回で七回目になるのだが……。

 

「あの〜……俺そろそろルミアとのダンスの練習に入りたいんですが……」

 

「ふざけるなっ! 女性を脅しておめおめとダンスに出るなど恥ずかしいとは思わんかっ!?」

 

「いや、向こうの同意の上なんですけど……」

 

「そんなわけがあるかっ! どうせ貴様が裏で脅してるんだろっ!」

 

「はぁ……」

 

 ただの嫉妬のみならず、時々こんな風に俺が脅したと決めつけて出てくる男子もいる。制服の一部の色が違うから多分上の学年の人だろう。

 

 しかも割と金持ち風な雰囲気があるので良いとこ育ちの坊ちゃんだろう。なんとも想像力逞しい人で……。

 

 そろそろダンスの練習もしたいと言うのに、この人達が行かせてくれないので中々に困った状況だ。流石にこれ以上練習時間を削られるのはたまったものじゃないのでどうにかして退いてもらいたいところなのだが……。

 

「お、リョウ……今日もやってたか。ちょっと付き合ってくれ」

 

「え──って、うおっ!?」

 

 男子連中に退いてもらおうと考えてる所にグレン先生が声をかけて来るや、俺の首根っこを掴んで引っ張っていく。

 

「あ、グレン先生っ!? 僕達は今その男からルミアさんを解放させるために──」

 

「悪いな! こっちも急ぎの用なんでな!」

 

 そう言い残してグレン先生は俺を屋上まで引っ張っていった。

 

「──はあっ! ああ、苦しかった……で? こんな所まで引っ張って何ですか?」

 

「……頼む。今からでも、ルミアとのダンスパートナー……交代してくれ」

 

 普段のふざけた態度を引っ込めて真剣な顔付きで頭を下げてきた。

 

「お前の気持ちはわかってる! ダンスが終わった後ならなんでも言う事聞いてもいい! だから、今だけは何も聞かずに俺と交代してくれ!」

 

「事情を何も話さずに納得出来ると思いますか?」

 

「悪いが、話せねえんだ……俺を恨んでもいい。けど、今は頼む」

 

「……そんなに自分の手でルミアを暗殺者から守りたいんですか?」

 

「……っ!? お前、何で……」

 

 グレン先生が驚愕を浮かべて俺を見る。まあ、本来自分にしか知られてないと思ってるんだからそりゃそうだろう。

 

「……聞きましたからね。あなたの嘗ての上司さんに」

 

「上司……イヴか!? 何でアイツが……まさか、お前を特務分室にっ!?」

 

「まあ、そんな話も出てましたが……とりあえず、それは見送らせてもらいました」

 

「見送った……アイツが?いや、それより何でお前の所に……?」

 

 グレン先生の疑問は当然だろう。だから話す事にした。俺が今回、特務分室と組む事になった経緯を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、異世界から来た坊や♪」

 

「…………」

 

 家の居間で、イヴさんは妖艶な笑みを浮かべながら言った。

 

「……それで、俺に何の話を?」

 

「あら、驚かないのね」

 

「もう何が来てもおかしくないって思いつつありますからね。あなたがどっから俺の事を掴んだとしても」

 

「ふ〜ん……意外と度胸はあるのかしら。ま、狼狽されるよりは話を進めやすいわね。ちなみに言っとくけど、アルベルト達から聞いたわけじゃないわ。彼らの隠蔽工作は完璧だったのだから」

 

 わかってはいたが、アルベルトさん達から漏れたわけじゃないようだ。俺の秘密はグレン先生を介してアルベルトさん、バーナードさん、クリストフさんの三人に内密で教えるように伝えていた。

 

 三人は俺の秘密は守ると約束してくれたが、この人の耳は相当なものなんだろう。

 

「けど、仲間だからってグレンや生徒にまで情報を明かしたのは失敗だったわね。あのお人好しを介してじゃなきゃ私もあなたの事をただの不審な少年としてしか見られなかったわ」

 

 よりにもよって漏れたのは俺の身近な人間からか……。だが、今更俺の秘密を明かした事を悔いても仕方がない。

 

 ジャティスだって何処からか知らないが、俺の事を知っていたんだ。もう裏に通じてる人に俺の事を知られても何もおかしくはない。

 

「……それで、俺の秘密を知ってどうするんですか? 俺にあなたの部下になれと?」

 

「ええ、そうよ」

 

 俺の疑問にイヴさんは即座に答えた。

 

「少し前までならそうはしなかったでしょうけど、タウムの天文神殿の騒動を聞いてからあなたに興味が湧いたわ。あなたの異能の事もだけど、別世界の知識を使って短期間で学院生にしては相当な戦闘力……経験の無さを除けばそれなりに使えそうだものね」

 

「よく自分の下に引き入れようとする人に対して道具みたいな言い方をしますね。そもそも、異能者はこの世界では異端の存在じゃないんですか? いや、存在そのものが異端の俺が言えた事じゃないでしょうけど……」

 

「異能者かどうかは私にとっては関係ないわ。それに、私の下にいればあなたの安全もある程度は保証できるわ」

 

「……なんか気の所為か、俺が狙われてるみたいな言い方ですね」

 

「当然じゃない。今までグレンやアルベルトの存在があったから隠れてたけど、あなたが表立って戦っていたあの村での出来事が一部とはいえ広がってるのよ。異世界の人間云々までとは行かずとも異能染みた力を持ってる事を知られるのは時間の問題よ。でも、私の下に来れば向こうも簡単には手出しが出来なくなる。悪くないと思うけど?」

 

「……俺があなたの下に行けば多分、色んな人を殺して回るんでしょうね」

 

「ええ。けど、そんなのを気にする必要はないでしょ……私達が相手取る奴はいずれも人の命を弄ぶような外道魔術師がほとんど。この世に生きちゃいけない存在なの。私達がやらなければ多くの命が犠牲になるわ……あなたが大事にしてる子供達の親族のようにね」

 

「……っ!」

 

 天使の塵による犠牲者達の関係の情報も既に入手済みか。

 

「私の下に来ればあなたを守る事にも繋がるし、子供達を救う情報も手段も与えられる。あなたにとってはとても大事なことじゃなくて?」

 

 確かにあの子達を守る事はとても重要だとは思ってる。だが……。

 

「……断ると言えば、どうなります?」

 

「あら……断るの?」

 

「確かにあなたの言う通り、俺には異能みたいな力はある。グレン先生達が身を置いている所での戦いになれば主にその力に頼りつつある。あなた達みたいな魔術戦の腕がてんで足りないから欲しいという気持ちもあります。けど……この力にしても魔術にしても自ら望んで殺しに使いたくはないんです」

 

「そんな甘い考えで守れると思うの?」

 

「無理かもしれません……けど、だからってただ力を求めたらそれこそ守りたい者を自ら傷付ける結果になるかもしれないから」

 

 このフェジテを出て、俺はそれを痛感した。もちろん力は欲しいし子供達も守りたい。だが、そのためにその道に進むのは抵抗がある。甘い考えだと言われても仕方ないだろうが、俺は自分の力を殺しのためだけには使いたくない。

 

「……けど、今のままじゃいざという時に守れるのかしら? 今も尚迫る脅威に気づく事の出来ないあなたが」

 

「……どういう意味ですか?」

 

 俺の疑問を待っていたかのように妖艶な笑みを浮かべる口が少し吊り上がったような気さえした。

 

「あなたが今通ってる学院では近々『社交舞踏会』があるわよね?」

 

「ありますが……まさか、そこで?」

 

「そういう事よ。しかもそれなりに厄介な暗殺者が手下を連れてエルミアナ王女を殺しにくるわ」

 

「しばらく来ないかと思ったらこんなお祭りみたいなイベントで空気も読まずに突っ込んでくるか……」

 

「言っておくけど、あなた達が気付かなかっただけでそれなりに暗殺者は近づいてたのよ。その雑魚達はアルベルトが片付けてくれたけど」

 

 それは知らなかった。反射的にアルベルトさんを見たが、壁に背を預けて我関せずの態度を取っていた。

 

「大体あなた達がタウムの天文神殿に行く直前まで下っ端がそれぞれ単独行動に走ってたけど、そろそろ『急進派』も我慢の限界が来たってとこね」

 

「『急進派』……?」

 

 イヴさんの言葉のひとつに妙な引っかかりを覚えると、天の智慧研究会の現状をある程度教えてくれる。

 

 どうも白金魔導研究所の事件以来、組織内で二つの派閥に分かれるようになったらしい。片方は主に古参メンバーを中核としたルミアを静観、行動するにしても生け捕りにしようとする『現状肯定派』。もう片方が新参メンバーを中核にルミアを即刻抹殺しようという『急進派』。

 

 今回来るだろう暗殺はその『急進派』が手引きしてるようだ。

 

「あの島での事件からそんな風に…………じゃあ、バークスやライネルはルミアの異能かあの術式を確立するデータ集めの駒に利用されただけだったのか」

 

「へぇ……意外と良い所に気づくじゃない。まあ、今はそこはいいの。今回来るだろう暗殺者は今までの第一団(ポータルス)・《(オーダー)》よりもひとつ上の第二団(アデプタス)・《地位(オーダー)》もいる。そいつなら組織の内部情報も少しは得られるかもしれない。あなたに言った白金魔導研究所の一件から連中の中で明らかに何かが次の段階に移行したのだからこれ以上守ってばかりもいられないの」

 

「……それって、ルミアを餌にそいつらを誘き寄せるって事ですか?」

 

「ええ。言っておくけど、女王陛下も承諾済みの作戦よ。あの組織を相手にするならこれくらいのリスクを負うくらいしなくちゃ」

 

 肉親である女王陛下ですら首を縦に振らざるを得ない程深刻だという事か。

 

「……ちなみに今話したのは国家最高機密(トップシークレット)。決して外部に漏らす訳にはいかない事項だというのを肝に銘じなさい」

 

 その言葉を聞いてそんなもん当たり前だと思ったが、数秒で理解してしまった。これを聞かせたのは俺を逃がさないようにするためだ。

 

 これを聞いた後で軍に入るのを断るようなら情報を外部に漏らさない為と銘を打って俺に何らかの処分を課すつもりなのだろう。

 

 俺を軍に入れるという流れをスムーズに進めるためにルミアに関する話題を出したというわけか。

 

「それで、話を戻すけど……私の下に来てくれないかしら? さっきも言ったように悪いようにはしないから」

 

「…………少し待ってください」

 

 俺はイヴさんから少し離れた棚を開けて中から薄い束にした書類を取り出す。

 

「……何かしら?」

 

「俺の世界の技術の一部……うちの学院の魔導工学の講師に見せようと思ったやつなんですが」

 

「ふーん……高速で動く二輪の乗り物、生体反応を色で示す水晶……随分杜撰だけど、発想自体は面白いわね。で?」

 

「それで俺の軍入りを保留にしてくれませんか?少なくともこの件まで」

 

「……そんなもので取引してるつもりかしら?」

 

「多分ですけど、この話はグレン先生の耳にも入ってますよね? じゃなきゃ、あの人が個人と組む事にあそこまで執着するとは思えませんから。で、あの人はもうあなたも知っての通り相当のお節介なんでしょ。俺が軍に入ろうとすれば絶対に無茶してでも止めに来ると思いますが」

 

「だからどうしたのかしら? グレン一人で私を止められるとでも?」

 

「もちろん無理でしょうけど……グレン先生だけじゃない。ルミアやシスティ、リィエルだって俺達の心の機微には結構鋭いんですよね。今はどうにかなったとしても積み重なったらルミアの方から動いて思わぬトラブルが起こらないとも限らないんじゃないんですか? 特務分室がどれだけすごいのかは俺にはわかりませんが、俺を無理矢理引き抜いたという事を聞けばどっかが横槍入れて俺の能力の事がバレかねません。異能者に対する偏見が少なくなったとはいえ、あなたに相当の苦情が押し寄せてくるんじゃないんですか?」

 

 正直起こるかどうかもわからない、確率的には少なすぎる事かもしれないが、その少ない確率を結構な頻度で当てて来るメンバーでもあるから多少は説得力もあると思う。

 

 軍と関わるにしても少なくとも俺がこの場所から動かずに済むようにはしたい。

 

「……で、保留にしたとしてどうしたいわけ?」

 

「ルミアを狙ってるっていう暗殺者を俺とグレン先生で捕まえる。あなたが捕まえれば軍入りもしまる。けど、俺達で捕まえる事がが出来たら俺の勧誘は止めてください。一応、今渡した資料みたいに軍で使えそうなものは提供する事にしますが」

 

「…………いいわ。どうせ私が捕まえるのに変わりないけど、そっちがその条件でいいなら受けてあげるわ」

 

「ありがとうございます」

 

「話はこれで終わり。近々私とアルベルト含めたチームで会議するから場所はグレンにでも聞きなさい。あと、この資料はありがたくもらっておくわ」

 

 妖艶な笑みでウィンクするとイヴさんはヒラリと身を翻して部屋を出る。

 

「……あんな条件で良かったのか?」

 

 イヴさんが出て緊張感が抜けたと思ったところでアルベルトさんが声を掛ける。

 

「向こうが絶対勝てるって思えるような条件でもない限り話が長引いて結局引き抜かれそうに思えましたから手っ取り早く終わらせたかったので」

 

「確かに、奴の話術と策は相当だから短時間で話を付けたいのも頷けるが……軽はずみにお前の世界の技術まで提供するな。迂闊にお前の事を明かせば奴はむしろ強い興味を抱き、お前を引き抜きにかかるぞ」

 

「かもしれませんが……今俺の考えられる事がこれくらいだったので」

 

「……今更俺が言うのもどうかとは思うが。お前を巻き込むつもりはなかった。お前もグレンと同じ……こっち側に生きるべき人間だからな。だが、室長がああいう以上、軍に引き入れるのを止める事は出来ん」

 

「アルベルトさん……」

 

「例え、そうなったとしてもお前が担当するだろう任務は俺かバーナード、クリストフが付くようには取り計らう。お前が単身で任務に当たらせる事はしない。お前に来る負担は俺達で引き受けると約束しよう」

 

 そう言ってアルベルトさんも部屋を出て行った。今のは、気遣ってくれたという事だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──とまあ、こんな具合に」

 

「あの女狐……っ! お前もお前だ……あの女にそんな条件取り付けたのか! アイツからすればそんな条件あってないようなもんだ! アイツは冷酷で平気で仲間見捨てるようなクズだが、策略に関しちゃとんでもねえんだ! 今回の任務だって、アイツが裏で何か根回しして女王陛下の首を縦に振らせざるを得ない状況を作ったからだ!」

 

「まあ、裏で動く人間を統べる人ならそれくらい出来てもおかしくはないでしょうけど……俺がこの場所でいられるようにするには俺の手でなんとかするしかないと思ったので。俺にはあの人を言い負かす事は不可能でしょうから」

 

「……っ! お前が軍に入ったら……多分ルミアはすぐに気づくぞ。そうなったら自分の所為だって自身を責めるぞ」

 

「かもしれません。でも、もうこれしかありませんから。例え賭けに負けても特務分室にいた方がルミアを護りやすくなるかもしれません。俺だって今より強くなれるかもしれません」

 

「お前が言う強くなるっていうのは……人を殺すのに慣れるって事だ。もしそうなったら人間として壊れるぞ」

 

「なりません……絶対に耐えてみせます」

 

 俺はまっすぐグレン先生を見つめる。

 

「…………はぁ。わかった、もう何も言わねえ。俺達で捕まえればいいんだしな」

 

「ですね。だからルミアのパートナーは引き続き、俺がやるんで」

 

「まあ、もうそうするしかねえか。けど……俺も出来れば近くで護衛しておきてえしな。誰かと組めればいいが、もうほとんどカップル出来上がってるだろうしな〜」

 

「じゃあ、システィと組めばいいんじゃないですか? 彼女はまだ誰とも組んでない筈ですから色々文句言っても何だかんだで引き受けてくれると思いますよ」

 

 組むまでに長々と説教聞かされそうな気もするが。

 

「もうそれしかねえか……やれやれ。まあ、アイツも良いところのお嬢様だし……護衛ついでに優勝して金一封取れれば俺の懐も潤うし、一石二鳥狙ってみるか」

 

「言っておきますけど、それは絶対にシスティの前で言わないでやってくださいね」

 

 そんな事を言えばまた風槌制裁が下って史上最高の吹っ飛び記録が出そうだ。

 

「わあってるよ。ああ、それ以外で何て言って頼めばいいんだかな……」

 

「土下座でもして組んでくださいって頼めば普通に受け入れそうですが」

 

 そんな他愛もない会話をしながら場所を移動する。それ以降は俺が軍入りしてしまうかもしれないという話題を出す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、なんですか?」

 

「あぁ。全く……また辺鄙な場所に呼び出しやがって」

 

 時刻は真夜中……。俺とグレン先生はフェジテの南地区郊外に在る倉庫街へと入っていた。

 

 人目に着かないよう配慮しながら倉庫街を歩くと一軒の木造倉庫の前に立つ。そこには目立たないように術式が刻み込まれてグレン先生はそこに自分の血を使ってルーン文字を描いていく。

 

 それがパスワードみたいなものなのか、血が扉に染み込むように消えていき、扉がギギギと音を立てて開いていく。そこを潜っていくと同時に扉がひとりでに閉まった。

 

「おう、グレ坊! 久しぶりじゃの!」

 

「御健勝のようで何よりです、グレン先輩」

 

 暗闇の向こうから声が掛かり、目を凝らすとそこには四つの影がそれぞれ別の場所に点在していた。

 

「バーナードの爺さんにクリストフ……二人もこの任務に参加するのか」

 

 そこにいたのは壁に背を預けたアルベルトさんと箱の前に座り込んだリィエル……そして、以前世話になったバーナードさんとクリストフさんがいた。

 

「えぇ……今回の一件、申し訳ありません」

 

「まさか、こんな無茶な任務が下ろうとはワシも思わなかったぞ。軍の上層部も何を考えておるかのぉ」

 

「既に軍属でない先輩や一般人のリョウ君まで巻き込んで……先輩は相当に憤っているだろうことは承知してます。ですが、今特務分室のほとんどのメンバーは重要な任務に着いていてとても手が足りないんです」

 

「今回ばかりはお前さんの手を貸してくれんかの?」

 

「……じじい達は、俺が軍から出た事を、怒ってないのか?」

 

 二人の言葉にグレン先生が意外そうな声を出して問う。

 

「……まあ、その件に関してはアル坊がワシらの分まで落とし前着けてくれたようじゃしな」

 

 アルベルトさんへ目線を向けながらバーナードさんが呟く。

 

「まあ、お前さんの辛い事情を考えれば仕方ない部分もあるんじゃろうが……そうなる前にワシらに一言くらいの相談は欲しかったかもな」

 

「先輩が黙って出て行った事については特務分室のメンバー内でも悪し様に言う人達もいます。かく言う僕も思う所がないわけではありませんが……それでも、先輩は僕らと一緒に数々の修羅場を潜り抜けてきた仲間ですから。誰かを守るために誰よりもその身を粉にした……あの先輩を僕は信じますから」

 

「……そう、か……その、なんだ……すまなかった、本当に……」

 

 グレン先生の軍を抜け出した事情は未だによくは知らないが、ジャティスと関わって何かがあったという事だけは朧げだが把握してるつもりだ。気にはなるが、本人がもし話してくれるという事があるまで俺からは何も聞かない方がいいだろう。

 

「リョウ君も……今回は本当に申し訳ない。さっきも言ったけど、僕らには本当に手が足りてないんだ」

 

「一般人のお前さんまで引っ張り出そうとするくらいじゃしの。まあ、お前さんの事を知ってる分にはある程度は安心して任せられるじゃろうしな。スマンとは思うが、頼まれてくれんかの?」

 

「えぇ……今回も二人の手をお借りしますので、よろしくお願いします」

 

 二人は俺に謝罪してくるが、経緯はともかく、何も知らずにルミア暗殺計画が進行されるよりは知ってた方が幾分かマシだと思ってるし、そもそもこんな滅茶苦茶な任務を企てたのは二人ではないので許すも何もないのだが。

 

「さて……旧交を温め合うのもそれくらいにして、本題に入るわよ」

 

 ある程度の会話が終了するとパンパンと柏手を打つ音が倉庫内に響き、隅からこんな滅茶苦茶な任務を下した張本人であるイヴさんが姿を現した。

 

「……何をやるの、イヴ」

 

「いいのよリィエル。貴方は何も考えなくて。どうせ貴方じゃ聞いても何もわからないんだから、貴方は取り敢えず私の言う通りにしてくれればいいの」

 

「……ん、わかった」

 

 イヴさんの言葉を聞いてリィエルは即座に目を閉じて眠りにつく。だったら何故呼んだとツッコみたいところだったが、すぐに会議が始まった。

 

「じゃあ、まず任務概要の確認からだけど……今回の内容は明後日に行われるアルザーノ魔術学院の『社交舞踏会』に乗じて王女の暗殺を狙う組織の企てを阻止し、逆に敵の首謀者を生け捕りにする──以上よ。何か質問はあるかしら?」

 

「じゃあ、いいですか?」

 

 イヴさんの任務内容に俺は最初に会った時から気になってた事を聞きたかった。

 

「何かしら?」

 

「そもそも暗殺だって決めつけてかかるみたいですけど……そもそも向こうが秘密裏に行動するなんて保証があるんですか? 暗殺を阻止して動こうと邪魔された向こうが逆ギレしてテロに作戦変更されたら無関係な人達が巻き込まれかねませんよ」

 

「それについては俺も物申ししてえな。連中が形振り構わなくなったら俺達でも学院全体を守りきれなくなるぞ。やっぱり学院に情報流して舞踏会を中止させた方がいい」

 

 俺の考えてる事をグレン先生も思っていたのか、社交舞踏会の中止を提案するがイヴさんは最初からこの質問が来るとわかっていたのか、余裕の態度を崩さなかった。

 

「大丈夫よ、それは」

 

「何でそう言い切れんだよ?」

 

「向こうは飽くまで今回は暗殺に拘らなければいけない理由があるの。今回の暗殺計画は組織の総意ではなく、その一部の『急進派』の先走り。下手人が明らかになってしまうような方法では組織の意向に逆らったと見なされて『急進派』は全員粛清対象になる。だから連中は誰にも知られないように、証拠が残らないように暗殺をしなければならないの」

 

 向こうにも向こうの事情が絡んでるから逆に向こうの手段が絞れて作戦に当たりやすくなるって事か。

 

「……敵の戦力はわかってるのか?」

 

「私が集めた情報だと、敵戦力は四名。第二団(アデプタス)地位(オーダー)》が一人とそれに三人の第一団(ポータルス)(オーダー)》が着いてるわ。私達七名で十二分に対処可能よ」

 

「それ、確かな情報なんだろうな?」

 

「あら? 私の情報が間違いだった事なんかあったかしら?」

 

「…………っ!」

 

 忌々しそうなグレン先生の表情から察するにこの人の情報力は相当のものなんだろう。

 

「納得してくれたみたいね。で、今回最も警戒すべきは第二団(アデプタス)地位(オーダー)》の外道魔術師なんだけど……そいつの二つ名と名前はもう判明してるわ。多分みんなご存知だと思うけど」

 

「誰なんだ?」

 

「『魔の右手』のザイードよ」

 

「「「……っ!」」」

 

 その名前を聞くとグレン先生とアルベルトさん、バーナードさんの表情が強張る。

 

「マジかいな……あの 『魔の右手』が来るとは……相当厄介じゃの」

 

「……誰ですか、そいつ」

 

「あぁ、そいつは──」

 

「暗殺者として悪名高い外道魔術師よ。パレードや演説場、大きなパーティー会場など主に人の多い場所での暗殺を得意としているわ。大勢の人間がいる中で誰一人として気づく事もなく特定の人間を暗殺する……その手段も刺殺、絞殺、撲殺と一定していない。これまで帝国の要人がありとあらゆる警備や護衛も虚しく殺されてるわ」

 

 誰一人として気づかない……人気のない場所で殺されるならともかく大勢の人間がいるにも関わらず、しかも政府関係の人間を次々と護衛にすら気づかないまま。

 

「その暗殺方法は未だに不明だけど、関係ないわ。今回はこの私がいるのだから」

 

 そう言いながらイヴさんは左手に独特の色の炎を灯して周囲に見せつける。

 

「これは眷属秘呪(シークレット)[イーラの炎]。一定領域内にいる人間の負の感情──特に、殺意や悪意などの感情を炎の揺らめきを使って視覚化させる魔術よ」

 

 イヴさんの説明だと人間の感情も生体内化学反応の一部……確かに脳で生み出される感情が電気信号や熱となって身体に伝わるのはある程度知ってる。イヴさんのこの魔術はその反応を監視して暗殺者を区別させるためらしい。

 

「けっ……んな事が本当に出来んのかよ」

 

 もちろん、だからってほいそれと受け入れられるわけがなく、グレン先生も疑いの目を向ける。

 

「私の[イーラの炎]と[第七園]は舞踏会の会場くらい余裕でカバー出来るわ」

 

「だから、会場内にいる限り安全だとでも言うのか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「でも、待ってください。人間の感情を視覚化出来ると言ってもそれがそのザイードって奴本人だって言い切れる根拠は? その魔術って特定の感情を持っていれば無差別に引っかかるものじゃないんですか? 向こうが囮として誰かを操るなんて手段を使ってそれを阻止されたとなれば本人は隠れるなり逃げるなりとまた身を潜める事に……」

 

「それだって関係ないわ。単身だろうが複数だろうが……手を下す人間がただの傀儡であろうが、王女を殺そうとする瞬間には絶対心に変化があるものよ。私の[イーラの炎]による目からは逃れられない」

 

 俺も抵抗して質問を重ねるが、それも全て即答され、説明されればされるほどこの人の作戦の隙のなさが際立ってくる。

 

 そこに俺とグレン先生がルミアの傍にいる事で更に安全を確保し、会場の外ではアルベルトさん、バーナードさん、クリストフさんが監視する事で外部からの介入を阻止する。

 

 以前の怪物ならともかく、人間相手を考えれば三人共相当の実力だという事はもう知ってる。万全に万全を重ねた見事な作戦だという事は素人から見ても明らかだし、この人達と組んだ事のあるグレン先生も悔しげな表情はしてるもののそう思ってるんだろう。

 

「どうかしら? 一部は無関係な人間を巻き込むかもしれないからやめろみたいな事を言うけど、暗殺しか手段がないことさえわかってれば結構容易いのよ」

 

「……っ!」

 

「元より敵組織に対してこっちも守ってばかりもいられないの。自ら多少の危険があろうとも飛び込む事を考えなきゃいけない段階に入ってるの。こういうの、東方とかの諺で何て言うんだったかしら?」

 

「……虎穴に入らずんば虎児を得ず」

 

「ああ、そうだったわね」

 

 イヴさんは挑発気味に言って作戦の説明を続ける。

 

「……おい、リョウ。お前は何か他に見落としがあるって思うか? 異世界から来たお前だからわかる何か……」

 

「……ごめんなさい。さっきから考えてますが、集団催眠なんて出来る規模とは思えませんし、話を聞く限りじゃザイードが手を下した場所もジャンルも手段も一定しなさ過ぎて絞りきれないんです……」

 

「……そうか」

 

 他に何か資料でもあれば少しはわかるかもしれないが、そんな物を用意出来る時間はないだろうし、そもそもまだ一般人でしかない俺にそんな物を見せてくれるとも思えない。

 

 けど、俺達が介入するという事は向こうだってわかってる筈なのに、何も対策しないとも思えない。かと言って、イヴさんの作戦を壊せるとも思えないし……言葉に出来ない不安ばかりが積み重なる。

 

「お前達の不安は最もだろう。俺も未だに不明な奴の暗殺手段には思う所はある」

 

 今まで黙っていたアルベルトさんが俺達の心境を察したのか、呟き出す。

 

「だが、既に賽は投げられた。となれば、後は手持ちのカードで如何に奴らを追い詰めるかだ。お前達からすれば不本意極まりないという事も承知してる。だから、この作戦は決して安易な妥協はしないと……お前達の守りたい物を、俺も命に代えても守ると約束しよう。決してお前達の不安を現実になどさせんとな」

 

「アルベルト、さん……」

 

 首からぶら下がった古びた十字架のペンダントを握り締めながら言うアルベルトさんがすごく頼もしく感じた。

 

 不安が全部なくなるわけじゃないが、アルベルトさんがここまで言ってくれる以上、こっちも不満ばかりも言ってられない。自分が不安に感じる事があるのならそれをなくせるようにすればいいだけだ。

 

 そう思わせてくれる程の頼もしさをこの人から感じる。

 

「……けっ! 随分言ってくれるが、今更テメェにんな事言う資格があんのかよ!」

 

「ないな」

 

「わかってんなら御託は要らねえ、精々気張れよ。俺の生徒に何かあれば承知しねえ。イヴの次はテメェだ!」

 

「いいだろう。その時は好きにしろ」

 

 アルベルトさんの言葉に感銘を受けたらグレン先生がやたら喧嘩腰でアルベルトさんも嫌味な態度で返して殴り合い一歩手前の雰囲気が出ていた。

 

「あ、あの……あれ、大丈夫なんですか? こんなんでチーム組むとか……」

 

「ああ、大丈夫じゃ。あの二人が組む時は大抵ああじゃからの」

 

「随分ご無沙汰だったけど、久々に見ましたね……あの二人のいがみ合いは」

 

 二人の様子を見ると、グレン先生とアルベルトさんのあれはよくある事らしい。喧嘩するほど仲が良いって奴だろうか。そんな事を口にすれば痛い目を見そうなので決して言えないが。

 

 あの二人の様子を見てさっきまで感じた不安が徐々に払われていく気がした。それでも、正体の見えない『魔の右手』のザイードなる存在に対する不安は胸の奥に残り続けるが。



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第32話

「……たくっ、どいつもこいつもこっちの気も知らずに浮かれやがって」

 

「いや、先生……そりゃあ言うわけにもいかないんですからしょうがないでしょ」

 

 会議から翌日の午後……ようやく待ちに待った社交舞踏会が開催された。

 

 ワイワイと賑わっている──と言うより、ほとんど会話と耳障りな音楽しか耳に入ってこない中、会場前で普段絶対着ない燕尾服を身に纏った俺とグレン先生が立っている。

 

「なんていうか、お互い違和感しかありませんね。特に俺なんて右腕部分がダランダランですし」

 

「だからお前、いい加減義手でもなんでも着けりゃいいだろう。一応肉体の一部を複製して付ける技術はあるんだからさ」

 

「それは以前にも言われましたけど、今はそうしない方がいい気がするんですよ。それに、その当てって言うのがシューザー教授ですからね。あの人じゃ余計なものまで付け足されるような気がして……」

 

「ああ、それは否定できねぇ……いや、法医学担当のセシリア先生なら──」

 

「あの人じゃ複製させる間かその前に血反吐履いて倒れかねませんから頼めないんですよ」

 

「うん、その姿が容易に眼に浮かぶわ。悪かった……」

 

 シューザー教授も駄目。セシリア先生も駄目。他の人でも腕のレベルで言ったら前者二人には及ばなそうなので信用が出来ない。だから現状維持だ。

 

 それに、言葉に出来ない引っかかりがこのままにした方がいいと言ってるような気がして義手や複製の腕では駄目な気がするので結局はこのままにしてる。

 

「しっかし……人が多いとはいえ、油断すると目眩がしそう……既に若干頭も痛いし」

 

「おいおい、そんな調子で大丈夫かよ? 恐らく例の奴が既に会場内に紛れ込んでても不思議じゃねえんだ。今のお前なら余程のことが無い限りは出し抜かれるなんて事はねえと思いたいが、あまり調子が良くねえなら……」

 

「いえ、我慢出来る範囲ですので問題はないです。今更こんな所で退くつもりなんてありませんから……それに、こっちは何が何でも事が起こる前に捕まえなきゃいけませんから」

 

「……そうだな」

 

 ルミアの事もあるが、俺達の手で捕まえなければ俺は宮廷魔導師団に引き抜かれる事になっている。引き抜かれた所で余りマイナスな要素は無さそうに思えるが、グレン先生の話を聞くに俺が身を置いていい場所ではないとの事なのでやはり賭けに勝つべきだと念を押されてる。

 

「しっかし、遅えな……もう三十分はかかってんじゃねえか?」

 

「まあ、女性の着替えなんてそんなもんでしょ。増してや、こういうパーティー向けのドレスなんてそれなりの手順もあるでしょうし、日本の着物に比べればまだ短い方でしょ」

 

 もっとも、振袖とかの手順なんて知らないので比べようもないのだが。何重にも着るやつよりはまだ短いとは思う。

 

「あ、いた……ごめんね、遅くなって」

 

「お、やっと終わったか。まあ、別にそんな待って……な…………」

 

 ようやく着替え終わっただろうルミアの方を振り向くが、途中から言葉を発するための力が抜けていった。

 

 ルミアの姿が余りにも美しかったから。化粧とか高そうなアクセサリーとかはパーティーなんだから当たり前だとは思うが、その付け方とかドレスの色や着こなしぶりとかテレビや写真で見る時の感覚と全然違っていた。

 

 それら一つ一つが見事にルミアの魅力を余す事なく引き出してルミアという一人の女性の存在を普段の何倍にも輝かせて見せていた。

 

「あ、リョウ君……タイ曲がってるよ、ちょっと動かないで」

 

「あ、はい……」

 

 ルミアが俺の燕尾服のタイを直そうと接近して来るから普段の倍増しで綺麗になった外見を至近距離で見せられる上に女性特有のいい匂いもしてかなり緊張する。

 

「これでよし──って、どうしたの?」

 

「え、いやその……」

 

「ああ、気にすんなルミア。こいつ、見惚れてるだけだから」

 

「ちょっ!?」

 

 ルミアの疑問に応える前にグレン先生がニヤニヤとした顔で余計な事を言ってくれやがった。

 

「え、そんな……お上手なんですから」

 

「いや、俺から見ても十分凄えと思うぞお前の着こなしぶり」

 

「もう、そんな……」

 

 こっちは緊張で上手く言葉も出せないというのにグレン先生は普段と変わりなく素で言えるのが今は羨ましい……。

 

「じゃあ、私達は先に行ってますね。ほら、行こ」

 

「あ、おう」

 

 ルミアに手を引かれ、そのまま俺達は会場へと向かう。

 

「うわぁ……何というか、凄い……」

 

 会場内に入れば音楽のメロディーがより反響して聞こえ、そんな中で燕尾服やドレスを身に纏った生徒や教師達がグラス片手に談話したりカップルを組んで踊っていたりと序盤から既に雰囲気が盛り上がっていた。

 

「どう、初めてのパーティーは?」

 

「いや、もう圧巻の一言……」

 

 端っこで見てるだけでも既に雰囲気に飲まれそうになる。

 

「ルミアはやっぱこういうの慣れっこだよな……元王族なんだし」

 

「確かにお母さんと一緒にこういうパーティーに来た事はあるけど、遠巻きに眺めてるだけだったからこうやってパーティーの中に入るなんて事はなかったなぁ」

 

 まあ、考えてみればそりゃあそうだろうな。王族の子をパーティーに出席させたとしても、誰かに近づかせるなんてことはまずないだろうし。

 

「それでも初心者の俺よりはずっと色々知ってるわけだろ? 男の身で情けない限りだが、是非ご教授くださいな」

 

「ふふ、うん。じゃあ、向こう行こっか。もうダンスしてる人達が何組かいるし……きっとリョウ君、驚くよ」

 

 ちょっぴり悪戯な笑みを浮かべたルミアが俺の左腕を引っ張って案内する。何か面白い物でもあるのか?

 

「よう、リョウ!」

 

「お、カッシュか」

 

 ルミアと移動しようとすると、燕尾服を身に纏ったカッシュが呼びかけて来る。元々体格がいいからか、貴族ではないといいながら結構似合ってるな。

 

「ほう、本当にルミアちゃんと踊るんだなお前。気を付けろよ……お前、今『夜、背後から突き刺すべき男』リストのトップに名を刻んでるんだからな」

 

「ちょっと待て、何だそのリスト……」

 

 人気女子ランキングなら聞いたことはあるけど、そんな物騒なリスト聞いたこともないぞ。

 

「そりゃお前……学院で人気の天使と踊るチャンスを手にしたんだぞ。ルミアちゃん狙ってた男子共からそりゃあ妬みや嫉みやら、別の意味で注目集めてるんだぞ」

 

「いや、こっちはちゃんと本人の同意を得た上で組んでるんだからさ……」

 

「だから余計に恨まれるんだろうが。どの誘いも即答で断ってたルミアちゃんがお前とは組んでるんだからそりゃあルミアちゃん狙いの男子共は嫉妬するわ」

 

「えぇ……」

 

 気持ちはわからんでもないんだけど……。

 

「全く、格式高いダンスパーティーの場だと言うのに、参加している男性達は皆品がありませんわ」

 

「あ、ウェンディ」

 

 文句を垂れながら来たのは貴族のお嬢様らしい赤いドレスに身を包んだウェンディだ。

 

「お二人もダンスコンペに参加するようですが、『妖精の羽衣』をみすみす他人の手に渡すのも癪なものですので、至高の淑女たる私も参加させていただきますわ、おーっほっほっほ!」

 

「ちなみにウェンディのパートナー、俺な」

 

「……戦う前に、負けましたわ」

 

「ヒデェな、おい!?」

 

「珍しい組み合わせだな……」

 

 システィが魔術師の風態を重視してるのであれば、ウェンディは貴族としての振る舞いへの重視が割高なので言っちゃあなんだけど、カッシュと組むのは意外だった。

 

「ああ、くじ引きで決めたからな。クラス全員で」

 

「クラス全員で!?」

 

 いや、確かに参加は自由だけど、クラスメート全員が会場に来ているとは思わなかった。

 

「ああ、お前と先生が参加してるってんで、ちょっくら面白い事思いついたんだよな」

 

「面白い事って……?」

 

「クラスメート全員でダンスコンペ参加して先生を金銭的に干して、お前にはドン底に落として恥辱の制裁を……という計画を立てて来ましたぁ!」

 

「はあっ!?」

 

 カッシュの計画に驚きの声を出した。

 

 おいおい……俺が参加するのは個人的な楽しみもあったけど、今回は主にルミアの身を守るためだ。その計画を実行された日には下手してレベルの高い人間が紛れたらグレン先生やルミアが教えてくれたとはいえ、初心者の俺では上位に食い込むのが難しくなる。

 

 グレン先生の話じゃ、ダンスコンペで勝ち続けられる限りは本人の意思でない限りは別の異性とのダンスの誘いを断る事も可能らしいが、コンペで負けてトーナメントから外れてからは誘いがあれば一度は応じなければならないという決まりがあるようだ。

 

 なのでカッシュの計画はハッキリ言って余計な事である。

 

 これからどうしたものかと別の意味で頭が痛くなってきたところに女子の黄色い叫びみたいなのが会場に響いた。

 

「ん、何だ?」

 

「ほら、あの組」

 

 女子の叫びに心当たりがあるらしいルミアがある方向を指差すと、そっちにはシスティがグレン先生ではなく、見慣れない誰かと組んでシルフ・ワルツを踊っていた。

 

「システィか? 組んでるのは……誰?」

 

「うふふ……わからない?」

 

「え?」

 

 ルミアがやたら可笑しそうに含み笑いするのでジッとシスティと踊ってる男子を見るが……青い髪を綺麗に束ねて顔は中性的、でも表情が人形じみて変化に乏しいイメージがある。

 

「……ん? あれ、なんかどっかで……」

 

 記憶に引っかかりを覚えると音楽が止んでシスティが共に踊っていた男子と一緒にこっちへと歩み寄ってきた。

 

「ふふふ、どうだったかしらリョウ?」

 

「どうって……まあ、貴族のお嬢様だからかやっぱ上手いなって」

 

「そうじゃなくて、こっちよ」

 

 システィがズイ、と一緒に踊っていた男子を押し出す。

 

「いや、そもそも誰……?」

 

「……? 私だけど」

 

 コテ、と首を可愛らしく傾げる様に俺は激しい既視感を覚えた。ていうか、この声って……。

 

「え……まさか、リィエル!?」

 

「あったり〜♪」

 

 悪戯成功とでも言わんばかりにルミアが可愛い声を上げるが、俺は目の前の不自然に唖然としていた。

 

「ふふふ、驚いたかしら? 私この子なら会場の女子達を虜にする男装の麗人になる予感を覚えてたの。そして男装させた上でダンスを教えたら予想以上の出来上がりよ!」

 

「いや、もう何て言うか……」

 

 同じ男として若干自信が無くなってきたんだけど……。

 

「おお、何だ白猫……もう踊ってたのか。一体誰と──って、お前リィエルか!?」

 

 システィが遅かったのが待ちきれなかったのか会場に入ってたグレン先生が歩み寄って見事に化けていたリィエルを見て驚愕していた。うん、その気持ちよくわかる。

 

「ふふん、どうかしら先生。私の渾身のプロデュースよ」

 

「いや、確かにすごいけど……中々に酷いなお前」

 

「え、何が?」

 

 全く意味がわからないという風に首を傾げたシスティに俺はリィエルを指差してやる。

 

「グレン……私も一生懸命だんす? 覚えた。後で一緒に踊って?」

 

「いや、踊るのは別に構わねえんだが……お前が練習したダンス、男役のパートだろ?」

 

「……え?」

 

 初めて知ったと言わんばかりに普段眠そうに細められた目が開いた。

 

「……おい、あれどうする?」

 

「……ごめん。そっちにまで頭が回らなかったわ」

 

 リィエルの様子を見て若干罪悪感を覚えたのか、目を逸らしながら呟いた。

 

 ていうか、リィエルも一応ルミアの護衛の一人なんだから仕事してくれよ……。いや、話も聞かずに寝ていたんだったな。今更だったよ。

 

「あはは……結局みんな集まっていつも通りなんだね」

 

「これじゃあ、社交会というより単純なお祭りみたいな雰囲気だな」

 

 まあ、カッシュの余計な策略のお陰で得られた事と言えば知り合いが少ない故の緊張が薄まった事くらいだが、少しは感謝しなくもないな。

 

 そのままなんて事ない会話をしながら十分くらいすると、リゼさんのアナウンスが会場内に響き渡り、いよいよダンス・コンペの開始となった。

 

 まずは予選で勝ち進まなきゃザイードにルミア暗殺のチャンスをくれてしまう事になるのでなんとしても勝ち残らなければいけない。

 

 幸いというか、俺の知る中で一番の障害であるグレン先生は別のブロックに分けられたようだ。だが、元々貴族の集まり易い場だから目元最大の障害がいないからと言って油断はできない。

 

「ほら、私達は向こうでみたいだよ」

 

 気を引き締めようとした所にルミアが腕を引っ張って割り振られた場所へ移動する。

 

「ふふ……なんかドキドキするね?」

 

「え、あ、そうだな……」

 

 こっちは主にルミアが襲われないかという不安から来る緊張だが、パーティーを楽しんでるだろうルミアの前で言うわけにはいかない。

 

「私、今日がずっと楽しみだったんだ……『天使の羽衣』を目指してステキな人と踊るのが子供の頃からの夢で」

 

「まあ、女子からすれば憧れの衣装らしいしな」

 

「うん。でも、私って普通じゃないから……普通じゃない私と親しくなったら、きっといつか不幸になるから……。だから、あのジンクスがどうしても怖くて……」

 

 それを聞いて俺はルミアが今まで男子達の誘いを断ったのが単なる自分と合うかどうかという意味でそうしただけじゃないと理解した。

 

 ルミアは恐れ続けてたんだ……。自分が忌み嫌われる存在だという現実を突きつけられてから……表面上は優しい女の子を装ってもその裏では常にそういった不安がのしかかり続けていたんだろう。

 

 今まで考えなかったわけじゃないが、今のルミアの妙に悟ったみたいな表情を見てなんとも言えない怒りのような感情が湧いてくる。

 

「だから、今日は最高の夜にしてくださいね、紳士(ジェントルマン)?」

 

「……こんな田舎者で良ければな」

 

 正直言えばこの場を純粋に楽しめればどれだけ良いかと思う。何故彼女にこの世界は苦しみばかりを与えようとするのか。そう考えるだけでつい周りの物を壊しかねないくらい力が入りそうになる。

 

 けど、今は水面下で起こっている事態がそれを許してくれない。それでも、ルミアの子供の頃からの夢を壊させたくなんてない。

 

 だから、絶対に守ってみせる。最悪命を賭してでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そんな気合い入れてかかったものの予選は余裕で突破しちゃったな……」

 

 結果を言えば、予選一回戦は余裕で通る事が出来た。数日とはいえ、グレン先生から本格式の『大いなる風霊の舞(パイレ・デル・ヴィエント)』を習ったお陰で予選は審査員からのチェックを大目にもらえたので本戦への切符を手にする事が出来た。

 

「ムキ──ッ! なぜ、わたくしが予選一回戦落ちなどという無様な結果をっ!?」

 

「ああ、言っとくけどウェンディ……今回は俺、悪くないからな?」

 

「わかってますわそんなの!」

 

 向こうではカッシュ&ウェンディを含めた二組のメンバーの七割強が予選敗退していた。ちなみにカッシュ&ウェンディ組は最終場面でウェンディがドレスの裾を踏んで転ぶというテンプレ展開を起こして見事敗退。

 

「まあ、何というか……予想されたオチではあったよな」

 

「そういうお前は今期のダークホースみたいな注目されてるぞ。片手だけの癖に見事なリードするとかで」

 

「予選はなんとかなったけど……元々貴族の多いからか、油断の出来ない状況だよ」

 

「だよなぁ……おまけに先生とシスティーナが優勝の筆頭候補なんて言われてるし」

 

 なんだよな。チラッと見たが、俺に教えるだけあってグレン先生が上手いのは言うまでもなく、システィーナも相当の地位の貴族出身でその手の教育を施されたからか、ダンスの技量は相当ある。正直あのカップルに勝てる自信はない。

 

「うふふ……俄然燃えてきたね」

 

「そ、そうだな……」

 

 あのレベルのダンスを見てルミアは緊張するどころかかえって対抗心燃やしてるっぽいし、すごい鋼のメンタルだよ。昨今の日本人でここまでの境地に至ってる高校生なんていなくない?

 

「……失礼。先の予選一回戦、拝見させていただきました。とても素晴らしいダンスでしたよ」

 

 会話に盛り上がっていたところに燕尾服を着た俺達とほとんど変わりない年の男が声を掛けてきた。

 

「僕はカイト=エイリースと言います。クライトス校から招待されてやってきました」

 

 クライトス校……確か、以前来ていたレオス先生の一族が設立した学校だったか。学院行事では他校の人間をよく招いてるらしいが、この男もその一人か。

 

 まあ、さっきからそう言った男子からも引っ切り無しに声が掛かってて鬱陶しい事この上ないのだが。

 

 出会って一言二言ダンスもしくはちょっとした世間話をしてからダンスの相手を願うのが先程からの流れとなっている。実際、俺達を褒めたと思えばすぐにルミアにダンスの相手を申し込んでるし。

 

 また話が長引かないうちに適当に締めくくるかと思っていた時にグレン先生の姿が目に入った。何やらすごく険しそうな表情をして聞けとジェスチャーを投げかけてきている。

 

 それに従って俺は集中して聴覚を鋭敏にさせるとグレン先生が俺にしか聞こえないように小声で話しかけてくる。

 

「(気をつけろ……今イヴが通信寄越してきたが、そいつが《魔の右手》ザイードらしい。まあ、十中八九お前の予想してた囮だろうが……)」

 

 グレン先生の言葉を聞いて俺は瞬間的に湧いた警戒心をどうにか抑えて表情を引きつらせないように呼吸を鎮める。

 

「(……で、こいつどうするんですか? 堂々と目の前に現れてますけど、捕まえたりは……)」

 

「(俺も言ったが、却下されたよ。このままザイードに協力してるだろう暗躍してる奴も誘き出して一気にとっ捕まえようって魂胆らしい)」

 

「(協力者……ちょっと待ってください。そんな話出てましたか?)」

 

「(伏せられてたんだよ。俺達どころかアルベルト達にまでな……自分の手柄欲しさに平気で仲間見殺しにするようなアイツらしいやり方だが……アイツ、いつかぜってぇしばく)」

 

 グレン先生の怒りの滲んだ愚痴を聴きながら俺もあの人に対しての不信感を募らせていく。元々一般人でしかない俺に情報を共有しないのは仕方ないにしても元軍人のグレン先生や部下のアルベルトさん達にまで伏せるあの人のやり口。

 

 それらがただ自分の手柄欲しさというだけと言われてはいくらなんでも許す事は出来ない。かと言って俺にはグレン先生と違って通信手段を寄越されていないし、今ここを離れるわけにもいかないのでグレン先生伝手のイヴさんの命令に従うしかない。

 

「なるほど……彼はこう言ったパーティーは初めてでしたか。それにしてはとても良く出来ておりましたよ。片手を失ってるにも関わらず、いい踊りでした」

 

「ええ。この日のためにすごく練習してましたから」

 

「あなたみたいのお美しい方とずっと踊れるとは彼が羨ましいですね。良ければダンス・コンペが終わった後で僕とも一曲踊っては頂けませんか?」

 

「はい。普通に踊る分には構いませんよ」

 

「ありがとうございます。ダンス・コンペのご健闘、祈ってますよ」

 

 カイト……いや、ザイードらしい少年が優雅な一礼をすると今度は俺の所へ歩み寄って右手を差し出す。

 

「君も、コンペのご健闘を祈ってますよ」

 

 ただの癖なのか、挑発のつもりなのか、右手を差し出してきた。《魔の右手》なんて呼ばれてるわけだからそれを握る事で何が起きるかわからない。

 

 もっとも、本物ならばの話だけど……。

 

「……うん。応援ありがとう……《魔の右手》さん──の傀儡」

 

「……へぇ、本人でないというにも関わらず、迷いなく右手を握って来ますか。流石に《魔術師》のイヴが気にいるだけはありますね」

 

 俺の言葉を肯定するようにカイトも小声で笑いかえす。

 

「それでは、コンペ楽しみにしてますよ」

 

 手を離すとカイトは最初に会った時のように優雅な笑みを浮かべて会場の人混みに紛れていく。

 

 耳障りで頭に気持ち悪く響く音楽に包まれたまま、何も知らない人達はただこのパーティーを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 一時間くらいダンス・コンペの予選が行われ、ようやく予選全てが消化して本線出場枠が発表された。ちなみに俺とルミア、グレン先生とシスティのカップルもちゃんと本戦へ進めた。

 

「やったね、リョウ君」

 

「お、おう……」

 

 本戦に進めたはいいけど、正直かなりしんどい。耳障りな音楽の所為で頭痛が地味にウザいし、グレン先生達を含めダンスのレベルの高いカップルもチラホラいるから全く油断ならない。

 

 そんな事を考えてるとグレン先生とシスティがやってくる。

 

「おやおや〜? たまたまお情けでルミアとカップル組めたリョウ君じゃないですか〜。まさかお前が本戦進めるとはな〜。だが悪いな……金一封を手に入れるのは俺様じゃー!」

 

 グレン先生もルミアの護衛も担ってるから演技だというのはわかるのだが、普段が普段だけに台詞に何の違和感もなかった。

 

「ほんと、何で私こんなのと組んでるのかしら……まあいいわ。ルミア、あなたの『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』に対する想いは知ってるわ。でも、それとこれとは別問題よ。私達は絶対に優勝するんだから覚悟しなさいよ」

 

「ふふふ、こっちこそ負けないよ。『天使の羽衣』はきっとリョウ君が勝ち取ってくれるから……ね?」

 

「え? お、おう、もちろん……」

 

「あれれ〜? リョウ君、ビビってる〜? まあ、仕方ないよな〜、元々ダンス初めてだし。途中でポカやっても後で盛大に笑ってやるから安心しろ〜」

 

「全く安心できる要素がありませんよ」

 

 演技だとわかっていてもこの人の場合、後で本当に笑っていそうだし。グレン先生の宣戦布告を聞いて俺とルミア、システィにリィエルは人混みから少し抜け出て料理の並ぶテーブルへと向かった。

 

「はぁ……慣れないダンスばかりだからちょっと空腹感が……」

 

「ずっと動いてたものね。今の内に何かお腹に詰めた方がいいんじゃないかな?」

 

「そうする」

 

 もっとも、すぐ近くで瞬く間に皿一枚に積まれた料理を平らげてるリィエルを見るとこの空腹感も消失してしまいそうな気もするが。

 

「こら、リィエル。お腹空いたのはわかるけど、テーブルに並んでるの全部はダメよ。他の参加者だって食べるんだし、先生の分も持って行かなきゃいけないんだから」

 

「いや、先生はパーティー始まってからも結構食べてるんだからそんなに大量に持っていく必要はないだろ」

 

「あれ、そうだったかしら? でも、何か持って行かなきゃいけない気がするのよね」

 

 なんだそりゃと思うが、グレン先生の事を考えた途端に妙な頭痛がまた襲ってくる。ルミアの手前我慢はしているが、パーティー会場に入ってから随分続いているな。

 

 頭痛を我慢しながら料理をある程度腹に収めると料理を少量皿に移してグレン先生のもとへ戻っていくとダンスをしたからか、中央舞台の人混みから出て行く姿が見えた。

 

「……あ、お前ら……本当に無事だったんだな」

 

「え……?」

 

 俺達の姿を見たグレン先生がホッとしたような表情を浮かべていた。何かあったのか?

 

 料理を持ってきた女子達にどんだけ持ってくるんだと呆れながらも皿を受け取って料理を口に運びながら俺の側へ寄ってきて小声で話しかけてくる。

 

「おい、リョウ……突然だけどさ、目で見れば概ね五つの階段、目を瞑れば概ね八つの階段って、何の事かわかるか?」

 

「いや、本当に突然何ですか、そのなぞなぞみたいな問いかけ」

 

「さっき、俺の所にエレノア=シャーレットが来たんだよ」

 

「……誰ですか?」

 

「元女王陛下の側近だった女だ。天の知恵研究会の間諜の」

 

「な……っ!?」

 

 同じ天の知恵研究会の暗殺者がいるところにスパイだったメンバーまで紛れ込んだ事に驚きを隠せなかったが、グレン先生から離れた所を狙わずに俺達ではなくグレン先生に接触したのに疑問が浮かんだ。

 

「……それで、さっきのはその人が?」

 

「ああ……何故かザイードを止めるための助言をくれやがったんだ。“目で見れば概ね五つの階段であり、目を瞑れば概ね八つの階段であります。沿って走れば、その幽玄なる威容に、人は大きく感情を揺さぶられる事でしょう”……だとさ。正直意味がわからねえ」

 

「俺も全く。ただ……」

 

「ただ、何だ? 何かわかったのか?」

 

「前半はわかりませんけど、後半の人は大きく感情を揺さぶられる……これだけを聞けば、ザイードの暗殺は暗示によるものかもしれないですね」

 

「暗示……?」

 

「人の感情……というか、心っていうのは観測的な意味では複雑ですが、誘導自体は意外と容易いんですよね。暖色とか寒色とか、赤を見れば熱く感じるし、青を見れば冷たく感じるように、人間の五感に働きかける事で人間の思考と感覚を誘導することも可能ではあるんです。それを共感覚醒とか言うんですけど」

 

 とある漫画でもそういう理論とかはあったし、幻術系統の魔術もあるこの世界ならあり得ない話じゃないだろう。

 

「手品でも、周囲の人間が別のところに気を取られてる虚を突いて魔法みたいに見せる技術もありますし。ザイードも、周囲の人間に暗示をかけて自分の存在を認知させない方法を使って標的を殺してる。手段が一致しないのは、単純に気分なだけだったのかも」

 

「なら、ザイードはどうやって大勢の人間を暗示にかけて暗殺を? そんな手段があるのか?」

 

「方法まではまだなんとも……」

 

 グレン先生が聞いたっていう、エレノアの助言の前半部分がその方法を示してるのだろうが、それだけでパッと思い浮かぶような知識はなかった。

 

「くそ、ルミアの『天使の羽衣』姿が死装束になるだなんて不吉なことまで言う始末だし……全くもって意味わかんねえ」

 

「『天使の羽衣』が死装束?」

 

「ああ、それもアイツが言ってた。このままだとルミアの『天使の羽衣』が彼女の美しき死装束になるってな」

 

 『天使の羽衣』……このコンペで優勝したカップルの女性が着ることを許される衣装だ。つまり、ザイードは終盤まで手は出さない……いや、出せないって事か?

 

 そこまで時間を空ける理由は何だ……それが暗殺手段にも関係するのか?

 

 グレン先生はイヴさんに通信魔術用の宝石で何か言い合ってるが、俺はとにかくグレン先生の言ってたエレノアのヒントの意味を考えるのに必死だった。

 

 だが、そんな暇を与えてたまるかと言わんばかりにダンス・コンペは決して止むことのない音楽と共に徐々に進行されていくのだった。



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第33話

お盆最後の投稿……皆さん、夏は如何お過ごしで?
私はこの夏は結構充実したと思います。フェスもミトヒも旦那のキレてるポーズも十分に味わえたと思ってます。今冬で旦那とナイスバルクしたいっ!
では、今話もゆっくりご覧に……。


「「「わあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 拍手喝采。今はダンス・コンペの準決勝が消化したところだ。俺とルミア、グレン先生とシスティのカップルは見事に別れた事が幸いしたのか、どうにか勝ち進めた。

 

 相手カップルが結構な家柄で余程高度な教育を施されたのか、優雅という言葉の似合うダンスを見せつけられて正直焦った。途中ルミアが落ち着けてくれなかったら危なかったかもしれない。

 

 どうにか決勝まで進めたのはよかったが、この後で待っているのが……。

 

「どうやら、貴方達とは決勝で雌雄を決するみたいね!」

 

 ズビシ、と指差して闘志を燃やすシスティとその傍らでダルそうにしているグレン先生のカップルとの対戦だ。ハッキリ言ってこの二人が最も高い壁である。

 

「ルミアも『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』を目指して頑張ってきたのは知ってるわ。けど、それとこれとは別よ。ここまで来たからには手加減抜きで優勝目指すんだから!」

 

「うん、わかってるよ。私達だって負けないから。『妖精の羽衣』を纏って素敵な殿方と踊るのが、私の子供の頃からの夢だったんだもの」

 

「素敵な殿方ねぇ……?」

 

 おい、何でそこで疑問符を浮かべるんだよ。

 

「システィこそ、本気で来てね。じゃないと私達がシスティのお邪魔しちゃうかもしれないよ?だって、『妖精の羽衣』を勝ち取った男女は?」

 

「な、何で急にそんな事言い出すわけ!? いや、わけわからないけど、そこまで啖呵切られたからには正々堂々とたたかうわ!どっちが勝っても恨みっこなしよ!」

 

「うん、もちろん!」

 

「おーおー、珍しく燃えてんなあの二人……」

 

「ん、二人は仲良し」

 

「これで普通のパーティーだったら微笑ましいで済むんですけどね……」

 

 一応念頭に入れなきゃいけないのが、これがルミアの暗殺阻止のための行為だという事である。

 

 相変わらず止むことのない耳障りな音楽が続く中でルミアとシスティどちらが『妖精の羽衣』を手にするかとか、あの娘の『妖精の羽衣』姿が見たかったなどという会話があちこちで囁かれていた。

 

 呑気なものだと思っていた時だった。グレン先生が俺の傍まで寄って小声で話しかけてくる。

 

「おい、今イヴから連絡があったんだが……ザイードと協力者を捕まえたって言ってる」

 

「……ザイードは本人なんですか?」

 

「いや、お前が接触してた奴だった。だから囮だとは思うが、向こうは問題はないからそのままダンスを進めてろだとよ。ついでに、外で張ってたアルベルト達も外敵を退けたみてえだ」

 

 ザイードの下に付いてた天の知恵研究会のメンバーも外で見張ってくれてたアルベルトさん達が撃退し、残すはまだこの会場に潜んでるだろう本物のザイードのみか。

 

 普通に考えれば一人に対してプロが六人もいる状況だ。いくら名うての暗殺者と言えどもこの数では多勢に無勢、とても暗殺など出来る状況とも思えないが……。

 

「疑う気持ちもわかるが、お前は一旦何も考えるな。不可解な部分があるのは否定出来ないが、とりあえず残ったのは後一人だ。そいつだけでもイヴよりも先に捕まえてやっからこっからはお前も純粋に楽しんでおけ」

 

 そう言って肩を叩き、いつものダルそうな様子でシスティの元へ戻った。

 

 そして、三十分の小休止を挟んでいよいよダンス・コンペの決勝が幕を開ける。

 

 さっきまではダンスが始まると共に周囲の人間が盛り上がってたのに対し、この決勝だけは皆静かに見守っていた。

 

 いよいよこれが最後だという緊張感が俺達のみならず、周囲の人間にも作用しているのだろう。

 

「リョウ君、今日はありがと」

 

「え? いや、礼を言うなら俺なんだけどな……初めてだっていうだけで俺と組んでくれたし」

 

「ううん。リョウ君のおかげで、今夜は最高に楽しいって思えるんだよ」

 

「ルミア……?」

 

 ルミアの妙な言い回しに変な違和感を抱いた。

 

「これで勝っても負けても、私は後悔しないよ。今夜の事は、私の一生の宝物だよ……だから、今夜だけは、精一杯、本気で頑張るから。だからお願い……この一時だけ、私と一緒に、私達の出せる全てを、観客の皆さんに……審査員の方々に……全てを余すことなく見てもらおう?」

 

 まるでこれから死に行こうとする際に最後の晴れ舞台をみんなの記憶に残そうと躍起になってるようだった。

 

 まさかと思うが、人の心の機微に聡いルミアの事だ……内容までは知らずとも俺達が何かしようとしてるのは既に察していたのか。

 

 だが、目の前の少女は何も言う事なく、ただダンスを楽しんでるように見せていた。けれど、今のルミアは本気だ。

 

 理由がどうあれ、今俺に向けて言った事は紛れもなく本音なんだろう。

 

 天使だ女神だと言われているから想像しづらいが、ルミアは普段みんなを立てるようにして自分を周囲から一歩遠ざかるようにしてる。結果としてはそれが男子達にモテるという形でかえって目立ってるように見えるが、俺も含めて多分彼女の心中を察せられるのはほんの一部だろう。

 

 俺だって今の彼女が今までにないくらい本気だってのが朧げに伝わっただけで、その心中を察せられるわけじゃない。けれど、彼女が何を思おうが関係ない。

 

 俺はただ守るだけ。ルミアを仇なそうとする者がいれば全員倒すし、ルミアが不安がるならそんな事考えさせる暇もないくらい楽しい事で埋め尽くせればいい。だから……。

 

「……変な事言ってないで、集中しなよ。『妖精の羽衣』、着たいんでしょ? だったら……見せて満足なんてしてないで、とことんぶつかっていけばいい」

 

 最後まで聞いたかどうかは、途中で音楽がかかり始めたのでわからないが、とにかく流れ始めた交響曲シルフィード第六番に合わせて踊り出す。

 

 今回は今までにないくらい身体が軽く感じる。頭のしつこい痛みはそのままだが、今は身体の内からどんどん力が湧いて出てくるような気さえしてくる。

 

 けれど、それに身を任せるのみならず、その力を如何に優美に出すか、相手に分け与えられるか。俺の本気と彼女の本気……それをどこまで表に出して、周囲に見せつけられるか、それだけを考えろ。

 

 俺はただ無我夢中でダンスをしていたが、後にそれを見ていた周囲の人間達が言うに、まるでそよ風の舞う青い月の下で踊っている風だったとの事らしい。

 

 ようやく終幕を迎えてステップを終えた頃、俺もルミアも息を荒くしながら結果を待っていた。向こうで同じように息を荒くしているシスティも審査員が点数を書いているだろうボードに目を釘付けにしていた。

 

 数分の後、いよいよ判定したのか、審査員が点数の書かれたボードを周囲に見えるように掲げた。

 

 僅差……本当に僅差だったが、俺達の点数がほんの一点差で上回っていた。

 

「勝っ……た?」

 

「え? 私達が……勝ったの?」

 

 数秒惚けたが、俺達が喜ぶ前に周囲の観客が一斉に歓声を上げていた。

 

 余りに喧しい歓声に思わず耳を塞ぎそうだったが、隣にいるルミアが俺の左手を両手で握ってブンブンと振り回すため出来なかった。

 

 それからシスティが晴れ晴れとした表情で賞賛の言葉を送り、空気を読まないグレン先生がシスティを煽って蹴られるといういつもの光景が広がっていた。

 

 はは……結局どんな所でも俺達はこうか。

 

 そんな安心しきる直前……俺の頭痛が更に酷くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「やったぜ! 俺はずっとルミアちゃんの『妖精の羽衣』姿を見たかったんだ!」

 

「畜生っ! 俺はシスティーナのが見たかったのに!」

 

「え、お前システィーナが好みだったのか……?」

 

「リィエルちゃん派の僕が通りますよ〜!」

 

「いや、リィエルは今回男子役だからどっち道無理だろ……」

 

 俺達が優勝したことでルミアが『妖精の羽衣』に着替え終わるのを待つ中、男子達の喧しい会話が飛び交っていた。

 

「たく、もう夜中になろうってのにテンション高いなこいつら……」

 

「こっちはこの喧騒の中に居続けた所為か、更に頭痛が酷くなったってのに……」

 

「おいおい、そんなんで大丈夫か?」

 

「何だったら俺が代わりにルミアちゃんと踊ろうか?」

 

「寝言は寝ていえ」

 

「あだだだだだ!? お前本当に調子悪い!?」

 

 さり気なくルミアと踊ろうとする輩がいたのでアイアンクローを喰らわせてやった。まあ、みんなが楽しめてる分にはこっちも幾分か気が楽になるが。

 

 それにしてもグレン先生、あんたも若干テンション上がってる気がするんだが、ザイードの事忘れてはいないでしょうね?いや、あの人に限ってそんな事は有り得ないとは思うけど。

 

「お、おい、リョウ。来たぞ……こいつは予想以上だぞ!」

 

「ん? 来たって──ぇ?」

 

 カッシュに言われて後ろを振り向くとようやく『妖精の羽衣』を纏ったルミアが戻ってきたのだが、その姿に最初の時よりも強い衝撃が身体を襲った。

 

 先程まで着たドレスよりは控えめだが、ドレス自体が銀色の刺繍を施され、ドレスに散りばめられた宝飾が満点の星空のように輝き、その下のスカートの裾は天使の羽のように整って、肩から上はまるで満月を思わせるルミアの微笑。ハッキリ言って心を奪われる以外表現の仕様のない美しさだった。

 

「ちょっと、いつまで固まってるんですの? 気持ちはわかりますが、何か言いなさいな」

 

 隣でウェンディが放心状態の俺を小突いて褒め言葉を促す。

 

「ぇ……あ、うん……そのドレスの名前みたいに本当、妖精でも舞い降りたかと思った……」

 

 元々普通の洋服にすら頓着しない方なのに、こんな見事なドレスに対する褒め言葉など知らない俺はこれしか言えなかったが、ルミアはそれで満足したような笑みをうかべる。

 

「じゃあ、リョウ君……最後のエスコート、お願いね」

 

 最後のエスコート……その言葉を聞いて先程グレン先生伝手で聞いたエレノアという女の言葉を思い出した。『妖精の羽衣』が最後の死装束……あれは結局どう言う意味だろうか。

 

 その人が言ったというヒントだって、未だにわからないままここまで来てしまった。このダンスが終わるまで本当に何もないのか?

 

 頭痛が少しずつ酷くなる中で同時に不安も募っていく。

 

 だが、それを顔に出すことは許されない。俺はルミアに誘われるまま会場の中心へと赴き、いざ最後のダンス……交響曲シルフィード第七番を踊り始めた。

 

 その途端だった。頭痛が今までにないくらい強くなった。

 

 その痛みに流石に無表情で通す事が出来なくなってきた。だが、それでも平然と踊り続けなければ本格的にルミアに不審がられる。そこまで思ってふと、不自然に思った。

 

 痛みが顔に出ただけじゃない……踊りにだって影響が出始めてるというのに、ルミアは声をかけるどころか、一心不乱に恍惚とした表情で踊り続けていた。

 

 そして俺も……頭痛で視界が歪んできてるというのに、身体だけは丁寧にステップを踏んで踊り続けてる──違う、引っ張られてる。

 

 ここまで来て更に頭痛が強まってきた。まるで俺の中に侵入しようとする何かから必死に拒んでいるような感じだ。

 

 だが、拒もうにも痛みはどんどん激しさを増していき、身体を休めたいにも関わらず、ルミアに引っ張られるように踊る事を強要されている。このままでは何かが壊れてしまう……そう思った時だった。

 

「くそっ……! 見ろ……少しでもいい、見てくれ!」

 

 会場内で熱気に包まれた歓声の中で僅かに混じった焦りの声が耳に入ってきた。

 

 必死に目を開けて声のした方向を見ると、会場の比較的開けたスペースの中で踊っているグレン先生とシスティの姿が見えた。

 

「先、生……?」

 

「……っ! リョウ……お前、聞こえてるか!?」

 

「は、い……」

 

 パーティー会場にも関わらず、大声を上げてグレン先生が俺に呼びかける。

 

「だったら聞け! 今俺達のやってる踊りを真似ろ! すぐにだ! 無理矢理にでもルミアにもやらせろ!」

 

 言ってる意味はわからないが、グレン先生が言うからには何かあるんだろう。俺はその言葉に従って踊りを真似ようとするが、ルミアの力が普段より強いのか中々踊りを修正出来ない。

 

 曲が一気に高揚感を引き出すメロディーを奏で始めるとその力がより強まっていく。

 

「ぐ、この……」

 

 それでもこの流れに飲まれるわけにはいかない。今飲まれれば俺達は二度と戻ってこれないようなそんな確信めいた予感があった。

 

 俺は左手にありったけの力を込めると、今まで俺を蝕んでいた頭痛が一気に消え去り、視界も澄みきり、逆に身体の内側から力が湧いて出てきた。

 

 そのまま俺は視界の端で踊り続けてるグレン先生を真似てルミアを引っ張り、交響曲シルフィード第七番とは違うステップを刻み続ける。

 

 それが数分続くと、会場を包んでいた音楽と共に、俺達のダンスを見守っていた周囲の人間達も、まるで時が止まったかのように停止しきっていた。

 

「え……え? 何、これ……?」

 

「ルミア! 大丈夫!? ちゃんと、正気に戻ってる!?」

 

「へ……システィ? それって……」

 

「はぁ〜……っぶなかったぜ。あと一歩遅かったらお前ら、飲まれてたぞ」

 

「先生……今の踊りは?」

 

「今回、諸事情により省略されたシルフ・ワルツの第八番──いや、『大いなる風霊の舞(パイレ・デル・ヴィエント)』の第八演舞だ。第一から第七を舞って高揚しきった人間を狂戦士(バーレサレク)にさせないためのな」

 

「高揚しきった……」

 

 それはまるでさっきまでの俺達に当てはまる事じゃないか……。

 

「さって……ここまで来ると、いよいよもって怪しいのは一人だけになるよな、そこのお前!」

 

 グレン先生が指差す先には指揮棒を天井に向けて振り上げた指揮者だった。

 

「……よくぞ、我が『右手』から逃れられたものだ」

 

 不意に、渋い声を上げてカールヘアーの初老が俺達へと振り向いた。

 

「今貴様が踊っていたダンス……我が『右手』の秘奥を破ったその舞踏は『大いなる風霊の舞』の第八演舞……まさか、踊り手が現存していたとはな」

 

「ま、昔とある南原民の女に仕込まれてな。魔を払い、己が心を守る為の舞踏なんだってな。精神支配系の魔術なら特に効くだろうと思ってな」

 

「ふぅ……これを懸念していたから適当な事を言って第八番を外したと言うのに、まさかよりにもよって原典を持ち出されるとはな」

 

「先生……精神支配系の魔術って?」

 

「こいつが全部仕組んでたんだよ。リゼが言ってた……今回のシルフ・ワルツの曲はコイツが全部アレンジしてたんだってな。白猫が言うには『魔曲』って言うらしいんだが」

 

「えぇ……音の高低、つまり……音楽に変換した魔術式で他人の心を掌握し、他人を操る古代魔術……形こそないけどこれは立派な魔法遺産の一種よ」

 

「音楽に変換した式……共感覚性か!」

 

「あぁ……お前が言ってた暖色やら寒色やらと同じだ。今回はそれが音楽という手段で耳から脳に働きかけ、そこから更に様々な部分に作用させて人を操る。だからって、ただ曲をアレンジしただけで出来る程容易いわけじゃねえんだが……」

 

「だからこその『右手』なんだろう」

 

 グレン先生の言葉に続くように、会場の人混みの中からスルリと出てきたアルベルトさんが指を指揮者に向けながら言う。

 

「『魔の右手』のザイード……その右手に持った指揮棒で楽奏団を指揮する事で、その特殊な演奏を無意識の内に弾かせる事が出来た。何らかの暗示か、催眠術か、指揮棒自体が特殊な機能を持った魔導器なのかは与り知らんが」

 

「私の家には代々、密かに『魔曲』の秘儀が石に刻まれた楽譜の魔法遺産という形で引き継がれていてね……近代魔術では解析不能なものの、その使い方・効果・運用方法だけは相当に研究し尽くされたみたいでね。古代文明まで遡れば我が一族は案外、古代の王朝の宮廷音楽家みたいな事をしていたのかもしれん」

 

「チッ……! それで、その一族御自慢の『魔曲』を使って周囲の人間の心を操って自分を見ないようにしたり、あるいは周囲の人間にやらせるなりして標的を殺したわけだ。リョウの言う通り、とんだ暗殺手段じゃねえか……まさかお前の言った通り、一貫しない殺害方法はマジでコイツの気まぐれだったわけだ」

 

 グレン先生はギリギリを歯を食いしばりながらザイードを睨み付ける。

 

 確かに、とんでもなく大胆な暗殺法だった。例え目の前にいる筈でも、誰もが認識出来なければそれでもう十分暗殺と言える。

 

「だが、手品のタネは割れた。もう貴様のくだらん仕掛けは通用せん。大人しく投降する事だ」

 

 アルベルトさんが鷹のような瞳を更に鋭く尖らせ、右手をザイードへと向ける。だが、ザイードは自分が狙われてる中でも余裕の笑みを浮かべている。

 

「ふん、馬鹿め」

 

 ザイードが突然指揮棒を上げ、楽奏団に演奏させる。反射的にアルベルトさんが妙な事をさせる前にと紫電を閃かせ──霧散させた。

 

「おい、何で止めた!? 早くアイツの手を止めさせねえと!」

 

「駄目だ……奴が弾かせた演奏で俺の魔術制御に関する深層意識野を瞬時に支配された」

 

「はぁ!? あの一瞬で!?」

 

「自爆するならまだしも、制御を失って暴走した魔術が生徒に向けば目も当てられん事になる」

 

「ふん……勘のいい男だ。貴様らはこのパーティーが始まってから演奏した『魔曲』を聴き続けた事により、徐々に意識を侵食されたのだ。表層意識は精神防御で防げても、貴様らの深層意識は既に掌握した!」

 

 つまり、奴が右手を振るうだけでもう俺達は満足に魔術を行使する事が出来なくなってしまったわけだ。いや、それだけじゃない。停止していた筈の人間達がゆらりと動き出し、俺達を囲んで来た。

 

「そ、そんな……私の、所為で……」

 

 誰が見ても絶体絶命の状況に立たされてルミアが震えだした。俺もどうしたものかと焦り出す。魔術で駄目なら俺にはウルトラマンの力がある。

 

 三分間という制限付きだが、この状況を脱するだけならともかく、ザイードにまで迫っていく前に周囲の人間達を人質にでもされてしまえば途端にチェックメイトになってしまう。

 

 どうこうしようと迷う間に何を決めたのか、アルベルトさんが銀色に輝くナイフを取り出す。

 

「な、何を──」

 

「落ち着け、この状況は想定済みだ。もしもを考えてまずこの状況から脱する手段を予め打ち合わせてたんだ」

 

 ナイフを使って強引な手段を行使しようと思って止めようと思ったが、グレン先生が俺の肩を掴んで止める。

 

 そして、ふいにアルベルトさんがナイフを投擲すると笛のような甲高い音が会場に響き渡る。

 

『オーケー……あの辺りじゃな。じゃ、一丁ぶちかますかの』

 

 そんな声と共に銃声が響き、同時に周囲の人間達が膝をついた。

 

「作戦成功! どうじゃ、ワシの特製、『重力結界弾』っ!」

 

「いや、実際に作成したのは僕なんですが……それより、急いで! 結界が効いてるうちにこの場を退きます!」

 

「よし! リョウ、お前は自力で行けるな? 重力がキツイだろうが、ここを強引に突破するぞ!」

 

「いや、俺や作戦知ってるだろう先生達はともかく、ルミアは!?」

 

「それも心配いらねえ。ルミアは……」

 

「いいいいいやああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 豪快な叫びと共に突然現れたリィエルがルミアを担いで重力結界の中を強引に突破した。

 

「……アイツが運んでくれる」

 

「はい……もう、本当頼もしいですね」

 

 苦笑いすると共に俺は集中して身体能力を上げ、同様に重力結界を突破して会場を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

「さって……運良く撒いたようじゃが……」

 

「まずいですね。学院内の人間はもう皆魔曲に支配されています」

 

 会場から出てしばらく走ったところで茂みに隠れられたが、その周囲では魔曲に支配されて操られてるだろう人間達がゾンビみたいにうようよしていた。

 

「さて、どうするか……あやつの魔曲の所為でワシらは満足に魔術も振るえん。即興でかけた精神防御も崩れるのも時間の問題」

 

「おまけに学院から出ても奴の魔曲が更に大勢の人間にかかれば支配された先から次々と俺達に群がってくるだろうから街に逃げるのもなし。完全に詰みだな」

 

 街へ出るのは被害が増えるだけなのでアウト。ここに残ったとしても精神防御が何処まで保つかもわからないのであまり悠長にもしていられない。それだけでも十分大変だというのに……。

 

「うっ……ひっく……うぅ……」

 

「お、おい……泣くなって」

 

「ルミア……」

 

 こっちはこっちでさっきからルミアが嗚咽を漏らして泣きじゃくっていた。どうにか大きな声は出していないが、涙が止まらずに泣き続ける様にグレン先生とシスティもオロオロするしかなかった。

 

「そ、そりゃあせっかくのパーティーで、しかも苦労して『妖精の羽衣』を纏う権利手に入れてからこんな状況になって悔しいのもわかるが……」

 

「違うんです。全部、私の所為なんです……」

 

「はぁ?」

 

 思いがけないルミアの呟きにグレン先生が呆気に取られた。

 

「本当は、薄々わかってたんです。先生も、リョウ君も……何か隠し事をしてたのは。きっと、社交舞踏会の裏で何か為そうとしてるのは……」

 

 こちらも薄々わかっていたが、やはりルミアには気づかれていたのか。

 

「けど、それでも二人ならなんとかしてくれるって思って……何も聞かないでずっと甘えてた……気づかないフリをしてた……きっと、大丈夫。私なんかが口なんて出さなくてもきっとなんとかしてくれるんだって……」

 

「ルミア……」

 

「ずっと……ずっと、楽しみだったんです……っ! ずっと、今日っていう日がずっと楽しみだったんです……! 子供の頃からの夢が……どうしても諦めきれなかった……! 何かあるかもしれないけど……二人がなんとかしてくれるって……どう思いたかった……っ!」

 

 涙声でルミアは尚独白を続ける。

 

「私は……廃嫡された王女です……いつ、この国から切り捨てられてもおかしくありません……いつ、敵の組織に殺されてもおかしくありません……だから……いつかやってくるその時に後悔しないように……ああ、短かったけど素敵な人生だったって。笑って逝けるような……ただ、思い出が欲しかった。先生と、システィと、リィエルと……みんあと……リョウ君と……心の中で輝けるような、宝物のような思い出が欲しかった……」

 

 ルミアのそんな罪悪感のような感情の篭った独白にその場のみんなは何も言葉を言えなかった。

 

「でも……私は、それすら望んじゃいけなかったんです……ごめんなさい……みんな、私の所為で……私が我が儘を望んだから……私の所為で、皆が……」

 

「……ふざけるな」

 

 俺が呟くとみんなが驚きの目を俺に向ける。そして俺はルミアの胸倉を掴んで無理やり目線を合わせる。

 

「さっきから聞いてればふざけた事ばかり言ってんじゃねえ。競技祭でも言ったのに……俺にもあんだけ偉そうな事言ってた癖に、いざこんな時になってみればメソメソと悲劇のヒロインぶるんじゃねえよ……っ!」

 

「ちょ、リョウッ! あんた、なんて事──」

 

「黙れ……今はすっこんでろ」

 

 俺が目線を向けると止めようとしたシスティが逆に止まって周囲のみんなも突然の状況だったのか、呆然と見守ってた。

 

「まず言いたいのはお前は綺麗な思い出が欲しかったから『妖精の羽衣』を欲したのか? 違うだろ……お前はただ純粋にあれを着て踊る事を夢見てただけだろ。望んじゃいけない? 我が儘を望んだ所為? ふざけるな……今のお前は王族でも何でもない、一人の女の子でしかないんだよ。たかが一人の女の子が我が儘を言って何が悪い?悪いのはそんな女の子の夢踏みにじった空気の読めねえアイツらと、お前を餌にする事を決めた宮廷魔導師団だろ」

 

「ちょい待て、坊主。ワシらも悪いというのは否定せんが、一応お前さんもワシらの協力者じゃから同罪じゃろ」

 

「それもそうでしたね……けど、一番悪いのはルミアを餌にした室長さんですよね?」

 

「アッハッハ! それは確かにな!」

 

 おかしそうに笑うバーナードさんと俺にグレン先生とアルベルトさん、クリストフさんが呆れた目を向ける。

 

「……とにかく、今回の事も今までも……お前が悪いことなんて何一つありゃしないよ。大体、トラブルを引き起こしたって言ったら俺だってそうだろう。俺という存在がいてどんだけ迷惑かかった事があるか知らないわけじゃないだろ」

 

「それは……」

 

 その性格上、俺の言いたい事を否定したいのだろうが、フェジテで起こったあの事件のことを思い出してそれを言葉にする事が出来ないんだろう。

 

「でもお前は、そんな俺に何て言った? 生まれた世界は違ってもここにいていいんだって……俺は俺でいていいんだって、そう言ったよな?」

 

「あ……」

 

「だから俺も今ここで言ってやる。お前がなんだろうが関係ない。お前はここで我が儘言っていいし、色んな事望んでいいんだよ。お前はただの女の子だし、それを否定するような奴がいれば俺がブッ飛ばす」

 

「あ、あぁ……」

 

「だからさ……もう自分の存在を否定するな。笑いたければ笑えばいいし、怒りたい時は怒ればいいし、泣きたい時には思いっきり泣け」

 

「う、うぅ……リョウ、くん……っ! あぁ……っ! あぁ〜っ!」

 

 俺の言葉を切っ掛けに、ルミアは涙を流しながら子供のように俺の服を掴み、胸に顔を押し付けて泣く。まだ『妖精の羽衣』を着ているのに、最初に見た時の幻想的なイメージはもうすっかり消え去り、今はただの女の子としてしか見えない。

 

 いや、それがルミアという少女なんだという事なんだろう。今まで俺を含めて男子達の思い描いた天使のイメージは俺達の勝手な押し付けもあるだろうが、ルミアがそうあろうと無理をした為でもあるんだから。

 

「ていうか、あの坊主……美少女にあんな風に抱き着かれるとかマジ羨ましいんじゃけど?撃っていいか? 撃っていいかの?」

 

「奇遇だな、翁……。俺も一丁ブン殴ってやりてえ気分だぜ」

 

「お二人共……空気を読んであげてください」

 

 そんな会話が聞こえ、流石にこうしてばかりもいられないと現実を再認識してそっとルミアを引き剥がす。

 

「さて、格好付けもここまでにして……正直、こんな状況を打破する作戦を思い付けないので、何かアイディアくれませんか?」

 

「お前な……さっきまでちょっとカッコいいと思ったのが台無しだぞ。まあ、アイディアに関しちゃなくはねえ。御誂え向きな事に、敵はどっかの誰かと似たような戦法を取ってやがるからな。となれば、やる事は限られるな……まず──」

 

『◼️◼️◼️◼️────ッ!』

 

 突然聞こえた人間では有り得ない──否、どの動物からも発生し得ない奇怪な咆哮が学園に響き渡る。

 

 全員が突然の咆哮に息を呑む中、クリストフさんが僅かに発光する宝石を握りしめる。

 

「これは……西側から突然巨大な気配が出現!? これは……悪魔? いや、もっと邪な何か……!?」

 

「悪魔じゃと……悪魔召喚術師はアルベルトが始末した筈じゃが?」

 

「予め保険をかけたという事か……悪魔の召喚には多大な犠牲と複雑な手順が必要になるからこの学院で急遽生贄を使ったとは考えづらい。俺達のようにザイードの魔の右手から逃れた時を考えて手を打ってきたか」

 

「おいおい、マズイぞ……こっちはただでさえあの魔曲の所為で魔術に制限かけられまくってるのに、そこに更に悪魔なんて加わったら……」

 

「それが奴の狙いなんだろう。ザイードはこの場面でなんとしても王女を抹殺する気だ」

 

 元からピンチな所に駄目押しと言わんばかりに更なる厄介な存在を打ち込んで一気にトドメを刺しにきたか……。

 

「もうのんびり作戦も言えねえ! アルベルト、わかってるな!?」

 

「誰にものを言ってる。是非もない」

 

「よし……白猫! お前はアルベルトに着いていけ! 後のことはコイツの指示を聞けばいい!」

 

「え? え? ちょ、いきなり何ですか!?」

 

 いきなりグレン先生に指示されて若干混乱の見られるシスティだが、アルベルトさんが強引に連れ出して一旦別れる事になる。

 

 俺達は学院の庭を駆け巡りながら北の林へ向けて駆け抜けていく。途中で操られていた人間達にも出くわすが、前衛を務めたバーナードさんとリィエルによってほぼ一撃のもと、吹っ飛ばされるか気絶させられるかで退けていく。

 

「おっとと、スマンな若人諸君!」

 

「ん、邪魔」

 

 二人が追っ手を退ける中、俺とグレン先生はルミアの両隣を陣取って護衛、その後ろでクリストフさんが敵の存在を感知している。

 

「……ザイードがこちらに気づきました。追ってきてます!」

 

「そうか……アルベルトの方は!?」

 

「既に学院を出てます! 向こうは飽くまで王女のようで、アルベルトさん達はノーマークです!」

 

「そいつはありがてえ! このまま行くぞ!」

 

 何の説明もなしに俺達は北にある迷いの森目指して進んでいく。その途中、クリストフさんが何かを感知したか、表情が強張った。

 

「来ました……西、距離四百メトラ! 敵影は三! このまま進めば二分後には第一種戦術距離まで接近します!」

 

「おうおう、来よったか! 例の悪魔はザイードの傍か……スマンが嬢ちゃん! ワシらは一旦ここでお別れじゃ!」

 

 バーナードさんがそう言うと、俺達から離れ、それにクリストフさんとリィエルも着いていく。

 

「頼むぞ、じじいっ! 無茶はすんなよ!? 時間を稼ぐだけでいいんだからな!?」

 

「わーっとるわ! ヒヨッコが一丁前に他人の心配などしとる場合か! むしろ一番キツイのはそっちなんじゃからな!」

 

「ルミアさん! グレン先輩の指示に従ってください! その人、普段でも土壇場でも頼りありませんが、土壇場の土壇場ではやる時はやりますから! リョウ君も、無茶のないようにと言いたいですが、二人を頼みます!」

 

「あそこまで美少女の前で偉そうな口利いたんじゃ! もし嬢ちゃんに怪我させようものならブン殴るからの!」

 

「グレン、リョウ……ルミアを守って」

 

「そっちも絶対に死なないでくださいよ!?」

 

 まだどんな事をしようかはわからないが、俺達はそれぞれ出来ることをするだけだ。いよいよこっからが正念場となるわけだ。

 

 ──ドクンッ!──

 

 満月が輝く下で、また俺の中で心臓とは別の鼓動が響いた……。

 



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第34話

「『飛雨』っ!」

 

 俺、グレン先生、ルミアはアルベルトさん等と別れ、北の森を駆け抜けながら時折追いついてくるザイードに操られた人間達を退けながら足場の悪い斜面を登っていく。

 

「リョウ、下がれっ!」

 

 グレン先生が叫び、俺は指示された通り一旦下がると懐から何かを取り出してそれを追っ手に向けて放り投げる。

 

「二人共目を閉じろっ!」

 

 グレン先生が叫んだ直後、眩い閃光が周囲を照らし、その光に目が眩んだ追っ手達が一瞬動きを止める。

 

「よしっ! このまま行くぞっ!」

 

「このままって……俺等一体何処に向かってるんですかっ!?」

 

 正直、グレン先生の指示に従って小さな丘の頂上を目指してはいるが、まだ具体的な意図を聞かされていないのでこれでいいものかどうか不安になりつつある。

 

「いいから行くんだ! 条件揃った場所まで行けばアルベルトと白猫がどうにかしてくれる!」

 

 比較的距離の近いバーナードさん等ではなく、最初から別れたアルベルトさんとシスティの名を口にする事からあの二人が作戦の要だろうというのはわかる。

 

 だが、二人が駆け出した方向は俺達の真反対だと思ってその方向を見ると、既に人間離れした視力で僅かではあるが、建物と街灯だけの夜景に紛れて二つの影が縦横無尽に飛び回ってるのが見えた。

 

 そしてその影はまっすぐ……この街一番の高さを誇る時計塔へと向かっていた。

 

「……まさか」

 

 それを見てようやくグレン先生達が何を考えてるのかわかると同時に戦慄もした。

 

 もし俺の予想通りだとすれば地球の科学技術の補助があってもかなり厳しいものだというのに、魔術の中に便利なものも多いとはいえ、それが成功出来るものなのか。

 

 いや、どっちにしても今は打てる手をとにかく打つしか出来ない状況だ。そもそもこの人達はそういうギリギリのラインを飛び越えながら生き残ってきた真の猛者だ。ならそんな人達を信じて……そして俺自身もそれを成し遂げられるようにならなきゃ……。

 

「……先生、そろそろ着きます」

 

「え……いや、悪いがもう少し回って──」

 

「そろそろ……天辺まで昇り切ります」

 

「……って、お前まさかこっから……?」

 

「今の俺の五感舐めないでくださいよ。そもそも俺に力を貸した人達は地上から月のクレーター……模様までくっきり見分けられる視力を持ってるんですから俺なんてまだまだですよ」

 

「お前が敵側じゃなくて良かったって心の底から思ったわ……。うし、じゃあ時間を気にする必要も無くなったみてえだし、このまま北東方向へ行くぞ!」

 

「はい!」

 

 グレン先生の指示通りに進路を変えて森を駆け抜け、少し開けた場所まで辿り着いたと思った時だった。

 

「……っ!?」

 

 信じられない光景を見た……。

 

「◼️◼️◼️◼️────ッ!」

 

「やれやれ……随分と手間を取らせてくれるね」

 

「チッ……! そっちは毎度毎度しつけえんだよ。しかも、やたらキモイのまで連れて来やがって」

 

 グレン先生とザイードが言葉の投げ合いをしているが、俺はザイードよりもその傍らにいる存在が気になって仕方がなかった。

 

 四・五メトラはあろう巨体の、ナメクジやカタツムリのような軟体生物。毒々しい色を放ち、表面からは横開きの巨大な口が閉じたり開いたりし、奇怪な声を上げている。

 

「おや? こちらが気になるかな?」

 

 ザイードが俺の視線が隣の生物に注がれてるのを感じて不気味な笑みを浮かべる。

 

「これはこの作戦に当たる際、ある人から譲り受けたものだ。私の指揮棒を改変して特殊な術式を取り入れ、私の駒として動くようにしてくれたものだ」

 

 その言葉を聞いて確信してしまった。ザイードが従えてるだろう生物には心当たりがありすぎた。

 

「まさか、そんな気色悪い悪魔まで従えていたとはな……イヴの奴、キチンと情報提供しやがれってんだよ」

 

「いやいや、彼女はコレについては何も知り得なかったのだからしょうがない。それと、悪魔ではない。この生物の名は──」

 

「スペースビースト……」

 

 俺がザイードの言葉を遮って出した言葉に僅かに反応を示した。

 

「……ほう、コイツの事を知ってるとは驚いた。何処でコイツの事を知ったのかな?」

 

「その前に言っておくぞ……。ソイツは今すぐ捨てるべきだ……今のうちにな」

 

「はぁ……君は自分達の状況をわかってないね」

 

 俺の言葉にザイードは呆れるように肩を竦めながら指揮棒を持ち上げる。すると、スペースビースト、『ペドレオン・クライン』がその大口を開けて近づいてくる。

 

 だが、そんな時だった。光の筋が視界の端で閃いたかと思えば、ザイードの掲げていた指揮棒が音を立ててへし折られた。

 

「なっ……!? バカな……一体何処から!?」

 

 ザイードは突然の事態に目を白黒させながら慌てふためいた。

 

「へっ……目先の手柄ばかりに気を取られてすっかり忘れたか。俺達の後ろにはな……最っ高に頼もしい『鷹の目』があるって事を」

 

「そ、そんな……」

 

 ザイードの指揮棒が折られた影響か、周りを囲んでいた人間達が一斉に倒れこんだ。今のでザイードの暗示術が解けたのだろう。

 

「さて、状況は一気に逆転したな。後はその気持ち悪い奴をどかしてテメェをぶっ飛ばせば万事解決だ」

 

 確かに、普通ならあの厄介な指揮棒が片付けば数の上でも一気に優位に立てるようになるからそう言いたくもなる。狙いも悪くないかもしれない。だが……。

 

「……いえ、むしろ最悪な事になりました」

 

「は? おい、それどういう──」

 

「ぎゃあああぁぁぁぁ!?」

 

 グレン先生の疑問が俺に向けられる前にザイードの悲鳴が森の中に木霊した。奴が従えていたペドレオンが身体中から触手を伸ばし、ザイードを拘束していた。

 

「な、何故……っ!? 貴様が喰らうべきは向こ──わ、わあああぁぁぁぁぁ!?」

 

 ザイードがスペースビースト『ペドレオン・クライン』の触手に引きづられながらズルズルとその大口へと吸い込まれようとしていた。

 

 自身に巻き付いてくる触手の形容し難い感触、全容を知り得ない生物に対する本能的な恐怖から必死に逃れようともがくが、感情のままに動こうとすればするほどあの生物に対しては悦ばせるための感情(スパイス)でしかない。

 

 ザイードの姿は奴の大口の中へと消えていき、僅かに聞こえる何かが潰れる音と引きちぎられる音……短い断末魔とも言える叫びが奴の体内から響いた。

 

 ザイードが奴の中へ消えた事からその最後の姿は見えなかったが、目の前に繰り広げられた悍ましい光景からルミアが膝を着いて口元を両手で抑えた。

 

「な、何だ……こいつ……? おい、アレは一体何なんだっ!?」

 

 どうにか全身に来る震えを抑えながらグレン先生がペドレオンの事を俺に聞いてくる。

 

「……スペースビースト。人間の血肉と恐怖を喰らう存在です。本来、こっちの世界にいる奴じゃ……というより、現実に存在しないと思ってた奴なんですが」

 

 だが、俺が会ったウルトラマンと同様、スペースビーストも今こうして目の前に存在している。

 

「とにかく、現状に置いて最も最悪の存在です。ただ闇雲に倒そうとしたところで細胞一つでも残っていればそこから復活、増殖する厄介な奴でもあります」

 

「はぁ!? そんなもんどうやって退治しろってんだ!? こっちは魔曲の影響が無くなったとはいえ、基本の三属しか使えない三流魔術師と三分限定のスーパーマンの二人だけだぞ! ジジイ達はまだドンパチしてるだろうし、アルベルトもこっちに来るまでに時間がかかるぞ!」

 

「そんなもんわかってんですよ……っ!」

 

 正直、打つ手が見つからない。ウルトラマンの力を使ったところでスペースビーストを一瞬の内に蒸発しうる技もないのに倒したところですぐ後にもっとマズイ状況が出来上がるだけだ。

 

 あれでもないこれでもないと、考えてるうちにペドレオンはジリジリと距離を詰め始めた。

 

 グレン先生は俺の話を聞いた上でも何とかしようと身構え、ルミアは先のザイードの惨状を見てスペースビーストに恐怖を抱いている。俺も最早万事休すかと諦観し始めていた。

 

 もう一時的だろうと何だろうと、先ずはこいつをどうにかしようとカードを取り出すが、無意識にやったためか、目的のものとは別のカードを取り出してしまったようだ。だが、その取り出したカードはいつの間にか目覚めていたように光を発していた。

 

 しかも、今回の状況を打破するのにうってつけの戦士が描かれたカードだった。

 

「あはは……何というタイムリー……」

 

「あぁ!? 何言ってんだかわかんねえが、なんでもいいからコイツなんとかするカードねえのか!?」

 

「ええ……今目覚めてくれたみたいです!」

 

 俺が取り出したカードの絵柄を見せる。そこには紅い鎧のような身体に、Y字の赤いクリスタルとその側に青いクリスタルが浮かんだ戦士の姿。

 

 人から人へと移ろい、様々な形で想いを繋いで輝きを増す巨人……。

 

「頼む……『ネクサス』っ!」

 

 俺はその戦士の名を呼び、カードが呼応するように光を発した。

 

 その光が周囲を一瞬照らした後……静かに消失した。

 

「……え?」

 

「……おい、何か変わったか?」

 

「いや、え……? そんな……」

 

 確かにネクサスの力は解放した筈だ。だが、それでも何も起こってない。

 

「◼️◼️◼️◼️──ッ!」

 

 突然の事態に困惑してる間にペドレオンが更に肉薄して俺は一時ネクサスの事は放棄して近づいてくるペドレオンに飛びかかる。

 

「『水球』っ!」

 

 俺は水の塊を奴にぶつけ、ペドレオンを後退させる。下手に三属呪文で奴の細胞を飛び散らせるような事があれば近いうちに増殖させてしまうのはなるべく避けたいところなので今はこいつで凌ぐしかない。

 

 だが、僅かに後退させたところで事態が好転するわけもなく、周囲に人が倒れてるこの場所で戦闘をするのは奴の捕食活動を助長させかねない。

 

「先生っ! とりあえず場所を変えます! こんな所に居座り続けたら他の人間も食いかねませんっ!」

 

「くっ……! 出来ればアルベルトかジジイ達の援軍に期待したいが、そうも言ってられないか!」

 

 グレン先生もコイツの恐ろしさはさっきのザイードの最期を見て感じ取ったのですぐに納得してルミアを抱え、ペドレオンの誘導に入る。

 

 森の中を逃げながらペドレオンを時折刺激して俺達に注意を引きつけて逃走するものの、このままでは悪戯に時間と体力を浪費するだけだ。ウルトラマンの力を発現してる俺と元軍人のグレン先生はともかく、普通の人間であるルミアはもともと運動がそんなに得意でもない上にさっきのショッキングな光景の所為で心身共にかなり参っている。

 

 彼女を庇いながらスペースビーストの相手をし、且つ倒すのは今の俺では不可能だ。肝心のネクサスの力も発動した筈なのに何故か力が湧いてくるような感覚がない。

 

 もうリスクを承知で他のウルトラマンの力を使ってペドレオンを倒そうかと思った時だった。

 

「ぐわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

 俺と並走していたグレン先生が何かに突き飛ばされ、抱えられたルミアも一緒になって倒れた。

 

 見ると茂みに紛れて見え難くなっていたペドレオンの触手がウネウネと撓っていた。グロテスクな姿にばかり目がいって死角に対する配慮が散漫になってしまったようだ。

 

「『光牙』っ!」

 

 俺は[フォトン・ブレード]を発動させてグレン先生とルミアに迫ってくる触手を斬り払う。

 

 触手を二・三切り落とすが、触手は無数に迫ってきてすぐに捌き切れなくなり、俺の足に巻きて浮いてバランスを崩されてしまう。

 

「うわっ!」

 

「リョウっ!」

 

「リョウ君っ!」

 

 地面に倒れこんだ隙にペドレオンの触手が身体中に纏わりつき、奴の元へと引きづられていく。

 

「ぐ……このっ!」

 

 グレン先生が懐から銃を取り出すが、ペドレオンが俺の身体を持ち上げ、自分の目の前に持っていき、グレン先生の行動を妨害する。グレン先生は俺の事を気にして銃の引き金を引けなくなってしまう。

 

 他の生物を捕食する事しか存在意義のない奴が随分セコい事をするかと思ったが、よくよく思い出してみればコイツらは進化速度が異常な程すごい。

 

 人間が恐怖を蔓延させないために記憶を消している事を知ればそれを学習して同じ手段を取り、人間に悟られ難くしたりもしたな。そして、今回も俺達が無関係の人間を攻撃しない事を理解して仲間の目の前で見せびらかすようにして自身への攻撃を止めた。

 

 そして、攻撃して来ないとわかれば後は捕食するだけ。俺の身体が奴の口へとどんどん引き込まれようとしていた。

 

 俺を縛る触手から逃れようと必死にもがくが、あちこちに巻きついてるためにロクに力も入らず、抵抗する事も満足にできない。最早ここまでかと思った時だった。

 

 ──諦めるなっ!──

 

 またあの言葉が聞こえた。同時に身体の内側から熱くなっていく。気づくと俺の左手が青白く輝いていた。

 

 無我夢中で左手に力を込めると光が更に輝き、左腕を縛っていた触手が引きちぎれた。解放された左手を振るって身体中に巻きついてる触手を千切って自由になり、ペドレオンと距離を取る。

 

「◼️◼️◼️◼️──ッ!」

 

 ペドレオンは奇怪な声をあげると、俺に向かって身体のあちこちから触手を伸ばしながら突進してくる。

 

 先とは違って捕食対象というよりは完全な敵として向かってるように感じる行動により、攻撃の速度は上がったが、軌道が直線的になってるために回避は容易になった。

 

 俺は触手の隙間を掻い潜ってペドレオンへと肉薄し、再び左腕を輝かせて打撃を浴びせ、その軟体を軽々と突き飛ばす。ネクサスの力があるから飛ばせたとはいえ、やっぱり元が元だからか嫌な感触が腕から伝わってきた。

 

 一瞬感じた不快な気持ちも腕を回して振り払い、左腕に意識を集中する。

 

 左腕は再び青白く発光し、電光が表面を奔っていた。エネルギーを集中してる間にペドレオンが態勢を整えて再び触手を俺に向けて伸ばしてくる。

 

 触手が俺の身体に触れる一歩手前でエネルギーの充填が完了し、その瞬間に驚異的な跳躍力で空中へと跳び上がった。

 

 左腕に溜めたエネルギーを胸板に押し付けると俺の身体が白銀に輝き、胸の部分に赤いYの字の模様が浮かび上がり、眩い光線が放たれた。

 

 その光線がペドレオンの身体に命中すると、体内に食い込んで行き、数秒後には内部でそのエネルギーが膨れ上がってペドレオンの身体は破裂し、青い光の粒子へと変わって散っていった。

 

 これでようやく終わったかと安堵し、グレン先生とルミアの方へ振り返ると二人は信じられないと言った目で俺を見つめていた。

 

 まあ、ウルトラマンの力を見ればそうなるかもしれない。しかも、今回はウルトラマンの代名詞とも言えるまともな光線技を初めて使ったわけだからな。腕は十字に組めないけど……。

 

 俺はそんな的外れな考えで完結していたために、二人の視線の意味をこの時は解っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件は終息して……。ザイードの指揮棒を壊して正気を取り戻した学院の人間達が一斉に目覚め、予期せぬ形で中断された社交舞踏会が再開された。

 

 最初は正気を失った間の事をどうしようかと焦ったが、どうもザイードの管理下に置かれた人間は操られてる間の記憶があやふやになるらしい。また、ザイードの手から解放された後も前後の都合を合わせるように仕組まれたのか、無意識下で元の場所に戻った。

 

 会場に戻ってようやく正気に戻ったみんなをリゼさんのアナウンスにより、強引に舞踏会の続きへと繋げて今夜起こった事件はまるでなかったかのように賑やかな空気が戻った。

 

 ザイードの所為で中断させられたフィナーレ・ダンスも再開する事ができた。まあ、ペドレオンとの戦闘で破けたりベトベトになったので新しいのに変えたのをクラスメート達に不審がられた時は焦ったが。

 

「やれやれ……正気を失った時の記憶がないのはある意味都合が良いかもしれないけど、今夜はドッと疲れたかも」

 

「今回は大活躍だったもんね」

 

「俺が……というよりは、先生達がだけどな」

 

 グレン先生の戦況の調整、アルベルトさんの長距離射撃……直接は見てないが、クリストフさんやバーナードさんも軍の人間だけあって見事な切り替えの良さと咄嗟の機転。失敗こそしたもののイヴさんの用意周到な魔術……当然ながら俺の知る魔術なんか比べ物にならないくらいのものをみんな持ってる。

 

 俺は俺でウルトラマンの力を使ってるが、それは飽くまで借り物だ。自分自身の力とはとても言えない。そう考えればアルベルトさんに着いてサポートしたシスティは同年代の中で頭一つ抜きん出ている。俺の周囲にはどんだけすごい人間がいるんだか。

 

「でも、リョウ君だって私の事守ってくれてたよ」

 

「そりゃあ守るでしょ。仲間だし……」

 

「だから、ありがと。色々あったけど……今夜の事は、本当に私の一生の宝物だよ」

 

 俺に向けてくる笑顔には一片の曇りもないように見える。ルミアの事だからそれは本当に心から思った言葉なんだろう。けれど、ザイードから逃走する時に聞いた言葉を思い出すとそれは彼女の本当の顔なのかどうか……。

 

 あんな事が起こったばかりだからというのもあるが、俺はその笑顔に対して何を言えばいいのかわからなかった。

 

「そっか……じゃあ、今度はどんな宝物を見せようかな?」

 

「……え?」

 

「いや、この学院って良くも悪くもイベントに事欠かさないからさ。もしかしたら今日以外にも何か楽しい事があるかもしれないだろ。俺だって、時間はかかるけど面白い物作れるかもしれないし……思い出に残るものなんてこれからいくらでも作れるって」

 

 だからせめて、未来にもルミアの場所はちゃんとあると暗に示すくらいしかできない。それが伝わったのかどうか、フィナーレ・ダンスを終えたルミアがそっと顔を俺の胸に押し付ける。

 

 周囲は『妖精の羽衣』を着て踊れた事による感動かと思っていたようだが、一番近くにいた俺は彼女の密かな嗚咽をただ受けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? こんな所に呼んで何の用だ?こっちはやりたくもねえ後片付けもあるし、一応あいつらも家に送ってやらんといけねえっつうのによ」

 

「まあ、そう言うな! やりたくもない後始末をせにゃならんのはこっちもじゃしなっ!」

 

 学院の人気のない場所で、グレンはアルベルト、バーナード、クリストフの三人と向かい合っていた。

 

 フィナーレ・ダンスも終わって社交舞踏会もようやく閉幕したのでこの時間はもう誰も通らない場所で落ち合おうと約束し、集合した。

 

「それで……お互いお忙しい所にこんな時間にどうした?」

 

「わざわざ聞く事か? 俺達の用事が何か、お前ならすぐにわかるだろう」

 

「……さてな」

 

 かったるい風に言うグレンだが、その目は若干鋭いものになっている。

 

「……今回ザイードが持ち出した悪魔──いや、スペースビースト……だったか」

 

「あいつの話が本当ならな」

 

「今まで天の知恵研究会があのような生物を所持してるなどという情報はなかった。だが、そんな存在を何故かアマチは知っている」

 

「おい……今更アイツが敵の一味だなんて抜かすんじゃねえだろうな?」

 

「先輩、落ち着いてください。僕達も流石にそこまでは思ってません。しかし、今までにない事が起こってる以上、それを知ってるだろう彼の事も無視できないという点も理解してください」

 

「敵の突発的な行動なんてもう今に始まった事じゃねえだろうが」

 

「それだけじゃありません。今回のリョウ君のアレも気になります」

 

「多分、グレ坊が言ってたうるとらまん……じゃったか。それに所縁あるものかとは思うが……以前はあんな、銀色の鎧のようなものを纏ってはなかったんじゃがな」

 

「グレン……あの姿については何か聞いてないのか?」

 

「……あの化け物ぶっ倒した後で聞いてみたが、本人は自分が変わっていた事に気付いてすらいなかったよ」

 

 ペドレオンを倒した最後の瞬間……グレンが見たのはリョウの姿が銀色を主体に所々に黒いラインがはしり、胸にYの字の赤いクリスタルが浮かび上がった鎧のようなものに変わっていた。それも数秒間の出来事だが。

 

 それをルミアと一緒に見た時は目の前の現実が信じられないと言った風に呆然としてたが、それを行った当の本人は新しい力に驚いたのだと解釈していた。

 

「……いずれにしても、これからも一層警戒する事だ。アマチからも、出せそうな情報は出来るだけ取っておけ。何処かで使えるかもしれん」

 

 それだけ言うとアルベルトは踵を返して森へと入っていく。

 

「では、僕らもこれで」

 

「あの坊主にもよろしく伝えといてくれな」

 

 クリストフもバーナードもそれに着いていって音もなく去っていく。

 

「……あぁ、くそ……本当に何なんだっつの」

 

 グレンは八つ当たり気味に木や茂みにガスガス、とつま先を当てる。

 

「リョウ……お前は一体、何なんだ……?」

 

 誰も答えられそうにないグレンの疑問の声はグレン以外誰も居ない、虚空へと消えていった。

 



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短期留学
第35話


「──と、以上がこの構造の簡単な仕組みですね。あと、これ……以前出た化け物に関する事と、それに類似する奴らのリスト。また出てくるかどうかは不明ですが一応……」

 

「協力感謝する。あの化け物については上もまだ判断に困っているみたいだからな。詳細なデータはあって困るものではない」

 

 アルザーノ魔術学院の敷地内に設けられた礼拝施設のチャペルにて、何故か牧師の格好をしていたアルベルトさんと対話していた。なんか、いつも首にぶら下げてる十字架のペンダントの事もあってかなり似合ってる。

 

 ちなみに今俺が手渡したのはイヴさんが来た時に約束した地球の技術の一部を俺なりに解釈して作ったものと、社交舞踏会の水面下で起こっていた暗殺未遂事件で出てきたスペースビーストに関するデータを記したものだ。

 

 アルベルトさんの話では今までにない事と連続して複数の事項の操作も平行して行われているので上層部も行動を纏めきれないでいるらしい。

 

「では、俺はこれで。さっき掲示板でとんでもない告知があったので」

 

「待て」

 

 礼拝堂から出ようとしたところでアルベルトさんから待ったがかかった。

 

「何ですか? すみませんが、出来れば早く学院長に聞いておきたい事があるので……」

 

「リィエルの退学処分に関してならこちらも把握している。お前を呼んだのはその話も含めてだ」

 

 そう……。掲示板にあったのは何故かリィエルが退学処分を受けるというものだった。テストで赤点連続なら退学というのはこの学院にも当然存在するが、リィエルが編入してからまだテストも行なっていないというのにいきなりこの処分が下されることを宣告されたのだからグレン先生やルミアにシスティ、クラスメート全員が騒然としていた。

 

 俺はアルベルトさんに呼ばれたからグレン先生とルミア、システィはリィエルを連れて先に学院長室へと駆け出していった。

 

「今回のリィエルの退学処分についてだが……くだらん事に、縄張り争いの一環のようなものだ」

 

「縄張り争い……ですか?」

 

「……まず聞くが、お前はこの学院に通ってる生徒がどういった者達か知ってるか?」

 

「え? いや、普通に魔術の素養のある生徒達でしょ? で、その育成の為の機関ですし」

 

 俺の答えにアルベルトさんは眉間にシワを寄せて若干呆れた風な感じだった。

 

「いいか? この学院は単純な育成機関ではない。学者へ進む者もいれば軍に志願する者など、魔術関連の道に進もうとしてる者達で溢れてる。そして、最高決定機関たる理事会には国軍省、魔導省、行政省、教導省……様々な機関に関わる者、もしくはその子息などが利権の塊とも言える魔術学院内にて常に主導権を握ろうと画策している」

 

「ん〜……つまり、今回のリィエルの退学もその派閥の一部が裏で手を引いて?」

 

「そうだ。教導省と魔導省……この二つの組織が一時的に手を組んでリィエルの排除に動いたのだろう。女王陛下へ媚びを売るという如何にもな心算だが、現状書類と口でリィエルの退学を取り消すのは無理だ」

 

「うわぁ……汚ねぇ。権力持った大人はロクなのがいねえのか」

 

「派閥と場所が違えば考え方も違うのは仕方あるまい。政治とてボランティアじゃないんだ。国を思えば手を汚すのも躊躇わぬからこそ、まだこの国も表向き安定出来てるんだ」

 

 だからって、王女の護衛の為の人間を排除するとかバカとしか思えないのだが。

 

 そんな会ったこともない政治家へ向けて怒りと呆れの感情を向けているとチャペルの戸がバン、と音をたてて開いて三つの影が飛び込んできた。

 

「お、リョウッ!? こっちにリィエル来なかったか!?」

 

「え、リィエル……ですか?」

 

 飛び込んできたのはあちこち走り回ったのか汗を垂らしてゼェゼェ、と息が上がっていたグレン先生とルミア、システィの三人だった。

 

 リィエルを含めた四人で学院長に直談判に行った筈だが、今の言葉から察するにリィエルがいなくなってしまったようだ。

 

「何があったんですか?」

 

「うん……どうにか退学を取り消せないからって学院長に相談してたら聖リリィ魔術女学院からリィエルに短期留学のオファーが来てるって言って……」

 

 留学のオファーの話にもイマイチ理解が追いつかないが、それ以前に聞いたことのない学校名が上がったので聞いてみたらこの国の教育機関のひとつで所謂女子校と言える所らしい。

 

 この国の首都、帝都オルランドの北西の山奥にある学院でお嬢様ばかりの通う所……何故かそんな所から短期留学のオファーの通知が届いていたらしい。

 

「それに参加して成功出来ればリィエルの退学は取り消せるんだけど……」

 

「それを説明したらリィエルが頑なに拒んじゃって……それで今に至るんだけど」

 

「なるほど……」

 

 話を聞いて事の顛末を理解した。考えてみれば、リィエルにこの話は色んな意味で荷が重いものだろう。

 

「くそ……街に逃げ出したってなると、この街の広さもバカにならないからな……」

 

「その必要はない」

 

「あぁ? 何だ……悪いけど宗教勧誘なら月付き合うつもりは──って、お前アルベルトか!?」

 

「「えっ!?」」

 

 グレン先生がアルベルトさんを認識すると、三人が驚いていた。まあ、あんな威圧感すら漂うアルベルトさんがいきなり牧師姿で目の前にいれば驚くわな。グレン先生達が驚くのを見てアルベルトさんは一瞬にしていつもの帝国軍としての姿に戻ったが。

 

「毎度思うんだが、お前やっぱり役者とかで食っていけそうな気がするんだけどな……」

 

「久しぶり……でもないな。社交舞踏会以来だが……」

 

 グレン先生の言葉を無視してアルベルトさんは咎めるような視線を向ける。

 

「今回のリィエルの一件……お前が付いていながらなんて様だ」

 

「うっ……もう知ってんのかよ」

 

「まあいい。ちょっと待ってろ」

 

 アルベルトさんがチャペルのステンドガラスの前にある講壇の裏側へ手を回すと……何故か手足を縛られてたリィエルがひきづり出された。

 

「「「「ええええぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」

 

 いきなりのリィエルの登場の仕方に俺達は揃って驚きの声を上げた。

 

「どうせこうなるだろうと思ってたからな。一応の為に張っていたが、案の定だった」

 

「い、いつの間に……俺がこっちに来る前に既に?」

 

「相変わらずその用意周到過ぎる手腕は見事なんだが……もうちょっと方法があったんじゃね? ていうか、元司祭様がなんつう所に監禁してんだよ?」

 

「ふん……信仰など、とうの昔に捨てた」

 

 なんと、アルベルトさんは元司祭だったのか。妙に牧師姿も似合ってたが、元々そういう職の人だったのか。

 

 アルベルトさんが拘束を外すとリィエルは頰を膨らませて膝を抱えながら背を向けて座り込む。

 

「頭は冷えたか、リィエル?」

 

「むぅ〜……」

 

 リィエルは不満タラタラと言った風だが、アルベルトさんを前に逃げても無駄だと悟っているのだろうかもう逃走する事はなかった。

 

「さて、皆集まったところで話をしよう。無論、リィエルの今後についてだ」

 

 アルベルトさんが話題を上げて一同に一種の緊張が走った。

 

「なぁ、アルベルト……上層部に頼み込んでリィエルの落第退学処分を取り消せねえか? 何とか敵対派閥と交渉出来ないか? 元とはいえ、元王女の護衛なんだぞ?」

 

「無理だな。そもそも建前上、王女は既に王室籍を剥奪された『平民』だ。王女の護衛だという理由で通す訳にはいかない。そもそもリィエルを退学させたところで新しく護衛を入れればいいだけだ。来期から自分達の息のかかった人間を王女の護衛として編入させる心算だ。故に、連中が交渉で落第退学を取り消す事はないだろう」

 

「があぁ〜っ! 流石、政治家共だなっ! クソうざってぇ! そういうのは地獄でやってやがれ!」

 

 俺にも言ってたが、交渉でリィエルの処分の取り消しが無理だとわかってグレン先生は頭を掻きむしって苛立ちの声を上げる。

 

 俺としても、そんな下らない理由で入ってきた護衛を信じるなど到底出来ない。仕事にしてもプライベート的な意味でもリィエルにはいなくなって欲しくはない。

 

「となると、さっき言ってた短期留学しか無くなるって事ですか?」

 

「そうだ。奴らを黙らせるには正攻法で突っぱねるしかない。短期留学を成功さえさせれば学生としての成績にもプラスになるし、向こうも無闇に退学させる理由をでっち上げる事も出来なくなる」

 

「だそうだ。聞いたな? お前がここに居続けるにはちょっとの間我慢してもらうしかねえんだよ」

 

「……やっぱりいや……行きたくない」

 

 グレン先生に注意されてもリィエルはルミアとシスティの後ろに隠れながらイヤイヤと首を振る。その姿は正しく我儘を言ってる時の子供のようだ。

 

「あのなぁ……話聞いてたろ。このままじゃお前──」

 

「先生、ちょっと待ってくれます?」

 

「あん?」

 

 グレン先生はどうにかしてリィエルを短期留学させるように促そうとしているが、リィエルに対してはただ言い聞かせるだけじゃダメだろう。

 

「リィエル……ちょっといいかな?」

 

「……ん?」

 

「リィエルはさ……退学する……っていうか、俺達と別れるのは嫌だよな?」

 

「…………うん」

 

「じゃあ、短期留学するのも嫌?」

 

「…………うん」

 

「何で嫌なのか……教えてくれるかな? 俺達にもわかるように」

 

「……私、は……グレンや、ルミアや、システィーナや、リョウと……離れるのはいや…………一人になるのが、怖い……だ、だから……」

 

「っ!?」

 

「こういう事ですよ、先生。リィエルはただ我儘で短期留学を拒んでるわけじゃありません。何も知らない環境に一人にさせられるのがどうしようもなく怖いんです」

 

 俺もさっきまで忘れかけてたが、リィエルはそもそも子供だったんだ。

 

「そうだ。そもそも、リィエルが見た目以上に幼いのを忘れたわけではあるまい。リィエルの生まれ方は普通とは全く異なる」

 

 そう……。リィエルは遠征学修の先、白金魔導研究所で聞かされたとある遺伝子計画によって生み出された謂わば人造人間。聞いた話ではこの世に生まれてまだ五年も経ってないという。

 

「この世に生み出されて間もない上、その日々も常に戦いの中。精神・記憶の大元であるイルシアとて特殊な環境の下で生きてきた人間だ。肉体、知識、記憶も十四・五の少女相当かもしれんが、リィエルの精神的な部分はまだ幼子のレベルだ」

 

「そ、それは……」

 

「元々リィエルは亡き兄の影をお前に重ね、依存してきた。更に今は王女、フィーベル、アマチやクラスメートなど、それらが今のリィエルの心の拠り所……謂わば『依存』対象だ。一時的とはいえ、それらからリィエルを引き離すというのは、赤子から母親を奪うに等しい行為だ」

 

「リィエルは本来の年齢を考えれば五歳にも満たないんでしょう?なのに、そんな子を一人別の場所に放り出すような事は……例え大事なことだったとしても、ちょっと酷だと思うんです」

 

「……くそっ……お前にも解る事だっていうのに、俺って奴は……」

 

 グレン先生は自分のやろうとした事の重みを知って自責の念を顔に浮かべる。

 

「とはいえ、実際問題どうするんだよ? さっきの話を聞いたら無闇に行けとは言えなくなっちまうが、短期留学成功させなきゃ結局リィエルは退学処分を受けて俺達と別れる羽目になるぞ」

 

「あの、先生……」

 

 グレン先生がどうしたものかと頭を抱えたところに、ルミアがおずおずと右手を上げて声をかける。

 

「それなら……私達も一緒に短期留学するっていうのは、どうでしょうか?」

 

「あ、それいいんじゃないかしら! それならリィエルも安心出来るし!」

 

「リィエルは、私の護衛なんだし……だったら、私も一緒に行くべきじゃないかなって」

 

「いや、なんかそれ……すっげぇ間違ってる気がするが……」

 

「護衛されるべき人間が護衛する人間に着いていくって……立場逆ですよね?」

 

 まあ、リィエルに短期留学させるにはそれくらいしないと駄目だろうしな。

 

「まあ、言いてえ事はわかるが……そんな事出来るもんか?」

 

「可能だ」

 

 グレン先生の当然の疑問に答えたのはアルベルトさんだ。

 

「それが護衛効率上、最良の策だと軍の上層部も判断している。上層部にしても、元・王女の直近護衛という特権(カード)は自分の手元に置きたい所だ。《隠者》の翁も、既にその工作に動いている。程なくすれば、二人にも短期留学のオファーが来るだろう。今回、俺が来たのはその話をするためでもある」

 

「マジか!? いや、相変わらず仕事速えな! そんな事出来るなら最初から言えって!」

 

 さっきとは打って変わって上機嫌なグレン先生がアルベルトさんの背を叩いた。

 

「よかったな、リィエル! これならお前も安心して行けるだろ!」

 

「……グレンは?」

 

「…………は?」

 

 ようやく話が進めるかと思えばリィエルはグレン先生の服の裾を指で掴んで相変わらず寂しそうな表情を浮かべる。

 

「私……グレンも一緒じゃないと、いや……」

 

「え……いや、そう言われてもな……。流石にあそこは、俺は無理だろ……男子禁制のお嬢様聖域だし。男の俺じゃどう足掻いたってな……こればかりは裏工作でどうこう出来る話じゃねえし……」

 

「いや、今回の短期留学にはアルザーノ魔術学院から派遣された臨時教師としてお前も着いて行ってもらう」

 

「はぁっ!?」

 

 いくらなんでもと渋るグレン先生にアルベルトさんが予想外の言葉を掛ける。

 

「いや、待て待て! 無理だろっ! 俺、男っ! お前、俺に死にに行けと!?」

 

「案ずるな。既に協力者によって手は打ってある」

 

「協力者?」

 

 疑問符を浮かべると同時にチャペルの講壇の裏のステンドガラスがガシャーン! と、音を立てて砕け散り、そこから紅いドレスを纏った女性が飛び出した。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンッ!」

 

 いつの時代の登場シーンだとツッコミ所しかない且つ、罰当たりな事をしたのはタウムの天文神殿の一件以来養生していたアルフォネア教授だった。

 

「セリカッ!? お前、復帰早々何罰当たりな事してんだ! 今神様に喧嘩売るのが流行ってんのか!?」

 

「話は聞いてるぞ! まあ、私に任せな!」

 

 グレン先生のツッコミも無視して自信満々なアルフォネア教授から胸の谷間から小瓶を取り出して、中に入っていた液体を口に含んでグレン先生に近づくと……何の予告も躊躇もなく、いきなり口付けをした。

 

「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」

 

 突然の展開に俺、ルミア、システィは驚愕せずにはいられなかった。

 

 グレン先生を両腕で拘束しながら濃厚なキスを何秒か続けるとさっきの液体を押し込んだのか、ようやく二人の間に距離ができた。

 

「ゲホッ! ゲホッ! セリカ……テメェ、いきなり何しやがる!? 俺に何飲ませた!?」

 

「大丈夫大丈夫、痛くないから。えっと……『陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん』──ッ!」

 

 アルフォネア教授が珍しく詠唱を入れると同時に指を鳴らすと、グレン先生が突然胸を押さえて苦しみだす。

 

「ぐ……っ! か、身体が熱い……っ!? 何……なんだ、これは……っ!?」

 

「ちょ、先生っ!? 一体どうしたんですか!?」

 

「アルフォネア教授っ! 本当に何飲ませたんですか!?」

 

「まあまあ、落ち着け。ちょっと離れてろよ……すぐにわかる」

 

 俺の問い詰めも軽く流して飄々とした様子でアルフォネア教授はもがき苦しむグレン先生を眺めていた。

 

 時間が経つにつれ、グレン先生の身体から煙が立ち上り、メキメキと身体が軋むような音をたてていく。

 

「がああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 煙の量が増え、グレン先生の姿が見えなくなると同時に絶叫がチャペル内に響き渡り、数秒もすると打って変わって静寂な空気が場を包んだ。

 

「げほっ、げほっ……一体、何なんだよ? セリカ、妙ないたずらは勘弁してくれ……」

 

 痛みが収まったのか、グレン先生がムクリと立ち上がる。だが、煙の中から僅かに見えるシルエットに違和感を抱いた。

 

 数秒もして煙が晴れると、下手すればさっきのアルフォネア教授のキスシーン以上の驚きの光景が目の前に広がった。

 

「ん? 何だ、お前ら……俺の顔に何か付いてるか? ……ん? ていうか、俺の声……妙に高くなってねえか? 風邪気味か……?」

 

 グレン先生が自分の声に異常を感じたのか、喉を撫でるがその途中で更なる変化に気づいた。

 

「ん? 何だこれ……髪? いつの間にこんな伸びてたっけか?」

 

「あ、あの……グレン先生、ですよね?」

 

 システィが戸惑いの声を上げるが、まあ無理もないだろう。今のグレン先生(?)の姿をみれば。

 

「はぁ? それ以外の何に見えるんだよ──って、ん? なんか胸が妙に重い……?」

 

 グレン先生(?)が更に自分の身体に異常を感じて視線を下に向ける。

 

「ん〜? これは……胸か? ふむふむ……俺の固有魔術[戦闘力測定眼(ゼロ・スカウター)]で見る所、87……だいたい、ルミアと同程度の戦闘力か。ふむ、悪くはな──って、ええええぇぇぇぇぇぇっ!? 何じゃこりゃああぁぁぁぁ!? オパーイッ!?」

 

 うん。この無駄な観察眼とリアクションは間違いなくグレン先生だな。……と、呑気に言ってる場合でもない。

 

 多分グレン先生なのはもう確定だろうが、なぜか目の前にいるのは中々のスタイルを誇り、艶のある整った髪の()()である。

 

「ちょ、先生っ! 何女性の胸を無遠慮に揉みしだいて──って、あれ!? 自分のだから、この場合はセーフ? え?」

 

 システィも注意を促すも、目の前の展開に着いて行けてないのか言いながら混乱している。グレン先生も自分の身体を隅々まで触ってほんの数分前とは全く異なる身体の変化に取り乱していた。

 

「おい、セリカッ! こりゃあ一体、どういう事だ!?」

 

 当然、こんな非現実的な事を引き起こした元凶たるアルフォネア教授にグレン先生が詰め寄る。

 

「白魔[セルフ・ポリモルフ]を応用してお前を女にした」

 

「ふっざけんなああああぁぁぁぁっ!」

 

 いい笑顔とサムズアップで何の悪びれもなく言い切るアルフォネア教授にグレン先生が憤慨の声を上げる。

 

「協力、感謝する。元・特務分室執行官ナンバー21 《世界》のアルフォネア」

 

「テメェの差し金かっ!?」

 

 アルベルトさんがアルフォネア教授に感謝の言葉を送ると、神速の勢いでグレン先生が胸倉を摑みかかる。

 

「吠えるな。元より作戦通りだ。お前は女となってこの学院からの派遣教師としてリィエル達と共に聖リリィ学院へ同行してもらう」

 

「ふっざけんなあああぁぁぁぁ! ナチュラルに俺を巻き込んでんじゃねえ!」

 

「落ち着いてください、グレン先生。リィエルの短期留学を成功させるためには仕方ない事でしょう」

 

 リィエルの退学を免れるためなら女になって教鞭を振るう程度で済むならそれでいいでしょうに。そんな他人事のように考えるとアルベルトさんが何を言ってるんだという風に俺を見る。

 

「言っておくが、アマチ……お前もグレンと同様、女になって聖リリィ学院へ同行してもらうんだぞ?」

 

「ちょっと待てや! 何故に俺もっ!?」

 

 敬語も忘れてアルベルトさんを問い詰める。グレン先生は保護者という意味でも必要だろうとわかるが、俺まで同行する意味が理解出来ん。

 

「お前にはリィエルの手綱を握ってもらわなければならん。この中でリィエルの心の機微を察せられるのがお前だ。それに、王女の護衛だってある。現状ではリィエルとグレンだけで全てをこなせる余裕などない。ならば、お前にも同行してもらった方がいいというのが軍の判断だ」

 

「いや、姿だけならともかく、俺右手ないですよっ!? そんな怪しさ満点の女なんていてたまりますか!?」

 

「申し訳程度だが、簡易的な義手を用意する。学生として短期間過ごすだけなら支障はないだろう。聖リリィ学院にいる間はそれを着けて通ってもらう」

 

「用意周到すぎるでしょ! いくらなんでも根回し良すぎるでしょうが! 一体誰がこんな横暴通しやがったんですか!?」

 

「特務分室の室長《魔術師》のイヴ・イグナイトだ」

 

「「あのアマかああああぁぁぁぁっ!」」

 

 グレン先生と共に怒りの咆哮を上げた。あの魔女……今度プレゼントと称して嫌がらせでもしてくれようか。

 

「ともかく、これでお前達も同行する算段は立てられる。それでいいか? リィエル」

 

「うん。二人も来てくれるなら、問題ない」

 

「問題大有りだろうがっ!」

 

「そうですよ! 先生が女性になったら、その……困りますっ! 早く戻してくださいっ! 大体、許せませんよっ! その……私より、胸が……っ! 大き──」

 

「えっと、システィ……落ち着いて」

 

 システィはシスティで突然のグレン先生の女体化と自分以上のスタイルを誇るグレン先生への敗北感で既に涙目になってるし。もうカオスだよ……。

 

「まったく……少しは落ち着いて考えられないのか。俺がただの嫌がらせで女に変身させる事を強要するとでも思ってるのか」

 

「そ、それは……」

 

「まあ、半分はただの嫌がらせだが」

 

「──って、おいっ! お前、だんだんイイ性格になって来やがったなぁっ!」

 

「その嫌がらせに俺を巻き込まないでくれませんかねっ!?」

 

 仕事熱心なアルベルトさんだからだと思ってたら予想外のカミングアウトに憤慨する。この人、こんなキャラだったっけか?

 

「それよりも、グレン……この一件、妙だとは思わないのか?」

 

 俺達の文句もスルーして、アルベルトさんが本題へと無理やり移った。

 

「妙って?」

 

「リィエルが落第退学処分……これ自体は、今の政府上層部の勢力争いの現状を鑑みるに、あり得ない話ではない。だが……落第退学処分が公開された所に狙いすましたかのように短期留学のオファーだ」

 

「偶然にしては余りに出来すぎてるってか?」

 

「リィエルは『Project : Revive Life 』……帝国魔術界の最暗部であり、天の知恵研究会も一枚絡んだ禁呪の成果だ。今回の一件、単なる上層部の勢力争いとは別の何かが動いている可能性がある」

 

 言われればそうだ。リィエルは謂わば複製人間(クローン)……厳密に言えば本人とは言い難いが、見る人が見れば死者が還って来たようなものだ。

 

 そのデータを欲しがって出てくる人間が居ないとも限らないだろう。

 

「うっ……この野郎……それ聞いたら行かないなんて言えるかよ……」

 

「頼む。今の俺達は天の知恵研究会の足跡を追うのに忙殺されてるのでな」

 

「あぁ……まぁ、社交舞踏会でも色々出たみたいだしな。ごくろーさん」

 

 その色々の中に、スペースビーストの事も混じってるから、前知識でもなければそりゃあ混乱するに決まってる。いや、俺もあれらが実在してる事にまだ若干戸惑ってるが。

 

「まあ、仕方ないか……誰一人欠けてるのも御免だし。リィエルの為にも一肌脱ぐ──いや、この場合……着込むって言うべきか」

 

「じゃあ、色々準備しなきゃだね」

 

「あぁ……まず、聖リリィ学院って所の事をもう少し調べて……」

 

「その前にだよ」

 

「ん?」

 

 今のうちから聖リリィ学院に行くための準備を考えてるとルミアがいい笑顔で俺の方に手を置いてもう片方の手で輪の外で待機していたアルフォネア教授を指す。

 

「まず、リョウ君も女の子になりきらなきゃいけないでしょ? 男の子は行けないから」

 

「…………」

 

 冷や汗が止まらなかった。そういえば、男子禁制だったんだ……。だから俺も女にならなきゃって言われてたわ。

 

 未だに躊躇してる俺を見かねてか、ルミアが背後に回ってガッシリとホールドしてきた。

 

「じゃあ、アルフォネア教授……お願いします♪」

 

「おう、任せな!」

 

 アルフォネア教授が胸の谷間からさっきと同じ液体の入った小瓶を取り出してツカツカ、と迫ってくる。

 

「え、いや……せめて、もう少し心の準備を……ちょ、ちょっと待ったあああぁぁぁぁぁっ!」

 

 結局、ルミアとアルフォネア教授によって無理やり液体を飲まされ、女にされる事になった。

 

 グレン先生と同じように全身が熱くなると同時に煙が視界を遮る直前、女になったグレン先生が同情の視線を向け、システィはどうしたものかと視線を右往左往させ、リィエルは何が起こってるのかすらまだイマイチわかってなく、アルベルトさんは傍観するだけ。

 

 あぁ、聖リリィ学院に行く前から異様なまでに疲れて来た……。



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第36話

「ええっと、ここが五番線ホームよね……? で、出発が十一時で……うん、十分前。ぴったりね」

 

 女体化事件からややあってリィエルに続き、アルベルトさんの話通りシスティ、ルミア、そして俺に短期留学のオファーが通達された。

 

 そして三日の移動を経てようやく聖リリィ学院行きの移動手段である鉄道列車の集う駅へと到着した。

 

見た感じ、世紀末のロンドンみたいな光景だな。蒸気機関車が並んでるのもそれっぽいし。

 

「あ、見て……周りにいる人みんな私達と同じ制服着てる」

 

「多分、みんな中間短期休暇で帰省してた人達でしょうね。聖リリィ学院って、基本的には全寮制の学校だし」

 

「やっぱりこの制服も綺麗だもんね、リョウ君──じゃなくて、リョウカさん?」

 

「……その呼び方、勘弁してくれないかな?」

 

 ルミアに笑顔で話を振られ、ゲンナリする俺……。リョウカというのは今の俺の仮の名前。男であるのを偽るために女体化した時の名前を考えた結果、本名をちょこっといじって雨池涼香という事にした。ちなみにグレン先生はレーン=グレダスになった。

 

 ちなみに結局女体化を強制され、俺の姿は黒髪は以前のままで普段は毛先が跳ねた短髪だったのが、今ではそれがストレートになり、腰くらいの長さまで伸びている。しかも、女性としての影響なのか触ってみればすごくサラサラしている。

 

 流石に邪魔なので前髪を少し散髪してそれ以外は全て後ろで束ねている……つまりはポニーテールに纏めている。

 

 そしてこれまた女体化の影響で胸の辺りがやや重く感じる。そう……女性特有のモノが俺にも備わってしまったのだ。ちなみにカップ数にしてCだというのがグレン先生の観察眼による数値……。

 

 流石にグレン先生程のリバウンドみたいな事にはならなかったが、これを見たシスティに恨めしそうな目線を向けられて困ってしまった。好きでこの姿になったわけではないというに。

 

 それからは出発時までルミアの手によってコーディネートやら化粧やら、とにかく俺の顔を弄っては愉しんでいた。曰く、『女の子なんだから、これくらいは普通だよ』との事だが、明らかに自分に使ってるのより倍の量と種類を使ってるように思った。

 

 お陰で肌の艶が男の時と比べて真珠のように輝いている。顔も女になった所為なのか自分の顔だというのに割と美人という風に見える。これで和服でもあれば大和撫子になれるのではとすら思えてしまう。……自画自賛かよ。

 

 あと、アルベルトさんによって用意された義手もちょっと動かすだけなら確かに支障はないが、運動に適してるとはお世辞にも言えないな。まあ、そこまで高望みする気はないし、元々義手で身体を補おうなんて考えてないのだから問題ないか。

 

 と、ここまでの女体化の経緯を思い出してため息を吐くと、大きな汽笛が駅内に鳴り響いた。

 

「ふ、不思議よね……魔術もなしにこんな鉄の塊が地を走るなんて……」

 

「うん、魔術の恩恵を受けられない人達の英知の結晶だよね……人は魔術に頼らなくてもここまで出来るって……すごいよね……」

 

「そうか? 魔術なんてなくても人間はどんどん進化を続けるんだからこれくらいはな」

 

「あ、そっか……あんたは魔術のない世界で生きてきたって言うもんね」

 

「リョウ君は、こういうのよく乗るの?」

 

「いや、日常で使ってるわけじゃないんだけどな。旅行でちょこっと使う程度。それに、この列車……蒸気機関車なんだけど、これは割と昔の乗り物だしな」

 

「え……これが古いって、あんたの世界の乗り物ってどうなってるのよ?」

 

「俺の世界じゃ列車はもう大体が電気で動いてるものが普及されてるからな。小規模のもので自動車っていうのも普及してて、それはガソリン……燃料なんだけど。今じゃそれも電気で動く奴がどんどん生産されるようになってたな」

 

「電気って……そんなのでどうやって動くのよ? これだって、どうやって動くのかもよくわかんないし」

 

「風車とか水車は知ってるだろ? 風や川、滝の流れを利用して滑車を回転させ、他の歯車を回転させるためのエネルギーとする……コイツも、石炭燃やして内部を熱する事で水が蒸発する時のエネルギーを利用して動くんだよ。電気による乗り物だって、コイルって奴を使って電気を増強させて磁力の理屈を利用して……細かい構造や理屈まではわからないけど、それらを歯車を回すためのエネルギーとして動かすんだよ」

 

「へぇ〜……魔術がなくてもそんなものが近い将来造られるんだね」

 

「俺にとっては、そういう技術……科学の方が当たり前なんだけどね」

 

 地球じゃ魔術なんてものは普及するどころか存在すら認知されてないしな。

 

「あぁ、くそ……うるっせえな〜。近所迷惑だろ……誰だよ、こんな傍迷惑な乗り物考えたの……」

 

「先生ったら……本当に雰囲気をぶち壊すのが得意ですよね……」

 

 乗り物の話で盛り上がっていたところに旅行用のバッグを引きずってダルそうに歩み寄って来た。こっちにはキャリーケースはないから不便なものだな。

 

「いいから、さっさと乗車すんぞ。これに遅れたら当分向こうに行く列車が来ねえからな」

 

 時間も迫る中、俺達は急いで荷物を担いで列車へと乗り込もうとした時だった。

 

「……なぁ、リィエルは何処だ?」

 

「「……え?」」

 

「……しまった」

 

 歴史の1シーンに夢中になってしまって、最大の懸念を具現化したような存在からウッカリ目を離してしまった。

 

「おいおいおいおいっ!? あのバカ、離れるなってあれほど言ったのに!」

 

「どど、どうするんですか!? 出発までもう時間がありませんよ!」

 

「どうするもこうするも、見つけて速攻乗り込むしかねえだろ! とりあえず俺がホームを隈なく探してみる! お前らは万が一の為にここに残れっ! あのバカ、見つけたら尻百叩きの刑じゃああぁぁぁぁぁ!」

 

 リィエルが迷子になったと同時に軽くパニックになったが、グレン先生が反射的に捲し立てながらリィエル捜索に走って行った。

 

 俺も同行しようかと思ったが、口を入れる暇なんてなかった。今俺まで加わったらミイラ取りがミイラみたいな事になりかねないので結局残る事にした。

 

 グレン先生が捜索に行ってからシスティとルミアがソワソワと落ち着かない行動を視界の端に捉えながら周囲を見渡すこと数分もするとリィエルがトコトコと駆け寄って来た。もう一人女の子が付いて来たけど。

 

「リィエルッ! 何処行ってたのよ! 心配したんだから!」

 

「よかった……間に合って」

 

 リィエルを視界に捉えるとすぐさまシスティとルミアが安堵の表情を浮かべた。当の本人は何事もないように二人の抱擁を受けるだけだったが。

 

「よかったですね、合流出来て」

 

「ん……ありがと」

 

「ん? えっと、あなたは……?」

 

 システィがリィエルの後ろに控えていた少女に気づくと、そっちへと向き直る。

 

「あ、エルザと言います。見ての通り、聖リリィ学院の生徒です。えっと、リィエルさん……でしたか? この方がホームで迷っていたのを見かけてここまで案内したんですが」

 

「それは、御迷惑お掛けしてすみません」

 

 リィエルをここに連れて来たエルザという少女に向け、頭を下げる。彼女が見つけてくれなかったら今頃置いてけぼりを喰らっていただろう。

 

「私はシスティーナ。こっちがルミアで、こっちが……」

 

「ふふっ……お互い、挨拶は後回しにしてまずは乗車しないと。そろそろ時間ですし」

 

 エルザが言うや否や、出発を知らせる鐘の音が鳴り響き、同時に汽笛も鳴り始める。

 

「いけない! もうそんな時間!?」

 

「とにかく、すぐに乗ろう! リィエルも!」

 

 俺はリィエルを引っ張ってどうにか乗車する事に成功した。

 

「あ、危なかったわ……結構、ギリギリだったのね」

 

「一時はどうなるかと思ったね……」

 

「ふぅ……とにかく、これで四人共揃って──四人?」

 

 言ってからもう一度今いるメンバーを確認する。エルザを除けばシスティ、ルミア、リィエル、俺と来て……。

 

「……しまった。……パート2」

 

「何が……?」

 

ルミアに聞かれて、たった今気づいた事実をみんなに告げる。

 

「……先生……まだリィエルの捜索中」

 

「「…………あ」」

 

「……グレン、迷子?」

 

俺の言葉にシスティとルミアが青ざめ、リィエルが的外れな事を言った。その直後だった。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 女らしさを微塵も感じさせない雄叫びをあげながらグレン先生が猛スピードでこちらに向かって来ているのが窓越しから見えた。

 

「ああ、もうっ! なんとなくこうなる気はしてたんだよ、チクショウがぁ!」

 

「先生っ! もうリィエルは戻ってます! 急いでっ!」

 

 システィが窓越しから呼びかけるが、汽車が既に発車を始め、グレン先生との距離が徐々に開いていく。

 

「間・に・合・ええええぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 最後の気力を振り絞り、更に白魔[フィジカル・ブースト]を使い、閉じられた扉の窓をぶち壊してどうにか乗車できた。もちろん、危ない乗車をするだろう事は文字通り目に見えたので女性陣(今は俺もだが)は窓から離しておいた。

 

「はぁ……はぁ……っ! くっそぉ……公共物破損して……まーた、減給と始末書のプレゼントが待ってんだろうなぁ……」

 

「ん……迷子になったグレンが悪い」

 

「テメェの所為だろうが、ボケェェェェェェェェェッ!」

 

 うん、それについては何のフォローも出来ないし、するつもりもない。

 

「えっと……とりあえず、お疲れでしょうし……席を取りませんか?」

 

 騒然とした状況を眺めていると、エルザがおずおずと提案を持ち掛けてきた。

 

「ん? えっと、誰だ?」

 

「エルザさん、ていうそうです。迷子になってたリィエルを案内してくれてたみたいです」

 

「そっか……悪いな、このバカが迷惑かけて」

 

「いいえ……困った時はお互い様ですし。それより、何処かで腰を下ろした方が……あなたもお疲れでしょうし」

 

「そうだな……もう学院行く前から疲れちまったぜ」

 

 とりあえず何処かで休もうと車両内を歩きながら互いに自己紹介をやり直しながら世間話をする事になった。

 

「あ、さっきは途中で切り上げたけど、私はリョウカ=アマイケです。こちらが私達の教師の、レーン=グレダス先生です。短い間になりますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「え、おう……よろしくな」

 

 俺が紹介するとグレン先生が若干引くような目線を向けてくる。いや、グレン先生は普段と同様にしてるが、俺まで粗野な口調で過ごすわけにわかないでしょ。

 

今回は主にリィエルの功績を残すためとはいえ、何処で影響するかわかんないんだから俺だけでも女子らしくしてるんだよ。

 

「そうですか……リィエルさんの落第退学を消すために遠い所から……大変ですね、レーン先生……」

 

「まあ、それはコイツの自業自得だがな」

 

「あれ……でも、さっきリィエルさん……あなたの事を『グレン』と呼んでいたような……」

 

「いっ……いや、それは俺のあだ名みたいなもんだ、アハハッ! ……このバカッ!」

 

「……痛い」

 

 聖リリィ学院では本名を口にしないようにと何度も言った筈だが、やはりリィエルは何もわかっていなかったようだ。俺は本名をちょこっといじっただけだから支障はないだろうけど。

 

 それから世間話に華を咲かせながら歩くが、さっきからどの車両もほぼすし詰め状態でとてもこの人数で寛げる場所がない。どうにかならないかと困ってきたところで次の車両に入った時だった。

 

「おぉ……! これは……」

 

 扉をくぐった先は左側が座席で、右側がカフェテーブルや調度品が並んだ広々とした車両だった。明らかに階級の高い貴族御用達の車両というイメージ感溢れる場所である。

 

「うわぁ……座席が左側しかねえとか、そんな車両の使い方他にねーだろ〜……」

 

 若干呆れ口調になりながらもグレン先生はようやく寛げる場所を見つけられたからか、ぐっと身体を伸ばしてから荷物を座席の傍に置いて腰を下ろそうとしていた。

 

「ま、いっか! よっし、お前ら! どっか適当に座って休もうぜ!」

 

 ようやく疲れを癒せるかと俺も含めてみんなが安堵の息を吐いたが、エルザだけが対称的に顔を青ざめさせていた。

 

「あ……その、えと……レーン先生……っ」

 

「あん?」

 

「その……この車両は、その……私達には使えないんです……ごめんなさい」

 

「は? そりゃ一体どういう事だ?」

 

 エルザの妙な言葉に全員が疑問符を浮かべた時だった。

 

「お待ちなさい、そこの方々っ!」

 

 いつの間に入ってきてたのか、聖リリィ学院の制服を来た少女達が周囲に並んでいた。

 

 その中心には漫画にもよくある金髪の縦ロールと、如何にも高飛車なお嬢様といった風な少女が腰に煌びやかな宝飾を散りばめたレイピアを佩いている。

 

「見かけない方々ですわね……見たところ、『黒百合』のメンバーではなさそうですが……」

 

 唖然としていた俺達を値踏みするように見回すと、不意に溜息を吐いた。

 

「なんだか、立ち振る舞いにうちの学院に相応しくない田舎臭さが滲み出ていますが……まあ、それについては不問にしましょう」

 

 いきなり随分と失礼なお嬢様であった。地球出身の俺から言わせてもらえば、自然に囲まれた土地は大体田舎だと思う。……って、それを言ったら俺の出身もそうじゃん。

 

「それよりも貴方達……今、その席に入ろうとしていたみたいですが、この車両がわたくし達『白百合会』のものと知っての事でしょうか?」

 

「は……白百合?」

 

 いきなり意味のわからない単語を言われてももちろん俺達には何の事かわからないし、彼女の言い分はもっと理解出来なかった。

 

「えっと……ここ指定席だったか?」

 

「いえ、扉にも自由席と書かれた筈ですけど……」

 

「だよな……」

 

 扉にも俺達の切符にも、俺達が今いる車両が自由席である事は間違っていない筈である。改めて確認するも、やはり合っている。

 

「うーん……やっぱ俺達、間違ってねえよな?」

 

「俺……? なんだか、殿方みたいな口調ですわね……下品な」

 

 まあ、実際中身は男だからしょうがない。

 

「それはともかく、自由席だろうと指定席だろうと関係ありませんわ」

 

 改めて俺達に向き直り、胸を張りながら高圧的に言い放つ。

 

「ここの車両はわたくし達の物です。勝手に居座ろうなどとは許しませんわ。即刻、この車両から立ち去りなさい。ルールは守るものでしょう」

 

「いや、今ルール破ってんのは何処をどう見てもお前らだろうが!」

 

 魔術師としての暗黙のルールを気にしないグレン先生ですら、この言い分には反論せずにはいられなかったようだ。

 

「いっくらお嬢様っつっても、この鉄道列車は一応公共機関だろ!? だったら切符さえ変えれば自由席は何処に座ろうと自由に座っていいに決まってんだろ!?」

 

「はぁ……いるんですよね……伝統と規律を蔑ろにし、自分だけのルールを押し通そうとする無粋で下劣な輩が……」

 

「その言葉、ブーメランだってわかってる!? 自分ルール押し通そうとしてんのはどっちだ!? いい加減にしろや、テメェ!」

 

 余りにもジャイアニズム満載な言い分にグレン先生もキレる一歩手前まで来ていた。

 

「貴方っ! 何処の馬の骨か知りませんが、フランシーヌ様になんて言葉遣いを!」

 

「お下がりくださいませ、フランシーヌ様! この者は私達がしっかりと教育しておきます故っ!」

 

 珍しく真っ当な言い分を口にしたグレン先生の前にフランシーヌと呼ばれたリーダーだろう少女の前に取り巻きだろう女子達が立ちふさがって、それはまるで王を守る騎士のような雰囲気すら感じる。

 

 ……やってる事は低レベルの筈なのに。少女達の雰囲気にグレン先生ですら若干気圧されてる。

 

「はっ! 相変わらずダセェ事してんな、白百合の連中はよ!」

 

 今度は何だ、と精神的な疲労を抱えながら声のした方へ向き直ると、そこには同じ制服を着た……しかし、その着こなしはかなり崩したものであり、あちこちにアクセサリーを散りばめたり髪を染めたりパーマをかけたりと所謂不良みたいな雰囲気の漂う集団だった。

 

「コレット! 黒百合の貴方達がどうしてここに!? この車両はわたくし達の──」

 

「はっ! 知るかよ、フランシーヌ! テメェらが勝手に決めたルールなんざ!」

 

 フランシーヌの言い分を遮ってコレットと呼ばれたリーダー格の不良少女が喧嘩腰で言い放ち、両者の間で火花が散ってる幻覚が見えた。間に挟まれてる俺達は全く着いていけてない。

 

 俺達が黙ってる間に座席の権利やら自分達の伝統と格式やら自由がどうのやら、今にも乱闘騒ぎになってもおかしくない雰囲気だ。

 

「あの、二人共……今日はもう……その辺にして、くれないかな?」

 

「おいっ!?」

 

 下手に触れれば被害に遭うのは目に見えてるのにも関わらず、エルザが二人の間に割って入る。

 

「なんですって!?」

 

「ああっ!? なんか言ったか、こら!?」

 

 もちろん、横槍を入れられてフランシーヌとコレットは声を荒げて威嚇する。だが、エルザは一瞬身体を震わせながらも真っ直ぐ見つめて口を開く。

 

「フランシーヌさん……この人達……アルザーノ帝国魔術学院からやってきた留学生と臨時講師の方で……その……長旅で疲れてるだろうから、なんとかここの席、使わせてくれないかな……? もちろん、私はいいですから……。コレットさんも……その、喧嘩はやめてくれないかな?留学生の人達が迷惑するから……」

 

 遠慮がちな口調だが、その瞳は真っ直ぐ二人を見据えており、縮こまってるようにも見えるものの退く姿勢を見せない。意外に芯の強い娘のようだ。

 

「うっせえな! どっちつかずの奴が指図すんなっ!」

 

「これはわたくし達の問題です! 部外者は引っ込んでくださいまし!」

 

 今にも爆発しそうな程気の立っていた二人が同時にエルザを突き飛ばす。そして運の悪い事に、荷物に踵を引っ掛けたのと電車の揺れでバランスを崩し、頭部が座席の手摺部分に直行しようとしていた。

 

 気が付いたものの、今助けに入っても間に合わない。このまま激突するかろ思った時だった。

 

「……ん」

 

「きゃっ!?」

 

 間一髪の所でエルザと手摺の間に腕を滑り込ませ、彼女の身体を支える影が瞬間移動の如く割り込んできた。リィエルだった。

 

「……えーと、大丈夫……? えっと……エルザ……だっけ?」

 

「あ……うん……私は大丈夫」

 

「ん……ならいい」

 

 それだけ言い残すと、リィエルはすぐに定位置になってるルミアとシスティの後ろへと戻った。

 

 数秒の静寂が場を支配すると、コレットとフランシーヌがハッ、と我に返って再び睨み合う。

 

「と、とにかくですわ! コレット!これ以上、我が校の規律と伝統を侮辱するなら、容赦しません! 今、この場で、このわたくし自ら貴女を処断します!」

 

「ほ、ほう? やんのか、こら。いいぜ?ここで決着つけるかぁ……?」

 

 エルザを突き飛ばしたのに若干の気まずさがあったものの、それを誤魔化すように両者が臨戦態勢をとる。

 

 出来ればこの二人やその取り巻きとは関わらないほうがいいかもしれないが、ここまで来るとそうもいかないだろう。

 

「ちょっと待ってくれませんか?」

 

「何ですか?」

 

「あ? なんだテメェ?」

 

「ちょ……っ!?」

 

 俺がコレットとフランシーヌの間に入ると、両者から睨まれ、グレン先生達からは正気かと言わんばかりの驚きの声が上がった。

 

「おい、こっちは今コイツをブチのめすところなんだ……関係ねえ奴はすっこんでろ」

 

「コレットの言葉に同意するなど癪ですが、これはわたくし達の問題です。お引き取りくださいませんこと?」

 

「別に、貴女達の喧嘩を止めるつもりはないので御自由に。けど、その前にエルザに謝るべきでは?」

 

「「は?」」

 

「二人が喧嘩をしようともう結構ですが……二人の喧嘩に巻き込まれて危うく怪我をしそうだった人に対して何の謝罪もなしに話を進めるのはどうなんですか?」

 

 エルザは二人に喧嘩を売ったわけではなく、ただ場を収めて欲しいと言っただけだ。なのに、因縁の相手が目の前にいるからといって関係のない人間にまで危害が及ぶのなら黙って見過ごすわけにもいかないだろう。

 

「えっと、フランシーヌさんでしたか? 何も悪い事もしてない人間に対して怪我をさせかけた事に謝罪もしないのが学院の伝統にあるんですか?」

 

「う……」

 

「ぷっ! はははは! ダッセェな、フランシーヌ! 伝統とか堅苦しい事言いまくってる癖に、他所の人間に言われてんぜ!」

 

 フランシーヌに注意すると、苦いものを噛み潰したような顔をし、コレットが腹を抱えて大笑いしていた。

 

「あなたもですよ、コレットさん?」

 

「あん?」

 

「自由や喧嘩上等について別にこちらからは特に言いませんが、関係のない人を巻き込んでおきながら何も言わないのはいくら自由人を主張する者とはいえ、筋が通らないんじゃないんですか?」

 

「ぐっ……」

 

 コレットやその取り巻きの少女達はなんていうか、スケバンみたいなイメージを彷彿する。素行はアレかもしれないが、一応一般的な良心も持ってるようで指摘したらバツの悪そうな顔を浮かべる。

 

「う、うっせえな! 外からやって来た奴がゴチャゴチャ説教してんじゃねえぞ!」

 

「下々の立場の貴女に貴族をどうの口にするなど、分をわきまえなさい!」

 

 終いには逆ギレされる始末だ。ここまで話を聞こうとしう態勢を見せないとなると、多少の実力行使はやむを得ないかと思ったが、ふと肩に手を置かれた。

 

「おい、これ以上はマジでやめろ……っ! メンドくせぇ事にしかなんねえぞ!」

 

 グレン先生が小声で俺に耳打ちしてきた。

 

「けど、エルザを巻き込んでおきながら何もないのはマナーがなってないどころじゃないでしょ」

 

「それはその通りかもだが……今ここで乱闘なんかになったらリィエルの評価にも響くぞ! そうなったら学院に着く前に留学がオジャンなんて事にもなりかねねえぞ!」

 

「う……」

 

 そうだ。今二人と対峙してるのは俺だが、そもそも聖リリィ学院に向かってるのはリィエルの短期留学に俺達がサポートするという体で着いてきているのだ。

 

 リィエルの関係者である俺が勝手をして、それがリィエルの評価にどう響くかわかんない以上は下手な行動は出来ない。

 

「そもそも、貴女方がこの車両に来なければこんな事には──」

 

「あん!? 元はと言えば、テメェらがダセェ事してっから──」

 

「…………って、なんか考えてる間に俺達の事忘れてるっぽいですね」

 

「あぁ……結果的には、助かった……のか?」

 

 いつの間にか状況が最初の一触即発に逆戻りになってホッとしたやらそうでないやら……。

 

「どうも」

 

 不意に、気の抜けるような棒読みがかった口調で声をかけられた。振り向くと、いつの間にそこに立っていたのか、俺とグレン先生の背後に長い灰色を三つ編みで二つ下げ、手裏剣型の髪飾りをした無表情の美少女が立っていた。もちろん、この娘も聖リリィ学院の制服を着てるので生徒だろう。

 

「ど、どうも?」

 

「こんにちは……」

 

 いきなりの登場に面食らったものの、どうにか挨拶の言葉を絞り出す。

 

「いや、私、不本意ながら、向こうにいる縦ロールなフランシーヌお嬢様付きの侍女を勤めています、ジニーと申します。以後、お見知り置きを」

 

「あ、どうもご丁寧に……」

 

 棒読みで感情が読めない上に、顔も無表情。しかも、今若干侍女でありながらフランシーヌに対して毒を吐いた気がしたんだけど……。

 

「ところで、貴女方は短期留学生と臨時講師の方でしたか?」

 

「あ、はい……」

 

「それはすみません。この状況を初めて見たならさぞ面食らった事でしょう」

 

 やれやれとばかりに肩をすくめるが、相変わらずの無表情だ。

 

「はぁ……うちのガッコの世間知らずなバカお嬢と、なんちゃってファッション不良娘がとんだ御迷惑をおかけしました。実はですね……ああやって、白百合会(笑)や黒百合会(笑)とか、女子グループ同士でず〜っとアホな小競り合いをしているのが、うちの学校の伝統でして。派閥抗争(爆笑)っていう構造に酔ってるといいますか」

 

「は、はぁ……?」

 

「あの、今完全に主人に対しても毒を……」

 

「……笑えますよね。所詮、大人達に守られたあんな狭っ苦しいコミュニティの中で何を支配者気取って偉そうに粋がってんだか……ぷっ、思春期乙」

 

 思いっきり毒舌を発揮してるのに、顔はいまだに無表情なのが逆に怖い。

 

「と、いうのはさておき……ここからは一悶着あるでしょうから、この場は離れるのをお勧めします。後方の車両であれば派閥フリーエリアなので巻き込まれたくなければそちらへ」

 

「お、おう……そうか、あんがとな」

 

「助言感謝します……」

 

「ちょっと、ジニー! 何をやってますの!? いつものようにわたくしのフォローを頼みますわ!」

 

 ジニーの助言に感謝してると、フランシーヌからジニーを呼ぶ声が掛かった。

 

「はっ! 只今参ります、お嬢様!」

 

一瞬にして雰囲気も表情もキリッと引き締まったものに変わり、フランシーヌの下へと駆け寄っていく。とんでもない変わり身だった。

 

「……えっと、とりあえず先生」

 

「あぁ…………ここは戦略的撤退っ!」

 

 これ以上よくわからん争いに巻き込まれるのは御免被りたいので、ルミア達を引き連れて車両を脱出した。背後に甲高い金属音と爆裂音をBGMにしながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は飛ぶように流れていき、長い旅路を行き、ようやく駅に到着してからすぐ近くの来客用の宿舎で夜を過ごし、旅の疲れを取ってから翌日の朝……俺達は聖リリィ学院の敷地内の街を歩いていた。

 

「わぁ……すごいね、こんな街があるんだ」

 

「……びっくり」

 

 敷地内では舗装された街路と左右にお洒落な植木と花壇、その外側にこれまたオシャレに飾られた店が並んでおり、何処も彼処も華があった。

 

 ここまで凝った装飾はいっそ芸術的作品の中に飛び込んだかのような風景だ。

 

 ありはしないだろうが、ここが観光スポットとして売り出されれば街中人が溢れる事間違いなしだろう。

 

「規模は小さいけど、お洒落で素敵な街並みよね。雰囲気がすごくいいわ。……う〜ん、私もこんな学校に通ってみたいわ」

 

 システィも貴族のお嬢様だからだろうか、芸術的な街並みを見てちょっとした憧憬を抱いたようだ。

 

「けっ! ……息が詰まりそうだぜ、帰りてぇ」

 

 だが、逆にグレン先生は嫌悪感を丸出しにしながらこの街並みに悪態をついていた。

 

「すぐこれなんだから……まあ、先生にはお世辞にも合うとは思ってませんけど」

 

「違ぇよ、バカ。そういう事じゃねえ……気付かねえのか?」

 

「何がです?」

 

 グレン先生の言葉にシスティが疑問符を浮かべるが、それは俺達も同じ。ここまでで特に変わった所は見られなかったからだ。

 

「よく思い出してみろ。俺達はここまでどんな道を辿ってた?」

 

「どんなって……鉄道列車で、山を越えて、湖を越えて……」

 

「ここに到着するのにほぼ半日……それまでは自然真っ盛りの観光旅行気分でしたね」

 

 まあ、トンネルも長かったので若干退屈な時間もあったが、この街並みを見てその退屈な記憶も忘却の彼方だが……いや、これって。

 

「…………あぁ、わかっちゃいました。綺麗に飾られてはいますけど、これ……一種の檻ですね」

 

「ああ、そうだ。周囲は深い森と、湖に、山……鉄道列車なしに脱出可能な通行手段はほぼゼロ。ここは外界から完全に隔絶された陸の孤島じゃねえか」

 

 グレン先生の言葉にルミアとシスティがハッとした表情を浮かべる。見た目の華やかさにすっかり騙されたが、内側の芸術的な街並みに反して外に出ようと思えば列車以外に道はない。

 

 その唯一の道であろう列車も行き来する頻度がかなり少ない。

 

 さながら甘い香りで誘き寄せて生き物の養分を吸い取るように精神を削り取っていく食虫植物にも似たような環境……。

 

「たく……白百合会やら黒百合会やら、キャッキャウフフな女学院に何であんな滅茶苦茶な連中がいるんだと思ったが……これを見たら、連中の気持ちも少しはわかってくるぜ。こんな息苦しいところ、そりゃあ長居なんてしたくねえぜ」

 

 グレン先生の言葉に、昨日は嫌悪感を抱いていた聖リリィ学院の生徒達に今度は若干の同情を向けるようになる。

 

 掌返しの激しさに自分でも嫌になるが、彼女達がああなるのはこの閉鎖空間が原因だ。ほんの少しの間しかいないとはいえ、同じ場所で学ぶ以上どうにかならんものかと少しは考えてしまう。

 

 こっちは留学を受け入れてもらったに過ぎないからこれ以上の干渉なんて出来ようもないとは思うが。そう考えてる間にいよいよ聖リリィ学院の本館校舎が見えてきた。

 

 やれやれ……これまた大変な留学になりそうだと始まる前から疲れてきた。



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第37話

「ようこそ、遠路遥々から我が校へお越しくださいました」

 

 人の良さそうな笑顔で聖リリィ学院に足を踏み入れた俺達を迎えてくれたのは齢四十前後の女性、この学院の学院長であるマリアンヌさんだ。

 

 俺達はこの学院の制服に身を包んでようやく留学手続きに入ろうと学院長室へ向かい、今こうして向かい合っている。

 

「我が校は見ての通り、大変閉鎖的な空間にありますので……貴女達みたいに外から来た方々が新しい風を吹き込んでくれることを期待しております」

 

「まあ、俺達にそんな期待されても困るんだが……まあ、それより聞きたいんだけどさ……何で、うちのリィエルに留学オファーなんて出したんだ?」

 

 グレン先生が世間話を中断して本題に切り出した。その話についてはずっと気になっていた事だからだ。

 

「何故……とは?」

 

 グレン先生に質問されたマリアンヌさんは小首を傾げていた。

 

「何故……と仰られても……今回、我が校は余所の魔術学院にオファーを出して、外界の方を特別に招き入れ、文化の交流も兼ねてこれからの学院生活を彩れないかと思ったのですが。それで、こちらの調査によればリィエルさんは、我が校に招き入れるべき大変優秀な生徒とお伺いしたので是非ともと……何か問題でもありましたか?」

 

 露骨に怪しい説明だった。グレン先生も明らかに警戒の表情を浮かべていた。

 

 普通に考えて、器物破損、教師への暴力など……アルザーノ魔術学院内でリィエルの奇行を数え上げれば両手の指だけでは全く足りない程だ。そんな素行不良要素満載の生徒をオファーするなんてまず有り得ない。

 

 考えられるとすれば何処かで別の生徒の説明と顔写真を取り違えたか、書類操作によるものか……後者だとしたら一体何の為にこんな閉鎖空間に招いたものなのか。

 

 まあ、招き入れたのがルミアではなく、リィエルなのであれば少なくとも天の知恵研究会の根回しではないだろうが……。

 

「それより、大変申し訳ありませんが……レーン先生」

 

「はい……?」

 

「その、今回、リィエルさん達アルザーノ魔術学院の留学生を受け入れ、レーン先生に担当して頂くクラスについてないんですが……」

 

「えと……なんかあるんすか?」

 

「その……レーン先生はこの学院の伝統たる『派閥』についてご存知でしょうか?」

 

 その言葉を聞いてこの場にいる全員が渋い表情を浮かべる。ご存知もなにも、この学院に着く前にそれについてで頭を痛めたからだ。

 

「あぁ〜……『白百合会』やら『黒百合会』やらって言うアレっすか。まあ……名前だけは聞いたんすけど、そこまで詳しい事は……」

 

「元々、聖リリィ魔術学院は、嫁入り前の上流階級層の令嬢に対して、その地位に相応しい作法・教養を身につける事を目的として設立された学校なのです」

 

「……ふうん。魔術帝国の根幹を支える魔術を中心とした基礎研究と育成を目的としたアルザーノ帝国魔術学院とは全く性質が違うわけか」

 

 もちろん、こちらも魔術についての教育はされてるのだろうが、俺達の通う学校と違って貴族としての教養を中心に勉強していくのがこの聖リリィ学院というわけだ。

 

 文武両道であれというのはどの学校でも一緒だろうが、こっちではそういう貴族のお嬢様としての体面について厳しいものが多めという……。

 

「そのための閉鎖空間……厳格なる規則、硬直したカリキュラム……そして学院内全ての生徒が上流階級層の出身。そんな特殊な環境が助長させてしまったのでしょうね……生徒達の『派閥』形成を」

 

「ほう」

 

「学院のほとんどの生徒達はクラスや年次とはまた違った『派閥』という特殊なグループへ伝統的に所属しています。もちろん、これは学院側が公認した正式な組織ではありませんが、学院側はこれを無視は出来ないのです」

 

「だろうな……生徒だけのグループとはいえ、元が帝国内でも力のある有力貴族や豪商のお嬢様揃いだしなぁ。うん、いくら生徒相手でもそりゃあ手を焼くわ……」

 

 下手に説教してもあんたの教師生命を断つぞなんて脅されればそれで終わりそうだしな。

 

「はい……元々、息の詰まるような閉塞感をお互いに慰め、励まし合っていこうという目的で発足した組織らしいのですが ……今では『派閥』の学院側に対する影響力は、学院運営方針に口出し出来る程にまで強くなってしまったのです。大規模な有力派閥にはむしろ学院側が逆らえなくなっている……そのような状況なのです」

 

「おいおい……大丈夫なのかよ、この学院?」

 

 その状況には同情しなくもないが、あまりにも制限を設け過ぎたために起きた事とも言えるからどうとも言えない。

 

「そして現在、この学院には特に有力な派閥が二つあります。先程貴女が口にした『白百合会』と『黒百合会』です」

 

「あいつらかぁ……」

 

 やはりというか、あの高飛車なお嬢様とスケバンみたいな少女がリーダーを務める『派閥』だった。どっちも一癖どころか二・三癖もありそうだし……。

 

「『白百合会』は代々規則と規律を重視した伝統派閥で、『黒百合会』は近年出来たばかりの組織ですが、ここ数年で一気に増強された自由を尊ぶ組織です。この両派閥が現在、学院内の主導権を握ろうと、完全に対立状態にあります」

 

「なんか、こっちの学院も大変そうっすね〜」

 

 棒読みで言ってるが、この学院内にいる以上……そして、これまでの経験から推測するにその二組を避けて通れない感が満載なんだけど。

 

「……で、何でいきなりそんな話を?」

 

「ああ、その……実は、レーン先生に担当していただくクラスにはその……少々、問題のあるクラスでして……」

 

「……問題? どういう事っすか?」

 

 いや、さっきまでの話を聞けばその問題とやらに全く嫌な予感しかしないでしょ。これから起こるだろう未来に半ば確信を持ちながら重い足を動かしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、こういう事か」

 

「もう、予想通り過ぎていっそ笑えてきちゃいますよ……」

 

 目の前の教卓で頭を抱えるグレン先生に同調して苦笑いを浮かべていた。

 

 今回、俺達が短期留学するクラスが二年次の五クラス……花・月・雪・星・空のうちの月クラスだ。マリアンヌさんとの会見を終えて早々にこの月クラスにて自己紹介をしたのだが……反応は全くの無だった。

 

 一部は俺達の存在をちゃんと認識して会釈はしてくれたが、ほとんどの生徒達は俺達の存在など眼中にないような風だった。

 

 それだけならまだしも、現在は授業が行われてる筈なんだが……。

 

「…………お前ら、ちょっとは人の話を聞けええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 グレン先生が憤慨して教卓を力一杯叩くが、教室内は今生徒達が見事に半分に分かれて片や優雅にお茶会。片やギャンブルの真似事をしていた。

 

「おーっほっほっほ! なかなか良いお味ですわ! わたくしに相応しい一品ですわね!」

 

「よっしゃ、良い引き! チップを十枚レイズだぜ!」

 

 ここまで堂々と授業中に騒げるのは呆れを通り越していっそ関心してしまうくらいだった。それだけこの教室内は俺の今まで見た学級の中でもトップレベルに自由……というより、無法地帯だった。

 

「もうこれ、学級崩壊とかボイコットとか、そういうレベルじゃねえだろ! 何だよコレ!」

 

「ああもう、煩いですわよ黒百合会っ! あと、先生も!」

 

「ああ!? そっちこそうるせぇんだよ! あと、先生も!」

 

「煩いのはお前らじゃあああぁぁぁぁぁっ!」

 

 もう間で注意しているグレン先生が何故かついで扱いされ、それでも止めようとすれば電気、冷気、炎、水による魔術の雨霰……。珍しくグレン先生には同情しか出来なかった。

 

「だ、大丈夫ですか、先生っ!?」

 

「お、おう……くそ……ウチにも捻くれた奴は多いが、こういう時あいつらが如何に真面目で教師にとって有難〜い存在なのか、よ〜くわかったぜ」

 

 ルミアに治癒魔術をかけられながら普段自分がどれだけ生徒に恵まれてるのか再認識したようだ。

 

「言っておきますけど、逆に教師が真面目に授業してくれない所為で生徒達がどれだけ困ってたのかも理解してくれましたか?……随分今更ですけど」

 

「ぐ……その節はマジでスンマセンした」

 

 まだ非常勤講師として赴任したばかりの事を引き合いに出され、グレン先生は素直に頭を下げた。

 

 まあ、あの時の事はもう許しているんだろうが、いくら留学を受け入れてもらったという立場ではあれど、この状況にはシスティも我慢の限界が近いんだろう。今も指で机をトントン、と忙しなく叩いているし。

 

「……そ、その……ごめんなさい、先生……。わざわざ遠い所から、来てくださったのに……」

 

 少し間隔の空いた席からエルザが申し訳なさそうにグレン先生に声を掛ける。

 

「ああ、いいよいいよ……それはお前が謝る事じゃねえ。ていうか、エルザ……俺が言うのもなんだが、いいのか? 呑気に俺の授業なんか受けて……こういうのってさ、グループ同士の付き合いっていうか……周りに合わせなきゃマズイもんじゃねえのか?」

 

「あ、はは……私は、どの派閥にも所属してない身なので……」

 

 そういえば、列車での騒動の時でもコレットがどっち付かずとか言ってたっけ。あれは無所属という意味だったか……。

 

「それに、私は……魔術師としては落ちこぼれなので……」

 

「え? そうなん?」

 

 エルザの言葉にグレン先生が意外そうな顔をした。思わずチラッと彼女のノートをチラ見したが、ちゃんと要点は纏まってるってわかるし、彼女の教養が並以上なのも見て取れる。

 

 流石に実技までは現時点では把握できないが、そっちが芳しくないという意味だろうか。

 

「だから、そんな私がみんなの中に入るのは、悪い気がして……」

 

「あん? そりゃどういう意味だ?」

 

「先生……あまり詮索をするのは野暮というものです」

 

 グレン先生がもう少し聞きたそうにしていたのをジニーが割って入って止めた。

 

「人には色々あるものです。あまり深くは聞いてやらないのが優しさですよ」

 

「……まあ、お前の言う事も尤もだな。ていうか、お前もいいのかよ?一応お前……立場としては白百合会のメンバーなんだろ?」

 

「だって、勿体無いじゃないですか」

 

 グレン先生の質問にジニーが即答して板書に記したのを写したノートを見せてくる。

 

「他のみんなは聞いてませんが、こんなレベルの高い且つ分かり易い授業なんですよ。ハッキリ言って、今まであのアホお嬢供が囲んでた家庭教師達とは比べものになりませんし……聞かなきゃ損という奴です」

 

「うん……本当にそうだよね! 私も聞いて驚いちゃった!」

 

 ジニーの言葉に同調して今まで見た中で比較的テンションの高い感じでエルザが感想を述べた。

 

「羨ましいな……アルザーノ魔術学院の人達はいつもこんな素晴らしい授業を受けられるんですか?」

 

「え? え、えぇ……まあ、そうかしら?」

 

 エルザの言葉にシスティが何故か自分が褒められたように照れながら頷いた。

 

「ええ、それには同意します。うちの学校は基本、貴族の教養として魔術を身につけられればいい的な所があるので。レーン先生みたいに魔術の根本的な本質を丁寧に解く──」

 

「ジニーッ! 何をやってますの!? 早くお茶のお代わりを持って来なさい!」

 

「チッ! ……はっ! ただいま!」

 

 盛大に舌打ちしながら以前と同じような圧倒的な変わり身で忠犬が如くの態度を示す。

 

「……お前、よくあんなのに付き従ってられるよな」

 

「うん、正直……お──私だったら匙投げちゃいますね」

 

 一瞬、素が出そうになったのを抑えてジニーに同情の言葉を投げる。

 

「まあ、幼い頃から苦楽を共に過ごした姉妹みたいなものなので。別に嫌いではないんです。偶に……いえ、しょっちゅうウザくはあるんですが」

 

 表情に乏しそうなジニーの顔が珍しく苦笑の形を浮かべ、彼女の今までの従者生活の苦労のレベルが物語られてる気がした。

 

「まあ、このクラスに入れられた時点で運が悪かったと諦めるしかありませんね。面倒くさくはありますが、根っこは悪い人達ではないので……何もしなければ基本無害ですから、なあなあで過ごす事をお勧めします」

 

 そう言ってジニーは風の如くフランシーヌの元へ行き、お茶を注ぐ。

 

「……って言ってましたけど……この状況下じゃあ授業どころじゃないですよね」

 

「ああ……流石にこの状況はマズイぜ。こちとら、リィエルの生徒としての存続が掛かってんだから」

 

 元々俺達の目的はこの短期留学を成功させてリィエルの学生生活を守るためのものだ。なのに、こんな有様では授業どころではなくなり、学生としてのレベルと真面目さを表すためのテストだって無理。

 

 これではリィエルの退学を撤回させるなど不可能だ。

 

「……って言っても、話を聞いてくれる人達じゃないのはさっきので明らかになったし」

 

「どうするんですか、先生?」

 

「ふっ……安心しろ。俺に秘策がある」

 

 システィの質問にグレン先生が自信たっぷりの表情で言い放つ。

 

「あ、なんか駄目なフラグが即行で立ちましたね」

 

 グレン先生の言葉にシスティは不安しか感じないみたいだ。まあ、それは俺もだが。

 

「ふっ、何を馬鹿な事を。今から実行するのはセリカ直伝の問題解決法だぞ」

 

「え、アルフォネア教授の?」

 

 あ、これ尚更駄目なやつかもしれん。

 

「では……強硬手段実行じゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 瞬間、グレン先生は風の如く教室内を駆け抜け、水のように流麗な動きで白百合会の囲むティーセットや茶菓子の三段トレイを派手に吹き飛ばし、黒百合会の雑誌やトランプなどを引ったくって窓の外へ放り投げた。

 

「ふぅぃ〜〜、きぃ〜もてぃいいぃ〜〜っ!」

 

 何かを成し遂げたような、清々しい笑顔だった。実際の性別と状況がこれでなければ純粋に見惚れてたかもしれんな。

 

「!?!?!?」

 

「すげぇ……やりやがりました」

 

 突然のグレン先生の行動にエルザが目を白黒させ、ジニーが若干関心していた。

 

「「「………………」」」

 

「授業中は静かにね☆」

 

 清々しい笑顔でそう言って黒板に向き直った。

 

「……まあ、わかってたわ。だって、アルフォネア教授直伝だものね」

 

「あはは……」

 

「やると思った……」

 

 やっぱりどこまで行ってもグレン先生はグレン先生だと再認識した瞬間だった。

 

「あ、貴女っ!? これは一体、どどど、どういうつもりですの!?」

 

「おい、テメェ。先生よぉ……これ、おう落とし前つけるつもりだ、あぁ、コラ?」

 

 自分達の至福の時を邪魔されたからか、フランシーヌとコレットが肩を怒りで震わせ、取り巻きと共に憤怒の表情でグレン先生に迫るが……。

 

「えー、つまり、この構文を分解整理するとだな、呪文の各基礎属性値の変動は……」

 

「「人の話を聞きなさい(聞け)────っ!」」

 

 その叫び、思いっきりブーメランである。ついさっきまでまともにグレン先生の授業と仲裁を聞かなかった者のセリフではないだろう。

 

「まったく……アルザーノ帝国魔術学院からやってきた臨時講師か何か知りませんが……どうやら貴女には、教育が必要なようですわね!」

 

「おい、先生よぉ? 教えてやろうかぁ? 誰がこの学院の支配者なのかをなぁ? 余所モンがあんまりデカイ顔してんじゃねえぞ? ……ああ?」

 

 煽るだけ煽ってのほほんと授業を進めるも、コレットとフランシーヌが教卓へ踏み出し、コレットがいつの間にか嵌めた鋲付き手袋でグレン先生の胸ぐらを掴み上げて無理やり自分へと振り向かせ、フランシーヌがレイピアをグレン先生の首筋に突きつける。

 

 一瞬にして一触即発の空気へと変わり、ピリピリとした雰囲気が教室内を支配した。

 

 もちろん、この雰囲気に一番敏感に反応する獣の如き少女を忘れてはいけない。

 

「……『万象に希う・我が腕に──」

 

「ストップストップ」

 

 案の定というか、リィエルが場の雰囲気を敏感に感じとって例によって高速武器錬成を始めようとしていたので止めに入る。

 

「……放して。あいつら、グレンの敵……」

 

「いや、違くて……あの二人は先生に質問しに行ってるだけだから。ただいろんな事聞いてるだけだから」

 

「つまり……システィやルミアを狙ってる?……だったらやっぱり敵」

 

「いや、何でそうなるの!?」

 

 誰もそんな事言ってないのに、何で普段頭使わない癖にこんな所でそんな拡大解釈するんだよ……。

 

 ダメだ……。普段学院で起こす暴動ではグレン先生に対する他の講師からの嫌味や皮肉だけだからちょっと歪曲して伝えればある程度緩和出来るけど、今回はあの二人が詰め寄って敵意丸出しする所まで一部始終見てしまってる所為で下手な言い訳も思いつかない……。

 

 このままではあと数秒でリィエルはお得意の高速錬成術で武器を作ってあの二人に飛びかかりかねない。

 

 最悪、目立つ覚悟でウルトラマンの力を使ってでも止めようかと思った時だった。

 

「リィエル……どうしたの? 少し怖い顔してるけど……」

 

 リィエルの横からエルザが気遣うように声を掛けてくる。リィエルの周囲に漂ってたピリッとした空気が若干散った気がする。

 

「……ん、ちょっと怒ってた。みんなが……グレンをいじめるから」

 

「そう……リィエルはレーン先生の事が好きなんだね」

 

「ん。グレンのことは好き。だから、私がグレンを守る。グレンをいじめる奴をやっつける。……だから、どいて」

 

 そう言ってリィエルは再び臨戦態勢に入ろうとする。

 

「そう……でも、リィエル。もう少し、レーン先生を信じてみない?」

 

「……え?」

 

「私は、まだレーン先生の事は詳しくは知らないけど……なんとなく、すごい人だっていうのはわかるよ。だから、きっとレーン先生ならなんとかしてくれそうなんだ」

 

「…………」

 

「それに、今問題を起こしたら……リィエル、きっとこの学院を追い出されちゃうよ?そしたら、レーン先生は悲しむだろうし……」

 

 一拍置いて、エルザが寂しそうな表情を浮かべて続ける。

 

「……せっかくこうして会えて、貴方と同じクラスになれて、いい友達になれるって思ってたのに……今いなくなったら……私もやだな……」

 

「…………ん、わかった。エルザの言う通りにする」

 

 そう言ってリィエルは腰を落としてジッと場の行く末を見守る。

 

「……マジか」

 

 ただ言い聞かせても決して止まらなかった筈のリィエルがエルザの説得で止まった。今までルミアやシスティが説得したりグレン先生が注意しても全くの進歩が見られなかったのに、エルザの言葉には耳を傾けてる。

 

「…………すごいなぁ。いや、俺達と違って理屈や方便じゃなく、キチンと心に訴えかけてるからこそか……」

 

 エルザに関心しながらも俺も視線を再び教卓へ戻してこの緊迫した状況を見守る。

 

「大体、アルザーノ帝国魔術学院ってアレだろ? 軟弱ガリ勉ヤロー共が群れ集まってるド田舎学校だろ? そんなトコの講師に教えてもらうことなんかねえんだよ!」

 

「同感ですわ。わたくし達は貴族、高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)として弱き民を守る確かな『力』は必要なのです。そして『魔術』はこの世界でもっとも強く偉大なる『力』……つまり、高貴なるわたくし達にこそ『魔術師』という翠香なる肩書が相応しいのですが……」

 

「要はアンタら、アルザーノ帝国魔術学院でやってる『魔術』ってのは、卓上のママゴトなんだろ? 実践的じゃねーんだよ。屁の役にも立たねえ」

 

「わたくし達に必要なのは『力』、そして『力』ある『魔術師』になるため、より洗練された授業なのですわ。ご理解いただけたら、邪魔しないで頂きたいものですわね」

 

 これだけ言われ放題なのにも関わらず、グレン先生は変わらず無言で佇むだけだった。

 

「そもそもレーン先生。貴女、なんなのですか? そのまるで殿方のような服装と言葉遣い……それだけで、この格式高い学院の講師には相応しくない証左ですわ!」

 

「おまけにあのイモ臭ぇ四人組……アルザーノなんちゃらってのは、あんなのしか居ないわけ? もう雰囲気がね、根暗っぽいっつーか、庶民臭ぇっつーか、イケてねえ。ド田舎でベンキョーばっかやってるとああなんのかねぇ? あー、やだやだ……」

 

 その言葉に同調するように、この時ばかりは白百合も黒百合も関係なしに俺達とグレン先生を交互に見ながらクスクスと小馬鹿にするように笑い始める。

 

 流石にこれには来るものがあるなぁ……。

 

「こ、この人達……いい加減に──」

 

「馬鹿馬鹿しいですね、この犬猫供は」

 

 教室内が一斉に静まった。理由としてはシスティが何か言う前に俺がただ一言言い放ったからだ。

 

「おい、テメェ……今何つった?」

 

「気の所為でしょうか? 私達が何処ぞのペットみたいに言われた気がしますが?」

 

 さっきまでグレン先生に迫っていたフランシーヌとコレットが同時に俺に敵意を向けてくる。だが、ハッキリ言って全く怖くない。

 

「違いますか? グレ──レーン先生の授業を理解するどころかロクに聞きもしない……なのに口だけは立派。ただ周囲にいる人が煩わしくて吠えたり泣いたりするだけの動物と同じでは?」

 

 そこまで言うと身体が引っ張られる。それと同時に首筋に冷たい感触があった。

 

 コレットが俺の胸ぐらを掴み上げ、フランシーヌが持ってたレイピアを突きつけたからだ。

 

「おい……あたしらに喧嘩売ってんのか、コラ? だったら買ってやるぜ?」

 

「わたくし達が動物並とは、随分と申してくれますわね?」

 

 俺の言葉に更に腹を立て、コレットは驕誇して鋲付きのグローブをグリグリと回しながら俺の顔に近づけていき、フランシーヌは強硬なままレイピアの鋒を寄せてくる。

 

「……そちらこそ、先程から随分と言ってくれますが……そんなに私達のやったことがママゴトも同然かどうか、見せてあげましょうか?」

 

「あん?」

 

「はい?」

 

 俺の言葉にコレットとフランシーヌが同時に首を傾げる。

 

「ようするに、勝負ですよ。一対一でも構いませんし、何だったらお二人同時でも構いませんよ?」

 

「テメェ……本格的に痛い目見せなきゃいけねえみてえだな」

 

「ここまで侮辱されたのは黒百合以外では初めてですわね」

 

 二人がワナワナと肩を震わせ、勝負の前に手を出しそうな時だった。

 

「はいはい、ちょっと待てやお前ら」

 

「え?」

 

「あれ? いつの間に?」

 

 いついたのか、二人の背後からグレン先生がコレットを片手で引き離し、フランシーヌのレイピアを取り上げていた。

 

「別に喧嘩だろうが勝負だろうが、止めはしねえが……教師の前であんま下らねえ揉め事起こさないでくれ」

 

「おい、すっこんでろよ……あたしらは今コイツに目にもの見せてやるんだからよ」

 

「そうですわね。高貴なるわたくしに楯突いた事を後悔させなければ腹の虫が収まりませんわ」

 

「だぁかぁらぁ、落ち着け。まあ、どうせこの後の授業は『魔導戦教練』だしな。勝負するってんなら、そん時にしろ。あ、ちなみにルールの細けえところは後で検討するが、この授業では三対三のパーティー戦……メンバーはリョウカと白猫、ルミアの三人で行く」

 

「ちょ、先生っ!?」

 

 さり気なく自分も加えられた事にシスティが驚く。

 

「いいですわ。ここまで侮辱されて退いては貴族の名折れ!受けて立ちますわ!」

 

「後悔すんじゃねえぞ、テメェら!?」

 

 こうして、留学初日から授業という名の決闘をすることが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これから『魔導戦教練』を始めまーす!」

 

 場所を移動して、学院敷地内にある開けた所で月クラスの全員が集まり、グレン先生が先導して授業という名の決闘の始まりを宣言する。

 

 そして、みんなもグレン先生の指示にしたがってるように見えて、視線がこっちに──というか、全部俺に向かって集中していた。

 

「ああもう……自分に向けられてるわけじゃないのに、肩身狭い感が半端じゃないわ。あんたもう、初日からとんでもないことしてくれるわね……」

 

 システィがため息混じりに俺に非難の目を向けてくる。

 

「それについては悪いとは思ってるけど……あそこまで来たら流石に我慢の限界だったというか……」

 

「あはは……まぁ、気持ちはわかるし。それに、形はどうあれみんな先生の授業に参加してくれる事になったんだし、いいんじゃないかな?」

 

「まあ……私もあそこまで言われたらね……」

 

「では、ルールを確認しますわ」

 

 俺達が話し込んでると、フランシーヌがルールの確認を切り出した。ここに移動するまででもグレン先生と決闘方式を取り決めてたのだが、みんなにも聞こえるように改めて話し合うとのこと。

 

「決闘は三対三のパーティー戦。方式は非殺傷系の呪文によるサブスト。模擬剣や徒手空拳による近接戦もあり。降参、気絶、場外退場、もしくは致死判定をもって術者の脱落……以上ですわね?」

 

「ああ、それでいい」

 

 サブスト……確か、非殺傷系だろうと、軍用魔術と同じ意味として捉える方式だったか。以前、レオス先生がグレン先生に決闘を吹っかけた時と似たようなルールだな。

 

 黒魔[ショック・ボルト]も軍用魔術の[ライトニング・ピアス]を使ってるという意味で判定され、当たり所によって即死判定される事もあるんだったな。

 

「あと、もう一つルールを加えたいのですが……このパーティー戦では、例え非殺傷系だとしても、炎熱系の呪文の使用を禁じらせて頂きたいのですが」

 

「炎熱系禁止?」

 

 まあ、システィはともかく俺は水と電気系以外の功性呪文は相変わらずロクに使えないから特に支障はないけど……お嬢様だから髪が燃えたり汚れが目立つものは抑えたいところなのだろうか?

 

 いや、それだったら電気だって場合によっては焦げ目は付くし、火傷みたいな跡は残る。まあ、それだって法医呪文によって完璧に治せる範囲だが。

 

「まあ、それでいい。あと、こっちもルール追加させてもらうぜ。まず、こっちのメンバーはリョウ──じゃなくて、リョウカと白猫、ルミアの三人だ。そして、リョウカ……感覚についてはもう仕方ないが、あの力はこの決闘では使うなよ? 白猫……お前は防御系の呪文に徹しろ。ルミア、お前はサポート系の呪文で助ける事に専念……以上だ」

 

「って、ちょっと待ってください!」

 

 グレン先生の追加ルールを聞いてシスティが声を上げる。

 

「メンバーについては納得できます! リョ──じゃなくて、リョウカが本気だしたりリィエルが加わったら勝負にすらなりませんから! でも、メンバーはともかく、リョウカしか功性呪文が使えなかったら、リョウカが落とされた時点で私達の負けも同然でしょ!」

 

「いや、これくらいのハンデでも十分勝てるだろ」

 

 システィの反論も受け流してグレン先生は当然のように言う。

 

「本当なら白猫とルミアの二人だけでも十分なくらいだ。今更お前らがあのレベルの箱入りお嬢様供に負ける姿なんて想像つかねえからな」

 

 グレン先生の言葉にシスティは首を傾げながら不安げな表情を浮かべるが、グレン先生はそれを無視して次々と決闘の話を進めていく。

 

「さて、こっちのメンバーは決まってるから次はそっちなんだが……派閥のリーダー二人とジニーの三人で頼むわ」

 

 グレン先生のメンバー決めにリーダー格の二人が明らかに不服そうな表情だった。

 

「たく、なんで白百合会の奴と組まなきゃいけねえんだよ……」

 

「それはこちらのセリフですわ」

 

「仕方ありません。レーン先生からのご指名なのですから」

 

「はっ……おい、先生よぉ。偉そうに仕切ってるが、まさか自分達のチームが少しでも有利になるように不和狙ってるとか小せえ事考えてんじゃねえだろうな?」

 

 コレットが挑発的な笑みを浮かべながら疑問を口にするが、グレン先生は心外なと言わんばかりにジト目を向ける。

 

「んなわけねえだろ。お前らを選んだのは、単純に一番強そうなメンバーだからだ。お前ら、このクラス内じゃ頭一つ抜けてるってのは見てわかるしな」

 

 グレン先生の評価にコレットが意外そうな顔をした。

 

「へ、へぇ……あんた、意外と見る目あんじゃねえか」

 

「だから、最初にコテンパンに叩いとけば後が楽だろう」

 

 コレットが照れ臭そうにするも、次のグレン先生の言葉に額に青筋を浮かべた。隣にいるフランシーヌも顔が引きつっていた。

 

「……おい、フランシーヌ。派閥云々については一先ず後回しだ。まずは、あのお上り供をボコって、この先公黙らせっぞ」

 

「今回ばかりは同意しますわ、コレット」

 

 普段はいがみ合う二人も同じ心境の下、共同戦線の組んでコレットとジニーを前に置いてフランシーヌが後ろに控える逆三角形の陣形を組んだ。

 

 対してこっちは俺が先頭に立ってルミアとシスティが後ろという三角形の陣形。

 

「まずは先陣を切りなさい、ジニー!」

 

「はっ!」

 

 フランシーヌの指示の下、ジニーがいつの間にか持っていた短剣を両手に逆手で構えながら[フィジカル・ブースト]を巧みに使い、一気に距離を詰めていく。

 

「わぁ〜……なんとなく予想はしてましたけど、まるで忍者みたいですね」

 

「おや、私達の一族の事をご存知で?」

 

「え……ていうことは、本物?」

 

「何を基準に本物と捉えてるかは存じませんが、私……東方の『シノビ』の技を代々伝える里の出身でして」

 

 なんと……独特の髪飾りから勝手に想像しただけだが、彼女は本物の忍者の一族の出身のようだ。そういえば、気配もなく突然背後から現れたり風のように移動する様は確かにそれっぽかった。

 

「まあ、何といいますかすみませんね……アホお嬢供の所為で妙なことになって」

 

「ああ、いえ……挑発したのはこっちからですし」

 

「この機会に是非ともお嬢供にお灸を据えてもらいたいところですが、私はお嬢に命令されてる身なので、全力を出さないわけにもいかないんですよね。……例え、手負いの相手だったとしても」

 

 ジニーは淡々と語りながら俺を……正確には俺の右半身辺りを見ていた。

 

「あぁ……気づいていたんですか?」

 

「非才の身ではありますが、これでも『シノビ』の一人ですからね。そういうのを見る目には多少自信はあるんですよ。貴女の右腕については深くは聞きませんが、それでも勝負ですので手加減はしません。若輩とはいえ、技量についても多少の自信は……」

 

 短剣を構えながら語る途中でピタリと動きを止めてその目が鋭く細まった。

 

「……えっと……リョウカさん。貴女、何者なんです……?」

 

「あの、すみません……質問の意味が……」

 

「いえ……佇まいはまだ素人レベルですが、神経というか……貴女を出し抜くのがかなり難しく感じるといいますか」

 

 ああ……多分、実践レベルはそこまでじゃないけど、ウルトラマンの力の影響で身体能力と感覚機能はかなり上がってるからな。

 

 恐らく、シノビ特有の勘でそれを感じ取ったんだろう……。

 

「……なるほど。理由は存じませんが、レーン先生が貴女に本気を出すなという理由が少しわかった気がします。それなら、本気を出さない間にその胸を貸して頂きましょう」

 

 言うや否や、ジニーの姿が一瞬ブレるとコンマ数秒で距離を更に詰め、短剣の刃を振るってくる。

 

 俺は少し身体をズラしながら捻って躱し、ジニーはその勢いのまま二振り三振りとあらゆる角度から短剣を振るって攻撃を仕掛けてくる。

 

 無論、以前の俺だったら戸惑ってるところだろうが、感覚が鋭敏化してる俺にはその動きがほぼスローモーションみたく見えてるので回避は余裕だった。

 

 ジニーは一度攻撃の手を止めて距離を空けると、その顔は若干引きつっていた。

 

「あはは……本気を出してないのにこれですか……。貴女に制限が掛けられてるのが心底ありがたく感じてしまいますね……ちなみに、攻撃に転じれば何回私を倒せましたか?」

 

「いや、私はその手の達人じゃないのでどうとも……まあ、倒そうと思えば倒せたくらいには」

 

 一応その動きに合わせて水の魔術を当てたり[ショック・ボルト]を打ち込んだりするくらいは出来ただろうな。

 

「……そうですか。せめて一太刀くらいは入れて見せたいところなのです……がっ!」

 

 ジニーが再び攻めかけ、旋風のように刃を振るい、それを紙一重で躱し続ける。

 

「ジニーッ! 貴女、一体何を遊んでいるんですの!?」

 

 フランシーヌが焦れったいのか、忌々しそうに叫ぶが、ジニーは聞こえないのかただ俺に向かってひたすら短剣を振るってくる。

 

「はあっ!」

 

「……ふっ!」

 

 ジニーの斬撃の隙間を掻い潜って左手で彼女の腹部に重い一撃を叩き込む。

 

「うっ……!」

 

 俺の一撃でそれなりのダメージを食らったのか、その場に蹲る。

 

「『春雷』っ!」

 

 そこにすかさず威力部分を改変した[ショック・ボルト]を叩き込んで瞬く間にジニーの意識を刈り取る。

 

「う、嘘だろ……」

 

「ジ、ジニーが負けた……?」

 

「近接戦闘の腕はコレットの姐さんと同等の奴だぞ……」

 

 周囲にいた月クラスの女子達が唖然としている。

 

「うん、わかってはいたが……やっぱアイツ、つくづく化け物じみて来たな……」

 

 同じく外野でグレン先生が中々失礼なことを言っていた。俺に力を貸してくれてるのは化け物じゃなくて超人なのだが。

 

「おい、こりゃちっとヤバくねえか……?」

 

「えぇ……ジニーを失ったのは相当痛手ですわ」

 

 鋲付きのグローブを嵌めたコレットが深刻そうに聞き、レイピアを構えたフランシーヌが呻くように返す。

 

「ですが、他の二人は功性呪文を禁じられております。あの方さえ倒せれば」

 

 フランシーヌの言葉で二人が俺に向けて真剣な闘気を醸し出す。

 

「まずは挨拶がわりですわ! 『雷精の紫電よ』っ!」

 

 フランシーヌが左手から紫電を撃ち放つ。

 

「『霧散せよ』っ!」

 

 すかさずシスティが対抗呪文でフランシーヌの魔術を無効化する。

 

「対抗呪文は中々ですわね。なら、まずは貴女方から! 『雷精よ』っ!」

 

「『霧散せよ』っ!」

 

 再び紫電が閃くも、システィがまた無効化し、フェイントを加えてもそれにすかさず反応して無効化を繰り返す。

 

「何やってんだお前は……『大いなる風よ』っ!」

 

 [ショック・ボルト]などの三属呪文では埒があかないと見るや、コレットが[ゲイル・ブロウ]でシスティとルミア、二人共巻き込む規模の魔術を撃ち放つ。

 

「『大気の壁よ』っ!」

 

 それにもシスティお得意の空気の壁によって遮られる事になる。

 

「これもかよっ!」

 

「ああもう、小賢しい! 『力よ無に帰せ』っ!」

 

 空気の壁をフランシーヌが[ディスペル・フォース]で無効化させて二人を防ぐ壁を崩す。

 

「今ですわ! 『白き冬の嵐よ』っ!」

 

「『白き冬の嵐よ』っ!」

 

 二人が同時に[ホワイト・アウト]を唱えて二人を攻撃する。

 

「『光り輝く護りの障壁よ』っ!」

 

 システィの[フォース・シールド]がフランシーヌとコレットの繰り出した吹雪を防ぐ。

 

「またですの!?」

 

「あいつ、こっちの手全部わかんのかよっ!?」

 

 自分達の攻撃が悉く防がれてる現実に苛立ちが募っていく。まあ、そろそろいい頃合いかな。

 

 二人が後衛組に気を取られてる内に駆け足で距離を詰めていく。

 

「あ……『大いなる──」

 

 いち早く気づいたフランシーヌが呪文を紡ごうとするも、間で眩い閃光がひらめき、俺達の視界を塞ぐ。俺が駆け出した瞬間、ルミアがシスティの後ろで[フラッシュ・ライト]を唱えた目眩し呪文だ。

 

「きゃあっ!?」

 

「『辰星』」

 

 眩い閃光を潜ってゼロ距離でフランシーヌに水塊を打ちはなって場外へと吹っ飛ばした。まあ、取り巻きの人が受け止めたので大した怪我もないだろう。

 

「この……『白き氷精よ・我が掌の上で・踊れ』!」

 

 コレットが拳を握るとそこに白い凍気が渦巻いた。確か、魔闘術(ブラック・アーツ)……バーナードさんが昔得意としていた戦闘スタイルらしい。今じゃ老いて多用しなくなったらしいが。その真似事みたいなもんか。

 

 まあ、ジニーの短剣と同じで当たらないようにすればいい話なのだが。俺はコレットの拳を躱して再びゼロ距離で呪文を唱える。

 

「『辰星』」

 

 水塊がコレットを襲い、彼女も場外退場によって脱落し、相手チームの敗北が決定した。

 

「うん……一人は気絶しちまったが、まあ文句なしに俺達の勝ちでいいよな?」

 

「くっ……嘘だろ……」

 

「そんな……このわたくしともあろう者が……」

 

 コレットとフランシーヌ、二人共ずぶ濡れの状態で打ちひしがれていた。身体よりも精神的なダメージの方が大きいみたいだな。

 

 まあ、三人のうち二人が功性呪文禁じられた状態でほぼ一方的な戦況だったのだから文句を出そうとも言葉が出てこないんだろう。

 

「さて、現実を受け入れられたならそろそろいいでしょうか?」

 

 パンパンと手を叩き、二人の意識をこっちに向けさせて本題に入らせてもらう。

 

「これで私達のやって来た事がママゴトでない事はご理解いただけましたね? さて、これまで散々言われた事についてなんですが」

 

 ここまで言うと二人は自分達のやってきた事言ってきた事を思い出したのか、青褪めた表情を浮かべる。

 

「ま、待ってくれよ! 悪かった! あたしらが悪かったって!」

 

「ジニーッ! 何をやってますの!? 早く助けてくださいまし!」

 

 コレットは謝罪の言葉を出すものの、あまり反省といった態度ではなく、フランシーヌもジニーに助けを求めるが、彼女はまだ意識が戻っていない。

 

「別に条件は提示したわけじゃありませんけど、ここまで明らかな勝敗を見せた以上、まずは勝者の言うことには耳を傾けるべきでは?」

 

 二人を見下ろしながらジリジリと距離を詰めていくと、涙目になりながらお互い嫌い合っている筈の違いの身を抱きしめる。

 

「ひいいいぃぃぃぃぃっ! やめてぇ! 助けてくださいましぃ!」

 

「待ってくれよ! あたしに手ぇ出すと、パパが黙ってないぞ! 本当だぞ!」

 

 ついさっきまでの二人とは思えない弱腰と去勢ぶりだった。

 

「問答無用です。敗者は勝者に従う……闘いにおいては常識でしょう?」

 

「「あわわわ」」

 

「……と言っても、提示するのは私じゃないですけど。じゃ、後はいいですね、先生?」

 

「おう。じゃ、覚悟しやがれ小娘供」

 

 指をポキポキ鳴らしながら悪魔のような笑みを浮かべるグレン先生にフランシーヌとコレットは絶望の表情を浮かべる。

 

「というわけなので、これからレーン先生の言うことをよく聞くように。いいですね?」

 

「「は、はいいいぃぃぃぃぃぃ!」」

 

 二人がどんな想像をしたのか、完全に萎縮していたが、グレン先生がやったのは所謂反省会だ。フランシーヌ、コレット……途中で起こしたジニーに三人のそれぞれ何処が悪かったのか、これからどうすべきかを丁寧に個々人に教えていった。

 

 それからは全員に聞こえるように声をあげてこれから自分の授業で何を大事にしていくべきかを説明する。

 

「さて。お前らは、俺から教わる事なんか何もねえと言ってたが……断言してやる。短い期間だが、俺ならお前らを魔術師にしてやれる。魔術師のなんたるかを教えるくらいはしてやるさ」

 

「せ、先生……?」

 

「まあ、興味がなけりゃあ参加はしなくていい。別に強制はしねえしな。ただ、俺の邪魔だけはすんな。お茶会やらゲームやら喧嘩やらは他所でやんな。だが……少しでも俺の話に興味持ってくれるってんなら歓迎するぜ。本当の魔術って奴を教えてやる」

 

 その男前な言い分に月クラスのみんなはグレン先生を見る目の色が完全に変わっていた。

 

「な、なんていう御方……あんな不遜な態度だったわたくし達を許して……?」

 

「デカ過ぎる……今までの先公は皆、アタシ達に迎合しようと媚びを売るか、押さえつけようと高圧的になるか、卑屈になって無視するか……そんなんばっかだったのに……」

 

「こんな御方……初めてですわ……」

 

 出会った当初の、侮蔑に満ちていた目は何処へやら。

 

「「「せ、先生……」」」

 

 今や、クラス全員がすっかりグレンに対する心酔の眼差しとなっていた。

 

「チョロいなぁー……流石、世間知らずの箱入りお嬢様ども……」

 

 ただし、ジニーの毒舌は相変わらずのようだが……。とりあえず、これで授業の妨害をされる心配はなくなったと見るかな。

 

 ……と思っていたのだが。

 

「レーン先生、リョウカさん……申し訳ありませんでした。わたくし、全然世間知らずの自惚れ娘でした。ですが、これからは違います。どうか、教え導いていただけませんか?」

 

「二人共ごめんな……これからはちゃんと心を入れ替える。だから、あたし達を指導してくれよ?」

 

「「わたくし(あたし)達、白(黒)百合会で! ……ん?」」

 

 それぞれの派閥リーダーの二人が謝罪と同時に俺達に指導を申し込んできたのだが、漸く収まったと思った険悪な雰囲気が再燃した気がした。

 

「……あら? コレット……今、何と仰いましたか?」

 

「……なんか今、妙な台詞が聞こえた気がしたが……フランシーヌ?」

 

 フランシーヌとコレットの間でバチバチと火花が散ったようなイメージが見えた。なんか、また面倒臭そうな予感が……。

 

「お、おいリョウ……これ、なんか嫌な予感が」

 

「えっと……『雷駆』っ!」

 

「え、ちょ──って、あいつ逃げやがった!?」

 

 申し訳ないが、これから起こるだろう出来事を回避すべく、身体能力を全力で底上げして更に両足に電気を纏い、驚異的な速度で教練場から脱出した。

 

 直後、小さくなっていく教練場から甲高い叫びと轟音が響いてくる。

 

『貴女達・いい加減に・しなさいぃぃぃぃぃぃ!』

 

『リョウ──っ! この、裏切り者がああああぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 更に、それに重なるようにシスティの喉の割れんばかりの呪文とグレン先生の断末魔のような叫びが背後で木霊した。

 

 はは……面倒な留学になるのは変わらないのかも。これからの留学生活に悚然とした今日この頃だった。



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第38話

 聖リリィ学院の短期留学初日から決闘なんて言った波乱万丈なトラブルもあったものの、それに勝ったおかげで月クラスのみんなが俺やグレン先生の事を認めてくれたようでようやく一安心──とはならなかった。

 

 いや、認めてくれたのは嬉しいし、みんなも大体俺達の言うことを聞いてくれるようにはなった。

 

 ただ……みんなの敵意が好意に反転したというだけで俺達そっちのけで事あるごとに白百合と黒百合が自分達の元へ引き込もうと……というより、引っ張り込もうとして対立して喧嘩が勃発するのだ。

 

 それだけでもやたら疲れる案件だというのに、そこに更にシスティと果てにはルミアまでもが加わるのだからタチが悪い。

 

 システィはグレン先生が自分の所に長居しなくなりつつあるからだと考えられる(本人は認めようとしないだろうが)が、まさかルミアまでもがそこに加わるとは思ってなかったため仲裁がやたら大変だ。四人が顔を合わせるたびに重苦しい空気が場を支配して果てには魔術合戦の嵐と来るし。

 

 その魔術の流れ弾が時偶俺とグレン先生に来るから怪我もする(俺はウルトラマンの力もあるためか、軽度で済んでる)。

 

 まあ、ここまで説明したから何だと言えば……。

 

「おほほ……最初からこうしてレーン先生を囲んで、皆さんで食事をすれば良い話でしたわ」

 

「あっはっは! しゃーねーな! 今日はこれで勘弁してやるよ!」

 

「そうよね! やっぱりみんなで食べる方がおいしいもんね!」

 

「一緒に食事をするとみんなの距離が縮まった感じがするもんね」

 

 ……とまあ、パッと見と会話だけを見ればお嬢様達のほのぼのとした和やかな食事会と見れるかもしれない。……全員の目が笑ってないのを除けばな。

 

「えっと……何でこうなったんでしたっけ?」

 

「こっちの制止も聞かずにドンパチやって……結局昼までケリが着かなかったから間を取って全員で食事会だとさ。ハハ……やったな、リョウ。夢にまで見たハーレム空間だぜ〜……」

 

言葉では嬉しそうに語るが、今のグレン先生はあちこちボロボロで顔も断食している時ぐらいに痩せこけてるようにも見えた。

 

「人気者は大変ですね〜」

 

そんなグレン先生に慰めの言葉をかけたのはジニーだった。思いっきり棒読みだが……。

 

「お前、完全に他人事だと思ってやがるな」

 

「完全に他人事なので」

 

「せめてもう少しオブラートに包みましょう?」

 

 まあ、こんな面倒臭い状況なんて普通関わりたくなどないからな。

 

「まあ、けど……先生方には感謝してるんですよ、これでも」

 

「あん?」

 

「どういう意味です?」

 

「面倒臭さはあまり変わりませんが、先生達のおかげで史上最悪と言われた月クラスも僅かですが纏まりつつあるんですよ。先生が決闘の場を用意して、リョウカさん達がお嬢達をコテンパンに叩きのめしたから」

 

「何故それで纏まるんですか?」

 

「貴女達がお嬢達と正面から向き合ったからですよ。元々この学院の『派閥』が閉鎖された空間で、型に嵌められる事を強制された事による心の傷の舐め合いみたいなための集団であるのはお聞きしましたか?」

 

「あぁ、このクラスに入れられる前にちょっとな。ここまで気持ち悪くてクソッタレな鳥籠染みた空間は久々だぜ……こんな所に長居させられればそりゃあお嬢様と言えど、好き勝手したくもなるわ」

 

「ええ。ですから……せめて限られた空間内でも自分は特別なんだと、似た者同士で群れて粋がるのも道理というものでしょう。まだ十五・六の若者なのですから。まあ、結局今回の件で今の自分達では本物に勝てない事を理解したでしょう。ですからすぐには無理でも、これからは少しずつ己の狭かった見識を広めようと真に努力を重ねてくでしょうし、その過程で派閥争いも緩和していく事でしょう。結局のところ、思春期の至りみたいなものですし」

 

「「………………」」

 

「何でしょう?」

 

「いや、お前いくつだよ? 妙に達観し過ぎじゃね?」

 

「大人でもそこまで誰かに寄り添える人なんて早々いないと思うのですが……やはりシノビだから色々あったんですか?」

 

「……まあ、そんなところです」

 

 一瞬間が空いた所で表情に若干影が差したように見えたが、まあシノビの世界は暗闇……知り得ない事は多々あるだろう。

 

「ところで、リィエルはどうしました? ああいう騒動には必ずと言っていい程敏感なのに……」

 

「言われてみれば……コイツらにかかりっきりですっかり忘れてたわ」

 

「リィエルも一緒にいればもっと楽しかったかもしれないのにね」

 

「そういえば、何処にいるのかしらあの娘?」

 

 すっかり忘れてしまったリィエルの存在を探そうとすると、コレットがとある方向を見て何かに気づいたようだ。

 

「おい、リィエルってあの青髪のチビッコだったか? あそこの……」

 

「え? 何処?」

 

「ほら、あそこ……」

 

 コレットが指差した方向を見ると、そこではリィエルが自分の好物であるいちごタルトを差し出しているのが見えた。ただ、苦手だったのか遠慮がちな様子だったが。

 

 自分の好物が相手は苦手だということに一瞬落ち込んだように見えたが、自分の食べられる量が増えたとわかったか、一瞬にして瞳の輝きが増したリィエルがいつも通り一心不乱に食べる様子をエルザは微笑みながら見ていた。

 

「話してる内容はわからんが、楽しそうだな」

 

「いちごタルトを食べられないなんて人生損してる……って言ってましたよ」

 

「うん、メチャクチャあいつらしくて安心したわ」

 

 俺達以外のメンバーと基本関わる事をしないリィエルの社交ぶりは意外だったが、友好の輪を広げられるのはいい事だと思って放置することに決めたが、フランシーヌとコレットは驚きと安堵が混ざった表情で二人を眺めていた。

 

「おい……エルザが誰かとツルむなんて初めて見たぞ」

 

「ですわね。しかも、あんな楽しそうにして……あの子、あんな風にも笑うんですね?」

 

「ん? そういやお前ら……俺にはガンガン自分の派閥に入れって言ってる癖にエルザには特に言わねえよな?」

 

「もしかしてあの子だけハブにしてる?引くわよ?」

 

「ダメだと思うよ、そういうの」

 

 グレン先生の疑問に乗るようにシスティとルミアがフランシーヌとコレットにジト目を送る。その無言の攻撃に二人はたじろぐ。

 

「う……違いますわ! そもそも、弱い者虐めなど、貴族にあるまじき行為ですわ!」

 

「別にあたしらがハブいてんじゃねえよ! 向こうがあたしらから距離を取ってるだけだ!」

 

「は? エルザさんから、ですか?」

 

「はい……」

 

 エルザの方から距離を置いてるという事に疑問を浮かべるとフランシーヌが気まずそうにうなずく。

 

「あいつさ、前期の途中であたしらのクラスに編入したんだよ。最初はパッとしない奴だったから遠い所から一人だけ来て寂しいのかって思ったから……」

 

「わたくしもコレットも、自分達の派閥へと誘いをかけましたわ。戦力増強のために!」

 

「うん……お前ら、マジでブレねえな」

 

 グレン先生の言葉に俺達は揃って苦笑いを浮かべた。

 

「けど、なんかなぁ……一人でポツンと寂しそうにしている癖に、あたしらの誘いには微塵も乗っかろうとしねえんだよ。いくら話しかけてものらりくらりと躱してさぁ……」

 

「成績優秀で品行方正。誰に対しても礼儀正しく、人当たりはいいのですが……どこか他者に対して壁を作ってるといいますか……優しい一匹狼と言いますか」

 

「だから驚いてんだよ。あたしらとは距離を置いてるアイツが、あのチビッコとは楽しそうにしててさ」

 

「ん〜……?」

 

 確かにその話を信じれば意外に思うのも無理はない。更にはそこまで真面目で人当たりの良さそうなエルザがみんなの輪に入ろうとという姿勢を見せないのが尚驚きだ。

 

 どんな理由がと思ったが、ここはただでさえ親の都合で自由を極端に制限されたお嬢様達の集まりだ。今更重い事情がひとつ混ざった所で大して驚かないし、無理に深入りするわけにもいかない。

 

 ジニーの言葉を借りれば余計な詮索は野暮というものだ。

 

「ま、お前らの派閥勧誘が鬱陶しくて引いてるだけってのもあるんじゃねえか?」

 

「う、それは否定出来ねえけど……」

 

「あ、あんまりな言い方ですわ……」

 

「この短期間でのお前らの言動見れば誰だって思うわ。まあ、けど……お前らとんだ不良娘かと思えば案外、気の良い奴らなんだな。嫌いじゃねえぜ、そういうの」

 

「そ、そんな……っ!? わ、わたくしの事を好きだなんて!?」

 

「ま、待ってくれ! あたしはまだ十五だし……何より、女同士だし! こ、こここ……心の準備ってもんが!」

 

「いや、『嫌いじゃねえ』って言っただけだろうがっ! 何でその一言でそこまで脳内妄想広げられるんだよ!? あと、お前らイチイチ重たいわああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「……このクラスは腐女子の集まりか?」

 

「あの、私までお嬢達と一括りにされるのは甚だ不本意なのですが」

 

 割と本気で頭を痛めた俺にジニーの非難の視線が向けられた。

 

 

 

 

 

 

「いや〜……マジで危なかったぜ。危うく正体バレるところだったわ」

 

「まったく、何やってくれてるんですか。だから入浴は個室風呂にすべきだって言ったんじゃないですか」

 

 どうやら俺の忠告も聞かずに大浴場の方へ行ったグレン先生が乱入してきたフランシーヌやコレット達の前で男に戻ってしまったようだ。

 

 その途中で更に乱入してきたシスティやルミアが間で偽りの説明をしてどうにか誤魔化し切ったらしいが……どんな説明したかは知らないが、盲信すぎるだろうみんな……。

 

 ついでに、その嘘の説明に信憑性持たせるためにグレン先生だけはこのまま元の身体で通すみたいだ。……地味にズルい。

 

「まあ、あのジニーだけは『あ……』って感じで薄々気付いてたみたいだけど……」

 

「あの様子ならこのまま黙ってくれそうだしね」

 

「流石、シノビ……秘密事には寛容でなによりだよ」

 

 ジニーには追って何かお礼でもした方がよさそうだ。ここのところはコレットも含め、俺の近接戦闘の練習相手にもなってくれてるから。

 

 コレットからは黒魔拳(ブラック・アーツ)擬きの使い方、ジニーからはシノビの基本的な体術を教えてもらってたからな。結構今後の参考になるものが多かった。

 

 アルザーノ魔術学院に戻ったら是非試して研究しておきたい。

 

「あちち……たく、疲れを取る為に風呂に入った筈なのに余計に疲れた気がするわ。むしろ、傷が増えた気がするわ……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 どうやら乱入したシスティに悲鳴を使った呪文改変による[ゲイル・ブロウ]の制裁を受けたらしい。こればかりは同情するしかない。今回はグレン先生ばかりの責任ではないのだから。

 

「たく……そうこうしてるうちにもうこんな時間かよ。こっちはリィエルのお勉強も見なきゃいけねえってのによ……」

 

「ですね……。元々リィエルの退学を阻止しようって目的だった筈なのに……この学院の空気にすっかり流されてしまいました」

 

 システィも後悔たっぷりの声色で呟いた。

 

「そういえば、リィエル……随分静かだったね。こういう時、真っ先に反応するかと思ったけど」

 

「それは俺も思った。グレン先生に何かあればすぐに獣の如き嗅覚で嗅ぎつけて来る筈なのに……」

 

「そういや、アイツらの騒動を除けば随分静かだったな。エルザがいるから良い機会かと思ってあいつの自立促そうと放置してたんだが……流石に放置しすぎたな。主に、勉学的な意味で……」

 

 勉強をどうにかしようとすれば、必然的に付きっきりにならなければいけないから社交性を伸ばす事は出来ない。かと言って、自立を促そうとすれば今度は勉強が疎かになってしまう。

 

 あちらを立てればこちらが立たないとはよく言ったものが。どうにかこっからでも勉学の部分を挽回したいところだ。

 

「まあ、まだ時間もありますし……これからでもリィエルの勉強を見てあげませんか?」

 

 ルミアが責任を感じたような表情でリィエルの勉強に付き合う事を提案した。

 

「つってもな……この時間だとあいつ、もう寝てんじゃねえか? つっても、このまま放っておくわけにもいかねえし……ちっと酷だが、叩き起こしてでも勉強させる以外にねえな」

 

「……ん? ちょっと、静かに」

 

「何だ、リョウ?」

 

「……話し声が聞こえます。リィエルの部屋の方から……」

 

「は? リィエルの部屋から?誰か来てんのか──って、一人しかいねえか」

 

 まあ、今までを思えばリィエルに声をかけてる人物は一人しかいないしな。

 

 廊下を歩いて扉の前で身を潜めながら扉の向こうをこっそり覗き見ると意外な光景が広がっていた。

 

「ん……つまり……この呪文……この魔術関数で戻り値を出せばいいの?」

 

「うん、そうそう……リィエル、だいぶわかるようになってきたね」

 

「そう? ……じゃあ、こっちの問題は……?」

 

 部屋の中ではリィエルが机に座った状態で問題用紙に書かれた問いを眉を潜めながら解いていき、その傍でエルザが時折解説を混じえながらリィエルをサポートしてくれていた。

 

 リィエルが問題を解けている事だけでもすごいのに、何より驚きなのがリィエルが自ら勉強をしているという事だ。与えられた問題を解くだけじゃなく、解けたら進んで次の問題に向かい合ってるという行為がだ。

 

「うそ……」

 

「マジか……」

 

 隣でシスティもグレン先生もあの光景に対して驚愕していた。自分達がいくら言っても対してやる気の出なかったリィエルが自ら進んで勉強してるのだからそりゃあ驚くだろう。

 

「あの、先生……どうします? 私達も勉強手伝ってあげましょうか?」

 

「いや、それもいいかもだけど……あれはなぁ」

 

「……いや、やめとこ。俺達が行っても邪魔なだけだろ」

 

「……そうですね。なんか、もう俺達必要ないって感じですし」

 

「あいつの兄貴分としちゃあ、ちっと寂しい気もするんだけどな」

 

 言葉とは裏原に、グレン先生の声はとても嬉しそうに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 あっという間に短期留学も十四日目に差し掛かった。今日は前日に行われた試験の結果が返却されるのだった。

 

 俺は少しだが伸びてきてる。グレン先生の教えもあって地球での学問とこっちの学問の認識の分け方も大分慣れてきたものだ。

 

 さて、自分の結果はさておいて今一番大事なのはリィエルの結果だ。ある意味自分の試験結果以上に気になる問題だ。

 

 当の本人は試験用紙を広げると、すぐにトコトコとグレン先生の方へ駆け寄っていく。

 

「……ほめて、グレン」

 

 見えたテストの点数は65……。普通に考えればあまり良い成績とは言えない数字だが、リィエルのこれまでを思えば十分過ぎる程の進歩を示すものだ。

 

「……よくやったな、リィエル」

 

 グレン先生が一瞬目を見開くと、柔和な笑みを浮かべてリィエルの頭をそっと撫でる。

 

「ねえ、グレン……わたし、頑張った」

 

「ああ、わかってるさ」

 

「エルザのおかげ」

 

「みてえだな……サンキュな、エルザ」

 

「い、いえ……私は頑張ってるリィエルのお手伝いをしただけですから」

 

「いや、お前じゃなかったらコイツはここまで頑張らなかっただろ。俺がいくら指導してもここまで伸びた事なんてなかったのに……ハハ、教師としての自信無くすぜ」

 

「それは違うと思います」

 

 グレン先生のおどけた風な言葉を否定してシスティとルミアにもテストを見せびらかすリィエルを見やる。

 

「リィエルは、今まで勉強に本気になれなかっただけだったんだと思います。でも、今回は皆さんと対等であろうと、自分の居場所を守ろうと必死だった……それだけだったんですよ」

 

「そうか……あのリィエルがねぇ」

 

 リィエルも今回の短期留学がどれだけ重要なのかは朧げにだが、理解できただろうが……どうしても勉強というものに向き合うという方法がわからなかった。

 

 だが、ここに来て何としてもやり遂げてやるという確かな意思力がリィエルの苦手分野で発揮されるようになったのは大きな進歩だ。

 

「さって、今日の授業はもう終いにすっか。知っての通り、白猫にルミア、リィエル、リョウ──カがここにいられるのもあと僅かだ。まあ、くっせえ言い方になるが、ひとつ思い出作りってやつだ。残り時間……クラス全員でマグス・バレー大会とでもいくか」

 

 グレン先生が教壇で宣言するとクラス中が沸き立った。マグス・バレーとは簡単に言えばバレーボールに魔術的要素を取り入れた球技で、ちょっとした暇潰しでも使われてる。

 

「さっすが先生っ! 話がわかるぜ!」

 

「それは結構な事ですわ! 黒百合の皆さんをボコボコにして差し上げましょう!」

 

「しゃあ、お前ら! 白百合の連中なんかに絶対負けんじゃねえぞ!」

 

「いや、何でお前らはその二派で競う事前提なんだよ……」

 

 何処でもこの両派閥は争わなければ気が済まないのだろうか……。

 

「おっと、何処行くんだ?」

 

 球技にも派閥争いを持ち込もうとするみんなに呆れてると、コレットがこっそり集団から離れようとしたエルザを捕まえる姿が見えた。

 

「そうですわ。まさか、この期に及んで抜けるなど……無粋な事は仰いませんよね?」

 

「あ……」

 

「今日くらいはいいじゃないですか、エルザさん」

 

「ええ、偶にはみんなで遊びましょう?」

 

 みんながエルザに呼びかけるが、彼女は未だに遠慮がちな様子でボソボソと呟く。

 

「ででも……私は……貴女達の輪に入れる資格なんて……」

 

「あのですね、エルザさん。今までも何度か言いましたが……ぶっちゃけ、貴女の問題なんて誰も気にしてませんよ」

 

 ちゃっかりフランシーヌの隣まで移動していたジニーがエルザに言い聞かせる。

 

「気にして遠慮してるのは貴女だけなんですよ」

 

「まあ、事情を知らない私達には何か言えるわけじゃありませんけど……それでも、この場は流された方がいいですし、何より……あの子が一緒に遊びたいって望んじゃってますよ?」

 

 ある方向を指差しながら言ってやると、噂の子……リィエルがトコトコとエルザのもとへと駆け寄ってくる。

 

「エルザ……行かないの?」

 

「え、その……私は……」

 

「わたし、エルザと一緒に遊びたい……ダメ?」

 

「あ、その……」

 

 エルザが困惑して助けを求めるように周りを見やるが、俺を含めて全員笑って事を見守るだけだった。

 

「……そう、ですね……わかりました。今日くらいは……」

 

 エルザの根負けしたような返事にリィエルは嬉しいのか、教室から出て行く時の歩みが若干スキップみたくなっていたのは気のせいじゃないだろう。

 

 ここにいられるのも本当にあと僅かではあるが、これが切っ掛けでエルザもクラスに溶け込めるようになれれば嬉しいなと思えるぐらいには俺も彼女に好感を持ちつつあった。

 

 ここまで来れば短期留学はもう大成功と言ってもいいかもしれない。

 

 最大の懸念をここで忘れていなければ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『カンパ〜イッ!』』』

 

 時間にして短期留学ももう最終日……。その日の授業を終えてからは怒濤の時間……聖リリィ魔術女学院の敷地内のひとつである学生街のとある店のオープンカフェで乾杯の音頭が上がっていた。

 

 今日は最終日との事で先日と同じく授業を早めに切り上げてそれからは送別会の準備で月組のみんなが大忙しだった。

 

 ほんの数時間程度の準備だったので飾り付けやメニューはそこまで派手なものではないが、即興にしては中々に華やかなものにはなっていた。

 

「いや〜、なんつうか……ここまで意外とあっという間だったな」

 

「ですね〜……一日一日が濃い時間だった筈なのに、最終日になったら途端に随分昔のように思えてしまいます」

 

「リィエルの短期留学が成功して、本当に良かったですね」

 

「ああ、そういや昨日リィエルの試験結果をセリカに速達で送り届けたんだが、その結果が早速通信魔術で送られてきたぜ。リィエルの退学処分は取り消しになったとさ」

 

「本当ですか!? よかったぁ!」

 

「セリカの奴……面子を潰された反国軍省派の連中の悔しそうな間抜けづらに、それはそれは大層大笑いしたそうな」

 

 うわぁ……セコい手でリィエルを退学させようとした連中に向かってリィエルの試験結果を見せびらかしながら腹抱えて大笑いしているアルフォネア教授の姿が容易に想像できるわ。

 

 システィもルミアも同じ姿を想像したのか、片やジト目、片や苦笑いだった。

 

「そういや、その張本人の姿が見えねえな」

 

「そういえば、いませんね。ついでにエルザさんの姿も」

 

 ざっと見渡してみればリィエルとエルザの姿がいつの間にか消えていた。

 

「ああ、リィエルならエルザさんと一緒に散歩に行ったわよ」

 

「エルザとか?」

 

「ええ。まあ、エルザさんとは特に仲良かったし、ここにいられるのもこれで最後なんだから二人っきりで話したい事も色々あるんでしょうね」

 

「まあ、そうか……せっかくの送別会だっていうのに、二人だけってのは寂しい気もするんだが、まああの二人じゃしょうがねえか」

 

「こっちでは……というか、人生初で自分から仲良くなろうと歩み寄った人だしね」

 

 アルザーノ魔術学院ではルミアの護衛の事もあるからフォロー目的で手を差し伸べた感じだったが、エルザに対してはリィエル自らが友達になろうと歩み寄ったから特別感もあるんだろう。

 

「いやあ、マジで退学処分なんて時はどうしようかと思ったが……この学院の誰かがリィエルを呼んでくれたおかげでどうにかなったわ〜」

 

「あはは、全く……です……」

 

 あれ……今、大事なこと思いだしかけたような……。

 

「あの、リョウ君? どうしたの?」

 

「……ヤバイかも」

 

「え?」

 

「もし狙うとしたら、今が絶好の機会だ……」

 

「ん? おい、何が絶好のだ?」

 

「何がって、先生……そりゃあアレですよ、アレ。私の鋭敏で精度抜群の恋愛センサーでもあの二人は──」

 

「そういう乙女脳の話じゃねえ! リィエルの身が危ないって事だよ! そもそも俺達が着いてきた理由は何だったの!?」

 

「え、だからリィエルの退学を……」

 

「それも間違ってないけど、大きな理由としては今回の短期留学のオファーが出来すぎたからアルベルトさんからも頼まれたんじゃないですか!?」

 

 俺の言葉に三人もようやく自分達が何のために聖リリィ魔術女学院に来たのかを思い出したか、驚愕の表情を浮かべた。

 

「やっべ……すっかり忘れてた。もしあの懸念がマジモンなら、今がチャンスじゃねえか」

 

「で、でも待ってください! それってつまり……」

 

「言いてえ事はわかるが、今は理由云々は後回しだ! とにかく今は二人を探すぞ!」

 

「先生〜♡」

 

「楽しんでってるか〜!?」

 

 いなくなった二人を探し出そうとすると、フランシーヌとコレットがグレン先生へ駆け寄ってくる。

 

「ワリィ! 俺達はちょっと抜けるわ!」

 

グレン先生の様子がおかしいと思ったのか、雰囲気に酔っていた風な二人が一転して真剣な顔つきになった。

 

「……何かありましたか?」

 

「あったというか……これから起こるかもしれないだな。リィエルがマズイかもしれねえ」

 

「リィエル? そういや、エルザもいつの間にかいなくなってんな」

 

 言われて初めて気づいたのか、コレットが周囲を見て二人の姿がないのを確認した。

 

「二人が散歩に行ったのは見ましたが……もう宴も後半に差し掛かってるのに、妙に遅いですね」

 

 いつの間にか会話に加わっていたのか、ジニーが二人の姿が見えなくなってから今に至るまでの時間を記憶を探って確認して不審に感じたようだ。

 

 これは本当にひょっとしたらかもしれない。

 

「二人を探せばいいんだな? みんなには悪いけど、協力してもらうしかねえな」

 

「せっかくのパーティですが、仲間がいなくなったとあっては動かないわけにはいきませんわね。ジニー、あなたは先に二人の捜索を!」

 

「はっ!」

 

 二人がそれぞれの派閥の仲間達に協力を呼びかけ、ジニーはシノビらしい素早さで一足先に捜索を開始した。

 

 俺達もそれぞれの方向に散ってリィエルとエルザの姿を探し始める。

 

 

 

 

 

 

「……と、言ったものの何処まで行ったんだろ……あの二人?」

 

 聖リリィ魔術女学院の敷地内のうちの林の中でため息混じりに呟く。

 

 捜索を始めてもう半刻は経ってると思うが、二人の姿が一向に見えない。明らかにただの散歩の距離ではない。

 

 そこまで考えて更に嫌な予感が脳内で加速していく。考えたくなかったが、ここまで来ると本当にそういう事なのかもしれない……というより、そうなのだろう。

 

「……こうなったら、やるしかないかもね」

 

 俺は周囲に誰もいないのを確認して懐から一枚のカードを取り出す。

 

「『ダイナ』、『ミラクル』っ!」

 

 俺はカードを翳すと、身体が青い光に包まれて目に見える世界が切り替わる感覚を味わった。

 

 ダイナ・ミラクルタイプの力により、魔術によるものより何倍もの感覚の強化が施され、木々のさざめきやそよ風の抜ける音も普段より大きく聞こえて来る。

 

 様々な自然の音に耳を傾けていて数分……ふと、明らかに自然のものとは思えない轟音が遠くから聞こえてきた。

 

「……っ! 今のは……確か、あそこは……駅?」

 

 轟音が聞こえてきたのは俺達がこの学院に来るのに使った汽車の発着する駅周辺からだった。

 

 ここで嫌な予感が更に強まって俺はシスティが最近会得したという黒魔[ラピッド・ストリーム]に匹敵するスピードで駆け出していった。

 

 数分もすると、普通に走るだけでは何十分もかかる距離をあっという間に駆け抜けて駅が見えた。

 

 それが見えると同時にそこに入り込んだ汽車の姿も視界に捉える。蒸気がモクモクと出ている割に、全く音が響いてこないが、誰かが密かに発車させようとしているのだろう。それを見ていよいよ確信レベルにまで達した。

 

 万が一を考えて一旦ダイナの力を引っ込めて単純な身体強化で駅に向かって走ると、さっき聞こえてきた轟音が再び耳に入る。

 

 音のする方角を見やると、魔術による炎や紫電が上空へ散っていくのが見えた。あそこで誰かが戦闘をしている。

 

 そっちへ駆け出していくと、薄暗い路地裏でひとつの影が多数を相手に見事な身のこなしで駆け回っていた。

 

「『龍尾』っ!」

 

 俺は[テイル・シュトローム]を一節で構成し、水の尾を一つの影を囲んでいる方へ向かってしならせる。

 

「あ……リョウカ、さん?」

 

 [テイル・シュトローム]で集団を怯ませた隙に、見事な身のこなしで魔術攻撃を交わし続けた影──ジニーのもとへ駆け寄る。

 

「ジニーさん……ご無事で──とは言い難いですね」

 

「はい……流石に、この数は骨が折れます……ていうか、物理的に折れかけてます」

 

 見ると、ジニーの制服のあちこちが破け、そこから見える肌にはこの薄暗い中でもわかるくらい血で滲んだり、普段の肌色とは明らかに違う痣の色が浮かんでいる。

 

「説明する時間も惜しいかもしれませんが……この状況、簡潔に言えますか?」

 

「一言で言えば、ここにいる集団含めて何人もの生徒達がある人の下に入ってリィエルを誘拐しました。その中にはエルザもいましたが……彼女もただ利用されただけの捨て駒のようです。それで、駅に待機している列車がもうすぐ発車します」

 

 嫌な予感が的中したが、今ならまだリィエルを取り戻せるかもしれない。

 

「どうにか、レーン先生にこの事を報せたいのですが、この連中が邪魔で……」

 

「なら、ジニーさんは先生の所へ。私が皆さんを抑えます」

 

「……この数ですよ? 中にはお嬢やコレットと肩を並べる程の実力者もいます。ここに残るというのは、つまりは捨て駒も同然ですよ?」

 

「でも、足なら貴女の方が上です。先生に報せる役目が適任なのは言うまでもないでしょう。こういう時こそ、シノビの腕……いえ、脚の見せ所でしょう?」

 

「…………」

 

 数秒迷ったジニーだが、顔を上げると真剣な眼を向けながら頷いた。

 

「では、私が活路を開きますので……その隙に貴女は先生の所へ──」

 

「逃すとお思いかしら?」

 

 向かって欲しいと続けようととしたところに、この場の誰でもない声がかかった。

 

「いつまでも騒がしいかと思えば……()()()()まで来ていたなんて。最悪片方だけと思っていたのが……僥倖だわ」

 

 ツカツカと、暗闇の中から優雅に歩み寄ってきたのは……聖リリィ魔術女学院の学院長マリアンヌの姿だった。



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第39話

新型コロナの影響があちこちで出て、仕事も面倒なものが目白押し……プライベートもルーティンの一部を堪能できず、果てにはタイガの映画も延期……。
皆さんは今をどうお過ごしか……早くコロナが終息してルーティンもウルトラマンも復活して欲しいと願うばかりです。
願望の吐露もここまでに随分と待たせました。休息中の感想もありがとうございます。


「マリアンヌ先生……?」

 

 グレン先生へ事の次第を伝えようと活路を開こうとした矢先に暗闇から出てきたのは、この聖リリィ魔術女学院の学院長のマリアンヌだった。

 

「妙に煩いと思ったら、もう片方と妙なネズミまで来ていたなんてね」

 

 マリアンヌ先生は以前の柔和なものとは対照的に邪悪な笑みを浮かべて近づいてきている。

 

「マリアンヌ先生……何故貴女が?」

 

「あの人が、今回の件の首謀者です……。周りにいる彼女達も含め、多くの生徒達を従えてリィエルを攫ったんです」

 

 マリアンヌ先生がいる理由を尋ねると、ジニーが彼女が首謀者だと教えてくれた。

 

「じゃあ、やっぱりエルザも貴女の部下だったんですね?」

 

「部下? 笑わせないで」

 

 エルザも周囲にいる女子達同様、マリアンヌの手の者だと思っていたら向こうはそれを否定した。

 

「エルザは今回の件で利用できると思ったから使っただけ。リィエルを手に入れるためのただの駒だっただけよ」

 

「駒……?」

 

「ええ。リィエル=レイフォードはとても強いから、彼女を押さえ込むための実力者が必要だったの。彼女はそれだけのものを持ってたし、都合よく彼女に対して復讐心を持っていたしね」

 

「復讐心……? リィエルとエルザは互いに初対面だった筈ですよ」

 

「えぇ、そうね。確かに二人は初対面よ。……ただし、エルザが知っていたのは彼女の素になった人物……イルシアよ」

 

「イルシア……?」

 

 その名前は確か……リィエルがProject(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)によって生み出されるためのモデルになった人だったか。

 

「エルザは嘗てイルシアによって苦しめられた過去を持ってるから利用できると思ったのよ。で、予想通りにエルザはまんまと復讐に走ってくれたわ。全くの別人だとも知らずに、自分が再び軍学校に戻れると勘違いしてね」

 

「偽りの言葉と希望で、彼女を……っ!?」

 

「お陰でようやくリィエルを捕らえる事が出来たわ。エルザも欠点さえ除けば駒としては使える。リィエルを調べればエルザと同じだけの実力者を大量に造れるわ」

 

「やっぱり……目的はリィエル── Project(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)だったんですね」

 

「えぇ。それと……あなたもね」

 

 マリアンヌは俺を指差してそう言った。

 

「私……?」

 

「あなたのその妙な力も持ち帰れば……蒼天十字団(ヘブンス・クロイツ)に戻れる日も近いわっ!」

 

蒼天(ヘブンス)……十字団(クロイツ)?」

 

「帝国魔術界の最暗部と言われてる組織です……。ただの都市伝説だと思ってましたけど……」

 

「存在するわよ。私がその元研究員なんだし。リィエルを連れ帰ってProject(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)を解明出来れば組織で再び返り咲く事ができるわ。そして……あなたの事もね。リョウ=アマチ」

 

「……俺の事も最初から知ってたんですね」

 

「当然でしょ。リィエルをこの学院へ誘えば、必ずあなたも付いてくると踏んでいたわ。とはいえ、リィエルレベルの実力者に対抗出来るのがエルザ以外にいなかったから片方だけと諦めてたけど……私は幸運だわ。そっちからノコノコとやってきてくれるなんてね」

 

 マリアンヌが言うと、周囲の女子達が一斉に襲いかかってきた。

 

「《円泉》っ!」

 

 俺はジニーを庇うように前に出て黒魔[サークル・スプリング]で周囲に水の壁を作った。目眩し程度のもので防御にするには厚さはないが、俺達の姿を隠すには丁度いい。

 

「ジニーさん……これが解けたらすぐに走り出してください。ジニーさんの道は俺が開いておきます」

 

「な……っ!? いくらなんでも、この数は無理です! 恥を呑んででも逃げに徹して先生達にこの事を伝えるべきでは!?」

 

「その考えに至ってるあたり、ジニーさんも魔術師になってきたなって先生なら言うと思うけど……生憎、向こうは簡単に逃しちゃくれないだろうし、どうやら俺の事も標的にしてるっぽいので俺が残ってあなたが戻れるよう上手く戦ってみせますよ」

 

 ウルトラマンの力を使って無理矢理逃げる事も出来なくはないが、向こうがあとどれだけの戦力を残してるのかわからない以上、今無闇に使うのもマズそうだ。

 

 なら、俺自身を使って敵戦力を出来るだけ釣ってジニーを逃して先生達を連れて来る可能性に賭ける方がいい。

 

「とにかく、後の事は貴女に任せます。頼みますよ!」

 

 ジニーに言う事を言ってすぐに[サークル・スプリング]を解いて集団の中へと飛び込んでいく。

 

「[震電]っ!」

 

[サークル・スプリング]の影響で周囲に溜まった水浸しに[ショック・ボルト]を広範囲に広げるよう設定して撃ち込んだ。そして、そのおかげで戦闘不能はいかずとも連中を怯ませるくらいには役立った。

 

「今です! 急いでっ!」

 

「……っ! ……武運を」

 

 俺の叫びにジニーは一瞬躊躇いを見せるが、ボソリと俺を気遣う言葉を残して[フィジカル・ブースト]込みの驚異的な加速でこの場を離脱した。

 

 それを見た女生徒が何人か追尾しようとするが、元々俊敏さにかけてはダントツトップのシノビなので追いつかれる事はないだろう。

 

 彼女らの距離の広さを見て確信した俺は安堵の息を吐いて再び連中に注意を向ける。

 

「無駄な事をするわね。彼女一人を逃したところであなたを含めてリィエル達も連れて行けばそれで私の任は果たされるのよ」

 

 俺の狙いなどとっくに気づいてると言わんばかりにマリアンヌが見下した態度で俺に言葉を投げかける。

 

「まあ、貴方の持つ不思議な力を使えばこの娘達を一掃するくらいなら余裕でしょうけど……この娘達以外にも私に賛同してくれる生徒は大勢いるのよ。リィエルを助けるまでその力が続くかしら?」

 

 どうやら俺の力に時間制限があるのも承知のようだ。これだけの戦力を納めただけあって用意周到だ。

 

「別に力を使うまでもありません。貴方の目論見はどうせ潰えるんですから」

 

 俺の挑発じみた言葉に一瞬眉を震わせるが、すぐに平静を保ってふん、と鼻で笑った。

 

「その力も存分に使えない貴方が私に勝てるとでも?」

 

 マリアンヌは俺ではこの状況を突破できないと完全に舐め切っていた。

 

 まあ、その通りなんだけど……。素の俺の実力ではこの包囲網を突破するのはかなり厳しいだろう。

 

 ウルトラマンの力さえ使えれば確かに周囲の奴らを倒すのは容易いかもしれない。けど、他にも同じ規模の──いや、これ以上の戦力を有してる可能性もある。

 

 まだどれだけの規模なのかも確認しないまま力を使うのも自殺行為……。けれど、このまま足掻き続けても助け出せる見込みも低い。

 

 だったらせめて……グレン先生達がこの騒ぎを知って駆けつけるまでの間──

 

「俺が時間稼ぎをするしかない!」

 

 俺はカードをしまってる胸ポケットをパシン、と叩きながら駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ウ。……ぶ、リョ……?」

 

「……ん?」

 

 何か腹部を叩かれてるような感触の所為で目が覚めた……。目を開けてみると、何故かロープで簀巻き状態にされたリィエルが目の前にいた。

 

 どうやら腹部の感触は手の使えないリィエルが軽い頭突きをしていたからのようだ。

 

「リィエル……?……っ! リィエル、無事だったのか!?」

 

「ん……ちょっと、身体が痛いけど……うん、平気」

 

「そうか……」

 

 見た限りだが、特に命に関わるような怪我を負ってるわけじゃなさそうだとわかって手を伸ばそうとしたが、左手が動かないので見れば手首と壁を伝ってる柱と一体になるようにキツくロープで縛られ、その上に[スペル・シール]の札を貼られていた。

 

 そして右腕はアルベルトさんから渡された義手を外されている。完全に監禁状態の出来上がりであった。

 

 どうやら俺の足掻きも長時間は続かなかったようだ。グレン先生達が駆けつけるまでの時間稼ぎをしようと戦ったものの、結局数の暴力には勝てなかったみたいだ。

 

 見れば妙な雰囲気の個室染みてるし、さっきから小さな揺れが続いている。どうやら密かに用意していた鉄道列車に乗せられて動いているようだ。

 

「……ん?」

 

 周囲を見ると、少し離れたところで儚げな雰囲気の少女が縛られた状態で横たわっていた。眼鏡こそかけてないが、あれは間違いなくエルザだ。

 

「エルザ……そういえばリィエル。エルザと何があったんだ? マリアンヌから聞いた限りじゃ、エルザがリィエルを狙ってたみたいだけど……」

 

 一応の事情は知ってるが、リィエルの口からエルザと何があったのか聞いておきたかった。尋ねると、リィエルはシュン、と顔を俯かせて悲しげな雰囲気を纏った。

 

「……よく、わかんない。エルザは私を、イルシアって言ってた……わたしとイルシアは違うって言いたかった……でも、どうしたらエルザにわからせてあげられるか……わからなかった」

 

 話すに連れてリィエルの肩が震えていった。

 

「だから、とりあえずエルザをボコろうって思った……。でも、わたし……エルザが好き。友達だから……エルザはわたしを嫌いって言ってたけど……わたしはエルザを傷つけたくなかった……」

 

 説明は子供レベルだが、その言葉でリィエルはエルザに対して並ならぬ感情を持っていたのは疑いようもない。こんな言い方はどうかと思うが、だからこそリィエル程の実力者がこうして捕まってしまったというわけだ。

 

 平時のリィエルであれば、エルザがいくら強かったとしても捕まるとは思えなかった。

 

「わたし……エルザとお話したかった。でも、エルザ……聞いてくれなかった。もう……わたしと話したくないのかな?」

 

俯いたリィエルの瞳から頬へ、そして顎へと涙が伝っていた。

 

「……なあ、リィエル。お前はどうしたい? このままエルザと話さないままさよならなんてしたいか?」

 

 俺の質問にリィエルは一瞬間を置いてから首を横に振った。

 

「なら、簡単じゃなくてももう一度話そう。今度は俺も混ざって説明してやる。そんでもって、仲直りしようぜ。エルザは……お前の友達だろ?」

 

「ともだち……なのかな? エルザは……わたしを、殺すために……近づいたって……」

 

「確かにそうかもしれない。でも、お前がエルザに向けてる感情は紛れもなく本物だ。向こうがどうあれ、お前はエルザを友達だと思った。だったら、仲直りする手伝いくらいしてやるさ」

 

 エルザがリィエルへ近づいたのは何らかの私怨による打算かもしれない。けど、留学期間中に彼女がリィエルの世話をしている時の顔が嘘によるものだったとはとても思えない。

 

 そもそも人の悪感情に敏感なリィエルが短期間であそこまで懐いたのが今までの経験上不思議だったのだ。エルザがその手の感情を隠すのが卓越していたというのであればそこまでだが、自分に害を為したからという理由でこのまま距離を置かせたくはなかった。

 

 いざ仲直りのためのシチュエーションを用意してやるかと意識を内側に集中させようとした時だった。

 

「……エルザ、気づいたの?」

 

 リィエルが声を上げて、振り替えると拘束状態のエルザがムクリと上半身を起こしてこちらを見つめていた。

 

「エルザさん……大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ……貴女は──そうですか……貴女も叔母上……マリアンヌに捕まったのですね」

 

「叔母上……?」

 

「はい。マリアンヌは……系譜上、私の叔母に当たります」

 

 意外な関係を知って一瞬硬直したが、今はそんな事は重要ではないと首を振って意識を現実に留める。

 

「あの、エルザさん……リィエルは──」

 

「ごめんなさい」

 

 俺がリィエルについて説明しようとすると、突然エルザが謝罪してくる。

 

「エルザ……何で謝ってるの?」

 

「私が馬鹿だった……貴女は、本質的にはイルシアとは全くの別人だったのね」

 

「ん……? 何でエルザがそれを……?」

 

「貴女が倒れてから色々知ったの……ビックリしたよ。『Project(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)』なんてただの都市伝説だと思ってたのに……更には叔母上が蒼天十字団(ヘヴンス・クロイツ)の元メンバーだったなんて……」

 

 どうやらリィエルの事はマリアンヌから聞いたようだ。更にエルザは何故リィエル……いや、イルシアに復讐する事に拘っていたのか。己の過去を震える声で語った。

 

「そう……だからエルザ、わたしをやっつけようと……」

 

「自分の家族を殺されて……それなら復讐心に駆られもしますね……」

 

 事情を知った今ならエルザの目的もその心情も、少しだが理解出来るようになった。

 

 自分の大切な者が殺されたとあれば、どうにかしてその仕掛け人を探し、自分の手でケリを付けたいだろう。手段はともかく、それを己の原動力として柱とする気持ちはわからなくはない。

 

 今回は、彼女を支えていたその感情をマリアンヌに利用されたという事だ。

 

「本当に……ごめんなさい。今の貴女は私を憎んでると思うけど……せめて、貴女達だけでも……」

 

 そう呟きながら拘束されてる身体をズリズリと這わせ、口をロープへ近づけ、噛み付いた。

 

 そのまま右へ左へ、上へ下へと動かすが、ロープはびくともしなかった。

 

「うっ……く……私はもう、どうなってもいいから……せめて、貴女……だけでも……」

 

 瞳から止めどなく涙を流しながら、エルザはただただロープを噛みちぎろうと踠いていた。

 

「……よかった」

 

 ポツリと零したリィエルの一言にエルザはロープから口を離してリィエルを見上げる。

 

「わたし……エルザに嫌われたと思ってた。でも……エルザの嫌いが、わたしじゃなくてよかった」

 

「よかったって……だって、私は……馬鹿な勘違いで、貴女に酷い事を……」

 

「でも、わたし……エルザのこと、好きだから。だから、いい」

 

 リィエルにとってエルザの過去話や後悔以上に、自分がエルザに嫌われてないという安堵感の方が重要のようだ。なんともリィエルらしいと言えばそうだが……。

 

 まあ、そんなアホらしくも、飾り気のない言葉はエルザの心にズン、と響いたようだ。

 

「だから、一緒に出よ?」

 

 リィエルはスッと壁に寄りかかりながら言った。

 

「けど、脱出するにも今私達は拘束されてるんですけどね。オマケに[スペル・シール]まで付けられて」

 

 ロープをよく見たら、以前テロ事件の時に使われた術式を刻まれた呪符が手首周辺に貼られていた。

 

 あの時はワザと魔力を暴発させて無理やり引きちぎったのだが、ロープの上にピッタリと貼られてる上に紙も以前の急ごしらえのものとは違って結構なものなので濡れてもないのに以前のような手段では千切るのは無理だろう。

 

「ん……大丈夫。わたし……縄抜けの魔術を習得してるから」

 

「え……? 縄抜けの魔術って……そもそも私達、今魔術を封じ──」

 

 封じられてるとエルザが続けようととしたが、突如何かが千切れるような音が個室内に響いた。

 

 見ると、リィエルを縛っていた筈のロープがハラリ、と床に落ちた。

 

「ん……縄抜けの魔術」

 

 何か無理矢理強い力で引きちぎられただろうロープを見せびらかしながらリィエルが胸を張って言う。

 

「えっと……縄抜けの魔術……?」

 

「どう見てもただの力技でしょう……」

 

 魔術どころか手品でもなんでもない純粋な力による強硬手段だった。俺のツッコミも聞く耳持たず、リィエルはエルザ、俺のロープもあっさりと引きちぎった。

 

「ん……二人にも縄抜けの魔術、かけてあげた」

 

「……あ、うん……そうだね。人が成し得ない奇跡を呼ぶのが魔術だもんね……」

 

「エルザさん……考えるのを諦めないでください」

 

 いや、その気持ちはよくわかるけど……。

 

「ところで、リィエル……大丈夫なの? 私、結構深く斬ったから……」

 

「ん……大丈夫。一眠りしたらだいぶ治ってたから」

 

 エルザの気遣いの言葉にリィエルが胸を張って答える。単純な腕力と頑丈さもそうだけど、治癒力もバカ高いんだよな、この娘……。

 

「行こう。グレン達が待ってる。そんな気がする」

 

 オマケに勘もすごいから本当にもうグレン先生達が来てる可能性が高い。

 

「なら、すぐに合流するとしましょう。正直、先生のアドバイスもなしにこの件を止められる気がしませんので」

 

「で、でも……この個室内、監禁の魔術もかかって……」

 

「問題ない。わたし、鍵開けの魔術も使えるから」

 

 それはきっと力づくによるものだろうと予想するが、もうツッコむ気も起こらなくなる。

 

 さてリィエルに先陣を切ってもらおうかと思うと、直立姿勢でじっと動かなくなったエルザを見てリィエルが声をかける。

 

「……エルザ?」

 

「……駄目だよ、リィエル。私、足手纏いになる」

 

「そう? エルザ、すごく強いと思うけど」

 

 俺は見てないので知らないが、リィエルがお世辞で言うわけがないので相当の実力を有してるのは間違いないだろう。だが、それでもエルザは首を横に振った。

 

「ううん、違うの……私……炎や血……赤いものを見るのが駄目なの……直視しただけで、震えが止まらなくて、動けなくなるくらい……」

 

「赤いもの……?」

 

 そういえば、留学初日の決闘の時、炎熱系の魔術を使わないよう制限をかけられた。あれはお嬢様特有の我が儘みたいなものかと思ってたが、あれはエルザに炎を見せないようにするための気遣いだったってことか……。

 

 それからエルザが他の人達と距離を置いてる理由も、自分がそんな魔術師として欠陥とも言えるものを抱えている事による劣等感、それを知って気遣おうとするクラスメート達への申し訳なさからだったんだろう。

 

「学院のみんなはそれを知ってるから……だから……私の事は置いて行って。二人だけなら、きっと脱出出来るから……」


「ん……よくわかんないけど……わたしが、エルザを守れば問題ない」

 

「……あ」

 

 リィエルがいやに男らしさを感じるセリフを言い放つと、エルザが虚を突かれたような顔をしたと思ったら頬を赤らめながら戸惑っていた。

 

 いや、緊急事態の筈なんだけど……妙な疎外感というか、すごい邪魔者感が半端じゃない気がする。

 

「えっと……とりあえず、まずはここを脱出しましょう?」

 

 俺はボソリとそう呟くしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果を言えば、脱出自体は簡単だった。リィエルお得意の腕力で無理矢理監禁室として使っていた個室の扉を監禁魔術ごと粉砕して、それからは車両の屋根を伝ってグレン先生のいるだろう場所へ移動する。

 

 リィエルの勘は正しかったのか、俺達が向かった先──先頭車両内には……。

 

「全部、貴方の所為よっ! グレン=レーダスゥゥゥゥゥゥ!」

 

「ははっ! 馬鹿騒ぎも終いにしようぜ、ババアッ!」

 

 自分の思惑通りに進んでないからか、その表情を憤怒で染めたマリアンヌと拳を鳴らすグレン先生とシスティがいた。

 

「これで状況は五対一だ。流石にアンタ一人じゃ勝ち目はねえよな? 大人しく投降した方がいいぜ」

 

 グレン先生が勝ち誇ったように言うが、マリアンヌは一瞬舌打ちしたかと思うと不気味に肩を揺らした。その表情はいかにもな悪い笑みだった。

 

「……何がおかしいんだ?」

 

「いえ……まさか、本当にこんな事態になろうとは思いませんでしたが……いざという時、エルザの牽制になると思って用意したものですが……本当に正解でしたねっ!」

 

 マリアンヌが腰に吊った剣を抜いて頭上に持ってくと、一瞬にして彼女の周囲を高熱の炎が奔った。

 

 それなりに距離もある筈だが、それでも松明を至近距離に持ってかれる以上の熱だった。

 

「熱っ!? 何だ、その炎……魔術を起動してる気配がまるで感じなかったぞ!? 魔導器──じゃねえ! どの道起動させた気配なんて感じなかったぞ!」

 

 グレン先生がマリアンヌの剣の出鱈目さに驚くが、隣にいるシスティがそれ以上に剣の能力に驚いていた。

 

「その剣……まさか、魔法遺産(アーティファクト)──炎の剣(フレイ・ヴード)ッ!? 『メルガリウスの魔法使い』に出てくる魔将星が一翼、炎魔帝将ヴィーア=ドォル……彼が振るったという『百の炎』の一つ、炎の剣(フレイ・ヴード)……どうしてそんなものがこんな所に!?」

 

 魔将星……以前『タウムの天文神殿』──というか、学院の地下迷宮のかなり下の方で出会ったアール=カーンと同類の奴か……?そいつが持っていたという武器がマリアンヌの持ってる剣ということか……。

 

「へぇ……結構コアな古代遺物マニアもいたみたいね。おかげで説明の手間が幾分か省けたわ。まあ、大体その通りね」

 

 システィーナの博識さに面白そうに笑いながら肯定してマリアンヌが剣を見せびらかしながら語り出す。

 

「私ね、蒼天十字団の『Project(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)』研究では経験記憶・戦闘技術の復元・継承に関する術式の研究を担当してね……その一貫として、古代の英雄の戦闘技術なども現代に再現出来ないか、みたいな事もやっていたわけ」

 

「まさか……白魔儀[ロード・エクスペリエンス]の応用かっ!?」

 

 その魔術は確か……これまた『タウムの天文神殿』に行く際、アルフォネア教授が途中で襲いかかってきた魔物を蹴散らす時に使っていた奴だ。無機物に眠る記憶情報を自らに反映させたりして技術などを再現させたりするっていう……。

 

「ええ、そうよ。流石にかのセリカ=アルフォネアのように過去の英雄の戦闘技術をほぼ完全再現……という風には出来なかったけど。私はこの炎の剣(フレイ・ヴード)から、不完全ながらも半永久的に戦闘技術をこの身に憑依させるくらいには成功したわ」

 

「な……!?」

 

 正直、専門的な話だからほとんど理解は出来ないが、あの剣から感じる力とそれを振るっているマリアンヌの実力が尋常ならざるものだというのは明らかだった。

 

 この距離でも感じる熱量からして、あの炎を真面に浴びれば火傷だけで済むとは到底思えなかった。

 

「……っ!? 危ない、みんな、下がって!」

 

 不意に、マリアンヌの姿が陽炎のようにボヤけて消え、次の瞬間にはその動きを察知したリィエルが前に出てマリアンヌの剣に自身の剣をぶつけた。

 

 だが、刀身同士が接触した次の瞬間にはマリアンヌの剣から放たれた炎が津波のようにリィエルを飲み込もうと迫ってくる。

 

「《大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ》っ!」

 

 それをシスティが風の障壁を二重に展開して熱伝導を遮断する事で炎の波を防ぐ。その隙にグレン先生が懐に忍ばせていた銃を抜いて三連射を見舞うが、マリアンヌはその見た目からは考えられない動きで銃弾を剣で受け止める。

 

「ふふ……私も中々のものでしょう?」

 

 いや、あんたがじゃなくてその剣の持ち主がとツッコみたいところだが、そんな言葉をかける余裕なんてない。

 

「……もう逃がさないわよぉ。貴方達全員、程良くトーストして、実験サンプルにしてあげるんだから」

 

 瞬間、剣から大量の炎が吹き出し、車両内の温度が一気に急上昇していく。少しでも距離を詰めようとすればマリアンヌの言う通り、人間トーストの完成となろう。

 

「く……これ、マジヤバだろ……絶対に強ぇ……」

 

「だったら、これでいくしか……」

 

 いくら向こうの剣が強力でもこっちにだって火に対抗出来る戦士と自然を味方に付ける戦士の力が──あれ?

 

「ちょ──ないっ!?」

 

「おい、何が……って、まさか……?」

 

「そのまさか…………カードが、ない……」

 

「はあっ!? おま、よりによってあのチート剣に対抗しうるモンをこんな所で無くしたってか!?」

 

「そんなわけないでしょう! アレは常に身につけ──って、まさか……」

 

「あら、お探し物はコレかしら?」

 

 マリアンヌが明らかに見下すような表情をしながら懐から一枚のカードを見せびらかす。それは間違いなく俺が持っていたウルトラマンのカードだった。

 

「一応もしもの為と回収したのだけど……本当に貴方が身につけなければただのカードでしかないのね。まあ、貴方を実験サンプルとして持ち帰ればいくらでも解るでしょう」

 

 そう言いながらマリアンヌは更に炎を吹き出させ、車内の熱がより高まる。

 

「はぁ……はぁ……あぅ、ぐ……うぅ……」

 

 更にその後ろでは青ざめたエルザが呼吸を乱しながら膝を着いていた。

 

「エルザ!?」

 

「おいおい……さっきあいつらからチラッとは聞いたが、ここまで酷いのか」

 

 どうやらグレン先生達もエルザのトラウマの件は聞いていたようだ。こうなるとエルザが戦線に立つのは最早望めない。

 

「チッ! 仕方ねぇ……どうにか俺達だけであのババアをぶっ倒すしかねえ。やるぞ、お前ら!」

 

「「はいっ!」

 

「ん!」

 

 カードを取られたのは痛いが、これでは逃げる事も厳しいのでとにかく前へ飛び込むしかない。

 

「あははは!」

 

 狂気じみた叫びを上げながらマリアンヌが剣を振るうと同時に高熱の炎が波となって押し寄せてくる。

 

「《光輝く護りの障壁よ》っ!」

 

 システィが前に出て六角形の光の障壁、[フォース・シールド]を張って炎の波を防ぐ。

 

「って、熱っ!? 遮断し切れてねえぞ、白猫! サボってんじゃねえ!」

 

「これが目一杯なのよ! 私の所為じゃなくて、あの剣の出力がおかしいのよ!」

 

 別にシスティが手を抜いてるだなんて思わないし、俺達よりずっと魔術の才能に富んでいる。だと言うのに、防いでおいて尚ここまでの熱量を誇るあの剣がどれだけ出鱈目なのか嫌でも理解してしまう。

 

「ああ、もう! しゃあねえ!」

 

 グレン先生が自らに[トライ・レジスト]をかけ、炎に対する抵抗を高めたところで前に出て、俺もそれに着いていってマリアンヌに接近する。

 

「白猫! 援護頼む!」

 

「《大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ》っ!」

 

 システィが対象の周囲を真空の壁で覆う黒魔[ダブル・スクリーン]を俺達にかけて炎の熱を極限まで軽減させる。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 グレン先生がマリアンヌに向けて拳を打ち放つが、マリアンヌはそれを剣の腹の部分で受け流し、グレン先生の後ろを取ってその刃を首目掛けて振り下ろそうとしていた。

 

「させるかっ!」

 

 俺はマリアンヌの後ろから[テイル・シュトローム]を発動させ、水の尾を叩きつけようとするが……。

 

「しっ──!」

 

 死角からの攻撃にも関わらず、即座に対応して炎の刃を振るい、水の尾を一瞬で蒸発させてしまった。

 

「はあっ!」

 

 水の尾を蒸発させた炎の刃はその熱を保ったまま俺達二人を同時に焼き尽くそうとしていた。

 

「いいいいいやああああぁぁぁぁ!」

 

 が、その炎が振るわれる寸前でリィエルが割って入り込み、自慢の大剣でマリアンヌの剣を受け止めて炎を阻止する。

 

 だが、リィエルを認識しては炎はすぐに大きくなり、リィエルを飲み込もうとしていた。

 

「た、《大気の壁よ》っ!」

 

 リィエルを襲う炎はシスティが咄嗟に[エア・スクリーン]を張る事で阻止した。

 

「しぃっ!」

 

 だが、それもマリアンヌが物理的に刀身を振るう事で斬り裂かれてしまう。また、炎が吹き上がってその津波のような炎が再び俺達を覆わんと襲いかかってくる。

 

「て、撤退ぃぃぃぃっ!」

 

 グレン先生の叫びですぐさま後退して、システィと立ち位置を入れ替えて彼女が再び[フォース・フィールド]を張って炎の津波を防ぐ。

 

「だから熱いって!? 白猫、何とかしろ──っ!」

 

「無茶言わないでよ! これが限界なんですってば!」

 

「リョウ! お前も加わってあの炎、消火しろ!」

 

「俺が加わっても文字通り焼石に水ですし、この高温密閉空間の中で下手に水撒き散らしたら水分の熱伝導性で蒸し焼きですよ!」

 

「だよなぁ! ああもう! [フォース・シールド]は足が止まるからダメ、焦れて攻撃仕掛けても[エア・スクリーン]じゃ物理攻撃で消滅、[トライ・レジスト]もあの高熱の前じゃ無意味に等しい……使ってるのは炎だけなのに、地味に反則だな!」

 

 確かに、使ってるのは炎だけだが、逆に言えばそれを極限まで特化させた武器がマリアンヌの剣だ。システィがどの防御魔術で援護してもそれぞれの弱点を突いて一瞬で霧散させられてしまうため、どうしても距離を詰められない。

 

 ただ近づいたところであの炎で一瞬で黒焦げか消し炭にされてしまうのがオチだろう。

 

「あははははははは! 燃えろ……全て、燃えてしまえええぇぇぇぇ!」

 

 こっちに考える暇も与えるつもりはないのか、マリアンヌは狂気に満ちた笑い声を上げながら更に炎を剣から吹き出していた。

 

「あぢぢぢぢぢ!? おい、いくらなんでも無茶苦茶だろ! このままじゃ、お前まで黒焦げになるぞ!?」

 

「あはははははははは!」

 

 グレン先生が声をかけるも、マリアンヌはただ笑いながら炎の嵐を噴き荒らすだけだ。オマケに気のせいか、彼女から黒い靄みたいなものまで吹き出してるように見える。

 

「く……ダメだ。まるでこっちの声が聞こえてねぇ……っ!」

 

「ひょっとして彼女……剣の記憶に引きづられてるんじゃ……?」

 

「あぁ……まあ、古代のイカれた英雄の武器なんて使えばそうなるか……」

 

「それに……彼女自身からも妙な靄が出てますし……完全に色々狂ってますよ」

 

「……靄? そんなもん、見えねえぞ?」

 

「……は?」

 

 グレン先生には今も尚彼女から漏れ出てる靄が見えてないのか? 隣にいるシスティにも目線で尋ねるが、彼女もマリアンヌと俺を交互に見ながら困惑した表情を浮かべてる。

 

 あの靄は俺にしか見えてないのか……? いや、そんな疑問は後回しだ。まずこの状況をどうにかしなければ数分後には全員焼け死んでしまうだろう。

 

 現にシスティーナも頑張って炎の波を抑えてくれてるが、車両内の温度の上昇は止められないし、[フォース・シールド]も所々に罅が入り始めている。最早一刻の猶予もないだろう。

 

 ──ドクンッ!

 

 この高熱の空間と極限の状況の中で突然、これまで何度も感じた鼓動が再び体内を走った。

 

 同時に頭の中にあるイメージが明確に浮かぶ。このイメージ通りに動けばこの炎の中でも何とかなる気がした。

 

「……先生。システィと一緒になって俺を補助してくれません?」

 

「は? お前、何するつもりだ?今のお前じゃ、あの炎に対抗する力なんて……」

 

「すみません、説明する暇がありません。俺がマリアンヌをぶっ飛ばしてきますので、みんなはこの場に留まってサポートに専念して欲しい」

 

「……やれるのか?」

 

「というか、やらなきゃジ・エンドなんで……」

 

「……わかった。けど、もしここで失敗して黒焦げになったら絶対ぇ恨むかんな!」

 

「上等ですよ!」

 

 俺は一歩前へ踊り出て、未だ狂気の笑いをあげてるマリアンヌを見据える。

 

 炎が燃える中、もうほとんど残されてない酸素を少しでも取り込もうと慎重に且つ、大きく呼吸をする。そして数秒後、俺は床を蹴り上げて飛び出した。

 

「あっははははははははは!」

 

 俺の接近に気付いたマリアンヌは更に炎を吹き荒らす。肉薄してくる炎の波に向かって左手を振りかざす。

 

「《水鏡》っ!」

 

 眼前に水の膜を張り、炎を防ぐが、それは一瞬で蒸発して再び俺へと押し寄せようとしてくる。

 

「《大気の壁よ・二重となりて・我らを護れ》っ!」

 

「《守人よ・遍く弎の災禍より・彼の者を護り給え》っ!」

 

 炎が俺の身に到達する前にシスティの[ダブル・スクリーン]とグレン先生の[トライ・レジスト]のコンボでダメージはなかった。

 

 その効果も数秒でこの炎によってねじ伏せられるだろうが、その数秒もあればマリアンヌの距離を詰めるには十分だった。

 

 カードはなくても強化された肉体スペックを最大限発揮して炎の嵐を駆け抜け、マリアンヌの持つ剣へと飛び込む。

 

「今だぁっ!」

 

 マリアンヌの剣の刀身を左手で捕らえると同時に俺はさっきの感覚に身を任せ、全身に力を込めた。

 

 すると、俺の全身が白銀に発光し、車両内の炎を払い始めた。

 

「──っ!? うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 だが、異変に気付いたマリアンヌが奇声を上げながら更に炎を吹き出す。それと同時に彼女を包んでいた黒い靄が濃くなって俺に襲いかかってくる。

 

「ぐっ……っ!」

 

 靄が俺の身体へ流れた瞬間、凄まじい激痛が全身を襲う。

 

『死ね貴様は死ね死ね殺す絶望しろ喜ぶな恐れろ狂え死ね憎い憎い殺す貴様はその光は憎い狂え狂え死ね崩れ落ちろ死ね憎い絶望しろ憎い喚け喜ぶな死ね貴様は殺す殺す殺す滅びろ憎いコロス殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ!』

 

 更に頭の中に呪詛というか、とんでもない悪感情が雪崩れ込んで来る……。

 

 マリアンヌの炎を取り払おうにもこの妙な激痛が邪魔をして力を使う事が出来ない。

 

 グレン先生にデカい事を言っておきながらなんてザマだと思った時だった。

 

 スパン! と、何かを振り切るような、斬るような音が耳に入ると、俺の背後でメラメラと燃えていた炎の波が真っ二つに割れ、俺達の身体スレスレで斬撃の軌跡が飛来した。それと同時にマリアンヌの周囲の炎も幾分か千切れたように勢いが小さくなった。

 

 背後を見ると、蒼ざめた表情でエルザが刀を振り抜いた状態で息を乱していた。どうやらあの刀で鎌鼬みたいな事でもしたのだろうか、そのおかげで俺を襲ってた靄も若干勢いを失っている。

 

 好機と見た俺は一気に仕掛ける事にする。

 

「いい加減……目を覚ましやがれえええぇぇぇぇぇぇ!」

 

 俺の内側から白銀の光が眩く輝き、その光量はそれを発した俺自身も眩しすぎてまともに目を開けられない程だった。

 

 一瞬だったようで長時間にも思えるくらい目の前が真っ白になる時間が続き、それが収まるとあれだけ燃え盛っていた車両の炎が完全に鎮火し、マリアンヌは俺の足元で気を失っていた。

 

「えと……やった、のか……?」

 

 長い沈黙の中でグレン先生がポツリと呟いたのをきっかけに、後ろでシスティが歓喜の声を上げながらエルザにさっきの鎌鼬の事について問い詰めていた。

 

 それに続いて後続車両からグレン先生達に着いてきたフランシーヌとコレットが飛び込んできて事が済んだと知るやグレン先生に抱き着いて大騒ぎし、システィが暴風を吹かせるといういつもの締まらない光景が広がっていた。

 

 その傍では、エルザがリィエルの胸に縋りながら泣いており、リィエルはただエルザを受け止める姿があった。

 

 そんな中で俺はただ黙って取られたカードを回収しながらふと考える。

 

 俺にしか見えなかったマリアンヌの黒い靄と言い、俺がさっき使った力と言い……なにか、空想じみたものがどんどん重い現実となって迫ってきてるような嫌な予感を僅かに感じながらどうやって学院に戻るか考えるのだった。



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番外3

 聖リリィ学院の短期留学を終えてもう数週間になる……。あそこで起こった出来事、リィエルと俺を青十字団(ヘブンス・クロイツ)とやらに引き渡そうと画策していたマリアンヌが学院の生徒を甘い誘惑で引き込んで逃亡しようとした事件。

 

 どうにか解決する事が出来たものの、肝心の青十字団の事は結局わからずじまい。マリアンヌに加担した生徒達も事が事だけに実家に報告及び、それぞれの審議のために各実家に帰還させる事にした。

 

 数も数なので必然、聖リリィ学院は当分休校になる。よって、マリアンヌに加担した生徒達だけでなく、フランシーヌ達も一時帰還しなければならなくなったため、みんな別れを惜しんでいた。

 

 まあ、俺達も元々短期留学を終えたからどっちにしろ別れる事になってたんだが。まあ、別れ際にもグレン先生を巡って一悶着、及びグレン先生がいない間にめちゃくちゃになったカリキュラムの修正に追われたりなどもあったのはご愛敬である。

 

 まあ、そんな事もあってこの数週間は平和に過ごす事が──

 

「ぶふふ……っ!」

 

「ダ、ダメだ、もう……!」

 

 平和に……。

 

「これは……反則だろ……っ!」

 

「い、いけませんよ、皆さん……っ! そんな、笑っては……っ!」

 

 平和……。

 

「じゃっかあしいんじゃ、お前らはああぁぁぁぁっ!」

 

 短期留学の出来事を思い返していると、グレン先生の怒鳴り声が響いた。

 

「だ、だって……参観日の時もだったけど、先生……時々似合ってそうで似合ってないチグハグ感がもう……っ!」

 

「うっせえ! 俺だって好きでこんなもん着てんじゃねえんだよ!」

 

 ちなみに、今グレン先生が装っているのは、地球でもよくある何処かのお店と同じようなメイド服だった。なんともインパクトの強い格好だった。

 

 で、なぜグレン先生がこんな格好をしているかと言うと、戻ってきてからもリィエルの暴走が止まらず、減給に苦しんだグレン先生が社会勉強を理由にリィエルにアルバイトをさせた。

 

 最初はリィエルでも出来そうな畑仕事を選択したのだが、その畑はリィエルの活躍によって全てが耕された。……薬草の植えてあった範囲も含めて。

 

 それを目の当たりにした畑の管理主であるセシリア先生が吐血し、失敗。ちなみにその時の治療費と弁償代をグレン先生の給料から引かれる事になった。

 

 そして今度こそとこの店のウエイトレスをやらせ、最初こそまともな接客も出来てなかったものの、だんだん仕事もこなせるようになったと思えばガラの悪い客がルミアにナンパしたところをリィエルが投げ飛ばし、乱闘騒ぎが起こった。

 

「だいたい! あの騒ぎを起こしたのはリィエルで俺はそれを止めようとしたんだぞ! なのに、なんで騒ぎを起こした本人がのほほんと飯食って、俺はタダ働きせにゃならねえんじゃあ!? 理不尽だろ!」

 

「結局先生も暴れた所為でお店のものいくつか壊しちゃったからこうして働いて返さなきゃいけなくなったんですよ。ちなみにリィエルは騒ぎの前の売り上げの貢献があったからプラマイゼロで済んだんですけど」

 

「どんな御都合主義(デウス・エクス・マキナ)だよ!? こいつの所為でこんなふざけた格好して返さなきゃならん上に、コイツらには笑い者にされて……俺何か悪い事したっけか?」

 

「リィエルを金儲けの道具にしようとした報いですね」

 

「そもそもコイツが大暴れしまくって給料引かれまくってるから社会勉強させてやりたかっただけなのに……」

 

「ああ、グレン君? 口を動かす前に手を動かしてくれないかな? この前の騒ぎで壊されたものの分働いてもらわなきゃいけないんだから。それと、お客様の何人かが今の君の姿を見て早々にお帰りになってるから少しその見た目をなんとかしといてね」

 

「テメェがまともな制服用意しとらんからだろうがあああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 とにかく、グレン先生は今日も大変ということだ。自分の置かれてる状況に憤慨しまくってるグレン先生にそれを見て大笑いしてるクラスメイト達と更に離れた場所からそれを眺めてる俺達。完全にカオスな空間だった。

 

「……俺、今日はもう帰るな」

 

「あ、もういいの?」

 

「とりあえず、昼の分は食わせてもらったし。ある程度量も頼んだから少しはグレン先生の弁償代は払えたと思うし、俺も個人的に進めたいものがあるからこの辺で失礼するよ」

 

「うん……じゃあ、またね」

 

 俺はいまだに馬鹿騒ぎしてるグレン先生達を尻目に店を出て街道を歩いた。

 

 聖リリィ学院から戻ってからは向こうでコレットとジニーから少しだけ接近戦に使えそうな魔術を考えついたのでその研究もどきを進めている。

 

 もどきと打ってるのはこれは魔術だけでなく、ウルトラマンの力の一部も加わってるために魔術とは少しばかり質が変化しているからだ。

 

 最終的な形は思い描いているものの、魔術とは違うものも加えているために万全の準備をしてから実験を重ねないとどうなるかわからないからだ。ちなみに実験場所はシューザー教授提供だ。

 

 なのでこれから家に戻って術式の組み立てを終わらせようと思っていた。これからの予定を考えながら脇道に入った時だった。

 

 ──ギュム──

 

 足下に石造りのものとは全く異なる……妙に柔らかい感触があった。

 

 何だと思って見下ろすと、そこには煤や埃塗れの赤髪の女性が倒れ込んでいた。

 

「ちょっ!? え、な、何があったんですか!?」

 

 日常ではありえないだろう出来事を散々経験していると言ってもやはりこんな場面がいきなり目の前に飛び込んできては狼狽しないわけがない。

 

 俺は赤髪の女性を揺すると、地面に擦り付けられていた顔がムクリとこっちを見上げた。顔も随分煤で汚れているが、元の素材がいいからか一言で言えば美人だった。

 

 よく見れば肌は艶もいいし、服装も汚れてはいるが俺から見てもかなりの高級品だというのは一目でわかる。しかも、側に倒れてる杖は手に取れば普通のと違ってどうも重い。それというのも明らかに金属的な重みがある。妙な境目もあるし、完全に刃のある仕込み杖だろう。

 

 一瞬怪しい奴かと思ったが、こんな所で倒れてるのを見た以上このままにしておくわけにもいかない。俺はこのまま女性を呼び続ける。

 

「大丈夫ですか!? 一体どうしたんですか!?」

 

「……ぅ……、……ょ……ぃ……」

 

「何ですか!? しっかり!」

 

 俺の気配を感じると女性が何かを呟いていたが、かなり衰弱しているのかよく聞こえない。もう一度言葉を発するよう促しながら今度は聞き逃さないよう女性の口元に耳を近づける。

 

「お……、すい……で……くじ、を……」

 

「えっと、何をですか?」

 

 もう少しで聞き取れそうなのだが、女性も中々呂律が回らないために言葉が途切れ途切れになってしまう。

 

「お……お腹が空いて……どうか……食事を、奢ってください……」

 

「…………え?」

 

 俺の疑問符と共に、女性の腹から盛大な空腹を訴える音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぐっ! ムグムグッ! ムシャムシャッ!」

 

「…………」

 

「ガッガッ! ンクンク! アムウムッ! ゴクンッ!」

 

「……えっと、そろそろ話いいですか?」

 

「ガッガッ! グビグビッ! ング──はい! 何でしょう!?」

 

 目の前の女性が倒れていた脇道から近い喫茶店へ彼女を運び、軽く五人分くらいはあるだろう料理をすぐに平らげ、更に次々と積み重ねてテーブルには空になった皿の塔が出来上がっていた。

 

 何気に今まで触れてなかったけど、アルベルトさんに情報提供したのと舞踏会の仕事を手伝った報酬と、短期留学の件の礼金が入ってて良かった。以前の生活での収入だけじゃ間違いなく借金レベルの量だし。

 

「えっと、何であんな所で倒れるほど空腹になってたんですか? あ、俺はリョウ=アマチと言います」

 

「おっと、私とした事が……自己紹介がまだでしたね。私はロザリー=デイテート。デイテート子爵の次女です。以後、お見知り置きを」

 

 いきなりテーブルを立ったと思えばなんとも見事な一礼だった。……口に付いてるシチューやステーキのソースが付いてる所為で締まらないが……。

 

 というか、子爵って……かなりの貴族の筈だよな。爵位としては真ん中より下とはいえ、俺達みたいな人間からすればとんでもなく上流階級層の地位だ。

 

「えっと……そんな人が、何であんな所で?」

 

「ふっ……気になりますか? この誇り高き青き血たるこの私の、山より高く、海よりも深い……聞くも涙、語るも涙の滂沱間違いなしの悲しき戯曲が──」

 

「すみません、余計な前置きはいいのですぐに内容提示をお願いします」

 

 オーバーな仕草と前置きが長すぎるのでさっさと本題に入ってもらえるようロザリーさんを急かした。

 

 ……で、本題に入らせたものの、これまた話が長いのと一々オーバーなアクションを取るため理解にも時間はかかったが、どうにかロザリーさんの事情は把握出来た。

 

「えっと……まず、貴女は魔導探偵を職業としてる。それで依頼を数多くこなしてるものの、大抵が子供からのペットの捜索依頼。それでは食べていけなくなったところに大口の依頼が舞い込んできた」

 

「はい! 以前あるマフィアを捕まえたというのに、この街の人達は私の腕前を全く理解してくれず、途方に暮れていたという時にとある高貴な方が私を頼って来たのです!」

 

 どうやらこの人、以前に随分デカいマフィアを捕まえた功績があるようだ。言われてみれば、結構前の話だが何処かの若い女性がマフィアを捕らえるのに尽力したという話をシスティから聞いた事はあった。

 

 その時はすごい人がいたという認識でしかなかったが、その話題の張本人が目の前の人と言われても疑念しか湧かなかった。外観だけならとても高貴な印象はあるし、身につけてるものも相当なのだが、彼女の雰囲気がどうにも……。

 

「えっと……とりあえず、守秘義務はあるでしょうけど……依頼内容を聞いていいですか?」

 

「はい! 今回の依頼はとてつもない難事件で、それはそれは腕自慢の私でも手に余ってしまう程の──」

 

「内容をお・は・な・し・く・だ・さ・い!」

 

 またオーバーなリアクションで長い話に入られると困るので、早急に内容を把握したい。

 

「ペット探しです」

 

 簡潔に紡がれた内容を理解すると同時に脱力した。

 

「いや……何が難事件ですか?」

 

「いや、本当に難事件なんですよ〜! 犬や猫ならともかく、依頼されたペットの特徴が私の知識に全く当てはまらないものばかりで〜!」

 

「探偵……ですよね?」

 

「うわ〜ん! そんな冷え切った目で見ないでください〜!」

 

 普通の探偵の違いはよくわからないが、どちらにせよ情報を集める事を生業とする職だというのに、この人のポンコツぶりが酷すぎる。

 

「えっと……ちなみにそのペットの特徴とは?」

 

「ぐすん……はい、依頼主が言うにはそのペット……黄色い虎の子のような外観で、背中に羽が生えてるらしいんですけど……」

 

「……そんなの、魔獣でもいますか?」

 

 一応学院の講座で魔獣についても少し触れる事はあるが、俺の記憶の中にその特徴に該当する魔獣なんて覚えがない。

 

「だから言ったじゃないですかー! お手上げだってー!」

 

「それなら依頼なんて受けないでくださいよ」

 

「だって、前金として四十リルも頂いたんですよ! そんなの見せられたら受けるしかないじゃないですかー!」

 

「ブッ!? よ、四十リル!?」

 

 リルと言ったら金貨の呼称だ。それが四十……日本円にしたら軽く四百万は下らない価値だ。それを前金でポン、と出せるものか。

 

「……ん? あの、前金でそんだけの額なら、なんであなた空腹で倒れてたんですか?」

 

「フッフッフ……これを見てください!」

 

 そう声高らかに言ってロザリーさんは、自分のコートの襟を広げながら胸を張る。

 

「これはそこらの店で販売されるものとは二段三段も違う、優れた魔術縫製と術式を巧みに混ぜ合わせて造られた物理、魔術系に高度な耐性を持つコートなんです! これで私もまた、かのシャール・ロックに一歩近づいたというわけです! そのお値段、なんと四十リルで──」

 

「完全に自業自得のバカ丸出しじゃねえか!」

 

 余りにもバカバカしすぎる理由に、遂に敬語も抜けてしまった。

 

「そんなもの買う前に自分の生活基盤を保つ事考えろよ! よく分からない見栄の為に全財産使い果たすんじゃねえよ!」

 

「なんて事を言うんですか! 私は貴族なんですから、いかなる時も清く、美しく、誇り高くあるべきなんです! 食費を削ってでも!」

 

「バカなんですか!? いや、バカでしょ実際!」

 

「グレン先輩みたいなことを言わないでください〜!」

 

「……グレン、先輩……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ……では、早速参りましょうか。助手君(キリッ)」

 

「あぁ、はい……」

 

 結局俺はロザリーさんの手伝いを引き受ける事になってしまった。

 

 でも、まさかこの人がグレン先生の学生時代の後輩だとは思わなかった。どうやらこの人、グレン先生以上に魔術の才能が皆無で、学生時代ではよくグレン先生が面倒を見ていたらしい。

 

 まあ、それでも魔術の才能が伸びることはなかったらしいが。そして、この人が解決したらしいマフィア騒動にはグレン先生も関わってたらしい。だとしたら、納得はいく。どう考えてもこの人一人で事件を解決出来るなんて思えないからだ。

 

 正直、余りにもナチュラルに高飛車な態度が流石に腹立たしすぎて見捨てるかと思ったら泣きつかれ、グレン先生に事情を話すかと言えば、本人曰く、これ以上先輩のお仕置きは御免との事。

 

 どうやらマフィア騒動の後でもグレン先生に泣きつく事が何度かあったようだ。グレン先生もよくこんな人の面倒を見れるものだ。

 

 ただ、今回はグレン先生の都合もあるので、俺が助手になってこの人のサポートをすることに納まってしまったという事だ。

 

「まあ、内容は飽くまでペット探しだからやろうと思えばなんとかなるかもしれませんが……とはいえ、特徴が特徴だしなぁ」

 

 さっき聞いた特徴に該当する魔獣がいないか、その手の魔術系の本の置かれてる店へ寄って調べてみたが、やはりそれらしい魔獣なんて載ってなかった。

 

 余程珍しい魔獣なのか、何かの新種か、もしくは……白金魔導によって生み出された生物なのかどうか……。

 

 だとしたら、学生の俺が首を突っ込むべきかと躊躇ったが、ただでさえグレン先生も度重なる重大事件に巻き込まれて疲弊してるので頼むのは気が引ける。

 

 とりあえず、情報を収集して見つけたらグレン先生に判断を仰ぐのが現状では最良だろう。

 

「にしても、情報すらその依頼内容からしか把握できる分しかないしなぁ……せめて、ハッキリ絵にでも描いててくれれば違っていたんだろうけど」

 

「あ、それなら依頼された時にそのペットの絵を頂きましたよ」

 

「それを早く言ってくださいよ!」

 

 俺の情報収集作業の時間が無駄だと言わんばかりのこの人のポンコツぶりにツッコみつつ、その絵が描かれてるだろう紙をひったくって中身を見た。それと同時に俺は目を見開いた。

 

「やっぱりこんな魔獣なんて見たことないですよね〜。まあ、知識も豊富な魔導探偵である私がわからないんですから、君みたいな子供にわからないのも無理はありませんが──」

 

「……ムーキット?」

 

「そうそうムーキ──ん? ……え?」

 

 紙に描かれていた依頼主のペットらしい絵は……間違いなくムーキットと呼ばれる生物のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ペットの事はわかっても結局また情報収集からですか……しかも、捜査方法がペンデュラム・ダウジングって……それでよく魔導探偵ってのをやろうなんて思えましたね」

 

「うぅ〜……ですから、グレン先輩みたいなことを言わないでくださいよ」

 

 依頼内容である依頼主のペット──ムーキット……いや、ポピュラーな呼び名としてはハネジローが馴染み深いか。

 

 この生物はファビラス星で守り神として崇められる存在……つまりは宇宙生物だ。そんな存在が何故この世界にと思うだろうが、俺自身ウルトラマンの力を借りてるので宇宙生物だろうが宇宙人だろうが、もう深く考えない。

 

 今問題なのは、そんな希少どころか存在するとは思えない存在をペットだと言って依頼してきた点だ。

 

 それだけでも嫌な予感がプンプン漂うが、その上その捜索を頼み込んだ依頼主も真っ当な人間かどうかも怪しく思えてしまう。

 

 もっとも、現時点であれこれ考えても仕方ないため、まずはムーキットを見つける事が最優先なので捜査を続ける。

 

「とはいえ、ムーキットらしい情報はまるで掴めず……」

 

「ムムム……名探偵の私の捜査を持ってしても、ここまで難航するとは」

 

「難航してるのは貴女が余計な事ばかりして住民達を怒らせてるからでしょう!」

 

「う……」

 

 情報収集のためにあちこち行ってスラム染みた所にまで足を踏み入れたのだが、この人がナチュラルに喧嘩売りまくってとても話を聞ける状態ではなくなった。

 

 おかげで話を聞ける人が限られてしまった。

 

「でも、だからって子供達に聞き回って捜査が上手く行くとは思えないんですけど……」

 

「こういうのは下手な常識で凝り固まってしまった大人よりもアレコレ興味を持って見聞きする子供の方が見つけ易い事もあるんですよ」

 

 この人では聞き込み調査みたいなことなど、もはや任せられないと判断して俺なりのネットワークを漁る事にした。

 

 普段付き合っている子供達を中心にその親や知り合いなどに片っ端から当たって、ムーキットらしい情報がないかを調べた。

 

 ハッキリとそれらしい生物を見たという情報は上がってないが、妙なものには突き当たった。

 

「──で、ここと」

 

「うわ……高貴なる私には全く似つかわしくない館ですね……」

 

 迷路みたく入り組んだブラック・マーケット街を数十分かけて通り過ぎた俺達の目の前にあるのは、ホラー映画にでも出てきそうな悍ましい雰囲気の漂う古びた館だった。

 

「話によると、親に内緒でこの近くで遊んでいた子供達が時折あの館から妙な音が聞こえたり、変な人影が出入りしているみたいですけど」

 

「見るからに怪しさ満点ですね……」

 

「普通じゃないのは間違いないでしょうね」

 

 見た目だけの問題じゃなくて、人の出入りがあるという目撃談がありながら人の気配がひとつも感じられない。その静けさがより恐怖感を刺激する。

 

「ともかく、俺達の知ってる範囲以外となったらもうこの辺りしか残ってませんしね。まずはあの館の中に入り、慎重にムーキットの姿がないか──」

 

 振り替えると、そこには既にロザリーさんの姿はなかった。慌てて屋敷へ視線を戻すと、よりにもよって正面から無用心に玄関へと近づいていた。

 

「あの人は……っ!」

 

 俺は大慌てで足音を忍ばせながらロザリーさんを追う。

 

「何やってんですか!? どんな奴が待ち構えてるかもわからない段階で無用心すぎでしょうが!」

 

「いや、こんな辺鄙な所に居を構える奴なんて私と同じで相当に資金に困ってる人でしょうし、どんな奴であろうと私のこの新たに手にした細剣、とある魔術剣匠が代々鍛造製作し続けている破邪の霊剣で、これさえあれば敵が人間だろうが悪霊だろうがバッサバッサの──」

 

 ロザリーさんが自慢げに剣をぶん回していると、刀身の切っ先が偶然玄関に触れ、そこから亀裂が入ったかのような音が響くと同時に妙な浮遊感に包まれた。

 

「…………は?」

 

 ふと下を見ると、そこは地面だった筈が妙な黒い穴が空いていた。それに気づくと同時に、俺達は重力に従って穴へと落ちていく。

 

「「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

 落下すること数秒すると、床らしいものが見え、このままでは死ぬまで行かずとも体勢によっては大怪我をしかねない。俺はロザリーさんを空中で引き寄せ、床に向けて黒魔[スプラッシュ・バン]を撃ち放って床に叩きつけられる衝撃を軽減した。

 

「あ、危なかったです……」

 

「ああ、もう……だから用心しろって言ったのに──」

 

『き、貴様ら! どっから入ってきた!?』

 

 俺達がずぶ濡れで愚痴り合っていると、地下室っぽい空間に別の声が響いた。

 

 声のした方を振り向くと、五つの影が見える。目を凝らしてみれば、ひとつはカラスのような頭に仰々しい紅い眼が暗闇の中でもハッキリ見えるくらい光っている。その隣では言ってはなんだが、尻のような形の頭が特徴的な男。更に後ろには格好は似通ってるが、それぞれ赤・青・黄の目が特徴で、皆人間離れした外見だ。

 

 というか、どれも俺の知ってる奴らであった。

 

「レイビーク星人にバド星人……ギギ、だと!?」

 

 そう……ここにいる五人は全員宇宙人。みんなウルトラマンで侵略者として出てくる者達だ。

 

『ほぅ……我々を知ってるか。……そうか、貴様奴の放った刺客か』

 

「刺客……?」

 

 何か勘違いをしてる気がするが、どうやらロザリーさんに依頼した人は間違いなく宇宙人だろう。そして、向こうは俺達がその関係者だと思ってるわけだ。

 

「え、ええっ!? 何なんですか、この怪物共は!? フェジテはいつの間にか人外の巣窟とかしていたんですか!?」

 

 隣では宇宙人の事など欠片も知らないロザリーさんが連中を見るなり大慌てだった。今話しかけたところで落ち着きそうにないので、俺は周囲を見回して何かないかと視線をあっちこっちへ向ける。

 

 するとこの空間の奥の方で何かが揺らめいてるのと、その一歩手前にガラスケースみたいなのが置かれていた。

 

 更に目を凝らすと、そこには小さな黄色い生物が横たわってるのが見えた。

 

「ムーキット! じゃあ、やっぱりお前らが……」

 

『ほう……コイツまで知ってるとは、文明の乏しい星の人間にしては知識が豊富だな。いかにも、この生物は結構な知性を持った生物として有名でな……最強の怪獣兵器を生み出し、駒として操るのに必要でな』

 

 俺の言葉に尻頭──バド星人が両手を広げながら自慢げに語った。

 

「怪獣、兵器……? ソイツを使って、この星を略奪……更に、人間は奴隷にするのがお前らの狙いか!」

 

『ん? ……まさか貴様、この次元の人間ではないな?』

 

 俺の推測を聞いた青い眼のギギが突然、そんな事を言った。

 

『この星の人間にしては宇宙人や怪獣の事を聞いておいて冷静すぎるな。オマケに我々がどういった種族かも知っている風な言い方だ。それに……貴様からはあの忌まわしい存在と同じ気配を感じる』

 

 ギギのいう気配は恐らくウルトラマンの力を肌で感じてるからだろう。だが、今それを肯定すれば本格的に攻撃行動に移られる。それに傍にはロザリーさんもいる。下手な行動は最悪の展開を呼ぶだけだ。

 

「な、なんだかイマイチ話は理解出来かねますが、とりあえず目的の動物も見つけ、それを連れ去った諸悪の根源も判明しましたし……コイツらをとっ捕まえれば全部解決という事ですね!」

 

 ロザリーさんは仕込み杖を抜いて白銀の刀身を露にして構える。

 

『あん? 何だ、お前は……悪いが、こっちは田舎の嬢ちゃんに興味はねえんだ』

 

「フッフッフ。この私を知らないとは、随分な田舎からいらっしゃったようで。いいでしょう!お教えします! 私はこのフェジテに眠る闇という闇を全て暴く魔導探偵、ロザリー=デイテート!この街──いえ、この国を汚そうとする悪漢共に正義の刃を──」

 

『ああ、はいはい。見事な御高説どうも!』

 

 ロザリーさんの言葉を遮って背後から紅いスパークがロザリーさんを襲い、声にならない悲鳴を残して床に倒れた。

 

 咄嗟に半身になって背後にも視線を送ると頭から触手のようなものを生やした軍服の影が機械銃を手に持っていた。

 

『たく……戻ってみれば妙なネズミを入れやがって』

 

「お、お前は……そうだ、ケムール人か!」

 

『『…………ブッ!』』

 

 俺の叫びに一瞬場が沈黙に包まれると、レイビーク星人とバド星人が吹いて、ギギ達も後ろを向きながら若干肩を震わせていた。反対にいたケムール人(?)も、ワナワナと震えていた。

 

『こ、この……俺はケムール人じゃねえ! ゼットン星人、イゴーマだっ!』

 

『まあ、パッと見じゃあどっちがどっちかなんて解りづらいもんな、お前らの種族は』

 

『見てわかるだろ! 頭の向きとか、眼とか!』

 

『いや、こんな暗がりな上にシルエットだけじゃ見分けつかねえよ』

 

 なんか、知らない間に宇宙人達がコントみたいな事してる。いや、俺の所為なんだけど。

 

『チッ! ……それより、コイツらどうやって入ってきた? 戻ってみれば偽装用の結界がぶっ壊されてやがるし……この星の文明で見つかるとは思えないんだが』

 

『あ、そういえばそこの男……この次元の人間じゃなさそうですぜ』

 

 バド星人が俺を指して言った。

 

『……ふっ、なるほどな。奴らの仲間か……ここを見られたからには、生かして帰すわけにはいかねえな』

 

 銃を俺に向けていかにもなセリフを吐いた。まあ、宇宙人を見つけた時点でこうなるんじゃないかとは予想してたけど。

 

「お前ら……ムーキットを使って怪獣兵器をどうとか言ってたけど、ゼットン星人といい……ムーキットの後ろにいるのって、まさかとは思うけど……」

 

『ふん、少しは物知りのようだな。ま、冥土の土産くらいには言っておいてやろう。恐らくお前のご想像通り、そこにいるのは我が星の最強怪獣兵器、ゼットンだ。ただし、まだ幼生だがな』

 

 ゼットン……かつて初代ウルトラマんがその力に自慢の光線技が全く通用せずに敗北を喫した最強クラスの一体……そんなのが知らない間にフェジテの地下で眠っていようとは誰が想像できただろうか。

 

「それがどうしてムーキットを連れ去る事に繋がる?」

 

『その生物はある惑星では神も同然として崇められてるらしいな。そして、相当の知能を有している。怪獣兵器の頭脳としてはこれ以上にない実験台だ』

 

「兵器を作るためだけに、他所の星から連れ去ったのか……っ!?」

 

『ふん。この宇宙は強者こそが頂点に立つもの……それはこの星とて同じ事だろう。この国も、魔術とやらが他の土地より発展してるからこそ、魔術帝国と呼ばれてるそうじゃないか。我々のやり方と何も変わらん』

 

「昔の事ならともかく、今の女王陛下の理念とお前らの薄汚い野望を一緒くたにするな! そもそも、そんな事させると思うか」

 

 俺はいつでもウルトラマンの力を纏えるよう懐に手を伸ばすが、ゼットン星人は可笑しそうに肩を震わせる。

 

『クハハハハ……なんとも滑稽な事だ! 貴様らは何も知らんのだな! この国の──いや、この星の歴史を! 今もなお滅びに進んでる事すら気づいていない!』

 

「滅びの……道?」

 

『『『バカが!』』』

 

「ガ……ッ!?」

 

 予想だにしない言葉を向けられて完全に隙を晒してしまい、ギギ達の光の綱によって俺は四肢を封じられてしまった。

 

 ゼットン星人は拘束された俺を嘲笑いながら銃口を目の前でチラつかせる。

 

『フハハハハ! このままお前の脳天を貫くのも容易い事だが、せめて最後くらいこの街が滅びる瞬間を見せる権利くらいはくれてやろうか』

 

「そう思い通りになると思うな!」

 

「え……?」

 

『なに──ぐあっ!?』

 

 再びこの場にいない声が地下に響いたと思えば、青いスパークが飛来してゼットン星人の銃を撃ち落とした。

 

『な、何だ……っ!?』

 

 ゼットン星人につられて俺も視線をズラすと、暗闇でもボンヤリと輝く青いジャンパーを纏った好青年がこれまたメカメカしい銃を構えていた。

 

『な……!? お、お前は……!?』

 

「ギギ……これ以上惑星侵略なんてさせない。君達を元の次元に送り返す」

 

「ム、ムサシ……さん!?」

 

「君は……そうか、君が……」

 

 銃を構えた青年、春野ムサシが俺を見るなり何か納得したように頷いていた。

 

「……っ! 《雷華》っ!」

 

『うおっ!?』

 

『眼が……っ!?』

 

 俺の四肢を縛ってる光の綱を伝って[ショック・ボルト]の閃光がギギ達の手元で強くスパークする事で眼を眩ませ、力が緩んだ隙を突いて拘束を解いて脱出した。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ、はい……というか、何故貴方が?」

 

「話は後だ。まずは彼らを無力化しないと」

 

「……はい!」

 

 ムサシさんがここにいる理由を問うも、確かにそんな話を出来る状況ではない。俺は言う通りに奴らへと意識を向けて戦闘態勢を取る。

 

 俺は背後へ振り返ってレイビーク星人とバド星人へと飛びかかり、ムサシさんは銃を構えながらギギとゼットン星人へと駆け出した。

 

「この──」

 

「『ヒカリ』っ!」

 

 奴らが銃を打ち出す前に、俺はヒカリの力を使って蒼い光の鎧を纏った。直後に二人の光線銃が俺を襲うが、光の鎧のおかげで無傷だ。

 

 その防御力に向こうが驚いてる内に肉薄して更に一枚のカードを出して眼前に構える。

 

「『ティガ』っ!」

 

 ティガの力で全身に虹色の光の奔流をぶつけてレイビーク星人とバド星人を戦闘不能に追い込んだ。

 

 振り返ればギギが全身を麻痺されたように痙攣しながら地面に伏せ、残るはゼットン星人だけとなった。

 

「残るはお前だけだ。これ以上、怪獣をふざけた計画の道具にはさせない」

 

『ふざけるな……っ! 今更貴様に、我が計画を潰されて──』

 

『残念だが、無理やりにでも止めさせてもらうぞ』

 

『ぐあっ!?』

 

 ゼットン星人が懐から何かを取り出そうとしたところでその背後から不意打ちを喰らって地面に伏せて沈黙する。

 

『待たせてしまったな……ウルトラマンコスモス』

 

「いえ……それで、ムーキットは?」

 

『既に保護してる。これでファビラス星人も安心するだろう』

 

 俺が突然の決着に呆然とする間に二人が話を進めてもう何がなにやら……。

 

「えっと……とりあえず、ムサシさんの事やこの人の事……説明してくれます?」

 

 とにかく、さっさと事情を知りたいのでそう切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……じゃあ、ロザリーさんへの依頼は囮だったんですか?」

 

『ああ……こういった世界で我々が動いてはすぐに奴らに動きを知られてしまう。なので、この世界の住人に協力を申し出たわけだ。まあ……最初は不安だったのだが、君が宇宙人や宇宙生物に詳しいみたいなのでこのまま囮作戦を続行したというわけだ。すまなかったな、こちらの事情に巻き込んで』

 

「あ、いえ……ハネジロー──じゃなくて、ムーキットが戻ってきてよかったです」

 

『パム……よろしく!』

 

 男性の腕の中でハネジローが愛嬌のある顔で俺に挨拶してくる。

 

 事情を聞いたところ、目の前のこの人はAIB……ウルトラマンジードのいる宇宙にいる組織で地球に侵入して悪さをした宇宙人を取り締まるのだが、今回自分達の活動していた地球で取り締まった宇宙人がこちらの世界に来ていたゼットン星人達と何か取引をしていた事を突き止めてこのフェジテへと飛んできたらしい。

 

 そして、ムサシさんはギギがこちらの世界に侵略の手を伸ばそうとしていたのをギギ・ドクターから聞き、こっちの宇宙へと飛んだ時にAIBと会い、互いの事情を知って協力体制を取ったそうだ。

 

「まさか、ムサシさんがこっちに来るなんて思いもしませんでしたよ……」

 

「僕だって、まさかこっちに地球人がいるなんて思わなかったよ。けど、おかげでムーキットも無事に取り戻せたし、彼らも捕まえる事が出来た。君には感謝してる」

 

「そういえば……ゼットンはどうなるんですか?」

 

「うん、ゼットンは……遊星ジュランへ連れてって育てるよ」

 

「え……ゼットンを、ですか?」

 

「例え、兵器として生み出された怪獣だったとしても……生まれた命そのものに罪はない。大事に育てれば、きっと心優しい怪獣に育ってくれる筈だ。ジュランに住んでる怪獣達はみんな頼りになるしね」

 

「はあ……」

 

 流石は慈愛の勇者と呼ばれるだけある……。ムサシさん自身、ゼットン関係で苦しんだこともあった筈だ。それでも、飽くまで怪獣を救うべき対象として見ている。

 

 それを改めて思い出すと同時に少し情けない気持ちが湧いてくる。自分は人間に対してですら、一度本気で殺意を抱いた事もあった。目の前の人はまるで別格だと改めて思い知った。

 

 そんな事を考えたのをムサシさんは察したのか、穏やかな笑みを崩さずに語りかけてくる。

 

「何かを救うっていうのはとても難しい事かもしれない。その道を進む中で、辛い現実にぶつかって、大事にしようと思ったものを見失う事もあるかもしれない。だから……そんな時には、自分が何のためにこの道を選んだのか、もう一度考えてみるといいよ」

 

「俺が……この道を選んだ、理由……」

 

『済まない……そろそろいいだろうか?これ以上この星に留まるのは我々の存在を知られてしまいそうだ』

 

「あ、はい。すぐに」

 

 そう返事をするとムサシさんは俺の肩に手を置いて笑いかける。

 

「大丈夫。君にだって、頼りになる仲間がいる。それが君の支えになってくれる。僕も、遠い所からだけど、応援するよ」

 

 そう言ってムサシさんはAIBの人と共に姿を消した。程なくして空を見上げれば、二つの光が空の彼方へと飛んでいくのが見えた。

 

 しばらくして懐が光ったので気になって見れば、コスモスのカードが輝いていた。

 

「……俺がこの道を選んだ理由、か……」

 

 魔術や修行の事もだけど……もう少し、自分を振り返る時間を増やしてみようかな。もしかしたら、それで何か思い浮かぶ事があるかもしれない。

 

 そう思いながら足を踏み出した。……気絶したロザリーさんを置いてけぼりにしたまま。

 

 そして、翌日には俺のところに来て泣きついて学院が軽い騒ぎになったのは余談だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェジテの真上の大気圏外で、コスモスがAIBの宇宙船を見送ったところだった。

 

『ふう……僕もジュランに帰らないとね。……君は、このまま留まるのかい?』

 

 コスモスは両手にゼットンの幼生を抱えながら虚空に向けて問うていた。

 

『…………』

 

『……そうか。君が言ってた通りなら……彼は、乗り越えられるだろうか?』

 

『…………』

 

『そうだね。彼だって、光を授かった者なんだ』

 

 コスモスは虚空に向けて頷くと、宇宙の彼方へと飛び立った。

 



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炎の三日間
第40話


暑い夏の所為で何もかもが憂鬱になるこの時期……。おかげで投稿するのも伸びてしまった(言い訳すみません)。
けれど、時折来る乾燥には励まされます。ウルトラマンに限らずあらゆるイベントがコロナ渦によって尽く潰れてしまう今年ですが、早くコロナが収束してまたフェスやら何やらが復活してくれることを祈ってます。


 

 

 気が付けば、そこはだだっ広い宇宙の中だった……。

 

 周囲には岩──否、星の欠片とも言える隕石群が川のように連なった場所。更に向こうには巨大な球体、惑星がいくつか点在している。かくしゃくとした紅い惑星もあれば凍てつくような蒼白い惑星と多種に渡って様々な輝きを放っている。

 

 その更に向こう側から、一際眩い蒼白と赤黒い閃光がぶつかり合っていた。

 

 視点が一瞬にして切り替わると閃光の間近へと移る。

 

 気づけば目の前には輪郭がボヤける程眩しい光を纏った巨体と深淵の闇とも表現し得る程の、同じく輪郭のハッキリしない黒い巨体が衝撃の波を広げながら取っ組み合いをしていた。

 

 正に光と闇のぶつかり合いと言えるような光景だった。

 

 二つの巨体が一旦距離を取ったと思うと、双方共に銀と黒の稲妻を帯びた光線を撃ち合い、それがぶつかり合った箇所を中心に銀と黒のマーブル状のエネルギーの渦が広がり、内包されたエネルギーが溢れて四方八方へと漏れ出し、そのひとつが俺の身体を飲み込んだ。

 

 身体が飲み込まれると同時に見えなくなった視界の向こうで赤と青の発光体が俺のもとへと迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ブハッ!?」

 

 いつの間にか額についた大量の汗を飛び散らせながら上半身を起こした。

 

 まだ額に残ってる汗を拭いながらベッドから降りると、自分の身体が汗まみれになっていたのがわかった。寝汗にしても尋常じゃない量だった。

 

「はぁっ……今のって……?」

 

 そんな事も気にならない程に俺は別の方向に気を取られていた。さっきの夢だ……。

 

 今までも……タウムの天文神殿からは時折宇宙で何かが激突していたような光景を夢に見る事はあった。だが、あそこまで近くで……そして朧げだったが二つの存在を視認出来るほどまでになったのは今回が初めてだ。

 

「あれって、まるで……」

 

 俺がある事を思い浮かべるのを遮るように家の戸を叩く音が響いてきた。

 

 夢見が悪くて起きたから意識から外していたが、ふと外を見ると空はまだ暗い。この近辺の人達はまだ寝てる時間の筈だ。

 

 少し変に思いながらも待たせるわけにはいかないと汗まみれの寝巻きから着替える事もせずに玄関へと向かった。

 

「はい、どうしまし──」

 

「やあ、元気にしてたかな?」

 

「っ!? 《震電》っ!」

 

 戸の向こうに見えた顔を視認した瞬間、俺は脚に紫電を纏って蹴りを入れる。

 

「……おいおい、随分なご挨拶だね?」

 

 だが、その蹴りも目の前の存在に片手で防がれてしまった。

 

「なんで……お前がここにいるんだ、ジャティス!」

 

 俺は目の前の存在──ジャティス=ロウファンに怒鳴りかける。

 

「なんでか……そんな事を気にかける余裕があるのかい?」

 

「なに……?」

 

「僕はただ、このフェジテが危険だということを君に教えてあげに来ただけだよ」

 

「は……?」

 

 訳がわからなかった。この街に来ては混乱を巻き起こし、多くの人間を苦しめた元凶が今更何を善人ぶった事を言ってるんだと言いたい。

 

 だが、この男は正義というものに異常な執着心を抱いている。犠牲ありきという部分を除けば無意味な事はしないのはグレン先生から聞いたが、コイツの思惑は全く読めない。

 

「いきなり来たと思えば街の危機? そもそもこの街を混乱に陥れた張本人が良く言えたもんだな」

 

「ははは……手厳しいねぇ。だが、事実だよ。このままではこの街は地獄の業火によって焼き尽くされる事になるだろうね」

 

「地獄の……業火?」

 

 全くもってなにを言ってるのかわからないが、この男の目には虚構……全く真意が読めない。

 

「言っておくけど、比喩でもなんでもない。このまま放置しておけば、間違いなくこのフェジテ市は炎の海に沈む事になるだろうね。そうなればこの街の人間……君に良くしてくれる大人や気にかけてる子供、学院の仲間……何より、この事態にはルミア=ティンジェルが深く関わってしまう事になるんだよ」

 

「ルミアが……っ!?」

 

「だからわざわざこうして伝えに来たんだよ。彼女の事が関わってる以上、君が大人しく腰を下ろしてるだけなわけがないだろ?」

 

「う……」

 

「そして、この街を救うためには君にもこの舞台に出てもらわなければならない」

 

「それは……お前の目的を成すためにという意味か?」

 

 俺の質問に答えず、ジャティスは片手で俺を指しながら気味の悪い笑みを浮かべるだけだった。

 

「一体なんの目的で俺に言ったのかは知らないが、ルミアが危険だっていうんなら先生に伝えた上で俺達でルミアを守ればいい。お前の目的の為に協力なんて真っ平御免だ」

 

 ジャティスが言うならルミアに危険が迫っているというのは間違いなく事実だろう。だが、それでも目の前の男と協力だなんて感情論抜きにしても有り得ない。

 

 この男と協力した日には一体いくつの死体が転がるかなんて想像もつかない。それが天の知恵研究会のメンバーだというなら堪える事ぐらいは出来るだろう。戦いで人死にが出る覚悟くらいはもう出来るようになったつもりだ。

 

 だが、この男はその過程で全く無関係な死人がいくら出ようとも止まる事がない生粋の狂人だ。そんな奴と共に行動なんてお断りだ。

 

「はぁ……やれやれ。僕がここにいて、この話をしてる時点で君の取ろうとしてる行動が手遅れだって気付かないかい?」

 

「なんだと?」

 

「ルミア=ティンジェルは既に保護してるよ、僕が」

 

「……っ!?」

 

「それと、グレン=レーダス……というか、セリカ=アルフォネアの屋敷は既に天の知恵研究会のメンバーが襲撃し、更に第三団(ヘブンス)天位(オーダー)》の一人が現れ、セリカ=アルフォネアは行方共に生死不明」

 

「は……ちょっと待てよ……何だよそれ?」

 

 咄嗟に状況を飲み込むのを拒んでしまった。既にルミアやグレン先生が襲撃されるだけならともかく、ジャティスが先回りしてルミアを捕らえ、アルフォネア教授が生死不明……展開が急すぎて頭が追いつかない。

 

「状況はわかったかい? もう君は僕以外に情報源がない。僕を頼ってでしか動く事が出来ないのさ」

 

「う……いや、まだ先生がいるだろう。お前がそれを読んでないわけがない。もちろん先生との通信手段だって確保してるだろう?」

 

「……まあね。けど、まだ君を彼らに合流させるわけにはいかないんだよ」

 

「ふざけんなよ……天の知恵研究会の奴らを放置しておいて更に人質取ってしかも先生達にも会わせない。そんな奴に着いていくと思うのか!?」

 

「行くしかないんだよ……君の大事なものを守るためには、奴らの多少の悪事を進めてやるのも作戦さ。それに……彼らと合流したところで君に出来る事はあるかい?」

 

「だから、先生達と一緒になって街のみんなを守れば──」

 

「わかんないね〜……街の人間一人か二人守ったところでこの街の危機はそれ以上の速度で膨れ上がっていくんだよ。今この事態を打開するためには大局を見据える眼、事態を終息するための腕と速度、そして何より……各々が自身の役割を自覚し、全力を賭す事だ。そうしなければこの街は滅びる」

 

「っ……!」

 

 この男の言う事に根拠なんてない。事実だろうと言っても、それは飽くまでこの男のこれまでの事と、グレン先生から聞いたこの男の性質を鑑みた予想でしかない。現状、まだ強制するようなことはしてないので、反抗する事もできるだろう。

 

 だが、そうなったら本当にルミアどころか、この街がどうなるかもわからないという不安がどうしても思考を鈍らせてしまう。もう目の前の男に頼らざるを得ないと思えてしまう程に。

 

 その焦りを感じたのか、ジャティスは口の端を吊り上げながら俺に手を差し伸べてきた。

 

「もうわかったろう? 君は僕に従うしかない。なに、協力しろと言っても別に君に人殺しをしてほしいわけじゃない。君には君にしか出来ない相手がいる。君にはそれを担当してもらいたい」

 

「俺にしか出来ない、相手……?」

 

「……スペースビースト」

 

「……っ!?」

 

「君なら知ってるだろう? というか、君があの化け物の情報源みたいなもんだからね。あれらを完璧な形で倒せるのは軍の中のほんの一部……《魔術師》のイヴか《星》のアルベルト。あとは天神の力を纏える君くらいだ。そんな化け物どもが今、このフェジテのあちこちで活動を始めている。放置しておけばこの街が焼け野原になる前に化け物どもによって阿鼻叫喚の凄惨な光景ができるだろうね」

 

「う……」

 

 スペースビースト……社交舞踏会の時から一応の警戒はしていたつもりだが、そんなものがいつの間に街中を蔓延るようになっていたのか。

 

 ジャティスは薄ら笑いを浮かべながらユラユラと指先を俺に向けて再度言葉を放つ。

 

「そんなわけだから君はしばらくそいつらの駆除を頼みたい。僕はその間にルミアと共にちょっと仕事を片付けないといけないからね。グレンにも別件を頼むけど、それについては追々伝えておくよ。ま、とりあえず頑張ってくれ。君の大事なもののために」

 

「……まずは何処に向かえばいい?」

 

「僕の使い魔を残しておこう。案内はそいつがしてくれるさ。それでは、僕は行くよ。あまり残業なんてしたくないしねぇ」

 

 ゆらり、とコートを翻して去ろうとする様に妙な違和感を覚えた。スペースビーストを倒し回らなければと焦る一方で、本能がコイツにも一定以上の警戒を促していた。コイツをこのまま立ち去らせてはいけないと、警告していた。

 

「……おい」

 

「ん、なんだい? 僕は忙し──」

 

「お前、誰だ……?」

 

 俺の問いにジャティスが虚を突かれたように、一瞬沈黙した。

 

「……何の話だい? 悪いが、君の問答に付き合う余裕も──」

 

「さっきからちょくちょく変だって思ったけど、ジャティスならどちらを選べばどんな被害が出るかなんて懸念を口にしない。先生からの聞き伝でしかないけど、悪を倒すためなら無関係な人達の被害もほとんど省みない。こういう時は是が非でも俺を計画に加担させようとする筈だ。そんな遠回しな言い方をするようには思えない。しかも、アイツは狂人だけど悪を決して許さない。そんな奴が作戦のためとはいえ、悪人達の所業を一部だけでも許すのか?」

 

「…………」

 

「なんて、全部ただの推測でしかないけど……それだけじゃない。冷静になって見てみれば、あんたの内側から何か気持ち悪いものが滲み出てんだよ。スペースビーストとはまた違った邪なものが……」

 

 ウルトラマンの力で強化された感覚のおかげで目の前の男から異質な空気が醸し出されているのが今になってわかった。元々狂ったやつだったから気づくのが遅れたが、コイツの中から出てくる空気に何処か俺に共通する波動のような物を感じる。

 

 ここまで言うと、ジャティスは顔を俯かせ、小刻みに肩を震わせていた。

 

「くくくく……ハハハハハハ! いや、少々見くびってたよ。流石にウルトラマンの力を纏っただけの紛い物とはいえ、光の力をその身に宿してるだけある」

 

 そう言いながらいつの間にかその手にはX字のプロテクターのようなスティック状のものが握られており、頭頂部のスイッチを押すとプロテクター部分が開き、青みがかった黒い仮面のような形になった。

 

 それをゆっくり眼前へと持っていくと、眼の部分から赤い光が発され、周囲の空間が歪むようにドス黒い空気がジャティスを中心に渦巻いた。

 

 歪みが消えたと思えば、次の瞬間には自分の眼を疑った。

 

 ジャティスだと思っていた男の姿が異形のものに変わっていた。ピエロのように尖った爪先、金色の拘束具にその隙間から僅かに漏れてる青い光、青黒い仮面のようなもので覆った顔。

 

「ト、トレギア……?」

 

「フフフ……私の事も知っていたとは光栄だねぇ。直接お会いするのは初めましてだね、天地亮君。私はトレギア……しがない悪魔さ」

 

 ユラリと差し出された右腕を咄嗟に振り払い、さっきまで以上の警戒心を露わにした。

 

「なんで、お前までこの世界に……? 一体この世界で何をしていた?」

 

「おっと……誤解しないで欲しいが、私は別にこの世界に手は出してない。私は飽くまでただの傍観者さ。まあ、時には人間の願いを叶える事も稀にあるけどね」

 

「その結果……願った者に破滅を呼んだと」

 

「おいおい……それでは私が詐欺紛いな事をした悪党みたいじゃないか。私はその人の願望を形にしてあげただけさ。誰かを助けたい願いも、何かを破壊したいという願いも……差別なくね」

 

「どうせそれもお前が破滅に向かうよう誘導したんだろ」

 

「ハァ……やれやれ。どうも君は私を悪者にしたいらしい」

 

「実際その通りだろうが……ルーブ兄弟の仲まで引き裂こうとしておきながら善人だって言い張る気か。一体ウルトラマンにまで手を出して何をしようとしてるか知らないが、いつまでも好き勝手出来ると思ってんじゃねえ!」

 

「ん? ……あぁ、なるほど。どうやら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬首を傾げるような動作を見せたかと思えば、急に納得したように頷いた。

 

「何の話だ……?」

 

「いやいや、こっちの話さ。とにかく、今この街が危険だというのは本当さ。私が何を言おうと、君はこの事態を放ってはおけない。行くしかないのだよ」

 

 いちいちこっちの神経を逆撫でするように大袈裟なボディランゲージで話したり、俺を動かそうとしたり……正直、コイツの思惑に乗りたくはないが、まだスペースビーストはネクサスの力でしか消滅させることが出来ない。

 

 放置しておけば今以上の数になって最悪、街そのものが飲み込まれる可能性だってある。俺にはそれに乗るしか出来ない。例えそれが、崖と崖を繋ぐ細い綱の上だったとしてもだ。

 

「……いつまでもお前の思い通りになると思うな」

 

 俺はそれだけを言い残して家を飛び出していった。

 

「……フフフフ。知ってるよ、それくらい。でも……何度滅びようと、私の考えは変わらない。この世は光も闇も、正義も悪も……みんな等しく愚かで、脆い。虚無──混沌こそが世界を成り立たせるものさ」

 

 去り際に、トレギアのそんな言葉が耳に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻……。とある地下室……無機質な空間の中に二人の男女がいた。

 

 グレンとシスティーナ……二人はセリカ宅で天の知恵研究会の暗殺部隊からの襲撃を受け、セリカの説得から屋敷から脱出し、一足先にセリカが万が一のために用意していたこの地下室へと駆け込んでいた。

 

 しかし、いつまで経ってもセリカは来ず、最悪の事態を想定して動こうとしていた矢先、システィーナの懐にいつの間に仕込まれていたのか、通信用魔導器が音を鳴らしていた。

 

 グレンが慌てて応答すれば、案の定というかシスティーナの屋敷を襲撃し、ルミアを掻っ攫った張本人ジャティスの声が響いた。

 

 そしてジャティスはグレンにゲームをしようと提案を出し、グレンにある事を指示した。

 

『……では、君達の健闘を祈っているよ』

 

「おい、ちょっと待てよ」

 

『なんだい? さっきも言ったが、時間は有限だ。話は手短に頼むよ』

 

「一応聞いておくが、テメェ……リョウまで巻き込んでねえよな?」

 

 静かな怒気を込めてジャティスに言い放った。今回の事は恐らく翌朝には街中に知れ渡るはずだ。更にルミアの情報もそれに混ざって知らされる。そうなれば間違いなくリョウは首を突っ込むだろう。

 

 だが、ジャティスがそれを予想しないとは思えない。既に先んじてリョウを巻き込んでる可能性の方が高い。

 

『……僕は何もしてないよ。僕は、ね』

 

「は? どういう意味だよそれ……」

 

『一応僕も保険として彼にもゲームに参加してもらおうと思ってたよ。何せ、今街中にはスペースビーストがあちこちで蠢いてるんだからね』

 

「なっ……!?」

 

 ここで更に恐るべし報せが入った。スペースビーストの事は以前リョウから聞いたことはある。あの情報によれば、スペースビーストを完全に倒し切るには細胞レベルで消滅させなければならない。それが叶うのは自分やセリカの有する[イクスティンクション・レイ]やリョウの持つウルトラマンの力くらいだ。

 

 そんな厄介な存在が今このタイミングで街中を蔓延っている。偶然にしてはあまりにも出来すぎた状況だ。

 

「テメェ……さっきは奴らとグルじゃねえって言ってたが、本当にそうなのか? こんな状況、どう考えても何か関係あるとしか思えねぇだろうが」

 

『信用ないねぇ。この街を奴らの手から救いたいのは本当さ。もちろん彼にもその旨で頼もうとしたんだけど……既に何者かが彼を踊らせてるみたいだよ』

 

「……どういうことだ?」

 

『どうも彼の事を計算しようとすると、妙なものが邪魔をして読めなくなる。僕も知らない全くの未知の存在が彼に近づかせまいと僕の計算を狂わせる。土壇場で僕の計算を上回る事態になるのは偶に起こるが、演算段階で邪魔が入るのは流石に初めてだよ』

 

 ジャティスの未来予知じみた固有魔術(オリジナル)の演算には何度も煮湯を飲まされたグレンも知ってるが、それが計算段階で阻害される事など自分の知る限りでは過去一度としてなかった。

 

『だから一応忠告しておくよ。僕の課すミッションでもどんな事態になるかは百パーセント断言は出来ない。更に言わせてもらうとどの道リョウ=アマチに関しては……』

 

「なんだよ……?」

 

『……近いうちに、その運命の糸は切れるよ』

 

 先とは打って変わって重い声でそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

『キイイイイィィィィィィィッ!?』

 

 光がほとんど届かない地下水路の途中地点でネクサスの力を解放し、そこに蔓延っていたスペースビースト・ぺドレインを消滅させる。

 

「ハァ……ッ! こ、これで……十三体目……」

 

 朝日も昇らない時間帯からスペースビーストの討伐を始め、もう半日くらいは見つけては倒すを繰り返した。

 

 まだ表に出てこないから人的被害はほとんどないが、一体でも漏れればどれだけの被害が出るか分かったもんじゃない。ひっそりとしている段階で出来るだけ数を減らさないと。

 

 とはいえ、元々三分間しか使えないウルトラマンの力をエネルギー節約のために瞬間的にしか解放してないとはいえ、こう何度も使用解除を繰り返すとかなり身体に負担がかかってしまう。

 

 得意とはいえない氷系魔術で身体を冷却しているとはいえ、下手すればほんの数回だけでもオーバーヒートを起こしてしまいそうになる。

 

 だからと言って、これ以上の節約方法があるわけではないしいちいち長々と休息を取れる程余裕もない。今はとにかく進むのみだ。

 

 俺は次へ向かおうと歩を進めた時だった。何処か遠くでガラスの砕けるような音が響き渡ったと同時に大きな何かが消失した気配と膨大な力のような気配を同時に感じ取った。

 

「……っ!? 何だ、今の……?」

 

 何事かと思って一番近い地上への抜け道を登って今は石畳に覆われた出入り口を強引に壊して地上に出た。

 

 気配がしたのは魔術学院の方だ。見れば学院の敷地辺りでぼんやりと真紅の光が空へ向かって立ち上ってるのが見えた。

 

「おい、こんな時に何が起こってるんだ──っ!? ちょ、これって……っ!?」

 

 俺の感覚──というより、本能に近い部分が警告を全身に響かせていた。街中の所々に感じていたスペースビーストの気配が学院に向かって集中しようとしているのがわかった。

 

 学院から感じる妙な力に惹かれたか、突然の事態にパニックになってるだろう学院の人間達の恐怖心に惹かれたのか……どっちにしろスペースビーストが本格的に表に出ようとしてるというのはすぐにわかった。

 

 俺は疲労した身体に鞭打って学院に向けて駆け出した。だが、その直後に背後から気配を感じて咄嗟に[フィジカル・ブースト]を発動させて跳躍すると三つの影が刃を奮ってきた。

 

「くそ……今度は何なんだ、おい!」

 

 疲労してる上に予想外の事態、更に目的地へ向かおうとした矢先に妨害され、苛立ちの募った俺は八つ当たり気味に怒鳴り散らすが、襲撃した奴らは何も言葉を発しない。

 

 それどころか、獣のような唸り声を口から漏らしながら手に持ったそれぞれの刃を俺に向けながらジリジリと距離を詰めてくる。

 

 よく見たらこいつらの持ってる武器はリィエルがよく使ってるウーツ鋼と呼ばれる金属だ。うち一人が更にウーツ鋼製のダガーを生成した場面を見て更に思い出す。あの錬成術はリィエルが特別なだけで大体の奴らがあの高速錬金を使えば廃人と化してしまう。

 

 つまり、俺の目の前にいるこいつらは感情を抜き取られた人形も同然だ。こんなふざけた仕打ちをした人間達を差し向けてきた黒幕に対して更に怒りが込み上げてきた。

 

 俺が駆け出したのを見ればすぐさまウーツ鋼の武器を構えた襲撃者達が驚異的な速度で追ってきて武器を振るってきた。

 

「くっ……《水蓮》っ!」

 

 俺は足元に術式を展開し、足と地面の間から水が吹き出し、俺の身体を猛スピードで滑らせる。ウルトラマンの驚異的な五感が発現してようやく形になった[シュトローム・サーフ]を使って狭い路地でもかなりの速度で移動することができるようになった。

 

 だが、背後からだけでなく街の所々から俺に向かって同じ装いと同じウーツ鋼の武器を手に取った襲撃者が次々と俺を襲ってくる。

 

 奴らを撒くために多少回り道も加えて逃走するが、襲撃者達はまるで学院に向かわせたくないように俺の進路を妨害してくる。間違いなく学院で起こってるのは最悪の事態一歩手前の兆候なのだろう。

 

 一秒でも早く辿り着きたいが、俺の意思に反して襲撃者もどんどん数を増やしてくる。

 

「あぁ、もう……鬱陶しいっ!」

 

 流石に回避し続けるのもキツくなってく中、紫電と水塊を叩きつけて襲撃者を何人か退けるが、一瞬数人へ意識を向けただけでその何倍もの人数がその直後に肉迫してくる。

 

「くっそ……『ティガ』っ!」

 

 魔術では捌き切れないと見た俺はティガの力を身に纏い、紫色の光を発しながら高速移動。すれ違いざまに紫電の手刀を浴びせた。

 

 集まってきた襲撃者達が一か所に固まったところで上空へ手を向け、青白い閃光を放つと五メイルくらいの高さで光が弾け、冷気が雪崩のように落ちていく。

 

 それに巻き込まれた襲撃者達は数秒後には物言わぬ氷塊へと変貌した。

 

「ぐ……たくっ……あまり余裕ないってのに……っ!」

 

 ついさっきオーバーヒートしそうだったところに数秒とはいえまたウルトラマンの力を使った所為か、頭痛が酷くなってきた。だからといってチンタラしてる暇もない。

 

 俺はすぐに学院へ足を向け、[シュトローム・サーフ]を使って駆け抜けていった。

 

 裏街道を抜けてようやく学院が見えると、予想通り学院の結界が見事になくなっており、中から戦闘音が聞こえ、魔術の余波らしい光も見える。

 

 既に大変な事態になってるだろうと考えながら門を潜り、中庭まで走るとそこにはかつての濃淡が波打つ緑はひび割れ、抉れ、陥没し、ある箇所では大きな法陣が紅く輝いていた。

 

 その外側ではいかにも騎士といった風な装いの男が盾と槍を構えており、その正面でグレン先生とルミア、ハーレイ先生とツェスト男爵が煤汚れた格好で息を荒げていた。

 

「え、リョウ君!?」

 

「な、お前……無事だったか!?」

 

 ルミアが俺に気付いて声を上げると、グレン先生も俺へ顔を向ける。

 

「……経緯はわからないけど、とりあえずそこの男がこの妙な空を作った元凶でいいんですよね?」

 

「あ、ああ……けど、正直バケモンだ。できれば、お前の手も貸してもらいてえ!」

 

「当然──て、言いたいところですけど……そっちに構ってる余裕ないです」

 

「は? 何言って──」

 

『きゃあああぁぁぁぁぁっ!』

 

 校舎の方から悲鳴が上がり、周囲を見ると案の定というか、スペースビーストが這うわ、飛び出るわ、降ってくるわ……ほんの数秒でかなりの数が出てきた。

 

「なっ!? 何だ、この化け物共は!?」

 

「う〜む……可愛い娘達に夢を見せるパターンとして思い描いていた怪物の上を行く悍ましさ……正直、形容し難い汚物共じゃな」

 

 スペースビーストを見たことがないハーレイ先生とツェスト男爵が更に押し寄せてくる災厄にいつもの余裕が完全に失せていた。

 

「この妙な法陣の所為なのか、みんなの恐怖心の所為なのか、とにかく街に散らばってたスペースビーストがこっちへ集まって来てるんです! すみませんけどその騎士っぽいヤツを相手できる状況じゃないです!」

 

「くっそ! ただでさえ俺達の魔術がひとつも効いてねえのに、更にはグロテスクな化け物どもの大盤振る舞いかよ! こっちは急いで『メギドの火』の解呪(ディスペル)に向かわにゃならんてのにな!」

 

「『メギドの火』……? この空を作ったあの法陣だってのはなんとなくわかりますが、どのくらいの時間が必要なんですか……?」

 

「正直、法陣はあのクソ野郎に任せてたからどれくらいかかるかはわからねえ……。ただわかるのは、日没までにあの男を掻い潜って法陣を解呪しなきゃフェジテはお終いってことだ!」

 

 日没ってことは……もうあと一時間もない。まだあの騎士っぽい奴の実力は見てないが、少々性格に難ありだが、魔術師としては上級レベルであるハーレイ先生やツェスト男爵が揃って息を荒げるほどの相手だ。俺も加わって集中攻撃して傷つくかどうか。

 

 だが、今はスペースビーストの事もある。はっきり言ってあっちを立てようとすればこっちが立たなくなるような状況だ。

 

「迷ってる暇があるのか? 賢人らよ」

 

 あまりの上々に焦りまくって考えに耽ってる隙に向こうが槍を構えて驚異的なスピードでグレン先生へその矛先を向け、駆け出した。

 

 その速度はウルトラマンの力を借りた時と同等かひとつ上を行くようなものだった。この状況の中で思考を巡らせすぎて大きな隙を作ってしまったために反応が大幅に遅れてしまった。

 

 このまま矛先がグレン先生の首へと吸い込まれようとしたその時だった。

 

「なっ!?」

 

 グレン先生の首を取ろうとした矛先が突如現れた銀閃によって弾かれた。

 

「いいいいやああああぁぁぁぁぁっ!」

 

 更に上から巨大な刃が騎士風の男を叩こうと振り下ろされ、地面を大きく抉った。

 

 だが、地面を叩いた際に舞った土煙が晴れると、男の構えていた盾が虹色の輝きを発しており、先の攻撃を完全に防いでいた。それにも驚いたが、俺の意識は今突然入った、今まで忘れてしまっていた頼もしい味方へと向いていた。

 

「セリカッ!? おま、生きていたのか!?」

 

「リィエル、無事だったのね!?」

 

 思わぬ助っ人の登場にはグレン先生とルミアも驚いたのか……というより、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが。

 

「おいおい、勝手に殺すなよ」

 

「ん……すごい痛かったけど、寝てたら治った」

 

「リィエルはともかく、セリカ……無事だったなら連絡くらい寄越しやがれ」

 

「ハハ、悪い悪い……このポンコツな身体でコイツを使ったもんだから反動が思った以上にキツくて……今まで動ける状態じゃなかったんだよ」

 

 アルフォネア教授は片手で懐中時計をいじりながら申し訳なさそうに言う。

 

「たく、そんなんで今から戦闘大丈夫かよ?」

 

「なに、魔術はそんなに使えないが、突破口は開いてやるさ」

 

 アルフォネア教授は以前遺跡調査に行った途中で使ってた剣を構えながら騎士風の男に向き直る。

 

「なるほど……エリエーテの剣だな、それは」

 

「お前の無敵の秘密は知ってるぞ、ラザール。お前のその圧倒的な防御力は何もその盾がオリハルコンで出来てるからだけじゃない。まあ、それ自体も厄介だが、何より面倒なのはその盾の加護が発生させるエネルギー還元力場だ」

 

 アルフォネア教授が騎士風の男──ラザールに向けて言い放つ。

 

 聞けば、あの盾が発生させる虹色の輝きが特殊な魔力場で、それが物理・魔力エネルギーを完全に無効化してしまうというチート仕様だという事だ。

 

 如何な攻撃を持ってしてもその破壊的なエネルギー自体が無力化されれば攻撃など通らない。だが、アルフォネア教授の持ってる剣は真銀(ミスリル)で出来ており、その特性は魔力遮断物質。それを持って斬りかかれば一瞬だが、ラザールの発する力場を崩せる……そこが狙い目だという事。

 

「と、いうわけでラザールは私達で引き受ける! グレンは『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を! アマチはあのナメクジ共を頼むっ!」

 

「あ、ああ!」

 

「了解っす!」

 

 俺はスペース・ビーストを倒すために、グレン先生は法陣の解除のためにそれぞれ動き出す。

 

 俺はネクサスのカードを取り出してその力を身に纏い、スペース・ビーストを粒子レベルで次々と捩じ伏せていく。

 

 何匹か倒すうちに気付いたが、今の時間は本来授業だ。だから教室の窓を通してクラスメートや他の生徒達の視線が注がれてるのを感じる。

 

 そういえばウルトラマンの力だってこっちの世界の観点で見れば異能だ。そりゃあ驚くどころの話じゃない。だが、そんなこの世界特有の価値観に構ってる場合でもない。まずはこいつらを一体も残らずに片付けなければ街にいる人間全体が危ういのだ。

 

 そう考えてる間にもう何十匹片付けたかも数えられないまま同じ行動を繰り返し、グレン先生の方が気になってそっちに視線を向けると、ルミアを傍に置いて法陣をジッと見ていた。

 

 数十秒観察し、把握出来たのかホッと息を吐いたのが動作でわかる。どうやら方法自体はグレン先生だけでも行えるもののようだ。もしこれが複雑怪奇なものだったら時間もないこの状況、ルミアの異能の力を借りずにはいられなかった事だろう。

 

 グレン先生もそう考えたのか自分の指をナイフで切り、その血を法陣に近づけた時だった。あと少しのところでふと動作を止めた。

 

 一体どうしたのだと思いながら校舎の壁を伝っていたスピースビーストを消滅させ、屋上から光線を広範囲に照射した。

 

 光線を撃ち終えてから法陣の辺りがより輝きを増しているのを感じ何だと思ったら、驚くべき光景が広がっていた。

 

 なんと、ルミアがグレン先生の手を握り、異能を発動させていた。一体何が起こってるというんだ? グレン先生がホッとしたのはルミアの異能を使うまでもなかったからじゃないのか? しかも今あの人が行っているのは解呪じゃなく、解析用の[ファンクション・アナライズ]だ。

 

 内心の動揺を抑えられなくなりながらも内心、まだ何かあるんじゃないかと俺自身妙な悪寒もある。推理なんて立派なものじゃないが、そもそもトレギアが俺と接触して俺を動かしてる事態からしても混乱一歩手前だ。

 

 この状況が奴の思惑通りであれば、アイツがあの法陣に何か細工を施したのではと疑いはじめれば次々と悪い予感が頭を過ぎる。恐らくグレン先生も似たような予感を抱いているんだろう。だからルミアの異能を借りて全力で解析しているんだ。

 

 そして法陣とルミアから発される光の波の中でグレン先生は全てを悟ったように口を動かした。

 

『解呪はしない。俺は……こいつを起動させる』

 

 その言葉を皮切りに、スペースビーストの動きが急変した。今まで疎らに学院を這っていたのが、再び引き寄せられるようにグレン先生の方へと向かい出した。まるで自分達の驚異を全力で止めんがためみたいに。

 

「な……させるか!」

 

 俺は屋上から跳躍して一気に法陣へと舞い降り、光線を照射した。

 

「ぐ……っ! 先生……っ! 今起動するって言ってた気がしましたが、どういう事ですか!?」

 

「……悪いが説明してる時間はねえ! 起動にも時間掛かっちまうから、どうにかソイツら近づかせないようにしてくれ!」

 

 グレン先生は真剣な眼で言うと、血を滴らせる指を高速で動かし、複雑な術式を次々と描いていく。その傍らではルミアも信じてと言わんばかりに俺を見ていた。

 

 よくはわからないが、今が佳境なのだろうことはよくわかった。だから……

 

「こっからは一匹たりとも通しはしねえ!」

 

 俺は学院に来るまでも力を酷使した所為で酷い頭痛や倦怠感が徐々に強くなってくるが、今ここで踏ん張らなければ全てが終わる。

 

 今身体を伝ってる熱が俺の無茶によるものなのか、法陣が白熱化してきてるからなのか、それすら曖昧になってきた。

 

 時間にして数十秒か、もしくは数秒程度なのか……こんな状況においては無限にすら感じてしまう中で後ろから感じる光と熱がどんどん巨大化していくのを感じ、法陣が白く眩く光った。

 

 その光は柱となって空に昇っていき、マナの粒子が拡散していくのが視認できる。

 

「あれって……マナ?」

 

 酷い頭痛と倦怠感で膝を着きながら空を見上げた俺は自然と口に出た。

 

「あぁ……俺達はこいつを[メギドの火]って災厄級の術式を起動させるための[核熱点火式]かとばかり思ってた。だが実際は違う……これは、[核熱点火式]の皮を被った[マナ堰堤式(ダム)]だったんだ!」

 

 思考も定まらないまま聞き慣れない単語を並べられても理解できないが、どうやらグレン先生が言ってることを簡潔にまとめると、敵が元々この学院に施されていた[メギドの火]を機能改変して罠を仕掛けたらしい。

 

 見た目が[メギドの火]であるために、普通の人間だったら間違いなく解呪に動くと見越してその方法を簡単にし、解呪した瞬間、ここに溜め込まれていたマナをなんらかの目的で取得しようというものだったようだ。

 

「まぁ……敵の狙いがなんであれ、ようやく目論見は潰せたわけですね……」

 

 スペースビーストは片付いたし……まだあのラザールという強敵が残ってるみたいだが、あとはアルフォネア教授達でなんとかなりそうだからしばらく休むか……そう思っていたのに……。

 

「いや……残念だが、一歩遅かった」

 

「え……?」

 

「本当なら横槍が入らなくても時間になれば自動的に解呪が働く仕組みだったんだろう。俺が起動したからため込んでたマナは一部大気に還っているが、全部とはいかなかった……」

 

 グレン先生が空を見上げながら呟き、それに釣られて俺も眼を向けると、拡散していくマナが途中で渦を描き、その中心から筋が伸びてその先がラザールへと向かっていく。

 

「くそ……嫌な予感プンプンだぜ……」

 

 どうやら本当の悪夢はむしろこれからのようだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや……思ったより少ないな。これでは私の目的の分をくすねるのは無理か……」

 

 アルザーノ魔術学院から数キロ離れた場所で黒い霧と赤い法陣を描きながら出現した青黒い異形──トレギアは落胆したように溜息をつく。

 

「う〜ん、本来の歴史じゃあもう少し量はあったと思うんだけど……まあ、これも異分子(イレギュラー)がこの世界に紛れた故の展開だろうね。こっちはこっちで面白くなってきた」

 

 トレギアは右手に何かを握っているのか、指をこねくり回しながら心底面白そうに肩を震わせる。マナの柱の元にいるある人物の──否、()()()()()()()()に目を向けて。

 

「あぁ……さて、あの存在……魔将星、だったかな? その出現と奴の意思の欠片……そして、彼が自分の秘密に迫った時、彼は、あの娘は……どんな結論に至るのか……ハハハハハ!」

 

 誰もが異常な空を見上げてる中、誰にも意識されていないトレギアの笑いが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ちっ……! まぁた、アイツの気配か……奴との因縁も、中々途絶えちゃくれねえな』

 

 

 

 

 

 

 



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第41話

 

 天が紅一色に染まり、その中から空間を揺らめながら現れた炎の船……それを見上げながら高笑いしている濃い闇のオーラを纏ったラザール──否、鉄騎剛将アセロ=イエロ。

 

 そんなこれまでの事件がまるで子供の喧嘩レベルに思えるような今世紀最大の怪奇現象を前に流石のグレン先生や教師陣も我を忘れかけ、過呼吸を起こすもの、混乱する者、更に周囲の生徒達もまさに阿鼻叫喚……あまりの非現実的な現象の連続に理性が粉々になりかけている。

 

 俺自身も震駭としているが、ウルトラマンを見たり怪獣を見たり、自分がウルトラマンの力を纏っている上映像越しでしかないがこの手の展開を散々見てるので状況を受け入れるくらいには余裕はあった。

 

 こうして空を見上げているといつの間にか来ていたのか、以前タウムの天文神殿で見たルミアそっくりの異形の羽を纏った少女、ナムルスが傍に立って──いや、浮いていた。

 

『グレン、これは試練よ。あなたはこれから起きる災厄を乗り切らなければならない。未来と──そして、過去のために』

 

 ナムルスの言葉に妙な違和感を抱いたが、それも一瞬。特農の闇を纏ったアセロ=イエロが怪しい眼光を揺らしながら淡々と語り始める。

 

『さて、そろそろ本題に入るとしよう』

 

 その言葉と眼光はルミアへと注がれ、向けられた彼女は恐れを抱きながらも姿勢と意志を崩すことなく対峙する。

 

『ルミア=ティンジェル……貴女に恨みはないが、大導師様のため……そして、私が信仰する神のために、死んでいただく』

 

「……神……ですか?」

 

『いかにも、『双生児(タウム)の器』よ。確かに今世の貴方は『空の巫女』に限りなく近しい……だが、まだ不十分なのだ。私の信仰には、神には、もっと完璧なる『空の巫女』が必要なのだ』

 

「『双生児の器』……? 『空の巫女』……?それって一体……?」

 

 アセロ=イエロの言葉はいずれも訳がわからない。だが、唯一理解できるのは向こうは完璧にルミアを殺しにかかるということだけ。

 

 俺はどうにかルミアを守ろうと立とうとするが、これまででかなり力を酷使したためにもう立ち上がる力すらロクに残っていなかった。

 

 だが、この状況下で立ち直ったのか、グレン先生が最後の力を振り絞ってアセロ=イエロと対峙し、戦闘に入ってアルフォネア教授やリィエル、ハーレイ先生やツェスト男爵……果てにはアルベルトさんやバーナードさん、クリストフさんの宮廷魔導師のメンバーも集結し、アセロ=イエロとの死闘が佳境に入った。

 

 その直後にシスティも上空から風を纏ってランディングし、グレン先生へと駆け寄った。

 

 グレン先生がようやくこの事件が終結するとシスティに言ったが、システィの顔は喜びとは程遠いものだった。

 

 周囲の状況から敵がアセロ=イエロという名の者だったということを言い当て、更にその口から信じられない言葉が放たれた。

 

「だとしたら……私達では絶対に勝てませんよ! 物語の主人公である『正義の魔法使い』ですら……アセロ=イエロには結局勝てなかったんですよ!?」

 

 こんな状況下でも冷静でいられたと思った自信が思いっきり揺るがされた。最強の魔術師と言っても過言じゃなさそうなアルフォネア教授や超絶技巧の持ち主であるアルベルトさん、更に各方に優れた魔術師が何人も集まっているこの戦力を見て確信めいた口調でシスティは奴には絶対に勝てないといった。

 

 それにグレン先生は喜びの表情を一気に蒼ざめたものに変え、でもどこか知っていたように脂汗を滲ませながらシスティに問う。

 

「白猫……お前の口から教えてくれ。俺の、記憶違いだと思いてぇんだが……鉄騎剛将アセロ=イエロ……あいつの最大の特徴って、何だったっけか?」

 

「アセロ=イエロ……彼の、身体は……」

 

「それだ! あいつの身体……アレは確か……」

 

「はい……『メルガリウスの魔法使い』にあった通りなら、彼の身体は……神鉄(アダマンタイト)でできています」

 

 その言葉と共に轟音が学院中に響き渡り、見れば様々な攻撃を当てたのか、爆発によって膨大な土煙が立ち上っていた。

 

 だが、その身体にはアレだけの質と数の攻撃魔術を受けておきながら傷ひとつ付いていなかった。

 

『如何にも、その通りだ……そこの少女。私の身体は神鉄(アダマンタイト)でできている。例え[メギドの火]であろうと、私の身体を砕く事は適わない』

 

「嘘だろ……こんな奴、どう倒せってんだ?」

 

 あまりに常軌を逸した耐久性にグレン先生は信じたくないのか、いつもの強がりも見えなくなっていた。

 

 正直、無理もない話だと思う。こっちにはアルフォネア教授は言うに及ばず、魔術関連で超一流なアルベルトさんに物理攻撃最強なリィエル、その他にも様々な方面で優れた魔術師が何人もと、個人に対して百パーセントオーバーキルな戦力があるにも関わらず、目の前の敵の身体に傷ひとつ付けることすらできていない。

 

 ほぼ最強の布陣とも言える戦力を揃えていながらもうみんな満身創痍状態だ。グレン先生どころか、一流の指揮官がいたとしてもこの状況を打破する方法が思いつけるとは思えない。

 

「もうやめてください!」

 

 この惨状の中で何を思ったのか、ルミアが大声を上げて前へ躍り出た。

 

「あなたの狙いは私なんでしょう! なら、私を殺してください!」

 

「な、ルミア! お前、何を……!?」

 

「ルミア、何を言ってるの!?」

 

「私が死ねばあなたは満足なんでしょう!? だったら私を好きにして構いません! だから、もうこれ以上みんなを傷つけないで!」

 

 グレン先生やシスティの制止も聞かずルミアが涙混じりにアセロ=イエロへ懇願するが、奴はため息混じりに首を軽くふり、否定の意を表す。

 

『ルミア=ティンジェル……その願いは承諾しかねる』

 

「え……」

 

『貴女の命をもらい受けるのは決定事項だが、此度の計画の目的には、このフェジテを滅ぼし……大導師様の大いなる悲願達成のための生贄にするのも含まれる。故に貴女の命は何の交渉価値もない。私はこの場にいる者達を皆殺しにし、フェジテを滅ぼす』

 

「そ、そんな……」

 

 アセロ=イエロの言葉にルミアが絶望に打ちひがれ、膝を着く。そんなルミアに奴がツカツカと、右手を軽く持ち上げながら近づいていく。宣言通り、今ここでルミアの命を刈り取るつもりだ。

 

「ふざ……けんな……っ!」

 

『……む?』

 

 痛む身体に激しい頭痛も無視してヨロヨロの状態でも俺はルミアとアセロ=イエロの間に立った。

 

「ルミアの命を貰うのが決定事項? フェジテを……学院のみんなやあの子達が生贄……? ふざけんのも大概にしやがれ……っ! 目的も何も全く見えねえが、みんなの命をもらい受ける権利がテメェらにあんのか!」

 

『権利などという些末なものではない。大導師様の悲願の前にはあらゆるものがその贄だ。故に私はあの方に全てを差し出す……この街も、人間も、己が身とてだ』

 

「だから……ふざけてんじゃねえ!」

 

 俺は二枚のカードを取り出し、アセロ=イエロに向かって駆け出す。

 

「『ヒカリ』っ! 『メビウス』っ!」

 

 ヒカリとメビウスの力を発動させ、蒼い光の鎧を纏い、左手に浮かび上がった赤と青の模様の入ったブレスから光の刀身を伸ばし、アセロ=イエロに斬りかかる。

 

『先の者達と比べても児戯だな。如何な愚者の牙でも傷を付けられなかった我が身体が今更そんなもので傷付けられるとでも?』

 

「うるせえっ!」

 

 光の刀身を振るってもアセロ=イエロは全く微動だにせず、俺の斬撃は奴の言う通り、傷つけられていない。

 

「よせっ! わかってんだろ! 単身で挑んで勝てる相手じゃねえ!」

 

 俺が攻撃してるところに背後からのグレン先生の叫びが聞こえる。だが、そんなものに気を取られてる場合じゃなかった。今攻撃をやめてしまえば、その時点で奴はルミアを手にかけるつもりだ。

 

 それを黙過なんて出来るはずもなかった。

 

「くっそ……『アグル』、『ヒカリ』っ!」

 

 俺は再び二枚のカードを発動させ、左手から蒼白い刀身を伸ばし、流水のような斬撃を絶え間なく浴びせる。

 

 だが、それでもアセロ=イエロに傷は付かなかった。

 

「この……『ティガ』、『ダイナ』、『ガイア』っ!」

 

 俺は更に三人の力を纏い、左手から赤と紫の混じった光の鞭をアセロ=イエロに浴びせる。

 

『言った筈だ。私の身体は神鉄(アダマンタイト)……愚者の牙どころか、[メギドの炎]ですら我が肉体を滅ぼすことは敵わん』

 

「知るかっ! 『ネクサス』、『コスモス』っ!」

 

 ネクサスとコスモスの力を纏い、左手から蒼白い光を発し、残った力を振り絞ってぶつける。

 

『ふっ……いくら足掻いたところで傷を付けるなど──っ!?』

 

 余裕ぶって俺の一撃を受けたアセロ=イエロだが、俺の左手をぶつけた部分に僅かだが亀裂が入った。その事実に驚き、慌てて片腕で俺を振り払って距離を取った。

 

「傷、ついた……のか?」

 

「真に信じられんが……俺達が全力を浴びせても傷ひとつつかなかった身体に奴がようやく一矢報いたということだけは事実だ」

 

 俺がアセロ=イエロに傷を付けたという事実にグレン先生やアルベルトさん、周囲の人達も愕然としていた。アセロ=イエロに至ってはそれが顕著だった。

 

『ば、馬鹿な……我が神鉄(アダマンタイト)の身体を害せる存在が、この世にあるなど……いや、いた? 太古の昔、かの天神……アセロ=イエロが、いや……()()()が……』

 

 アセロ=イエロがブツブツと何かを呟くと、これまで以上の濃厚な闇が奴の身体を覆っていき、身が引き裂かれてしまいそうになるほどの殺気を向けられた。

 

「っ!? 下がれ、リョウ! すぐに──」

 

 グレン先生が叫んだが、それが途中で途絶えた。グレン先生だけじゃない……周囲がまるで時間が止まったかのように沈黙に包まれていた。

 

 何があったかと言葉を発しようとしたが、うまく声が出なかった。それだけじゃない……身体がまるで杭で磔にされたかのように動くことができなかった。

 

 不意に視線を胸元に向けると、いつの間にか異形の腕が俺の心臓部を貫いていた。

 

『見つけた……ようやく見つけたぞ……っ! ()()の欠片ぁ!』

 

 アセロ=イエロの口から出たのはさっきまでのくぐもったようなものではなく、もっと悍しい……地獄の底から怨嗟の叫びを上げるような、憎悪の籠もった声だった。

 

 言葉と共に俺の身体から痛みよりも先に何かが流れ出るような、急激に失われるような感覚に襲われた。

 

 それが数秒もすると周りの景色も音もほとんどが認識できなくなってしまった。

 

 どうにか抗おうと必死に手を伸ばすが、それが奴に届く前に俺の視界から全ての光が途絶えてしまった。

 

 最後に認識できたのは……暗闇の中でほんの少しだけ光った妖しい眼光にようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ、あぁ……」

 

「おい、嘘だろ……」

 

「……チッ!」

 

 リョウ=アマチがアセロ=イエロの手によって絶命した。目の前の状況を文章にすればこの一文で済ませられる。だが、周囲の者達からすればそれだけで収められるものではなかった。

 

『ククク……ようやく、ようやく見つけた……私の──オレの一部を、そして奴の光も……オレの手に……っ!』

 

 アセロ=イエロは先とはまた異なる異形の手をリョウから抜きながら不気味に笑っていた。

 

 その手には赤黒と蒼銀の渦巻いた光球が握られていた。

 

『フハハハハハハッ! これで……これでまた復活出来る! そして、奴を……!』

 

『随分高笑いするじゃない。アセロ=イエロ』

 

 アセロ=イエロが笑い声を上げるところに突如別の存在が割って入る。タウムの天文神殿でグレン達の出会ったナムルスだった。

 

『いいえ、貴方は本質的にはアセロ=イエロとは違うんだし……今世の名、ラザールと呼んだほうがいいかしら?』

 

『……何だ、お前は?』

 

名無し(ナムルス)よ。今世ではそう名乗っているわ』

 

 アセロ=イエロは若干首を傾げながらも光球を持ってるのとは逆の手を自身の心臓部に触れると得心のいったように頷いた。

 

『……なるほど。お前、コイツの……』

 

『とりあえずラザール。今は退いた方が身のためよ』

 

「おい、グレン……奴は何者だ? ルミア嬢と瓜二つだが……」

 

「俺も詳しい事は知らねえよ。見た目だけルミアに似て中身も全然違うし……よくわからんことばっか言うし」

 

「つまりは何も知らないと」

 

「そっちから聞いといて呆れんじゃねえ。ともかく、現状じゃ敵じゃねえ筈だ」

 

 突如割って入ったナムルスとアセロ=イエロの会話を聞きながらアルベルトがグレンにナムルスの事を問うが、現状大した情報はないと知るやすぐに意識を切り替えていつでも戦闘再開できるようにこの闘いで消耗した魔術を再びストックする。

 

『まだ貴方は身体と魂が上手く融合しきっていないのでしょう? 貴方のその力が完全に定着しきった時、改めてルミアを殺せばいい。私と対峙するより、そっちの方が都合がいいでしょう?』

 

 ナムルスのただでさえ圧倒的な存在感がまるで地獄を思わせるような特濃の闇を思わせると同時に右手をゆっくり持ち上げる。

 

『……クク、随分と粋がるな』

 

『……何? まさかと思うけど、人間をやめた程度で私に勝てるとでも思ってるのかしら、ラザール?』

 

『ラザール……そんな男など在ない。今はオレがコイツの身体をもらったのだからな』

 

『は……?』

 

 ナムルスが珍しく呆気に取られていた。同時にアセロ=イエロの見えない顔の部分から禍々しい紅い眼光が見え出した。

 

『はぁ……神鉄(アダマンタイト)だか知らんが、やはりこの身体もオレが使うには弱すぎる……だが、オレの抜け出た力と奴の光……これがあれば、オレは再び復活出来る!』

 

『な、何を……いえ、違う。貴方、ラザールじゃない……?』

 

「な、ラザールじゃないって……じゃあ、本当にアセロ=イエロになったってのか!?」

 

『違うわ。アセロ=イエロでもない……もっと別の、文字通り闇とも言えるような……何なの、貴方は!?』

 

 ナムルスの慌てた問いにアセロ=イエロの皮を被った何かが顔は見えないものの、獰猛な笑みを浮かべたような雰囲気でゆっくりと声を出す。

 

『オレは……ダーク、ザギ』

 

「……ザギ、だと?」

 

『ククク……まあ、確かにお前の言う通り……今のオレは万全じゃない。完全復活のためには少し時間が必要か。なら、もう少し楽しみは取っておくとするか……確か、■■■■・■・■■■■』

 

 アセロ=イエロ──否、ダークザギがその身体を使って奇妙な言葉を発すると、上空に留まっていた『炎の船』の船底に刻まれた紋様から赤光が放たれ、フェジテを囲む城壁をなぞるように奔り、真紅の光壁が形成された。

 

 それを見たグレン達や学院内部に留まっていた生徒達が再び見せられたとてつもない展開に恐怖心が増幅された。それを感じたのか、ダークザギが恍惚としたような姿勢で周囲を見回す。

 

『いいぜ……人間共の恐怖心が大きくなっていく。これならスペース・ビーストのいい肥やしになるだろうさ』

 

「な……あのスペース・ビーストって奴はテメェの差し金だったのか!?」

 

『少し違うな、人間……スペース・ビーストはオレの道具だが、その中から一部を抜き取ってこの世界の人間にばら撒いたのは別の奴だ。今までこっちで出てきていたのはその一部が増殖をしたもの……更にはまだ幼体の不完全なものに過ぎん』

 

「ふ、不完全だって……!?」

 

 ダークザギの言葉にグレンはまだ辛うじて抑えている恐怖心が一気に崩壊しそうになる。リョウが使っていたウルトラマンという異能の力を使わなければ退治し得ない存在がまだ不完全だったという。

 

 そして、それらがほんの一部でしかないとすれば一体目の前の存在が保有してるだろうスペース・ビーストがどんな化け物か想像したくもなかった。

 

『安心しろ。オレの完全復活まではビーストは差し向けねえ。しばらくはコイツの用意した玩具で遊んでやるさ。じゃあな』

 

 そう言ってダークザギは魔術を発動した気配も感じないのに、地面から浮遊し、果てには高速で『炎の船』に向けて飛び去った。

 

「な、アイツ……何しに?」

 

『貴方達風に言えば、《炎の船》で居を構えたあと、[メギドの火]でこのフェジテを消滅させる気よ』

 

『はぁ!? [メギドの火]は俺達が解呪した筈だぞ!」

 

『あっちが本家本元よ。貴方達が見たのはかつて《炎の船》の武器として使われていたものを近代魔術で再現しようとした劣化品よ。真意はわからないけど、奴はラザールの当初の目的を遂行しようとしてるみたいね』

 

「く……それがマジなら、もうどうにもならねえじゃねえか……!」

 

 グレンは信じられないが、そういうことならこれまでのラザールの行動も、急進派の思惑も全てが納得がいく。更に何処からかはわからないが、さっきのダークザギの言葉も考えれば《炎の船》とスペース・ビーストどちらも防がなければならない。

 

 はっきり言って絶望的もいいところだった。

 

『落ち着きなさい。貴方はラザールの思惑を越えてマナ堰堤式(ダム)を一部拡散させた。そのおかげで《メギドの火》は当分打てないわ。つまり、まだ猶予はあるってことよ』

 

「ってことは、まだチャンスはあるのか?」

 

『ええ。だからその間に貴方が奴を倒す方法を考えるの。私は奴を倒せる方法を知らないけど、少なくとも貴方は《鉄騎剛将》アセロ=イエロは倒せる筈よ』

 

「はぁ? テメェ、何言ってやがる……俺がアセロ=イエロを? どうやったらそんな事できんだよ? ていうか、今はアセロ=イエロよりもあのダークザギって奴だろうが」

 

『知らないわよ。貴方みたいな存在がどうやってアセロ=イエロを倒せるかなんてわからないし、ダークザギとやらについてはもっとわかんないわよ』

 

「ふざけんな。明かせないとかなんとか言いながら口を開けば訳のわからないことばかり言いやがって……いい加減にしやがれよ、この偽ルミアが。しかも出てきて喧嘩売るんならもっと早く来やがれ! そうしてくれりゃあ少なくともリョウが……っ!」

 

 グレンは感情のままにナムルスを糾弾しようとしたが、途中で止めた。いくら目の前の女を責め立てたところでリョウが帰ってくるわけではないし、今それを口にするのは彼の傍で嗚咽をあげている少女にも酷だろう。

 

『……貴女、ふざけないで』

 

 だが、そんなグレンのなけなしの気遣いも関係なしと言わんばかりにナムルスはルミアに向けて底冷えするような声を放つ。

 

「けど、ナムルスさん……さっきはああするしか……私が犠牲になるしか……」

 

『自分を犠牲にしても誰かを守りたい……そんな風に言っておきながら大事な場面を彼に任せきりにして結局死なせたわけ? 相変わらず大した聖女ぶりだことね!』

 

「おい、ナムルス!」

 

 ルミアに向けて冷たい怒鳴りをあげているところにグレンが割って入って聞かせないようにする。

 

「テメェこそふざけてんじゃねえよ! ルミアが何したってんだ!? そもそもリョウに関して言えばテメェだって見殺しにしたようなもんじゃねえか! さっきは言わないようにしてたが、お前がもっと早く出てくればアイツは少なくとも死なずに済んだかも知れねえだろ!」

 

『……なんでもないわ。ただの八つ当たりよ……その娘の聖女ぶりや、彼の存在も……いえ、こんな事言ってもしょうがないわね。少し頭を冷やしてくるわ』

 

 そう言い残してナムルスは透過して、果てには空気のように見えなくなっていった。

 

「チッ……本当に何なんだ、アイツは? ……ルミア、心配すんな。お前が悪いわけがねえし、今回だって俺達でどうにかしてやるさ」

 

 グレンはルミアの肩に手を置きながら言うが、彼女の表情は暗雲のように影が差していた。

 

『……フフフフ。遂にダークザギが出てきたか……そして彼はこのまま死ぬのか、それとも……更にあの少女、ルミア=ティンジェルか。うん……実に美しいまでの悩ましい姿だ……ダークザギが活動する前にあの少女に声をかけてみるのもいいかも知れないねぇ』

 

 少し離れたところではトレギアが悪魔の笑みを浮かべながら暗い魔法陣を通って姿を消した。

 

 様々な思惑の交わる中、フェジテの上空を吹く風が街の住民からすれば消滅のカウントダウンを刻んでいる音に聞こえたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒涛の展開続きで混乱の渦が覚めたのはもう夜中に迫ろうとした時刻だった。

 

 生徒達の混乱も一旦落ち着きを取り戻しつつあったところでグレンを中心に今回の事件に関わったメンバーが遂にその秘密を明らかにすることとなった。

 

 ルミアが異能者であること、元王族であったこと、その異能が世間一般の知らされる範囲に収まるものではないかも知れないこと、それを含めて天の知恵研究会に狙われ続けたことを。

 

 そこまでを話し、ルミアが罪悪感から謝ろうとしたところに二組のみんなは口々にああ、そういうことかと納得したような表情を浮かべるものもいれば、もっと早く打ち明けて欲しかったと嘆く者も、一部高嶺の花が更に天元突破したや薄幸美少女がご褒美というような者もいたが、共通しているのはクラス全員がルミアの存在を受け入れていたということだ。

 

 今までの彼女の姿やクラスのみんなの優しさというのもあるかも知れない。だが、確かなのはルミアが少なくともこの場にいるみんなに対してはもう怯える必要が無くなったということだ。

 

 グレンもそんな場面に珍しく素直に感動を表に出しかけていたときだった。

 

「……それで先生。リョウの事はどうなんですか?」

 

 涙を流す中でただ一人、ギイブルが鋭い声でグレンに問いかけた。

 

「彼女のことはわかりました。だが、まだ彼については少しも触れていませんね」

 

「お、おいギイブル……こんな時に……っ!」

 

 一人冷静に言い放つギイブルを止めようとしたカッシュだったが、掴みかかってくる手を振り払ってグレンへと歩み寄っていく。

 

「もうこの際一切の隠し事もしないでくれませんか? リョウの使っていた異能のような力……彼にも何か秘密がある筈だ。今更彼の事だけ抜きにするなんてしませんよね?」

 

 既に死んだだろう者のことを今この場で聞くのは普通に考えれば非常識と言われるであろう。だが、ルミアを理由にしてリョウの死から目をそらす訳にはいかない。ギイブルの眼がそう語っていた。

 

 一気に空気が沈んでしまったが、クラスのみんなもギイブルの心中はなんとなく察しているのか、雰囲気でグレンに問いかけていた。

 

「……そっちは正直、俺達もよくわかってねえんだ。更には信じられない話が大半だ……それでも聞くか?」

 

「今更ですね。ルミアの話を聞いてこれ以上に驚く事があるんですか?」

 

「……わかったよ、説明する。終わるまで質問云々は受け付けねえぞ」

 

 それからグレンの口から知りうる限りのリョウ=アマチという男についてを語った。

 

 出身、彼のこちらでの経歴、彼が使った力……そこまでに至った経緯を話し終えるとクラスのみんなが呆然とした。

 

「いや、元王女のルミア以上の裏事情なんて存在しないと思ってたし……」

 

「所詮男の事情なんてって軽い気持ちもあったけどさ……」

 

「別の世界とか、本当にあったのか?」

 

 口々に出たのは信じられないという言葉が大半だった。

 

「……あと、お前らだから言っておくが。さっき……セシリア先生がアイツの身体を診てくれてたんだが」

 

 グレンがさっきよりも重苦しい表情で語り出すとみんながそれに耳を傾ける。

 

「アイツの身体から……エーテル体が全て抜け切っていたんだ」

 

 グレンのその言葉に一部の者達に動揺が広がった。

 

「え? いや、その……死んじゃったなら、エーテル体が残らないのは当たり前じゃ……」

 

「バカか、カッシュ……死んだと言ってもまだそんなに時間は経っていない。エーテルが円環にかえるには速すぎる……」

 

「あぁ……しかもセシリア先生曰く、アイツのエーテル体や身体の機能の具合から見てもう死んで半年近くも経ってるような状態らしい……」

 

 グレンの言葉にクラスのみんなは愚か、みんなより事情を知っていたはずのルミア達もが信じられない表情を浮かべた。

 

「ちょ、どういうことなんですか!? だって、彼は今までずっと私達と一緒に……」

 

「それに、半年って……それじゃあ──」

 

「あぁ……この世界に来た時点で既にアイツは死んでることになる」

 

 明らかに矛盾している。自分達は確かにリョウという男と会話したし、触れたりしてる。あの温度は間違いなく生きている者しか出せないものだ。

 

 だが、法医学について学院内どころか魔術界でもトップに躍り出んだろうセシリアの見立てが間違いとも思えない。一体どれが本当なんだとクラス内の混乱が溢れようとした時だった。

 

『……あ〜ぁ、ようやく繋がったと思ったら随分辛気臭ぇ雰囲気出してんな』

 

「「「っ!?」」」

 

「誰だっ!?」

 

 突然割って入った声にグレンが反射的に周囲を見廻し、システィーナとリィエルを筆頭にクラスの大半がルミアを守ろうと囲んだ。

 

『落ち着け……オレは敵じゃねえ。というかお前らのいる学院……だったか? その周辺にはいねえ。もっと遠いとこからテレパシー……ってわかるか? 思念通話? まあ、とにかくお前らの頭ん中に直接語りかけてるって思っとけ、オッケー?』

 

「また訳のわかんねえのが……そもそもテメェは何者なんだ?」

 

『オレ? あぁ、まあ……ほれ、お前らが今話題にしてるリョウって奴に力を貸した奴らの仲間、と言っとくぜ』

 

「ぇ……それって……じゃあ、貴方は……」

 

 何処からともなく聞こえる声の話を聞いてリョウの事情を知るルミアやグレン、システィーナが声の主の正体をある程度だが察した。

 

「……本当にそうならなんで今俺達に語りかけてんだ? それに、なんで姿を現さねえ? 大体、あのスペース・ビーストってのも元々はアンタらのいた世界に出たやつだってのになんでこの世界にいるんだ?」

 

『あぁ、もう……いっぺんに聞くんじゃねえよ。こっちにも色々訳があるんだし、全部とはいかねえけど、今からその事情を話すところなんだよ』

 

「……話すってのはどの辺りの事だ?」

 

『まあ、ひとまず……お前らが今聞きたいだろうリョウの事についてだ』

 

 謎の声の話に教室内に緊張が走った。この場にいる全員が今正に一番聞きたい内容だったからだ。

 

「……だったら都合がいいぜ。知ってるなら全部話しやがれ……言っとくが、話せないなんてのはナシにしろよ……こっちはもうそういう秘密主義はウンザリだかんな」

 

『リョウに関してはちゃんと話してやっから心配すんな。ただ……覚悟はしておけよ? 正直お前らからすれば胸糞悪い事は間違いねえだろうからな』

 

「上等だ……こっちはもうそういうのには慣れっこなんだからな」

 

 元よりルミアの事も、ここにいる生徒達の事も、何としても守ってみせると先程の光景を見た時から覚悟は決まっていた。今更ひとつ増えたところで大差などない。

 

 それはグレンだけでなく、みんなも同じく雰囲気ですぐに話せと促していた。それを感じたのか、謎の声は数秒沈黙すると再び語りかけてきた。

 

『……覚悟は決まってるみてえだな。じゃあ、話を始めるとして最初にこれだけは忘れるんじゃねえぞ。リョウの事を話す上でまずこれを受け止めなきゃ進まねえからな』

 

それから謎の声はまた数秒溜めを作って言い放つ。

 

『天地亮……アイツは、人間じゃねえ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば何処までも暗い空間の中だった。意識が朦朧としている間も、ハッキリしてからもずっとこの暗闇を歩いているが、進んでるのかもわからないしどれだけ時間が経ってるのかもわからない。

 

 自分が何のために歩いているのか……そもそも自分が誰なのかすらわからない。だが、足を止めるわけにはいかないと本能が足を動かし続けていた。

 

 何処までも何処までも、果てのない暗闇を歩き続けてどれだけの時間が経ったのか……何も見えない筈なのに、周囲の空気が変わったのを感じた。

 

『……おいおい。何もないところで退屈を通り越して苦痛すら感じたところに別の存在を感じたから面白い奴でも来たかと思えば……来たのはただのチッポケな地球人か』

 

 妙な声が聞こえて振り向くと、そこには曲線を描いて釣り上がった双眼が自分を見つめていた。

 

 数秒もすると僅かだが、輪郭も見えてくる。屈強な肢体に鋭利な爪……胸には紫色に鈍く光る結晶体。自分のことはわからないくせに何故か目の前の存在のことはわかってしまう。

 

「……ウルトラマン、ベリアル」

 

『ああん? 何でお前が俺の事を……ん?』

 

 ベリアルが一瞬怪訝な雰囲気を出すと、一転して興味深そうに視線を送る。

 

『この感覚……なるほど。お前の中に俺の因子を感じるな。それで俺に引き寄せられていたわけか。それに……他にも感じるな、お前の中から。ククク……これは随分面白い奴が紛れ込んできたなぁ』

 

 じーっと自分──というより、自分の中にある何かを見つめながらくっくっ、と笑みを浮かべる。

 

「一体、何を言ってる……?」

 

『ああん? まさか自分の中にいる奴のことがわからねえのか? いや、そもそもお前……中身がほとんど溢れてんのか? となると、もう自分の名前すら思い出せねえんじゃねえのか?』

 

 的確に俺の名前に関する記憶すらないということも見抜かれ、この空間に立って初めて動揺の感覚を味わった気がする。

 

「なぁ……教えてくれ。ここは何なんだ? 何であんたとここにいる? それに、俺の中にあるのはいったい何なんだ?」

 

『チッ! 目の前にいるのが俺様一人だけだからと言って随分馴れ馴れしいじゃねえか。……だが、このまま何もしないでいるのも退屈だ。それに……お前はともかく、中身はそれなりに興味はある。俺様のわかる範囲でいいなら教えてやる』

 

 ベリアルは笑いながら俺の首筋に爪を触れさせながら語り始める。

 

『お前の中にあるのは光と闇の力。そして……お前はそれらと俺様の因子と人間の記憶の一部が混ざり合って生まれた、人形みてえなやつだ』

 

 その言葉に、俺は何かがぐらりと崩れ落ちそうな衝撃を覚えた。

 

 

 

 

 



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第42話

『天地亮は……人間じゃない』

 

 教室内で謎の声の言葉が酷く反響した。

 

「……おい、人間じゃねえってのはどういう意味だ?」

 

『あぁ〜……言い方が悪かったか……。正確に言えば……ある二つの力が渦巻いて、あるものが核になり、本物の天地亮の記憶を引継ぎ……様々な要素が重なって形成されたのが、お前らの知るリョウって男だ』

 

「ちょ、ちょっと待て! 本物のって……どういうことだよ?」

 

「え……前半が全く分からないけど、記憶を引き継いで形成したって……それってまるで、『Project Revive Life』と同じ……」

 

 教室内に再び重い沈黙が漂った。まだ話の半分も進んでないだろうが、出だしから急に重い話が飛び出してどう受け止めて良いやら。

 

 そんな重い沈黙の中でも謎の声は話を続ける。

 

『お前らが今何を考えてるのかは知らねえが、続けるぞ。まず、アイツを形成したうちの核になった部分だが……それにはベリアルって奴の事から話さなきゃな』

 

「ベリアル……?」

 

『まあ、本題にするにはアイツの話はあまりにも長すぎるから大雑把なところだけを抜いて言うが、ベリアルはあらゆる宇宙──世界で様々な悪行を犯した。その中で『デビルスプリンター』……まあ、ベリアルの身体──いや、細胞の一部だな。それがあちこちにばら撒かれ、あらゆる生物に影響を及ぼすんだが……』

 

「それがアイツにどう関係するってんだ?」

 

『あぁ、ちゃんと話すから今は黙って聞け。デビルスプリンターの影響についてはまだ調査中の段階ではあるが、そいつが生物の身体に侵入すると突然変異を起こしたり、理性を失って暴走するなどもあるんだが、そういう影響についてはリョウには今のところ関係はないな。さて、今何が問題かと言われれば……アイツを構成したもの、二つの力についてだ』

 

 謎の声がベリアルという存在の事を話し終えると同時に先よりも重い声で呟き始める。声のトーンが変わったのを感じて教室内の空気もそれに釣られて重くなっていく。

 

『その二つの内の片方はお前らも対峙していたダークザギだ』

 

「ダークザギ……何でここでアイツが……?」

 

『だからまずは落ち着け。……んで、もう片方はそれと正に対になる存在、ウルトラマンノアだ。そもそも、ダークザギって奴はノアを模して作られた人工的な存在なんだ』

 

「な……あんなのが人の手で作られた存在だってのか!?」

 

 謎の声の言葉に驚愕を抑えることができなかった。不完全とは言え、魔将星の一人でアセロ=イエロになった存在をあっさり乗っ取れるような規格外の存在が人間によって作られた存在だ。驚くなという方が無理である。

 

『まあ、こことは別の世界の話だけどな。奴を作った人々も、本来はお前達も見たビーストって存在から人々を守るためにザギを生んだ。だが、度重なるビーストとの戦いの中で自我を持ち、それが膨れ上がり、いつの日か奴は自身を産んだ人間達に憎悪を向け、倒すべき筈のビーストを従え、その星──世界を滅ぼした』

 

 その話を聞いて教室内のみんなの反応が少しずつ分かれていく。人から作られた存在という部分でそれに該当する存在のことも考えれば、ビーストを従えるザギの出生に対する複雑な感情、より一層ザギをどうにかせねばと正義感を強める者もいる。

 

 謎の声は空気の変化も感じ取りながらも話すべき事は言わねばと説明を続ける。

 

『で……そんなダークザギも別の世界で色々あってウルトラマンノアが倒してくれた──って、思われてたんだが……奴は辛くも生き延び、ノアに復讐する機会をずっと待っていたんだ』

 

「じゃあ、リョウは関係ねえだろ。アイツがその二人の力が渦巻いて生まれた存在だったとしても……そいつらとは何の接点もねえだろ。何でそんなことでアイツが……っ!」

 

『……別にあの二人の力がリョウの中にあったからってだけじゃねえ。ダークザギはウルトラマンノアとの戦いの中で自分の力の一部を削られた……だからリョウの中にある自分の力を取り戻そうとした。ノアの力も同時にな』

 

「……その二人の力がリョウ君の中にあるのはわかりましたが、リョウ君の記憶がどうのという話は?」

 

『……さっきも言ったが、ウルトラマンノアとダークザギが衝突したことで互いに自身の力の一部が削られた。その力が戦いの余波によって広い宇宙の中である所に向かっていった』

 

「それがリョウ……って事か?」

 

『あぁ……。その二つの力が二人の戦ってた宇宙にある地球に向かい、一人の少年の真上から降り注いだ。それが本物の天地亮だ』

 

「さっきも言ってたが、その本物ってのはどういう意味だ? アイツをコピーみたいに言ってたが、どうやってアイツができて……しかもどうやってこっちの世界に来たってんだ?」

 

『最後まで聞け。……その二つの力が降り注いで出来たのがお前達もよく知るリョウってのはもうわかったな? そして、そうなっただけでは終わらなかった。二人の力が少年にぶつかって少年の魂──って言えばいいのか、それに触れたことにより、二つの力も一緒になって渦巻いて今のリョウという形を取った。まあ、形を取っただけでその時にはただの人形も同然……動くことは出来なかった』

 

「じゃあ、何でそれが生きて……この世界に?」

 

『こっちもまた説明がややこしいんだが……どっかの宇宙人──ああ、別世界の人間がそれに目をつけてリョウを連れ去り、悪辣な実験の中でさっき言ってたベリアルの因子……デビルスプリンターを仕込んだ事で生物的な活動が可能になった。そしてこの世界の……この特異点と言っても過言じゃねえポイント、アルザーノ魔術帝国にリョウを放り込んだ』

 

「特異点……って、どういうことだ?」

 

『どうってそりゃあ……半年もない短期間でこんだけこの星の文明レベルから見ても考えられない非常識な展開が起こりまくってるだろ。お前らの魔術に関わる事だけじゃねえ、俺達の世界の問題まで入り込んじまってんだからな』

 

 謎の声の言葉には妙な説得力があった。グレンやシスティーナが昔読み更けていた『メルガリウスの魔法使い』という物語に共通する部分が多い出来事が頻発し、更にはリョウの言ってたウルトラマン関係の事も一部入り込んで併発している。

 

 これだけでも見る人が見ればこの国……というより、この街が呪われてるのではと思う者だって少なくはないだろう。

 

『特異点の事はひとまず置いといてだ……そんな経緯があってリョウはこの世界に放り込まれた。そしていろいろあって今に至るというわけなんだが』

 

「……ちょっと待て。アイツが普通の人間じゃないって事はわかった。だが……そこまで知っていたんなら何でテメェはリョウに接触しようとしなかった? アイツ曰く、力をもらった時にちょっと幻で見た程度だって言ってたが、何でずっとそれをしなかったんだ?」

 

 そうだ。力をもらった時のいずれの状況でも難しかったかもしれないが、そうやって接触できる以上、今自分達にしているように別の機会にする事だって出来たはずだ。

 

 だが、何故謎の声やその仲間達は今までそれをしてこなかったのか。

 

『混乱を防ぐため──っていうのもあるが、最大の理由としては……アイツが引きつけるからだ』

 

「引きつける? 何をだ……?」

 

『……俺達が長い間探しても中々掴むことのできなかった数々の厄介事をだ』

 

 その言葉に教室内の全員が訝しげな眼を虚空に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって何もない真っ暗な空間で、リョウも同じ事をベルアルから聞かされていた。

 

「俺が……誰かのコピー……か」

 

『何だ……意外と驚かねえな』

 

「俺のこの心の穴みたいなのが、それだったら妙に納得のいく話だからな。それに……どこか他人のようにしか感じられないからな……」

 

 リョウはベリアルから憶測混じりだが、自分がどこかの誰かのコピーでザギやノア、ベリアルの力によって生かされていたということに納得しながらも変わらない虚しさだけが未だに胸中を巣食っていた。

 

『フン、他人か……まあ、そう間違いでもねえな。今のお前を形作ったのはお前とは違うどっかの人間で本質的には別もんだ。俺も似たようなもんだしな』

 

「……俺、も?」

 

『ああ……今ここにいる俺もお前の知るベリアルじゃねえ。息子──ジードに別次元で倒されたという記憶はあるが、俺はお前の中にある俺の因子に刻まれた、謂わば残留思念みてえなもんだ。まあ、そこはさして重要じゃねえか。俺の因子を持ってる以上にお前は随分とんでもねえもんを押しつけられたみてえだしな』

 

「押しつけられた……?」

 

『俺の因子やノアとザギだけじゃねえ……他にもいるな。お前に力を寄越したウルトラマンが……』

 

 今のリョウは覚えてないが、確かに彼には何人ものウルトラマンがその力を与え、リョウを超人的な者へとしつつある。

 

 リョウも記憶にはないが、感覚的なものでベリアルの言ってることが的中しているのだろうと察していた。

 

『俺から見てもお前という存在は随分と不憫でならねえなぁ……お前に力を貸したのもつまりは上質な餌としての品種改良みてえなもんなんだからな』

 

「……どういうことだ?」

 

『ハッ! 当たり前だろ……ノアとザギの力だけじゃなく、俺様の力を持ってる奴に光の国の奴らがただ力を貸してくれると思ってるのか?』

 

 そう言われても覚えてないのだからどう受け答えしたものかリョウにはわからないが、ベリアルの言葉を聞いてから妙な胸騒ぎが起こっている。

 

 このまま聞けば例え空っぽの自分でも騒がずにはいられない何かを突きつけられそうで。

 

「……何が、言いたい?」

 

『そんな力を持っておいてケン──ウルトラの父がわからないわけがねえ。その上放置なんてしておくとも思えねえ。なら考えられる事は一つ……お前を生かす事で光の国が得をする事があるからだ』

 

「光の国が、得を……?」

 

『そりゃあそうだろう。光の戦士とて所詮は生命体の一つでしかねえ……出来る事は限られている。ケンの奴も戦士としては中々だし、強力な千里眼を持っている。だが、それも完璧じゃねえ……そうじゃなきゃ俺様を長い間見つけられないなんて失態は犯さねえしなぁ』

 

 顎を撫でながら愉快そうにクツクツと笑いながらベリアルは語り続ける。

 

『で……お前のことだが、それだけの力を内包しておけば光の国の奴らだけじゃねえ。あらゆる宇宙人もお前に目を向ける筈。どっちが先だかまでは知らんが、お前に人間として生きる程度の生命処置を施し、そのあとで光の国の戦士がお前を保護し、どこかの世界に放り込んだ。それから徐々に力に目覚め、更にウルトラマンが力を与えることでお前の中のそれぞれの因子が活性化を起こし、器として完成する』

 

「器、って……?」

 

『光の国にとって厄介な奴らを誘き寄せる器としてだ』

 

「……え?」

 

『お前の中にあるものはその手のものに敏感な奴らからすれば放置せずにはいられないものだ。代表的なものを挙げれば異次元人ヤプールが活動していれば即座に奪いに来るくらいにはな。いや……ケンの奴も大概ヒデエ事をするぜ。あらゆる命を守ると言ってる奴がコピーとはいえ、人間を囮にしようとはなぁ』

 

 遠くを見つめながら面白そうに話すベリアルだが、リョウの耳には後半部分がもう聞き取れないでいた。

 

 自分の事は覚えてないが、ウルトラマン関係の知識・記憶は残っている。自分の覚えてる限りでウルトラマンが自分を囮に使っているという事が受け入れられないでいた。

 

 だが、ベリアルの話を考えれば自分の覚えてる限りでも厄介と位置付ける存在もいくつか浮かび上がる。今もいるか否かはハッキリしていないものだってある。もしそれらが今も存在して片付けられずにいるとしたら? それらがバラバラになってるが故に放置されていたとしたら?

 

 もし、それらを早急に解決できる方法があったとしたら、どうするか。いかに理想を求めても完全に取りこぼさずにいられるものなどまずない。それはきっとウルトラマンとて例外じゃない。

 

 そして、今までの会話の内容から考えれば恐らく……。

 

『……まあ、これでわかったか? 要するにだ……』

 

 ベリアルは徐々にリョウとの距離を縮め、その鋭い双眸を寄せながら呟く。

 

『お前はウルトラの戦士共に、厄介者を片付けるための道具にされたって事だ』

 

 音にはなっていないはずなのに、リョウの耳には何かが軋んだような音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなっ!」

 

 教室内にグレンの怒号と、机に拳を叩きつける音が響いた。

 

 そして何処にいるかもわからないまま憤怒の色に染まった眼を虚空へ向ける。

 

「要するに何だ……お前らは自分達が追ってた厄介事一気に片付けたいためにアイツを利用していたって事か?」

 

『……そういう事になるな』

 

「アイツは……アイツがお前らのことを何て言ってたと思うんだ!? 命を尊び、どんなに転んでも立ち上がって困難に向かって、どんな悪にも立ち向かえる……自分の、憧れだって……お前らは、自分達を信じた奴を裏切ってんだぞ!」

 

『……今更どう言い繕ったところであの少年を利用した事実は消えねえ。どう罵られようが、その責は背負い続ける。それでも……悪いが、俺達は止まるわけにはいかねえ。あらゆる宇宙を守るために、あれらを倒し切る……』

 

「そのために、アイツは死んだってのか……」

 

『言っておくが……リョウはまだ完全に死んだわけじゃねえぞ』

 

「……は?」

 

『ザギが奪ったのは自分とノアの力で、まだアイツの身体の中にはデビルスプリンター──ベリアル因子が残ってる。お前達には感知できないだろうが、それがリョウの身体と魂の崩壊をギリギリのところで食い止めている状態だ。いつになるかはわからないが、時間が来ればアイツは目覚めるさ』

 

 あまりにも平然に、常識外れな事を言われて教室内のみんなは呆然とした。いや、本当に死んだわけじゃないというのは普通に考えれば喜ばしいのだろうが、彼を取り巻いている状況がその感情を素直に表に出させてくれない。

 

 謎の声は溜息らしい音を溢して再び言葉を発する。

 

『さて……一応言うべき事は言っておいたぜ。俺はまだ別件を片付けないといけねえからこれで失礼するぜ』

 

「な……それだけ?」

 

「手伝ってくれたりは……」

 

 謎の声が去ることを察して何人かが縋るような声をあげた。

 

『ザギが出現したとはいえ、まだこの星の文明に関する問題だ。今のところ手を出すわけにもいかねえ。それに……奴の気配もする以上こっちも更に手を打っとかねえとな』

 

 最後の部分が聞き取れなかったが、それ以降は全く声が聞こえなくなり、一同は再び現在を取り巻いている地獄のような状況に向き合うことを強いられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺が現実で力を与えられたのは……ウルトラマン達が追ってた厄介者を誘い込むためだったと?」

 

『完全に俺の憶測でしかねえが……そうじゃなきゃコピーとはいえ、光の国の戦士共が人間に過剰とも言えるほど力を与えるわけがねえ』

 

 それはその通りだろう。自分の知識にあるウルトラマン以外にもウルトラ戦士はたくさんいる。名前も知らない戦士達も、ピンキリだろうが人間と比べればチートレベルとも言えるくらいの力を持っている。

 

 そんな存在の力を複数もらってる自分が異常だと言うのもわかる。それだけのものを自分に与えるのも相応の理由があってのもの。

 

 力を得るには代償が必要だと言うのも物語の上ではよく語られる話だが、自分の場合はウルトラ戦士が追ってる厄介事を引きつける性質だったと言うことか。

 

『……で? これだけのことを聞かせたんだ。さぞかしショックを受けたんじゃねえのか?』

 

 ベリアルは面白そうに言いながら何処か自分を試すような雰囲気でリョウに問いかけた。

 

 リョウは数秒程俯きながら考えてポツリと口を開く。

 

「……そうでもないかな」

 

『あん……?』

 

「そりゃあ、ウルトラマンが自分を利用してるって言われたらショックなんだけど……現実での記憶がほとんどないからか、あんまり実感がないんだよな」

 

 それが今の自分の感じる率直な感想だった。もし、現実で生きた頃の記憶があって……そっちで大事な人との思い出なんてものがあったなら違っていたかもしれないが……。

 

「けど……ウルトラマン達に憧れてるって思いだけは残ってる。知識だけでその人達の戦ってる姿はほとんど抜けちゃってるし、そもそも映像越しでしか知らないんだけど……それでも、命を助けるために必死に足掻いてる姿を一部だけでしかないとはいえ、知っちゃってるから……責めるつもりはないよ」

 

『……ふん。ウルトラ戦士共もだが、テメェも底抜けのお人好しだな。自分が利用されてると聞きながらそんなチンケな感想しか出ねぇとはな』

 

「かもね。でも、俺でもあの人達の役に立てる事があるなら……命をかけてもやってみたいって思うよ。……あ、けど現実で友達がいるなら……その人達に申し訳ないかもってのもあるか。正直……記憶がないから色々考えちゃうし、迷う。うん……色々中途半端だな」

 

『……ククッ!』

 

 ボソボソと語るリョウを見て、ベリアルが堪えきれなくなったように笑いを溢した。

 

「……何?」

 

『クハハハハハハッ! 命が大切だ、弱い者を守るだ……そんなつまらねえセリフは飽きる程聴いてはいたが……テメェは何も定まっちゃいねえ! 何かを守る気概も、何かを手に入れると言う欲も……あるのはぼんやりとした憧憬のみ。心底つまらねえ奴だ!』

 

「じゃあ、何でお前は今笑ってるの?」

 

 つまらないと言いながら面白可笑しそうに笑っていると言う矛盾にリョウは眉を潜めた。

 

『ああ、つまらねえ……だが、だからこそ面白い! 力以外ほとんど空っぽのお前がウルトラ戦士共と同じように光を目指すか、俺様に影響されて闇に染まるか、それとも……いや、何もない状態でそんなことを考えても仕方ねえ。だが、今の俺様は最高に気分がいいぜ! お前の行き着く先を、見てみたくなった!』

 

「……どういう意味?」

 

『わからねえか? 俺様が力を与えてやるって言ってるんだよ……ここから抜け出すためにな』

 

「は……?」

 

『今のテメェじゃ自力で目覚めるのは無理だ。……だが、俺様が力を与えて覚醒すれば、記憶も戻り、現実で目覚める筈だ』

 

「それは……」

 

 確かに何もない状態の今から目覚められるならそうしたい。だが、自分の知識では目の前にいる存在は闇の力を持った悪だ。今それが語っているのは正に悪魔の契約とも言えることだ。

 

 それに簡単に肯けるものではない。

 

『フン! 臆したか? まあ、そうだろうな。いくら力を貸すと言っても俺様はウルトラ戦士共とは対を成す存在。簡単にはいと言えるわけが──』

 

「わかった」

 

『──ない……ハァ?』

 

 簡単に肯けるものではない……はずだった。

 

『おい、今何つった?』

 

「わかったと言った。もうそれしか現実に戻れる手段がないなら」

 

『テメェ……わかってんのか? 俺様の扱う力は闇だ。お前の中にザギの力や俺様の因子が混じってるとはいえ、お前の扱っていたのはほとんどが光だ。そこに俺様の力を注ぎ込めば、どうなるかなど……』

 

「それでもやる」

 

 ベリアルの言葉を遮ってリョウは強く断言した。

 

「まだ何も思い出せないのにこんな簡単に選択していい問題じゃないのはわかってるつもりだよ。けど、漠然とだけど……今すぐ戻らなきゃマズイんだってよくわからない焦りが俺の中で暴れてるんだ。なら……どんなリスクがあろうと、俺は今……悪魔の手だって握って見せる。そして……」

 

 リョウは左手を差し出しながらベリアルに向けて不敵に笑いかける。

 

「そして、その上でベリアル……お前すら屈服させて、従えさせてやるよ。お前の因子やザギの力だってあるんだろ? だったら……不可能じゃないよな?」

 

『……ククッ……フハハハハハハハッ! ああ、やはり面白い! この俺様を、屈服させるだと……っ!? 俺様の因子があるとはいえ……随分と図に乗るなぁ!』

 

 ベリアルはこれまで以上の笑い声を上げながらズン、とリョウへ歩み寄った。

 

『いいぜ、やれるものならなぁ! その代わり……すぐにへばるようなら、お前の身体を乗っ取って暴れてやるぜ。散々退屈してたんだからなぁ……それくらいの見返りは頂くぜ!』

 

「いいよ……そんなこと、絶対にならないから」

 

『自惚れるなよ劣化品……残留思念とは言ったが、俺様の力……簡単に扱えると思うな』

 

 そう言いながらベリアルは右手を振り上げ、その先にある鋭利な爪に赤黒いオーラを纏いながら……それをリョウの心臓部に突き立てた。

 

「ガァ……ッ!」

 

『受け取れ、俺様の力を! 精々今の内に気張っておくんだな! 屈服させるんだろう? 俺様を! 言っておくが、手加減はしねえ……全力でテメェを乗っとるからな!』

 

 言うと同時にベリアルの姿が消え──否、リョウの中へ吸い込まれていく。

 

 リョウは爪を突き立てられた心臓部を抑えながらゴロゴロと身体を転がしながら苦しみもがく。

 

「あ……ぐ、が……っ!?」

 

『どうだ、俺様の力は? 身体に力が漲ってくるだろう?』

 

 確かにベリアルの言うとおり、正に溢れ出さんほどに力は湧いてくるが、同時に頭に耐え難い痛みが走ってくる。

 

 まるで脳内に直接太い針を刺しているようにとにかく痛い……。視界に映る景色が徐々に紅く染まっていく……。痛いのに身体は震えるどころか、軽く強く……それらを振り回したくなってくる。

 

『いいぜ……この短時間でここまで順応するとはな。やはり俺様の因子を持っているのが大きいか』

 

 リョウの身体の中でベリアルの声が木霊して聞こえてくるが、そっちに気を取られてる場合じゃない。

 

 この痛みからすぐに逃れたい……。けど、痛みから逃げれば自分という存在はその時点で消えてしまうだろう。

 

 だが……今体内で暴れてるコイツに勝てなければ、|奴に抗うことすらできない。

 

 そこまで考えて、リョウは戸惑いを感じると共に、痛みを伴って徐々に記憶が刺激され……過去の映像が脳内に浮かび上がってくる。

 

 宇宙空間で何かがぶつかった光……。青い空から何かが柱となって自分に降り注ぐ……。気づけば未知の場所で独り……。自分を心配そうに見る子供の眼……。自分を襲ってくる人間達の猛攻……。人から離れた外観の怪物達……。

 

 次から次へと切り替わる映像とそれを見たと同時に走る身体中の痛み……。

 

「あ……グゥ……ッ!」

 

『どうした? 俺様を屈服させるんじゃなかったのか? このまま一思いに乗っ取ってやってもいいんだぜぇ?』

 

「はぐ……っ!」

 

 消し潰される……っ! 視界が全て紅一色に染まる中でそんな考えが浮かんだ。

 

 唯一見える黒も消えていく中で、それよりも小さい別の色が映った。

 

『────』

 

 自分と中にいる存在以外誰もいない筈の中、優しい声音が耳朶に響いた。

 

「ぐ……うぅ……っ!」

 

『ん? コイツ……』

 

「この……負けて、たまるかぁ……っ!」

 

『く……クハハハハハッ! やはり面白いっ! いいぜ……お前が何処まで耐えられるのか、楽しみになってきたなぁ!』

 

「う……ぐ、があああぁぁぁぁぁっ!」

 

 暗闇の中、視界が紅く染まり、身体中に耐え難い苦痛を走らせながらリョウの叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、現実では既に夜中……。学院中の人間が寝静まっている中、リョウの無くなった筈の右腕の部分から赤黒い閃光が走っているのを見る者は誰もいなかった。

 

 



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第43話

ゼットが終わってからレス続きで何にも手が付かない日々が続いて今日まで遅れて、ごめんなさい。

遂にトリガーのPVが公開されました。一言申してカッコよかったです。夏までとてつもなく待ち遠しい……ついでにコロナ終息してイベントに行けるようになってほしいです。


 《炎の船》がフェジテの上空へ顕現してから数日の期間が空き、いつもなら夜明けを知らせる鐘の音もこの日ばかりは完全に静まっていた。

 

 それ以外にも本来なら多少人の往来はあろう時間にも関わらず、今のフェジテの内側は人通りがない。《炎の船》が上空に顕われ、街全体が正体不明の結界によって出入りを封じられた中、残された住民達は街に点在している地下避難施設へと移ったからだ。もっとも、《炎の船》の攻撃能力を思えば、そんな避難行動に意味があるとは思えないのは軍人や魔術師達の共通の思いだった。

 

 そんな中、表に姿を現しているのはこの街の顔と言っていいこの国を代表する魔術教育施設の一つ、アルザーノ魔術学院の人間だけだ。

 

 《炎の船》が顕われた日から急遽この街を守るための道具を拵え、申し訳程度だが軍術を教え込まれ、今できる限りの準備を整え、来たるべき時のために指示された区域で待機していた。

 

 待機していた面々が人生初と言っていいほどに重苦しい空気に触れ、隠しきれない震えに包まれる中、刻一刻とその時は近づいていた。

 

 太陽がその全貌を現したと同時に《炎の船》は動き出し、その主砲をアルザーノ魔術学院に向け、今では紅く染まった上空よりも更に濃い紅をその中心に集め、それがやがて太陽を思わせる白熱した光球を学院に向けて放った。

 

 それは一度地に着けば街一つなど瞬きする間に塵へと還ってしまうほどの威力を持ったもの。普通であれば学院や街、人々の消滅は免れないものだった。だが、その砲撃は学院を覆う光の壁によって阻まれていた。

 

 その光の壁は《炎の船》が顕われる直前、学院を襲撃したラザールが所持していた防具、《力天使の盾》を解析したハーレイがその防具に施された術式を提供し、結界魔術に精通しているクリストフやその方面において優秀な生徒の協力のおかげで劣化版ではあるが、《メギドの火》を防ぎ得るレベルの結界の用意に成功した。

 

 その強固さと結界そのものの美しさがまるで希望の光のように見えた学院の面々の歓喜の声も束の間、主砲を防がれたと見た《炎の船》が今度はレンガのようなものを無数に落とし、それがみるみる形を変えて様々な形のゴーレムが生まれ出てきた。

 

「始まった、な……」

 

 その光景を学院から北へ離れた《迷いの森》で眺めていたグレンがボソリと呟いた。

 

 《迷いの森》で待機していたグレン、システィーナ、ルミア、リィエル、セリカの五人は学院に集まっている一同が《炎の船》の攻撃を集中させてる間に突貫して潜入しようという作戦を実行しようとしていた。

 

 そのため、セリカは奇妙な紋様の描かれた地面の中心で座禅を組み、自身にも特異な紋様を施して静かに呼吸を繰り返していた。

 

 作戦の実行を感じると静かに溜め込んで身体に巡らせていたマナを活性化させ、詠唱をする。すると、セリカの身体がボコリ、メキメキと……およそ人間の身体から出すとは思えない程の音を発生させながらその姿がみるみる変わっていく。

 

 数分もすると、そこには人間としての面影が微塵もなく、代わりに小山程の巨軀と黄金の鱗で覆われた竜の姿があった。

 

「……いや、[セルフ・ポリモルフ]でドラゴンに変身とか、マジでなんでもありだなおい……」

 

 その変わりようを見たグレンは感心半分呆れ半分の表情で嘆息混じりに呟いた。

 

 そのままドラゴンへと変身したセリカに促されるままグレン達はセリカ・ドラゴンの背中へと乗り、人間の飛行魔術とは比較にならない程の速度で上空へと舞い上がった。

 

 《炎の船》に辿り着くまでにも空中に放り出されたゴーレムの飛行型が行手を阻んだが、地上組にいたアルベルトの超遠距離援護もあって無事──とは言い難いが、どうにか船内まで辿り着くことができた一同。

 

 だが、飛行中の度重なる襲撃で軽くない傷と疲労を負ったセリカはその場において行かざるを得ない事になり、セリカを除いたグレン達は奥へと進んで行く。

 

 その途中で何故かフェジテの裏でグレンとシスティーナを囮にして裏で《メギドの炎》の解呪を進めてから姿を見せなかったジャティスが()()()()()()()()()()()()で絶命した状態で倒れていたのを見つつも、それに構うことなく一同は奥へと目指して進む。

 

 まるで異世界のような雰囲気を醸し出す宇宙を思わせる暗闇と煌めきに伸びる()()()()()()がグレン一同に警戒心を抱かせる。

 

「えっと……ここ、《炎の船》の中なんだよな? 物語じゃ、船内はとにかく空間が歪んでて普通の人間が進む事は出来ないっていう……」

 

「……その、筈なんですが……不気味なまでに一直線に続いていますね」

 

「多分アセロ=イエロ──いや、ザギが敢えて俺達を自分の元へ誘導するように仕向けてるんだろうが……いくらなんでも舐められすぎでいっそ笑えるぞ。まあ、まだ見てねえがルミアが歪んだ空間をどうにかするっていう力を温存出来るんならそれに越したことはねえんだが……」

 

 あまりにも簡単すぎるルートに不安しかないが、現状あれこれ考えて止まってても埒が開かないので一同は先に足を進めて難しい事は途中まで先送りにすることとなった。

 

「えっと……こんな時になんだが、『メルガリウスの魔法使い』物語じゃ確か……主人公一行が《炎の船》に殴り込みに入ったところは覚えてんだが……その後どうなったっけ? いや、こんな時に御伽噺に頼ろうなんざおかしい気もするんだが……」

 

「い、いえ……丁度私も同じこと考えてたので。えっと……確か、《鉄騎剛将》アセロ=イエロは《炎の船》の内部空間を自由に操って仲間達をバラバラにするんですが……」

 

「今のあいつは《鉄騎剛将》じゃなく、ダークザギ……なんてよくわからん存在に成り代わってんだもんな。ここまで来ちゃうと、もうあの御伽噺も役立たずになっちまうな」

 

 まあ、元々御伽噺に頼る方がどうかしてんだけどなと、グレンは溜息混じりに呟いて自身の所持している武器を今一度確認する。

 

 コートの内側に仕込んだ数々の小道具や魔道具……右腰には過去に愛用していた魔銃《ペネトレイター》。そして、ポケットの内側には昨夜のうちに作成したとっておきの弾丸が複数。

 

「……っ!」

 

 とっておきの弾丸に触れる度に過去のトラウマが引き起こされる。これを作るキッカケになったのが自身の自覚もないまま抱いた殺意によるものだったのだから。

 

 だが、昨夜はシスティーナが傍で手を引っ張ってくれたからある程度とはいえ、過去と向き合えるようになれた。まだ完全ではないとはいえ、受け入れる覚悟はできたのでいつでも装填できるように一番取りやすい部分に弾丸のケースを移す。

 

 グレンは改めて深呼吸して眼前の通路を見据え、歩を進めるよう促す。

 

 だが、グレン達が歩み始めると同時に通路の向こうからユラユラと、不気味な影が多数近づいてきた。

 

「……いや、いくら簡単な通路だからと言って進めば敵が現れる──みたいな展開は想定してたんだけどさ……」

 

「あれ……みんなゴーレムじゃなくて、リョウが言ってた……」

 

「ああ、スペース・ビーストってやつだ……くそ、消耗戦はなるたけ避けたいとこなんだが……」

 

 グレンは舌打ちしながら銃を構え直す。これが現在進行形で学院を襲ってるゴーレムと同類だったらリィエルの力押しが上手く疲労を分散させてくれるだろうが、スペース・ビーストはリョウから聞くところ、とんでもない再生能力も有しているということなので下手をすればダークザギとの距離が詰められなくなる可能性がある。

 

 学院の防衛戦を維持出来る時間にも限りがある以上、出来るだけ早くこの戦いを終わらせなければいけないのにこの状況……控えめに言っても絶体絶命である。

 

 ここからどうしようかと思考が焦りに支配されそうになると、ルミアがゆっくりとグレン達の前へ躍り出る。

 

「お、おい!ルミアッ!?」

 

「大丈夫です。どのみち、ここから先へ進むためには私のこの力が必要でしたから」

 

 グレンの静止も聞かず、穏やかな笑みを浮かべたルミアが振り向きざまに言うと、スペース・ビーストへ向き直って右手で何かを掴むような動作をすると、その手に光が収束し、銀色の鍵の形をしたものが握られた。

 

「──《銀の鍵》よっ! 私の求めに応えてっ!」

 

 ルミアが鍵を眼前に突き出し、くるりと回すと同時にスペース・ビーストの進行方向の空間が突然捩れ、ブラックホールのように飲み込んでは消えていった。

 

 あまりの突然性にグレン達は一瞬何が起こったか理解できなかった。それを察したのか、ルミアが振り向いて銀色の鍵を見せながらぽつりと語る。

 

「《銀の鍵》……ナムルスさんが、一日だけ、この力を扱えるようにしてくれたんです」

 

 言われてふと思い出したが、色は違えど先日ダークザギと相対していた時にナムルスが握っていた《黄金の鍵》と非常に形が似ていた。

 

「ナムルスさんが言うには、これは私の力であり、私自身でもあるんだとか。これの使い方はわかりますが、今はそれ以上のことは分かりません。この力がなんなのか、私が一体何者なのかはわかりませんが……私は、この力を奮います。こんな私を受け入れてくれた……みんなのためにも、この命に代えても!」

 

「……っ!」

 

 グレンはルミアの言葉と雰囲気に力強さを感じる反面、妙な胸騒ぎを覚えた。

 

「ルミア……」

 

「……リィエル?」

 

「その力……これ以上、使っちゃ駄目。なんか……よくない感じが、する。もっと……自分を、大事にして」

 

「…………」

 

「だから……私がやるっ! いいいいぃぃぃぃやあああぁぁぁぁ!」

 

「お、おいリィエル!? 無茶すんな! 斬って倒し切れる相手じゃねえ!」

 

 スペース・ビーストは細胞一つでも残っていればすぐとは言わないが、際限なく復活する。剣のみでは肉片を残らずに片付けるのは厳しい。

 

「白猫っ! リィエルが斬ってすぐに追撃! 前を速攻で片付けて後ろを対処だ!」

 

「はいっ!」

 

 グレンが指揮を下し、リィエルとシスティーナの攻守と援護の切り替えを迅速に行い、スペースビーストを蹴散らしていく。

 

「よし、次行く──」

 

 グレンが再び指示を送ろうとして途中で詰まる。ルミアが突然、けれどゆっくりと前へと躍り出た。

 

「ルミア!? バカ、何を──」

 

 グレンが止めようとしたが、ルミアは『銀の鍵』を突き出し、くるりと回すと先と同様、ブラックホールのような空間の穴へと吸い込まれて消えた。

 

「何やってんだルミアッ! その力は無闇に使うな! いや、お前が間違うとかそう考えてるわけじゃねえんだが……リィエルの言う通り、そいつはなんかこう……とにかくヤバイ類いのもんだ。こいつらは俺達でどうにかする。もっと俺達を信頼しろ。お前だけがそんな人外の力持ってるからって、何でもかんでも背負うもんじゃねえ」

 

 グレンの叱りつけるような言葉にルミアが驚く。いや、驚くと言うよりも疑問の色が濃い。なぜグレンが怒ってるのかが理解できないでいた。

 

「……いえ、駄目です。あれらはこの力でしか完全に消滅させることはできません。先生達だけでは退けても存在全てを抹消なんてできないでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

「それに……力を持ってたのはリョウ君だって同じなんです。本当はこの世界の人間じゃないのに、理由もわからずに生まれて……力を与えられて……それでもみんなを守るために戦ってくれたんですよ。私なんかを守るために、命まで懸けて……」

 

「…………」

 

「でも……ようやく、守られるだけの私にもやれることが出来たのが嬉しいんです。今度は私もみんなを守れるようになれるんだって。もし、次に彼が目覚めた時に、安心させられるようになるために……私は戦います」

 

「おま……」

 

 グレンはこうなるまで放置して自分のことばかりに苦悶していた自分を呪った。今のルミアは何かが完璧に壊れてしまっている。

 

 そりゃあそうだろう。同年代に比べて大人びてるとはいえ、ただでさえ訳もわからない力を与えられ、クラスメート以外の何割かの人間からは責められ、目の前で友人──いや、大事な人間を失いかけたんだ。

 

 グレンも自身の大切な人間を殺され、長期間虚な日々を送るほど精神が壊れかけたが……ルミアの場合は過去の経験から自身を後回しにする傾向が強かったが、今回の件でそれが強まってしまった。

 

 こうなってしまっては誰も彼女を止められないだろう。こんな事ならリィエルだけでなく、システィーナも彼女のメンタルケア要員として傍に回してやるべきだったか。

 

 自分の武器の製作時に協力してくれた事と、彼女が傍にいるときの居心地の良さに浸ってルミアのことを意識から外してしまった自分を殴りたい気分だった。

 

「先生……もう時間が」

 

 システィーナもルミアの異常を理解できるだろう。だが、ここでそれを問答している場合でもないのもその通りだ。

 

 今はシスティーナの言う通り、歩を進めることを優先すべきだ。相変わらずルミアの精神の異常さや『銀の鍵』の不気味さは気になるが、少しでも早くダークザギの元へ辿り着くためには彼女の力が必要だ。

 

 今はそう割り切って進むしかない。そう意気込んでからは本当に早かった。

 

 何度かスペース・ビーストの波が押し寄せては来たものの、リィエルが持ち前の体力と腕力から放たれる剣風によって押し止められ、そこからシスティーナが突風で押し返し、固まったところをルミアが『銀の鍵』の力で空間の穴の彼方へ追いやる。

 

 そんな必殺のコンボみたいな流れを繰り返すとようやく星空のような暗い通路を抜け出し、反楕円形の広い空間にでた。

 

 周囲の壁にはこれまた星空のような色の中にいくつか星座を線でなぞったような幾何学模様が並び、その奥にそれらとは打って変わって異質な、そこだけ別空間になってるようにまるでアルファベットのYの字の紅い模様が浮かび、その下には例の漆黒の鎧を纏った存在が玉座のような椅子に鎮座していた。

 

『……本当にノコノコと現れたか、虫ケラ共』

 

 目の前の存在は自分達を今口にした通り、虫ケラが通り掛かった程度にしか認識してないような、無機質な声音だった。

 

 自分達との意識の差に恐怖と怒りの混じった感情を発するが、それとは別領域で冷静に、無闇に動かずに相対する。

 

「よう……王様気取りで高見の見物か? 他人から横取りしたもので随分好き勝手してくれるじゃねえか」

 

 グレンがダークザギに向けて挑発の言葉を投げかけるが、それを鼻で笑って一蹴してダークザギが語り始める。

 

「程度の低い挑発だな。俺は偶々落ちていた玩具を拾ったに過ぎん。そこにちょうどいい餌が舞い込んで来たから予定を早めてこうして表立ってやっただけだ。おかげで俺の復活が思った以上に早まりそうだ」

 

 自分の腕を開閉しながら自身の状態を再確認するように撫で回す。その動作に自分達の存在が心底どうでも良さそうな言動も相まってグレンの苛立ちがより強まった。

 

「玩具? 餌? テメェ……人をなんだと思ってやがんだっ!」

 

『無論、全てが俺の……道具だ』

 

 ダークザギが右腕を上へ掲げると、紅黒い稲妻が走り、波状となってグレン達に襲いかかる。

 

 刹那の間にリィエルが前へ躍り出て大剣を盾のように構え、紅黒い稲妻を防ぐ。

 

 それも一瞬で閃光を弾いたかと思えばダークザギが既にリィエルの眼前に迫り、右腕を叩きつける。剣でガードしようにも間に合わず、更には人間離れしたリィエルの身体が軽々と飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

 グレンが壁に叩きつけられた音でようやくダークザギの存在に気づき、銃を向けるが再びその姿がブレ、グレンの身体が宙に舞った。

 

 遅れて身体に衝撃を感じた。速い……そして力もとんでもなかった。

 

『フン……手加減してるとはいえ、思ったように力が出ないな』

 

 ザギが右腕を振りながら呟く。動きの止まってるうちにシスティーナが黒魔《エア・ブレード》でザギを風の刃で切り刻む。

 

 だが、ザギの身体には傷一つつかなかった。

 

『……ふぅ』

 

 ザギがシスティーナを認識すると、右腕に紅黒い稲妻が走り、それを放射する。稲妻がシスティーナの足元で爆発を起こし、その身体を吹き飛ばす。

 

「やめてっ!」

 

 ルミアが《銀の鍵》を構え、カチリと回すとザギの背後に空間の穴が開いた。空間に干渉し、対象を異次元の彼方へ追いやる事が可能だが、今回は相手が悪かった。

 

『ヴアアアァァァァッ!』

 

 ザギの叫びが空間が揺らぎ、ルミアが空けた穴が消失した。

 

「そ、そんな……」

 

 ようやくみんなを守るための力を手に出来たと思ったのに、目の前の存在にはそれすら全く通用していない。

 

 この世界の人間は知らないが、ザギのモデルとも言える存在であるウルトラマンノアは宇宙から別宇宙へ、空間を飛び越える能力を有している。ノアを模して造られたとはいえ、何処まで能力を再現できてるかは不明だが、空間に干渉できる能力があるのは間違いないだろう。

 

 したがって、ルミアの《銀の鍵》の能力はザギに対して効果は見込めない。

 

『ふっ……奴がいなければ所詮この程度か』

 

 ザギはグレン達を嘲笑うように見下ろした。グレン達の心に共通して浮かんだのは純粋な恐怖だった。

 

 戦闘を始めてから三十秒と経っていないのに向こうは無傷、こちらは一発もらっただけでとんでもないダメージを負ってしまった。グレンの知る限り、誰よりも頑丈なリィエルですらただの一発でフラフラ状態だった。

 

『フフフフ……もう気付いてるだろ? 貴様らでは俺には勝てないと』

 

「ぐ……うっせえんだよ。まだ始まったばかりだろ……」

 

『強がるな、俺に感情を隠せるなどと思うな。貴様らの心の内に恐怖が渦巻いてるのはわかっている。貴様らではどう足掻こうが、俺に傷一つ付けることすらできない』

 

 グレン達も痛感はしていた。ザギに乗っ取られる以前のアセロ=イエロと成ったラザールもオリハルコン製の武器を捨てて身一つで戦った時は今以上の戦力を持ってしてもその身体に傷も付かなかった。

 

 リョウがウルトラマンの力を使ってようやく傷が出来たと思ったところで突如ザギとなり、唯一一矢報いた戦力も無くなってしまった。

 

 自分達では──と言うより、そもそも人間では目の前の存在に傷を付けるのは最早不可能に近いほど厳しいだろう。

 

『……地上もそろそろ頃合いといったところか。いい具合に展開が進んでいるな』

 

 ザギが玉座の傍にあったモノリスへ向けて手をかざすと、そこから紅黒い電光が放たれ、無駄に卓越した制御能力でモノリスを操作する。すると、グレン達の頭上に映像が投影された。

 

「テメ……戦ってる最中に呑気に地上の観戦か?」

 

『フン……お前達が来ようがどうか、戦うか否かなどさして関係ない。どんな選択をしようと、その先にあるのは恐怖と絶望……それだけなのだからな』

 

「どう言う意味だコラ……」

 

『わからんか? 以前言った筈だ。お前らが前に目にしたスペース・ビーストは紛い物であり、幼体だと。あんな不完全なものでない、本物を俺は操れると』

 

「な……まさか、お前……」

 

『ようやく気づいたか。そうだ……俺がわざわざこんな玩具でお前達の相手をしたのはただの戯れ。お前達が縋り付いている希望とやらを、完全に破壊するためだ。もう前座は十分だろう……そろそろ送りつけてもいい頃合いだろう』

 

 ザギが頭上に投影された地上を写す映像に向けて手を翳すと、途端に地上で状況が激変し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いやあああぁぁぁぁぁ!」

 

「に、逃げろっ! もう、駄目だっ!」

 

「いやだ! 嫌だヤダヤダヤダッ!」

 

「来るなあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 地上でアルザーノ魔術学院を守っていた生徒達が突然変わった戦況を前に、我先にと逃げ出すもので溢れていた。

 

「そん、な……」

 

「ざけんじゃねえぞ……ここに来て、こんな化け物がまだ残ってたのかよ……」

 

 西館を護っていたリゼとジャイルが目の前の存在に運動している時以上の脂汗を滲ませていた。

 

 士気は高かった。いかに常識ばなれした状況でも自身らの元にある手札、自分達を導く教師達の実力、采配、切り札の存在……限られたものだとしてもそれらは生徒達を奮い立たせるには十分だった筈だ。目の前の存在が降り立つまでは……。

 

 負傷者が出ても後方支援に努める存在のおかげで疲労が溜まっても高い戦意を維持していたところに突然上空に黒い穴が空いたかと思えば、そこから五十メイル程はあろう巨大なナメクジのような怪物が大きな振動を伴って落ちてきた。スペース・ビーストの一種であるペドレオン・グロース──以前舞踏会で起こった騒動で戦った存在の巨大版だ。

 

 等身大程度でも一体一体がとてつもない再生能力を持った厄介な存在だと言うのに、それが五十メトラ級の存在となれば一体だけでも現代の魔術師達に対抗できる術はないに等しい。

 

 ペドレオンは進行上にある民家を破壊しながら学院に向けて接近してくる。時折、身体から何本もの触手を伸ばして逃げ惑う生徒達を捕縛し、捕食すべくその大きな口の中へと運ぼうとする。

 

 だが、それはリゼの的確な判断のもと、自らの魔術と近くにいた生徒のサポートにより触手を破壊して助かった生徒はジャイルの[フィジカル・ブースト]で強化された身体能力で素早く回収され、後退させる。

 

 他の場所でも同じような事が起こっており、状況は最早最悪の一言だった。新たに現れたベドレオンの所為で攻撃が一気に激減したどころか、下手に生徒を前線に立たせればそれを狙ってペドレオンが触手を伸ばして捕食しようとする。

 

 今はどうにかリゼのような判断力のある人間が支持したり、アルベルトやハーレイのような腕の立つ魔術師が救出するから死者こそ出ていないが、このままでは十分も経たずに戦線は崩壊してしまうだろう。いや、既に戦線は半壊も同然だ。

 

 それだけでなく、《炎の船》からは巨大なゴーレムも投下され、状況は混乱を極めていた。

 

 そしてそれは前線のみならず、[メギドの火]を防ぐための結界を維持するグループからも離脱者が出てきていた。

 

「……結果維持率、40%を……下回ってしまったか……」

 

 それぞれの区画で展開される結界の制御を務めていたクリストフが結界の状態を見るや、自分達の敗北を悟ってしまった。

 

 この戦いは結界の維持の限界ラインである四割を切るまで戦線を維持し、結界が崩壊する前にダークザギを倒すという計画だった。

 

 だが、最初こそ数はあれど実力は学生の集まりだろうと優秀な魔術師達の指揮によってどうにか希望は持てた。

 

 だが、突如として現れた巨大な生物とゴーレム……最初は戦力を小出しにして希望を持たせ、ここぞの時に一気に絶望のどん底へと突き落とす。そういう計画だったのだろう。

 

 以前、リョウから聞いた話を思い出した。スペース・ビーストは人間の恐怖を餌としていると言うことを。恐らく、最初の戦力の小出しは家畜に餌を与えて肥え太らせるように敢えて虚像の希望をちらつかせ、最も恐怖が際立つように仕向けられたのだろう。

 

「まったく……今回の敵はいつになく悪質ですね……」

 

 クリストフは悔しさを滲ませながら最早意味のなくなった結界を解除しようと術式を動き出そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あぁ……」

 

「そん、な……」

 

 目の前に見せられた学院の状況を前にルミアとシスティーナは呆然と膝を着いていた。

 

『フハハハハハハッ! どうだ……ありもしない希望を夢見て、その果てに着いて初めて知る絶望は? 恐怖は? 怒りは?』

 

「て、めぇ……っ!」

 

『余興もここまでだ。この玩具であの建物とその内部にいる人間供を消し飛ばせばもっと恐怖を搾り取れるだろう』

 

「やめてえぇぇぇ!」

 

 ルミアが《銀の鍵》を振るって空間の穴を作り出すが、ザギは微動だにしなかった。それどころか、空間の穴はさっきよりも規模が小さくなっていた。

 

「ど、どうして……なんでさっきよりも、力が……」

 

「ルミア……貴女、背中……」

 

「へ……っ!?」

 

 ルミアの背には本来人にはないはずの蝶の羽根のようなものが──ナムルスと同質のものが生えていた。

 

「ルミア……お前……」

 

『……フン。《お前》もか』

 

 ルミアの異形の羽根を見てザギがどこか感傷的な雰囲気を感じた。だが、それも一瞬のことだった。

 

『まあいい……お前達の希望とやらはこれで終わりだ』

 

 ザギが指を鳴らすとモノリスから閃光が走り、あらゆる箇所で光が点滅すると《炎の船》全体に振動が走った。

 

「こ、これって……」

 

「[メギドの火]……?」

 

『あの妙な結界も効力をほとんど失っている。最早これを妨げるものはない』

 

「や、やめてええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ルミアの叫びもザギには届かず、軽く手を挙げると投影されてる映像が白一色に染まった。

 

「あ、あぁ……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 それを見たルミアが精神崩壊しかねないほどの悲痛な叫びを上げた。

 

 グレンもシスティーナも、リィエルも……自分達の手が届かなかった事にうちひがれていた。

 

『フフフフ……思い知ったか? 所詮人間など、俺やスペース・ビーストの餌、道具でしかない。そんな奴らが俺を倒せるとでも思ったか?』

 

「ぐ……この……」

 

 グレンは悔しげに拳を震わせるが、身体に力が入らなかった。いや、もう立ち上がる気力も失ってしまったのか。そんな絶望に支配されたグレン達を見下ろすザギはツカツカと、右腕に紅黒い閃光を奔らせながら近づいてくる。

 

『残ったのはお前達だけだ。最期に精々俺の完全復活に役立ってもらうぞ』

 

 ザギがグレンに向かって腕を振りかぶった。

 

「いや、先生……」

 

「グ、グレン……」

 

「…………」

 

『終わりだ』

 

 ザギがグレンへ腕を振り下ろし、その手が触れんとする瞬間、グレンは遂に終わるのかと目を閉じた。

 

 だが、いつまで経っても来る筈の衝撃は来ず、おかしいと思い眼を開けると、ザギは自分とは別方向に目を向けて停止していた。

 

『……バ、バカな……どういうことだ?』

 

 ザギの様子がおかしいと同時にグレン達は視線を再び映像の方へ向けた。そこには結界が輝きを取り戻し、学院が護られてる姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「維持率43%……。な、なんとかギリギリ……踏みとどまりました……」

 

 クリストフは制御用の術式に突然魔力が集まり出したところに、慌てて解呪しようとした魔力を再び制御に回した。

 

 突如として舞い込んできた状況に咄嗟の反応で処理したが、状況が少しだけ戻ったと判断するとその眼を敷地内全域へと送る。

 

 眼下にはあらゆる箇所に設けた魔力供給用の術式に魔力を送る生徒がいた。だが、それは予め役目を受けた者でなく、戦闘意思がないと避難させていた放棄組だった。

 

「な……お前ら、何で……?」

 

「放棄組のお前達が今更何故前線に……?」

 

 突然現れた離脱者の存在にロッドとカイが戸惑いながら声をかけた。それに放棄組の一人、一組のクライスとエナが複雑な表情で答える。

 

「怖くて何にもせずに惨めな思いはもうたくさんだとか……色々あるけど……」

 

「放っておきたくなかったのよ……あの娘を……」

 

「……えっ?」

 

「彼女は……ルミアは、悪様な言葉を投げかけるしかできなかった俺達なんかのために、命を捧げる覚悟で闘って……」

 

「私達は、あの娘に何もしてやれてなかったのに……それでも、私達まで救おうと必死になって……」

 

「しかも……あんな悲しそうな顔でっ!」

 

「あの娘は……以前までみんなが言ってた天使でも、聖人でも、狂人でもない!ただ、ちょっと普通じゃない力を持っただけの女の子よ!」

 

「そんな娘に全部を押し付けて、これから先知らんぷりしてのうのうと生きるなんて、情けなさすぎて死んでもゴメンだっ!」

 

「だから……もう今更遅いかもしれないけど……死ぬかもしれないけど、私達も闘うわ!」

 

 彼らの覚悟の灯った眼を見て、ロッドとカイ、敗走しようとしていた生徒達も釣られて覚悟を再燃させる。

 

「よっしゃあっ! そうと決まればやってやるかっ!」

 

「ああ! [メギドの火]で焼き尽くされようが、巨人に潰されそうが、ナメクジに喰われようが、死ぬ時は同じだ!」

 

「最後までとことん足掻いてやろうじゃねえか! なあ、みんなっ!」

 

「「「おうっ!」」」

 

 そんなみんなの立ち上がる姿が、炎の船の内部に届いてるのを知ってるのかどうか、指揮が高まると同時に生徒皆が声高らかに上空へ叫びながら戦線を駆けていく。

 

「ルミアアアアアァァァッ! 負けるなあああああぁぁぁぁっ!」

 

「学院の事は心配するなああああぁぁぁぁぁっ!」

 

「俺達だって弱くはないんだっ!」

 

「君が何者かなんて関係ないっ! 異能者っ! ハッ! 変態男爵や天災教授に比べれば可愛いもんだ!」

 

「またみんなで一緒に学院に通いましょうっ!」

 

 炎の船の内部の映像にはその姿は届いても音は響かない。だが、その声は理屈抜きで炎の船の内部にいるルミアにまで届いていた。

 

 

 

 

 

 

「みん、な……」

 

『な、ぜ……何故だ?何故人間供は絶望しないっ!? 力の差など比べるべくもない! 今更立ったところで状況など覆ることなどない! 何故絶望しない! そうやって惨めな足掻きを続けるっ! 何故恐怖と絶望に身を委ねないっ!』

 

 ザギが苛立たしく声を荒げ、忌々しげに映像を睨んでいた。

 

「……へっ。自分の思い通りにならねえからって八つ当たりしてんじゃねえよ、神様気取りが……」

 

『なに……?』

 

 グレンがフラフラと立ち上がりながらその眼に強い光を宿しながらザギを見据える。

 

「そりゃあ……お前に比べたら俺達人間一人一人は取るに足らねえ。お前の言う通り、虫ケラに等しいのかもしれねえな。けどな……」

 

 立ち上がったとはいえ、ダメージの抜け切らない、震えた手で握る銃を持ち上げながらそれでも強さと希望を感じる見た目に反した印象を醸し出しながら堂々と続ける。

 

「人間なんてな……自分の意思一つでいくらでも立ち上がれる。どんな困難だろうが、希望を抱き続ける! 誰かを助けようとする! でもって、その姿と声さえありゃあ俺達は強くなれる! 前へ進める!」

 

『ぐぅ……っ!?』

 

グレンから感じる言い知れない迫力に、ザギは思わず一歩退いてしまう。

 

「ルミアッ! 聞こえたよな!? まさか、これ見た後でも自分一人でどうにかするだなんて言わねえよな!?」

 

「いい、の……? 私は……みんなのところにいて……?」

 

「当たり前でしょう! 貴女がいない学院生活なんて嫌よ! それに、こんなロクでなしの教師の相手で疲れる毎日の癒しがなくなるとか嫌よ!」

 

「おま、この場で普通そんなこと言うかっ!?」

 

「うん……私も、ルミアにはいて欲しい……っ! ルミアいないと……いちごタルト、みんなが取っちゃう……」

 

「お前はお前でもう少し栄養に気を遣えっ!」

 

 何だかついさっきまで、というか現在進行形で命懸けの戦いをしてるとは思えないやり取りだが、希望を与えるという方針から出る言葉よりむしろこの方がらしい気もしてきたのでこのまま続ける事にした。

 

「で? どうなんだ!? お前の本心は! 命に代えてもまだ戦いたいのか!?」

 

「……ゃ……」

 

「なんだ……聞こえねえぞ!」

 

「嫌だっ! そんなの……死にたくない、別れたくない……みんなと一緒にいられなくなるなんて嫌っ! 先生とも、システィとも、リィエルとも……リョウ君とっ! 帰りたいよぉ……みんなと一緒に、大好きな学院で、みんなと一緒にいたいっ!」

 

「へっ! ようやく我が儘言ってくれたなっ!」

 

『この……いつまで下らん言い合いをしているつもりだぁ!』

 

 お互い大声で話し合っているところにいい加減ウンザリしたのか、ザギが再び声を荒げて横槍を入れる。

 

「ダァ、うっせえな! こっちはようやく頑固な生徒の考え改められるかもっつうのによ……まあ、個人指導に関しちゃテメェをぶっ倒した後でいくらでも出来るか」

 

『倒す……? 虫ケラが……俺を倒すだと? そんな事ができると思ってるのか?』

 

「ハッ! やってみなけりゃわかんねえな! いつまでも虫ケラだなんだと舐めてっとすぐにおっ死んじまうかもしんねえぜ?」

 

『この……そんなに死にたいなら、お望み通りにしてやろうかっ!』

 

 ザギが両手に闇の力を収束させ、右拳を左手首に叩き込み、紅黒い本流──ザギ・ライトニングを照射した。

 

 速い……。油断したつもりはなかったが、エネルギーが集まり、それを発射するまでのタイムラグが思った以上に短かった。

 

 防御魔術を発動しようとしても間に合わないし、ルミアの空間を操る力もザギには通用しない。

 

 そう思った時、ルミアは咄嗟なのか最初からそのつもりだったのか、《銀の鍵》へ向けて声を発する。

 

「お願い……来て、──っ!」

 

 ルミアの声を聞くと同時に《銀の鍵》が粒子になって消え、代わりにグレンとザギの光線の間に光の柱が突如出現した。

 

『グゥッ!? ヴアアァァァッ!?』

 

 突然現れた光の柱に光線を弾かれ、そこから放たれた衝撃波に足腰にロクに力を入れなかったザギは吹き飛んだ。

 

 光はどんどん弱まり、その中心に存在する姿が徐々に鮮明になっていく。数秒もして完全に晴れると同時に見えた姿にグレン達は目を丸くした。

 

「はぁ……ようやく抜け出せたと思ったら、もう最初からクライマックスな状況の最中とか……正直、もう少し慣らしたい気もするけど……しょうがないか」

 

 その存在は声を発し、振り向きざまにグレン達へ声をかける。

 

「で? ちょっと遅刻しちゃいましたけど……まだ出席できますか、先生?」

 

 グレン達の前に現れた、リョウ=アマチが……()()を差し出しながら言った。

 

 



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第44話

ようやく始まりました、トリガーっ! 序盤から嘗てのティガファン達へ向けてると言わんばかりのメッセージシーンによる感動の連続でした!今後がますます楽しみ!

──の筈が、相変わらずのコロナ騒動の上、東京で開かれるアレ……県民で実家暮らしの身なので下手にいくことが出来ないのでテンションは相変わらずのロー状態。

ウルイベに行く人も行かない人も引き続きコロナには気をつけてください。そして、終息した日には一気に輝けるようになれることを祈ります!

投稿間隔が開いてばかりですが、ウルトラマンもロクアカもある限りまだ続けたいと思ってます!


 暗黒の中での耐え難い苦痛を受けてどれだけ経ったのだろうか……。

 

 一日、二日……いや、時折ふと景色が変わることがあった。海の底みたいな場所だったり、氷海の下だったり、光の届かない小惑星の地上だったりと何度も変わったが、それがどれだけの頻度と間隔で変わったかなど記憶してないし、する余裕もない。

 

 何十回も景色が変わりながら苦しみに耐えようと必死に抗ったが、それも徐々に弱々しくなっていく。

 

 このままでは近いうちに俺の中にいるベリアルに存在を乗っ取られることになるだろう。

 

 どれだけ抵抗しようが、痛みは増すばかり……拒もうとも体内にいるベリアルをどうにかする術など持っているわけもなく自己を見失わないようにするだけで精一杯。それももはや限界だった。

 

 身体がいよいよ動かなくなり、感覚も徐々に無くなっていき、意識も薄まっていく中、自分が別の何かに変わろうとしていることだけはわかった。

 

 これまでかと思っていた時、何も無い暗闇の中に突如一筋の光が煌めいた気がした。

 

 突然見えたその光に一瞬遅れて気づいた俺は目を開いてそれに目を凝らした。

 

 その光の中にはいくつもの光景が見える。巨大なナメクジ──ペドレオンに襲われながらも必死に囚われてく仲間を救おうと奮闘する姿……建物を覆う障壁を形成してるだろう魔法陣らしいものを描いている図面を中心に周囲の爆発も無視して懸命に力を降り注いでいる者達の姿……頭上に浮かぶ大きな船に向かって必死に何かを叫んでいる者達の姿……そして、ボロボロになりながらも必死に立ち上がる三人とその傍で涙している少女。

 

 それらを目にした瞬間、俺の頭から何かが飛び出そうとするような痛みが走る。

 

 その痛みの中で見えたのは外の世界の出来事……。突然見知らぬ世界に迷い込んだ時期、子供達と過ごす日々、突然魔術を学ぶ学院に通う事になった事、その生活の中で突然様変わりした非日常への一歩、数々の葛藤、それを飛び越えた出来事、それからしばらくした後の大きな壁、自分が殺される場面……そして、宇宙で何かが衝突した時に発生した光。

 

 その後に見知らぬ空間で何かが自分に囁いてくる。

 

『お前は、いずれ◾️◾️◾️◾️を降ろすための器……それまでは……として、力……ておけ』

 

 言葉が途切れ途切れで内容がわからないが、自分に囁いた存在が俺を利用しようとしているのがわかる。同時に、自分はやはり人間でなければ真っ当な生命ではない事が。

 

 だが、あの世界に来てからの自分の日々は辛いものだけではなかった。

 

 そう思ってから流れてきたのは一人の少女に対して温もりを感じた時の出来事の数々。それがあったから……そして、失いたくないと思っていたから自分はあの世界で戦い続けようとしていたんだ。

 

 そして、それはこれからもそうしたいと。必死に手を伸ばしながら、あの世界への帰還を……あの少女の傍にいたいと望んだ。

 

『お願い……来て、リョウ君っ!』

 

 その言葉が聞こえた瞬間、全てを思い出した。同時に身体が光に向かって引っ張られていくと同時に俺を蝕んでいた闇が小さくなっていき、右腕にこびり付く程度にまで縮んだ。

 

 この闇に関しては自分の現状を考えて、ふとした拍子にまた俺を包もうとするだろうことはなんとなく理解した。だが、今はそれも怖く無くなっていた。

 

 そんな見えない恐怖よりも、あの少女に向ける感情がそんなものを押しのけるほど強かったから。俺はただ……あそこに向かって全力で駆けつけたい。傍で、守りたい。あの涙を、流してやりたい。もっと、あの少女と過ごしたい。

 

「ぉ……おお、おおおおぉぉぉぉぉっ!」

 

 今まで苦しみでロクに出せなかった声を全力で振り絞り、あの光に向かってただ必死に手を伸ばして少女の名を叫ぶ。

 

「ルミアァッ!」

 

 その瞬間、真っ暗だった空間が突然背後から色づいていき、オレンジがかった黄金色に輝いていき、自分を蝕んでいた苦痛が完全に消え去り、同時に背中から押されるような感覚に身をまかせながらあの光へと飛び出した。

 

『そうだ、もっと強く……もっと高くっ!』

 

『最後まで……諦めるなっ!』

 

 視界が白一色に染まる中、二つの声が自分に語りかけたのを最後に身体がどこかに落ちていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつけば俺は妙な空間の中だった。ただし、今度は真っ暗闇なところではなく現実の。

 

 目の前にはボロボロの状態で尻餅をついていたグレン先生、その後ろでルミア、システィ、リィエルが俺を見て驚いていた。言いたい事がわからんでもなかったが、敢えてそれを無視して俺は黒く染まった右腕をグレン先生へ差し伸べる。

 

「はぁ……ようやく抜け出せたと思ったら、もう最初からクライマックスな状況の最中とか……正直、もう少し慣らしたい気もするけど……しょうがないか」

 

 背後に感じる殺意を受けながらもグレン先生を半ば無理やり立ち上がらせ、俺は背後に立つ存在──ザギを見据える。

 

『貴様……その力……』

 

「お察しの通りだけど、今それはどうでもいい」

 

 ザギなら今の俺の状態はすぐにわかるだろう。だが、正直今の俺のこと全てを口にされても困る。

 

 ザギが何かを言う前に俺は一瞬にして距離を詰め、右拳を叩きこむ。

 

『チィッ!』

 

 それに素早く反応したザギは両腕を交差して防御体制を取り、俺の拳を簡単に防いだ。

 

 それを見て俺もすぐに身体を丸めてザギの両腕を土台に、跳躍して最初の位置に戻り、右腕から紫電の斬撃を三つほど飛ばした。

 

『……フン』

 

 ザギは左腕を一振りするだけで斬撃を打ち消し、更にこっちにまで衝撃波を飛ばしてきた。

 

 そこにようやく現実に戻ってきたシスティが黒魔[エア・スクリーン]を張って衝撃波を防いでくれた。

 

「ん〜……身体はともかく、力の方は思ったようにいかないな……」

 

「リョウ……お前、今何を……?」

 

 グレン先生は俺の今の攻撃に愕然としながら尋ねる。まあ、当然か……運動能力ならまだしも、俺が今使ったのは今まで見せたウルトラマン達の力ではなく、闇の力なんだから。

 

 グレン先生達が普通の人間だったとしてもこの力については生物としての本能的に恐ろしいものだと認識せざるを得ない。

 

「まあ……強いて言うなら、新しく──いや、俺の中にあった力が表に出たってとこでしょうか?」

 

「……それは、ベリアルって奴の力か?」

 

 グレン先生の言葉に思わず振り返った。尋ねてくるその眼と表情は何処か悲痛な色が出ていた。

 

「……どうしてベリアルの事を知ってるかは後で聞くとして、とにかく今はアイツをどうにかしないとですね。ハッキリ言って今までの奴らとは文字通り桁違いの化物なんで」

 

「んなのはもう実感してるわ。けど、もう後には引けねえからな。お前も……遅刻してきた分、たっぷり働いてもらうからな」

 

「また先生の不始末に付き合わされなければいけないんですか。レポートといい、リィエルの事といい、結構頻繁にあんたのサボりで出てきた問題に付き合わされてる気がするんですが」

 

「いや、レポートはともかくリィエルの事はお前にも責任あるからな!? お前が止められなかった所為で俺の財布事情がどんどん罅割れてんだっつうのに、一生徒のお前は無傷じゃん!」

 

「俺は押し付けられただけでしょう。ていうか、今になって思い出したら事の発端ってアルベルトさん達じゃありませんでした?」

 

「そういやそうだよな! これ終わったらこれまでの弁償代分くらいは請求したってバチは当たらないよな!」

 

「二人共こんな時まで何を下らない喧嘩してるんですか!」

 

「うん……そろそろあの黒いヤツも動く。ちゃんとして」

 

「「あ、ごめ──って、ちゃんとして云々はお前にだけは言われたくないわ!」」

 

 俺とグレン先生は揃ってリィエルに吐き捨てた。その後ろではルミアが苦笑いしていた。

 

 まあ、そろそろ本当に改めて気を引き締めないといけないのは間違いない。今のコントが原因かは知らないが、ザギの纏ってる闇がまた濃厚さを増した気がする。

 

『貴様が生きてることには驚いたが、奴の光が無くなった今……俺を阻む者などいない。どっちにしろ貴様らが俺の前から消え去るのも時間の問題だな』

 

「勝手に決めつけないでほしいよ。お前が何を言おうがどうしようが、一々がお前の思い通りに運んでたまるか」

 

「だな。どの物語だって結局悪は滅ぶんだしな……テメェもここら辺でいい加減退場しやがれってんだ」

 

 俺達が戦闘態勢を取ると同時に、ザギの周囲に紅黒い稲妻が複数迸る。

 

「さて、リョウが加わったのはいいが俺達はほぼ満身創痍のままだ。ルミアには色々言ったが、あの空間を操る力はアイツには通じねえ。更に前衛組はアイツの動きに対応できねえ、そして防御もほとんど意味をなさねえ。ひとまずリョウがアイツを惹きつけて隙を作ってもらわなきゃ──」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 グレン先生の言葉を遮ってルミアが強く言うと、光の柱がグレン先生、システィ、リィエルを包み込んだ。

 

「《王者の法(アルス・マグナ)》……今の私なら空間を超えて、触れずに先生達に力を貸せます!……けど」

 

 ルミアがふと俺に視線を配ると何か言いにくそうにしていたが、グレン先生達から感じる力を見ればまあ仕方ないとも思う。

 

 今の俺にはルミアの力による恩恵は授かれない。しようとしても俺の中の、ベリアルの力がそれを拒むだろう。

 

「ま、とりあえず先生達がパワーアップ出来たみたいだし。一丁本腰いれますか!」

 

 叫ぶと同時に足腰に力を込め、踏み出すとその距離を一瞬で詰めてザギに回し蹴りを叩き込む。

 

『フン!』

 

 ザギは俺の動きなど完全に見切って、片手で俺の蹴りを弾くと同時に拳を叩き込む。咄嗟に腕でガードするも俺の身体はその攻撃に耐えられず見事に吹き飛ぶ。

 

「そっちばかりに気ぃ取られていいのかよ!」

 

「いいいいぃぃぃぃやあああぁぁぁぁぁっ!」

 

 ザギの背後から[ウェポン・エンチャント]を施したグレン先生とリィエルが拳と大剣を振り下ろした。

 

『チィ!』

 

 鬱陶しそうに舌打ちしながらそれぞれの攻撃を片手で防ぐと同時に紅雷で二人の身体を吹き飛ばす。

 

「《集え暴風・戦鎚となりて・撃ち据えよ》──《撃て(ツヴァイ)》!──《叩け(ドライ)》!」

 

 更にシスティが空気を圧縮した破壊搥を放つも、ザギは両腕でそれを完璧に防いだ。

 

『ヴアアアァァァァァッ!』

 

 ザギは獣のような叫びをあげると驚異的な速度でシスティへ向けて駆け出す。そこでようやく態勢を立て直せた俺が割って入って突進を受け止める。

 

「ジェアッ!」

 

 右拳に集中させた紅雷の拳をザギに叩き込んで距離を取らせ、再び右腕に力を集中させると紅黒いオーラが発光し、巨大な爪の形を取った。

 

「ハァッ!」

 

 それを力一杯振るってザギを刻みつけるが、それは奴を退け反らせただけで大した効果は見込めなかった。

 

『フン……最初は警戒はしたが、大したことはないな。貴様……その闇の力、馴染めてないな』

 

 正解だった。実際ベリアルに取り込まれそうになりながらどうにか自分を保って身体は取り戻せたものの、肝心の闇の力は全く思うように振るえない。

 

 多分闇の力を使うにあたって俺の技術云々の前に精神的な部分が枷になってるんだろう。

 

 ウルトラマンティガもかつては強大な闇の力を持った戦士だったが、その心に光を持ってからは著しく弱体化したものだが、恐らくそれと同じような状態なんだろう。

 

 身体能力も強化できてもザギには及ばず、闇の力も十全には発揮できない。俺一人が加わったところで焼け石に水だ。

 

 ルミアの力でブーストして攻撃防御共に上がった先生達も時間が経つにつれて徐々に押し返され始めている。

 

 その中でグレン先生は時折懐に手を伸ばそうとしながら躊躇する場面も多く見られる。多分、グレン先生の[愚者の世界]とはまた違った固有魔術(オリジナル)なのだろうと予想するが、どっちにしても発動させるためにはそれなりに大きな隙を要するものなんだろう。

 

 結局、どうにかしてザギに大きなダメージを与える必要が出てくるわけだ。だが、ルミアの力の恩恵を受けたシスティの魔術も駄目……リィエルの身体能力も一歩及ばず、俺に至っては全てが中途半端な状態だ。

 

 だが、ただ現状を把握するだけでは勝てない。もっと……この状況を大きく変えるための一手がいる。そこに辿り着くために何をすべきか。

 

 グレン先生達を助け、ザギに一矢報いるためにどうすればいいか奴の戦闘とこれまでのこと、更に今までの俺の闘い方を思い出すうちに一つの方法を思いついた。

 

 正直、コレが当たってるかどうかもわからない上に成功できる保証なんてない。だが、奴の動きを止めるには現状最も有効になるだろう。これが成功すればザギは必ず大きな隙を曝け出す。

 

 そう決めると同時に俺はザギへ接近して拳を突き出した。ザギはすぐに反応して余裕で俺の拳を受け止める。

 

『フン……どうやら真っ先に死にたいようだな』

 

 俺に力を振るうかどうかも賭けではあったが、既に俺から自身の力と光を奪った以上は虫ケラの一体としか思ってなかったのだろう。

 

 ザギは俺を突き飛ばして両手に闇の力を収束して両拳を合わせると、そこから闇の破壊光線を打ち出してきた。

 

 俺はその破壊光線を、全身で受け止めた。

 

「な、リョウッ!?」

 

 俺の余りにも無鉄砲な捨て身の方法にグレン先生達が驚愕する。それでも俺はこの全身を粉々に撃ち砕かんばかりの攻撃を受け止め続ける。

 

『敵わんと知って観念したか? ならば望み通り死んで、その力も俺が吸収してやろう』

 

 ザギはトドメの一撃として光線の威力を更に高めてきた。

 

 俺は両足を踏みしめてただ耐え続ける。もっとだ……もっと耐えろ。この力を反転させるために。

 

 それが数十秒も続くと突然の変化が訪れた。

 

 ザギの破壊光線がうねりを上げて俺の身体へと吸い込まれていく。文字通りに……。

 

『な……ッ!?』

 

 突然の変化にザギが驚いたが、もう遅い。破壊光線を通じて奴から放たれる闇の力を次々と俺の身体へと取り込んでいく。

 

 そして俺の中でも闇の力が渦巻いていき、その中心から熱いものが大きくなっていくのを感じた。それに身を任せるように広げた腕を胸の前で交差すると胸の中心から光が閃き、一瞬のうちにこの場を包むほどに巨大化した。

 

 突然広がった眩い光に俺を含めて皆が動きを止めた。

 

 光が収まり、自身の身体を確かめると右手の甲から青い水晶体が浮かび上がり、俺の視界が少し青みがかったように色が変わって見えた。

 

 後ろで見ていたみんなは相変わらずの驚愕に満ちた表情だった。さっきの無鉄砲な作戦についてまだ引きずっているのか、もしくは今の俺の変化に驚いてるのか……。

 

『バ、バカな……貴様、それは……』

 

 一方、ザギはグレン先生達以上に俺の変化に驚いているようだ。

 

「……テヤッ!」

 

『ッ!?ヴァァッ!』

 

 俺はさっきまで以上の速さでザギに肉薄し、ザギの腹部……コイツがアセロ=イエロの肉体に潜んでいた時に一矢報いた傷へ向けて手刀を刺し穿った。

 

 そこからまるで出血するようにザギの闇の力が粒子となってこぼれ落ち、更に赤い光の球が飛び出して俺のもとへ飛来してきた。その光は静かに俺の眼前で輝き、見下ろすように浮かぶ。

 

『グッ……き、貴様ぁぁぁぁ!』

 

 吹き飛ばされたザギが立ち上がって怨嗟の叫びをあげると、俺へと向かって猛スピードで接近してくる。

 

 吸収していた光が抜けた上、手傷を負ったとは思えない人間の反応速度を超えた勢いで俺に暗黒を纏った右手を突き刺そうとした時だった。

 

『グアッ!?』

 

 暗黒の手が俺に触れるか否かの刹那……俺とザギの間に眩い光が出現し、俺の盾となってザギを吹き飛ばした。

 

 突然の眩しい光に視界が一時機能を低下したが、数秒もすると目の前に赤い光と黄色い光が俺を見つめるように浮かんでいた。

 

 それを認識するとこんな時だが、俺の目から涙が零れ落ちた。

 

 思えばずっと疑問ではあった。ウルトラマンの力を顕現したのが俺の身体に刻まれたノアやザギ、ベリアルといった巨人達の因子があったからなのはなんとなく理解できた。

 

 だが、それでもなぜ最初に得た力が『彼』だったのか。単純に数だけで言えば闇寄りの力に真っ先に目覚めてもおかしくないと今ならそう思ってる。

 

 だが、俺の中にいたのがそれだけじゃなかったとしたら? その巨人達の力が俺という存在を創る前から情報体として俺の中に存在していたとしたら?

 

 俺を創った情報──本物の天地亮という男がその素質を持って、それが俺にもあったとしたら?

 

「……はは……そういう」

 

 そう思えたらなんとなく笑いが込み上げてきて、余計涙が止まらなくなってきた。

 

「ずっと……俺を、見てて……くれてたんだな……」

 

 俺が絞り出した呟きに頷くように黄色い光が明滅した後、赤い光と共に上へと浮かび上がり、壁をすり抜けていった。

 

 何処に行ったかとグレン先生達は動揺するが、俺は感覚であの光の行き先は分かっていたし、ザギが投影したのだろう映像にも光の姿が映し出された。

 

 二つの光は学院の上空へ到達すると、膨れ上がっていき、瞬く間に白光を伴って学院に蠢いていた巨大スペース・ビーストを吹き飛ばした。

 

 突然現れた光に学院にいたみんなも時が止まったように呆然と見上げていた。

 

 光は既に収まり、そこにいたのは巨大な二つの影だった。

 

 片や銀地に赤と紫のラインを走らせ、肩から胸へかけて金色のラインの走ったプロテクターと雫を逆さにした形の青い水晶体を光らせた巨人。

 

 片や銀を主体に黒いラインを走らせ、まるで鎧を纏ったような外観と何より特徴的なのは胸にあるアルファベットのYを思わせる赤い水晶体だ。

 

『き、貴様らは……』

 

 何回も吹き飛ばされながらもなんでもないように立ち上がったザギが映像越しに見える存在に忌々しげな声をあげ、

 

「あ、あれって……」

 

「何……?」

 

「おいおい……マジで?」

 

「リョウ君が、言ってた……」

 

 グレン先生達が信じられないというようにその存在を思わず現状を忘れてしまうほどに見つめ、

 

「ネクサスに……ティガ……ッ!」

 

 俺は、その巨人達──ウルトラマンの名を口にした。

 

 地上に降り立った二人のウルトラマンは互いを視認すると同時に軽く頷きあい、それぞれスペース・ビーストと向き合う。

 

 それを見て俺もウルトラマンを見た感動よりも優先すべきことを思い出し、ザギを見ると向こうは自身の宿敵の出現に怒りを露わにして俺達のことは意識外へと放り出していた。

 

 チャンスだと思い、今のうちに奴を倒すための話をしようとグレン先生へと歩み寄る。

 

「先生……奴が向こうに気を取られてるうちに纏めたいんですが、先生達はザギを倒すための策とかありますか?」

 

「ぇ……あ、あぁ……まあ、奴がアセロ=イエロだったらって思って用意したやつならあるが、これがアイツに効くかって言われるとわからん。お前の方は? その……お前のその力……」

 

 グレン先生が聞きたいのは俺の腕や俺から漏れ出ている力についてだろう。だが、ここでそれを説明できるほど時間の猶予はないのでそっちの説明は放り出して今やれそうなことだけを言おう。

 

「こっちについては今は多く語れませんけど、とりあえずアイツを倒せるかもしれないというくらいには行けそうです。あと、これらも先生達に」

 

 俺が取り出したものを見ると先生達は目を開いて驚愕する。

 

「ただ、使い所は気をつけてください。今の俺がこれを使用したら、多分……もう二度と」

 

「お前……いいのか、こんなところで?」

 

「こんなところだからこそです。今ここでやらなきゃ、それこそ()()()()に怒られるんで」

 

「……わかった」

 

 俺の意思を汲んでグレン先生は俺の手からソレを受け取る。

 

「で……それらの特徴と俺が取りたい作戦なんですけど……」

 

 俺はグレン先生達に渡したソレと俺が現在取れ得る作戦、奴の特徴や考え方などを軽く説明した。

 

「ただ……これが成功してアイツを倒してもここで終わるかどうか……なにぶん、物理的な破壊だけで倒せそうな相手じゃなくて……なんでかって聞かれると答えに困りますけど、多分アイツは人間の悪感情さえあればスペース・ビーストみたくそこに魂──って、言えばいいのかな? とにかくそれと同調して復活しかねないんで」

 

「ん? 魂……要するになんだ? アイツを倒すには物理的なものとは違う手段が必要ってことか?」

 

「まあ、そうなりますけど……生憎、今の俺にもそれはできないので。けど、先送りになったとしてもアイツをここで倒さないと──」

 

「だったら大丈夫だな」

 

 例え再戦することになったとしてもと覚悟していたところにグレン先生が俺の言葉を遮る。

 

「お前のおかげでこいつが効きそうだってのはわかった。だったら後は突っ走るだけだ」

 

 グレン先生が銃を俺に見せつけながら笑いかける。まだ何も聞いてないが、グレン先生の手札にアイツを倒せるものがあるというのなら、それを信じるだけだ。

 

 俺はグレン先生へと笑い返して腰を落とす。

 

「じゃあ、一丁目に物を見せてやろうじゃねえか!」

 

「っしゃあ!」

 

 足を踏みしめ、一気に力を地面に押し出すと同時に音にも匹敵する速度でザギへと肉薄する。

 

 ここから流れを作るのは俺達(人の心)だっ!



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第45話

 地上、アルザーノ魔術学院では突如二体の巨人が現れたかと思うと戦線にいた者達を脅かしていたスペース・ビーストへと駆け出し、攻撃を仕掛け始めた。

 

 片方……赤と紫の巨人、ティガは空中前転で接近すると鋭い手刀を脳天に叩き込み、スペース・ビーストの攻撃を地面を転がることで回避し、背後から掴みかかって学院から引き離そうとする。

 

 だが、スペース・ビーストは触手を伸ばして背後にいるティガを縛ると学院へと投げつけた。

 

 視線を移し、もう片方の巨人ネクサスは走り出して接近しながら腕に備えられた手甲に手を添え、光の斬撃を複数牽制として撃ち放つ。

 

 そのままスペース・ビーストの眼前まで肉薄して身体を捻りながら重い拳を喉元へ打ち込み、身を捩らせたところに両手を握り込んで脳天へ振り下ろす。

 

 そのままスペース・ビーストへマウントを取ると、拳を何発も打ち込んでいく。

 

 スペース・ビーストも負けじと激しく抵抗を繰り返すとネクサスはバランスと崩して地面を転がり、その隙を突いてスペース・ビーストはネクサスへ突進し、その巨体を学院まで吹き飛ばした。

 

 再び学院へ接近するスペース・ビースト……これ以上人々を襲わせまいとティガとネクサスは一瞬後ろを見やると視線を戻して再び駆け出す。

 

 だが、突如地面が割れたと思うとそこから長い触手が飛び出し、二人の首に巻きつく。

 

 振り解こうにも触手はまだ残っており、それぞれの両腕を縛って完全に動きを封じられてしまう。このままスペース・ビーストが二人の巨人を攻撃しようと迫っていく。

 

 その時、どこからか紫電の閃光が飛来してティガとネクサスの手を縛っていた触手を焼き切った。

 

 それは二人の巨人が戦闘している間に立ち直ったアルベルトを中心とした狙撃組が黒魔[ライトニング・ピアス]を主にした遠距離射撃によってスペース・ビーストへ一矢報いようと静かに構えていた。

 

「十のうち四っ! 二体の巨人の手を縛る触手に命中っ!」

 

 観測を担当しているセシルの報告が狙撃組へと響き渡り、アルベルトは更に追撃を仕掛けようと両手に持つ狙撃用魔杖の照準をずらす。

 

「総員、次は首に巻きついた触手だ! 巨人達の束縛を完全に剥がす!」

 

「「「はいっ!」」」

 

 アルベルトの指示を聞き、全員がティガとネクサスを縛る触手に狙いを定めて紫電を閃かせる。

 

 空を切った紫電が巨人二人の首を絞めてる触手へと到達し、その拘束を緩める。隙の出来たところにティガとネクサスは触手を握りしめ、力づくで引きちぎった。触手を引きちぎられた痛みか、スペース・ビーストが奇怪な悲鳴を響かせる。

 

 ティガとネクサスが一旦距離を置き、学院へと視線を送ると学院から様々な声が響いてくる。

 

 それは自分達を守っているんだと信じた学院の生徒達が中心になって巨人達を応援するものだった。援護射撃を指揮していたアルベルトも、声こそ出していないが軽く頷いて引き続き援護するという意思を表す。

 

 ティガとネクサスは頷き、スペース・ビーストへ向き直るとティガは両腕を眼前へ、ネクサスは左腕を胸元へ持っていく。

 

 すると、ティガの額にあるクリスタルから赤い光が閃き、両腕を振り下ろすと同時に赤と紫の二色から赤一色へと変化し、その体つきも直前より筋肉が肥大化する。

 

 先程までの二色の形態はマルチタイプ……全ての能力のバランスが取れたスタイル。そして、今の姿は力と耐久力に優れた剛力形態、パワータイプだ。

 

 そしてネクサスは左腕に備わった手甲、アームドネクサスを輝かせると彼の周囲が水が流れるように光が波打って降り注ぎ、その身体が赤く輝いた。

 

 先程までの形態、基本の姿であるアンファンスから更に力を解放した姿、ジュネッスへと姿を変える。

 

『デヤッ!』

 

『ジェアッ!』

 

 先程よりも力強さの籠った声を響かせ、地響きを鳴らしながら再びスペース・ビーストへ接近する。

 

 

 

 

 

 

 大層な啖呵を切りながら駆け出し、自分の中から感じる力の限りを脚力へと変え、ザギへと接近する。

 

 ようやく俺へと意識が向いたが、その時には俺の拳が奴の顔面を捉え、その身体を吹き飛ばした。

 

『ぐ……貴様ぁ……ッ!』

 

 ザギが憤怒に満ちた眼光を向けるが、間髪入れずに再び高速で接近して拳を叩き込む。

 

 今度は防御されてしまったが、俺はすかさず蹴りを打ち込んでザギを退け空中前転してからの踵落としを見舞うとザギはそれを受け止めて空中へと放り投げられる。

 

 飛ばされながらもバランスを整えようとすると妙な浮遊感に包まれ、自分が浮いてるのがわかる。一瞬驚いたが、これもこの力に目覚めた所為だろうと即結論づけてザギと向き合う。

 

 ザギが肉薄し、拳や蹴りをぶつけ、防ぎ、躱し、普通の人間では目で捉えることも困難な高速の攻防戦を繰り広げ、ザギのカウンターで俺はこの空間に所々突き出ていた柱の一つに叩きつけられる。

 

 柱が粉々に砕けるほどの衝撃だというのに俺自身は痛みはあれど、身体はそこまで深刻なダメージは受けていなかった。そこは力が目覚めたために身体も釣られて頑丈になったということだろう。

 

 だが、いくら頑丈になったり五感や力が高まっても俺自身の闘いに関する勘が追い付けていない。多少技の応酬ができてもすぐに向こうに対応されてしまう。

 

 だが、それは俺一人が闘っていればの話だ。

 

「いいいいぃぃぃぃやああああぁぁぁぁ!」

 

『ぐっ!?』

 

 ザギの攻撃が叩き込まれる寸前、大きな刃がザギを斬りつけた。リィエルが攻撃の速度が緩む一瞬の隙を突いて剣戟を浴びせた。

 

「おおぉぉぉぉらぁ!」

 

 更にグレン先生がルミアの力を授かった状態で[ウェポン・エンチャント]で更に強化された拳をザギの顔面に叩き込んだ。

 

 一瞬ぐらつきつつも、ザギは新たに飛び込んだ二人の動きにも対応してカウンターを決める。

 

「まだまだぁ!」

 

 グレン先生は一枚のカードを取り出すと自身の胸に押し当てる。それはいつも使っていたグレン先生の固有魔術(オリジナル)を起動するためのものではなく、ウルトラマンの描かれたカード。

 

 そう……さっきの作戦会議で俺はそれぞれにウルトラマンのカードを手渡していた。コイツを倒すためには俺一人が使っても無理だろう。なら、ここにいる全員がかりで倒しにいこうということ。

 

 単純な結論の気もするが、ウルトラマンによって力の性質は異なるし、俺以外の人と相性のいい組み合わせもあるかもしれない。

 

 特に今グレン先生が使用したのは『ウルトラマンダイナ』。この戦士はティガみたいにタイプチェンジの使えるウルトラマンだが、それは一回の戦闘で一度しか使用できないというデメリットがある。だが、それ故かは知らないが高いポテンシャルを誇り、窮地に追い込まれると普段以上のパワーを発揮する。その性質はいざという時の勝負強さを持つグレン先生と相性が良かったか、俺が使っていた時よりも身体的な強化がなされてる気がする。

 

「だあらぁ!」

 

 グレン先生の強化された拳でザギが吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「やあぁぁぁぁぁっ!」

 

 そこに間髪入れずにリィエルが自慢の大剣に炎を纏って斬りかかった。

 

 彼女にはメビウスのカードを手渡し、炎の力によって普段以上のパワーを発揮した剣がザギの身体へ振り下ろされ斬撃と共に灼熱の炎を浴びせ、その場に火柱が立った。

 

『ヴァアァァッ!』

 

 火柱の中からまだ炎に包まれたザギが飛び出してグレン先生とリィエルを殴り飛ばした。

 

「シャアッ!」

 

 ザギが攻撃を放ったところに飛び込んで奴と共に地面を転がり、空中へと放り投げる。同時に自らも空中へ躍り出て拳と蹴りをあらゆる方向から連打する。

 

 それも数秒すれば腕を掴まれ、何回も振り回されて地面へと叩きつけられる。それから追い討ちをかけようと俺目掛けて急降下を始めた。

 

「《荒れよ風神・千の刃となりて・激しく踊れ》っ!」

 

 俺とザギの間に青白く光る風の刃が球状に吹き荒れた。今度はシスティがヒカリの力を使って風の魔術を強化していた。

 

 ザギは荒れ狂う風の刃の中に飛び込んでしまい、その身を刻まれていく。

 

 これによってザギの動きが止まり、その隙に俺は姿勢を直して意識を集中する。すると、俺の右手の甲の水晶体が青く輝く。

 

 同時に俺の身体を赤黒い稲妻が駆け巡り、かつてないほどの力の高まりを感じた。その溢れんばかりの力を右手の水晶体に集中させ、それをザギに向けて腕をL字に組んで照射する。

 

「いっけぇ!」

 

 叫ぶと共に蒼白の光線に赤黒い稲妻が螺旋状に纏ってザギの身体へと吸い込まれ、大爆発を起こした。

 

 ベリアルの闇の力とついさっき目覚めた光が渦巻くような力……この技に名をつけるなら『ヴォルテック・シュート』というべきか。かなり強力な光線技だ。

 

 いくらザギとはいえここまでやって倒せないまでも軽症で済むとは思えない。そう思いながら警戒混じりに爆発地点まで歩んでいく。

 

『この、紛い物ごときがぁっ!』

 

 怒り狂った叫びと共にザギが飛び出して俺に飛びかかり、首を掴んできた。

 

 身体の所々に罅のような傷跡がはしっているが、まだ戦闘できるだけの余力は残っていたようだ。

 

 ……だが、それくらいは想定済みだった。

 

「あああぁぁぁぁぁっ!」

 

『ぐっ!?』

 

 突如ザギの身体が吹き飛ばされた。俺へ意識を向けるあまり、既に吹き飛ばしたリィエルのことは頭から外れていたようだった。

 

「《集え暴風・戦鎚となりて・打ち据えよ》っ! 打て(ツヴァイ)! 叩け(ドライ)っ!」

 

 そこに更にシスティーナが[ブラスト・ブロウ]を三連発叩き込んでザギを地面へ落とす。

 

 ちなみにザギに吹き飛ばされた筈の二人が早い段階で戻ってきたのはルミアに渡したコスモスの力でブーストされた治癒術(ヒーリング)でダメージはおろか、マナも一気に回復し、更にルミアの『王者の法(アルス・マグナ)』という力で二人の魔術の効果が増幅されていた。

 

 だが、あれだけの攻撃及び不意打ちを喰らっても未だに奴の闘志は衰える気配を見せなかった。

 

『この……虫ケラ共がぁ!』

 

 ザギの身体から更にドス黒い闇のオーラが醸し出される。これ以上効果のない攻撃を重ねても奴をより本気にさせるだけ。近くにノア……いや、ネクサスの元へ行くために一時撤退を選択される可能性だってある。だから、ここでケリをつけるしかない。

 

 俺は再びザギへ向けて突進して右手を奴目掛けて振り下ろす。同時に右手の水晶体が輝いて俺の右腕を水のオーラが包み、巨大な鉤爪と化する。

 

「『龍爪』っ!」

 

 俺の水の鉤爪──黒魔[ネイル・シュトローム]は例え厚い鉄板だろうが、切り裂けるぐらいの鋭さは誇る。だが、ザギは大ダメージを負いながらそれすら驚異的な腕力で防いでしまう。

 

『自惚れるなっ! 巨人になれないのはおろか、光にも闇のどちらにも染まりきれない虫けらごときが、俺を倒せると思うなっ!』

 

「ま、確かにウルトラマンと違って俺じゃあどう足掻いても倒せそうにないな」

 

 今まで借りてきたウルトラマン達の力をフルで使えていたとしても、ベリアルの力を使いこなせたとしても、目の前のコイツを倒すには到底足りないことだろう。だが……

 

()()()()()……」

 

『何……っ!?』

 

「ま、要するにこういうこった」

 

 ザギが気づいた時には既に背後をグレン先生が取り、銃をザギへと突きつけていた。舌打ちしながら回避を取ろうとするが、そうは問屋が卸さないってな。

 

『グ……クソ、貴様っ!』

 

 回避を取ろうとした奴を俺が水の鉤爪を変化させて奴の身体を捉え、更に素早く詠唱を混ぜて[テイル・シュトローム]も発動させてザギを拘束する。

 

 さっきまでならともかく、あれだけの攻撃を加えてそれなりのダメージを負った今ならこの拘束から抜け出すのは容易ではないはずだ。

 

「そろそろ往生しろや、よくわからんバケモン。どっから引っ掻き回してくれやがったか知らねえが、もういい加減馬鹿騒ぎも終いにしろや!」

 

 グレン先生がザギに突き付けた銃の撃鉄を親指で引っ張る。

 

「《0の専心(セット)》……」

 

『ぐ……この、虫けらがぁっ!』

 

「虫けら虫けら……その虫けらに追い詰められてるお前って、一体なんなの?」

 

 拘束から必死に抜け出そうとするザギに向けて質問するとザギの抵抗が一瞬弱まり、こちらに憎しみの眼を向ける。

 

「ただでさえ力が強い上、人間の闇を利用するのが得意なお前からすれば確かにそう見えるかもしれないけどさ……」

 

 コイツは正真正銘の化け物だ。さっき言った通り、その手の能力に長けてるしノアの力を持ってしてもこうして生き延びてるあたり、ザギは人間には決して倒し得ないものではと諦めたくなってしまう。だが……

 

「今の俺が言ってもどうかと思うけど……あまり人間舐めんじゃねえよ!」

 

 俺の叫びと同時にグレン先生の指がトリガーを引いた。

 

 この場を包んでいた喧騒が、銃の発砲音と共に一瞬にして収まった。

 

 それからしばらく沈黙がその場を支配していたかと思うと、呻き声が響いてきた。目の前にいるザギからだ。

 

『グッ……ウゥ……ッ!? き、貴様……一体、何を……』

 

 ザギが呻きながら問い、膝を崩していく。俺は拘束を解いて一歩退き、グレン先生も俺の傍へと移動する。

 

『貴様、何をした……? 貴様の攻撃は……俺に傷一つつけてない……なのに、何故……』

 

 そう……。グレン先生が放った攻撃は何故かザギの身体を通ってはいない。なのにどうしてザギは満身創痍という風に膝を着いているのか、俺も不思議に思っている。

 

「そりゃあな……コイツは俺のもう一つ、二度と使わないと思って封印してた固有魔術(オリジナル)……愚者の一刺し(ペネトレイター)。俺の魔術特性(パーソナリティ)[変化の停滞・停止]を弾丸に込めて放つ術だ」

 

『それが……何だ? 何故虫ケラの攻撃が俺を……俺の力を崩していってる……?』

 

 確かに……こうしてみればザギの内側から徐々に何かが崩れるのを感じる。グレン先生の固有魔術と言ったが、そのパーソナリティが弾丸に乗ってるからといってザギをこうも追い詰められたのは一体……。

 

「この魔術火薬によって発射されたコイツはな……あらゆる物理エネルギー変化が停止し……同時にあらゆる霊的要素に破滅の停滞をもたらす」

 

『な、なに……を?』

 

「わからねえか? お前って存在がいかに外側を頑丈な護りで堅めようが、お前っていう存在がいかに不死身だったとしても……いくらなんでも魂そのものまでガードするなんていうのは不可能だろ。俺のコイツはその護りを擦り抜けてお前という存在そのものに攻撃を入れたんだ」

 

 それはそうだ。ザギが不死身だとしてもそれは力の源が生物では触れることができないものだからだ。だが、グレン先生の固有魔術はその触れられない部分に強引に針を刺しこみ、亀裂を入れるものだった。

 

「つっても……コイツはその性質上、外界に晒されるとあっという間に効果が失っちまうから遠距離から射撃で打ち込むって動作ができやしねえ。ああしてゼロ距離でぶち込まなきゃてんで使えやしねえ。コイツらの協力でもなきゃな」

 

 そう言ってグレン先生は俺の肩をポン、と叩く。

 

『ぐ……そんな……俺が、こんな……虫ケラどもに……』

 

「何度も言うけどな……人間を舐めるなよ。こちとら散々人間以外の相手との戦闘強いられてんだ。今更人外の一体二体で跪くなんて思うんじゃねえぞ」

 

「来るならいっそ巨体に戻れるまで待つべきだったな。人間を甘く見て、中途半端に意識だけ戻った状態で表舞台に出るべきじゃなかった」

 

『その通りだね』

 

 突如俺達以外の声が響き渡ったことに驚いた一瞬のうちに事は急転した。

 

『グッ!?』

 

 突然ザギの心臓部分が破裂した。いや……別の腕が貫いた。

 

『いやぁ……随分予定が狂ったよ。彼を当てれば出て来てくれるだろうと思ったけど、彼が退場しかけた時は私もヒヤヒヤしたよ。まあ……思わぬ展開もあって消耗したおかげで作業も比較的楽に終わりそうだ』

 

『ぐ……貴様、は……?』

 

『これから消えようとする者にわざわざ名乗る趣味はないよ。まあ、初対面が多い中だし……名前くらいはいいか』

 

 それからザギの背後からぬ〜、と顔を覗かせてきたのは青黒い仮面だった。そして、目の部分からは禍々しい紅の光が怪しく光っていた。

 

『初めまして、先生と生徒の皆さん。私はトレギア……しがない悪魔さ』

 

「トレギア……今まで何してたかと思ったら、狙いはソイツだったのか」

 

『おや、リョウ君。地獄からわざわざ、お帰り。随分格好良くなったんじゃないのかい?』

 

 トレギアは俺の右腕を指しながら挑発めいた事を言う。

 

「何でここに……なんて言うのは今更だからそっちはいい。何故ソイツを……お前の目的は何なんだ?」

 

『おやおや……せっかく君達の手伝いをしたのにお礼はないのかい?』

 

「ふざけろ……お前がそんな親切心で動く奴な訳あるか」

 

『はぁ、やれやれ……これでも一応ウルトラマンなんだけどね。まあ、君達のためでないのは否定しないけどね』

 

 そう言いながらトレギアは指をパチン、と鳴らすとザギが突然苦しみ出し、周囲に黒い靄が溢れ出た。

 

「──ッ!? あの靄、どこかで……」

 

 何か妙に見覚えのある靄だと思ったが、記憶を探るとあの靄から感じる波動と同系統のものに覚えがあった。

 

「そうだ……聖リリィ学院のマリアンヌの剣からでてた……まさか、あれも!?」

 

『あぁ……あれか。この星の人間の魔導具に私の力がどれだけ影響するかちょっとした実験のつもりだったのだが……正直あれのモデルになった聖遺物が元々人間達の手に余る代物だったから大したデータは得られなかったね』

 

 俺の推測を認めるもトレギアからすれば大した出来事と思ってなかったのか、思い出すのに若干時間がかかっていた。

 

 そういった部分も問いただしたいところだったが、そんなことよりももっとやばいことが目の前で起こっていた。

 

 黒い靄がトレギアの貫いたザギの傷を入り口にどんどん入り込んでいき、ザギが苦しみの声を上げながらその身体を徐々に膨らませていく。

 

『ん〜……一応身体はこの世界の人間の者の筈だけど、やはり収まり切るものじゃないね。まだデータが不足してるか……この世界の法則というのは中々掴みづらい』

 

「トレギア……一体何を……っ!?」

 

『もう少し実験をね。とはいえ、やはりこの世界の人間とはいえ私達の基準で力を収めるというのは難しいみたいだね。意図した事じゃないとはいえ、すぐ巨大化してしまう。あまりスマートなものじゃないね』

 

 トレギアはこんな状況にも関わらず、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 

 そうこうしてる間にもザギはどんどん膨れ上がり、おそらく数分と待たずにこの空間を圧迫するほどにまで巨大化してしまうだろう。もうここにとどまるのも危険だった。

 

「く……先生っ!」

 

「ああ、わかってる! 一緒に来たセリカもそろそろ飛べるくらいには回復してる筈だ! すぐにこっからずらかるぞ!」

 

 ロクに会話もできない状況でこの場を後にしようと駆け出し際に背後を見ると、既にトレギアの姿はなく、今もなお膨張し続けているザギだけだった。

 

『さて……この実験で()()()()()()()()()()()()……様子見と行こうか』

 

 崩壊する音が大きすぎるため、虚空に響くトレギアの声は俺の耳に入る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達がいた場所──《炎の船》が崩壊する直前、船の中腹辺りで一体の竜──アルフォネア教授が魔術で変身した姿らしい──が待機していた。

 

 俺の姿を見て一瞬眼を見開いたが、緊急事態だというのはわかっていたのか、巨大な顎で器用にルミアとシスティを優先して背中に乗せ、それに残った俺達が飛び乗ったところで巨大な翼を広げ、飛び立つ。

 

 その直後、《炎の船》が轟音とともにその船体が粉々に砕け散り、それ以上の巨大な黒い物体が姿を現した。

 

 俺達含め、地上に見えるみんなやウルトラマンも戦闘中とはいえあまりの異常事態に何事かと上空を見上げていた。

 

 今なら好機とも言える筈にも関わらず、二人のウルトラマンと相対していたスペース・ビーストは反撃するでもなく、ただ上空に向けて何かに共鳴するかのように咆哮をあげていた。

 

「うっ……ぐぅ!?」

 

 その音は文字通り肌でも感じるくらい周囲の空気を振動させるほどだった。更には脳まで直接揺らされてるような気持ち悪さでどうにかなってしまいそうだった。

 

「リョウ……おい、どうした!?」

 

 俺が苦しんでるのを見てグレン先生が俺の身体を支えながら呼びかけてくる。

 

『う……人間の耳じゃ感じない程の高周波が響いてんだよ。これは……今のあたしでも、堪えるな……』

 

 今は竜の身体であるアルフォネア教授もこの気持ち悪い高周波を感じているのか、飛行がやや不安定気味だった。

 

 これがしばらく続くと、地上にいた二体のスペース・ビーストが上空へと飛び立ち、進路途中にいた俺達のことも無視して更に上に浮かんでる黒い物体へと突っ込んでいく。

 

 手前まで行くと黒い物体から突如触手のようなものが伸び、二体のスペース・ビーストの身体に巻き付き、抵抗するどころかまるでそう望むかのように黒い物体と同化していく。

 

 そうしてようやく気持ち悪い高周波が鳴り止んで意識がハッキリし、アルフォネア教授の飛行も再び安定した。

 

「おい、リョウ……一体何が起こってるかわかるか?」

 

「ああいうのに大抵の理解はあると自負してるつもりではあるんですけど……あれは俺にもわかりませんよ。ただ……あれから感じる限りとんでもないものが出てこようとしてることだけは嫌でもわかります」

 

 実際、スペース・ビーストを取り込んでから黒い物体が小さくなっていくが、逆に内部から感じる力がみるみる強くなっていくのを本能で感じる。

 

 黒い塊がウルトラマン達程度の大きさまで収縮すると、そこから卵の殻を破るように人型の腕が黒い塊を突き破ってきた。

 

 更に足、胴体、頭の順に出てきてその全体図が露わになった。漆黒の身体に血管のような赤いラインはザギと変わらないが、その背には悪魔の翼を思わせる一対の突起物が生え、顔はザギのものとその左右にウルトラマンに似た別の顔が二つ付いていた。

 

 慌ててあの存在の事を考えるが、俺の知識の中にあのような姿に関する情報は欠片もなかった。

 

 似たようなものならファンブック的なものからダークルシフェルという設定だけ載せられたものと特徴が合致する部分があるが、アレはそれよりももっと禍々しいものだった。

 

「あ、悪魔……?」

 

 巨大で尚且つ、邪悪な雰囲気の漂う漆黒の巨人の姿に周囲の空気までもがまるで凍りついたかのように沈黙した中、無意識なのか地上で誰かがそう呟いたのが聞こえた。

 

 上空に浮かんでいるのはまさしくその呼び名が相応しい存在だ。宗教的な書物にしか存在してないと思っていたものが現実に飛び出してきたような光景に誰もが呆然とする中、漆黒の巨人がその手をゆらり、と上へ掲げた。

 

「──っ!? 躱せぇ!」

 

『チッ! お前ら、掴まってろ!』

 

 ダークルシフェル(仮)の動作と同時に巨大な力が収束するのを感じた俺は敬語抜きで叫んでしまった。アルフォネア教授も俺の言いたいことがすぐに理解できたのか、それを咎めようとはせずにすぐに行動に移した。

 

 奴が掲げた腕を中心に赤黒い稲妻が次々と雨のように襲いかかってくる。アルフォネア教授はどうにか回避できてるが、地上にいるみんなは──というより、これは人間の機動力で回避できるレベルではなかった。

 

 不幸中の幸いか、学院に到達することはないが、街の民家や施設のいくつかがこの攻撃によって木っ端微塵になってしまった。

 

 街を傷つけられたことには憤りを感じるが、今はこの攻撃を凌がなくてはならない。だが、アルフォネア教授の飛行能力を持ってしてもこの稲妻の雨をいつまでも潜り抜けられそうにない。

 

 そう思った矢先に稲妻の一つが死角から飛来して来るのを感じたが、回避させようとするのはおろか、声をかける暇もなかった。

 

 このまま命中してしまうのかと、最悪俺が盾になることも考えたところに俺達の周囲を虹色に輝く水の波紋のようなものが稲妻を防いだ。

 

 そのまま守られること数秒……稲妻を目にしてチカチカした視界が戻ると、俺達の頭上に地上にいたウルトラマン達が両手を掲げて守ってくれていた。

 

 しかもその姿も変わっており、ティガは全身が紫一色へと染まった空中戦に優れたスカイタイプに。ネクサスは濃淡分かれた青いジュネッスブルーへと変化していた。

 

 ウルトラマン達が守ってくれたんだと一安心するが、ティガとネクサスは互いを見合って頷き、すぐにダークルシフェルの方へと飛んでいく。

 

 奴もその気配を感じたのか、僅かに首を動かしてからゆっくりと身体を二人の方へ向ける。

 

 ティガとネクサスがそれぞれ上昇したスピードを持って上下左右と縦横無尽に飛び回りながら拳や蹴りを叩き込むが、スピードに特化した反面パワーが下がってしまう形態では劇的な変化を遂げたあの悪魔にロクなダメージは与えられなかった。

 

 ダークルシフェルがゆらり、と身体を動かしたかと思うと何かの激突音が二つの方向から同時に聞こえ、目を向けるとティガとネクサスがいつの間にか地上へ叩き落とされ、その足元には大きなクレーターが出来上がっていた。

 

 慌てて視線を戻すが、ダークルシフェルはあの場所から特に動いた様子はなかった。そして再び奴が手を俺達へ向けると奴の掌から一瞬妙な揺らぎが見えた。

 

「ッ!? 右へ回避ぃ!」

 

 慌てて叫んでアルフォネア教授も懸命に動いてくれたが、初動が遅れてしまったのか目に見えない衝撃波が左翼に掠って大きくバランスを崩してしまった。

 

 その所為でただでさえ空中で安定しない中をずっと身体を強張らせて耐えていたルミアとシスティが激しい揺れで遂に空中へと放られてしまった。

 

「白猫っ! ルミアっ!」

 

「──の……『龍尾』ッ!」

 

 俺は咄嗟に[テイル・シュトローム]で二人を確保しようとするが、まだアルフォネア教授が態勢を整えられないために二人まで水の尾が届かない。

 

 俺は咄嗟にアルフォネア教授の背から()()()()()、どうにか二人を確保することに成功した。

 

「ふぅ……危なかった。二人共、無事か?」

 

「え……う、うん。無事は無事なんだけど……」

 

 ルミアの俺を見る目が驚愕に満ちていた。この場において今更なんでそんな表情をするのか一瞬理解できなかった。

 

「あんた……空、飛んでない?」

 

「……え?」

 

 システィに言われて自分の足元を見てみると、その下は荒れた地上だった。そう、足元に何もなかった。そこまで理解すると自分の身体が妙な浮遊感に包まれているのが今更ながらにわかった。

 

「お、お前……いつの間にそんな高度な飛行魔術なんて使えたのか?」

 

 少し遅れてようやく態勢を立て直したアルフォネア教授の背でグレン先生が呆然と宙に浮かぶ俺を見ながら呟いた。

 

「イヤ、多分……これもベリアルの力が身体に浸透した影響だと……」

 

 今のところそれ以外に心当たりなどない。まあ、俺一人だけでも飛べるなら若干であれどアルフォネア教授の負担も軽くなるだろう。俺はそう思いながら二人をアルフォネア教授の背中へと戻した。

 

「……で、どうすんだ? お前の憧れっつうウルトラマンも、今絶賛ピンチみたいだが……あの悪魔みてえなのどうにかできるアイディアなんかあるか?」

 

 グレン先生が不安げに俺を見ながら聞いてくるが、それは俺だって聞きたいことだった。

 

 俺が何も言えないのを見てアイディアなどないと悟ったのか、視線を外して溜息を吐いた。

 

「くそが……魔将星と命懸けの戦いしてザギとかなんかにも勝ったと思えばわけわからん変態仮面の所為で変なデカブツと戦うハメになったり……()()()()もリョウの事ばかりじゃなくてもっと他に情報寄越してから消えろってんだ!」

 

 本当にピンチの連続でグレン先生じゃなくても愚痴りたくなって──ん?

 

「……先生、今のどういう意味ですか?」

 

「あん?」

 

「こんな時に聞くのもなんですが、そもそも俺の中にいるベリアルのこと……誰から聞いたんですか?」

 

 今のグレン先生の口ぶり……まるで誰かの口から俺のことを知ったかのような感じだ。そもそもまだ語ったことのないベリアルの事を何処で?

 

「あ、あぁ……お前が一時的に心臓止まってた時、どっかから変な声が聞こえてさ。そん時にお前がベリアルの力を宿しただ、いろんなもん引き寄せるだ、色々な。一方的にお前の事話したと思ったらすぐ交信?をぶち切りやがって……」

 

「…………」

 

 それはつまり……()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、これだけ側から見ても劣勢だとわかる上に人間の手でどうにかできる領域をとっくに超えているのに未だに来ないのはいくらなんでもおかしい。

 

 そう思いながら上空を見上げ、全神経を集中させるとうっすらと……毒々しい光を放つ魔法陣のようなものが見えてきた。

 

「……あれか!」

 

「おわ!? 一体何だっ!?」

 

「まだこの状況ひっくり返せるかもってことですよ!」

 

 俺の言葉にグレン先生達の顔が明るくなってきた気がした。

 

「……で、これからどうすればいい?」

 

 どんな手段がとは聞かず、グレン先生は自分達の役割を尋ねてくる。他のみんなも余計な口を挟むことなく、質問をグレン先生に一任していた。

 

「……これから一人でここより更に上空に行きます。でも、アイツがタダで見過ごすとも思えません。だから……」

 

「要するに囮が必要ってわけだな。いけるか、セリカ?」

 

『流石にあんな存在に私のブレスは虫に刺された程度しか効果はないだろうが、引き付けるだけならどうにか、だな』

 

 俺が言いづらそうにしたセリフを先回りしてグレン先生はあっさりとその役割を引き受けようとしていた。

 

「ちょ、待って……ハッキリ言ってあんなの相手に囮って、死にに行くようなもんでしょう。俺がやるならともかく、それを先生達に任せようってのに──」

 

「だが、それしかねえんだろ? 少しでもこの戦いに勝つ確率が上がるならそれに賭けるしかねえだろ」

 

 いつもの軽口も引っ込め、ただ真剣な顔で俺の案を呑むと言う。みんなも口は出さないが同じ意見だと既にアルフォネア教授から二度と放られまいといつの間にかリィエルが錬金術で構成した鎖を身体に巻き付けて待機していた。

 

「……で、だ。肝心な所を最後に回したが、この状況をひっくり返す手段はあるんだな?」

 

 最後の質問としてその疑問を投げかけてきて、俺はもうみんなを信じて進むと決意を改めて右手を差し出しながら言う。

 

「ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()……てところですね」

 

 右手の甲にある水晶を撫でながら言うと、グレン先生はそうかと笑って頷いた。

 

「じゃあ、また一丁頼むぜ……人外(ウルトラマン)ッ!」

 

 妙な響きの言葉を残してアルフォネア教授に奴の元へ飛ぶことを促し、瞬く間に離れていった。

 

 俺も……言い出しっぺの癖に失敗するだとか真面目に笑えないから腹を決めてかからなきゃな。自分の両頬をパシンと叩いて自身を鼓舞すると魔法陣へ向けて上昇を始める。

 

 昇る間に俺は右手の甲の水晶に手を触れると、そこから二つの光を放ちながら俺の両手へと収まる。

 

 そこにあるのは同じデザインだが、群青と紫紺の二色の曲刀だった。こんな時に気の利いたようなネーミングなんて期待できないので群青の方を『水精(すいせい)』、紫紺の方を『晦冥(かいめい)』と名付ける。

 

 俺は二振りの曲刀を構えながら上昇すると何処からか白と黒の混じった稲妻が飛来してきた。咄嗟に身を翻して回避できたが、当たれば今の俺でもあっという間に消滅しかねないな。

 

「……まあ、魔法陣があった時点でお前が関わってないわけがないよな」

 

『フフフフ……そりゃあね。こういう困難続きがあるから人は醜くも美しくいられるんだ。予定に入れてないキャストの飛び入りはごめん被りたいんだよ』

 

 稲妻を撃ち放ったのはやはりというか、トレギアだった。何を企んでるのか全部は知り得ないが、自身の計画を邪魔されようならそりゃあ邪魔もしに現れるよな。

 

 だが、こっちもお前の思い通りにことを運ばせたくはないんだよ。

 

「悪いけど今はお前の相手をしてる場合じゃないんだ」

 

 そう言いながら俺は上昇するスピードを上げる。

 

『ツレないねぇ』

 

 トレギアもため息混じりに指先からエネルギー体を形成して弾丸のように俺へと撃ち放つ。

 

 あいつからすれば挨拶がわり程度のつもりだろうが、俺からすれば回避にせよ防御するにしても全力で行かなければならない。だが、あの弾丸のスピードから逃れるのは無理……ならもううまく流すしかない。

 

 俺は二刀を交差して構え、エネルギー弾が当たった瞬間に身を捻って軌道を逸らした。

 

「相手をしてる場合じゃないっつってんだろうが!」

 

 そう言い残して俺は更に上昇していく。もちろん俺の飛行程度……トレギアからすれば人間と蟻の歩みほどの差があると理解しているが、とにかくまずは魔法陣の元へ辿り着けなければ話にもならない。

 

 それでもトレギアはどうせ振り切れないと高を括ってるからか、余裕の笑みを浮かべながら徐々に距離を詰めていくが、そこに文字通りというか横槍が入った。

 

『テヤッ!』

 

 ティガが猛スピードでトレギアに身体をぶつけ、接近を妨害していた。だが、トレギアも若干の苛立ちを見せながらも左手から白黒の入り混じった閃光を浴びて距離を離されてしまう。

 

 同時にティガのカラータイマーが赤く点滅を始め、もはや一刻の猶予もなかった。

 

 俺は更に上昇して魔法陣を正面に捉えた。

 

『おやおや……脚本家を無視とは、関心しないね』

 

 尚も掴みかかるティガを殴り飛ばしながら俺へ向けて閃光を撃ち放ってきた。()()()()()()()

 

 俺は右手に持っていた『水精』を投げ放ち、変わり身のように左手の『晦冥』を放って離脱する。

 

「ティガッ! 剣に光弾をっ!」

 

 俺の叫びにティガは頷いて腕を水平に伸ばし、頭上で収束してから居合のようにエネルギーを矢のように撃ち放った。

 

 その攻撃はトレギアの閃光と共に『晦冥』に命中し、先に放った『水精』へ向けて飛んでいく。そして二つの剣が触れ合い、激しい光を纏いながら魔法陣へと穿たれていく。

 

 これこそが俺の作戦だった。今の俺でも魔法陣に辿り着いたところで何をしてもトレギアの作ったアレを壊すことは不可能だっただろう。

 

 だからこそあの剣の特性を利用することにした。あの剣……『晦冥』はエネルギーを吸収して内部に蓄えるのが特徴だ。量に限りはあるが、遠距離を得意とする相手ならそれなりに優位に立てるくらいのものを誇っている。

 

 対して『水精』は『晦冥』とは逆の、エネルギーを放出する……ただそれだけだ。だが、この二つが並ぶことによって『晦冥』の吸収したエネルギーがそのまま『水精』へと流れていき、相手の力をそのまま剣に乗せてぶつけることができる。

 

 増してや、咄嗟とはいえティガに頼んでトレギアの閃光に更にエネルギーを上乗せしてもらった。

 

 ──バキャアァァァァァァァァッ!──

 

 ガラスの砕け散るような音が天空に鳴り響き、頭上では魔法陣の光が粒子となって飛び散るのが見えた。

 

 これでこの窮地を脱させてくれる助っ人が来れる筈だ……。

 

『……ぁ〜あ……やってくれたね。本当に……お前達の存在というのはつくづく私を苛立たせるなぁ』

 

 トレギアが溜め息混じりに呟くと同時に俺に向けて黒白の閃光を撃ち放った。今の俺にはもう武器がないので身一つで受け止めなければならないが、あんな攻撃を受けようものなら俺は消滅してしまう。

 

 かといって、もう回避も間に合わないので最早これまでかと思った。

 

 だが、攻撃が当たる寸前……上空から何かが割って入り、俺の目の前で回転して盾となった。

 

 回転が緩んでその輪郭が見えるようになると、それは二つのS字に湾曲した刃だった。俺を守ったと思えば勝手に再度回転をして上空へと消えていく。

 

『ハッ! 自分の思い通りにならないからって八つ当たりか? 以前と違って随分短気になったか、トレギア!』

 

 刃の消えた方向から声が響いてきたかと思ったらエメラルド色の光球が飛来して轟音を響かせて大地へと降り立った。

 

 光球が粒子となって消え、その中から巨大な影が仁王立ちして現れた。

 

 赤と青の身体を持ち、頭部には二つの刃がトサカのように備え付けられ、鎧のような胸部から肩にかかったプロテクターの曲がりがその細身ながら屈強なラインを強調して見せていた。

 

『へへっ……あの結界に邪魔されたが、結果的にいいところで来れたな』

 

 左手の親指で顎を払うような仕草をしながらゆったりとトレギアやダークルシフェルを見やりながら不敵に笑う。

 

『やっぱ……主役は遅れて登場するもんだよな!』

 

 自信満々な口調で大見えを切り、もう一人の巨人……ウルトラマンゼロが降り立ってくれた。

 



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第46話

 紅に染まる空の下、あちこちに瓦解した建物と陥没した地面……その中で巨大な影がそれぞれ距離こそ空いているが、いつ衝突してもおかしくないほどの張り詰めた空気がこの街の重力を増してる気がした。

 

『ハハッ……こんな状況で言うのもなんだが、主役登場に相応しい舞台だな』

 

 その中の一人……ウルトラマンゼロが左腕をブンブンと振り回しながら正面にいる敵──トレギアを視界に収めながら得意気に言う。

 

『フフフ……やれやれ、流石はウルトラマンゼロ。おいしいところを横取りするのが得意なだけあるね』

 

『ハッ、テメェこそ……人の努力に水を差すのが得意なだけあるぜ』

 

 お互いに挑発めいた言葉を投げながらも相手の些細な動作も見逃さないという鋭い眼で観察していた。

 

 一瞬でも動き方を誤ればそこから一気に不利な立場にまで持っていかれるくらい油断がならないのはお互い理解していた。

 

 そして、俺達も……これだけ巨大な存在が周囲にいれば逃げるための行動も安易に起こせなくなる。下手なことをすれば却ってウルトラマン達の足手纏いになる。

 

 ゼロが降り立ってくれたとはいえ、トレギアの邪魔をある程度抑止しただけで二人のウルトラマンをピンチに陥れてるダークルシフェルに対する手はいまだに思いつかない。

 

 ひっくり返すなんて啖呵を切っておきながらまだこの窮地を脱する方法がまだ整わない。

 

 だが、向こうはこっちの事情など知ったことかと言わんばかりに戦いの火蓋を切って落とした。

 

 ダークルシフェルが翼のような部分から大量の光弾をミサイルのように発射して手当たり次第に地上へと落とした。その中の人的被害が出そうなものだけをティガとネクサスが同じく光弾で撃ち落とす。

 

 人のいないところに落ちた光弾で舞い上がった土煙に紛れてゼロとトレギアが動き出し、格闘戦が始まった。

 

 ゼロの素早く正確で鋭い拳打や蹴りをトレギアは舐めるように受け流し、反撃するかと思えば目の前で爪をチラつかせたり足払いを仕掛けたりと挑発するような戦い方だった。

 

 ティガとネクサスは再び空中へ躍り出てダークルシフェルに光弾を浴びせるが、依然としてダメージは通らず、目にも見えない高速打撃で吹き飛ばされてまた攻撃を仕掛け、反撃を受けるという流れを繰り返していた。

 

「おい、リョウ……あのウルトラマンが来たはいいが、未だにピンチ真っ只中なんだが、こっからどうすんだ?」

 

 グレン先生が緊張した顔つきで問うてきた。いくら援軍が来てくれたと言っても状況はほとんど変わってないんだ。そりゃあ疑念も沸くだろう。

 

「……すみませんが、ゼロが来てるの自体は先生の話で予想してましたが、俺の本来の狙いはまだ完遂してないんです」

 

「は? え、じゃあ何のためにあんな必死で法陣ぶっ壊して……」

 

「理由としては俺に気づいてくれるかどうか……これはかなりの賭けですけどね」

 

 俺の言葉にグレン先生達が訳がわからないと言った顔をしていた。

 

 まあ、いきなり本命が賭けだなんて言われたらそうなるだろうけど、正直トレギアがいる時点でゼロ一人が駆けつけたとしても事態が好転する保証なんてなかった。

 

 ゼロはとんでもなく強いのは知ってるけど、トレギアは余りにも得体が知れない。だから俺という存在がどれだけ響くかが鍵だ。

 

 だが、事態は俺の希望を壊そうと次々と大波を立てて寄ってくる。

 

『フフフ……やはり君はつまらないも厄介な奴だ、問題児君』

 

『テメェが言うな。さっさとケリつけて向こうの援軍行かなきゃいけねえからな。すぐに終わらせてやるぜ』

 

 ゼロが頭部に備わった刃、『ゼロスラッガー』を両手に握り、それを向かい合わせて巨大な弓形の大剣、『ゼロツインソード』へと形態を変えて切りかかる。

 

『おっとっと……悪いが、残業はしない主義なんだよ私は。あまりここで力を無駄遣いするわけにも行かないんでね。ここからは派遣達に任せるとするよ』

 

 そう言いながらトレギアは指をパチン、と鳴らすと空中にいたダークルシフェルが周囲の空気を大きく振るわせるほどの高周波を発生させた。

 

 余りの音の高さとデカさに思わず落下しそうになったが、どうにか留まることはできた。

 

 だが、一瞬閉じた眼を開いたら嫌な光景が広がっていた。俺達の眼下に何体ものスペースビーストが突如姿を現していた。

 

 ノスフェルや、バグバズン、グランテラ、ガルベロス、メガフラシ、ゴルゴレム、イズマエルなど……巨大なスペースビーストの軍勢が咆哮を上げて佇んでいた。

 

『うむ……生まれていたのはこれくらいか。まあ、人間達を潰すには十分すぎるかな』

 

『テメェ……相変わらずコソコソと色んなもん潜ませやがって』

 

『私だけで仕事は回らないからね。それに別件もあるしね……では、これにて』

 

 トレギアは再び指を鳴らすと背後に禍々しい魔法陣を出現させ、それを潜り抜けてこの場から消えていった。

 

『チッ! また厄介なもん残しやがって……っ!』

 

 ゼロはトレギアの行方を追おうとせず、ゼロツインソードを構えながら周囲のスペースビーストを警戒する。

 

 トレギアはいなくなったものの、それ以上に数を増やされて状況は更に悪化されてしまった。

 

 このままじゃ俺の賭けも間に合わなくなってしまう。

 

「リョウ……お前が何を狙ってるかは知らねえが、あのピエロみてえな奴のおかげで状況は最悪だぞ! もうのんびりあの巨人達に任せてる場合でもねえ、どうする!?」

 

 グレン先生の言う通り、ウルトラマン達に任せてばかりじゃみんなを守ることも難しい。

 

 せめてティガとネクサスの不足してるエネルギーを補えればいいんだが……俺の力を合わせても魔術ではスペースビーストにダメージを負わせることも出来ない。ウルトラマンをサポートしようにもそれが叶う手段も……いや?

 

「……先生、ちょっと聞きたいんですが」

 

「あん?」

 

 俺はグレン先生にある事を聞いた。答え次第では二人のウルトラマンに力を与えられるかも知れない。

 

 グレン先生は思案顔になって脳をフル回転させて俺の質問内容を考えた。

 

「……多分、出来なくはねえ。いくらセリカでも一人でそんな大それたことは無理だったかも知れねえが、今はルミアがいる。単独では無理な演算と調節もあの力があれば可能になるはずだ。だが、状況が状況だ……ただでさえそんな繊細な事をするためにとんでもないマナの量と演算力が必要だってのに、それを行うべき対象が動いてばっかになる以上当てるのも無理に近いぞ」

 

「動きに関しては俺がなんとかします。ダメージを与えるのは難しくても、注意を引いて動きを阻害するだけなら……空中を動けてかつ機動力のある俺が一番適任です。その間に先生達は準備を、そして最後の仕上げで俺も加わります」

 

「……これで、今度こそどうにかなるんだよな?」

 

「…………」

 

 その言葉には簡単に頷けなかった。これだけみんなが死力を尽くしても大した進展がなかった。その上こっからも何度命を掛ける行為を続ければいいかも予想ができない。

 

 だが、それでもやるしかない……。

 

「先生……このやり方がダメだったとしても、それが一々立ち止まったり、諦めたりしていい理由にはならない。例え死んでも、地獄から何度だって舞い戻って戦ってやるつもりですよ俺は」

 

「……縁起でもねえ事言うなって言っておきてえが、お前が言うと全く冗談に聞こえねえのがな。なら……こっちも何度も付き合って終わる度に説教ぶちかましてやるよ、ゲンコツ付きでな!」

 

 そう言いながらグレン先生は拳を振り上げて俺の胸の前まで持ってきた。俺は自分の拳で軽く小突き合わせて背を向ける。

 

「まだまだゆっくりするには遠いけど……俺達の明日を取り戻すまで、止まれるかぁ!」

 

 俺は一言叫ぶと同時に空中を駆け出し、ルシフェルの方へと飛ぶ。

 

 途中振り返ればみんなも俺の方へ何度か視線を向けるが、自分達のすべきことを必死でやり切ろうとしていた。

 

 申し訳ない気持ちだってあるし、これからもきっとそんな事が何度もあるだろう。だが、それ以上に自分を信じてそこまでしてくれるという信頼が嬉しい。そして、何としても応えたいという気になる。

 

 ウルトラマンが闘い続けているのも、これをずっと感じていたからという事だろうかと背中に感じるものを受けながらルシフェルへと接近する。

 

 俺の横槍にティガとネクサスが一瞬驚いたように俺を見やるが、それに構わず俺はルシフェルへと『ヴォルテック・シュート』を顔面目掛けて浴びせる。

 

 相手も俺に意識をむけ、ハエを叩くように片腕を俺目掛けて振り上げた。

 

 向こうは軽く追い払うつもりでやってるのだろうが、巨人達に比べて蟻ほど小さい俺たちからすればそれだけで命を潰されかねない兵器の一撃だ。一度たりとも喰らうわけにはいかない。

 

 俺は全力飛行でそれを躱して奴の周囲を旋回して再び攻撃を仕掛ける。

 

 それが十秒、二十秒と……最初こそ時間稼ぎを意識していたが、二度目のちょっかいから時間なんて気にしてる余裕なんかなかった。だが、多分四、五回目の辺りでようやく準備が整ったようで。

 

「リョウ──ッ! いけるぞっ!」

 

 グレン先生の声が耳に入り、俺はそっちに視線を向けて頷くと二人のウルトラマンに呼びかける。

 

「ティガッ! ネクサスッ! とにかく真正面からアイツ目掛けて突っ込んでくれぇ!」

 

 俺の突然の提案に二人のウルトラマンは一瞬驚愕するが、すぐに頷いて俺の言う通りにルシフェル目掛けて本当に正面から飛びかかった。

 

 だが、ルシフェルは最初の時と同じで目にも止まらぬ速さでティガとネクサスを地上へ叩き起こした。……俺の作戦通りに。

 

「ここだぁ!」

 

 俺は右腕を思いっきり振りかぶって手に握っていた二枚のカードをウルトラマンへ投げた。

 

「オラァ! 文字通りの出血大サービスだ、受け取れ巨人共っ! [イクスティンクション・レイ]ッ!」

 

 そしてグレン先生がそのカード目掛けてアルフォネア教授直伝の黒魔[イクスティンクション・レイ]を打ち込む。

 

 これが俺が立てた、二人のウルトラマンに力を与える方法だった。ここまででまだ使用してなかったティガとネクサスのカード……あのカードに込められてるのは本人達の力。だからそれらが二人の力として還元できるのは間違いないだろう。

 

 だが、あんな小さなカードだけでエネルギーが回復できるかどうかと言われると正直心許ないと思う。だから、グレン先生にはそこにあの魔術を攻撃ではなく、純粋なエネルギーとして降り注げるかどうかが問題だった。

 

 グレン先生だけでは攻撃として一発使うのが精一杯だろう。だが、ルミアのあの力のおかげでマナも底上げできるし、別の使い道に回すだけの演算力も持てるだろう。それをあのカードに当てて内部の光のエネルギーを増幅させた上でウルトラマンに力を与える。

 

 その予想は当たったのか、グレン先生の魔術を受けて眩い光を放ったカードがティガとネクサスのカラータイマーとエナジーコアに吸い込まれていき、赤く点滅していた光が最初の青色へと戻った。

 

 作戦成功と、心の中でガッツポーズを取ったのはハッキリ言って油断だった。

 

「リョウ君ッ!」

 

 ルミアの声で俺は自分目掛けて振り下ろされるルシフェルの手がようやく視界に入った。

 

 ウルトラマンの回復に気を取られて大きな隙を生んでしまった。回避しようにも距離的にもう間に合わないと確信できる。

 

 こうなったら受けるしかない……ついでにベリアルの影響で強化されてるだろう生命力にワンチャン賭けるしかないと思いながらこんな状況でも冷静な思考のまま目を閉じた。

 

「リョウ君っ!」

 

 すると、急に至近距離からルミアの声が聞こえた。ハッと目を開けると、俺はいつの間にかルミア達の傍にいた。

 

「……へ?」

 

 状況についていけなかった。テレポートなんて芸当は俺にはできないし、そもそも俺が何かしたような感覚もなければ先生達が何かした風でもない感じだ。一体何が起きたのか。

 

『ったく……俺の光速のスピードがなかったらお前、危なかったぜ』

 

『危機一髪だったな』

 

『なんか、どっかの誰かを思い出す無茶振りだな……』

 

 背後から三つの声が聞こえ、振り返ってみるといつの間にかそこに新たな巨人が立っていた。

 

 恐らく、俺を助けたんだろう膝をついた状態の細身の手裏剣を彷彿させる形のプロテクターの着いた蒼い巨人。

 

 身体の隅から隅まで隆起した筋肉が鎧のように覆われた大半が黒い、他と比べても頭一つ抜きん出た巨体と星形のカラータイマーが特徴の巨人。

 

 赤と銀の身体と、小ぶりだが鋭さのある側頭部から伸びた二本の角のある巨人。

 

『光の勇者、タイガッ!』

 

『力の賢者、タイタスッ!』

 

『風の覇者、フーマッ!』

 

『『『我ら、トライスクワッドッ! 星の危機を救うため、ここに参上したっ!』』』

 

 三人の見た事ないウルトラマンが一列に並び、それぞれ右手に付いた同じデザインの手甲のようなアイテムを掲げ、見栄を切った。

 

「トライ……スクワッド?」

 

『おいおい……俺達も来てるんだって忘れてないか、お前ら』

 

『あと、先に僕が彼の存在を感じたから君達も気づけたんだからね』

 

 更に上空から二つの声が聞こえ、頭上に視線を送ると空中にもう二人の巨人が浮いていた。

 

 一人は巨大な大剣を手に持ち、その胸に輪のようなカラータイマーを青く光らせた巨人ウルトラマンオーブ。

 

 もう一人は野獣を思わせる鋭い目つきと刺々しい赤と黒の模様が特徴のウルトラマンジード。

 

『よ……久しぶり、でいいか? 一応お前とは前に会ってるが』

 

『君が必死に宇宙へ向けて僕達を呼んでたの、聞こえてたよ』

 

 空中から俺に向けて軽く手を上げながら声をかけてきた。思ったより多いけど、ようやく俺の応援を呼ぶ声が届いたと分かった。

 

『へっ……遅えんだよ、お前ら』

 

 増援が降り立ってゼロも喜びの声を漏らした時だった。

 

『師匠ぉぉぉぉぉ!』

 

『……ん? この声……』

 

『師匠ぉぉぉぉ! 応援に来まし──だばぁっ!?』

 

 更に上空から声が響き、空の彼方から胸にアルファベットのZ型のカラータイマーを灯した巨人が飛び込んできた──と言うより、落下してきたどころか地面に顔面をめり込ませて来た。

 

 ……いや、何なのコレ?

 

『おま……何しに来たんだ、ゼット?』

 

 ゼロもこれには呆れてるのか、天を仰いで呟く。

 

『おいおい、大丈夫かゼット?』

 

『見事に空気ぶち壊したな……』

 

『大気圏外から重力の影響も考えずにブレーキもかけぬまま突っ込んだようだな……』

 

 タイタスと名乗った巨漢が大地にめり込んだ巨人を片手で引っ張り上げるとゼットと呼ばれた巨人は首を揺らしながらどうにか立ち上がった。

 

『大丈夫か?』

 

『あ、はい……すんません。ちょっと急ぎすぎてブレーキかける暇もありませんでございました』

 

 ゼットが変な言葉遣いで引っ張り出したタイタスに礼を述べた。

 

『おい、ゼット! いきなり出てきたと思ったら恥ずかしい姿晒してんじゃねえぞ!』

 

『い、いや師匠っ! これはベリアロクが急にこっちから何かを感じてるって俺を引っ張ってきて──って、アレ!? またいつの間にか勝手にいなくなってるし!』

 

 ゼットが慌てて何かを探してるように左右を見渡しているが、何がどうなってるのやら。

 

『おい……そこのお前』

 

「ん……今度はだ──って、エエェェェェェェェェェッ!?」

 

 また声をかけられて振り返ると、俺の目の前にベリアル──ではなく、その顔の着いた奇妙な剣が浮いていた。

 

『なんだ、その顔は? 失礼すぎないか』

 

「いや、だって……」

 

『チッ! それより、忘れ物だ』

 

 俺が次々来る驚きの展開に狼狽していると、ベリアルの顔の着いた剣が口を開けてそこからさっき俺が魔法陣を破壊するために投げ飛ばした二振りの剣が飛び出して慌ててそれを掴んだ。

 

『面白そうな気配を感じたから来てみたら、随分切りごたえのありそうな顔ぶれがいるしな。ついでに宇宙に漂ってたそれを回収してやったぜ』

 

「あ、えっと……ありがとう?」

 

『……フン』

 

 呆然としながらどうにか絞り出して礼を言うと、ベリアルっぽい剣がその場から瞬間移動するとその身体(?)を巨大化させてゼットの手に収まった。

 

『おわっ!? ちょ、また勝手にどっか行ったと思ったら!』

 

『フン……少し野暮用を済ませただけだ。それより、さっさと斬るぞ!』

 

『え……ゼット、それって……』

 

『どう見てもベリアルの……』

 

『二人共、気になるのはわかるが……敵方もそろそろ仕掛けてくるぞ』

 

『前にも増して、相当のトラブルに巻き込まれてるな』

 

『父さんの気配を感じて飛んできたけど……先にこっちを何とかしないとね。ジーッとしても、ドーにもならないってね』

 

『ふう……。っしゃぁ、お前ら……気合い入れて行くぞっ!』

 

『『『『『『おうっ!』』』』』』

 

 ゼロの掛け声でウルトラマンが駆け出し、あちこちに散らばったスペースビーストへと飛び込んでいき、ティガとネクサスも再びルシフェルへと向かって飛びだった。

 

『ハァッ!』

 

 ジードは右手に二又の刃が付いた武器、ジードクローを構えてガルベロスと対峙する。

 

 ガルベロスの鋭利な爪をジードクローで捌きながら野生的な動きで蹴りを打ち込んでダメージを蓄積させていく。

 

 その近辺ではオーブが聖剣オーブカリバーを構えてメガフラシの稲妻攻撃を防ぎ、聖剣を振るって巨大な竜巻を浴びせていく。

 

 タイガと呼ばれた二本角のウルトラマンがノスフェルの噛みつきを前歯を掴む事で阻止し、体勢を崩させて連続パンチを浴びせていく。

 

 その背後ではタイタスと呼ばれた巨漢がグランテナの突進を直立姿勢のまま耐え、尻尾から放たれる光弾もダブルバイセップス、サイドチェスト、バックラットスプレッドの順で防いだ。……一々ボディビルポーズを取る部分はツッコみたくなるが。

 

 そしてフーマという青いウルトラマンがラフレイアの花粉攻撃をまさに眼にも留まらないスピードで躱してかつ、光の手裏剣攻撃を雨を浴びせていく。

 

 ゼットと呼ばれた巨人がゴルゴレムへと掴みかかり、拳を叩きつけるが結晶部分がかなりい硬いのか、逆に拳がダメージを受けてる状態だ。

 

 ゼロはイズマエルへと向かい、奴の身体のあらゆる部分に浮き出ている他のビーストの攻撃能力を躱しながらゼロスラッガーによる斬撃を浴びせていく。

 

 ティガとネクサスは回復したからか先程よりも速いスピードで空中を飛び回りながら光弾をルシフェルへ当ててダメージを負わせていく。

 

 怪獣やウルトラマンが単一でいるだけでもとんでもないことなのに、それがこうも数が揃うとまさに圧倒的というか、映画の怪獣総進撃っぽく見えてしまう。

 

 それだけ今目に見えてる光景は現実離れしているのだから。

 

 そう考えてる間に戦況も刹那の間にどんどん変化を遂げてきている。

 

 ジードが相手取ってるガルベロスが三つの口から稲妻のような光波エネルギーを放って反撃をし、ジードは攻撃によって発生した爆炎の中で別の姿へと変化する。

 

『変えるぜ、運命っ!』   [ロイヤルメガマスター]

 

 金色のマントをはためかせて煌びやかな装飾のなされた杖を構えながら飛び出し、それを反転させて刃の部分を振るってガルベロスへ斬りかかる。

 

 オーブも空中でメガフラシの閃光を浴びながらその身体を赤く輝かせて姿を変える。

 

『闇を抱いて、光となるっ!』   [サンダー・ブレスター]

 

 先とは打って変わって筋骨隆々の姿となってメガフラシの閃光をものともせずに突っ込んでいき、その剛腕から放たれる強烈な拳を浴びせ、メガフラシを地上へ叩き落とす。

 

 その近辺でタイガ、タイタス、フーマが三人で並ぶと互いを見合って右手に着けられた共通のアイテムを掲げる。

 

『ここは一気にカタを着けるぞっ!』

 

『うむ!』

 

『合点でい!』

 

 三人を中心に赤、黄色、青の光が渦巻くと共に内側から虹色の炎が爆ぜた。

 

『『『ウルトラマンタイガ・トライストリウムッ!』』』

 

 そこから炎を模した剣を両手に構えた炎のように真っ赤な身体と胸に更に鋭くなった空色のプロテクター、そして身体全体が虹色のオーラに包まれたタイガが佇んでいた。

 

 更に別の場所ではゴルゴレムが背中にある結晶を輝かせてその身体を消失させる。あのビーストは結晶を発光させることで別の位相へ跳躍し、現実空間から姿を消すことができ、こちらから容易に干渉することが難しくなる。

 

 だが、対峙していたゼットは戸惑うことなく、その身体を紫色に輝かせる。

 

『変幻自在、神秘の光っ!』   [ULTRAMAN Z! GANMA FUTURE!]

 

 赤と紫、そしてティガのような金色のラインが胸と頭を走った姿へと変わり、魔法陣のようなものを出現させ、その中へダイブする。

 

 しばらくすると何もないはずの空間にスパークが走り、そこからガラスが割れたように空間が弾け、ゴルゴレムが地上へ倒れ込んだ。

 

『ベーダズマァァァァッシュ!』   [ULTRAMAN Z! BETA SMASH!]

 

 その直後、タイタス並みに筋骨隆々の赤い通り魔──ではなく、赤いマスクを被ったプロレスラーのような姿をしたゼットが両手をハンマーのように構え、ゴルゴレムの背中の結晶を強引に砕いた。

 

『ッシャアアァァァァ! ラアッ! オアァ!』

 

 自分の力を誇示するように両手を胸に叩きつけながら声を上げ、更に身体を空色に発光させる。

 

『宇宙拳法、秘伝の神業っ!』   [ULTRAMAN Z! ALPHA EDGE!]

 

 ゼロのようなスラッガーを頭部に携えた姿になると、両手に船の錨のような形の刃の付いた槍を構える。どことなく何かと似てる気はするが……。

 

『ストロングコロナ、ゼロッ!』

 

 ゼロはその身を赤く輝かせ、頭部のスラッガーが金色に染まり、身体も赤を基調としたものに変えて荒々しく拳のラッシュをイズマエルに浴びせる。

 

 あちこちに飛び出してる顔の部分を殴られたからか、イズマエルがフラフラと後退しながらも様々な攻撃をゼロへと集中して放つ。

 

『ガルネイト、バスターッ!』

 

 対してゼロは右腕に超高温のエネルギーを集中して腰あたりまで引き、一気に放射した。

 

 二つの攻撃がぶつかって爆発が起きると同時に青い光が高速でイズマエルの頭上へと躍り出る。

 

『ルナミラクルゼロ』

 

 先程まで真っ赤な身体をしたゼロが一転してその身を青く染め、これまでとは打って変わって冷静な構えで右腕を眼前に持っていく。

 

『ミラクルゼロスラッガー!』

 

 ゼロのスラッガーから同じ形をした光の刃が八つに分裂してイズマエルの周囲を飛び回り、その身体を切りつけていく。

 

『ウルティメイトゼロッ!』

 

 攻撃を加えてゼロは更に姿を変え、翼を模したような形の鎧を身に纏い、右腕に複数の青いクリスタルの埋め込まれた剣を構える。

 

 そして上空でティガとネクサスがルシフェルと速く、壮絶な空中戦を続けていた。

 

「……うっし! こっちも最後の仕上げと行きますか!」

 

「「「……え?」」」

 

 両頬を叩いて気合いを入れるとルミアとシスティ、グレン先生が俺を見た。

 

「お前……あんだけ無茶してまだ何かする気か?」

 

 俺に対して最早気遣うという考えは無くなったのか、呆れる様な目で俺を見る。

 

 ルミアやシスティもここまでくると感覚が変化してしまうのか、片や若干怒り気味。片やグレン先生と同じく呆れで。

 

「今度こそ正真正銘最後ですよ。いくら集まったとしてもあの集団──特に、今空中戦してる存在が一番厄介なんですから。他はウルトラマン達に任せればいいにしてもあっちは流石に援護なしに任せるのはキツいと思うんで」

 

 ウルトラマン達を信じてないわけじゃない。俺が直接見たわけじゃないが、あらゆる世界で様々な困難を乗り越えてきた戦士達だ。だが、それで何もせず傍観するままでいいとも思っていない。

 

 あんな巨大な存在に俺達で出来ることなどさっきまで相当な無茶をしてようやく他のウルトラマンを呼ぶくらいだが、それでもまだやれることはある。というより、何かをせずにはいられなかった。

 

「つうわけで……最後の一手を打つために、ちょっと頼まれ事受けてくれませんか?」

 

 俺がグレン先生達とは別の方向へ顔を向けて呼びかけると、さっきまで誰もいなかったはずの場所に第三者の姿が現れた。

 

 背中に蝶のような羽を生やし、銀髪の少女……顔はルミアにそっくりだ。確か、以前タウムの天文神殿で会ったナムルスだったっけ。

 

『私の知ってることと大きく外れてるところにも驚きだけど、あっさりと私にコンタクトを取れるあんたの存在も大概ね……。で、私を呼び出しておいて何をさせるわけ?』

 

 ナムルスが頭が痛いと言わんばかりに眉間を指で抑え、俺に問いかける。

 

「俺の伝言を学院にいるみんなに伝えてほしい……それだけです」

 

『それだけ? 私は伝言板でも伝書鳩でもないのだけど……』

 

「あの、ナムルスさん……お願いします。お礼はあとできちんとしますので、今はみんなのためにお願いします」

 

「なんでかは知んねえが、どうせお前今回もすることなんてねえだろうし、伝言くらい引き受けてくれよ。それで一度コイツを見捨てたことはチャラにしてやっから」

 

『この……っ! 柄にもないことをしてたのを知りもしないで…………はぁ、わかったわよ。で、何を伝えて欲しいの?』

 

 ルミアとグレン先生も説得に加わってようやくナムルスが引き受けてくれた。

 

「言うことは一つだけ……俺が合図をしたらある魔術を空中に放ってほしい。それだけです」

 

「何を打たせるつもりだ?」

 

「それは……」

 

 俺がどの魔術を使って欲しいのかを言うとみんな怪訝な顔を浮かべた。

 

「いや、ソレ……今更使う意味があるのか?」

 

「その……言っちゃあなんだけど、アレに通じるとはとても……」

 

「流石に街の人全員が使えるとしても……」

 

「それより私が斬りかかった方が強い」

 

「うん、お前が言うと本当にそう思えるのが怖いな……」

 

「別にアイツに当てる目的じゃないんです。あの魔術の特徴を考えるとそれを使うことそのものが重要って感じですね」

 

 あの魔術なら他と違って俺の力がウルトラマン由来だからとか関係なしに手助けができる足掛かりになる。

 

「とにかく、みんなにはそう伝えてください」

 

『……えぇ、わかったわよ。それで彼女やグレンが助かるならね。今回は戻ってきたとはいえ、あなたを死なせちゃったのもあるからついでにルミア達も助けるくらいは手伝ってあげるから感謝なさい』

 

「お前ってさ、実はツンデ──あっぶな!?」

 

 グレン先生が余計なことを言いかけてすぐさまナムルスが魔術をぶっ放して黙らせ、これ以上何も話さない──と言うより、聞きたくないという感じで消えた。

 

「さて、そんなわけなのでまた無茶させてしまいますが、お礼とお叱りはもう少し後でいいですかね?」

 

『はぁ……まあこんな状況だから今は見逃してやるが、終わったらたっぷり礼はもらうからな』

 

「わかってます。俺からもですが、グレン先生を被写体にしたとあるアプリによる合成機能使ってグレン先生のあんな格好やこんな格好をした写真でもプレゼントします」

 

『ならばよし』

 

「ちょっと待て! 言ってることはよくわからんが、俺がなんかの取引材料に使われてるのだけはわかった! 何でコイツの礼で俺が贄に出されんだよ!」

 

『ほら、くだらない言い合いしないでさっさと乗りな。私の身体ももう余裕ないんだから』

 

「そうですよ。いよいよ大詰めになるんですから余分な会話は今は控えましょう」

 

「納得いかねえ!」

 

 そんなちょっとした冗談を交えながら再びドラゴンになったアルフォネア教授に乗って(俺はもう飛べるので除外するが)飛翔する。

 

 相変わらず人間視点では光の線にしか見えないほどの高速戦を繰り広げてる中を戦闘による余波を受けない程度の距離からウルトラマン達に呼びかける。

 

「ティガ! ネクサス! それとウルトラマンのみんな! 俺達が手を出していい領域なのか……手を出して事態が好転するかって自信は正直ない! けど! 俺や、みんなに希望を見せてくれたみんなに応えたい! だから一回だけ! 俺達にも明日への一歩を歩ませてほしい! 俺達にも、戦わせて欲しい!」

 

 俺の力の限りの叫びに数秒の空白が開いて俺の声にウルトラマン達が揃って返答する。

 

『『『『『『『『『ああっ!』』』』』』』』

 

 その声を聞いたと同時に俺は空中にいるティガとネクサスに呼びかける。

 

「ティガはみんなのところに余波が行かないように! ネクサスは俺の言う通りにアイツを誘導してくれ!」

 

『ジュア!』

 

『シェア!』

 

 俺の言葉に頷いてティガは一旦離れて学院のある方向へ移動して静止し、ネクサスは少しだけ動きを止めて俺の指示を待つ。

 

「まずは左へ意識を向けるんだ!」

 

『シェアッ!』

 

 ネクサスは俺の言う通り、左へ移動しながらパーティクル・フェザーを放つ。ルシフェルもネクサスの攻撃を平気で受けながらも追っていく。

 

「次は上空へ! 右! 急降下! 戻って!」

 

 俺の指示する方向へ誘導しながらも攻撃を加え、ルシフェルの俺に対する意識が薄れる瞬間を待つ。

 

 何秒かの誘導をしてようやく俺が指示を出してるだけと思ったのを表情を見て察した俺は最後の一手にでる。

 

「よし……俺のところへ!」

 

『シェアッ!』

 

 高速で俺の背後にネクサスが移動し、遅れて発生した空気の流れに押されそうになるも堪えてルシフェルが追うのを待つ。

 

 ルシフェルがネクサスを追ってこちらへ接近してき、最適な距離感を注意して見た。そして、今の俺が覆える範囲内に入る一歩手前まで来た。

 

「ここっ! 《氣弾》っ!」

 

 俺は上空へ向けて黒魔[マジック・バレット]を打ち出した。それを合図に学院のある方向からも俺のいる場所へ向けて同様の魔術が撃ち放たれる。

 

 俺がさっきナムルスに頼んだ事というのはこれだ。やってもらうことは単純……合図を出したらみんなに[マジック・バレット]を上空へ打って欲しいというものだ。

 

 これだけじゃ作戦とはいえないし、攻撃に使うにしてもウルトラマンが攻めあぐねた相手に今更俺たちの魔術は通用しないと思われてもしょうがない方法なのだが、本当に大事なのはむしろここからだ。

 

「頼むぞ、『晦冥』っ!」

 

 俺は無手の状態から両手に剣を構え、そのうちの片方を上へと掲げた。すると、空中へ放たれた[マジック・バレット]の雨が晦冥目掛けて降り注がれていく。

 

 さっき見せたように、紫紺の剣『晦冥』はエネルギーを吸収する能力を持っている。それは飛び道具的な攻撃であれば超能力みたいなものだろうが、魔術だろうが大抵のものはこの剣で吸い取ることができる。

 

 だが、上空へ放つ魔術を何故[マジック・バレット]に限定したかというと、それはこの魔術の特徴を思ってのことだ。

 

 この魔術はこっちの世界の東方……地球でいう東洋の思想に基づいて伝えられてる氣という概念に近しい要素が多くはらんだ魔術だ。つまり、使い手の純粋なエネルギーをそのまま弾丸にして放つようなものだ。

 

 下手な属性をはらんだ魔術に比べればエネルギーに還元しやすいだけでなく、ウルトラマン的な観点で見れば人の心がこもりやすいものでもある。それが狙い目だった。

 

「覆い尽くせぇ!」

 

 俺は吸収したエネルギーを使って右手に力を込めると右手の甲にある宝玉がいっそう蒼く輝き、同時に見える視界の半分も青く染まり、俺を中心にして特殊なフィールドが広がっていく。

 

 これが今の俺自身が使える固有の能力だ。俺の中にあるエネルギーを大気と混ぜることによって海中とほぼ同じ状態のフィールドを形成する能力だ。

 

 水が水素と酸素が結合した物質だというのはみんな知っての通りだが、このフィールドと本来の水で違うのはこのフィールドはその二つの分子を繋げて密集させ、似たような環境を作り出すが本当の水のように息ができないわけではない。

 

 空気中にある二つの原子を密集させて水中にいるような状態にするだけだ。それでも水中にいるのと同じような感覚だから大抵の陸上の生き物が閉じ込められれば動きを抑制し、逆に使い手の俺は水中で動くのが得意になったので有利に動ける。

 

 まあ、これで覆えるのは今の俺じゃ半径20メイルが限界なので目の前のいるやつみたいな巨大な存在を覆うには足りない。だからこそコレだ。

 

 みんなが上空へ打った[マジック・バレット]を晦冥で吸収し、そうしてブーストしたエネルギー量でその範囲と密度を一時的に高めた。

 

 そうしてレベルアップしたフィールドにルシフェルは捕らえられ、その動きが瞬間的に著しく落ちた。向こうからすれば一時水中に飛び込んだだけだろうからこんなフィールドなど数秒もすれば抜け出すだろう。

 

 だが、その数秒があればよかった。

 

「今だぁ!」

 

 俺の叫びをきっかけに背後に感じる二つの巨大な気配が動いた。

 

『テヤァッ!』

 

『シェアッ!』

 

 ティガとネクサスが左右に広がり、エネルギーを集中する。

 

 ティガは両腕を水平に広げてから腕をL字に組んで必殺技のゼペリオン光線を、ネクサスは右腕に備わった手甲部分に鳥のような形をしたエネルギーを顕現させ、必殺のオーバーアローレイ・シュトロームを撃ち放つ。

 

 俺の包んだフィールド内で二つの技を受けたルシフェルは更に上空へと飛ばされ、ティガとネクサスはそれを追ってもっと高く舞い上がる。

 

「いっけえええぇぇぇぇっ!」

 

 俺が渾身の力を込めて叫ぶと同時に変化が起きた。俺の背後からまた大量の光が二人のウルトラマン目掛けて飛んでいっていた。

 

 作戦は終わったのにと思って背後を振り返ってみれば飛んでいる光は[マジック・バレット]によるものではなく、かといってルミアの異能が作用したのもでもない……純粋な、人の心が生み出した光だというのが感覚でわかった。

 

 ルシフェルに一矢報いたことがきっかけで人の心にまた更に光が灯り、それがウルトラマンへと向けて輝きを増したことでウルトラマンに力を与えるに足るほどのものへと高まって飛んでいる。

 

 それらの光を背に受けて二人のウルトラマンの姿が更に変化する。

 

 ティガはその身を黄金へと輝かせ、更に巨大な姿のグリッターティガへ。ネクサスは全身を白銀に輝かせ、その背に一対の翼のような突起を生やしたウルトラマンノアへと。

 

 共に人々の光を受け、光そのものに非常に近しい神々しいまでの存在へと昇華した余波が地上で闘っている他のウルトラマンにも降り注がれていく。

 

『来た来た来たぁ! フルパワー充電だ! みんな、一気にカタをつけるぜ!』

 

『『『『『『はいっ!』』』』』』

 

 ウルトラマンゼロは身に纏ったウルティメイトイージスを巨大な弓形へと変え、オーブは本来の姿であるオリジンへと戻って最大の武器であるオーブカリバーを上空に、ジードもプリミティブに戻って赤と青の混じった閃光を迸らせ、タイガ・トライストリウムは赤・青・黄の三色の炎を纏って、ゼットは両手を斜めに伸ばしてエネルギー光がZの字を描いた。

 

『ファイナルウルティメイトゼロッ!』

 

『オーブスプリームカリバーッ!』

 

『レッキングバーストッ!』

 

『トライストリウムバーストッ!』

 

『ゼスティウム光線っ!』

 

 各々の光線がそれぞれ対峙していたスペースビーストへと打ち込まれ、瞬く間に爆散して倒れていく。

 

 残るは上空に放り投げられた状態のルシフェルだけだった。

 

『テヤッ!』

 

『シュアッ!』

 

 ティガが再び両手をL字にして先程よりも強化されたグリッターゼペリオン光線を、ノアは右手に左拳を叩きつけてノアライトニングをルシフェルに向けて撃ち放ち、身を投げられて防御体制も取れなかったルシフェルは二つの強力な光線をまともに浴びた。

 

『ウアアアァァァァァッ!』

 

 数秒も浴びるとスペースビーストよりも一際大きな断末魔を上げながら爆発四散していった。

 

 地上付近の俺達も思わず目を覆いたくなるほどの眩しい爆発をして数秒……沈黙が周囲を包む中恐る恐る目を開けると、先程まで街や空を覆っていたはずの赤い壁が消え、清々しいまでの青空が広がり、その中を金と銀の巨人が浮かんでいた。

 

 更に何秒もすればウルトラマン達が、人々が勝ったというのをようやく認識できた。

 

『『『しゃああぁぁぁぁっ!』』』

 

 それを理解した学院にいるみんなが喝采をあげ、互いに抱き合うものもいれば緊張が解けて座り込む者も、ウルトラマンへ向けて礼を叫んだり泣き崩れたり……様々な声と場面が街を包んでいた。

 

 視線をティガとノアへと戻すと一瞬こちらを見たと思えばすぐに視線を外し、そのまま空の彼方へと何も言わずに去っていった。

 

 出現もいきなりと思えば去り際も突然と慌ただしい気もするが、それでこそとも思う。

 

 もう今回は色々ありすぎてと一杯一杯だなと思いながらそろそろ落ちそうだとフラつきながら学院へと飛んでいった。

 

 戻れば一足早く戻っていただろうグレン先生達が胴上げされているのが見えた。更にルミアには何人かが謝っている姿も見えた。聞こえる会話から察するにどうやら異能者であるのが周知されて一悶着あったようだ。

 

 だが、あの姿を見るとその辺りの心配ももうないだろう。

 

 クラスのみんなが俺の存在に気づくと即座に駆けつけてきた。ついでに胴上げ最中のグレン先生は地面に叩きつけられたが。

 

 みんな俺に寄ってきては戻ってきたことの喜びや心配させた事への苦言など様々だが、これを受けるたびに戻ってきたことが実感できるから多少の痛い言葉とドツキは見逃そうと思った。そう考えるとクラスのみんなをかき分けてルミアが顔を出した。

 

「リョウ君……やっと、終わったね」

 

「ん……ああ。みんなや、ウルトラマン達には感謝しかないな」

 

 ついでに俺の中にあったベリアル──の残留思念にも。こっちに戻れるきっかけになったのは主にあの人のおかげだからな。

 

「みんな、私の事受け入れてくれたよ。今までみんなのために演じた聖女みたいな私じゃない……本当のルミア=ティンジェルのことを」

 

「……そっか」

 

 見れば以前所々で感じた妙な違和感みたいなものがすっかり消えてる。俺が感じたのはルミアの本当の顔が隠れてしまってたからなのかもな。

 

「だから、これからはもう少し素直になるようにしたいんだ。すぐには戻れないかもしれないけど、これからはそうしたい」

 

「そう、だな。うん、それがいい」

 

「だから、今からでも私の素直な気持ち、言わせてもらうね」

 

「え……?」

 

 ルミアが笑顔で意味深なことをいってきた。あれ、その言葉を聞くとある場面を想像しちゃうんだけど、つまり……と思ってた矢先だった。

 

「リョウ君、そこに正座して」

 

「……はい?」

 

 予想の斜め上を通り越して何をいってるのか一瞬理解できなかった。

 

「いいから正座して! 止めたいのも聞かずに、何度も何度も無茶してどれだけこっちが心配したと思ってるの!?」

 

「え、いや……あの場合、しなきゃみんなが危なかったってか……」

 

「死にかけ──ううん、一度は死んじゃったのに戻ってきても命懸けの無茶ばかりして、私もその……人のことは言えないけど、リョウ君のはもっともっと無茶が過ぎたんだから少しは反省して!」

 

「そ、それについては同じくああしなきゃルミアが──」

 

「いいから正座っ!」

 

「ハイっ!」

 

 あまりにもすごい迫力に従うしかなかった。下手すればベリアルより恐ろしい。みんなもルミアの迫力に押されてか徐々に遠ざかっていくのが見えた。どうやら助ける気はないらしい。一部はニヤニヤしてこっちを見てるし……みんな終わったら覚えてろ。

 

『お〜お〜、尻に敷かれてるなあいつ』

 

『それにしてもすごい迫力だな。怒ったの時の婆ちゃん並みじゃねえか?』

 

『ふむ……ぶつかることは多そうだが、中々いい関係に見える』

 

『ちなみにあの少女……接触する前に聞こえた話だと元王女様だとよ。姫を怒らせると恐いのはどの宇宙でも共通してるんだな』

 

『へぇ〜』

 

『元王女様、ねぇ?』

 

『二人共、何故そこで私を見る?』

 

『いやぁ、タイタスが以前言ってた王女様のことを思い出してさぁ』

 

『ネフティだっけ? その人とは少しは会ったりしてねぇか、旦那?』

 

『いや、だから私とネフティはそういうのではなく……』

 

『なんか、色々話を聞きたかったのに……入りづらいなぁ』

 

『ま、いいんじゃねえのか。こういうのも仲間って感じで。ところで、ジードはああいうのはないのか?』

 

『僕ですか? まあ、ライハやモアにお説教されることはあるけど……そういう関係みたいなのはないかな? そもそも地球でもそんなモテる方じゃないし』

 

『……いや、明らかにモアの方は……いや、やっぱなんでもねえ』

 

ウルトラマン達の方も俺を見ては何かブツブツ言い合っていた。

 

「うっし、あの二人はしばらく放置して俺達もさっさと帰るか!」

 

「いえ、先生! 休息は必要ですけど、せめて学院に通える程度には片付けないといけませんからね!」

 

「オッス! 復興作業なら自分もお手伝いします!」

 

「「「いや、誰だアンタッ!?」」」

 

 もうしばらくこのてんやわんやな空気は続くようだ。ハハハ……どんなに騒動が起こっても最終的にはこういう空気になるのはどの宇宙でも創作でも現実でも共通みたいだな。

 

 ルミアの説教を受けながらしみじみ思った。



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番外4

 フェジテを襲った前代未聞の事件……。かつてその機能の恐ろしさから廃止されたはずの危険な術式が街を覆ったのみならず、巨大な生物の襲来とそれらと闘う巨人の姿。

 

 街では『炎の三日間』、もしくは『巨人の戦乱』と呼ばれるようになったこの事件から一週間が経とうと言う頃、アルザーノ魔術学院はいまだ復興作業に追われる毎日である。

 

 学院の敷地内は教師や上級生ご自慢の魔術によってある程度の復興は進んでいるが、街中では一般人の目もある以上、一般人と同じやり方で復興を進めなければという決まりもあるため、思うように進まない。

 

 それでもあと数日もすればこれまでと同じくらいの生活基準には戻せそうなので本当にもうしばらくの辛抱である。

 

 しかし、かくいう俺は復興において何を担当しているかというと……。

 

「……いや、多すぎでしょコレ」

 

 俺は目の前にある机に山積みになっている資料の数に辟易としていた。

 

 俺がやっているのはいわば事後報告書である。今回の件には多くの怪獣、ウルトラマンが……更には俺自身もそういった要素に深く関わっているため、この学院内で一番その手の事情に詳しいだろう俺に資料作成という白羽の矢が立ったわけだ。

 

 まあ、これに関しては仕方ないと了解したが、渡された日のほんの数時間でその判断を後悔する羽目になった。だって、まとめなきゃいけない項目が多すぎるから。

 

 俺が関わり始めたきっかけだけでなく、別のところでも起こっただろうビーストの引き起こした事件も聴取したものだろう資料も閲覧して、時期をそれぞれ分けなきゃいけない上、ルミアの身上事情は学院内に知れ渡ったとはいえやはり極秘事項なため文章にも気を遣わなきゃいけないのでこれが本当に大変だ。

 

「まあまあ、リョウ君……こっちもぼちぼちキリが付きますんでこれを翻訳すれば終了ッスよ」

 

「はい……いや、本当ありがとうございます。これが俺一人だったら速攻で音を上げてましたよ」

 

「いやぁ、職業柄こう言うのは慣れてるッスから。まあ、それでも君が翻訳してくれなきゃ資料できないんすけど」

 

「まあ、別の星の言語ですし……そこはしょうがないですよ」

 

 ちなみにこの資料作成は俺一人でやってるわけじゃない。俺以外に唯一この手の事情に詳しいだろう目の前にいる軍服っぽい装いの青年、ナツカワ・ハルキさんの手伝いもあるからここまで進められたのだ。

 

 ハルキさんは今回の件で駆けつけてくれたウルトラマンの一人……ウルトラマンゼットと一体化して各宇宙の平和を守っているという人らしい。

 

 今回の件と俺が死んでる間の夢の内容で妙な違和感を抱いたらしい一部のウルトラマンと一緒にしばらくこの星に留まり、様子を見るという形でこうして復興作業も手伝ってくれている。

 

 ハルキさんのいた宇宙の地球でもウルトラマン関係なしに怪獣騒ぎは結構あったらしく、この手の資料作りも慣れているらしいので俺の手伝いという形で加わってくれていた。

 

「それにしても、リョウ君も色々大変だったんすね。ベリアルさんの因子が身体にあるわ、ティガ先輩の遺伝子情報を持ってるわ、実はとある人間の複製だとか……色んな要素がもう大渋滞っス! リッ君先輩もベリアルさんの遺伝子を基に造られたウルトラマンっていうのは聞いた事あるけど、君も負けてないッスよ!」

 

「ジード……リクさんと比べられてもなぁ。遺伝子情報として持ってるっていっても、俺はウルトラマンに変身できるわけじゃないので」

 

「ゼットさんからも聞いたんすけど、これだけ多くのウルトラマンの力を内包していたにも関わらず、なんで人間の姿のままでいられるのか謎みたいッスね。俺は自分の身体をゼットさんと共有してるから普段は星の内側では俺が活動してるけど、ウルトラマンが変身してるわけでもなければケンゴ君みたいにウルトラマンそのものってわけでもないのは今まで見たことないッス」

 

「まあ、確かに不思議ですけど──って、誰ですかケンゴって?」

 

「ああ、こっちとは別世界のウルトラマンッス! これ使ってトリガーって言うウルトラマンに変身するッス!」

 

 そういってハルキさんが取り出したのは銃のような見た目のアイテムだった。

 

「へぇ……俺もウルトラマンはテレビのヒーローとして数多く知ってるつもりですけど、銃型の変身アイテムはあまり見ないですね。ていうか、別世界の変身アイテムを何で持ってるんですか?」

 

「ああ、以前はゼットさんの故郷の光の国で作られたゼットライザーってアイテムとこのウルトラメダルで変身してたんだけど、事情あってライザーが壊れて向こうで修理中なんス。あと、確かに今は銃なんだけど……この、キーをここに差し込んで、コレを開くと変身出来るんスよ。こう、チェストーッ!」

 

 事情と説明を混じえながらUSBメモリのようなものと一緒に掲げるアイテムの形状が何かすごいデジャヴを感じた。そんな俺の様子を感心してると見てか、ハルキさんはなおも得意げに語る。

 

「あ、ちなみにこれはガッツスパークレンスって言って、向こうにある防衛部隊、『GUTS SELECT』のアキト君の開発したアイテムだって」

 

「なんかすごい聞き覚えのあるアイテム名とチーム名っ!?」

 

 思いっきりあるものを連想させる要素の数々にもう驚きの連続だった。

 

 ハルキさんと一緒にいるゼットの話も色々興味深いものは多かったが、こっちも全く負けてなかった。無理は承知だけど、なんとなくそのウルトラマンに会ってみたくなってしまう。

 

「そっちも色んな出会いがあったみたいですね。仕方ないかもですけど、こっちは一つの世界に留まらざるを得ないので他のウルトラマンに会える人がちょっと羨ましいです」

 

「いやいや、そっちも結構他のウルトラマンと会ってるじゃないッスか! オーブさんやコスモスさんとか……宇宙人とも結構!」

 

「どれも出会い方が良いとは言えませんけど……」

 

 いずれも結構な事件の最中での出会いだったからなぁ。

 

「俺もロボット部隊、『ストレイジ』って所にいたんすけど、ヨーコ先輩やユカ先輩にバコさん、ヘビクラ隊長とセブンガーやウィンダムに乗って色んな怪獣や宇宙人とも闘ったなぁ。最後にはヘビクラ隊長が宇宙人だって知った時はもうなぁ……」

 

「ん? 隊長が宇宙人ですか?」

 

「オッス! なんか、すごい姿のトゲトゲ星人だったッス!」

 

「トゲトゲ……」

 

 なんか、特徴が大雑把すぎるなぁ……。

 

「あのぉ……もう少し細かい所挙げられません? もしかしたら、俺の既知の宇宙人かもしれませんし」

 

「細かい……ん〜、確か刀も使っていたっスね」

 

 刀かぁ……まだ候補はそれなりにいるんだけどなぁ。

 

「それに、気づいたら背後をとってゆらゆらした動作で話しかけてくるし」

 

「ゆらゆら……ん? 背後……ヘビクラ……蛇倉?」

 

 そこまで聞いてなんとなく候補が絞れてきた気がするけど、それは俺の知ってるやつならまず防衛部隊にいるとは思えない者だった。

 

 流石に違うかと思いながら差し入れにルミアが持ってきてくれた、もうすっかり冷めてしまったコーヒーを口に含みながら続きを待った。

 

「あっ! あと、胸に三日月のような傷があったッス!」

 

「ブーッ!?」

 

 決定的な要素に思わず口に含んだコーヒーをスプラッシュしてしまった。

 

「あーっ! リョウ君、大丈夫っスか!?」

 

「ゲホッ、ゲホッ! ……何でそんな所にいるんだ、ジャグジャグ……」

 

「ジャグジャグ? ジャグジャグ星人って言うンスか!?」

 

 なんか勝手に勘違いしてしまうハルキさんにすぐに訂正を入れなければと息を整えるのだった。いや、これガイさんが知ったらどんな反応するんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや、やっぱりいざという時のために光線技は必須だって!』

 

『だが、この星では魔術以外の異能はいまだに忌避されてると言う。やはり、頼るべきは己の筋肉だっ!』

 

『身体が頼りだって旦那の意見には賛成だけどよ……この年頃の奴にはやっぱり筋肉よりも身のこなしだろ!』

 

『いや、やっぱり光線だって!』

 

『駄目だ! やはり筋肉が発揮する純粋な力だ!』

 

『水を主に使ってるってんだから断然身のこなしだろ!』

 

「あのぉ……そろそろ修練入ってもらいたいんですけど」

 

 俺は目の前で口論している三人に恐る恐る声をかける。

 

 この三人──トライスクワッドのタイガ・タイタス・フーマはゼットと同じくこの星に留まって様子見しているメンバーだ。

 

 ここのところは復興作業の合間を縫って三人がローテを組んで俺の修行に付き合ってくれている。

 

 少し前まで一緒にいたハルキさんはもう既にこの星を出ていってる。

 

 俺が一度死んでる間に夢に見た内容を──特に俺に話しかけてきた人物(?)の金色な特徴を教えるとハルキさん……と言うよりゼットが仰天してすぐに光の国に報告せねばと宇宙へ飛びだった。

 

 そのためにゼットと一緒に残ってたトライスクワッドが俺に修行をつけてくれるようになった。

 

 修行といってもそんなに大した内容ではなく、俺の能力のオンオフの切り替えをスムーズにすること、ウルトラマンの能力に頼らない戦い方、基礎的な体力づくりなどこれまでとは劇的に変化を遂げた俺が力に振り回されないためのメニューだった。

 

 それもだいぶこなせるようになったということで、そろそろ専門的な訓練も入れようとしたところ……この三人が各々の主張をぶつけ合うようになった。

 

 タイガはウルトラマンらしく光線を、タイタスは筋力を、フーマは身のこなしをと自分の得意分野を教えようと揉めている。

 

 第三者が聞けばどうせなら全部やればという意見も出るかもしれないが、いくらウルトラマンばりの能力を得たといっても俺個人で習得できる範囲にも限りはある。だから数を絞ってどれかを重点的に向上させようと言うのがタイタスの意見だった。

 

 その話を聞いてどれを伸ばすかと話し合いになったところで今の状況が出来上がったわけだ。

 

『確かに身体を鍛えるのも大事だけど、最後に物を言うのは光線技だろ!もし以前みたいに怪獣が出ようものなら光線技の習得は最優先だ!』

 

『それもそうだが、さっきも言ったようにこの国の歴史をざっくりと齧ったところ現女王陛下の努力もあって緩和されてるものの、異能者──私達から見れば超能力者と言える者達への偏見がなくなってるわけではない。怪獣達から救ったとしても奇異の眼を向けられないとも限らない。ならば一般市民をひとまず遠ざけるためという意味でも肉体の強化は必須だろう』

 

『だったら尚更スピード……身のこなしが一番大事だろ! リョウの得意魔術は水とか電気系だって言うし、水に関しては色々応用も効きやすい。俊敏さと術の多彩さの豊富な俺の方が教えやすいってもんだ!』

 

 こんな風に俺のスタイルがどれに合ってるのか……と言うよりは、自分のスタイルが優秀だみたいな口論になってるわけだが。

 

 ゼットから聞いた話だとこの三人は以前一人の地球人の中に共有して一体化した経験があるという今までにないスタイルで、その当時は場合に応じて三人が交代しながら闘ってたらしい。

 

 細かいところは当事者に聞かなきゃわかんないけど、身体を貸してたって言う人は日常でこんな場面を何度も見てたのだろうか。なんとなく気苦労が伺える。

 

『やっぱスピードと器用さだって! 超能力だろうが魔術だろうが、冷静な心で素早く丁寧には俺のスタイルに通じるだろうが!』

 

『お前のどこが冷静だよ! 数をこなすよりやっぱ自分だけの光線を作るところからやんねえと!』

 

『ゼロから何かを作ると言うのだって容易ではあるまい。やはり元から持ってるものをいかに伸ばすかが重要だ。ともすれば、更に高まったという身体能力……すなわち筋肉を伸ばすのが一番手っ取り早い』

 

『そりゃ旦那の趣味を押し付けてるだけだろ!』

 

『ああもう! 俺達だって念のためにいるとはいえ、いつまでもってわけにはいかないからどうにか短期間で教えたいのにコレじゃあキリがないぜ! かといってリョウはゼロやゼットみたいにスタイル変えられるってわけじゃないんだから!』

 

「……ん?」

 

『『『……ん?』』』

 

 タイガの言葉にちょっと引っかかりを覚えて声を漏らしてしまった。

 

 そういえば、あの事件の少し前まで試行錯誤していたアレ、まだ他の奴に教えたことなかったんだっけ。

 

 ティガやゼロ、ゼットがやったみたいなタイプチェンジじゃないけど、それに近しい……水系統の魔術を得意にしてるからこそ思いついたやり方があった。

 

 それを一部抜粋してタイガ達に教えるとタイガ達は互いを見合ってうむ、と頷き合った。

 

『それだったらさ……イケるんじゃね?』

 

『そうだな……。多少効率は落ちてしまうかもしれないが、元より短期間では一つに絞ったところで極め切れるとも限らない。だったらいっそ、手札を多く持つやり方を選んだ方が彼のためになるかもしれんな』

 

『あとはそれぞれに合った闘い方と切り替えの速さを徹底的に鍛えれば良いしな。よっし! そうとなればリョウ! 早速ソレ見せてみろよ! 一通り見たら俺達でそれぞれに合った鍛え方を検討すっからよ!』

 

「え……」

 

 トライスクワッドのみんなの言葉に顔が引き攣るのを感じた。もしかしたら俺は藪を突いて蛇を誘い出したのかもしれない。

 

 それからは俺じゃなかったらまずひとたまりもないだろう地獄の特訓が始まりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──それで、今は全身筋肉痛で復興作業に参加することも出来ないと?」

 

「うん……いや、いくら今の俺がウルトラマン級の身体能力持ってるからって、明らかにやりすぎでしょ」

 

 トライスクワッドの地獄の修行が始まって数日……俺は見事に全身筋肉痛で復興作業どころか普段の日常生活すら困難になる始末だった。

 

「いや、本当ごめん。こんな面倒ごとに付き合わせて……最初はグレン先生にでも頼もうと思ったけど、なんか急遽用事が立て込んだとかで」

 

「うん、大丈夫だよ。それに、こっちもシスティが急遽開かれる学会に参加することになったし、リィエルも軍務が入っちゃったしね」

 

「いや、今回に限ってなんでこう立て続けに……」

 

 流石に女子に同伴させるわけにはいかないとグレン先生を頼ろうにもなぜか用事が入ったとかでそれが叶わなかった。

 

 その上システィやリィエルも用事が入ったしフィーベル家は親の都合もあって必然しばらくはルミアだけということなので暇になるからと気を遣ってこうして送り届けてくれたわけだが。

 

「それにしても……そんな状態で大丈夫なの? お家の事とか、いつも一緒にいる子達とか……」

 

「まあ、こんな様だしね……。ご近所付き合いはしばらく停止しちゃうのは仕方ないにしても、家事が滞るのは流石に死活問題だな……」

 

 ウルトラマン式特訓の所為で回復するのにちょっと時間がかかりそうだし、適当な店で買い溜めして凌ぐしかないだろうな。

 

「あ、だったら……その……」

 

 ルミアが何かを提案しようとしてるのか、口にしかけるも途中からモゴモゴと言い淀んだり目線を右往左往させてなかなか話出せずにいた。

 

 まあ、ルミアのことだから今の俺を気遣って家事をしようとか提案しようとするんだろうが、流石に同じ屋根の下で男女がという問題があるから踏み出せないだろうと言うのは流石にわかる。

 

 とはいえ、そこまでしてもらうのもなとやんわり断ろうと思った時だった。

 

「ふふっ! 貴女がそうやって一歩を踏み出せずに止まることは予想済みでしたよ、エルミアナ?」

 

 突如入ってきた第三者の声にハッとして振り返るといつの間に入ってきたのか、玄関付近で信じられない人が佇んでいた。

 

「お、お母さんっ!?」

 

 そう、ルミアのお母さん。ただし、居候してるフィーベル家のではなく、正真正銘ルミアの母親……この国の女王陛下、アリシア七世だった。

 

「な、なんで女王陛下がここに来て──じゃなくて、おられて……っ!?」

 

「ふふ……そんなに堅くならなくても結構ですよ。それに、今の私は帝国の一市民であるアリシアですから」

 

「はい。本日、陛下はお忍びでこちらに訪れたので」

 

「クリストフさんまで!? どうしてこっちに!? 事後処理とか諸々は!?」

 

 確か今回フェジテを襲った件の事後処理とかで宮廷魔導士団も大忙しだったはずだ。

 

「それは、女王陛下からの御下命で僕がお連れしたんですよ」

 

「えぇ!? いや、でも……側近の人達とか文句言いませんでしたか!?」

 

「まあ、実際口にすれば反論されたでしょうし、そうでなくとも厳重な警備は敷かれていますが、僕にかかればあんな程度の監視網などないも同然ですから。今頃エドワルド卿辺りが半狂乱の大騒ぎでしょうけど」

 

「いや、涼しい顔して何やってんですか、あなた!? 普通止めるべき立場でしょう!」

 

「いやですね、リョウ君。陛下の頼みを断るなど……陛下のご意思に反するくらいなら腹を切って死にますよ」

 

「いつの時代の武士の習慣!? ていうか、あなたってそういうキャラでした!?」

 

 なんか、いつも爽やかな笑顔の似合う常識人だと思ってたクリストフさんのとんでもない一面を見てしまった気がする。

 

「まあ、そちらはさておきエルミアナ。まったく……貴女は一体何をしてるのですか?」

 

「へ?」

 

 急に女王陛下がルミアに向き直ったと思ったら何故かお説教するような雰囲気を醸し出した。

 

「こんな絶好の機会を前に──ではなく、一人暮らしでしかも先の戦いで今は不自由の身である彼の前で何手をこまねいているのですか?」

 

 いや、これ戦いの負傷とかではなく特訓の所為で筋肉痛なだけですけど……。

 

「それに、グレンやシスティーナ、リィエルなど親しい者達がいない今……彼を支えられるのは貴女だけなんですよ?」

 

「それは……あれ? なんでお母さんが今みんながいないことを知ってるんですか?」

 

 そういえば、近辺にいたならともかく……フェジテと帝都はかなり距離があるから情報の伝達はかなり時間差が開く筈だ。しかも、みんなの用事が決まったのは今日聞いたばかりだ。

 

「それは、そうなるよう裏で手を回したのは私──コホンッ!」

 

「ちょっと待ってください、女王陛下。今すごい聞き捨てならない言葉が……」

 

 なんか王族らしからぬ発言が飛び出たような……。

 

「それより、エルミアナ……今や彼もこの街──いえ、この国の危機を救ってくれた英雄の一人なのです。そんな方に不自由を強いるなど帝国王家の恥です。なので暫しの間……貴女はリョウ=アマチの宅に住み込みで身の回りの世話をするのです!」

 

「え?……ええええぇぇぇぇ!?」

 

 女王陛下の突然の提案にルミアが大声を上げて喫驚する。

 

「いいですか!? 住み込みですよ、住み込みっ! これは、アルザーノ帝国女王としての勅命です!」

 

「ちょ、ちょっとお母さん!?」

 

 すごい勢いでズイズイと迫る女王陛下にルミアは顔を赤くして驚くしかない。うん、そりゃあそうなるわ。俺だって突然そんなことを提案されればそうなる。

 

「それに、これはチャンスですよ」

 

「え?」

 

 これまた突然ルミアの耳元で囁きだすが、生憎距離が近いため前よりも更に鋭敏になった聴覚で声が拾えてしまう。

 

「手紙で読んでますが、貴女ったらちっとも彼との関係が進展しないんですもの」

 

「ちょ、お母さん!? こんなところで!」

 

「ですからこの機会に貴女も踏み出すのです! いつの時代でも、どの世界だろうと……殿方は既成事実には弱いのですから……頑張るんですよ」

 

「何を!? と、というかやめて! こんなところでそういうことを言うのは! こんな近くじゃ聞こえちゃうから!」

 

 すみません、ルミアさん。もうバッチリ聞こえちゃってます。というか女王陛下は年頃の娘に何を提案してるんだ。

 

 いや、お互い何も言ってないけどもし……みたいなことは考えてたと思うけど、貴女にそれを口にされると何というか……色々気まずくなる。

 

 助けてという意味を込めて側に控えてるクリストフさんに目線を送るが、向こうは『女王陛下のお言葉に反するなんてしませんよね?』的な笑顔なのにすごい圧の籠った目を向けられた。うん、誰も味方なんていなかった。

 

「では、良き時間を。二人共」

 

 先程までの女子会みたいな雰囲気は何処へやら、優雅に一礼してクリストフさんと共に家を出て行った。

 

 そして、家には俺とルミアだけが気まずい雰囲気の中取り残されてしまった。

 

「え、えっと……そういうことだから、しばらくの間……身の回りのお世話をするね?」

 

「あ、うん……そうだねえ。勅命だって言ってたし……」

 

 お互い何ともいえない雰囲気のまましばらくの同居生活が始まるのだった。

 

 ちなみに関係の進展? あんな事を聞いた後でどうこうできる訳がなかった。

 

 ちなみに裏で手を回してたのはアルフォネア教授もだったらしく、女王陛下から頼まれて俺達に進展云々を聞いてきたが、何もないと答えると舌打ちしながらヘタレがと毒づいた。

 

 ヘタレで悪かったですね……っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ぶっちゃけお前の持ってた道具ってどっから来たんだ?」

 

「……ん?」

 

 フェジテの復興作業もだいぶ進んだある日のこと……。気晴らしに音楽を聴いてる時にグレン先生が突然質問を投げかけてきた。

 

「道具って……これの事とかですか?」

 

 俺は流れてる曲を一旦切って手に持ってたiPadを見せながら聞いた。

 

「いや、お前ってその……どこの誰ともわからねえ奴に作られてこの世界に放り投げられたってんじゃん? 記憶もそいつに植え付けられたのもゼロってウルトラマンに聞いたが……そうなるとお前の持ってた荷物もそいつが敢えて持たせたってことになるだろう? まあ、お前の記憶に疑問持たせないためって理由で納得できるけど、誰が用意してそんなことしたんだろうなって」

 

「あぁ……」

 

 グレン先生の言葉に俺も納得した。今まで忙しかったからそっちに意識を向けてなかったが、俺が別世界にいた天地亮という人間のコピーでどっかの宇宙人に作られた存在なんだから俺の持ってる道具だってそいつが用意したということになる。

 

「まあ、確かに疑問はあるでしょうけど……あって困ることもないし、限定的ですけど使えるならそれなりに使って暮らせばいいやって」

 

「呑気だな……誰が用意したかもわかんねえ道具だろ。罠が仕掛けられてるとか思ったりしねえか? 俺は宇宙人の事とかよく知らねえが、魔術とは違う未知の技術が使われてるってんならそういうの警戒するとかねえのか?」

 

「まあ、あってもおかしくはないとは思うけど……そんなのがあるならとっくに起動してると思いますし、どんな宇宙人にせよ俺かこの世界の人間に向けた罠ならもっとこの世界の文明に紛れやすいものを用意しそうなもんなんですけどね……」

 

こっちはこっちで便利な文明機器っぽいものは存在してるが、地球科学の道具はこっちの世界観からすればどう見ても異質に映るだろう。容易にクローンを作れるほどの技術を誇る宇宙人がやったにしてはちょっと方法がアバウトっていうか……。

 

「確かに俺の出生も含めて薄気味悪い話ではありますけど、相手の顔も見えない今の状態であまり深く考えても仕方ありませんし……ウルトラマン達もこの星を一時的とはいえ監視してくれますし、ハルキさん……ゼットさんが光の国に戻って情報交換しながらこっちの今後を検討してくれるって言いますし、今はこっちでできることをするってことで」

 

「まあ、正直お空の上のことなんざ専門外もいいとこだしな。で、こっちに三人が残って一人がその光の国ってとこに行ってるんだったっけか?」

 

「はい。なんか、俺の見た夢の話をしたら引っかかるものがあったらしくて」

 

「おい……その時点でまた厄介ごとが起こるって言ってるようなもんじゃねえか?」

 

「かもしれませんけど……俺達だけじゃ把握できない問題のようなので今は大人しく待つしかないでしょう」

 

 それにしても俺の夢の話をした時はゼットさんがかなり慌てふためいていた感じだったな。

 

 ハルキさんはポカンとしてたから多分一体化する前の時期に何かがあったのかもしれないが……それにしても俺が見た夢に出た、金色の生命体に何か心当たりがあったのだろうか。

 

 まあ、宇宙警備隊なんだからあちこち飛び回ってそれらしい候補がいたってことだろうが。

 

「しっかしこの街──つか、この国も本格的に魔境っぽくなってきたよな。外道魔術師のみならず、怪獣やら宇宙人やら……もう腹いっぱいだわ」

 

「まあ、スペースビーストの出現の所為でこの星に隠居してた宇宙人も慌ただしくなって裏の世界の住人っぽい奴らも活動が目立ってきたって聞きますしね」

 

「……ちょっと待って、俺それ初耳なんですが」

 

「あぁ……なあ、活動してるのがシェルター……この星の人間じゃ知覚するのが不可能な施設の内部なので少し前まで俺やハルキさんがそれらしい宇宙人見つけては成敗してたんですよね」

 

「お前……本当、だんだんとその手の主人公っぽい道歩み始めてね?そのうちマジでウルトラマンになったりしてな」

 

「ハハハ……それは流石に、ない……か?」

 

 いやでも……これだけウルトラマンに縁がある日々を考えると笑えないかも。

 

 この予感が、近い将来に分岐点という形で眼前に出ようとはこの時点では微塵も思ってなかった。

 



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裏学院
第47話


 この街を大きな災厄が襲い、まだあちこちに傷跡を残すも徐々に生活を取り戻そうとしている中、俺達学院の者達に突如緊急集会するという報せが入った。

 

 まだ復興作業途中の者達もちらほらいる中、突然の報せ。早く終わって欲しいと言ったり、さっさとテスト勉強に専念したいという者もいる。

 

 俺達もその試験途中なため、突然の報せに暫しのテストから逃れられる時間にホッとしていいのか、また勉強漬け地獄が延びるのかと溜息つけばいいのか複雑だった。

 

「それにしても、突然どうしたんだろうな? まあ、テストから一時的にでも逃げられるだけホッとしたけどさ」

 

「同感……とはいえ、なんか重大発表とか言ってたけど。何なんだろうな?」

 

「あんな事件からまだ間もないしな……もしかして、テスト中止!? もしくは休校か!? どうせもうすぐ長期休暇だしさ!」

 

「カッシュ……」

 

 カッシュの言葉に俺も若干ウキウキするとセシルが呆れた声を発する。

 

「でも……本当にどうしたんだろうね? 気のせいか、先生達も浮かない顔してるし」

 

 セシルに言われて周囲を見回すと、確かに突然の集会の所為なのか、妙にソワソワしてるような慌ただしい空気も感じる。

 

 耳を澄ませてみればこの集会は教師達にとっても突然だったらしいのと、何故か今朝からリック学院長の姿が見えないというのが聞こえた。

 

 そこまで聞くとこの集会にどうにも嫌な予感しかしない。

 

 そこまで考えるとようやく状況が動き出した。予告も何もなく、本来学院長が躍り出るはずの壇上に見知らぬ初老の男が立った。

 

「……なあ、俺ほとんどの教師の顔すらうろ覚えなんだけど、あんな人いた?」

 

「いや、俺も知らねえぞ。セシルは?」

 

「僕も……というか、何で学院長じゃなくてあの人が壇上に?」

 

 その疑問はほとんどの者達が感じてるようで、あちこちから動揺の声が上がっている。

 

「諸君、静粛にしたまえ」

 

 壇上に立った初老の男が声を上げると周囲の声も収まり、ようやく男の言葉に耳を貸すようになった。

 

「本日から、このマキシム=ティラーノがこの学院の学院長である。皆、心するように」

 

 何の前触れもなく突然とんでもないことを言い出した。

 

『『『……はああああぁぁぁぁぁっ!?』』』

 

 当然生徒……どころか、教師達すら大声をあげて驚いた。

 

 その動揺は荒波のようにあちこちで様々な憶測の言葉が飛び交ってもはやあの男が何者かなど気にしている場合ではなかった。

 

「黙りたまえっ!」

 

 マキシムが声を荒げるとみんな口を閉じ、ようやくかと言ったふうに溜息をつき、話を続ける。

 

 だが、その内容は聞けば聞くとほど苛立たしいものでしかなかった。以前の大事件が起こったのはこの学院の者達が無能だからだとか今の国を堕落させてるだとか、自分が学院長だったらそもそもあんな事件を起こさせなかったとか。

 

 ついこの間までこの学院にいない、どころか気にもしていなかっただろう奴に言われて周囲の者達も苛立ちを隠せず、ギリッと歯軋りする音までもが聞こえてきた。

 

 更に今の学院のカリキュラムが国のニーズに合っておらず、以後のことを考えて戦闘に直結しなそうな授業を全て廃止し、戦闘訓練の大幅強化を徹底するなどといったもはや暴挙としか言いようのないものだった。

 

 もちろん、これには法医師であるセシリア先生や生徒会長のリズ先輩も抗議するが、マキシムは二人の声にも全く耳を貸さず、尚も戦闘に直結しない授業が無駄かという全くありがたくもない説明を続けるばかりだ。

 

 他の教師陣もお互い足の引っ張り合いのような状況だし、このままではマジで地球で起きてた世界大戦のような末期的な状況へと陥る未来しか見えない。そう思った時だった。

 

「おい、待てやコラアアァァァァッ!」

 

 そこに声をあげ、横槍を入れたのは他の誰でもない、グレン先生だった。

 

「あ、あれは……」

 

「グレン先生っ!」

 

「俺達の……」

 

「魔術講師っ!」

 

「グレン先生……っ!」

 

「グレン先生──っ!」

 

 突然の絶望的な横暴に膝を付くばかりだった生徒達の前に希望の光が差し込むかのように登場したグレン先生に見事な流れで生徒達が声をあげる。というか、何かで見たような光景だなコレ。

 

「テメェが何処の誰かなんざ知らねえが、俺達の学院で好き勝手してんじゃねえぞ、このハゲがああぁぁぁぁ!」

 

『『『うおおおぉぉぉぉぉぉっ!!』』』

 

 グレン先生の堂々とした喧嘩発言に生徒達が歓喜の声をあげた。ていうか、よく見たら先生の動きがどうもおかしい。それに言葉の雰囲気と表情が噛み合ってない。

 

 あまりに無表情でどこか人形っぽい感じがする……。

 

「ハァ〜? より効率的で優れた人材を輩出〜? そのための仕分け〜? はっ、バッカバカしいぜ! テメエのアホ改革じゃあ、むしろ余計なゴミが輩出されるのがオチだぜ! 果てにはお前、帝国をゴミ溜めにした罪やら何やらで首切りの刑に処されるだろうさ、だーっはっはっは!」

 

 俺の疑問も他所に次々と飛ぶ罵倒の嵐にマキシムも怒りを露わにしながらも口を挟む隙がなかった。

 

「ともかく、俺はテメェなんか学院長だとは認めねえ! いや、俺だけじゃねえ……断言してやるぜ! この学院の誰も、テメェを学院長だなんて認めねえ! わかったらさっさと帰ってママンのおっぱいでも啜ってやがれ、このハゲっ!」

 

『『『うおおおおぉぉぉぉぉ!!』』』

 

 グレン先生の次々出る暴言に頼もしさを覚えた生徒達がますます歓喜し、更にはマキシムに対する闘志もより燃え上がっていく。

 

「なあ学院長(笑)サンよ〜、ここは魔術師らしく決闘で白黒つけようじゃねえか! テメェのアホ改革に餓鬼共を任せられるか、テメェに任せるくらいなら俺一人で全部受け持ったほうがよっぽどマシだわ!」

 

『『『グレン先生、超かっけえぇぇぇぇぇ!』』』

 

 更にはいつぞやの、給料三ヶ月分を賭けた時のように決闘まで吹っかけた。

 

 その光景に生徒達の興奮は留まるところを知らない。

 

 マキシムは尚も権力を振りかざしてグレン先生を止めようとするが、突如グレン先生が身体をピクリと跳ねさせたと思ったらジリジリとマキシムに詰め寄って行き……頭を掴んだと思ったら何かがズルりと取れた。

 

 手にしていたのは髪の毛……というか、カツラだった。どうやらグレン先生の適当な罵倒ではなく、正真正銘のハゲをカツラで隠していたようだった。

 

『『『ギャハハハハハハハハッ!?』』』

 

 突然舞い降りてきた光景にさっきとは打って変わって生徒達の笑い声が講堂全域に響き渡る。

 

 周囲の目も気にならないほどの面白い光景に膝を崩して床を叩いたり、腹を抱えて床を転がったり、更には教師も笑ってしまう始末(約一名自分の頭を摩って心配そうな表情を浮かべたが)。

 

「き、貴様ぁ……!? 問題教師だというのは聞いていたが、ここまでとは……よくも恥をかかせてくれたな、グレン=レーダスゥゥゥゥゥゥ!」

 

「ほぉ〜? だったらどうするってんだ?」

 

 羞恥に塗れた表情でグレン先生を睨むも、挑発的な言葉に口を噤み、周囲を見渡す。

 

 権力を振りかざして脅そうにもそんなのは最早無意味なくらい場はまさにグレン先生の独壇場だ。身分の高い教師や生徒が反抗しようと、女王陛下の命だか自身の権力を持ってどうこうできたかもしれないが、それは相手が少数の場合だ。

 

 半数を越えようと出来なくはないかもしれないが、今この場はグレン先生の啖呵のおかげでマキシムが共通の敵ということで満場一致している。いかに権力者だろうと個人でねじ伏せられる領域をとっくに超えている。

 

 それを理解したのか、震える身体を精一杯抑え込んで冷静な表情を取り繕う。

 

「ふっ、いいだろう。そこまでいうならこの学院の行く末、その決闘でつけようじゃないか」

 

「ほぉ〜? で、どうする? 今から俺とガチバトルでも行くか?」

 

「バカめ、低脳な猿が。この学院の行く末を決めるのが目的というならば……我らの一騎打ちよりももっと相応しい、教師としての指導力で競おうではないか」

 

 これまたいつぞやの魔導棋戦みたいな方式の決闘だった。

 

 そして決闘の舞台は『裏学院』というところで行おうというものだった。

 

 よくわからない単語が出たが、どうやらかつてのアリシア三世が秘密裏に作った場所らしく、そこに辿り着くための鍵がないために半ば永久封印とされた場所らしい。

 

 だが、それを自分は見つけたということで改革の際、そこを授業の場とする予定だったようだ。

 

「内容は『生存戦』。私の模範クラスと、君の指導したクラスを競わせる。日時は……前期試験が終わる二週間後としよう。もし君が勝てば、君の態度を不問とし、改革案も取り下げよう。だが、私が勝てば……君には辞職してもらう」

 

 とにかくその場所で自身の担当している生徒達を戦わせ、どちらかの陣を全滅させた方の勝ちとするらしい。

 

 そしてグレン先生の首がかかったことでその場一体に緊張感が走り、みんなが固唾を飲んで見守る中、突如壇上が煙に包まれた。

 

 何かを壊すような、踏みつけるような、粉々に割れるような音がして何事かと煙の中をよく見たら一つの影が地団駄を踏んでるような光景が見えた。

 

 そして煙が晴れると肩で息をしていたグレン先生とその足元には何かの金属の破片のようなものが散らばっていた。

 

 あぁ〜……どうりでさっきから表情が硬すぎると思ってたら、さっきまでのグレン先生は偽物だったんだな。そんで、なんかのはずみで独断行動じみた動きをしたから本物が大慌てで壊したと。

 

 事の真相を理解して呆れたが、まあ結局本物でも同じ行動をしただろう。競技戦の時の前科があるんだし。

 

 それからグレン先生も場を見渡して覚悟を決めたのか……。

 

「いいぜ。俺のクビ……お前らに預けた!」

 

 そう言って左手の手袋を外してマキシムの顔面目掛けて放り投げる。

 

 その光景に一部が吹き出し、すぐさまグレン先生の行動に歓喜の声をあげ、みんなの士気も鰻のぼりとなった。ただし、本人は内心冷や汗たっぷりだろうが。

 

 毎回思うんだけど、グレン先生ってなんでこう……教師生命のかかった事態が舞い込み易いんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集会からしばらくして教室ではもちろん、俺達がこれから戦おうとするマキシム率いる模範生徒との決闘についての話だ。

 

 ただ、グレン先生の横には思いも寄らない人物が同伴していた。

 

「と、いうわけでお前ら……クソ忌々しいが、来期からこの学院で開講される事が決まっちまった『軍事教練』の戦術教官講師として帝国軍より出向してきたイヴだ」

 

「帝国軍、帝国宮廷魔導士団第八魔導兵団所属、イヴ=ディストーレ従騎士長よ。来期から『軍事教練』を担当させていただくわ」

 

 なんとリィエルやアルベルトさんのいる特務分室の室長のイヴさんだ。ただ、以前聞いたのとは所属も階級も、家名も違ってるが。

 

 その上舞踏会で会った時とは雰囲気が違いすぎて一瞬同一人物とは思えなかった。

 

「「「うぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」

 

 ただ、そんな疑問も男子共の雄叫びじみた歓声によって頭の隅に追いやられてしまったが。

 

「ウッヒョー! どんなゴリラが来るかと思えば、滅茶苦茶美人じゃねえか!」

 

「物憂げでアンニュイな雰囲気と表情が、いいよなぁ!」

 

「酸いも甘いも噛みしめた大人の女性って感じ……」

 

「だが待て! 相手は美人でも軍人なんだぞ!」

 

「醜く罵倒されたり、血反吐はくまで扱かれたり……」

 

「「「美人だからそれはそれで興奮するので良しだっ!」」」

 

 リィエルの転入の時もだが、このクラスの男子達は美少女、もしくは美人だったらなんでもいいのかい。

 

「グレン……このクラス……」

 

「諦めろ。いつもこんなだ……」

 

 イヴはジト目で男子達とグレン先生を見やって、視線を向けられたグレン先生はポン、と肩を叩いて溜息混じりにボヤく。

 

 まあ、相手が美人じゃどんな態度を取られても男子共にはご褒美として受け取られるのでグレン先生のいう通り、もう諦めて流すしかないと思う。

 

「ちょっと、男子っ! イヴさんに変な目を向けるのはやめてくださいまし!」

 

「そうですよ! イヴさんは私達の恩人なのですから!」

 

 興奮冷めやらぬ男子達を叱ったのはウェンディとテレサだった。

 

 恩人って何のだと思ったが、その疑問を察したルミアが説明してくれたところ、どうやら俺が死んでる間に起こった事のようで……グレン先生達が『炎の船』に乗るこむ作戦の最中、学院にも大量の魔導兵器が投下されて各方面で生徒教師一丸となって対処していたようだ。

 

 そしてイヴさんは南の方で生徒達を身を挺して守っていたという。当初のイメージが残ってるから意外に感じたが、みんなも見ていたようなので事実なのだろう。だが、イヴさんは誇ったり自慢するどころか、むしろ悲痛な表情を浮かべていた。

 

「な、何よその目は? 勘違いしないことね。あの時は、無能な私には……それしか出来なかっただけよ」

 

 台詞を聞けばツンデレかとツッコんでいただろうが、本当に当初の高圧的なイメージからかけ離れて少し会わない間に一体何があったのか。

 

 まあ、みんなは謙虚な風に捉えてるから今は何も聞かないでおくけど。

 

 照れくさいのか、これ以上嫌な事を思い出したくないのか、一回咳払いすると真面目な表情になって教室全体を見回しながら本題に入る。

 

「さて、そろそろ目の前の問題に戻すわよ。今回の『生存戦』なんだけど……はっきり言って、今の貴方達じゃマキシム率いる模範生には絶対に勝てないわ」

 

 イヴさんの断言するような物言いにクラスメート達は言葉を失った。

 

「今の貴方達の顔を見ればわかるわ。明らかに勝機のない戦いをしようって言うのに、緊張感が足りていない。どうせ大変そうでもどうにかなると楽観視してるのね。先の戦いを生き残った自負? 頼れるグレン先生がいる? 断言するわ。貴方達は完全に自惚れている。そんなザマじゃマキシムの模範生の相手にすらならないわ」

 

 イヴさんの厳しい言葉の数々にさっきまでとは打って変わって教室内は静まり返っていた。

 

「でも、だから私がここにいるのよ。決闘は前期試験の終わる二週間後だったわね。グレンはその間徹底的に鍛えようとしていたみたいだけど、グレン一人じゃどうしたって貴方達全員の面倒を見るなんて無理よ。だから……教官として私が力を貸してあげるわ。感謝しなさい」

 

 イヴさんの厳しい言葉に打ちのめされながらもみんなは真剣に耳を傾ける。

 

「今日から貴方達は泊まり込みで強化合宿をさせるわ。寝る間も惜しんで死ぬ気で訓練すれば、まあ、あるいはね……もっとも、嫌なら──」

 

「「「イヴ先生っ! どうか、よろしくお願いします!」」」

 

 イヴさんが突き放すような物言いをするだろうところでみんなが遮って頭を下げながら教導を願い出た。

 

「ほ、本当になんなのこの子達……」

 

 みんなの態度が予想外なのか、何度も思ったが以前のような高圧的な物言いがまるで通じない状況に完全に調子を崩されてるようだ。

 

「な? 勝たせたくなっちまうだろ?」

 

「知らないわよ……まあ、随分物好きだとは思うけど」

 

「それはともかく……その、あんがとな」

 

 グレン先生がそっぽを向きながらぽそりと、イヴさんに礼を言った。

 

「は? 何よ、貴方が礼なんて」

 

「正直……助かるんだよ。俺一人じゃ厳しいのは事実だったかんな。なんでか知らねえが、お前が協力してくれるのはこっちとしてはマジでありがてえ。お前のことは嫌いだが、人員の采配とか指導力を知ってる身だからお前がこいつらを見てくれれば可能性は出てくるから……まあ、一応な」

 

「……ふん、勘違いしないで。これは貴方のためなんかじゃない。私は飽くまで私自身のためにやってるだけよ。私は今だって貴方のこと大嫌いだし」

 

「はぁっ!? それはこっちだってそうだわ! そもそもこっちはお前のこと何一つ許しちゃいねえわ!」

 

「あっそ。それで構わないわ。馴れ合ってるなんて思われたくないし、改めてお互いの立場を再確認しただけだしね」

 

「てんめぇ……! マジで可愛くねえな! だから行き遅れるんだろうが!」

 

「余計なお世話よ! 大体、私はまだ十九よ!」

 

 あ、あの人まだ成人してなかったのね……などと、どうでもいい事を考えてしまった。

 

「いいや、断言するね! 顔はいいが、性格ブスなお前はぜってえ行き遅れるな!」

 

「そっちこそ、顔はまあまあだけど根っからのグータラに良い出会いがあるなんてとても思えないわよ!」

 

「あ? やんのか、コラ!」

 

「何よ!?」

 

 ……って、珍しく仲良さげな会話してると思ったら急に喧嘩始まったし。いや、これはこれで喧嘩するほど仲がいいを体現してるような光景だな。

 

 どう見ても犬猿の仲極まりない見た目なのにいっそ清々しいものを感じるし。現にシスティが巨大な何かを前にしたように震えているし。ルミアも励ましの言葉を送ってるし。

 

 まあ、ともかくこの二人を止めないとな。このままじゃ延々と口喧嘩しそうだし。

 

「あの、二人共……そろそろ訓練のこととか話し合ってもらわないと──」

 

「「もうロクな魔術も使えねえ(ない)巨人オタクは黙ってろ(て)!」」

 

「テメェら、そこに直れやっ! ウルトラマンの力その身に浴びせてやらぁ!」

 

「リョウ君まで何やってるの!?」

 

 二人揃って腹立つ言葉を投げられたので強硬手段で止めようとしたが、逆にルミアに止められ、本題に戻るのに数十分浪する羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、適当な子と一対一で軽くやってみなさい。内容はよくあるサブストルールでね」

 

 イヴさ──いや、イヴ先生の指示に従ってみんなが適当な組み合わせて簡易的な魔術決闘を始めていった。

 

 あれから強化合宿のための簡単な予定の取り決めと手続きを済ませて学生会館へ赴いた。

 

 ここは部活みたいなグループ活動とか勉強のためにもよく使われてるようだし、周囲のスペースもかなりあるからこういう強化合宿のためにはもってこいだろう。

 

 さて、練習の様子だが……うん、みんないい線いってるんだろうなくらいには思うんだけど、それに対して……。

 

「《雷》、《雷》、《水泉》、《震電》っ!」

 

 俺はリィエルと組んでやってるんだが、俺の使える魔術では全く掠りもしない。

 

「リィエルにもそろそろまともな魔術攻撃の手段を教えようとも思ったけど、あんたもあんたで手段が乏しすぎるわね」

 

「まあ、元々使う魔術の系統が少なかったのもあるんだが、この前の一件から更に限定されちまったからな。まあ、元々発想力は悪くねえから使い方のレパートリーを考えてやればいけなくはねえだろうな」

 

 俺とリィエルの魔術戦闘を見てイヴ先生が片手で頭を抱え、グレン先生も苦笑いでコメントしていた。いや、出来の悪い生徒で申し訳ない……。

 

 ちょっと疲れ始めたところで一旦休憩にしてもらってみんなの魔術戦を見てるが、やっぱり仕方ないとはいえ取れる手段が多いってのは羨ましいものだ。

 

 まあ、純粋な魔術戦じゃなくルール無用の戦闘なら俺やリィエルに軍配上がるけど。

 

 ただ、グレン先生とイヴ先生の様子はお世辞にも明るいものとは言えなかった。イヴ先生は明らかにこのままじゃ駄目だと辛口で、グレン先生もそれに何も反論できていなかった。

 

 いい加減どこら辺がダメなんだと聞きたいところに突然の乱入者が現れた。

 

「ちぃ〜っす!」

 

 なんとも軽薄そうな声の聞こえた方を見ると、同じ制服を着た集団が歩み寄ってくる。

 

 見た目的に同年代だと思うけど、誰一人これまで見たことのない顔だった。

 

 恐らく、マキシムが言ってた模範生なんだろうが。

 

「なあ、先生……ちと提案なんすけど、練習手伝ってあげましょうか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味っすよ。連中をいっちょもんでやろうと思って。ほら、俺ら模範生っしょ? こっちの生徒達の模範になってやろうって」

 

 模範生の一人(ザックという名前らしい)がつまりは練習試合をしようと提案を持ちかけ、これまた模範生の一人のメイベルという少女がぶっちゃけ『生存戦』が面倒くさそうでここらで実力を見せておけば決闘が流れるのかと言ってきた。

 

 まあ、控え目に言っても完全に舐められてるだろう。だが、グレン先生はその提案を取り下げようとするもイヴ先生が速攻で頷いた。

 

 それから計二十回の個人戦をサブストルールでやるという事になったわけだが、初戦が俺だった。しかも、身体能力アップはしないという条件付きで。まあ、それ自体は別に構わなかった。素の力だけでも軍人並みに動けるし。

 

 身体能力だけでも使えばこいつらに負けることは無くなるし。ただ……。

 

「おい、あの金髪巨乳の子可愛くね?」

 

「いや、あの銀髪の子もいけるだろ。ぜってぇチョロそうだし」

 

「おま……あの金髪巨乳が眼中にないとか男としてどうなんだ?」

 

「俺としてはあの青髪の子も捨てがたいけどな」

 

 こっちのことそっちのけで関係のない無駄話ばかりしてるし。それと、一部の奴この決闘関係なしに後でしばくか?

 

「それじゃあ両者共準備はいいかしら? じゃあ、始め」

 

 イヴ先生が淡々と審判をして決闘が開幕すると同時に俺も軽めの魔術から動き始める。

 

「《雷》」

 

 俺が[ショック・ボルト]を開幕早々撃つと、わかってると言わんばかりに身体の角度を軽く変えるだけで回避した。

 

 まあ、真正面の攻撃じゃこんなものかと流しながら次の一手を打つことにする。

 

「《水泉》……《震電》」

 

「ん? うおっ!?」

 

 対戦相手は水をぶっかけるだけの魔術を使ったことを怪訝な目で見るが、続いて地面から迸る閃光を慌てて回避して若干バランスを崩した。

 

 ここで好機だと見た俺が前へ飛び出すとそれを見た対戦相手がニヤリと顔を歪めた。

 

 魔術を使う前に肌がピリつく感覚が走り、慌てて急ブレーキをかけると俺の一歩前のところで炎が燃え上がった。

 

 あのまま踏み込めば魔術罠で即敗北だった。危なかったと安堵するもほんの一瞬で、炎の壁の向こうから続け様に紫電の閃光、白い凍気、炎の矢が飛来してくる。

 

 それらは全部身一つで躱すが、連続して放たれる魔術のコンボに中々反撃できずに防戦一方だった。

 

「く……《龍尾》っ!」

 

 このままじゃマズイと思って[テイル・シュトローム]を略式詠唱して一気に決めよう。ダメでも大きく態勢を崩しやすいと思って選択した魔術だが……。

 

「《光の障壁よ》……《虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮》」

 

 俺の[テイル・シュトローム]は[フォース・シールド]で防がれ、今度は[スタン・ボール]を唱えて来た。

 

 あれは五感の強化されてる俺からすれば下手な攻性呪文より強力なものだ。俺は咄嗟に目と耳を塞いで五感の不能を逃れるが、次の瞬間には身体に衝撃が走って地面に腰を着いてしまった。

 

「これで終わりだろ、雑魚」

 

 一瞬遅れて自分が敗北を喫したことを理解した。自分の身体が若干痺れてるのを感じると、多分さっきの[スタン・ボール]で俺が目と耳を塞いだ隙に[ショック・ボルト]を唱えて当ててきたんだろう。

 

 多少の魔術じゃ怪我なんてしないとたかを括ってルールの事を度外視してしまった。

 

「おいおい、弱えなコイツ!」

 

「ていうかお前、最初ちょっと押されてなかったか、そんな雑魚に!」

 

「は? んなわけあるか。ちょっと遊んだだけだろ」

 

 敗北した俺を指しながら模範生の奴らは大笑いしていた。正直腹立たしいが、実際負けたので俺は何も言わずに下がるしかなかった。

 

 クラスのみんなは信じられないと言った様子で慰めたり敵は取ると言ってくれたが、さっきの決闘の事を考えると正直勝てる見込みはないのかと思い始めてしまった。

 

 その予感は的中したようで、所々いい勝負をしてくれる奴もいたが、それは嬲られてるだけ。あのシスティすらメイベルというとんでもない実力の少女に敗北してしまった。

 

 誰一人勝てなかったという事実にクラスメート達は完全に意気消沈してしまった。

 

 俺自身も敗北してどう声をかけたものかと思い悩んだが、これだけでは終わってくれなかった。

 

「や、やめてくださいまし!」

 

「な、いいだろ!? な!?な!?」

 

 何事かと振り向くとウェンディが模範生に絡まれていた。それを見たテレサが慌てて間に入って止めたが、模範生は我先にと嫌らしい笑みを浮かべながら次々と女子達に詰め寄っていく。

 

 カッシュが我慢できないと割ってはいるが、もう一度決闘するかと言われて押し黙ってしまう。

 

 流石に我慢が効かなくなったので今度はルール無用の俺なりのやり方で物理的に黙らせようかと思ったが、意外なところから待ったがかかった。

 

「はいはい、そこまでにしなさい。試合の協力には感謝するけど、今は私達の管轄の時間なの。そういうのは決闘が終わってからにしなさい」

 

「あ?」

 

「ほら、さっさと解散なさい。これ以上の勝手は流石に許せないから」

 

 イヴ先生に止められた模範生が苛立った表情をしたら、内々で見合った後すぐに嘲笑を浮かべてイヴ先生に向き直る。

 

「えっと、イヴ先生でしたっけ?」

 

「……何かしら?」

 

「ひょっとして先生、俺らのこと舐めてます?」

 

「確か、イヴ=イグナイト……今は母方の旧姓のディストーレを名乗ってるんでしたっけ?」

 

「先の闘いで負傷して、左腕の魔術能力を喪失してるんすよね?」

 

「それでイグナイト家から勘当……百騎長から従騎士長にまで降格……ぷっ!」

 

 模範生が嘲るように言ったのはイヴさんの、謂わば失態の内容だった。

 

 『炎の船』の出現前後の事は知らなかったが、どうやらその中で自らの魔術能力を喪失してしまうほどの出来事があったとのこと。

 

 その事実はクラス全体が騒然とするほどのものだった。だが、当の本人は何故か真顔のままだし、グレン先生をみやると呆れ果てたと言わんばかりにため息を吐いている。

 

「グレン、あの人達バカなの?」

 

「お前が言うな──と言いたいところだが、こればかりはな……察してやれ」

 

「……へぇ〜、貴方達……そう言うこと?」

 

 クラスメート達が心配そうな顔をする空気の中、静かに……けれど全体に波のように冷え冷えとした声が響いた。

 

 見ると、イヴ先生がスタスタと模範生に向かって歩み出した。その背中を見てなんとなくだがもうこの後の展開を察してしまった。

 

 そしてその後はあまり語りたくはない。簡単に言えばイヴ先生が模範生を蹂躙したと言うことくらいだ。

 

 あの人の魔術戦は見たことないし、多分能力を喪失したと言っても現時点の半分にも満たないくらいの手加減だったんだろうが、もう見るも無惨だった。

 

 《ショック・ボルト》のみというハンデを付けてあれだけの動きと戦略、場の動かしかた……色々圧倒的だった。

 

 模範生を一通り〆て、全く誇ることもなく淡々と戻ってくる姿を見てもう感心していいやら恐るべきやら、なんとも言えなかった。

 

「で? ……どうだったかしら?」

 

 主語を抜かして突然俺達に質問を投げかけて、みんなさっきの模範生の蹂躙した姿を口々に述べたが、イヴ先生は否定して自分じゃなく俺達の模範生に対する認識を聞いてきた。

 

 もちろん、それだってみんな自分達と実力がかけ離れてるというが、俺としてはそう言うのとは違うと感じた。

 

 タイガ達と特訓していた身だからわかる本当の闘い方の差というか、そういう違和感のようなもの……。

 

「そう……で? リョウ、貴方はどうかしら? 多分、なんとなくだけど連中と自分達の違い、わかってるんじゃない?」

 

 イヴ先生は俺の感じてることをお見通しのようで俺に振ってきた。それに釣られてみんなの視線も集中する。

 

「あぁ〜……本当になんとなくですけど、俺達と模範生……多分能力的な部分はそんなに違いはない……というか、ぶっちゃけシスティとかギイブルの方が強いと思ったくらいです」

 

「は? 何を言ってるんだ、君は……さっきの戦闘をもう忘れたのか!?」

 

 ギイブルが憤りの表情を浮かべて詰め寄ってくるが、そう言われてもそう感じたのだから仕方ない。

 

「忘れられるか……それに、俺が最初に負けてからみんなの戦闘を外から見てようやくわかったことなんだから。ついでに逆に聞くけど、向こうは何かみんなの知らない戦法でも使ってたわけ?」

 

「それは……いや、待てよ?」

 

 俺の疑問にギイブルは先程の自分の戦闘場面を思い出し、みんなもそれぞれ自分の敗北した最後の一手を思い出していく。

 

「俺もそうだけど、みんな最後の一手が妙に呆気ないと思ったから自分の実力が低いと見てるようだけど、模範生……別に何か特別なことはしてなかったよ。俺の場合は五感を奪われないように必死だったから思考を止めた隙にトドメ刺されたけど、それ以外にも魔術の繋げ方……コンボとか使う魔術の選択、それらが矢継ぎ早に出されたから色々遅れちゃって後は知っての通り……まあ、要約すると後手に回り続けたからってところか」

 

「そういうこと。連中が強く見えたのは貴方達と比べてカードを切る速度……次の一手を決める判断速度、カード内容の良し悪し、その点で負けちゃったのよ」

 

 俺の説明を補足するようにイヴ先生が再び説明に入る。

 

「マキシムが率いる模範生達はそうやって戦闘におけるカードの使い方、切り方を徹底して鍛えられたから魔術戦をスムーズに、自身に有利になるような流れに持っていける。それに対して貴方達はグレンから様々な魔術の術式や内容、成り立ちなど……手札を増やし続ける作業を徹底してた。けど、手札を把握するやり方ばかりの貴方達とカードを切る速度を優先した模範生……その違いが今回の試合の結果よ。そりゃあ自分の手札の切り方を知らなければ後手に回るしかなくなるわね」

 

 イヴ先生の説明にみんなは悲痛な顔を浮かべるだけだった。なるほど、そうなれば後のことは簡単だ。

 

「なるほど、つまり……向こうはもうほとんど強くはなれないということですね?」

 

「ほとんどというか、もうとっくに頭打ちと言ってもいいくらいよ。このままマキシムの下で支持してる限りね」

 

「「「……え?」」」

 

 俺とイヴ先生の言葉にみんなが目を点にした。

 

「何惚けてるのよ……。さっきも言ったけど、貴方達は今までグレンから手札を増やす作業ばかりだから自身の手札内容を把握するのに手一杯で切り方まで手が回らなかっただけ。それに対して模範生達は戦闘関係のことばかりで大した土台なんてない……けど、貴方達はグレンの指導のおかげできちんとした土台はできてるの。後はその上にどれだけ積むか……向こうと違って貴方達はずっと伸び代があるわ」

 

 イヴ先生の言葉に実感が持てないのか、まだ怪訝な表情は消えなかった。

 

「グレンに感謝することね、貴方達。魔術師って、土台に物を積む作業は比較的簡単だけど、逆に土台作りにはかなりの時間と手間がかかるの。おまけにその最中は全く伸びてる感覚が沸かないから継続的に行うのはかなり苦痛なの。ま、今まではグレンだけだったから無理だけど、今は私もいるわ。土台に物を積む作業を私が担って、生存戦までの期間……みっちり稽古つけてあげるわ。既に土台はできてるんだから、二週間もすれば見違えるほどに伸びるわよ」

 

 イヴ先生からの言葉にみんなはしばし呆然としたが、誰が号令をかけたわけでもないのに互いに視線を交差したのち、全員が揃って頭を下げた。

 

『『『よろしくお願いします!』』』

 

 突然頭を下げられたことに困惑する間にみんながわちゃわちゃとイヴ先生に詰め寄って指導を願うが、鬱陶しいのか照れくさいのか、みんなを手で払って疲れたように息を上げる。

 

「よう」

 

「今度は何? 自分の生徒に余計な事をするなって文句でも?」

 

「違ぇよ、全部お前の言う通りなんだよ……。実際、俺だけの指導じゃもうあいつらを伸ばすには限界だったんだ。思った以上に優秀な奴揃いでな……俺がもう少しくらい魔術の腕あったらよかったのにって、最近ちょっと申し訳なかったんだ」

 

「……そう」

 

「だから、その……マジで助かる。一応、礼を言っておくわ……サンキューな」

 

「……ふん」

 

 グレン先生の礼にもイヴ先生はそっぽを向くばかりだった。

 

 俺自身、最初の邂逅からあまりいいイメージがなかったから今のイヴ先生には戸惑うが、こうしてみると室長としてのイヴ先生は案外、ずっと無理をしていたのかもしれない。

 

 それが『炎の船』の一件なのか、別の要因なのか遂に限界を超えて今に至るのか……。室長としての彼女をほとんど知らないから想像もできない。

 

 逆にグレン先生は室長時代のイヴ先生を知ってるし、二人の間に大きな確執があるのか互いに毛嫌いする態度を取っているが、事情を聞けばどうにかなるのか……なんて、深入りしていいものかと悩むが、しばらくは時間に任せるしかないかもしれない。

 

「にしてもお前……本当にあのイヴか?」

 

「……は?」

 

 突然グレン先生が変なことを言い始め、終いには誰かの変装かとイヴ先生の身体をペタペタと触り始め、両頬をぐに〜っと伸ばしたところで彼女の起こした爆炎で吹き飛ぶ。

 

 うん、これは百パーセントグレン先生が悪い……。

 

 そしてまた子供みたいな喧嘩を始めて……はぁ、この二人の確執以前にこの相性の悪さから何とかすべきかと、そしてこの先ちゃんと訓練できるのかと若干の不安も抱いてしまった。

 



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第48話

『へぇ〜……で、早速久しぶりの魔術的な早朝特訓の再開ってわけか』

 

「そういう事だな……まあ、これまではほとんどが身体を動かす事に重点置きまくってたからいい加減、魔術師としての闘い方も本格的に教えてやるって」

 

『まぁ、俺達じゃその辺さっぱりだからその手の問題は専門家に任せるのが一番だわな。んで、強くなったらそのタキシムだっけか? あの脳天腐ったオッサンなんかぶちのめしてやれって!』

 

「マキシムな……。それと、そのオッサンと直接闘うわけじゃないから」

 

 強化合宿が本格的に始まろうという日の早朝……。俺はここのところご無沙汰だったグレン先生との早朝訓練を久しぶりにやることになった。

 

 一応肩に腕組みしながら座り込んでるフーマもアドバイザーとして同席してくれるとのことだ。あと、彼以外の二人は大気圏からこの街周辺を監視して残った一人が俺や周辺の監視兼護衛をローテで担うことにしてるようだ。

 

 で、早朝みんなに気づかれないようこっそり抜け出して指定された魔術競技場へと足を運べばそこには呼び出した張本人のグレン先生に同じく早朝訓練に来ただろうシスティと、更にイヴ先生が集まっていた。

 

 一人新顔が増えたことに一瞬驚いたが、新メニューでも加えるのかと予想しながら近づいていくと三人の会話が耳に入ってくる。

 

「もう、俺はお役御免だ、白猫」

 

「……へ?」

 

 グレン先生の口から飛び出た言葉にシスティは呆然とし、俺も思わず時間停止してしまったように動けなくなった。

 

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 だが、システィの叫び声ですぐに硬直は解けて、何故こんなことになってるんだと頭を働かせる。

 

 あまりにも急な話だが、イヴ先生が加わってる事を考えるともしかしたらと思ったが、そんなことを考えてる間にシスティがグレン先生に詰め寄って指南を続けることを懇願しているが、絶対に何も分かってないだろうあのKY教師は冷たいと取られるような発言をぶちかますし。

 

 終いにはシスティの目に涙が浮かんだところで俺はすぐさま走り出した。

 

「こんのバカたれがああああぁぁぁぁっ!」

 

「グボォッ!?」

 

 たっぷり助走をつけて威力を上げた俺の飛び蹴りでグレン先生が少し離れた競技場の壁に激突した。

 

「あら、リョウ……おはよう。……私が手を下すまでもなかったわね

 

 イヴ先生が俺に気づいて挨拶し、最後にボソリと呟いたがそっちは放置してすぐさまグレン先生に詰め寄った。

 

「テメェ、いきなり何しやがる!? 咄嗟に身体ズラさなきゃ首の骨折れるとこだったわ!」

 

「じゃかぁしい! 少し前から聞いたけど、あんたあれじゃあ自分慕った女ポイ捨てする悪漢のそれにしか見えなかったわ!」

 

『にいちゃん……何を考えてああ言ったのかわかんねえが、いくらなんでもあれはないわぁ』

 

 フーマも宙に浮かんだまま腕を組みながら呆れていた。

 

「全く……本当にデリカシーのない男ね。あんなんじゃ完全に誤解されるわよ。なんであんたはこう、乙女心ってのをわからないのかしら?」

 

「え、誤解……?」

 

 イヴ先生の言葉で少しは落ち着いたのか、システィが涙を拭いながら問いかける。

 

「はぁ……このバカに任せたらまた誤解しか生まないだろうから私から説明するけど。貴女は別に見捨てられたわけじゃないわ。ここからは私が貴女に色々仕込んであげるのよ。次のステージに進めるために」

 

「イヴ先生が……けど、何で?」

 

「ざっくりいうと、もう今の貴女にグレンから教えられることがなくなっちゃったの」

 

「え……?」

 

 イヴ先生の言葉にシスティがショックを受けた。

 

「これはグレン個人の問題というか、貴女達のスタイルの違いが遂に表面化したのよ。元々貴女は恵まれた魔力要領を駆使して正面から堂々と魔術を使用する生来のスタイルだけど、グレンは少ない手札と魔力容量をやりくりして相手の隙をつくスタイル……もうまるっきり正反対の存在なのよ、貴女達は」

 

「で、でも……それでも先生は今まで私に上手く教えてくれました!」

 

「まあ、それは認めるわ。貴女だけ他のクラスメートよりも頭一つ抜きん出てるし。だけどさっき言った通り、もう限界なの。そもそも今までだって相当無理をして鍛えてた筈よ」

 

 まあ、俺の覚えてるだけでも最後らへんからシスティに教えるパターンがだんだん狭くなってきた気がしたしな。それでもシスティにぴったりな魔術を今まで教えられたんだから相当なものだと思う。

 

 けど、元々グレン先生も自分が使うわけじゃないにも関わらず、システィに合わせて調整した術式を教え、自分のものにさせる。

 

 今まではグレン先生の指導力が優れたから伸びを実感できたかもしれないが、スタイルが違う以上これからは別の指導者が必要になる。だからイヴ先生が代わると、そう告げられた。

 

 システィも話は理解してるだろうが、やはり割り切れないと言った表情だった。

 

「ま、貴女がグレンを卒業するのはまだ先なんだけど」

 

「……え?」

 

 突然手のひらを返すようなイヴ先生の言葉にまたシスティは呆然とする。

 

「だから、今の貴女にこれ以上教えることができないって言ったでしょ? 私がやるのはあくまで貴女の手札の補強……スタイルに共通する部分があるとはいえ、私のそれ全てを貴女に流用できるわけじゃないし、魔術師が自分の手札曝け出すような馬鹿はしないわよ。貴女の手札を増やしたらまたグレンの下へ戻って、そうすれば彼がまた貴女に合った手札の切り方と術式の調整をしてくれるわ。貴女だけの戦闘スタイルを考えてね」

 

「イ、イヴさん……」

 

「まったく、本当世話のかかる子達ね……」

 

 こめかみを抑えながらため息まじりに呟く。

 

「イヴさんって……本当にすごい人ですね」

 

「は?」

 

「私なんて、目先のことしか考えられなかったのに……イヴさんはもっと先の先まで考えて……」

 

「知らないわよ……ただ、グレンがどうしてもって頼んできたから仕方なくよ、し・か・た・な・く!」

 

『おぉ〜……これが地球で聞いたツンデレってやつか。顔真っ赤だぜ〜、姉ちゃん?』

 

「うっさいわよ! ていうか、さっきから浮かんでるその青いの何なの!?」

 

 ああ、そういえばイヴ先生にウルトラマンと会わせるのは初めてだったな。

 

「ああ、ウルトラマンフーマ。ほら、以前戦ってた巨人の一人ですよ」

 

「そういえば、そんなのもいたわね。大きさ全然違うけど……」

 

『まあ、四六時中あの姿でいるわけにはいかねえし、エネルギーの消耗も半端ねえからな』

 

 軽く挨拶も交わしたところで、今度は俺のこれからの訓練メニューの話に入った……のだが。

 

「えっと……最初にイヴ先生と純粋な魔術による模擬戦、休憩がてらグレン先生から魔術罠の知識を教わり、その後に実践形式で魔術罠込みでイヴ先生とグレン先生のタッグでの模擬戦……いや、何ですかこの地獄の訓練!?」

 

「まあ、学生にやるメニューじゃねえとは思うが、ほら……体力だけならお前もうバケモン級だし、お前は元々魔術の知識量自体も乏しいからこの短期間のうちにちとスパルタでやった方がいいんだわ。今はちょうどコイツもいるから魔術中心の戦法も教えられるし」

 

「あなた、今まではグレン達がいたから肉弾戦をメインに戦えて魔術特有の戦法には特に力入れてこなかったみたいだけど、それだけじゃ魔術師を相手に単騎で勝てるようにはなれないわよ」

 

「……リィエルは?」

 

「……あれは、例外中の例外だから引き合いに出さないで」

 

「それに、お前……これまでは敵相手に本気で闘うか、学院じゃ超手加減して動くかの二択だけだったろ?」

 

 まあ、敵ならともかく学院でウルトラマンの力発揮するわけにはいかなかったからな。

 

「その二つしかやってこなかったから、極端な話……力の加減が下手くそなんだよお前。自分の手札を曝け出すかひた隠しにするかしかやってこなかったせいで魔術戦における手札の切り方とか組み合わせによる工夫とか戦術駆け引きが単調すぎて、模範生達のレベルに合わせることができないせいで呆気なくやられたってわけだ。いくらとんでもねえ力を持ってるつっても、完全に宝の持ち腐れだな」

 

 う……確かに、タイガ達に修行見てもらってるって言っても魔術師特有の戦い方じゃないからそっち方面の力は伸ばせないし、ウルトラマンの力だってオンオフの切り替えの仕方しか知らないから加減なんてできるほど器用になれてない。

 

 それじゃあ魔術師としての戦闘技術を伸ばしてる奴らの土台では勝てないわな。

 

「だから私達で魔術師としての戦い方をたっぷり教えてあげるわ。あ、もちろん貴方のそのウルトラマンとやらの力は無しでね」

 

『まあ、流石に魔術師の戦いはわかんねえから応援するしかできねえな今回は。ま、頑張れよ〜♪』

 

 フーマは呑気にサムズアップしてシスティの訓練の観察に入ることになった。

 

 幸運というべきか、システィとフーマの戦法は似通ってる部分があるので素早い動きと正確な判断と攻撃の基礎を教えていた。フーマって、粗野な性格だけど教えるのはグレン先生並みに上手いんだよな。

 

 そして、その反対側では俺はイヴ先生に魔術でめった打ちにされ、その後で指南役交代してグレン先生に魔術罠の事を教わり、イヴ先生の相手でシスティがへばったところに両人からの地獄のニ対一の模擬戦。

 

 いくら体力がウルトラマン級だからって、この二人を相手にこのメニューは軽く死ねる。

 

「「いや、できるだろ(でしょ)、お前(貴方)なら」」

 

「何でこういう時だけ息ぴったりなんだよあんたら……」

 

「ま、イヴ相手にしてまだ話せる余裕があるだけいい線いってるぜ、お前。相手は『紅焔公(ロード・スカーレット)』なんて呼ばれてる魔術のエキスパートだからな……そんな奴に息乱させただけでも上出来だ」

 

「それでも、ただの一発も入りませんでしたけどね……」

 

「そりゃあ素人とプロだからな。今のお前に足りないのは能力よりもまず魔術師としての知識と意識への理解だ。それを埋められりゃあまた違ってくる。……つっても知識を持ってるだけでも変わらねえからこうして実践形式で教えてんだが」

 

「本当に地獄だ……朝だけでもこれなんだから。これを一日中やるんだから……」

 

「あぁ〜、それなんだが……お前は他の奴らとは別メニューだ」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺だけ──じゃ、ないけど……何でみんなとは別になって勉強に?」

 

「うぅ〜……みんなと訓練したかった……」

 

「ほら二人共……集中してくださいね?」

 

 俺と、隣にいるリィエルは正面に立っているリゼ先輩の教鞭のもと、絶賛勉強中だった。

 

「えっと、何でこうなったんでしたっけ?」

 

「もう、貴方は他のみんなとはスタイルも何もかもが違いすぎるからみんなとの合同練習は却って貴方の成長の妨げになりかねないから昼間のみんなの合同練習とは別に、基礎的な魔術の知識を詰め込むようにと言われてたでしょ?」

 

「いや、そうでしょうけども……」

 

 確かに俺がみんなの魔術戦を見たところでスタイル違う上に使える魔術が限定的すぎるから参考になり得ないだろうけど、何が悲しくて机に向かってうんうん唸りながら勉強する羽目に……。

 

「うぅ〜……グレン、助けて。私もそっち行きたい」

 

「お前に実践系の訓練なんか今更意味ねえだろ。それよりもお前が目元どうにかすべきは頭だ、頭。たく……短期留学でエルザから教わったことすっかり吹っ飛ばしやがって……せめて[ショック・ボルト]くらいまともに使えるようになれよ」

 

 リィエルはみんなの訓練の反省点の洗い出しをしていたグレン先生に助けを求めるも、呆れた顔で切り捨てられた。

 

 うん、今回は俺もリィエルに同感だった。

 

「あ、リョウ……それ終わったらまた俺とイヴの二人で夜のメニューだからな」

 

「……これを約二週間も続けるのかよ」

 

「まあ、キツイだろうが……あのハゲ野郎追い出すまでの我慢だ。それに、これから魔術を学ぶ上でどっちにしろ個人的な補習はやるつもりだったから、その前倒しと思っとけ」

 

「マジかよ……」

 

 後々そんなものが控えてた身だと知って俺は机に顔を突っ伏した。

 

「しっかし、悪りぃな狐。俺はこっちで手一杯だからこいつらを頼んじまって」

 

「いえ、先生にはお世話になってますし。それに、今や学院は先生の味方なんですよ」

 

「え? それってどういう──」

 

「グレン先生っ!」

 

 グレン先生の台詞を遮って扉がバン、と開くと肩で息をしていたセシリア先生が何かを抱えて入ってくる。

 

「これ、よかったら使ってください。魔力と疲労が一気に回復する魔術薬です。訓練で疲れた生徒達に是非」

 

「いや、これって『復活薬』じゃないですか!? んな高価な薬……ていうかこれ、セシリア先生の自作!?」

 

「はい。それと、生徒達が怪我をした時は私を頼ってくださいね?」

 

「いや、その……マジでありがとうございます」

 

「グレン君!」

 

 セシリア先生の背後からシルクハットとマントが目立つ初老の男性……ツェスト男爵が躍り出た。

 

「生徒諸君の中には攻性呪文が苦手という者もいよう! そんな子にはむしろ精神支配術の使用をお勧めする!」

 

「ああ、いや……それもありかとは思ってやしたけど」

 

 ツェスト男爵は精神系の白魔術を得意として第六階位悌(セーデ)の称号を持つ程なんだが……。

 

「君が都合をつけづらいなら私自らが攻性呪文の苦手な生徒……特に可愛い女子に私が直々に実践形式で稽古を──ブゴォ!?」

 

「勉強の邪魔なんでどっか行ってろド変態……!」

 

 この男爵……筋金入りの変態である。俺はウルトラマンの力全開でツェスト男爵を退室させて再び勉強に戻る。

 

「ハーッハッハッハ! 我が心友にして永遠の好敵手グレン=レーダス! 話は聞いてるぞ! 生徒達の訓練の際は是非これを使うといい!」

 

 今度はシューザー教授がババン、と変なデザインのタイツを取り出してグレン先生に突きつける。

 

「正規の大天才たる私が製作した、『ハイパーグレートウルトラデラックスエクササイズマッスルスーツ』だっ!」

 

「いや、なんだそのクソダセェネーミングと恥ずかしいタイツ……」

 

「これをつければ、内部に仕込んだ魔術式が自動で発動。全身の筋肉の改造を始め、一晩で筋肉モリモリのマッチョマンに大変身! つまり、着用してるだけで極限まで肉体を強くできるのだ──っ!」

 

「何がどうしてそんなもんが出てくんだよ!?」

 

「後、ついでと言ってはなんだが……生徒達の教鞭に役立てられるかわからんが、スーツを作る合間で作った、遠隔操作できる水晶型使い魔を四十飛ばして、同じ数の視点から同時中継して動画映像を多角的に記録するためのもので……さっきのスーツと比べたらゴミ程度のお粗末な道具だが」

 

「どう考えても後者の方が圧倒的に有用だろうが!?」

 

『ふむ……あまり急激な肉体改造はお勧めしたくないが、興味深いスーツだ。リョウ……これを着て君も究極のウルトラマッスルを目指して見ないか?』

 

「言うと思ったけど、遠慮します……」

 

 フーマと交代したタイタスが興味深そうにシューザー教授の力作を推してきた。この人、知識豊富で理知的な人なんだが、筋肉が絡むと変なテンションになるんだよな。

 

 今も俺の頭の上で逆立ち腕立て伏せしてるし。しかも筋トレそれぞれの回数が軽く万単位はいってるし……。あと、頭が地味に重い。

 

「ほら、みんな先生の力になりたいんですよ?」

 

「いや、協力的なのはありがてえんだが……セシリア先生以外は何処となく不安要素が強いのがな……」

 

 まあ、片や変質者で片や変態魔道具士だしな……。それでも共通の敵を打倒するために協力するというこの展開もその手の特撮やアニメを見てた身としては燃えるなと思ってしまうが。

 

 そしてそんなメニューをこなしながら数日もこなすと俺やみんなも初日に比べて格段に変わってきていた。

 

 朝のあの地獄のメニューでも初日に比べれば呆気なく不恰好な被弾もかなり少なくなってきたし、イヴ先生にも攻撃の手が届きつつあった。

 

 昼間の勉強もリゼ会長が見てくれたおかげでまだ基礎範囲だが、理解も出来てきたし。

 

 他のみんなも最初は全員がかりだったのが徐々に人数を減らされてもすぐに撃墜しなくなたみたいだし、特訓以外の時間でもだいぶ表情に余裕が持ててきた。

 

 そして今日の夜の部でイヴ先生からみんなの前で模擬戦すると言われた。

 

 何故今日になってみんなの前でと疑問を投げかけると、そろそろいちいち別の場所でやるのが面倒なのと俺自身が魔術師の闘いができるのかを自他共に見れるようにするとのこと。

 

 これでまともな魔術師の闘いを見せられればみんなの訓練に混ざっても俺の成長を阻害することもなくなると言うことらしい。

 

 うん、それを聞いたらやる気出てきた。必要なこととはいえ、流石に昼間がずっと机の前なんていうのは勘弁願いたかった。

 

「じゃ、やるわよ。ルールは……今回は徒手空拳もアリにするわ。ただし、ウルトラマンの力は抜きにしてだけど」

 

「まあ、自由に動ける分今までの特訓よりマシですからありがたいですけど」

 

『頑張れよ、リョウ。これまでの特訓の成果を見せてやれ!』

 

 今日の護衛当番であるタイガからも激励を贈られ、俺はイヴ先生と訓練場の中心で対峙する。

 

 いつでも始めていいとのことだったが、しばらくはじっとイヴ先生を見つめて息を整えてこれからどの手を使うかを頭に描いていた。

 

「……ふっ!」

 

「《霧散せよ》っ!」

 

 俺が開幕早々[ショック・ボルト]を使うが、読まれてイヴ先生に届く前に消された。

 

「……あれ!? 今リョウ、詠唱しました!? いつの間に『時間差起動(ディレイ・ブート)』なんて使えたんですか!?」

 

「いや、違えよ……純粋に無詠唱でやったんだよ。ま、特訓の成果ってやつだな」

 

 そう。これまでの地獄の特訓の中で俺なりに色々考えていた。

 

 いくら得意分野の詠唱を一言程度で済ませてるといっても、他のみんなと違って別の言葉で同じ魔術を起動させられるほど頭の柔らかい方じゃない俺では敵の裏をかいて魔術を使用するなんて言うのは無理だ。どうしたってストレートな表現になってしまう。

 

 俺の言葉でどの魔術が使われるかなんて下手すれば最初の一文字で察せられてしまう。

 

 だからどうすればと考えてみた結果……やっぱり俺が参考にしたのはウルトラマン達の戦い方だ。近年じゃ必殺技の際は言葉にしてるが、それ以外の細かい技にはいちいち言葉を発していないのでそのやり方を思いついた。

 

 一部だけでも詠唱なんてしないで使えれば不意打ちにも使えるし、正面でもタイミングを掴まれづらくなるのではという結論のもと、ウルトラマン達とも相談しながらその辺りを徹底して鍛えたのだ。

 

 グレン先生も、魔術において言葉なんてさほど重要じゃないという教えもあったから俺はそれを無詠唱という形で実現したのだ。

 

「……だからって、特訓してできるようになるんですか?」

 

「普通はあり得ねえが……あいつの場合は別世界の知識や認識も関わってたからだろうな。誰もが真似しようとして出来るもんじゃねえ」

 

 外野が何か呆れたように話をしてるが、俺はすぐさまイヴ先生に向けて駆け出し、水を弾丸のようにして打ち出す[アクア・バレット]で牽制する。

 

 イヴ先生は華麗にかわして眼前に炎の壁を作り出した。黒魔[ファイア・ウォール]を初撃を躱した後すぐに仕掛けたのだろう。

 

 俺はすかさず無詠唱で[サークル・スプリング]を発動させて炎の壁を消火した。

 

 その際に発生した水蒸気で視界が塗りつぶされたが、背後から気配を感じて振り向き様に回し蹴りを放つと、イヴ先生が左腕で防ぎながら右手は俺に向けてきた。

 

「《白き冬の嵐よ》」

 

「《解》っ!」

 

 イヴ先生の[ホワイト・アウト]を[トライ・バニッシュ]で霧散させて再び回し蹴り──と見せかけた無詠唱の[テイル・シュトローム]を発動して肉弾戦だと思って避けたイヴ先生を足以上の間合いを誇る攻撃で吹き飛ばした。

 

「《水蓮》っ!」

 

 更に追撃をかけようと[シュトローム・サーフ]で地面を滑って猛スピードで接近するが、イヴ先生は吹っ飛ばされようが見事な体捌きで衝撃を感じさせない着地と姿勢制御で一瞬で俺に狙いを定める。

 

「《雷精の紫電よ》っ!」

 

 イヴ先生は[ショック・ボルト]を複数起動して俺に向けて発射した。流石に複数を同時に魔術で対抗できないのですぐに[シュトローム・サーフ]を切って体捌きで躱した。

 

「《紅蓮の炎陣よ》」

 

 追撃で[ファイア・ウォール]を仕掛けられるもそれは[アクア・バレット]で進行方向の炎を消火して狙いを定める。

 

「《蒼空駆ける燕》っ!」

 

『いったぁ!』

 

 俺が繰り出したのはタイガの光線技の一つ、[スワローバレット]を魔術として再現した技だ。まだ俺程度では一度に五発しか打てないが、[ショック・ボルト]を連続起動《ラピッド・ファイア》で繰り出すより速いし、低燃費だ。

 

 イヴ先生との特訓では見せてなかったからか、一瞬魔術で防ぐべきか逡巡したんだろうがすぐに魔術での防御は諦めて駆け出して光弾を躱した。

 

「《昇雷》っ!」

 

 その進行方向に向けて[ショック・ボルト]を離れた地面から発動させるよう改変した黒魔[ボルト・ピアー]でイヴ先生の動きを阻害する。

 

「《霧散せよ》っ!」

 

 イヴ先生はそれを[トライ・バニッシュ]で難なく霧散させるが、いくらあの人でもアルフォネア教授みたく一度に複数の魔術を使えるわけじゃない。

 

 魔術が発動しているうちに俺は接近して再び狙いを定め、無詠唱の[ショック・ボルト]を連続起動してイヴ先生の態勢を崩していく。

 

「《賢者の拳は・全てを砕く》っ!」

 

 そこに更に駄目押しとしてタイタスの[ワイズマンズパンチ]という技を参考に、[ショック・ボルト]と[ウェポン・エンチャント]を混ぜ込んで作った黒魔[ボルテッパー]を発動させ、右腕に紫電が纏った。

 

 本来ならこれはマキシムの提案した『生存戦』では接近系統の魔術は除外されるために使えないとされそうだが、それは相手の肉体に直接当ててダメージを与える魔術がだ。

 

 しかし、これはブラック・アーツのように直接攻撃だけでなく、多少距離が離れても使える。俺は右拳を地面に叩きつけると、地面が割れ、同時に紫電が伝ってイヴ先生へ向かっていく。

 

 どうにか避けたが、今のイヴ先生は完全に態勢を崩した。

 

「《草露》っ!」

 

 その隙に俺は再び接近して水の壁をイヴ先生に向けて放った。

 

「《光の障壁よ》! 《雷精の紫電よ》!」

 

 だが、そんな中でもイヴ先生はすぐに自分の身を守りながら俺に反撃する魔術の組み合わせを構成して魔術を行使して俺に反撃した。

 

 だが、俺を撃ち抜いた[ショック・ボルト]は身体に当たらず、通り抜けた。

 

「えっ!?」

 

「……そっちは蜃気楼で作った偽物ですよ」

 

 俺はイヴ先生の背後から声をかけた。イヴ先生は驚愕の表情を浮かべながら振り向いた。

 

 もうその眼前には俺が右手を向けているので決着がついたのは誰の目から見ても明らかだった。

 

「……降参よ。やられたわ」

 

「……っぶなぁ! よかったぁ……成功して!」

 

 俺はようやく勝利を手にして地面に座り込んだ。まあ、生徒相手の手加減モードとはいえ、現役魔導軍人に勝利を取れたのはよかった。

 

 実は最後に使った魔術は攻撃用ではなく、幻惑用だったのだ。フーマがよく使っている残像による不意打ちを俺得意の水系統の魔術で、蜃気楼の発生する理屈を用いて再現したものだ。

 

 だが、作っても持続時間が短いしフーマのと違って質量なんてないからバレやすいんだよな。ほんと、成功してよかったよ。

 

「お前……いつの間にそんな魔術使えてたのかよ?」

 

「まあ、これはタイガ達との特訓のおかげですね……つっても、今の俺じゃあ使える場面が限定的なんですけど……」

 

 今の状態じゃあ、常時使える技じゃないからなぁ……。

 

「ま、一度とはいえアイツから勝利をもぎ取ったのは純粋にすげえぜ。後は感覚を忘れねえよう、反省と復習をして『生存戦』に備えれば本番も大丈夫だろう。ついでに補習ももう少し増やしてもいけるな」

 

「あ、やっぱりそっちもやるんだ……」

 

 補習という言葉にさっきまでの勝利の余韻が一気に消沈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、この術式にはその公式を当てはめてやれば改変パターンももう少し増やせるってわけだ」

 

「ヘ〜い……」

 

「……と、今日はここまでだな。よくやった……この調子なら『生存戦』終わった後一週間くらいで他の奴らに追いつけるぜ」

 

「事が終わっても一週間は勉強漬けかよ……」

 

 俺は机に頭を打ちつけた。身体を動かす訓練よりもこっちの疲労度の方がでかい気がする。

 

「……じゃ、ずいぶん時間取らせちゃったので今度は俺が付き合いますよ。どうせまたみんなの反省点洗い出して訓練メニュー調整するんでしょ。先生一人じゃ時間足りませんし、碌に休めないでしょ?」

 

 みんなの前では強がって教えてるが、目の下のクマが酷い。気付かれてないのは会う場所が映像を見せるために薄暗い部屋だからと訓練中はほとんど室内で籠ってるからだ。

 

「……お前だって濃いメニューで大変だろうが。俺は別に身体を動かすわけじゃねえからこの程度の苦労は問題ねえ」

 

「だからって、もう一週間くらいなのに睡眠時間……十時間にも満たないでしょ? それじゃあ、途中でぶっ倒れるのがオチですよ。俺ならもう睡眠とかあまり関係ない身体なんで付き合うくらいどうって事ないですよ」

 

「たく……ほんと、便利な身体だよなこういう時には」

 

 グレン先生がやれやれと言ったように言うが、疲れもあるのかすぐに折れて俺には資料の整理と映像の仕分けを命じて自分は映像から見えるみんなの反省点と課題を逐一資料に書き記していた。

 

 それを深夜まで続けると、部屋の扉からノックの音が聞こえた。

 

 ギィ、と音を立てて扉が開くとイヴ先生が顔を出した。

 

「……まだやってたの?」

 

「あ、イヴ先生……こんばん、わっ!?」

 

 俺はイヴ先生が入室すると即座に顔を背けた。

 

 イヴ先生の格好は風呂上がりだからか、シャツ一枚とその上にローブだけだった。服自体は大きめだから一応隠せるんだが、本当に一応程度だった。

 

 服の隙間から下着がチラチラ見えるし、そうでなくとも手足が艶やかで同年代でありながら圧倒的なスタイルを誇るルミアやテレサとは違う大人の魅力というか色気というか、一言いってエロい……。

 

「リョウどうし──おい、イヴ……お前何つう格好してんだよ? 俺はともかく、思春期男子の前だぞ」

 

「うっさいわね、風呂上がりで暑くなったからまた汗なんてかきたくなかったのよ。まあ、坊やの前で確かにちょっと刺激的すぎたかしらね?」

 

 そう言いながら顔を背けたはずの俺の前に躍り出てはわざと見えるか見えないかくらいの角度で前屈みになって妖艶な笑みを浮かべた。

 

 俺は必死に目を逸らすがその度に回り込んでくるからどうしたものかと焦ってしまう。

 

「やめんか! 流石に可哀想だわ!」

 

 見てられなくなったのか、グレン先生が止めてくれた。いや、本当に助かった……。

 

「たく、邪魔すんならさっさと出てけよ。こっちは忙しいんだ」

 

「何よ、せっかく紅茶を淹れてきてあげたっていうのに」

 

「あ? お前が、紅茶……だと?」

 

「明から様に失礼な態度ね。毒なんて入ってないからそう警戒しないでくれるかしら?」

 

 そう言いながらイヴ先生はグレン先生に紅茶の入ったカップをズイ、と差し出した。

 

 グレン先生は恐る恐ると受け取りながら口へと運んでいくが……。

 

「……クッソ不味い」

 

「うぐ……」

 

「たく、相変わらず紅茶淹れんの下手くそだな……」

 

「放っておきなさいよ」

 

「はぁ……少しはセラの奴を見習えっての。あいつはああ見えて……あ」

 

 セリフの途中でグレン先生はしまったと言わんばかりの顔をして口を閉ざした。

 

 それから二人の間で沈黙が続き、側から見てる俺も気不味い感が半端なかった。

 

 思わずと言った感じで出た名前は確かグレン先生の昔の同輩の女性だったはずだ。その人が亡くなったことでグレン先生は軍から退き、教師になるまで無気力になったらしい。

 

 その人が亡くなった直接の原因がイヴ先生かどうかは知り得ないが、少なくともその人のことで二人の間に確執があるのは間違いない。

 

 以前のイヴ先生しか知らなければ俺も躊躇なしに糾弾していただろうが、最近の彼女を見ているとこの人が本当に冷徹な人なのか分からなくなってしまう。

 

 口では悪ぶってても教えはすごいし自らも率先して世話を焼いてくれるが、素直に自分の心を出そうとしない……グレン先生と共通するものを感じる。

 

 俺が二人に何かを言うことなど出来ないが、だからといってただ見るしかできないのも歯痒かった。

 

 そうして口を閉ざしてる間にもセラさんの死に関する話を続け、イヴ先生はあくまで戦果欲しさにやったと主張するばかりでグレン先生もそれが真実じゃないと分かっていながら踏み込もうとはしなかった。

 

「……邪魔したわね」

 

 イヴ先生はそのまま逃げるようにカップをトレイに乗せて部屋を出ようとしたが、足元がトレイで見えなかったのか、床にまだ置きっぱなりになってた本に躓いて転倒してしまう。

 

「キャ!?」

 

「うわ!?」

 

 運が悪いことにその転倒方向に俺がいたため、巻き込まれて床に倒れ込んでしまった。

 

「いたたた……ごめんなさい、私としたことが……」

 

「いや、こちらこ、そ……あ、その……あぁ……」

 

「ん? どうしたのよ、急にあわあわと」

 

「いや、イヴ……自分の格好をよく見ろよ」

 

 俺の態度を不審に感じたイヴ先生にグレン先生が呆れて指摘してようやく事態を掴んだようだ。

 

 今のイヴ先生の格好はシャツを羽織ってるだけで肌の露出も大きいし、今の衝撃で下着が大きくはみ出してしまっていた。ハッキリ言って非常に官能的でマズイ。

 

「あ、な……っ!?」

 

 イヴ先生も今の状況を把握して顔を赤くするが、そこに追い討ちをかけるように扉が音を立てて開かれた。

 

「先生っ! 夜遅くまでお疲れ様です! お夜食を作ったんですが──」

 

「リョウ君も、遅くまで勉強大変だね。お腹空いて──」

 

「グレン、食べて──ん?」

 

 扉の向こうからシスティ、ルミア、リィエルの順で顔を出し、今の状況を視認。

 

「「「…………」」」

 

 場になんともいえない沈黙がしばらく続いた。

 

「……二人共なんで床に? 組手の練習?」

 

 リィエルのアホみたいな質問を皮切りにシスティとルミアが一気に顔を真っ赤にした。

 

「ちょ、ええぇぇぇ!? ふ、二人共、何してるんですか!?」

 

「そ、そんな風に押し倒して……うわぁ……」

 

 システィは喧しく叫びながら今の状況を細かに口にしながら邪推し、ルミアは両手で顔を覆うも指の間からしっかりと状況を見てるし。もうカオスだった……。

 

「もう、何なのよこの子達は……」

 

「おい、それはいいからさっさと退いてやれ。このままじゃリョウが死ぬぞ……精神的にも社会的にもな」

 

 冷静だったグレン先生が呆れながらどうにか場を沈めたはよかったが、その後でルミアからは別室でお説教されてしまった。俺、何もしてないんだけどな……。



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第49話

「で、何なのこのポジションは?」

 

「え、いえ……特に何でもないですよ?」

 

「あはは……はい、意味はないです」

 

 深夜まで勉強とみんなの訓練調整、そしてちょっとしたハプニングと説教で結構時間を食ったが、ようやく夜食と決まったかと思えば現在の配置。

 

 テーブルの一辺にはイヴ先生、それをシスティとルミアで挟み、その対面側にはリィエル。

 

 そしてその斜めにいくよう俺とグレン先生という配置……。この配置で意図がないなんてのはないだろうに。

 

 イヴ先生も女子メンバーの意図を察してるのか、呆れて溜息を吐く。

 

「あのね、なんかまだ誤解があるみたいだけど……さっきのは事故よ?」

 

「そうそう……イヴ先生が転んだところに俺がいただけで──」

 

「あ、リョウ君は黙ってて?」

 

「……はい」

 

「いや、もう少し頑張れよ」

 

 俺の弁明も一瞬にしてルミアに両断されて項垂れるとグレン先生から突っ込まれた。無茶言わないでくださいよ……誰もが見惚れるはずの笑顔なのに俺に向けられる圧がとんでもないんですよ。

 

 イヴ先生も頭を抱えながらどうにか誤解を解こうとしてるが、システィは苦しい言い訳みたいなこと言うわ、ルミアは笑顔を貼り付けたまま牽制みたいなことしてるし。

 

 俺達はリィエルが用意してくれた苺タルトサンドイッチを黙々と食すのみだった。

 

 いや、パンに苺タルトを挟むって……普通に苺とクリームを挟むんじゃダメなのかよ。相変わらずのリィエルの苺タルトに対する愛に感心するやら呆れるやら。

 

 そうして何ともいえない夜食を進めてるとグレン先生が何か気になったのかまだ片付いてない場所探ると奇妙なメモ書きを拾い上げた。

 

「……何だこりゃ?」

 

「グレン先生……?」

 

「いや、こいつ……」

 

 グレン先生が拾ったメモ書きを見てみるとそれはグリグリと闇雲に力を込めて書き殴ったような、文字がぐちゃぐちゃで読みづらい上に所々は文字にすらなってないほどめちゃくちゃな文章だったが、辛うじて読める範囲をまとめると……。

 

 まず、俺達が『生存戦』を行う舞台である『裏学院』は罠で足を踏み入れるなと言うこと。その中では決して火を使うな。最後にアリシア三世に気をつけろ。

 

 この三つの要素は読み取れたが、その意図がまるで掴めない。

 

 今まで見つからなかったという『裏学院』の鍵が急にポッと出てきたこと自体が異常なのは多少は理解しているが、それが何者かが意図してマキシムに拾わせたとなれば何かの罠だろうと言うことはわかる。

 

 だが、誰がそれを知って……どうしてこんな回りくどいやり方で、しかもほとんど文章にもなってないような置き手紙を寄越したのか。

 

 何とも薄気味悪い話だ……。

 

 だが、一度決定してしまってる事を今更覆すのは難しいし、そもそもこんなものをあの勘違いジジイに見せたところで悪戯と一蹴されるのがオチだろう。

 

 グレン先生もさっきとは別の意味で顔色を悪くしながらもいまだシスティやルミアと談話していたイヴ先生にメモ書きを突きつけて何か相談していた。

 

 『生存戦』も間近だと言うのに何とも言えない不安が胸中に渦巻くのだった。

 

 

 

 

 

 

 あの奇妙な置き手紙の不安もあったものの訓練を怠るわけにもいかず、やることはやり、その上で備えをしてようやく『生存戦』当日となった。

 

 学院の裏庭では二組のみんなとマキシム率いる模範生が集まっていた。

 

 片や真剣な顔つきで模範生を見やる二組と怠惰と慢心に塗れた模範生……。対照的な集団の前でグレン先生とマキシムが火花を散らしていた。

 

 ……かと思えばイヴ先生の姿を見つけると明から様なナンパを始めてるし。まあ、軽く一蹴されてるけど。

 

「いい年したハゲ親父がナンパしてても見苦しいだけだろうが……」

 

『『『ぶっ!』』』

 

 思わずと言ってしまった一言が聞こえたのか、二組のみんなは吹き出し、張本人のマキシムには睨まれた。

 

「き、貴様……学院長に向ける口ではないんじゃないのか?」

 

「学院長と言っても現状じゃカッコ仮ですし……そもそもあんたを学院長どころか教師として認めてすらいないけどね」

 

 あんなことがあったからか、もう普通に嫌いなためわざわざ社交的になる必要性も感じないのでありのまま本音をぶちまけておいてやる。

 

 案の定というか、マキシムは顔を真っ赤にして今にも爆発しそうになっていた。態度が悪いのはまあ、認めるけど明らかに沸点低すぎでしょ。

 

「リョウ、挑発もそこまでにしろ。苛立ちは後でぶちまけておけばいい。で、ルールは以前に聞いた通りでいいのか?」

 

「ぐぐぐ……フン! まあ、概ねそれでいいが……それでは少々手間なので少し改変を加えていいかね? と言っても、このサブストルールに一々判定を査定するのは面倒なので、気絶など……敵対象の完全な戦闘不能を致死判定とする。元より学院生の護身用の初等呪文のみなのだ。死ぬことはあるまい」

 

 まあ、一々判定を待つよりは単純で手っ取り早い気もする。まあ、向こうはこっちを嬲る気でそういう改変をしたいんだろうけど。

 

「……いいぜ。ただし、こっちも若干のルール変更を求めるぜ。この『生存戦』では、炎熱系呪文の一切を禁じる。破れば即退場をルールに加えさせてもらうぜ?」

 

 対するグレン先生はあっちの要求を飲む代わりにこっちからも条件を加えることを提案する。

 

 あの置き手紙のことを考えてどうルールを変えるか考えていたんだろうが、向こうがルール変更を求めるなら交換条件として提案することに決めたんだろう。

 

 向こうは意外そうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めて返事をする。

 

「炎熱系の禁止……? ……なるほど、あの奇妙なメモ書きの悪戯の犯人は君だったか」

 

「は……?」

 

 あの物言い……同じ内容の置き手紙が向こうにも渡っていたと言うことか。まあ、元からマキシムがとは考えてなかったが、これでより嫌な予感が強まっただけだった。

 

 だが、向こうはそのルール改変を認めようとしなかったが、そこにイヴ先生が自身を賭けの対象に加えることで簡単に釣られて認めた。

 

 グレン先生もこの提案には流石に驚いてイヴ先生に何を考えてるんだと怒るが、さっきのマキシムの反応であの置き手紙が本当にヤバいものだという可能性が強まったから何が起こるかわからない以上あの手紙通り火を使わせるのだけは避けたかったとのこと。

 

 まだ不安要素は消えないが、最悪の事態だけは避けられるようにすべきと説得されたところでいよいよ生存戦の舞台の『裏学院』の姿を見ることになる。

 

 マキシムが懐からアリシア三世が作成したという手記を開き、淡々とワードを呟くと俺達の周囲の空間が捩れ曲がっていく。

 

 周囲の景色が形を変え、色を変えていき、最後にはどこかの建物の中のようだった。

 

 複数の方向に扉はあるが、エントランスホールらしいここの窓から見える向こうの空間はどこまでも闇といえるような空間が広がっていた。

 

 俺の視力を持ってしてもそれしか見えないと言うことはここはこの建物以外は何もない空間なんだろう。一度外へ踏み出れば二度と戻ってこれないかもしれないという不安が一瞬襲ってくるが、すぐに気持ちを切り替えてマキシムの方を見るが、ここを出現させた当の本人すらもこのスケールに恐れ慄いてる風だった。

 

 だが、それに対して付近で控えてるシスティと対戦してたメイベルが全く動揺の色なんて見えなかった。それに若干疑問が湧いたが、マキシムが門を出現させ今一度ルールの再確認とあの門を潜った先の位置がそれぞれランダムにワープされることを説明するとグレン先生が俺達に振り返った。

 

「いいか、お前ら! この学院の未来とか、俺のクビのこととか、今は気にすんな! とにかく全力でやれ! この二週間培ったこと、全部ぶつけてやれ!」

 

 グレン先生の力強い言葉にみんなの士気も上がっていき、次々と門を潜っていき、俺も足を踏み入れると次の瞬間には何処かの室内へ移動していた。

 

 周囲にあるのはフラスコやら小道具やら……多分何かの実験室みたいな教室なんだろう。しかし、魔術師が研究と称して篭りやすい性質があるのは若干理解してるが、ここはそんな知識など比じゃないくらい閉塞的だった。

 

 空間は広いはずなのにそれと反比例して息苦しい雰囲気があって長時間いたいとは思えない場所だ。

 

 ふと周りとみると実験室の壁に羊皮紙が貼られ、ふとそこに綴られた文章を見た。

 

 内容は校舎内の火遊び厳禁……これを犯した者は『裁断の刑』に処す、アリシア三世。

 

「また火、厳禁か……」

 

 あのメモ書きの文字になってない部分はこのルールを書こうとしていたものだったか。

 

 『裁断の刑』とやらが何なのかは気になるが、今は生存戦に集中しよう。そう思った矢先だった……。

 

「お、獲物見っけ!」

 

「おいおい、女の子じゃねえのかよ!」

 

「女の子だったらまだ楽しみがいあったのにな!」

 

 実験室の扉が開くと、そこから三人の模範生だろう男子が入ってきた。

 

「じゃ、まず俺から行くぜ。サクッと片付けて女子を探したいし」

 

「さっさと終わらせてくれよ。かわいい女子が多かったから面倒くさいけど、この決闘参加したんだからさ」

 

「一々雑魚相手に時間使いたくないしさ」

 

 向こうは完全に俺の実力をみくびって舐めてかかってるが、まあそれはいい。

 

「すぐに終わらせればいいし……」

 

「ああ? 雑魚が何生意気ほざいてんだ?」

 

 俺の呟きが聞こえたのか、相手をしようとしてる男子が不愉快な顔を浮かべて前へ躍り出る。他の二人は手出ししようと言う気はないのか、嘲笑したままその場を動かなかった。

 

 相手もすぐに来るかと思ったが、さっさと来いと言わんばかりに手をひらひらとさせて挑発して俺に先手を譲ってるつもりのようだが……。

 

「じゃ、遠慮なく」

 

「はっ! 一々ぶつぶつ言って──ぎゃっ!?」

 

 相手が言い切る前に[ショック・ボルト]を眉間に命中させたことによって一発ノックアウトとなった。

 

 傍観していた二人も一瞬何が起こったか理解できなかったようだが数秒もすると俺が倒したことをようやく認識したか顔を憤怒に染めてやっと動き出す。

 

「テメ……っ! 《雷精の紫電よ》っ!」

 

「《凍てつく氷弾よ》!」

 

 別々に魔術を放たれるが、直線的なやつなので俺は魔術的な防御はせずに上半身を軽く動かすだけで両方躱し、ゆっくりと二人へと近づいていく。

 

「ぐ……なら、《大いなる風よ》!」

 

「《磁界》」

 

 俺は電気系の魔術の術式を調節して足元に収束させ、足を地面に固定できるようにして吹き飛ばされるのを防ぐ。

 

「この……《凍てつく氷弾よ》っ!」

 

 もう一人は氷の弾丸作って俺の進行を阻もうとするが、床を軽く踏みつけて水の波を起こして防御し、更に歩を進める。

 

 二人は俺との距離を保とうと近づく度に後ろに下がっては魔術攻撃を仕掛けるが、こうして見るとどれも大した攻撃でない上、攻撃内容もタイミングもわかりやすいものだ。

 

 イヴ先生の特訓のおかげで向こうのレベルに合わせられたのもあるが、あの人との訓練でトライスクワッドのみんなが教えてくれたそれぞれの基本戦術の内容を踏まえて自分の戦闘スタイルを改めたことも大きい。

 

『いいか? まずお前は水の性質のことをもう一度よく考えてみろ。俺の師匠──みてえな奴も同じようなイメージで、俺の風のイメージにも言えることなんだが……どっちも何かに阻まれようが、遠回りしたり形を変えながらも動きは止まらない。ま、要するに基本は動きは無駄なく淀みなくだ!』

 

 これはフーマの教え……。確かにフーマは目にも止まらない動きを途切れさせることなく続けられるが、俺ではそのレベルには達してないため速度を上げることには拘らず、多少遅めでも相手の攻撃をものともせずに進められるよう最小限の防御と回避に専念し、相手に迫っていく。

 

 そうやって進行するにも技術もいるし、敵の攻撃を正確に見極める感覚が必要になってくるわけだが……。

 

『まだ経験が浅いから仕方ないかもしれないが、君は動くものに目を取られすぎる。まあ動くものを正確に捉えることももちろん必要だが、まずは感覚を研ぎ澄ますんだ。相手の呼吸や攻撃による空気の流れ、振動の幅、静電気の強弱……基準は何でもいい。全身の筋肉(ウルトラマッスル)をフルに使い、敵の攻撃を撃たれる前に感知するんだ』

 

 これはタイタスの教え……。ボディビルポーズを混ぜながら変なパワーワードも入ってるが、敵に攻撃を撃たれる前に手段と軌道がわかれば回避や防御もしやすくなると言うのはわかるのでそれをどうやって感知するかという問題に当たったが……。

 

 都合がいいのか、俺には空気中の目に見えないほどの水蒸気を散布して物体の動きを感知する[ミスト・レイダー]を有している。それを応用させて相手の動き、呼吸、更には温度を把握して攻撃内容とタイミングをある程度把握するくらいには感覚を磨くことができた。

 

『お前は進む時と見極めるときの動きの波が激しすぎんだよな。そりゃあ勢いも必要ならじっと見極める時も必要だが、一々別個で切り替えちゃ敵に隙を与えるだけだ。余計なことは考えず、無心で進めば自然と見えるものもある。それを見つけた瞬間、一気に行け!』

 

 と言うのはタイガの教え。二人と比べても一気に脳筋みたいな教えだが、相手が何をしようかなど一々考えてる時間もなければ余裕を持てるとも限らない。

 

 余計なところで精神をすり減らすような真似をするよりはただ前を見て進んでいけば遠目ではわからない相手の部分も見えてくるだろう。

 

 こうして相手に近づく度に余裕がなくなってくるのが明確に見えるし、見えない部分の感知も必要なくなってくれば視覚のみに集中して精神に余裕も持てる。

 

「な、何だよコイツ!? お……《大いなる──いて!?」

 

 後ろの方に気を回す余裕がなかったのか、既に自分達が壁際に追い詰められてることに気づいてなく、接触したことでつい視線を後ろに向けてしまったのが大きな隙となった。

 

「《龍尾》」

 

 その隙をついて[テイル・シュトローム]を発動し、一閃して二人同時に意識を刈り取った。

 

「……まあ、時間はかかるかもだけどコイツら相手だしな」

 

 別に倒そうとするだけなら一気に近づいて魔術で力尽くというのもできたが、こうして防御や感知などを両立させると言うのもいい練習になるからやってみたけど。相手が攻撃一辺倒だからできたのであって、ちょっとした策略家相手じゃそうもいかなくなるだろう。

 

 まあ、これからも機会あれば色々戦闘パターンを試みようとは思った。次はどんなパターンで行こうかと気絶した模範生達を置いて実験室を出ていけば。

 

「お、やっと獲物みっけたぜ!」

 

 また別の模範生と鉢合わせした。今度は単騎のようだ。そしてまたも態度から俺を侮ってるのがわかる。

 

「じゃ、今度は足を止めて純粋な魔術戦をやってみるかな……」

 

「おい、こっち無視して何ブツブツ言ってんだ!?」

 

 こっちもこっちで口喧しく言ってるが、一々会話の相手をするより実践を交える方が手っ取り早いな。

 

 こっからも開幕一番は[ショック・ボルト]から入ろうと、紫電を閃かせながら次の戦いへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 所変わってホールでは『裏学院』に配置されてる監視用の術式から送られてくる映像をグレン、イヴ、マキシムの三人は眺めていた。

 

 生徒達が転送された当初こそマキシムは自身の生徒達が負ける要素などないと高を括っていたが、映像で流れてる光景は自身の思い描いたものとは真逆のものだった。

 

「ど、どうなっているんだ!? どういうことなのだこれは!?」

 

 目の前で見せられる数々の光景を認識しては苛立ち、地団駄を踏みながらマキシムは大声で喚き散らかしていた。

 

「何故だ!? この学院の間違った教育で何故私の生徒が次々と負ける!? 私の正しい教育が何故あんな生ぬるい連中に通じん!?」

 

「ありゃりゃ……なんか予想以上にあいつら強くなってんねぇ〜」

 

「イ、イヴ君! 君は一体何をして……っ!?」

 

「何をって……あんたが言ってた自称『正しい教育』をあの子達にも施しただけよ。もっとも、あなたの生徒達と違ってあの子達にはしっかりとした土台があったからここまでになれたんだけどね」

 

「バカな! それだけでこんな事が……」

 

「あるのよ。元々それだけの能力自体はあったのよ、あの子達には……これまではその能力を使いこなせなかっただけで」

 

「う、嘘だ……この学院の連中にそんな力などある筈が……っ! 温い方針に染まった間違った教育で!」

 

「まあ、いくら戦闘関係の授業があると言っても本当の実践を知らないければ思想も育ちきらないのはそうかもしれないけど、魔術師としての土台を積むための知識だって必要なのよ。そもそも、こちら側の生徒の一人のリョウ=アマチ……あなたなら多分もう彼のことも知ってるわよね?」

 

「リョウ=アマチだと? あの無礼な異能の小僧が何だというのだ!?」

 

 世間的にはリョウ、そしてルミアの素性は軍の必死の隠蔽工作により伏せられているが、異能持ちであることは多くの目撃があるためその部分は既に魔術界では知れ渡っていた。

 

「あの子……ちょっと訳あるから詳しくは伏せるけど、魔術を習ってまだ一年も経ってないのよ?」

 

「……は?」

 

 イヴの口から告げられた言葉にマキシムは呆けた。

 

「まあ、なぜか色々あって実践しかやってこなくて魔術師としての知識がほとんどなかったんだけど、こっちのやり方で土台作りをちょっと施しただけでこれよ。まあ、私達のやったことがそっちより高水準だったというのもあるけど、彼に積み上げられた物の差ね」

 

「ふ、ふざけるな……こっちの生温い知識を得ただけでこんな……」

 

「いい加減現実を認めたらどうなの? あんたの教育は、最初から間違いだったって」

 

「ぐ……」

 

 悔しそうに顔を歪めながら歯軋りするマキシムを無視して生徒達の戦闘場面を写す映像に視線を戻す。

 

「それにしても知識を得たと言っても、ここまでとはね……」

 

「何げに撃破数もかなり積んできてるし……元々考えるより動く寄りの思考ではあったし、異世界の知識の助けもあるかもだが……ある意味魔術師としてはあいつが一番化けてんじゃねえか?」

 

 グレンとイヴは今も模範生に出会ってはあの手この手と手段を変えながら相手取っていくリョウの姿を見てつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もう何人倒したんだっけ?」

 

 頻繁にとは言わないが、少し歩けば高確率で模範生に出会い、戦っては倒しを何度か繰り返したが、まだクラスメートの誰とも合流できていなかった。

 

 合流できれば遥かに楽になれるのだがと学舎内を歩き回るが、この数十分は誰とも遭遇していない。

 

 戦況がどうなってるかは参加してる側が把握できないのが難点だ。まあ、今のみんながそんな簡単にやられるなんて思わないが……。

 

『うわああああぁぁぁぁぁ!?』

 

「……んっ!?」

 

 そんなことを考えてると、どこからか悲鳴が聞こえた。

 

 誰かにやられたというよりは、何か悍ましいものを見た時のような気持ち悪いものが籠った声だった。

 

 何があったんだと足を早めて声のする方角へ向かうと、行手の先からズルズルと何かが這うような音が響き、妙な腐臭が漂ってくる。

 

 目を凝らすと、人型の何かが近づいてくるのが見えた。人型と呼称するのはシルエットはそれに近いが、人間ではあり得ない輪郭だったからだ。

 

 近づいてくるにつれ、その全貌が視認できるようになった。

 

 ソレは表面がベラベラと、紙が幾重にもくっつけられ、人型のオブジェにしたようなもので顔には唯一生物っぽい眼がギョロリと虚な色を浮かべて向けられてる。

 

 見た目に一瞬驚いたが、スペースビーストに比べればなんてことないと意識を切り替えて魔術ではなく、ウルトラマンの能力を発揮して両手に『水精』と『晦冥』を握って斬りかかる。

 

 一撃目で袈裟斬りにし、ニ撃目で頭の部分を突き刺して沈黙した。

 

 対象を倒してホッとしたのも束の間、その背後から更に同じ奴がゾロゾロと何列にも並びながら次々とこっちへ這ってきている。

 

 キリがないと舌打ちをしながら身体能力で隙間を掻い潜り、壁を蹴っては紙人間を超えて学舎内を走っていると、妙に奴らが集まっている場所があり、その周辺で銀閃が光っているのが見えて誰がいるのか理解するとワラワラと寄り集まっている紙人間を二刀で蹴散らしていく。

 

「みんな無事か!?」

 

「リョウ君!」

 

 紙人間に囲まれたのは予想通りルミア、システィ、リィエルの三人だった。

 

「で、コイツら何なんだ!?」

 

「わからないの! 突然出てきたと思ったら襲い始めて……私はリィエルが来てくれたからよかったけど……」

 

「ん……コイツら、斬っても倒せなかったのに……何でリョウは倒せたの?」

 

「ん? 倒せない?」

 

 俺は普通にコイツらを切り捨てたけど、リィエルは違うみたいだ。リィエルと俺の違いって言えば……。

 

「あ、もしかして……」

 

「なに?」

 

「いや、今は説明する時間も惜しいな。システィがなんかヤバそうだし……」

 

 見ればシスティは顔が青ざめている。何かコイツら以上に悍ましいものを見ていたのか……。

 

「それが、突然私達の前に現れたら……クラスのみんなも模範生達も見境なく襲いかかって……触れられたらみんな本にされて……」

 

「私は……模範生が炎熱系の魔術を使ったら本にされて、どっからかハサミが出てきて……」

 

 それ以上は口にしたくないと言わんばかりに震えていた。あのメモ書きとこの学舎内のあちこちにあった炎熱系禁止の罰っていうのはそれか。

 

 考え込むと、金属同士を叩くような音が俺達の耳に響いた。

 

 全員で制服のポケットに仕舞っていた……生存戦が始まる前に念の為とグレン先生に渡された通信用の術式を施された宝石だ。

 

『白猫! ルミア! リィエル! リョウ! 全員いるな!?』

 

「先生!」

 

「四人とも合流! で、今とんでもない状況に──」

 

『把握してる! あちこち紙のバケモンがウヨウヨいてもう生存戦どころじゃねえ! 速攻で中止宣言出して第二階層の中央にある大講義室を避難所にする! ルートはそっからだと──』

 

 グレン先生が生存戦の中止とこっから避難所に指定した場所までのルートを説明してくれた。

 

『あと、わかってるとは思うが余計なことはせず連中からは逃げの一手だ! 力は大したことねえが、数が多すぎる! その手に触れられると本にされちまう! あと、炎熱系は絶対に使うな! この空間、何か特殊なルールを設けられてる!』

 

「わかってます!」

 

 そこまで会話して通信用の宝石を仕舞う。

 

「聞いたわね? 行くわよ」

 

「うん!」

 

「大丈夫、みんなは私が守る」

 

「俺もいるからな。どうも今コイツら倒せるの俺だけみたいだし」

 

 そうして気合を入れ直すと、リィエルが先行して水を得た魚のように生き生きと大剣を振りかざし、漏れたやつを俺の剣で行動不能にする。

 

 リィエル……相当鬱憤溜まってたんだろうかと現実逃避しながら考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレン先生に指示されたルートを辿って大講義室に辿り着くと、俺達が最後なのかグレン先生がさっさと入れと促して扉を閉じ、模範生のメイベルが何かの本から切り出したような紙を大講義室の出入り口に貼り付けていた。

 

「簡易的ではありますが……結界を作りました。これであの本の化物は入ってこれません」

 

 一時的ではあるが、ひとまず休息はつけそうだと安心して周囲を見渡すが、クラスメートは総勢の三分の二……模範生は半数以下に減っているのがわかった。

 

 それを認識して怒りで震えるが、まずは何でこんなことになってるか原因を究明するのが先だと意識を切り替えてこの裏学院を出現させたマキシムに視線を向けるが……。

 

 マキシムも生徒達と同様震えて全くこっちを認識していない。

 

「……こうなるのはわかっていたんです」

 

 原因究明できそうにないマキシムに舌打ちするとメイベルが悲痛な顔を浮かべて呟き出した。

 

「だから、貴方達にはこの裏学院での生存戦から手を引いて欲しかったんです。せめて私が、彼女と決着をつけるまでは」

 

「おい、とりあえずお前のことだ。知ってること全部話せ……全部だ」

 

 グレン先生は警戒心を抱きながらメイベルへ詰め寄る。

 

「お前は一体何者だ? あの化物は何だ? この裏学院は何だ?」

 

「そうですね、どこから話すべきか……ひとまず私のことからでしょうか。私は彼がつかまされた偽物ではない……本物のアリシア三世の手記なんです」

 

 偽物ではなく本物……急に変なことを言われて意味がわからなかった。

 

「おい、こんな時にふざけたこと言ってる場合じゃ……」

 

「ふざけてなどいませんよ」

 

 そう言ってメイベルが右手で逆の腕をつまみ上げると、肌がまるで紙のようにめくれて……いや、本当に紙が捲れたのだ。

 

「ご覧の通り、私は本なんです」

 

 いきなりの出来事に驚いたが、俺自身も似たようなものなので彼女も何らかの目的を持って人の形をとった魔術的な存在なんだろう。

 

 その予想の通り、アリシア三世は自身の残した裏学院と偽物の手記がとんでもない出来事を引き起こした際に彼女を起動させ、この裏学院という邪悪な魔術儀式場において悍ましい儀式を止めるためと彼女が説明する途中でグレン先生が待ったをかけた。

 

「ちょっと待て……アリシア三世がこの事態に備えてお前を残したってのは何だ? このクソッタレな裏学院を作ったのはアリシア三世だろうが!」

 

 確かに矛盾してる。こんなふざけた場所を作っておきながらそれを阻止するための存在を作っていた。そんな正反対の言い分に混乱したが、ふとある可能性が思い浮かんだ。

 

「多重人格……?」

 

「その通りです。彼女はある出来事をきっかけに、狂気に染まった人格と辛うじて良心を残した人格に別れてしまったのです」

 

「その出来事ってのは何だ?」

 

「彼女はこの学院で教師をすると同時に魔道考古学も研究し……その研究の最中、何らかの真実に気づき、何かに怯え……それに対抗する力を欲するようになりました」

 

「その真実ってのは?」

 

「わかりません……ただ、禁忌教典(アカシック・レコード)という名前しか……」

 

「チッ! またそれか」

 

 禁忌教典(アカシック・レコード)……。大きな事件が起こる度に聞くその名は本当にどんな意味を持つのか。

 

 別の地球の知識を持ってる俺は世界のありとあらゆるものが記録されてるものという意味として名前は知ってるが、こっちにおいてはどんなものなのか。

 

 そんな疑問を持つもメイベルの話は続き、どうやらアリシア三世の狂気に染まった人格は研究過程で気づいた真実に対抗すべく、『Aの奥義書』というものの作成に乗り出した。

 

 その『Aの奥義書』は人間を材料にするものだった。より具体的には人間の内部に存在する人格や記憶を記載させることで完成するものだった。人間の中にある人格や記憶を構成する情報の中に禁忌教典に至るものがあると信じられて。

 

 そして、俺達を襲ったあの怪物達は人間を『Aの奥義書』に取り込むためのものだと。

 

 だが、その企みは実行されることなく良心を残した人格のアリシア三世が最後の意思を振り絞って『Aの奥義書』も裏学院も封印し、自ら命を絶ったと。

 

 そして、先の『炎の船』による大事件がその封印を壊すきっかけになってしまい、その際に学院に訪れたマキシムの手元に裏学院に誘い込むための偽の手記握られてしまい今に至ると。

 

 要するにマキシムはまんまと利用されたわけだ。そして出世欲を使って多人数の人間をうまくこの空間に誘導したと……狂ってる癖に嫌にズル賢い敵だよ。

 

「なるほど、上手い話なんてそうねえよな……俺の複製人形(コピードール)もダメダメだったし、世知辛いもんだ……」

 

複製人形(コピードール)?何ですかそれ?」

 

「え、いやぁ!? 何でもないよ!」

 

 多分、マキシムに喧嘩売るきっかけになったあの偽物なんだろうな。どこで仕入れたか知らないが、あれで仕事サボる気だったんだろう。

 

 システィは疑念の籠った目でグレン先生を睨み、なんとなく察しただろうイヴ先生は呆れたような表情を浮かべた。

 

「とにかく、状況とやることはわかったが……一つ聞きてえ。本にされちまった奴って、元に戻れるのか?」

 

「はい。この裏学院の機能及び『特異法則結界』を上位権限にて行使してるのは『Aの奥義書』──つまり狂気に染まったアリシア三世です。彼女を消滅させられれば結界は解かれ、全ての権限が私に移譲され、それを行使することで皆さんを脱出させられますし、本になった生徒達も元に戻せます。……『裁断の刑』に処された者以外は」

 

「……っ! ……そうか」

 

 『裁断の刑』に処されたのは模範生で俺達のクラスはグレン先生から何度も念押しされたので誰も使ってない。

 

 そんな無惨な機能にも理由があったそうで、この特異法則結界によってあの紙の化け物に触れられた者は問答無用で本にされてしまうが、その特異性故に炎に滅法弱いらしい。

 

 だが、それを封じるための『裁断の刑』だという。その最大の弱点をルールによって封じられてる状態で現状一番の有効打が彼女が製作したという本の体裁を崩すための弾丸入りのフロントリックピストルのみ。

 

 その銃をグレン先生に託し、いざ裏学院の脱出計画を進めることとなった。

 

「さて、古本回収と洒落込むところだが」

 

「当然、私達もついて行きますからね、先生!」

 

 もちろん、グレン先生一人で行かせるわけもなく、システィとルミア、リィエルといつもの三人娘を筆頭にカッシュ、ギイブル、ウェンディにテレサなど魔術の腕に覚えのあるクラスメート達。もちろん俺だって参加する。

 

 もっとも、あまりにも危険なのでリンなど闘いを苦手とする者達に無理強いをするつもりもないのでここで待機してもらう。

 

「わ、私は行かないぞ! あんな狂ったものに立ち向かうなど……どうかしてる!」

 

 無理強いするつもりはないが……マキシムが余計な水差しを入れ込んできてしまった。

 

「あのな、テメェ! 今はんな情けねえ声あげてる場合か! 教師ならこんな時こそシャキッとしやがれ!」

 

「うるさい! 君こそ何故だ! 何であんな狂った存在に、どうして戦いを挑める!?」

 

「うっせえな! そりゃ俺が教師だからだよ!」

 

グレン先生はマキシムの胸ぐらを掴み上げながら捲し立てる。

 

「俺だってあんな怪奇現象に関わるなんざ御免だ! けどなぁ! それでも俺はこいつらの教師なんだよ! こいつらは今も俺の背中見てんだ! 俺の背に、真の魔術師ってのが何なのか……その目で真剣に問いかけてんだよ! だったらここでみっともねえ姿見せられるか!」

 

 そう言ってマキシムを押し除け、その勢いでマキシムは尻餅をつき、完全に項垂れた。

 

 その姿にクラスのみんなは不安が和らいだような気がした。本当、この人はウルトラマン並みに頼れる人だよな。

 

 そんなだから俺も何度も挫けて、消えてしまいそうになっても今を繋いでいられるのかもしれない。だから、その繋がりをここで切れさせないためにも俺の全部をここで振るう。

 

 俺達はメイベルの案内のもと、狂気のアリシア三世のいるという図書室へと向かい、その名前が詐欺と言わんばかりの無限と言えるようなズラリと本棚の並んだ一室へたどり着いた。

 

 もちろん、そこにはあの紙の化け物が大量に道を塞いでいた。

 

「さて、こっからが正念場だぞお前ら。頼りにしてるぜ!」

 

 その声を合図に、俺達は紙の化け物達へ飛び込んでいく。

 

 リィエルを先頭に、俺がそれについていって紙の化け物を切り捨て、それ以外の方面から来る敵を他のみんなが退けていく。

 

「しっかし、何でお前だけこいつらを倒せてんだ? 俺達がいくら攻撃してもピンピンしてやがるのに」

 

 紙の化け物を切り捨てている途中でグレン先生が疑問を投げてきた。

 

「ああ、多分コレのおかげでしょうね」

 

 俺は手に持ってる水精と晦冥を見せながら言う。

 

 この剣は力の吸収と放出という単純な能力が付いたものだが、晦冥の能力がこいつらを動かしている力を奪い取ってその結果、活動を停止させてるということだろう。

 

「なるほど……おかげで多少は連中の戦力を削ぐことはできるが、こんな状況じゃ焼け石に水だな! こいつら、うじゃうじゃ出てきやがるし!」

 

 [ウェポン・エンチャント]で強化した拳で紙の化け物を払い除けながら悪態をつく。

 

 確かに、多少は倒せても長い通路に連なってる本棚から次々と数を増やしながら波のように押し寄せてくるのでキリがない。

 

「たく……本当に次々と出てくるから息をつくこともできない」

 

「マジウゼェ〜……どうにか一気に蹴散らせないか?」

 

「……先生の[イクスティンクション・レイ]はダメなんでしょうか?」

 

「……ちっと燃費悪すぎるが、試してみるか?」

 

「ダメに決まってんでしょうが!」

 

 システィの提案でグレン先生がマズイ試みに走りそうなのを全力で止める。

 

「大体、それは三属性を伴った複合術式なのよ! 火遊び厳禁のルールに引っかかる恐れもあるし、こいつらに効く保証もない! 特異法則結界空間を舐めないで! 本当ならあなたの銃だって結果的に使えたけど、ルール的に危なかったのよ!」

 

「ちっ……マジで厄介な……」

 

 終わりの見えない闘いでどうにか活路を開きたいと考えるのは仕方ないが、焦りと疲労の所為なのか、徐々に危うい場面が見え始めている。

 

 一応俺の剣で切り捨てられるものの、勢いを削ぐには足りなすぎるし奴らの特性の所為で思うように踏み込めていけない。

 

 そういえば、と切り捨てる途中で思い出した。

 

「あの、メイベル……さん? こいつらの本にする能力って……対象の肉体に直接触れなければ大丈夫だったりしますか!?」

 

「え……はい、本にするには対象の肉体に触れ、それらを構成する情報を本という形に変えるものです。なので直接肌に触れなければ一応は……」

 

「その説明で十分! つうわけでリィエル! 5秒お願い!」

 

「ん!」

 

 だったら大丈夫そうだ。俺はリィエルに時間稼ぎを頼んでその場に立ち止まり、自身の内側に流れる力に意識を向ける。

 

 数秒もすると、冷たいものに身体を包まれ、身体に変化が起こった。

 

 いつも黒い髪が青白く染まっていき、視界が紫がかっていく。そして、右腕が黒い手甲で覆われていき、右肩から角のように大きく尖った紫の結晶で覆われた。

 

「……ふぅ〜」

 

 自身の変化を感じると呼吸と同時に白い吐息を吹いて精神を静める。

 

「おい、リョウ……それって……」

 

「説明は後だ。俺が先導してやるから着いてこいよ」

 

 俺はグレン先生の疑問を払って本の化け物共に突進していく。後ろのみんなは俺の行動が無謀だと思ったのか声を上げたが、別に自棄になったわけじゃねえ。

 

「凍てつけ」

 

 俺は右腕で紙の化け物の一体を掴むとそこから力を解放し、一瞬のうちに氷漬けにしてやった。その冷気の余波が他の奴らも一部凍らせて動きを封じた。

 

「……来い」

 

 俺は両手に再び水精と晦冥を構え、二振りの剣を背中合わせにするように付け合わせると光を伴い、溶け合うように合わさり、肥大化した。

 

 光が収まると二振りの剣が中央部分が直線に割れた大型の剣へ姿を変えた。

 

「轟け、『氷嶮(ひょうけん)』」

 

 俺は両手に握った大型剣、『氷嶮』を振り下ろすと雷が落ちたように衝撃波が紙の化け物どもを蹴散らしていく。

 

 そこから漏れた紙の化け物の何体かが俺に向かって手を伸ばしてきたが、俺の身体に触れた途端その手は凍りついていき、俺が軽く拳と蹴りを入れると砕け散る。

 

 ついでに氷嶮で斬りつけてやれば活動を停止した。

 

「リョウ、お前それ……あと、口調」

 

「前々から考えていたやつだ。色々あって当初の頃とは仕様も変わっているがな。口調もこうなったんだから気にするな」

 

 こいつはティガやダイナのタイプチェンジと似た仕様のものを魔術入りで再現したやつだ。

 

 俺の魔術特性(パーソナリティ)、『器の変革・調節』……それを俺なりの解釈でどう自分の得意分野に繋げるべきかと色々考えていたが、こいつを直接魔術に入れてどうこうするものはなかったが、俺自身に施すことでタイプチェンジと似た現象を引き起こせた。

 

 俺が水系統の魔術にばかり偏っているのは肉体という器に満たすものに水が大きく関わってるというのもあるのかもな……生命的な概念も含めて水は生き物の進化にも深く絡んでくる。

 

 そういう考えのもと、俺は水という性質を改めて学習し直して俺の魔術特性とどう合わせるか考えると俺の身体を構成するものの中にウルトラマンの力も加わってることを加味してこういう活かし方もあるのかと考えた。

 

 そうしてできたのがこの[スタイル・チェンジ]だ。言い方を変えただけでウルトラマンのそれとあまり変わらないが、俺のこれは自身の力の流れと性質を別系統に変え、普段の俺が出来ない事に手を伸ばさせるものというべきか。

 

 普段が水系統に偏ってるなら、今の俺は氷と錬金術の形態を変えるタイプの、そして身体を強化する白魔術に優れるスタイルになっている。名前をつけるなら普段が水系統だから『スプリングスタイル』……今のは『アイシクルスタイル』というべきか。

 

「で、奴らの本にする能力が効かねえのは単純……奴らの手が俺に届いていねえからだ。今の俺は常に冷気で覆われ、薄い氷の鎧に守られてるようなもんだ。いくら雑魚どもが群がろうが、俺に能力は効かねえ」

 

「な、なるほどな……」

 

「それよりまたうじゃうじゃ来てるぞ。まだ目的地に着かねえのか?」

 

「すみません、まだ……」

 

「チッ! めんどくせぇ……さっさと行くぞ!」

 

 俺は氷嶮を握り直して今のスタイルの特性を活かしながら突貫していくが、それでも津波のように押し寄せてくる本の化け物どもにみんなの疲労が蓄積していってる。

 

 もうどれくらい続いたのか、遂に本格的に面倒な事態が舞い込んできた。

 

 グレン先生が何かに躓いたのか、大きく態勢を崩してそこに本の化け物が飛び込むが、アイシクルスタイルになると機敏さが若干劣ってしまう。

 

 このスタイルでも、電気系統の魔術を使えば氷の電気伝導性が優れてる分普段より加速力は出るんだが、それでも間に合わねえ。そんな時だった……。

 

「おおぉぉぉぉ!」

 

 距離の近かったカッシュが体当たりで紙の化け物を押し除け、窮地は救ったが逆に奴が孤立して今にもやられそうになる。

 

「へへ……どうやら俺はここまでっすね……」

 

「クソ! 待ってろ! すぐに助け──」

 

「行ってる場合か、バカが」

 

 無謀にも助けに行こうとしてるグレン先生を引っ張り、無理やり前進させる。

 

「おい、何してんだ! すぐに行かねえとカッシュの奴が!」

 

「助けてどうなる? もうあいつもマナ欠乏症寸前だ。今ここを脱したとしてもこっからはあいつは戦えなくなる。今ですら劣勢なのにこれ以上守るべき奴を増やすわけにはいかねえ」

 

「お前……っ!」

 

「甘ったれてんじゃねえ……今俺達がやるべきはこの化け物どもの親玉をぶちのめすことだ。結果的にはそれであいつも助けられる……目先のことにばかり気を取られてんじゃねえ」

 

「グレン、リョウの言うとおりよ。あの子の想いに報いるには……勝つしかないのよ!」

 

「……っ!」

 

 グレン先生もようやく踏ん切りがついたのか──いや、割り切るなんてしたくないって顔だな。それでも、今は進むしかないと理解してようやく同じ方向に足を向けた。

 

「頼んだぜグレン先生っ! イヴ先生、リョウ……グレン先生を頼──」

 

 カッシュの必死の声が途中で止まった。ここまで考えたわけじゃねえが、このスタイルに変えて良かったと思った。

 

 このスタイルになると情熱とも言えるような感情が凍りつくように鎮まって非常さが目立つようになる。普段だったらここで助けに行かずとも動けなくなったかもしれねえ。

 

 助けたいという思いはあるが、それが表に出る前に凍りつき、進むべき方向が鮮明に目に写っている。

 

 カッシュの脱落を皮ぎりに次々と他の奴らが取り残されても俺の足は止まることはなかった。

 

「リョウ君……」

 

 前へ進むだけの俺に合わせて普段以上のペースで追いつきながらルミアが俺の左手を握ってきた。

 

「大丈夫だから」

 

「……別に動揺はしてねえ。冷たいと言われるかもしれねえが、今の俺は普段より感情が冷めてるような状態だからな」

 

「ううん、リョウ君の感情は全然変わってないよ。だって、左手……握ったまま震えてるもん」

 

 言われて意識するといつの間にか氷嶮を片手だけで奮って左手はずっと強い力で握りしめたままだったのか、爪が深く肌に食い込んで血が滴っていた。

 

「絶対に……絶対に勝ってみんなを取り戻そう。だから、冷静なフリして無理しないで?」

 

 ルミアに穏やかな笑みを見せられ、冷めていた筈の熱い感情が戻り始めて……それでも、雪が収まった後の晴れ空の下にいるような穏やかな感じだった。

 

「……そうだな。勝てばみんなが戻るんだ……悪いが、もう少し急がせるぞ?」

 

「うん!」

 

 はぁ……感情が冷めたと思ったが、それでも普段の俺の捨てられない部分が残ってたのか、冷めた部分が呆れを示していたが同時に良かったと思う俺もいる。

 

 ルミアが側にいてくれるから俺の捨てきれない部分も抱えながら強くいられると思う。

 

 改めて氷嶮を両手で握りしめ、冷静な部分で前だけを見つめ、熱の籠った部分を刀身に込めて紙の化け物どもを蹴散らして尚も俺は前へ進んでいく。

 



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第50話

 長い間走り続け、何人も仲間を置き去りにしながら俺、グレン先生、システィ、ルミア、リィエル、イヴ先生、メイベルの七人はようやく最奥だろう部屋の扉の前までたどり着けた。

 

 俺は両手で氷嶮を振り上げ、刃を一閃して無理やり扉を破壊して飛び込む。

 

 やり方がリィエルみたくなってるが、こっちは生憎と余裕がねえんだ。こんなクソッタレな戦い、一秒でも早く終わらせてえ。

 

「あらあら、随分と乱暴な入室ですね」

 

 ここにもさっきまで通ってた本棚に匹敵するくらい広い空間と本の数……そこに一つだけある机に座って淡い光を放つランプの下で羽ペンを走らせていた女が立ち上がって俺たちを見た。

 

 その顔はメイベルと瓜二つと言えるくらいに外見はそっくりだった。まあ、出どころが同じだから当たり前なのだが、違うのはその眼の奥に見える光の色だ。

 

 メイベルからは決意の表れのようなものが見てとれたが、コイツは濃厚な狂気の色が怪しく光っていた。

 

「おい、何やってんだ!?」

 

 奴の目の色に意識を向けてると後ろからグレン先生が慌てふためく声を出して、後ろを見るとメイベルが自分の片腕を引きちぎってそこから何枚もの紙が規則正しい形へと配置され、結界を作った。

 

 突然狂ったような行動をしたメイベルだが、元々本から形成された存在だからその程度では死ぬことはないとのことだが、あまり続ければ存在を保つのも難しいはずだ。

 

 後ろから援軍がなくなるのはいいが、後は目の前の奴をどうぶちのめすかだな。

 

「お前が……『Aの奥義書』とやらの本体ってやつか?」

 

「その通りです。そして、アリシア三世の意思を継ぐ者……アリシア三世そのものといってもいいですわ」

 

「冗談じゃありません。彼女は……アリシア三世はとっくに死んでる身です。貴女も、私も、狂った彼女から取り残された哀れな存在でしかありません。人ですらない私達に原罪を生きる方達を脅かす権利などありません」

 

「いいえ、貴女は間違ってますわ……私を、『Aの奥義書』を完成させるこそ彼女の望みなのです。その証拠に私は今ここにいるのです」

 

「それこそ違います。他人を犠牲にするような禁断の所業など、彼女は望んでいなかった」

 

「違います。彼女はいずれ来る脅威に備えるべく力を──っ!? ……お話の途中に随分と無礼な方ですね」

 

「ごちゃごちゃうるせえ……こっちはテメェらの存在意義だとか心底どうでもいいんだよ」

 

 自分の存在してる理由とかどっちが間違ってるとか……昔の奴が何を考えてたかなんて今は問題じゃねえ。

 

「こっちはさっさとテメェをぶちのめして紙にされた奴らを元に戻さなきゃなんねえんだ。テメェのくだらねえ本作りに付き合うつもりなんかカケラもねえ!」

 

「本作りではありません。恐ろしい脅威から国を護るための力を集めてるだけです。心配せずとも殺しはしません。みんな、私の資料にしてあげる! 私を完成させるための参考文献になるの! 目録をつけて大切に保管してあげますわ! あはっ、あっははははははは!」

 

「チッ! 現在進行形でテメェが脅威なんだろうが!」

 

「つか、まだこんなにいたのかよ!?」

 

 目の前の女──『Aの奥義書』が笑い出すと、周囲の本棚からまた紙の化け物どもがうじゃうじゃと出てきてワラワラ集まってくる。

 

 後ろからはメイベルが壁を作って足止めしてるが、この室内だけでも相当の数がいやがる。

 

「……わかりきっていたことですが、問答など無用です。グレン先生、その銃で彼女を終わらせてください」

 

「ああ、わかってるよ!」

 

「全員構えなさい! こっからが正念場よ!」

 

 グレン先生がリボルバーを構え、イヴ先生が予めストックしていた魔術を起動しながら指示を飛ばす。

 

 俺達も互いに武器を構え、魔術を起動しながら最後の戦いへ踏み出す。

 

 

 

 

 

「──なんて、意気込んでたもののっ!」

 

 紙の化け物を斬り伏せながら思わず愚痴りたくなってしまう。

 

 こいつらの戦闘力なんざ大したレベルじゃねえが、数が多いから鬱陶しい。しかもその上……。

 

「しゃあ! こいつで!」

 

 俺達が雑魚どもの相手をしてグレン先生に隙を突かせてあの狂った女を倒してやろうにも……。

 

「──くっそ! またか!」

 

 メイベルに託されたインク入りの銃弾を浴びせられるチャンスを何度も作ってるにも関わらず、グレン先生が銃弾を放つ度に別方向から大量の雑魚と本が防壁となって邪魔をしてくる。さっきからこれの繰り返しだ。

 

 そんで本や雑魚どもがグレン先生の所へワラワラ集まっていって、それをルミアが[サイ・テレキネシス]でグレン先生を回収してことなきを得るが、この物量が半端じゃねえ。

 

「ああ、もう! あれもダメこれもダメ! 何度手を変えても結局はあの物量に防がれちまう!」

 

「マジで、鬱陶しいな!」

 

 氷嶮で塵紙にし、氷で動けなくして数を減らしてもあの狂った女を護る壁紙どもは何度も邪魔をする。

 

「……グれん先、生……わタシ……そろソロ、限界……デス。早ク、勝負を……決めナイト……」

 

 メイベルが身体の大半を失わせ、苦悶の表情を浮かべながらグレン先生に早期の決着を催促するが、それができねえから今苛立ってんだよ。

 

「……もう、大切な本をこんなインクまみれにして」

 

 狂った女が呆れたように溜息混じりに呟いてから急に何かを思いついたようにポンと手を叩く。

 

「そうだわ! 本をインクで汚した人も裁断の刑に処すことにしましょう!」

 

 笑顔でとんでもねえことを言い始めやがった。

 

「そうしましょう! 大切な本を汚す人にはそれぐらいのお仕置きがあって然るべきですわ!」

 

 そういって早速と羽ペンを持って呑気に机と向き合いやがる。

 

 マズイ……今そんなふざけたルールまで加われば本格的に勝ち目がなくなっちまう。

 

「せ、先生……どうすれば……」

 

 システィの不安そうな声がグレン先生に向けられる。グレン先生は俺達を流し見してから目を閉じ、何秒か思考を巡らせると覚悟を決めたように表情を引き締め、イヴ先生と向き合う。

 

「おい、イヴ……お前、確か銃使えたよな?」

 

「……嗜みレベルではね。で、何をする気なの?」

 

「決まってる……炎熱系の魔術を使う」

 

 グレン先生の突然の提案にみんなが目を開いた。

 

「……本気で言ってるのか? それを使えばもう戻れねえかもしれねえんだぞ?」

 

「ああ。わざわざ禁止事項になんてするくらいだ。こいつらをまとめて一掃してあのキチガイぶっ倒すにはもうそれしかねえ」

 

「だ、駄目ですよ! そんなことしたら!」

 

「そうですよ! 炎熱系を使ったら裁断の刑が……っ!」

 

「もうそれしかねえっつってんだろ! 向こうが禁止してる手段しか、この状況を切り開く術がねえんだ!」

 

「でも、他に何か方法が……」

 

「あるかもしんねえ! でも、もうそれを考える時間がねえんだ! 悪いがイヴ! 後は任せる! リョウ、お前はこいつの補佐を頼む! もう後がねえ!」

 

 グレン先生は本気だ。実際あの女がもうルールの改変をするためにペンを走らせてる。インクが禁止されるのも時間の問題だろう。呑気に話し合ってる暇もねえ。

 

「……わかった」

 

「ええ、もうそれしかないわね」

 

「二人共!?」

 

「で、でもそれじゃあ……」

 

 システィとルミアが尚もつっかかってくるが、もう時間がねえんだ。

 

「じゃあ、あと任せるぜ」

 

「ええ、わかったわ」

 

 イヴ先生がグレン先生へ右手を差し伸べ、自信満々の笑みを浮かべた。

 

「……ただし、私はこっちをするわ」

 

 そして、掌から眩いばかりの高音の炎が渦巻いた。

 

「なっ!? お前、何やってんだ!?」

 

「見ての通りよ。そもそも、あんたのショボイ炎でこれだけの量の紙を燃やせるわけないでしょ。本来炎は私達イグナイトの得意分野よ。はぁ……何やってるのかしらね、私。こんな大した才能もない私が、大した付き合いもない生徒のために命を張るなんて……」

 

 寂しいような、惜しむような……そんな切ないと言えるような表情で呟きながら炎はその勢いを増していく。

 

「やめろ! すぐに炎を引っ込めろ! じゃねえと──」

 

   ──有罪。

 

 何処からともなく無機質な声が響き渡り、イヴ先生の身体の表面が紙へと変わり始める。

 

「うるさいわね、適材適所でしょ。私の作戦立案にケチつけないでよ。あの子達には、貴方が必要なのよ。そんな貴方よりも、大した価値のない私がやる方がダメージが少ないでしょ」

 

 そう言ってイヴ先生は振り返って右手に宿した炎を更に燃え上がらせる。

 

「イヴ……っ! やめろおおおおぉぉぉぉ!」

 

「《真紅の炎帝よ・業火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ》──っ!」

 

 振り切るように詠唱し、B級黒魔[インフェルノ・フレア]が業火の波を作り上げ、紙の化け物を飲み込み、灰も残さずに燃え尽くしていく。

 

「あ、ああ、あ……あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ペンを走らせた狂った女が灼熱地獄とも言えるようなこの光景を見て汚い悲鳴をあげる。

 

「おのれ……おのれ、よくもおおおおぉぉぉぉ!」

 

 報復の念に駆られ、奴の頭上に大量のでかいハサミが具現化し、それがイヴ先生へと襲いかかっていく。

 

 あれに切り刻まれれば、恐らくイヴ先生は戻れなくなってしまうだろう。だが、それは本人も分かりきった上でこの行動に出たんだろう。

 

 もうあの女はイヴ先生を切り刻むことしか考えちゃいねえ。その隙にグレン先生が銃を使えばそれで決着だろう。

 

「……気に入らねえ……っ!」

 

 だが、そんな決着……俺は望んじゃいねえんだよ。この姿になれば他人を気遣うような感情なんて表面化できねえはずなのに、どうしようもない苛立ちが込み上がってくる。

 

「ふざけんじゃねえ……っ!」

 

 俺には炎も使えなければ銃も使えねえ。もうこんなクソッタレな光景を見ることしかできねえ自分に腹が立って仕方がねえ。

 

 自分を切り刻みたくなる。俺にはもう何もできねえのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クハハハハハ! なんとも無様な姿だな!』

 

 不意に脳内に声が響くと同時に、俺の周囲が一変した。

 

 気がつけば、本だらけの室内から急に真っ暗な荒野のような場所に立っていた。

 

 一瞬で何が起こったかと思ったが、落ち着いて周囲を眺めればここは見覚えがあった。

 

『よう……俺様の力を使っておいて気分はどうだ?』

 

「……最悪だな。いくら強くなったと言っても所詮力だけだったよ」

 

 目の前に歩み寄ってきたベリアルにそう返すと向こうは面白そうに笑う。

 

『クハハハ……所詮力だけ、か。俺様の力を手にしただけで神様気取ってたってか? 人様の力を使っておいて随分な言い草じゃねえか』

 

「そうだな……。けど、いざ守りたいと思うときに守れない自分が心底嫌になる……仕方ない部分があるって理解してても止められないよ」

 

『……フン。劣化品だと思って多少は譲歩してやってるが、随分つまらねえこと吐くじゃねえか』

 

 ベリアルが更に距離を詰めてその鋭い双眸で俺を睨みつける。

 

『テメェが力に呑まれようが、落ち込もうが俺様の知ったことじゃねえが……俺様の力を使っておきながらその体たらくは見過ごせねえな。そんな様じゃあ、俺様の格が落ちるってもんだ』

 

「なに……?」

 

『目の前に気に入らねえもんがあんならとことんぶっ潰しやがれ。それぐらいの力は貸してやってるつもりだぜ。こんなところで突っ立ってる暇があんならせいぜいみっともなく足掻くくらいはしてみやがれ。そうじゃなきゃ今度こそテメェの身体を乗っ取る』

 

 ベリアルは鋭い爪に禍々しいオーラを纏いながら脅しかけた。これ以上俺がみっともない姿を晒せば本気でそうするだろう。

 

 だが、今の状況を覆そうにも俺は炎は使えない。どころか、今の俺はその真逆の属性しか使えない身だ。

 

 今の俺でやれることといえば力のゴリ押しか相手を凍らせること。後は限定的だが俺が有利になるためのフィールドを作るくらいしか……。

 

「……いや、待て?」

 

『……あん?』

 

「もしかして、アレを使えば……?」

 

『おい、何をブツブツ言ってやがる?』

 

「……一か八か、やってみるか」

 

『って、聞いてんのか!?』

 

「喧しいわっ! こっちは今作戦立ててるとこなんだよ!」

 

『ほ〜……俺様を無視して呑気に作戦タイムか? いい度胸してんじゃねえか』

 

「うっせえ! そっちから勝手に呼んだんだろうが! こっちは今大事な場面だからこれ以上は邪魔すんじゃねえ!」

 

『テメェ……さっきまでウジウジとしてた奴がよく吠えるじゃねえか!』

 

「知るか! とにかくこれからやること決まったからとっとといかなきゃなんねえんだ! じゃあな!」

 

『チッ! ああそうかよ、もう勝手にしやがれ!』

 

 さっきまでとは打って変わって子供じみた喧嘩っぽくなってるが、俺はベリアルに背を向けてさっさとこの精神世界から出ていく。

 

「ああ、それと! 一応発破かけてくれてありがとな!」

 

 最後にそう言い残して精神世界から抜け出た。

 

『……ケッ!』

 

 世界が暗転すると同時に舌打ちのような声が聞こえた気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 焼け焦げた紙屑が無数に宙を舞い、その中を無数の鋏が紙になりかけたイヴ先生に向かって飛来しているところで意識が戻った。

 

 俺が精神世界に行ったのはこっちじゃ数秒にも満ちてなかったようだ。俺としちゃあ好都合だった。おかげで間に合いそうだしな。

 

 グレン先生は声をあげてイヴ先生へ手を伸ばし……システィ、ルミア、リィエルもただじっと見る事しかできない状況。

 

 そんなクソッタレな状況、俺は絶対に認めねえ……。

 

「震えてろ……俺の支配下でな!」

 

 俺が黒い右腕を床に突き立てた途端、世界が切り替わった。

 

 あれだけ熱かった灼熱空間が一転して白い息が見えるほどの低温の空間に変わり、さっきまであった無数の本棚も消えた代わりに果ての見えない白い世界へと放り投げられた。

 

「──って、寒っ! ……え? 寒い……? ていうか、手……戻ってる?」

 

 いきなり極寒の地へ放り投げられた影響で寒さに震えるイヴ先生がいつの間にか元通りになった手をマジマジと見ていた。

 

「な、何なのこれ……なんで罪人へのお仕置きが止まったの!? 私の本は!? 私の大切な本は何処に行ったのよ!」

 

「うるせえ……みっともなく喚いてんじゃねえよ」

 

 狂った女がギャンギャンうるさくて思わず耳を塞ぎたくなるが、左腕はともかく今の右腕じゃうまく耳を覆えなかった。何気ない欠点を痛感しちまった。

 

「貴方、一体何をしたの……?」

 

「別に……ただこの辺一帯を俺の支配下に置いただけだ。ここならテメェのクソみてえなルールも適用されねえみたいだな」

 

 今俺達のいる場所は俺の中にあるベリアルの因子とネクサスの力を応用して周囲に巡らせた特殊な空間だ。ネクサスのメタフィールドに近いもので特別な効果があるわけじゃないただの雪原空間だ。

 

 だが、この中なら冷気を扱う俺には有利になれるし、空間が変わった影響で奴が支配していた炎熱禁止と裁断の刑なんてクソッタレなルールは使えなくなった。

 

「もうこっちはテメェのふざけたルールにはうんざりしてたからな。今度はこっちのルールに従ってもらうぜ。ここは今、俺が支配してるんだからな」

 

「ふざけないで……! 返しなさいよ……私の大切な本達を!」

 

「うるせえっつってんだろ。大体……こっちにばかり気を取られていいのかよ?」

 

「へ……?」

 

「よう……こっちのこと忘れてんじゃねえのか?」

 

 カチン、と無機質な音が響き、狂った女は一気に青ざめた顔で錆びついた機械みてえな動きで振り向いた。

 

 そこには既に引き金に指をかけてる冷めた目をしたグレン先生が銃口を突きつけていた。

 

「たく……ルールがなくなったのはありがてえが、こっちも大した装備つけてねえから滅茶苦茶寒ぃわ。とっとと温い学院に戻りてえからさっさと終わらせんぞ」

 

「ひっ!? や、やめ──」

 

「じゃあな、大昔の亡霊さんよ」

 

 グレン先生は無慈悲にトリガーを引き、インク入りの銃弾を奴の脳天に打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 発砲と同時にまた世界が変わり、再び無数の本棚の並んだ部屋へ戻り、そこにはインクまみれの一冊の本が落ちていた。

 

 さっきまで鬱陶しく群がっていた紙の化け物もすっかり静まって今は俺達の息遣い以外の音が聞こえなかった。

 

「……お、終わった……の?」

 

 何分か黙ったままの中でふとシスティがボソリとつぶやいた。

 

 グレン先生は恐る恐るインクまみれの本に指を何度か触れさせては離しを繰り返し、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……どうやら、そのようだな」

 

 その言葉を聞き、さっきの狂った女のものとは違った方向で喧しい声が本棚だらけの空間に響いた。

 

 声をあげたのは主にルミアでシスティとリィエルに交互に抱きつきながら歓喜に満ちた表情で二人を抱き込んだ。

 

 どうせなら俺もそれに乗っかるべきなんだろうけど、生憎まだアイシクルスタイルは解いてないので何となく気まずく感じてその場から遠ざかってイヴ先生へと歩み寄る。

 

「……どうだ? さっきまで本になりかけたが、身体は平気か?」

 

「……不思議とね。助かったのはいいけど、さっきの気の迷いをどうしてくれるのって苦情出したいんだけど?」

 

「既に口にしてんじゃねえか。……で、気の迷いってのはさっきのグレン先生のことがこう見えて本当は──」

 

「それ以上口にしたら灰にするわよ?」

 

「おっと……怖ぇ」

 

 女が出していいとは思えないくらい低い声で脅された。アイシクルスタイルの状態にも関わらず一瞬恐怖に支配されそうになったぞ。

 

「グレン先生……貴方達には、多大なご迷惑をおかけしました」

 

 凛とした声が聞こえるとそこには身体が元通りになっていたメイベルがいた。だが、さっきまでより気のせいか大人びてるようにも感じる。

 

「お前、なんか雰囲気が……」

 

「はい。『Aの奥義書』を回収でき、狂気を塗りつぶされた私はメイベルというより、かつてのアリシア三世なのでしょう。狂気の私も、正気の私も……表裏一体の、等しくアリシア三世です。無論、本質的には別人でしょうが……限りなく生前のアリシア三世その人です」

 

 メイベル……いや、アリシア三世か……。インクまみれで使い物にならなくなった本を大事そうに抱えて俺達に向き合う。

 

「バラバラになり、様々なノイズの入り交じった私達ですが、ようやくアリシア三世として貴方達に向かい合うことができます」

 

「そうかよ……。いや、今更言われてもな……かつてのアリシア三世や狂った『Aの奥義書』とは違うってわかっててもどうにもな……」

 

 グレン先生は複雑そうな表情を浮かべながら返しに困っていた。

 

 まあ、こんなクソッタレな空間を作ったのがかつてのアリシア三世でそれをどうにかする手段を用意したのもアリシア三世……多重人格者だったとはいえ、どう反応すればいいのかいまいちな。

 

「そうですね。貴方のそのお気持ちはもっともです。ですから私は……せめてもの罪滅ぼしを」

 

「は……?」

 

「この学院の学院長、アリシア三世の権能を持ってここに命じます。私は、貴方達の火遊びの違反行為を……不問に致し、赦します」

 

 その言葉を皮切りにインクまみれの本が僅かに輝き、距離はあるがあちこちで何かが動き出したような気配を感じた。

 

「……これで、裁断の刑に処された生徒達は元に戻るでしょう」

 

「なるほどな……。随分粋な計らいをしてくれたが、礼を言うつもりはねえぜ」

 

「当然ですね。こんな悍ましい事態を起こした原因がアリシア三世なのですから……これも贖罪とはなり得ないでしょう」

 

「それで……こんなクソッタレな事態を起こしたこの裏学院はどうなんだ? それに、お前は?」

 

「この裏学院自体は残り続けるでしょうが……もうあんなルールは存在しません。ただの施設の一部としてあり続けるでしょう。そして私は……お別れですね」

 

 そういうアリシア三世の身体が徐々に透けていく。

 

「そっか……消えるのか、お前」

 

「はい。元々存在してはいけないものですから……この奥義書も──」

 

『では、それは私がいただこうか』

 

「──っ!? 下がれ!」

 

 慌ててアリシア三世を押し退けた直後、その場に白と黒の入り混じった怪光線が着弾し、爆発を起こした。

 

 咄嗟に氷の壁を作って威力は軽減したが、突然の襲撃に反応が遅れて俺を含めてみんなが若干吹き飛んでしまった。

 

 爆発のあった地点にはさっきの衝撃で手放してしまったインクまみれの本を手に持った人型の影が佇んでいた。

 

「ふ〜ん……『Aの奥義書』。人間を構成する遺伝子情報や脳内にある記憶データ……それらを本という形に変換してその人間の情報を保存する。元科学者として実に興味深い」

 

「テメェは……っ!?」

 

 青と黒の身体に妙な拘束具のようなプロテクター……何より目立つ黒い仮面に覆われた顔。

 

「やあ、リョウ君……少し見ない間にまた格好良くなったんじゃないのかい?」

 

「トレギア……ッ!」

 

 突然立ちはだかったのはトレギアだった。手にもったインクまみれの本を興味深そうに眺めて秘書のように傍に抱えて慇懃な姿勢でこっちを見てやがる。

 

「テメェがまだこっちにいたことや、この空間に入ってきたこと自体は別に驚きはしねえが……その本をどうする気だ?」

 

「なに……機能を失ったからといって使用された部分が残っているなら元科学者として解析してみたいと興味本位でね。学者としては生物の構成情報を隅から隅まで把握してみたいものだろう?」

 

「……で、それを使って光の国を堕とそうと?」

 

「おや……私のことはもうタイガ達から聞いたのかい?」

 

「あぁ……テメェがしたことも、テメェの力の源っていうグリムドとやらももういねえってのもな」

 

 タイガ達から聞いたところ、こいつは光も闇もない混沌の時代から存在してたというグリムドという存在をその身に宿したことで不気味な力を手にしたというらしい。

 

 その影響でかつては倒しても倒しても平行宇宙に存在する自分自身に存在を上書きして生きながらえたらしいが、グリムドはもう倒されてこいつにはもう平行宇宙にいる自分に上書きするという力はもうないだろうとタイタスが予想していた。

 

「まあね……。だからあまり力の無駄遣いはしたくないんだ。私の目的のためにもなるべく──おっと。話の途中で不意打ちなど、ヒーローの所業とは思えないね」

 

「うるせえ……一々テメェの言葉に耳を貸すつもりはねえ。ここでぶちのめしてから洗いざらい吐かせてやる!」

 

 話の途中で拳を振るうも飄々と躱される。そのゆらゆらとした舐めきった態度にはこの状態でもくるものがあるな。

 

 続くニ撃三撃と氷嶮や氷柱をけしかけるが、トレギアはサーカスでもしてるように躱しては挑発するような動きを見せつけてくる。

 

 いい加減ここまでの疲労も無視できねえから一気に決めるしかねえと氷嶮を突き立てて右腕に力を集中させる。

 

 掌からエネルギー玉を作り出し、それを核にして周囲を電気と冷気が包み込んで圧縮されたエネルギー弾が出来上がる。

 

「喰らえ……『ネプチューヌ・バースト』っ!」

 

 電気と冷気のエネルギー弾をトレギアに向けて蹴り放つが、奴は避ける素振りも見せず、着弾して爆発が起こった。

 

 爆発で舞い上がった煙が晴れると『ネプチューヌ・バースト』の余波で生成された氷柱の山がそこにあるだけだった。

 

「……チッ! 逃げられたか……!」

 

 現れる時も希薄だったが、奴の気配が何も感じられなくなったから逃げられたと思うべきだろうな。この程度で倒れるとはとても思えねえ。

 

「おい、リョウ……さっきのは?」

 

 戦闘が終わったと見てようやく動いたグレン先生が俺に歩み寄ってくる。

 

「さっきのやつ……炎の船の時にも出た……」

 

「……えぇ。トレギア……いまだによくわかんない不気味な奴……ですかね」

 

 俺は普段の姿に戻ってざっくりと返す。そうとしか言いようがない。

 

「で、アリシア三世……? 大丈夫でしたか?」

 

「え、えぇ……もっとも、手記は奪われましたが……ないと思いたいですが、もしあれが悪用されれば」

 

「まぁ……あいつなら再現出来そうなのがね。っていっても……無差別に使用するとも思えないですけど」

 

 タイガ達から聞いたところトレギアは人の心の闇につけ込んでその人を魔道に落とすことが多かったらしく、大量虐殺みたいなことはないとは思う。だからって安心もできないんだが。

 

「とにかく、あの手記に関しては俺達が絶対になんとかしますので」

 

「……そうですね、そちらは貴方に頼みます。そしてグレン先生……貴方にも」

 

「あん? 俺?」

 

戻ったら早速タイガ達に報告をと思うとアリシア三世はグレン先生に向き直って真剣な顔つきになる。

 

「貴方は……禁忌教典という言葉を知ってますか?」

 

「……まあな。ここんところよく聞く言葉だ……どういうもんなのかはサッパリだがな」

 

「そう、ですか……やはり彼は動いてるのですね」

 

「彼……? ……おい、一体何を知ってるんだ?」

 

 禁忌教典について何か手掛かりを得られそうな雰囲気にグレン先生がズイ、と詰め寄る。

 

「グレン先生……この世界は近いうちに破滅へと向かうことでしょう。今思えば、あの『Aの奥義書』も……元々はそれに対抗するために作られようとしていたのでしょう。結局間違った方向へ歪んでしまいましたが。……もし、貴方がこれからそれに抗おうとするのであれば、真実を知らなければいけません」

 

「真実……だって?」

 

「この国の成り立ち……そして、王家の血の秘密について」

 

「国と王家の秘密……」

 

 そういえば以前……宇宙人達がこっちへ侵略しにきたのかと問うた時にも似たような物言いをされたな。それが禁忌教典と何か関係があるのか?

 

「更にこのフェジテの空に浮かぶ『メルガリウスの天空城』と禁忌教典について。アリシア三世は彼女なりにそれらに近づいた一端の記録をこの私……『アリシア三世の手記』に記述したのです。もし、貴方がこの滅びに抗うのなら……どうか、私を手に取ってください。私と童話『メルガリウスの魔法使い』……これらがきっと貴方達を導くはずです。それが重荷だと思うなら、私のことは信頼できる誰かに託してください。彼の息のかかってない者に」

 

「おい、彼ってのは誰だ? お前は一体何を知ってる!?」

 

「……駄目です。すでに検閲され、それに関する記述が失われています。幼い少年かもしれませんし、青年かもしれない……いえ、そもそも女の姿なのかもしれません」

 

「なんだよそりゃ! つまりはノーヒントじゃねえか!」

 

 確かに、何もヒントなしじゃ誰を警戒すればいいかもわからない。

 

「ですから、これは一種の賭けです。生徒のために命を張れる貴方が……そして、この世界の者ではない貴方のことも信じて……私は私を貴方に託します。あの男の手の者でないと信じて……。どうか、この国を……この世界を……あの男、カラ……」

 

 そう言い残し、アリシア三世の姿は大量の紙へとなり、その足元には『Aの奥義書』とは違う手記がポツンと残っていた。

 

「世界、ね……そういうのはあの巨人達に任せたいんだがな。面倒臭えのは勘弁だし……」

 

「まあ、ウルトラマンは人間達の文明には干渉できませんからね。そこら辺はこの世界の人間がやるべきでしょ。……俺は厳密には違いますけど」

 

「おいコラ……ま、生徒を守るのは教師の役目だし。やるだけやるか」

 

 そういってグレン先生は手記を懐にしまって状況についていけてなかったシスティ、ルミア、イヴ先生にある程度説明することにした。

 

 リィエル……? トレギアが出た時にみんなを守ってた以外は速攻で寝てたので論外だ。

 

 後で紙にされたクラスのみんなとも合流して事件は片付いたとトレギアが出て来たのと最後にアリシア先生の言い残した部分を抜いて説明した。

 

 それから時が経ち、アルザーノ魔術学院に再び平穏が訪れた。

 

 『生存戦』による決闘でこちらが勝ったのでマキシムは学院長の座を奪うことは叶わなくなったし、教育改革も頓挫に終わった。

 

 まあ、これは決闘に勝ったからというより、どこから入手したのか……リゼ会長がアルフォネア教授に依頼してマキシムが就任するよりも前から行動してマキシムと学院の理事会の有力者に政府の武闘派の教導省官僚数人の間でかなりの収賄があったらしい。

 

 それをアルフォネア教授が物理及び社会面両方共に犯罪スレスレの方法で潰しながら不正の証拠をかき集めて汚職に手を染めた奴らを壊滅させたとか。

 

 そして、学院長の座を狙ってたマキシムも後ろ盾がまだ控えていたにも関わらずあっさりと失脚することが適ったのだった。

 

 あの事件で心境の変化があったのか、妙にスッキリした様子で自ら学院を去ることを宣言した。

 

 それによってマキシムが率いていた模範クラスも必然廃止となる。残したところで生存戦での出来事によってトラウマを植え付けられたのでしばらくはまともに魔術を学ぶのも難しいだろう。

 

 だが、リゼ会長は模範生達にチャンスを残して学院は一部を除いて元通りになった。

 

 そして一部……唯一今回の騒動のきっかけになった改革に上がった『軍事教練』。これは政府によって正式に受理された項目のため、不正によって進められた計画であっても撤廃することはできなかった。

 

 マキシムが言ったように多くの時間を割くということはないが、正式に授業に取り入れられることになったこれだが……不思議と不満は一切上がらなかった。

 

 というのも、この授業を請け負うのがイヴ先生だからだ。今回の件でマキシムの企みを阻止するためにその手腕を見事に発揮したのを見込まれて今回復帰したリック学院長が正式に教師として採用したからだ。

 

 不機嫌に見えながらも教えを請われればきちんと教える姿勢を見せるから俺達のクラス以外でも今ではグレン先生に匹敵する人気を誇っていた。

 

 こんなふうに一部の変化も起こったものの学院はようやく穏やかな日常を取り戻すことが叶ったのだった。

 

 それでも、目に見えない不安はやはり水面下で刻一刻と形を変えてしまうのを頭の片隅に入れなきゃいけないわけで……。

 

『やっぱり、トレギアもこっちにいたんだな……』

 

『その上、人間を本という形にして肉体の構成データを取得する……そんなものが悪用されれば大変な事態になってしまうな』

 

『まあ、あの野郎が無闇にやるとも思えねえけど……だからって何やらかすのかわかんねえのがかえって不気味なんだよな』

 

 生存戦において炎の船の件から姿を隠していたトレギアが現れたことをトライスクワッドのみんなに話したところ、やはり自分達はしばらく残るべきだと改めて認識した。

 

 それからトレギアの目的について焦点を当てて話すが、『Aの奥義書』を使ってこれから何をしようというのかがまるで読めないままだった。

 

「この世界──というより、フェジテという国ができた秘密……トレギアの目的がそこにも繋がっている気がするんだよな」

 

『この国の秘密か……ただ闇雲に奴の姿を探すより、まずはこの国の秘密を探るべきなのかもしれんな。これからは一時人間社会に紛れながらその辺も調べてみよう』

 

『ああ、そういう細かいことは旦那に任せとくぜ。俺は監視の方に専念すっからよ』

 

 タイタスはこの国の歴史も密かに探るべきだと主張し、フーマは監視から外れないと投げ出し、タイタスに呆れたように視線を投げられた。

 

「そういえば、この国の秘密もだけど……そもそもトレギアって、何で何回も復活しながら光の国を堕とそうとなんてするんだ?」

 

 もうかつての力は失っているというが、元々光の国の出身であるということと、行き過ぎた思考を持ったために闇に堕ちたとは聞いてるがその根本と言うべきものを俺は何一つ知らないまま敵対心を持っていた。

 

 それを聞くと三人は互いを見合いながらしばし沈黙するが、タイガが複雑そうな面持ちで切り出した。

 

『トレギアが元々光の国の出身だっていうのは、以前言ったな……?』

 

「あ、うん……」

 

『そしてトレギアは、父さん……ウルトラマンタロウの親友だったんだ』

 

「え……?」

 

 衝撃の事実だった。驚いた俺の態度は予想していたと言わんばかりにタイガは次へ話を進める。

 

『俺も全部聞いたわけじゃないけど、ある時からトレギアは光や正義に疑問を持って……そのまま闇の力を手にしてしまったらしい』

 

「…………」

 

『それから色々あって……俺は結局アイツを倒すことになったけど。それでもあいつは……あいつなりの正義があったんだと思う。色んなことを考えすぎたために父さんと別れることになったんだと思うけど……あいつが生きてるってわかった今、俺はもう一度……」

 

 それは倒すということか、それとも……。タイガはそれからは口を噤むだけだった。その沈黙を破るようにタイタスが後を継いだ。

 

『とにかく……今後はトレギアを警戒すると同時にこの国の歴史を探ろうと思う。リョウ……君もそれを念頭に入れた上で改めてこれからをどうするか、考えて欲しい』

 

「あ、わかった……」

 

 タイタスに今後のことも注意され、俺はいずれトレギアと戦うことになるかもしれないと気合を入れ直す。

 

『歴史ねぇ……そういやもう一人のトレギアの方も今どうしてんだかね』

 

「ん……もう一人?」

 

 フーマがおかしなことを呟いていたので思わず聞き返した。

 

『フーマ……』

 

『あ、悪ぃ……』

 

「あの、もう一人って……?」

 

 フーマはやっちまったと頭をかきながら俺の質問に答える。

 

『えっと、それについては……お前、前に夢で妙な生命体がどうのって言ってたの覚えてっか?』

 

「え?まあ……」

 

『もう一人のトレギアってのは、お前が見たっていうそれにも関わってくるんだけどよ』

 

 それからフーマの説明が始まり、聞いたことはこれまた結構な内容なので許容量をオーバーしかけるが……俺なりに整理したところ、話はこうだ。

 

 俺が夢に見た金色の生命体というのは究極生命体『アブソリューティアン』と呼ばれる存在であり、今現在光の国他別の次元にまで騒ぎを起こしているとのこと。

 

 光の国の王女ユリアンの誘拐、そして光の国の明け渡しの要求。そのために戦力としてそのリーダー的存在である『アブソリューティアン』、アブソリュート・タルタロスが特殊な力を用いて過去に介入し、ベリアルとトレギアを過去から連れ去って二人の並行同位体を戦力に加えたとのこと。

 

 そしてその存在は依然光の国を狙ってあらゆる場所で暗躍しているとのこと。

 

「……って、それじゃあいつまでも呑気にここにいる場合じゃないんじゃ!?」

 

 ゼットが大急ぎで光の国に帰還するわけだ。こんな重大事項放置してたら全宇宙規模でヤバいことになり得るんじゃないか。

 

『それについては現状調査及び対策を模索している最中だ。こちらから深追いすることはしない。それに、こちらの現状を放置するのもそれはそれで危険だ。君の存在も奴らに無関係とはいえない……どんな形でアブソリューティアンに関わってるのかを知るためにも光の国からの通達があるまでこの星に待機すべきだと思う』

 

「そ、そうですか……」

 

 思わぬ形で衝撃の事実を知ってもうトレギアとかフェジテだとか一つの存在や国という規模が霞んで見えてしまう。

 

 現状静観しろとはいうが、こっちはこっちで気になって仕方がなかった。

 

 だが、俺個人がどうこうできる問題でもないためしばらくは自分を鍛えることに集中するしかなかった。

 

 フェジテの歴史、トレギアの暗躍、夢でしか見てないアブソリューティアンの存在……俺達のこれからがどうなるのか、まだまだ問題は尽きないのだと痛感した。

 



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