遥か遠い未来。この時代の人類は『ある理由』から歴史を一から再現をしていた。
この時代の地球には人類が生活できる地域がかつて「日本」と呼ばれていた土地である「神州」しか残っておらず、人類は神州のコピーである「重奏世界」を創り出し、神州と重奏世界に別れて暮らしながら歴史を再現することにしたのだった。
だが百六十年前、神州に保管されていた重奏世界を支えていた神器が失われ重奏世界は崩壊。重奏世界で暮らしていた人類は神州に移り、神州を「極東」という名に改めさせて暫定支配した。
しかしこの百六十年前の重奏世界崩壊には、とある「噂」があった。
曰く、百六十年前の重奏世界の崩壊、本来であれば同質量の神州と重奏世界がぶつかり合った結果で双方消滅していたと。
曰く、百六十年前に神州と重奏世界双方の消滅が防がれたのは、「とある兵器」とそれを造り出して操る「ある一族」の活躍によるものだと。
曰く、重奏世界を破壊して神州を救ったとある兵器とは七十二の鋼鉄の「悪魔」なのだと。
◇◆◇◆
極東には「武蔵」という都市がある。
武蔵は八隻の巨大な航空都市艦によって構成されている都市で、重奏世界崩壊より以前から極東で暮らしていた人類の末裔が暮らしていた。
現在武蔵は三河の地にある専用ドッグに着港していて、その上空では激しい戦闘が繰り広げられていた。
空に浮かぶ三隻の航空戦艦から無数のミサイルが発射され、それを武蔵の甲板に立つ大勢の戦闘用の学生服を着た学生が術式で威力や命中精度を強化した矢を放って撃ち落とそうする。
この時代では学生が国の軍事や政治を司っており、国同士の戦争では今のように主に学生が前線に立って戦闘を行うのだ。
そう。戦争、そして戦闘だ。武蔵は今、他国と戦争を行っている最中であった。
何故武蔵が他国と戦争をしているかと言うと話は昨夜まで遡る。
昨夜、世界はこの三河の地を中心に大きな波乱が起こった。
三河の地で武蔵や各地にある居住地で暮らす極東の民を治める三河の領主、松平元信が居城である新名古屋城の地脈炉を暴走させて新名古屋城ごと爆発させたのだ。
その結果として松平元信は死亡、三河の都市部は新名古屋城ごと消滅。これだけでも大きな騒ぎであるのだが、松平元信は死ぬ間際に世界中に対して重大な事実を発表した。
松平元信主体で三河が開発して各国に配った強大な能力を持つ兵装「大罪武装」。これには「人間の感情を材料にしている」という奇妙な噂が以前よりあったのだが、松平元信はこの噂が事実であると言い、更には「大罪武装を全て揃えた者には末世を解決する力が与えられる」と言う。
末世。それは遠くない未来に訪れると言われている世界の終わり。
その末世を解決する力があると言った松平元信は続けて言う。
最後の、九番目の大罪武装は武蔵にいる一人の自動人形「P-01S」そのものであり、その自動人形こそが大罪武装の材料にされた感情の本来の持ち主であり、十年前に起こった事故で死亡した松平元信の娘ホライゾンの魂を宿していると。
これらの話を聞いた極東を暫定支配している国々の内の二国、「K.P.A.Italia」と「三征西班牙」は三河消失後、P-01Sを確保。「三河消失の贖罪の為の自害」という名目でP-01Sを処刑し、九番目の大罪武装を抽出する事を決行。
それに対して武蔵はK.P.A.Italiaと三征西班牙の決定に反対することを決め、P-01Sを救出するために武力行使を行うのだった。そして話は今に至る。
「っ! 敵の艦が沈んだぞ!」
武蔵の学生の一人が空を指差して叫ぶ。彼が指差す先では今言った通り、先程まで武蔵に攻撃を行っていたK.P.A.Italiaの航空戦艦の一隻が黒煙を上げながらゆっくりと地面に向けて沈んでいた。
それはたった一人の武蔵の女学生の、術式によって極限まで威力が強化された弓矢の一撃によるものであった。……ちなみにこの武蔵の女学生は後に、実家が神社であることと戦艦の一隻を沈めた弓矢の威力から「ズドン巫女」、「射殺巫女」といった物騒極まりない異名で呼ばれることになるのだが、それはまた別の話。
航空戦艦三隻の内一隻が沈んだことで武蔵の学生達は歓声を上げるのだが、その直後に彼等の元に武蔵の運用を担当している自動人形からの放送が入る。
『航空戦艦から武神の射出音を感知。以上』
「「「……………!?」」」
自動人形からの放送に僅かに浮かれていた武蔵の学生達の表情が強張る。
武神。大型の人型機械で作業用から戦闘用まであり、戦闘用武神はこの時代の地球で最高クラスの戦闘力を有しており十体もあれば小国も攻め落とせると言われている。
武神が出撃したと聞いて武蔵の学生達の表情が強張ったのもこの為。現在出撃した武神は一体だけだが、それが武蔵にやって来たら大きな被害が出る事は疑いようがない。
そんな武神の出撃を最も間近で見ていたのは武蔵の上空を飛ぶ二人の女学生であった。二人の女学生はそれぞれ自分達の黒髪と金髪と同じ色の翼を背中に生やしていて、箒に跨がり空を飛んでいた。
「武神が出てきたみたいだね」
「ええ。それも『ガンダムタイプ』の空陸両用重武神『エールストライクガンダム』、か。……全く、大人気ないくらい手堅い戦力を出してきたわね」
金髪の女学生の言葉に黒髪の女学生は相づちを打った後で嫌そうな表情を浮かべて言う。
ガンダムタイプは大昔に存在した「とある兵器」の数少ない資料から開発された素体を使用した戦闘用武神の総称で、世界中の戦闘用武神の七割がこのガンダムタイプである。
そして今現れたエールストライクガンダムはガンダムタイプの重武神「ストライクガンダム」を高機動戦用にセッティングしたものである。ストライクガンダムは背中のバックパックを換装することにより高機動戦、砲撃戦、白兵戦といった様々な戦況に対応できる非常に汎用性に優れた武神で、その性能は各国でも評価が高い。
「まあ、それでもやるしかないんだけどね。行くわよ……って、え?」
「あれ?」
黒髪の女学生と金髪の女学生がエールストライクガンダムと戦う覚悟を決めたその時、二人の顔の横に一枚の板、この時代の住人が連絡などで使用する表示枠が現れる。表示枠の中には武蔵の学生服を着た一人の男子生徒の姿が映っていて、表示枠の中の男子生徒は二人の女生徒に向かって何かを話し出した。
「……あの武神の相手は貴方一人でするって、本気なの?」
「大丈夫?」
表示枠の男子生徒の言葉に黒髪の女生徒と金髪の女生徒が聞くが、表示枠の男子生徒はそれに頷くと二人の女生徒の顔の横に現していた表示枠を消した。
そして表示枠の男子生徒からの連絡が切れてすぐに武蔵から一つの巨大な物体が空に飛び上がった。
空に飛び上がったのは一体の武神。それも武蔵に向かってきているエールストライクガンダムとどこか似た外見をしている武神。
戦場にいる全ての者達は外見を見て、武蔵から飛び出した武神もエールストライクガンダムと同じガンダムタイプの武神だと思ったが、その予想はすぐに覆される事となる。
武蔵から飛び出した武神は機体に内蔵された動力炉を全開にすると、武神からでは考えられない程の高出力を発揮して、それと同時に放たれる固有周波数を感知したK.P.A.Italiaの教皇総長インノケンティウスは自陣にある航空戦艦のブリッジで思わず叫んだ。
「馬鹿な!? しかしこの高出力と固有周波数は……『ガンダムフレーム』だと言うのか!?」
ガンダムフレーム。
それは今から百六十年前に開発された七十二体の重武神の総称。
半永久的に膨大な量のエネルギーを生み出す動力炉「エイハブリアクター」、敵の物理的攻撃力を大幅に減らし、流体による攻撃を霧散させる装甲「ナノラミネートアーマー」といった現代では開発不可能な機能をいくつも持ち、その戦闘力は現代の武神を遥かに越えるとされている。
そして百六十年前の重奏世界崩壊において重奏世界を破壊して神州を消滅の危機より救った伝説の武神。
ガンダムフレームのほとんどは百六十年前に重奏世界を破壊した際に失われたのだが、一部のガンダムフレームは今も現存しており、生き残った人々は重奏世界を破壊したガンダムフレームの悪魔のような力に強い畏怖と敬意を感じてそれを模したガンダムタイプの武神を開発したのだ。
「鋼鉄の悪魔……まだ現存しているのがあったとは……!」
インノケンティウスが表示枠に映るガンダムフレームの武神を見ながら震える声で呟く。
ガンダムフレームの武神はそれぞれ神話の時代の伝承に伝えられる「ソロモンの七十二の悪魔」の名をつけられており、その事からガンダムフレームの武神は「鋼鉄の悪魔」の異名で呼ばれている。
インノケンティウスがそう言っている間にも表示枠の中でガンダムフレームの武神、鋼鉄の悪魔はエールストライクガンダムに襲いかかろうとしていた。
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