召喚されて魔王の影武者になる話 (生カス)
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1話 召喚されたし濡れ衣

新しく投稿しました。他の小説もあるので、そんなに頻繁に更新できませんが、できるだけやってみたいと思います。


 ……ここはどこだ? 何も見えない。どうしたっていうんだ? 確か俺は、就活の帰りの途中だったはず……

 

 

『……!…!』

 

 なんだろう? 遠くから、声が聞こえた。声のした方を見ると、どこかから漏れているような、光が見えた。俺は何故か、吸い込まれるように、そこへと歩みを進めていった。

 

『……て!だれ…から…て!』

 

 段々と、声がハッキリと聞こえてきた。俺はその声がなぜか気がかりで、いつの間にか俺は、その声に向かって駆けていた。

 その瞬間、あたりはまばゆい光に包まれ、俺を包み込んだ。

 

 

 光に包まれた後、俺が見たものは、物置のような部屋と、俺を囲むように書かれている魔法陣のようなもの、そして……

 

 

 目の前にいる、儚げな美少女だった

 

 

「……よく、来てくれた」

 

「……なんだ? どうなって……」

 

「時間がない、行こう」

 

 そういってその子は、俺の腕をつかみ、どこかに向かって駆けだした。

 ……これは夢か、それとも就活に疲れた俺が見た幻か?

 ……何でもいい……

 これが夢なら……どうか夢なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇者のみなさーん、コイツです! コイツが魔王です! 私はコイツに脅されてただけなんでええーす! 殺すならコイツだけにしてくださぁあああーい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢なら早く覚めてくれ……

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 遡ること数時間前……

 

 ここは魔界、生きとし生けるものもれなく魔物であり、例によって人類の敵と呼ばれる者たちの巣窟、その最深部だ。

 

「……マジ人類死なねえかな……」

 

 薄暗い部屋、乱雑した本と無数のお菓子。そんな中で、毛布にくるまり寝そべっている、見るからに不健康そうな少女は、人間界が映し出された水晶を見ながら、そんな呪詛を吐いた。

 光の反射を一切許さない真っ黒な髪、鋭い牙に鋭利な尻尾、頭の両サイドについた小さい角。これらの特徴は、彼女がホモ・サピエンスの類ではないことを物語っていた。

 そう、彼女は魔族……それも最高位の存在……

 

 

 

 

 魔王である……

 

 

 

 

「人間どもめ……やれ生誕祭だの仮装イベントだので春夏秋冬いちゃつきやがって……大体、最近編成された勇者パーティってなんだよ。男女混合でリア充オーラぷんぷん出しやがって……どうせあのパーティで道中いやらしいパーティでもしてるんだろ死ね」

 

 

 

 

 ……もう一度言おう、魔王である

 

 

 

 

「くそ人類め……征服した暁には各国のイケメンを集めて、私だけのオス奴隷逆ハーレム帝国を建国してやるッ……ウェヘッ…ウェへへへへ……」

 

 かさねて言うが魔王である。

 

 聡明な読者諸氏の中にはお気づきの方もいるかもしれないが、彼女の住む魔界と人間界は、戦争状態に陥っていた。各国は魔物に対抗するべく武装を強化し、兵をそろえ、着々と準備を進めていた。そんな中で、特に目立つのが、神の加護を受けしもの達、勇者だ。

 世界各国から選ばれた選りすぐりのエリートである彼らは、それぞれが4人編成のパーティで旅に出て、魔王を倒すため、魔界を目指し日々奮闘していた。

 が、当の魔王はというと……

 

「あーあ……なんか楽に人類滅ぼせる方法ないかなー。こう、イケメンだけ残してあとは滅ぼす魔法みたいなのないかなー」

 

 この体たらくである。

 なぜ勇者が迫ってきているにもかかわらず、ここまで魔王は余裕をぶっこいていられるのか。それには理由がある。

 

 1つは、魔界全体に張られている魔法障壁。彼女の父……つまりは今は亡き前魔王が作った障壁が、幾層にもわたって魔界を覆い、ここに入れた人間は今のところ皆無であること。

 1つは、ひとえに彼女の性格ゆえ。父に甘やかされて育ってきた彼女は世間知らずの引きこもりであり、まあ大丈夫だろうと根拠のない自信を持っていた。

 そして1つは、単純に彼女の情報不足。実際彼女は政治や軍事には興味がなく、先程見た勇者パーティも偶然見えただけであり、あの1組しかいないと思っている。

 

 では、ここまで魔界は人間にとって前人未到の地と化しているならば、彼女の余裕は、正当と言えるだろうか?

 答えは……

 

「勇者ぶっ潰しとかないとなー……まあパパの残したマジックアイテムがあればよゆーよゆ……」

 

 

 

 

 

 

 否である

 

 

 

 

 

 ガシャンッと、部屋の窓が割れる音と共に、彼女の頭を何かがかすった。

 

「…………え?」

 

 さすがの彼女もそこに気づかぬほど鈍感ではない。恐る恐る頭上を見てみると、何やら神々しい矢のようなものが、部屋の壁に突き刺さり、壁を溶かしていた。

 

「……え? ん、そ、ん……え?」

 

 突然の矢に思考が追い付いていない魔王。しかしそんな彼女をあざ笑うかのように、部屋の外から怒号が聞こえた。

 

「ついに追い詰めたぞ、魔王!」

 

「父さんと母さんの仇……ここで討たせてもらうわ!」

 

「出てこい魔王! 我が村を滅ぼしたその罪、自らの死をもって償ってもらう!」

 

 

 

 ……マジで?

 

 

 

 窓の外に見える勇者パーティを見た、魔王の率直な感想であった。魔王は混乱の極みにあった。絶対に来ないと高をくくっていたものが、今眼前にいるのだから。

 

「ウ、ウワ、ヒ、ヒエェーー!? ヒ、ヒイヒヒエエェーーーー!!??」

 

 混乱の(以下略)

 

「ど、どどどうす、どうするどうしよそうしよ……う、おえぇええぇぇ……」

 

 混(略)

 

「ハアハア……は、吐いてる場合じゃあない。落ち着け私、素数を数えるんだ。いや数えてどうする……そう、そうだ、こんな時こそパパのマジックアイテムが……!」

 

 自分の部屋を出て、彼女は大急ぎで魔王城の地下倉庫に向かう。何年も掃除していないからか、彼女が地を蹴るたびにホコリを放ち、彼女の視界を邪魔した。

 

「ちくしょうもうなんなんだよ! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないんだホコリやばいしもう!」

 

 彼女は走りながらそんな愚痴を呟いていた。ちなみに彼女は魔王であるが、何か強力な魔法が使えたりとか特殊な能力があったりとかは一切ない。スライムと1対1(サシ)でやり合ってぎり倒せるか倒せないかレベルのクソ雑魚である。

 

「大体、村とか仇とかってなに!? 知らねーし私!」

 

 実際彼女はそのことについて心当たりはなかった。前魔王が亡くなってからというもの、ずっと引きこもってたし、大体父からもそんな話は聞いていない。

 途中で何回も転びそうになりながらも、彼女は倉庫にたどりつき、その戸を開けた。中には、禍々しい、いかにも強力そうななりをしたマジックアイテムがいくつもあった

 

「ようし、見てろ人間風情がぁ……これでお前らもジ・エンドだ……使用期限切れてるしこれ!」

 

 ジ・エンドなのはマジックアイテムの方であった

 

「くそこれも、これもこれも! 全部使用期限切れてるじゃねえか! OLの冷蔵庫かよ!」

 

 彼女は混乱のあまり意味の分からないことを言い始めた。しかしそんなことを言っている暇はない。

 

「どこだ魔王! 出てこい!」

 

「ヒィエッ! もう入って来てるし……ええと何かないか、何か、何か……ん?」

 

 自棄になり倉庫をひっかきまわしていると、魔王はある本を見つけた。本の表紙には『悪魔の召喚方法』と書いてあった。

 

「あ、悪魔って……魔物と違うの? ……いや悩んでる暇はない!」

 

 藁にも縋る気持ちで、魔王は本に書いてある術式を用意。魔法陣を書き、その本に書かれている最高クラスの悪魔の召喚を試みた。

 地面が揺れ、魔法陣が光りだす。その大層な予兆に、魔王は興奮を隠せないでいた。

 

「お、おお……これなら……クククッ人間どもめ、そうやっていい気でいられるのも今のうちだ……この城にむざむざ入ったこと、後悔するがいい!」

 

 魔法陣の光が、より一層強くなる。それにつられるように、魔王は声高々にこう唱えた。

 

「いでよ最強の悪魔……憤怒を司りしもの、ルシファーよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

404 not found(お探しの悪魔は見つかりませんでした)

 

「待って」

 

 しかしそう上手くいくものではない。現実とは非情なものである。

 

「ちょっと!? え、どういうこと!? ……クッソなら別の悪魔を……」

 

 

 

 

『召喚式は動作を停止しました』

 

「ファ!? クソ次!」

 

『ネットワークが切断されました』

 

「嘘でしょ」

 

『ご入会ありがとうございます! 今すぐ入会費として5万ゴールドを……』

 

「え、何、こわ……」

 

 

 

 

「ハーッハーッ……ろくなのがねえ……」

 

「ここか魔王!」

 

「ヒイッ来た! もうなんでもいい、なんでもいいからなんか出てよお!」

 

 もはや彼女は涙を浮かべ、懇願するようにページをめくる。あとは最後のひとつ、最下級以下の悪魔のみ……これにかけるしかなかった。

 

「これで最後……お願い、来てッ」

 

 彼女は最後の術式を作動した。しかし先程とは違い、魔法陣は鈍くしか光らない。神々しい音も何もない。まったくの脈ナシのように見えた

 アア、オワッタ……彼女はそう思い、もはや諦観に満ちた顔をした。

 ……しかし

 

 

 

「……ふぇ?」

 

 魔王は魔法陣の変化に気づいた。何かがうごめいている。まるで人の形のような何かが……

 

「!……助けて。誰でもいいから……」

 

 

 

 

 

 

「助けて!」

 

 

 

 

 

 

 そして、それは這い出てきた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「!……出てきたぞ、魔王だ!」

 

 勇者たちが倉庫の前で待ち伏せをしていると、ガチャリと、扉が開いた。

 出てきたのは角と漆黒の髪の魔族然とした少女……勇者はこの少女が魔王だと直感で分かった……それと、

 

 

 

 ……見慣れない、黒い服を着た男だった

 

 

 

「……貴様何者だ?」

 

「魔王の従者か何かだろうか?」

 

「人間のように見えるが……」

 

 

 

「……コイツです」

 

「は?」

 

 

 

 

 

「コイツです! 勇者のみなさーん、コイツです! コイツが魔王です! 私はコイツに脅されてただけなんでええーす! 殺すならコイツだけにしてくださぁあああーい!!」

 

 

 

 

 

 

「嘘をつけ貴様ぁ!!」

 

「ヒェ……スイマセンッ」

 

 

 

 ダメだった




導入が毎回難しいです……基本見切り発車な自分のせいだけど……


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2話 召喚されたし口悪い

前回のあらすじ:404 not found


 ……少しだけ時間を巻き戻してお送りしよう。

 

 やあみんな、こんにちは。俺の名前は川里 義影(かわり よしかげ)、どこにでもいるごく普通の就活生。強いて違うところをあげるとすれば、もうすぐ3月なのに内定が1つも取れてないことかな? クソが☆

 ちなみに今日も面接だったけど、ものの見事に落とされたよ。もう何社目かわからないんだゾ。カスが☆

 

「……はあ」

 

 無理に明るく振る舞ってみても、元気が出るどころか余計虚しくなるばかりだ、やめよう。

 

「マジで無職かねえ、このまんまだと……」

 

 半ば自嘲気味にそう呟いた。最初の頃はまあ大丈夫だろうとか思っていたのに、いつの間にか就職浪人の瀬戸際だ。今の状況を父と母に知られたら、何と言われることやら……

 

「……いいやもう、今日は帰って寝よ……」

 

 今日は面接の時点で俺のライフポイントはもうゼロだ。正直、考えるのもおっくうだ。明日のことは明日の俺に任せて、今日のところはゆっくり休もう。

 

『…テ……スケテ』

 

「……あん?」

 

 どこからともなく、声が聞こえた。あたりを見回してみたが、どこにも誰もいない。よくわからないまま、俺はまあいいかと思い、家路を急ぐ。

 

『ケテ……タスケテ』

 

「……」

 

『タスケテ……チョットタスケテ……』

 

「……」

 

『チョット、マッテ、オイコラ、オイ』

 

 なんなんだこの声さっきから、ついに幻聴まで聞こえるようになったのか? それともどこぞの魔法少女アニメみたいに、ホントに誰か呼びかけてるのか? だとしたら女子中学生を呼んでほしい。間違っても就活中の20代男性など呼ぶべきではない。

 

『タスケテッテ……チョットタノムマジ……』

 

「うるせーなもう、俺の方が助けてほしいわそんなもん」

 

 こっちだって瀬戸際なんだよ。誰かを助けるような心の豊かさは今の俺にはないんだよ。

 

『……ホシイカ、チカラガホシイカ』

 

 あ、こいつ、救援が無理とわかるや否や誘惑にシフトチェンジしやがった。どうしよう一気に胡散臭い。

 

「なんなんだよ……知らねーよカス、力より内定が欲しいわ……」

 

 明日耳鼻科か精神科にでも行こうかなとか思いながら、半ば愚痴のようにそんなことを呟いた。

 多分それがいけなかったのだろう。

 

 

 

 

 

『ワカッタ』

 

 

 

 

 

「は? なにっ……!?」

 

 言い終わるよりも先に、俺はいつの間にか、真っ黒い何かに包まれていた。光の反射を一切許さないような、立体感がまるでない黒。いつの間にか、俺の視界はそれに支配されたいた。

 

「な、なん……う……うぅ……」

 

 そこで俺の意識は、いったん途切れた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ……で、話は現在に戻るわけなんだけども……

 

 

 

「違うんです! 本当に彼が魔王なんです! 私は脅されてたんです!」

 

「嘘をつくな! その角に尻尾……どう見ても貴様が魔王だ!」

 

「人間をさらってきただけではなく、その人間に罪を着せるとは、なんと卑劣な!」

 

「散々私たちをなぶりものにしておいて、いざ自分の番になったら命乞い……最低ね」

 

「父さんと母さんを殺しておいて、よくもぬけぬけと……!」

 

「そんなのじらないもん! ほんとにわらしじゃないんらもん! うえ……うぇええん」

 

 

 

 ……なに、この……なに……?

 とりあえず状況を理解しよう。角と尻尾が生えた女の子が、RPGみたいな恰好した連中に、囲まれて泣きじゃくってる。理解できなかった、ごめん。

 

「もういい、埒が明かない……さっさと成敗してやる」

 

 そういって勇者のコスプレをした人(10代半ばくらいだろうか)は、剣を女の子の首筋に立てた。 それだけならまだ、ぎりドラマ撮影かなんかに見えただろうが、剣の刀身を見た瞬間、そうも言ってられなくなった。

 

「!?」

 

「ヒ、ヒイエェエエ……」

 

 冷たい色と、鉄特有の輝きをもったそれは、素人目に見ても鋭利な刃物であるということはわかった。

 なんなんだアイツは? 頭のおかしいコスプレ野郎か? それとも俺は知らないうちに過激派カルト教団の本部にでも紛れ込んじゃったのか?

 なにがなんだかさっぱり理解が追い付かないけど、とにかく今わかっているのは、目の前にいる女の子(?)が窮地だということだ。やべえよこれ、どうしよう。助けたいけど、下手に話しかけたら、なんかアイツキレてるし、俺の首まで吹っ飛ばされそうだ……。

 

「……」

 

 女の子がちらちらとこっちを見てくる。さっさと助けろと言わんばかりの顔だ。

 ……ええいままよ。目の前で首きりシーンなんて見たくないしな。

 

「あの、少しいいかい……?」

 

「……なんだ?」

 

 勇者っぽい人、言葉の節々に死ぬほど冷えた感情が見え隠れしている、恐い。いや、ここでうろたえちゃダメだ。一度うろたえれば、その瞬間相手に屈したことになる。小学校のときカツアゲされた経験でそのことは知っているんだ。

 俺はなるべく平静を務めるよう、静かに、ゆっくり喋った。

 

「その子を放してはくれないかな? 恐がってる」

 

「なんだって……!? 人間なのに、魔王の味方をするのか、あなたは!」

 

 テンションたっけえなコイツ……というか何だって? 『魔王』って言ったか? ……もしかしてそう言う設定のいじめなのか? それはよくないなあ……大体こんな子が魔王だったらシューベルトさんだってあんな曲つくらねえよ。

 

「なにを言ってるのかよくわからないけれど、その子が魔王……? ご冗談を……」

 

「なっ……!? こいつが魔王ではないと、そう言いたいのか!?」

 

「まあ、そういうことだよ」

 

 あら、けっこう素直に聞いてくれたわ。てっきり『うるせえ部外者は黙ってろ!』くらい言われると思ってたけど。

 

「なんなのかしら? この男の余裕は……! まさか」

 

「ああ、先程のこの女の言葉も気になる。もしや本当に……」

 

「しかし俺の直感では、魔王はこの女だと……」

 

「いや、でそれもブラフの可能性があるよ?」

 

「では、なぜわざわざ名乗る? そのままやり過ごせばいいではないか?」

 

「!……もしかして、あの男、私たちを弄んでいるんじゃ」

 

「「「!」」」

 

 なんかざわついてんなあの人たち……よく聞こえないけど、なに話してるんだろ?

 

「……あなたに聞きたいことがある」

 

「……なんだい?」

 

 え、なに? 辞世の句はなんだ的な? とりあえずあの抜身の剣しまってくんないかな、危ないし。

 

「貴方は、一体なんだ?」

 

「……名乗るほどのものでもないさ」

 

「!……フッ」

 

 おおっと危ない、ここで下手に本名バレでもしたら、家特定されて襲撃でもされかねん。怖いからね、今の情報社会。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 一体何がなるほどなのかさっぱりわからないけど、とりあえず剣は鞘に納めてくれた。まあ納得してくれてるみたいなので良しとしよう。

 

「納得してくれたみたいで良かったよ……どうだろう、今日のところはこのくらいで済ませてはもらえないかな?」

 

「な!? バカなこといわないで!」

 

「怨敵を目の前に退けるものか。我らをなめるのもいい加減に……」

 

「君らは、まだ若い。それに……」

 

 

 

 

 

 

「人を殺すのは、良くないものさ」

 

 

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

「う……!?」

 

「……わかった、今回は退こう」

 

「勇者!?」

 

「わかってくれたみたいで、嬉しいよ」

 

 あーよかった、なんかやめてくれる雰囲気だぞ。そうだよね、そんな花の10代なんて若い年で殺人犯になんかなりたくないよね。よかった話の通じる子で……

 

「……また来る、今度はこんな風にはならないように」

 

 え? 来るんだ……できれば来ないでほしいけど、そもそも俺ここの関係者じゃないんだけど……いや、それよりも今はこの場をどうするかだ。

 今度はこんな風にならないよう態度を改めろって言ってるのかな? とりあえずお茶でも出すよう言っとくか。

 

「ああ、その時は、お茶くらいは出すよ……」

 

「ッ……行こう、みんな」

 

 そう言って、勇者っぽい人たちは渋々といった感じで、建物を出て、帰路についた。……あれ、そういえばあの人たちここの住人じゃなかったんだ。まあいいけど。

 

「よくわかんないけど、とりあえず命の危機は脱した感じかねえ?」

 

 大きく息を吐いて、今自分が生きていることを実感する。もうちょっとで知らない土地に骨を生めるところだったのだ。ため息くらいは許してほしい。

 ……それにしてもここはどこなんだろうか? さっきはドタバタしてたからあまり見なかったけど、いざ見回してみると、なんだか不思議な場所だ。

 日本では滅多に見ない石造りの床と壁、高い場所に据えられた豪華な装飾のランタンなど、一言で言えば、西洋の城といった感じだった。

 ……さっきの人達もゲームに出てくる勇者のテンプレみたいな格好してたし、もしかしてここは、俗に言う異世界というやつなのでは……

 

「う、うぅ……」

 

「!……おっと」

 

 しまった、あの女の子のことをすっかり忘れていた。大丈夫かな? 首にキズとかついてなきゃいいけど。

 

「おーい、大丈夫? けがは?」

 

 とりあえず顔を俯かせてへたり込んでいる彼女の元に歩み寄る。幸い、どこにもけがはないみたいだった。

 ……改めてよく見てみると、少女の異様さを認識するのは簡単だった。髪はまるで立体感がないくらい、一切の光の反射を許さないほどに黒く、そこについている角と尻尾も、とても作り物とは思えない生々しさを持っていた。本当にここが異世界だとしたら、もしかして彼らの言う通り、例にもれず彼女も魔王なのだろうか?

 ……待てよ、てことは、さっきの俺を魔王呼ばわりしたのは、本気で俺を身代わりにしようとしたってことなのか?

 

「……--」

 

「ん? どした」

 

 彼女は何かプルプルと震えだし、口を動かしていた。やはりどこか痛むのだろうか。少しだけ彼女の顔に近づいて、聞き取ろうとすると……

 

 

 

 

 

「さっさと助けろよこのゴミうつけがぁーッ! うわぁああぁああはああぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 ……川里義影、生まれて初めて女の子に号泣されながらゴミうつけの称号を得た。謎に語感が良いのがまた嫌だ。

 

 

 彼女についてわかったことが一つだけ、やたらと口が悪いということだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 帰路の道中、勇者一行はとても重い空気に包まれていた。

 

「……ねえ勇者、あの男」

 

「ああ、みんな気付いているだろう? やつこそが本当の魔王だ」

 

 そう言い放つ勇者の顔はとても険しいものだった。

 勇者は考える。あの黒い服の男こそが真の魔王であり、倒すべき敵だ。あの女はおそらく下級の召使いか何かだったのだろう。俺の直感も衰えたものだ……と。

 

「あの男、そこが全く知れなかったな」

 

「ええ、でも私たちよりはるかに強いのは確実よ……聞いたでしょ? 『君らはまだ若い。それに人を殺すのは良くない』って……舐められたものだわ」

 

 そう、そうだ。あの男はこう言っているのだろう。『貴様ら程度いくらでも殺せるが、まだ若い人間にそれはあまりにも哀れだ。だから今回は見逃してやる』と……つまり、勇者たちの解釈であれば、勇者は魔王に慈悲をかけられたことになる。

 

「敵とする価値すらない、ということか……」

 

「しかも茶の誘いまでしてきたとあっては、な……」

 

 あの黒服の男は、勇者たちが、次はこうはいかない、更に強くなってまた来る。そう宣言した時、こともあろうに茶をもって歓迎すると言ってきたのである。勇者は思う、彼はきっとこう言っているのだ『客としてであればもてなしてやろう。だから我らに歯向かうなど無駄な行為はやめておけ』と。

 

「……今回は、俺たちの完敗だ」

 

 こちらが殺す気で来たのに、そんな勇者たちに魔王は、優しく諭すように力の差を見せつけ、更に情けをかけてきた。これを完敗と言わずしてなんと言うか。そう勇者たちは思った。

 

「でも、ここで終わるわけにはいかない、そうだろみんな!」

 

「ええ!」

 

「当たり前だ!」

 

「私たちを生かして返したこと、後悔させてやるんだから!」

 

 そう言い放つ勇者たち、彼らの目は先程とは違い、再び希望に満ちていた。

 彼らは決意したのだ。もっと強くなると、あの男、魔王に、追いついて見せると。

 

 

「……待っていろ、魔王」

 

 そう言い放つ勇者は、仲間には輝いているようにさえ見えたという。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……なあ、いい加減泣きやんで、ここがどこなのか教えて欲しいんだけど」

 

「うるざいっ! なんだよもう、変な黒服きやがってこのクソカス!」

 

「リクルートスーツだよ。誰がクソカスだ」

 

 

 

 もうひとつ……彼女は一度泣いたらなかなか泣きやまないらしい……

 

 

 

 




今回の勇者一行は所謂モブです。再登場の予定は今のところありません。


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3話 召喚されたし妙にミニマル

前回のあらすじ:ゴミうつけ


「……で?」

 

 泣きじゃくること数十分、ようやく落ち着いたのか、女の子はその辺にあった高そうな椅子に乱暴に座り、腫れた目をした、無愛想な顔で俺にそう聞いてきた。

 

「いや、で? て言われても……むしろこっちが説明してほしいんだけど」

 

 正直少し時間がたった今でも頭が混乱しているのだ。考えても見て欲しい、家に帰ろうと思ったら、何の予兆もなしに生の首きりシーンを見せられそうになった俺の気持ちを。字に起こしたら破壊力すごいな。

 ……ともあれ、ここまで突飛な事態が連続して起きているのだ。ここが俗に言う異世界かどうかはともかくとして、自分の常識が通じない遠いところであるのは確かだろう。ただ日本語が通じるのが甚だ疑問ではあるが……

 

「お前は、私が召喚した悪魔ってことでいいの?」

 

 しかし俺のそんな要求をガン無視して彼女は質問をしてきた。

 

「召喚? 悪魔?」

 

 日常生活をしてるとまず聞かない言葉を聞いて首を傾げる。平時ならそういう設定かと思い適当に聞き流すだろうが、状況が状況なだけに、今はその言葉には妙な現実味を感じた。

 ……もしかして、帰りに聞いたあのへんな声、あれに関係があるのか?

 

「……俺もよくはわからないけどさ。家に帰る途中、道端で変な声が聞こえて、その話しに返したらいきなり黒いなにかに襲われて……で、気づいたらここにいたんだよ」

 

「ふーん、その黒いなんかってのは私も知らないけど、話を聞く限りじゃ、別の場所から来たのはマジっぽいな……あ、そうだ、ちょっと動くなよ」

 

 そう言って、彼女は椅子から立ち上がり、いきなり俺のすぐそばに近づいてきた。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ緊張したのは内緒だ。

 ……こうやって近くで見ると、キレイな顔してんだよな。ただ、目の隈がひどかったり、瞳がやたら濁っていたり、不健康な色白だったりで、素直に美人と言いたくない要素がてんこ盛りだ。

 

「おい、もっとかがめ、よく見えないだろ」

 

 おまけに結構ちんちくりんだ。何やら俺の首周りを見たいようだけど、俺がだいぶ低めにかがまないと、そこに目線が合わないくらいにはちんちくりんだ。

 

「うー見にくいな、えーと……あ、あった。契約の紋章があるから、お前は私が召喚した悪魔で間違いないな」

 

「え、そんなんあんの?」

 

 思わず首をさすってみると、確かに、他の肌とは感触が違う。何やらざらざらした感じの部分があった。

 

「えーでもこいつか……えーこいつかー、えー……」

 

 何この子、何この露骨にがっかりした顔……

 

「見るからに弱そうじゃん、細いし。図体はデカいけど」

 

「そりゃどうも。そもそも俺は悪魔じゃないよ。人間だ」

 

「別にどっちでもいいよ。あんま変わんないって」

 

「そこそこ変わると思うんだけどなあ……」

 

 妙に豪胆な子だなあ……将来大物になりそうだ。

 

「というか、召喚ってなに?」

 

「なにって……ほらアレだよ、術師がクリーチャーとかを使役するために他の場所から呼び寄せるやつ、私の場合は悪魔だったけど」

 

「ああその召喚か……え、ていうかクリーチャーいるのこの世界? ドラゴンとか?」

 

「は? ドラゴンなんているわけないだろ? クリーチャーっていうのは、そうだな……でっかいタコとか、イカとか……あとはくそでかいウミウシとかちっこいスライムとか?」

 

「クソデカ海洋生物類からのスライムの存在感やべーな?」

 

 なんだその湿った脊椎のないラインナップ。この世界のクリーチャーに骨のある乾燥肌のやつはいないのかよ。

 

「なんだよいーだろ別に……ほら、もう敵は去ったから、お前も帰った帰った。はいごくろーさん」

 

「帰るって、どうやって?」

 

「……え?」

 

「いやいや、え? て……召喚だかで俺のこと呼んだんなら、なんか返す方法あるんじゃないの?」

 

「え、えーと……ち、ちょっと待って」

 

 そういって彼女……魔王って言われてたけどどうなんだろうか? 彼女は手に持っていた本をぱらぱらとめくり、何か必死に項目を探していた。なんか雲行きが怪しくなってきたけど大丈夫かな? 異世界ぽいところに来て、(目が濁ってるけど)かわいい女の子に会ってワクワクしてないと言えばうそになるけど、こっちにも就活があるんだし、正直返してくれないと困るんだけど

 

 

 

「あ」

 

 

 

 ……おや気のせいだろうか? あの子のほうから何だかすごい不穏なトーンの『あ』が聞こえた気がするんだけど。

 

「……」

 

 あ、気のせいじゃねえわあれ。満面の苦笑いをこっちに向けてるし。だらっだらだし冷や汗。

 

「……一応聞くけど、なんて書いてた?」

 

「……なあ、お腹すいてない? 一応命の恩人だし、なんかごちそうして」

 

「なんて書いてた?」

 

「あ、ほら、私こう見えて結構料理得意でさ、り、リクエストしてくれたらなんでも作ってや」

 

「言え」

 

「……一度召喚した悪魔は、一生を最後まで責任をもってお世話しましょうって」

 

「……帰れないってことな?」

 

「はい…………」

 

「そう…………」

 

 多分ここまで魂の抜けたそうを言うのは後にも先にもこの時だけだろうな。俺はどこか遠い目をして、そんな逃避じみたことを考えていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「なあ、食器はここに置けばいいのか?」

 

「ん、ああ……そこで……」

 

 そう言われて、俺は目の前にあるテーブルに食器を並べた。シンプルながらもきれいな装飾が施されたフォークとナイフはとても綺麗で、これから食事を思うと、正直テンションが上がってしまう。あの子が料理が得意というのは本当だった。さっきキッチンを覗いてみたら、きれいな盛り付けをされた肉料理とサラダが、とてもいい匂いと共に目に入ってきたのだ。あれはおいしいに違いない。

 

「……できたぞ、全部テーブルに運んどいてくれ。私は飲み物を取ってくる」

 

「お、待ってました」

 

 俺は料理が盛りつけられた皿を取り、配膳をした。全ての料理をテーブルに移動したころ、ちょうど彼女も飲み物を取ってきており、2人同時に席に座った。

 

「……ほら、食べろよ」

 

「あら、もういいの? じゃ、いただきます」

 

 そう言って俺は両手を合わせてから、ナイフとフォークを手に取った。

 

「なんだそれ? お前の国の儀式か?」

 

「ま、そんなとこ。今日もご飯にありつけたことに感謝しますっていう」

 

「本当にそんな意味なの?」

 

「さあ、どうだろ?」

 

「ふーん……」

 

 そう言いつつも彼女は、持っていたフォークを置き、俺と同じように手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 そういって彼女は再び食器を取り、食事を再開した。

 

「……なあ、ちょっといいか?」

 

「何?」

 

 彼女は食事の手をいったん止め、バツが悪そうに俺にそう聞いてきた。

 

「いや、その……あの後、召喚のことについていろいろ調べてみたんだけどさ……」

 

「……さらに良くないことでも書いてた?」

 

 ここまで喋りにくそうにされたら、ネガティブな内容だってのはいやでも想像がつく。案の定、彼女は静かに頷き、続きを口にした。

 

「……召喚魔法は、つつがなく悪魔と契約ができるように設計されているんだ。その中のひとつに、主人と悪魔の関係を単一化するための強力な魔法が仕込まれているんだ。悪魔が、もといた場所のしがらみを捨てて、主人のみに尽くせるようにっていう……」

 

「……つまり、どういうことだ?」

 

 俺がそう言った後、彼女は少しの間、口をもごもごとさせるだけで何もしゃべりたがらなかった。しかしとうとう観念したのか、うつむいたまま、ギリギリで聞こえるくらいの小さな声で、告げた。

 

「つまり、お前がいた世界では、お前が元からいないことになっているんだ……」

 

「……マジか」

 

 控えめに言って絶句した。魔法というのがここまで強力なものだとは……

 ということは、父も母も俺のことを忘れて……いや、そんな生易しいものじゃないのか。大げさな言い方をすれば、世界が再構築されたっていうことなのだ。俺の存在を証明するすべてが消え、川里義影という人間は生まれていないことになっている、と。

 改めてすげーな、魔法……

 

「まあ、わかったよ……じゃあ食おうぜ、冷めちゃ勿体ないし」

 

「うぇ!?」

 

 俺が食事を再開しようとすると、いきなり彼女が大声をあげて俺の方を見た。どうしたんだ一体?

 

「ビックリしたな、なによ?」

 

「だって……すごく怒ると、思ったから……」

 

「まあ、ショックを受けてないって言ったら、ウソになるな」

 

「じゃあなんで……」

 

「なんでって……それでかんしゃく起こしてアンタのこと怒鳴っても、なんも変わんないし。それより、帰れないなら、これからここでどうするかの方を考えとかなきゃいけないし」

 

 確かに誰もかれも俺のことを知らないっていうのは、精神的に来るものがあるけど、どっちみち帰れないんだから、帰れない世界のことを考えても仕方ない。逆に言えば、向こうの誰にも心配かけずに済むっていうことでもあるし。

 

「……ドライだな、随分」

 

「どうだろね。それに……」

 

「?」

 

「せっかくご主人様が作ってくれたメシだ。なるべくなら美味しい気分で頂きたいしな」

 

「……なんだよそれ、このアホ」

 

 今度はアホ呼ばわりか、罵倒のレパートリー多い割にいやにミニマルだな。……でも今回のは照れ隠しも入っているのかね? そっぽ向きながら言ってるし。

 

「……そういや、アンタって魔王なんだって?」

 

 しばしの沈黙がどうにもむず痒く、俺は話題の転換ついでに、聞くタイミングが今までなかった質問を、彼女に投げてみる。すると彼女は、ようやく俺の方を見て、話しかけてくれた。

 

「え、今更? ……いや、そういえばごたごたが続いてお互い自己紹介がまだだったか。そうだな、今のうちに済ませておこう」

 

 

 

「私はイブ・エヴァンス。魔界の統括者である魔王にして、お前の主人だ」

 

 

 

 そういって彼女……イブは、席を立ち、優雅な振る舞いで俺に礼をした。普段は粗野だけど、根っこの部分は育ちが良いのだろう。

 

「ご丁寧にどうも、俺は川里義影。悪魔じゃなく人間だ。よろしくご主人様」

 

「ヨシカゲね……変な名前」

 

 ただ一言余計なのはどうかと思う。この振る舞いと態度のアンバランスさは何なんだろう? 彼女の不健康な風貌と関係があるのだろうか?

 

「……じゃあ、俺は魔王様のために何をすればいいんすかね?」

 

「私の護衛とか、支援とかいろいろかな? ま、今日の勇者みたいなのは滅多に来ないし、しばらくは雑用だな」

 

「そういえば、あれ本当に勇者御一行だったんだな。イブが魔王だってわかるまで、ただのコスプレ集団だと思ってたけど」

 

「こすぷれ?」

 

「いや、なんでもないよ……それより大丈夫なのか? 勇者に狙われてるんなら、なんか対抗策を……」

 

「なにも知らんのだな愚か者め。魔界には魔法障壁というのがあって、人間は何人たりともは入れないようになっているのさ」

 

「破られたから入ったんじゃないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ゑ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? いや、だから破られたから今日の勇者さんたちがここまで来たんじゃないかって……」

 

「……え? なに、破られ……え?」

 

「え、なにその反応。もしかしてヤバイ系?」

 

「……い、いやいやいやいや、そ、そんな勇者なんてバカスカいるわけじゃないし、ちょっとの間破られたって平気だs」

 

 

 

 ガシャーンっと突然部屋の窓が割れた。投石されたようだ。

 

 

 

「「!?」」

 

「魔王! 出てこい! 今こそ積年の恨み晴らす時!」

 

「ウワ、ウワワアアァアーーーーッ!! ヨシカゲ、ヨシカゲ! お前魔王の影武者に任命する。だから私の代わりに魔王ですっつって身代わりになって!」

 

「おいふざけんな、ふざけんなマジ! まて、おい、置いてくな!」

 

 ……俺のことを忘れた父と母へ。俺は今日医学的な意味でもこの世からいなくなりそうです。

 

 

 




魔王の身長は140くらい。ヨシカゲの身長は180くらいをイメージしています。


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4話 召喚されたしフォロワー0人

前回のあらすじ:ウミウシ


「……行ったかな?」

 

「……いや」

 

 とりあえず身を隠した宝箱の中で耳を澄まし、今回ここに来た侵入者……勇者の気配を探ってみる。彼らも一筋縄ではいかないらしい。ここに隠れて結構な時間が経過している気がするけど、まだ彼らの発する音が聞こえてきた。

 

『だめだ、いない』

 

『あと探してないのは……この倉庫ね』

 

『よし、行ってみよう』

 

 彼らの声がないようを聞き取れるほどはっきり聞こえる。ということは、それほど彼らが近くに来ているということに他ならない。

 

「ヒィッやばい……! も、もうだめだ。おしまいだぁ……」

 

「頼むからもう少し静かにしてくれ。でも確かにこれは……」

 

 このままじゃ、この場所がばれるのも時間の問題……いやそれどころか、このチビ魔王……イブがパニクって大声でも出そうものなら、それだけでもう、アウツ……ッ! 露見する……ッ! 居場所……ッ!

 

「もしかして本当にここで死ぬのか? まだ4話目だぞ……」

 

 焦っているのか、自分でもわけのわからないことを言ってしまう。ギャンブル漫画のようなモノローグをしたところで名案が浮かぶわけでもない。やばい、完全に詰みかなこれは……

 

「お、おいヨシカゲ……だからお前が魔王って言って出れば私は生き残れるんだ、行ってこいよ。ご主人様の命令だぞ」

 

「ふざけんなお前、なんだその労働組合も裸足で逃げ出す上司命令」

 

 あって半日しかたってない相手に自分のために死んでこいとかよく言えるなコイツ。精神面だけなら立派に魔王だわ。

 

 

 ……ん? 待てよ、俺が魔王に……?

 

「それだ」

 

「え? なに? 生贄になってくれるの」

 

 コイツついに面と向かって生贄って言いやがったな。けど俺にそんな殊勝なことを考える脳みそはついてない。

 

「ちげーよこのゲスロ……ご主人様。それより耳貸してくれ」

 

「お前今ゲスロリって言いかけなかった? で、何よ?」

 

「なーに簡単さ。何があってもこっから出てくるなよ、それだけ」

 

「そんなん言われんでもそうするわ……でもどうしたんだよ、いきなり?」

 

「なあに……ちょっとね」

 

 そう言った後俺は、宝箱の中からでて

 

 

 

 スーツのネクタイを、締め直した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「!……ひ、人だ、人がいる!」

 

 魔王の城に来てもう数時間ほど、一向に魔王が見つからない勇者一行は、最後の部屋に訪れると、黒い身なりをした。背の高い男がいた。

 

「い、いやでも、あの不遜な笑みは一体……」

 

「まさか……!」

 

 

 

「……初めまして、勇者諸君。私は……まあ、君らの言うところの魔王だ。以後、お見知りおきを……」

 

 

 

「!」

 

 勇者たちは驚愕した。魔王と言われれば、いつも化物のような、見るもおぞましいものを想像していたのに、目の前にいる魔王(それ)は、完全に、どこにでもいる人間であった。

 ……ただ、彼から発せられる異様な雰囲気と、その長身痩躯を助長するような、見たこともない黒い服を着ていること以外は。

 

「ついに現れたな、魔王!」

 

「こんなところにいたとは、どういうつもりですか?」

 

「いやなに、君たちが必死で私を探しているのがあまりに面白くてね。ついつい逃げながら見学してしまったんだ」

 

「バカにしてッ……!」

 

「……それより、いいのかな君たち、こんなところで油を売っていて?」

 

「どういうことだ?」

 

「確か、ここから一番遠い人間界のあの村、なんといったかな?」

 

「……なんだ? 貴様プライムの村に何をした!」

 

「ああ、そうだ、そんな名前だったな」

 

 プライムの村とは、この勇者の故郷でもあり、結婚を約束した幼馴染と、自分と年の近い妹がいる、彼にとっては自分のすべてをかけて守るべき場所だ。勇者が村の名を告げると、魔王と名乗る男は、クツクツと笑い、心底面白がっているような態度で、こう告げた。

 

「実は困っていてね、うちで飼ってる魔物どもなんだが、最近人間の女に凝っているようで……女とみるや、すぐに犯し壊してしまうんだよ……」

 

「ッ……貴様、まさか!」

 

 勇者は、背筋に悪寒を感じた。そんな勇者をあざ笑うかのように、男はこう言い放った。

 

 

 

 

 

「プライムの村。あそこの女は実に魔物好みだ。なあ勇者様よ?」

 

 

 

 

 

「貴様、貴様あぁぁぁ!」

 

 勇者は、無意識の内に剣を振りかざし、その聖剣にのみ許された技、斬撃波を放つ。しかし怒りに任せた技に精度などあろうはずもなく、斬撃波は魔王城の壁を虚しく切り刻むだけであった。

 

「………まてよ勇者様。だから言っているんだ。油を売ってていいのかって」

 

「黙れ! 絶対に許さない! お前だけは絶対に」

 

「まあ聞け、それがまだ間に合うとしたら、どうする?」

 

「!?」

 

 男の答えに、勇者たちの手は止まった。男はそれを確認し、またゆったりと話し出す。

 

「魔物たちがプライムの村に向けて出発したのはつい先日。やつらの足ではどうしてもまだしばらくかかるだろう」

 

「! まだ村は無事なのか!」

 

「多分、な……」

 

 だが、と男はつづける。そのゆっくりと手を動かしながら話すしぐさは、奇妙だが穏やかに教鞭をとる教師のような、そんな雰囲気をまとっていた。

 

「それも時間の問題だ。ま、少なくとも私と戦っているようじゃ、その間に……」

 

「……クソ」

 

 苦渋の表情で自らの顔を歪めながらも、勇者は剣をおさめた。

 

「みんな、悔しいけど行こう、まず村を救わなきゃ」

 

「……よいのですか、勇者?」

 

「背に腹は代えられないよ、僧侶さん……今から行けば間に合うんだな?」

 

「君たち次第さ。まあ、急いだ方がより確実ではあるかもね」

 

「……魔王、なぜあなたは我々にその情報を?」

 

 険しい顔をした僧侶の問いに、魔王は少しだけ微笑み

 

「面白いから」

 

 そう答えた。

 

「……行きましょう。ここからではどんなに急いでも3日はかかる」

 

「ああ……みんな、無事でいてくれ」

 

 そんな祈りにも似た言葉を皮切りに、勇者たちは走り出し、魔王の元を去った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 死ぬかと思った(小学生並みの感想)

 

「い、生きてる……」

 

 自分の両手を目で確認して、改めて自らの生存を確認する。ホントに死ぬかと思った。なんだあのビームサーベルみたいなの? あんなの聞いてねえよ。さっき当たった壁がえげつないえぐれかたしてんだけど。あんなの聞いてねえよ(2回目)

 

「はあ……おーい、もう出てきていいぞー」

 

 勇者一行が完全に去ったのを確認し、宝箱にいるイブにそう告げる。しかし結構すごい音なり振動なり聞こえてきたのに、少しの声もあげずに大人しくしてくれてて意外だったな。あの調子なら悲鳴の一つでもあげると思っていたけど。

 

「…………あれ?」

 

 イブを呼んでも一向に返事が返ってこない。一体どうしたんだろう? そう思い、宝箱の方に近づいてみる。

 

「おーい、イブー?……あれ?」

 

 全く返事がない。流石に不審に思い、俺は宝箱を開けてみた。……答えない理由はすぐにわかった。

 

「泣きながら失神してる……」

 

 どうにもおかしいとは思っていたんだ。考えてみれば、斬撃波のとき『ヒギィッ』て声が聞こえてきた気がしたし、あれが相当ショックだったんだろう。

 

「おい、起きろ。おいこらゲスロリ」

 

「ヒッヒイィ……ハッ一体何が……」

 

「勇者さんたちは帰りましたよ、魔王様」

 

「ヨシカゲ……? お前生きてるのか、けがは?」

 

「無傷だよ、奇跡的にな」

 

「そ、そっか、よかった……」

 

 もしかして心配してくれていたんだろうか? なんだかんだこの子も根はやさしいのかもしれないな。

 

「ところでお前、よくあんな話とっさに思い付いたな」

 

「ん? ああ、魔物云々の話か」

 

「すぐ思いつくってことは普段あんな妄想してるんだろ? キモイわ。マジどん引きだわ」

 

「やっぱ勇者に差し出そうかなコイツ」

 

 前言撤回。あんなべそかいて失神までしといてよくそんなこと言えるな。何このクソみたいなメリハリ。

 

「はーあ……でも1日に2組も勇者どもが来るとはなー……やっぱ障壁を修理して貰わないとだめかー」

 

「修理してもらうって……魔物か何かに一声かければそれで済むんじゃないのか?アンタ仮にも魔王だろ」

 

「は、何言ってんだ? 私に従う魔物なんているわけないだろ」

 

「うっそだろお前」

 

 なんかこの城イブ以外いないなと思ったらそう言うことなのかよ。フォロワー0人の魔王とかもう魔王じゃねえだろそれ。

 

「そっか、直してもらわないといけないのか……うえ、いやだなー」

 

 と、心底嫌そうな顔をするイブ。それこそ、めんどくさい、というのではなく、純粋に嫌だと言った感じだった。

 

「そもそも、直してもらうって誰に?」

 

「……こっから少し離れたところにいる、担当者にだよ。そいつのところに行って、直してもらうよう言わなきゃ」

 

「なんでそんな嫌がってんだ?」

 

「……その担当者がさ」

 

 

 

 

「私の、姉ちゃんなんだよ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

「フフフ……」

 

 魔王城とは少し離れた屋敷。その中に、とんがり帽を被り、机の上で何やら魔方式のようなものを目まぐるしい速さで書いている少女が一人。

 

「さあて、魔法陣が壊れちゃったねー……ああ、早く来ないかなあイブちゃん。今どうしてるのかなあ?」

 

 そう言いながら、彼女は水晶のようなものを取り出した。その上で何か文字のようなものを指でなぞると、水晶に女の子が映し出された。イブだ。

 

「フフフフ……今日1日調子悪かったけど、やっと写ったわ。ああ、今日もかわいいなあイブちゃん。早く泣きじゃくりながら私に縋りに来ないかしら……あら?」

 

 そしてそこに、もう1人、長身痩躯の男が写った。ヨシカゲだ。

 

『よ、ヨシカゲ。ちょっと着替えてきていいか?』

 

『え? …………ああ、ごゆっくり』

 

『おいなんだ今の間は? 言っとくけど汗かいただけだからな』

 

『あーハイハイわかりましたよ』

 

『ホントに汗だし! 間違ってもちびってなんかいないし! そういう妄想マジキモいかんな! マジどん引きだか』

 

『早くしろよ』

 

 

 

 

「……あらあ、誰、その男?」

 

 その瞬間、水晶がぴしりと割れた。

 

 




勇者さんたちマルチとかにすぐに引っかかりそうで不安です。


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5話 召喚されたしパリピ

前回のあらすじ:ゲスロリ


 魔界と聞いていつも真っ先にイメージしていたのは、薄暗くどんよりとしていて、全体的に黒い荒廃したところ……そんな感じのモノであった。しかし実際はそんなことはない。

 秋の曇りの天気と言えばわかってもらえるだろうか、黒というよりは灰色のイメージだ。空は雲で覆われているが、しかし明るく、どんよりとした空気は少しも感じられない。枯れてはいるが木や草などの植物もちらほら見られ、寂しさはあれど、荒廃と呼べるほどのものは無かった。

 

「あーもうつっかれた……ヨシカゲーおんぶー」

 

「まだ歩き始めて10分と経ってませんぜ、魔王様」

 

 俺が魔王様(笑)に召喚された日から1日が経過した。一晩寝た頭でとりあえず理解できたことは、ここがマジモンの異世界だってこと、俺は魔王様(失笑)ことイブ・エヴァンスに悪魔として召喚されたってこと、今は魔界の障壁が壊され魔王様(爆笑)は勇者的な人たちに狙われ放題な状態ということ。

 

「いいからおぶれよ。こんなことしてる間にも勇者の魔の手が刻々と私に近づいてきているんだぞ。こんなところでグダグダ言ってる暇はないんだ。そんなこともわからないのかこのナメクジ野郎が」

 

「ウミウシみてーに地面に寝そべっといて何言ってんだ」

 

 そして魔王(コイツ)が悲しいほどわがままだということだ。それにしてもよくあそこまで何の躊躇もなく地面に五体投地できるな。服の汚れ以前に砂利とか痛くないんだろうか?

 

「おっぶーれ! おっぶーれ! おっぶーれ! おっぶーれ!」

 

「そんな幕之内みたいにオマエ……」

 

 結局俺は根負けし、寝そべっているイブを地面から引き剥がし、自分の背中に背負った。……めっちゃ砂利ついてる。うわめっちゃ背中ざりざりいってる。うわなんかすごい気持ち悪いこの感触。

 

「おいどうしたんだよ。あ、もしかして胸の感触とか楽しんでないだろうな、この童貞ナメクジ!」

 

「砂利しかねえんだよ。胸の微かな感触とか女の子の甘い香りとか甘酸っぱいもの全部砂利に食われてんだよ」

 

「誰が微かだ。訂正しろ、これでも並程度にはあるんだ」

 

「……ハッ」

 

 鼻で笑ったのが相当気に入らなかったのか、イブは背中越しに俺のほっぺをつねってきた。それだけならまだよかったけれど、砂利のついた手を口に突っ込むのは勘弁してほしかった。周りのモノを巧みに利用しやがってからに。

 

「あ……見えたぞ、あれだ」

 

 そういって、イブは前の方を指さす。そこに目をやると、無機質な形のシルエットが乱立しているのが見える。少し霧がかってはいるものの、それが街であるということはすぐにわかった。

 

「へえ……魔界にも街ってあるんだな。ちょっと意外だ」

 

「お前の世界の常識がどんなのかは知らんが、知能ある生物が住んでいる以上、インフラなりなんなり必要だろう? そりゃ街くらいできるさ」

 

「なるほどねえ……そういえばお前以外の魔物ってどんなんなんだ? 見たことないけど……」

 

「私は魔物じゃない、魔族だ! そこ間違えるな!」

 

「どう違うんだ?」

 

 俺がそういうと、フッフーンと得意げに息を吐いてから話し始める。

 

「魔族は魔界の中でも特に高位の存在、人間界で言う王族みたいなもんだ。そこらの一般魔物とは違うんだよ」

 

 一般魔物ってワードだけ聞くとマジ意味わかんねえな。……でもそれ、動物学的には結局一緒じゃないのか? それとも、やっぱり一般魔物と魔族様じゃ種族そのものが違うんだろうか? ということは町に住んでる魔物はまた違った形態なのかもしれない。ちょっと気になる。気付けば、ちょうど俺たちは街の入り口に着いていた。

 

「まあわかったよ……あ、じゃあさ、せっかくここまで来たんだし、魔物がどんなものかちょっと見たいんだけ」

 

「だめ」

 

 食い気味に断られた。しかも多分今まで聞いた中で一番明瞭な声色でだめって言われた。こんなはきはき喋れたのかよコイツ。

 

「えーなんだよ、どうせ通り道だろ?」

 

「ダメだ。急いでるって言っただろ? 寄り道してる暇なんかないんだよ」

 

「じゃあ、そのお姉さんにあった後にでも」

 

「ダーメ」

 

 なんなんだ一体? やっぱ魔王って立場上むやみに一般魔物に合うもんじゃないのかね? それとも単に嫌いな奴でもいるか。

 

「とにかくさっさと行ってさっさと帰るぞ! 魔物に見つかる前に急げ、さあ!」

 

「わかったから背中で暴れんじゃないよ! ……つか何なんだ? いくら何でもそこまで嫌がること……」

 

「いいからは早くし」

 

 

 

「あれ、魔王様じゃねっすか?」

 

 

 

「うげっ……」

 

 突然横の方から、聞きなれない男の声が聞こえた。もしかして魔物か? なんかイブが露骨に嫌な声を出したけど、知ってる人なんだろうか?

 

「あ、この街の方ですか? 初めまして、おれはウワァァァ!?」

 

 初対面の人の顔を見て絶叫する。無礼千万な話この上ないだろう。俺もそのことは重々承知している。しかし考えてみて欲しい。どんな『人』だろうと思って声のする方に振り向いてみたら。

 

 

 

 フクロウの頭をしたムキムキの人体がいたんだぞ?

 

 

 

「え、ウワアさんすか?」

 

「い、いやすいません。こ、この土地にまだ慣れていないもんで……」

 

「あれ、つかよく見るとアンタ人間じゃねっすか? 珍しっすね」

 

 フクロウ特有の首の傾げ方をして、その男(?)は尚も気さくに話しかける。正直そのガチムチボディでその所作はやめて欲しい気持ちが否めない。

 

「姉ちゃんに用があるんだけど、今いるか?」

 

「ああ、姐さんなら、多分ご在宅っすよ。どしたんすか?」

 

「魔法障壁が破られてな、最近勇者どもが私のとこに来たんだよ。急いで姉ちゃんとこ行って直してもらわないと」

 

「マジっすか!? そりゃやばいっすね~……あ、じゃあその前にちょっと酒場いって飲みません? いまみんな集まってるんすよ~」

 

「お前人の話聞いてた!? 急いでるっつってんだよ!」

 

「いーじゃねっすか、魔王様めったに来ないっしょ~。たまには一緒にアガりましょうよ。ほら、そこのアンタも一緒に」

 

 そう言って彼は、背中におぶっているイブごと俺を背負った。

 

「うおおこの人チカラつよ……!」

 

「おいはなせ、はーなーせー!」

 

 しかしそんな抗議の言葉も虚しく、俺たちは酒場へと連行されていったのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ポオォォォォウ! みんな盛り上がってるうぅぅ!?」

 

「ホッホオォォォォウッ!!」

 

「んだよ足りねえよ! もっとバイブスアゲてけよフォォォウ!」

 

「ホッホオォォォォウッ!!」

 

「ウェエエイ! しかも今日は魔王様もいるぜフェエエエイ!」

 

「ホッホオオォォォォアアァァウッ!!!!」

 

 

 

 

 え、なにこれは……

 

 状況をなるべく簡単に説明しよう。今俺たちはフクロウのパリピたちに囲まれている。フクロウのパリピって何だよ……でもこれ以外に今の状況を的確に表せられるような語彙を俺は持っていない。

 

「ちょっとヨシく~ん、さっきから全然飲んでないじゃ~ん。もしかしてジュース派?」

 

「いやあ、こういうのあんまり慣れてなくてハハハハ」

 

「よーそんなんじゃ女の子にモテんぞ~?」

 

「ヨシくん彼女とかいるん? どうなん? お? お?」

 

 そんでもってこの人達打ち解けるのはえーな。いやそれは全然いいんだけど、全員鳥類に準じた完全無表情で迫ってくるから、今のこの状況シュールレアリスムの極致でしかない。ピカソもどん引きだわ。

 

「ッハアァァッ………」

 

 イブに至っては、心底疲れたようなため息を時折吐いては、いつも以上に濁った眼でグラスに注がれたジュースをチビチビ飲んでいた。

 

「な、なあイブ……やっぱこの人たちが魔物なのか?」

 

「あ? そうだよ、こいつらがさっき言ってた魔物さ。こうなるから会うのヤだったんだよ……」

 

「魔物の人ってみんなこんなんなのか? なんつーか、思っていたよりずいぶん陽気というか……」

 

「いや、こいつらはヤンシュフっていう種族で、他にもいろんなのが魔界にはいるぞ。陽気なのは種族がどうこうじゃなくてこの街の連中がそうなだけだ」

 

「へえ、そっか……」

 

 他の魔物ってどんなんなのだろうか? この、ヤンシュフって人達と同じ、鳥頭(比喩でなく)な人達なんだろうか? ……魔界にミスコンあったらどんな選定基準になるんだろうか? どうでもいいけど気になる。

 

「なーところでさー、ヨシくんって魔王様の彼氏なわけ?」

 

「は?」

 

「あ、やっぱそうなん? いや2人の距離、妙に近いから怪しいとは思ってたんっすよ~」

 

「は、はあ!?」

 

 不意打ちにされた質問に、どう返していいのかわからないのか、イブは顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。

 

「でも人間の男なんて渋い趣味してるね~」

 

「ちげーよ! コイツは召喚魔法でたまたま出ただけ! ただのナメクジだし!」

 

 コイツ俺のことナメクジって言うの気に入ったのかな? じゃあ俺もこいつのこと、これからウミウシって呼ぼう。

 

「うぇーい、そんなこと言って本当は~?」

 

「だ、だからそんなんじゃ……」

 

「必死になって否定してるところがまた怪しいぃ~」

 

「何でも色恋沙汰に持ってこうとすんなや! だから嫌いなんだお前ら! なあヨシカゲ?」

 

「そうだなウミウシ」

 

「ウミウシ!?」

 

 何だかもはや面白いことになってきた。気付けば俺とイブはフクロウパリピたちにウェイウェイウェイウェイホッホホッホと完全に包囲されていた。イブがちょっと涙目になってた。

 

「お? お? もうお互いあだ名で呼び合う仲なの?」

 

「2人はどういう関係なんすか~。いい加減教えてくださいよ~」

 

「だ、だからなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

「私も教えて欲しいな」

 

 

 

 

 

 

 

 酷い喧噪の中でなおはっきりと響いた、しかしどこか静けささえ感じる声。その声がした瞬間、俺もイブも、その場にいる全員が、その声の方向に振り向いた。

 

「うげっ……」

 

 イブはその人が誰かすぐにわかったのだろう。本日2回目の『うげっ』を言った。

 ……大きく、顔の上半分を全て隠してしまっているとんがり帽子、ゆったりとした、しかし着用者のスタイルの良さを惜しげもなく晒しているデザインの服、そして……彼女の身の丈ほどはあるだろう、大きな杖……

 

 

 その姿はまるで、ありきたりとさえ言える。魔女そのものだった。

 

 

「貴方が……そうなのね……」

 

 そういって彼女は俺の方へと近づき、その帽子を取った。……その美貌と、セミロングの、光の反射を許さないほどの黒い髪、そして両サイドの小さい角……そう、彼女はイブに似ていた。

 いやむしろ、目もきれいだしスタイルもいいしで上位互換とさえ言えるかもしれない。

 

「初めまして、私は……」

 

「姉ちゃん……」

 

 イブは、相変わらずのムスッとした顔でそう言った。姉ちゃんってことは……この人が魔法障壁を修理する……

 

「なんでここにいるんだよ、家にいたんじゃないのか?」

 

「今日来ることはわかっていたからね。でもちょっと遅いから、多分ロックにでも捕まったんだろうなって……」

 

 ロック……多分あの最初に会ったフクロウのことを言っているのだろうか。そんな名前だったのか。

 

「……貴方が、妹の召喚した……」

 

「知ってるんですか、俺のこと……?」

 

 狼狽する俺とは対照的に、彼女はどこまでもゆっくりと落ち着いた動作で、俺に妖艶な笑みを浮かべて、言った。

 

「ええ、知ってますよ。あなたが……」

 

 

 

 

 

「ナメクジクソ野郎さんね?」

 

 

 

 

 

 あ、間違いねえこの人ウミウシ(イブ)の姉だわ。俺は隣でジュースをすすってるイブ(ウミウシ)を見ながら、そう思った。

 

 

 




魔界はサイレントヒルの街か、霧のかかった時の釧路をイメージして貰えれば大体作者のイメージとあってます。


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6話 召喚されたし道端にイカ

前回のあらすじ:ムキムキパリピフクロウ


「初めまして、リリス・エヴァンスです。妹がお世話になってます」

 

 柔らかな物腰で俺に自己紹介をする美人のお姉さん。リリスさん……この人が、魔法障壁を直すことができる人物であり、そして……

 

「よろしくね、ヨシカ……ナメクジさん」

 

「なんで言い直したんです今?」

 

 イブの実姉であるという。それは彼女の罵詈雑言のセンスを見れば、火を見るより明らかなことだった。

 

「なんでこんなとこまで来てんだよ姉ちゃん。家で待ってればよかったじゃんか」

 

「えー、連れないこと言わないでよおイブー。久々のお姉ちゃんよー? 嬉しくないのー?」

 

「あーもうくっつくなうっとうしい! 当てつけか? 当てつけか!」

 

 そんな言葉も虚しく、イブはリリスさんに抱きしめられ、その胸に埋められてしまった。それにしてもあの大きさは窒息するかもしれないレベルだ。ちょっと羨まし……いや、ちょっと危ないな。

 

「あのーすいません。俺たち、魔法障壁ってやつを直してもらいたくて来たんですけど……」

 

「ええ、そのことならナメクジさんに言われるまでもなくわかっているわ」

 

 何この人さっきからナメクジナメクジ……魔族の人達、俺に当たり強くない? イブと言いこの人と言い。

 

「ねえロックさん。あの人誰に対してもこんな感じなの?」

 

 さっき俺たちを酒場に連行して言ったムキムキフクロウ頭……ヤンシュフ族のロックさんに聞いてみると、ロックさんは首を160度ほど傾げたまま俺に振り向いた。正直、勇者の斬撃波なんぞよりよっぽど心臓に悪かった。

 

「え、いやーあの人、どSだけど普段はもうちょっと温和な人っすよ? ……ヨシくん何かした?」

 

「ドSなのか……いや、全くと言っていいほど心当たりがないんだけど……」

 

 じゃあなんだろう一体? 男が嫌いってわけでもなさそうだな、ロックさんたちには普通みたいだし。じゃあ人間が嫌いなのか? あり得るな、曲がりなりにも魔族ってんならそう思う人もいるだろう。

 

「プハッ……窒息死させる気かこのクソ姉貴!」

 

「フフフ……気持ちよかったでしょ? 昔みたいにモミモミプニプニしてきてもいいのよ?」

 

「よ、ヨシカゲー! 助けろヨシカゲーッ!」

 

 モミモミプニプニ……だとッ? それは具体的にはどういう状況を示しているっていうんだ? 後でイブに詳しく聞かないと……

 

「このっ!」

 

「あん……」

 

 そんなことを考えている間に、イブはリリスさんの胸から脱兎のごとく飛び出し、そして普段からは想像できない機敏さで俺の後ろに隠れた。

 

「あーあ、ざんねん……」

 

「……なあイブ、お姉さん障壁が壊れたの知ってたみたいだけど……」

 

「ハーッハーッ……ん? ああ……姉ちゃんは障壁の管理以外にも、魔界全体の防衛魔法の担当をしてるんだ。範囲が広いから、いつどこで異常があっても対処できるよう、魔法でセンサー張り巡らしてるんだよ」

 

 魔界全体って……それ相当な量じゃないのか? 魔界の広さはよく知らないけど、少なくとも1つの国の防衛システムを1人で構築するってことは並大抵のことじゃないはずだ。

 

「あれ、じゃあわざわざ俺たちがここに来なくても、お姉さん直してくれたんじゃないのか? 壊れた時点で知ってたってことだろう?」

 

「……私が直々に頼みに行かないと直してくれないんだよ」

 

「ええ、なんでまた……」

 

 その問いに、リリスさんは恍惚とした笑みを浮かべて言った。

 

「だってぇ、私に縋りに来るときのイブちゃん、すっごくかわいいんだもん……フフ、フフフフ……」

 

 なるほど、イブがリリスさんに会いたがらない理由が何となくわかった気がする。実の姉にあんなベクトルの愛情向けられたらそりゃ辟易するわな。

 

「なんていうか、お前も大変なんだな……」

 

「さっさと誰かに魔法伝授して退役してくんねーかなあのクソドS……」

 

 恐らく過去にも幾度となくこういうことがあったのだろう。そう言うイブの顔はげんなりとしていた。

 

「……さて、ちょっと話し込んじゃったし、いい加減修理に行かないとね……とその前に、イブ?」

 

 そう言いながら、リリスさんは微笑みを崩さないで、流し目でイブを見つめる。それを見たイブは、怯えるような顔をしながら俺の服の裾を掴んだ。

 

「な、なあ姉ちゃん。よりによってここでか? べ、別に今やんなくったって、修理が終わった後にでも……」

 

「あーなんか今日は調子悪いなーこのままじゃミスして障壁が余計弱まっちゃうわーやばいわー」

 

「い、いい加減にしろよクソ姉貴! こちとら勇者に狙われて死にかけたんだぞ! かわいい妹のピンチを助けようとは思わないのか!」

 

「じゃあいっそ私の家に住んじゃう? うん、それもいいかもしれないわね」

 

「ふ、ふぐぅッ……」

 

 その提案が死ぬほど嫌なのか、イブはそれ以上は何も言えなくなってしまった。あの人普段コイツに何してんだろうか。

 

「じゃあ、イブ?」

 

「……わ、わかったよ」

 

 どうやら根負けしたらしい、イブが何をするのかはわからないけど、苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、それを敢行するようだ。

 イブが前に出て、リリスさんの前に立つ、酒場にいる全員が見守る中、イブはそれをやった。

 

 

 

 

 

「に、にゃんにゃん、お姉ちゃん大好きにゃん。イブのお願い聞いてくれなきゃい、嫌だ……にゃん…にゃん………」

 

 

 

 

 

 うわ……

 

「フゥウウウウ! 魔王様かんわいいいい!」

 

「ホホッホッホホホホ、いいじゃん、いいじゃん、すげーじゃーん」

 

「ホーッホホホホッホホホ、フォオオオホホホフォオオオホホホホッゲホッゲホ」

 

 普段見せない魔王様のお姿に、ヤンシュフ族(ムキムキフクロウ)の皆さんもテンションアゲアゲだ。あと最後のやつ絶対ツボ入ったな。無理ねえよ、俺も今必死でこらえてるんだし。

 

「はい、よくできました。じゃあ修理に向かうわね」

 

「ね、姉ちゃん……こういうのマジやめてよ、私がこういうのホント嫌いなの知ってるだろ?」

 

「ええ、だからよ?」

 

「なんだと貴様?」

 

 ああ、なるほど確かにSだわリリスさん。しかも恥辱に重きを置くタイプのSだわリリスさん。一番平和だけど一番えぐいタイプ。

 

「ちっくしょうが……おいヨシカゲ、もうこんなとこに用はない、早く帰る……なに必死にこらえてんだ、おいなに口に手あてて一生懸命我慢してんだお前!」

 

 うんごめん、それについては弁明の余地もない。でももうちょい待ってほしい。今動くとすぐに吹きだしちゃいそうだから。

 

「あ、まだ帰っちゃダメよイブ。まだ魔王城周りは、いつ勇者たちが来るかわからないわよ」

 

「そこで気遣ってくれんなら頼まなくても直しに行ってほしいもんだけどな……じゃあ私たちは直るまでここでいるわ。ヨシカゲ―肩もんでー」

 

「へーへー」

 

 面倒ごとが終わっとなるや、すぐさまイブは椅子に座って豪快にだらけ始める。カウンターに突っ伏してダラリしている様子はウミウシの如く。まあ何とかこれで当面の危機は去ったのかね?

 

「イブはいいけど、ヨシカゲさんにはちょっと手伝ってもらいたいのよ。頼まれてくれる?」

 

「え、俺すか?」

 

「はあ!?」

 

 正直、藪から棒だ。それはイブも思っていたようで、机に突っ伏したまま、素っ頓狂な声を上げていた。

 

「なんでヨシカゲが行かなきゃいけないんだよ? 姉ちゃんこういうのいつも1人でやってるはずだろ?」

 

「あらダメ? それならもっかいイブに『お願い』してもらわなきゃやらな」

 

「よし行って来いヨシカゲ。しっかり姉ちゃんをサポートするんだぞ」

 

「あっはあ……」

 

 手伝うのはまあいいけど、一体何をさせるつもりなんだろう? 正直、何かの役に立つとも思えんのだけど……

 

「じゃあこっちよ、ついてきて」

 

 そういって彼女は、俺に追従するよう言って、酒場を出た。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ここね」

 

「これが魔法障壁ですか」

 

 リリスさんにつられ、俺は今魔法障壁がある地域にいた。障壁、とは言っても壁のようなものがあるわけではないらしい。ただ、濃霧のようなものがあって、その先の一切が見えないのだ。

 見ると、黒いヒビのようなものがいくつも入ってるのがわかる。濃霧にヒビというのも変な話だけど、それ以外に表しようがなかった。

 

「このヒビを直すんですか?」

 

「ええ、それ用の呪文を使ってね……ねえ、それより、あなたに言いたいことがあるのよ」

 

「なんです?」

 

「妹をたぶらかすのやめてもらえないかしらこのナメクジ」

 

「は?」

 

 え、何この人突然……そんな深刻な顔してナメクジって言われても反応に困るんだけど……

 

「さっきから見てれば私のイブとイチャイチャイチャイチャ……人間が彼氏なんてお姉ちゃん認めませんからね」

 

「え? いや違いますよ。俺とアイツはそんなんじゃ……」

 

「じゃあなんなの? みれば四六時中一緒にいて……昨日なんてイブとちびったかちびってないかで痴話喧嘩なんかして」

 

「別に痴話喧嘩じゃ……え、待ってなんで知ってんのちょっと」

 

「水晶でずっと見てたわ。昨日一日映りが悪くて、ようやく見えたと思ったらあなたの参上よ。酷い惨状だわ」

 

 この人プライバシーって概念を知らないんだろうか? そりゃ盗撮なんてしてたらイブに嫌がれるのも無理ないわな。

 

「というより、見てたんなら助けてやってくださいよ。勇者に狙われて死にそうだったんですから」

 

「それは大丈夫よ、あの子が寝てる間に角を改造して攻撃を跳ね返す魔法を埋め込んどいたわ。人間の魔法なんて目じゃないわ」

 

「人が寝てる間に勝手に改造してんじゃないよ」

 

 ということはあれか? 前の斬撃波も、直線状にアイツがいたからその影響で攻撃がそれたのか? 俺マジで死ぬ一歩手前だったじゃねえか……

 

「大体、男とずっと一緒にいるってことが問題なのよ。これまでのあの子の交友関係といったら、私とあのヤンシュフ達と、あとはせいぜい道端のイカくらいだったのよ?」

 

「道端のイカってなに?」

 

 なに道端のイカって? その辺にイカ転がってんのこの世界? なんかもうそこが気になって仕方ないんだけど。

 

「とにかくあの子に変なことしたら許しませんからね。おわかり?」

 

「ハイハイわかりましたよ」

 

 なんかもうめんどくせえな。魔族ってめんどくさい人たちばっかなのかな?

 

「……まあ、ただ……これは全く関係のないことなんだけれど……」

 

 ……? なんだろう? あなたの顔貝類みたいねとか言い出すつもりだろうか?

 

「妹のこと……守ってくれたみたいね」

 

「え?」

 

「あの子の角を見たけど、魔法を使った痕がなかったわ。使われる前に、別の誰かが……あの城には他にいないから、貴方が勇者を追い払ってくれたってことでしょ?」

 

「まあ、追い払ったというか普通に帰ってったというか……」

 

「方法はどうあれ、あなたはあの子を守ってくれたのよ。その点はまあ、感謝するわ……」

 

「あっはあ……」

 

「……でも調子に乗っちゃダメよ? それとこれとは別問題なんだから」

 

 ……なんか、恐いのか優しいのかよく分からない人だなあ。まあとりあえず、イブのことが本当に大事なんだなってのは、何となく理解できた気がする。

 

「……さ、話はおしまいにしましょ。今から呪文を詠唱するわ。少し離れてて」

 

 ついにか……考えてみればこの世界で魔法然とした魔法見るのは初めてな気がする。どんなんだろうか? 少しワクワクしてきた。

 

「我は唱える。我は水に落ち、かの中に誰ぞ見出したり。黒き瞳の天使たちと、我はともに泳ぐ。見やる月は幾ばくもの星とそれらを駆けるもの達に溢れ、そして我全てを目に写すなり」

 

 おお、凄いなんかそれっぽいぞ。呪文に呼応してるのか、障壁にSFXみたいなのが表れている。掛け値なしにかっこいいな……

 

「我が愛しきものそこにあり、訪れし時過ぎ去りし時そこにあり。我らは小舟に乗り……」

 

 

 

 

 

「乗り……? あれ?」

 

 

 

 

 

 ……おや、どうしたんだろう? なんか途中で止まったっぽいけど。

 

「えーと乗り、乗り……あ、そうだ天国だ。天国へと向かわん。かの地には恐れ……いや怖いだっけ? 怖きものも恐れるだから恐れるじゃないって。あれえーっと、あれ?」

 

 え、何もしかしておぼえきれてねえのか? 確かに長い呪文ぽいけど。

 

「えーと何もなき、何もなき? あれこれだっけ? えー……ちょちょっとヨシカゲくん、これ持ってもらえる?」

 

 そう言って彼女は懐から何か紙のようなものを出した。言われるがまま俺は受け取る。見ると、何か文字の羅列のようなものが書かれていた。

 

「ちょっとそれ文字が見えるようにこう、かざして? あ、もうちょっと上……はいどうも。えーと次なんだっけ?」

 

 

 カンペかこれ……

 

 

 

「あの、最初っから見てやればいいんじゃ?」

 

「見ないで出来たほうがかっこいいじゃない。何言ってるのよ」

 

「じゃあ見ないで出来ろよ」

 

「いーから見せて! えーと中にいるのは誰ぞ、先に入るのはえっと……誰ぞ。先にいるのは幼子に限り……あちょっと指が邪魔で見えない。その指じゃないって右手の中指……いやゴメン左手だったわえーっと」

 

 拝啓、俺を知らない父と母へ。

 異世界に来てADのまねごとをするとは思いませんでした。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 一方その頃、酒場にて

 

「ん? なんだ? 魔術手紙になんか……」

 

 魔術手紙とは、マジックアイテムによって行える。自分で描いた紙の内容を、その場にいながら相手の紙に模写することができる、いわば現代で言うファックスのようなものである。

 

「なになに……!? 大変だ魔王様、これ見るっすよ!」

 

「んだよっせーな……」

 

 手紙の内容を見てやたらと慌てるロックを見て、イブはうっとうしそうにそう呟く。ヨシカゲが出掛けてから、彼女はずっとこの調子であった。

 

「いいからこれ、これ!」

 

「なんだよ一体……えーと? ……え」

 

 しかしそれを見た瞬間、イブは目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

「人間界からの、召集願い……?」

 

 

 

 

 

 




魔法の詠唱はオリジナルじゃなく、ある洋楽2曲の歌詞から無理矢理和訳して引用しています。死ぬほど暇な人は良ければ探してみてください。


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7話 召喚されたしクーポンで5割引き

前回のあらすじ:カンペ


「へえ……じゃあ、その悪魔の召喚ってやつで、ヨシカゲ君が出てきたのね」

 

「ええ、なんでも魔王城の倉庫の中に、その本があったってイブが……お姉さんはその本のこと、知ってました?」

 

「私も知らなかったわ。そして次お義姉さんと言ったら塩ふるわよ?」

 

「もうふれよ、めんどくさいなアンタ」

 

 イブの姉、リリスさんとの障壁修理をしてから数十分。ようやくすべての破損個所を直し、俺たちはヤンシュフの酒場へと帰路を辿っていた。

 

「あら言ったわねナメクジ? ほらくらいなさい、今朝、魔界塩湖からとってきた特上品よ、ほれほれ」

 

「うわホントにもってやがった、襟に入れな……襟に入れないで! うわなに背中の感触気持ちわる」

 

 終わったはいいのだけれど、帰ってる途中、リリスさんが俺に有形無形の嫌がらせをしてくる。今みたいに大さじ一杯の塩を適度にふってきただけではない。歩いてる間中ずっと杖で俺の頬をぐりぐりしてくるわ、やたらと道端に落ちてるうんこに誘導するわと、昨今の男子小学生でもなかなかやらないことを喜々として俺にしてくる。

 

「てかなんで塩持ち歩いてんすか? なに魔界塩湖って?」

 

「魔界に唯一ある塩湖よ。あそこの塩には特別な魔力が秘められていてね、魔法の研究材料のために探してたんだけど、めったに取れないすごく希少なものなの。今朝やっと手に入れたのよ?」

 

「めったに取れないすごく希少なもの、今俺のスーツにまぶされたけど?」

 

「あ」

 

「あ、じゃないよもう……」

 

「か、返しなさい。返してよこのウンコ!」

 

「せめてナメクジに留めて」

 

 どんなに理知的に見えても、この人はイブの姉なんだなと改めて認識する。さっきの呪文詠唱(withカンペ)といい、初対面時のミステリアスさが砕き消える残念っぷりだ。いや人のことは言えないけど。

 塩のことでぶーぶー八つ当たりされながら、かつ杖でぐりぐりされながらも歩き続け、俺たちはようやく酒場へとついた。

 疲れた、主に帰路が……腹も減ったし、ここで一杯してから帰りたいな。

 

「ただいまーイブ。なあ帰る前にここでなんか食ってこ……」

 

「ヨシくん大変だ大変だヨシくん!!」

 

「ウおぉォんッ!?」

 

 酒場のドアを開けたと思ったら、いきなりロックさんをはじめとしたヤンシュフ族の皆さんが首を大回転させながらこっちに向かってきた。この人達の一挙一動がいちいち心臓に悪いんだけど……もしかしてわざとやってないだろうなこのメンフクロウ面?

 

「な、なに? どしたの……?」

 

「よ、ヨシカゲ、これこれ!」

 

「イ、イブ?」

 

 ヤンシュフ達の垣根を越え、奥の方からイブが慌てた様子で出てきた。何が起きてるのか聞こうと思ったけど、それを言う前に彼女は俺に何か書かれている紙を渡してきた。

 

「え……なんだこれ?」

 

「あら、魔術手紙なんて珍しいわね。一体誰が……え?」

 

 リリスさんはこの手紙を見て何か驚いていたようだった。ちなみに俺は例の如くこの世界の言語が読めない。日本語が不思議な力で通じるんなら、文字も不思議な力で読ませてくれてもいいと思うんだけどな。

 

「なあ、なんて書いてあるんだ?」

 

「え? ああ、そうか。オマエ違う世界から来たから文字が読めな、ハッ……! 違う世界から来たから文字が読めないんでちゅもんねー! しょうがないでちゅよねー!」

 

 うぜえ……自分に優勢な点があるとわかった途端これだよ。仮にも魔王なのにどうなんだその小物臭?

 

「イブ、識字能力のないナメクジで遊びたい気持ちはわかるけど、今はそんな場合じゃないでしょ?」

 

 逆に識字能力のあるナメクジってなに?

 

「ハッそ、そうだ……やばいんだよヨシカゲ。その手紙に、人間界からの招集願いが書かれているんだ」

 

「招集願いって……つまり人間界に集まってれってこと? それの何が大変なんだよ?」

 

「このバカ! ハゲ! ウンコ! アホ! ナメクジ! ウンコ!」

 

 シンプルに勢い良く面罵してくるよコイツ……ていうかこっちもウンコ言ってきたよ、しかも2回。この姉妹の罵倒センス押し並べて男子小学生だよ……

 

「……いい、ヨシカゲ君? 今魔界と人間界は戦争状態なの。人間界中が魔界側の襲来に備えて国を堅め、そして魔王を打ち滅ぼさんと、神の加護を受けし勇者たちを派遣する……それが昔から続く、人間と魔界の関係よ」

 

 なるほど、ここに来た初日で見たあの勇者たちはそういうことだったのか。まあ要は、勇者が複数いること以外は、異世界ファンタジーのテンプレートな図式ってことでいいのだろうか?

 

「……でも言っちゃあなんですけど、よく今まで無事でしたね? 魔王これでしょ?」

 

「これってなんだオイ。ケンカ売ってんのか?」

 

「まあ、イブが魔王に就任したのは、ここ数年のことだしね」

 

「え、そうなのか?」

 

「……ん」

 

 イブは少しだけ曇った表情で頷いた。それは何か、とても複雑な感情が見え隠れしているように思えた。

 

「それに、障壁の役割も大きかったわ。人間には壊せないうえ、魔界の情報も全部シャットアウトされてたから、手の出しようがなかったのよ……けれど」

 

 リリスさんはとんがり帽を深くかぶり、目を隠した。そしてそのまま、言葉をつづける。

 

「人間は、その障壁を破る魔法を作り出したらしいわ。そう手紙に書いてある」

 

 そう言いながら彼女は、歯を食いしばっていた。

 

「……『もはや障壁も、兵も害足りえず。魔王よ、召集に応じ、会談に参加せよ。さもなくば、人間界の全てをもって打ち壊さん』……要は、障壁なんてもう恐くない。滅ぼされたくなかったら、直接人間界に出てきて降服しろってことね」

 

「魔界は応戦とかはしないんですか?」

 

「そんなことができる戦力があったのは、もうずっと昔の話……今では、そこまで屈強な魔物も、兵力を整える設備もないわ。向こうが攻めて来たら、戦争じゃなくて蹂躙が起きるでしょうね」

 

「……やばいじゃん」

 

「そーだよ! だからそう言ってんだろさっきから!」

 

 この手紙は、魔界はもう終わりだ。ということをイブたちに知らしめるための物らしい。俺たちは思ったよりもずっと窮地に立たされていたようだ。

 

「多分今回、障壁が壊れたのも、件の魔法がやったのでしょうね……うかつだったわ、まさか人間の技術がここまで進んでいるなんてッ……」

 

「……現状がヤバイのはわかった。で、どうするんだよ、結局行くのか?」

 

「い、いやだ! 魔王が人間の本拠地になんか行ってみろ、出合頭に殺されるに決まってるだろ!」

 

 確かに、その可能性は大分高い。実際、昨日来た勇者たちは、憎悪をもって問答無用で殺そうとしたやつばっかだ。この手紙を出した本人にそのつもりがないとしても、その周りには、魔王がこちらに来たら殺そうと考えてるやつが少なからずいるだろう。リリスさんがかけた対魔法の効果も、そんな場所じゃ正直どの程度効果があるか……

 

「でもどうするんだ。行かなかったら、どっちにしろ魔界に攻めてくるんだろ?」

 

「そんなことわかってるよ。でも……」

 

 ……打つ手なし、てとこか。魔王(イブ)が直接行ったらほぼ間違いなく殺され、行かなければ大軍が攻め込んできて破滅。まさに詰みだ。

 

「……助かる方法は、ないわけでもないわ」

 

 リリスさんの一言に、酒場にいる全員が注目した。

 

「本当か姉ちゃん!?」

 

「マジすか!? すげえっす、さすが姐さんっすよ!」

 

「落ち着いて、誰も死なないようにするだけで、降服はきっと免れないわ。それに成功するかどうかも……」

 

「何もしないよりはずっとマシっすよ! で、どんな作戦なんすか?」

 

「ええ、それなんだけど……」

 

 そう言いながら彼女は、酒場の中央に移動し、酒場中の注目を集めるなかで、その作戦の内容を話した。

 

「作戦……といっても、その内容自体は簡単よ。要は、魔界を残すメリットを相手に伝えればいいの」

 

「メリットすか?」

 

「ええ、魔界でしか採れない希少な素材とか、魔界の魔法技術とか、なんでもいいわ。とにかくそういう、人間界になくて魔界にあるものを提供するように言うの」

 

 確かに、彼女の言う通り、生かしておいた方がうまみがある、という話をこちらが持ち込めば、皆殺しは避けられるかもしれない。けれど……

 

「……みんな察してると思うけど、この方法じゃ搾取され続けるだけ。取引が必要よ」

 

「というと?」

 

「今言ったような手札を利用して、私たち側にもある程度譲歩するように仕向けるのよ。上手くいけば、この国の庇護のもと、他の人間の国から守ってくれるようになるかもしれない」

 

 その言葉を聞いた全員は、歓喜とも悲観ともとれないような、複雑な、あるいは混乱したかのようにざわめきだす。ついさっきまで騒いでいたのに、今では死ぬか服従かの瀬戸際なのだ。そうなるのも無理はないだろう。

 

「……ごめんなさい、こんな案しか出せなくて。私がもっと早く気付いていれば」

 

「……いや、むしろこんな状況なのに、最後まであきらめないでいてくれて、ありがとうございます、姐さん。今できることをやりましょう」

 

「そうね……ありがとう」

 

 ロックさんに励まされ、微笑みを返すリリスさん。そして彼女はそのまま、話を続けた。

 

「それで、この作戦なんだけど……ヨシカゲ君、あなたにやってほしいの」

 

「え?」

 

 俺? なんで俺なんだ? そりゃ手伝えることならなるべく手伝うつもりではあるけれど……

 

「俺にって……何をするんですか?」

 

「貴方には、魔王として人間界の会談に参加してもらうわ」

 

 その言葉に、この場にいた何人が驚いていただろうか。少なくとも俺とイブが驚いたから2人以上であるのは確実だ。

 

「ヨシカゲ君、確かあなた、勇者を話し合いだけで退けたんでしょう?」

 

「マジ!? スゲエじゃんヨシくん」

 

「ていうか、ごまかしながら喋ってたら勝手に帰ってくれただけなんですけど……」

 

「貴方がどう思っていようと、勇者を追い払ったのは事実よ……それに、あなたは人間だし、他が出るよりも人間側の反感が少ないかもしれない。取引役としては、この中じゃあなたが一番適任だわ」

 

 そりゃまあ、人間同士の方が話しやすいし、敵対視されにくいだろうっていうのはわかる。わかるんだけれど……

 

「でも、なんで魔王役として? 俺魔界のことまだ良く知らないし、イブの補佐とかのほうがいいんじゃ……」

 

「組織のボスっていうのは、何かと底が知れてない方が相手に牽制できるものよ。ヨシカゲ君はそういう雰囲気だけはあるし、イブだと……ちょっと……」

 

 ああ、うん、言いたいことは大体わかった。わかりたくなかったしわかっちゃうのが悲しいけど……

 

「おいちょっとってなんだ。おい姉ちゃん」

 

「魔界のわからないところは、私たちでカバーするわ。どうするヨシカゲ君?」

 

 今露骨にごまかしたな。ほらあんまりに見事なスルーだったからイブの顔が何とも言えない感じになっちゃってる。

 

「……やんなきゃ生きてけないんだ。やるしかないでしょう」

 

「決まりね……いい? 召集は一週間後、その間に人間側にメリットになるような情報をかき集めて。その後具体的な作戦を練るわ。頑張りましょう」

 

「「「ウェエエイ!」」」

 

 なんだかんだ言って、リリスさんはすごい。あんなに右往左往していた俺たちを、ちゃんとまとめ上げたのだから。……あれ? もうこの人が取引やった方がよくない?

 

「……やっぱすごいな、姉ちゃんは」

 

「イブ……?」

 

「あのシスコンどSがなきゃ、今頃もっといい街に住んでイケメンの彼氏でも見つけてるだろうに。ホント性格が災いしたよなー……あのシスコン……」

 

 隣を見るとイブがそう言いながら笑っていた。でもその笑いは無理にしているようで、どこか自虐しているようにすら感じた。

 

「……なあイブ、腹へったからなんか作ってほしいんだけど」

 

「はあ?」

 

「あ、ヨシくんナイスアイデア。魔王様、おれ焼き魚作ってほしいっす、焼き魚」

 

「えー? せっかく今日新鮮なタコが入ったんだぜ? 魔王様、タコ料理作ってくださいよ」

 

「は? バカかよ。こういう時こそ肉を食うんだよ。魔王様、こんなヘルシー志向ども無視して肉焼いて下さいよ。ドカッとしたやつ」

 

「!……うるせーな。ごちゃごちゃ言ってもあるもんでしか作れないんだよ。作ってやるから黙って作業しろ!」

 

「「「アザース!」」」

 

 ……さて、俺もさっさと作業しないとな。そう思いながら、俺は厨房からいい匂いがするまで、色々な人から魔界のことを聞き、会談に備えた。

 

「……あれ、そういえば、人間界のどこが出してきたんだ、その手紙?」

 

「ん? ああ、確か……」

 

 

 

 

「エイレックス王国って、書いてあったな」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ……ここはエイレックス王国。現状、人間界でもっとも規模の大きい国であり、神に祝福されし勇者を最も輩出した国として名高い。また、それ故にとても厳格で、信仰心の厚い国民性を誇る国でもある。

 

「姫様! これはどういうことなのですか!」

 

「どうしたのです、リサ?」

 

 その王室の中に入ってきたのは、リサと呼ばれた、快活そうな外見をした少女。彼女こそエイレックスで選ばれた勇者の1人であり、その中でも指折りの強者として知られている人物である。

 

「どうもこうもありません。この魔術手紙です! どういうつもりですか!」

 

「ああ、そちらですか」

 

 勇者リサの怒号を浴びながらも、穏やかな顔を崩さぬ彼女は、この国最高位の人物であり、まだ10代半ばという異例の若さで王となった少女。名をエルカという。

 

「魔界との戦争も長きにわたり繰り広げられました。障壁を破る新魔法が開発された今、彼らを降服させ、世界に平和をもたらすまたとない機会なのです。それはそのための……」

 

「降服? ……やつらを許し、生かすというのですか!?」

 

「リサ……」

 

「僕から全て奪ったあいつらを許すんですか!? あいつらを打ち倒すためにここまで努力したのに……それじゃあ僕のこれまでの人生は何のためにッ!」

 

「控えなさい、勇者よ」

 

「ッ!」

 

「たとえどんなことがあろうと、貴女は神に見初められた、選ばれし勇者……あなたの努力は、魔王に使わずとも、より祝福された道が用意されていることでしょう。わかってくれますね?」

 

「……失礼します」

 

 リサは唇をかみながら、王室をあとにした。その様子を見たあと、エルカ姫は手を組み合わせ、ただ祈った。魔王が降服を受け入れてくれるように、そしてもう2度と、彼女のような存在をつくらないように、と……

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「……それじゃあ、障壁のゲートを開くわ。準備はいいわね」

 

「……はい」

 

 あれから一週間がたった。俺たちは今人間界へと向かうため、人間界へとつながるゲート前に来ていた。ちなみに行くのは、俺とリリスさんとロックさんの3人だ。2人は俺の護衛役で、イブは危険だから留守番ということになった。

 

「結構落ち着いてるっすね、ヨシくん。怖くないんすか?」

 

「怖いさ。ロックさんは?」

 

「怖いっすよ。当然」

 

「ああ……」

 

 でも正直アンタが小刻みに震えながらこっち見てくんのも相当怖いけどな。ていうのは黙っておこう。真面目な場面だ。

 

「でも、イブに約束しちゃったからな『絶対戻ってくる』って……」

 

「……そうっすよね、魔王様が待ってるんす。さっさと帰んなきゃっすよね」

 

「ああ……」

 

 そうだ、帰ろう。役目をはたして、しっかりと無事なまま帰ろう。俺はそう、自分に必死に言い聞かせた。

 

「それじゃあ、最後の確認よ。取引に使うための有力な情報は、ここに書いてあるわ。もう一回しっかりと確かめましょう」

 

 そういってリリスさんは、持っていた紙を広げる。そこには、今回の生死を分ける、重要なことが書かれていた。俺たちの運命を左右する。人間界へのメリットを書いた、取引の手札(カード)……

 

 

 

 

 

 

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「いやダメでしょこれ」

 

「「それな」」

 

 リリスさんの静かな魂の叫びに、俺とロックさんはハモリで応えた。

 

 

 




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次回予告:オリーブオイル

絶対見てくれよな!


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8話 召喚されたし僕はオリーブオイル

前回のあらすじ:クーポン使える?


 ゲートと呼ばれたその場所は、しかしわかりやすく門があるわけではない。見てみると渦のようなものが壁にあり、そこに何やら渦を中心とした紋章のようなものがおぼろげに見える。リリスさん曰く、これが門なのだと言う。俗に言う魔法陣のイメージが、これを表すのに一番わかりやすいかもしれない。恐らく、ここを中心に障壁が広がっているのだろう。

 

「開けるわよ。2人とも離れて」

 

 そう言うとリリスさんは、手慣れたように杖を動かし、中空になにやら文字のようなものを描く。すると、それに呼応するように、紋章は強い光を帯びる。そして門が開き始めて……

 

 

 

『デンデン♪ デデン♪ デデデデデデデ♪ コーノーマーマーキーミーヲーツゥーレーテー……』

 

 

 

「あ、間違えたわ」

 

「なに今の?」

 

「ごめんなさい、呪文の書き方ミスったのよ」

 

 いやなに今の? なんか昔夜8時にやってたお笑い番組みたいなの見えたけど、どんな呪文書いたの? 揺れたり震えたりした線で丁寧丁寧丁寧に描いたの?

 しかし俺の疑問を全く意に介さず、リリスさんはすぐさま開いた門を閉じ、何事もなかったかのように呪文のリテイクを始めた。

 

「……よし、今度は間違いないわ。行きましょう」

 

「あ……はい」

 

 開かれた門の先を見ると、久しく見えてなかった青空を少しだけ覗くことができる。どうやら今度は成功したみたいだ。

 ……結局さっきのはなんだったんだろう? 大丈夫なのか? 後で怒られたりしないのか? 緊張か混乱か、それはわからないけれど、俺はそんな自分でも意味の分からないことを、先を進みながら考えていた。

 

「あ、そうだヨシカゲ君、これ」

 

 そう言って彼女は、懐から何かを出し、俺に差し出した。見てみると、それは黒いネクタイのようなものだった。

 

「これって……」

 

「防御魔法を付加したリボンよ。今付けてるやつを、これに取り換えて。不意打ち一発程度なら防げるはずよ」

 

 どうやら俺のために作ってくれたらしい、俺はそれに感謝しながら、今付けてるリクルート用のネクタイを外し、その黒いネクタイをスーツに付けた。……パッと見喪服だけど大丈夫なのかな? 異世界のマナーってそのへんどうなんだろ?

 そう思っていると、いつの間にかゲートを抜けていた。

 

「ここが、人間界っすか……」

 

 目の前に広がる、うっそうとした森林、それを見てロックさんはそう呟く。木漏れ日が溢れるそこは神秘的で、現実感さえないように思えるほどきれいだった。端の部分なのだろう。奥の方に出口と思われる、開けた場所が見える。さっきの青空はあそこからのものだろうか。

 

「ロックさんは、人間界来たことないんですか?」

 

「ええ、このナリじゃあ、見つかった途端殺されそうっすし……そういや、姐さんは結構来てるんすか? ゲートを開けるとき、ミスったけど結構手慣れてる感じあったっすよね? ミスったけど」

 

「ミスミスうるさいわねこの筋肉……よく来るって言っても、ゲート近くのこの森までよ。人間の国なんて一回も行ったことないし、この辺に人間が来たこともないわ」

 

「勇者たちは来たみたいですけど……」

 

「多分、別の場所から無理矢理こじ開けてきたんだと思うわ……つくづく、嫌な魔法を作ってくれたものね、人間も」

 

 こじ開けてくる……ということは、言い換えればどこからでも魔界に侵入することができるということか。そんな状態で大軍に攻められたらと思うと、正直目も当てられない。改めて、今回の取引がどれだけ重要なことか認識させられた。

 

「今回の会談、何としても失敗は避けるべき……てことすね」

 

「ええ、そうよ……」

 

 そう言って、リリスさんは、ピラリと紙を一枚取り出し、俺たちに見せた。

 

 

 ・おいしい塩がとれる!

 ・海鮮物のお店が多い!

 ・女子会が開ける居酒屋多数!

 ・ポイントをためればクーポンが使える!

 ・クーポンで最大五割引き!

 ・宴会、忘年会受付OK!

 ・宴会費用お一人様1000ゴールドから受付中!

 ・ご来店お待ちしております!!

 

 

「この手札でやるのよ、この手札で」

 

「「……」」

 

「おいこっち見ろ(バカ)共」

 

 そう言えば目も当てられないものは目の前にもあった。どうしてくれようかこの現状。

 ……言い訳にしか聞こえないけれど、最初はもっとちゃんとしたものを探そうとしていた。しかし探せば探すほど、どんな技術や魔法も人間界の方が優れているという悲しい現実に直面せざるを得ず、じゃあどうするかロックさんと考えたところ。

 

『そういえばうちの町内会で、地域活性化のために居酒屋の割引サービス始めたんすよ。本来は別の街の魔物用っすけど、何もないよりは……』

 

 という話になり、最寄りの居酒屋からサービス内容なりお店のイチオシメニューなり聞いて作成したところ、あの様になったわけだ。

 

「あ、そういえば表通りの焼肉屋もクーポン使えるって言ってましたよ! これを組み込めば!」

 

「んなこと言ってんじゃないのよ。んなこと言ってんじゃないのよ! こんな有様ならクーポンマガジン1冊持ってった方がよっぽどマシよ!」

 

 魔界にクーポンマガジンあるんだ……ここホントに異世界だよな? ハロウィン期間中の渋谷の方がまだ異世界してるぞ。

 まあリリスさんが怒るのも無理はない。正直これで成功できる気しないしね。

 

「はあ……で? ヨシカゲ君は何か持ってきた?」

 

「2枚で海鮮丼が無料になるクーポン券1枚持ってきましたけど……」

 

「2枚持ってきなよせめてッ! アンタらただ自分が居酒屋行きたいだけじゃないのよ!」

 

「そう言う姐さんは何持ってきたんすか?」

 

「……塩と、イブにつくってもらったお弁当」

 

 あ、これもうムリじゃねえかな? ムリだろこれ、人間界へのメリット塩とクーポンと焼肉だぞ? 週末の飲み会ぐらいでしか有用性ないだろ。

 

「だ、大丈夫よ。あなたたちの分もちゃんともらってきたから」

 

「あ、どうも、うぉ結構豪華だな……いや、それはいいけど、どうするつもりなんです? さすがにこれで魔界に手を出すなってのには無理があるんじゃ……」

 

「……ねえ知ってる? エイレックス王国って小さい女の子が女王となって収めてる国らしいの……それくらいなら隙をついて首にナイフを……」

 

「それ以上いけない」

 

 やばいぞこの人。窮地に陥ったあまり完全に犯罪者の思考になっちまってる。そんなことしたら戦争どころか根絶やしにされるぞ。

 

「そ、そうか……俺がその女王を拉致れば……」

 

「アンタがそういうこと言うとホントに危ないからやめろ」

 

 ついにはロックさんまで規制に引っかかりそうなことを言いだした。やばい、このままじゃこの人達、ホントに人質を取る可能性が……あれでも待てよ、このレパートリーじゃ多分無理だし、どうせその場で殺されるくらいならいっそ人質でも取った方が……

 

 

 

「やっぱり最低だね。魔界の化物共は」

 

 

 

 突然、不意に聞こえた、その冷え切った声。それに反応して、思わず俺たちはその声のする方を振り向いた。

 見ると、そこには4人の……イブのところでも見たような、勇者パーティーのような格好の人達がいた。違いがあるとすれば……全員、恐らくは女性であるという部分だろうか。あとは、今まで見た人たちと対して変わらない、同じような敵意と憎悪の目をこちらに向けていた。

 

「指定の時間に来てみれば、姫様を脅迫するような卑怯な作戦の話し合い・・・・・やっぱり、この場で僕が殺した方が……」

 

「……あ、あらあらアラララララアラアララアーラアーラアラナーミタツココハハーバナイウェカピポー」

 

「落ち着いてマジで」

 

 めっちゃびっくりしたなもう……え、なに? リリスさん驚くとこんなんなるの? 無駄にリズム体いいのが腹立つ。

 

「ハッ私は何を……ン、ンンッ! ……あら、あなたたちはどなたかしら、初対面にしては結構な物言いだけれど……」

 

 すごいなこの切り替えの早さ、ものの数秒でそんなキリッとした顔になれんのスゲエわ。

 

「……僕たちはエイレックス王国の使者だ。魔王は誰だ?」

 

「……俺だ。この2人は護衛」

 

 そう言って、俺は2人の前に出た。すると女勇者はすぐにでもとびかかってきそうなほど、俺を睨み付けた。怖い。

 

「非常に不本意ではあるけど、オマエたちを迎えに来た。ついてこい」

 

 そういって、その勇者は俺たちに追従するように促す。怖かったけれど、俺たちは意を決してそれに従い、ついていく。

 すぐに森から抜け、開けた草原のような場所に出た。ふと先の方を見てみると、俺たち全員が乗れるくらいの、大きい豪奢な馬車が佇んでいる。さながら、まさに貴族の乗るものと言った感じだ。

 

「おお……キレイね。こんな馬ホントにいるのね」

 

 リリスさんも初めて見るのか、妙にテンションをあげている。そう言えば、魔界に馬はいなかった気がする。

 

「……早く乗れ、じゃなきゃ置いてく」

 

 勇者にそう言われ、俺たちは急いで馬車に乗った。全員が乗ると扉が閉まり、馬車が走り出す。

 

「うへぇ~内装もきれいっすね~」

 

「ああ、生きてるうちにこんなのに乗れるなんて思わなかったよ」

 

 初めての高級車(?)乗車に俺たちもちょっとだけはしゃぎ、ロックさんと談笑してしまった。それがいけなかったのだろう。勇者御一行は俺たちを見てギロリと睨み付けていた。

 

「い、いやあ、こんなすごいの初めて乗るもんっすから、緊張しちゃって、ハハハハハ……」

 

「ホント、馬車とは思えないくらいサスペンションも良くて乗り心地最高です、アハハハハ……」

 

「……すぐに王国に着くよ。それまでは黙ってろ、いいな?」

 

「「ハイ」」

 

 ……どうしよう、なるべく底を見せないようにって言われたのに、もう割れそうだ。始まってすらいないのにもう帰りたくなってきた。

 大丈夫かな、クーポンと塩で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車に揺られていったいどれほど経過しただろうか。ふと外を見てみると、先程の森とは全然違う、白塗りの建物で埋め尽くされた、大都市のようなところを走っていた。イタリアのフィレンツェという街がある。そこがもっと大規模になった感じだ。

 

「……ねえヨシ君、ここさ、なんか女の子ばっかじゃない?」

 

「え?」

 

 ロックさんにそう言われて、窓から外を覗いてみる。確かに、道行く人は女性ばかり、しかもほとんどが若い人だ。男性もいるにはいるけど、数があまりに少なく、しかも十にも満たない小さい子供か、老人ばかりだ。一体どういうことなんだろうか?

 

「あ、ねえヨシ君、あの子かわいくないっすか?」

 

「アンタのカワイイの基準信じられないんだけど……あ、でも確かにカワイイ。あ、あっちの子もいいなあ……」

 

「着くまで黙ってろって言ったはずだけど」

 

「あ、アハハハハ……」

 

「……これは失礼、つい」

 

 女勇者に再び咎められ、俺たちはすぐに窓から離れて姿勢を直す。女勇者の仲間たちからも、更には何故かリリスさんにまで冷たい目を向けられる、平静を保ってい入るけど、内心ガックガクだ。

 そうこうしていると、馬車の揺れが止まり、ドアが開かれた。どうやら着いたようだ。

 

「降りろ」

 

 そう言われ、俺たちは馬車の外に出る。目の前には、視界全部を覆われるほどの、巨大な城があった。

 

「ここで会談をするのか……」

 

 すぐに衛兵の人達が駆けつけ、俺たちを囲んだ。少しでも不審な動きを見せれば即めった刺しということだろう。やだ、もう帰りたい……

 見れば衛兵の人達も皆女性だった。なぜこうも女性ばかりなんだろうか? そう考えていると、目の前にきれいなドレスを着た美少女が現れた。

 

「あなたが、魔王ですね?」

 

「……お初にお目にかかります。エイレックスの女王様」

 

 なるべく動揺を悟られないように、平然と挨拶を返す。この人が……まだ高校生くらいじゃないか。

 

「初めまして、エイレックス王国女王、エルカ・エイレックスと申します……こちらへどうぞ、お食事のご用意をしております」

 

「ひ、姫様!? なんで、こいつらに食事なんてッ……」

 

「口を慎みなさい、リサ」

 

「ッ……」

 

「失礼をいたしました。こちらへ……」

 

 あんなに俺たちに強気だった女勇者が、女王の一言で何も言わなくなった。これだけで、この少女の立場がどれほどのものか、俺たちに知らしめるには十分だった。

 俺たちは言われるがまま、城の中に案内された。城の中はシンプルだが、どこか神々しい様相を呈していた。城というよりは教会と言った方が似合いそうだ。

 

「申し訳ありませんが、お連れの方はここまでです。ここから、魔王お一人でお入りください」

 

「……どういうことでしょうか? まさか私たちが貴女に危害を加えるとお思いですか?」

 

 いやアンタさっきしようとしてたろ。人のこと言えないけど。

 

「はっきり言いますと、その危険性も考慮しています。しかし私も1人で入るつもりです。何よりも、対等に話し合うことが重要なのです」

 

「……なるほど」

 

「ダメです姫様! そんな奴と2人なんて、何をされるか……」

 

「大丈夫よリサ。あなたほどじゃないけど、私だって魔法では結構強いのよ?」

 

「……では、大丈夫ですか?」

 

「ええ、お待たせしました。どうぞ」

 

 お姫様に言われるがまま、俺は単身その部屋に入る。部屋には大きなテーブルがあり、椅子が2つ置かれていた。どうやらお姫様は、はじめからサシの話し合いを望んでいたようだ。

 

「もうすぐ料理が運ばれてきます。それまでお座りになってお待ちを……」

 

 そう言われ、俺は椅子に座る。それと対面になるように、彼女も反対側の椅子に座った。

 

「さて……では今回の会談の内容は、把握してらっしゃいますね?」

 

「……ええ、『降服しろ、さもなければ殺す』というものですね」

 

「……端的に言います。降服し、魔界を我々人間の植民地とすることを承諾して頂きたいのです。私も本意ではありません。しかし、そうでも言わなければ、民は納得しないのです」

 

「……なぜ、我々のことをそこまで憎むのです?」

 

 これは前々から思っていた疑問だ。なんで人間界の人達はここまで魔界を憎むのか。魔界の人達を見てみたけど、そこまで憎まれるようなことをやってる人は見たことがない。そして何より、魔界の人は皆『人間界になんていったことがない』という人達ばかりなのだ。

 実際彼らは、人間界は時たま水晶に映ったものをみる程度で、あとはせいぜい人間界の本を読む程度。実際に言って何かするなんて人は、ここ数百年の記録にないと、リリスさんが言っていた。

 

「なぜ……? わからないというのですか、あれだけ惨いことをしておいてッ……」

 

「え……?」

 

 俺の言葉を聞いた途端、お姫様は震えだし、こちらを睨み付けていた。うそ、やべえ、もしかして地雷踏んだ?

 

「あれだけ……あれだけ村を滅ぼして、人を殺してきておいて、わからないというのですか!」

 

「……村を?」

 

「あなたは、あなた方はあれだけ残酷なことをして、良く平気ですねッ……あの子、リサだって、小さい頃に、魔物に家族を殺されて!」

 

 ……どういうことだ? リサって、さっきの女の子の勇者か。あの子が小さい頃って、せいぜい十数年前だろう。

 まて、魔界で人間界に行ったやつは、数百年の間誰もいないんじゃなかったのか? なら彼女の言う魔物とは何だ? 

 ……もしかして、別の……

 

「あ、あの……お食事を……」

 

 配膳のメイドさんが部屋に入ってきた。お姫様が激昂しているのを見たためか、少し怯えている。

 

「……すいません、はしたないところを。一度食事にしましょう」

 

「ええ……そうですね」

 

 俺たちとは別の魔物かもしれない。でもだからどうなんだ? それは俺たちじゃありませんなんて言ったって信じるはずがない。余計怒らせるだけだ。……じゃあどうやって魔界の存続を約束させる? このままじゃ植民地だ。俺たちにあるものと言ったら塩とクーポンと焼肉……あ、リリスさんからもらったイブの弁当もあるぞ、やった☆ やってねえよ殺すぞ☆

 

「こちらに置かせて頂きます」

 

「……ああ、どうも」

 

 くそ、考えがまとまらない、どうするか何とか考えるんだ。幸い飯を食うらしいし、食べてる間に何かを……

 

「……ン?」

 

 目の前の料理を見てみると、何やら緑色の寒天のような、とても小さいプルプルとしたものが皿に盛られていた。……え、なにこれ?

 

「……あの、これは?」

 

「ええ、こちらはオリーブオイルのゼリーです」

 

 

 

 

 オリーブオイルのゼリー!

 

 

 

 

「あの、お姫様、こちらは……」

 

「ああ、それは我々の神の教えなのです。体の不浄なものを取り去り、魔から我々を救うことができる唯一の食物なのです」

 

「……そう、ですか」

 

 しかしメイドさんは他にも何か食器を取り出していた。良かったこれだけじゃないみたいだ……

 

「ドレッシングのオリーブオイルです。オリーブオイルが足りない時はこちらを。そしてドリンクのオリーブオイルと、デザートのオリーブの実のオリーブオイル漬けになります。」

 

 うーんオリーブオイルとオリーブオイルでオリーブオイルがダブってしまった。そうかこの国はオリーブオイルとオリーブオイルだけでいいんだな。よくねえよはったおすぞ。

 

「……魔のものであるあなたにはつらいかもしれません。しかしお許しください。我らが主はこの食物意外口に入れることを許していないのです」

 

 もこみちでも祭ってんのかコイツら? もしかしてこの国が若い女性ばっかなのって……

 

「……そう言えばこの国は、ずいぶんと男性が少ないですね」

 

「……男性も昔は多くいたらしいのですが、女性に比べ魔法が使える人が少ないせいか、魔の瘴気のせいで衰弱死が多く、その数は急激に減ってきているのです。今では、女性も魔法で生命力をあげることで、なんとか魔の瘴気から身を守っていますが……」

 

 それ魔の瘴気じゃねーよ栄養不足という名の魔だよ。こいつら自身が魔じゃねーかもう。何なのこのひとたち、ホントにこれで満足してんの? ホントはもっといろいろ食べたいのに無理してんじゃ……ん?

 

「……お姫様、あなたはホントにこれで満足ですか?」

 

「……私個人の考えなど不要です。これは神の教えなのですから」

 

 ……ふむ、やはり、ということはだ……

 

「何が言いたいのですか、アナタは?」

 

「……いやなに、ただね」

 

 

 

 

「美味しい食事に、興味はありませんか?」

 

 

 使えるぞ、あのクーポン。

 

 




悪魔:仏教では仏道を邪魔する悪神を意味し、煩悩のことであるとも捉えられる。キリスト教ではサタンを指し、神を誹謗中傷し、人間を誘惑する存在とされる(Wikipediaより引用)

お気に入り666件突破です。皆様ありがとうございます。
日に日に文字数増えてきてる気がする。切りのいいところって考えるとどうしても……


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9話 召喚されたし食欲に訴える

前回のあらすじ:もこみち


 『人間』、私が魔王を初めて見て思ったのが、その言葉だった。私は、いやこの国に住む人たちは全員、魔王とは人間ではない、残忍で残酷で、人間とは全く違う生き物として教わってきた。お父様には、『滅ぼさねばならない神の敵』と、お母様には、『私たちを苦しめる、許してはいけないもの』と、そうずっと聞かされ続けた私は、魔王はどれほど恐ろしい姿なのだろうと想像し、いつも怖くなっていた。

 けれど目の前にいる、自らを魔王と名乗った男はどうだろう? 若い男性という、この国にしては珍しい姿ではあるものの、どこをどう見ても、私たちと同じ、ただの人間だった。

 ……ただ、雰囲気は違う。見たこともないような、スラっとした真っ黒な服を身に付けた、長身痩躯のその姿。それは確かに、どこか得体の知れない恐ろしさを漂わせていた。まるで、全く違う世界から来たかのような……

 

「……なにを言うかと思えば、美味しい食事? どういう意味ですか?」

 

「いやなに、そのままの意味ですよ。確かにこの料理は素晴らしいですが、魔界にも負けず劣らずの良いものがたくさんあります。きっと姫様にも気に入っていただけるかと」

 

「それは、これからのお話に関係のあることなのですか?」

 

「ええ、大いに」

 

「……もう配膳はよろしいです。下がりなさい」

 

 これから本題に入ることになり、給仕に来たメイドを下がらせた。彼女を危険にさらすわけにはいかない。

 

「おや、できれば彼女にも、聞いていただきたいと思ったのですが……」

 

「……ずいぶんと余裕ですね。自分の立場をおわかりになっているのですか?」

 

「理解はしているつもりです。なればこそ、ですよ……」

 

 魔王は、静かなしぐさで、私に話しかける。まるでそれは、泣いている子どもを優しくあやす大人のようだった。

 ここまで魔王は、我々に何も危害を加えることなく、大人しく指示に従った。少なくとも粗野な男ではなかった。どころか、その丁寧な立ち振る舞いは、下手な貴族よりも礼儀正しいかもしれない。そう思ってしまった。

 魔王は私を静かに見つめて、少しだけ微笑んだ。緊迫か警戒心からかはわからないけれど、私は、その一挙一動に目をそらすことができない。彼はまた、静かに話し始めた。

 

「今一度問います。最高に美味い、良質な食事。それを味わってみたいとは思いませんか?」

 

「仰っていることが理解できませんね。良質な食事ならば、今ここにあるでしょう? そもそも、食物とは日々の糧として主が我々に与えてくださったもの。それに不満を告げるなど、冒涜でしかありません」

 

「……フフフ」

 

「……何がおかしいのです?」

 

 私の答えを聞いた途端、魔王は口角を上げ、思わずといった様子で笑い出す。その様子はとても異様で、私は無意識に剣呑な声を発してしまう。

 

「いえいえ、ただ、神に強要され、食の喜びも知らないとは、少々かわいそうだと思いましてね。アナタも、この国の方々も」

 

「なんですってッ……神を冒涜する気ですか!」

 

「まあ、そういきり立たないでくださいよ。そちらこそ、優位な側なのですから、少し余裕を持って接していただいてもよろしいのでは?」

 

「!……」

 

 一体なんだと言うのだろう、この状況は? 彼の言う通り、この会談は圧倒的に人間側(私たち)が有利、魔界は従うしかなすすべがないはず。なのに今、私は彼の言葉ひとつひとつに焦燥と怒りを覚え、彼はその私を、まるで楽しむかのように見ている。

 異様だ……あんなに下手に出てるのに、それがかえって得体の知れなさを増しているような、そんな感じがする。

 

「……誤解されぬよう申し上げますが、私は別にあなた方の宗教をどうこう言うつもりはありません。ただ、取引をしたいのです」

 

「……取引ですって? あなた方にそのような余地がまだあると?」

 

「まあまあ、とりあえず、話だけでも聞いていただきたい。せっかくの会談なのですから、ね……」

 

「……いいでしょう、言ってごらんなさい」

 

 つまり、彼は私を誘惑して、少しでも魔界側に都合のいい条件を引き出そうとでもいうのだろうか? だとしたらその手には乗ったりしない。魔界は何としても人間の支配下に置かなければ。でないと、平和は決して訪れない。

 

「寛大なお言葉、幸甚の至り。では……」

 

 そう言って彼は、荷物の中から、丸い箱のようなものを取り出し、何やら弄っている。そして次の瞬間、プシュッという音がしたと思ったら、その丸い箱から湯気のようなものが出てきた。魔法とわかった瞬間、私は身構え、臨戦態勢に入る。

 

「!ッ……」

 

「ああ、落ち着いて、ただの発熱魔法です。害はありませんよ」

 

 彼は立ち上がった私を見て、座るようなだめたが、私はいつでも攻撃魔法が放てるよう、立ちながらその様子を見ていた。発熱魔法? なぜ? あれは武器の威力向上や、溶鉄作業などに使われるものだったはず。あんな箱に使う意味はないはずだ。一体何を……

 

「……そろそろ、出来上がったかな?」

 

 出来上がった? 彼は一体何を言っているのだ? しかしそんな私の疑問をあざ笑うかのように、彼は再び、箱を取り、その蓋を開けた。その中には。

 

 

 

 黄金のスープのようなものが、入っていた。

 

 

 

「おお、できてるね」

 

「!? な、なんですか、それは……」

 

 見たこともないものだった。開けた瞬間それは湯気が立ち上り、高温であることが伺える。スープの中心には刻まれた葉のようなものがあり、それがどこか上品さを思わせた。匂いが強いのだろう。私の方にまでその香りが漂ってきた。でも決して嫌ではない。優しく、温かい香りだった。

 

「卵雑炊ってやつです。見たことありませんか?」

 

「……それは、一体……」

 

 次に、魔王は席を立ち、私のところまでそのスープをもって近づいてきた。近寄らせないようけん制しなければいけないのに、私はただその様子を、茫然と眺めることしかできないでいた。魔王が私のそばまで来て、スープを私の前に差し出して、再び囁く。

 

「魔界の食糧ですよ。まずは一口、食べて頂けませんか?」

 

「!……だ、だれが魔界のものなどッ」

 

「私だって、人間(あなた方)のものを口にしたのです。食べてもらってもいいでしょう? ご安心ください。毒は入っていませんよ」

 

「……」

 

 私は出されたスープ……タマゴゾウスイといったかしら? それに解析の魔法を使って、中身を調べる。確かに、毒となるものは入っていないようだった。むしろ栄養価がそこそこあるようだ。

 

「こちらの、スプーンですくってお食べください。お熱いので気を付けて」

 

「私は……」

 

 食べるべきではない、魔界のものなど食べてはいけない。それはわかっているはずなのに、私はいつの間にかスプーンを手に取って、それを口に運んでいた。一口、それを食べた。

 

 

 気が付くと私は、無我夢中でそれを食べていた。

 

 

 なぜ? なんで? 頭では食べてはいけないと思っているのに、体がそれを許してくれない。まるで体に直接『食べろ』と命令されているように、私の口は咀嚼することを止めてはくれない。

 

美味しい

オイシイ

おいしい

 

 初めて経験した感情のはずなのに、私はそれを明確に言葉にすることができた。その意味を考える余裕もない。食べちゃいけない。でも……一口だけ、あともう一口だけ……

 

「ククッ……」

 

「ッ!?」

 

 嗤い声がした。見ると、魔王が私を見て、ただただ、楽しそうに私を見下ろしていた。

 

「あ……あ………」

 

「どうです、美味しいでしょう?」

 

「!……ちが、私は」

 

「温かい食事というのは、良いものでしょう?」

 

「わ、私……は……」

 

「よいのです、無理に我慢しなくても。今まで辛かったでしょう?」

 

「違う……ちがう……」

 

「大丈夫ですよ。思うままにすればいい」

 

 やめて、そんな優しい声で囁かないで……そんな甘い声で語りかけないで……私を保っていた何かが、音を立てて壊れていく気がした。

 

 

「さあ、まだ残っていますよ? 冷めないうちに……」

 

 

 その言葉を皮切りに、私はまた食べ始めてしまう。食べて食べて、気が付いたら、空になった容器が、目の前にあった。

 

「綺麗にお食べになりましたね。流石はお姫様です」

 

「……取引とは、なんですか?」

 

「聞いていただけるのですか?」

 

「聞くだけです。早く申し上げてください」

 

 私は何を言っているの? ダメだ、こんなこと、完全に魔王の思うつぼだ。……けれど、聞くだけ……聞くだけなら……

 

「……まず要求を申し上げます。魔界を植民地にすることを取りやめてもらい、エイレックス王国には我々魔界に与していただきたいのです」

 

「なっ……!?」

 

 要求は、あまりにもばかげたものだった。この男は、降服するどころか、私たちに魔界側に寝返ろと、魔界の傘下に入れと言ってきたのだ。

 

「ふ、ふざけないで! そんな要求が通ると」

 

「もし受けてくれたのならば、魔界の食糧を毎日提供いたします」

 

 ……え? 毎日? これを、毎日?

 

「姫様だけではありません。この国の人達全員に提供することを約束しましょう。まあ、その際に、少しばかりの資金援助はして頂くこともあるかもしれませんが……」

 

「いえ、で、でも……」

 

「無論、先程の卵雑炊以外にも、提供できる料理はたくさんあります。もっと美味しいものが、魔界にはたくさんあるのですよ」

 

 これ以外にも、たくさん? もっと、食べれる……?

 

「……姫様、こちらを」

 

 そう言って魔王は、懐から何か、紙きれのようなものを渡してきた。これは一体……

 

「もし要求を承諾して下さったなら、姫様には特別に、魔界へご招待いたします。そのチケットを持ってきていただければ、最高のごちそうでおもてなし致しますよ」

 

 魔界……この紙は、魔界に行くためのものなのかしら? ごちそうって、いったいどんな……

 

「貴女の決断で、この国の人々が豊かな生活をできるかどうかが決まります。どうか、賢明なご判断を……」

 

「……要求は以上ですか?」

 

「はい……」

 

「……現状では決めかねます。また後日、改めてお返事をいたしますので、お待ちいただけますか?」

 

「ええ、もちろん。いいお返事を期待していますよ」

 

 その言葉を最後に、その会談は終わりを告げた。結局最後の最後まで、魔王は私を、子供でも相手にするかのように、穏やかに接していた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 あの会談の後、特に何があるわけでもなく、俺たちは普通に返してもらえた。帰りも勇者御一行に見張られながら馬車で送られたため、俺たちは馬車を降りて、魔界のゲートに着くまで話すことができなかった。

 

「フゥ……で、どうだった? いけそう?」

 

 勇者たちの監視から逃れ、ようやく一息ついたとき、リリスさんは俺にそんなことを聞いてきた。

 

「さあ……とりあえずイブにつくってもらった卵雑炊とクーポンあげて、これで勘弁してくださいって感じのことは言ったけど」

 

「え、逆になんでそれでいけると踏んだのこのナメクジは? だからアンタナメクジなのよ」

 

 なんだもうこの人、ことあるごとに人を無脊椎動物みたいに呼びやがって。仕方ないだろまずカードが弱すぎるんだよ。あんなんバーサーカーソウルあっても無理だわ。

 

「ねえヨシ君、俺たち待ってる間にオリーブオイルの塊みたいなの出されたんだけど、何あれいやがらせ?」

 

「あ、そうそうびっくりしたわあれ。人間ってあんな風にオリーブオイル使うのね」

 

「いや使わねーから、あれを人間のデフォルトだと思わないで」

 

 いやホントびっくりしたわあれには。なんか足りない栄養素は魔法で補っているらしいけど、やばいんじゃないかなアレ? 言っちゃえばサプリがメイン栄養素になってるようなもんだろうし……実際魔法が苦手な男性はみんな死んじゃってるらしいし……

 

「それで、どういう取引になったの?」

 

 リリスさんが俺にそう聞いてくる、やっぱりその辺は気になるよな。

 

「えーと、なんか植民地化の話が出てたんで、それをやめてもらうように言って、あとできればエイレックス王国の傘下において庇護してくれませんか的なことは言った」

 

「どんな風に?」

 

「魔界を植民地にすることを取りやめてもらい、エイレックス王国には我々魔界に与してくれって……」

 

「……ねえヨシカゲ君」

 

「え?」

 

「その言い方だとエイレックスが私たちの傘下に入れって言ってるように捉えられそうなんだけど……」

 

 ……あ

 

「……え、やべどうしよう」

 

「どうしようじゃないわよこのクソナメクジ! 絶対受け入れてくれないわよそんなの! あーもう知らない! 私もうしーらない!」

 

「ま、まあまあ姐さん。ヨシ君も頑張ったんだし、こうなった以上しゃーないっすよ。なるようになるっすよ……なあもう今日は飲むっしょ、これからいつ飲めるようになるかわかんないし……」

 

「おう……ごめんな、2人とも」

 

「はあ……もうヤケよ。今日は飲みまくってやるわ。朝まで付き合ってもらうからね」

 

 何次会まで発生するかわからない最後の晩餐の話をしながら、俺たちはゲートをくぐる。ゲートを出ると、目の前にイブがいた。出迎えに来てくれたんだろうか。

 

「お帰り魔王様……」

 

「……ただいま。魔王様」

 

 俺が人間界で魔王を演じたからだろう。互いにそう呼び合って、それが何故か、ちょっとだけ可笑しかった。1日も経ってないのに、イブに会ったのは久しぶりな気がする。

 

「イブ~聞いて~このクソ雑魚ナメクジったらね~」

 

「ああ、大体わかった。上手くいかなかったんだな」

 

「……ごめんな、イブ」

 

「……まあ、やるだけのことはやったんだろ? じゃあしょうがないよ」

 

 あれ? もっとボロカスにナメクジナメクジ言ってくると思ったのに、なんか凄いしおらしいぞ。どうしたんだ一体?

 

「なあどうしたんだイブ? 悪いもんでも食ったか?」

 

「お前私のことなんだと思ってるんだ! ……別に、ただみんな、帰ってきただけでも上等だって思っただけだよ」

 

「イブ……」

 

「あれ、魔王様、もしかして寂しかったんすか? 俺たちが行っちゃって寂しかったんっすね!」

 

「お前は帰ってこなくてよかったけどなこのパリピフクロウ」

 

「魔王様、さすがに俺も泣くっすよ?」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら、俺たちは魔界の道を歩く……コイツらも、俺も、世界が崩壊する日でもなんだかこうして騒いでそうだなと、ふとそう思った。

 

「……な、なあヨシカゲ、ところでさ」

 

「ん?」

 

「き、今日持ってった弁当、どうだった?」

 

「ああ、スゲエよかったよ。特に卵雑炊が良かった」

 

「そ、そうか……自信作だしな、美味かったろ?」

 

「ああ、姫様にあげたら全部食ってたぞ」

 

「このクソナメクジィ!」

 

 そしてコイツは今際のときまで俺をナメクジ呼ばわりするのだろうと、そう思った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……」

 

 食べたい、あの味が忘れられない。

 

「……いえ、でもッ」

 

 仮にも国の支配者が、自分の欲望で国を動かすなどあってはならない。そんなことをしたら、それこそ暴君ではないか。

 

「……魔界への、招待状」

 

 あれ以上に、美味しい食事、ごちそう……要求さえのめば、私がただ一言、『はい』と言えば……

 だめ、だめよ。私は一国の主、神に従い、民を守らねばいけない存在。民を守り、エイレックスをより豊かにしなくては……豊か、に……?

 

 

 

 

 『貴女の決断で、この国の人々が豊かな生活をできるかどうかが決まります。どうか、賢明なご判断を……』

 

 

 

 

「……そ、そう、そうよね。これは私のためじゃない。民のため、民により豊かな生活をしてもらうため、仕方なく……そう仕方なくよ。決して私利私欲のためなんかじゃない。そうよ……王なら当然の選択……」

 

 

 

 

「ですよね、魔王『様』」

 

 

 

 

 気づくと私は、魔界に向けての魔術手紙を、誰に話すこともなく書いていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 数日後、魔界にて

 

「姐さん、ヨシ君! エイレックスから返事の手紙が来たっすよ!」

 

「!……ついにか」

 

「なんて書いてるの!?」

 

「えーっと……『エイレックスは要求をのみ、魔界の傘下となることをここに示す』……え?」

 

「「ファ!?」」

 

 

 

 どういうことなの……?

 

 




卵雑炊なんかに負けたりしない!→卵雑炊には勝てなかったよ……

食事はきちんと摂りましょう。


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10話 召喚されたし泣き方が汚い

前回のあらすじ:飯堕ち2コマ


 あの騒動から数日後、エイレックス王国から再び召集の催促が届き、俺たちはまた人間界へと来ていた。ただ少し違うのは、今回はイブも参加しているということだ。エイレックス側から、『あの卵雑炊を作った者を連れてきてほしい』という旨が魔術手紙に書かれていたので、なるべく相手を刺激しないために布団から引っぺがして連れてきた。

 イブは寝起きの不機嫌な顔で目をこすりながら、俺のすぐ後ろにひっついて歩いていた。

 

「ふわぁ……なんでこんな朝早くに行かなきゃいけないんだ。私に何かあったらお前のせいだからな、ヨシカゲ(童貞ナメクジ)

 

「お前今、頭の中で失礼なルビ振ったろ? ……しょーがないだろ。このままいけばエイレックスが味方に付いてくれるかもしれないんだ。なるべくヘタなことはしたくない」

 

「どういうことだよ? ダメな感じだったんじゃないのか?」

 

「はずなんだけどなぁ。やったことって言えば、クーポンと卵雑炊渡しただけだし……」

 

 エイレックスはあの会談の後、『要求を呑み、エイレックスは魔界の配下につく』と言った。こちらとしては願ってもないことではあるのだけれど、あそこまで敵意むき出しだった国が、手の平を返すようにあんな返事をするのは、正直裏があるんじゃないかとも思ってしまう。警戒はしといたほうが良いだろう。

 

「でも、もしかしたら、イブの卵雑炊が効いたのかもしれないわよ?」

 

「あー、美味かったっすねアレ」

 

 一緒に歩いていたリリスさんが、ついでロックさんが振り向いて話しかけてくる。今回はイブも一緒だからか、少し嬉しそうな顔だ。

 

「あの国、こう言っちゃなんだけど、食に関しては大分アレだったし……初めてのお料理を食べて感動したんじゃないかしら。イブのつくるご飯、美味しいしね」

 

「確かにありゃ、凄いもんがあったっすね……オリーブオイルのみで、量もスプーン一杯か二杯くらい。あれでどうやって生きてたんすかね?」

 

「なんでも、足りない栄養素は全部魔法で補ってたみたいよ。そう言う教義らしいわ。ほら、あの国、男が極端に少なかったでしょ? 魔法に耐性のある男性って少ないから、栄養失調でどんどん死に絶えちゃったみたいなの」

 

「うっはー、それでもやめないんしょ? こえー……」

 

 リリスさんとロックさんの話を聞いて、俺はあの国のことを思い出す。魔界への敵意と憎悪。それも十分すごかったけど、何より驚いたのは、盲目的とすらいえる、あの信仰心だ。自身を死に追いやるものであろうと、神の教えを最優先にする。並大抵のことじゃない。

 もしくは、それ以外の生き方を知らないのかもしれない。そうだとしたら、今回イブの卵雑炊が決め手だったって言うリリスさんの指摘は、あながち間違ってないのかも。

 

「ま、なんにせよ、今回の取引はイブの活躍が大きかったわね。すごいわ~、さっすが私の妹」

 

「そ、そう? ……ウェヘヘヘヘ、おいヨシカゲ聞いたか? 今回成功したのは私のおかげだってよ。これを機に、お前もその舐めくさった態度を改めて、主人を敬って『魔王様』と呼ぶんだぞ。わかったか? ほら言ってみろよゲェヘヘヘ」

 

「わかりましたよ笑い方の汚いロリっ子(魔 王 様)

 

「お前何と書いて魔王様と呼んだ? バカにしてんの顔見りゃわかんだかんな」

 

「お、見えたぞ。あの馬車みたいだ」

 

 スーツの裾を引っ張りながらぶーたれてるイブをガン無視し、目の前にある馬車を見る。それは前回行った時と同じ、貴族然とした装飾が施された豪華な馬車である。

 ただ今回違うのは、そこにいるのがあの女勇者ではなく、知らないメイドさんだったということだろうか。

 

「ま、魔王様御一行ですね? お……お待ちしておりました!」

 

 俺たちが近くまでいくと、メイドさんは少し怯えた様子で、俺たちに深々とお辞儀をした。全員こういう扱いに慣れてないからか、それを見て思わず、俺たちも頭を下げてしまう。

 

「どもっす……あれ、今回はあの勇者ちゃんたちいないんすか?」

 

「そ、それは、その……」

 

 ロックさんが聞くと、メイドさんはしどろもどろで口をあわあわと動かして理由を語ろうとしない……と言うよりは、焦っていっぱいいっぱいで言葉にならない。と言う感じがした。何かあったんだろうか?

 

「ま、まことに申し訳ありませんが、お急ぎください! 時間がないんです!」

 

「え!? は、はい……」

 

 突然のメイドさんの言葉につられて、俺たちは馬車に飛び乗る。全員が乗ったのを確認するなり、メイドさんが扉を閉め、馬車が少しだけ勢いよく発車した。

 

「何かしらあの慌てよう? ずいぶん急いでるみたいだけど……」

 

「お、おいヨシカゲ。お前ホントに取引成功したんだろうな? これで着いた途端バーンとかなったらお前のこと祟ってやるからな」

 

「なんだバーンて。……それは間違いないはずだ。少なくとも、手紙にはそう書いてある」

 

「じゃあ何なんすかね? ……あっわかった! きっとフェスか何かあるんすよ。それの開催が近いんすよきっと! ホッホオォォォォウ!」

 

「いい加減にしろこのウェイホッホ野郎が! 誰もかれもがバイブスアゲたいわけじゃねーんだよ!」

 

 ウェイホッホ野郎って何だよ……でも確かに、イブじゃないけれど、ロックさんが言うようなポジティブなことで急いでいるわけじゃないのは確かだろう。あれは、やばいことが迫っているって感じの焦りかただと思う。

 

(……ホントにバーンてなったりしないよな?)

 

 そんな俺の不安を乗せて、馬車は前よりもずっと速く、エイレックス王国への道を辿って行った。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ……んで、そんなこんなでエイレックスに俺たちは着いた。結果としてバーンとはなんなかった。なんなかったんだけど……

 

 

「姫様! 説明をお願いします!」

 

「魔王に民を売ったというのは本当なのですか!」

 

「国民を裏切る形になりますが、どのようにお考えですか!」

 

「姫様、一言!」

 

「姫様!」

 

 

 ……記者会見開いてる……

 え、なに? え、どういうこと? あれ姫様だよな? 確かエルカ姫って名前だったか。なんであんな汚職がばれた政治家みたいな扱い受けてんだ?

 

「……え、ねえメイドさん。あれどないなことになっとるとね?」

 

「は、はい……今回我々が、あなた方魔界の傘下に入ることになったのはご存知かと思われますが、実はあの返事は、行政官や大臣に一切話さず、独断で決めてしまったものでして……そのせいで国内で内輪もめが始まってしまい今のような状態に……おかげでみんな出払っちゃって、まだ新人なのに単独で魔王を出迎えなきゃいけなくなるし、ううっ怖かったよう……」

 

 後半の声が小さくなってよく聞こえなかったけれど、断片的に聞こえた限りただの愚痴っぽいから無視していいだろう。てかあの人独断で決めたのかよ。どうりでなんかおかしいなと思ったんだ。

 

「姫様! 何か言うことはないんですか!」

 

「いえですから、私は国民のことを思って……」

 

「魔王に国を売って何が国民を思ってですか!」

 

「あのだから……」

 

「さっきから質問の答えになってませんよ!」

 

「いやあのその……う、うう、うるっさいのよこのハゲェェェエ! 違うでしょぉぉお!」

 

「ちょ、姫様」

 

「暴力はおやめください姫様!」

 

 泣きながらブチ切れちゃったよ……しっかし声でけえなあ。イブと言いあの子と言いきったねえ泣き方する女の子しかいないのかこの世界?

 

「ねえこれ止めたほうが良いのかしら?」

 

「いやアレ止めれないでしょあの感じ……あーあーハゲジジイの頭ぺチぺチ叩いちゃってあの子」

 

「いいんすかね、数少ない男性にあんなことしちゃって?」

 

 ロックさんに言われて気付いたけど、そういやあのハゲ貴重な男性なのか。あの年でずいぶん活動的な職種についてんなあ……あららら大変だなもうペチペチペチペチ。

 

「なあヨシカゲ、私もう帰っていい?」

 

「うんちょっと待っててね? 馬車の中で寝てていいからね?」

 

「んー」

 

 俺も正直帰りたいけどなと思いながらも、段々飽き始めたらしいイブをなだめて、とりあえず馬車の中に連れて行った。

 しかしどうしたもんかな? なんかすんげえ話しかけにくいし、これは冷めるまで待ってた方がいいかな。

 

「わだじはねえ! 誰がねえ! 誰がじでも、結果はおんなじだおんなじだっておもっでえ! ウワァァアン! ずっとがみのおじえを守ってぎだのよ! げれどねえ! 変わらながっだから、それだっだらわだじが! 教義をやぶっででも、命がけでエッワァァア! ァごの国を、がえだいッ!」

 

「やめなさい。やめなさいこのおバカ!」

 

 やっぱりこれ以上あの記者会見を続けさせてはいけないと思った俺は、なるべく大きい声で姫様にストップをかけた。これ以上やるといろんな意味で取り返しのつかないことになりそう。

 

「!? ま、魔王……」

 

「ふぇ、魔王様……!」

 

 俺の存在に気づいたらしい周囲が、まるで恐ろしいものにでもであったかのような目で俺を見てくる。凄い怖いあの目。

 でも姫様だけは、俺を見るなり嬉しそうな顔をしている……てか今あの子、魔王『様』って呼ばなかった? 前呼び捨てだった気がするけども。

 

「貴様、何故ここにいる!」

 

 おおっと、さっきのぺチぺチハゲがこっちに叫んできたぞ。こっからは魔王を演じて喋らなきゃ。

 

「……何故も何も、あなた方が呼んだからこうやって来たのですよ? なんでも、要求を呑んで下さるという話を、お聞きしたのですがね……」

 

「それは姫様が独断で決めたこと! 大臣である私の検閲はされていないのだ! その要求はまだ認めておらん!」

 

 大臣だったのかあのハゲ。ずっと記者だと思ってた。まあこの世界に記者っていう職業があるのかは知らないけど。

 

「お、お願いします魔王様。アナタからも説得してください。私の話は全く聞いてくれないんです。酷いですこんな……皆様に、選出されて、やっと、やっど姫になっだのにィ……」

 

「え、姫って選挙制なの?」

 

「世襲制ですよ」

 

「世襲制じゃねーか」

 

 じゃあ要らないだろ今の下り絶対。なんなのこの子? ちょっと前はもっとこういかにもお姫様な感じだったじゃん。キャラ変わり過ぎだろこの短期間で。

 

「はあ……まあ、話しを聞いて下さいよ、大臣殿」

 

 とりあえず姫様のことは置いといて、気を取り直して大臣の説得をしよう。このままじゃ反故にされるかもしれないし。

 

「ああいった要求は致しましたが、我々は別にエイレックス王国をどうこうしようという気はありません」

 

「何? どういうことだ?」

 

「そのままの意味です。あなた方に、要求することはただ一つ。『魔界(我々)と同盟を組むこと』です。それ以外はいつも通りに暮らしてくれて構いません。呑んで下されば、魔界のモノをそちらに仕入れることも出来るようになります。人間界にはない良いものがそろってますよ? 道具も、食べ物も……」

 

「ふざけたことを言うな! 貴様ら魔の者の話など、聞くだけ時間の無駄だ!」

 

 やっぱりこの爺さんも頑なだなあ……どうしよう、またイブに言ってなんか飯作ってもらって食べてもらえばいいかな?

 

「大体、貴様ら魔物がどれだけ人を殺したと思っている! いまさらそんな要求をするなど滑稽だぞ!」

 

「……魔物?」

 

 そうだ、失念していた。確か聞いた限りじゃ、今の人間界は魔物に村や町を滅ぼされて、何人も被害が出てるって……けれど、その魔物は『魔界の魔物』じゃない、魔界とは関係のない別の何かのはずだ。

 ……もしかして、それを言えば、ある程度聞いてくれるんじゃないか? 少なくとも今なら、姫様は敵対心はほぐれてるみたいだし、姫様を通じて話せば、もしかしたら信じてもらえるかもしれない。

 

「姫様、すこし聞いてほしいことが……」

 

 と、俺は姫様に歩いて近づいた。

 

 

 

 瞬間、ドンッと言う音がした。

 

 

 

「!?」

 

 音がした方を振り向いてみると、何かが俺にものすごい勢いで向かっている。

 あれは、あの時の女勇者

 そして鈍い光、鋭い先端

 彼女の剣だ

 

「魔王ォォォオ!」

 

 あ、死んだ。漠然とそう思いながら動けないでいると、突然目の前に結界のようなものが張られ、彼女の攻撃をはじき返した。

 

「ぐあっ……クソ」

 

 突然の連続で反応できないでいたけれど、結界がなくなったと同時に、リリスさんからもらったネクタイがボロボロになって霧散したのはわかった。どうやらさっきのが防御魔法みたいだ。

 

「ヨシカゲ君!」

 

「ヨシ君!」

 

 リリスさんとロックさんが、こちらに駆け寄ってくる。しかしそんな中でも、女勇者はこちらをめがけて、再び攻撃を仕掛けてくる。

 

「待って、リサ!」

 

 けれど、姫様が立ちはだかって、その動きを止めた。

 

「……どいてよ、裏切り者」

 

「待ってリサ……お願い聞いて!」

 

「うるさい! なにが祝福だ何が神だ。結局僕をだましてたんじゃないか。……もういい、国も何も関係ない……」

 

 

 

 

「僕は、魔王を殺す」

 

 

 

 

 その言葉と共に、隠れていた勇者の仲間が集まってくる。全員武器を構えて、俺をじっと見据えていた。

 

「申し訳ない、姫様」

 

「けれどやっぱり……」

 

「魔王は許せないのよ」

 

 やはり勇者御一行、全員魔王に恨みをお持ちのようだ。……さて、ここで現状を確認しよう。俺とリリスさんとロックさんは勇者パーティ4人に包囲され、周りも敵だらけ、防御魔法は破られ、更にイブが馬車で爆睡中……

 

 

 

 

 ……あれ、詰んだんじゃねこれ?

 

 

 




イブ(なんか外うるせえな……)

貴族仕様の馬車だから絶対寝心地いい(偏見)


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11話 召喚されたし激流に身を任せる

前回のあらすじ:ハゲ


「……え、なにこれは?」

 

 外の喧騒に目を覚まされて、なんだクソがと思いながら外を覗いてみる。覗かなきゃよかった。なんだクソが。

 とりあえず見た感じだけで分かるのは、ヨシカゲが勇者どもに囲まれているってこと。姉ちゃんとロックのアホもだ。

 

「……な、なーるほど! あれはアレだ、夢だな!」

 

 昨日ちょっと緊張して寝不足だったしな。ヨシカゲがおっかないこと言うからこんな夢見るんだ。大体上手くいきそうだって言ってたのに、いきなり勇者に襲われるなんてことあるわけないだろ、うん。

 

「あーあ、全く嫌な夢だなー。さ、寝よ寝よ。おやすみー」

 

『倒せ! 倒すのだ勇者! 倒さねばならん!』

 

「ヒッヒィイウッ!?」

 

 いきなりオッサンの怒声が聞こえて、思わずよくわからない声をあげてしまった。その拍子に床に落ちてしまう。痛い、てことは夢じゃない。

 うん知ってた。現実なんだよね、現実です……! これが現実……! 二度寝したらいい感じになあなあでまとまって終わるとかはない。

 

「ど、どうしよう……助け、いや無理だ」

 

 持ってる武器なんで護身用の短剣くらいだし、戦闘力がウンコの私が出たところで、何にもならないことは明白だ。

 

「えーとえーと……な、なんかあげれば許してくれるかな」

 

 何かないかと思いながらポケットの中をまさぐってみる。あ、カーテン挟むやつがあったぞ! よしこれで……無理だろ。ぶっ殺すぞ。

 

「なんだチクショウ! 他には!?」

 

 ええと他に出てきたものは……すしに入ってる草みたいなやつ(名前知らない)、食パンの袋閉じるやつ(名前知らない)、裁縫セットの糸通すやつ(名前知らない)、耳かきのふわふわしたやつ(名前知らない)、なんかカバンのベルトの長さ調節するやつ(名前知らない)……以上!

 

「名称のわかるものが一つもねえ!」

 

 あ、無理だなこれ、無理だわ。もう打つ手なしかよ。大体なんでこんなんばっか入ってんだ。『アレだよアレ』シリーズ網羅してるじゃんか。

 とか何とか言っている間にヨシカゲたちが更に衛兵たちに囲まれている。ヤ、ヤバイ。あれはガチでヤバイッ……!

 

「やばいぞやばいぞえーとえーと……いやおちけつオチケツ」

 

『倒せっ! 倒せっ! 倒せっ!』

 

「「ふ、ふええぇぇ……」」

 

 ……ん? なんだろう、今別の怯えた声も聞こえた気がしたけど……

 涙目になりながらも、不意に聞こえた声が気になり窓から外を覗いてみると、馬車のそばに女が1人いた。あれは私たちを連れてきたメイドだ。まだいたのか……

 見てみると、涙目でその場にへたり込んでいた。さっきの怒号が恐かったらしい。ふ、ふん、軟弱物め……

 

「ッ! うぁ、ま、魔界の……」

 

 ヒ、ヒィッ……し、しまった見つかった……!

 

「ご、ごめんなさい。こんなはずではなかったんです……ど、どうかお許しください。お慈悲を、ど、どうかお慈悲を……」

 

「……って、ん?」

 

 見つかった途端処されるかと思ったが、意外や意外、メイドは私を見るなり頭を垂れて命乞いをしてきた。

 ……あれ、もしかして私、強いと思われてる? いや、もしかしてコイツが私より弱いのかな……?

 

「!」

 

 その時、私に電流走る。さっきまでの震えはもうない。……ないったらない。私は思いついてしまったのだ。ヨシカゲたちを助ける画期的でセンシティヴなアイデアが、ふふふ……自分の才能がこわい……

 

「おい、お前」

 

「ヒッ……」

 

 私は見つからないように馬車を降り、メイドのそばに立つ。

 そして、ゆっくりと短剣を取り出して、言い放った。

 

「死にたくなかったら従え」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ヨシカゲ君、これ」

 

 リリスさんは前にいる勇者たちを見たまま、隣にいる俺にあの防御魔法付きネクタイを渡してきた。スペアを持ってきてくれていたらしい。俺はそれを手に取り、とりあえずポケットの中に入れた。

 

「まあ、たいして役に立たないでしょうけどね……」

 

 俺にネクタイを渡した後、彼女は自嘲気味にそう呟く。確かに、この状況は……

 

「詰み、てやつすね」

 

 俺の気持ちを代弁してくれたのは、俺と背中合わせの位置にいるロックさんだった。詰み、もしくは絶体絶命とも言えるだろうか。今の俺たちは噛む力すらない窮鼠だ。

 整理しよう。目の前には今にも飛びかかってきそうな女勇者とその仲間たち、周りは衛兵に囲まれて退路は断たれている。イブだけは馬車の中にいて気付かれてないけど、ばれるのも時間の問題だろう。打つ手なしだ。

 

「……ク、ククク」

 

「……何が可笑しい?」

 

 あ、やべえ焦りすぎて変な笑い声出ちゃった。女勇者さんにバッチリ聞こえちゃったらしいし。なんかめっちゃ顔怖いしどうしよう?

 

「オマエの仲間の言った通り、完全に詰みだ。大人しく殺されてもらうよ」

 

「……詰み、ね……クク、本当にそうかな、勇者様よ?」

 

「なに……?」

 

 俺は何を言ってるんだろう? 『そうかな?』じゃねーよ。見まごうことなくそうなんだよ。頼むよホント。

 

「……一応聞くけど、どういうこと?」

 

 いやそんな真剣な顔して聞かれてもね? 別に何も考えてないからね?

 

「……クク」

 

 いやだから俺もそんな意味深な笑い方してもね? 何も考えてないからね?

 ……どうしよう、とりあえず内ポケットからネクタイピン出てきたんだけど、これでどうにかなりませんかね? どう思います?

 ……と、その時だ。

 

 

「おオおらぁ! ここここっち見ろ人間どもぉ!」

 

 

 後ろの方から、死ぬほど震え上がった声が聞こえてきた。少しびっくりして声の方を振り返ると、さっきのメイドさんに短剣を突き立てたイブがいた。

 

「イブ!?」

 

「まお……いや、イブっち!?」

 

 リリスさんとロックさんがそれを見て驚いている。俺だって驚いてる。まさかあんな行動に出るとは思わなんだ。

 

「ここここ、コイツを見ろぉ! コイツがどうなってもいいのかぁ!」

 

「ふえ、ふえぇぇぇ……」

 

 涙目になりながら短剣を突き立てられるメイドさんと、それ以上の涙目でガクブルしながら脅迫するイブ。これだけ見ると正直どっちが脅されてるのかわからなくなるけど、とりあえず察したことは、イブは俺たちを助けようとしてくれてるんじゃないかってことだ。

 

「! 今助ける、『フリーズ』!」

 

「へ? あれ、体が動かな……うお、ウオォォォ!?」

 

 しかしそれも束の間、勇者の仲間の1人に何やら魔法をかけられ、イブは動けなくなった。それに反応した勇者が真っ直ぐに飛びかかる。まずいッ、あのままじゃヤラれる。

 

「待てよ、アンタ死ぬぞ!」

 

「なに!?」

 

 思わず放った稚拙な言葉(でまかせ)、しかし抑止力はあったようで、その言葉を聞いた勇者はイブを切りつけるすんでのところで剣を止めて、俺を見た。

 

「ふう、危ない危ない……」

 

「……どういう意味?」

 

 ゴメン俺もわからない。なんて言ったら今度こそあそこでヒィヒィ泣いてるイブが真っ二つにされるだろう。なんかないか、なんか……

 

「……攻撃は、お勧めできないな。きっと、大変なことになるよ。君も、そのメイドも……」

 

「あの子に何したの……?」

 

「……フフフ」

 

「笑ってないで教えてよ!」

 

 いや俺が教えて欲しいわそんなん。どうしようなんもいい嘘思いつかねえ。何かあるだろ、こうなんか、いい感じの……あっ

 

「そのメイドには爆発魔法を仕掛けておいた。条件は君たち(人間)俺たち(魔の者)に攻撃すること。少しでも破ったら、ここら一体を巻き込む規模でボンッさ……」

 

 ……うん、自分で言っといてなんだけど、死ぬほど苦しいなこれ。なんだ攻撃ってあやふやすぎるだろ。ほらリリスさんも『さすがにそれはないわ』みたいな顔してるし。腹立つなあの顔。

 ダメかな? でもせめて隙くらい作れればなんとか……

 

「そ、そんな、いつの間に……!」

 

「うそ……酷い……」

 

「姑息な手を……!」

 

「卑劣な魔法だ……」

 

 ウソ信じたよ、しかも勇者パーティ―全員信じたよ、マジで? 大丈夫? 将来悪い男に騙されたりしないようにね?

 

「さ、これ以上は意味がないだろう? 通してもらうよ」

 

 そう言うと、人質の効果がよほど高かったのか、さっきとは打って変わって彼らの勢いは衰えていき、

 ……ま、まあいい。とりあえず活路は開けた。今はこの場から逃げることが最優先だ。俺は隣にいるリリスさんに小声で話しかけた。

 

「行きましょう、とりあえずイブと、あと御者にメイドさんを連れて馬車に」

 

「え、ええそうね……いいのかしらなんか」

 

「いいんですよ、なんで負い目感じてんですか」

 

「みんないい娘たちっすねえ……」

 

 確かに、こんな言い方は少しあれかもしれないけど、ただのメイドさん1人捕まえただけでここまでになるとは、よほどいい人たちなのだろう。

 そんなことを思いながら、俺たちはメイドさんを捕まえてるイブと合流し、馬車へと向かう。

 

「メイドさん、もう一度魔界まで御者を頼むよ。そのナイフで刺されたくないならね……」

 

「ヒッ……わ、わかり、ました……」

 

 怯えながら御者の席に向かう彼女に申し訳なく思いながら、俺たちは馬車に乗り、何とか無事に国から出たのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 命からがら国を脱出したあと、馬車は国境を超え、急流付近の崖の上を走っていた。

 

「う、ね、ねーぢゃん、ヨジガゲェ……」

 

 よほど恐かったのだろう。涙の痕をくっきり残した彼女は、尚べそをかきながら、俺たちに近づいてくる。

 

「すごいぜイブ、やってることはゲスの極みだったけど」

 

「頑張ったわねイブ、アナタ悪党の才能あるわよ」

 

「感動したっすよ! あんな行為を平然とできるやつそうそういないっすよ!」

 

「たまには素直に褒めるってことできねーのかお前ら!」

 

 まあ口ではこう言ってるけど、事実、今回のイブのあの動きがなければ、全員殺されてたかもしれない。前回の卵雑炊と言い、なんだかんだ助けられてばっかりだ。

 

「……冗談だよ。ありがとうな、イブ」

 

「お、おう……なんか、ヨシカゲに素直に褒められるとそれはそれで気持ち悪いな……」

 

 どうしろって言うんだコイツは。

 

「でもそれより、これから大変ね。仕方がないとはいえ、今回ので余計人間側の印象悪くなったでしょうし……」

 

 確かに、今回は条約を締結しに来たわけだけど、この騒動のせいで白紙に戻される可能性は高い。いや、そもそも姫様が独断で決めただけらしいし、元から白紙みたいなものだ。

 となると、リリスさんの言う通り、この騒動のせいで余計に魔界の印象が悪化して、最悪やっぱり襲撃なんてことも……問題は山積みだ。

 

「……それで、どうするのあの子?」

 

 そう言ってリリスさんは、前で御者をしているメイドさんを見る。そうだ、あの子も家に帰さないと。

 

「とりあえず、魔界についたらネタ晴らしして、お土産でも渡して帰ってもらおう」

 

「あ、ヨシカゲ。なんか寿司についてる草みたいなのカバンにあったんだけど、これとかどうよ?」

 

「捨てろそんなの……まあ、着いたらさっさと言って、安心してもらおう。今回のは全部嘘だって」

 

 

 

 その瞬間、ガキンッという重い音が、振動と共に上から鳴った。

 

 

 

「!?」

 

 何事かと思い上を見ると、途端にザンッという音と一緒に、何かが上から貫いてきた。これは……あの勇者の剣!?

 

「ヒ、ヒエェェエ!?」

 

「これは、さっきの勇者!?」

 

「つけられてたんすか!?」

 

 剣が勢いよく引き抜かれ、その反動か馬車の天井が大きくくりぬかれた。その先には、怒りに満ちた顔をした勇者がいた。他の仲間はいない。どうやら単身で乗り込んできたようだ。

 

「勇者ッ……」

 

「だましたな……僕をだましたなッ!」

 

 あ、やべ、さっきの会話バッチリ聞こえてたみたい。地獄耳すぎんだろこの子。あ、キレてるね、もうブチギレてるね。何言っても聞いてくれなそうだねこの空気。

 

「お前、お前は……!」

 

 瞬間、勇者は目にもとまらぬ速さで俺を掴み、馬車の上に引きずり出した。

 

「ヨシ君!」

 

 なすすべなく俺は勇者に組み伏せられ、動けないでいた。今回こそはダメなのかもしれない。

 彼女は、剣を俺に向けて、真っ直ぐに構えた。それが俺に、ああここで死ぬのだと、より明確に伝えているようだった。

 ……まあ、いいかな? なんだかんだ、最後には楽しめたし、俺にしちゃ、上等な終わり方だろう。

 

「……なあ勇者様よ」

 

「なに?」

 

「俺を殺せばいいんだろ? 他のやつには手を出さないでくれるか?」

 

「……魔王も、仲間が大事って言うの?」

 

「さあ? どうだろ」

 

「……僕が殺したいのは、あくまでお前だ。あとは知らない」

 

「どうも……」

 

 彼女は剣を構え直す。その目は真っ直ぐと俺を見ていた。

 

「ッ……なんで、そんな目」

 

 彼女は何か言って、それを聞き取れないまま自分に向かって真っすぐ剣が向かってくるのを、ただ黙ってみた。

 

 

「ヨシカゲ!」

 

 

 イブのその叫び声と、それが重なったのは偶然だろうか。それはわからないけれど、イブが俺の名前を呼んだ瞬間、馬車はガタンッと、大きく揺れた。

 

「な!?」

 

 その拍子に、勇者と俺は大きくバランスを崩し、馬車から転げ落ちてしまった。落ちた先は……

 

 

 崖下の、急流

 

 

 落ちる最中、一瞬だけ見えたのは、慌てふためくイブたちと、共に落ちる勇者。

 そこから先は多分何も考えてなかった。

 気づけば俺は、その頭を覆うように勇者を抱きかかえ、そのまま真っ逆さまに落ちて行った。

 

「なにしてる!?」

 

「黙ってろ、舌噛むぞ」

 

 そんな風に冷静に返せるのは、思考が停止したことの表れだろうか。でもそんなこと考える暇もなく、目前に水が迫り。

 

 

 そして、俺と勇者は水の流れに呑まれていった。

 

 




すしに入ってる草みたいなやつ:バラン
食パンの袋閉じるやつ:バック・クロージャー
裁縫セットの糸通すやつ:スレッダー
耳かきのふわふわしたやつ:梵天
なんかカバンのベルトの長さ調節するやつ:コキ

らしいです。


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12話 召喚されたしたまにはシリアスになる

前回のあらすじ:あ~↓あ~↑川の流れのよ~うに~


 ……ここはどこだろう? 真っ暗で何も見えない。手や体は不自然なくらいはっきりと見えるのに、それ以外は床すら見えない。こんなことってあるのだろうか。

 俺はどうしていたんだっけ? 頭がぼうっとしていて、記憶の糸を手繰り寄せようとしても、少しも思い出せそうもなかった。

 気づくと、目の前にドアが現れた。こんなわけのわからない状況なのに、シンプルながら立派なつくりだ、なんてことしか考えられない程度には、頭は思考を放棄しているんだと思う。だから、特に警戒もせず、俺は平然とそのドアを開けた。

 

「やあ」

 

 部屋へと足を踏み入れた途端、低い声が聞こえた。それを聞いて、部屋を見回す。

 ドアの向こう側は、どこか高級感の漂う部屋だった。フローリングの床にはカーペットが敷かれ、目の前にあるソファとテーブルの先に、大層な1人用のデスクが佇んでいる。その先に、もはや壁と言ってもいいような窓があって、そこから入る光が、照明代わりになっているようだった。会社の社長室というのが一番合った例えだろうか。ともかくそんな感じだった。

 

「……おいおい、無視するなよ。傷つくじゃないか」

 

 そんな声と共に、デスクの椅子が、きぃっと傾いて動いたのが見えた。ずっと座ってたのだろうか。

 改めてその方に目をやる。そこには、真っ黒いスーツを来た中年の男が座っていた。……ふむ、なぜだろうか、あの声、それにスーツのあの黒色、どこか既視感がある。

 

「ほら、そんなとこに突っ立ってないで、座っておくれよ」

 

「あ、はい……」

 

 少しからかうような感じで、男は目の前にあるソファを指さした。特に断る理由もないので、素直に従い、俺はソファに腰かける。すると男も向かいのソファーに移動し、「よっこいせ」と小さく言い、座った。

 

「タバコ、いいかい?」

 

「……ええ、どうぞ」

 

 と承諾はしたものの、俺がそれを言うよりも早く、男はタバコに火をつけていた。ならば初めから聞くこともなかったんじゃないだろうか。

 

「キミも吸うかい? 銘柄は選べんが」

 

 そう言って彼はタバコケースを取り出し、1本をこちらに出した。黒いタバコだ……そう言えば、ここ最近口にできていなかった気がする。

 

「いただきます」

 

「おお、嬉しいね。最近ブームなのか、吸うとあからさまに嫌な顔をする子が多くてね。肩身が狭いったらないよ」

 

 タバコを口に咥えると、男がライターで火をつけてくれた。口の中だけで息を吸い、ゆっくりと吐いた。……随分と甘いタバコだけれど、それでも久しぶりに見る煙は、心を落ち着かせてくれる。これまでタバコどころじゃなかったのもあるだろうけど……

 

 

 ……あれ? どうしてタバコどころじゃなかったんだっけ? タバコの一本も吸えないような忙しいことなんてあったっけ?

 ……俺は、一体……

 

「……さて、突然だが川里義影君。君は死んでしまった」

 

「……は?」

 

 混乱している俺を差し置いて、さらに混乱に陥れるようなことを男は言った。……でも待てよ、こういう展開どっかで飽きるほど見たことあるぞ。

 

「……ええと、てことは、ここは死後の世界で、アナタは神様ってことですか?」

 

 そう、よくネット小説や最近のアニメで見る展開だ。事故だなんだで死んで、そのあと剣や魔法があるファンタジー世界に転生させられるやつ。これもそうなのだろうか?

 

「彼とは一緒にしないでほしいね」

 

 が、俺の予想は見事に外れたらしい。彼を神様と呼んだ途端、彼の声はあからさまに不機嫌になった。本当にいるとしたら、仲が悪いということなんだろうか。

 

「違うんですか?」

 

「私は彼よりかは紳士的だと自分で思ってるよ。少なくとも、捧げものの肉だけ食べて、野菜は返すなんて、無礼なことはしない」

 

「肉捧げた人、野菜捧げた人に殺されませんでした?」

 

 妙に聞いた覚えのある話を聞いて、思わずそう質問してしまった。が、俺のそんな質問を気にすることなく、男はつづける。

 

「最近聞いた話だと、嫁が妊娠したにも関わらず『俺の子じゃない』とか言って認知しない挙句、嫁に燃える小屋の中で出産させたみたいだ。極めつけは、嫁と子供を捨てて出家したらしいぞ。信じられるかい?」

 

「うん、少なくともアンタは信じられません」

 

 ごっちゃになってんだよ、全部混じってんだよ、どこ教の話してんだ一体。しかも最後もはや神様じゃないし。

 

「……あ、あほら、神仏習合って言うだろ? なんかまあ、そんな感じでどっちもおんなじなんだよ神も仏も」

 

 あ、混じってること気付いて訂正しだしたぞ、うわすごい胡散臭い。何この人。

 

 

 

 ……あれ? この胡散臭い感じ、前にどっかで……

 

 

 

 考えていると、ピリリリっと着信音が響いた。男の携帯のようだった。彼はそれを取り出し、通話をしだす。

 

「私だ……ああ、そうか、もう蘇生できたか。わかった、すぐに彼を戻らせる」

 

 男はそれだけ言うと電話を切り、こちらに向き直った。

 

「さて……それじゃまた、会社のためにも、君には頑張ってもらう。今後はなるべく死なないでくれよ」

 

「え……うっ……」

 

 突然、酷い眩暈に襲われた。みるみるうちに視界が真っ白になり、体の感覚はなくなっていく。

 

「アンタは……一体……」

 

 あのスーツ、あの声、そしてあのちゃんとしてない感じは……

 !……そうだ、アイツだ……そうだ、確かにアイツと同じ声だ……俺をさらった、今まで見たこともないような黒色と、同じ色のスーツだ。

 

「アンタ……いやアンタら、なんなんだ?」

 

 

 

 

 

 

「タバコは餞別だ。期待してるよ、『新入社員』くん」

 

 

 

 

 

 

 それを聞いたのを最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……ん? ブハッ!?」

 

 次に目を開けると、視界いっぱいに水が激しく流れていた。ゴウゴウと流れる音が聞こえる中、ひっきりなしに水が耳に入って来て鬱陶しい。これだけ判断材料がそろえばわかる。要は川に流されていた。

 

「ゴボボボボ、な、なんでこんなことにンボボボボ!」

 

 どうなってるんだ? 確か王国に行って、和平を結ぼうをしたらひと悶着あって、それで逃げてる間に女勇者に襲われて……その後どうなったんだっけか?

 考えていると、少し大きめの岩が近くにあるのが見えた。必死で右腕を伸ばし、その岩を抱きかかえて身体を寄せる。これでとりあえずは生きながらえただろう。

 

「ハアッ……ハアッ……うん?」

 

 ほんの少しだけ考える余裕ができると、体の左側に違和感に気づいた、何故だかいやに重たいのだ。そちらを振り向いてみると、件の女勇者がいた。見たところ気を失っている、少なくとも死んではいないらしい。俺はその子を抱きかかえていた。

 

「……あー、思い出した」

 

 あの後、馬車で暴れていた俺とのこの勇者ちゃん(仮称)は馬車から落ちてしまい、そしてそのまま川の中へと急転直下……俺はあの時、気が動転していたのかは知らないけれど、頭を打たないようにと思い、とっさに勇者ちゃんを抱きかかえて川に落ちた。現状とつじつまが合う以上、この記憶は多分間違ってないだろう。

 ……気を失った時に何やら夢を見ていた気もするけど、今はそれを気にする余裕もない。そのことはとりあえず考えないことにした。

 

「ん……?」

 

 と、思考を止めたところで、端に何かが引っかかっているのが見えた。袋のようなものだ。ぷかぷかと浮いていることから、浮き代わりになると思い、何の気なしにそれをとった。

 

(さて、とりあえず溺れないようにしたのはいいけど、問題はこっからどうするかだ)

 

 あたりを見回してみると、がけや傾斜ばかりで、陸地とよべるものは見当たらない。けれど、奥の方に何やら緑色が見えた。木が密集している……ということは、あそこから森にでもなっているのだろうか。とにもかくにも、他に手段もない以上、そこに陸地があることに一縷の望みをかけるしかないのは確かだ。

 

 ボチャンッ

 

(ぼちゃん?)

 

 あからさまに何かが水没したような音を聞いた。なんだろうと思い音のした方を見ると、何やら大きな剣がみるみる沈んでいくのが見えた。確か勇者ちゃんの剣だ。

 

「あーあ、勿体ない」

 

 綺麗な剣だった。月明かりのように透き通る刀身をもった、まさに聖剣という感じの剣だった。さぞや名のある業物だったのだろうに。まあけれど、こちらとしてはむしろ好都合だ。状況が状況だから、重りになるものはなるべく外してくれた方がありがたい。

 ……勇者ちゃんが目を覚まして、現状を知ったらどうなるやら。暴れるかそれとも……

 

「……さ、いくか」

 

 ゾッとしない想像をして、なるべく早く陸地に行こうと、俺は再び泳ぎだした、というより流されだした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暗い、痛い、寒い

 僕はがむしゃらに走っていた。下には人がたくさん寝ていて、赤い水の中に沈んでいる。

 一歩進むと、足に赤い水がべったりと張り付いてくる。それがたまらなく生ぬるいのに、足がかじかんで仕方ない。

 

「いっ!?」

 

 足に激痛が走る。思わず見てみると、骨が突き刺さっているのが見えた。人の身体から生えている。

 

「ハアッハアッ……う、うわあぁ……ぁ……」

 

 もう嫌だ。なんでこんなことにならなきゃいけないの? お父さんは? お母さんはどこ?

 お家に帰りたい、帰って、あったかいものが食べたい。

 

「あ……」

 

 気づくと、目の前に大きい壁があった。どこにも出口は見当たらない。ここから先は、どこにも行けない。

 

「どこにいく?」

 

 ひどく優しい声色が、後ろから聞こえた。

 

「ひっ……」

 

「大丈夫だよ、怖がらないで」

 

 振り返ると、温和な顔をして、ゆっくりと僕に近づくそいつが見えた。鳥の頭をした化物を何人も引き連れて、黒い服を着た長身痩躯のその男は、怯える僕を見て、にっこりとほほ笑む。

 

「心配いらないよ。君の価値がわからない無礼者はもう1人もいない。もう怯えることはないんだ」

 

 ゆっくりと、手がさしのべられる。

 嫌だ、やだ、ヤダ

 助けて

 誰か

 

「君は最高だ」

 

 

 

 

 

 

「私の最高の作品だ」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ひっ!? ……あ…うぁ…っ」

 

「目が覚めた?」

 

「え……」

 

 あれ? 何がどうなってるんだ? 魔王を追いつめて、斬る一歩手前で、それで……

 

「!……ま、魔王っ……」

 

 なんで魔王が、死んでなかったの? は、はやくしなきゃ。剣をもって、魔法を使って、そして……

 

「……え?」

 

 剣が、無い? なんで、どうして? 剣だけじゃない。服も道具も、全部はがされてる。一枚の、僕にはぶかぶかなサイズの白い服だけが、僕に被せられている。

 

「……服全部ずぶ濡れでさ、そのままじゃあれだし、とりあえず俺のシャツで我慢してくれ。……ホントだよ? ほ、ほらあの枝に干してあるだろ? 俺だってズボンしかはいてないんだし、仕方ないことなんだ。だから訴えるのだけは……」

 

「剣は……?」

 

「え?」

 

「剣はどこ!?」

 

 剣がない、剣がどこにもない! なんで、そんなことあるはずない! そんなことあちゃいけないんだ! だってあの剣がなかったら、僕は……!

 

「あー悪い……剣ならさっき流されちまったんだ」

 

 

 

「……え」

 

 

 

 流された? 僕の剣が?

 違う、嘘だ。そんなはずない。魔王の言うことなんか信じちゃダメだ

 斬らなきゃ、斬って、殺される前に殺さなきゃ

 斬るってどうやって?

 剣がないのに斬れるはずない

 じゃあ他の何かで

 

 

 ダメだ、何もできない

 

 

 剣がなかったら、僕は何もできない

 いやだ、ダメだ、どうしよう

 このままじゃ、このままじゃまた

 

 

 

 

 

 

 

 

『私の最高の作品だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、大丈夫か?」

 

「やっ……う、うわあぁぁあ!」

 

「え、ちょっと!?」

 

 ダメだ、殺される、逃げなきゃ……! 逃げるってどこに? どこでもいいから、逃げなきゃ

 

「ひっ……い……!?」

 

 なんで? 体が動かない、言うことを聞かない。

 

「おお、オイオイ無理すんな。寒さで俺もお前さんもだいぶ参ってるみたいなんだ」

 

 そんな、嘘だ……嘘だよ。だって、だってここで逃げれなかったら、僕はまた

 また……

 

「? ……なあ、ホントに大丈夫か? もう少し寝てた方が……」

 

「ひ、う……わあぁぁあ!」

 

「まて誤解だ! 俺は痴漢撲滅を推進する派だ! 何もしていない!」

 

「こ、来ないで、来ないでよぉ!」

 

「頼むから聞いて!」

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう

 いやだ、もう痛いのはいやだ、いやだよ

 誰か……ねえ誰か

 

「なあちょっと……」

 

「助けて……」

 

「ッ……」

 

 嫌だ、やだ、ヤダ

 助けて

 誰か

 誰でもいいから

 誰か

 

 助けて

 

 

 

 

「何もしない」

 

 

 

 

「ハアッ……アッ……」

 

 少し硬い感触と一緒に、温かいものが、僕の身体に伝わった。魔王が、僕の肩を少し強く掴んでいる。

 

「落ち着いて、いいか、何もしない、何もしないから……」

 

「ア、あ……」

 

 そういって魔王は、今度は僕の背中をポンポンと弱くたたいてきた。それをされる度に、体に溜まった淀んだ何かが、吐き出される気がした。

 

「……もう一回寝たほうが良い。力を抜いて、ここにはだれもいない。君を傷つける人は誰も……」

 

「っ……」

 

 心臓が、段々と落ち着いてくる。息苦しさが、少しずつなくなっていく。怖いことばかり考えていた頭が、何も考えられなくなってきた。

 殺さなきゃいけないのに、怖いのに、『あの男』と同じはずの魔王なのに。

 なんで僕は、コイツの言葉にほっとしているのだろう。

 

 

 

「おやすみ」

 

 

 

 魔王のその言葉を聞いたのを最後に、僕は意識はまた、眠りに落ちた。

 怖い夢を、その時だけは忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、私だ。なんだまた君か。どうした?」

 

「……彼らを選んだ理由? なんだそんなことで電話してきたのか。決まってるじゃないか、あの世界に足りないものだからさ」

 

「なにが足りないのかって? そりゃあれだよ君。勇者も魔王も魔法も剣も夢も希望もある世界で足りないもの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『悪』さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




3か月間も待たせてしまいました。申し訳ありません。
感想もたくさんいただいたのに返信できておりません。これから順次時間を見つけて返信させて頂きたいと思います。


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13話 召喚されたし版権は守る

前回のあらすじ:裸Tシャツ


「……ええと、落ち着いた?」

 

「……」

 

 勇者ちゃんが眠りについてからしばらく経った頃、日がそろそろ沈むくらいの時間帯に、彼女は目を覚ました。まだ落ち込んではいるらしいが、少なくとも落ち着きはしたらしい。今は俺と対面する形で座っている。対面、とは言っても、さっきから顔を伏せているから、表情はわからないけど。

 

(しかしあそこまで取り乱すとは……)

 

 剣を失ったショックは大きいだろう。見た目だけでも特別なものなのだということは察しが付くし、思い入れもあったのかもしれない。

 けれど、ああまで怯えるものだろうか……そう、怯えていたのだ、大事なものを失くしてパニックになったというよりは、剣を失くしたのに気づいた瞬間、(魔王)に怯えだした。

 まるで、そう……自分を守るものが、突然消え失せたような、支えを失った人間のような、そんな感じ。

 

「……なあ、火を持ってないか? 焚火がしたい」

 

 どうにも気まずい雰囲気に耐えきれなかったので、俺は勇者ちゃんにそう話しかけた。火が欲しいのは本当だ。気温も下がってきたし、周りもすっかりと暗い。どこにいるかわからない獣避けのためにも、何かと火は欲しいところだった。

 ……それに何より……

 

(体育座りは色々見えそうだからやめて欲しいな……)

 

 何より、服だって早く乾かしたい。俺もズボンしかはいてないし、勇者ちゃんに至ってはその……俺のシャツ1枚着ているだけだ。正直目のやり場に困る。

 ……いや、うん、脱がせたのは確かに俺だ。けれど待ってほしい、あんな濡れ濡れの、違うびしょ濡れの服を着ている状態で気温の低い場所で寝ていたら、それこそ風邪じゃ済まなくなる。そりゃ脱がす時に二の腕なり太ももなりへそなりに不可抗力で、不可抗力で触れてしまったが、医療措置のための不可抗力なので俺は何も悪くない。

 つまりあの時点で服を脱がせるという俺の行為は救命行為であり、そして救命行為は罪に問われない、よって俺は罪に問われない。Q.E.D

 

「どうして……」

 

「ひぇ、スイマセン……」

 

 どうしよ、つい謝っちゃった。やべどうしよ、あれ完全に怒ってるよ。でもそこまで怒ることないじゃないか。そりゃ大事な剣を過失とは言え川に捨てたり、寝ている間に服を全部ひん剥いたりはしたけど……あ、訴訟も辞さないレベルですね。詰んだわ。

 

「す、すまん許して……」

 

「どうして、殺さないの?」

 

「……は?」

 

 しかし、彼女から聞いた言葉は、俺の予想とはだいぶ離れたものだった。なにやらずいぶんと物騒なことを言ってる。

 

「どうしてって……」

 

「僕は今、何にもできない状態で、魔王(お前)からすればもう、触れれば壊れるような存在だ。今が勇者()を楽に殺す絶好のチャンスなのに、どうしてやらないの?」

 

 ……この子はどうやら、俺にすぐ殺されると思っていたらしい。なるほど、それならあの怯えようも理解できるかもしれない。

 

「魔法は? 使ってたじゃないか」

 

「……あの剣がなければ何もできない。僕ら勇者は、聖剣によって力を開放され、それを振るって魔を倒す。だから、聖剣があってこその、勇者なんだ」

 

「……つまり、あの聖剣? がなかったら、力はほとんど封印されるってことか?」

 

 そう聞くと、勇者ちゃんは黙って首肯した。なるほど要は、その聖剣を手に取って真の力を手に入れたやつが、選ばれし『勇者』……そういうシステムってことかな。

 そして今の勇者ちゃんの状況は、腹をすかせた獣が目の前にいるのに、いきなり唯一の対抗手段の猟銃を失ったようなもんってことだろう。それは恐い。俺なら失禁するね。

 

「……言ったろ? 何もしないよ」

 

「だから、どうして……?」

 

「逆に聞くけど、そんなに俺が何かすると思うのか?」

 

「!……」

 

 この子は、俺を敵視している。それは別にこの子だけじゃない、他の勇者や人間も、この子の仲間も、俺に憎悪なり殺意なりを込めて、攻撃的な目を向けていた。

 ……けれど、今のこの子を見て、改めて考えると、この子だけ、少し違った気がする。敵意には変わりない、殺す気だったのも同じだ。けれど違う。もっと必死だった。『殺さなければ殺される』とでも言わんばかりに、俺を殺すことに焦っていた。

 この子の目だけは、俺に酷く怯えているような、そんな気がした。

 

「だって……だってそうじゃないか! 魔王も魔物も、僕たち人間を遊び道具にして! 気まぐれで数えきれないほど殺して! 僕の父さんも、母さんも……僕だって、あと少しでッ……」

 

「……なあ、教えてくれ、過去に何があった? なんで君はそこまで俺を、魔王を怖がるんだ?」

 

「なんでって……本気で言ってるの?」

 

「残念ながらね。ついでに言うと、なんであんなに人間に嫌われているのかもわからない」

 

 俺がそういうと勇者ちゃんは、唖然とした表情をして、俺をじっと見た。けれど俺はそれを気にせず、話を続けた。

 

「別に、『俺がやってきたことはそんなに怒ることだったのか?』なんて価値観の違いについて聞くわけじゃない。そもそも俺は何もしてないし、何も知らないんだ。人間界だって、エイレックス王国以外のことはまだわからない」

 

「……そんな話、信じると思う?」

 

「それは君の自由だ。だけど、君が過去に、魔王と何があったのかは話してほしい。俺の言ってることが嘘か本当かは、その後に考えても遅くないはずだ」

 

「……」

 

 彼女は口をつぐんで、更に曇った表情になってしまう。辛いことを思い出させているのだから、無理もないだろう。

 俺が無理をするなと言いかけようとしたところで、彼女は重々しい口調で、その言葉を発した。

 

「……本当に、あの男とは関係ないの?」

 

 彼女の口から出たのは、予想に反して、思ったより短く、そしてより疑問を感じるワードだった。

 

「あの男……?」

 

「うん、お前とほぼ同じ、真っ黒で細身の変な服を着た、長身痩躯の男。お前の、魔王の眷属なんだろ?」

 

 ……俺と同じってことは、つまりスーツってことだよな? どういうことだ?

 この世界にはスーツはない。一般的は服装は中世ヨーロッパのような感じだ。礼装や正装はあるけれど、それも見た限り、ルネサンス期のイタリアみたいに、もう少し派手な奴だ。スーツみたいにシンプルな服はここにはない。イブ達の反応を見ても、それは恐らく間違ってないだろう。

 じゃあその男は誰だ? 俺のように、スーツを着てる男……もしかして、俺以外にも、この世界に召喚されたやつがいるのか?

 

「ね、ねえ、聞いてるの?」

 

「……その男、他に特徴は?」

 

「!……やっぱり知ってるの!?」

 

「いや、そんな男は知らない。けれど、そいつのせいで俺がこうなってるのなら、放っておきたくもない。教えてくれ、他に特徴は?」

 

「あとは……そうだ、手首に何か、小さい変なブレスレットを付けていた。小さい音でカチコチなっていて、小さい針みたいなのが2本か3本、皿の中で回っていた」

 

「!」

 

 小さい変なブレスレット……カチコチ……針が2本か3本回っている……腕時計か!

 ビンゴだ。この世界は魔法主体で、複雑な機械はほとんど作られてなかった。まして腕時計なんて精巧なもの、この世界にはまずどこにもない。

 決まりだ、この子の言ってる男は、俺と同じ、別世界から来たやつだ。

 

「特徴はまあ、わかった。それで、その男に何をされたんだ?」

 

「ッ……」

 

 俺がそう聞くと、勇者ちゃんはガタガタと震えさせ、顔を引きつらせた。

 

「大丈夫か? 無理そうなら……」

 

「……いい、話す。僕自身も、あの男が何なのか、はっきりさせたいから」

 

 そう言うと、勇者ちゃんは自分で身体の震えを何とか抑え、一回深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。

 

「……僕はもともとは、エイレックスの人間じゃないんだ。もっと辺境の、小さな村の生まれでね。そこで家族と生活していたんだ。普通の女の子だったんだよ、友達と遊んで、日が暮れたら帰って、ご飯を食べて……」

 

 ひとつひとつ、言葉を紡ぎながら、彼女は確かめるように慎重に話す。望郷の念に駆られているのか、その顔は、先程よりは幾分か穏やかだった。

 

「でも、あの男が来てから、全部がめちゃくちゃになったんだ」

 

 しかし、その穏やかさもすぐに消え、先程と同じ、彼女はまた何かにひどく怯えた顔をしだした。

 

「あの男は……最初は優しかった。自分で作ったおもちゃを子供たちにあげたり、書いた絵本を読ませたりして。すぐに村の人気者になったよ」

 

 おもちゃや絵本を自作……男は何かモノ作りをするタイプのやつだったのだろうか。

 

「でもッ……でもやつは、完全に村に受け入れられたところで、本性を現した」

 

 勇者ちゃんが自分自身を抱きしめる。声も震えている。正直やめさせようかとも思ったが、ここまで話させた以上、最後まで聞かない方がかえって酷だろう。そう思い、黙って聞くことに徹した。

 

「最初は、村の女の子たちだった。一緒に遊んでいた子が、行方不明になって、おかしいなって思ったんだ……そしてまた1人、2人って消えていって、段々怖くなって……次に男の子たち、そしておじいちゃん、おばあちゃん、大人の男、女……お父さんもお母さんも段々みんな、消えていってッ……」

 

 誘拐か? 何の目的で……ただの異常者なら、それで説明がつくけど。いや、ただのシリアルキラーなら、最初に絵本やおもちゃを子供に挙げた意味がわからない。どういうことだ?

 

「……でも、その後みんな戻ってきて、普通に生活していたんだ」

 

「え?」

 

 その言葉に、俺は思わずそんな声を出してしまった。拍子抜けだと思ったのだ。結局皆戻ってくるのなら。

 俺はバカだ。そんな話なら、彼女はこんなに震えるはずないのに。

 

「みんな、顔がそっくりの人形になって……」

 

 言葉が出なかった。それはどんな状況だろうか、自分の家族親類友達が、顔が同じ人形にすり替わっていて、同じように接してきている。正気を保っていられるものでもないだろう。

 

「怖くなって、僕は逃げ出した。でも、どこに行けばいいのかわからなくて、気づいたら村の近くの、洞窟に逃げ込んでいた。……そしてね、そこに大きな人形がたくさんあったんだ」

 

 彼女は、ついに顔をあげ、俺の方を見た。顔は恐怖に染まっていた。

 

「……大きな人形?」

 

「うん、クマみたいな顔だったり、アヒルみたいな顔だったりして、手足もいやに大きくて、男の人が、1人すっぽり入れるんじゃないかってくらい、大きい人形なんだ」

 

 ……もしかして、着ぐるみのことだろうか? でもなんでそんなとこに……

 

「大きな人形が……たくさん床に張り付けにされて、血の中に浸かっていて」

 

 その光景はどんなものだろうか、わからないし、わかりたくもない。

 

「生きてるんだ……」

 

 防衛本能だろうか。彼女は大粒の涙を流しながら、少しひきつった笑みを浮かべていた。

 

「生きている? 着ぐるみ……いやその、大きい人形が?」

 

「生きてるんだ。体の半分以上くさって、骨まで出てるのだってあるのに、生きてるんだ。生きて、助けて、助けてって……」

 

「……わかった、いい、もういいから」

 

 これ以上はいくら何でも限界だと思い、俺は彼女に話をやめるよう言った。けれどそれを構わず、彼女は話を進める。

 

「そして、あの男に見つかった。あの男は、鳥の頭をした魔物を連れて、僕に近づいて、こう言ったんだ。『君は最高だ』、『私の最高の作品だ』って……」

 

 『最高の作品』、それを人間に向けるということは、何を意味してるのだろうか? つまり、男は自分でその着ぐるみを作ったのだ。人形の村人は、怪しまれないためのカモフラージュだろうか? なんにしても、本物の村人たちはきっと、着ぐるみの……

 

「なんでこんなことするのって、泣きながら聞いたんだ。その目的を聞いた時の、そしてそれを話しているときのあの男の顔を、僕は絶対忘れられない」

 

 目的……どんな目的なんだ。こんなことをして、ここまでのことをしでかしてまでやらなきゃいけない目的って、一体……

 

 

 

「魔王の娘たちのための、夢の国を作りたいんだって言ったんだ。黒い丸いつけ耳を付けたその男は」

 

 

 

「……?」

 

 あれ、どうしよう。いまいち言ってる意味が分からないのに、なんかすごく危険なことをやろうとしてる気がするぞその男。なんだろう。やったらそれこそもう、全てが終わってしまう気がする。

 黒い丸いつけ耳ってのも気になるけど、なんか今は無視した方がいい気がする。ものすごく。

 

「…………なあ、ところで、その夢の国の名前とかは聞いたのか?」

 

 俺は何を思ってか、そんな質問をした、してしまった。確かめたかったのだ。そしてそれと同時に、強く願ったのだ、違ってくれと、杞憂であってくれと。

 

「確か……国の名前は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディズn「よしわかったもういい」ランドって……ど、どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 これはダメだ。男は思った以上にタブーを冒してるらしい。

 え? マジで? 気は確かか? 何を思ってそんなデスゲーム始めてんの? お前も俺もみんな死ぬぞ。ネズミのキャラクターの版権を持った会社に「ハハッ」って言われながら細切れにされるぞ。気は確かか?

 

「ま、魔王……?」

 

「……その男は、俺たちにとっても多分敵だ」

 

「え、で、でも! アイツは、魔王の娘たちのためって……」

 

「でもそれはもはややり過ぎだ。やつ自身が暴走したのであって、誰もそんなことは望んでいない」

 

「でも……」

 

「俺たちは関係ない、いいか? 俺たちは、一切、関係ない」

 

 そう、俺たちは関係ない。やったのは全てその男なのであって、俺たちは何も侵害していない。いいね?

 

「……本当に、魔王がやったんじゃないの?」

 

「ああ、そんなことできないし、やりたくもない」

 

「……そっか」

 

 そう言った勇者ちゃんは、少しだけほっとしたような顔をした……が、俺がそれを見ているのに気づいた瞬間、すぐにいつもの険しい表情に戻った。

 

「ッ……で、でも、お前が魔王なことに変わりはない! なにが何だろうと、僕は魔物を許すわけにはいかないんだ!」

 

「……剣がなくても?」

 

「え、あ、う……」

 

 忘れてたのか。言っちゃ悪いけど、この勇者ちゃん相当な天然だよな。

 

「剣がなくたって君は強いよ」

 

「…………ふぇ?」

 

 言われたことが随分意外だったのか、勇者ちゃんは素っ頓狂な返事をする。けど事実だと思う。武器がないシャツ一枚で、強大な(と彼女は思っている)魔王にここまで言ってのけたのだ。それだけで十分に勇者足りえるだろう。

 

「ま、それはそれとしてだ、いい加減火を焚こう。寒いったらないよ」

 

「……むぅ」

 

 納得いかないのか、気恥ずかしいのか、とにかくそんな表情をして、勇者ちゃんは顔を伏せてしまった。困ったな、俺は火おこせないから勇者ちゃんに頼ろうと思ったのに。

 

 

 ……クーン …………ヨシクーン……

 

 

「あん?」

 

「な、なに?」

 

 何やら遠くの方から声が聞こえる。……何かどっかで聞いたことある声だな。

 ……あれ、なんだ? なんか向こうからなんか来て……

 

 

 

 

「ウオォォォォオ! ヨォシクウゥゥゥゥウン!!」

 

 

 

「「わあぁぁあッ!?」」

 

 なんだ!? 物の怪の類か!?

 

「ヨシ君! 無事だったんすね!」

 

「……てロックさん? なんでここが」

 

「夜目はキク方なんすよ」

 

「ヨシカゲ君! 大丈夫?」

 

「リリスさんも……てことは」

 

 そう言いかけた瞬間、後ろから、2人とは別の足音が聞こえた。そうか、アイツも来てくれたのか……

 

「ゼェッ……ゼッ……ヨ、ヨシカ……だいじょ、ゲェッホゲホ、ウェッ……」

 

「うんお前の方が大丈夫か? イブ」

 

 なんで俺よりも死にそうなんだコイツは。

 

「ハーッハーッ……ん? ゲェ、勇者!?」

 

「え? ヨシ君なんで勇者ちゃんと一緒なん? てかあのシャツヨシ君のじゃん」

 

「ヨシカゲ君も半裸じゃない……え、うそこのスケベナメクジったらもしかして」

 

「なあ人の話を聞くってこといい加減覚えようぜ?」

 

 どうしてコイツらといるとこう、静かにするってことができなくなるんだろうか。疲れてるんだからやめて欲しいんだけど。

 

「……心配しなくても、僕は1人でエイレックスに帰るよ」

 

 そう言って勇者ちゃんは、まだ半乾きの自分の服をもって、エイレックスへの道を辿ろうとした。あの子俺のシャツ、もう完全に私物化してないか? いや別にいいけど。

 

「あー……エイレックスに行くのはちょっと、お勧めしないわよ」

 

 そう言って勇者ちゃんを引き留めるのは、意外や意外、リリスさんだった。リリスさんは自分のカバンの中から水晶を取り出し、それを勇者ちゃんに見せる。あれ確か、人間界が見れる水晶だっけか。持ち歩いてんのかあの人。

 

「……それがどうしたの?」

 

「まあ、見てみなさい……」

 

 何故か苦笑いをするリリスさん。何かと思い俺も水晶を覗いてみると、そこにはエイレックス王国の人達が映っていた。映っていたんだけど……

 

 

 

 ◆

 

 

 

「信仰心を保ちたいならさあ、姫様あてにしちゃダメじゃない?」

 

「自己防衛、投資、他国移住……エイレックス脱出だよね」

 

「だから姫なんか当てにしちゃダメよ。おん」

 

 

 

 ◇

 

 

「なんだこれは、たまげたなあ……」

 

「なあ姉ちゃん、誰に向かってしゃべってんだコイツら?」

 

「いやわかんないけど……で、どうする勇者さん? 今エイレックス王国は内部分裂がすさまじくて、今帰ったら絶対ゴタゴタに巻き込まれると思うけど?」

 

「え、あ……え……?」

 

 めっちゃ困惑してるじゃん勇者ちゃん。まあそうだよな、俺もちょっと何が起きてんのかいまいち把握できてないもん。

 というか、国がこんな状態なら……

 

「そ、そうだ! 姫様! 姫様を助けなきゃ!」

 

 そう、エルカ姫のことが心配だ。あの子大丈夫かな? この様子じゃクーデターでも起こされてそうだけど。

 

「ええ、心配でしょう? それでね、それについても、アナタについても、話したいことも聞きたいこともいっぱいあるの、だから……」

 

 

 

 

 

「貴女、魔界に来ない?」

 

 

 

 

 

 その言葉に、リリスさんとロックさん以外は、開いた口が塞がらないまま、固まった。

 

 




どうか怒られませんように(懇願)


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14話 召喚されたし牡蠣鍋食べたい

前回のあらすじ:ハハッ


 辺りが暗くなり、夜風が冷たくなりだした頃。俺たちは馬車に乗って、魔界への帰路を辿っていた。これだけなら何の問題もない。あとは帰って寝るだけ、平和なもんだろう。

 けどそうはいかない、とでも言わんばかりに、隣にいる女の子が不安そうな顔で俺の服の裾をつまんできた。そう、そうはいかない。世には常にイレギュラーが存在するし、大概それはロクなもんじゃない。突然の停電で作業のデータが飛んだり、一緒に仕事してるやつが自分で言いだした分担を全然やんなかったり、結局そいつの分も全部1人でやることになって今夜も徹夜だわっほほ~い! となったりなど、多くの場合は人間性を失う代わりに殺意を得るくらいにネガティブで嫌なことだらけだ。

 ……話がそれたけど、今回のこれもイレギュラーだ。と言っても、今回はそんな大したことじゃない。ただ馬車が(御者も含んで)王国から奪った盗品だということと、隣に女の子……ついさっきまで俺を本気で殺しにかかって来ていた勇者ちゃんが、何故か魔界についてくることになった程度だ。字面で見ると結構ダメなヤツだな。

 

「……ふ、ふへ、ひひひひ」

 

「……」

 

 そして何か知らんけど対面に座ってるイブがめっちゃ煽り顔で勇者ちゃんのことを見ている。何なのかしらコイツ。勇者ちゃんが剣を失くして無力化したって知ってからずっとこの調子だ。

 

「ど、どうしたんですか勇者様ぁ? ついさっきまでは殺す殺すってめっちゃイキってたじゃないですかぁ? なんでそんなに足が震えてるんですかぁ? どうして、ねえどうしてですかぁ?」

 

 うるさいコイツ。もうなんか、言動も表情も全てがうるさい今のコイツ。疲れてるんだから静かにしてほしい。

 

「あ、け、剣ですか剣ですね! やっぱ剣がなきゃ無理なんですね! まあ剣の力でイキるのもいいと思いますけどぉ、なくなった途端にこれってちょっとダサくないですかー! ふひ、うひえっへへへへ!」

 

「この下衆ッ……!」

 

「ひぃっ!? 助けてヨシカゲ!」

 

 そう言って、勇者ちゃんとは反対側の俺の隣に身を寄せるイブ。今のこういう状態、両手に花って言うんだろうな。でも不思議だな。勇者ちゃんはともかくイブ相手だと素直に喜べないや。

 

「やめなよ」

 

「ッ……でも、コイツが……!」

 

「言うだけさ、何もしないよ。そう約束したろ?」

 

「……うん」

 

 俺の言葉に了承してくれたのか、勇者ちゃんは握っていた拳を解き、再び席についた。

 

「お前もやめろよ、イブ。面倒なことしないでくれ」

 

「う、うるさいヨシカゲ! いいか、私がこんな風に誰かにマウントとれる機会なんてもう一生来ないかもしれないんだぞ! 刹那の優越感くらいには酔わせろ! ご主人様の命令だぞ!」

 

「なんて悲しいことを言うんだお前は……」

 

 もはや憐憫の情まで向けたくなるようなその言葉に、反射的にそう返した。何がいやって、気持ちがちょっと理解できてしまうのが嫌だ。

 

「?……魔王」

 

「ん、どした勇者ちゃん?」

 

「魔王は、魔王なんだろ?」

 

「えっ……まあ」

 

「じゃあそっちの下衆女は誰なのさ? 『ご主人様の命令』ってさっき……」

 

「「あっ」」

 

 俺のイブの声が被る。それを聞いてさらに疑問に感じたのか、勇者ちゃんはこちらをジト~ッという目で見てくる。どうしよう、ここでイブが本当の魔王だって知られたらまた話がこじれそうだし……。

 

「そのことに関しても、魔界についたらすべて話すわ」

 

 と、先程まで黙って様子を伺っていたリリスさんが口にした。イブとはまた違い、この人は勇者ちゃんが無力化してると知っても、警戒をして、魔女帽子の奥で瞳を鋭くしていた。

 

「……そんなこと言って、着いた瞬間魔物の餌にでもする気じゃないの?」

 

「それが本当なら今頃、アナタの四肢をもいでダルマにでもしてるわよ。……でもそうね、それもいいかも」

 

「ひ……」

 

 あ、違う。イブとは別のベクトルでいじめてるだけだアレ。どうしよう、魔界の女性陣ロクな奴いないや。男性陣も大概かもだけど。

 

「あ、そろそろ着くっすね」

 

 外を見ていたロックさんがそう全員に言った。ちなみにこの人は何してたかっていうと、御者をやってるメイドの子をずっと口説いてた。なんかスリーサイズがどうとか下着の色がどうとかすごいセクハラめいたことを聞いていた気がする。何て人だ、見損なったぞ。

 

「……で、ロックさん」

 

「上から85 56 84、白のガーター、目測から嘘はないかと……」

 

「なるほど」

 

 あのメイドさんには後で謝罪の言葉を述べよう。いろんな迷惑かけたし。あとありがとうございますって言っておこう。

 

「お前らさぁ……」

 

「魔王、お前……」

 

「最っ低ね……」

 

 そして俺たちは女性陣に白い目で見られ、しかし得たものに比べればあまりに取るに足らないことだとでも言わんばかりに、俺たちさんは満足げなニヒルとも呼べる顔をしていた。ロックさんの表情わかんないけど。

 魔界の住人は例外なくロクな奴がいないってことが今日改めてわかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「うへぇ、長かったなー……」

 

 馬車に揺られ更に数刻、ようやく魔界について、いつもの酒場の前に来ていた。やはり長時間の移動に慣れていないのか、イブは背筋を大きく伸ばし、体全体でその疲れを主張していた。

 

「ここが魔界……」

 

「な、なんか、思ったより普通というか、どんよりしてないというか……」

 

 魔界を初めてみた勇者ちゃんとメイドさんは互いにそう言う。どうやら思っていた魔界とはずいぶんと違うようで、二人とも目を丸くしていた。

 

「この酒場よ。さ、どうぞ」

 

 リリスさんはそう、勇者ちゃんたちに入るよう促した。

 

「……本当に姫様は無事なんだよね?」

 

「実際に見てみなさいな」

 

 リリスさんにそう言われるも、やはり怖いようだ。勇者ちゃんは振り返って、不安そうな顔で俺を見た。それに対して俺はただ頷いた。そうすることのみが許されているような気がしたのだ。

 それを見た勇者ちゃんは覚悟を決めたのか、恐る恐る酒場のドアを開けた……。

 

 

 

 

 

「「フォオオオオオオオオ」」

 

「「フォオオオオオオオ」」

 

「「「「フォオオオオオオオオオオオオ」」」」

 

 

 

 

 あ、閉めた。

 勇者ちゃんは恐ろしく速い動きでドアを閉めて、再びこちらを向いた。本当に意味がわからないといった顔をしている。そんな顔をされても、俺も本当に意味が分からないので答えようがない。

 とりあえずなんか奥の方で姫様らしき人がダンスしてんのが見えた。

 

「……リリスさん、あれは?」

 

「あ~……そういえば今日夜にライブやるって言ってたような……」

 

「え、フクロウの叫び声で何も聞こえなかったけど」

 

「パリピってそんなもんでしょ?」

 

「多方面に喧嘩を売る発言しないでくれます?」

 

「よ、よかったですね勇者様! 姫様無事でしたよ! 元気にカワイイ衣装着て踊ってましたよ!」

 

「ごめんエレノア黙って! ちょっと理解が追い付いてないから!」

 

 頭のキャパシティが限界を超えてしまったようで、メイドさんの言葉を遮り、勇者ちゃんはその場にへたり込む。無理もないだろう。あんなフクロウの群衆が姫様を見てフォオフォオ騒いでる場面なんて頭に疑問符しか浮かびようがない。

 と、扉の前で勇者ちゃんの回復を待っていると、扉が勢いよく開いた。どうやらさっきので姫様が気付いて、慌ててこちらに駆けつけたようだ。

 

「リサ! ああ、よかった! 無事だったのね!」

 

「ひ、姫様……! 一体どういうことなんですか! 何がなんだか……」

 

「あの後、国の人達に殺されそうになってしまって……何とか逃げてきたところを、かくまってもらったのよ。何故か踊れって凄い煽られてこんなことになっちゃってるけれど……」

 

「……やはり、国を裏切ったんですか?」

 

「ッ! それは……」

 

 姫様は現状に再び目を向けたからか、フリフリのカワイイ衣装のまま悲痛な顔を勇者ちゃんに向けていた。凄いシュールだ。

 

「まま、とりあえず入りましょーや、あったかいもんでも飲みながら話しましょう」

 

 確かにここでこうしていても仕方ない。俺たちはロックさんの言葉を皮切りに、店の中に入って、話をすることにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「王位を剥奪された!?」

 

「ええ、どころか、私は国で第一級の危険人物扱いになっています。魔王に寝返った裏切り者と。まあ、間違ってはいませんが……」

 

「それは……!」

 

 そう言う姫様の顔は、どこか自嘲気味に笑っているようだった。勇者ちゃんもその認識だったのだろう。感情の向けどころがわからないかのように、歯を食いしばっていた。

 

「……なぜ、なぜ魔界に与するようなことをしたんですか。アイツらが僕たちにしたことを忘れたわけじゃないでしょう?」

 

「理由は、たぶんあなたも薄々気づいてるはずよ、リサ」

 

「!……」

 

「え、え? どういうことですか?」

 

 話についていけてないメイドさんが、困惑した顔で姫と勇者を交互に見る。それを見かねた姫様が理由を説明しだした。

 

「つまり、私たち(人間)を害していたのは、彼ら(魔王様)じゃないかもしれないってことなの」

 

「かもではなく、事実そうよ」

 

 姫様の言葉を訂正するように、リリスさんが声を発した。そこからは私が説明すると主張するかのように、リリスさんは言葉を続ける。

 

「勝手で申し訳ないけど、あなたのことを姫様から聞かせてもらったわ。勇者……いいえリサ=ジェイムス。10年前にエイレックス王国に移住してからは、騎士学校で学びそのまま王立騎士に任命、そしてつい1年前に聖剣に選ばれ『月明りの勇者』の称号を得る。その年で大したものね」

 

「どうも。で、それが何?」

 

「王国に来たのは、10年前のアナタの故郷の出来事が原因でしょう?」

 

「ッ……」

 

「リリスさん、それは……」

 

「……そういう反応をするっていうことは、ヨシカゲ君も彼女から聞いてるってことでいい?」

 

「ええ、あらかたは……リリスさんとイブは、知ってる人じゃないの?」

 

「私が知るはずないだろ。そんな気味の悪い奴」

 

「イブと同じ。私も心当たりがないわ」

 

 予想はついてたけど、やはり2人とも知らないらしい。もし知ってたなら色々と聞こうと思ってたんだけど。

 

「ヨシカゲはなんか心当たりあんの?」

 

「……多分だけど、そいつ、俺と同じ召喚されたやつかもしれない」

 

「え、てことは、あの本に書いてあった『悪魔』ってやつか?」

 

 イブの言葉に、俺はただ黙って頷いた。その一部始終を勇者ちゃんは怪訝そうな顔で見つめていた。

 

「なあ、何の話をしているんだ? さっきも聞いたけど、魔王は魔王じゃないのか?」

 

「あ、いや、それは……」

 

「悪いけど、勇者。今それどころじゃないの」

 

「教えるって言ったじゃないか」

 

「優先事項ってものがあるわ。今はあなたの故郷を壊したその何者かをどうにかするよう考えなくちゃ」

 

「どうにかって……できるの!?」

 

 勇者ちゃんが身を乗り出してリリスさんに詰め寄る。それをリリスさんは鬱陶しそうにしながらもそれに答えた。

 

「どうにかしなきゃ、私たちに被害が及ぶんですもの。ほっとくわけにもいかないでしょ」

 

「つっても姉ちゃん、どうすんだよ一体。聞いた限りじゃ、話が通じるような奴じゃないぞ、そのサイコ野郎」

 

「……俺が会いに行ってみるよ」

 

「は!?」

 

 俺の言葉に、イブはたいそう驚いたような顔を向けてきた。

 

「お前話聞いてなかったのか!? やばいだろ絶対!」

 

「……実は私も、ヨシカゲ君にお願いしようと思ってたの」

 

「姉ちゃんまで……」

 

「聞いた限りじゃ、その男はヨシカゲ君と同じ世界から来た可能性が高いわ。なら接触すれば何か反応を得られるかも」

 

「俺自身、そいつに色々聞きたいこともある。おっかないけどさ……」

 

 そう言いながら、俺は勇者ちゃんに聞いた過去を思い出す。下手すりゃ自分もお人形の仲間入り、仲良く某ネズミの会社に著作剣でバラバラにされるかもしれないんだ。色んな意味でゾッとするね。

 

「僕も行くよ」

 

 と、話を聞いていた勇者ちゃんが立ち上がった。

 

「リサ、大丈夫なの……?」

 

「……正直怖いです。でも、僕もいい加減はっきりさせたいんです。自分の過去を」

 

「決まりね。決行日時や具体的な内容ははまた改めて伝えるわ。……疲れたし、今日はとりあえず休みましょう」

 

 リリスさんのその声を皮切りに、酒場内は緩慢な空気が流れだした。結局エイレックスの問題は解決はできなかったが、少なくとも最悪の結末は逃れたと言っていいだろう。

 リリスさんの言うように、今日は疲れた……飯食って風呂入って寝よう……

 

「な、なあ、僕はどうすればいいんだ?」

 

「姫様と一緒に歌ったら?」

 

「うぇ!?」

 

「お、いいじゃんいいじゃん次やろうぜつぎぃ!」

 

「ええ、ちょ、姫様、助け……」

 

「すいませんこの牡蠣鍋ひとつ」

 

「あいよ」

 

「姫様!」

 

 ……魔界に来たら魔物の餌にされるかもしれないっていう勇者ちゃんの予想、ある意味当たってたのかもな。まあいいや、そんなことより飯だ。今日はスタミナのつくもん食べよう。

 

「あ、そういえばヨシ君。ヨシ君が持ってた袋、なんか入ってたよ」

 

「え?」

 

 ロックさんがそう言いながら、俺に袋を渡す。これは、俺が川に落ちたときに浮袋代わりに拾った袋か?

 確かに何か入っている。俺はそれを確かめるべく、袋を開けて中身を出した。これは……。

 

「タバコだ……」

 

 中には、黒いフィルターのタバコが入っていた。確かブラックデビルだ、この銘柄は。……なんだろう、つい最近どっかでこれを吸った気がするんだけど……。

 気のせいかな? 俺が普段吸ってる銘柄じゃないしな……。

 

「おう、坊主。こっちもお前あてにわけわかんねえのが来てるぞ」

 

 俺にそう言うのはまたロックさん……ではなく、ヤンシュフ族の酒場のマスターだ。ロックさんとは違いこっちはやや年季の入ったようなフクロウの顔をしている……気がする。

 

「ほれ、なんか服みたいだけどもよ」

 

「うお、でかいっすね……服?」

 

 出されたその大きい箱を開けてみる。中に入っていたものは、やはり意外なものだった。

 

「黒のスーツと、ネクタイピン?」

 

 まさに真っ黒、という形容が当てはまる色のスーツ一式と、何やら紋章のようなものが刻まれているネクタイピンがそこにあった。素人目にもわかるくらいつくりの良いスーツだ。

 ネクタイピンに関して言えば、何やら裏側にも文字が刻まれている。『Physilogical』? なんのこっちゃ?

 

「あのこれ、誰から?」

 

「知らねえよ、親戚じゃねえのか?」

 

 そんなはずはない、この世界に親戚なんていようはずがない。じゃあ一体誰なんだ。ちょっと怖いんだけど……。

 

「……ん? なんだこの紙?」

 

 ふと、箱の中に一枚の紙きれがあるのに気づいた。何やら書いてある。これは……日本語!? なんでこんなとこに。

 そしてそんな俺の疑問をあざ笑うかのように、その紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『世界をもっと面白くしよう』

 

 

 

 

 

 

 ∇

 

 

 

「……さて、種は撒いたし、そろそろ来る頃かな……ねえ、川里君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は悪魔になるか、それとも……」

 

 

 

 

 

 

 

 




牡蠣はおいしいけど当たるとマジでやばいからみんな気を付けようね!



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15話 召喚されたし涙が出ちゃう

前回のあらすじ:牡蠣鍋


 突然だけども、もしこれを読んでる人がいるのであれば、一つ聞いてほしいことがある。『八甲田山』という古い映画を知っているだろうか? 俺も詳しく知ってるわけじゃないけど、明治時代に実際あった雪中行軍遭難事件を題材にした話で、自然の厳しさと極限状態の人間の在り方をかいた名作として名高い。

 なんでそんな話をいきなりしだしたのかって? そうだよ、それだ。その質問を引き出したいがためにこの話をしたと言ってもいい。

 なあに、いたって単純だ。

 

「ヨ、ヨシカぶぶぉぼぼ……よしぶぼぼぼヨぼぼっぼぼぼぼ……」

 

「なに、どうした聞こえねぇ……すんげえ顔面に雪あたってんなお前」

 

 それを思い出すくらい轟音の猛吹雪の中に、俺たちはいるからだ。

 

「うぇっふふふう、ふぶぶううぶうぶぶ! ぶ? うばあばべぼぶるんぶるんぶ」

 

「何? 顔全体に雪へばりついてるからこもってわかんねえよ何?」

 

「ぶぶう……ブハッ! ゲホッウェッホエッホ」

 

 俺が取っ払った際に顔の雪が気管に入ったのか、イブは酷くせき込んでその場にかがんでしまった。そして咳が止まり、呼吸が整ったところで、彼女はうつむいたまま言った。

 

「帰りたい」

 

「俺も」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 勇者ちゃんの生まれ故郷に、色んな意味で俺達を脅かす存在がいるかもしれない。それを確かめるべく、俺と勇者ちゃんでその生まれ故郷に行こうとなったのが、つい先日……姫様を魔界に連れてきた日の話だ。

 俺達以外に魔王を名乗ってるやつがいて、勇者ちゃんの村を乗っ取り、日本だったら千葉にあるのに東京と名乗ってる某テーマパークを許諾無く造ろうとしてるという。

 それはそれで具体的に危険だけど、それはとりあえず置いておく。問題は、俺と同じ世界から来た人間なのかもしれない。ということもあったため、可能であればそいつに聞きたいこともあった。

 当初はリリスさんとロックさんもついていくと言ってくれていた。俺が危険だと言ったら、2人は『ヨシカゲ(ヨシ)君は放っておけない』と、そう言ってくれた。俺は涙が出そうになった。こんな俺にも、大切に思ってくれる人がいるのだと。

 そんな感激を覚えたまま、長旅のための装備を整え、朝を迎え、いざ出発しようとしたとき、リリスさんは言った。

 

『ごっめ~んヨシカゲくぅ~ん。今日歯医者の予約入れてたのすっかり忘れてた~テヘッ♪』

 

 なるほど、いきなり予約をキャンセルするのは迷惑がかかるし、何より歯というのはとても大事なものだ。そしてリリスさんは歯医者へ行った。

 恐怖を感じるぐらい釈然としないが『まァあの人だし』と思ったら納得できた。俺は涙が出そうになった。

 そして気を取り直してさあ行こうとしたとき、ロックさんは言った。

 

『ごっめ~んヨシくぅ~ん。今日タラバガニと合コンあるのすっかり忘れてた~テヘッ♪』

 

 なるほど、合コンをドタキャンしたらメンバーにもタラバガニにも迷惑が……タラバガニと合コンって何? 梟の顔した男とタラバガニが集まってなにすんのさ。え、怖いよ、怖い、え?

 ロックさんは合コンへ行った。醤油とポン酢を持ってるのが酷く恐ろしかった。俺は涙が出そうになった。

 

「つーか、逆になんでお前は来てるんだよ、イブ?」

 

「何言ってんだ? お前とは契約を交わして、もう家族みたいなもんだろ? 水臭いこと言うなって」

 

「イブ、お前ってやつは…………お前も今日歯医者だって聞いたけど?」

 

「…………」

 

 プイッと顔をそらすイブ。コイツにいたっては歯医者に行かない口実のためについてきたらしい。魔界の人達、外敵に対する優先度低くない? エイレックス王国(オリーブオイル)の時もなんだかんだ全員居酒屋の宣伝しかやってねえし。

 

「はやく行こうよー!」

 

「なあヨシカゲ、なんでアイツはあんなに元気なんだ……?」

 

「そりゃ世界の命運を託された勇者様なんだから、冒険する体力くらい余裕であるだろうよ……」

 

 結局、イブ、勇者ちゃん、そして俺という何とも言えない面子でパーティを組み、偽魔王の根城へと行くことになったのである。この中で戦力になるのは勇者ちゃんだけ。しかも聖剣がないからかなり弱体化してる。……あれ、これマジで引き返した方が良くねえ?

 

「しかし、ここまでひどい天候だとはな。こんなところで育ったんじゃ、勇者ちゃんも強くなるわな」

 

「これくらい、故郷じゃいつものことだよ」

 

「しかしなあ……これは道産子の俺でもきついもんがあるぜ」

 

「どさん……なに?」

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

「ヨシカゲ、ヨシカゲェ……もう無理だ。おんぶ、おんぶして……ヌッ……ヌッ……」

 

 後ろを見てみると、イブがもはや死にそうな顔をして、雪の中にうつ伏せに倒れながらそんなことを言っていた。ていうかあれ眠りそうになってんな。シャレになんねえ。

 

「何しについてきたんだお前は……」

 

 雪からイブを引っぺがして、リクエスト通りにおんぶしてやる。背が小っちゃいから軽い……と言いたいけど、やっぱり子供一人分くらいには重い。魔族って言っても体重は人間とさして変わらないらしい。

 

「……魔王、そいつのこと甘やかしすぎじゃないの?」

 

 勇者ちゃんがこっちを不機嫌そうな目で見てくる。

 なんと言えばいいのか、勇者ちゃんはイブのことは好きじゃないらしい。イブがついてくるって言った時も、露骨に嫌な顔をしていた。もしかしたら、勇者の勘みたいなもので、イブが本物の魔王だって気付いてるのかもしれない。そのくらいには嫌っているふしがある。

 

「ふん、甘えてるだの甘えてないだの非効率的な精神論ばっか唱えてるから、あんなオリーブオイルのカルト宗教みたいなのに騙されんだよ。どこぞの姫様がいい例だ」

 

 効率云々言うんなら、お前が来ないことが一番効率いいと思う。俺は背負った途端やたらと弁舌になったイブを見て思った。嫌ってるのはお互いさまらしい。

 

「……姫様を愚弄するな」

 

「OKわかった。辺りも暗くなってきたし、そろそろ野営といこう」

 

 険悪にメンチを切り合ってる両者の空気に耐え切れず、俺は少し大きめの声で言った。実際暗くなってきたし、体力が限界なので野営したいというのは本当のところだった。

 

「……まあ、確かにそろそろ暗くなるし、いいか」

 

 そう言うと、勇者ちゃんは荷物を降ろし、野営の準備を始める。

 

(心臓に悪いなァ全く……)

 

 テキパキとテントを設営する勇者ちゃん。聖剣を失って魔法が使えなくなってるから、手作業と道具のみでやらなきゃいけないらしい。しかしそんな心配とは裏腹に、勇者ちゃんは随分と手際良く準備を進めていた。

 

「慣れてんな」

 

「野営ではいっつもこうだよ。魔法のコントロールより、普通に道具を使った方が僕は楽だな」

 

「へえ、助かるよ」

 

「別に……ほら、ぼさっとしてないで手伝う。キミもだよ」

 

「い、嫌だ、限界だ……慣れてんなら勇者だけでやりゃいいじゃんか」

 

 辛うじて雪から起き上がったイブが言う。

 

「手伝いが多い方が君の言う『効率的』になるんじゃないの?」

 

 それに対して勇者ちゃんは先程の仕返しとばかりに、つっけんどんにそう言った。

 

「お前、魔界に帰ったら覚えてろよ……」

 

 そう言いながら、イブはしぶしぶ道具を手に取った。俺たちは雪の中野営の準備を進めた。終わるころには風がやんで、けれども雪は大粒のものがパラパラと降り続けていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「……止んできたな」

 

 キャンプに火をつけて数時間後……俺はテントの外で、ぼうっと雪を眺めていた。

 

「……偽魔王なら、コイツのこともわかるのかね?」

 

 そう言いながら俺は、袋に入っていたタバコと、謎の文字が刻まれたネクタイピンを取り出した。

 刻まれた文字は『Physiological』、確か生理的とか肉体的って意味だった気がする。これも全く意味が分からなくておっかないけれど、極めつけはこのタバコ。

 

「ブラックデビルか」

 

 ブラックデビル。その厳つい名前とは裏腹に、甘い香りと味が売りの銘柄だ。しかも入ってるのはココナッツミルク……このシリーズの中でも特別甘いやつだ。

 

「タバコはポールモールが好きなんだけどな」

 

 今や廃盤となってしまった銘柄を思いながら、ブラックデビルを箱から一本だし、口に咥えた。出所がわからないという不安が頭をよぎったが、咥えたときのあの甘ったるい味が過去に経験したものと何も変わってないので、その不安も消えた。わざわざこんなもんに毒を仕込むような奇特な奴もいないだろう。

 

「……ああ、そうだ。火がないじゃん」

 

 今の自分はライターなんて気の利いたものを持ってないことに気づいた。面倒だけど、一回テントに戻って火を貰ってこよう。

 

「何してるの、こんなところで?」

 

 しかしちょうど戻ろうとしたところに、勇者ちゃんがこっちに来た。今は装備を外して、セーターとタイツ、その上に毛布を羽織っていた。

 

「イブは?」

 

「もう寝たよ。疲れてたみたいだ」

 

「ま、だろうな。アイツ普段、遠出なんてしないし。あんまり無理しなきゃいいけど」

 

「……随分、気にかけてるんだね」

 

「そうかい?」

 

「だって……いや、ごめん、忘れて」

 

 そう言って勇者ちゃんは、不機嫌な顔を携えて、俺の横に立った。

 

「……で、何それ?」

 

 勇者ちゃんはふと俺の方を見て、俺が咥えてるタバコを指さした。

 

「タバコだよ」

 

「何それ?」

 

「知らないのか?」

 

 意外……でもないのだろうか。魔界にいると忘れがちになるけど、ここは魔法ありきのファンタジーな世界だ。タバコみたいな嗜好品は開発されてないのかもしれない。

 

「吸ったらダメだぜ、碌な大人になんねえぞ」

 

「そう言う魔王は吸ってるじゃないか」

 

「言った通りになってるだろ? とにかく、子供は吸ったらダメなの」

 

「子ども扱いしないでよ」

 

 そう言うと勇者ちゃんは釈然としないような、ムッとした顔をこちらに見せた。バカにされてるとでも思ったか。しかしまいったな、近くに子どもがいるんじゃ吸えるもんも吸えない。

 

「そんな風に吸い込むものなの?」

 

「いや、先端に火をつけながら吸い込む必要が……て、おい」

 

 俺が言うや否や、勇者ちゃんは俺が咥えていたタバコを奪い、携帯してたであろう火打石を取り出し、火をつけ、タバコを思いっきり吸った。

 

「ッ……!? ゲホッ! ゲホ!」

 

 なれない煙をいきなり吸ったからだろう。勇者ちゃんは涙目になり、大きく咳き込んだ。こうやってすぐムキになるのは、イブに通ずるものがある気がした。

 

「だからやめとけってば」

 

「な……なにごえッ……なんでこんなもの吸うの?」

 

 なんで、か。

 ……なんでだったっけな。

 

「勇者ちゃんはもう寝なよ。俺もすぐ戻るから」

 

 俺はごまかすようにそう言いながら、彼女が落としたタバコを拾った。

 

「……ねえ、その『勇者ちゃん』って言うの、やめてよ。僕にはリサって名前がちゃんとあるんだ」

 

 彼女は不機嫌な顔で言った。そういえば、そんな風に呼ばれてたっけか。

 

「わかった。あー……リサ、さん?」

 

「魔王なんかにさん付けされる筋合いはないよ」

 

 さん付けにそんな特殊な道理はいらんだろ……と思ったけど、変に逆らうのも面倒くさいので、素直に彼女のリクエストに従うことにした。

 

「えーと、じゃあ……り、リサ?」

 

「ッ……あ、うん。そ、それで、いい」

 

 呼び捨てが予想外だったのか、急に勇者ちゃん、いや、リサは挙動不審になって下を向いてしまった。どうしたんだろう、もしかして親しい間柄の人がいなくて、下の名前で呼び捨てにされることに慣れてないんだろうか? だとしたらとても親近感が湧くんだけど。

 

「あ、えと、じゃあぼくさきにもどってるね!」

 

 何故かものすごい早口だったのでいまいち聞き取れなかったけど、どうやらテントに戻るらしい。リサに「おやすみ」と言うより早く、彼女は既にテントの中に入るところだった。

 

(……さて、俺も一服して寝るか)

 

 リサがいなくなったのを見計らって、俺は彼女が口にしたタバコに意識を向けた。

 咳き込むリサを思い出した。あの子にも煙を吸って、咳き込まなくなる日が来るのだろうか。そうじゃなかったらいいけど、などと思いながら、俺は煙を口だけで吸った。昔と変わらない、甘ったるい味だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 雪の中で、歩きとキャンプを繰り返し数日、未だに雪がちらほらと降る昼頃に、俺達はその場所にいた。

 

「もうすぐだ、この辺だよ」

 

「あー疲れた。遠すぎるだろ常識的に考えて」

 

「おんぶして貰っといて言うセリフじゃねえなこのアマ……」

 

 旅の後半になると、イブは最初から最後まで俺がおんぶするハメになった。コイツを連れてきた意味がいよいよもってわからない。ていうかコイツがもうわからない。何このガキ? 何?

 

「遊んでないではやく行こう……うそ」

 

「? どうした勇者」

 

 突然リサが、遠くの方を見て立ちすくんでいた。ずいぶんと驚いてるらしく、イブの問いかけにも何も言わない。

 

「なんで? 何あれ? ウォールコーンの村は……?」

 

 リサが故郷の名前らしきものを言った。つまり、彼女が見ている先には、彼女の故郷があるのだろう。一体何が見えてる? 何をそんなに怯えてるんだ?

 俺は勇者ちゃんが見ている方を見た。

 その先には、とても恐ろしいものが在った。

 

「うわ、なんだあれ!? デッカ!」

 

 イブがそれを見て感嘆の言葉をあげた。

 あれが偽魔王の根城。非道な人体実験を基に、某千葉のテーマパークをこちらに造るという全てを巻き込んだチキンレースを行っている男の総本山。その巨大な都市のようなものは、まるで……。

 

 

 

 

 

 

「ユニバーサル○タジオじゃねえか……」

 

 

 

 

 

 

 遠目からでもわかる巨大な地球のスタチューを見て泣きそうになった俺は、会ったら本気でぶん殴ってやろうと思った。凄く帰りたくなった。




8ヶ月? マジ?


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16話 召喚されたし責任は取りたくない

前回のあらすじ:万国スタジオ


「……うそだろ」

 

 俺がそこに入って、まず最初に口から出た言葉がそれだ。賑やかなBGMと、それに合わせて世話無く動くアトラクションの数々。ここは、俺がもといた場所にあった遊園地そのものだった。

 ていうかパクリだった。大阪にある例のテーマパークを丸パクリしていた。巨大な丸いスタチューに英語で万国のスタジオって書かれているそれを間近で見たときは、道中の吹雪が暖かく感じるくらいの悪寒が走ったもんだ。それだけじゃない、アトラクションを色々見てみると、バラエティやCMで見たようなモノばかりだ。

 

「冗談だろ、頼むからもう少しオリジナリティ出してくれよ……」

 

 そもそもどうやって造ったんだとか、どうやって動かしてるんだとか、某東京を名乗ってる千葉のテーマパークの方はどうしたとか諸々の疑問はあったけど、目下確定したことは一つ。これを企画した奴は、間違いなく俺と同じ世界から来たってことだ。

 

「そんな……村が、僕の故郷が……」

 

 勇者ちゃん……リサは自分の故郷が無残(?)に変わり果てた様を見せつけられ、その場にへたり込んでしまった。

 

「僕のせいだ……僕がもっと早く戻ってくれば……なのに、怖くて、目を背けて……ッ」

 

 俯いていて顔が見えないが、声が詰まっている。泣いていることがよくわかった。

 かける言葉も見つからない。しかし、だからといって彼女をそっとしておくには、敵陣のど真ん中というのはあまりに危険すぎた。

 

「とにかく、偽魔王を探そう。ここでそうしてちゃ危険だ、な?」

 

「……うん」

 

 俺はリサの手を取り、彼女を何とか立たせた。ふと彼女の表情を見ると、目に見えて生気が失われていた。相当堪えたらしい。彼女の手は震えていた。

 

「……イブ、この場所はいろいろとヤバそうだ。ここは慎重に」

 

「ヨシカゲ見てー! すごいよ! このカップみたいなのすっごい回るー!」

 

「言ったそばからあの子ったらんもゥ!」

 

 俺は自分でもよくわからない口調になりながら、できるだけの速度でイブをコーヒーカップのアトラクションから引っぺがした。

 

「わ、何すんの」

 

「ココ、敵陣。ワナ、危険。オマエ、バカ」

 

「あ、はい……すいません」

 

 イブを強引に説き伏せてから、改めてあたりを観察した。……今のところ、罠や敵があるような気配は感じない。いや、それどころか、俺たち以外に誰もいない? 人っ子一人いないテーマパークで、ただアトラクションだけが不気味に稼働している。

 ふとリサの方を見る。まだ少し怯えた表情だったが、一応は落ち着きを取り戻していた。今なら、質問にも答えてくれるだろう。

 

「リサ。前に話した時、村人が全員人形になったって言ってたな? 生きたぬいぐるみもいたと」

 

「う、うん。いや、でも、辺りにあいつ等の気配は感じない。どこか別の場所かも」

 

 俺の質問の意図を読み取り、リサは簡潔にそう答えた。

 

「となると、いるのはやっぱり、『あの場所』か」

 

 俺はそう言って、パクリテーマパークの中央を見る。そこには、これまたどこかで見たような巨大な城があった。千葉のテーマパーク要素はきっとあれだろう。

 

「……うん、間違いないと思う。あそこからすごく嫌な気配がする」

 

「勇者の勘かい?」

 

「うん、そのはず」

 

 いつもは『からかわないでよ』くらいは言ってくるリサが、やけに素直に俺に答えた。俺に突っかかる余裕もないらしい。それくらいの『嫌な気配』か……。

 

「ハァ……よし、行こう。イブ、こっちに来てくれ。なるべく俺から離れないで」

 

「あう! 舌ヤケドした……」

 

「ビックリしたそのタコ焼きどっから買ってきたお前」

 

 イブを見ると、8個セットのタコ焼きを持ちながら舌を出してヒイヒイ言っていた。

 

「ヨシカゲも食べる?」

 

「クソ、ソースのいい匂いさせやがって……やめとけって、なに入ってるかわかんねえぞ」

 

「美味しいのに。でも結構するよね。これで1140ゴールドだって」

 

「え、高っ……。やっぱテーマパークの食い物っていい値段するんだな」

 

「……ねえ、魔王の眷属。やる気がないならせめて僕と魔王の邪魔しないでよ。迷惑だから」

 

 イブの行いが随分気に障ったのか、それとも余裕がなくてピリピリしてるのか。リサはイブを今にも殺しそうな目で見ながらそう言った。

 

「そ、そんな怒んなくったっていいじゃん。ほら、タコ焼き分けてあげるから」

 

「いらない」

 

 リサはイブを一蹴してしまい、そっぽを向いてしまった。まあ自分がシリアスになってる横でタコ焼き食ってたらそうも言いたくなるだろう。

 

「にしてもイブ、そのたこ焼きどこで買ったんだ?」

 

「え、あの売店だよ。ほら、あそこ」

 

「売店?」

 

 イブが指さした方を見ると、確かにそこに売店。……いや、人だ。

 人が、いた。

 

「いらっしゃいませ。そちらもおひとついかがですか?」

 

 そこにいたのは、眼鏡をかけて、おかっぱ頭をした、端正だが無表情さをつくった顔をした女性だった。

 

「!?……いつの間に!」

 

 リサは鋼の剣を抜き、即座に臨戦態勢に入った。いや、それよりも、ついさっきまであの場所に人なんていなかったはずだ。入り口近くの目立つ場所、あそこを見落とすはずがない。一体いつから……。

 

「剣をお納めください。こちらから危害を加えるつもりはありません」

 

「嘘だ! 偽魔王はどこにいる! 村のみんなをどこへやった!」

 

「……これだから蛮族は」

 

 とても小声だったが、今明らかにその端正な顔をゆがませて蛮族と言った。この余裕といい、音もなく俺達の近くにいたことといい、少なくとも戦闘能力は高いとみていいだろう。

 ここでやり合うのはリスクが高い。そう思って、俺は恐怖で震える足を抑えて、リサの前に割って入った。

 

「魔王! 邪魔しないで!」

 

「頭冷やせ。剣を振る場所はここじゃない」

 

「ッ……」

 

 俺の言葉を聞いてくれたらしく、リサは鋼の剣を鞘に納め、臨戦態勢を解いた。

 

「そちらの方はお話を聞いていただけるようですね」

 

(なんともまあ、おっかない……)

 

 先程と全く表情が変わらず、抑揚のない声でおかっぱ頭はそう言った。人形……ではなさそうだ。事務的にするよう心掛けているみたいだが、声の生気を隠しきれてない。さっきのあの態度といい、見た目よりも考えが顔に出るタイプなのか? そして戦いは強い。

 ……となると……。

 俺は彼女に対する対応を考え、まずは慎重に探りを入れることにした。

 

「イブ、ちょっと離れてたこ焼き食ってろ。それと、リサを見ててくれ」

 

「え、何いきなり……リサって勇者のことか? 別にいいけどさ」

 

 『邪魔が入らないよう』イブとリサを外し、俺はこのおかっぱ頭と1対1の形になった。

 

「……すいませんね、非礼をお詫びしますよ」

 

「構いませんよ。それより、勇者様御一行が、どのようなご用件で?」

 

「ええ、まあ。ここの責任者様を探しているのです。『珍しい格好』をした人じゃありませんか?」

 

 いつもの影武者モードだ。底を見せず、余裕そうに。かつ、相手に対して丁寧に。大物の悪党のように演じる必要がある。正体を見せてはいけない。

 

「……失礼ですが、アナタに会う権限があると?」

 

「おや、いけませんかね?」

 

「誠に申し訳ありませんが、約束もなしにお会い頂くことは……」

 

「おかしいな、『いつでも遊びに来ていい』と言ってくれたのですがね」

 

「え?」

 

 少しおかっぱ頭の顔色が変わり、一瞬焦りが見えた。予想通りだ、このままいってみるか。

 

「……どうやら、話が通っていないようですね。残念だ。またあの腕時計のお話を聞きたかったのに」

 

「腕時計……まさか、ミヤギ様の……」

 

 彼女の焦燥が目に見えて大きくなってきている。聞いてもいない名前を口から出した。よし、これならいける。

 

「会えないというなら仕方ありません。後日、彼に直接今日のことを話して、お会いできるようにしますよ。ああ失礼ですが、一応そちらのお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 秘儀・思いこませ。いかにも重役っぽい態度を装い、受付役などに君は知らないだろうけどそっちのお偉いさんとは仲が良いんだよ的な雰囲気を見せかけ、門前払いをさせない奥義の一つ。

 もしこれで門前払いしてしまったら大失態でクビかも……という被雇用者の心理をついた技である。相手の名前を聞いてから、門前払いされたことをお偉いさんに伝える旨を話すとより高い効果が期待できる。

 

「も、申し訳ございません! すぐにご案内いたします!」

 

「ええ、お願いします」

 

 ビンゴだ。このおかっぱ、あまり駆け引きが得意な人間じゃないな。戦闘能力に自信があるってことは、護衛か何かか……? 何にせよ、勘付かれる前にさっさと偽魔王に会う必要があるな。

 

「イブ、リサ。話はついた。行こう」

 

 俺は少し離れてる2人を呼んだ。

 

「ま、魔王、一体どうやったの? あいつ、かなり強いはずなのに、戦いもせず……」

 

 リサは俺と前を歩くおかっぱを交互に見て、目を丸くした。何が起こったのよかよくわからないといった顔だ。

 

「あのおかっぱ、さっきと随分態度違うけど、何言ったんだ?」

 

 イブも気になったらしく、似たようなことを俺に聞いてきた。

 

「まあ、あれだ……どんなに腕っぷしが強くても、余計な責任を負うのは嫌ってことだ」

 

 その言葉に、2人は首を傾げるだけだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「こちらでお待ちください」

 

 そう言われて案内された場所は、映画でしか見たことがないような長テーブルが置かれた、中世風の広間だった。室内に灯はついておらず、唯一巨大な窓から入る外の光だけが照らしていた。そのコントラストがこの部屋を幻想的にする演出をしていた。

 言われた通り俺はその場所で、上着を脱ぎ、いつものスーツ姿で待つことにした。

 

「綺麗な場所……」

 

 イブがそんなことを呟いた。確かにきれいだ、しかしどこか寂しいような、不気味な雰囲気がある。

 

「魔王……」

 

 リサは怯えた表情で俺を見る。この旅の間、彼女はずっとこんな調子だ。不安なのだろう。無理もない。

 

「……大丈夫だ。今は俺に賭けてくれ」

 

 俺は無責任にもそんなことを言った。もう少しだけマシな言い訳があったかもしれない。しかし今の俺には、それを考える余裕も知恵もなかった。

 だが気休め程度にはなったのだろうか。リサは俺を見て少しだけ震えが止まっていた。

 

 

 

 

「そうとも、今こそ賭け(Bet)の時だ」

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 不意に聞こえた低い声。それを聞いた瞬間、リサの表情は恐怖に染まり切った。

 声がした方を見る。見えたのは、白髪の混じった七三分けの髪と、紳士的な顔立ちをした、老齢の男。黒く見るからに上等なスーツと、腕時計。

 光も何もないような瞳

 偽魔王だ。

 

「……ヨシカゲ、ダメだ。あいつヤバイ……」

 

 イブが何かを察したのか、震えた声で俺にそう言ってくる。言われなくても、いやになるくらいわかる。

 強いとか弱いとかじゃない。根本的な何かが、今まで会ってきた、この世界の住人とは違う。そう直感できるくらい。

 

「もしかして、お食事前にお邪魔してしまいましたかね?」

 

「なに、構わないよ。ちょうど、君に会ってみたいと思っていたところだ。せっかくだ、ここで食べていったらどうかね? 小腹も空いてるだろう」

 

 いっぱいいっぱいに魔王を演じた。さっきのおかっぱとは違う。全く感情が読み取れない。焦燥も怒りも喜びも悲しみも殺意も、何も感じない。ただ、一つだけ。

 

「……やあリサ、大きくなったね。僕は嬉しいよ」

 

 黒いどろりとした何かだけは、ひしひしと伝わっていた。

 

「お前が……お前がッ……!」

 

「リサ」

 

 俺が名前を呼ぶと、仇を目の前に殺意に呑まれそうになっていたリサが、目を覚ました。この時だけは、彼女の奥にある恐怖心に感謝した。

 

「イブ、リサを連れて部屋から出ろ。安全なところに逃げてろ」

 

「な、何言ってんだよ急に。話が見えないぞ……」

 

「見せたくない話があるのさ」

 

 俺は淀みなくそういった。確証はない、具体的な予測もできない。けれど、あの偽魔王と今からする話は、コイツらに聞かせちゃダメだという確信だけは、何故かあった。

 俺が言うと、イブは驚いたような、もしくは、怖がってるような顔をして、『俺を見た』

 

「いいから逃げろ。なんなら魔界に帰ってろ。何があっても、絶対にここに戻ってくるなよ」

 

「……勇者、落ち着け。アイツに任せよう」

 

「ッ……わかった」

 

 そう言って、イブはリサを連れて、広間から出て行った。あとに残ったのは、俺と、偽魔王だけだ。

 

「良かったのかい? 見てあげなくて」

 

「アナタは不必要に女性を傷つけたりしない。そうでしょう?」

 

 底を見せないように、自分の感情を出さないように、極力『魔王』を演じる。ここからは、駆け引きの時間だ。

 

「……そう言えば先程、私に会いたいと仰ってましたが、私のことを知っていたのですか?」

 

「ふむ、知ってたかと言われれば微妙なところだ。名前も顔も知らない、『新しい魔王』とだけ聞いてたのでね」

 

 聞いてた? 誰からだ? 魔王の世代交代なんて、これっぽっちも噂されてなかったはずだ。

 

「そうですか。とすると、このプレゼントもアナタが?」

 

 そう言いながら、俺は来ているスーツの襟を正し、ネクタイピンを手に取る。すると偽魔王は紳士的な笑みを見せた。

 

「ああ、そうとも。着てくれて嬉しいよ。気に入ってくれたみたいで何よりだ」

 

 なるほど、プレゼントはこの人かららしい、となると『あのメッセージ』もか。

 

「そうですか、それはそれは。では御礼ついでに聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「いいとも」

 

「『世界をもっと面白くしよう』ってのは、どういう意味です?」

 

「……」

 

 そう言うと、男は紳士的な笑みを崩さぬまま、口を閉じ、俺を見据えた。俺の反応を見て楽しんでるようだった。

 

「私がここに来た理由は至極単純です。聞きたいからだ。なんでアナタがこんな場所(遊園地)を大量虐殺してまで造って、俺にこんなモノを送って、そもそもなんで俺とアンタはここにいて」

 

 段々と声が荒いで来てるのが自分でもわかる。でもとめることはできなかった。ここまで来た疑問を、恐怖を、好奇心を、抑えることはできなかった。

 

「何より」

 

「……」

 

 

 

 

 

「俺たちはこの世界の『何』なんだ?」

 

 

 

 

 

「……ふむ、なるほど確かに、素質がある」

 

 偽魔王は俺を見て確かにそう言い、そして口の笑みを崩さぬまま、冷たい口調でこう言った。

 

 

「話してあげるとも、『新人くん』」




相場は面倒くさいので1ゴールド=1円です。
次回はようやく世界観説明。ここまで来るのに1年かかった。すいません


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17話 召喚されたし居場所はない

前回のあらすじ:たこ焼き


 戦慄した。あの偽魔王の眼を見た私の率直な感想だった。人間っていうのは、あそこまで恐ろしい目をするものなのかと、そう思った。

 今まで何度も怖い目に遭ってきた。いろんな人間が敵意を向けてきた。今一緒にいるこの勇者だって、前はヨシカゲを本気で憎んでいた。

 けど、どんな人間だって、あんな目はしなかった。今までに会ってきた他の人間は、ちゃんと良心があった。そう感じるほど、純粋な残酷さを感じる眼。

 

「……ねえ」

 

 私が偽魔王を思い出してるところに、勇者が話しかけてきた。だいぶあの場所から離れたからだろう。先程に比べ、ずいぶん落ち着いていた。

 

「ん、なに? いつもはつっけんどんなくせに、妙にしおらしいじゃん」

 

 いつもより頭が働かなくても、勇者のことをからかってやった。無理にでもこうしないと、あのどす黒い空間を忘れることができそうになかったから。

 

「よ、余計なお世話だ! そんなことより、魔王が」

 

「ああ、ヨシカゲがどうかした?」

 

「どうかしたって……あんな場所に一人で残して、大丈夫なの? だってもしかしたら、今頃もう……」

 

「有り得ない」

 

 私ははっきりそう言った。

 

「あいつは魔王なんだ。お前だって見ただろ? あいつは初めて会った時から、戦いもせずに窮地を乗り越えてきたんだ。今回だって屁でもないさ。それに私が言うのもなんだけど、あいつは結構姑息なんだ。勝算がなくて、自分を犠牲にしてまで私たちを逃がすなんて殊勝な真似、あいつがするわけない」

 

 私は早口でそう屁理屈をこねて、勇者に言い聞かせた。

 

「考えがあるんだよ……そうに決まってる……」

 

 ……いや、違うか。勇者じゃなく、私自身が不安なだけかもしれない。

 

「どっちにしろ、私たちに戻って、できることあると思うか?」

 

「ッ……」

 

 勇者は押し黙った。コイツだってわかってるのだろう。あの偽魔王は敵うとか敵わないとかじゃなく、関わっちゃいけない。そんな感じの男だった。

 私の知ってる限りじゃ、あんな生物は知らない。あんな恐ろしい眼をした男なんか、見たこともない。

 

 『1人』以外は

 

(ヨシカゲ……)

 

 あの時のヨシカゲの眼は、一瞬だけ、あの偽魔王と同じ目をしている……ような気がした。

 光もなく、感情もない、残酷な眼。

 ヨシカゲ、お前も別の世界から、ここに来たんだったよな。私が召喚したんだもんな。あの偽魔王も、誰かが、お前の世界から呼び寄せたのかな。

 ……なあ、ヨシカゲ。

 

 

 

 お前ら一体、『何』なんだ?

 

 

 

 ◇

 

 

 

「まあ、答えは逃げないさ。そう焦るものじゃない」

 

 テーブルに置かれた、紅茶の入ったティーカップを手に取りながら、男は言った。傍では先程のおかっぱ頭が少し不安そうな目で彼を見ていた。どうやら彼女は給仕だったようだ。

 

「ふむ、腕を上げたな、見違えるようだ」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 さっきまで余裕そうな顔つきだったおかっぱは、偽魔王を目の前にすると、人が変わったように緊張していた。怯えてる、ともとれそうだ。

 

「もういい、退がりたまえ。替えの紅茶が欲しくなったらまた呼ぶ」

 

「はい、し、失礼致します」

 

 そう言って、彼女は足早に部屋から出て行った。これでこの場所にいるのは、俺と、机を挟んだ先の偽魔王。スーツ姿の男が2人座ってるだけだ。

 

「飲みなさい。安心していい、ただのダージリンだ。毒など入ってないよ」

 

「……なるほど、上品な味だ。良い茶葉を使っているのでは?」

 

「いやなに、安物だよ」

 

 何気ない会話だが、俺は内心、自分がボロを出さないようにするために必死だった。自分の底を見せてはいけない。俺は呪文のようにその言葉を頭で反芻した。

 

「……さて、それでは、キミの緊張もほぐれてきたところで、お勉強の時間といこうか」

 

 俺の心の内を知ってか知らずか、男は微笑みを見せてそう言った。

 

「突然だが、キミは神の存在を信じるかね?」

 

「生憎、無神論者でして」

 

「気が合うな、僕もだ。だが残念ながら、この世界には典型的な神が存在するのだよ」

 

 神様ね。まあ、ハイファンタジーな世界だ。キリスト教に出るような唯一神がいても納得はできる。魔法がある世界だし、今更そんな話で驚く余裕もない。

 

「それでは、悪魔に会ったことは?」

 

「……会った、とは?」

 

 いるかどうかではなく、会ったかどうかを聞いてくるとはどういうことだ? 『悪魔』、この単語が何か引っかかる。

 

「悪魔が何かを知らないので、会ってたとしても、気づかないでしょうね」

 

「なるほど……ハァ、本当に何も説明されてないのだな」

 

 説明されてない? どういうことだ? 溜息交じりに男から出たその言葉は、とても不可解なものだった。そう思っていると、男はこめかみに手を当て、そしてすぐに俺の方に向き直った。

 

「そうだな、我々が何か、まず最初にこれに答えておこう」

 

 

 

 

「我々は『悪魔』だ。この世界の悪意だよ」

 

 

 

 

 悪魔、その単語は、初めてイブに会った時に聞いたものだった。だが、だとして、それが何を意味してるのかは、俺にはわからなかった。

 俺の沈黙がそれを伝えたのか、偽魔王は少し間をおいてから、話を続けた。

 

「この世界は、純粋で単純すぎる。面白味も何もない。だからいっそ我々がめちゃくちゃにしようと、黒いタバコを無遠慮に吸いながら、『彼』は僕にそう言ったのだよ」

 

 その言葉を皮切りに、男はこの世界について説明を始めた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 この世界は、神によってつくられた。まあ、神話を騙る上でのひな型(テンプレート)というやつだ。

 剣と魔法、ドラゴンをはじめとしたモンスター、それに勇者に魔王。神がつくったのは、これまた何の個性もない。使い古されたファンタジーな世界だった。

 

 おとぎ話は好きかい? なら、ここの世界観が供給過多な三文小説の異世界みたいだって思ったんじゃないかな?

 思ったとしたら、おめでとう。キミにはやっぱり悪魔の素質がある。

 そう、同じように考えた人達こそが、一般的に神に仇なすものと言われている、悪魔だ。

 

 悪魔達は考えた。この世界の住人は、皆善良で、勧善懲悪が当たり前になっている。しかも悪役の魔王ですら人間1人殺さない。そして魔王を懲らしめた後は魔王も反省、全員が大事な仲間で絆が強く、みんな楽しく暮らしてるハッピーで平和な世界だ。

 『本当の悪意』がない、平和な世界。

 

 

 

 

 ああ実につまらない。カタルシスも何もあったもんじゃない。

 

 

 

 

 どうしてこの世界はこんなに平和でみんなが幸せなのか。答えは簡単だ。そもそも幸せじゃない異端は世界観にそぐわないから排除されるのさ。

 

 こういうの考えたことないか? もし、少年少女が普通の青春を満喫してる中に、1人だけ凶悪犯罪を繰り返してる高校生がいたら? 命の尊さを前面に押し出す作品に、知ったこっちゃないとつるはしで人の頭を平然と貫く人がいたら? みんなが平和に暮らしている世界で、どんなに頑張っても、その平和な世界に居場所ができない人がいたら?

 

 全員が善良で悪者がいなく、信じることが美徳となってる世界に、純然たる『悪意』を持った者がいれば?

 

 もしそんなのがあったら、世界観にそぐわないものが物語を引っ掻き回せば、どんな風になるだろう。いや、あるわけがない。あったら、台無しになってしまう。

 

 だから台無しにしてしまおうと思ったのさ。その方がよっぽど面白いから。

 

 方法は単純。今言ったことをそのまま実行すればいい。別の世界から悪意をもった人間を見繕って、その世界に放り込んでやれば、時間はかかるが確実に悪意は広がっていく。

 最初に放たれた数人の悪魔は、早速世界の調和を乱してくれた。

 

 世界に『本当の悪意』は植えられた。だがこれだけでは足りない。白と黒だけの世界では早々に飽きてしまう。グラデーションがなくては物語に深みが出ないのさ。

 

 世界を台無しにする基盤は出来た。では物語を面白おかしくするにはどうすればいいのか。ここからが難しいところだ。

 

 世界を形作るためには莫大な時間と人員が必要だ。この世界に放たれた悪魔たちだけではとても足りなかった。悪魔たちはなるべく面白くするような、次の方法を考えた。

 彼らは思いついた、ならばこちらの世界の住人に手伝わせようと。

 

 でもこの世界の住人は善良で純粋なんだろう? そんな悪事に手を貸してくれると思うかい? 『そうだ』と考えたなら、キミはやっぱり悪魔だ。素晴らしい。

 

 そう、善良で純粋なら、染める方法はいくらだってある。道徳心に付け込んでもいいし、哲学者の真似をして善悪の判断を再考させてもいい。なんなら騙してやってもいい。

 

 だが、より確実に善良な人間を唆すには? 簡単だ、欲望を刺激してやればいい。

 また悪魔たちの出番だ。色々なパターンがあった。相手の欲望を満たした見返りにと、持ちつ持たれつな癒着をした者、中毒にして自分の都合のいいコマにしたもの。圧倒的なカリスマ性をもって純粋な民衆を操ったもの。

 

 世界は順調に悪意に侵食されていった。悪魔のはたらきで、魔界という清濁どんなものも受け入れられる場所も出来た。

 

 だがまだ足りない。まだ世界は善と悪の2色しかなく、未だに神は自分の意思にそぐわない者は排除するという固い考えを崩さない。

 世界は未だ禁欲的だ。だからこそ我々がいるのだ。

 

 つまり、僕たちがここにいる理由はただ一つ。

 

 

 

 

 悪魔として、この清い世界を欲望で一杯にするためだ。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……聞いていいですか?」

 

 あまりに突拍子のない話で、言葉が詰まりそうになった。

 なんて身勝手な話だ。ほっときゃいいだろうに。そう思いながらも、俺はそのことを聞くことにした。

 

「どうぞ」

 

「なんでそんなことを? ケーキだけの甘い店が嫌いなら、コーヒーもある店に行けばいい。わざわざケーキにマスタード塗りたくるような真似をすることもないでしょう」

 

「ふむ、正しい判断だ。その通りだ。コーヒーを出す店に入れればね」

 

「なんですって?」

 

 俺はなるべく感情の起伏を出さないように、そう言った。彼は寂しそうに微笑んで、言った。

 

「……君は、『どんな世界にもあなたの居場所は在りません。死んでください、さようなら』って言われたら、素直に自殺するかい?」

 

「……まさか」

 

「そう、そんな世界はないのさ。異世界だろうと現代だろうと、どんな世界にも、存在自体が許されない害悪っていうのはいるのさ」

 

 男の眼は相変わらず表情が読み取れなかった。だが、あの何も見えない眼に、一種の親近感を覚えてしまったのは、何故なのだろうか。

 

「そして害悪というのは往々にしてどこの世界も受け入れてはくれない。ならどうする? 新しく創るしかない。それが他人から奪ったものであってもだ」

 

「……だとして、何故俺たちがそれに巻き込まれるのです?」

 

 俺は一番気になっていることを聞いた。何故俺たちなのかと、何故俺が『悪魔』として召喚されたのか。

 ……いや、理由は何となく気づいている。これは確認作業だ。何故だろう、ああまであった恐怖が、今やすっかり抜け落ちてる。これは諦観というやつだろうか。

 

「決まってる」

 

 男はつづけた。

 

 

 

 

「元の世界に、僕たちは害悪だと、判断されたのさ」

 

 

 

 

 その言葉はある種中傷であるにも関わらず、俺の中に拍子抜けするくらいストンと入ってきた。

 何となくわかっていた。子どもの頃から周囲に馴染めず、煙たがれるばかりだった。両親は、俺がいない時だけは、とてもとても幸せそうだった。そしてそれを、悲しいと思うことはなかった。ただ『そうなんだ』としか思えなかった。

 親しい友人や家族が亡くなった時も、安堵感だけがあった。他のみんなが喜ぶような場面でも、何事もなくて良かったと、それ以外に感じるものはなかった。

 

 美味い飯と上質な睡眠、そしてたまに女の子の写真やなんかで気を紛らわす。他にゲームでもあれば言うことはないだろう。考えてみれば、自分のこと以外で喜んだことなんか一回もなかった。

 

 俺と世界は、互いに興味がなかった。

 

「居場所のない悪意が、悪魔の条件だと?」

 

「詩的だな、だがその通りだ。この世界に来る前に真っ黒な奴にあっただろう? 彼に見初めらたとうことは、そういうことだ。あとは適当な場所に放り込んでやればいい、キミの場合は魔界とかね」

 

 俺はここにいる理由は、元の世界に居場所がなかったから。何ともまあ横暴な理由だと思った。だが怒りも悲しみもなかった。ただ、妙な納得感だけはあった。

 いつの間にか俺は、演技ではなく自然体のままで、魔王の口調で話せるようになっていた。

 

「……当然、神も黙って見てはいない」

 

 男は持っていた紅茶を飲み干し、言葉を続けた。

 

「これからは勇者を、我々と同じような、別世界から見繕ってくるという噂だ」

 

「異世界転生ってやつですか?」

 

「転生というとより、転移と言った方が正しいかもね」

 

「しかし、それは俺達と同じ輸入品でしょう、神にとっては本末転倒では?」

 

「居場所がないほどの害悪が多数派だと?」

 

 ああ、なるほど。

 

「これからは、悪魔 対 輸入勇者の図式が成り立つだろうね。と言っても、僕たちがやることは変わらないよ。誰に対しても、欲望を解放させればいい」

 

「アナタのこの遊園地も、そのため?」

 

「もちろん、クライアントのためさ。それが僕の欲望の担当だ」

 

 担当、それが何を指してるのかがわからない。一体どういう意味だ?

 

「なんだい、本当に聞いてないのか。あの人も困ったものだな。……そうだな、キミのスーツの中に、英単語が書かれたネクタイピンがあっただろう?」

 

 そう言われて俺は、例のネクタイピンを取り出した。『Physiologicaly』と書かれたアレだ。

 

「それは自分が担当する欲望を表したものだ。君の場合は生理的欲求……平たく言えば食欲、性欲、睡眠欲だ」

 

 そんなものがあるのか……という表情を俺はしてたのだろう。男は言葉を続けた。

 

「他にもある、

『safty』、安全に関する欲求だ。

『love』、いわゆる愛欲だ。我々にとっては一番難しいかもな。

『esteem』、承認欲求。需要は絶えない

『self-actulization』、自己実現。これが私の担当だ」

 

「自分の担当以外は、やってはいけないんですか?」

 

「そんなことはない。単純に、最も得意だと予測できるものを担当にしてるに過ぎない」

 

 なるほど……。

 この世界、神、悪魔、そして新たに来る勇者、自分のここに呼ばれた理由……だが、まだ腑に落ちないことがあった。

 

「……アンタ、この世界を滅茶苦茶にするために私たちは呼ばれたって言ってましたね?」

 

「そうだね」

 

「そしてそのために、アンタはこんなでかい遊園地まで建てたと」

 

「その通りだ」

 

「一つ聞きたい」

 

 

「ここまでやって、アンタ自身は何が得られるんだ?」

 

 

 そう言うと、彼は人当たりの良い笑みを浮かべた。相変わらず人形のようだが、きっとこの問いを引き出すために、わざわざこうも長話をしたのだろう。

 

「……嬉しいよ、新人くん。その話もあって、私はここに君を呼んだんだ」

 

 そう言うと、彼はスーツの内ポケットから、何かを取り出し、俺に差し出してきた。日本では見慣れなく、ましてやファンタジーの世界ではあっちゃいけないもの。

 拳銃だった。

 

「M686、4インチタイプだ。いい品だろう? 友好の証だ。持っていきたまえ」

 

「……どういう意味です?」

 

「力は嫌いだが、必要不可欠だ。そうなれば、これは絶好の力だ。わざわざ重い剣を振らずとも、長ったらしい強い呪文をいちいち唱えずとも、人差し指を5mm動かせば簡単に力を示せるのだから」

 

 銃をテーブルの上に置き、男は足を組み直して、俺にある提案をしてきた。

 

「力も安全も、欲望も全て与えよう。だから僕の目的に協力してほしい」

 

 男は笑みを浮かべた。

 

「我々が好きなだけ創り、好きなだけ壊せる夢の国を、共に」

 

 初めて、男の感情が見えた気がした。




今回世界観説明ですが、なにぶん作者の文章力がホトトギスに負けるレベルなので意味わかんなくなってないか不安で吐きそうです。


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