電脳の世界で彼は生きる (潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す)
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プロローグ

 俺は、たった2人の人間以外からは不必要とされていた。

 途轍もなく出来のいい姉と弟との間に、中途半端な俺が挟まってしまった。 勉強も運動も、並以上は出来たがどちらも2人には及ばなかった。 姉と弟にとって、俺は邪魔者であった。

 

 ……しかし、心のどこかでは期待していたのだ。 俺はその姉と弟から家族として愛されている、と。

 

 結論から言うと、それは俺の勘違いであった。

 あの日、そう、あの日に気づけたのだ。 地理も全く知らない異国の地で、様々な顔つきの男たちに誘拐され、そして姉に向けてある要求が言い渡され…… そして、姉がなにもなかったかのように競技に出ている瞬間を、その男たちとテレビの生放送で見た時に気づけたのだ。

 

 ああ、あの2人にとって俺は唯一(オリジナル)でも予備(スペア)でもない、1つの荷物だったんだって。

 

 男たちは八つ当たりか俺の腹に向けて拳銃を撃って、それは見事命中した。

 途轍もなく痛くて、身体中が痺れて、夏の筈だったのに寒くなっていく。

 

 死、というものを味わいながら俺は詫びた。 俺を愛してくれた…… とは言わない、せめて嫌わないでいてくれた、たった2人の友人に。

 姉の友たる天才と、中国からの転入生の彼女に。 ごめん、ありがとう、愛してる、と。

 

 そして時間が余ったので、最後に姉と弟を呪う言葉を口にして、そして眠りについた。

 

 

 ♢

 

 

 この私、篠ノ之束は柄にも無く焦っていた。 間違いなく人生最大の窮地に立たされていた。

 

 私の友人、いや、あんなのはもう友人じゃない。 私のかつての友人の弟であり、私の最大の理解者である彼が腹部を撃たれて出血多量により死を迎えようとしているのだ。

 

 だめ、だめだよいっくん、いかないで、逝かないで。

 

「束さま…」

 

「くーちゃん、アレを用意して……」

 

「アレ、ですか? しかしアレはまだ研究段階です。 一度の試験もしたことがありません。 それに瀕死の一夏さまが耐え切れる確証も……」

 

「駄目なんだよ、あれじゃなくちゃ! 傷を治すのは簡単だ、だけど処置が遅すぎた! 失った血は戻ってこないし今から人工の血液を作ろうとしても絶対に間に合わない! いっくんが助かるにはアレしか……!!」

 

 私の愛娘たるくーちゃんに対し、少しだけ口調を荒げてしまう。

 でも、本当に切羽詰まっている。 アレが成功する僅かな確率に賭ける以外に道はない!

 

「わかりました、すぐに準備いたします! 操作はお願いいたします!」

 

 私の思いを汲み取ってくれたくーちゃんがアレの準備を始める。

 彼女の常に閉じた双眸が開き、黒い白目と金色の瞳が姿を現わす。

 

「……ありがとう! 」

 

 私は近くに置いてあったノートパソコンを開き、くーちゃんに接続する。 無数のデータの中からとある1つのデータを選択し、実行する。

 しかしこれはまだ実験段階のものだ。 操作を実行する中で、プログラムを改変していかねばならない。

 それでも、彼を失うわけにはいかない。 絶対に。

 

 頭をフル回転させ、キーボードを叩く。

 常に最善の思考を、最速のタイピングを!

 

「いっくん、帰ってきて!」

 

 思いつく限りのプログラムの改善を終え、最後のキーを叩く。

 同時に、現実での彼は息を引き取った。

 

 

 ♢

 

 

 -ここはどこだろうか。 まるで底も水面もない水中にいるような感覚だ。 それでいて息苦しくはなく、むしろ居心地がいい。

 

 ここが死後の世界なのだろうか? それならば、死というのは意外と悪くないものなのかもしれない。

 この後俺はどうなるのだろうか。 地獄か天国に送られるのか、それともずっとこの空間に留まるのか。 生まれ変わりってのもありえるな。

 

 などと考えていると、急に景色が何もない空間から、黒色の床と壁へと変わった。

 

『ここは……』

 

 驚いた。 自分から発せられた声は聞き慣れたあの声ではなく、無機質で機械的な、ノイズ混じりの声になっていた。

 まるでロボットにでもなったような感覚だ。

 

「いっくん!!」

 

『え?』

 

 左側で聞こえた声に振り向こうとすると、それよりも先に抱擁をうける。

 その声は聞き間違える筈もない。 俺の2人の友の1人、篠ノ之束その人である。

 

「いっくん…… よがっだぁぁぁぁぁぁ」

 

『ちょ、ストップ束さん! 取り敢えず状況を説明してくれ!』

 

 束さんは俺の制止も聞かず、その後10分ほど泣き続けた。

 ようやく落ち着いてきた束さんは俺から離れる。

 

「はぁ…… よかった。 よかった……」

 

『あのー、束さん。 1人が感動されても俺は状況がわからんのですよ。 っていうわけで解説していただけたら嬉しいんですが』

 

「ああ…… まず、いっくんは何をしていたか覚えてる?」

 

 束さんに言われ、記憶を呼び起こす。

 

 ……ああ、そうだ。 俺は誘拐されて、腹を撃たれたんだ。

 そして意識を失って、その後は多分、束さんに助けられたのか?

 

『大体は思い出しました…… でも、俺のこの声はどうなっているんですか? 体の動きにも違和感がある……』

 

「……結論から言うと、いっくんの体は死んじゃったんだ」

 

『ファッ!?』

 

 衝撃の事実であった。 まさか死んでたとは…… ってことは機械化されたのか? 脳をロボットに移植でもしたのだろうか?

 まあ、束さんのことだ。 それは無い、とも言い切れない。

 

「束さんがいっくんを見つけた時にはもう血を失いすぎてかなり危ない状況だった。 傷を塞いでも間に合わない。 だから、いっくんの人格を電子化した」

 

 予想の斜め上を行く答えであった。

 ああ、そうか。 俺の人格がデータになり、そして機械に埋め込まれたと。 それならば体が死んだって発言にも頷ける。

 

『まさかロボットになるとは思いもしませんでしたよ。 いや、驚きです』

 

「なんだか反応が薄いね」

 

『……まあ、助かったんですし、機械でも特に問題はないでしょうよ。 どうせ帰る場所もない…… 彼女には会いたくなるだろうけど』

 

 頭の中に1人の少女を思い浮かべる。 ちっこくて勝気なツインテールのあの子を。 ああ、ごめんよ、鈴。

 

「凰ちゃんのこと?」

 

『はい、そうで…… 面識ありましたっけ?』

 

「いやぁ、ちょっとばかし衛星のカメラでいっくんを見てた時に見つけてね。 気になって調べて見たら……」

 

 ああそうだ。 こんな人だったよこの人は。



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