仮面ライダーW メイドはU (雪見柚餅子)
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1話

 初めまして。雪見柚餅子です。
 今回、初投稿です。
 完結を目指しますので、よろしくお願いします。


 風とエコの街、風都。

 この街で知らぬ者はいない名家、園咲家の地下の一室に一人のメイドが迷い込んでいた。

 

「なに、これ…」

 

 そのメイドの虚ろな瞳に映るのは、部屋に飾られたUSBメモリのような機械。その中でも特に彼女を引き付けるのは、壁際にある銀色のメモリ。薄暗い部屋の中では見えにくいが、それには歪んだUの字が描かれている。

 何かに導かれるかのようにそのメモリを手に取ると、どこか満たされたかのような感覚が心に溢れる。

 そのまま放心したかのように佇んでいると、突然背後から声を掛けられた。

 

「許可なくこの部屋に入るとは、悪い子だね」

 

 振り返った先にいたのは、巨大な頭部が特徴的な怪人。その足元からはどす黒い泥のようなものが溢れている。

 彼女は無意識の内に後ずさりする。それが怪人の姿を見た時から湧き出る、得体のしれない恐怖によるものであることには、まだ気付いていない。

 怪人は徐々にメイドに近づき、壁際に追い詰め、そして彼女の首に手を掛ける。

 

「さて、雇ったばかりで残念だが君にも消えてもらおうか…?」

 

 ふと怪人があることに気付き、彼女の右手首を掴んだ。

 

「そのメモリ…、まさか、それが君を呼び寄せたのか…? いや、ただの偶然とも…」

 

 その手に握りしめられた銀色のメモリを見つめる怪人。その言葉の意味を彼女は理解できず、ただなすがままになっている。

 

「ふむ。まあ仮に適合しなくとも問題は無いか…」

 

 そういって怪人は彼女からメモリを力づくで奪い取ると、机の上に置いてあった銃のような機械に装填する。

 この間、怪人が離れたことで彼女は一時的に自由となったが、怪人に対する恐怖が拭えず、壁際でただ棒立ちするしかなかった。

 

「さて、試させてもらおう」

 

 気が付くと怪人は老年の男性へと変わり、手にした機械を彼女へと向けていた。

 そして彼女の左手首にその機械を当て、引き金を引く。

 

「あ…っ!?」

 

 突然の感覚に、思わず声が零れる。まるで自分の中に別の何かが注ぎ込まれる感覚。どこかおぞましく、どこか満たされるその感覚が全身を支配する。

 

「ほう。そのメモリに適合するとは…、なかなか興味深い」

 

 徐々にメイドの体は変貌する。人型は保ちつつも、その外見はまさに怪人と言って差し支えないものに。

 

 そしてまた新たな怪人、ドーパントが風都に誕生した。

 

 

 

 

 

「…はあ~」

 

 小さな花壇の手入れをしながら、あの時のことを思い出し溜息を吐く。

 あの時、心の声に逆らって地下に行かなければ良かったなんて嘆いても仕方がないのは分かっている。そんなことはもう、この数か月で数えきれないほどやったし、今はもう諦めた。

 この家の秘密を見た私が未だにこうやってメイドをやっていられるのは、偏に私に実験体としての価値があるからだろう。

 私が適合したというあの機械―ガイアメモリは、今まで誰も使いこなせなかったらしい。話を聞くと、私の前に使った人は全員発狂したとのことだ。

 そんな危険なものに適合したというのは良いことなのか悪いことなのか…。

 少なくともそのおかげで、こうして生きていられるのだが、それと同時に、時々面倒な命令をされるのだから、一概にどちらが良かったとは言えない。

 

「はあ~」

 

 もう一度、溜息を吐きながら手入れを続ける。

 庭仕事は嫌いじゃない。むしろ好きなほうだ。だけど、こういう仕事は普通は庭師の仕事のはずなのだが、なんで私がやらなきゃならないのだろうか。別に居ないわけじゃないのだから…。

 そんなことを考えながらも黙々と作業をしていると、不意に肩に何かが乗っかってきた。

 

―ニャア―

 

 この重みに鳴き声。やっぱりかと思いながら顔を少し傾けると見える灰色の毛並み。この家で飼われている猫のミックだ。

 さらに扉が開く音が聞こえ、そちらに顔を向けると、そこにいたのは園咲家次女の若菜様だった。

 

「あら。やっぱりここにいたのね」

 

 その言葉を向けているのは私ではなく、家族の一員であるミックのほうだ。どうやら探しに来たらしい。

 若菜様は家族以外の人間をとことん見下す傾向がある上に、気に入らないことがあればすぐにキレだす。姉である冴子様とも折り合いが悪く、何かあればすぐに争いだすから手に負えない。

 まあ、機嫌が悪くなければそれなりにいい人なのだが。

 そんな若菜様が手を差し伸べるが、ミックは頑なに私の肩から降りようとしない。

 

「本当にそこが好きなのね。いったいどうしてかしら」

 

 そんなこと、私のほうが聞きたい。何故か知らないが、ミックは私に懐いているようで、ことあるごとにこうやって擦り寄って来る。

 別に嫌いではないのだが、仕事中にこうされると正直言って疲れる。

 仕方なくいつも通り、肩に乗ったミックを抱きかかえ、若菜様に渡す。

 普通のメイドがこんなことをすれば大目玉だが、なぜかミックに気に入られている私は見逃されている。というのも、初めてこうやって抱きかかえた時に、当時のメイド長から叱られたのだが、その途中でミックがメイド長に爪を立てて攻撃したのだ。それ以来、園咲家の者以外で私だけがこうやってミックに接することができるようになった。

 

「はい、ミック。そろそろご飯の時間よ」

 

 そのまま若菜様がミックを抱え、屋敷の中へと戻ろうとすると、不意に寒気が走る。

 思わず辺りを見渡すと、若菜様に近づく老年の男性が視界に入った。

 彼こそがこの園咲家の当主、園咲琉兵衛様。私の雇用主にして、私に園崎家の裏の顔を見せた人物。

 何とか平静を保つが、その顔を見ただけで、背筋に冷たい汗が流れる。

 そして琉兵衛様は朗らかな笑顔をこちらに向けると、静かに口を開いた。

 

「初君。近々、君に頼みたい仕事があるんだ」

 

 頼むと言ってはいるが、これは命令だ。

 心の中で悲鳴を上げながら、表情は変えずにゆっくりと私は頭を下げた。




オリジナルキャラクター
二宮(にのみや) (うい)
●21歳 女性
●黒髪ショートカット。身長は鳴海亜樹子よりやや低め。
●園咲家で働くメイド。9か月前に雇われた。
●6か月前に、頭の中に聞こえる呼び声のようなものに従い地下室に入り込み、ガイアメモリと出会う。そこで銀色のメモリを見つけた時に、園咲琉兵衛に見つかり始末されかけるが、持っていたメモリに適合しうる人間の可能性があったため、実験台として生かされることとなった。
●以降はメイド業務の他に、様々な厄介ごとを琉兵衛から引き受けさせられるという面倒な日常を送っている。
●常に無表情だが、感情は豊か。また、性格はどちらかというと怖がりであり、あまり物騒なことはしたくない。


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2話

 風都の一角にある教会。街の女性たちが憧れるこの場所もまた、園咲家が持つ私有地の一つ。

 そして今日は、その園咲家に新たな家族が加わるというめでたい日…のはずなのに。

 

「…なんでこんなことを」

 

 今の私はドーパントに変身した状態で、物置小屋の陰に隠れていた。

 発端は先日、琉兵衛様が放った一言。

 

「冴子が結婚するという霧彦君。確かに彼のガイアメモリの売り上げは目を見張るものがある。だが彼が、本当にこの園咲家に加わるに相応しい存在か試さなければならない」

 

 その相手をしてほしい、とにこやかな笑顔で、拒否できない威圧感をもって言われた。

 なぜ私が選ばれたのか分からない。ミックとか、せめてバッタ女にやらせたほうが良いと思う。まあ、言うだけ無駄なわけだけど。

 とりあえず、琉兵衛様の合図があればすぐに出ていけるように、今は待機中。そして当の琉兵衛様は、霧彦さんと庭園で話をしている。この距離では話の内容は聞こえないけど、状況は見える。多分、何も知らない人が見たら、和やかな光景に見えるのだろう。実際はかなり違うことが、私にはわかるけど。

 遠くからでも感じる重い雰囲気に押されながらも、その時を待つ。

 

 …………ん?

 

 ちょっと待って。あれって若菜様?

 何で変身してるの? それで何で霧彦さんに攻撃してるの? それって私の役目じゃないの?

 …なんか自分の役目が奪われてる気がするけど、これはこれで良いかもしれない。琉兵衛様は若菜様に甘いし、これなら私も態々出ていかなくて済むし。

 …あれ? 今、琉兵衛様が私を見たような…? もしかして、私の考えに気付いてる?

 そのまま琉兵衛様がゆっくりと右腕を挙げる。確かあれは、出てこいって合図…。

 ああ、そうですか。やっぱりやらなきゃ駄目ですか。

 しぶしぶ、三人の居るところに向かって歩き出す。

 あまり、こういった肉体労働はしたくないんだけど…。私は特殊能力特化タイプだから、そこまで運動能力が高いわけじゃないし、そもそもこんな物騒な仕事を肉体労働と呼ぶこと自体がおかしいし…。まあ、死にはしないだろうけど…、多分。

 やるせない気持ちになりながらも、琉兵衛様と霧彦さんの間に立つ。ちらりと琉兵衛様の方を見ると、なぜか満面の笑みで、その近くの若菜様はかなり不満げな顔をしている。

 うん。見なかったことにしよう。これが終わったら休んでいいと言われてるし、若菜様に絡まれないように、即座にアパートに戻ろう。

 そう決心しながら、私はゆっくりと右手を霧彦さんへと向けた。

 

 

 

 

 

【霧彦視点】

 

「霧彦君。婚礼を行う前に、君を一発殴らせてくれんかな?」

「ふふっ。まるでホームドラマですね」

 

 園崎琉兵衛。今日から私の義父となる人だが、その圧倒的な存在感は近くにいるだけで鳥肌が立つ。

 

「園咲家の者は、皆、我らがミュージアムの中枢。この街の…、いや、人類全ての統率者だ。君がナスカメモリの能力を極めているかどうか…。それを確かめねば、式を挙げさせられん」

 

 そう言って、さらに威圧感を高める。

 恐らく昔の…、ガイアメモリを知る前の私だったなら、真っ先に逃げ出しただろう。しかし、今の私は違う。

 ガイアメモリによる人類の進化、そして発展。この私の理想のためにも、ここで引くわけにはいかない。

 そう思いつつ、ナスカメモリを取り出そうとした時、別の声が2階から響いた。

 

「お父様。私が代わりますわ」

 

 顔を上に向けると、そこにいたのは風都では有名なアイドル。そして冴子の妹でもある、若菜ちゃんが顔を見せていた。

 若菜ちゃんは無邪気な笑顔を見せながら、ガイアドライバーを装着すると、手に持ったガイアメモリを起動させる。

 

〈CRAY DOLL〉

 

 そのままガイアメモリを空中へと投げると、彼女自身もベランダから飛び降りる。そして落下するガイアメモリが、まるで意思を持つかの如くガイアドライバーへと挿入されると、その姿は陶器のように白い体を持つ、古の人形のような姿をした『クレイドールドーパント』へと姿を変えた。

 

「気取った男のメッキを剥ぐの、私だーい好き!」

 

 そのまま若菜ちゃんは私に向かって、左腕を向ける。

 すぐさま回避すると、数秒後には私が立っていた場所に向かって、光弾が放たれていた。

 そのまま若菜ちゃんはさらに光弾を放とうとする。

 この後の式のためにも、このタキシードは汚したくないのだけれど、と思いつつ身構えていると、

 

「止めなさい、若菜」

 

 それは若菜ちゃんの背後にいたお義父さんによって、止められた。

 

「何故ですの? 力を試す役なら私が…」

「すまないが、その役は既に頼んでいるんだ。さすがに呼びつけておいて放っておくのは悪いからね。それに、今の彼女の力も確認しなければならない」

 

 そう言いつつ、彼は背後の物置へと顔を向ける。

 おそらく、あそこに隠れているんだろう。いったい誰なんだろうか。彼女と言っているのだから、女性なのは間違いないだろうが…、

 

「…っ!?」

 

 私が物置に注意していると、その陰から見慣れないドーパントがゆったりとした足取りで現れた。

 顔はフードのようなものを目深に被ることで隠され、全身には色とりどりの布が巻き付いている。その見た目からは、何の記憶が宿っているのかは全く分からない。

 若菜ちゃんがどこか不満げな表情を浮かべながらも、変身を解除して元の姿へと戻ったのを確認すると、この謎のドーパントに注目する。

 私の実力を測るために連れてこられたのなら、その実力は決して侮ることのできないはずだ。ナスカメモリには劣るだろうが、油断しないようにしなければ…。

 そのドーパントは私の前に立つと、ゆっくりとこちらに右手を向ける。

 そしてそれと同時にお義父さんが再び口を開いた。

 

「霧彦君。早くメモリを使ったほうが良い。さもないと…」

 

―パアンッ―

 

 突如として私の背後にあるオブジェの一つが砕け散った。

 

「君も粉々になるよ?」

「くっ!?」

 

〈NASCA〉

 

 素早くガイアメモリを起動させるとともに、ガイアドライバーを装着する。

 今の攻撃…、全く分からなかった。衝撃波か何かを放ったんだろうが、私には何も感じなかった。ただ、右手を伸ばしたらオブジェが突然として粉々になったのだ。

 まずい。相手の能力が分からない以上、生身で相手をするのはまずい。

 急いでナスカメモリをガイアドライバーに挿入すると私の体も、群青の体と地上絵の力を持つ『ナスカドーパント』へと変化していく。

 

「はっ!」

 

 携えた剣で斬りかかる。狙うは胴体。まずは確実にダメージを与える。

 しかし、目の前のドーパントは全く回避行動を行うことなく、棒立ちのまま。むしろ避けようとしてないようにも見えるが、私は好機と考え、そのまま振り切る。

 剣は見事ドーパントの体を捉え、吹き飛ばす…はずだった。

 

「なっ!?」

「………」

 

 思わず目を見開く。

 私の渾身の攻撃は確実に決まったはずなのに、奴はまるで何もなかったかの如く、そこに立っていた。

 思わず後ろへ跳び、距離を取る私を見て、お義父さんが満面の笑みを浮かべる。

 

「霧彦君。そんな攻撃じゃあ彼女には効かないよ」

 

 そして、今度はこちらの番だと言わんばかりに、奴が右手を伸ばすと、その体を包んでいた布の何枚かが伸び、鞭のようにこちらを襲う。

 

「くっ!」

 

 独特の軌道を描く布の一枚一枚をドーパントの身体能力を生かして避ける。まだ、ナスカメモリを使って日が浅いからか体が少し重く感じるが、大きな問題じゃ無い。

 ここまでの戦闘で、奴の能力はある程度把握した。どうやら身体能力はそれほど優れているわけでは無いようだが、耐久力は高い。そして攻撃手段は、今の布を利用しているものと、最初に使った謎の攻撃。最初の一発以外は使っていないが、もし突然使われれば避けるのは困難だ。

 全体的に考えると、おそらく能力特化型のドーパント。メモリが不明である以上、弱点や効果的な攻撃も分からないが、それでも勝てない相手じゃない!

 分析をしていると、どうやら集中が途切れてきたようで、布の動きが段々と粗くなっていく。

 絶好の好機。瞬時に布を避けつつ、剣を奴の首元に向ける。

 これで私の勝ち…。

 

「っ!?」

 

 その瞬間、私と奴の動きが止まった。

 奴の首には私の剣が、そして私の左脇腹には奴の右手が向けられていた。

 

「ふむ。まあ合格といったところか」

 

 お父さんは満足げな表情で、手を叩き終了を告げる。

 しかし今の勝負は、本当なら私の負けだ。今、奴は私に向かって攻撃を放とうとした。途中で何とか気付いたが、もしあのまま突っ込んでいたら、確実に相打ちになっていた。いや。奴の耐久力を考えると、むしろ私だけがダメージを受けていた可能性が高い。

 …まだだ。まだ私は強くならなければならない。冴子の、そして風都のためにも。

 決意を新たにし、変身を解く。

 そして目の前のドーパントに視線を向ける。奴は静かに右手を左手首に添えると、そこからガイアメモリを取り出す。そして姿を現したのは一人の若いメイド。園崎邸に入ったとき、何度か顔を合わせたことがあるが、まさか彼女もミュージアムの一員とは思わなかった。

 彼女はお義父さんに一礼した後、どこかに向かって歩いて行く。

 

「ああ。彼女は恥ずかしがり屋でね。あまり他人とは喋りたがらないんだ」

 

 その後姿に思わず見入ってしまう。あれだけの実力を持っている彼女。いったいどのようなメモリを使っていたのか確認してみたいが、時計を見ると式までもうすぐだ。

 歯噛みしながらも、最高の晴れ舞台のために準備へと戻る。

 そうだ。これからは時間もたっぷりある。きっと正体もすぐ分かるだろう。

 今後のことに思いを馳せながら、私は微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 ぞくっ!!

 何だろう…。今、悪寒を感じた気が…。

 それにしても、怖かった…。剣で斬りかかられるなんて、普通は一生経験しないことだよ…。どうして、こんなことをお使いのノリで頼まれなきゃいけないんだろう。なんか、寿命が一気に縮んだような気がする。

 よし。今日はもう寝よう。明日も普通に仕事なんだし…。




二宮 初 ドーパント態
●使用メモリ:不明
●メモリのデザイン:歪んだU(?)
●生体コネクタ位置:左手首
●初がガイアメモリで変身したドーパント。見た目の特徴としては、全身に色とりどりの布が巻き付いており、顔はフードで隠れている。
●攻撃方法は、全身の布を伸ばして鞭のように扱うほか、見えない衝撃波のようなものを放つことが可能。
●なお、身体能力はさほど高くない。


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3話

今回は原作7話の話です。


「……………」

「……………」

 

 …気まずい。

 館の一室。冴子様の部屋にコーヒーを持って来た私は、この重い空気に耐えていた。

 最近、冴子様の機嫌がかなり悪い。

 詳しくは知らないが、第二風都タワー計画というものが、ガイアメモリの工場のある土地に建設されることとなったため、それを妨害するために冴子様と霧彦様が向かったのだが、霧彦様が仮面ライダーと名乗る男に倒され、妨害は失敗。証拠隠滅のために冴子様がその工場を爆破したのだが、第二風都タワーの建設計画が白紙になったらしい。つまりは爆破し損だったわけで…。

 その日以来、冴子様の機嫌が急降下。しかもそれを若菜様が揶揄うから、いつ姉妹喧嘩になるか分かった物じゃない。

 もし、ドーパントになって喧嘩されたら、困るのはこっちなのだ。もし流れ弾が来たらと思うと、冷や汗が出る。

 そして、この状況を生み出した張本人である霧彦様も、少々落ち込んでいる様子。まあ、結婚してそれ程日が経っていないというのに、妻にここまで失望されたら、どんな男でも落ち込まずにはいられないだろう。

 …とりあえず、この場から離れよう。

 気付いているかどうか分からないが、とりあえず冴子様の机の上にコーヒーを置くと、一礼をして部屋を後にする。

 やっぱりこの家で働いてると、寿命がどんどん縮んでいく気がするのは気のせいだろうか…。まあ、もし辞めるとか言ったら、何をされるか分かったもんじゃないし。

 そんなことを考えつつ廊下を歩いていると、あるものが視界に入った。

 

「何をやっているんですか、霧彦様」

「っ!?」

 

 部屋の入口に佇んでいた彼は、突然声を掛けられたことに驚いたようで、勢いよく振り向いて目を見開く。そして私の顔を見るなり、口元に人差し指を当て、静かにしてほしいとジェスチャーを送ってきた。

 本当に何をやっているのか。こんなとこにいるぐらいだったら、冴子様の機嫌を直しに行って欲しい。

 とりあえず、彼が何を見ていたのか気になり、部屋の中を覗く。そこにいたのは、私が最も苦手とする人物。

 

「おや、初君。冴子の様子はどうかね」

 

 不意打ちでその姿を見てしまい、思わず後退りしそうになる。よく見ると若菜様とドライバーを付けたミックの姿もある。

 何か面倒な気配を感じる。とりあえず最低限の業務連絡だけしてこの場から離れよう。

 

「そうそう。君に仕事があるんだ」

 

 だけど、口を開く前に琉兵衛様が先手を打ってきた。

 ああ。やっぱり逃げられないんですね。

 

「これからミックが散歩に行くんだが、君にはその様子を見て欲しい。万が一、事故に遭いでもしたら危ないからね」

 

 …その姿(ドーパント態)で散歩って何ですか。絶対、別の何かとしか思えない。

 そんな私の心の声を無視するように、琉兵衛様はこちらに向かって微笑む。

 

「頼んだよ」

 

 その一言は、私にとってかなり重い言葉に感じた。逆らえば何をされるか…。仕方なく私はその命に従い、部屋から出る。

 そして背後から琉兵衛様が、未だに部屋の前に居た霧彦様に声をかけた。

 

「霧彦君。君もミックに負けないようにな」

 

 その言葉を聞いた霧彦様は、どこか悔し気な表情をしていた。

 

 

 

 

 

 とりあえずバイクに乗りながら、高速で移動するミックを追いかけるも、さすがにスピードが違いすぎるため、何度も見失う。その度に携帯を使って、ドーパントに関する口コミや目撃情報を見つけては急行し、そして再び見失うという、言わばいたちごっこになっていた。

 今は何とか追いつけてこそいるが、もし完全に見失い、その上でミックに何かがあれば、琉兵衛様から何をされるか…。

 自分の暗い未来を見つめ、気分が重くなる。せめてもう少しスピードを抑えて欲しい。

 そして、追い続けること約数十分。やっと、ミックの姿をまともに捉えることができた。ただ、その姿を見つけた時、先程とは違い、すぐに帰りたいという気持ちが溢れてくる。

 ねえ、ミック。何をやっているのかな? 私には二人の市民を襲っている化け猫という光景しか見えないんだけど…。

 憂さ晴らしがしたかった…、というわけでは無いだろうけど。あの人達もガイアメモリに関係しているんだろうか?

 どこかに、この状況を詳しく説明してくれる人は居ないんでしょうか。

 そんなことを考えながら、静かにミックを追う。もしもの時は変身してあの人達を庇おう…、なんて気は全く無い。少しは罪悪感はあるけれど、でもあの姿のミックの前に立つなんて命知らずな行動が私に出来るとでも?

 私の役目は「ミックの様子を見る」ことだけ。こんな面倒なことに率先して巻き込まれるような趣味は無い。

 まあ、あの二人には死なない程度に頑張ってほしい。ただ、ドーパントになったミックからどうやって逃げるのだろうか。さすがに普通の人間の体力には限界があるだろうし…。

 さて二人は何を考えたのか、歩道橋を駆け上がり始めたが、どうする気なのだろうか…。

 

「…っ!?」

 

 え!? 歩道橋から飛び降りた!?

 一体何のつもりかと、つい頭を陰から出すと、二人は歩道橋の真下を走っていたトラックの荷台へと見事に着地する。

 まさか、あれを狙って? どんな神経をしているのだろう。

 だけど、車のスピードじゃあ、ミックからは逃げられないはず…?

 いつまで経っても降りてこないことを疑問に思い、視線を上へと向けると、そこには変身が解除された状態で欄干に座っているミックの姿があった。

 え。ドーパントの変身って時間制限があったっけ? それともドライバーの機能?

 いまいち状況が把握しきれないが、あのまま放っておくわけにも行かず、ミックの居る歩道橋を登る。

 そしてミックとその近くに落ちていたガイアメモリも回収する。

 さて、ミックも戻ったし屋敷に戻ろう、と思ったとき、あることに気付いた。

 

―どうやって帰ればいいんだろう―

 

 ここから屋敷までは結構な距離がある。その道をミックを連れて、なおかつバイクを押しながら帰るのはかなりの重労働だ。

 バイクにペットと一緒に乗っている人は見たことがあるけど、万が一ミックを落としてけがをさせたらと考えたら、なかなか実行には踏み出せない。

 せめてミックが動かないような何かがあれば良いんだけど、そんな都合の良いものなんて…。

 

「メリ~クリスマ~ス!!」

 

 は?

 思わず目が点になる。

 振り向くとそこにはプラカードと大きな白い袋を手にし、どこからどう見ても時季外れなサンタの格好をした怪しげな男が居た。

 なにこれ。新手の変質者?

 

「何を悩んでいるのかは知らないけど、そんな顔しちゃダメだよ」

 

 この状況に付いて行けず固まった私に気にせず、男は手にした袋を漁りだす。

 

「はい、プレゼント。それじゃあね~」

 

 袋から取り出したものを強引に渡され、男は嵐のごとく去って行った。

 一体何だったんだろう。それにこれは…。

 渡されたものをよく見る。

 

「あれ…?」

 

 それはペット用のキャリーバッグ。今、私が求めていたもの…。

 

「ありがとう…って言えばいいのかな?」

 

 これで何とか帰れそう。そして私はミックをキャリーバッグに入れると、近くの店で太めのひもを買い、それでキャリーバッグをバイクにしっかり結びつける。

 ミックからすれば少し窮屈かもしれないけど、我慢してもらおう。

 外れないことを確認すると、そのままバイクを発進させた。

 

 

 

 屋敷に帰ると若菜様が居たので、そのままミックとガイアメモリを預け、メイド業務へと戻った。

 なんか、今日はミックに思いっきり振り回された気がするけど、当の本人、いや本猫は全く気にしていないかのように欠伸をした。

 あ。そういえばあのキャリーバッグ、どうしよう。




没ドーパント案
サクリファイス・ドーパント
●記憶:生贄
●メモリのデザイン:山羊の顔(S)
●姿:山羊の顔と、十字架を模した胴体。全身には釘やナイフ等が刺さっている。武器は巨大な鉈。
●能力:イエスタデイ・ドーパントのように刻印(山羊の頭部)を相手に打ち込む。自身がダメージを受けるとき、そのダメージを刻印を打ち込んだ相手に肩代わりさせる。刻印は七日を過ぎると自動的に消滅。また、一定量のダメージを肩代わりさせても消滅する。
●没理由:能力がえぐい。


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4話

 ああ。いい天気だ。

 庭先で背伸びをしながら、空を見上げる。

 あのミックの散歩以来、特に面倒な仕事もなく、本来のメイドとしての業務をこなしている。

 やはり、これが本来のメイドとしての在り方だと思う。怪人に変身したり、怪人と戦ったり、怪人を追いかけたり…。そういうのはメイドの仕事じゃないと思う。

 辺りを包む静寂。暖かい日差し。こんな日々が続けばいいと思う。

 

「そ~ら! 捕まえたわよ、この贅沢猫!」

 

 だけど、そんな私の願いを打ち破るかのように、大きな声が響き渡る。

 何事かと思い、声がする方向へと向かうと、そこには変なメイドに捕まったミックの姿があった。

 

「…何をやってるの?」

「え?」

 

 思わず呟くと、そのメイドが振り向いてこちらを見つめてきた。その隙にミックはその手から抜け出して、いつものように私の足元に擦り寄って来る。

 

「一体、何事?」

 

 さらにいつの間にか若菜様も姿を見せると、そのメイドは瞳を輝かせて若菜様に近づく。

 

「あー! 園崎若菜だ!!」

 

 興奮して詰め寄って来るそのメイド。

 

 まずい。若菜様の機嫌が思いっきり悪くなってる。このままだと、本気でキレかねない…。

 とりあえず逃げよう。あんな若菜様と一緒に居たら、私の胃に穴が開く。

 そう思い立って、いつもよりどこか動きが鈍いミックを抱きかかえると、急ぎ足でその場から立ち去った。

 …それにしても、あのメイド、どこかで見たような…。いや、気のせいか。

 

 

 

 

 

【亜樹子視点】

 

「戯け者! 若菜様やミック様に何たるご無礼を!!」

 

 っひゃあ~。なんかいきなり怒鳴られたし…。

 別に私は何か悪いことをしたわけじゃないのに、なんで叱られなきゃいけないんだろ。

 ふてくされていると、いつの間にかメイド長が部屋から出て行って、残ったのは私と二人のメイドだけ。

 

「やっちゃったね~、あんた。メイド長の杉下さんは鬼軍曹だから、これからが大変だよ~」

 

 小太りな城塚さんがお菓子を食べながら話しかけてきた。さらにもう一人のメイドの佐々木さんがこの場所のルールについて説明してくる。曰く、仕事以外で園咲家の人とは会っても、話しかけても、何かを聞き出そうとしてもいけない、とかいうまるで日光の猿のようなルールがあるらしい。

 正直、そんなのを気にしてなんてられない。佐々木さんはどうやら説明に夢中でこっちを気にしていないみたいだし、ここはさっさと抜け出して、情報収集でもしよう。

 

 そもそも、この美少女探偵の鳴海亜樹子(なるみあきこ)がどうしてこんなところでメイドなんてやっているのかを、説明しておこうかな。

 それは今朝、私が所長を務める探偵事務所に持ち込まれた一つの依頼が始まりだったの。依頼者の人たちが言うには、この園咲家を訪れたパティシエが次々と行方不明になったとのこと。

 ただ、この場所は警察でもそう簡単には捜査できないほど厳しい場所らしくて、普通に入り込むなんて不可能。だから依頼者の一人であり、なおかつこの家に呼ばれたパティシエでもある浅川麻衣さんに付いて行って、新人メイドとして入り込んだのだ。

 ハーフボイルドな翔太郎君には出来ない、この鮮やかな潜入捜査。やっぱり私って天才!

 

 とりあえず、ある程度この屋敷の中の人の顔と名前は覚えたし、一度麻衣さんのところに行ってみようかな、と思った時、ある人物の姿が見えた。

 あれは確か、猫を連れて行った無表情メイド…。今もソファに座って猫を撫で続けてるけど、もしかしてサボり…?

 そういえば彼女は名前も知らないし、とりあえず話でも聞いてみようかな。何か情報を知ってるかもしれないし。

 

「あの~、ちょっと話を聞いても良い?」

 

 少し躊躇いがちに話しかける。もし大声を出したらあのメイド長に見つかるかもしれないし。多分、サボってる彼女もそれは嫌だろう。

 

「…?」

 

 うっ。なんか、無言で見つめられると、少しプレッシャーを感じる…。せめて少しは口を開いてくれると良いんだけど。もしかして警戒されてるのかしら…。

 

「何の用? 仕事は?」

 

 あ、話はしてくれるんだ。っていうか、

 

「そっちこそ仕事は良いの?」

「私は琉兵衛様からミックの看病を言い渡されたので…。どうやら変なものを食べたせいで、具合が悪いみたいだから」

 

 変なもの…。いや、私の猫まんまが悪いんじゃない。きっと、贅沢なものばかり食べてたから、すぐに具合悪くなるんだろう…。そうだよね? なんか猫がこっちを見てくれないけど。ついでに目の前の彼女もなんかジト目で見つめてるけど。

 なんかいたたまれない。よし、ここは話題を変えよう。

 

「そういえば、あなたの名前は?」

「ああ、私は二宮初。あなたは?」

「私は新人メイドの鳴海亜樹子で~す。よろしくお願いしますね」

 

 よし。とりあえず掴みはOK。ずっと無表情だけど、きっとこれは照れてるんだろう。

 まあ、それは置いといて、情報収集をしなきゃ。まずは二宮さん自身について聞き出そう。

 

「ねえ。二宮さんってどうしてここで働いてるの?」

「…給料が良いからかな」

「そうなんだ。私も給料日が楽しみだなあ」

 

 そういえば、ここの給料っていくらなんだろ。まさか、うちの事務所の収入より高かったり…。

 

「ここの仕事って楽しい?」

「…仕事にもよるかな。花壇の整備とかは心が落ち着くけど、たまに琉兵衛様から無茶ぶりをされるのは、ちょっと…」

「まさかセクハラ?」

「いや。お使いみたいなものかな」

 

 ふむふむ。そのお使いとやらが少し気になるけど、多分事件とは関係ないだろうし、別の質問にしよう。

 そして私はいろいろ質問した。二宮さんは終始無表情だったけど、何だかんだで答えてくれたから、結構情報は集まった。

 だけど、唯一答えてくれなかった質問が一つ。

 

「二宮さんの家族ってどんな感じ?」

 

 その質問をした瞬間、今まで以上に二宮さんの表情から感情が抜け落ちた。そして無表情のままこちらを見つめて口を開き、

 

「…悪いけど、その質問には答える気はないし、知る必要もないよ」

 

 とだけ言うと、再び口を閉じた。

 何があったのかは分からないけど、多分触れられたくない話題っていうことは分かった。

 その後も少々質問して、それが終わると麻衣さんに一度合流するために、一先ず二宮さんと別れることにした。

 さ~て。待っててね麻衣さん。それと翔太郎君。この名探偵鳴海亜樹子が今回の事件を見事に解決して見せよう!

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 …賑やかな人だったな。

 鳴海亜樹子さん。杉山さんに叱られて尚、一切物怖じしない人なんて初めて見た。どうやったら、あんなふうに堂々とできるんだろう。少し嫉妬してしまう。

 ただそれ以上に緊張した。もし不用意な発言をしたら、ガイアメモリのことがばれたかもしれない。もしそんなことになったら、鳴海さんも私も無事では済まなかっただろう。所詮、琉兵衛様から見れば私を含めたこの街の住民なんて、ただの実験動物(モルモット)でしかない。不必要だと判断されれば、すぐさま処分されるだろう。

 そんなことも知らずにいろいろと聞いてきた彼女。どこか不自然さを感じたけど、詮索するのも面倒だし…。まさか、ガイアメモリについて調べに来たってことは無いだろうけど…。無いよね?

 

「…何か、考えただけで疲れてきた」

 

 誰も居なくなった部屋でぽつりと呟く。

 それを聞いていたミックは、ただ欠伸をするだけだった。




没ドーパント案
ラスト・ドーパント
●記憶:錆
●メモリのデザイン:錆びた金属(R)
●姿:全身が錆で覆われた人型の怪人。
●能力:浴びた物質を酸化させる波動を放つ。
●没理由:ダブルドライバーに波動を当てて錆びさせることで変身解除に追い込む、という流れまでは考え付いたが、その後の流れとしてフィリップが修理を行い、さらに錆対策の改造を施すというシーンも思い浮かんだ結果、どちらかというと2話で片付くネタにしかなり得ないため。


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5話

12/23 文章を少し追加しました。


 週に一度のスイーツタイム。態々この時のためにパティシエを呼ぶという、正直言って良く分からない時間が終わり、私は2階の部屋で時間をミックを膝に乗せて寛いでいた。

 時間がゆっくりと感じられ、思わず眠気を感じてしまう。さすがに勤務中に居眠りをしていたら杉下さんに怒られるので、何とか耐えるが。

 こうしていると、やはり平和が一番だと心の底から実感する。ミックもこうして大人しくしていれば可愛いのだけれど。

 それにしても、外が騒がしい気がするのは気のせいだろうか…。

 とりあえず、一度ミックをソファの上に下ろし、窓から様子を伺う。

 

 …ちょっと待ってほしい。なんでこんなところにドーパントが居るんだろう。

 見たことないし、多分組織とは関係ない一般人なんだろうけど、どうして態々こんなところに来ているのか…。

 まあ、ここは見て見ぬふりを…っ、ちょっと待て。今、あれが出てきたとこと。あそこには私が手入れをした花壇があったはず。

 胸騒ぎがして、窓を思い切り開けて身を乗り出す。そして私の目に入ったのは、謎の白い物体が付着して無残な姿を見せた花壇。

 

 何かが切れた音がした。

 

 …ああ。こいつは許せない。私の安らぎの時間と労力を奪ったこいつだけは。

 近くに人の気配がないことを確認して、私はメモリを起動した

 

 

 

 

 

【翔太郎視点】

 

 ハードボイルドな探偵である俺、(ひだり)翔太郎(しょうたろう)は、園崎邸の敷地内でお菓子のドーパントと睨み合っていた。

 なぜこのような状況に陥っているのか。それは、亜樹子がパティシエ失踪事件を追って、勝手に潜入調査なんて始めやがったからだ。

 あいつは分かっていない。探偵の仕事ってのは、少しのミスで周りの人間を傷つけてしまうかもしれない危険があるってことに…。

 俺はそれを追って来たは良いものの、入り込む方法が思いつかず途方に暮れていた。途中で変な男に若菜姫のストーカー扱いされるわ、そいつが自慢話を始めるわで足止めを食らっていたが、ちょうどその時、俺の視界に依頼人の一人である浅川麻衣がドーパントに襲われているのに気付き、男を振り払って強引に敷地内に入り込むことに成功。

 そして俺は…いや俺と相棒のフィリップは、仮面ライダーWへと変身し、捕まった彼女を助け、そして姿を現したドーパントとの戦闘に至るってわけだ。

 

「ありふれた平凡な菓子を舌先に乗せると、私はそれだけで戻してしまう。極上のスイーツがないと生きていけないのだよ」

 

 そしてこいつがパティシエ達を攫っている理由が、どうやら自分のためにスイーツを作らせることらしい。そのためだけに多くの人を悲しませた罪は許されねえ。

 

(行くぜ、フィリップ!)

 

(ああ)

 

 腰のベルト―ダブルドライバーで意識が繋がっているフィリップに声を掛け、ドーパントに向かっていく…その時、

 

「はっ!」

「何!?」

 

 突然現れる見慣れた青いドーパント。「組織」の幹部であるこいつがどうしてここに!?

 

「面白い場所で会ったね、仮面ライダー君。今日こそ君を倒して、その秘密を暴く!」

 

 全く、面倒なタイミングで出てきやがって。

 

「今、相手をしてる暇ねえんだよっ!!」

 

 結果として2対1というこの状況。しかもその内一体は「組織」の幹部。状況はかなりまずい。

 

『翔太郎っ!』

「くっ!」

 

 だが、別々の方向からくる攻撃を捌くので手一杯だ。

 今の姿はサイクロンメタル。防御力は高いが、スピードもパワーも中途半端なこの姿じゃ、突破も撤退もしにくい。

 ならメモリチェンジを…、と思った瞬間、お菓子のドーパントが飛び掛かって来る。

 不味いっ!!

 思わず身構えたその時、

 

「ぐあっ!?」

「なっ!?」

 

 突然、そのドーパントが吹き飛ばされた。

 あまりのことに、俺達も青いドーパントも周囲を見回す。

 

「な…、君は…」

 

 そして、この目に映ったのは全身を色とりどりの布で包まれた、まるでミイラのようなドーパント。

 どうやら青い奴はこいつのことを知っているようだが、組織に関係しているのだろうか?

 

「何なんだ、お前は…?」

 

 思わず零れた俺の呟きに、そのドーパントは顔も向けずに答える。

 

「…答える気はないし、知る必要も無い。私はただ、そいつに落とし前を付けさせに来ただけ」

 

 落とし前…一体どういうことだ?

 こっちが理解しきれていない中、そのドーパントが右手を伸ばすと、再びお菓子のドーパントが吹き飛ばされる。一見、お菓子のドーパントが勝手に吹っ飛んでるようにしか見えない。

 

『一体、何なんだ? あの攻撃の正体が全く分からない?』

 

 フィリップでも正体を掴めない、あの謎のドーパント。目的も正体も、メモリの種別も一切不明。一体、奴は何なんだ。

 そいつはさらに追撃を行おうとしたが、それを幹部が手で制した。

 

「待ちたまえ。ここは私一人で十分だ。君は君の仕事を」

「うるさい。邪魔をするな…」

「何だとっ!?」

 

 …仲間割れか?

 ここは一度撤退、いやあの二体が言い争っているなら、その隙に俺達であのドーパントを倒し…、

 

「…っ!!」

 

 何だ? 突然、あのミイラドーパントの動きが止まった。

 

『翔太郎! 翔太郎!』

 

 それに同調するかのように、フィリップが慌てた声を出す。

 

『感じる…。ここは危険だ!!』

「あ…っ!?」

 

 一体何のことかと聞こうとした瞬間、背筋に冷たいものが走る。

 そして気付くと、周りの地面からどす黒いスライムみたいなものが噴き出していた。

 

「くっ!!」

 

 最初に動いたのはミイラドーパント。体にまとった布を伸ばして、その場から急いで逃げ出した。

 それに少し遅れて、俺達もその場から逃走する。

 一体、どうなってやがる!?

 

 そしてしばらく走り、安全な場所に辿りつくと、変身を解いた。

 その時の俺の手は、尋常じゃなく震えていた。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 変身を解き、現実逃避気味にミックを撫でていた私に、他のメイドが伝えてきたのは、琉兵衛様が私を呼んでいるという、聞きたくない内容だった。

 

 まずい…。

 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!!!!!!!!

 なんであの時、琉兵衛様が現れるんですか!?

 やばい。花壇を滅茶苦茶にされた恨みで、つい衝動的にドーパントに変身してしまった。普通に霧彦様も変身してたけど、彼は園咲家の一員であり、私はただのメイド。立場的には幹部と平社員ほどの差がある。

 もし今回の件が、園崎家の秘密の漏洩に繋がると言われれば、私の立場が危うくなる。最悪…。

 暗い未来しか見えず、足取りが重くなる。

 そして琉兵衛様が待っていた部屋には、冴子様と若菜様、霧彦様までもが揃っていた。

 

 あ。これってもしかして、これから私の処刑が始まるんですか?

 

 という懸念がよぎる。

 そして、私の姿を見た琉兵衛様が、口を開いた。

 

「どうやら使用人の中に一般のドーパントが紛れ込んでいるようだね」

「あら。だったらお掃除しないと」

 

 …そのお掃除ってどういう意味なんでしょうか?

 正直、逃げたい。だけど…

 

「まあ、放っておけ。組織の秘密を知る屋敷の人間は僅かしかいない。態々事を荒立てる必要も無かろう」

 

 その言葉は優しく聞こえるが、その視線は私を射抜いていた。

 顔が思わず青褪めた気がした。多分、変わっていないんだろうけど。

 

「それと、初君」

 

 名前を呼ばれて、ハッと顔を上げた。

 ああ。これはもう終わったかな、なんて考えたが、掛けられた言葉は予想外のもの。

 

「花壇は残念だったが、君をどうこうするつもりはない。これからは気をつけなさい」

 

 その言葉に安堵すると同時に、それは忠告でもあることに気付く。次に下手なことをしたら、どうなるか分からない。

 私がゆっくり首を縦に振ると、琉兵衛様は笑みを浮かべて部屋から出て行った。

 私も冴子様達に一礼をすると、ミックを連れて部屋から出る。

 その時、気になったのは冴子様と霧彦様が何かを話していたこと。

 お願いですから、下手なことはしないでくださいね、と願いつつ、私は再び2階に戻った。

 

 

 

 

 

 その後、亜樹子さんが実はとある事件を捜査しに来た探偵であり、彼女の推理(?)によって、この家に紛れ込んだドーパントの正体が佐々木由貴子さんであることが判明した。

 私としては佐々木さんのことを、一発殴ってやりたかったが、琉兵衛様がその場にいたため動くことは出来ず、亜樹子さんとパティシエを連れて逃げ出したドーパントの後ろ姿を、ただ眺めることしか出来なかった。冴子様と霧彦様は、騒ぎに紛れて外に出たみたいだけど…。

 そして何があったのかは知らないが、佐々木さんのメモリは破壊された上で逮捕されることとなった。戻ってきた冴子様も霧彦様も何も口に出さないが、明らかに機嫌が悪そうな冴子様と、全身が傷だらけの霧彦様を見るだけで大体の状況は把握した。

 …なんというか、この状況に慣れつつある自分が嫌になる。

 

 …そう言えば、鳴海さんは大丈夫だろうか。彼女は探偵だ。今回は無事だったみたいだが、もしこの家の秘密、ミュージアムについて踏み込んでいたら、恐らく命を狙われていたはず。

 出来ることなら彼女には死んで欲しくはない。というより、そもそもミュージアムについて調べないでほしい。絶対に面倒なことに巻き込まれるだろうから…。

 そんな思いを抱きつつ、未だに調子が悪いミックの世話に追われていた。




※初のメモリはミイラではありません。あくまで翔太郎がつけたあだ名みたいなものです。

没仮面ライダー案
仮面ライダーウィング
●記憶:翼
●メモリのデザイン:広げた鳥の翼(W)
●姿:左目は翼のようなパーツで隠れている。基本的な目や体の形状は、ジョーカーやエターナルと同一。色は水色。
●詳細:ウィングメモリとロストドライバーで変身する仮面ライダー。その名の通り、飛行能力は全メモリ中最高クラス。ただし、身体能力自体は低い。強化案として、ワイルドメモリを使ったウィングワイルドというのも考えていた。
●没理由:最初はこれを書こうと思ったが、いまいちダブルやアクセルとの絡ませ方が思いつかなかったのと、無理に入れるとストーリーが崩れそうな気がしたので没。


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6話

 今更ですが、明けましておめでとうございます。
 今後とも、この小説をよろしくお願いします。


「………」

 

 どこかピリピリとした雰囲気を見せる若菜様と、無表情でそれを見る冴子様。そしてこの状況を理解しているのか分からない霧彦様に、何を考えているのか分からない琉兵衛様。

 そんな4人が食卓を囲む景色。私は内心ではビクビクしながらも悟られないように無表情を保つ。

 そして最初に口を開いたのは、やはり琉兵衛様だった。

 

「若菜。何か厄介なことに巻き込まれたそうじゃないか」

「そうなんです、お義父さん」

 

 それは今日の昼頃。若菜様がパーソナリティを務めるラジオ番組で起きた。

 ミスター・クエスチョンを名乗る者から好きな数字をプレゼントするという謎の電話が届いた。そしてその宣言通り、ラジオ局に程近い風車が7の形に折り曲げられたのだ。

 この事件によって若菜様の下には数多くのマスコミが押し寄せることとなり、屋敷に帰って来てからも機嫌がかなり悪い。

 

 そのことについて持ち出した琉兵衛様に、霧彦様は聞かれても居ないというのに自分のことのように話し始める。

 

「今日の事件を、マスコミはまるで若菜ちゃんが悪いかのように騒ぎ立ててます。ラジオ局にも抗議が殺到しているようだし、このままだと…」

「辞めてしまいなさいよ。タレントなんて。いつまでもフラフラしてるから、変な連中に付きまとわれるのよ」

 

 霧彦様の言葉を強引に切り、メモリに関わる仕事に就けさせたらどうかという自分の意見を言う冴子様。ここ最近の冴子様は、より一層ピリピリしているように感じる。また、霧彦様が失敗でもしたのだろうか。

 しかも、タレントを辞めろという一言で若菜様の目がさらに険しくなる。

 ああ。これはいやな雰囲気がする。

 

「余計な口出しはしないで!!」

 

 そんな私の勘の通りに、堪忍袋の緒が切れた若菜様が勢いよく立ち上がり、ドライバーを装着する。

 

〈CRAY DOLL〉

 

 そしてその姿をドーパントへ変貌させると、冴子様に向かって砲撃を放つ。

 対する冴子様は動揺することなく、静かに立ち上がると、同じようにメモリを起動させる。

 

〈TABOO〉

 

 こちらもドライバーを使用して異形の姿へと変わると、光弾をそのまま若菜様へと跳ね返す。それをまともに受けた若菜様は、壁へと吹き飛ばされた。

 

「おい、冴子。なにも本気で!」

「大丈夫よ。この子は死なないから」

 

 批判する霧彦様に対して冷たい声で返す。

 ただ、死なないからってこんなことをして良いのか? それともこれが家族の信頼とでも言うのだろうか?

 

「何故、私を怒らせるの!?」

 

 吹き飛ばされた若菜様は無傷だが、その怒りは収まっていない。

 このままだと、流れ弾がこちらに飛んでくる可能性もあるので、いつでも変身できるようにメモリに手を伸ばそうとした、が

 

「もうよしなさい!!」

 

 琉兵衛様の一喝に、思わず手を引っ込める。

 喧嘩をしていた二人も変身を解いた。

 

「私もそろそろいい機会じゃないかと思うがねえ。トラブルが解決しなかったら、今の仕事は辞めなさい」

 

 その言葉を聞き、若菜様は感情的になりながら自分で解決すると言って部屋から出ていく。

 …本当に大丈夫だろうか。

 

「ふむ…」

 

 そして何かを考えていたらしい琉兵衛様がこちらに視線を向ける。

 …ああ。また面倒な仕事が増えそうだ。

 

 

 

 

 

 そして翌日。ラジオ局にはいつもとは異なり、警察が物々しい様子で動き回っていた。

 昨日の事件。風車を破壊し、市民にけがを負わせるという大きな出来事。これに対して警察は、また同じようにラジオで犯罪予告を行う可能性が高いとして、若菜様をはじめとする番組関係者に協力を仰ぎ、逆探知を仕掛けて犯人を突き止めようとしていた。

 そしてなぜかこの場には私もいる。勿論、いつものメイド服ではなく私服だが。

 昨日の夜、琉兵衛様から与えられた、若菜様に万が一の事が無いように護衛をしろ、という指示…。一応、警察にも事情を伝えて部屋の中に入れてもらったけど、正直場違いな気がする。やっぱりこういうのは私じゃなくて他の人に任せたらいいと思う。具体的には暇そうな霧彦様とか、普段何をやってるのか分からないバッタ女とか。

 

「刑事さん、頼りにしてます」

 

 …素を知ってる身としては、よくあんなふうに裏表を使いこなせると思ってしまう。そしてあれに騙されてファンになったり、挙句の果てに告白やプロポーズをしたりする連中が続々と増えていくのを考えると、何か微妙な気持ちになる。

 

 っと、気が付くと既にラジオが始まっていた。

 私のやるべきことは、万が一ミスター・クエスチョンが現れても若菜様を無事に逃がすこと。そしてそれ以上に若菜様がドーパントの姿で暴れださないようにすること…。あれ…、無理な気がする。

 一度、キレると完全に手が付けられなくなる若菜様をどう止めろと…。ああ、霧彦様が居れば身代わりにでもするのに…。

 

Prrrrr…

 

 絶望感に打ちひしがれていると、不意に電話が鳴り響き、警官たちが慌てて逆探知の準備を始める。

 そして若菜様は一見緊張した面持ちでマイクに向かって話し出す。

 

「もしもし」

『若菜姫。昨日のプレゼントは気に入って貰えたかな?』

 

 ボイスチェンジャーを使っているようで、その声は男性のようであるということ以外ははっきりとは分からない。

 全く、もしこいつに遭ったら一発殴ってやりたい。こんな奴のせいで、屋敷の雰囲気は悪くなり、相対的に私の寿命がガンガン削られている気がする。ああ、考えただけで腹が立ってきた。

 

 ん? 気が付くとスタジオの中に誰かが入っていく。帽子を被ったあの男…、誰だろう?

 その男はマイクの前に立つと、勢いよく言葉を放つ。

 

「おい、聞こえるか!? クエスチョン野郎!!」

 

 …いや、何を一体!?

 突然のことに一瞬周囲が静まり返り、そしてすぐに慌ただしくなる。

 

『誰だ、貴様は!?』

「俺の相棒からの伝言だ。お前はファン失格だ。本当の若菜姫のファンなら、3番目と4番目の質問の答えも合わせてプレゼントをするはずだ」

 

 3番目と4番目の答え? 何の事を言っているのか、分からない。

 ミスター・クエスチョンは激昂したように電話を切る。

 

「今の、どういう意味?」

 

 若菜様が訝し気に男に向かって声を掛けるが、男は肩を竦める。

 

「さあ? 俺はただ言う通りにしただけだ」

 

 男の言葉を聞くに、今の質問は相棒と呼ばれる何者かの指示によってしたものらしい。

 その言葉を肯定するように男の電話から着信音が流れる。

 

「おう、フィリップ」

 

 そして男は少しの間、電話の先の声に耳を傾け、静かに口を開く。

 

「分かった。サザンウィンドアイランドパークだ」

 

 …ちょっと待て。あの変な質問だけで、次の事件現場を当てたとでも? 一体、あの質問はどのような意味だったのか?

 そんな質問をする暇もなく、男は外へと出ていく。

 残された警察は、首を捻ったり、慌てて連絡を行ったり、男への恨み言を言ったりするだけ。

 

 そして男の言う通り、サザンウィンドアイランドパークが襲撃されたという情報が届くと、若菜様の表情が変わった。

 そして待機していた私に声を掛ける。

 

「初。少し用事ができたから、あなたは先に帰りなさい」

 

 いや、それは…、

 

「い・い・わ・ね?」

「了解しました」

 

 はい。止めるなんて無理です。

 まあ、私はバイクで若菜様は送迎用のドライバーが居るし、ここで別れても問題は無いはず…。あのドライバーも裏側を知ってる人だし。

 ただ、一応尾けて行くべきだろうか、とも思ったが恐らくすぐばれるだろうし、ここは大人しく帰ろう。

 …琉兵衛様へどう報告しようか?

 

 そして館に帰った後、しばらく悩んだ結果、琉兵衛様にありのままを報告した。ついでに明日は外でロケだと伝え、霧彦様に護衛をさせてはどうだろうかと進言する。表向きは私よりも戦闘向きであるということ、汚名返上のチャンスを与えてはどうかということ。本音としては、もしドーパントが姿を現したら確実に若菜様が暴走するので…。

 琉兵衛様はしばらく考えた後、私の提案を受け入れた。

 どうやら私が離れていた間、ミックの機嫌が少しばかり悪かったらしい。世話をしようとしたメイドが何人か引っかかれそうになったとのことで、それもあっての事だろう。そのミックは私の足元で、何事もなかったかのように餌を食べているわけだが。

 

 さて、とりあえず霧彦様のことは応援しておこう。せいぜい、若菜様の機嫌を損ねることの無いように…。




 サブタイトルをつけようと考えているけど、なかなか良いのが思いつかない…。
 1~5話、原作45~49話に関しては思いついているんですが…。
 とりあえず、やや強引でも思いつき次第、つけていこうと思います(サブタイトルが付かずに終わる可能性もありますが…)。


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7話

 テストも終わり、時間が何とか空いたので少し短めですが投稿できました。
 さて、どうやったら戦闘シーンが書けるんだろうか…。


「へへへ。じゃあ、お前はどうだ? 俺の名前を言ってみろ!」

 

 …目の前にいる真っ赤なドーパントが、機関銃のような左腕をこちらに向けて笑う。

 本来なら怯えたりパニックになったりする場面。しかし、不本意ながらこう言った状況には仕事上慣れている。そのため思いのほか冷静にこの状況を見つめることが出来た。

 さて、そもそもどうしてこうなったのだろうか。

 

 

 

 

 

 今朝目を覚ましたのはすでに9時を過ぎたころだった。本来ならば仕事に遅れる時間で、思わず焦るがすぐに思い出す。

 そうだ。今日は久しぶりの休日だった。

 

 若菜様の一件。あの事件の犯人は若菜様のマネージャーだったらしく、若菜様への好意をある人物に利用されてガイアメモリを使用、暴走したがために起きた事件のようだ。その利用した人物に関して詳しくは知らないが、霧彦様が対処したらしい。まあ、私には関係ないが。

 ただ一つ気になったのは、帰ってきた若菜様がどこか上機嫌に見えることだ。しかも、時々何か歌詞のようなものを呟いており、どこか不気味に感じる。一体何があったのか知りたい気もするが、若菜様に直接聞いたら、機嫌が悪くなるかもしれない。かといって護衛をしていた霧彦様に聞くのは面倒なことこの上ない。

 ここは触れないでいよう。どうせ私には関係ないこと、と結論付けた。

 

 それから一週間。特にこれといった出来事もなく日は過ぎ、今日に至る。

 折角の休日。どう過ごそうか迷ったが、買い置きをしていた麦茶のパックが切れかけていたことに気付き、ついでに色々と買い出しに行くことにした。

 

 そして一通り買い終え、お昼はどこにしようか考えていた時、突如鳴り響いた発砲音とそれに続くように響く大きなブレーキの音。

 気が付くと一台の車が倒れ、バイクに乗ったドーパントが笑い声をあげながら佇んでいた。

 

「さあ、俺の名前を言ってみな!」

 

 …私が何をしたというのか。折角の休日をこんなことに潰されるなんて。

 そんなことを考えていると、急にドーパントが私の胸倉を掴んでくる。

 

「おい、聞いてんのか? 俺の名前を言ってみろ!」

 

 いや、知らないし。それに態々答えてやる必要も感じない。

 そんな私の態度に苛立ったのか、ドーパントは担いでいた剣を抜く。

 

「残念。正解は仮面ライダーだ!」

 

 そう言って剣を振りかぶる。

 

 仕方ない。メモリを使うことにしよう。

 コートの内ポケットに手を伸ばす。しかし、

 

「おいこら! でたらめを吹き込んでんじゃねえ!」

 

 バイクのエンジン音と怒鳴り声が響く。

 振り向くとそこにいたのは体の真ん中を走るラインに合わせて、ちょうど左右で色が異なるドーパントの姿。今の台詞から考えると、こいつが本物の仮面ライダーということだろうか?

 

「よう、本物さん。思ったより早く会えたな」

「何だと!?」

 

 ドーパントはどこか違和感を感じる台詞を言うと、掴んでいた私を仮面ライダーに向かって放り投げる。

 

「危ねえ!」

 

 仮面ライダーが私を受け止めると同時に、ドーパントはバイクに跨り、エンジンをかける。

 

「あばよ!」

 

 そう言って走り出すドーパント。仮面ライダーも私にけがが無いことを確認すると、同じようにバイクに乗って後を追う。

 

 …一体何だったのだろうか。

 とりあえず、早くこの場を離れよう。警察に事情聴取されるなんて面倒なことこの上ないし。

 そんなことを考えていると、ポケットの中に入れていた携帯が震え着信を伝える。見てみると、届いていたのは冴子様からのメール。いやな予感がしながらも、それを開くと簡潔な文章が書かれていた。

 

『今から車を出すから、メモリの準備をしてそれに乗りなさい。詳しい話は車の中でする』

 

 ちょっと待ってください。私は今日は非番なんですが。久しぶりの休日なんですが。

 そんな私の心の声は届かず、すぐに目の前に黒塗りの軽バンが止まる。少し躊躇しながらもそれに乗り込むと、中にはスーツを着た3人の男女が居た。

 そして女性がこちらを向き、口を開く。

 

「冴子様からの命令です。今からアームズの逃走の手助けをするようにと」

 

 あくまで倒すのではなく、あのドーパントが逃げ切るための隙を作れとのことだ。

 …なんでわざわざ私に。そういうのはそっちで勝手にやって欲しい。だけど、もし拒否したら、後が面倒だし…。

 

「…これが終わったら、冴子様と琉兵衛様に休暇を一日伸ばすと伝えてください。本当は今日は休みだったので」

 

 うん。私は悪くない。悪いのは休日に駆り出す冴子様なのだから。

 そして車の中でメモリを起動させる。別に戦うわけじゃない。さて、さっさと終わらせようか。

 

 

 

 

 

【翔太郎視点】

 

「おい、止まれ!」

 

 あの偽物野郎は絶対に捕まえねえと。仮面ライダーの名前はこの風都の人々が俺たちにくれた名前だ。それをこんな卑怯な奴に汚させるわけにはいかねえ!

 

「ハッ、誰が止まるかよ!」

 

 そう言い捨てた奴の機関銃による連射を躱す。今のところは何とか追いつけてるが、少しでも気を抜いたら逃げられる。

 くそっ。あれはまだか!

 そんな俺の思いに応えるように、後ろから大きな音が聞こえる。

 

「よし、来たか」

「おおっ!?」

 

 思わず奴が驚くほど巨大なマシン―リボルギャリー。そのボディが展開し、俺達を乗せたバイク―ハードボイルダーを格納される。そしてハードボイルダーの後部にブースターが装着される。

 よし。これなら奴に追いつける。

 

「おいおい、何だよあれ!?」

 

 こちらに目を奪われた奴のスピードが一瞬落ちた。

 

「今だ!」

 

 ブースターが点火し、勢いよくハードボイルダーが走り出し、徐々に奴との距離が縮まる。

 

「やべえやべえ!」

 

 奴が銃撃してくるが、その程度じゃ止まらない。

 

 このまま一気に…、そう思った時、車体の右側に強い衝撃を受けた。

 

「なっ!?」

『一体、何が!?』

 

 もとからスピードが出てコントロールが取り辛い状況だった。すぐにバランスは崩れスピンする。

 

「はっはっはっ! それじゃあな!!」

 

 そしてその隙にあいつはバイクのスピードを上げて逃げて行った。

 

 …くそっ! あと少しだったのに。

 だが、後悔しても仕方がない。せめて何かヒントになるようなものは無いか探すと、道路には金属でできた何かの破片が落ちていた。

 

「これは奴が落としたのか…?」

 

 これが何なのか分かれば、奴の居場所が分かるかもしれない。一度、変身を解いて、その破片を持ち帰ることにした。

 それにしても、さっきの衝撃は何だったんだ? 奴の能力だろうか?

 どこかもやもやしたものを感じながらも、答えが出ることはなく、仕方なくその場を離れた。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

「成功のようです。お疲れさまでした」

 

 女性の言葉を聞き、変身を解く。どうやらうまくいたらしい。

 今回、やったことは簡単だ。あのドーパントと仮面ライダーの進行方向に先回りをして、車から降り物陰に身を潜める。そして無線で状況を聞きながら待ち、仮面ライダーのバイクが目の前を通る瞬間に攻撃をしかけた。ただそれだけだ。

 仮面ライダーに見つかるもしれないと不安だったが、どうやらあのドーパントに夢中だったようで、全く気付かれることは無かった。

 

「それでは、先程の場所の近くまで送ります」

 

 あ、送ってくれるんだ。それはありがたい。もしかしたらここで別れ、自分で帰ってくださいと言われるかもしれないと思っていたので安心した。

 

 そのまま軽バンに乗り込む。そして到着するまで終始無言の中、私は少し遅れることとなったお昼をどうしようか考えていた。




 次はいよいよ原作17、18話の部分です。
 主人公はどうするのか。そもそも話に絡めるのか。
 期待に応えられるか不安ですが頑張ります。


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8話

 その日もメイドの業務を終えた後、琉兵衛様の部屋に呼び出された。

 

「『バード』ですか?」

「そうだ。今、そのメモリを使って実験を行っているのだが、その様子を観察してもらいたい」

 

 そう言って、琉兵衛様は背を向ける。

 

「あれは貴重な実験台だ。我がミュージアムのさらなる発展の為のな…」

 

 …どうせろくでもない実験なのだろう。

 まあ、私には関係ない。その実験台がどんな人だろうと、どんなメモリを使っていようと。まあ、私自身がその実験台の一つなんだろうが…。

 そして私には承諾しか許されない。もし断れば、それこそ私の最期の言葉になりかねないのだから。

 無言で頷き部屋を出ると、周囲に誰も居ないことを確認して溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 それから数日経ち、現在、私は飛行する緑色のドーパントをバイクで追跡していた、

 あらかじめ渡された資料によると、バードメモリは中学生の少女が所持していたはず。しかし、今空を飛んでいるあのドーパントはその少女ではない別の少年が変身しているのを見かけた。どうやら使いまわしをしているらしい。

 

 本来、ガイアメモリを使用するためには、生体コネクタと呼ばれるものを体に刻み、そこに挿入する必要がある。そしてこの生体コネクタは一つのメモリにつき一つしか刻むことが出来ない。つまり、基本的にはそのメモリに対応したコネクタを持つ個人しか使えないようにしている。

 だが、あのドーパントは生体コネクタを持っていないはずの少年が変身している。どういう原理かは不明だが、おそらくこれが実験なのだろう。

 

 そして、ドーパントを追跡して十数分。辿り着いたのは高架橋近くの公園。子供たちの秘密の溜まり場といってもいいような場所。そこにはすでに三人の中学生が居た。そしてその中には本来のバードメモリの持ち主も。

 

「よっ。やってきたぜ!」

 

 そう言って変身を解くドーパント。

 今の台詞は恐らく、ここに来る前に襲った歯医者のことを指しているのだろう。一体、何がしたかったのかは分からないが。

 さて、この後どうするのかと観察を続けていると、今度はどこからか自分のものとは別のバイクのエンジン音が聞こえてきた。しかも、それは徐々に近づいてくる。

 とりあえず、見つからないように物陰に身を潜める。

 …ん? あれは、霧彦様? 一体、どうしてここに…。

 確かあの人はこの実験の事は知らなかったはずだし、気付かれないようにこの場から離れるべきだろうか。

 そんなことを考えているうちに、一台のどこかで見たようなバイクが公園の前に止まり、青年と見知った女性が降りる。

 確かあれは亜樹子さん…。もしかして、あのドーパントについて調べに来たのだろうか? というより、そもそもあのバイクは確か仮面ライダーが乗っていたバイクと同じ…。まさか…?

 その男女が中学生たちに向かって何か話し始めた。霧彦様に気付かれないように距離を取った分、さっきよりも会話の内容が聞きづらいが、あまりいい雰囲気ではないことは分かる。

 そしてとうとう男子中学生がメモリを取り出すと、青年はそれを取り上げようと飛び出す。しかし、ギリギリのところでそのメモリはもう一人の眼鏡の少年へと投げ渡され、そのままキャッチした少年が左腕にメモリを挿入し、ドーパントへと姿を変える。

 そのままドーパントは青年の足を掴むと、そのまま飛び立ち逆さづりにする。青年はもがくも、基本的にドーパントの力は人間よりも遥かに高い。足が外れることもなく、あっという間に5メートルほどの高さまで上昇すると、いきなり手を離した。

 普通であればそのまま地面に激突して大惨事になる。だが落下する途中、青年は突如として姿を変化させた。あの緑と黒の姿、仮面ライダーへと。

 さらに仮面ライダーはすぐさま別のメモリを取り出し、腰のベルトのようなものを操作すると、右半身が黄色へと変化した。あれもドライバーの一種なのだろうか?

 そして仮面ライダーの右腕はまるで触手のように伸び、空中に居たドーパントを叩き落とす。

 

 そう言えば、もしこのままあのドーパントが倒されたらどうすればいいのだろうか。資料によると、バードメモリは普通のメモリとは異なり簡単には破壊されないようになっているらしい。それに本来の使用者とは別の人間が変身しているというイレギュラーな状態。恐らく、あのまま倒されてもメモリが残る可能性がある。

 あれは貴重なサンプルだと言っていたし、仮面ライダーに奪われるのはまずいだろう。しかし、この場には霧彦様が居る。あの人に実験について教えてもいいのか分からない。つまり、ドーパントに変身して回収に向かうということも出来ない。

 困った。どうすれば良いのか…、ってあれ?

 

 どうやらいつの間にか歯医者を襲った少年がメモリを使ってドーパントに変身したようだ。そしてそのままドーパントは、元々の持ち主を掴んで逃げて行った。

 

 よし、中学生ナイス!

 

 仮面ライダーも隙を突かれたようで、棒立ちになっていた。

 とりあえず、霧彦様の事も含めてこの状況を琉兵衛様に伝えておこう。そう考えていると、悲鳴が聞こえてきた。

 どうやら先程までメモリを使っていた少年に何らかの異常が起きたようで、左腕を掴んで叫んでいた。多分、あのバードメモリの影響だろう。あんなイレギュラーな使い方をすれば異常が出ないほうがおかしいだろうが…。

 それにしても大丈夫だろうか。ずいぶんと痛そうだ。

 

 ガイアメモリを挿入するための生体コネクタには、ガイアメモリのある程度毒素を抑えるための機能がある。その毒素の影響の度合いはガイアメモリの種類や使用者によって差があるが、基本的には麻薬のような物と言って差支えは無い。

 そんなものを未成年が、しかもコネクタというフィルター無しで使用したのだからその影響は予想できたことだろう。それでも琉兵衛様からすれば必要な犠牲でしかないのだろうが。

 

 まあいずれにしても、()()()()()()()

 

 元々はそんな利用をした中学生が悪いのだし、そもそも無関係な人間に対して手を差し伸べてやる必要性も感じない。

 そして私は仮面ライダーや霧彦様たちに気付かれないようにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 翌日、再び私はビルの上で、ドーパントと仮面ライダーの戦闘を双眼鏡を使って観戦していた。

 

 今、使用しているのはあの少年。

 昨日倒れたあの眼鏡の少年よりも長期間利用しているにもかかわらず、まだ元気な様子を見る限り、バードメモリに対する適合率は割と高い方なんだろう。ただ、生体コネクタがない以上、それもいつまで続くか…。

 

 対する仮面ライダーは、昨日とは異なり右半身が白い姿。しかも変身したのは昨日見たのとは別の青年。正確には昨日の青年も居たのだが、何故かもう片方の青年が仮面ライダーに変身したのと同時に倒れた。一体、何がどうなってるのかは分からないが、どうやらあの仮面ライダーに倒れた青年の精神が融合しているらしい。もしかして昨日の仮面ライダーも、もう一人の青年の精神が融合していたのだろうか?

 

 そしてその2つの存在の戦闘は、終始仮面ライダーが圧倒していた。ドーパントが空中に逃れようとしても、仮面ライダーは高い跳躍力と敏捷性で追いつき、地に落とす。

 そして今、仮面ライダーが止めを刺そうとしている。

 

 昨日聞いた琉兵衛様の話によると、あのガイアメモリは体内に挿入されている以上、その位置をピンポイントに狙わなければ破壊できないらしい。

 そして予想通り、仮面ライダーの全力の一撃を受けたドーパントの変身は解けメモリが体外へと排出されたが、それには一切傷がついていない。

 一応、実験のデータ収集はほとんど完了している。後はバード本来の性能を引き出すために、本来の所有者である少女が使う必要があるのだが…。

 そんなことを考えているうちに、再び見慣れた人影が仮面ライダーに近づき、落ちていたバードメモリを拾い上げる。

 

 …やっぱり来ましたね、霧彦様。

 

 その姿を見ると同時に携帯を操作する。連絡先はただ一つ。

 

「…琉兵衛様。霧彦様がバードと接触しました」

 

 昨日の報告後、琉兵衛様から命じられた。もし、霧彦様が実験について嗅ぎつけるようなことがあれば知らせるようにと。

 その時の琉兵衛様は笑顔だったが、目は冷たかった。

 

『家族が減るのは悲しいことだ』

 

 その言葉に理解は出来なかったが、ただ失望の感情だけは伝わった。

 

 これ以上ここにいる必要は無い。メモリは霧彦様が持ち帰るだろうし。

 眼下の光景に背を向けて、私はその場を後にした

 

 

 

 

 

 そしてその日を境に霧彦様の姿が園咲家から消えた。

 表向きには事故として、実際には冴子様の手で始末されたそうだ。

 結局は彼も又、私やあの中学生たちと同じ実験台でしかなく、居たら便利程度の存在でしかない。それを理解していなかったのが、この結末なのだろう。

 愛していると言っていた妻に殺されるとは、随分と皮肉な話だが。

 

「…やっぱり、家族なんてろくでもないね」

 

 まあ、あの人が居ようが居まいが、()()()()()()()()()()

 そう結論付けて、今日もまた花壇の整備に精を出すのだった。




 さて、次からは新キャラ(刑事と医者)が2人出るけど、どうすればいいのだろうか…?


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9話

 今回は原作21話の部分です。


 霧彦様が始末されたあの日から数週間が経った。

 自分の夫を殺した冴子様は、特に変わった様子はない。敢えて言うのならば、ここ最近どこかに出かけることが多いぐらいだ。この前は若菜様を連れて行ったが、一体何をしているのだろうか。

 そんなことを考えつつ庭仕事をしていた私の携帯に一通のメールが届く。それは冴子様から、裏の仕事に関するものだった。

 

 

 

 

 

【阿久津視点】

 

 全く、何だってんだ。

 今まで警察としての立場を利用して、うまく組織の連中と付き合って来たっていうのに…

 

 俺は今、どこからか内通者である俺の存在を嗅ぎつけた奴から逃げるため、クルーザーに乗り込んでいた。

 

「チッ!」

 

 思わず舌打ちをする。いつかはバレると思っていたが、まさかこれほど早く来るとは…。

 それに何なんだ。何であいつが…。あいつは、溝口は確かに俺と氷室の二人で殺したはずだ…。だが、この前氷室が殺され、そして今度は俺が狙われた。

 

 まあ良い。あいつが来ようが、もう助けは呼んだ。一度しか見たことはないが、あの化け物なら溝口をもう一度殺せるはず…。いや、最悪でも時間稼ぎ程度にはなる。その間にクルーザーで逃げさせてもらおう。

 

 そしてクルーザーのエンジンを掛けようとした時、気配を感じた。

 まさか、溝口が…。

 緊張しながら近くに置いていた銃を取り出し、構える。沈黙が場を包み、心臓の鼓動だけが俺の聴覚を支配する。

 

 そして船室のドアが開かれたその瞬間、銃を突き出すと思わず笑みがこぼれた。

 

「へへっ」

 

 そこにいたのは帽子を被った若僧。何だ、びっくりさせやがって。

 それにしても、こいつは誰だったか…。どこかで見たような…。

 まあ良い。今更、一人や二人殺したところで変わらない。こいつにはここで消えて…、

 

「ちょろいな。簡単に罠にかかりやがって」

 

 何?

 そう思った瞬間、横から誰かが構えた銃を弾き蹴り飛ばす。

 そこに居たのは、あの赤い服を着た若い刑事の男だった。

 

「阿久津。今度こそ話を聞かせてもらうぞ」

 

 そう言って俺を強引にクルーザーから引きずり出し、地面に押さえつける。

 

「さあ言え。お前が仕事をやると言って連れ去った人たちはどうした?」

 

 ハッ。やっぱりそんなことか。

 

「実験台にされたらしいぜ」

「実験台?」

「ガイアメモリの商品テストのな」

 

 どいつもこいつも馬鹿な連中だったぜ。ちょっと金を見せりゃあ、すぐに食いつく。それにどうせ行方不明になろうが死のうが誰も気にしない奴らだ。ならこれぐらい構わないだろ。

 だが目の前の若僧にはそうじゃなかったらしく、鬼気迫る表情を見せる。

 ああ。この目だ。溝口と同じ無駄に正義感をみなぎらせた目…。世の中正義だけじゃやっていけないということに気付いていない。

 そのくせ、今になって蘇りやがって…。俺と一緒に内通していた氷室を殺して…、次は絶対に俺を…。

 

「お前の命は刑務所で守ってもらえ!」

 

 それを口にすると、帽子を被った若僧が怒りを見せて言う。

 だが、こいつらは気付いていない。どうして俺が態々こんなことを口に出したのか。全て時間稼ぎの為だってことに…。

 

「いや、俺の命を守るのはこいつだ!」

 

 やっと気づいた奴らが振り向く。

 そこに居たのは、まるで巨大な化け猫のような姿をした怪物だった。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 …あれ、いつの間に仮面ライダーは増えたのだろうか?

 私は港の近くの建物の陰に隠れながら辺りを伺っていた。

 今、ミックはいつものと、見慣れない真っ赤な奴の二人の仮面ライダーと戦っていた。

 ミックは素早い動きで二人の仮面ライダーを翻弄しているが、あの赤い仮面ライダーの能力が分からない以上、万が一の事があるかもしれない。実際、先程赤い仮面ライダーの攻撃をミックはまともに受けている。

 …ここでの私の選択は二つ。このまま傍観するか、ドーパントになって加勢するか。

 傍観するとした時の問題は、ミックがやられたら確実に私の身が危険に晒されるというとこだ。ミックは園咲家の一員。その身に何かがあったら琉兵衛様から何をされるか分かった物ではない。

 逆に加勢する場合、ミックがやられる危険は減る。しかし今度は私があの仮面ライダー二人にやられるかもしれない。…いや、私のメモリの特性上、そう簡単にはやられないと思うのだが…。それにそもそも面倒くさい。

 やっぱりここで隠れているか、いや加勢するべきか。

 

〈JET〉

 

 ん?

 悩む私に向かっていきなり赤い斬撃が近づいてくる。どうやらあの赤い仮面ライダーが放った攻撃をミックが避けた結果らしい…、って落ち着いてる場合じゃない。

 すぐにガイアメモリを取り出し、コネクタに挿入する。

 

 やっぱり、私は神様に嫌われてるのかもしれない。そんなことを思いつつ、ドーパントとして二人の仮面ライダーの前へと姿を現した。

 

 

 

 

 

【翔太郎視点】

 

「ん? あいつは…」

『こいつはあの時の…』

 

 照井が放った攻撃が建物にぶつかったことで発生した土煙。その中から、かつて霧彦と共に園崎邸に現れたあの奇妙なドーパントが姿を現した。

 

「何だ、貴様は?」

 

 何も知らない照井が剣を突き付けて問いかける。しかし返ってきたのは、かつて聞いたのと同じ言葉。

 

「答える気は無いし、知る必要も無い」

「そうか。ならば貴様も倒すまでだ!」

 

 照井はそのまま剣を振りかぶって突っ込む。

 

「おい待て、照井!」

 

 奴の能力は未知数。まっすぐ突撃するのは危険だと言おうとするが、照井は耳を傾けず、そのまま剣を振り下ろそうとした時、一瞬動きが止まった。

 そのまま、剣を振り下ろすがまるで力が入っておらず、簡単に避けられてしまう。

 

「くっ!?」

 

 今度は剣を横に薙ぎ払うが、これもさっきまでとは違い動きがぎこちなく、あのドーパントには全く当たる様子がない。

 

「どうしたんだ?」

『っ翔太郎、気をつけろ!』

 

 フィリップの声で我に返ると、幹部がこちらに向かって跳躍していた。

 

「おわっ!?」

 

 すぐさま避けようとするが、いきなりのことで体がうまく動かず、そのまま爪による一撃を食らってしまう。

 さらに幹部はこちらに追撃しようとするが、すぐにトリガーマグナムによる銃撃で牽制し、距離を取る。

 

「悪い。あっちに気を取られちまった」

『次からは気を付けてくれ、翔太郎。だが、それにしても…』

 

 今度は幹部から目を離さないようにしつつ、同時に横目で照井の様子も見る。

 だが、先程と同じく剣の重さに振り回されているようで、使いこなせていない。

 

「一体、どうなってんだ?」

 

 あの様子。まるで変身前の時のようだ。

 

「だったら!」

 

 このままでは倒せないと思ったのか照井は剣を捨て、今度は格闘戦を仕掛けた。確かにあれなら剣の重さには振り回されない。

 だが、奴は全く焦ることなく、むしろ余裕といった感じで照井のパンチやキックを避ける。

 さらに幹部のドーパントはこちらの射撃を避けつつ、照井に向かって走り出した。

 

『不味い!』

「避けろ、照井!」

 

 声に気付いた照井がすぐに振り向いて、紙一重で攻撃を躱す。だが、

 

「何だ!?」

 

 背を向けた照井に向かって、もう一方のドーパントが触手のようなものを伸ばし、手足を絡めとった。

 動きを封じられもがく照井に、幹部が爪を光らせて飛び掛かる。

 

「フィリップ!」

『ああ!』

 

〈CYCLONE〉

〈METAL〉

 

 メモリをルナトリガーからサイクロンメタルに変えると、照井が捨てた剣を拾う。右手に感じる半端じゃない重量。しかし、扱えないほどじゃあ無い。それを照井の前に投げると、背中のメタルシャフトを取り出して、幹部と照井の間に立ち、攻撃を受け止めた。

 

「くっ!?」

 

 だが幹部は連続で爪を振るい、それをシャフトを使って何とか捌く。

 そんな中、どこか自分に少し違和感を感じた。まるで、いつもより少し力が出ないような…。

 だが、それを確かめる暇もなく、少しずつ防御が追いつかなくなりダメージを受ける。防御能力の高いサイクロンメタルでも防ぎきれないスピード…。段々と追い詰められる。

 

「ぐあっ!?」

 

 そしてついに奴の攻撃を捌ききれず、シャフトを落としてしまう。そのまま奴が爪を立てようとした時、

 

〈ELECTRIC〉

 

―シャッ!?-

 

 照井がやっと拾った剣で触手を切り落とし、さらに放った電撃で幹部へと攻撃を放った。電撃自体は避けられたものの、危機は脱したと言えるだろう。

 

「全く、世話が焼ける」

「何だと!? もとはと言えばな…」

 

 照井の言葉に思わず声を荒げるが、

 

『そう言えば、阿久津は…』

 

 あ、まずい!?

 気が付くも遅く、既に奴はクルーザーを発進させていた。

 さらにそれに気を取られている隙に、幹部がもう片方のドーパントを抱き上げて、一瞬の内に走り去る。

 

「野郎、逃げやがった!!」

 

 どちらにも逃げられ、思わず叫ぶ。

 だが次の瞬間、今度は阿久津が乗っていた船が突如として爆発し、今度は呆然とさせられるのだった。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 変身を解き、近くに止めていたバイクに向かう途中、内通者が乗っていた船が爆発する光景が見えた。

 …ああ、()()()()()()()()()

 冴子様から命じられたのは、内通者が警察に捕まらないようにしつつ、その身柄を確保。それが出来ない場合は排除するようにとのことだった。つまりあのまま逃げ出しても、末路は彼が売り払った実験台と同じということだ。

 彼からすれば都合の良い取引相手だったのだろうが、組織からすれば高々一人の内通者。取引相手は他にもいるということなのだろう。

 

 改めて考えると、私の立ち位置ってかなりやばいな…。実験台の一人かつ警察からすれば組織の一員なんだから。

 溜息を吐きつつ考えると、肩に乗っていたミックが顔をこすりつけてきた。

 …羨ましいな。なんて猫の立場に少し嫉妬しながら、報告のために冴子様に電話を掛けた。




 組織の在り方を考えたら、阿久津の末路はどちらにしてもろくなものじゃないと思ったために、最後の部分はこうなりました。


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10話

 気が付けば日間5位、UA10000突破、お気に入り500突破

 皆様の応援、ありがとうございます。これからも拙作をよろしくお願いいたします。

 なお、今回は原作27,28話分。少し短めな前編です。


「あ、二宮さん!」

 

 それはある休日の夜。夕食に近所の中華レストランに向かったのが始まりだった。

 

「どうしたんだ、亜樹子。知り合いか?」

 

 入口で出会ったのは、見慣れた三人組。一人を除いてまともに顔を合わせたことも無いが。

 

「前に園咲家で働いてた時に会ったのよ」

 

 その中で唯一の女性が、笑顔を向けてくる。

 

「もしかして二宮さんもここに食べに来たの?」

 

 ああ。なんというか、この人は別に問題は無いけれど、後ろの二人が不味い。

 どうしてここに()()()()()()がいるんだろうか…。

 

 

 

 

 

 話は昨日の夕方に巻き戻る。

 

 数日前から若菜様の調子がどこかおかしい。その前は何かのテレビ番組を見て騒いでおり、しばらく夢を見ているかのように呆けていることもあったが、それが嘘のようにイライラすることが多くなった。

 対する冴子様も、最近は家を空けることが多くなり、あまり顔を合わせる機会はない。しかし、たまに帰ってくると、どこか思いつめた表情を見せることが多い気がする。

 

 そんな中、いつものように仕事を終え帰る準備をしていた私に、同僚の城塚さんが話しかけてきた。

 

「ねえ。ちょっと聞きたいんだけど、これいらない?」

 

 そう言って差し出してきたのは、近所の中華料理店の無料券。

 話を聞くと、結構前に福引で当てたらしいが、なかなか行く機会がなく、気が付けば期限が明日までになっていた。しかし、自分は明日も仕事。だったらこのままごみにするよりは、知り合いに譲ろうと思った、とのことだ。

 別に断る理由も無いので、その無料券はありがたく貰った。あの時の、どこか未練がましそうな城塚さんの目が印象的だった。

 

 そして現在、夕食に来た私と同じテーブルで、何故仮面ライダーたちも食事をしているのだろうか。

 

「何で照井もここに居るんだ?」

 

 先程、遅れてやってきた男を見ながら青年―左翔太郎さんが言う。

 この男―照井竜さんも確か仮面ライダーの一人。最近増えた、あの赤いののはずだ。

 

「良いじゃない。貰ったタダ券は四人分なんだし、いつも力を貸してくれるでしょ」

 

 タダで、と笑いながら亜樹子さんが言うと、照井さんが「今度から金を取ろうか?」と冗談を言う。

 そして残った一人―フィリップさんは何をやっているのか分からないが、設計図のようなものを見てにやけている。

 

 …なんか食事なのに胃が痛い。

 もし私の正体がばれたら、それこそ命の危機だ。あのバッタ女かミックか、はたまた琉兵衛様自身が私の命を奪いに来る。

 …とりあえず、ここは穏便に、さっさと食事を終わらせて帰ることにしよう、なんてことを考えていると、突然周囲から拍手が鳴り響いた。

 何事かと辺りを見回すと、ステージの上に白のタキシードを着た老年の男性と、レオタードとタキシードを組み合わせたような衣装を着た女性が立っていた。どうやらマジックショーが始まるらしい。

 

「さーて、皆さん。私が人生をささげたマジック、消える大魔術。密閉空間からの危険なる脱出に、孫娘が初挑戦します!」

 

 そう言ってマジシャンである男性は、女性が入ったガラスケースに布を掛ける。

 

「それでは、ワン、ツー、スリー!」

 

 掛け声とともに布が外されると、ガラスケースの中からは人の姿が消えていた。周囲の観客と共に亜樹子さんも歓声を上げる。

 だが、何かの手違いが起きたのか、マジシャンの男性は周囲を見回している。

 

「何か起こったようだね」

 

 先程まで設計図を見ていたフィリップさんも気付いたらしい。そして、照井さんはどこか厳しい表情をしながら呟いた。

 

「彼女…、マジシャンと呼ぶにはまだ早いな」

 

 そしてリリィ白銀が姿を現すことはなく、そのステージは終了した。

 

 

 

 

 

 翌日。この日はシフトが入っており、いつも通り仕事をしていた私に、突然琉兵衛様からの呼び出しがあった

 

「井坂深紅郎…ですか?」

「そうだ。彼にこれを渡してきて欲しい」

 

 ミックを膝に乗せながらそう言った琉兵衛様が差し出したのは、一通の封筒。曰く、お茶会への招待状らしい。

 しかし、琉兵衛様は表情はにこやかだが、目は全く笑っていない。思わず震えが出るほど冷たい空気を感じる。

 

「彼とは少し話をしなければならないからね…」

 

 口を開くたびに、どんどんと威圧感が高まっている気がする。一体、何をしたのだろうか、この井坂という人は。

 とりあえず、早くこの場から離れたい。黙って一礼し、急いで部屋から出ていく。

 そんな私に向かって、琉兵衛様は最後に一言、

 

「何があろうと、必ず彼を連れてきて欲しい」

 

 その言葉はとても重く感じられた。

 

 

 

 

 

【琉兵衛視点】

 

 若菜に手を出すとは、何を企んでいるのか。

 もし下らない理由で、この家に手を出そうものなら、許すわけにはいかない。勿論、彼に手を貸しているだろう冴子にも、相応の罰を与える必要はあるだろう。

 

 それにしても、初君はなかなかの逸材だ。それこそ、霧彦君とは比べ物にならないほどに。

 彼女の持つあのメモリ。誰も使いこなすことが出来ず、その力に飲まれ発狂していく呪われたメモリ。故に地下室に隠していたのだが…。最初に彼女があのメモリを見つけた時はただ迷い込んだだけの娘と思い、僅かでもデータが取れれば良い方だと考えてあのメモリを入れたのだが、結果は予想を遥かに超えた。彼女はその力に飲みこまれることなく、それどころかメモリの副作用も特に見せずに適合してみせた。おかげで今までほとんど集めることが出来なかった数多くのデータをミュージアムにもたらしてくれる、まさに理想の実験台だ。

 そして今も、彼女の力は進化の一途を辿っている。このまま行けば、ゴールドメモリと同等の力を得る日も近いかもしれない。

 

 なぜかは知らないが、ミックも彼女を気に入っているようだし、このまま彼女には最期までミュージアムに貢献してもらいたいものだ。

 

「ふむ…」

 

 さて、彼女はちゃんと彼を連れてくることは出来るだろうか。まあ、彼女のメモリの力なら後れを取ることはないだろうが…。

 そんなことを思いながら、どこか機嫌が悪そうなミックを宥めた。




 なお、フィリップはメモリガジェットの設計に夢中で、主人公には興味が向いてませんでした。


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11話

お久しぶりです。
やっとある程度余裕が出来たので投稿を再開します。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。


 井坂深紅郎。それが誰なのかは知らないが、少なくとも琉兵衛様の怒りを買っているという命知らずな人間であるということだけは分かった。

 

 そして現在私は彼が営んでいるという、病院の前で立ち往生していた。

 もし他の人がこの光景を見ていれば、さっさと入ればいいと思うだろう。実際、私も入りたいとは思う。ただ問題が二つ。

 一つはドアの前に今日は休診日と書いてあるということ。そしてもう一つは、先程照井さんが中に入るところを見たということだ。

 あの照井さんの怒りが籠った目つき。何かあったということだけは確かだ。そして琉兵衛様の様子を考えると、井坂深紅郎もメモリの関係者であると推測できる。この二つから考えると、井坂深紅郎が何か事件を起こし、それを照井さんが嗅ぎつけたのだろうということは容易に想像できる。

 なんで昨日の今日でこんなに面倒な事に巻き込まれなければならないのか…、なんて考えていると、突如として病院の裏手で大きな爆発音のようなものが聞こえた。

 

 これ、絶対仮面ライダーとドーパントが戦闘しているんじゃ…。

 

 やばい。正直、仮面ライダーとは関わりたくないし、出来ることなら今すぐ帰りたい。

 しかし、今の私は琉兵衛様から命令を受けた身。何より、今の琉兵衛様はいつもの数倍恐ろしい。

 

 仮面ライダーと琉兵衛様。恐ろしいのはどちらかと天秤にかければ、即座に琉兵衛様だと分かる。要は私のやるべきことは既に決まっているわけだ。

 

 そして、自分の未来にどこか絶望しながらも、メモリを起動した。

 

 

 

 

 

【亜樹子視点】

 

 目の前に広がるのは、変身が解けた竜君に、大けがを負った翔太郎君、そして高笑いするドーパントという光景。

 

 全ての始まりは、今朝事務所にやって来た一人のマジシャンの女性が持ち込んだ依頼。『自分の中に入ったガイアメモリが抜けなくなった』というもの。

 私達はそのガイアメモリを渡したという男を見つけ出したけど、その男とは去年竜君の家族を殺した犯人だったのだ。しかも依頼人のリリィちゃんの目的が、自分のメモリをちゃんと使えるようにしてほしいっていうことだった。

 そのまま二人は逃亡。竜君は仇を討つことにこだわって、出会った頃と同じ様子になっちゃった…。

 その後、リリィちゃんの行方を捜す私と翔太郎君は、仇の男が以前の事件で関わった病院の医者だということを思い出しその病院に向かうと、既に竜君が井坂深紅郎が変身したドーパントと戦っているところだった。翔太郎君達も竜君を助けるために仮面ライダーに変身したけど、なんと竜君が二人に向かって攻撃をしてきたのだ。

 そして揉め始める二人に井坂の攻撃が容赦なく襲い掛かり、焦っていたせいかあっという間に竜君が倒され変身が解けてしまった。

 

「奴が…奴が目の前に居るのにっ!!」

 

 仇を取れないことへの悔しさからか、涙を流しながら叫ぶ竜君。そして井坂が竜君に止めを刺そうとした時、翔太郎君が危険なツインマキシマムっていう攻撃を放った。その反動で翔太郎君達まで変身が解け、その上見てわかるほどの大けがを負った。

 それだけの威力のある技。まともに受けたあいつもきっと倒された、なんて思っていたけど、炎の中から聞こえる笑い声。

 

「…倒されてないじゃん、あたし聞いてない!」

 

 全くダメージを受けた様子を見せないあいつは、余裕の笑みを浮かべながら翔太郎君達に近づいていく。

 とにかく翔太郎君達を助けなきゃ…。でも、あいつはどうすれば…。

 時間がゆっくりに感じる。それでもあの井坂の動きは止まらない。

 どうすればッ…

 

「ちょっとよろしいでしょうか」

 

 そんな時、背後から声が聞こえた。

 振り向くと、そこに居たのは全身が布でぐるぐる巻きになった新しいドーパント。

 なんでこんな時に別のが来るのよっ…。

 

 思わず身構えるけど、そのドーパントは私を一瞥しただけで、すぐに井坂に向き合う。

 

「あなたが井坂深紅郎でしょうか?」

 

 その問いに井坂は一拍置いて答える。

 

「…確かに私が井坂深紅郎ですが、貴方は何者でしょうか?」

「…私の主からお茶会の誘いを持ってきました」

 

 そう言ってそのドーパントは手に持った封筒を差し出す。それを受け取った井坂はそれにじっと目を通した。

 

「なるほど、あの人の使いですか。良いでしょう」

 

 井坂はドーパントとしての能力で手紙を焼き捨て、再び竜君に目を合わせる。

 

「今回は見逃してあげましょう。今度会った時こそ家族と同じ死に方をプレゼントしますよ」

 

 そのまま井坂は目も開けられないほどの強風を作り出し、気が付くとその場には私達だけが取り残された。

 

 とりあえず危機を脱したことを確認すると、すぐさま私は倒れこんだ翔太郎君に近寄る。

 

「何でこんな無茶したのよ!?」

 

 全身傷だらけの翔太郎君を見て、思わず叫ぶ。一歩間違ってたら死んでたかもしれない。

 

「照井の泣き顔見たら体が勝手に動いちまってさ…。こいつも今じゃ俺たちの仲間だしよ…」

 

 だけどその言葉を聞いた竜君は、翔太郎君に目も合わせず自業自得と吐き捨てる。その上、リリィちゃんを心配する翔太郎君のことを「馬鹿」とまで言い放った。

 そして意識を失った翔太郎君を抱きかかえながら、竜君に対する怒りが沸々と湧き上がっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 園咲家の食卓。そこにいるのはいつもの顔ぶれだけではない。

 テーブルに並ぶ幾つもの料理。そしてそれらを片っ端から平らげ、皿を積み重ねる一人の男。見ているだけで吐き気を催しそうだ。

 

「いやあ、失礼。お茶だけでなく食事まで」

 

 そう言って井坂深紅郎は口元を拭く。その姿を睨みながら琉兵衛様が口を開いた。

 

「異常なまでのカロリー消費だな。複数のメモリの力を吸収する君の貪欲さそのものだ」

 

 先程から琉兵衛様が放つ重圧。正直ここに居るだけで胃が引き絞られそうだ。それなのにこの男は全く気にした様子もなく、微笑んですらいる。

 

「中々肝の座った男だ。こんな状況で飯がのどを通るとはな」

 

 そう言って、井坂深紅郎と冴子様を見つめる。ここまでの話を聞く限り、どうやら冴子様がここ最近家に居ないのは、彼の下に通っていたからのようだ。そして若菜様もこの男に何かをされたらしく、それが原因で琉兵衛様の機嫌が悪いようだ。

 つまり諸悪の根源はこの井坂深紅郎…。なんか無性に腹が立ってきた。

 この男が何をしようが私の知ったことじゃない。しかし、私にまで被害が及ぶような真似は止めて欲しい。私はまだ死にたくないのだから。

 

 そんなことを考えていると、突然井坂深紅郎は立ち上がり、シャツのボタンをはずして自らの上半身を見せた。

 そこにあるのは無数の生体コネクタ。

 

「私ほど熱心なミュージアムの支持者はいませんよ。園崎さん、ガイアメモリの真実を見極めたいという気持ちは貴方も、私も、冴子さんも同じです」

 

 そしてさらに井坂深紅郎は、自らを実験台にするようにとまで言い放った。

 何が楽しくて、自ら実験台になろうとしているのだろうか。全く理解不能だ。

 しかし、琉兵衛様の興味は引けたらしく、表情は笑顔へと変わった。

 

「大した男だな、君は。もう病院には戻れんだろう。しばらくここでゆっくりしたまえ」

 

 …え?

 つまりこいつがここに住むということですか?

 この、どこからどう見ても狂ってるとしか思えないような奴が?

 

 思わず固まってしまうが、続く言葉に耳を疑った。

 

「もし何か困ったことがあれば、そこの初君に言うと良い。彼女は優秀だから、君の力になってくれるだろう」

 

 …はい?

 いや、ちょっと待ってください。なんで私がこんな奴の世話を…、なんて思うものの、琉兵衛様の目は有無を言わせない。

 

「ああ。先程私を案内してくれた。これはちょうど良い。私も彼女に興味を引かれていたので」

 

 そう言って舐め回すような目で私を見る。私、何か目立つようなことをした覚えはないのだけど…。

 

「はっはっはっ。まあ、好きにするといい。ただ言っておくが、彼女は大事な使用人だ。傷つけるような真似だけはよしてくれ」

 

 そして琉兵衛様は視線を井坂深紅郎から外し、私に向ける。それは冷たい、支配者としての目。いつも私に命令を下すときの目だ。

 そして察する。つまりは私は監視の役割だということに。彼がミュージアムの不利益にならないように見張っていろということなのだろう。

 

 私は気付かれないように溜息を吐きながら、今後の生活に頭を悩ませた




さあ、井坂深紅郎の監視役となり、さらにロックオンまでされてしまった主人公。
彼女の明日はどっちだ!

そして風都探偵1,2巻購入しましたが、やはり仮面ライダーWは最高ですね。
この作品が無事完結したら、風都探偵編と称した番外編も書いてみたいです。


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12話

「お部屋はどうでした?」

 

 カーテンを開けながら冴子様は、ベッドに腰掛ける井坂にそう言う。

 

「ガウンのサイズが合わないこと以外は全て快適ですね」

「ごめんなさい。前の主人のものしかなくて」

 

 この部屋は2か月前まで霧彦さんが使っていた。そして今井坂が身に付けているガウンも霧彦さんが愛用していたものだ。

 そして少しはだけたガウンの隙間から見える生体コネクタが、井坂という男の異常性を感じさせる。

 

「さて、頃合いだ。ちょっと遊びに出かけてきますよ」

 

 そして井坂は立ち上がると、扉の前で待機していた私を見つめる。

 

「よろしければ君もどうですか?」

 

 …正直ついて行きたくないが、琉兵衛様から監視を仰せつかっている以上、仕事中は井坂から目を離すわけにはいかない。

 少し間をおいてから肯定として一礼すると、井坂は少し着替えると言って私を部屋から出した。

 

 …冴子様は部屋の中に居るけど、それで良いのだろうか?

 疑問に思ったがすぐに考えるのを止め、自分も外出の準備をすることにした。

 

 

 

 

 

【竜視点】

 

「レディース&ジェントルメン! フランク白銀のマジカルステージへようこそ!!」

 

 屋外のステージに立つマジシャン、フランク白銀とその孫のリリィ白銀。その晴れ舞台を俺と所長、フィリップは少し離れた場所で見つめていた。

 

 リリィ白銀の願い。祖父が安心して引退できるように、消える大魔術を成功させること。その願いを叶えるために、彼女はガイアメモリを使った。しかもそれは、使用者が死ななければ摘出できないという危険なもの。

 当初、安易な願いでガイアメモリに手を出した愚かな奴と思っていた。俺にとってはドーパントは犯罪者。救うべき人間じゃない。

 そして目の前に現れたWのメモリを持つ男…、俺の家族を殺した仇である井坂深紅郎への憎しみで目が曇り、復讐を果たすために、自分の命を、そして一人の人間の命を見捨てようとしていた。

 だが、そんな俺の目を覚まさせたのは、あの半人前な探偵、左翔太郎の言葉。

 

『少しは周りを見てみろ! 心配してるやつがいるだろ!』

 

 自分が死んだとしても、祖父のためにショーに出ようとするリリィに対し、思わず俺も同じことを言い、そして気付いた。彼女は自分とどこか似ているということに。

 あの時、井坂への憎しみの囚われた俺は、左の言葉を拒絶した。

 だが、リリィの姿を見てやっと理解した。俺は一人じゃない。左、フィリップ、そして所長という仲間がいるということに。

 そうだ。目の前の彼女は俺が守るべき市民の一人。ならば刑事として俺がやるべきことは一つだけだ。

 

 そして俺は、このショーを終えたらフィリップが見つけ出した処置を受けるという条件のもと、リリィの願いを叶えることにした。

 俺たちが離れた場所で見ているのは、彼女に万が一の事があったらすぐに駆け付けることが出来るように。そして…

 

「おやおや。これは奇遇ですね」

 

 やはり来たか…。

 

「井坂っ!!」

 

 シルクハットにスーツという出で立ちの奴を睨む。

 リリィのメモリに改造を施したのもこいつの仕業だ。リリィが死んだ後にメモリを回収し、自らの力にしようというのがこいつの算段らしい。

 こいつがステージに近づけば近づくほど、リリィやショーの観客などに被害が出る可能性が高まる。だからこそ離れた場所でこいつを食い止める必要があった。

 

「この際ついでです。ここで片づけておきましょうか」

 

 そう言って奴はメモリを起動させる。

 

〈WEATHER〉

 

 そしてメモリを挿入すると、奴の姿は白い体を持つドーパントのものへと変化する。

 こいつは実験と称して俺の家族を殺し、今も多くの人間を傷つけている外道だ。その姿を見ているだけでも、俺の心の中の憎しみが吹き出そうになる。

 だがっ…、

 

「お前などの相手をしている暇はない!!」

「何!?」

「俺はリリィを救いに行く」

 

 ステージではついにリリィがガラスケースに入り、消える大魔術を始めようとしていた。

 

「あの女はまもなく死にます。無駄なことをなぜ?」

 

 不思議そうに首を傾げる奴を睨みながら言葉を紡ぐ。

 

「彼女はマジシャンの端くれ……、そして俺も仮面ライダーの端くれだからな!!」

 

 昔の俺だったら決して言えなかった言葉。だが、今の俺だからこそ胸を張って言える。

 そんな俺の宣言に奴は乾いた笑い声をあげる。

 

「はっはっはっ……。これだから青臭いドライバー使いはっ!!」

 

 そう言って奴が火炎を放つ。しかしそれは、俺があらかじめ呼び出していたマシン、『ガンナーA』が受け止める。

 そしてガンナーAが時間を稼いでる隙に、俺達はステージ裏へと向かった。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 まさかあのマジシャンが実験台とは。

 ステージ裏にある資材置き場。その一角にあるプレハブに身を潜めながら様子を伺っていた。

 

 今、私の視界に映るのは、メモリの影響で少しずつ体が消えていくマジシャン、リリィ白銀と、その前に立つ照井さん、フィリップさん、そして亜樹子さん。

 まあ、この3人が来るのはなんとなく分かっていた。だって仮面ライダーとその関係者だ。関わりたくないと思っても、ガイアメモリが関係する事件なのだからこうなるのは目に見えてた。

 

 それにしても井坂はどこへ行ったのか。この施設に入ってしばらくしてから突然、用事が出来たとか言って、私をおいて姿を眩ませた。

 仕方ないので、彼の目当てであるリリィ白銀の近くに居れば再会できるだろうと思っていたけど、なかなか来ない。

 っていうか、私の仕事は監視なのだが、彼から目を離した時点で私……。

 まあ、気付かれなきゃ大丈夫、大丈夫……。

 

 現実逃避をしていると、いつの間にか照井さんが仮面ライダーに変身していた。そしてフィリップさんが持つ変な機械が完全に透明になったはずのリリィ白銀の姿を映し出す。

 

「何をするんだ!?」

 

 近くに居た老人、フランク白銀が心配そうな声を上げる。しかし照井さんが放ったのは非情な一言。

 

「死んでもらう」

 

 そのまま彼が持つ剣が電撃をまといながら、リリィ白銀の上半身を捉えた。

 そして透明化が解けたリリィ白銀の姿が露になると同時に、彼女の体からメモリが排出される。

 

 なるほど。彼女を助けるのは不可能と判断して、井坂にメモリを奪われるのを阻止することを選んだのか。

 一応、彼女のメモリについてはあらかた説明は聞いている。使用者が死ぬまで排出されないメモリ。まあ、仕方ないだろう。

 所詮この世はこういうものだ。奇跡なんて無い。希望なんて無い。正義なんて無い。だから諦めが大事なのだ。この世で最も大事なもの、自分自身を守るために……。

 

 そんなことを思っていると、再び照井さんは倒れたリリィ白銀の胸部に剣を向ける。

 何をするのかと注目していると、再び電流が流れ、彼女の体が大きく跳ねた。そして信じられない光景が映る。

 

「…私、生きてる?」

 

 彼女の目がゆっくりと開いた。

 まさか生きてるとは…、それにしても一体?

 

「何をしたんです!?」

 

 っと、やっと来たか。

 井坂もこの光景に驚きを隠せないようだ。

 そんな中、フィリップさんが口を開いた。

 

「彼女は一度死んでいる」

「何?」

 

 それは、どういうことだろうか?

 

「逆転の発想さ。殺さずにメモリを抜く方法が無いのなら、死ぬのを前提に考えれば良い。一度心臓を止め、メモリに彼女は死んだと認識させ体外に排出させた」

「まさか……」

「そして電気ショックで再度心臓を動かす」

「ちょっとした大魔術だろ。井坂」

 

 照井さんが挑発するように井坂へ言いながら、拾ったメモリを握りつぶした。

 

「持ち主を殺すほどの力を宿したメモリ…。それを我が身に挿す実験が楽しみだったのに…。許せん!!」

 

 自らの目的を砕かれ、頭に血が上った井坂は、そのまま照井さんに向かっていく。

 そして二人はそのままステージのある方へと向かい、フィリップさんも後を追う。

 

 残されたのはリリィ白銀とフランク白銀、そして亜樹子。

 とりあえず、あの3人に気付かれないようにここから離れよう。一応井坂の様子も見てこないといけないし。

 幸いなことに、こういう時に使える新しい能力も最近手に入れたし。

 そして静かにメモリを起動させ、ドーパントへと変身する。

 

 そして私の姿がその場から()()()

 

 実際に消えたわけでは無い。霧彦さんが使っていたナスカメモリと原理は同じ。つまりは()()()だ。

 問題は持続時間が短いことだが、ここから離れるだけなら数秒保てばそれで充分。

 …とりあえず、この能力は井坂にはばれないようにしよう。ただでさえ琉兵衛様に実験台と扱われているのに、さらに井坂の実験台にまでなりたくないし…。

 

 

 

 

 

 その後、仮面ライダーとの戦闘に敗れ、倒れ伏していた井坂を回収し、無事に園咲家に戻ることは出来た。

 ただ、戻るまでの間、井坂が淡々と

 

「腹が減ったなあ」

 

と不気味に呟き続けていたということだけは忘れられそうにない。




さて、主人公の能力の一端が明らかになってきました。
一応、ちゃんとメモリの性質と関係した能力です。

次回からはもっと井坂との絡みが増える予定です。


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13話

遅れて申し訳ありません。

今回はオリジナル。
時期的には30話と31話の間ぐらいと思ってください。


「すみません。少しよろしいですか?」

 

 いつも通り庭仕事をしていた私に話しかけてきたのは、あの男。この園咲家の客であり、私の監視対象でもある男は、いつもの紳士服にシルクハットという医者とは思えない格好で、嫌な笑みを浮かべ近づいてきた。

 

「何の用でしょう。井坂さん」

「いえ、あなたの力を見させていただきたいと思いまして…。あなたのメモリがどれほどのものなのかを」

 

 そう言って奴はメモリを取り出す。

 

〈WEATHER〉

 

 …何の冗談か。いきなり奴はドーパントの姿へ変わり右手をこちらに向ける。

 

「今からあなたを攻撃します。死にたくなければ、あなたの力を見せてください」

 

 そう言って、左手を軽く上げ三本の指を立たせる。

 

「3」

 

 なるほど。カウントダウンということか…ってそんなことはどうでもいい。私もすぐに懐からメモリを取り出す。

 

「2」

 

 ゆっくりと指を折り曲げる。正直、この男の前でメモリを使いたくないが、だからと言って他にこの状況を打開する方法が思いつかない。

 

「1」

 

 さらにもう一本折り曲げる。それと共に、奴の周囲に黒い雲が生まれる。

 もう時間がない。私は左手首に起動させたメモリを突き立てた。

 

「0!」

 

〈―――――――〉

 

 そして奴の指が全て折り曲げられると共に、私の視界は赤い光に包まれた。

 

 

 

 

 

【井坂視点】

 

 私は以前から彼女に興味があった。

 最初に彼女の話を聞いたのは、冴子さんとの会食の場であった。

 元々、ただ気を引くための話題の一つだったのだろうが、私にとっては好奇心を揺さぶる内容であった。

 私と同じシルバークラスのメモリであり、今だに発展途上であるという彼女の力。

 いったいどれほどのものなのか…。ついつい心がうずき、思わず手を出してしまった。

 

 彼女に放ったのは、手加減を一切していない雷撃。きっと何らかの抵抗をしてくるはず…。

 しかしそんな私の期待とは裏腹に、彼女はそれをまともに受け、辺りは土煙に覆われる。

 

 何だこれは。私の心に失望の感情が渦巻く。

 まさか何の抵抗もせずにやられるとは…。この程度の力なら、態々接触するまでも無かったか…。

 

 

「…ここ、荒らさないで貰えますか?」

 

 しかし、土煙の中から聞こえてきたその言葉に思わず顔を上げた。

 見ると、全身を布で包まれたような姿をした、彼女のドーパント態がそこにいた。

 

「この庭は私が手入れしてますし、それに結構気に入っているので、荒らされるのは嫌なんですよ」

 

 彼女の言葉からは怒りが感じ取れる。

 …()()()()()。感情が昂っている今なら、あのメモリのさらなる力が見れるかもしれない。

 

「そうですか。では手入れが必要なくなるようにしてあげますよ!」

 

 そして再び雷撃を放つ。

 先程は土煙で良く見えなかったが、今度はゆっくりと観察させてもらいましょうか。

 

「ふっ!」

 

 彼女は腕に巻かれている布を伸ばすと、それを鞭のように振り回して雷撃を弾いていく。

 なるほど。それなりに戦闘能力はあるようだ。だが、彼女のメモリは特殊能力特化型。肝心の特殊能力が一体何なのか…っ!?

 

 思考に気をとられた一瞬の内に彼女がこちらに向かって布を伸ばす。すぐに避けようとするが、なぜか体がうまく動かない。

 そしてあっという間に私の体を拘束する。

 

「くっ…。ならばっ!」

 

 私は高熱を発し布を焼き切ると、すぐさまその場から離れる。思ったよりも彼女のメモリは強力なようだ。

 しかし違和感を感じる。今、私は全力で能力を使ったにも拘わらず、燃えているのは私のごく近くに生えていた草花のみで、思った以上に燃えた範囲が狭い。無論、高熱を集中させたのは布が巻き付いていた部分だが、それでも周囲に与えた影響があまりにも小さい。

 そして段々と強く感じるプレッシャーのようなもの。

 先程聞こえた彼女のメモリの名から推察すると…。なるほど、そういうことか。もし、私の仮説が正しければ、今は私は彼女に勝てない可能性が高い。

 

「クックックッ…」

 

 面白い…。これはかなり面白い。あのメモリ、実に面白い能力だ。

 

「…何がおかしいんですか?」

「いえいえ。あなたのメモリの力は大体分かりました」

 

 メモリを取り出し変身を解く。それを見た彼女も、警戒をしつつも変身を解いた。

 

「あなたのせいで、滅茶苦茶になってしまったんですが…」

「はっはっはっ。だから手入れが必要なくなるように、まとめて消し飛ばしてあげようと思ったのですが…、いえ、ただの冗談ですよ」

 

 彼女が睨んできたため、取り繕う。

 あくまで彼女と戦ったのは、メモリに対する好奇心、そして彼女自身の力が私の望むレベルに達するかどうかを確認するためだ。

 それは、ある目的のため。

 私は彼女に手を差し伸べた。

 

「初さん。もしよろしければ、私と手を組みませんか?」

 

 

 

 

 

【初視点】

 

「は?」

 

 手を組む? どういうこと?

 

「貴方は、園咲琉兵衛に従ってこそいるが、それは忠誠を誓っているからでは無いでしょう?」

 

 その言葉には反応せず、ただ奴の目を見つめる。

 

「貴方が彼に従う理由はただ一つ。彼が恐ろしいから。違いますか?」

 

 …正解だ。私はあの人に勝てないことを知っている。逃げられないことを知っている。立ち向かえないことを知っている。

 だから従うのだ。そうすれば、少なくとも生きることが出来るのだから。

 

「ですが、そんな生き方は苦しくないですか? 貴方らしく生きたいと思いませんか?」

 

 そして彼は手を差し伸べたままゆっくりと近づく。

 

「もし私と組めば、彼を確実に倒せます。そうすれば、あなたは自由だ。悪い話では無いでしょう?」

 

 …確かに琉兵衛様を倒せるのであれば、悪い話では無い。こんな生活から逃れることが出来るというのは大きなメリットだ。

 琉兵衛様のドーパント態も、あまり戦闘が得意とは言い難いもの。対して井坂のメモリはどちらかと言えば万能型。高い戦闘能力と特殊能力を兼ね備えたものだ。勝率は決してゼロとは言い難い。

 だったら私が選ぶのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして井坂が差し伸べた手を…思いっきり()()()()()

 

「おや…?」

「確かにあなたと手を組むメリットはありますね」

「それなら「でも、あなたを信頼する理由にはなりません」

 

 前に見たメモリの暴走や若菜様への行為。それらを顧みれば、彼と手を組んだ瞬間、

私も同じようなことをされるというのが容易に想像できる。

 ミュージアムの実験体から、こいつの実験体になるだけの違いでしかない。

 

「なるほど。では仕方ありません。ですが、心変わりがあれば、いつでも受け入れますので…」

 

 奴はそう言って離れていく。

 

 …本当に馬鹿らしい。そもそもあの人に敵う訳が無いのに…。

 全て諦めてしまえば良いのに…、どうして態々困難な道を選ぼうとするのか。

 

『何だこれは! それでもこの家の人間か!』

 

『全く使えない娘ね。やっぱりどこの馬の骨とも知れない女の子供だからかしら』

 

『おい邪魔だ。さっさとメシでも作って来いよ』

 

 そう。全て諦めれば、傷つかずに済む…。

 そんなことを思いつつも、この一部が荒れ果てた庭の対処について考えた。




井坂に勧誘される主人公。これは初期の段階から考えてたシーンです。

そして少しずつ明かされる、主人公の内面。全てが明らかになるのは、もう少し後です。


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14話

一か月ぶりの投稿です。
今回は原作31、32話に当たる話となります。
また私情により、次回の投稿は9月以降になる可能性が高いです。
申し訳ありませんが、どうかお待ちください。


 街の一角にあるバー。ピアノの音が響くその店内で、一人の小太りの男が酒を飲んでいた。

 

「警察め…。嗅ぎまわりやがって。ひと暴れしてやるか?」

「落ち着いて。警察にも仮面ライダーがいるのよ」

 

 顔を歪めながら一人で呟く彼に、背後のソファに腰かけていた冴子様が声を掛ける。隣にはパフェをおいしそうに食べる若菜様もいる。

 

「組織の女共だな。何だ? けだものに興味でもあんのか?」

 

 そう言って男は冴子様と若菜様、そして傍に立っていた私にも視線を向けてくる。そんな男に対し、心底嫌そうな表情を見せる若菜様。

 

「無いわよ、そんなもの。ったく、ろくな男に会わないわ、この仕事」

「何いっ!!」

「貴方に興味があるのはあの人よ」

 

 若菜様と男のやり取りに呆れながら、冴子様はピアノのある方に視線を向ける。

 そして演奏が止むと共に、ピアノを弾いていた男―井坂深紅郎が立ち上がり、こちらに向かってくる。

 

「誰だてめえ?」

 

 不愛想な態度を取る男に対し、井坂は気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

「貴方の体の真の力が見たい。代わりにやってあげましょうか? 熊狩りを…」

 

 そう言って奴は舌なめずりをする。

 そして、その『熊狩り』とやらには私も一緒に行かなきゃならないんだろうな、と思うと、気が重くなった。

 

 

 

 

 

 その翌日、私は風吹山の中を井坂と共に歩いていた。なぜこんなところにいるのかというと、あの男曰くその『熊』とやらは木彫りの熊の事らしく、詳しい理由は不明だがそれがあれば自分達は完璧になれるのだという。言っていることが不明瞭なうえ、怪しいことこの上ないが、何故か井坂はこの件についてかなり乗り気だ。単にあの男のメモリの力を見たいだけなのか、それとも…。

 それはともかく、その木彫り熊は鳴海荘吉という探偵が持って行ったらしい。鳴海という苗字と探偵という職業。その二つで真っ先に亜樹子さん達のことを思い出した。

 

「俺のところに来た探偵連中。そいつらがどうやら熊の場所を知っているようだ」

 

 その言葉を基に、朝から探偵事務所に張り込んでいると、左さんと亜樹子さん、そして見知らぬ男性が出てきた。そしてそれを気付かれないように尾行し、ここまで辿り着いたのだ。

 左さん達が山中にひっそりとたたずむコテージに入るのを見届けると、井坂が話しかけてくる。

 

「さて、私は彼らが熊を見つけ次第奪いに行きますが、貴方はどうしますか?」

 

 そう言ってメモリを取り出す井坂に、私は黙って首を横に振る。

 「そうですか」と井坂は苦笑すると、メモリを起動させる。

 

【WEATHER】

 

 そしてメモリを挿入すると、強風が巻き起こりその姿を変貌させた。

 

「それでは、しばらく待っていてください」

 

 その言葉に頷くと、井坂はそのままコテージのある方向へと向かっていく。

 私は双眼鏡を取り出すと、コテージに目を向ける。今、ちょうど井坂がベランダに出てきた左さんと亜樹子さん、そして男性を襲撃したところだ。

 そして左さんが懐からドライバーを取り出すが、なぜか変身しようとしない。それを疑問に思っていると、突然視界をを何かが横切った。あれは…

 

「何?」

 

 それはまるで鳥のような機械。一体何なのか。私は思わず井坂から目を逸らし、それに視線を向けていた。そう言えば、前に井坂が言っていた。「鳥の形をしたガイアメモリ」を見たと。そしてそれを聞いた琉兵衛様が呟いた『エクストリームのメモリ』という言葉。まさかあれ…?

 その物体はしばらくコテージの上を旋回し続けていたが、突然地鳴りのような音が響いたと思ったら、その音がした方へと向かっていった。

 気が付くと井坂達の姿も見えなくなっている。

 …とりあえず、さっきのについては一応琉兵衛様に報告するとして、今は井坂達を探すことにしよう。

 

 

 

 

 

【井坂視点】

 目の前に倒れ伏す二人の探偵。

 先程まで戦っていた二人組の仮面ライダーだが、その動きは以前と比べぎこちなく、その上突然変身が解けてしまっていた。

 思わず笑いが込み上げる。以前はあの照井竜と共に私を圧倒した者が、ここまで無様な姿を見せるとは。

 

「ハハハハっ。笑わせてくれたお礼に、派手に消してあげましょう!」

 

 そして私は止めを刺すために、手を伸ばし雷を放った。

 

「くっ!!」

 

 そして雷が彼らを貫こうとした時、聞き慣れたエンジン音が響く。

 現れたそれは、探偵たちを守るように、私の前に立ちふさがり、雷を防いだ。

 巨大な砲台を身に付けた真紅のバイク…、いや変形を解き立ち上がるその男の名を、探偵の片割れが叫んだ。

 

「照井竜!」

 

 私と因縁深い男。まさかここでも出会うとは。

 

「復讐鬼君の登場ですか」

「井坂!!」

 

 彼は剣を構え、こちらに向かってくる。だが、所詮はドライバーに頼るだけでメモリの真の力も引き出せない出来損ないでしかない。

 私の攻撃に少しずつ奴は傷ついていく。正直、復讐に燃える彼は見てる分には面白い。だが、それも飽きた。そろそろ退場してもらうことにしよう。

 

「照井竜!」

 

 そう思っていると、突然外野が何かを照井竜へと投げる。それは緑色のメモリ。まさかあれは…。

 奴はそれを剣に挿入し、トリガーを引く。

 

〈CYCLONE MAXIMUM DRIVE〉

 

 すると剣を中心に強力な風が生まれる。

 

「なんてパワーだ…」

 

 発動した彼自身も戸惑うほどの強力なエネルギー。私も思わず動きが止まる。その隙を狙って、奴の剣が振られた。

 

「振り切るぜ!」

「ぐあっ!!」

 

 その一撃に吹き飛ばされ、思わず持っていた木彫りの熊を崖に落としてしまった。

 

「なんということをっ!!」

 

 あれには私が求めるものが隠されているというのに!!

 だが、今は少々分が悪い。ここはいったん引くべきか…。

 無論、奴がそれを許すはずもなく、再び風を纏った剣を構えこちらに走り出した…が、奴と私を遮るように爆発が起きる。

 

「なっ!!」

 

 近いところで爆風を受けた奴は体勢を崩す。

 思わず背後を見ると、そこに居たのはドーパントに姿を変えた彼女。これは有難い。私は奴が体勢を立て直す前に、その場から離れた。

 

 

 

 

 

 そして、彼女と共に麓まで戻った時、彼女に質問した。

 

「何故、私を助けたのですか?」

 

 彼女は私にいい印象を持っていなかったはず。それなのに何故?

 すると彼女は無表情のまま答える。

 

「まだ貴方は利用価値があるというのが、琉兵衛様のお考えですので」

 

 …なるほど。あくまで園咲琉兵衛の意見という訳か。

 やはり彼女は私や冴子さんとは異なり、自分が勝てないと思った存在に従うタイプの人間だ。そうすることで、自分の身を守るために…。

 逆に言えば、私が園咲琉兵衛よりも強大な力を得れば、彼女もまた私の下に付くだろう。

 

「ふふふっ」

 

 さて、あの熊はどうしようか。とりあえず、食事してから考えることにしよう。

 

 

 

 

 

【×××××視点】

 エクストリームメモリから届けられた映像。そこに映っていた一人の若い女。その彼女から発せられる一つのメモリの気配に、私は思わず緊張した。

 まさかあのメモリの適合者が現れるなんて。

 先程、井坂と共に行動していたところを見ると、やはりミュージアムに属する人間なのだろう。

 これはかなり危険だ。あのメモリの能力に関しては私ですら把握しきれていない。私が知る限り、あのメモリを使った人間は、いずれも一週間と保たずに正気を失っていった。それゆえ、呪われたメモリとして、秘かに保管されていたはずのあのメモリが、どうして今になって表に現れたのか。

 いや、それよりも大きな問題がある。あのメモリは来人でも太刀打ちできない可能性が高い。

 やはり、来人と照井竜の二人が揃うことで完成する究極のダブル…。園咲琉兵衛を倒すためにも、それを完成させなければ…。

 そして私は鳴海探偵事務所から静かに出て行った。



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15話

お久しぶりです。お待たせして申し訳ありませんでした。

今回の話は時間軸としては原作33、34話に当たりますが、中身は全くのオリジナルです。


 園崎家の使用人には二種類の人間がいる。

 一つはガイアメモリの事を知らない一般人。園咲家についても古くからの富豪の家としか捉えてない人達である。使用人の大半がこれである。

 二つ目がミュージアムの一員として園咲家に仕えている者。どのような経緯かは知らないが、園咲家に対して崇拝にも似た感情を持つものが多く、表面的には他の使用人と変わらず仕事をしているが、裏ではガイアメモリの取引や、ミュージアムについて嗅ぎまわっている者の始末などを行っている。

 

 何故、このような説明をしているのか…。

 

「どうか! 僕にもガイアメモリを頂けるよう琉兵衛様にお願いしていただけますでしょうかっ!」

 

 それは私の目の前で頭を下げるこの男がいるからだ。

 

 

 

 

 

 ちょうどこの日は冴子様が「風都の未来を語る」と題した講演会が行われ、若菜様もそれに付いて行き、ミックもどこか出かけている。そのため、屋敷には使用人と琉兵衛様しかいない。

 そしていつも通り花壇の世話をしていた私に近づいてきたのがこの男。痩せ気味で黒ぶち眼鏡を掛けている。この顔には覚えがある。

 いつだったか、休みの日に突然起きた偽仮面ライダー騒動。折角の休日で羽を伸ばそうとしていたところに突然現れ、襲われたあの出来事はよく覚えている。その際に冴子様から命令を受けた私を迎えに来た黒バンを運転していたのが、たしかこの男だったはずだ。

 そんな彼が私に対して「離れに来てくれないか。少しお願いしたいことがあるんだ」と声を掛けてきた。彼もまた園咲家の裏側、ミュージアムについて知っている人間。であれば、お願いしたいこととはガイアメモリ関係の事だろう。そう思って付いて行った。

 そして離れの中に入ると、突然男は頭を下げて、ガイアメモリを頂けないか琉兵衛様にお願いしてほしいなどと言い出したのだ。

 

「…なんで私にそのようなことを?」

 

 正直、意味が分からない。私はただのメイドだぞ?

 そう思っていると、彼は顔を上げ、不思議そうな表情でこちらを見つめる。

 

「だって貴方はミュージアムの幹部なのでしょう?」

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?

 

 今、彼は何と言った?

 私がミュージアムの幹部? いや、あり得ない。一体、どういうことなのか…。

 呆然としていると、彼は興奮したように口を開く。

 

「貴方の事は知っているのですよ! 琉兵衛様から直々にシルバーのメモリを与えられ、影で数々の任務をこなす通称『U』の女!」

 

 我々の中では有名人ですよ、と彼が語るが、正直一切身に覚えが無い…。

 私がこのメモリを与えられたのは、ただの偶然…いや事故だし、数々の任務をこなしているといっても、琉兵衛様から脅されて雑用を受けてるに過ぎない。そしてその通称。ただ私のメモリの頭文字を付けただけでしょ…。

 

「どうかメモリを頂けるよう、琉兵衛様に口利きしていただけませんか!」

 

 いやいやいや。そんなことしたら私の命が無くなる。

 大体、ミュージアムの構成員には一応『マスカレイド』のメモリが与えられているはず……自爆機能付きだけど。

 それを指摘すると俯く。

 

「それでは駄目なのです…」

 

 …どういうことだ?

 

「…それでは、若菜様に振り向いて貰えないっ!!」

 

 …ああ、この人もそっちの人か。

 若菜様はアイドルとして有名らしい。無論、それは組織内でも同様。いや、むしろ実際に関わる機会がある分、恋愛感情を持つ者は多い。実際、命知らずがよく若菜様へ告白することがあるが、運が悪いとそのまま若菜様によって文字通り消されることとなる。正直な話、アイドルとして活動している時とは異なる素の若菜様を見る機会もあるのに、何故恋愛感情なんて持てるのか分からない。

 まあ、とりあえず彼もそのような命知らずの一人であるということだろう。悪いが彼には諦めてもらおう。私も命が惜しい…。

 そんなことを思っていると、入口の扉が突然開く。私と彼がそちらに視線を向けると…

 

「おやおや、面白い現場に立ち会いましたね」

 

 そこに居たのは最悪の男、井坂深紅郎。

 てっきり冴子様に付いて行ったと思っていたが、まさかいるとは。そして偶然を装っているが、どうせどこかで見ていたのだろう。

 そんなことを考えていると、井坂は微笑んで使用人の男に近づく。

 

「話は聞かせてもらいましたよ。ここで会えたのも何かの縁。私があなたに合うメモリを見繕いたいと思うのですが、どうでしょう?」

 

 …話だけ聞けばただの親切に思える。だがこの男の事だ。どうせ自分が使う予定のメモリの実験をしたいだけだろう。

 もちろん、井坂がこういう人間であることは大抵のミュージアムの人間は知っている。この場に居る男も、どこか半信半疑といった表情だ。

 

「私に任せていただければ、きっと若菜様の心も射止めることが出来るでしょう…きっとね」

 

 しかし井坂の言葉に男は揺らぐ。

 そして葛藤の果てに、男は井坂が差し出した手を握った。

 

「勘違いしないでいただきたい。僕はあくまであなたを利用させてもらうだけです。僕自身の目的のために…」

「ええ、構いません。私も貴方に期待しておりますよ」

 

 …さて、そろそろ戻っていいだろうか。

 

 

 

 

 

【使用人視点】

 

 あれから五日。あの男の診察を受けた上で与えられた一つのメモリ。何度か使ってみたが、思いのほか心地よい。体に溢れる気力、幸福感。これがあれば何でもできそうだ。

 さすがにシルバーのメモリは望めなかったが、それでも『マスカレイド』のような量産品と比べれば遥かに良い。

 これを使えばきっと若菜様も僕に振り向いてくれる。そう、若菜様の為であれば僕はなんだってしよう…。

 

「全て、若菜様のために…。そしていつかは…」

 

 そう、僕こそがこの世界で最も若菜様を愛しているのだから…。

 

 

 

 

 

【井坂視点】

 

 診察室から出ていく彼の背を見送り溜息を吐く。

 冴子さんの治療と並行しながら、彼の体質に合ったメモリを見繕った。残念ながら彼は、私が望む過剰適合者では無かったため適当なメモリを与えたが、せっかくなのでメモリを改造してやった。いわゆるサービスというやつだ。これで本来以上の力を発揮できるだろう。まあ、それまで彼の体と精神が持つかどうかだが…。自滅したら回収しておくことにしよう。

 それにしても彼は良い情報を与えてくれた。まさか園咲琉兵衛がメモリを隠している場所を知っていたとは。

 きっと、あの『テラー』に匹敵するメモリもあるだろう。

 

「ああ、楽しみだ」

 

 手に入るであろう力を想像し、思わず舌なめずりをした。



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16話

原作35,36話に当たる話です。


「今朝、気付いたんだが…」

 

 園咲家の朝。琉兵衛様、冴子様、若菜様、そして井坂の4人がテーブルにつき、朝食を取っている。

 その中、琉兵衛様がどこか厳しい目つきで口を開いた。

 

「私が保管していたメモリが1つ無くなっていた」

 

 そしてその視線を井坂へと向ける。

 

「盗んだのは…井坂君、君かね?」

「さあ、どうでしょう?」

 

 常人であれば思わず怯む視線にも、井坂は全く動じない。

 

「否定はしないということかね?」

 

 問い詰められると、井坂はゆっくりと席を立つ。

 

「園咲さん。私は10年前、ある誓いを立てました」

「10年前?」

「まあ、貴方はお忘れでしょうが」

 

 そう言って奴は背を向ける。

 

「その誓いを果たす日が近づいてます」

 

 そのまま部屋を出る井坂を、慌てて冴子様が追いかける。

 

「全く、彼にも困ったものだ…」

 

 琉兵衛様は重い溜息を吐くと、こちらに視線を向ける。

 

「それにしても、一体どこで私のメモリの隠し場所を知ったのだろうね?」

 

 …私じゃありませんよ!?

 そんなことをしたら私の身が危険だ。実際、今回はかなり怒っているようだし。そんな命知らずな真似が出来る訳が無い。

 そもそも、私が知っているのは以前の隠し場所だ。そう。私がガイアメモリという存在に初めて触れた、そして私の運命が大きく狂ったあの日。私があの地下の部屋を偶然見つけてしまったため、琉兵衛様は新たに隠し場所を変えたらしい。その場所を知っているのは琉兵衛様、そして一部の使用人のみ。その中に私は入っていない。だからそもそもあの男に教えることなんて不可能なわけなのだが…。

 しかし、今の琉兵衛様が話を聞いてくれるだろうか。もし聞いてくれなければ、私の命はほぼ確実にない。でも、どうしたらいいのだろうか…。

 思わずパニックになっていると、琉兵衛様は微笑みを浮かべ、しかし冷たい目を向けながら口を開いた。

 

「いやいや、すまない。少し試させてもらったよ。君が私に逆らうような人間かどうかをね…」

 

 …ああ。つまりはそういうことか。おそらく琉兵衛様は全てお見通しなのだろう。

 意訳すればきっとこうだ。

 

『もし彼の側に付けば、君の命はない』

 

 私は命が惜しい。だから、私は従うしかないわけだ。

 本音としては琉兵衛様と井坂が共倒れしてくれれば…、いや考えないようにしよう。どうせばれるだろうが。

 …さて、冴子様はどうするのだろうか。最近、井坂と共に居るところをよく見かけるが。まあ、私には関係ないことだ。

 ふと気づくと、ミックがいつの間にか足元に擦り寄っていた。

 そしてそのマイペースな鳴き声だけが静かな部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 そして翌日。私は琉兵衛様に連れられて館の一室、その扉の前に立っていた。そばにはミックを抱えた若菜様もいる。

 

「さすがにそろそろお灸を据える必要がありそうだね…」

 

 その言葉と共に、ゆっくりと琉兵衛様は扉を開け、部屋の中に入る。

 部屋の中に居たのは、椅子の背もたれを倒し、目にタオルを当てた状態で冴子様に髭を剃られている井坂。

 琉兵衛様の姿を見た冴子様は、緊張からか体が固まる。

 そして琉兵衛様は何を思ったか、リラックスしている井坂にゆっくりと近づくと、近くに合った剃刀で何故か井坂の髭を剃り始めた。

 

「思い出したよ。10年前の君を…。あの貧相な男が随分と立派になったものだ」

 

 どこかしみじみと語りだす琉兵衛様。

 

「君はとんだ欲しがり屋さんだねえ。『ウェザー』のメモリを手にし、私の娘まで篭絡し、これ以上何を望むのかね?」

「私は満たされたいのです。究極の力で」

 

 いつでも手にした剃刀で首をかき切ることが出来る。それなのに井坂はやはり動じることなく、むしろ堂々と言い放つ。

 その言葉を聞くと、琉兵衛様は剃刀を洗面器に向かって投げ捨てた。

 

「だから貴方を倒し、『テラー』のメモリを奪います」

 

 タオルを外し、自身を見下す琉兵衛様に宣戦布告をする井坂。冴子様と若菜様の表情も驚愕に染まる。正直、止めて欲しい。ここで二人が争えば、確実に巻き添えになる。

 

「出来ると思うのかね?」

「出来るさ」

 

 自信に満ちた表情でそう言い放ち、椅子から立ち上がる。

 

「もうじき、私は貴方を超える。今度は貴方が私の前に這い蹲る番だ」

 

 それを聞いた琉兵衛様は、懐からメモリとドライバーを取り出し、腰に装着する。

 

「そこまで言うのなら…」

 

〈TERROR〉

 

「覚悟はできているんだろうな?」

 

 そしてドライバーにメモリを挿入し、その姿を異形(ドーパント)へと変貌させる。

 

「真の恐怖をみせてやろう」

 

 その姿を見て、思わず体が震える。

 私も急いでメモリを取り出し、起動させる。

 

〈―――――――〉

 

 そして左手首のコネクタに挿入し、姿を変える。

 これなら、少しは琉兵衛様の能力を耐えることが出来る。さすがに生身だと、あの能力はきつすぎる。

 そんなことを考えているうちに、琉兵衛様の足元からはどす黒い泥のような物質が湧き出る。これこそがミュージアムの頂点である琉兵衛様(テラー・ドーパント)の能力。あれに触れた人間は恐怖に支配され、その果てには発狂する。琉兵衛様は私のメモリを呪われたメモリなんて表現するが、この『テラー』のメモリに比べれば、可愛い方だ。

 だけど、そんな恐怖の波動を放つ琉兵衛様から井坂を庇うように立つ一人の人間。

 

〈TABOO〉

 

「…冴子、何のつもりだ?」

 

 立ちふさがったのはドーパントへと姿を変えた冴子様。

 …ある程度予想はしていたけど、やっぱり冴子様はあちらに付くのか。

「お父様。私もずっとこの時を待っていた…。もう、貴方の時代は終わったのよ」

 

 そう言って両腕にエネルギーを溜める冴子様に向かって、琉兵衛様は声をあげて笑う。

 

「撃てるのか、お前に。この父を?」

 

 その言葉を聞き一瞬躊躇うものの、冴子様は覚悟を決めたように、光弾を琉兵衛様に向けて放つ。

 琉兵衛様は一切慌てることなく、湧き出る物質を操り、盾のようにしてその攻撃を防ぐが、着弾と同時に周囲が眩い光で包まれた。

 咄嗟に目を閉じ、光が治まるのを待つ。

 そしてしばらくして目を開けると、そこに冴子様と井坂の姿は無かった。気が付くと、ミックの姿も消えている。おそらく追跡に向かったのだろう。

 琉兵衛様が元の姿に戻ると、呆れたように口を開いた。

 

「馬鹿な娘だ…」

 

 若菜様もしばらく立ちすくんでいたが、何か思うことがあったのか、部屋から急いで出て行った。

 残ったのは私と琉兵衛様。私も元の姿に戻り部屋を出ようとすると、琉兵衛様から一つの指示を受けた。

 …正直面倒だけど、やるしかない。私は急いで自分のバイクを止めている駐車場へ向かった。

 

 

 

 

 

【井坂視点】

 

 冴子さんと共に屋敷から出て行った後、私は一人で島本凪を探していた。

 冴子さんは会社でやることがあると分かれ、後で合流する予定だ。

 私が手に入れた『ケツァルコアトルス』のメモリの過剰適合者。私が園咲琉兵衛を打倒するための最後のピースであるメモリ。その力を手に入れるために彼女の父親を殺し、左腕にコネクタを植え付けた。あとはそのコネクタが成長しきるまで、彼女に恐怖を与えながら待てばいいはずだった。

 だが、彼女に十分恐怖を与えたはずなのに、コネクタが成長しきっていない。その理由、彼女の心の支えが何なのか突き止める必要がある。

 彼女がどこにいるのかは大体見当がついている。

 彼女の自宅。頻繁に通っていた野鳥園。そして今私が向かっているのがあの仮面ライダー達がいる探偵事務所。

 あの連中はガイアメモリの事となると首を突っ込んでくる。今朝、一緒にいたということも考えると、彼女が保護されている可能性は十分あるだろう。

 そんな私の予感通り、彼女が探偵事務所のある通りから出ていく姿を見つけた。どこか焦っているような素振りを見せているのが気になる。今、襲ったところでコネクタは完成しないだろう。ならばしばらく泳がせて、その心の支えとなっている者が何なのか調べることとしよう。

 だが、その前に私は周囲を見回した。

 車の通りすぎる音だけが響く通り。辺りには人は居ないが、どこからか視線を感じる。恐らく『彼女』のものだろう。園咲琉兵衛に言われて来たと容易に想像できる。

 折角だ。実際に私が最強の力を手にした姿を見せれば、彼女もこちら側に付くかもしれない。仮に引き込めなくても、今の私には彼女の能力は通用しない。

 

(楽しみにしていてください、二宮さん…)

 

 心の中でほくそえみながら、私は再び島本凪の尾行を始めた。



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17話

本日2度目の投稿です。


【冴子視点】

 

 会社から最低限の荷物を整理し終えると、私は井坂先生との合流場所へ向かった。

 もう後戻りはできない…。井坂先生が負けるなんて思ってはいない。だけど、やはり緊張する。

 会社で荷物を整理していた時に若菜が来たけど、やっぱりあの子は何も分かっていなかった。あの子は私が持っていないものを全て与えられ、自分が望むままに生きてきた。そんなあの子がたまらなく妬ましい…。

 まあ、そんなことはどうでもいい。今は井坂先生が究極の力を手に入れることが先決…。お父様がそれを妨害する可能性もあるけれど。

 恐らく、お父様が直接来るということはない。あの処刑人(ホッパー・ドーパント)も、井坂先生を相手にするには力不足だ。来るとしたらミックか、あるいは二宮初か…。少なくとも井坂先生にはあらかじめ彼女(二宮 初)についての情報は渡しているから、警戒すべき相手ではない。問題はミックだけど、私でも時間稼ぎくらいならできる。その間に井坂先生が究極の力を手に入れることが出来れば、私達の勝ちだ。

 …だけど、どうしてなのか。私の心にはざわめきが止まなかった。

 

 

 

 

 

【シュラウド視点】

 

 私の目の前では、照井竜が『トライアルメモリ』を使いこなすための訓練として、モトクロスのコースを疾走していた。

 あのコースを10秒以内に走りきることこそ、トライアルを使いこなすための最低条件。そしてその力を高めるためには、憎しみこそ重要。

 だからこそ私は誰よりも復讐という強い意志を持つ照井竜にアクセルドライバーという力を与えたのだから。

 …私は完成させる必要がある。究極のダブルを。あの男、園咲琉兵衛を打倒するためには、それが絶対に必要なのだ。

 最近は、今も私の近くで喚く小娘や、あの左翔太郎に絆されていたようだけど、井坂深紅郎が表立って行動してくれたおかげで、私が求める憎しみを思い出したようだ…。きっと、私が求める結果を生んでくれるはず。

 

 だけど、今の私にも不安材料がある。一つは左翔太郎という予想外の存在。元々、あのような情に流されやすい男では、園咲琉兵衛を倒すことは不可能だ。それなのにあの男はダブルとして戦い続け、その上『エクストリーム』のメモリまで耐えきる。そんな男に信頼を寄せていくあの子…。それでは駄目なのだ。究極のダブルはあの男では完成しない。

 二つ目は井坂深紅郎の異常な進化。貪欲にメモリを吸収し続けるあの男。最初こそ園咲琉兵衛を倒しうる存在かと期待したが、最早あれはただの怪物に過ぎない。もし照井竜が奴に敗北するようなことがあれば、計画は変更しなければならなくなる。

 そしてもう一つ。それがあの『―――――――』のメモリと適合者の存在。あのメモリは特定の条件下ではゴールドクラスに匹敵する能力を持つとされるものの、情報がごく僅かしかない。もし、あのメモリの能力が『テラー』とは異なる性質のものであれば、究極のダブルでも苦戦、最悪としては敗北もあり得る…。

 だからこそ、照井竜には強くなってもらう必要があるのだ。

 しかし、何度挑戦しようと照井竜が10秒を切ることは無く、果てには転倒し意識を失う始末…。

 それでも私はやらなくてはならない。私が正しいと…、あの男が間違っていることを証明するために…。

 

 だけど、そんな私の期待を彼は裏切った。

 

 意識を取り戻し、再びバイクに乗ろうとした彼の元に私が渡したガジェット、ビートルフォンが飛んできた。それが知らせるのは一本の着信。

 照井竜がそれを受け取ると、掛けてきた相手は井坂深紅郎。彼が言うには、一人の少女を人質にしているとのことだ。

 だが、照井竜がそれに行く暇などない。彼は復讐を為すという目的がある。そのためにはトライアルを完成させることが絶対条件だ。

 しかし、彼が口にした言葉は私の思いとは異なるものだった。

 

「俺は行かなければならない。次こそ10秒を切る!」

 

 その言葉が憎しみによるもの、復讐のためのものであればまだ納得できた。しかし、彼の表情から伝わるのは、全く別の意思。

 

「復讐ではなく、その子を守るため?」

「そうだ」

 

 私の問いに一切の迷いなく答える。

 …そうか。彼は期待外れだ。そんな感情で本当の力を使える訳が無い。

 再びバイクに乗ろうとする彼を見つめ、私は計画をどのように変更するか考えていた。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

 井坂を追いかけ辿り着いたのは、以前来たことがある風吹山の近くにある霧吹峠の中腹にある場所。そこには一人の少女が鎖によって動きを封じられていた。彼女が井坂の言う究極の力とどのような関係があるのかは知らないが。

 近くの草むらに姿を隠していると、バイクのエンジン音と共に照井さんが姿を現した。そしてそれを待っていたかのように井坂も姿を現す。

 

「すぐに助けてやる!」

 

 照井さんは少女に視線を向けるながら声を掛ける。少女も泣きそうな笑顔で頷く。

 その光景を嘲笑いながら井坂はメモリを取り出す。

 

〈WEATHER〉

 

「良いんですか? そんな約束をして」

 

 そしてコネクタにメモリを挿入し、変貌する。

 

「僅か1%も勝つ望みが無いのに!」

 

 確かに今まで照井さんはもう一人の仮面ライダー、翔太郎さんとフィリップさんと共に井坂に対抗してきた。逆を言えば、一人で戦って勝てたところは見たことが無い。

 だけど何故だろうか。今の照井さんの表情には、恐れも不安も見えなかった。

 彼もまた赤いメモリを取り出し掲げる。

 

〈ACCEL〉

 

「変……身っ!!」

 

 そして腰に巻き付けたドライバーにそのメモリを装填すると同時に、その姿は赤い姿が印象的な仮面ライダーへと変わる。

 そして二人の戦いが始まった。

 井坂は余裕からか、わざと当たるかどうかギリギリを狙って甚振るように雷を放ち、照井さんはそれを何とか避け続けながら走る。

 一見、照井さんも何とか戦えているように見えるが、実際のところ井坂が本気を出せば一瞬でバランスが崩れる。

 しかし、井坂が一瞬雷を止ませた隙に、照井さんが見慣れない機械を取り出した。もしかして、あれもメモリなのだろうか。

 

「全て…」

 

 ドライバーからメモリを取り出し、代わりにそのメモリを変形させドライバーに装填する。

 

「振り切るぜっ!!」

 

〈TRIAL〉

 

 その言葉が合図のように、照井さんの姿が赤から黄色、そして青へと変化していく。先程までとは異なり、どこか身軽そうなスマートな姿。一体、どのような力があるのか。

 

「ほう、新しいメモリを手に入れたか」

 

 そして再び雷を放つも、照井さんは目にも止まらぬ速さでそれを躱し、井坂へと近づくとパンチの乱打を放つ。それを受け井坂は一瞬怯むものの、大きなダメージにはなっていない様で、その余裕は消えない。

 

「成程、確かに速い。だが!」

 

 今度は照井さんの周囲を雷雲で囲む。動ける範囲を狭めることで、スピードを殺そうということか。

 

「いくら素晴らしいメモリでも、所詮使う奴が虫けらでは意味が無い!」

 

 そのまま全方位から雷を放つ。しかし、

 

「何!?」

 

 井坂は驚愕の声を上げる。

 周囲を囲む雲から放たれる雷。その全てを照井さんは上半身の動きだけで避け切って見せた。

 そして一瞬の隙を狙って、雲の中から脱出すると、再びドライバーからメモリを取り出す。

 

「見せてやる。『トライアル』の力を!」

 

 そう言い放った瞬間、新たに別の人がこの場に現れた。

 

「駄目だよ、竜君! 本当はまだ10秒の壁を切っていなかったの!」

 

 姿を見せたのは亜樹子さんと翔太郎さん。

 正直、10秒の壁とやらが何のことかは分からない。しかし、照井さんの動きからは動揺が見られない。まるで何かを覚悟しているかのようだ。

 そのまま照井さんは手にしたメモリを宙に投げると、井坂へ向かって走り出す。

 井坂も雷を矢継ぎ早に放ち、動きを止めようとするものの、今の照井さんのスピードは先程以上で全く当たる気配が無い。

 そして逆に照井さんが放つ蹴りが何度も井坂へと決まる。いつの間にか井坂の動きが止まり、ただ蹴りを受け続ける人形になったかのようだ。

 そして落下してきたメモリを、照井さんがキャッチする。

 

〈TRIAL MAXIMUM DRIVE〉

 

「9.8秒。それがお前の絶望までのタイムだ」

 

 その言葉と共に井坂は爆発に巻き込まれる。

 後に残ったのは倒れ伏す彼と砕け散ったメモリの残骸だけ。

 仮面ライダーにやられるくらいの人が、琉兵衛様に敵う訳が無い。

 私はその場を離れる。長居すると仮面ライダーに見つかる危険もあるし、それに私の仕事は終わった。

 

 あの時、琉兵衛様から与えられた仕事、それは『仮面ライダーが何か新しい力を得るかもしれない。それを観察、報告すること』である。

 琉兵衛様曰く、「あの女が何か行動するかもしれないから」だそうだが、一体何のことだろうか。

 まあ、私が考えたところで無駄だし、早く帰ることにしよう。




ついに井坂が退場。
そろそろ本格的に主人公と仮面ライダーが戦うことになるはず…。


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18話

今回は原作37,38話に当たる話です。


 先日の冴子様の裏切り…、あれから園咲家には不穏な空気が流れている。事情を知らない一般の使用人達も、何かあったのかと訝しんでいる。

 琉兵衛様は追っ手を差し向けているようだけど、未だに冴子様は逃げ続けているようだ。

 …あの男、井坂がいなくなった以上、冴子様を守る者は誰も居ない。そして、そろそろ琉兵衛様も本気で冴子様を始末するつもりだろう。

 そんなことを考えながら部屋の掃除をしていると、不意に背後に気配を感じる。

 

「食べるぅ?」

 

 私の首に腕を回して差し出されるのは、虫を黒々と煮詰めたもの…。

 「いりませんよ」と呟きながら後ろを向くと、そこに居たのは紫の髪にゴスロリの服を着た女。いったい何のコスプレかと思うこいつだが、実はミュージアムの中でも比較的上位の存在。「処刑人」と呼ばれ、組織を裏切った者や重大な秘密を知った者を始末する役割が与えられた存在。

 普段はどこで何をやっているのか知らないが、こいつがここに来たということは…。

 

「やあ、待っていたよ」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら、姿を現す琉兵衛様。

 

「君にやってもらいたい仕事があってね…」

 

 やっぱりか…

 正直、あまり良い気持ちはしない。しかし、ただそれだけだ。ニュースで殺人事件を見るのと変わらない。私に関わりの無い人間が生きてようが死のうが、私にはどうでもいいことだ。

 

 そのまま私は再び掃除に戻ろうとすると、琉兵衛様がこちらを向く。

 

「そうそう。近いうちに大事な取引先が来る。出来る限り綺麗にしておいてくれ」

 

 …取引先?

 一体何のことか、それを理解したのは数日後のこと。

 

 

 

 

 

【若菜視点】

 

「加頭君。態々君が来た用件を伺おう」

 

 応接間で向かい合わせに座るお父様と、白い服を着た男…。その姿を私は入口の近くで見ていた。

 あれがお父様の言うミュージアムの支援組織、『財団X』…。

 

「一体、何を心配しているのかね、財団Xは?」

「では率直に。弊社とミュージアムとの間に締結したガイアメモリ開発計画において、ここ1年間、約12%の遅れが生じております」

 

 男は無表情でお父様を見つめるけど、お父様は笑みを崩さない。

 

「細かいなあ。大した数字ではない」

 

パリィン

 

 男が落としたカップが割れる音が、部屋中に響く。

 

「園崎さん。投資先は御宅だけでは無いのですよ」

 

 その言葉を聞いたお父様がテーブルを力任せに叩き、思わず私は体を竦めた。

 

「分かっているっ…」

「では具体的な修正案をお聞かせいただけますか?」

 

 そしてお父様が口にした言葉に、私は唖然とした。

 

「前任者を更迭。代わりに私が最も信頼する有能な人間に全指揮権を与える」

「下のお嬢様ですね?」

 

 男の言葉は答えないけど、その強い瞳は肯定を意味している。

 つまりは私がお姉さまの代わりに組織を…、なんで…? お父様は何を考えてるの? 私をどう見ているの?

 

 お父様は何を目指しているの…?

 

 思わずその場から離れるけど、混乱は収まらない。

 私は一体どうすれば…。

 

 そんな時、ふと思い浮かんだのは、この前初めて知ることが出来た彼の素顔。

 

「フィリップ君…」

 

 静かに呟く。

 ねえ、フィリップ君ならきっと私を助けてくれるよね?

 

 私は震える指で、携帯電話を掛けた。

 

 

 

 

 

【竜視点】

 

 ガイアメモリ事件の根幹にある組織、ミュージアム。俺はその組織から逃げ出したという山城博士を風都署で保護し、組織の情報について問い詰めていた。

 

「山城博士…。まだ何か隠していることがあるんじゃないのか?」

 

 しかし、彼の口は堅い。出てくる情報もごく僅かで、ミュージアムの核心に至る物は出てこない。

 その代わり出てくるのは、彼の家族に対する思い。自分の家族にもう一度会って謝りたい。そのためだけに組織から逃げ出したという。

 

「分かる、分かるよ…」

 

 刃野刑事が山城博士の肩に手を置くと、山城博士は涙をこらえるような表情を見せる。

 …だが、今の彼は組織から追われている身。安易に家族と接触させるわけには…。

 

 そう思っていると、突然部屋の扉が開き、真倉刑事が姿を見せる。しかしその口、鼻にはイナゴが詰め込まれており、意識も朦朧としているようだ。

 そして真倉刑事を突き飛ばすようにして中に入ってきたのは、ゴスロリの衣装を身に纏った妖しい女…。

 

「食べるぅ?」

 

 ミュージアムの刺客っ!!

 慌てて逃げ出そうとする山城博士の首にその足を巻き付かせると、奴はメモリを起動させる。

 

〈HOPPER〉

 

 それを太ももに挿入し、ドーパントへと姿を変える。

 山城博士は組織を追うために必要な存在だ。それに何よりも、俺の目の前で誰も死なせてなるものかっ!!

 

〈ACCEL〉

 

「変……身っ!!」

 

 俺はドライバーにメモリを装填し変身する。

 そして、逃げ出す山城博士とそれを追うドーパントに続く形で走り出す。

 

「ふふふっ。逃げられないよ!」

 

 素早い身のこなしで山城博士を追い詰めるドーパント。人型では追いつけないと判断し、俺は姿をバイクに変えると勢いのまま奴に突進する。

 

「ちっ!!」

 

 奴は舌打ちをしながら跳躍をして躱す。そのまま山城博士に向かって飛び掛かろうとするが、それをさせるわけにはいかない。再び俺は奴に突進することで、その動きを封じる。

 

 それが何度か繰り返されるうちに、いつの間にか人気の多いところに来ており、山城博士もそれに紛れて姿が見えなくなっていた。

 

「くっ!!」

 

 奴は俺と戦う意思はないようでその場から逃走しようとするが、これ以上野放しにするわけにはいかない。

 

〈TRIAL〉

 

 人型に戻った俺はトライアルメモリを起動させ、ドライバーに装填する。これならスピードは奴と互角だ。跳躍しながら逃げる奴を、俺は疾走しながら追跡した。

 

 

 

 

 

【山城視点】

 

 組織からの追手を何とか振り切り、私は探偵事務所で調べてもらった、家族が住んでいる家の前に佇んだ。

 恐らく葉子()は私のことを許さないだろう。(息子)は私のことを覚えてすらいないかもしれない。組織から狙われている以上、一緒に住むことなんて出来るはずも無い。

 それでも私は一度で良いから会って謝りたかった。ただそれだけが出来れば、私の命なんて惜しくなかった。

 不意に気配を感じ、追手かと思ってその場に隠れる。しかし姿を見せたのは、制服を着た高校生。

 もしかして…、と思っていると、予想通り彼は私が見つめていた家に入る。

 

「ただいま」

 

 そして家の中からは、やはり少し年齢を重ねているが、未だに記憶の中にあるその雰囲気を纏った女性が顔を出す。

 

「翼、今日早かったわね?」

「今日からテスト週間で…」

 

 ああ…。思わず涙が流れそうになる。私が自分の意思で捨てたとはいえ、私にとって世界で一番大事な家族…。

 

「葉子…。翼もあんなに大きくなって…」

 

 思わずその場から一歩出たその瞬間、私の腕が突如として触手のようなものに絡めとられた。

 

「なっ…、んむーっ!?」

 

 そのまま口も同じような触手で塞がれる。

 そのまま私はその触手に引きずられるような形で、家族の居る家から離されていく。

 

 そして私が連れてこられたのは、家からさほど距離がある訳でもない小さな公園。その公衆トイレの影。

 もののように投げ出され、眼鏡を落とした私が顔を上げると、そこに居たのは一体の怪物。眼鏡が無いから細かい姿は良く分からないが、ドーパントの一体であることは分かる。まさかこいつも追手なのか?

 

「山城博士、貴方を処理しに来ました」

 

 籠った声を出しながら、ドーパントは私に腕を伸ばす。

 私は恐怖に震えながら、駄目もとで頼み込んだ。

 

「頼む!! せめて家族に一度で良いから話をさせてくれ!! それさえできれば私はどうなっても構わない!」

 

 だからお願いだ。私は似たようなことを何度も口に出す。このままでは死んでも死にきれない。

 正直、期待はしていなかった。でも言わずにはいられない。

 

「家族?」

 

 するとドーパントは予想に反して動きを止める。

 

「ああ。私にとって家族は大事なものなんだ! だから頼む!!」

 

 一縷の望みをかけて懇願する。

 

「…家族なんてただの他人でしか無いでしょうに」

 

 よく聞こえなかったがドーパントが何かを呟くと、再び私に手を伸ばした。

 

「まあ、望み通りにしてあげます。やるべきことはやりますが」

 

 そう言って、私の頭を掴む。

 ああ、駄目なのか…。せめて最後に家族と話がしたかった。

 そして私の意識は少しずつ沈んでいった。




まさかのホッパーではなく主人公の登場。
山城博士がどうなるかは次話(30分後)にて。


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19話

【竜視点】

 

「はっ!!」

 

 高い跳躍力とスピードで跳び回るドーパント。奴を追って辿り着いたのは、郊外の森の開けた場所。突如としてここまで来た奴は逃げるのを止め、俺に対峙する。

 俺としても人気のないここならば周囲の被害を気にせず戦える。だが気になることが一つ、何故こいつがこんなところに来たのか。山城博士も行方不明だ。嫌な予感がする。

 とりあえずここは、こいつを倒して早く山城博士を探し出す!

 そう決めて、俺はトライアルのスピードでドーパントに攻撃する。奴も同じようにこちらに向かってくる。

 そして拳が、蹴りが何度もぶつかり合い、火花を散らす。奴と俺のスピードは互角だろう。だが、俺は負けるわけにはいかない。もう二度と、俺の目の前で誰かの命を奪われてたまるものかっ!!

 

「中々やるわね」

 

 そう言って奴は今まで以上に高く跳躍する。なるほど、これで決めるという訳か。だが、俺は負けんっ!!

 ドライバーからトライアルメモリを取り出し、スイッチを押そうとしたが…

 

―シャーッ!!―

 

「何っ!!」

 

 突如として横から別のドーパントが襲われ、躱しきることが出来ずに爪の一撃を喰らってしまう。

 確かこいつは以前にも会ったことがある。こいつもミュージアムの関係者であるはずだが…、その実力はよく知っている。2対1だが、どうするか…。

 

「終わったみたいね…」

 

 だが奴らはこちらを一瞥すると、そのまま退散した。

 奴らを野放しにするわけにはいかないが、先程の一撃によるダメージが思いのほか大きく、変身が解除されてしまう。

 仕方ない。とりあえず、刃野刑事達に山城博士を探すように連絡しよう。そう思っていると、向こうから着信が来ており、通話状態にする。だが、そこから入った情報に思わず耳を疑った。

 

 

 

 

 

【若菜視点】

 

 あれから数時間後、私は風都駅の前に居た。

 お父様と一緒にいる限り、私に本当の自由なんてない。だから私は、唯一信頼できるフィリップ君と二人でこの街を出て、知らないところで暮らすことに決めて、この場所で待つと電話した。

 勿論、フィリップ君には彼の事情があるから、必ず来てくれるとは限らない。でも…

 

「きっと…、きっと来てくれるよね」

 

 ただの願望かもしれないけど、きっと来てくれるという確信のようなものを感じていた。

 けど、私の前に現れたのは彼では無かった。

 

「やっと見つけましたよお、若菜様!」

 

 姿を見せたのは、スーツ姿に眼鏡を掛けた男。見覚えが無いけど、私のことを様付けで呼ぶということは、きっと組織の人間…。何でこんな時に…っ!!

 

「若菜様。どこの馬の骨とも知れぬ奴より、私の方が貴女の事を思っています…。さあ、私と共に行きましょう!」

 

 そう言って男はこちらに手を伸ばしてくる。

 くっ…。どうすれば…。

 ガイアメモリは家に置いて来た。あれは私を園咲家という場所に留めるための鎖のようなもの…。だからこそ園咲家から離れるという決意として置いて来た。それにフィリップ君にあれを見られたくないというのもある。でもその決断が、今の私を窮地に陥れていた。

 やっぱりここはどこかから他の人を呼ぶ? とりあえず大声を出せば人が集まるだろう。それに一応私は顔も名前もこの街では広まってるから、それを利用して騒ぎを起こして、その隙に離れればっ…。

 私は意を決して思い切り息を吸い込もうとした…、

 

 

 

 

 

 だけど、不意に足が沈む感覚…。

 足元を見ると、いつの間にか黒い沼のようなものが広がり、そして聞き覚えのある笑い声が聞こえる。

 

「さあ、若菜。一緒に来なさい」

 

 言い聞かせるような口調でお父様は腕を広げる。

 嫌だ…っ。私はフィリップ君と…。

 

「そうそう。そこの君も分不相応なことは考えず、さっさと仕事に戻り給え」

 

 そんな思いとは裏腹に体は少しずつ沈んでいき、私の姿は駅から消え去った。

 

 

 

 

 

【翔太郎視点】

 

 山城博士が襲われた。

 フィリップを見送るために駅まで来ていた俺に届いた亜樹子からの連絡に、思わず耳を疑った。

 そして同時にフィリップの過去に関する情報があるらしい。フィリップは少し迷いながらも、自らのルーツを知るために病院に行くことに決めた。

 だが、病院で俺たちが見たのは予想を上回る光景だった。

 

「君達…、すまない。誰だったか…分からないんだ」

 

 山城博士がいる病室に入ると、思いのほか元気そうだった。これといったけがもなく、無事に見える。

 だが、俺達がこの人に話を聞こうとした時に、口から出たのは俺達が誰か分からないという言葉だった。

 

「おい、どういうことだよ照井?」

「…俺に質問するな。俺にも良く分からないんだ」

 

 照井曰く、元々は署で保護していたのだが、組織からの刺客が襲撃してきたため博士は逃げ出し、行方不明に。そして照井が刺客と戦っている間に、公園の一角で倒れている博士を見つけた近所の住人が通報した。そして病院で目が覚めると、このようになっていたということだ。

 

「どうやら記憶自体が無くなっているわけでは無く、その中の詳しい情報が塗りつぶされている…、といった状態のようだ」

 

 つまり博士は俺達にあったということは覚えているが、俺達が何者なのかという情報が抜け落ちているらしい。そして組織についても、どのような研究をしていたのか、どこで研究していたのか。そう言った情報は一つ残らず消えていた。

 ただし、残っていた情報もある。一つは博士が最も大事にしていた家族に関するもの。そしてもう一つ、彼自身の頭からは消えていたが、代わりの形にすることで残っていた物。

 

「これが博士が持っていたメモ帳だ」

 

 そう言って照井が差し出した1枚のメモ。ポケットに入っていたらしく、かなりくしゃくしゃになっているが、そこにある文字は問題なく読むことが出来る。

 

「園咲…来人?」

「これってもしかして…」

 

 そこに書かれていたのは、「君の本当の名前は園咲来人だ」と書かれた文章。恐らく自分の身に何かがあった時のために残していたのだろう。

 

「僕は…園咲来人…」

 

 フィリップの呟きだけが静かに響いた。

 

 

 

 

 

【初視点】

 

「お仕事お疲れ様ぁ」

 

 粘着質な声を出すバッタ女。いつも通り差し出されるイナゴを拒みながら、琉兵衛様に報告をする為に書斎へ向かう。

 

 琉兵衛様と取引先の会談の最中に、若菜様が不審な動きをしているので静かについて行くと、電話で駆け落ちのような話をしていたときは唖然とした。

 これについては琉兵衛様に報告すると、琉兵衛様は少し不機嫌な表情を浮かべ、「そうか…」と呟いた。

 そしていつの間にか姿を消していた若菜様を追うべきかと考えていたが、琉兵衛様から命じられたのは全く別の事。逃亡した山城博士の持つあらゆる情報の抹消。未だに進化する私のメモリが手に入れた力。それを試す場として博士から情報を抹消するようにとのことだ。若菜様については、琉兵衛様が直々に説得するらしい。

 

 そして私はバッタ女が仮面ライダーを引き付けている間に、山城博士に接触し、能力で情報を抹消した。ただ、彼の家族に関する情報は別に組織と関係ある情報では無いため残しておいたが。

 

 それにしても分からない。何故あそこまで家族に会いたがっていたのか…。そこまで大事なものなのだろうか? 自分の命の方がよっぽど大事であるはずなのに。

 まあ、考えても分からないことは分からないし。それにもう関係ないことだ。

 そんなことを考えながら、廊下を歩いていると、

 

「あら、お疲れ様」

 

 どこか朝とは違い自信に満ち溢れた様子の若菜様がいた。一体、何があったのだろうか。

 そしてこちらを見つめると一言。

 

「これからは私の指示に従うこと。良いわね?」

 

 有無を言わせないその瞳。思わず黙って礼をすると、若菜様はそのままどこかへ歩いて行った。

 

 …これからどうなるのか。不安を感じながら心の中で溜息を吐いた。




そんなわけで、まさかのホッパー&博士生存。

元々イナゴの女を生存させるつもりはありませんでしたが、今まで所々で話の中に出ていたのに退場させるのはもったいなかったので、こうなりました。

そして初のメモリのさらなる能力。今回の能力は大分核心に迫るものです。


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20話

今回は原作39話に当たる話です。
少し短めなのでご了承ください。


【冴子視点】

 

 お父様に反旗を翻し、井坂先生に付いた私に待っていたのは裏切り者としての烙印と惨めな生活だった。井坂先生は仮面ライダーに倒され、私のメモリもミックに奪われた。

 そして今私は、財団Xの使者である加頭順によってホテルの一室に匿われていた。

 この男が言うには、私のことが好きだかららしいが信用できない。何度か取引でも接したことがあるが、この男の目には何も映っていないように思える。

 この男はあくまで個人の意思で私を守るなんて言っているが、そんなことは私自身が耐えられない。

 私は私自身の価値を見せつけてやらねばならない。お父様に、若菜に、仮面ライダーに、そしてこの男に…。

 だけど、そのための力が今の私には無い。メモリは奪われ、ドライバーも破壊された。だけど、私には奥の手がある。あの人から奪った後、秘かに隠し続けたあれが…。

 だけど、それがあるのはディガルコーポレーションの社長室…。ミュージアムの本陣ともいえる場所だ。普通に入って行けば、間違いなく命はない。だけど、今の私にはそれが必要だ。それを手に入れるためであれば、私はどんな恥辱も受け入れよう。

 

 そして私は清掃員のふりをして、会社内に潜入した。出来るだけ顔を見られないように帽子は目深に被り、そしてあえて堂々と歩くことで不自然さを消した。これならば気付かれる心配は無いだろう。だけど、気を付けなければならない。一人にでも気付かれてしまえば、その時点で終わりなのだから…。

 

 

 

 

 

 私は焦らず社内を進み、ついに目指していた場所へ辿り着いた。中では若菜が喚いているようだ。

 …ここが正念場だ。私は静かにドアを開けると、若菜が社員を睨みつけていた。そして私に視線を向けると、速足で近づいてくる。

 

 …まさか、気付かれた?

 

 思わず体が固まる。メモリが無い私では、若菜に抗うすべはない。どうすれば…。

 しかし若菜はそのまま近づいてくると、「邪魔よ!」の一言と共に、掃除用のカートを押しのける。そして私の方を睨むと、

 

「会議が終わるまでに済ませておきなさい」

 

 そう言って部屋から出ていく。社員達も若菜の後を追い、部屋に残ったのは私だけ。

 肝を冷やしたけど、どうにかここまで来ることが出来た。

 …それにしても、若菜のあの態度…。全てを見下すあの目つき…。気に食わない。私が力を取り戻したら、本来の立場というものを思い知らせてやらなければ…。

 

 私は決意を新たにすると、部屋の壁に隠していた金庫に隠し持っていたカードキーを差し込む。そしてその扉がゆっくりと開く。

 

「あった…」

 

 既にこの金庫の存在が気付かれていたら、という危機感もあったが、それは変わらずそこに置いてあった。かつて私が選んだ男。しかし園咲家にも、そして私自身にとっても相応しくなかった男。彼が使用していた『ナスカ』のメモリを私は手に取った。

 このメモリはゴールドクラスのもの。特にこのナスカメモリの毒性は遥かに高く、ドライバーを介して使用したとしても、体を蝕み続けるという危険なもの。だけどその力は未知数。今の私が縋れるのはこれしかない。絶対に使いこなして見せる…。

 私は改めてメモリを強く握る。

 この時私は、メモリを手に入れた安堵からこの部屋に近づいてくる足音に気付くのが遅れた。

 

「…っ!?」

 

 部屋の扉が開く音。反射的に目をそちらに向ける。

 

「冴子様…?」

 

 そこに居たのはよく見慣れたメイドの姿だった。

 まさか、こいつにこんなところで見つかるなんて…。

 

「一体、何故ここに?」

 

 一瞬驚きは見せたものの、すぐに元の無表情に戻りこちらを見つめてくる。

 まずいわね。こいつのメモリの能力は私には効かないけど、それでも生身でドーパントの相手をするのはさすがに無理がある。今手にしているナスカメモリを使おうにも、コネクタを作るための機械がここには無い…。コネクタ無しで使うのはさすがに危険すぎる…。

 どうする…。そう私が思案していると、目の前のこいつが予想もしない言葉を放った。

 

「私は何も見ていない…、それで良いですか?」

 

 …………は?

 

 

 

 

 

【初視点】

 

「ちょっと、部屋に会議の資料忘れたから持ってきなさい」

 

 若菜様が組織のトップになる。琉兵衛様がそうおっしゃり私の仕事はさらに増えた。今まで通り屋敷での掃除や花壇の整備に加え、若菜様のサポートもするようになった。その分給料も増えたが、それでもきついものはきつい。

 

 そして今日も私は会社で若菜様に言われるがままに社長室に向かったが、そこで私が見たのは、ガイアメモリを握りしめ床にしゃがむ清掃員の姿。いや、よく見るとその顔には覚えがある。

 

「冴子様…?」

 

 思わず目を見開く。向こうもここで私に出会ったのは予想外のようで、表情には驚きが見える。しかしすぐにこちらを睨み始める。

 

「一体、何故ここに?」

 

 冴子様は現状は組織の反逆者だ。勿論向こうもそれを理解しているはず。それなのにここにいるとはどういうことだろうか。清掃員の姿をしているけれど、さすがに雇われた…なんてことは無いだろう。あり得るのは、何らかの目的のために潜入だろうか。そしてタブーメモリはミックが回収したと言っていたけど、今の冴子様の手にはガイアメモリが握られている。もしかしてあのメモリを手に入れるために…?

 とにかくこの状況はまずい。もし冴子様がガイアメモリを持っていなければ勝てたかもしれないけれど、さすがにドーパントに変身されたら詰む。私のメモリの力は冴子様には通用しないのだから…。ここで戦闘になれば万に一つも勝ち目は無いだろう。

 だから私は一つの提案をした。

 

「私は何も見ていない…、それで良いですか?」

「…………は?」

 

 訝し気な目でこちらを見つめる冴子様。向こうからしたら反逆者である自分を捕えようとしないことが疑問なのだろう。だけど…、

 

「私は冴子様を捕まえる指示は受けていません」

 

 あくまで私は雇われた身。受けた仕事はやるが、それ以上のことを自分の身を犠牲にしてまでやろうだなんて思わない。

 

「私は戦って怪我をしたくありません。冴子様は騒ぎを起こして捕まりたくありませんよね?」

 

 私では冴子様には勝てない。だけどこの会社には組織のメンバーに加え若菜様もいる。連絡を受けさえすればバッタ女やミック、もしかしたら琉兵衛様も来るだろう。さすがにそれらを相手にするのは冴子様も御免蒙りたい筈だ。

 

「だから私と冴子様は出会わなかった。それで十分じゃないですか」

 

 さすがに近くに他の人間がいたらこんな提案は出来なかったが、ここには私と冴子様しかいない。

 冴子様は少し迷うような素振りを見せたが、すぐに清掃用のカートを持って、私の横を通る。

 

「……今回は感謝しておくわ。だけど忘れないで。もし私の邪魔をするようだったら、貴方でも容赦はしない」

 

 それだけを呟き、冴子様は部屋を出て行った。

 …冴子様はこれからどうするのだろうか。少なくとも私に危害が及ばなければそれで良いけれど。ただ、どこか私と似ているような気がしなくもない。まあ、どうでも良いけれど。

 

 さて、若菜様が言っていた会議の資料とやらはどこだろうか…。




主人公は冴子のドライバーが壊れていることは知りませんからね…。おかげで冴子は生き残れましたが。

次回は42話と43話の間に入れるオリジナルストーリーにする予定です。
とりあえず一段落してからまとめて投稿しようと思うのでお待ちください。


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21話 暴かれるM/狙われた探偵 前編

初投稿から1年。やっとここまで来れました。
新しいオリジナルドーパントが登場します。

今回からしばらくは三人称視点で話が進みますのでご了承ください。



 それはある昼下がりの事。園崎邸では若菜がいつもに増して苛立った様子を見せていた。

 数週間前、ガイアプログレッサーと呼ばれる物体を体内に取り込み、エクストリームの力を得た彼女は『地球(ほし)の本棚』にアクセスした。実の弟でありミュージアムの目的である『ガイアインパクト』の鍵となる園咲来人(フィリップ)を連れ戻すためだ。

 来人以上の『地球の本棚』とのシンクロ率を手に入れ、内部でも変身できるようになった。この力なら強引にでも連れ戻すことが出来る。そう思っていたものの、来人自身がシンクロ率を下げることでお互いに干渉できないようにするという奇策によって失敗した彼女の機嫌は急降下していた。

 

「全く…、来人っ!!」

 

 その彼女の姿を見つめる一人の老人。この園崎邸の主にして風都で起きているガイアメモリ事件の元凶である園咲琉兵衛。彼は荒れる若菜の様子を見て溜息を吐く。

 

「…まあ、若菜の気持ちは分からないでも無い。後は来人さえ揃えば、全ては完了する…」

 

 そう言ってゆっくり振り向く。

 

「というわけだ。私と若菜は少々忙しくなるから、君に迎えに行って欲しい」

 

 その言葉に近くに佇んでいた無表情なメイド、二宮初は静かに礼をすることで返した。

 

 

 

 

 

 場所は変わり、風都の一角にある小学校。その体育館のステージでは風都イレギュラーズの一員であるクイーンとエリザベスが持ち前の歌唱力を披露していた。そして舞台袖には翔太郎と亜樹子、そして他の風都イレギュラーズの面々もいる。

 

 何故、このようなことをしているか。話は一週間前に遡る。

 

「催し物の手伝い?」

 

 翔太郎は事務所のソファに腰掛ける壮年の男性、御堂雄吾と眼鏡を掛けた女性、間口静香からの依頼を聞き返す。

 

「はい、実は…」

 

 御堂は町内会長をやっているらしいが、夏になると子供たちのためにちょっとした催し物を毎年行っているらしい。今年は劇団を呼び、間口が勤める町内の小学校で劇を行ってもらおうとしたのだがその劇団が諸事情で来れなくなった。劇団が来ない以上、中止も考えたが、この日を楽しみにしている子供たちもいる。どうしようか悩んでいると、この探偵事務所の噂を聞き、何か手伝ってもらえないかと相談しに来たとのことだった。

 

「それで、日程は来週の日曜日なんですが…」

「来週の日曜日!?」

 

 期間は短く、かなり逼迫しているようだ。

 

「内容はお任せしますが、子供たちが喜ぶような出し物が出来る人を探していただきたいんです。どうか、助けていただけませんか!?」

「分かりました、お受けします!!」

 

 切羽詰まった表情を見せる間口の懇願に対し、翔太郎が口を開くよりも先に亜樹子が答える。ただでさえ赤字ギリギリなのだ。報酬が出るなら大抵のことは受ける。

 

「おいおい、簡単に受けるなよ」

「良いじゃない。人材の紹介。これも探偵の仕事よ」

 

 いや、それはどうなのだろうか。と翔太郎は言いたくなる。自分がイメージするハードボイルドとはだいぶ異なるのだが。

 しかし、受けてしまった以上は仕方ない。目の前の男性にやっぱり無理だというのも気が引けるし、出来ませんでしたというのもプライドが許さない。

 

 そのような理由で、ここ一週間は誰か芸が出来るものが居ないか聞き込みに明け暮れた。最初に見つかったのは風都イレギュラーズの一員であるクイーンとエリザベス。歌番組のオーディションに合格しアイドルになった二人組だ。頼んでみたら二つ返事でOKしてくれたのが助かった。

 次に同じく風都イレギュラーズであるサンタちゃん。普段からおもちゃ屋のバイトで子供たちと触れ合っており、地元ではかなり有名だ。今回は彼には司会を頼むことにした。

 3組目は風花高校の生徒である稲本弾吾と星野千鶴。二人はカリスマストリートダンサーであり、その界隈では有名人だ。かつて解決した事件で関わった二人だが、連絡を取ってみると少し迷ったみたいだが、事件を解決してくれたお礼として手伝ってもらえることになった。

 同じく事件を解決するうえで知り合ったマジシャンのフランク白銀とリリィ白銀も参加してくれるとのこと。

 そして亜樹子からの命令により翔太郎とフィリップも仮面シンガーとして参加することに…。最初は拒否したが、所長命令という強引な一言で仕方なくやる羽目になった。

 

 当日は催し物の内容が変わったことに対する不満がちらほらと聞こえたが、最初にダンサー二人が登場すると空気は一変し、一気に場を盛り上げる。

 次にフランク白銀とリリィ白銀のマジックショーでは、以前はガイアメモリを利用することでしか成功できなかった瞬間移動マジックを、道具を変化させたことによって自力で成功させた姿を見て、翔太郎は笑みを浮かべる。

 そしてクイーンとエリザベスのアイドルユニット。特に年上の兄弟がいる子供達にとっては聞き慣れた曲であるらしく、一緒に歌おうとする姿も見られる。そして途中で翔太郎とフィリップも仮面を被って参加し、4人組として見事に歌いきってステージは終了した。

 

 ショーが終わって舞台袖に戻ると、翔太郎は仮面を取って笑みを浮かべる。

 

「…やっぱり良いもんだよな。子供の笑顔ってのは」

「ふふっ。なんだかんだでやっぱりノリノリだったんじゃん」

 

 亜樹子に指摘され、少し顔を赤らめる。

 そして閉会の挨拶をサンタちゃんが言うと同時に、子供たちは迎えに来た親の元に一斉に駆け出す。だが、その中で一人だけ全く動かず俯く少年の姿があった。

 

「あれ、どうしたんだろ?」

 

 亜樹子に言われ、翔太郎も気付く。

 

「とりあえず、行ってみようか」

 

 考えるよりも先に行動するタイプである亜樹子はすぐさま少年のところに向かう。

 

「ねえ君、どうしたのかな? お母さんとかは?」

 

 そして子供の目線に合うようにしゃがみ声を掛ける。しかし、少年の口から出たのは思いもよらぬ一言。

 

「うっさい、オバサン」

「おっ、おば…!?」

 

 いきなりの事に思わず口をパクパクと開かせて固まってしまう。

 そんな亜樹子を一瞥した少年は黙って立ち上がり、その場から離れようとするが、出口からその少年に向かって声を掛ける人影が見えた。

 

「ごめんね、誠君。待った!?」

 

 駆け足で近づいてくる、熟年の女性。少年は掛けられた言葉に鼻を鳴らして返す。

 女性は固まっている亜樹子に気付くと、申し訳なさそうに口を開く

 

「もしかして、誠君が何か失礼なことをしてしまいましたか?」

「…え、ああ、ちょっと…はい」

 

 言うべきか否か迷う。少し態度は気に食わないが、あの年頃の子供からしたら私はオバサンなのだろうか。という疑念が生まれる。

 そんなことを考えていると、少年は女性に声もかけず、黙って出口の方に走り出す。

 

「あ、ちょっと待って誠君!」

 

 女性も慌てて追いかける。そして亜樹子一人がその場に残された。

 

「何だったんだろ?」

 

 思わず呟く亜樹子の背後にいつの間にか翔太郎が立っていた。

 

「さてな。それにしてもオバサ…ぷっ」

「ちょっと!! 今笑ったでしょ!? ってか聞いてたの!?」

 

 怒り出す亜樹子と揶揄う翔太郎。その二人に間口が近づいて来た。

 

「申し訳ありません。あの子は少し周りを傷つけてしまうことが多く…。まあちょっと事情が…」

「…何か知ってるんですか?」

 

 少し気になり、亜樹子はつい聞き返す。

 

「あの子は親から虐待されてたんですよ…」

 

 

 

 

 

 話を聞くとあの男の子、大葉誠は、1年ほど前に親元から引き離されて現在は近所の児童養護施設『みかづき』で生活しているらしい。詳しいことは不明だが、耳に入って来た噂を聞く限りどうやら母親から育児放棄されていたとのこと。

 たびたび彼は他の人に心無い言葉を投げかけたり、人の話を無視するなどで一部の人からは嫌われており、PTAや町内会でも話題になることは少なくない。勿論、育児放棄されていたとはいえ親元から離されたストレスはあるのだろうが、それでも他人に迷惑を掛けていいというわけでは無い。しかし、どうすればいいのか困るというのが実情だ。

 

 

 

 

 

「そうなんですね…」

 

 自分も父親と離れて暮らしていたが、それでも親が居るのと居ないのとでは大違いであることは亜樹子も分かる。

 一体、どのような思いで暮らしているのだろうか。

 

「あんまり、首を突っ込みすぎんなよ。こういうのは当事者の問題なんだからよ」

「いや、分かるけど…」

 

 もやもやした思いが亜樹子の中で燻る。

 

「それに最近は不審者とかもあって、少し不安なんですよ」

「不審者?」

 

 その言葉に気になった翔太郎が、情報を聞き出す。

 

「数か月前から地域内で不審者に襲われるって事件がありまして…、結構大きな怪我を負っている人もいるんですよね。襲われた人は一様に『怪物に襲われた』って言ってるんですが…。探偵さん、出来れば調べてもらえませんか?」

 

 怪物…。その言葉に思わず身構える。

 恐らくドーパント絡みだ。

 

 

 

 

 

 そして翌日。慣れないことをしたからか、一週間分の疲れが残っているが、それでも事務所は開店している。

 しかし、その日来た新たな依頼人は予想外の人物であった。




今回からの新キャラクター

御堂雄吾(みどうゆうご)
●40歳の男性。
●風都のとある地区で町内会長として活動している。
●中肉中背。髪は薄く、髭は剃っている。

間口静香(まぐちしずか)
●34歳の女性。
●小学校の教諭。眼鏡を掛けている。
●身長はやや低め。髪は肩までの長さ。

大葉(おおば)(まこと)
●小学4年生の少年。
●母親から育児放棄され、児童養護施設『みかづき』で保護された。
●身長は同年代に比べ低め。

(もり)加奈子(かなこ)
●51歳の女性。今回、誠を迎えに来ている女性である。
●児童養護施設『みかづき』に勤務している。
●中太りの体型で髪は短い。


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22話 暴かれるM/狙われた探偵 中編

本日2話目。
後編は近いうちに投稿します。


「お母さんを探してほしい?」

 

 事務所に姿を現した小柄な人影。それは昨日であった少年、大葉誠であった。どうやら今日は午前授業で学校が終わって、直接ここまで来たそうだ。

 

「きっとお母さんは僕のことを待ってるから…。だから探して」

 

 その言葉に翔太郎と亜樹子は悩む。

 話を聞くと、父親は誠が物心つく前に姿を消し、母親はそんな誠を一人で育ててきたらしい。育児放棄と周りは言ってたが、きっと自分のために頑張ってたんだ。それが誠の主観であり、母親と引き離した周りの人間は信頼できないとのことだ。

 

 だがそれはあくまで誠から見ただけのもの。実際はどうであったかは二人には分からない。誠自身が傷つく可能性も大いにあるし、本来関わるべきでは無いことだ。

 そのため、この場では「とりあえず調査だけはしてみる」とだけ言っておく。

 

「とりあえず、いったん施設まで送ってってやるよ。さすがに子供一人だけ行かせるのもな…」

 

 そう言って外出の準備をする翔太郎に亜樹子が静かに近づき耳打ちする。

 

「どうするの、翔太郎君?」

「…さすがにこういうのはな。とりあえず、あいつに気付かれないように、施設の職員の人に伝えておく」

 

 気付かれないようにこっそりと言うと、翔太郎は誠と共に事務所から出る。

 それを見送った亜樹子は瞳を伏せながら、フィリップが居るガレージへと入る。

 

「どうしたんだい、亜樹ちゃん?」

 

 亜樹子はどこか言いにくそうにしながらも、ある頼みをフィリップに告げる。

 

「…まあ、構わないけど、君はそれでどうするつもりなんだい?」

「分かんないよ。でも、何か出来るかもしれないし…」

「そうかい。まあ、検索してみるよ」

「ありがとね、フィリップ君」

 

 そしてフィリップが検索している間、事務所は沈黙に包まれた。

 

 

 

 

 

「すみません! もう、誠君。勝手にどこかに行っちゃ駄目でしょう?」

 

 どこか古いながらも暖かな雰囲気を感じる建物。ここが誠が現在暮らしている児童養護施設みかづきである。

 バイクで誠を送り届けると、庭掃除をしていた女性―昨日、誠を迎えに来ていた人と同一人物である―、森加奈子が頭を下げながら、誠のことを叱る。

 しかし誠は不愛想な表情のまま、すぐに建物の中に入る。

 

「…もしかして、誠君が何か失礼なこととかしましたか?」

「いや、特には…。ただ、ちょっと…」

 

 翔太郎は誠が近くに居ないことを再確認して、加奈子に事務所で有ったことを静かに話す。

 

「そうですか…」

 

 そして加奈子は俯く。

 

「やっぱり難しいんですよね…。あの子たちの心に寄り添うのは…」

 

 その姿に少し躊躇いを覚えるが、ここに来た目的の一つを忘れてはいない。

 

「あの子の事とは違うんですが、今調べていることがありまして。時間は大丈夫ですか?」

「えっと、それは他の子どもたちの事ですか?」

「いや、ここ最近、不審者が出ていると聞きまして…」

「そうですか…。でも不審者と言われても特に思い当たることは…。ただ、学校の方からもそう言った話があったので、子供達には注意するように言っているんですが」

 

 どうやら詳しい情報は持っていないようだ。しかし、些細な情報でも時に大きな手掛かりになる。

 

「最近変わったこととか、噂話とかを聞いたことは…」

「…そう言えば、一部の子供たちが近くの公園にある池で大きな影を見たって言ってたんです」

「大きな影?」

「はい。確か2か月ほど前だったはずです。小学校の帰りで寄り道した子供達がそのように…。その時は誰かがペットの魚でも逃がしたのかと思ったんですが、不審者が目撃されているのもその公園が多いようで、もしかしたら関係しているのかも…」

「おや、どうしたんですか?」

 

 翔太郎を背後から誰かが呼んだ。

 振り向いた先に居たのは、この地域の町内会長である御堂雄吾。

 

「昨日ぶりですね、探偵さん」

「あ、御堂さん。不審者の噂って知っていますか?」

 

 にこやかな笑みを浮かべ近づいてくる御堂に加奈子が声を掛ける。

 

「不審者?」

 

 疑問を浮かべる彼に、翔太郎が説明する。

 

「そうですか…。ああ、そう言えばこの間、不審な人物を見たんです」

「何っ!?」

 

 思わぬ情報に声を上げる。

 

「確か2週間ほど前ですかね…。私も不審者が出たという話は聞いていたので、自発的に夜回りをしていたんです。それで公園の近くを通ったら、誰かが池の前に立ちすくんでいたんですよ」

「そいつの特徴とかは?」

「…すみません。懐中電灯は持っていたんですが、遠目からしか見てなくて…。それにすぐに居なくなってしまったので詳しい姿については…」

「そうか…」

 

 重要な情報だが、これでは不審者が公園に寄ったことしか分からない。せめて何か…。

 

「ただ、女性ぽかったような気がします…」

「っどういうことだ?」

 

 さらにここで出た情報に食いつく。

 

「その人影なんですが、髪が結構長かったように見えたんです。少なくとも肩まではあったはずです。それに、身長も男にしては低かったような…。すみません、曖昧な情報で」

「いや、十分な手がかりだ。ありがとよ!」

 

 そう言って翔太郎は加奈子と御堂に別れを告げ、さらなる手掛かりを求めバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

「そう言えば、あのメイドの姿が見えませんわね、お父様」

 

 園崎邸。未だにイライラした様子の若菜だが、そんな彼女でも、普段は屋敷で仕事をしている初の姿が見えないことには気付いた。

 初の姿が見えない。それは組織の人間としての仕事を行っている時。そしてその仕事を言い渡しているのは、大体は父である園咲琉兵衛だ。

 

「ああ、彼女には来人を連れ戻すように頼んだ」

「…っ来人は私が連れ戻しますわ!!」

 

 自分が役立たずのように感じられ激昂する。しかし、そんな若菜に琉兵衛は優しい声を掛けた。

 

「お前には来人を捕まえる以外にも、色々と仕事があるだろう。全てやっていては、お前には負担が大きいと思ったからだ。お前は大事な私の娘なのだからね」

 

 確かに自分は組織のトップという立場上、多くの仕事を消化する必要がある。何より既に計画は最終段階へと向かっているのだ。それを完全に遂行するためには来人も必要だが、同時に自分も必要なのである。

 頭を冷やし、何とか落ち着く。

 その様子を見た琉兵衛は、さらに口を開く。

 

「彼女のメモリは特別だ。来人でも容易に正体を暴くことは出来ないだろう。だからこそ若菜、来人が彼女の正体に辿り着く前に…」

 

 その後に続く言葉を聞き、若菜は嫌々ながらも席を立った。

 

 

 

 

 

 『風麺』。丼を覆わんとするほど大きなナルトで有名な移動ラーメン屋台。

 そこに伸びた縮れ毛の髪形に無精髭というどこかうさん臭さを感じさせる男性がラーメンに舌鼓をうっていた。

 

「どうよ、ウォッチャマン」

 

 そんな彼、ウォッチャマンに声を掛けたのは、友人でもある翔太郎。後ろには合流した亜樹子もいる。

 昨日、間口から話を聞いてすぐ、翔太郎はウォッチャマンに連絡を入れ不審者の情報について調べてもらっていた。

 

「どうもねー、その不審者に襲われた人って大体が何かしらの問題を持ってたみたいよ?」

「問題?」

 

 亜樹子が聞き返すと、ウォッチャマンは麺を啜りながら話を続ける。

 

「最初に被害者が出たのが4か月前なんだけど、その被害者は地元では有名な不良らしくてさ、よく揉め事とか起こしてたらしいんだよね」

「………」

「他にもごみ捨ての日付を守らない人とか、夜中にギターで騒いでた人とかが最初は襲われてたんだよね」

 

 『最初は』というその言葉に翔太郎は引っかかりを感じる。

 

「初めの2か月はそんな感じで地元でも嫌われてた奴が襲われてたから、ネットの一部では正義の味方っぽく扱われてたんだけど、ここ最近はそれらしいことをしてない人も狙われてるみたい。1週間前は、普通に道を歩いてた高校生のグループが襲われたようでさ。幸い、けが人はいなかったみたいだけど」

「そうか…」

 

 ある程度は推測できる。元々は本人にとっても正義のつもりだったのだろうが、ガイアメモリの毒素の影響で捻じ曲げられたのだろう。

 勿論、どのような理由があろうと誰かを傷つけている以上、それを見逃すわけにはいかない。このまま放っておけば、被害はより大きくなるだけだ。

 

「ああ、そう言えば」

「ん?」

「襲われた人達は怪物に襲われたって言ってるんだけどさ、その姿が」

「こんな感じか?」

 

 ウォッチャマンが説明しようとすると、背後から誰かが声を掛けてくる。

 

「うん? ああ、そうそう、そんなかん…」

 

 振り向いた先に居たのは、がっしりとした体つきのドーパント。胴体は鮫の顔を模しており、両腕には巨大な鰭が付いている。

 

「私を嗅ぎまわろうとするな。邪魔をするようなら、噛み千切るぞ!」

「「「ひいいいいいっ!!」」」

 

 どすの利いた声に恐怖を感じる亜樹子とウォッチャマン、風麺のマスター。

 

「おい亜樹子、二人を頼んだ!」

「うっ、うん!!」

「さあ、てめえはこっちに来やがれ!」

 

 翔太郎は全員に逃げるように促すと、自分は目の前のドーパントに挑発し別の方向へ走る。

 

「待てっ!!」

 

 ドーパントに追いかけられながら、翔太郎はスタッグフォンを操作し、フィリップへ連絡する。

 

『やあ翔太郎。ちょうど検索が終わったところでね』

「検索? いや、そんなことはどうでも良い! ドーパントだ!」

『ああ、分かった。変身だね?』

 

 フィリップも翔太郎が言わんとしようとしていることをすぐに理解した。

 

「行くぜ相棒」

 

 翔太郎はダブルドライバーを装着し、ガイアメモリを起動させる。

 

〈JOKER〉

 

「「変身!!」」

 

 そしてドライバーのスロットの片方に、フィリップの下からサイクロンメモリが転送され、それと翔太郎が持つジョーカーメモリの二つがドライバーに装填された。

 

〈CYCLONE〉

〈JOKER〉

 

 そしてその姿は緑の右半身と、黒の左半身を持つ仮面ライダーWへと変わり、翔太郎を追いかけていたドーパントは、思わず声を上げる。

 

「まさか貴様っ!!」

 

 今、仮面ライダーとドーパントの戦闘が行われようとしているまさにこの時、遠くから何者かが双眼鏡でこの光景を覗いていた。




全くと言い程、初の出番が無い…。
後編にはちゃんと登場する予定ですので、お待ちください。


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23話 暴かれるM/狙われた探偵 後編

 目の前に立つドーパントの姿を見て、フィリップはすぐにそのメモリの名前に辿り着く。

 

『翔太郎、恐らく奴のメモリはメガロドンだ』

「ん、なんだそりゃ?」

 

 聞き慣れない名前に疑問を浮かべる。

 

『新生代に生息していた巨大な鮫だ。恐らく水中の戦闘が得意だろうから…』

「水辺には近づけるな、ってことだな」

 

 フィリップが伝えようとしている言葉をすぐさま理解した翔太郎は、そのままメガロドン・ドーパントへ向かっていく。

 

「おらあっ!!」

 

―ガギィン―

 

 そして勢いよく拳を振りぬくが、その一撃は金属音に似た音と共に防がれる。

 

「はっ、仮面ライダーとはその程度かっ!!」

 

 こんどはWの一撃をその体で受け止めたドーパントが鋭利な右腕の鰭で斬りかかろうとするものの、Wはすぐさまその場から飛び退き避ける。

 

「こいつ、硬え!!」

『なるほど。奴の防御力は並じゃないようだ』

 

 冷静にドーパントを分析すると、フィリップは右腕を動かし別のメモリを取り出す。

 

『それなら、これでいこうか』

 

〈HEAT〉

 

 そしてドライバーの右のスロットに差し込むと、右半身が鮮やかな赤に変化する。

 

〈HEAT〉

〈JOKER〉

 

 変化が完了すると共に、その右腕が炎に包まれた。

 

『これでも』

「喰らいやがれっ!!」

 

 二人の息が合い、高熱の拳がメガロドン・ドーパントの腹部を狙い撃つ。先程はその頑強な体によって防がれた。しかし今度は攻撃力を増大させるヒートメモリの力を使っている。その威力はサイクロンメモリを使用していた時の倍。

 

「ぐあっ!!」

 

 さすがにこの一撃を防ぐことは出来ず、思わずうめき声を上げて後退した。

 

「ちっ、私の邪魔をするな!」

 

 メガロドン・ドーパントが威勢よく叫ぶと、両腕の鰭がさらに巨大化し、刃ともいえる形状へと変化する。

 

『気をつけろ、翔太郎!』

「ああ、分かってる!」

 

 見るからに近接戦を狙ってきているメガロドン・ドーパントに対抗するように、Wは左腕で銀色のメモリを取り出し、スロットに挿入する。

 

〈HEAT〉

〈METAL〉

 

 ドライバーから音声が流れると、左側が金属特有の輝きに包まれ、基本形態の中で最も攻撃力と防御力に優れたヒートメタルへと変化する。

 そして向かってくるメガロドン・ドーパントの鰭を、手にした棍―メタルシャフトで防ぐも、その力は予想以上で耐えきれずに膝をつく。

 

「くっ、なんて馬鹿力だよ!?」

『こいつのパワー、予想以上だっ…』

 

 さらにメガロドン・ドーパントの胴体にある鮫の口が開き、メタルシャフトに咬みかかる。

 

「『なっ!?』」

 

 二人は驚き、思わずメタルシャフトから手を放してしまう。

 

「ふん。不味いな」

 

 そのままメタルシャフトはまるで駄菓子のようにバリバリという音を立てて噛み砕かれた。

 

「まじかよ…」

 

 目を疑う光景に呆然としてしまう。

 

「さあ、次はお前の番だ!」

 

 そう言って再び走り出すメガロドン・ドーパント。さすがにメタルシャフトが無い以上、メタルメモリの力は十全に発揮することは不可能だ。そのためすぐさま左側のメモリを運動能力に優れたジョーカーに戻し、ギリギリのところで攻撃を躱す。

 ここまで様子を見た限り、メガロドン・ドーパントの防御力、そして攻撃力がかなり高いことは分かった。その防御力を突破するにはヒートメモリでなければ難しい。しかしヒートジョーカーではダメージを与えられても決め手にはならず、ヒートメタルは先程破られた。残るはただ一つ。

 

〈HEAT〉

〈TRIGGER〉

 

 W最大の火力を誇る射撃形態、ヒートトリガー。それ故に不安定かつ危険な形態でもあり、近くに人が居れば巻き込みかねないほどのパワーがある。幸い、今ここに居るのはWとメガロドン・ドーパントのみであるが。

 

「いくぜっ!!」

 

 そう言って手にした拳銃―トリガーマグナムから炸裂弾が放たれる。

 

「喰らうかあっ!!」

 

 しかしメガロドン・ドーパントは両腕をアスファルトに突き立てると、そのまま巨大な塊の形に抉り取りWに向かって投げつける。

 

「まじかよっ!?」

 

 投げられたアスファルトの塊はWの弾丸とぶつかり合い、粉々に砕けるも弾丸を相殺することに成功した。

 

『さすがのパワーだ。これは危険だね』

「冷静に言ってる場合かよ!?」

 

 睨み合う仮面ライダーとメガロドン・ドーパント。しかし、ドーパントは何かを思い出したかのような素振りを見せた。

 

「ちっ。さすがにずっとお前の相手をする時間は無いんでな…」

「何だと?」

「もし、まだ私の理想を邪魔するようなつもりなら容赦はしない!」

 

 そう言って背を見せ逃げるようとするメガロドン・ドーパントに弾丸を撃ち込もうとするものの、突如として左半身に大きな衝撃を受け、そのまま体勢を崩す。

 

「くっ!?」

 

 辺りを見渡すが、そこには誰も居らず、メガロドン・ドーパントも姿を消していた。

 

『一体、何だったんだ?』

「分からねえ。だけど、前にも似たようなことがあったような…?」

 

 記憶を探るが思い出せない。

 仕方なく変身を解き、逃がした亜樹子達と再び合流することとした。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

 一仕事終えた彼女―二宮初に声を掛けたのは紺のスーツと黒ぶち眼鏡を掛けた男。

 彼女は変身を解くと、男に疑問を投げかける。

 

「それであれを逃がしたわけですが、どうするつもりなんですか?」

 

 先程、仮面ライダーに攻撃を加えたのは、この男の提案によるものだ。元々、園咲来人(フィリップ)を捕えるように命じられた彼女は、何人かの構成員と共に仮面ライダーの様子を観察していた。

 ある者は「あの事務所を襲撃すれば良いのでは?」なんて言っていたが、命令は「来人を無事に屋敷に連れてくること」であり、下手に襲撃して傷つければ、主人から何をされるか分からない。その上、彼らには『エクストリームメモリ』もある。来人の体をデータ化して取り込むことが可能なあのメモリがある以上、生身の彼を捕まえてもそれで逃げられてしまう可能性がある。

 そのため初はある隙を狙って仮面ライダーの様子を観察していた時に、先程の騒動が起きたのだが、その最中に初の目の前に立っているこの男が、「あのドーパントが無事に逃げられるように出来ませんか?」と提案してきた。

 意味は理解できなかったものの、とりあえずそれに乗ることにした初が変身し、仮面ライダー達に気付かれないように攻撃を加えたというのが顛末だ。

 そしてこれを提案した男は、楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「いえ、彼を利用してみようかと思いまして」

 

 

 

 

 

「まさか奴が仮面ライダーとは…」

 

 路地裏で壁に手を吐くメガロドン・ドーパント。先程まで仮面ライダーと争っていた場所からは大分離れているため、もう大丈夫だろうがその心は焦りに包まれていた。

 

「私の正体に気付かれる前に奴をどうにかしなければ…」

 

 しかし、先程戦ってみて分かったが、仮面ライダーは予想以上に強い。

 私の理想にはあと少し…。だが奴らを野放しには出来ない。どうすれば…。

 そんなことを考えていた彼に近づく一つの影。

 

「誰だっ!」

 

 普通であればドーパントの姿を見た人間は驚き、あるいは恐怖の表情を浮かべるはず。しかし、彼に近づいて来たスーツの男は何のリアクションもせず、一台の携帯電話を差し出してきた。

 

「貴方と取引をしたいのですが」

「何?」

 

 訝しむものの、目の前の男が自分がメモリを買った連中と同じ存在であることに気付き、とりあえず変身を解いて差し出された携帯電話を耳に当てた。

 

『もしもし?』

「取引とは何だ? 私の正体をばらすつもりか?」

 

 恐らく連中は自分の正体を知っているはず。そのため思わず語気を荒げるが、電話先の相手は苦笑したように答える。

 

『そんなことはしません。ただ、貴方は仮面ライダーを知っていますね?』

「それがどうした?」

『彼らを倒すお手伝いをさせていただきたいと思いまして』

「何だと?」

 

 確かにこの提案は自分にとってまたとないものだ。だが、何故そんなことを向こうが提案してくるのかが分からない。どうするべきか迷いつつ、重い口を開く。

 

「…どういうつもりだ」

『先程、貴方が仮面ライダーと戦うところを見させていただきました。そして我々としても仮面ライダーは大きな障害になる存在でして。そのため、お互いにとって敵である仮面ライダーを排除するための同盟を組みませんかというお誘いですよ』

 

 …理由は分かった。だが連中が大きな組織であることは彼も十分理解している。それが簡単に同盟なんて言うだろうか…。信じることは出来ない。しかし、ここで手を組めば大きな力となる。

 迷った果てに彼が導き出した結論は、

 

「…分かった、手を組む」

『ありがとうございます。今後はこの携帯電話を通してお互いに情報を交換するということで』

「ああ」

 

 自分の理想の為、止まることは許されない。しかしそんな彼の決意が歪んだものであることには彼自身は全く気付いていないのが悲劇だろうか。

 そして彼の目の前にいるスーツの男も一礼してその場から立ち去る。

 

「ふう…」

 

―カランッ―

 

「っ!?」

 

 溜息を吐き、これからのことを考えようとしていた彼の耳に空き缶を蹴飛ばしたような音が届く。

 その音の方向に視線を向けると、黒い影が走り去っていく。

 

 不味い。まさか見られたのか!?

 

 思わず追いかけるも、既にその影は人通りの多い道へと消え見失ってしまう。

 どうするべきか彼が迷っていると、足元に何かを見つけた。それは近くの小学校で使われている名札。そこに書かれた見覚えのある名前を見て、彼は歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【次回 仮面ライダーW】

亜樹子「それじゃあ、行ってくるね…」

???「あたしにはあたしの生活があるの!!」

メガロドン・ドーパント「お前には消えてもらう!」

フィリップ『エクストリームが!?』

亜樹子「ねえ、まさか…」

 

暴かれるM/正体不明

 

これで決まりだ!




ドーパント情報

メガロドン・ドーパント
●記憶:メガロドン
●メモリのデザイン:海面から顔を出した2頭のメガロドン(M)
●姿:鮫の顔を模した胴体を持つ。両腕には鋭い鰭。
●能力:怪力。
    あらゆるものを噛み砕く胴体の口。


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24話 暴かれるM/正体不明 前編

諸事情により更新が滞りそうです。
12月中には後編まで投稿できるように頑張りたいと思います。


 メガロドン・ドーパントに逃げられた後、事務所に戻るとフィリップが亜樹子に声を掛けた。

 

「亜樹ちゃん。頼まれたことは検…」

「ちょーっと、こっち来ようか、フィリップ君!」

「おい、待て!?」

 

 そう言ってフィリップの手を引っ張りガレージに向かう。

 

「ったく。検索してもらおうと思っていたのによ」

 

 集まった情報を元に、あのドーパントの正体を検索してもらおうと思っていたが、亜樹子がガレージへ繋がる扉に鍵を掛けたため、中に入ることが出来ない。

 

「亜樹子の奴、何を調べてやがったんだ?」

 

 まあ、どうせくだらないことだろうな。そんな風に思いつつ、何をして待とうか考えた。

 

 

 

 

 

 風都にある1LDKのアパート。その浴室で一人の女性―二宮初がシャワーを浴びていた。

 何時間も探偵の後を付け回し、大した成果は得られず。ただ、汗を掻くだけの徒労に終わった。しかしあのドーパントと話し合いをした使用人の男が提案した作戦。確かにあのドーパントの力なら期待できるかもしれない。後は私がミスをしなければ…。

 思わず自分を抱きしめる。私はただ与えられた仕事を為すだけ…。そうすれば良い。そうしてさえいれば良い。それが出来なければ…。

 シャワーを止め、悪い予感を振り切るように浴室を出る彼女。その背中には生々しい火傷の痕があった。

 

 

 

 

 

 翌日。翔太郎がソファで眠っているのを確認した亜樹子は、静かに外出の準備を整える。

 

「フィリップ君。翔太郎君には秘密にね…」

「…本当に行くつもりかい? 大葉誠の母親の家に」

「うん。何が出来るとか、そんなわけじゃないけど…。でも信じたいんだ…」

 

 亜樹子も父親と長らく離れて暮らしていた。それ故に境遇こそ違うが、親と離れて暮らしているという点で同じ誠のことが気に掛かる。そんな彼が信じている母親だ。もし誠のことを本当に後悔しているなら、何かメッセージぐらい伝えてあげても良いだろう…。

 そんな思いが亜樹子の中には有った。

 

「それじゃあ、行ってくるね…」

 

 そう言って亜樹子は事務所から出る。向かうは吹谷町にあるとあるマンション。どこか緊張しながら向かう亜樹子。しかしそれを尾行する一つの影があることに、亜樹子は気付いていなかった。

 

 そして事務所では、フィリップがソファに眠る翔太郎に視線を向ける。

 

「起きているんだろう、翔太郎?」

「…ああ」

 

 目を開けて体を起こす。その表情は複雑そうだ。

 

「全く、首突っ込み過ぎんなって言ったのによ…」

「じゃあ、なんで止めなかったんだい?」

 

 フィリップに痛いところを突かれ思わず黙り込む。

 

「全く、それだから君はハーフボイルドなんだよ」

「っハーフボイルドじゃねえっての!」

 

 フィリップに揶揄われ、いつものように言い返す。

 

「まあ…、あいつの気持ちも分からなくは無いからな…。さすがに前のようなことにはならないだろ」

 

 そう言って思い出すのは亜樹子が勝手に園咲家に潜入した出来事…。あの時は依頼人の身を危険に晒したが、それを機に彼女も探偵としての動き方を身に付けたと思っている。

 それは亜樹子に対する翔太郎の信頼でもあった。

 

「とりあえず、検索を頼む」

「ああ。分かったよ」

 

 そして二人はガレージに向かう。

 

「検索項目は『メガロドンのメモリの持ち主』」

「一つ目のキーワードは、『西夕凪町』」

 

 被害者は全員、西夕凪町内で襲われていた。さらに聞き込みを開始してから翔太郎を襲撃するまでの時間が短かったことを考えると、近辺に住んでいるか働いている可能性が高い。

 

「二つ目のキーワードは『正義』」

 

 当初の被害者は地元では迷惑がられていた者ばかり。単純に自分が気に食わないから、という理由も考えられたが、西夕凪町全域で事件が起きていること。そしてドーパントが口走っていた理想という言葉。これらから奴が歪んだ正義感から行動していると翔太郎は推測していた。

 

「三つ目のキーワードは『女』」

 

 そして御堂の目撃情報を基に決め手と成りうるキーワードを入れる。しかし、フィリップの口から出たのは、予想もしない言葉だった。

 

「…該当…ゼロ。そのキーワードに当てはまる人間はいない」

「何だと!?」

 

 まさかの該当ゼロ…。それはメガロドンメモリの所有者が居ないということになる。

 

「どういうことだ? まさかキーワードが間違っていたのか?」

「…まさに、正体不明ってところだね」

 

 今までにない事態にどうすれば良いのか分からない二人。だが、

 

「それなら、次に狙われる人間を検索したらどうだ?」

 

 扉から掛かる声。二人がその方向に目を向けると、そこに居たのは赤いジャケットが印象的な男。

 

「照井! お前、何の用だ?」

「元々こちらである程度調べていたんだが、所長に頼まれてな…。ドーパントに襲われた可能性がある被害者について纏めてきた」

 

 そう言って翔太郎にファイルを手渡す。目を通すと、翔太郎が把握していない者もそこには書いてある。

 

「一番新しいものだと2週間前のだな」

 

 照井に言われ、そこを読むと目を見開く。

 

「おい、これ…」

 

 そこにあったのはある劇団の名前。メンバーの何人かが襲われけがをしたと書いてあるが、重要なのはそこではない。翔太郎には覚えがあった。それはこの間、風都イレギュラーズの手を借りて催し物を行うこととなったあの依頼。そこで元々劇を行うはずだった劇団がそこに書かれていた。

 

 

 

 

 

 児童養護施設『みかづき』。その奥にある職員の部屋で、加奈子はあるものに目を通していた。それは今まで保護してきた子供達について書かれたもの。

 長年、この施設で働いてきた加奈子にとって、そこに記された子供達は一人一人思い出がある。時に心が折れそうになったこともあるが、更生した親に引き取られた子、新しい里親に引き取られた子、自らの力で巣立つことを決めた子。その子たちが魅せる笑顔を見るだけで幸せだった。時には成長した姿で訪れてくる子も居て、再会すると思い出話に花を咲かせることも少なくない。

 しかし、そんな加奈子でも笑顔にできなかった子供はいる。

 あるページに目を通すと、そのまま視線を開いた窓に向ける。玄関からは見えない裏手。そこにも十分光は届き、職員が世話をしている花壇が有った。時に一部の子供達も手伝ってくれるが、数年前までは一人の子のお気に入りの場所のようだった。

 

「貴方は今、何をしているのかしらね…」

 

 誰に言う訳でもなく呟く。そのまま静かにページを捲ろうとすると、部屋をノックする音が聞こえた。

 

「加奈子さん、居ますか!」

「あら、どうかした?」

 

 入って来たのは入って間もない職員。毎日大変だと言っているが、笑顔で頑張ってくれる男性だ。そんな彼がいつもとは違う慌てた表情を見せて部屋に入ってきた。

 

「失礼します! 誠君がどこにいるか知りませんか!?」

「誠君?」

「はい。学校から欠席しているという連絡が来て!」

「え!?」

 

 今朝、子供達が学校に向かうのを職員で見送ったはずだ。もし、本当に誠が学校に行っていないのだとすると一大事だ。思わず、最悪の状況が頭に浮かぶ。だが、それ以上に予想外の言葉が続く。

 

「それで建物の中を調べたんですが、こんなものが!」

 

 それは施設で取っている新聞に挟まれたチラシ。その裏には油性ペンでこう書かれていた。

 

『用事があるので学校を休みます。ちゃんと帰って来るので、気にしないでください』

 

 それに目を通した後、加奈子は職員に声を掛ける。

 

「とりあえず貴方は近くで誠君を見た人がいないか聞いてきて! 私も思いつくところに電話を掛けていくから!」

「はい!」

 

 どたばたと部屋を出ていく二人。

 机の上に残った記録。その開かれたページには、無表情な少女の写真が貼り付けられていた。



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25話 暴かれるM/正体不明 中編

「…確かこの辺りだよね」

 

 電車を乗り継いで亜樹子が辿り着いたのは吹谷町。フィリップの検索の結果によると、この近くのアパートに誠の母親がいるそうだ。

 

「ここまで来たんだし、行かなきゃね…」

 

 そう決意し、歩みを進めようとした亜樹子の視界に一人の女性の姿が映る。

 

「あれ…?」

「…久しぶり」

 

 それはかつて園崎邸で出会ったメイドの一人である二宮初。会うのは実に4か月ぶりになるだろうか。服装もメイド服では無くシンプルなTシャツを着ている。

 

「久しぶり! こんなところでどうしたの?」

「仕事の関係上、こちらの方に用事があって。亜樹子さんこそどうしてここに?」

「いやあ、何というかこっちも仕事かな…。あんまり内容とかは言えないけど」

 

 そう言って頬を掻く。さすがに内容が内容であるために、他人に漏らすことは出来ない。

 

「そうですか。それじゃあ、また今度ゆっくり話しましょう」

「うん。それじゃあね」

 

 短い時間であったが、懐かしい顔を見れて先程まで感じていた緊張が緩む。

 そして再び目的の場所へ歩き始める亜樹子。だがその姿が見えなくなると、初は携帯電話を取り出す。

 

「発信器を付けることに成功」

『了解。こちらも探偵が行動したのを確認しました』

 

 亜樹子が持ち歩くバッグ。先程、別れるときに初がシール状の発信器を貼り付けていたことに、亜樹子は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

 翔太郎は重い溜息を吐く。

 結局、次に狙われる対象についてもフィリップが検索してみたが、該当者が多すぎて絞り込むことが出来なかった。

 そのため新たな手がかりを探すべく、照井は被害者から直接話を聞きに行き、翔太郎は事件が起きた西夕凪町へ再度足を運んでいた。しかし、得た情報は昨日聞いたものとほぼ同じ。これではドーパントの正体も、次の被害者についても絞り込むことが出来ない。

 

「どうすっかな…」

「すみません!!」

 

 再び溜息を吐く翔太郎に誰かが声を掛ける。振り向くとそこに居たのは息を切らした男性が居た。その首に掛けられた名札には、昨日赴いた施設『みかづき』の名がある。

 

「この近くで小学生の男の子をみませんでしたか?」

「いや、見てねえけど…、どうしたんだ?」

「…男の子が一人、行方不明なんです」

「なんだって!?」

 

 思わず目を見開く。ドーパントが事件を起こしているのはこの地域だ。もしかしたら襲われた可能性がある。そうでなくとも翔太郎は、子供が行方不明と聞いて見て見ぬ振りが出来るような人間では無かった。

 

「おい、その子供ってどんな子だ! 俺も手伝う!」

「いえ、そんな見ず知らずの方に手伝ってもらうなんて…」

「俺は探偵だ。少しは役に立つ。それに子供に万が一の事があるかもしれないのに放っておけるわけないだろ」

 

 翔太郎の言葉に押し黙る男性。しかし、今優先すべきはその子の身の安全だ。

 

「…分かりました。お願いします」

「おう。任せろ」

「それでこの子なんですが」

 

 そう言って男性は手に持っていた携帯で一枚の写真を見せる。

 

「おい、この子って…」

 

 それは大葉誠の写真。

 翔太郎の脳裏には朝の出来事が思い起こされる。

 

『…本当に行くつもりかい? 大葉誠の母親の家に』

『うん』

 

「まさか…!?」

 

 一つの仮説が思いつき、翔太郎は亜樹子に電話を掛けるも繋がらない。仕方なく、今度はフィリップに掛ける。

 

『どうしたんだい、翔太郎?』

「おい! 今すぐ亜樹子がどこに行ったか教えろ!」

 

 

 

 

 

 亜樹子はアパートの一室の扉の前まで辿り着いていた。

 先程まで携帯電話が鳴っていたが、翔太郎からの着信だったため、出るのを躊躇ってしまった。

 

「…後で謝らないとね」

 

 結局電話はすぐに切れてしまったので、帰ったら何の用事なのか聞く必要があるだろう。とりあえず今は自分のやるべきことをやろう。

 

「…よし」

 

 決心してインターホンを鳴らす。しばらくして中から物音が聞こえ、そして扉がゆっくり開く。

 

「あー、えっとどなた?」

 

 中から出てきたのは、ショートカットの茶髪が特徴的な女性。服装も小綺麗。確か、WIND SCALEの新作。亜樹子も欲しかったが、値段が高かったために諦めたものだ。

 

「えっと、大葉里香さんですよね? 鳴海探偵事務所の所長の鳴海亜樹子って言います」

 

 亜樹子が名乗ると、里香は怪訝な表情を見せる。

 

「探偵が何の用よ」

「ちょっとお話を聞きたくて」

「あー、後にしてくれる? これからデートなのよ」

 

 明らかに迷惑そうに顔を歪めるが、ここで引くわけにも行かない。

 

「あの…あなたの息子の誠君について話を聞きたくて…」

 

 その一言を口にした瞬間、里香の雰囲気が一変する。

 

「何? あいつは今、施設にいるんでしょ? もうあたしとは関係ないじゃない」

「…え?」

 

 冷たく突き放すかのような一言に、思わず目が点になる。

 

「誠君はあなたの息子ですよね?」

「だからどうしたっていうの? 大体、あいつが居たせいで、あたしは不自由になったんだから…」

 

 そして、里香が紡いだ一言に愕然とする。

 

「あんな子供、産むんじゃなかった」

「っあんたねえ!!」

 

 堪忍袋の緒が切れ、亜樹子は里香の襟を掴む。

 

「それでも母親なの! あの子にとってあんたは掛け替えのない家族なのよ!!」

「だから施設に預けられてるんだから、もうあたしとは縁が切れたも同然でしょ! あたしにはあたしの生活があるの!!」

 

 お互いに怒鳴り合う。しかし、その光景を見ていた一つの影があった。

 

「…お母さん?」

「っ!?」

 

 亜樹子が横に視線を向けると、そこには誠が居た。

 本来ならば学校にいるはずなのに…

 

「…どうしてここにいるの?」

 

 そして里香もそれに気づいたようで、鬱陶しそうな視線を誠に向ける。

 

「何よ、あんたも居たの?」

「お母さん、嘘だよね?」

「全く、聞いてたなら分かるでしょ? もうあたしとあんたは他人なんだから、さっさと消えてくれない?」

 

 その言葉に誠は俯き、そしてどこかへと走り去る。

 

「誠君っ!!」

 

 亜樹子は里香に対する怒りは消えていなかったが、だからと言って誠を放っておくわけにはいかず、その後を追う。

 

「全く、何だったのよ…」

 

 そして残された里香の呟きは誰に届くわけでもなく消えていった。

 

 

 

 

 

 涙を流しながら脇目も振らず誠は走る。

 

(どうして…どうしてお母さんは…)

 

 今朝、探偵に話したいことがあったため事務所に向かうと、母の住んでいる場所が分かったと言っていたので、気になって後を付けていたのだ。

 電車などを乗り継いだため、溜めていたお小遣いはほとんど使いきってしまっていたが、それでも母に会えるのならば惜しくは無かった。

 しかし、ずっと会いたかった母から告げられたのは非情な言葉。

 

『あんな子供、産むんじゃなかった』

 

 信じていたものに裏切られた誠はただ走る。どこに向かう訳でもない。ただあの言葉を思い出してしまうと、それだけで苦しくなるから。

 

「うわっ!?」

 

 目の前もよく見ずに走っていた誠が何かにぶつかり、尻餅をつく。

 顔を上げた先に居たのは…

 

「よう?」

「…あ……ああっ」

 

〈MEGALODON〉

 

 そこに居た影は一瞬にしてドーパントに姿を変える。

 

「私の正体を見たな?」

 

 そう。誠は昨日、このドーパントが人間に戻るところを目撃している。元々はそれを教えるために事務所に向かっていたのだ。

 

「知られてしまったからには生かしておくわけにはいかない。それに元々目障りだと思っていたんだ」

 

 そう言ってメガロドン・ドーパントはその腕を誠に近づける。

 

「あ、あ…」

「お前には消えてもらう!」

 

 誠は思わず誰かに助けを求めようとする。だけど、誰に?

 

『さっさと消えてくれない?』

 

 母からの言葉が胸に突き刺さる。

 そうだ…、誰も味方なんていない。僕のことを助けてくれる人なんて…。

 誠の表情が絶望から諦めに変わる。

 

「死ね」

 

 そして誠がドーパントの手に掛かろうとした時、

 

「させるかよっ!!」

 

 突如として現れたバイクが勢いよくぶつかり、不意を突かれたドーパントは吹き飛ぶ。

 

「ぐあっ!?」

 

 そして遅れて姿を現した亜樹子は、その姿を見て声を上げる。

 

「翔太郎君!?」

「ったく、まさか次のターゲットがこいつだとはな…」

 

 そう言って視線を下に向けると、誠は虚ろな目でただ黙り込む。

 

「…遅かったか。仕方ねえ。亜樹子、こいつと一緒に避難してろ!」

「う、うん…」

 

 亜樹子は誠を何とか立ち上がらせ、その場から離れる。

 

「全く、どれだけ私の邪魔をすれば気が済むんだ!!」

 

 怒りを込めてこちらを睨むドーパントに翔太郎は言い放つ。

 

「どこまでも邪魔してやるよ、俺達はな」

 

 そして腰にドライバーを装着する。

 

〈JOKER〉

 

「変身!」

 

〈HEAT〉

〈JOKER〉

 

 再度相対する仮面ライダーとドーパント。だが仮面ライダーは気付いていない。誠だけでなく自分もまたターゲットであることに…



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26話 暴かれるM/正体不明 後編

本日2回目の投稿です。


「うん。吹谷町の駅の近く! そこにドーパントが居るから!」

 

 照井に電話を掛け、翔太郎達が居る場所を告げた後、再び誠の手を取り走る亜樹子。その心は後悔に包まれていた。自分が軽率な真似をしなければ、これほどまでに誠を傷つけることは無かったのだから。

 当の誠の顔には感情がすっぽりと抜け落ちたようになっている。母親からの心無い言葉に加え、ドーパントに命を狙われたのだから仕方ないのかもしれない。

 とりあえず、今は誠を安全な場所まで送り届けることが最優先だ。

 

「あれ?」

 

 出来る限りドーパントから離れ人目の多いところまで向かっていると、進行方向にスーツを着た男たちが立ちふさがる。そして男たちはガイアメモリを取り出すと、首元に挿す。

 

〈MASQUERADE〉

 

 それと同時にその顔が異形へと変化する。

 

「ええっ!?」

 

 一斉に向かって来るマスカレイド・ドーパント達から亜樹子は逃げ出す。

 しかし、普通の人間である亜樹子と、曲がりなりにもドーパントの集団では体力に差がある。ずっと逃げ続けることは不可能だ。

 

『おやっさんだってなあ、依頼者を危険に晒すようなことは絶対に許さなかったぜ!!』

 

 しかし、せめて誠だけは守らなければならない。それが探偵である自分のやるべきことなのだから。

 亜樹子は誠を連れ、狭い路地を走り抜ける。そしてある程度距離を引き離すと、建物の影に誠を隠す。

 

「あたしが囮になるから誠君はここで隠れててね!」

 

 聞こえているかどうかも分からないが、時間がない。亜樹子はわざと大きな叫び声を上げ、マスカレイド・ドーパント達に追いかけられながらその場から走り出した。

 

 

 

 

 

「『はあっ!!』」

 

 前回の戦闘でメガロドン・ドーパントの能力は学習している。最初からヒートジョーカーに変身し、高熱を纏った拳を連発する。

 しかし、メガロドン・ドーパントも負けじと両腕の鋭い鰭を使い打ち合う。

 

「ちっ!! やっぱり厄介だな」

 

 怪力を持つメガロドン・ドーパント相手に接近戦はやりにくい。だからと言ってトリガーに変身しても、前回のように防がれる可能性がある。

 

『こうなったら、あれしかないね』

「エクストリームか」

 

 W最強のメモリ、エクストリームメモリ。それは翔太郎とフィリップの二人が文字通り一心同体となるメモリである。これを使用した形態サイクロンジョーカーエクストリームになれば、その場で瞬時に必要な情報を得ることで、最も有効な戦術を発揮することが可能となる。

 だが、二人が意識を逸らしている間に、メガロドン・ドーパントが肉薄してくる。

 

「『なっ!?』」

「今度こそ食いちぎってやる!」

 

 そして胸にある口がWを噛み砕こうかと大きく開くが、何とか両腕でそれを止める。だがその力はすさまじく、少しずつ牙がWの体に届かんとする。

 

「おい、やべえぞ!!」

 

 しかし咄嗟に防いだため体勢は左ひざを地面につけている状態でうまく力が入りにくい。その上、両腕が塞がっていては他のメモリも使用不可能だ。

 そんな二人のピンチにメガロドン・ドーパントは不敵な笑い声を上げる。

 そしてその牙がWの体を貫こうとした時…

 

「はっ!!」

 

 今度は赤い影がメガロドン・ドーパントを切り裂いた。

 

「一体何なんだ!?」

 

 その影は長剣を携え、ドーパントを睨む。

 

「俺に質問するな!」

 

 その影の名は照井竜―仮面ライダーアクセル。亜樹子の連絡を受け、変身して駆けつけたのだ。

 

「また、別の仮面ライダーだと!?」

「全く、来るのが遅えよ」

「ふんっ、悪かったな」

 

 悪態を吐く翔太郎に、そっけなく返答する照井。これで2対1。状況は一変する。

 

「よし、一気に決めるぞフィリップ」

『ああ!』

 

〈CYCLONE〉

〈JOKER〉

 

 Wがメモリを交換すると同時に、特徴的な音声と共にエクストリームメモリが姿を現し、Wの頭上に滞空する。

 このままならばWがエクストリームへと変化し、そのままアクセルと共にドーパントの撃破に成功していただろう。だが、この瞬間を待っていた者が居た。

 

「なんだ!?」

 

 突如として出現した幾重もの布が、エクストリームに巻き付きその動きを封じる。

 

『エクストリームが!?』

 

 この布は今まで何度か見たことがある。その根元に視線を向ければ、あの謎のドーパントが右手を伸ばしたポーズで立っていた。その姿を見つけたメガロドン・ドーパントの声色には喜びが満ちている。

 

「おお、あんたか! それじゃあ、後は任せた!」

 

 そう言って逃げ出すメガロドン・ドーパント。アクセルが追いかけようとするが、

 

「ぐっ!?」

 

 強い衝撃を受け、転倒する。前にスイーツ・ドーパントを襲った時と同じものだろう。さらに翔太郎の脳裏には昨日の出来事が思い起こされる。それはメガロドン・ドーパントを追いかけようとした場面。見えない衝撃というのはあの状況とよく似ている。もしかすると、こいつは昨日からずっと狙っていたということになる。

 少なくとも、このドーパントを倒さなければメガロドンを追いかけることは出来ないと判断したWとアクセルはそれぞれ戦闘態勢を取る。しかし、ドーパントが放った言葉は予想外のものだった。

 

「別に私は戦いたいわけじゃありません。出来ればこのまま大人しくしてくれると助かるのですが」

「何だと?」

 

 仮面の下で怪訝な表情を浮かべる3人。大人しくしていろとはどういうことなのか。

 

「私の目的は園咲来人の確保です。それさえ出来れば手出しはしません」

「なんだと!」

『なるほど。やはり組織の人間か…』

 

 園咲家で出会ったこと、そして幹部と一緒にいたことからその可能性はあらかじめ考えていた。しかし、まさかエクストリームメモリを確保するなんて方法を使うとは…。

 エクストリームメモリの内部にはデータ化されたフィリップの体が入っている。つまりこの状況はフィリップを人質にされてるも同然であるということだ。

 

『どうする翔太郎?』

「どうもこうもねえだろ。何とかしてエクストリームを取り戻さねえと…」

『だが、奴のメモリの能力がまだ分からない…。下手に手を出すわけには…』

 

 このドーパントと出会った回数は僅か。情報も少なく、手掛かりが無いのが現状だ。

 そしてドーパントはさらに口を開く。

 

「もし、こちらの条件を飲むのなら、彼女もお返ししますが?」

「何?」

 

 そう言うと、今度は複数のマスカレイド・ドーパントが姿を見せる。そしてその内1体が縄で縛られた亜樹子を抱えていた。

 

「亜樹子!?」

「ごめん、翔太郎君…」

 

 どうやら怪我は無いようだが、もし条件を飲まなければどうなるか分からない。しかしフィリップを組織に連れて行かせるわけにも行かない。

 

「私の事は良いから、フィリップ君を!」

 

 自分を見捨てろと伝える亜樹子。しかし、翔太郎もフィリップも照井もそんなことは出来ない。だが、どうすれば…。

 

 そんな彼らを近くの建物の屋上から見下ろす、もう一つの人影。それは手に持った銃にガイアメモリを装填する。

 

〈BOMB MAXIMUM DRIVE〉

 

 そして放たれた光弾が、マスカレイド・ドーパント達の頭上に降りかかる。

 

「なっ!?」

「ええっ!?」

 

 その衝撃で亜樹子はマスカレイド・ドーパント達の手から逃れることに成功する。さらに今度はどこからともなくファングメモリが現れ、その尻尾の刃でエクストリームメモリを捕えていた布を切り裂く。

 

「くっ!」

「良し! 人質は返してもらったぞ!」

 

 そんな中、照井は先程の攻撃を行ったものが誰なのか確かめるべく、視線を頭上へと向けたがそこには既に人の姿は無く、仕方なく今の状況を打開すべく動く。

 

〈TRIAL〉

 

 それをドライバーに装填すると、アクセルの姿は赤から黄、そして青一色へと変化を遂げる。それが超高速形態アクセルトライアル。以前、眼前のドーパントとの戦闘では通常の形態で戦闘がうまくできなかったため、何かをされる前に速攻で仕留めようという算段だ。

 

「行くぞ!!」

 

 Wは周囲のマスカレイド・ドーパントを引き受け、アクセルはその超加速で謎のドーパントに一瞬で詰め寄り蹴りを放つ。しかし…

 

「何だと!?」

 

 今度はそのドーパントも一瞬で消え、その攻撃を避ける。気が付くとその姿は30メートルほどまで離れていた。

 

「まさかこいつ、トライアルと同等のスピードが出せるのか!?」

 

 あまりのことに驚きを隠せない照井。その照井に対して今度はドーパントが右手を伸ばす。恐らく、先程と同じ衝撃波だろう。視認できないため、左右に細かく移動することで狙いが付けられないようにする。

 しかし、しばらくするとその速度が予想よりも速くなっていく。

 

「なんだ…?」

 

 まるでメモリの力が際限なく流れ込むかのような感覚。しかし、止まったら攻撃を受けるため、避け続けるしかない。

 

「大丈夫か、照井の奴?」

 

 Wも心配そうに見つめるが、マスカレイド・ドーパント達を倒しきるまで近づくわけにはいかない。

 

「ぐあっ!」

 

 そして途中でアクセルの動きが止まると同時に、トライアルメモリから全身に向かって電流が流れだす。照井はこれに経験がある。かつて井坂を倒すための特訓で何度も受けた痛みだ。

 

「照井!!」

 

 Wも何とかマスカレイド・ドーパント達を倒しきると、再び捕まることを警戒して隠していたエクストリームを再度呼び出す。だが

 

『なんだ!?』

 

 本来であればエクストリームメモリが頭上からゆっくりとダブルドライバーに降りながら装填・展開され、サイクロンジョーカーエクストリームに変身を遂げるのだが、何故か今は装填こそされても展開せずに固まったまま。

 

「一体、どうしたってんだよ!?」

 

 そのままエクストリームメモリから膨大なエネルギーが発生する。

 

『不味い、翔太郎! 今すぐ取り外すんだ!!』

「お、おう!」

 

 フィリップに言われるがまま、やや強引にドライバーからエクストリームメモリを取り外すと、行き場が無くなったエネルギーが周囲に弾ける。

 そして、全てを放出しきったエクストリームメモリはそのまま地面に落ち、内部からフィリップの肉体を吐き出す。

 

「くっ、一体何が起こったんだよ」

『原因は分からないが、何らかの影響でエクストリームメモリに不具合が起きて、そのせいで変身できなかったんだろう。そして変身のために必要なエネルギーが暴走して今のようになったってところかな?』

 

 そしてその何らかの影響を与えられる相手は一人しかいない。

 Wは謎のドーパントを睨みながら口を開く。

 

「一体、てめえは何者なんだよ…」

 

 無論その返答は変わらない。

 

「貴方に答える気は無いし、知る必要も無い」

 

 しかし、この場で唯一その返答に反応した人間が居た。

 

「今の…もしかして…」

 

 その呟きは誰にも届かない。

 いつの間にかアクセルもトライアルから通常形態へと戻っている。マスカレイド・ドーパントも既に戦闘不能となっており、相手こそ異なるものの2対1の状況に戻る。しかし、その相手が問題なのだ。トライアル並みのスピードを持ち、視認できない攻撃を放ち、さらには原理こそ不明だがこちらに干渉してメモリがうまく発動できないようにする。その上正体すらも分からない。これでは対抗しようもない。

 そして何より、奴の狙いはフィリップだ。今、こちらには完全に無防備なフィリップの体がある。

 

『今は撤退しよう。ここで戦うのは悪手だ!』

 

 フィリップの提案に舌打ちをしながら応じる翔太郎。それは逃げるしかない現状に対する悔しさの表れである。

 なぜかリボルギャリーも近くまで来ていたらしく、呼び出すとすぐに来た。そしてアクセルが何とか時間稼ぎをしているうちに乗り込んで撤退しようとするが、亜樹子だけは全く動かない。

 

「おい、亜樹子! 早く来い!!」

 

 翔太郎の言葉も耳に入っていないらしく、ただ目の前の謎のドーパントを見つめ口を開く。

 

「ねえ、まさか…初ちゃんなの?」

 

 その言葉にドーパントは一瞬動きを止めたような気がした。それでもなお動かない亜樹子を、アクセルが強引にリボルギャリーに連れ込む。

 

「ねえ、そうなの!?」

 

 再びドーパントが布を伸ばして捕えようとするが、再度ファングメモリがその布を切り裂いて防ぐ。

 そして全員が乗り込んだのを確認すると、その場から一目散に走り出した。

 暗い車内では変身を解いた翔太郎が、あることを心配する。

 

「とりあえず、まずは誠の無事を確認しないとな…」

 

 フィリップが狙われていることも問題だが、誠がメガロドン・ドーパントに狙われていたことも十分問題だ。

 

「亜樹子、誠がどこにいるか知ってるか?」

「…え? あ、うん…」

 

 心ここにあらずだった亜樹子も何とか持ち直したようで、誠を隠した場所を伝える。さすがにリボルギャリーで行くのは目立って仕方ないため、比較的ダメージの少なく、一人でもみかづきまで送ってやれる翔太郎が迎えに行くこととなった。

 そして車内に残された亜樹子は、再び呟く。

 

「どうしてなの…、初ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【次回 仮面ライダーW】

若菜「遅かったわね、来人」

加奈子「この子に手は出させません!!」

琉兵衛「そろそろ潮時か」

フィリップ『君のメモリの正体は…』

初「あ…」

 

暴かれるM/救われなかった少女

 

これで決まりだ!




嘘予告

新たな仮面ライダーの物語が始まる…。

新番組「仮面ライダーW ANOTHER STORY 仮面ライダーウィング」



謎の研究所から逃げ出す一人の少女『ソラ』…。

「私は一体、何のために…」

彼女を狙う組織『財団X』。

「さあ、楽しもうじゃないか!!」

そして出会う仮面ライダー。

「何が起きてるんだ?」
「実に興味深いねえ?」

少女が答えを見つけた時、新たな戦士が覚醒する。

「私はもう…、逃げ出したりなんかしない!!」

「変身!!」

新番組「仮面ライダーウィング」
気が向いたら執筆開始!

それでは皆様、良いお年を。


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27話 暴かれるM/救われなかった少女 前編

あけましておめでとうございます。

今回は3話連続更新。


「キーワードは『二宮 初』」

 

 地球の本棚に入り込んだフィリップの紡いだ言葉と共に、夥しい数の本棚が移動する。見慣れた光景だが、いつもとは異なる現象が起きる。

 

「これは…?」

 

 突如として本棚が動きを止める。今までには無かった状況に戸惑っていると、陰から一人の女性が姿を見せる。

 

「遅かったわね、来人」

「姉さん…」

 

 フィリップと同じく地球の本棚に入り込むことが可能な園咲若菜。その手には一冊の本が抱えられているが、鎖で厳重に閉ざされており、何とか題名を読むことは出来るが、中身を読むことは不可能だろう。

 

「もう既に彼女に関する記憶には鍵を掛けたわ」

「くっ…」

 

 あのドーパントの正体が彼女(二宮 初)であることに気付いた際の予防策だったのだろう。もっと早くに気付くことが出来ていれば…。

 そんな後悔を感じていると、いつの間にか若菜が目の前に立っている。

 

「さあ、大人しく戻ってくる気にはならない?」

 

 そう言って手を差し伸べてくるが、その誘いに乗る気にはならない。自分は仮面ライダーとして、そして家族として若菜を止めると決めたのだから。

 フィリップの表情から拒絶を読み取った若菜は諦めたように背を向け呟く。

 

「仕方ないわ。強引にでもあの子に連れて帰って貰うことにしましょう」

 

 そして若菜の姿は薄くなって消えゆく。

 残されたフィリップは、鎖が掛けられた本で埋まった棚に視線を向けるだけだった。

 

 

 

 

 

 あの後、翔太郎は無事に誠をみかづきまで送り届けることは出来たが、依然としてその心は回復していない。加奈子に事情を説明し謝罪したが、今回の件は自分達の不注意もあったとして苦情などは無かった。誠についてはしばらくは学校も休ませ傷が癒えるのを待つとのことで、加奈子の表情にはどこか悲しみや後悔のようなものが浮かんでいた。

 亜樹子にもそのことを伝えた。周囲への警戒が甘かった点はあるだろうが、今回は事故のようなものだから仕方ないとフォローしたが、それでも亜樹子の表情は晴れない。当たり前だ。自分の行動で依頼人を傷つけてしまった上に、知り合いがドーパントとして襲って来たのだから。

 

 そして日付も変わり現在、亜樹子の目の下には隈が浮かんでおり、その精神的な疲れを表しているかのようである。

 照井からの連絡によると、二宮初が暮らしていたとされるアパートはもぬけの殻。そして役所にある住民票等を含めた個人情報に関しても既に抹消されている。恐らく組織の工作によるものだろう。そして昨日、帰って来てさっそくフィリップが検索したが、こちらも既に園崎若菜による妨害を受けていた。

 

「やはり、あのドーパントの正体が二宮初なのは間違いないだろう」

 

 フィリップはそう結論づけるが、それが分かっても現状の大きな問題は解決していない。

 まず第一に二宮初のガイアメモリが不明であるということ。メモリの正体が分からなければ、対策のしようがない。現状分かっている能力は、全身を覆う布を伸ばしてこちらの動きを拘束するもの、トライアルに匹敵する高速移動能力、目で捉えることが出来ない衝撃波、そして何よりも厄介なのがこちらの動きや能力を制限する力。原理こそ不明だがエクストリームを不発にさせるほどの力だ。恐らくこれこそが彼女のメモリの正体に近づく手がかりなのだが、一体どのようなものなのかまるで見当がつかない。

 そしてもう一つはメガロドンメモリの所有者が不明であること。こちらも正体が掴めていない。このまま野放しにしていれば、それだけ多くの被害者が出る。

 どちらも暴かなければならないが、どちらもそれを暴くためのヒントが圧倒的に足りないという状況だ。

 

「仕方ねえ。俺はもう一度、聞き込みに言って来る」

 

 そう言って翔太郎は壁に掛けてある帽子を手に取ると、亜樹子に視線を向ける。

 

「お前はしばらく休んでろ。どうせろくに寝てねえんだろ?」

「うん…。ごめんね…」

「ったく、いつもの元気はどうした? お前はお前らしくやればいいんだよ」

 

 亜樹子の肩を軽く叩き、事務所から出て行く。

 

(あたしらしく、か…)

 

 亜樹子は考える。今、自分に出来ることは何か。自分のやるべきことは何か。それが翔太郎達の手助けになればいいと思いながら。

 

 

 

 

 

 同時刻、園崎邸の広間には琉兵衛と若菜が向かい合っていた。

 

「ふむ、気付かれたか…」

「ええ、お父様。一応、言われたとおりにしましたが」

 

 地球の本棚の中の初に関する情報を封じたのは琉兵衛からの指示によるものだ。初のメモリの特性上、その正体に気付かれてしまえば脆い。それ故に若菜が自らの手で工作したのだ。

 そして他の場所に潜伏させている組織の工作員の手によって、初に関する情報を抹消させている。現状、初について知っているのは組織の者だけ…。そう若菜は考えていた。

 しかし、琉兵衛の表情は未だに厳しいままだ。

 

「彼女は現状唯一のあのメモリの適合者だ。他の適合者を探すとなると、かなりの時間が掛かる。だからこそ今まで大目に見てきたが、ガイアインパクトも近い以上、そろそろ潮時か…」

 

 最早、彼女に固執する必要は無い。初はより多くのデータを組織にもたらしたが、だからと言って情けを掛けるほど園咲琉兵衛は甘い人間ではない。組織に有用な人間であれば残すが、不必要と判断すれば即座に切り捨てる。

 琉兵衛は部屋の中にたたずむもう一人の人間―ゴスロリの服を着て、イナゴの佃煮がぎっしり入ったケースを持つ女性を見つめる。その目にどこか暗いものを若菜は感じた。

 

 

 

 

 

 亜樹子は思い出す。今まで初と会った時のことを。初がどんな人間かを…。しかし、そうするほど思い知らされるのは、自分が彼女について何も知らなかったという現実だ。

 

(答える気はないし、知る必要も無い)

 

 この言葉こそ彼女の態度を表しているのかもしれない。そう言えば、この言葉を最初に聞いたのは、確か…。

 

「家族…?」

「どうしたんだい、亜樹ちゃん?」

 

 その呟きに気付いたフィリップが近づいてくる。

 

「いや、思い出したんだけど、初ちゃんって家族について聞いた時、何も教えてくれなかったんだよね…」

「ふむ?」

「まあ、だからと言って、何かの手掛かりになるってわけじゃないんだけど…。結局、あたしは何の役にも立たないのかな…」

「そんなことは無いさ。亜樹ちゃんに助けられたことは何度もあるからね」

 

 力なく呟く亜樹子を慰めるが、表情は曇ったままだ。

 

「そう言えば、フィリップ君の方はどう?」

 

 今度は亜樹子がフィリップに聞き返す。フィリップも今までの戦闘で得た情報を基にガイアメモリの正体を絞り込もうとしていた。だが、苦々しい表情でフィリップは首を横に振る。

 

「やっぱり駄目だね。能力の原理が全く掴めない。二宮初に関する記憶は若菜姉さんに妨害されているしね…」

「そっか…」

 

 どうしようもない現状に思わず天を仰ぐ。

 しかし、フィリップはあることが引っかかっていた。何故、若菜はここまで厳重に二宮初の情報を封じたのか。メモリの正体を隠すのであれば、そのものや二宮初自身の記憶だけに鍵を掛ければ良いはずだ。しかし若菜はそれらのみでなく、彼女に関する記憶全てに鍵を掛けている。これは一体どういうことなのだろうか。考えても分からない…。

 

「どうして姉さんは、あそこまで二宮初の情報を隠そうとしているんだ?」

 

 その言葉に亜樹子は思い付きを口にする。

 

「知られたら困るとか? 初ちゃん、自分のことをあまり喋らないから、私もよくは知らないし…」

 

 そう言って項垂れる亜樹子。だが、その言葉を聞いたフィリップの目つきが変わる。

 

「そうか、もしかすると…」

 

 そしてフィリップは再び地球の本棚に入り込む。もし、自分の推理が当たっているとすれば、若菜が行ったことについても、合点がいく。

 

「キーワードは―――」

 

 いくつかキーワードを挙げると、フィリップは目的の記憶を手に入れる。勿論、それにも厳重に鍵は掛けられているが、それでも大きな前進には変わらない。

 

「亜樹ちゃん、やっぱり君は天才だよ!」

 

 現実に意識を戻すと、呆然としている亜樹子に感謝を告げる。

 

 中身を読むことは出来なかったが、対抗策についてもある程度予想は出来た。問題は彼女に関する情報のほとんどが消されているということ。

 何か手掛かりはないか…。フィリップは考え込む。そう言えば、あの時、若菜が持っていた本。その表紙に書かれていたのは…。

 再び新たなキーワードを用いて検索し、あの時若菜が持っていた本の表紙を確認すると、スタッグフォンを取り出し電話を掛ける。

 

「翔太郎、向かってほしい場所がある。場所は…」

 

 

 

 

 児童養護施設みかづきの前に立つ一つの影。それは懐から何かを取り出す。

 

〈MEGALODON〉

 

 影が起動させたガイアメモリを右の首筋に挿入すると、その姿は異形の怪物へと変化する。怪物の目的はただ一つ。

 

「あのガキは絶対に処分してやる…」

 

 それこそがこの町の為なのだと自分に言い聞かせるかの如く、呟いた。




次は10分後に投稿します。


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28話 暴かれるM/救われなかった少女 中編

 子供達の悲鳴が木霊する。

 建物内に入り込んだ怪人―メガロドン・ドーパントは、目に付く扉を手当たり次第に開けて目的を探す。

 

「どこだっ!?」

 

 生憎と時間に余裕があるわけでは無い。さっさと探し出して始末しなければ…。

 ドーパントの姿を見た子供達は恐怖の叫びを上げては逃げ出し、それが他の子供達に伝達する。職員も恐怖に身を竦めてはいるが、子供達を統率しようと声を出す。まさに阿鼻叫喚といった有様の中、ドーパントは遠慮なく進んでいく。

 そして一番奥の扉を開いた時、その顔が笑みで歪んだように見えた。

 

「見つけたぞ!」

 

 その部屋は子供達の寝室。その中で布団を被り蹲っていた誠を睨む。

 

「あ、あ…」

 

 どこか虚ろな表情のままドーパントを見上げる誠。

 

「悪いが、お前が居ると迷惑なんだよ」

 

 そう言ってドーパントは腕を振り上げる。昨日と同じ光景がその目に映る。ここには邪魔な仮面ライダーも居ない。さっさと終わらせる。

 そして同じくその光景を見ている誠の心には諦めが満ちていた。どうせ助からない。仮に助かったとしても、それを喜ぶ人間なんていない。どうせ自分はいらない子供なんだから…。

 そしてその瞳をゆっくり閉じる。これでもう…。

 

「止めなさい!!」

 

 しかし、それを止めようとする女性の叫びが二人の耳に入る。

 誠が目を開けると、そこには自分を庇うかのようにドーパントとの前に立つ女性―森加奈子がいた。

 

「何の用だ?」

「この子に手は出させません!!」

 

 加奈子の力強い叫びに、思わず誠は目を見開いて顔を上げる。しかしメガロドン・ドーパントは、そんな彼女の宣言が理解できないようで、首を傾げる。

 

「はあ? どうせ屑から生まれた子供だ。そいつ自体も周りの迷惑を考えない。どうせ本心では邪魔だと思っているんだろ?」

 

 その言葉に俯く誠。確かに自分はよく心無い言葉で周囲を傷つけてしまう。どうしてそんなことを言ってしまうのか自分でも分からない。しかし、それでも思わず口から出てしまうのだ。

 

『あんな子供、産むんじゃなかった』

 

 母親の言葉がよぎる。

 こんなことを言っているけども、この人も自分のことを愛しては…。

 しかし、加奈子はドーパントの言葉に怯むことなく、毅然とした態度で言い返す。

 

「この子がクズ? そんなわけが無いでしょう!!」

 

 真正面から言い返され思わず怯んだドーパントにさらに加奈子は叫ぶ。

 

「他人に迷惑を掛けない人間なんて居ません。むしろ迷惑を掛けるからこそ、叱られ、教わり、人は成長していくんです! 私には、私達にはこの子を含めた皆を育てる義務があります! それに、なによりも…」

 

 そして誠が思いもしなかった言葉を紡ぐ。

 

「私にとってはこの子達は大事な家族です! 見捨てる訳が無い!!」

 

 その言葉に興味なさそうにドーパントは溜息を吐く。

 

「ああ、そうかい。じゃあ、お前から先にやってやる!!」

 

 そう言い放ち、その腕の鰭で加奈子を切りつけようとする。しかし、それでも加奈子は動かない。もし自分が逃げ出せば、誰がこの子を守るのだろうか。そんな思いがあるが故に。

 誠の目には絶望が映る。自分を家族と言ってくれた人の命が奪われようとしてるのだから。

 心の中で叫ぶ。誰か助けてくれと。

 そしてその祈りは届いた。

 

「があっ!?」

 

 突如として飛来した何かがメガロドン・ドーパントと衝突し、その体勢が崩れる。

 

「フィリップに言われて来てみたら、こんなことになってるとはな…」

 

 扉に視線を向けると、そこに居たのは探偵左翔太郎。相棒からの連絡を受けみかづきへとやって来た彼は騒ぎを耳にし、スタッグフォンをライブモードにした上で中に入り込んだのだ。

 元々誠はこのドーパントのターゲットだ。しかし、今までこいつは人目が少ないところでのみ襲撃していたため、強硬策はしてこないと高を括っていたが、見通しが甘かった。しかし、間に合った以上、傷つけさせはしない。

 その姿を見てたじろぐドーパント。今まで2回ほど戦っているため、勝てない相手ではないことは分かる。しかし、こっちにも予定がありあまり時間は無い。

 

「ちっ」

 

 ドーパントは舌打ちをすると部屋の窓ガラスを叩き割る。この場から脱出するための動きに気付いた瞬間、翔太郎は腕時計型のガジェット、スパイダーショックを起動させ、その背に発信器を放つ。

 そのまま逃走するドーパントだが、発信機を取り付けることに成功しているため、今度は逃がしはしない。また誰かが襲われる前に決着を付ける。

 そんなことを思っていると、背後でしゃくりあげるかのような声が聞こえる。何かと思って振り向くと、そこでは加奈子にしがみつく誠の姿があった。涙を流しながら言葉にならない声を出す誠を、加奈子は優しく抱きしめ声を掛ける。

 

「大丈夫。誠君は私達が守るから…」

 

 翔太郎はここで何があったのかは知らない。しかし、その光景はまさに親子のようであった。

 

 そして誠が落ち着いたころ、部屋に二人きりとなった翔太郎はここに来た本来の目的を加奈子に話す。

 

「二宮初という女性の事を知りませんか?」

 

 その言葉に加奈子の表情は驚愕に染まる。

 

「彼女について、教えてもらえませんか?」

 

 

 

 

 

 風都にあるビジネスホテル。正体に気付かれた初は身を隠すため、組織の息がかかったこの場所を仮の拠点としていた。

 そんな彼女が泊っている部屋の扉を誰かが叩き、空気が緊張する。

 ドアスコープ越しに外の様子を伺うと、部屋の前に立っていたのは細身の使用人。安堵の溜息を吐いて中に入れると、さっそく彼の方から口を開いた。

 

「申し訳ありませんが別の要件が入りまして、私の方はしばらく離れなければならなくなりました」

 

 代わりに彼の配下であるマスカレイド・ドーパントは自由に扱っていいと言われたが、正直あまり良い気持ちはしない。マスカレイドメモリには自爆機能が付いており、倒されると同時に証拠隠滅もかねて使用者は死亡するという特性がある。勝手に使って勝手に死ぬのならば構わないが、自分の命令で人が死ぬというのは正直嫌としか言いようがない。

 一応、昨日彼から私に関する情報が抹消されたということを確認している。これは自身のメモリの能力を発揮するためのお膳立てという意味もあるのだろうが、もう一つの意味も感じ取っていた。

 

「それでは幸運を祈ります」

 

 そう言って踵を返し立ち去っていく男。その言葉はどこか皮肉のように感じた。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 話を聞き終え立ち去ろうとする翔太郎。

 

「ちょっと待って!!」

 

 そんな彼を呼び止める声が聞こえ、思わず振り向く。そこに居たのは加奈子とは別の職員に付き添われた誠。興奮しているのか息を切らしている誠は今まで言えなかったことを話す。

 

「あの怪物の正体、僕知ってる…」

「何!?」

 

 思わず目を向く翔太郎に少し驚いたようだが、誠はおずおずと口を開いた。

 

「あいつは…」

 

 

 

 

 

 晴れた空の下、トングを使って公園に捨てられた空き缶などのごみを拾い、持っているごみ袋に入れていく御堂。率先してごみ拾いをし環境改善を行う彼は、まさに理想の町内会長だろう。そんな彼に3人の男が近づく。

 

「こんにちは、御堂さん」

「おや、探偵さん。今日も聞き込みですか?」

 

 朗らかな笑顔を浮かべ翔太郎とフィリップ、そして照井に挨拶する。しかし、翔太郎達の表情はどこか厳しい。

 

「いえ、今日は御堂さんにお聞きしたいことがありまして」

「ほう、何でしょうか? 何でもお答えしますよ」

「では早速」

 

 そう言って翔太郎は御堂を指差す。

 

「メガロドン・ドーパントの正体はあんただな」

「…っいや、何のことですか?」

 

 いきなり核心を突く言葉に一瞬怯むが、すぐに表情を元に戻し白を切る。

 

「誠から聞いたよ。あんたがメモリを使って変身しているところを見たってな…」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。あんな子供の言うことを信じるんですか? 探偵さんは知らないでしょうが、あの子は…」

「無駄だ。既に調べはついている」

 

 今度は照井が睨みながら言い訳を口にしようとする御堂を制する。

 

「今まで襲われた被害者は、この地域で問題行動を起こしている者が大半だった。だが、それ以外にも何人かが襲われている。この被害者たちに共通しているのがお前だ」

「え?」

「フィリップに調べてもらったが、全員被害に遭う数日から数週間前にお前と揉め事を起こしていることが分かった」

 

 その言葉に唇を噛む。

 問題行動を起こしていた初期の被害者は、そのことを御堂に注意され揉めていた。そして今回の事件を知る要因となった、イベントを本来行うはずだった劇団も、ギャラについて御堂と揉めていたということが判明している。

 そして翔太郎が最大の証拠を突き付ける。

 

「あのドーパントに付けた発信器。その反応が今もお前の家にあるんだよ」

 

 恐らくあの後ドーパント化を解除した際に発信器が服に付き、家で着替えたことで反応が家に残っているのだろう。

 次々と出てくる証拠の前に最早逃れようがない。

 

「これ以上、言い訳があるというのなら署で話を聞くが」

「……せえ」

 

 観念したかのように俯く御堂。しかし顔を上げた彼の表情は大きくゆがんでいた。

 

「うるせえんだよ! 私はこの地区のために邪魔な連中を排除してやってるっていうのに、どいつもこいつも不審者扱い。その上、邪魔までしやがって! 良いか。私こそこの地区を素晴らしいものに出来るんだ。それを邪魔する奴は全員悪なんだよ!!」

 

 完全な逆切れ。その上喋っていることは全て自分を正当化させるものに過ぎず、呆れるしかない。

 

「やっぱり、ろくでもねえな」

「黙れ! お前らも噛み千切ってやるよ!」

 

〈MEGALODON〉

 

 取り出したガイアメモリを起動させ右の首筋に差し込むと、その姿が変貌していく。

 翔太郎と照井もそれに応じるかのようにドライバーを装着し、2人はメモリを構える。そしてフィリップも静かに手のひらを上に向けると、どこからともなくファングメモリが現れその手に乗り、フィリップの操作によってライブモードからメモリモードへと変形される。

 

「翔太郎。あらかじめ言ったように…」

「ああ。今回はお前だな」

 

 目の前のメガロドン・ドーパントの強力なパワーに対抗するためにはそれ相応の力が求められる。その上、今は組織もフィリップの身柄を狙っている。それならばフィリップの体が無防備となる基本形態よりも、こちらの方が都合が良い。

 

〈FANG〉

〈JOKER〉

〈ACCEL〉

 

「「変身!!」」

「変……身!!」

 

〈FANG JOKER〉

〈ACCEL〉

 

 意識を失った翔太郎の体を、茂みから出てきた亜樹子が受け止めると同時に、フィリップの体は通常のWとは異なる白と黒の2色が特徴的な戦士に、照井の体は赤い戦士へと変化する。

 

「『さあ、お前の罪を数えろ!!』」

「振り切るぜ!!」

 

 3人がそれぞれ決め台詞を言うと同時に、最後の戦闘が幕を開けた。



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29話 暴かれるM/救われなかった少女 後編

本日3回目の投稿。
とりあえずこれでオリジナル話は一段落です。


 メガロドン・ドーパントと仮面ライダー達の戦闘は仮面ライダーが優勢に運んでいた。それもそのはず。今までメガロドン・ドーパントが戦ってきたのは基本形態のWのみ。しかし今戦っているのはWの形態の中でもトップの格闘能力を持つファングジョーカーと、それすら上回る出力を持つアクセルの2人なのだから。

 

 しかし、それを良しとしないものが居る。

 Wの拳がメガロドン・ドーパントに放たれたその瞬間、Wの体が強力な衝撃を受け体勢が崩れる。何度か受けたことのあるこのダメージ。これが表すことは、

 

「やっぱり来たね」

「初ちゃん…」

 

 いつの間にか背後に立っていた全身を布で包まれたドーパント。全く未知数の能力故に、翔太郎達には緊張が走る。その隙にメガロドン・ドーパントは予想以上のダメージを受けたためか逃走を図る。

 

『フィリップ、本当に大丈夫なんだろうな?』

「予想が合っていればね…。照井竜、君はメガロドンの方を頼む」

 

 そう言ってWは1本のメモリをアクセルに投げ渡し、それを受け取ったアクセルは静かに首を縦に振る。

 

「ああ、任せろ」

 

 このドーパントの狙いはフィリップ。ならばWが相手すべき相手だ。逃げ出したメガロドン・ドーパントを追うため、アクセルがバイクフォームとなって走り出したのを見届けると、Wは再び戦闘態勢を取り、相対するドーパントもゆっくりと右手を伸ばす。

 静寂が周囲を包む中、先に仕掛けたのはドーパントの方だった。右腕に巻き付いている布が意思を持ったかの如く、Wに向かって来る。

 今までであれば、大した抵抗も出来ずに動きを封じられていた。しかし今は違う。冷静に右手でドライバーに装填されたファングメモリのタクティカルホーンを2回弾く。

 

〈SHOULDER FANG〉

 

 音声が響くと共に肩に生成された刃、ショルダーセイバーを掴むと、ブーメランの如く放り投げる。すると向かって来ていた幾重もの布が一閃と共にバラバラに切り裂かれていく。

 この光景に驚いたのはドーパントだ。自分の能力は確かに働いているはず。なのにどうして…。今度はドーパントの方が状況についていけて無い。

 

『どうやらお前の予測が当たったようだな』

「ああ。これなら!」

 

 まだ体に違和感を感じるものの、今までのそれと比べれば遥かに軽い。

 

〈ARM FANG〉

 

 今度はタクティカルホーンを1回弾き、右腕に三日月状の刃、アームセイバーを生成し、ドーパントに向かって走り出す。

 

「くっ!」

 

 ドーパントは再び右手を伸ばすと透明な衝撃波を放つが、Wはアームセイバーを盾のようにして防ぎきる。そして距離を詰めると、腕を振りドーパントの体を切り裂いていく。

 

「ああっ!!」

 

 今までにないダメージに倒れこむドーパント。

 自分の能力を受けているはずなのに、全く影響が見られない。つまり、仮面ライダーは知っているのだ。()()()()()を…。

 そんなドーパントを見つめるWは静かに右手を伸ばし、宣言する。その能力のタネを…。

 

「君のメモリの正体は『UNKNOWN(未知)』だ」

 

 

 

 

 

「畜生っ!!」

 

 メガロドン・ドーパントは途中で川に飛び込み、泳いで海沿いの倉庫へと逃げ込んでいた。とりあえず、ここでしばらく身を隠して、状況を打開する方法を考えようと…。しかし、それは叶わない。

 

「そこまでだ。もう逃がしはせん」

 

 古代の鮫の記憶の力を持つメガロドン・ドーパントの泳ぐスピードは人間のそれを遥かに超える。しかしバイクフォームのアクセルのスピードもそれ以上。撒くことは至難の業だ。

 

「貴様はここで倒させてもらう」

 

 宣言するアクセル。しかしこの場は水辺が近い。つまりメガロドン・ドーパントが本来の能力を十二分に発揮できるということだ。

 

「出来るものならやってみろ!!」

 

 その叫びと共に、メガロドン・ドーパントの体が肥大化していく。

 

―ギシャアアアッ―

 

 それはまさに鮫の怪物とでも言うべき姿、ビッグ・メガロドンへと変貌したドーパントは、アクセルに向かって突進するが、それを紙一重で躱され、勢いはそのままに海の中へと飛び込む。

 何とか回避できたものの、アクセルにとって現状は芳しくない。アクセル自体は水中戦を得意としておらず、しかも相手は強固な体を持つメガロドン・ドーパントが変貌したものだ。防御力が跳ね上がっていることは予想できるし、噛みつかれでもしたら一巻の終わりだ。

 再び海中から飛び上がってアクセルに向かって来るビッグ・メガロドン。これも何とか躱すが、このままではジリ貧だ。だからこそ、一瞬のチャンスを狙い、あの巨体を打ち砕くだけの一撃を撃ち込む必要がある。そしてその手段はある。

 遠くから駆動音が倉庫へと近づいてくる。そして姿を見せたのはアクセルのサポートメカで砲台が付いた青い戦車とも呼べるガンナーA。あらかじめアクセルがビートルフォンによる操作で呼んでいたものだ。

 そしてアクセルはドライバーからアクセルメモリを取り外し、代わりにフィリップから渡されていたヒートメモリを挿入する。

 

〈HEAT MAXIMUM DRIVE〉

 

 ドライバーを操作して流れる電子音と同時に、再びその姿をバイクフォームへ変化させると、脚部を折り曲げガンナーAと連結する。ドライバーから発せられる高熱のエネルギーがガンナーAの砲台へと流れ込む。チャンスは一度。もし外せば、反動の影響で躱すことは不可能だろう。

 そしてその時は訪れる。海中からビッグ・メガロドンがその巨体を飛び上がらせ、三度突進を行う。その瞬間、砲台から強力な熱線が放たれる。

 

「絶望がお前のゴールだっ!!」

 

―ギシャアアアッ―

 

 その熱線はビッグ・メガロドンの口の中へと吸い込まれるように放たれ、その体を一瞬にして焼き尽くす。そしてその燃え残りから気絶した御堂が姿を現し、その体内から排出され砕け散ったガイアメモリと共に海に投げ出される。

 傲慢かつ独善的な怪人はこれによって倒されたのだ。

 

 

 

 

 

 みかづきの職員室。そこで加奈子は昨日と同じように、子供達の資料を開いていた。その目に映るのはあるページ。保護してからこの施設を退所するまでの間、感情の抜け落ちた表情を変えることなく、去って行ったあの少女について書かれたもの。

 

「初ちゃん…」

 

 ずっと連絡も取れず、何をしているのか時々心配に思っていた彼女が、まさか事件に関わっているとは…。それを聞いた時、加奈子は翔太郎に頼み込んだ。

 

(どうか、あの子を救ってあげて欲しいんです。あの子はきっと、誰よりも臆病な子だから…)

 

 

 

 

 

「君のメモリの能力については、姉さんによって妨害されていたから詳しくは分からない。だけど、執拗なまでに君の情報がことごとく隠されているということは、君の能力が発揮されるにはその情報が鍵なんじゃないかと推理した」

『そこでフィリップが検索して見つけたあんたの唯一の手掛かり、それがみかづきだ』

 

 Wはアンノウン・ドーパントに能力が効かなかった理由を教える。

 

『加奈子さんに聞いたらよく覚えてるって言ってたよ。それで色々教えてくれた。あんたの過去についてな…』

 

 加奈子から聞き出した初の過去は悲惨としか表せないものであった。

 

 4歳のころに両親が離婚。母親は両親が既に亡くなっており、対する父親はとある大企業を運営する一族であったため、経済面を考えた結果父親へと引き取られることとなる。

 しかし、引き取られた後生活していた父親の実家では、父親とその家族からひどい虐待を受けていた。それこそ奴隷のようにこき使われたり、ストレスのはけ口として殴る蹴られるの暴力を受けたり…。一番酷かったのは背中の火傷だ。医者の見立てだと、熱湯を掛けられたと見られるそうだが、その痕は見るに堪えない。

 無論、周囲にも虐待を疑って話を聞こうとした者も居るらしい。しかし、相手は大企業を運営する一族。コネを使って職場から追い出す、息のかかった弁護士を秘かに雇いありもしない罪を被せるなどの非道を行っていた。

 しかし彼女が14歳の時、転機が訪れる。父親が居酒屋で暴れ、近くにいた部下に暴力を振ったとのことだった。父親は現行犯で逮捕された上に、今までの事を不審に思っていた警察によって入念な捜査が行われ、虐待の事実が発覚し、保護された。父親の家族も今回の問題に加え、今までやって来た罪が明らかになったことにより、全員逮捕された。

 だが、彼女が保護されたときは既に手遅れだったと言える。その時既に、初は誰かを信用するという心が消えていたのだから。表情は全く変えず、ただ周囲に言われるがまま、流されるがままに行動する。それこそが初があの家で生きていく中で身に付けた自己防衛の方法だったのだろう。

 加奈子はこう表していた。

 

『あの子の心は、もう壊れてしまってる』

 

 それでも、彼女のことが心配だったために翔太郎達に頼んだのだ。自分の言葉は恐らく届かない。けれども、初を助けて欲しいと…。

 

『正直、あんたの気持ちが分かるとは言わない。だけど、俺達はあんたを助けて欲しいと依頼された…。出来ることなら、大人しく自首してほしいんだが…』

「亜樹ちゃんも、君の事を心配してるしね…」

 

 Wはそれぞれ初を心配する者達の思いを代弁する。しかし…、

 

「それは出来ないよ…」

 

 アンノウン・ドーパントにはその言葉は届かない…。

 

「私は死にたくない…。そのために私は道具に徹すると決めたから…」

 

 そして彼女の本心が少しずつ明らかになる。

 

「私が生きようとするのをどうして邪魔するの? 自分が生きるために誰かを犠牲にすることの何が悪いの? どうして私を放っておいてくれないの?」

 

 自分はただ、静かに生きていたかっただけなのに…。

 

「どうせ私を助けるなんて言った人から消えていく…。巨大な力の前じゃ、自己犠牲なんてただの自己満足の自滅に過ぎない…」

 

 次々と明かされる彼女の心。その思いに口を開くことが出来ないWと亜樹子…。それ故に気付くのが遅れた。

 

 突如として現れたホッパー・ドーパントがアンノウン・ドーパントの体を蹴り飛ばした。無防備な状態で受けた衝撃に変身が解け、ガイアメモリが体外に排出される。

 一瞬のことに思わず体が固まるW達。

 

「食べてあげるぅ」

 

 ホッパー・ドーパントは倒れ伏す初の首を掴み、強引に立ち上がらせる。そしてその首元に異形の口を近づける。そして…

 

ぐちゅ…

 

「あ………」

 

 生々しい音と共に首元が食いちぎられ血が噴き出す。

 

「初ちゃん!?」

 

 あまりのことに思わず飛び出す亜樹子。それを見たホッパー・ドーパントは落ちたアンノウンメモリを拾い上げるとそのまま跳躍し逃走する。

 

「待てっ!」

 

 追いかけようとするW。ファングジョーカーの運動能力なら追いつくことは可能だろう。しかし…、

 

「しっかりして、初ちゃん!!」

 

 亜樹子は持っていたハンカチで出血箇所を抑え、血を止めようとするが、このままでは命が危ない。

 

『ちっ。今はこっちが優先だ!』

 

 万が一のために近くに待機させていたリボルギャリーを呼び出し、初を中に運び込む。早く病院に運び込まなければ…。

 そして病院につくまでの間、亜樹子はひたすら初に呼びかけ続けていた。

 

 

 

 

 

『事件は終わった。

 誠もあの日以来、加奈子さんや職員の人に対して、少しずつだが本心を出すことが出来るようになったようだ。その態度も大幅に改善され、他の子と遊ぶ機会も増えたらしい。

 

 そして二宮初についてだが…。

 すぐに病院に運び込んだのが功を奏し、一命は取り留めた。しかし、意識は未だに戻らない。時々、加奈子さんや亜樹子が見舞いに行っているようだが、起きる気配は全く無いようだ…。

 

 あの時の彼女の言葉は本心だと思う。そしてそこから考えられるのは、彼女も組織に言われるがまま行動し利用されていた被害者と言えるだろう…。

 

 …結局、俺達は彼女の涙を拭うことが出来ないままだ。そう言った意味では、まだ依頼は終わっていない。いつか彼女の涙を拭うことが出来るのだろうか』

 

 記録を書き終え、翔太郎は窓の外に目をやる。天気は曇り。どこか悲し気な雨が降りそうだった。




アンノウン・ドーパント
●記憶:未知
●メモリのデザイン:横にした?マーク(U)
●姿:全身が布で覆われ、顔はフードで隠れている(自分の本当の姿を覆い隠すイメージ)
●能力
①能力妨害
 透明かつ極小の針を右手から相手に打ち込む。この針は受けた相手が自分の持つ様々な能力を『知らないもの』として誤認する効果と、未知に対して感じる『好奇心』や『戸惑い』等の感情を増幅させる効果を持つ。これにより対象が本来の力を発揮できないように妨害することが可能。
 弱点として、メモリの正体、メモリ使用者に関する情報を持つ相手には、その情報量に応じて効きが悪くなる性質がある。
②透明な衝撃波
③トライアルに匹敵する高速移動能力
④精神干渉系効果の軽減
 小説内ではテラーメモリの影響を変身することで軽減していたが、これはアンノウンメモリの能力を自分に向けることでテラーの恐怖をリセットしているため。ただしあくまで軽減のため、テラー・ドーパントに対抗できるわけでは無い。



という訳で、主人公のメモリはUNKNOWNです。大方の人が予想されていたでしょうが…。
ちなみに個人的に一番の伏線は2話のあとがきです。
※使用メモリ:不明→UNKNOWNには不明という意味もある。
 メモリのデザイン:?→そのまま

主人公の能力が効かない相手として、琉兵衛、冴子、井坂を挙げましたが、これは

琉兵衛:メモリを与えた張本人であり、実験台である主人公に関する情報を収集していた。
冴子:直属の上司であり、同様に彼女の情報を得ていた。
井坂:一度は能力の影響を受けたが、対策として冴子から情報を得た。

といった理由があります。また他にも

若菜:終盤で地球の本棚へのアクセスが可能となっているため、簡単に情報を得ることが可能。まさに初の天敵。
ミック:そもそも動物の野生の感覚能力によって針を躱すことが可能と考えられる。

以上の2名も影響を受けない相手ですね。

次回は主人公の視点で過去を詳しく書きたいと思います。
完結に向け頑張っていきますので今後もよろしくお願いします。


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30話

今回は初が園咲家のメイドになりガイアメモリを手にするまでの話です。


 …暗闇の中。色も音も匂いも何もない。完全な闇。

 もう、どれだけの時間が経っただろうか。

 

 最後に覚えているのは、バッタの女が私の首元に噛みつく光景。少しずつ感覚が消えていき、そして冷たい闇に飲まれていく感覚…。

 私はこのまま死ぬのだろうか…?

 

 死にたくない…。ただ、死にたくない…。

 

 そんな私の脳裏に映るのは、今までの人生。所謂、走馬燈というものなのだろうか?

 

 

 

 

 

 私は母のことをあまり覚えていない。記憶に残っているのはあの父の怒声と、嗚咽を漏らしながら幼い私を包む温もりだけだ。

 そして気が付いた時には母は姿を消し、私は父の実家で暮らすこととなった。幼い私にはそこでの生活がどのようなものなのか全く想像できなかった。

 

 そこは地獄としか言えなかった。

 

 会社を運営していた父の実家は広い屋敷で、いわゆる裕福な家庭だった。そこで生活をしていた父、そしてその家族も、満足な暮らしをしていたように見える。ただし、私を除いては…。

 何か気に入らないことがあれば父はすぐに私を殴り、それを父の家族は止めようともしない。むしろ家族も難癖をつけては陰口を叩いたり、躾と称して暴力を振るったり…。その度に私は泣き叫んだけど、それが彼らの神経を逆撫でし、より苛烈な暴力を振るう要因になった。

 無論、周囲にそれが気付かれないようにあの人達は注意を払っていた。年中私には長袖の服を着せ、痣が見えないようにし、折檻するときには悲鳴が近所に届かないように地下にある物置に態々連れて行った。

 

 そして小学生になると、ある出来事が起きた。学校生活にも慣れたある日、いつも暗い表情をしていた私に、担任の先生が何かを察したようで、私に話しかけてきたのだ。私が家で起きた出来事をそのまま伝えると、先生は憤慨し、同時に私を必ず助けると言ってくれた。当時の私は無邪気にも救われたと思い、嬉しさが込み上げた。これで私は地獄から逃れられると…。

 しかしその一週間後、突如として先生は学校に来なくなった。そしてその日から父達からの暴力はより一層ひどくなった。時には木の棒で叩いたり、熱した味噌汁を掛けたり…。今でも痕が残るほどの暴力…。それからしばらく経って、先生は遠い場所に転勤することになったと聞いた。今考えれば、父達が何らかの手段で追いやったと想像できる。その時、私は裏切られた気持ちになり、とても悲しかったことを覚えている。

 

 そして少しずつ、父達は私を召使のように扱い始めた。学校に行っている間以外は家事を行い、誰よりも早く起き、誰よりも遅くに眠ることを強要された。

 そんな生活をしていたためか、私の体は同級生と比べ、発達が遅れていたように感じる。成長期は人それぞれとはいえ、当時の私は自分よりも年下の子より背が低く体重も少なかった。しかし、その異常に気付いた教師たちは居なかった。いや、本当はいたのかもしれないが、あの担任の二の舞になることを恐れていたのだろう。

 だが、そんな教師に代わり声を上げた人がいた。それは当時、私の同級生の父親でありPTA会長だった人だ。後から聞いた話によると、彼は私の異常に気付くと同時に、どうしてそれを放っておくのかと教師達に問い詰めたらしい。そしてある日、彼は家に訪れ、虐待として訴えると父達に言い放った。そして私には笑みを浮かべ、内容は覚えていないが優しい声を掛けてくれた。しかし、そんな彼も、父達の敵では無かったのだろう。

 ある日、その同級生が転校するという話を聞き、それと同時にその子から、放課後に校舎裏に来て欲しいと手紙を渡された。疑問に思いながらも言う通りに放課後に向かうと、どこか暗い表情をしたその子が突如として私に掴みかかり叫んだ。

 曰く、父が会社を辞めさせられた。その原因は私にあると…。

 泣きじゃくりながら叫ぶ彼女の言葉は要領を得ていない。しかし、その時は既に私は理解していた。きっと父が何かしたのだろうと…。

 そのままその子は転校し、連絡は取れなくなった。

 

 その日から学校では生徒、教師、親…、誰もが私に関わるのを避けるようになった。何よりも強大な()から自分の身を守るために。

 そして私も気付いた。強い者に逆らうだけ無駄であると…。父に逆らい私を助けようとした人達は、皆その力の前に消えていった。結局、戦うのは無駄でしかないのだ…。選択肢は常に二つだけ。従うか、逃げるか…。

 だから私は父達に逆らうことを止めた。泣かず、怒りもせず、ただひたすら命令されたことに従う道具に徹する…。そうすれば楽だから…。

 そして私の表情はいつしか消えていった…。

 

 中学生の時、そんな生活が突如として終わりを告げた。

 

 父が居酒屋で暴れ、傷害罪で逮捕されたのだ。それから少し経ち、警察が家宅捜査に入り、私に対する虐待が明らかとなった。さらに父の家族は他にも後ろ暗い業務を行っていたようで、私が施設に預けられてしばらくしてから会社は倒産することとなったらしい。

 

 そして私を保護した施設『みかづき』で私を待っていたのは、優しい職員と温かい食事、狭くも十分な家具が揃った部屋だった。こんなものを父達は与えてくれはしなかった。そう言う意味ではみかづきには感謝している。

 

 しかし、()()()()だ…。

 

 これらの設備や態度は全て彼らが業務として役割を全うしているからに過ぎない。どうせ本心では何を考えているのか分からない。信じることなんて出来ない。

 だから私は心の中で仮面を被り、周りに都合の良い人間を演じるようにしていた。周りの頼みを聞き、それを確実に遂行する。余計なことはせず、必要ないときはただ黙っている。その方が楽だった。

 そんな中、私の心を何よりも癒したのは、花壇の世話だった。元々は職員が世話していたものだったのだが、ある日少し気になって近づいてみた。するとそこに咲いていた花の優しい香りが、空から差す日の光が、吹き抜けるそよ風が、何故か心地よく感じ、しばらくそこで立ちすくんでいると、いつの間にか職員が隣に立っていた。そして、もし興味があるのなら一緒に世話をしないかと提案してきたので了承した。それは勿論、拒否することで職員の心象を悪くするようなことをしたくなかったためでもあるが、同時に目の前の花壇に安らぎを感じていたからかもしれない。だからその提案を聞いた時は、本当は少し嬉しかった。だけど私は…。それから黙々と花壇の世話をする私を見て最初は職員も笑顔を見せてた。だけど日常生活でも学校生活でも無表情なままただ周りから指示されたことをやり続けていた私の態度を知り、実際はほとんど何も変わっていないことに気付いたのか、いつしかその表情が悲しげなものに変わっていた。

 

 結局、施設にいる間も誰にも本心を伝えることなく、高校卒業と同時に退所することとなった。

 それから私は様々なバイトをして生活費を稼いでいたのだが、この能面のような無表情ゆえ一つの職場に長続きすることなく転々としていた。

 そして約2年前、偶然見つけた求人。それが私のさらなる不幸の要因となった。それはある屋敷のメイドを探しているというもの。給料が良かったため、私はすぐさま電話を掛け応募した。

 そこでメイド長の杉下さんから、その屋敷におけるルールを教えてもらいながら仕事をすることとなった。幸いと言っていいのかは分からないが、あの子供時代を過ごしていたため家事は得意だった。それに園咲家の者に関して元々無関心だった私はこの職場に向いていたらしく、いつの間にか同僚からは良く頼られる位置に着いていた。施設にいたころと似たような立ち位置だ。

 

 そんな私はある日、仕事をしている最中に違和感を感じるようになった。それはまるで頭の中に直接語り掛けるような…。気が付くと私は、近づかないようにと厳命されていた屋敷の奥の部屋に居た。その部屋には家具が一式揃っており、壁には古い本が並べられた本棚がある。私は引き寄せられるように本棚に近づくと、本棚の下に妙な隙間があることに気付いた。いつもであれば見なかったことにしてさっさと立ち去っていただろう。しかし熱に浮かされたかのように私は何も考えずその本棚を横から押す。すると本棚はスライドし、その下に地下へと続く階段が現れる。そして私はその階段を少しずつ降りていく。一歩進むごとに頭に響く声が大きくなった気がした。

 そして辿り着いたのは、薄暗い中にまるで博物館のようにUSBメモリのようなものが並べられた部屋だった。

 

「なに、これ…」

 

 当時の私はまだ知らなかった。それがガイアメモリという人間を怪物に変える道具であることに。

 私は部屋の中を見回しながら、頭の中の声が導く場所へ向かう。そして辿り着いた場所に飾られていたのは、歪んだU…、いや?マークが描かれた銀色のメモリ。思わずそれを手に取ると、心が満たされる感覚があった。

 

「許可なくこの部屋に入るとは、悪い子だね」

 

 放心していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえる。振り返るとそこに居たのは…。

 

 その瞬間に心の中に恐怖が満ちていく。

 

―怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い―

 

 嫌だ…だってまだっ…!

 

 

 

 

 

 ふと周囲が明るくなる。そして徐々に意識が浮かび上がるかのような感覚…。

 

「…んっ」

 

 そして意識を取り戻した私の目に最初に映ったのは、白い天井だった。




初が起きたのは時間軸としては46話と47話の間。つまり既に園咲琉兵衛は倒されています。
そして初が出ていないので特に描きませんが、原作と異なる部分について。

46話
博物館でイーヴィルテイルを持った轟響子を追いかけるスミロドン・ドーパント。そこにアクセルが現れ戦闘になるが、さらにホッパー・ドーパントまで現れ1対2という不利な状況に追い込まれる。
テラーの影響で呆然としている翔太郎だが、そこに駆け付けたフィリップの言葉で気を持ち直し変身。W対スミロドン、アクセル対ホッパーという状況となる。
そして原作通りスミロドンはドライバーとメモリを破壊され、ミックの姿に戻る。対するホッパーもアクセルトライアルのマキシマムドライブによってメモリブレイクされる。
そこに姿を現したテラー。それを見て逃げ出すミックとイナゴの女…。
後は原作通りです。

イナゴの女は地味に扱いに困る存在なんですよね。割と隠れた設定がありそうなのに登場したのはたった2話で謎も多いので…。原作でもメモリブレイクされた後はどこかに逃走しようとしているんですが、ただ逃げようとしたのか、組織に戻ろうとしたのかどうか曖昧なんですよね…。ただ、処刑人という立ち位置なので、情報を漏らす可能性のある存在は始末されるということは知っていたでしょうし…。しかし、原作37話での「山城博士が自分を作った」という発言も気になります。山城博士は脳科学者なので、その辺りがどう関係しているのか。

色々迷いましたがここでは単純に逃げ出したことにして、彼女にももう少し生き延びてもらうことにしました。


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31話

今回は原作47話の部分です。


 目が覚めた私は、医者からは「助かったのは運が良かった」と言われた。

 あの時、私は首から出血していたが、すぐに近くにいた女性が圧迫止血したこと、すぐさま病院に運ばれたことが何よりも助かった要因らしい。

 首元には痛々しい傷痕が残ったが、今更気にはしない。

 それからしばらくして、私は風都警察病院へと転院させられた。そして聞き込みされた私は初めて組織が消え去ったという事実を知った。この事実を聞いた時、驚いたと同時にほっとした。これでもう私は自由なんだと…。

 そして私はまだ十分に力が戻らない中、ベッドの上で刑事と話をしていた。

 

「つまりあんたはただの実験台で、自分の意思でメモリを使用したわけでは無いって言いたいんだな?」

「はい」

 

 淡々と組織に居た時の事実を述べていると、ツボ押し器を持ちながら話を聞いていた刑事とは別の、後ろに居た若い刑事が食って掛かる。

 

「そう言って本当は何か隠しているんじゃないか!? ほら、早く言え!」

 

 …はあ。

 あからさまな溜息を吐くとその若い刑事はさらに興奮し、ツボ押し器を持った刑事に宥められる。

 そんなことをしていると、病室の出口に立っていた照井さんがおもむろに近づき、こちらに視線を合わせ口を開いた。

 

「お前に一つ聞きたい」

「…何ですか?」

「ミュージアムの幹部…、園咲若菜と園咲冴子の居場所に心当たりは無いか?」

 

 冴子様と若菜様、いやもう様付けしなくても良いのか…。その二人の居場所について、か…。

 

「全く分かりません」

 

 正直、心当たりなんて無い。ただ、少なくとも…

 

「冴子さ…んは園咲家から出て行った後、裏切り者として組織から狙われていました。それでも生き残っていたということは、刺客を全員倒したかあるいは…」

「協力者がいると?」

 

 確証は無いが、可能性は十分ある。

 そうか、とだけ呟いて照井さんは病室から出ていこうとする。

 

「ちょっと、良いんですか?」

「ああ。少なくとも彼女は嘘をついていない」

「え?」

「あー、お前ももう少し人を見る目を鍛えたほうが良いぞ?」

 

 そして残る2人も共に出ていく。

 病室には静かな空気だけが残り、その心地よさを感じながら私はベッドの上で目を瞑る。

 私にどのような罰があるのかは分からないが、しばらくは穏やかに過ごせるだろう。

 

 そんな風に思っていたが、それから数時間後、

 

「貴女を迎えに来ました」

 

 目の前に現れた白い服の男は、私と同じ感情を見せない顔でそう言った。

 

 

 

 

 

【冴子視点】

 

「若菜…」

 

 財団Xの幹部、加頭順に連れ去られた私が見せられたのは、ベッドの上で眠り続ける若菜の姿だった。まさか生き延びているとは思ってもいなかった。

 その傍らに立つ加頭は、上司と思われる女と話している。

 

「園咲冴子さん…。新生ミュージアムのトップです」

「彼女が後継者となり、ガイアインパクトを実行すると?」

「ええ」

 

 そう言ってさらに加頭は私が予想していない計画を口にする。

 

「メモリ適性の無い市民を瞬時に消滅させる人類選別の儀式…。しかも我々はそれを地球全域に行います…」

「どうやって?」

「若菜さんをデータ化し、財団の人工衛星にインストールするのです」

 

 それは簡単に言えば、若菜を犠牲にして大量殺戮を行うということだ。

 加頭の言葉を聞いた上司の女は、その計画を成功させるように言った後、部屋から出ていく。そして加頭は私に近づくと、あるものを差し出してくる。

 

「ついにあなたがミュージアムのトップですよ」

 

 それはミックに襲われたときに私が失った金のメモリ。

 

「タブー…」

 

 まさかこの男が回収していたとは…。

 ふと視線を逸らすと近くのベッドには別の人間が寝ていた。それは…

 

「二宮…初?」

 

 かつて私の部下でもあり、園咲家のメイドでもあった彼女が何故ここに…。疑問に思っていると、加頭はさらにもう一本のメモリを取り出した。それは彼女が適合したアンノウンメモリ…。

 

「彼女も先程連れてきました。逃げようとしたので、仕方なく眠らせていますが…」

 

 …この男の行動には嫌な予感がする。

 

「彼女には高い利用価値があります。このメモリの適合者としてね…」

 

 加頭はアンノウンメモリを掲げる。

 

「このメモリに秘められた記憶は『未知』…。その限界もまた未知数と言えます。あなたも気付いてはいませんか? 彼女の進化を…」

 

 …確かに彼女のドーパントとしての力は少しずつではあるが常に進化を続けてきた。しかも強力な毒素のあるメモリを直挿ししているにも関わらず、全くと言っていいほど影響を受けていない。

 

「この力を研究し解明すれば、財団Xとしても大きな進歩となります」

 

 そう言い切った後、別の財団Xの職員が部屋の中に入ってきた。そして奴は一言二言言葉を交わすと、静かにテーブルの上にメモリを置き、私を見据えて口を開く。

 

「すみません。少し用事が入りました」

 

 もし何かあったら連絡するので、それまでご自由にしていてください、とだけ言うと奴は部屋を出ていく。

 …気に食わない。確かにガイアインパクトはミュージアムの達成すべき目的だ。しかし、私はそれ以上に若菜を超えることで父を見返すという意志があった。そのために今まで生きてきたのだ。こんな形でミュージアムのトップになっても、嬉しくもなんともない。

 そして若菜と同じくベッドで眠る二宮初にも視線を向ける。彼女とはそれなりに長い付き合いだが、一応借りがある。組織を抜けた後、ディガルコーポレーションの社長室で見つかった時に見逃されたあの時…。正直、あの時に見逃されていなければ、すぐに追手を差し向けられ抵抗することも出来ずに命を奪われていた可能性が高い。そう言う点では命の恩人ともいえる…。このまま借りを作ったままというのは、私の性に会わない。それに何より…

 

「…あの男が気に食わない」

 

 だから私はテーブルの上に置かれたメモリを手に取り、その部屋から出た。一番手っ取り早いのは破壊することだが、希少なメモリだからかなんとなくそんな気にはなれない。ならば、どうするか…。

 

「…あそこで良いかしらね」

 

 ふと思いついた場所に向かうことにする。少なくとも財団に奪われる可能性は下がるはずだ。

 私は自分自身の力で若菜に勝って見せる…。

 強い意志を秘めつつ、周囲に気を付けながら、冴子は通路を歩いて行った。

 

 

 

 

 

【加頭視点】

 

 用事を済ませ部屋に戻ると、冴子さんの姿と机の上に置いていたはずのメモリが消えていた。先程部下からの話で、冴子さんがこの施設の外へ出て行ったという話を聞いたので、恐らく彼女が持って行ったのだろう…。

 跡を尾けさせてはいないので、どこに居るのかは分からないが、そう遠くまでは行っていないはずだ。それにメモリも、ガイアインパクトを行った後に、新たに製造すればよい。データ自体はほとんど無いが、時間を掛ければ可能だろう。

 私は静かに若菜さんに視線を向ける。彼女がガイアインパクトの鍵だ。それさえ達成すれば、冴子さんをトップとして新たなミュージアムが誕生する。

 少しばかり勝手に行動しているようだが、それが冴子さんなら構わない。私は財団Xの使命と彼女の望みを叶えるために行動しているのだから。

 そして若菜さんと同じように眠るもう一人の女性を見る。冴子さんがヒントを教えたことで、あの仮面ライダー達が来るだろう。それならば敢えて若菜さんはここに残すことで彼らを誘き寄せよう。邪魔な芽は早く潰すに限る。だがこちらの彼女は先にもう一つの拠点に運ばせてもらうことにする。

 

「…さあ、もう少しです」

 

 私はただ一人、そう呟くのであった。




この後、冴子様は普通に戻ってきます。
そして翌日、原作通りに拠点にやって来た翔太郎達が若菜を発見、そして現れた加頭にアクセルがやられてしまいます。
ドーパントに変身した冴子の手助けもあり何とかその場から逃走することに成功。しかし若菜と冴子は再び加頭の手によって攫われてしまう…。

次は30分後に更新します。


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32話

原作48話の部分になります。


「ん?」

 

 気が付くと見慣れない場所に居た。中は薄暗く、人の気配も無い。服は病院に居た時から変わっていない。

 ここは一体どこなのだろうか…。覚えているのは、不審な男が病室に入り込んできたからナースコールを押した瞬間に意識が遠のいたということだけ…。

 とりあえず、どういう状況か確かめる必要がありそうだ…。私は静かに起きると、近くにあった金属の棒を杖代わりにして部屋を出る。扱い辛いが無いよりはましだろう。

 外にはパイプが縦横無尽に張り巡らされている無機質な通路が続いていた。見る限り工場か何かだろうか…。

 しばらく進むと、階段へと辿り着く。上に行くべきか下に行くべきか…。そもそもここが何階かも分からない…。ただ、階段を上るよりは下る方がまだ楽そうだったので、転ばないように気を付けながらゆっくり下っていく。

 そして下った先に有ったのは、広大な空間…。あるのは冷たいコンクリートの壁と床、そして巨大なパイプだけ…。そんなひたすら静かな空間に、二人の女性が倒れていた。どこか見覚えのある影。思わず近寄る。

 

「…あら、貴女もここに連れて来られていたのね」

 

 力なく壁にもたれかかりながら話しかけてきたのは、冴子さん。まさか私と同じく攫われたのだろうか?

 よく見ると、倒れていたもう一人の女性は若菜さま…さんだ。

 

「…一体ここは?」

「財団Xの研究所…、と言っても貴女には分からないわね」

 

 財団X。確か琉兵衛…さんが客人と言っていた相手だったような…。何故そんなところに私が連れて来られたのか…。それを口にすると、どこか苛立ちを感じさせる表情で口を開く。

 

「奴らは実験台にするつもりなのよ。現状、アンノウンメモリに適合した唯一の人間である貴女をね…」

「え…」

 

 また私は実験台にされるの? また自由を奪われるの?

 心の中に絶望を感じていると、冴子さんが手招きをする。呆然としながら冴子様の傍によってしゃがむと、耳元で囁かれた。

 

「貴女の主として最後の命令をするわ。それさえ実行すれば、後は貴女の自由にすると良い」

 

 …は?

 理解できていない私を無視し、冴子さんは最低限の内容だけを伝える。

 

 自分が囮になるから、若菜をここから逃がせ、と…。

 

「分かったかしら?」

「…私がその命令を守る必要があると思っているのですか?」

 

 そうだ。こんな命令なんて放っておいて、自分だけ逃げればそれでいい。しかし冴子様は不敵な笑みを浮かべる。

 

「それなら私は貴女を囮にするだけだけど?」

 

 そして自分が若菜を連れて逃げる、と言いたいのだろう。そう言われたら、命令を守る以外の手段は無い…。

 しかし、解せない。冴子さんは若菜さんを嫌っていたはずでは?

 それを伝えると、複雑そうな表情で答える。

 

「…単純に、若菜よりも奴らの方が気に食わないだけよ」

 

 そういうものか…。一応は納得する。

 

「うん……っ!?」

 

 うなされていた若菜様の体が揺れ、瞼を開く。そしてその目が冴子さんを捉えた。

 

「悪い夢でも見てたようね、若菜。言っておくけど、現実はもっと酷いわよ」

 

 起き上がった若菜さんに対し冴子さんは皮肉めいた口調で言う。

 

「何の話?」

 

 訝し気な表情を見せる若菜さん。しかし、直後にその全身が緑色の光に包まれる。その状況を飲み込めず慌てる若菜さんに、冴子さんは更なる事実を伝える。

 

「加頭はクレイドールの力を衛星に飛ばして、地球規模のガイアインパクトを起こすそうよ」

 

 …どういうことだ? 意味が分からず首を傾げると、冴子さんはこちらに視線を向け、溜息を吐きながら説明する。どうやら若菜様の力を利用して、地球規模でガイアメモリに対する適正を持たない人間を消滅させるとのことだ…。いきなりそんなことを言われても、現実味が薄く危機感が沸かない。

 対して若菜さんはこの事実に憤慨し、冴子さんを罵る。

 そしてそんな中、こちらに足音が近づいてくる。その方向に視線を向けると、そこには私の病室に現れた白服の男が居た。その男はメモリを取り出して、冴子に差し出す。

 

「さあ、冴子さん。約束を果たす時です」

「約束?」

「出会った時に言いました。貴女が好きで、逆転のチャンスをプレゼントすると…」

 

 …正直状況が呑み込めないが、この男は冴子さんのために行動しているのだろうか?

 しかし当の冴子さんの表情は決して良くない。その様子を見た男は無表情なまま、しかしどこか悲し気な口調で言う。

 

「何故です…。何故、そこまで私を拒絶するのです?」

 

 その質問に対し、冴子さんは毅然とした態度で答える。

 

「貴方が園咲を舐めているからよ。こんな形で勝っても、死んだお父様は絶対に認めない!」

 

 そう言い放ち、冴子さんは男の手からガイアメモリを奪う。

 

「若菜、逃げなさい!」

「え?」

 

 私は呆然としへたり込んだままの若菜様の下へ駆け寄り、強引に立たせる。

 背後では冴子さんと男がガイアメモリを使用し、ドーパント同士で争っている。今のうちに早く遠くまで逃げなければならない…。

 お互いに支え合うような格好で、この場から出来る限り遠くに離れようとする。その進みは遅いが、少しずつ外に向かう。

 焦りながら足を進めていると、不意に若菜さんが私に声を掛けてくる。

 

「どうして貴女まで私を…?」

 

 そんなことは決まっている…。

 

「…冴子さんに命令されたからですよ」

 

 見捨てたら冴子さんに良いように囮にされる。それに今更一人で逃げたとしても、冴子さんがあの男を倒して戻って来た時、何をされるか分からない。結局、私は体のいい道具なのだから。

 

「私からも質問して良いですか?」

 

 そして私も何となく気になった事があった。

 

「家族って何なんでしょう?」

 

 およそ2年間、私は園咲家という家族を見てきた。私にとって家族とは、他人の集まりでしかない。ただ虐げられるだけの場所だったのだから…。勿論、他の家族がそのような場所とは限らないということも知っている。だけどやはり私には、家族と他人の違いというものが分からない。

 だからこそ聞きたかったのだ。時に愛し合い、時に利用し合い、時に憎しみ合う園咲家にとっての家族とは、一体何なのかと…。

 しかし若菜さんはその質問に対し、口を噤んでしまう。そして消えそうな声で何か口にしようとしているようだが、聞き取ることは出来ず、その後お互いに黙り込んだまま、外を目指して歩みを進める。

 そしてやっとの思いで非常口へ辿り着き、それを開けるとそこには野原が広がっている。振り向いて確かめると、今までいた建物は園崎邸に比べると小さいが、それでもかなり大きいと感じる屋敷のような外観だ。

 そしてこの場から離れるために再び歩き出そうとすると…、

 

「おや、何処へ行こうとしているのですか?」

 

 頭上から聞こえた声と共に目の前に降り立つ金色のドーパント。この男がここにいるということは、冴子様は敗れたのだろう。捕まったのかどうかは知らないが、こいつがここに居るのはかなりまずい。

 今更若菜さんを置いて逃げたとしても、すぐに捕まってしまうだろう。つまり詰みだ…。

 

「おや、若菜さん。どうやら準備は出来たようですね」

 

 ドーパントは平坦な声でそう言うと、私に向かって手を伸ばす。

 

「時間がもったいないので、貴女にはここで眠ってもらいましょう…」

 

 その言葉と同時に私の中から何かが抜け落ちていく感覚が全身に広がる。

 

 嫌だ…。死にたくないのに…。だってまだ私は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 どうして私は死にたくないんだろう?

 そう考えた時、不意に頭の中に過ぎ去る微かな記憶。

 

『―ねえ、どこ?』

 

 幼い私の声が聞こえる。そうだ、私は…。

 しかしそれが少しずつ消えていく。意識が段々と闇に落ちていく…。

 

 いっそ無駄な期待はせずに、この思いなんて消えてしまったほうが楽なのかもしれない。でも消えないで欲しい…。矛盾した感情が胸を包むが、それもまた徐々に失われていく。

 

―ねえ、お……さ…、…う…てわ……を……て…ったの?―

 

 そして再び私の意識は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 外で倒れていた私は翔太郎さんに発見され、無事に目を覚ました後、再び病院へ入院することとなった。あの財団Xの男は翔太郎さん達が倒したとのことで、若菜さんも救出され、何処の部屋にいるかは知らないが私と同じように入院しているらしい。ただ冴子さんは遺体で近くの野原で発見された。どうやらあの男に殺されたようだ。

 とりあえずこれで組織も財団Xも居なくなったようだし、これで私の平和は約束されるだろう。そんなことを思って数週間後、若菜さんが病院から逃げ出したという話を聞くこととなった…。

 

 

 

 

 

【使用人視点】

 

 ミュージアムが崩壊し、若菜様も行方不明となった…。組織のメンバーもそれぞれ警察に捕まる者も居れば、秘かに裏でメモリ販売を続けている者も居る。

 だが、私の目的は変わらない。

 

「若菜様、お待ちください…。必ずやミュージアムを再建し、貴女をお迎えに参ります」

 

 暗い街の中、私は秘かに目的のために行動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【次回 仮面ライダーW】

女性「探してほしい人が居るんです…」

照井「こいつは組織のっ…」

少女「この街、一体どうなってるの?」

使用人「さあ、選びなさい!」

翔太郎「この人は…」

 

Lにさよなら/風都逃走中

 

これで決まりだ!




今回で仮面ライダーWの原作部分に当たる話は終わりです。
原作49話はそのまま進行します。

そして次回から最終話までは、原作終了後のオリジナルストーリーとなります。
初がどうなるのか、使用人の男は何をしようとしているのか、再就職先はどこなのか…。
最後までお付き合いいただけるようお願いいたします。


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33話 Lにさよなら/風都逃走中 前編

お待たせしました。
3話連続投稿です。


 深夜の街の裏通りを走る一人の女性。息を切らし、周りの闇と同じ色のスカートを翻しながら走る彼女の表情は焦りに満ちている。

 そんな彼女の頭上から、おどろおどろしい男の声が響いた。

 

「そろそろ、鬼ごっこは終わりにしましょうか?」

 

 その声と共に、頭上から何かが降り注ぎ彼女の全身を包み込む。彼女は力の限りもがくが全く通用せず、その動きが少しずつ弱まっていく。

 そしてその動きが完全に止まると、全身を包み込んでいたものは人型をとり、そのまま人間の姿へと変貌する。

 

「中々、協力してくれる人は居ませんね…。あの男も捕まってしまったようですし…」

 

 そう言うと、その人影は懐から手帳を取り出し、そこに並んだ名前の一つに斜線を付ける。そして人影は街の闇の中へと消えていき、残されたのはスーツを着た一人の女性の遺体のみであった。

 

 

 

 

 

 日付は変わり、土曜日の朝。

 数日前にフィリップが戻ってきたばかりの鳴海探偵事務所では、久しぶりにメモリガジェットの整備が行われていた。

 

「全くメンテナンスの仕方は教えたのに、所々破損しているじゃないか」

「うるせーな。仕方ないだろ。こっちも色々忙しかったんだからよ」

 

 フィリップが消えてから、何とかやる気は振り絞ってはいたものの、暗い気持ちが晴れることは無く、メモリガジェットのメンテナンスも疎かになりがちだった。

 それに苦言を呈するフィリップに口では文句を言いながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。1年ぶりに戻ってきた光景は事務所全体を明るくしていた。

 だが、このような日でも事務所に休みが来ることは無い。突如として入口の扉が開くと、一人の女性を連れた亜樹子が入って来る。

 

「翔太郎君、依頼だよ!」

「あー、落ち着け亜樹子」

 

 興奮した様子の亜樹子を宥めつつ、翔太郎は後ろの女性をソファに座らせる。翔太郎も対面に座ると、女性はおずおずと口を開いた。

 

「あの…、探してほしい人が居るんです…」

 

 

 

 

 

 場所は変わり、風都の郊外にあるスーパーの前で初は溜息を吐いていた。

 ミュージアムが消え、初も自由となったが、犯罪組織の一員であった以上その罪が消えるわけでは無い。一応、本人は脅迫される立場であったことなどが加味され、今は執行猶予を受けている身だ。

 そんな彼女の目下の悩みは生活費。今までは園咲家から高い給金が支払われていたが、今は無職。バイトを転々としている身だ。しかし、笑み一つ浮かべない表情では長続きしない。つい昨日もバイトをクビになり、困窮している状況だ。

 

「はあ…」

 

 再び溜息を吐きながら、帰路に着こうとすると、

 

―ドンっ―

 

「!?」

 

 突如として何かが爆発するような音が響く。慌ててその音がした方向に視線を向けると、

 

「ちょっと、誰か!!」

 

 そこに居たのは、こちらに向かって走って来る少女。外見的には中学生だろうか。そしてそんな少女を追うのは筋骨隆々で灰色の体躯を持つ怪人―バイオレンス・ドーパント。あまりの状況に初の動きが一瞬止まる。

 

「ん? こいつは確かターゲットの…」

 

 バイオレンス・ドーパントが初を視界に収めると、驚いたように呟く。

 

「まあいい、ついでだ」

 

 そう言ってバイオレンス・ドーパントは鉄球状の左腕を振り上げ近づく。さすがにこの状況で黙って立ち続けるわけにも行かず、初はその場から逃げ出す。

 バイオレンス・ドーパントの言うターゲットという言葉が気になるが、そんなことを考えている暇なんてない。裏路地に入り、道を何度も曲がりながらドーパントから逃れようとする。すると後ろで誰かが叫ぶ。

 

「何なのあれ!?」

 

 初が視線を向けると、そこにはバイオレンス・ドーパントに追われていた少女が居た。何故か初を追いかけながら逃げる。

 

「待て、お前ら!!」

 

 どうやらドーパントは少女だけでなく初までも狙っているようだ。しかしその動きは鈍く、初達は脇道を利用して逃亡を図る。

 そして何とか逃げ切ることに成功すると、初と少女は互いに見つめ合う。

 

「ねえ、一体何なの?」

「…それはこっちの台詞なんだけど」

 

 問いかける少女に質問で返す初。面倒な事になりそうだから関わりたくないのだが、少女の方が離れようとはしない。

 妙な空気がこの二人を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

「こいつは組織のっ…!!」

 

 市民からの通報を受け現場へとやって来た照井は目の前にある遺体を見て顔を歪める。

 その遺体はかつてガイアメモリを使用し組織の処刑人として活動していたゴシックドレスを着た女。遺体はゴシックドレスでは無くスーツを着ているが、その顔は見間違えようが無い。1年前、アクセルと戦闘し、マキシマムドライブによりメモリを破壊された後、どこかへと逃亡したため指名手配されていたのだが、まさかこのような形で見つかるとは…。

 遺体を眺める照井に、同じ風都署の刑事である刃野幹夫が話しかける。

 

「これで七件目ですか…」

「ああ。死因の特定を急いでくれ」

「分かりました」

 

 この半年の間にミュージアムの構成員だった者が何者かに襲撃されるという事件が六件起きていた。そしてその被害者に共通する奇妙な点として挙げられるのが、死因が溺死である可能性が高いということだ。これが川や海で起きたものなら事故の可能性も否めない。しかし、被害者はいずれも水辺から離れた場所で見つかっている。この不自然な水死体。そして被害者がいずれもミュージアムの構成員だったことからこの事件にはドーパントが関わっている可能性が高い。

 しかし、ミュージアムの元構成員の所在などほとんど明らかとなっていない。一部の者は何らかの事件を起こして逮捕されているが、未だに水面下で秘かに活動している者は数多い。それら全員を把握すること自体が不可能だ。

 だが照井の脳裏に二人の顔が浮かぶ。警察が所在を把握している数少ない元ミュージアムの構成員。一人はフィリップから家族に関する記憶を消し去った張本人であり、現在は自身も組織に関する情報を失った研究者、山城諭。そしてもう一人は彼から情報を消し去った張本人であり、現在は執行猶予を受けながらも日常生活に戻っている二宮初。

 一応、ミュージアムが滅び去る前に抜けた彼らも今回の事件のターゲットになる可能性は十分にあり得る。

 照井はその場を刃野達に任せ、まずは情報を集めるべく鳴海探偵事務所へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

「ドーパント? ガイアメモリ? この街、一体どうなってるの?」

 

 ドーパントから逃げ切った初は、何故か後ろをついてくる少女にガイアメモリについて教えていた。本来ならさっさと帰りたいところだが、ここは住んでいるアパートから距離があり、移動手段であるバイクもスーパーの駐車場に置きっぱなしになっている。さすがにドーパントがまだいるかもしれない以上、近づくのは無理だ。

 そして少女は初に付きまとい、どういうことか説明を求める眼差しを向けてきたため、面倒くさいとは思いながらも話した。しかし当の少女は説明が終わっても、未だに何が起きているのか把握しきれていない様で混乱している。

 

「ちょっと気になっただけなのに…、何でこんなことに…」

 

 そして少女は自分に遭ったことを話し出す。本来ならそこまで興味は無いのだが、あのドーパントは明確に初も狙っていた以上、出来る限り情報は欲しかった。

 

 少女は物心つく前に母親を亡くし、父親の家族と暮らしていたらしい。父は仕事で忙しいながらも母親の分まで少女を愛し、少女もまた父親を愛していた。

 そんなある日、父親が職場にいたある女性と再婚した。その女性とは前から少女とも親交があり、少女も最初は抵抗があったが徐々に慣れていった。

 しかし、その女性が少女と暮らす中で表情が曇ることが有り、それを疑問に思うことが多々有ったのだが、ある夜、ふと目覚めるとリビングで父と女性が静かに話していた。

 

『…良いんですか?』

『ああ。君の為にも…』

 

 話の内容は良く聞き取れなかったが、その表情はどこか重かった。その翌日、少女は少し気になって、悪いとは思いながらも女性の部屋に入り、そこに置かれていたメモ帳を取り出して開く。

 そこには様々なことが書かれていたが、最も目を引いたのは最後のページに走り書きされていたもの。一つの名前と風都という字。これが一体何を表しているのかは分からない。しかし、少女の好奇心は刺激された。

 

「それで休日を利用して来ちゃったの」

 

 父親には友人の家に行くと嘘を吐いて。

 ただ、風都に来たのはいいものの、その名前の人物を探す方法を考えていなかった。そこで慌てて携帯で調べると、風都には有名な探偵事務所があるとのことで、そこを目指していたのだが道に迷い、路地裏を彷徨っていた時に見てしまった。

 不良のような姿をした男達が、アタッシュケースに入った何かを持って話している光景を。

 一体何なのかは少女には分からなかったが、纏っている雰囲気から怪しさを感じ逃げ出そうとした。しかしちょうどその時、同級生からのメールが来てしまい、その着信音に気付いた男の一人が怪物に変身して追って来た。

 

「って感じなんだけど…」

「…」

 

 説明を終えた少女に対し、初は黙ったまま。

 話を聞いた限り、この少女は探偵事務所に用があるようだ。そしてドーパント絡みの事件に巻き込まれている。それならば…、

 

「じゃあ、私がその探偵事務所に電話を掛けて、来てもらうから」

「え、良いの? ていうか電話するなら警察とかじゃないの?」

「いや、探偵で良い」

 

 初は静かに携帯を操作する。どうせ自分も狙われているようだし、それならばあの探偵達に纏めて片づけてもらおう。そう言う考えがあった。だが

 

―ドォン―

 

「っ!?」

 

 不意に近くで爆発が起き、その衝撃で初は携帯を落としてしまう。初が辺りを見回すと、そこには全身が赤く燃え滾った怪人―マグマ・ドーパントが居た。

 

「え、あれもドーパント!?」

 

 ドーパントは再び火炎を放つ。初と少女はそれを避けるが、火炎は落ちた携帯電話の近くへと着弾し、同時に携帯が壊れる音が聞こえる。

 

「くっ!」

 

 再び初は走り出す。今度は人が多いところを目指し。探偵事務所の電話番号は覚えていないので、自分の携帯電話が壊された以上、連絡を取る手段が無い。仮に少女の携帯電話で事務所の電話番号を調べるにしても、追われながらでは操作出来ない。

 故に初は人目が多いところへ向かい騒ぎにすることで、翔太郎達が気付きやすいようにすることを狙っていた。

 しかし、後ろでは未だにマグマ・ドーパントが走りながら向かって来る。初と少女は息を切らせながら走った。




次は10分後に投稿予定です。


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34話 Lにさよなら/風都逃走中 中編

「いやさあ、うちのバイトが一人辞めちゃったせいで、大変なんだよねえ…」

 

 風麺の屋台で麺を啜りながら呟くスキンヘッドの男性。少し前まではサンタちゃんと呼ばれ親しまれていた彼だが現在はペットショップを営んでいる。

 

「出来れば手伝ってくれないかなあ?」

「ごめーん。あたし達もラジオ番組が忙しくて」

「それに受験勉強もなんだかんだでやらなきゃだし」

 

 そんな彼の隣で喋る二人の女子高生。去年、とある番組に出場したことにより芸能界デビューしたクイーンとエリザベス。風都イレギュラーズ同士で親交があり、手助けしてもらえないかと思って聞いたのだが断られ見るからに落ち込む元サンタちゃん。

 

「あー、確かその子…」

 

 その後ろでは、ウォッチャマンが電話で誰かと話している。一応、彼にも打診したのだが、既に断られている。

 

「うーん、どうしようか…」

「まあ、頑張ってサンタちゃん」

「そうそう。誰かバイト探してる子が居たら紹介するから」

 

 重い表情で俯く男を慰める二人。

 いつもの風都の日常がそこにはあった。しかし…

 

―ドォン―

 

 近くで大きな爆発音が響く。一体何の音かとそこに居た全員が辺りを見回す。そして彼らの目に入ったのは、全身が炎に包まれた怪人とそれに追われる二人の少女。

 

「ちょっと、あれ!?」

「ドーパント!?」

「翔ちゃん、今!」

 

 この場に居る4人は翔太郎に情報を提供する立場ということもあり、ドーパント犯罪に巻き込まれることも少なくない。故に対応は素早く、すぐに自分達の身の安全を確保するためにその場から離れると共に、ウォッチャマンは電話の向こうにいる翔太郎に現在の状況を伝える。

 

 

 

 

 

「分かった、今すぐ行く!」

 

 翔太郎は電話を切ると、近くにいた亜樹子に視線を向ける。

 

「もしかしてドーパント?」

「ああ」

 

 依頼人が探している人物の居場所は元々知っていたが、向かってみると留守。そのためそこで待ちながら、どこにいるか手掛かりが無いかウォッチャマンに連絡を取ってみたのだが、ちょうどドーパントが現れたらしい。

 

「とりあえずお前は一度、事務所に戻っておけ」

「え、ここで待ってなくていいの?」

 

 本来なら依頼人が探している人物が戻って来た時のことも考えて、ここで待機するのが良いはずだ。しかし、今は運が良いのか悪いのか…

 

「それがどうやら―」

「え、ホント!?」

 

 予想外の言葉に思わず目を見開く。

 

「だからお前は、先に事務所に戻っておけ。終わったら連絡する」

「うん。出来るだけ早くね!」

 

 その言葉に軽く返事だけすると、翔太郎は近くに止めていたバイクに跨り、走り出した。

 

 

 

 

 

 やっとマグマ・ドーパントを振り切った初と少女。既に息は上がり、汗が止まらない。

 一度大通りに逃げたため大きな騒ぎとなり、それによって発生した人ごみに紛れ、何とか撒くことには成功し、今は騒ぎのせいで人が居なくなった道の壁に二人は背を預けていた。

 

「…もう、大丈夫?」

 

 壁にもたれかかりながら何とか声を出す少女。しかし初は静かに首を横に振る。バイオレンス・ドーパントから逃げ切ったそのすぐ後にマグマ・ドーパントが現れ、自分達を狙って追って来た事を考えると、あの2体は繋がっていると考えるのが自然だ。そして初の予想が正しければ、他にも協力者がいる。

 バイオレンス・ドーパントは自分のことをターゲットの一人と呼んでいたが、面識は無いようだった。もしかするとあのドーパント達を統括する存在がおり、自分を狙っているのかもしれない。そしてもし自分が狙われているとしたら、心当たりはただ一つ。組織の元構成員であったこと…。

 

「…もう終わったはずなのに」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 少女はその言葉の意味を理解できず首を傾げるが、そんな二人の耳にカタリと小石が蹴られるような音が聞こえた。

 二人はその音がした方向へ視線を向けると、そこにはバイオレンス・ドーパントと黒いスーツを着た眼鏡を掛けた男が立っていた。逆光で顔は見えづらいが、その体は細く、風が吹けば吹き飛ばされてしまいそうだ。

 この男に初はどこか見覚えがあった。

 

「やっとお会いすることが出来ましたね」

 

 その男の声を聞き、初は思い出す。そうだ、こいつは園咲家に居た使用人の…!

 初はすぐさま男に背を向け、少女の手を引いて逃げ出そうとした。しかし、走り出そうとした先にはいつの間にかマグマ・ドーパントが姿を現し、行く手を遮る。

 

「勘違いしないでください。私は貴女を傷つけるために来たのではないのですから」

 

 男は笑みを浮かべ一歩ずつ近づいてくる。

 

「私は貴女の力を評価しています。もし貴女が私に協力してくれさえすれば、身の安全は保障します」

 

 そう言って手を差し伸べてくるが、初がそれに応える様子はない。

 

「協力って言ったけど、何が目的?」

 

 初の疑問に男は笑みを浮かべたまま返事をする。

 

「私はミュージアムを再建します。そう、今は姿を見せない若菜様のために!!」

「!?」

 

 組織の再建…。まさかそんなことを考えている奴がいるとは。

 しかし、その目論見を聞いた以上、初が協力しようという考えは完全に消えていた。自由を奪われたあの生活に戻ることなんて考えたくはない。それに今の初は執行猶予を受けている身だ。犯罪になんて関わりたくもない。

 しかし、この状況で断れば、今度は自分の身が危ない…。

 

「さあ、選びなさい! 私と共に組織のために働くか、否か!」

 

 そして男とドーパント達は近づいてくる。

 この絶体絶命の状況の中、初は自分の腕を握り震える少女に視線を向ける。これに似た姿をどこかで見たことがある…。

 

―お願いだから、この子には手を出さないで!―

 

 そして頭によぎる記憶。

 初がそれに気を取られているその間にも男は近づいてくる。そしてその手が初を捉えようとしたその瞬間、

 

「なっ!?」

 

 突如として男は飛来したスタッグフォンに吹き飛ばされる。そして同時に猛スピードで走るバイクが、スタッグフォンに目を奪われていたマグマ・ドーパントを突き飛ばす。

 その隙に初は少女と共にドーパントから距離を取ると、その場に現れた新たな存在の姿に安堵の溜息を吐く。

 

「やっと来た…」

「おい、それが助けに来た男に言う言葉かよ」

 

 ヘルメットを脱ぎながら初の言葉に反論する探偵―左翔太郎。

 

「こいつ、まさか!」

 

 使用人の男は目を見開く。

 

「まあ、生憎と忙しいからな。さっさと片づけさせてもらうぜ」

 

 そして翔太郎は腰にダブルドライバーを装着し、メモリを起動する。

 

〈JOKER〉

 

「変身!」

 

 ドライバーに転送されたサイクロンメモリ、そして右手に握ったジョーカーメモリを順番に装填し、展開させると、その姿は左右異なる色の体を持つ戦士、仮面ライダーWへと変わっていく。

 

「やっぱり、これだよな」

 

 しかし、その姿を見た初は首を傾げる。

 

「…いつの間に戻ったんですか?」

 

 初の記憶ではフィリップは若菜を助けた際に消滅したはずだったが、目の前に居るのは彼が居ないと変身できない姿の仮面ライダーだ。これは一体どういうことなのか…。

 

『まあ、色々あってね』

「今は良いだろ。それよりも!」

 

 Wはすぐさま近くにいたマグマ・ドーパントに殴りかかる。気が付けば、使用人だった男は姿を消し、この場には2体のドーパントだけが残っていた。

 

「おい、お前は安全なところに避難しとけ!」

 

 翔太郎の言葉に初は黙って頷き、その場から離れる。

 そしてWは2体のドーパントに対し、左腕を伸ばして宣言する。

 

「『さあ、お前達の罪を数えろ!』」



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35話 Lにさよなら/風都逃走中 後編

後日、修正するかもしれません。


 最初に仕掛けたのはバイオレンス・ドーパント。その鉄球状の左腕を振りかぶり、Wに向かっていくものの、そのスピードは遅く、軽く避けられる。

 次はマグマ・ドーパントが高熱の火炎をWに向かって放つ。しかし

 

〈METAL〉

 

 すぐさまWはドライバーの左側のガイアメモリを交換する。

 

〈CYCLONE METAL〉

 

 黒の体は鈍色の金属光沢をもつものへと変化し、背中に装着された棒状の武器、メタルシャフトを掴むと、それを振り回して向かってきた火炎をいとも容易く吹き飛ばす。

 

「この程度、効きやしねえ!」

 

 そのままメタルシャフトで炎を弾きつつ、マグマ・ドーパントに肉薄すると、素早い連撃を放つことで反撃を許さず追い詰める。

 

「後ろががら空きだ!」

 

 そんなWの背後から、バイオレンス・ドーパントが再び向かって来るが、

 

〈LUNA METAL〉

 

 一瞬の内にWは右側のメモリも交換し、右半身が鮮やかな黄色に変わる。それと同時にメタルシャフトはまるで鞭のように変幻自在にしなり、目の前のマグマ・ドーパントに攻撃しながら背後のバイオレンス・ドーパントにも不可思議な軌道を描きながら攻撃を与える。

 

『少し油断していたんじゃないかい?』

「だからと言って勝手にメモリを変えんなよ」

 

 お互いに言葉を交わしながらも、攻撃は途切れることなく、2体のドーパントを追い詰める。

 

「ちっ。こんなのやってられるか!!」

 

 旗色が悪いと見るやバイオレンス・ドーパントは相方を置いて逃走を図ろうとする。

 

『翔太郎!』

「おい、待ちやがれ!」

 

 Wもそれに気付くが、目の前のマグマ・ドーパントを放っておくわけにもいかない。そのまま、バイオレンス・ドーパントは走り去ろうとするが…、

 

「そううまくいくとでも?」

 

 その行く手を赤い仮面ライダー、アクセルが塞いだ。

 

「照井!」

 

 騒ぎを聞きつけたのは翔太郎達だけではない。刑事である照井も市民からの通報を受け、やって来ていた。

 

「なんだお前!?」

 

 慌てた様子でバイオレンス・ドーパントが声を上げる。

 

「俺に…、質問するな!!」

 

 アクセルはその一言と共に、長剣エンジンブレードを振り上げ、バイオレンス・ドーパントに斬りかかる。最早逃げようがない状況、ドーパント達は自棄になって向かって来るが、彼らは最近メモリを与えられただけの素人同然。今まで襲っていたのは生身の人間相手であり、それ故に自分の力を過大評価していたが、幾度となく困難を乗り越えてきたライダー達を相手にするには荷が重すぎた。圧倒的なまでの実力差で追い詰められる。

 

〈METAL MAXIMUM DRIVE〉

〈ENGINE MAXIMUM DRIVE〉

 

「『メタルイリュージョン!!』」

「はあっ!!」

 

 Wがメタルシャフトを振り回すと無数の光輪が発生し、それがマグマ・ドーパントを打ち据える。対するアクセルはエンジンブレードから放たれた斬撃でバイオレンスドーパントを貫く。

 

「がはっ」

「ぐげっ」

 

 ドーパントは変身が解け、その体内から排出されたガイアメモリは砕け散って行った。

 

「とりあえず、これで終わりか…」

 

 翔太郎達は一息吐くと、変身を解除する。

 

「大丈夫か?」

「…何なのこれ?」

 

 戦闘中離れていた初と少女に声を掛ける。初は相変わらずの無表情だが、少女は現実を受け止め切れていない様で、少々パニックのようだ。

 

「やはり、お前が狙われたか…」

「どういうことですか?」

 

 照井の呟きに初が反応する。そして照井はミュージアムの元構成員が狙われていることを初と翔太郎に伝える。そして今も襲われた当事者である。

 

「何か知っていることは無いか?」

 

 照井は初を問い詰める。現状は被害者の共通点しか分からない以上、何かしらの手掛かりが欲しいところだ。そこで初は何か話そうとして口を開いたが…、

 

「翔太郎君、終わった?」

 

 空気を読まない声がその場に届く。その声の方向を見ると、そこには息を切らした様子の亜樹子と依頼人の女性が居た。

 

「おい、何で連れて来てんだよ!」

「いや、それがさ…」

 

 先程まで戦闘していたこの場所に依頼人を連れてくるというのは探偵としてご法度だ。しかし、亜樹子がどこか言いにくそうにしている中、依頼人の女性が口を開く。

 

「すみません。私が頼んだんです。ここに案内してほしいと…」

「ごめん…。でも断りづらくて…」

 

 翔太郎は溜息を吐く。誰よりも相手に親身になるこの情が亜樹子の長所であると共に最大の欠点なのだ。

 そんな翔太郎達を他所に、女性を見た少女は声を上げる。

 

「早苗さん!?」

 

 その声を聞いた女性も同じように声を上げた。

 

「雪ちゃん? 何でこんなところに?」

「…ん、どういうこと?」

 

 状況が呑み込めず、疑問符を浮かべる亜樹子。そこで女性―竜胆早苗が説明をする。この少女―竜胆雪は早苗の再婚相手の連れ子とのことだ。今日は友達の家に遊びに行くと聞いていたのだが、何故ここにいるのか…。

 雪も問い詰められると観念した様子で事情を話した。

 

「そう言うこと…」

 

 早苗はどこか申し訳なさそうな表情で呟く。

 

「勝手にごめんなさい…」

「ううん。雪ちゃんを心配させた私にも責任はあるし…」

 

 お互いに謝り合っている光景を、唯一興味なさそうに見つめていたのは初。彼女からすれば他人の家の話に過ぎない。そう思っていた。

 

「貴女もありがとうございます。雪ちゃんを守ってくださって」

 

 だから女性にそう声を掛けられるとは思って居なかった。

 

「別に助けたつもりはありません。勝手について来ただけです」

 

 つい口から出たのは建前では無く本音。実際、初は彼女を守るために逃げたのではない。ただ付きまとわれただけ。囮にしなかったのは、目の前で死なれたら夢見が悪くなりそうだから。ただそれだけだった。

 

「私はただの他人です」

 

 そう言いきって顔を背ける。

 だが、そこで翔太郎が口を挟んだ。

 

「お前はそう思ってるのかも知れねえけどな、この人にとってお前は他人じゃねえんだよ」

 

 まさか反論されるとは思っていなかったので、初は少し驚いた様子を見せるが、それでも態度を崩そうとしない。だが続く言葉は初にとっても、そして早苗にとっても予想外のものだった。

 

「早苗さんが依頼したのは、お前を探すことだ…」

「「「え?」」」

 

 初、早苗、そして雪の声が重なる。

 

「この人は、お前の実の母親だ…」

「っ!?」

 

 その一言で目を見開く。

 

「え…、本当に初なの?」

 

 早苗は恐る恐る声を掛ける。

 それと共に初は記憶がフラッシュバックする。それは自分が持つ最も古い記憶…。涙を流しながらも自分を抱きしめる誰かの姿。その姿と目の前の女性が重なる。

 

「…っ」

「初…」

 

 早苗はゆっくりと手を差し伸べる。しかし初がその手を取ることは無く、ただ無言のまま早苗を見つめていた。

 緊張感が辺りを包む。それ故にその場にいる誰もが気付かなかった。

 

「…きゃっ!?」

 

 突如として無数の糸が雪の体に絡みつき捕える。

 その糸の根元に居たのは、トラックの荷台に乗った白いタキシードを着た怪人―パペディアー・ドーパント。

 

「雪ちゃん!?」

 

 早苗が声を上げると同時に翔太郎が雪に向かって手を差し伸べるがそれは届かず、そのままトラックの荷台へ吸い込まれていく。

 そしてそれと同時に、初にも背後から何かが近づいていた。

 

「え?」

 

 それはまるでスライムのような流動する何か。近づいてきたそれを、初は咄嗟の事に反応できずそのまま飲み込まれようとした。しかし、

 

「危ない!!」

 

 早苗が初を庇うようにぶつかる。その衝撃で初は倒れこむものの、大きな怪我は無い。反対に早苗はそのまま流動体に飲み込まれ、先程の雪と同じようにトラックの荷台へと連れ込まれていく。

 

「待ちやがれ!」

 

 翔太郎と照井は再度変身し、走り出したトラックを追おうとするが、そこに大量のマスカレイド・ドーパントが姿を現す。

 

「こいつら、さっきの奴の仲間か!?」

「くっ、邪魔だ!」

 

 翔太郎達はマスカレイド・ドーパント達を倒していくものの、それが片付いた時には既にトラックの姿は消えていた。

 

「…何で?」

 

 そして残された初は、ただ静かに呟くのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【次回 仮面ライダーW】

使用人「我々の目的はただ一つ」

翔太郎「お前、怖いんだろ?」

早苗「私の事は良いから!」

初「今だけは、これに出会えたことに感謝するよ…」

初「答える気は無いし、知る必要も無い!」

 

Lにさよなら/前に進むために

 

これで決まりだ!




書かれていない裏設定

①33話冒頭で呟かれている「あの男」とはエナジー・ドーパントの事です。

②初が自動二輪免許を取ったのは、ガイアメモリを手に入れた後。組織の構成員として色々仕事してもらう上で必要であるとして、免許を取らせられたという独自設定が有ります。なお、普通免許では無く自動二輪免許なのは、あるシーンを描きたかったため。


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36話 Lにさよなら/前に進むために 前編

お待たせしました。
ガチでエタりそうでしたが、何とか最終話まで書き上げました。
そういう訳で3連続投稿です。


仮面ライダーW

 

今回の依頼は…

 

「探してほしい人が居るんです…」

「ちょっと、誰か!!」

「こいつは組織のっ…!!」

「私はミュージアムを再建します」

「私はただの他人です」

「この人は、お前の実の母親だ…」

「危ない!!」

 

 

 

 

 

 トラックを見失った翔太郎達は一度事務所に戻り、今後の事について考えていた。そして初からも改めて何が起きたのか、あのドーパント達に心当たりは無いか聞いていた。

 

「ある程度予測はしていたけど、ミュージアムの残党か…」

 

 前に翔太郎はミュージアムの後継者を名乗る若者たちと戦ったことがある。それはあくまで名目だけの、不良の寄せ集めのようなものでしかなかったが、今回は違う。実際に組織を復活させるという目的を述べており、あのマスカレイド・ドーパントの数も考慮すると、それなりの規模があると考えられる。

 考え込んでいると、ガレージへとつながる扉が開き、フィリップが姿を見せる。

 

「ちょうど奴らの検索は終了したよ」

 

 翔太郎達が事務所に戻ってくるまでの間、フィリップは連絡を受けて手に入れた情報を基に、早苗と雪を攫った連中の手掛かりを調べていた。

 

「まず、竜胆早苗を攫ったドーパントだが、恐らく『LIQUID《液体》』のメモリだ」

「リキッド?」

 

 聞き返す翔太郎に、フィリップは頷く。

 リキッド・ドーパントは能力として自分の体を液状化させることが出来る。ただそれだけのメモリだが、単純故に厄介なメモリの一つでもある。

 

「照井竜が言っていた、組織のメンバーの襲撃事件の犯人もこのドーパントだろう」

 

 液状化するだけであれば他のメモリの可能性もある。しかし被害者の肺から検出された液体の成分は人体の成分そのものだった。そしてあのドーパントの正体は恐らく初と接触していた男。これらの情報からメモリの正体を絞り込むことが出来た。

 

「それと、奴らが潜伏している場所だが、7か所まで絞り込むことは出来た」

 

 そう言ってフィリップは風都の地図を取り出し、絞り込んだ場所を一つずつペンで丸く囲んでいく。

 

「どれもまだ警察が調べていないミュージアムの関連施設だ。これらをアジトにしている可能性が非常に高い」

「そうか…、分かった」

 

 テーブルに広げられた地図に目を通した翔太郎と照井。その視界の端には、ソファに座ったまま顔を俯かせる初の姿があった。

 

「おい、他に何か知っていることは無いか?」

 

 そんな彼女に照井が声を掛ける。

 

「…知ってることはもう全部話しましたよ」

 

 そして初は急に立ち上がると、荷物を持ってそのまま出口に向かう。その様子を見て、亜樹子が慌てて止めようとする。

 

「別に…、私は関係ないので出ていくだけですよ…」

「関係無いって…、初ちゃんのお母さんなんだよ!?」

 

「だからどうかしました?」

 

 『家族』に関しては誰よりも強い思いを持つからこそ、思わず口調が荒くなる。だが振り向いた初の目は何も映していなかった…。

 

「もう私とあの人は他人です…。あの人がどう思っていようが知りません」

 

 そのままドアから出て行ってしまう。

 

「おい、待て!!」

 

 しかし今の初もまた狙われている身なのだ。放っておくわけにはいかない。

 

「おい、お前らはここで待ってろ!」

 

 立ち止まってしまった亜樹子の代わりに、翔太郎が帽子を手に取り外へと走り出す。

 そして翔太郎を見届けた亜樹子はぽつりと呟く。

 

「今の初ちゃん…、とても寂しそうな目をしてた」

 

 

 

 

 

 風都の中央部にあるさびれた廃工場。その実態は、ミュージアムが秘かに使っていたガイアメモリの保管倉庫である。元々は販売する予定のメモリが大量に隠されていたが、1年前にミュージアムが瓦解したことによって、一部の構成員が金銭目的に持ち出していったため、現在残っているのは数えるほど。

 その現実を改めて見つめ、眼鏡の男は溜息を吐いた。

 

「全く、彼女も連れ戻すことが出来ませんでしたし…」

 

 それよりも…、と男は腕を縛られ床に転がされた早苗と雪に視線を向ける。早苗に邪魔されなければ初を捕らえることが出来たのに…。男は歯噛みする。

 だが、同時に収穫もあった。あの時見た仮面ライダーはダブルドライバーを使用していた。あの姿になるためには、『運命の子』が必要なはずだ。若菜様に吸収されたはずの運命の子がどうして存在するのか…。疑問は尽きないが今はどうでも良い。重要なのは運命の子がいるという事実だ…。あれが居れば、新たなガイアメモリの開発も可能なはず…。

 

「貴方達、一体何なんですか!?」

 

 男が考え込んでいると、早苗が声を上げた。思考を中断され不機嫌になり、男は早苗に詰め寄る。

 

「黙っていなさい。貴女はただの人質です」

 

 仮面ライダーならこの状況を見捨てることは出来ないだろう。だが人質という言葉に反応した早苗は再び声を上げる。

 

「人質なら私がなります! 代わりに雪ちゃんは自由にしてください!」

 

 早苗の心からの訴えに雪は目を見開く。しかし男は一笑に付すと、早苗を思いっきり蹴り上げた。

 

「あ゛っ…」

「早苗さん!!」

 

 雪は自由が利かない体を何とか動かし早苗に近づく。

 

「貴方達に選択の自由なんてありません」

 

 そう言って男は静かにその場から離れる。

 周りにいる監視の男達の視線を受ける雪の目にはじんわりと涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「おい、待てよ!!」

 

 一人で勝手に歩いていく初を追いかける翔太郎。初はどこか面倒臭そうに溜息を吐く。

 

「何なんですか…」

「あのな…、お前も狙われてるんだぞ?」

「そんなこと、分かってますよ…」

 

 そう言って歩みを止める初。その姿を見た翔太郎は、自分の首の後ろに回しながら手を近づく。

 

「なあ、これは俺の勝手な予想だけどよ、お前、怖いんだろ?」

 

 翔太郎の言葉を聞き、思わず顔を上げる。

 

「怖い? あの男の事がですか?」

「いや、そうじゃない」

「じゃあ、あの人の事がですか?」

 

 初は早苗の顔を思い浮かべながら言う。だが翔太郎は首を横に振る。

 

「いや、お前は誰かを信じることが怖いんじゃないか?」

 

 その言葉に目を見開く初を見て、翔太郎は自分の考えに確信を持つ。

 

「前に加奈子さんから、お前が誰よりも臆病な子供だったって聞いた…。そしてあんたの家についても…。自分でも気づいていないのかは知らないが、お前は誰かを信じて、そのせいで誰かが傷つくのが、もしくは裏切られるのが怖いから、そうやってわざと他人を突き放しているんじゃないか?」

 

 初は俯いて黙り込む。

 幼かった彼女は何故母親が自分を置いて姿を消したのかは分からなかった。そして実父の家では、家族から虐待を受け続け、自分を助けようとした人が逆らえない力で消えていくのを見ていた…。

 そして施設へと保護されていく初に対し、父の家族は最後にこのような言葉を初に言い放った。

 

『お前は疫病神だ!!』

 

 この言葉は初の心に棘のように突き刺さっていた。実際に自分に関わった全ての人間が不幸な目に遭ったのだから。

 だからこそ初は誰とも深く関わらないようにした。自分が、そして親しい誰かが傷つくのは嫌だったから。それならば親しい関係なんて作らなければいい…。それが初の結論だった。

 その本心に気付かれ、思わず狼狽える初に翔太郎は声を掛ける。

 

「早苗さんもお前のことをずっと思っていたんだよ…」

 

 そして翔太郎の口から出たのは、早苗が初と離れた理由、そしてこれまでの人生だった。

 

 早苗は夫からの暴力を受け、このままでは初が危険だと感じて離婚を申し出た。しかし夫はそれを拒否した。それは早苗を愛していたというわけでは無く、離婚したら外聞が悪くなる、という自分本位の理由でしかなかった。

 最終的には夫も離婚に承諾したものの、当時の早苗は専業主婦であり、仕事も収入も無かった。その上、両親は死亡しており、頼れる親戚も居ない。そんな経済的な理由によって親権は夫にあると裁判所から言い渡される。これについては夫も予想外だったらしい。早苗自身は弁護士を雇うお金も無く、対する夫は元々は裕福な家庭。腕の良い弁護士を雇い、家庭内暴力に関してもうやむやにされてしまった…。いくら訴えても決定は覆ることなく、そのまま初とは離れ離れになってしまった。

 裁判の後も、初と面会することは出来るはずだったのだが、面会の日になっても、夫の家族は初に会わせることを拒否してきた。時には夫の実家に直接赴いたこともあったが、初に会うことは出来ず、果てには

 

『これ以上騒ぐようなら、娘がどうなっても知らないぞ!!』

 

と脅され、追い出された。

 そしてその日の帰り道、早苗は一台の車に轢かれた。奇跡的に軽傷で済んだが、早苗は恐怖を覚えた。事故の原因はあくまで不注意とされているが、早苗にはそれが夫の家族からの警告であることが分かった。これだけのことをする人達だ。本当に初に何をされるか分からない…。

 仕方なく早苗は初を取り戻すことを諦め、地元へと戻った。しばらくは安いアパートで暮らしながら働いていたが、そんな時、職場で出会ったのが雪の父親である。彼は妻を早くに亡くしており、どこか似たような雰囲気をしていた早苗が気になって近づいてきた。当初は警戒していたが、彼の優しい人柄に触れ、早苗の心の傷も少しずつ癒えていった。この2人がお互いに恋をし、再婚するまではそれほど時間は掛からなかった。

 だが、早苗の心にはずっと初への思いが残っていた。毎日のように夢に見るのは、幼い初が夫たちに傷つけられる光景。幻なのか、現実なのかも分からない。それでも時間が経つごとに初に対する気持ちは強くなっていった。

 それを知った雪の父親も早苗の気持ちを汲み取り、風都へとやって来たのだ。

 

「………」

 

 静かに母親についての話を聞く初。

 

「俺は別にお前の気持ちが分かるとは言わない…。だけど後悔だけはしないように行動した方が良い…。死ぬまでずっと残り続けるものだからな…」

 

 そう言って翔太郎は空を見上げる。すると翔太郎の携帯電話が鳴り響いた。

 

「ん?」

 

 翔太郎が携帯を開くと、そこには見慣れない電話番号。ボタンを押して耳に当てると、ねっとりとした声が届いた。

 

『やあ、仮面ライダー?』




ドーパント情報

リキッド・ドーパント
●記憶:液体
●メモリのデザイン:L字の水溜まり
●姿:スライムが人形に纏わりついたような基本形態
●能力:液状化
●弱点:物理攻撃はほぼ無効だが、高熱や冷気、電気などは有効。

井坂深紅郎がこのメモリにそれほど価値を見出していなかったのはウェザーメモリと相性が悪いため。特に冷気を使用すると、液状化の能力を十二分に発揮することが出来ない。


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37話 Lにさよなら/前に進むために 中編

「てめえ、何者だ?」

『ミュージアムの再興をする者と言えば分かるかな?』

「っ!!」

 

 まさか初ではなくこちらにコンタクトを取って来るとは…。

 

「お前は組織を復活させて何がしたいんだ?」

『…我々の目的はただ一つ。若菜様の願いを叶えること。それだけです』

「何…?」

 

 園崎若菜は既にこの世には居ない。1年前に消滅したフィリップを復活させるために自分の命を犠牲にしたのだ。世間的にも園崎若菜は死亡した扱いになっている。

 

『いずれ若菜様は戻って来る! その時のために我々は準備をしているのだよ!!』

 

 しかし電話の先の男は未だに園崎若菜が生きていると信じているらしい。どこか狂気を感じさせる話しぶりに、思わずたじろぐ。

 

『そうそう。君に連絡したのは他でもない。今から言う地点に『運命の子』を連れてくるんだ』

「何だと?」

『もし来なければ、人質の安全は保障しない』

 

 そう言って男は一方的に場所を告げる。

 

『時間は今からちょうど2時間後。それまでに来ることを楽しみにしているよ』

 

 その言葉と共に通話は途切れた。

 翔太郎は舌打ちをすると、初に視線を向ける。

 

「おい、お前は風都署に行け。照井がジンさんに話を通してるはずだ」

 

 そう言いながら翔太郎はバイクに跨り発進させる。

 残された初は翔太郎の後ろ姿を見つめ続けながら呟く。

 

「…後悔しないように、か」

 

 初は静かに一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 ミュージアムの工場内に監禁されている早苗と雪。周囲には何人かのスーツを着た人間が監視のためにかこちらを睨んでいる。

 

「早苗さん、大丈夫?」

「ええ、雪ちゃんは?」

「私も大丈夫…」

 

 この緊張感に耐えられず、雪は早苗に質問をする。

 

「ねえ、早苗さん。初さんって本当に早苗さんの子供なの?」

「ええ…」

 

 どこか言い辛そうな早苗。それは雪に対して秘密にしていたためか、それとも初に対する罪悪感からか…。

 

「別に私は無理して聞かないから…」

 

 それを何となく察した雪はそう口にする。

 

「ただ、早苗さんの子供なら、きっと私のお姉ちゃんだよね?」

「…ええ、そうかもしれないわね」

 

 雪の言葉に一瞬驚くものの、口に出した言葉はどこか煮え切らないものだった。

 そんな二人の前に再びリーダー格の男が姿を現す。

 

「さて、そろそろ時間だが、今のうちに始末の準備をしておけ」

 

 男の命令に部下たちは淡々と従う。ここに居るのは金に釣られた者か、男の力に恐怖して服従を選んだ者である。故に男の命令に疑問を抱くことも無く、ただ従うだけだ。

 そんな彼らの耳にバイクのエンジン音が響く。

 

「やっと来たか」

 

 男は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そして姿を現したのは、2代のバイク。男たちの真ん中で止まったバイクから降り、ヘルメットを脱いだのは翔太郎とフィリップ、照井だ。

 

「やあ、待っていたよ。約束通り『運命の子』も連れて来てくれたようだね」

「ああ。だから後ろの二人を離してもらおうか」

「それより先に、運命の子をこちらに渡してもらおうか?」

「…渡した後にお前達が約束を守る保証はあるのか?」

 

 翔太郎の言葉に男は苛立ちを見せる。

 

「良いからさっさとそいつを寄越せ。さもなくば…」

「分かった。良いだろう」

 

 声を荒げた男の言葉を断ち切ったのはフィリップだ。静かに翔太郎に向かってアイコンタクトを取ると、フィリップは一歩ずつ近づく。

 

「ふふふ…」

 

 男の機嫌は戻り再び笑みを浮かべる。そして男がその手をフィリップへと向けたその瞬間、

 

「今だ亜樹子!!」

 

 その言葉と共に、工場内にリボルギャリーが突入する。

 

「何!?」

「きゃああああああああああっ!!」

 

 その衝撃で天井の一部が落ちてくるものの、翔太郎はスタッグフォンを起動させ、フィリップはファングメモリとエクストリームメモリを呼び出し、自分達と早苗、雪を守る。

 そして崩落が収まると、リボルギャリーの中から亜樹子が姿を現し、早苗と雪の元へ向かう。

 

「大丈夫ですか?」

「…ええ、はい」

 

 状況がうまく呑み込めず、早苗は呆然としたまま返事をする。

 

「とりあえず二人はあの中に逃げてください!」

 

 亜樹子はそう言ってリボルギャリーに指を向ける。だが

 

「そうはさせるかああああっ!!」

 

 リボルギャリーが突入した衝撃で倒れていたリーダー格の男がメモリを起動させる。

 

〈LIQUID〉

 

 そしてメモリを額に挿入すると、その体はドロドロに溶け出し全く別の姿へと変貌していく。それはまるでスライムが集合したかのような姿。それがリキッド・ドーパントだ。

 

「お前ら。そいつらを一人残らず捕まえろ!!」

 

 その言葉と共に、同じように倒れていた男達がそれぞれメモリを起動させる。大半はマスカレイド・ドーパントに姿を変えるが、中には一人トライセラトップス・ドーパントが居た。

 彼らはリボルギャリーまでの道を塞ぐように立ちはだかる。

 

「よし、行くぞ」

「ああ」

「問題ない」

 

〈HEAT〉

〈JOKER〉

〈ACCEL〉

 

「「変身!」」

「変…身っ!」

 

 ドライバーを装着し、ガイアメモリを装填した2人(3人)の姿が仮面ライダーへと変化していく。

 

『僕達がリキッドをやる。照井竜、君は他のドーパントを頼んだよ』

「ああ、分かった」

 

 元からリキッド・ドーパントを倒すことを決めていたWは最初からヒートメモリを使用し、液状化能力を発動しているリキッド・ドーパントに炎を纏った右腕で殴り掛かる。

 アクセルはエンジンブレードを携えて、多数のマスカレイド・ドーパントを切り裂いていく。

 

「はあああああああっ!!」

 

 そんなアクセルへと向かって来たのは、巨大な棍棒を携えたトライセラトップス・ドーパント。その一撃をエンジンブレードで受け止める。

 

「お前の相手はこの俺だ!」

「邪魔を…するな!」

 

 戦闘力で言えばアクセルの方が数段上だ。しかし大量のマスカレイドに邪魔され、中々有効打を放つことが出来ない。

 すぐに亜樹子達と合流し守らなければならないのに…。アクセルの心中には焦りが生まれていた。

 

 

 

「きゃあああああ!!」

 

 そしてフィリップの体を回収した亜樹子と早苗と雪もまたマスカレイド達に追われていた。

 本来ならばリボルギャリーの内部へ逃げ込むつもりだったのだが、思いのほかドーパント達が多く、逆にリボルギャリーから離れてしまっている。

 そうしている間に、雪が躓き倒れる。

 

「雪ちゃん!?」

 

 早苗と亜樹子が駆け寄るが、すぐにマスカレイド達に囲まれる

 絶対絶命の状況。そんな中、亜樹子達の耳にバイクのエンジン音が聞こえる…。だが翔太郎達は遠くで戦っているはず。ではこのエンジン音は…。

 そして亜樹子達に襲い掛かろうとしていたマスカレイド達が、突如として駆け抜けてきた1台のバイクに突き飛ばされていく。

 

「え…?」

 

 そしてバイクは亜樹子達の前で止まると、運転していた何者かが降りる。そして被っていたヘルメットを脱いでその正体を3人の前に見せた。

 

「初ちゃん?」

 

 その姿を見て、思わず早苗と雪は目を見開く。

 

「何でこんなところに!?」

 

 その場にいた全員が思ったことを亜樹子が代弁する。

 

「別に助けようと思ったわけじゃありません。ただ死なれたりでもしたら夢見が悪くなりそうだったので…」

 

 そう言って初は雪に手を差し伸べる。

 

「さっさと逃げますよ」

「…うん」

 

 雪はその手を取って立ち上がる。

 そして再び立ち上がったマスカレイド達に追われながらも、リボルギャリーまで走り出す。

 アクセルとWの二人がマスカレイド達を倒してくれているため、いつの間にか最初の数よりは減っていた。

 亜樹子はフィリップを担ぎながら、早苗と雪はお互いに手を繋ぎながら、初はそんな二人を横目に見ながら走る。

 

「きゃあっ!!」

「あうっ!!」

 

 そしてやっとリボルギャリーまであと少し、というところで4人を衝撃が襲った。

 何が起きたのか、亜樹子が周囲を見回すと、そこに居たのはアームズ・ドーパントとパペディアー・ドーパント。まさかまだいたとは…

 

「あ…くっ…」

 

 気が付くと早苗の様子がおかしい、よく見ると、倒れた瓦礫に左足が挟まれたようだ。

 

「早苗さん!!」

 

 雪が駆け寄って瓦礫をどかそうとする。しかしかなりの重量があるようで持ち上がる気配はない。

 亜樹子もこの状況を見ているだけという真似は出来ず、フィリップをその場に置いて雪と共に持ち上げようとするが、それでも持ち上がらない。

 その間にもドーパント達は近づいてくる。それを見て早苗はもういいと叫ぶ。

 

「もう逃げて! 私の事は良いから!」

「そんなこと出来ないよ!」

「このままじゃ貴女達まで…」

 

 自分を見捨てるように言う早苗。しかしその言葉を許すことが出来なかった者が居た。

 

「どうして、また勝手に自分一人で決めるの!?」

 

 その声の主は初だった。思わぬ声に3人の視線が集まる。

 

「私はまだお母さんと何も話してない! 何も聞いてない! それなのに勝手に自分一人が犠牲になるようなこと言わないで!!」

 

 そう言って初も同じように瓦礫を持ち上げようとする。3人の力が合わさることによって瓦礫が僅かながら持ち上がる。だが

 

「残念だったなあ!」

 

 アームズ・ドーパントが腕を振り上げ雪を殴ろうとする。思わず目を背ける雪。

 

「あうっ!!」

 

 しかしその一撃を受けたのは雪では無く、咄嗟に彼女を庇った初だった。

 

「初ちゃん!?」

 

 亜樹子は思わず声を上げる。ドーパントの膂力で吹き飛ばされた初は、壁際にある棚へとぶつかった。一瞬意識が途切れる。骨は折れていないようだが、それでもかなりのダメージだ。

 このままでは4人とも無事では済まない…。だが自分に何が出来るのか…。

 そんな初の視界にあるものが映る。

 

(どうして…こんなところに…)

 

 ドーパントが暴れた衝撃のせいかひしゃげた棚の中にあった()()。本当なら使いたくは無いが、今はこれに賭けるしかない。

 目の前ではドーパント達が再び雪に殴りかかろうとしていた。それを止めるため、近くにあった小さなコンクリート片をドーパントに投げる。

 

「ん、何だ?」

 

 ボロボロの自分の様子を見た雪と早苗は泣きそうな顔になっている。

 

「お前から先に殺されたいようだな!」

「いや、殺すのはまずいだろ。あの人が言ってたターゲットの一人らしいからよ」

 

 好き勝手に言うドーパントを尻目に、初は3人に視線を向ける。今、3人を守れるのは自分しかいない。

 

「今だけは、()()に出会えたことに感謝するよ…」

 

 そう言って初は手に持ったガイアメモリのスイッチを押した。

 

〈UNKNOWN〉

 

「何?」

 

 そして初は左手を軽く上げると、手首にガイアメモリを挿し込む。それと同時に初の姿は、全身が布に包まれた異形へと変貌した。

 突如の事に、その場にいた誰もが声を失った。

 

「お前、何なんだ?」

 

 掠れた声で呟くアームズ・ドーパント。それに対し初はただ一言だけ。

 

「答える気はないし、知る必要も無い!」

 

 そして初はその腕の布をドーパント達目掛け放った。




書きたかったこと→初のライダーブレイク(轢き逃げアタック)

アンノウンメモリがここにある理由
→冴子がこの工場の鍵付きの棚に隠していた。
→鍵を知っている奴がおらず、放置
→戦闘の影響で棚が壊れ、奇跡的にメモリは無事だった。という流れです。


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38話 Lにさよなら/前に進むために 後編

最終話です。
今までこの作品を読んでいただきありがとうございました。


「はあっ!!」

「ぐっ!?」

 

 アクセルの蹴りがトライセラトップスの胸にヒットする。大量のマスカレイドを相手にしながらだったためてこずったものの、今はもうマスカレイドは数える程度まで減っている。しかしまだ安心はできない。

 所長(亜樹子)はもうリボルギャリーまで辿り着いただろうか…。焦りは消えない。

 

「何…?」

 

 それ故にアクセルがアンノウン・ドーパントの姿を見た時に、思わず動きを止めたのは仕方が無かったのかもしれない。

 アンノウン・ドーパント()は伸ばした布でアームズとパペディアーの体を縛り、そのまま投げ飛ばす。そして早苗に近寄ると、その足に乗った瓦礫を持ち上げる。先程までは全く動かなかった瓦礫が、簡単に取り除かれる様子を見て、雪の目が点になる。

 いくらアンノウンメモリが能力特化のメモリと言えど、ドーパントはいずれも人間を超えた身体能力を発揮することが可能なのだ。これくらいは簡単だろう。

 

「おらあああ!!」

 

 アンノウンが早苗達に注意を向けている隙に、アームズが腕を銃に変え、弾丸を連射してくる。しかしその弾丸の全てをアンノウンが伸ばした布に防がれる。

 今度はパペディアーが指先から糸を伸ばして、再び雪を捕らえようとするが、何故かその糸はパペディアー自身の意思通りに動かず、まるで見当違いの方向へ向かう。

 これらは全てアンノウン・ドーパントの固有能力。先程、布で捕らえた際に針を撃ち込んで、アームズ達の能力がまともに働かないようにしたのだ。

 そして今度は右腕を伸ばして衝撃波を放ち、アームズ達を吹き飛ばす。

 

「おい!」

「竜君!?」

 

 声を上げたアクセルに反応する亜樹子。アンノウンもどこか溜息を吐いたような挙動を取る。

 

「あのね竜君…、これは違うんだよ、初ちゃんはその…」

「いや、良いんだ所長」

 

 初が自分達を助けようとしたことを伝えようとしてしどろもどろになる亜樹子の肩に手を置く。そしてアクセルは初に視線を向けると、

 

「とりあえず、このまま所長達を守ってろ」

 

 そう言って、近くにいる3体のドーパントを睨みながらトライアルメモリを取り出す。

 アンノウンも静かに頷くと、布を亜樹子達を包むように広げ、周囲を警戒する。

 

〈TRIAL〉

 

 そしてアクセルはその全身を青く染め上げると、目にも止まらぬスピードで走り出した。

 

 

 

 

 

「だーっ、もう!!」

 

 Wの片割れ、翔太郎は叫びを上げていた。

 リキッド・ドーパントに有効な熱攻撃が可能なヒートジョーカーで相手しているものの、思いのほかスピードが速く、中々有効打が入らない。ボディメモリをメタルやトリガーに変えればスピードが遅く不利になる。せめて動きを封じることが出来れば…。

 その間にもリキッドは形状を変え、様々な攻撃を繰り出してくる。腕を鞭の形にして殴り掛かる。近くにあるドラム缶を投げ飛ばす。体に絡みつく。厄介なことこの上ない。

 

『翔太郎、ここはエクストリームを使おう』

 

 この状況を打開するためフィリップが提案する。

 

「なるほどな、分かったぜ」

 

 翔太郎も了承し、エクストリームメモリを呼び出す。

 亜樹子が初に気を取られている内にエクストリームメモリはフィリップの体を取り込み、Wの元へと飛来した。

 

〈XTREME〉

 

 そしてソウルサイドをサイクロンに変更したWのドライバーと一体化し、その姿を緑、銀、黒のサイクロンジョーカーエクストリームへと姿を変える。

 

「貴様…、それはっ!!」

 

 リキッドもこの姿を知っているためか警戒する。

 エクストリームは他のメモリの能力を打ち消す力を持つ。無論、一部の例外はあるが、その能力は強力無比と言うほかない。

 

「『さあ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 そしてWは盾であるプリズムビッカーに4本のメモリを順番に装填していく。

 

〈CYCLONE MAXIMUM DRIVE〉

〈HEAT MAXIMUM DRIVE〉

〈LUNA MAXIMUM DRIVE〉

〈JOKER MAXIMUM DRIVE〉

 

 そしてプリズムビッカーの中心部に集まったエネルギーを解放する。

 

「『ビッカーファイナリュ―ジョン!!』」

 

 放たれたエネルギーは光線となって四方八方からリキッドを襲う。リキッドも体を変形させて回避しようとするものの、避け切ることは出来ず撃ち抜かれる。

 そして爆発と共に残されたのは変身者である男と砕け散ったメモリのみであった。

 

 

 

 

 

 工場内を駆け巡る青い一閃。アクセルトライアルの一撃が、3体のドーパント達を圧倒する。しかし連戦で疲労がたまっているのか、アクセルトライアルの動きはどこかぎこちない。そして一瞬、アクセルトライアルの動きが止まった時だった。

 

「今だ!!」

 

 最も力が弱いパペディアーがアクセルに組み付く。無論、その程度で倒されるわけでは無いが、動きが封じられたのは確かだ。そこへトライセラトップスが棍棒を振りかぶる。

 

「喰らいやがれ!!」

 

 アクセルトライアルの装甲は薄い。この一撃をまともに受ければ大きなダメージは避けられない。アクセルは何とか脱出しようとするものの、すぐ目の前にまで棍棒が迫る。

 だがその棍棒の動きが突如として止まる。

 

「…危なかったですね」

 

 アクセルを救ったのはアンノウン。彼女が伸ばした布がトライセラトップスの動きを封じていたのだ。

 さらにアンノウンはアクセルから振り落とされたパペディアーと倒れていたアームズにも布を伸ばし、動きを封じる。

 

「さっさと決めてください」

「言われなくてもそうするつもりだ」

 

 アンノウンの一言にぶっきらぼうに返すと、ドライバーからトライアルメモリを抜き出しボタンを押す。それを見たアンノウンはドーパント達を空中へ放り投げる。

 

「はあっ!!」

 

 トライアルメモリを放り投げ超加速したアクセルは、空中で身動きの取れないドーパント達に連続で蹴りと放ち続ける。

 

「9.3秒。それがお前達の絶望までのタイムだ」

 

 そして落下したトライアルメモリをキャッチしたアクセルの宣言と共にドーパント達は爆散し、メモリが排出されて砕け散る。

 残されたアクセルとアンノウンも変身を解き、工場内を沈黙が包む。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 そこへリキッドを倒した翔太郎とフィリップも駆けつける。その姿を見た初は手に持ったアンノウンメモリに一度だけ視線を落とすと、すぐに翔太郎達の前へ進む。そして一言、

 

「これ壊してくれませんか?」

「な、お前これ…」

「…私には必要ないので」

 

 翔太郎は何があったのかは知らないため、初がアンノウンメモリを持っていることに驚きを見せるものの、その顔を見て静かに頷く。

 そしてメモリを地面に落とすと、靴で思い切り踏みつける。

 

―ガシャン―

 

 思いのほかあっさりとメモリは砕け散った。

 

「それじゃあ、警察に行きますか…」

 

 初は静かにそう呟く。初は執行猶予を受けている身である。だが今ガイアメモリを使用した。それが罪であることは十分わかっている。それ故に出た言葉だった。

 だがそんな初を止めたのは雪だった。

 

「ねえ…、初さん。これからも会って良い?」

 

 雪はガイアメモリを使うことが犯罪であることも、そして初が犯罪を犯した身であることも知らない。ただ、初が身を賭して自分達を守ってくれたこと。それだけが全てだった。

 思ってもみなかった言葉に思わず初は固まる。そんな初に照井も声を掛けた。

 

「確かにガイアメモリの使用は犯罪だ。だが今回は正当防衛とも考えられる…」

 

 今回はガイアメモリを使用した犯人たちから早苗達を守るためにガイアメモリを使用したのだ。正当防衛には十分成り得る。

 

「それに、今回の事件は仮面ライダーが解決したものとして報告書を出すつもりだ」

 

 それは言わば『今回の件には目を瞑る』と言っているものだった。

 呆然としたものの、にこやかな笑みを浮かべる亜樹子から視線を逸らし、初は少し考えてから早苗と雪も言った。

 

「一つだけ条件が有ります」

 

 その言葉に早苗は唾を呑む。今まで何もしてやれなかったのだ…。それこそ恨まれても当然の身。だからこそどんな要求でも受け入れるつもりだった。

 

「携帯電話が壊れたので、新しい奴を一緒に選んでくれませんか?」

 

 無いと連絡に困りますよね、と出た言葉に早苗は呆気にとられる。しかしすぐに笑みを浮かべて、初を抱きしめた。

 

 

 

 

 

『長かった二宮初の事件はやっと終わりを告げた。

 照井が目を瞑ってくれたおかげで、彼女が罪に問われることは無かった。

 早苗さんは左足を怪我して病院へと運ばれたが大事には至らず、2週間程度で退院できるそうだ。そして二宮初、彼女も頻繁に見舞いに行っているらしい。そして雪ちゃんとも、新しく買った携帯電話で連絡を取り合う仲だという。ずっと断たれていた母親との思い出を、そして新しい家族との絆をこれから作っていくのだろう。

 そう言えば彼女の新しい勤務先も決まった。ちょうど店員を探していた店長(サンタちゃん)に話を出してみたら、あっさりと彼女を雇いたいと言ったのだ。実際、彼女は真面目に仕事をこなしており、かなり重宝されているらしい。

 何はともあれ、彼女のこれからの道が幸せに溢れたものに祈るばかりだ』

 

 

 

 

 

―ニャアオン―

 

 仕事に向かうべく初がアパートの扉を開けると、そこにふてぶてしい態度で居座る灰色の猫―ミックが居た。初のアパートはペット禁止のため入れることは出来ないのだが、何故かここ最近よく姿を見る。

 仕方なく一度部屋に戻り、いつだったか手に入れたキャリーバッグを持ってくると、ミックを抱え上げる。

 さすがに部屋に置いておくわけにはいかないし、どうせ職場もペットショップなんだから構わないだろう。

 そんなことを考える初をじっと見つめるミック。その瞳には確かに笑みが映っていた。




新しい就職先はサンタちゃんのペットショップでした。
実際にこれは初期段階から考えていました。ちなみに次の候補は、フランク白銀の喫茶店です。

なお今後に関してですが、気が向いたら番外編を書くかもしれません。
予告した仮面ライダーウィングもいつ書くかは未定です。予告だけで終わるかもしれません。

改めてこれまでこの作品にお付き合いいただきありがとうございました。


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