ありふれた贋作で共に世界最強 (シュシュマン)
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第一話:ありふれた日常にさようなら

どうも、シュシュマンです。

今回から再スタートしていきますよ! まぁ、駄文かもしれませんが…そこはご了承ください(汗)

という訳で…ゆっくり見ていってください!(๑´◡`)_旦


 うっすらと明かりが灯る洞窟の中、聞こえてくる獣の唸り声。恐怖で歯がガチガチ鳴りそうなのを必死に我慢しながら、神薙雪月(かんなぎ ゆづき)は息を潜めながら移動し、五感を総動員して辺りを警戒していた。

 

 雪月は唐突に思い返していた…自分がこんな場所に来てしまった経緯を……

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 月曜日の朝。窓から差し込んでくる太陽の光は、一週間の始まりを告げる自然の目覚まし時計だ。学生や社会人はこれからまた始まる学校での日々や大量の仕事に憂鬱になる者が多いだろう。

 

 彼、神薙雪月はこれから始まる一週間に半分憂鬱、半分楽しみといった割合だ。

 

 何故半分楽しみなのか? それは、学校で会える一人の親友が理由だ。

 

 未だ完全に抜けていない眠気と闘いながら、朝食を食べようと食卓のある居間へ向かう。

 

「……んお?」

 

 部屋に着くと、部屋には既に彼の家族が全員集合していた。

 

「あぁ、雪月。おはよう。朝食出来てるわよ」

「おはよう母さん。あ〜、相変わらずいい匂い〜」

 

 最初に雪月に笑顔で挨拶してきたのは、母の神薙美桜(かんなぎ みお)。この家の家事を全てこなす頼れる母だ。雪月の家は少し大きめの武家屋敷で、自前の道場まであるのだが、彼女は毎日隅々まで掃除している。ちなみに、怒らせるとこの家の誰よりも怖い。

 

「兄さん、いつもより遅く起きてきたという事は寝坊ですか? ……夜更かしはいけませんよ?」

「俺が夜更かしした事は確定なのか? 我が妹よ…まぁ合ってるけどさ」

 

 溜息を吐きながら雪月に話しかけてきたのは、雪月も言った通り、妹の神薙海音(かんなぎ かのん)。雪月よりも二歳下の中学生だ。雪月は高校二年生である為、海音は中学三年生、つまりは受験生という事だ。

 以前どの高校に行くのかと聞いた事があった。すると海音は「兄さんと同じ高校」と即答だった。理由を聞いてみると「兄さんがいるから」とこれまた即答だった。どうしてそこまで俺にこだわるのかね……。

 海音は黒髪のロングストレートに加え、それに似合う整った顔立ちをしている。今までに十数人という男が海音に告白してきたそうだ。中には海音の通う学校一のイケメンも入っていたとか。しかし、海音は全員をものの数秒で撃沈させているという。恐ろしい妹だ。

 

「雪月、体調管理はしっかりしておけよ? 病気になったりして、美桜さんや海音に心配かけるんじゃないぞ?」

「そうは言うけどさ、父さん? 中学に入ってからずっと皆勤賞なんだぞ。大丈夫だって」

 

 雪月に体調管理の事を指摘しているのは、父の神薙鷹虎(かんなぎ たかとら)。一家の大黒柱だ。ある商社の重役を務めており、収入がそれなりにある。家族を何よりも大事にする家族愛の強い人で、雪月と海音も両親から愛情をたっぷりと注がれて育ってきた為、家族愛の強さは雪月と海音にも受け継がれている。そして、夫婦喧嘩では母さんに一度も勝てたことが無いらしい。いつも最後には土下座させられているとか……(海音曰く)

 

 そんな家族四人で何気ない会話をしながら、雪月は朝食を済ませる。今日の朝食は白米にベーコンとキャベツの味噌汁、ブリの照り焼きにかぼちゃの煮物、トマトと胡瓜のサラダだった。どれも大変美味でございました。

 

 朝食を済ませ、歯磨きや洗顔をして制服に着替えた後は、弁当を受け取って学校に向かうだけだが、雪月は何かを思い出したように母親に告げる。

 

「あ、そうだ母さん。今日は少し早めに出るからお昼はコンビニで買っていくわ!」

「え? 何か用事でもあるの?」

「実は、今日友達に借りていた本を返そうと思ってさ。量が多くて重いから少し早めに出ようと思って」

 

 そう言いながら、雪月は手に持っていた大きめの紙袋を見せる。それを見ていた海音がジト目になりながら…

 

「…兄さん? もしかして今日起きるのが遅かったのって、夜遅くまでその本を読んでいたのが原因なんじゃ?」

 

 海音の言葉を聞いていた美桜の目もジト目になる。雪月は一瞬ビクッとした後、目を左右に泳がせた後……

 

「い、行ってきま~す!」

「あ、ちょっと雪月(兄さん)!!」

 

 母と妹、二人の圧力に耐えきれなくなった雪月は逃げるように学校へと向かう。途中コンビニで昼食を買って再び学校へと向かう。今日の昼飯をサンドイッチかおにぎりにするかで時間を食ってしまい、下駄箱に着いた時には始業のチャイムが鳴る数分前だった。

 

 急いで上履きに履き替えて自分の教室へと向かう雪月。急ぎながらも、今日はどのように過ごそうかと考えている内に教室のドアの前に到着し、なるべく音を立てないように教室のドアを開ける。すると雪月の目に、彼の親友が苦笑いしながらクラスの中でも有名な四人組と話して周りから睨まれている場面に出くわす。

 

 「いつもの光景だなぁ~」と苦笑いしながら、雪月は親友の元へと歩みを進める。先に雪月に気付いた周りの生徒達は雪月を見た途端、男子も女子も含めて全員がさっきまで彼の親友に向けていた視線をさっと逸らす。周りのいつも通りの反応に雪月は内心溜息を漏らす。そして、親友の後ろに着くと肩をツンツンとつっつく。いきなりつつかれた事に驚いたのか、一瞬ビクッとした後、慌てて顔をこちらに向ける。すると、今まで苦笑いしていた顔がパァッと明るくなる。

 

「雪月!」

 

 彼の名前は南雲(なぐも)ハジメ、雪月の数少ない親友だ。中学の頃に知り合い、卒業する頃には無二の親友となっていた。雪月が学校に来るのが楽しみな理由が、学校で(ハジメ)と話す事が出来るからだ。

 

「よぉ、ハジメ。ま~たいつも通りの光景だなぁおい」

「あはは、そうみたい」

 

 雪月とハジメが互いに苦笑いしていると、ハジメの傍にいた女子生徒が話しかけてくる。

 

「神薙くん、おはよう。今日は来るのが遅かったね?」

 

 彼女の名前は白崎香織(しらさき かおり)。途轍もない美少女で、この学校では二大女神と言われて男女問わず凄い人気がある。見た人全員を見惚れさせる抜群のプロポーション、それに加え、責任感が強くて面倒見も非常に良い。その圧倒的な懐の深さに、雪月は当初驚かされてばかりだった。

 

「おはようさん白崎。実はコンビニで時間とっちまってな」

「ん〜? いつもお弁当の神薙くんがコンビニなんて珍しいね? …あれ? その紙袋は?」

「ん? あぁ、そうそう。ハジメ、これ」

 

 そう言いながら、雪月は持っていた紙袋をハジメのすぐ横に下ろす。ハジメと香織は頭に?を浮かべる。

 

「雪月、これは?」

「ハジメから借りていた本全部。読み終わったから返そうと思ってな」

「嘘ぉ!? 貸したのって先週の金曜だよ!? 土日で全部読み終わったの!?」

「おう」

「流石に早過ぎない?」

「いや~、読み始めたら止まんなくてよ…寝るのも忘れて読み耽っちまった。カカカ!」

「駄目だよ神薙くん、夜更かしは!」

「分かってるって。これからは気を付けるさ」

 

 そう言いながらカッカッと笑う雪月にハジメは呆れたような表情を浮かべ、香織は苦笑いしていた。

 

「あ、そういえば神薙くんが南雲くんから借りた本ってなんなの?」

「えっと確か…Fate…だっけか? 結構面白かったぜ。良い本貸してくれてありがとな、ハジメ」

「気に入ってもらってよかったよ。僕も好きなんだよね、この作品」

「へ~、わっ! 結構な数入ってるね。これ全部読んだの?」

 

 香織が紙袋の中を覗いてみると、中には名前の最初ににFateが入っているものばっかりだった。その本の数は軽く三十冊を超えていた。

 

「あぁ、週末の暇な時はずっとそれを読んでたよ。ハジメ、別のがあったらまた貸してくれないか?」

「もちろん、今度持ってくるよ」

「お、良いね~。楽しみにしてるぜ」

 

 雪月とハジメが話に花を咲かせていると、わざとらしい咳払いが聞こえてくる。

 

「ゴホン! 神薙、俺等の事を忘れないで欲しいな」

 

 雪月が明らかに嫌そうな顔で視線を話しかけてきた声の主へと移す。そこには雪月に割り込まれた事で少々不満顔になっている一人の男子生徒がいた。

 

「よぉ、いたのか天之河。悪い、気付かなかったわ」

「気付かなかったって…お前な……」

 

 雪月の言葉に苦笑いしているのは天之河光輝(あまのかわ こうき)。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能という典型的な完璧超人だ。サラサラの茶髪に百八十センチという高身長の彼は誰にでも優しく、正義感が強くて非常にモテるのだが……すっっっごい、思い込みが激しい所があるのだ。雪月はそんな光輝の事を嫌悪しており、その思い込みの激しさがいつか取り返しのつかない事をしでかすんじゃないかと思っている。

 

「まぁ、いい。とにかく! 南雲、君は態度を改めるべきだ。香織だって何時までも君に構っていられる訳じゃないんだし、香織の優しさに甘えてばかりなのもどうかと思うぞ」

「だからね、光輝くん。私は南雲くんと話したいから話しかけてるんだってば~」

 

 香織が言った瞬間、周囲がザワザワと騒ぎ出す。何故この一言だけで、周囲がこんなにも騒ぐのか…

 

 雪月の親友、ハジメはいわゆるオタクというものだ。だが、容姿や言動が見苦しい訳ではない。彼の容姿は髪を短く切り揃えて寝癖は無い、至って平凡だ。勉強やスポーツも突出したものはなく平凡。だが、コミュニケーションはきちんと取れていて、積極的ではないが受け答えはしっかりとしている。単に漫画や小説、ゲームや映画といった創作物が好きなだけである。

 そんなハジメに、香織は毎日話しかけてきているのだ。学校の人気者である香織が。授業中は居眠りが多くて、不真面目な生徒と周りから見られているハジメに話しかけているのは、面倒見が良い香織が気に掛けているのだろうというのが周りの考えだ。これでハジメの態度が周りにとっていい方向に改善されてたら、周囲も許容出来ていたのかもしれない。

 しかし、ハジメは本人曰く、“趣味の合間に人生”というスタンスで生きているので、態度を改めるつもりはない。そんなハジメが香織に毎日話しかけられているのが、同じく平凡な彼等には許しがたいのだろう。女子達は態度を改善させないハジメに不快感を感じているようだ。

 

「…香織は本当に優しいな。でも、何時までも南雲に構っていられないだろう? 南雲はずっと君に甘えてばk「待てよ」神薙?」

 

 光輝の言葉を遮るように雪月がハジメと香織の前に出る。雪月の身長は百七十八センチで若干光輝より低く、目線は光輝より若干下になる。雪月は言葉を続ける。

 

「なぁ天之河、さっきから聞いてたらよ…お前の自己解釈もそこまでにしておけよ? 白崎はさっきハジメと話したいから話してるだけだとさっき彼女自身も言っていただろ? それに、ハジメも別に白崎に甘えてる訳でもないだろ。ハジメが今までに一度でも白崎に甘えるような事をした事があったか? それと、お前にハジメの生き方をどうこう言う権利なんて無いだろうが。ハジメはハジメで自分の将来の事をちゃんと考えて生きているんだからよ」

 

 雪月はハジメの生き方や態度についてどうこう言うつもりはない。何も考えてなければ注意したかもしれないが、雪月はハジメが真面目に今後の事を考えているのを知っているからだ。

 本人から直接聞いた事だが、彼の父親はゲームクリエイター、母親は少女漫画家らしく、ハジメも将来に備えて両親の会社や仕事場でバイトしているそうだ。しかも既に即戦力扱いされる技量を持っているとの事。

 雪月はハジメの将来をきちんと考えた生き方を尊重している。むしろ応援しているくらいだ。故に、雪月はハジメの生き方に文句をつけている光輝が気に食わないのだ。

 

「だが神薙、学校に来る以上、やる気が無いのは駄目だろう? 君にだってやるべき事があるはずなんだから、南雲なんかに構ってないで自分のやるべき事をやったらどうだ?」

 

 光輝はこの時、重大なミスをしてしまった事にすぐに気付けなかった。雪月に言ってはならない言葉を言ってしまった事に……

 

…今何つった? オイ

 

 雪月の言葉に怒気が含まれていることに気付いた光輝は内心「しまった」と思っていた。

 

だがもう遅い。次の瞬間、雪月は光輝の胸倉を掴む!

 

「天之河、てめぇ今…ハジメなんか(・・・)って言ったのか!? アァ!!」

 

 雪月の声が教室どころか廊下にも響くくらいに大きくなる。

 

「い、いや…神薙、俺は…」

「天之河、お前にとっちゃハジメはやる気の無い奴程度にしか見ていないんだろうがな……俺にとっては家族の次に大切な掛け替えのない親友なんだよ! それ以上ハジメの事を馬鹿にしたような事を言うんだったら……」

 

 雪月は誰もが見ても分かるくらい激怒した様な表情から一気に無表情になり、一言告げる。

 

……骨の二、三本逝っとくか?

 

 その言葉に光輝だけじゃなく、ハジメも含めたその言葉が聞こえた全員が顔を青褪めて震え上がる。彼らは知っているのだ。雪月が怒っている時に言う言葉は冗談ではなく、本気で言っているという事に。

 

 過去に一度…そう、たったの一度だけ、雪月が本気で怒ったところを見た事がある彼らは……

 

「待て神薙、落ち着け」

 

 そう言って、横から雪月の肩を掴んでいるのは坂上龍太郎(さかがみ りゅうたろう)という男で、光輝の親友だ。短く刈り揃えた頭に百九十センチという大柄な体格をしており、細かい事を気にしない脳筋タイプの人間だ。空手部に所属しており、その腕力はクラスでも敵う者は少ない。

 

 だが、そんなの気にしないとばかりに雪月は龍太郎を睨む。

 

「坂上…邪魔するってんなら、お前も痛い目見せるぞ?」

「いいから落ち着けって。第一、なんでそこまで怒るんだよ? 光輝はただ、南雲を注意してただけだろうが」

「あ?」

 

 龍太郎の言葉に雪月は表情を険しくする。

 

「じゃあお前等に聞くがよ、ハジメは今まで誰かに自分から迷惑掛けた事があるのか? ハジメの行動が、誰かの迷惑になったことが」

「あん? そりゃあ、お前…………あれ?」

「そ、それは……」

 

 二人が言い淀む。雪月の目の前にいる二人は言葉を続ける事が出来なかった。思い返してみれば、ハジメが自分から周りに迷惑を掛けた事なんて見た事がほとんど、否、全く無かったのだ。

 

「言えないのか? そりゃあそうだろうな。ハジメは自分から周りに迷惑掛ける事なんてしないからな。白崎はさっきも言った通り、自分が話したいから話しているだけでハジメが迷惑を掛けている訳じゃない。それなのになんでお前等に注意されなきゃいけない? ハジメはハジメで自分の価値観を持ってるんだよ。勝手にお前等の価値観を押し付けるな!」

 

 雪月の怒気が含まれた叫びに光輝と龍太郎がたじろぐ。普段は真面目で誰とでも話せる雪月だが、怒るとこのクラスの誰よりも怖い存在となる。

 

 そんな中、雪月の元に歩み寄る人物が一人…

 

「ごめんなさいね、神薙君。光輝は悪気があった訳じゃないから……」

「……八重樫」

 

 雪月に謝っている彼女の名前は八重樫雫(やえがし しずく)。香織の親友であり、長い黒髪のポニーテールがトレードマークだ。百七十二センチという女子にしては高身長に加えて、彼女の容姿と雰囲気は凛とした侍を彷彿させるものがある。実は、彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでいるのだ。彼女自身、小学生の頃から剣道の大会では負けなしの猛者である。因みに、光輝もこの道場の門下生で雫と並ぶ強者だ。

 現代の美少女剣士として香織と同じくらい人気がある(主に女子からだが…)。後輩の女子達からは“お姉さま”と言われ慕われているのだが、本人は嫌なのか、いつも頬を引き攣らせている。

 

 最近では、後輩女子達の間で「剣道では負けなしのお姉さまを負かし続けている男がいる」という噂が流れており、その男子生徒を血眼になって探しているとか。

 

「雫……」

「神薙君、光輝を許してあげて。お願い」

「………」

 

 雪月は雫を少し見て目を閉じながら息を吐くと、光輝をキッと睨みながら胸ぐらを掴んでいた手を放す。

 

「……分かったよ。俺も騒ぎを起こして、家族にまた迷惑掛けるわけにもいかねぇしな」

「そう、ありがとう」

「……ふんっ」

 

 そう言われて、頬をポリポリと掻く雪月。雫は雪月を含めたこの面子の人間関係や各々の心情を一番理解しており、いつも苦労しているのを雪月は知っている。その所為か、雫のお願いをあまり無下に出来ずにいる。

 

「あ、そうそう。神薙君、これ」

「ん?」

 

 雫が何かを思い出したように、内側に折られた紙を雪月に渡してきた。

 

「何これ?」

「後で開けてみて。もうすぐチャイム鳴るだろうし」

 

 雫の言葉に続いて始業のチャイムが鳴り響く。その数秒後に担任が教室に入ってくる。それを合図に、立っていた生徒が皆自分の席に座る。雪月の席はハジメのちょうど真後ろ。教師は教室のこの空気にはとっくに慣れてしまったのか特に気にせず、連絡事項を伝え始める。そして、いつも通り授業が始まると同時に、ハジメが夢の世界へと旅立つ。そんなハジメを見ていた香織と雪月が微笑み、雫は苦笑いをしていた。他の男子達は舌打ち、女子達は軽蔑の視線をハジメに向けるが、雪月の睨みによってそれも数秒で終わる。

 

 こうして、誰もが憂鬱だと感じるであろう一週間の一日目が始まる。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 教室のざわめきと後ろからつつかれる感覚に、ハジメは意識を覚醒させていった。突っ伏していた体を起こして後ろを見ると、雪月が笑顔で自分の席に座っていた。

 

「ハジメ〜、昼休みに入ったから飯にしようぜ〜」

 

 どうやら昼休みに入ったらしい。教室を見回してみると、購買組はもう買いに行ったのだろうかいなくなっており人数が減っていた。しかし、このクラスは殆どが弁当持参組なのでまだ三分の二の生徒が残っている。それに加え、四時間目の社会科教師の畑山愛子先生が教壇で生徒数人と談笑していた。

 

 ハジメは椅子を雪月の方へ向け、鞄から十秒チャージ飲料を取り出す。それを見ていた雪月は苦笑いし…

 

「ハジメ、またそれかよ。そんなんばっか食って、栄養失調とかになっても知らねぇぞ?」

 

 ジュルルルルル、ギュッポン!

 

「そういう雪月だって、コンビニのサンドイッチとパックの野菜ジュースだけじゃないか。人の事言えないでしょ?」

「ん~……まぁそれもそうだな。カカカ!」

 

 ハジメが昼食を済ませ、雪月が笑っていると、一人の生徒がニコニコしながら近寄ってくる………香織だぁ。

 

 ハジメは内心「しまった」と呻り、雪月は内心「やっちまった」と溜息を吐いていた。いつもだったら雪月と一緒に彼女が来る前に教室を出て、何処かで漫画や小説について話すのが定番なのだが、ハジメは昨日の徹夜が、雪月は夜更かしが効いたらしい。香織の事をすっかり忘れていた。

 

「南雲くん。教室に残っているなんて珍しいね? どんなお弁当食べてるの? 良かったら、一緒に食べない? もちろん、神薙くんも一緒に♪」

 

 教室が不穏な空気に満たされる。雪月がハジメの方を見ると、もう勘弁してくださいといった表情で雪月に助けを求めていた。やれやれと思いながらも、ハジメの為に行動を起こす。

 

 まず、周りの敵意を持った視線への対処。これは簡単だ、何故なら……

 

(キッ!)

(サッ!)

 

 雪月が睨み返してやればそれで終わりだ。さて、これで周りの視線は何とか出来た。

 

 次に、目の前にいる最大の障害(香織)への対処だ。しかし、いくら考えても対処法が全く浮かんでこない。目の前の女神(ハジメの天敵)はいかなる抵抗も意に介さない気がしてならなかった。それでも、僅かな可能性に賭けて抵抗してみる。

 

「え~っと、すまん白崎。ハジメはもう食べ終わってるし、俺はこれだけで足りるから…向こうにいる天之河達と食べたらどうだ?」

 

 その言葉に賛同するかの様に、ハジメがミイラの様にカラカラとなった十秒飯のパッケージをヒラヒラと見せ、雪月は自分の前に置かれているサンドイッチとパックの野菜ジュースに視線を落とす。これで諦めてくれたらいいのだが……

 

 しかし、こういう時の雪月の勘は自分でも恐ろしいと思う程に良く当たる。今回も嫌な予感は当たってしまい、今の抵抗など意味を成さないとばかりに追撃を仕掛けてくる。

 

「えぇ!? 二人共、お昼それだけなの!? 駄目だよ! 男の子はちゃんと食べなきゃ! 私のお弁当分けてあげるからさ、一緒に食べよ? ね?」

 

 再び周りの空気が重くなる。

 

 ここで雪月の睨み返し再発動!

 

(ギロッ!)

(ササッ!)

 

 周りの視線を退けた雪月がこの状況をどうしたものかと考えていると、少し離れた所から救世主が現れた……光輝達だった。

 

「香織、こっちに来て一緒に食べよう。南雲は食べ終わっているみたいだし、雪月はそれだけで足りるみたいだからさ。折角の香織の美味しい手料理を無理に食べようとするのは二人に悪いだろうし、俺が許さないよ?」

(言い方が一々癇に障るな、やっぱり骨n……)

(だ、駄目だよ雪月! お願いだから抑えて!!)

 

 相変わらずの爽やかな笑顔&キザな台詞をポンと言う光輝。そしてそんなキザ野郎に怒りが込み上げ始める雪月とそれをなだめるハジメ。しかし、香織はキョトンとしていた。彼女は少々鈍感というか、かなり天然なのだ。そんな彼女には、光輝の言葉やイケメンスマイルは全く効果を示さずスルーされる。

 

「え? なんで光輝くんの許しが必要なの? 私は南雲くん達と一緒に食べたいから誘ってるだけだもん」

「「ブフッ」」

 

 あまりにも香織が素で聞き返すものだから、それを聞いていた雪月と雫が思わず吹き出していた。雪月は笑っている雫をチラッと見た時、朝のいざこざの後で雫に渡された紙の事を思い出す。机の中にしまっていた紙を開いてみると、そこには短くこう書かれていた。

 

『今日の放課後、剣道場にて待つ』

 

(んがっ!?)

 

 これを見た瞬間、雪月は目を見開きながら慌てて雫の方を見る。すると、雪月が紙を見ているのに気付いていたのか、こちらに向かってウィンクしていた。それを見た雪月の顔が引き攣る。

 

(やれやれ、またか……最近勝負(・・)の間隔が短くなってきてねぇか?)

 

 何故雪月が雫からこんな果たし状じみた物を貰っているのかというと、先程言っていた後輩女子達の間で噂になっている「雫を負かし続けている男」が関係している。

 

 実を言うと、この噂は真実であり、これは雪月の事をいっているのだ。雪月は剣道の勝負で、雫を打ち負かした事がある。それも何回も。

 

 どうして剣道では負けなしとされている雫に雪月が勝っているのか、その答えは…雪月も彼女と同じ様に、剣術を学んでいるからなのだ。ただし、雫の実家の道場で習っているのではなく、彼の父、神薙鷹虎から小学四年の頃から現在進行形で剣術を学んでいる。

 

 そして、何処かで聞かれたのか、それを知った雫から勝負を申し込まれ、彼女を打ち負かした。それ以来、時々勝負を挑まれ続けている。

 

(はぁ…朝の件もあるし、断りにくいよなぁ……)

 

 雪月が頭をガシガシ掻いていると、廊下が少し騒がしくなっている事に気が付く。

 

「ん…なんか廊下が騒がしくないか?」

「うん? ……そういえばそうだね。何かあったのかな?」

 

 ハジメと雪月が廊下の騒ぎについて話していると、廊下の様子を見ていた男子生徒達の会話が聞こえてきた。

 

「おい、何かあったのか?」

「あぁ…なんか近くの中学校の制服着た女の子が来てるんだとよ。なんか人を探してるみたい」

 

(中学校の制服? ここの学生か教員の関係者って事か? わざわざ学校の中にまで入って来るとはな……)

 

 雪月がそんな事を考えながら残りのサンドイッチを食べようと手を伸ばしたところで、またしても会話が聞こえてくる。

 

「しかもよ、その女の子、すっげぇ綺麗なんだとよ」

「そうなのか?」

「あぁ、黒髪のロングストレートにそれに似合う綺麗な顔をしてるらしいぜ」

 

 最後の言葉を聞いた瞬間、雪月の手が止まる。それはもう一時停止したかの様に…

 

(黒髪…ロングストレート…それに似合う綺麗な顔立ち……そして近くの中学校? う〜ん……ものすご~く知ってる奴の特徴と一致するんだが)

「雪月? 急にどうしたの?」

 

 雪月が急に動きが止まった事に心配になったハジメが聞いてくる。

 

「いや、今廊下を騒がせてる奴についてちょっとな」

「どういう事?」

 

 ハジメが疑問に思っていると、廊下が更に騒がしくなる。

 

「お、おい…こっちに来るぞ! お前話しかけてみろよ!」

「む、無理無理、無理だって!」

 

 どうやらこっちに近づいてきているらしい。行った方が良いのかもしれない。

 

「はぁ…ちょっと行ってくる」

「え、何処に?」

「廊下。もしかすると知り合いかもしれんから」

 

 そう言って、雪月は教室のドアに向かって歩き出す。重い足取りで……

 

 

 

 

 

 教室のドアの前に集まっているクラスメイト達の一番後ろに着いた雪月は近くにいた男子に声を掛ける。

 

「なぁ、俺にも見せてくれないか?」

「へ? げっ! か、神薙!?」

「なんだよ、げっ! て…別に何もしねぇよ。ただ見たいだけだから」

 

 急に後ろに雪月が現れた事に驚いたのか、廊下を見ていたクラスメイト達が全員驚愕の表情をしていてその場を動こうとしなかった。これじゃ廊下を見ることが出来ない。

 

 しかし、その必要はなかった。

 

「あ、やっと見つけた!」

『!!』

「………やっぱりお前か、海音」

 

 男子達の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてくる。その声でやっと我に返ったのか、クラスメイト達がササッと道を開ける。その先には……雪月の妹、海音がいた。

 

「どうした? わざわざ学校の中まで来て。なんか俺に急ぎの用事でもあったのか?」

「うん、これを届けに来たの」

 

 そう言うと、海音は小さな包みを雪月に渡して来た。

 

「……これは?」

「お弁当。私が渡して来るって言って持ってきたの」

「わざわざ学校の中まで届けに来たのか? 昼はコンビニで買って済ませるって言った筈だろ? それに届けに来るんならメールで知らせてくれりゃ外まで行ったってのに……というか、お前自分の分はどうした?」

「もう食べ終わったわ! それで急いで持ってきたの」

「お、おう……さいですか。というか、食い終わって直後の急な運動はしない方が良いぞ」

 

 海音が笑顔&右手でVサインしているのを雪月が苦笑いしながら話していると、後ろから様子を見に来ていた香織が聞いてきた。

 

「ねぇ、神薙くん。その綺麗な子は?」

「んぁ?」

 

 香織の言葉でクラスに残っている生徒全員の視線が雪月に集まる。雪月は教室全体を見回した後……

 

「あ~……俺の妹だ」

「神薙海音です。兄がいつもお世話になっています」

 

 雪月の短い紹介に海音の自己紹介が加わる。それを聞いたクラスメイトは一瞬の沈黙の後……

 

『え~~~!!?』

 

 廊下どころか学校中に響くのではないかという叫びが木霊する。そんな中、香織が二人に聞いてくる。

 

「嘘! 神薙くん妹さんいたの!?」

「お、おぉ」

「ねぇ、本当なの? 神薙くんと兄妹って!?」

「は、はい。本当です」

 

 男子達は「嘘だ…」とか「神薙にあんな可愛い妹が? 有り得ねぇ…」とかうわ言の様に呟きだし、女子達は海音の周りに集まって質問しまくっていた。突然の質問攻めに海音も困り顔だ。若干涙目の視線がこっちに向いて語りかけてくる。「助けて」と。

 

「あ~、弁当ありがとな海音。それと皆、海音が困ってるから質問攻めは勘弁してやってくれ」

「え~? でも気になるじゃない! あの(・・)神薙くんにこんな綺麗な妹がいたなんて」

「……兄さん? あのって何ですか? 普段この人達にどういう印象を持たせているんですか?」

 

 一人の女子の言葉を聞いて急にジト目になる海音。雪月は一瞬ビクッとした後、視線を逸らす。

 

「兄さん。目を逸らさずにこっち向いてください」

「な、何を言ってるのかな~? 俺は逸らしてなんていない、ぞ?」

「じゃあ、こっちをしっかり見てください!」

「そ、それよりも! そろそろ学校に戻ったらどうだ? 友達が待っているんじゃないのか?」

「話題を変えて誤魔化そうとしないで!」

 

 そんな雪月と海音のやり取りを、ハジメは自分の席から驚きながらも普段見れない雪月の微笑ましい光景だなぁと見ていた。ハジメだけではない、香織や雫、他にも複数の女子達が同じ様な気持ちで二人を眺めていた。

 

 周りの視線に気付いたのか、雪月が辺りを見回して顔を赤くする。

 

「な、なんだよお前ら! 見せ物じゃねぇんだぞ!」

「兄さん、正直に答えてください! 毎日学校で何やってるんですか!?」

「だぁ~! とりあえずお前は自分の学校に戻れ! お前がいると調子狂うわ!」

 

 教室が笑いに包まれる。と言っても、殆どが女子のものだが。男子は嫉妬の視線を雪月に向けていたが、今の雪月にそれを気にしている余裕はない。今はどうやって海音を帰すかで頭が一杯だった。

 

 ハジメは二人のやり取りを見ながらも、この後どうしようかと視線を自分の傍に戻した時、その表情が凍りついた。

 

 ハジメの目の前、正確には光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。この異常事態に他の男子達や笑っていた女子達もすぐに気付く。もちろん、雪月と海音も。雪月は海音を庇うように前に立ったが、それ以上は動けずにいた。教室にいた全員が同じ様にその場から動けずにいた。光り輝く紋様は、俗に言う小説や漫画に出てくる魔方陣のようなものだった。

 

 魔方陣は徐々に大きくなり、ほんの一、二秒で教室全体を覆うものとなった。そこで、漸く我に返れた生徒達の悲鳴が響く。教室に残っていた愛子先生が教室を出るように生徒達に必死に呼びかける。

 

 雪月は「海音っ!」と叫びながら、後ろに隠れて怯えた表情で自分の服の裾を握っていた海音を咄嗟に教室の外に突き飛ばす。海音が小さな悲鳴を上げながら教室の外に出たのと魔方陣の輝きが爆発したように『カッ!』 と光ったのはほぼ、同時だった。

 

 突き飛ばされた海音が教室の中を見ようとして、まばゆい光に腕で目を覆って一体何秒経ったのだろうか……。漸く光が収まり、海音が目を開けて再び教室の中を見た時、そこには………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなかった。

 

 椅子や机、開かれた弁当箱や散乱する箸やペットボトル、そして、海音が届けに来た雪月の弁当箱も床に転がっていた。教室の中にいた人だけが全員、神隠しにでもあったかの様に忽然と消えていたのだ。

 

 海音はふらふらとおぼつかない足取りで教室の中に入って行き、自分が届けに来た弁当箱の前にぺたんと座り込む。震える手でそれを取って抱き込むと、最後に見た自分を教室の外に出してくれた兄の必死な顔が浮かび、その直後に涙が溢れてきた。

 

「……兄さん? にいさん…お、にい、ちゃ、ん。いや、いやぁ……いやぁーーーーー!!」

 

 海音は周りの事を気にせず泣いた。騒ぎを聞きつけた教員によって、すぐさま警察に連絡が入り、この事件は白昼の高校で発生した集団神隠し事件として世間を大いに騒がせ、海音はその唯一の目撃者として事情聴取される事となる。




最後まで読んでいただきありがとうございました!

突然教室から消えてしまった雪月達。彼等は一体何処に行ってしまったのか?

次回「邂逅と異世界召喚」

それでは!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第二話:邂逅と異世界召喚

どうも、シュシュマンです。

前回のあらすじ
 神薙雪月はいつもの様に学校へと登校し、いつもの様な日常を送る筈だった……
 しかし、それは突如現れた魔方陣によって終わりを迎える。教室から消えてしまった雪月達、彼等は一体何処へ行ってしまったのか……

 投稿が遅くなってしまい、申し訳ありませんm(__)m

それでは、ゆっくりしていって下さい!旦~~


 海音を突き飛ばした後、視界全体を覆う程の真っ白な光に思わず両腕で目を庇う雪月。一体どれくらいそうしていただろうか……。周りが静かな事を不審に思った雪月が腕をどけて目を開けると、雪月はその光景に目を見張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい?」

 

 そこは一言で言えば、雪原。空が赤く、果てなき雪原。ただし、普通の雪原ではなかった。

 

「なんだこれ……まさか、この突き刺さってるの全部…剣か?」

 

 そう、雪月の周りには無数の剣が地面に突き刺さっていたのだ。剣、刀、双剣、レイピアなど様々な剣があった。

 

(何なんだよここ? 雪原のはずなのに、寒さを感じない?…あれ、他の皆は何処に?)

 

 雪月は周りに誰もいない事に気付いた。ハジメも香織も、教室にいた筈のクラスメイトが一人もいなかったのだ。

 

「まさか…俺一人だけ別の場所に飛ばされた? それは勘弁願いたいな…はぁ~」

 

 雪月が溜息を吐いていると、不意に後ろに気配が現れる。

 

「!?」

 

 雪月はその場を飛び退いて謎の気配との距離をとり、気配の正体を見る。そこには……

 

 

 

 

 

「……人?」

 

 男が一人、白地の布の外套を羽織って立っていた。見た感じ年齢は…三十代後半から四十代前半といった所だろうか。髪は雪の様に真っ白で、腰まで伸ばしていた。顔を見えないが、その身に纏う覇気が普通ではなかった。

 

(誰だ、こいつ…いつの間に後ろに……というかこいつ、強い!)

 

 雪月は周りを見渡し、一番近くにあった剣を引き抜くと、正眼の構えで立ち、意識を男の方に向ける。

 

「お前、誰だ? ここが何処だか知ってるのか!?」

「………」

 

 雪月は男に問う。しかし、男は答えない。それどころか、微動だにしなかった。

 

(なんだコイツ…まさか、寝てるのか?)

 

 雪月は剣を構えたまま一歩、また一歩と男に慎重に近づいていく。

 

 そして、男との距離が二メートルくらいになり、雪月が「本当に寝てるんじゃないのだろうか」と思ったその時、それは唐突に聞こえてきた。

 

……この場所は…

ウ"ェイ!?

 

 男が急に口を開いて喋り出した。それに驚いた雪月は今まで出した事の無いような声を上げる。

 

(び、びっくりした~。いきなり喋り出すんじゃねぇよ! 変な声上げちまっただろうが!)

 

 雪月は男を睨むが、男は何処吹く風という感じで言葉を続けた。

 

「過去、現在、そして未来が邂逅する場所。数多の記憶が出会う場所……」

「どういう事だ、それ。それに記憶って…一体誰の記憶だっていうんだよ?」

「それは……お前自身だ。神薙雪月…」

「は? ……!?」

 

 男が雪月の名前を叫んだ瞬間、少し強めの風が吹く。それによって僅かに見えた男の眼を見た瞬間、雪月は気付けば別の場所にいた。

 

「……え?」

 

 訳が分からなかった。気付いたらさっきまでいた雪原ではなく、赤く染まった大地、周りには人の死体や見た事の無い怪物の死骸。雪月が一歩踏み出そうとすると、足元にあった何かがぶつかる。雪月はそれを見た……いや、見てしまった(・・・・・・)という方が正しいのかもしれない。

 

「っ!?」

 

 そこにあったのは人間の死体、胴体から首や片腕、片足が千切れている死体だった。その死体を見た瞬間、雪月は固まってしまった。

 

「お前は、失う事になるだろう」

「あ、あぁ……」

 

 後ろから声が聞こえたが、振り向くことが出来なかった。

 

「今のままでは必ず…な……」

「あ、あぁあああ…ああああああああああ!」

 

 その直後、精神が限界に達した雪月の意識はプツリと途切れていった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

うぉわぁあああああああああああああああ!

「わぁあああ!」

 

 叫びながら飛び起きる雪月、その叫びに驚く誰かの声。しかし、今の雪月にはその声が誰のだったのか確認する余裕はなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ゆ、雪月? 大丈夫なの?」

「はぁ、はぁ…ハ、ハジ…メ?」

 

 雪月が顔を右に向けると、そこには自分を心配そうに見ているハジメの姿があった。周りを見てみると、教室に残っていたクラスメイト達がいた。辺りを見回した後、何かを思い出したかの様にハジメの肩を掴んで問い詰めた。

 

「ハジメ! 海音は? 海音はこの中にいるのか!?」

「か、神薙くん、落ち着いて! 南雲くんが困ってるから!」

 

 近くにいた白崎に腕を掴まれて冷静になったのか、雪月の手がハジメの肩から離れる。

 

「……すまん……」

「大丈夫だよ。それよりも、雪月の妹さんだけど……」

「………」

「この中にはいないよ。多分巻き込まれてはいないと思う」

「そっか…良かった、本当に良かった……」

 

 雪月は心から安堵した様な表情になる。そして、気になっていた事をハジメに聞いてみる。

 

「ハジメ…俺は一体、あれから何があった?」

「雪月、気絶していたんだよ。びっくりしたよ、魔法陣が一際強く光って、瞑ってた目を開けたら雪月が気絶してるんだもん」

「そうか……俺、気絶してたのか……」

「うん。でも雪月、気絶している時、何か夢でも見てたの? 急に叫びながら起きるんだもん」

「夢? 夢………っ!?」

 

 雪月が夢という言葉を発した直後、一瞬目が見開いたかと思うと、すぐに両手で自分に体を抱くようにして震え始めた。

 

「ふぅふぅふぅ…!」

「雪月!? どうしたの!?」

 

 ハジメは突然震え出した雪月の様子がおかしい事に気付く。何かに怯えているようだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「雪月、一体どうしたの? 何か怖い夢d「やめてくれ!」ゆ、雪月…?」

 

 ハジメが「夢」という単語を言った途端、雪月が大声でそれを遮る。

 

「頼むハジメ。何も、何も聞かないでくれ…」

「え? でも……」

「思い出したくねぇんだ……だから、頼む……」

 

 ハジメは今、自分の目の前にいるのが本当に親友の神薙雪月なのかと思ってしまった。ハジメだけではない、香織や雫、光輝や龍太郎など普段の雪月を知っているクラスメイトの皆が自分の目を疑ってしまった。こんなに怯えている雪月の姿を見るのは初めてだったからだ。

 

 ハジメは雪月に何もしてやれない自分に悔しい気持ちで一杯だった。いつも雪月に助けられてばっかりなのに、自分は雪月に何も出来ないのかと。他の皆も、なんて声を掛ければいいのか分からずに、その状態が数分間続いた。

 

「…ふぅ………すぅ、はぁ~~~……」

「雪月、落ち着いた?」

「……あぁ、なんとかな。悪い、心配かけた」

 

 数分経った後、そこにはもうさっきの怯えているような感じは一切感じられない普段の雪月がいた。どうやら落ち着いた様だ。 

 

「僕の方こそ、何もしてあげられなくてごめん。雪月に何て声かければいいのか…分からなかった」

「気にすんな。それよりもハジメ、俺達が今いる場所は…ここは何処だ?」

「それは……」

「そのことについては、私から説明いたしましょう」

 

 いきなり後ろから聞こえてくる声。雪月が振り返ると、そこには老人がいた。白い布地に金色の刺繍が施された豪華な法衣のようなものを身に纏い、高さが三十センチはありそうな烏帽子を被った七十代くらいの老人が立っていた。その周りには老人程ではないが似た法衣を身に纏い、傍に錫杖みたいな物を置いて、まるで祈りでも捧げるかのような態勢で雪月達の周りにいて、三十人近くはいた。

 

 雪月達は今、巨大な広間の様な所にいた。大理石の様に白く、滑らかで光沢を放つ石で造られており、周りには彫刻が彫られた柱が規則正しく並んでいた。天井を見るとドーム状になっており、前に本で見た大聖堂という雰囲気がしっくりきた。

 

 そして、自分達はその奥にある周囲より位置が高い台座の上にいた。周りの観察を終えた雪月は改めて老人を見る。目の前の老人は一目見て、只者じゃないと分かった。老人にしては纏う覇気が強かったのだ。しかし、雪月があの雪原で出会った男に比べれば、かなり見劣りしてしまうが……

 

「……あんたは?」

「私はイシュタル・ランゴバルドと申す者。さて、気を失っていた者も目覚めた事ですし、改めて言わせて頂きたい。ようこそトータスへ。勇者様、そして御同胞の皆様方、歓迎いたしますぞ」

 

 イシュタルと名乗った老人は、好々爺の様な雰囲気で微笑を見せたが、雪月は何故か嫌悪感しか浮かんでこなかった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 現在雪月達は、自分達がいた広間から場所を移して、長さが十メートル以上はあるテーブルがいくつも並べられた部屋にいた。

 

 部屋の中は例に漏れず、煌びやかな作りだった。部屋には絵画や壺など置かれていた。おそらくは一流の職人が用意したものなのだろう、素人目で見てもそう思える程だ。推測だが、この部屋は晩餐会などで主に使われているのであろう。好きな場所に座っていいらしく、上座に近い方に畑山愛子先生と光輝、龍太郎、雫、香織の四人が座り、後はその取り巻きが順番に適当に座っている。因みに、ハジメと雪月は一番後ろに座っている。気のせいか、ハジメが最後方に座ったのを見ていた香織が寂しそうな顔をしていた気が……

 

 ここに来るまで誰も騒いでいないのは、現状に頭がついていけていないのだろう。それは当然かもしれない、いつもの様に教室でワイワイ過ごしていたらいきなり魔法陣出現→気付いたら見知らぬ場所ってなったら誰だってそうなる。他には、イシュタルと名乗った例の老人が説明してくれると告げた事や、クラスの実質的リーダーである光輝が皆を落ち着かせた事も含まれていると思うが…

 

 その様子を見ていた愛子先生が「教師よりも教師らしく皆を纏めている」と言いながら終始涙目だった。一応大丈夫だと言って慰めたつもりだが、あれで慰めになったかどうか分からない。

 

 全員が着席すると同時に、絶対に扉の前でスタンバイしていただろと言わんばかりの絶妙なタイミングで数人のメイドがカートを押しながら入って来た。コスプレとかおばさんメイドとかそういう類ではなく、本物の美女&美少女の生メイドである。

 

 こんな状況でも自身の欲望には逆らえないのだろうか、男子達の大半がメイドさん達を凝視していた。ただし、それを見ていた女子達の絶対零度の如き眼差しがもれなくついてきたが……

 

 因みに、その視線は雪月には向かなかった。雪月は給仕された飲み物を受け取る際に軽い会釈をしただけで凝視はせず、そのまま静かに話が始まるのを待っていたからだ。女子達は感心した様に雪月を見ており、給仕したメイドに至っては給仕した後、何度も雪月の事をチラ見しており、同僚なのか先輩なのか、別のメイドに注意されていた。

 

 雪月にとって、メイドというものには興味が無いのだ。地球にいた頃に、一度だけメイドのコスプレやメイド喫茶についての特番をテレビで見た事があるが、あれのどこがいいんだろうというのが雪月の感想である。

 

 雪月の向かいの席に座っていたハジメは、給仕してくれたメイドを思わず凝視……しそうになったが、何か感じたのだろうか一瞬ビクッと震えた後、雪月の方に視線を固定したのだ。

 

「? どしたハジメ? 急に視線をこっちに向けたりなんかして…」

「いや、なんか…背筋に悪寒が……」

「悪寒?」

 

 ハジメはチラリと悪寒が感じた方へ視線を向ける。雪月も釣られて視線を向けると、満面の笑みを浮かべた香織がジ~ッとハジメの事を見ていたのだ。ハジメと雪月は咄嗟に視線を戻す。

 

「お、おおおいハジメ! なんで白崎があんな満面の笑みでお前の事を見てるんだよ!?」(ヒソヒソ)

「わ、分からないよ! 白崎さんに何かした訳じゃないと思うし…」(ヒソヒソ)

「…っていうかあの笑み、ぜってぇ普通じゃねぇだろ。なんか変なモン見ちまった気がするし……」(ヒソヒソ)

「へ、変な物?」(ヒソヒソ)

「な~んか白崎の背後にうっすらとよ、般若のようなものが見えた気が……」(ヒソヒソ)

「……何も見なかったことにしない?」(ヒソヒソ)

「……そうするか」(ヒソヒソ)

 

 ハジメと雪月がヒソヒソ話している内に全員に飲み物が行き渡ったのか、イシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方はさぞ混乱されている事でしょう。一から説明させて頂きますのでな、最後までお聞き下され」

 

 そう言って始まった話を、雪月達全員は騒ぐことなく静かに聞いていた。イシュタルの話は実にありふれたもので、どうしようもない位勝手なものだった。

 

 今聞いた話を大きく纏めるとこうだ。

 

 まず、自分達がいるこの世界の名前はトータス。このトータスには大まかに分けて人間、魔人、亜人の三つの種族が存在しているそうだ。人間族と魔人族はそれぞれが北一帯と南一帯を支配しており、亜人族は東にある樹海でひっそりと暮らしているらしい。

 

 人間族と魔人族は数百年前から戦争を続けているという。相手の魔人族は一人一人が人間よりも強力な力を持っており、一対一ではまず勝ち目は皆無だそうだ。人間側はこれを数で対抗し続け、ここ数十年は戦力が拮抗していたのか、戦争は起きていないらしい。だが最近、異常事態が発生しているのだという。それは、魔物の使役だそうだ。

 

 この世界での魔物とは、狼やウサギ等の通常の野生動物達がその身に魔力を取り入れ、体が変質した異形の事だと、そう言われている。何故「言われている」なのか……それは、この世界の人達も魔物の正確な生態は解明出来ていないらしい。一体一体が種族固有の魔法を使えるらしく、強力で凶悪な害獣だそうだ。

 

 今まで魔物達を使役出来た者は殆どいない。魔物達は皆本能で活動する為、使役出来ても良くて一匹、運が良ければ二匹といった所だそうだ。しかし、魔物を使役している所を見た人の話だと、その数は軽く二十体近くはいたらしい。

 

 『魔物は使役出来ない』

 

 この常識が覆され、人間側は『数』というアドバンテージを失って現状打つ手なし。まぁ簡単に言うと……

 

 

 

 

 

 

 人間滅亡の危機である。

 

 

 

 

 

 

「あなた方を召喚したのは‟エヒト様”なのです。エヒト様とは、我々人間族が崇める守護神。この聖教教会の唯一神にして、このトータスを創られた至上の神! おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう、このままでは我ら人間族は滅んでしまうと。そして、それを回避する為にあなた方を召喚した。あなた方の世界はこの世界より上位に存在する世界……皆様は例外なく、我々よりも強力な力を持っている筈です。召喚が実行される前に、私にエヒト様から神託があったのです。あなた方という‟救い”をそちらに送ると、ね。ですから、勇者様達には是非その力を発揮して頂き、‟エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し、我ら人間族を救って頂きたいのです」

 

 話し終えたイシュタルの顔を見ると、どこか恍惚とした表情だった。おそらくだが、そのエヒトとやらから神託があった時の事を思い出しているのかもしれない。イシュタルの話によれば、人間族の九割以上がエヒトを崇める聖教教会の信徒らしい。そして、神託が聞こえた者は例外なく教会では高位の地位になれるのだという。

 

 話を聞いていたハジメが小声で雪月に話しかける。

 

「ねぇ雪月」

「ん?」

「雪月は、この世界についてどう思う?」

「どう思うって言われてもなぁ……この世界がどうこうよりも、なんで召喚されたのが大人とかじゃなく、ガキの俺達なんだろうって疑問が最初に浮かんだけど…」

「そっか。僕はなんか…怖いよ。この世界の人達が‟神の意思”とやらに疑いを持たずに、それどころか喜んで従いそうなこの世界の歪さが…」

「…それってもう狂信者の域だよな? あと、最後に言っていた言葉……」

「最後? 魔人族を打倒とか言ってたやつ?」

「あぁ。それってはっきり言うなら、俺達に魔人族と戦争しろって事だろ?」

 

 雪月は最後の言葉を全員に聞こえる様に少し大きめの声で喋った。

 

 ‟戦争”という言葉を強調して。

 

 雪月の声が聞こえたクラスメイトは皆、表情がこわばる。これから命懸けで戦って欲しい、いきなりそう言われて平然としていられるなんて、平和な世界で生きてきた者達にとっては無理な話だ。

 

 皆が不安になっている中、突然立ち上がって猛然と抗議する人物が現れた。

 

 社会科の愛子先生だ。

 

「ふ、ふざけないで下さい! この子達に戦争させるなんて…そんなの許しません! 断じて許しませんよ先生は! きっとこの子達のご家族も心配されている筈です! 早く私達を元の場所に帰してください! 貴方達がしている事は、唯の誘拐という犯罪ですよ!」

 

 ぷんぷんと頬を膨らませて怒る畑山愛子先生。今年で二十五歳になるという彼女は、先程も言った通り社会科担当の教師だ。百五十センチという身長&童顔という大人とは思えない容姿、ボブカットの髪を跳ねさせ、生徒達の為にと走り回る姿は微笑ましいのだが、何時でも一生懸命な姿とは裏腹に、大抵の物事は空回りしてしまうのだ。その残念さとのギャップに人気があり、庇護欲を掻き立てられた生徒は数知れず。雪月もその一人だ。

 

 彼女は‟愛ちゃん”という親しみを込めた愛称で呼ばれているのだが、本人は嫌がっている。本人曰く、威厳のある教師を目指しているとか。まずその容姿の時点で無理な気もするが……

 

 今回の自分勝手な召喚の理由に怒り心頭の様だ。周りの生徒はイシュタルに食って掛かる愛子先生を「愛ちゃんがまた頑張ってるな~」と、ほんわかした気持ちで眺めているが、雪月は愛子先生が言った「家族」という言葉に反応し、自分の家族の事を考えていた。

 

(海音の奴、大丈夫だろうか…あの後ちゃんと自分の学校に戻れた、よな? 父さんも母さんも、俺がいなくなったって聞いたら……)

 

「会いてぇな……」

「雪月?」

 

 雪月の様子にハジメが首を傾げ、他の生徒達は未だにほんわかしていたが、次のイシュタルの言葉にその表情が凍りつく事になる。

 

「お気持ちはお察しします。ですが……あなた方の帰還は現状では不可能なのです」

 

 場が静寂で包まれる。殆どの生徒が今何を言われたのか分からないという表情でイシュタルに視線を移す。雪月はある程度予想してたのか、小さくチッと舌打ちする。

 

「ふ、不可能って……それってどういう事ですか!? 召喚が出来たならその逆だって出来る筈でしょう!?」

 

 愛子先生の指摘はもっともだ。召喚が出来るのならその逆も然り、自分達を元の世界に帰す事も出来る筈だと考えるだろう。しかし、それはたった今否定されてしまった。

 

「先程も申し上げました通り、あなた方を召喚したのは我々ではなくエヒト様です。我々人間族には異世界に干渉するような魔法を使う事は出来ませんのでな。あなた方が元の世界に帰還出来るかどうかはエヒト様の御意思次第という事になります」

「そ、そん…な。そんな事って……」

 

 愛子先生がストンと椅子に腰を落とす。今言われた言葉が余程ショックだったのだろう、目が虚ろだった。

 

 それを引き金に周りの生徒達がパニックになって騒ぎ出す。ハジメも例外ではなかった。しかし、こういう展開の創作物をいくつも読んでいたお陰なのか、割と平静でいられた。雪月はそんなハジメを意外そうな表情で見ていた。

 

「よく平静でいられるな?」

「なんとかね。僕が考えていた最悪のパターンにならなかったからかな…」

「最悪のパターン?」

「僕達が奴隷になるパターン」

「あぁ~、そういう可能性もあったのか……確かに、それは一番避けたいわ」

「そういう雪月こそ、僕よりずっと平静でいられてると思うけど?」

「いや、平静じゃねぇさ。内心結構焦ってるよ。でもよ? 今ここで騒いだって何も変わりはしない。元の世界に帰りたいと思う以上、今何をすべきなのかを考えないとって思ってな……」

 

 ハジメと雪月はそんな会話をしながらチラリとイシュタルの方を見ると、表情が若干険しくなる。生徒達が狼狽える中、イシュタルは口を挟む訳でもなく静かにその様子を眺めていたが、二人にはその瞳に侮辱が込められている様な気がしてならなかった。

 

「おいハジメ」

「うん。なんていうか、さっきの言動の事を踏まえると…『エヒト様に選ばれていながら何故喜ぶ事が出来ないのか』とかそういう風に思ってるんじゃないかな?」

「かもな。ったく、ムカつく爺だ」

 

 未だ生徒達はパニック状態、ハジメと雪月はイシュタルを警戒している中、今まで黙っていた光輝がバンッとテーブルを叩きながら立ち上がる。生徒達の視線が光輝に集まる。光輝は全員の視線が集まったのを確認するとゆっくりと口を開いた。

 

「…皆、聞いてくれ。この場でイシュタルさんに文句を言って騒いでいたって何も変わらない。さっきも言ってたけど、彼にだってどうする事も出来ないんだ。……俺は、戦おうと思う。この世界の人達が今滅亡の危機に瀕しているのは事実なんだ。俺には放っておくなんて事は出来ない。それに、それを救う為に召喚されたのなら、救済が終われば元の世界に帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん、どうなんですか?」

「そうですな。その可能性は十分にありますぞ」

「それに、俺達には大きな力があるんですよね? 実はこの世界に来てから、力が漲ってくる感じがするんです」

「その通りです。ざっと見ても、この世界の者と比べて数倍から数十倍近くの力を持っていると言っても過言ではないでしょうな」

「それなら大丈夫。皆……俺は戦う。この世界の人々を救って、皆が無事に家に帰れるように。俺が世界も、そして皆も救ってみせる!!」

 

 クラスメイト達の前で握り拳を作りながら力強く宣言する光輝。その歯がキラリと光ったのは見間違いではないだろう。

 

 それと同時に、表情が絶望に染まっていた生徒達に活気が戻って来た。どうやら、彼の持つカリスマが発揮されている様だ。生徒の大半はまるで希望を見つけたかの様な表情で、目がキラキラと輝いていた。女子の半数以上は熱っぽい視線を光輝に送っている。

 

「へっ、光輝…お前ならそう言うと思ってたぜ。俺もやってやるぜ……お前一人だと心配だからな」

「龍太郎……」

「仕方ないけど、それしかないのよね。……私もやるわよ」

「雫……」

「えと、えっと……し、雫ちゃんが頑張るなら、私も頑張っちゃうよ!」

「香織……」

 

 龍太郎、雫、香織の三人が光輝に賛同する。それを見ていた雪月が小さく溜息を吐くと、おもむろに立ち上がって話し始める。

 

「現状、元の世界に帰るには戦わなければならない。なら、それしか道は無い……か」

「神薙……」

「あぁ、勘違いするなよ天之河。俺は別に、お前の意見に賛同する訳じゃない」

「え?」

 

 雪月の言葉にキョトンとした表情になる光輝。生徒達の視線が今度は雪月に集まる。

 

「俺が戦う理由はただ一つ、生きて家族にもう一度会う事だけだ。その為に俺は戦う」

「…なぁ神薙、お前も聞いただろ? この世界の人達が滅亡の危機にあるのを……」

「あぁ、それが?」

「それがって…お前は何とも思わないのか!? 人々を…世界を救う為に召喚されたなら、それが俺達の使命だろう!?」

「はぁ……あのな? この世界の人々を救いたいっていうのはお前の考えだろ? 俺は別にそうは思わねぇし、自分達の世界の事なんだから自分達で解決してくれってのが俺の考えだ。俺は異世界の人間の危機なんかより、家族の方がずっと大事だからな」

「お前……」

「ま、一応この世界を救う為に戦いはするさ。そうしねぇと帰れないみたいだしな」

 

 そう言って雪月は椅子に腰を下ろす。一部のクラスメイトは雪月を冷たい視線で一瞥すると、我先にと光輝に賛同していく。愛子先生は今にも泣きそうな表情で止めようとするが、無駄に終わる。それを見ていたハジメは雪月の方に視線を移すと、小声で話しかける。

 

「ねぇ雪月、流石にこの場でああいう事を言うのはマズいんじゃないかな?」

「クラスの奴等の反応の事を言ってるのか?」

「うん、皆とは言わないけど、雪月を冷めた目で見てるよ」

「勝手にさせとけ。周囲の態度がどう変わろうが、俺の目的はそのままだ。家族の元に帰る、それだけだよ」

「雪月は家族を本当に大事にするんだね」

「まぁ、ちょっとした理由があるからな」

「理由?」

 

 ハジメは雪月が言った理由というのが気になったが、それ以上雪月がその事について喋る事は無かった。

 

 その後、結局全員で戦争に参加する事が決まった。だが、生徒達は本当の意味で戦争をするという事がどういう事なのか理解出来ていないだろう。今にも崩壊しそうな精神を守る為の現実逃避なのかもしれない。

 

 ハジメはそんな事を考えながら、イシュタルの方に視線を移す。彼は実に満足そうな表情を浮かべていた。

 

 ハジメは気付いていたのだ。イシュタルがトータスの現状を説明する際に、何度も光輝の方を観察し、どういう言葉や話に反応するのかを確認していた事を。正義感が強い光輝の反応は実に分かりやすかった。その後は、敵である魔人族の残酷さ等を強調することで、彼に戦わせることを決意させた。イシュタルは見抜いていたのだろう。自分達の中で誰が一番影響力を持っているのかを。

 

 世界的な宗教のトップなら出来て当然なのかもしれない。油断出来ない人物と、ハジメは頭の中の要注意人物のリストにイシュタルを加え、それを雪月にも伝えるのであった。




最後まで読んでいただきありがとうございました!

 異世界『トータス』に召喚され、元の世界に帰るには戦うしかないという事が分かった雪月達は戦う事を決意する。

次回「ステータスと初めての…」

 次回はもっと早く出せたらいいなぁ~

それでは!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第三話:ステータスと初めての…

どうも、シュシュマンです。

前回のあらすじ:異世界『トータス』に召喚された雪月達、元の世界に帰るには戦うしかない。それが分かった雪月達は戦争に参加する事を決意する。

今回はステータスプレートが登場です。果たして雪月のステータスはどんなものになるのか…

それでは、ゆっくりしていって下さい!旦~~


 戦争への参加を決意した以上、自分達は戦う為の術を習得しなければならない。どれだけ強い力を持っていたとしても、元は平和主義にどっぷりと浸かった日本の高校生、いきなり魔物や魔人と戦うなど無謀に等しい。雪月は家での修行の一環として、山でのサバイバルで動物を狩ったことはあるが、所詮は動物……魔物や魔人と比べると可愛い物である。

 

 どうやらそれは、イシュタルも予想はしていたらしく、この聖教教会本山がある【神山】の麓にある【ハイリヒ王国】にて彼等の受け入れ態勢が整えているようだ。

 

 説明を受けた後、イシュタルに連れられてハイリヒ王国へと向かう事になった。自分達がいるのはどうやら山の頂上らしく、建物から出ると、目の前には雲海が広がっていた。その後は魔法を使って、ロープウェイの様な台座に乗ってハイリヒ王国へと向かう。生徒達の大半は初めて見る‟魔法”や光景にキャッキャッと騒いでいた。

 

 雪月はさっきまで帰れなくて騒いでいた筈なのに、呑気な奴等だなと呆れたような表情でそれを見ており、雪月の気持ちが表情でなんとなく分かったハジメは隣で苦笑いをしていた。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 ロープウェイはハイリヒ王国の王宮の空中回廊に繋がっていたらしく、王宮に着くとすぐに雪月達は玉座の間に案内される。向かう途中、すれ違う人達全員から期待に満ちていたり、畏敬の念が込められた眼差しで見られていたが、雪月は不快感しか湧いてこなかった。ハジメは居心地が悪かったのか、一番後ろでコソコソと付いて行き、雪月もそれに合わせてハジメの隣を歩いていた。

 

 玉座の間に着くと、国王とその隣に王妃と思われる女性が一人と、その隣には十歳前後と十四、五歳くらいの金髪碧眼の美少年&美少女が控えて立っていた。部屋の両サイドには甲冑や軍服を着込んだ者と文官らしき者達がざっと見、三十人近く並んでいた。

 

 そこからは、国王がイシュタルの手に触れない程度にキスをしたことで、国王よりも教皇の方が地位は上、この国は神の意思によって動かされている事が分かったり、オッサンが爺の手にキスとか誰得? と雪月が小声で言ったのを聞いたハジメが小さく吹き出したりしていた。

 

 その後は互いの自己紹介だった。国王のエリヒド・S・B・ハイリヒ、その妻ルルアリア、息子と娘のランデル王子とリリアーナ王女、騎士団長や宰相等の高い地位にいる者達の紹介の後に今度は自分達の自己紹介を行っていった。

 

 余談だが、香織の紹介になった途端にランデル王子の目がキラキラと輝き始めたのは見間違いではないだろう。どうやら彼女の魅力は異世界でも充分に通じるようだ。

 

 その後は王宮で晩餐会が開かれ、異世界の料理が振る舞われた。見た目は自分達の知っている洋食とほぼ変わらず、味も美味だった。母の味には遠く及ばないが……

 

 皆が料理に夢中になっている中、雪月は昼に海音から渡された弁当の事を思い出していた。物思いに耽ていたのが顔に出ていたのか、近くに座っていたハジメから心配されたが、何でもないと誤魔化して食事を続けた。

 

 晩餐会の途中で、ランデル王子が香織にあれこれ聞いたりしていたのをクラスの男子達がやきもきしながら見ていたり、衣食住の保障や訓練の教官達の紹介がなされていた。

 

 晩餐会が終了した後は、各自に個室が与えられ、メイドがそれぞれの部屋へと案内した。余談だが、雪月を案内したのは神山で雪月に飲み物を給仕したあのメイドだった。どうやら神山からついてきたらしい。部屋に着くまでの間、時折こちらをチラチラと見てくるのを雪月は頭に?を浮かべながら見ていた。

 

 雪月が用意された自室に入ると、まず目に飛び込んできたのは天蓋付きのベッドだった。開いた口が塞がらなかった。テレビとかでこういったのを見た事はあるが、実際に生で見るのは初めてだった。雪月はいつもと違う状況に戸惑いつつも、ベッドに横になってこれからの事を考える。

 

 自分達が元の世界に戻るには戦うしかない。しかも命懸けで……

 

「……やってやる。海音達に生きてまた会う為に、強くなってやる!」

 

 雪月は己の意志を再確認した後、目を閉じて意識を落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその夜、雪月はこの世界に召喚された際に見た、あの光景を再び夢に見る事になる。

 

 

 

 

 

 その翌日の早朝、雪月は全身が汗でびっしょりという最悪な寝覚めとなった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 雪月が最悪の寝覚めだったその日から早速訓練と座学が始まった。

 

 まず全員に渡す物があるという事で、雪月達は中庭へと集められていた。そして、自分達の訓練を担当してくれる現役の騎士団団長、メルド・ロギンスが全員に長方形の銀一色のプレートを渡していった。

 

 現役の騎士団、それも団長クラスの人が自分達の訓練を担当していても大丈夫なのかとハジメと雪月は思っていたが、彼曰く、自分達‟勇者一行”を半端な者に預ける訳にはいかないという事だ。

 

 彼自身も面倒事を副長(副団長の事らしい)に押し付ける理由が出来て良かったと笑ってはいたが、それでいいのかと雪月は思ってしまった。副長さんの苦労が想像出来る。

 

 プレートの大きさは、学生証や免許証よりも縦横に数センチ大きい位といった所だろうか。配られたプレートを見ていると、メルドが説明を始めた。

 

「さて、全員に配り終えたな? お前達が今持っているそれは『ステータスプレート』と呼ばれるものでな。名前の通り、自分の客観的なステータスを数値化して表示してくれるんだ。そしてこれは、身分証明書にもなる。例え迷子になったとしても、これがあれば平気だからな。失くしたりするんじゃないぞ?」

 

 自分達に気楽に喋ってくるメルド団長。彼は大胆な性格をしており、これから戦友になる自分達に他人行儀で話す訳にはいかないという事で、部下にも畏まった態度はとるなと念を押しているくらいだ。

 

 雪月達も年上の人間から畏まった態度を取られるよりもこっちの方が気楽で良かった。メルド団長が話を続ける。

 

「そのプレートの一面に魔法陣が刻まれているのが分かるな? その部分にさっき一緒に渡した針で指に傷を作って、血を一滴垂らしてくれ。それで所持者として登録されるからな。その後、‟ステータスオープン”と言えば表側に自身のステータスが表示される。あぁそれと、原理とかそういうのは聞かないでくれ。誰も知らないからな、なにせ神代のアーティファクトだからな」

「? メルドさん、アーティファクトって何ですか?」

 

 初めて聞く単語に光輝が皆を代表して質問する。

 

「あぁ、そういや説明してなかったな。アーティファクトってのはな、今の時代じゃ再現が不可能な強力な魔法の道具の事を言うんだ。まだ神やその眷属が地上にいた神代っていう時代に創られた代物だと文献には載っていたな。そのプレートもその一つでな、昔からこの世界に普及している道具としては唯一のアーティファクトだ。アーティファクトってのは普通、どれも国宝になるモンなんだが、それは一般市民にも流通していてな、身分証にはもってこいなんだ」

 

 クラスの皆がメルド団長の説明に成程と頷いてる中、雪月は昨日、雪原で出会った男と夢の光景の事を思い出していた。

 

(結局、昨日出会ったあの男はなんだったんだ? それに、あの夢で見た光景は……)

 

 そこまで考えて、俺はあの光景を思い出しそうになり、慌てて首を横に振る。あんな光景、二度と見たくなかった。

 

 何か別の事を考えようと視線をずらすと、メルドさんがプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりしており、その傍にはハジメもいた。

 

「……そういえば、うっすら聞こえてたけど、こいつに血を一滴垂らすんだっけか? 取り敢えずやってみるか」

 

 そう言って、雪月は持ってた針を人差し指の腹の部分に刺し、出てきた血を一滴たらしてみる。すると魔法陣が淡く輝きだし、プレートにステータスが表示される。そこには……

 

「……むう?」

 

 雪月が自分のプレートとにらめっこしていると、声が聞こえてきた。

 

「おいおい南雲。お前の天職って非戦系なのかぁ? 鍛治職なんかでどうやって戦うってんだよ? メルドさん、その‟錬成師”っていう天職って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の人間十人に一人は持っている筈だ。有名な鍛冶職人は全員天職がそれだな」

「南雲よ~、そんなんでお前まともに戦えるわけ~?」

 

 ハジメにウザい感じで絡んでいる男子生徒は、名前を檜山大介(ひやま だいすけ)という。地球にいた頃に、いつもハジメに絡んできていた奴だ。いつもは斎藤良樹(さいとう よしき)近藤礼一(こんどう れいいち)中野信治(なかの しんじ)の三人を含めた四人で毎日飽きもせずにハジメに絡んでいた。

 

 どうやらハジメの天職が‟錬成師”という非戦系だったらしく、それに食いついている様だ。周りを見ると、他の男子達もニヤついていた。

 

「あいつ等……ん? 待てよそういえばさっき‟錬成師”って言ったか? そういえば……」

 

 何かを思い出したかの様に雪月は再びステータスプレートに視線を落とす。すると、雪月の口角が僅かに上がる。そして、ハジメ達の下に足を進める。

 

 ハジメ達の方では、ハジメが自分のプレートを檜山に渡し、それを見た檜山とその内容を見た周りの奴等も爆笑なり失笑なりしていた。

 

「ぶ、ぶっひゃひゃ! 何だよこのステータス! 全部10じゃねぇか!」

「ひゃひひひ! 確か平均が10の筈だから、場合によってはその辺にいる子供より弱いんじゃねぇのか?」

「ぎゃははは! こんなんじゃすぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇだろ!」

 

 檜山達を筆頭に次々と笑い出す生徒達。香織がしびれを切らしたのか、憤然と歩きだしそうとするが、後ろから肩を掴まれる。香織は雫が止めようとでもしているのかと思い、怒った表情で後ろを振り返るが、その直後、彼女の目が見開く。

 

 香織の肩を掴んでいたのは雪月だった。雪月は香織の肩から手を離すと、ハジメ達の方に歩き始める。香織は動けずにいた。普段ならこの状況で雪月が黙っている訳がなく、確実に怒っている筈なのに……笑っていたのだ。香織は、何故雪月があんな風に笑っていられるのか分からなかった。

 

 雪月はハジメ達の傍に着く。檜山達は雪月に気付いていないのか、未だに爆笑を続けていた。その様子を見ていた雪月は小さく息を吸うと、少し大きめの声で喋る。

 

「ハジメ。お前、天職が錬成師っていう鍛治職なんだってな?」

「! か、神薙……」

「ゆ、雪月」

 

 檜山達は、自分達の後ろに現れた雪月を見てみるみる顔が青褪めていく。ハジメは雪月を見て一瞬顔を明るくするが、天職の事を言われて若干表情が暗くなる。

 

 雪月は檜山が持っていたハジメのであろうステータスプレートに視線を移す。そこには……

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

===============================

 

 と表示されていた。確かに天職が錬成師で、ステータスがオール10だった。それを確認した雪月は再び視線をハジメの方に移す。

 

「ゆ、雪月も、その……笑いに来たの?」

「は? 俺が? まさか。俺も天職が錬成師だから、本当にハジメと同じなのか確認しに来ただけだよ」

『えっ!?』

 

 雪月の言葉に、ハジメを含めた周りの生徒達の目が見開く。ハジメはその状態から動こうとしなかったが、檜山達は数秒後、ニヤニヤと嗤い始める。

 

「なんだぁ~? 神薙、お前も非戦系だってのか? お前もまともに戦えるのかよぉ~?」

「どうだろうな? 上手く成長出来れば戦えるんじゃないのか?」

「じゃあ、お前もステータス見せてみろよ。俺等が成長できるかどうか確認してやっから〜」

「……ほらよ」

「ひひ! どうせ南雲みたいに低いに決まっt―――」

 

 どうせ低いだろうと思っていた檜山は、ひったくった雪月のプレートを見て表情が凍りつく。檜山の表情を不審に思った取り巻きもプレートを見るが、同じ様に表情が固まる。雪月のプレートにはこう表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

===============================

神薙雪月 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師 ???

筋力:70

体力:75

耐性:60

敏捷:100

魔力:85

魔耐:85

技能:投影魔術・千里眼・心眼(偽)・錬成・剣術・大剣術・双剣術・双大剣術・弓術・全属性適正・全属性耐性・言語理解

===============================

 

 雪月のプレートを見た全員が絶句していた。確かに天職は非戦系の‟錬成師”なのだが、ステータスがハジメよりも数倍高い数値を示していた。その様子を見ていた雪月が口を開く。

 

「で? 何が低いって?」

「えっ…あ、その……」

「……確かにハジメのステータスは今は低いさ。でもな、まだ強くなれる可能性だってある。それなのに、天職が戦闘系じゃないから弱いって最初から決めつけるのはよくないと思うが?」

「そ、そうだよな! はは、ははは……」

「それと……」

 

 雪月は檜山の前まで歩み寄り…

 

「はは…は?」

 

 次の瞬間、檜山の目に映ったのは……拳だった。

 

「俺の親友を笑ってんじゃねぇよ!!」

「おぶっ!?」

 

 檜山の顔に雪月の拳がめり込む。やはり雪月は親友を馬鹿にされて、腸が煮えくり返っていたようだ。殴られた檜山は少し吹っ飛ばされた後、ピクピクとわずかに痙攣していた。

 

 雪月は他の男子達に視線を移す。

 

『ヒッ!』

 

 その表情は既に笑っておらず、雪月の冷たい視線が突き刺さる。男子達はそさくさとその場を離れていく。

 

 雪月は傍に落ちていたハジメのプレートを拾うと、それを本人に渡した。

 

「ありがとう、雪月」

「おう。けど、元気なさそうだな?」

「…結局、ステータスが低いのって僕だけなのかなって……」

「あっ!」

 

 雪月は内心「やっちまった」と後悔していた。先程も言った様に、いくら天職が非戦系の錬成師だったとしても、そのステータスはハジメよりもかなり高い数値だ。ハジメに非戦系は一人だけじゃないと励ますつもりが、ステータスの数値の所為で逆効果になってしまった。

 

「南雲君、気にする事ないですよ! 先生も南雲君や神薙君と同じで非戦系? の天職ですし、ステータスも殆どが平均ですから。安心して下さい、南雲君は一人じゃありませんよ!」

 

 そう言って、愛子先生は自分のプレートをハジメに見せようとする。雪月はこの時、嫌な予感がした。慌てて止めようとするが、既に遅く、ハジメが愛子先生のプレートを見る。雪月もそれに続く。先生のプレートには……

 

=============================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

===============================

 

 それを見た雪月が手で顔を覆い、ハジメは一度は戻った目の光が再び失われていく。

 

「あ、あれ? 南雲君!? どうしたんですか、南雲く~ん!?」

「いやなにやってるんすか先生!? 自分のステータスよく見て下さいよ! 確かにほぼ平均値ですけど、魔力だけかなり高いじゃないですか! それに技能だってありすぎでしょ! 完全にハジメよりも優秀な感じじゃないですか!」

「うぅ~。私は、南雲君を励まそうと~」

「魔力がその数値の半分未満だったら励ませてたかもしれませんけど、これは確実に逆効果でしょう! おい、ハジメェ! 戻ってこ~~い!」

 

 雪月はハジメの両肩を掴んでユサユサと揺らすが、ハジメの目に光が戻る事は無かった。

 

「あらら、愛ちゃんったら…南雲君に止め刺しちゃったわね……」

「な、南雲くん! 気をしっかり持って!」

「だ、駄目だこりゃ……悪い白崎、後は頼む」

 

 死んだ魚のような目をしたハジメを見た雫が苦笑いし、香織が慌ててハジメに駆け寄る。愛子先生は誰が見てもショボーンと言える表情となり、雪月は自分じゃどうにも出来ないと判断してハジメを香織に任せる。

 

 後で聞いた話なのだが、どうやらハジメ以外の全員がチート級のステータスだったらしい。光輝に至っては天職が‟勇者”でそのステータスはというと……

 

=============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

 紛うことなきチートの塊である。生徒達の中で一番ステータスが高いのが光輝らしく、その次は雪月だったそうだ。敏捷だけなら勇者と同じ数値である事に雪月は内心喜んだが、何故ハジメだけがチートじゃないのかという疑問の方が大きかった。

 

 ハジメの事を香織に任せたその直後、メルド団長が雪月に近づいてきた。

 

「あぁ~すまんが、プレートを見せて貰ってもいいか?」

「え? あぁ、すいません。どうぞ」

 

 雪月は持っていた自分のプレートをメルド団長に手渡す。プレートを見た彼の顔がステータス欄を見て「ほぅ」と表情が明るくなるが、ある個所を見て「む?」と固まる。

 

「どうしました?」

「いや、この天職の所にある“???”が気になってな」

「あぁ、それですか。最初からそんな風に表示されていましたよ?」

「最初からか…むぅ……」

 

 雪月のプレートには不可解な点があったのだ。天職の欄、錬成師の横に???と表示された部分があるのだ。

 

「…過去にこんな事があったりは?」

「いや、俺の知っている限りではこんな事は無かった筈だ。それに、技能の所も変だ。本来錬成師はさっき言った様に鍛治職の天職だから、技能に剣術や弓術などの戦闘系技能があるのはおかしい。おそらく、この‟???”が関係しているだろうな」

「俺のこのステータスはイレギュラーな部分が多いと?」

「そういう事になるな。それに、まだあるぞ?」

「……マジですか……」

「この最初にある‟投影魔術”という技能があるだろう? この技能は見た事がない。昨日天職や技能について記された文献や書籍を確認したんだが、記憶にない技能だ。おい、誰かこの技能について知っている奴はいるか?」

 

 メルド団長は他の騎士団員達や王宮魔法師たちに確認させていたが、誰一人として知っている人はいなかった。

 

「すまんな。俺達じゃこれがどういった技能なのかは分からん。こうなるともう、自分でどういう技能なのか見つけていくしかないな」

「う~ん、そうですか。けど、投影魔術か…投影魔術……投影、魔術……投影? あれ、この単語…どっかで聞き覚えが……」

 

 雪月が何かを思い出そうと唸っていると、立ち直れたのか、ハジメが雪月の横に並んで雪月のプレートを見る。すると……

 

「……ねぇ雪月、これってもしかするとあれじゃない? 僕が貸したあの本の」

「へ? …………あっ! あれか!!」

 

 雪月はハジメの言葉で漸く思い出せたといった感じの明るい表情になる。それを見ていたメルド団長は不思議そうな表情になりながら……

 

「なんだ? 技能について何か分かったのか?」

「もしかしたら、ですけどね。メルドさん、一つお願いがあるんですが」

「うん? なんだ? 言ってみろ」

「剣を一本、持って来てもらっていいですか?」

「剣を?」

「はい、必要になるんで」

「……分かった。持ってこよう」

 

 メルド団長は武器が置かれている倉庫から剣を一本持ってきた。見た目は前に興味本位でネットで世界の剣について調べた際に見たバスタードソードそっくりだった。雪月はそれを受け取ると、見たり触ったりする。雪月の行動にメルド団長が頭に?を浮かべていると…

 

「メルドさん。いくつか聞きたい事が」

「聞きたい事?」

「はい。まずは………」

 

 それから雪月は、この剣がどんな材質で出来ているのか、どういう風に製造されているのか等の質問をしていく。メルド団長はそれに自分がわかる範囲で答えていく。

 

「ん、ありがとうございました」

「今の質問に何の意味があるんだ?」

「まぁ、それは今から見せるんで。ハジメ、少し離れていてくれ」

「うん、了解」

 

 ハジメが離れたのを確認すると、雪月は手に持っていた剣を地面に突き刺し、両手を剣を持つような構えをとって目を閉じ、一呼吸入れる。そして、一つの言葉を呟く。

 

 

 

 

 

「―――――投影、開始(トレース・オン)

 

 次の瞬間、雪月の両手にスパークの様なものが迸り、それと同時に雪月の体に痛みが走る。

 

「!? ぐっ!」

「雪月!? 大丈夫!?」

「あぁ、なんとか…な!」

 

 雪月は集中し直すと、今から自分が行おうとしている事に必要な工程を進めていく。

 

(さて、まずは………)

 

 ―――創造理念、鑑定:完了

 ―――基本骨子、想定:完了

 ―――構成材質、解明:終了

 ―――製作技術、模倣:成功

 

(ここまではいい感じだな。さて、次だ!)

 

 ―――成長に至る経験、共感:失敗

 ―――蓄積された年月、再現:失敗

 

「っ!!」

 

 雪月は唇を噛む。最初の四つはどうにか出来たが、後の二つはまだ初めてだからなのか、上手くいかなかった。

 

(だが、最初の四つまでがあれば少しくらいは!)

 

「ぐ、うぉああああ!」

 

 雪月は両手に全神経を集中させ、一度両手を開いて再び握り直す。その瞬間、雪月の手に光に包まれた何かが現れる。そして、光は徐々に失われていき、そこから一本の剣が現れた。その剣は、先程まで雪月が持っていたバスタードソードに非常に酷似していたのだ。

 

 雪月が息を切らしながら呆然としていると、ハジメが早足で駆け寄ってきて……

 

「雪月!」

「! ハジメ……」

「ねぇ、これって……」

「あぁ…おそらく、ハジメの考えている通りのものだぜこれは」

「! やっぱり、そうなんだね! すごいよ、本物の投影魔術だ!」

「カカ、まさか初っ端で成功するとは思わなかったがな」

 

 ハジメと雪月が盛り上がっていると、メルド団長が口をパクパクさせながら聞いてきた。

 

「な、なぁ……一つ聞いてもいいか?」

「俺の持っているこの剣の事ですよね?」

「あぁ、そうだ。その剣一体何処から出したんだ?」

「えっとですね…まず、この‟投影魔術”っていう技能は簡単に言えば模造品を作る技能って言えば分かりやすいですかね? 要するに、これはそこに刺さっている剣の贋作って事です」

「が、贋作……」

「と言っても、かなり劣化していますけどね。これはそういうぎの―――」

 

 雪月がそういう技能と言おうとしたその時、体の力が急に抜けて立ち眩みしてしまい、その場に膝をついてしまった。

 

「雪月!?」

「どうした!?」

「わ、分かりません。急に立ち眩みがして……」

「…もしかすると、急に魔法を使った所為で魔力が枯渇してるのかもしれんな。魔力は休んでいれば自然に回復するから、どこかで休憩するといい」

「す、すいません。訓練初日に……」

「なに、気にするな。こっちは面白いモン見せて貰ったからな。訓練は動けるようになったら参加するといい」

「…了解です」

 

 その後、メルド団長は残りの生徒のステータスの確認に戻り、雪月はハジメの肩を借りながら、近くにあった樹に腰を下ろす。

 

「雪月、本当に大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。今は体が少し怠いって感じがするだけだからよ。十分に動けるようになったら、俺も訓練に参加するさ」

「うん、分かった。でも本当に無茶はしないでよね?」

「カカカ、心配性だなハジメは…初日から体壊しちまったら元も子もねぇからちゃんと気を付けるよ。それよりも、ハジメは自分の心配しとけ」

「うっ! わ、分かってるよ! それじゃ、僕は戻るね」

「おう、気を付けてな~」

 

 ハジメは皆がいる場所へ戻っていき、雪月はそれを見送る。雪月は自分の右手を見る。そこにはさっき投影した剣が握られていた。しかし、数秒後にそれは光の粒子となって消えていった。

 

(まだまだ鍛錬が必要ってことか。しかし、なんで俺にこの技能が……)

 

 雪月は自分に何故この技能があるのか疑問に思いつつも、この先この技能をどう磨いていこうかを思案するのであった。




最後まで読んでいただきありがとうございます!

自分達のステータスが分かり、ハジメは平凡、雪月はイレギュラーという事が判明した。果たして二人は、今後どのような成長をしていくのか

次回「異世界知識と謎とイジメ」

執筆作業があまり捗らないなぁ~……しかし! 失踪するつもりはありませんので

それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第四話:異世界知識と謎とイジメ

どうも、シュシュマンです。

前回のあらすじ:ステータスプレートというアーティファクトにより、自分達のステータスが判明していく中、ハジメと雪月の二人は平凡とイレギュラーなステータスだった。周りの皆と少し違う状況の中、二人はどのように成長していくのか……

一話目から雪月が怒ってばっかりのような気が……

更新が遅くなってしまって本当にすいませんでした……

では、ゆっくりしていって下さい!旦~~


 ステータスプレートが配られ、自分達のステータスが判明したあの日から既に二週間が経過していた。

 

 雪月は現在、王都にある王立図書館の廊下を歩いていた。理由は外に持ち出していたある本の返却と、もう一つあった。

 

「今は確か休憩時間の筈だから、いると思うんだけどな……」

 

 すると、奥の方からドスンッと音が響いた。一瞬ビクッとなりながらも、音のした方に向かうと、そこには溜息を吐いている親友の姿があった。雪月は苦笑いしながら近づいていき……

 

「溜息なんか吐いてると、幸せが逃げていくぞ? ハジメ」

「! ゆ、雪月…急に話しかけてこないでよ。びっくりするじゃないか~」

「カッカッ! わりぃわりぃ」

 

 雪月は笑いながらハジメの傍に置かれている物を見る。そこには‟北大陸魔物大図鑑”という分厚い本が置かれていた。

 

「また読んでたのか? それ」

「まぁ、ね……今の僕に出来る事は、こんな風に本を読んで知識を蓄えるだけだから」

「………」

 

 何故ハジメがこんな所で本なんか読んでいるのか…

 

 実は、この二週間の訓練でハジメは思うように成長出来ず、他の奴等から役立たずというレッテルを張られてしまったのである。力がない代わりに、知識などでカバーしようと、こうして訓練の合間にこの図書館で勉学に励んでいるのだ。

 

「そういえば、雪月はどうしてここに?」

「俺は外に持ち出していた本の返却とこの本を読む為に来た」

 

 そう言って雪月はハジメに自分の持っていた本を見せる。表紙には‟トータス武具大全”という文字が書かれていた。この本は名前の通り、トータスにおいて人間族が使うありとあらゆる武具についての情報が記述されている本だ。人間族に限定されている為、魔人族と亜人族が扱う武具については、残念ながら一切記述されていない。

 

 因みに、外に持ち出していたという本は剣の製造過程に関する書物である。

 

 何故雪月がこのような本を読んでいるのか。それは、彼が持つ技能‟投影魔術”の練習の為だ。投影するには武器の知識は勿論の事、外見や材質、製造過程等も必須となってくる。より多くの武器を投影出来る様になる為に、雪月はこうして本を読んだり、メルド団長に頼んで王都の鍛冶職人達の武器の製造過程を見学させて貰ったりしている。

 

「雪月は大変そうだね。訓練だったり、鍛治場の見学だったりで…」

「まぁ確かにな…忙しいのは事実だけど、それなりに充実はしている。自分の知らなかった事を知っていくのは楽しいもんだ」

「そっか…色々やることがあるんだね。それに比べて僕は……」

 

 ハジメはそう呟くと、再び深い溜息を吐きながらステータスプレートを取り出す。雪月が後ろから覗き込んでみると、そこにはこう表示されていた。

 

==================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

天職:錬成師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:錬成、言語理解

==================================

 

 ハジメの二週間による訓練の成果がこれである。初期ステから全ステが2ずつしか増えていなかった。これにはさすがに苦笑いしか出てこなかった。一週間に1ずつ上がっていくという感じだった。ハジメは内心「一週間に1ずつとか刻み過ぎでしょ!?」とツッコミを入れたそうだ。気持ちは分からんでもない。因みに雪月はというと…

 

===============================

神薙雪月 17歳 男 レベル:9

天職:錬成師 ???

筋力:130

体力:140

耐性:120

敏捷:250

魔力:160

魔耐:160

技能:投影魔術・千里眼・心眼(偽)・錬成・剣術・双剣術・双大剣術・槍術・弓術・全属性適正・全属性耐性・言語理解

===============================

 

 全ステータスが二倍近く増えており、敏捷に至っては二・五倍上昇していた。更には、この二週間の訓練中に試しに槍を投影して使ったお陰なのか、技能欄に新たに槍術が加わっていた。しかし、相変わらず錬成師の横は???のままだ。

 

 そして、勇者の光輝は、

 

==================================

天之河光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適性・耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==================================

 

 光輝はこの二週間で全ステータスが倍の200まで増えていた。彼のステータスを知った時、雪月は敏捷で勇者に勝っていたのを内心ガッツポーズ付きで喜んでいたのはハジメを含めて皆には内緒だ。

 

 雪月も光輝も、ざっと見てハジメの五倍くらいの成長率だった。他の生徒達も二人程ではないが、着々とステータスを向上させていっている。そんな中、ハジメだけがあの成長率なのだ。ハジメが憂鬱になるのも仕方のない事だった。

 

「皆どんどん強くなっていって羨ましいよ。僕は魔法の適性すら無かったんだから……」

「そう……だったな」

 

 そう、この二週間でハジメは戦闘能力が無いどころか、魔法の適性すら無い事が分かったのだ。

 

 これがどういう事なのか、それを説明する為に、この世界、トータスの魔法の概念から説明する時間を頂きたい。

 

 この世界における魔法というのは、自分達の体内に存在する魔力を詠唱で魔法陣へと注ぎ込み、陣に組み込まれた式の通りの魔法を発動させるという手順だ。因みに、人間、というか亜人も魔人もそうらしいが、自身の魔力を直接操作することは出来ないため、必ず魔法陣を必要とし、どんな魔法を使うかによって魔法陣を正しく構築しなければならないのが鉄則だ。

 

 ここまでの説明を受けた時、一つ疑問が浮かんだ。それは、訓練初日に自分が投影を見せた際、魔法陣を全く使っていなかったという事だ。ハジメもこの説明を聞いた直後に気が付いたらしく、二人でメルドや宮廷魔法師達に相談してみると、宮廷魔法師の人達は是非とも研究させてほしいと目を輝かせながら我を忘れて迫ってきたのだ。

 

 その場はメルドが何とか魔法師達を落ち着かせ、早速調べてみたが、やはり魔法陣の様なものは見当たらなく、様々な原因を考えた結果、ハジメの『雪月自身が魔法陣の役割を果たしているのではないか』という考えで一先ず解散する事になった。結局最後まで理由が分からず、魔法師達の間では今後も調べていくそうだ。

 

 解散する際に、魔法師達がこっちをチラチラ見ながらヒソヒソと話しているのをチラッと見えてしまった為、人気のない所に連れていかれないように日々周辺を警戒する事を決意した。

 

 閑話休題。続きといこう。

 

 魔法を使う時に、詠唱を長く唱えれば唱えた分だけ、魔法陣に込める事の出来る魔力量は増えていく。それに比例して、魔法の効果や威力も増大していくのだ。

 

 更に、魔法の効果を複雑にしようとしたり、規模を拡大させようとすると、魔法陣を構築する際に組み込む式が増え、陣が大きくなっていく。例えば、皆もご存じだと思う‟火球(ファイヤーボール)”、トータスではこれを真っ直ぐ撃つのに直径が十センチ程の魔法陣が必要となる。魔法陣を構築する基本的な式は五つ、属性・威力・射程・範囲・詠唱した者から必要量の魔力を吸い取る魔力吸収だ。更に、これに追加効果や補助等の式を加えようとすると、それに比例して魔法陣が大きくなってしまい、構築するのに一苦労だ。

 

 だが、ここで最初にハジメが言っていた適性が関係してくる。

 

 適正は、魔法陣の式を一部省略出来る様になる体質と言えばいいだろうか……例として、ある一人の術者が火の属性に適性を持っていたとすると、火の魔法を使う際の陣の構築で属性の式を書き込む必要がなくなり、その分魔法陣を小さく出来るという訳だ。因みに、省略した属性は術者のイメージによって補完される。式を省略する代わりに、詠唱の時に燃え盛る火をイメージにする事で魔法に火の属性が付加されるのだ。

 

 トータスでは大抵の者は適性を一つ持っている。その為、構築する魔法陣も直径が十センチ以下が一般的なのだ。

 

 しかしハジメの場合、先程本人が言った通り適性が全く無く、魔法陣を構築する際に基本の五式に加え、魔法の速度やその弾道等を事細かに式に書き込む必要があり、ハジメは‟火球”一つ撃ち出すのになんと約二メートルもの魔法陣を構築する必要があった。これでは実戦で全くと言っていいほど使い物にならず、本人は物凄く落ち込んでいた。

 

 因みに、俺は技能に全属性適正を持っており、全ての属性の式を省略することが理論上は出来るらしい。しかし、彼は主に投影した近接武器を用いて戦う為、宝の持ち腐れとなっている。何故自分にこんな技能がついてしまったのか、頭を悩ませるイレギュラーな点がまた一つ増えてしまった。

 

 最後に、魔法陣は特殊な紙に刻む使い捨てと鉱物に刻むという二つのタイプがある。紙の方は持ち運びが便利で種類が豊富だが、使い捨てなので使用は一回きり、威力も落ちてしまっている。逆に鉱物の方は嵩張ってしまうので多くは持てないが、何度も使えて威力も申し分ないというそれぞれにメリット・デメリットが存在するのだ。

 

 以上で魔法と魔法陣、適正についての説明を終了しようと思う。そんな訳で、ハジメは近接はステータス的に考えて戦えない、魔法は適性が無い為、巨大な魔法陣を構築しないといけないからこれも無理という始末。天職の錬成師が出来る事と言えば、技能‟錬成”で鉱物を変形させたり、鉱物同士をくっ付けたり、鉱物を加工したりするなど戦闘では役に立つような技能ではない。

 

 アーティファクトも、錬成師に使えるものは無く、錬成の魔法陣が刻まれた手袋しか貰えなかった。俺も天職が錬成師の為持っているが、右手の手袋しか持っていない。メルドがハジメと雪月の二人分を用意する筈が、一組だけ右手の手袋しかないという事態が発生したのだ。ハジメとの相談の結果、こっちが片方だけしかない手袋を貰うという事となった。

 

 一応、錬成師は錬成で落とし穴とかを作る事は出来るらしく、ハジメはこの二週間でそれを習得したらしい。本人が言うにはその規模も徐々に大きくなりつつはあるらしいが、錬成を行うには対象に…地面に直接触れなければ効果を発揮しない。つまり、敵の目の前でしゃがみ込んで、地面に手を突いて錬成を行うという行為をしなければいけなく、最早それは自殺行為でしかない。

 

 ここまででもう分かると思うが、ハジメは戦闘では全くの無力だった。この二週間で周りの皆から『無能』のレッテルを貼られてしまい、代わりに知識を詰め込もうとこうして図書館に通ってはいるが、先行きが不安らしく、溜息が増える一方だという。

 

「もうこうなったら、いっそ旅にでも出てみようかな……」

「おっ! 旅か、いいね。俺はそういった事はあまりしてこなかったから旅には憧れるな……ハジメが旅に出るんだったら俺もついて行こうかな……」

「えっ? でも雪月、早く元の世界に帰りたいって言ってなかった?」

「確かに言ったな。でもさ、他にも帰る方法があるんじゃないかと俺は思うんだよ。旅しながらそれを探すのも良いかな~って」

「……もし、見つからなかったら?」

「そん時はそん時だ、戦うしかない。まぁ、この話は置いといて…ハジメは何処に行ってみたいんだ?」

「やっぱ亜人の国かな、一度でいいから本物のケモミミを見てみたい!」

「お、おう(汗)」

 

 ハジメの言った亜人の国とは大陸の東側に南北に渡って存在する『ハルツェナ樹海』の深部で暮らしている被差別種族の亜人達の国の事だ。引き籠っているらしく、滅多に会う事が出来ない。

 

 何故亜人達が差別されているのか、それは彼らが魔力を持っていないことが原因だ。この世界では魔法は神からの恩恵だと言われているらしく、魔法を使えない亜人達は神から見放された悪しき存在として蔑まれているのだとか。

 

「亜人達がいる樹海って確かあれがあったよな、確か……七大迷宮だっけか?」

「うん、そうだよ」

 

 雪月が言った七大迷宮とは、トータスにおける最も危険な場所の一つである。その名の通り、中は迷宮となっていて、場所によっては強力な魔物も住み着いている為、ほとんどの人は近付かないのだ。

 

 場所はハイリヒ王国の南西とその先にある『グリューエン大砂漠』の間にある『オルクス大迷宮』と『ハルツェナ樹海』、先程の大砂漠の先にある『グリューエン火山』の三つが確認されている。残りの四つは文献が古い所為もあって存在は信じられているのだが、詳しい所在までは判明されていない。

 

 王国では目星は付けているらしく、四つの内二つは大陸を南北に両断する巨大な峡谷『ライセン大峡谷』や、大陸の南側、魔人族が支配している一帯にある『シュネー雪原』の奥地にある『氷雪洞窟』ではないかと言われている。残りの二つについては未だ皆目見当もついていないとの事だ。

 

「樹海が無理なら西の海に出て、エリセンっていう海上の町に行ってみたいな。ケモミミが無理だったとしてもマーメイドは絶対に見てみたい。男のロマンだよ! あと美味しい海鮮料理も食べたい!」

「こらこら、熱くなりすぎるなよ? でも、海鮮料理は食ってみたいな、和風だったら余計に」

 

 『海上の町エリセン』は海人族という王国で唯一公に保護されている亜人族が暮らしている町だ。保護されている理由は、北大陸に出回っている魚介類の八割近くが彼等から供給されたものだからだ。随分と身勝手な理由だとハジメと雪月は内心盛大にツッコミを入れていた。

 

 だが、西の海に出てエリセンに行くためには、その手前にある『グリューエン大砂漠』を渡らなければならない。この砂漠には魔物が住み着いているので、かなり危険だ。

 

 他にも、『ヘルシャー帝国』という場所で亜人族を見かけることが出来るが、帝国では亜人族を奴隷として扱っているらしく、ハジメはあまり行きたくないと言っていた。帝国は王国の東にある『商業都市フューレン』の隣に存在している。王国と帝国の間にあるこの『フューレン』は何処にも所属しない中立の商業都市なのだ。この都市に行けば、欲しいものは大方手に入ると言われるほど物が充実しているという。

 

「こうして纏めてみると、ハジメが行きたい場所って行くのに苦労しそうな所ばかりだな…」

「みたい…だね。はぁ、旅は諦めるしかないかな。元の世界に帰る為には戦うしか……ってやばいよ! もう訓練が始まっちゃう!」

「はっ!? うわ、マジだ。かなり話し込んじまっていたんだな。よし、早いとこ向かうとするか!」

 

 ハジメと雪月は急いで図書館を出て王宮の訓練施設へと向かった。王宮は目と鼻の先にあるが、その短い道程で露店の店主の呼び込みや子供達のはしゃぐ声やそれを叱る声が聞こえ、街は平和そのものだった。

 

「……やっぱり戦争起こりそうにないって事で帰してくれないかなぁ~」

「そうだったらどれだけいい事か……」

 

 二人はそんな有り得ない事を考えながら、王宮の方へと急ぐのであった。

 

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 

 

 訓練施設に着くと、雪月はハジメと一旦分かれてメルドの所へと向かった。今度の鍛冶場の見学がいつになるのか聞きに行くためだ。

 

「それじゃあハジメ、俺はメルドさんの所に行ってくるから少し待っててくれ。すぐに終わると思うから」

「分かった、この辺りで自主練でもしているよ」

「了解」

 

 雪月はメルド団長がいるであろう王宮の中へと走っていった。ハジメは支給された西洋風の細身の剣を取り出し、自主練を始める。

 

 

 

 

 

 そんなハジメに背後から近づく影が数人、ハジメはまだ気が付いていない。

 

 

 

 

 

「じゃあ、当分は鍛冶場への見学が出来ないんですね?」

「そうなるな、大量の剣の修理を頼まれたらしくてな。かなり忙しくなるそうだ」

「そう…ですか……」

 

 雪月は誰が見てもショボンとした表情をしていた。メルドは苦笑いし、雪月の肩に手を置きながら、

 

「なぁに、もう見学することが出来ないって訳じゃないんだ。王宮からの仕事が終わったらまた連れて行ってやる」

「ありがとうございます。それじゃあ、自分は戻りますね」

 

 雪月の表情が少し明るくなり、メルドにお礼を言い、ハジメがいる場所に戻ろうとする。雪月がふと近くにあった窓から外を見ると、一時停止でもしたかのようにピタッと止まる。

 

 それを見ていたメルドは頭に?を浮かべながら雪月に近づいていく。

 

「どうした雪月? 窓の外に何かあるのか?」

 

 メルドが窓の外を見ると、五人の生徒が歩いていた。その五人は窓から見えない所に移動し、完全に見えなくなった。

 

「雪月、あの五人がどうかしたのk―――!?」

 

 メルドが雪月に聞こうと視線を向けた途端その表情が驚愕に変わる。

 

 雪月は無表情になっていた。それだけだったら驚きはしなかっただろう、その身に殺意を纏っていなければ。

 

 早足でその場から立ち去ろうとする雪月を慌ててメルド団長が止める。

 

「待て雪月、お前何をするつもりだ?」

「どうもしませんよ。友達を待たせているんで急ごうとしているだけです」

「ならその殺意はどう説明するつもりだ?」

 

 メルドの言葉に雪月は黙り込んでしまう。数秒後、雪月が口を開く

 

「大丈夫ですよメルドさん。問題を起こすつもりはありませんし、これ以上周りから嫌われたくありませんから」

「……本当だな?」

「もし俺が何か問題を起こしたりしたら、俺を牢にぶち込んでも構いませんよ」

「そこまでは出来ないんだがな……分かった、俺からはもう何も言わん」

 

 掴んでいた雪月の腕を離すと、雪月はメルド団長に軽く一礼し、その場から走って去っていった。

 

 

 

 

 

「南雲さ〜、マジで弱すぎだろ。やる気あんのか、お前?」

「ぐっ……おぇっ」

 

 ハジメは檜山達四人組に人気の無い所に連れてこられていた。雪月と別れた直後、自主練を始めようとしたら絡んで来たのだ。おそらく、雪月がいなくなったタイミングを見計らっていたのだろう。そうして連れてこられた先で小悪党四人組(ハジメ命名)曰く、訓練という名のリンチを受けていた。

 

 檜山達がハジメを取り囲むように立ち、魔法を撃ちこんだりしていた。ハジメには反撃する力が無いため、蹲って耐えるしかなかった。何故自分がこんな目に合わなきゃいけないのか、奥歯を噛み締めながら耐えることしかハジメには出来なかったのだ。

 

「さぁて、それじゃあそろそろ、これで終いにしてやるよ」

 

 四人組の一人、斎藤がそう言って詠唱しようとするが、その口から詠唱が紡がれる事はなかった。

 

「……おい」

「あ? ブッ!?」

 

 代わりに、背後から聞こえて来た怒気を含んだ声と拳で顔を思い切り殴られ、宙を舞うことになった。

 

「「「……は?」」」

 

 残りの檜山達三人が間抜けな声を出す。ハジメは何が起こったのかすぐには分からなかったが、斎藤がいた所を見てようやく理解した。

 

「…雪月……」

「悪い、遅くなった」

 

 そこには雪月が立っていた。ハジメを見て無事だったの確認して安心したのか、安堵したような表情をした後、「さて」と呟いて檜山達の方に視線を移す。その表情も安堵した表情から一変して、無表情になる。

 

おい檜山、お前等はこんなとこで何してたんだ?

「か、神薙……俺達はただ、南雲に稽古をつけてやろうと思って―――」

稽古つけるんだったらよぉ、わざわざこんな人気のない所に来る必要はないよなぁ? それに、ハジメのステータスが低いのは知っている筈だろ? なんで四人で取り囲んでたんだ?

「そ、それは……」

「……まぁ、もうどうでもいいか。それよりも、俺も参加していいか? お前等の言う稽古によぉ

 

 雪月が混ざろうとして、段々と顔が青褪めていく檜山達。彼等は雪月のステータスの高さを知っている。それに今の雪月は誰が見ても怒っていると分かる。だからこそ、雪月が混ざると絶対に自分達が無事じゃ済まない事は確信していた。

 

「……沈黙は肯定と受け取るぞ? それじゃあ」

 

 雪月が首をコキッと、指をパキパキと鳴らしながら告げる。檜山達は後退りながら、

 

「ま、待て。俺達はやるとは言ってな―――」

「全員……歯ぁ食いしばれやぁ!

 

 その直後、雪月の姿が消える。いや、正確には消えていない、檜山達が視認出来ない速さで動いた為、消えたように見えたのだ。雪月の敏捷は250、現時点で最高速度の持ち主だ。檜山達三人は突然の出来事に咄嗟に反応できずに、体が硬直してしまう。それを見逃す雪月ではなかった。

 

「シッ!」

「ぐぇ!?」

 

 まず雪月は一番近くにいた中野の腹に蹴りを喰らわせる。元の世界で武道を習っていた雪月の蹴りは中野にとって重い蹴りだったのだろう。中野は少し吹き飛ばされた後、腹を押さえて蹲り、僅かに震えながら動こうとしなかった。

 

「て、てめぇ!」

「フンッ!」

「がっ!? おぇっ」

 

 残った二人の内、いち早く反応した近藤は、持っていた剣で雪月に斬りかかろうとするが、それを近藤の腕を押さえる事で止めた雪月は続けて近藤の腹に一撃を喰らわせる。近藤は剣を落としてその場で蹲る。

 

 瞬く間に目の前にいた二人が倒される光景を見ていた檜山は、その場から動くことが出来ないでいた。しかし、雪月は止まらない。

 

「次はお前だ檜山」

「! こ、ここに風撃を望む、‟ふ「させると思うか?」」

 

 雪月は何かされる前に檜山の首を掴んで持ち上げる。今の雪月の腕力は、人一人を持ち上げることなど造作も無かった。

 

「がっ! あ、ぐっ!」

「檜山、俺は前に言った筈だよな? 今度ハジメを痛めつけるようなことをしたら、覚悟しとけって……

 

 元の世界にいた頃、雪月はハジメが檜山達に痛めつけられている所を目撃し、檜山達を返り討ちにしたことがあるのだ。その時に、雪月は檜山に先程言った言葉を忠告として告げていた。しかし、当の檜山はこの世界に来て魔法が使える様になって浮かれていたのか、すっかり忘れてしまっていた。

 

「は、はな…せ……」

「……てめぇは一度本気で痛い目に合わないと分からないようだからな。これで終わると思うなよ?

 

 そう言って、雪月は空いている左手に剣を投影する。この二週間の訓練で、雪月は何度も投影した事のある武器はほんの一、二秒で投影出来る様になっていた。

 

「! や、やめ……」

「殺しはしねぇよ。殺しはな……」

 

 雪月が投影した剣を檜山に構えると、後ろから驚きに満ちた女子の声が響く。

 

「神薙くん、一体何やってるの!?」

 

 雪月が構えていた剣を降ろしながら振り返ると、そこには香織が驚愕の表情で立っていた。後ろには雫や光輝、龍太郎も立っていた。それを見た雪月の表情が明るくなり……

 

「おぉ、白崎か! 丁度良かった、ハジメを見てやってくれないか?」

「え? あっ、南雲くん!?」

 

 香織は雪月の傍でゲホゲホとせき込みながら蹲っているハジメの姿を見つけると、急いで駆け寄る。ハジメの姿を見た瞬間、目の前の光景は頭から消えたようである。

 

「神薙君、これは一体どういう状況なの?」

 

 雫が香織の代わりに雪月に現状について質問する。雪月は右手で掴んでいた檜山を投げ飛ばす。ちょうど光輝、龍太郎、雫、雪月の四人で檜山取り囲むような位置に。自由になった檜山がせき込んでいるの一瞥した後、雫の方に向き直り…

 

「檜山達がハジメを人気のない所に連れ込んだのを見かけてな。此処に着いたら魔法でリンチしていたのを目撃して……その後は分かるだろ?」

 

 雪月が足元でせき込んでいる檜山に再び視線を戻す。檜山の方はせき込んだ後、周りの状況を見てさらに青褪めた表情となる。

 

「……まぁ、神薙君が南雲君の事で嘘を吐くとは思えないし、事実なんでしょうね。でもだからと言って、少しやりすぎだと思うわ」

「こいつらがハジメにしてきた事と比べれば軽いもんだろ」

「い、いや…俺は……その……」

「言い訳はいい。南雲が戦闘に向いていないからと言っても、彼は同じクラスの仲間だ。こういう事は二度としない方が良いだろうな」

「光輝の言う通りだな。こんなくだらない事してる暇があるんなら、自主練でもしてろっての」

 

 雫達にも言い募られ、檜山は誤魔化し笑いをしながらその場から立ち去っていく。それに続いて休んで回復したであろう近藤達も去っていく。その直後、香織の治癒魔法で行っていたハジメの治癒が完了する。

 

「ありがとう、白崎さん。助かったよ……それに雪月も」

 

 そう言って苦笑いするハジメに香織は今にも泣きだしそうな表情で首を横に振る。その直後檜山達が去っていった方向を怒りの形相で睨み付けながら、

 

「南雲くんっていつもこんなひどい事されていたの? それなら、今から私が……」

 

 何かをしでかしそうな香織をハジメが慌てて止める。

 

「だ、大丈夫だから! いつもって訳じゃないからさ、気にしなくてもいいから!」

「でも!」

「白崎、ホントにハジメはいつもあんなことをされているって訳じゃないんだ。あいつ等、何時もハジメが一人になっている所を見計らって仕掛けてくるんだよ。今回は俺が近くにいなかったからこんな事になっちまった、だからこれは、俺の責任だ」

「いや、雪月の所為でもないからさ! そんなに気にしないで!」

 

 ハジメの言葉に納得出来ないといった表情を浮かべる香織と申し訳なさそうな表情をする雪月に「大丈夫」と言いながら笑顔を見せるハジメ。二人は渋々ながらも引き下がる。

 

「南雲君、何かあったなら遠慮なく言って? 香織もその方が納得するし、少なくとも私や香織はあなたの味方だから」

「ありがとう、八重樫さん」

 

 渋い表情をしている二人を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それに対しても礼を言うハジメ。その後、訓練が始まるという事で六人で訓練施設に戻る事にした。戻る途中、光輝が何をどう解釈したのか、檜山達はハジメの不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないとか言ってきたのだ。これにはハジメ、香織、雫の三人は苦笑いしか浮かんでこず、雪月はこいつの頭の中はどうなってんだと呆れ果てていた。

 

 光輝は基本的に性善説で人の行動を解釈する為、どうしても相手の方に原因があるのではないかという考え方をするのだ。しかも、悪意が全く無く、自分の考えに絶対的な自信を持っているのだ。自分の考えは絶対に間違っていないのだと。

 

 訓練施設に戻った後も、香織はハジメの事を心配そうに見ていたが、ハジメは気付かない振りをした。これ以上、男として同級生の女の子に甘えてばかりなのは嫌らしい。ハジメの異世界生活は、前途多難であった。

 

 

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 

 

 訓練が終了した後、普段なら夕食の時間まで自由時間なのだが、今回はメルドから連絡事項があるという事で全員が引き止められていた。全員の視線が集まったことを確認したメルドは全員に聞こえる様に告げる。

 

「明日からの訓練だが、実戦訓練の一環として『オルクス大迷宮』へ遠征に行く事となった。遠征に必要な物はこちらで用意する。こいつは今までの王都外での魔物との実戦訓練とは全く違うものになるだろう。まぁ簡単に言えば気合を入れ直せって所だ! 今日は明日に備えてゆっくり休め! では、解散!」

 

 そう言って、さっさと何処かに行ってしまうメルド。ざわざわと騒ぎ始める生徒達の最後尾でハジメは天を仰ぎ、雪月は険しい表情をしていた。

 

(ホントに前途多難のなりそうだ……)

(いよいよ実戦か……)




最後まで読んでいただきありがとうございます!

訓練が始まって二週間、皆が着々と成長していく中、ハジメだけが思うように成長出来ず、思い悩んでいた。そんな時、騎士団団長のメルドからオルクス大迷宮の遠征に向かうと連絡があった。雪月は気合を入れ直し、ハジメは前途多難な生活に現実逃避寸前だった。

次回「月夜での語らい・雪月の過去」

今年ももうすぐ終わりですね。皆様この一年はどうでしたか? 自分はこのハーメルンと出会えて良かったです。来年も頑張って書いていくのでよろしくお願いします!

それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル

皆様良いお年を!


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第五話:月夜での語らい・雪月の過去

どうも、お久しぶりです。シュシュマンです。

更新が大分遅くなってしまい本当にすいませんでした……
失踪はせずに最後まで頑張っていくのでどうぞよろしくお願いします!

前回のあらすじ:異世界『トータス』に召喚されてから二週間が経った。雪月を含めたクラスの皆が着々と成長していくなか、ハジメだけは思うように成長出来ず悩んでいた。そんな時、団長のメルドから七大迷宮の一つ『オルクス大迷宮』に遠征に行く事が伝えられる。

では、拙い文章ではありますが、ゆっくりしていって下さい!旦~~


 メルド団長からオルクス大迷宮へ遠征に向かうと伝えられたその日は、全員が早めに床に就き、翌日の朝早くに馬車で向かう事になった。

 

 

『オルクス大迷宮』

 

 

 この迷宮は前に図書館でハジメとの話に出てきた七大迷宮の一つであり、全部で百層存在すると言われている。『言われている』と表現したのは、この迷宮が発見されてから既に百年以上経過しているのだが、未だに百層まで到達した者が誰もいないからだ。それだけここは危険な場所という事になる。しかし、ここは多くの冒険者や傭兵、更には新兵の訓練にまでよく用いられて非常に人気がある場所でもある。

 

 何故七大迷宮という大陸でも有数の危険地帯のひとつであるのに、新兵の訓練などに使われて人気があるのか?

 

 その理由として、ここは魔物の強さが階層毎に明確になっており、自身の実力を測りやすいのだ。それに、出現する魔物が地上のと比べて、非常に良質な魔石を体内に持っているからだそうだ。

 

 ここで新しく出てきた魔石というものについても説明しておこう。

 

 魔石というのは、魔物がもつ力の核、それが魔物であるということを証明するものでもある。魔石は、それを保有する魔物が強ければ強い程、得る魔石が良質なものになっており、それは魔法陣を作成する原料になったり、日常生活に用いられる魔道具の原動力にもなっていて、この世界では非常に需要の高い品だ。

 

 魔法陣は描くだけでも発動するのだが、魔石を粉末状にして用いた時よりも威力などが三分の一までに減少してしまう。なので、魔石を原料として使った方が効率的なのだ。その為、王国では時々この迷宮に魔石の回収に来たりしている。

 

 しかし、魔石は魔物が持っている為、そう簡単には手に入らない。さっきも言った通り良質な魔石を持つ魔物ほど強く、更には強力な固有魔法というものを使ってくるからだ。

 

 固有魔法とは、詠唱や魔法陣を描く事が出来ない魔物が持つ唯一の魔法である。使える魔法は種族により異なるが、一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣も一切使わないで発動する事が出来る。つまり、いつ使ってくるのか分からない。魔物が油断できない相手である最大の理由がこれだ。

 

 自分達は、メルド団長率いる騎士団員数名と共に、『オルクス大迷宮』へ挑戦する冒険者たちが宿泊する為の宿場町『ホルアド』に夕方頃に到着した。新兵の訓練によく利用するみたいで、王国直営の宿屋まであるそうで、そこに泊まる事となった。

 

 部屋は二人部屋になっているらしく、雪月とハジメが同じ部屋になった。王宮の豪華な部屋に天蓋付きベッドとは違い、至ってシンプルな部屋とよく知っている形のベッドを見た二人は、互いにそれぞれのベッドへとダイブし「「ふぃ~」」と気を緩める。しかし、二人の一日は終わらない。雪月はベッドから起き上がると、

 

「よし、ハジメ! 今日もやるぞ!」

「うん!」

 

 ハジメと雪月の二人が最近、寝る前によくやっている事……それは‟錬成”の練習だ。雪月が鍛冶場見学に行った際に貰った鉱石を使ってハジメと雪月は日々錬成の練習を重ねていた。だが、何故雪月が鍛冶場見学で鉱石を貰えたのか?

 

 実は、よく出入りして熱心に勉強していたお陰なのか、鍛冶場の人達に気に入られ、余った鉱石や小さい欠片なら少しくれるという事なので、お言葉に甘えて貰っていたのだ。

 

 しかし貰ったのはいいが、どう有効活用すれいいのか悩んでいた時、ハジメから「錬成の練習に使ってみたらどうだろう?」という提案があったのだ。その手があったか! と雪月は提案してくれたハジメも誘って、貰った鉱石で錬成の練習をしているのだ。

 

「錬成、錬成、錬成………」

「錬成、錬成、錬成、錬…成………」

 

 二人とも一つ一つの鉱石に集中して錬成を行っていく。

 

 互いに丁度良い所で終えて、一息つく。

 

「ふぅ、一度休憩を挟むか」

「毎度の事だけど、疲れるね」

「まぁ、やって損はないと思うんだけどな。それで、どうだハジメ? なんかステータス変わってたりしてるか?」

 

 ハジメは自分のステータスプレートを見て確認する。

 

「……駄目みたい。何も変わってない」

「……俺もだな。結構やってるはずなのに、な~んも変わってねぇ」

「…やっぱり、僕には才能が無いのかな」

「だぁ~もう! よせよせ、何度も弱気になるんじゃねぇよ」

「でも、ここまで成長しないとなると流石に……ね」

 

 ハジメは誰がどう見ても分かるくらい落ち込んだ表情になる。雪月は頭を掻くと……

 

「……今日はここまでにしよう。俺は少し外に出てくる。もう遅いからハジメは先に寝てていいぜ」

 

 そう言って、雪月は窓から外に出ようとする。

 

「ちょ、ちょっと雪月! ドアから出ないの!?」

「こっちの方が近道なんだよ。それじゃ、さっさと寝て休んどけよ? 明日は迷宮探索なんだからな。あ、帰りはドアから入るから鍵借りてくぜ」

 

 そう言いながら、雪月は部屋の鍵を持って窓から飛び降りる。ハジメは慌てて窓から顔を出し、下の方を見ると、何処かへと走っていく雪月の姿が見えた。雪月が無事な事に一先ず安堵するハジメ。

 

 他にやる事も無かった為、窓をそのままにして寝ようとベッドに移動した直後、唐突に扉をノックする音が聞こえてくる。

 

(すわっ!?)

 

 ノックする音にビクッとなるハジメ。今は十分深夜だと言える時間帯、こんな夜中に一体誰が? ハジメは緊張を表情に浮かべるが、その心配も杞憂に終わる。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎ですけど…今ちょっといいかな?」

 

 なんですと? と、一瞬硬直するが、我に返ったハジメは慌てて扉に向かい、鍵を外して扉を開ける。そして、目の前に立っていた香織の恰好を見て思わず…

 

「なんでやねん」

 

 と、ツッコミを入れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、ここはホルアドの宿場から少し離れた開けた場所。そこに人影が一人。

 

 

 

 

 

 雪月だ。

 

「すぅ…はぁ……」

 

 深呼吸をして、両手を剣を持つように構える。

 

「―――投影、開始(トレース・オン)

 

 そして、本来この世界には無い筈の自分だけが使える呪文を詠唱する。その一、二秒後、雪月の前に一本の剣が現れる。前に投影した事のあるバスタードソードだ。前にも言った通り、雪月は以前投影した事のある武具の類は、時間をかけずに投影出来る様になっていた。投影した剣を何度か軽く振った後……

 

「シッ!」

 

 今度はさっきよりも速いスピードで振り抜いていく。雪月は最近、剣や槍などの武具を投影しては、それを十分に使いこなせるように鍛錬を続けているのだ。より速く投影し、よりうまく扱えるようになる為に。

 

(まだだ…まだ速くなれる筈だ!)

 

 剣、弓、槍……雪月が現在扱う事の出来る武器を順に投影して、それを振るっていく。まだ見た事の無い、これから戦うであろう敵を思い浮かべながら……

 

 

 

 

 

 

 だが、鍛錬は後ろから突如聞こえてきた声に阻まれる。

 

 

 

 

 

 

「こんな夜中だっていうのに……精が出るわね、神薙君」

「っ!?」

 

 雪月はその場から咄嗟に飛び退き、手に持っていた弓矢を声がした方向に構える。構えた先には人影が見えるが、月が雲に隠れており、その所為で暗くて顔が分からなかった。

 

「ちょ、ちょっと待って! 武器を降ろして!」

「? …その声まさか」

 

 聞き覚えのある声に雪月は構えていた弓矢を降ろす。そして、

 

「八重樫か?」

 

 自分に声を掛けたであろう人物の名前を挙げる。すると、弓矢を構えていた先にいた人影が動き出し、その姿を雲から顔を出した月の光が照らす。そこにいたのは……

 

 雪月の予想通り、雫だった。

 

「えぇ、そうよ。それにしても、いきなり武器を向けるなんて酷すぎない?」

「だったら、鍛錬で集中している時にいきなり後ろから話しかけないでくれ……」

 

 相手が知っている人物であったことに雪月はひとまず安堵する。

 

「っていうか、こんな時間まで起きてたのか?」

「寝てたんだけど、不意に目が覚めちゃったのよ。そしたら、香織がいなくなっててね。探してる途中で窓を見たら、丁度神薙君が走っていくのが見えてね、気になってこっちに来ちゃった」

「成程、そういう事か…って、白崎の方は探さなくていいのかよ?」

 

 香織と雫は親友なのだから探した方が良いのではと思っていた雪月だが、雫の方は全然焦っていなかった。

 

「大丈夫よ、どこに行ったかは予想出来てるし」

「……まぁ、ハジメの所だろうな。あいつの事心配してたみたいだし」

「私もそう思うわ。勘がよく当たる神薙君が言うんだし、そうかもね」

「嫌な予感がした時以外だと確率は半々って所だけどな」

 

 雪月はとりあえず持っていた弓矢を粒子状にして消す。それを見ていた雫が、

 

「便利なものね。魔力があれば、いくらでも武器を出せるんだから」

 

 と、羨ましそうな表情で言う。

 

「そんな便利なものじゃねぇよ? 投影するにはある程度その武器に関する知識が必要だから、知らない武器はまず無理。そして何より、投影した贋作は脆い……すぐに壊れちまう」

 

 それを、雪月はさっきまで弓矢を握っていた両手を見ながら否定する。

 

「デメリットもあるって訳ね……そういえば、どうしてこんな夜遅くに鍛錬なんかしてるの? 神薙君って体動かしてないと落ち着かないタイプだったっけ?」

「そういう訳じゃないんだけどな。ただ……」

 

 雫の言葉に雪月は頬を掻きながら、チラッと雫を見た後、

 

「俺はさ、今よりも更に強くなりたいんだよ。強くなって、早いとこ元の世界に……家族の所に帰る! 全員の前でも言ったが、俺がこの世界で戦う理由はそれだけだ」

「前にも言っていたわね、それ………ねぇ、思ったんだけどさ」

 

 雫が、右手を力強く握りしめながら話す雪月に聞いてくる。

 

「神薙君って、どうしてそこまでして家族に拘るの? 確かに、家族に会いたいって思ってる子もいるとは思うけど、神薙君のは少し異常よ?」

「……俺ってそこまで家族に拘っている様に見えるのか?」

「えぇ。多分クラスのほとんどはそう思っている筈よ?」

「そうか、他の奴等にはそう思われてるのか……まぁどうでもいいか」

 

 クラスの皆からそんな風に見られていたと知っても、どこ吹く風といった感じの雪月。雫はそんな雪月の図太さに苦笑いしながら呆れていた。雪月は数秒、夜空を見上げていると…

 

「まぁ隠してた訳じゃないから、話してもいいか」

「話すって……何を?」

「俺が家族に拘っている理由だよ。気になってたんだろ?」

「まぁ、多少は……」

「取り敢えず、立ちながら話すのもなんだ。そこの樹の近くに座りながらでも話すとしよう」

「えぇ」

 

 二人は近くにあった樹に腰を下ろす。雫が座ったことを確認した雪月が口を開く。

 

「俺が家族に拘るのはな……俺はまだ両親に……いや、あの二人に恩返しが出来ていないからだ」

「恩返し? どういう事?」

「それは………」

 

 雪月の言葉がそこで止まり、俯いてしまった。何か言いにくい事なのだろうか、雫が心配そうな表情で雪月を見る。

 

「………うし」

 

 数秒後、雪月は意を決した様に顔を上げて、雫の方に向く。そして、

 

「まず八重樫、俺はな………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神薙家の本当の子供じゃあない(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪月の言葉と共に二人の所に少し強めの風が吹く。

 

「………え?」

 

 雫は雪月が言った言葉を一瞬聞き間違いかと思い、すぐに理解出来なかった。だが、雪月の顔を見て聞き間違いではないと理解する。

 

「本当の子供じゃ……ない? それって、つまり……」

「まぁ養子って奴だな。引き取られたのは、俺が三歳の頃だ」

「三歳……それまでは?」

「本当の家族が居た。けど、事故で親は二人共死んじまったよ」

「事故って、何があったの?」

「車が崖から落ちたんだよ。俺は相当運が良かったのか、頭に数針縫う傷を負ったぐらいで、大きな怪我もせずに済んだ」

 

 そう言って雪月は自分の前髪を上げる。雪月の右側の前髪の生え際辺りに、二~三cm程の小さめの傷跡が残っていた。

 

「……そんな事があったなんて」

 

 雫はかなり驚いている様だ。そんな雫を、雪月は横目で見ながら話を続ける。

 

「事故で両親が死んだ後、最初は俺を引き取ってくれる親族を探してくれたそうだが、どうやら両親は他の親族とは絶縁状態だったらしくてな。引き取り手が見つからなかった」

「………」

 

 言葉が出てこなかった。そんな過去があるとは、今まで見てきた彼からは微塵も感じられなかったからだ。

 

「そんな時、俺をぜひ引き取りたいって言ってきた人達が現れてな。その人達は、両親が死んだ事故の第一発見者だったんだ」

「それが……今の御両親?」

 

 雫の言葉に雪月が頷く。

 

「神薙家には、一歳の海音がいたんだけどな、どうやら男の子も欲しかったみたいなんだ。そんで、結局他に引き取り手が現れなかったから、俺は神薙家に養子として引き取られた。けど、引き取られてすぐはかなりぎくしゃくしたなぁ」

「そうなの?」

「あぁ…物心がつくのが早かったから、どんな事でも海音の方を優先させてほしいって遠慮しちまってな。素直に甘えることが出来なかったんだ」

 

 雪月は恥ずかしそうに頬を掻いていた。雫はそんな雪月を見てフフッと笑う。

 

「自分が血の繋がった息子じゃないのは分かってたからな。でも、鷹虎さんと美桜さん……父さんと母さんが、俺を本当の家族の様に大切にしてくれているって事に気付くのに、そんなに時間は掛からなかった」

 

 雫は雪月に見入っていた。家族の事を話している雪月は、とても穏やかな表情をしていたからだ。

 

「二人には感謝しか出てこない。俺はあの二人に、いろんなものを貰ってきた。そんで、中学を卒業した頃から、俺が二人に出来る事は何かないだろうかって色々考えてたんだよ。でも……そんな矢先に、今回の異世界召喚だ」

「それでさっき、恩返しが出来ていないって言ったのね」

 

 雪月が再び頷く。

 

「俺はまだ二人に育ててくれた恩を全然返せていない、何も出来ていないんだ」

 

 雪月の表情が真剣なものに戻る。

 

「だから俺には、のんびりしている暇はないんだ……家族の為にも、俺は一刻も早く……」

「…でも、私達はこの世界に来てまだ二週間しか経っていないのよ? 焦りは禁物だわ」

「分かってる、けどな……っ!!」

 

 雪月が何か言おうとする前に雫がいきなり雪月の肩を掴む。いきなり掴まれた雪月の目が見開く。

 

「や、八重樫?」

「けどじゃない! 焦って無茶なんかして、神薙君にもしもの事があったらどうするの!? ここは私達がいた世界じゃない、一歩間違えたら死ぬかもしれないのよ!!」

「そ、それは……」

 

 雪月は雫の言う事に何も言い返せない。雫は止まらなかった。

 

「神薙君にもしもの事があって、悲しむのはあなたの家族だけじゃない、南雲君や香織、私だって…」

「………」

「お願いだから約束して。時間は掛かるかもしれないけど、必ず生きて帰る為に無茶な事はしないって」

 

 そう言って雪月の顔をじっと見つめる雫。雪月も数秒見つめ返した後「ふぅ」と息を吐く。

 

「……分かったよ、無茶な事はしないって約束する」

「本当に?」

「…………本当だって」

「ちょっと、今の間は何かしら?」

「……………」

 

 半目で睨んでくる雫に雪月は視線を逸らす。そんな感じが数十秒続いた後、雪月が再び溜息を吐く。

 

「無茶をしないってのはちゃんと約束する。八重樫の言った通り、ここは異世界……何が起こるか分からない。不本意だが、時間をかけて着実に強くなっていくよ」

 

 雪月が諦めたような表情しながら言うと、雫は「うんうん」と言いながら首を縦に振る。

 

「分かってくれたようで良かったわ」

「ったく……とりあえず、もう宿に戻るとしよう」

 

 そう言って雪月が立ち上がり、宿の方に向かって歩き出す。

 

「あら、もう戻るの?」

「あぁ。昔話をしてたらやる気がなくなっちまったし………お前が寒そうにしてるのもあるな」

「えっ」

 雫は雪月の方を見る。今の彼女は寝間着姿、城の方で支給されたネグリジェを着ている状態なのだ。自分には似合わないと最初は着るつもりはなかったのだが、寝間着がこれしかなかった為、仕方なく着ている。

 

 夜中に何処かへ向かう雪月の姿を見かけて追いかけた時、最初はそこまで寒くは感じなかったが、雪月と話をしている内に少し寒く感じてきてはいた。雪月はそれを見逃していなかった。

 

「さっきから小さく震えてんのバレバレだっての。寒かったんだろ? 風邪ひくとまずいから、早く戻るぞ」

「え、えぇ……」

 

 雪月と雫は宿に向かって歩いて行く。雪月が少し前の方を歩き、その後ろに雫がついてくるという感じだ。寒そうにしていたのを指摘されて以降、雫は顔を俯かせて全く喋らなくなった。雪月も何を喋ったらいいのか分からず、宿に戻るまで二人は無言の状態が続いた。最後に八重樫の顔を見た時、若干頬が赤く染まっていた様に見えた気がした。

 

 そんな状態が宿に着くまで続き、玄関を通って二人がそれぞれ自分の部屋へ向かおうとした時、雫が雪月の方に顔を向ける。

 

「神薙君」

「ん?」

「今日約束した事……忘れないでね」

「……大丈夫だ、分かってる」

「なら良いわ、おやすみ」

「おう、おやすみ」

 

 雪月の言葉を着た雫は、安堵したような表情をして自分の部屋へ戻っていく。雪月も自分とハジメが泊まっている部屋へと向かう。

 

 皆が寝静まって静かになり、月明かりに照らされた廊下を歩いていく。自分の部屋が見える所まで来た時、その扉が開き、部屋の中から知っている人物が現れる。

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

 部屋から出てきた香織は部屋の方に向き直ってそう言った。中にいるハジメに向けて言ったのだろう。その後扉を閉め、自分の部屋に戻ろうとして雪月と目が合う。

 

「あれ、神薙くん?」

「よう、白崎。こんな時間に何してたんだ?」

 

 自分に気付いた香織に雪月は何をしていたのかを尋ねる。

 

「私は南雲くんとお話ししていただけだよ?」

「話? それって、明日の迷宮探索についてか?」

「…うん、そうだよ」

 

 雪月が『迷宮』と言った直後、香織の表情が少し暗くなった。すぐに元の明るい表情に戻ったが、雪月はそれを見逃さなかった。

 

「……ハジメの事が心配なんだろ?」

「………やっぱり、分かっちゃう?」

「そりゃあな」

「そっか………」

 

 雪月の問いに答えた香織はどこか思いつめた表情をしていた。

 

「神薙くん、いきなりだけど……お願いがあるの」

「お願い?」

「うん。明日の迷宮探索、なるべく南雲くんの事を気に掛けてほしいの」

「どういう事だ?」

「私、とても嫌な予感がするの。明日の迷宮で、何か良くないことが起こるんじゃないかって……」

 

 香織は何かを恐れているような表情をしていた。こんな表情をする彼女はあまり見た事がなかった。

 

「そうか…分かった。明日はなるべく、ハジメの事を気に掛けておくよ」

「ありがとう。もし、南雲くんが怪我とかしたら、その時は私が治療するから」

「あ~そういえば、白崎は天職が‟治癒師”だったな」

 

 ‟治癒師”とは、治癒の魔法に秀でた魔法師の事であり、熟練した治癒師の治癒系魔法はたとえ大怪我した者の傷さえもたちまち治してしまう程のものらしい。

 

「ま、白崎の出番が出てこないように俺も気を付けるさ」

「ありがとう神薙くん。ごめんね、いきなりこんなお願いして」

「別に。俺も明日はハジメをサポートしようかと思っていたからな」

「あ、やっぱりそうだったんだね」

 

 どうやら自分がハジメのサポートをしようとしていたのはというのは香織に予測されていたらしい。

 

「白崎も知ってるはずだが、ハジメのステータスは俺達に比べてかなり低い。だから、ステータスの低いハジメでも戦える方法はないか一緒に模索してるんだよ」

「そういえば、神薙くんってよく南雲くんの訓練に付き合っていたね」

「あいつも誰かに頼りっぱなしなのは嫌なんだろうな。自分から提案してきたんだ」

「そうだったんだ……」

 

 香織は自分が出てきた扉の方を見つめる。数秒見つめた後、雪月の方に向き直る。その表情は決意に満ちた顔だった。

 

「神薙くん、明日はお願いね。私達で南雲くんを守ろう」

「おう、任せとけ」

「それじゃあ、私は部屋に戻るね。おやすみなさい」

「おやすみ……あぁそういえば、部屋に戻ったら八重樫が起きてると思うから謝っとけよ? 白崎が部屋からいなくなったって探してたみたいだからな」

「あ~、雫ちゃん起こしちゃってたか。ありがとう神薙くん、戻ったら謝っておくよ」

 

 そう言って香織は自分の部屋に戻っていく。それを見送った雪月は自分の部屋の前まで行きドアを開ける。

 

「あ、雪月お帰り。本当にドアから戻って来たんだね。てっきり窓から戻って来るかと思ったよ」

「あのなハジメ、俺はドアから戻るって最初に言っt―――!」

 

 突然雪月が険しい顔になって部屋の外に出る。

 

「ど、どうしたの雪月!?」

「……いや、今誰かに見られている感じがしたんだが……………誰もいないみたいだな」

「気のせいだったんじゃない? きっと疲れてるんだよ」

「……そうかもしれないな。とりあえず、もう寝るか」

 

 そう言って雪月は部屋の中に戻り、ドアを閉める。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 月明かりが届いていない暗い廊下の先、その曲がり角で香織がハジメがいる部屋から出た先にいた雪月と話し、自分の部屋に戻っていくその背中を見つめていた者がいた。その者は、次に雪月と、雪月が入っていった部屋を歪んだ表情でで見ていた。そして、それに気付いた者はいなかった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

宿場町『ホルアド』へと到着した勇者一行。そこで雪月は雫に自身の過去について話すことになる。その際に焦りから無茶して修行していた事を叱咤され、今後無茶をしないという約束を交わされ、香織と明日の迷宮探索の時に二人でハジメを守る約束を交わすことになる。そして、それぞれの思いを胸に初の迷宮探索が始まる。

次回「迷宮探索開始、悪夢への序章」

絶望へのカウントダウンが……始まる。

次回はもう少し早く出せればいいなと思っています。

それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第六話:迷宮探索開始、悪夢への序章

皆様、大変遅くなりましたが明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!

更新が遅くなってしまってすいませんでした、シュシュマンです。

前回のあらすじ:オルクス大迷宮に挑む為に宿場町『ホルアド』へと到着した勇者一行。そこで雪月は雫に自身の過去を話したり、無茶して修行していたのを叱咤され、無茶をしないという約束を交わされる。更に、明日の迷宮探索に嫌な予感を感じる香織からハジメの事を気に掛けてほしいと頼まれる。そして、とうとう迷宮へと潜る時が来る。

では、拙い文章ではありますが、ゆっくりしていって下さい 旦~~


 その日の夜、また夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に来てから度々見ていた、あの地獄の様な光景を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りは赤く染まった大地、あちこちに魔物であろう見たことない怪物の死骸と人間の死体、足元に目を向けると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ!? はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 そこから先を見ることなく、目が覚めた。乱れていた呼吸を整えてから隣を見ると、スー、スーと寝息をたてているハジメの姿があった。どうやら起こしてはいないようだ。

 

 窓の方に視線を移すと、まだ太陽が顔を出していなかったが、空が少し明るくなり始めていた。

 

 今日はいよいよ迷宮に潜るというのに、最悪な目覚めだった。

 

(なんでこんな時に限って、あれを夢に見るんだよ………くそっ!)

 

 急に胸騒ぎがしてきた。白崎が言っていた様に、迷宮で何か良くないことが起ころうとしているんじゃないか……

 

 その後、もう少し寝ようかとも考えたが、結局寝れなかった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 自分達が宿場町のホルアドに到着してから一晩が経ち、迷宮へ潜る日がやって来た。

 

 現在、メルド団長達騎士団を含めた全員が『オルクス大迷宮』への入口がある広場に集合していた。

 

 周囲には多すぎないかと思えるくらいの露店が所狭しと並んでおり、それぞれの店主が必死に客寄せをしていた。七大迷宮という有名な場所な上に、ここは人気がある場所だ。商人が稼ぐ場所としては絶好なのだろう。

 

 迷宮の入口へと視線を移す。

 

 入口は意外なことにしっかりと整備されており、受付まで置かれていた。例えるなら、元の世界(地球)の博物館のような感じだ。

 

 受付では、制服なのかピシッとした服を着こなした少し年上に見える女性が、笑顔で迷宮へ出入りしている人達をチェックしていた。

 

 気になって近くにいた騎士団員に聞いてみると、なんでも各人のステータスプレートをチェックして出入りを記録することで、死亡者数を正確に把握するためらしい。戦争を控え、多大な死者を出さないための措置ということだ。

 

 こうなった理由が、いつ戦争が起きてもおかしくないこの状況の中、どこかの阿呆が馬鹿騒ぎしたり犯罪を犯したりして、国内に問題を抱えたくないとのことで、王国が冒険者ギルドと協力して設立したらしい。国もギルドも色々と大変そうだ。

 

「ふぁ~~~…あふぅ」

「雪月、眠そうだね」

 

 列の一番後ろの方で大きなあくびを出していると、隣にいたハジメが話しかけてきた。

 

「あぁ、少しな」

「昨日眠れなかったの?」

「夢を見ちまってな……早く目が覚めちまった」

「夢?」

 

 夢で見たあの光景については、まだ誰にも話していない。話す必要がないと思ったし、なにより……話したくなかった。

 

「それって、どんな夢だったの?」

「ん~? 秘密だ」

「えぇ~、すっごい気になるんだけど…」

「なぁに大した夢じゃねぇよ。ちょっとした過去の黒歴史だ」

「あ、ごめん。嫌なこと思い出させちゃったかな?」

「別に良い」

 

 とりあえず、嘘をついて誤魔化す事にした。今はあの夢の事を思い出す度に大きな不安に駆られるから、出来るだけ考えたくなかった。

 

「……あ! そうだハジメ、お前に渡す物があったんだ」

「僕に?」

「そうそう、えっと………ほいコレ」

 

 話題を変えようと考えて、ハジメに渡す物があったのを思い出す。寝不足のせいなのかすっかり忘れていた。

腰に着けたウェストバッグの中から、ハジメに渡すつもりだったものを渡す。

 

「これって、ナイフ?」

「あぁ、正確にはコンバットナイフだ。そいつは投影で作ったものだが、強度はそれなりに頑丈なはずだぞ」

 

 雪月がハジメに渡したものは、刃渡りが十五センチ近くある鞘付きのコンバットナイフだった。

 

「これを僕に? 雪月、ナイフなんて投影出来たんだね。っていうかこれ、本物?」

「まあ、地球(むこう)にいた頃にちょいとな。ちゃんと本物だぞ」

「そ、そうなんだ。でも、僕が持つよりも雪月が使った方が……」

「既に俺の分も用意してある。そいつは、お前のために用意したもんだ、持っててくれ」

 

 そう言って、持っていたもう一本を取り出してハジメに見せる。

 

(ハジメの事だから、きっと俺が使った方が良いって言うだろうと思って、もう一本用意しておいて良かったわ)

 

 ハジメにこれを渡そうと思ったきっかけは、今回見たあの夢だ。大きな不安を抱えた俺は、自分に何が出来るのかと考えた。

 

 その結果、何か身を守れるものを渡そうという結論に至った。最初は盾などの防具でもどうかと思ったが、上手く投影が出来なかった……なんでや!

 

 色々考えた結果、自分がある程度の知識やイメージを持っていて、筋力の乏しいハジメでも扱えそうなナイフを渡そうという結論に至った。

 

(これで少しでもハジメの助けになればいいんだがな……)

 

 ハジメは申し訳なさそうな顔をしながらも、それを受け取る。

 

「分かった。それじゃあ、貰っておくね。ありがとう雪月」

「あぁ。迷宮に入ったら、少し練習してみようぜ。俺も使うのは初めてだから慣れておきたいしな」

「自信ないなぁ」

「危なかったら俺がフォローするって」

「二人とも、早くしないと置いていかれるぞ?」

「「へ?」」

 

 後ろにいた騎士団員の言葉を聞いて、雪月とハジメは正面を向く。

 

 目の前に並んでいたはずのクラスメイト達は一人もおらず、入口前に残っているのは自分達だけだった。

 

 雪月とハジメは一瞬ポカンとした後、慌てて受付にステータスプレートを見せ、皆の後を追ったのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 先に入っていたクラスメイト達はそこまで進んでおらず、すぐに追いつくことが出来た。後ろにいた団員の人に軽く注意された後、雪月とハジメは皆の後に続いて迷宮を進んでいく。

 

 迷宮の中は、外とは打って変わって静かなものだった。壁を見ると、松明などの明かりを持っていないのに、ぼんやりと光っていて不思議だった。

 

 メルド団長の説明によれば、この光は緑光石という特殊な鉱物によるもので、『オルクス大迷宮』はこの緑光石の鉱脈を掘って造られたものらしい。

 

「外とは全然違うんだね」

「あぁ、不気味なほど静かだ」

 

 隊列は、メルド団長が一番先頭、騎士団員がそれぞれ先頭と列の一番後ろに半分ずつ分かれ、その間に雪月達がいるという感じだ。雪月とハジメはクラスメイト達の中で一番後ろを歩いている。

 

 ハジメが雪月の方を見ると、何故か辺りをきょろきょろと見回していた。

 

「どうしたの、雪月?」

「ん、魔物はいつ現れるのかな〜って」

「もしかして雪月、魔物と早く戦ってみたいの?」

「いや……もう迷宮の中に入ったんだから、いつ出てきてもいいように警戒するのは当たり前だろ?」

「あぁ、そっか。なるほど確かに」

 

 ハジメが頷いていると、後ろにいた団員が説明してくれた。

 

「魔物が現れるのはもう少し先に行ってからだ。ここでは警戒しなくても大丈夫」

「あ、そうだったんですか……」

 

 どうやら、ここではまだ魔物は出てこないらしい。ここはただの通路だそうだ。

 

 そうしてしばらく歩いて行くと、ドーム状の広場に出た。天井の高さは七、八メートルといったところだろうか。

 

「随分と広い所に出たね」

「いかにも何か出てきそうな場所だなこりゃ」

 

 その時、メルド団長の声が聞こえてくる。

 

「お前達! ここから魔物が出てくる、気を引きしめろよ!」

 

 その声でクラスメイト達に緊張が走る。雪月は辺りを見回していたが、ある一点をじっと見つめていた次の瞬間、カッと目を見開いて叫ぶ。

 

「メルドさん! 壁の隙間から何か来ます!」

『!!』

 

 雪月の言葉に全員の視線が壁の方に集まる。その直後、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

 しかも、ただの毛玉ではなかった。その正体が二足歩行で上半身が八つ割れた腹筋と、膨れ上がった胸筋の部分だけ毛がなく、ムッキムキな姿をしたネズミなのだ。いや、人間っぽいネズミだからネズミ人間といったほうがいいだろうか?

 

 そいつ等が「キィーーー!」と叫びながらこちらに走ってくる。

 

「な、なんじゃあれ」

「魔物…なんだよね? なんていうか、かなり…」

「あぁ、か…かなり……」

「「気持ち悪い!」」

 

 ハジメと雪月が叫ぶ。他のみんなもそう思っているのだろう。見える限り、全員の顔が引き攣っていた。だが、いつまでもそうしてはいられない。

 

「よし、まずは光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で相手をしてもらうからな、準備はしておけよ! あれはラットマンという魔物で、すばしっこいが大した敵じゃない。訓練を思い出して冷静に行け!」

 

 メルドさんが言い終わったと同時に、ラットマンと呼ばれた魔物達が、そこそこの速度で突っ込んできた。

 

(さて、最初はあいつ等(天之河達)がやるみたいだし…どう戦うのか、ゆっくり見せて貰うとしますかねぇ……正直に言うと眠たいから少し寝たい。)

 

「それと…雪月! こっちに来い!」

「ゑゑ!?」

「!? ど、どうしたの雪月。変な声出して」

 

 まさか自分が呼ばれるとは思わず、変な声をあげてしまった。

 

「うっそだろぉ……あぁ~仕方ねぇ、ちょっくら行ってくるわ」

「う…うん、気を付けてね」

 

 クラスメイト達の間を通って、メルド団長の横に立つ。

 

「来たな。雪月はもしもの時のために、後衛の奴等を守る準備をしておいてくれ」

「……あれを見る限りだと、俺は必要ないと思うんですが?」

 

 現在ラットマンと対峙しているのは、前衛の天之河、坂上、八重樫の三人だ。そこから少し離れた後方では、白崎にメガネっ娘の中村恵理、そしてクラスの中では低身長No.1の谷口鈴の仲良し女子二人組を加えた計三人が魔法の詠唱を始めている。前衛が敵の足を止め、後衛の魔法で一気に倒すという戦法だろう。

 

 俺は前衛の三人が仮にも、敵の突破を許した時の保険として呼ばれたわけだ。だが、それも前の三人の戦闘を見てると必要ないだろと思えてくる。

 

 天之河は王国から渡された、光属性&敵の弱体化&自身を強化なんていう実に勇者らしい能力が付与されたアーティファクト‟聖剣”を使って敵を確実に屠っている。しかし、名前が‟聖剣”で終わってしまっているのは何か物足りなさを感じる。

 

 坂上は元の世界で空手部に所属していたという事もあり、天職が‟拳士”という素手で戦う前衛職なので籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトだ。聞けばこのアーティファクト、決して壊れない(・・・・・・・・)そうだ………なんと妬ま…ゴホン、羨ましいんだ。どっしりと構えたその姿は、盾を構えた重戦士を彷彿とさせる。

 

 八重樫は予想通り、‟剣士”の天職持ちだ。刀に似た剣を抜刀術の要領で振るい、敵を見事に一刀両断している。その動きは洗練されたもので、初めて見た騎士団の人達は感嘆していたものだ。中には見惚れていた者もいたくらいだ。

 

 この三人が強すぎるせいなのか、さっきから魔物があの三人を突破できる気配が全く無い。なのであまりにも暇だ。暇すぎてまた眠くなってきた。

 

(ね、眠い。早く終わってくれぇ)

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地に帰れ、‟螺炎”」」」

「おん?」

 

 雪月がそんな事を思っていると、その場に詠唱が響き渡る。視線を向けると、魔法が発動されるところだった。

 

 螺旋状に渦巻く炎が、ラットマン達を吸い上げるように巻き込んで燃やし尽くしていく。「キッーーー」というう断末魔の悲鳴を上げながら、パラパラと物言わぬ灰となって絶命していく。

 

「う、うわぁ……!」

 

 広場にいたラットマンは今の魔法で全滅した。どうやら自分達の戦力ではこの階層の敵はあまりにも弱すぎたのだ。目の前の惨状を見て、眠気は完全に吹き飛んでいた。顔もかなり引き攣っているのだろう。

 

「あの…メルドさん? あれ…完全にやり過ぎなのでは?」

「あぁ~、そう…だな。とりあえず、よくやったぞ! 次は参加しなかったお前達にも戦ってもらうからな、気を緩めないでいくぞ!」

 

 雪月の言葉に頷きつつ、他の奴らに気を抜かないように注意をするメルド団長。けどやはり、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められないようだ。頬が緩んでいく生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦める。

 

「それとお前達……さっき雪月も言っていたが、今のは完全にやり過ぎだぞ? 今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておくようにな。今のだと魔石も木っ端微塵だろうからな」

 

 メルド団長の言葉に、魔法を行使した三人組は頬を赤らめる。 

 

「しかし、よくラットマンが壁の隙間から出てくるのが分かったな」

 

 メルド団長が感心したような表情で雪月を見ていた。

 

「まぁ、この場所は何かが出てきそうだとは思いましたからね。遠くを見ることが出来る‟千里眼”を使って、周囲を警戒してたんですよ」

「成程。しかし随分と手馴れているな」

「まぁ元の世界で色々……ありましてね。自然と身に着いたんですよ、ハハハハハ……」

 

 メルド団長は雪月の過去にどんなことがあったのか気になったが、色々と言ったあたりから雪月が死んだ魚のような目をしだしたのを見て、思い出したくないことなのだろうと、聞かないでおくことにした。

 

 その後、雪月はハジメの所に戻り、メルド団長の号令で迷宮の先へと進んでいく。

 

 

 ☆★☆

 

 

 そこからは特大きな問題も起こらず、交代しながら戦闘を行い、階層を順調に下っていった。当然、雪月も何度か魔物と戦った。

 

 訓練とかの時となにも変わらない。武器を投影して、それを振るっていくだけだ。

 

「フンッ!」

 

 目の前にいる魔物を投影した剣で両断する。

 

「ふぅ……メルドさん、この辺りの魔物はこれで最後のようですよ」

 

 周囲を見回した雪月がメルド団長に告げる。

 

「よし、次の階層にいくぞ!」

『はい!』

 

 そして、自分達は一流の冒険者か否かが決まると言われてるらしい二十階層に辿り着く。そう呼言われている理由は、自身の力を過信してここより先の階層に行こうとすれば、必ず痛い目にあうという事なのだろう。

 

 現在、この迷宮の最高到達階層は六十五層らしいのだが、それはもう百年以上前の冒険者がなした偉業らしく、今では四十を越えれば超一流、今雪月達がいる二十を越えれば充分に一流扱いされるそうだ。

 

「まぁ俺達は強さがチート級らしいからな。ここまで力押しで来たって感じだろう」

「だね、僕らは実戦での戦闘経験が全然足りてないだろうから」

 

 実際ハジメの言う通りだ。自分達は実戦の経験が全く足りていない。けど、元々の強さが異常だったことから、戦闘(・・)ではそこまで苦労せずにここまで降りることが出来た。

 

 だが、ここまで潜るのに苦労しなかった理由はそれだけではない。

 

「全員よく聞け! ここから先はトラップの数も多くなってくる。先走らないようにな!」

 

 メルド団長の声が響き、それを聞いた全員が気を引き締める。

 

 そう、迷宮で最も危険なのはトラップだと言われている。中には、下手をすれば即命を落とすものまでいくつか確認されているそうだ。

 

 だが、騎士団もその点については対策を立てている。

 

 『フェアスコープ』と呼ばれる魔道具で、常に周囲にトラップが無いか警戒して、誘導してくれている。

 

 自分達がここまで難なく降りてこれたのも、ほとんどがメルドさんと騎士団の人達のお陰と言っても過言ではない。

 

「お前達! 今までの相手が楽勝だったからって、絶対に油断するんじゃないぞ! 今日の訓練はこの二十階層で終了だ! 気合い入れろ!」

 

 メルド団長の掛け声がまた響く。雪月達はそれに答えながら、魔物との戦闘に戻っていく。

 

「おしっ、来たぞハジメ!」

「う、うん!」

 

 雪月とハジメの元に犬のような姿の魔物が走ってくる。犬といっても、歯を剥き出しにして涎をダラダラと流している全く可愛げのないやつだが……

 

 それが二体、お互い少し離れて迫って来た。雪月はそれぞれを一瞥すると…

 

「そうだな……ハジメ、俺が左のやつを相手するから、右のやつは任せるぞ!」

「えっ! 僕一人で相手するの!?」

「お前なら大丈夫だよ!」

 

 そう言って雪月は左の魔物の方へ向かっていく。

 

「ガァアアア!」

 

 雪月に向かってくる魔物が口を開いて飛びかかってくる。しかし……

 

「遅い」

 

 雪月はそう呟きながら横に躱し、すれ違いざまに相手の首に鞘から取り出したナイフを突き刺す。

 

「ギャン!?」

()ね」

 

 首からナイフを抜き、反対の手に持っていた剣を振り降ろして首を斬り落とす。それと同時に、剣の方から「バキンッ!」と音が響く。

 

「っ!?」

 

 剣の方を見ると、剣身が中間あたりからポッキリと折れていた。

 

「……贋作だから脆いのは分かっちゃいるが、こうも簡単に折れちまうってことは…俺もまだまだ……か。ごめんな」

 

 そう呟いて、雪月は粒子となって消えていく剣を見送り、新しく剣を投影する。

 

「さて、と…ハジメの方はどうなってるか。大丈夫だとは思うが……万が一もあるか?」

 

 そう言って、ハジメの方へ向かう。

 

 

 ☆★☆

 

 

 雪月が魔物に向かって走って行った直後……

 

「お前なら大丈夫だって言われたって…」

 

 ハジメはこの階層に来るまで、他のメンバーに比べてそれほど多くは戦っていない。しかも、彼が参加した戦いのほとんどが、雪月と二人掛かりで相手をしたり、騎士団員がある程度弱らせた魔物にハジメが止めを刺すと言った感じである。一人で弱っていない魔物と戦うのは、これが初めてなのだ。

 

「あぁもう! こうなったらやるしかない!」

 

 そう言って自分を鼓舞しつつ、ハジメは震える手を地面に置き、自分の唯一の技能である錬成を発動させる。

 

 その直後、魔物の少し手前の地面ががいきなり陥没し、落とし穴が出来上がった。

 

「ガァッ!?」

 

 魔物の方は、いきなりの事で対応出来ず、穴に落ちてしまう。落ちたのを確認したハジメは慎重に近付き、もう一度錬成を行い、相手に反撃されないように周りの地形を変形させて相手を一切動けなくする。

 

「グッ…ググ…グギ……」

「ふぅ……かなり不安だったけど、上手くいって良かった」

 

 相手が動けないのを確認したハジメは、雪月からもらったナイフを鞘から取り出して魔物の首に刺し、駄目押しに持っていた剣を腹部に突き出して、串刺しにした。

 

「ガッ…ギ……」

 

 数秒震えた後、魔物は完全に動かなくなった。

 

「か、勝てたん……だよね?」

 

 魔物が動かなくなったことに安堵したハジメは、その場に座り込んだ。まだ自分が一人で倒せたことが信じられないのか、その場から動こうとしなかった。

 

「……………」

「おっ! もう終わってたみたいだな」

 

 ぼーっとしていると、声が聞こえてくる。そっちの方に顔を向けると、雪月がそこに立っていた。

 

「あ……雪月」

「ほらな。俺が言った通り、大丈夫だったろ。ほれ、立てるか?」

「う、うん」

 

 雪月は手を差し出して、ハジメを立たせる。

 

「どうだった? 戦ってみて」

「どうだった? じゃないよ! いきなり任せるって言われて怖かったんだからね!」

「ご、ごめんて。でも、お前の錬成の精度も上がってるみたいだったし、今のお前ならあれくらいの魔物の一匹くらい大丈夫かな~って思ったんだよ。実際勝てただろ?」

「そりゃそうだけどさぁ!」

 

 雪月の言っている事は間違っていない。実際、迷宮での実戦や今まで雪月とやってきた特訓で何度も錬成を行ってきたおかげで、ハジメの魔力と精度は徐々にではあるが、上がってきていた。レベルも徐々に上がっているから、やはり実践は良い訓練になっているのだろう。

 

(それに、ハジメ一人でも魔物と戦えるんだって所を見せる事も出来たしな)

 

 そう思いながら、雪月は視線を魔力回復薬を飲んでいるハジメから別の所へ移す。その先には、ハジメが一人で魔物を倒したことにかなり驚いている騎士団員達の姿があった。

 

 あれだけ驚くってことは、ハジメがまともに魔物と戦えるとは思っていなかったのだろう。後で聞いた話なのだが、この世界では「錬成師=鍛治職」というのが常識らしく、錬成を実戦で用いる人は今までいなかったそうだ。

 

 だが、錬成も使い方を少し変えれば、戦闘に用いることが出来るという事が今回の戦闘で証明された。ハジメの努力の賜物である。

 

 メルド団長から小休止すると言い渡され、ハジメと雪月は近くにあった岩場に腰を下ろす。雪月が各自で休んでいるクラスメイト達をを見ていると、香織がこちらを…否、ハジメを見て微笑んでいた。

 

 ハジメもそれに気付いたが、何故か慌てて目を逸らす。香織が口を尖らせていたが、隣にいた雫がからかっているのだろうか…香織が顔を真っ赤にして反論していた。うっすらと聞こえたが、ラブコメがどうとか……?

 

「ハジメ、なんで目を逸らしたんだ? 白崎の奴拗ねてるぞ?」

「えっと…なんか白崎さんに見守られているみたいで、なんだか気恥ずかしくなっちゃって」

「それだけお前が心配なんだろうさ。これ以上心配かけたくなかったら、もっと強くなるべきだ」

「わ、分かってるよ!」

 

 ハジメがそう言いながら横目で香織達を見ていたが、急に背筋をピシッと伸ばす。

 

「ん、どうした?」

「いや……………実は、今日の朝から変な視線を感じてて……」

「視線?」

「なんかこう、負の感情がどっぷりと乗ったって言えばいいのかな? そんな感じの視線」

 

 ハジメが周りをキョロキョロと見回す。

 

「…その視線は今も?」

「いや、探そうとするとすぐに霧散しちゃうんだ。宿を出たあたりからずっとその繰り返しで……もう嫌になるよ」

「……ふむ」

 

 雪月は顎に手を当てて少し考え込む。その表情は先程とは打って変わって真剣なものだ。

 

「僕、なんかしちゃったのかな?」

「それはないと思うんだが…一体誰が?」

「はぁ~、なんだか嫌な予感がしてきたよ」

「嫌な予感…か……」

 

 ハジメは深々と溜息を吐く。雪月は少し険しい表情になる。

 

(今朝から感じている胸騒ぎも全然治まらねぇ。この先にまだ何かあるってのか?)

 

 その時、メルド団長の休憩終了の号令がかかる。雪月は一旦考えるのをやめ、ハジメと共に迷宮の探索を再開する。ハジメや自分が感じている嫌な予感が杞憂であることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし……その予感はその後すぐに、最悪の形で当たるとは……この時の二人はまだ知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ここからが悪夢の始まりだという事にも………




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 いよいよ勇者一行の迷宮探索が始まる。序盤は自分達がチート級の強さを持っているおかげか苦もなく進むことが出来た。ハジメと雪月も自分達に出来る事を駆使し、着々と実力をつけていく。
だが、そんな二人が向かう先に待つ悪夢に、二人はまだ気づいていない


 亀更新ではありますが、これからも頑張っていきたいと思います。

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第七話:巨獣現る

とある場所にて……

???「どうも皆様、作者のシュシュマンです」

???「南雲ハジメです」

???「神薙雪月だ」

シュシュマン「では早速、前回のあらすじから―――」

雪月「待て待て待て!」

シュシュマン「ん、どしたの?」

雪月「どしたの? じゃねぇよ! 普通に自己紹介しちまったけど、ここ何処だよ!?」

シュシュマン「ここ? そうだな…名前はまだ無かったけど、名付けるなら……『あらすじ部屋』、かな」

ハジメ「な、なんで僕達はその……あらすじ部屋に?」

シュシュマン「いや~新しい試みとしてね? この部屋に毎回誰かを呼んで前回のあらすじを言って貰おうかな~と」

雪月「……それで今回は俺達ってことか?」

シュシュマン「そう! ってことでお願いしてもいい?」

雪月「チッ、どうせ俺達に拒否権はないんだろ? ならやるしかねぇじゃねぇか」

ハジメ「アハハ…それじゃあ僕から………宿場町ホルアドで休んだ僕達は、いよいよオルクス大迷宮での実戦訓練が始まった」

雪月「元々の強さがチート級だったことや、メルドさん達騎士団のお陰で、俺達は苦もなく二十階層まで降りてくることが出来た。俺やハジメ、他の奴等も少しずつではあるが、着々と実力をつけてこれているな」

ハジメ「この先にはどんなものが僕達を待ち構えているのか?」

雪月「そして、ハジメに負の視線を向けてきている者の正体は?」

ハジメ&雪月「「第七話、はじまるよ(ぜ)!」」

シュシュマン「二人ともありがとね! また呼ぶかもしれないから、その時はよろしく!」

雪月「また呼ばれる可能性あんのかよ!?」

更新が遅くなってしまい、本っっ当に申し訳ありません。


 小休憩も終わり、一行は二十階層の探索を再開する。

 

「今更だけどよ?」

「うん?」

 

 後列の方で、迷宮の天井を見上げていた雪月が呟く。

 

「今の所迷わずに進んでいるけど、迷宮の各階層って一体どれくらいの広さがあるんだ? 何回か千里眼を使ってるんだが、全く分からん」

 

 この二十階層に来るまで、雪月は自身が持っている技能‟千里眼”を使って試しに各階層がどれくらいの広さがあるのか確かめようとしたが、何回やっても階層全体を見る事は出来なかった。

 

「えっと確かね……迷宮の各階層は数キロ四方に及ぶって聞いたよ」

「ファッ!? す、数キロ四方って……そりゃ見えない訳だ。俺は一キロ先見えれば上出来ってレベルだからな………はぁ、千里眼なんて大層な名前がついているのに、情けねぇなぁ…俺」

 

 ハジメの言葉に雪月はがっくりと肩を落とす。雪月の‟千里眼”では一キロ先を見るので精いっぱいなのだ。数キロ先を見るなんて、到底無理な話だった。

 

「くっそ~。そんなに広いとは思わなかったぜ」

「マッピングされていない階層では全部探索するのに数十人規模で短くて半月、長くて一ヶ月かかるらしいよ」

「まぁそれだけの広さがあるなら、それぐらいの時間が必要になるだろうな。魔物だっている訳だし」

 

 数キロ四方にも及ぶ広大な範囲、更に魔物が襲ってくる状況で、すべてマッピングするにはそれぐらいの時間が掛かってもおかしくはないだろう。

 

「で、このオルクス大迷宮は四十七階層まで確実にマッピングされているんだって」

「なるほどな~道理でって、ん? 四十七?」

 

 雪月はここまで迷わずに来れた理由に納得したのと同時に、ある疑問が湧いていた。

 

(確かこの迷宮は最高到達層が六十五階層だった筈。てっきりそこまでか、もしくはそれに近い階層までマッピングされていると思ってたんだが……百年以上も前だからマッピングする余裕もなかったのか?)

 

 疑問には思ったが、これは今は考える必要はないなと、雪月はその事について考えるのをやめて迷宮の奥へと進んでいく。

 

 二十階層の最奥は、部屋の壁や天井がまるで鍾乳洞の様にツララ状になったり溶け出したりしていた。

 

「ほぉ~」

 

 雪月はその光景に目を奪われていた。鍾乳洞に関してはテレビ等で見た事はあったが、実際に見るのはこれが初めてだった。

 

「ここが迷宮じゃなかったら、ゆっくり見て回りたいところだな」

「雪月はこういうのが好きなの?」

「あぁ、こういった自然が長い時間をかけて創りだした造形は結構好きだな。見ていて飽きないんだよ」

 

 雪月はほんの一瞬、周りの光景に目を輝かせていたが、自分達が今どこにいるのかを思い出し集中する。

 

 ここは七大迷宮のひとつ『オルクス大迷宮』。何が起こるか分からないのだ。油断は出来ない。

 

 今回の実戦訓練は二十階層の奥にある下へと続く階段に辿り着く事である。そして辿り着いた後は転移で一気に地上へ! なんてことは出来ず、徒歩で歩いてきた道を戻る事になる。まさに地上に戻るまでが実戦訓練という事だ。

 

 複雑な地形のせいで横列ではなく縦列で進んでいく中、あともう少しで目標の場所に辿り着けるからなのか、周りを見ると気が緩んでいる様に見えるクラスメイト達が何人かいた。

 

(俺達がいるのは迷宮の中だってのに、少し危機感が足りてないんじゃねぇか?)

 

 雪月が呆れて吐息を漏らした直後、先頭を歩いていたメルド団長と光輝達が立ち止まる。クラスメイト達が訝しんでいる中、雪月はその理由に瞬時に気付き、「ハジメ、警戒しろ」と一言告げ、弓矢を投影する。どうやら魔物が近くに潜んでいる様だ。

 

「敵は擬態しているぞ! よく周りを見るんだ!」

 

 メルド団長の忠告が飛び、他の面々も警戒態勢に入る。

 

 雪月が周りを注視していると、壁のある部分に違和感を感じた。

 

「……そこっ!」

 

 弓に矢を番えて矢を放つ。放たれた矢は矢尻の部分が壁に突き刺さる。

 

 周りの視線が壁に集まった次の瞬間、壁の一部が変色しながら起き上がって来た! カメレオンのような魔物なのだろうか…壁と一緒だった色はあっという間に褐色へと変わっていた。その魔物は二本足で立ち、胸を叩いてドラミングをしだした。どうやらカメレオンの様な擬態能力を身に付けているゴリラの様な岩の魔物だ。

 

「よく見つけたな雪月! 奴はロックマウントという魔物だ! 奴らは剛腕だからに腕に注意しろ!」

 

 メルド団長の声が鍾乳洞内に響いた直後、今度は別の場所の壁の一部が変色し始めた!

 

「なっ!? まだ潜んでいたのか!」

「慌てるな! 戦い方は今までと同じだ。前衛と後衛に分かれて敵を足止めしつつ強烈な一撃を入れてやれ!」

 

 敵が複数潜んでいた事に驚いて慌てる者がいたが、メルド団長の号令で全員が気を引き締める。

 

 最初に現れたロックマウントは光輝達が相手をしていた。龍太郎が敵の攻撃を防ぎ、残りの二人(光輝と雫)が足止めしつつ、香織達後衛組が魔法で仕留めるつもりなのだろう。

 

 ロックマウントはこのままでは不利だと判断したのか、いきなり後ろに下がって大きく息を吸い出した。

 

「ゴォアアアアアァァァアアアアアーーー!」

 

 光輝達がその行動を訝しんだ直後、部屋全体を揺るがすような咆哮がロックマウントから発せられた。敵の固有魔法‟威圧の咆哮”である。魔力がこもった咆哮により、前衛の光輝達がまんまとやられて一瞬硬直してしまった。

 

 その隙にロックマウントはサイドステップして、近くにあった岩を持ち上げたかと思ったら、それはもう見事な砲丸投げフォームで! 香織達後衛組向かって投げ飛ばして来た。

 

 香織達は魔法で迎撃しようとするが、次の瞬間、飛んでくる岩が動き始めた。なんと投げられた岩もロックマウントだったのだ! 両手をいっぱいに広げ、妙に目が血走っていたり鼻息が荒いその姿は、某怪盗アニメに出てくるダイブそのものだ。

 

 香織達女子にとっては恐怖でしかないのだろう。思わず詠唱を止めて「ヒィッ!」と悲鳴を上げていた。

 

(ったく、世話が焼けるなホントに!)

 

 その光景を離れた所から見てた雪月は自身の戦闘の合間を縫って、香織達に飛び込もうとしているロックマウントに向かって矢を放つ。

 

 放たれた矢は綺麗な弧を描いて飛んでいき、ロックマウントの目に見事命中した!

 

「グァッ!?」

 

 いきなり飛んできた矢と目の激痛でロックマウントの体がぐらつく。

 

「やるな雪月、たいした命中精度だ!」

 

 その隙にメルド団長が飛んできたロックマウントを斬り捨てる。

 

「実戦は一瞬の判断が命取りだ。気持ち悪いとかで詠唱を止めたりしたら危検だぞ!」

 

 メルド団長に注意された香織達は青褪めながらも「は、はい! すいません!」と謝る。余程気持ち悪かったのだろう。まだ震えている。

 

 雪月はメルド団長がロックマウントを倒したのを確認した後、他のクラスメイト達の戦闘の状況も確認していた。

 

(よし、白崎達の方は何とかなったな。他の奴等もあと少しで終わりそうだし、俺も自分の方に集中して……)

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

「あ?」

 

 何処からか怒気を含んだ声が聞こえたかと思って視線を向けると、正義感と思い込みの塊であり、我等が勇者の天之河光輝がキレていた。それに呼応しているのか、その手に持っている聖剣の輝きが増してきている。そして彼の視線は先程の見事な砲丸投げを披露してくれたロックマウントの方に向いていた。

 

(あの馬鹿まさか⁉︎ 何考えてやがる!)

 

 光輝が次に何をしようとしているのか悟った雪月は慌てて弓に番えた矢を光輝に向かって放つ。当たらないギリギリの範囲で。

 

「オイ待て光輝、お前何を!」

「万翔羽ばたき、天へと至れ! ‟天翔sうぉっ!?」

 

 メルド団長の声を無視して、キレた勇者は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろ……す前に突如横から飛んできた矢に驚いて中途半端に振り下ろしが止まってしまう。

 

 今彼が使おうとしていたのは‟天翔閃”。聖剣が纏っていた光自体が巨大な曲線を描く斬撃となって放たれる技である。しかし、今回は振り下ろしが中途半端だったことや、飛んできた矢のせいで斬撃は小さく、そしてあらぬ方向へと飛んでいった。

 

「くっ、誰だ矢を飛ばしてきたのは! 危ないだろう!」

「うるせぇどいてろ馬鹿!」

 

 光輝は矢が飛んできた方に視線を向けるが、その直後、光輝の横を一つの影が通り過ぎる。

 

「なっ、神薙!?」

 

 影の正体は雪月だった。弓矢を消し、新しく剣を投影した雪月は、勇者と同等かそれ以上のスピードでロックマウントへと迫る。ロックマウントは自分に迫って来る雪月を潰そうとその剛腕を振り下ろす。

 

 しかし、雪月はバックステップでそれを躱し、再び走り出す。後ろの方で誰かが何か騒いでいるようだが、構わず雪月は走り続ける。

 

 ロックマウントはすぐそこまで迫る(雪月)を再び潰そうとするが、その前に雪月が腰に着けていたコンバットナイフを奴の目に向かって投げる!

 

 咄嗟の事で防御が間に合わなかったロックマウントは次の瞬間、目に激痛が走り、一瞬怯む。

 

「ナイフは一か八かだったが、上手くいったな。お前の存在はこの綺麗な場所には相応しくない、とっとと去ね」

 

 ロックマウントの頭上に向かって跳躍した雪月は剣を大上段に構えそれを一気に振り下ろす。

 

「斬っ!」

「グゴォオオオァァァアアアアアーーー!!」

 

 断末魔のような叫びが響き渡り、雪月が地面に着地した数秒後、ロックマウントはその岩の体を縦に両断されて絶命した。

 

 それと同時に、雪月の持っていた剣の刀身が折れ、粒子に変わっていく。

 

 自身が投影した剣を見送った雪月は「ふぅ」と息を吐くと、足元に落ちていたナイフを拾って皆の元へと戻っていく。無事それぞれの戦闘を終えたクラスメイトの面々が雪月の戦いを見て呆然としている中、先程までキレていた勇者(光輝)が雪月に詰め寄る。

 

「神薙、一体どういうつもりだ! なんで俺に向かって矢をがふっ!?」

 

 雪月に先程の行動の意図を聞こうとする前に、頬に衝撃が走る。雪月が光輝を思いっきり殴ったからだ。尻餅をついた光輝は自分がどうして殴られたのか分かってないのか、殴られた頬を手で押さえながら雪月を睨む。

 

「なんでかって? お前が馬鹿な事をしようとするのを止める為だよ」

「ば、馬鹿なことだって!? 俺はただ、香織達を怖がらせた魔物を倒そうと…!」

「その時に使おうとした技が問題なんだよ!」

 

 雪月の声が洞窟内に響く。怒気を含んだその声に光輝だけでなく他の面々も押し黙る。

 

「はぁ…さて勇者、質問だ。お前はさっきそれなりの大技を使おうとしたな?」

「……あぁ、‟天翔閃”っていう技だ。俺が使える技の中では威力がそれなりに大きい技だ」

「だろうな。じゃあ次の質問。俺達がいるここはどんな場所だ?」

「どんなって……」

 

 光輝が辺りを見渡す。それに釣られて他のクラスメイト達も見渡し始める。

 

「鍾乳洞のような場所か、もしくは洞窟のような場所としか思えないが?」

「そうだ……最後の質問だ。こんな場所でその威力の大きい技を使ったら、最悪どうなると思う?」

 

 雪月の質問に光輝が答えようとする前に、雫が「あっ」と声を漏らす。静寂に包まれた空間の中でその声はよく響き、周りの視線が雫に集まる。

 

「最悪……この場所が崩落する可能性があった?」

 

 彼女が行き着いた答えを聞いたクラスメイト達が、一斉に雪月の方に向き直る。

 

「……あぁ、その通りだ」

 

 雫の出した答えに表情一つ変えずに正解だと告げる雪月。クラスメイト達がざわめく中、光輝はそれを聞いて目を見開いていた。雪月はそんな光輝を睨み付けながら…

 

「そういう事だ。お前があのまま技を放ってたら、下手をすれば俺達全員がこの場に生き埋めになってたかもな」

 

 雪月が底冷えのするような声で告げた最悪の事態にクラスメイト全員が青褪めていく。

 

「お前は、一時の怒りに身を任せて、ここにいる全員を危険に晒しかけた」

「お、俺は………」

「知らぬ存ぜぬなんて通らせねぇぞ? 頭の良いお前なら周りを見て少し考えりゃすぐ分かるだろうが」

「うっ」

 

 光輝の言葉が詰まる。実際雪月が止めなかったら、皆を崩落に巻き込んでいたかもしれなかったのだ、他でもない……自分の手で。

 

「お前は、誰よりももっと冷静でいるべきだろうが……」

 

 そう言って、雪月は光輝の横を通り過ぎる。入れ替わるようにメルド団長が光輝の横に立つ。

 

「光輝、お前の気持ちも分からんでもない」

「メルドさん…」

「けどな、雪月の言ってる事は間違ってない。お前のあの技はこんな狭い所で使うモンじゃない。ま、俺の言いてぇことはあいつがほとんど言っちまったから、俺はこれ以上は何も言わん」

「はい……すみませんでした」

 

 光輝は俯いたまま立ち上がろうとしなかった。香織達が慰めようと傍に寄っていくが、その時、香織の視界の端に何かがキランと光るのが見えた。

 

「なんだろうあれ……なんか……キラキラしてる?」

 

 その言葉に、その場にいた全員が彼女の指差した方に視線を向ける。

 

 視線の先には、壁の一部が崩れて、中から青白く発光する鉱物が壁から生えていた。どうやら先程光輝が放ったミニ天翔閃が壁の一部を削った際にあの鉱物が顔を出したようだ。

 

「ほぉ、ありゃグランツ鉱石か。大きさも中々のモンだ。珍しい事もあるもんだ」

「メルドさん、そのグランツ鉱石ってのは?」

 

 聞いた事のない鉱石の名前を聞いて、気になった雪月がメルド団長に問う。

 

「あぁ、あれは宝石の原石のようなものだ。何か特別な効果があるって訳じゃあない」

「宝石…ですか」

 

 メルド団長の話によると、グランツ鉱石はその涼やかで煌びやかな輝きが貴族の間ではかなりの人気を誇っているのだとか。加工して指輪やイヤリング、ペンダントなどにして求婚の際のプレゼントなんかに選ばれる宝石トップ3に入る代物らしい。

 

「はぁ~……綺麗だわ」

「だね~」

「私もああいうのプレゼントされてみた~い」

 

 メルド団長の話を聞いていたほとんどの女子が、頬を染めてうっとりしていた。雪月も内心確かにと納得していた。それほどまでにそのグランツ鉱石の輝きは原石の時点で見事なものだった。

 

「素敵……」

 

 香織も周りの女子達と同じくうっとりしていた。そして、周りに気付かれないようにチラリと視線だけをハジメの方に向けていた。だがしかし、香織の想いを知っている雫と雪月にはバレバレであった。そして、その香織の視線に気づいていた人物がもう一人いるのだが……

 

「どう思う八重樫? 白崎のあの表情」

「まぁ十中八九、南雲君にプレゼントして貰いたいって顔してるわね」

「だよなぁ~。ハジメも罪な奴だよな」

「ほんとにそう思うわ…」

 

 

 雪月が雫と香織の様子についてヒソヒソと話していると……

 

「だったらよぉ、俺等で回収して持って帰ろうぜ!」

 

 そんな事を言って唐突に動き出した奴がいた。檜山だ。グランツ鉱石に向かって走り出し、壁をどんどんよじ登っていく。

 

「おいコラ! 勝手な行動をするんじゃない! 安全確認だってしてないんだぞ!」

 

 メルド団長が止めようとして走りながら注意するが、聞こえないふりをしているのだろうか檜山は無視していた。

 

「ねぇ雪月」

「ん? どした?」

 

 ハジメが雪月の後ろの方に来て声を掛ける。

 

「さっきメルドさん、あのグランツ鉱石は珍しいって言ってたよね?」

「あぁ、言ってたな。大きさも中々のモンだって」

「それで思ったんだけど……ああいうのって大抵トラップがあるんじゃないかなって」

『っ!!』

 

 ハジメの言葉を聞いた雪月と近くにいた雫の目が見開く。それと同時に、檜山が鉱石のすぐ近くまで来てしまった。

 

(くそっ! なんでその可能性にすぐ気付けなかったんだ!)

 

 雪月がその考えに行き着けなかった自分自身を責めていると、フェアスコープで鉱石の周りを確認していた騎士団員の一人が顔を一気に青褪めながら叫ぶ。

 

「団長! トラップです!」

『っ!?』

 

 団員の叫びにその場にいた全員が表情が固まる。

 

 だが、一歩遅かった。

 

 檜山の手がグランツ鉱石に触れる。その直後、鉱石を中心に魔法陣が展開される。珍しいグランツ鉱石に見惚れて、不用意に触れた者への罰としてのトラップなのだろう。

 

 魔法陣はあっという間に洞窟全体を覆い尽くしていき。その輝きを増していく。その光景は、かつて元の世界の教室で見たあの魔法陣を彷彿させる。

 

「今すぐ撤退だ! 急いでこの部屋から出ろ!」

「雪月! これって!?」

「あぁ、おそらく転移型のトラップだろうな! ったくあの馬鹿野郎が!」

 

 メルド団長が撤退の指示を出し、全員が急いで部屋の外に向かうが……その前にまばゆい光が皆の視界を真っ白に染めた。

 

 それと同時に一瞬の浮遊感に包まれ、周りの空気が瞬く間に変わっていくのを感じた。雪月は即座に着地の姿勢を取り、何とか尻からの着地を回避する。

 

「ふぅ。ハジメ、大丈夫か?」

「痛つつ…うん、なんとか」

 

 雪月は近くで尻餅をついていたハジメに手を貸す。周囲を確認すると、景色が変わっていた。どうやら予想通り転移させられたようだ。

 

 転移したのは巨大な石造りの橋の上のちょうど中間に位置する場所だった。橋の長さはざっと見ても百メートル近くはある。部屋の天井も二十メートル以上は離れていた。とにかく巨大な部屋、そんな印象だった。

 

 橋の横幅は十メートルくらいあるが、手すりどころかあかりとなる緑光石すらなく、足を踏み外したら真っ逆さまだ。橋の下を覗くと、そこには川はなく、闇が広がっていた。

 

「うっわ…底が全く見えねぇ。千里眼を使っても見えないとか、どれだけ深いんだよこの穴」

「周りに手すりとかもないみたいだし、落ちたら助からない…よね、これ」

 

 ‟千里眼”を使っても底が全く見えない、深淵の如き闇がそこには広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。ハジメの言った通り、まず助からないだろう。

 

 再び周りを確認すると、橋の両サイドに通路と上へ伸びてる階段が見えた。おそらく通路は奥に、階段は上階へと続くものだろう。

 

 雪月は既に立ち上がっている光輝達の近くにいたメルド団長に視線を向ける。メルド団長がそれに気付き、次いで雪月の視線が上階への階段の方へ移すのを確認する。その意図を理解し、険しい表情をしながら指示を飛ばす。

 

「お前達、すぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け! 急げぇ!!」

 

 雷の如く轟く命令に、生徒達はわたわたと動き出す。雪月もまだ立ち上がれてない生徒に手を貸して階段の方に急がせる。

 

 しかし、迷宮のトラップはまだ終わっていなかった。突如、階段側の橋の入口に複数の魔法陣が現れ、中から大量の魔物が出現したからだ。更に、追い打ちをかける様に通路側の方にも魔法陣が出現した。しかし、こっちの方は大きい魔法陣が一つだけだった。

 

「っ!」

 

 通路側に現れた魔法陣を見た瞬間、雪月は全身からドッと汗が噴き出して来た。

 

(こ、この嫌な感覚……まさか!?)

 

 雪月は生徒達の合間を縫って、魔法陣の前に立つ。剣を投影し、いつでも戦えるように……

 

(朝から感じていた嫌な予感は、こいつだったのか!?)

 

 雪月が魔法陣を睨み付けていると、そこから一体の巨大な魔物が姿を現した。その直後、その魔物を呆然と見つめていたメルド団長が呻くような呟きが耳に残る。

 

‟まさ、か……ベヒモス……なのか……”

 




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 中々思うように書けず、今回もまたかなりの亀更新でした。

 次回はもうちょっと早く書けるといいなぁ

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第八話:カウントダウン 前編

あらすじ部屋にて……

雪月「……またここに連れてこられちまった。しかも今回俺だけだし」

雪月「まぁいいか、とっと終わらそ。神薙雪月だ」

雪月「迷宮探索も二十階層まで進み、そこで勇者が馬鹿な事やらかそうとしたりしたけど、順調だった。けど、檜山の阿呆が軽率な行動をしたせいで俺達はトラップにはまり、どこかの橋の上に転移させられたんだ」

雪月「メルドさんの指示で階段がある方へ撤退しようとしたが、魔法陣が現れて中から魔物がわんさか出てきやがった。もう一方の方からはなんだかデカイ魔物が現れたんだが、メルドさんが言ってた”ベヒモス”って一体……まぁここで考えても仕方ない。という訳で……」

雪月「第八話、始まるぞ!」

雪月「……次回は俺出ないよな?」


 橋の両サイドにいきなり現れた、赤黒い魔法陣。通路側の方は直径十メートル程の巨大なものが一つ、階段側はそれよりも小さい、一メートル位なのだが、その数が異常だった。二十、三十…もしくはそれ以上だろうか。

 

 その異常なまでの数の魔法陣から、魔物が次々と出てくる。

 

「うじゃうじゃと出てきやがるな。待てよ、あれって確かどこかで……」

 

 通路側の魔法陣の前で剣を構えながら、顔を階段側の方に向ける雪月。その魔物をどっかで見たはずだと記憶を探っていく。

 

(あ、思い出した! ハジメが読んでいた図鑑に……)

 

 雪月は以前ハジメが呼んでいた魔物図鑑を横からチラッと見た時、偶然にその魔物のページだったのだ。

 

 その魔物の名は‟トラウムソルジャー”。見た感じガイコツ戦士のような魔物だ。人の骨格を持ち、眼球が無いその空洞の眼窩には魔法陣と同じ様な赤黒い目のような光が煌々と輝いていた。そんな奴が既に百体近く、階段側の通路を埋め尽くさんとしている。恐ろしい事に、まだ絶賛増殖中だ。

 

(あれはあれでヤバいけど、もっとヤバいのがこっちにいるんだよな……)

 

 雪月は視線を通路側へと戻す。

 

 視線の先には十メートル程の魔法陣、そこから現れた巨大な魔物。体長は十メートル級といった所か、四足で頭部には巨大な二本角と兜のような物が付いている。見た目を例えるなら、恐竜のトリケラトプスが兜を付けた感じだろう。その目は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えている角が炎を放っている。まさに悪魔のような姿だ。

 

「メルドさん、さっき言ってた…そのベヒモスって魔物は?」

「………」

「メルドさん?」

 

 雪月は目の前にいる魔物について聞こうとしたが、メルド団長には聞こえてないのか沈黙が返ってきた。その直後、目の前の奴が大きく息を吸い込んだかと思うと…

 

「グルォアアァァァアアアアア!!」

『っ!?』

 

 凄まじい咆哮を上げてきた!

 

「っ! アラン! お前は生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! お前達は全力で障壁を! ここで奴を食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かうんだ急げ!!」

 

 その咆哮で正気に戻れたのか、メルド団長が怒号と共に矢継早やに指示を飛ばす。しかし、勇者は退こうとはしなかった。

 

「待って下さいメルドさん! 俺達も…」

「駄目だ! あれがもし本当にベヒモスだったら今のお前達には到底無理だ!」

「何故です!? 確かに俺達じゃ力不足かもしれませんが、見捨てるわけには!」

「奴が六十五(・・・)階層の化物だからだ! かつて‟最強”の称号を持った冒険者が手も足も出なかった魔物なんだ!!」

 

 メルド団長の告げた衝撃の事実に近くにいた光輝達、そして雪月も固まる。

 

(今メルドさんはなんて言った? ベヒモスが六十五階層の魔物? じゃあ今、俺達がいるのは……六十五階層!?)

 

 六十五。それはかつて、百年以上前に最強と言われた冒険者が辿り着いた最高到達層のはずだ。記録ではその冒険者はそれより下の階層には行けなかったという。理由は、今自分達の目の前にいた。

 

(じゃあなにか? 俺達はあのトラップで四十階層以上も下に飛ばされた上に、当時の最強が手も足も出なかった魔物と後ろの大量の骨共を相手にしろと!? どんな悪夢だよ!)

 

 雪月はチッと舌打ちする。メルド団長の言ったことが確かなら、今の自分達にあれ(ベヒモス)を倒す術はない。ならば、と、雪月は(トラウムソルジャー)の方へと駆ける。

 

 今自分が優先すべきことは、上階への階段に通じる道の確保。そう判断した雪月は急いで向かおうとするが、

 

 グルァァアアアァァァアアアアア!

 

「っ!」

 

 突如後ろから聞こえてきた咆哮に思わず足を止めて、振り向いてしまう。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――‟聖絶”!!」」」

 

 振り向いたと同時に聞こえてきたのは、声からして三人分だろうか…何かの詠唱だった。そして刹那、凄まじい衝撃波が雪月を襲う!

 

「うぉっ!? ぐぅ……!」

 

 雪月は何とか吹き飛ばされないように足で踏ん張りながら、顔を覆ってる両腕の隙間から何が起こったのかを確認しようとする。見えたのはおそらく突進してきたであろうベヒモスと白い半球状の障壁のような物、さっきの詠唱はこの障壁のものだと雪月は確信した。

 

 ‟聖絶”―――純白に輝くこの障壁は、一分だけだがどんな物でも破ることの出来ない絶対の守りを出現させる。今回騎士団は、国では最高級と称される紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱に加え、それを三人同時に発動させる。紙に書かれている物のため一回きりだが、今は迷っている暇はない。

 

 そのおかげでベヒモスの突進は止まるが、足元は粉砕され、凄まじい衝撃波と振動が橋全体を襲う!

 

 元々撤退中だった生徒達は、通路側の状況を全く知らないため、突如襲ってきた衝撃に悲鳴が上がったり転倒する者が相次いだ。

 

 なんとか転倒せずにいた雪月は、再び階段側の方に向けて駆ける。ベヒモス程ではないが、骨…トラウムソルジャーは三十階層後半、正確に言えば三十八階層に出現する魔物。今日戦ってきた魔物とは一線を画する存在だ。万全な状態ならともかく、こちらは二十階層での戦闘の直後な上に、理不尽なトラップで前方からは不気味な人骨が百体以上、後ろにはそれを超える怪物が待ち構える場所に放り込まれる。パニックになるには十分すぎる。

 

 訓練で教わって来た隊列は一切無視し、我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく生徒達。騎士団員の一人であるアランが必死に抑えようとするが、目の前の恐怖が勝って誰も聞こうとしない。

 

 雪月も剣を振るって応戦するが、目の前の骨達は思った以上に手強い。倒しても倒しても次から次へと襲ってくる。

 

「きゃっ!?」

 

 誰かの短い悲鳴が聞こえた。視線を向けると、転倒している女子生徒が。後ろから誰かに突き飛ばされたのか。そんな彼女に……

 

「うぅ…」

「っ! 逃げろぉ!!」

 

 雪月は叫ぶ。

 

「えっ?」

 

 雪月の叫びに反応した彼女が顔を上げると、目の前に骨が一体、剣を振りかぶった状態で立っていた。

 

「あ」

「くそっ、どけぇ!」

 

 雪月は目の前にいた敵を蹴り飛ばし、女子生徒の下に走る。今から全力で向かえばまだ間に合う距離だ。しかし……

 

「っ!」

 

 駆ける雪月の横から別のが現れた。彼女を助けようと周りを見なかったのが仇となり気付けなかった。そいつが上段に構えた剣を振り下ろしている事にすら……それと同時に、女子生徒の方にも剣が振り下ろされる。

 

(あ、ヤバ……)

 

 死ぬ―――彼女と雪月がそう感じた瞬間、突如骨の足元が隆起した!

 

 バランスを崩した骨二体ともの剣が逸れる。隆起は近くにいた数体を巻き込んで橋の端に向かうように波打っていき、最終的に奈落へと突き落としていく。突然の事で呆然とする。

 

(助かったん…だよな? 今のは……)

 

 雪月は辺りを見渡す。そしてある人物を見つける。

 

 ハジメだ。橋の縁から少し離れた場所で、安堵の息を吐きながら座り込んでいる親友の姿があった。

 

(ハジメ? そうか、錬成か!)

 

 雪月は納得する。今さっき女子生徒と雪月を救ってくれたのはハジメの錬成だったのだ。彼は連続で地面を錬成することで、滑り台の要領で骨達を橋の外へ滑らせて落としたのだ。

 

(ハジメの奴、また錬成の練度が上がってるんじゃないか? 錬成の速度、範囲、回数。最初の頃よりだいぶ成長している)

 

 雪月はハジメの成長ぶりに感嘆していた。そして……

 

(まさかハジメに助けられちまうとは……)

 

 ハジメに命を救われたことに嬉しさ半分、悔しさ半分といった感情を抱いていた。守ろうとした親友に命を助けて貰ったことは嬉しく思う。だが、その親友の前で自分の命を危険に晒してしまったのが悔しかった。

 

 雪月がそんな事を考えている内に、魔力回復薬を飲んで橋に座り込んだままの女子生徒の下に駆け寄るハジメ。彼女と雪月を救った錬成の魔法陣が描かれた手袋をした手で彼女の手を引っ張って立ち上がらせる。

 

「早く前へ行って。気持ちを落ち着かせて冷静になれば、あんな骨だけの魔物なんて大したことはないさ。このクラスは僕を除いた皆がチート持ちなんだから!」

 

 呆然として為されるがままの彼女に、ハジメは笑顔で言いながらバシッと背中を叩く。助けられた彼女もハジメに礼を言って戦場へと戻って行った。

 

「雪月、大丈夫?」

 

 女子生徒を見送ったハジメは今度は雪月の方に駆け寄る。

 

「あぁ…すまんハジメ。助かった」

「かなり焦ったよ。見たらあの魔物が雪月に剣を振り下ろそうとしてたんだもん」

「……さっきの奴を助けようとして周りへの注意を怠った俺のミスだな」

「仕方ないよ。実戦は何が起こるか分からないからね」

 

 会話しながらも、ハジメは錬成で骨の足元を崩した後に固定して足止めし、雪月が剣で攻撃する。今回の実戦訓練でハジメと雪月が組んで戦う時に編み出した戦法だ。ハジメが錬成を用いて敵を足止めし、雪月が仕留める。その逆のパターンも一応試したが、雪月の錬成で敵の足止めは出来ても、ハジメの攻撃力が心許なかったため、このパターンは諦めた。

 

 周りにいた骨をすべて退けた二人は、戦況確認のため周囲を見渡す。

 

 生徒のほとんどがパニックになって出鱈目に武器やら魔法やらを振り回したり出しまくってる。あれでは敵を倒すどころか、最悪誤爆して死者を出しかねない。騎士のアランが今も必死に纏めようとしているが、うまく機能していない。未だ魔法陣から骨が大量生産中の現状を打破するには何かきっかけが必要だった。

 

「雪月、君ならこの状況どうする?」

「そうだな、この最悪とも言える状況を打破するには……あそこでパニックになってる奴等を纏めつつ、あの骨共を突破できるだけの火力が必要だろうな。悔しいが……俺には無理だ」

「じゃあ、それらが出来るとしたら……」

「まぁ思いつくのは一人だけだわな。ったく当の本人は何やってんだよ」

「なら行こう!」

「あぁ!」

 

 二人は走り出す。階段側ではなく、ベヒモスの方へ。未だにメルド団長と言い争っている勇者(天之河)から力を借りるために。

 

 

 ☆★☆

 

 

 通路側では、未だにベヒモスが突進を繰り返していた。

 

 その度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、橋にいくつもの亀裂が入っていた。砕けるのはもう時間の問題だろう。三人の障壁に加え、メルド団長も加わっているが、焼け石に水だった。

 

「ええい、くそっ! 障壁がもう持たん! このままでは……」

 

 メルド団長が今の状況に苦虫を噛み潰したような顔をしていると……

 

「天之河くん!」

 

 後ろから声が聞こえる。振り返るとそこには……

 

「えっ? な、南雲!? それに神薙まで!」

「南雲くん!?」

 

 二人の男子がこっちに走って来た。雪月はともかく、ハジメがここに来るとは思っていなかったのだろう。そこにいた全員が驚いていた。

 

 雪月はメルド団長に状況の確認をする。

 

「メルドさん、状況は?」

「今はなんとか奴の突進を防げているといった所だ。この隙に光輝達を撤退させようとしているんだが……」

「メルドさん、俺はまだ戦えます! メルドさん達を置いて自分達だけ逃げるなんて出来ません!」

 

 どうやら目の前の勇者は頭の中には撤退という二文字はなく、それどころか自分ならベヒモスをどうにか出来るとでも思っているんだろう。自分の力を過信し過ぎている。

 

「何を言っているのよ光輝! メルドさんの言う通り、私達は撤退するべきよ!」

 

 雫は今の状況をしっかり理解出来ている様だ。腕をつかんで何もわかっていない勇者を諫めようとする。

 

「おいおい、光輝の無茶は今に始まった事じゃねぇだろ? 最後まで着き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな。よし、やるぞ!」

「チッ! 状況に酔ってんじゃないわよこの馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 だが、龍太郎の言葉のせいでさらにやる気をみなぎらせる勇者。苛立ち、舌打ちをする雫。それを心配する香織。

 

(はぁ……なんであいつ(天之河)は相手と自分の力量差が分からないんだよ。あの勇者はここまで馬鹿だったのか?)

 

 雪月がその馬鹿さ加減に呆れていると、メルド団長がこっちの状況を聞いてきた。

 

「雪月、そっちはどうなんだ? 何故こっちに来た!?」

「状況は……はっきり言って最悪です。ほとんどの奴が未だパニック状態で、いつ死者が出てもおかしくないかと。こっちに来たのはあいつの力を借りるためです」

 

 雪月の視線が戦う気満々の勇者の方に向く。その間にハジメが飛び込んできた。

 

「天之河くん、早く撤退を! 君がいないと駄目なんだ! 早く!」

「いきなりどうしたんだ? それよりも、なんで君がここに! ここにいるのは危険だ、俺達に任せて南雲は……」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」

 

 ハジメをこの場から撤退させようとした勇者の言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返す。

 

 普段のイメージとはかけ離れたその姿に雪月も含めた全員が硬直し、目を見開く。

 

「君にはあれが見えてないの!? みんないきなりの事でパニックを起こしている! リーダーが必要なんだ!」

 

 呆然とする勇者の胸ぐらを掴みながら自分達が走ってきた方に指をさすハジメ。

 

 その先では、大量の骨に右往左往になりながら、出鱈目に戦っているクラスメイト達の姿が見えた。誰も彼もが好き勝手に戦うものだから、敵の増援を突破できずにいる。スペックの高さで命は守れているが、それも時間の問題だ。

 

「あそこを突破できる力が必要なんだ! 皆の恐怖を一気に払拭できるだけの強い力が! それが出来るのは僕らの中では天之河くんだけなんだよ! リーダーなら前だけじゃなく、周りをちゃんと見ろよ! 神山で言った様に…皆を救ってよ!」

 

 ハジメの最後の言葉に勇者である光輝は頭を思いっきり殴られたような気がした。確かに自分は、神山で世界を、そして皆を救うと誓った。だが、さっきまでの自分に同じことを言う資格があるだろうか? 目の前の敵を倒そうとに躍起になり過ぎて、今自分が本当にすべきことを見落としてしまっていた自分に。だが、今はこれ以上考えている時ではない!

 

 ハジメの言葉を受けて、ただ呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げているクラスメイト達を見ていた勇者、光輝は頭をぶんぶんと横に振り、ハジメに頷く。

 

「あぁ、すまない。すぐに行くよ! メルドさん! すいませ―――」

「お前等下がれぇーーー!」

 

 光輝が『すいません。先に撤退します』―――そうメルド団長に言おうと振り返った矢先、彼の悲鳴と同時に、遂に障壁が音を立てて砕け散り、荒れ狂う衝撃波が彼等を襲う!

 

「雪月!」

「っ! おぅ!」

 

 ハジメは咄嗟に親友のを叫ぶ。雪月もハジメがやろうとしている事を瞬時に悟り、二人は同時に地面に手を置き……

 

「「―――”錬成”!!」」

 

 錬成で石壁を作りだす。しかし、それはあっさりと砕かれその場にいた全員が吹き飛ばされる。壁のお陰で少しは威力は殺せたが、焼け石に水だ。

 

 衝撃波により舞い上がっていた埃が、ベヒモスの咆哮によって吹き飛ばされる。

 

 そこには、一番近くで衝撃を受けたため、倒れ伏して呻き声を上げるメルド団長と障壁を張っていた騎士が三人。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がることが出来た。メルド団長の後ろにいた事や二人が出した石壁で難を逃れた様だ。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

「やるしかねぇだろ!」

「……何とかしてみせるわ」

「よし、それと……神薙」

「ぐぅ…あん?」

 

 光輝が龍太郎と雫に問う。その問いに辛そうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。それを確認した光輝は体の調子を確かめていた雪月に向かって頭を下げる。

 

「龍太郎達と一緒に時間を稼いでくれないか? 君の力を貸してくれ。頼む!」

「………いいだろう。白崎! メルドさん達の回復を!」

「うん!」

「ハジメ! お前は……」

「大丈夫! もうやってるよ!」

 

 雪月は光輝の助力の要請を渋々了承し、香織にメルド団長の回復を頼み、ハジメに念のため石壁を張っておくように言おうとしたが、既にハジメはメルド団長の所で石壁を張り終えていた。

 

「三人共頼むぞ!」

「おう!」

「えぇ!」

「あんま時間を掛けるなよ!」

 

 龍太郎、雫、雪月の三人がベヒモスの下へ走り出す。その隙に、光輝は今の自分が繰り出せる最大の技を放つために詠唱を開始する。

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以って全ての罪科を許したまえ!―――‟神威”!」

 

 光輝の詠唱と共に真っ直ぐ突き出した聖剣から眩い極光が迸った。

 

 二十階層で繰り出そうとして失敗した天翔閃と同系統の技だがその威力は段違いだ。橋全体を振動させ、石畳を抉り飛ばしながら、極光がベヒモスへと迫る。

 

 詠唱が終わるのと同時に、三人は離脱していた。流石に無傷とはいかず、三人共ダメージを負っていた。しかし、あの魔物相手に走れるだけの体力が残っているなら善戦した方だろう。

 

 聖剣から放たれた光属性の砲撃と見紛う程の威力を持った斬撃は轟音と共にベヒモスへと直撃する。その瞬間、光が辺りを満たして白く塗りつぶし、激震する橋に大きく亀裂が入る。

 

 その間に三人が光輝の傍に集まる。

 

「はぁはぁ……三人共、お疲れ」

「おう。ぜぇぜぇ、流石にやっt―――」

「おいコラ坂上、それ以上言うんじゃねぇ、フラグになるだろうが! メルドさん達を回復させるまでの時間はある程度稼いだんだから撤退するぞ!」

「私も賛成。二人共、行きましょう!」

 

 光輝は莫大な魔力を消費したようで肩で息をしていた。龍太郎が今この場で言ってはいけないセリフを言いそうになるが雪月が止め、撤退を促す。雫は雪月の案に賛成の様だ。

 

 四人はメルド団長の治療を行っている香織達の下へ向かおうとする。しかし、光輝の足取りが重い。先程の攻撃は文字通り、光輝の切り札だ。残っていた魔力をほとんど持っていかれたようで疲労がかなり溜まっている。向こうの方では治療が終わったのか、メルド団長達が起き上がろうとしていた。

 

 ふと、雪月が通路側の方に視線を向ける。次の瞬間、その顔が驚愕に染まる。

 

 視線の先では、ようやく光が収まり、舞っていた砂埃が吹き払われ………無傷のベヒモスが姿を現した。

 

「そ、そんな馬鹿な……」

「嘘だろ、さっきのは光輝の切り札だったんだぞ。それで無傷って……」

「ボケっとしてる暇はねぇだろ! 急いで離れるぞ!!」

 

 光輝と龍太郎はショックを隠し切れないようだ。雪月はある程度は予想していたが、流石に無傷なのは想定外だった。

 

 ベヒモスは低い唸り声をあげ、光輝を射殺さんとばかりに睨んでくる。その直後、スッと頭部を掲げたと思ったら次の瞬間、頭の角がキィイイイインと甲高い音を立てながらどんどん赤くなり始めた。その数秒後には頭部の兜全体がまるでマグマのように燃え滾り、そして…こちらに向かって突進しだした。

 

「お前ら何やってる! 逃げろぉ!!」

 

 メルド団長の叫びにようやく光輝と龍太郎の二人が正気に戻って走り出すが、それと同時にベヒモスは一瞬立ち止まったかと思うと、光輝達のかなり前で跳躍した。奴が何をしようとしてるのか、走りながら何となく理解した雪月の顔が青褪め、叫ぶ。

 

「横に飛べぇ!!」

『っ!』

 

 雪月の叫びに三人が一瞬驚くが、全員全力で横っ飛びで左右に分かれる。次の瞬間、赤熱化した頭部を下に向けて、まるで隕石の様にベヒモスが落下してきた!

 

 回避するのが一瞬早かったおかげで直撃は免れたが、着弾時の衝撃波が彼等を襲う。四人共ゴロゴロと転がり、止まる頃には、満身創痍とはいかないが衝撃波でかなりのダメージを負っていた。

 

「大丈夫かお前等、動けない奴はいるか!?」

 

 どうにか最初に動けるようになったメルド団長が四人の安否を確認する。四人は動けないほどのではないが、十分に動くことは出来ないでいた。先程の衝撃波で、先のメルド団長と同じく体が麻痺していた。

 

「はぁはぁ、みんな……無事か?」

「お、おう…」

「なんとか……」

「ゲホッエホッ、あの巨体であんなことが出来るとか…反則だろ」

 

 光輝の問いに龍太郎と雫が答え、雪月はせき込みながらベヒモスの方に視線を向ける。ベヒモスは橋にめり込んだ頭を引き抜こうと踏ん張っている所だった。

 

 奴が動けない今の内にと、メルド団長は光輝達を撤退させるために香織を呼ぼうと振り返る。香織の方は騎士団員達の治療を丁度終えたところだった。それともう一人、その視界に、こちらに駆け込んでくるハジメの姿を捕らえた。

 

「坊主! 香織と一緒にあいつ等を連れて下がるんだ!」

 

 ハジメにそう指示するメルド団長。そして、その場にいる全員がその指示の意味を理解した。メルド団長は命懸けでベヒモスを食い止めるつもりなのだろう。唇を噛み切るほど食いしばりながら盾を構え、ここを死地と定めたような表情をしていた。

 

 全員が歯噛みする中、ハジメは必死の形相でとある提案をしていた。二人の一番近くで倒れていた雪月にはその提案の内容が聞こえ、目を見開く。それはあまりにも成功率が低く、馬鹿げていると思えるものだった。しかし、現状ここにいる全員が助かるにはその方法しか無いのも事実だった。

 

 雪月はボロボロの体に鞭を打ち、足を引きずりながら二人の下へと向かう。

 

 ハジメの提案を聞いたメルド団長は逡巡するが、ベヒモスがは既に頭を引き抜いて態勢を整え始めている。頭部の赤熱化が始まっていてもう時間が無い。

 

「その作戦はお前が一番危険が伴うものだ……やれるんだな?」

「やります。やってみせます!」

「待てハジメ」

 

 雪月が待ったをかける。

 

「雪月?」

「はぁ、はぁ……ハジメ、その作戦の成功率を上げる方法が一つあるぞ」

「それってもしかして…」

「あぁ……俺も参加させろ」

「なっ!? 無茶だ雪月、お前の体はもうボロボロなんだぞ!」

 

 メルド団長は無理だと雪月を止めようとするが、雪月は笑みを浮かべる。

 

「大丈夫ですよメルドさん、別にあいつと戦えって訳じゃないんですから。あくまで足止め。魔力と走れるだけの体力があれば十分でしょ?」

「それは……だが!」

「ねぇ雪月」

「あん?」

「体の方は大丈夫なの?」

「あぁ、ある程度は動けるようになった。白崎に頼めば走れるようになるまで回復はしてくれるだろ」

 

 雪月は腕を振り回したり、足をプラプラと動かしてみる。体の痺れはある程度収まったようだ。

 

「なら、力を貸して」

「応よ!」

 

 ハジメの頼みに雪月はサムズアップで答える。その様子を見たメルド団長は数秒唸った後、「くっ」と笑みを浮かべる。

 

「分かった、もう何も言わん。雪月はともかく、まさかお前さんに命を預ける事になるとはな……必ず後で助けてやる。頼んだぞ!」

『はいっ!』

 

 今、ハジメの提案による、二人の錬成師の戦いが始まろうとしていた。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 ベヒモス戦は前編と後編に分けようと思います。後編は頑張って明日か明後日に出そうと思います。

 いよいよ来週から『ありふれた職業で世界最強』のアニメが始まりますね。自分は非常に楽しみです。

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第九話:カウントダウン 後編

あらすじ部屋

ハジメ「えっと…今回は僕だけみたいだね」

ハジメ「まずは挨拶からだったよね。南雲ハジメです」

ハジメ「それじゃあ、えっと……大迷宮のトラップのせいで僕達はなんと六十五階層まで飛ばされてしまっていた。僕と雪月は皆がパニックになってる中、この状況をどうにかしようと天之河くんの力を借りる事にしたんだ。でも周りを見ようとしない彼に対して、思わずカッとなって自分でも信じられない口調で喋っちゃったなぁ。ひょっとして雪月の影響だったり? いや、まさかね」

ハジメ「けれど、ベヒモスが手強くて、撤退することが出来ないでいた。そこで僕はある作戦をメルドさんに提案したんだ。あの状況で皆が助かるかもしれない唯一つの方法を。そしたら今度は、雪月が俺もやるって言い出したんだ。正直に言って、雪月はもうボロボロだったから無茶はして欲しくない。けど、ああいう時の雪月は言い出したら聞かないからね。それくらい分かるよ、親友なんだもん」

ハジメ「さて、それじゃあ……」

ハジメ「第九話、始まるよ!」


 メルド団長は二人の前へ出る。雪月は、自身の回復のために香織に声を掛ける。

 

「白崎、こっちに来てくれ!」

 

 雪月に呼ばれた香織は治療を終えた騎士達の下を離れ、こちらに走ってくる。

 

「どうしたの神薙くん?」

「白崎、頼みがある。俺に今すぐ治癒魔法をかけて欲しい。走れるようになるまでで良い」

「うん、分かった」

 

 白崎は雪月の頼みを二つ返事で承諾し、治癒魔法をかける。しかし、何故か雪月は目を見開いて驚いた顔をしている。

 

「? どうしたの?」

「いや、理由とかそういうの聞かないんだなって思って」

「理由なんて必要ないよ。神薙くんにとってこれは今必要な事なんでしょ? なら私に出来る事があるならそれをするだけ」

「……そうか」

 

 もし今からしようとしている事を香織に言ったら、彼女は間違いなく反対するだろう。何も聞いてこないのは正直に言って都合が良かった。

 

 香織が雪月に回復魔法をかけている間、メルド団長は簡易な魔法を放ち続けてベヒモスを挑発していた。どうやらベヒモスは自分に歯向かうものを標的にする習性があるようだ。さっき光輝を狙っていたのもその所為だ。今はその視線がしっかりとメルド団長を捉えていた。

 

 そして、赤熱化しきった兜を掲げ、突撃&手前で跳躍をしてくる。いつ見てもあの巨体であの跳躍力は反則だろと様子を見ていた雪月は思う。メルド団長は奴をギリギリまで引き付けて躱すつもりなのか目を見開いたまま構えている。そして次の瞬間、小さく呟く。

 

「吹き散らせ―――”風壁”」

 

 その詠唱と共にバックステップでその場を離脱する。

 

 直後、ベヒモスの赤熱化した頭部がついさっきまでメルド団長が立っていた場所に着弾する。発生した衝撃波や石礫は”風壁”で発生した風の障壁でどうにか逸らしていく。大雑把な攻撃なので避けるのは容易い。負傷している者達を守りながらでは無理があるが。

 

「よし! お前ら今だ!」

「はいっ! 回復ありがとな白崎、行くぞハジメ!」

「うん!」

「えっ? どうして南雲くんも!?」

 

 メルド団長の合図と同時に、後ろの方で控えていたハジメと雪月が頭部をめり込ませているベヒモスに飛びつく。

 

 ジュゥウウウウウ!!

 

「っ! がっ…ぐぅ……」

「熱っ!」

 

 赤熱化の影響がまだ残っており、二人の肌を焼いていく。しかし、そんな痛みを無視し、二人は詠唱する。それは名称だけの詠唱。最も簡易であり、今この場ではこの二人しか使う事の出来ない魔法。

 

「「―――”錬成”!」」

 

 石中に埋まっていた頭部を引き抜こうとしたベヒモスの動きがピタッと止まる。周囲の石を砕いて頭部を引き抜こうとした矢先、二人が錬成して直してしまったのだ。

 

 ベヒモスは今度は足を踏ん張って力づくで引き抜こうとするが、ハジメが足元を錬成し、ずぶりと一メートル以上沈み込んだ上、ダメ押しとばかりに、その埋まった足元も錬成して固める。

 

 そのパワーは凄まじく、ほんのちょっと気を抜いただけで周囲の石の亀裂が入って抜け出そうになる。しかし、二人の錬成師がそれを許さない。再び錬成し直してまた埋まる。それの繰り返しだった。今のベヒモスの姿は中々に間抜けな格好といえる。

 

「よし! メルドさん、後はお願いします!」

「分かった、お前等もう動けるな! 撤退するぞ!」

 

 その隙に、メルド団長は残りの者達を呼び集めてこの場を離脱し、階段側の救援に向かおうとする。

 

「ちょっと待ってくれ。南雲、神薙…お前達は何するつもりだ!?」

 

 体の痺れが回復した光輝が錬成し続けている二人に何をしているのかと問いかける。その問いに雪月が答える。

 

「何って見りゃ分かるだろ? コイツの足止めだよ」

「足止め…だって?」

「あぁ、その間にお前等はここから離脱しろ!」

「なっ…だったら俺も――」

「お前には他にやる事があるだろうが!!」

 

 ハジメと雪月がしている事を聞き、”俺も残る”と言おうとする前に雪月が叫んで遮る。

 

「ハジメもさっき言ってただろ、皆を救えって! もう自分がすべきことを忘れたのか!? ここに残ってもお前は邪魔でしかないんだよ!」

「じゃっ!?」

「……光輝、行きましょう」

「雫!?」

 

 雪月に邪魔だと言われてショックを受ける光輝。そんな光輝の肩に手を置いて雫は撤退を促す。

 

「今の私達じゃこの魔物を倒すのは無理。なら、今は全員が助かる行動をすべきよ」

「……………分かった。南雲、神薙、すぐに終わらせてくる。それまで持ちこたえてくれ」

「………一応期待はしておくぞ、勇者」

 

 光輝は頷き、メルド団長の下へと向かう。だが、何故か雫はすぐに向かおうとしない。

 

「? どうした八重樫、お前もさっさと…」

「無茶はしないって……約束したわよね?」

「うっ!」

 

 雫から出た言葉に雪月は言葉を詰まらせる。昨日ホルアドにて、雪月は雫と無茶はしないと約束していた。しかし、今しているのはどう見ても無茶な行動に入るだろう。

 

「……仕方ねぇだろ。俺とハジメがこうでもして足止めしないと、全員助からないかもしれないんだ。俺は……今俺に出来る事をするまでだ」

「………」

「わりぃけど、説教とか諸々は後にしてくれ。今は余裕が、ない!」

 

 そう言って雪月は亀裂が入った石を錬成し直す。それを見ていた雫が溜息を吐く。

 

「はぁ、分かったわよ。そのかわり、迷宮から帰ったら南雲君共々覚悟しておいてよね? 私と、あと香織の説教が待っているから」

「Oh………まぁ、お手柔らかに」

 

 そう言うと、雫は一瞬微笑んだかと思うと、すぐに真剣な表情に戻り、皆の後を追う。雫が来たことで残っていたメンバー全員が集まったため、メルド団長はこの場の撤退と向こうの救援を指示する。

 

 骨が跋扈している方では、どうやら幾人かの生徒達が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛けて連携を取り始めて対応しだしていた。しかも立ち直りの立役者が、ハジメが助けたあの女子生徒だったり。地味に貢献していたハジメである。

 

「待って下さい! 南雲くんと神薙くんを置いていくんですか!?」

 

撤退を促すメルド団長に香織は猛抗議していた。

 

「こいつは坊主の作戦だ! 坊主と雪月があいつを足止めしている間、俺達はソルジャー共を突破して安全地帯を作る。そしたら魔法で奴に一斉攻撃を開始する! もちろんあの二人がある程度の距離まで退避してからだ! 魔法で足止めしている間にあいつ等がこっちに帰還したら、上層に撤退する!」

「なら私も残ります! 二人を放っておけません!」

「駄目だ! 香織には光輝達と向こうで戦っている奴等を治癒してもらわにゃならん!」

「でも…でもっ!」

 

 それでもなお、言い募る香織にメルド団長の怒鳴り声が叩きつけられる。

 

「あいつ等の…坊主の思いを無駄にする気か!」

「っ―――」

 

 今この迷宮に潜っているメンバーの中で最も攻撃力が高いのは間違いなく光輝だ。今は動けていても、まともに戦える状態じゃない。少しでも早く治癒魔法をかけ回復させなければ、あの二人の撤退時にベヒモスの足止めの火力不足に陥るかもしれない。それを避けるには、香織が移動しながら皆を治癒しなければならない。ベヒモスはハジメと雪月、二人の魔力が尽きて錬成が出来なくなった時点で動き出してしまう。

 

「……………天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん―――”天恵”」

 

 今にも泣きだしそうな顔で、香織はしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が走っている光輝を包む。

 

 ”天恵”―――体の傷と同時に魔力も回復してくれる治癒魔法だ。

 

「ありがとう、香織」

「うん……」

「大丈夫よ、香織」

 

 光輝が礼を言うが、香織は暗いままだ。そんな香織に雫が言葉をかける。

 

「雫ちゃん…」

「南雲君が心配なら、私達が一秒でも早く安全地帯を作ればいい。それに……傍には神薙君もいる。彼ならきっと、南雲君を守ってくれるはずよ」

「……うん、そうだね」

 

 雫の言葉に香織も頷く。もう一度、必死の形相で錬成を続けている二人の方に振り返る。

 

(神薙くん、お願い。南雲くんを……守って)

 

 そして、香織達はメルド団長達と共に撤退を開始した。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 階段側ではトラウムソルジャー……骨はまだ絶賛増殖中だった。既にその数は二百体はくだらない。階段へと続く道が骨で埋め尽くされている。

 

 だが、これはかえって良かったのかもしれない。もし中途半端に隙間とかあれば、そこに突貫してからの包囲されての惨殺エンドを迎えるのが目に見えている。実際、序盤の約百体の時でさえ窮地に陥っていた生徒は沢山いたのだ。

 

 こんな状況で、死者数ゼロなのはひとえに騎士団のお陰だろう。彼等のカバーがあったからこそ、まだ全員が生きている。その代償に、彼等は満身創痍であるが。

 

 既にそれもなくなり、まだ魔物が増え続けるこの絶望的な状況に恐怖し、パニックを起こして魔法すら使わずに剣やら槍やら武器を振り回す事しか出来ない生徒がほとんど、もう瓦解寸前だ。

 

 先程の女子生徒が呼びかけて連携を取り、奮戦していた者達も限界を迎え、今にも泣きそうな表情だった。

 

 誰もがもう駄目かもと絶望して諦めかけたその時……

 

「くらえ!―――”天翔閃”!」

 

 後方から飛んできた純白の斬撃が跋扈していた骨共のド真ん中を斬り裂き、吹き飛ばしながら炸裂する!

 

 橋の両側にいたのは他の奴に押されて奈落へと落ちていく。斬撃を放った後は、残った奴らが雪崩れ込むようにして集まり、再び埋まってしまったが、彼等は見えた。一瞬空いた隙間から上層へと続く階段が。今まで渇望し続けたが、どうしても見る事が出来なかった物が見えたのだ。

 

「皆! 諦めるな! 道は、俺達が切り開く!」

 

 その言葉と共に、光輝は再び”天翔閃”を放ち、敵を斬り裂き道を作らんとする。ここに来てようやく光輝が持つカリスマが発揮されてきた。生徒達が活気づいていく。

 

「情けないぞお前等! 今まで何をやって来た! 訓練を思い出せ! さっさと周りと連携を取って突破せんか馬鹿者共が!」

 

 メルド団長が光輝の一撃に勝るとも劣らない一撃を放ち、目の前の敵を次々に打ち倒していく。

 

 生徒達の沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲っていき、思考がクリアになっていく。光輝達の頼もしい声もあるが、実は香織の魔法のお陰でもある。精神を鎮めてリラックスする程度の魔法だが、今はそれで充分。

 

 治癒魔法に適性のある者達がこぞって負傷者を治癒していき、前衛はしっかりと隊列を組んで敵を倒しつつ後衛を守り、魔法適性の高いものが後衛に回って魔法を詠唱していく。

 

 そこに治癒が終わった騎士団の人も加わり、勢いが増していく。この世界に呼ばれたチート集団の強力な魔法と武技による連携攻撃により敵を薙ぎ倒していく。その速度は徐々に上がっていき、遂に魔法陣の召喚速度を超えた!

 

 そして、とうとう階段への道が開けた!

 

「皆! 続くんだ! 直ぐに階段前を確保するぞ!」

 

 光輝が掛け声と同時に階段に向かって走り出す。

 

 前線で戦っていた龍太郎と雫がそれに続き、他の皆も追随して包囲網を切り開いていく。

 

 そして、遂に全員が包囲網を突破することが出来た。背後で橋との通路を骨共が壁を作らんとしている。が、そうはさせじと光輝が魔法を放って蹴散らす。

 

 その様子を見ていたクラスメイト達が困惑する。それもそのはず、目の前に上層へと続く階段があるのに何故安全地帯へ行こうとしないのか。

 

「皆、もうちょっと待って欲しいの! 南雲くんと神薙くんを助けなきゃ! 今二人が必死であの怪物を抑え込んでいるの!」

 

 香織の言葉に全員が驚く。そう思うのは当然だろう。雪月はともかく、ハジメは彼等の間では”無能”で通っているのだから。

 

 だが、一人の女子生徒が「あっ!」と声を上げ、橋の方を指さす。他の生徒達もそれに釣られて橋の方を見ると、そこには確かに、二人の姿があった。

 

「あの二人、一体何してんだ?」

「どういう事? あの魔物、上半身が埋まってるの?」

「あの怪物を抑え込んでいるのか? 神薙とあの”無能”の南雲が……」

 

 次々と生徒達から疑問の声が上がる中、メルド団長が指示を飛ばす。

 

「あぁそうだ! あの二人があいつを足止めしてくれたお陰で俺達は撤退することが出来た! 前衛組はソルジャー共を近付けさせるな! 後衛組は遠距離魔法の準備を! 俺達の準備が出来たら、俺があの二人に撤退の合図を送る! あいつ等が十分に離れたら、お前達の一斉攻撃であの化物の足止めをするんだ! 急げ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直し、武器を構え、魔法の詠唱準備に入る生徒達。中には階段の方を未練に満ちた表情で見ている者もいた。

 

 その中には、この状況を作った元凶の檜山もいた。自分で仕出かした事な上、彼は本気で恐怖を感じていた。すぐにでも階段を上って逃げ出したかった。

 

 檜山は橋の方で足止めをしているハジメと雪月に視線を向けると、ふと脳裏に、昨日のある情景が浮かび上がって来た。

 

 ホルアドの宿にて、中々寝付けずにいた檜山はトイレついでに外の風でも浴びようと外に出て、気持ちが落ち着いた頃に部屋に戻ろうしたのだが、その途中、ネグリジェ姿で廊下を歩く香織を見かけたのだ。

 

 檜山は咄嗟に隠れ、息を潜めていると、香織は檜山に気付くことなく通り過ぎて行った。

 

 気になって後を追ってみると、彼女はある一つの部屋の前で止まり、ノックをした。そして、部屋から出てきたのは……ハジメだった。

 

 その時、檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とは釣り合わないと思い、諦めていた。光輝のような相手なら、自分とは住んでいる世界が違うと諦めもついていた。

 

 しかし、ハジメは別だ。何故自分よりも劣った存在(檜山はそう思っている)が香織と親しくしているのか納得出来なかった。なら自分でもいいんじゃないか? 本気でそう思い、許せなかった。

 

 香織が部屋から出た後、廊下で出くわした雪月も気にくわない存在だった。以前檜山はハジメを傷付けた際に雪月を怒らせて、危うく病院送りにされるところだった経験がある。しかし、この時檜山は全く反省している様子もなかった。

 

 自分よりも劣っている存在(ハジメ)を嘲笑って何が悪い? 端から聞けば何を言っているんだと思うが、檜山は本気でそう思っていた。 

 

 そうして、ハジメや雪月に対して溜まっていた不満や怒りは、いつしか憎悪と呼べるものまでに膨れ上がっていた。香織が見惚れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなって表れてしまったからだろう。

 

 それらの事も思い出した檜山は、たった二人でベヒモスを押さえこんで足止めしているハジメと雪月を見て、今も祈る様に二人の身を案じる香織を視界に捉え……

 

 誰も見ていない所で、ほの暗い笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

「ハジメ! 魔力回復薬の予備は?」

「えと…もう無い!」

「ならこれを使え!」

 

 その頃、ハジメと雪月は依然として、ベヒモスの足止めを行っていた。階段側を見ると、どうやら全員撤退出来た様だ。隊列を組んで、魔法の詠唱の準備に取り掛かっている。

 

 ハジメが雪月の問に答えると、雪月は腰のポーチに入っていた魔力回復薬の予備をハジメに投げ渡す。

 

「おっとと、ありがとう! でも雪月の方は大丈夫なの?」

「あぁ、俺の方はまだ大丈夫だ。それよりm――っ! この!」

 

 雪月が言葉をつなげようとした矢先、石に亀裂が入り、慌てて錬成し直す。

 

「んのやろぉ………ん?」

 

 ベヒモスを忌々しげな表情で見つめていると、ふとあるものが目に入る。それは……

 

 ギョロッ!

 

「うぉ! ってベヒモスの眼か………ふむ」

 

 ちょうど石の隙間からベヒモスの眼が見えていた。それを見た雪月は数秒考えるしぐさをしたかと思うと、次の瞬間!

 

「おらぁっ!」

 

 ザシュっ!

 

「グォゥルゥァアアアアアアアアアアアア!?」

 

 ベヒモスが一層激しく暴れ、石に亀裂がどんどん入っていく。

 

「うわぁっと! ちょちょちょ! 雪月今何したの!?」

「何をしたって……ベヒモスの眼をナイフで貫いた」

「はぁ!? いきなり何やってるの!」

 

 そう、雪月は持っていたナイフでベヒモスの眼をいきなり刺したのだ。どうやらベヒモスといえど、眼への攻撃は弱かったようだ。

 

「いや、なんかムカついたから」

「それでベヒモスが抜けだしたらどうするの!」

「カカ、悪い悪い。一応他の目的もあるんだよ」

「他の目的?」

「あぁ、ヘイト稼ぎ」

 

 雪月の言葉にハジメが固まる。

 

「な、なんでそんな事を?」

「いやさ? 俺達はメルドさんの合図でこの場を離脱して、あの階段に向かう訳だろ?」

「う、うん」

「もし仮にベヒモスが追ってきた時に、なるべく俺を狙うようにすれば、少なくともお前の方に危険が及ばなくなるだろ」

「雪月……」

「……まぁ、昨日白崎と約束したからな。お前を守るってよ」

 

 雪月は最後、ハジメに聞こえないようにボソッと呟く。雪月は昨日の香織との約束を思い出していた。『二人でハジメを守る』。あの約束を守る為に。

 

 と、その時……

 

 バヒュン!

 

「「っ!」」

 

 階段側の方から火の玉が上がる。メルド団長の合図だ。それはつまり、ベヒモスを足止めする為の準備が整ったという事だ。

 

「ハジメ、合図を見たな? 次の錬成で離脱するぞ!」

「了解!」

 

 二人はタイミングを見計らう。

 

 二人の間に静寂が流れる。ほんの数秒の筈なのに、それがひどく長く感じた。緊張のあまり、心臓が有り得ないくらいバクバク言っているのが聞こえる。

 

 そしてその時は来た!

 

 ピシッピキミシッ!

 

「「―――”錬成”!」」

 

 もう何十回目になるか分からない亀裂が入ると同時に、ハジメと雪月は最後の錬成でベヒモス拘束する。

 

「よし!」

「走れぇ!!」

 

 拘束を確認したと同時に、二人は階段の方に向かって駆け出した。

 

 二人が猛然と逃げ出した五・六秒後、地面が下から破裂する様に粉砕され、ベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その片方の眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。その鋭い眼光が己に無様を晒し、その上片方の眼を奪った怨敵を探し……

 

 橋の上を駆ける二人、正確には雪月の方を捉えた。

 

 怒りの咆哮を上げ、追いかけようと四肢に力を溜めるベヒモス。

 

 しかし次の瞬間、あらゆる属性の遠距離攻撃魔法がベヒモスに殺到する!

 

 それはまるで夜空をかける流星群の様に、色とりどりの魔法がベヒモスに向かっていく。しかし、ダメージを与えられるまでには至ってない。だが今はその必要はない。これはあくまで”足止め”なのだから。

 

 二人はその光景を綺麗だと感じつつ、このままならいける! と確信し、互いに笑いながら転ばないようにしつつ全力で走る。自分達の頭上を数多の魔法が次々と過ぎ去っていく感覚は正直生きた心地がしない。だが、チート持ちである彼等が、ここまで離れることが出来たら失敗はするはずがないと信じて駆けていた。既にベヒモスとは三十メートル近く離れている。

 

 思わず、ハジメの頬が再び緩む。

 

 しかし、次の瞬間にそれを凍りついた表情に変わる事になった。

 

 飛び交う数十の魔法の中で、たった一つだけ、火球が軌道を僅かに変えたのだ。

 

 ……こっちに飛んでくるように

 

 それに気付いた雪月も目が見開き、顔が驚愕に染まる。

 

 あの火球は、明らかに二人を狙って誘導されたものだった!

 

「な…なんで……!?」

「ハジメェ!!」

 

 疑惑と驚愕が一瞬で脳内を巡り、ハジメは愕然としてその場を動けずにいた。その間にも火球はこちらに向かって飛んでくる。

 

 とその時、ハジメを突き飛ばし、その場に飛び込む影が一つ………雪月だ。

 

 ドガァアンッ!

 

「がっ!」

「っ! 雪月ぃ!!」

 

 火球は雪月の眼前に突き刺さる。着弾の際の衝撃波をモロに受け、走ってきた道を引き返すように、二・三回バウンドしながら吹き飛んでいった。突き飛ばされたお陰で軽く吹き飛ばされただけのハジメは急いで雪月の下へと向かう。直撃は避けれたが、吹き飛んでバウンドした際に頭を打ち、頭部から出血していた。幸い、足に怪我は負っていなかった。

 

「雪月! 雪月大丈夫!?」

「うっ……あ、あぁ……なん、とか…な」

 

 雪月はハジメの手を借りてよろよろと立ち上がる。どうやら三半規管をやられて平衡感覚が狂ってしまっているようだった。

 

 二人は急いでこの場を離れようとする。しかし……

 

 ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしという訳ではなかった。ハジメと雪月が走りだそうとした瞬間、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ってみると、ベヒモスが三度目の赤熱化をした頭部を掲げ、その眼光はしっかりと二人を捉えていた。

 

 そして、赤熱化した頭部を盾のように構えたベヒモスが、突進してくる!

 

 ハジメは考えた。なんとかして雪月だけでもこの場から逃がせないか……と。

 

 雪月は霞んだ視界の中、ふらつく頭で必死で考えていた。どうすれば二人共助かるのか……と。

 

 二人の前方からは迫り来るベヒモス、後方では遠くの方で予想外の事態に焦り、悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 

 ハジメと雪月は残った体力を振り絞って、必死にその場から飛び退いた。

 

 直後、怒りの全てを集約したような強烈なベヒモスの攻撃が橋に直撃し、激烈な衝撃波が橋全体を襲う!

 

 橋全体が震動し、攻撃の着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走っていく。ハジメや雪月がいる場所など簡単に越えていき、橋がメキメキと悲鳴を上げていく。

 

(ヤバい! このままだと橋が……崩れる!)

 

 雪月はマズいと思ったが、もう遅い。

 

 橋が……崩壊を始めたのだ。

 

 主にベヒモスの攻撃が原因で、度重なる強大な攻撃に晒され続けた石造りの橋は、とうとうその耐久限度を超えてしまったのだ。

 

「グゥウァアアアァアアアアア!?」

 

 ベヒモスは悲鳴を上げながら崩壊していく石畳に必死で爪を引っ掛けようとするが、引っ掛けようとした場所すら崩壊していき、その抵抗もむなしく奈落へと真っ逆さまに落ちていく。ベヒモスの断末魔が最後まで木霊していた。

 

 ハジメと雪月も崩壊する場所を飛び越えながら渡ろうとするが、立つ場所も、しがみつく場所も次々と崩壊していき、そしてとうとう、二人は空中へと放り出されてしまった。

 

「わぁああああああああああ!」

「く…そ……がぁ!!」

 

 雪月はハジメの方を見る。パニックを起こしていてまともに話せそうにない。

 

 雪月は諦めなかった。一縷の望みをかけて、自分だけが使える詠唱を紡ぐ!

 

「―――投影、開始(トレース・オォォン)!!」

 

 なけなしの魔力で今作れる物、自分とハジメの二人を救うことが出来る物、それを必死に考え、雪月は投影していく。

 

 やがてそれは一つの形を成していく。それは縄だった。片方には杭が、もう片方には分銅が付いた物だった。

 

(いけるか、これで!)

 

 雪月は分銅が付いた方をハジメの方へと投げる。ハジメを支点としてどんどん腰に縄が巻き付いていく。

 

「次は……」

 

 雪月は次いで、杭が付いた方を近くに見えた崖の部分に思いきり殴りつける様に突き刺す。上手く刺さるか不安だったが、そんな不安を払拭するかのように、杭は根元まで深々と刺さる。そして、二人の落下は止まった。

 

「よし!」

 

 雪月は突き刺した杭を強めに引っ張ってみる。どうやら簡単には抜けないようだ。そうして、雪月とハジメは橋から縄を使ってぶら下がった状態に収まった。左手で杭を、右手に縄を掴んだ状態で、「ふぅ」と安堵の息を吐く雪月だったが……

 

 ピシッ

 

 未だ予断は許さない状況だった。橋のどこかの部分に亀裂が入る音が聞こえた。

 

(まずいな、このままだと……)

 

 雪月は何か方法はないかと考える。向こうの方で何か騒いでいるクラスメイトの誰か協力して貰おうかとも考えたが、橋が崩れたばかりで危険な状態の今では、逆に誰かを危険に晒してしまうかもしれない。

 

(……自力で登るしかない、か)

 

 そう思い、雪月は縄を登ろうとするが、体に思うように力が入らなかった

 

 先程の投影でなけなしだった魔力を使い切り、今は辛うじて縄を掴めている状況だった。

 

(いよいよ本格的にヤバいな…どうすれば……)

 

「ねぇ、雪月」

 

 どうしようかと考えていると、下の方から自分を呼ぶ親友の声が聞こえてきた。

 

「どうしたハジメ? あぁ安心しろ、今俺が登ってその後お前を引き上げるからよ」

「………ごめんね(ボソッ)」

 

 雪月はハジメを不安にさせないように、明るい声で話す。しかし、ハジメからの返事は小さくてよく聞き取れなかった。

 

「……ハジメ? 今な―――」

「雪月!」

 

 何を言ったのかもう一度聞こうとして、もう一度呼びかけようとしてハジメに遮られる。

 

「な、なんだよ?」

「白崎さんに……ごめんって言っておいて」

「あぁ? いきなり何を、い……て………」

 

 ”何を言ってるんだ”と言おうとしたが、不意に右手で掴んでいたハジメに巻き付いている縄が軽くなったのを感じた。まさか、嘘だ、そんな事あって欲しくないと思い、雪月はゆっくりと下を見ると……

 

 ハジメがいた。奈落へと向かって落ちていくハジメの姿が。

 

 なんで? どうして縄が切れている? 千切れたのか?

 

 よく見ると、ハジメは手にナイフを持っていた。迷宮に潜る前に、雪月が渡したあのナイフだ。

 

(まさか、切ったのか? あのナイフで、この縄を? なんで……どうして………)

 

 雪月は分からなかった。何故ハジメがこんな事をしたのか。

 

 ふと、ハジメの視線が上層への階段前にいるクラスメイト達の方に向いているのが見えた。雪月もそっちの方に視線を向けると、向こうでは香織が泣きそうな顔で今にも飛び出しそうな所を雫と光輝に羽交い絞めにされているのが見えた。他のクラスメイト達は、青褪めたり、口元を手で覆ったりしていた。メルド団長達騎士団の面々は悔しそうな表情を浮かべていた。

 

 雪月はクラスメイト達を見た後、もう一度ハジメを見る。ハジメはこっちを見て申し訳なさそうに微笑んでいた。その瞬間、雪月はようやく理解した。

 

 ハジメは気付いていたのだ。今の雪月が身体をまともに動かす事が出来ない事を。

 

 このままでは、二人共奈落に落ちてしまう。そう判断したハジメは、香織への伝言を頼み、雪月の足を引っ張らないように、縄を切って自分から奈落に落ちる事を選んだのだ。

 

(なんだよそれ。自分だけ犠牲になればそれでいいってか? なんで……なんで!)

 

 この時、雪月の中ではある感情が渦巻いていた。

 

 それは―――――怒り

 

 無力な自分に対してもだが、それ以上に……ハジメに怒っていた。何故そんな簡単に諦めてしまうのか、どうして自分が犠牲になればいいと思ってしまっているのか、それを雪月は許せなかった。

 

「こんの……馬っ鹿野郎がぁああああああああああ!!!」

 

 雪月は叫ぶ。叫び、そして……奈落に向かって飛び込んだ!

 

 対岸の方では、再びクラスメイト達の悲鳴と怒号が上がる。今度は雫までもが飛び出しそうになり、慌てて龍太郎が止めている。

 

 それを見ていた雪月は、小さく”わりぃな、八重樫”と呟き、視線を奈落の方へと戻す。既にハジメの姿は見えなくなっていた。しかし関係ない。

 

「ハジメ、お前はなにがなんでも見つけ出して、一発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ!! 覚悟しとけやぁ!」

 

 そうして、親友を追って、雪月も奈落の底へと消えていったのだった。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 宣言通り、今日中に投稿することが出来ました~

 このまま続けていきたいんですが、リアルの方の関係もあって、続きは近いうちに出そうと思っているとしか書けません。

 出来ればアニメに追いつかれない範囲で書いていこうと思っています。

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第十話:悪意と暗躍

あらすじ部屋

???「斯くして、二人の少年は奈落へと落ちた」

???「一人は友の為と思い自ら、もう一人はそれを良しとせず、後を追うように……」

???「果たして、彼等に待ち受けているのは死か? それとも……」

???「此度は残された者達の話、彼等は落ちていく二人に何を思うのか」

???「第十話―――――”悪意と暗躍”」

???「……………」



シュシュマン「あれ? 今そこに誰かいたような気がしたんだけど…気のせいかな?」


 クラスメイト達の悲鳴や怒号が周りから響き渡る。

 

 階段側への撤退を終え、ハジメと雪月、二人の撤退の支援の準備をして、魔法を放って二人がこちらに来るまでの時間を稼ぐ手筈だった。

 

 上手くいっていた、そう、上手くいっていたのだ。自分達がミスをするはずがない。誰もがそう思っていた。だが、そうはならなかった。

 

 彼等の今目の前に広がっている光景……迷宮にあの魔物、ベヒモスの断末魔が響き、石橋が瓦礫となってガラガラと奈落へと落ちていく。足止めをしていた二人と共に。

 

 誰もが落ちたと思った。けれど、誰かが声を上げる。よく見ると二人は落ちていなかった。縄のような物を使って、まだ崩れていない部分にぶら下がっていたのだ。

 

 香織を筆頭に何人かがすぐに助けに行くべきだと駆け出そうとした。しかし、周りに止められてしまう。今あの橋に近づくのは危険だ、危ないと言われ、引き止められてしまう。

 

 それでは二人を助けに行けない! そう言って香織が再び二人がいる方へ振り向いた瞬間、彼女の頭の中は真っ白になった。

 

 ハジメが落ちている。奈落へと。吸い込まれるように。

 

 それをその場から動けず、ただただ見ている事しか出来ない香織は、自分の中がたちまち絶望へと染まっていくのを感じていた。

 

 それと同時に、脳裏に、あの夜の出来事が何度もフラッシュバックする。

 

 ハジメと雪月の部屋にお邪魔して、雪月はいなかったが、ハジメと紅茶モドキを飲みながら歓談して、部屋に戻ろうとした先で雪月とばったり出会い、そして……

 

 ”二人で南雲くんを守る”と約束した、あの夜。

 

「いやぁぁああああぁあああああっ!! 南雲くん! 南雲くぅん!!」

 

 香織は叫び、走り出す。それをすかさず傍にいた雫と光輝が必死に掴んで止める。香織はその細い体のどこにこんな力がと思わせる程の尋常ではない力でそれを振りほどこうとする。

 

「離して! 南雲くんの所に行かなきゃ! いやぁ、離してよぉっ!!」

 

 二人は絶対に離すまいとした。今離したら、香織は間違いなく崖に飛び降りるだろうから。そう思える程今の彼女は悲痛な表情をしていた。

 

「香織っ、駄目よ! 南雲君はもう『馬っ鹿野郎がぁあああぁぁ!!』…えっ!?」

 

 香織の必死に止めようとしていた雫は、聞こえてきた叫び声に思わず視線を向ける。

 

 雫の目には……奈落へと落ちていく雪月の姿が映った。

 

「駄目、神薙君っ!」

 

 雫まで思わず飛び出しそうになる。しかし、それを龍太郎が肩を掴んで引き止める。

 

「待て! 行ったってもう間に合わないだろ!」

「っ!」

「雫、龍太郎の言う通り、もう間に合わない! 香織! 君も死ぬ気か! 南雲はもう助からない! 落ち着くんだ!」

 

 光輝のその言葉は、彼なりに精一杯気遣った言葉だったが、それは香織にだけむけた言葉。ハジメと雪月は含まれていない。そしてそれは、今彼女にかけるべき言葉ではなかった。

 

「無理って何!? なんでそんなこと言うの!? 南雲くんはまだ死んでなんかない! 私が行かないといけないの! 私がぁっ!」

 

 香織の抵抗はより一層激しくなる。今の彼女に何を言っても逆効果にしかならないだろう。周りの生徒達もどうしていいか分からず、オロオロしている。

 

 その時、今まで黙っていたメルド団長が香織に近付いていき、問答無用で香織の首筋に当身をする。一瞬ビクッと痙攣し、香織はそのまま意識を落とす。

 

 慌てて光輝が香織を抱え、メルド団長に文句を言おうとするが、雫が間に入り、メルド団長に頭を下げる。先程の取り乱した様子とは打って変わって、冷静な姿がそこにあった。

 

「お手を煩わせて、すいません。ありがとうございます」

「止めてくれ、礼なんて……俺にその資格はない。撤退の準備をしろ、もうこれ以上の犠牲を出す訳にはいかん………彼女の事は頼んだぞ」

「分かっています」

 

 メルド団長は他の皆に撤退の指示を出すために離れていく。口を挟めずにいた光輝から香織を受け取った雫を見ながら、龍太郎が声を掛ける。

 

「さっきまで慌てて飛び出しそうだったのに、随分と落ち着いてないか?」

「今は何を優先すべきなのかを冷静に考えただけよ。それに……」

「? それに?」

「ううん、なんでもない……光輝」

 

 雫はさっきから黙ったままの光輝に告げる。

 

「私達では香織を止めることが出来なかったから、団長が止めてくれたって事は分かってるでしょ? 香織の叫びが他の皆の心を傷付けてしまう前に、何より……香織自身が壊れてしまう前に、無理矢理にでも止めるべきだった………ほら、あんたが先導して道を切り開かなきゃ。あんたはリーダーで、勇者なんだから。皆を救わなきゃでしょ? ………南雲君が言っていたように」

 

 彼女の言葉に、光輝は頷く。

 

「あぁ、そうだな。早くここから出よう」

 

 光輝は皆を先導するため、階段の方へと向かう。

 

 雫と龍太郎がそれに追随する。そして、ふと雫は奈落の方へと振り返る。その先には、雪月が投影した縄が粒子となって消えかけているのが微かに見えた。

 

(神薙君………)

 

 完全に消えるまでそれを見た後、雫は再び階段の方へと歩き始めた。

 

「皆! 気落ちしている場合じゃない! 今は生きる事だけを考えるんだ!」

「体力の消耗が少ない奴は動けない奴に手を貸してやれ。この迷宮を離脱する!」

 

 階段の方では光輝とメルド団長の指示で、皆が動き始める。過度の疲労で動こうとしない者もいたが、このままここにいても、未だに増えてづけている骨共や魔物の餌食になるだけだと誰かが言えば、皆が即座に動き出す。

 

 そうして、彼等は階段への脱出を果たした。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 彼等は階段を上り続ける。それはただ歩いているだけの筈なのに、かなり神経をすり減らすものであった。

 

 周りは薄暗く、先は暗闇でほとんど見えない。感覚では、もう三十階近くは上ったんじゃないだろうか。皆の疲労は溜まっていき、今では歩くスピードが最初の頃に比べて半分くらいにまで落ちている。

 

 加えて、代わり映えしない景色に気が滅入る者達も現れ始めていた。その度にリーダーである光輝が自身のカリスマを発揮したり、騎士団員達が励ましたりして、なんとか凌いできたが、それももう限界に近かった。

 

「メルドさん、このままだと……」

「なにも言うな光輝。俺だって分かっている。そうだな、もう少し進んだら休憩を―――」

 

 休憩をはさもうと言おうとしたメルド団長が言葉を失う。訝しんだ光輝だが、メルド団長の視線の先にあるものを見て、目を見開いた。

 

 視線の先にあるのは壁。しかし、そこには大きな魔法陣が描かれていた。

 

 クラスメイト達もそれに気付いたのか、その瞳に生気が戻り、自然と足が早まる。

 

 メルド団長が駆け寄り、トラップを見逃さないためにフェアスコープも使いながら、入念に調べていく。

 

 その結果、どうやらトラップの類は仕掛けられていない様だった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。

 

「―――”開錠”」

 

 メルド団長は、魔法陣に刻まれた式の通りに一言だけの詠唱を唱えて魔力を流し込んでいく。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉みたいに壁がくるりと回転し、奥の部屋へと道を開いた。

 

 扉をくぐった先は………転移させられる前にいた二十階層の部屋だった。

 

「私達、帰ってこれたの?」

「やった! 戻ってこれたんだ!」

「ぐすっ、良かった、帰ってこれたよぉ……」

 

 あの地獄からようやく帰ってこれたのだと、実感したクラスメイト達は次々と安堵の息を漏らす。中には泣き出したり、その場にへたり込む子までいた。

 

 光輝達ですら近くにあった壁にもたれかかり、今にも座り込んでしまいそうだ。そんな時、メルド団長の怒号が飛ぶ。

 

「お前達! 安心するのはまだ早い! 気持ちは分からんでもないが、ここはまだ迷宮の中だ! 魔物との戦闘は極力避けて最短距離で迷宮の外を目指す! もう少しだ踏ん張れ!」

 

 少しくらい休ませてほしい、そんな生徒達の無言の訴えにメルド団長は告げる。

 

「休みたいのなら休めばいい。ただし、その時は置いていくからな!」

 

 その一言で、嫌々ながらも立ち上がる生徒達。メルド団長の有無を言わせない鋭い眼光には誰も文句を言えなかった。道中の敵は、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら、一気に地上まで突き進んだ。

 

 そして遂に、一階の正面門と受付が見えた。迷宮に入ってまだ一日すら経ってないはずなのに、酷く懐かしく思えた。

 

 今度こそ本当に安堵した表情で外に出ていく生徒達。正面門で大の字になって倒れ込む生徒までいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

 しかし、一部の生徒は暗い表情のままだ。香織を背負った雫に光輝、龍太郎、香織と後衛で組んでいた恵理と鈴、そして、ハジメが助けたあの女子生徒もその一人だった。

 

 それを横目で気にしながらも、メルド団長は受付に二十階層のトラップについてとある事を報告しに向かう。

 

 ………ハジメと雪月の死亡報告を。

 

 迷宮攻略初日からとんでもない事態が起こってしまった事に、憂鬱な気持ちになるが、それは決して外に出すまいとするメルド団長。それでも、溜息を吐かずにはいられなかった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 ホルアドの町に戻った一行は、何かをする元気はなく、宿の部屋に戻っていった。幾人かは生徒同士で話し合っているが、ほとんどの生徒はそのままベッドへとダイブし、深い眠りに落ちていった。

 

 雫は背負っていた香織を部屋のベッドに寝かせる。

 

 そして、自身も隣のベッドにもぐり、眠りに落ちる前にある光景を思い起こしていた。

 

(神薙君の顔、はっきり見えなかったけど、少なくとも、あの表情は……)

 

 雫が思い出していたのは雪月の事だった。奈落へと落ちていった親友を救うために、自ら飛び込んだその姿を。

 

「神薙君……あなたも……南雲君の、事を………」

 

 最後まで言うことなく、雫は深い眠りへと落ちていった。

 

 そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角の目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め、微動だにしない。

 

 もしクラスメイトが、彼のこの姿を見れば、激しく落ち込んでいるように見えただろう。

 

 

 

 

 だが、実際は……

 

 

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。”無能”なくせして……か、神薙と一緒に……ちょ、調子にのるから……て、天罰が下ったんだ……お、俺は間違ってない……間違ってないんだ! ヒ、ヒヒ……ヒヒヒ」

 

 暗い笑みと濁った瞳で、自己弁護しているだけだった。

 

 言うまでもないが、あの時軌道を逸れてまるで誘導されるように二人を襲った火球は、この檜山が放ったものだった。

 

 階段への脱出と、ハジメと雪月の二人の救出。それらを天秤にかけた時、二人を心配そうに見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。

 

 

 

 ”今なら殺っても気づかれないぞ(・・・・・・・・・・・・・・)?” と。

 

 

 

 そうして檜山は、悪魔に魂を売り渡した。周りにバレないように絶妙なタイミングを狙い、誘導性を持たせた火球をハジメに向けて飛ばしたのだ。結局、雪月がハジメを庇って当たらなかったが、最終的に二人共奈落へと落ちたため、檜山の目論見は達成した。

 

 大量の魔法が飛び交うあの状況では、誰が放った魔法なのか特定は難しいだろう。ましてや檜山の適正は風属性。あえて適正のない火属性を選んで放ったため、証拠は残らないし、分かるはずもない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、暗い笑みを浮かべ続ける檜山。

 

「へぇ~、予想はしてたけど、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイト、それも二人とか……中々やるね?」

 

 その時、不意に背後から声を掛けられる。

 

「っ!? だ、誰だ!」

 

 誰かに聞かれていたとは思わず、慌てて振り返る檜山。そこにいたのは、見知ったクラスメイトの一人だった。

 

「お、お前、なんでここに……」

「そんな事はどうでもいいでしょ? それより……ねぇ人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵とその親友をいっぺんにどさくさに紛れて殺すってどんな気分?」

 

 その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように心底楽しそうな表情を浮かべていた。その姿に檜山は戦慄していた。

 

 檜山自身がやったこととはいえ、クラスメイトが奈落に落ちて死んだというのに、その人物はまるで堪えた様子がない。

 

 ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、まるで最初からそんなことなかったかのように振る舞い、その影すら微塵もなかった。

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

 呆然と呟く檜山。それに対して、それを馬鹿にしたような態度でその人物は嘲笑う。

 

「本性? そんな大層な物じゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたら、どうなるかな? 特に、あの子が聞いたら……」

「っ!? そ、そんなこと……誰も信じるわけ……証拠だって……」

「ないって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? 君は普段の行いもそうだし、あの窮地を招いた張本人の言葉には、既に何の力もないと思うけど?」

 

 檜山は追い詰められていた。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉の数々。まさか、目の前にいる人物がこんな奴だったとは誰が想像できただろうか。

 

 二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で、自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。

 

「俺に……ど、どうしろってんだ!?」

「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別にすぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

「そ、そんなの……」

 

 相手の弱みを握り、自分の言うことを聞かせる。これは実質的な奴隷宣言のようなものだ。

 

 流石に躊躇する檜山。当然断りたかったが、そうすればこの人物は容赦なく、二人を殺したのは檜山だとクラスメイトの皆に言いふらすだろう。

 

 葛藤する檜山は、「いっそコイツも同じように」と、ほの暗い思考に囚われ始めていた。しかし、その人物はそうなるのを見越していたかのように、次いで悪魔の誘惑をする。

 

「ねぇ、白崎香織(・・・・)欲しくない(・・・・・)?」

「っ!? な、何を言って……」

 

 先程の暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。

 

 そんな檜山の様子をニヤニヤと見ながら、誘惑の言葉を続ける。

 

「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。まぁ他にも候補はいたんだけどね。南雲もその一人だったんだけど、君が殺しちゃったからなぁ。まぁ、君が一番適任かもだから結果オーライなのかな?」

「何を……お前は一体何をしたいんだ。お前の目的は何なんだ!?」

 

 檜山はあまりにも訳の分からない状況に混乱し、つい声を荒げてしまう。

 

「ふふ、君には関係の無いことだよ。まぁ、僕も欲しいものがあるってことだけは言っておこうかな……それで? 返答は?」

 

 あくまで小バカにしたような態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるが、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に最初から選択肢などなかったと、諦めの表情で頷いた。

 

「……分かった、従う」

「アハハハハハ、そうか、それはよかった! 僕としてもクラスメイトを告発するのは心苦しいからね! まぁこれから仲良くやっていこうよ、ね! ひ・と・ご・ろ・し・さん? フフ、アハハハハハ!」

 

 楽しそうに笑いながら踵を返し、宿の方へ歩き去っていくその人物の後ろ姿を見ながら、檜山は項垂れていた。

 

 彼の脳裏には忘れようとしても、否定したくても決して消えてくれない光景がこびりついていた。ハジメが奈落へ落ちてしまった時の香織の姿、表情、叫びは……彼女の気持ちを雄弁に語っている。

 

 彼女が決して善意だけで、ハジメと親しくしていたわけではないという事を。今回の事で、クラスメイト全員が否が応でも悟らされただろう。

 

 そして、憔悴する彼女を見て、今度はその原因に意識を向けてくるだろう。軽率な行動で自分達を危険に晒し、ハジメと雪月が奈落に落ちる原因を作った檜山へと。

 

 檜山は思った。これからはうまく立ち回らなければならない。自分の居場所を確保するために。孤立しないように。もう檜山は越えてはならない一線を越えてしまったのだ。もう立ち止まることは出来ない。

 

 これからはあの人物に従ってさえいれば、もう有り得ないと思っていた可能性―――香織を自分のモノに出来るという可能性があるかもしれないのだ。

 

「ヒ、ヒヒヒ……だ、大丈夫だ。きっと上手くいく。俺は……俺は間違ってない! ヒヒ、ヒヒハアハハ……」

 

 檜山は再び顔を膝に埋めて、暗い笑みを浮かべる。

 

 もう周りには誰もいない。誰も、檜山の邪魔をする者はいなかった。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 今回はちょっと短めになりました。

 次回からは雪月視点で話が進みます。果たしてハジメを追って奈落へと落ちていった雪月に待ち受けるものとは?

 皆さんは『ありふれた職業で世界最強』のアニメ第一話見ましたか?

 自分は……寝落ちしてしまいましたよコンチクショー!( ;∀;) なんで放送時間が夜中の1時なんですか~! 出来れば夜7~9時くらいに放送して欲しかったです。次回は何としてでも見れるように頑張らないと!

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第十一話:洗礼と絶望

あらすじ部屋

???「残された者達はみな、無事に地上へと戻ることが出来た」

???「しかし、彼等の中には心に大きな傷を残す者も」

???「そして、自己弁護をする檜山の前に現れた者の正体とは?」

???「が、それはまた別の機会に。此度は奈落へ落ちた少年達の話」

???「果たして、彼等に待っているのは……」

???「第十一話―――”洗礼と絶望”」

???「さて、俺も行かないとな……」


 時は、ハジメと雪月が奈落へ落ちた直後へと遡る。

 

 雪月は現在、光が差さない暗い世界を下へ…下へと落ちている途中だった。

 

 ふと上の方を見る。ついさっきまで見えていたはずの迷宮の天井はもう見えず、代わりに闇が広がっていた。

 

「もう上の方は見えなくなっちまったか……あいつ等、無事に上の階層に撤退出来ただろうか? まぁ、大丈夫だと思うけど……」

 

 雪月は下の方に視線を戻す。下の方は未だに何も見えず、先に落ちたハジメの姿は闇の中に消えていた。

 

 ハジメの無事を信じつつ、雪月はある事を考えていた。

 

(あの火球……あれは、偶然飛んできたものじゃない。間違いなく、故意(・・)に飛ばしてきたものだ)

 

 考えていたのは、ハジメと共に階段側に撤退していた途中、突如二人の方に飛んできた火球についてだった。雪月はあれを偶然によるものではなく、人為的によるものだと確信していた。

 

(あの時、俺達とベヒモスの間は既に三十メートル近くも離れていた。あれだけ離れておきながら、俺達に誤爆する可能性は高くないはず……ましてや、俺達の方に正確に飛ばしてくるなんて、狙わない限りは……)

 

 そこで別の事が気になる。あの火球は、誰が撃ったもの(・・・・・・・)なのか。

 

「一体、誰が……あ?」

 

 突然視界がぐらつき、眩暈に襲われる。

 

(なっ、こんな時に…か、ぎ……て………)

 

 必死に意識を失うまいとしたが、その努力もむなしく、雪月の意識は闇に塗り潰されていった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

「んん……はっ!」

 

 仰向けに倒れていた雪月が気付き、上半身だけを起こすと、そこは見知った場所だった。

 

「………なんでここにいるんだよ、俺」

 

 そこは、雪原。数多の剣が突き刺さった、果てなき雪原。雪月が夢で何度も見ている光景だった。しかし、今回はそれだけではなかった。

 

「俺が呼んだからだ」

「っ! あ、あんたは!?」

 

 後ろからの声に一瞬ビクッとなりながらも振り向く。そこには、あの男がいた。トータスに召喚された直後、雪月の夢の中に、この雪原と共に現れたあの男だ。相変わらずその身に纏う覇気は普通じゃない。

 

 雪月は立ち上がり、男と向かい合う。

 

「さっき、呼んだって言ったよな?」

「あぁ」

「……何のために?」

「お前と話をするためだ」

「話だと? 悪いが、俺にはお前と話す事なんてねぇし、その時間もない。早いとこ目ぇ覚まして、ハジメを探さねぇと」

「探す? 既に死んでいるかもしれない奴をか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、雪月は男の胸ぐらを掴み、殺気を放つ。しかし、男は全く動じていない。

 

「随分と可愛らしい殺気だな」

「てめぇ、言葉には気を付けろよ? あいつはまだ生きている、絶対に!」

 

 こう言ったが、ハジメが生きているという確証はない。ただの雪月の願望でしかないのは自身も分かっている。けど、そう考えていないとある事が頭をよぎってしまう。

 

 ハジメが生きていないかもしれないという最悪な未来を。

 

「……まぁそう考えるのはお前の勝手だが、例え奈落の底まで無事に辿り着けたとしても、その後はどうかな?」

「っ! どういう事だよ!?」

「分からないのか? 今お前達は奈落の底……つまり、オルクス大迷宮のさらに下の階層へ向かっているという事になる。そして、この大迷宮の特徴は?」

「……っ!?」

 

 そこまで聞いて雪月も理解した。このオルクス大迷宮は下に行けば行くほど、より強い魔物が現れるのだ。

 

 下手をすれば、あのベヒモスよりも強力な奴が……

 

「なら尚更こんなとこにいられるか! おい! どうすれば目を覚ますんだ、教えろ!」

 

 雪月は焦る。もし、ハジメが落ちたところにちょうど魔物がいたらと思うと、気が気ではなかった。

 

「焦らずとも、お前はもうじき目が覚める。そら、来たぞ」

 

 男がそう言うと同時に、周りが白く染まり始めた。

 

「そして、目が覚めたら、お前も気を付けることだな」

「あ? それって……」

 

 最後にそう言って、男は雪月に背を向けて白の世界に溶け込んでいった。

 

「……ご忠告どうも」

 

 そう呟き、雪月の視界は白く染まっていった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 ピチョンと滴る音が聞こえた。

 

 自分の顔に落ちてきた水滴と、全身の冷たい感触で雪月の意識は覚醒する。

 

「うっ…あ……ここ、は? って、冷て!」

 

 雪月は周りを確認しようとするが、全身を襲う冷たさに思わず立ち上がる。

 

「これ、川か?」

 

 雪月が立っていたのは横幅五メートルほどの川の中心だった。どうやら何らかの方法で助かった後、仰向けになってこの川に流されたようだ。自分が流れてきたであろう方を見るが、壁に緑光石のほのかな光が僅かに先を照らすぐらいで何も見えなかった。

 

「……うつぶせになってなくて良かったと思うべきか? いずれにせよ、こうして生きて奈落の底に辿り着いたわけだが、ハジメは一体何処に?」

 

 雪月は辺りを見回す。そこはまんま洞窟と言った感じだった。あちこちから岩や壁がせり出し、通路の幅は二十メートルはくだらなかった。

 

 しかし、ハジメの姿は見当たらなかった。近くにいると思っていたが、そうではないようだ。雪月は川の方に視線を落とす。

 

「なんとなく予想はつくが、俺はこの川に流されたんだろうな。一体どれだけ流されたんだ? 落ちた場所からそんなに離れてなけりゃいいんだが……くしっ!」

 

 ずっと地下水の川に浸かっていた所為か、雪月の体は冷えきっていた。

 

「そ、そうだった。川の中にいるんだった。ちょっと頭もクラクラするし、早いとこ岸に上がらねぇと」

 

 転ばないように気を付けながら川の中を進み、岸へと上がる雪月。震えるのを我慢しながら服を脱いで一つ一つギュ~ッと絞っていく。絞った後、広げてバサッバサッと、取れる分だけの水気を取り、再び着ていく。肌に張り付いて嫌な感じだが、すぐに着た理由があった。

 

「ここが迷宮である以上、魔物がいるはず。どこに何がいるのか分からないんじゃ、おちおち休んじゃいられねぇ」

 

 雪月は服を着直した後、軽くストレッチしてみる。体は十分動くようだ。そこでふと気づいたが、確か頭から血を流していたはずだが、出血は止まっていた。不思議に思ったが、都合が良かったので気にしない事にした。

 

「さて、とりあえず流された方に向かってみるか。運が良ければ、あいつ(ハジメ)と合流できるかも―――」

 

 

 

 

 

 グルルルルルルルルルル……

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 それはいきなり聞こえてきた。それが聞こえた瞬間、全身からブワッと汗が噴き出し、心臓の鼓動が一気に早くなる。雪月は周りを見渡し、自分の体が楽々隠せそうな岩場を見つけると、慌ててそこに身を隠す。

 

(今のは…聞き間違いじゃなければ、獣の……唸り声!)

 

 雪月は岩場から顔を少しだけ出して辺りを見回す。

 

 唸り声が聞こえてきたのは、川の水が流れる先の通路からだった。そっちの方を注視していると、唸り声の正体が姿を現した。

 

(あれは……狼?)

 

 現れたのは狼のような魔物だった。毛並みは真っ白で大きさは大型犬くらいあり、尻尾が二本もあった。尻尾の数にも驚いたが、目を引くところが他にあった。

 

 白い二本の尾を持つ狼…二尾狼の体には、赤黒い線が幾本も走っており、まるで心臓のように脈打っているのだ。

 

(なんだあれ。血管…とかじゃ……ないよな多分。なにか魔物特有の器官か?)

 

 雪月が岩陰から観察していると、二尾狼は地面に鼻を近付けてスンスンと嗅ぎ始めた。

 

(ヤバい! においを嗅いでいるって事は!)

 

 雪月は直ぐにここから離れようとしたが、既に遅かった。再び二尾狼の方を見た雪月の動きが止まる。

 

 二尾狼がこちらをバッチリ見ていた。両者そのまま動かず、川の流れる音だけが響く。

 

 そして、次の瞬間にその均衡は崩れた。

 

「グルゥアアア!!」

「ちぃ! 発動してくれよ―――投影、開始(トレース・オン)!」

 

 二尾狼が唸り声を上げながらこっちに飛びかかって来る!

 

 雪月は舌打ちしながら即座に剣を投影し、二尾狼の鋭利な牙を剣の腹で受け止めながら巴投げで剣ごと真後ろへと投げた。

 

「どっ…せい!」

「グルァ!?」

 

 いきなり投げ飛ばされて二尾狼は驚いたような声を上げたが、すぐに体勢を整えて綺麗に地面に着地する。雪月は二尾狼から目を離さず剣を拾い、構える。

 

「はぁ、はぁ……獣相手にも巴投げって出来るんだな。さぁ、次はこっちの番―――」

 

 息を整えながら、雪月は二尾狼に反撃しようとするが……

 

「グルォア!」

「いっつ!? なっ、この!」

 

 突如後方から現れた別の二尾狼に右腕を噛まれてしまう。いきなりの事で驚きながらも、雪月は即座に腰に差してたナイフを二尾狼の頭に突き刺す。

 

「んの野郎がぁ!」

「ガァアア!?」

 

 頭にナイフを突き刺された二尾狼は右腕から口を離す。そしてビクッビクッと何度か痙攣をした後、動かなくなる。どうやら死んだようだ。

 

「あぁくそっ! もう一匹いるとか聞いて『グルルルルル……』っ! おいおいおいマジかよ」

 

 別の二尾狼がいた事に文句を言いながら、数歩後退する雪月だったが、更に二匹……後ろの通路の奥の方からやってきて、自分の認識が甘かったことを痛感させられる。

 

(聞いた事がある。狼ってのはそのほとんどが群れを作る習性があるって……こいつが狼の魔物って時点で、仲間がいる可能性も考えておくべきだった)

 

 雪月は右手に片手剣、左手にコンバットナイフを構えながら、前方と後方、計三匹の二尾狼からどうやって逃げるかを考えていた。相手が一匹だけなら”倒す”という選択肢はあったが、相手が複数な上に前後で挟まれているこの状況で相手の事を何も知らずに戦うのは無謀と雪月は判断し、逃げの一手を選んでいた。

 

 しかし、その場に二尾狼の唸り声とは別の声が響く。

 

「キュウ」

「…は?」

 

 そのあまりに可愛らしい声に、雪月は思わず間抜けな声を出しながらそちらの方に意識を向けてしまう。そこにいたのは……

 

「ウ、ウサ…ギ、か?」

 

 小動物が出すような声と共に通路の先から現れたのは別の魔物だった。見た目はウサギに似ているのだが、中型犬並みの体躯を持ち、後ろ脚が大きく発達していた。そしてこの魔物にも、二尾狼と同じ様に赤黒い線が幾本も走っていた。

 

 雪月はこのウサギを見てひどく困惑していた。

 

(どういう、ことだ? アイツを見た瞬間から、俺の直感が大音量で警鐘を鳴らしてやがる。見た感じ狼より強そうには見えないのに……)

 

 すると……

 

「グルゥアアア!」

「っ! えっ!?」

 

 雪月の前方を塞いでいた二尾狼が唸り声を上げながら突っ込んできた。雪月に襲い掛かる……と思いきや、雪月を素通りして、ウサギの方に駆けていった。残りの二匹もそれに続く。

 

(俺よりもあのウサギの方が脅威だってのか?)

 

 先頭を走っていた二尾狼がウサギに飛びかかる。地球でなら、この時点でウサギの命運は尽きたと思えるが、この世界では違った。

 

「キュア!」

 

 ウサギは可愛らしい声を出しながら、二尾狼の顎目掛けてサマーソルトキックを喰らわせたのだ。ゴギャッという鈍い音がした後、仰け反りながら吹き飛んだ二尾狼は動かなくなった。まさかの一撃死である。

 

「……嘘やん」

 

 それを見ていた雪月はそう呟く事しか出来なかった。

 

 一匹目の二尾狼を瞬殺したウサギは足をたわめたかと思うと、二匹の内の片方に一気に肉薄する。二尾狼は捉えきれてないようだ。そのままウサギの回し蹴りが首にクリーンヒットする。

 

 ドパンッ! ゴギャッ!

 

 銃の発砲音かと聞き間違えるほどの炸裂音が響いた直後、首の折れる音が響く。あっという間に二匹をその足で瞬殺して見せた蹴りウサギ。残った一匹が若干後退りながらも、唸り声を上げながら自身の尻尾を逆立たせる。すると……

 

 バチッ! バチチチッチチッ!

 

 尻尾が赤黒く放電をし始めた。

 

(あれは……あの狼の固有魔法か?)

 

「グルゥアアア!!」

 

 二尾狼の咆哮と共に、尻尾から放たれた赤い稲妻が蹴りウサギへと襲い掛かる!

 

 蹴りウサギはその場で跳躍する。逃がすまいと二尾狼は蹴りウサギのいる空中に向けて電撃を放つ。しかし、次に起こした蹴りウサギの行動に雪月は目を見開いて驚愕した。

 

「えっ……なっ!?」

 

 なんと、蹴りウサギは空中を踏みしめながら、二尾狼の攻撃を左右へと躱していたのだ。それも、徐々に二尾狼に近づきながら。

 

 二尾狼の電撃が止まる。どうやらずっと出し続けることは出来ないようだ。それと同時に、蹴りウサギも再び空中を踏みしめ、二尾狼に向けて突進する。着地寸前にくるんと縦に一回転し、かかと落としを二尾狼の頭に喰らわせる。

 

 グシャッ!

 

 潰される頭。その直後よろよろとよろめき、最後にはバタリとその場に倒れる。こうして三匹の二尾狼は、蹴りウサギに一撃も与えることが出来ずにその生涯を終える事になった。

 

(カ…カッカッカ。この世界じゃ、地球での常識なんてなんも通用しねぇや。ウサギがここまで強いとか、何の悪夢だよ)

 

 雪月は顔を引き攣らせる事しか出来なかった。自分が戦わずに逃げようとしていた相手を、あのウサギはあっという間に殲滅してしまったのだ。空中を踏みしめていたのはあのウサギの固有魔法か何かだろうと雪月は判断していたが、それでも戦おうなどとは思わなかった。

 

(幸いにも、あのウサギはこっちにまだ意識を向けていない。今の内にこっそりと隠れてやり過ごそう)

 

 雪月は静かに一歩、また一歩と忍び足で後退していく。蹴りウサギの方は二尾狼を倒して満足しているのか、「キュッ!」と鳴きながら、こちらに背を向けてふんぞり返っている。

 

 その間にも、雪月は着実にさっきまで隠れていた岩場の方に近づいていた。あと数歩で隠れられるという所で、不幸が雪月を襲う。

 

 

 

 パチャッ!

 

 

 

「っ!?」

 

 その場に水音が響く。体が硬直し、冷や汗が噴き出る。恐る恐る足元を見ると、右脚を後退させたところに血だまりが出来ていた。それは、雪月がナイフで倒したあの二尾狼の血だった。

 

 迂闊だった。雪月が倒した二尾狼は岩場のすぐそばにいる事を、雪月はすっかり頭から抜け落ちていたのだ。視線を血だまりからゆっくりと正面に向ける。

 

 蹴りウサギがこちらを見ていた。

 

(………やるしか、ないか………)

 

 雪月はもう逃げられないと判断し剣を構える。たとえ倒すことは出来なくても、なんとか隙を作って逃げようと思考をめぐらせる。蹴りウサギもその場で足をたわめ、こちらに突進する構えをとる。

 

 だが、蹴りウサギがこちらに跳んでくることはなかった。急に視線を雪月がいる方向とは反対の方に向けたのだ。

 

(どうした、何故急にやめる?)

 

 雪月は分からなかった。蹴りウサギが急に向こうの方に視線を向けた事に。そして、その体が震えている事に。

 

(あの狼達を圧倒した奴が震えている? 一体向こうに何、が―――)

 

 雪月は視線を蹴りウサギと同じ方向に向ける。その直後、雪月は絶句した。

 

 通路の奥からまた新たな魔物が現れたのだ。

 

 そいつは一言で言えば巨体。見た目は熊にそっくりだった。二メートル近くはあるだろう巨体に加え、腕が異常に長かった。足元まで伸びたその腕には、鋭くとがった長い爪が三本ついていた。見た感じ三十センチくらいはある。そして、この魔物にも、赤黒い線が走っていた。だが、雪月にはそこまで詳しく見ている余裕がなかった。

 

(な、んだ…あれ……ヤバい、あれはヤバすぎる! ここにいたら確実に殺される!)

 

 雪月は逃げようとした。けれど、足が動かなかった。まるで蛇に睨まれた蛙のように一歩もその場から動けなかった。それは蹴りウサギも同じようだった。

 

「……グフッ、グルルルルル」

 

 そこに熊……爪熊の低い唸り声が響く。まるでこの状況に飽きたとでも訴えるかのように。

 

「っ!? キュッ!」

 

 蹴りウサギがすぐに足をたわめて脱兎のごとく逃げ出す。蹴りウサギは一切戦おうとはせずに、その足を逃げる事だけに使った。しかし……

 

「グウァアアアアア!!」

 

 その巨体に似合わない俊敏な動きで蹴りウサギの前に立つと、その長い腕を使って爪を振るってきたのだ。だが、蹴りウサギはそれを空中を踏みしめることで躱した………かに思えた。

 

 雪月の目には、蹴りウサギは確実に爪熊の攻撃を躱したように見えた。しかし次の瞬間、地面に着地した蹴りウサギの体が上下真っ二つに斬り裂かれたのだ。

 

(なっ⁉︎ なんで? 躱しきったはずなのに……!)

 

 すると、爪熊の口元から何かが落ち、雪月の足元に飛んできた。それに気付いた雪月は拾い上げる。

 

「っ!? こ、これって……」

 

 それを見た瞬間、雪月は愕然とした。向こうでは、蹴りウサギを仕留めた爪熊が死体へと歩み寄り、その鋭い爪で死体を突き刺してバリボリと喰い始めていた。しかし、雪月にはその音は耳に入っていなかった。

 

 雪月の意識は彼の手元に、彼が持っていたモノに向けられていた。

 

「これって、まさか…まさ、か………」

 

 雪月が持っていたモノ、それは布の切れ端だった。一部が赤黒く変色して、見覚えのある布の切れ端だ。

 

「はぁはぁはぁ………!」

 

 その切れ端を拾い上げた手がプルプルと震え、雪月の呼吸が荒くなる。次の瞬間、それをギュウと握りしめる。そして……

 

「……おい、熊野郎……」

 

 爪熊へと語りかける。しかし、その声は小さく、爪熊には届いていない。

 

「どうして、お前の口からこの布切れが落ちてくる?」

 

 雪月がゆっくりと爪熊に歩み寄る。一歩一歩、ゆっくりと。その声にだんだんと怒気を含みながら……

 

「てめぇ……これの持ち主に………ハジメ(・・・)に何をしたぁああああああああああ!!!」

 

 雪月は先程投影した剣を構えて、叫びながら爪熊に向かって走り出す。

 

 拾った布の切れ端、それはハジメが身に付けていた服の切れ端だった。何度も見ていたから、その色合いも覚えていた。周りは薄暗かったが、それを見間違えはしない。

 

 雪月は怒りで我を忘れていた。目の前にいる魔物が、蹴りウサギが戦わないで逃げようとするほどの強敵なのだが、今の雪月には関係なかった。

 

 今雪月が持っている切れ端は、爪熊の方から飛んできた。つまりこの魔物は既にハジメと出くわしている可能性がある。そして、それが口元から落ちてきた上に、血がこびりついているということは……

 

「アァァァアアアアアアアアアア!!」

 

 その先を考える前に雪月は走り出していた。そして、爪熊に向かって片手剣を振り下ろす。しかし……

 

 ブン! バキン!! グシュッ!!

 

 三つの音が同時にその場に響く。

 

「ごぁっ!?」

 

 爪熊は邪魔だと言わんばかりに、こちらを見ずに爪を下から上に振り上げる。その一撃で剣は粉々に砕け、雪月にもダメージが入り、後ろの方に大きく吹く飛ばされる。

 

 地面を数回バウンドした後、ゴロゴロと転がってようやく止まる。体のあちこちが痛みながらも、雪月は立ち上がろうとするが、そこでふと違和感を覚える。

 

「あ? なん、で……左側…が見えねぇん、だ?」

 

 雪月の視界が、左半分が真っ黒に染まっていたのだ。不思議に思った雪月は左手を顔の方に持ってくる。

 

 

 

 ヌチャッ

 

 

 

 そんな音がした。手を離すと、左手には血がべっとりと付いていた。誰の血だろうか? 答えは直ぐに分かった、これは自分のだと。

 

「あ…あぁ……あぁあアアアアアアアア……」

 

 その瞬間理解してしまった。自分は今、爪熊の攻撃で左の眼球が傷つけられ、光を奪われたのだと。

 

「あ、ぎ……あ、がぁあああああーーーーー!!!」

 

 理解した途端、顔の左半分が激しい痛みに襲われる。どうやら眼球だけじゃなく、顔の左側全体を傷付けられたようだ。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ!

 

 あまりの激痛にその場でのたうち回ることしか出来なかった。すると、ズシッという震動が地面を伝わって来た。雪月は痛みを必死に耐えながらまさかと思い、爪熊がいる方を見る。

 

 爪熊がこちらに歩いてきていた。雪月を見据えて、悠々と。

 

「ひ、ひぃいいい!」

 

 雪月の心の中には恐怖しかなかった。自分ではどう足掻いても絶対に敵わない圧倒的強者に対する畏怖。それが雪月のプライドも何もかも全てをへし折り、雪月の中の全てを支配していた。

 

 そんな雪月がとれた行動は一つ。

 

「あぁあああああああああ!!」

 

 逃げる事だった。他の事はどうでもいい。今は早く、あの怪物から逃げなければ!

 

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 雪月は走る。しかし、先程の爪熊の攻撃と顔左側の傷の痛みで思うように走れずにいた。爪熊の方は未だに悠々と歩いている。雪月が疲れて衰弱するのを待っているのだろうか。

 

「こ、このままじゃ……あ!」

 

 その途中で、雪月は見つける。穴だ。丁度雪月の大きさでギリギリ通れるかぐらいの縦穴だった。奥は何処まで続いているのか分からない。しかし迷ってる暇はなく、雪月は即座にその穴に入る。

 

「グルアァアアア!」

 

 目の前にいた獲物が急にいなくなった事で爪熊は走り出す。そして縦穴とその中にいる雪月を見つけると、その穴目掛けてその鋭い爪を振るっていく。ビュウンと風が唸るような音と共に破壊音を響かせながら、ガリガリと壁を削っていく。

 

 実は、この風はこの爪熊の固有魔法が関係している。爪熊は自身の爪に風を纏わせ、見えない風の刃を形作っているのだ。射程は最大三十センチまで伸びる。蹴りウサギが避けた様に見えたのに斬り裂かれたのはこれが原因である。

 

 雪月が斬りかかって来た時、爪熊はこの固有魔法を使っていなかった。その時は食事中であったことと、雪月を敵として認識していなかったからだ。だが、むしろそれで良かったのかもしれない。もし固有魔法を使われてたら、今頃雪月は物言わぬ死体と化していただろうから。

 

「はぁはぁはぁ……!」

 

 後ろで何かすごい音が聞こえるが、雪月は振り向かずに走り続ける。しかし……

 

「っ! あぁ、そんな!」

 

 通路は途中で止まっていた。周りを触って確かめるが、何もない。完全な行き止まりだった。後ろの方ではガリガリと削る音が近付いてきている。

 

「……はっ! こうなったら、一か八か!」

 

 雪月は壁に手を押し当てる。そしてある言葉を紡ぐ。それは、この世界に来てから親友と訓練の度に何度も紡いだ、あの言葉。

 

「―――”錬成”!」

 

 それは賭けだった。錬成は武具や鉱石を加工したりする時に用いる技能。それならば、迷宮の壁も加工できるのでは? と雪月は思いついた。そしてその試みは………成功だった。

 

「っ! よし!」

 

 目の前にあった壁は、縦横の幅はそのままで奥行きが一・五メートル程伸びた。雪月はさらに奥へと進み、行き止まりに来たらすかさず”錬成”を使って奥行きを広げて無我夢中で進み続けた。一刻も早くあの怪物から離れたかった。

 

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 そうして、錬成を繰り返しながら進んでどれほど経ったであろうか。もう壁を削る音は聞こえないが、それでも雪月は錬成をやめなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……れ、”錬、成”……」

 

 もう何回目かも分からない錬成を使い、前に進もうとした時、道が突然消えた。

 

「えっ、おわっ!」

 

 どうやら下り坂になっていたらしく、コケてゴロゴロと転がるハメになった。

 

 坂を下り終わった後、雪月は慌てて周りを見渡す。ここは六畳ほどの少しせまめの空間だった。周りに魔物はおらず、入口も錬成で開けた穴しかなかった。

 

 ピチョンと音が聞こえ、音が鳴った方に目を向けるとそこには多くはないが、水が溜まった場所があった。

 

 ようやく落ち着ける場所に来たと安堵した雪月はその場にへたり込む。そして、左手の方を見る。

 

 左手には自身が怒りで我を忘れるきっかけとなった服の切れ端が握られていた。最初は血が少しこびりついているだけだったが、今は雪月の血も混じって赤黒く変色していた。

 

「カカ、何をやってるんだ、俺は……守ると言っておきながら、結局守れず、それどころか仇に敵とすら見て貰えず、恐怖に負けて逃亡。かっこわりぃな……は、ははは………ぐぅ」

 

 視界が滲んできた。自分ですら歯が立たずにこのザマだ。おそらく、ハジメは、もう………

 

「……くしょ……畜生………ちくしょぉおおおおおおおおおおーーーーー!! アァアアアアアアアアアアーーー!!!」

 

 雪月の慟哭が響く。守れなかった、大切なものを。守ると約束したのに果たせなかった。そんな自分が許せなかった。そして、自分から大切なものを奪った存在が許せなかった。

 

「あぁ……あぁあああ………あぁあああああああああーーーーー!!」

 

 その後も、雪月は疲れて気絶する様に眠るまで泣き続けた。無力な自身を嘆きながら。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 少し間が空いてしまいました、すいません。

 アニメの方ではもうかなり進んでいますね。意外と進むの早いなぁ、びっくりです。

 少しでもアニメに追いつけるように頑張らねば……

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第十二話:受け継がれる力

あらすじ部屋

???「奈落へと落ちた少年は、気が付くと川の中にいた」

???「周りは薄暗く、親友の姿も見当たらない」

???「ひとまず行動しようとする少年の前に、奈落の底の魔物が立ち塞がる」

???「なんとかその場を切り抜けようとするが、今度はそんな彼を絶望が襲う」

???「彼の下に飛んでくる一つの布きれ。それはよく知っている物だった」

???「怒り狂う少年。しかし、ある魔物のたったの一撃で彼の自信やプライドは粉々に崩れ去ってしまった」

???「恐怖に負けて逃走する少年。逃げ切ることは出来たが、自分があまりにも無力だということを思い知らされる」

???「そして、そんな彼にさらに待ち受けるものとは……」

???「第十二話―――”受け継がれる力”」

???「……いよいよだ」


 

 

 

 

 

 全てを失った。

 

 

 

 

 一緒に戦っていた仲間も、友達も………親友も。何もかもを失った。そして、俺だけ(・・)が生き残った。何故かは分からない。単に運が良かっただけなのか、それとも別の理由があるのか、だがそれはどうでもよかった。その時の自分にはそれを考えるだけの余裕はなく、ただその場に呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

 

 最初に感じたのは、深い悲しみ。

 

 

 

 動かなくなった仲間達の前で何度も泣いた。守れなくてごめん、救えなくてごめんと何度も何度も謝罪の言葉を呟きながら。どれだけ泣いたのか分からない……

 

 

 

 次に感じたのは疑問。

 

 

 

 どうしてみんなが死ななければならなかった?―――――魔人族と戦争をしていたから。そして負けた。

 

 そもそも俺達は一体なんのために戦っていた?―――――俺達はハイリヒ王国に、人間族を救ってほしいと頼まれた。その為に、俺達は異世界の神エヒトによってこの世界に召喚された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………神?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうやって自問自答を繰り返していた時、俺はある答えに辿り着いた。

 

 そもそも、その神が俺達をこの世界に召喚しなければ、こんな事にはならなかった。どうして俺達なんだ? 何故俺達がこんな目に合わなければならない!?

 

 沸々と湧き上がってきたのは……怒り、そして憎悪。心の底から激しく怒り、それと同時にその存在そのものが死ぬほど憎いと感じたのは初めてだった。

 

 そうして、俺は死んでいった仲間達に別れを告げ、ただ一人、誰もが馬鹿馬鹿しいとも思える復讐を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『神を殺す!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その為に戦った……戦い続けた。己を限界と思えるまで鍛え上げ、戦う。それでも及ばなければ、再び鍛えて、戦って、勝って、戦って、負けたらまた鍛える。その繰り返しだ。

 

 そうやって何度も限界を迎え、それを越えていく。何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も! そうやって限界の、さらにその先を目指して―――‼

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

「こうして思い返してみれば、俺は、ただ死に場所を求めていただけなのかもしれない。『神を殺す』なんて大層な目的を掲げておきながら、本当はみんなの後を追いたかっただけなのかもな」

「……………」

「だが、俺は死ねなかった。どんなに絶望的な状況でも、必ず生き残ってしまった」

 

 

 

 空が赤い雪原。そこにある無数の剣とは異なる二つの影が存在した。一人は男、もう一人は四つん這いの状態で俯いている雪月だ。

 

 先程から男の方が喋り続け、雪月は黙っていた。ちょうど顔の下にある手が濡れているのは、泣いているからだろう。そして、雪月がかすれた声で呟く。

 

「今のは……なんなんだよ……」

「惚ける気か? お前なら、もう既に分かっている筈だろ? お前が見たのは………」

 

 

 

 

 

 俺の過去、そして……………お前(・・)の未来のひとつだ。

 

 

 

 

 

「……それじゃあ、やっぱり、お前は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『未来の俺』だっていうのかよっ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男、未来の雪月が過去の自分を見下ろす。その目はとても冷たいものだ。

 

「正確には平行世界のお前、というべきなんだろうな。俺とお前とじゃ少し過去が違う」

「………どうして、俺にあんなものを見せた……」

「まぁ、ちょっとした八つ当たりみたいなものだ」

「な、に……?」

「なぁ、過去の俺。お前は自分が強いと思いあがり、守りたいものを全部守れると信じきっていた、違うか?」

「………それは」

 

 未来の自分の言葉に雪月は言い淀む。実際そうだったのだから反論出来ない。

 

「俺も同じだったさ。守れると信じていた。だが、その考えは甘かった。俺は失った、仲間を、親友を! もしお前が本当にあいつを………ハジメを守りたいと思うならっ! 自分が誰よりも! あの天之河(勇者)よりも強くならなきゃいけなかった!」

「くっ……うぅ……」

「あの絶望した日から俺は強くなった! 他の奴とは比較にならないほど強くなったと自負できる! どんな敵だろうと倒せる自信がある! ……今なら……」

「……………」

「今なら、失ったもの全てを守れる自信がある。だが! 俺にはもう守るものが何一つ残っていない! 何も残ってないんだよ! どうして! なんで俺は今になってこの強さを得た!? どうしてあの時にこの強さが無かった!? 今の俺のこの強さに何の価値があるっていうんだぁ!!」

 

 未来の雪月は叫ぶ。それは全てを失い、それを奪った者達や、神への復讐の為に己を鍛え続け、今に至る彼の心の奥底に溜まっていた気持ちだった。

 

「………だったら」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「だったらよぉ!」

 

 気付けば雪月はよろよろと立ち上がり、未来の自分の胸ぐらを掴む。

 

「今すぐ俺に寄越せ!」

「……………」

「いらないってんなら、もう必要ないって言うなら、それを俺にくれよ! 俺には必要なんだ。今必要なんだよ強さ(それ)が! 俺から大切なものを奪った奴に復讐するために、必要なんだよぉ!!」

「………あぁ、もとより……」

 

 スッと未来の雪月が片手を上げる。

 

「そのつもりだ」

 

 そして、下ろすと同時に、雪月の背中に激痛が走る。

 

「がっ、あが……な、なん、だ?」

 

 雪月が後ろを見ると、自分の背に刺さってる(・・・・・・・・・・)剣が見えた。

 

「な、んだよ……これ……」

「なぁ、お前にはあるか?」

「あ、うぁ?」

「自分にもっと力が、今以上の強さがあればと……死ぬほど悔やんだことはあるか?」

「そん、なの……!」

 

 ドグンッ!

 

「あぐっ、う、あ゛、ぎ、がぁ、あぁぁあああああぁあああああ!」

 

 背に刺さった剣から何か得体のしれないものが流れ込んでくるのを感じる。体が熱い。まるで中から焼かれているようだ。ドクンッドクンッとまるで剣自体が脈打っているように感じた。そしてそれは段々と強くなっていく。

 

「今この時、この瞬間! 俺の世界とお前の世界は一時的に完全に繋がった。今からお前に俺の……いや! 俺達(・・)の全てを託す! その力で! 奴を……神を殺せ!!」

「ぐっ、うぎ……おぉおおおおおぁぁぁああああああああああ!!」

 

 雪月は空に向かって右手を伸ばす。そこに何かがあるわけではない。しかし、雪月は何かを掴もうと伸ばし、次の瞬間、強く握りしめる!

 

 するとそれに反応したかのように、周りの景色が、がらりと変わっていく。赤く染まった空は青く輝く晴天へと変わり、周りに突き刺さっていた剣はそのままに、新たに槍などの剣以外の別の武器が加えられていく。

 

 雪月は右手を天に向かって伸ばしたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 

「これで、全てがお前に託された」

 

 雪月は未来の自分の方に目を向けると、その表情は心なしか笑っているように見えた。その直後、視界が真っ白に染まってくる。そして、すべてが真っ白に染まる前にある言葉が聞こえてきた。

 

「そういえばお前は、あの布きれだけで死んだと考えたようだが、それはちょいとばかし早計なんじゃないのか?」

 

 それを聞いた直後、雪月の視界は完全に真っ白に塗り潰された。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

「……うっ、あ………」

 

 目を覚ます。そこは爪熊からの逃亡の末に辿り着いたあの小さな部屋だった。

 

「さっきのあれは、夢じゃ……ない、よな」

 

 雪月は上体を起こす。爪熊によって左目は失われ、視界は左半分が真っ暗だった。

 

「ん……血が止まってる。あいつがなんかしたのか?」

 

 体の状態を確認したが、出血が止まっていた。しかし、傷はそのままのため、体を動かそうとすると激痛が走る。

 

「つっ! くぅ……少しは体を休ませねぇとな。これ以上無茶したら、体壊しちまう」

 

 体を休ませようと近くにあった壁に寄りかかる。完全に座り込んだと同時に、今度は頭に痛みが走る。

 

「が、あっ! 頭が、痛い!? なんだ、これ? 頭の中に、何か知らないモノが……入って、くる!?」

 

 頭を抱えて蹲る。耐えれない程ではないが、その場から動けずにいた。そして数秒後、痛みは徐々に引いていった。

 

「はあ、はぁ、はぁ………一体、何だったんだよ。今、の…は……?」

 

 雪月が自分の状態を確認しようとする前に、頭の中に自分が知らないはずの情報が思い浮かぶ。

 

「これは、俺の知らない記憶? そう言えば……」

 

 あの雪原で未来の自分は言った。『俺達の全てを託す』と。

 

「もしかして!」

 

 雪月は慌てて自分のステータスプレートを取り出す。そこには……

 

===============================

神薙雪月 17歳 男 レベル:12

天職:錬成師 贋作者

筋力:150

体力:170

耐性:150

敏捷:300

魔力:200

魔耐:200

技能:投影魔術[+高速投影]・千里眼・心眼(偽)・魔装演舞・剣気闘法・錬成・剣術・双剣術・双大剣術・槍術・弓術・全属性適正・全属性耐性・言語理解

===============================

 

 と、このように表示されていた。

 

「……………」

 

 雪月は数秒間、プレートとにらめっこする。もうプレートとキスするんじゃないかという距離まで顔を近付け、自分の情報を注視する。

 

 そして、プレートから顔を離すと、「はぁ」と深い溜息を吐く。

 

「全てを託すって言うから、なんかステータスが爆発的に増えているのかと思ったけど、違うのか。取り敢えず分かったのは、俺が受け継いだのは記憶と、それから……」

 

 再びプレートの方に目を向ける。プレートには変化が三つほどあった。

 

 まず一つ目は、天職欄にあった???が『贋作者』に変わっていた。未来の自分から色々受け継いだ影響だろうか。

 

 二つ目と三つめは技能についてだ。よく見ると、投影魔術の横に[+高速投影]というものがついている。これはおそらく”派生技能”と呼ばれるものだろう。その技能を使い続けることで、後天的に身につく新たな技能。

受け継いだ記憶の中には、経験も含まれているからそのお陰だろう。名前から察するに、より速く武器などを投影することが出来るのだろう。有り難い限りである。

 

 三つ目については、これが一番謎だった。技能欄に新たに二つの技能が加わっていた。『魔装演舞』と『剣気闘法』である。

 

「これについてが一番分からねぇ。記憶の中に情報があるんだろうけど、靄がかかったようになんも分からない。プレートで詳細を見れないだろうか」

 

 技能の詳細を見ようとするが、ここで思わぬ障害が発生する。

 

 

 

 『この技能は現在使用不可能のため、詳細の開示は不可』

 

 

 

「………はい?」

 

 雪月の目が点になる。予想外の展開に理解がすぐに追いつけなかった。

 

「いや、えっと…は? 見れないって……はぁ!? なんだよそれ……あんの野郎、使えるモンを寄越せよ(怒)」

 

 雪月は拳をワナワナと震わせて怒りが込み上げてきたが、すぐにやめて冷静になる。

 

「落ち着け、怒ったって意味はない。使えないのはきっと何か理由がある筈だ。ひとまずこれは一旦保留。次に確認すべきなのは……」

 

 雪月は立ち上がり、唱える。

 

「―――”投影、開始(トレース・オン)”!」

 

 詠唱を唱えたと同時に、その手に片手剣が出現する。新たに得た”高速投影”のお陰で投影速度は向上していた。だがそれだけではない。

 

「……………すごい」

 

 雪月は自身が投影した剣に目を奪われていた。投影速度もそうだが、その精度も格段に上がっていた。

 

「なるほど、こりゃすげぇや。ここまで投影の速度や精度が上がってるんなら、あいつ等に一泡吹かせるのも……けど、今はまだ駄目だ。まずは今の自分を理解する必要がある。どこまで出来るのか、それを知っておかないと」

 

 雪月はまだ、託されたものを完全に使いこなせていない。このまま戻ったとしても、勝てないのは明らかだ。

 

「ひとまずここを拠点として休憩しつつ、一つ一つ確認していくか。幸い、ここはあの入口を塞いでしまえば、魔物がここに来ることはない」

 

 そう言って、雪月は自分が錬成で作った入口の方に向かい、再び錬成でその出口を塞ぐ。この空間は緑光石のお陰でそこまで暗くはない。

 

「よし、入口はこれで大丈夫。あとは………」

 

 雪月は今まで左手に握りしめていたハジメの服の切れ端を、自分の左目を覆い尽くすように巻き付ける。

 

 ギュッ

 

「よし、やるか」

 

 そうして雪月は誰も来ない狭い空間の中で一人黙々と確認作業に入る。

 

「……あ、そういえば」

 

 ふと、未来の自分が最後に言っていたの言葉を思い出す。

 

「死んだと考えるのは早計だと言ってたけど、まさか……」

 

 そっと左目を覆った布に触れる。

 

「いや、あの熊野郎に遭遇しちまってるんだ。生存は……絶望的だろう」

 

 雪月は首を横に振って有り得ないと決めつけ、それ以上その事について考えるのをやめて再び確認作業に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは、雪月がいる空間とは離れたとある場所

 

 そこに横たわる一つの影。そして……

 

「誰か……助けて………雪月………」

 

 誰にも聞こえる事の無い呟きが響いていた。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 時は進み、奈落の底に落ちてから一週間ほどが経過していた。奈落の底では太陽の光が無いから、外ではどれほどの時間が経っているのか雪月には分からない。だが、彼にとってそれはどうでもよかった。

 

「ふぅ……フン!」

 

 雪月は手に握っているものを振るう。しかし、それは今まで使ってきた中世のヨーロッパで見るような両刃の剣ではない。

 

 その手には刀身が僅かに逸れており、刃は片方にしかない。更に、その刀身には数珠刃と呼ばれる刃文(はもん)が浮かび上がり、振るうと時々緑光石の光に照らされてキラリと輝く。

 

 雪月が持っていたのは紛れも無い、日本刀だった。それはかつて江戸時代にその名を馳せた刀工、長曽弥 興里(ながそね おきさと)が作った最上大業物、虎徹だった。

 

 元々雪月自身が持っていた刀に関する知識に加え、受け継いだ記憶からその情報を引き出して、とうとう日本刀を投影することに成功したのだ。

 

 しかし、虎徹は贋作が多い刀でもあるため、今雪月が手にしているのが本物の虎徹を投影したものとは限らないが。

 

「ハッ、セイッ!」

 

 雪月は手に持った虎徹(贋作)の感触を確かめていく。真上から真下、左右の袈裟斬り、からの逆袈裟斬り、胴斬りとあらゆる角度から刀を振るっていく。そして、一通り確認し終え、休憩に入る。

 

「ふむ、もう大分体を動かせるようになってきたな。これなら……」

 

 塞いだ入口の方に目を向ける。雪月の口角が上がる。

 

「さあ、狩りの始まりだ!」

 

 その直後、雪月の腹がぐぎゅるるると下品な音を立てる。雪月はチラッと自分の腹を見る。

 

「……あいつ等の肉、食えんのかな? 腹減ったな……」

 

 雪月自身は気付いていなかったが、その口元からは涎が溢れていた。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 迷宮のとある通路、そこを五匹の二尾狼が歩いていた。

 

 二尾狼は雪月が推測した通り、群れを作って行動する魔物だった。ここでは彼等が一番弱い存在のため、それを数と連携で補っているのだ。彼等は絶好の狩りの場所を探し、迷宮を歩く。

 

 ヒュンッ! ドズンッ!!

 

 しかし、そんな彼等に何処からか飛来してきた謎の物体が襲う。五匹の内、一体がそれに頭を貫かれ、絶命した。声を上げる暇もなく、即死である。

 

 残りの四匹は周りを警戒しつつも、死んだ仲間の下に近寄る。飛んできたものを確認するためだ。そうして、彼等は謎の物体の正体を突き止めた。

 

 それは細長い何かだった。矢のようにも見えるし、細長い剣のようにも見える。しかし、矢も剣も知らない二尾狼は、これが何なのかさっぱり分からなかった。そして、彼等の不幸はまだ続く。

 

「―――――我が骨子は捻じれ狂う」

「グルゥア!?」

 

 急に聞こえてきた声に驚いたような声を上げる二尾狼達。周りを見て、声の主を探すが見当たらない。

 

「―――――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 

 ビュンッ! ドパパンッ!

 

 再びあの得体のしれない何かが飛んできた。そして避ける間もなく、一匹の頭を貫いても勢いは止まらず、もう一匹の命も奪う。残った二匹はそれが飛んできた方を見る。その先には僅かな光が灯った闇が広がっているだけだ。

 

 その奥から再び聞こえてくる。

 

「ふむ、弓術にも自信はあったが、上々のようだな」

 

 二匹の二尾狼はピクッと耳と二本の尾を立て、グルルルルルと唸り声を上げる。通路の向こうに何かいる。警戒しながら見ていると、闇の中からそれが姿を現した。

 

「御機嫌よう狼共。悪いが狩られて俺の糧となれ」

 

 通路の奥から現れたのは雪月であった。その手には黒い大きな弓が握られている。

 

 先程雪月は、二尾狼達から離れた所にいた。そして、記憶の中にあった黒弓と刀身が螺旋状になっている剣を投影する。剣を弓に番え、引き絞ると同時に剣が細くなっていき、矢のような形状に変化する。”千里眼”で二尾狼達の正確な位置を確認し、放つ。それは見事に二尾狼に命中し、五匹の内、三匹を瞬く間に葬ったのだ。

 

「さて、遠距離武器の性能は十分に確認できた。後は近接だな」

 

 雪月は持っていた黒弓を手放し、今度は虎徹を投影する。投影した虎徹を両手で持って、正眼の構えで二尾狼と相対する。対する二尾狼は、何故か一匹がもう一匹を守る様に前に出てくる。

 

「………へぇ。遠くから見た時、もしやとは思ったけど……お前等、親子か?」

 

 残った二匹の二尾狼を見比べてみると、後ろにいる方が二回りほど小さい。

 

 雪月がこの二匹が親子ではないかと思ったのは、さっきの群れの中で、雪月が仕留めた三匹はそれぞれ一定の間隔を空けて歩いていたのに対し、この二匹はまるで寄り添い合うように歩いていたのだ。

 

 魔物にも親子関係というものがあるのだろうかと気にはなったが、雪月にはそれよりも気になっていた事があった。

 

「まぁ親子云々は置いといて、だ。お前等だけ見た目が違うのが気になるんだよな。なぁ、なんでお前等青いの(・・・)?」

 

 そう、この二匹だけ青黒い線が体中に走っているのだ。今まで出会った魔物は全て赤黒い線だったのに、この二匹だけが違った。その体を青黒い線が時折ドクンッドクンッと脈打っている。

 

「グルルルルルルル……」

「ま、獣相手に聞いたところで、答えなんて帰ってくる訳ないんだけどな」

 

 親と思われる二尾狼は二本の尻尾を逆立て、バチバチと雷電を纏わせる。それを見た雪月の目が見開く。

 

「ほぅ、そっちも青くなっているのか。青っていうより、瑠璃色の方が近いか。うん、こっちの色の方が綺麗に見える」

 

 雪月はその青い雷電に一瞬だが見惚れてしまっていた。けどすぐに気持ちを切り替える。目の前にいるのは敵なのだから。

 

 両者が睨みあって数秒、先に親狼が動き出す!

 

「グルォア!」

 

 咆哮を上げながら、稲妻を雪月に向かって放つ。

 

 しかし、雪月は口角を僅かに上げてニヤッと笑ったかと思うと、素早く腰に着けてたウェストバッグから何かを取り出し、投げつける。すると、放った稲妻が投げられたモノに吸い寄せられていった。

 

「グアッ!?」

 

 親狼はかなり驚いただろう。自身が放った電撃が、別の何かに向かっていくのだから。そして、そこに生まれる隙を、それを彼は見逃さない。

 

 ダッ! と雪月が親狼に向かって走り出す。

 

「カカッ! やはりな。電撃と言っても所詮は電気。こうやって避雷針を用意しちまえば、簡単に対処できる」

 

 雪月は迷宮を散策する前に、二尾狼の電撃対策として避雷針を投影しておいたのだ。成功するかどうかは不安であったが、結果は見ての通り。見事、電撃を誘導することに成功した。

 

「グルァ!」

「ふん、悪いな。避雷針はまだまだあるぜ!」

 

 親狼は再び雪月に向かって電撃を放つが、それも複数の避雷針によってあらぬ方向に誘導されてしまう。そして、雪月が親狼の眼前へと迫る。

 

「グルゥオァアアア!」

 

 もう電撃は通用しないとようやく判断したのか、親狼は雪月に噛みつかんと飛びかかる。だが……

 

「……遅い」

 

 雪月は体を少し逸らして躱しつつ、その首めがけて虎徹を振るう。

 

「斬!」

「ガァッ!?」

 

 雪月は手の感触から一撃が入ったと確信したが、仕留めきれなかったのだろう。首から血を流しながらも、親狼は元いた場所まで跳んで雪月と距離をとっていた。だが、雪月には分かっていた。自分が負わせた傷は致命傷だと。このままではあと数分足らずで命を落とすだろうと。それでも止まらない。後ろにいる存在を守るためにも。

 

「そいつを…子を守るために命を懸ける……か」

 

 雪月は小さい方の二尾狼をチラッと見た後、視線を戻し、再び虎徹を構える。そして次の瞬間、走り出す。それに続いて親狼の方も走りだす。

 

「はぁぁあああああ!」

「グルォアアアアア!」

 

 雪月が虎徹を振るう姿勢を取り、親狼も雪月に噛みつかんと飛びかかる。そして、両者が交錯する!

 

 その場には虎徹を振りぬいたままの姿勢でいる雪月と、親狼の姿があった。お互いそのまま数秒間動かなかったが……

 

「ぐっ、うぅ……」

 

 先に雪月が膝をつく。よく見ると、左肩の肉が少し抉れている。親狼に持っていかれたのだろう。だがその直後、親狼の首から血がドバッと吹き出し、ばたりとその場に倒れてピクピクと数回痙攣した後、そのまま動かなくなる。

 

「………くそ。最後の最後にやられたな」

 

 雪月はチラッと親狼を見た後、残った一匹の方を見る。残りの一匹は、唸りながらこちらを睨みつけていた。

 

「グルルルルル!」

「ふん……勇ましいな。親の敵討ちって所か? でも、お前でも分かっているはずだ」

 

 雪月は虎徹の切先を殺気を纏わせながら子狼に向ける。殺気に当てられたのか、子狼がたじろぐ。

 

「お前じゃ俺には勝てない。挑んできた所で、死ぬだけだ。お前の親が命を懸けて守ったその命、もっと大事にした方が良いぜ」

 

 雪月は殺気を解いて子狼から視線を外し、親狼の死体に近づく。

 

「悪いが、こいつは貰っていくぞ? この中じゃ一番の戦利品だし、俺も腹が減ってるんでな」

 

 そう言いながら、大型犬並みの大きさがある死体を肩に担ぐ雪月。現実ならは持てる重さではないのだが、そこはステータス様様だ。

 

「グル、グルルルル……」

 

 子狼は雪月を睨み続けているが、先程までの覇気がない。目の前にいる敵には敵わないと分かっていても、親を殺した相手をこのままにしておくわけにはいかないという思いから逃げずにいるのだろう。

 

「ふん。俺が許せないか? なら、もっと強くなれ」

「グア?」

 

 子狼は雪月の言っている言葉を理解しているのか、首を捻る仕草を取る。その様子に雪月は若干驚きつつも続ける。

 

「悔しかったら、今以上に強くなってみせろ。己を鍛え、限界を超えてみせろ。そうしたら、少しは俺に追いつけるかもな」

 

 そう言って、雪月は歩き出す。子狼は唸り声を上げずただそれを見ているだけだった。その様子を横目で見ながら、雪月は自分が歩いてきた通路の奥へと消えていった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

「……いかんな、迷った」

 

 二尾狼との戦いが終わって、戦利品である親狼の死体を担いで歩いていた雪月が呟く。

 

 雪月は現在、絶賛迷子中であった。周りがよく似た地形である上に、雪月は目印を付けておくのを忘れていたのだ。自業自得である。

 

 今魔物に襲われるのはマズい。逃げるにしても、せっかくの戦利品を置いていかなくてはならない。それだけは何としてでも避けたかった。

 

「う~ん、仕方ない。錬成で壁に穴作って、そこで休憩を………お?」

 

 雪月はどこか良い場所はないかと周りを見回していると、不意に通路の脇にあった隙間の奥で、何かがキランと光るのが見えた。

 

「なんだ? 今の……」

 

 雪月は気になっていた。自分でも、どうして今のがここまで気になってしまうのか理解不能だったが、自分の中の直感がその隙間の中に行くべきだと何度も訴えてくる。

 

「………行ってみるか」

 

 雪月はその隙間に向かって歩き出す。周りに魔物がいないかを入念に確認しながら、隙間に近づいていく。そして、隙間に到着したと同時に……

 

「―――”錬成”」

 

 錬成を使って、隙間を自分と親狼が通れる広さまで広げていく。そして、それを繰り返しながら隙間の奥へと進んでいく。時折、奥の方でまたキランと何かが輝くのが見える。これから向かう先に何があるのだろうと、少し期待しながら進んでいく雪月。そうして、錬成しながら歩くこと数分、少し(ひら)けた空間に出た。

 

 そして、目的の物が目の前にあった。

 

「おぉ………」

 

 雪月はそれ(・・)に目を奪われた。それは壁の中に埋まっており、ソフトボールくらいの大きさの青白く輝く結晶だった。そして、その結晶からは一定の間隔で水滴が滴り落ちていた。その滴った先には小さな穴が空いており、そこに液体が溜まっていた。

 

「……………」

 

 雪月は親狼の死体を地面に置くと、まるで導かれるようにそこまで歩いていき、片手でその液体を掬って口に含むと、次の瞬間……

 

「っ!」

 

 謎の液体を口に含んだ途端、先程まで感じていた疲れが一気に吹き飛んだ。それどころか、親狼に抉られた肩の傷までもが瞬く間に塞がっていくではないか。

 

「すごいな、これ。回復効果のある水か。しかもこの回復速度、世の中にはすげぇモノがあるもんだ。けど……」

 

 雪月は自分の左目を覆っていた布をクイッと上げてみる。しかし、そこには真っ暗な世界しか映らなかった。

 

「この左目は駄目、か。まぁ、治らないんなら仕方がない。それよりも、だ!」

 

 親狼の方を見る。それを見た途端、口元から涎が出始めてきた。

 

「久々の飯で肉だ。腹いっぱい食わせてもらうぜぇ」

 

 自分が通って来た道を錬成で塞いだ後、以前投影したコンバットナイフを使って毛皮を丁寧に剥がしていく。

 

 そうして、ある程度まで剥がし終えた後、丁度良い大きさに切った肉を見てゴクリと生唾を飲む。そして……

 

「いただきます……はぐっ!」

 

 そして、無我夢中でそれに食らいついた。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 う~ん。頭の中では大まかなストーリーが出来上がっているのに、いざそれを文章にしようとすると、中々上手くいきません。

 相変わらず拙い文章ですが、これからも読んでいただけると嬉しいです。

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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第十三話:小さな同行者?

あらすじ部屋

???「ここに来るのも三度目。ようやく正体を明かせるな」

???「御機嫌よう諸君、平行世界の未来から来た神薙雪月だ」

未来雪月「前回は過去の俺に力を託し、二尾狼と戦って倒した所までだったな」

未来雪月「その後、帰り道が分からなくなって迷うとか醜態を晒していたが、何かに導かれるように進んでいくと、そこには不思議な結晶があった」

未来雪月「どうやらその結晶から滲み出てきている液体はかなりの回復効果を持ったモノらしいな。あいつが親狼から受けた傷もあっという間に回復していやがった」

未来雪月「さて、今回は戦利品として得た親狼の肉を喰らう所から始まるが、果たして……」

未来雪月「第十三話、始まるぞ」

未来雪月「そろそろ俺の出番も終わりかな?」


「んぎぎぎぎぎ~~~!」

 

 少し広めの空間に、声が響く。緑光石がぼんやりと辺りを照らし、一つの影を映し出す。

 

 雪月は手に持った親狼の肉を噛み千切ろうと、必死で引っ張っていた。そして、ようやくブチィッと音を立てて、食べやすい大きさになる。そしてそれを咀嚼していく。

 

「あむ、んむ……はったいな、ふそぅ(かったいな、くそぅ)。ほれに(それに)、んっぐ。まっず!」

 

 親狼の肉はお世辞にも、美味いとは程遠いものだった。硬い筋ばかりな上に、味も良くない。本来ならペッと吐き出したいところだが、ようやくありつけた食料を前にして、飢餓感には勝てなかった。この肉も、味や臭いを我慢すれば食べれないという訳ではない。雪月は再びかぶりつく。

 

「はぶっ、んぐぐぐぐぐ〜……むんっ! んむんむ……ごくっ。味はともかく、数日間なにも食わなかった後の食事がこんなにも幸せだと感じる感覚は久しぶりだな。父さんに修行だと言われて、山に一週間放り込まれた時以来か?」

 

 雪月は中学の夏休みに、父親である鷹虎に、神薙家が所有する山でサバイバルをさせられた経験がある。最初の数日間はまともなものが食えず、ようやくの思いで川でとれた魚を焼いて食べた時のあの幸福感は、今でも忘れられない。

 

 ちなみにこのサバイバル、夏休みや冬休みなどの長期休みに入る度にやらされて、時には山に住む動物と戦うなんてこともあった。雪月が迷宮に入ったばかりに見せた警戒スキルは、これのお陰だったりする。自然と出来るようになるまで、一体どれほど山の好戦的な動物達に先制攻撃を許したことか。

 

「……あぁもう、やめだやめ。二度と思い出したくねぇ」

 

 そんな思い出に苦い顔で浸りながら、硬い肉を喰らっていく雪月。なにか飲み物が欲しいと思い、先程見つけた回復水を飲もうと立ち上がった瞬間、体にチクッと小さな痛みが走る。

 

「ん? なんだ、今……のっ!? ぶっ! ごはっ!」

 

 その直後、今のとは比べ物にならないくらいの全身の激痛と突然の吐血が襲ってきた。

 

「がはっ、ごほっ! 一体、なに、がっ! あ、があぁあああああ!!」

 

 あまりの痛みにその場を転げまわる事しか出来ない。体の中から得体の知れない何かに喰われているような感覚だった。

 

(この、痛み……まるで、体の、内側から、壊されて、いる、よう、な……!)

 

 雪月はその想像を絶する痛みに耐えながらも、地面に這いつくばりながらも回復水がある場所を目指す。そして、なんとか辿り着き、液体が溜まっているくぼみに口を勢いよく突っ込んで啜る。直後、回復効果が発揮して痛みが引いていくが、すぐにあの痛みが襲ってくる。

 

「うげぇあ!? な、なん…で? どうして、肉を喰った、だけで、こんな! 魔物の、肉を……っ!」

 

 ここで、雪月はある事を思い出す。それは、ハジメと共に図書館に来ていた時の事だった。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

『なぁハジメ、魔物って食えるのか?』

『えっ、どうしたの急に』

 

 お互い本を読んでいたら、いきなりそんな事を聞いてくる雪月に驚くハジメ。

 

『いやさ? もし仮に食料の備蓄が切れた時に、周りに魔物しかいなかったら倒してその肉食えるのかな~って思って』

『……もしかして雪月、昨日の座学聞いてなかったの?』

『へ? 昨日? 昨日………あ~、昨日はその、前日にちょっと夜更かしをしちまって、座学の時間は寝てたわ』

 

 その日は剣術の訓練に熱が入り、夜遅くまでしていたのが仇となってしまった。その所為で、雪月は朝の座学の時間はほとんど夢の世界へと旅立っていたのだ。気まずそうに頬をポリポリと掻いて目を逸らす雪月。ハジメは溜息を吐く。

 

『はぁ、その座学の時間に雪月が気になってる事を丁度説明してたんだよ』

『あちゃ~、やっぱ普段しない夜更かしなんてするもんじゃないな』

『まったく……それで、魔物の肉を食べれるか、だったよね。答えは【絶対に無理(・・・・・)】だよ』

『無理? しかも絶対ときたか』

『そう。前に試した人がいたらしいんだけど、魔物の肉を食べたその人は体がボロボロに砕けて死んだそうだよ』

 

 ハジメの答えを聞いた雪月の顔が引き攣る。

 

『し、死んだ? えっ、ボロボロって……マジで?』

『うん。魔物は”魔石”という特殊な器官を体内に持っていて、そこから体中に魔力を巡らせることで驚異的な身体能力を得てる。これは知ってるよね? そして、体内を循環している内にその魔力は変質して、骨や筋肉に浸透してより頑丈にしてると言っていたかな』

『ふむ、となるとその変質した魔力ってのが、食えない原因になるのか?』

『その通り。研究者の間ではその魔力が人間の体内に入ると、内側から細胞を破壊していくんだって』

『おぉくわばらくわばら、けど食えないなら仕方ねぇな。わざわざ食事の為に命捨てるわけにもいかねぇし』

『そもそも、騎士団の人達がいるから食べ物が無いなんて状況にならないと思うけどね』

『それもそうだな、カカカ!』

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

「そう、だった。魔物の、肉は、食えない、って、ハジメが言って、たっけ、か……ぐぅっ!」

 

 雪月は少し前の自分を殴りたかった。何故こんな重要な事を忘れてしまっていたのか。しかし、既に食べてしまったからもう後の祭りである。魔物の肉を食った時点で、雪月の死は確定していたのだが、運が良いのか悪いのか、それを許さぬ存在があった。

 

「うっ、ぐっ! 痛みが、おさ、まっ! あぁあああああーーー!」

 

 先程飲んだ回復水が異常な速度で雪月の体を修復していき、そして痛みが治まったと思ったらまた激痛が襲ってくる。

 

 雪月が飲んだ異常な回復効果がある液体を生み出す謎の結晶。それはこの世界では歴史上最大級の秘宝とも呼ばれ、今では失われた伝説の鉱物と言われる”神結晶”と呼ばれる代物だった。

 

 神結晶は、この世界の大地に流れる魔力が千年という長い年月をかけて、偶然出来た魔力溜りがそのまま結晶化したものだ。本来なら直径三十~四十センチ程の大きさで、今回雪月が見つけたのは比較的小さめの物だった。そして、結晶化した後にそこから数百年の歳月をかけて魔力が飽和すると、それが液体となって滲み出す。雪月が飲んでいたのはこれで、名を”神水”と呼ばれている。

 

 神水は、飲んだ者の怪我や病をたちまち治してしまうと言われており、雪月はこれを自身の身をもって体感している。しかし、既に失明した左目のような欠損した部分を治す力はない。そして、飲み続ける限り寿命が尽きないとも言われ、人々の間では不死の霊薬と言い伝えられている。神代の物語なんかでは雪月が憎むエヒト神が神水を使って人々を癒す描写があるとか。

 

 そんなとんでもない代物のお陰で、雪月の肉体は今、魔物の肉による破壊と神水による再生が同時に起こっていた。

 

(これ、は……俺の、体の中で、破壊と、再生が何度も、繰り返されて、いる!?)

 

 雪月は再び窪みに口を突っ込んで、神水を啜る。

 

「ぷはっ! カカ……上等、じゃねぇ、か! 魔物の肉で、俺の体が壊されるか……無事に、生き残れるか、勝負、だ。がっ! うぎぃあああああーーー!!」

 

 神水によって治まっていた痛みがまた襲ってくる。雪月は地面をのたうち回ったりする事しか出来ずに数分が経過したところで、雪月の体に異変が起こり始めていた。

 

 最初の変化は髪の色だ。真っ黒だった髪が頭頂部から徐々に真っ白に変わり始めたのだ。否、全部ではない。ほんの一部分だけ黒いままだった。そして、異変はまだ終わらない。

 

 そして次に、肉体の方にも変化が現れた。元々鍛えていたお陰か、常人より多少は太かった腕や足がさらに太くなっていき、内側から青黒い線が体中に浮き出し始めた。この現象は今雪月の体の中で起こっている破壊と再生が関係している。

 

 人間の体には、超回復と呼ばれる現象がある。骨や筋肉が事故や怪我で断裂、骨折したりすると、その部分だけ周りより少し太くなって治るというあれだ。今雪月の体はそれが体全体で、絶え間なく起こっている状態だ。破壊された所から、瞬時に治る。それが体の至る所で起こり、雪月の体を急速的に強靭なものへと作り替えていっているのだ。

 

「ぎっ、ぐ、ぎぃいいい……うぐっ! ごぁあああああーーーーー!!」

 

 ひと際大きな叫びをあげると、雪月は仰向けに倒れる。もう痛みに耐えるような声は聞こえてこなかった。雪月の体が耐え切れずに死んだのか、それとも……

 

 雪月の体は髪が前髪の一部分を除いて真っ白に染まり、腕しか見えないが、体中には青黒い線が幾本も走っていた。まるで魔物のようである。

 

 十数秒間、その場に静寂が訪れる。

 

 だが次の瞬間、雪月の右目がカッと見開かれる。その目は以前の黒目ではなく、親狼の電撃と同じ、瑠璃色に変化していた。

 

 雪月はそのまま両手を握ったり開いたりを数回繰り返し、周りを確認すると、ネックスプリングでその場から跳び起きる。

 

「……さっきと同じ場所にいて、自分の意志で体を動かせるって事は……俺はまだ生きてるんだな」

 

 雪月は確認の為にその場で軽くストレッチしてみたり、数回ジャンプしたりするが、体が軽く感じる。それどころか体中に力が漲ってくるようだ。

 

「変な感じだな。体は不調を感じるどころか絶好調だし。なんか奇妙な感覚があるし。俺の体どうなっちまったんだ?」

 

 雪月は自分の体の変化に戸惑いながらも、他になんか変わった所はないだろうかとステータスプレートを取り出し、自身のステータスを確認する。

 

===============================

神薙雪月 17歳 男 レベル:13

天職:錬成師 贋作者

筋力:220

体力:250

耐性:200

敏捷:370

魔力:260

魔耐:260

技能:投影魔術[+高速投影]・千里眼・心眼(偽)・魔装演舞・剣気闘法・錬成・剣術・双剣術・双大剣術・槍術・弓術・魔力操作・胃酸強化・纏雷・全属性適正・全属性耐性・言語理解

===============================

 

「ぶっほ!?」

 

 そこに表示された内容を見て思わず吹き出してしまう。二尾狼達と戦う前と比べて、レベルは一つ上がっているのだが、ステータスの上り幅がおかしすぎる。それによく見ると、技能欄の”弓術”の後に見慣れない技能が三つも増えていた。

 

「えっ、これって…えっと……胃酸強化は文字通りだとして、魔力操作に纏雷? 後者はともかく前者の方は名前からして、魔力を操作できるって事か? どうやるんだろ?」

 

 雪月は取り敢えず自分の体に意識を集中する。すると、体中に青黒い線が浮かび上がる。

 

「うわなんだこれ、キモッ!?」

 

 顔が引き攣る雪月。まるで自分が魔物になったような気分である。だが、先程から感じていた奇妙な感覚の正体が分かった気がした。

 

「さっきから感じるこの感覚はひょっとして、魔力だったのか? じゃあ試しに、この魔力を循環させてみる感じで……」

 

 雪月は血液のように全身を流れるイメージを思い浮かべる。すると、ぎこちないが奇妙な感覚、もとい魔力がゆっくりと全身を回り始めた。

 

「お? お、おぉ~。こりゃ面白い」

 

 その感覚を楽しんでいると、不意に右手にはめている手袋に描かれている錬成の魔法陣が明滅しているのに気が付く。もしやと思い、今度は右手、正確には右手にある魔法陣に集まるイメージを思い描く。するとどうだろう。ゆっくりではあるが、魔力が右手の方に収束していき、更には錬成の魔法陣に宿っていくではないか。

 

 雪月はそのまま右手を地面に置き、何も唱えずに錬成を試みる。すると、地面はあっさりと盛り上がった。

 

「うわぉ、出来ちまいやがった。本来なら人間が直接魔力を操作するのは不可能って座学で言ってたな。俺がこれを出来るようになる前と後で違う点は、魔物の肉。って事は、この”魔力操作”はあの狼の肉を食ったことで得た力か。なるほどなるほど」

 

 ”魔力操作”の確認を終え、続いて”纏雷”の検証に入った。

 

「これは、電気…に関連するものだよな多分。となると二尾狼が見せたあれか? あの尻尾のバチバチ。イメージとしては……」

 

 雪月は静電気のように電気が弾けるイメージを思い浮かべる。すると、両手の指先から親狼と同じ青い電撃がパチパチッと弾けるのが見えた。

 

「ふむ、さっきから何気なくやってたけど、魔物の固有魔法は詠唱が無い代わりにイメージが重要になってくるんだろうなきっと。なら得意分野だ。投影も錬成も、イメージが重要な技能だからな」

 

 その後も、”纏雷”の練習を繰り返すが、二尾狼のように飛ばすまでは出来なかった。名前の通り、纏わせる事しか出来ないのであろう。しかし、他に収穫もあった。

 

「纏わせるって事だからもしかしたらとは思ったが、大成功だな」

 

 雪月の右手には投影した虎徹が握られており、その刀身が仄かに青白く光り、時折バチッと青い電気が弾けていた。もしかしたら投影した武器にも纏わせられるのでは? と思い試してみたが、その試みは見事に成功。武器に電気を纏わせられるようになった。

 

 ”胃酸強化”はその名の通り、胃酸を強化する為のものだろう。もしまた魔物の肉を食う際に、あの激痛を味わうとなれば今後は魔物肉は遠慮したいところだ。だが、それ以外の食物がこの奈落の底にはあるとは限らない。だがこの技能があれば?

 

 取り敢えずと思い、雪月は残った肉を食おうとして口の前まで運んで、ふとある事を思いつく。

 

 手に持っていた肉を口から離すと、”纏雷”を使って肉を焼いていく。しかし……

 

「うぶぇ! ひっでぇ臭い。味がひどい上に臭いまでこれかよ!」

 

 そう、焼いた際にひどい悪臭が漂ってきたのだ。思わず鼻をつまんでしまう。臭いに耐えながらも、丁度良い焼け具合になるまで焼いていく雪月。肉の色が全体的に変わったのを確認すると、今度こそ口元までもっていき、かぶりつく。

 

「はぶっ、んぎぎぎぎぎーーーーー!」

 

 ブチィッと音を立てて肉がちぎれ、それを咀嚼していく。そうして食事を再開して一分………五分………十分が経過したが、体に異常は現れなかった。

 

「んぐ、あぁまっず! けどこれで、食事については解決だな。”胃酸強化”のお陰か、それともただ耐性が付いただけなのか。どちらにしろ、これでもう断食生活はおさらばだ!」

 

 喜んでいると、傍に置いてあったステータスプレートが明滅しだした。

 

「? なんだ?」

 

 手に取ってみると、ある部分が音はないがピコン、ピコンといった感じに明滅していた。その部分とは……

 

「”魔装演舞”と”剣気闘法”。なんでいきなりこの二つが?」

 

 頭に?を浮かべながらも、プレートの技能欄のその部分をチョンとつついてみる。すると、プレートの表示が変わるとともに、頭の中に機械的な声が響く。

 

『技能に”魔力操作”を確認。これにより、”魔装演舞”及び”剣気闘法”を開放します』

「ふぁ? えっなにごと!?」

『………”魔装演舞”、”剣気闘法”の封印を解除及び情報の開示、完了。なお、”魔装演舞”は一部が未だ封印状態にある事を報告。これにて終了します』

 

 最後にそう言って、声は聞こえなくなった。

 

 呆然とする事しか出来なかった。プレートが明滅していると思ったら、いきなり声が響いて、今まで使えなかった技能がアンロックされたといきなり言われ、有無を言わさずに勝手に進んでいき、勝手に終了していった。

 

 雪月はとんでもない嵐が過ぎ去っていったような感覚だった。数秒間その状態が続いたが、やがてハッとしたかと思うといきなり頭を抱え出す。

 

「お、落ち着けよ俺。一旦冷静になろう冷静に! あぁそうだ、深呼吸しよう。すー、はー、すー、はー。よし、これで落ち着ける……わきゃないだろう!?」

 

 手に持っていたプレートを思わず地面に叩きつけてしまう。冷静になろうとしたが、あまりにも驚きの連続だったため、頭の整理が追い付いていなかった。そこから十数分かけてようやく落ち着きを取り戻せた。

 

「ふぅ……取り敢えず分かった事は……」

 

 雪月はプレートを拾い上げる。

 

「この二つは”魔力操作”があって初めて使える技能だったってことか。あの野郎(未来の俺)、そういう重要な事は事前に言っておけっての!」

 

 未来の自分に対して再び怒りが込み上げてきたが、すぐに霧散する。というのも、今まで使えなかった技能がようやく使えるようになった事の方が嬉しかった。

 

「さてさて、まずは”魔装演舞”から見させてもらいましょうかねぇ」

 

 まずは”魔装演舞”の部分をチョンと触る。すると、プレートの表示が変化した。

 

=============================

魔装演舞

自身の武具に様々な属性の魔力や能力を一時的に付与する技能。

第一章から最終章まで存在し、一部封印あり。

=============================

 

「ほぅ、様々な属性を付与、か……あぁそうか、俺の”全属性適正”はこのためにあったのか」

 

 雪月はこの時、何故自分が”全属性適正”なんてものをもっていたのかを理解出来た。この技能を使いこなすためだったのだ。

 

「一部封印ありってのが気になるけど、詳細とかあんのかな?」

 

 すると、プレートの表示が再び変化した。

 

 ===============

 魔装演舞 一覧

 

 第一章 天之舞

 第二章 焔之舞

 第三章 雷之舞

 第四章 絶之舞

 第五章 氷之舞

 第六章 風之舞

 第七章 地之舞

 最終章 死之舞(現在封印状態)

 ===============

 

 雪月は次いで表示された内容に目を輝かせるが、一番下に表示された表示を見て、表情が若干険しくなる。

 

 ”最終章 死の舞(現在封印状態)”

 

 魔装演舞の中で唯一これだけが封印されているようだ。

 

「”最終章 死の舞”……か。随分物騒な名前だな、死って。よく分からんけど、こいつはなんか危ない気がするな……一応、気に留めておくか」

 

 雪月は表示を自身のステータスに戻すと、次いで”剣気闘法”の部分を触る。

 

「さてさて、一部物騒な部分があったけど、魔装演舞については大まかな事は分かった。次はこっちを見てみるとしますかね」

 

 チョンと触ると、プレートの表示が変化し、”剣気闘法”についての詳細が表示される。しかし、その内容を見た雪月の表情は直ぐに怪訝な表情に変わる。数秒間それが続いた後、今度は天井を仰ぎ見る。

 

「………なんじゃこれ?」

 

 ”剣気闘法”の詳細を見た雪月は、そう呟く事しか出来なかった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 魔物の肉を食って見た目が変わり、新しい技能を得て、”魔装演舞”と”剣気闘法”が使えるようになってから数日が経過した。

 

 現在、雪月は迷宮内を物陰に潜みつつ進んでいた。この数日間はエリクサー(『神水』という名前を知らないため、雪月が勝手に命名)がある部屋を拠点として、新しく得た技能の特訓をしつつ、二尾狼を狩ってその肉を食う生活をしていた。

 

 しかし、ここで問題が発生。

 

 二尾狼を食って伸びていたステータスが、まったく変動しなくなってしまったのだ。最初の頃は、食べれば初めて食した時に比べたら少ないが、そこそこステータスは増えていた。だが、それも回数を重ねていく内に徐々に減少していき、今はどれだけ肉を喰らっても、ステータスは変化なし。

 

 雪月はこうなった原因を考えていると、ある事を思い出す。地球にいた頃にはまっていたRPGのゲームで、同じ敵を何体も倒していると、自身が強くなったことで次第にその敵から得られる経験値が減少していった。もしかしたら、今の自分もそれと同じ事が起きているのでは? と思い至る。

 

 それを検証するために、雪月はある魔物を探しながら迷宮を進んでいた。目的はその魔物の発見と討伐、およびその肉を回収して食すことだ。潜みながら進んでいるのは、余計な体力の消費を抑えるためである。

 

 そうして進むこと数分、目的の魔物を発見する。

 

「キュウ!」

 

 迷宮に似つかわしくない可愛い鳴き声を上げるのは、かつて雪月が戦わずに逃げの一手を選んだ相手、蹴りウサギだ。蹴りウサギはこの迷宮では二尾狼より強い。相手が複数でも、蹴りウサギがあっさりと倒してしまうのを雪月はその目でしっかりと見ている。

 

 今回の狩りは、検証の他に自身の腕試しも兼ねている。自分がどれだけ強くなったのか、蹴りウサギは試すにはちょうどいい相手だ。

 

 しかし、ようやく見つけた蹴りウサギはどうやら他の魔物と交戦中のようだ。相手は一匹。しかも、その相手は雪月が良く知っている奴だった。

 

「グルルルルル……」

「んん? ありゃあ、子狼じゃねぇか。今回は運悪く蹴りウサギに遭遇しちまったか」

 

 それはかつて、雪月が戦った他のとは違う特徴を持っていた二尾狼の子供だった。他の二尾狼が赤黒い線を持っているのに対し、雪月が倒した親狼とこの子狼だけ青黒い線を持っていた。何故この二匹だけが違う特徴を持っていたのかは未だ分かっていない。

 

 雪月は修行していたこの数日間、何度かこの子狼と遭遇していた。出会う度に雪月は襲い掛かられ、これを撃退している。しかし撃退はするのだが、殺そうという考えは一切湧いてこなかった。それどころか、回収した肉を一部分け与えた事もあった。この狼を見ると、なんだか放っておけないという奇妙な感覚が、いつも湧いてくる。子狼の方は雪月が与えた肉を最初は食おうとしなかったが、雪月がその場を離れると、鼻を近付けてスンスンとにおいを嗅ぎ、渋々咥えて何処かへと去っていく。

 

 これがこの数日間における、雪月と子狼との出来事だ。

 

 閑話休題、雪月は二匹の魔物の方に意識を戻す。

 

 物陰に潜む雪月の視線の先で行われていたのは、戦いとは呼べないものだった。子狼の方は尻尾からバチバチと瑠璃色の電撃を放って攻撃するが、蹴りウサギはそれを前に見た空中を踏みしめる動作で難なく躱し、反撃する。子狼を殺さない程度に手加減をして。

 

 その光景は、蹴りウサギが子狼を甚振(いたぶ)って遊んでいるように見えた。そう思った瞬間、雪月は蹴りウサギに対して強烈な殺意が芽生えた。そして、無意識のうちにその手に弓矢を投影し、矢を番えて引き絞り、蹴りウサギ目掛けて矢を放つ。

 

 放たれた矢は蹴りウサギ目掛けて飛んでいくが、途中で気付かれ、空中を踏みしめられて躱されてしまう。しかし、雪月の攻撃はそれだけでは終わらない。

 

「シッ!」

 

 蹴りウサギが空中を踏みしめるタイミングを狙って、いつの間にか近付いていた雪月が上段から既に投影していた虎徹を振り下ろす。だが、それすらも空中を踏みしめて躱されてしまう。そしてお返しと言わんばかりに、その強靭な足で死角になっている雪月の顔面左側めがけて回し蹴りが放たれる!

 

 雪月は咄嗟に左腕でその回し蹴りを防ぐ。かなりの衝撃が腕から体全体に伝わって襲い、大きく後ろに後退させられる。その際に、左手に持っていた虎徹を手放してしまう。

 

「…カカ……相変わらず凄まじい蹴りだなぁ。けど……」

 

 雪月は回し蹴りをくらった左腕をプラプラと動かしながら蹴りウサギに見せつける。

 

「悪いが、もうてめぇの蹴りじゃあ俺の腕は折れねぇよ。残念だったな」

 

 雪月はニヤッと獰猛な笑みを浮かべる。その表情が気に入らなかったのか、もしくは自分の蹴りが効かなかった事に腹を立てたのか、蹴りウサギが「キュアッ!」と鳴きながら足をたわめる。

 

「ふん、突っ込んでくるのは構わないが……後方注意だぞ?」

 

 雪月がそう言うと同時に……

 

 ドスッ!

 

 蹴りウサギの腹からいきなり刀身が飛び出して来た! よく見れば、それは先程雪月が手放した虎徹だった。

 

「”魔装演舞 第一章 天之舞”」

 

 雪月はこの時、未来の自分から受け継いだ力の一端を披露していた。

 

 魔装演舞 第一章 天の舞。これは魔装演舞の中でも属性が関係しない技の一つだ。その力は単純明快で、自身の武具を魔力で操作するというもの。と言っても、直進させたりなど簡単な操作しか出来ないため、このようにわざと手放した武具を操って不意打ちするくらいにしか用いることが出来ない。

 

「キュ……グ……」

 

 蹴りウサギはその場でよろめく。それと同時に雪月は走り出した。そして、右手に新たな武具を投影する。

 

「―――”投影、開始(トレース・オン)”!」

 

 詠唱の直後、雪月の右手に瑠璃色のスパークが迸り、一つの武具の形を成していく。

 

 それは刀。刀身の長さは六十センチを超え、その表面には箱乱刃の刃文が見える。その名は「村正」。過去の刀工達の中でも、かなりの知名度を誇る千子村正(せんじむらまさ)が作った刀だ。その投影した村正を、雪月は顔の横に持って来て、霞の構えで蹴りウサギに向かっていく。そして……

 

「じゃあな。さよならバイバイ!」

 

 姿勢を少し低くして村正を水平に振るい、蹴りウサギの首を正確に捉えて両断する。首がどさりと音を立てて地面に落ち、胴体の方はその場で横に倒れた。村正を振りぬいたまま、数秒残心を取っていた雪月は蹴りウサギが完全に絶命したのを確認すると、先程までこの蹴りウサギと相対していた子狼の所に向かう。

 

「よぅ、結構やられたみたいだな」

「………グルァ」

 

 子狼は顔を向けずにこちらをチラリと横目で見た後、まるで「うるさい」と言っているかの様に雪月の言葉に答えた。やはり、雪月の言葉は理解しているようだ。

 

「獲物を取っちまって悪かったな。けど、お前のあの姿を見たら、いてもたってもいられなくてな」

「………」

 

 子狼はなんの反応も示さない。そこで雪月はある提案をしてみた。

 

「なぁお前、俺と一緒に行動してみないか?」

「っ!?」

 

 子狼がこちらの方に振り向く。その直後、「グルルルルル」と唸り声を上げて威嚇してくる。そうなっても仕方ない事だ。子狼にとって雪月は親の仇。その仇と何故一緒に行動しなければならないのか。

 

「まぁいきなり何言ってるんだコイツってなるよな。けどよ……お前この先、一匹でやっていけるのか? 仲間もいない状態で、本当に自分だけで生き残れると思うのか?」

「……………」

 

 目の前の子狼は何も答えない。きっとこいつだって分かっているはずだ。このままでは自分は生き残れないだろうと。

 

「俺と一緒に行動すれば、少なくともお前の生存率は上がるだろうし、もしかしたら、他の魔物の肉を食ってお前は強くなれるかもしれない。まぁ強制はしないさ。決めるのはお前だからな」

 

 そう言って雪月は、自分が仕留めた蹴りウサギの死体をその場で解体して小分けし、投影した布に包んでいく。

 

「俺は自分の拠点に戻るつもりだ。来る気があるんなら、ついてこい」

 

 拠点がある方に向かって歩き出す。子狼の横を通り過ぎ、自分が来た道を戻っていく。すると……

 

「グァ!」

「ん?」

 

 すぐ後ろの方で声が聞こえ、振り返ってみると、そこにはこちらに歩いてくる子狼の姿があった。

 

「それがお前の答えか。ま、どれほどの付き合いになるのか分かんねぇけど、よろしく」

 

 雪月は握手できない代わりに、蹴りウサギの死体から切り取った肉の一部を差し出す。子狼はにおいを嗅いだ後、肉を口に咥え、雪月の横に並んで歩き始める。

 

 こうして、雪月に小さな同行者? が出来たのだった。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 駄目だ、中々ストーリーが思いつかん! どんどんお話を投稿で来ている人たちがうんらますぃいいいよぉおおお!

 次はどんな展開にして書いていこうかな……

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル


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