ご注文はうさぎですか? ~ココアと双子の弟~ (燕尾)
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木組みの家と石畳の街 ~これが俺の姉です~


どうも~、燕尾です!
ご注文はうさぎですか? が映画上映されたということで、アニメを見直し、wikiでいろいろ見ていたうちに原作が気になって全巻買って読んだら、なんだか書きたくなって書き始めました! 後悔はしていません!!





 

「わぁ、可愛いし、綺麗~! ここなら楽しく過ごせそうだよ。 ね、コウくん!」

 

電車から降り、駅から町へ出ると目に見えてテンションがあがっている女の子。

 

「うん。それはわかるけど。あまりはしゃぐと迷うよ――ココア」

 

俺こと、保登香菜が我が姉、心愛とやってきたのは木組みの家と石畳の街。今年から高校生として、この町に移り住む双子の姉弟だ。

 

「むっ……違うよコウくん。ココアお姉ちゃん、でしょ!!」

 

「はいはい、ココアお姉ちゃん。わかったからあまりあちこち行かないでよ」

 

「うん、よろしい!」

 

ココアは俺の話を聞かずにお姉ちゃんという響きに満足していた。小さいころから、兄や姉に憧れているココアはお姉ちゃん呼びに執着しているのだ。

 

「それで、いま俺たちは何処にいるかわかってるのか?」

 

「あれがあそこで、これがここだから……まあいっか!」

 

「まったくよくない! ちょっとそれ貸して!」

 

「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい!」

 

ココアに任せると基本的に俺が大変になる。たまに逆もあるのだが、基本的には俺が被害を被る。

 

「そういうならちゃんと目的地にまで向かってくれよ。下宿先の香風さん家の都合もあるんだから」

 

「あっ、野良うさぎだ! まてまて~!!」

 

「大体、ココアはもう少し落ち着きを持ちなさい。元気で明るいのは長所だけど、ココアは無自覚に人に迷惑をかけるときがあるから――って、あれ? ココア?」

 

周りを見渡しても姉の姿が見当たらない。

 

もしかして…いや、もしかしなくても、はぐれた?

 

俺はココアが立ち止まってから一歩も動いていない、ということはココアが勝手にどこか行ったのだ。

 

「地図もないに、どうやって下宿先まで行けって言うんだよ、ココアのアホ――!!」

 

 

 

 

 

「もふもふ~♪ ふふ、捕まえたっ! ほら、コウくんも見て、可愛いでしょ――って、あれ、コウくん? どこにいったのかな?」

 

周りを見渡してもコウくんの姿が見えない。これはもしかして…いや、もしかしなくても――

 

「コウくんが迷子になっちゃった!? 大変! コウくーん!! 何処に行ったの、返事をしてー!!」

 

私はいろいろなところを歩き回ってコウくんを探す。だけど全然返事もないし見つからない。それに、大きな荷物を持ちながら歩いているせいで少し疲れた。

 

「すこし、休んでまた探そう。目の前に喫茶店もあるし」

 

私はそのお店の名前を見る。

 

「喫茶店"ラビットハウス"――うさぎさんがたくさんいるのかな?」

 

想像を膨らませる。店のあちこちにいるウサギを眺め、ときには抱っこしながらすごす時間。

 

「入ってみよう!」

 

私は期待に胸を膨らませて店に入る。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

出迎えてくれたのは小さくて可愛い女の子の店員さん。お客さんはいま来た私以外誰もいない。

 

――ということはうさぎさんと触れ合い放題だ!

 

「うっさぎ、うっさぎ~♪」

 

店内をきょろきょろ見回しているけど、うさぎの姿が一匹も見当たらない。

机や椅子の下、もう一度周りを見渡しても、うさぎはいなかった。

 

「うさぎがいないっ!?」

 

 

 

 

「なんだ、この客…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は店員さんに促されて席に着く。すると、あるものに気づいた。

 

「もじゃもじゃ……?」

 

「……は? ああ、これですか? これはティッピーです。一応うさぎです」

 

店員さんは自分の頭に載っている白いもじゃもじゃを撫でてそういった。

 

いいなぁ、わたしもなでたいなぁ…

 

「ご注文は」

 

「じゃあ、そのうさぎさん!」

 

「非売品です」

 

即答されてしまった。だけど、諦めきれない!

 

「じゃあ、せめてもふもふさせて!」

 

「コーヒー1杯で1回です」

 

「じゃあ、3杯!」

 

私は即答する。店員さんはカウンターまで戻り、そこでコーヒーを淹れて私のところまで持ってきた。

 

「3杯頼んだから3回もふもふする権利を手に入れたよ!」

 

「その前にコーヒーを飲んでください。冷めてしまいます」

 

おっとっと、そうだった。せっかく淹れてくれたのに冷めましてしまうのはもったいない。

 

私は一つ目のカップに口をつける。

 

「この上品な香り! これがブルーマウンテンかー」

 

 

「いいえ、コロンビアです」

 

 

二つ目――

「この酸味…キリマンジャロだね」

 

 

「それがブルーマウンテンです」

 

 

三つ目――

「安心する味! これインスタントの――」

 

 

「うちのオリジナルブレンドです」

 

 

うん、どれも美味しいから大丈夫だよ!

 

コーヒーを飲みきった私は店員さんからうさぎを受け取る。

 

「はぁ~、もふもふ気持ちいい~」

 

ふわふわしていて、やわらかくて、コーヒーの香りがして、最高だよ。思わずよだれがたれちゃう

 

「あっ、よだれが……」

 

 

 

 

 

「のおおおおお!」

 

 

 

 

 

なんか変な声が聞こえた。

 

「あれ、いまこのうさぎ叫ばなかった?」

 

「気のせいです」

 

「そっかぁ~、それにしてもこの感触癖になるなぁ~」

 

「ええぃ、早く放せこの小娘がっ!!」

 

!?

 

「なんかいまこの子にダンディな声で拒絶されたんだけど!?」

 

「私の腹話術です」

 

「いや、でも……」

 

「腹話術です。それより、早くコーヒー全部飲んでください」

 

「あ、そうだね!」

 

私はうさぎを返して残りのコーヒーをいただいた。

全部飲み切った私は事情を話す。

 

「私ね、春から弟と一緒にこの町の高校に通うの」

 

「はあ…」

 

「でも、下宿先を探している途中に弟が迷子になっちゃって」

 

「下宿先?」

 

「うん、下宿先に向かいながら弟を探してたんだけど、荷物もあるからいろいろ聞くついでに休憩しようって思って入ったんだけど、香風さんちってどこか知ってる? 香る風って書いて香風さんなんだけど」

 

そう問いかけると、店員さんは驚いた目をして答えた。

 

「……うちです」

 

「ええっ!?」

 

私も驚いた。まさか、休憩しようと入ったところが下宿先だなんて。これはもう偶然なんかじゃない――

 

「――これはもう偶然を通り越して運命だよ!」

 

「いきなり運命感じられた…」

 

 

 

 

 

「そんな運命に出会えてラッキーだったな――ココアお・ね・え・ちゃ・ん」

 

 

 

 

 

ちょっと怒り気味の声に私の動きは止まった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぐれてから20分。いろいろ探し回った挙句にココアが見つからなかったので、ココア探しより先に下宿先に向かおうと考えた俺は幸い、家の人の名前と喫茶店という情報を頼りにして、人に道を尋ねながら歩いていった。

それから10分ぐらいで目的地と思わしき場所に着いたのだが、俺は目を見開いた。

 

「まさか、ここって……」

 

確かめたいことがあった俺は窓から中の様子を伺う。やっぱり間違いないない。

 

「内装とか、ぜんぜん変わってない。まさかまたここに来るなんて思わな――って、ココア!?」

 

中を覗いている最中、そこには既にココアの姿があった。

慌ててドアを開いて中に入ると、ココアが興奮した様子で店員さんの手をとっていた。

 

「これはもう偶然を通り越して運命だよ!」

 

無邪気にはしゃいでいるココアに流石の俺も少しキレた。

 

「そんな運命に出会えてラッキーだったな、ココアお・ね・え・ちゃ・ん」

 

そういいながら、机の上においてある三つのカップが目に入る。

 

こっちは探し回っていたというのに、この姉は一人喫茶店でご休憩と来ましたか。本当にこの姉は、本当にもう――笑顔になっちゃうよ。 

 

ココアは顔を青くしてプルプルと震えていた。

どうしてそんなに震えているのだろうか。こんなにも俺は笑っているというのに。

 

「こ、コウくん? あのね――」

 

「お姉ちゃん、嫌いだよ」

 

「フゴォ!!」

 

何かが刺さったように机に伏すココア。お仕置きは完了した。

 

「……」

 

「あの……何か?」

 

ピクピクしている姉は放置しておいて、じっと見つめる俺に店員さんは戸惑っている。

 

「いや、なんでもないです――それより店員さん。ここが香風さんの家で合ってますか?」

 

「はい、香風はうちです。私はチノといいます。ここのマスターの孫です」

 

「ここに下宿する保登香菜です。で、そっちのが姉の心愛です。姉弟ともども迷惑かけますが、よろしくお願いします。えっと……」

 

「チノで大丈夫ですよ、コウナさん」

 

「わかりました、チノさん」

 

「硬いよコウくん! これからよろしくねチノちゃん!」

 

「ココアがフランクすぎるだけだよ」

 

ココアの長所でもあるけど、人によっては失礼だと思われるかもしれないんだから。

 

「さんづけじゃなくて大丈夫です、ココアさんと一緒の高校なら私より年上ですから。あと敬語じゃなくてもいいですよ」

 

「そうですか、それなら――よろしくね、チノちゃん」

 

「よろしくお願いします、コウナさん、ココアさん」

 

そして俺たちの新しい生活が幕を開ける。

 

 

 

 

 

「あのね、下宿させて頂く代わりにその家でご奉仕しろって言われているんだよ」

 

ココアが言っているのは入学する高校の方針だ。

変わった方針だとは思うけど、ダラダラ過ごさせないようにするための決まりなのだろう。まあ世話になる以上、それは当然のことだと思う。

 

「うちで仕事をするということですね」

 

「仕事だけじゃなくて炊事とか掃除とかいろいろとね。働かざるもの食うべからずってことだ」

 

「と、いわれましても家事は一人で何とかなりますし、お店も十分人手が足りてますので――何もしなくて結構です」

 

「いきなりいらない子宣言されちゃった…」

 

「まあ、そこらへんは追々話し合っていくということで。とりあえず、マスターに挨拶をしたいんだけど、留守?」

 

そう訊いた瞬間、チノちゃんの表情が曇った。

 

「えっと、祖父は去年……」

 

「あっ、えっと……すまない、知らないとはいえ…」

 

去年いなくなったということはまだ辛く思ってしまう時期だろう。しかもチノちゃんの年頃ではなおさらだ。

その言葉にココアも表情を曇らせた。

 

「そっか、今はチノちゃん一人で切り盛りしているんだね……」

 

あれ? さっき十分人手が足りているって言ってただろ? しかもこの感じ、なんだか嫌な予感がしてきた。

 

「いえ、父もいますし、バイトの子も一人――」

 

「私のこと姉だと思って何でも言って!!」

 

チノちゃんの言葉を遮って、ココアが抱きつく。

 

ああ、ココアの癖が出てしまった。こうなったらこの先ずっと、ココアが変わらない限り終わらないだろう。

 

「だから、お姉ちゃんって呼んで?」

 

「えっと、じゃあ……ココアさん」

 

「お姉ちゃんって呼んで!」

 

「こ、ココアさん」

 

「お姉ちゃんって、呼んで!!」

 

どれだけ呼ばれたいんだ、ココア。もうチノちゃんが困りきっているだろう。

 

「ココアさん、早速働いてください」

 

「うん、わかった♪」

 

――この子、案外スルースキルが高いな。もうココアの流し方を理解し始めている。

 

「コウナさんも、よろしくお願いします」

 

「ああ。わかった」

 

こうして、俺たちはラビットハウスで働くことが決まった。

 

 

 

 

 

「ここが更衣室です、ココアさんはここで着替えてください」

 

更衣室は五人以上は着替えられそうな広い部屋だった。

 

「コウナさんは部屋で着替えてもらえますか? 女性と更衣室を一緒にするわけにはいかないのですが、ここしか更衣室がないので」

 

「ああ、もちろん大丈夫だ」

 

「ココアさん、コウナさんを案内してから制服を持っていきます。少し待っていてください」

 

「わーい、制服着れるんだね♪」

 

私服で接客するわけないでしょうが、少しは考えなさい。

 

ココアを更衣室に残して俺はチノちゃんの後についていく。

 

「コウナさん、ここがコウナさんの部屋です。今制服を持ってきますね」

 

「ありがとう、チノちゃん」

 

そう言って部屋から出て行くチノちゃん。

案内された部屋はベッドと机が置かれているだけの部屋。もともと家具とかはある程度こっちで用意して送らないといけないと知っていたので別に不満も何もない。

自分好みに部屋メイクできる楽しみもあるし、それに二階部屋なので、夜になったときの窓からの夜空が楽しみだ。

あれこれ考えているうちに制服を持ったチノちゃんが戻ってくる。

 

「コウナさん、これが制服です」

 

渡された制服は黒のズボンに白のワイシャツ、そして黒を基本としたベストだった。

 

「なんか、バーテンダーっぽいな――って、バーもやっているんだから当たり前か」

 

「はい。ラビットハウスは夜にはバーになるんです。よくわかりましたね?」

 

「シェイカーにメジャーカップ、バースプーンの道具にお酒が置いてあればわかるよ」

 

お酒だけが置いてあるのなら趣味で展示しているのだと思うけど、道具まで綺麗に整理されていれば誰だって気づく。

 

「それじゃあ、すぐに着替えるから――」

 

そういった直後、

 

 

 

 

 

「うわあああああ――――!?」

 

 

 

 

 

大きな叫び声が聞こえた

 

「――っ、今のココアの声か!?」

 

「あ、コウナさんっ、待ってください!」

 

チノちゃんの制止も聞かずにココアがいる更衣室へ急ぐ。

 

「ココアっ、大丈夫か!? 開けるよ!」

 

返答も待たずに開けたその先には、

 

「……」

 

下着姿のツインテールの女の子が片手に持った銃の口をココアに突きつけていた。ココアは両手を挙げて降参のポーズをとっている。

 

「えーっと、どういう、状況……?」

 

というより、俺は非常にまずい現場に遭遇しているのでは?

 

「コウくん、見たら駄目ぇ!」

 

あわてて駆け寄ったココアが俺の目を両手で隠す。

 

「わっ!? 何も見えない、やめてココア!」

 

「見えなくていいのっ! それとも私以外の女の子の下着姿を見たいの!?」

 

「いや、そうじゃなくて、とりあえず落ち着いて俺をこの場から離してくれ! そうじゃないと危ないんだよ!」

 

わたわたしている保登姉弟を眺めていたツインテールの少女はだんだん現実を把握したのか、顔を真っ赤にする。

 

「あ、あぁ……」

 

そして、自分の持っていた銃の腕を振りかぶって、

 

「うあああああああ――――!!」

 

――思い切り俺の額めがけて投げた。

 

「がふっ!?」

 

重たい衝撃が頭に奔る。

 

「コウくんっ! 大丈夫!? いますっごい音がしたけど、コウくん、コウくーん!!」

 

「なにをしているんですか、皆さん」

 

薄れ行く意識の中で、必死に呼びかけるココアの声と呆れたチノちゃん声が響き渡るのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか!?
あっはっは! もうどうにでもなれい!




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ラビットハウスのバイト ~先輩は軍人さん~



どうも、燕尾です。
ごちうさ第二羽、あの軍人少女の本格登場です。





 

 

「――ん?」

 

「あ、起きた?」

 

目を覚ますと目の前にはココアの顔があった。というか、そのまま更衣室に運ばれていたのか俺。

 

「……ココア、なにしてるの?」

 

「ん~? 膝枕だよ。それと、ココアお姉ちゃん、でしょ?」

 

ムスッとした顔で俺の口に指先を当てるココア。

 

「はいはい……それで、何で膝枕してるのココアお姉ちゃん? それに、何で俺は寝てたんだ?」

 

「覚えてないのかな、コウくん?」

 

そういわれて、思い出すのはさっきの出来事。

ココアに目隠しされて一瞬しか見えなかったけど、下着姿の女の子、綺麗だったな。

 

「……コウくん、鼻の下伸びてる」

 

「そんなことはないよ」

 

「あの子の下着姿、可愛かったよね?」

 

「ああ、それはもう――」

 

そこではっ、と気づく。ココアはさらに頬を膨らませていた。

 

「コウくんのバカバカバカっ、他の女の子に浮気して!」

 

「痛い痛いっ! ぶつけられた所をジャストに叩かないで!?」

 

「むぅ~!」

 

銃をぶつけられた場所をポカポカと叩くココア。

 

「なにをしているんだ、お前たち……」

 

そこで呆れたように顔を出したのは先ほどのツインテ少女。その姿は当然下着ではなく、この店の制服と思しき姿だった。

 

「さっきはすまなかった」

 

「いえ、女子更衣室なのに突然入った俺が悪いんです、気にしないでください」

 

ポカポカ――

 

「ぶつけた頭は大丈夫か?」

 

「まだ痛みは残ってますけど、大丈夫です」

 

ポカポカ――

 

「――って、だから痛いって! やめてココアお姉ちゃん、俺が悪かったよ!」

 

「コウくん、本当に反省してる?」

 

「してる。本当にごめんなさい、ココアお姉ちゃん」

 

「うん、よろしい!」

 

お姉ちゃん呼びに目を輝かせて許してくれるココア。正直、このちょろさは心配になるほどだ。

そんなやり取りを見ていたツインテ少女はため息をはいた。

 

「とりあえず二人とも、制服に着替えて下にこい」

 

「あ、うん、わかった!」

 

「はい、すぐ行きます」

 

そして、俺とココアはそれぞれ着替えて下に降りる。

 

「どうかな、コウくん!」

 

先に着替え終わっていたココアがクルクルと回る。

白のシャツに黒のスカート、そしてピンクのベストのようなエプロンに胸元の大きなリボン。配色もココアが一番似合う暖色系だ

 

「ああ、似合ってる。可愛いよ」

 

「えへへ……ありがと、コウくんもかっこいいよ」

 

二人でほめているところにチノちゃんとツインテ少女がやってくる

 

「ふーん」

 

「いいです、二人とも似合ってます」

 

面と向かってそんなこと言われるのは少し恥ずかしい。改めて見ると二人はココアとは色違いの制服でツインテ少女は紫の制服、チノちゃんは水色の制服だった。

 

「改めて紹介します。こちらはバイトのリゼさんです」

 

「天々座理世だ、リゼでかまわない」

 

「本当にバイトさんだった…」

 

「なんだと思ってたんだ?」

 

「ん~、強盗さん?」

 

「違う!」

 

リゼさんが叫ぶ

 

まあ、銃を持って潜んでいればわからなくはないが、その勘違いはどうかと思う。

 

「私は父が軍人で、幼いころから護身術とかいろいろなことを仕込まれているだけで」

 

それなら納得だ。とはいっても染まりすぎな気もするけど。

 

「普通の女子高生だから信じろ!」

 

うん、それは無理だ。とりあえずは銃を捨てるところから始めてください。

 

 

 

 

 

「俺は保登香菜。で、こっちは姉の心愛です。俺のことはコウナで構いません」

 

「私はココアで大丈夫だよ!」

 

「ああ、よろしく。コウナ、ココア」

 

「自己紹介も済んだところでリゼさん、先輩としてコウナさんとココアさんにいろいろと教えてあげてください」

 

それを聞いたリゼさんは目を輝かせる。

 

「きょ、教官ということだな!」

 

「うれしそうですね」

 

「この顔のどこがそう見える!?」

 

チノちゃんの指摘に反発するリゼさん。だけど、

 

「すっごいにやけてますよ、とりあえずよろしくお願いしますリゼさん」

 

「よろしくねリゼちゃん」

 

「上司に口を聴くときは言葉の最後にサーをつけろっ!」

 

「落ち着いて、サー!」

 

やっぱり、リゼさん。なんだかんだで影響を受けているんだな。

 

「コウナ、返事がないぞ!」

 

「すいません、サー」

 

ちなみに言うと、サーは男性につけるものだ。女性なら普通はマムだ。

俺たちはリゼさんに連れられて保管庫にやってくる。

 

「じゃあ、このコーヒー豆の入った袋をキッチンまで運ぶぞ」

 

そういって、リゼさんは大きな袋を一つひょいと持ち上げる。だけど、

 

「お、重い…これは普通の女の子にはキツイよ…」

 

やっぱりココアには文字通り荷が重かったかようだ。そしてその言葉を聞いたリゼさんは慌てて袋を置いた。

 

「あ、ああ! 確かに重いな、普通の女の子には無理だ! 普通の女の子には無理だ、うん」

 

ここは何も言わないほうがいいのだろう。別に力がある女の子だって普通だと思うけど。

 

「それじゃあ、大きい袋は俺が持っていきますよ。二人は小さい袋を持ってもらえますか?」

 

「そうするよ。コウくん、お願いね?」

 

「すまないなコウナ。頼む」

 

そう言って二人は小さい袋に手を伸ばす。だが、

 

「よっと……」

 

「小さいのでも重い! 一つ持つのがやっとだよ~!」

 

持ち上げるのに苦労しているココアに対して袋を四つ両腕に掲げるリゼさん。リゼさんは再び慌てて三つの袋を下ろして、

 

「ああ、確かにっ! 一つがやっとだ! 一つが……」

 

もういいじゃないか。素直に持って行きましょうよ…

 

「なんだコウナ、何か言いたいことでもあるのか……?」

 

ジト目でリゼさんを見ていると視線に気づいた彼女は言ったら撃つといわんばかりの眼光で睨んできた。

 

「いいえ、なんでもないです――よ、っと」

 

俺は大きい袋を二つ両腕で抱える。それを見たココアとリゼが驚く。

 

「すごいねコウくん、力持ちだね!」

 

「私でも二つは無理な――んでもない! さすが男だ!」

 

もう取り繕わないでっ、リゼさん!

なんだか、リゼさんの意外な一面を見た気がした。

 

 

 

 

 

「ココア、コウナ。メニュー覚えとけよ?」

 

メニュー表を差し出してくるリゼさん。

受け取ったココアと一緒にメニューを見る。改めてメニューを見たココアは難しい顔をした。

 

「コーヒーの種類が多くて難しいねー」

 

「そうか? 私はひと目で暗記したぞ? 訓練しているからな」

 

「すごいっ」

 

「チノなんて香りだけでコーヒーの銘柄を当てられるぞ?」

 

「私より大人っぽい!」

 

褒められたチノちゃんは少し照れていた。

 

「だが、ミルクと砂糖は必須だ」

 

「あっ! なんか今日一番安心した!」

 

うん、可愛いと思うのは仕方が無い。ほのぼのするよ。

 

「コウくんはどう? 覚えられそう?」

 

「ん? 俺はもう覚えてるぞ?」

 

「ええっ!?」

 

「なんだ、コウナも訓練していたのか?」

 

「訓練じゃないですよ、生まれつきです」

 

どういうことだ、と首を傾げるココアとリゼさん。

そういえばココアにも言ったことはなかったな。

 

「俺は目に映ったものを映像のように記憶できるんです」

 

「映像記憶って奴か。でもそれって一種の病気じゃなかったか?」

 

「まあ、そういう人もいますけど俺は一応大丈夫ですよ」

 

「そ、そんなこと聞いたことなかったよっ!?」

 

ココアが身を乗り出して詰め寄る。

まあ言う必要がなかったからね、それに苦労することもあったし。

 

「コウくんの裏切り者~!」

 

そういうココアにも出来ることはあるだろうに、例えば――

 

「チノちゃんはなにをしているんだ?」

 

チノちゃんは持っていたノートを見せてくれた。そこにはいろいろと書かれた計算式。

 

「春休みの宿題です。空いた時間にこっそりやっています」

 

「へぇ~どれどれ……」

 

ココアはノートを見る。そして、

 

「あ、その答えは128で、その隣は367だよ~」

 

すらすらと答えを言うココアに驚いた表情をするチノちゃんとリゼさん。

 

「ココア、430円のコーヒーを29杯頼むといくらだ?」

 

「12470円だよ」

 

リゼさんが出したちょっと面倒くさい計算問題も一瞬で答えを言い当てるココア。

 

「それじゃあ、ココア。10パーセントの食塩水300グラムとxパーセントの食塩水450グラムを混ぜたとき7パーセントの食塩水が出来ました。さて、xに入る数字は?」

 

「5パーセントだよ――って、コウくんまたお姉ちゃんを呼び捨てにした!」

 

「こいつ、馬鹿そうに見えて意外な特技を…!」

 

リゼさんが顔を歪めながら言った。

ココアはどういうわけか暗算が得意だ。以前にフラッシュ暗算を試したのだが、間違えることなく全問正解した。ただ自覚がないだけで、ココアはちゃんとした特技を持っている。

 

「はあ、私も皆みたいに何か特技があればなぁ~」

 

無自覚って本当に怖いよね。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー♪」

 

研修という形で今日は来店に合わせてココアと一緒にお客を出迎える。

 

「あら、新人さん? しかも二人もいるなんて」

 

「はい、今日から働かせて頂くココアって言います。それでこっちの子が私の弟のコウナです!」

 

「いらっしゃいませ、コウナと言います。よろしくお願いします」

 

俺はココアの紹介にあわせてお客さんに一礼する。

 

「よろしくね、キリマンジャロお願い」

 

「はーい!」

 

「かしこまりました」

 

「ふーん、ちゃんと接客できているじゃないか」

 

「心配ないみたいですね」

 

その様子を見ていたチノちゃんとリゼさんが感心したように頷いた。

 

「やったー! 私注文ちゃんととれたよ!」

 

「あー、はいはい」

 

「えらいえらい、です」

 

ニコニコと戻ってくるココアを軽く流すリゼさんとチノちゃん。ココアは無邪気に喜んでいた。

 

 

 

 

 

「この店の名前ラビットハウスでしょ? ウサ耳はつけないの?」

 

「ウサ耳なんてつけたら別のお店になってしまいます」

 

確かに、着けたらなんかどこぞのメイド喫茶になりそうだ。

 

「リゼちゃんはウサ耳似合いそうだよねー」

 

「そんなもんつけるかバカ!」

 

するとリゼさんは自分がつけたところを逡巡したのち、叫んだ。

 

「露出度高すぎだろ!」

 

「ウサ耳の話しかしてないのに?」

 

なにを想像してたんですかリゼさん。まあ予想はつきますけど。

 

「教官! じゃあ何でラビットハウスなのでありますかっ?」

 

なぜそれをチノちゃんに聞かないんだ?

 

「それは、ティッピーがマスコットだからじゃないのか?」

 

「うーん、でもティッピーうさぎっぽくないよ? もふもふだし」

 

ココアがそういいながらチノちゃんの頭にいるティッピーを撫でる。

 

「じゃあ、どんな店名がいいんだ?」

 

「ずばり、もふもふ喫茶!」

 

「そりゃ、まんますぎるだろう……」

 

リゼさんが恐る恐るチノちゃんの様子を伺う。

 

「もふもふ喫茶……!」

 

しかし、チノちゃんは目をキラキラさせて前のめりになっていた。

 

「気に入ったんだな、チノちゃん……」

 

 

 

 

 

幾人かのお客さんが来店し、注文を受けたときに俺とココアは、リゼさんがあることをしていることに気づいた。

 

「リゼちゃん、なにやっているの?」

 

「ラテアートだよ。カフェラテにミルクの泡で絵を描くんだよ。この店ではサービスでやっているんだ」

 

「へぇー、そういうこともしているんですね」

 

「絵なら任せて! これでも金賞をとったことあるんだから!」

 

張り切って腕をまくるココア。だけどそれって確か――

 

「町内会の小学生低学年の部とかいうのはナシな?」

 

ココアが固まった。うん、賞をもらったのはその時期だったはずだ。

 

「まあ、何事も経験だ。手本としてはこんな感じに……」

 

リゼさんが作ったラテアートはハートの花が咲いたような絵だった。

 

「わっ、すごい上手い!」

 

「器用なんですね、リゼさん」

 

「そんなに上手いか?」

 

少し照れた様子のリゼさん。褒められるのに慣れていないのだろう。

 

「すごいよー。リゼちゃんて絵上手いんだね。ねっ、もう一個作ってみてよ」

 

「しょ、しょうがないなー! 特別だぞ! ちゃんと作り方も覚えろよ!」

 

おや? なんかリゼさんの様子がおかしくなったぞ?

スタイリッシュにミルクを注ぎ、絵かき用の棒をくるくると回し――

 

「うおおおおお――――!!!!」

 

ものすごい速さで描いていく。

 

「できた――!」

 

そして出来上がったものは、主砲から弾を打ち出した戦車の絵。

 

「まったく上手くないって、私なんか!」

 

そういうリゼさんの顔はどこか誇らしげだった。

 

「いや……上手いってレベルじゃないよ、というか人間業じゃないよ…」

 

「そんなことないってー!」

 

あ、わかった。リゼさんって褒められると調子に乗るタイプなんだな。

 

「よーし、私たちもやってみよう、コウくん!」

 

「そうだな、一つやらせてもらおう」

 

そういって、俺とココアはカフェラテにミルクを注いで絵を描いていく。

冷めないように手早く、だけど崩れないように慎重に、リゼさんがやっていたようにする。

 

「う……なんか難しい、イメージと違う……」

 

しかしココアは思いのほか四苦八苦していた。

 

「どれ、見せてみ……っ!?」

 

リゼさんがココアのラテアートを見る。すると、顔を真っ赤にして手で覆った。

 

「笑われてる!?」

 

プルプルと震えているリゼさんを見たココアはショックを受けていた。

うん、まあなにもいうまい。俺は俺で集中する。

 

「こんなものかな?」

 

「コウくんもできたの? 見せて見せて!」

 

ココアが覗き込んでくる。俺が描いたのは月で餅をつくウサギの絵。

 

「コウくん、私より上手ー! 裏切り者ー!!」

 

「またそれか。ココアのも十分可愛いよ、ねっ? リゼさん?」

 

「どうしてそこで私に振るんだ、コウナ!?」

 

「いや、素直に言えばいいと思って」

 

「もー……そうだ! チノちゃんも描いてみてよ!」

 

「えっ? 私もですか?」

 

それは俺も気になる、ココアとリゼさんのしか見てないし。

了承したチノちゃんがミルクを入れて黙々と描いていく。

 

「どんなのが出来るか楽しみだね」

 

「ああ、そうだな」

 

俺たち姉弟は楽しみに待っていたが、リゼさんは何故か思案していた。

 

「どうしたんですか、リゼさん?」

 

「いやな、チノが描く絵って確か――」

 

「できました」

 

そこまでリゼさんが言いかけたところでチノちゃんの完成の声が聞こえる。

 

「まあ、とりあえず見ればわかりますね」

 

そう言ってカップを覗いてみると、言葉を失った。

 

「こ、これは……」

 

「思い出した、チノが描く絵はどうしてか昔の名画家のようになるんだった……」

 

前衛的な絵、とでもいえばいいのか、チノちゃんが描いたのはあのフルネームが長い画家が描いたようなものとそっくりだった。

 

「チノちゃんも仲間ー!」

 

「仲間?」

 

しかし、そんなことを知らないココアはチノちゃんの手をとって喜んでいた。

 

「違うぞココア。こういうのは私たちと一緒にしちゃ…」

 

「リゼさん、諦めましょう。ココアにはもうなにも聞こえませんよ」

 

意外な事実をいろいろと知った初日のバイトだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではでは、またの更新に会いましょう、さらばっ!




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保登家と香風家 ~看板うさぎはおじいさん~



どうも、燕尾です!
ごちうさ第三羽、出来上がりました!!
オリジナルが混じっています、閲覧注意、いやっほう!!






 

 

 

「じゃあ今日はそろそろ店を閉めましょう」

 

時が過ぎて、もう日が落ち始めた夕方。チノちゃんの一言で喫茶店の営業が終了する。

 

「おつかれさまー♪」

 

「おつかれー」

 

「お疲れ様」

 

それぞれ更衣室と部屋に戻って制服から着替える。

着替えている最中に、リゼちゃんが口を開いた。

 

「ココアとコウナは今日からこの家で寝泊りするんだな?」

 

「そうだよ。でも最初はコウくんが別な場所を探すって言って大変だったんだ~」

 

「えっ、そうだったんですか?」

 

「うん。香風家が下宿先になったときに娘がいるって知った途端急にね~」

 

「それって、私がいるのを嫌ったってことですか……!?」

 

ショックを受けたようなチノちゃん。

 

「違うよ、チノちゃん! 確かにチノちゃんがいるのを知って変えようとしてたけど……」

 

「コウナさんはそこまで私と居たくなかったんですね……」

 

ああ、チノちゃんがますます落ち込んじゃった!?

 

「あれだろ? 男女一つ屋根のしたっていうのはまずいって思ったんだろ?」

 

「そう、それを言いたかったの。さすがリゼちゃん! だからね、チノちゃんが嫌だったわけじゃないんだよ!」

 

「……よかったです」

 

「そうだ! もっと仲良くなるために、今日は皆で夕飯をつくろうよ!」

 

我ながらナイスアイディアだね!

 

「それは大丈夫です、私一人でもできますので」

 

「えー、私も手伝う! それに、コウくんもすっごくお料理上手なんだよ!」

 

突っぱねるチノちゃんに食い下がる。だけど、なかなかチノちゃんは折れてくれなかった。

 

「ココアさんはなにも手伝わなくていいです。コウナさんには手伝ってもらいます」

 

「なんで!?」

 

「なんか、楽しそう……」

 

 

 

 

 

リゼちゃんと別れて、私たちは夕飯の支度をする。

コウくんはお風呂掃除をした後に入っていいといわれて、言葉に甘えてそのまま夕飯前にお風呂に入ることにしたらしい。

 

「夕飯はシチューでいいですか?」

 

「野菜切るのは任せて!」

 

私は無理やり、にんじんをとって、ピーラーで皮をむく。

チノちゃんはため息を吐きながらもそれを受け入れてくれて、鶏肉を一口サイズに切っていく。

 

「なんかこうやってると、姉妹みたいだね♪」

 

「はぁ……」

 

弟も嬉しいけど、妹も欲しかった私としてはなんだか新鮮に思えた。

 

「じゃあ、ココアお姉ちゃん…ですね」

 

「っ!!」

 

初めてチノちゃんが、おね、おねえ……お姉ちゃんって言ってくれた!

 

「……ココアさん?」

 

「チノちゃん、もう一回言って?」

 

「…………」

 

「お願い、もう一回言って!」

 

だけど、この後何度頼んでも呼んでくれることはなかった。

 

 

 

 

 

「わぁ、美味しそう!」

 

「後は煮込んで終わりです」

 

シチューの完成まであと少しのところで、リビングのドアがノックされる。

ドアを開けて入ってきたのは大人の男の人だった。

 

「なにもの?」

 

「こちら父です」

 

チノちゃんのお父さんはなんというか、渋いという言葉がぴったり当てはまるような人で、なんだか少し緊張してしまう。

 

「…君がココア君か、よろしく」

 

「あっ、お、弟のコウく――コウナ共々、お世話になります! コウナは今お風呂に入ってしまっているので、後で挨拶に向かわせます!」

 

「気にしなくて大丈夫だよ。自分の家だと思ってくつろいでくれ」

 

「ありがとうございます! これからよろしくお願いしますっ!」

 

「こちらこそ…チノをよろしく頼む」

 

「は、はい!」

 

じゃ、と言って、チノちゃんのお父さんは店のほうへと向かっていく。

 

「お父さんは一緒に食べないの?」

 

「あれ? ココアさんは知らないんですか?」

 

「なにが?」

 

「この喫茶店は夜になるとバーになるんです。父はそのマスターです。コウナさんが知っていたからてっきり分かっているものだと」

 

「わからなかったよ~、それにしてもバーか~……なんか裏世界の情報提供してそうでかっこいいね」

 

「何の話です?」

 

 

 

 

 

「ふぅ、いいお湯だった。お先にもらってごめんね、二人とも」

 

「いえ、気にしないでください。お風呂掃除もしてもらいましたし」

 

「あ、コウくん! さっきチノちゃんのお父さんが来てたよ! コウくんも後できちんと挨拶しないと!」

 

「そっか、後でバーに邪魔しないように行くよ」

 

「うん、失礼の無いようにね?」

 

「わかってるよ」

 

そんな俺たちのやり取りをチノちゃんはジーッと見ていた。

 

「どうした、チノちゃん?」

 

「いえ、なんだかココアさんがしっかりとした姉のようにに見えましたので」

 

「ひどいっ、私だってしっかりとした姉だよ!?」

 

「どちらかと言うと、今まではコウナさんが兄のようだったので」

 

「あはは。確かにココアは甘えん坊でいろいろと世話が焼けるけどね」

 

「コウくんまで!? それと、ココアお姉ちゃん!」

 

ココアはぷんすか怒りながら叫ぶ。

 

「最後まで話を聞きなさい。そんなんだから妹みたいって言われるんだよ」

 

「う~、だってぇ……」

 

俺は涙目のココアの頭を撫でる。

 

「でもね、チノちゃん。俺にとって、ココアはやっぱりココアお姉ちゃんなんだよ」

 

「コウくん……」

 

「確かに見ていたら兄と妹に思うかもしれないけど、見掛けだけじゃないんだ、こういうのは」

 

「私にはよくわからないです……」

 

そういうチノちゃんの顔は寂しそうだった。一人っ子のチノちゃんには現実味がないのだろう。

 

「まあ、これから嫌でもココアが姉として接するだろうから、わかっていけるよ」

 

「それは…少し遠慮したいです」

 

残念ココア、チノちゃんに振られたな。

 

「って、ココア?」

 

俯いたココアはプルプルと、体を震わせていた。そして、

 

「コウくーんっ! お姉ちゃんは、コウくんのこと大好きだよー!!」

 

目の前にチノちゃんが居るというのに、泣きながら思い切り抱きついてきた。

 

「わっ、おい!? 危ないって!」

 

「コウくん、コウくん、コウくーん!」

 

「ああ、もう! そういうところが妹っぽく見られるんだぞ!?」

 

夕食のシチューが出来るまでの間、ココアが俺から離れることはなかった。

 

 

 

 

 

チノちゃんとココアと三人で夕飯を食べた後、後片付けは俺に任せてもらって、二人は風呂に入りにいった。

最初チノちゃんは渋っていたのだけど、二人には夕食の準備をしてもらったのだから気にしないでと無理やりチノちゃんをココアに任せた。

 

「さて、洗い物終わり。それじゃあ、いきますか」

 

手を拭いて、身だしなみを整えて、リビングを出る。

俺が向かうのは喫茶店の方。今はバーをやっているはず。

ドアノブに手をかけたときになにやら話し声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「やれやれ、大変なことになりそうじゃ」

 

なにやら年をとったお爺さんの声。声の発生源は白いもふもふした生物。香風家で飼っているアンゴラうさぎのティッピー。実はこのアンゴラうさぎ、中身はチノの祖父だ。

 

「チノ、仲良くなれるといいな」

 

それに何の疑問も持たずに答えるのはバーのマスター、チノの父親だ。今は客はおらず、いつ来てもいいようにグラスを磨いていた。だからこそ堂々と喋るアンゴラうさぎと会話ができるのだが。

 

「ココアとコウナといったか。あの娘と小童、あっという間に店になじんでしまった。まあ、チノにはああいう友達が合っているのかもしれん」

 

今は白の丸いウサギだが、心配する声はチノの祖父そのもの。やはり、いつまでも孫娘のことは心配なのだろう。しかし、心配事はそれだけではなかった。

 

「だがその勝手に抱きつかれると困るというか、わしもほら、今はこんな身体だけど一応アレだし…」

 

うさぎとなっても中身は人間。年頃の女の子に抱きつかれると焦るということだ。

しかし息子は深刻には受け取らなかった。

 

「なんだ、楽しくなりそうじゃねえか、親父」

 

「だぁ、ばかもん! お前にわしの気持ちがわかるかぁ! そっぽ向いてないでちゃんと話を聞けェ!!」

 

「……」

 

「ん? どうした、息子よ」

 

反応がおかしいと思ったティッピーは息子の視線を追う。そこには今日着たばかりの少年が気まずそうに立っていた。

 

「……何の話を聞けばいいのかな、ティッピー?」

 

「なぬ……?」

 

知られてはいけない香風家の秘密が、知られてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「えーっと、なんかすみません。タイミングが悪くて」

 

俺はカウンターに座り、チノちゃんのお父さん――タカヒロさんからウーロン茶を受け取る。

 

「いや、気にしないでくれ。すべては親父が悪いだけだからな」

 

「なんじゃと? そもそもコウナがここに来なければよかった話ではないか」

 

「それは、今日からお世話になるのに挨拶もしないでいるのは居心地が悪いと言いますか、そんな不義理でいたくありませんでしたし」

 

「コウナ君、親父の戯言は聞かなくていい」

 

「戯言とはどういう意味じゃ!」

 

そのままの意味さ、と流すタカヒロさんにうがーっと噛み付くティッピー。その姿はなんだか失礼だが、微笑ましく思えてきた。

それに、あの頃とぜんぜん変わっていない。

 

「改めて――お久しぶりです、タカヒロさん。」

 

「ああ、久しぶりだね、コウナ君。随分と大きくなったな」

 

そう、俺がタカヒロさん一家と出会ったのは実はこれが初めてではない。小さいころに一度会っていて、ともに一緒の時間を過ごしているのだ。

 

「マスターもこんな形でお会いできるとは思いませんでした」

 

「ん?」

 

ティッピーが身体を傾けていると言うことはマスターは覚えていないようだ。

 

「コウナお主、わしとどこかで会ったことあるのか?」

 

「覚えてなかったのか、親父? まだ妻が生きていたころ、彼女が小さい子供を一人連れてきただろう」

 

「ん……おおっ、あの時の小汚かった小童か!」

 

小汚かったはさて置いて、どうやら、思い出してくれたようだ。

 

「その節は大変お世話になりました。おかげで今日まで元気に生きることが出来てます。まさか香風がタカヒロさんたちの姓だとは思いませんでした」

 

マスターにいたってはまさかこんな姿で再会するとは思ってもいなかった。

 

「ほぅ、あの仏頂面だった小僧が…そりゃ、わしだって気づかないはずじゃ。むしろお主こそよく声だけで気づいたものじゃ」

 

今では自分でもそう思う。それほど昔の俺は感情の乏しい子供だった。だけど、お言葉ですがマスター? タカヒロさんは気づいてくれてましたよ?

それに、俺がマスターを忘れるわけがない。というのも、

 

「まだ年端のいかない子供に厚いクレマのエスプレッソを飲ませて笑っていた爺さんは後にも先にもマスターだけでしたから」

 

「親父…そんなことしていたのか?」

 

「知らん、そんなことは忘れたわ」

 

都合の悪いところだけそんな風に言って、まったく。姿は変われど、中身はほんとう昔と変わってない。

 

「お主はよくここまで変わったものじゃ」

 

「それはいろんな人たちが支えてくれたおかげです。今は保登コウナとしてこうして生きていますけど、もしあの人に手を引かれて連れられていなかったら、また別な結果になってたでしょうね」

 

だけどそんなのはもしもの話だ。この場では意味のない話。

あのとき生きる意味をくれたあの人はいつまでも俺の恩人だ。もちろんタカヒロさんやマスター、覚えていないだろうけどチノちゃんに保登の家族たちにも感謝しても仕切れないほど世話になった。

 

「俺たちもコウナ君の元気な姿を見れてよかった、きっと彼女も喜んでいるだろう」

 

偶然とはいえ、今こうして再会できたのは素直に嬉しい。だけど、それを一番伝えたい人がいないことに胸が苦しくなる。

 

「はい……出来れば生きているうちにもう一度お会いしたかった……」

 

思わず声が震えてしまう。もう二度と、会えないのだと。あの優しい声を聞くことは出来ないのだと。そして、押し寄せてくるのはあのころの後悔と罪悪感。

 

「どうやら俺は…謝る機会も、お礼をする機会も、逃してしまったようですね……」

 

声どころか、身体まで震わせていた俺の肩にタカヒロさんがポンと手を置く。

 

「彼女は最期まで君のことも心配していたんだ、まるで自分の息子のようにね。だから大丈夫さ」

 

その言葉に、俺はもう、我慢が出来なかった。

 

「はいっ…う、く…ありがとうございます……!」

 

誰も来ないバーで、涙を流すのだった。

 

 

 

 

 

「あの、タカヒロさん。お願いがあるんですけど」

 

一頻り泣いたコウナ君は、赤く晴らした目でお願いしてくる。

 

「なんだい?」

 

「今度、お参りさせてくれませんか?」

 

「……もちろん。成長した姿を見せてやってくれ」

 

「はい――それじゃあ失礼しました。これから、よろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそよろしく。今日はゆっくりと休むといい」

 

ありがとうございます、と深く一礼してコウナ君は立ち去る。

いなくなったのを確認した親父が口を開いた。

 

「コウナもいっぱしに挨拶するようになったの」

 

「いい少年に育ったな、コウナ君」

 

「チノの母親があのとき周りの反対を押し切ってまでしたことは間違いじゃなかったということか」

 

「ああ、彼女がコウナ君を自分の息子にするんだと言って聞かなかった頃を思い出す」

 

「それに自分で面倒見切れなかったことを後悔していたことも、な」

 

彼女の友人、保登家にコウナ君を託したあと、コウナ君がいなくなったことに寂しさを覚えたのか一晩中大泣きしていたこともあった。

 

「それでも、コウナ君と一緒にすごした日々は彼女にとってかけがえのないものになっていた」

 

「ああ。あやつのことで一喜一憂していたのもいい思い出じゃわい」

 

「できれば、彼にはこのままいい人生を送って欲しいものだ」

 

それが、彼女の望みでもある。

 

「できるじゃろう。チノの母親の気持ちを理解して、いないことに悲しむことができる今ならな…」

 

断言する親父に俺は彼女のことを思い出しながら、そうだな、とだけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香風家の人たちが各々の夜を過ごす一方、天々座家の一室では――

 

 

 

「聞いてくれよ、ワイルドギース。今日新人が二人も入ってきてな、それがまた変わった二人でさ」

 

リゼは自分のベッドに転がり、そばにいるワイルドギースに語りかけていた。

 

「今日はラテアートの練習に付き合っていたんだが、その練習用カフェオレが余りまくって、飲み干すのに苦労したよ。もう当分カフェオレは飲みたくないなー」

 

『……』

 

だが、ワイルドギースは返事などしない。なぜならワイルドギースは――うさぎのぬいぐるみだからだ。

 

リゼは急に虚しくなって布団を頭まで被った。

 

「寂しくない、寂しくなんてないんだからな――!!」

 

 

 

この後、ココアから来たラテアートのメールで気分がよくなったリゼなのでした。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではではまたいつか近いうちに! お会いしましょうね~!


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学校へ行こう! ~和服少女との出会い~



どうも燕尾です。
ごちうさ第四羽目です。





 

 

「コウくーん、準備終わった?」

 

学校の入学式の前日、朝からココアが(たず)ねてきた。

 

「準備?」

 

「今日から学校だよ! 早くしないと遅刻しちゃうよー!」

 

学校は明日のはずなのだが、どうやらココアは勘違いしているみたいだ。

 

「いや、入学式は――」

 

そこで俺は面白い悪戯(いたずら)を思いついた。

 

「悪いココア、少し用事があるから先にいっててくれ」

 

「えぇ!? 高校初めての登校はコウくんと一緒がいい!」

 

「わがまま言わないで、俺にとって大切な用事なんだ。この埋め合わせは絶対するからさ」

 

「むぅ、ほんとに? 絶対埋め合わせてくれる?」

 

「もちろんするよ――明日にね」

 

「わかったー。それじゃあ、学校でね?」

 

「うん」

 

しょんぼりした声で下りていく。ちょっとした罪悪感があるけど、まあ明日一緒に登校するのだからいいだろう。

 

 

 

 

 

「いってきまーす♪」

 

「いってまいります」

 

「ああ、いってらっしゃい。気をつけて」

 

「はーい!」

 

その後、タカヒロさんとティッピーに見送られて、家から出て行くココアとチノちゃんを影からこっそり見つめる。

 

「よかったのかい? ココア君を行かせてしまって」

 

俺に気づいていたタカヒロさんが、ココアの姿が見えなくなったところで問いかけてきた。

 

「とりあえず何度か恥ずかしい失敗をすればもう少し落ち着いた行動をしてくれるかもしれませんからね」

 

「君の顔には悪戯成功って描いてあるみたいだが?」

 

バレバレだったみたいですね。本当にタカヒロさんには勝てないな。

 

「まあ、後でしっかり怒られます。それに――大切な用事があるのは嘘じゃないですから」

 

「ああ、案内しよう。ついてきなさい」

 

お願いします、と俺は掃除用具を持ってタカヒロさんの後ろについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チノちゃんもこっちの方向なんだ?」

 

「はい、こっちの方向なんです」

 

「それじゃあ、これから途中まで一緒に――」

 

「行けますね」

 

それに明日からはここにコウくんも加わるんだ。妹と弟と毎日登校できるなんて幸せ――

 

「じゃあ、私はこっちですので」

 

「早っ!?」

 

どうやら現実はそう上手くいかないみたい。

さらに歩いていくと、見知った顔が見える。

 

「あ、リゼちゃんだ」

 

前からやってきたのはラビットハウスのバイトの先輩、リゼちゃん。

 

「おはよー! りぜちゃーん!!」

 

「目立つからやめろ!」

 

ただ挨拶しただけなのに怒られちゃった。

 

「おはよう、リゼちゃん――あ、制服違うということは別な学校なんだね? ブレザーもかっこいい!」

 

「べ、別に普通だろ?」

 

いいなあ、ブレザーかー。私も着てみたいなー…よし!

 

「ねえ、リゼちゃん。制服交換してみない?」

 

「自分の学校行けよ――って、そういえばココア、コウナは一緒じゃないのか?」

 

「あ、うん。コウくんは大切な用事があるから先にいけって……」

 

なんか言ってて悲しくなってきた。せっかくの初登校なのにな…

その様子を感じ取ったリゼちゃんは慌ててた。

 

「まあ、仕方がないだろう。コウナがそういうなら余程のことなんだろう?」

 

「うん…でも明日からは一緒に行くって言ってくれたよ!」

 

「それはよかったな。ほら、遅刻する前に早く学校に行けよ?」

 

「うん! それじゃあ、リゼちゃん。またお店でね?」

 

「ああ、迷子になるなよー?」

 

「わかってるよー」

 

そう言って、リゼちゃんと別れる。

そして、5分ぐらい歩いたときに、また見覚えのある姿を見つけた。

 

「あ、リゼちゃんまた会ったね! じゃあまたねー」

 

正面からやって来たのはリゼちゃんだった。今度は立ち止まらずに挨拶だけ交わす。

するとリゼちゃんのほうから呼び止めてきた。

 

「こ、ココア? お前学校への道わかってるのか?」

 

「心配しなくても大丈夫だよー」

 

もう、リゼちゃんたら心配性だなー。

立ち止まっているリゼちゃんに手を振りながら歩いていく。

 

 

 

そしてまた5分後――

 

「すごーい、また会ったー!」

 

「……」

 

 

 

さらに5分後――

 

「あれあれー、まただー!」

 

「私は異次元に迷い込んだのか!?」

 

 

 

もうさらに5分後――

 

「もうこれは奇跡だね、リゼちゃん!」

 

「コウナー! 助けてくれー!!」

 

 

「どうしてコウくんに助け求めてるの? リゼちゃんもしかして、迷子? だったら私が――」 

 

「いや、そんなことはないから大丈夫だ! ココアは自分の学校へ向かってくれ!!」

 

「そう? ほんとに大丈夫?」

 

リゼちゃんはものすごい勢いで頭を縦に振る。

 

「わかったよ。それじゃあリゼちゃんも、学校に遅れないようにねー」

 

私はリゼちゃんを背にまた歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ、メール? リゼさんからだ」

 

タカヒロさんの後を付いて歩くこと20分、リゼさんからメールが来た。

 

「なになに……」

 

――異次元に迷い込んだ、助けてくれコウナo(T□T)o

 

「――どういうこと?」

 

悪戯でこんなメールを送ってくるようなリゼさんじゃないし、何か本当に困ったことがあってパニックになっているのだろう。

 

「すみませんタカヒロさん、歩きながらで構わないんで電話してもいいですか?」

 

「ああ、構わないよ」

 

タカヒロさんの許可を得て、俺はリゼさんに電話をかける。すると、1コール鳴り終わる前という、ものすごい早さでリゼさんが電話に出てきた。

 

「もしもし、リゼ――」

 

『もしもしっ、コウナか!? ちゃんと電話通じているのか?』

 

「はい、コウナです。ちゃんと電話通じてますけど……どうしたんですか?」

 

『よかったぁ~てっきり異次元に迷い込んだのかと思ったぁ~!』

 

泣きそうな声、というよりもはや泣き声で安堵しているリゼさん。

だけど、その異次元に迷い込んだって本当にどういうことなんですか?

 

「とりあえず落ち着いてください、何があったんですか?」

 

「ああ、実はな――」

 

リゼさんから話を聞いた俺は空を仰いだ。

唯一つ言えることは――恐るべし、我が姉の方向音痴。

 

「おい、コウナ? 返事をしてくれェ!」

 

「ああすいません、リゼさん実は――」

 

俺は洗いざらい全部話す。といってもそこまで多くはないけど。

 

「おい、コウナ~?」

 

全部理解したリゼさんは俺の名前を呼ぶ。

 

「あはは……なんでしょう、リゼさん」

 

それに対して苦笑いしかできなかった。しかし、笑い事ではなかったリゼさんは、

 

「店にいったら覚悟していろよ」

 

電話口から殺気が伝わってきそうなほど低い声で言った。

 

「いえす、さー……」

 

俺は震えた声でここにはいない上官に敬礼するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学校遠いなぁ……」

 

リゼちゃんと別れてからまた随分と歩いたのにぜんぜん学校に着かなかった。

 

「うう……歩き疲れちゃった……」

 

久しぶりに長い時間歩いたせいで足が痛い。でも休憩してたら学校に遅れちゃう。

 

「どうしよう――あっ」

 

困っていたところに、一匹のうさぎがやってくる。誰も飼っていない野生のうさぎだ。

 

「こ、これが噂に聞く、野良うさぎ……!?」

 

噂の野良うさぎが潤んだ瞳で私を見つめている。その姿はまるで私を誘っているようだ。

どうしよう、もふもふしたい! でももふもふしてたら遅刻しちゃう…! 

でも、でもでもでも――!!

 

「はぁ~! もふもふ気持ちいい~!!」

 

誘惑に負けた私はうさぎを堪能する。

もう、遅刻してもいいや…

そんな私の考えがわかったのか、うさぎが私の腕から逃げ出す。

 

「わっ!? 待って、もう少しもふもふさせて!」

 

逃げるうさぎを追いかけていると私は目を疑う光景に出会った。

一人の和服の少女を複数のうさぎが囲っていた。

 

「もふもふ天国だー!」

 

私も混ざるべく和服少女の近くに駆け寄る。すると、少女が手にしているものが見えた。

 

「栗ようかん?」

 

栗ようかんで、うさぎは釣れないと思うけど…でも、あの栗ようかん美味しそう…

私はうさぎたちと一緒に、和服少女の近くにいって、栗ようかんを見つめる。

 

「おいでー、おいでー……あら?」

 

私の存在に気づいた和服少女は楽しそうに栗ようかんを差し出してくれた。私は遠慮なくぱくりと一口頂いた。

 

「うさぎじゃなくて、女の子が食いついちゃった♪」

 

「おいしいね、この栗ようかん!」

 

「本当? ありがとう。まだあるんだけど、食べる?」

 

「いいのっ?」

 

「もちろんよ」

 

「わーい、ありがとう!」

 

「あそこのベンチに座りましょう」

 

「うん!」

 

私は不思議な和服少女と出会った。

 

 

 

 

 

「ココアちゃんっていうのね。私は宇治松千夜よ、よろしくね」

 

千夜ちゃん――なんか深みを感じる名前だよ。

 

「千夜ちゃん。この栗ようかんどこに売ってるの?」

 

「気に入ってくれた? それ私が作ったの」

 

「千夜ちゃん和菓子作れるの!?」

 

「ええ、それは私の自信作――幾千の世を往く月。名づけて"千夜月"! 栗を月に見立てた栗ようかんよ!!」

 

「なんか、かっこいい! 意味わかんないけど!」

 

「私たち、気が合いそう――それに、私と同じ学校のようね」

 

「そうなんだ――」

 

そこで私は気づいた。そういえば今日は入学式だった。

 

「入学式に遅刻しちゃう! 千夜ちゃん、一緒に行こう!」

 

私は千夜ちゃんの手をとる。

 

「えっ? でも今日は――」

 

ああ、もう時間がないよ!

 

「早く!」

 

そのまま千夜ちゃんの手を引いて走り出す。

 

 

5分後――

 

 

「あれれ――!? 戻ってきちゃった!?」

 

どういうわけか、千夜ちゃんがいた公園に戻ってきてしまった。

 

「ココアちゃん、ちょっと…待って……入学式、明日なの」

 

聞き逃せない言葉が千夜ちゃんから聞こえた。

 

「今、何て……?」

 

息を整えた千夜ちゃんがもう一度言う。

 

「だから、入学式は明日よ」

 

私は顔が熱くなる。私もしかして、日付間違えてた――?

 

「うわあああ、恥ずかしいー!! というかコウくん、わかってたなら言ってよぉー!」

 

恥ずかしくなった私はしゃがみこんで顔を覆う。

 

「おもしろい子…そうだ、ココアちゃんが迷わないように、今から学校に行きましょう」

 

「め、女神様……!」

 

千夜ちゃんの案内で、私は学校へとやってくる。

 

「わぁ…ここが私とコウくんの新しい学びやかぁ、見てるだけでワクワクしてくるよ!」

 

ここで青春時代をすごすのかー、友達と笑って、泣いて、時には喧嘩して…コウくんとも一緒に過ごして……えへへ、楽しみだなぁ。

 

「あ…ここ中学校だったわ。卒業したの忘れて間違えちゃった」

 

 

 

 

 

「ところでココアちゃん、さっきから言ってたコウくんって誰?」

 

「コウくんは私の弟なんだよ!」

 

「ココアちゃんの弟…今日は一緒じゃないの?」

 

「うん、一緒に行こうとしたんだけどね? 用事があるから先に行けって言ってたんだ」

 

「えっ、でもそれって……」

 

「千夜ちゃんの思っている通りだよ、コウくんってば明日入学式っていうのを知っててそんなこと言ってたんだと思う」

 

「悪戯好きなのね、ココアちゃんの弟くん」

 

「お姉ちゃんに悪戯するなんて、コウくんったらいけない子だよ」

 

ふふふ、これは帰ったらお仕置きしないとね。お姉ちゃんを騙すなんて言語道断だよ。

 

「ふふ、ふふふふふ……」

 

「こ、ココアちゃん、どうしたのかしら?」

 

「なんでもないよ、ちょっとメール送るだけだから――」

 

私は今までにない速さでメールの文章を打つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだよ、コウナ君」

 

ラビットハウスを出てから30分程度、街が一望できる丘のような場所にそれはあった。

大理石で作られた彫刻に床の石にはあの人の名前が彫られていた。

 

「景色が綺麗ですね、まさかこんなところにいるとは思いませんでした」

 

「彼女の希望だったんだ。私の妻はこういう場所が好きだったからね」

 

「そうなんですか……」

 

あの人らしいな…

 

「それじゃあ、ゆっくり語らうといい。俺は先に店に戻っているから」

 

「ありがとうございます、タカヒロさん」

 

踵を返して去っていくタカヒロさんに俺は一礼する。

 

「さて……まずは掃除をするか」

 

俺はバケツに水を入れて、スポンジを濡らして、彫刻の隅々まで拭いていく。特に汚れがある場所は念入りに洗う。

汚れが取れたら、乾いた布で、水気を取っていく。

 

「ふう、こんなものかな……うん、綺麗になった」

 

俺は掃除用具を片付けて買ってきた花束を置いて座り込む。

 

「……」

 

穏やかな風が吹く、春の温かい風が俺たちを包み込んでいた。

 

「お久しぶりです、相変わらず普通の人とは外れたことをしていたんですね」

 

「あなたに拾われてからもう十年。俺もこうして、大きくなりました。タカヒロさんやマスターからは変わったって言われたんですけど、あなたはどう思います?」

 

当然返事は返ってこない。

 

「俺、明日から高校生になるんです。しかもこの街の高校に通うんですよ、姉と一緒に」

 

「十年前、あなたに出会わなければ、こうして育つこともなかったでしょう。あの日、俺の手を引っ張ってくれたあなたには感謝しています」

 

「あの家に連れられたとき、あなたは俺を笑顔にさせようといろいろなことをしてました。俺はそっぽ向いたり、冷たい態度をとって何度もあなたを泣かせてましたけど」

 

「でも、心の底では嬉しかったんです。いろんなことをしてくれて、悩んでくれて、笑顔を見せてくれてたこと」

 

見ず知らずの俺なんかのためにあの人は一生懸命だった。ただ励ましたい一心であの人は頑張ってくれていた。

 

「俺が笑ったり嬉しそうにしたとき、あなたは俺以上に嬉しそうにして俺を抱き締めてくれた」

 

あの時の笑顔や温もりは今でもはっきり覚えている。それを見て、感じた俺は心を許すということを徐々に覚えていった。

 

「あなたは俺に、心をくれた。だから…ありがとう、って伝えたくて…ごめんなさいって伝えたくて…あのとき言えなかったことを今度はちゃんと口にするんだ、って。思っていたのに……あなたは、もういないんですね」

 

散々バーで泣いたのに、また涙があふれてくる。だけどそれはあの人は望んでいないだろう。

俺がここに来たのは泣くためじゃない。目を袖でごしごしと拭いしっかりと顔を上げる。

 

「今日俺が来たのはあの時言えなかった謝罪とお礼です」

 

俺は姿勢を正し、頭を下げた。

 

「迷惑をかけてすみませんでした! そして、いろいろとお世話になりました、このご恩は一生、忘れません! これからはしっかりと前を向いて歩いて生きていきます! 本当に…本当に、ありがとうございました!!」

 

大きな声が風に乗って空へと舞い上がる。その瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうコウナくん。元気でね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あの人の声が、聞こえた気がした。

 

ばっ、と顔を上げて周りを見渡すも誰もいない。

 

「……幻聴、か?」

 

一度はそう考えるも、俺はすぐに首を横に振った。

 

「いや、そうじゃないよな」

 

俺はそう結論付けて荷物をまとめる。今日はチノちゃんが居ない間、タカヒロさんが働く喫茶店の手伝いをするつもりだ。

 

「それじゃあ、また来ます――お元気で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい風が丘の草木を撫でる。

そこにいた女性は白い毛のアンゴラうさぎを抱きながら、去っていく少年の背中を見守っていた。

 

「コウナくん、立派に成長してたね。ねっ、ティッピー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウナよ」

 

「ティッピー…じゃなくてマスター」

 

丘から下りて道に出るとティッピー、もといマスターが待っていた。

 

「いいんですか、一匹で出歩いて」

 

「いいんじゃよ、わしだって一応はこの街の住人じゃからな。お前こそもうよいのか?」

 

そういいながら、俺の頭に乗っかってくる。

 

「ええ。言いたかったことは言いましたし、今日は喫茶店で働かないといけませんから。いつまでも下ばかり向いていられませんよ――前を見て歩かないと」

 

「そうじゃな。チノの母親も、それを望んでいるじゃろう」

 

「はい。だからとりあえずは――」

 

そこで携帯メールの着信音が鳴り響く。

誰からだろう、と確認した俺は固まった。

 

 

 

――コウくん、帰ったらもふもふの刑ね♪ ココアお姉ちゃんより

 

 

 

「なん、だと……よりにもよって、もふもふの刑、だと……」

 

「まあ、姉を騙した罰じゃな。おとなしく受けるとよい」

 

しばらく俺は恐怖からその場から動けなかった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか!
アニメ、原作から外れたオリジナルのところは一切苦情は受け入れません!

ではまた次回にお会いしましょう!!




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初めての登校 ~お姉ちゃんを怒らせたら大変です~



どうも、燕尾です。
第五羽目です。
原作が四コマ漫画だからサクサク話が進むと思っていたけど案外進まないものですね……





 

 

「それじゃあ、今日こそは! 行ってきます!」

 

「行ってきます、タカヒロさん」

 

「いってまいります」

 

「ああ、いってらっしゃい。気をつけて」

 

タカヒロさんに見送られて俺たちは学校へと向かう。だが――

 

「ねぇ、ココア? いつまでこれをするの?」

 

俺は学校が始まる前から疲れていた。というのも、ココアが俺に抱きついているのだ。

これがココアのもふもふの刑だ。昨日の喫茶店の営業が終わってからずっと俺の身体を抱きしめてもふもふしていた。風呂に入るときも、寝るときも、ずっとココアは俺をもふもふしていた。おかげで俺はぜんぜん気を休めることができなかった。

だが、ココアはそんなことお構い無しに俺に笑顔を向けた。

 

「ココアお姉ちゃん、でしょ? コウくん? 何か文句でもあるのかな、コウくん?」

 

「いえ、何でもありませんココアお姉ちゃん、サー!!」

 

リゼさんじゃないのに、サーをつけてしまう俺。いまの俺はココアお姉ちゃんの忠実な弟。ココアお姉ちゃんに逆らうことは万死に値する。顔は笑顔だけど昨日のことを引きずってまだ怒っているのだ。

 

「コウナさん…」

 

ああ…チノちゃんが失望したような目を向けてきている…。

 

「チノちゃん、何も言わないでくれ」

 

ただのちょっとした冗談や教訓にして欲しかっただけだった。なのにココアがここまで怒るとは思わなかった。

 

「俺が悪いのはわかってるんだ。これも俺がココアにいたずらっひゃあ!?」

 

思い切りわき腹を掴まれた俺はおかしな声を上げてしまった。

 

「コウくんってば昔から物覚え悪かったよね~? コ・コ・ア・お・姉・ちゃ・ん――だよ?」

 

「……チノちゃん、覚えておいて欲しい。割と本気で怒っているココアお姉ちゃんに俺は勝てない、ということを」

 

「……コウナさんも大変なんですね」

 

失望から同情に変わったチノちゃんの目に、俺はちょっとした救いを感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式も滞りなく終わり、ホームルームという名の自己紹介タイムの時間俺は唖然とした。いや、その前から唖然としていた。というのも、

 

ジ~~~~~~~~~……

 

俺を見る視線は全部女子のものだからだ。なんでも、俺とココアが入学したこの学校、以前までは女子高だったのが、二年前ぐらいから共学の学校になったのだという。

共学を始めた一昨年や去年はクラスに三人ほど男子生徒がいるぐらいの人数が入学していたのだが、今年はクラスに一人いるかどうかの人数らしい。

そんな両手で数えられるほどの男子をまとめて一つのクラスに入れるわけもなく、散り散りにされた結果、今の状況なのだ。

 

「コウくん、頑張れー!」

 

一人、騒いで手を振っているココアはともかく、すごいアウェイのこの状況。もう逃げ出したかった。だけど、俺が自己紹介をしない限りこの後は進まない。

 

「――保登香菜です。苗字を聞いてわかると思いますがさっき紹介していた保登心愛の双子の弟です。男子が一人だけなので違和感があるかもしれませんが、ぜひ仲良くしてください。これから一年間、よろしくお願いします」

 

一礼すると、今までの中で一番大きな拍手が起きた。

 

「えっ…えっ……?」

 

予想外の反応に戸惑うココア。

 

「保登さんの弟くんだって!」

 

「キャー! やっと男の子がいるのね!」

 

「なかなか可愛い顔しているじゃない…」

 

「このクラスは当たりだったわ! 他のクラスよりも圧倒的に!」

 

なにやら不吉な話が聞こえてくる。受け入れてもらったのは嬉しいが、今後俺の身が持つのだろうか? 

 

そして、なにより――

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

――ココアの目の瞳孔が開いていたのが、何よりも怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式の日は授業もなく、ホームルームが終われば学校の一日は終わり。

早めの放課後となった今、帰ってラビットハウスのお仕事をしないといけないのだけど、

 

「コウナくんって、休日は何しているの?」

 

「趣味はなにっ?」

 

「どんな子が好みなの!?」

 

「えーっと、休日はバイトしたり、後は本を読んだり出かけたりしてるかな。趣味は料理。好みは――内緒だ」

 

イライライライラ……

 

「えぇ~! 教えてくれたっていいじゃん!」

 

「料理かぁ、私もしてみようかな?」

 

「バイトってどこでやっているの? わたし行ってみたい!」

 

「バイト先も内緒。喫茶店とだけ言っておくよ」

 

イライライライラ――!

 

「ココアちゃん、そろそろ帰りま――ひっ……」

 

「コウくん、まだかな? バイト、遅れちゃうのにな~?」

 

「こ、ココアちゃん!?」

 

戸惑った声で叫んだのは昨日出会った千夜ちゃん。教室に入ってきた千夜ちゃんを見て始めて知ったけど、千夜ちゃんも一緒のクラスだった。そんな千夜ちゃんは何故か私を見て怯えていた。私はにこやかに返事をする。

 

「あ、千夜ちゃん! どうしたの? なんか青ざめた顔をしているけど?」

 

「自覚がないのね、ココアちゃん」

 

自覚? 何のことだろう――?

 

「一緒に帰りましょうって誘おうと思ったけど、日を改めたほうがいいかしら?」

 

「大丈夫だよ! でも、コウくんも一緒でいいかな? このあとバイトだから」

 

「ええ。でも――」

 

千夜ちゃんがコウくんの方をちらりと見る。相変わらず、私の弟はクラスの女の子たちに囲まれていた。

 

「弟くん、すごい人気ね。しばらくはあのままじゃないかしら」

 

「うん、そうみたい――」

 

周りが女の子しかいないから寂しい思いをしているかと思っていたけど、そんなことはなかったみたい。お姉ちゃんとしてコウくんが馴染めていて嬉しい限りだよ、本当に。

 

「――ねえねえ、コウナくん! ちょっとお嬢様って呼んでみて!」

 

「――っ!?」

 

だけど聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

お、お嬢様……コウくんが、そ、そんな…お嬢様なんて…

 

「あ、私も呼んで欲しいな!」

 

「ちょっとそれは恥ずかしいかな。それに、今日はこれからバイトがあるからそろそろ帰らせくれると有り難いんだけど……」

 

「最後にお願い! これ言ってくれたら解散するから!」

 

「そうそう! それだけ言ってくれればいいから」

 

「う~ん」

 

困ったような笑みを浮かべるコウくん。

 

だめ、だめだよ。そんなの受けちゃ――

 

「……わかったよ、その代わり一回だけだから」

 

私の想いとは裏腹に、少し悩んだコウくんは、渋々そう答えた。

そのことに皆が盛り上がる。私は外でそれをただ見ることしかできなかった。

 

「――」

 

「こ、ココアちゃん! なんか魂が抜けた顔しているけど大丈夫なの!?」

 

なんか誰かに揺さぶられたような感じがするけどよくわからない。

 

「それじゃあ、言うよ?」

 

そう言ってコウくんは息を一つ吸って、

 

 

 

 

 

「では、今日はこれで失礼します。また明日会いましょう――お嬢様方」

 

 

 

 

 

満面の笑顔で姿勢正しく一礼するコウくん。

 

一瞬の静寂が訪れ、そして――

 

 

 

 

 

『ありがとうございますっ!!』

 

 

 

 

 

クラスの皆は鼻血を出して倒れた。

 

「すごいわね、弟くん。私も思わずキュンとしちゃった――ってココアちゃん、大丈夫っ? しっかりして!」

 

「お、おじょ…お嬢……おおおおじょう……お嬢、さま……がくっ」

 

私は壊れたロボットのように倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校からの帰り、俺はココアを背負っていた。

 

「う、う~ん……お、お嬢……お嬢様……」

 

ココアは俺の背中の上でずっとお嬢様、とうなされていた。

 

「ごめんな宇治松さん、わざわざバッグを持ってもらって」

 

俺は隣を歩く黒髪の女の子に謝る。

 

「ううん、気にしないで。弟くんのほうがココアちゃんを背負って大変でしょう?」

 

「ココアは軽いから問題ないよ。それより、できればコウナって名前で呼んでほしい。弟くんって言われるのはあまりなれないから」

 

「そう、なら私のことも千夜でいいわ、コウナくん。宇治松なんて、他人行儀だもの」

 

「わかったよ、千夜。それにしても、いつまで寝ているつもりなんだココアは」

 

「ふふ。ココアちゃんに聞いていた通り、なかなかの人ね――まさか自分が原因とは気づいていないなんて……」

 

途中から声が小さくなってなにを言っているのかわからない。だがそれより、一体なにを言ったんだココアの奴は?

 

「まあ、それは置いておいて、そろそろ起こすか」

 

「えっ、起こせるの?」

 

「ああ。あることを言えばうるさい目覚まし時計よりすぐに起きる。ただ――」

 

ただ? と聞き返してくる千夜に俺は顔を赤くしていった。

 

「これを言うのはすごい恥ずかしいから、絶対内緒にしてくれ。それができないなら耳を塞いでくれ」

 

「わかったわ、誰にも言わないって約束するわ」

 

千夜との約束を取り付けた俺はココアを降ろして壁にもたれさせる。

 

「それじゃあ、いくぞ?」

 

そして、千夜が見守る中、ココアの耳元まで顔を寄せて、

 

 

 

 

 

「大好きだよ、ココアお姉ちゃん」

 

 

 

 

 

「私もだよコウくん――!!」

 

がばっ、と見事に起き上がるココア。

 

「あれ? ここは…何で私、床に座ってるの? コウくん、今なんて言ったの?」

 

ココアは周りをきょろきょろ見回している。

 

「な、言ったとおりだろ?」

 

「コウナくん…その台詞よく言うのかしら……?」

 

「なかなか起きないときだけだよ…それ以上は察してくれ……」

 

頬を染める程度に言う千夜に、俺はそれ以上に顔を真っ赤にして目を逸らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局こうなるのか……」

 

「……」

 

「ふふっ、ココアちゃんってば可愛い」

 

朝と同じように俺に抱きつくココア。そしてそれを微笑ましく見ている千夜。

 

「なあ、千夜もいるんだし。離れてくれないか。ココア、お姉ちゃん」

 

「いま、お姉ちゃん忘れかけてたからまだ刑を続行しますっ」

 

大丈夫だと思っていたのに、一つのミスでこんなことになるとは。

 

「私のことは気にしなくて大丈夫よコウナくん。こうして見ているだけでも十分面白いから!」

 

「なにをいっているんだ千夜は――って、あれ?」

 

ぐったりしているところで俺は気づいた。どこからか懐かしい香りが漂っていることに。

 

「なあ二人とも、なんかいい匂いがしないか?」

 

「そんなこといって、お姉ちゃんは騙されないよ!」

 

「そんなつもりじゃない、なんか俺たちにとっては懐かしい香りがしないか?」

 

「言われてみれば……確かにそうだね」

 

「ココアちゃんとコウナ君が言っている懐かしい香りっていうのはあのパン屋からかしら?」

 

千夜が指した先には営業しているパン屋があった。

 

「……かわいい、ね、コウくん?」

 

「うん? ああ、まぁ……」

 

「パンが?」

 

小ケースに張り付いて感想を言うココアに千夜が首を曲げる。

 

「実家がベーカリーでよく作ってたんだ!」

 

そう。俺たちの実家はパン屋を営んでいる。その影響からかココアは昔からパンに対する愛が半端ない。もちろん俺にはわからない感性だが。

 

「また作りたいなぁ」

 

「お手製なの? すごいわ」

 

「パンを見ると私の中のパン魂が高ぶってくるんだよ!」

 

「わかるわ、私も和菓子を見てるとアイディアが浮かんでくるもの!」

 

まあ、そこは作り手ならではなのだろう。俺も手伝っていたときはついつい頑張ってしまうことも多いし。

 

「でも、なにより一番好きなのは、できた和菓子に名前をつけること!」

 

「かっこいい!」

 

どこが?

しかも、名前をつけることって、普通の名前じゃないのか? イチゴ大福とか、三色団子とか。

でも手作りか…久しぶりに手作りのパンも食べたいな。

 

「帰ったらオーブンあるかチノちゃんに聞いてみようか」

 

「もしあったらパン作りたいね!」

 

「そうだな」

 

実家にいた頃のような時間を過ごすのもたまには悪くないだろう。

俺たちは話に花を咲かせながら帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、家に着く頃――

 

「コウくん、今日はわざと私の名前を呼ばないように話していたよね?」

 

「え゛っ……そ、そんなことはないよ?」

 

どうしてか、変なところで鋭いココアはこの後も離れてくれなかった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか!
ではでは~また次回に~





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実家の思い出パン作り ~看板メニューを作ろう~


どうも、燕尾です。
第六羽、パン作り~。





 

 

学校が始まった週の初めての休日。俺、ココア、チノちゃん、リゼさん、千夜はラビットハウスの厨房に集まっていた。

 

「同じクラスの千夜ちゃんだよー」

 

「今日はよろしくね」

 

千夜がぺこり、とお辞儀をする。

 

「こっちはリゼちゃんとチノちゃん」

 

「よろしくです」

 

「よろしく」

 

初めて対面するチノちゃんとリゼさんは同じようにお辞儀する。

 

「あら、そちらのわんちゃん……」

 

千夜はチノちゃんの頭に乗っているティッピーに注目する。

 

「わんちゃんじゃないです」

 

「この子はただの毛玉じゃないんだよ」

 

毛玉扱いされて、若干イライラしているティッピー。

 

「まあ、毛玉ちゃん?」

 

「もふもふぐあいが格別なの!」

 

そういいながらティッピーの頭を撫でるココア、女の子に撫でられて悪い気はしないのか、気持ちよさそうにティッピーは目を細めていた。

 

「癒しのアイドルもふもふちゃんね」

 

「ティッピーです」

 

皆はティッピーの話をしているのだが、

 

「だれか、アンゴラうさぎって品種だって説明してやれよ」

 

「リゼさん、ココアたちの中でアンゴラうさぎのティッピーはもうティッピーという品種なんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、ココアがパン作れるって意外だったな」

 

「えへへ……」

 

リゼさんに言われて照れているが褒められてはいないと思うぞ、ココア…

 

「コウナさんは作れるんですか?」

 

「ああ。とはいっても俺よりもココアのほうが上手だよ。俺はココアにパン作りを教わってきたんだ」

 

「なんかもっと意外だ!!」

 

「ココアお姉ちゃんだよっ、コウくん!!」

 

「はいはい、そうだっだね。ココアお姉ちゃん」

 

俺はよしよし、とココアの頭を撫でてあげる。

 

「――でも、褒めてくれたから今回は特別に許してあげるよ、えへへ……」

 

気持ちよさそうに目を細めるココア。

 

「ココアさん、ちょろいです」

 

思っていたとしてもそういうことを言ったら駄目だよ、チノちゃん。

 

「とりあえず、始めようか」

 

「みんな! パン作りをなめちゃいけないよ! 少しのミスが完成度を左右する戦いなんだよ!」

 

俺の合図にココアがシャキッ、とする。昔からそうだったけど、パン作りにおいて、ココアは妥協を許さない。いまのココアはまるで教官のスイッチが入ったリゼさんのようだった。

そんなココアを見たリゼさんは、何を思ったのかいきなり敬礼をし始める。

 

「今日の教官はお前に任せた! よろしく頼む!」

 

「任された!」

 

「わ、わたしも仲間に……!」

 

任命されたココア、仲間に入りたい千夜が同じように敬礼する。

 

「暑苦しいです」

 

「まあ、いいじゃないかチノちゃん。やる気があるだけ」

 

気づけばいつの間にか、俺、チノちゃんとココア、千夜、リゼさんの間になんともいえない温度差が生まれていた。

 

「それじゃあ各自、パンに入れたい材料を提出ー!」

 

ココアの号令に俺たちは作業台に材料を置いていく。なのだが、

 

「私は新規開拓に焼きそばパンならぬ、焼きうどんパンを作るよ!」

 

「私は自家製あずきと梅干と海苔を持ってきたわ」

 

「冷蔵庫にいくらと鮭と納豆、ゴマ昆布がありました」

 

「私はイチゴジャムと、マーマレードを……なあ、コウナ。これってパン作りだよな?」

 

「ええ、一応は……」

 

それぞれ独創的な材料しか持ってきていないことに不安を感じる俺とリゼさん。

 

「ちなみにコウナは何を持ってきたんだ?」

 

「俺はベーコン、玉ねぎ、ソーセージ、チーズです。惣菜パンを作ってみようかと」

 

「お前はまともで助かったよ」

 

そういう安心のされ方は初めてだ。無理もないとは思うけど。

 

「それじゃあまずは、強力粉と少しの薄力粉、塩をちょっとにドライイーストを混ぜます」

 

ココアの指示に従って皆は作業を進める。

 

「ドライイーストってパンをふっくらさせるんですよね?」

 

「そうそう、よく知ってるね」

 

えらいえらい、とチノちゃんの頭を撫でるココア。

 

「ドライイーストは乾燥した酵母菌なんだよ」

 

「攻歩、菌……!?」

 

酵母菌と聞いたチノちゃんは何故か急に顔を青くした。

 

「そんな危険なものを入れるくらいなら、パサパサパンで我慢します!」

 

「何を想像したんだ、チノちゃん?」

 

「はい、ドライイースト」

 

「ああっ…!」

 

ココアがさじ一杯のドライイーストを入れると絶望したような表情をするチノちゃん。

 

「大丈夫だよチノちゃん。発酵の母って書いて酵母菌っていうんだよ。しょうゆや味噌にも入ってるものだから普段から口にしているよ」

 

「私たちは、普段からそんな危険なものを口に……!?」

 

――駄目だこりゃ。

チノちゃんの勘違いはしばらくの間続いた。

 

「次は、水を混ぜながら一つの塊にして、こねます」

 

ココアが捏ね方の手本を見せてすばやく作り上げていく。

 

「……パンをこねるのって、すごく体力がいるんですね」

 

こね始めて十分くらい、チノちゃんが少し辛そうにしていた。

 

「腕が…もう動かない……」

 

その隣の千夜はもっと辛そう、というより限界に近い感じだった。それに比べて、

 

「リゼさんは平気ですよね?」

 

「チノ、なぜ決め付けた?」

 

リゼさんは体力もあるし力もあるから、この程度の作業なら余裕だろう。そして、ココアはというと、見えそうなくらいのオーラを発して、一心不乱にパンをこねていた。

 

「このときのパンがもちもちしてて、すっごく可愛いんだよ!!」

 

「すごい愛だ!?」

 

リゼさんはココアのパン愛に驚いている。まあ、それは置いておいて、俺は息絶えそうな千夜に目を向ける。

 

「千夜、大丈夫? 手伝おうか?」

 

「いいえ、大丈夫よ!」

 

手伝いを申し出たけど、千夜は首を横に振った。

 

「健気って奴だね」

 

「頑張るなあ」

 

そのことにココアとリゼさんは感心しているが、このあとの作業がまだあるのだ。

 

「ここで折れたら武士の恥ぜよ! 息絶えるわけにはいかんきん!!」

 

「健気なんですか、あれは…」

 

腕をまくって気合を入れる千夜。だけど、明らかに無理をしている様子。ここはアドバイスだけでもしたほうがよさそうだ。

 

「千夜。手だけを使おうとしないで、体の体重をかけてこねてみて」

 

「えっ? こ、こうかしら?」

 

「違うかな、もう少しこんな風に上から下に押さえつけるように…」

 

「こんな感じ……?」

 

俺も手本を見せるのだけれど、なかなか上手くいかない千夜。

しょうがない、少し手伝おう。

俺は千夜の所まで移動して、後ろから千夜の手をとる。

 

「っ!? コウナくん!?」

 

「――――っ!!!!」

 

「いい、千夜? 無理に力を入れるから疲れてくるんだ。パンを丸めて…こねるときは台に垂直になるような体勢を整えて、上から体重をかけるんだ――そうそう、良い感じ。そうすると手の力はあまり使わないし、慣れてない人だとやりやすくなるはずだから」

 

体を重ねて千夜の手を動かしながら、説明していく。

 

「で、こねるときに使うのは手の中心じゃなくて手の根でね。そっちのほうが少ない力でよりこねやすくなるから」

 

「こっ、こうかしら?」

 

もともと要領や飲み込みが早いのか、千夜の手つきは目に見えて変わっていた。

 

「うん、さっきより良くなった。こまめに位置を変えながらこねていけば大丈夫。素早くやろうとしないで良いからムラがないようにね」

 

「……ありがとう、コウナくん」

 

「一人でやりたい気持ちもわかるけど、無理をしすぎたら楽しくないからね。これくらいは頼ってよ」

 

「え、ええ……わかったわ…」

 

素直に頷いてくれる千夜。だけどその顔は少し赤みがかっていた。

 

「千夜? 顔が赤いけど大丈夫? 熱でもあるんじゃ…」

 

「大丈夫! 熱じゃないから大丈夫よ!!」

 

手を伸ばしたところで、千夜はあわてた様子で俺から離れていく。

 

「コウくん、なにをしているのかな?」

 

「なにって、千夜のパン作りを手伝っていただけなんだけど――ひっ!?」

 

俺の隣にやってきたココアの口調が普段どおりだったから普通に答えたけど、顔を見た瞬間、寒気を覚えた。

 

「んん? コウくん、どうして怯えてるの?」

 

まったく変わらないいつものココアの笑顔。だけど、今はそれがとてつもなく怖く感じた。笑顔なのに、怖い。

気づけば、チノちゃんもリゼさんもココアに怯えていた。千夜はただ一人、苦笑いというか、申し訳ないような笑顔を俺に向けていた。

 

「ねえ、コウくん」

 

「……なにかな、ココアお姉ちゃん?」

 

自然と出てくるお姉ちゃん呼び。いまココアを呼び捨てしようものなら、形容しがたい何かをされてしまうと俺の直感が言っていた。

 

「今日の夜、私の部屋に来てくれるかな? ちょっと話したいことがあるんだ」

 

俺は頷く以外の答えを持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後もココアと俺の指導の下、パン作りは進んでいった。

 

「それじゃあ、この醗酵したパン生地を好きな形にしていくよー!」

 

それぞれ好きな形、具材にあった形にしていく。

 

「チノちゃんはどんな形にするのかしら?」

 

「おじいちゃんです。小さい頃からおじいちゃんに遊んでもらっていたので…」

 

「おじいちゃん子だったのね」

 

「コーヒーを入れる姿はとても尊敬していました」

 

そういいながら、チノちゃんは模っていく。そんな孫の姿に、ティッピーは照れたように微笑んでいた。

チノちゃんは自分の作ったパンをクッキングシートに並べていき、トレーを暖めたオーブンに入れる。そして――

 

「――ではこれから、おじいちゃんを焼きます」

 

「のわああああっ!?」

 

慈悲もないチノちゃんの言葉にティッピーが慌てだす。

なんというか、チノちゃんって無意識に怖いことを言うよね…

それからのチノちゃんはそのままパンの焼ける行く末を見ていた。

 

「チノちゃん、さっきからオーブンに張り付きっぱなしだねー」

 

「チノ、パン見ててそんなに楽しいか?」

 

「はい、どんどん大きくなっていきます」

 

初めてのことだから、わからなくもない。ゆっくり流れるように変わっていくものはどういうわけか注目されやすい。

 

「あっ、おじいちゃんがココアさんと千夜さんに抜かされました!」

 

「おじいちゃんもガンバレ~」

 

チノちゃんがパンの焼き具合に興奮して、千夜がパンを応援している。こういうところも一つの楽しみ方だ。

 

「コウナさんとリゼさんは出遅れているみたいです。もっと頑張ってください」

 

「私に言うなよ」

 

「それは俺たちにはどうしようもないかな……」

 

まさかとばっちりを受けるとは思わなかった。

そうやってパンの様子を見ているうちに、あることに気づく。

 

「あれ、そういえばココアお姉ちゃんは?」

 

いつの間にかココアが厨房からいなくなっていたのだ。

 

「千夜ちゃん千夜ちゃん、ちょっとこっちに来て!」

 

するとココアは喫茶店のカウンターから一つのカップを持ってきて千夜を呼ぶ。その中を見た俺はなるほど、と納得した。

 

「なに、ココアちゃん?」

 

「はい、これ! 千夜ちゃんにおもてなしのラテアート!!」

 

差し出したのはうさぎの絵が描かれたラテアート。

 

「まあ! すてき!」

 

千夜もココアが作ったラテアートに感嘆の声を出す。

 

「今日のは会心の出来なんだ」

 

たしかに、このラテアートはココアが今までで作った中で一番上手じゃないかって言うぐらい綺麗に描かれていた。

 

「味わっていただくわね」

 

そして、千夜が口をつけようとした瞬間、

 

「あっ!」

 

ココアが声を上げる。それに反応して千夜がカップを離すがココアは笑顔で見守っている。そしてもう一度――

 

「ああ…」

 

またしても千夜が口から離す。ココアは笑顔だけど、どこか哀愁を漂わせていた。

 

「ココアお姉ちゃん、そんなことしてたら千夜だって飲みにくいでしょうが」

 

「だ、だってぇ…傑作が……」

 

しょんぼりするココアに俺は一つだけため息を吐いた。

 

「ごめん千夜。少し飲むのを待って」

 

「え、ええ。でも何するのかしら?」

 

俺は携帯を取り出して付属のカメラで写真を撮る。

 

「こういう風に写真に残して置けば問題ないだろう?」

 

「そっか、コウくん頭良い!」

 

「これだけでそんなこと言われてもな……」

 

「それじゃあ、いただくわね」

 

そして、千夜が思い切って一口飲む。

 

「ああ…傑作が」

 

って、結局かい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「焼けたよー! さっそく食べよー!」

 

すべてのパンが焼け、ココアがオーブンから最後のトレーを取り出す。

飲み物を用意して、みんなそれぞれ自分の作ったパンを一つ手に取る。

 

「「「「いただきまーす」」」」

 

一斉にパンにかぶりつく。

 

「おいしい!」

 

「ふかふかです」

 

「さすが焼きたてだな」

 

みんなの反応は上々のものだった。うん、久々の割には上出来だ。それでもココアや一番上の姉、母さんには敵わないけど。

 

「これなら看板メニューにできるよ!」

 

たしかに、新しいメニューとしていろいろと手作りパンを置いても良いと思う。だけど――

 

「この焼きうどんパン!」

 

「この梅干パン」

 

「このいくらパン」

 

「「どれも食欲をそそらない」」

 

ココアたちが入れたパンの中身は却下する。三人は少し不満そうにしていたけど当然だ。

 

「それなら、これはどう――」

 

するとココアが奥のほうから一つのバスケットを持ってくる。その中身は、

 

「じゃーん、ティッピーパンだよ! 私とコウくんで作ってみたんだー!」

 

ティッピーの形をした丸いパン。ココアと俺が密かに作っていたパンだ。

 

「まあ、かわいい!」

 

「おお…」

 

みんなの反応はなかなかのものだった。

 

「看板メニューはこれで決定だな」

 

見た目も良いし、リゼさんもチノちゃんも納得してくれたみたいだ。

 

「早速食べてみましょう」

 

「もちもちしてる…」

 

「えへへー美味しく出来てると良いんだけど」

 

俺たちはティッピーパンを食べる。

 

「うん、ふわふわして美味しいな。これなら大丈夫そうだ。だけど…」

 

俺はちょっと顔をしかめる。味もいいし、形もいい。しかし、

 

「中身は真っ赤なイチゴジャムね!」

 

「なんか、エグいな」

 

リゼさんの言う通り、食べた拍子にティッピーの口や目の部分から出てくるイチゴジャムは、なんと言うか、やっぱり見た目がアレだった。

ココアがイチゴジャムを手に取ったときそれが目に見えていた俺はちゃんと中身を替えていた。

 

「とりあえず、俺がカスタードクリームやマーマレード。イチゴホイップを作ったんで」

 

「さすがだな、コウナ…」

 

「イチゴジャムのティッピーパンを出すかは任せます。あれはあれで美味しいので」

 

「却下だな。コウナのパンで行こう」

 

「なんで!?」

 

こうして、看板メニューはティッピーパン(ただしイチゴジャムはなし)を出すことに決定した。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回にお会いしましょう。
ではでは~




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いざ、友達の家へ! ~和菓子の喫茶は名前がおかしい?~



どうも、燕尾です。
第七羽目です。





 

 

 

パン作りでお世話になったお礼に、家の喫茶店に招待するわ――

看板メニューを作ったその日の最後、千夜が帰り際にそう言った。

今日はその言葉にあやかって、喫茶店である千夜の家にお邪魔することになった。

俺たちは千夜からもらった地図を頼りに歩いて向かっていた。

本当はココア、チノちゃん、リゼさんが行くはずだったのだが、

 

「えっ、俺もですか?」

 

聞き返す俺にタカヒロさんは頷いた。そう言ってくれるのはうれしいのだけど、

 

「一応シフトなんですけど、大丈夫なんですか?」

 

「一人でもまわせるから大丈夫さ。それに、もしチノたちが遅くなったときは危険だからね。男の子がいてくれると助かる」

 

「はぁ、わかりました……それじゃあ、お願いします」

 

「ああ、皆と楽しんでくると良い」

 

タカヒロさんの計らいで俺も一緒に行くことになったのだ。

ああ言っていたけど、やっぱり気を使われたのだろう。タカヒロさんには感謝しないと。

 

「どんなとこか楽しみだね!」

 

ココアは千夜の家がどういうところなのか考えながら楽しそうに話す。

 

「なんて名前のお店なんですか?」

 

「"甘兎(あまうさ)"って聞いてるけど」

 

甘兎庵(あまうさあん)――それが俺たちが聞いた店名だ。どことなく和菓子のイメージが想像できるような名前だった。

 

「甘兎とな!?」

 

その名前を聞いたティッピーが渋い声を上げる。

というかマスター、堂々と喋らないでくださいよ。ほら、リゼさんが怪しげな表情をしているじゃないですか。

 

「チノちゃん、知ってるの?」

 

完全にチノちゃんの腹話術だということを信じてやまないココアはティッピーではなくチノちゃんに問いかける。

 

「おじいちゃんの時代に張り合っていたと聞きます」

 

そっかー、とココアはそのまま納得しているが、リゼさんは不信感が拭えないのか、俺の肩をちょんちょん、と突いた。

 

「なあコウナ、チノは腹話術をしている思うか?」

 

「どうしたんですか、いきなりそんなこと言い出して?」

 

そんなわけがないことを知っている俺は惚ける。

 

「いや、いくらなんでもチノがおじいさんの声なんて出せないと思うんだよ」

 

なかなか鋭いリゼさん。

ここで全部教えてもいい気がするが、それは俺が決めることじゃない。それに、兎にマスターが宿っているなんて話を誰が信じるというのか。かえって混乱させるだけだ。

 

「まあ、声なんて頑張れば変えて出すことができますから」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、例えば――」

 

俺は咳払いをして喉の調子を整える。そして、

 

「――こんな風に変えることもできますよ?」

 

リゼさんの顔が驚いたものに変わった。

 

「私の声!? い、いいたっい、どうやって……!?」

 

「それは秘密です♪」

 

「わっ! 私の声だ!!」

 

次にココアのような声を出す。

 

「元のコウナの声に戻してくれ! 似合いすぎて可愛くて気持ちが悪い!!」

 

「どういう罵倒の仕方なんですか……」

 

「私の声まで……!?」

 

最後にチノちゃんのような声を出してから俺はもう一度咳払いして一呼吸を置く。

 

「――ということで、あんまり気にしないほうが良いですよ。人はやろうと思えばなんだってできるので」

 

「なんだかコウナの凄さの一端を、垣間見たような気がするよ……わかってはいたが多彩な特技があるんだな」

 

リゼさんは感心していたというか、唖然としていた。まあ、いきなりこんなのを見せられたら無理もない。だけどそのおかげで、チノちゃんの腹話術の話にも信憑性が出ただろう。

 

「コウくん、今のどうやってやったの!? 私にも教えて!!」

 

「私も後学のために教えて欲しいです!」

 

何とか誤魔化せたと思っていると、話を聞いていたココアとチノちゃんが詰め寄ってきた。

 

「いや、これは喉を壊しかねないからやめておいたほうが良いよ?」

 

「お願い、コウくん! 私もやってみたいの!!」

 

「私の今後のためにもお願いします、コウナさん!」

 

「り、リゼさん、助けてください……」

 

やんわりと断っているのにそれでもと迫ってくるココアとチノちゃん。俺は困ったようにリゼさんに助けを求めた。だけど、

 

「ふむ……声を変えるのは潜入のときに使えるかもしれないな――コウナ! 私にも教えてくれ!!」

 

どこかで軍人スイッチが押されたのか、リゼさんまで目を輝かせて寄ってくる。

こうなったら、やることは一つ――

 

「さらばっ!!」

 

「ああ! 逃げた!」

 

「待ってください、コウナさん!」

 

「追いかけるぞ!」

 

こうして、甘兎まで俺たちは追いかけっこをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたー」

 

「ここみたいですね」

 

追いかけっこもほどほどにしてから数分後、俺たちは目的地へとたどり着いた。

 

「看板だけやたらと渋い。おもしろい店だな」

 

「へぇ、昔になぞって右から読むのか。予想は当たってたかな?」

 

他の人の反応を見ると、ココアはジーッと看板を見つめていた。

 

「オレ、うさぎ、あまい…」

 

「甘兎庵な」

 

「俺じゃなくて(いおり)だよ」

 

今度勉強会だね。さすがに字は読めるようになろうよ。

 

「とりあえず入ろっか」

 

俺は扉を開く。

 

「「「「こんにちわー」」」」

 

「みんな、いらっしゃい」

 

出迎えてくれたのは和服姿の千夜。緑の浴衣にふりふりとしたエプロンを身に着けている。いかにもな和を意識した格好だった。

 

「千夜ちゃん、初めて会ったときもその格好だったね。店の制服だったんだ」

 

「あれはお仕事でお得意様にようかんを配った帰りだったの」

 

「そうだったんだ~。あのようかん、おいしくて三本いけちゃったよ~」

 

「三本丸ごと食ったのか!?」

 

「ココア、そんなに食べたら太るよ……」

 

俺の呆れた言葉にココアは頬を膨らませる。

 

「もう、コウくんってば! そんなデリカシーのないことを言っちゃいけません! それとココアお姉ちゃん!」

 

そんなこと言われても、ようかん三本丸ごとはいくらなんでも食べすぎだと思う。

 

「いやだけどコウナの言う通りだぞココア。いくら美味しいからといって食べすぎは体に悪い」

 

俺に同調してリゼさんもココアを諭す。こういうところで常識があるリゼさんは頼りになる。

 

「あっ! うさぎだ!」

 

「話を聞けよ!!」

 

しかし、そんなありがたい話もココアには何のその。小さなテーブルに座っている黒色のうさぎに目を向けていた。

 

「看板うさぎのあんこよ」

 

あんこ、という名前の頭に王冠を乗せた黒うさぎは俺たちの視線にはピクリとも反応せず、台に鎮座している。

 

「置物かと思ったよ。ぜんぜんピクリとも動かないし」

 

「あんこは余程のことがないと動かないのよね」

 

千夜がそう言った瞬間、あんこの目がちらりとチノちゃんのほうを見た。いや、正確にはチノちゃんの頭に乗っているティッピーだ。そして、

 

「ティッピー!?」

 

いきなりあんこがティッピーに飛びつく。

 

「おっと――」

 

突然のことでバランスを崩したチノちゃんを俺は後ろで抱きとめる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――!!!!」

 

ティッピーは声を上げながら迫ってくるあんこから逃げ回る。

 

「縄張り意識がはたらいたのか?」

 

「いえ…あれは一目ぼれしちゃったのね。恥ずかしがり屋くんだったのに、あれは本気ね」

 

手でハートマークを作る千夜。それより気になることがあった。それはココアも思っていたようで首を傾げる。

 

「あれ? ティッピーってオスだと思ってたよ」

 

「ティッピーはメスですよ――中身は違いますが……」

 

最後の一言、聞こえてるよチノちゃん。

 

「それより、大丈夫? チノちゃん」

 

「…はい、ありがとうございます、コウナさん」

 

俺より十センチ以上は背が低いチノちゃんが見上げるようにお礼を言ってくる。その姿は小動物を思わせるようだった。

 

――可愛い。

 

ココアが妹に憧れている理由が少しわかったような気がする。確かにこういう妹がいると良いなって思う。

 

「……コウナさん? あの、そろそろ放していただけると……」

 

恥ずかしさからか少し頬を染めているチノちゃん。正直、その瞳と表情は反則だった。

 

「……」

 

少しチノちゃんを堪能していると、後ろから変な威圧感が押し寄せてくる。

 

「コウくん?」

 

振り返れば、ものすごい笑顔のココアの顔がすぐそばにあった。

 

「こ、ココア、お姉ちゃん……?」

 

ココアの笑顔は、あの、怒っているときの、笑顔だ。

 

「いつまでチノちゃんをもふもふしているのかな?」

 

「いや、もふもふはしてないんだけど……受け止めただけだよ?」

 

「ふーん、そっか、コウくん。お姉ちゃんに口答えしちゃうんだ。私、そんな風にコウくんを育てたつもりないんだけどなぁ……」

 

ココアに育てられた覚えはない、と、つい言ってしまいそうになったけど、そんなこと言ったら俺の人生はゲームオーバーだ。

 

「とりあえず落ち着いて、ね? ほら、せっかく千夜のところに来てるんだから」

 

「……コウくん、今日の夜、たーっぷり、お話しようね♪」

 

俺は震えながら頷く。

なんだか最近、こんなことが多くなってきているような気がする。

 

「誰かワシを助けてくれぇ――――!!」

 

今はティッピーよりも、この後の自分のことを考えるので精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一悶着があった後、俺たちはようやく腰を落ち着けた。

俺とリゼさん、ココアとチノちゃんの組み合わせでテーブルを挟んでそれぞれ座る。

俺たちを案内した千夜はお盆に人数分の茶碗を乗せて持ってきた。

 

「私も抹茶でラテアートをやってみたの。ココアちゃんみたいな可愛い絵は描けないけど」

 

そう言って差し出されたのは近世日本のアーティストたちが描いたようなラテアートだった。

 

「北斎様に憧れていて…」

 

「浮世絵?」

 

予想外のことにココアも少し戸惑い気味だ。

 

「あと、俳句もたしなんでいて…」

 

「ココアちゃん、どうして今日は、おさげやきん…」

 

「風流だ!!」

 

「芭蕉様にも憧れていて」

 

風流といえるのか、これは?

千夜もココアもどこか感性がずれているような気がする。まあ、基準なんてないからなんともいえないけど。

 

「千夜、メニューは何があるんだ?」

 

「はい、お品書きよ」

 

千夜から手渡された品書きを早速開いてみてみる。だが、

 

「煌めく三宝珠、雪原の赤宝石、海に写る月と星々…なんだ、この漫画の必殺技みたいなメニューは…」

 

「必殺技というよりアイテムじゃないですかね、リゼさん」

 

「どっちでもいいですけど、これじゃよくわかりませんね」

 

戸惑っているリゼさんとチノちゃん。そんな中、ココアだけは目を輝かせてメニューを見ていた。

 

「わー抹茶パフェもいいし、クリームあんみつ白玉ぜんざいも捨てがたいなあ」

 

「わかるのか!?」

 

想像力が豊かなのか、ココアには通じていたようだ。各いう俺もある程度ならわかる気がする。

 

「わかりやすいものはあると思いますよ。雪原の赤宝石ならイチゴ大福とか、煌めく三宝珠や花の都三つ子の宝石だったら三色団子を使っているとか」

 

「まあ、言われてみればそうかもしれないが、そこまで理解できるのはお前たちだけだと思うぞ?」

 

少し想像を働かせたらわかると思うけど…もしかして、なんか俺もココアや千夜と一緒にされてる?

 

「じゃあ、私は黄金の鯱スペシャルで!!」

 

メニューを決めたココアが元気よく手を上げる。

 

「なんかよくわからないけど、この海に映る月と星々で」

 

「花の都三つ子の宝石で」

 

ココアに続いてリゼさん、チノちゃんも決めていく。

 

「コウナくんはどうするの?」

 

「うーん、じゃあ、シンプルに煌めく三宝珠で」

 

「わかったわ、じゃあちょっと待ってて」

 

注文を受けた千夜は厨房へと入っていく。

 

「和服ってお淑やかな感じがしていいねー」

 

千夜の後ろ姿を見てココアがそんなことを言い出す。

それにつられてリゼさんは真剣な眼差しで千夜を見ていた。

 

「着てみたいんですか?」

 

「い、いや! そんなことはっ…!!」

 

そんなリゼさんの気持ちを察したチノちゃんが問いかけると、リゼさんはわかりやすくうろたえる。

 

「大丈夫だよ、リゼちゃんならきっと似合うよ! かっこいいよ!」

 

「そっち!?」

 

おそらく賭博士の和装をココアはイメージしたんだろう。じゃないとかっこいいなんて言葉は出てこない。

でも、リゼさんの和服で賭博士か……確かに似合いそうだな。

そんな話などに花を咲かせること数分、千夜がお盆に甘味を乗せて戻ってきた。

 

「お待ちどうさま、リゼちゃんは海に写る月と星々ね」

 

「白玉栗ぜんざいだったのか」

 

「チノちゃんは花の都三つ子の宝石ね」

 

「あんみつにお団子がささってます!」

 

「ココアちゃんは黄金の鯱スペシャルね」

 

「わぁ、おいしそう!」

 

「鯱イコールたい焼きって、無理がないか?」

 

リゼさん、そこはなにも言わないでおきましょうよ。

 

「コウナくんは煌めく三宝珠ね」

 

「うん、予想通りの三色団子だね」

 

「あんこは栗ようかんね」

 

「あんこ、うさぎなのに栗ようかんを食べるのか!?」

 

俺が驚いていると、あんこの視線がココアのほうへと向く。

 

「どうしたんだろう?」

 

「こっちのを食べたいんでしょうか?」

 

するとココアが嬉しそうにパフェをスプーンで一すくいする。

 

「しょうがないなー、ちょっとだけだよ? そのかわり、あとでもふもふさせてね」

 

交換条件を提示したココアだったが、あんこはそんなココアのスプーンに目もくれず、本体に一直線に駆け出した。

 

パクパクパクパク――――!!

 

「本体まっしぐら!?」

 

「あらあら。あんこったら駄目じゃない」

 

千夜があんこを抱きかかえる。だけど、ココアの分が大分減ってしまった。

 

「ああ~私のパフェが……」

 

涙目のココア。なんだか少しいたたまれない気分になってしまう。

 

「しかたないな、このお団子食べなよ」

 

「えっ…? でも、それはコウくんの分…」

 

「いいよ、ココアが食べて」

 

「わ、私はお姉ちゃんだから! 弟の分を食べるなんてできないよ! お姉ちゃんだから!!」

 

俺は皿をココアのほうにやるけどココアは遠慮してなかなか手をつけようとしない。

なかなか強情なココア。しょうがないな、ここは――

 

「ほら、ココアお姉ちゃん、あーん」

 

「――っ!!」

 

俺は串を持ってココアの口元へと差し出す。だけどココアは顔をふいっ、と背けてしまう。

 

「本当にいらないの? 俺もココアお姉ちゃんのためにしてるんだけど…」

 

「う、うぅ…」

 

自分の矜持と誘惑が戦っている状態のココア。もうここまで来れば陥落は目前だ。

 

「弟の気持ちを汲んであげるのも、お姉ちゃんとして大切なことだと思うな」

 

「お姉ちゃんとして、大切…」

 

その言葉が、止めだった。

 

「うん、わかったよ! お姉ちゃんとして大切なんだもんね!」

 

「そうそう、それじゃあ、あーん」

 

「あーん……うん…おいしい! これおいしいね、コウくん!!」

 

「それはよかったね。ココアお姉ちゃん」

 

最初から素直になればよかったのに、なんて言葉はココアの幸せそうな顔を見て吹き飛ぶ。我ながら単純なもんだとは思うけど、それこそ仕方ないことだ。

 

「コウナ、お前よく臆面もなくそんなことできるな」

 

俺たちの様子を食べずに見ていたリゼさんが、顔を真っ赤にして言う。

気づけばリゼさんだけじゃなく、チノちゃんや千夜ですら、何故か顔を赤らめていた。

 

「コウナさん…大胆です…」

 

「これは…破壊力抜群ね」

 

三人の言っていることがよくわからない俺は首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和菓子も食べ終わり、それぞれが話している中、チノちゃんがあんこにそーっと近寄って、手を伸ばしていた。

 

「触らないの?」

 

「チノはティッピー以外の動物が懐かないらしい」

 

「それはまた不思議ですね。チノちゃんに嫌いな匂いでもあるんですかね?」

 

「どうして匂いなの?」

 

「嗅覚が人より優れているからだよ。動物は匂いには敏感なんだ。もちろんそれだけじゃないけども」

 

その人の雰囲気を感じ取って懐こうとしない動物もいたりする。基本動物は感覚が鋭いのだ。

 

「……」

 

震えた手で、無言でちょん、とあんこの耳に触れるチノちゃん。

 

ぴくんっ――

 

「――ッ!?」

 

触れた瞬間小さく揺れた耳に驚くチノちゃん。そこまで恐る恐るしなくてもいいと思うけど、とりあえずここは見守る。

 

なでり、なでり――

 

恐る恐る背中を撫でて、

 

ぎゅっ――

 

大切なものを壊さないようなゆっくりとした動きで抱きしめて、

 

ポンッ――

 

ゆっくりとあんこを頭に乗せた。

 

「すごい、もうこんなに仲良く…!」

 

「頭に乗っけないと気がすまないのか…!?」

 

「恐らく頭に乗っけるのがチノちゃんのアイデンティティーなんですよ」

 

それでもチノちゃんがご満悦な表情を浮かべているから、細かいことはなんでも良いだろう。

 

「私たちの下宿先が千夜ちゃんの家だったら、ここでお手伝いさせてもらっていたんだろうなー」

 

ココアがありえたかもしれない未来を想像させる。

すると千夜がココアの手をとった。

 

「今からでも来てくれて良いのよ? 従業員は常時募集中だもの♪」

 

あれ? なんだか怪しい感じになってきたぞ?

 

「それいいな」

 

「同じ喫茶店だからすぐ慣れますね」

 

リゼさんやチノちゃんが千夜に同調する。ココアもそんな雰囲気を察して顔を歪めていく。

 

「じゃあ部屋を空けておくから、早速荷物をまとめて来てね♪」

 

「誰か止めてよぉ…そうだ、コウくん! コウくんだけは、私の味方だよね…?」

 

千夜の手を払い、俺に縋るココア。俺は安心させるような微笑をココアに向ける。

 

「大丈夫だよ、ココアお姉ちゃん」

 

「コウくん…!」

 

「同じクラスなんだから学校でも会えるよ」

 

「うわーん!」

 

しゃがみこんで泣き始めるココアの頭を撫でる。いじりがいのある姉だ。

 

「さて、オチもついた所でそろそろお暇しようか、あまり遅くなるとタカヒロさんも心配するだろうし」

 

そうだな、そうですね、と頷くリゼさんとチノちゃん。

 

「コウくん、この仕打ち、私は忘れないからね…」

 

だけど、ココアだけは俺を睨んでいた。

 

「みなさん、また来てくださいね」

 

笑顔の千夜に見送られて、俺たちは甘兎庵を後にする。

それからしばらく歩いた後、俺たちはあることに気づいた。

 

「あっ、チノちゃん頭! 乗ってるのティッピーじゃない!!」

 

「はっ!? 違和感がなかったので忘れてました!!」

 

急いで戻ったとき、恨めしそうな目を向けてくるティッピー(マスター)をなだめるのに苦労するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜――俺はココアに呼び出しを食らっていた。

ドアをノックすると、入りなさい、と何故か命令口調で応答するココア。

入ると、頬を膨らましたココアが正座していた。

 

「コウくん、ちょっとここに座りなさい」

 

今日のいろいろなことを引きずっているのか、少し怒り気味だ。おとなしく言うことを聞いて、ココアの指した場所に座る。

それから訪れるのは無言の時間。ココアの言葉をずっと待っているのだが、一向にココアは話そうとしない。

 

「えっと、ココ――」

 

「コウくん」

 

我慢できずに口を開こうとしたところでココアに遮られる。

 

「なに?」

 

そう返すもココアは無言のまま立って、俺に詰め寄ってくる。後ろが壁のせいで下がることもできず、かといって立つこともできず、俺はココアに見下ろされる。

すると、ココアはそのまま俺の脚の上にぽすん、と腰をおろした。

 

「えっと、ココア、お姉ちゃん?」

 

「……」

 

反応を求めても無言を貫くココア。

後ろからでもわかる、ココアの膨らんだほっぺ。そして、ぐいぐいと自分の背中を俺の体に押し付ける。すると丁度良い位置にココアの頭が目に入る。それだけで、俺は何をすれば良いのか悟った。

そして俺は優しく、ココアの頭に手を乗っけた。

 

「――っ」

 

「よしよし…」

 

そのままゆっくりと、優しく撫でてあげる。

 

「ココアお姉ちゃんと離れて暮らしても良いなんて本当に思ってないから、大丈夫。あれはみんなに合わせたただの冗談だよ」

 

「でも、私…凄く傷ついたよ」

 

「そっか…ごめんなさい、ココアお姉ちゃん」

 

「だめ、もっと撫でてくれないと許してあげないから」

 

「ふふ…はいはい……」

 

俺はココアの指示に従ってそのままなでなでを続ける。

 

「――♪」

 

俺から直接は見えないが、ふと鏡に映ったココアの満足そうな笑顔に俺は顔を綻ばせながらココアが眠るまでこのゆったりとした時間が続くのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
リアルの事情と現在スランプにより、次の更新が遅れるかもしれないです。




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話し方と後輩 ~金髪少女はうさぎが苦手~


どうも~、燕尾です
第八羽目、以前の更新前に書き溜めておいた一羽です。
それとお気に入り登録まさかの175人!! この短期間でこんなに増えているのがとっても嬉しいです。更新日直近以外でも何人もの人がお気に入り登録しているのも見てすごく嬉しかったです。







 

 

放課後、俺はリゼさんと肩を並べてラビットハウスへと向かっていた。

 

「わかってはいましたけど、リゼさんはお嬢様学校に通っていたんですね」

 

「ああ、そういえば私の制服姿をコウナが見るのは初めてだったな」

 

リゼさんが着ている高校の制服は黒のシャツに白色のブレザー、チェックのスカートという、どこか気品があるような制服だった。

 

「はい、リゼさんの制服姿、とっても似合ってます」

 

「そ、そうか? あ、ありがとう…」

 

褒められて恥ずかしいのか、リゼさんの顔が若干赤くなった。

それは置いておいて、俺ははなから疑問に思っていたことを口に出す。

 

「そういえば今更なんですけど、リゼさんは二年生、であってますよね?」

 

「え、知らないまま話していたのか!?」

 

「高校生なのはわかりますけど、学年の話しとかしたことありませんでしたからね」

 

「言われてみればそうだったな――私はココアやコウナの一つ上だぞ。というかそれを知らずにずっと敬語で喋っていたのか?」

 

「ええ、いきなりタメ口というのは、年上でも年下でも失礼かと思って」

 

「でもチノはどうなんだ?」

 

「チノちゃんはタメ口じゃなくて良いって言ってましたからね」

 

「そう、なのか……」

 

「? どうしました、リゼさん?」

 

急にもじもじし始めたリゼさん。その様子に俺は首を傾げる。

 

「いや、その…なんていうか、あのな……?」

 

様子がおかしい。言葉が途切れるというか、何か本心を隠しているような、そんな感じがする。

 

「私も、タメ口で話して欲しい…というか……ココアやチノはフレンドリーなのに私だけいつまでもさん付けは寂しい、というか……」

 

リゼさんはさっきより顔を赤くして、小さい声で言った。

 

「でも、リゼちゃんって呼ぶのもなんか変ですし」

 

「リゼちゃん……いや、それはないだろ!?」

 

――なんかいま、それもいいな、と思ったな。リゼさん。まあ、それは置いておこう。指摘したら銃で撃たれそうだ。

 

「普通にリゼって呼んでくれよ! あと敬語も要らないからな!」

 

正直に言うと年上を呼び捨てっていうのはちょっと躊躇われる。でも、リゼさんが良いって言ってくれてるし、何よりそうして欲しいって言ってるし。

しかもリゼさんはなんか期待した目をしている。なんか妙な気恥ずかしさを俺も覚えて緊張してしまう。

 

「そ、それじゃあ、いきますね?」

 

俺は一つ息を整えて、

 

「――改めて、よろしくね。リゼ」

 

「――っ!!」

 

湯気が見えそうなほど、頭まで赤くするリゼ。茹蛸のようだ。

 

「あ、ああ…よろしく、な…コウナ……」

 

目を逸らして手を差し伸べるリゼ。俺がその手をとろうとしたそのとき、

 

「きゃああああ~~~!?」

 

今までの感情が吹き飛ぶような悲鳴が上がる。

 

「な、なんだ!?」

 

「あっちのほうから聞こえた、いくよ、リゼ!」

 

「――ああ!!」

 

俺たちは声が聞こえたほうへと駆け出す。

走り出して数分もしないうちに発生源と思しきところへとたどり着くと、そこには一人の金髪の少女が複数のうさぎに囲まれていた。

この光景をココアやチノちゃんが見たら、歓喜の声を上げるんだろうけど、目の前の少女は顔が真っ青だった。これは助けたほうが良さそうだ。

 

「ほらー、皆こっちにおいで~おいしいにんじんがあるよ~」

 

「コウナっ? そのにんじん、どこから取り出したんだ!?」

 

俺はにんじんをゆらゆらと揺らす。すると、全部のうさぎが俺に突進してきた。

その勢いは弾丸のごとし。俺は為す術もなくうさぎたちに飲み込まれた。

 

「ギャーーーー!!」

 

「こ、コウナァ――!?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「や、やめ……くすぐったい! 服の中に入り込んでくるな、その中ににんじんは…あっ、くっ……!」

 

うさぎたちに弄られて悶絶する俺は、視線で助けをリゼに求めるのだが、

 

「「……」」

 

二人はなんかいけないものを見ているかのような瞳で俺を映していた。

 

「呆然としてないで……助け――んなっ…ああっ、にゃあ――――!!」

 

もう、だめ……

俺は身体に力を入れることができずピクピクと身体を痙攣させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

俺は両ひざを抱えていじけていた。

あんなだらしない姿を見せてしまって、もう俺お婿にいけない…そして、何より……

 

「リゼが助けてくれなかった…何もしてくれなかった」

 

「すまなかったって、コウナ」

 

リゼが困ったように俺の頭を撫でながら言う。

 

「あの、本当にすみません…」

 

それに続いて金髪の少女も頭を下げる。

まあ、もともとは俺たちが首を突っ込んだことだから、この人が申し訳なさを覚えることは俺としても心苦しい。

 

「いや、気にしないでください。君が無事ならそれで良いので」

 

「そうだな。大丈夫だったか?」

 

「はい、ご迷惑をおかけしました。天々座先輩」

 

「あれ? 名前教えたっけ?」

 

「いえ、先輩は有名ですから」

 

今更なのだがよく見ると少女はリゼと同じ制服を着ている。

 

「リゼで良いよ。噛むし、天々座は言いづらいだろ」

 

「えっと、そちらの先輩は…」

 

「ん? 俺は先輩じゃないですよ、君と同い年」

 

「ええっ、そうだったの!? でも、リゼ先輩と普通に――」

 

「まあリゼがそうしてくれって言ってましたから」

 

「なんで私には敬語なの!?」

 

「だって、初対面ですし、名前も知らないですし…」

 

俺の言葉に金髪の少女はああ、と呟いた。もしかしたらこの子はどこか抜けてるところがあるのかも。

 

「桐間シャロ――シャロで良いです。あとあなたは敬語じゃなくても良いわ」

 

「よろしく、シャロ。俺は保登コウナ、コウナで呼んでくれ」

 

「よろしくな、シャロ」

 

「よろしく、コウナ、リゼ先輩」

 

挨拶を済ましたところで、俺は気づいた。

 

「やばっ! リゼ、もうバイトの時間! このままだと遅刻だよ!!」

 

「しまった、もうそんな時間なのか!?」

 

「というわけでシャロ、ばたばたして申し訳ないけど俺たちはこれで!」

 

「ええ!? コウナ、リゼ先輩!?」

 

「急ぐよ、リゼ!!」

 

「ああ!!」

 

戸惑っているシャロを置いて俺たちは猛スピードで走りぬくのだった。

ラビットハウスには時間ぎりぎりだったけど、汗だくになって店に出られる状態ではないと、チノちゃんに怒られるのだった。

まあ、説明したら許してくれたけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このお店のカップって、無地だよね」

 

ある日、仕事途中のココアがカップを片付けるときに何気なく言う。

そのことにたいした意味はないと思うのだが、チノちゃんが少しむっ、とした。

 

「シンプルイズベストです」

 

チノちゃんの頭の上のティッピーもうんうん、と頷いていた。

 

「もっといろんな色があったらきっとみんな楽しいよ!」

 

「そうでしょうか?」

 

「まあ、コーヒー主軸の喫茶店に合うかどうかは置いておいて、確かに珍しさはあるだろうね」

 

「この前おもしろいカップを見つけたんだ!」

 

「へぇ、どんなのだ?」

 

興味を持ったリゼが聞く。

 

「こんな感じだよー」

 

ココアはペンを走らせて見せてくる。ココアが描いたものはコーヒーはおろか、飲み物を入れるものではなかった

 

「これ、アロマキャンドルじゃないか?」

 

「さすがに区別つけようよ…」

 

「ですが、いろんな色とかは抜きにして、最近カップが少なくなってきましたね」

 

チノちゃんの何気ない一言に俺は罪悪感が押し寄せてくる。

 

「ごめんね、うちのココアが……」

 

「何で私!? それとココアお姉ちゃん!!」

 

ははは、こやつめ、何もわかっていないようだ。俺はココアの両頬を引っ張る。

 

「店のカップを割っているのは誰なのかな~……コ・コ・ア・お・ね・え・ちゃ・ん?」

 

いらい(痛い)いらいほ(痛いよ)ほうふん(コウくん)~!」

 

「このもちもちした頬っぺた気持ち良いですな~チノちゃんもやってみる? ココアお姉ちゃんが割った数×一分間もちもちすることを許すよ」

 

「ふぇ、ふぉうふん!?」

 

もっち、もっち、とココアの頬をこねくり回しながら言うとチノちゃんは数歩引き下がった。

 

「い、いえ…遠慮します……それよりココアさんを放してあげてください。足りなくなったら買い足せばいい事ですから」

 

おお、チノちゃんがココアのフォローをするとは珍しい。まあ、優しい子だからね。

ふふふ、この姉め、もっちもっち……

 

「ほら、コウナ。そろそろ手を放してやれ」

 

リゼにも促された俺はパッと手を放す。

 

「うう…ひどいよ…コウくん~」

 

両頬を擦りながら涙目になっているココア。

 

「ひどくない。少しは反省して気をつけて仕事しなさい」

 

本当は弁償するべきなんだけど、それはチノちゃんやタカヒロさんが許さないからなぁ。

だからココアをもちもちするだけにとどめている。

 

「無いものは仕方ありませんよ、今度カップを買いに行きましょう」

 

チノちゃんの一言で俺たちは今度の放課後にカップを買いにいくことが決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タカヒロさんに事情を話してお店を任せた放課後。俺たちは店を探しながら街を歩き回っていた。

 

「ティッピーも一緒なんだね」

 

「従業員ですから」

 

「お、あの店良さそうじゃないか?」

 

リゼさんが指差した店のショウウィンドウには色々なカップが並んでいた。

 

「そうだね、陶器の専門店だって。入ってみようか」

 

俺たちは店の中に入る。中にはショウウィンドウ以上の数のカップや皿がおいてあった。

 

「わーかわいいカップがいっぱいー!」

 

「あんまりはしゃぐなよー」

 

リゼがそう注意した瞬間、ココアが頭から棚にぶつかった。

その衝撃で、カップと写真立てが落ちてきて、ココアが倒れそうになる。

カップはチノちゃんがキャッチし、写真立てはリゼが受け止め、ココアは俺が背中に腕を回して抱き止めた。

 

「「予想を裏切らない!」」

 

「ここでもカップを割ろうとするとは…頭は大丈夫?」

 

「う、うん…ありがと、コウくん」

 

「気をつけてよ、テンションがあがるのはわかるけどね」

 

ぶつけたところを優しく撫でてあげる。ココアは頬を染めたまま俯いて頷いた。

 

「ごめんね? コウくん」

 

「ほら、そう落ち込まないで、一緒に見てみよう」

 

「うん!」

 

俺は手を差し伸べるとココアは嬉しそうに手をつないだ。

一方、離れたところでその様子を見ていたチノちゃんとリゼは、

 

「前々から思っていたけど、コウナってどこかズレているんだよな。ココアのあの様子を落ち込んでるって……」

 

「天然で鈍感な所は同じなんですね。そこは姉弟というべきなんでしょう」

 

俺たちの聞こえないところで呆れた様子で何か話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、このカップとかどうかな――」

 

ココアがそういいながら手を伸ばしたところで、誰か別な人と手が触れた。

はっ、と互いに見つめあう二人。

 

「こんなシチュエーション、漫画で見たことあります」

 

「よく恋愛に発展するよな」

 

「まあ、王道だな。女の子同士だけど」

 

「駄目だよっ……私にはコウくんっていう心に決めた人が……」

 

「なんか意識されてる!? しかも振られるのが早い!」

 

最後のほうココアがなんていったか聞こえなかったが、間近で聞いていた少女はなかなかノリの良いツッコミを入れた。

というかあの姿、先日に見た覚えがある。

 

「どこかで見たことあると思ったら、シャロ、こんにちは」

 

「えっ、コウくん……?」

 

「本当だ、よく見たらシャロじゃん」

 

「コウナ!? それにリゼ先輩もっ!?」

 

「お知り合いですか?」

 

「学校の後輩だよ。ココアやコウナと同い年」

 

「……え? リゼちゃんって年上だったの?」

 

「今更!?」

 

ココアの疑問にリゼが驚く。まあ、俺は何も言えない。シャロと出会わなければいまだにリゼが年上だって知らなかっただろう。

 

「そ、それよりもコウくん! この子といつ知り合ったの!?」

 

「落ち着いて!」

 

ココアに詰め寄られた俺はココアの肩を掴み動きを止める。そして、あのときのことを嫌だけど思い出す。

 

「えーっと、以前リゼと一緒に帰ってたときに悲鳴が聞こえて――」

 

「暴漢に襲われそうになったところをコウナとリゼ先輩が助けてくれたのよ」

 

あれ、なんかシャロが脚色し始めた!?

 

「そうだったんだ! さすが私の弟とリゼちゃんだね、かっこいい!」

 

「違う!」

 

「シャロ、変に話を捻じ曲げるなよ! 本当は――」

 

「あ、コウナ、それを言っちゃダメェ!」

 

「――ウサギに囲まれて顔を真っ青にしてたところをリゼと助けたんだよ」

 

あれは大変だった。今でも思い出したくない。あんな痴態をリゼや初対面だったシャロに見られたのは、本当に最悪だった。

チノちゃんとココアはシャロをじっと見つめる。

 

「う、うさぎが怖くて、わっ悪い!?」

 

まあ誰でも怖いものはある。だけど、それを見栄で誤魔化そうとしたところが悪いと思う。

シャロは逃れるためにキョロキョロと辺りを見回して、

 

「ほ、ほら! このカップとかどう?」

 

「話を逸らしましたね」

 

「違うの!」

 

違うとは思えない。明らかにシャロは話を逸らしている。でもそれを指摘するのはやめておいた。

シャロからなにも言うなという視線が突き刺さっていたから。

 

「ほら、これ香りが広がるように作られているのよ」

 

「カップにも色々あるんですね」

 

シャロの説明にチノちゃんが感心する。

 

「こっちは取っ手の触り心地が工夫されているのよ」

 

「なるほどなー」

 

ココアも楽しそうにシャロの話を聞いていく。ぺらぺらと手にとってはカップのポイントの説明をしていくシャロ。

 

「詳しいんだな」

 

「はい、上品な紅茶にはティーカップもこだわらないとですから!」

 

自信満々に語るシャロ。余程好きなんだろう。なんかカップを見る目が凄いことになっているし。

 

「うちもコーヒーカップは丈夫で良いものを使っています」

 

「私のお茶碗は実家から持ってきたこだわりの一品だよ」

 

「なに張り合ってるんだ」

 

そんな必要ないし、ココアにいたっては張り合うものが違う。

 

「でもうちの店コーヒーが主だからカップもコーヒー用じゃないとな」

 

「そうなんですか!? リゼ先輩のバイト先行ってみたかったのに……」

 

「シャロはコーヒー苦手なのか?」

 

「砂糖とミルクをいっぱい入れればおいしいよ!」

 

ココアの言う通り、苦味が苦手な人は砂糖やミルクを多めに入れて緩和させていることが多い。

 

「そ、そういうわけじゃないの。苦いのが苦手じゃないの!」

 

なら、どういうわけなんだ? コーヒーが苦手じゃない以外理由が見当たらない。

シャロから言われたのは予想を大きく外れたことだった。

 

「私、カフェインを取りすぎると異常なテンションになるみたいなの。自分じゃよくわからないけど」

 

「コーヒー酔い!?」

 

「コーヒーで酔っ払うのか」

 

そんな話、聞いたことないんだけど。まあ、世の中いろんな人がいてもおかしくはない。だから、シャロがカフェインで酔うのもおかしくない。今度シャロにコーヒーを飲ませてみよう。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばこの前、カップの中にうさぎが入っている写真を見たんだ。あれはかわいかったなー」

 

「窮屈じゃないのか?」

 

「身体のつくりが違うから、案外余裕があるみたいだよ。それにああいうのは大き目のカップを使ったり、小さいうさぎで写真を撮ってるんだよ」

 

「ティッピーも入ってみたら注目度もアップだよ!」

 

「でもティッピーが入るほどの大きなカップはないだろう」

 

「リゼの言う通りだと思う。さすがにそこまで大きなものは――」

 

「ありました」

 

「あったのっ? というかチノちゃん無理しないで!?」

 

チノちゃんが重たそうに大きなカップを持ってきた。俺はチノちゃんから受け取り、テーブルの上に置く。

そこにティッピーがチノちゃんの頭から飛び降りてすっぽりとカップに収まる。だけど、

 

「なんか違う…」

 

「どう見てもご飯にしか見えないです」

 

「まん丸だしな」

 

俺たちの感想にむっと眉をひそめるティッピー。でもそれ以外言いようがないのも事実だった。

そんなティッピーに飽きたのかココアたちはまた物色し始める。

 

「あっ、こんなのとかどうかな。おしゃれだよ――ってよく見たら高い!!」

 

「5万円…高いですね」

 

ココアが指差したものは俺たちが気軽にぽんと出せるような値段ではなかった。

 

「アンティークものはこのくらいするわよ」

 

やっぱりそういうものだったか。でも、実際にお金持ちとかはこういうものを使っているんだろうな。

 

「あ、これ……」

 

あれこれいっているなか、リゼがアンティークのカップを注視する。そして、驚くべきことを言い出した。

 

「昔、的にして打ち抜いた奴じゃん」

 

「「「!?」」」

 

「なんてことしてるんだよ…物は大切にしろよ……」

 

そんなもったいないことしないで売るなりしておけばよかったのに。

とりあえず、アンティークのカップには手は出すつもりはないのでスルーする。

 

「ねえチノちゃん、お揃いのマグカップ買おうよ」

 

「私物を買いに来たんじゃないんですよ」

 

「えー、いいじゃん。一緒のもの買ったらもっと仲良しだよ!」

 

本来の目的から脱線し始めたココアがチノちゃんに推していく。その様子をリゼが羨ましそうに見ていた。

さらにそんなリゼの様子をシャロがじーっとみつめて何か考えていた。

そして、シャロは恋人用のペアカップを持って、リゼに推す。

 

「リゼ先輩、これなんてどうですか!? このカップ色違いでかわいいですし、二つセットなので一ついりませんか!?」

 

「おっ、確かにこれかわいいな」

 

「――っ!!」

 

そこでシャロは気づく。恋人用のマグカップだということに。

俺はシャロの肩に手を置く。

 

「よかったなシャロ…お揃いの、マグカップルだぞ…ふふっ……」

 

「笑わないでよ! しかもマグカップルってなに!」

 

「いいんじゃない? リゼは気づいてないんだし、そのまま一緒に買えば」

 

「大丈夫かな……」

 

「リゼは押し切る程度が丁度いいと思うよ。さっきも見たでしょ。素直に言い出せない人だから」

 

「うん…ありがと、コウナ――リゼ先輩、一緒に買いましょう!」

 

そういって、シャロはリゼを引っ張って会計に向かっていった。

なんだかんだ色々あるがこうして繋がりができていくのは悪い気がしなかった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか??
今回はバイトの直前の時間に投稿しました。
もうストックがありません、マジで。ラブライブもないですし大分時間が空くかもしれません。
ストブラは改稿してちょこちょこ出すつもりです(その時間があるかどうかも怪しいですが……)








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fleur du Lapin ~ハーブティーは癒しの効果~

明けました、おめでとうございます! お久しぶりです、燕尾です!
今年も一年よろしゅうお願いします!

ではごちうさ第九羽です







「今日はいつも以上に疲れたわ……」

 

私はとぼとぼと帰り道を歩きながらつぶやく。

まさか、気分晴らしに行きつけのあのお店に行った早々、リゼ先輩やコウナに会うとは思わなかった。それに新しく出会ったココアやチノちゃんを含め、私がお嬢様だという余計なイメージが皆にこびりついてしまった。

それに関しては本当のことをいえなかった私が悪いのだが、本当のことを言ってみんなに失望の目で見られるかもしれないということを考えたら、怖くて切り出すことが出来なかった。

 

「はぁ――」

 

こんな自分が嫌になる。私が通っている学校でもそうだ。自分をひた隠し、見栄ばかり張って、都合のいいように周りに嘘を馴染ませる。どこにいっても私は本当の自分をさらけ出すことができないでいた。

いや、どこでもは間違い。ただ一人、こんな私を知っている人がいる。

 

「おかえりなさい――シャロちゃん」

 

そういうのは大和撫子という言葉がぴったりの私の幼馴染。どうやらあれこれ考えているうちに家についたようだった。

 

「――ただいま、千夜」

 

私は不承不承ながらも返事を返す。

実家が"甘兎庵"という和菓子喫茶を営んでいる看板娘の千夜。私の家の隣で箒を掃いているのは家の手伝いと私がそろそろ帰ってくるとわかった上での行動だろう。

 

「あら?」

 

そんな千夜がなにかに気づいて、不思議そうに首を傾けた。

 

「シャロちゃん少し元気ないみたいだけど、なにかあったの?」

 

千夜は私の様子をズバリと言い当ててきた。どういうわけか私の幼馴染は小さな変化も見逃さないほど、私のことをよくわかっている。私が千夜に隠し事がほとんどで来たことがないほどだ。

私はガックリと肩を落としながら正直に打ち明けた。

 

「……リゼ先輩やコウナたちに変な勘違いされた。あと頭に変な生き物が……」

 

「コウナくんやココアちゃんたちに会ったのね」

 

千夜が皆と知り合ったのは知っていた。今度何かあったらココアとチノちゃんを紹介すると言われてたけどその前に出会うだなんて思いもしなかった。

 

「絶対、誰にも言っちゃ駄目だからね」

 

「なにをかしら?」

 

わかっているくせに千夜は笑顔で聞いてきた。

私はビシッ、と甘兎庵――の隣にある小屋のような建物、私の家を指差して叫んだ。

 

「私がこんな家に住んでいるって言うことをよ――!!」

 

「慎ましやかでいい家だと思うけど?」

 

「ふんだ!」

 

馬鹿にしていないのはわかる。だけどどこか楽しんでいる千夜に睨みを利かせる。でも千夜がそれに怯むことはなく、それどころか優雅に微笑んでいる。

 

「でもシャロちゃん、それは出来ないみたい」

 

しかしその直後、千夜は笑みを消してそう言った。どういうことかと思って千夜の視線を追うとある人が立っていた。

 

「え、えーっと…なんかごめん……」

 

申し訳なさそうに言うのはリゼ先輩と一緒に私を助けてくれた男の子、コウナだった。私は絶望に体を震わせる。

 

「コウナくん、こんにちわ」

 

千夜が暢気に挨拶をする。だけど、私はそれすら出来なかった。

 

「こ、コウナ……い、いつから、居たの?」

 

「えーっと、ついさっき、かな」

 

申し訳ないような表情をするコウナ。

私の絶叫が、夕方の空に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャロと出会ってから数日後のラビットハウスでのバイトの最中、唐突に勢いよく扉が開かれた。

 

「みんな! シャロちゃんが大変なの!!」

 

「何事!?」

 

ココアが驚いたように振り向く。入って来たのは千夜だった。

 

「どうしたのさ、千夜? そんなに慌てて?」

 

「シャロちゃんが、シャロちゃんが大変なの!!」

 

「シャロが大変なのはわかったから、とりあえず落ち着いて席に着け。ほら、コーヒー出すから」

 

リゼが促すとようやく落ち着いたのか、千夜は腰を落ち着かせた。

チノちゃんにコーヒーを頼み、千夜に出したところで話を聞く。

 

「へー、千夜ちゃんとシャロちゃんって幼馴染だったんだ」

 

「そうなの、だけどこんなチラシを持ってきて」

 

千夜は懐からチラシを一枚取り出す。そのチラシを俺たちは囲んで見た。

 

「なになに…心も体も癒します、フルール・ド・ラパン、オープン」

 

ウサ耳をつけた恐らくメイドに近い衣装を身にまとった女の子のシルエットとその周囲に散らされているバラの花。

 

「きっといかがわしいお店で働いているのよ!!」

 

「なんと!」

 

「いや、そうとは決まったわけじゃないだろ。シャロに仕事内容聞いたのか?」

 

「怖くて本人に聞けない!」

 

いや、そこは聞こうよ、シャロのためにも。

でも確か、フルール・ド・ラパンって――

 

「なあ、フルールって広告で釣ってるけど、ただの喫茶店じゃなかったか?」

 

同じことを思っていたリゼが、俺に耳打ちしてくる。

そう、フルールはハーブを主に取り扱って紅茶を出すような店だったはずだ。決していかがわしい店ではない。

 

「どうやってシャロちゃんを止めたらいいの…」

 

「仕事が終わったら皆で行ってみない?」

 

「潜入ですね」

 

あ、チノちゃん。そんなこと言ったら……

 

「潜入!」

 

言葉に反応したリゼが銃を構える。

 

「おまえらぁ、ゴーストになる覚悟はあるのか!?」

 

「ちょっとあるよ」

 

ココアが敬礼をする。ちょっとだけなんだな。まあ、本当にゴーストになられても困るけど。

 

「潜入を甘く見るなぁ!」

 

リゼの怒号が響く。こうなったリゼはもう手をつけられない。やりたいようにやらせるしかないのだ。

 

「よし、私について来い!!」

 

「「イエッサー!!」」

 

ココアと千夜は張り切って前を行くリゼの後についていく。俺はその姿を見送って――

 

「――って、まてまてまて! まだ仕事は終わっていないぞ、三人とも!?」

 

「コウナさんの言う通りです、戻ってきてください!」

 

俺とチノちゃんは慌てて三人を止めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんと最後まで喫茶店の仕事をして、バーの準備をするタカヒロさんと交代した俺たちは件のフルールへと来ていた――制服姿のまま。

 

「いいか、慎重に覗くんだぞ」

 

ココアたちは窓の下に隠れている。ちなみに俺はここからでも見えるので建物の影から様子をうかがう。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 

メイド服とうさ耳を身に付けたシャロが満面の笑みでお客を出迎えていた。

眺めている俺たちの視線を感じたのか、シャロはこちらを向く。それに対してみんな隠れるのかと思いきや、そのまま、シャロに姿を晒す。

 

「なんでいるの―――!!」

 

もう姿を隠す必要がなくなった俺たちは店のなかに入る。

 

「…いらっしゃいませ」

 

それでもちゃんとお客として扱っているあたり、しっかりしている。

 

「ごめんなシャロ、確認したいことがあって。フルールってなにを扱ってるんだ?」

 

「ここはハーブティがメインの喫茶店よ。ハーブは体に良い色んな効能があるの。大体――こんなチラシで勘違いしたのは誰?」

 

「私たちシャロちゃんに会いに来ただけだよ?」

 

「いかがわしいって、どういう意味です?」

 

「こんなことだろうと思った」

 

シャロの問いかけにココアたちはバラバラに言う。

そして俺たちの視線は一人の少女に向いた。

 

「……」

 

ここまで来ることになった発端の千夜はシャロの手をぎゅっ、と固く握る。

 

「その制服すてき!」

 

シャロも気づいただろう。この事態の根元が一体誰なのか。その証拠にシャロは眉間にしわを寄せていた。

 

「たしかにシャロちゃんかわいー! ウサミミ似あーう!」

 

「店長の趣味よ。じろじろ見ないで」

 

別に恥ずかしがるほどじゃないと思うけど。うさぎの耳もいわゆるロップイヤーの形でよくシャロに似合っている。

 

「――っ、コウナも! じろじろ見ないでっ!!」

 

「そこまで見てないんだけど……」

 

「嘘、嘗め回すように見ていたでしょ!」

 

「そんな誤解を得るような言い方するな!」

 

なんてことを言うのか、このなんちゃってお嬢様は!!

 

「コウナ……」

 

「コウナさん、こういうのが趣味だったんですね」

 

あああああ、ほら、リゼやチノちゃんに変な誤解を与えているだろ! 

慌てる俺の肩にぽんと柔らかい手が置かれる。

 

「コウくん……」

 

「こ、ココア…お姉ちゃん……」

 

「コウくんこれ以上は駄目かな――コウくんのためにも」

 

震える俺にココアは満面の笑みで言う。

 

「……はい」

 

「うん、よろしい」

 

俺にはわかる。この笑顔の裏ではろくでもない意味を含んでいることに。そしてそれは絶対に触れてはいけない裏のココア――ブラックココアとでも名づけよう。

 

「ほ、ほら、せっかく来たんだから少しお茶でもして行こう! じゃないとただの迷惑な人になるからっ、いいよなシャロ!?」

 

「しょうがないわね……それじゃあ、こっちに来なさい」

 

俺たちはシャロに案内されて席に着く。

渡されたメニューを見ると色々な種類のハーブティーがずらりと並んでいた。

 

「やっぱダンディ・ライオンだよね!」

 

メニューを見ながらそんなことを言うココア。

 

「飲んだことあるんですか?」

 

「ライオンみたいに強くなれるんだよ」

 

俺は肩を落とす。無知にもほどがあるよ、ココア…

 

「たんぽぽって意味分かってないな」

 

そう、ダンディ・ライオンはたんぽぽを意味していて、そのハーブティは確か貧血解消や毒素の排出を促してくれるものだったはずだ。

 

「うーん、ハーブティはよく分からないな」

 

「まあ、しょうがないよ。趣味じゃなければ普段飲む機会なんてないんだから――シャロ、みんなにあったハーブティを選んであげて」

 

「別にいいけどアンタはどうするのよ、コウナ」

 

「俺はリンデンフラワーで、なんか疲れたから」

 

「コウナは分かるのか!?」

 

「まあ、一通りは。本で読んだことあるからね」

 

「本当にコウナさんは多彩ですね」

 

「当然だよ! なんたって私の弟だからね!!」

 

「何でココアが得意げなのよ」

 

それが俺の姉だからね。次第に分かってくるよ、シャロ。

 

「まあいいわ。それじゃあハーブティーだけど、ココアもリンデンフラワーにしなさい。リラックス効果があるから、ちょっとは落ち着くこと」

 

「わーい、コウくんと一緒♪」

 

「千夜はローズマリーね。肩こりに効くのよ」

 

「助かるー」

 

「チノちゃんは甘くて飲みやすいカモミールなんてどうかしら?」

 

「子供じゃないです」

 

「リゼ先輩は最近眠れないって言ってましたからラベンダーがお勧めです」

 

「へー」

 

それぞれにあったハーブティーを選んでいくシャロ。今日が始めてのバイトのはずなのに、よく分かっているようだ。

 

「あっ、シャロさん。ティッピーには難聴と老眼防止の効能があるものをお願いします」

 

チノちゃんがティッピーの分も注文する。それはいいのだけど、

 

「ティッピーってそんな老けてんの?」

 

リゼの言う通り、まるで老人のような効能の選び方だった。ティッピー=チノちゃんの祖父だから別に間違っちゃいないけど、油断しているとばれるよ、チノちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注文してから数分後、シャロがハーブティーのセットを持ってきた。

ハーブの入ったティーポットにお湯を注ぐ。すると、熱の変化によって液の色が赤色に染まった。

 

「お湯を入れたら赤く染まった! きれーい!」

 

「こっちはレモンを入れたら青からピンク色になりました」

 

「おもしろいわねー」

 

初めて見る変化にココアたちがはしゃぐ。

 

「それじゃあ、頂こうか」

 

俺たちはそれぞれハーブティーに口をつける。

 

「いい香りです」

 

「なんかスーってするね」

 

それはハーブを使っているからね。うん、香りも味もいい。

みんながハーブティーを楽しんでいる中、シャロがトレンチにあるものを乗せてきた。

 

「あの、ハーブを使ったクッキーはいかがでしょう? 私が焼いたんですが…」

 

「シャロが作ったのか。どれ…」

 

シャロが作ったハーブクッキーをリゼが一つつまむ。

 

「シャロ、俺も貰っていいかな?」

 

「ええ、どうぞ」

 

断りを入れて俺も一つ口の中に入れる。

 

「うん、おいしい! な、コウナ?」

 

「ああ、風味と甘みのバランスが丁度よくておいしいよ、シャロ」

 

「よかった~」

 

口を揃えてほめる俺たちに緊張していたシャロが顔を綻ばせた。

 

「(シャロちゃんの顔が真っ赤に!)」

 

「(こっちの方が見てて面白い!)」

 

そんな様子を見たココアと千夜が何か含みのある顔をしているが、きっとシャロに奔らないほうがいいことなのだろう。なにも言わないでおく。

 

「私たちもいただきまーす!」

 

俺たちに続き、ココア、千夜、チノちゃんがクッキーを食べる。

 

「おいしい!」

 

「これ、すごくおいしいです」

 

千夜とチノちゃんはクッキーに舌鼓を打っているが、ココアだけ、少し微妙な顔をした。

 

「……このクッキー、甘くない……」

 

「え? そんなことないわよ?」

 

そういえばココアの手元にあるおかわりしたハーブティーって確か…

 

「ふふふ、ギムネマ・シルベスターを飲んだわね」

 

「名前がかっこよかったから…」

 

なるほど、やっぱりか。

 

「ココアお姉ちゃん、そのハーブティーに使われているハーブは甘みを一時的に感じなくさせる成分が入っているんだ」

 

「そんな恐ろしい効能が……!?」

 

「その通り! ギムネマとは砂糖を壊すものの意味!」

 

なんでシャロはこんなに自慢げなのだろうか。よく愛飲していたのだろうか? とすれば……

 

「シャロちゃんはダイエットでよく飲んでいたのよね」

 

「言うなばか――!!」

 

まあ、女の子がこれを飲む理由はそれしかないよね。俺はじゃれあっている千夜とシャロを苦笑いしながら見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくさん飲んだわね」

 

「おなかの中で花が咲きそうだよ~」

 

「ご馳走様でした、シャロさん。なにか手伝えることがあったら言ってください」

 

「こらこらチノちゃん。一応俺たちはお客さんなんだから、そういう区分はしっかりしておかないとここの人たちの面目が立たなくなるよ」

 

気持ちは立派なのだけれど、行き過ぎた行動はかえって店のためにならない。

 

「す、すみません…そうですよね、出過ぎたまねを……」

 

「気にしないで、その気持ちだけでもありがたいわ。チノちゃんは年下なのにしっかりしているのね。妹に欲しいくらいだわ」

 

そう言って慰めるようにチノちゃんの頭を撫でるシャロ。ココアのときとは違いチノちゃんは抵抗することなくシャロを受け入れていた。そんな二人を見たココアが目に涙をためながら勢いよく立ち上がった。

 

「チノちゃんは私の妹だよ!!」

 

「何言ってるの?」

 

「気にしないでシャロ、ココアの病気が出ただけだから」

 

「コウくん酷い! それとココアお姉ちゃん!! 何でさっきまで言えてたのに急にやめちゃうの!?」

 

それは語り手をしていると――ゲフンゲフン。

 

「それなら、もう少し姉としての立ち振る舞いをしっかりして欲しいな。そろそろ本当に姉と弟を変えて兄と妹にしようか? ん?」

 

「なんて恐ろしいことを!! コウくんの鬼! 悪魔! 弟!!」

 

「店内で大きな声を出さないでよ、ココア」

 

うわーん! と机に伏せるココアを放っておいて、シャロは片付け始める。

 

「二人はリラックスできました?」

 

「んー、確かに肩が軽くなったような」

 

「少し元気が出た気がします」

 

さすがに飲んですぐにそんな効果は出ないと思うけどな。

 

「確かにリラックスしたけど、さすがにプラシーボ効果だろー」

 

「でも――ココアさんには抜群だったみたいです」

 

チノちゃんがココアを指差す。ココアはぐっすりと眠っていた。

 

「ハーブティ効きすぎ!!」

 

「本当に仕方がないな、ココアは」

 

「な――コウナ、お前っ!?」

 

「まぁ♪」

 

「はうぁ――……」

 

「コウナさん、大胆です」

 

俺はひょいとココアを抱えると皆がそれぞれの反応をした。

 

「ん? どうしたみんな?」

 

不思議に思って俺は問いかけるがみんななんでもないと、首を横に振る。

お会計を済ませて店を出るも、ココアが目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウナさん、重たくないですか?」

 

帰り道、チノちゃんが心配そうにしてくる。

 

「大丈夫だよチノちゃん、ココアは女の子だし軽いよ」

 

「それでも人は軽いとはいえないだろう、せめて背負ったほうがいいんじゃないか?」

 

リゼが提案してくる。俺はいま、ココアを正面に抱えている。いわゆるお姫様抱っこ状態だ。だけど、それにはちゃんとした理由がある。

 

「いや、背負うのはちょっと……」

 

「ん? どうしてだ?」

 

なにもわからずに聞いてくるリゼに俺は言葉を濁す。

 

「あんまりこういうことをいいたくはないんだけど、ほら――ココアももう高校生だろ?」

 

「ああ、そうだな」

 

ただ頷くリゼ。俺はそのまま顔を逸らす。

 

「後は察してくれ……」

 

「どう察せと!?」

 

そこはわかってよ! これ俺が言うとすごい変態みたいになるんだから!!

 

「結局なんなんだ?」

 

ああもうっ、仕方ないな!!

 

「ココアだって成長しないわけじゃない。そうなると必然的に男女の差というのが出来るだろ?」

 

「つまり、ココアちゃんを背負ったら胸が当たっちゃうってことかしら?」

 

「どうしてぼかしつづけたことをストレートにバラすんだ千夜!?」

 

急に喋りだしたと思ったらとんでもないことを言ったなこの和菓子少女は!

 

「そういうことか――変態め」 

 

「コウナさん、不潔です」

 

「酷い! だから言いたくなかったんだ!」

 

俺をいじって面白いのか、笑い声が上がる。

一頻り笑ったリゼは目じりにたまった涙を拭う。

 

「でも、そこは姉弟だろ? 恥ずかしがる必要があるのか?」

 

「ん、ああ――言ってなかったっけ? 俺とココアは義理の姉弟だよ」

 

「……は?」

 

唖然としている皆に俺はあっけからんとして言った。

 

「俺は保登家の養子なんだ」

 

「「「えぇ――――!?」」」

 

みんなの叫びが夕方の空に轟くのだった。

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
卒論が来月提出なので、そのあとぐらいに投稿できたらいいなと思います。





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初めてのお泊まり前編 ~カフェイン酔いと大嵐~



どうも燕尾です
バイトの途中、携帯からの更新です





 

 

「ココアの家の養子!? 義理の姉弟!?」

 

リゼは驚いたように叫ぶ。

確かに振り返っても俺とココアの関係を喋ったことは一度もなかった。

 

「ああ、それに保登の家に養子に入る前は香風家――つまりチノちゃんの家にお世話になっていた」

「そうだったのかチノ!?」

 

リゼがチノちゃんに振り向く。だけど、チノちゃんは難しい顔をして首を傾げる。

 

「……確かに、うちに男の子がいたことはなんとなく覚えています。ですけど、あまり詳しいことは――」

 

「まあ、チノちゃんがあまり覚えていなくても無理はない。俺が小学生になりたての頃に数ヶ月ほどだったから、物心がついているかどうかぐらいの年だし」

 

「コウナくんはこの街出身だったのね」

 

「ああ」

 

「あっ――」

 

すると、チノちゃんが何かに気づいたように声を上げる。

 

「ココアさんとコウナさんが家に来たときに、コウナさんが私の顔をじっと見ていたのは…」

 

「まあ、そういうことだよ。目の前にいる女の子がチノちゃんなのか少し心配になってたんだ」

 

「でもどうしてココアの家の養子になったんだ?」

 

リゼがこともなさ気に聞いてくる。

 

「……」

 

まあ、そうだよな。そこは気になるところだろう。しかし、

 

「悪いけど、今はそれを話すつもりはないかな。いろいろあった、それだけ覚えておいて」

 

勝手なことを言っている自覚はある。けど、今これをいっても空気が悪くなるだけだ。

 

「まあ、話したくないなら仕方がないな」

 

リゼはあっさり引き下がってくれた。

 

「そうね、無理に聞き出すことじゃないもの」

 

「はい、コウナさんはコウナさんです」

 

それに千夜もチノちゃんも同意してくれる。

 

「ありがとう、千夜、チノちゃん」

 

「気にしないで、でも――」

 

「ん? どうした、千夜?」

 

何かに疑問を持っていそうな様子の千夜。

 

「えーっと、あのね? ココアちゃんとコウナくんは、こんな言い方は本当は駄目なのだけれど、いわゆる他人ってことよね?」

 

「保登家の人間になったとはいえ、究極的に言えばそうだな」

 

すると千夜は一番の問題点を言い出した。

 

 

「それでいて、年頃の男女がベッタリしているのは大丈夫なのかしら」

 

 

「あっ……」

 

それにリゼが短い声を漏らし、

 

「そうですね……」

 

チノちゃんはまったく気づかなかったように頷いた。

千夜の言うことはもっともだ。だけど、

 

「まあ、十年ぐらい兄弟姉妹していれば本当の家族のようにはなるさ」

 

幸いにも、保登家の人たちからは暖かく迎え入れられ、大切に育てられ共に育っていった。

 

「それに小さい頃からココアは弟や妹に憧れていたんだ。同い年だとわかった瞬間、姉として俺にずっと構っていればこうもなるよ」

 

「ですが、コウナさん。前にココアさんと一緒にお風呂に入っていました、よね……?」

 

ピシィ、とその場の空気が凍りついた。

「コウナ……」

 

それと同時にリゼから向けられる氷点下の視線。俺は疲れたように息を吐いた。

 

「それは以前、学校の始まる日にちを教えなかった罰としてココアが乱入してきたんだよ。リゼだって制裁とか言って俺の弁明も聞かずに色々したじゃないか、それと同じだよ」

 

「私は、お前の風呂に乱入なんてしていない!!」

 

「そういうことじゃなくて、あの時のリゼと同じようにどうやっても聞き入れてもらえなかったの! そりゃ、俺だってちゃんと抵抗したよ!?」

 

さっきも言ったとおりお互い年頃の男女なんだ。タオルを巻いているとはいえ、一緒に入るのはどう考えてもおかしいに決まっている。

 

「ココアはそこらへんの感覚が鈍いというか、男女というより"姉"としての意識が一番前に出ているから……」

 

「まあ、ココアさんだったらそうですよね」

 

短い間だけど、ココアとともに過ごしたチノちゃんは理解してくれたようだ。

 

「なるほどな……んっ、なるほど?」

 

「ちょっと、どうして首を傾げるのさリゼ?」

「いや、ちょっと気になることがあって」

 

そこは疑問に思うことはないはずだ。現にずっとココアは意識もせず、俺に接してきているし。

 

「コウナがそう言っている割にはココアのやつが――」

 

なにやらぶつぶつと呟いているリゼ。しかし残念ながらその内容が聞こえることはなかった。

 

「何を言っているのかわからないけど、俺はちゃんとココアにしっかりと認識させようとしているんだぞ?」

 

「そうだったんですか? 心当たりはありませんが……」

 

「ほら、呼び方とか、基本的に俺はココアお姉ちゃんなんて呼ぼうとしないだろ? あれはそういう意味も含んでいるんだよ」

 

「コウナくん、それは分かり辛いと思うのだけれど…?」

 

えっ、そこまで分かりづらい? 俺的にはずっと言い続けているから、あと少しで理解してくれるとまで思っていたのに?

俺が無言でチノちゃんとリゼに確認を取ってみると、千夜に同調したように頷く二人。

俺の今までのやり方が悪かったことに、俺はがっくりとうな垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は雨でお客さんがが来ないね~」

 

外を見ながらそんなことを言うココア。

 

「雨の日晴れの日関係なく、この店に来る人は早々いないけどね」

 

俺たちが来てから幾日、ラビットハウスが繁盛した日はそんなになかった。

 

「なんじゃとコウナ! お主言っていいことと悪いことがあるじゃろう!!」

 

だが、それを認めたくないティッピーが噛み付いてくる。なんとなく言い放った言葉だったのだが、ティッピーには我慢ならなかったのだろう。

だけどそう簡単に喋るのは駄目ですってば、チノちゃんが大変でしょうが。

フー、フー、と威嚇するように毛を逆立てている。

 

「お爺ちゃん曰く、この店は隠れ家みたいな場所をと言うコンセプトでつくったらしいので」

興奮しているティッピーを慰めるように撫でているチノちゃん。

 

「こんな天気なのに来てくれてありがとね」

 

ココアは振り向いていま店に来ている二人にお礼を言う。

 

「ちょうどバイトだった予定が空白になっただけだし」

 

「シャロちゃん、もう少し素直になったほうがいいと思うの」

 

つん、とそっぽを向くシャロに優雅に微笑む千夜。いまラビットハウスにいるお客さんはこの二人だけだった。

 

「それにしても私たちが来た時は晴れていたのに…」

「誰かの日ごろの行いのせいね」

 

シャロは千夜と俺に視線を向ける。

ちょっと待って、そこまでやんちゃはしていないはずだよ、うん。少しからかったり、からかったり――からかったりしているだけだよ。

 

「シャロちゃんが来るなんて珍しいことがあったからかな?」

 

「えっ!?」

 

ココアの無自覚な指摘にシャロが動揺する。

確かに普段はバイトで忙しいシャロはこの店に来ることはあまりない。それにコーヒーも苦手だって確か言っていたし、なおさら進んで来る理由もないだろう。

「コーヒー苦手だって言っていたのに、大丈夫なのか?」

 

そんな雑談混じりに話しているところに注文されたコーヒーを淹れたリゼがトレンチ片手によってくる。

 

「はい、ちょっとだけなら平気なので――」

 

 

――数分後

 

 

「みんなー! 今日は私と遊んでくれて、ありがとー!」

 

……すごい。話には聞いていたけどコーヒー、というよりカフェインでここまで酔っ払うなんて想像もしていなかった。

一口ぐらいは問題なかったけど、口をつけていく回数が多くなっていくうちに飲む量も増えていって、そして一気に飲み干したシャロ。そして最終的に出来上がったのが――

 

「時間が空いたらいつでもきてねー」

 

「いいの? 行く行くー!」

 

ご覧の有様。超ハイテンションのシャロだった。

 

「チノちゃん! ふわふわー!!」

 

ココアと話していたはずのシャロは次はチノちゃんに抱きついていた。

 

「いつの間にチノちゃんに!?」

 

「ココアが二人に増えたみたいだ」

 

チノちゃんはシャロの豹変振りに引き気味だった。だけど、ココアのように対応するわけにも行かず、なされるがままだ。

 

「コウナー!!」

 

「ちょ、シャロ!?」

 

次のターゲットに俺を定めたシャロは弾丸のごとく突っ込んでくる。

 

「おわっ――!?」

 

勢いを殺せず、そのままシャロと一緒に倒れこむ。

「コウナっ! 大丈夫か!?」

 

「コウナさん!?」

 

「あらあら…」

 

「……」

 

思い切り背中を打った俺は息がはき出る。

 

「いつつ……シャロ、大丈夫?」

 

「んふふー、コウナー、コウナー♪」

 

俺の確認もなんのその、覆いかぶさっていたシャロは思い切り俺に顔を近づけて、しまいには頬ずりしてくる。

あああああ、なんかいい匂いが! 女の子特有のすごいいい匂いが!! まずい、このままだと非常にまずい!!

 

「ほ、ほら、シャロ? 離れてくれ。いつまでもこんな体勢だとまずいだろ?」

 

「嫌ー! コウナとこうしてるのー!!」

 

いやいやと駄々を捏ねるように首を横に振るシャロ。

「いや、嫌じゃなくて、少し落ち着こう。俺はどこにも行かないから、な?」

 

「駄目なのー! コウナは私とこうしてるの!!」

 

「幼児退行か!? いいから離れなさい! じゃないと――」

 

「――コウくん?」

 

シャロの陰から見えるココアの笑顔。

 

「……命が危ない」

 

はい、またこのパターンです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「zzz……」

 

一頻り暴れたシャロは酔っ払った人の末路のように眠ってしまった。

ようやく落ち着いたことに俺は息を吐く。

「はあ、一難去った」

 

シャロにはカフェイン取らせたらいけないことがよくわかった。今度から気をつけねば。

 

「雨激しくなってきたねー」

「風も強そうです」

 

あれから一向に雨が収まることはなかった。それどころか強い風まで吹き始めて、大嵐になっていた。

 

「迎え呼ぶから家まで送ってやるよ」

 

このままでは帰れないリゼが家に連絡しようとしたときに、千夜があわてて席を立った。

 

「いえっ、私が連れて帰るわ!」

 

そしてシャロを背負い、外へ出ようとする千夜。だけど体力のない千夜はシャロを抱えた時点でプルプルと体を震わせていた。

 

「じゃあまたね」

「お、おい…」

 

リゼの制止も聞かずに大嵐である外へ出る千夜。そして、

 

「千夜ちゃーん!!」

 

案の定、店から数歩歩いたところで潰れてしまった千夜。

 

「コウくん! お願い!!」

 

「わかってる!!」

 

俺は飛び出して二人の元に駆け寄る。

 

「千夜、俺の背中に乗ってしっかり捕まって。シャロは抱えていくから」

 

「ごめんね、コウナくん…」

 

「謝るのは後で、ほら、早く!」

 

「ええ…」

 

最初に千夜を背負い、シャロを両腕で抱えてラビットハウスへと舞い戻る。

 

「大丈夫みんな!?」

 

ココアが急ぎでタオルを持ってきてくれる。

 

「ごめんなさい、迷惑かけちゃって」

 

「ん……あれ…いつの間にびしょ濡れに?」

 

千夜はしょんぼりと頭を下げる。

さすがに目覚めたシャロは自分が濡れている事態に首をかしげている。

 

「チノちゃん、千夜とシャロをお風呂に入れさせてあげて」

 

「でもコウナさんもびしょ濡れですよ」

 

「俺は後でで良いから。タオルで拭いて着替えれば問題ないよ」

 

「わかりました。千夜さん、シャロさん、こちらへ来てください。それと今日はもう泊まっていってください」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね。コウナくん、早めに上がるから少しだけ待ってね」

 

「俺のことは気にしないで良いからちゃんと温まってきて」

 

「それだとコウナくんが風邪を引いて――そうだわ! コウナくんも一緒に入りましょう!!」

 

「「「「「っっっ!?!?」」」」」

 

いきなり何を言っているんだの和菓子少女は!?

 

「千夜、なにを言っているのよ! そんなの無理に決まっているでしょ!?」

 

「私は大丈夫なのだけれど…」

 

どこでそんな信頼を勝ち取ったのかはわからないけど、さすがにそれはまずすぎる。

 

「ほら、早く行くわよ!!」

 

シャロに引っ張られていく千夜に、その後についていくチノちゃんとリゼ。

残った俺とココアはなにも言わずただその背中を見ていた。

 

「――くしゅん!!」

 

さすがに濡れたままで時間が経ったせいか体が冷えて、思わずくしゃみが出てしまった。

 

「コウくん、早く拭かないと風邪引いちゃうよ。ほらこっちにおいで。お姉ちゃんが拭いてあげるから!」

 

「いや、自分で拭くから大丈夫だよ」

 

「こっちにおいで?」

 

「だから自分で――」

 

「こっちに、おいで?」

 

「……はい」

 

ココアの笑顔の圧力に負けた俺はココアの目の前に座る。

 

「むー……」

 

苛立っているせいか、少々乱暴気味に俺の頭を拭くココア。

 

「こ、ココアお姉ちゃん……? そのあまり乱暴に拭かれると痛いかな…」

 

「何か言った? コウくん」

 

「いえ、なんでもございません!」

「「……」」

 

ココアからやってくる不機嫌なオーラのせいで。俺もなにも言えず、無言の時間が続く。

 

「コウくんの馬鹿……」

 

小さく呟いた弱々しいココアの声も静かな店のなかではよく通り、俺の耳にも入る。

俺は息を吐いて、後ろにいるココアの頬に手を当てる。

 

「――ココア」

「……ん」

 

いつものように、ココアお姉ちゃんだよ、とは言わず、同じようにココアは俺の頬に手を当てる。

チノちゃんが戻ってくるしばらくの間、俺たちはなにも言わずにお互いの存在を確かめるようにいるのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
投稿しません詐欺にはご注意を

さて、次はいつ更新できるかな?



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怪談 ~お友達は大胆!?~



お久しぶりです。
ようやく卒論、発表が終わりました。
あんなのはもう過去のことです。何にも覚えていません!!





 

 

 

「ふう、さっぱりした……」

 

千夜とシャロが上がってから風呂に入った俺は少し長めに風呂に入れさせてもらった。思った以上に身体が冷えていたのだ。

今は上がったことを連絡しにチノちゃんの部屋に向かっているところだ。

 

「コウナくん」

 

そんな時、唐突に後ろから声をかけられる。

 

「あ、タカヒロさん。どうしたんですか?」

 

タカヒロさんは制服を身に纏って、これからラビットハウスのバータイムに出るようだった。

多くは自分から語らないタカヒロさんが俺に何の用かと思っていたのだが、一つだけ心当たりが、頼んでいたことがあったのを思い出す。

 

「以前言っていたバータイムの話。許可しようと思ってね」

 

タカヒロさんから告げられた内容はまさしく俺の頼みごとのことだった。

 

「ほんとですか!」

 

「ああ、とはいっても君は高校生だからあまり長い時間は働かせられないが。それに心配はしていないが学業が疎かにならないようにシフトを組むつもりだ」

 

「基本は金曜と土曜日ぐらいですかね」

 

「そんなところになるね」

 

「十分ですよ。これからよろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそ。よろしく」

 

それだけを伝えてタカヒロさんは店のほうへと出て行く。

駄目で元々で頼んだことだったので俺は小さくガッツポーズする。

気分が上向きの状態で俺はチノちゃんの部屋に行く。そのせいでこの後俺はとんでもない過ちを犯してしまった。

 

「おーい、風呂上がった――」

 

チノちゃんの部屋のドアを開けて目に入ってきたのは下着姿のリゼとココアだった。

 

「こ、コウナ…」

 

「コウくん…」

 

「……よ?」

 

俺は目の前の光景が信じられなかった。

えっ? どうしてココアとリゼは服を脱いでいるの? ここはチノちゃんの部屋で脱衣所じゃないし、二人は濡れていなかったし、着替える必要も――

俺はそこで気づいた。二人の服の間にチノちゃんの学校の制服が混じっていることに。

落ち着け俺。ここで対応を間違えれば待っている未来は――確実なる死。

ここは動揺せず紳士的なところを見せて切り抜けるのだ! 俺!!

 

「二人とも健康的なから――だふぁ!?」

 

「こっち見るなぁ!! 出ていけぇ――――!!!!」

 

どこからか取り出した一丁の銃は綺麗な直線を描き見事に俺の眉間へとクリティカルヒットした。

 

「す、すみません! ごめんなさいっ!!」

 

勢いよく俺はチノちゃんの部屋から出る。これは完璧に俺が悪い。

 

「女の子の部屋に入るのにノックを忘れたのはまずかった」

 

「うんうん、次から気をつけようね――コウくん?」

 

肩をがしっと掴まれた俺は恐る恐る振り返る。そこにはもはや恒例といっても差し支えないココアの笑顔。当然服は着ている。

それをちゃんと確認した俺の意識はそこで途切れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆で夕食をとった後はチノちゃんの部屋に集まって思い思いに雑談していた。

 

「なんだかいつもより一気ににぎやかになったね?」

 

「そうですね。こういうことは初めてですので、なんだか新鮮です」

 

「というか俺がここにいてもいいのか?」

 

「せっかく皆で集まっているのにコウくんだけ仲間はずれにはしないよ!」

 

その気持ちは嬉しいことではあるのだけれど、一つの部屋に女の子五人に男一人というのは聊か居心地が悪い。

 

「ところで、こんな機会だからみんなの心に秘めている事を聞きたいんだけどー」

 

そんななか千夜が唐突に切り出す。言い方からすると、なんだか恋バナが始まりそうな様子だ。それに気づいた周りも変な空気に包まれ始めた。

ここは余計なことに巻き込まれる前に退散したほうがよさそうだ。

 

「ちょっと俺は用事があるからこれで――」

 

といって立った瞬間、ココアにがっしり腕をとられた。

 

「ちょ、ココア!?」

 

腕にかかるやわらかい圧力が俺の思考能力を奪ってくる。

 

「ココアお姉ちゃん、だよ! 駄目だよコウくん、逃げるのはお姉ちゃんが許しません!!」

 

「コウナさん、おとなしくしてください」

 

「逃げるのは男らしくないなぁ、コウナ?」

 

「しっかり訊かせてもらうわよ、コウナ」

 

ココアだけじゃなく、チノちゃん、リゼ、シャロまで俺の退路を断つ。

 

「ふふ、コウナ君。逃がさないわよ?」

 

トドメといわんばかりに千夜がチノちゃんの部屋の鍵を閉める。

 

「それじゃあ、みんな――」

 

そして千夜は姿勢を正して座り直し、言った。

 

「――とびきりの怪談を教えて♪」

 

「「恋をした瞳で怪談を語るな!!」」

 

俺とシャロのツッコミが重なった。そして勘違いした自分が恥ずかしい。

 

「怪談ならうちのお店にありますよ」

 

「えっ、そうだったの!?」

 

知らなかった事実に俺やココア、リゼが驚く。

 

「リゼさんとココアさん、コウナさんはここで働いていますけど、落ち着いて聞いてください」

 

まあ俺は幽霊の類は別に怖いと思っていないのでなんともないが、ココアは少し苦手のようでぎゅっと俺にしがみついてくる。そしてそれはココアだけではなく、いつの間にかリゼも俺の袖を強くつまんでいた。

 

「私や父も何度か目撃しているんです。この喫茶店は、夜になると――」

 

雰囲気を出すチノちゃんにココアとリゼが息を呑む。

 

「店内を白い物体がふわふわと彷徨うんです!」

 

必死に怖がらせようと声を上げるチノちゃん。だけど、

 

「チノちゃん、一生懸命怖がらせようとしているけど――」

 

「ティッピーでしかない!!」

 

「夢を壊せないよ!」

 

さすがに口に出すことは憚られたけど俺もココアもリゼも同じことを思っていたに違いないだろう。俺たちの顔は微妙なものになっていた。

しかし満足したチノちゃんはリゼにタッチしていた。

 

「では次はリゼさんの番です」

 

「もう終わり!?」

 

驚くリゼだったが、これ以上チノちゃんには引き出しはないと思ったのかひとつ咳払いをして気を取り直す。

 

「これは小さい頃に使用人から聞いた話なんだけど」

 

「使用人!?」

 

お嬢様校に通っているからなんとなくはと思っていたけど、やっぱりリゼって裕福な家庭の生まれのようだ。

 

「仕事を終えて帰ろうとすると、ゆっくりと茂みの中から何かが地面をはって近づいてきたんだ。その使用人はあまりの恐怖に逃げ出したという――」

 

んー、なんだかそれは虫とか蛇とか、そういう生き物の類だと思うけど、確認していないならわかるわけもないよな。

 

「犯人はホフク前進の練習をしていた私だ」

 

「バラしちゃだめじゃん!」

 

「怪談の意味がないだろ!?」

 

俺とココアは一緒に突っ込んだ。ここにはまともに怪談できるやつがいないのか!?

もはや呆れかかっている俺やココアに真打登場といわんばかりに千夜が口を開いた。

 

「あのね、とっておきの話があるの。切り裂きラビットっていう実話なんだけど――」

 

千夜が語り始めた刹那、大きく光ったと思ったら轟音が鳴り響いた。

そしてそれと同時に、周りの明かりがすべて消え去った。

 

「わっ!?」

 

「てっ停電!?」

 

「バーのほう大丈夫かな!?」

 

「みんな落ち着け、あわてると危ないから。チノちゃん、懐中電灯か明かりになるものない?」

 

「はい、こんなときのために…」

 

各々あわてている中、チノちゃんはクローゼットからあるものを取り出し火をつけた。

 

「とりあえずこれで大丈夫そうだな」

 

「よりにもよって懐中電灯じゃなくてロウソクか!?」

 

まあ、怪談にロウソクはぴったりなのだけれど、雷や暗がりを怖がっているココアやリゼ、シャロには少しつらいだろう。

 

「チノちゃん、もう一本もらえるか? ブレーカーの様子を見に行って――」

 

「ダメ!」

 

そこまで言って立ち上がろうとしたところでココアが遮ってきた。

 

「コウくんお願い。ここにいて?」

 

「いや、でも――」

 

「――お願い?」

 

不安そうに揺れるココアの瞳。

 

「はぁ、わかったよ」

 

昔からココアのこの目には弱い俺はため息をついた。

 

「ふふ、盛り上がってきちゃった…♪」

 

「楽しそうだな、千夜…」

 

「もちろん。こんな機会滅多にないもの――それじゃあ、始めるわね」

 

そして、そこからは千夜の独壇場だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おしまい」

 

「「「「「…………」」」」」

 

暗い中、千夜の話を聞き終わった俺たちはぐったりとしていた。

普段怪談なんて信用しない俺でも少し怖いなと思ってしまうぐらい千夜の話は真実味を帯びていて、なにより雰囲気があった。

ところどころでも空気でも呼んでいるのかといいたくなるほど、タイミングよく雷が鳴り響いたりして、よりいっそう恐怖心が煽られた気がする。

 

「ぜ、絶対取り憑かれる……」

 

千夜の話が終わってからというものガタガタと俺の腕の中で震えているココア。

 

「今日はもう遅いですし、そろそろ寝ましょうか」

 

どうやら今日の怪談はここまでのようだ。まあそろそろいい時間だし。あまり遅くなったら成長時期の俺たちの身体にも悪いだろう。

 

「それじゃあ、俺は部屋に戻るから。おやすみ、みんな――」

 

部屋から立ち去ろうとする俺の腕をココア、リゼ、シャロの三人が掴む。

 

「……ちょっと?」

 

「お願いコウくん、ここにいて!!」

 

「さすがに同じ部屋で寝るのはダメだろ。みんないるのに」

 

「私たちは構わない!」

 

「寧ろコウナに居てほしいの!!」

 

必死に引きとどめるココア、リゼ、シャロ。俺は困ったようにチノちゃんと千夜に視線で助けを求める。

 

「私は構いませんよ」

 

「ふふ、もっと面白くなっちゃった♪」

 

だけどチノちゃんは無表情で受け入れて、千夜は面白そうに言った。

結局俺はしがみ付いてくる三人を振りほどくことができず、一緒に一夜を共にすることになった。

 

「それでは皆さん、電気消しますね」

 

『おやすみ~』

 

布団を並べて寝る準備をして、チノちゃんが電気を消す。

 

それから数分、誰かはわからないが、すうすうと静かな吐息がいくつか聞こえてくる。

俺も目を閉じて自然と意識がなくなるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、こう――くれ」

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。誰かが身体を揺すってくる感覚を覚えた。

 

「……ん、んぅ?」

 

目を開けると俺の身体を跨ぐようにかぶさっていたのは――リゼだった。

 

「りぜ……? どうしたの?」

 

俺は眼を擦りながら問いかける。だがリゼが何か言うその前に俺は状況のまずさに気づいた。

 

「って、何で俺の上に乗って――んぐぅ!?」

 

「ちょ、声が大きい! みんな起きちゃうだろ!?」

 

リゼの柔らかい手が俺の口を塞ぐ。そして小さな声で強く俺をたしなめた。

幾分か落ち着きを取り戻した俺は、周りを見た。今の声で目が覚めた人はいないようだ。

 

「ご、ごめん。でもどうしたの、リゼ?」

 

そう問いかけるとリゼは顔を赤く染め俺から目を逸らし、もじもじし始めた。様子のおかしいリゼに俺は首を傾げる。

 

「その、なんていうか――に、ついてきてくれないか?」

 

周りを起こさないために小さな声で喋るのはいいものの、小さすぎてなんていっているのか聞こえなかった。

 

「ついていくって、どこに?」

 

聞き返すとリゼはさらに顔を紅くして鋭い目で俺を睨んだ。

 

「だから――手洗いだよ、手洗い! 何度も言わせるな!」

 

「いや、トイレくらい行けばいいでしょ」

 

「それはっ、そうだけど…その……」

 

どうもはっきりしないリゼ。その様子に俺はなるほど、と気づいた。そして布団から出て立ち上がり、リゼに手を差し伸べる。

 

「わかったよ。行こうか」

 

「ああ、ありがとう……」

 

リゼはその手を恥ずかしながらもぎゅっと握って、俺たちは他の皆を起こさないように部屋を出る。

 

「それにしても、そこまで千夜の怪談が怖かったのか?」

 

「む、むしろ何であの話を聞いたコウナは平気なんだよぉ」

 

プルプルと暗闇に怯えながらも俺の手を放さないリゼ。

 

「こんなこと言ったら千夜に悪いけど、よくあるような話だしなぁ。実際にあったかどうかなんてわからない話なんていくらでも誇張は出来るだろ?」

 

「まあそれはそうだけどさ…」

 

「待ってリゼ。言いたいことはわかるからそれ以上は言わないで」

 

リゼの目は雄弁に語っていた。だから俺はそれ以上言わせないように遮る。

そうこう話している間にトイレについた。この香風家には店のスペースに一つ。居住スペースの一階に一つ、二階に一つの全部で三つある。

 

「その、コウナ…」

 

リゼはもじもじしながらも申し訳なさそうに上目遣いで俺を見る。俺は手を振る。

 

「あーはいはい、皆まで言わなくていいよ。少し離れて待ってるから」

 

「本当にすまない、私のわがままで」

 

「気にしなくていいよ。申し訳ないって思うなら、早く済ませてきて」

 

ああ、といってリゼはパタンと入っていく。俺はトイレから少し距離をとる。

 

「コウナ、そこにいてくれているか?」

 

ちょっとするとリゼの声が聞こえてくる。

 

「ああ、いるよー」

 

それからまもなく、

 

「コウナ、いるか?」

 

「いるよー」

 

……

 

「コウナ――」

 

「いるって!」

 

何度確認したら気が済むんだ。というかどこまで怖がってんだよ!?

それから少ししてから流れる音が鳴る。それと同時にドアの横に近寄る。

 

「……すまない」

 

出てきたリゼは羞恥やら申し訳なさやらで微妙な顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウナ…起きてコウナ」

 

お互いそれぞれの布団に入ってから意識が薄らいできた頃、俺を起こそうとする声。

 

「ん……シャロ、どうした?」

 

「ごめんなさい、起こしてしまって。でもお願いがあるの――」

 

 

 

 

 

「コウナいてくれてる?」

 

「いるよ」

 

リゼと同じくトイレから出る直前まで何度も何度も確認してくるシャロ。

この時点で俺はなんだかいやな予感がしていた。

再び布団に入り、今度こそと思っていた矢先、

 

「あの…コウナさん……」

 

「今度はチノちゃんか」

 

「えっと、よくわからないですけど、すみません……」

 

「いやごめんごめん、俺の問題だから気にしないで」

 

チノちゃんのお供をし、

 

「……今度は誰だ」

 

「ふふふ、コウく~ん……」

 

布団にもぐりこんで腰あたりに抱きついて来るココア。

 

「どうやったらチノちゃんのベッドから寝惚けて俺の所に来るんだよココア……」

 

「ここあ、お姉ちゃんだよ~……むにゃむにゃ」

 

「むにゃむにゃ、って……」

 

どういう夢を見ているのか知らないけど俺はココアを抱えてベッドに戻す。俺はため息をつきながら、布団を被る。

しかしある程度時間が経った頃、

 

「……完全に目が覚めてしまった」

 

俺は閉じていた瞳を開ける。

何度も寝るタイミングを失った俺はとうとう寝られなくなってしまった。

 

「はぁ……」

 

それでも寝ないと明日が持たないため、息を吐きながら意地でも目をつぶる。

それから数分後。がさごそと衣擦れの音が鳴り、俺に近づく気配が感じられる。

 

「……」

 

「……」

 

俺は寝たフリをし続ける。するとあろうことに俺の懐にもぐりこんできて俺にしがみ付いてくる。

またココアが入り込んできたのかと思って掛け布団をはがす。だが、そこにいたのはココアではなかった。

 

「ひゃ…!?」

 

「…千夜? 何してんだ?」

 

小さな悲鳴を上げたのは千夜だった。

 

「こ、コウナくん…これは、えっと…その…あのね?」

 

千夜はあわてたように手をブンブンと横に振る。俺はもうため息を吐くのも億劫になるほど呆れ返っていた。

 

「まあいいや。ほら、早く行くぞ」

 

立ち上がった俺に対し、千夜は首を傾げていた。

 

「えっ? 行くって、どこに?」

 

会話が噛み合わない俺もえっ、と返した。

 

「トイレだよ、千夜もトイレについてきて欲しくて俺のところに来たんじゃないのか?」

 

「違うけど……?」

 

「はっ? そしたら何で俺のところに?」

そう聞くと千夜は指先をつんつんと突き始めて、何かいいずらそうにしている。

 

「えっと、それは……」

 

――ガタリ

 

「ひゃ!?」

突如鳴った音に千夜は驚き、ぎゅっと俺に抱きついてきた。しばらく何が起きたかわからなかった俺は頭の中を整理する。

 

「……まさか」

 

「違うの、別に怖いとかそういうのじゃないの! ただ少し不安になったから、コウナくんのところに行けば安心かなって……!!」

 

うん、否定はしているけど結局は怖くなって俺のところに来たんだね。

 

「わかった、わかったから少し落ち着こう? ほら、みんな起きちゃうし、俺はどこにも行かないから」

 

「っ!? はうぅ~……」

 

羞恥から頬を染め、上目遣いで見てくる千夜。それがなんだか色っぽく俺は少しドキッとした。

 

「だけど、自分の話した怪談で自分が怖くなってどうするのさ」

 

「だって、自分が怖いと思っていないと他の人を怖がらせることは出来ないって思って…」

 

まあ、理論としてはわからなくはないけど。色々と身体というか意地というか張りすぎでしょ。まあそれはいいとして、

 

「どうして俺のところに来たんだ? リゼのところでもシャロのところでもよかっただろ?」

 

「それは……その、暖かかったから…」

 

暖かかったから? どういう意味だろう?

 

「まあ理由はなんでもいいんだけど、戻るのは……無理そうだな」

 

千夜は俺の袖をくいっと引っ張り、首をブンブン横に振る。

 

「少しでいいの。私と一緒にいてくれないかしら」

 

懇願するような千夜の瞳に俺は勝てるわけもなく、渋々了承する。とりあえずは千夜が眠りにつくまで、添い寝をすることになった。

 

「ごめんなさい、こんなことになって……迷惑、よね?」

 

「仕方がないでしょ、あのままだとかえって俺も寝られなくなるから。千夜が寝るまで傍にいるよ」

 

「ありがとう、コウナくん」

 

どういたしまして、と俺も横になる。しかし一つの布団で寝ているため、千夜との距離が近く、吐息がかかって、なんだかドキドキしてしまう。

お互い向き合いながら無言で寝転がっている状況。このしん、とした静寂を打ち破ったのは千夜からだった。

 

「ねえ、コウナくん……」

 

「…なに?」

 

「コウナくんはなんでココアちゃんの家に養子になったの?」

 

「……それは今教えるつもりないって言ったはずだけど」

 

「駄目?」

 

「駄目、だな」

 

「どうしても?」

 

「今はね」

 

やけに聞きたがる千夜に俺は違和感を感じる。

 

「どうしてそこまで聞きたがるんだ?」

 

「だってコウナくん。今じゃなくても教えるつもりはないでしょう?」

 

どうやら、俺の考えは見透かされていたらしい。俺は少し冷や汗を垂らして表情がゆがむが、すぐに立て直す。

 

「聞いても気分のいい話じゃないからね。ろくでもないことばかりだから」

 

「わかるわ、コウナくんがここまで言うのを渋ることだもの」

 

「だったら聞きたくないと思うのが普通だと思うけど?」

 

「お友達のことだもの、知りたいと思うのはおかしいかしら?」

 

「……」

 

もはや俺には何も言い返せず、ただ口を閉ざすばかり。

 

「本当に面白くもない、昔の話だよ」

 

だが、話すことを決心した俺の口からはするりと言葉が出るのだった。

 

 

 

 

 







はい、いかがでしたでしょうか?
次回更新は二月中予定です。




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昔話 ~保登香菜のお家事情~




……第12羽目です。






 

 

国の都市のような発展をしていないこの街でも企業は存在する。

その中でも頭を張るような大企業の末の子として俺は生まれた。

上には歳が離れた兄が二人と姉が一人。一番年上なのが姉で、そして長男、次男と続いて俺。ちょうどココアと同じような立ち居地だがその年の差はかなりあった。俺が生まれたときは兄や姉たちは皆、祝福していた。そして、忙しい両親に代わって兄姉たちが俺の世話をしてくれていた。

そんな兄や姉たちのおかげで俺は自分で立ち上がり、言葉を覚え、すくすくと育っていった。

そして拙いながらも会話が出来るようになった歳のある日、普段家にいない両親が珍しく俺たちのところに帰ってきた。

 

「――ただいま」

 

「ただいまですわ」

 

「お帰りなさいませ、お父様、お母様」

 

兄たちはそろって膝を突いて、両親を出迎える。

この両親がすべての原因だった。俺の本当の両親は俺たちを会社の跡継ぎの道具としてしか見ておらず、どこぞの国の王様にでもなったように自分の子供を従えていた。

俺はそのとき姉の後ろに隠れながら自分の両親を見ていた。幼心ながらに悟っていたんだ。こいつらは怖い、って。

 

 

 

 

 

それから全員で夕飯の食卓を囲んでいたとき、両親は兄たちにあることたずねていた。

 

「――はどこまで出来るようになった?」

 

「会話が出来るようになっています」

 

「文字の読み書きや計算は?」

 

「……そちらはまだ」

 

そう答えた長男に両親は冷ややかな目を向ける。一体何をしていたんだ、と。

 

「――はまだ三歳です。今の子達でもそんなことする子は――」

 

「いいこと、あなたたちは将来私たちの会社を継ぐのです。――だってその一人、歳は関係ありません。私たちの子供に一人でも無能がいたら困ります」

 

「ですが――」

 

「――私たちに異を唱えるのか。お前たち?」

 

「す――すみませんっ! 来週までには必ず!!」

 

顔を歪め、慌てた顔をする兄たち。そのときは俺はどうして兄たちが怒られて、怯えているのかわからなかった。だが、その日を境に兄たちの態度が変わった。そして俺に対して過剰ともいえるような教育をし始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うっ!?」

 

俺の手を教鞭で張った長男は焦りや怒りが入り混じったような目で俺を見下ろす。

 

「一度教えただろう!? どうして間違えるんだ、こんな簡単な問題を!!」

 

「だって――ひっ!?」

 

パァン、と教鞭が机をたたく。

 

「口答えするな! いいか、これが出来るまで部屋から出さないからな!」

 

それだけ言って部屋を出て行く長男を俺は必死に止めた。

 

「え、おに、おにいちゃん! わからない! ぼく、わからないよ!!」

 

「そのくらい自分で考えろ!!」

 

「――っ!!」

 

力強く振り払われて尻餅をついてしまう。今まで感じたことのない痛みが俺の中を駆け巡っていた。

その日俺はご飯も食べさせてもらえず、寝落ちするまで解けるわけのなかった問題を考えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

姉はまだ比較的によかったと思う。

 

「お、とうさ、ま、おかあ、さま……お、おかえりなさい、ませ……」

 

「――、もっとスムーズにいいなさい! 突っかかっては駄目よ!!」

 

「でも…」

 

「言い訳していないで練習しなさい! あなたも――家の一人なのだから!!」

 

必死の形相。

いつも優しい笑顔を向けてくれていた姉はどこにもいなかった。

 

「おねえちゃん、どうしてこんなことするの……? おにいちゃんたちも、おねえちゃんも、怖いよ……」

 

「……っ!!」

 

怯えた顔をした俺に姉は顔を歪ませる。だけど頭をブンブンと横に振って、鋭い目で俺を見る。

 

「明日までに突っかからずにちゃんといえること。いい、わかったわね?」

 

そのまま姉は出て行った。まるで俺のことを直視しないように、目に涙を貯めながら。

 

「ごめんなさい、――。ごめんね……!」

 

 

 

 

 

「違う! 何度言ったらわかるんだ!!」

 

「うぐっ!!」

 

椅子を蹴られ、俺はそのまま床に転がる。

 

「お前の出来次第なんだよ、お前の出来次第で俺は…俺たちは!!」

 

次男も長男や姉と同じような焦燥した顔。もはや別人のようだった。

 

「だって、おにい、ちゃん。何言っているのか、わからないよ……」

 

「いいからやれ! つべこべ言わずにやれ!! さっさと立って教えたとおりにやるんだよ!!!」

 

一番酷かったのは次男だった。

 

「だから違う!」

 

「ぐっ!?」

 

少しでも間違えれば殴られ、

 

「お前がっ! 出来そこないだとっ!! 俺たちが困るんだよっ!!!」

 

転がったところを蹴られ、

 

「やめ、おにいちゃ――」

 

「無駄口を叩くなァァァ!!!!」

 

何かを言おうとしたら壁に叩きつけられて、

 

「……」

 

「おい、なに寝てるんだよ」

 

「っ!?」

 

気を失えば強引に目覚めさせられた。

 

「出来もしないのにいい度胸だな、おら、さっさとやれ!」

 

俺はもう自分で言葉を発することさえ出来なかった。

 

 

 

 

 

そんな兄や姉たちの指導が続けられて、一週間。ボロボロになりながらも父が言っていた期限の日が来た。そして両親の判断は、

 

「及第点、急ごしらえにしてはまあいいだろう」

 

「ですが、率直に言ってまだまだですわ」

 

父はいいとして、母の言葉に緊張が奔る兄姉たち。

 

「今回、あなたたちが――の教育を怠ったのは見逃します。ですが、次はないと思いなさい。いいですわね?」

 

「はい、申し訳ありませんでした。お母様」

 

頭を下げる兄たち。これで少しは重圧から解放されるというような安堵した表情をしていた。俺はただ疲労と痛みで、動くことも出来ず、話すことも出来ず、ただ突っ立っているだけだった。

そんな俺に、両親たちは更なる追い討ちをかけてきた。

どさ、と置かれる本の山々。そこには政治学、法学、経済学に経営学、教育学に社会学、経営情報学に語学に生活科学に文学に地理学に心理学に数学に統計学に物理学に化学に工学に医学に哲学にマスコミ学に社会福祉学に国際関係学、果ては帝王学まで、すべての学問をさらっているのではないかという量の本だった。

 

「お父様、これは…」

 

何とか紡いだ言葉だったが、俺は本の山に圧倒されていた。

 

「見てわかるだろう、次はこれを学べ」

 

「えっ…」

 

「期間は――二年だ。お前がちょうど五歳になる頃に試験をする。これをすべて頭に叩き込め」

 

「……」

 

俺は呆然とする。兄たちの暴力つきの指導からやっと解放されたと思ったらまだまだ続くのだ。しかも期間は二年。今の時点で俺は三歳を過ぎてから実質二年なんてもう切っていた。

絶望に俺の顔が引きつる。こんなに多くの学問を二年近くで究めろだなんて無茶振りにもほどがあった。

泣きたかったけど泣けなかった。文句を言いたいけど言えなかった。あの家では両親がすべてで、その子供である俺たちは従わなければ生きていけなかった。

俺たちは何も言えなかった。だが、そんな中で一人だけ反論した人がいた。

 

「――お父様、これはいくらなんでも酷過ぎます!!」

 

声を上げたのは姉だった。

 

「…なに?」

 

「次男の――でもこれらの学問全部を修めたのはついこの間です! それを二年の間に、それもこんな小さい子が理解できるわけありません!!」

 

「俺の方針に口出しするのか?」

 

「教育のためといっても到底認められません!」

 

「おねえ、ちゃん…」

 

正面に立って父と対立する姉。そのことに驚く母と、二人の兄。

 

「……」

 

父は逡巡した後、姉の頬を思い切り引っ叩いた。

 

「――うっ!!」

 

「おねえちゃん!!」

 

強く叩かれたのか倒れた姉に駆け寄った。そしてそんな姉を見下ろしている父はさらに追撃をかける。

 

「親の俺がやれと言っているんだ。子供であるお前たちは俺の言うことを聞くのは当然だろう、それなのに――」

 

「あうっ!!」

 

「俺に意見するなんて、100年早い」

 

「う゛っ!?」

 

酷く冷たい目をしながら姉に殴る蹴るの暴力を与える父。二人の兄は震え上がって動けず、唯一止められそうな母は当然のことといわんばかりの表情でとめようとしなかった。

だけど、俺は――俺だけは、俺のことを庇って苦しんでいる姉の姿を見ていられなかった。

 

「やめて!! おねえちゃんにひどいことしないで!!」

 

そういいながら父の脚にしがみつく。そんな俺を父は鬱陶しそうに睨んだ。

 

「――、お前も俺に逆らうのか?」

 

「ひっ…」

 

「私はいいからやめなさい、――!」

 

「や、やめない! おねえちゃんがずっといたいいたいしてたのぼく知ってるから!!」

 

「……っ」

 

もう教わった言葉遣いとか関係なかった。ただ姉を救いたい一心で俺も父に抵抗していた。だけど高が知れている小さな子供の力は何の意味もなさなかった。

結局、俺と姉は父親の怒りが収まるまでずっと殴られ、蹴られ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しばらく頭を冷やすんだな」

 

どさどさ、と父に呼ばれた付き人は乱暴に俺と姉を何もない部屋に放り込んだ。

 

「ぅ……」

 

「うぅ……」

 

散々暴力を受け続けた俺と姉は身体を動かすことはおろか、声を上げることも出来なかった。

 

「心の底から反省したら出してやる。自分の行いをよく振り返るんだな」

 

意味の分からない一言を残して、ばたん、と扉を閉める父。

まるで独房のようなところに放り込まれた俺たちは月明かりでしかお互いの顔を確認できなかった。

 

「お、ねえ、ちゃん…」

 

「……どう、して」

 

「……?」

 

「どうして、お父様に逆らったのよ。私みたいになるって、わかっていたでしょう……!?」

 

姉は目に涙を貯めて、まるで心配した母親が子供を叱るように言った。

 

「あなたまで、こんな目にあう必要はなかったのに…私たちは、教育なんて言って、あなたに酷いことしていたのよ……!」

 

「おねえちゃん……」

 

「余計なお世話よ、私のことなんか放っておけばよかったのよ! あなたは知らない振りして二人のお兄ちゃんのように黙っていればよかったのよ!!」

 

そういわれた俺はもう我慢できなかった。

 

「だって、だってぇ……おねえちゃんも、おにいちゃんたちも、すごく怖がってたんだもん……! ぼくが出来なかったら、おねえちゃんたちがお父様や、お母様にひどいことされるってわかったんだもん……!!」

 

「…っ!!」

 

俺も大粒の涙を流しながら言った。

姉や兄の態度が変わったあの日から、俺は少しずつ理解していた。この一週間、俺にきつく当たりながら物を教える三人の顔はできない俺に対する焦りと、そこから来る苛立ち、そして何よりあの二人への怯えだった。

俺の出来が悪かったら姉や俺たちだけじゃなく、兄たち含めた全員がこんな風になっていただろう。

 

「だからぼく、がんばった。おねえちゃんたちがお父様とお母様にひどいことされないように、泣いちゃったりしたけど、いっぱい間違えちゃったけど、がんばったんだよ……なのに、どうしてそんなこというの……?」

 

このときに俺は初めて心の底から抗議した。兄たちからの暴力も、皆の厳しい指導も最後は受け入れていた。だけど、こればかりは到底受け入れられなかった。

俺の悲痛な叫びに姉は痛む身体を無理に動かして、俺を優しく包み込んむ。

 

「おねえちゃん……?」

 

「ごめんね。――、ほんとうにごめんね……!!」

 

「おね、え、ちゃん……うう…うああああああああん!!」

 

泣きながら撫でてくれるあの頃のような姉の優しさに、ついに俺は決壊した。

 

「ごめんね――。痛かったよね、辛かったよね、よく頑張ったね。あなたは私の自慢の弟よ……」

 

しばらく俺たちは号泣しながら、お互いの存在を確認すように抱きついていた。

 

 

 

 

 

「ねえ、――」

 

「なに、おねえちゃん?」

 

身を寄せ合いながら、姉は俺に言った。

 

「私と一緒にここから逃げましょう」

 

突然の提案に俺は目を見開く。このときの俺は逃げるのは賛成だった。だけど、

 

「でも、おにいちゃんたちは…」

 

俺に暴力を振るっていた兄たちも、ある意味被害者のだ。そんな二人を放ってはおけなかった。だが、それは百も承知といわんばかりに姉は頷いた。

 

「もちろん、私だってあの子たちをこんな場所に残しておけない。ちゃんと話すわ」

 

そこから、俺たちは家から出て行くための計画を立てた。といっても、全部姉一人が立てた計画だったのだが。

俺たちは反省を装って、部屋から出してもらう。

そして親が仕事でいなくなった日に姉は兄二人を説得し、しばらく帰ってこないのを確認してから俺たちは出て行く準備をした。

しかしそれは当然容易ではなかった。この家にいるのは俺たちだけではない。父に雇われた手伝いもいるし、家周辺には父の息がかかった人間たちが大勢いた。

俺が出来ることは何もなく、姉たちの準備が終わるまで俺は色々な学問を学んでいた。

この頃あたりだった。自分の記憶力が異常にいいと気づいたのは。小さいが故に少し変えられると気づかないのだが、まったく同じものであれば一度見たものは忘れることはないと気づいた。

俺はそれを生かして、いくつかの学問を表面上修めていった。

そして両親を誤魔化しながら、誰にもバレないように、気づかれないように、家から出て行く準備を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それから一年後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分長くかかってしまったけれど、今日、この家を出るわ。あなたたち、準備は大丈夫かしら?」

 

「ああ、問題ないよ」

 

「大丈夫」

 

「うん、ばっちり」

 

俺たちは一つの部屋に集まり、隠れながら準備したものを背負う。

家のお手伝いさんや警備員たち、また周辺の状況把握に時間がかかって、姉と決意したあの日から随分と時が経ってしまったが、ついに実行する日が来た。

 

「それじゃあ、行くわよ!」

 

姉の一声で、俺たちは家を飛び出す。

廊下には一人の警備員が周辺警戒をしている。そして、歩いて来る俺たちを見て首をかしげながら問いかけてきた。

 

「お嬢様方、どちらに――」

 

「あなた方にも随分とお世話になったのだけれど――ごめんなさい、少しの間眠ってもらうわ」

 

「な――がっ!?」

 

そう言って姉は警備員の顎を殴った。どんな屈強な人間でも、脳を強く揺さぶられればしばらく動けなくなる。

そして倒れた隙に、長男が睡眠薬をしみこませたハンカチで眠らせる。

この時間は最小限の警備員しかおらず、しかも両親の子供ということで警戒心などない。武道など習っていた姉たちが隙を突いて無力化するのはたやすいことだった。

 

「せいっ!! 」

 

「はあ!!」

 

「ふっ!!」

 

余談だけど、警備員を次々と倒していく姉を見ていた俺は、絶対に彼女を本気で怒らせないようにしようと、心に誓っていた。

そして、子供たちにしては大掛かりな家出も順調に進んでいた。そろそろ、影響力がなくなる場所まで出ようとしたそのとき、目が開けられないほど強い光が俺たちを照らした。

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「なに、どうなってるのお姉ちゃん……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と幼稚なことを考えたものだな」

 

 

光源の奥から聞こえてきたのは俺たちがいま最も聞きたくない声だった。

父が部隊とでも言えるほどの人間を引き連れて待ち構えていたのだ。

 

「なんで、まだこっちにいる時期じゃ……それにどうやってこのことを――」

 

そこで姉は気づいた。俺の後ろで不穏な動きをしていた二人に。

 

「――! こっちに来なさい!!」

 

「っ、うんっ!!」

 

俺は姉の声に瞬時に反応して彼女のところに飛び込む。

その直後、俺がいたところに誰かの腕が振るわれていた。

姉は俺を抱きとめて、俺の気を失わせようとした二人を睨んだ。

 

「あなたたちね……お父様に連絡したのは」

 

「「……」」

 

二人の兄たちは自分たちが持ってきた荷物を乱暴に降ろし、父の元に行く。

先に口を開いたのは長男だった。

 

「姉さんと――には悪いけど、僕たちは――家を離れるつもりはなかった」

 

「どうして……」

 

「どうして、だって? そんなこともわからないのか、姉さん」

 

姉の疑問に次男はあざ笑うかのように言った。

 

「当たり前だろ? やることやって有能になれば将来は確立されているんだ。俺は庶民に落ちるつもりはないんだよ!」

 

「姉さんの話を聞いて僕はすぐにお父様に連絡したよ、そして今まで協力したフリをしてずっとお父様に報告させてもらった」

 

「最初から、裏切っていたのね……」

 

「当たり前だろ、俺たちがあのまま家に残っていれば必ずお父様に知られる。事情を知っている俺たちが姉さんたちを逃がせば、どうなることぐらいわかるだろ!」

 

「そういうことだ。お前の浅はかな行動は一年前から知っていた」

 

「ずっと、泳がしていたってわけね。悪趣味な男……」

 

もはや敬語すらしなかった姉の瞳には嫌悪しか映っていなかった。

 

「まだ学生のお前が、お前の倍を生きている俺を出し抜くことなど不可能だということを教えたまでだ」

 

「二人の連絡がなければ知らなかったくせによく言うわ」

 

「使えるものはすべて使う。それが上に立つものの役目であり、権利だ」

 

にじり寄って来る父に姉と俺は後ずさる。

 

「――、よく聞いて」

 

「おねえちゃん?」

 

「いまから全力でこの場から逃げるわ。合図したらあなたの背負っている荷物を全部捨てて私の背中に飛び乗って」

 

「……うん」

 

 

「3…」

 

「姉さん、諦めて僕たちと帰ろう」

 

俺は姉の背中に近寄る。

 

「2…」

 

「俺たちはあの家から出られないんだよ!」

 

すぐに捨てられるようにバッグの肩掛けを気づかれないように外しかける

 

「1…」

 

「子供のお遊びに付き合うほど俺も暇ではない、さっさと戻れ。こんな下らんことした話ぐらいは聞いてやろうじゃないか」

 

姉は両手を上げる。それを降参と受け取った兄たちは俺たちに歩み寄る。

 

「今!!」

 

そして俺はバッグを乱暴に兄たちへと放り投げ、姉の背中に飛び乗る。その直後姉は何かを地面にたたきつけた。

瞬間、黒い煙が広範囲へと広がっていった。

 

「なにっ!?」

 

「これは、煙幕!?」

 

「小癪なマネを……!!」

 

この場にいる俺と姉以外の全員が慌てる。

 

「しっかり掴っていなさい、あと煙はなるべく吸わないようにね」

 

「わかった」

 

「行くわよ!」

 

「うん!」

 

そこから姉は一気に駆け出した。

姉も自分の巻いた煙幕で見えないはずなのに、どういうわけか彼女はするりと煙の外――しかも父や兄たちの後ろのほうへと抜け出していった。

そして姉はもう一つのボールを地面に叩きつける。すると今度は白い煙が空中に舞った。

 

「これは……まさか――!?」

 

黒鉛の煙の中にいる父親の声が聞こえた。それも今まででの中で初めて聞くような焦った声だった。

姉は煙の中でもがくみんなを冷たい目で見ながら、マッチに火をつける。

 

「皆、さようなら」

 

「やめろ――」

 

父の声も聞こえなくなるほどの爆音と、それとともに広がる火の手。

 

「お姉ちゃん!?」

 

俺を背負いながら離れていく姉。考えてもいなかったことに戸惑う俺なのだが、姉はいたって冷静だった。

 

「大丈夫よ、最初に撒いた黒い煙には私が作った火を消す成分が入っているから――振り向いちゃだめよ。私たちはこれから二人で生きていくのだから」

 

「……うん」

 

俺たちは燃え盛る火を背にして、ただひたすらに走った。

 

 

 







しばらく失踪していたこと、この話を作ったこと、私は申し訳ないと思っていません。
ただ時間が取れない中、こんなことを書きたいと思った、それだけです。
次回はこの続きです。




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昔話Part2 ~一つの終わり~



どうも燕尾です。
はい、コウナくんの過去話です。完全オリジナル話part2です
嫌いな人は回れ右セヨ!!






 

 

 

「――とまあ、ここまでが生まれたころから少しの話だ」

 

「……」

 

千夜は呆然としていた。

 

「千夜、大丈夫か?」

 

「え、ええ! だいじょうぶ、大丈夫…よ?」

 

俺が顔を覗き込むと千夜は慌てたように手を振った。

 

「さすがに予想外だっただろ?」

 

「予想外、というかなんといえばいいのかしら、想像以上だったわ…誰もそんな経験したことないでしょうし」

 

「俺みたいなやつがあちらこちらいたらそれはそれで問題だよ……で、どうする? まだ話し続けるか?」

 

そう問いかけると千夜は悩み出した。このまま俺の話を聞いてもいいのだろうか、と。

 

「本当に今更だけどコウナくんは大丈夫なの? 私が聞き出したのにこんなこというのは酷いと思うけど、その、昔のことを思い出して辛いならもう……」

 

「別に聞きたいならかまわないよ。千夜の言う通り今更だし、過去のことはそれなりに割り切っているから」

 

「それじゃあ……聞かせてくれるかしら」

 

「わかった。それで――どこまで話したっけ? ああ、そうだ。実家から逃げ出したところか」

 

「ええ…」

 

「どう話したもんかな……俺と姉は家から逃げ出したあと、足がついて父親に見つからないように、いろんな場所を転々と周っていたんだ」

 

とにかく追っ手が来ないように、どこにいるのかわからせないために、俺と姉は色々と隠蔽しながら逃げ回っていた。

 

「俺も姉も名前を変えて、とにかく最初は周囲に知られないように隠れながら過ごした」

 

「それじゃあ、コウナくんの名前は本名じゃないのね」

 

「ああ、香菜の名前は姉が付けたんだ」

 

――菜の花の花言葉は快活、明るさ。鮮やかな黄色い花は皆の心を明るくするの。

 

「そんな菜の花の香りをみんなに運んで元気付けられる人になってほしい、そういう意味をこめてね」

 

「心優しいお姉さんね」

 

「ああ……」

 

そんな姉との二人での暮らしは余裕があったわけではなく、色々と切り詰めながらぎりぎりの生活を送っていが、決して嫌ではなく、あの家に居たときよりずっとよかった。

 

「格安の宿に泊まったり、姉の友人を頼ったり、父親や母親の息が掛かっていない親戚のところに身を寄せたり――ときには雨風しのげる廃墟なんかに入ったりしながら生きてきた」

 

「は、廃墟…?」

 

「そう、廃墟」

 

お金は姉が今まで貯めたものを切り崩していたけど、バイトなり何なり稼ぎ口が見つからないうちは極力使わないようにしていた。だからそういうところで凌いでた日もあった。

 

「不満なんてなかった。あの家に居るより、姉と笑い合って一緒にいられる日常のほうがずっと幸せだった」

 

目を閉じれば思い浮かぶあの頃の光景。優しい笑みを浮かべてる姉が俺は大好きだった。

 

「俺も姉の負担を軽くしようと色々したよ。逆に失敗したこともあって迷惑かけたときも合ったけど問題なく俺たちは生活していたんだ――だけど、そんな生活も終わりを迎えた」

 

俺は布団の中で拳を握る。忘れもしない、忘れたくても忘れられない、あの出来事。

 

「一年くらい経ったある日。住んでいたところに一人の男がやってきたんだ」

 

「男の、人?」

 

「そう、そいつは父親のライバル会社の社長で、偶然街で見かけた俺たち――というより姉の保護と支援を申し出てきたんだ」

 

「どうしてお姉さんだけ?」

 

「本当の両親たちは俺が生まれたということを周りに言っていなかったんだ。その意図はよくわからないけどね」

 

だから俺ははっきり言うとついでのようなもので、俺を連れて行くつもりはなかった。

 

「お姉さんの保護と支援…でもそれって――」

 

「そう。千夜も店を営んでいるならわかると思うけどおいしい話には裏がある。姉もそれをわかって断っていたんだ。生活が安定していて必要なかったっていうのもあったし、そもそも街で見かけただけの人が俺たちのところに来た時点で怪しいからね」

 

独自のルートで調べ上げたのか、尾行したのかわからない。けどライバルでも父親と少しでも関係のある人間に姉が頼るわけがない。

 

「とにかく姉がその話を受けることはしなかった。男もそのときはおとなしく引き下がったんだけど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろここも潮時ね…申し訳ないけど仕事先も変えないと」

 

その日の夜、俺たちは住む場所を変えるため家を出る準備をしていた。

 

「ごめんね。何回もこんな事になって」

 

申し訳なさそうに言う姉に俺は首を横に振った。

 

「ううん、お姉ちゃんが居るなら僕はどこでも大丈夫だよ」

 

「…ありがとう。コウナ」

 

優しい手つきで俺の頭を撫でてくれる姉。俺も気持ちよさそうに目を細めて笑った。

 

「さて、それじゃあ行きましょうか――」

 

立ち上がって姉は俺に手を差し伸べる。俺も頷いてその手をとった。そして家を出ようとしたそのとき、

 

 

 

 

 

「おらぁ!!」

 

 

 

 

 

古い扉が乱暴に蹴破られた。

 

「!!」

 

「っ、なに!?」

 

急に入ってきたサングラスをかけたスーツ姿の男は俺たちを見ると面倒くさそうに頭を掻いた。

 

「お前か、――家の長女って言うのは」

 

「誰ですか、人の家に土足で勝手に入り込んできて」

 

「あーあー、そういう下らない問答はやめようぜ。わかるだろ、お友達とかじゃないことくらい」

 

「父の手のものですか」

 

父という単語に俺はびくりとする。だが、男はにやりと歪ませるように笑った。

 

「お前の親父とは関係ねえなぁ。まああると言えばあるがすごい遠回りな関係だな」

 

「なら今日来た男の手先ですか。随分と行動に移すのが早い」

 

「ふん、頭の切れる女だ。あんなお坊ちゃまみたいな社長さんのものにするには勿体ねえな」

 

下衆染みた目で姉を見る男。

 

「そこまでにしておけ」

 

だが、その男の後ろから奴を咎めるような厳格な声が聞こえてきた。

 

「アニキ」

 

「ペラペラ喋るのはお前の悪い癖だ」

 

すみません、と俺たちの前に現れたときとは打って変わったような殊勝な態度。

そして道を開けるように横に逸れて、姿勢を正した。

アニキと呼ばれたいかにもヤクザの首領を張っているような顔つきの男は俺らを見てふう、と静かに息をついた。

 

「――家の長女よ、用件は唯一つだ。俺たちと一緒に来てもらう」

 

「デートのお誘いはもっとムードというものを出さないと誰一人として相手にしなくなるわよ?」

 

「生憎だが、俺にはしっかり家内がいるから心配しなくても結構だ」

 

「そんな人間が人攫いだなんて、奥さんも悲しむわね」

 

「そういう仕事だからな、あいつも承知で俺と一緒に居るんだ」

 

「あ、アニキ…? ノロケ話はそこまでに……」

 

「……とにかく、一緒に来い。おとなしくしていれば危害は加えない」

 

男たちがにじり寄って来る。そのときの光景はあの時の父親と重なった。

 

「私はこの子と一緒に暮らしたいだけ…この子を残してどこかに行くつもりはないわ。だから――」

 

姉は腕を振りかぶる。

 

「悪いけど、そのデートのお誘いは断らせてもらう、わ!!」

 

そう言って姉は煙幕を張った。

もしものために逃走ルートは確保していた俺たちは気づかれないように家から脱出する。

 

「こっちよ!」

 

「うん!!」

 

俺たちはあらかじめ用意していた道を走り抜ける。だが――

 

「あがっ!?」

 

「コウナ!!」

 

誰かに頭を掴まえられ、俺は地面へと押さえつけられた。

 

「ガキが! 下手に出てりゃ、調子に乗るなよ!!」

 

怒りに顔をにじませた下っ端の男が俺の頭をもう一度地面に叩きつける。

 

「がっ!?」

 

痛みで意識を失いかける。だけどここで気を失えば全部が終わってしまう。唯一俺を見捨てて逃げてくれれば姉はなんとかなるのだろうけど、彼女はそんなこと絶対にしないだろう。

 

「コウナ!!」

 

「おっと、俺に手を出そうとしたらこいつがどうなるかわかるよなぁ。おとなしくするんだな」

 

下っ端は俺の首を持ち上げて姉にさらす。

かろうじて開かれた瞳が姉の悔しそうな顔を映した。

俺がヘマをしなかったらこんなことにはならなかった。何のために俺は姉に鍛えてもらったんだ。

情けなくて、苦しくて、怒りがわいた。その怒りが俺を突き動かした。

 

「ぐ、ぎゃあああ!? 手が、手がぁ!?」

 

下っ端は突然に悲鳴を上げて俺を乱暴に落とす。掴んでいた手には小さなナイフが刺さっていた。俺が、自分のポケットに忍ばせていたサバイバルセットのナイフを突き刺したのだ。

 

「コウナから離れなさい…この下衆!!」

 

「うごっ!?」

 

姉はひるんだ下っ端男を蹴り飛ばす。吹っ飛ばされた男はごろごろと地面を転がっていく。

 

「コウナ、大丈夫!?」

 

「ごめん…お姉ちゃん……」

 

「あなたは悪くない、油断した私の責任よ。ほら、私に掴って。逃げるわ」

 

姉はそういったけど俺は首を振った。

もう小学生に上がる年の子供を背負ってあの二人から逃げ切られるとは思えなかったからだ。

 

「だいじょうぶだよ、僕も走れる。だってお姉ちゃんに鍛えられたんだから」

 

家を離れる決心をしてから今までの二年間。俺もただ過ごしていたわけではない。もしのものために備えて姉から鍛えてもらっていた。そのおかげで身体能力はかなり向上していた。

 

「…わかったわ、無理だと思ったらすぐに言うのよ」

 

「うん」

 

それをわかっていた姉も余計な押し問答をせずそういった。その直後、

 

「この、糞ガキがああぁぁぁ!!! 殺す!! じっくり痛めつけてから殺してやる!!」

 

「「!!」」

 

姉の蹴りを食らった男が怒りに狂ったように叫ぶ。

 

「行くわよ!」

 

「うん!!」

 

姉は再び煙幕を撒き散らしてから、俺たちは走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、追いかけてこないかな……」

 

それから建物の陰に隠れながら移動していた俺たちは下っ端の男を撒くことに成功した。

 

「油断しては駄目よ、まだあいつらはきっと私たちを探しているはずだから」

 

姉の言う通り男たちを撒いたとはいえ、まだ安全とはいえなかった。

物陰から様子をうかがう姉。慎重になりすぎているといえなくもないが安心できるような状況が一番油断になると、俺は逃げようとした一年前のあの日に学んでいる。

 

「コウナ、こっちよ。静かにね?」

 

俺は無言でうなずいて姉の後ろをついていく。そのとき、大きな乾いた音がなった。

 

「――ッッッ!!」

 

その直後、今度は俺ではなく姉が声も出さず倒れた。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「う、あ……ああああああ――――!!!!」

 

それから遅れてやってくる姉の叫び声。彼女は脚を押さえながら苦悶の表情を浮かべていた。

 

「お姉ちゃん――」

 

どうしたの、と俺は続きを言うことができなかった。

姉の太腿から流れる赤黒い液体。そしてその流出口は真っ黒い穴が空いていた。

 

「本当は使いたくはなかったんだが……仕方あるまい」

 

低い声で淡々と言うのは兄貴と下っ端から慕われていた方の男。

 

「あ、ぐ……」

 

「安心しろ、死ぬようなところには撃ってはいない」

 

男はそう言うが、打ち抜かれた脚からはおびただしい量の血が流れ出ている。そして、俺の想像を超える痛みが姉を襲っているのだろう。

 

「お姉ちゃんにこれ以上近づくな……!」

 

転がる姉に近づく男の前に俺は両手を広げて立ちはだかる。

だが、それは小動物が敵を威嚇するようなものに等しかった。

 

「小僧、そこをどけ。邪魔をするなら容赦はできん」

 

父と同じような本物の圧というものを俺は実感する。このままいれば、あのときのように抗うこともできず、ただ叩きのめされて、ボロ雑巾のようになると、俺の直感が告げていた。

だからといって、ここを退く気は俺にはさらさらなかった。

 

「こ、うな…駄目、逃げなさい……!!」

 

「お姉ちゃんはずっと僕を守ってくれてた。だから今度は僕が守る、お前なんか怖くない!!」

 

姉のバッグから小ぶりのナイフを取り出して、切っ先を男に向ける。

 

「帰れ! もう僕たちに構うな!!」

 

「小僧、気概と度胸は認めてやる。しかしお前はまだ幼い。歯向かうには力も、立場も、何もかもが足りない」

 

刹那、男が振るった腕を間一髪のところで俺はかわす。そして男の腕を切りつけた。

男の服の袖に切り口がついて、そこの傷から紅いものが滲む。自分の傷を見た男はほう、と感嘆した声を漏らした。

 

「……まさか俺に傷をつけるとはな」

 

「うるさい、うるさい、うるさい!! 早くどっか行け!!」

 

「喚くな、今のうちにそこの娘を引き渡せ。じゃないと――」

 

途端、視界から男が消え、代わりに来たのは横からの強い衝撃。俺は意識がまた吹っ飛びそうになった。

 

「ふはははは、ようやく見つけたぞ…ガキ共」

 

「おい、落ち着け。そこの小僧は――」

 

「殺す。この舐め腐ったクソガキ共は俺が殺す!!」

 

やってきたのはさっき姉が蹴り飛ばしたチンピラ風の下っ端。

 

「まずはお前からだクソガキ。あの女に絶望を味わわせてから殺してやる」

 

馬乗りになった下っ端は俺を殴る。殴って殴って殴りまくる。

 

「がふ、ご、あっ!?」

 

「コウナ!!」

 

最初の衝撃で鼓膜が破れた俺はもう姉の声も聞こえなかった。

殴られすぎて痛覚がおかしくなったのか、痛みという感覚もなくなってきた。

 

「もうやめて、お願い!! 私、いくから! あの人のところに行くから! だから……もう、これ以上コウナを殴らないで!!」

 

「ごぼっ――」

 

「お願い、お願いよ…もう、やめて……」

 

姉が何を言っているのかは俺にはわからない。ただ、涙を流して苦しそうにしていたことだけはわかった。

 

「おい、そこまでにしておけ。本当に殺したらことだ」

 

「フゥ――フゥ――」

 

男に肩をつかまれ、興奮しながらも下っ端は止まる。

暴力の嵐にさらされた俺は虫の息だったが辛うじて意識が残っていた。

 

「おい俺だ。対象を捕獲した。今すぐ迎えをよこせ。場所は――」

 

男がどこかに連絡した数分後、黒塗りの車が目の前に止まった。

姉を担いだ男は下っ端を引き連れてその車へと歩みを進める。

 

「マ゛、デ……」

 

俺は立ち上がり、声にならない声を上げる。

 

「がえぜ……お゛ねえぢゃんを、かえぜ……」

 

自分でもわからない声は男たちに届いたようだ。俺を見た姉は口を手で押さえ、男たちは目を見開いていた。

一歩、また一歩と俺は身体を引きずる。力が入らずに倒れても這うように近づく。その様はまるでゾンビのようだった。

 

「……お願い。少しの間でいいから、あの子のところに行かせて」

 

「変なことは――」

 

「しないし、出来ないわ。逃げたにしてもこの脚じゃすぐに追いつけるでしょ? 行く前に――せめてあの子を屋根のあるところに置かせて」

 

「……いいだろう」

 

男は姉を俺の目の前に下ろした。男は無粋だと思ったのか姿を消す。

 

「お゛ねえ゛ぢゃん……」

 

うつろな瞳で姿を移す俺を姉はふわりと抱きしめた。

 

「ありがとう、コウナ。格好良かったわ。さすが男の子ね」

 

安心させるような笑顔に、優しい手つきで撫でる姉。

 

「もう大丈夫よ。だから、今日は安心してゆっくりと休みなさい」

 

「よか、った……」

 

俺も涙を流しながら笑い、そのまま姉の胸の中に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛む足を引きずってコウナを雨風の受けない場所に降ろし、私の上着をかぶせる。

気を失ったとしても目を瞑る顔は年相応の幼い可愛らしい顔だった。

名残惜しむようにもう一度私はコウナの頬を撫でた。

 

「ごめんねコウナ。あなたを一人にしてしまう駄目なお姉ちゃんで…」

 

コウナの前髪を上げる。

 

「いつか、いつか必ず、私はあなたを迎えに行くわ。そのときあなたが私を許してくれるのなら……」

 

私は白いおでこに優しくキスをした。

 

「もう一度……一緒に暮らしましょう。私も……頑張る…からっ――ね?」

 

涙を流しながらぎゅっと手を握った。それに反応するように弱い力で握り返してくれるコウナ。

 

「そろそろ行くぞ、娘」

 

男が背後に立ってそういう。

無粋と言いたかったが、この状況では文句の一つも言えない。負けた私にこれをさせてくれただけでも御の字だった。だけど意思だけは伝えようと男を睨もうとする。

だが、振り向くと男の手には救急箱があった。

 

「あなた、それ…」

 

「勇気と度胸のある小僧に餞別だ」

 

「どういうつもり?」

 

「俺はこういう小僧は嫌いじゃない。別の形で出会っていれば、組に勧誘していたところだ」

 

「そんなことは絶対にさせるわけないでしょ」

 

「そうだな。お前を出し抜くには色々と苦労しそうだ」

 

目の前の男は始めて顔を崩した。だがそれも一瞬、すぐに仏頂面に戻る。

 

「ほら、さっさといくぞ」

 

「わかってるわ――コウナ、行ってきます……」

 

私はコウナに背を向けて歩く。いつか来る"ただいま"を言うために――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん――うぅ…?」

 

気を失ってからどれくらい経ったのか、俺は目を覚ます。

目を動かすとそこは見知らない場所だった。外は雨がとめどなく降っている。

 

「痛――っ」

 

身体に奔る鈍痛。その痛みに俺はさっきまでのことを思い出す。

 

「そうだ、お姉ちゃんは…」

 

周りを見渡しても姉の姿はいなかった。その代わり、自分の隣に置かれていたのは赤十字が描かれた一つの箱。

 

「お姉ちゃん…どこ……?」

 

俺は痛みを堪えながら立ち上がり、姉を探す。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

 

叫んでも姉が姿を現すことはなく、ただ見えるのは延々と雨が激しく地面を叩いているだけ。

 

「……」

 

俺はその場にへたり込んでしまう。それと同時に涙がこみ上げてきた。

 

「お姉ちゃん…う、あ、うぅ……」

 

何も出来なかったという後悔と自責。ただ姉に守られ続け、その結果、俺は姉を失うことになった。

 

「うあああああ――! ひぐっ……えぐっ…あ、あああああ――――!!」

 

俺は声を上げて泣いた。姉を連れ去った元凶の男を憎み、人攫いの二人を恨み、自分の無力さを呪いながら、何度も姉の名前を呼んだ。俺の元にいない姉の名を、俺は声が枯れ、涙が枯れるまで、叫んだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛む身体を引きずりながら俺は途方に暮れていた。

 

大事な人が居なくなって、それでもどこかに居るのではないかと希望を持って歩いていたが、時間が経つに連れて嫌でもわかった。

俺はまた倒れた。もう何もする気になれない。このまま朽ちていくのならそれでもいい。

 

どのみち、お金もなければ荷物もない――何もない俺が生きていくことは不可能だ。

 

身体も言うことを聞かなくなってきたし、長時間雨に打たれて身体も冷たくなってきた。

 

それに何より、さっき散々寝たのに眠かった。

 

「おねえ、ちゃん――」

 

最後に一言だけそう呟いて、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も~雨が降るなんて、でも傘持って行って正解だったわ。タカヒロ君には感謝しないと――って、あら? あれは――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
後悔などしておらん。私は遣り切った。これにて私の物語は閉幕です(嘘)

ではまた皆さん、また次回にお会いしましょう。


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昔話part3 ~連れられた先にて~




どうも、燕尾です。
新年度始まりました。欝です。憂鬱です。
ダラダラ寝ていたい。動画見ていたい。学校にも行きたくないし、バイトも金・土連勤ふざけるな~休みを潰すなコンチクショウ







 

 

 

暖かい重みと、柔らかい感触を感じて目を覚ました俺の視界に入ってきたのは、知らない天井だった。

 

「ここは……」

 

周りを見渡すと見たこともない一室。誰かが俺を連れてきたのだろう。

 

「ん……?」

 

身体を起こすとくいっ、と腕を引かれる。そのほうを見ると一人の女性が俺の手を握りながら息を立てて寝ていた。

 

「うわぁ!? ……っ、痛っ~~!!」

 

驚きで飛び上がるが、激しい痛みで俺はすぐに縮こまる。

 

「ん、んうぅ――?」

 

声を上げたせいか、俺の手を握っていた女性が目を細く開ける。そしてその瞳は次第に大きくなっていった。

 

「あっ、やっと起きたんだね!!」

 

笑顔を浮かべて何か言っている女性。だが俺には何も聞こえなかった。

 

「もう二日も寝ていたんだよ、君。それにすごい怪我をしてたから心配だったの。 一応お医者さんには連れて行ったけど、命に別状はないっていっていたわ」

 

口だけが動いて何も聞こえない。それは俺にとって、恐怖でしかなかった。

 

「どう? 寝ている間に包帯とか変えたけど、不自由はないからしら?」

 

「!? ――っ!!」

 

そして女性が手を伸ばしたとき、俺は痛さも忘れて、その女性の手を払った。

はじかれた女性は驚いた目をして俺を見る。そのときの俺はどんな顔をしていたかわからないが、少なくとも好意的ではなかっただろう。

 

「え、えーっと、ごめんね? 別にあなたに危害を加えようとか、そういうのじゃ――」

 

慌ててわたわたしている女性を尻目に俺は机の上をさした。

 

「かみ、と、ペン……ちょうだい」

 

上手く発音できているのかわからないが、女性には通じたようだ。

メモ帳とペンを受け取り、俺はすらすらと書いていく。

 

 

 

頭蹴られてから耳が聞こえない、だからなに言っているのかわからない

 

 

それを見た女性はなるほど、と手を打って、もう一つペンを持ってきてメモ帳に書き込んでいく。

 

 

ごめんね? そうとは知らなかったから――身体に不自由はない?

 

 

ない

 

 

良かった。あんなところに倒れて気を失っていたし、すごい怪我だったし二日も寝てたから心配したよ。

 

 

なにが目的?

 

 

 

「……目的?」

 

不思議そうに首を傾げる女性。

 

 

どうしてここに連れてきた?

 

 

それはあなたが倒れてて、怪我をしてて、危なかったから…かな?

 

 

うそ

 

 

嘘じゃないわ、あなたに危害を加えようとして連れてきたわけじゃないよ。

 

 

 

女性の書いている言葉は本当のことだっただろう。だが、このときの俺はこの女性の言葉も何も信じられなかった。信じられるのはここには居ない一人の姉だけだった。

 

「……困ったわ」

 

聞こえなくてもなんていっているのかわかるほど女性は困った顔をしていた。

しかし、俺にはそんなことを気にする余裕もなかった。

そのとき、空気を換えるかのように部屋の扉が開かれた。入ってきたのは俺の倍以上はある男性。

 

「あ、タカヒロ君」

 

「どうやら起きたみたいだね。調子はどうだい?」

 

 

 

誰?

 

 

俺が紙を向けると男性は不思議な顔をする。

 

 

ごめんね、私と同じで事情を知らないから。私の夫のタカヒロ君だよ。君の怪我の治療をしたのもこの人なんだ。

 

 

……ありがとう

 

 

姉に普段から礼儀礼節を重んじろと教えられていた俺は不承不承ながらもお礼を書く。信じられなくてもそれは礼儀だ。それに少なくともこの人たちは敵ではないと理解できた。

 

 

礼には及ばないさ。それでも妻が君を運んできたときは驚いたが。

 

 

男性は威厳ある雰囲気を出しながらも、優しく問いかけてきた。

 

 

どうして君はこんな傷を負って、あんなところに倒れていたんだい?

 

 

「……」

 

俺は紙に書こうとする。だが、紙に触れようとしたペン先はカタカタと震えていた。

小さな雫が目の前の紙とペンを濡らし、視界がぼやけた。

その直後、俺は強くも柔らかな感触に包まれる。

 

 

ごめんね、無理しないで。

 

 

赤ん坊をあやすようなゆっくりとしたリズムで背中をポンポン叩く女性。

俺は両手で押しのけようとしたが、女性はさらに抱きしめる力を強めた。俺は何とか離れようとするが、女性とはいえ大人の彼女の力に勝てることはなかった。

そしてなにより、自分の反発心とは裏腹に安らぎを求めていた心は素直だった。

結局俺は、泣き疲れて眠りに落ちるまで、女性から離れることはなかった。

 

 

 

 

 

目を覚ましてから夜が明けた次の日。二人と男性の父親を含めて、俺は改めて話をした。

実家のことに姉のこと、それからあの日になにがあったのか、すべて話した。

信用したわけではない。だが、事情を把握できない以上何も進まないし、最悪身元を調べられて実家に送られることになる。それだけは避けたかった。

三人とも、俺の話を聞いて顔を顰めていた。

 

「ひどい……酷すぎるわ」

 

「二つとも普段のイメージと実態はかけ離れているようだ。全部信じていたわけではないがまさかそこまでとは」

 

「親の風上にも置けんな…」

 

「ねぇ、タカヒロ君、お義父さん――」

 

「じゃが、それは……」

 

「君もいまの――家の話は知っているだろう。下手に手を加えるのは危険だ」

 

「お願い! 私がちゃんと面倒見るから!!」

 

「一応言っておくが、こやつはペットではないんじゃぞ?」

 

それから少しの間三人はなにやら話し合いをしていた。そして、結論が出たのか、女性は驚きの一言を書いて俺に見せた。

 

 

コウナくん、うちの子にならない?

 

 

俺は目を見開いた。

何をどう話したらそんな結論になるのかわからなかった。

 

 

なんで? 話、聞いてた?

 

 

もちろん。

 

 

意味が分からなかった。どう考えても俺は爆弾を抱えた厄介者でしかないのに、何を思ってそんなことを言うのか、理解できず、信じられなかった。

 

 

……僕の家族はお姉ちゃんだけ。

 

 

そのお姉さんはいまいないのよ?

 

 

「お、まえ……!」

俺の小さな手が女性の胸倉を掴む。だが、彼女はひるむことなく真剣な表情で俺を見返した。

 

 

あなたみたいな子供が、この先生きていけるわけないでしょう? あの時だって放って置いたら死んでいたのかもしれないのに。

 

 

「それで、よかった……あの、まま…消えれていればよかった……! 僕がいるから、お姉ちゃんが、辛い思いを、する。だから…僕なんか……いなければ、よかった!!」

 

伝わっているかも分からない俺の言葉を聞いて女性はあからさまに怒りをにじませる。

 

 

いいわけないでしょっ!!

 

 

「……っ!?」

 

書きなぐったメモ用紙を突きつけられて、俺は息を呑んだ。

 

 

いなければいい人なんかいないわ。そんなこと言ったらあなたを守ったお姉さんが救われないじゃない!! 

 

 

「二人とも、少し落ち着きなさい」

 

男性が冷静に俺と女性の間を仲裁するが、女性の興奮は収まらなかった。

 

 

決めた。コウナくん――うちの子になりなさい。嫌なんて言わせないんだから!

 

 

さっきとは違った、命令口調。

 

「ふざ、けるな…絶対出て行く」

 

逸れに対して俺は思い切り首を横に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香風夫妻に拾われてから一ヶ月、俺が負っていた怪我は完治し、鼓膜も再生してようやく耳が聞こえるようになった。

怪我が治ったことで香風の家にいる理由はなくなったのだが、しかし俺はこの家から出ることは出来なかった。

 

「おはよう、コウナくん」

 

そう、この人だ。ノックもなしに入ってくるこの人だ。元々はこの人たちの家だから必要ないのだが、毎日毎日唐突に突撃してくるものだから気が休まらない。

 

「……」

 

「ちょっと、無視は良くないよ。挨拶は基本。コミュニケーションの始まりなんだから」

 

「……おはよう、ございます」

 

そういった俺の顔は無愛想だっただろう。だが、そんなことも気にせずに女性――香風アイナさんは満足げに頷いた。

 

「はい、おはよう。調子はどう?」

 

「問題ない、です」

 

「そっか。それなら、今日――」

 

「いい」

 

ずっとこんな感じだった。アイナさんが俺を誘ったり、色々と興味を引こうとしたりして、それに対して俺はそっけなく、アイナさんを見ることなく、断る。そんな毎日を繰り返していた。

そんな日々を過ごす中で、ある日ちょっとした変化が訪れた。

いつもの通り、ノックもなしにドアが開かれる。

しかし、やってきたのはアイナさんではなく、彼女を二周りも幼くしたような容姿の少女――チノちゃんだった。

 

「こ、こん、にち、は…」

 

「……こんにちは」

 

つたない挨拶をするチノちゃんに一拍遅れながらも俺も返す。

不本意でここの家に居り、香風夫妻やマスターに対して無愛想のように接していても、さすがに自分より年下の少女につれない態度は俺は取れなかった。

 

「おかあさんが、おにいちゃんがあそんでくれるって……」

 

「……えっ?」

 

「あそんでくれないの……?」

 

不安げに瞳を潤ませるチノちゃん。それを断ることは俺には出来なかった。

 

「いいよ――何して遊ぼうか?」

 

「っ、それじゃあ、えほんよんでっ!」

 

ぱあ、と表情を明るくして、とことこと自然に俺の膝の上に乗るチノちゃん。

そうして、俺の日常にチノちゃんが加わった。そのことによって態度も少し軟化していったことに当時の俺は気づかなかった。今思えば少なからずこれを狙ってチノちゃんを俺のところに向かわせたんだろう。それに俺自身、生まれた境遇ゆえに年下の子と接することはなかったから新鮮さを感じてもいた。無邪気に寄ってくるチノちゃんと俺が仲良くなるのはそう遅くはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が香風の家にお世話になり始めて半年が経った頃のある日の夜。みんなが話していたこと俺が知ったのは偶然のことだった。

 

「アイナ、親父。大変なことになった」

 

「なんじゃタカヒロ。お前がそんなことを言うなんて珍しいの」

 

「なにがあったのタカヒロくん」

 

ドアの隙間から覗くと、タカヒロさんとアイナさん、マスターが深刻そうな顔をして話していた。

 

「――家が、本格的にコウナくんやそのお姉さんの行方を捜し始めたようだ。この近辺でも、強引な捜査をしているらしい」

 

自分の実家の名前が出て俺は心臓が跳ね上がる。

タカヒロさんは友人の伝などを使って俺の姉の行方を探してくれたり、実家の情報を得て俺の居場所が知られないように情報を錯綜してくれたりしていた。だが、それにもそろそろ限界が訪れたのだ。

そして重苦しい空気の中、タカヒロさんはその口を開いた。 

 

「――コウナくんをこの街から離れさせるべきだと、俺は考えている」

 

タカヒロさんの言葉にショックを受ける。俺のことを思っての言葉なのだが、そのときはそう思うことが出来なかった。

ただ、"ああ、自分の居場所はどこにもないんだな"と考えてしまった。

 

「でも、ようやく…」

 

「その気持ちはよくわかる。だけどアイナ、それは俺たちのエゴだ。このままここにいても彼がまた辛い思いをしてしまう可能性のほうが大きい」

 

「……」

 

アイナさんは唇を噛む。

 

「残された時間は後どれくらいなの?」

 

「一週間。それが限界だろう」

 

「短いのう。もう少し何とかできんのか」

 

「これ以上は周りにも被害が及びかねない。さすがにそこまでは頼めなかった」

 

「いいんです、お父さん。タカヒロ君もありがとう」

 

「力になれなくてすまない」

 

「いいの。私こそ無理言ってごめんね。ただでさえ私だけでも大変なのに、コウナくんのことまで。本当は私がもっと頑張らないといけなかったのに」

 

「そんなことないさ。君はずっとコウナくんと向き合っていたじゃないか。それは俺じゃ出来なかったことだ」

 

「コウナ君には私から話すわ。私が連れてきたのだから、その責任はちゃんと果たすわ。それと、預ける場所は保登さんの家が一番いいと思う」

 

その言葉にタカヒロさんも、マスターも反対することはなかった。

それから数日後、アイナさんの口から現状を話され、すべての事情を最初から知っていてただ頷くだけだった俺は街を離れ、保登の家に転がり込むことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そんな感じで俺は保登の家に預けられて、数年後に養子縁組を結んで、ココアたちと兄姉弟妹になったんだ」

 

「そう、だったのね」

 

「引いた?」

 

「そんなことは…ないのだけど」

 

千夜はちょっと目を逸らす。それだけで、大体わかった。

 

「気を使わなくてもいいよ。最初も言ったとおり、面白くもないただの昔話だし」

 

あはは、と笑う俺に対し、千夜の顔は晴れない。

 

「ごめんなさい。コウナくんが話したがらなかった理由がよくわかったの。私も最初は聞くつもりはなかったのだけれど、日を追うごとに気になって、それで……本当にごめんなさい」

 

「だから気にしなくていいよ。さっきも言ったとおり昔のことは大体割り切ってるし、いまこうして皆と居られるのが幸せだと思っているから。ただ――」

 

「ただ?」

 

「そう遠くないうちに姉だけは見つけたいかな」

 

「――っ、コウナくんはお姉さんが見つかったらどうするの? ココアちゃんのところから離れちゃうの?」

 

「それはなんともいえない。姉が今どんな状況にあるのかも知らないし、わからないことだらけだから」

 

姉がライバル会社の家から逃げて、不自由のない普通の生活を送れているのであれば心配はないのだが、もしそうじゃなかった場合、俺は――

 

「ただ残るにしろ、離れるにしても、ちゃんと話はするよ。それがいままで助けてもらった俺の責任だから」

 

「そう……」

 

そのときの千夜は寂しそうな、でもそれを誤魔化そうとする、なんとも癒えない表情をしていた。

 

「さて、そろそろ寝ようか。それと――他の皆も口外しないでくれな? 特にいま言ったことはココアには絶対言うなよ?」

 

「「「っ!!!」」」

 

三つの布団がびくりと跳ね上がる。やっぱり起きていたんだな。

まあ、あんなに短期間で部屋とトイレを行き来したら誰だって目は覚めるだろう。

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

俺は苦笑いしながら、俺は自分の布団に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝付いてから数時間、夜も明けてきたころ、俺は柔らかい感触に目を覚ます。

 

「すぅ…すぅ…」

 

布団をめくると、そこにはココアの姿がまたあった。

 

「何してるんだ、ココアは…寝相が悪すぎるにもほどがあるだろうに」

 

頭を撫でてやると、ココアは幸せそうな顔をする。

 

「んぅ……ココア、お姉ちゃんだよう…コウくん……」

 

「……まったく、どんな夢を見ているんだか」

 

「コウナくん、私のことも千夜お姉ちゃんって呼んでいいのよ……」

 

「千夜も来ていたのか……」

 

はぁ、と思わずため息が出てしまう。

 

「駄目だよ千夜ちゃん…コウくんのお姉ちゃんは私なんだから……」

 

「ちょっとぐらい、いいでしょう……」

 

「夢の中で喧嘩するなよ…まったく……」

 

それに千夜。千夜は俺にそう呼ばれたかったのか?

そんなどうでもいいことを考えながら、俺はそのまま目を閉じてまた眠りにつく。

起きてから、先に起きたココアに千夜が隣で寝ていることに気づき、頬を膨らませて、俺が大変な目にあったのはまた別の話。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
次からは日常へと舞い戻ります。






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好き嫌いはいけません ~コウナの料理~



どうも燕尾です。
ごちうさ、第ほにゃらら話です。





 

 

ある日の朝――

タカヒロさんが用意してくれた朝ごはん。食卓を囲んでいるとき、問題は起きた。

 

「もぐもぐ……んー♪」

 

「はむっ…ん……」

 

おいしそうに食べるココアとチノちゃん。だが、その手は唐突に止まった。

 

「「……」」

 

ココアの視線はコップに注がれているトマトジュース、チノちゃんの視線は平皿に置かれているセロリに注がれていた。

 

「……」

 

俺は何も言わない。二人の動向を見ながらただ自分の分を食べ続ける。

 

「コウく~ん…」

 

「コウナさん…」

 

縋ってくるような上目遣いと二人の弱々しい声。

しかし、これは日常茶飯事のことなので俺は横に首を振るだけで、自分の分の食器を片付ける。それに対して二人はがっくりと肩を落とす。

その様子を交互に見たティッピーはあからさまにため息をついていた。

結局、ココアとチノちゃんはトマトジュースとセロリを片付けることが出来ず、俺が処理することになった。

 

「チノちゃん、好き嫌いせずにセロリ食べないと駄目だよ?」

 

登校の途中、ココアが自分のこと差し置きながらそんなことを言う。

 

「そういうココアさんだって、トマトジュース一口も飲んでませんでしたよ」

 

「俺から言わせて貰えばどっちとも、だよ」

 

「「うっ……」」

 

互いに非を言い合っている二人に俺がまとめる。

 

「でも私より、チノちゃんのほうが好き嫌い多いよ。我慢して食べなきゃ大きくなれないよ?」

 

そう、なんだかんだ言ってもココアよりチノちゃんの好き嫌いが多かったことに俺は少し驚いた。

 

「心配はいらないです。ココアさんと同じ年の頃には私のほうが高くなっています」

 

「そっかぁ~……あ、でもチノちゃんっていつもティッピーを頭に乗せてるよね。それで身長が伸びるのかな?」

 

「それに、その根拠ってまったく無いよね? チノちゃん」

 

「はぅっ!?」

 

俺とココアの無慈悲な言葉に、チノちゃんはしばらく落ち込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校帰り。バイトのあるココアと別れ、俺はスーパーに寄っていた。

 

「さて、今日の夜はどうしたものかな?」

 

いつもはチノちゃんが用意していたのだが、こういうような、ラビットハウスのバイトが無い日の夜ご飯の支度は俺が受け持つようになっている。

そのかごの中にはチノちゃんの苦手なセロリとココアの苦手なトマト類が入っている。

決して意地悪をしようとしているわけではない。ほんとだよ? 好き嫌いは良くないからね?

 

「さて、後は――」

 

そして必要なものを買って、ラビットハウスへと帰る。

 

「ただいまー」

 

「おっ、お帰りコウナ。買い物に行ってたのか?」

 

「ただいまリゼ。夕食の買い出しにね。シフトがないときは作るようにしてるんだ。良かったらリゼも食べていくかい?」

 

「いや、今日は遠慮しておく。もうあっちも用意しているはずだから」

 

「そっか、残念。食べたかったらいつでも連絡してね――それじゃあ、俺はこれを片付けてくるよ。リゼもバイト頑張ってね」

 

「あ、ちょっとまて……」

 

リゼの制止が聞こえなかった俺はそのままキッチンへと入る。そのとき、俺は飛んでもないものを目にした。

 

「……」

 

「……」

 

テーブルに伏しているココアとチノちゃん。その二人のすぐそばにはトマトジュースとセロリを挟んだだけのパンがおいてあった。

……この二人はバイトの時間中に何をしているのだろうか? まあ、おおよそはわかるが。

 

「見てしまったかコウナ。この事件現場を」

 

後ろから声を掛けてくるリゼ。うん、こっち来るのは良いんだけどリゼもバイト中だよね?

いくら店に人が来ないとはいえ、さすがに店員が一人もいないというのはよろしくないだろう。

 

「君たち? この店がお客さんの来ない店だからと言って、店のことを放り出して何してるのかな?」

 

「「っ!!」」

 

にっこりと笑う俺に二人の肩がビクリと跳ね上がった。

 

「早く戻らないのなら当分ココアとチノちゃんご飯は苦手なもののオンパレードにするよ?」

 

「さあ、チノちゃん! 早く戻って仕事しないとね!」

 

「ココアさんに言われるまでもないです。私も今行こうと思っていましたから」

 

二人は冷や汗を垂らしながら我先にへと店の方へと戻っていく。

 

「コウナって本当に容赦ないときがあるよな……」

 

「当たり前。ほら、リゼも早く戻る。じゃないと武器全部没収して可愛い恥ずかしい格好させるよ?」

 

「さあ、残りの時間も頑張るかぁ!!」

 

あからさまな態度でリゼは逃げるように出ていく。

 

「全く……」

 

俺は食材を取り出しながらため息をついた。

 

「さて。ココアとチノちゃんのために、おいしい料理を作るか!」

 

そして握った包丁がキラリと俺の姿を映すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チノがココアの身長抜かしたら面白いよな」

 

バイト終わり、着替えている最中にリゼちゃんがそんなことを言う。

 

「もしかしたらモフモフする側からされる側になるかもな」

 

「それでもいいかも!」

 

大きくなったチノちゃんが私をモフモフする…なんか今から楽しみかも!

 

 

「あ、私抱きついたりしないので大丈夫です」

 

そんな私の期待は一瞬にして消えうせた。

 

「チノちゃんは大きくなっちゃだめ! 食べちゃだめ! 寝ちゃだめぇ!」

 

私は悲鳴をあげながらチノちゃん頭を抑える。

 

「むちゃくちゃ言うな!」

 

だけど、すぐにリゼちゃんに引き剥がされる。

 

「うぅ~…だってぇ~……」

 

モフモフできないのもされないのも辛いんだもん。ならいっそのことずっとこのままでいてくれたほうがいいよ。

涙目でしょんぼりしているところで私は携帯が光っていることに気づく。

 

「? 千夜ちゃんからメールだ!」

 

その中身というと……

 

『チノちゃん夏バテみたいなの! ちゃんと栄養と睡眠とらせてあげて!』

 

チノちゃんが夏バテ!? それは大変!!

でもチノちゃんそんな素振りは見せてなかったけど…でもチノちゃんのことだから私やコウくんを心配させないようにしてたんだ。

 

「うぅ…妹の様子に気がつけないなんてお姉ちゃん失格だ……!」

 

バタバタと私はトマトジュースと枕を持ってチノちゃんのところに駆け寄る。

 

「チノちゃん!」

 

「こ、ココアさん…?」

 

「栄養とって、いっぱい寝なきゃだめぇ――!!」

 

「どっちですかっ!?」

 

どっちもだよ! 夏バテは敵なんだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も働いたね~」

 

「働いたって…ココアさんは日向ぼっこしてばっかりしていたじゃないですか?」

 

「そんなこと、ないよ?」

 

卵の形を整えているところで二人の声が聞こえる。

どうやらココアとチノちゃんがバイト上がってきたようだ。

 

「わぁ、いい匂い♪」

 

「おいしそうな匂いです」

 

「二人とも仕事お疲れ。あと少しで出来上がるから座って待ってて」

 

「うん!」

 

「コウナさん、何か手伝えることはありますか?」

 

「大丈夫だよ。皿もこっちで準備しているし、後は盛り付けだけだから」

 

そう言って俺は見栄え良くさらに盛り付けていく。

 

「はい、完成」

 

「「え゛っ!?」」

 

出来上がった料理をココアとチノちゃんの前に置くと、二人は硬直した。

 

「コウくん、これって今日のお夕飯……?」

 

「そうだけど?」

 

「ですが、これは……」

 

「お残しは許しませんよ?」

 

俺が作ったのは、トマトジュースを使ったスープオムレツとセロリの浅漬け。

 

「大丈夫。騙されたと思って食べてみなって」

 

安心させるように言う俺にココアもチノちゃんもそれぞれ意を決したように顔を見合わせて頷いた。

 

「「い、いただきます……」」

 

ココアはトマトを、チノちゃんはセロリをそれぞれ口に運ぶ。

 

「美味しい……これ美味しいよ、コウくん!」

 

「こちらのセロリも美味しいですっ!」

 

「それはよかった」

 

二人の反応は俺の期待通りのものだった。美味しそうに食べ進めるココアとチノちゃんに俺もつい頬が緩む。

 

「苦手なものでも料理したら変わるものでしょ?」

 

「うん、これだったらいくらでも食べられるよ!」

 

「はい、こんなにセロリが美味しいと感じたのは初めてです」

 

「そうやってどんどん苦手意識をなくしていくのも一つの克服の仕方だよ」

 

「コウナさん、今度作り方教えてください!」

 

「コウくん、私にも教えて!」

 

「はいはい、教えてあげるから今は食べような――」

 

こうして、俺の試みは成功するのだった。

ちなみに――

 

 

 

 

 

「いっただきまーす!」

 

「いただきます!」

 

パクっ――

 

「「……」」

 

生のままで再度チャレンジした二人は見事にテーブルに沈むのだった。

これは克服できるまで、当分掛かりそうだな。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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占いと不幸 ~コウナの苦難~




どうもー、燕尾です。
ごちうさ一番くじ見事はずれました。







 

 

 

「明日の恋愛運は上々です。水玉模様を身に着けた年下の方に誘惑されるでしょう」

「ありがとー」

 

 

 

 

 

「チノちゃんお客さんと何話しているのかな?」

 

コーヒーカップを見つめお客さんと何か話しているチノちゃんに疑問を持つココア。

その質問に対しリゼはああ、と頷いた。

 

「あれはコーヒー占いだよ。頼まれたらやっているらしいんだけど、チノの占いは良く当たるんだ」

 

「お天気占いが良く当たる私と張り合うとはなかなかだね!」

 

「何で勝負になっているんだ」

 

「まあ、ココアの小さい頃からの癖みたいなものだよ。何かと姉や兄たちと勝負してたからね」

 

「ココアお姉ちゃん、だよ!」

 

「はいはい、そうだったねココアお姉ちゃん――それにしても、コーヒーで占うことって出来るんだな。知らなかったよ」

 

「ええ、飲み終わった後に残ったコーヒーの模様で占うんです。カフェ・ド・マンシーって言うんですけど、おじいちゃんの占いは当たりすぎて怖いと有名でした」

 

私はカプチーノ限定ですけど、とチノちゃんは言うが、それだけでも当たるのであればすごいと思う。

 

「十分すごいよ! リゼちゃんも出来たりするの?」

 

「私は運勢とかわからないけど…」

 

するとリゼは頭に銃の形を作った手を当てる。

 

「運試しって言ったらコレだよな」

 

「なんか危険な匂いがするよ!」

 

「ロシアンルーレットは駄目!」

 

リゼの思考はたまにマフィアのような裏家業の方向にぶっ飛ぶから油断ならない。

 

「んー、なんか話を聞いたら私もやってみたくなってきた!!」

 

「えっ!?」

 

俺は信じられないような目をココアに向ける。

 

「むー…コウくん。どうしてそんな目で見つめてくるのかな? あ、もしかして当たらないなんて思っているんでしょ!?」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな? ココアお姉ちゃん? こういうのは積み重ねだろうし、いきなりやっても当たらないから、やめよう、な?」

 

「やっぱり当たらないって思ってる! ならなおさらやるよ! 当ててコウくんをびっくりさせて見るよ!」

 

俺の制止はむしろ逆効果だった。むきになってしまったココアに俺はなんともいえない顔になってしまう。

 

「コウナ、ココアが占うのに何か問題でもあるのか?」

 

「大有りだから止めてるんだよ……」

 

それもこれも全部明日になったらわかることだ。とりあえず、ココアの占いを一言一句聞き逃さないように集中する。

 

「まずチノちゃんは…空からうさぎが降ってくる模様が浮かんできたよ」

 

「そうですか? そんな模様には見えませんが、本当だったら素敵ですね」

 

うさぎが降ってくる……空とうさぎには要注意だな。

 

「リゼちゃんは…コインがたくさん見える! 金運がアップするのかな?」

 

「おおー、欲しいものが買えるのかもしれないな」

 

お金、ね。空だけじゃなくて地面にも注意しておこう。

 

「ティッピーは…セクシーな格好でみんなの視線を釘付けだよ」

 

「お前本当に見えているのか?」

 

セクシーな格好…身嗜(みだしな)みに注意だな。

 

「――! ――!」

 

一通り終わって、ココアの占いを聞いたティッピーが興奮したように身体を動かす。

 

「ティッピーも占いたいようです」

 

「いや、占いたいって……」

 

喋るのか? 自分からわざわざ危ないところに飛び込もうとするのか、マスター……

だが、俺にとめられることはできず、みんなはコーヒーを飲み干す。

 

「ココアの明日の運勢は…いつもよりスパイシーな一日。正直外出しないのが吉じゃな」

 

「だって、コウくん。気をつけてね?」

 

「いや、ココアって言っていただろう。コウナに押し付けるなよ」

 

「ああ、気をつけるよ」

 

「どうしてコウナも受け入れているんだ!?」

 

だから明日になったらわかるよ。

続いてティッピーはリゼのカップを覗きこむ。

 

「リゼの将来は器量のある良き嫁になるじゃろう」

 

「わ、私が? まさかー」

 

照れているリゼだったが、ティッピーの占いはまだ続いていた。

 

「昨日は夕食後ティラミス一つじゃ足りず、キッチンに侵入した。隠しても無駄じゃぞ」

 

「――っ!?」

 

昨日の夜の行動をピタリと言い当てられたのか、リゼの体が硬直した。

 

「実は甘えたがり、褒めると調子に乗りおる。適当に流すのが無難――」

 

「――――ッ!! この毛玉め! ただの性格診断じゃないか!!」

 

「ギャーー!?」

 

ご愁傷様、マスター。

でもまあ、若い女の子を暴くようなことをしたマスターが悪い。

 

「最後にコウナ。お主はいろいろな災難が降り注ぐじゃろう。出来るだけ一人でいるのが難を逃れるキーポイントじゃ」

 

「ああ、なんとなくわかるよ」

 

「わかるのか!?」

 

「経験からね…はぁ、明日が憂鬱(ゆううつ)だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カフェ・ド・マンシー? それってネクロマンサー的な?」

 

「それじゃあ、死霊使いじゃないか…」

 

「どうして千夜ちゃんってそういう知識が豊富なの?」

 

次の日、俺たちは昨日していた占いの話を千夜にもしていた。

今日朝から今まで、ずっと警戒していたが、特に問題が無く進んでいた。だが、油断はまだ出来ない。

 

「そうそう、占いといえば私、手相なら見れるの」

 

「わぁー、みてみてー!」

 

「あ、ちょ!?」

 

俺が止める暇もなく、千夜はココアの手を見ていく。

 

「ココアちゃんは……魔性を秘めた相があるわ」

 

「魔性!?」

 

「実は私にもあるの!」

 

「おそろいだね!!」

 

二人して喜んでいるが、話が聞こえていた回りは皆こう思っただろう――魔性ってなんだ、と。

 

「コウナくんも見せて?」

 

「え、いや、俺は……」

 

断ろうとするが、強引に千夜に手をとられる。

 

「……」

 

「……」

 

短い沈黙が続く。むにむに、と俺の手を弄る千夜の手は柔らかかった。

 

「コウナくんの、手…大きくて、少し硬い……」

 

「あの、千夜? 占わないのか?」

 

「え!? あ、ああ…ごめんなさい!」

 

微妙な空気になる俺と千夜。なんだか、以前昔のことを話してからなんだか変な感じになっている。

 

「「……」」

 

手を握りながら見詰めてくる千夜。

 

「んんっ!!」

 

「「っ!!」」

 

ココアのわざとらしい咳払いに俺と千夜は肩をビクつかせた。

 

「千夜ちゃん、私、コウくんの結果が気になるかな?」

 

「っ!? そ、そうね! 占いましょう、そうしましょう!!」

 

「コウくんも、オイタはいけないよ?」

 

俺は何もしていない、というのは言わないで置こう。身の安全のためにも。

 

「えっと、コウナくんは…あら、コウナくんも魔性を秘めているわね」

 

だから魔性ってなんなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか気を張り詰めすぎて疲れてきた……」

 

ココアとマスターの占いの結果を警戒しすぎて、なんだかいつもより気疲れしていた。

 

「どうしたのコウくん、なんか元気ないけど…具合悪いの?」

 

そんな俺の様子を心配そうに見つめるココア。

具合は普通なんだが、これからの起こるであろうことに警戒し続けて消耗しているだけだ。

 

「そういうわけじゃないから大丈夫だよ。それより、弁当食べよう。のんびりしすぎると昼休みが終わる」

 

「そうね。二人とも今日も手作り弁当?」

 

千夜が尋ねると、ココアが得意げに鼻を鳴らした。

 

「ふふん――今日はね、コウくんに教わりながら自分で作ったんだ!」

 

「あら、そうなの? とってもおいしそうに出来てるわね」

 

特にこの卵焼きの焼き加減が絶妙で、などと嬉しそうに語っているココア。そんな彼女の膝元に一つの影が出来る。

段々と大きくなっていく影を不思議に思った俺は上を向く。視線の先には太陽を徐々に覆うように黒いものが落ちてきていた。

 

「っ、ココア!!」

 

「ふえっ、こ、コウくん!?」

 

黒い物体の落下地点にココアがいると理解した瞬間、彼女を押し倒すように覆い被さった。

 

「痛ッッ!!」

 

その直後、重たい衝撃が俺の背中に響く。

 

「あらあら…あんこったら、またカラスに拐われたのね」

 

千夜の呑気な声が聞こえる。そして背中の上にいるあんこを抱えあげた。

ココアの占い一つ目当たったよ。占いの通り、空からウサギが降ってきたよ。

 

「ココアちゃん、コウナ君、うちのあんこがごめんなさい。大丈夫?」

 

「私は大丈夫だよ、コウくんは?」

 

「俺はなんとか…でも……」

 

ちらりと別に視線を送る。そこにはココアの手作り弁当が見るも無惨に引っくり返っていた。

 

「ごめんココア。せっかくの弁当が…」

 

「ううん、気にしないで。私を守ってくれたんだもん――それに、これはこれで……」

 

「これはこれで、なに?」

 

「な、なんでもないよ!」

 

「なら良いんだけど…とりあえず、購買でなにか買おう。さすがに昼抜きで夕方まで過ごすのは辛いから」

 

「えーっと、取り敢えず方針が決まったみたいだけど――二人とも、いつまでその体制でいるのかしら……?」

 

千夜の一言で今の俺たちの体勢を思い出す。まるで俺が襲っているかのようにココアの顔の横に手を置いて、上になっているのだ。

 

「――ッ! 悪い!!」

 

「あっ……」

 

バッ、と離れる俺はココアが一瞬浮かべた寂しそうな表情には気づかなかった。

 

「さて、早く購買に行こうか、時間がなくなるし」

 

「むぅ……」

 

「何でココアはむくれているんだ? ほら、俺が買ってあげるからそんなに怒らないで」

 

「コウくんのばか! それとココアお姉ちゃん!!」

 

「え、ちょ……」

 

ぷんすか怒りながら歩いていくココアに戸惑いながら後を追う。

ココアの占いの結果はまだまだ続いた。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、うちのあんこのせいで…」

 

「気にしないでいいよ千夜ちゃん。購買のパンも食べてみたかったんだ~!」

 

「まあ、仕方が無いよ。千夜のせいじゃないから」

 

俺たちは買ったパンを齧りながら歩く。本来、食べ歩きはあまり良くない行為なのだが、途中用足しなどで時間が少なくなったので多目に見てもらう。

 

「んー、このコロッケパン美味しいね!」

 

「それはわかるけどココアお姉ちゃん、あまりはしゃぎすぎると――っ!?」

 

そこまで言いかけたとき、俺は息を呑んだ。その原因はココアの後ろ姿にあった。

 

「ココアちゃん!」

 

同じく気づいた千夜がココアのスカートの裾を掴み下に引っ張る。

 

「わっ――おととっ!?」

 

突然のことにビックリしたココアはコロッケパンを落としそうになるも、なんとか空中でキャッチする。

 

「こ、ココアちゃん…ぱ、ぱん、ぱぱぱぱん……」

 

「パンならキャッチできたよ!」

 

「違うよココアお姉ちゃん。その、スカートがめくれてて」

 

「ココアちゃんの水玉が……」

 

「――」

 

その事実にショックを受けたココアが今度こそパンを落とした。

そしてスカートとお尻を押さえながら俺を睨む。

 

「見た?」

 

当然俺の前にいたのだから視界に入らないはずが無い。

 

「……ごめん」

 

俺はそっと視線を逸らしてそう謝るしかなかった。

水玉模様、まさか今日に限って穿いているとは……

 

 

 

 

 

帰り道――

 

「なんだか今日はついてない気がする…」

 

「そんな日もあるわよ」

 

事情を知っている俺からしてみれば、当然の帰結というかなんというか。

とぼとぼとあんこを抱きながら歩いているココア。そんなココアを慰めている千夜。

そんなときだった。

 

「あっ――!!」

 

「――っ、また!!」

 

「ッッ!?!?」

 

声が聞こえた瞬間、俺は何も確認せずにココアの頭をすっぽり自分の胸に収めるように抱きしめる。

それから一秒もしないうちに冷たい液体が俺を濡らした。そして遅れてかつん、と頭に如雨露が当たった。

 

「ごめんなさい! 手が滑って如雨露(じょうろ)が……!!」

 

どんな高さから水やりをしていたら如雨露が降ってくるのかわからないが、怒っても仕方が無い。

 

「ココアお姉ちゃん、大丈夫? あんこも濡れてない?」

 

「う、うん…私もあんこも濡れてないよ……」

 

「コウナくん、ありがとう。大丈夫?」

 

千夜がハンカチを取り出して濡れた顔を拭いてくれる。

 

「うん。まあ一応。ココアお姉ちゃんもあんこも濡れなくてよかったよ」

 

ぽんぽん、とココアの頭を優しく叩く。

 

「~~~~ッッッ!!」

 

「コウナくん、それ以上は駄目よ! ココアちゃんが、ココアちゃんが死んじゃう!!」

 

「何を言っているんだ、そんなわけ――ってココア! すごい顔が真っ赤だぞ!?」

 

「こ、ココココウくんが…わ、わた、私を、強引に……えへへぇ」

 

ふにゃふにゃと呟くココア。

そんなココアが正気に戻るのにしばらく掛かるのだった。

 

 

 

 

 

悪い運は気の持ちようから、ということで、俺たちは気分転換にフルール・ド・ラパンへとやってきた。

 

「シャロちゃん、来たよ~」

 

「あら、いらっしゃい――」

 

入って出迎えてきてくれたのはシャロ。しかし――

 

「な、なんてもの連れてきてるのよー! や、やめて! こっちに来ないでぇ!!」

 

ココアの頭の上にいるあんこを見るや否や、入店を拒否された。

 

「がーん…私ってそんな不幸オーラ出てるんだ……」

 

それを勘違いしたココアがショックを受けたような表情をする。

 

「いやいや、別にシャロはそういう風に言ったわけじゃないよ」

 

「シャロちゃんは小さい頃よくあんこにかじられていたから、ちょっと恐怖症で…」

 

するとシャロをちゃんと視認したあんこがココアの頭からシャロの顔へとダイブした。

 

「うきゃあああああ――!!!!」

 

ばたばたと振り落とそうとするシャロだったが、がっしり捕まるあんこが落ちることは無かった。

 

「ちょっとどころじゃないよ!?」

 

「ほらあんこ。こっちにおいで」

 

俺はシャロからあんこを引き剥がす。以前から思っていたけど、シャロ本人はうさぎが苦手なのだが、彼女はどうやらうさぎに気に入られる体質らしい。

 

「あ、ありがと…コウナ……」

 

息を切らしているシャロ。まだまだバイトがあるだろうに、シャロは疲弊しきっていた。

 

 

 

 

 

「お待ちどうさま」

 

「わぁい、ありがとー♪」

 

並べられるフルール特製のロールケーキと紅茶。

 

「いいのか千夜? ご馳走になっちゃって。やっぱり俺が…」

 

「いいのいいの。あんこを助けてもらっちゃったし、それにコウナ君にはいつも助けてもらってばかりだから。感謝の気持ちもこめて、ね?」

 

そういわれてこれ以上何か異を唱えるのは千夜に対して失礼だろう。俺も千夜の厚意に甘えて、ケーキをいただく。

ケーキに舌鼓を打っているとき、頭の上でロップイヤーを齧っているあんこにため息をついているシャロ。

 

「それにしてもこいつが来るなんて、今日はついてない」

 

「「――――」」

 

シャロの"ついていない"の一言に俺とココアはピタリと止まった。

 

「ついて、ない……」

 

今までのことを思い出したのか、ココアはしょんぼりと肩を落とす。

 

「せっかくココアちゃんが忘れてたのに、ついてないなんて言っちゃだめ!」

 

「? コウナ、何かあったの?」

 

「シャロは悪くないんだ。うん。だから気にしないでくれ……」

 

「……そうしておくわ。これ以上踏み込んだらなんかめんどくさそうだし」

 

それで正解だよ、シャロ。

 

 

 

 

 

「――はい、これおつりね」

 

それからケーキと紅茶を楽しみながら少し談笑した俺たちは時間も時間なので帰ろうと支払いをしていた。

お金を渡そうとしたシャロの手を千夜が唐突に掴んだ。

そうだ、せっかくだからシャロちゃんの手相も占ってあげるわ」

 

「は? いきなりなに…?」

 

ジーとシャロの手相を見る千夜は口を開く。

 

「片思い中でしかもまったく相手に通じない相がある。障害だらけのそうね」

 

「……」

 

シャロの顔が曇る。いきなり手を見られて何もいいことないといわれればそりゃあんな顔になるだろう。

 

「あと金運が――」

 

そこまで言ったところでシャロは大きく腕を振りかぶった。

その手の中には千夜に渡そうとしていたお金。

 

「それ以上言うな、馬鹿――――!!」

放たれたお金は弾丸のごとく、千夜の額へと向かう。だが、

 

「――くしゅん!!」

 

奇跡の偶然とでも言うのか、千夜はくしゃみでしゃがみこみ、それを回避する。そして千夜が回避したことによって、そのお金は――

 

「へっ――?」

 

「だぁ、もうやっぱりか!?」

 

ばちこーん、とココア――ではなく俺の額でいい音を鳴らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか、コウナさん。なんか疲れているようですけど」

 

「大丈夫、とは言えないなぁ…あはは……」

 

「疲れがあるのは仕方ないが、いくらなんでもバイトの途中にその態度はやめとけよ。コウナ」

 

バイトの時間、先に着替えてきた俺はカウンターでぐったりとする。

 

「そもそもなんでそんなに疲れきってるんだ?」

 

「それは……」

 

「お待たせー!」

 

事情を説明しようとしたとき、ココアがやってくる。

 

「あ、そうだ二人とも! 私の占いは当たった?」

 

「え……何もなかったけど」

 

「そっか~。私、空からあんこが落ちてきたり、スカートがめくれてたり、水入り如雨露が落ちてきたり、シャロちゃんにお金ぶつけられたり、大変だったよ。占い勝負はティッピーの勝ちだね」

 

「「……」」

 

「あ、でもね! 悪いことばかりじゃなかったんだ! コウくんが私を抱きしめてくれたりして守ってくれたんだ!! ありがとね、コウくん♪」

 

「ああ、ココアお姉ちゃんが無事でよかったよ……」

 

よしよし、と頭を撫でてくるココア。もう疲れて、俺はココアのなでなでを受け入れていた。

 

「二人とも、どうして俺がココアお姉ちゃんの占いを止めようとしたかわかった?」

 

「「……」」

 

俺の問いかけにチノちゃんとリゼは戦慄したように顔を見合わせる。その反応だけで、答えはわかった。

 

「ん? どうしたの、二人とも?」

 

ただ一人首を傾げるココアに、リゼとチノちゃんは告げた

 

「ココア、今後占いはしないほうがいいぞ。コウナのために」

 

「そうですね。コウナさんのために、ココアさんは占いをしないでください」

 

「なんで――!?」

 

 

 

わからないあたり、ココアらしいといえばらしいのだけれど。

本当にココアに占わせるのは危険だと、改めて実感した一日だった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか。
ココアのようなお姉ちゃんが欲しかった成人がお送りしました。





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癒しを求めて ~仕事の疲れを癒しましょう~



どうも、燕尾です。
ごちうさ、十七話目です。
今回はみんなの水着姿が……





 

 

今日は珍しくみんなのバイトの終わる時間が被ったので、仕事の汗を流すために、近場の温泉プールへとやってきていた。のだが、

 

「お城みたいだねー」

 

「古い建物を改造した名残だな」

 

だが……

 

「水着で温泉って初めて」

 

「浮き輪持ってくればよかったです」

 

が…………

 

「千夜からのお下がりで少しゆるいけど、紐をきつく縛れば…いける!」

 

「シャロちゃん、紐がくいこんでるよー」

 

「察してよ!」

 

すごい目のやり場に困る!!

俺は目の前の光景にどうしようか迷っていた。

贔屓目に見てもみんな魅力的な容姿をしている。その証拠にいろんな人が彼女たちをちら見していた。

 

「……うん、俺はチェアでゆっくりしていよう」

 

みんなはみんなで楽しむだろうと一人そそくさと離れようとする。しかし、

 

「コウくん、あっちに行こう!」

 

「コウナくん、あそこのお風呂気持ちよさそうだから行ってみましょう」

 

「おい、ちょっとココア、千夜!?」

 

ココアと千夜に手を引かれ俺は連れて行かれる。

 

「コウナさん」

 

「おー、コウナどこに行っていたんだ?」

 

「こここコウナ!? さっきのは見てないわよね、ねっ!?」

 

「あはは……」

 

結局みんなのところに連れられる。そんな俺を周りにいる独り身の男たちは睨んでいた。疲れを取りにゆっくりしにきたのに、なんだか余計に疲れそうだ。

 

「ほら、コウナくん。お風呂入るんだから上脱いで?」

 

「ちょ、千夜! 強引に脱がそうとしないで!?」

 

「覚悟するんだ、コウくん!」

 

「ココアも悪乗りするな!」

 

「ココアお姉ちゃん、だよ!!」

 

「わかった、脱ぐから! 自分でするから脱がそうとするな、手を放せ!」

 

何とか二人を引き剥がし、俺は着ていたパーカーを脱ぐ。

 

「「「「……」」」」

 

「おーい。そんなに見られると、男でも恥ずかしいんだけど?」

 

露になった上半身をココア、千夜、リゼ、シャロは少し顔を紅くしながら凝視してくる。

 

「コウナさん。結構身体締まっているんですね?」

 

「まあ、一応だらしないと思われない程度には運動したりするからね。それにうっひゃん――!?」

 

チノちゃんと話しているときに誰かの柔らかい指が俺の背中をなぞった。冷えた指先とくすぐったさに俺は変な声が出てしまう。

後ろを見ると、興味津々といったようになぞったのはなんとリゼだった。

 

「リゼ、何するんだ!?」

 

「いや、すまないっ! つい出来心で!その、コウナって見た目と違って意外と逞しいんだなって、ちょっと興味がわいて、その……」

 

「だからって、急に触られたら困っひゃう――!?」

 

リゼに注意していると、また誰かに身体を触られる。

 

「ご、ごごごごめんなさい、コウナ! わわ私もどんな感じなのか知りたくて」

 

「だからどうして急にううん――!?」

 

「リゼちゃん、シャロちゃんだけずるいわ。私だって気になっていたのに」

 

「千夜!? お前ら、いい加減にゃあぁ――!?」

 

最後に思い切り抱きつかれて、背中にやわらかい双山が押し付けられる。

 

「コウくん! お姉ちゃんだけ仲間はずれにしちゃ駄目なんだから!!」

 

「わかったから、頼むから離れてくれェ――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛~……疲れた……」

 

俺は一人風呂につかり、息を吐く。

水着の少女たちからのスキンシップは年頃の男としてはなかなか辛い。あれで皆天然でやっているから尚更だ。

 

「なんじゃ、コウナよ。情けない声を出して」

 

「いきなり頭の上に乗って話しかけてこないでくださいよ、マスター。それと、そんなこというなら、あのチノちゃん以外の四人にモフモフして貰います」

 

「どうしてお主はそんなことを思いつくのじゃ?」

 

「それか一回風呂に沈めますよ? 全身濡れた姿をみんなにされせばいいのです」

 

「だからどうしてお前はそう残酷なことを思いつくのじゃ!?」

 

マスターが適当なこと言うからだよ。人の気持ちも知らない人は酷い目にあえばいいんだ。

 

「コウナさん、ティッピー、こんなところにいたんですね」

 

「チノちゃん」

 

「ココアさんたちが探していましたよ。コウナさんがどこかに行ったせいで」

 

「そんな悪者みたいな言い方しなくても、たまにはゆったりさせて欲しいかな――そうだ、チノちゃんも一緒に入らない? ここ結構気持ちいいよ?」

 

「いいんですか?」

 

「チノちゃんがよければ。ここは公共施設だし、俺の一存で決めたりは出来ないよ」

 

それじゃあお言葉に甘えて、とチノちゃんが入ってくる。

 

「……気持ちいいですね。疲れが癒されます」

 

「でしょ?」

 

俺もジェットバスというものに初めて入ったが、これがなかなか気持ちがいい。

 

「ちなみに、ここの効能は…?」

 

「高血圧や関節痛、筋肉を解したりしてリラックス効果が得られるんだ」

 

「ああ、やっぱり成長促進はないんですね……」

 

温泉の効能を知った途端、表情を暗くするチノちゃん。

 

「どうしてそんなこと――ああ、皆まで言わないでいい。あの二人(リゼと千夜)にやられたんだな」

 

「はい…」

 

チノちゃんの反応からしてそういうことだろう。だから明言も避けたし、それ以上は俺も何も言えない。

ただまぁ、一つだけ言うのであれば、

 

「チノちゃんはまだ中学二年生だろ? 成長期の真っ只中なんだから、焦らなくても大丈夫だよ」

 

「そうなんでしょうか…」

 

「そうだよ。チノちゃんの成長期は医学的にはあと二、三年程度あるんだ。しっかり栄養を取って規則正しい生活していれば自然と成長できるよ」

 

「そう、ですね。ありがとうございます。コウナさん」

 

「焦る気持ちはわからないでもないからね。周りが年上ばかりだと、自分が幼く感じるよね」

 

「コウナさんもそういうように感じたんですか?」

 

「いや、ココアがね。ココアは末っ子でずっと年上の兄姉たちに囲まれていたから、一時期悩んでいた時期があったんだよ」

 

「ココアさんがそういう悩みを…」

 

「意外?」

 

「はい」

 

即答するチノちゃん。

 

「ココアさんって悩みない生活を送っていたと思っていましたので」

 

「ココアだって一人の人間なんだ、悩みぐらいはあるさ――ちなみに目下ココアの悩みは"いかにチノちゃんの姉になるか"だからね。よく俺に相談を持ちかけてくるよ」

 

「そんな相談には乗らないでください!」

 

「いいじゃないか、チノちゃんはココアと仲良くなるのは嫌かい?」

 

怒ったような顔から一転、少しばかり不機嫌そうな顔になる。

 

「その言い方はずるいです。そんなの嫌って言うことができない質問ですよ」

 

「そういう風に質問したからね」

 

「コウナさんは意地悪です」

 

「ごめんごめん」

 

むくれるチノちゃんの頭をなでてあげる。

 

「子ども扱いしないでください」

 

「子ども扱いはしてないよ。なんかチノちゃん見てると妹みたいに思えちゃってね」

 

「ココアさんがいるじゃないですか」

 

「あはは、確かにココアは俺の妹みたいなもの――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウくん、誰が誰の妹なのかなぁ――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――風呂に入っているのに凍えるような寒さが俺を襲う。

 

「いやいやなに言っているんだいチノちゃん、ココアお姉ちゃんはしっかりとした俺のお姉ちゃんだから!!」

 

「コウナさん……」

 

あああああ、またチノちゃんに対する威厳が落ち始めた!

 

「ふふふ、コウくん。お姉ちゃんとあっちのお風呂に入ろっか♪」

 

「……はい」

 

「…………コウナさん」

 

だからそんな目で俺を見ないでくれ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、私がコウくんのお姉ちゃんなんだからね!!」

 

風呂に入りながらぷんすかぷんすかと、俺の膝上で餅のように頬を膨らませるココア。

 

「はい、ごめんなさい、ココアお姉ちゃん」

 

「同い年だけど、私の誕生日のほうが早いんだから、私がお姉ちゃんなの!」

 

「まったく持ってその通りです、ココアお姉ちゃん」

 

俺は素直にココアの説教を受け入れている。

 

「まったく、何をしているんだお前たちは?」

 

「リゼ先輩の言う通りよ」

 

「ココアちゃん…ずるいわ」

 

「コウナ、さん…」

 

一人だけ不穏な言葉を言っているも、今度は救世主(メシア)たちが現れた。

 

「リゼ、助かった……!」

 

「あれ、リゼちゃんにシャロちゃんに千夜ちゃんにチノちゃん? 皆揃ってどうしたの?」

 

「どうしたの? じゃないだろ。せっかくみんなで少し遊ぼうと思っていたのに、コウナがいなくなって、それからチノがいなくなって、しまいにはココアまで見当たらなくなったから探していたんだよ」

 

「そしたらあんたたちがぴったりくっついてお風呂に入っているんだもの」

 

「私だってコウナくんとくっついてお風呂に入りたいわ」

 

「コウナさん。やっぱりコウナさんはココアさんの弟みたいですね。反論できてないところがもう弟ですね」

 

わけわからないこと言っている人と、俺への評価が下がっていることを示している人が二人ほどいるけど、とにかく助かった。

 

「そうだよね、せっかく皆出来てるんだもん。バラバラじゃあ楽しくないよね」

 

ココアはそう言って、風呂から出る。

 

「ほら、コウくんも行こ?」

 

「ほんと、自由だなぁ。ココアお姉ちゃんは」

 

ココアから差し出された手を俺はキュッと握った。

 

 

 

 

 

「さて、せっかくだし泳ごうかね」

 

「私は泳ぐの苦手ですから、すぐそこのお風呂でゆっくりしてますね」

 

「私も、体力ないから遠慮しとくわね」

 

「それでしたら千夜さん。チェスでもどうですか? 持ってきているんですが」

 

「チェスってやったことないのだけれど、将棋みたいなものよね? いいわ。やりましょう、チノちゃん」

 

チノちゃんと千夜は見学組――もといチェス組へと廻る。

あまり無理させても疲れるだけだし、皆は強引には誘わない。

 

「あ、そうだ。せっかく勝負するなら何か賭けをしない? 私が勝ったら、ティッピーが頭まで濡れたらどうなるかか見せて欲しいわ」

 

「いいですよ。私が勝ったらココアさんとに逆にお姉さんと呼んでもらいましょう」

 

「なんで巻き込まれてるの!」

 

いつもお姉ちゃんとしつこいから、というのは言わないで置こう。それにたぶんチノちゃんもお姉さんというのに少し憧れもあるのだろう。

 

「それじゃあ、私たちはこっちで泳ごっか! 足ヒレも持ってきてるよ!」

 

「何で持ってきてるんだ!? 家にそんなのなかったよね、ココアお姉ちゃん!?」

 

本当に唐突なことをしだすココアには驚かされてばかりだ。

 

「そもそも、足ヒレ使うような深いプールなんてあるのかしら?」

 

「あっちにあるよ!」

 

「あるのか!?」

 

もう驚いてばかりだ、なんだか俺が泳ぐ前から疲れ始めている。

 

「あの…私、深いプールで泳いだことないんだよな」

 

「嘘だ! あのリゼがしたことない運動なんてあるわけが――」

 

「少し落ち着け、コウナ!」

 

「おふっ!」

 

バシン、とリゼに頭を叩かれる。そのお陰というか、なんだか頭が冴えてきた。

 

「……ごめん。なんかよくわからない取り乱し方した」

 

「ああ、落ち着いてくれたのなら良いよ」

 

「うん、学校によってはプールの授業ないところもあるからな。それじゃあ、まず体操してから水に慣れるようなことしようか」

 

「そうね。念のためにストレッチしてから入りましょうか」

 

「確かに、準備運動は大切だよな」

 

そういいながら脚をほぼ百八十度に開脚して、ペタリと床に身体をつけるリゼ。

 

「柔らかいな、リゼ」

 

俺も同じように開脚をして身体をつける。リゼほどでもないけど柔軟は日々しているから俺もそこそこ身体は柔らかい。

 

「コウナも同じくらいだろ。結構筋肉があるのにその柔らかさ……柔軟な筋肉ってやつか?」

 

「体が硬いと怪我しやすいからね。トレーニングと同じように柔軟も日課だよ」

 

「二人ともすごいわ」

 

「私たちも負けてられないね、シャロちゃん!」

 

感心するシャロと何か意気込むココア。すると次の瞬間、

 

「に、肉体美の表現なら負けないよ…!」

 

「!?」

 

シャロは十字のポーズでココアの膝上に乗り、ココアはシャロの足首を持って身体を後ろにそらして、プルプルと震えながらバランスを保っている。

 

「え…なにしてる?」

 

「何でシャロは戸惑いながらノってんのさ」

 

真面目に準備をさせた後、俺たちはプールに入る。

 

「それじゃあ、いまからリゼちゃんの特訓を始めます――ということで最初は息止め勝負から!」

 

どうしてそうなる、というのは俺だけじゃなくてリゼもシャロも思っただろう。だけどまあ、俺たちはココアに付き合う。

 

「それじゃあいくよー! いっせーの!!」

 

ココアの合図で俺たちは息を吸い込み、水中へと潜る。

 

ちょっとしてから水中で三人を確認する。

シャロもリゼもまだ潜っていた。リゼも俺たちの姿を確認していたのか水中で目を開けている。だが、ココアの姿が見当たらなかった。

キョロキョロと周りを見渡すとココアの姿はしっかりとあった。だが――

 

 

ぷかあ――

 

 

――紛らわしいやり方っ!!

 

体の力を抜いて、溺死したように浮上するココア。顔は水の中にあるから勝負としてはいいのだが紛らわしすぎる。

そして、そんなココアの姿を見た人はどんな反応をするかはわかる

 

「――ごぱぁ!!」

 

後ろでココアの姿を見たリゼがぎょっとして、水中で息を噴出し。苦しくなったのか水中から出て行く。

 

「ごほっ、ごほっ!?」

 

「……大丈夫か、リゼ」

 

俺も色々と察して水中から出て、リゼの背中を擦ってやる。

 

「大丈夫ですかリゼ先輩!?」

 

先に上がっていたシャロもその様子に驚いた表情をする。

 

「第一戦目は私の勝ちだね!」

 

最後にココアが出て喜びの声を上げた。

 

「変な体勢で息を止めるなよ!!」

 

「ココアお姉ちゃん、誤解を招くやり方はやめような?」

 

気を取り直して、第二戦目――

今度はココアも普通に潜っている。だが――

 

 

――ぴこぴこ

 

 

ん?

 

 

ココアが頭の上で手を曲げる動作をしている。

 

 

ふむ、うさぎのジェスチャーか

 

 

次は親指と人差し指でVの字を作って片手を沿えて顔付近に構える。

 

 

うえ? いや、あれは銃か? 

 

 

それからココアはドヤ顔をして、髪をなびかせる動作をする。

 

 

――ああ、なるほど、リゼか。

 

 

俺はわかったが、他の二人は首をかしげたままだ。

ココアはタイムオーバーといわんばかりに水中から出る。

ココアに続いて、俺たちも水の中から出る。

 

「正解は全部リゼちゃんでしたー」

 

「私はそんなんじゃない!」

 

いや、あながち間違いでもないだろう。ラビットハウスといいモデルガンといい。

 

「勝負の趣旨が変わってるわね」

 

まあいいじゃないか、細かいことは気にしない気にしない。突っ込んだら負けだよ、シャロ。

 

 

 

 

 

「次は実際に泳いでみようか。ちょうどビート板もあることだし」

 

「そうね、最初の練習にはそれがよさそう」

 

リゼの泳ぎの練習プランを組み立てる俺とシャロ。

ちなみにココアは、チェスをしている千夜が劣勢とわかるや否や、姉の威厳の危機だと、そっちへとすっ飛んでいった。

あれこれといっている俺とシャロの間に、リゼが要望の手を上げる。

 

「あ、ビート板じゃなくて――手を引っ張るやつ、あれをやりたい!」

 

そういいながらわくわくとしているリゼ。

たまにこういう子供っぽいことに憧れがあるリゼの意外な一面はなんというか、可愛らしいと思う。

 

「それじゃあ俺は見守ってるから。シャロに任せるよ」

 

「えっ、コウナはしないの!?」

 

「二人で手を引くのもおかしいだろ? それにリゼだって同性のほうがいいだろう」

 

「そ、そうだな! シャロ、頼めるか?」

 

勢いよくリゼに頼まれたシャロは断れず、リゼの手をとる。

 

「それにしてもリゼ先輩ってスポーツ万能かと思ってました」

 

「泳ぐ機会がなかったからな。コウナも言ってたとおり授業もなかったし」

 

それにしてもこうしてシャロとリゼが戯れているのはなかなか絵になるな。

 

「それにしても年下に教わるって、なんだか恥ずかしいな」

 

その状況は恥ずかしくないのか、と思ったのは俺だけではなくシャロもそう思っているだろう。

 

「シャロが溺れても助けられるぐらい上手くなってやるぞー」

 

意気込むリゼの話に俺はいやな予感がしてそっとスタンバイする。そしてその予感は見事的中することになる。

 

「そんな迷惑はかけま――わっ、きゃあ!?」

 

そういいかけた瞬間、シャロは水の中に沈んだ。

 

「もう想定訓練か!?」

 

だいたい、リゼに緊張して足がつったのだろう。フラグ回収という奴だ。

 

「慌てちゃだめだよリゼ。よっこいしょ」

 

水中の中で固まっているシャロを探索して抱えあげる。

 

「げほ、げほっ……」

 

「シャロ、大丈夫か!?」

 

「大丈夫かい、シャロ?」

 

「ご、ごめんなさい、コウナ…ありがと……」

 

顔を紅くしながら言うシャロ。

 

「気にしないで。縁に座らせるから、足を伸ばそうか」

 

「う、うん」

 

「ただ一つお願いするなら、その――そろそろ首に回してる手を放して欲しいかな。この体勢は、色々とまずい」

 

脚をつってパニックになったのかがっしり抱きついているシャロ。発育があまり良くないと普段自嘲するシャロだが、やはり女の子。それにお互い露出が多い水着で抱きつかれているのは精神的にやばい。

シャロを運んでいる間、俺はいろんな意味で試されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから見える夜景きれーい!」

 

ココアがはしゃぎながら外の景色に魅せられていた。俺はココアの隣で夜景を眺めながら同意する。

 

「そうだね。綺麗だ」

 

「今日はコウくんはリラックスできた?」

 

「うん。温泉も気持ちよかったし、みんなと遊べて楽しかったよ」

 

リゼの泳ぎの特訓して、ある程度泳げるようになったリゼと勝負したり、チノちゃんとチェスで勝負したり、ジェットバスでゆったりしたり。なかなか有意義な一日だったといえる。

 

「ねえ、コウくん」

 

「なに、ココアお姉ちゃん」

 

「また…みんなで来ようね」

 

そういうココアの笑顔は夜の街のライトに照らされて、綺麗に映えていた。

一瞬だけその笑顔に見惚れてた俺はハッとする。

 

「そうだね。また――」

 

「おーい。ココアー、コウナー」

 

「二人ともこっちにきなさーい」

 

「売店へ行ってコーヒー牛乳買ってきましたよ」

 

「みんなで飲みましょう」

 

売店に行っていた四人がビンを抱えて帰ってくる。

俺とココアはお互いの顔を見て、柔らかな笑みを浮かべて、みんなの輪に入る。

 

「それじゃあ、みんな持ったな」

 

リゼの問いかけにビンを持った全員が頷く。

 

『コーヒー牛乳で』

 

「フルーツ牛乳で」

 

 

『かんぱーい!!』

 

 

ビンのぶつかる音が、夜の街に溶けていった。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん! 牛乳はこうやって飲むんだよ!!」

 

腰に手を当てて一気に中身を煽るココア。

 

「千夜とチノのチェス勝負はチノが勝ったのか」

 

「まあ、将棋と似てるといっても違うからね。」

 

「そういえば、コウナもチノと勝負してたよな。どっちが勝ったんだ?」

 

「ああ、俺が勝ったよ。とはいっても辛勝だったけどね」

 

そして、千夜と同様に賭けをして勝った俺が頼んだことといえば――

 

「こ、コウナ、お兄ちゃん……」

 

恥ずかしさからか、顔を赤らめ、ちらちらと上目遣いでお兄ちゃんと呼んでくるチノちゃん。

 

「なにかな、チノ」

 

「これ、すごく恥ずかしいです…お兄ちゃん……」

 

「ふふ。ありがと、チノ」

 

俺は優しく頭をなでてあげる。

俺がチノちゃんに頼んだのは兄と呼んで欲しいというものだった。

俺もなんだかんだで末っ子だったから以前からそういうことには少し憧れがあったのだ。だが――

 

「コウナ、お前死んだな」

 

「あんた、少しは学習したらどうなの?」

 

「コウナくん、私が妹になってもいいのよ?」

 

呆れたような視線を向けてくるリゼとシャロによくわからないことを口走る千夜。その理由はもうわかっていた。

 

「いいんだ二人とも。俺は満足したから。妹というものがどういうものが体験できただけで」

 

「ココアだって妹みたいなものじゃない」

 

「違うんだ、シャロ。俺にとってやっぱりココアはココアお姉ちゃんなんだ。ね――ココアお姉ちゃん?」

 

振り返っていい笑顔で言う俺に、ココアはそれ以上の笑みで返してきた。

 

「そうだね――それはそれとして、コウくん。ちょっとお話しようか」

 

「……一思いに、お願いします」

 

 

その日、俺はお星様になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回にm(..)m




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パズルとケンカ ~純真な罪~



どうも、燕尾です。
ごちうさ第18羽目です。




 

 

 

今日のバイトは空気が重かった、というのも――

 

「……」

 

――ぷくつーん

 

餅のように頬を膨らませるチノちゃん。チノちゃんの上にいるティッピーもチノちゃんの気持ちを表現しているのか、頬を膨らませていた。

 

「ね、ねえ、チノちゃん?」

 

「なんですかコウナさん?」

 

氷のような冷機を感じるトーン。俺はそれ以上踏み込むことができなかった。

 

「……いや、なんでもない。ごめんね」

 

「そうですか、お仕事に集中してくださいね」

 

「うん、ごめん……」

 

――すっごい気まずいっ!

 

チノちゃんの機嫌がすこぶる悪くて、その不穏な空気が俺たちのところまで届いている。

 

「コウナも気づいていたか」

 

「あれで気づかないって言うほうが余程だよ。リゼ、何か心当たりある?」

 

「いや私もない――ココアは何かわかるか?」

 

「? 何を?」

 

「いや、今日のチノなんか機嫌悪いだろ?」

 

「へ? そうかな? チノちゃんはいつも私につんつんだよ?」

 

「いつもそんなあしらわれ方してんの?」

 

「そうだった。確かにココアに対してはチノちゃんはつんつんしてるな…」

 

機嫌の良し悪しに限らず、ココアの扱いはあまり良くない。

 

「とりあえず、チノちゃんに事情を聞いてみようか」

 

意を決して俺とリゼはチノちゃんに話を聞く。

 

「チノ、なにがあったんだ?」

 

年長者として問いかけるリゼ。するとチノちゃんは事情をポツリと話し始めた。

 

「昨日ココアさんと私の部屋で遊んでいたときトイレに抜けたんですけど、返ってきたら机の上に毎日少しずつやるのが楽しみだったジグソーパズルがほぼ完成状態になっていたんです……」

 

「おう……ココア、なんてことを」

 

ショックだっただろう。楽しみを奪われて。

 

「しかも一ピース足りなかったんです」

 

「それはへこむな」

 

「悲しすぎるね…それは……」

 

事の顛末を聞いた俺たちは微妙な顔をするばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事情を聞いた俺たちはココアに話しをする。

 

「――だってさ、余計なことしたなココア」

 

「うええっ? チノちゃん喜ぶと思ったのに!?」

 

「それは善意の押し付けだよ。ココアお姉ちゃん」

 

チノちゃんが手伝って欲しいといったのだったらまだしも本人に話も聞かず想像で行動したのは良くなかった。

 

「で、でもパズルのピースは最初から足りなかったよ?」

 

おろおろとするココア。自分が招いた事態に動揺している用だ。

 

「なくしたのがココアのせいと思ってはないだろうけど」

 

「楽しみを取られてショックだったんじゃないかな? ほら、ココアお姉ちゃんだってよく手を貸してきた兄さんたちに怒ってたことあったでしょ?」

 

「わ、わたし…わたし……」

 

わなわなと震えるココア。そして――

 

「お姉ちゃん失格だあああ!!」

 

「あ、ちょっ!? お姉ちゃん!?」

 

叫びながらラビットハウスから飛び出していった。

 

「…まぁ夜になる前には帰ってくるだろうから、いっか」

 

「お前ってたまにシビアだよな、コウナ…」

 

一つ一つ関わっていたら疲れるしね。子供みたいなココアだけど、もう高校生だ。余程のことはしないだろう。

 

「チノちゃん、昼休憩もらうね?」

 

俺はエプロンをはずして、外に出る準備をする。

 

「それはいいですけど、コウナさん。どこか行くんですか?」

 

「ちょっと散歩にね。ちゃんと時間までには戻るよ」

 

そう言って、俺はラビットハウスから出て行く。

 

 

 

「……コウナさんって、案外嘘が下手なんですね」

 

「前言撤回だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいコウナ。少しは落ち着いたらどうだ?」

 

「ん? なに言ってるのリゼ。ちゃんと落ち着いているよ?」

 

「だったらその体の震えをどうにかしろよ…」

 

呆れた視線を受ける。

やだなぁ、リゼは何か勘違いしているよ。これはちょっと寒いだけだよ?

 

「いまの季節は冬ではありませんよ、コウナさん……」

 

「それにしても、ココアの奴、帰ってこないな」

 

「心配しなくてもすぐ戻ってきますよ」

 

つん、とまだ機嫌の悪いチノちゃん。

 

「悪気はなかったんだからいい加減許してやったら?」

 

「私もこんなことでいつまでも怒っていたくないですけど」

 

「一度怒っちゃったから引っ込みがつかなくなってるんだね」

 

ばつが悪いように、チノちゃんが頷く。その気持はわからなくはないが、俺やリゼからしたら早く仲直りして欲しいものだ。

まあ、ココアはチノちゃんの様子の変化に気づいていなかったけど。

 

「さて、俺はそろそろココアのことを探しに行くよ」

 

「探しに行くって、当てはあるのか?」

 

「そんなの、ある訳ないだろう!」

 

「威張るな! 冷静になれコウナ!!」

 

脇から拘束してくるリゼに対抗する。だがどういうやり方をしているのか、リゼを振りほどくことは出来なかった。

 

「くそ、HA・NA・SE!」

 

「お前、一体どうしたんだ! キャラが変わりすぎだろ!?」

 

背中に当たる双子山の柔らかさも、今の俺には感じなかった。ただただ、ココアが心配なのだ。

 

「チノちゃん!」

 

すると、ようやくココアが帰ってきた。手にはなにやら大きい箱を持っている。

 

「パズル買ってきたから、これで許してっ!!」

 

「8000ピース!? 時間が掛かりすぎますよ!」

 

「だったらみんなでやろうっ! ねっ、ね?」

 

ココアは俺やリゼを見てくる。何か期待しているようなのだが、俺はそれに答えずゆらりとココアに迫る。

 

「――ココア」

 

「こ、コウくん…? どうしたの、何か怖いよ……? それと、ココアおねえ――」

 

「ココア」

 

「……はい」

 

俺はにっこりと笑う。

 

「――少しお話、しようか?」

 

「……はい」

 

俺はココアの首根っこを掴んで二階へと引きずって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ココアとのお話も終わりタカヒロさんと交代した後、俺たちはココアが買ってきたジグソーパズルに取り組んでいた。だが――

 

「協力して欲しいことがあるって聞いてきたけど…」

 

ヘルプできてくれたシャロが呆れたような視線を向ける。

 

「手伝ってぇ~」

 

「始めたはいいんですが、片付かないんです……」

 

ココアが涙目で呻いて、チノちゃんはげんなりとしていた。

 

「これは大変そうね」

 

いつの間にか俺の隣に腰掛けていた千夜が呟く。

 

「まあ、何しろ8000ピースだからね。簡単ではあるけど」

 

「あら? ならコウナ君が手伝えばすぐじゃないかしら?」

 

俺が手伝わないのには理由がある。

 

「俺が手伝うとすぐに終わるからあまり手伝わないんだ。それに――」

 

ちらりと俺はリゼに視線を向ける。

 

「……楽しい」

 

黙々と、だが楽しそうにパズルを組み立てていくリゼの邪魔になるようなことはしたくなかった。

それから千夜とシャロを加えてパズルを組み立てていく。

 

「ジグソーパズルなんて久しぶりだわ」

 

「パズルは端っこから作るのがセオリーだよな」

 

それから段々中へと派生させていくのが一番楽なやり方だ。

 

「チノちゃんが作ったところと合体!」

 

「あいそうですね」

 

シャロが自分で作ったところをチノちゃんが作ったところに繋げる。

 

「こっちはリゼちゃんの作ったところと合体だよー」

 

また、ココアがリゼの作ったものと繋げる。

その様子を見ていた千夜が少ししょんぼりしていた。

やれやれ、と俺はパズルを見る。そして千夜が作っていたところを判断してパズルの塊を寄せる。

 

「ほら千夜。これと千夜が作ったの、繋げられるんじゃないか?」

 

「えっ…あっ……!」

 

千夜が持っているピースがぴったりと填まり、二つをつなげた。

 

「な?」

 

「ありがとう、コウナくん」

 

「いやいや、たまたまだよ。千夜のと合いそうだったからね」

 

「ふふ…そうね。そういうことにしておくわ♪」

 

どうやら気づかれているみたいだ。ちょっと恥ずかしい。

 

「コウくん! こっちも繋げられるんじゃないかな!?」

 

するとココアがぐいぐい、と自分が作ったパズルの塊を寄せてくる。

 

「ん? いや、それと繋げられるやつは――うん、ないな」

 

「……むぅ。コウくんの馬鹿」

 

何で罵られるかはわからないが、急激に不機嫌になるココアだった。

 

 

 

 

 

千夜とシャロを加えてから一時間が経った。

二人を加えても依然として終わることはなく、みんなの集中力が切れ始めていた。

 

「ちょっとこれ、まずいんじゃないの?」

 

「そろそろ一旦、休憩を挟まないとな」

 

「おーい、ハートマークが出来たぞー」

 

「リゼ先輩、疲れてるなら休んでください…」

 

リゼもまともそうに見えて疲れ切っているし、ココアに至ってはパズルピースを持ったまま寝てる。

 

「あの、ココアさん。無理に責任とろうとしないでください」

 

そんなココアの様子をチノちゃんは勘違いして、寝ているココアに擦り寄るチノちゃん。

ちょっと面白いから俺はそのまま黙っておく。

 

「私もう怒って――って、寝てる!?」

 

案外早く気づいたみたいだ。

でも、チノちゃんも仲直りしようとしていることからそろそろ大丈夫だろう。

 

「ほらココア、起きろ」

 

「はっ! いけないいけない! 寝ちゃダメだ!」

 

「その通りです。まだパズルは完成していないんですから」

 

一転して態度を変えるチノちゃん。こうしてみるとチノちゃんはツンデレの才能があるんじゃないかと思えてくる。

 

「そういえば、これ完成したらどうするんだ?」

 

「喫茶店に飾るのもいいかもねー」

 

「いや、そうじゃなくて。これ何も下に敷いてないのにどうやって移動させるんだ?」

 

リゼの一言に、場の空気が重くなる。

そういえば何も敷かないでパズル作ってるのなんてすぐに気づくはずなのに俺もすっかり気にせずやっていた。

 

「私…気付いてたのにこの空気になるのが怖くて何もいえなかった…もっと早く言っていれば…私のせいでっ…!」

 

「余計重くなるから、自分を責めるのやめて!?」

 

「そうだよ千夜、なんとかなるって! ほら、組み立てたパズルだって簡単に崩れるわけじゃないんだから、紙一枚下に入れるぐらいできるから!」

 

シャロと俺で必死に千夜をフォローする。千夜は一度ネガティブなスイッチが入ると大変だ。

 

「そうだ! 休憩がてら何か甘いものでも食べないか、気分転換にもなるだろ?」

 

空気を変えようと、俺はそんなこと提案する。

 

「そうだね。そろそろお腹も空いてたしみんなの分のホットケーキ作ってくるよ!」

 

「! 私も手伝います!」

 

本当は俺が作ろうかと思ったのだが、後に続くように、チノちゃんも立ち上がるのを見て、言葉を引っ込めた。

 

「それじゃあ、二人とも。任せていい?」

 

「お姉ちゃんに任せなさい!」

 

「はい、私とココアさんで作ります」

 

そうして、二人はキッチンへと行く。

その様子を見て、俺とリゼは安堵した。

 

「どうやらあの二人、自然と仲直りできたみたいだな。よかった」

 

「うん。もう心配する必要はないみたいだね」

 

「えっ!? あの二人喧嘩してたんですか!?」

 

まったく気付いていなかったのか、シャロが声を上げる。

 

「だって、いつも以上にチノの口数が少なかっただろ?」

 

「それに声のトーンもいつもより低かったし」

 

そう言う俺たちに千夜とシャロはお互い顔を見合わせる。そして、

 

「「いつもあんな感じじゃないの?」」

 

二人は口を揃えていった。

 

「こいつらが鈍感なのか、私たちが勘繰り過ぎなのかわからなくなってくるな…」

 

「ん~そこは一緒に過ごしている時間が長いから、ってことにしておこう。あまり深く考えたらダメだよ、リゼ」

 

「…それもそうだな」

 

リゼは思考を放棄するように頷いた。

そんな他愛のない話しをしていると、慌てた足音が聞こえてくる。

 

「うわーん! チノちゃんが口利いてくれないよぉー!!」

 

何事かと思ったら、またココアが何かやらかしたらしい。

 

「自分でどうにかしろ」

 

「少しは自分の行動に責任を持ちなさい」

 

俺たちは突き放し、ココアをそのまま回れ右させる。

それからちょっとしたとき、また慌てた足音が聞こえる。

 

「大変です、ココアさんがケチャップで死んでます!」

 

今度はチノちゃんだった。どうやらさらにココアがなにかしたらしい。

 

「構ってもらいたいんだよ、真に受けるな」

 

「食料を無駄にするなってココアに言っておいて、チノちゃん」

 

チノちゃんも回れ右させる。

閉められた扉を見つめ、俺とリゼは深くため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩にココアとチノちゃんが作ったホットケーキを食べ、再び作業をすること一時間――ようやくパズルが完成した。

とはいっても、半分くらいから俺がほとんどやったのだが。

 

「コウナが最初から本気出してたらもっと早く終わったんじゃないのか?」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

みんなでやっていたものを俺一人で完成させるのはさすがに気が引けた。

そう話しながら額縁に完成したパズルをはめて、糊を塗っていた俺はあるものを発見する。

 

「ん? これは…」

 

「どうしたの、コウくん?」

 

覗き込むココアに俺はそれを手に取り魅せる。

 

「いや懐かしくて珍しいものがね。チノちゃん、これ手作り?」

 

「あっ、知恵の輪だ! なつかしー!」

 

ココアは知恵の輪を手に取り、構造を見る。

 

「昔おじいちゃんが作ってくれたんです」

 

「へぇ、器用なもんだね。店の営業もこれくらい器用に出来たらよかったのに」

 

「なんじゃと!?」

 

ティッピーが俺に肉薄するが、俺は片手で受け止めココアへと渡す。

 

「ココア、モフモフしてていいよ」

 

「わーい♪」

 

ティッピー(マスター)受け取ったココアはモフモフしながら知恵の輪に挑戦するという器用なことをする。

 

「ノォォォォ!」

 

「勝手に決めないでください! ティッピーは返してもらいます!」

 

チノちゃんがすぐにティッピーをココアから取り上げる。

 

「パズルピースに知恵の輪か…チノってパズルゲームが好きなんだな?」

 

「はい。知恵の輪も難しく作られていて何度も挑戦しても解けなかったんですが、いつか自分の力で解いて、おじいちゃんをあっと言わせてみます」

 

チノちゃんの目標に俺たちは顔を綻ばせる。

ここまで楽しんでもらえているんだ。マスターも製作者冥利に尽きているだろう。実際に満更でもないようにしているし。

 

「パズルといえば、ココアが完成させたパズルのピースはどこに行ったんだろうな?」

 

「こういうのは忘れた頃に見つかるのがよくあることですけど」

 

「そういうシャロちゃんは学校にランドセルを忘れたまま帰ってきた事があったわ」

 

「!!」

 

ほう、それは珍しい。というか、ランドセル忘れて帰るって…

 

「明日学校行けないー、って困っていたわね」

 

「というか千夜! リゼ先輩やコウナの前で昔の話やめてよ!」

 

「それは可愛いね」

 

「可愛くない!」

 

勢いでチノちゃんのベッドを叩くシャロ。すると、その上に乗っていたティッピーが跳ねて、そこからあるものが出てきた。

 

「ん、何か出たぞ?」

 

「これは…パズルのピースだね」

 

それは最初のパズルの最後の一ピースだった。

 

「ティッピーの中にあったなんて、気付きませんでした」

 

気付かないはずだ。まさかティッピーの毛に埋もれていたなんて誰がわかるというのか。

 

「わぁ、これで完成するね! よかったねチノちゃん!!」

 

興奮でかちゃかちゃと知恵の輪を適当に玩びながら喜ぶココア。

そのとき、何かが外れるような音がした。そこに注目すると、ココアの手にははずされた知恵の輪があった。

 

「ココア、お前」

 

「あらあら…」

 

「ココア、あんたね…」

 

「見事にはずしたね」

 

 

「……」

 

 

睨むチノちゃんにさすがのココアも、冷や汗をダラダラ流している。

 

「あ…あはははは…はは……」

 

「うううう――ココアさん!!」

 

「はい、お姉ちゃんって…」

 

「呼びません!!」

 

どうして呼んでくれると思っていたのだろうか?

せっかく仲直りしたのに、またチノちゃんの機嫌を損ねたココア。

長引くかと思ったのだが、次の日ちゃんと謝るココアはチノちゃんの許しを得るのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に!


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テスト勉強 ~みんなで一緒に勉強会~



どうも、こちらを更新するのは一ヶ月ぶりですね。
どうしても原作だけだと内容の流れを作るのが難しいです。









 

 

「コウく~ん!!」

 

ある日の放課後、ココアが大きな声を上げて駆け寄ってくる。

 

「助けてよ、コウくん~!!」

 

猫型ロボットに縋りつく某小学生のように泣き付いてくるココア。その原因を俺は知っていた。

 

「ココア…またアウトだったの?」

 

「うぅ…ココアお姉ちゃんだよぅ……コウくんの言う通りだよ…」

 

ココアが渡してくる一枚の紙を俺は受け取る。

 

「10点に17点か。これは確かにアウト――よかったね、これがテスト本番じゃなくて」

 

赤色で丸やバツが描かれた答案用紙――中間テスト前の国語や歴史の小テストの結果を見て俺は言う。

 

「それはそうだけど…このままじゃ本番も赤点確実だよぉ~」

 

50点満点中10点、正答率二、三割という赤点必須の結果。ココアは文系科目が大の苦手なのだ。

どうしよう! としがみついてくるココアに、どうするも何もやることは一つだけでしょ、と俺はココアを引き剥がす。

 

「それじゃあ毎度恒例の勉強会をしようか、ココアお姉ちゃん」

 

「お願いします、コウくん先生!」

 

「勉強会するなら、私も混ぜて欲しいわ。いいかしら?」

 

敬礼するココアの後ろからひょっこり顔を出すのは千夜。断る理由はどこにもないので頷く。

 

「ああ、もちろん。ちなみに千夜は今回の小テストどうだった?」

 

「国語や歴史は40点台と問題ないのだけど、私はこっちが苦手で……」

 

そう言って千夜が差し出してきたのは数学や物理の小テストの結果。

 

「20点に22点――千夜は理系科目が苦手なのか…」

 

「お恥ずかしながら」

 

ココアほどでもないが50点満点のテストで四割弱。赤点にはならないだろうが、ちょっと心もとない。

 

「コウくんはどうだったの、今回の小テスト――って、聞くまでもないかな?」

 

「どうして、ココアちゃん?」

 

「だって、コウくんって大体満点なんだもん」

 

えっ!? と驚きの目を向けてくる千夜。

ココアの言う通りで、英才教育という名の虐待に近いレベルで勉強させられた俺は大体の学問は修了しているといっても過言じゃない。

だから小学校通い始めたときから俺は満点しか取ったことない。

まあそれはそれで色々と問題はあったけど、いま話すことじゃない。

 

「コウくんって、知らないことはないんじゃないかってぐらい頭いいんだ!」

 

家族を自慢するかのように高いテンションで話すココア。だが、それを聞いた千夜は何かに気付いたようで表情に影を落とす。

 

「千夜」

 

それをいち早く気付いた俺は千夜に小さく囁く。

 

「気にしなくていいよ。前にも言った通り割り切っているんだから。そんな顔されると俺が困る」

 

「え、ええ。ごめんなさい…」

 

「それじゃあ図書館に行こうか。時間も限られてることだし、ね?」

 

俺たちは荷物をまとめ、学校を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図書館へ向かっている最中、俺たちは見慣れた金髪の少女を見かける。

 

「あれ、シャロちゃんだ! 今帰り?」

 

リゼと同じ学校のブレザーを身に纏って前を歩いていたのはシャロだった。

 

「ココア? 私は図書館に本を返しに行こうとしたところよ」

 

「それなら私たちと一緒に図書館で勉強していかない?」

 

「えー……」

 

ココアが誘うも、シャロの顔は乗り気じゃなかった。

だが、何を考えたのかシャロは急にそわそわし始めて、

 

「そ、そんなに言うなら、教えてあげてもいいかなー」

 

「そこまで言ってないよ!」

 

大体リゼ絡みなのだろう。シャロが頓珍漢(とんちんかん)なことを言い出すのは。

 

「? あら、チノちゃんもいたの?」

 

正気に戻ったシャロは千夜の後ろにいたチノちゃんの存在に気付く。

どういう偶然か、チノちゃんも図書館に向かおうとしている最中で、ばったり出会ったところでココアが誘ったのだ。

 

「私は昔読んだ本をもう一度読みたくなって…でも、タイトルが思い出せないんです……」

 

「あー、あるよねそういうことって。ちなみにどんな感じの内容か覚えてる?」

 

「えっと、正義のヒーローになりたかったうさぎが悪いうさぎを懲らしめるんですが…関係ないうさぎまで巻き込んで大変なことになってしまうんです」

 

目を輝かせながら饒舌に語るチノちゃん。

 

「主人公を追う別のうさぎまで現れて戦ったりもするんですけど…何より最後のシーンが…」

 

いろいろとストーリーを語るチノちゃんは生き生きとしている。だが、そんなチノちゃんに対してこう思ったのは俺だけじゃないだろう。

 

――そんなに内容覚えているのに、また読みたいんだ!?

 

まあ、気持ちはわからなくないから何も言わない。

 

「そういえばチノちゃんもテスト近いって言ってたよね? 勉強のほうは大丈夫?」

 

少なくともココアよりは大丈夫だということは俺は知っている。

 

「ええ。ある程度は。ですが最近わからない問題も増えてきているので、油断は出来ません」

 

「だったらシャロちゃんに教えてもらったら?」

 

千夜が教師役としてシャロを推薦してくる。

 

「シャロは勉強できる人か~」

 

シャロが身に纏っている制服はリゼと同じところの元お嬢様校のブレザーだ。

 

「ええ、特待生で学費が免除されるくらいなの」

 

「それはすごい、たしかあそこの特待生は学年で一人だけだと聞いているけど、シャロだったんだ」

 

「え、ええ…まあね……」

 

「美人で頭がいいなんて!」

 

「非の打ち所がないです!」

 

純粋に褒めてくるココアとチノちゃんに照れた様子を見せるシャロ。

 

「おまけにお嬢様なんて、なんて完璧なの。まぶしー」

 

二人に倣って続く千夜。だけど、指の隙間から褒めた様子のない瞳を向けていた。

もちろん千夜の言葉の意図に気づいているシャロは静かにこめかみに青筋をたてていた。

そんなシャロにとってハラハラする状態が何度か繰り返されながらも、俺たちは図書館へとたどり着く。

 

「わー、この図書館大きいね!」

 

「確かに。こんなに大きいと大体の本は網羅していそうだね」

 

初めて来る図書館の大きさに俺とココアは感嘆の声を漏らす。

 

「ほら、ビックリするのは分かるけど今日の目的を忘れないように。あそこらへんでいいかしら?」

 

ちょうど俺たちが座れるだけの数の椅子があるスペースがあった。

俺たちは各々勉強道具を広げる。

 

「それじゃあココアちゃん、コウナくん。今日はよろしくね」

 

うん、と頷く俺たちにシャロが疑問の目を向けてくる。

 

「え? コウナはともかく、千夜がココアに教えるんじゃないの?」

 

「ちがうちがう、私が教えてもらうの」

 

「私、物理と数学が得意なんだー」

 

「うそでしょ!?」

 

「ほんとだよ、シャロ。ココアは数学と物理は大体満点取れるんだ」

 

信じられないというような顔をするシャロ。まあ、ココアの雰囲気からココアが勉強できるような人ではないように見えてもおかしくはない。

 

「むっ……なんかコウくん、今失礼なことを考えてたでしょ?」

 

「い、いきなり何を言うのかなココアお姉ちゃん……」

 

俺は目をそらす。なぜ分かったんだろうか。

 

「それなら、ココアがチノちゃんに教えてあげればよかったんじゃない?」

 

「ああ、それは無理なんだ。ココアお姉ちゃんは教え下手だから」

 

「なんてこと言うのコウくん! 私そんなに下手じゃないよ!!」

 

「コウナさんの言う通り、ココアさんの教え方はアレなので頼りになりません」

 

「アレ!? チノちゃんまで酷いよ!?」

 

酷いといわれても事実だし。

 

「そうなの? 分かりやすいのに?」

 

だけどそんなココアでも教えられる人物がいる。それが千夜だ。

 

「千夜さんはきっと波長が合うんです」

 

「まあ、ココアお姉ちゃんの教え下手の原因は分かるんだけどね」

 

「?」

 

「ココアお姉ちゃんは理系科目は学年トップレベルなんだけど文系科目が全然駄目なんだよ」

 

「本はいっぱい読むんだけど……」

 

ココアはこの間の中間テストの結果を広げる。

数学、物理、化学は平均90点以上なのだが、国語、英語、歴史が平均20点もいっていない。だからココアの総合順位はいつも平均だ。

 

「文系が絶望的!」

 

「そうなんだよ。国語が出来ないからどうしても言い方が感覚的になって理解が出来ないんだよ。俺はある程度わかるけど…それでも完璧に呑みこめるのは千夜だけだよ」

 

チノちゃんの言う通り波長が合うからだろうか? ココアの教えを理解できるのは後にも先にも千夜だけだろう。

 

「とりあえず、勉強しましょうか」

 

シャロの一声で、俺たちは勉強を始める。

ココアは千夜に、シャロはチノちゃんにというペアで勉強している。

俺は特に勉強する必要はないが、復習のためいろいろな学問の本を借りて読むことにした。

 

「ここの問題はね――」

 

「ふむふむ……」

 

「……」

 

「ここの問題はこの公式を当てはめるの」

 

「あ、そういうことだったんですね!」

 

「……うーん」

 

勉強はじめてから一時間。順調に勉強を進める皆に対して俺は一つの疑問を浮かべていた。

これ、俺がいる意味あるのかな?

そんなことを考えていたのが顔に出たのか、シャロが肩をとんとんとつついてくる。

 

「コウナ、ちょっといいかしら?」

 

「どうしたの?」

 

「ここの問題なんだけど、確か普通に公式に当てはめるより簡単な方法があったわよね? どうやるのかちょっと忘れて」

 

単なる質問。どうやら俺の気のせいだった。

 

「ああ、そこは注目する視点を変えると簡単だよ。えっと――」

 

俺は白紙にすらすらと書き込みながら説明していく。

 

「――すると、公式に当てはめて計算するより楽に計算ができるんだ。どう、わかったかな?」

 

「はい、すごい分かりやすかったです!」

 

「すごいわね、コウナ。あんた将来は教師とか向いているんじゃないの?」

 

「そうでもないよ。チノちゃんは理解力があるから」

 

「いやいや、私も感心しちゃったもの」

 

「あはは、ありがと。そう言ってもらえるなら教え甲斐もあるね」

 

「ふふん、すごいでしょ。うちのコウくんは!」

 

どうしてココアが誇らしげにしているんだろう。

 

「ええ。私、コウナさんのような頼れる兄がいたらよかったです」

 

「――」

 

チノちゃんの言葉にココアが絶句する。

 

「あと、シャロさんのような姉も」

 

「私要らない子だぁ!」

 

それがとどめになったのか、ココアがわんわん泣き出す。そういうところが頼りにならないと思われる要因だろう。

 

「図書館では静かに」

 

「ほら、ココアお姉ちゃん泣かないの」

 

「うう…コウく~ん……」

 

「ほんとに、どっちが兄で姉なんだか」

 

「まったくです…」

 

シャロとチノちゃんに呆れられながらも、よしよし、と頭を撫でてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばチノちゃんは将来、私達の学校とシャロちゃんの学校、どっちに行きたい?」

 

「高校ですか。そうですね、そろそろ視野にいれとかないといけませんね」

 

「チノちゃんはセーラー服が似合うよ!」

 

「ブレザーのほうが絶対可愛いわよ!」

 

考えるチノちゃんにココアとシャロが自分の学校の制服を勧める。

 

「二人とも、さりげなく自分の学校に誘っているな…」

 

似合うというのは本心なのだろうが、なんとも抜け目がない。

 

「私は袴姿がいいと思うの」

 

「いつの時代?」

 

「さすがに現代で袴はないよ、千夜…」

 

袴だったら大正時代のものぐらいだろう。時代が違いすぎる。

 

「そういえばココアは将来どういう仕事に就きたいとか願望あるの?」

 

「私? 将来かー…私はパン屋さんとか」

 

なるほど、ココアにぴったりだ。だけど、一番上の姉やココアのお母さんを超える必要が出てくるけど。

 

「それか、弁護士さんかなー?」

 

また突拍子もないものがキター!?

 

「まったく想像がつかないんだけど!? 確かに二人のうち一人の兄さんは法律の勉強してるけどさ!?」

 

「えー、想像できない?」

 

そういうココアに、俺は脳内で想像する。

 

 

――私ココア。街の国際弁護士☆

 

 

うーん、いまのココアがオトナとして無理して振舞おうとしているだけのような気がする。

 

「今のココアじゃまったく分からないな……」

 

「もう少しオトナっぽく想像してよ! それとココアお姉ちゃん!! お姉ちゃんが大人として成長した姿で想像して!」

 

そういわれて、俺はもう一度想像する。

 

 

――私ココア。街の国際弁護士よ。

 

 

……色気がありすぎて、さすがにやばい。

 

「というか、頭身の問題じゃないでしょうが!」

 

シャロに突っ込まれて俺ははっとする。確かにその通りだ。頭身に関わらず、ココアが弁護士ってちゃんとした想像ができない。

 

「私は自分の力で甘兎をもっと繁盛させるのが夢♪」

 

「私も…家の仕事を継いで立派なバリスタになりたいです」

 

実家が自営業なら家を継ぐことを考えるのは自然の流れ。それを本心で言っているあたりとっても千夜やチノちゃんらしい。

 

「いい夢だね、うん。応援するよ、千夜、チノちゃん」

 

「あ、ありがとう…コウナくん……」

 

「ありがとうございます……」

 

顔を紅くして俯く二人。一体どうしたの言うのだろうか?

 

「バリスタかー…バリスタもかっこいいね。よし、決めた!」

 

すると、ココアが拳をぎゅっと握る。

 

「私、街の国際バリスタ弁護士になるよ!」

 

「詰め込みすぎ!」

 

「街の国際から離れてください」

 

全部ひとまとめにするココアにさすがに突っ込みを入れる。というか、街の国際弁護士ってすごい矛盾していることにココアは気付いているのだろうか?

そんな夢の話をしつつ、あらかた苦手科目のテスト範囲をさらったココアとチノちゃんはチノちゃんが読みたがっていた本を探しに行った。

残されたシャロと千夜は自分の勉強をして、俺は二人の勉強を見ながら本を読み続けていた。

 

「……もし」

 

静寂に包まれている中、シャロがポツリと呟いた。

 

「私が千夜やコウナたちと同じ学校だったら、どうなっていたんだろ?」

 

「今の学校、後悔しているの?」

 

寂しそうな目をしていたシャロに千夜が問いかけると、シャロは机に伏せた。

 

「せめて、リゼ先輩と同じ学年だったら…」

 

「ほんとにしてたー」

 

「シャロは同学年に友達は……いないんだろうな。そんなこというなら」

 

「いないわけじゃないのよ!? ただ、ほら……みんな私と違って本物のお嬢様やお坊ちゃんだから」

 

なるほどね。周りとズレているから本当の自分が出せないということか。

 

「んー、正直窮屈よね。学費免除でエリート学校に入れても。私も周りがお嬢様やお坊ちゃんだらけだったら、気を遣って疲れちゃう」

 

千夜の言う通り、俺でも素の自分が出せない環境というのはなかなかにきつい。

 

「でも待って…もしシャロちゃんが私たちと同じ学校だったら、コウナくんは男の子だからまだしも――人数合わせ的に私とココアちゃんが別のクラスになってたかも! そんなの困るわー!!」

 

「ぐさっ!?」

 

シャロに言葉のナイフが刺さった!? というか、幼馴染にそういうこと言っちゃ駄目でしょ!

 

「なーんて、冗談」

 

「い、いい加減にからかうのはやめてよ!」

 

冗談でも質の悪い冗談だ…今度から腹黒千夜さんと呼ぼう。

 

「コウナくん、今何を考えていたのかしら?」

 

「いや何も考えてないよ!? うん、シャロと千夜は仲良しだなぁって」

 

「ふふふ、だって私たちは幼馴染よ? 学校以外でもこうして会ったりできるんだもの」

 

笑顔で言う千夜の言葉の意図に気付いたシャロははっとする。

 

「千夜……」

 

「私たち大人になっても、ずっと一緒よ」

 

「……ん」

 

照れくさそうにそっぽを向くシャロ。だが、満更でもないようだ。

俺も小さく微笑みながら、ニコニコしている千夜と顔を赤らめているシャロを眺めるのだった。

 

 







いかがでしたでしょうか?
久々の更新な上に突然で申し訳ないのですが、こちらの更新はしばらくしないことにしました。
録画していたごちうさがすべて消されてしまったためです。
原作だけだと少し書きづらいので、それをどうにかできるまでしばらくお休みします。
blu-ray&DVDって今いくらするんだろう……


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20.球技大会 ~え、全員俺の敵ですか?~



どうも、お久しぶりです。
ごちうさ第二十羽、球技大会です!!





 

 

 

「はーい、それじゃあ球技大会の出場種目を決めまーす! 各自出たい種目に丸をつけてくださーい。人数がオーバーするようだったらくじ引きをしまーす」

 

週に一度あるLHR。今日のこの時間は2週間後に行われる球技大会の出場種目を決めていた。

女子達が出場する種目に一喜一憂する中、俺は一人暇を持て余していた。

そんなところに話し合ったいたココアと千夜が戻ってきた。

 

「コウくん、私と千夜ちゃんはバレーボールになったよ!」

 

「うん、ココアお姉ちゃん? 書いてあるからわかるよ?」

 

「コウナくんは他のクラスの男の子とチームになるのよね?」

 

「団体種目はね。個人種目は男子のなかで代表を決めてくれって言われた」

 

俺は学校の数少ない男子ということで、多クラスの男子とチームを作って優勝した各学年の女子チームとスペシャルマッチをする予定になっている。当然、ハンデつきだ。

 

「コウナくんならきっと大活躍間違い無しよね。羨ましいわ」

 

そう言う千夜の顔には陰りがあった。

 

「そうでもないよ――なんか浮かない顔しているけど、千夜は運動苦手なの?」

 

「私、体力に自信がないの」

 

「それなら練習だよ千夜ちゃん! 目指せ、打倒コウくん!!」

 

ノリノリで千夜の肩をつかみ、俺を指差して宣言するココア。

 

「なら最初に優勝しなきゃな。頑張れ、ココア」

 

「ココアお姉ちゃん、だよ! コウくん、私たちが優勝できないって思ってるね!?」

 

そんなことは思ってない。球技大会に出る人みんなに優勝の可能性があるのだから。ただ――

 

「ココアに負けるってビジョンがまったく想像できないなぁ~?」

 

きっとこの時の俺は意地悪な顔をしていたのだろう。ココアはまるでリスのように頬を膨らませた。

 

「もう! コウくんは私が絶対倒すんだから!!」

 

ココアはクラスの全員が注目しているのにも関わらず声高らかに宣戦布告するのだった。

 

 

 

 

 

「――ということでもうすぐ私の学校で球技大会があって、千夜ちゃんと一緒に練習するからその間バイト出られなくなるけどいいかな?」

 

「いいですよ、頑張ってください」

 

「えっ…本当に……?」

 

「コウナもいて人も足りてるし、別に忙しいわけじゃないからな」

 

自分から言い出したことなのにすんなり要望が通ったことに戸惑うココア。

 

「止めないん……ですか?」

 

偶然通りかかったタカヒロさんに視線を向けるもタカヒロさんはサムズアップして部屋へと戻っていく。するとココアはしゅんとしてしまった。

その様子を見た俺たちは納得した。

 

「止めてほしかったのか」

 

「言葉を悪くしたら"別にココアが居なくても店は問題なく回る"って、言ってるようなものだからね――ほらココアお姉ちゃん。千夜を待たせているんじゃないの? 早く向かったら?」

 

「うん……」

 

しょんぼりしながら運動服に着替えたココアはラビットハウスから出て行った。

 

「あの…リゼさん、コウナさん。お願いがあるんですが……」

 

するとココアがいなくなったタイミングでチノちゃんが切り出してくる。

 

「ん、どうしたチノ?」

 

「お願いって何かな?」

 

「私も授業でバドミントンの試合があるんですが、調子が悪くて…お二人がよければ練習に付き合ってもらえませんか?」

 

チノちゃんに頼られて嬉しかったのか、いいよと二つ返事で答えるリゼ。だが、

 

「親父直伝の特殊訓練を叩き込んでやるよ!」

 

バドミントンの練習で何を教えようとしているんだ、リゼは。

 

「あの、でも、私も人間なので、殺さない程度に…」

 

「私をなんだと思っている」

 

怯えるチノちゃんにリゼは納得いかないようにしているもそれはしょうがないだろう。

 

「バドミントン一つで特殊訓練とか、むしろ何するつもりだったのさ、リゼ…」

 

「へ、変なことはしない! 体力向上のための走り込みや素振りとかいたって普通の練習だ!!」

 

慌てて否定するが、リゼは加減を知らないからな心配だ。

 

「まあ、俺もいるから安心してチノちゃん」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「おい! 無視するな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、まだ本来はバイトの時間なのだが俺たちは公園へと向かっていた。というのも、

 

「早めに代わってくれたおじさんのためにも、上達しような」

 

リゼの言う通り、事情を知ったタカヒロさんが早く交代してくれたのだ。

 

「ティッピーが頭に乗っていたら二倍の力が出せるんです。うそじゃないです」

 

変な理論で言い訳をしながらラケットを振り回すチノちゃん。しかしその目は明らかに俺たちのほうを向いていなかった。

 

「今さらヘタな言い訳を…」

 

「そもそもティッピーを頭に乗せながら運動するほうが難しいんじゃない?」

 

「うそじゃないです」

 

「そっかそっか。じゃあティッピーなしで勝てるように練習しないとね」

 

痛いところを突かれたようにチノちゃんの顔が歪む。

そんな話をしつつ公園へとついた俺たちは見覚えのある姿を見つけた。

 

「ん? あれは……」

 

「ココア? なんで倒れているんだろう」

 

ココアがうつ伏せになって倒れていた。

 

「最近死んだフリにはまっているのか?」

 

いやリゼさん。倒れているのは不思議だけどそれは無い思うよ。

 

「隣には千夜さんが…」

 

「何があった!?」

 

「とりあえず行ってみようか」

 

俺たちはココアたちの元へ駆け寄る。

するとチノちゃんがまるで殺人事件の現場のように、木の棒でココアの体の輪郭をなぞり始めた。

 

「この状況、どう見ますか」

 

「倒れている二人、現場に残されている一つのボール――球技大会の練習というのは建前で、お互い叩きのめしあったというわけか…」

 

「まさか、親友って言っていたのは嘘だったのか。せっかくココアに気の会う友達が出来たと思って安心したのに…どうしてこんなことにっ」

 

「どうしたそう見えるのっ!? あとココアお姉ちゃん!!」

 

がばっ、と起き上がるココア。

 

「生きてたか」

 

「まあ、そうだよね。ほら、千夜も起きて、いつまでも地面に横たわってると汚れるよ?」

 

「ごめんなさい、コウナくん…」

 

俺は千夜を起こす。

 

「それで、どうして二人は倒れてたんだ?」

 

「……それはその」

 

ココアの話を聞くと、バレーボールの練習でトスを指示しのにスパイクが飛んできて見事にココアの顔面にクリーンヒット、そして体力がなくなった千夜も力尽きた、とのことらしい。

 

「千夜ちゃん、和菓子作りと追い詰められたときだけ力を発揮するから……」

 

恐るべし、千夜の限界突破。チノちゃんとリゼの顔も真っ青になってるし。

 

「その様子じゃ、チームプレーも難しいんじゃないか?」

 

「顔面に当てたら反則なんだよ?」

 

「うそ…知らずにやってたわ……」

 

「わざとじゃないよね!?」

 

わざとかどうかはこの際置いておいて、

 

「確か顔面はセーフじゃなかったですか?」

 

チノちゃんの言う通り、バレーボールにおいて顔面に当たっても反則ではない。

 

「うん。反則なのは二回連続で触ったり、ボールを持ったりしたら反則で、顔面に当たってもボールが上がっていればセーフなんだよ」

 

「そうなの? よかったー」

 

「全然良くないよっ!!」

 

まあ、被害に遭う方はたまったものじゃないだろう。

 

「ま、頑張ってココア。千夜の力を引き出せれば優勝も目じゃないよ?」

 

「その前に私が死んじゃうよ! それと、お姉ちゃんを呼び捨てしないの!!」

 

「それじゃあチノちゃん、リゼ。バドミントンの練習しよっか?」

 

「ああ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「無視しないで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ行くぞチノ――」

 

ポーン、とリゼからゆるく打たれる羽。チノちゃんは狙いを定めてラケットを思い切り振るが、

 

「ふん!」

 

見事に空振った。

空を切ったのが恥ずかしいのか、チノちゃんは身を縮込めた。

 

「す、すみません……」

 

「あはは、落ち着いてやれよー?」

 

「チノちゃん、力を抜いてー」

 

ほのぼのとした空気の俺たち。そんな空気でやっているのが羨ましく思ったのか、

 

「私、そっちに行きたい!」

 

「だめだ」

 

そういうココアだがリゼから即却下され、リゼはチノちゃんとバドミントンの練習を続ける。

 

「お姉ちゃんの競技はバレーボールでしょ」

 

「だって、千夜ちゃんのボールがすごい怖いんだもん……!」

 

千夜には聞かせられない本音なのかココアが耳元で言ってくる。

 

「でも、千夜はココアお姉ちゃんのチームメイトでしょ? 見捨てたらだめ」

 

「見捨てるなんて絶対しないけど、わかった――千夜ちゃん、今度はレシーブで返してね?」

 

「せめて関係ない当てちゃうクセは直さないと……わかったわ!」

 

気合を入れる千夜、だが――

 

「やばっ! ちょっと強すぎちゃった!?」

 

ココアが力加減を間違えたのか、勢いよくボールが千夜に飛んでいく。

さらに――

 

「わっ! 手が滑ってラケットが千夜さんのほうに――!!」

 

チノちゃんが振ったラケットが千夜へと襲い掛かる。

 

「危ないっ!」

 

急いで千夜へと駆け出すが、当然ながらボールとラケットのほうが速い。

 

「くそ、間に合えェ!!」

 

俺は一か八かで千夜に飛び込む。だが、

 

 

 

「あ、靴紐が」

 

 

 

「ええええええ!?」

 

俺は仰天の声を上げる。

千夜は解けた靴紐を結び直そうとしゃがんだのだ。そうなれば当然――

 

「千夜、避けてぇ!?」

 

「コウナくん――きゃあ!?」

 

俺は千夜を巻き込んで倒れた。せめて千夜に怪我をさせないように俺は彼女を上にして頭を抱きしめる。

そしてちょうど、俺たちの上をボールとラケットが通り過ぎた。

そして俺と千夜の間に静寂が訪れた。

 

「ごめん千夜…怪我はないか?」

 

「え、ええ。大丈夫よ」

 

「いきなりごめん。千夜が危ないと思ったから」

 

「何のことか分からないけど…コウナくんが私を助けようとしてくれたのは分かるわ。ありがとう、コウナくん……」

 

「え、あ、うん」

 

花が咲くような笑顔を間近で向けられて俺は少し赤面する。

よくよく考えれば、この体勢は非常にまずい。千夜から漂う彼女の匂いや、少し疲れたのかちょっと荒い息遣い。そして千夜を正面から抱きしめていたので、前まで中学生とは思えない胸の感触が広がっていた。

 

「千夜、コウナ! 大丈夫か!?」

 

「ああ、俺も千夜も大丈夫だ」

 

「千夜さんって、自分の危機は回避できるんですね」

 

「そうみたいだね」

 

駆け寄るリゼとチノちゃんに問題ない、と手を振る。しかし、

 

「……」

 

無言の圧力が俺に掛かってきた。

 

「ココア、お姉さま……?」

 

真顔で、しかも瞳孔が開けたまま見つめてくるココア。思わず様をつけてしまうほどココアは無表情だった。

 

「コウくん」

 

「はい」

 

「また、モフモフの刑かな?」

 

「お願いします! それだけはご勘弁を!?」

 

俺はすかさず土下座をする。だが、どういうわけかその行動がさらにココアの怒りを買ったようで、

 

「なんで即答するのっ!! コウくんの馬鹿――――!!!!」

 

「へぶしっ!?」

 

ココアから放たれた力強いスパイクが俺の顔面にクリーンヒットした。

 

「もう知らない!!」

 

「なんで…どういう、こと…だよ……――ガクリ」

 

そしてそのまま俺は気を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んぅ――」

 

「コウくん、おはよう」

 

目を覚ますと、目の前には少し頬を膨らましたココアの顔があった。頭の下は柔らかい感触が広がっている。どうやらココアに膝枕をされていたみたいだ。

怒っていても、地面に放置せず膝枕をしてくれているところにココアの優しさを感じる。

 

「あれ、他のみんなは?」

 

「チノちゃんとリゼちゃんはあっちでバドミントンの練習してるよ。千夜ちゃんはさっき来たシャロちゃんとバレーの練習」

 

「そっか。ごめん、頭重いでしょ。すぐに退けるから――わぷっ!?」

 

起き上がろうとしたところで、ココアに額の真ん中を指で押された。

 

「コウくん。お姉ちゃんは一つ、コウくんに苦言を呈します」

 

「はい、なんでしょう……!?」

 

「コウくんはもっと注意するべきだとお姉ちゃんは思います」

 

「えっと……どういうことでしょうか?」

 

「最近のコウくんはお姉ちゃん以外の女の子とベタベタしすぎだと思います」

 

「そう、か……? そんなつもりは毛頭ないんだけど」

 

ちゃんと年頃の男女だと考えて、そんなことはしていないつもりなんだけど。

 

「それにそういうなら、今のこの状態も駄目なんじゃないかな?」

 

「お姉ちゃんはいいの!!」

 

えっ、なにその理論。

 

「とにかく、コウくんはもっと気をつけるの! わかった!?」

 

「え、ええぇ……?」

 

「わ・か・っ・た?」

 

「はいぃ! 了解であります!!」

 

ずいっと、顔を寄せるココアに俺は寝転がりながらも敬礼する。

 

「コウくんは球技大会までの間モフモフの刑と女の子の勉強だから、覚えておいてね?」

 

「はい…了解であります……」

 

どうやら、俺はこれから寝不足になることが決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後――

 

 

 

 

 

「球技大会、勝ったよー!」

 

「うそ!?」

 

ココアの報告に、リゼが驚きの声を上げる。

本当ですか、と目を向けてくるチノちゃんに俺はうん、と頷いた。

 

「千夜のやつ、大丈夫だったのか?」

 

「実は千夜の種目をバレーからドッジボールに変えてもらったんだよ」

 

「千夜ちゃん、避けるのだけは上手くて全然当たらないの」

 

「なぜ最初からそうしない!?」

 

「俺もそう思うよ」

 

本当になんだったんだろうね、球技大会までの苦労は。

 

「そういえばコウナさんは試合どうだったんですか? たしか、優勝した人や各学年のチームと男の人たちで勝負だったはずですよね?」

 

「ああ、それね……」

 

そう聞かれた瞬間、俺は遠い目をした。

 

「ど、どうしたコウナ! なんか死んだ魚の目をしているぞ!?」

 

「なにがあったんですか?」

 

「あ、えーっと、あはははは……」

 

唯一この場で事情を知っているココアだけは苦笑いをしていた。

 

「……他クラスの男子が、戦力にならなかったんだ。その結果バレーボールもバドミントンもバスケットボールもドッジボールも卓球もテニスも、全種目全員をほとんど俺一人で相手したんだよ……しかもハンデ着きで」

 

「マジか……」

 

リゼは哀れみの目を向けてくる。

 

「でも、コウくんすごかったよ! ハンデがあったのにほとんどの種目に勝ったんだもん!!」

 

「うん、一年生のドッジボール以外は全部勝ったよ」

 

「無双、ですね。さすがコウナさんです」

 

「その一年生のドッジボールは――ああ、千夜か」

 

そう。まったく当たらない千夜がいるチームにだけ勝てなかったのだ。もちろん俺はアウトになっていないのだが、時間切れで負けたのだ。

 

「疲れたよ。本当に疲れた…なんだよ、"拙者らじゃ彼女たちの相手にならぬ、保登どのよろしく頼む"って。しかも優勝した女の子は運動できる子たちなのにその全員の相手って……俺がハンデ欲しかったぐらいだよ……!!」

 

恨み言をつらつらと言う俺にリゼとチノちゃん、ココアは苦笑いをして、

 

「まあ、なんていうか、お疲れ様」

 

「お疲れ様です」

 

「コウくん頑張ったね、偉いよ。よしよし」

 

皆の労いに、俺は少し救われるのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
dehamatajikaini!



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21.父の日のプレゼント ~産業スパイ大作戦(掛け持ちバイト)~



どもども~おひさしぶりです
燕尾です。





 

「もうすぐ父の日だねー」

 

「今年は何を贈りましょう……」

 

梅雨入り前のある日、ラビットハウスでバイトをしているとココアとチノちゃんがふとそんな話をしていた。

 

「父の日か…たしか外国のある女性が男手一つで育ててくれた父を讃えて牧師に頼んで父の誕生月に礼拝したのが始まりらしいね」

 

「へぇ~そうなんだ!」

 

「初めて知りました」

 

「母の日は父の日が出来る前にあったらしい。その女性が、母の日のように父に感謝する日を――ってね、それ知ったとき、俺は少し驚いたよ」

 

どちらも自分の両親なのに母親だけにしかそういう日がなかっただなんて、少し父親が不憫だと思った。

 

「そういわれたらそうだね。私、一ヶ月違うのは感謝する子供が大変だからだと思ってたよ」

 

「母の日しかなかったのはやはり産んだからなんでしょうか?」

 

「そうなんじゃないかな、自分のお腹を痛めて産んでくれた母親に感謝をって印象があったのかもね」

 

でも、やっぱり父親と母親の愛の結晶が子供だ。なら両方に感謝するのが普通だと思うが、当時の考えはよく分からないからなんともいえない。

 

「ココアお姉ちゃんは父の日どうするんだ? 父さんに何か贈る?」

 

「贈り物は難しいから電話しようと思ってるよ。コウくんはどうするの?」

 

「俺は贈るつもりだよ。母の日もそうしたし」

 

そうなの? というココアに俺は頷く。

母の日のときは、俺は母さんに手紙とともにミトンを贈った。向こうも喜んでくれたようで、今では毎日そのミトンを使ってパン屋を営んでいると返事の手紙に書いてあった。

 

「それじゃあ、もう贈るものは決まってるの?」

 

「うん。一応はね」

 

「ねね、なに贈るの? お姉ちゃんにも教えて!」

 

「そこは内緒」

 

「ええー! いいでしょ、教えてよー!!」

 

「あーもう、引っ付かない! バイト中でしょ!!」

 

そうココアを引き剥がそうとしているとき、勢いよく、扉が開かれた。

 

「明日から私は、短期で他店でもバイトすることにした!」

 

声高らかに宣言して現れたのはリゼだった。

 

「シフト少し変えてもらったからよろしく」

 

「了解ー。頑張ってね、リゼ」

 

ああ、と頷くリゼ。だが、そんなリゼをココアとチノちゃんは身を寄せ合いながらおびえるように見つめた。

 

「リゼちゃんが軍人から企業スパイに!」

 

「スパイなんて頼んでませんよ…」

 

「軍人じゃないし、スパイでもない…」

 

「というかなんでコウくんは普通に受け入れてるの!? リゼちゃんが他店に取られちゃうんだよ!?」

 

「取られるわけじゃないよ、短期で働くんだからちょっとした掛け持ちでしょ」

 

それにそうする理由も分かっている。というかいま話題に上がっていたことだし。

 

「父の日に何か贈るんだよね、リゼ?」

 

「ああ、その通りだ。父の日にヴィンテージワインを贈ろうと思ってな」

 

「それに女子高生がそんなお高いものを!?」

 

「また、随分な高価なものを贈ろうとしてるね?」

 

「いや、実はな。親父のコレクションのワインを一本台無しにしてしまったんだ」

 

あらら、それは親父さんもがっかりしてしまっただろう。ヴィンテージのワインは手に入れるのに苦労するからね。

 

「だから罪滅ぼしも兼ねて、な」

 

「なるほど、それで短期バイトを始めるんだ」

 

「それにしても普段バイトでミスしないリゼちゃんがワインを台無しにするなんて珍しいね?」

 

そうココアが言うとリゼは何かに怯えるように震えていた。

 

「いや、その…昨日、黒い悪魔が出たから思わず手近な鈍器で…」

 

「ワイルドすぎるよ」

 

いや、そういうココアも黒の悪魔が出たらいろいろなものを巻き込んで容赦なく退治するでしょ。

まあ食べ物を扱っている以上、ご来店されたらすぐ退店させないといけないのは鉄則なのだが、女性陣がやると後片付けも大変になるのだ。

 

「でも、よく昨日の今日でバイト見つかったね?」

 

面接とか、向こうのシフトとかの兼ね合いとか、すぐに決まることではないと思うのだが。

 

「ああ、千夜の甘兎庵とシャロのフルール・ド・ラパンで働かせてもらうことになったんだ」

 

「なるほど。二人に話を通してもらったのか」

 

甘兎庵は千夜の家だし、フルールではオープニングスタッフのシャロがいるから、こんなに早く決まったのだろう。それならちょうどいいタイミングだ。

 

「なら、明日からよろしくね。リゼ」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「俺も明日から甘兎とフルールでバイトするんだ」

 

「え゛っ!?」

 

「そうなんですか!?」

 

俺の言葉にココアが固まり、チノちゃんが身を乗り出した。

 

「うん。俺もちょっとお金が必要でね。リゼと同じく短期間で甘兎とフルールでバイトすることにしたんだ」

 

「コウくん、お姉ちゃん何も聞いてないよ!?」

 

うん、だって話していないもの。なぜなら、

 

「駄目ー! 絶対ダメェ――!!」

 

こうなることが分かっていたからだ。ココアは俺の目の前でバツ印を作って通せんぼする。

 

「どうして! もう私には飽きちゃったの!?」

 

「なんで恋人みたいな台詞を言うのさ」

 

「コウナさん、うちの店じゃ物足りなかったんですか……?」

 

「そうじゃないよチノちゃん。バイトはラビットハウスを中心にシフトを組んでるし。ここのバイトが休みのときにほかのところに働きに出るだけだよ」

 

シフトの関係上どうしても休まないといけないときがある。そのときにほかのところでバイトさせてもらうというだけだ。

 

「うぅ…コウくん、コウく~ん……」

 

「ああ、もう。少しの間だけだって! ずっとじゃないんだからそんな情けない声を出さない!」

 

涙目になっているココアを放って、俺は洗い物を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、俺は千夜から手渡された和風の制服に袖を通す。

 

「コウナくん、制服着れたかしら――?」

 

扉の向こうで聞いてくる声に俺が大丈夫と答えると、引き戸が開けられて千夜が入ってくる。

 

「こんな感じで大丈夫だよな?」

 

確認をとる俺の周りをぐるりと見て、千夜は頷いた。

 

「コウナくん、よく似合っているわ」

 

「それはどうも、リゼのほうは準備できたの?」

 

「ええ。リゼちゃんのツッコミは一流よ」

 

「……一体何の準備をしていたんだとつっこむのはやめておくよ」

 

あら残念、と笑いながら千夜は急に俺へと手を伸ばす。

 

「えっ、ちょっ……」

 

「動かないで。ちょっと制服が重なっているわ」

 

戸惑っている俺を余所に千夜は折れていた襟を正してくれた。

 

「これで大丈夫――コウナくん、今日からお願いね。それじゃあ私はリゼちゃん呼んでくる間は接客をお願い。注文は厨房にいるお祖母ちゃんに渡してね」

 

「わかった。こちらこそよろしく、千夜」

 

そう言って俺はフロアへと出る。すると、早速一組のお客さんが来た。

 

「いらっしゃいませ、甘兎庵へようこそ」

 

そして俺は袴姿で入ってきたお客さんに一礼する。

 

「席にご案内します。こちらへどうぞ」

 

「あら、新人さんですか?」

 

おっとりとした声で問いかけてくる薄いブロンドヘアーの女性。

 

「短期間のアルバイトです。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします、抹茶と煌めく三宝珠をお願いします」

 

まさか、千夜が考えたメニューを理解できる人がいるとは。

 

「……かしこまりました、少々お待ちください」

 

一瞬気を取られた俺は直ぐに気持ちを切り替える。

厨房にいる千夜の祖母にオーダーを伝えてから再びフロアに戻ると、千夜とリゼが来ていた。

 

「こ、コウナ!? どうしてお前がここにいる!?」

 

「どうしてもなにも俺も甘兎で働くって言ったでしょ。しかもここまで一緒に来たじゃん」

 

「それはそうだけど!」

 

「ふふ…リゼちゃんったら、気持ちの準備ができていないのよ」

 

「ん、なんの?」

 

「駄目よ、それはコウナくんが気付かなきゃ」

 

「その、どうだ……?」

 

クルリと回るリゼ。そこから導き出される答えはただ一つ。

 

「いつもより多く回っておりますね?」

 

「違うっ! 大道芸をしている訳じゃない! それで回るのは傘だろう!?」

 

「正確かつ丁寧なツッコミ……千夜の言う通りだね」

 

「なんの話だ!? そうじゃなくてっ――」

 

「冗談が過ぎたね。うん、よく似合ってるよリゼ。雰囲気が変わって美人になったと思う」

 

「~~~~っ!!!!」

 

「リゼちゃんったら顔が真っ赤。それにしてもコウナくん、ココアちゃんが聞いたら発狂しそうな言葉がポンポンとよく出てくるわね?」

 

別に普通に褒めただけだと言うのに、女の子って本当に分からないな。それにココアが発狂するって、どういうことだろうか。

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

「どうしましたココアさん?」

 

「なんかいま、コウくんが女の子をたらしている気配がした!!」

 

「そうですか、仕事に集中してください」

 

「コウくん、帰ったらじっくり話を聞かせてもらうからね……」

 

「ココアさん、仕事してください」

 

 

 

 

 

「――っ!?!?」

 

今すごい悪寒が走ったぞ。なんかこの後酷い目に遭いそうな、そんな感じの寒気が…

 

「どうした、コウナ?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

俺は平然を装ったが、内心、嫌な予感が止まらない。

そして、その予感は外れることはなかった。

リゼと千夜と問題なくバイトをこなし、ラビットハウスへと戻ると――

 

「コウくん!! 今日のことを洗いざらい吐いてもらうからね!」

 

ココアが剣幕な表情で迫ってきて、今日甘兎庵で何があったのか全部話すまで寝かせてくれなかった。

それから数日後、ラビットハウス――

 

「やだぁ~!! コウくん行っちゃやぁ~!!」

 

ココアは俺の背に抱きついて、行かせまいと必死に引きとどめていた。

 

「だー、もう! 抱きつくなって!!」

 

ふにふにとした柔らかいものがオレの理性を壊しちゃうから!

 

「どうして!? どうしてお姉ちゃんに黙って他のところに行こうとするの!?」

 

「掛け持ちしてるからだよ! 別にラビットハウスやめたりしてるわけじゃないでしょうが! あくまでここのシフトが休みの時に他でアルバイトしてるだけ!!」

 

俺は力づくでココアを引っぺがし、頭を押さえる。

抱きつこうとするココアは必死に両手をわたわた動かすが、腕の長さは俺の方が長いので、届くことはない。

 

「こう゛ぐ~ん!!」

 

「ココアしつこい! 帰りも遅くならないし、良い子にしてバイトしなさいっ!!」

 

なんだか、聞き分けのない幼児を叱っている気分だ。

 

「うぅ……」

 

それでもちょっと強く言い過ぎたか、ココアは明らかにしょんぼりとしていた。

 

「ごめんなさぁい……」

 

今にも泣き出しそうな、深い悲しみに暮れているココア。

 

「……はぁ」

 

そんな我が義姉を見てバツが悪くなった俺は深くため息を吐く。

そしてココアに目線を合わせて両手を広げた。

 

「ほらココア、おいで」

 

「っ、うんっ!」

 

ココアはさっきよりも強く抱きついてきた。

 

「まったく本当に、これじゃあお姉ちゃんって見られないのも仕方ないんじゃないのか?」

 

「うう~、だってぇ……」

 

呆れている俺にさりげなくすりすりと頭をこすり付けるココア。

 

「ココアはお姉ちゃんなのに、甘えん坊だな~?」

 

「そ、そんなことないもん。これはただ…そう、これはいってらっしゃいのハグだよ!」

 

俺の言葉に我慢ならなかったのか、ココアは厳しい言い訳をする。

 

「それならもう放してくれないか?」

 

「や! あともう少し!!」

 

結局甘えん坊なのは変わりなかった。本当はこの姉の甘え癖はどうにかしないといけないのだが、

 

「えへへ……」

 

嬉しそうにしているココアを見ていたらそんな気も失せてしまうのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ココアお姉ちゃんのような姉が欲しかった燕尾がお送りしました。





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22.掛け持ちバイト ~フルールでのバイト~



どうも、燕尾です。
一ヶ月経ってしまいました。てへぺ――






 

 

 

ラビットハウスから離れて次にやってきたのはシャロの働くフルール・ド・ラパン。

今日のバイト先はここだ。

執事服のような制服に袖を通したところでドアがノックされる。

 

「コウナ、制服のサイズはどう?」

 

「ああ、ピッタリだよ」

 

入ってきたのはシャロだ。だが、その顔は何故か紅くなっていた。

 

「――ってなんでそんな顔を紅くしているのさ? 風邪でも引いた?」

 

「いやその、さっきリゼ先輩のところに行ってきたんだけど…その……なんだかいかがわしさが、ね」

 

シャロの話に俺はああなるほど、と納得してしまう。

確かにリゼのプロポーションならその反応もおかしくはないのだろう。スカートもラビットハウスや甘兎庵と比べるとかなり短いものだし。

 

「それじゃあこれから少しの期間だけどよろしく、シャロ」

 

「ええ、よろしくね」

 

そして掛け持ちバイト第二段が始まるのだった。

 

 

 

 

 

「おお…リゼ、その制服ピッタリだね」

 

「そ、そうか? ありがとう……」

 

もじもじしながら照れた様子を見せるリゼ。そんなリゼを見て俺は少し顔をそらす。

 

「確かにシャロの言ったとおりだな。少し淫靡な感じがする……」

 

「でしょ?」

 

どうしてだろうか、ちょっと脚の露出が多いだけの制服なのに、どうしてここまで感じてしまうのだろうか。

 

「リゼは魔性だった……?」

 

「おい、コウナ! 適当なこと言うな!!」

 

銃を構えるリゼに俺は両手を挙げて謝る。てか、こんなところにまで持ってくるなよ。

 

「ほら、お客さんが来たよ! だからその物騒な()をしまって」

 

「まったく仕方がない奴め――いらっしゃいませ」

 

入ってきたお客さんにいたって普通の出迎えをするリゼ。

 

「あ、先輩。恥ずかしいとは思いますけど仕草を変えて」

 

こんな感じで、と言うようにシャロがお手本を見せる。それは確かに少しやるのに勇気がいるような仕草だった。

だが、そこはラビットハウスでもアルバイトをしているリゼ。仕事と言うものに妥協はしなかった。

 

「い、いらっしゃいませー」

 

多少の恥ずかしさはあれどきっちりとやるリゼ。だがしかし……

 

「……」

 

「はわあ~~ッ」

 

「どうしてお前たちが顔を紅くして照れているんだ!?」

 

「すみません、なにかいけないものを見た気がして…」

 

「破壊力がありすぎて…」

 

どうしてシャロとリゼでこうも差が出てくるのだろうか。やっぱり身体つき――

そこまで考えたところで頭と背中に何か冷たいものが押し付けられる。

 

「おいコウナ~? なにか変なこと考えているだろ」

 

「とーっても不愉快なことを考えられた気がするわ?」

 

「そんなことないよ? だから銃とナイフを離してくださいお願いします!」

 

慌てて取り繕う。どうしてこう言ってもないことを読み取れるんだろうか。

 

「ほ、ほら! お客さんもいるんだから、落ち着いて!」

 

不服そうにしているが、何とか矛を収めてくれた。

 

「そういえばシャロはどうしてここでバイトしているんだ?」

 

ふと疑問に思ったことを口にしたリゼ。だが、それはシャロにとって答えづらいものだった。

 

「そ、それはっ……!?」

 

やはりと言うか慌て始めるシャロ。

 

「ここの食器がすごく気に入っていて決してお金に困ってるとかそういうわけでは――」

 

あーあ、ものすごいテンパっているよシャロ。これじゃあ疑問に思ってくれって言ってるようなものだ。

 

「そういえばティーカップ好きとか言ってたっけ」

 

だが、リゼはシャロの言葉を鵜呑みにしていた。これはチャンス、とここぞとばかりに俺も便乗する。

 

「親に頼らず自分で稼いだお金で欲しいもの買いたいって、リゼも思ったことはあるんじゃないかな?」

 

「ああ。その気持ちはわかる。ラビットハウスで働き始めたのはそれが元だ。まあ、どうしてラビットハウスかといわれたらちょっとした縁だけどな」

 

「初めて自分のお金で好きなもの買えた時ってうれしいですよね」

 

「感動したなー」

 

最初に自分の買ったものを想像する二人。だが、俺にはリゼとシャロが想像しているもののジャンルがものすごくかけ離れているようにしか思えなかった。

 

「コウナは最初に何を買ったんだ?」

 

するとリゼからそんな質問がとんでくる。

 

「そうだね。俺は保登家の一人一人に向けてプレゼントを贈ったよ」

 

「ココアたち全員に?」

 

父さんには万年筆を、母さんには調理器具を、一番上の姉さんにはエプロンを、兄たちには大学で使えるようなシャープペンシルとポールペンなどの文房具のセットを、ココアにはそのとき欲しがっていたペンダントを――

 

「うん。本当はプレゼントをするつもりはなかった、というかプレゼントの前に俺を受け入れてくれた恩を返したくて店の手伝いをしてたんだけどね」

 

なにか役に立てることをしたくて俺はベーカリーの手伝いを始めたのだが、母さんや父さんが"働いたらそれに相応しい対価があるもの"って言ってお小遣いというかバイト代みたいなのを渡してきた。

ならということで俺はお金を貯めて皆が使いそうなプレゼントを贈ったのだ。

それに手伝いを始める前――俺が保登の家に来た最初の頃に色々と迷惑を掛けていたこともあり、罪滅ぼしみたいな一面もあった。今となっては忘れたい黒歴史の一つだが。

しかし渡したときの皆の喜んでいた表情は一生忘れないだろう。

 

「そう…素敵じゃない」

 

「コウナらしいな」

 

優しい笑みを向けてくる二人に俺は少し顔が熱くなった。

 

「…ただの自己満足だよ。なにもしないで世話になるっていうのも居心地が悪かったし」

 

「もしかしてコウナ、照れてる?」

 

「照れてない」

 

シャロに言われて俺は即座に言った。だが、それを答えと受け取った二人は小さく笑う。

 

「コウナが照れるなんて珍しいものを見たな」

 

「いや本当に違うから」

 

どんなに否定しても二人の答えは変わらず、俺はさらに顔が熱くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数週間。俺とリゼはラビットハウス、甘兎庵、フルール・ド・ラパンの三つのバイトをこなしながら生活を送った。

そして父の日の数日前、甘兎とフルールの短期バイトも終わりを告げた。

 

「今までお疲れ様、コウナくん」

 

千夜が給金袋を持ってそういった。

俺の掛け持ち最後のバイトの場所は甘兎庵だった。ちなみにリゼはいない。彼女はフルールが最後だった。

 

「お疲れ千夜。数週間お世話になりました」

 

「ううん。お世話になったのは私のほうよ。コウナくんやリゼちゃんと一緒に仕事するの楽しかったわ」

 

「俺も千夜やシャロと働けて楽しかったよ。なんていうか、ラビットハウスとはまた違った雰囲気があったし」

 

「それならうち(甘兎)でも本格的に働き始めていいのよ? コウナくん、センスあるもの」

 

冗談めかしく言う千夜だったが、俺は首を横に振った。

 

「それはちょっと厳しいね。ラビットハウスでも喫茶店とバーの両方入っているから」

 

「そう、それは残念」

 

笑顔でそう言う千夜。だが俺はちょっと違和感を感じた。どこか本気で残念と思っているような、そんな雰囲気。

 

「はい、これお給料。お疲れ様、コウナくん」

 

「う、うん。ありがとう」

 

手渡される封筒。俺はそれを受け取るが、千夜が封筒から手を放さなかった。

 

「……千夜?」

 

「えっ? あ、ご、ごめんなさい」

 

千夜は慌てて手を放す。やっぱりどこか様子がおかしかった。

もしかして、と俺は一つ考えが浮かぶ。

 

「千夜」

 

「なにかしら、コウナくん」

 

普段の様子で返す千夜。そんな彼女に俺は言った。

 

「別にこれが最後じゃないよ。それに、理由がなければいけないなんてないから」

 

「あ……」

 

千夜の表情が一気に変わる。どうやら正解だったみたいだ。

 

「だからこれからも、よろしく」

 

そう手を出すと、千夜はおずおずしながらも俺の手をとってくれた。

 

「コウナくん、ありがとう……よろしくね?」

 

「うん、よろしく。千夜」

 

俺たちはお互いに笑顔を浮かべながら握手をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま――」

 

「おかえり、コウくんっ!」

 

「うわっ!?」

 

ラビットハウスに帰るなり、いきなり飛びついてきたのはココアだった。

ココアの勢いを受け止めきれず一緒に倒れこんだ。

 

「あ、頭打った……」

 

「コウくん、コウくん、お帰りコウくん!!」

 

胸に顔をうずめ、ぐりぐりと擦るココア。

 

「ちょ、くすぐったい、ああもう、頭擦るな! 離れ、ろ!!」

 

ぐいっとココアを引き剥がす。

 

「はぁ…」

 

そこで見えたココアの顔に俺はため息が洩れた。

 

「……なんでちょっと泣いてるのさ」

 

「だって、だってぇ……!」

 

ココアは涙目で、体を震わせていた。

 

「一緒に暮らしてるから毎日顔も合わせてるし、学校だって一緒だし、俺がラビットハウスのバイトが休みの日は夜まで別行動でしょ。それと変わらないじゃん」

 

「でも、それでも寂しかったの。近くにいないってわかってたら、なんか寂しかったの!」

 

まあ確かに、ラビットハウスのバイトが休みのときは二階でゆっくりと自分のしたいことをして、外に出ると言うのは夕飯の買い物ぐらいしかしなかった。

だが、それでも一週間のうちの大半は香風家で過ごしている。そう考えるとココアの我慢が相当効いていないということもある。

 

「まったく、ココアは本当に甘えん坊だ。こんなんじゃモカ姉さんに笑われるぞ?」

 

「ぐすっ…たぶんお姉ちゃんはコウくんに嫉妬するだけだもん」

 

甘えん坊モードのくせに妙に冷静だな。そして姉さんの性格をよく知っているようだ。俺はココアの背中をぽんぽんと叩いた。

 

「ココア。どこに行っても、どんなに離れても、最後俺が帰ってくるのはココアたちのところだよ。あのときにそう約束したでしょ?」

 

「うん……」

 

それはココアたち保登の人たちと本当の家族のようになったときのこと。俺が保登家と養子縁組を組んだときのことだ。

 

「それにお互いもう小さい子供じゃないんだから、こんなことで泣かない」

 

「うん、ごめんなさい……」

 

ココアはギュッ、と強めに俺に一回抱きついてからようやく離れてくれた。

 

「よし! それじゃあ、今日の夜ご飯はココアの好きな物を作ってあげるよ。なにがいい?」

 

「ほんと!? えっとね、今日は――」

 

はしゃぐココアに、大概俺もココアに甘いと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、父の日――

俺はバーでバイトしているとき、ある変化に気付いた。

 

「タカヒロさん。今日はいつもの蝶ネクタイじゃないんですね?」

 

タカヒロさんはいつも蝶ネクタイをしていたのだが、今日はナロー・タイをつけていた。しかも柄がうさぎと、随分と派手というか、目立つ柄のネクタイをしていた。

 

「ああ、チノとココアくんが父の日にと手作りのネクタイをプレゼントしてくれたんだ」

 

そういうタカヒロさんはどこか嬉しそうだった。いや、実際嬉しいのだろう。日ごろの感謝を伝えてもらって嬉しくない親はいない。

 

「よかったですね。思春期になってもこうしてプレゼントしてくれる子供ってそうそういないものですよ」

 

「そうだね。だがそれは親離れした一つの証だと俺は思っているよ。寂しくはあるけどね」

 

「そういう君は先日送っていたみたいだけど、何を贈ったんだい?」

 

「とあるブランドの名入れのグラスを。父さんは人並みに酒を飲むので使ってもらえたらなと思いまして」

 

今回掛け持ちバイトしたのもそのグラスが少しお高めだったからというのが一つ。それともう一つが――

 

「あとはタカヒロさんに、これを」

 

「……これは?」

 

「シェイカーとマドラーのセットです。今日は父の日ですからね。日ごろの感謝と――昔出来なかったお礼です」

 

まとめてやるのはどうかと思うのだが、こういう機会がなければあの時のお礼は出来なかった。

 

「そんなこと君が気にすることはなかったのに。俺も妻も、当然のことをしただけだった。それに、結局俺たちは君の助けにはなれなかった」

 

そんなことは決してない。あのときにアイナさんに見つけられなかったら、タカヒロさんたちと会わなかったら俺はどうなっていたか自分でも分かっている。

 

「俺にとっては十分でした。いま楽しく過ごせているのはタカヒロさんたちや保登の家の人たちのおかげだから。ですから、受け取ってください」

 

「そこまで言ってもらって受け取らないのは却って失礼だね。ありがとう、コウナくん。大切に使わせてもらうよ」

 

「はい。ぜひ使ってやってください」

 

「息子よ一つ聞きたいことがあるんじゃが――おお、コウナもおったか。そういえば今日はこっち(バー)のバイトじゃったか」

 

ティッピー(マスター)

 

会話に一区切りがついたタイミングでやってきたティッピーが俺の頭に乗って目線をタカヒロさんに合わせようとする。

 

「ワシの秘蔵のワインが一本足りないんじゃが?」

 

「ああ、アレなら昔なじみに譲っちまったよ」

 

あっけからんというタカヒロさんに対してティッピーは目を剥いた。

 

「なぬっ!? アレはワシが楽しみに取っておいたんだぞ!? それなのに…ワイン……ワイン~!!」

 

「というか、うさぎってワイン――お酒呑んでも平気なのか?」

 

上でわんわん泣くティッピーを余所に俺はそんなことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次は早く更新できると良いなぁ……(希望薄)





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お話をしたお話 ~ついに俺にも妹が出来ました~

どうも燕尾です。
年の瀬がやってきました。

前回更新から一ヶ月以上たっていましたが、来年はもう少し早く出来たらなぁって思います。






 

ある日の土曜。バーのバイトが夜に控え、暇な時間を持て余していた俺は、街の散策にでていた――のだが、

 

「……」

 

「……」

 

うさぎが集まる公園の広場にある木の枝にいた少女と目が合う。どっからどう見ても、降りれなくなっているのだろう。

 

「……」

 

じーっと見つめてくる少女。

 

「……」

 

おんなのこがなかまにいれてほしそうにこちらをみている。

 

 

どうする?

 

  なかまにする

→ なかまにしない

 

 

「……」

 

「ちょっと待ってよ!?」

 

その場から立ち去ろうとする俺を慌てて引き留める少女――少女Aとしておこう。

俺は少女Aに問いかける。

 

「それで、どうしてそんなところにいるんだ?」

 

「こいつが降りれなくなってたから私も登って救助したんだー」

 

ほら、可愛いだろ! と少女Aは猫を見せてくる。そこはうさぎじゃないんだな。

 

「ふむふむ、それで?」

 

「意外とこの木が高くてなー、降りられなくなった!」

 

あはは! と暢気に笑う少女A。そんな彼女に少しイラッときた俺はまた踵を返す。

 

「そっか、強く生きてね」

 

「ああっ!? 待って、待ってよ!? お願い、助けて!」

 

笑顔から一変、一気に泣きそうになる少女Aに俺はため息をついた。

 

「わかったよ。それじゃあ、受け止めるからそこから飛び降りて」

 

「とび――!? 怖いよ、無理だって! 」

 

まあ、木の高さはそれなりにある。猫を抱えたまま飛び降りるのに恐怖があるのはわかる。

 

「仕方ない。そしたら――」

 

俺は木から少し距離をとる。そして、少女のいる気に向かって走った。

 

「よっ、ほっ、はっ!」

 

勢いのあるうちに何歩か登り、少女Aがいる枝に手を掛ける。

 

「ほら、こっちにおいで」

 

「……」

 

「……? ちょっと?」

 

「えっ? あ、うん!!」

 

ポカンとしている少女Aに声を掛けるとハッとして俺の腕の中に納まった。

 

「それじゃ、降りるよ」

 

「降りるって、両手塞がってるのに、どうやって――」

 

「こうしてだよ!」

 

そういうと同時に、俺は飛び降りた。

 

「えっ……うわああああああ!?」

 

それと同時に響く少女Aの叫び声。

俺は慌てる少女Aを抱える力を強くしてすたり、と猫のように着地する。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃねー! いきなり飛び降りるとか馬鹿だろ!?」

 

少女Aは少し涙目で抗議してくる。

 

「まあまあ、はしご持ってくるにしても時間が掛かるし、飛び降りれないんだったらあれしか方法がなかったんだ」

 

「いや、考えたら他にもあるよ!」

 

「まあまあ。猫も俺達も怪我なく降りられたんだから、そう怒鳴らない」

 

そう言いながら少女Aが抱えている猫の首の下をゴロゴロと撫でる。すると猫は気持ち良さそうに声を出した。

 

「……なんか納得できないけど、まぁいっか」

 

少女Aも一緒になって猫を撫でる。すると撫ですぎたのか、猫は身を捩って少女Aから降りて走り去っていった。

少女Aは最初こそ残念そうな顔をしていたが、もう降りれないところに登るなよ、と笑顔で見送った。

完全に姿が見えなくなるのを確認した少女Aは振り返って頭を下げてきた。

 

「助けてくれてありがと、私は条河マヤ! あんたの名前は?」

 

「俺はコウナ。保登コウナだ」

 

「よろしくなコウナ! 私のことはマヤでいいよ!」

 

満面の笑顔で手を差し出してくるマヤ。

随分とフレンドリーな子だ。こういう子がチノちゃんの友達だったらバランスが取れるのかもしれない。

 

「ああ、よろしくマヤ」

 

そんなことを考えつつ、お互い握手をする。

 

「――マヤちゃーん!」

 

すると、遠くのほうからマヤを呼ぶ声が聞こえてくる。

駆け寄ってくるのは赤毛の小柄な少女――マヤと同年代と思しき子だった。

 

「もー、急にいなくなっちゃうから探すの大変だったよー」

 

ごめんごめん、と謝るマヤに頬を膨らませていると、俺の存在に気付いたのか、少女は首を傾げた。

 

「あなたは誰ですか?」

 

間延びしたような声色に、ちょっとかわいらしさを感じる。

 

「俺はコウナ。さっき降りられなくなってたマヤを助けていた。君は?」

 

「私は奈津(なつ)(めぐみ)です~。マヤちゃんを助けてくれてありがとうございました」

 

「気にしなくていいよ。これもなにかの縁ってやつだから」

 

「「か、かっこいい~!」」

 

ただ思ったことを言ったまでなのだけど、なんだか眼を輝かせて見てくるマヤとメグ。

 

「なんか兄貴って感じだな!」

 

「そうだね、頼れるお兄さんみたい~!」

 

そんなご大層なことは言っていないのだけれど、そう真正面から褒められるとなんだか照れてしまう。

 

「ねね、コウナのこと兄貴って呼んでいい?」

 

「私も、お兄ちゃんって呼びたいな~」

 

すると唐突に提案してくるメグとマヤ。しかしそれに対し俺は疑問をもつことはなかった。

 

「兄貴…お兄ちゃん……」

 

俺は"兄"という呼び名に感動を覚えていたからだ。

 

「いい響きだ……」

 

「あはは、コウ兄って面白いんだなー!」

 

「コウお兄ちゃん、何で泣いてるの?」

 

気にしないでくれメグ。これは心の雫だから。

 

「二人はこれからなにか予定あるのかい?」

 

「特にないよー」

 

「よし、それじゃあ俺がアイスを奢ってあげよう! こうして知り合えた記念に!!」

 

「ほんと!?」

 

「ありがとう、コウナお兄ちゃん!」

 

ああ、本当にいい響きだなぁ~!

 

「それじゃあ二人とも、俺についてこーい!」

 

「「おー!!」」

 

このときの俺は誰かから見たら"調子に乗っていた"のだろう。だが当然ながらこのときの俺が気づくわけはない。

この後に迫ってくる危機を俺は知らないまま、酔いしれるのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、今日はいい天気だなー」

 

俺はカーテンを開けて日の光を浴びて身体を伸ばす。しかし暖かい陽気が眠気を誘い、また俺をベッドへと誘おうとする。

 

「もう一眠りするかなぁ~……」

 

「コウくーん! お散歩に行こうー!!」

 

そんな睡眠の誘惑に負けそうになったところで、勢いよく扉が開かれる。

 

「おやすみ~」

 

しかしなんのその、俺は入ってきたココアを無視して布団を被る。

 

「コウくーん! どうして寝ちゃうの!?」

 

眠いからです。バーのバイトが終わってから少し本を読んでいたから寝たのは夜中3時を回った頃。今は朝の8時だから5時間しか寝ていないのだ。育ち盛りの高校一年生の睡眠時間としてはちょっと短すぎる。

 

「少なくともあと一時間は寝たいから、パス……」

 

「コウくん、散歩行こうよー! チノちゃんも待ってるよー!」

 

「だったら二人で行っておいで~」

 

「コウくんも一緒じゃなきゃやだ!」

 

「そうは言われても眠たいんだもの…寝かせてほしい」

 

「むーっ!!」

 

ココアはぷんすか怒る。しかしこの布団の心地よさからは抜けることは出来ないのだ。

 

「もういいもん、それなら――!!」

 

ココアは俺の布団に入り込んで背中から抱きついてくる。

 

「ココアは暖かいなぁ…安らぐよ……」

 

「そ、そうなの? えへへ……じゃなくて! コウくん、覚悟ー!!」

 

「――っ!?」

 

雰囲気が柔らかかったのも束の間、ココアは声を上げて俺の脇腹をくすぐってきた。

 

「なぁ――!? あ、あははははは!? ちょっ、くすぐるのは駄目……!」

 

「コウくん、小さい頃から脇腹が弱かったよねー?」

 

「んっ、くぅ……! ちょっと、ほんとにやめ……んあっ!?」

 

「コウくんが行くって言うまでやめないよ? ほらほら~」

 

「わかった、わかったからやめろ!」

 

「んー? 何がわかったのかな~?」

 

「散歩! ココアたちと散歩、い、行くからぁ!?」

 

「お姉ちゃん聞こえないなー? コウくんは誰と散歩行くのかな?」

 

ココアは怪しい笑みを浮かべながら耳元で小さく問いかけてくる。

 

「ココア……んっ! お姉ちゃんとっ、一緒に行く! ココアお姉ちゃんとチノちゃんと散歩行く!」

 

「うんっ! わかればよろしい♪」

 

はぁ、はぁ、と息を服を乱している俺にココアは満足げに頷いた。

 

「こ、こいつ……」

 

今度絶対仕返ししてやる。俺はそう胸に刻む。

 

「それじゃコウくん、下でチノちゃんと待ってるから、早く来てね!」

 

「わかったよ、まったく……」

 

深くため息を吐いた俺は外出用の服を引っ張り出して着替える。

 

「コウナさん、おはようございます」

 

下に降りると先にココアに誘われていたチノちゃんが挨拶してくる。

 

「おはようチノちゃん。休みの日なのに早いね」

 

「今日は天気がいいという予報だったし、実際にいい天気だったので日当たりの良い場所でゆっくりボトルシップを作ろうとしたんですが……」

 

起きたところでココアが突撃してきたってことか。

 

「ごめんね、うちの姉が無理に誘ったようで」

 

「いえ。こういう休日もたまには良いと思いますし、ボトルシップはまた今度にします。それよりコウナさんこそ、確か昨日バーのバイトでしたよね? 眠くはないですか?」

 

「眠いんだけど、無理矢理ココアに起こされた」

 

「お疲れ様です……」

 

「ありがと……でもまあ、昔からのことだしもう慣れたよ」

 

「嫌な慣れですね…」

 

そんなこと言わないでよ。俺だってそう思ってるんだから。

 

「お待たせー!」

 

項垂れているところに準備ができたココアがやって来る。

 

「それじゃあ、行こっか!」

 

俺とチノちゃんの手を取り笑顔で言うココア。

そんなココアに俺とチノちゃんは苦笑いして、三人並んでラビットハウスを出るのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

来年も皆さんのご健康とご健勝を祈りつつ子の言葉を送ります。
よいお年をー!!




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お話しをするお話 ~街の散策~




どうも、燕尾です!
年明け最初の投稿が二月の半ばになったのは、色々あったからです。そう、色々ね

来月からは就活が始まる…ハタラケルヨロコビ、ヤリガイ、ナイスガイ……

では二十四話目です。





 

 

 

「こうして三人でお出掛けするのは初めてだよねー?」

 

「言われてみれば……」

 

「そうかもね」

 

言われてみればそうだ。いつもは俺、ココア、チノちゃんの三人に加えてリゼや千夜など誰かしらがいるか、または俺たちの誰かがいないとかで、この三人の組み合わせで出掛けるのは何気に初めてなのだ。

 

「この街の散策ちゃんと出来なかったから今日は案内してもらうんだ」

 

「ココアさんは迷いますもんね」

 

「ここに来たときも地図持っていたのに迷ってたし、筋金入りだよ」

 

「えっ? あれってコウくんが迷子になったんじゃないの?」

 

はっはっは。この姉、笑わせてくれおる。本当に面白い。

 

ふぇ(えっ)!? ほうふん(コウくん)!? ほうひてほっへたのはすの(どうして頬っぺた伸ばすの)!?」

 

「ココアお姉ちゃん。嘘はいくない。これ、ゼッタイ」

 

「コウナさん、落ち着いてください! 目が据わってますよ!?」

 

チノちゃんに止められて俺はココアの頬から手を放す。

 

「うぅ……ひどいよコウくん~」

 

両頬を撫でながら涙目で抗議するココアだが俺はふいっ、と顔を逸らす。すると顔を逸らした方向の景色に俺は目を奪われた。

 

「へえ、ここから街が一望できるんだ。綺麗な街並みだね」

 

「ええ。ここは観光客やこの街に住み始めた人にはお勧めのスポットです。私も好きですよ」

 

「自転車があったらチノちゃんを後ろに乗せてこの坂を滑走するよ」

 

「二人乗りは駄目ですよ、ココアさん」

 

チノちゃんのいうことはもっともだが、ココアにはそれ以上の重大な欠点がある。

 

「その前に自転車に乗れるようにならないと駄目だろ」

 

「うん! だからコウくん自転車の乗り方よろしくね!」

 

「「えぇ――!?」」

 

チノちゃんとティッピー(マスター)が声を上げる。たぶん二人乗りした結果でも想像したのだろう。

 

「私、夕日の中で何度も倒れながら特訓するのが憧れで…」

 

「倒れたら怪我するから特訓だけにしてよ」

 

「話がコロコロ変わっていく…コウナさんよくついていけますね」

 

「そりゃ姉弟だからね。もう慣れたものだよ」

 

なんだかんだで保登家の人間とはもう十年来の付き合いだし、これくらいのことはお手の物だ。

 

「ねね、チノちゃん。あの看板は何屋さんかな?」

 

すると自転車の話から一転、ココアは街中にある店を指差して質問する。

 

「手前から古本屋さん、時計屋さん、床屋さんです」

 

「看板も店にゆかりのあるものになっているね」

 

古本屋だったら本のマークが、時計屋だったら看板自体が時計に、床屋だったら鋏と、一目見たらわかるようになっていた。

 

「昔の話ですが、この街ではわかりやすいように職業別に家の色が決まっていたんです。魚屋さんは青色、パン屋さんはピンクなどですね」

 

「へぇ~、それはまた珍しい。そういえば前にココアと千夜と見たパン屋さんも確かにピンク色だったな」

 

「古くからある店でしたらそうなっててもおかしくはないです。それに今でも昔に倣って色を決める人も少なくないですから」

 

「あってもなくてもいい風習だからだね。それじゃあ今は看板で見分けたほうがいいってことだね」

 

そうですね、とチノちゃんも頷く。

 

「それだったら私は将来ピンクの家のパン屋さんになるのかー」

 

「え? ここに住む気ですか?」

 

その可能性は無きにしも非ずだ。まあ、この先の進路とかにも左右されていくけどね。

 

「一階がチノちゃんの喫茶店で、二階が私とコウくんのパン屋さん。三階がリゼちゃんのガンショップだったらとってもカラフル」

 

「一つ物騒なお店があるんですが」

 

「なんで俺とココアが一緒にパン屋を営んでいるんだ?」

 

ココアの将来設計に不安を感じながら俺たちは進んでいく。

そうして街中を歩いているととある店で見知った姿を見つけた。

 

「あれ? あれは…リゼちゃん?」

 

「洋服を選んでいますね」

 

視線の先のリゼは服屋で色々と洋服を物色していた。今は気になる服を取って見比べている。

 

「リゼちゃんって感じの服だね」

 

「私たちあまり着ない系統の服です」

 

するとリゼの顔がぱあっと明るくなる。

 

「あ、ちょっと笑顔になった」

 

「気に入った服を見つけたんですね」

 

しかし、それも束の間リゼは悩むように唸りだした。

 

「なにやら葛藤しているようですな」

 

「似合ってるし、そこまで悩む必要はないと思うんだけどな。まあ、リゼにも色々あるんだろ」

 

「そっとしておきましょう」

 

俺たちはリゼには声を掛けずに、彼女の後ろを通っていく。

そして、次にやってきたのは公園だった。休憩もかねて、俺たちはベンチに座る。

 

「公園はぽかぽかして気持ちいいねー」

 

「そうだなー、夏も近くなってきたし」

 

「それに、仄かに甘い香りも感じます」

 

「甘い香り?」

 

チノちゃんの言葉に、ココアは香りの元を探し始める。

 

「あ、あんなところにクレープ屋さん。しかもあそこにいるのって……」

 

どうやら今日は色々な人に出会うらしい。俺たちは挨拶もかねてクレープを買いに近づく。

 

「やっぱりシャロちゃんだ!」

 

「ココア!? と、チノちゃんとコウナまで!?」

 

金髪の苦学生少女――シャロは驚きの声を上げる。

 

「こんなところでもバイトしているなんて多趣味だねー」

 

「そ、そうよ多趣味よ悪い!?」

 

バイトの数が多趣味とはまた違うと思うのだが、俺は黙っておく。しかし、シャロが器用なのは間違いない。

 

「趣味の多さならチノちゃんも負けてないよ」

 

「チェス、ボトルシップ、パズルなどを嗜みます」

 

「ろ、老後も安心の趣味ね……」

 

どこか誇らしげに言うチノちゃんにシャロはなんとも言えない返しをする。

俺たちはそれぞれクレープを頼み、シャロが作ったクレープを受け取る。

ちなみに俺はチョコバナナ、ココアとチノちゃんはイチゴチョコホイップを頼んでいた。それぞれ買ったクレープに口をつける。

 

「んー、おいしっ! はい、シャロちゃんもあげる」

 

「私、仕事中よ?」

 

真面目なシャロは差し出されたクレープを断るが、同じ気持ちを共有したいのか、ココアは引き下がらなかった。

 

「まあまあ、一口だけでも」

 

「ひとくち……」

 

そういうココアにシャロは揺れるように葛藤し始める。まあ、クレープはいうなれば贅沢品、普段から節約に徹しているシャロにとっては一口でも魅力的に見えるのだろう。

 

「それじゃあ、一口だけ…」

 

ココアからクレープを受け取ろうとするシャロ。しかしそこに一つの影ができる。そして、

 

――べしゃあ!!

 

「あ゛ー! また空からあんこが!!」

 

ココアは悲鳴に近い声を上げた。

二人の間に落ちてきたのは甘兎庵の看板うさぎ、あんこ。落ちてきたあんこはものの見事にココアのクレープを潰していた。

 

「どうして私のところにばっかり降ってくるの!?」

 

ココアって運がないときあるからなぁ。とはいってもこれはちょっとかわいそうだ。

シャロも少しがっかりする――

 

「……」

 

「あれ!? 私よりショック受けてる!?」

 

少しどころではなかった。目じりに涙をため、無残な姿になったクレープを眺めていた。

そんな姿を見て、俺はそのまま見過ごすことは出来なかった

 

「仕方ない。二人とも、これでそれぞれ好きなのを買うといい」

 

俺は二人分のクレープ代を出す。

 

「いいの、コウくん?」

 

「でもそんなの悪いわよ…」

 

「遠慮しない。ココアだって一口しか食べていないんだし、シャロも迷うなら二度手間させることになったし店を汚すことになった迷惑料とでも受け取っておいて」

 

俺は無理やりシャロに持たせる。

引く気がないのが感じ取れたのかシャロはしぶしぶだったがありがと、と言って受け入れた。

すると遠くからごめんなさーいと声が聞こえる。その声の方向を見ると、着物姿の千夜が走ってきていた。

 

「やっと追いついたー!」

 

「千夜ちゃん! またカラスにあんこさらわれたの?」

 

息を切らしている千夜は息を整えながら頷いた。

 

「もうあんこは店の外に出さないほうがいいんじゃないのか?」

 

「それじゃあ、あんこの健康にも悪いから。なるべく外に出したいの」

 

「それで甘兎の宣伝のときとかに外に連れているんだな。今はなにか期間限定でやっているのか?」

 

「よく気がついたわね。今はレトロモダン月間なの」

 

ふりふりと着物を見せる千夜。まあ、いつもと違うのは一目瞭然だ。

 

「それでいつもと制服が違うんだね」

 

「うん、よく似合っている。いつものもいいけどいまの制服も可愛いね」

 

「そ、そう? ありがとう、コウナくん…」

 

少し顔を紅くして照れたように着物の袖で顔を隠す千夜。

 

「ふーん…甘兎もそのうち見た目がフルール・ド・ラパンよりいかがわしくなるんじゃない?」

 

すると、どういうわけかシャロは頬を少し膨らましながら言う。

そんなシャロの言葉に千夜は動きを止めて、

 

「そう……それなら脱ぐわ」

 

そう言って肩からはらりと脱ぎ始めた。

 

「ちょっ……!?」

 

俺は慌てて千夜から顔を逸らして目を瞑る。

 

「ここで脱がないでよ! コウナだっているのよ!?」

 

暗闇の中、シャロのツッコミとしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてくる。

もう大丈夫だろうかとギュッと閉じた瞳を開ける。

 

「……」

 

すると俺の目の前には無表情のココアの顔があった。

チノちゃんの目を塞ぎながら、顔は俺の目の前に寄せるという器用なことをしているココア。だが、そんなことに感心している場合ではなかった。

 

「こ、ココア、お姉ちゃん……?」

 

ただただ怖い。無表情の顔が目の前にあるというのがこんなにも怖いと思うのは初めてだ。

 

「コウくん……コウくんは何を見ようとしてたのかな?」

 

静かに問いかけてくるココア。声色にほんの少しの怒気が含まれているのが余計に怖かった。

 

「いや、衣擦れの音が止んだしもう大丈夫なのかなって目を開けたんだけど……」

 

「そんなに千夜ちゃんの着替えを見たいの?」

 

「お姉ちゃん、話聞いてるか? 誰もそんなこと言ってないだろ?」

 

「コウナくん、見たくなかったのかしら? 私、そんなに魅力なかったかしら……」

 

表情からは分かりにくいが、言葉に少し不満な感情を込めている千夜。

 

「いや、魅力がないとは言わないけど、ほらこんな場所で不躾に俺が見るのも違うと思って」

 

「なら他のひとに見られない場所で千夜の許可があったらコウナは見るのかしら」

 

「そりゃあ、もちろん――はっ!?」

 

「コウナさん……」

 

チノちゃんの呆れた視線が突き刺さる。

 

「あんたね…」

 

シャロも残念なものを見るような目を俺に向けていた。

 

「まあ、あんたも男の子だったっていうのがわかっただけよかったけれど…ここで即答するのはまずかったわね」

 

「さ、裁判長! 今のは明らかな誘導尋問だと思います」

 

弁明の余地をと懇願する俺に対し、裁判長ことココアはにっこりと笑った。

 

「コウくん。帰ったらもふぎゅーの刑だからね♪」

 

「はい……」

 

そして俺はすべてを諦め、頷くのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に~(・ω・)ノシ




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お話のお話 ~他人の空似~



どもー燕尾です。
二話続いた話もこれで終わりです。






 

 

 

「モフモフ天国さいこー」

 

クレープを美味しくいただいた後、休憩と称して俺たちはベンチで日向ぼっこをしていた。ココアは座った途端に寄ってきたウサギたちを抱き締めて歓喜の声を上げながら愛でている。

一方でチノちゃんは好かれるタイプではないのか、飼いウサギのティッピーを抱き締めるだけだった。

 

「良いんです。私にはティッピーがいますから……」

 

なんでもないように言うチノちゃんだけど、落ち込んでいる表情を見ればそれは強がりだとすぐ分かる。

 

「あっ…えっと、えーっと……ほら! チノちゃんって口元とか毛並みとかがウサギに似てるから、きっとうさぎさんたちも同族嫌悪しているんだよ」

 

「慰めにもフォローにもなってない! というか毛並みってなんの!?」

 

「それに同族嫌悪って、意味わかって言ってますか? それ」

 

うん、絶対に意味はわかっていないまま言ってるよ。

 

「じゃあ、寂しくないように私がチノちゃんをモフモフすれば解決!」

 

「なにも解決してませんが?」

 

「ただ抱きつきたいだけだよね」

 

抱きついてチノちゃんの頭を撫でるココア。その満足そうな笑顔とは反対に撫でられているチノちゃんは遠い目をしていた。

 

「あっ、うさぎさん! まてまて~♪」

 

しかしそれも束の間。そばにいたうさぎが走り出し、それを追ってココアもどこかに行ってしまう。そんなココアの姿をチノちゃんは少し不服そうに眺めていた。

 

「もしかしてチノちゃん、うさぎにココアを取られて寂しいのかな?」

 

「っ!? そんなことありません!!」

 

「強く否定しているところがまた怪しいね~」

 

「違いますっ! それはコウナさんの妄想です!!」

 

「だったらポカポカと叩かなくてもいいんじゃない?」

 

肩あたりを叩いてくるチノちゃんだけどあまり痛くなかった。

 

「あーっ、チノじゃん!」

 

「それにコウお兄ちゃんもいるー」

 

「マヤさん、メグさん?」

 

「おー、二人とも。一緒にお出かけ?」

 

「そうだよっ! そういうコウ兄こそチノと一緒にいるなんてびっくりだよ」

 

「知り合いだったの?」

 

「ああ。姉と一緒に下宿させてもらっているところの娘さんだからね」

 

「コウナさん、お二人と知り合いだったんですか?」

 

「うん、この前散歩しているところでちょっとね。チノちゃんの友達だったんだ」

 

「はい。学校で同じクラスなんです」

 

なるほど。偶然って重なるもんだな。

 

「コウ兄とチノはなにしてんの?」

 

「俺たちは姉と三人で街を散策していたんだ。みんな喫茶店の仕事がちょうどお休みだったし、天気もよかったからね。二人は?」

 

「私たちは映画に行ってたんだ! チノが仕事休みなの知ってたら誘ってたのに」

 

「二人はどんな映画を見に行ったんですか?」

 

「私はアクション映画が良いって言ったんだけどな、メグの奴がさー」

 

「今流行ってる映画でね。凄く泣けるんだー。パンフレットも買っちゃった」

 

そう言ってメグは買ったパンフレットを見せてきた。そのタイトルは――

 

「うさぎになったバリスタ……?」

 

「「他人事(ひとごと)とは思えないタイトル!?」」

 

チノちゃんだけじゃなく、うさぎになったバリスタことマスターも驚きの声を上げた。

 

「今度はチノちゃんも一緒に行こうね」

 

「え、ええ……」

 

朗らかに笑うメグに対して頷いているチノちゃんだけど、その顔はどこか引きつっていた。

それから少し俺たちは談笑してからマヤとメグと別れる。

 

「そういえばココアさんはどこに行ったのでしょうか?」

 

「あっ……」

 

うさぎを追いかけたままどこかへと行ってしまったココア。恐らくは公園内にはいるのだろうが、今いるこの公園は何気に広い。

これは探すのに一苦労しそうだ――そう思っていたのだが、なんてことはなくココアから戻ってきてくれた。

 

「公園は人が集まるから、色んな人とお話しちゃった」

 

「うさぎを追いかけたにしては随分と遅いと思ったら誰かと話してたのか。迷惑はかけなかった?」

 

「もうっ、私そんな子供じゃないよ!」

 

「ココアさんは知らない人と気軽に話せるんですね」

 

「ココアの人見知りのない性格は長所の一つだね」

 

「うん! お話しするの楽しいし、それとコウくん――」

 

「ああ、はいはい。ココアお姉ちゃん」

 

適当に流すとココアはぷすーっとむくれる。それも一瞬のことでココアはチノちゃんに問いかける。

 

「それでもチノちゃんも喫茶店のお客さんと話せてるよ?」

 

「いきなり世間話はしませんし、話すのは得意じゃないです」

 

「でもさっきの友達とは楽しそうに話していたよ?」

 

「…あの二人が積極的に話しかけてくれなかったら友達になってません」

 

んー、チノちゃんは確かに自分から入っていくというタイプではないように思う。チノちゃんもそれは自覚しているのか、どこか救われたような表情をしていた。

 

「そんなことないよっ!」

 

しかしココアはそれを否定する。

 

「ティッピーの腹話術があれば私だったら世界を狙ってるよ!!」

 

「頑張ってください」

 

「俺は手伝えないからやるなら一人でね、それ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園を後にして、街の散策に再び繰り出した俺たち。目的もなく次の場所を探していたところで正面からリゼが歩いてきているのに気付くが――ただ、先ほどまでとは姿が違った。

ツインテールを解いて髪を下ろし、ウェーブをかけている。それに服装もショートパンツにシャツとスマートなものから、ツーピースのような服に変わっている。

普段のリゼの格好じゃないせいかココアとチノちゃんは気づいた様子はない。リゼの方は俺たちに気付いたようで、自分だとバレないように平静を装いながら無言でやり過ごそうとする。

別に似合っているし、笑ったりしないのだから普通に声を掛けてくれればいいのにと思うが、ここはリゼに合わせて俺も気付かないフリをしておく。

 

「…リゼさん?」

 

「はい!?」

 

すれ違う直前に、チノちゃんが気付いたのかリゼに声をかける。残念、バレてしまった――

 

「――と、思ったら違ったみたいです。失礼しました…」

 

と、思ったらチノちゃんは顔を赤くして謝った。

えっ…ちょっと待って。まさか別人だと思ってるの!?

 

「さっき見かけた時と服装と髪形が違うもんね~」

 

お姉ちゃん…君もか……

 

「ん? でもリゼちゃんって呼んだら振り向いたよ?」

 

「あっ、それはその…」

 

ココアの指摘に慌てるリゼ。どう切り抜けるのだろうかと思っていると、

 

「ちっ、違います…私はロゼなんです。聞き間違えただけでした」

 

よりにもよって安直過ぎる回答が得られた。しかもバッグで顔を隠そうとしているが、そのバックに勲章のバッチや戦車のストラップがついてるから誤魔化す気がないように見える。しかし、

 

「そっか、ロゼちゃんか~」

 

「ビックリです。ロゼさんによく似た人がうちの喫茶店にいるんです。ラビットハウスっていうんですけど、ぜひ来てみてください」

 

oh…マジか二人とも……まったく気付く気配すらないとは。

 

「ほ、本当? ぜひ行ってみたいわ」

 

「……」

 

「な、なんでしょうか…?」

 

ジト目で見る俺に緊張した面持ちで問いかけてくるリゼ。そんなリゼに俺は少し意地悪をしたくなった。

 

「いえ、俺たちの知り合いの人はそんな格好しない人ですから、違う人ですよね。ええ、男勝りな一面もありますし、そういう格好はしませんから、違う人です」

 

ワザと区切るような話し方をしてリゼの様子を窺う。

 

「……」

 

あ、リゼの空気が凍った音がした。

だが俺は人違いという体で話をしている。リゼがここで怒ることはできない。

 

「ですけど、ロゼさん"には"よく似合っていますよ。ええ」

 

には、という言葉を強調する俺。そんな俺にリゼは顔を紅くして睨もうとする。あはは、楽しい。やめられないな~♪

 

「知り合いにも勧めたいほどです。きっと似合うと思いますし。ね、二人とも?」

 

「そうだね。リゼちゃんもそういう格好したらいいのにね」

 

「はい。とってもいいと思います」

 

俺のフリに頷く二人。そんな俺たちに目の前のリゼはプルプルと震えていて、もうマジで爆発する五秒前だ。

 

「おっと、身内の話ばかりで失礼しました。俺たちはこれで失礼しようか」

 

ここが引き際だと感じ取った俺は二人に提案する。

 

「そうだね。じゃあまたね、ロゼちゃん!」

 

「引き止めてしまってすみません。ではラビットハウスでお待ちしてますね」

 

「え、ええ…また……」

 

ふよふよと俺たちに手を振り、リゼは歩き出した。そんなリゼを見送りながら俺は笑いだしそうなのを必死に抑える。

 

「私、人見知りするんですがさっきの人はなぜかいきなり会話できました…」

 

「やったね、チノちゃん!」

 

笑いそうになっている俺にも、ロゼの正体にも気付くことなく、自身の変化を実感するチノちゃんとそれを喜ぶココア。

 

「もしかしてこれは…ココアさんの影響……!?」

 

ハッとするチノちゃんに、彼女の頭の上にいるティッピー(マスター)はどこか呆れたような顔をしていた。

まあ大方、カットモデルを頼まれて引き受けたところまではいいけど、買った服をその場で着たくなったなんて言えない――そんなところだろう。ティッピーも同じような見解のようだ。

すると、ポケットの中で携帯が振動する。開いて見てみると一件のメールが送られていた。

 

『次に会うとき、覚えてろよ……』

 

はて、何のことやらまったくわからないな。どうしてリゼは怒った様子なのだろうか。

とにかく返信しておかないとダメっぽいなぁ~?

 

『急にどうしたのっ! 俺、リゼになにもしてないはずだよ!?』

 

俺は小さく笑い、そう返信を打つのだった。

だが、俺は忘れていたことがあった。それはその日の夜に起きた。

 

「……」

 

「えへへ~♪ モフモフ、モフモフギュー♪」

 

部屋に入ってきたココアがいきなり背中に抱き付いてからかれこれ一時間以上。俺は色々と感じるものに疲弊していた。

 

「チノちゃん…助けてくれないか?」

 

ココアと一緒に部屋に来たチノちゃんは隣で映画を見ながらこちらを見ないまま言い放つ。

 

「自業自得ですよ。ココアさんが満足するまで我慢するしかないです」

 

「ココアお姉ちゃん? いつになったら満足してくれますか?」

 

「コウくんが反省するまで、だよ!」

 

俺の正面に回ってそう言いながらまた抱きついてくる。反省ならもうしているのだがココアはまったく許してくれていないようだ。俺はなるべくココアの柔らかい身体や甘い香りを意識しないように、頭の中で般若心経を唱える。

 

(かん)()(ざい)()(さつ)(ぎょう)(じん)(はん)(にゃ)()()(みっ)()()(しょう)(けん)()――」

 

結局、解放されたのはココアの力が緩んだ次の日の朝あたりで、夜通しお経を唱えていた俺は寝不足になるのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それから、ラビットハウスのバイトにて。

 

「よう…コウナ……」

 

「ふぁ~……おはよう、リゼ。どうしたの? なんか怖いよ……?」

 

眠いながらもリゼの顔を見てニヤニヤとする俺にリゼは噛み付いてきた。

 

「お前っ! わかって言ってるだろう!!」

 

あ、やっぱり気付いたんだな。俺が気付いていたってことに。

 

「そこに直れ! その腐った性根を叩きなおしてやる!!」

 

「謹んでお断りします。バイト中だし」

 

「コウナー!!」

 

リゼの声が響く。案外リゼがからかいやすい人間だと発見できた数日でもあった。

 

あ、バイト終わった後、しっかりお仕置きされましたよ?

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
次は時系列がすこし戻った話になります。多分…




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26.千夜の悩み ~和菓子への飽くなき探究心~



どうも、燕尾です。
26話目です。






 

 

 

 

 

「千夜の様子がおかしい?」

 

 

 

 

 

「ねぇコウくん? コウくんもやっぱりおかしいと思ったよね?」

 

「うん、まぁ…明らかにおかしかったよね」

 

学校も終わり、ラビットハウスでバイトしてるときに俺たちはリゼやチノちゃんに相談していた。

 

「気のせいとかではなくてですか?」

 

「うん。今日の千夜ちゃん、どっからどう見てもおかしかったよね?」

 

「ああ、ため息も多いし元気無さそうだし色々間違ってたし、ああなる何かがあったのは間違いなさそうだね」

 

俺たちが断言できるくらい、今日の千夜は上の空というか、体調不良というか、落ち込んでいる……そう。落ち込んでいて、とにかく色々あった。

 

 

 

 

 

――朝の登校後

 

 

「おはようココアちゃん、コウナくん」

 

「おはよう、千夜」

 

「おはよー……千夜ちゃん! お願いがあるんだけど英語のノート貸してくれるかな? 昨日の授業うたた寝しちゃって……」

 

「いいわよ。っていうかコウナくんに見せてもらえばよかったんじゃ……?」

 

「えっと、なんというかコウくんのは……」

 

「別に正直に言っても良いのに。俺のノートは分かりにくいって」

 

「そんな悪いような言い方はしてないよっ、もう!」

 

「冗談だよ。俺は自分が分かるように端的に纏めてるから、他の人が見てもあまりわからないんだ」

 

「そうだったの――はい、これ」

 

「ありがとー! 千夜ちゃんのまとめ方上手いから黒板見るよりわかりやすくて助かるよ!」

 

千夜から受け取ったココアは早速ノートを開く。しかし、直ぐに首をかしげた。

 

「…英語でこんな授業やったっけ?」

 

ココアは確認のために俺にノートを見せてくる。そのノートには"ぴかぴか主義"、"黄金色の岩"、"ゴールデンスパイラル"等々、全く関係のない言葉が書かれていた、

 

「……うん、絶対やってないね。というか、英語の文字一つも書かれてないじゃん」

 

千夜の方をちらっと見ると、彼女は頬杖をつきながら空を仰いでいた。

 

「どうしたんだろう、千夜ちゃん」

 

「……さぁ?」

 

 

 

 

 

――授業間の休み時間

 

 

「千夜ちゃん、タイツに穴が開いてるよ?」

 

「やだ…本当だわ。今朝転んだからだわ。気がつかなかった」

 

「怪我もしてるじゃないか。どうしてそれで気づかないんだ…」

 

「ちょっと考え事してて」

 

「とにかくこのままだと目立っちゃうから――絆創膏で穴塞ぐのとペンで肌を黒く塗るの、どっちがいい?」

 

絆創膏はまだしもどうしてペンで塗るって発想が出てくるの…

 

「大丈夫よ、タイツを脱げば良いだけだもの」

 

「その手があったか!」

 

むしろなんでその考えが最初に思い付かなかったのか俺は不思議だ。

 

「千夜、ちょっとそこに座って。軽く手当てするから」

 

「えっ…そんな大した傷じゃないから……」

 

「いいから、その様子じゃ消毒とかもしてないでしょ? ほら」

 

俺は窓のスペースに座らせて消毒液とガーゼ、絆創膏を取り出す。

 

「コウくんっていつもそんなの持ち歩いてるの?」

 

「うん。なんかあったときのためにね。実際、いま役に立ってるでしょ?」

 

「手間取らせちゃってごめんなさい」

 

「気にしない気にしない、そんなことより自分の体なんだからもっと大切にしないと」

 

「ええ…そうね……」

 

「……?」

 

 

 

 

 

――昼休み

 

 

「千夜ちゃん、食べないの?」

 

「あまり食欲がなくて…私のお弁当…いる?」

 

「そういうときでも少しくらい食べないと、身体が持たないよ?」

 

「悩みごとがあったら言ってね、私いつでも相談に乗るから」

 

「ううん、いいの。これは私の問題だし――余らせちゃうともったいないから今後も食べてもらえるとうれしい」

 

「まあ、俺らも自分の分あるけど二人でなら問題ないか」

 

「ありがとう。ココアちゃん、コウナくん」

 

そう言って差し出される弁当。しかし……

 

「あわわわ…コウくん、これ今後私たちの問題でもあるかもしれないよ!?」

 

「まさかご飯以外全部コゲてるとは……」

 

 

 

 

 

――なんてことがあって、現在千夜の元気がない理由をココアと二人で考えていたのだ。

 

しかし、俺たちも千夜が落ち込むようなことをしてないし、原因がわからないまま今に至っている。

そこで、ないとは思うがリゼやチノちゃんも心当たりがないか聞いたのだ。

 

「千夜が落ち込んでいるの、私のせいかっ!?」

 

「リゼ、心当たりあったの?」

 

「確証はないが、甘兎に行ったときメニュー名に突っ込みを入れまくってたのとか」

 

「それを言うなら私もかもしれません」

 

「チノちゃんもあるの?」

 

「学校の帰りにあんこに与えた餌が口に合わずに体調を崩してしまったとか…」

 

「なんか二人のを聞いてたら私のような気がしてきた……!」

 

「……ちなみにココアはなんなの?」

 

「文系のできなさに嫌気がさした? パンの試食してもらってたけど実は嫌だった? コウくんが千夜お姉ちゃんって読んでくれないから――コウくんのお姉ちゃんは私だけだよ! ココアお姉ちゃんだよ!!」

 

「うん、意味がわからなくなってるから落ち着こ、お姉ちゃん」

 

混乱しているなぁ。

 

「私のもそうだが、言い出したらキリないな」

 

「そもそもそういうことで落ち込むぐらいだったらその前にアイデア求めたり、注意したり、断ったりしていると思うけど、千夜なら」

 

「じゃあ、私たちじゃない別な原因があるのかな?」

 

その原因を知るために俺は聞いたつもりだったんだけど、話が逸れた。

 

「それってなんだろうね……?」

 

頭を捻るココア。そんなココアにチノちゃんがボソリと呟いた。

 

「…私が怒ってるときは気がつかなかったのに、千夜さんの様子がおかしい時は気づくんですね」

 

「――っ! チノちゃんのことはちゃんと見てるよ!」

 

ココアの顔が緩んだ瞬間俺は悟る。また変な勘違いをしているということを。

 

「一緒にお風呂に入ってくれない時はそういう年なんだなーって気を使ったり、反抗期の対処法を考えたりしてるもん!」

 

そう言うココアに対して俺たちは全員微妙な顔をする。

この場にいる誰もが思っただろう――お前は思春期の娘に対する父親か、と。

 

「お前は思春期の娘に対する父親か」

 

マスター!? 言っちゃ駄目ですよ! しかも一言一句違わないとかエスパーですか!!

 

「? コウくん、なにか言った?」

 

男の声に反応したココアは反応した俺に問いかける。チノちゃんに助けを求めるが、どうにかしてくださいと促してきている。

 

「お姉ちゃん…ちゃんと考えてて偉いね……」

 

考えに考え抜いた結果、俺はココアの頭を撫でながら誉めることにした。

 

「えへへ…ありがとー」

 

「逃げたな?」

 

いいんだよリゼ。ココアが満足しているんだから…うん……

 

「そ、それよりチノちゃんとかは悩んでいることはないの?」

 

俺は誤魔化すように話をチノちゃんに向ける。

 

「悩み、ですか……実を言うと最近悩んでいることはあります」

 

チノちゃんの告白にココアとリゼはハッとした表情をした。

 

「辛いことがあったら我慢せずに、私の胸に飛び込んでおいで!」

 

「相談に乗るから何でも言えよ? 精神のブレは戦場でも命取りになるからな」

 

腕を広げて受け止める準備をするココアに優しい雰囲気で頼りになりそうな言葉を掛けるリゼ。しかし、

 

「最近成長が止まったような気がします」

 

「精進あるのみじゃ」

 

「前にも言ったけど慌てないで健康的な生活送っていればまだまだ成長するよ」

 

「スルーかよ!?」

 

「コウくん、私からチノちゃんを取らないで!!」

 

別に取ったつもりはないし、そもそもチノちゃんはココアのじゃない。

 

「だったら頑張ることだねー、ココアお・姉・ちゃ・ん?」

 

「むぅ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても千夜は本当にどうしたのかな……?」

 

ラビットハウスのバイトが終わり、制服から部屋着に着替えながら俺は一人呟いていた。

 

「ああなった原因は必ずあるはずだけど、俺たちの知らないところで起きた可能性もあるし」

 

その場合は千夜から打ち明けてくれない限り俺たちが知ることはできない。どうにかしたいのだが、どうにも出来ないもどかしさがあった。

「考えろ、千夜が落ち込んでいる理由(ワケ)を…」

 

俺たちに原因があるなら、必ずわかるはずだ。

 

「思い出せ。千夜の様子が変わったときを」

 

学校だけではなく、放課後や休日だって一緒に過ごしている時間があるのだ。千夜の言葉や行動から何かわかることがあるはずだ。だが、考えても直近のことを思い出しても千夜の元気がない原因がわからない。

 

「考え方を変えよう。俺たちに原因がないと仮定して、千夜が落ち込むのはどういうときだ?」

 

それは彼女の生活の一部である甘兎庵関連だ。

 

「経営不振…は違うだろうな。客入りもそこそこあったし、それに赤字がでるような価格設定はしていなかったし」

 

父の日の前のバイト掛け持ちで甘兎の材料の価格などを彼女の祖母から少し教えてもらったからそれはわかる。

 

「なら新メニューの開発で悩んでいる…?」

 

この線はありえそうだ。千夜が自分でどうにかしないといけない、といえる問題だ。そうなればリゼのダメ出しも考えられるけど、それなら最初に四人で甘兎に行ったときと矛盾する。

 

「新メニュー開発、名前、和菓子、味…………あっ……」

 

俺は一つの可能性を思いついた。

 

「いやでもまさか…それでなのか? いやでも人それぞれだし、ありえない話じゃない――ないけど」

 

しかしそれは俺の想像でしかなく、もう少し確証がほしい。

 

「――そうだ、シャロなら聞いているかも」

 

家が隣で学校など途中まで一緒に行くこともある千夜の幼馴染のシャロ。彼女なら千夜も悩みを打ち明けることもあるかもしれない。

そうなれば早速連絡を――そこまで思いついたときだった。

 

「コウくんっ! お願いが――」

 

勢いよく開けられる俺の部屋の扉。入ってきたのは片手にノート、片手にハンドガンを持ったココア。

 

「…ある…の……」

 

勢いよく入ってきたココアだったがだんだんと語尾が尻すぼみしていった。その原因はわかっている。

ノックもせず突撃してきたココアが目にしているのは、服を着ていない俺の上半身。

それを認識したココアの顔がみるみると紅くなっていく。

 

「……ココア?」

 

「――ご、ごめんっ!!」

 

名前を呼ぶとココアはすぐにドアを閉めて走り去った。俺はため息を吐きながら着替えを再開する。

 

「なんで風呂とかにはモフモフの刑とか言って一緒に入ってくるのに、こうなんでもないときにすごい恥ずかしがるんだか…」

 

普段からその羞恥心を持っていれば風呂に入るとか抱きつくとか出来ないはずなのに。

我が姉ながら不思議で仕方がない。

 

「で、ココアは何の用だったんだ?」

 

そして、ココアの目的は分からず仕舞いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~ビックリしたぁ……」

 

私はドキドキする胸を抑えながらそう呟いた。

自分の不注意から起こったことだけど、本当にああいうのは心臓に悪い。まさかまだ着替えの途中だったとは思いもしなかった。

 

「コウくんの裸…うぅ~……」

 

引き締まった身体、それでいて女の子にも負けないくらいの白い肌。思い出せば出すほど顔が熱くなる。

やっぱり綺麗だったなぁ、コウくんの身体。

お風呂とか一緒に入るときに当然見るけど、そのときは姉と弟として接して意識していないようにしているからあまり恥ずかしくはない。問題なのはこういうときだ。

 

「本当に、不意打ちはダメだよ…もう……」

 

私はノートとハンドガンをギュッと抱きしめながら天井を仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着替え終わってから改めてココアに用を聞くと、千夜の家まで一緒についてきてほしいということだった。どうやら今日借りたノートを返すのを忘れていたようだ。

明日にでも返せばいいのだが、テストも近いし復習したい時どうしようもなくなるため今からいくことになったのだ。

しかしもう日が落ちて暗くなっていて、ココア一人で行かせるのは少々危ない。なら俺が代わりにといったのだが、これは私が借りたんだから私が返さないと、とココアは譲らずということで俺がお供する形になった。

そうして二人で千夜の家の前まで行くと、彼女の家の前でうずくまっている人物が一人。

 

「シャロちゃん?」

 

「シャロ、こんばんわ」

 

「あっ…ココアとコウナ……」

 

「千夜ちゃん家の前で何してるの?」

 

ココアがそう問いかけるとシャロは俯く。

 

「朝…起こしに来た千夜とちょっと揉めちゃって…」

 

「だから落ち込んでたんだ!」

 

なるほど、どうやら俺の考えていたことは的外れだった。というか、あの一件でシャロに聞くのをすっかり忘れていた。

 

「追いかけてきたのを振り切ってる最中に千夜が転んじゃって…捕まるのが嫌でそのまま学校に行ったんだけど、罪悪感が…」

 

「シャロちゃん仲直りしたいんだね」

 

「怪我もそれが原因だったんだ。でもどうしてそんなことになったの?」

 

「それは…千夜が成長するようにって毎朝しつこく牛乳を押し付けてくるのよっ! 胸が無いから、きっと!!」

 

「背の心配だと思うよ!? ねっ、コウくん!」

 

うん、それは俺が答えられない話だから振らないでほしい。

 

「でも、千夜ちゃんもしょぼんとしてたよ。あんな千夜ちゃん見るの初めて」

 

「そんなにだったの……!?」

 

「嘘は言ってないよ。注意力が散漫になって、どこか落ち込んでて、こっちが心配になるほどだった」

 

「私、二人の関係性が羨ましいな。そういうの少し憧れちゃう」

 

俺もココアと同じ気持ちだ。幼馴染というものがいなかった俺は少しシャロや千夜をうらやましく思ってしまう。

ココアが幼馴染ではないのかといわれれば確かにそうなのかも知れないのだが、保登家に養子として入ったので俺とココアは幼馴染ではなくもう家族。だから気持ち的には違うのだ。

 

「顔を合わせるのが恥ずかしいなら私たちも協力するから、行こう?」

 

「自分の気持ちを素直に言えば、千夜だって分からないはずはないよ」

 

そう提案する俺たちにシャロは違うの、と首を振った。

 

「お、お店に入りにくいのはそういう理由じゃなくて! 別に恥ずかしくてずっとここにいるわけじゃないの!!」

 

「えっ、じゃあどうして……」

 

ココアはそう首を傾げるが、店内をちらりと見た俺はすぐに理解した。

 

「あんこか…」

 

「そう、あいつが怖いの! 私の顔を見るなり噛むから!」

 

「あっ、なら私に任せて! 私がシャロちゃんを守るよ!!」

 

そういうココアは穴を開けた紙袋をシャロに被せて、手を引く。そしてもう片方の手にはハンドガン。

二人は高校の制服というところ意外はどっからどう見ても犯罪者の格好をしていた。

 

「ちょっと、その格好はまずい――」

 

俺が止める間もなく中に入った二人。

 

「きゃああ! 強盗!?」

 

「待て待て! ココアもシャロもややこやしいことするな!」

 

その直後に聞こえてきた千夜の悲鳴に俺は慌てて店内に入る。

 

「こ、コウナくん! あっ……」

 

パニックになった千夜は俺のところに逃げようとするが、体調が優れないのか足をもつれさせた。

 

「おっと…大丈夫?」

 

「え、ええ…ありがと」

 

やさしく受け止める俺に一瞬戸惑いながらも顔を上げる千夜。普段なら顔が近いとか、彼女から香る甘い匂いとかにドキドキしてしまうのだが、俺は顔を少ししかめる。

 

「……千夜、今すぐ休みなさい」

 

俺は彼女の顔を見てそう言った。

 

「顔色、すごい悪い――ココアお姉ちゃん、シャロ」

 

「うん! 任せて!!」

 

「もうオーダーストップしているわよね。キッチン、借りるわよ!」

 

紙袋を破り気合を入れるシャロの顔が現れた瞬間、あんこの目が光った。

 

「なああああ――!」

 

「シャロちゃん、そっちはキッチンじゃないよ!!」

 

あんこに追いかけられ脱兎のごとく逃げるシャロ。なかなか皮肉が利いているなぁ。この光景。

 

「あんこ、こっちにおいで」

 

そう言うとあんこはシャロから方向転換して俺に飛びつく。

 

「はぁ、はぁ……どうしてあんたの言うことは素直に聞くのかしらね……」

 

息を切らしながらあんこを睨むシャロ。しかし、そこは動物だから仕方ないと割りきるしかない。

 

「千夜はここに座ってあんこを抱いててね?」

 

俺は千夜の手を引いて客席へと座らせて、あんこを渡す

 

「でも、お仕事が……」

 

「俺に任せておいてね?」

 

「で、でも……」

 

「任・せ・て・ね?」

 

「え、ええ…」

 

笑顔で凄むと千夜は冷や汗を垂らしながら頷いた。

それからは店内に残っていたお客さんのお会計とテーブルの片付け、店の清掃をした。

最後のお客さんがいなくなったのを確認した俺は厨房へと顔を出す。

 

「ココア、シャロそっちはどう――」

 

「助けてお母さん! 涙が止まんないよ~! それとお姉ちゃんだよ~!!」

 

「娘なら邪魔しないでよぉ!!」

 

「……」

 

意味不明な光景を目の当たりにした俺は一度厨房から出る。そして深呼吸をしてもう一度入る。

 

「「うわーん!!」」

 

うん。何度見直しても変わらないな、これ。

まあ、ネタバラしするとココアとシャロは玉ねぎを切っているだけなんだけど、母親の件はよく分からない。

 

「二人とも…私のために夕食作ってくれてるの?」

 

いつの間にか隣に来ていた千夜に俺は頷く。俺が二人に任せたのは千夜の夕食作りだ。献立も二人に任せている。

 

「しっ、食欲ないっていうから食べやすくて体にいい物を…」

 

「シャロちゃんのお味噌汁、すごくおいしいの」

 

はい、とココアは味噌汁を小皿に入れて俺と千夜に渡す。

 

「もやし料理ばかりかと思って心配してたけど、一人でこんなに料理が上手くなってたのね」

 

味噌汁を口にした千夜は安心したように呟く。だけど内容が内容でシャロは怒り気味だ。

 

「でも、シャロちゃんにはお母さんというより、生活に困っても愛さえあれば大丈夫な新妻役でお願いするわ」

 

「ちゃっかり会話聞いてんじゃないわよ」

 

その話を聞いてなくわからない俺は味噌汁に口をつける。

 

「うん、お母さんとか新妻とかは知らないけど、美味しい」

 

これなら食欲がない千夜でも食べられるだろう。でも根本的なところを解決した方がいいので、俺はシャロに促す。彼女もタイミングを見計らっていたようで、頷いた。

 

「その、千夜…朝は逃げてごめんなさい……私の体のこと考えてくれてたのに…」

 

「千夜ちゃんも元気出して、ね?」

 

「そうね、私一人で抱え込みすぎて心配させちゃってたわ」

 

「抱え込むのは悪いことではないけど、今度からは体調崩す前に相談して欲しいかな。友達なんだし」

 

「ええ、反省ね――実は、チノちゃんのお父さんが作った栗きんとんが私の作った和菓子より美味しかったなんて、恥ずかしくて言えなくて…」

 

「えっ……」

 

俺は思わず声を漏らした。

ここに来て予想した方が正しいなんて思いもしなかった。なんかどっと疲れて脱力しそうだ。

シャロもなんだそれみたいな白けた顔をしている。

 

「そっかー」

 

唯一ココアだけが笑顔で納得していた。こういう時のこの短絡的思考は見習いたいものだ、うん。

 

「そういえば今朝渡したかったものだけど…」

 

「えっ! 牛乳じゃなかったの?」

 

身構えるシャロに千夜は浴衣の袖から白いものを取り出す。

 

「ちょっ――!?」

 

「――――ッ!!!!」

 

ソレに気づいた俺は顔をそらし、シャロは顔を真っ赤にした。

 

「シャロちゃんの下着がうちの木に引っかかってたの、多分風に飛ばされてたのね。追いかけても逃げるように学校行っちゃうんだもん」

 

「この和菓子バカ、早く言えー!! それ振り回して走ってたんじゃないでしょうね!? しかもコウナの目の前で出すっ? 普通!?」

 

本当、シャロの言うとおりだ。俺の目の前で出さないでほしい。

 

「白かー」

 

「ココアお姉ちゃん? わざわざ言わないでもらえる?」

 

なんか、もう本当に疲れたよ。

でもまあ、解決したならそれでいいかと納得することにする。

そして騒ぎが一段落したあとは、俺たちは皆で仲良く栗きんとんを研究しました。

 

その後日、牛乳寒天を食べた千夜がまたショックを受けたのは別の話である――

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に~





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妹が増えた記念日 ~でも俺にはお姉ちゃんが一番です~




ども、燕尾です
短いです。






 

 

 

「はぁ……なんだって今日は色々なことに巻き込まれるなぁ……」

 

俺は買い物袋とスクールバッグを両手に肩を落としながらラビットハウスへと向かう。

動けなくなったおばあさん背負って荷物片手に家まで運んだり、迷子の子供の親を捜したり、引ったくりを捕らえたり、迷子の子供の親を捜したり、自転車のタイヤがパンクして立ち往生していた女の子を助けたり、迷子の子供の親捜したり、迷子の親捜したり――あれ、迷子多くね?

 

「ただいまぁ」

 

「いらっしゃいま――あれ、コウ兄じゃん!」

 

「コウお兄さん? いらっしゃいませ~」

 

疲れたように入った俺を出迎えたのはラビットハウスの面々じゃなかった。

 

「マヤにメグ? どうしてココアとリゼの制服を着て……?」

 

「コウくん、こっちだよー」

 

「お帰りコウナ」

 

俺が首をかしげていると、客席でゆったりしているココアとリゼに呼ばれる。

 

「二人とも? どうしてマヤとメグが働いているんだ?」

 

「いや、それが私とリゼちゃんが遅刻しちゃってその間を埋めるために手伝ってくれてたらしいの」

 

話を聞けばココアは補習の連絡を忘れて、リゼは演劇部の助っ人を頼まれて遅れていたらしい。

 

「なるほど、悪いね二人とも」

 

「いいよ、楽しいし!」

 

「わたしも~」

 

笑顔で返してくれる二人に俺は感動する。

ああ、いい子だ。本当に穢れを知らないいい子やなぁ。

 

「わわっ!? コウ兄、くすぐったいよ~」

 

「コウお兄さん、気持ちいいです~」

 

「……ん? コウお兄さん……?」

 

「どうしたココア?」

 

「んーん、ちょっとね……」

 

「そっか…ああ、癖になるなぁー」

 

「……」

 

二人の頭を撫でているとじーっ、と感じる一つの視線。

 

「チノちゃん、どうした?」

 

「い、いえ! なんでもないです」

 

様子のおかしいチノちゃんに俺は首を傾げるも、すぐに理解した俺はチノちゃんを手招きする。

 

「チノちゃん、ちょっとこっちに来て」

 

「何ですか?」

 

そして近くに寄ってきたチノちゃんの頭に手を乗せる。

 

「よしよし、チノちゃんのこともちゃんと見てるからね」

 

「……!」

 

小声でそういうとチノちゃんは驚いたように目を見開いた。

俺の顔をまじまじと見てくるチノちゃんに、俺は笑顔で返す。

 

「どうせだったら二人みたいにお兄ちゃんって呼んでもいいんだよ?」

 

「呼びませんよ。コウナさん、最近ココアさんみたいになってませんか?」

 

「冗談だよ。でも、そう呼びたくなったらいつでも呼んでいいから」

 

「そういうところがそっくりになっています」

 

「コウ兄! チノばっかりじゃなくて私にも構えよ!」

 

「コウお兄さん、私も撫でてほしいなぁ~」

 

「わかったわかった。順番なー?」

 

ああ、なんか本当に幸せな気分だ。

 

しかし――

 

「コウくん…」

 

「ん? どうしたココ――!?」

 

後ろから聞こえてきた声に振り向いたら、ココアの顔が目前にあった。しかもなぜか目が虚ろになっている。

 

「コウくん…何で二人がコウくんのことお兄ちゃんって呼んでるのかな……?」

 

「え? それはその…二人がそう呼びたいって言うから」

 

「でもお前、兄呼びに優越感覚えてるだろ」

 

「そりゃもちろん! 妹が可愛くない兄がどこにいようか――あっ……」

 

「コウナ…お前……」

 

呆れたリゼの視線が突き刺さる。

というか、最近皆よく俺を嵌めてない?

 

「お前が単純すぎるんだ。いい加減学習しろよ」

 

「だって仕方ないじゃん! 妹ができたんだよ!? そりゃテンションだって上がるってものだよ!! 気持ち的には姉より妹可愛がったほうが断然良い――あっ……」

 

そこまで言って俺は気づいた。

 

「……お前、言っちゃいけないことを言ったな」

 

リゼが心底哀れんだような目を向けてくる。

 

「コウくん…?」

 

「ひっ!?」

 

肩をつかまれた俺はビクつく。

 

「コウくんは、そう思ってたんだ。そっかそっか…そっかぁ~」

 

「いやいや、今のは言葉の綾というかなんというか、弟が姉を可愛がるなんておかしいでしょ? 普通は年上が年下を可愛がるものでしょ? うん、だから俺は無罪だ!」

 

「コウくん、有罪(ギルティ)

 

ズルズルと襟首つかまれた俺は引き摺られていく。

 

「ちょ、やめて、やめてください!」

 

「ふふふ、コウくん。久しぶりに、アレやろっか?」

 

「アレって…まさか……」

 

顔を青くする俺に対し笑いながらココアが懐から出すのは――手錠。

 

「ちょ、それやっても誰も得しないから!! というかなんでそんなの懐に忍ばせてるのさ!?」

 

「何で嫌がるの? 別にコウくんに酷いことなんてしないから、大丈夫だよ?」

 

嘘だ! それ取り出されていい思いなんてしたことがない!!

 

「ほんとそれはやだ! それ以外だったら何でも言うこと聞くから、お願いします許してくださいココアお姉ちゃん、いや、お姉さま!!」

 

「ふふ、ふふふふふ…♪」

 

「いやだぁぁ――――!!」

 

助けを求め手を伸ばすが、皆は悔いるように目を伏せた。

そして――パタンとドアが閉まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれがココアのマジ切れってやつか」

 

「そうかもしれませんね。コウナさんが無事であるように祈っておきましょう」

 

残されたリゼ、チノちゃん、マヤ、メグが扉の方に合掌したことは俺は知らなかった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

青山さんとの絡み、どうしましょ……いいシチュが思いつかない

ではまた次回に






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出会いと仲直り ~不思議な小説家さん~



どうも、燕尾です。
ごちうさ28話です。


 

 

 

 

 

「どうかしら、コウナくん…」

 

緊張した面持ちで千夜が問いかけてくる。

もっ、もっ、と咀嚼する俺はじっくり吟味していた。

 

「うん、美味しいよ」

 

美味しい、と言う言葉に一安心したように息を吐く千夜。だが、それだけでは終わらない。むしろここからが本番だ。

 

「ただ、砂糖をちょっと入れすぎかな? あんこの味が潰れかかってる。逆に抹茶ホイップはもう少し抹茶パウダーを入れたほうがいい。これじゃあ普通のホイップと変わりないと思うよ」

 

俺のコメントを千夜はスラスラとメモに書いていく。

 

「後は白玉だけど、白玉粉だけじゃなくて上新粉も混ぜると歯ごたえが出るよ。コンセプトが定まっていないならこのパフェに合うような白玉を研究するのもいいかもね」

 

「そこは盲点だったわ」

 

このくらいかな、と伝えると千夜もペンを置いて微笑んだ。

 

「ありがとうコウナくん。試食に付き合ってもらうだけじゃなくてアドバイスまでくれて」

 

「このくらいならいつでも手伝うよ」

 

バイトが休みだった俺は以前千夜から頼まれていた新作メニューの試食をしていた。

 

「まあ、ほとんどが主観的な感想になってるから鵜呑みにはしないほうがいいとは思うけど」

 

「ううん。コウナくんがそう言うなら間違ってないわ」

 

「その信頼は嬉しいけど、しっかりお婆さんと相談してね」

 

「そういえば、ココアちゃんとはまだケンカ中なのかしら?」

 

話題転換にしては痛いところを突いてくる千夜。

 

「恥ずかしながら、ね。あんなに怒らせたのは久しぶりだよ…」

 

「そのとき私はいなかったから何があったか分からないけれど、ココアちゃんとコウナくんなら仲直りできるわ」

 

「ありがと、頑張るよ」

 

俺は抹茶のお代を置いて、甘兎庵を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、試食とはいえ食べ過ぎた」

 

俺は腹を擦りながら街を歩く。石畳と木組みの家が連なる街並みは、実家とはまた違う趣があって飽きない。

それでも長くいれば日常の風景になる。あそこ前にも見たな、なんて思うのは俺がこの街に馴染んできたということだろう。

 

「……」

 

休憩でやってきた公園のベンチに座り、寄ってきたうさぎを抱えながら俺は空を仰ぐ。

流れ行く雲を眺めながら俺はあることを考えていた。

 

――そう遠くないうちに姉を見つけたい

 

皆がラビットハウスに泊まったときにした過去の話で言ったこと。

今姉さんはどこにいるのだろうか。無事でいるのだろうか。一人でいるとふとそんなことを考える。

生き別れてから約十年。アイナさんに拾われ、保登家に迎え入れられ、こうして楽しく前を向いて生きていられる全ての大元は、姉さんが自分の人生を捨ててまで俺を守ってくれたからだ。だが姉さんの行方は依然と知れないまま。

保登家にいる間も姉さんを連れて行った会社や本当の実家のことを調べていたのだが、会社は潰れていて、実家も企業として続いてはいるものの、姉さんは依然として行方知れずのままらしい。

 

「地道に調べていくしかないんだよな、やっぱり」

 

どんなに掛かっても必ず見つけ出す。そう改めて決意していると、一人の女性がやってきた。

 

「こんにちは。隣、いいですか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

いきなり話しかけてきたプラチナブロンドの女性に戸惑いながらも、俺は場所を開ける。

 

「散歩ですか?」

 

隣に座ってきた女性にどぎまぎしながら俺はそう問いかける。

 

「はい、閃きを求めて彷徨っているの」

 

「閃き…もの書きか何かされているんですか?」

 

「ええ。小説家なんです」

 

 

「ペンネームは、なんていうんですか?」

 

「青山ブルーマウンテン…といいます」

 

青山ブルーマウンテン…なんかどっかで聞いたことある名前。それにこの人もどこかで見たことが……

そこまでいったところで俺は思い出した。

 

「ああ、思い出した! それに青山ブルーマウンテンっていま流行の小説家だ!! それにあなた、俺が甘兎庵でバイトしてたときに来た人ですよね!?」

 

「バレちゃいましたか。覚えていてくれてたんですね」

 

青山さんはいたずらっ子のように笑う。

 

「いま思い出しました。まさか今売れっ子の小説家さんだとは知らなかったですけど」

 

「売れっ子だなんて、そんなことないですよ」

 

謙遜も謙遜だ。この人が出した"うさぎになったバリスタ"は全国でヒットし、その話題が広がって発売からそんなに経っていないのに映画化され、現在大ヒット上映中なのだ。

まさか原作者がこの街住まいだとは思いもしなかった。

 

「えっと、あなたのお名前は…」

 

「あ、名乗らずにすみません。保登香菜です。菜の花が香るでコウナです」

 

「保登……? ココアさんのご親族ですか?」

 

「ココアは姉ですけど…出会っていたんですね」

 

「はい。コウナくんと同じように散歩していた時に偶然」

 

そんな話、ココアから聞いたことなかったから知らなかった。

それから俺と青山さんはいくつか話をしてから別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばコウナくん。誰かに似ていたけれど、誰だったかしら……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいまー」

 

青山さんと別れてからまた色々と歩いて夕方になった頃、ラビットハウスへ帰った俺は気付かれないように静かに入る。

足音を立てないように抜き足差し足忍び足で歩いていると後から声を掛けられた。

 

「お帰り、コウナ君」

 

「っ! た、ただいまです、タカヒロさん」

 

「その様子だと、ココア君とはまだ仲直りできてないようだね」

 

微笑ましいものだ、と言わんばかりに微笑むタカヒロさん。

そう、マヤとメグがラビットハウスで働いた時に起こったアレ以降、この数日ココアは夜は必ず無言で俺をモフモフし続けるのだ。そして、あの二人(マヤとメグ)が来た日には更に過激にスキンシップをとってくる。

今までのモフモフの刑は甘えるようなものなのだが、今はただ無言で、無表情でモフモフし続けるのだ。

何かあるわけでもないのだが、ただただ怖い。何を考えているのか分からないというのがこんなにも怖いことなのだと久々に感じている。

これはココアにとってのマジ切れに近いことを俺は悟っていた。なぜならココアが本気で怒ったときはこれより酷く、顔すら合わせないのだから。まるで存在がないように、ただいつも通りの日常をココアは過ごすのだ。あれほど辛いものはない。

だが、まだモフモフという形で接しているのだから本気の手前なのだろう。楽観視はできないが。

 

「どうしたらいいんですかね……」

 

「それは君が考えることだ。年頃の女の子は難しいけど、コウナくんなら気付けるはずだよ」

 

それだけを言ってタカヒロさんはバーの準備に入る。

 

「気付くって、なにに気付けばいいんですか……」

 

俺の呟きに返してくれる人は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「コウナさん、いい加減ココアさんと仲直りしてください」

 

夜ご飯を食べ終わり、皿洗いしていると隣で一緒に作業していたチノちゃんが直球に言う。ちなみにココアは今お風呂に入っていてこの場にはいない。

 

「いやそうしたいのは山々なんだけどね…」

 

そう言われていても原因がわからないのに謝っても意味がない気がしている。

 

「チノちゃんはココアがどうして怒ったかわかる?」

 

「本気でそう言っているのなら呆れたものです」

 

本当に呆れた目を向けられる。おかしいことを言ったつもりないのだが、一体どういうことだろうか。

首をかしげている俺に対してチノちゃんはため息を吐きながら言った。

 

「コウナさんは勢いで言っていたかもしれないですけど、ココアさんは本気で気にしているんですよ」

 

「それって、姉よりも妹のほうがいいって話か?」

 

そう問いかけるとチノちゃんは頷いた。

 

「ココアさんはコウナさんに蔑ろにされると思ったんじゃないですか?」

 

「あれは言葉の綾だし、ココアだって妹がほしいって言っているもんだからそんな真に受けてここまで引き摺るとは思ってなかったんだけど」

 

「妹がほしいって言うのと、姉より妹のほうがいいというのは違うじゃないですか」

 

そこまで言われてようやく気付いた。

 

「嫉妬したんですよ。メグさんやマヤさんばかり構って、自分にはしてくれないことに」

 

「…チノちゃんはよく気付けたね」

 

「……恥ずかしながら、似たようなことありましたから」

 

チノちゃんもメグやマヤが来るようになってから、一時期元気がなかったことがあった。その時のことを言っているのだろう。

 

「ありがとう、チノちゃん。おかげで何とかなりそうだよ」

 

俺はチノちゃんの頭をなでてあげる。

 

「もう空気がギスギスしているのは嫌ですから。それにコウナさんには気付いてもらった借りがあるので、仕方なくです」

 

早口で捲し立てるチノちゃんに俺はくすりと笑うのだった。

 

 

 

 

 

風呂上がってから部屋に戻ると、相も変わらず無表情のココアがベッドで待っていた。

 

「……」

 

ポンポン、と隣に座れと促してくるココアに従ってベッドに腰掛けると、ココアは俺の太ももを跨ぎ、正面から抱きついてきた。

 

「……」

 

未だに無言のココア。今までだったらなにもしないでこのままココアにされるがままだった。だが、今日は俺からもココアの背中に手を回した。

 

「ココア、ごめん」

 

「……」

 

ココアはなにも言わなかったけど、俺の言葉にピクリと反応したのを感じた俺は言葉を続ける。

 

「勢いとはいえ、姉より妹のほうを可愛がったほうがいい――なんて無神経だった」

 

「……」

 

「だから、ごめん」

 

俺はギュッとココアを抱きしめる力を強める。俺の気持ちが伝わるように。

 

「私も、ごめんね…」

 

すると、ココアの口からそんな言葉が漏れた。

 

「私、お姉ちゃんなのに、メグちゃんやマヤちゃん、チノちゃんに構うコウくんに嫉妬しちゃってた」

 

「うん」

 

「だから、私もごめんなさい」

 

ココアもギュッと抱きしめる力を強めた。

交わした言葉は少ないけれど、それでよかった。

こうしてお互いの体温を感じるだけで、それだけで俺たちは通じ合えるのだから。

 

「コウくん、お願いがあるの」

 

「ん、なに?」

 

「今日、一緒に寝たいな?」

 

「ここ数日、一緒に寝てた気がするけど?」

 

「もう、コウくんの意地悪……」

 

「冗談、いいよ。今日は一緒に寝よっか」

 

そういう俺にココアはむくれた顔から一転、花が咲いたように笑ってくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ココアがヤンデレに向かってる気がしてならない今日この頃です。

ではまた次回に。




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初夏のパン祭りinラビットハウス ~憧れのあの子、実は…~



どうも燕尾です
29羽目です。
自分もパン作ってみようかな……?





 

 

 

「悪いなコウナ、手伝ってもらって」

 

「いいよ。この量をリゼ一人でやるのも大変でしょ?」

 

俺たちはチラシの束を抱えて公園へと向かっていた。抱えているチラシには"夏のパン祭り"と書いてある。

パン祭りは集客を上げるためにココアが考えたことだ。提案されたときは驚いたが悪くないと皆頷き、タカヒロさんにも許可をもらって開催することになった。

そして明日に差し迫ったパン祭りの宣伝として、チラシ配りをすることになったのだ。

 

「でもコウナはシフトじゃなかっただろ?」

 

「今日は読んでない小説を読もうと思ってただけで時間も持て余してたし、ならこうして手伝いしたほうがいいかなって。それに」

 

「それに?」

 

首をかしげるリゼに、俺はにやりと笑った。

 

「こうしてリゼと二人で一緒にいるのも悪くないなーって思ってね」

 

「なっ――!?」

 

すると、リゼは一瞬で真っ赤になる。

 

「なに言ってんだお前は!?」

 

「いつもはココアやチノちゃんとばかり仕事しているから、こうしてリゼと二人で一緒に仕事するのもいいなってことだけど」

 

「……っ!」

 

改めて説明すると、リゼはさらに顔を染めて俯く。

ニヤニヤを抑えずに覗き込もうとする俺から逃げるリゼ。どうやら変な勘違いをしたのだろう。

 

「ねえ、リゼはどういうことだと思ったの?」

 

「――」

 

「ねえねえ――」

 

「う、うるさいっ! お前と同じことだよっ!!」

 

「それなら何でこっち見ないのかなー?」

 

そっぽを向くリゼに追い討ちをかけると、限界が来たのかリゼはモデルガンを突きつけてきた。

 

「それ以上言うなら、容赦しないぞ……」

 

「あはは、やっぱりリゼはからかい甲斐があるなぁ」

 

ロゼの一件から、俺はたまにリゼをからかうことに目覚めてしまった。からかった後は大変なのだがこうして可愛い一面を見られるのだからついやってしまう。

 

「お前、最近私に遠慮しなくなったな」

 

「ん? だってリゼがそういうのを望んでたからでしょ?」

 

「私が求めてたのはそういうことじゃない!!」

 

「知ってるよ――まあいいじゃない。こういうやり取りができるのは友達ならではだよ」

 

「それは…そうかもしれないが……」

 

「ということで、今後ともよろしくね?」

 

「ああ――って、やっぱりおかしいだろ!?」

 

気づいたリゼがこめかみ辺りにモデルガンの銃口でぐりぐりと押し付けてくる。

 

「まったく…」

 

チラシ配りの前に疲れた様子を見せるリゼ。

 

「でもリゼとこうして二人で仕事したり、こんなやり取りができるのが嬉しいのは本当だよ?」

 

「コウナ……」

 

リゼは一瞬顔を綻ばせるも、すぐにキッと睨んできた。

 

「騙されないからな?」

 

決して嘘じゃないんだけど、からかいすぎたかな。

そんな話をしているうちに、俺たちは公園についた。

 

「さて、それじゃあチラシ配りを――」

 

始めようか、と言いたいところだったのだけれど、気になるものを発見した。それは、

 

「お願いしますっ、退いて下さい! お願いします、お願いしますっ、お願いしますっ――!!」

 

ベンチに居座るうさぎを崇め倒しているフルール姿のシャロの姿だった。

 

「……うさぎに向かって土下座してる」

 

「何しているんだか」

 

恐らくあのうさぎがシャロの物の上に居座るせいで取れなくなっているんだろうけど。

奇異の目で見られているシャロを放置できないので俺たちは彼女のほうに行く。

 

「ほら」

 

「り、リゼ先輩!? それにコウナも!!」

 

うさぎを除けるとようやく俺たちに気付いたシャロ。

 

「リゼ先輩、その格好で外にいるなんて珍しいですね」

 

「ココアが企画したパン祭りのチラシ配り担当に任命されたからな」

 

「そして俺はその手伝い」

 

「なのにコウナは制服じゃないのね」

 

「シフトじゃないからね。家にいても小説を読むだけだからこうしてでてきたってわけ。シャロはフルールのチラシ配りかい?」

 

「ええ。まだできて間もないからこういうことを小まめに、ね」

 

その考えはラビットハウスも見習うべきだな。

 

「ラビットハウスでやるのは初めてだが、この間シャロのバイト先で習った笑顔を参考にするぞ。こうやって配れば受け取ってくれるのか?」

 

そう言ってリゼは培った技術を駆使してチラシを配る。だが、

 

「フルール・ド・ラパンよろしくお願いしまーす♪」

 

「慣れすぎて無意識にウチの宣伝になってます!」

 

「ラビットハウスのチラシなのになぜフルールになるんだ!?」

 

俺たちは慌ててリゼを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、コウナくんではないですか~」

 

リゼと分かれてチラシ配りを進めていくと、リゼからもらったであろうチラシを持った青山さんと会った。

 

「青山さん、こんにちは」

 

「はい~、こんにちは。コウナくんもチラシ配りをしているのですね。一枚もらえますか?」

 

「このチラシはたぶんそれと同じですよ?」

 

「そうなんですか~。コウナくん、ラビットホース(・・・・・・・)で働いているんですね」

 

ん? ラビットホース(・・・・・・・)……?

 

これですよね、と青山さんが見せてきたのは間違いなくココアが作ったチラシだった。だが致命的なところが間違っていた。

 

「ラビットホース、夏のパン祭り……って、スペルが間違っている!? 気付かなかった!!」

 

「あ、やっぱり違うんですね」

 

「ええ! 正確にはラビットハウスですっ、ちょっともう一人に知らせないといけないんで失礼します! 時間があればぜひお越しください!!」

 

「はい、コウナくんも頑張ってください」

 

青山さんの声援を背に俺は猛ダッシュでリゼのところに向かう。

そしてリゼのところにいけば、そこにはチノちゃんとココアの姿があった。

 

「コウナ! 今まで気づかなかったがこのチラシ――」

 

「うん、俺も教えてもらって気付いた。まさかスペルが間違っているとは思いもしなかったよ――ねぇ、ココアお姉ちゃん?」

 

「う…ごめんなさい……」

 

うん、帰ったら勉強しようね。さすがに高校生になって中学生一年生レベルのスペルミスはまずいよ。

 

「とりあえず、残りは修正して――」

 

リゼがココアからペンを受け取ろうとした瞬間、強い風が俺たちを襲う。

片腕だけでしか持たれていなかったチラシは俺の目の前で宙に舞った。

 

「わー! 私の恥が公園中にー!?」

 

「コウナ、チラシ配りはいったん中止だ。急いで拾ってくれ!!」

 

慌ててチラシを追うリゼたち。

 

「本当に馬になるなんて……」

 

「ココアさん、動かないでください。それともっと高くしてください」

 

チノちゃんとココアは木の枝に引っかかってるチラシに手を伸ばす。

 

「あっ、おっきい虫が落ちました」

 

「ギャー! なんてことを――!?」

 

しかし、その枝にとどまっていた大きい虫がちょうど下のチラシを回収していたリゼの頭に乗っかった。

 

「意外な一面ですね、リゼ先輩」

 

おびえるリゼの頭から何のためらいもなく虫を掃うシャロ。

 

「お前も、意外とたくましいな……」

 

「家の隙間からよく入ってくるんで慣…んでもないです」

 

ボロ出さないようにするのも大変だな。

 

「あっ、シャロ……」

 

「ん? 何かしらコウナ?」

 

「その、足元にうさぎが」

 

「うさぎが足をぺろぺろしてます」

 

「ピャア――――!!」

 

「虫は良くてもうさぎは駄目なんだな」

 

俺はシャロの足元に擦り寄っているうさぎを抱える。

 

「うさぎ、怖い?」

 

「怖いから近づけないでっ!」

 

そう言われたらもうどうしようもないので、うさぎを降ろしてさよならする。

 

「じゃあ、このちっちゃい子はどうかな?」

 

代替案としてココアが手のひらに収まるぐらいの小さなうさぎをシャロに見せてきた。

 

「か、噛まないなら……」

 

先ほどのうさぎよりすごく小さくおとなしいからか、恐怖感は残りながらも拒絶はしなかった。

だが、ココアから受け取った子うさぎをどうして良いのか分からないシャロは途方にくれる。

 

「きゅ、キュアー…」

 

「ぶっ――!」

 

するとシャロは突然変な鳴き声をあげ、俺は唐突のことに息を噴き出してしまった。

 

「えっ! うさぎってそんな風に鳴くの!?」

 

うさぎの鳴き声を聞いたことないココアは驚きの様子を見せる。

 

「いえ、うさぎははっきりと鳴きませんよ?」

 

ココアとチノちゃんのやりとりを聞いたシャロはどんどん顔を紅くして唸っていた。恐らく千夜に言われた過去の事を思い出しているのだろう。

 

「うさぎは確か"ぶー"って鳴いたと思うよ」

 

「そうなの、コウくん?」

 

「私も初めて知りました」

 

滅多に発しないけど、そんな鳴き声だったはずだ。あの見た目にして濁音で鳴くのを知った当時はビックリした。

 

「でも、シャロの鳴き声も可愛かったよ」

 

「笑いながら言うなっ!」

 

「勘違いは誰でもあるから」

 

「――っ、コウナのバカー!!」

 

そう言いながらシャロはチラシを持って離れていく。

 

「お前、本当にたまにいい性格になるよな」

 

「それほどでもないよ」

 

「コウくん、リゼちゃんは褒めたんじゃないよ」

 

ココアが呆れ半分で苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はお客さんたくさん来てくれたね!」

 

ココアはやりきった達成感に浸っていた。チノちゃんやリゼも同じようで今日の盛況ぶりを思い出しては嬉しそうにしていた。

ココア企画の夏のパン祭りは今日の売り上げや集客などを見てタカヒロさんも今後の不定期開催を考えるほど、いい結果が得られた。

今は皆でバイトでこれなかったシャロのためにお裾分けをもって彼女の家に向かっている。ただ……

 

「シャロちゃんの家ってどんな感じなんだろうね?」

 

「私もシャロの家は行ったことないから分からないな」

 

「でもきっと大きな家を探せば見つかると思います」

 

俺は微妙な顔で三人の話を聞き流していた。ココアたちはシャロの家を知っておらず勝手な想像を膨らませている。

俺もシャロの家は知らないフリをしないといけないので、とりあえずは千夜に預けて渡してもらおうという案しか出せなかった。

まあシャロもこの時間に外には出てこないだろうし、大丈夫か。

 

「千夜ちゃん、今日はパン祭り来てくれてありがとね」

 

「無事に成功してよかったわね」

 

ココアと千夜は仲良く手を合わせる。そんなココアはシャロがこの隣の家にいることを知らない。

 

「それで千夜、シャロの家知らないか?」

 

「来れなかったらお裾分けしたくって。きっと赤い屋根の大きなお家に住んでると思うんだー」

 

……ココアのイメージはよく分からないな。どうしてそうなったのだろう。

 

「まあ、こんなに? あ、でもシャロちゃんの家は……」

 

頑張れ千夜、幼馴染として何とかしてシャロを守ってあげて。

心の中でそう祈っていたときだった。隣の家からシャロが出てきたのだ。

 

「あっ…」

 

「………………え?」

 

「「「……」」」

 

「あらあら」

 

千夜の暢気な声が俺たちの間に通る。

 

「千夜ちゃん家の物置からシャロちゃんが出てきた」

 

「いや、さすがに気付こうよ!!」

 

あくまで自分の想像を通そうとするココアにさすがに言ってしまう。

 

「もしかして私たちは…」

 

「大きな勘違いをしていた……?」

 

チノちゃんとリゼは悟ったようで、そして自分たちがいかにハズレた考えをシャロに押し付けていたのか理解したようだ。

 

「い、今まで勝手に妄想の押し付けを…おっ、お嬢様とか関係なく私の憧れなのでっ!」

 

「気遣わせちゃってる…」

 

「まあ、すぐに誤解を解かないで見栄張ったシャロも悪いよねぇ」

 

「うっ…それはそうだけど、今は正論を言わないでよ」

 

失礼。ついつい口が滑ってしまったもので。

 

「うちの学校に特待生がいるのは知ってたけど、シャロだったんだな」

 

「すみません、言うに言えなくて……」

 

自分とシャロが通う学校の特待生が、大体どういう人か理解しているリゼは妙に納得した表情をしていた。だが、

 

「えっと、それでシャロちゃんの家はどこかな?」

 

「この物置よー!!」

 

「えぇ――!?」

 

直接言われるまで終始気付かないココアに俺は呆れるしかなかった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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みんなで映画 ~夢は一つに絞りましょう~



どうも、燕尾です。
丸一ヶ月ぶりでした。
わらわら(笑い事じゃない)





 

 

 

「コウナくん、準備はいいかしら?」

 

「うん、大丈夫。遅れないようにしないと」

 

放課後。いつものように帰りの支度をしていると千夜が話しかけてきた。

今日は千夜が青山さんから映画のチケットを貰ったから、放課後に皆で映画を見に行く予定だ。

 

「だけど…」

 

俺はちらりと隣に視線をやる。そんな俺を見て千夜は苦笑いした。

 

「おーい、ココア。大丈夫か?」

 

「うん…大丈夫だよぉ……それと、ココアお姉ちゃんだよぅ……」

 

さっきからずっと舟をこいでいるココアの肩をゆすると途切れ途切れながらもいつも通りに反応した。

 

「ココアちゃん、眠たそうね」

 

「夕べ、チノちゃんに私の修行の成果を見せようと思って、コーヒーの銘柄当てクイズを…」

 

「飲みすぎてあまり眠れなかったのね」

 

「ううん、一睡もしてない…でも今まで起きてられたから夜までもつと思う」

 

カフェインってすごいね~、と暢気に言うココアに千夜はぎょっとした。

 

「ええっ! この後映画見に行くのよ!?」

 

「コーヒー飲めば何とかなるよ……」

 

「遅くまで何をしていたかと思ったら、そんなことしていたのか」

 

俺は早々に部屋に戻っていたのでココアがしていたことはまったく知らなかった。

ココアの目を覚まさせて帰り支度を済まし、玄関から出ると外は雨が降っていた。

 

「やだ、急に雨が……今日じゃない方がよかったかしら」

 

「ううん、せっかくみんな揃ってバイト休みなんだから」

 

「映画館は室内だし、問題ないよ」

 

それに俺はいつ突然の雨が降ってもいいように折り畳み傘と置き傘は用意している。

三人までなら大丈夫だろう――そう考えていたのだが、いきなりココアが雨の中を走り出した。

 

「小雨の中走るのも気持ちいいよ」

 

「そうね」

 

はしゃぐ様に駆け出すココアの後を追いかけるように千夜も走り出す。

俺は濡れるのが嫌だから持っている傘を差してココアたちの後を歩いた。

 

「誰が映画館に一番乗りするかなあ」

 

競争気分でテンションが上がり走るココア。しかし次の瞬間、ココアは足を躓かせ転んだ。その先の地面には水溜りがあり――

 

「へぶっ!?」

 

「ココアちゃん!?」

 

ココアは見事ずぶ濡れになった。

 

「……チノちゃんたちは大丈夫かな?」

 

「ごめんなさいココアちゃん! 楽しそうに走るから黙ってたけど私置き傘持ってるの!」

 

「いいよ千夜。俺はもう一つ持ってるから、これ使いなよ」

 

「あるなら最初から出してよコウくん!」

 

「言う前に走り出したのはココアお姉ちゃんでしょ?」

 

人のせいにされても困るよ。そう言うくらいならもう少し落ち着きを持って欲しいね。

 

 

 

 

 

俺たちが映画館に到着したときにはもう他の皆の姿があった。

 

「リゼちゃんシャロちゃんびしょ濡れだね!」

 

傘を差していた俺と千夜はよかったが、傘を差すことを途中で放棄して走り出したココアと傘を持っていなかったリゼとシャロがびしょ濡れだった。

 

「チノちゃんはあまり濡れなかったんだね?」

 

「はい、途中で合流したティッピーが傘を持ってきてくれたんです」

 

「器用だな!?」

 

リゼが驚くのもおかしくはない。ティッピーが傘持ってくるとなると頭の上に乗せるしかできないのだから。

そんな話をしているうちに降っていた雨は上がり、雨雲の隙間から光が差し込むようになっていた。

 

「見て! 雲の間から光が!!」

 

「キレイです!」

 

「これが映画だったらエンドロールが流れてもおかしくはないですね」

 

「今回の話はこれで終わりかな?」

 

「終わるの早い! まだ文字数――」

 

「振った俺から言うのもなんだけどメタ発言は駄目だよ、リゼ」

 

危ない危ない。強制終了せざるを得なかったよ、今。

 

「あの光の差し込み方は天使の階段って呼ばれてるのよ」

 

「すてきです……!」

 

千夜の豆知識に幻想を感じているチノちゃん。

天使の階段、か。俺たちが教えられたものとは随分差がある名前だ。

 

「私はおてんとさんの鼻水って教わったんだけど」

 

「……台無しです」

 

「……」

 

「それ言っちゃ駄目な奴だよ、ココアお姉ちゃん……」

 

せっかく綺麗な眼差しで見ていたチノちゃんやシャロの瞳が曇ってしまったじゃないか。

 

「まあ、正直俺も天使なのに階段って必要なのかって思ったけども」

 

「…姉弟揃って空気が読めないようだな」

 

呆れたリゼの視線が俺たちに突き刺さる。

 

「それはさて置いて――ほい、タオル。濡れたままだと風邪引くよ」

 

バッグから人数分のタオルを取り出して皆に渡していく。

 

「お前、その量のタオルどこに仕舞ってたんだ?」

 

「細かいことは気にしない気にしない。ほら――っ!?」

 

リゼにタオルを渡そうとしたとき、俺は気付いた。

びしょ濡れになった制服が肌に張り付き、透けて、薄っすらと下着の色が見えていることに。

慌てて逸らすも俺の周りにはびしょ濡れになっているココアやシャロが目に入り、二人もリゼと同じく、下着が薄っすらと見えていた。

いやいや落ち着け保登コウナ15歳。こういうことに気付いてろくな目に遭わなかったことがなかっただろうか、いやないだろう。

いつも変態扱いされてココアにお仕置きされていただろう。だが今回はそうはいかない。

幸い皆は服が透けていることには気付いていない。この後見る映画の内容に意識が行っている。

ならば今の俺がやるべきことはこのまま気付かないフリをして、何ごともなく過ごすことだ!!

 

「おいコウナ、いきなり止まってどうしたんだ?」

 

「いやいやなんでもないよ!?」

 

誤魔化すようにタオルを押し付け次に移る。

 

「何を焦ってるのよ、コウナ?」

 

「焦ってるって何のこと? 別に普通だよ普通」

 

「でも何か誤魔化そうとしているよね、コウくん」

 

「何を言ってるのさココアお姉ちゃん、服が透けて気まずいとかそんなことは全然思ってないから」

 

「そうなんだ、それならいいんだけ――ど?」

 

「「「「……」」」」

 

「………………………あ」

 

一瞬で凍りつく場。

 

「あ、あの! えっと! 今気付いたというか! だからタオルを押し付けたっていうか!」

 

皆の――主にリゼとシャロとココアの温度が下がっていくのがわかる。

怖い、めっちゃ怖い。何とかしなければ、俺の未来は確実なる死。

 

「そのえとえーっと……早く隠してくれると助かりま――へぶぐるぁ!?!?」

 

刹那、鳩尾と頭にものすごい衝撃を受けた俺は床に沈む。

 

「まったく、本当にコウナったら……」

 

「仕方ない奴だ」

 

怒りを抑えつつ少し恥らうような様子を見せるシャロとリゼ。

 

「コウくん」

 

そしてポンポンと煙が出ている俺の頭を撫でるココア。

何とか顔を上げるとココアは満面の笑みを浮かべていた。

 

「わかってるよね?」

 

「はい」

 

すみませんでした、と俺は深々と土下座する。

不可抗力だったのに、くそう。

 

 

 

 

 

実を言うと俺は映画館で映画を見るのは初めてだ。

大きなスクリーンに高音質の巨大スピーカー。見るもの全てが珍しいものだった。

とはいえそれに気を取られすぎてもよろしくはない。俺は映画に集中する。

上映しているのは青山さんの作品"うさぎになったバリスタ"だ。苦労して建てた喫茶店が経営難に陥って苦労していた老バリスタが「いっそうさぎになりてぇ」と愚痴っていたら、ある日本当にうさぎになってしまったところから物語が始まる。

隣を見ると、ココアは開始五分ぐらいで涙腺が崩壊していた。

ココアの隣にいるチノちゃんも少し涙ぐんでいる。だけど知られたくないのか、少し我慢していた。

そこからは経営難を救うために帰ってきた息子がジャズを披露して喫茶店を立て直したり

ライバルの甘味どころのお婆さんと争ったり

まるで本当に見てきたような内容の話で、臨場感や気持ちが伝わって面白い。

初めて映画館で見る映画はとても楽しめているような気がする。だが、

 

「すぅー…すぅー…」

 

チラリと見ればココアは寝ており、

 

「ふむふむ…この台詞はメニューに使えそうね」

 

千夜は一生懸命何かをメモって、

 

「静まれ、お腹~!」

 

シャロは空腹と戦って、まともに映画を見ていたのはチノちゃんとリゼぐらいだった。

ちなみにモデルになった元老バリスタであるマスター(ティッピー)は終始号泣していた。

モデルとはいえ泣き過ぎでしょ、マスター……

そして、上映後――

 

「後半寝てたんですか!? 凄く良かったのにみなさんと語り合えないじゃないですか!」

 

まともに映画を見ていなかったココアに怒るチノちゃん。

 

「でも小説は読んでたからっ、大丈夫だよ!?」

 

そう言い訳するココアにチノちゃんの怒りは収まらない。だが、責められているのはココアだけだけど、俺はその後ろで気まずそうな雰囲気を出している三人を見逃さなかった。

 

「で、リゼと千夜とシャロはちゃんと内容を覚えているのかい?」

 

「あ、ああ…小説の内容は」

 

「覚えてるから」

 

「大丈夫よ」

 

「だろうね…」

 

まったく、何のために映画館に来たんだかわからなくなってくる。

 

「ま、まあまあ! 覚えてるところは覚えてるよ! ほら、うさぎになったお爺ちゃん、かっこよかったよ?」

 

ココアの感想にティッピーが嬉しそうに照れる。モデルとなっただけに実際に褒められたような感覚になっているのだろう。

 

「私はライバルの甘味処のお婆さん! あの人の情熱には心打たれたわ――くだらないことで争ってたけど」

 

「どこかで聞いたような話ね」

 

ホットドッグにパクついているシャロがそう思うのは無理もないだろう。実物がすぐそばにいるのだから。

 

「でもジャズやって経営難を救ったバーテンダーの息子はもっとかっこよかったな」

 

「まるで父のようでした!」

 

うん、だってそれタカヒロさんだもん。

 

「ふがー! ふがー! ムキィー!!」

 

「おお!? 今日のティッピー、感情が豊かだね!」

 

「一番映画を楽しんでいたかもな」

 

自分よりほかの人物が褒められてムキになってチノちゃんの上で暴れるティッピー。

このうさぎ、中身はいい歳したお爺さんのはずなんだけどなぁ。

俺は苦笑いしながらティッピーを宥めるのだった。

 

 

 

 

 

――翌日

 

 

 

 

 

「心がバリスタなら、例えうさぎでもコーヒーを淹れられるんだ!」

 

ラビットハウスのバイトの最中、ココアがコーヒーサイフォンを眺めながら唐突に台詞を吐いた。

 

「あっ! それ昨日の映画の台詞だな?」

 

「えへへ、私も本格的にバリスタを目指そうかなって。それでリゼちゃんとコウくんはバーテンダーかソムリエになるの!」

 

えっ、俺の将来はバーテンダーかソムリエのどちらかに決定なの?

 

「すぐ映画に影響されて…」

 

チノちゃんの言う通り、本当にココアはなんでもすぐに影響を受けて将来の夢を増やしてしまう。

今ココアが目指しているものはパン屋と国際弁護士に加えてバリスタも増えた。

選択肢が増えるのは悪くはないが、増え続けるのはあまりよくないと思う。

 

「大人になっても、この四人一緒にここで働けたら素敵だよね?」

 

そう言うココアにチノちゃんはそうなった未来を想像していた。

それに対して俺は少し苦い顔をする。そんな俺の表情をココアは理解していなかった。

 

「パン屋さんと弁護士はもういいのか?」

 

「あ、最近小説家も良いなって思い始めてるんだ」

 

まだ増やす気かココア。業界も職種もぜんぜん違う仕事なのにそんなに増やしてもいざ進路決めるときに悩むだけだよ。

それにそんなこと言ったら――

 

「……」

 

ちらりとチノちゃんを見ると彼女の目が死んでいた。

その日の夜――

 

「……」

 

チノちゃんは幾つかのコーヒーを乗せたトレンチを乱暴にココアの目の前に置く。

 

「どうして怒ってるの……?」

 

眠そうにしているココアはちょっと辛そうだった。だがそんなココアにチノちゃんは言う。

 

「本気でバリスタ目指すなら、コーヒーの味の違いくらい当ててみせてください!」

 

「ふえぇ……」

 

「……頑張れ、ココア」

 

俺は少し様子を見て自分の部屋に退散する。

ココアはちょっと怒ったチノちゃんによるコーヒー銘柄当て試験を実施され、次の日また寝不足になるのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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青山スランプマウンテン ~ときには悩むことも重要~



ども、燕尾です。
31話目です





 

 

 

「いらっしゃいませ。二名様ですね。お好きな席へどうぞ」

 

週末。今日は本当はバーのシフトが入っているが、チノちゃんたちが遅れるとの連絡で彼女たちが帰ってくるまでヘルプで入ることになった。

 

「ただいま帰りました。コウナさん」

 

「お帰りチノちゃん――」

 

学校から帰ってきたチノちゃんを出迎えると、チノちゃんの後ろから一人の女性が顔をのぞかせる。

 

「と、青山さん? いらっしゃいませ」

 

「コウナくん、こんにちは」

 

ぺこりと一礼する青山さん。

 

「お好きな席へどうぞ、青山さん」

 

「コウナさん、違うんです。今日青山さんはお客さんとしてではなくて」

 

「お世話になりに来ました~」

 

間延びした声でそう言う青山さんに俺は頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「詳しい話は後でします。とりあえず青山さん、こちらに来てください」

 

「はい。ではコウナくん、また後で」

 

そう言ってチノちゃんと共に家の奥に引っ込んでいく。

それから十数分後、青山さんが出てくると俺は目を疑った。

 

「どうですか、コウナくん」

 

そう言いながらくるりと回り俺に感想を求めてくる青山さん。

 

「とても似合ってます、似合ってますけど……」

 

何でココアの制服を着ているんだ?

 

白のシャツにピンクのトップ、黒のスカートに胸元の大きな赤いリボン。間違いなくココアがいつも着ているものを青山さんはその身に纏っていた。

 

「この制服、少々キツイですね…」

 

そう言って胸元を抑える青山さん。

ココアより身長もプロポーションも高い青山さんにとってココアの制服はキツイのは当然だ。

 

だから強調されている胸元に目がいってしまうのは仕方がない――じゃなくて!

 

「青山さん、その制服は――」

 

「ごめん! また遅刻しちゃった!! 私の制服洗濯中だっけ!?」

 

教えようとしたその時、タイミングの悪いことにココアが顔を出して来た。

 

「お帰りなさいませ」

 

「――」

 

静かな微笑みを浮かべ出迎えてきた青山さんにココアはあんぐりと口を開けたまま固まる。

 

「ココアさんもここで(ラビットハウス)働いていたんですね」

 

「それ、私の制服…どうして青山さんが……ま、まさか……」

 

「違うから、とりあえず――」

 

わなわなと震えるココアに俺は落ち着くことを促すが、説明を聞く前にココアは崩れ落ちた。

 

「今度こそリストラだぁー!!」

 

「失職ですか? 実は私もなんです」

 

四つん這いで嘆くココアに暢気に同調する青山さん。なんかもう収拾するのが面倒くさくなってきたよ。

 

「青山さん、制服間違えてます!」

 

諦めかけたところで救いの女神(チノちゃん)がバーテンダーの制服を持ってきたことで何とかこの場を鎮められるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ!? 青山さん小説家やめちゃったの!?」

 

それからリゼも加えてシフトを皆と交代して改めて青山さんとチノちゃんに事情を尋ねると、どうやら青山さんはペンを置いたというのだ。

 

「就職先に困っていたようなので、とりあえずうちに来てもらいました。」

 

「すごくピッタリです。まるで天職のような……」

 

「本当にそれでいいのか?」

 

リゼは複雑そうに青山さんを見る。俺も同感だ。

ただ、何かしらの事情もあるのだろうし、なにより青山さん自身が決めたことだからそれに口出すことはできない。

ただそうなればそうなったらで問題があった。

 

「人数が増えてぎゅうぎゅうだね」

 

ココアの言う通り今この場にはチノちゃん、ココア、リゼ、青山さんの四人。普段たいして来ない喫茶店では明らかにオーバーフローだ。

だが、チノちゃん曰くそれは問題ないらしい。

 

「青山さんが入るのはバータイムなので今は見学してもらってるだけです」

 

「バータイムのお仕事ならコウくんが先輩さんになるんだよね?」

 

「まあ、仕事上はそうなるかな」

 

だからといって敬語を崩すわけでも青山さんへの態度を変えるわけでもない。

 

「よろしくお願いしますね、コウナくん。私にはどうか気を使わずに、拾ってきた動物のようなものと思ってください」

 

「わかりました。青山さん、お手」

 

「わん」

 

手を差し出すと青山さんは手を重ねる。

 

「いい子いい子」

 

「くーん」

 

優しく、ゆっくりと頭を撫でると気持ちよさそうに声を出す。

 

「やめんか!!」

 

そして俺はリゼに勢いよく叩かれる。

 

「青山さんも、こいつの冗談に乗らないでいい!」

 

咎めるリゼだが、青山さんはマイペースに微笑むだけだ。すると、

 

「――殺気!?」

 

言いようのない冷たい空気が俺の背中を刺す。

振り向くと、ココアがいつもの笑みを浮かべて俺を見つめていた。

 

「ココア、お姉ちゃん……?」

 

「コウくん、お手」

 

「え…えーっと……」

 

「お手」

 

「わん」

 

「コウくん? あまり悪戯しちゃ、めっ、だよ? いい?」

 

「はい…」

 

「はいじゃないよね?」

 

「……わん」

 

「うんうん、いいこいいこ」

 

ココアの抱きつきながらのなでなでを震えながら俺は受ける。

 

「コウナくんのなでなで気持ちよかったです。昔よくしてくれた人にそっくりでした」

 

「そんな人がいたんですね」

 

「はい。今どこで何をしているかわかりませんけど」

 

「まったく……」

 

自分のペースを崩さず思いを馳せる青山さんにリゼは疲れたように息を吐いた。

すると青山さんは何かを思い出したように手を叩いた。

 

「元気にしていると言えば、マスターは今何をしていらっしゃるんですか?」

 

「父ならバータイムまで休んでいますけど」

 

「あ、チノさんのお父様ではなくて――白いお髭のマスターは今何を? その…私ずっとお会いしたくて……」

 

「知らなかったんですか!?」

 

青山さんの言葉にチノちゃんを始め全員が驚いた。何のことかわからず青山さんはきょとんとしている。

 

「青山さんの言うおじいちゃんは、えっと…もうお墓の中なんです」

 

ココアが気まずそうに説明すると青山さんは不思議そうに首を傾げた。

 

「? でも、この前お声を聞きましたよ?」

 

そう言う青山さんに俺はチノちゃんの頭の上にいるティッピーを見る。するとティッピーは冷や汗を垂らしながら顔を逸らした。

 

迂闊過ぎますよマスター……多分以前リゼが演劇の役作りの意見を聞きに甘兎行って、その後勘違いしたココアとチノちゃんに付いて行ったときだな。青山さんがいることぐらい店内入ったら分かったでしょうに。

 

ちなみにそのときの俺は出かけていたので又聞きだが、想像はついた。

 

「こ、コウくん…どうしよう……青山さん、会いた過ぎて幻聴を聞いちゃってのるかも……!?」

 

「いや、そういうわけじゃないと思うけど」

 

ココアは俺の話を聞かずにチノちゃんの頭からティッピーを取り、青山さんに差し出した。

 

「代わりに、この白いお髭をもふもふして心を癒して下さい!」

 

「勝手に!?」

 

ココアの動きに反応できなかったチノちゃんは頭を抑えながら叫ぶ。

 

ティッピーは白いお髭じゃなくてただの白い毛玉なんだけどなぁ。

 

その毛玉を見つめる青山さんはどこか寂しそうな表情をしていた。聞いたことはないが、恐らく昔マスターにお世話になっていたのだろう。

そんな青山さんに気の利いた声をかけることはできなかった。慰めも、本当の事実も彼女のためにはならないから。

 

「…この子…気に入りました。特に目を隠しているところがとても共感できます」

 

「よく見たら毛が凄い!?」

 

「ちょいワルな感じが気に入っているみたいです」

 

ちょいワル気に入ってるって…このうさぎの中身はいい歳したお爺さんなんだけどなぁ。

俺はマスターのことがよく分からなくなり、ため息が出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで青山さん。どうして小説家をやめたんですか?」

 

「はい?」

 

ラビットハウスのバータイムの時間。仕事をあらかた教え終わった俺は青山さんに率直に尋ねた。

 

「初ヒット本を世に出してまだ間もないのに、いきなり執筆やめるなんて思いつきなんかじゃないでしょう」

 

「ウサギになったバリスタ」だけを出して筆を置くことを考えていたならありえなくは無いけど、調べれば青山さんは高校生のときから執筆活動している。

 

「ずっと続けてきて他の職にも着かないで小説家にまでなったのに、それを唐突にやめるというのは何かあったぐらいしか考えられないんですよ」

 

「あらあら。コウナくんはいい探偵になれますね」

 

青山さんはいつもの笑顔でそう言う。どうやら間違っていなかったようだ。

 

「実はその、恥ずかしい話なんですが…マスターにもらった愛用の万年筆をなくしてしまってから、さっぱり筆が乗らなくなってしまいまして」

 

「万年筆、いつなくしたんですか?」

 

「ココアさんと初めて会った日ですから大体二週間前ですね」

 

ココアが青山さんと出会ったのはチノちゃんと俺とココアの三人で初めて出かけたときの公園だと聞いている。

 

まあそれは置いておいて――

 

「うーん…二週間ですか……」

 

諦めるにはいささか早すぎるような気がしないでもない。

確かに手に馴染んだ物が無いと調子が狂うというのはわかる。青山さんの場合、マスターからもらった大切な万年筆を支えに書き続けていたというのだから尚更だと思う。だけど小説という作品を生み出すというのはとても時間が掛かること。

それなのにたったの二週間で全てを捨てるのか。

 

「私も書こうとは思ったのですけど、やはり他の万年筆では駄目でして」

 

「青山さんにとっての物書きは万年筆が全てだったんですか?」

 

「それは…」

 

「小説書くのやめるのに未練は無いんですか?」

 

「無いわけではないんですが……」

 

「だったら書いたほうが良いです。万年筆なくしてスランプになったからってなに諦めているんですか」

 

たとえ人気作家でも、続編を出したり新編を書き上げるのに数年かかるなんてざらな世界だ。

 

「根性論をかざすようですけど熱意があれば人は大半のことはなんだってできます。辞めたくないって思うなら辛くても頑張りましょうよ」

 

「……」

 

「気分転換とか構想を考えるとかでこういうことするのなら良いですけど、現実逃避でしちゃいけませんよ」

 

「コウナくん、少し落ち着きなさい。青山くんが呆けているよ」

 

コップを磨いているタカヒロさんに止められて俺はハッとする。

 

「っ、すみません青山さん! 俺、偉そうに……」

 

俺は土下座する勢いで頭を下げる。だけど青山さんは怒ることも無くむしろ穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

「いいんです。コウナくんが私のことをちゃんと考えてくれたのが伝わりましたから」

 

「その、本当にすみません」

 

「いえ、コウナくんの言う通りです。そうですよね、簡単に諦めたらいけませんでした」

 

胸元に手を当てて何かを落とし込むように頷いてから、

 

「私、頑張ってみます」

 

青山さんは小さく決意するのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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青山お悩み相談室 ~人は誰しも悩みを持っています~


どうも、大分期間が開いてしまいました。
久々のごちうさ投稿です。





 

 

「青山さん最近来ないと思ったら、ラビットハウスで働いてたのね」

 

「小説もスランプみたいで、昼間も時々手伝ってくれてるよ」

 

「息抜きとして筆持つだけじゃないこともしたいってことでね」

 

次の週。ちょうど千夜が青山さんの話をしていたので事情を説明した。

それが働くというのもまた凄い息抜きの仕方だが、本人曰く今の状況を結構受け入れているようだ。

 

「働いているところも見てみたいわ」

 

考えてみれば千夜から見る青山さんは小説家としてゆったりとしたところだけなのだろう。

 

「うん、いいよー!」

 

今日はちょうど喫茶店のほうで入っているからと、ココアは千夜をラビットハウスに招こうとする。しかし――

 

「あ、お帰りなさいココアさん、コウナくん。そしていらっしゃいませ千夜さん」

 

出迎えるのは人生相談窓口と書かれた手作りのふちの真ん中に立った青山さん

 

「!?」

 

ラビットハウスに入ってから青山さんの状況を見た千夜は混乱した様子だった。

 

「良くできてるでしょ?」

 

傑作なんだー、とニコニコ笑うココア。

 

「コウナくん、これは……」

 

「ココアが青山さんのために作った力作」

 

「いえ、そうじゃなくてね…その、青山さんは何を……?」

 

「ただ手伝うだけじゃなくて、青山さん自身が何かをしたいといった結果かな?」

 

ある日、青山さんはこの店に貢献するために自分にしかできないことをやりたいと言い出した。

 

「人のお話を聞くのが好きなので、タカヒロさんがお客さんのグチを聞いているのを参考にしました」

 

それにココアが乗っかってこんな形になったのだ。ちなみに相談者は未だにゼロである。

 

「もう少し普通にしてくれたらよかったんだけどね」

 

「とっても素敵、いい考えだと思うわ!」

 

俺の呟きに反するように、千夜は目を輝かせる。

 

「他にこんなのも作ったよー」

 

よっこいせっ、とココアは青山さんと同じような枠をカウンターに置く。それは、

 

「特技は活かしてナンボよね」

 

「ねー?」

 

「手相占いが増えた…」

 

「昨日遅くまで何をしているのかと思えば……」

 

そんな大きなもの、はっきり言っちゃうと邪魔にしかならないというのに。このやる気をもう少し他のことに活かしてほしいよ。

 

「始めたはいいんですけど、何故か皆さんグチってくださらないんです」

 

「ミステリアスな感じだから一歩引いちゃうのかもね」

 

「そういう問題じゃないだろう…」

 

リゼの言う通り、ミステリアスとか青山さんの雰囲気は関係ない。むしろ青山さんはミステリアスよりおっとりとしているが包容力があるような感じだと思っている。

問題なのは言わずもがな。このでかい看板だ。

 

「マスターは人のお話を聞くのがお上手でした。私もそんな一息つける存在になれたらと…」

 

「ファンシーさがもっと出たら学生の子も話しやすいかしら」

 

「ぬいぐるみを配置してみましょう」

 

チノちゃんが自分の部屋とココアの部屋にあったぬいぐるみをいくつか持ってくる。

 

ああ…どんどんカオスになっていく。

 

チノちゃんの提案はいいと思うけど、あの看板が全てを台無しにしていると思う。

げんなりしている俺を余所にあれよあれよと整えられていく。

 

「こんな可愛いらしいものに見つめられたら――」

 

ぬいぐるみに囲まれた青山さんは、恥ずかしそうに顔を隠しながらそう言う。だが、次の一言はとんでもないものだった。

 

「――呪われる!!」

 

『呪われる!?』

 

「どういう理論ですか!?」

 

呪いの人形ならまだしも、ただのぬいぐるみにそんな力はない。

 

「とりあえず、少し練習なんてしてみたらどうですか?」

 

「練習、ですか?」

 

「ええ。お客さんもまばらですがいますし、そういう姿を見せれば相談しようとする人も出てくると思うんです」

 

「確かにそうかもしれませんね。ですけどそんな方いらっしゃるんでしょうか?」

 

「そこに関してはご心配なく。千夜、よろしく」

 

「まかせて!」

 

目配せすると千夜は店から出て行く。

それから十数分後――

 

「日々思い悩んでいそうな子を連れてきたわ」

 

千夜が連れてきたのはシャロだった。期待通りの働きに俺は千夜にぐっと親指を立てる。

 

「日頃の鬱憤を発散しろって言われても……」

 

「まあそんな考えなくていいから、ほら座って座って」

 

「コウナまで…これ一体なんなの?」

 

戸惑ったままのシャロだがとりあえずカウンターに座らせる。

 

「練習、かな」

 

「練習? なんのよ?」

 

「青山さん相談室だな」

 

「意味がわからないわ……」

 

「まあ、さっきも言ったように日々の不安や溜め込んでるものを青山さんに発散してみるといいよ」

 

「だから、急にそんなこと言われても困るわよ」

 

「青山さん、お願いします」

 

「はい。こちらおもてなしのコーヒーです」

 

「無視しないでよ! それに、私この後バイトなんだけど……」

 

ふふふ、シャロよ。そんなこと言っていいのかな?

 

「あ、それ私がブレンドしたんだ」

 

「なぁ!?」

 

シャロは謀ったわね、と睨んでくるが俺はどこ吹く風で小さく口笛を吹く。

さあ、どうする? リゼのコーヒーを飲むのか飲まないのか――

 

「――ずずっ」

 

さすがシャロ。この後のこと(バイト)より憧れの人(リゼ)を取った。

 

「――はれ? なんだか急に涙が……」

 

いつもならカフェインを取ったシャロはハイテンションになるのだが、今日は違うみたいで涙を流し始めた。

 

「ブレンドの配合で酔い方が変わるみたいだね」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

あり得ないというリゼ。だけどそう言っても目の前のことがすべてだ。

 

「やってられないですよぉ!!」

 

そしてシャロは酔っ払ったおっさんのように管を巻き始めた。

 

「今月も厳しくて、うさぎにも噛まれて……」

 

「よしよし…お前も大変だな……」

 

グズグズと泣くシャロの頭を撫でるリゼ。

いやいや、リゼがやったらダメでしょうが。せっかくのチャンスが。

 

「私もそういうのがやりたかったんです!」

 

それをやってもらうためにシャロにきてもらったというのに、計画倒れだ。

 

「それじゃあ、悩める相談者さんからのお手紙は?」

 

「いや、そんなの誰からも送れられて――」

 

「はい、青山さん。悩める相談者さんからのお手紙だよ!」

 

「あるの!?」

 

「ご意見BOXみたいになってきたわね」

 

いつの間に!? いや、そんなものないはずだ。ココアがこんな先回りしたようなことできるはずがない。ということは――

 

「青山さん、俺もちょっと失敬します」

 

「はい、どうぞ」

 

青山さんの手元にある手紙を覗く。そこには、なんか見覚えのある字が書かれていた。

 

「なになに……妹が野菜を食べてくれません。このままじゃいつまでたってもちっちゃい妹のままです。そのままでも全然オッケーなのですが、ピーマンが嫌いな子でも食べられるお料理を教えてくれたらうれしいです――」

 

うん、これどう見てもココアが書いた奴だな。しかもピーマン嫌いの妹ってどう考えてもチノちゃんのことを言ってるし。

俺はチノちゃんのほうをチラリと見る。

 

「~~~~ッッ」

 

すると彼女は羞恥と怒りに顔を真っ赤に染めて、ペンと紙を取り出し、ものすごい勢いで書いていく。

 

「私もお手紙もらってきました! 自称姉が、自分も嫌いなのに野菜を押し付けてきて困ってます!!」

 

「お互い直接言え」

 

「その前にココアもチノちゃんも、最終的に俺に押し付けているのを忘れてないよね? 今度からもう絶対食べてあげないよ?」

 

「「そ、それだけは勘弁してください!!」」

 

揃って頭を下げるココアとチノちゃん。

 

「あらあら」

 

その光景を青山さんは微笑ましそうな笑みを浮かべながら眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ皆さん、お疲れ様です~」

 

「じゃあな、三人とも。また明日」

 

「はい、お疲れ様です。青山さん、リゼさん」

 

「またね~!」

 

カフェの営業時間が終わって青山さんとリゼを見送った後、俺たちはタカヒロさんと交代する。

自分の部屋で制服から汚れてもいいような古着に着替え、俺は靴紐を結ぶ。

 

「さて……」

 

俺は店の方に顔を出してきょろきょろと見渡す。

 

「タカヒロさんは裏だよね……今かな?」

 

誰にも気づかれないように物音をたてずに外へと向かう。

 

「今日も行くのかい?」

 

「ヴェア!?」

 

だがドアノブに手をかけた瞬間、俺の後ろから声が掛かった。

 

「た、タカヒロさん…いつの間に……」

 

完全に気配はないと思ってたのに。この人、本当に只者じゃない。そういえば前職は軍人だったっけ? なら納得ではある。

それに今日もって言うってことは俺がやってることは全部バレているみたいだ。

 

「かなり難航しているようだね」

 

「ええ。あれからさほど時間が経ってなかったなら良かったんですけど、そうじゃないですし。まあ焚き付けた手前、放っておくわけにもいかないですから、見つけてみせますよ」

 

「そうか。あまり遅くならないように」

 

「はい。行ってきます」

 

俺はタカヒロさんに頭を下げてラビットハウスから出ていく。

タカヒロさんの後ろにある二つの影に気づかずに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそ、ここら辺のはずなんだけど」

 

俺は地面と顔を平行にして椅子の下を覗き込む。

 

「どこにいったんだ、青山さんの万年筆」

 

公園を探し始めて幾数日。めぼしいところはあらかた見てそろそろ探すところがなくなってきた。

 

「ココアと初めて出会ったときって言っていたからここら辺にあるはずなんだ」

 

服や身体が汚れることなど気にせずに俺は地べたに這いずる。

 

「でもここまで探してないって事は誰かが持っていったのか? いや、見落としている可能性もまだある」

 

まだ断定するには早い。もっと目を凝らして探さないと。

そう思っていたときだった。目の前が突如真っ暗になる。

 

「だーれだ?」

 

「――ココア。何でここにいるの?」

 

間違えるはずもないココアの声に俺は冷や汗が出る。視界が開けると目の前には頬を膨らませたココアの顔。そして隣にはやれやれと息を吐くチノちゃんの姿があった。

 

「ココアお姉ちゃん、だよ、コウくん!」

 

「はいはい。で、何でここに来たのか教えてくれる? チノちゃんまで一緒になって」

 

「それはこっちの台詞だよ! コウくん、ここ最近ずっとこの公園で何してるの?」

 

「毎日私たちに気付かれないように家を出て行ってますよね?」

 

逆に問いかけられて俺は言葉に詰まってしまった。気付かれないようにしていたのにそれすら気付かれてしまうというこの体たらく。

 

「最近運動不足だからこのあたりで運動を――むぎゅ」

 

最後の抵抗、とそれらしい理由を言うが途中でココアの両手が俺の頬を挟んだ。

 

「コウくん」

 

そしてココアは真剣な目をして俺をまっすぐ見つめる。

 

「正直に答えなさい」

 

もしかしなくても結構おこなご様子。ここでまだ誤魔化そうものなら完璧に怒らせてしまうだろう。

 

「……青山さんの万年筆を探してたんだよ」

 

「どうして私たちには内緒で探してたの?」

 

「それは、青山さんに発破をかけたのが俺だからだよ」

 

「どういうことですか?」

 

「青山さんが小説家を辞めようとした理由が、万年筆をなくしたことだったんだ」

 

「万年筆?」

 

「うん。チノちゃんのおじいちゃんから貰った大切なものだったらしくてね。失くしてからはすっかり筆が乗らなくなっちゃったんだ。だから辞めようとしてたんだけど、それで未練はあるって言うもんだから、ついね……」

 

「青山さんにお説教しちゃったんだね、コウくん」

 

恥ずかしながら、と頬を掻く。

偉そうに説教しておきながら自分はただ見てるだけっていうのはなにか違うし、自分に出来ることを考えた結果、失くした万年筆探しだ。

 

「ココアたちに言わなかったのはバイトもあったし、遅い時間になりそうだったから」

 

「そうだったんだ――でも、それならなおさら三人で探した方が良いよ! コウくんの悪い癖だよ、一人で何でもしようとしちゃうところ!」

 

ぷりぷりと怒るココアに俺はごめん、と反省する。

自分はそんなつもりじゃないのだけどココアだけじゃなく、母さんや姉さんにも同じことを言われていた。

 

「それじゃあ、私たちも手伝うよ!」

 

「私とティッピーも手伝います」

 

ここまで来て、回れ右して帰れといったらさらに怒られるだろう。それに恐らく、そう言ったところでこの二人はきっと帰らない。それに、俺一人でここまで見てないということはきっとどこか見落としているところがある。この二人ならそういうところを見つけてくれるかもしれない。

 

「よろしく頼むよ」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウナくん、ブルーマウンテウンを一つお願いします」

 

「はい」

 

俺は青山さんの注文を受けてコーヒーを淹れる。

 

「どうぞ、ブルーマウンテウンです」

 

「ありがとうございます」

 

青山さんはひとくち口をつけて柔らかい笑みを浮かべた。

 

「美味しいです。段々と腕が上がっているのがわかります」

 

「ありがとうございます。青山さんのほうはどうですか――新しい小説の進行状況は」

 

「少し難航してますが……前ほどではありませんね。やっぱりこの万年筆があると進みます」

 

そう言って青山さんは万年筆に手を置く。

結果から言うと、万年筆は見つかった。見つけたのは俺やチノちゃん、ココアじゃなく、なんとティッピー(マスター)だった。どこに落ちていたかというと、やはり俺が見落としていた場所で草むらの奥に小さな空間があったのだ。青山さんが落としたのではなく落とした後に風やらなんやらで転がっていったのだと思う。小柄なティッピーだからこそ見つけられた。

 

――いや、そういうよりティッピー(マスター)だからこそ見つけられたのかもしれない。誰よりもスランプになった青山さんのことを心配していたのだから。本人は否定していたけども。

 

だから、この万年筆を青山さんに渡したのもティッピーだ。最初はチノちゃんに渡させようとしていたのだが、チノちゃんの説得でティッピーが渡すことになった。

そのときの青山さんとティッピーの間で何を話したかは詳しくは知らない。ただ、青山さんが二階にいる俺たちのところに、

 

「このぬいぐるみから、マスターのお声が!!」

 

と、慌てて駆け込んできたときに大方の予想はついた。

それから小説家に戻った青山さんはすぐに新作を世に出した。タイトルはカフェインファイター。なんかどこぞのカフェイン酔いする女の子を想像したのだが、その新作のモデルはなんと想像通りのシャロだった。青山さん曰く、出来上がった新作をすぐにシャロに渡したところ彼女はたいそう驚いていたらしい。

それとは別の話で、ラビットハウスで働いているうちにバーテンダーにもはまったようで、息抜きと称して時々手伝ってくれることもあるようになった。

 

「私もチノちゃんのおじいちゃんに会ってみたかったな」

 

「私が来たときにはもういなかったからなー」

 

残念そうにするココアとリゼ。だけど止めといたほうがいいかも。なにせあのマスターは年端もいかない小さな子供に激苦コーヒーを飲ませる人だから。

 

「大丈夫ですよ――」

 

二人の話を聞いた青山さんが優しく言う。

 

「マスターは見守られてますよ。困ったときにひょっこり出てきて助けてくださるんです」

 

ひょっこりというより、がっつり見守っているんだけどね。

 

「次はティッピーさんの体を借りて話し出すかもしれません」

 

「ち、ち、ちょっと怖いかも」

 

「そ、そういうの止めてくれよ」

 

図らずとも当たっている青山さんの言葉に、なにも知らないココアとリゼは身体を震わすのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた~




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勉強会 ~テスト対策をしましょう~



どうもー

めっちゃお久しぶりの燕尾です。
ごちうさも3期アニメがあったり、いつの間にか9巻が出たりと、
ロングコンテンツとなってうれしいです。






 

「いらっしゃいませー」

 

甘味処『甘兎庵』の看板娘宇治松千夜。俺たちが通う学校のクラスメイト。

 

「今日はわざわざ来てくれてありがとう、二人とも」

 

「ううん、大丈夫だよ。私たち今日シフトはお休みだから」

 

「特に用事もなかったから、気にしなくて良いよ」

 

今日は甘兎庵新メニューの試作品の味見を千夜からお願いされていた。

本当はココアだけだったのだが、ココアに誘われて俺も付き合うことになった。

 

「それじゃあ早速お願いするわね――はい、これが新作『兵どもが夢の跡』です」

 

厨房に一回戻り、トレンチで持ってきたのはそれなりの大きさの器に盛られたフルーツあんみつだった。

相も変わらないネーミングだが、

 

「わぁ、今度の新作も凄いね! まるで本物の戦場だよ!」

 

いろんな角度から見てココアが感嘆の声を上げる。その感性は俺にはよく分からない。

 

「とりあえずいただきます」

 

「いただきまーす!」

 

俺たちは新作和菓子を口に運ぶ。

味わうように食べ、飲み込む俺たち。しかし、

 

「…んー、味はちょっと物足りない気がするかな?」

 

「ココアちゃんもそう思う? コウナくんはどうかしら?」

 

「物足りない、というより纏まりがないって気がする。フルーツと餡、白玉を別々に食べてるような、商品としての形ができてない」

 

「そう思うわよね――やっぱり、形から入らなきゃ駄目なようね」

 

「いや、その形から入っても……」

 

「おぉ~、かっこいい~!」

 

それで上手くいくのであればそれでいいんだけどね?

 

「あ、そういえば――明後日から、二人とも時間あるかしら?」

 

「うん。私は大丈夫だよ? コウくんは?」

 

「俺も大丈夫だけど、明後日からっていうと数日にかけて何かするのか?」

 

「ええ。私の家で勉強合宿をしないかしら? ほら、連休だけどテスト前だし」

 

「千夜ちゃんの家で勉強合宿! いいねっ、やろうよ!!」

 

「合宿…それって千夜の家に泊りがけってことだよね?」

 

「もちろん。勉強だけじゃなくて色々なことがしたいわ」

 

「まあ、俺は帰るけど勉強会までなら付き合うよ」

 

「「ええっ!?」」

 

いやいやいやいや、なぜ二人とも驚く。

 

「コウくんも合宿しようよ!」

 

「いや、俺が女の子の家に泊まるのは問題があるでしょ」

 

ココアがいるとはいえ、女友達の家に泊まるのはハードルやらなにやらいろいろと高すぎる。

 

「そう言うけれどコウナくんチノちゃんの家にホームステイしているじゃない」

 

それは保登家と香風家の繋がり的なものだったからで。それに義父さんや義母さんには半ば嵌められただけだからだ。

 

「それに、大丈夫って言ったのは昼間だけだと思ってたからだよ。泊りとなると元々参加は難しいって言ってたよ」

 

「あ、そっか…コウくん、バーのバイトもあるんだっけ?」

 

その理由をいち早く気付くココア。

 

「そそ。基本的に休みとかに入るようにしてるから。連休の夜はバーのバイトがあるんだよ」

 

「そう…残念ね……」

 

あからさまにしょんぼりする千夜に、なんか俺が悪いことをしているみたいだ。

 

「ねえ、コウくんも一緒に合宿しようよー」

 

それを見たココアが抱き着きながら強請(ねだ)ってくる。

 

「いや、だからバーのバイトがあるんだって。そんな明後日いきなり休みますなんて言えないだろ?」

 

「聞いてみないとわからないじゃん!」

 

「いや、聞かなくてもわかるでしょ! いろいろと問題があるって!」

 

休みをもらうのは何とかなりそうな気はするが、さっきも言ったように女友達の家に泊まるのは世間的にもよろしくない。タカヒロさんの許可も落ちないだろう。

うー、といがみ合う俺とココア。てかどうして、そこまでして俺を泊まらさせたがるんだ。

 

「じゃあ、帰ったらタカヒロさんに聞いてみるから!」

 

「ああ。聞いてみるといいよ! 俺と同じ答えが返ってくるだけだから!」

 

 

 

 

 

「おかしい。おかしいよタカヒロさん……なんで許可出すんだ……」

 

「で、なんでコウナはそんな絶望したように項垂れているんだよ」

 

「これが嘆かないでいられるなら、相当短絡的な思考をしているよ。まったくぶつぶつぶつ――」

 

「お、おう……」

 

ぶつぶつと呪詛のように呟く俺に、リゼは軽く引いていた。

 

「ふふーん、コウくんの読みが外れたね?」

 

「俺は正しいはず。正しいはずなのに……! くそぅ……!!」

 

どや顔のココアに対して俺は悔しがることしかできなかった。

 

 

――タカヒロさん! 明後日からの連休中、千夜ちゃんの家で勉強合宿したいんですけど、コウくん連れて行ってもいいですか!?

 

 

――ああ、構わないよ。しっかり勉強してきなさい。

 

これが昨日のココアとタカヒロさんのやり取りだ。

語るほどでもないものすごい軽いやり取りに、しばらく俺の開いた口が塞がらなかった。

 

「――と、いうわけで明日からコウくんと千夜ちゃんの家で勉強合宿するから、ティッピー貸して?」

 

「何を企んでいるんです?」

 

「私、寝る前にモフモフしないと寝れないから」

 

「安眠グッズじゃないんです!」

 

「じゃあ、夜を越すために今からモフモフ成分の蓄えを~」

 

「お前は冬眠するクマか!!」

 

そんなやり取りをしつつチノちゃんをモフモフしているココアの横で、俺は深い、とても深ーい溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――翌日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「らっしゃい!」

 

甘兎庵に明るい声が響く。

 

「本日のおすすめはみぞれ天龍降しだよ!!」

 

甘兎庵の店の和服を着たココアは元気に動き回る。

 

「へい! あがり二丁!! それと翡翠スノーマウンテンで!」

 

「あいよ! 今朝仕上がったばかりの氷、削り中よ!!」

 

よっしゃ、と入ってくる注文に気合いを入れる答える千夜。

 

「はいっ、翡翠スノーマウンテンお待ち! 新鮮な氷、削りたてだよ!!」

 

「わぁ、ぴちぴちですね~」

 

てか、あそこにいるの青山さんじゃん。最近毎日のようにあまうさやラビットハウスに来ているみたいだけど、本業(小説)のほうはいいのかな?

 

「すみませーん、お会計お願いしますー」

 

「はい、ただいま参ります」

 

会計をしている間も、ココアと千夜の元気な声が店内に響く。

 

「……はい。250円のお釣りです」

 

「元気な女の子たちね?」

 

ちょっと疲れた雰囲気が出ていたのか、微笑ましくも俺を労うとように言ってくる女性客。

 

「ええ。そこは魅力的ではあるんですけど、たまに疲れるというか…ノリについていけなくなる時があるというか……」

 

「ふふ。そこを受け止めてあげるのも甲斐性よ? 頑張れ、男の子」

 

俺の心中を分かってくれているのか微笑みながら応援してくれる女性。そんな女性を俺はありがとうございます、と困ったように笑いながら彼女の退店を見送る。

逆に俺の心中を知らないココアと千夜は――

 

 

「こんなに楽しいのは初めて♪ 就職しちゃう?」

 

「まだまだ私と踊って貰うよーっ!」

 

 

あはははは、うふふふふと笑いながら鎮座しているあんこの周りをぐるぐると回っている。

 

「変なことしてないで仕事して! 意外と混んでるんだから!!」

 

楽しそうで何よりだけどさ、そのフォローにまわっている俺のことも考えてほしいと切に願う。

 

「あっ、そうだコウくん!」

 

するとなにか思い出したようにパタパタと俺のところに駆け寄ってくるココア。

 

「なに、どうしたの?」

 

「どうかな? 甘兎庵の制服――私、何だかんだで和服着るのなんて初めてだから」

 

くるりと回り、姿を改めて見せてくる。

どうやら、感想を求めているらしい。

 

「うん。ちゃんと似合ってるから大丈夫だよ」

 

「ほんと!? えへへ……」

 

「だから、早く持ち場に戻ろうね?」

 

「うん! よーし、頑張るぞ~!!」

 

こういうところで単純なのは良いことなのかどうなのか。

俺は苦笑いすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、なんで私も呼ばれたの?」

 

「私たちの集中力が切れたら、そのハリセンで叩いてほしいの」

 

えぇ、と戸惑ったというか、引いたような顔したシャロは俺に視線を向ける。

 

「……コウナ?」

 

どういうこと? と言いたげに聞いてくるシャロに、俺はため息で返した。

 

「ぶっちゃけ、苦労人は一人でも多い方がいいからね。俺が呼ぼうって言った」

 

「本当にぶっちゃけたわね!? もう少し取り繕いなさいよ!」

 

普段の俺だったらそうしてるけど、もうそんなこと考えたくないほど疲れた。

 

「という訳でシャロ。道連れになってくれ」

 

「帰っていい?」

 

半目でそう言うものの、何だかんだで残ってくれるのだから、シャロは本当に優しい。

 

「じゃあ、テスト範囲の宿題を出してくれる?」

 

「はーい――って、あれ? 宿題のプリントがない…どこにやっちゃったのかしら?」

 

おーい、宿題やーい、と宿題の問題用紙を呼ぶ千夜だが――

 

「千夜、その紙」

 

「え……あらやだ。ハリセンにしてたわ」

 

俺の指摘に、ハリセンにしていたものがなんなのか気づいた千夜は恥ずかしそうに笑う。

 

「千夜ちゃんてば、お茶目さん」

 

あはは、うふふ、と笑い会うココアと千夜。そんな二人についにシャロが切れた。

 

「~~~~っ!! 帰っていいっ!?」

 

「気持ちは分かるけど落ち着いて! そして俺を一人にしないで!!」

 

俺だってバイトの時からのこの二人の処理にでいろいろと疲れてるんだから。

とにもかくにも自然にボケ続けるココアと千夜をなんとか勉強の席へと着かせる。

 

「コーヒーのおかわりをください……アイド、リケ、ソメ、モレ――coffee」

 

「リケじゃなくてlike(ライク)でしょ。ソメはsome(サム)でモレはmore(モア)

 

「中学校の英語だよ、それ……大丈夫?」

 

どうやら、中学の時に習った英語が忘却の彼方へと飛んでいっているようだ

 

「――coffee」

 

「なんでそこだけ発音良いのよ?」

 

「――greentea」

 

「……千夜?」

 

なんかココアに乗じて千夜も言い始める。

 

「I'd like some more coffee」

 

「i'd like some more green tea」

 

「もう帰るわ!!」

 

「俺も帰ろっかな……」

 

何を通じあったのかは分からないが、顔を合わせて親指を立てる二人に俺とシャロは辟易するのだった。

 

 

 

 

 

「ココア。ここの計算間違ってるわよ」

 

「えっ? どこどこ?」

 

「ほらここ――」

 

ようやく真面目に勉強を初めてから一時間。休憩を挟んで別の教科をやることにした。

ココアとシャロは物理、俺と千夜は数学の問題集を開く。

 

「さて、ココアはシャロに任せて…俺たちは数学やろうか」

 

「お願いします。コウナくん」

 

「千夜は数学や物理のどういうところが分からない?」

 

「えっと…その……」

 

「別に怒ったりはしないから、正直に言って?」

 

「その、分からないところが、分からないの」

 

「なるほどね」

 

「ごめんなさい…」

 

「ううん。ちゃんと言ってくれない方が困ってたから、謝らなくていいよ――ちょっとテスト見せて貰うね?」

 

分からないことそのものが分からない。よくあることだ。

千夜の小テストの結果を見ると、点数が取れてるのは最初に出題される単純計算の問題だ。これは公式とか暗記して、問題のパターンに当て嵌めてるからだろう。

 

千夜は典型的な単純計算だけできる人間のようだ。

 

だけど、そこに文章が加わると途端に分からなくなっている。それは問題の考え方をきちんと理解していないからに他ならない。理論をよく分かっていないのだ。

その傾向さえ分かれば教えようはいくらでもある。大丈夫だろう。

 

俺は頭の中で、千夜に教えていくことを組み立てていく。

 

「うん、オッケー。それじゃあやっていこうか?」

 

「お願いします」

 

 

 

 

 

勉強が一段落して、休憩を挟む俺たち。お菓子を摘まみながら色々話していると、ココアがあるものを見つける。

 

「あっ、アルバム発見!」

 

「あまり人の家のもの漁っちゃ駄目だよ」

 

「気にしないで、見られて嫌なものは入ってないもの」

 

千夜の許可を貰ったココアは遠慮なくアルバムを開いた。

千夜とシャロの小さい頃から高校入学前までの写真がたくさん納められていた。

 

「千夜とシャロは本当にずっと一緒だったんだね」

 

「ええ。ずっと仲良しなのよ?」

 

「まあ、腐れ縁とも言うわね」

 

「素直じゃないなぁ…」

 

苦笑いしながらページを進めていくと、ふとある写真が目についた。

 

「あれ? この写真、千夜ちゃん浮かない顔してる」

 

「あ、ココアも気づいた?」

 

それぞれの高校の制服を着て並んで撮った"高校入学前"と記されている一枚の写真。

シャロは普通の顔をしていたけど、千夜はどこか不安が混じった顔をしていた。

 

「ああ、それね。ほら、私たちって中学まで一緒の学校だったのよ」

 

千夜が言う前に、シャロが口を開いた。

 

「だから高校が別になってちゃんと友達ができるか心配だったのよ」

 

「っ!」

 

シャロの言葉に千夜は恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 

「まったく、心配性なん――むぐっ!?」

 

「シャロちゃん、もう良いんじゃないかしら?」

 

その恥ずかしさが頂点に達した千夜は慌てたようにシャロの口を塞ぐ。

 

「へえ~、なんか意外」

 

「まあ、その気持ちは分かるから別に恥ずかしがらなくても良いと思うよ?」

 

「そ、そうだみんな。もう夕方だし、そろそろ勉強おしまいにして、晩御飯の準備しましょう?」

 

あからさまに話を打ち切る千夜に、苦笑いしながらも俺たちは頷いて勉強道具をしまった。

 

 

 

 

 

「で、実際のところは?」

 

「……やっぱり、コウナくんは気づいたのね」

 

トントントン、と包丁のリズムを刻みながら問いかけると、千夜は困ったように笑った。

 

「まあ、あの表情を見たら自分だけの心配じゃないって分かるよ」

 

「それが分かるのはコウナくんだからだと思うわ。ココアちゃんも、ずっと一緒にいたシャロちゃんも気づいていないもの」

 

「ココアはともかく、本人はあまり気づかないものだよ。まさかシャロだって友達ができるか心配されてたなんて思わないよ」

 

「それもそうね」

 

「良い関係だね。千夜とシャロが羨ましいよ」

 

「あら。ココアちゃんとコウナくんの関係だって良いと思うわよ?」

 

「そう?」

 

「ええ。異性の同い年で親しい子がいなかったから、そういうの憧れがあるの」

 

「逆に俺は同性で親しい同い年がいなかったから、そっちに憧れがあるよ」

 

「ふふ。無いものねだりしてるわね、私たち」

 

「まあ、ねだるだけなら良いでしょ」

 

「確かにそうね」

 

お互い他愛の無い話に笑いながらも、俺たちは手を進めるのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

ではまた次回の話を描いていきたいと思います。


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発熱ホワイトナイト ~お姉ちゃんだけどたまには甘えん坊になってもいいよね~





お久しぶりのお久しぶりです
燕尾です。

ここ1~2年調子を崩してしまい、全く手が付けられませんでした。
今はその元凶から離れ、精神的・時間的に余裕が出て久しぶりに執筆し始めました。

物語を考えるのは好きなのでこれからも続けていけたらと思います。






 

 

 

 

 

「見事に積もったなぁ~」

 

「銀世界ですね」

 

季節は移ろい、冬がやってくる。

朝起きたら、あたり一面雪が積もっていた。

 

「みてみて、雪ウサギ!」

 

ココアがしゃがみこんで何かを作っていたと思えば冬の風物詩、雪ウサギだった。

 

「わっ、かわいいです!」

 

「このくらいの出来で見とれるなんて、まだまだ子供だね」

 

そう言いながら雪だまを転がしているココアにはチノちゃんも言われたくないだろう。

 

「学校行ったら雪合戦だね! あ、でも千夜ちゃんとやるのはちょっと怖いかも」

 

自分の体を抱き締めて震えるココア。だが、その震え方に俺は違和感を感じた。

 

「コウナさん」

 

チノちゃんも気づいたのか、示し合わせてくる。

 

「ココアさん、ちょっと屈んでください」

 

「っ、ふんっ!」

 

「ファイティングポーズをしてくださいとは言ってないです」

 

「誰と戦うつもりなんだ、ココアは」

 

無理やりチノちゃんはココアの額と自分の額をくっつける。

 

「すごい熱!!」

 

俺も確認するためにココアの額に手を当てる。

 

「えへへ…コウくんの手、冷たくて気持ちいい……」

 

「あー、やっぱり。流行り病をもらったかな、これは」

 

かなりの熱を持ってる。家を出るときはあまり顔に出てなかったから気づかなかった。

 

「ココアー、ほら、おんぶするよ」

 

「ココアお姉ちゃんだよぅ」

 

文句を良いながらも、吸い込まれるように俺の背中に体を預けるココア。

 

「チノちゃん、俺はココアを家につれていくよ。チノちゃんは学校に行って」

 

「ですが…」

 

「ほら、チノちゃんもテスト近いでしょ? それにココアの看病は今まで何度もしてきたから大丈夫だよ」

 

「…わかりました、よろしくお願いします」

 

チノちゃんはペコリと一礼して学校へと向かう。

 

「さて、悪化する前に早く戻るか。状況次第では今日は学校も休もう――っと、その前に」

 

俺は携帯を取り出してメールする。

 

 

――千夜。ココアが風邪引いた。ココアを家に戻して様子見るから、遅れるか、もしかしたら俺も休むかもだから、先生に伝えてくれるかな?

 

 

メールの返信はすぐに帰ってきた

 

 

――ごめんなさい。私もシャロちゃんが風邪引いちゃってお休みするの。学校への連絡はこれからだから、コウナくんとココアちゃんのことも伝えておくわね

 

――ありがとう。よろしくお願いします

 

――あ、それと午後からココアちゃんのお見舞いに行っても良いかしら?

 

――もちろん。ココアも喜ぶよ

 

――それじゃあ、行くときに連絡するわ

 

――了解

 

 

千夜との連絡を終えた俺は携帯を閉じてラビットハウスへと戻った。

とりあえずベッドに座らせてココアと目線を合わせる。

 

「ココア、パジャマに着替えられる?」

 

「うん。そのくらいは出来るよ~…」

 

「それじゃあ俺は色々と準備するから、着替えたら布団で寝ててね」

 

「わかったよ~」

 

間延びしたココアの返事を聞いてから俺は部屋を出る。

 

「さてと、先ずは濡らしたタオルと氷枕かな。後はお粥とおやつのミカンゼリーも作らないと」

 

「コウナくん」

 

「うわっ――と、ビックリした。おはようございます、タカヒロさん」

 

「おはよう。ココアくん、風邪かい?」

 

「はい。久しぶりに貰っちゃったみたいです。すみませんが今日の学校はお休みさせて貰います」

 

「ああ。そう言う理由だったら構わないよ。俺より君の方がココアくんの看病は慣れているだろう」

 

「ええ。ココアのことは任せて、タカヒロさんは今日のバーに備えて休んでいてください」

 

「ありがとう。なにか困ったことがあったら遠慮なく言いなさい」

 

「わかりました」

 

自分の部屋に戻るタカヒロさんに俺は一礼して見送る。

 

「それじゃあ、やりますか」

 

 

 

 

 

ヒヤリと冷たい感触に私は目を覚ます。

 

「ん――ぅ?」

 

「あ、ごめん。起こしちゃったね」

 

目の前には優しい笑みを浮かべるコウくんがいた。

 

「あれ、私…寝ちゃって……今何時……?」

 

「ちょうどお昼回ったとこ。調子の方はどう?」

 

「朝よりいい、かな? でもまだボーっとする」

 

「まあそんなすぐに良くなったりはしないよね。食欲はある? 食べられそうなら卵粥作るよ」

 

「わーい、コウくんの卵粥だ~」

 

食べる意思が伝わったのか、コウくんはキッチンへと向かっていく。

それからコウくんが卵粥を持って戻ってくるまで10分もしなかった。

 

「お待たせ」

 

「ありがとう…それとごめんね、今日コウくんまで学校お休みさせちゃって」

 

「いまさら何言ってるのさ。ずっと前からこうしてたでしょ」

 

「それは、そうだけど…」

 

コウくんの言う通り、子供のころから私が風邪をひいたらコウくんが学校休んで看病して、コウくんが風邪をひいたら私が学校を休んで看病していた。だけど、

 

「まあ、ココアが寂しがって俺を放さなかったのと看病するって聞かなかったのがほとんどなんだけどね」

 

そう。だからこそ、罪悪感があった。始まりは私のワガママからで、それが今も続いているのだから。

 

「でも今はそれが良かったって思ってるよ」

 

えっ、と顔をあげた私をコウくんは撫でてくれる。

 

「傍にいてくれるだけでも安心する。目を覚ましたときに誰かが一緒にいると嬉しくなる。何度か風邪引いたときがあったけど、ココアがいてくれて嬉しかったよ」

 

「……コウくんも、そう思ってくれてたの?」

 

「そりゃ、俺だって風邪を引けば気が弱ることもあるよ。でも、ココアのお陰でそういうの(寂しさ)とは無縁のだった」

 

そう言いながら土鍋を置いてその蓋を開けるコウくん。

出汁の良い香りが私の食欲を刺激する。

 

「さあ、風邪の時にしか食べられない俺特製玉子粥。召し上がれ」

 

「……」

 

「ココア?」

 

差し出された玉子粥を食べずにずっとコウくんを見つめてる私に彼は不思議そうに首をかしげる。しかしその直後、なにかを思い出したような顔をした。

 

「あー、はいはい。わかったよ。いつものね」

 

私が伝えたいことがわかったのか、コウくんはベッドに腰かけて蓮華を持ち、玉子粥を掬う。

 

「ふぅ…ふぅ……ほら、あーん」

 

「うん♪ あーん……あちゅ!」

 

「悪い、まだ熱かったか――はい、水」

 

「ん……ぷはっ。ありがとう」

 

「舌火傷してないか」

 

「うん、大丈夫だよ。玉子粥おいしいよ」

 

「それは良かった。それじゃあ、今度はもう少し冷まして――はい、あーん」

 

「あーん♪」

 

――こんな幸せな時間があるのならたまに風邪を引くのも悪くないかな

 

それを口にしたらコウくんには怒られちゃうかもしれないけど、コウくん手作りの玉子粥を食べさせて貰いながら、私はそんなことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

空になった土鍋を洗い、キッチン回りが片付いたところで、千夜が訪ねてきた。

それから30分もしないうちに、チノちゃんがマヤとメグを連れて帰ってきた。かなり早い時間なのだけど、どうやら風邪が流行ってるみたいで学校が早く終わったらしい。

 

「お大事にね、ココアちゃん」

 

「お見舞いありがとねー、皆」

 

「桃缶とりんごと…にんにく?」

 

チノちゃんは千夜から受け取ったお見舞の一部に首を傾げる。

 

「あー、にんにくを首に巻くと風邪に効くんだよね」

 

「普通は焼いたネギじゃ…」

 

「そう! 病魔が立ち去るのよね!」

 

「撃退できるのは吸血鬼です」

 

チノちゃんと千夜の漫才が繰り広げられていると、部屋のドアがノックされる。

 

「風邪って聞いたけど、大丈夫か?」

 

そう言ってうさぎの形をしたリンゴを乗せた平皿を持ってきたのはリゼだった。

 

「わぁ、これリゼちゃんが剥いてくれたの?」

 

「刃物の扱いは得意だからな。してほしいことがあったら任せろ」

 

平皿をリゼから受け取って、リンゴをしゃくしゃくと食べるココア。

 

「チノにリンゴうさぎにしろって言われたけど、最初これのどこがうさぎかわからなくて納得がいかなかった」

 

すると、リゼは別な平皿を持ってきた。そこには昔の絵のような細長いうさぎではなく二頭身のうさぎを模したリンゴだった。しかし、

 

「こっちのほうがうさぎっぽくないか?」

 

「すごいけど、普通のうさぎは銃を構えないよ!?」

 

刃物の扱いが得意なリゼだからできるリンゴうさぎだった。だけど、器用なのは認めるけど、聞いておかないといけないことがある。

 

「リゼ……? それを作るのはいいけど、削り取ったほかのリンゴはどうしたの? まさか……」

 

「だ、大丈夫だっ、ほかのリンゴはこの後リンゴジャムにするつもりだったから!!」

 

「なんでそんなに怯えてるの?」

 

「今のお前の笑顔がすごい怖いからだ!!」

 

そんなはずはないのだけど、リゼだけじゃなくて千夜やマヤ、メグまで怯えた顔で俺を見てふるえていた。

 

「そういえばコウくんって昔からそうだったなぁ。食べ物を粗末にするとすっごい怒るんだよね。私も何度怒られたことか」

 

「……そんなことあったかな?」

 

あったよ、すっごい怖かったんだから、とココアは声を上げる。

 

「お残しは許しまへんで……?」

 

「こうお兄ちゃんは忍者学校の食堂のおばちゃんだった……?」

 

「何を言っているんだマヤ、メグ!」

 

意味不明な人物とか重ねられて俺も思わず声を上げる。

 

「あはは――げほ、げほっ!」

 

『っ!!』

 

それに笑うココアだったけど、苦しそうに咳をし始めた。

すかさずココアの額に手を当てるチノちゃん。

 

「ココアさん、また熱が出てるじゃないですか!」

 

「少しはしゃぎすぎたかな。皆には悪いけど、ここまでにしておこう」

 

「そうだな、今のココアは病人だもんな。行こうか、皆」

 

リゼも気を利かせてくれ、皆を連れて行ってくれる。

 

「また来るわね、ココアちゃん」

 

「しっかり寝ろよー?」

 

「お大事にね?」

 

「ありがとう、みんな……」

 

ぞろぞろと出ていくのを見送ったココアはぽふり、とベッドに横になる。

 

「無理はしないでください」

 

「ごめんねチノちゃん、コウくん」

 

「こっちこそごめん。もっと考えるべきだったよ。とりあえず水分取って寝ようか」

 

「……えっと」

 

「ん? どうしたの?」

 

「あはは……ずっと寝てたせいか、眠れないかも」

 

苦笑いしながらそう言うココア。

まあ、朝からずっと寝ていればそれも仕方ないだろう。

 

「わかった。じゃあ、チノちゃんをここに残すよ」

 

「コウナさん!?」

 

突然の指名にチノちゃんは驚きの形相で俺に振り向く。

 

「わーい、チノちゃんもふもふだぁ~」

 

「させません、大人しく寝てください。コウナさんも変なこと言わないでください」

 

「冗談だよ。眠くなるまで、俺がここにいるよ」

 

「コウくんをもふもふするのも捨てがたいかな…?」

 

「風邪が移るかもしれないからさせないよ――というわけでチノちゃんは店の方をお願い」

 

「わかりました。ココアさんのこと、よろしくお願いします」

 

そう言ってチノちゃん下へと戻っていく。

 

「ふふ……」

 

「どうしたのコウくん。急に笑って……」

 

「いや、チノちゃんが俺にココアのことよろしくって言ったのがね」

 

ただの家主と居候という関係ではなくて、家族として見てくれている感じがして、つい顔が綻んでしまった。

 

「チノちゃんもようやく私のことをお姉ちゃんと認めてくれたのかな?」

 

「手のかかる子供って思っているんじゃない?」

 

「ひどいっ!」

 

冗談だよ、と寝ているココアの頭を撫でる。

 

「でもまあチノちゃんも、みんなも、ココアのことを心配しているから、早く治さないとね」

 

「コウくん」

 

「ん? なに?」

 

「ココア、お姉ちゃんだよう……」

 

「はいはい。悪かったね、ココアお姉ちゃん」

 

むぅ、という膨れっ面のココアを背に、俺は本を取り出して読むのだった。

 

 

 

 

 

数日後――

 

 

 

 

 

「――チノちゃん、入るよ?」

 

「……はい」

 

返事を受け、俺たちは部屋に入る。

 

「煮込みうどん作ってきたよ。食欲はどう? 食べられそう?」

 

「はい。食べられます」

 

「私があーんさせてあげよっか?」

 

「自分で食べられるので結構です」

 

俺からお盆を受け取り、ちゅるちゅるとうどんを食べ始める。

 

「私の風邪はうつらなかったけど、おたふく風邪になるなんて」

 

「まだかかったことなかったのか」

 

ココアの風邪が快復してからそれほどしないうちに、免疫ができていて俺たちには無縁であったおたふく風邪にチノちゃんがかかってしまった。

 

「なぜか負けた気がします」

 

「大人になってからおたふく風邪になるより、今かかってよかったと思ったらいいんじゃない?」

 

どうして負けた気がするのかはよくわからないが。

 

「さて、チノちゃんの看病は私がするからね?」

 

「ココアさんだと不安なのでコウナさん、お願いします」

 

「あれぇ!?」

 

張り切るココアをよそに、俺にだけ向かって言うチノちゃんに苦笑いした。

 

 

 

 

 








いかがでしたでしょうか?
おかしなことがあったらごめんなさい

ではまた次回に(@^^)/~~~





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笑顔とフラッシュがやかましい ~バレなければ撮ったもん勝ちだよ~





こにゃにゃちわ
燕尾です。

最近ごちうさを見直しています。

ここ近年、不倫騒動やら裏垢騒動とかいろいろありますが、
ご本人の生活やその人が同業者をどう思っているとかどうでもいいので
声優というお仕事をしっかりとやっていただくことを切に願います。

その人のファンというより、お仕事のしている時のファンなので。
リスペクトに近い感じですね。

さて、愚痴を書いてしまいましたが、35羽目です。

今回からアニメ2期の内容をやっていきます。が、原作だとバラバラなので
前後することもあります。


それでは、どうぞ







 

 

 

雪解けが始まり、春の気配が段々と近づいてくる。

この町に来てからそろそろ一年が経とうとしていた。

 

「コウくーん?」

 

「ん、どうしたの? ココア――」

 

ココアに呼ばれてペンを置いて、振り向く。

 

パシャ――

 

「……ちょっと?」

 

フラッシュとともに、シャッター音が聞こえた俺はすぐに何をされたのか分かった。

目の前でカメラを構えてたココアに少し抗議する。

 

「えへへ、ごめんね。実家に手紙を送ろうって話してたでしょ? それで手紙と一緒に写真も送ろうって思って。コウくんの普段の様子を撮りたかったんだ」

 

「それはいいと思うけど、急にカメラを向けないでよ」

 

「ごめんごめん。コウくんだけじゃなくてみんなの写真も撮りたいんだけど、どう思う?」

 

「んー、ちゃんと言えばいいと思うよ。俺も日頃から撮らせてもらってるし」

 

ほらこんな風に、と俺は携帯のアルバムを見せる。

そこにはラ働いているココアやチノちゃんにリゼの姿や甘兎庵の千夜、フルールのシャロに青山さんの執筆姿やバーでのタカヒロさん。それだけではなく、遊んだ時や学校での姿にクラスメイトや学校では数少ない男子の姿など、いろんな写真が収められている。

 

「コウくん、いつの間にこんな――っていうか、それって盗撮っていうんじゃ?」

 

「バレなかったら大丈夫。バレなきゃ犯罪じゃないんだよ?」

 

「危ない思考をしてるよ!?」

 

「冗談だよ。まあ隠し撮りしているのは事実だけど、ちゃんと許可は取ってる」

 

普段から思い出や地元の人への近況報告のために撮るときがある、と、写真に収めている人には伝えている。

 

本人達の意識から外れている時に取っているから、いつ取られているのかタカヒロさん以外気づいていないが、みんなから許可はもらっている。

 

「じゃあ、コウくんのアルバムから選んだら――」

 

「それは駄目」

 

「どうしてっ!?」

 

即答したことに驚き、お願いっ、と手を合わせて縋ってくるココア。

 

「これは俺が見ているものを撮っているから。誰かに伝えるのに写真を撮るなら、自分が見た景色や人の姿を撮らないと」

 

共有できるもの共有してもいいが、写真は自分で撮ってこそだと俺は思う。

 

「だからココアが実家のみんなに見せたいって思った写真を撮るといいと思うよ」

 

「コウくん……うん、わかったよ! それじゃあ早速撮ってくるー!!」

 

そのまま勢いよく部屋を飛び出していくココア。

 

「とはいっても今日は仕事だよな? 写真ばっかりで仕事そっちのけにしなきゃいいけど」

 

その不安は早くも的中することになる。

 

「チノちゃーん、こっち向いて?」

 

「……っ、仕事があります」

 

チノちゃんにカメラを向けてめちゃくちゃ撮っていた。

だけど、写真が苦手なのかカメラから逃げるチノちゃん。

 

「うん、ブレててもかわいい!」

 

「それでいいのか?」

 

俺は呆れたように、ココアの頭に手をのせる。

 

「コウナさん。おはようございます」

 

「おはよう、コウナ」

 

「おはよう、二人とも。ココアが近況報告のためにみんなのことも伝えたいんだって。ちょっとだけ協力してくれると助かる」

 

「ああ、それはいいが――」

 

「じゃあ、リゼちゃんの写真撮るよ~!」

 

「早速か!!」

 

「首を傾けて? 口に手を当てて――」

 

「ええっと、こうか……?」

 

ココアの指示に慌てて従い、ポーズをとるリゼ。

 

「――そのまま、にこっ!」

 

「にこっ!」

 

 

パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ―――

 

 

「お前らすぐに消せぇ!! 特にコウナっ! お前は撮りすぎだ、しかも笑いながら撮っただろ!!」

 

「断る♪ 笑ってなんかないよ――ふふっ」

 

「コウナー!!」

 

リゼの可愛らしい笑顔に、つい連射機能を使って撮ってしまった。

迫ってくるリゼをかわし、削除されないように別端末に送信する。

 

「じゃあ、チノちゃんも! もう一回」

 

「――っ、私はいいです」

 

「そんなこと言わないで、こっち見て? 笑って?」

 

「コーヒー豆の在庫を確認しないと」

 

「ああ、チノちゃーん……」

 

逃げるように倉庫へ行ったチノちゃんに肩を落とすココア。

 

「あまり無理強いするなよ。写真撮られるの苦手な人だっているんだからさ」

 

「今のはあまりよくなかったね。今のチノちゃんの場合、あからさまに向けられると固くなるから」

 

「うーん…恥ずかしがることないのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――バタン

 

 

倉庫からコーヒー豆をもって出る。

店内に戻ればまたココアさんが写真を撮ろうとするのがわかっているけど、いつまでも倉庫にいるわけにもいかなく、軽くため息が出る。

戻っているときにあるものがふと目についた。

 

「……」

 

窓ガラスに映る自分の姿。

 

 

――ニコ

 

 

パシャリ――

 

「――っ!!?」

 

「ごめんね。いい笑顔だったからつい撮っちゃった♪」

 

「コウナさんッ!」

 

私は笑顔で謝ってくるコウナさんをポカポカと叩く。

でもコウナさんはものともせず、私の頭を撫でた。

 

「健気だね。写真を撮られるのが嫌、というより不安みたいだね」

 

「私にはココアさんのようにはできないので…」

 

「さっきの笑顔を撮らせてあげればココアも満足すると思うよ?」

 

「そう、でしょうか? でも、ココアさんに簡単に撮らせるのはちょっと納得いかないので」

 

「あはは、そっか」

 

コウナさんはそれ以上深く追及することはなかった。

私のことを見透かしているような笑みを浮かべて、私の頭を撫でて店内へと戻る。

私は撫でられた頭にそっと手を置いた。

 

「どうしてコウナさんはわかるんでしょうか。私、そんなにわかりやすいですか?」

 

「あやつは生い立ちがちょっと特殊じゃからな。あの歳ながらにして観察眼が育っておるんじゃよ。チノがわかりやすいとかそういうことではない」

 

「……でも、その割にはココアさんを怒らせるときはすごい鈍感ですけど」

 

「そこはわしも謎じゃな」

 

コウナさんの謎が一つまた深まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ココアが写真撮り始めて、数日が経った。

千夜やシャロにも協力してもらって順調にこの街での日常を記録していった。

 

残るはチノちゃんの写真だが、それはいまだに撮ることができないでいた。

 

「あとはチノちゃんだけなの、ちょっとだけでいいから撮らせて!」

 

「そう言われましても……」

 

「お願い…かわいい妹ができたアピールをお姉ちゃんやお母さんにしたいの!」

 

「ですが…」

 

今も渋るチノちゃん。初めてお願いした時から大分経っているが、彼女の心はまだ迷っていたままだった。

 

「チノ、少しだけでいいから協力してやったらどうだ?」

 

見かねたリゼから助け舟が出る。それに乗っかるように俺もお願いする。

 

「チノちゃん、俺からもお願い。俺たちの近況報告を手伝ってくれないかな?」

 

「……」

 

チノちゃんは迷った様子を見せて、息を吐いた。

 

「…少しだけなら。本当に少しだけですよ?」

 

「本当!? ありがとう!!」

 

許可を得られたココアはさっそくカメラをチノちゃんに向けた。

 

「それじゃあ、チノちゃん。笑って?」

 

「難しいこと言わないでください」

 

そうは言っているチノちゃんだけど、数日間笑顔の練習をしていたからできないことではないと思うのだが、やっぱり照れが勝っているのだろう。

 

「そうだ。どうせなら二人並んだところを撮ってやるよ」

 

「本当? 一緒なら恥ずかしくないよね?」

 

「は、はぁ……」

 

リゼの提案を受け、ココアとチノちゃんがカウンター前に並ぶ。

 

「チノちゃんに合わせるから、無理に笑わなくてもいいからね」

 

「そうですか。なら…」

 

ココアはカメラをリゼに渡す。

 

「リゼちゃん、お願いね!」

 

「ああ。じゃあ、撮るぞー」

 

カメラを向けるリゼ。しかし、俺は二人の表情を見て苦笑いした。

 

「……これは、陰気な喫茶店だな」

 

シャッターを切ったリゼも同じような感想を抱いたようだ。

写真を撮ったはいいけど、ただただ無表情。笑顔も変顔も決め顔も何もない写真。

 

まあ、これはこれであのココアが無表情というのが面白いものではあるけど。

 

「笑ってください。お願いします」

 

「泣きながら言うな」

 

「まあ、いつか撮れるよ」

 

よしよし、とココアの頭を撫でてあげる。

するとココアは何かを思いついたように顔を上げた

 

「なんだか、証明写真みたいですね」

 

「――っ! ココア今だ! これがチノの笑顔だ!!」

 

後ろの方で写真を見て笑っていたのだろう。チノちゃんの笑みを見たリゼが発破をかけるが――

 

「残念。ココアはどっか行っちゃったね」

 

「なんて間の悪い奴!」

 

ココアがチノちゃんの笑顔を見ることができないのはもう決まっていることなのかもしれない。

 

「撮れなくていいんです。私はココアさんにとって我が子を谷に突き落とすライオンです。這い上がってきたときに笑いかけるんです――たぶん」

 

たぶんってなんだ、たぶんって。でもここまで来たらココアにとってチノちゃんの笑顔を写真に収めるのは一種の試練とも言えるだろう。

 

「照れてるだけだろう、正直に言えよ。ほら、くすぐったら笑うだろ」

 

チノちゃんに抱き着き、わき腹をこちょこちょしはじめるリゼ。

 

「や、やめてください…」

 

 

パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ―――

 

 

「コウナ! 何を撮っておるか――!!」

 

「へぶっ!!」

 

チノちゃんの悶える姿を連射して撮ったら、マスターからのお叱り(ティッピー)が物理的に飛んできた。

 

「罪悪感というか犯罪的な気がして、私にはこれ以上無理だ」

 

「俺もつい撮ってしまったけど、さすがに消すよ」

 

名残惜しいけど、さすがにこの姿を残すのはリゼの言う通りお巡りさん案件になってしまう気がするし――

 

 

 

 

 

「うんうん。そうした方がいいってお姉ちゃんも思うな―?」

 

 

 

 

 

――お巡りさん案件じゃなくて、お姉ちゃん案件であった。

 

「……ココア、お姉ちゃん? いつからそこに?」

 

「コウくんがチノちゃんに邪念を抱いた時からだよ?」

 

何それ怖い。なんでそういうときの第六感的なのがそんなに敏感なの?

 

「コウくん、反省」

 

「……はい」

 

ギリギリと肩に手が食い込んでいるため、相当"おこ"なココアに逆らうことなく俺は頷いた。

 

「――ココアちゃん。急に走り出すからびっくりしたわ」

 

「千夜ちゃん、ごめんね? コウくんがおいたしてたみたいだから」

 

ココアから遅れてラビットハウスに入ってきたのは、千夜だった。

 

「千夜! 仕事中じゃないのか!?」

 

甘兎庵の制服でここまで来ているから、仕事の途中で抜け出してきたのだろう。

 

「それはそれ、これはこれだから♪」

 

「どれですか」

 

「チノちゃんを笑わせるため、漫才の相方を連れてきたの! 私たちのコントでチノちゃんもきっと笑顔になるよ!」

 

その自信はどこから来るのかはわからないけど、とりあえずやらせてみる。

 

「私、この前家庭科の授業で塩と間違えて砂糖を入れちゃったじゃない」

 

「うんうん、よくあるよねー」

 

「――あれ、砂糖じゃなくて粉末洗剤だったみたい」

 

「あはは、それ面白いー!」

 

「ボケが二人な上に、実話だったらシャレにならない!」

 

「うん。こうなることはわかってたよ。普通あそこにリゼが加わってコントが成立するものだから」

 

「それは何か、私がツッコミ役ってことか!?」

 

今まさにツッコミ入れてるもの。適任だよ。

 

「こんな事までして…ココアさんは本当にしょうがないココアさんです」

 

わちゃわちゃしている俺らを見てチノちゃんがクスリ、と笑った。

それを見たココアは素早くカメラを構えて、嬉しそうにシャッターを切った。

 

「チノちゃん…!!」

 

写りを確認したココアは両手を上げて喜ぶ。

 

「わぁい、やったー! チノちゃんの笑顔撮れたよー!」

 

喜んでいる手前、水を差すようなことはしたくないけれどチノちゃんが見せたのは笑顔は笑顔でも、違うものだった。

 

「ココア…それ、嘲笑だ」

 

リゼが指摘するも、喜んでいるココアには聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――と、木組みの街での生活は絶えず何かが起こり、そして最後には楽しかったと笑顔になるような毎日ばかりです。

 

もちろん大変なこともありますが、それもまた一つのスパイスとして日々を楽しんで過ごしています。

 

近日にはモカ姉さんが木組みの街に訪れると聞いてますが、退屈はしないでしょう。

 

来てくれるのを楽しみに待っています。

 

 

 

 

 

「こんな感じかな」

 

俺は筆をおいて手紙に封をする。

 

「コウくん、できたー?」

 

「うん。今終わったところ。そっちは?」

 

「私もばっちり! みんなの写真もいっぱい入れたよ!」

 

「そっか――ん? そっちの手に持ってるのは、写真立て?」

 

「これね、倉庫で見つけた写真立てだよ! 私の部屋に飾るんだ♪」

 

たぶんデザインからしてチノちゃんのものだろう。ライオン? いやチノちゃんだからタンポポあたりか、周りに花っぽいものもあるし。いや、それはいいけれど。

写真立てのデザインもさることながら、気になることがもう一つあった。

 

「飾る写真は、それでいいの……?」

 

入れている写真は二人並んで仏頂面で撮った写真だった。

もっといいものもあると思うんだけどココアはこれがいい、言った。

 

「初めてチノちゃんと二人並んで撮った写真だもん」

 

「そっか」

 

大事にするように抱えるココアに俺も小さく笑った。

 

チノちゃんに見せるとやはり昔にチノちゃんが作ったようで、デザインもタンポポだったらしくココアのライオン発言にちょっぴり機嫌を損ねるのだった。

 

 









いかがでしたでしょうか?
次回はどんなお話にしましょうかね。

ではでは~





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