人助けしたら、なんかおとおさんになれた (虎神)
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1話


アニメで六導さんとジャックちゃんの待遇に不満のある方挙手!!


日本、冬木市。

その日は見事な青空で、鳥たちは囀り、風はゆらゆらと草木を揺れさせた。

 

この日、少し小さめの墓地にて、一人の青年が、ここに眠る父と母に手を合わせていた。

 

 

 

 

拝啓、数年前、魔術でおぎゃんしたお父様お母様。

貴方たちの息子、燐夜(リンヤ)・ディルスフランは元気です。

最近になってようやく、一流の領域に片足を突っ込んだと自分で自負しだしたので、こうしてご報告に参りました。

最近、故郷ルーマニアでは、夜な夜な爆発音やら何やらが、聞こえるようになっているそうで、怖くなり知り合いの魔術師(ロイロイ)に電話で聞いてみたところ、「何を言っている。今そこでは聖杯戦争、もとい聖杯大戦がやっていると、先日手紙を出しただろ?というか、だからこそお前は日本に行ったのではないのか?」と言われました。日本には観光もとい、お父様お母様のお見舞いできたというのに。

しかも驚く事に、どうやら本来の聖杯戦争とは違い、本来ならば7体のサーヴァントで戦う戦いを、今回は黒と赤の陣営に分かれ、計14体、まさに大戦をしているそうです。ほんと、魔術師というものは人の迷惑を考えない人たちです。(ブーメラン)

 

話が逸れましたが、とにかく僕は元気にやっています。

だから、そちらでは安心して暮らしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────あ、そうです。言うのを忘れていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「燐、そろそろ行かない?この子が駄々を捏ね始めたわ」

 

「───そうか。なら、そろそろ行こう、六導(・・)

 

「おかあさん、おかあさん!あの可愛い動物、解体していい?」

 

「だーめっ。それよりもご飯を食べに行きましょう。おとおさん(・・・・・)が何処か連れて行ってくれるそうよ」

 

「わーい!!」

 

 

結婚もしておらず、恋人も作っておらず、この十九年間童貞を今だに貫いていたのですが────

 

 

 

 

────何故か、おとおさんになりました。

 

 

 

 

 

 

 

これは、魔術師である俺が、魔術師でない女性と、自分をおとおさんと呼ぶ少女と共に、運命に抗う物語である。

 

それでは、よければ最後までお付き合い願いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日も、いつもと同じ1日だった。

 

「ん...ふ、ふぁ〜」

 

目が覚めたのは自分の工房だった。

昨日も遅くまで魔術の修行をしていたので、どうやら自室に戻る前に寝落ちしたらしい。危ない。腕のすぐ横には、昨日作った"魔術式リボルバー・マークII"の弾が転がっており、しないとは思うが暴発の可能性もあった。

これは、ある知り合いの死霊魔術師が使っていた平行二連ショットガンがカッコよかったので、自分なりに改造したものだ。

我ながら、いい出来になった。

 

「だが、問題は射撃か」

 

つくづく思う。武器の性能と、使う人間の性能は違うと。

俺は昔から、狙ったところに弾が飛んでいった試しがない。

祭りの射的でも、狙えば何故か土台のつなぎ目に当たり、土台が破壊され、のっていた景品全てを落とし、もはや人を殺せそうな目をした店主を見たのは、もう何度だろう。

まぁ、それは置いといて、とにかく俺には射撃の才はなかったのだ。

 

クッソ、あいつの指の銃弾とか、心臓向かっていくガンドだろ?セコイわー、死霊魔術師セコイわー。

 

「一応、火、水、地、風は弾丸に込めれたが、これ以上この武器を強化しても、俺の魔術とも合わないか」

 

本来俺は近接派の魔術師だし、これ以上銃を強化しても意味がないだろう。もともと、やっと溜まっていた仕事が終わって、暇で作ったものだ。また気分が乗れば作ればいい。

俺はそう考えると、机に並べていた弾丸をキチンと収納し、工房から出る。

突き刺さる太陽の眩しい光。

やめろ太陽、このルーマニアに語り継がれる英雄には効くかもしれないが、それは俺にも効く。

 

「相変わらず人相が悪りぃな、燐夜」

 

するとその時、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。

そこにいたのは、黒いサングラスに、黒いジャケット。中はV字のシャツを着た、ムキムキのおっさんだった。

まぁ、知り合いだが。

 

「...何故ここにいる」

 

そういって、閉まっているはずの家の門を見ると、外に車が一台無造作に駐車されていた。しかも門も空いており、普通に住居侵入だ。

相変わらず、図体がデカイわりに可愛らしい車乗りやがって。思わず"はぁ"と、ため息が出た。

 

「おぉっと、そんなに睨むなよ。ちょっと挨拶に来ただけじゃねか」

 

そう軽口を叩くこの男こそ、俺がカッコいいといったショットガンを使う死霊魔術師、獅子劫界離(ししごうかいり)だ。

これでも超一流の死霊魔術を扱える、言わずとも知れた一流魔術師。

まぁ、普段は軽いおっさんだ。

 

「そんな非常識な挨拶は知らん。さっさとそのじゃじゃ馬連れて帰れ」

 

そのじゃじゃ馬とは、もちろん後ろの車の事。

俺は昔、こいつが酒を飲んであの車に乗せられてから、あの車、もとい暴れ馬が嫌いになった。警察から逃げきるとかホントやめてっていったのに。

すると、獅子劫が一瞬青い顔をしたような気がしたが、一度咳払いをすると、いつもと違う真剣な顔になった。

 

「今日来たのは挨拶もあるが、少し仕事を頼まれ────」

 

「断る」

 

「んな!?」

 

獅子劫は、大口を開けながら驚いた。

 

「なんのメリットでお前に恩をやらなきゃならん。どちらかというなら、俺がお前に恩を売っている方が多い」

 

とまぁ、こんなこと言ったが、事実働きたくないだけでござる。やっと依頼されてた仕事が全部終わったんだ。当分の間は働かんぞ、俺は。

 

「帰れ。俺には関係ない。俺を巻き込むな」

 

その時、ポケットから何故かリボルバーの銃弾が地面に落ちた。どうやら間違って一つポケットに入れていたようだ。

俺はそれをしゃがんで拾い、顔を上げると、獅子劫がまだ驚いた顔で固まっていた。

いや、いくらなんでも驚きすぎだろ。

 

「とにかく、今日は帰れ。仕事なら少なくともアポをとってから来い」

 

「あ、ああ。そうだな。悪かった、燐夜」

 

獅子劫はそう言うと、車に乗り去っていったのだった。

そういえば、さっきしゃがんだ時に頭上に結構すごい風を感じたな。今日冷えるんだったら、コタツでも出そうかな。

 

俺はそんなことを考えながら、自分の家の中に戻っていった。

 

あ、あと喋り方がキツイのはただのコミュ症だから。ちゅ、厨二病とかじゃないんだからね!

...キモイ。

 

これが、燐夜・ディルスフランという青年。

魔術道具を扱うディルスフラン家に養子としてとられ、魔術道具のありとあらゆる知識を叩き込まれた、正真正銘の凡才(・・)

だが、彼は魔術師の間ではこう呼ばれていた。

【魔術兵器】と───

 

 

まぁ、本人は全く自覚していないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レンガの街を、ここらでは見慣れぬ車が走っていた。

窓から見えるのは助手席に一人の少女と、運転席に座る黒いサングラスの男。

名を、獅子劫界離。サーヴァントセイバー、真名モードレッド。

彼らは今回の聖杯大戦の赤陣営であり、モードレッドは、かの有名なカムランでの戦いにて、アーサー王を討取らんとした反逆の騎士であった。

そんなセイバーが、何故か現在、車の中で不機嫌マックスだった。

 

「あークソ!!なんだよアイツ!!せっかくこのオレ様自ら行ってやったにも関わらず!!」

 

「うるさいぞーセイバー」

 

「だってよぉマスター!!ッ!!あぁぁああああああああクソが!!」

 

どうやら本当にご立腹らしい。

それもそのはず。先ほど立ち寄った燐夜と言う青年に、いきなりじゃじゃ馬と言われ、我がマスターの言葉を無視され、そして────

 

 

────霊体化を一瞬だけ解き、思わず出してしまった拳を避けられてしまったのだ。

 

「────」

 

「急に静かになったな」

 

「なぁ、マスター。アイツ、気づいてたよな?」

 

気づいていた。それは言葉通り、霊体化していた自分に気づいていたか?という問いだった。

 

「ああ、おそらくな。ずっとお前の方見て、その後めんどくさそうにため息吐かれたしな」

 

ガハハハハッと笑う自分のマスターを殴るモードレッド。だが、すぐ顔はまた真剣に戻る。

 

「だよな。アイツ、相当強い...いや、強いか。そこらの魔術師よりは」

 

「そこらの魔術師にあったことねぇだろ」

 

「大体の直感だよ。アイツはヤバい。本当にヤバい。ランスロットの遊撃部隊くらいヤバい。俺の拳を避けた後、あいつが何を手に持ってたか見たか?」

 

「いいや。何を持ってたんだ?」

 

「銃弾だよ。しかも、おそらく魔術が込められた」

 

その言葉に、獅子劫は少し冷や汗を流した。

 

「おいおいマジかよ。言っておくが、あいつの射撃スキルはヤバイぞ?たとえ二、三キロ離れてようが当ててくるぞ、あいつは。昔仕事で見たが、四キロ離れた敵を、魔術で射程のみが強化された銃で、狙撃しやがった」

 

四キロ。アーチャーのサーヴァントならまだしも、それをただの魔術師が簡単に行えるとすると───。

 

「エグいな」

 

モードレッドの顔が思わず引き攣る。

もしもさっきのやつがマスターで、サーヴァントが単独行動でも持ってようならば、それほどまでに正確な援護を受けながら戦うことになる。それはかなり不味いだろう。

 

「ああ。けど、本人いわく近接の方が得意なんだと。俺が今回頼もうとした仕事ってのも、最悪の場合、俺が敵に近づかれた時に使う近接用の武器を作ってもらう気だったんだが...」

 

「そんだけ出来て近接得意だとか、もう人間やめてんだろそいつ」

 

獅子劫はそれについては否定しなかった。

事実獅子劫は数年前から彼のことを知っているが、その人外っぷりは嫌という程見せられた。

 

「あいつは元々孤児だ。あの家、ディルスフラン家は代々魔術道具を作るのに優れていてな。俺が使ういくつかも、あの家に頼んで作ったものがある。そして無論、作った奴が、使いこなせない道理はない」

 

「んじゃ、もしも敵にでもなってたら」

 

「ただの一般人でさえ魔術師を殺せる道具を生み出せる奴らだぞ?最悪の場合、そういう武器が全部あっちに流れてた」

 

モードレッドは、言わずとも知れた最優のクラス、セイバーだ。全ステイタスにおいて、平均を凌駕している。さらにその性格上、どんな敵でさえ、その豪剣で斬り伏せるだろう。

だが、それはマスターである獅子劫を抜きにした場合だ。

 

「はっきり言って、あいつが魔術師と戦った場合、絶対にあいつが負けることはねぇだろうな」

 

「...マスターもか?」

 

「────」

 

獅子劫は、無言を貫いた。

少しの静寂が車内で広がる。だが、すぐにモードレッドはニカッと笑い、自分のマスターの肩をぶっ叩いた。

 

「いってぇ!!?」

 

「バーカマスター。俺が認めたマスターだぞ?そいつが、そこいらの魔術師に負けるかよ!」

 

「っふ、そうだな。んじゃ、協会の挨拶も終わったことだし、さっさと拠点に行くか!」

 

「拠点!?マジかよ、そんなもんがあんのか!!?」

 

「おうよ、楽しみに待ってろよセイバー!」

 

そしてその数分後、拠点が墓地にある事がわかったモードレッドが、駄々をこねるのは、言わなくてもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

ちなみにこの話のオチ。

狙撃したのは、追っていた魔術師を逃してしまい、イライラして飛んでいた鳥を撃とうとしたら、たまたまそれがその魔術師に当たり、数々の魔術師を破ってきたのも、奇跡に等しい出来事が起こるからである。

 

まぁ、あれだ。

とにかく悪運が強い系主人公という奴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは日本。

暗黒街を照らす無数の光。その光に当たらぬ、薄暗い路地裏。

そこには、まさしく地獄があった。

人の形はすでになく、臓物は撒き散らされ、血液はザクロのように飛び散っていた。おおよそ、人がまともには見れない光景。

だが、そこにいたのは、場違いと言っても過言ではない、白髪の少女と、淡い緑色の髪の美女だった。

 

「おかあさん、そろそろ行こ?」

 

「そうね。そろそろ行かないと誰かがきちゃうかもね。行きましょう、ジャック」

 

「うん、おかあさん!いこぉいこぉ!」

 

この惨状を創り出した二人は、まるで親子のようにその場を去っていった。

 

 

 

 

 



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2話

今回はほぼほぼ六導さん視点です


「と、いうことで行ってくる」

 

死霊魔術師、獅子劫界離の突然の訪問から十数分後。俺は先ほどまとめた荷物を背負うと、自分の屋敷を後にし────

 

「少しお待ちください主人。何が"ということ"なのです。どこに行く気ですか?」

 

───ようとしたが、ガシリッと肩を掴まれ止められた。

俺は壊れたオモチャの如く、ギギギッと首を後ろに回すと、そこにいたのは一人の少女だった。

 

「す、すこし旅行にでもと」

 

「何を言っているのですか主人。冗談はその悪い目つきと、その悪い人相だけにしてください」

 

「おい、いつも言ってるが、俺って一応お前の主人だからなニア?」

 

「はい。ですのでちゃんと、妥協して主人と呼んでいるではありませんか穀潰し」

 

「いや、もはや原型すら留めてはいないほどの暴言だけど!?しかも、妥協って言いやがったな!?」

 

ミシミシとなる俺の肩を止めたのは、この家に住むもう一人の住人。

名をニア・ディルスフラン。

綺麗な長い銀髪と、真紅の瞳を持つ美少女で、俺が素の口調で話せる数少ない人物で、訳あってここで召使いの仕事をしている...のだが。

 

 

「失礼、つい本音が。それで、いったい何処に行く気なのですか?コミュ症。私以外にはあのような口調の癖に、私にだけ饒舌なコミュ症さん」

 

「コミュ症って、二回言いやがったな」

 

 

と、いうようにかなりの毒舌娘だ。

 

「何か間違ったことでも?」

 

「あーもう、それでいいや。いやなに、ちょっと日本にでも行こうかなって。仕事もひと段落して、自分へのご褒美にと────」

 

「それならご安心してください。こちらをどうぞ」

 

そう言われ渡されたのは、まとめられた数センチの紙の束。

そこには、この仕事をし始めてからよく見慣れた名前がいくつか並んでいたって、ちょっと待て。

 

「...おい、これ何?」

 

「予約リストですが?」

 

ですが?じゃないから。

 

「いや、俺仕事終わらしたよね?溜まりに溜められた(・・・・・)あの仕事、全部終わらしたよね?」

 

おかげで、この一週間まともに寝れたのは昨日のみ。それ以外はほとんど眠らずに作業していた。

故に、俺に仕事はもうないはず。

 

「はい。ですので仕事を取っておきました。先ほど、獅子劫様からもお仕事の依頼が────」

 

 

その時の俺の行動は、おそらく昔何処からともなく現れ、修行をつけてやると言ってきた白髭の爺さんから逃げるより速かったと思う。

引きつる笑顔のまま、俺の肩をガッチリ掴むニアの手を無理矢理振り払うと、扉に向かって走り出す。勿論、できる限りの身体強化の魔術もかけまくって。

だが、ニアも伊達に長年俺と一緒にいない。すぐさま俺を追いかけてき、何処から取り出した分からない銀製の槍を手に持ち、俺に向かって投擲────

 

「いや、待て待て待て!!?それ、俺が改造しまくってお前にやった槍だろうが!!当たったら死ぬから!」

 

「はい。ですので、その威力は主人が一番お分かりでしょう?まったく、相変わらず手先は器用ですね」

 

「んな軽口叩きながら殺しにかかるな馬鹿娘が!」

 

本当に、なんでこんな物騒な子になってしまったんだろう。昔は素直で愛らしい少女だったというのに。

その日トゥリファスの街に、一人の男の悲鳴がこだました。

 

 

そしてこの旅行が、この物語の運命を変える分岐点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは日本。

時刻は夜。街の光が輝き出し、人がぞろぞろと建物から溢れ出る時間帯。

だが、そんな明かりに隠れるように存在する深く黒い影にて、私たちはそこにいた。

 

「おいねーちゃん、そんな格好してこんなところうろついてたら危ねぇぜ?俺たちがボディガードしてやるよ。そのガキも、見た所あんたのガキじゃねぇだろ?ほっといて俺たちについて来いよ」

 

私とこの子を壁に追いやり、周りを囲む数人の男。ニヤニヤと舐め回すような視線を私に向けてくるあたり、どうやらそういうことらしい。

 

「おかあさん、どうする?」

 

「そうねぇ、どうしましょう。ジャックはさっき食べたから、今はお腹がいっぱいでしょう?」

 

「うーん、すこしおなかいっぱいかな?」

 

「ダメよ?あまり食べ過ぎても体に良くないわ。それに、あまりここで目立つのも────」

 

「おいおいねーちゃん、無視すんなよ。え?しかもそのガキってマジであんたの子なの?ぜってぇ何か病気持ってんだろ!」

 

私を囲む頭の悪そうな男達はゲラゲラと笑いだす。

だがその時、私はすぐさま懐に入っていた銃を取り出すと、男の太もも向けて発砲した。

ドンッという音が鳴り、男はそっと自分の足を見、改めて自分が撃たれたと自覚すると、涙を流し倒れ込んだ。

 

「ッッッッッテェ!!?いてぇ!!?いてぇえよぉ!!?」

 

狭い路地裏で、器用に転げ回るその男。それを見て、先程まで笑っていた他の男達は恐怖に顔を染め、私をまるで化け物のように見る。

 

「私の事だけならまだしも、この子の事をそんな風にいうなんて。よっぽど命が惜しくないのかしらぁ?」

 

「おかあさん、わたしたちは大丈夫だよ?だから怒らないで?」

 

可愛い子。私の心配をしてくれるなんてね。

 

「大丈夫よ。安心してジャック。これくらい、おかあさんでも終わらせられるからね?」

 

ジャックにそう言うと、私は銃口を再び、転げ回る男の額に向ける。

それを見た男は、先程の馬鹿面はどこにいったのか、血が流れ出る足を抑えながら、涙と鼻水でグチャグチャになった顔をこちらに向けた。

 

「悪いわね。私たちもそろそろ行かないといけないの。それじゃあ───」

 

"さようなら"

そう引き金を引いたその時だった。

 

「そこまでだ」

 

もう一つ、私が放った発砲音よりも大きな音が鳴り響いた。

 

「ッ!?」

 

すぐさまジャックは、私を守るように両手に二本のナイフと、可愛らしいワンピース姿から、本来の黒ローブに姿を変える。

そしてそこに立っていたのは、この男達よりも断然若い一人の黒服の青年だった。

だがそれに映る二つの眼は、見たことがないくらい酷く濁っていた。

 

「そこまでにしろ。さもなくば威嚇じゃすまない」

 

「────」

 

その青年の右手に構えられているのは一丁の黒い拳銃。先程私が撃った銃弾がこの男に当たっていないところを見ると、信じられないが、おそらく銃弾に銃弾を当てたのだろう。

彼は威嚇といった。それほどの腕があっての威嚇。つまり、少なくとも普通の人間ではないのは、明らかだった。

 

「あら、物騒な物を持っているわね貴方。そんなもの、子供が持つものじゃないわよ?」

 

「それはこちらのセリフだ。それはアンタみたいな女性が持つものじゃない」

 

まるでこの世の終わりを見てきたような黒く塗りつぶされた瞳。全てを諦め、手放した事があるような悲しい瞳。まるで、この子に出会う前の私のようだ。

 

青年はその鋭い眼で、今だ尻もちをついたままの男たちに無言で"行け"と合図を送り、男達はその命令に従い、足を撃たれた男を抱え、路地の暗闇の紛れていった。

それと同時に、青年は銃を下ろした。

 

「...ふぅ、もう気はすんだだろう?次はもう少しマシなとこで撃て」

 

「貴方が邪魔しなかったら、もう少し気が済んだのだけどね」

 

「子供がいるんだ。あまり血を見せるべきじゃない。アンタも親なら分かれ」

 

「あら、貴方にはこの子と私が親子に見えるのかしら?」

 

その言葉を言って分かった。

ああ、私はこの子を馬鹿にした連中を逃した彼に苛立っているのだと。

だが、その青年はそんな事どうでもいいように、銃を服の下に隠していたホルスターに直した。

 

「見た目が似ているから親子じゃない。その子と、親がどれだけ愛し合っているかで、家族は決まる。血の繋がりが全てじゃない」

 

私は驚いた。

今の彼の言葉に嘘偽りは全くない。おそらく彼は、心の底からそう信じ、そう思っているのだろう。だが、何処か悲しそうなその目に、私は無意識に、前に立つジャックの頭を撫でていた。

 

「おかあさん?どうしたの?」

 

「ッ!!い、いえ。なんでもないわ。驚かせてごめんね?」

 

「ううん!おかあさんが頭をなでてくれたら、わたしたちは嬉しいよ!」

 

無邪気な笑顔を見せるジャックに、頬が緩む。青年もその様子を見て、少しだけ微笑んでいるような気がした。

 

「貴方、もしかして────」

 

家族はいないの?

そう聞きたかったが、口が思うように開いてくれなかった。

だが、何を言いたいか理解した彼は

 

「...まぁな。アンタを見てると羨ましいよ」

 

と、少し悲しそうに微笑んだ。

 

「...そう。ごめんなさいね?」

 

「何を謝る必要がある。気にしていない」

 

嘘だ。気にしていないのなら、そんな悲しそうな顔をする筈がないのだから。

そして青年は私に撫でられるジャックを見て少し笑う。

 

「さて、俺はそろそろ行くとしよう。次はもう少しマシな会い方を期待している」

 

「え、あ────」

 

その時、私は彼を止めようとしたんだろうか?

私の願いは【生きること】だった。それを叶えてくれたのがこの子。でも、彼のあの目はそういうものを諦めている目のように感じた。

だけど、救ってもらった私が、何も救われず、何からも救いを求めない彼になんて言葉をかけたらいい?

 

「────ッ!」

 

「ああ、そうだ」

 

「?」

 

「手のそれ、見つからないようにな。頑張れ」

 

彼はそれを最後に、この薄暗い路地を抜けていった。

いつの間にかナイフを直したジャックは、私の顔を見上げ、少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 

「おかあさん、悲しそう」

 

「ッ!!そう、かしら?ごめんなさいね、不安にさせて」

 

「でも、あの人も悲しそうだった」

 

「そうね。きっと、私よりもずっと辛い事があったのかもしれないわね」

 

両親が死に、人生が転落し、愛していた人に殺されかけても、私にはまだこの子という救いがあった。私を必要としてくれる大切な存在がいた。

 

でも、彼はどうなんだ。

家族はおらず、あの歳であそこまで濁った目になるほどの人生を歩んで、それでもなお、先程の人間を助けた。助けを求められたわけでもないのに、おそらくたまたま通りかかっただけにも関わらず────

 

 

 

────自分は、誰にも助けて貰えないのにも関わらず。

 

 

「...ねぇ、ジャック。あなたは、おかあさんが好き?」

 

「?うん!大好きだよ!!」

 

「ええ。おかあさんも大好きよジャック。でもねジャック、子供にはもう一人のおかあさんがいるのは知ってる?」

 

「え!?そうなの!!?」

 

ジャックは初めて聞いたと驚き、"教えて教えて"と私に飛びついてくる。

 

「分かったから。それじゃあ教えるわね?その人はおかあさんって呼ぶんじゃなくてね────おとおさんって呼ぶのよ」

 

 

 

 

そしてその数分後、ホテルに泊まろうとした彼女たちは、再びその青年と出会うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話

 

とりあえずあれだ。日本は、いつからこんな物騒な国になったんだ?

 

 

 

 

 

 

あれから無事日本に到着した俺は、持ち前の目付きの悪さで警察に何度か声をかけられながらも、父と母が愛してやまなかったこの国を堪能していた。

もともと、俺は日本で生まれた人間だ。ルーマニアの料理も確かに美味しいが、やはり日本の食があっているのだろう。夜の露店を見つければ、とりあえず買っていた。

 

そして、時刻は午後七時を回ったところ。

建物という建物に明かりが付き始め、まるでキラキラと光る宝石のように感じられた。

 

「けど、相変わらず人は多いな」

 

俺は思わずため息が出た。

というのも致し方ない。自分が現在住むトゥリファスは、そう人口が多い場所ではない。白のレンガでできた街並みは、旅人などにはよく受けるが、住んでる者からすれば味気がない。それに、無駄に道などが広いので、市場以外ではそうそう人は集まらないものだ。

 

 

まぁ、何が言いたいかというと、とにかく落ち着かなかった。

 

「今日はさっさと宿を見つけて、明日に備えるか」

 

確か、ここいらに父の知り合いがやっているホテルがあったはずだ。いきなりで悪いが、父の名を出せば融通が効くだろう。

そう思い、俺はそのホテルに向かおうとした時だった。

 

「────ん?」

 

職業柄、音に敏感になった俺は、かすかに聞こえたその音に反応した。周りを見るが、どうやら聞こえたのは俺のみらしい。

聞こえたのはこの先の路地裏。正直言って見て見ぬ振りをしたいところだが、気づいているのが自分のみの為、それも少ししにくい。できれば、面倒ごとではないように願おう。

そんな僅かな願いをしながら、俺は路地に足を踏み入れた。

 

 

流石はこの男、一級フラグ回収士である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、結論から言うと僕知ってた。メンドくさい事になるって。

 

「そこまでだ」

 

「ッ!?」

 

そう言って拳銃を向ける俺の目の前には、小さな血だまりの中、右足を抱えて蹲る男(その他2名)と、その前に立つ小さな拳銃を持った美女。どうやったか分からないが、黒いローブに早着替えした白髪の可愛らしい少女が、玩具のナイフらしきものをこちらに向け立っていた。

最近の玩具は凄いなぁと思いながらも、この状況を見るに、男はこの緑色の髪の美女に撃たれたんだろう。あっ、今ホルスターから抜く時間違って一発撃っちゃったけど、誰も怪我してないし問題ないよね!

 

「そこまでにしろ。さもなくば威嚇じゃすまない」

 

とりあえず威嚇という事にしておこう。

というかさっきから、あの美女さんが俺の事をジッと見つめてくるんだけど何かな?ま、まさか俺に気があるんじゃ────

 

「あら、物騒な物を持っているわね貴方。そんなもの、子供が持つものじゃないわよ?」

 

うん、僕知ってた(2回目)

そうだよね、見てたのこの拳銃だよね。そりゃ俺みたいな目付きの悪い奴に惚れるわけがないよね。あ、絶対今俺、目が死んでいってるわ。

と、とにかく法律的にアウトだから言っておいてやろう。

 

「それはこちらのセリフだ。それはアンタみたいな女性が持つものじゃない」

 

だが、その言葉を言った後、女はまたもジッと俺の方を見つめてきていた。

その間に俺は、無言で倒れる男とその他2名に、さっさと行けと首で合図を送る。それが通じ、すぐに男たちはこの場を立ち去る。

そういえばさっきからオモチャのナイフを構えたままのこの子、よく見ると凄く可愛いな。まぁ、母親がこれだけ美人なら、それも頷けるが。だがまぁ、あまり子供に銃を見せる訳にはいかないな。

俺はそう思うと、彼女達に向けていた拳銃を下ろした。

 

「...ふぅ、もう気はすんだだろう?次はもう少しマシな場所で撃て」

 

まぁ、場所を考えても撃っていい訳じゃないが。

 

「貴方が邪魔しなかったら、もう少し気が済んだのだけどね」

 

「子供がいるんだ。あまり血を見せるべきじゃない。アンタも親なら分かれ」

 

「あら、貴方にはこの子と私が親子に見えるのかしら?」

 

────え?違うの?

もうそこまで出かけた言葉を飲み込み、俺は二人を少し観察する。確かに、言われてみれば良くは似てない。髪の色も違う。

だけどなんだろう、その体のそこから滲み出る蠱惑魔じみた雰囲気が似てる、というかうんほんとマジでどちらもいいと思いますはい。

 

「見た目が似ているから親子じゃない。その子と、親がどれだけ愛し合っているかで、家族は決まる。血の繋がりが全てじゃない」

 

願わくば、その子が貴方みたいな美人になることを心のそこから願います。

そう願い、ジッと白髪の少女を見つめていると、急にその美女がその子の頭を撫で始めた。

 

「おかあさん?どうしたの?」

 

「ッ!!い、いえ。なんでもないわ。驚かせてごめんね?」

 

「ううん!おかあさんが頭をなでてくれたら、わたしたちは嬉しいよ!」

 

 

 

────天使はここにいたか。

 

はっ!?危ない危ない。もう少しで開いてはいけない"ロで始まりンで終わる扉"を開けるところだった。

だが、それほどまでに愛らしいその子の笑顔を見て、俺は昔のニアを思い出した。

ニアもこの子と同じ白髪の少女だ。昔はよく一緒に遊んで、夜とかも怖くなったら『燐お兄ちゃん、一緒に寝て?』とか言いにきたのに、今はどうだ。

 

 

『起きてください。...起きなさい。────起きろ』

 

『働いてください穀潰し』

 

『主人はやれば出来る子です。では、この仕事をどうぞ』(数センチの束)

 

『主人、庭の手入れをお願いします。私は少し眠るので』

 

『お腹が空いた?それでは、冷蔵庫の横に置いてあります。勝手に食べてください。え?インスタントなのかと?それが何か?』

 

 

...あれ?俺ってアイツの主人だよね?俺の精神主に壊してるのアイツのような気がしてならないのだが。

そんな悲しき事を思い出すと、この仲睦まじい目の前の親子が羨ましく思える。帰ったら少しあいつに甘えてみるのも悪くな────いや、やっぱりやめておこう。あとが怖い。

 

「貴方、もしかして────」

 

その時、俺の視線に気づいたのか、その美女はそう言い言葉を切る。。おそらく、"貴方、もしかして撫でたいの?"と聞いてきたのだろう。

もちろん撫でたいが、それはあまりに変態チック過ぎる。ここはさりげなく言おう。

 

「...まぁな。アンタを見てると羨ましいよ」

 

本当に、本っっっっっ当に!!羨ましい。俺、今目から血の涙とか出てないよな?

するとその美女は少し暗い顔をして、「...ごめんなさいね」と、少し間を空けて謝ってきた。おそらく少しは考えてくれたのだろう。なんて優しいお人なんだ!!銃持ってて怖いけど。

 

「何を謝る必要がある。気にしてない」

 

嘘です。超気にしてます。今すぐにでもその子をお持ち帰りしたいくらいには気にして、気に入ってます。

だが、あまりに気持ちよさそうに撫でられるその子を見て、これ以上ここにいても心の傷を負うだけだと考えた俺は、早急にここを立ち去ることにした。

 

「さて、俺はそろそろ行くとしよう。次はもう少しマシな出会い方を期待している」

 

「え、あ────」

 

え、なに?まさか考えてる事バレた?他国で警察沙汰とか、本当に洒落になんないから。

その後、無事彼女達のもとから逃げられ、もとい立ち去れた俺は、夜の街を一人で歩いていた。目指すは今日の宿である、死んだ父の知り合いが運営するホテルだ。

時刻は既に午後八時をまわったところ。そろそろ向かってもいいだろうな。

 

だが、俺はのちに後悔する。

もしここで何処かに立ち寄れば、もしここで信号に捕まれば、もしここでトイレに行きたくっていればと────

 

 

 

 

 

「は?」

 

「ひぃ!?も、申し訳ありません!!本当に、本当に申し訳ありません」

 

「い、いや、アンタは何も悪くない。だからそんなに涙を浮かべるな」

 

「すいませんすいませんすいませんすいませんすいません!!どうか家族だけは!!」

 

「何故そうなった?」

 

ホテルにある、大きなホールのど真ん中。俺は今、無数の視線の中、ただひたすらに涙目の女性に謝られていた。

なんと、父の知り合いは一年前に転勤しており、現在は全く違うところで働いているらしく、それならと普通に部屋を取ろうとしたのだが、なんとたった今満員になったのだという。

 

「頭を上げてくれ。もう今日は空きそうにないのか?」

 

「は、はい。残念ながら」

 

ふむ、この時期の夜に街で野宿────うん、死ぬな。クッソ、誰だ俺の部屋を取ったやつは!!(違います)

そう少しイライラしながら、たった今横で部屋を取ったであろう人物に、俺は眼を向けた。

どうやら子供連れのようだ。綺麗な薄緑色の長い髪に、体のラインがよく出る服装の女性。子供は綺麗な白髪の少女で、ピンク色の可愛らしいワンピースがよく似合っていた。

 

って、あれ?この二人何処かで見覚えが...。

 

「あら?貴方はさっきの───」

 

「あ!おとおさんだ!!」

 

『!!?』

 

少女のその大きな声が、ホール全体に響いた。

ほぉう、なるほど。どうやらこの美人妻と美少女の旦那兼お父様が来ているらしい。いったいどこのどいつだと、俺は背後を振り返る。

だが、そこにいるのはママさん団体だけ。もう一度少女の方を見ると、その視線はジッと俺の方を────

 

────俺?なんで?

 

 

「ちょっと、今の見た?今自分の子を無視しようとしたわよ」

 

「ええ。それに見て、そのスッとぼけた怖い顔」

 

「絶対浮気相手と来てたわよねアレ。だってあんな剣幕で案内さんを睨みつけて」

 

「奥さんもあんなに綺麗な方なのに。浮気だなんて。これだから男は」

 

 

...どうやら俺の知らんところで、俺が浮気をして、それがバレそうになり自分の子供を無視したことになっていた。

いやちょっと待って?ほんとちょっと待って!?おとおさん?俺が?今にも人を目で殺せそうなほど睨んでくるあの警備員じゃなくて?俺まだ童貞だよね!!?

頭が理解出来ない状況に陥り、少しショートしていると、その白髪の少女がトタトタとコッチに来て、"だいじょうぶおとおさん?"などと心配してきた。それにより、さらに大きくなるヒソヒソ話。

先ほど恐怖の眼でこちらを見ていた担当の女性は、もはやゴミを見るような眼でこちらを見ていた。

 

「...ねぇ、ごめんなさい。さっき二人と言ったのを取り消して、三人にしてくれるかしら?もちろん、そこの人を入れて」

 

「は?」

 

するといきなり、何かを考えていたようだったその美女が急に、そのような事をカウンターの女性に言い出した。

 

「はい。分かりました。どうぞこちら501号室の鍵です」

 

「いやちょっと待────」

 

「ええ、ありがとう。ジャック、行きましょう。────もちろん、あ・な・た・も・よ?」

 

「────はい」

 

無数の視線。無数の陰口。少数の小さな罵倒に歓迎されながら、俺はまさしく、尻に敷かれた旦那の如く、そのジャックと呼ばれた少女と手を繋ぎながら、部屋に向かって廊下を歩いていくのだった。

 

 

 

 

あと、いく途中、先ほどチラッと見たママさん団体から、目の前の美女が応援されていたのを、俺は見なかった事にしたかった。

 

 

 

 

 

とりあえず、もう一度言おう。

日本はいつから、こんな物騒な(言葉と人数のみで、人を征する事が出来る)国になったんだ?

え?言ってる事が違う?聞くんじゃない。感じるんだ。

 

 



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4話

燐夜がここルーマニアを出て2日後。もっと詳しく言えば、ホテルでの騒ぎのちょうどくらい。

今回、聖杯大戦の舞台であるトゥリファスにそびえ立つ城。そこに、ある少年少女の声がこだましていた。

 

「カウレス!!あなた、どうしてもっと早くに燐夜さんの事を引き止めなかったのですか!?」

 

「し、仕方ないだろ!?ニアさんに聞いたら、その時にはもう燐夜は日本へ行ったっていうし!そもそも、姉ちゃんが自分で言えばいいものを俺に頼んだのが悪いんだろ!?」

 

「し、仕方ないじゃない!わ、私にも心の準備というものが───」

 

「電話一本かけるのに心の準備もいるわけないだろ!!」

 

「えぇいっ!うるさいぞお前たち!!言い合いなら外でや────」

 

「「うるさい(です)!!」」

 

「っ〜〜!!」

 

そこにあった光景は、机を挟み言い合いをする姉弟。それを止めようとしたら逆にキレられた肥満体型な金髪男性。そして、それを見て笑う事を堪えられず、机を叩く桃色の髪をした男の娘。

 

少年の名はカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。そして少女の名はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。肥満男性の名はゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

全員、今回の聖杯大戦に参加しているマスター。黒側の人間であった。

 

そして────

 

「ねぇねぇ、そのあたりにしないと、僕達の王様が怒るよー二人共」

 

「そうですマスター。気が立っているとはいえ、目上の人間にあのような態度はいただけません。カウレス、貴方もですよ」

 

「「うっ...」」

 

「っふ、気にするでない。肉親同士、大いに争う事も結構なこと」

 

「...」

 

「うぅ...」

 

この者たちが黒の陣営のサーヴァント。

 

黒のセイバー、邪竜ファフニールを打ち倒した英雄ジークフリード。

黒のアーチャー、数多くの英雄の師ケイローン。

黒のライダー、シャルルマーニュ十二勇士が一人アストルフォ。

黒のバーサーカー、科学者ヴィクターに作り出されたとされるフランケンシュタイン

そして黒のランサー、ここルーマニアで最高の英雄とされるヴラド3世。

 

いずれも、この世に名を残した誇り高い偉人達だった。

 

 

 

「にしても、さっきからちょくちょく名前が出てくるその、リンヤ?って誰なの?君達の友達?」

 

「友達...というか、俺たちの恩人みたいな人だよ。まぁ、あっちが友人と思っていてくれれば嬉しいな」

 

カウレスがアストルフォの純粋な疑問を答え、一旦落ち着いた二人は、ケイローンがいつの間にか入れていてくれた紅茶に手を伸ばし息を整えた。

 

「古くからこの地に住む、ディルスフラン家という魔術道具作りの家系の者です。歳は私と同じ十九歳で、現ディルスフラン家の当主でもあります」

 

「魔術道具というのは、マスターの扱う魔術礼装とは違うのですか?」

 

「いえ同じです。ですが、あの家の者が作る物は本来の礼装の概念が壊れています」

 

「壊れている、とは?」

 

ケイローンが珍しく首を少し傾げ問うと、フィオレは少し言葉を考えた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「本来であれば、礼装とは二つに分けられます。一つは魔術師の魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術そのものを強化する【補助礼装】。もう一つはそれ自体が高度な魔術理論を帯び、魔術師の魔力を動力源として起動して定められた神秘を実行する【限定礼装】」

 

セリフをカウロスが続ける。

 

「でも、ディルスフラン家の作る物はそのどちらでもないんだ。そうだな簡単に言えば、魔術士本人を魔術・身体的に強化しながら、道具に書き込まれた魔術理論を強制的に帯び(・・・・・)、扱う魔術士の魔力を動力源としない(・・・)まま起動する」

 

「ん?えーとつまりどういう事?」

 

「早い話が、それを使えば魔術師ではない、魔力を使えない人間でさえも無意識に魔力が込められたほぼ一流の攻撃、支援を行えるって事だ」

 

「なにそのデタラメ!!?」

 

アストルフォが叫ぶ理由もわかる。

だが、今言ったことは嘘など一つもなく、効果の話をしても、まだ優しい方に入るのだ。

 

「ですが待ってください。使用者本人の魔力を動力源としないとはいったい?」

 

しかし、それを聞かれた後にカウレスは申し訳なさそうに頭をかいた。

 

「それについては俺は知らない。というか、それを知ってるのは当主である燐夜だけだ。昔、俺と姉ちゃんがそれを知ろうと面白半分に解体しようとしたら...」

 

「爆発、しましたね。それも、爆発した後机に『企業秘密です』とかいう焼印を残して」

 

二人が少し遠い目をする。きっとその時、爆発に巻き込まれて怪我でもしたのだろうと、サーヴァント達は一斉に理解した。

 

「うーん、なんというか、そのリンヤって人がデタラメな人だって事はわかったけど、別にいなくても困らないんじゃない?相手側のマスターってわけでもないわけだし」

 

「そうですね。もしも彼がそれだけで済む人物であれば、ですが」

 

だが、そんなフィオレの深みのある言い方に、アストルフォはもう何度目かの首を傾げた。

 

「アーチャー、あなたの時代、歴史において、目を瞑り、気配のみを察知し、数キロ離れた敵を射抜くとこができる近接型の戦士はそういましたか?」

 

「は?」

 

「彼は出来ます。どれほど離れていようと射抜き、どれほどの敵がいようと薙ぎ払い、どれほどの絶望があろうと、足を止めない勇気と知恵がある」

 

フィオレは淡々と繋ぐ。

まるで一つの詩のように。まるで一曲の歌のように、その人物、燐夜という少年を語る。

 

「私は知っています。彼こそまさしく現代の、最高ともいえる英雄だと言うことを」

 

 

故に。

そう言葉つなぎ合わせる。

 

 

「魔術士達は彼をこう呼びます。最強の魔術士殺し。心のない殺人機械────【魔術兵器】と」

 

 

シンッと静まり返る室内。

それは他人から他人へと聞けば、嘘八百だろうと笑っただろう。

しかし、フィオレのそれを聞いて、そういえる者は、英雄は、この場にはいなかった。

まさしく現代の英雄。

ある者は思う。家来に欲しいと。

ある者は思う。手合わせをと。

ある者は思う。知を交わしてみたいと。

 

 

 

 

だが、それを言ったフィオレの顔は、まるで何かを噛み殺したこのような苦い表情だった。

 

「...マスター?」

 

アーチャー、ケイローンが声をかける。すると、ハッとした様子で顔を上げた。

 

「ッ!!、すいません。少し考え事をしていました」

 

「考え事って。君、今すっごく苦しそうな顔をしてたよ?」

 

「そんな、事は...」

 

「マスター、言いたくないのであれば深くは聞きません。ですが、言って楽になることもあるのですよ?」

 

この場にいる者達は、古代よりもっとも人を、世を見てきた人物達だ。たかだか十数年しか生きていない少女が、隠し事をできるわけもなかった。

カウレスが心配そうにそんな自らの姉を見つめ続けると、フィオレはゆっくりと口を開いた。

 

「...私とカウレスは、親同士の関係もあり幼い頃から彼の事を知っているつもりです。ですが────私は、彼が笑った事を見たことが一度もありません」

 

「一度も?」

 

「はい、一度もないのです。思えば、彼は決して多くを話す方ではありませんでした。いつも一人で抱え込んで、一人で解決してしまうのです」

 

「...確かにな。アイツははっきり言って魔術の才能だとか、戦いの才能とかの問題じゃないんだ。言い方は悪いが────『究極の自己犠牲』。どれほど自分が傷つこうが構わないんだよ」

 

その時、その言葉を聞き真っ先に彼を思い浮かべたのは、ランサーでもライダーでもバーサーカーでも、ましてや他のマスターでもなかった。

ただ一人、主人の命令で喋る事を禁じられている理由で、会話には参加していなかった。セイバー、ジークフリードだった。

 

「クソッ、言ってて自分が嫌になるよ。アイツはそういう奴だと割り切ってる自分が!!」

 

「カウレス...」

 

彼自身、先ほどまでの話を聞いていた限りでは、一度は手合わせをと考えた。

だが、今までの話を聞き、どこか少しだけ自分に似た何かを感じたのだ。

それが同情なのか、それとも同族嫌悪なのかはわからない。しかしその彼の聞き、心の臓が大きく脈をうった。

 

「では────」

 

「!!?」

 

気づくと、いつのまにか口が開かれていたのだ。先ほどまで黙ったままの自分が話した事で、その場にいた者が全員驚く。無論、隣で驚くマスターが横目で見えはしたが、その唇は止まらなかった。

 

「では────私達は彼を救うべきなのだろうか?」

 

「セイバー、貴様っ!!」

 

「よい、止めるな黒のセイバー。続けよ」

 

現黒側の王であるランサーに言われれば、ゴルドでも止めさす事はできない。鋭い目でジークフリードを睨みつける。

だが、ジークフリードは気にせず話す。

 

「私達は皆英雄だ。崇め、讃えられ、敬われ、そして恐れられた者たちだ。だが、その少年は本当に英雄なのだろうか?」

 

「ッ!!彼がやっているのは、ただの自己満足とでも?」

 

「そうではない、黒のアーチャーのマスター。...私達がいた時代と、今の時代は何もかもが違う。万を殺せば英雄。だが、現代においてのそれは本当に英雄たりうるものと言えるのだろうか?」

 

「ほう、つまり貴様はこう言いたいのだな?英雄ではない、しかしそれでも人を助け苦しむその者を救うべきなのでは、と」

 

黒のランサーのソレに、ジークフリードは無言で首を頷けた。

 

「我らは英雄。だが、助けを乞われ助けるのであれば、それはただの願望機なのではないのか?それは本当に────」

 

それ以上の言葉は出なかった。

何故なら今のその言葉は、ここにいる者たちに言いたかったのではない。今のその言葉は、確かに自分に向かって言った言葉だと認識できた。

 

「...よかろう。黒のセイバーよ。貴様ほどの者がそうまでいうのであれば、王である余は耳を傾けなければならん。故に解を述べよう。────確かに、それでは英雄とは言い切れぬ。だが、それが分かっているのであれば、貴様が、貴様らがすべき事をなせば良い」

 

玉座に座り、この世に現界してはじめての柔らかな微笑みでランサーはそう言った。

その通りだ。やると決め、やればいい。たったそれだけの事。この人生、全ては願望機と成り果てた自分に悔いはない。

だが、今目の前の事を見捨ててまでそれはなすべき事なのか?

 

否だ。断じて否だ。

 

「王よ。心より感謝を」

 

「うむ。良きに計らえ」

 

それだけいうと、ジークフリードは一人霊体化を施した。そしてすぐにゴルドが部屋から出て行く。

再びシンッと静まりかえった部屋。そこに、先ほどまで弱々しい声を出していたフィオレの声はなかった。

 

「アーチャー、お願いがあります」

 

「バーサーカー、俺からもだ」

 

「ふふっマスター、私はあなたのサーヴァントです。お願いなど必要ではありません。全てはあなたのしたい用にすれば良いのです。私の教え子にもいました。一度突き進むと止まらないような者が。マスターもそのように振る舞えば良いのです」

 

「うぅ!」

 

 

そしてこの日、ある英雄の心を変え、ある少年少女は決意をした。

ただのワガママかもしれない。だけど、それでもそれを押し通したいという断固たる意志がそこにはあったのだ。

その後、すぐに日本に行ったという彼をここルーマニアの戦いから遠ざけるための準備が行われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その頃その現在戦いから遠ざけられた彼はというと────

 

「おとおさん、一緒に寝よ?」

 

 

「燐夜、一緒に寝ましょう?」

 

 

 

 

「────」

 

何気に人生最大のピンチに陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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