真・恋姫†無双 ご都合主義で聖杯戦争!? (AUOジョンソン)
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第一話 外史と転生と始まりと

にじファン閉鎖に伴いこちらに移転することになりました。
再投稿するたびに拙作の粗い部分が沢山見つかって鬱になるのもだんだん慣れてきたので、こちらでも出来る限りの力を出していきたいと思っております。

それでは、どうぞ。


気がつくと、俺は白い空間に立っていた。

何処だろう。変な夢見てるのかな。いやだなぁ・・・。俺、そう言う悪夢とか苦手だし・・・。

キョロキョロとまわりを見回すと、少し離れたところに長身の男の人が立っていた。

近づいてみる。

 

「・・・嘘だろ・・・?」

 

思わず呟く。

あの黄金の鎧・・・。

なんだかボーッとしている様だが、間違いない。

憧れの英雄王、ギルガメッシュじゃないか!

少し興奮気味になりつつも、夢の中だから、と自分に言い訳をして勇気を出して話しかけてみる。

 

「初めまして・・・」

 

俺の声に、ギルガメッシュが振り向く。

 

「・・・誰だ?」

 

「あ、えっと、その・・・」

 

まさかの状況に、言葉が出て来ない。

 

「・・・まぁよい。この状況で名前など意味を持たんからな」

 

こちらから視線を外すギルガメッシュ。

怒らせてしまっただろうか? 

・・・いや、怒っていると言うよりも、何かもっと他の・・・。

虚しさを感じている顔、と言うのだろうか。愁いを帯びた顔をして、遠くを見ている。

俺が見る限りでは白い空間しか無いのだが、彼には何か見えているのだろうか。

 

「そう言えば、貴様はなんの英雄だったのだ?」

 

急に話しかけられる。

表情から察するに、暇つぶしと言ったところだろうか。

 

「英雄なんてそんな・・・。ただの一般人ですよ」

 

「そんなわけが無かろう。『此処』にいるのだから」

 

は? 『此処』? 

 

「いや、本当に解らないんですよ。・・・えっと、夢とかじゃないんですか?」

 

もし本当に夢だったら起きた瞬間に腹を抱えて笑うであろう質問を繰り出す。

 

「夢? ・・・まさか、貴様、本当に英雄ではないのか・・・?」

 

「ええ・・・。えっと、普通に生活していた筈なんですけど・・・」

 

俺の言葉に、目の前のギルガメッシュは少し思案した後、口を開いた。

 

「まさか、死した後にこのような余興に出会うとはな。・・・興が乗った。此処の説明をしてやろう」

 

「は、はぁ・・・」

 

夢の登場人物に夢の世界を説明して貰うのも悪くないかもな。

 

「此処は英雄が死後、『座』に押し上げられる際に立ち寄る休憩所のような所だ」

 

「成る程・・・。だから、英雄かどうか聞いてきたんですか」

 

「そう言うことになる。本来此処にはただの一般人などこれないのだ。一握りの例外を除いてな」

 

ならば、俺はその一握りの例外、と言う奴なんだろうか。

・・・あれ? 

そういえば疑うことなく此処は夢だと思ってたけど、俺、寝た記憶無いなぁ。

 

「生前の記憶が頭をよぎり始めたか」

 

ギルガメッシュはふ、と鼻で笑った後。

 

「深く思い出してみろ。貴様が此処で気がつく前、何をしていたかを」

 

ギルガメッシュの言葉は何故か冗談と笑い飛ばせない深刻な何かを含んでいた。

むむ、この夢に来る前か。

目をつぶって、集中する。

此処は無音なので、ギルガメッシュが何かしない限りは集中が乱されることはない。

脳裏に火花が散る様な衝撃を受けて、俺に記憶が集ってくる。

 

・・・

 

ふわふわと空中に浮かびながら、俺を後ろから見下ろす。

追体験、と言う物を体験しているらしい。

いつもバイトに行く前歩いている道を歩く俺。

この後横断歩道を渡って少し歩けばバイト先だ。

今日はどんな仕事をするんだっけな、と予想しながら歩いていたと記憶している。

ふぅ、と息を吐いて、今日も頑張るか、と意気込みを新たにしたところで

 

「えっ・・・?」

 

目の前から突っ込んでくる車のヘッドライトが見えた。

 

・・・

 

「・・・あー・・・」

 

あれ? これ、今日の俺? 

ってことは、嘘、まさか、本当に・・・? 

 

「俺、死んでる・・・?」

 

「らしいな」

 

淡々とギルガメッシュが返してくる。

 

「あー・・・じゃあ、此処ってホントに・・・」

 

「ようやく理解したか」

 

はー・・・。なんだか、現実味がないなぁ・・・。

 

「・・・取り乱さないのだな」

 

「え? ・・・ああ、なんか、夢心地って言うか・・・」

 

「つまらん」

 

そう言ったっきり、また何処かそっぽを向くギルガメッシュ。

俺が取り乱す姿を見たかったらしい。

それに気がついたところで遅いので、ため息をつきつつ地面に座る。

ギルガメッシュは先ほどから腕組みをしたまま虚空を見つめている。

・・・どの位そうしていたのかいまいちはっきりしないが、まぁ体感時間で十分程度。

ギルガメッシュの体が透け始める。

 

「えぇ!?」

 

「何を驚いている」

 

腕組みをしたまま、こちらを振り向くギルガメッシュ。

 

「い、いや、体!透け始めてますよ!?」

 

「・・・さっきも言ったが、此処は英雄が英霊に押し上げられる前の休憩所のような所だぞ」

 

はぁ、とギルガメッシュはため息をついて、出来の悪い教え子に教える先生のような表情で

 

「向こうの受け入れ準備が終わればこうして迎え入れられるに決まっておろう」

 

「はー・・・。あ、俺、どうなるんだろう」

 

英雄じゃないし。

と言うか、普通の人間で、紛う事無き一般人なんだが。

 

「知らん。まぁ、本来(オレ)専用と聞いていた『此処』に入って来たのだ。何かあるだろう」

 

せいぜい足掻くのだな、雑種。と言い残して、ギルガメッシュは消えた。

さっきまでギルガメッシュがいたところには、一振りの剣が。

確証はないが、これは鍵剣と呼ばれる物ではないだろうか。

 

「忘れ物ですよー・・・って、気付くはずがないか」

 

それに、本編のギルガメッシュは右腕をあげただけで『王の財宝(ゲートオブバビロン)』を開いていたし。

英霊となってからは必要のない物なのかもしれない。

取り敢えず拾ってみる。

持っているだけでこれはただの剣じゃない、と言うことが解る。

落とし主はもう知らない何処かへ行ってしまったし、この様子じゃあ交番もないだろう。

ならば、俺が貰っておくことにしよう。

 

・・・

 

再び、しばらくの時間が経った。

時計を見ようと携帯を取り出そうとしたが、ポケットの中には何もなかった。

うーん、困ったなぁ、とギルガメッシュの落としていった鍵剣を見つめて、溜め息を吐く。

もしかしたら永遠にこのままなのでは、と嫌な予感が頭をよぎった瞬間、俺の目の前に何かが落ちてきた。

 

「うおっ!?」

 

びたん、と平べったい物を床にたたきつけたような音がした。

落ち着いてよく見てみると、それは土下座をした人間だった。

頭にわっかが着いていて、ドクロのアクセサリーを身につけているのが目に入った。

・・・死神か天使かどっちかに統一しろ、と思ったが、それは今聞く事じゃない。

 

「あ、あの・・・」

 

顔を上げてください、と言う前に、目の前の人間はとても良く通る綺麗な声で

 

「申し訳っ!ありませんでしたー!」

 

謝ってきた。

 

・・・

 

「ああ、成る程」

 

「すみません、すみませんっ!」

 

俺の目の前では、空中に浮かんだ画面に映る俺の死体が鮮明に映し出されていた。

そして、目の前の土下座娘が俺が死んだときの一部始終を見せてくれた後、こういった。

「手違いで殺してしまった」と。

あれか、二次創作で良くあるテンプレなのか、と一瞬で思い至り、土下座娘の次の言葉を待つ。

 

「その、お詫びと言ってはなんですが・・・」

 

「転生させてやる、か?」

 

俺の言葉に土下座娘は目をぱちくりとして驚いた後

 

「そ、そうなりますね。・・・その、転生と言うより、転送、に近いですが」

 

「そうか。・・・場所とかはどうなるんだ?」

 

「えっと、神様が受け入れてくれる場所を探しますね。・・・んしょ」

 

ごそごそと懐を探った土下座娘は、携帯端末を取り出し、ぴ、ぴ、と何かを打ち込む。

 

「あ、えっと、受け入れ先、有りました」

 

なんだそれ。そんなにハイテク化してたのか、死後の世界。

 

「あー・・・。この世界は普通の人間じゃ生きていけませんね・・・。おや?」

 

土下座娘の視線が俺の持つ鍵剣に向く。

 

「それはさっき英霊に押し上げられたギルガメッシュさんの鍵剣? ・・・ちょうど良いです」

 

再び携帯端末に何かを打ち込む土下座娘。

すると、鍵剣が独りでに浮かび上がり、俺に向かって飛んできた。

 

「うわっ!?」

 

思わず顔を覆うが、予想した衝撃は来なかった。

おそるおそる体を見てみるが、剣が突き刺さってるとかそう言うことはなかった。

 

「はい、これで英霊、ギルガメッシュさんのパラメーターをインストールしました」

 

ぱたん、と携帯端末をしまう土下座娘。

 

「本当は英霊をインストールするなんてしないんですけどね」

 

ならなんでこんな事を? と聞いてみると、土下座娘は俺の死体が映し出されている画面を見て

 

「手違いでこのような事をしてしまうなんて初めてのことなので、特別出血大サービスなんですよっ」

 

「いや、出血してるのは俺だろう」

 

「あぅ・・・。・・・とっ、兎に角!これであっちの世界に行っても大丈夫なはずです!」

 

土下座娘がぱちん、と指を鳴らすと、俺の体が先ほどのギルガメッシュのように透け始める。

 

「それでは、二度目の生に幸あらんことを・・・」

 

そう言って送り出してくれる土下座娘さんに手を振って、俺は白い空間から消えた。

 

・・・

 

「なんだろう、これ」

 

書庫にて、董卓は奇妙な本を見つけた。

暇つぶしに何度かここに来ているが、こんな本は初めて見る。

 

「えーっと・・・。英霊・・・召喚・・・?」

 

なんだろう、それ、と首を傾げつつ、董卓はその本に書いてある言葉を読み始める。

暇をもてあました少女は、暇つぶしにと読んだ本がこんな大変なことになるとは、ひとかけらも思っていなかった。

 

・・・

 

暗い地下室。

男が魔法陣に魔力を注いで、サーヴァントを召喚した。

『この時代』の魔術師はその力を乱世の治世に用いることはせず、聖杯へと至るためにその力を振るう。

右腕に光る三画の令呪。

目の前に現れた直立不動の男に、にやりと笑ってから、そのマスターは質問を口にした。

 

「お前は、なんのクラスだ?」

 

「はっ!ランサーです!」

 

きびきびと答えるランサー。

 

「そうか。他のサーヴァントが揃うまでに、貴様の能力を見極めるぞ」

 

「はっ!」

 

地下室でランサーの声が響いた。

 

・・・

 

「・・・セイバーだ。召喚に応じて馳せ参じた」

 

「本物だったのかよ、これ・・・!」

 

男は歓喜に震えながら右腕の令呪を見る。

 

「良し、聖杯を手に入れるぞ、セイバー!」

 

「うむ。マスターに従おう」

 

・・・

 

「わ、わ・・・!」

 

董卓は目の前に起こっている現象が信じられなかった。

急に地面と手の甲が光ったと思ったら、目の前に男が現れた。

 

「此処は・・・」

 

男は呟くと、董卓を見る。

 

「ひぅ・・・」

 

どうしよう、と董卓が頭を働かせ始めると、男が近づいてくる。

 

「まさか・・・君は・・・」

 

「え・・・?」

 

私を知っているんですか? と聞こうとしたが、それよりも向こうの言葉の方が早かった。

 

「サーヴァント、アーチャーだ。これから宜しくな」

 

「え? え?」

 

「・・・やっぱり、説明が必要だよなぁ」

 

「・・・へぅ、お願いします・・・」

 

・・・

 

目の前にいるのは、恋姫の董卓・・・。

それで、左手に令呪が輝いているって事は、俺がサーヴァントで、董卓がマスターで・・・。

うそ、マジか。

取り敢えず、体に異変がないか調べてみることに。

・・・本編のギルガメッシュとほぼ同じパラメーターだ・・・。

姿は鏡を見てみないことにはどうとも言えないが、取り敢えずギルガメッシュをインストールした、とか言う話は本当なんだろう。

聖杯から情報が流れてくる。なんでも、セイバーとランサーはすでに召喚されているらしい。

 

「それじゃ、説明するぞ。俺達サーヴァントのことを」

 

「はい」

 

神妙な顔をして頷く董卓。

なんだか癒される・・・。が、癒されるのは後だ。今は、事情を説明しないと・・・。

 

「まず、俺達サーヴァントは、君みたいな令呪を持ったマスターの元へ召喚される」

 

「召喚・・・? ・・・あ、あの、この本が原因ですか・・・?」

 

「どれどれ・・・?」

 

董卓から本を受け取って、読んでみる。

本の表紙には、英語で『サーヴァントの召喚~初級編~』と書いてあった。

・・・中をぺらぺらと捲って読んでみる。

ああ、間違いない。これは、本物だ・・・。

なんでサーヴァントの召喚に初級編があるのかとか、中級編はどんな召喚の仕方になるんだよ、とか何故この子が英語を読めるんだろうとかいろいろと突っ込みたいことはあるが、それをぐっと飲み込む。

 

「・・・そうだな。この本の呪文を唱えたから、此処に召喚されたんだろう」

 

足下には魔法陣があるし。

・・・説明が長くなってしまったので、要約するとしよう。

董卓には、聖杯戦争のこと、魔術のこと、俺がどういう存在なのかをかいつまんで話した。

と言うか、董卓に魔術回路があることに驚いた。

 

「・・・うん、これくらいかな」

 

「・・・」

 

「どうした?」

 

「少し、驚いてしまいました。私たちの知らないところでそんな事が起こっていたなんて」

 

「そうだろうなぁ・・・」

 

俺も驚いている。まさかサーヴァントになるなんて考えもしなかった。

 

「そう言えば、あなたのお名前はなんなのですか?」

 

名前・・・名前かぁ・・・。

ギルガメッシュで良いよな、もう。

 

「・・・ギルガメッシュ、と言う」

 

「ギルガメッシュさん・・・ギルさんですね!」

 

一瞬で港の子ども達に付けられるような名前になってしまった。

 

「あ、ああ、うん。それで構わない」

 

「私は董卓と言います。真名は月。月と呼んでください」

 

真名って大切な物じゃなかったっけ? 初対面の俺に教えて良い物なのか? 

疑問としてぶつけてみると、月はにっこりと笑って

 

「これから一緒に戦っていく人ですから。これくらいは当然です」

 

と言い放った。

 

「そうか・・・。ありがとう、月」

 

「それじゃあ、みんなに紹介しますね。付いてきてください」

 

「了解」

 

・・・

 

「あんた、だれ?」

 

冷たい声が耳に入る。

 

「この人はね、ギルさんって言うの」

 

俺の代わりに月が答える。

通路を歩いていると、眼鏡を掛けた少女・・・賈駆に呼び止められた。

そして、第一声がさっきの言葉である。

 

「ぎる? ・・・変な名前」

 

そりゃあ、この国には無い名前だろうからなぁ。

 

「ギルは愛称のような物だ。ギルガメッシュが本名になる」

 

「ぎるがめっしゅ? もっと変な名前ね」

 

なんだろう。心が痛い。

 

「もう、詠ちゃん、そう言うことは言っちゃ駄目だよ?」

 

「・・・解ったわよ。で、そのギルはなんのようなわけ?」

 

「詠ちゃん、取り敢えず玉座に行こう? そこで説明するから」

 

「・・・解ったわ」

 

二人に先導されるままに、テクテクと歩く。

凄いな、本物の城だよ。

お上りさんの如くキョロキョロしていると、賈駆が扉を開ける。

二人の後に続いて中にはいると、そこは玉座の間。

 

「さて、じゃあ、説明して貰いましょうか」

 

俺は、先ほど月にした説明をもう一度する。

最初は信じていなかった賈駆も、俺が目の前で黄金の鎧を一瞬で装着すると流石に信じるしかないらしく、渋々ではあるが、人智を越えた存在だと理解してくれた。

 

「そして、令呪のことなんだが・・・左手の甲を見てくれ。三画なのは分かるか?」

 

「一、二、三・・・あ、ホントだ」

 

一つ一つ確かめるように数える月。

 

「それは俺への強制命令権だ。三回だけ、俺にどんな事でも命令する事が出来る」

 

「そうなんですか・・・?」

 

「それがちゃんとした令呪ならね。まぁ、本物だろうけど。令呪というのは、聖杯からの聖痕が元になって現れる物だ」

 

「聖杯?」

 

「その杯に至れば願いを叶える万能の杯。俺はそれを勝ち取るためのサーヴァント・・・使いだ」

 

原作の知識を引っ張れるだけ引っ張る。・・・あってるかどうかは定かではないが。

 

「成る程・・・勝ち取るって事は、あんたみたいな英霊・・・だっけ? がまだ居るの?」

 

「頭良いな、君。・・・ああ、居る。剣の扱いを得意とするセイバー。槍を得意とするランサー。弓を得意とするアーチャーがまず三騎士と呼ばれる」

 

「せいばー、らんさー、あーちゃー・・・」

 

「そして、その他にあらゆる物を乗りこなすライダー。暗殺を得意とするアサシン。魔術を得意とするキャスター。理性を無くした戦士、バーサーカーが居る」

 

「そのらいだーとかってあんたの居たところの言葉?」

 

「ん? ・・・ああ、英語は分からないか。・・・そうだな。俺の居たところの言葉だ」

 

セイバーなどの英語の意味を教える。

賈駆はふぅん、と納得したかのような声を出す。

 

「で? あんたはどれなの?」

 

「俺か? 俺はアーチャー。弓兵の役割だ」

 

英語が通じないから、出来るだけ使わないように説明をする。

 

「あの、ギルさん」

 

「なんだ?」

 

月が左手の令呪を見た後、質問を口にする。

 

「マスターって、何をすれば良いんですか?」

 

「そうだな。マスターの役割も説明しよう。マスターというのは、サーヴァントに魔力を供給するのが主な役目だ」

 

「魔力・・・ですか?」

 

よく分かっていないような月の顔。

仕方がないので、魔力の説明もしてやる。

サーヴァントが現界したり、宝具を使用したり、魔術を起動する為の燃料のような物だ、と説明する。

大体のニュアンスは伝わったらしく、ふむふむと頷いていた。賈駆が。

 

「ああ、そうだ」

 

「なんでしょうか・・・?」

 

「事故のような召喚の上、無理矢理な契約のせいかもしれないが・・・月からの魔力が全然来ない」

 

原作のセイバーの様なものだ。

士郎の魔力が来ないセイバーは、真価を発揮できず苦戦していたな。

宝具もあまり使えなかったようだし、睡眠を取って魔力の節約もしていた。

 

「ええっ・・・!? じゃ、じゃあ、ギルさんはいま危ないんじゃ・・・」

 

「結構ね。・・・でも、現界が不可能なほどじゃない」

 

五次でのセイバーのように、なぜか霊体化も出来ないし・・・。

結構制限がきついな。

 

「だけど、宝具はあまり使えない。サーヴァントが攻めてきたときに苦戦するかもしれないな」

 

「ど、どうしましょう・・・!」

 

そう言えば、宝具の消費魔力とかってどれくらいなんだろうか。試してみる必要はあるな。

 

「じゃあ、試してみようか」

 

「へっ?」

 

「広い場所ないかな? 出来れば、人気のないところ」

 

・・・

 

詠に案内されたのは木々が生い茂る中庭の一角。

此処なら一般の兵はあまり来ない、とお墨付きを貰った。

 

「よし・・・」

 

気に狙いを定めて、集中する。

どうやったら宝具を使えるのか解らないので、心の中で扉を開ける感覚で使おうと試みる。

 

「わ・・・」

 

後ろにいる月達から声が漏れる。

なんだ? と後ろを振り向くと、王の財宝(ゲートオブバビロン)が展開していた。

できた・・・意外と簡単だったな。

引っ込め、と念じると、ビデオの巻き戻しのように引っ込んでいく宝具達。

 

「と、言う感じなんだけど・・・」

 

場の空気に耐えきれなくなり、口を開く。

二人は驚いているようだ。無理もない。俺も驚いて居るんだから。

 

「それで・・・月、どんな感じだ?」

 

「え? あ、えっと、うーん・・・?」

 

体の何処かに異常がないか確認する月だが、すぐにこちらに向き直ると

 

「特に異常はありませんが・・・」

 

「そっか」

 

こっちは少し気怠い感じがするけど。これは魔力が足りないと言うことなのかな? 

自分の体を解析してみる。英霊は自分に対してならいつでも解析をかけられるらしいので、重宝している。

そして、解析の結果。魔力はかなり欠乏していて、天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)は撃てないらしい。

王の財宝(ゲートオブバビロン)は使用出来る物の、長時間の展開は不可能。とのこと。

 

「・・・成る程、ね」

 

と言うか、宝物庫の中身までギルガメッシュから受け継いでいるのか。驚きだ。

まぁ、何も入っていない倉庫を渡されても困っていたけど。

 

「まぁ、魔力が足りない程度だよ。戦闘にはあまり問題ない。強すぎるのが出てくると苦戦するかもしれないけど、鎧もあるし」

 

ギルガメッシュの鎧は確かギルガメッシュの低い対魔力を補う物だったはず。

遠坂凛の大魔術も弾いていたし、防御に徹すれば負けることはないだろう。

 

「そうですか・・・。良かった。足を引っ張ってしまわないか不安だったんです」

 

「その気持ちだけでも嬉しいよ。俺は少し此処で練習していく。月達は他の将の人達にも説明しておいてくれないかな?」

 

「はい、解りました。・・・無茶は禁物ですよ?」

 

「解ってる」

 

・・・

 

月と賈駆が去っていってから、俺は王の財宝(ゲートオブバビロン)を使いこなすことを目標に練習を始めた。

・・・と言っても、開いて、閉じて、開いて、閉じての繰り返しだったが。

宝具一つだけの弾丸ならば、展開から発射までのタイムラグがほとんど無かった。

それが十個を越えたあたりからだんだんと辛くなってきて、三十個以上を展開すると発射を行えないという事態に陥った。

これは発射をメインの戦法にするんじゃなく、抜き取って戦う方が良いかな。

空中に波紋が広がり、そこから柄が出てくる。

確か、この鎌の名前は・・・蛇狩りの鎌(ハルペー)、だっけな? 

結構長いし、英霊になったことで格段に上がった身体能力ならどうとでもなるだろう。

・・・よし、基本的な方針は決まったな。

後は・・・鎧の展開も練習しないと。

 

・・・

 

「なぁ、セイバー?」

 

「なんだ、マスター」

 

「お前の真名ってなんなの?」

 

「む? ・・・うーむ・・・」

 

「なんだよ、解らないのか?」

 

「いや、言わない方が良いと思ってな」

 

セイバーの声に、マスターの男は不機嫌な顔をする。

 

「なんだよー、俺のことは信用ならないかー?」

 

「・・・まぁ、そうなるな。マスターは魔術師ではないから、魔術的な拷問を受ければ口を割ってしまうだろう」

 

「あー・・・。そっか、真名ってサーヴァントにとっても大切なんだもんな」

 

「そう言うことだ。弱点にも繋がる真名を知られるわけにはいかない。・・・すまないな、マスター」

 

申し訳なさそうに頭を下げるセイバーに、マスターの男は笑いかける。

 

「良いって良いって。それより、酒でも飲もうぜ」

 

「おお!マスターは解っているな!」

 

さっきまでの暗い雰囲気から一転、二人は実に楽しそうに酒を酌み交わすのだった。

 

・・・

 

鎧を展開して、それをつけたまま動いたりしてみる。

戦いの時に鎧に邪魔されてやられるなんて笑い話にもなりゃしない。

だが、さすがは英雄王の鎧と言ったところか、全然動きの邪魔にならない。

もちろん重さはあるが、英霊の身となった今の俺にとってはあまり変わらない。

鎧をつけたまま蛇狩りの鎌(ハルペー)を振ったりしていると、じゃり、と足音が。

兵士かな? と思って振り返ってみると、そこには肩に偃月刀を担いだサラシ女が居た。

 

「・・・えっと、張遼?」

 

恋姫をやったときの記憶を呼び起こす。

確かそうだったはず。

・・・まぁ、サラシのキャラなんて一人しか居ないから思い出すのは訳もないんだけど。

 

「お、ウチの名前知ってるんか?」

 

「ああ、一応は。・・・ある意味有名、だしね」

 

後半は聞こえないように呟く。

 

「そかそか、それなら話は早いわ。・・・ウチと手合わせせーへんか?」

 

偃月刀の刃をこちらに向けてくる。正直言って怖いのでやめて欲しい。

だが、男のプライドを総動員して、何とか表情を取り繕う。

 

「あー・・・理由を聞いても・・・良いかなぁ、なんて・・・」

 

「決っとるやないか。なんや急に月っちがあんたの事をそばに置くとかいうやん? だったら、実力くらいは見ておかんとなぁ」

 

そう言って、にしし、と笑う張遼。

うーん・・・第五次のランサーみたいなキャラだ・・・。

まぁ、提案は悪くないと思う。

手合わせの理由も理解できない物じゃない。

そりゃあ、自分たちの主のそばに急に怪しい奴が現れたら普通は疑う。

一応恋姫の世界にも妖術はあるみたいだし、洗脳も考える人がいるかもしれない。

 

「・・・よし、分かった。手合わせ、お願いするよ」

 

「ほな・・・この石が落ちたら開始や。ええな?」

 

「異論はない。どうぞ」

 

張遼は俺から少しばかりの距離を取り、少し大きめの石を上に放り投げる。

空中に石が滞空して、落ちてくる間に俺と張遼は構える。

蛇狩りの鎌(ハルペー)は危ないからそばに立てかけておいて、素手で行こうと思う。

素手と言っても鎧があるので、いくら張遼といえど善戦できるだろう。

取り敢えず構えらしい構え・・・ボクサーのファイティングポーズを取る。

そして、石が地面に落ちた。

 

「っ!」

 

張遼の目が鋭くなって、こちらに跳んでくる。

数十歩は距離があったのに、その間合いを一歩で詰めてくる張遼。

 

「は・・・やい・・・っ!」

 

「はああああああああああっ!」

 

気合いの声と共に一閃。

右方向から胴を薙ぐように振られる偃月刀を後ろに跳んで避ける。

・・・っていうか

 

「殺す気で来てないかっ!?」

 

思わず口をついて出てくる文句。

いくら鎧をつけているからってあんなもの喰らったら普通は重傷だ。

 

「避けたやんか」

 

「避けなかったら殺してた、ってことかっ!」

 

「そうとも言うなぁ」

 

「言うなよ・・・」

 

もう文句も出て来ない。

だが、向こうが殺す気ならこっちも本気で行かなくてはまずい。

能力の見極め、とか、取り敢えず物は試し、とか言ってる場合じゃない・・・!

 

「はっ!」

 

右側に回り込むように張遼が駆ける。

張遼が動いた方向を見たときには、すでに張遼は偃月刀を突き出してきていた。

こうなったら、一か八か・・・!

張遼の突きを腕の鎧に擦らせるように流す。

しゃっ、と包丁を研いだような音がして、偃月刀の切っ先は俺の後方へと流れていく。

そこから流した腕とは逆の腕でボディーブローを放つ。

 

「しまっ・・・!」

 

拳が張遼の腹に吸い込まれるように進んで・・・寸前で止まった。

・・・危なかった。

寸止めなんて言う高等技術、ぶっつけ本番で出来るなんて英霊の体に感謝だな。

 

「・・・俺の勝ち・・・で、良いか?」

 

「そやね・・・。・・・っはー!」

 

偃月刀を下ろし、ぷはー!と息を吐き出す張遼。

 

「強いんやな、あんた」

 

「みたいだな」

 

「ギル、やったっけ? 名前」

 

「ん? ・・・ああ、愛称だけど。本名はギルガメッシュという」

 

「そか。ほんならギル」

 

ああもう。なんで誰もギルガメッシュと呼ばないのだろうか。

いや、呼ばれても一瞬迷うかもしれないな。

本当は自分の名前じゃないんだし。

表情には出さずにそんなことをつらつらと考えていると、目の前の張遼がん、と手を伸ばしてくる。

 

「これからよろしゅうなっ」

 

ああ、握手か。

 

「宜しく頼む。・・・お手柔らかにな」

 

その手を掴んで、握る。

・・・この手であんな速度の偃月刀を握っていたとは・・・。

マメはある物の、普通に綺麗な女の子の手だ。

人体の不思議ってこういう事を言うのだろうか。

 

「そや。あんたなら真名を預けても良いかもなぁ」

 

「ん? 良いのか? こんな一回手合わせした程度で」

 

「気に入るときは一発で気に入るし、気に入らん奴は何回手合わせしても気にいらんもんよ?」

 

「そうなのか?」

 

「そや。じゃあ、改めて。こほん。ウチの姓は張、名は遼、字は文遠!真名は霞や!」

 

「霞、か。良い名前だ。改めて、宜しく」

 

「あいよっ!」

 

「そうだ。俺の真名も教えておくよ。ギルガメッシュがそのまま真名だ。宜しく頼む」

 

そう言った瞬間、霞の口からへっ? と間抜けな声が聞こえる。

その後、霞からはなんで最初っから真名を教えてくれたん!? 等と質問攻めにあった。

まぁ、そこは真名の価値観の違い、と言うことで納得させた。・・・納得するのか、それで。

 

・・・

 

「なぁ、ランサー?」

 

「はっ」

 

大陸の何処かにあるランサーのマスターの家の中。

マスターは卓の上の盤に駒を置いていく。

 

「軍人将棋は出来るか?」

 

マスターの言葉に、ランサーは少し考えてから

 

「名前は聞いた覚えがありますが、その遊戯をした事はありません」

 

直立不動で答えるランサー。

 

「そうか。・・・なら、やり方を教える。相手しろ」

 

「はっ」

 

「俺の向かいに座れ」

 

「失礼します」

 

席についても、ランサーは背筋を伸ばし、両手を膝の上に置いていた。

 

「お前は何処でも堅いな。辛くないのか?」

 

「いえ。すでに日常となっていることです」

 

「そうか。・・・なら、説明を始めよう」

 

駒を配置し終えたマスターが盤の上の駒を指さし、説明していく。

全てを説明し終えると、マスターは「どうだ、覚えたか?」とランサーに聞く。

 

「はっ。大丈夫です」

 

「ならば、始めるとしようか」

 

マスターの手が駒に伸びる。

 

・・・




これを始めて書いたのが確か2009年の3月ですから、相当続けていることになりますね。飽きっぽい作者にしては快挙と言っていいと思います。

こんな作品でも、読んで楽しいと思っていただければ幸いです。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二話 魔術と連合と魔術師と

第二話です。
全二十五話の予定ですので、すぐに投稿できると思います。

それではどうぞ。


霞との手合わせの翌日、凄い勢いで華雄が突貫してきた。

いや、比喩とかじゃなくて。扉を金剛爆斧で吹き飛ばして、開口一番

 

「手合わせだ!」

 

だって。

その後、呆然としている間にズルズルと引き摺られ、昨日霞と手合わせした中庭へと連れてこられた。

 

「さぁ、いざ!」

 

「阿呆!」

 

金剛爆斧を構えて突進しようとした華雄を、霞が頭にげんこつを落として止める。

・・・助かった・・・。

 

「何をする!」

 

「何をするやあらへんっ。歩いてたらギルが引き摺られてるからなんやろかと思って付いてきてみたら・・・ああもう、華雄っちの阿呆!」

 

もう一発華雄にげんこつが落ちる。

今度のは相当強かったらしく、華雄は頭を抑えてうずくまってしまった。

・・・何この生き物。凄い可愛い。

 

「はぁ・・・ギルなんかあんたの勢いに押されっぱなしだったやないか!」

 

霞の説教が始まった。

・・・今なら、逃げられるか・・・?

アサシンの気配遮断を少しだけ羨ましく思いながら、抜き足差し足忍び足。

何とか戦線を離脱することに成功し、街へと逃げる。

こちらに来てからというもの、城で宝具の練習するか月からの魔力がどうやったら来るかを調べるくらいしかしてないからなぁ。

それに、もしかしたらマスターとかサーヴァントとか居るかもしれないし。

 

「・・・あ」

 

そういえば。

なんで他のサーヴァントは召喚されないんだろう。

セイバーとランサーは召喚されてるし、アーチャーはこの俺だ。

他の四体が召喚されてないなんて・・・おかしいな。

まぁ、恋姫の世界で聖杯戦争がある時点でおかしいんだけど。

この時代には魔術師はかなり少ないだろうし、召喚する人がいないのかな? 

だとしたら聖杯戦争が始まるのはもう少し先だろう。

ふと街の喧噪が耳に入ってくるのを感じて、我に返る。

いつのまにか、城の外に出ていたようだ。

 

「おっ、兄ちゃん、珍しい服着てるな!」

 

屋台のおっちゃんに声を掛けられる。

まぁ、珍しいだろうよ。ポリエステルの服だし。

・・・それにしても、本物の天の御使い君はどうしているのだろうか。

蜀に落ちてたら会えるかもな。

 

「まぁ、会ったら会ったで向こうは混乱しそうだが」

 

一人呟く。

独り言が出てしまうと言うことは、結構寂しいのだろうか。

うーむ、誰か連れてくれば良かった。華雄と霞以外を。

 

「わう」

 

「・・・犬?」

 

って、待て。この首に巻かれた赤い布は・・・。

 

「セキトか?」

 

「わうっ」

 

「おっと」

 

名前を呼ばれたからか、セキトが飛び込んでくる。

少し身をかがめてセキトを受け止める。

まぁいい。この道中のお伴としては最高だ。

 

「少し月からお小遣いを貰っているし、何か奢ってやろう」

 

「わふっ」

 

先ほどとは少し違う鳴き声。喜んでいるのか? 

・・・と言うか、俺の言葉が分かるのか・・・? 

だとしたら、なんて末恐ろしい犬なんだ。

 

「お、ちょうど良いところに」

 

恋姫の原作で幾度も出てきた中華まんの屋台。

取り敢えずこの先金を使う予定もないだろうし、買えるだけ中華まんを買う。

どんなに少なくても、本気を出せば黄金律で何とかなる。

 

「あいよ、毎度あり!」

 

屋台の人から中華まんを受け取り、何処か落ち着けそうなところに向かう。

多分、こうやって大量に中華まんを持ってセキトを連れていれば・・・。

 

「・・・」

 

「やっぱりか」

 

呂布が現れた!コマンド? 

・・・取り敢えず、どうぐで。

中華まんを目の前に出して左右にフリフリと。

 

「・・・」

 

ゆらゆらと顔が左右に揺れてる・・・!

月の微笑みに負けず劣らずな癒しの存在だな・・・。

 

「あーん」

 

中華まんを呂布の口の近くへと持って行く。

 

「・・・ん」

 

あー、と呂布が口を開けて、中華まんに食いつこうとした瞬間、背筋を何か寒い物が走る。

自分の直感を信じて中華まんを呂布の口に放るように離すと、次の瞬間中華まんは消えていた。

俺の前には、口をもぐもぐと動かす呂布。

・・・食った・・・のか・・・? 

俺の目を持ってしても見えなかった・・・。さすがは一騎当千の英雄・・・。

ちょっと面白くなったので、中華まんを三つ持つ。

 

「中華まん三つだ! 手は使うなよ。そらっ」

 

右、上、左の三方向に時間差で投げる。

 

「はむっ。あむっ」

 

二つめまでは成功したが、三つ目は間に合わなかったらしい。地面へと一直線。

危ない、と手を伸ばしかけたが、俺の視界の隅で呂布の足がぶれる。

 

「?」

 

なんだ? と首を傾げる。

・・・あれ? 

 

「中華まんがない・・・。まさか・・・」

 

蹴り上げたのか!? 

セッコより凄いかもしれない・・・。いや、セッコも十分凄いけど。

 

「・・・よしよし」

 

流石に頭を抱きしめて頬ずりはやめておく。

大通りから少し外れているとはいえ、衆人の目があるので、普通に撫でることにする。

・・・この触覚、取ったら黒化するのかな、と妙な好奇心が首をもたげてくる。

本当にやってしまう前に頭から手を伸ばし、さっきから空気を読んで黙っていたセキトに中華まんを半分割って差し出す。

 

「悪いな、ずっとほったらかしで。ほら、食べろ」

 

ばう、と鳴いてから、俺の手に乗った中華まんを食べるセキト。

・・・っていうか、中華まんなんて食べさせて大丈夫なのだろうか。今更だけど。

 

・・・

 

「・・・っあ」

 

「何? どうかしたの?」

 

月達と玉座で作戦会議をしていると、聖杯からお知らせが。

・・・お知らせとか言うとなんか学校の掲示板とかを想像してしまうのは俺だけだろうか。

 

「召喚が確認された。えっと・・・キャスター・・・だな」

 

「魔術師ってやつだっけ? 妖術師みたいなもんでしょ?」

 

どうなんだろう。大分違うと思うんだけど。

 

「とにかく、これで四体目だな」

 

「そうね。後はライダーとバーサーカーとアサシン、で良いのよね」

 

「そうなる」

 

「へぅ・・・。大丈夫なんでしょうか・・・?」

 

不安そうに月が呟く。

 

「大丈夫だって。それよりもさっきの話の続きだ。令呪くらいは使えるようになって貰わないと」

 

「は、はい」

 

「でもまぁ、魔力を流して起動するっていう簡単な物らしいから、ちょっと試してみようか」

 

「試してみるって・・・どうやってですか?」

 

「あー・・・。そっか。魔力の使い方から教えるとしよう」

 

「解りました。頑張りますっ・・・!」

 

「その意気だ!」

 

熱血している俺達のそばで、ため息をつく眼鏡っ娘。もとい詠。

そう言えば、彼女から真名を預かったんだっけ。作戦会議中に賈駆、と呼んでいたら詠がむぅ、と唸って

 

「月だけ真名で呼ばれるのもなんか不憫ね。・・・ボクの真名も預けてあげるわ。詠よ」

 

「・・・場の勢いで教えてしまうのはどうかと。後で冷静になって枕に顔埋めて足をばたばた、なんてされても困るぞ?」

 

「五月蠅いわね。あんたなんか初対面で真名を教えたじゃない」

 

「それはまぁ、価値観の違いって言うことで」

 

「ならボクはボクの価値観であんたに真名を教えたのよ」

 

「はいはい。後で撤回しても聞かないからな」

 

「撤回なんてしないわよ!ふん!」

 

流石ツン子・・・! 怖ろしい子!

ちなみに、後日月から聞いた話だと枕に頭を埋めて足をばたばたさせていたらしい。

もう、うるさくしちゃ駄目だよ、と月に怒られてしょんぼりしていたのが印象的だった。

 

・・・

 

魔法陣の上で、サーヴァントが召喚される。

 

「・・・うーん・・・? 此処は・・・」

 

サーヴァントはまわりを見渡してから、マスターを視界に入れた。

 

「あ。君がマスター?」

 

「そうだよ。君は・・・なんのサーヴァント? どう見てもセイバーとかじゃないのは解るけど」

 

「私? 私はねぇ、キャスターさ」

 

「ホントに? どうも魔術師には見えないけどなぁ」

 

「うーん、だろうねぇ。厳密には、魔術師じゃないし」

 

「へ?」

 

召喚したマスターはキャスターの言葉に虚を突かれたような顔をする。

キャスターはマスターを安心させるように人の良い笑みを浮かべた後

 

「まぁ、安心してよ。君たち此処の住人から見たら、十分私は魔術師さ」

 

「そっか。なら安心した。えっと、真名は教えてくれる?」

 

「ん? んー・・・。真名、思い出せないや。・・・や、どうにも年を取ると駄目だね」

 

「老化で真名を忘れるなんて、凄いキャスターも居たものだ」

 

「大丈夫さ。いつかは思い出すよ。まだ聖杯戦争は始まってないんだろう? なら、気楽に行こうよ」

 

「なんで僕が慰められて居るんだろう。しかもその元凶に」

 

「今からそんなに悩んでたら禿げるよ?」

 

「なら君の髪の毛がふっさふさでぼっさぼさなのは何も悩まなかったからかな?」

 

「うーん、悩みがないのが唯一の悩みだったかなぁ」

 

キャスターの言葉に、マスターが苦笑いしながら答える。

 

「君はキャスターなんだろう? 工房を造ったりとか、準備をしなくて良いのかい?」

 

「大丈夫さ! なんてったって私は、天才なのだから!」

 

キャスターの自信たっぷりな返答に、マスターはやれやれ、降参だよ、と言った後

 

「じゃあ、街を見て回ろうか」

 

「宜しく頼むよ。・・・あ、そう言えば、此処はなんて言うの?」

 

「ここ? ・・・ああ、国ね。此処は曹魏。曹操が収める国だよ」

 

「・・・街の観光が楽しみだよ、マスター」

 

・・・

 

あれから数日。

練習をしていた月は魔力を感じることが出来るようになっていた。

この調子なら、近いうちに令呪を発動させたり、魔術回路に魔力を通すことも出来るかもしれない。

練習が終わり、月は詠に連れられて会議に向かい、俺は暇になった。

・・・街でも行くかな。

 

「おや?」

 

また暇つぶしに街を歩いていると、セキトに出会った。

前に中華まんをあげてから、いやに懐いている。

 

「またなんかたかりに来たか? ・・・って、なんか増えてる・・・」

 

セキトの後ろからぞろぞろと動物たちが。

 

「・・・成る程。軽い気持ちでエサを与えるとこうなる訳か。一つ勉強になった」

 

何故か呂布もいるし。味をしめられたか。

 

「・・・まぁいい」

 

スキルの確認に、と裏通りで賭をやったのだが、イカサマをされていたにもかかわらず勝ちまくってしまった。

黄金律Aと幸運Aは伊達じゃないな、と再確認した次第である。

 

「臨時収入もあったことだし、ごちそうしてやろう」

 

俺がそう言った瞬間、動物たちがわらわらと飛びかかってくる。

 

「うおっ! ・・・な、なんのこれしき・・・俺はともかく英雄王のパラメーターを嘗めるなよ!」

 

一瞬呂布に助けて貰おうかとも思ったが、その肝心の呂布は俺の服の裾を握っているだけで助ける気はないらしい。

飛びかかってこないだけマシか、と開き直って、動物たちを引っぺがす。

 

「おとなしく付いてくるなら良いが、また飛びかかってきたら奢らんぞ」

 

そう注意すると、俺の言葉が分かるのか素直に整列する動物たち。しかもちゃんと背の順に並んでいる。

呂布は今だ俺の裾を掴んでいるのだが、これくらいならどうって事はない。むしろ嬉しいので放置で。

 

「呂布は何か食べたい物のリクエストはあるか?」

 

「・・・中華まん」

 

「よしよし、前回よりも多く買ってやれるからな。楽しみにすると良い」

 

「ん」

 

「わふっ」

 

俺が呂布と話していると、セキトが急かすように鳴く。

 

「はいはい。行くぞ、みんな」

 

様々な鳴き声を背中に受けながら、街を歩く。

少しだけブレーメンの音楽隊を思い出した。

 

・・・

 

呂布達と中華まんやら果物やらを食べていると、凄く和む。

隣でもふもふと中華まんをほおばる呂布を見ていると、遠くから土煙を上げて何かが近づいてくる。

・・・まてよ。この展開・・・もしや・・・!

 

「ち~~~~ん~~~~~きゅ~~~~~・・・」

 

そのまさかだった!

遠くから走り込んでくる小さな影が人間だと解ったときにはすでに彼女は跳んでいた。

ぶわっ、と助走の勢いを殺さずにジャンプ。空中で一回転して、両足をそろえてこちらに突き出す陳宮。

 

「きぃぃぃぃぃぃ~~~~~っっっっく!」

 

「フィィィィッシュ!」

 

突き出された陳宮の足を右手で掴む。

 

「うなぁっ!」

 

逆さづりになった陳宮。

 

「・・・大物が釣れた」

 

「呂布殿っ!?」

 

呂布が呟いた一言に、陳宮がショックを受けている。

だが、すぐに立ち直り、こちらをにらみつけて一言。

 

「いつまでねねをぶら下げているつもりですかっ。さっさと離すのですっ!」

 

この状況で離すと頭から地面に落ちると思うのだが。

そんなことを思いながら、逆さづりのままの陳宮をひっくり返し、脇を持って地面に下ろす。

 

「今日は不覚にもちんきゅーきっくを防がれてしまいましたが、今度はこう簡単にはいかないのですっ!」

 

「ああ、うん、また俺に蹴りを入れるのは確定してるのか・・・」

 

取り敢えず中華まんを与えると、おとなしくなった。

・・・中華まん凄いな。

 

「・・・むっ、用事を忘れるところだったのです」

 

「ん? 何かあったのか?」

 

「はいなのです。詠がギルを呼んでこいと言っていたのです。呂布殿にもお話があるらしいので、一緒に行くのですっ」

 

「・・・ん、わかった」

 

・・・

 

動物たちは解散して、俺と呂布、陳宮は城に戻るため大通りを歩いていた。

詠の用事というのは、反董卓連合結成の檄文が各諸侯に飛んだことについて話し合うためらしい。

連合への対策やらを話し合うため、将は一度集まれと詠が集合を掛けたらしい。

で、呂布を探していた陳宮が俺と呂布一緒にいるのを発見し、ちんきゅーきっくしたとのこと。反省も後悔もしていないらしい。・・・後で躾が必要か。

反董卓連合か・・・。劉備やら曹操やら、孫策やらがいるんだよな。

そのどれかに天の御使いが居る、のかなぁ・・・? 

兎に角、まずはそれを確認したいな。

 

「で、汜水関と虎牢関を通ってくると思うのよ。だからそこに軍を置いて、反撃するわ」

 

詠が将や武官、文官を集めて説明をする。

 

「で、汜水関には華雄と張遼。虎牢関には呂布、陳宮、そして私・・・賈駆がつくわ」

 

「あれ? 詠、俺は?」

 

「月の護衛に決まってるでしょ。もしサーヴァントが攻めてきたらどうするのよ」

 

「・・・それもそうか」

 

「ちゃんと守るのよ。サーヴァント以外からもだからね!」

 

「はいはい。期待には応えるよ」

 

「それならいいけど。・・・じゃあみんな、すぐに準備にかかりなさい!」

 

詠の言葉に、玉座にいた全員が動き始める。

うーむ、確かめに行けないじゃないか。

だが、詠の言うとおり月を一人にするのは危険すぎるからなぁ。

簡単な魔術くらい教えておけば良かったか。使えるかどうか解らないけど。

さて、これが原作通りに行くなら、董卓軍は負けるはず。何が起こるか解らないから警戒は必要だろうが。

負ける、とか言ったらみんな怒るだろうし士気にも関わるので黙っておく。

将は死なないはずだし、何より月と詠が蜀に入るのは必要だろう。洛陽で命を狙われるよりは、蜀で匿って貰った方が安全性は高い。

それに、洛陽とは違う場所ならばマスターも見つけられるかもしれないし。

 

「・・・よし」

 

そこまで決まったのなら、後はみんなの無事を祈ろう。

兵士達が一人でも多く生き残り、生き延びることを祈ろう。

まぁ、今は・・・沈んだ顔をしている月を励ますことから始めようかな。

 

・・・

 

「セイバー、なぁなぁセイバー」

 

「なんだマスター」

 

「反董卓連合って奴が結成されたらしいぜ。うちらも参加するらしい」

 

「だろうな」

 

「なんだ。わかってたのか?」

 

「うむ。・・・それでマスター。一つ頼みが」

 

「なんだ? 酒か?」

 

「違う。その、兵士に志願したいのだが、許可をしてくれないか?」

 

「は? なんでまた」

 

「・・・今は言えぬ」

 

「ま、いっか。あんたにも考えがあるんだろうし。信じておくよ。条件をのんでくれたら、許可する」

 

マスターの言葉に、セイバーが驚く。

 

「なぁ、何故私をそこまで信じるのだ、マスター」

 

「なんでって・・・数日しか過ごしてないけど、俺とお前はもう家族みたいなもんじゃないか。それに、今は言えないって事は後で教えてくれるんだろ?」

 

「・・・まぁ、そうだが」

 

セイバーが気まずそうに答える。マスターは杯に入った酒を飲み干して続ける。

 

「なら今は聞かないさ。あんたのおかげで俺もかなり楽しい毎日を送れてるし。・・・で、条件だけど」

 

「・・・ああ、私に出来ることなら聞こう」

 

「俺も一緒に志願する」

 

「・・・なに?」

 

「これでも親父達が生きてる頃は畑耕したりしてたんだ。体力には自信あるさ」

 

「いいのか?」

 

「いいっていいって。それに、マスターを置いていこうなんて良い度胸だな、セイバー」

 

「・・・その危険をすっかり失念していた」

 

頭を抱えるセイバーを見てマスターは苦笑いをする。

杯を卓に置くと、マスターは立ち上がる。

 

「行くぞ、セイバー。取り敢えず城へ行って志願したいって言いに行かないと」

 

「うむ。ゆこう、マスター」

 

・・・

 

「月、こうしてただ待っているだけと言うのもなんだし、魔術の練習をしておこう」

 

詠達が汜水関と虎牢関に出かけていって二日ほど。

ずっと暗い表情をしている月に声を掛ける。

 

「・・・そう、ですね・・・」

 

無理矢理笑顔を作って、ゆっくり玉座から立ち上がる月。

・・・無理させない方が良かったか・・・? 

一瞬後悔しかけるが、言ってしまった言葉は撤回できない。

いつもの練習より短めに切り上げることにしよう。

 

・・・

 

「おおお、これが汜水関・・・でかいな、セイバー」

 

「うむ、でかいな」

 

セイバーとそのマスターは劉備軍の鎧をつけて汜水関の近くの陣に立っていた。

 

「・・・それにしても、凄いな、袁紹」

 

「なんだっけか。『華麗に敵を撃退しろ』だっけか?」

 

「大体そんな感じ。・・・宝具使っちまえば?」

 

「一瞬それを考えさせる作戦だったな」

 

二人とも苦笑いをしながら先ほど近くを通っていった袁紹の兵の言葉を思い返していた。

 

「・・・で、我等が劉備様が一番槍、って訳か」

 

「袁紹は何を考えているのかねぇ」

 

「何も考えてないと見た。・・・あ、あれって汜水関の将かな?」

 

城壁を指さすマスター。

セイバーはその指の先へ視線を移す。

 

「・・・らしいな。二人か。あの旗は・・・華雄と張遼だったか」

 

「なんだ、将について詳しいのか?」

 

「一応な。さて、そろそろ出陣らしい」

 

「よっし。・・・宝具は使うなよ?」

 

「当たり前だ。此処で兵士として戦う限りは他の者と同じ獲物を使う」

 

関羽達将が前へ進む。

劉備軍の兵達もそれに続き、汜水関の前まで進軍し、そこで止まる。

関羽と張飛は大声を張り上げて汜水関の将へと罵声を浴びせる。

途中で孫策も罵声を浴びせ始める。

 

「・・・成る程ねぇ」

 

マスターが一人呟く。

 

「・・・出てきたぞ。マスター、背中は任せろ」

 

セイバーがそう言ってマスターの肩を叩く。

開いた門からは、華雄の隊が駆けてきていた。

 

「ゆくぞ! はああああああああああ!」

 

関羽が先駆けとして馬を走らせる。

他の将や兵士もぶつかり合うために駆け出す。

 

・・・

 

伝令の兵士が、汜水関に連合軍が到着したと知らせてくれた。

今その知らせが来ると言うことは、多分もう汜水関と連合軍はぶつかり合っているのではないだろうか。

玉座の月は祈るように手を合わせ、堅く目をつぶっている。

・・・無理してでも行けば良かったか・・・いや、そうなれば月を連れて行かないといけなくなるし・・・。

何より月を戦場に連れて行くのは詠が許さないだろう。

 

「・・・ギル、さん?」

 

玉座で祈る月の頭を撫でる。

こうでもしないと月は悪い事ばかり考えそうだし。

 

「もうちょっと力を抜け」

 

「・・・それは、難しいです」

 

「だろうなぁ。ま、言うだけ言っておくぞ。もうちょっと楽に構えろ」

 

「・・・解りました」

 

頭の隅にでもとどめておいてくれれば良いかな。

 

・・・

 

二日後、伝令の兵士が来た。月は緊張した面持ちで知らせを聞く。

 

「汜水関が・・・落ちた・・・?」

 

伝令の言葉を聞いた月が表情を暗くする。

 

「連合軍はもう虎牢関へと向かっているのか?」

 

月の代わりに俺が聞く。

 

「いえ!汜水関で一旦休息を取るらしく、自分が出立するときは動きはありませんでした!」

 

それから、伝令が持ってきた木簡を読む。

被害や、連合軍の様子などが書かれている。

 

「・・・そうか。・・・ありがとう。下がってくれ」

 

「はっ」

 

玉座に月と俺だけになる。

 

「ギルさん・・・」

 

「・・・将は、無事らしい」

 

それだけは言える。

華雄は確か部下達が落ち延びさせ、霞は虎牢関まで下がっている筈だ。

 

「そうなん・・・ですか・・・?」

 

「・・・華雄と霞を信じろ」

 

「はい・・・」

 

少しだけ表情が軟らかくなる月。

 

「・・・詠ちゃん、大丈夫かなぁ・・・」

 

「大丈夫よ、きっと。それに、あそこには呂布がいる」

 

「そうですよね・・・」

 

「取り敢えず、今日はもう部屋に戻って休め。最近、あんまり休んでないだろ?」

 

「・・・それは、虎牢関の人達も一緒です」

 

「それでもだ。一番重要なときに判断力が鈍ったりされちゃあ、困る」

 

「・・・」

 

「無理矢理にでも連れてくぞ」

 

首を縦に振らない月に少しだけ凄むと、しばらくの間の後、ゆっくりと月は首肯した。

 

「・・・わかり、ました。お部屋に戻ります」

 

「そうしてくれ。寝付くまで見張ってるからな」

 

俺がそう言うと、月はくすりと笑い

 

「はい、お願いします」

 

と言って、玉座の間から部屋へと戻るため、歩き始めた。

その後ろから付いていく。

結局、月が寝付くまで、二時間ほど思い出せる限りの童話を話すことになった。

ちょっと喉が痛い。

 

・・・

 

「キャスターキャスター」

 

ドンドンと扉を叩く音。

扉が開き、キャスターが顔を出す。少し・・・と言うか、かなり顔色が悪い。

 

「・・・三徹明けなんだ。ちょっと静かにしてて欲しい」

 

ふらふらと頭を揺らしながら、キャスターは虚ろな目でマスターを視界に入れる。

 

「どうしたの? 徹夜なんて不健康な事して」

 

「ちょっと興味深くてね。此処の文字を勉強しながら本を読んでたら、すっかり三徹さ」

 

「・・・てっきり工房を造ってるのかと思ってたのに・・・」

 

ショックを受けるマスターとは対照的に、キャスターはあっけらかんとした声色で答える。

 

「大丈夫大丈夫。私の工房は私だから」

 

「成る程、分かんない」

 

「だろうね。・・・それより、外が騒がしいね」

 

「そりゃあ、連合軍が汜水関を破ったんだもの。その話題で持ちきりさ」

 

「成る程ねぇ」

 

「それよりも、自分たちのことを考えないと。アサシンとバーサーカーとライダー、どれか来てたりしない?」

 

「・・・いや、まだみたいだね」

 

「そう。・・・いつになったら揃うんだろう」

 

「私は揃わないで欲しいけど」

 

「なんで? 戦いは嫌い?」

 

「それもある。けど、もうちょっと此処を調べたい。なんだか、面白い事になってるみたいだからね」

 

「まったく・・・ほどほどにね?」

 

「善処するよ」

 

再びキャスターは自分に与えられた部屋に戻る。

街で買いあさった本が大量に置いてあり、歴史書から育児の本まであり、かなり節操がない。

 

「良くこんなに買ったね。・・・あ、これ読んで良い?」

 

マスターが一冊の本を取ってキャスターに聞く。

 

「良いもなにも、君がくれたお金で買った本だ。好きにしてくれ」

 

「そうする」

 

二人は、本の中へと思考を潜らせていく。

 

・・・




そういえば拙作を読んでいて聡い方は気づかれているかもしれませんが、私は月が大好きです。
皆さんにも月の可愛さが伝わってくだされば一番嬉しいです。
他の恋姫たちも可愛いんですけどね。

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第三話 剣士と戦いと共闘と

もう八月も中盤ですね。
まだまだ暑いところは沢山ありますが、作者の住んでいるところではすでに夏が終わりかけているので若干過ごしやすくなってきています。
油断して熱射病にならないように気をつけながら過ごしていきたいと思います。

それでは、どうぞ。


翌日、連合軍が虎牢関に向かって進軍し始めたと伝令が来た。

確か汜水関から虎牢関までは二日かそこらかかるはず。ならば、もう少しは時間がある訳か。

宝具を使う練習をしておこう。乖離剣エアも、天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)は使えなくても普通よりは強い剣として使えるだろう。

思い立ったが吉日。・・・だが、練習の相手が居ないなぁ。素振りでもしてるか? 

手合わせもなんだかんだ言って霞としかしてないんだよなぁ。呂布とかともしておけば良かったか。

サーヴァントとの戦い、大丈夫かなぁ。鎧に行く魔力はじゅうぶんだし、一応王の財宝(ゲートオブバビロン)も使える・・・よな? 

 

「・・・今日は王の財宝(ゲートオブバビロン)の練習にしよう」

 

月を連れて行かないとな。予定は大丈夫だろうか。

 

・・・

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)を展開していると、少しだけ使いやすくなっていることに気付く。

月からの魔力供給も結構マシになってきたし、これならサーヴァントとの戦闘も行けるかもしれないな。

 

「月、体に不調はないか?」

 

「はい。大丈夫ですよ?」

 

「そっか。なら、もう少し練習しても良い?」

 

「大丈夫ですよ。でも、無茶はしないでください」

 

「了解。・・・む」

 

聖杯からのお知らせだ。久しぶりだな。

 

「・・・アサシン・・・」

 

召喚されたのはアサシン。・・・小次郎じゃないよな? 

 

「暗殺者さんが召喚されたんですか?」

 

「そうみたいだ」

 

ならば、警戒は高めないといけないだろう。

気配を遮断されて近づかれては、未熟な俺では対応できないだろうし。

幸いまだみんな動く気はないみたいだし、宝具をちゃんと扱えるようになれば大丈夫なはず。

 

「残るはライダーとバーサーカーか・・・誰が来るんだろうか」

 

・・・

 

「むっ」

 

虎牢関へと進軍中の連合軍の中に、セイバーとそのマスターはいた。

歩いている途中、セイバーは声を上げる。

 

「どうした?」

 

「アサシンが召喚されたらしい」

 

「そうか・・・。後は二人か」

 

「ああ。早ければこの戦いが終わった後にはサーヴァントは全て揃っているはずだ・・・と、思う」

 

「ふぅん。・・・ま、それよりも虎牢関だ。あの飛将軍呂布が居るんだってさ」

 

「それは興味深い。結局汜水関ではあまり戦えなかったしな」

 

「まぁ、虎牢関でも戦えるかどうか解らないけどな。関羽様に張飛様もいるんだし」

 

「・・・うむ」

 

・・・

 

今頃虎牢関では戦いが起こっているのだろうか。伝令の兵士が来ないから、全然状況が解らない。

月もなんだか参ってきてるみたいだし・・・。

 

「で、伝令です!」

 

「虎牢関に連合軍が着いたか?」

 

「はい!陣を張って準備を完了し、今頃はすでにぶつかり合っている頃かと・・・!」

 

「解った。下がって良いよ」

 

「はっ」

 

最近は月が落ち込んだりしているので、俺が代わりに兵士とやりとりするようになっている。

兵士達もそれが解っているのか、極力俺の方へと話を持ってくる。

木簡を読んで、状況を把握して、月には要約して告げる。

そんなことができるのも、ギルガメッシュの能力なんだろうか。確かカリスマとかがあったはずだが、それが関係してるのか・・・? 

 

「詠ちゃん達・・・大丈夫かな・・・」

 

連合軍が虎牢関へと進んだと伝えた後、月が呟いた。

確か呂布が陳宮と一緒に突撃して、それを追って霞も出撃・・・で、詠は洛陽に戻ってくるんだっけ。

呂布と陳宮は敗走して袁術の元へ流れて、霞は曹操の元へ。そんで、月と詠は劉備に匿われる、はず。

何故かいる俺達みたいなサーヴァントという不確定要素が何を巻き起こすかが問題だけど・・・。

取り敢えず、連絡は密にするようにしておこう。

連合が近づいてきたら一旦城から月達を逃がさないといけないし。

詠が帰ってきたら、作戦スタートか。

 

・・・

 

「おーおー・・・あれが飛将軍かー」

 

セイバーの前方では、人間が木っ端のように吹き飛んでいるのが見える。

 

「うえぇー・・・。前には出たくないなー。セイバー、いける?」

 

「・・・この剣では、どうもな」

 

「かといって宝具を使うのも出来ないか・・・」

 

駆けてくる呂布とその隊。

だんだんと近づいて来る呂布にどうしようかと思った瞬間、関羽から撤退の言葉。

 

「呂布を逃がすのか?」

 

「まぁ、このまま押しとどめていたら向こうもこっちも被害が大きくなるだけだしな。良い判断だと思うぞ」

 

「ふぅん。・・・じゃ、呂布隊を全力で見逃しますか」

 

「そうしよう。・・・次は洛陽か」

 

「らしいな」

 

「・・・董卓、か」

 

「どうした?」

 

「ん、いや、少しな」

 

「・・・そっか」

 

蜀の軍の包囲に穴が開いて、そこから呂布隊が抜けていく。

 

「張遼隊は曹操に下ったらしい。虎牢関はもう落ちたな」

 

・・・

 

「虎牢関が・・・」

 

「はい。虎牢関は落ち、張遼様は隊と共に曹操へと下り、呂布様と陳宮様は行方不明。賈駆様がこちらへ向かっています」

 

「・・・解った。ご苦労様。下がって構わない」

 

「はいっ」

 

伝令役の兵士が玉座の間から出て行く。

後は、詠が帰ってきて、逃げるのを言い出すのを待とう。

それから、劉備に匿って貰う話を言い出せばいいかな。

原作通りなら、劉備は優しい性格だ。洛陽の現状を見て圧政なんて無かったと知れば、匿ってくれるだろう。

匿ってくれるなら月が狙われることはほぼ無くなる。そうすれば、俺ももう少し行動できるようになる。

 

・・・

 

「そろそろ洛陽だな」

 

虎牢関を出発して数日。洛陽の近くまでやって来た連合軍。

 

「・・・それにしても、此処まで戦闘無しって言うのも不思議だな」

 

「確かに。少しは奇襲があるかもと思っていたけど・・・」

 

「洛陽に全軍を集結させているというのが結構噂になっているらしいぞ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。兵士達と話してたらそう言っていた」

 

「・・・いつの間に仲良くなってるんだ・・・」

 

セイバーのマスターははぁ、とため息をつく。

 

「兎に角、洛陽は一番激しくなるのか?」

 

「そうなるだろうな。だが、洛陽には主だった将が居ない。物量で押せばすぐに終わるだろう」

 

「ふぅん。・・・さて、最後まで頑張りますか」

 

・・・

 

「詠ちゃん!」

 

「月!」

 

玉座の間に詠が飛び込んできて、月に駆け寄る。

 

「大丈夫だった!?」

 

「うん。こっちには何もなかったよ」

 

「そう」

 

詠は息を吐いて、決意が籠もった目で月を見つめる。

 

「・・・ねぇ月」

 

「なに、詠ちゃん」

 

「・・・逃げよう? こっちにはギルも居るし、きっと逃げ切れる」

 

「でも、いつかは見つかっちゃうよ? ・・・それに、お父さん達にも迷惑がかかっちゃうかもしれない・・・」

 

「このままじゃ死ぬだけだよ!?」

 

「・・・詠ちゃん・・・」

 

「・・・それなら月だけでも逃げて。私が代わりになるから」

 

「それはだめ!」

 

「じゃあ、逃げようよ!兵士達は投降するように言ってある! ね?」

 

「・・・うん」

 

「じゃあ、荷物を纏めに行こう? ・・・ギル、最後まで付き合ってよね」

 

「・・・詠。一つだけ、可能性がある」

 

二人の会話が終わった後に話しかける。

会話中に黙っていたのは、ちょっと空気に押されていたとかそんなことは全然無く、ただ二人の会話の邪魔をするのもなぁ、と考えていたからなのだ。

・・・ほ、本当だぞ?

 

「何? 何か良い案があるの?」

 

「・・・何処かに匿って貰うんだ」

 

「何処かって何処よ? だいいち、私たちみたいなのを匿う所なんてあるの?」

 

「・・・劉備軍だ」

 

「劉備?」

 

「劉備は義と情を重んじると聞く。なら、もしかしたら匿ってくれるかも」

 

「董卓を匿ってると知られたら次の矛先は劉備達に行くわ。そんな不利益を抱えるなんて思えないんだけど?」

 

不機嫌そうに眉を寄せる詠に、人差し指を立てながら答える。

 

「だったら、董卓じゃなくなればいいんだよ」

 

「は?」

 

「董卓はこの戦で死ぬんだ。劉備達に討たれてな」

 

「何を・・・って、ああ、そう言うこと?」

 

やっぱり賈駆は頭が良い。

隣で疑問符を頭の上に浮かべている月に、詠が説明する。

ほとんどの人に月の顔を知られていないことを利用し、劉備に討たれたことにして匿って貰う事にする、と説明を受けた月は、感嘆したように息を吐いた。

 

「そんなことが・・・」

 

月と詠は少し渋ったが、それしか方法がないと悟ったのか、俺の案に乗ってくれた。

 

「なら、早めに荷物を纏めておいた方が良い」

 

「はい」

 

「解ったわ。ちょっと待ってなさい」

 

そう言って玉座の間から出て行く二人。

その背中が消えるのを見てから、ふぅ、と息をつく。

天の御使いが蜀ルートにいるのならこんな事しなくても匿ってくれるだろうが、なんと天の御使いは魏に居るらしい。

ならば、こっちから気付かせないと駄目だろう。

交渉も俺がやる必要があるかな。

さて、ここからが正念場かな? 

 

・・・

 

「・・・静かだな」

 

「・・・ああ」

 

劉備達の軍は一足早く洛陽に着いていた。それからすぐに斥候が放たれる。

帰ってきた斥候から話を聞いた劉備は、洛陽の中に入ることを決断する。

 

「お。ついに入城か」

 

・・・

 

「・・・兵士は大体投降したみたいね」

 

城壁からそれを見た詠は、俺と月に声を掛ける。

 

「なら、劉備に接触するわよ。他の連合軍が来る前に話をつけないと」

 

「・・・交渉は俺がしよう。もしもの時には俺だけの方が楽だし」

 

「任せるわ。・・・頑張りなさいよ」

 

「あいよ。・・・それじゃ、行きますか」

 

城から出て、隠れるように進んでいく。

兵士達が巡回しているので、そこで見つかったらアウトだ。

しばらく歩いていると、劉備達を発見。

 

「あれが劉備達ね」

 

「よし。・・・何か危険なことがあったら真っ先に逃げろよ?」

 

「分かってるわよ。これだけの兵士じゃ、抵抗するまもなくほんとに殺されちゃうしね」

 

「ギルさん、お気をつけて」

 

「ありがと。・・・行ってくる」

 

月と詠に見送られながら、俺は歩き出す。

来た場所から月たちの場所が分からないよう少し迂回して、劉備達の前に出る。

 

「何やつ!」

 

俺が出てきた瞬間、綺麗な黒髪の少女・・・関羽が偃月刀を構える。

 

「お兄ちゃん、だれなのだ? 町の人?」

 

ちびっ子・・・張飛が聞いてくる。

 

「町の人・・・だよ。一応。劉備って誰かな」

 

声を掛ける。解っているが、一応だ。

予想通り、桃色の髪の女の子が手を挙げながら答える。

 

「劉備は私ですけど・・・」

 

「そっか。・・・俺はギルガメッシュ。ちょっと話があるんだ」

 

「お話、ですか?」

 

「そう。董卓と賈駆を匿って欲しいんだ」

 

俺の言葉に、劉備達が一瞬体を強ばらせる。

 

「どういう事だ?」

 

関羽が警戒を抜かないままに聞いてくる。

 

「董卓は圧政や暴政なんかしてない。・・・それは、この町を見て解るだろ?」

 

今は戦争中と言うこともあって閑散としているが、平時は活気のある街だ。

それに、月が圧政なんか出来る性格じゃない。

 

「そう、ですね・・・。私たち、この町を見て回って、いろんな人に話を聞いたんですけど、それは噂だって言われて・・・」

 

「そうだ。だけど、この戦は董卓を倒さなければ収まらない。だから、一つ案がある」

 

「案?」

 

「董卓と賈駆を討ち取ったことにして、そっちに匿って貰うんだ。それなら、そっちは董卓を討ったと言うことに出来る」

 

俺の言葉に、後ろの諸葛亮が顎に手を当てて考える姿勢を取る。

 

「・・・確かに、それならどちらも損はしませんね・・・」

 

「あの、私は二人を匿ってあげたいな」

 

劉備がそう言い出す。

 

「・・・私は桃香さまに従うだけですから」

 

「鈴々は難しいことわかんないのだー」

 

関羽と張飛はほとんど賛成のような物だな。

後は諸葛亮と鳳統、趙雲だけだが・・・。

 

「私も、反対しません。・・・雛里ちゃんは?」

 

「私も・・・賛成です」

 

「うむ。私も良いと思うぞ」

 

残りも賛成してくれた。

予想通り、優しい娘たちがそろっているのだろう。

 

「・・・なら、二人を連れてくる。待っててくれ」

 

「え? 私たちが行くよ。良いよね、お兄さん」

 

「む? そうか?」

 

「うん。早く挨拶したいし。良いよね?」

 

「構わないけど。・・・じゃあ、行こう」

 

劉備たちを連れ、月達が隠れている所へと足を進める。

月達のもとにたどり着いたときに一瞬警戒されたが、特に問題となることも無く合流は済んだ。

 

「あ、ギルさん・・・と、劉備さん?」

 

「はいっ。初めまして、えっと、董卓ちゃん」

 

「初めまして」

 

ぺこり、と挨拶をかわす二人。・・・国の長には見えないよなぁ。

それから、董卓と賈駆は名前を捨て、真名を預けていた。

偽名を考えるよりは、そっちの方が良い、と月と詠が言ったのだ。

もちろん俺も真名を教える。

ギルガメッシュが真名だ、と言った瞬間の妙に驚いた顔はちょっとクセになる。

劉備達からも真名を教えて貰い、彼女たちの所へと匿ってもらえることが決定したのだった。

・・・原作通りになって良かった。肩の荷が下りたよ。

 

・・・

 

とある家に、少女と男が居た。

男は真っ黒な体に、右腕に巻いた包帯、顔に着いた骸骨のような面を着け、体を折り曲げるように立っていた。

 

「・・・えっと、だれ?」

 

少女は少しずつ後ずさりながら質問をする。

 

「・・・」

 

男は答えない。

その代わりに、視線を少女へとあわせた。

 

「・・・ウチには本以外の物はないよ。お金もそんなないよー・・・?」

 

「・・・」

 

しかし、少女の言葉には反応せず、キョロキョロとあたりを見渡すアサシン。

 

「どしたの?」

 

少女は相変わらずキョロキョロと辺りを見回す男を見て、ため息をつく。

 

「・・・ま、いっか。あんた、危ない人じゃ無さそうだ。外見はともかく。・・・暇してた所だし。おいで。お茶くらいならごちそうするよ」

 

そう言って、少女は奥へと進んでいく。

男は少し首を傾げ悩んだ後、その後へと着いていく。

 

・・・

 

桃香達に匿って貰って数日が経った。

月と詠は何故かメイド服を着て侍女をしている。董卓の時に月が着ていたあの服とか、詠が軍師をするときの服も良いが、こっちも中々・・・。

げふんげふん。閑話休題。

そして、俺はと言うと、桃香達に呼び出しをくらい、執務室へと向かっているところだ。

 

「・・・俺、何かしたかなぁ」

 

取り敢えず、悪いことはしてないはず。

考え事をしていると、教えて貰った部屋の前にたどり着く。

 

「入りまーす」

 

ノックをしてから、入室。

 

「あ、ギルさん!ようこそ!」

 

「どうも。あの、何か用・・・なのか?」

 

「うん、ちょっとね。朱里ちゃんが質問があるらしくって」

 

「・・・俺に答えられるところは答えよう。なにかな、朱里?」

 

「あ、えとえと、ギルさんの着ている服は・・・魏にいた天の御使いさんと同じ服・・・なんですか?」

 

みんなの視線が俺の服に集まる。

全員少なからず疑問は持っていたらしく、俺の答えを待つ。

 

「天の御使い・・・そうだな、彼と同じ服だ」

 

タグにポリエステルと書いてあったしな。

あの土下座娘のおまけなのか知らないが、ギルガメッシュのライダースーツも入ってたし・・・。

宝物庫って言うより、便利倉庫になっている気がしないでもない。

宝具を取り出すより、日常品を取り出す頻度が圧倒的に多いってどうなんだろうか。

 

「じゃあ、ギルさんも天の御使い様なの!?」

 

桃香が期待を込めた目でこちらを見てくる。

 

「・・・それは、違うかな。俺は天の御使いなんてたいそうな存在じゃない。きっと、魏にいる天の御使いの方が、よっぽどそれらしいと思う」

 

俺は守りたい人を守るだけだしなぁ。それはただ我が儘なだけでで、この乱世を収めようなんてことは考えつかない。

天の御使いなんて呼ばれるほど立派なもんじゃない。

 

「そう、なんだ・・・」

 

がっかりしたような顔をする桃香。

愛紗や朱里も少しがっかりしている様に見える。

 

「ごめん。・・・でも、俺も出来ることは手伝うから、その時は遠慮無く言って欲しい」

 

「うんっ。これからお仕事のお手伝いもして貰うかもしれないから、宜しくねっ」

 

その後は朱里に俺の扱いをどうするか、と言うことを説明された。

俺は表だって活動してたわけじゃないし、月のように反董卓連合に狙われていた訳じゃないので、これから出来ることを見極めて、仕事を任されるそうだ。

 

「了解したよ。じゃあ、今日はこの城の中を見て回って良いかな」

 

「良いですよ。今日はギルさんに任せるお仕事を選別しておきますので、明日からいろいろとお手伝いして貰います」

 

「ありがとう。・・・それじゃあ、失礼します」

 

うーん・・・緊張した・・・。

ああいうところは、職員室とかと同じ雰囲気だ。

 

「さて、じゃあ、城の探索・・・ん?」

 

聖杯からのお知らせ・・・これっていっつもどこから来てるんだろう。

急に頭の中に来ては情報だけ残して行くんだが・・・。原作のサーヴァントもこんな感覚だったのかな。

 

「って、ライダーが・・・」

 

後はバーサーカーのみとなった訳か。

・・・ヘラクレスとかだったらどうしよう。天の鎖(エルキドゥ)の練習もしておいた方が良いかな。

取り敢えず、今日は城を回って構造の把握をして、明日仕事の手伝いして、明後日から誰かに手合わせして貰おうかな。

 

「うんうん、計画を立てるとなんか自分が頭良くなった気分になるなぁ」

 

取り敢えず、水回りやらなんやらを見て回ろう。後は・・・そうだな、月にそろそろ戦いが始まるかもしれないことを言っておかないと。

真っ昼間から戦いをしかけてくるとは思えないが、警戒するに越したことはないし。

 

「ま、歩き回って月を見つけられれば言っておこう」

 

・・・

 

「・・・抜かった」

 

「どうしたよ、セイバー」

 

「隊に居すぎて隊から抜けづらくなってしまった」

 

「・・・はぁ・・・」

 

「マスターもそうだろうに」

 

「まぁ、否定はしないが・・・。確かに、仲間が出来ると抜けにくいよなぁ」

 

「聖杯戦争などやめて、此処で従軍して過ごすか?」

 

「うーん・・・それも良いかも、と思える様な所だからなぁ、ここ。他の奴らも戦う気がなければ良いんだけど」

 

「そうだな・・・。戦わない仲間を集めることも視野に入れようか、マスター」

 

「ん。そうしよう。反董卓連合の戦いを経験して思ったよ。命あっての物種だ。平和が良いのさ、なんでも」

 

「・・・うむ」

 

・・・

 

「ランサー」

 

「はっ」

 

「後はバーサーカーのみ。そろそろ、動き出そうか」

 

「はっ。最初に誰を狙いましょうか?」

 

「やはり、此処は長引くほど強敵になると言われている・・・キャスターからか?」

 

「は。ですが、この国には居ません」

 

「そうなんだよなぁ。・・・仕方がない。戦いの反応があったところへ移動して、そこをしらみつぶしに探すことにしよう」

 

「了解しました」

 

「ならば、今から準備を始めよう。・・・お前、それ一着しか着ないのか?」

 

「はっ。この服だけで十分であります」

 

「・・・お前が良いのなら、良いんだが」

 

・・・

 

「お、もう文字を覚えたの?」

 

こくこく、と首肯するアサシン。

少女は嬉しそうにその竹簡をのぞき込んで、間違っているところを指摘する。

 

「それにしても、君は面白い人だよ。いい人だしね」

 

「・・・」

 

「あはは、まぁ、君の説明は聞いてるし、その聖杯を巡る戦いって言うのも、聞いたよ。でも、私はちょっといやかなぁ」

 

少女は店の入り口から外を見る。

 

「私はこうして本屋でまったりと過ごせてればいいもん。たまに騒ぎが起こったりして、それを君と解決して・・・それで十分かな」

 

「・・・」

 

「うん。・・・巻き込まれるのは解ってる。でも、戦争は嫌だ。戦争は、私から家族を奪ったんだから。・・・その哀しみを知ってるから、奪う方に回るのは、嫌なんだよ」

 

「・・・」

 

「ごめんね。偶然とはいえ君の相棒になったのに、弱くって」

 

首を横に振るアサシン。

 

「・・・」

 

「うん、そう言ってくれて嬉しいよ。・・・さぁ、お昼にしよっか」

 

・・・

 

「さてさて、真っ先に私が狙われるだろうなぁ」

 

「どうする? 君の実力を見た事がないから、どうも不安なんだけど」

 

「うーん・・・まぁ、逃げに徹底すればどんな相手からも逃げる自信はあるよ」

 

「・・・アサシンのように戦うしかないかなー・・・」

 

キャスターに出会ってからすっかり定番となってしまった落胆の表情を見せつつ、諦めたように呟くマスター。

 

「ま、私は此処で知識を吸収できれば良いので、今吸収できるだけしておくさ。派手に動かなければ場所は解らないだろうし」

 

「はぁ、そうかい・・・」

 

キャスターの言葉に頭を抱えるのも、すっかり定番となってしまったマスターなのであった。

 

・・・

 

「うむ、予定通りだな」

 

「そうねぇん。この世界に居る魔術師と、その才能を持つ人達にこれから起こる事への抑止力を持たせる・・・。一応成功ね」

 

「ほとんどが勘違いしているようだが・・・教えなくて良いのか?」

 

「大丈夫よん。みんななら、きっと解ってくれるわ」

 

くねくねとおさげの人間が身をよじる。

 

「しかし・・・あいつめ・・・。まさか、あの世界から『アレ』を持ってくるとはおもわなんだ」

 

「それに、多分バーサーカーもあの人達の下へといってしまうわね」

 

「まぁ、他の六体を散らばらせられたのだから、よしとしようじゃないか」

 

「・・・ライダーは、少し無理があったんじゃ・・・?」

 

「うむ、それはワシも思っておった。じゃがまぁ、予定とは違ってしまったが、無理やりにでも枠に入ってくれて安心した、というところか」

 

「そうねぇ。でも、向こうの世界から借りてきた英霊達だけで、大丈夫なのかしら」

 

「・・・それ以上は世界の枠が開かない。一刻も早く気付いてくれることを願うしか、我らに出来ることはない」

 

「そうね・・・私たちが干渉できるのは此処まで・・・そういえば、アーチャーはギルガメッシュの予定だったはずだけど・・・?」

 

「それはな、強い英霊と言うことでギルガメッシュを借りようとしていたのだが・・・クセが強すぎてな」

 

「成る程ねん。同じような能力で、普通の一般人だった彼を代わりに持ってきた訳ね?」

 

「・・・すまないとは思っているがな。都合が良かったのだ。・・・英霊とは少し違う存在ではあるし、知識はあるのだから・・・後は、あやつの成長次第だな」

 

「セイバーと今一番近いみたいねん。・・・セイバーが成長させてくれることを願いましょう。・・・出来るだけ、戦いは好まない英霊は選んだつもりだけど」

 

「頼んだぞ、みんな・・・」

 

・・・

 

「だ、だ、誰だ・・・お前・・・?」

 

「よう、ご主人サマ。・・・っていうか、ここどこだよ・・・」

 

「ここは俺の家だけど・・・いやいやそれより! お前誰だっ! 何で俺の家に・・・!?」

 

「あん? 俺か? 俺はライダー。ホントはキャスターだったんだけどさ、取られたらしくて」

 

「ら、らいだぁ?」

 

「おう、そうだぜ、ご主人サマ。さ、俺と一緒に勝ち残ろうじゃないか」

 

「お、俺と一緒にって・・・お前、どうやって此処に現れたんだよ?」

 

「あれ? ご主人サマが呼んだんじゃねえの? ほら、手に令呪もあるし」

 

「は? 令呪? ってうぉ!? 俺の手が光ってるー!?」

 

「やっぱりご主人サマじゃねえか。ほら、早速行こうぜー」

 

「え? どこに? 何しにっ!?」

 

混乱しながらも引きずられるマスターの顔には、どこか悲しい空気が漂っていたとか・・・。

 

・・・

 

城の中を歩く。

探索ついでに月を見つけられれば、とか思っていたが、今はもうついでではなくそれが目的になってしまった。

 

「くそ、絶対見つけてやる」

 

二時間ほど歩いているはずなのに、仕事中の月と詠に会えないなんて・・・俺って幸運Aじゃ無かったっけ・・・? 

えっと、後回ってないところは・・・訓練場くらいか? 

・・・でもなぁ・・・月達がそこにいるとは思えないが・・・一応行ってみるか。

いつのまにか止まっていた足を動かし、兵士達のものらしき声が聞こえる方向へと足を進めた。

 

・・・

 

「おー・・・」

 

凄いな。

将の訓練は洛陽で何度か見たが、兵士の訓練を見たのは初めてだ。

こんな風に訓練してたのか・・・。

後で朱里に頼んで参加させて貰おうかな。

 

「・・・やっぱり、いないよなぁ・・・」

 

キョロキョロと見回してみるが、二人はやっぱりいない。

そう言えば、原作では執務室にお茶を持って行ったりしてたな・・・くそ、灯台もと暗し、と言う奴か? 

執務室に戻ってみよう。

 

・・・

 

「・・・やっぱり」

 

執務室から出てくる二人を発見。

 

「月!詠!」

 

「え? ・・・あ、ギルさん」

 

「ギル? あ、ホントだ。あんた、何してるわけ?」

 

「少しぶらぶらと。仕事は明日以降らしいし」

 

「私たちは働いてるって言うのに・・・はぁ」

 

詠にため息をつかれた。・・・結構傷つくな。

 

「それはまぁ・・・すまん。・・・あ、そうだ。月に話があったんだよ」

 

見つけた嬉しさで本来の用事を忘れるところだった・・・。

 

「私に、ですか? ・・・はい、なんでしょうか?」

 

「ライダーが召喚されたんだ。これで六体。・・・そろそろ、始まるみたいだ」

 

「そう、ですか・・・」

 

「ギル、月は絶対守りなさいよ!」

 

「解ってるよ。安心しろって」

 

そう言って、詠の頭を撫でてやる。

少し抵抗されたが、諦めたようにされるがままになる。

それに気分を良くした俺は、月も同じように撫でる。

洛陽にいたときは二人とも帽子をかぶっていたので少ししか撫でることが出来なかったが、今はメイド服。

このさらさらと気持ちいい髪の毛を楽しむことが出来る。・・・って、なんだか変態みたいだ・・・。

ちょっと自分に嫌気が差したので、頭から手を放す。

 

「それじゃあ、もう少し城の中歩いて来るよ。仕事、頑張ってな」

 

「ふん。良い身分ね」

 

「詠ちゃん」

 

ふん、と鼻を鳴らして顔を逸らす詠に、それを窘める月。

久しぶりに見た気がするな、うん。

 

・・・

 

城壁の上。

意外と風が無く、ちょっとがっかりしたが、まぁそれは良いとしよう。

城壁から見下ろすと、先ほどの訓練場が見える。

アーチャーのクラススキルなのか知らないが、目がかなり良くなっているので、細かいところまでよく見える。

おお、あの兵士、凄い強いな・・・。

 

「ふぅむ。やっぱり、訓練をして貰おう。かっこわるいところ、月には見せれないしなぁ」

 

となると・・・誰に頼むか、だな。

やっぱり愛紗か鈴々に頼みたいところだが・・・いきなり高レベルすぎるだろうか? 

うーん、後は・・・星か・・・。

 

・・・

 

城の中は大体見て回った。

倉庫やなんかもあったが、流石に今入るのは怒られるだろう。

すっかり日も暮れて、月や星が出てきた。

 

「・・・ふぅ、えっと、俺の部屋はっと」

 

朱里に言われた部屋へと向かい、扉を開ける。

特に何がある部屋でもなく、寝台に机、卓。そして、椅子が何脚か。

 

「うーむ、なんというか、扱いが良いな。・・・さすがは桃香と言うべきか」

 

部屋の家具を見て回る。

・・・なんか、暇だなぁ。

月の所にでも行こうか。もう仕事終わってるだろうし。

 

「・・・あ」

 

そう言えば、今日は仕事の初日と聞いた。

なら、二人とも疲れているんじゃないだろうか・・・。

だったら、わざわざ話し相手にさせるのはまずいか。

ノックしかけた手を下ろして、扉から離れる。

さて、じゃあどうしようか。

 

・・・

 

結局中庭へと来た。

兵士達は居ない。当たり前か。

取り敢えず、いつものように王の財宝(ゲートオブバビロン)の練習でも・・・と鎧を着けて、宝物庫から蛇狩りの鎌(ハルペー)を取り出す。

鎌と言えば、曹操も武器は鎌じゃなかったか。・・・仲間がいると安心する。

さて、練習だ、と蛇狩りの鎌(ハルペー)を振ろうとした瞬間、じゃり、と音がした。

慌ててそちらを振り向くと、男が二人。

 

「・・・こんばんは」

 

取り敢えず挨拶。

 

「ああ、こんばんは。そして初めましてだな」

 

返事を返した男には見覚えが・・・ああ、城壁の上から見た、やけに強い兵士じゃないか。

だが、アレは此処の鎧じゃないな。と言うか、鎧にあんなにひらひらしてる布を着けるのは普通じゃあり得ないだろう。

 

「お前・・・サーヴァントか?」

 

もう一人の男がそう言った。

・・・え? 

 

「何故それを・・・って、もしかして・・・」

 

「そうだ。私もサーヴァントだ」

 

最初に声を掛けてきた男が答える。

 

「・・・そうか。戦いに来たか」

 

聖杯戦争はまだ始まっていないが、向こうがその気ならやってやる。

相手に体ごと向き合い、蛇狩りの鎌(ハルペー)を構える。

こうして前に出てきたと言うことは、セイバーかランサー・・・今更宝物庫から新しい武器を取り出している暇はない。

早速の戦いに心臓はバクバク言っているが、鎧があると自分を落ち着かせる。

 

「・・・行くぞっ!」

 

強化された体で、疾走する。

足下を狙って獲物を振り抜く。

 

「むっ!」

 

マスターを抱えて後ろに下がるサーヴァント。

 

「自己紹介ぐらいはさせてくれても良いじゃないか」

 

「巫山戯るな! それに、出てきたんなら・・・戦うしかないんだろ!」

 

マスターを下がらせ、男は両手に剣を握った。

 

「話を聞いて貰いたいだけなんだがな。・・・仕方がない。一度たたきのめしてからにしよう。・・・セイバー、推して参る!」

 

姿勢を低くして、駆けるセイバー。

大丈夫だ。練習した。それに、セイバーの動きも見えてる。・・・いける!

迎撃するように蛇狩りの鎌(ハルペー)を振るう。

 

「・・・あれ?」

 

目の前まで迫っていたセイバーは消えて、何もない空間を鎌が通った。

 

「甘いぞ」

 

「なっ・・・!」

 

いつの間に右に・・・!?

武器を振り切った右腕では迎撃出来ず、セイバーの剣をもろに鎧に受けた。

セイバーの名に見合った威力で、鎧に衝撃が走る。

次の瞬間、気がついたら俺は壁に向かって吹っ飛んでいた。

 

「がっ!」

 

壁にぶち当たり、ようやく止まる。

そのままズルズルと地面に落ちて、膝をつく。

 

「ぐ、あ・・・」

 

痛い。

鎧を着けてたのに!

・・・鎧がへこんでる・・・!

くそ、セイバーの正体はなんだ! それさえ解れば、対処のしようもあるのに!

 

「む・・・手加減などするなよ、名も知らぬサーヴァント」

 

セイバーがこちらを見る。・・・手加減なんてしていない!

何が足りなかった・・・? 

 

「くそ・・・」

 

立ち上がり、呼吸を落ち着かせる。

いつのまにか足は震えていて、歯の根も合わなかった。

・・・ああ・・・そっか。

怖いんだ。

そうだよな。聖杯戦争って殺し合いの戦いだったな。

じゃあ、俺は・・・死ぬ・・・? 

 

「それは・・・嫌だ・・・!」

 

右手を挙げる。

背後が城壁ではなくなり、赤く染まる。

そこから波紋が起き、宝物庫の中身が現れる。

 

「これは・・・おぬしはキャスターか・・・?」

 

「違う!俺は・・・アーチャーだ!」

 

答える余裕なんてホントはないが、何とかして自分を保つ必要があった。

少し声が震えていたかもしれない。声が裏返っていたかも。

だが、そんなこと、今の俺には考える余裕など無い。

今はただ、目の前の男を排除する!

 

「そうすれば・・・死なない!」

 

こちらに転生するまで一度も感じなかった明確な『死』の存在

車に轢かれたのだって一瞬で即死だったから他人事の様だったし、土下座娘に死の一部始終を見せられてもああ、こうやって死んだのか、位の感慨だった。

でも、今は違う。

右腕の鎧は凹んでいて、多分その下にある右腕は腫れてるかアザが出来てるか・・・。

ギルガメッシュの鎧越しにそんな威力だ。

多分まともに食らったらあの剣は俺を貫くだろう。

だったら、貫かれる前に、脅威を排除する!

 

「はああああああああああああ!」

 

右腕を振り下ろす。初めて的以外に発射するな、なんて何処か冷静に思う。

 

「くっ!」

 

両手の剣で宝具を弾き、中庭の木を縫うように疾走するセイバー。

その度に木は折れ、土埃を舞いあげる。

 

「くそ、くそくそくそ!」

 

さっさと排除しないと! こいつは俺の命を脅かす存在だから!

 

「アーチャー・・・成る程な。宝具を発射する弓兵とは。・・・驚きだ!」

 

宝具の雨をかいくぐり、接近してくるセイバー。

やばい、発射位置を修正して・・・! 駄目だ、今からじゃ間に合わない!

慌てて宝具の発射を止めにして、抜き取れるように柄が出るようにする。

こうなったら、接近戦でやってやる!

 

「はぁっ!」

 

「あああっ!」

 

左から来る剣を取り出した魔剣で弾く。

そのまま魔剣を宝物庫へ戻して、次に宝剣を取り出す。

宝剣でセイバーを袈裟切りにしようと振り下ろすが、もう片方の剣で止められる。

俺は必死に次々と宝具を取り出し、セイバーの攻撃を弾いて、反撃をしようとする。

だが、俺の戦闘経験はゼロ。向こうは動きを見る限り相当の使い手なんだろう。

セイバーのランク補正もかかっているのか知らないが、その一撃一撃が重い。

 

「はっ、はっ・・・」

 

「せいっ! はっ!」

 

駄目だ。

体力も無くなってきて、息が切れてきた。

王の財宝(ゲートオブバビロン)の展開を維持できない・・・!

 

「くっ!」

 

「はっ!」

 

最後の聖剣も弾かれた。

地面に刺さった宝剣は、黄金の粒子を撒き散らしながら消えていく。

感覚からして、宝物庫に帰っていったのだろう。あれ以外に宝具を出す余裕は無い。

 

「勝負あり、だな。アーチャー」

 

「く、そ、・・・っ!」

 

まともに喋れない。

戦うのってこんなに大変なことなのか・・・!? 

 

「アーチャー、おぬし本当に英霊か? この私でも勝てるとはな」

 

「・・・」

 

息を整えるのに必死で、言葉を返せない。

何とか落ち着いて、もう一度王の財宝(ゲートオブバビロン)を・・・!

 

「諦めろ。ばかすかと好き放題に宝具を使ったんだ。しばらくは魔力が回復するまで待つしかないぞ」

 

俺の心を読んだかのように喋りかけてくるセイバー。

 

「それに、戦いに来たんじゃないんだ。話があってな」

 

「は、なし・・・?」

 

ちょっと落ち着いてきたな。

にしても、話ってなんだろうか。マスターの居場所をはけ、とか? 

 

「俺とマスターは戦いを望んでいない。おぬしも、今のはほとんど恐怖で戦っていただけだろう?」

 

「う」

 

図星を突かれて声が出た。

 

「まぁ、お前がどんな英霊かは良いんだ。私たちと手を組まないか?」

 

「・・・はぁ?」

 

手を組むって・・・えぇ? 

 

「本来、私はセイバーに召喚されるほど剣が強くないのだ」

 

「・・・それは驚きだ」

 

「まぁ、生きてきた時代が時代だから、ある程度は戦えるがな。それでも、英霊と渡り合うには、少し不安が残る」

 

「そう、なのか」

 

呼吸が落ち着いてきた。

立ち上がろうとするが、腰が抜けていて立てない。

・・・情けない。これで守るなんて良く言えたものだ。

 

「なんで・・・戦いたくないんだ・・・?」

 

剣が強くないとは言ってもセイバーだ。それなりに良いところ行きそうなんだが。

 

「此処に従軍してるんだ、俺達」

 

セイバーのマスターがこちらに歩いてきて、説明をいれてくれる。

 

「それで、反董卓連合・・・あったじゃないか。そこで戦ってな。なんていうか、その。・・・できれば殺し合い、したくないって思ったんだ」

 

恥ずかしさを紛らわすように頬を掻きながら話すマスター。

 

「私も同じ事を思ってな。なら、私たちと同じ考えを持つ者を集めよう、と決めたわけだ」

 

セイバーがこちらに手を差し出してくる。

 

「見たところ、おぬしも此処に住んで居るんだろう? もしもの時、助け合える存在は必要だと思うが?」

 

「・・・成る程、ね」

 

少し考えて、俺はその手を取った。

セイバーは良い奴なんだろう。そのマスターも。

だから、本心から戦いたくないと思って居るんだろうし、それは信用できる。

 

「これから宜しく・・・で、良いのかな」

 

「ああ。こちらこそ」

 

セイバーに引っ張り起こして貰う。

セイバーのマスターとも握手をして、よろしく、と言葉を交わした。

・・・それにしても、英霊同士の戦いって凄いんだな。

霞との手合わせでもあんなに恐怖は抱かなかったぞ。

そうだなぁ・・・。何処かで、慢心していたのかもしれないな。

ギルガメッシュの能力を持っているから大丈夫だと・・・心の何処かで。

いらないスキルまで受け継いじゃったか、とため息をつきながら、セイバー達と情報交換をする。

 

・・・

 

セイバーのマスターの名前は丁宮。ていきゅう、と読むらしい。

真名は銀と言うらしい。なんだ、かっこいい名前だなぁ、畜生。

セイバーはマスターにも真名を明かしていないらしく、俺にも教えてくれなかった。

 

「まぁ、いつか話すさ」

 

と言っていたが・・・。

俺は真名を教えた。ギルガメッシュだ、と言うと、セイバーがほお、と唸る。

そう言えば、真名が解ったらその英霊の情報が頭に入ってくるんだったっけ。

 

「あと・・・言っておきたいことがある」

 

俺は、今まで誰にも言ったことのない秘密を二人に話した。

本当の英雄、ギルガメッシュではないこと。偶然に偶然が重なって、此処にアーチャーとして召喚されたことを話した。

 

「・・・そうか。だから、あんなに弱かったのか」

 

「悔しいがその通りだ」

 

「まぁいいじゃないか。セイバーもセイバーにしては中途半端。あんたも英霊としては中途半端。二人足せば丁度良くなるさ!」

 

銀がそう言って俺達の肩を叩く。

 

「はは、その通りだマスター!二人で一人前のサーヴァントも、おもしろい!」

 

なんだかセイバーはウケてるし。

・・・ああ、そうだ。月にも説明しないとな。明日は、面倒くさいことになりそうだ。

 

・・・

 

「・・・はぁ!?」

 

詠が素っ頓狂な声を上げた。

 

「それで、セイバーさんとマスターさんは仲間になったんですか?」

 

「ああ。・・・駄目だったかな」

 

俺がそう聞くと、月は微笑みながら首を横に振った。

 

「いえ・・・。戦いたくないのは私も同じですから・・・。良かったです」

 

「そっか。・・・そう言ってもらえると助かるよ」

 

「それにしても、戦いたくない英雄なんて居るのね」

 

詠がそう呟く。

 

「いるだろうさ。世界は広いんだから」

 

そう言って、俺は立ち上がる。休憩時間の月達を捕まえて話していたのだが、そろそろ休憩も終わる。

 

「さて、俺はちょっと朱里の所へ行ってくるよ。今日は仕事があるらしいし」

 

「そうでしたね。・・・頑張ってください」

 

「ああ、頑張るよ、月」

 

月の頭を撫でる。前回撫でたからか、躊躇無く撫でることが出来た。

 

「へぅ・・・」

 

「それじゃ、二人も仕事、頑張ってなー」

 

手を振ってから、執務室へと向かう。

・・・さて、どんな仕事が待っているんだろうか。

 

・・・

 

「・・・ランサー」

 

「はっ」

 

「戦闘が行われた」

 

「はっ。こちらでも捉えました!」

 

「ふむ・・・場所は・・・劉備の統治する土地・・・。近いな」

 

「それでは、出発を?」

 

「ああ。行くぞ、ランサー」

 

「はっ!」

 

・・・




この作品のランサーも幸運が低いので、しばらく扱いがかわいそうなことになります。
いつかランサークラスが報われると信じて・・・!

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四話 引越しと賊と暗殺者と

初期の主人公君は「能力は強いのに七体のサーヴァントの中では最弱」です。
多分最初にセイバーと出会ってなかったらランサーかバーサーカーあたりにあっさりぶっころころされていたことでしょう。

それでは、どうぞ。


目の前にあるのは山積みの書簡。

 

「・・・ああ、後悔先にたたずってこういう事を言うんだな・・・」

 

朱里に呼ばれ、事務仕事の手伝いをすることになった。

文字は洛陽に居たときに勉強していたので、特に問題なく仕事を始めることが出来たのだが・・・。

ギルガメッシュの能力と俺の知識を総動員したところ、桃香の数十倍の速度で仕事が片付けられることが発覚した。

朱里と雛里は目を丸くしていただけだったが、黙っていなかったのが愛紗。

ここぞとばかりに仕事を持ってきて、今や立派な事務員となってしまった。

目の前で仕事をする桃香をちらりと見ながら、自分の仕事を進めていく。

機密性の高い文書やらは桃香や朱里、雛里が処理しているので、俺はその他の陳情や草案を処理している。

問題の解決策などがさくっと浮かんでくるのは助かる。

 

「ふぅ。・・・今日はこれで終わりか? 朱里」

 

「はい。お疲れ様です」

 

「お兄さんもう終わっちゃったの!?」

 

半分くらいを終わらせた桃香ががばっ、と体を起こして聞いてくる。

 

「うぅー・・・お兄さん、私のもやってぇ~!」

 

涙目の桃香がそう言うが、傍らに立つ愛紗が

 

「いけません桃香さま。自分の仕事は自分でしなければ意味がないのですよ?」

 

「うぅ、はぁい・・・」

 

これ以上抵抗すれば愛紗の説教が始まることをこれまでの経験で感じ取ったのであろう桃香が引き下がる。

 

「・・・まぁ、助言くらいはするから。・・・それくらい良いよな、愛紗?」

 

「・・・ええ。直接手を出さないのなら許可します」

 

「だって」

 

桃香はなんだか感動してます! という顔をして、俺の手を握ってきた。

 

「ありがとー!」

 

・・・因みにこの後、俺に助言を求めすぎた桃香に、愛紗の説教が炸裂した。

 

・・・

 

「セイバー」

 

「ん? ギルか。どうした?」

 

とうとうセイバー組にもギルと呼ばれることになってしまった。

もう、気にしないことにしよう。

 

「ちょっと訓練に付き合ってくれないか? ・・・流石に、英霊と戦えるくらいにはなっておきたい」

 

「それは良い心がけだ。私も一応セイバーのクラスだからな。剣技なら任せてくれ」

 

「ありがたい。・・・俺の剣って言えば・・・乖離剣でいいかな?」

 

「・・・私を殺す気か? ・・・ほら、こっちに来い」

 

兵士の訓練場まで連れてこられる。

銀は他の兵士と走り込みをしているらしい。あ、そう言えば体力作ろうとか思ってたんだっけ。

 

「そら、模造刀だ」

 

そう言って投げ渡される。

 

「成る程ね。この手があったか」

 

「さて、まずは体に覚え込ませるのが早いな。かかってこい」

 

「よーし・・・行くぜ、師匠!」

 

「こい! 弟子よ!」

 

何故か熱血な訓練が始まった。

 

・・・

 

「・・・ご主人サマ、ここどこだ?」

 

「お前が連れてきたのになんだそれ!」

 

「細かいこと気にすんな。禿げるぞ?」

 

「うっせえ!」

 

「お、あっちに村あんじゃん。やすもーぜー」

 

「な、なんて自分勝手なやつ・・・いや待て! つーかお前そのカッコで行くのっ!?」

 

「だいじょぶだいじょぶ。これでも俺、子供に人気あるのよ? 数千年先では」

 

「め、めちゃくちゃ不安だ・・・」

 

そう言いつつ、マスターは馬を走らせる。

不思議な術を使えるみたいだし、たぶん何かの策があるんだろうと若干開き直っているようだ。

そうこうしているうちに、村が見えてくる。

 

「やっぱり、俺の道案内は的確だねぇ」

 

「・・・それは認めるけどな」

 

「ほら、暗い顔してんなよ。変なのがよってくるぜ」

 

「はいはい・・・あー・・・今日はここで一泊かなぁ」

 

そんなことを思いながら、マスターはライダーの後ろに続くように村へと馬を走らせた。

 

・・・

 

「・・・おや」

 

何故か唐草模様の風呂敷を背負っている男二人組が目的地に着いた。

 

「まぁまぁの所じゃないか。さて、取り敢えずは住処を探さなければな、ランサー」

 

「そうですね。所持金はかなり有りますので、何処かを買い取ってしまうのもありかもしれません」

 

「成る程。最初は宿で良いが・・・長期戦になりそうだし、此処に腰を据えるのもありか」

 

「はい」

 

「よし、まずは今日の宿からだ。行くぞ、ランサー」

 

「はっ」

 

まわりの視線を一挙に集めながら、ランサー組は街を進んでいく。

 

・・・

 

「よし、今日はここまでにするか!」

 

「ありがとう、ござい、ました・・・!」

 

息を切らせながら言葉を返す。

本当ならば体力はかなりあるはずなのだが、俺が体の動かし方を解っていない所為で無駄に体力を使ってしまったのだ。

本格的に訓練を積む必要があるな。

 

「明日もやるからな」

 

「了解・・・ふぅ・・・」

 

息を整える。確か風呂の日は・・・ああ、明後日か。

なら、川で汗を流してこよう。

セイバーも同じ事を考えていたらしく、どうだ、川で水浴びでも、と誘われた。

 

「ああ、俺もそうしようと思っていたところだ。喜んで」

 

川の水は中々冷たくて心地よかった。

汗を流し、セイバーと少し話をして、川から出る。

なんだか、運動したなぁ、と心から思う。

 

「そう言えば、おぬし、此処に召喚される前は普通の民として生きていたんだよな?」

 

「ん・・・ああ、そうだな」

 

唐突なセイバーの質問に、少し曖昧に言葉を返す。

俺の言葉に、セイバーはふむ、と唸って、何かを考え始めた。

川から城へ戻り、別れた後も、セイバーは何かを考え続けていた。

・・・変なの。

 

・・・

 

「・・・」

 

「召喚には成功したが・・・バーサーカーのみか」

 

「他の六体は散らばらされたようだ。まぁ、いずれ一つの地に結集するだろうけど」

 

「ほう。・・・まぁいい。こいつの真名は分からんのか?」

 

「持っている武器も見慣れないものだし・・・解らないね」

 

「まぁいい・・・取り敢えず、何処か適当なところを回ってサーヴァントを探すぞ」

 

「了解。じゃあ、始めよう」

 

・・・

 

「・・・引っ越し?」

 

いつものように仕事をしていると、桃香にそう切り出された。

 

「うん。徐州の州牧っていうのになったから、ここからお引っ越ししないといけないんだよね」

 

ああ、だから最近なんだかばたばたしてたのか。

何処かに攻められたのかとちょっと不安だったのだが、そう言うことか。

・・・あれ? セイバーは何も言っていなかったが・・・。

 

「もうみんなには言ってあるんだよな?」

 

「うん。お引っ越しの事話そうと思ったんだけど、その時にはもうお兄さんお仕事終わって何処か行っちゃってたから。言いそびれちゃった」

 

ごめんね、と手を合わせる桃香。

俺は仕事を何日分か一気にやってしまうので、タイミングが合わなければとことん桃香とは会わない。

・・・今度からは毎日仕事をするようにしよう。大切な話を逃すのでは話にならない。

 

「そっか。解った。準備しておく」

 

と言っても、私物なんかは王の財宝(ゲートオブバビロン)の中に入っているのだが・・・。

兵士達の手伝いでもしてこようかな。力仕事なんかは手伝えそうだし。

 

「お願いね。・・・それにしても、徐州ってどんな所なんだろうなぁ・・・」

 

そう言って引っ越し先の徐州を想像し始める桃香。

・・・和むなぁ、蜀の人達って。

 

・・・

 

徐州で仕事をして、新しい土地にもに慣れてきたな、と感じてきた頃、なにやら城の中があわただしい。

なんだろうか、と思って騒ぎが起こっている方へ向かうと、玉座に着いた。

部屋をのぞいてみると、桃香達の前にいるのは・・・公孫賛。

・・・そう言えば、袁紹が反董卓連合の後公孫賛を攻撃するんだったな。

やっぱり早いな。あんまり経ってないぞ、あれから。

仲間になった公孫賛が桃香達を変なやつら、と笑って、そのまま安心して気絶したのを見届けて、俺は玉座の間を後にした。

後にしたって言っても、のぞき見してただけなんだけど。

 

・・・

 

それからまた時は過ぎ、仕事が終わってから街へ出かけられるくらいの余裕が出来てきた頃、仕事中の執務室に一つの知らせが入った。

袁術がこちらに攻めて来た、との話だ。

すぐに迎撃準備を整える桃香達。

・・・そう言えば、呂布が居るんだったな、袁術の所に。

行きたいのだが、セイバーも俺も居なくなってしまえば月を守る者が居なくなってしまう。

そんな城に月を置いていくわけにもいかず、更に俺は留守を任されたのだ。行けるはずも無い。

そう言えば、こっちに来てからと言う物、戦というのを見た事がないな。

いつか見に行ってみよう。本物はどんな物か、見ておく必要があるし。

 

・・・

 

桃香達が出かけていって数日。

暇になれば城壁に上がって帰りを待ってしまうあたり、結構俺って心配性なんだろうか、と思う。

仲間になるのは解ってるんだが、イレギュラーが沢山いるこの世界で、果たして原作通りになるのか、と言う不安がある。

・・・あ。

遠くに見えるのは桃香達の軍ではないか。

少し遠くて見づらいが、呂布っぽい頭が見える。

あの赤い髪と触覚は間違いない・・・と思う。隣でぴょこぴょこ動くのは陳宮だろう。

ホッと胸をなで下ろす。

 

「やっぱり、ギルさんだったんですね」

 

後ろから声を掛けられ、驚いて変な声が出そうになる。

それを抑えて、ゆっくりと後ろを振り向く。

そこには、ふふ、と微笑む月が立っていた。

 

「月か。どうしたんだ? こんなところで」

 

「桃香さま達が出発してから、暇が有ればギルさん此処に立ってましたよね?」

 

「見てたのか」

 

「はい。最初は誰かが城壁に居るなぁ、位だったんですけど。流石に毎日見ると気になるものですよ」

 

月は俺の隣に来ると、俺の見ていた方向を見る。

 

「何を見てたんですか?」

 

「桃香達が帰ってくるのを見てた」

 

俺がそう言うと、月はんー、と唸りながら桃香達を見つけようとするが、しばらくすると諦めたのか、城壁から乗り出していた身を戻した。

 

「見えないです・・・」

 

「だろうね。・・・あ、そうだ。呂布と陳宮、桃香達と一緒にいるよ」

 

「えっ・・・? ほ、ホントですか!?」

 

「うん。見覚えのある触覚が見えた」

 

「良かった・・・生きてたんですね・・・」

 

行方不明になっていた呂布と陳宮が生きていたとわかったからか、胸に手を当ててほっ、と息をつく月。・・・触覚についてはスルーか。

 

「このままだったら・・・昼ご飯の前には着くかな。後で詠も呼んで、呂布達に会いに行こう」

 

月の頭を撫でながら、そう提案してみる。

確か愛紗が月達が生きていると口を滑らせるはずだし、会っても問題ないはずだ。

 

「はいっ」

 

まぁ、滑らせて無くても、この笑顔のためだったら俺が言っても良いな、と思う。

 

・・・

 

帰ってきて、呂布達を連れて玉座に来た桃香達を迎える。

やっぱりもう生きていることは伝わっているのか、呂布はキョロキョロとまわりを見渡し、月と詠を視界に入れ、こちらに近づいてくる。

 

「・・・月、詠。・・・生きてた」

 

「はい、生きてましたよ。恋さんも、良く無事で・・・」

 

「恋、強い」

 

「そうですね。でも、心配しました・・・」

 

そう言って、呂布に抱きつく月。

詠もいつものツンツンぶりはなりを潜め、穏やかな顔でその光景を見ていた。

 

「ほら、詠も行ってこいよ」

 

詠もあの二人と会うのは久しぶりなはずだ。

とん、と背中を押すと、詠はわわわ、とあたふたしながら、呂布達の前に立つ。

 

「あ、えっと、その・・・久しぶり」

 

「ん。詠・・・元気?」

 

「元気よ。あんた達も元気で何よりね」

 

少し恨めしげに詠に睨まれたが、口笛を吹きながら顔を逸らすことで対処した。

二人と話していた呂布だが、きゅるる、と恋の腹の虫がなった。

恋は少し恥ずかしそうに俯くと、桃香が

 

「じゃあ、ご飯にしようか。丁度お昼だし、みんなと一緒に食べよう?」

 

こうして、また新しく仲間が増えた。

 

・・・

 

「・・・お」

 

「・・・ん?」

 

城の通路を歩いていると、公孫賛にばったり出会った。

 

「お前は・・・確か、ギルとか言ったな」

 

「すでに俺の名前を知ってたのか。それなら話は早いな。宜しく、公孫賛」

 

「宜しく。・・・ああ、それと、私のことは白蓮で良い」

 

「良いのか?」

 

「良いって。桃香が真名を許す位の奴なんだし、ギルって言うのも、真名なんだろ?」

 

「ギルガメッシュが本当の真名なんだけどな。ま、そう言うことなら遠慮無く呼ばせて貰うよ。改めて宜しく、白蓮」

 

「ああ。・・・そうだ、ちょうど良い」

 

「・・・何がだ?」

 

「いや、ちょっと聞きたいことがあってな・・・?」

 

それから、日が暮れるまで白蓮の話に付き合った。

まぁ、仕事も終わってたし、暇だったから別に良かったんだけど。

むしろ、白蓮と仲良くなれたから嬉しかった。

 

・・・

 

いつも通り仕事を終わらせ、セイバーと手合わせ。

最近は結構良いところまで行くので、成長してるんだなぁ、と自分でも思う。

セイバーと手合わせするのは、他の兵士が訓練場を使わなくなった夜。

手合わせが終わった後、風呂か川に入って汗を流し、また明日、と別れる。

今日はなんだか眠れなかったので、城壁の上へと登る。

そう言えば、ギルガメッシュは宝物庫からワインを出してたよな、と思いつき、取り敢えず出してみる。

・・・そう言えば、ワインなんて・・・と言うか、酒なんて飲んだこと無いな、と気付くが、すでに杯に注いでしまっている。

まぁ、成人してるんだし、大丈夫だろう、と一口。

一瞬葡萄のジュースかな、と思うくらいに喉を軽く通っていくワイン。

しばらく異変がないかと待ってみたが、特にそんな違和感は感じられなかった。と言うか、もっと飲みたいと思える味だ。

さすがは王の財宝に入っている酒だ。初めて酒を飲んだ俺でも飲めるとは・・・。

此処は景色も良いし、今度から酒は此処で飲むことにしよう。自分がどれだけ飲めるのかも気になるところだし。

 

・・・

 

今日は一日休みを貰った。

城にはセイバーが居るので、ちょっと街まで足を伸ばす。

土地も移ったことだし、いろいろな店をのぞくのも悪くない。

この時代、土地が変われば流通する品物まで変わるので、新鮮な気分になる。

さて、まずは食事からかな・・・。・・・あれ? あそこでやってるのって・・・。

 

「・・・っは!」

 

取り敢えず財布が一杯になったところで我に返る。

いつの間に賭け事なんてしてたんだろうか。

・・・まずいな。つい幸運Aを乱用したくなってしまう・・・。

 

「・・・ちょっと稼ぎすぎたな」

 

執務室での手伝いは本採用となって仕事となったので、給金を貰っている。

ほとんど手を着けていないので、元々十分な貯蓄はあったのだが・・・。

 

「ちょっとオーバーキルしすぎたかな」

 

流石にすっぽんぽんはやりすぎた。

泣きながら何処かへ消えていったし、あのおじさん。

 

「にしても、どっかで・・・お」

 

ちょうど良い。本屋がある。

こう言うところは、城の書庫にはない本があったりするからな。

本屋へ足を踏み入れる。

おぉ、やっぱり品揃えって違うんだな、土地で。

 

「・・・あ、これ面白そう・・・」

 

手を伸ばすと、反対側から伸びてきた手にぶつかる。

 

「おっと。悪い・・・な・・・?」

 

「あわわっ、ごめんなさ・・・あれ?」

 

雛里じゃないか。

 

「おぉ、雛里も休みか?」

 

「あ、は、はいっ。その、ギルさんも・・・ですか?」

 

「そうだよ。お金も貯まってきたから、何か買おうかなって」

 

賭け事で荒稼ぎしてきたとは言えない・・・! 

 

「雛里はなんの本を買いに?」

 

そう言って雛里の持っている本を見ようとすると・・・。

 

「っ!」

 

後ろに隠された。

 

「・・・何で隠した?」

 

「あの、えと、その・・・」

 

右から回り込む。が、くるりと回って避けられた。

 

「・・・怪しいな、雛里」

 

「あわわわわ・・・怪しくなんて、なななないですよ・・・?」

 

凄い動揺してるし・・・。

 

「・・・まぁいいや。人間誰しも秘密がある。追求はしないで置こう」

 

「ど、どもです」

 

「その代わり!」

 

「ひぅっ!」

 

がしっ、と雛里の肩をつかむ。

 

「一日俺の散歩につきあって貰うぞ?」

 

・・・あれ? なんだか脅し文句のようになってないか・・・? 

 

「あわわ・・・は、はいぃ・・・」

 

雛里も少し涙目だし。

傍から見るとどう見ても恐喝です。本当にありがとうございました。

 

「と、取り敢えず、会計を済ませよっか!」

 

話題を変える。

雛里はパタパタとお代を払いに行った。

 

「ふぅ。さて、雛里をどう連れ回そっかな」

 

やれやれとため息をつきながら壁にのしかかると、何かごつごつした感触。

 

「・・・ん?」

 

振り向くと、骸骨をかたどったお面を着けた全身真っ黒の人間が居た。

本屋の店員らしく、ピンク色のフリフリエプロンを着けている。・・・いやいや、フリフリて。

 

「・・・って、あれ? お前・・・アサシン!?」

 

ばっ、と距離を取る。

 

「おま、なんでこんな・・・ああいや、ええ!?」

 

駄目だ。混乱して考えがまとまらない。これもアサシンの作戦の内か! くそ、まんまと罠にはまったか! 

アサシンは片手にはたきを持ってこちらをじっと見つめてくる。いや、目が何処にあるか知らないんだけど。

 

「・・・戦う気・・・無いのか・・・?」

 

俺の言葉に、こくりと首肯するアサシン。

 

「アサシン? どうしたの?」

 

ぴょこん、と本棚から出てきた少女。

 

「お客さん? ・・・えっと、なんかしちゃいました? この子」

 

そう言ってアサシンを指さす少女。

 

「あー、いや、その・・・君が・・・マスター?」

 

「っ! ・・・じゃ、じゃあ、あなた、関係者・・・?」

 

「一応・・・あ、待って待って! 戦う気はないから!」

 

まだ英霊同士どころか将ともろくに戦えないのに、わざわざ戦う必要性を感じられない。

 

「・・・ほんと?」

 

「ホント」

 

「・・・信じるよ?」

 

「どうぞ」

 

「よし、じゃあ、今日から仲間だねっ」

 

「あ、ああ・・・宜しく」

 

握手を求められたので、握手をする。

 

「ギルさん、お会計終わりました・・・。・・・何をなさってるんですか・・・?」

 

後ろから雛里の声が聞こえる。

そう言えば、すっかり忘れてたな・・・。

 

「あ・・・それじゃ、俺はこの子と予定があるから・・・また来るよ!」

 

そう言って、雛里の手を引いて店を出る。

・・・アサシンの顔を見せたら泣きそうだしな、雛里。

 

・・・

 

「さっき本屋で何をなさっていたんですか?」

 

喫茶店のようなところでお茶を飲みながら休憩していると、予想通り雛里がそう聞いてきた。

 

「うん。ちょっとあの人と仲良くなってね。友情の握手をしてたんだ」

 

「友情・・・ですか・・・。そう言えば、もう一人居たような・・・」

 

「そ、それは多分見間違いかなぁ。影が人に見えたんだよ、うん」

 

「影ですかぁ・・・。そう言えば、真っ黒だった気がします」

 

「そうそう。・・・あはは」

 

何とか誤魔化せたか・・・。

 

「それにしても、雛里がこうして付き合ってくれるとは思わなかったよ」

 

「・・・えと・・・ギルさんはあの本のこと深く追求しないでくれたので・・・」

 

「そのお礼、ってこと?」

 

「それも一つの理由ですが・・・。もう一つ・・・私は一度ギルさんと・・・その・・・お話してみたかったんです」

 

「俺と?」

 

「はい。聞けば、洛陽にいたときは月ちゃんと兵士さんの間を取り持ったり、月ちゃんと詠さんをこの蜀へ匿って貰うことを提案したり。・・・それに」

 

雛里は一口お茶で喉を濡らしてから、続ける。

 

「こちらに匿った後見せた事務仕事の異常な速さ、処理能力の高さ・・・それに、風の噂では張遼さんと手合わせして素手で勝ったとか・・・」

 

・・・あれ。霞と手合わせしたのって人気のない所だった筈なんだけど。誰かに見られてたのかなぁ・・・。

 

「武も知も兼ね備えているギルさんと、一度ゆっくり話してみたかったんです。・・・ちょっと、誤算もありましたけど・・・」

 

誤算というのはこの喫茶店の様な所へたどり着くまでの事だろう。

あれから何件か本屋をはしごして、桃があったので買って食べてみたり、人混みの中ではぐれそうだからと肩車してみたり・・・。

兎に角、雛里を連れ回したので、結構雛里は疲れてたりする。

此処に寄ったのも、雛里が少し疲れた表情をしたからだし。

・・・ちょっとはしゃぎすぎたな。自重しないと。

 

「そうだったんだ。・・・良いよ。答えられることなら答えよう」

 

「では早速・・・何故、洛陽で月ちゃんに仕えてたんですか?」

 

「うーん・・・あれは・・・」

 

偶然と数奇な巡り合わせ、とでも言うしかないのだが・・・。

 

「月に拾って貰ったんだ、俺」

 

「拾って貰った・・・?」

 

湯飲みを両手で持ちながら、きょとんとする雛里。

一応言っておくが嘘ではないぞ。・・・一応、行くところがない訳だったし、拾って貰ったことには変わりない。

 

「それで、恩返しのために・・・?」

 

「そうだな・・・。それで、洛陽で月と過ごしてる内に・・・守ってあげたくなったんだよ。だから、最後まで月を守ろうって決めたんだ」

 

「成る程・・・。そう言えば、月ちゃんに拾って貰うまでは何をしていたんですか? ギルさんほど才能がある人が生き倒れるなんて思えませんが・・・」

 

「あ、あーっと・・・」

 

しまったな・・・。一度死んだ、とか言えないぞ・・・。

 

「そ、そう! 旅をしてたんだ! それで、偶然に偶然が重なって路銀も食料も無くなって・・・」

 

「旅ですかぁ・・・。星さんみたいな事をしてたんですね」

 

凄いです、とにこりと微笑みながら言ってくる雛里。・・・眩しい! その笑顔が眩しい! 

良心にかなり響くが、此処はこの嘘を貫かせて貰おう。ごめん、雛里。

 

「あれ? 雛里ちゃん? それに・・・ギルさんも。珍しいですね?」

 

声がする方向へ振り向くと、朱里が居た。

 

「朱里ちゃん・・・? お仕事終わったの?」

 

「うんっ。今日はなんだか早く終わっちゃって・・・夕方またお仕事があるんだけど、それまで休憩になったの」

 

そう言って、こちらに近づいてくる朱里。

 

「雛里ちゃん今日休みだって聞いたから探してたんだけど居なくて・・・。しょうがないから一人で歩いてたら、此処で見つけたの」

 

「へぇ、凄い偶然だな」

 

どうぞ、と椅子を勧める。

 

「どうもです・・・。って、その・・・お邪魔でしたか・・・?」

 

俺と雛里を交互に見ながら朱里がおずおずと言ってくる。

 

「ん? ・・・ああ、別に。邪魔って事はないぞ。むしろ、来てくれて良かったかも」

 

「え? 来て良かった・・・ですか?」

 

「ああ。今雛里から俺のことをいろいろ聞かれててな。・・・その、ここに匿われるまでどうしてたか、とか」

 

「あぁ・・・そう言うことですか・・・。そうですね・・・とっても気になるところです」

 

「だから、今質問を受け付けてたんだ。・・・朱里は、なんかある? 俺に質問とか」

 

「そう、ですねぇ・・・」

 

んー・・・と顎に手を当てて考え込む朱里。

雛里も雛里で聞きたいことを検索中のようだ。

・・・さて、まだ日は高い。

この二人とのお茶会は、もう少し楽しめそうだ。

 

・・・

 

「・・・ンン?」

 

「どした、ライダー。素っ頓狂な声だして」

 

「んー、やっぱ勘違いじゃないな。俺たちが向かってるとこ、サーヴァントいるぜ」

 

「サーヴァントって・・・お前みたいなのが居るのか!? おいおい、引き返そうぜー!」

 

「今から違うとこいってるほど、食料と路銀に余裕ないだろ?」

 

「・・・あー、もう! 良いよ! いきゃいいんだろ! ほらライダー、急ぐぞ!」

 

そう言って、馬の速度を上げるマスター。

 

「いいねぇ、若者って言うのはこうじゃねえと。さて、俺も迷える若者を導かないとな」

 

ライダーはマスターに置いていかれないよう、加速していった。

 

・・・

 

あのお茶会の後、俺に対して少しぎこちない対応をしていた朱里と雛里は、慣れてくれたのか仕事中も少し雑談する程度の仲になった。

今も仕事終わりに片づけをしながら朱里と雛里の趣味を聞いているところだ。

 

「ふぅん・・・。お菓子作り、ねぇ」

 

「はい・・・。朱里ちゃんはとっても上手なんですよ」

 

「成る程ね・・・。まぁ、それは今度作ってもらうとして・・・そろそろ訓練の時間だな」

 

「あ・・・そう言えば、兵士さんに手合わせして貰って居るんですよね? 確か・・・正刃さん・・・でしたっけ」

 

冗談のようだが、セイバーは真名を誰にも教えない為に、セイバーとそのまま兵士に伝えたところ・・・正刃という名前になってしまったんだそうだ。

おもわず笑ってしまって模造刀でぼこぼこにされた時は怖かったし痛かった。しかも鬼の形相だったし。・・・バーサーカーのクラス適性もあるんじゃないのか、と思ったのは内緒だ。

 

「そうそう。あいつ、かなり強いから勉強になるんだ」

 

「そうですよね・・・。将にもなれるかもしれませんね」

 

「でもま、セイバーはなる気がないみたいだけど」

 

「・・・そうなんですか?」

 

雛里が意外です、と付け足してこちらを見る。

苦笑いだけを返して、執務室を出た。

 

・・・

 

「せいっ! はっ!」

 

今日も今日とて訓練である。

最初の頃は兵士の居ない時を狙って居たが、たまたま目撃されてからは兵士達の希望で昼間にやることとなった。

何でも、見てるだけで頑張ろうという気分になれるかららしい。

ま、そう言ってもらえるとなんだか嬉しいのだが。

 

「・・・よしっ、今日はここまで!」

 

訓練中、唐突にセイバーがそう言った。

・・・あれ? いつもはもっと長く訓練するのだが・・・。

 

「おおっ? 早くないか、セイバー」

 

「今日は、特別訓練だ」

 

「ほう。宝具でも使うのか?」

 

「馬鹿者。昼間っから宝具を発動させてなんになる」

 

「・・・じゃあ、何をしに?」

 

「戦いだ」

 

「へっ?」

 

・・・

 

セイバーに連れられ、馬を走らせる。

セイバーと俺は自分の鎧を着けているので、蜀の兵士だとは思われないだろう。

馬に乗れるのか不安だったが、少しすると慣れた。セイバーの教育のたまものだ。スパルタだったけど。

銀には月を守って貰ってる。董卓だという事は知らせていない。まぁ、マスター同士友好を深めて貰いたいが・・・詠がいるしなぁ。

・・・あ、そういえば聞きたいことが。

 

「なぁセイバー、何処に向かってるんだ?」

 

「黄巾党の残党と賊が共同戦線を張って村を襲っているらしいのだ。それを討伐しに行く」

 

「そんな仕事もあるんだな」

 

へぇ、と呟くと、セイバーが

 

「何を言っている。これは個人的な戦いだ」

 

なんて言い出した。

 

「はっ? じゃあ、これって許可無く出てきてるわけ?」

 

「大丈夫だ。休みは取ってあるし、外出許可も取った。賊を倒すのだから、事後承諾で問題ないだろう」

 

・・・思いつきじゃないだろうな? 

まさか、こんな事を休みの度にやってるのか・・・? 

 

「因みに、こうして個人的な戦にでるのは初めてだぞ。念のため」

 

セイバーが声を掛けてくる。

・・・心を読まれた・・・。思ったよりショックだ。

 

「今日は、戦を知らないお前のための戦いだ」

 

「俺のため・・・?」

 

「前に話していただろう? 戦いのない、平和な国で過ごしていた、と」

 

「あ、ああ・・・」

 

覚えてたのか、そんな前の話。

 

「だから、お前は一度戦いを知らないといけない」

 

「そりゃ、一度戦は見ておこうとは思ってたけど・・・」

 

「まぁ・・・見ておくだけで済むかは、お前次第だけどな」

 

「は? ・・・何を」

 

言ってるんだ、と続けようとして、セイバーに遮られた。

 

「む・・・しまった! 村がもう襲撃されてる!」

 

慌てて前方に目をやると、確かに火の手が上がっている。

 

「行くぞギル! 限界まで馬を走らせろ!」

 

「わ、解った!」

 

近づいていくと、村は酷いことになっていた。

家はつぶれ、家畜は殺され、燃える物はほとんど燃えていた。

 

「これが・・・乱世」

 

「そうだ。・・・向こうでまだ戦いが続いてる。行くぞ! 何か適当な獲物を抜いておけ!」

 

両手に双剣を出して、駆けるセイバー。

俺も王の財宝から蛇狩りの鎌(ハルペー)を取り出し、走り出す。

 

「はぁっ!」

 

一足先に戦いに飛び込んだセイバーが剣を振るう。

 

「がっ」

 

短い悲鳴を上げて絶命する賊。

村人はこちらに気付き、少し安堵した表情を浮かべる。

 

「ギル! お前も手伝え!」

 

「ああ・・・!」

 

少し放心していたらしい。・・・しっかりしないと。

蛇狩りの鎌(ハルペー)を持つ手に力を込めて、駆ける。

セイバーとの特訓は剣ばっかりだったが、蛇狩りの鎌(ハルペー)は洛陽にいたときから練習してたんだ。・・・扱えるはず! 

俺に気付いた数人が剣や短剣を持って突っ込んでくる。

 

「くそっ!」

 

悪態をつきながら蛇狩りの鎌(ハルペー)を振る。

何か柔らかい物を通過した様な感覚の後、温かい何かが頬に飛んできた。

 

「・・・はっ・・・」

 

肺から空気が漏れる。

 

「・・・血」

 

目の前には胴体が無くなった三人の男。

残りの男はそれを見て足を止めた。

 

「・・・中々やる見てぇだな、金ぴか」

 

「あれ、金か? ・・・ま、どっちにしろ売れそうな鎧だな」

 

「行くぞ、儲けは山分けだ」

 

止めたのも少しの間だけ。

今度は数の利を生かして連携してくるだろう。

取り敢えず、深呼吸。

終わってからだ。全て、終わってからこのもやもや全てを吐き出そう。

・・・今は・・・出来るだけ考えないように・・・! 

 

「死ぃねええええええ!」

 

「うるせええええええ!」

 

かけ声と共に飛びかかってきた一人に蛇狩りの鎌(ハルペー)を振る。

男はそれを剣で受け止めようとするが、英霊の力で振るった宝具を受け止めるには剣が脆すぎた。

抵抗もなく砕ける剣。そのまま刃は男を袈裟切りに斬って、絶命させる。

 

「隙だらけだぜっ!」

 

死んだ仲間のことはどうでも良いのか、残りの二人は大した動揺もなく背中に剣を振り下ろしてくる。

 

「ちっ・・・!」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)を振った勢いそのままに後ろに攻撃する。

 

「うおっ!」

 

一人は避けたが、すでに勢いづいていたもう一人は蛇狩りの鎌(ハルペー)の刃を首に受けて、頭をごとりと落とした。

 

「う・・・ぷ・・・」

 

下手なグロ画像よりも応えるぞ、これ・・・! 

片手で口を押さえ、込み上がってきた何かを飲み込む。

何が込み上がってきたのかは考えないことにする。

 

「くそ、アレでも倒せねえのかよ・・・」

 

残った一人が毒づく。

その瞬間を隙だと判断して飛びかかり、胴を狙って一閃。

 

「へっ・・・?」

 

油断してたのか、俺の速さについてこれなかった最後の一人は、呆けた顔のままあっけなく死んだ。

・・・セイバーも終わったみたいだな。賊はもう居ない・・・か。

 

「げぼっ!」

 

ハルペーをしまう余裕もなく、吐き出す。

血の匂いがする。何かの肉が焼ける匂いも。

なんか腐った匂いもするし・・・まわりに広がるのは地獄だ。

数十人の村人と、数十人の賊の死体。

どれもろくな死に方はしてない。俺やセイバーがやったらしき死体は切り口も綺麗だが・・・他のは頭が割れてたり眼球飛び出てたり悲惨な物だ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

まさか、これほどまでとは。

テレビで見たより酷い。・・・凄く酷い。

見ておかなきゃな、なんて言っていた少し前の俺に見せてやりたい位だ。

 

「・・・落ち着いたか、ギル」

 

「セイバー・・・か・・・」

 

いつのまにか、傍らにはセイバーが立っていた。

 

「もしかして・・・このため・・・に?」

 

「ああ。平和に慣れきっているお前が戦争を・・・戦いという物を正しく感じ取れているか疑問だったのでな」

 

「・・・なる、ほど」

 

セイバーが水の入った水筒を渡してくれる。

 

「酷い顔だぞ。口をゆすいだら、川にでも行ってくるが良い」

 

「・・・いや、良いよ」

 

水を口に含んで、うがいした後に吐き出す。

残りの水は頭からぶっかけて、いろんなもやもやを洗い流す。

 

「・・・もう、大丈夫だから」

 

セイバーも・・・銀も、もしかしたら月もこれを見た事があるのだろう。

普通に暮らしているときに襲いかかるこの猛威。

それに比べて、俺は甘かったのだ。

勝てるかどうかしか考えてなかったし、死んでいく人なんて将くらいしか心配してなかった。

・・・駄目だなぁ、俺。

 

「・・・うん。・・・ありがとう、セイバー」

 

「うむ・・・まぁ、まだ甘いところはあるが大分吹っ切れてきたようだな。・・・そら、村人達がお待ちだ」

 

セイバーの視線を追うと、こちらに駆けてくる村人達。

隠れていた人間も出てきているのか、最初に見たときより多く見える。

 

「さて、後始末も手伝ってから帰るぞ。帰るまでが訓練だ」

 

「なんだその遠足理論」

 

「ん? 何かおかしいこと言ったか・・・?」

 

「・・・いや、こっちの話」

 

・・・

 

あの後、村人に名前を聞かれて咄嗟にアーチャーと答えてしまったので、何故か俺の名前は亜茶となった。・・・あーちゃ、と読むらしい。

正刃と亜茶として村人に歓迎され、いろいろなお礼を断って、街へと帰った。

 

「・・・亜茶、だって」

 

「はは、良いじゃないか。私も正刃と呼ばれて居るんだから」

 

なんでクラス名を答えてしまったんだろうか。そこだけが悔やまれる。

 

「ま、これからはギルも少しは今の世の中というのが解っただろう?」

 

「・・・ああ。・・・さて、さっさと帰ろう! 月と銀が待ってる」

 

「うむ。そうするとしよう」

 

少し暗くなった空気を振り払うように、馬を走らせた。

夕飯までには着くかな。・・・あー、でも肉料理は遠慮したいなぁ・・・。

 

・・・

 

「出来たー!」

 

「・・・五月蠅いよ、キャスター」

 

「おっと、ごめんごめん。今度は君が徹夜明けか? 珍しいね」

 

「ちょっとねー・・・本が面白くて・・・気付いたら空が白んでた」

 

「本にはそう言う魅力があるよね」

 

そう言って笑うキャスター。

マスターは疲れた笑顔を浮かべながら首肯する。

 

「確かにね。・・・で、何が出来たのさ?」

 

「うむ、驚かないでくれよ・・・? なんと、レーダーが出来たのさ!」

 

「れーだー・・・?」

 

「あー・・・そっか。君には通じないか。えっと、探査機、と言うのかな。まぁ兎に角、見た方が早い」

 

キャスターは大きい羅針盤のような物を部屋から引っ張り出した。

 

「おっきいねぇ」

 

「ま、この時代の物で作った品だから仕方がないさ。で、これをこうやると・・・」

 

キャスターが台座に触ると、くるくると動き出す針。

しばらくすると、ぴたりと一つの方向を指して止まる。

 

「何を指してるんだい?」

 

「サーヴァントのだいたいの位置さ。何故か今回の戦いでは、サーヴァントがサーヴァントに気付きにくいらしくてね。戦いがなければどの方向にいるのかさえ解らない」

 

「そうなの? マスターもそうなのかな」

 

「じゃないかな。お互いがお互いを認識できないみたいだから、もしかしたら街ですれ違ってるかもね」

 

「うわ、ぞっとしない」

 

「ま、そんな悩みも今日で終わり! これからはこれがあるからね。一応マスターにも使えるようにした。ほら、取り敢えず此処に手を突いて」

 

キャスターはマスターの手をレーダーの台座のような所に触れさせる。

 

「で、魔力を流す。サーヴァントが使ったらサーヴァントを探して、マスターが使ったらマスターを捜すように出来てる」

 

「へぇ、凄いじゃないか。君って結構凄いサーヴァントなんだねぇ」

 

「ふっふっふ。・・・さて、次の発明でもするかな。マスターはこれから就寝かな?」

 

「うん。ちょっと興奮して忘れてたけど、そう言えば徹夜明けだったね。・・・ふぁ~・・・じゃ、ボクは寝るよ。・・・おやすみ、キャスター」

 

「おやすみー」

 

寝室に入っていくマスターを見送って、キャスターは自分の部屋へ戻る。

 

「さって、次は何を・・・うーん・・・」

 

・・・

 

あの後、勝手に賊と戦ったことは怒られたが、村を救ったと言うことで何とか相殺して貰った。

罰は無し。だけど、セイバーと俺は二人して愛紗の説教を喰らうのだった。

 

「全く。・・・良いですか!? これからは勝手に賊退治になんてでないように! ・・・そもそもギル殿は訓練を初めて日が浅いのですから・・・」

 

なんというか、途中二度くらい同じ説教を喰らった。ループって怖い。

取り敢えず、セイバーと一緒に謝り倒して許しを得た。正座のしすぎで足が痺れているが、さっさと愛紗の前から居なくならないと追加の説教があるかもしれないので、二人してちょっと急ぐ。

 

「・・・ふぅ。凄いな、関羽は」

 

「はは、愛紗は真面目な奴だからなぁ」

 

「さって、今日は仕事有るのか?」

 

「ん・・・そうだな。自分の分と・・・桃香の仕事でも手伝ってこようかな」

 

「うむ。なら、今日の訓練は夜だな。ではな、ギル」

 

「あいあいさー」

 

訓練場へと向かっていくセイバー。

・・・さて、これから執務室に向かうわけだが・・・愛紗が来ませんように。

 

・・・

 

「・・・よっしゃ」

 

ちょっとガッツポーズ。

そうだよな。訓練とかあるよな、愛紗にも。

 

「お兄さん、ちょっと聞きたいんだけど・・・」

 

「ん、なんだ」

 

「えっとね? ・・・」

 

桃香に助言をしたり、たまにくだらない事を話していると、扉が開く。

朱里か雛里かな? と見てみると、お茶の乗ったお盆を持った月だった。

 

「あ、月」

 

「ギルさん、こんにちは」

 

「おう、こんにちは。・・・なんだか久しぶりな気がするなぁ」

 

「そうですね~。あ、お茶持ってきました。ギルさんも飲みますか?」

 

「あ、うん。お願い」

 

「じゃ、ちょっと休憩だねっ」

 

桃香が筆を置いて、背伸びをする。

月が俺と桃香の分のお茶を注いで、渡してくれる。

 

「ありがと。・・・ん、美味しいな」

 

お茶なんて素人だが、それでも前回飲んだより美味くなってるのは解る。

 

「ホントですか? ・・・良かった・・・」

 

ほっ、と息をつく月。

俺は余ってる椅子を用意して月に勧める。

 

「月も座れよ。一緒に休憩しようぜ」

 

「えっと・・・ちょっとだけ、なら」

 

「それでもいいよー。一緒にお茶飲もうよ」

 

桃香が余った湯飲みにお茶を煎れて、月に渡す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

それを両手で受け取って、一口。

うーむ、えさを食べるハムスターみたいだ・・・。

 

「月、仕事は慣れたのか?」

 

「はい。皆さん良くしてくれてますから、すぐに慣れました」

 

「そっか。良かった」

 

「ふふ、お兄さん、心配してたんだね」

 

「当たり前だろう。洛陽にいたときから一緒だったんだから」

 

月の頭を撫でながら答える。

月はへぅ、と言いつつも抵抗せず、恥ずかしそうに顔を俯かせるだけだった。

やっぱりさらさらだな、と思いながら撫でていると、ふと思い出したことが。

最近色々あってスルー気味だったが、バーサーカーがついに召喚されたのだ。

それを小声で月に伝える。

 

「・・・じゃあ・・・始まるんですか・・・?」

 

「多分。・・・でも、セイバーもいるし、俺も訓練してる。・・・大丈夫だ、月は絶対に守るから」

 

今ならセイバーに訓練を着けて貰って、いろいろと教えて貰っているから、勝てはしなくても粘れるはずだ。

後は、俺が宝具を上手く使って、セイバーの援護も出来るようにならないと・・・。

 

「はい。・・・私、ギルさんのこと、信じてますから」

 

そう言って柔らかい笑顔を見せてくれる月。

ここまで信頼を寄せてくれてるんだから、サーヴァントとして張り切らないとな。

 

「ありがと。・・・さて、桃香、休憩終わり。仕事再開しようか!」

 

「えぇー! もうちょっと休みたいよー!」

 

「甘えるなよ、全く。まだ半分も進んで無いじゃないか。それ、今日中にやらないとまずい奴だろ? ほら、ちょっとは手伝うから」

 

「うぅー・・・りょーかーい・・・」

 

渋々筆を執る桃香。

月は立ち上がり、空になった湯飲みを回収して

 

「それでは、私もお仕事に戻りますね? ・・・ギルさん、桃香さま、頑張ってください」

 

「はぁ~い・・・」

 

「こら桃香」

 

「ふふ」

 

一度笑ってから、部屋を後にする月。

扉が閉まるまで見送ってから、桃香に助言をやったり、ちょっと手伝ったりする。

さて、夕飯までには終わるかな、このペースだと。

 

・・・

 

夜、セイバーとの訓練も終わり、風呂に入った後、少し体を冷やすために城壁の上へと来ていた。

ワインを取り出し飲んでいると、コツリ、と足音。

 

「・・・星か」

 

「おや、ギル殿。奇遇ですな」

 

こちらに気付いた星が近づいてきて、隣に腰を下ろす。

そして、俺の手にあるグラスを覗き込み、ふむ、と呟く。

 

「見た事のない飲み物・・・酒ですかな?」

 

「そうだよ。この辺では見ない酒かな」

 

どうぞ、とワインを注いだ杯を渡す。

 

「いただきましょう。・・・むむ」

 

ぐいっ、と飲み干した星が唸る。

・・・ワインって一口で飲むものじゃないような・・・。まぁ、ワインなんて知らないだろうし、仕方がないんだけど。

 

「これは・・・今まで飲んだ事のない味ですな」

 

「だろうね」

 

遠い異国の飲み物だし、今この時代に作られてるかも怪しいぞ。

 

「それでは、お礼にこれを」

 

そう言って取り出したのは小さい壷。

・・・まさかとは思うが・・・。

 

「メンマか?」

 

「おお、良くおわかりになりましたな。その通り。メンマです」

 

「・・・ああ、うん」

 

なんだろう、この妙な感情。

取り敢えず、勧められたので食べてみる。

あ、美味しい。

 

「美味しいよ、星。うん、凄いな」

 

「おお、ギル殿は解る人ですな! ささ、もう一つ」

 

「ありがと。・・・ほら、もう一杯注いであげるよ」

 

こうして、自分のお薦めを相手にあげたり、何故か仮面の良さについて語られたりしたが、特に何もなく宴会は終わった。

星は今まで会ったことのないタイプだから新鮮だったな。また一緒にこうして酒を飲んでみたりしたいものだ。

別れ際にそう言ってみると、星はにっこりと笑って

 

「ええ、是非」

 

それだけ言って、去っていった。

・・・ああ、本当に今まで会ったことのないタイプだ。

 

・・・

 

街へ出る。

最近はセイバーも銀も居るため、こうして俺が暇つぶし兼警備として街を歩く事が多くなった。

こういう警備なんかは、裏路地もしっかり見ないといけない。・・・決して、賭け事をやっているからちょっと巻き上げてやろうとかは思っていない。

ああ、それと・・・余談ではあるが、袁紹達を保護した。

曹操との戦いに負け、落ち延びてきたところを捕まった、と。

その三人を白蓮に押しつけ・・・げふんげふん、任せた所も原作と一緒だ。

・・・じゃあ、そろそろ・・・。

 

「曹操が・・・来るのか」

 

そんなことを呟きながら警備から城に戻ると、数時間前まではいつも通りだった城内が、急にあわただしくなった。

・・・来たか! 

兵士を捕まえて話を聞くと、やはり北方から攻めてきた大軍団がいる、という話を聞けた。

・・・取り敢えず月と詠の無事を確認に行かないと。

 

・・・




政務のたびに桃香の対面に座らされる主人公君は毎日大変なんだとか。
・・・いえ、桃香に質問攻めにされるのがですよ? けして巨大な桃が云々とかではないですよ?

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五話 移動と狂戦士と逃走と

主人公君のメンタルは少しマシになったとはいえ現代の平均的な学生です。
なので、愛紗さんたちが敵をふっ飛ばしている間、あの細腕でどうやって人ふっ飛ばすんだ・・・なんて妙な思考を巡らせていたりします。

それでは、どうぞ。


桃香の「逃げちゃおう」発言から数時間。

沢山の民を連れて、目的地・・・益州にいる劉璋を倒し、場所をいただくために歩いている途中だ。

セイバーと銀は兵士として何処かに居る。そして俺は、月と詠を守るために二人のそばで一緒に歩いている。

そう言えば、あのアサシン組はどうしているだろうか。

一緒に逃げてるのかな。それとも・・・向こうに残ったのかな。

 

「・・・名前も聞いてないのになぁ」

 

一人呟く。

 

「誰のですか・・・?」

 

「え? ・・・あ、いや、なんでもないんだ」

 

「そう・・・ですか?」

 

月が疑いの目で見つめてくる。・・・良心の呵責が・・・! 

 

「そうだよ。あ、あはは・・・」

 

少しの間疑いの目で見られたが、少しするとまた前に目を戻した。

・・・危ない。もう少しあの目で見られてたら全部暴露するところだった。

 

・・・

 

なにやら桃香達の方があわただしい。

あ、えっと、長坂橋の戦いかな? 

鈴々が元気にはしゃいでいるから、間違いないだろう。

さて、じゃあ俺はセイバーにちょっと話をしてくるかな。

 

「ごめん月、ちょっと行ってくる」

 

「え? ど、何処にですか? ・・・ギルさーん・・・?」

 

少し悪い気もするが、すぐに済ませないといけない用事だ。

月のそばを少し離れるだけでもかなり不安になる。

・・・これじゃあ、心配性と言うより小心者だな。

さて、セイバーセイバー・・・っと。

 

・・・

 

セイバーに話を通して、月と詠の警護を頼む。

銀も近くに待機して、いつでもセイバーが守れるようになっている。

鈴々とその部隊が殿に動いていく。俺もその集団に紛れるようにこっそり着いていく。

曹操が来るなら、きっと北郷一刀もいるはず。

一目見ておかねばならないだろう。同じポリエステル仲間として。

 

「・・・あれ? あなたは・・・」

 

「あ、気にしないで。大丈夫だから」

 

「え? あ、はぁ・・・」

 

兵士の一人に話しかけられたが、曖昧にはぐらかしておく。

カリスマA+のおかげで、不審には思われなかったようだ。・・・っていうか、ホントに呪いの様だな、このカリスマ。

 

「さて・・・どうなってるのかな、魏は」

 

・・・

 

鈴々に呂布、陳宮が話し合い、鈴々と呂布が橋の前に残り、陳宮と兵士達が下がっていく。

陳急は俺を見つけると、ビックリして飛び跳ねてから、駆け寄ってくる。凄く猫っぽい。

 

「な、な、なんでギルが居るのです! 二人を守って居るんじゃないのですか!?」

 

「今は信用できる奴に任せてきてる。それに、これから起こることは見ないといけないから」

 

「見ないといけない・・・? なにか、あるのですか?」

 

「うん。・・・済まないけど、我が儘、聞いて欲しい」

 

「・・・ふん! 知らないのです! 勝手にするが良いのです!」

 

そう言って、下がっていく陳宮と兵士達。

一部は茂みに隠れて居るので、俺もそこに一緒に隠れる。

さて・・・前線に来るかなぁ。来るだろうなぁ。

 

・・・

 

鈴々の・・・張飛の凄さを目の当たりにした。

夏候惇、許緒、夏候淵の三人を一人で抑える鈴々は、英雄と言うに相応しかった。

・・・俺なんかより、ずっと英霊のようだった。悔しいなぁ。

だから、ちゃんと焼き付けておくことにする。

セイバーや鈴々・・・目標がドンドン増えていくな。

 

「・・・あ」

 

曹操・・・。

そして、その傍らに立つのは・・・北郷一刀。

同じ服だ。・・・細部まで一緒。なんだか変な感じ。

まぁ、こうやって茂みからのぞき込んでいるのもかなり変なんだけれど。

 

「・・・終わったか」

 

曹操に何かを言われた鈴々と呂布は撤退を始める。

兵士達も茂みから出て、前に追いつくべく動き出す。

俺も置いて行かれないようにしないと・・・。

 

・・・

 

「あんまり滞在できなかったなー。まさか太守が逃げ出すとは・・・」

 

「ま、いいんじゃねーの? 勝てないときは逃げる。大切だと思うぜ」

 

「いっちょまえにいいこと言うじゃねえか。さ、俺たちもあの太守を追うぜ」

 

「あん? なんでだ?」

 

「さっき言ったサーヴァントなんだが、あの太守と一緒に移動してるっぽいぞ。それを追おうと思ってな」

 

「あんでだよ。きっと勝てねえって。やめとこうぜ、戦うなんて無茶なこと」

 

「戦わねえよ。まだな。まずは情報収集だ。俺、そういうの得意だからよ」

 

「ふーん・・・ま、いいや。お前のことは信頼してるしな。お前がいうなら別にいやとはいわねえよ」

 

「けけ、お前、いいマスターだな。そら、追いつくまでもう少しだ、気張れよー」

 

「よーし、俺も覚悟決めたぜ! そらそらいくぜー!」

 

「おうおう、いい顔になったじゃないか」

 

・・・

 

桃香達の元へと戻ると、月が駆け寄ってくる。

 

「いきなり何処へ行っていたんですか・・・!?」

 

「ごめん。ちょっと鈴々の部隊と一緒に長坂橋行ってた。・・・詳しく説明してる時間無かったんだ。ほんとにごめん!」

 

手を合わせて拝み倒すと、月は涙目になりながら

 

「・・・今度からは、ちゃんと教えてくださいね? ・・・いきなり居なくなるから、心配だったんですから・・・」

 

そう言って、抱きついてくる月。

あー・・・しまった。

予想以上に心配かけちゃったみたいだな。

 

「解った。今度からは月に心配かけないようにするよ」

 

「・・・はい。約束ですよ?」

 

「うん」

 

抱きついたまま顔を上げた月の頭を撫でる。

目の端に涙を浮かべたまま、月は笑顔を浮かべた。

 

「・・・詠ちゃんも心配してました。後で詠ちゃんにも謝っておいた方が良いですよ、ギルさん」

 

「・・・了解」

 

詠か・・・。心配してくれてたのか。嬉しいかもしれない。少し不謹慎だけど。

噂をすればなんとやら。月と話していると、詠がやってくる。

 

「・・・帰ってきてたのね。いきなり居なくなって・・・もう!」

 

腹を一発殴られた。

物理的にはそうでもない一発だが、精神的にはきいた。まさか、詠を泣かせてしまうとは・・・。

・・・そう言えば、見ない顔が二人ほど。・・・まさか、馬超と馬岱か? 

 

「あ、おにいさーん! こっちこっちー!」

 

桃香に呼ばれて前へ出る。

愛紗がこちらを見て

 

「・・・勝手な行動については、後でお話があります」

 

と一言だけ告げて、目をそらされた。

・・・うおぉっ、寒気が・・・! 

 

「あ、あははー・・・。そうだ、お兄さん。紹介するね。この人は馬超さん。で、こっちが馬岱ちゃん」

 

俺と愛紗のやり取りを見て乾いた笑い声を上げた桃香が新しく入った二人の紹介をしてくれる。・・・やっぱりか。

 

「宜しく。ギルガメッシュだ」

 

握手をしようと手を出す。

馬超は少し遠慮がちに手を握り、馬岱は元気よく握手してくれた。

 

「よ、よろしく・・・ぎ、ぎるがめす?」

 

「・・・言いづらいなら、ギルで良い」

 

「そ、そうか。悪いな。・・・宜しく、ギル」

 

「よろしくねー、ギル兄様ー!」

 

「・・・に、兄様?」

 

ご主人様は無いだろうな、と思ってはいたが・・・兄様とは。

 

「お兄様っぽいからギル兄様っ。・・・駄目ー?」

 

「駄目と言うことは無い。・・・むしろ良いっ」

 

俺の言葉にちょっと笑ってから、桃香はじゃあ、ご飯にしようか、と切り出した。

俺が来る前にすでに仲間になることは決まって居たらしく、二人の歓迎もかねて将や兵士と食事をしよう、ということになったらしい。

 

「あ、そうそう! ギルさんっていうの、真名なんだって!」

 

「そうなんだ~・・・。・・・って、えぇー!?」

 

・・・やっぱり、この驚いた顔はクセになる。

その後、食事をとっているときに馬超と馬岱に真名を呼ぶことを許して貰い、それに触発されたのか、呂布と陳宮からも真名を許された。

ねねから真名を許して貰うときのねねの態度は、詠よりも渋々だった、とだけ言っておく。

 

・・・

 

益州へ向かい、劉璋の居る蜀に向かって最初の一歩を踏み出した桃香達。

諷陵という城に入城した桃香達に、長老が謁見を申し込んでくる。

最近では俺も会議などに顔を出させて貰っているので、詳しい話も聞く事が出来るようになった。

朱里と雛里が推薦してくれたらしい。愛紗も桃香も俺の能力を認めてくれたのか、特に異論無く受け入れられた。

そして、その謁見の場で長老が言い出したのは、桃香に太守になって欲しい、と言うことだった。

益州の内部はぼろぼろ。国民はその状況から大乱に巻き込まれるのではないかとびくびくしながら過ごしているらしい。

そんな状況で現れた桃香達。有能な太守に変わって欲しい、と言う長老の願いを聞き届けた桃香達は、成都を手に入れ、益州を平定するための出陣準備を始めた。

 

「成都までどれくらいのお城があるのかなぁ」

 

桃香の呟きに、朱里が答える。

 

「諷陵は益州の端の端にあります。ですから、成都までは二十個くらいお城を落とさないとたどり着けませんね」

 

二十個と聞いた桃香が驚きの声を上げる。

対城宝具があってもかなり苦労する数だな・・・かなり単純に計算してエクスカリバー二十発分だ。

劉璋の話をしながら進む桃香達の近くで歩きながら、成都までの話を思い出す。

確か、まず最初に黄忠と戦い、次に・・・厳顔・・・だっけな。

駄目だな。こっちに来てから時間経ってるからか、原作の記憶が薄くなってきてる。

・・・まぁ、かなりのイレギュラーが居るんだ。原作がそのまま進むとは思えない。

何処かでサーヴァントとの戦いがあるはずだ。・・・そのときは、セイバーと共に、前に出なきゃな。

 

・・・

 

黄忠の居る城へと着き、出陣準備が完了した。黄忠は籠城を選んだので、こっちは糧食を気にしながら戦わなければいけない。

いつものように月と詠を守れるように・・・。後ついでに桃香と軍師達も守れるように配置に付く。

 

「お兄さんの鎧って、袁紹さん達と同じ金色なんだねー!」

 

「ああ。・・・でも、あっちとは違うから安心して良い」

 

何てったってギルガメッシュが自ら選んだ鎧だ。袁紹のただ金ぴかな鎧とは格が違う。

 

「さて、そろそろ始まるな・・・」

 

愛紗達が位置に着く。

 

「行くぞ!」

 

愛紗の号令で、城へとぶつかっていく兵士達。

それを見ながら、手に持った蛇狩りの鎌(ハルペー)を強く握った。

 

・・・

 

黄忠の軍をある程度蹴散らすと、城門が開いた。

それを好機と愛紗が号令をかける。

 

「城門が開いた! 全軍突撃!」

 

「待て愛紗! 誰か出てくる!」

 

しかし開いた城門から白旗を掲げた何人かが歩いてくるのを見つけた星が愛紗を押し留める。

愛紗と星の二人が話を聞きに向かう。

これで、黄忠が仲間になるのか。・・・なんだか、緊張したなぁ。

新しく仲間になった、黄忠・・・紫苑の居城で大休止をとることになり、兵士達はここに来てやっと出来た休みを使い、その間に将達は会議を開いて、これからの指針を決めていた。

 

「巴郡にいる厳顔と魏延の二人を説得できたなら、成都までの城は全て桃香さまの物になるでしょう」

 

「そんなに人徳がある人なんだ~。・・・じゃあ、巴郡へ向かおっか!」

 

桃香の言葉にみんなが賛成する。

 

「じゃあ、紫苑さん、説得の時は力を貸して?」

 

「はい」

 

「それじゃあ、みんなは休んだ後、明後日の出陣に向けて部隊の編成をよろしくね!」

 

「御意」

 

愛紗と星の返事がかぶる。

 

「あ、朱里、雛里。俺と一緒に城内の物資の確認してくれないか?」

 

確認しておいて悪いことはないはずだ。

俺一人では出来ないかもしれないので、二人に協力を要請する。

 

「はいっ」

 

二人は元気よく返事をしてくれた。

かなり嬉しい。

 

・・・

 

朱里、雛里と共に城内の物資を確認して居たら、すっかり日も暮れてしまった。

 

「悪いな、こんなに遅くなっちゃって」

 

「いえ、ギルさんが居なければもう少し遅くなっていたでしょう。晩ご飯に間に合って良かったです!」

 

「そう言ってくれると助かるよ。ありがと、朱里」

 

帽子の上から朱里の頭を撫でる。帽子ごと撫でるのは少し乱暴だが、一々脱がせるのも変だしな。

 

「はわわっ。そんなっ、ありがとうなんてっ・・・!」

 

こちらを見上げてパタパタと手を振る朱里。

 

「雛里も手伝ってくれてありがとう」

 

ぽす、と帽子の上に手を置く。

油断していたのか、雛里はびくりと飛び跳ねた後、あわあわと慌てていた。

ああもう、癒されるなぁ、二人を見てると。

 

・・・

 

晩ご飯の後、流石にセイバーとの訓練もないので一人城壁の上に出て警戒をする。

傷兵などの手当で大分兵士が居なくなったので、手数が足りないらしく、兵士の代わりに俺はあたりを警戒していた。

朱里達が言うには劉璋の軍が来るなんて考えられないが、一応、と言うことらしい。

 

「・・・ふぅ。次は厳顔か」

 

夕飯も終わり、ほとんどの人間が寝静まっている時間。

少しひんやりするが、まぁ許容できない程でもない。

 

「っ!」

 

城壁の上で警備している最中、突然背筋に悪寒が走る。自分の感覚を信じて、夜空を見上げる。

視界に入ったのは月の真ん中に出来た黒い点。

だんだんと大きくなるそれは・・・人!? 

 

「くっ!」

 

思わず腕で顔を覆ってしまった俺の頭上を通っていく人型の何か。

ずぅん、と城壁の下に着地したそいつからは、禍々しい雰囲気を醸し出している。

まさか、こいつは・・・! 

 

「サーヴァント!」

 

急いで城壁から飛び降りる。

 

「はあああ! ニー!」

 

飛び降りた勢いを利用して、背後から飛び膝蹴りを相手に放つ。・・・キャラが違うとか言わない! 

後頭部に膝が当たるが、ダメージはないようだ。こいつ・・・堅い! 

 

「おおおおおおおおお!」

 

バーサーカーは振り向きざま俺の足を掴み、下へ叩き付けた。

 

「ぐっ!?」

 

格闘戦は不利か・・・! だけど、注意はこっちに向いた! 

 

「喰らえっ! 王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

至近距離から数十本の宝具を射出する。

相手は俺の足から手を放し、後ろに下がった。

 

「・・・見た目に合わず、素早いじゃないか」

 

だが、この力で確信した。こいつ、バーサーカーだ。

最強と言われるサーヴァントに、俺一人でどれくらい持つか・・・! 

 

「うだうだ考えてても仕方がないか。俺が居なくなれば月を守れなくなる!」

 

エアを取り出す。

いつもの訓練のように扱えば良い。・・・落ち着け、俺。

バーサーカーは武器を構えた。あれは・・・偃月刀? ・・・いや・・・薙刀か・・・! 

 

「くっ!」

 

成る程、何処かで見たことがあると思ったら・・・! 

 

「バーサーカー・・・お前・・・!」

 

手に持った薙刀、背中にある七つの武器。

極めつけは僧の格好・・・! 

 

「武蔵坊弁慶かっ!」

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

 

雄叫びを上げて突進してくるバーサーカー。

弁慶の元々の怪力にくわえて、バーサーカーの狂化が加われば、多分ほとんどのサーヴァントはかなわないだろう。

早く来い、セイバー・・・! 俺一人だとあんまりもたないぞ・・・!

 

「くっ!」

 

エアを回転させて、受け流しやすくする。

そのおかげで捌けるようになってはいるが・・・いつまで持つか。

エアの刀身を動かすにも魔力がいるので、あんまり長期戦は出来ない。

かといって、あの素早さならば王の財宝(ゲートオブバビロン)も無駄打ちになるだろうし・・・。

天の鎖(エルキドゥ)も意味無いだろうなぁ。確か普通の人間だったはずだし。弁慶って。

 

「ん? ・・・うおっ、あぶなっ!」

 

考え事をしていたからか、すぐ横を薙刀が通っていった。

 

「おおおおおおおおおおおおお!」

 

弁慶はそれだけ叫びながら突っ込んでくる。

ただ突っ込んでくるだけだが、耐久高い上に腕力もトップクラスの暴風みたいなこいつにはそれが一番の戦法なんだろう。

俺は薙刀を横に受け流し、懐に潜り込む。

二メートル以上あるのでかなりの威圧感だが、恐れていてはジリ貧になってやられる。

突っ込むか・・・!

 

「はぁあああああああああああっ!」

 

胴にエアを打ち込む。

 

「回転数・・・最大!」

 

柄から白いガスとも魔力ともつかない物が吹き出す。

ネイキッドギルガメッシュの時みたいにエアを回転させ続け、胴を薙ごうとするが・・・。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 

「ぐっ!?」

 

脳天に肘鉄を食らう。

視界がぐらりと揺れ、危うく倒れそうになるが、力を振り絞って距離をとる。

 

「・・・くぅ・・・やるじゃないか、弁慶・・・!」

 

頭を抑えながらエアを構える。

弁慶は唸りながら薙刀を構える。確か、名前は『岩融(いわとおし)』だったかな。

まぁ、アレは岩も物ともしないわな、確かに。

圧倒的な威圧感を放つ薙刀に冷や汗を流しながら、俺はいつ攻撃が来ても良いように弁慶の一挙手一投足に警戒を放つ。

 

「っ!」

 

地面が揺れたかと勘違いするほどの踏み込みで弁慶は跳んできた。

 

「うおおおっ!?」

 

横に転がるように避ける。

ずざざ、と地面に倒れ込む。

 

「あ、ぶねっ・・・!」

 

急いで立ち上がる。

こちらに振り返った弁慶が動こうとした瞬間・・・。

 

「ギル殿っ!?」

 

声が響いた。

 

「・・・愛紗っ!?」

 

俺と弁慶は同時に声の方向を向く。

・・・まずいっ! 

咄嗟に走って、愛紗を抱える。

 

「なんですかこやつ・・・きゃっ!?」

 

何とか愛紗を抱えて弁慶の攻撃範囲から逃げる。

 

「・・・くそっ!」

 

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 

城内に入ってしまった! 

えっと、人の居ない方は・・・ああくそ! 人のいないところを探す方が難しいぞ、今! 

 

「愛紗! 人がいない所ってどっちだ!」

 

走りながら脇に抱えた愛紗に聞く。

 

「えっ? え、えっと、・・・っあ、書庫っ! 書庫なら今は物置になっているので滅多に人は来ないかと・・・!」

 

「ありがとう!」

 

曲がり角を右へ。

弁慶は素直にこちらを追ってきてくれている。

 

「そのままだ・・・そのままこいよ・・・!」

 

「ギル殿! あやつはなんなのですかっ!? あの者が放つ威圧感・・・同じ人間の物とは思えません!」

 

俺からすればあんた達将の威圧感も人間離れしてるがな! 

 

「詳しいことは後で! 今はあいつを人気のないところへ・・・ってうおっ!?」

 

曲がり角からにゅっ、と人型の何かが出てくる。

思わずキャッチして、そのまま走り続ける。

 

「はわわっ! な、ななななな・・・!?」

 

朱里っ!? 

なんでこの子はこんな時間に・・・!? 

 

「朱里!? 何で此処に!?」

 

愛紗が代わりに聞いてくれた。

 

「ふぇ!? え、えっと・・・はわわっ! 後ろの巨人さんは誰ですかぁ~!?」

 

と、取り敢えず逃げないと・・・! 

書庫・・・あそこか! 

がしゃん、と扉を片方ぶっ壊して転がり込む。

置いてあったものが幾つか崩れたが、緊急事態と言うことで許して貰おう。

 

「二人とも、奥へ!」

 

「で、ですが・・・」

 

「良いから! 今は俺の言うこと聞いてくれ!」

 

肩を掴んで頼み込む。

俺の勢いに折れてくれたのか、とまどいながら頷くと

 

「わ、解りました」

 

と言ってくれた。

 

「・・・朱里も」

 

「は、はいです」

 

二人が奥へと進んでいった瞬間、扉が完全に吹き飛んだ。・・・あーあ、しーらね。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

俺を視界に入れると、弁慶は雄叫びを上げる。

後ろからひうっ、と聞こえたのは多分朱里の声だろう。耳を押さえている姿が目に浮かぶ。

 

「・・・さぁて、これからどうしよう・・・」

 

もちろんエアはあるが、もう回し続ける魔力も振り回す体力も無い。

薙刀を構えた弁慶が走り出し・・・。

 

「はあああああああっ!」

 

横っ面から体当たりを噛まされて外へと吹っ飛んだ。

 

「間に合ったか!?」

 

「セイバー!」

 

「ギル! ・・・無事だったか。あれはバーサーカーだな!? 行くぞっ!」

 

「先に行っててくれ! こっちに愛紗・・・関羽と諸葛亮が居るんだ!」

 

「・・・なにっ!? ・・・急いでくれよ!?」

 

そう言って、バーサーカーが飛んでいった壁から出て行くセイバー。壁も壊れたか。・・・あーあ、しーらね。

・・・取り敢えず、二人を安全なところに・・・。

 

「愛紗、朱里。・・・無事?」

 

「・・・ええ、一応」

 

「だ、だいじょぶれふ・・・」

 

「良かった・・・。詳しいことは後で話すから、今はあいつと一緒に逃げて」

 

元出入り口から顔をのぞかせた銀に二人を任せ、俺も壁の穴から飛び降りる。

 

・・・

 

「セイバー!」

 

剣戟が聞こえる方へと向かうと、セイバーが弁慶と戦っていた。

弁慶は力のままに薙刀を振るい、セイバーはそれを避け、時には反撃しながら弁慶のまわりを回り、かく乱するように動いていた。

 

「流石に私だけでは勝てんか・・・!」

 

俺の隣に飛び退いてきたセイバーがそう吐き捨てる。

 

「行くぞ、セイバー。二人で一人前なんだから、俺達は」

 

「・・・そうだったな。援護を頼む。・・・私に当てるなよ?」

 

「じゃあ、集中させることだな。・・・いくぞっ!」

 

「応ッ!」

 

セイバーが駆ける。雄叫びを上げた弁慶は双剣の一撃を薙刀で受け、払う。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)ッ!」

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)の展開を最小限に抑え、的確に撃つ。

集中しないと出来ないことなので一対一だと不可能だが、セイバーが居る今なら全力を出せる・・・! 

 

「おおおおおおおおっ!」

 

迫る宝具を払おうと薙刀を振るうが、十数本が固まって飛んでいるのを一撃で振り落とせるはずがない。

数本は払われずに弁慶の体に刺さる。

 

「はぁっ!」

 

その一瞬で隙の出来た弁慶にセイバーが切りかかる。

 

「おおおおおおおおおおおっ!」

 

完全に立場が逆転した。

射撃と接近の二つで翻弄することによって、ただでさえ理性のないバーサーカーは対処できなくなる。

 

「でも・・・そろそろまずいかも」

 

五度目の宝具射出の後、かなり気怠くなってくる。

まずいな・・・。魔力が無くなってきてる・・・。

発射する宝具の数も少なくなって、さっきまで十数本撃ててたのが、今では五本・・・

 

「セイッ!」

 

セイバーの一撃が腹に入る。

が、少したたらを踏んだ程度で、すぐに体制を整える。

 

「くそ・・・!」

 

戻ってきたセイバーがふぅっ、と息を吐く。

 

「化け物だな、あやつは・・・」

 

確かに。さすがは狂戦士。

 

「どうする? ジリ貧だぞ、このままだと」

 

「・・・どうするもこうするも、こうやって隙を見つけるしか無いだろう」

 

「けど・・・俺、そろそろ限界だぞ・・・」

 

「私の奥の手を使うか・・・」

 

「宝具・・・か・・・?」

 

「少し違うがな。・・・詠唱に時間がかかる。時間稼ぎを・・・ん?」

 

セイバーが何かに気付いたように声を上げる。

 

「バーサーカーが・・・帰って行く・・・?」

 

セイバーの視線を追うと、城壁を越え、荒野を駆けて、何処かへ走り去っていく弁慶がいた。

城壁の上でしばらく見ていたが、戻ってこない。本当に帰ったらしい。

 

「・・・なんで急に・・・?」

 

「さぁな。・・・兎に角、助かった、と言うことだろう」

 

「ふぅ・・・」

 

とすん、と城壁に腰掛ける。

 

「・・・バーサーカー・・・強敵だな・・・」

 

「ああ。・・・そうだ。あいつの真名が解った」

 

「本当か!?」

 

「ああ。武蔵坊弁慶。日本の英雄だ」

 

「・・・ほう。・・・これはこれは」

 

情報が来たらしい。セイバーがふぅむ、と考え込む。

 

「まぁ、今は兎に角・・・」

 

「ん?」

 

「関羽と諸葛亮に説明をするのが先だろうな」

 

「・・・あ」

 

・・・

 

「何故戻るように言った?」

 

「ライダーが気付いて、かなりの速度で迫ってたからね。三体一じゃ流石に厳しいだろう?」

 

「・・・まぁいい。次は・・・誰にしようか」

 

・・・

 

あの襲撃から一夜明けて、翌日。愛紗と朱里を前に、俺はどう説明しようか悩む。

サーヴァントのこととかを話して良いのだろうか。

話すとしても、どの辺まで話そうか。

 

「で、ギル殿。昨日の侵入者は何者なのですか? 少なくとも、常人ではないようでしたが・・・」

 

まぁたしかに。あんな筋骨隆々の大男が異様な雰囲気を醸し出してたらそう思うのも無理はないよな。

それに、書庫もぶっ壊しちゃったし。

 

「・・・アレは弁慶っていう男で、その・・・強い奴を探して襲撃を繰り返してる奴なんだ」

 

俺は嘘を交えて説明する。やっぱり、この二人まで巻き込むわけにはいかない。

 

「弁慶・・・聞いたことのない名前ですね」

 

だろうな。

 

「でも、あの人の強さは凄かったです・・・壁や扉を軽々と破壊して・・・鈴々ちゃんや恋さんでもあんなに簡単に破壊するのは難しいと思います」

 

「確かにな。・・・だが、あの者は理性がないように見えた。仲間に誘うのは難しいだろうな」

 

「ああ。あいつは理性のない狂戦士。だから、話が通じるような奴じゃないんだ。今度襲撃が来たら、俺とセイバーで何とかするから」

 

「私も共に戦います。鈴々と恋も誘えば、多分あやつに引けをとることはないでしょう」

 

「・・・いや、無理だ」

 

「何故ですか!? 私たちの武が信用ならないと!?」

 

「信用してない訳じゃない。・・・だけど、人間はあいつにかなわない」

 

「・・・『人間は』・・・?」

 

・・・あ。失言した。

 

「まるで、ギル殿が人間じゃないような言葉ですね」

 

「いや、その・・・」

 

愛紗は容赦なくたたみ込んでくる。

 

「・・・何か、隠していることが有るようですね」

 

「あー・・・あはは、そのー」

 

「ギル殿っ!」

 

「解った! 言うよ! 言いますからその偃月刀を下ろして!」

 

・・・

 

こうして偃月刀で脅された俺は愛紗に聖杯戦争のことをすべて話してしまった。

 

「・・・では、その英霊と言うのが・・・」

 

「・・・俺なんだ。・・・でも、純粋な英霊では無いんだけど」

 

「成る程・・・。では、正刃さんも英霊さんなんですね?」

 

「うん。・・・黙ってて、ごめん」

 

「・・・終わったことをいつまでも責める気はありません」

 

少し怒りながらも、愛紗はあまり俺を責めなかった。

朱里は英霊という未知の存在に少し好奇心を持っているようだが・・・。

 

「しかし・・・弁慶という者・・・アレは一筋縄ではいきませんね」

 

愛紗が昨日のことを思い出すように目をつぶって喋る。

英霊という者を教えるついでにバーサーカーの怖さも教えたので、その事を含めて言っているんだろう。

 

「・・・ああ。俺とセイバーの二人がかりでも苦戦した。もう一人居れば違うんだろうが・・・」

 

「ですが、これ以上仲間になる英霊が居るのでしょうか・・・」

 

「一人、心当たりはある」

 

「そうなのですか?」

 

「うん。今は曹操の領地だけど、俺達が前にいたところにアサシンとそのマスターがいた。その二人が居たら少しは違ったんだけどなぁ」

 

「前にいたところって・・・荊州ですか・・・」

 

「ああ。難しいよなぁ、かなり」

 

「そうですね・・・。今では魏の兵が国境を守備しているでしょうし・・・」

 

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)でも使えれば話は違ったんだろうけど・・・あの大きさを宝物庫から出すには俺の技量が足りない。

それに、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は目立つし・・・。

 

「後は、まだ見ぬ英霊に期待するしかないかな。かなり確率低いけど」

 

残ってるのは・・・ライダーとキャスター、ランサーか。

ランサーが仲間になってくれれば心強いんだけどなぁ・・・。

・・・余談ではあるが、昨日のあの弁慶の雄叫びで起きた人間は居ないらしい。・・・何故? 

 

・・・

 

英霊のことはみんなには内緒にしておいて欲しい、と愛紗と朱里に言うと、二人は頷いてくれた。嬉しい限りだ。

仕事の時間だと呼びに来た紫苑の声で、三人の会議はお開きとなり、俺は暇になってしまった。

セイバーは確か明日のために準備があるとかで引っ張られていったっけ。

俺がいつもやるような事務仕事はここからすぐに発つのでほとんど無く、かといって街へ遊びに行くほど神経太くない俺は、城内をうろうろするのだった。

 

「・・・あー・・・暇だな~・・・」

 

中庭では愛紗や星、紫苑たちが兵士達と共に明日の準備らしきことをしている。

手伝おうかと言ってみるが、すでにほとんどの準備は終わっていて、後は陣形の確認など俺が役立てないことばかりだったので、断られた。

どうしようか、と城壁の上ではぁ、とため息をつきながら下を見下ろしていると、とんとん、と肩を叩かれた。

 

「・・・ん? ・・・あ、月」

 

「こんにちは。・・・どうか、したんですか?」

 

挨拶の後、心配そうに尋ねてくる月。

 

「ん・・・特に何があったって訳じゃないんだけどね。やることなくて、暇だなって思ってたとこ」

 

「そうなんですか・・・。あ、なら・・・」

 

そう言って、月は少しとまどい気味に

 

「私たちのお手伝い、してくれませんか・・・?」

 

と、言ってきた。

 

・・・

 

月の言葉に喜んで、と返すと、月はありがとうございます、と言って歩き始めた。

 

「今、傷兵さんの手当とか、細々とした雑用をして居るんです。ちょっと力仕事もあったので、どうしようかなって思ってたんです」

 

「そっか。兵士使うわけにも行かないからな」

 

兵士は警備の人をのぞいて全て中庭で最終確認中だ。手伝って、など言えるはずもない。

そこに神々の如く暇をもてあましている俺がいたので、声を掛けた、と言う訳らしい。

 

「傷兵って結構多いのか?」

 

「いえ、紫苑さんが早めに降ってくれたのでそんなには。それでも、怪我人は結構居ましたから・・・」

 

悲しそうに顔を伏せる月。

 

「・・・優しいなぁ、月は」

 

ぽすん、と頭に手を置いて、撫でる。

 

「優しい、ですか・・・?」

 

「人が傷ついて、悲しいって思ったんだろ?」

 

「・・・はい」

 

「なら、月は優しいよ。桃香達も、優しいからこそこうやって戦ってるんだし」

 

「ギルさん・・・」

 

「ほら、笑顔笑顔。月は笑ってる方が可愛いんだから」

 

思ったことを素直に口に出してみる。案外恥ずかしいが、そこは見ないふりをする。

 

「へぅ・・・。可愛いだなんて・・・」

 

予想通り頬を真っ赤にして恥ずかしがる月で和みながら、傷兵が集められている場所へと向かった。

 

・・・

 

「申し上げます! 前方に敵軍を発見! 数は八万前後! 旗は厳と魏です!」

 

「ご苦労。下がって休んでいろ」

 

「はっ!」

 

報告を聞いた愛紗が思案する。

 

「敵は城を捨て、野戦で決着をつけるつもりか・・・」

 

「解せんな。籠城を捨てるとは・・・。何を考えている・・・?」

 

「うーん、味方の援軍が来ないから、とか?」

 

「今は情報が不足しています。もうちょっと情報を集めてから判断しないと・・・。罠かもしれませんし」

 

雛里の言葉を聞いた桃香がぽんと手を叩く。

 

「情報と言えば紫苑さんだよっ。あっ、でも、言いたくなかったら言わなくても大丈夫だよ?」

 

「お気遣いありがとうございます。大丈夫です。私はもうここの人間ですから」

 

そう言ってにこりと笑う紫苑。

 

「厳顔と魏延は共に心から戦を楽しむ、生粋の武人です。元々、劉璋様を頂点とする現政権を口やかましく批判していましたから、援軍は無いでしょう」

 

「体育会系~・・・。戦うことが楽しいって人達なんだね~」

 

蒲公英が呆れたようにそう言う。

 

「そうね。あの二人は根っからのいくさ人なのよ。酒と喧嘩、それに大戦をこよなく愛する武人。それが厳顔と魏延という人間よ」

 

その蒲公英の言葉に応えるように紫苑が付け加える。

 

「それで野戦を望むと? ・・・はた迷惑な人達ですなー」

 

ねねが両手を挙げ、降参と言わんばかりにため息をつく。ねねの心を一言で代弁するなら、「しんじらんねー」であろう。

 

「・・・しかし、その信念はよく分かる。私のように、同じ武の世界に住む者にはな」

 

俺には解りません、先生! 

・・・と言ったところで、俺は好き好んで戦うわけではないので解らないのが当然なのだが。

 

「・・・だけどさ、いくら援軍が来ないから籠城を捨てるって戦術的には下策だろ?」

 

「・・・違う」

 

翠の言葉に、恋が口を挟んだ。

 

「え? 違うのか・・・? ・・・って、何が違うんだ・・・?」

 

あ、翻訳係の北郷君いないんだったな。俺が通訳してやろう。

 

「戦術がどうとか、そう言うこと考えてないっていうことを言いたいんじゃないかな。・・・だよな? 恋」

 

俺の言葉に、こくりと首肯する恋。

その後、ゆっくりと口を開き

 

「・・・誇り。それだけ」

 

「・・・戦術など考えず、誇りを示すためだけに野戦で堂々と決着を望む、か。・・・その気持ちは分かるな」

 

「潔い奴らなのだ」

 

・・・潔い、のかな。

当事者じゃないから当然厳顔達の気持ちは解らないけど・・・なんか、違和感を感じる。

『誇りのために死ぬ』というのが、いまいち解ってないんだろうなぁ、俺。

 

「・・・では、部隊を配置した後、進軍を再開しましょう」

 

雛里の声で、我に返る。

いつのまにか、話は進んでいたみたいだ。

 

「りょーかいっ。それじゃ、先鋒は紫苑さん。鈴々ちゃん、翠ちゃんにお願いするね。三人の補佐は、雛里ちゃん、白蓮ちゃん、蒲公英ちゃんがしてくれる?」

 

雛里、白蓮、蒲公英がそれぞれ返事を返す。

 

「愛紗ちゃんと星ちゃんは左右についてね」

 

二人もやはり返事を返す。

 

「恋ちゃんは予備隊として本隊で待機。朱里ちゃんとねねちゃんも同じく、私のそばにいてね」

 

三人の返事を聞いた後、桃香は俺を見て

 

「お兄さんは、月ちゃんと詠ちゃんのそばに居てあげて?」

 

「・・・了解」

 

月と詠は本隊の近くで手伝いをしているはずだ。二人を連れて、此処に戻ってくればいいだろう。

二人を迎えに行き、桃香達の元へと戻ると・・・丁度、準備が整ったところだった。

 

「それじゃあ行くよ。・・・全軍、突撃!」

 

桃香の声で、全員が動き始めた。

 

・・・

 

「桃香さま、敵陣が崩れましたよぉ!」

 

「うん! みんな、敵陣に押し込んじゃおう!」

 

「了解です! 関羽隊、我が旗に続け! 敵陣中央を猛撃する!」

 

「趙雲隊は敵の左翼に突入後、敵陣を真一文字に突っ切る! 攻撃はするなよ! 駆け抜けることだけを考えよ!」

 

愛紗と星が敵軍へと突っ込んでいく。

 

「翠、白蓮お姉ちゃん! いっくよー!」

 

「おっしゃ任せろ! アタシは左手の兵を蹴散らす! たんぽぽは右手の方だ! 少しは功を立てろよ!」

 

「とーぜん! 兄様に良いところ見せないとね! いってきまーす!」

 

三人はすぐに人の波にのまれて見えなくなる。

だが、人の動きが激しいところがいくつかあるので、そこで暴れているのだろう。

 

「よーし、私も負けてられないな。雛里! 私も前に出る!」

 

「はいっ、お願いします!」

 

雛里に声を掛けて、走り始める白蓮とその部隊。

・・・死亡フラグ、立てて行かなかったな。

 

「・・・でも、もしもがあるしな。・・・恋。白蓮の事守ってやってくれ」

 

「・・・」

 

コクリ、と頷いて恋も白蓮の後に続く。

・・・なんだろうか、この言いしれぬ不安は。

白蓮なら、戦いの最中に死亡フラグ立てそうだしなぁ・・・。

 

「紫苑さん、二人の説得、いつ頃が良いかな?」

 

みんなが出かけたところで、桃香が紫苑に聞く。

 

「二人が納得いくまで戦ってからですね。今このときに説得しても、戦には負けたが喧嘩には負けてない、と言い張るでしょう」

 

「ということは・・・。一騎打ちで勝負をつけろ、って事かな?」

 

「はい。そうすれば、ようやく聞く耳持つでしょう」

 

「説得できるかどうかは、鈴々ちゃん達にかかってるっていうことかぁ・・・」

 

そう呟いて、桃香は両手を胸の前で握り合わせた。

 

・・・

 

魏延は罠に引っかかり、厳顔は鈴々との一騎打ちで降参した。

それを見た桃香と紫苑が、鈴々達の下へと歩いていく。

ふぅ・・・。俺が戦ってる訳じゃないのに、緊張した・・・。

・・・うお、魏延の時が止まってる。・・・そう言えば、桃香に一目惚れするんだっけか。

そうこうしているうちに話がまとまったようで、桃香達の号令でみんなが入城していく。

入城した後、朱里と雛里が斥候を放ち、厳顔と魏延が桃香に降ったことを流布すると、その効果はすぐに現れた。

黄忠、厳顔、魏延の三人が降ったことを知った各地の軍が、次々に参戦を表明し、軍勢はあっという間にふくれあがった。

後は益州の州都である成都を目指すのみ。

厳顔の城で軍の再編成や瓢箪の準備などを行った後、桃香達は意気揚々と進軍を開始した。

 

「・・・そして、成都についたわけだが・・・」

 

「どうかしましたか? ギルさん」

 

「・・・いや、どうって事じゃないんだが・・・」

 

なんだか、あっけない気がしてなぁ。

 

「それじゃあ、みんな、行くよ! 蜀のみんなのために、戦おう!」

 

愛紗達に指示を出し終えた桃香がそう言うと、兵達から雄叫びが上がる。

・・・この士気に愛紗達が加われば、敵はいないかな。

 

・・・

 

「城門が開いたぞ!」

 

「分かったよ! みんな! 今が好機! 城門を突破して、内部を制圧しよう! 愛紗ちゃん、星ちゃん、宜しくね!」

 

「御意!」

 

二人は見事に同時に言い放つと、駆けていく。

 

「白蓮ちゃん、たんぽぽちゃん、城門突破を計る二人の援護をお願い!」

 

「おうっ!」

 

「たんぽぽにお任せー!」

 

「鈴々ちゃんは裏門から敵を揺さぶって!」

 

「了解なのだ! 張飛隊、いくのだ!」

 

「応ッ!」

 

「朱里ちゃん、雛里ちゃんは住民達に城を攻めてる趣旨と、占領した後の身分や財産の保証を約束する旨、宣伝しておいてね!」

 

「御意です!」

 

最初の二人のように見事に同時に言いはなった朱里と雛里は兵士達に指示を出しに行く。

 

「えーと、他には・・・うーん・・・」

 

「おおかた必要な指示は出したぞ、桃香。大丈夫じゃないかな」

 

「そうかな? なにか、忘れてたりしてない?」

 

「ん。無いと思うよ」

 

「そっか。・・・ふぅ~・・・」

 

「お疲れ様」

 

桃香を労って、城門へと視線を向ける。

そろそろ、制圧できる頃かな。

 

・・・

 

「騒がしいね」

 

「だろうね。劉備率いる軍勢が此処に攻め入ってきたんだから」

 

「ふぅん、そう。どうなるのかなぁ」

 

「さぁ? 取り敢えず、僕達の身分や財産は保証してくれるらしいよ」

 

「そっか。なら、この本達も没収されたりはしないわけだ」

 

「そうなるね」

 

「・・・そうか。劉備が、ねぇ」

 

「? キャスター、どうかしたのかい?」

 

「いや、なんでもないよ。なんでもないんだ」

 

キャスターの横にはレーダーがあり、その針はすぐ近くにサーヴァントが居る事を示していた。

 

・・・




キャスター組はふと本を読んでいるときに聖杯戦争中だと言うことを忘れ、「旅行とかいいねぇ。あ、ほら見てみてよ。これ食べに行こうか」「・・・この町、と言うか家から離れたら聖杯戦争で不利にならない?」「聖杯・・・戦争・・・? ・・・ああ、そういえばそんなのやってたね!」と言うやり取りを最低三回はしています。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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サーヴァントステータス バーサーカー

ステータス表だけで投稿したところ、それは利用規約に反しているとの指摘を受けましたので、こうして本編の間に挟むことにいたしました。
真名が判明した後の話の次にこうしてはさんでいこうと思います。


クラス:バーサーカー

 

真名:武蔵坊弁慶 性別;男性 属性:混沌・狂

 

クラススキル

 

狂化:B

パラメーターを1ずつランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。

 

保有スキル

 

戦闘続行:A

生還能力。瀕死の傷でも戦闘を続け、決定的な致命傷を負わない限り生き延びる。

 

勇猛:B

威圧、混乱、幻惑などの精神干渉を妨げるスキル。

主を守るためならばどんな相手にでも向かって行く。

 

防衛:A

誰かを守るために行動するとき、筋力、敏捷、耐久のランクが一つアップする。

 

能力値

 

 筋力:A+ 魔力:B 耐久:A++ 幸運:B 敏捷:A 宝具:A+

 

宝具

 

薙刀・『岩融(いわとおし)

 

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:一人

 

弁慶が生涯使った長刀。真名開放の能力は無い物の、弁慶がこれを持つ限りたとえ死んでも地面に倒れることはなくなる。

常に魔力を纏っていて、本気を出せば岩どころか城壁もまっぷたつに出来る。

 

『弁慶の七つ道具』

 

 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:? 最大補足:?

 

弁慶が束ねて背負っている七つの道具。鐵熊手、大槌、大鋸、鉞、つく棒、さすまた、もじりの七つで構成されていて、様々な用途に使える。

しかし、狂化しているため、ただ振り回すしか出来なくなっている。この宝具も、真名開放はない。

 

『999の経験』

 

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:? 最大補足:一人

 

比叡山で修行し山を下りた弁慶が奪った999本の刀。刀一つ一つに経験が宿っていて、弁慶が持つとその刀を持っていた人間の経験を自分の物に出来る。

要するに、自分も合わせて1000通りの戦い方が出来ると言うこと。相手に会わせて戦法を変えられるかなり便利な宝具。

しかし、狂化しているため、999本の刀を抜いて斬りつける事しかできない。セイバーのクラスならば最強の宝具になり得た。

因みに、999本の刀のそれぞれのランクは平均してC程度。

 




バーサーカーには勧進帳を元にした隠された能力があります。
それは、「自身の言葉を自身に都合のいいように聞かせること」です。
この能力によって、バーサーカーは夜中叫んでも神秘の秘匿を守ることができるようになっています。


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第六話 手合わせと集合と添い寝と

主人公君は、自分は普通の学生なので、ギルガメッシュの能力がないとこの世界では役に立てないと思っていますが、実は指揮の才覚があるけれど気づかない、と言う非常にもやもやする設定を持っています。スキルにカリスマがあるのもその勘違いに拍車を掛けているようですね。

それでは、どうぞ。


成都へと入城した後、まずは広大な蜀を統一することから始まった。

朱里に雛里、ねねも協力しての大変な仕事だ。

そして、俺も今、大変なことになっている。

 

「・・・えっと、なんで?」

 

確か、今日は町に出てカリスマA+を発揮しながら兵士達に指示を出していたはず。

そうしたら、恋が出てきて俺の手を引き、ずかずかと何処かへ引っ張られて・・・。

気付いたら、此処にいたんだが。

・・・目の前には、青龍偃月刀を持った愛紗。

そばでは、肉まんを頬張っている恋が方天画戟をもって準備していた。

 

「ギル殿。前に聞いた話では、戦えるのですよね?」

 

「・・・一応」

 

「今日の兵士への指示の手際の良さを見るに、指揮も出来るようですね」

 

・・・嫌な予感が・・・。

 

「ギル殿の力を見たいので、私と手合わせしていただきます」

 

「・・・その後、恋とも」

 

な、なんだってー!? 

冗談じゃない。関羽と呂布を相手に手合わせとはいえ連戦とか! 

 

「ちょ、ちょっと用事が・・・」

 

「にゃー? お兄ちゃん達、何してるのだ?」

 

何とか逃げようと言い訳を試みると、手を頭の後ろで組みながらこちらに近づいてくる鈴々に話しかけられた。

 

「今からギル殿と手合わせをする事になったのだ」

 

「お兄ちゃん、戦えたのかー? じゃあ、愛紗の次は鈴々ねー!」

 

「・・・愛紗の次は恋」

 

「そーなのかー。じゃあ、最後で良いのだ!」

 

・・・おーまいがー。

どうしろっていうんだ。

関羽、呂布、張飛・・・歴史に名を残す武人達ばっかりじゃないか。

 

「さぁ、ギル殿。鎧と武器の用意を。私は少し準備運動をしていますので」

 

・・・逃げたら追いかけてきそうだなぁ・・・。

諦めて、手合わせするか。

英霊以外とも戦っておいて損はないだろうし。

・・・部屋へと戻って鎧を装着し、王の財宝(ゲートオブバビロン)からエアを取り出す。

間違っても魔力を流し込んじゃいけないよな。

まぁ、蛇狩りの鎌(ハルペー)よりは危険も少ないと思うし・・・大丈夫かな。

少し素振りしてから、愛紗達の待つ中庭へと向かった。

 

・・・

 

「それは・・・以前使っていた奇妙な武器ですね?」

 

「それ、斬れるのかー?」

 

「・・・変」

 

エアを持って愛紗達の元へと着いた瞬間に三人からそう言われた。

・・・恋の一言が結構ショックだった。

 

「・・・そうだよ。乖離剣エアっていう剣だ」

 

「エア・・・なんだか、その剣には妙に体が反応しますね・・・」

 

だろうなぁ。

確か、原初の恐怖の具現だからしいし、EXランクの宝具だ。サーヴァントじゃなくても反応してしまうんだろう。

 

「・・・ま、今はエアのことは良いんだ。愛紗、お手柔らかに」

 

そう言って、エアを構える。

構えると言っても、両腕をだらりと下げた格好だが。

セイバーに稽古をつけて貰った時、いつのまにかこうしてだらりと腕を下げて構えるようになってしまった。

聞くと、それは俺が一番戦いやすいスタイルに自然となっているかららしい。

俺が、とは言うが、正確には俺に宿ったギルガメッシュの力がそうさせているんだろう、とセイバーは結論づけていた。

 

「ええ。まずは力試し、といきましょうか」

 

偃月刀を構えて、愛紗は姿勢を低くする。

 

「いきますっ! はぁあああああああああああ!」

 

低い姿勢から駆けて、高速の突き。

 

「っ!」

 

セイバーに稽古をつけられる前ならばそれだけで終わってたかもしれないが、今は何とか凌げる。

霞と同じか、それ以上・・・。凄いな、やっぱり。

愛紗の最初の一撃をエアで弾く。英霊だから出来る力業である。

 

「・・・中々やるようですね。少し本気を出しましょう・・・!」

 

更に早くなる突き。

その一撃を弾くことだけを考えて、エアを振るう。

ギャイン、と音を立ててぶつかる偃月刀とエア。

立て続けに薙ぐように振り抜かれる偃月刀を後ろにステップを踏んで避け、すぐに前に出る。

こんな無理な運動が出来るのも英霊の体になったからだな・・・。

そのままエアを上から振り下ろすが、すでに読んでいたのか、愛紗は危なげなく横に避ける。

 

「せやっ!」

 

後ろに回り込む勢いで避けた愛紗は、そのまま俺の死角から攻撃を加えてくる。

突きか!? それとも横薙ぎに・・・ええい、取り敢えず避けなければ! 

飛び込み前転で何とか距離をとる。

回っている途中に見えた景色では、愛紗が偃月刀を横に薙いで居るところだった。

すぐに体制を立て直し、愛紗の方を向く。

 

「・・・アレを避けるとは・・・ギル殿、予想以上です」

 

「そりゃどうも・・・。でも、結構辛いなぁ・・・」

 

「確認したいことは終わりました。・・・恋、次良いぞ」

 

愛紗の声を聞いて、立ち上がる恋。

 

「・・・本気で連戦か・・・」

 

「・・・休む?」

 

「少しだけ。・・・そういや、なんで恋は俺と手合わせしようって思ったんだ?」

 

「・・・霞とは手合わせした」

 

「だから、自分もってこと?」

 

こくり、と首肯する恋。

・・・霞と手合わせしたとは言っても、すぐに終わってしまったから手合わせもなにも無いんだが・・・。それじゃあ納得しないだろうなぁ。

ま、三國無双の呂布奉先と戦えるなんて普通はないんだし、胸を借りるか、位の気持ちで頑張ろう。

 

「・・・よし、良いよ、恋」

 

「・・・いく」

 

前回の反省を生かし、待たずに飛び込む。

恋も同じくこちらに向かって来ていた。すぐにお互いの武器がぶつかり合う。

愛紗の一撃も十分重かったが、恋の一撃はその上を行く。

思わずエアに魔力を流しかけるが、自制する。

やっぱり、強い・・・! 

 

「・・・っ!」

 

「うおっ!」

 

距離をとろうとするが、すぐに追いかけてきて方天画戟が振るわれる。

それを腕で逸らして、エアを振るう。が、方天画戟の柄で受けられ、弾かれる。

 

「・・・ギル、強い」

 

「本当かぁ?」

 

「ほんと。もっと練習したら・・・恋くらいに強くなる」

 

おお、呂布からお墨付きをいただいてしまった。

 

「嬉しいなぁ、恋にそう言われると」

 

会話しながらも、じりじりと動く俺と恋。

 

「・・・」

 

再び接近して放たれる一撃を、懐に潜り込んで抑える。

 

「っ!?」

 

初めて少し焦った顔をした恋を一瞬見てから、エアを恋の腹に当てる。

 

「・・・一本。・・・かな?」

 

「・・・負けた」

 

「けど、恋も全然本気じゃなかったでしょ? ・・・もしかして、お腹減ってる?」

 

確か、さっき肉まんを一つ食べていたが・・・腹が空いてるときに下手にものを食べるともっとお腹が減るらしいし・・・。

 

「・・・」

 

恥ずかしそうに頬を染めて、コクリと首肯。

 

「そっか。じゃあ、これ終わったら街に行く? 少しなら奢るよ?」

 

「・・・いく」

 

「じゃ、向こうで待ってて。鈴々とも手合わせだから」

 

「・・・待ってる」

 

「良い子だ」

 

頭を撫でる。

恋は気持ちよさそうに目を細めた後、すでに座って観戦していた愛紗の元へと歩いていった。

 

「やっと鈴々の番なのだ! 待ちくたびれたのだー!」

 

いつのまにか尺八蛇矛を持っていた鈴々が俺の前へやってくる。

 

「・・・お待たせ、かな」

 

連戦でも体力は持つようだ。セイバーとの訓練の賜物かな。英霊だっていうこともあるかもしれないけど。

 

「俺はもう大丈夫。・・・鈴々は?」

 

「いつでも来い! なのだ!」

 

「よし、じゃあ、行くぞ、鈴々!」

 

「来るのだ! にゃにゃにゃー!」

 

始まってすぐに蛇矛から突きが繰り出される。

リーチが長いので簡単に懐に潜り込むのは出来そうにないな。

それに、鈴々は小柄だから何処に潜り込めばいいのかも分からないし。・・・持ち上げるか? 

 

「守ってばっかりじゃ勝てないのだ!」

 

「分かってるって!」

 

鈴々の言葉に返答しながらも、猛攻を捌き続ける。

エアを持ってきて良かった・・・。普通の模造刀とかならすでに折れていてもおかしくないからな・・・。

宝具の強さを再確認、だな。

 

「お兄ちゃんしぶといのだ!」

 

ぶぉん、と真上から振り下ろされる蛇矛をエアで受け止める。

 

「うにににに~・・・!」

 

「重・・・!」

 

この小柄な体の何処にこんな力が・・・。

 

「遅いのだっ!」

 

上から押し込むようにしていた蛇矛を一気に返し、鈴々は半円を描くように攻撃する方向を変えた。

下から蛇のように蛇矛が迫る。

右下から襲いかかる蛇矛が、俺の鎧の直前で止まる。

 

「鈴々の勝ちなのだっ!」

 

満面の笑みの鈴々に苦笑を返して、撫でてあげる。

 

「やっぱり強いな、鈴々は」

 

「へへー。お兄ちゃんも中々だったのだ!」

 

「ありがと。・・・ん?」

 

くいくいと引っ張られる感覚。

振り向くと、恋が鎧の赤い布を引っ張っていた。・・・何故そんなところを・・・。

 

「街、行く」

 

「ああ、そうだったね。・・・じゃあ、愛紗、鈴々、また後で」

 

「はい。それでは」

 

「またねー、お兄ちゃん!」

 

にこりと笑って居る愛紗と、全力で手を振っている笑顔の鈴々に手を振ってから、恋と一緒に街へ。

おっと、その前に着替えないとな。

 

「ごめん、ちょっと着替えてくる」

 

「・・・ん」

 

着替えると言っても、一瞬なのだが。

 

・・・

 

で、ようやく街へと向かう俺と恋。そこに

 

「ちーんーきゅー・・・」

 

・・・おや、久しぶりの・・・。

 

「きぃーーーーーーーっく!」

 

「フィッシュ!」

 

がっしと足を掴む。

 

「・・・ねね、懲りないなぁ」

 

そのまま、きちんと下ろしてあげる。

 

「五月蠅いのです! ギルも逆さまに持つからお相子なのです!」

 

そうかなぁ? ・・・そうなのかなぁ・・・。

 

「そっか。・・・あ、これから街に行くけど、行く?」

 

「当たり前なのです! ギルと恋殿を二人っきりになんか出来ないのです!」

 

「・・・早く」

 

ねねと話していると、待ちきれなくなったのか俺の手を引いてくる恋。

 

「あ、そうだな。・・・ほら、いこう、ねね」

 

そう言って手を差し出してみる。

 

「ふ、ふん! 仕方ないから繋いでやるのですっ!」

 

そう言って、俺の手を握ってくるねね。結構強く握ってるんだろうけど、全然痛くない。

ああもう、可愛いなぁ、ねねも。

頭を撫でてやりたいが、両手がふさがっているため断念した。

 

・・・

 

給金は貰った後ろくに使っていないし、貯蓄を元にして賭け事で荒稼ぎした金もほとんど手を着けていない。

その大量の金は、このときのためにあったのかもしれない。

 

「・・・次、あれ」

 

「ん。・・・すいませーん、この桃まんじゅう・・・えーと、あるだけください」

 

四十個程度なら恋も食べられるだろう。俺も少し食べてみたいし。

驚いた顔をした店のおばちゃんから大量の桃まんじゅうを受け取って、近くの芝生に座る。

子ども達が走り回っているのを見ながら、紙袋から桃まんじゅうを一つ取って、一口。

 

「あ、おいしい」

 

俺が一口かじっている間に、恋は五個くらいをすでに口に運んでいた。

ねねはそんな恋を見ながら、もふもふと桃まんじゅうを食べている。

なんだこの和みワールド。

考え事をしながら食べていたせいか、二つめを食べきったところで桃まんじゅうは無くなっていた。

恋、凄いな。

 

「さ、次は何食べる?」

 

立ち上がって、恋に聞いてみる。

 

「・・・肉まん」

 

「おお、良いねえ」

 

まだまだ、食べ歩きの旅は続きそうだ。

 

・・・

 

「・・・おや?」

 

「どうしたんだい? キャスター」

 

「アーチャーだ」

 

「えぇっ!?」

 

「しっ。うるさいよマスター。ほら、隠れる隠れる」

 

こそこそと建物の陰に隠れる二人。

顔だけ出した二人は、人混みに視線を走らせる。

 

「ど、何処?」

 

「ほら、あの黒い服を着た男。呂布と陳宮と一緒にいる人だよ」

 

「あれが・・・ふうん、中々良いねぇ」

 

「・・・マスター?」

 

「え? あ、ううん。なんでもないんだ。で、どうする?」

 

「どうするって・・・私の能力的に、夜討ちくらいしか策はないよ。後は・・・呂布と一緒にいるって事は、城に住んでるって事かな? だったら・・・」

 

「だったら?」

 

「城ごと爆破するとか・・・。ま、その他大勢の被害を考えないなら、だけどね」

 

「それは却下。僕はそう言うの嫌いなんだ」

 

「だろうねぇ。じゃ、一人で歩いているところに奇襲を掛けるか・・・」

 

「そのくらいだろうね」

 

「それに、いくら英霊でも・・・私じゃ呂布には勝てないよ」

 

「・・・貧弱だね、キャスター」

 

「言わないでくれ。・・・まぁ、否定はしないが」

 

「後は・・・アーチャーがどんな英霊なのかを確認するだけ、か」

 

「そうだね。・・・まぁ、此処にアーチャーが居るって事が分かっただけで僥倖だよ。・・・ああ、それと」

 

「ん?」

 

「マスター、向こうはこっちに気付いてない。・・・ってことは、やっぱりこの戦いではサーヴァント同士、マスター同士は気付きにくいんだと思う」

 

キャスターの言葉に、マスターが考え込む。

 

「やっぱり何かがおかしいな、この戦いは」

 

「ねえキャスター?」

 

「ん?」

 

「じゃあ、僕一人でも外に出かけて大丈夫なんだね?」

 

「あ~・・・手の令呪は隠してくれよ? そればっかりは誤魔化しようがないから」

 

「じゃあ、手袋をすれば良いんだねっ?」

 

「え? あ、ああ、そうだけど・・・。マスター、嬉しそうだね・・・?」

 

「当たり前じゃないか! 今まで君が「危険だから一人では出かけないように」とか、「買い物は私が行くよ」とか言って外に出してくれなかったんだから」

 

マスターの妙な熱意にキャスターはたじろぎ、顔に苦笑いを浮かべた。

 

「まったく、変なマスターに変なルール。・・・何かがおかしいんだよねぇ」

 

キャスターのつぶやきは、興奮しているらしいマスターには聞こえなかった。

 

・・・

 

「はーあ、あのサーヴァントさん、劉備軍と一緒に行っちゃったのかなぁ」

 

本屋で店番をしている少女は、フリフリのエプロンを着けて本棚の竹簡やら本やらを整理しているアサシンに話しかける。

アサシンは手を止めて、視線をマスターに向ける。

 

「・・・」

 

「・・・えー? 追いかけろって言ったって・・・お金そんなに無いし。旅って結構お金かかるんだよー?」

 

「・・・」

 

「うーん、それも一応考えたけど・・・。ここから離れて新しい働き口が見つかるとは思えなくて」

 

そう言うと、マスターは溜め息を吐く。

 

「ま、決定的な何かがないとここからは動かないよ。多分ね。・・・あ、そろそろお店閉めようか」

 

マスターは立ち上がり、本屋を閉店させる準備を始める。

 

「えっと明日はお休みで~・・・」

 

ぶつぶつと明日の予定を確認するマスターの目の前に、影が降りる。

 

「あれ? お客さん? ・・・ごめんなさい、今日はもうへいて・・・んっ!?」

 

いきなりの爆音と、衝撃。

爆音はさっき目の前にいた影が振り下ろした武器が地面に当たった音。

衝撃は、マスターを抱えて飛んだ、アサシンの物。

 

「あ、アサシン・・・ありがと」

 

着地した後、アサシンはマスターを下ろした。

 

「あれ・・・あれも、サーヴァント?」

 

「・・・」

 

「そっか。・・・仲間になりに来たって訳じゃ・・・無さそうだね」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「うわっ!?」

 

再びマスターを抱えて飛ぶアサシン。

相手が振り下ろした武器で、本屋の入り口は崩れ、本棚も幾つか倒れた。

 

「あーあ、明日困るだろうなぁ・・・。仕方がない・・・戦おう、アサシン!」

 

少し離れたところにマスターを下ろし、右腕の包帯を外すアサシン。

 

「アサシン、無理はしないこと。駄目だったら逃げるよ。・・・もう、こんなに早く決定的な何かが来るとは思わなかったよ!」

 

マスターは相手の姿をようやくまともに見た。

 

「おっきい男の人だね・・・。えっと、アレを見るに・・・狂戦士ってやつ?」

 

「・・・」

 

「そっか」

 

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 

雄叫びを上げて突っ込んでくるバーサーカー。

 

「私は私で逃げるから、アサシンは戦いに集中して!」

 

「・・・」

 

マスターの言葉に頷いたアサシンはバーサーカーの攻撃を避け、ダークを三本投擲する。

バーサーカーはダークを弾き、アサシンに狙いを定め、疾走。

 

「おおおおおおおおお!」

 

屋根の上を飛び回るアサシンに翻弄され、ダークが少しずつバーサーカーに刺さっていく。

だが、威力が足りないのか、決定打にはならない。

 

「・・・どうしよう」

 

建物の影でマスターの少女は考える。

アサシンの宝具は一応教えて貰っているが、それを発動するには条件がいる。『相手に触ること』である。

だが、あの様子では触るどころか近づけすらしない。

 

「あの巨体で中々素早いみたいだし・・・逃げるには、どうにかして足止めしないと・・・」

 

だが、魔術師ではない少女に案が出るわけも無く、ただアサシンのダークだけが減っていく。

隠れている建物からのぞき込むようにしながら、少女は戦いを見ている。

 

「・・・あ・・・!」

 

そして、見えたのは戦うアサシンとバーサーカー。・・・そして、その向こうに・・・。

 

「あれも・・・サーヴァント・・・?」

 

一人は中々品の良い服装の男。

もう一人は、見た事のない服を着て、見た事のない武器を持った男。

少女は見つけた瞬間に悟る。これは、チャンスかもしれない。

 

「せっかく向こうで良い家を見つけたというのに。また引っ越しのし直しではないか」

 

「マスター、いかが致しましょうか」

 

「やれ、ランサー。今までの旅の鬱憤を晴らすぞ」

 

「はっ!」

 

ざっ、と音を立てて、ランサーが前に出る。

 

「おおおおおおおおおおおおお!」

 

乱入者に、バーサーカーは雄叫びを上げて突っ込んでいく。

アサシンよりも脅威だと感じたらしい。

そのバーサーカーの一撃を避けたランサーは、いつのまにか五人に増えていた。

増えた四人は最初のランサーよりも少し服が質素になっているが、持っている武器は同じである。

 

「いけ、ランサー。数の暴力を見せてやれ」

 

「はっ! 突撃ーーーーー! !」

 

ランサーが号令を掛けると、四人が突っ込んでいく。

二人ずつ左右に分かれ、統率のとれた動きでバーサーカーに迫る。

 

「おおおおおおおおおおおお!」

 

バーサーカーは右から来た二人を切り裂くが、残った二人に突き刺される。

 

「ふむ・・・ランサー、この魔力消費量ならもう少し増やしても問題ない」

 

「はっ!」

 

会話の後の一瞬で、再び質素な格好のランサーがランサーの傍らに立っていた。

その数は十人。

 

「突撃ーーーー!」

 

先ほどバーサーカーに武器を突き刺した二人も含めて、十二人のランサーらしき人物がバーサーカーに攻撃をしかける。

数人は左右から挟撃をしかけ、数人は屋根に登って上からバーサーカーに飛びかかる。

振り落とされる者もいるが、すぐに立ち上がって再び取り付く。

 

「おおおおおおおおおおおおお!」

 

薙刀を消し、素手で自分に取り付く男達をはがし始めるバーサーカー。

剥がして地面に叩き付ける、を繰り返し、その内の何人かをランサーとそのマスターに投げつける。

 

「むっ!」

 

ランサーはマスターを押し倒して地面に伏せる。

 

「大丈夫ですか、マスター!」

 

起きあがり、マスターを立たせてからランサーは無事を確認する。

 

「大丈夫だ。それより、バーサーカーは!?」

 

「・・・今の一瞬で、逃げられたようです。申し訳ありません」

 

「・・・いや、初陣にしては中々だった。それに、この町にはアサシンとバーサーカーが居ることが分かったのだ。良いではないか」

 

「はっ」

 

ランサーとマスターはきびすを返し、宿へと戻る。

 

「前の街にはサーヴァントはすでに居なかったからな・・・。今度こそ、家を買っても大丈夫なようだな」

 

「そうでありますね」

 

・・・

 

「ふぃー、助かったー」

 

馬に乗って駆ける少女は、隣で併走するアサシンを見ながら、話しかける。

 

「いやー、危なかったねー。あそこで槍兵が来てなかったら、私たちやられてたね」

 

「・・・」

 

「うん。本屋のオジサンには悪いけど・・・このまま逃げよう。狂戦士と槍兵が居る街より、あのサーヴァントさんが居るところが良いよ。遠くてもね」

 

「・・・」

 

「そうだね。ちょっと遠いけど、頑張ろう、アサシン」

 

ふと、少女はあることに思い至る。

 

「・・・そう言えば、なんであの雄叫びで起きてくる人居なかったんだろう。・・・いや、居たら困ってたけど」

 

・・・

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)を今まで練習してきた成果か、大分戦闘に使えるようになってきた。

まぁ、落ち着いて集中した時のの話しだから、戦闘中に同じように使えるかはまだ不安であるが、それでもこっちに来た当初に比べれば進歩した方である。

後は、接近戦。宝物庫から次々と宝具を抜いて、相手に振り抜く。

それができるようになれば、多分大体の相手と渡り合えるだろう。

 

「・・・あーくそ!」

 

だが、現実は中々厳しいのである。

背後に手を回して剣か槍か鎌か分からないものの柄を取るというのはかなり難しく、キーボードのブラインドタッチのように慣れが必要なのだ。

 

「そう考えると、似てるのかもしれないな。ブラインドタッチと」

 

一人ぶつくさ考えながら、もう一度挑戦する。先ほど取り落とした宝具が地面に沈むように消えていく。宝物庫へと帰ったのだ。

もう一度、背後に武器を出して柄を手に取る。剣ならば成功率は9割を超えるのだが、槍や鎌が入ってくると持ち手が変わるために迷ってしまうのだ。

 

「せいっ、はっ、やっ!」

 

剣、剣、槍。

 

「ほっ、はあっ! たぁっ!」

 

鎌、剣、剣。

・・・おお、これはまさか、まさか最高記録行くか・・・!? 

 

「はっ、えいやっ! せい、や・・・」

 

剣、剣・・・からんからん。

取り出した剣は、誰かにたたき落とされ、地面に落ちた。

 

「・・・最高記録の八回を超すかと思ったのに・・・」

 

「何をやっているのかと思えば・・・」

 

「・・・セイバー。お前か」

 

「私以外に誰が居る。宝具をたたき落とせるのは、サーヴァントか・・・呂布くらいのものだろう」

 

まぁ、そうだが。

というかセイバーの中で呂布はデフォルトで人外認定されてるのか。

 

「で、何をしてたんだ? 端から見たら、変な男がいろんな武器を振り回しているようだったが」

 

「そのまんまだよ。宝物庫から出てる宝具を見ないでキャッチして振る練習してたんだ。接近戦で使えるだろ?」

 

「・・・成る程。一振りごとに武器が変わると言うことは、相手にとっても戦いにくいな。・・・考えたじゃないか」

 

ふぅむ、となんだか感心したように声を上げるセイバー。

 

「よし、ならば私も協力しよう。剣術は大分上達してきている。何せ関羽、張飛、呂布を相手取って無事だったのだからな」

 

「・・・あまり思い出させるなよ。あれからあの三人のこと思い出すだけで体が震えるんだ」

 

「はは、まぁ、良い経験じゃないか。さて、じゃあ行くぞ。おぬしが宝具を使うのならば、私も模造刀ではなく・・・」

 

セイバーの両手に雌雄一対の剣が現れる。

 

「これで、行かせて貰おう」

 

「・・・良し」

 

セイバーが戦闘態勢に入ったのを確認して、俺は鎧を着ける。

俺の体が光に包まれ、一瞬の後に光が収まると、金色の鎧を着けた戦闘スタイルに早変わりだ。

いつも思うのだが、サーヴァントってかなり便利だなぁ。

 

「・・・いくぞ、ギル」

 

「ああ、よろしく。セイバー」

 

背後に王の財宝(ゲートオブバビロン)を展開させる。

 

「はっ!」

 

一本目。剣。

右手を左肩の上に伸ばして掴み、引き抜く勢いで振り下ろす。

 

「ふんっ!」

 

セイバーはそれを剣で反らす。剣と剣がぶつかり、火花が発生する。

左手を腰の後ろに回し、二本目を取り出す。槍だ。

 

「はぁっ!」

 

リーチを生かして、足下を薙ぐように振る。それを跳んで避けたセイバーは、剣を逸らしたのとは逆の剣を横薙ぎに振るう。

首に一直線のその剣を避けるためにしゃがみ、立ち上がる勢いを生かして引き抜いた鎌を上に振り抜く。

 

「ぬっ!?」

 

跳んだ状態では避けられまい、と思ったが、流石最優のサーヴァント。ハルペーを蹴って軌道を逸らしやがった。

鎌を蹴られると言うことは、俺もそれに釣られると言うことで・・・。

 

「ふむ、30点だな」

 

バランスを崩して倒れた俺に、セイバーは剣を突きつけるのだった。

 

・・・

 

「まず、宝具の選定が遅い。一々剣だ槍だ鎌だと選んで、更にそれを視認してから引き抜くのでは、だんだんと引き抜く速度が遅れていく。さらに」

 

びしぃっ! と剣を突きつけられる。

 

「おぬし、まだ宝物庫の中身を把握し切れてないな?」

 

「・・・う」

 

「図星か。先ほどの練習で出した宝具ばかりが出てきて、不思議に思ったのだが・・・。やはりか」

 

「うぅむ。だけど、宝物庫の中を確認するには丸一日潰して集中しないといけないんだよ。今は流石にそんな余裕無いんだって」

 

朱里や雛里、ねねが主だってやっているとは言え、俺も結構仕事をしているのだ。

桃香を始め、鈴々、翠、蒲公英、魏延などは完全な武官タイプだし、愛紗、紫苑、桔梗は文官の仕事も出来るとは言えメインはやはり武だ。

軍の訓練もして、こちらの事務処理もして・・・では完全にオーバーワークだろう。・・・でもまぁ、たまに手伝って貰っているのだが。

紫苑の娘さんである璃々なんてもってのほかである。恋は・・・あれは、猫みたいに気まぐれだから、多分無理だろう。

後は・・・月と詠も駄目かな。二人は表だって動けないし・・・ってあれ? 確か原作じゃ・・・。

 

「そうだ!」

 

「うお!?」

 

「あ、すまん。・・・ああ、そうだよ。そうだった。なんで忘れてたんだろ」

 

「なんだ? どうしたんだ?」

 

「・・・ごめん、セイバー。ちょっと今日はここまでにして貰って良いかな」

 

「構わんが・・・何か用事でも出来たか?」

 

「少しね。ホントにすまん! じゃっ!」

 

セイバーに謝罪してから、出来るだけ早く執務室へ向かう。

居てくれよ、詠・・・! 

 

・・・

 

「詠っ!」

 

「うひゃあっ!?」

 

「わわわっ・・・!」

 

「な、なにっ!?」

 

「何事っ!?」

 

ドアを勢いよく開けると、桃香、月、詠、愛紗の驚いた声が聞こえた。

 

「って、お兄さん!? どうしたの、そんなに急いで・・・?」

 

「あ、いや、なんて言うか・・・」

 

しまった。勢いだけで来たのは良いけど・・・なんて切り出そうか。

ふと詠を見ると、愛紗と対になるように立っていた。

・・・おや? 

詠と愛紗の間には一枚の報告書のような物が。

 

「・・・もしかして、詠と愛紗、その案件の事で話し合ってたり?」

 

おそるおそる聞いてみると・・・

 

「すごーい! お兄さん、なんで分かったの?」

 

桃香が驚きの声を上げる。

まじかよ、じゃあ・・・。

 

「・・・で、詠が案を出し渋ってたり・・・」

 

「すごいすごーい! その通りだよ!」

 

・・・やはりか。このイベントは覚えていたらしい。天の邪鬼な脳みそだなぁ。

 

「で? ギルはそれを知ってどうするのよ?」

 

詠が腰に手を当ててふん、と鼻を鳴らす。おお、久々のツンだ。

 

「どうするって言われても・・・。月、何とか説得できないかな?」

 

「え? ええっと・・・あ。・・・良いこと思いつきました」

 

そう言うと、月は詠に耳打ちをする。

だんだんと詠の顔色が変わっていき、最終的には顔を俯かせ・・・。

 

「し、仕方ないわね」

 

なんて、言い出した。

詠は良い? と前置きしてから、話し出す。

兵をいくつかの小隊に分けて、それぞれの部隊に旗を持たせ、その取り合いの演習をすればいい、と言う案を聞いた愛紗はほう、と感心している。

 

「成る程、それは効率が良い。訓練が出来て副官も見いだすことが出来る」

 

「流石董卓軍の名軍師だね~!」

 

「ふんっ、この程度の案は朝飯前よ」

 

得意になって偉ぶる詠。メイド姿で偉ぶるのも可愛いなぁ。

因みに、二人のメイド服は何故か宝物庫に入っていた物を着せている。

一着ずつしかなかったが、その二着を元にスペアを作り、着回して貰っているのだ。

・・・採寸がぴったりだったので、二人は頬を染めて恥ずかしがっていたが。

 

「あ、桃香、愛紗。ちょっと話しが」

 

そろそろ、切り出しておかないとな。

 

「え? なーに?」

 

「なんでしょう」

 

「詠を軍師にして欲しいんだ。詠の能力は今見ただろう? 敵軍の軍師だったけど、今は仲間だし・・・。駄目かな・・・?」

 

「は、はぁっ!?」

 

詠が驚きの声を上げる。月も少し驚いているようだ。俺がいきなりこんな事を言ったからだろう。

 

「ん~・・・。私は良いと思うな。詠ちゃんが加わったら、とっても心強いし!」

 

「・・・そうですね。詠の能力は高い。今も、桃香さまと私の二人が悩んでいた案件もすぐに解決したしな」

 

二人は乗り気のようだ。後肝心の詠は・・・。

 

「・・・どうかな、詠。相談役として・・・手伝ってあげれないかな?」

 

しゃがんで目線を合わせる。お願い事をするには、目線を合わせるのが大切なのだ。

 

「う、あ・・・その・・・」

 

詠の視線は月の方へ行ったり桃香の方へ行ったり愛紗の方へ行ったりと様々なところに移った後・・・

 

「そ、そこまで言うなら・・・。手伝ってあげても良いわよ」

 

そっぽを向きながら、そう言ってくれた。

 

「そっか! 詠、ありがとう!」

 

思わず詠の両手を握ってしまう。

 

「なっ、何はしゃいでるのよ! ばかじゃないのっ!?」

 

詠は俺に向かって怒鳴るが、耳まで真っ赤になって恥ずかしがっているので、全然怖くない。

 

「良かったぁ~」

 

「そうですね。・・・詠、これから宜しく頼むぞ」

 

桃香と愛紗も笑顔で歓迎する。

 

「・・・ふん。今までのみんなは見る目が無かったってこと、証明してあげるわ」

 

「・・・詠ちゃん、嬉しそうです」

 

月が、俺だけに聞こえるように呟く。

 

「そうなの?」

 

「はい。口の端がにやけて緩んじゃってますから」

 

「ああ、成る程。ツン子だなぁ」

 

「ツン子ですねぇ。ふふっ」

 

こうして、詠はメイド兼軍師として能力を活用することになったのだ。

・・・良かった良かった。何とか詠を登用できたか。これで、少しは蜀の事務仕事も楽になるだろう。

その後、メイドの仕事を続けるかなんとかで一悶着あったが、舌先三寸で丸め込んでおいた。・・・カリスマというのは、とても便利なスキルである。

 

・・・

 

詠を軍師として桃香達に推薦し、無事登用して貰った後、俺はセイバーを探して中庭をうろついていた。

さっき別れたばかりで少し失礼だが、手が空いていたら訓練の手伝いをして貰おうかと思ったのだ。

訓練場へとはいると、兵士達が俺に挨拶をしてくる。街の復興やその他の集団活動の時、俺が指揮したのが影響したのか、彼らは俺も慕ってくれるようになったのだ。

その中の兵士の一人を捕まえてセイバーの居場所を聞いてみる。俺とセイバーは結構有名人なので、こうやって聞いて回れば見つかるだろう。

 

「正刃ですか? 確か街の警邏に行ったはずですが・・・」

 

「あー・・・そっか」

 

仕事ならば仕方がないな。確か銀も同じ班だったはずだ。その銀も居ないと言うことは、警邏に行ったのは本当だろう。いや、兵士を疑う訳じゃないけどさ。

なら、一人で練習するしかないか、と結論にたどり着き、俺は兵士に礼をいって、その場を去った。

蜀に来てからは、人気のない所を探すのも一苦労である。

 

・・・

 

「おー、出来た」

 

「・・・何が?」

 

「私の手下さ。人工生命体だね」

 

「そんな物も作れたんだ」

 

「ああ。フラスコの中でしか生きられないこいつを改良するのは骨が折れたよ。あと、体の大きさを調節しないと巨人か小人のどっちかにしかならない所も改良した」

 

「へぇ・・・。キャスターらしいこともするじゃないか」

 

「ふふん。・・・さて、これから調整して、量産だ。それから、アーチャーを倒すよ」

 

「期待してる」

 

「マスターはゆっくり休んでいてくれたまえ。魔力切れを起こされたらたまらないからな」

 

「了解だ。何か手伝うことはあるかい?」

 

「その時は頼むよ。今は何も無い。それじゃあ、私はもう少し籠もることにする。工房も、一応造らないとね」

 

「あれ? 工房は自分、とか言って無かった?」

 

「ん? ああ、自分の中にも工房はあるよ。でも、それとは別に工房が必要になったのさ。これからすることには、私の体だけでは狭いからね」

 

「ふぅん。・・・ま、魔力切れで消える、なんてことにならないようにねー」

 

「分かってるよ。・・・さて、まずはアレを作ることから始めようか」

 

そう言って、キャスターは含み笑いをする。

マスターは改めて、ああ、こいつ大丈夫かな、と不安になるのだった。

 

・・・

 

「・・・今日は休みだよな、朱里」

 

「はい、詠さんがいろいろと手伝ってくれることになりましたし、ギルさんの分の事務仕事はすでに終わっています」

 

「・・・驚異的な速さです・・・」

 

「よし。じゃあ、今日一日、俺の部屋には誰も近寄らせないように言っておいて。頼むよ、朱里、雛里」

 

「はいですっ」

 

「了解です・・・」

 

よし、今日は完璧に休み。

言づても頼んだから、多分俺の部屋には誰も入ってこないだろう。

 

「なんかわくわくしてきたな」

 

・・・そう。今日は、王の財宝(ゲートオブバビロン)の中身を確認するために一日を丸々休みにしたのだ。

そのためにギルガメッシュの能力を全力で使い、明日の分までを終わらせておいた。

なので、明日の午後までは確実に自由だ。

自室のドアを開け、中に入る。

卓と椅子を動かして、部屋の中央に座り込む。

目をつぶり、集中・・・。

頭が少しくらりとして、俺の意識は引っ張られるように何処かへ飛んだ。

 

・・・

 

「・・・う、あ・・・?」

 

起きあがる。寝ていたようだ。

がちゃり、と起きあがる俺の動きに合わせるように鎧の音が聞こえる。

 

「あれ、いつの間に・・・」

 

金色の鎧をいつのまにか着けていたようだ。

・・・っと、あれ? よく見てみると、ここ、部屋じゃないな。

 

「何処だここ・・・」

 

まわりを見渡すと、辺り一面歪んだ空間が縦横無尽に走っている。

 

「・・・まさか、宝物庫の中か・・・?」

 

確認するために念じてみる。エア、来い。

すると、手にエアが現れる。・・・なんだか、新鮮な感じだな。

 

「えーと、どうすれば良いんだ? ・・・目録とか、無いのかよ」

 

そう毒づくと、頭に情報が流れ込んでくる。

聖剣、魔剣、聖槍、魔槍・・・それぞれジャンル別に分けられ、その中でまたランク別に分けられた目録のようだ。

 

「うおおおお・・・?」

 

あまりの情報量に脳がパンクしそうになる。

取り敢えず落ち着いて処理していくと、何とか余裕を持って見れるように。

 

「ほぉ・・・こんなにあったのか・・・。さすがは最古の王。英雄王の名前は伊達じゃないな」

 

目録をとばし読みしていく。

凄いな・・・原典ってこんなにあるのか・・・。

 

「最後は・・・エアで終わりか」

 

目録を見終わり、閉じろ、と念じると、頭の中の圧迫感が一気に無くなる。

 

「凄いな・・・これが宝物庫の中身・・・」

 

とばし読みの上に武器となる宝具しか見てないので、まだまだ見ていない目録のページはあるのだが・・・。

 

「今日は、戦いのための下準備だしな。使えそうな宝具を幾つかチェックしておこう」

 

さて、ホントに一日で終わるかなぁ・・・? 

 

・・・

 

「あん? ギル、ホントに一日潰してやってんのか?」

 

「ああ、どうもそうらしい。諸葛亮が言っていたからな」

 

「あ~・・・あのはわわ軍師殿か」

 

「うむ。今日はギルさんが大切な御用事で部屋に籠もっていらっしゃるので、近寄らないようにお願いします~・・・だったか?」

 

「今の、声マネか? ・・・気持ちわりぃ」

 

「・・・完璧に真似しろと言うのがまず無理であろう。私は男だし、諸葛亮は女だ。・・・自分で言ってて、悲しくなる事実だな」

 

「なんでだよ。・・・にしても、今日はギルとお前の手合わせ、見れないんだな」

 

銀の一言に、兵士達からも溜め息が漏れる。

 

「まぁ、これから何日も見られない訳ではあるまい」

 

「そうだけど。・・・あ、そろそろ警備の交代だぜ」

 

「うむ。参ろうか、マスター」

 

「あいよ」

 

・・・

 

「あ゛~・・・」

 

半ば馬にしなだれるように乗りながら馬を走らせる少女。

 

「アサシン、良く走ってられるねぇ、こんなに長い時間・・・」

 

「・・・」

 

「うぅ。旅なんかしたことないもの。・・・と言うか、書店で働き始めてから、一回も馬に乗らなかったかも・・・」

 

「・・・」

 

「慣れれば、ね。・・・まぁ、蜀までは後一日程度だし・・・。頑張りますか!」

 

うっし、と気合いを入れて、背筋を伸ばす少女。

 

「いくよっ、アサシン! 取り敢えず、早く寝っ転がりたい!」

 

更に速度を上げた馬を、アサシンは静かに追いかけた。

 

・・・

 

「ふーん、劉備ってやつ、なかなかいいやつみたいだな」

 

「あん? ・・・ライダー、いきなりどうした?」

 

「いやいや、ほら、ここの劉章ってやつ倒したらしいじゃん、劉備って。町のやつらも感謝してるっぽいからさ」

 

「ああ、劉備ってやつは民に慕われる人なんだってよ。どれだけすばらしいかって言うの、さっきも通りすがりのおばちゃんに聞かされたよ」

 

そう言って、マスターは芝生に寝転がる。

 

「っぷはー、やってらんねえ。あーあ、このまま寝転がって金を稼げる職業ないかなー」

 

「あるわけねぇだろ・・・。こいつ、意外に駄目なやつなのかもしれない・・・」

 

「ははっ、いまさら気づいたのかよー。もうマスターの交換は受け付けてないぞー」

 

「・・・分かってるって」

 

自分のマスターを見下ろしながら、ライダーはため息をついた。

 

「ま、そういうやつを導くのも、俺の役割だからな」

 

「あん? なにいって・・・ふぁぁ・・・ねみぃな。お休み!」

 

そういってマスターが目をつぶると、数秒後には寝息が聞こえてきた。

ライダーはおいおい、と呆れ気味に呟いてから

 

「ま、子供っぽいところが魅力、っていう見方もあるからな。・・・フォロー、そろそろ苦しくなってきたか?」

 

・・・

 

「・・・さん! ・・・るさん!」

 

「う・・・あ・・・?」

 

「ギルさん! しっかりしてください、ギルさん・・・!」

 

おおう? 

王の財宝(ゲートオブバビロン)の中から帰ってきた・・・で良いんだよな? ・・・途端にこの光景だ。

月が俺の肩を掴んで必死に揺らしている。ゆらゆらとその揺れが心地よくて、また意識が飛びそうになる。

・・・っとと、いけないいけない。

 

「月・・・。どうしたんだ?」

 

俺が言葉を発すると、ようやく月は俺の肩から手を放し、安堵の表情を浮かべ・・・。

 

「ギルさんっ!」

 

いきなり抱きついてきた。

 

「おおうっ?」

 

せっかく起きあがったのに再びばたりと倒れてしまう。

 

「ど、どうしたんだ月?」

 

「どうしたもこうしたも・・・一日中用事があるって言ってましたけど、流石に晩ご飯は食べるだろうと思ってご飯持ってきたら倒れてたんですよ・・・!?」

 

「倒れてた・・・? まじか・・・」

 

胡座をして居た筈なんだが、いつのまにか倒れたのか。

 

「呼びかけても全然起きてくれないし・・・どうかしちゃったのかと思ったんですよ!?」

 

倒れた俺に馬乗りになりながら、涙目で俺をしかる月。

 

「ごめんごめん。ちょっと集中しないといけないことがあってね。反応が遅れたんだ」

 

そう言って、安心させるように頭を撫でる。

そのまま頭を抱えるように抱きしめて、背中をさすってあげる。

 

「へぅ・・・。あ、あの、ギルさん・・・」

 

やっと月は落ち着き、自分が置かれている状況をやっと理解したらしい。恥ずかしさを誤魔化すようにもぞもぞしてから、諦めたように体から力を抜いた。

 

「落ち着いたか? 月。・・・月?」

 

「す、ぅ・・・すぅ・・・」

 

穏やかな呼吸が聞こえたのでゆっくりと月の顔を見ていると、泣き疲れて眠ってしまったらしい。顔に涙の跡を残しながら眠っていた。

月を起こさないように体を起こし、手ぬぐいで月の顔を拭って、寝台に横たわらせる。

 

「ごめんな、月。心配ばかりかけちゃうな」

 

寝台に腰掛けて、月の寝顔を見ながら独りごちる。

頭を撫でてやると、くすぐったそうに動いた後、笑顔を浮かべた。

 

「月が喜んでくれると、嬉しいよ」

 

よし、朝まで月を見ててあげよう。明日詠になんて言われるか分からないが、俺なりの罪滅ぼしだ。大目に見て貰いたい。

そう決心して頭を撫でると、月に手を掴まれた。月にしては強い力で握ってきている。

 

「ギル、さん・・・」

 

どうやら、俺をお捜しの様子だった。なら、ずっと握っててあげよう。

 

「此処に居るぞ、月」

 

手を握り返して、答える。聞こえてるかなぁ。聞こえてないだろうなぁ。

 

「えへへ・・・」

 

幸せそうな顔だ。・・・これを一晩中見ていられるのだから、こちらも幸せになれそうだ。

 

「幸い、今は眠くない」

 

しばらくは、幸せスパイラルが続きそうだ。

 

・・・

 

「ふ、あ・・・?」

 

朝日で目を覚ます。

なんだか、いつも寝ている寝台とは匂いが違う気がする。

 

「詠ちゃん・・・?」

 

寝ぼけ眼で親友の姿を探すが、寝台には居ないようだ。

 

「早いな・・・もうお仕事かな・・・」

 

確か、自分は今日休みの筈だ、と思い出して、もう少しゆっくりしていっても良いか、と結論づけた。

なんだか、昨日は幸せな夢を見ていた気がする。その余韻を楽しみたいと、思った。

 

「あ・・・れ・・・?」

 

気付けば、手にはぬくもりが。

繋いだ手から相手の腕へ。腕から顔へと視線を登らせていくと、見慣れた顔があった。

 

「ぎ、ギルさん・・・!?」

 

あわあわと慌てて起きあがる。

 

「な、なんで此処に・・・って、あ・・・!」

 

思い出した。昨日、ギルさんの部屋で寝ちゃったんだ・・・! 

寝台に寝ていると言うことは、ギルさんが運んでくれたんだろう。そして、幸せな夢の原因は多分・・・。

 

「へぅ・・・」

 

自分が放しても繋がっている手だろう。

彼の方からも握ってきているらしく、とても心地良い暖かさを感じる。

そこまで考えたところで、顔が真っ赤になるのを感じる。さらに、とても体中が熱い。

 

「ど、どうしよう・・・。・・・あ」

 

そこで、ようやく気がついた。彼は、座って寝ているのだ。

 

「いけない・・・体、痛くなっちゃう・・・」

 

うんしょ、と手を引っ張ると、彼の体が傾き、寝台に倒れる。

 

「ひゃぅっ」

 

自分も引っ張られ、一緒に寝台に受け止められる。

・・・いけない、起こしてしまっただろうか。

確認してみると、まだすぅすぅと寝息が聞こえる。良かった。起きてない。

 

「どうしよう・・・」

 

でも、まだまだ問題はある。彼と手を繋いで寝台にいるのは、恥ずかしすぎて大変なことになる。

 

「あ・・・詠ちゃんが来ちゃったら、大変だ・・・」

 

多分、勘違いをしてギルさんに当たるだろうし・・・。

照れ隠しも度が過ぎると嫌われちゃうよ、と何度か助言しているのだが、今だ効き目はないようだ。

・・・でも、まぁ。

 

「ふふっ」

 

それも、良いかもしれない。

決めた。詠ちゃんが来て、何してるのよ! と怒鳴るまで、一緒に寝ていよう。

今ならば、あの幸せな夢を、また・・・見られるかもしれないし。

恥ずかしがり屋な自分にしては中々大胆な選択をした物だと思ったが、寝ぼけて居るんだ、と言い訳して考えないようにした。

最後に彼の手を握り返してから、再び目をつぶった。

 

・・・




目をつぶった後の月さんは、ちょっと前までの冷静なモノローグがなかったことになったかのように、心臓をバクバク言わせて取り乱します。でも、主人公君を起こさないように表には出していないので、頭の中だけでぐるぐるしてる感じですね。とっても可愛いです。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七話 結界と桃園と劉備と

「結界と言えば領域。領域と言えば・・・絶対領域!」「なんだか強そうな響きだな・・・ギル、それはどんな魔術なのだ?」「男性ならば抗えない絶対的な領域だ。しかも、女性ならば全員使うことが出来ると言う破格の魔術・・・いや、魔法なのだ!」「な、なんと・・・!?」

もちろん、後に真実を知ったセイバーからボッコボコにされました。


それでは、どうぞ。


「いてぇ・・・」

 

あの後眠ってしまったらしく、気がついたら月と一緒に寝台に倒れていた。体がぽきぽきと鳴る。

月を心配した詠が俺の部屋へと来て発した「何してるのよ!」という怒鳴り声で月と俺は目を覚ました。

 

「詠ちゃん? ・・・もう朝・・・?」

 

「ギル! あんた月に何かしたんじゃないでしょうね!?」

 

つかつかと俺の方へとやってきて、俺につかみかかる勢いで迫ってくる詠に、落ち着け、と言ってから

 

「誓って言う。何もしてない」

 

「そうだよ、ギルさんは何もしてないよ、詠ちゃん」

 

強いて言うならば、頭を撫でて和んでいただけだ。

それくらいなら、「何もしてない」にカテゴライズされるだろう。

 

「ホントに何もされてないの、月!」

 

「大丈夫だよ、詠ちゃん。・・・そう言えば、お仕事は?」

 

「さっき終わったのよ。徹夜明けで部屋に戻ったら月が居ないから探しに来たのよ!」

 

「あー・・・お疲れ様」

 

「お疲れ様じゃないわよ!」

 

「うおっ」

 

反射的にのけぞる。目の前を拳が通っていった。・・・危ないな、全く。

 

「詠ちゃんっ」

 

「ふんっ。・・・月が無事で安心したわ。今日は午後まで休みだし、寝てくる。・・・もうっ、行くよ、月」

 

詠は後に呆れたように言葉を付け足し、月を引っ張って部屋から出て行った。

嵐のような数分だったな・・・。

 

「さてと」

 

俺も午後までは休みだ。セイバーの所に顔を出すかな? 

 

・・・

 

訓練場に行くと、またセイバーは居ないと言われた。

最近タイミング悪いな、と思いつつ、俺は兵士に作ってもらった人の大きさのわら人形を抱えて、いつもの練習スポットへと向かった。

 

「よっ、と」

 

人形の下半身に取り付けた棒を地面にさして、的にする。

 

「よし・・・天の鎖(エルキドゥ)!」

 

わら人形を指さすと、背後から鎖が三本飛んでいく。

しかし、鎖はわら人形に掠りもせずに城壁に突き刺さり、止まる。

 

「・・・おいおい」

 

初めて使ったとはいえ、流石にこれは・・・。

 

「やっぱり、練習あるのみか」

 

天の鎖(エルキドゥ)を宝物庫へと戻してから、再びわら人形を指さす。

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

じゃららら、と一直線に鎖が飛んで・・・。

 

「おおっ!」

 

一本だけだが、わら人形の腕にかすったぞ! 

 

「おお・・・!」

 

これは、早い内に習得できるかもしれないな。

バーサーカーに神格が無いとしても、他のクラスに神格が高いサーヴァントが居るかもしれないしな。使えるようになっておいて損はないはずだ。

 

・・・

 

「・・・天の鎖(エルキドゥ)!」

 

じゃららら、と三本の鎖が上、正面、左から迫り、わら人形に突き刺さる。

 

「完璧だ・・・」

 

代わりに日が沈むほどの時間を犠牲にしてしまったけど。

仕事あったとしたら明日に回して・・・うん、十分許容量だ。

もう今日は疲れてしまったし・・・水浴びでもして、夕食を食べて寝ることにしようか。

 

「ごめんな、わら人形。結構ぼっこぼこにしちゃったよ」

 

右腕は吹っ飛んでいて、胴体にも致命的な穴が幾つか開いているわら人形を労ってから、川へと向かった。

 

「川、冷たそうだなぁ」

 

「心配しなくて良いよ。君、今からそれどころじゃなくなるんだから」

 

「っ!?」

 

声が聞こえた瞬間、膨大な魔力の何かが迫ってきたのを感じて、その場を飛び退く。

さっきまで俺が居たところで爆発が起きる。・・・なんじゃこりゃ・・・。

 

「おや、セイバーでもないのに素早い動きをするじゃないか」

 

「なんだ、お前は?」

 

「なんだとはご挨拶だね。分かるだろう? 私もサーヴァントでね」

 

やっぱりサーヴァントか

クラスは・・・ライダーかランサー、キャスターのどれか、か。

剣を持っているが、セイバーではないんだろう。銀のサーヴァントもセイバーだし、同じクラスが二つあることになってしまう。

 

「一応教えておこうかな。私のクラスはキャスター。今日この日のためにいろいろと用意したんだ。まずは、お手並み拝見だねっ!」

 

「くっ!」

 

何かが投げ込まれる。

俺の少し前に投げられた何かはぱりんと音を立てて割れる。

 

「・・・フラスコ・・・?」

 

「へぇ、よく知ってるね。そう。フラスコさ」

 

割れたフラスコが着弾した地面から、もくもくと煙が上がる。

 

「これを作ったのは久しぶりだし、試験代わりになってくれよ、アーチャー」

 

「・・・なんだ、こいつ・・・」

 

バーサーカーほどの背丈で、腕が太く、目が三つある。

しかもそいつの心臓は外に出ていて、どくどくと脈動しているのが見える。

 

「知らないかな? 人工生命体・・・ホムンクルスさ」

 

「これが・・・!?」

 

どうみても失敗作っぽいんだが・・・。

確か、ホムンクルスって人の形してて、小人なんだろ? それに、フラスコの中でしか生きられないらしいし・・・。

 

「ふふん、初めてホムンクルスが作られてから何年経っていると思って居るんだい? あれに改良を加えるなんて、朝飯前さ!」

 

「もう夕飯の時間だけどな・・・」

 

「つっこみをいれる気力くらいはあるみたいだね。まぁいいや。さっきも言ったとおり、今日はこいつの試験だ。改良点を見つけたりしないといけないからね。・・・いけ、実験体第一号! 初陣だ!」

 

「グルル・・・」

 

うなり声を上げて、どすり、どすり、と一歩一歩を踏みしめるように歩いてくるホムンクルス。・・・って、あれ? 

 

「・・・ふむ」

 

キャスターは顎に手を考えてから、一言呟いた。

 

「・・・失敗したな。力を上げることばかり考えて、速度を考えてなかった。体の重さを支えきれてないんだな。・・・勉強になったよ、アーチャー!」

 

「かなり最初のところで躓いてるじゃねえか!」

 

ついツッコミをいれてしまう。

 

「はははっ、実験に失敗は付き物さ!」

 

キャスターはそれを笑いながら認め

 

「ふむ、改善点その1、遅い・・・と」

 

竹簡にさらさらと問題点を書き記していた。

 

「があぁっ!」

 

「おっと」

 

振り下ろされるホムンクルスの拳を避ける。

クレーターが出来るほどの腕力だが、テレフォンパンチにも程がある速度なので、避けるのは苦ではない。・・・なんだろう、張り合い無いなぁ。

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

ちょうど良いので、今日の練習の成果を試すことにした。

じゃららら、と五本の鎖がホムンクルスを縛り付ける。

 

「・・・力が強いと言っても、天の鎖(エルキドゥ)は千切れないんだな。・・・俺も一つ、勉強になったよ」

 

右腕をあげる。

 

「久しぶりに、かな? ・・・王の財宝(ゲートオブバビロン)・・・!」

 

右腕を振り下ろすと、鎖で縛り付けられ、跪かされたホムンクルスを宝具の雨が襲う。

 

「ガ、ブッ」

 

断末魔もあげさせずに、宝具の雨はホムンクルスを消し去った。

 

「・・・へぇ。宝具を射出する『アーチャー』か。興味深いな。・・・さて、今日はこれで失礼するよ。じゃあね」

 

「あ、待てっ・・・って、もういないし。逃げ足早いなぁ」

 

魔力を使って逃げている訳じゃないから俺じゃあ追いかけられないし・・・。

これから宝具の練習は慎重に行わないと・・・。この城に居るってばれちゃったから、これからもキャスターはしかけてくるかな・・・。

 

「面倒だなぁ、あのキャラ」

 

多分、俺が苦手とするキャラクターだろう。

 

「まぁいいか。月の事までは分かってないだろうし」

 

月がマスターだと分かっているなら、俺の前に姿を現さずに月を狙うだろうし。

 

「・・・考えるのはやめよう。さ、川へ行かないと。もう晩ご飯は諦めるしかないなぁ」

 

かなり時間が経ってしまったらしい。

 

「宝物庫の中に何かあるかなぁ。水浴びが終わったらちょっと探してみよう」

 

はぁ、とため息をついて、俺は宝物庫から洗面道具を取り出す。

 

「・・・この所帯じみた使い方に慣れてしまった自分が怖い」

 

・・・

 

「ふぃー、アーチャー強いじゃないか。いくら失敗作とはいえ、魔力は結構込めていたのだが。・・・うむ、しかし、速さとは・・・」

 

夜の街をキャスターは走っていた。

追われている訳ではないが、いち早く工房へ戻り、準備を進めないといけない。

 

「さて、彼には実験に協力して貰わないとね。・・・ん?」

 

「よお、待てよ」

 

キャスターの真っ正面に人影が現れる。キャスターは立ち止まり、腰の剣へと手を伸ばす。

 

「ははっ、凄いな、キミ。私よりキャスターみたいだ」

 

「あー、もとはそんなもんだ。でも、クラスはライダー。よろしくなー」

 

「ライダー!? そ、その格好で・・・?」

 

「うるせえ! 人が気にしてることズバズバ言いやがって・・・!」

 

「あ、これは不味いね・・・逃げるが勝ちかな!」

 

そう言いながら、キャスターは地面に小さい石のような物を叩き付ける。

その石は目映く発光して、ライダーの目を眩ませた。

 

「おおっ!?」

 

外套で目を覆い、ライダーは一歩後ずさる。

その間に、キャスターは裏の路地へと逃げ込んでいった。

 

「逃げられたか・・・ちっ、冷めちまった」

 

ライダーはそう悪態をつくと、屋根の上へと移動する。

 

「ま、キャスターなら今の一瞬で転移魔術でも使ったんだろうな。あーあー、ああいう正統派キャスターはいろいろ使えて羨ましいよなぁ」

 

ライダーは舌打ちを一つしてから、自分とマスターが泊まっている宿へと飛んだ。

 

・・・

 

ある昼下がり、成都へとやってきた一組の男女が居た。

 

「・・・成都、着いたぞぉ! ・・・ほら、アサシンも! ばんざーい!」

 

「・・・」

 

マスターの少女の命令を聞き、アサシンは包帯でグルグル巻きにされている右腕と人にしては黒い左腕をあげた。

 

「ふぅ。満足だー」

 

馬を小屋へといれて、少女は歩き始める。

 

「さて、夜までには宿を見つけないとね」

 

まわりをキョロキョロと見回しながら、少女は呟く。

その後ろでは、アサシンが少女とは違う目的でキョロキョロとしていた。

 

「後、働くところとか・・・うーん、大変だなぁ」

 

アサシンの格好は目立つらしく、ただ歩いているだけでも注目を集めた。

しかし少女はその事に疑問を抱きつつも原因に気付かないまま饅頭屋や宿屋へと赴いて、そこの店主や店員を存分に驚かせた。

その原因がアサシンだと気付いたのは、寝台に入っていざ眠ろうとした瞬間だったらしい。

 

・・・

 

「・・・ランサー、どう思う?」

 

「はっ。・・・すでに、この町から居なくなっているものかと・・・」

 

マスターの質問に、ランサーは神妙に答える。

 

「くそっ! またか! またなのか! 二度目だぞ!?」

 

「はっ」

 

「・・・次こそ、大丈夫だろうな・・・?」

 

「はっ!」

 

「よし・・・行くぞ。引っ越しだ」

 

「はっ。・・・全員、かかれー!」

 

ランサーから現れた何人かの質素なランサーがテキパキと私財などを纏めていく。

 

「・・・それができ次第出立するぞ」

 

「はっ」

 

そう言って、マスターが外へ出ようと扉を開けると、目の前には三人の人間が立っていた。

 

「・・・誰だ?」

 

「私は曹孟徳。魏の国王をやっているわ」

 

「ああ、あの。・・・で、その曹孟徳が何用だ?」

 

「あなたと一緒に住んでいる男、今いるかしら?」

 

「あいつのことか?」

 

そう言って、マスターは部屋の中で引っ越し準備の指揮を執っているランサーを指さした。

 

「秋蘭、あれかしら?」

 

「・・・はい。似顔絵とも似ています」

 

「そう。・・・彼を呼んで貰っても?」

 

「構わない。・・・ランサー!」

 

「はっ!」

 

マスターが呼びかけると、ランサーはすぐに返事をして、駆け寄ってくる。

 

「乱叉、と言うのね?」

 

「はっ」

 

ランサー、だがな、というマスターのつぶやきは誰にも聞こえなかったらしく、目の前の少女・・・曹孟徳は話を続ける。

 

「あなた、かなり強いみたいじゃない?」

 

「強い・・・?」

 

「聞いた話によると、この乱叉と言う男と、向こうで働いているのと同じ格好をした男達数人が黄巾党の残党数百人を相手し、打ち勝ったと聞いたのだ」

 

「・・・ああ、あれか」

 

マスターは記憶をたぐり寄せる。

そう言えば、此処に来る途中で因縁をつけられ、腹が立ったので壊滅させたな。

黄巾党の残党というが、山賊などの賊が半分以上だったが。

良くもまぁあんなに集められたものだと感心した事を覚えている。・・・まぁ、サーヴァントの敵ではなかったが。

 

「確かにそんなこともやったな・・・」

 

「その話を聞いて、あなたに興味を持ったのよ。丁度此処に視察に来る用事もあったことだしね」

 

面倒くさい事になった、とマスターはため息をついた。

 

「決めたわ。あなた、私の元で働く気はない?」

 

「ありません! 自分の主はただ一人であります!」

 

「・・・即答ね」

 

「貴様! 華林様の誘いを断るなど!」

 

曹孟徳はその言葉に顔をしかめるだけだったが、後ろに立っていた二人の内一人がその言葉に怒りを露わにする。

 

「姉者、落ち着け」

 

「しかしだな!」

 

「秋蘭の言う通りよ。落ち着きなさい」

 

「ま、それに今から引っ越すところだ。そこの女がいくら喚こうとどっちみち雇うのは不可能だな」

 

「そうですね。・・・おや。マスター、準備が完了したようです」

 

ランサーが部屋の様子を見て、マスターに伝える。

 

「む。・・・ならば、出発するか。次こそ、あいつを見つけなければな」

 

「あいつ? ・・・誰かを捜しているの?」

 

「そうだ。これで引っ越しは二回目だ。全く、金も無限じゃないというのに」

 

「因みに探し人はなんと言うのかしら?」

 

「言っても分からんだろうよ。さて、失礼する」

 

曹操の横を通り抜け、マスターは歩き始める。

ランサーは荷物を持ってその後ろに着いていく。

 

「ならば、目的地は? それくらいは教えてくれるでしょう?」

 

「蜀だ。成都へと向かう」

 

「蜀へ・・・?」

 

曹操の顔が一瞬引きつる。

 

「・・・そう。なら、また会うかもしれないわね」

 

「一生ごめんだがね」

 

・・・

 

二人が去った後、秋蘭は憤る春蘭を宥めていた。

そこへ曹操がやってきて、春蘭をすぐに落ち着かせる。

 

「・・・あら・・・?」

 

そう言えば、と曹操は去っていった二人の背中を見てから、家の中へと目線を戻す。

 

「あの男達は何処へ行ったのかしら・・・?」

 

家の中を調べてみてもあの荷物を纏めていた男達はいなかった。

三人は疑問符を頭の上に浮かべながらも、特に気にせずに街へと戻った。

 

・・・

 

「ほう、キャスターと」

 

川で汗を流した後、セイバーと銀を探し出し、今日合ったことを報告しておく。

 

「ああ。なんか凄い面倒くさそうな性格してた。たぶん、俺あいつと友達にはなれないかな」

 

「はははっ! サーヴァントもそんなこと考えるのか!」

 

「・・・言っただろ、俺、純粋な英霊じゃないんだよ」

 

銀が笑いながら言いはなった言葉に反論する。

 

「ま、それは後回しだ。ギル、キャスターの正体には心当たり無いのか?」

 

「心当たりって言ったって・・・あんな魔術師、見たこと無いぜ」

 

「ふぅむ・・・。私は元々魔術師の知識は疎いしなぁ・・・」

 

「俺はちんぷんかんぷんだ。魔術師の存在なんて、最近知ったことだからな」

 

三人して、う~ん・・・と悩む。

 

「取り敢えず、キャスターが街の人間に危害を加えていないか、調べる必要があるな。それによっては、急いで始末する必要もある」

 

「ああ・・・人間の魔力を吸い取る結界とかあったなぁ」

 

メディアがキャスターとして召喚されたとき、街の人間の魔力を吸い取って自分の物としていたはずだ。

魔術師がそう言うことに長けているのなら、あのキャスターも人間から魔力を吸い取る事もあるかもしれない。

そうなったら、セイバーと俺で全力をかけて見つけなければいけない。

 

「取り敢えず、セイバーは街に警備に行くときに最近倒れる人間が多くないか聞き回ってくれ」

 

「了解した。ギル、お前はどうするのだ?」

 

「城の中に何か無いか探してみるよ。そう言うのは、俺の方が動きやすいだろ?」

 

「成る程な。城に何か仕掛けがされているかもしれないし。良いんじゃないか」

 

「・・・そうだな。私も賛成だ」

 

キャスターと言うぐらいだから、魔術師じゃない人間の警備などかいくぐれるだろう。

それでいろいろと歩き回って何かをしかけているかもしれない。

メドゥーサの他者封印・(ブラッドフォート)鮮血神殿(・アンドロメダ)のような宝具を持っていないとは言い切れないし。

 

「じゃあ、明日から早速動こう」

 

「うむ。気をつけろよ、ギル」

 

「ああ、そっちこそ」

 

・・・

 

「ここも、何もなし、と」

 

翌日、さっそく城に怪しいところがないか調べているが、二時間ほど経った今でもそれらしい物や痕跡は見つからない。

サーヴァントになった事で、俺でも魔術の痕跡などは微妙ながらも分かるようになっているから、見逃してるって事はないだろうけど・・・。

 

「うーむ、キャスターって言うわりには、詰めが甘いなぁ」

 

ホムンクルスの実験のためだけに俺の前に姿を現すとは・・・なんという奴だろうか。

 

「後出会ってないのは・・・ランサーとライダーだけか。どんな英霊なんだろうなぁ・・・」

 

キャスターみたいなキャラじゃなきゃ良いかな。

 

「さて・・・後探してないところはっと」

 

他の所を探そうときびすを返した瞬間・・・。

 

「うわわわわわわわ!?」

 

「!?」

 

目の前に黒い何かが着地した。

思わず王の財宝(ゲートオブバビロン)から宝具を取り出しそうになって、ようやく俺は落ちてきた物をまともに見た。

 

「・・・アサシンと・・・そのマスター?」

 

「うぇ? ・・・おー! あの時のサーヴァントさん!」

 

「久しぶり。・・・っていうか、何で此処に?」

 

「いやー、狂戦士さんに襲われちゃいまして。一人であの街にいるよりは、あなたが居る方が安全かなぁ、とこっちまで逃げてきたんだよ!」

 

大変だったんだからねー! とアサシンのマスターはいかに大変だったかを説明し始めた。

その説明を一通りしてから、少女はふぃー、と息をついて

 

「あ、そうだ。サーヴァントさん、あなたのお名前は?」

 

今思い出した、と言う風な顔をして、少女が訊いてきた。

 

「俺か? 俺はギルガメッシュ。アーチャーのクラスだ」

 

「ぎるがめーす・・・? ・・・えっと、ギルさんだね!」

 

「・・・ああ、うん。もうそれで良いよ。・・・はぁ」

 

「ギルさんか~・・・。あ、私の名前は楽元! が、く、げ、ん、ね。真名は響! 響って呼んでね!」

 

「響・・・きょう、か。良い名前だな」

 

「え、そ、そうかな。えへへ~」

 

顔を赤くして照れ始めたぞ。耐性なさ過ぎだろう。

 

「あ、そだ。こっちがアサシン。真名は」

 

「分かるよ。ハサン・サッバーハ。宝具は『妄想心音(ザバーニーヤ)』・・・だったっけ?」

 

「おおっ、ギルさん、なんでそんなに知ってるの?」

 

・・・まさか、原作を知ってるから、とは言えないわな。

 

「たまたまだよ、たまたま。・・・さて、それで響」

 

「何かな?」

 

「仲間になりに来てくれたんだよな・・・?」

 

「うん! そうだよー。狂戦士さんはかなり強いみたいだったし、槍兵のサーヴァントさんも強そうだったよ!」

 

「・・・なんだって・・・? ランサーを見たのか!?」

 

「え、う、うん。らんさーって槍兵のことでしょ?」

 

「そうだ。どんな能力だった!?」

 

「わわわっ、落ち着いてよぉ!」

 

そう言われて、ようやく響の肩を掴んでいることに気付いた。

慌てて手を放して、落ち着くために深呼吸。

 

「ごめん。焦りすぎた。・・・で、ランサーはどんな奴だった?」

 

「えっとね、増えた!」

 

「増えた?」

 

そうだよー、と言ってから、響は続ける。

 

「狂戦士さんの攻撃を避けた瞬間に、五人に増えたの! でも、元々居た一人以外は、ちょっと変だったなぁ」

 

「変?」

 

「うん。元々の一人は服にいろんな飾りを着けてたんだけど、その他の人達は緑色の服と帽子だけだったなぁ」

 

「緑色の服・・・?」

 

そんな英霊いただろうか。どこぞで三角形集めている勇者じゃないだろうな。

後は・・・妖精とか、そう言うイメージだが・・・。ランサーにはならなさそうだよなぁ。

 

「それで、マスターさんの魔力で一杯増えるみたい! 最後には十人ぐらいになってたよ!」

 

十人!? 

凄いな・・・それが全て英霊なら、ランクがどうであれ手強いことに代わりはない。

 

「増える英霊・・・。なんだか、ワカメみたいだな」

 

「え・・・?」

 

「・・・ああいや、こっちの話し」

 

響になんでもないよ、とジェスチャーしてから、考え込む。

増える、緑色、服に飾り・・・。だああああ! 分からん! 

 

「まぁ兎に角、響とアサシンが仲間になってくれるなら力強いよ。こっちにはセイバーとそのマスターも居るんだ。後で紹介しよう」

 

「せいばーって・・・剣士の人?」

 

「そう。良い奴だよ。保証する。・・・そろそろ街から帰ってくる頃かな? 会いに行こうか」

 

「うん! 宜しくね!」

 

・・・

 

「やほー! 剣士さんとその主さん!」

 

「・・・おいギル。この女は?」

 

「直接聞いてくれよ」

 

銀がヒソヒソと耳打ちしてくるので、小声で答える。

俺の言葉に、銀は思いっきり顔をしかめて

 

「・・・俺、こういう女子苦手なんだよ」

 

「んなこといわれても。仲間になったんだから、仲良くしてくれよ」

 

「・・・よろしく。丁宮だ。・・・真名は銀。銀って呼んでくれ」

 

「おぉー! 私は楽元! 真名は響! 響って呼んでね、銀!」

 

「・・・はいはい」

 

うわ、凄いな。

銀があんなにテンション低いの初めてかもしれない。

 

「剣士さんも、響って呼んでね!」

 

「了解した。私はセイバー。真名は訳あって言えぬ。すまんな」

 

「いえいえー。ハサンに教えて貰ったけど、真名ってサーヴァントにとって命綱なんでしょ? いいよ、無理しなくても」

 

「・・・ありがとう。助かる」

 

「あ、そうだ。こっちがアサシン! ほら、お辞儀して!」

 

「・・・」

 

猫背の体を更に折り曲げて、お辞儀らしい動作をするアサシン。

 

「よろしく、だって!」

 

・・・成る程、アサシンの言葉はマスターである響しか分からないのか。

 

「で、だ。人数も増えたことだし、いろいろとやることも出てくるな」

 

「ああ。アサシンが加わってくれたのは嬉しい。こいつの気配遮断はかなり使えるからな」

 

アサシン、セイバー、響、銀、俺の五人で、早速話し合いをする。

俺のマスターが月だと言うことは、響とアサシンには教えておいた。

すでにセイバー組にも教えているので、もしもの時には月を頼めるな。

 

「セイバーと銀は何か変わった事とかあったか?」

 

「いんにゃ。全くなにも収穫無し。セイバーは?」

 

「私もだ。気分が悪くなったとかいう人間はいたが、散発的だった。集団で倒れたりはしていないようだ」

 

「そうか・・・。俺も、城の中には何も見つけ出せないままだし・・・」

 

「? みんな、なんの話ししてるの?」

 

・・・ああ、そう言えば響は知らないんだっけ。

一応、キャスターと出会ったことをかいつまんで話しておく。

 

「・・・ふぅん。・・・ねぇねぇ、私の意見、言っても良いかな」

 

「構わんぞ。新参古参の区別など無いからな」

 

「そか。じゃあ遠慮無く。・・・多分、魔術師さんは自分の事しか考えてないと思うよ?」

 

響は多分だけど、と付け加えてから、続ける。

 

「魔術師さんは、きっと自分の研究を完成させたいだけなんだと思う。まわりから魔力を吸い取らないのは・・・主さんが止めてるのかな?」

 

「マスターって言うのは勝つためなら何でもする奴って聞いたけどなぁ」

 

響の言葉に、銀が反論する。

 

「私や銀、ギルの主さんだって、そんなことはしないでしょ? ・・・だったら、その人もきっとそうだよ!」

 

・・・なんだ、その妙な自信。

 

「・・・確かにな。キャスターは準備を必要とするサーヴァント。召喚された初日から準備をする勢いじゃないと勝ち残れないと言われているし・・・。やるんだったら、すでに街中が大混乱だろう。この時代に耐性のある人間など少ししか居ないのだから」

 

セイバーが響の話しを裏付ける。

 

「成る程ね。ま、一応それも案に入れておこう。キャスターが仲間になってくれれば力強いし」

 

能力はかなり良さそうだったな。失敗作とはいえ、あんな大きなホムンクルスをフラスコに入れられるんだから。

・・・作った時は「ゲッ○だぜ!」とかいうんだろうか。

 

「じゃあ、俺達はいつも通りに調べることにしよう。アサシンと響は・・・そうだな、気の赴くままに行動してくれ」

 

「それってどういう・・・?」

 

「セイバー達の手伝いをして街中を歩いて調べるのも良し、俺の手伝いしてくれるのも良し、俺のマスターを守ってくれるならなお良し」

 

「・・・最後のは、ギルの願望だろ?」

 

「当たり前だろう。俺のマスターだからな」

 

「うーん・・・じゃ、ギルさんのマスターに会いに行きたいな! 良い?」

 

「良いぞ。じゃあ、頼んだ、セイバー、銀」

 

「りょーかい」

 

「了解した。がんばれよ、ギル」

 

「そっちこそ。・・・ほら、行くぞ、響」

 

「はいはーい!」

 

・・・

 

「月、今ちょっと良いか?」

 

「ぎ、ギルさんっ? 今ですか? 良いですよ」

 

歩いている月を見つけ話しかけると、俺を見た瞬間にあたふたし始めた。

ああもう! 和むなぁこんちくしょう! 

 

「新しい仲間が出来た。響、おいで」

 

「初めまして、がくげ・・・」

 

「ん?」

 

どうした、と聞く前に、響が月に抱きついた。

 

「か、可愛いー! ギルさんの主さんだから、もうちょっと怖そうなの想像してたけど、可愛い!」

 

「ひゃ、ひゃうっ!?」

 

ぎゅう、と抱きしめて、響は月を堪能しているようだ。

 

「・・・月、一応説明しておくな。今抱きついてるのがアサシン・・・暗殺者のサーヴァントのマスター、楽元。真名は・・・」

 

「響っていうんだ! 響ってよんで! ね、ね!」

 

「は、はい・・・。私は月です。月、とお呼び下さ・・・ひっ!?」

 

「ああもー! 可愛い!」

 

・・・

 

「・・・落ち着いたか、響」

 

「・・・うぅ、お恥ずかしい」

 

「・・・へぅ」

 

「・・・」

 

なんというか、重かった。

月に抱きついて頬ずりまで始めた響にアサシンと共にため息をつき、しばし傍観。

少しして、月が本気で困り始めたので引き離す。

それでも止まらない響に、背後に王の財宝(ゲートオブバビロン)を展開し、アサシンは妄想心音(ザバーニーヤ)の右腕を晒していた。

因みに、俺の王の財宝(ゲートオブバビロン)は中身を発射しなければ魔力を感知されないし、アサシンの妄想心音(ザバーニーヤ)も発動しない限りは感知されない。

俺達の宝具を見た響はようやく自身を取り戻し・・・。

 

「枕に顔を埋めて足ばたばたしたいよぉっ!」

 

「却下。落ち着いたら、いろいろと話さないとな。響は幸い女の子だし、月もいろいろ相談しやすいだろ?」

 

「はい。女性のマスターは初めてですから、心強いです」

 

にこり、とほほえむ月。

ああ、今響がいなかったら多分抱きついてた。

 

「うぅ。ふがいないけど、よろしくね、月ちゃん」

 

「はい。よろしくお願いします、響さん」

 

うむうむ、仲が良いのは大変よろしい。

 

・・・

 

アサシン組が加わり、結構な大所帯となってしまったチーム「戦いたくないでござる」は、取り敢えずキャスターを捜すことを目標にした。

・・・が、うまくいかないのは世の常なのか、幸運Aなのに、いっこうに事態が進まない。

こう言うときに限って、やはり・・・

 

「・・・南蛮? 五湖?」

 

「はいです。その二つの勢力が、国境近くの村へと襲撃を繰り返し、民達の生活を脅かしているのです」

 

「このままでは、いつか桃香さまへの不満が出てくるでしょう」

 

「実際、国境近くの村ではすでに桃香さまへの不満が出てきていると聞いています・・・」

 

あーっと・・・

ああ、アレか。確か、猛獲との戦いか。

 

「で、現状はどんな感じなんだ?」

 

「南蛮の方は村を襲った後はすぐに南蛮領に撤退していますので、領土を奪おうなどの野心はなく、一過性の物だと思います」

 

「成る程。・・・じゃあ、西から来てる・・・五湖の方は?」

 

「西の方は、村を一つ占拠して、その村を拠点に周囲へ被害を及ぼしています。優先すべきは、こちらだという結論に至りました」

 

「それで、南方の警備兵達が立てこもっている砦には将と兵五千を派遣し、防衛に徹することとなったのです」

 

「ふぅん。それで、将は誰に?」

 

「紫苑さんが将で、恋さんが副将。そして、ねねちゃんがお二人の補佐へと当たることになりました」

 

ふむふむ。

 

「じゃあ、まずは西から対処するんだな?」

 

「はい」

 

南蛮はともかく、五湖は不気味だ。何が起こるか分からないし・・・。

 

「・・・なら、俺もそれに着いていこう」

 

「ぎ、ギルさんもですか!?」

 

「駄目かな?」

 

「い、いえ、ギルさんが加わってくれればとても心強いですが・・・」

 

こうして、俺は五湖制圧へと着いていくことになった。

何もなければ、それで良いんだけど。

 

・・・

 

「へぅ。ギルさん、戦いに行ってしまうのですか・・・?」

 

「ああ。ごめんな、月」

 

「・・・いえ。ギルさんはちゃんと帰ってきてくれるから、大丈夫です」

 

「留守の間は・・・響、月と詠を頼んだぞ」

 

「了解っ。任せてよ!」

 

メイド服姿の響が元気に答える。

何故メイド服かというと、月や詠の近くにいて貰うためには、侍女という立場が適してる。響も仕事先を探していたことだし、ちょうど良かった。

なので、今響は侍女見習いと言うことで月や詠と一緒に働いているのだ。

その近くには、気配遮断で三人を見守るアサシンが居るのも忘れてはならない。斥候もついでに排除してくれてるし、かなり心強い仲間だ。

 

「それじゃあ、頼んだ」

 

「うんっ」

 

「ギルさん、その・・・頑張って、下さいね?」

 

「大丈夫だよ、月」

 

三人に別れを告げて、部屋を後にした。

さて、次はセイバーか。

 

・・・

 

「私も五湖の方だぞ。マスターは南の守りになったがな」

 

「そうなのか。なんだ、セイバーが行くなら俺が行かなくても大丈夫だったな」

 

「そうでもあるまい。バーサーカーなど二人でも勝てるか分からんし、まだ見ぬライダーや増えるランサーなど不安はいくらでもある」

 

「あ~・・・そうだったな」

 

それも含めて、準備はしていかないと。

 

・・・

 

西へと進軍して数日。敵までの距離が残り四里になったところで、戦闘態勢をとる。

斥候を放ち、出来る限りの準備をして・・・。

 

「見えた! 鈴々、行くぞ!」

 

ついに、五湖とぶつかる。

俺もみんなから見えないように宝物庫から蛇狩りの鎌(ハルペー)を取り出す。

なんだかんだ言って、結構愛着があるのだ。

 

「ゆくぞ! 我々の国を守るために!」

 

愛紗の声に、兵達が雄叫びを上げる。

さすがは愛紗だな。

突撃していく愛紗達に遅れないように馬を走らせる。

 

・・・

 

「敵が引いていく・・・」

 

かなり統率のとれた動きをしてるな・・・。やっぱり、不気味な国だ。

ふむ、取り敢えずは何事もなかったな。

良かった良かった。

 

「ギル、どうだった」

 

「こっちは異常なし。セイバーは?」

 

「こっちもだ。・・・だが、まだ気は抜くなよ」

 

「了解だ」

 

セイバーと別れる。

兵士達はこれから軍を再編成したり、村の復興を支援したりするそうだ。

桃香達はそこから少し離れたところで将だけで話し合いをしているので、そこへと向かう。

 

「このあたりに鎮守府を築き、兵隊さんを常駐させておくしかないかと・・・」

 

「でも、こんな辺境にずっといるの、可哀想じゃないかなぁ・・・?」

 

えっと、確か此処は・・・俺が天の御使いの代わりに言っておかないといけないな。

 

「なら、半年ずつ、二回に分けて兵隊を交代させればいい。一年くらいの勤務なら、我慢も出来るだろうし」

 

「あ、お兄さん」

 

「・・・それだったら、皆さん我慢してくれますね」

 

「よう。話し合いは大分まとまったか?」

 

「うん。後はえっと、此処で兵を率いる将軍も必要だよね」

 

「我等の内の誰かが赴任するのが一番だが・・・曹操達との戦いが控えている以上、それも無理だな」

 

「ならば・・・張仁、呉懿、呉蘭の三人に任せればいいのではないか?」

 

「あの三人ならば安心だな」

 

「あ、あと、法正さんもつけてください。それで内政、計略面でも安心かと」

 

「了解。じゃあ、それでいこー」

 

方針が決まった後、軍を動かすために、何人かの将が村へと向かう。

残ったのは桃香、朱里、雛里と俺だ。

 

「ふぅ、次は南蛮の方かな?」

 

「そうですね。此処の処理が終わったら、すぐに向かいましょう」

 

朱里がそう言った瞬間、聞きたくない声が聞こえた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

大音量の雄叫び。

それに、魔力の反応! 

 

「バーサーカー!?」

 

「え? え? ・・・な、なにっ?」

 

百メートル先の荒野に着地するバーサーカー。

 

「はわわっ。ま、前に見た・・・」

 

「ちっ・・・。桃香! 朱里と雛里を連れて下がってろ!」

 

こんな真っ昼間から攻めてくるとは・・・! 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「ひゃうっ!」

 

「はわわっ」

 

「あわわっ・・・!」

 

三人は腰が抜けたらしい。ぺたりと地面にへたり込み、動けないようだ。

向こうから愛紗と鈴々が駆けてくる。少し遅れて、翠達も走ってきているようだ。

セイバーがこの声を聞きつけていることを祈ろう・・・セイバーが来るまでは、俺がやるしかない

 

「行くぞ、バーサーカー。俺一人では不満かもしれないがな」

 

「ギル殿っ! こやつは・・・!」

 

「バーサーカーだ。前に言った狂戦士。桃香達のそばにいてやってくれ」

 

背後に王の財宝(ゲートオブバビロン)を展開する。

兵士たちは遠くにいるし、ここには将しかいない。

短時間ならば、宝具の行使も可能だろう。

 

「なっ・・・!?」

 

サーヴァントのことを知らない将達が驚いている。

だけど、今はそんなこと気にしている場合じゃない。

抜き取った宝剣でバーサーカーに斬り掛かる

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「はあああああああああああああああ!」

 

薙刀と宝剣がぶつかる。

宝剣は一撃で弾かれ、宝物庫へと帰っていく。

 

「ちぃっ! 次ぃ!」

 

続々と宝具を抜いて、攻め立てる。

 

「はあああああっ!」

 

俺の振るった剣を後ろに下がって避けるバーサーカー。

薙刀を消して、手に刀を出した。

 

「刀・・・?」

 

弁慶で刀・・・まさか、千本の刀集めか・・・!? 

 

「おおおおおおおおっ!」

 

両手に持った太刀で斬り掛かってくるバーサーカー。

挟むように振るわれた太刀を防ごうとするが、宝具を取り出す時間がない。

仕方なく、腕でガードする。

 

「ぐぅっ・・・!?」

 

めきり、と嫌な音がして、両腕に痛みが走る。

力が入らなくなって、だらりと腕が下がる。

見てみると、鎧が凹んでいた。・・・嘘だろ。

 

「おおおおおっ!」

 

「ちっ!」

 

背後から宝具を射出して、バーサーカーを足止めする。

バーサーカーは太刀で次々と防ぐ。

防ぐ、折れる、防ぐ、防ぐ、折れる・・・。

いくらでも太刀が出てくるのは、少し俺の王の財宝(ゲートオブバビロン)と似ているな。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「しまっ・・・!」

 

太刀の一本を投げられる。

予想もしていなかった一撃を避けようとしたが、間に合わず、肩に思いっきり喰らってしまった。

太刀は肩に突き刺さり、痛みを伝えてくる。

 

「い・・・てぇ・・・!」

 

がくり、と膝をついてしまう。

宝具の雨が止み、バーサーカーが突っ込んでくる。

 

「おおおおおおおお!」

 

「ていやああああああああ!」

 

目の前を通り過ぎる、影。

 

「間に合って、くれたか」

 

「またこうなるとはな。バーサーカーに嫌われてるのか? ギル」

 

目の前に立っているのは、雌雄一対の剣を持つ剣士・・・。

 

「出来る限りの援護はする。・・・すまん」

 

「謝ることはない。・・・私も、今度こそ奥の手を出すとしよう」

 

そう言って、詠唱を始めるセイバー。

真名開放じゃない・・・? 

 

「我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは」

 

・・・? 

なんだか、何処かで聞いたことのあるような・・・。

 

「心を同じくして助け合い、困窮する者達を救わん」

 

・・・そうか、そうだよ、後ろにいるじゃないか。これを言った人達が。

 

「上は国家に報い、下は民を案ずることを誓う」

 

バーサーカーが突っ込んで来るも、気にしないようにセイバーは詠唱を続ける。

 

「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも」

 

「・・・これって・・・」

 

桃香達が気付いたらしい。

どういう事だ、という愛紗の声も聞こえる。

 

「願わくば、同年、同月、同日に死せん事を」

 

詠唱を終えたセイバーが、右手の剣を高く掲げる。

 

「固有結界・・・『桃園結義』」

 

あたりが荒野から桃園へと変わる。

いつのまにか、掲げた剣には偃月刀と、蛇矛が共にあった。

バーサーカーは変わった世界に戸惑ったのか立ち止まる。

 

「どうだ、狂戦士よ。桃園は美しいだろう」

 

セイバーはそう言うと、剣をバーサーカーに突きつける。

 

「我が名は劉備! 私一人では弱き力であるが・・・兄弟と共に戦うならば、負けはせん!」

 

「我は関羽。この青龍偃月刀にかけて・・・お前を討つ!」

 

「俺は張飛! 命のやりとりをしようじゃないか!」

 

あたりは、一変していた。

荒野は桃園へ。舞っていた砂は花びらへ。

セイバー・・・劉備は、関羽、張飛と共に、バーサーカーへと向かっていく。

 

「はああああああああっ!」

 

「ぬぅうううおおおおおおおおお!」

 

関羽と張飛の重い一撃がバーサーカーを捉える。

バーサーカーは両手に持った太刀でそれぞれ防ぐが、一瞬も持たずに砕ける。

すぐに『岩融(いわとおし)』に持ち替えたバーサーカーは、雄叫びを上げて薙刀を振り回す。

 

「そこだっ!」

 

関羽と張飛に気をとられすぎたバーサーカーは、劉備の接近に気付かず、一撃を食らう。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! !」

 

「今回は前回のように逃がしはしないぞ!」

 

劉備がバーサーカーにそう言い放って、関羽、張飛と共にバーサーカーを攻め立てる。

 

「凄いな・・・」

 

劉備、だったのか。

 

「お兄さん!」

 

「桃香」

 

いつのまにか駆け寄ってきたらしい桃香達が、当然の疑問を口にする。

 

「あれって・・・劉備って言ってたけど・・・」

 

「間違いないよ。あいつは劉備。英霊の、劉備だ」

 

「英霊・・・?」

 

ああ、そこからか。

俺は愛紗と朱里にした説明をもう一度みんなにする。

朱里のフォローもあり、すぐに理解してくれたみたいだ。

 

「だから、あの劉備、関羽、張飛は本物だ。男なのは・・・まぁ、見なかったことに」

 

「でも、不思議な感じ・・・。男の人の自分を見るなんて・・・」

 

だろうなぁ。

・・・ああ、もしかしてセイバー、こう言うのが嫌で真名を隠していたんだろうか。

 

「兎に角・・・俺も援護しないと・・・」

 

「駄目だよお兄さん! 腕が変な方向に曲がってるんだよ!?」

 

そう言えばそうだったな。ちょっと麻痺してきたから忘れてた。

改めてみると、かなり酷い。まぁ、斬られずひしゃげただけだから、治るのに時間はかからないだろうが・・・。

 

「それにしても・・・英霊って凄いんだな。まわりの景色が一変してる」

 

固有結界・・・まさか、セイバーの奥の手がこれだとはな。

確か、一番魔法に近い魔術・・・だったはず。

何度目かの剣戟の後、バーサーカーが消える。

 

「き、消えたっ!?」

 

「・・・令呪か」

 

多分、令呪で呼び戻したんだ。固有結界の中から引っ張り出すには、そうするしかないだろうし。

 

「・・・ふむ」

 

セイバーが固有結界を解く。桃園や関羽、張飛が消えていく。

 

「・・・無事か、ギル」

 

「無事に見えるか?」

 

「言い返せるのなら無事だな。しばらくバーサーカーは襲いかかってこないだろう。かなり痛めつけてやったからな」

 

確かに、固有結界を発動した後の猛攻はすさまじかった。

劉備、関羽、張飛の武にくわえて、三人の連携。流石のバーサーカーも押されていたな。

 

「あ、あの・・・」

 

「む・・・」

 

桃香がセイバーに声をかける。

 

「劉備・・・さん、ですか?」

 

「やはり、ばれてしまったか」

 

劉備は気まずそうに苦笑いを返す。

 

「ま、今は南の紫苑たちの所へ急ごう。話しは道中すればいい」

 

「そ、そうだね・・・。うん。じゃあ、みんな、行こう!」

 

すでに準備の整っていた兵士達を連れ、俺達は南へ急行した。

 

・・・

 

「くそっ! こんな事で令呪を一つ使わされるとは!」

 

「しかし興味深いですね。今まで使おうとしても使えなかったのに」

 

「そんなことはどうでもいい! ・・・しかしセイバーめ・・・固有結界とは・・・」

 

・・・

 

「まぁ、今説明したとおり、私は君と・・・劉備玄徳と同じ存在だ。だが、私と君では相違点がある。まず、性別だな」

 

南蛮へ向かう道中、セイバーは桃香達に少し説明をしていた。

桃香と愛紗、鈴々と朱里だけを近くに集め、セイバーと俺が説明をする。

 

「そうだよね。正刃さんは男の人・・・だもんね」

 

桃香がセイバーを見てうぅん・・・と唸る。

 

「ですが、やはり凄い話しですね。望みを叶える杯とは・・・」

 

聖杯の事か。

でも、あれって欠陥品なんじゃなかったか? 

それに、この世界にあるんだろうか、聖杯。

 

「話しが大きすぎて、ついて行けないのだー・・・」

 

鈴々がぐたー、と馬にしなだれる。

 

「まぁ、あの狂戦士には何人人間がかかっても倒せないだろう。俺達に任せることだな」

 

恋なら少しは渡り合えるか? ・・・数合もったら良い方か。

まぁ、月と詠を拾ってくれた恩もあるし、桃香達は守らないとな。

 

・・・




「劉備様っ!」「はーい」「うん?」「・・・えっ?」「えっ」「えっ」

兵士が呼びに来るたびにこんな事態が起きるようになってしまったので、真名が分かってからもセイバーは正刃と呼ばれるのだった。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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サーヴァントステータス セイバー

アーチャーの真名は真っ先に判明していますが、おそらくステータスの開示は最後になると思います。


クラス:セイバー

 

真名:劉備玄徳 性別:男 属性:秩序・善

 

クラススキル

 

騎乗:D

馬には乗れる。他はほとんど乗りこなせない。

 

保有スキル

 

直感:B

戦闘時、このスキルのおかげでセイバーはバーサーカーとも渡り合えていた。

 

カリスマ:B

関羽、張飛と言った武人や諸葛亮など、様々な仲間を引きつける程のカリスマ。

 

能力値

 

 筋力:B 魔力:E 耐久:B 幸運:C 敏捷:B 宝具:C

 

宝具

 

凶馬・『的盧』

 

 ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人

 

劉備が乗っていたという的盧のある馬。しもべが乗れば客死し、主が乗れば刑死するという凶馬。

だが、劉備はこの馬に乗り、幾度も難を逃れていた。

宝具ではあるが、戦闘用ではなく、だいたい逃走用。結構早いらしい。鞭を打つと、気合いが入って跳ぶ。・・・凶馬?

 

固有結界『桃園結義』

 

 ランク:? 種別:? レンジ:? 最大補足:?

 

劉備が関羽、張飛と共に結んだ『桃園の誓い』に由来する。発動すると、桃園へと世界を塗り替え、関羽、張飛を召喚する。

召喚した二人に劉備の魔力を分けて居るため、個々の力は劣るが、連携によってそれを補う。

その宣言通り、劉備、関羽、張飛の三人を同時に倒さなくてはいけないため、この固有結界を抜けるのは至難の業。




固有結界を持つセイバークラスのサーヴァント。
マスターの魔力が豊富なため、発動に制約が少なく、本気を出して聖杯戦争を戦い抜いていれば、最後まで勝ち抜けたと思います。
魔術的にも性格的にもマスターとは相性がよく、恵まれているといえるでしょう。


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第八話 南蛮と仮面と騎兵と

いったい何スロットさんなんだ・・・!

それでは、どうぞ。


「ゆーえちゃん!」

 

「あ、響さん」

 

ギルガメッシュ達が出かけてから数日。

響は月へと声をかけた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「どうかしたって訳じゃないんだけどね。今からお昼でしょ? 詠ちゃんも誘ってお昼食べに行こうよ!」

 

「もうそんな時間ですか。・・・そうですね、そうしましょう。詠ちゃんは確か・・・お洗濯してるはずです」

 

「じゃ、迎えに行きますかー!」

 

「はいっ」

 

メイド服を着た奇妙な二人は、益体の無い話をしながら詠のいる所まで歩き始めた。

 

・・・

 

「詠ちゃん」

 

「あ、月。どうかしたの?」

 

「あのね、お昼一緒に食べよう?」

 

「もうそんな時間・・・うん、良いわよ」

 

メイド服三人娘は街へと向かって歩いていく。

途中、うげっ、と声が聞こえたが、響が

 

「ああ、多分ハサンじゃないかなぁ。あの子、私たちを守ってくれてるんだよ」

 

そう言った後、響は誰もいない草むらに向かってありがとねー、と声をかけ、再び歩き始める。

 

「そだ、今日は街でお昼食べよっか」

 

「良いわね。取り敢えず街に出てから考えましょ」

 

・・・

 

「ちょっと、どこまで行くのよ、響」

 

「えへへー、こっちの路地裏に、美味しいラーメン屋、見つけたんだー」

 

「へぅ、響ちゃんは元気だね・・・」

 

町へと出てきた三人は、響の先導で美味しいラーメン屋があるという路地裏まで来ていた。

昼間でも若干薄暗く、人通りもほとんど無い道を歩いていくと、先を歩いていた響が何かにぶつかった。

 

「ひゃうっ、っとと、ごめんな・・・さい・・・?」

 

「ああ? ・・・んだ、お前ら」

 

強面の男が振り返り、三人を視界に入れる。

じろじろと一通り見てから、にやり、と笑い

 

「こいつは良い所に来たな。ちょうど商品が足りなくて困ってたんだ。良い感じに着飾ってるし、そのまま連れて行けるな」

 

その言葉を聞いた響が男の足元を見ると、縄で縛られた何人かの子供が見えた。

 

「ふぇ? えーと・・・ひ、人攫いさん?」

 

「そのとおりだぜ。こりゃ高く売れるなぁ」

 

「・・・響、さっさと片付けなさい。アサシンなら数秒もかからないでしょ?」

 

なにやら一人で喜んでいる人攫いを前に、詠は呆れたようにため息をつきながらそういった。

響は、あ、そっか、と何かに気づいたように声を上げてアサシンを呼ぼうと試みる。

 

「きて、アサシ・・・」

 

「おいおい、そういうのはいけないんだぜ?」

 

「ン・・・て、誰?」

 

三人が来た方向とは逆の方向からやってきたのは、紙袋を被った男と奇妙な被り物をした人影だった。

 

「・・・あれ、あのオレンジ色のほう・・・サーヴァント?」

 

「なんですって? ・・・アサシンは引っ込めておきなさいよ」

 

「りょ、了解っ」

 

詠に言われたとおり、響はアサシンにもう少しだけ隠れてて、と命令を下した。

そんなことをしているうちに、男たちはすでに臨戦態勢に入ってしまっていた。

 

「変な被り物しやがってよぉ。・・・いいぜぇ、少し痛い目見てもらおうか」

 

「いや、攫うのは駄目だからその子達を放せって言っただけなんだけど・・・ああもう、めんどくせえな。ライダー、やっちまえ」

 

「んだよ、そこまで言っておいて俺にやらせんのかよ。・・・ったく、しゃーねーなー」

 

そういうと、ライダーの身に着けている外套から、黒いもやで構成された手が出てくる。

 

「ちょっくら、寝てろ」

 

ライダーが男に手を翻すと、男は何度かふらついた後、その場に倒れてしまった。

やれやれ、とライダーのマスターがため息をつくと、月たちに声をかけた。

 

「無事かー?」

 

「あ、うん! ありがとねー!」

 

「あー、礼はこっちに言ってくれ。俺はただついてきただけだからよー」

 

「ケケ、おら、この子達解放するぞ」

 

「あーはいはい。分かってるって。悪いけど、手伝ってもらって良いかー?」

 

「もちろんっ!」

 

四人で子供たちにつけられていた縄などを解き、その縄で人攫いを拘束した。

その時、人攫いの顔を見ていた詠が何かに気づいたように声を上げる。

 

「・・・この男、どっかで見たことあると思ったら、手配書だわ。こいつ、ここ最近子供たちを攫って売ってるらしいのよ」

 

「そなの? ・・・だったら、子供たちと一緒にお城に連れて行こう? この子たちの親も捜さないと」

 

「そうね。・・・そうだ、そこの変な被り物した二人組。助けてくれてありがと。一応謝礼とかあるから、城に来てもらっていいかしら」

 

詠の言葉に、ライダーたちは被りを振った。

 

「いらねえよ。特に何もしてねえしな。・・・それより、あんたたち、マスターだろ?」

 

「っ! 気づいてたの?」

 

「そっちの女がサーヴァント呼ぼうとしてたの、こいつが感知してたんだ」

 

「このくらい近くなら、呼ぼうとしたときの念話の魔力で分かるもんだぜ。クラスまではわからんけどさ」

 

「だから、俺たちを見逃してくれればいいかなぁって」

 

「・・・そう。分かったわ」

 

「お、話が分かるな。じゃーなー」

 

そういい残し、ライダーたちは去っていった。

 

「・・・アサシン、人攫いさんを連れてお城に行って。で、兵士さん何人か呼んできて」

 

こくり、と頷いたアサシンが人攫いとともに屋根に消える。

 

「ねえ、響?」

 

「ん?」

 

「アサシン、兵士呼んでこれるの?」

 

「ああ、いくつか言葉を書いた竹簡を持たせてるの。だから、呼んでくるだけなら出来るんだ」

 

「準備いいわねぇ、意外と」

 

「まぁ、ギルさんに言われたことなんだけどね・・・」

 

「・・・ああ、そう」

 

「えへへー」

 

「二人ともー、お話してないで、みんなの介抱手伝ってよー・・・」

 

「あ、ごめん月!」

 

「い、今すぐ手伝うよーっ!」

 

泣きじゃくる子供たちの世話にしばらく奔走していると、やがて数人の兵士が到着し、子供たちを城へと連れて行くことになった。

 

・・・

 

「そういえば、あいつらのクラスってライダーってやつでいいのかしら」

 

「たぶん。あのマスターさん、ライダー、やっちまえ、って言ってたし」

 

「じゃあ、騎兵の人なんだね。・・・どう見ても、馬に乗りそうなカッコじゃなかったけど」

 

「そ、そうだね。でも、あの人達は・・・悪い人じゃないみたいだね」

 

「そうだね。人助けしてたし」

 

「・・・兎に角、帰ってきたらギルに知らせてあげれば? 一応ハサンにも警戒して貰っておいた方が良いわ」

 

「ん、そうするよ、詠ちゃん」

 

・・・

 

「・・・おや」

 

「どうした? キャスター」

 

「街中で魔力使ってるのがいるね」

 

「・・・凄いね。何? 宝具?」

 

「それはないだろうね。宝具なんて使ってたらすぐ分かる。うーん・・・何かの魔術かな?」

 

「魔術? ・・・二人目のキャスターとかいうことじゃないだろうね・・・」

 

・・・

 

セイバーの正体は劉備だと言うことは一部の将だけの秘密となった。

呼び方も、劉備と呼ぶとややこしいので、これまで通りセイバーと呼ぶことに。

 

「それにしても、セイバーの奥の手って固有結界だったのか」

 

将達との話が終わった後、俺とセイバーは銀の所へと戻り、一緒に歩いているところだった。

 

「うむ。私には宝具らしき宝具はないからな」

 

「そう言えば銀は大丈夫なのか? 魔力とか」

 

気になったことを銀に聞いてみる。

 

「ん? ああ、セイバーから聞いてたんだけどさ、あれってセイバー達が維持してるみたいなんだよな。俺は展開する魔力だけだから、そんなでもない」

 

「そうなのか」

 

4次の時のライダーみたいなものかな。でも3人で維持するって凄くないか。

話の途中、ふと、魔力を感知した。場所は・・・蜀!? 

 

「セイバー」

 

「ああ、私も感じた。蜀で誰かが戦ったのか・・・?」

 

「まさか、アサシンとバーサーカーとか・・・」

 

「それはあり得ないだろう。いくら何でも白昼堂々街へと出現させたりはしない」

 

「そうだよな。・・・何かあったら俺を呼べとは言ってあるけど・・・」

 

何かあれば令呪で俺を呼び寄せろとは言っておいたが、果たして月は令呪を発動できるんだろうか。

3つしか無いので試すことも出来ずに此処まで来てしまったが。

 

「アサシンの気配遮断と素早さは一級品だ。小柄な少女2、3人抱えて逃げるくらいは出来るだろう」

 

「ああ。・・・それに、もう魔力が使われた形跡がない。多分大丈夫・・・かな」

 

無事だと良いけど。

そんな話をしていると、南方で南蛮を押しとどめている紫苑たちの元へと到着した。

いきなり現れた大軍に南蛮兵は驚いたらしく、すぐに撤退していったので、紫苑たちと合流して、蜀へと戻る。

さて、月と響から話を聞かないとな。

 

・・・

 

蜀へと戻ってきた。

桃香達には悪いが、すぐにセイバーと銀を連れて月の元へ。

 

「月っ!」

 

「あ、ギルさんっ。おかえりなさい」

 

月が笑顔で駆け寄ってくるので、頭を撫でながら声をかけた。

もう頭を撫でるのが恒例になっているな。

 

「ただいま。向こうで魔力を感じたけど、サーヴァントに襲われたのか?」

 

「いいえ。えっと、あと少しで響さんと詠ちゃんが休憩だから、その時にお話します」

 

「分かった。セイバー・・・は、ともかく、銀は鎧を外してこい」

 

「りょーかい。じゃ、一旦解散だな。行こうぜ、セイバー」

 

「うむ。また後でな、ギル」

 

二人は鎧をならしながら城へと消えていく。

 

「・・・ギルさん」

 

「ん?」

 

「先にお話してしまいますけど、私たちが見たのは騎兵の英霊でした」

 

「ライダーか。真名とかは分かった?」

 

「いいえ・・・なんだか、詳しく見ようとすればするほどもやがかかったようになってしまって・・・」

 

「そうか・・・それ、もしかしたらそういう宝具なのかもな」

 

「へぅ・・・お役に立てず、申し訳ありません・・・」

 

「気にするなって。月はいつも頑張ってくれてるんだ。それだけで嬉しいよ」

 

「えへへ・・・そういってもらえると嬉しいです」

 

今にも泣きそうだった月が笑顔になったので安心していると、背後から響の声が聞こえてきた。

 

「あ、いたいた! ギルさーん! 月ちゃーん!」

 

響の声に気付いた俺達は二人と合流した。

すぐにセイバーと銀も来たので、ぞろぞろと中庭へと向かう。

 

・・・

 

「それで、二人とも被り物をしていたんだな?」

 

「はい。それで、ライダーのほうは黒い外套も身に着けてました。そこから、黒い腕がにゅっと出てきたんです」

 

「身長とかは?」

 

「隣に立っているマスターさんより大きかったと思います」

 

「そだね、九尺はあったんじゃないかな」

 

うーむ、約2メートルほどか・・・?

とすると、結構でかいな。

 

「ああ、後あれね。なんか、サーヴァントが見づらい感じがしたわ」

 

詠が思い出したように言った言葉に、セイバーが反応した。

 

「見づらい?」

 

「ええ。こう・・・ぼんやりと見るだけなら問題ないんだけど、細部を見ようとすると見づらくなるというか・・・」

 

・・・まさか、ランスロットとかじゃないだろうな・・・。

 

「・・・直接戦うときはそこに気をつけないと駄目だろうな」

 

「そうだな。あと、マスターや君たちは一人で接触しないこと。私かギル、ハサンと共に接触すること。良いな?」

 

「はい。分かりました」

 

「ふん。ま、いいわ」

 

「はーいっ」

 

セイバーの言葉に、三人娘はそれぞれの返事を返す。

 

「マスターは?」

 

「ん? ああ、文句ないぜ。了解だ」

 

「よし。ならば、今日は解散しよう」

 

・・・

 

将達が集まって、いつものように会議を行う。

会議で良いのだろうか。軍議・・・とも何か違う気がするしなぁ、と変なことを考えながら朱里達の話しを聞く。

曰く、曹操、孫策の二つの勢力に対抗するには、今この時期にどれだけの領土を手に入れられるかが勝敗の分かれ道だ、と。

 

「でも、南にある南蛮って国のこと、鈴々はよく知らないのだ。どんなとこなのだー?」

 

「未開の地、と言ったところです。暑くて、虫がいっぱいいて、密林が生い茂っているところですね」

 

それを聞いた蒲公英が嫌そうな声と顔で文句を言うと、それに魏延が蒲公英に挑発の言葉をぶつけ、それからはいつも通り売り言葉に買い言葉だ。

言い争っていた二人を止めた後、桃香が朱里に南蛮の情報が少なすぎると意見をあげた。

 

「確かにそうですね。ですが、南方の村が頻繁に襲われている今、あまり悠長にはしていられません」

 

「朱里の言うとおりだな。近頃南方の村では桃香さまに対する不満が募っていると聞く。このままではまずい」

 

その後、順調に会議は進み、俺は朱里と雛里の手伝いをすることになった。

天の御使いが居ないので、その代わりに南蛮へ持って行く物などを二人に教えないとな。

 

「薬を沢山、ですか?」

 

「そう。暑いって事はすぐに食べ物が駄目になるって事だからな。食あたりとかの対策に薬を沢山持って行かないと」

 

今、俺は朱里達の部屋で持ち物の確認などを行っている。

あ、水を濾過する装置も進言しておいた方が良いのかな。

 

・・・

 

南蛮へと出発する前日、信じられない物を見た。

 

「どうしてこうなった・・・」

 

「どうしてだろうねぇ・・・」

 

目の前には、かなりカオスな状況ができあがっていた。

 

「なーんで、俺がこんなところに・・・」

 

「・・・」

 

「むむ、この二人・・・なかなか出来るな・・・」

 

今、俺の視界には街の人達が作った人垣に、屋根の上でにらみ合う三人の姿が映っている。

一人は、華蝶仮面。

そして、外套を身に着けたライダー。

更に、アサシン。

この顔を隠した人達のにらみ合いの理由は、少し前の事件まで遡る。

 

・・・

 

南蛮出発の前、最後のライダーを探すチャンスだった。

これを逃せば、南蛮から帰ってくるまで探すのはアサシンだけになる。

それだけでは危険だと言うことで、俺とセイバーも出張っているわけだ。

 

「にしても、見つからないなぁ」

 

「そんなに簡単に見つかったら苦労しないって」

 

「もうここから出て行ったのかもしれないしなぁ」

 

ここに住んでいるという可能性は少ないだろうし、ありえるな。

因みに、響が一緒にいるのは月、詠共に仕事を抜け出せないからだ。

今度二人に労う意味で何処か連れて行ってあげようと思う。

 

「それにしても、手がかり無しで探すのは辛いよねぇ」

 

「だなぁ・・・響は一応目撃者なんだから、頼りにしてるぞ」

 

「うんっ、頼りにされますっ」

 

そんな話しをしながら街を歩いていると、俄に騒がしくなってきた。

 

「なんだろう。なんかあったのかな?」

 

「取り敢えず行ってみようよ!」

 

「ん、ああ・・・」

 

響に手を引っ張られるままに騒ぎの元へ。

人垣が出来てきている場所で野次馬の仲間入りを果たした俺達は、まわりの人に状況を尋ねる。

 

「なんでも酔っぱらいが喧嘩を始めたらしいんだよ。で、喧嘩がどんどん熱くなって、ついに剣まで出たんだけど・・・」

 

「だけど?」

 

「こう、ばばっ、と出てきた華蝶仮面が二人の争いを止めたんだよ。そしたら、変な被りもん被ったやつまで出てきてさー」

 

変な被り物って、まさか・・・。

 

「響、ちょっと行ってくる」

 

俺が声をかけると、響はこくりと頷く。

 

「ちょっとすまない! 道を空けてくれ!」

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)からエアを取り出し、人垣をかき分けていく。

騒ぎの中心までたどり着くと、すでに酔っぱらい達は気絶していた。

だがすでに、別の騒ぎに発展しているらしかった。

 

「おぬしは相当な人見知りなのだな。顔だけではなく、頭全体を隠しているとは」

 

「人見知りぃ? むしろ知らない人に突っ込んでく方だぜ、俺。・・・っつーか、直接戦闘は苦手とはいえ俺英霊だぜ? それに立ち向かえてるってお前・・・人間やめてんの?」

 

「ふふふ、私は人間をやめてなどいないさ」

 

華蝶仮面とライダーがにらみ合ってる・・・!? 

なんてことだ。

英霊に人間が勝てないはず・・・なのだが、会話を聞くにどうもいい勝負をしているらしい。どういうことだ。

にらみ合いのまま、少しの時間が流れる。

そして、二人の中間あたりに現れるアサシン。

 

「なっ・・・!」

 

「なんだと!?」

 

華蝶仮面もライダーも、理由は違えど驚いているようだ。

 

「響、なんでアサシンを向かわせた?」

 

「だって! いくら華蝶仮面が強くても、英霊には勝てないよ!」

 

いや、だいぶ押していたけど・・・なんてこった。思わず頭を抱えた。

 

「おぬしは・・・なんだか禍々しい仮面を付けているな」

 

そりゃあ禍々しいだろうよ。暗殺者の仮面だし。

 

「アサシンか・・・っつーことは、マスターも近くにいるのかね?」

 

ライダーはライダーで戦闘態勢を取り始めるし・・・。

ぴりぴりとした空気が街に漂う。

 

「どうしてこうなった・・・」

 

こうして、冒頭に戻るのである。

 

・・・

 

にらみ合いを続けている三人だが、このままにしておく訳にもいかない。

そのうち警備の兵士達が来て、騒ぎが大きくなることは必至だ。

 

「・・・俺が止めるしかないか」

 

「えっ・・・!? あ、あれに混ざるの・・・?」

 

響が信じられないと言う顔をして言う。

・・・確かに、ドクロの形で顔に縫いつけているような仮面に、煌びやかな蝶の仮面。そしてトドメはよく分からないオレンジ色の被り物だ。

混ざりたい訳がない。

 

「・・・俺がやらなきゃ誰がやる」

 

「・・・お、男だ・・・男だよギルさん・・・」

 

だが、あれに素顔で参加は勘弁願いたい。何か・・・何か無いかな・・・。

宝物庫を探ってみると、何故かひょっとこの仮面が入っていた。・・・こ、これをかぶれと? 

だが、すぐにでも参入しないと危ない感じだ。

俺は路地裏に入ると、ひょっとこお面をかぶり、金の鎧を装着してから屋根の上に飛びだした。

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

「何だお前・・・ひょっとこ? 今日は仮装大会なのか?」

 

「また新しい仮面の男・・・私の知らない仮面がこんなに大量に・・・?」

 

「・・・」

 

・・・凄く・・・空気が痛いです・・・。

なんて言ってる場合じゃないな。

 

「華蝶仮面、矛を収めてくれ。ライダー、あんたに話しがあるんだ。アサシンもちょっと下がってて」

 

「・・・俺に話し?」

 

華蝶仮面は一応矛を立てて戦闘態勢を解いてくれた。アサシンも俺のお願いを聞いてくれた。

ライダーも話を聞いてくれそうな感じだ。良かった良かった。

 

「ああ。ちょっと着いてきてくれ」

 

「・・・信用できねえなぁ」

 

「そこは信用してくれとしか言えないな」

 

「・・・ひょっとこだし」

 

「それは放っておいてくれ・・・」

 

どうしよう。もうすでに心が折れそうだ。

 

「・・・ま、良いだろう。一応信用する。悪そうな奴じゃ無さそうだしな」

 

「ありがとう。着いてきてくれ。・・・あ、華蝶仮面、そろそろ警備兵が来るぞ」

 

そう言い残して、屋根の上を逃走する。

ライダーも着いてきてくれているらしい。アサシンは響を抱えて来るから少し遅いが、十分追いついてきている。

さて、説得はこれからだな。

 

・・・

 

「・・・成る程。戦いを望まないチームを作っているのか」

 

ああ、なんだか久しぶりに聞いた英単語だな。

 

「そうだ。セイバー、アサシン、で、アーチャーである俺が今のところチームに入ってる」

 

今、俺達は城壁の上で話しをしている。アサシンにセイバーを呼んできて貰い、サーヴァントだけの話し合いだ。

 

「そこに、俺も入れ、と」

 

「そんな感じだな。で、どうだ?」

 

「ふーん、まぁ、お前たちからは悪い感じはしないし、仲間に入っても良いとは思う」

 

「おお! それじゃあ・・・」

 

セイバーが嬉しそうな声色を出す。

しかし、ライダーは悪いんだが、と前置きしてから

 

「少し時間をくれ。マスターとも話し合うからさ」

 

まぁ、ライダーだけで決められないよなぁ。

でもこっちも時間無いんだが。

 

「分かった。俺とセイバーはこれから南蛮に行くから、帰ってくる頃に答えを聞くよ」

 

「その必要はないぞ、弓兵」

 

「誰だっ!?」

 

セイバーが声の方向に振り向く。

そこには、紙袋をかぶった男が居た。

それ・・・気に入ってるのか・・・? 

 

・・・

 

「おまえが・・・ライダーのマスターか」

 

セイバーが振り向いたと同時に突きつけていた剣を下ろして、確認するように言葉を放った。

その言葉に、満足そうに笑った(ように見える)ライダーのマスターは、こちらに近づいてくる。

 

「マスター。来てたのかよ」

 

「ん、まぁな。騒ぎを見てたらお前そこの金ぴかとどっかいっちまうじゃないか。急いで追いかけてきたんだぜ」

 

そう言いながら、ライダーのマスターは仮面を取って、よっ。と挨拶をしてきた。

 

「俺はライダーのマスター、幼錬。真名は多喜だ」

 

「それで、多喜。必要がないとはどういう事だ?」

 

セイバーが呆けている俺の代わりに話を進めてくれる。

 

「南蛮から帰ってくるまで待つことはないって事だよ。俺達はお前達と一緒に戦うぜ」

 

「・・・良いのか?」

 

ライダーが多喜に聞く。そりゃあ、こんなに即決されたら少しは不安になるよなぁ。

 

「良いんだよ。仲間は多いほうが楽できそうだろ?」

 

「ああ、いつものマスターらしくて安心したぜ」

 

ライダーの言葉を聞いた多喜は笑いながら答えた。

 

「そんなに褒めるなよ。それに、俺の人を見る目って言うのは結構信頼していいんだぜ」

 

「ああ、そうかい。・・・なら、もう何もいわねぇよ」

 

「おっし、じゃあ決まりだなっ」

 

多喜とライダーは話が終わると、こちらに近づいてきた。

多喜が手を差し出してくる。

 

「ライダーとそのマスター、加入するぜ。よろしくな」

 

俺はその手を取って、よろしく、と返した。

 

・・・

 

いつものように仲間に状況説明・・・と行きたかったんだが、城壁でごちゃごちゃやっていたのを愛紗に見つかり、ただ今説教をされている。

 

「まったく! 南蛮侵攻が迫っているというのに、ギル殿は城壁の上でなにを・・・」

 

この辺まで聞いて、後は右から左だ。

何というか、説教を受け流すスキルとかついてると思う。俺。

 

「兎に角! 今からギル殿は私がしっかりと監視させて貰います!」

 

そう言って、俺の襟首を掴み、ズルズルと引き摺っていく愛紗。・・・俺って結構重いよ? 

流石関羽ってところか。いや、納得して良いのか分からないけど。

 

「って、あ」

 

しまった。ライダー達に説明・・・。

 

「ま、いっか。セイバーとか銀がしてくれてるだろ」

 

「何をぶつぶつ言っているのですか!?」

 

「何でもない!」

 

愛紗、地獄耳だな・・・。

 

・・・

 

と、言うわけでライダー達とは話せず、南蛮へと出発してしまった。

道中、セイバーから話しを聞いてみると

 

「ライダーか。マスター共々、城で留守番だ。なんせ、あっちにはマスターが3人も居るんだからな」

 

「なるほど。それに、そのうち2人はか弱い女の子だしな」

 

セイバーの言葉を聞いて、少しホッとする。

英霊が二人もいるなら、バーサーカーが来ても何とかなるだろ。

 

・・・

 

ジャングルの中を進軍する俺達。

 

「うえー・・・。あっついー・・・」

 

蒲公英がだばー、と馬の首にもたれ掛かる。・・・心なしか、馬が少しうっとうしそうに首を振った気がする。

 

「おいたんぽぽ! 将がそんなんじゃ、士気が下がるだろ」

 

翠がそう注意すると、怠そうに返事をした蒲公英は一応背筋を伸ばしていた。

 

「それにしても、薬を沢山持ってきておいて良かったです」

 

朱里が誰に言うでもなくそう言う。

さて、これからが長いぞ。

何せ、七回か八回南蛮大王を罠に掛けなければいけないんだから。

 

・・・

 

「ふぃー。やっと終わったー」

 

居残り組の響の声があまり人のいなくなった城内に響く。

 

「なんかさびしーねー」

 

「そうですね。でも、きっとすぐに戻ってきますよ」

 

響の言葉に、月が笑顔で応える。

 

「それに、ギルも居るんだし」

 

「俺はそいつの戦いとか見た事無いんだけど、そんなに強いのか?」

 

「強いわよ。宝具も強いけど、最近は恋とかと訓練してるからね」

 

詠の答えに、多喜がふぅん、と返す。

そして、ライダーって強いのかなぁ、と心の中だけで呟いた。

 

「お、マスターじゃねえか」

 

「ん? おお、ライダー。仕事は終わったのかよ?」

 

黒い外套を翻したライダーが、マスター達に気付き、近づいてきた。

こんな悪目立ちしそうな格好をしていても、兵士たちには何の疑問ももたれていないらしい。

 

「今終わったところだよ。まったく、俺に仕事押し付けやがって」

 

「多喜、あんたねぇ・・・」

 

「次からは自分でやるよ。大丈夫だって」

 

疑うような目で見てきた詠に、多喜は苦笑いしながらそう返した。

 

「ふぅん。ま、いいわ。月、次は何があったんだっけ?」

 

「えっと、暇があったら蔵の整理をしておいて欲しいって言われてたよ?」

 

「そ、じゃあ、それ片付けちゃおっか。ちょうど、力仕事に使えそうな奴が来たことだし」

 

「俺達も手伝うのかよ!」

 

「当たり前じゃない。次からは自分でやるんでしょ?」

 

「うっ・・・」

 

「なら決定で良いじゃないの。全くもう」

 

少し不機嫌な詠を先頭に、ぞろぞろと移動を始める五人

 

「すいません多喜さん。詠ちゃん、ギルさんが居ないから機嫌が悪くて」

 

「分かってるって。妙にわかりやすいからな、ツン子は」

 

「ふふ、そうですねぇ」

 

少し大股に歩く詠に続きながら、月と多喜はそんなことを話していた。

 

・・・

 

「結局、夜までかかっちゃったね」

 

響が服に付いた埃を払いながら、ため息をつく。

蔵の整理を始めたのは昼過ぎだが、日が暮れてしまうまでやっていたらしい。

 

「でもま、これでしばらくは綺麗だぜ」

 

背伸びをして間接をならしながら、多喜が蔵から出てくる。

残りの三人も、それぞれ蔵から出てきて、それぞれ服に付いた埃を払ったり、強ばった体をほぐしたりしていた。

 

「今日はもう仕事無いだろ?」

 

「あ、はい。お手伝い、ありがとうございました」

 

「良いって事よ。俺もライダーも、暇してたしな」

 

「さって! 汚れちゃったし、湯浴みでもしに行く?」

 

「そうですね。ちょうど今日はお風呂の日ですし」

 

「その必要は無いぞ」

 

五人が歩き始めた瞬間、声が聞こえた。

 

「誰!?」

 

詠が驚きつつも声を張り上げると、足音が聞こえた。

和服に近い着物を着た男と、緑一色に身を包んだ男が歩いてきていた。

 

「ようやく追いついたな。俺はランサーのマスター。それで、こっちはランサーだ」

 

和服の男がそう言うと、ランサーが一歩前に出た。

 

「ランサー!? ギルも正刃も居ないのに、こんな時に!」

 

「おい、響! ハサンは!?」

 

「・・・だめ! 誰かと戦ってるからこっちにこれないって・・・!」

 

「誰か!? ランサーの他は・・・狂戦士か魔術師のどっちかでしょ? 分からないの!?」

 

詠が響にそう聞くが、響の答えは変わらなかった。

 

「どっちでもない、って・・・」

 

「なんなのよ、もう!」

 

「こういうときは、俺が矢面に立たないとねえ」

 

そう言って、ライダーが四人を守るようにして立つ。

 

「直接対決とか向いてないんだが・・・ま、時間稼ぎは出来る。出来るだけ守るぜ」

 

構えを取るライダーに、ランサーも武器を構えた。

 

「全員、どっかに隠れてろ!!」

 

ライダーはそう言うと、ランサーに飛びかかった。

 

・・・

 

ランサーはライダーの一撃を身を捩って避けた。

立ち上がると、すでにランサーは三人に増えていて、オリジナルらしき一人をのぞいた二人がライダーに飛びかかる。

 

「はぁっ!」

 

「くっ!」

 

突き出された武器が外套の中に突き刺さると、そこから炎が噴き出し複製を焼いた。

 

「がっ!」

 

真っ黒に焦げた複製は、短い悲鳴を上げて消えた。

 

「ライダーというよりはキャスターのようだが・・・なかなかやるな」

 

「はい。数を増やしましょうか?」

 

「・・・そうだな。後五人増やせ」

 

「はっ!」

 

ランサーの返答と共に、複製が現れる。

計六人になった複製は、ライダーを囲むように展開し、動きを制限させるように攻撃を仕掛ける。

 

「おおっ・・・?」

 

ライダーも隙を見つけては攻撃を仕掛けるが、数で押してくるランサーにはライダーでは決定力不足なのか、なかなか決着がつかない。

くるくると踊るように斬撃を避けると、包囲網の一瞬の隙間をついて抜けようとするライダー。

 

「埒があかねえな・・・。連携されると厄介、か」

 

ライダーは、目の前に立つ複製から、マスター達を守るように向かい合いながら、一人呟いた。

 

・・・

 

ライダーの所へランサーが到着する少し前・・・。

アサシンは偵察任務中、この城に侵入しようとする集団を見つけたので、様子見のつもりでそちらに向かった。

 

「・・・」

 

持っている武器と服装は蜀の物ではなく、動きも怪しい。

アサシンは、いつも侵入者にしているようにダークを投げた。

集団の一番後ろにいる人間からばれないように処理していく予定だったが、一人にダークが当たった瞬間、刺さった一人は消え、残りは一斉にこちらを見た。

 

「見つかったか。この攻撃手段はライダーではなく、アサシンだな。ならば、マスター達が向かった方が正解か」

 

そう言った後、それぞれの武器を構えた男達は、隙無く陣形を組む。

 

「神経をとぎすませ! いかに暗殺者とはいえ、攻撃の瞬間くらいは気配が漏れる!」

 

・・・これは埒が明かない。

何故かは知らないが英霊にしては自分でも戦えるくらいランクは低いようだし、アサシンは直接戦うことにした。

マスターは居ないが、緊急事態と言うことで許してくれるだろう。

ダークを数本用意して、闇夜から飛び出す。

 

「来たぞ! 直接戦うつもりかっ!」

 

「全員で囲むようにするんだっ」

 

相手は息のあった連携でこちらに駆けてくる。

ダークを試しに投げてみるが、弾かれてしまった。

だが、戦えない相手じゃない。出来るだけ気配を抑えて、集団とすれ違う。

そのまま、暗闇へと走り抜け、気配を殺す。

 

「な、がっ・・・!」

 

「一人・・・やられたっ!?」

 

集団とすれ違う一瞬で、攻撃を仕掛けた。

流石に一人しか倒せなかったが、それでも僥倖だろう。

 

「ち、さすがは暗殺者だな・・・」

 

悪態をつきながら、次はばらけるように陣形を組み直す集団。

 

「暗殺者を暗闇から引っ張り出せ! 各員、二発ずつ発砲を許可する!」

 

「了解っ!」

 

集団の内、半分が自分の武器を弄っている。

好機かと思ったが、罠かもしれないと考え直し気配を殺すことに専念した。

そのうち、もう半分も武器を弄り奇妙な構えを取る。

槍の扱いにあまり精通していない自分でもあの構えは普通ではないと感じた。

 

「・・・」

 

兎に角、自分に出来るのは死角に潜り、隙をついて倒すことだけだ。

アサシンはダークを構え、暗闇から飛び出す。

 

「っ! 発見っ!」

 

一斉にこちらを見てくる集団。だが、槍の攻撃範囲はまだだった。

 

「てーっ!」

 

はず、なのに。

何かが炸裂する音と共に、自身の腕に痛みが走る。

慌てて走る進路を変え、暗闇へと戻る。

痛みの所為で、気配を殺し切れていないが、すぐにばれることはないだろう。

 

「当たったか!?」

 

「はっ! おそらく、左腕に一発着弾しました!」

 

敵集団の言葉を聞くに、何かを撃たれたらしい。

意外と威力が高い。何だろうか。矢・・・とは違う、何か奇妙な形をした塊が、左腕から出てきた。

 

「・・・」

 

じっくりと眺めてみるが、分かるはずもない。

すぐにそれは消えてしまい、手には何も残らない。

 

「手負いにはしたが・・・逃がしたか・・・?」

 

このまま長期戦はまずい。戦っている途中から、マスターからの言葉が聞こえてきていたのだが、どうやらあっちも緊急事態らしい。

マスターから聞いた特徴とは似ているが違う、と答えると、じゃあ誰? と聞かれたのだが、分からないと返した。

同じ英霊が何体も召喚されるなんて言うのは聞いたことがないし、あり得ないと思う。

・・・取り敢えず、残りを倒して、合流してから考えよう。

 

・・・

 

二人が戦いに巻き込まれる前・・・。

 

「にゃー!?」

 

「おお、またかかったぞ」

 

蒲公英謹製の罠に猛獲がかかったところだった。

 

「これで七度目くらいだねー」

 

桃香の言葉に、俺は頷く。

そのまま猛獲の罠を外してやり、聞いてみる。

 

「それで・・・どうだ、猛獲。そろそろ、降参してくれないか?」

 

「うぅー・・・」

 

「まだやっても良いが・・・結果は見えてないか?」

 

「・・・わかったにゃぁ~・・・。もう歯向かうのはやめにするのにゃぁ・・・」

 

その言葉に、桃香が反応した。

 

「ほんとに? 約束してくれる?」

 

「うぅ、約束するにゃぁ・・・」

 

・・・

 

こうして、猛獲が仲間になったわけだが・・・。

 

「うにゃぁ! 鎧が金ぴかなのにゃ!」

 

「にゃー!」

 

美以やミケ、トラ、シャムが馬に乗っている俺にまとわりついてくる。

 

「ぬおお・・・!」

 

「頑張って、ギルさん」

 

桃香からそんな言葉を貰う。

いや、まぁ・・・四人一辺に相手しても重くないし、別に良いんだけど・・・。

何この肉球。凄いもきゅもきゅしてるんだが。

先ほどのうなり声はこの肉球に心が折れかけているからこそのうなり声だ。

 

「はぁぁ~・・・」

 

少し後方から愛紗の溜め息が聞こえる。どうやら、美以達にすっかり虜にされてしまったようだ。

 

「それにしても・・・」

 

少し長かったな、と言おうとして、言葉が止まる。

この感覚って・・・魔力か!? 

取り敢えず、愛紗に美以達を押しつける。・・・なんか悲鳴が聞こえたが・・・幸せそうなので聞かなかったことに。

 

「セイバー!」

 

急いで隊列の方へ戻り、セイバーの近くに向かう。

 

「これって・・・」

 

「ああ・・・蜀だな。参った。この反応、一人や二人じゃないぞ。十人はいる」

 

「どういうこったよ? サーヴァントって言うのは、最大七人までじゃないのか?」

 

銀の言葉に、俺とセイバーは少し思案する。

 

「・・・もしかしたら、宝具とか・・・?」

 

確かに、いつだかのアサシンは50人だかに増えていたな。

・・・だけど、今回はアサシンは分裂しないハサンだし、アサシンはこちらの味方になったはずだ。

 

「兎に角、早く戻らないと・・・!」

 

「はやくっつったって、ここから何日かかると思ってんだ?」

 

銀の言葉に、少し冷静さを取り戻す。

 

「なら・・・そう、宝具・・・黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)っていう飛行用の宝具があった!」

 

「・・・落ち着け、ギル。それを此処で出すつもりか?」

 

・・・確かに・・・。

まわりを見渡すが、兵士が大量にいる。そんな中で黄金の船・・・しかも空を飛ぶ物を見れば、速攻で広まるだろう。

 

「そうだな・・・。すまん。取り乱した」

 

「ならいい・・・今は兎に角、ライダーとアサシンを信じるしか・・・」

 

「・・・それしかないか・・・」

 

・・・

 

「どっせい!」

 

「っ!」

 

声も上げずにランサーの複製が消える。

 

「これで五体目・・・ふぅ。何とかなったか・・・?」

 

ライダーは油断せずに最後の複製とオリジナルのランサー、そしてそのマスターを見据える。

 

「ちっ。少々予想外だな」

 

「はっ。いかが致しましょうか」

 

「・・・此処まで手こずるとなると、残しておくと厄介だ。帰りの分の魔力だけ残して、他を使って構わない」

 

「はっ!」

 

その瞬間、暗闇を暗い緑が埋め尽くした。

 

「おいおい、なんだよこの数・・・!」

 

半円を描くようにこちらを囲んでいる緑の軍勢。

 

「装填!」

 

ライダーの声をかき消すような声で、ランサーは指示を出す。

その指示に従うようにして、がちゃりと弾が装填され、構えられる。

 

「なるほど、どこかで見た覚えがあると思えば! 銃か!」

 

ライダーは射線上にいるマスター達を守ろうと駆けるが、ライダーはこの包囲から守り抜く宝具を持っていない。

取り合えず身体を盾にすればなんとか、と思いつくが、撃たれる前に間に合うかどうか・・・。

 

「・・・まずいよ、あれ、何かを発射する武器だ!」

 

「ゆ、弓・・・!? あんなのが・・・!?」

 

「違うよ! なんか、ばーんってやってどきゅーん、なんだよ!」

 

パニックに陥っている響の言葉に、月達も何をされるのかを理解した。

マスター共々、この場にいる物を殲滅する気だと。

 

「いやっ・・・ギルさん・・・助けて・・・!」

 

「てーっ!」

 

月が呟いたのと、ランサーの号令がかかったのは同時だった。

 

・・・




「ありがとねー」がささっ「あ、そっちか。ありがとねー」「・・・流石は気配遮断・・・マスターにも居場所が分からないのね・・・」「最初に声を掛けたところとは正反対の場所っていうのが、なんだか響さんらしいね」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第九話 令呪と反撃と出会いと

令呪のデザインってどういう風に考えてるんでしょうか。カッコイイですよね。個人的に好きなのはEXTRAの主人公の令呪と桜の令呪です。

それでは、どうぞ。


「そんな・・・」

 

ライダーが土煙の中、がくりとうなだれる。

 

「駄目だったのかよ・・・」

 

あの数の銃弾を体に受けて生きているのは、サーヴァントくらいの物だろう。

サーヴァントだったとしても、あの数の魔力の銃弾を受けたら無事では済まないほどだ。

だが、少ししてライダーは異変に気付く。

マスターとのつながりが未だに切れていないこと。そして、土煙の事だった。

 

「・・・ん? まてまて。銃を撃ったくらいで、これほどの土煙が起こるか・・・?」

 

ライダーがそう呟き意識を集中させると、先ほどまでマスターが居たところから、別のサーヴァントの魔力を感じる。

それに反応する前に、赤い光の線のような物が視線の端を横切った。

 

「なっ・・・!?」

 

それは緑の軍勢の一人に突き刺さり、魔力の粒子へと還元させた。

その光の線は緑の軍勢を殲滅せんと数を増していく。

ライダーはまさか、と思いながらも、射線から外れる。

この攻撃方法、一度聞いたことがあるぞ、と一人のサーヴァントを思い出した。

 

「なんだ! 何が起きている、ランサー!」

 

「分かりません・・・!」

 

マスターに答えながら、マスターと共にランサーは後ろに飛んだ。

視界を埋め尽くしていた緑色はすでに片手で数えられるほどになっていた。

その代わりに視界に入ってくるのは、魔剣、聖剣、魔槍・・・様々な宝具が突き刺さり、その様子はまるで剣の墓標のようだった。

 

「なんちゃってブレイドワークスって所かな」

 

土煙が晴れ、マスター達と共に立っていたのは

 

「てめえ、ギルか! やってくれるぜまったく!」

 

嬉しそうな声を上げるライダーに答えたのは・・・

 

「ライダー、お疲れ様。後は俺がやる」

 

金色の鎧の、英雄王だった。

 

・・・

 

「あれ、でもどうやって此処に・・・?」

 

ライダーが質問してくる。まぁ、確かに気になるよな。

でも、サーヴァントが瞬間移動するって言ったら、一つしかないだろ。

 

「令呪だよ、ライダー」

 

ちらりと横目で月を見る。

左腕の甲が光っているので、まず間違いないと思う。・・・というか、良かった。令呪、使えるんだな。

 

「そんで、月達のまわりの地面に目一杯宝具を突き立てて、みんなを地面に伏せさせたら、何とかなった」

 

「なんとかって・・・無茶するなぁ・・・」

 

一番早く立ち直った多喜が頭をさすりながら起きあがる。

 

「思いっきりお前の鎧に頭ぶつけたんだが・・・」

 

「死ぬよりマシだろ」

 

そう言いつつ、ようやく宝具を宝物庫に戻す。

さっきは余裕がなかったため出したら出しっぱなしと言う小学生のようなことをしてしまった。

 

「あれがランサーか」

 

遠目にしか見えないが・・・どう見ても軍人っぽい。

しかも、かなり近代の。

 

「予想はつかないが・・・。取り敢えず追い払うか」

 

もう一度王の財宝(ゲートオブバビロン)を発動させる。

 

「ちぃっ! 流石にまずいな。ランサー!」

 

「はっ!」

 

発射する間もなくランサー達は撤退してしまった。

何とか助けられたな。

 

「月! 詠! 大丈夫か!?」

 

ランサー達が視界から消えたのを確認してから、二人の元へ駆け寄る。

いつのまにかアサシンも来ていて、響と合流しているようだ。

 

「はい、何とか大丈夫です・・・。それにしても、ギルさん。どうやって此処に?」

 

「そ、そうよ。あんた、南蛮まで行ってたんじゃないの?」

 

「月が呼んだんだよ。前に説明しただろ? 令呪はサーヴァントに命令を下せるって」

 

俺の言葉に、詠は不満そうに返す。

 

「だからなんだって言うのよ」

 

「月が俺に命令したんだ。『来てくれ』って。だから、俺は南蛮から此処まで飛んできた」

 

「令呪って、そんな命令までかなえるわけ・・・?」

 

「かなえるさ。だから俺が此処にいる」

 

詠の頭をくしゃっと撫でてから、月の左手の甲を確認する。

 

「・・・やっぱり。一画減ってる」

 

「えっ? ・・・あ、本当だ・・・」

 

自分の手の甲を確認して、驚く月。

 

「良かった、安心したよ。今までの訓練は無駄にならなかったって事だからな」

 

「はいっ!」

 

今度は笑顔になった月の頭を撫でてやっていると、ライダーがこちらに向かってきた。

 

「いやー、もう駄目かと思ったぜ。あんがとな」

 

「どういたしまして。・・・それにしても、ランサーがあんな能力とはな」

 

先ほどの緑の軍勢(ランサーたち)を思い出して、ため息をつく。

 

「サーヴァントが増える事はないって思いこんでいたからな。二人なら何とかなると思っていたけど・・・」

 

「後悔しても何も始まらないぞ、ギル。・・・それにしても、大丈夫だったのか?」

 

「何がだ?」

 

「こちらへ飛んできたところを目撃されたのでは?」

 

「ああ・・・それはだな。セイバーに伝言を頼んで、森の中に突っ込んだ。それで瞬間移動して来たから、多分大丈夫」

 

「・・・無茶するなぁ、お前」

 

「月達の為なら、無茶もするさ」

 

・・・

 

「ランサーの事で、何か分かったことはあるか?」

 

取り敢えずみんなで集まって話し合いをすることに。

議題はもちろんランサーについて。

 

「軍人っぽいな。銃を持っていたし、服もそれっぽかった」

 

ライダーの言葉に、俺も頷く。

 

「確かにな。時代は結構近代の方の英霊だと思う」

 

「じゃあ、俺達は役にたたねぇな」

 

「だろうな。マスター達からすれば、俺もランサーも未来の英霊だろうし」

 

・・・そうなのか? そういえば、ライダーの真名、教えてもらってないな・・・。

ま、今度聞いてみるとしよう。今はランサーのことを考えないと。

 

「兎に角、だ。バーサーカーはともかく、ランサーはギルじゃないと太刀打ちできないみたいだな」

 

ライダーが話しを元に戻した。マスター、サーヴァント全員がうんうんと頷く。・・・え、俺があの数相手にするのか? 

 

「しかし、こういろんな種類の奴らが来ると、サーヴァントはマスターと一日中一緒じゃないと駄目みたいだな」

 

多喜がやれやれというジェスチャーをしながらそう言った。

 

「そうだな。バーサーカーは二人一組じゃないと厳しいし、ランサーはギルじゃないと対抗が難しい。それに、キャスターも居るわけだし・・・」

 

「そう言えば、あれからキャスターは攻めてきてないのか?」

 

俺は前の襲撃を思い出しながら、聞いてみる。

襲撃と言っても、コントのようになってしまったが。

 

「来ていないな」

 

「・・・そうか。この騒ぎに気付いていないはずがないんだが」

 

「兎に角、これからはマスターとあまり離れないようにしないとな。帰ってきたら、セイバーにも言っておかないとな」

 

「それで? あの男達はこの近くにいるって事で良いのよね?」

 

詠が確認するように聞いてくる。

 

「・・・そうかもな。まぁ、昼間人がいる間は攻めてこないとは思うけど」

 

予測でしかないけど。でも向こうが普通の魔術師じゃなかったら構わずに攻めてきそうなんだよなぁ。

しかしまぁ、これで全サーヴァントを見た事になるな。それで、こっちの仲間になって居ない三騎のサーヴァントの内二人は真名が分かってないのか。

真名さえ分かれば対処のしようもあるんだけど。と言うか、キャスターはともかくランサーは近代人の俺かライダーが接近してみれば分かりそうだ。

 

「取り敢えず、桃香たちが帰ってきたら話しをしてみるよ」

 

「ああ。頼んだ。・・・取り敢えず、この庭の穴を何とかしないとな」

 

「・・・そうしよっか」

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)で宝具を発射した衝撃で、庭中穴だらけになっていたのだ。

・・・穴埋めの宝具とかってあったっけ? 

 

・・・

 

取り敢えず、桃香たちが帰ってくるまでに穴を埋めることが出来たのは僥倖だった。

特に愛紗に見つかれば長時間説教コースは確定で、途中で居なくなったことも考慮すると・・・考えたくもない。

 

「ふぅ」

 

手で額を流れる汗を拭き取る。

中々良い労働をしたと思っているのだが、どうだろうか。

 

「あ、あの、ギルさん!」

 

穴埋めが終わった後、一息入れていると、月に呼ばれた。

 

「ん? どうした、月」

 

「え、えと、ごめんなさい!」

 

少しだけもじもじとした後、そう言って月は思い切り頭を下げた。

 

「・・・へ?」

 

「勝手に、令呪・・・使っちゃいました」

 

左手の甲を見て、落ち込んだ顔をする月。

・・・え? それを気にするの? 

 

「いやいや、良いんだよ、月。危ないときには使うべきだ」

 

三画しかない令呪を使ってしまったことを悔やんでいるのだろうか。

 

「でも・・・」

 

まだなにか言いたそうな月を手で制する

 

「良いんだ。令呪は月のために使うべきだと思ってたし、気に病むことはないって」

 

そう言って、制していた手でそのまま頭を撫でる。

最近では月も詠も頭を撫でても抵抗らしきことをしなくなってきた。

月は最初から抵抗なんて無かったも同然なのだが、詠が素直になったのは驚きだった。

 

・・・

 

桃香たちが帰ってくる。

すぐに桃香と愛紗がやってきて、今まで何処にいたのかと聞いてくる。

 

「それについて説明するから、玉座の間へ行こう」

 

そう言って、桃香と愛紗の背を押して進む。

玉座の間に着くと、桃香、愛紗、朱里などのサーヴァントのことを知っている将達と、セイバー、ライダーなどのサーヴァントが集まる。

そこで、俺は令呪のこと、ランサーのこと等を話した。

 

「令呪って、そんなことも出来るの!?」

 

「出来る。確か、単純な命令程強制力があるらしいから。『来てくれ』なんて命令なら、空間すら跳躍するよ」

 

「反則ですね・・・」

 

「だから三画しかないのかもね」

 

それから、俺はランサー対策のために月と詠と行動を共にしたいことも話してみた。

 

「うん。その方が良いと思う。お兄さんは月ちゃん達を守ってあげて?」

 

と、桃香が笑顔と共にそう言ってくれた。

 

「ありがとう」

 

「でも、ギルさんがこれからの戦いに参加してくださらないのは痛手ですね・・・」

 

「あの・・・その事なんですけど・・・」

 

「? 月ちゃん、どうしたの?」

 

おずおずと手を挙げた月に、桃香が疑問の声を上げた。

月はええと、と一度言葉を挟んでから

 

「私も、ギルさんと一緒に戦場にいきます」

 

目に強い決意を宿して、そう言った。

一瞬、桃香達が息をのんだ。

 

「で、でも! 戦場は危険なんだよ? 怪我しちゃうかもしれないし・・・」

 

「・・・これからの戦い、ギルさんの力は絶対に必要になります。その時、私たちの都合でギルさんが戦場に出れないなんてことにはしたくないんです」

 

桃香と月がお互いに目を合わせて、数秒。

 

「うん。分かった。じゃあ、月ちゃんには傷ついた兵士さん達の手当のお手伝いをしてもらえるかな?」

 

「は、はいっ!」

 

「桃香さまっ!」

 

桃香の決定に、愛紗が声を荒げる。桃香は愛紗を見て微笑みながら

 

「大丈夫だよ。お兄さんと、月ちゃんは一緒にいた方が良いと思うし。それに・・・ギルさんが居るから、月ちゃんは大丈夫だよ!」

 

「で、ですが・・・」

 

「愛紗、ちょっとはギルのことも信じなさいよ」

 

・・・意外なところから援護射撃がやってきた。

詠は腰に手を当てた姿のまま、一歩前に出る。

 

「月だって、覚悟してるのよ。それに、ギルのことを信じてもいる。・・・癪だけど、ギルはそこらの奴より強いしね」

 

最後にちょっとだけツン子だったのはご愛敬だろう。

愛紗は詠の言葉に納得したのか、俺を見てから

 

「そうでしたね。ギル殿はかなり腕が立つ。今回のようなことが起こったとき、出来るだけ近い方が良いでしょうし」

 

・・・こうして、月と詠の以外な一面を見ることが出来た会議は終了した。

 

・・・

 

会議が終わり、解散した後。

俺は書類仕事が残っているとのことで、政務室へと向かっていた。

 

「・・・結構あけてたからなぁ。山とまではいかないまでも、かなり積まれてそうだ」

 

政務室の前に到着して、少し逡巡した後、諦めて扉を開いた。

 

「あ、お兄さんっ」

 

桃香がすでに作業を開始していたらしい。筆を止めて、こちらに手を振ってくる。

 

「おう。捗ってるか?」

 

俺がそう言うと、桃香は目をそらしながら頬を掻いて

 

「・・・ぼ、ぼちぼちかなぁ」

 

と、返した。その言葉を聞いて、俺は桃香の机を見てみる。

・・・愛紗の手伝いで兵士達の指揮をしてきた俺より早く始めてるのに、少ししか出来てなかった。

 

「・・・よし、やるぞ、桃香!」

 

「うぅ・・・お兄さん、手伝ってくれるよね?」

 

「当たり前だろう。この調子だと、今日中に終わるか怪しいぞ」

 

桃香の対面に座り、筆をとる。この動作も、慣れたものだ。

 

「ええっと、まずは・・・」

 

さて、月のお茶というご褒美に向けて、頑張りますか。

 

・・・

 

「お、終わったぁ~・・・」

 

ぐでん、と机に突っ伏す桃香。

・・・うわ、凶器がぷよんぷよんしてる・・・。ごほんごほん。

 

「よし、まだ日が昇ってるし、俺は兵士の所に行ってくる」

 

「いってらっしゃぁい・・・」

 

・・・しばらく復活は無理そうだな。

 

・・・

 

「さて。今日はセイバー居るかな」

 

ライダーでも良いんだけど。ここ最近手合わせしてないから、鈍ってないか心配である。

武器を取り出しながらキョロキョロと探していると、演習場から星が近づいてきた。

 

「おや、ギル殿か。どうしたのですか?」

 

「いや、セイバーかライダー探してるんだけど」

 

「正刃殿と雷蛇殿ですか? 今日は来ておりませんなぁ」

 

「そっか」

 

じゃあ、適当に練習をしておくかなぁときびすを返そうとしたが

 

「二人に何かご用で? 言づてぐらいなら承りますが」

 

「いや、違うんだ」

 

二人に訓練に付き合って貰おうかと、と言おうとして止まった。

そんなこと言ったら、星に絡まれてなんやかんやの内に戦うことになりかねない。

此処は、何とか誤魔化しておくのが得策か。

 

「ちょっと聖杯戦争のことで相談があってね」

 

こう言っておけば、星はあまり首を突っ込んでこないだろう。

 

「そうなのですか」

 

ああ、そうなんだ。といって今度こそきびすを返そうとしたとき

 

「あっ、ギル様ー! 今日は正刃との手合わせはないのですかー!?」

 

兵士の一人が俺を見て、そう叫んだ。

・・・しまったと思って星を見たときには、すでに星の瞳は輝いていた。

 

「正刃殿と手合わせをしに来たのですね?」

 

「あ、いや・・・」

 

「そうかそうか。成る程? その手に持つ物に早く気付いていれば良かった。そう言うことですか」

 

何を納得しているのか、星はうんうんと頷きながら、兵士の方へ振り返る。

 

「今日は私とギル殿の手合わせだ! 皆、場所を空けてくれ!」

 

一瞬で円形に別れる兵士達。・・・手慣れてやがる。

 

「さぁ、ギル殿! 恋に追いつくとまで言われたその武、見せていただきますぞ!」

 

・・・なんやかんやで、星と手合わせすることになった。

ああもう、多分スキルに直感あるんじゃないだろうか。悪い予感限定で。

 

・・・

 

諦めて星の前に立った。

蛇狩りの鎌(ハルペー)にはお手製のカバーを掛けてあり、間違っても刃で切れないようになっている。

 

「行きますっ! はああああああああ!」

 

気合いの入った声と共に、星の槍・・・龍牙が迫る。

突きの連打か!

俺に当たりそうな物は蛇狩りの鎌(ハルペー)で弾き、それ以外の物は鎧で防ぐ。

そのまま後ろにバックステップで下がり、すぐに方向転換。右に飛ぶ。

 

「ふっ!」

 

さっきまで俺の居たところを龍牙が通り去っていく。

・・・あ、危ない・・・。

と言うか、俺がサーヴァントだと言うことが解ってから、訓練中のみんなから「手加減」の三文字が消え去っている気がする。

 

「はっ!」

 

振り下ろした直後の星の足下を狙って蛇狩りの鎌(ハルペー)を薙ぐ。

 

「甘いっ!」

 

それを飛んで避けた星は、俺の頭上を通って着地。そのまま、俺の背中を狙ってくる。

アクロバティック過ぎないか!? 

 

「がら空きですっ!」

 

慌ててもう一度右に飛ぶ。横から、空気を切り裂く音が聞こえる。

・・・いつ聞いても慣れない。

そのままサーヴァントの筋力に物を言わせて無理矢理跳ね起きる。

 

「らぁっ!」

 

さっきよりも声に気合いを乗せて、ストレートパンチ。

 

「早っ・・・く、うぅっ!?」

 

龍牙を盾にしてパンチを防ぐが、後ろに吹き飛ばされる。筋力B+なめんな。

 

「は、ははっ。凄いですな、ギル殿。まさか拳だけで飛ばされるとは思いませんでした」

 

「・・・そっちこそ。かなりの速度で来てるから、避けるので精一杯なんだけど?」

 

「ふふ、それは申し訳ない。ギル殿なら、避けきれると信じていたので」

 

「嫌な信頼だなぁ。・・・ま、期待されてる限りは避けきるさ」

 

構えを低くして、足の力を爆発させるように駆け出す。

まわりの風景が線になり、星が龍牙を構えたのが分かった。

 

「しっ!」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)を突き出す。

 

「ふっ!」

 

星も龍牙で突きを繰り出してくる。

蛇狩りの鎌(ハルペー)と龍牙がお互いを弾き合い、軌道が大きくずれる。

腕を急いで引き戻す。星と目が合ったが、一瞬の後に龍牙に邪魔されて見えなくなる。

 

「ふ、ぅっ!」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)を支えにして、右足を突き出す。

 

「よっ!」

 

それをひらりと避けた星は、龍牙を高速で突き出してくる。

俺は武器を持っていない腕の鎧で防ごうとするが、突き出された槍は方向を転換し、俺の腕を上に弾いた。

 

「あ、しまっ・・・」

 

「セイッ!」

 

これまた高速で引き戻した星は、すぐに龍牙を放ってくる。

右手は埋まった蛇狩りの鎌(ハルペー)を持っているためにすぐには動かせず、左手はさっき弾かれたばかりだ。

俺の喉を狙った槍はそのまま吸い込まれるように進み

 

「私の、勝ちですな」

 

寸前でぴたりと止まっていた。

 

「ああ、俺の負けだ。・・・いやぁ、早いなぁ、星の槍は」

 

「ふふ。蝶のように舞い、蜂のように刺す、ですよ」

 

その言葉がこれほど似合うのは星ぐらいの物だろう。見事だ。

 

「ふぅ。セイバーとは違った経験が出来た。ありがとう、星」

 

「いえいえ、礼には及びませんよ。・・・ところで、愛紗がこちらを睨んでいるような気がするのだが、気のせいか?」

 

「え? ・・・あ」

 

しまった。今日は愛紗と演習をするんだった。・・・すっかり忘れてたな。

 

「・・・ごめん、星。今日はこれくらいで」

 

「ふふ。愛紗は嫉妬深いからなぁ」

 

くっくと面白そうに笑う星を尻目に、愛紗の所へ走る。

なんて謝ろう・・・。

愛紗の元へ着いて、ごめんなさいと言った瞬間説教が始まった。

人として大事なものを、いくつかなくしたような気がした。

 

・・・

 

南蛮から帰ってきた後は、そちらとの貿易なども考えなくてはいけない。

朱里や雛里などの文官達が頑張って案件を処理して居る間、もちろん俺達にも仕事はある。

と言うか、普通の人間を遙かに越えるサーヴァントには、普通より仕事があると言っても過言ではない。

 

「・・・ふぃー」

 

その中でも、俺は文官武官といろんな所を回っている。

ライダーは多喜と一緒にさっさと訓練場に逃げてしまったし、セイバー組は元々兵士扱いである。そちらの仕事がたくさんある。

アサシンはメイドの仕事をしている月、詠、響の三人を護衛している。

 

「ふぇー・・・」

 

俺の対面で、桃香がいつも通り嫌そうな顔をして、机に突っ伏す。

これでも前よりは処理速度が上がっているのだ。王として成長していると言うことだろうか。

 

「桃香さま! まだまだ残っているのですよ!」

 

「ふぁいっ! わ、分かってるよ、愛紗ちゃん」

 

・・・いや、愛紗が怖いだけかな。

愛紗はため息をついた後、俺へと声をかけてくる。

 

「・・・そう言えば、ギル殿」

 

「ん?」

 

「先ほど、恋達が呼んでいましたよ。何でも、今日は特別訓練だとか」

 

「ああ、そんなこと言ってたな。でも、昼を食べてからだったはずだけど」

 

確か昨日恋にそう言われていたのを思い出した。・・・間違いないよな? 

 

「そうなのですか?」

 

「そのはずだけど。ま、何かあったのかもしれないしな。ちょっと行ってくる」

 

「了解しました。桃香さまのことは、お任せ下さい」

 

「ふぇぇっ!?」

 

・・・なんだ、その、すまんな、桃香。

 

・・・

 

呼び出されたと言われて部屋を出てきたが、何処で呼んでいたかは聞くのを忘れてしまった。

・・・まぁ、訓練場へ行けばいいか。

そう思い、訓練場へと向かう。

そこには、ぼーっと立っている恋と不満そうな顔をしているねねが居た。

 

「恋。どうしたんだ、いきなり。訓練って昼飯の後じゃなかったか?」

 

俺の声に、恋はぼーっとした顔のまま

 

「ん。だから、お昼ご飯、一緒に食べる」

 

「ああ、そう言うことか」

 

ちょうど良い時間だしな。

 

「分かった。じゃあ行こうか。恋は何処か行きたいところあるのか?」

 

「いっぱい食べられるところ」

 

「・・・そ、そうか。ま、適当に歩こう」

 

「ん」

 

そう言って歩き出すと、恋は俺の鎧の腰布の部分をつまんでくる。

この部分、なんて言うんだろう。マントで良いのかな。

 

「ねねは肩車してやろうか?」

 

「いらないのですっ!」

 

「まぁまぁ、そう言わずに。高くて楽しいぞ?」

 

そう言って、俺はねねを肩に乗せる。

 

「何を勝手に・・・おおっ、ホントに高いのですっ!」

 

手のひらを返したようにきゃっきゃと楽しんでいるねね。

 

「さて、じゃあまずは拉麺でも食べるか」

 

「食べる」

 

「それじゃあ、出発しんこーっ、なのですー!」

 

ねねが前を指さしてそう言った。なんだかんだいってまだまだ子供っぽいんだなと苦笑しながら、いつも鈴々達と行っている拉麺店に向かう。

 

・・・

 

ねねは小さいどんぶり。俺は並盛り。恋は・・・

 

「・・・?」

 

「いや、なんでもない」

 

俺の視線に首を傾げた恋にそう言って誤魔化す。

恋は・・・超特盛り。

見てるだけで腹一杯になりそうな量だった。

 

「よく食べれるな・・・」

 

ぼそっと呟きつつ、箸を動かす。

不思議な物で、三人とも量は違うのに食べきる時間はほぼ同じだった。

 

「次は、麻婆豆腐が食べたい」

 

・・・まだ入るのか。

 

・・・

 

そして、午後の特別訓練。

少し横腹が痛いが、運動に支障を来す程度ではない・・・といいなぁ。

と言うか、俺の数倍食べている恋が軽々と動いているのが少し納得いかない。これぞ呂布の神秘。

 

「ギル、今日ははるぺぇ使っちゃ駄目」

 

「これ、駄目なのか?」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)を持った俺の言葉にこくりと頷く恋。

 

「今日は、鎌じゃなくて槍を使う」

 

「槍か」

 

「ほーもつこに、ある?」

 

「確か・・・」

 

ゲイボルグの原典とか無かったっけか。

にょきっと赤い槍が宝物庫から出てくる。これこれ。

 

「あったぞ」

 

「じゃあ、それを使う」

 

恋は方天画戟を肩の上にのせ、構える。

俺はどうやればいいのか分からないので、取り敢えずクーフーリンのように構えてみる。

 

「槍の使い方とかは教えてくれないのか?」

 

「体で、覚える」

 

そう言った瞬間にぶれる恋の輪郭。

訓練のおかげで何とか目で見て追いつけるようになった高速の動きに、槍を合わせる。

 

「っ!」

 

「ぐっ」

 

右から横薙ぎの攻撃を受けた瞬間、重い一撃が槍を通して伝わってくる。

すぐに次の攻撃がやってくるので、慌てて赤い槍を攻撃にあわせる。

恋は瞬時に方天画戟を戻し、そのまま脳天に向かって振り下ろしてくる。

まともに受けたらまずそうなので、槍を斜めにして受け流す。

 

「いまだっ!」

 

そのまま槍を恋の足下に薙ぐ。

 

「・・・」

 

それを一瞥した恋は、槍を足で踏んで止める。

槍を止めた一瞬で、そのまま恋は後ろに跳び、距離を取る。

 

「ん。いいかんじ」

 

「そうか?」

 

「反撃できてた」

 

そんな判定基準なのか。いやでも、恋の訓練受けてたらかなり強くなれたからな。信じて良いだろう。うん。

 

「はるぺぇも訓練は休んじゃ駄目」

 

「ああ。大丈夫だよ」

 

「それならいい」

 

そう言った恋はもう一度方天画戟を構える。

 

「休憩おしまい。次いく」

 

「了解。今日は槍しかやらないのか?」

 

こくりと恋は頷く。

 

「でも、今日は少ししか訓練しない」

 

「なんでだ?」

 

「ねむい」

 

「・・・ああ、はい」

 

なんだかちょっと納得いかない。

 

・・・

 

あの後、恋と何度か手合わせした後、恋が目を擦りながら木陰に移動して、今日の訓練は終了した。

さて、時間が空いてしまったな。

どうしようかとキョロキョロしていると、恋が木陰から手招きしている。

取り敢えず向かってみる。

 

「なんだ?」

 

「一緒に昼寝する」

 

そう言って、ぽんぽんと自分の隣の地面を叩く恋。

 

「じゃあ、お邪魔するよ」

 

「うん」

 

鎧を脱いで、ライダースーツへと変える。

こうやって宝物庫の中の物を着脱するのも慣れたものだ。

そのまま地面に寝転がる。もぞもぞと恋が近づいてきて、ぴたりとくっついてきた。

うぅむ、温かい。

とても心地よい温かさに、すぐに俺は眠ってしまった。

 

・・・

 

「・・・ん」

 

目覚めると、すでに太陽はかなり傾いていた。結構寝てしまっていたようだ。

そして、体に僅かな重みがあることに気付く。

首だけを起こして見てみると

 

「・・・美以達か」

 

南蛮王美以と、その部下? のミケ、トラ、シャムである。

左腕の恋と同じように、右腕や胴体、首にまでひっついている。

 

「うみゅぅ・・・」

 

そう言いながら美以が俺に頬ずりをする。うおお、まずいぞ、とてもまずい。

何がまずいってすべすべ過ぎて心地よいことだ。外見に違わぬ癒し・・・いや、萌え要員である。

・・・結局、それからしばらくは全員を引きはがすことなど出来ずにその感触を楽しんでいると、不意に視界の端に影が映る。

そちらに目を向けてみると・・・鬼というか、修羅というか・・・とにかくそう言う類の雰囲気を纏った、少女が居た。

 

「・・・ギルさん?」

 

「げ、月に詠・・・響まで・・・」

 

メイド三人娘にしこたま怒られ、弁解にしばらくかかった。

月の冷たい目とか初めて見たぞ・・・! 

 

・・・

 

ある日の会議にて。

北にはなっていた細作から急報が届いたと朱里から聞かされた。

北方の巨人、曹操が大規模な軍事行動を起こすべく、各地方に総動員例を発したらしい。

こちらに攻めてくるかもしれないと考え、こちらも兵士達を蜀全土から呼び寄せる。

緊張の走る中、曹操の狙いが分かった。

どうやら、孫策のいる呉へと狙いを定めたらしい。

だが、あの曹操の事だから、もしかして呉を狙う振りをして蜀に来るかもしれないと朱里に言われ、こちらも出来る用意はしておくことになった。

後悔先に立たず。準備は大切である。

もちろん、俺も準備を手伝う。月や詠を守るためであるし、月達を匿ってくれている桃香達への礼でもある。

 

・・・

 

「・・・しかし、この仕事量はどうにかならないのか」

 

サーヴァントである俺は、かなりの量の事務仕事を押しつけられるようになってきた。

うおお、これほどまでに頭と要領の良いギルガメッシュの体を恨んだことはない。いや、ギルガメッシュが事務仕事してたのかは知らないけど。

・・・絶対してないな。

 

「・・・ふぅ」

 

しかし、淡々とやっていれば一息つける量にはなってくる。

これで、戦争が始まり、一段落すればまた地獄のような事務仕事が待って居るんだろうけどな。

 

「考えないようにしよう」

 

誰もいない仕事部屋で一人ため息をつく。

大体此処にいる桃香とその監視の愛紗は軍の演習を見に行っている。

さて、後は午後に回せるし、お昼を食べに行こう。

そう思って扉を開けると

 

「わきゃっ!」

 

「おっ?」

 

とん、と軽い衝撃が足に走る。

そちらを見てみると、ええと、この子は・・・

 

「ああ、璃々か。ごめんな」

 

紫苑の娘である、璃々がそこに居た。

ぶつけたであろう鼻を抑え、涙目になっている。

 

「んーん、璃々が走ってたのが駄目だったのー・・・」

 

おお、良い子だ。

 

「あれ、そう言えばお母さんは?」

 

「お母さん? えんしゅーに行ってるよ?」

 

あれ、そう言えばと頭の中で演習に出る将達を思い出す。

・・・ああ、確かに。桔梗も演習に行ってるはずだから、一人なのか。

 

「じゃあ璃々はいま一人か?」

 

「うん! 璃々ね、偉いから一人でお留守番出来るの!」

 

「そかそか。でも、一人だといまみたいに危ないこともあるから、俺と一緒に遊ばないか? いまからお昼食べに行こうと思ってたし」

 

現代で言っていれば間違いなく通報一直線の台詞を吐きながら、璃々に目線を合わせる。

 

「遊んでくれるのっ!?」

 

「ああ。いまから暇だしな」

 

「やったー!」

 

喜ぶ璃々を肩車して、街へと繰り出す。

ねねに肩車をして好評だったからやってみたのだが、璃々もきゃっきゃとはしゃいでいた。

多分ねねと璃々は仲良くなると思う。

・・・さて、取り敢えず街へ出たは良いが・・・何を食べようか。

 

「璃々、何か食べたい物はあるか?」

 

「んー? えっとねー、おまんじゅー!」

 

「そうかそうか。おまんじゅうね」

 

俺はそう言いながらきょろきょろと店を探す。

確か前に鈴々に連れて行かれた屋台にまんじゅうがあったはず。

・・・お、あそこだ。

たまに璃々をゆさゆさと揺らしながら、屋台へとたどり着く。

 

「お、いらっしゃい、にいちゃん!」

 

「ああ、おっちゃん。まんじゅう二つくれないか?」

 

鈴々とか恋とか美以とかのわんぱく少女達を連れて来るうちにすっかり顔見知りになったおっちゃんにいつものように注文する。

 

「今日は少ないんだな」

 

へへっ、と笑いをつけながらそう言うおっちゃん。・・・そう言えば、いつも来るときは大量注文だったな。

俺はその言葉に苦笑を返し、璃々を下ろす。

おっちゃんからまんじゅうを受け取り、璃々に一つ渡す。

 

「わーい! ありがとー! お兄ちゃんっ!」

 

「どういたしまして。・・・さて、何処かで落ち着いて食べないと」

 

「あそこっ。座れるよ?」

 

俺の手を引きながら木陰を指さす璃々。

 

「ん、じゃあ、そこで食べようか」

 

璃々に引っ張られながら、木陰を目指した。

 

・・・

 

「はむはむ・・・」

 

胡座をしている俺の上に座り、幸せそうにまんじゅうを頬張っている璃々。

戦争が間近に迫っているとは思えないほどほのぼのした光景である。

そうしてしばらくぼうっとしていると、人混みの中からわたわたと小柄な人影が飛び出してきた。

 

「わ、わ・・・うわっ!」

 

よたよたと数歩歩いたかと思うと思いっきり転んで抱えていた荷物をどばっと落としてしまった。

 

「あーあー・・・。璃々、拾うのを手伝ってあげようか」

 

こちらに向かって荷物をぶちまけたので、放っておくのも寝覚めが悪い。

 

「うんっ!」

 

そう言ってとてとて歩いていき、荷物を集め始める璃々。

俺も荷物を集めながら、転んだ人物を起こす。

 

「大丈夫か?」

 

「むぅ、今日はいけると思ったんだけど・・・」

 

自然に無視された!? 

 

「おい、怪我とかはしてないか?」

 

もう一度聞いてみる。すると、今度は聞こえていたみたいで、こちらの質問に答えてくれた。

 

「怪我? ・・・ん、大丈夫だ。特に痛いところもない」

 

「そっか。良かった良かった」

 

転んだ所為で体中砂埃だらけだったので、手で服の汚れを払いながら立ち上がるのを手伝う。

ありがとう、と言いながら俺の手を取り、よいしょ、と立ち上がる。

その後、璃々と一緒に荷物を集め終わり、手渡す。

 

「すまないね、こんな事までして貰っちゃって」

 

「良いって良いって。目の前で転ばれて無視するわけにも行かないだろ」

 

「おねーさん、気をつけないと駄目だよー?」

 

璃々が腰に手を当ててぷんぷんと怒ったように注意する。

 

「ふふ、ごめんね。これからは気をつけるよ」

 

そう言って璃々を撫でた後、こちらを向いたかと思うと、彼女は一瞬固まった。

 

「? どうかしたか?」

 

「え、あ、いやいや、うん」

 

彼女は一通り俺のことを上から下まで見た後、何か納得したように頷いていた。

 

「すまないね、助かったよ」

 

そう言うと、彼女は人混みを避けるように走り去ってしまった。

 

「・・・?」

 

「じゃーねー! おねーさーん!」

 

ぶんぶんと手を振る璃々の隣で、俺は首を傾げていた。

うーん、何かあったんだろうか? 

 

・・・

 

「きゃ、キャスターキャスター!」

 

「おおう!? な、なんだいどうしたんだ!?」

 

いきなり扉を開けられ、名前を呼ばれたキャスターが狼狽する。

 

「あ、アーチャーと会っちゃった!」

 

「・・・駄洒落かい?」

 

「ん? ・・・ああ、いや、そんなくだらないことに気付かないでよ!」

 

「冗談だよ。・・・と言うか、サーヴァントと接触したのか。どうだった?」

 

キャスターの言葉に、マスターはんー、と顎に手を置いて考え出す。

 

「こっちに気付いた様子はなかったかな。ボクと目が合っても表情を変えなかったし」

 

「ふぅん。やはり、お互い気付きにくい・・・いや、気付けないのか?」

 

「さぁねぇ」

 

「ま、いいや。でも街を歩いて出会ってしまうって事はマスターにはまたしばらく自宅謹慎かな」

 

「いやだ」

 

「えぇ~・・・。即答か・・・」

 

はぁ、とため息をついたキャスターは、言っても無駄か、と呟き

 

「ま、気をつけてくれよ。アーチャーがどんな英霊か分からない以上、マスターと気付かれたら瞬殺されるかもしれないから」

 

「・・・大丈夫だと思うけどなぁ・・・」

 

「なんかいったかい?」

 

「ん、何でもないよ」

 

そう言い残して、マスターはキャスターの部屋を出て行った。

部屋には、フラスコを持ったまま頭に疑問符を浮かべるキャスターだけが残った。

 

・・・




「恋だけに飽き足らず、美以たちまで・・・」「ちょっと待て、サーヴァント殴ったらお前の方がダメージ受けるぞ!?」「関係ないわっ。ギルの・・・ばかぁー!」「これはっ、のぞみん、パン・・・チ・・・」
もちろんNGシーンです。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十話 進攻と管理者と目覚めと

私は気がついたらロリに目覚めていました。いまだ眠る気はないようです。

それでは、どうぞ。


ついに、曹操と孫策がぶつかるときが来た。

北方より大軍を率いて行動を開始した曹操が、すさまじい勢いで東方の国境線を突破した。

対する孫策も、素晴らしい素早さで全土に総動員例を発し、徹底抗戦の構えを見せる。

まさに風雲急を告げる。そんな動きは、俺達にも無関係な事ではないらしい。

・・・と、言うことを朱里から聞いた。

何故他人事かのように言うのかというと、最近俺にはそんなことには構っていられない案件があるからだ。

街から最近、魔力が感じ取れるようになってきているのだ。

この時代には魔術を使える人間はそこまでいないはずなので、確実に聖杯戦争関係のものだと思う。

それから、俺達は敏捷の早いアサシンとライダーに交代で街の様子を見て貰い、セイバーと俺で、マスター達を守ることとなった。

口で言うのは簡単だが、実行すると大変なのである。

月、詠、響の三人はメイドの仕事があるのでたいていまとまっていて守るのは楽だ。

問題は銀と多喜だ。銀はセイバーと一緒に兵士をやっているが、当番が違うと守りにくくなる。

更に多喜は自称正義の味方と言う名のニートなので、何処にいるのかがわかりにくい。

ライダーからは

 

「・・・あー、マスターは多分大丈夫だろ。アーチャーは自分のマスター達を守っておけ」

 

と言われているので半放置状態だが、いつ襲われるか解らない状況でその行動は心配だ。

そんな中、朱里達があわただしく何かの出発準備を整えている中、事件は起きた。

 

・・・

 

「・・・なんだ、この感じ・・・?」

 

嫌な予感、と言うのを感じた。

俺に直感スキルがあるかは分からないが、流れている空気に不穏なものを感じる。

月達を起こそうかどうか考えて、やめる。

まだマスターが誰かはばれていないから、かえって連れて行かない方が良いだろう。

寝室から抜け出し、城を見て歩く。

途中、ライダーと多喜に出会った。

 

「ライダー。お前、何で・・・」

 

「・・・おいおい、ギル、お前も気づいてるんだろ?」

 

嫌な予感を、ライダーも感じたと言うことだろうか。

 

「セイバーは?」

 

「分からん。おそらく気付いているとは思うが、どう動いているかまでは・・・」

 

「取り敢えず、一通り見て回ろ・・・っ!?」

 

俺とライダーは、一瞬で戦闘態勢に入る。

この感じは・・・! 

 

「魔力! サーヴァントか!」

 

「あっちだ!」

 

ライダーが走り出し、多喜と俺がついていく。

これだけの魔力を発すると言ったら・・・キャスターくらいしか思いつかない。

あの失敗作を生み出している姿を思い出すと抜けているように感じるが、この魔力は馬鹿に出来ない。

キャスターがどんな魔術師か知らないが、これだけの魔力があれば大魔術も発動できるだろう。

犠牲を問わずに城にでも打ち込まれたら・・・考えたくもない。

兎に角、急がないと! 

 

・・・

 

魔力が一際濃い場所に出る。

こちらに近づく度に何かが打ち合う音が大きくなっていたので、そうではないかと思っていたが・・・。

 

「セイバー!」

 

セイバーは、両手に持った雌雄一対の剣で、水の塊やら火の玉やら風の弾丸なんかを弾いていた。

暗闇から発射されていて、しかも四方から放たれているようなので、セイバーも攻め込めないらしい。

きゃ、キャスターらしい戦い方をするじゃないか・・・。

少しずれた驚き方をしていると、こちらにも敵意が向けられる。

 

「はぁっ!」

 

「せいっ!」

 

俺は横に飛んで避け、ライダーは多喜を抱えて横に転がった。

 

「助太刀するしか無さそうだ」

 

「そうだな」

 

俺は宝物庫から蛇狩りの鎌(ハルペー)を取り出す。

ライダーは外套をもぞもぞとさせている。戦闘準備でもしてるんだろうか。

 

「セイバー! 待っていろ!」

 

ライダーは炎を使ってで攻撃を弾きながら、セイバーの元へと向かう。

多喜は早速何処かへ行ったらしい。少し前から姿が見えない。

俺も向かうか、と思った瞬間、目の前に巨体が。

一瞬バーサーカーかと思ったが、見覚えのある肌の色、何というか物語の中にしかいないだろこんなの、と言う造形。

間違いない。キャスターのホムンクルスだ。

だが、纏う雰囲気が違う。前回の失敗作から、性能は上がっているんだろう。いや、上がってないと逆に怖ろしい。

っていうか、この大きさだとホムンクルスと言うよりゴーレムじゃないだろうか、と思う。

 

「・・・そんな事考えてる場合じゃないか」

 

気付けば、ホムンクルスが三体になっている。・・・三体? 

 

「んなばかな!」

 

慌てて『王の財宝(ゲートオブバビロン)』を射出できるようにする。

だが、ホムンクルスはそれを見た瞬間に射線から外れる。早い! 

 

「クソっ! 当たれっ!」

 

一体に狙いをすませて打ち込んでみるが、木や東屋に紛れてかわし始める。

 

「ちっ! バージョンアップしすぎだろ・・・!」

 

愚痴っている間に狙われていなかった二体が両側から迫る。

両手に棍棒を持ち、それで挟むように打ち込んでくる。前と後ろから迫る棍棒に往来のホラー映画登場人物のような恐怖を感じつつ慌てて伏せる。

ぶぉん、と空気が悲鳴を上げる音が聞こえた。

 

「これはまずいって・・・!」

 

身体を起こすと、最初に攻撃を仕掛けて何処かに消えていた一体が迫っていた。

 

「ああもう!」

 

十発程度を範囲を広げて打つ。

当たる数は少なくなるだろうけど、地道に当てていくしかない! 

 

「がああああああ!」

 

右腕に命中し、血が噴き出す。

きらきらと魔力に還っているのを見ると、血ではないらしい。赤いけど。

 

「くっ!」

 

地面に影が出来たのを見て、慌てて後ろに跳ぶ。

俺がさっきまでいた場所に、棍棒が墜ちる。

おいおい、地面が陥没してるぞ・・・なんつー重さだ。

土煙の中から何かが跳んでくる。・・・棍棒! 

 

「嘘だろっ!?」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)を咄嗟に盾にして、受け止める。

ぶつかった衝撃が身体に伝わっていく。

 

「っつぅ・・・!」

 

久しぶりにこんなに動いたかもしれないな・・・! 

威嚇射撃程度に宝具を射出する。

悲鳴が聞こえた。・・・当たったか!? 

土煙が晴れると、怪我をしているホムンクルスが増えていた。

脇腹が損傷してる。まだ浅い方だけど、希望が増えた! 

しかも、棍棒は投げたから、武器もない! 今ならいける! 

思いっきり地面を蹴って、前に飛び出す。狙いは武器を投げたホムンクルス! 

狙いに気付いたらしいホムンクルスが避けようと動くが、甘い。

 

「『天の鎖(エルキドゥ)』!」

 

四方から伸びた鎖がホムンクルスを拘束する。

だが、『天の鎖(エルキドゥ)』は神性を持つ物は拘束が強くなるが、それ以外には強いだけの鎖だ。

すぐにでもこいつは引きちぎるだろう。だが、拘束するのが目的じゃない。足を少しでも止められれば・・・! 

 

「おらああ!」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)で胴体をまっぷたつにする。

一瞬再生するかもと思ったが、すぐに魔力へと還ったため安心した。

後二体・・・。いけるか・・・? 

ちらりとライダー達の方を見てみると、向こうにもホムンクルスがいるらしい。少なくとも・・・二体はいる。

うぅむ。これはまずいか・・・? 

 

「ぐおおおおおおおおお!」

 

「でやああああああああ!」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)をぶつけ、棍棒を反らす。

じんじんと手が痺れるが、気合いで無視する。

蛇狩りの鎌(ハルペー)を宝物庫へ戻し、乖離剣を取り出す。

回すだけで魔力を持って行かれるこの剣をだすのは気が進まないが、ちまちまやるよりは短期決戦を狙った方が良いだろう。

乖離剣が刀身に魔力を帯び、回転し始める。柄の部分から白い蒸気のようなものが噴出する。

 

「一気に決めさせて貰うぞ!」

 

そのまま隙だらけのホムンクルスに乖離剣を振りかぶる。

袈裟切りに切ろうと振り下ろすと・・・。

 

「何ッ・・・!」

 

「ぐおおおおおおおおお!」

 

隙だらけのホムンクルスの前に、もう一体のホムンクルスが割り込んできた。

乖離剣を受けたホムンクルスは、身体をえぐり取られ、魔力に還った。

・・・成る程。

最初に切ろうとしていたホムンクルスは無傷のホムンクルスだ。

その代わりに怪我をしている自分が身代わりに攻撃を受けることで、無傷のホムンクルスを残して少しでも有利に戦いを進めようと思ったのだろう。

凄いな。早いだけじゃなくて、どうすればいいかも考えられるなんて・・・。

 

「があああああああああああ!」

 

仲間がやられたことに対してか、雄叫びを上げるホムンクルス。

もう一体が残した棍棒を拾い、両手に棍棒を持った。

 

「こい・・・」

 

「ぐおおおおおお!」

 

お互いに走り、相手に獲物をたたき込む。

結果は・・・俺に軍配が上がった。

一瞬早くホムンクルスの懐に潜り、乖離剣を突き刺すことに成功したのだ。

突き刺した場所から魔力へと還っていくのを見て、ようやく勝ったのだと息をついた。

瞬間。ホムンクルスに開けた穴から、狂気に満ちた目が見え、次に煌めく刃が見えた。

危ないと思って避けようとしたときには、すでに身体に衝撃と痛みが走っていた。

 

・・・

 

セイバーとライダーが双剣と拳で魔術の弾丸とホムンクルスを迎撃し始めて数分。

 

「流石に・・・辛いな・・・」

 

「おうよ・・・。ギルは大丈夫かねぇ・・・?」

 

「これに後れを取るとは思えん。俺が鍛えたのだからな」

 

ライダーはセイバーに「違いねぇ」と返すと、火炎弾を外套の中に吸収した。

 

「しっかしキリがないぜ」

 

「ああ・・・。ライダー」

 

「ああん?」

 

「此処は私が受け持とう。ライダーには、この魔術の弾丸を何とかしてきて欲しい」

 

「・・・いいねぇ、そういう熱いの、嫌いじゃないぜ。死ぬなよぉ!」

 

「当たり前だ!」

 

セイバーがホムンクルス二体に蹴りと体当たりを当て、飛んできた風の弾丸を双剣で弾くと、ライダーはその間を縫って暗闇へと駆け出した。

ライダーが暗闇に消えてから、火の弾丸と土の弾丸が飛んでこなくなった。おそらく、ライダーの迎撃をしているのだろう。

ならば、この弾丸はそれぞれ別の砲台から撃たれているのか・・・? 

セイバーはそう考えつつ、目の前の巨体と向き合った。

 

「さて・・・曲がりなりにも蜀を背負った私だ。少しは粘って見せようじゃないか!」

 

ホムンクルスが振り上げた棍棒に怯むことなく、セイバーは姿勢を低くして飛び出した。

 

・・・

 

「くっ!」

 

火と土の弾丸がライダーを激しく攻め立てる。

城の中でも迷惑のかからなさそうな場所を走ってきているが、明日の朝怒られるのは決定しただろう。

ま、黒髪のねーちゃんはギルに押しつけるとして・・・等と考えていると、目の前には壁。

 

「・・・さぁて、ここからが本番だっ!」

 

壁と水平になるように飛ぶ。敵から逃げられる程度には飛行することも出来る。

そんなライダーを追うように弾丸が城壁に当たる。

ライダーは壁を登り切ると、上空からキャスターの姿を探す。

格好はギルから聞いているし、こんな時間に出歩いているとなれば普通に目につくだろう。

あたりをくまなく探すと、それらしき白衣が。

街を走っているのを見るに、どうやら撤退しているようだ。

 

「見つけたぜ!」

 

自身の身体を中へと投げ出し、城壁から空中へと飛び出す。

ふわりと地面に降り立ち、落下の衝撃なんて感じさせずにキャスターに追いすがる。

大通りを走っていると、目前にキャスターの姿が見えた。不思議なことに、立ち止まっている。

観念したのか? とそのまま近づいていくと、キャスターが立ち止まった理由が分かった。

目の前に広がる緑の軍勢・・・ランサーだ。ランサーは道幅いっぱいに広がり、三列の段を作っていた。

構えるのは、魔力の弾丸が発射される銃。気付いて慌てて止まっても遅かった。

 

「しまっ・・・!」

 

「てえっ!」

 

落下の衝撃は殺せても慣性の法則には逆らえず、トップスピードで飛行したまま銃弾の嵐に突っ込む。

 

「ぐおお・・・!」

 

何とか横に転がり射線から外れるが、何発かは自身の身体を削っていった。

すぐに魔力で治して、物影へと飛び込もうと加速する。

 

「第二射用意!」

 

だが、到着する前にランサーの声が闇夜に響いた。

さっきはキャスターがいたから分散して撃っていたが、今回はライダー一人。向かう場所も分かっているので、数百の弾丸がこちらに向かってくるだろう。

間に合うか・・・!? 

路地裏に逃げるべく、ライダーは全速力で駆けた。

 

「てえっ!」

 

火薬の爆発する音が、夜の街に響いた。

 

・・・

 

夢を見ている。

そう言えばサーヴァントって夢とか見ないんじゃなかったっけなんて思いながらまわりを見回す。

前に見に来た王の財宝(ゲートオブバビロン)の中に似ている・・・。

・・・俺は、どうなったんだっけ? 

 

「キャスターが攻め込んできて、ライダーとセイバーと俺で対処してて・・・ああ、そうだ」

 

ゴーレムに近いホムンクルスを倒して、そこで・・・。

 

「思いっきり攻撃されたんだよな。クソ、あの目と威力はバーサーカーか。遠慮無しにぶっ刺しやがって」

 

はーあ、とため息をつきつつ地面にどっかりと座り込む。

 

「ここ、何処だろ。もしかして、もう一回死んで神様の所に・・・? うわ、嫌な冗談だろそれ」

 

慌てて上空に目をこらしてみるが、神様は降ってこないようだ。

取り敢えず目を覚まして状況を確認したいな、と思って考えを巡らす。

 

「起きろー、起きろー・・・!」

 

出来れば早く起きて、心配しているであろう人達を安心させたいのである。

 

・・・

 

銃弾の音が響いた後。

ライダーは自身の体が宙に浮いているのを感じ取った。

自分は、銃弾に貫かれていない。しかし、逃げるのも間に合っていないはずだ。

視線を上下左右に飛ばしていると、視覚が茶色い物体を捕らえ、聴覚がヒヒーン、という緊張感のない馬の鳴き声を伝えてきた。

 

「すまんな、ライダー。キャスターは逃がした。・・・しかし、お前意外と軽いな」

 

その声の方向を向くと、自身のマスター・・・多喜が、馬に乗って自分を助けたのだと言うことを理解した。

多喜はライダーの腕を掴んだまま、馬を走らせる。

 

「第三射! マスターも出てきている! 逃がすなよ!」

 

その声に、ライダーはようやく行動を起こした。

 

「マスター! 路地裏へ逃げろ! 撒くぞ!」

 

「おうよっ、任せとけ!」

 

「後ろからの攻撃は何とかしてやるからよ!」

 

背後からの銃撃を器用に防ぎながら、ライダーは多喜に声をかける。

多喜はそのまま馬を走らせ、路地裏に入っていく。

 

「こんな狭いところ馬で走るの、初めてだぜ!」

 

「おお、結構上手いじゃねえか。俺よりライダーの資格あるだろ」

 

それもいいかもしれねえな、と言う自棄になった多喜のつぶやきは、風を切る音に紛れていった。

 

・・・

 

「・・・逃した、か?」

 

「はっ。いえ、まだであります」

 

「そうなのか?」

 

「はっ。ただ今、何人かが馬に乗り、追跡中であります」

 

「お前、騎乗スキルあるのか」

 

ランサーのマスターが驚いたように聞いた。ランサーは視線を逸らさないままにはっきりと

 

「ありません」

 

清々しいほどに凛々しい顔で、そう言い切った。

 

「そうだよな。・・・お前、意外と馬鹿か?」

 

ランサーのマスターは、まぁいい、と呟いてから、キャスターが消えた路地を見つめた。

 

「キャスターの方は結構な怪我を負ったはずだ。そちらを先に片付けるぞ」

 

「はっ!」

 

ぞろぞろといた緑の軍勢は消え去り、その場に残ったのは二人だけとなった。

その二人も、すぐにきびすを返し、キャスターの消えた路地へと消えていった。

 

・・・

 

「・・・急に攻撃が来なくなったな」

 

雌雄一対の剣でホムンクルスを一体倒し、もう一体も目の前で消えかかっている中、セイバーはそう呟いた。

水の弾丸と風の弾丸が途中から来なくなったのだ。

 

「まぁ、それはそれで助かるのだが。そう言えばアーチャーは・・・」

 

セイバーの声にかぶせるように、地響きのような雄叫びが聞こえてくる。

 

「これはっ・・・! アーチャー!」

 

方向はアーチャーのいた場所からきこえた。セイバーは焦りを隠さないまま、声の聞こえてきた方へと走り出した。

 

・・・

 

右腕で左腕を押さえながら、キャスターは足を引きずって自分の拠点へと帰ってきた。

三回宝具を使ったので、逃げ切れているとは思うけど・・・と、後ろをちらちらと確認しながらの帰宅となった。

 

「キャスター? お帰り、今日は宝具を使いまくってたみたいだけど・・・っ!?」

 

キャスターが帰ってきたのを音で感じ取ったのか、自室から出てきたマスターはキャスターの姿を見て驚く。

 

「大丈夫っ!?」

 

「大丈夫。今のところはね。ちょっと横になりたいかな。肩を貸してくれるかい?」

 

「もちろん。・・・で、誰にやられたの? 何かいっぱい打ち込まれてる・・・アーチャー?」

 

マスターの言葉に、キャスターはフルフルと力なく首を横に振る。

 

「ランサーだよ」

 

「・・・どんな細い槍なのさ」

 

傷口を見たマスターが胡散臭いモノを見るように問いかけてくる。

そんなマスターの姿にほほえましいモノを感じつつ、キャスターはゆっくりと歩を進めていく。

そして、自室の寝台に寝転がったところで、マスターに説明を始める。

 

「で、ランサーにやられたって・・・」

 

「ああ。取り敢えず、ランサーはかなりたくさんいた」

 

「沢山? 待ってよ、聖杯戦争は・・・」

 

マスターの疑問に、キャスターはわかってる、七人だ、だろう? と言ってから答えた。

 

「似た格好をしたランサーが数十人いたんだ。きっと宝具だろうね・・・しかしまぁ、あれはちょっとした恐怖だよ」

 

おまけに武器が強いし、と呆れたようにキャスターは呟く。マスターは魔力の供給を多めにしつつ、キャスターの説明を聞いていた。

しばらくは動けないなぁ、とか、結界を後で確認しておかないと、なんて事が頭をよぎっていく。

 

「そう言えば」

 

「ん?」

 

唐突なマスターの言葉に、キャスターが反応する。

 

「他のサーヴァント達は? ほら、城にいる四人」

 

「ああ・・・。そう言えばそっちが本命だったね」

 

「そうだよ。どうだったのさ」

 

「駄目だったよ。反応を見るに、ホムンクルスは全員やられたし、精霊達も後一歩及ばずってやつかな?」

 

自分がやられたから、撤退させたしね、と続けてから、ふぅとため息をついた。

 

「・・・さて、これからどうしようかな。キャスター、しばらく動けないでしょ?」

 

「そう、だね。私の精霊達も休ませる必要もあるし」

 

「困ったことになったね。・・・どーしよっかなぁ」

 

あんまり困った風に聞こえない口調で、マスターはそう呟いた。

 

・・・

 

「せいっ!」

 

「おおおおおおおおおお!!」

 

セイバーは経験と直感のみでバーサーカーと渡り合っていた。

バーサーカーの向こうには、倒れて動かないアーチャーがいる。こちらに到着したとき、倒れているアーチャーを見て思わず斬り掛かったのがまずかった。

固有結界を発動すればバーサーカー相手でも十分勝機があるが、一人では自分は腕の立つ剣士程度の能力だ。

 

「ちぃっ・・・! まずいかっ」

 

向こうの攻撃に耐えきれなくなってきているのを、セイバーは身体で感じていた。

少しずつ、攻撃が掠るようになってきて、受け流すことも出来なくなってきている。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「五月蠅いぞっ!」

 

叫び声に負けないようにセイバーも叫ぶ。夜にこんなに叫んで何故誰も起きないのかは不思議ではある。まぁ、そっちの方が都合が良いが。

もう何度目になったか分からない薙刀の受け流しの後、バーサーカーはいきなり何もない虚空を薙刀で払った。

その瞬間、薙刀と堅い何かがぶつかった音がして、その堅い何かは四方へと跳んでいく。

 

「おおおおおおおおおおおお!」

 

「・・・」

 

気配遮断のスキルが、攻撃したことによって下がったのだろう。セイバーでもバーサーカーでも発見することが出来た。

 

「アサシンか! ・・・助かる!」

 

その言葉に応えるようにアサシンは再び暗闇へと姿をくらませ、バーサーカーの攻撃がセイバーへと集中しないように牽制のダークを放つ。

 

「狂戦士の名の如く、正気は保てていないようだな!」

 

徐々に出来てきた隙を逃さないように、セイバーはバーサーカーへと斬り掛かる。

その皮膚がすでに鎧のようだが、斬れないと言うことはない。少しずつ、勝利へと向かっているのを感じた。

 

「おおおおお!」

 

「逃がすかっ!」

 

「・・・」

 

後退しようと薙刀を振るいつつ後ずさるバーサーカーに、雌雄一対の剣と、長い右腕を解放したアサシンの左腕が迫る。

しかし、最後まで追いつくことは出来ず、またもバーサーカーを逃がしてしまった。

 

「・・・またか。・・・クソッ。そうだ、アーチャー!」

 

慌ててきびすを返し、倒れていたアーチャーの場所へと走り出すセイバーと、その後ろを右腕に包帯を巻きつつ追いかけるアサシン。

ぐったりしているアーチャーを抱え、セイバーは一番近い自分と銀の部屋へと向かった。

 

・・・

 

キャスター、バーサーカー、ランサー達三組に襲撃された翌朝、セイバー組の部屋に月達マスターと、サーヴァント達が集まっていた。

更に、朝からあわただしく動いていた月達から事情を聞いた桃香も心配して月達についてきていた。

 

「お兄さん、大丈夫なのかなぁ・・・?」

 

桃香の心配そうな声に、セイバーが答える。

重傷のアーチャーを寝台に寝かせ、しばらくした頃に安定したが、アーチャーは未だ目を覚まさないでいる。

 

「・・・何ともいえないな。一応ギルのマスターからは少量ながらも魔力が流れている。・・・お互いの接続が不安定だと聞いていたが・・・?」

 

言外にどうなんだ、という質問を含んで、セイバーは月を見た。

 

「えう、えと、ごめんなさい、出来るだけギルさんとのつながりは意識しているんですが・・・時々魔力が全く行かなくなったりします・・・」

 

「そうだったのか? ・・・でもギルって結構遠慮無く宝具使ってた気がするんだが・・・」

 

「おそらく少しずつ魔力をためていっていたんだろう。アーチャーは強力な宝具で戦うクラス。魔力の保有量もかなりあったんだろうし・・・」

 

ライダーが銀の質問に答える。銀はふぅん、と納得したのかどうなのかよく分からないつぶやきを残した。

 

「兎に角、今は待つしかないだろうな」

 

セイバーがそう言って立ち上がる。

それに合わせて全員が退室しようとしたとき、桃香が月に声をかけた。

 

「あ、月ちゃん」

 

「はい?」

 

「今日はお仕事お休みで良いよ。お兄さんに付いててあげて?」

 

「え? ・・・で、でも・・・」

 

「そだね、ギルさんについててあげなよー。アサシン、今日は警戒任務じゃなくて、月の代わりに侍女のお仕事手伝ってね?」

 

「・・・」

 

無言でこくりと頷くアサシンを見て、満足げにうんうんと頷く響。

 

「と、言うわけで、月はギルさんの看病がお仕事! 後は私と詠とハサンにまっかせなさーい!」

 

「そ、そうね。月はギルの近くにいてあげた方が良いわね」

 

「響ちゃん、詠ちゃん・・・」

 

「と、言うわけで、いこっか、響ちゃん、詠ちゃんっ」

 

「りょーかーいっ!」

 

「分かってるわよっ!」

 

「・・・」

 

じゃーねー、と手を振る桃香と響、それじゃあね、と声をかける詠、左手を挙げてフリフリと振って去っていくアサシンを月は見送った。

 

「・・・静かになっちゃった」

 

月は部屋の出入り口から目を離し、寝台に眠るアーチャーへと向き直る。

先ほどまでは苦しそうに唸っていたアーチャーも、しばらくすると落ち着いたのかすぅすぅと寝息を立てていた。

 

「ギルさん、寝顔は子供っぽいんですね」

 

くすくすと笑いながら、月はアーチャーの頭を撫でる。

 

「・・・ギルさん、早く起きてくれないと、駄目なんですからね」

 

めっ、と人差し指でアーチャーの頬をつつく月。

数分後、自分のしたことを冷静に考えて真っ赤になってあたふたするのを、今の月は知るよしもなかった。

 

・・・

 

「・・・はぁ」

 

「まずは水汲みー。ハサン、頑張るよー!」

 

「・・・」

 

コクリ、と頷いて、アサシンは響の後ろについて回る。

 

「・・・ふぅ」

 

「お掃除お掃除ー。ハサン、その長い腕で高いところのお掃除お願いねー」

 

「・・・」

 

コクリ、と頷いて、アサシンは右腕を解放し、ぞうきんを手に取り、掃除を始める。

 

「・・・ギル、大丈夫かなぁ・・・」

 

「うばーっ!」

 

「きゃっ!?」

 

昼食時、ついに響が両手で机をばんばんと叩き、奇声を発した。

いきなりの奇声に驚いた詠は、持っていた箸を落としてしまう。

 

「ギルのことが心配ならそう言えばいいのに! 何なの!? ツンなの!? ツン子なの!?」

 

「な、何を言ってるのよ! 訳分かんない!」

 

「それはこっちの台詞! ・・・ああもう! 今は休憩時間だし、ギルさんの所に行くよ!」

 

そう言うと、響は詠の手を取り、走り出した。

アサシンはかちゃりと箸を置くと、無音で、しかし素早く二人の後を追った。

 

・・・

 

「おお、お前達」

 

「ありゃ、セイバーさん」

 

響が詠を連れて銀とセイバーの部屋に行く途中、セイバーと銀の二人に出会った。

 

「・・・って、アサシン・・・。お前、なんて格好を・・・」

 

「え? だって、侍女はこの服着ないと駄目みたいだから」

 

セイバーの疑問に、アサシンの代わりに響が答える。セイバーと銀の視線はフリフリのメイド服を着たアサシンに向いていた。

 

「アサシン、お前も大変なんだな・・・」

 

セイバーと銀の二人に肩を叩かれたアサシンは、少しだけ肩を落としているように見えたという。

 

・・・

 

目覚めろー、と念じてどのくらい経ったのだろうか。

よく分からないが、未だに目覚められずに白い空間に座り込んでいた。

 

「・・・取り敢えず、夢なら悪夢決定だな」

 

そう呟いてから、黙ってても仕方がないと思い立ち上がる。

適当に歩いて探索してみようと歩き始めた。

 

「・・・ん?」

 

遠くに、何か黒い点の様なものが見える。

 

「・・・取り敢えずは、あれを目標に歩いてみるか」

 

この真っ白な空間で唯一色がある物を発見し、少し嬉しく思いながらも歩き続ける。

かなり歩いたが、夢の中だからか疲れることはないみたいだ。

 

「・・・人・・・か?」

 

近づいていく度に細部が見えてくる。

黒い人影のように見えるが・・・。あと少し近づけば見えそうだ。

俺は少し小走りで近づいた。

 

「うっ!?」

 

あと少しで全貌が見える。そんなとき、突風が吹いて、俺は思わず顔を手で覆った。

風が収まり、手を下ろしたとき、人影は見えなくなっていた。

 

「・・・何だったんだ?」

 

はぁ、とため息をつく。双六のゴール直前で「振り出しに戻る」を踏んだ気分だ。

さてどうしようかと諦め半分で考え始めたとき、何かが落ちてくる音がした。

 

「まさか、時間差で神様か!?」

 

上を仰ぎ見る。

黒い点が落ちてくるに従ってよく見えてくるように・・・え? 

 

「・・・え?」

 

いや、そんな。まさか。

 

「うっふぅぅぅぅぅぅぅぅん!」

 

上空にあった二つの黒い点が近づいてくると、そんな声も聞こえてくるようになった。

・・・ああ、見間違いとかだったら良かったのに・・・! 

ずどむ、とおおよそ人が着地した音に似つかわしくない音がして、俺の目の前に二人の人物・・・貂蝉と卑弥呼が着弾していた。

・・・断じて着地なんて言う生やさしい物ではなかったと言っておこう。

 

「初めましてだな、弓兵よ」

 

いきなり卑弥呼が話しかけてくるが、あまりの衝撃に反応できない。

 

「あらぁん? 私たちの美しさに、声も出ないみたいねぇ?」

 

断じて違う。そう言いたいが、口はぱくぱくと空気を求める金魚のように開閉を繰り返すだけだった。

フリーズしている俺を尻目に、二人はくねくねと俺に近づいてくる。

なぜか、頭の中で某鮫の映画の音楽が流れた。・・・あれ、死亡フラグ・・・? 

 

「急にお邪魔してごめんねぇ? あなたが困ってるみたいだから、お助けに来たのよん」

 

「うむ。こちらに送り込んだのは我らだからな。少しぐらいは手助けしてやらねばなるまい」

 

・・・ん? 

ちょっと待て。何か今重要な事をさらっと言われたような気がする。

 

「・・・此処に送り込んだのがあんたら・・・? じゃあ、この白い空間はあんたらが作ったのか?」

 

俺の質問に、貂蝉が答える。

 

「違うわよぉ。あなたを聖杯戦争のあるあの世界に送ったのが、私たちってこ・と。うふん」

 

台詞の最後にしなを作ってウインクしてきたので、思わず避けてしまった。

 

「じゃあ、二人と神様は知り合いなのか・・・?」

 

俺に力を持たせて転生させたのはあの土下座神様だったはず・・・。

 

「我らとおぬしの言っている神様とやらは知り合いではない。我らは、ある計画を阻止するためにお主達英霊を集めていたのだ」

 

「ま、あなたは純正の英霊じゃないけどね」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。今頭の中を整理する」

 

ええと、取り敢えず俺が転生するところまでは神様の管轄だったんだろう。

その後、転生している途中でこの二人に捕まって、聖杯戦争や魔術がある恋姫の世界に連れてこられた・・・? 

連れてきた理由は、「とある計画」を阻止するため。

 

「『とある計画』ってなんだ?」

 

「うむ、それはな――――」

 

あれ、急に卑弥呼の声が聞こえなく・・・? 

 

「あら、時間切れみたい。それじゃ、また会えたらいいわねん」

 

なんだと!? こんな気になるフェードアウトで終わりだと!? 

 

・・・

 

「月ちゃぁぁぁぁーん!」

 

「ふぇあうっ!? きょ、響ちゃんっ?」

 

突然の爆音に、月は座っていた椅子から立ち上がった。

椅子が倒れてしまったが、驚いている月はそんな事を気にしている余裕はないようだ。

いきなり扉を吹き飛ばす勢いで開けた響は、ぜぇはぁと息を切らせる詠を連れて、部屋の中へと入った。

 

「詠がギルのこと心配すぎて仕事が手につかないって言うから連れてきた!」

 

「詠ちゃん・・・」

 

月が安心したように、しょうがないなぁと言いながら椅子を戻して座り直した。

もちろん詠は響の言葉に反応し、反論した。

 

「ちょっ! きょ、響! ボクは別にそんな・・・!」

 

「うっさいよツン子!」

 

「ツン子いうな!」

 

「ま、まぁまぁ二人とも。今ギルさんが寝てるんだから、静かにしよ?」

 

月が二人を宥めると、詠は仕方なさそうに、響はてへへと気まずそうに騒ぐのをやめた。

 

「そ、それで? ギルの調子はどうなのよ。・・・べ、別に心配な訳じゃないんだからね! 此処まで来たから、気になっちゃうだけなんだから!」

 

「・・・ツン子だ・・・」

 

「・・・ツン子だね・・・」

 

響と月の二人はぼそりと呟き、顔を真っ赤にして顔を背ける詠をほほえましそうに見ていた。

月は二人に椅子を勧め、寝台のそばに寄り添うように座った。

 

「ギルさん、ずっと寝てる。多分魔力も足りてるんじゃないかな。気持ちよさそうに寝てるよ?」

 

「・・・ふん。月に心配かけてぐっすり眠るなんて、月の護衛だって言うこと忘れてるんじゃないの、こいつ?」

 

「まーまー。ギルさんだって、寝たくて寝てる訳じゃないんだろうし?」

 

三人であーだこーだと話していると、扉がコンコンと叩かれた。

 

「はーい? どうぞー」

 

月が扉を叩いた人物へと声をかけると、かちゃりと扉が開いた。

 

「おじゃまします・・・」

 

「あら、璃々ちゃん」

 

「こんにちわ、月お姉ちゃん。・・・あのね、ギルお兄ちゃんがおびょーきだって聞いて、おみまいにきたの」

 

「そうなの? ありがと、ギルさんも喜ぶね」

 

そう言って、月は自身の膝の上に璃々をのせた。

 

「ギルお兄ちゃん、寝ちゃってるのー?」

 

「うん、そうなんだ」

 

「おきたらげんきになってるかなぁ?」

 

「うん、元気いっぱいになってるよ」

 

月の言葉に、璃々はぱぁっと笑顔になる。えへへ、と嬉しそうにはにかみ、寝台に寝ているアーチャーの頭をぽんぽんと叩いた。

 

「ギルお兄ちゃん、起きたらいっぱいあそぼーね!」

 

そう言って、璃々は月の膝の上から降りて、扉へとたたた、と駆け出した。

 

「おかーさんの所に戻るね!」

 

「うん、気をつけてね?」

 

「うん! ・・・あ、そーだ! とーかさまたちが、お仕事が一段落したらお見舞いに行くって言ってたよ?」

 

「そうなんだ。わざわざありがとね、璃々ちゃん」

 

「んーん、良いよー。それじゃねー!」

 

再びたたた、と駆け出した璃々を手を振って見送った月は、アーチャーに向き直った。

 

「璃々ちゃんに慕われてるんですね、ギルさん」

 

「それに、桃香達にもね。わざわざ見舞いに来るなんて」

 

「ギルさんはいろんな所にお手伝いとかに行ってたから。人気者なんだね」

 

・・・

 

休憩時間にアーチャーの見舞いに来た響と詠、さらにそっとついてきたハサンが部屋の中でアーチャーの様子を見ていると、扉がコンコンと叩かれる。

一応アーチャーがこちらに部屋に入るときは扉を叩くと言うことを広めていたので、ここの人達も部屋に入るときの礼節として扉を叩いている。

 

「あれ、またお客さんかな。はーい」

 

月が答えると、扉を開けて入って来た数人の少女。月は一瞬驚くが、すぐに笑顔になり、少女達の名前を呼ぶ。

 

「桃香さま、愛紗さん、鈴々ちゃん、朱里ちゃん」

 

「やっほー。ギルさんはまだ寝てる?」

 

「邪魔するぞ。・・・ギル殿はまだ寝ているようですね、桃香さま」

 

「そっかー・・・。早く起きて欲しいね。・・・お仕事もあんまり減らないし・・・」

 

「それはおねーちゃんが頑張らないから減らないのだー」

 

「・・・はうっ」

 

鈴々の直球の言葉に、桃香は胸を押さえる。

 

「だ、だってギルさんお仕事処理するのも早かったし、愛紗ちゃんみたく訓練で居なくなったりしないからいつでも質問できちゃうし・・・」

 

「・・・そろそろ、ギル殿には桃香さまの仕事を手伝わないように言っておくべきですね」

 

はぁ、とため息をついて、愛紗が頭を左右に振る。

朱里はそんな愛紗と桃香を見て、おろおろとしている。

月は桃香達の話を聞いて、くす、とほほえむ。

 

「皆さん、取り敢えず座ってください。お茶にしましょう」

 

取り敢えず、一度落ち着いて貰わないと、と心の中で呟いて、お茶の用意をしに部屋を出る。

響と詠も手伝うと言ってくれたので、人数分のお茶を用意するのはさほど大変なことではなかった。

 

「・・・えへへ、本当に人気者だね、ギルさん」

 

月はそうぼそりと呟く。

 

「? ・・・月、なんか言った?」

 

小声で呟いたはずだが、詠には聞こえていたようだ。

首を傾げて聞いてくる詠に、月は首を横に振って答えた。

 

「え? ・・・ううん、何でもないよ、詠ちゃん」

 

「そ?」

 

取り敢えず、みんなに美味しいお茶を煎れなくちゃ。

妙に機嫌の良さそうな月の様子に響と詠が興味津々のようだったが、深くは突っ込んでこなかった。

 

・・・

 

みんなでお茶をしている途中。

アーチャーがいきなりもぞもぞと動き出した。

 

「ぎ、ギルさんっ!?」

 

月は駆け寄って名前を呼ぶが、アーチャーは顔を苦しそうにゆがめ、何かを呟いている。

 

「・・・う、ん」

 

「え・・・? な、なんて言ってるんですか、ギルさんっ?」

 

「ま、さか・・・の・・・」

 

そう言うと、アーチャーは勢いよく起きあがった。

そばにいた月は起きあがるアーチャーにぶつかりそうになり短い悲鳴を上げる。

 

「まさかの貂蝉ッ!? は、ぁ・・・はぁ、はぁ・・・あれ?」

 

「ぎ、ギルさん?」

 

しばらくキョロキョロとしていたアーチャーは、声をかけてきた月を見て、安堵のため息をつく。

 

「・・・夢、だったんだな、やっぱり」

 

「え?」

 

「・・・何でもない。俺はどれくらい寝てた?」

 

「一日とちょっとですね」

 

「そっか」

 

「・・・おはようございます、ギルさん」

 

「ああ、おはよう、月」

 

・・・

 

目を覚ますと、目に飛び込んできたのは見慣れた天井。

あたりを見回すと、驚いた顔をしている月が視界に入る。いつも通り可愛い。

どうやら悪夢からは覚めたようだ。

少しのやりとりの後、月とお互いにおはようと挨拶をかわした。

 

「お兄さんっ!」

 

「桃香?」

 

驚いた。桃香に愛紗、鈴々に朱里まで居る。あ、詠と響もか。なんか大集合だな。

・・・もう一人居るようだったけど、俺は見なかったことにした。

何かフリフリな服を着た黒い人影が見えた気がするけど俺には何も見えてない! 

 

「桃香達まで居たのか」

 

「うんっ、お兄さんが倒れたって聞いて、お見舞いに来てたの! ね、愛紗ちゃん」

 

「はい。ギル殿にはいつも助けられていますから。この位はお返しさせていただかないと」

 

「そっか。ありがと」

 

お礼を言うと、桃香は照れつつえへへー、とはにかみ、愛紗はいえ、といつもの調子で返された。

そんな二人を押しのけるように鈴々が寝台に近づいて、俺の顔をのぞき込んでくる。

 

「お兄ちゃん元気になったのだ?」

 

「うん、心配かけたな」

 

「別に良いのだ! 元気になったんだったら、また一緒に遊ぶのだ!」

 

「そだな。明日からはまた手合わせしような」

 

「約束なのだっ! 恋にも伝えてくるのだー!」

 

そう言って鈴々は部屋を飛び出していく。

 

「鈴々っ! ・・・まったく。申し訳ありませんギル殿。騒がしくて」

 

「構わないさ。ああいうところも鈴々の良いところだしな」

 

そう言ってから、俺は寝台から降りようと寝台の縁へと移動する。

 

「ちょっと、動いても大丈夫なの?」

 

そんな俺の行動を見て、詠が怒ったような口調で聞いてくる。

口調は怒っているが、しばらく付き合っている内に詠のこの口調は照れ隠しのような物だと学習している俺は、詠の頭を撫でながら答えた。

 

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

「ちょっ、べ、別に心配なんか・・・!」

 

顔を逸らしてそう言い放つが、詠の顔は真っ赤だ。照れてるんだろうなぁ。畜生可愛いぜ。

そんな俺達を見て、月がくすくすと笑っている。

取り敢えず詠を撫でるのを一旦止め、立ち上がる。

・・・しばらく寝ていたからか、少しふらついてしまった。

 

「おっとと」

 

「大丈夫?」

 

そう言って響がそっと支えてくれた。小さい体で良く支えられるな、と驚いた。

 

「ギルさんギルさん、歩きづらいなら肩貸そうか?」

 

響がそう言ってくれるが・・・響に肩を貸して貰うと間違いなく響を潰してしまうので、遠慮しておく。

 

「そっかー。ちぇっ」

 

なんだその舌打ち。そんなに肩を貸したかったのか。意外とお節介な性格なのかも知れない。

立ちくらみも収まったので、俺はさてどうしようかと考える。

 

「朱里、仕事ってどれくらい残ってるんだ?」

 

俺が声をかけると、話しかけられると思っていなかったであろう朱里があわてふためく。

 

「はわわっ、お仕事ですかっ!? えとえと、一日とはいえ、ギルさんが抜けたのは大きくて、その・・・」

 

朱里が言いづらそうにちらちらと桃香を見る。・・・ああ、多分桃香が仕事ためちゃってるんだろうなぁ。

少し苦笑しながら、俺は朱里の頭を撫でる。

 

「分かった。まずは残ってる仕事を片付けちゃおうか」

 

「は、はいっ」

 

「ギルさん、お仕事しても大丈夫なんですか?」

 

「うーん、体もそんなに異常は無いみたいだし、大丈夫だと思うけど」

 

魔力を使いまくったせいか宝具はしばらく使いづらいだろうけど、それ以外は不調はない。

今のところは月からの魔力も来てるしな。事務仕事くらいなら問題ないだろう。

 

「そうですか・・・。でも、無理はしないで下さいね?」

 

「・・・ん」

 

ホントに可愛いなぁもう。

 

「よし、じゃあ行くか、桃香、朱里」

 

「はーいっ」

 

「はいですっ」

 

こうして、俺は何とか復活したのだった。

さて、しばらくぶりに頑張るか! 

 

・・・

 

月達侍女組はいつも通りの仕事に戻ることに。・・・因みに、ハサンはメイド服を脱ぎ捨て、颯爽と去っていった。

俺は月達を見送ってから、桃香と愛紗、そして朱里と共に執務室へ。

途中で愛紗が桃香をあまり手伝わないようにと言ってきたが、多分無駄だと分かっているだろう。

 

「・・・まぁ、そんなことを言っても無駄でしょうが」

 

おや、実際に言われてしまった。

 

「そうだな。でもま、愛紗の言うことももっともだ。これからは少し気をつけてみる。・・・これからもう少し自分の力で頑張るか、桃香」

 

そう言って、桃香の頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。

桃香ははぅーと唸りながらも頷いてくれた。この子は基本良い子なのである。

 

「それでは、私は訓練の方に顔を出さなければいけないので。失礼します」

 

「ああ。愛紗、あんまり頑張りすぎるなよ?」

 

「・・・分かりました」

 

最後ににこりとほほえんで去っていく愛紗。彼女は最近表情が軟らかくなってきていると思う。

出会った当初なんて・・・うぉぉ、思い出したくない説教の記憶がっ! 

 

「よぉっし、私頑張っちゃうよ、お兄さんっ!」

 

「お、おお! その意気だ、桃香!」

 

「はわわっ、凄い気合いですぅ・・・!」

 

気合い十分の桃香と、おろおろする朱里に挟まれながら、久しぶりの執務室へと向かったのだった。

 

・・・




「ギルさんのところに行くよ!」「ちょっ・・・!」すたたっ「っ!? 変態だー!」すたたっ「へっ、変態よー!」すたたっ「うわぁーん! おかあさーん!」
もちろんアサシンの前を走っている二人は騒ぎに気づきませんでした。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十一話 日常と偽者と白色と

白・・・かぁ・・・。

それでは、どうぞ。


政務室。いつもは綺麗になっている机まわりが少し乱雑になっている様な気がする。

あとで整理をしておいて・・・うん、仕事をしてからでも十分間に合うな。

机の上を見てそんなことを考えていると、やる気十分の桃香が口を開いた。

 

「朱里ちゃん、まずは何からやろっか?」

 

「はいっ、まずは・・・この草案から目を通していっていただけますか?」

 

「りょーかいっ。えとえと、うーん・・・」

 

竹簡を開き、真面目な顔で書いてあることに目を通していく桃香。

さて、俺も働くか。

 

「朱里、俺の分は?」

 

「あ、こちらです」

 

朱里が一旦別室に引っ込む。

 

「?」

 

あっちは政務に必要な資料とかを保存しておく資料室の様なものだったはず。何か資料の手直しだろうか? 

そんなことに考えを巡らせていると、がらごろと台車に何か重そうな物を乗せて引っ張る音が聞こえる。

 

「はふ、こちらです」

 

「おおう・・・」

 

台車に乗って運ばれてきたのは山盛りの竹簡。

 

「何、これ」

 

「ええと・・・街に出没する華蝶仮面さんたちが暴れたことによって被害を受けた人達の陳情、後は・・・」

 

なんだか朱里が言いにくそうにしている。

 

「・・・後は?」

 

朱里に続きを言うように促すと、おどおどとしながら口を開いた。

 

「・・・幼練さんのツケの請求書です」

 

「なァんだってェ・・・? 俺に、ツケただァ・・・?」

 

「ひうっ!?」

 

出来るだけ怒りを表に出さないように呟いたつもりだったが、朱里は悲鳴を上げてしまった。・・・そんなに怖かったか。

驚きだ! というかニートって冗談のつもりだったんだが、あいつホントにニートだったのか! 

前にステータスの黄金律の話をしたときの笑顔はこれを狙ってか! やられた・・・! 

 

「はわわ・・・」

 

かなり険しい顔をしていたのだろう。俺の目の前で説明をしていた朱里が涙目だ。

 

「おっと・・・悪いな、朱里。怖がらせるつもりはなかったんだ」

 

「は、はい・・・。大丈夫です。分かってますから。・・・その、驚いちゃっただけです」

 

そう言ってくれるが、確実に驚いただけじゃないだろう。

 

「よし、気は滅入るが早速取りかかろう」

 

「お願いします。私はこれで失礼しますが、後で雛里ちゃんが来るので分からないことがあったらその時に聞いてください」

 

「ん、ありがと」

 

「それでは、失礼します」

 

そう言って、朱里は部屋を出た。

珍しく桃香の声が聞こえないなと思ってそちらを見てみると、未だに真面目な顔をして竹簡に目を通していた。凄い集中力だ。

さて、俺も真面目にやるかな。

 

・・・

 

華蝶連者とかの陳情はいくらか慰謝料として出すことで決定した。

いくらになるかは雛里と相談するとして、えっと次は多喜のツケか。

ライダーのしつけもまだまだってことか。

どれどれ、うわ、かなりツケられてる。ひー、ふー、みー・・・かなりの桁数だな。

 

「桃香、ちょっと出てくる」

 

俺がそう声をかけると、桃香がようやく竹簡から目を離す。

 

「ん? どこいくのー?」

 

「陳情を解決しに、かな」

 

「そっかぁ。頑張ってね、お兄さんっ」

 

「了解した。・・・あ、雛里が来たら俺が戻るまでちょっと足止め頼むな」

 

「はぁい」

 

良い返事をしてくれた桃香を残して、俺はさっそく行動することに。

 

・・・

 

まずはツケのある店を回る。

拉麺の屋台、いつも恋や鈴々達とくる馴染みのまんじゅう屋等々エトセトラ。

 

「ちっ、かなりの額になってるな」

 

思わず悪態が口をついて出てくる。あとでどんな仕返しをしてやろうか。

取り敢えずツケを払う。なんでこんなにツケたのか店主達に聞くと、俺が払うと多喜が言っていたので安心してツケていた、とのことだ。

俺に寄せられる妙な信頼は嬉しいが、こんな問題になるとは思わなかった。

払った額は竹簡に書き込んでいく。・・・後で絶対に多喜に請求してやる。

 

「・・・こんな所か」

 

ツケの確認と支払い、書き込みをすませて、城へと戻る。

 

「ただいまー」

 

「あ、お帰りお兄さん。今丁度雛里ちゃんが来たところだよ」

 

「こ、こんにちわです・・・」

 

「ああ、こんにちわ」

 

多喜の問題は後に回すとして、他の書類を片付けることにした俺は自分の机に戻った。

雛里に聞く案件を纏めていると、俺の机の前に雛里がやってきた。

 

「あ、あの・・・」

 

いつものようにおずおずと話しかけられる。

 

「ん? ・・・どうした?」

 

書類から顔を上げ、雛里と目を合わせる。すでにちょっと涙目だった。

 

「えと・・・その、お見舞いに行けず、申し訳ありませんっ!」

 

そう言って、雛里は帽子が落ちるくらいに頭を下げた。

俺は苦笑しつつ、雛里らしいなぁと思いながら立ち上がり、雛里の帽子を拾った。

 

「雛里、頭あげて」

 

「はい・・・」

 

俺は雛里に帽子をかぶせて、雛里と目線を合わせるためしゃがむ。

 

「倒れたのは急だったし、これなかったからって気にすることはない。・・・っていっても、雛里は気にするんだろうな」

 

「・・・はい」

 

「じゃあ、あれだ。前に言ってたお菓子、作ってくれよ」

 

「お菓子・・・ですか・・・?」

 

「そ。作ってくれって言ってたよな。雛里が休みの日で良いから、作って食べさせてくれよ。回復祝いって事で」

 

俺がそう言うと、雛里は落ち込んでいた顔を恥ずかしげな笑顔に変え、魔女っ子帽子のふちを掴みつつ頷いてくれた。

 

「は、はい・・・。一生懸命、作りますっ」

 

「じゃあ、それでこれなかったことは気にするなよ。な?」

 

「わ、分かりました・・・」

 

その言葉を聞いて安心した俺は雛里にいろいろと聞くために机に戻った。

書類を纏め、雛里に質問したり相談したりして久しぶりの仕事をしていると、すぐに日が暮れていった。

 

・・・

 

「・・・ふぅ、もうこんな時間か・・・」

 

時計がないから正確な時間は分からないが、月が出てしばらく経っているからすでに晩飯の時間だろう。

雛里はしばらく俺達の質問なんかに答えた後新しい仕事が出来たとかでぱたぱたと慌てて出て行った。

 

「ほんとだ。・・・うーん・・・今日は頑張ったなぁ~・・・」

 

両手を上に突き上げてのびをする桃香。・・・い、威力が3倍(当社比)・・・だと・・・。いや、なんの威力かは言わないよ? 

そんな馬鹿な考えを頭の隅っこに押しやり、表面上は何でもないように取り繕う。

 

「今日はこのくらいにして、晩ご飯食べに行こうか、お兄さんっ」

 

首を傾げてそう言ってくる桃香。

 

「そうだな。そろそろ良い時間だし・・・」

 

「やたっ。ほら、早くいこっ」

 

「おおう? 引っ張るなよ。病み上がりだぞ?」

 

俺の手を引っ張って部屋から出る桃香。なんだかご機嫌だ。

 

「そんなに急がなくても、晩飯は逃げないって」

 

「えへへ、分かってるよっ」

 

なんだろう。ホントにご機嫌だ。なにかあったのかね。ま、桃香がご機嫌なのは良いことだ。

明日からの仕事の効率も上がってくることだろう。・・・そう言えば今日は月がお茶を持ってこなかったな。少しショックである。

 

・・・

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

晩飯の途中、俺の向かいに座っている桃香が話しかけてくる。

 

「お兄さんが倒れて寝てたとき、うなされてたけど・・・怖い夢でもみたの?」

 

「うなされ・・・ああ」

 

あの悪夢か。

多分人生の中でもサーヴァントになってからもあんな悪夢を見たのは初めてだろう。・・・あれを夢と言っても良いのかは甚だ疑問ではあるが。

お下げ髪の漢女と卑弥呼ヘアーの漢女(おとめ)に迫られた夢と説明して果たして桃香は納得するのだろうか。

 

「あれは・・・ええと」

 

「あ・・・その、言いづらいなら、言わなくて大丈夫だよ?」

 

心配そうな顔をした桃香が優しい言葉をかけてくれる。

 

「そうか? ・・・そう言ってくれると助かる」

 

正直あの白い世界で見た事を説明したら桃香に冷たい目で見られる自信がある。

 

「うん。・・・私たちはお兄さんの味方だからね?」

 

なんだかマイナス方向に桃香が勘違いを加速させているようだが、頭が可哀想と思われるよりはマシである。このまま暴走させておくとしよう。

 

・・・

 

腹もふくれて満足な俺は、桃香と別れて月の部屋へ向かっていた。

月の部屋に着き、扉を叩く。

 

「はい、どうぞ」

 

月の柔らかい声が聞こえてくる。

 

「お邪魔するぞ」

 

そう言って月の部屋に入る。

月と詠はすでに寝間着に着替えていた。

 

「あ、ギルさん」

 

「ギル。あんた、病み上がりなのに出歩いてて大丈夫なわけ?」

 

「大丈夫だよ。人間に見えるけど、一応サーヴァントだからな。・・・というか、もう寝るところだったか?」

 

寝間着姿の二人を見て浮かんだ疑問をぶつけてみるが、二人とも首を横に振った。

 

「いえ、詠ちゃんともう少しお話していたところだったので、大丈夫ですよ」

 

「そうよ。ボク達に変な気を遣わなくても良いの、全く」

 

「そっか。それなら良いんだけど」

 

「ふん。・・・で? なんの用なのよ」

 

詠にそう聞かれるが、別段用事があったわけではない。今日は起きたときにしか二人を見てなかったから会いに来ただけだし・・・。

いや、素直にそう言えばいいのか。

 

「ん、用って訳じゃないんだけどな。今日は二人のこと見てなかったから、寂しいなって思って」

 

俺がそう言うと、二人は目を丸くして驚いていた。

その後、月はふふふと笑い、そうですか、と何か納得したような顔をしていた。

 

「じゃあ、今日はギルさんも一緒にお話しましょう」

 

「そ、そうね。今日くらいは許してあげる」

 

「そっか。それはありがたい」

 

「ギルさん、ここ、どうぞ」

 

そう言って月は自分の隣をぽんぽんと叩く。二人はいつも一緒に寝ている寝台に座っていたので、俺が座ると狭くなるんじゃないかと思ったが・・・。

 

「よっと。・・・意外とでかいんだな、この寝台」

 

「はい。私たちも最初は驚いたんですけど、二人で寝るにはちょうど良い大きさなので、使わせて貰ってます」

 

「ほほう。・・・そうだ、俺が来るまで二人ともどんな話しをしてたんだ?」

 

さっきの月の言葉を思い出して聞いてみると、二人とも顔を赤くして俯いてしまった。

 

「・・・おや、えっと、聞いちゃまずいことだったか・・・?」

 

不安になってそう言ってみるが、二人は俯いたままふるふると頭を横に振った。

ええと、なんだろう。女の子が話すことで、男に聞かれると恥ずかしいこと・・・。

・・・いっぱいありすぎて逆に分からない・・・! 

 

「え、ええと、そのお話はギルさんが来る前に終わっていたので、別の話をしましょう!」

 

月にしては珍しく大きめの声を出してそう言った。

 

「そ、そうね! ギルも来たことだし、別の話題にしよっか!」

 

詠も月の言葉に同意したので、俺が来る前の話題についてはうやむやになってしまった。

・・・ううむ、気になる。後でそれとなく探ってみるか。

まぁ・・・取り敢えずは、月と詠の可愛い姿を見れたことでよしとしよう。

 

・・・

 

「・・・着々とあっちには戦力が集まっていってるね。どうするの?」

 

「ふん、心配はない。俺が何もしなかった訳じゃない。・・・すでに対策は立てている」

 

「そうなんだ。・・・じゃあ、あとは外史の管理者に対しても何か対策を立てないと・・・」

 

「いや、そっちも大丈夫だ。・・・俺の策は、その二つに対抗しうる策だからな」

 

「自信があるみたいだね。・・・じゃあ少し様子を見ることにしようかな」

 

「ああ、そうしろ」

 

・・・

 

「・・・ふぅ。ようやく到着ね。長かったわぁ・・・」

 

少女はそう呟いて、疲れをほぐすように背伸びをする。

 

「さて、と。何処に居るのかしらね、偽物は」

 

しばらく目をつぶったあと、少女はにやり、と口角をあげて笑った。

 

「あっちね。・・・待ってなさい、偽物っ」

 

・・・

 

多喜のツケが発覚した翌日の朝。俺は多喜を呼び出していた。

 

「取り敢えず、こいつを見てくれ。これをどう思う?」

 

俺が竹簡を差し出すと、多喜はなんだか遠くを見るような目をして口を開いた。

 

「凄く・・・高額です・・・って、なんだこれ」

 

「多喜、お前俺にかなりツケてたよな?」

 

「・・・あ、ばれたのか」

 

「ようやくな」

 

俺がそう言うと、多喜は悪い悪いと言うと、理由を話し始めた。

 

「ほら、ギルに黄金律ってスキルあっただろ」

 

「あるな」

 

「じゃあ金持ってるよな」

 

「結構な」

 

給金もほとんど使わずに居るためかなり金は貯まっている。

 

「でもギル使わないだろ」

 

「確かにな。恋とか鈴々とかと町に出ない限りは」

 

「だったら、国に金が回らなくなるだろ? ・・・俺は、それを解決しようと」

 

「・・・本音は?」

 

「ごちそうさまでした」

 

「正座な」

 

・・・

 

多喜を何とかしないと、またツケの請求書がくることになる・・・。

まずは多喜のニート脱出からなんとかしないと。

取り敢えず、愛紗あたりに打診してみるか。あれであいつ、人望はあるほうだし。

 

「はぁ、警備隊長ですか」

 

政務室にいた愛紗を捕まえ、話しをしてみる。

 

「確かに警備隊をまとめる人材が足りないと思っていましたが・・・その、大丈夫なのですか?」

 

「あー・・・あいつアレで責任感と正義感はある方だから。きちんとやってはくれるだろうけど」

 

愛紗に身振り手振りで多喜はあれで人を纏めたり集団で行動させたりするのは得意だとか熱弁する。

途中何で俺は多喜の為にこんなに必死になって居るんだろうとか冷静に考えてしまったが、後で考えることにした。

 

「・・・はぁ、ギル殿は相変わらずのようですね。わかりました。朱里や他の警務隊長と話し合ってみます」

 

「頼んだ。今度何かお礼させてくれ」

 

愛紗にはいろいろとお世話になっているからなにか埋め合わせをしないと。

俺の言葉に、愛紗は少し考えた後、顔を上げ

 

「そうですね・・・それでは、明日にでも手合わせを」

 

と、言ってきた。

仕事の手伝いとか街で何か奢れと言ったものを想像していたので、反応が遅れる。

 

「・・・ん、頑張るよ」

 

「ふふ。無理はなさらないように」

 

そう言って愛紗がほほえむ。・・・危ない。うひょおうとか奇声を上げそうになった。

・・・にしても、手合わせかぁ。愛紗と鈴々と恋は模擬戦でもほとんど本気だから困る。今度一言言うべきだろうか。

・・・いや、多分聞いてくれねえな。やめておこう。

 

「ああ、そう言えばお伝えすることが」

 

「ん?」

 

「桃香さまが先ほどから一人じゃ政務が出来ないとだだをこねているのです。あまり甘やかすのもよくないのですが、政務が滞る方が困りますので」

 

「・・・分かった。ちょっと寄ってみる」

 

「お願いします」

 

そう言って去っていく愛紗。さぁて、明日の彼女との模擬戦の為に誰かと手合わせしておく必要があるだろう。

となると・・・恋は何処にいるか分からないし、鈴々も然り。となると、比較的捕まえやすい白蓮か翠、桔梗あたりに頼もうか。

 

・・・

 

「あ、ギルさん」

 

中庭を歩いていると、横から声がかかった。

声の聞こえたほうを確認すると、予想通り月がこちらに近づいてきていた。

 

「月。・・・今日は一人なんだな。詠はどうしたんだ?」

 

月一人で掃除道具を持っているのを見て、聞いてみる。

すると、一瞬月は何故かムッとしたような顔になった後、すぐにいつも通りの微笑みを見せて答えてくれた。

 

「今日は詠ちゃん、軍師さんのお仕事をして居るんです。午後の演習に参加するって言ってましたよ」

 

そう言えば、詠は軍師も兼任してるんだったな。ならば、午後からは詠の指揮を見に行くのも良いかもしれない。そんなことを思っていると

 

「ギルさんは午後からお暇ですか? 私、演習を見に行こうと思ってるんですけど・・・」

 

と、月から誘われた。

断る理由もないし、行ってみるのも面白いかも知れない。詠が軍師をやっているところを見るのも面白そうだ。

 

「そうだな・・・。午後は暇だし、一緒に行こうか、月」

 

俺がそう言うと、月はぱっと笑顔になる。

いつもはほほえむだけだが、此処まで笑顔になるのはいつもの月からすると珍しい。

 

「はいっ。あ、あの、それでなんですけど・・・」

 

急にもじもじし始める月。

恥ずかしそうに俯くのも可愛いなぁとか思いながら月が口を開くのを待っていると、覚悟を決めたようにばっと顔を上げ

 

「お、お昼を一緒に食べに行きませんかっ。その、午後から演習なわけですし、その方が都合が良いかなって思ったりして・・・」

 

と、またまた月には珍しく早口に言い切った。

それから、顔を真っ赤にしながら再び俯き、駄目なら良いんですけど、と呟くように言う月の頭を安心させるように撫で

 

「大丈夫だよ。じゃあ、今日は街に何か食べに行こうか」

 

「あ・・・はいっ・・・」

 

いつもの微笑みを浮かべた月は、こくこくと頷いた。

 

「ちょっと用事があって桃香の所によって来るから・・・お昼にまた此処に集合しようか」

 

「はい、分かりました。それでは・・・」

 

「ああ。また後で」

 

きびすを返し、少し歩いたところで「・・・やたっ」と聞こえた気がして振り向いたが、掃除道具を持って歩く月の背中が見えただけだった。

おそらく空耳だろうと思い、再び前を向くと月を何処に連れて行こうかと考えを巡らせた。

月は小食だから、量より質を取るべきだろう。とすると・・・。

 

「おわっ!?」

 

「おっとと」

 

考え事をしていた所為か、人とぶつかってしまった。

相手が小走りだったから、ぶつかった衝撃で相手は尻餅をついてしまったようだ。俺は倒れずに少したたらを踏んだくらいだ。これでもサーヴァントなのである。

 

「悪いな、前方不注意だった」

 

尻餅をついた人物に手を伸ばす。・・・って、翠じゃないか。

 

「い、いや、こっちも前向いてなかったから・・・。悪い、助かる」

 

俺の伸ばした手を取って立ち上がる翠。少しのまめをのぞいてやはり手はすべすべである。何この人体の不思議。

立ち上がった翠は、俺の顔を見てあ、と何かを思い出したように短く言葉を発した。

 

「そう言えば、さっき響が探してたぞ?」

 

「響が? ・・・分かった、ありがと」

 

因みに響は持ち前の人なつっこさというか遠慮のなさでほとんどの将と仲良くなり真名を交換している

セイバーや銀を介して兵士達とも仲がよいとも聞いている。

 

「べ、別に、気にすんなよ」

 

そっぽを向いてそんなことを言う翠。そう言う態度を取るから蒲公英に弄られるんだろうなぁ。そんな翠が可愛いので蒲公英を止めるつもりは毛頭無いが。

そこで、俺はあることを思い出した。

 

「そう言えば、翠。何か急いでたみたいだけど・・・何かあった?」

 

「え? ・・・あ、ああーっ! そ、そうだ!」

 

翠は大声を上げると、ごめんっ! と俺の横を通り過ぎて全力疾走していってしまった。

・・・? 

 

「何だったんだ・・・? ・・・っと、まずは桃香の所に寄って・・・それから響を探すか」

 

そう独りごちて、俺は再び桃香の居る政務室を目指して歩みを進めた。

桃香の行動パターンからしてそろそろ半泣きになっている頃だろう。

 

・・・

 

「あ、お兄さん、いらっしゃーい」

 

「・・・おや」

 

とても意外だ。半泣きどころか満面の笑みである。

周囲に朱里も雛里も居ないので、今のところは政務につまっていないと言うことだろうか。

そのうち俺もお役御免になるのかなぁ。なんて少し寂しくなってみるが、まぁ、桃香のことだから一週間したらまた元に戻ってるだろうと思い直した。

 

「さっき愛紗が桃香がだだをこねてたから様子を見に行ってくれと頼まれたんだが・・・。その様子だと、あんまり俺は要らなさそうだな?」

 

苦笑しながら俺は桃香に言った。桃香も子供じゃないんだし、それもそうかと納得した。

 

「だ、だだなんかこねてないよぉ~! ただ、ちょーっと寂しいなーって愛紗ちゃんに言っただけだもん!」

 

ああ、多分その「ちょーっと」というのは常人の「かなり」に匹敵するんだろう。

去り際の愛紗のはぁ、と言う溜め息に「ちょーっと」の同情を感じつつ、で? と切り出す。

 

「その寂しがり屋の桃香さまは、何が嫌でだだこねてたんだ?」

 

「お、お兄さんって結構容赦ないよね・・・」

 

「そうか? ・・・そうでもないぞ?」

 

誰もいないときに桃香の子守をしたり誰もいないときに桃香を宥めたり誰もいないときに桃香が町に出るときの面倒を見たり・・・

おや、桃香の世話を焼きまくってるじゃないか。焼きすぎていろいろと大炎上だ。

やっぱり俺は少し抜けていてぽわぽわしている桃香のことが好きなんだろう。世話を焼きたくなるくらいに。・・・これが娘を持つ親の気持ちか。この若さで知りたくはなかった。

取り敢えず桃香に頭なの中で出た結論を答える。

 

「俺、かなり桃香のこと好きだからな」

 

なんか言葉を端折りすぎたかな、と思った瞬間、桃香が真っ赤になった。

 

「ふぇっ!? ・・・そ、それはなんて言うかいきなりでちょっと戸惑っちゃうな。その、嬉しいけど心の準備がまだっていうか・・・」

 

「・・・何を勘違いしてるんだこの娘さんは」

 

そういう好きではなく人間的な・・・ああもういいや。多分意味のないことだろう。

俺と桃香の間で情報に齟齬が発生したらしい。おそらくこの子は真名の通り桃色な妄想の海に身をなげうってしまったんだろう。可哀想に。もう手遅れだ。

取り敢えずこういう輩には言い訳をしたり下手に妄想の燃料を投下するとまわりも巻き込んで燃え上がるため放っておいた方が良いだろう。

・・・っと、そんなことを言っているうちに桃香が旅から帰ってきたらしい。目の焦点が合ってきた。

桃香は気合いの入った瞳で口を開いた。

 

「いつ結婚しようか!」

 

ああ、全然帰ってきてなかった! 

 

「目を覚ませ」

 

その辺の書類でひっぱたく。竹簡ばかりだったので、紙を綴じて出来た資料を探すのに手間取った。

 

「んみゃっ! ・・・はっ、わ、私は一体何を・・・」

 

今度こそ正気を取り戻したらしい。

さっきまでの醜態は忘れたようだ。とても羨ましい脳みそである。

 

「正気を取り戻したか。桃香、仕事をしよう。昼に間に合わん」

 

話しが絶対に前に進まないので、俺は桃香に仕事を進めるように促した。

桃香は私何かやっちゃった? と首を傾げつつも仕事をし、たまに俺に質問という名の雑談を仕掛けてきたりもしたが、おおむね順調に仕事は終わった。

 

「・・・うん、良い時間かな」

 

窓からの太陽の光で大体昼前だと判断し、桃香に声を掛ける。

 

「桃香、俺は用事があるから失礼するぞ」

 

「ふぇっ? 一緒にお昼食べないの?」

 

「・・・そんな約束したか?」

 

「ううん。でも、ご飯の前にお仕事終わると大体一緒に食べてたから」

 

・・・そう言えばそんな気も。最近は特にそんな感じだったからな。

 

「あー、済まんな。先約があるんだ」

 

「ふーん。なら仕方がないかぁ。・・・そういえば、午後の演習は見に行くの?」

 

「ああ。一応」

 

「そなんだ。あ、次の演習はギルさんも参加だから、頑張ってねー」

 

「そうだったのか」

 

久しぶりの演習参加である。兵士に上手く指示を出せるだろうか。以前は慣れてなかったからぼろ負けだったな。

あ、次の演習っていつだろ。・・・まぁ、それは後で確認しておくか。

 

「おう、頑張るよ。じゃーなー」

 

「うん、またねー」

 

・・・

 

中庭で待ち合わせをした俺と月は、月にちょうど良い量の料理がある店にて食事を取っていた。

蜀は鈴々とか恋とかのせいで何故か料理の量を重きにおく店が多い。何故ほとんどの店の採譜に『超特盛り』の文字があるのか・・・。

月の対面に座り、そう言えば、次の演習っていつなんだ? 俺、参加するらしいんだけど、と月に聞いてみると、首を傾げた後にこう言われた。

 

「次の演習ですか? 明日ですよ?」

 

「ガッデム!」

 

月の発言に半分思考がフリーズした俺は、思わず良い発音で悪態をついてしまった。

 

「わ、わ、ど、どうしたんですか、ギルさん。お顔が濃くなってますよっ!?」

 

あたふたと月が慌てる。しかしそのツッコミはどうかと思うよお兄さん。

兎に角月を落ち着かせるために場をおさめる。

 

「ごめん、ちょっとアメリカンだった」

 

「あ、あめ・・・? 飴が食べたいんですか?」

 

月は流石に理解できなかったらしく、頭に疑問符を浮かべている。

そう言えばペロキャンくわえた軍師がいたなぁ・・・。

 

「いや、取り乱しただけだ。何でもない。・・・明日かぁ」

 

「あの、もしかして・・・聞いてなかったんですか?」

 

「ああ。聞いてなかった」

 

「え、ええと・・・頑張ってください」

 

「・・・まぁいいや。今は月との昼食を楽しむさ」

 

「あ・・・はいっ」

 

目の前で月はニコニコしながら食事を口に運んでいる。うんうん、楽しそうで何よりだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさま」

 

そのまま二人分の代金を払い、店を出る。

月が自分の分は自分で払うと言ってきかなかったのだが、聞かなかったことにして店を出た。

 

「もうっ。私も自分の分はちゃんと払えるのに」

 

「んー。また今度なー」

 

「ギルさん、真面目に聞いてくださ、ひゃうっ!?」

 

納得して無さそうな月の頭をわしゃわしゃと強めに撫でると、可愛い悲鳴を上げた。

 

「いいんだって。こう言うのは男が払うものなんだって相場は決まってるんだ」

 

「・・・えぅ、ずるいです」

 

「大体そんなもんだから、諦めたほうが良いぞ」

 

そんなやりとりをしながら月の手を引きつつ、演習がよく見える城壁の上へと向かった。

眼下には大軍が待機しており、愛紗や翠、星の姿も見える。城壁の上ではすでに詠が事前の準備で忙しそうにしている。

 

「・・・忙しそうですね、詠ちゃん」

 

少し嬉しそうに月は呟いた。

 

「そだな。ま、始まるまであと少しみたいだし、邪魔にならないように見てようぜ」

 

「はい」

 

月と二人で雑談をしつつ時間を潰していると、開戦を告げる銅鑼の音が響いた。

大声で指示を飛ばす詠の声を聞きながら、俺は隊の動きに注目していた。

 

「おー」

 

前回の演習の時はまだ詠の指示についてこれなかったところがあったが、今回はおおむね詠の指示通りにみんなが動いている。

 

「詠ちゃん、やっぱり嬉しそうです」

 

「そりゃあ、こっちが本業だしなぁ」

 

再び銅鑼が鳴り響く。どうやら演習が終わったようだ。

詠の方へ視線を向けると、ふぅ、と息を吐きながら額の汗を手の甲で拭っていた。

その後、俺と月を見つけるやいなや真っ赤になってこちらに走り寄ってきた。

 

「月、ギル。見てたの?」

 

「うんっ。えへへ、格好良かったよ!」

 

うぅむ、やはり軍師モードの詠の服も良いものである。メイド服より好みかもしれん。

そんなことを思いながら詠の事を見ていたからか、詠がなんだか恨めしそうな目をしてこちらを見る。

 

「なによ」

 

「・・・いや、似合ってるなと思って」

 

さっきまで真っ赤だった顔が更に耳まで赤くなり、両手をばたばた振ってあんたに言われたって全然嬉しくなんか無いんだからっ! と騒いでいた。

凄いなこの子。ツンデレの鏡である。

 

「・・・ツン子だなぁ」

 

「つ、ツン子ですねぇ」

 

若干月は驚いているらしく、苦笑い気味だったのは見なかったことにした。

 

「さて、演習はこれで終わりか?」

 

「・・・そうね。取り敢えずボクの出番はもう無いわ」

 

撤収準備に入っている兵士達を見て、詠は答えた。

 

「今日はこの後の報告書を作るくらいかしら。ま、すぐに終わるでしょうけど」

 

「そっか。お疲れさん」

 

「・・・別に。ボクは指示を出してただけだし、そこまで疲れてる訳じゃないわ」

 

ついっ、と顔を背けられてしまったが、ツン子のこういう態度は大体照れ隠しである。

 

「それならいいんだけど。さて、城に戻るか。行くぞ、月、詠」

 

「はい、ギルさん」

 

「そうね。し、仕方ないから一緒に帰ってあげるわ」

 

今度詠をツインテールにしてみようか。似合うかも知れない。

そんな野望を抱きながら、城へ向かった。

 

・・・

 

詠と月を部屋まで送り届けた後、俺は響を探しに城をうろうろと回っていた。

 

「うーむ、もうちょっと早くに探し始めるべきだったか」

 

すでに太陽は傾き、夕方と言って差し支えのない時間帯になってきた。

 

「ギールーさーんー!」

 

どたどたどたと足音が聞こえる。

年頃の少女がなんという走り方をするのかとため息をつきながら後ろを振り向く。

やっぱりというか何というか、メイド服姿の響が手を大きく振りながらこちらに走り寄ってきていた。割と全力疾走で。

 

「受け止めてー!」

 

「はっ? ・・・えぇっ!?」

 

俺の驚きをよそに、その勢いのまま響は思いっきり地面を蹴った。

確実に俺の鳩尾を狙った飛び込みを何とか受け止める。

 

「うぇへへー。大・成・功!」

 

なんだこの子。変にテンション高いな。

 

「どうしたんだ、響。・・・って、酒臭いな」

 

成る程、酔ってるからこんなにテンションが・・・。

 

「お酒なんか飲んでないよー。酔っ払ってないよー。素面だよー」

 

「はいはい。酔っぱらいは大体そう言うんだ。部屋に送るから話しはまた明日な」

 

日も暮れないうちに何故酔っぱらっていたのかも含め、明日聞けばいいだろう。

 

「お話ー? ・・・あぁー、そう言えば探してたんだよ、ギルさーん」

 

「それは聞いてる。明日で良いから、今日は休めよ」

 

「んー・・・そーするー」

 

「そーしろ」

 

首にしがみつく響を落とさぬように抱え、部屋まで歩く。ううむ、酒臭い。

 

・・・

 

響を寝台に寝かせた後、すっかり日も暮れてしまった城内を自室に向かって歩いていると

 

「うふんっ」

 

くねっ、くねっ、としなを作る漢女(おとめ)が曲がり角から覗いていた。

体が総毛立つというのはこういう事かと思い知ると同時に無意識にエアを取り出していた。

 

「・・・ああ、ええと、なんだ」

 

取り出したは良いけど回転させれば確実にセイバーとかライダーとかを呼び寄せる。それはよろしくないよな。精神衛生上、とても。

 

「あらぁ、一日ぶりかしらぁん?」

 

おさげを揺らす漢女(おとめ)は、俺と同等・・・いや、俺よりも少し高い身長をくねらせながら不気味に近づいてきていた。

逃げちゃ駄目だ、と心の中の自分が主張しているが、多分此処は逃げるところだ。逃げないと駄目だ。

 

「今日はあなたにお願いをしに来たのよ」

 

そんな俺の心の動揺を無視するかのように貂蝉は近づいてくる。

 

「お願い・・・?」

 

俺の少し前でぴたりと止まる貂蝉。

その顔には困惑らしき物が浮かんでいるようだった。

 

「戦争関係で・・・何かあったのか?」

 

「ええ、正しくは私たち管理者関係だけれど・・・」

 

「管理者って言うと・・・貂蝉とか卑弥呼の事か・・・」

 

「そうなのよん。問題って言うのは、私たちと対立している人達が、ある人物を説得して、動かしたのよ」

 

「ある人物・・・?」

 

貂蝉が危機感を覚える人物なんて想像がつかん。確かこの人、卑弥呼や華陀と一緒に龍と戦ってなかったか。しかも生身で。

 

「もしかしたらあなた達に危険が及ぶかも知れないから、私もこのお城にお邪魔することにしたわ」

 

「ほ、本気か?」

 

「本気も本気よぉ。それに、以前言っていた『計画』の事もあるし」

 

「そう言えばそんなことを言っていたな・・・そもそも『計画』ってなんなんだ?」

 

「それはね・・・」

 

「見つけたわよっ!」

 

ああもう! またかっ! 

俺は再び話しを中断させられたことにいらつきつつ、声のした方向を見た。

 

「誰だっ」

 

俺の誰何の声を無視するように声の主は叫んだ。

 

「偽物めっ、わらわの目をごまかそうったってそうはいかないんだからっ!」

 

こちらに指を突き出して声高らかに叫ぶ少女は、東屋の屋根から飛び降りる。

 

「いよっと」

 

軽やかに着地し、こちらに歩いてくる少女。

 

「なによ、だんまりしちゃって。わらわの凄さに声も出ないの?」

 

ふふん、と胸を張っていかにも偉そうに歩いてくる少女に、俺は一つ言わなければならないことがあった。

 

「・・・下着、見えてたぞ」

 

「っ!」

 

少女は膝上あたりまでの和服のようなゆったりとした服の裾を抑え、顔を真っ赤にした。

 

「こんな時に何見てるわけっ!? 信じられないっ!」

 

いらついていた俺はさらに少女を攻めることにした。

ふ、と鼻で笑ってから、皮肉を言うように少女に声を掛けた。

 

「自分で注目を集めておいてそんなことを言われるとは思わなかったよ」

 

その言葉に少女は更にむきーっ! と怒り

 

「ぬぬぬ~! 生意気!」

 

・・・と、俺を指さした。

あ、そうそう。白だったぞ。・・・なにが、とは言わないが。

 

・・・




「受け止めてぇぇぇぇっ!」「駄目だよっ! ギルさんが言ったらなんか洒落にならないから!」
姿かたちだけではなく、他の要素も主人公君は英雄王からインストールしています。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十二話 戦闘と壊滅と好調と

主人公君の趣味は貯金。日課はしたつもり貯金。楽しみは貯金したお金で新しい貯金箱を買うこと。幼馴染に豚さん貯金箱を割られたときは幼馴染が引くほど泣いた。

それでは、どうぞ。


「こうなったら滅殺してやるんだからっ!」

 

彼女が腰に付けていた円形の盾のようなものを取り出すと同時に、俺と貂蝉のまわりを囲むように鏡が現れた。

 

「なんだこれっ!」

 

「『合わせ鏡』!」

 

俺達を取り囲む鏡から光が発される瞬間、貂蝉が俺を小脇に抱えて鏡の包囲網を抜ける。

その際貂蝉がハァハァしながら「これ・・・イイッ!」とか呟いていたのは聞かなかったことにした。命の恩人だしな。

着地した貂蝉が俺を離す。さっきまで俺たちがいたところはほぼ円形に焦土と化していた。

少女は光と土埃で俺達を見失っているようだ。その隙をついて、何かに気付いた貂蝉が話しかけてくる。

 

「あの子は・・・。ねえ、申し訳ないんだけど・・・あの子と戦って時間稼ぎしてくれないかしらん?」

 

「・・・面白くない冗談だな」

 

「ところが本気なのよ」

 

いつものような巫山戯た顔ではない貂蝉の顔を見て、覚悟を決める。

 

「後でじっくりたっぷり話を聞くからな」

 

「望むところよん。手取り足取りアソコ取り教えてあげるわぁん」

 

「普通に頼む」

 

貂蝉は俺の言葉に応えずに「うっふぅぅぅぅぅぅぅん!」と絶叫して何処かへ走り去っていった。

その声で少女が俺の居場所に気付いたらしい。視線がバッチリとぶつかった。

 

「そこねっ!」

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)の真名開放並の魔力の光線が少女の盾らしき物から発射される。・・・約束された勝利の剣(エクスカリバー)の真名開放を受けたことはないけどな! 

というかこの威力の攻撃・・・英霊か!? ・・・でも、全てのサーヴァントは召喚されているはず・・・。

おいおい、まさかイレギュラークラスとか言う奴か・・・!? 

って、そんなこと考えてる暇はないかっ

 

「うおぉっ!?」

 

全ての筋力を総動員して横に飛ぶ。

鎧も何も着けていない状況じゃああんな光線にぶつかったら抵抗する間もなく消滅すると今更気付く。

取り敢えず金色の鎧を装着し、エアを取り出す。

蛇狩りの鎌(ハルペー)とか刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)の原典とかで様子見をしてる場合じゃない。

幸い月からの魔力供給はここ最近安定しているので、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)さえ使わなければしばらくは戦える。

問題はあの少女の攻撃方法さえ分かれば良いんだが・・・。

 

「逃がさないわよっ!」

 

甲高い音と共に光線が再び襲い来る。

 

「おおおっ!」

 

回転させたエアを当て、光線を逸らしながら自身は逸らした方向とは反対に避ける。

取り敢えず少女に照準を定めさせないために動き回る。狙い通り、少女は光線の照準に俺を捉えきれていないようだ。

その間に考えを巡らせる。少女の正体。あの宝具の詳細。サーヴァントとしてのクラス。それを知るために少女を観察する。

が、太陽が暮れ、暗闇を照らす光がほとんど無くなったこの状況で、アーチャーとはいえ千里眼スキルを持たない上に少女は離れているため判別は難しい。

・・・しっかしまぁ、なんだあいつ、真名開放でもないのにあの威力をばかすかうちやがって! 

だが、威力については下方修正しても良いだろう。約束された勝利の剣(エクスカリバー)並みと言ったが、対城宝具の真名開放はおそらくこんなに簡単に逸らせるもんじゃない。

 

「うぬぬぅっ! おとなしくわらわに消し炭にされなさいっ!」

 

少女は我慢が苦手な性格らしく、光線を俺の動くであろう場所へと打ち込んだ。

真っ正面から受ければあの光線は脅威だが、ああいうレーザー系の攻撃は一直線なので横の動きに弱い。

俺は自身を加速させることで光線の射線から外れる。背後が明るくなり、破壊音が響く。クソ、これで明日怒られるの俺なんだぞっ! 

 

「な・ま・い・きー!」

 

少女は盾らしき物を両手から片手に持ち替えると、盾を持っていない方の手をこちらに向け、叫んだ。

 

「『合わせ鏡』! 焼き尽くせっ!」

 

『合わせ鏡』? ・・・あの包囲攻撃か! 

まわりを見渡すと、先ほどと同じく取り囲むように八個、さらに追加で上空に三個新しく鏡が浮いていた。

 

「嘘だろっ・・・!」

 

さっきの貂蝉のように上に逃げてもおそらく上空の三個に焼かれるだろう。

ならば、此処で何とかするしかない・・・! 

俺は走っていた足を止め、姿勢を低くする。その後、出せる限りの宝剣魔剣聖剣聖槍魔槍を自分のまわりの地面に突き立てる。

なんちゃってブレイドワークスの一人バージョンである。更にだめ押しでいくつかの防御系宝具も出す。

真名開放は出来ないだろうが、ただの盾として使っても、普通の盾よりは遥に勝る物である。

目の前でカメラのフラッシュを焚かれたような目映い光が起き、一瞬後に破壊音が響く。

 

・・・

 

太陽が一瞬だけ昇ったかのような光に、一部の人間が反応した。月も、反応した人間の一人だった。

 

「・・・朝・・・?」

 

むくりと起きあがるが、すぐに消えた光に疑問符を浮かべる。

 

「はれ・・・夜だ。・・・んー? 寝ぼけてるのかな」

 

ごしごしと目を擦りつつ、再び寝台に寝転がるが、さっきの光が気になって仕方がない。

このままじゃ寝られそうにもないし・・・と起きあがり、詠を起こさないように寝台から降りる。

少し肌寒いので、上着を羽織る。

夜の一人歩きは少し怖いが、夜とはいえ警備の兵はいるだろうと考え、部屋を出る。

 

「・・・えーと、窓から見えたから・・・あっちかな」

 

光が見えた方向へと足を進める。その途中で、セイバーに出会った。

 

「おお、ギルのマスターか。ギルはどうした?」

 

「ギルさんですか? お部屋で寝てると思いますが・・・」

 

「そうか。・・・済まないが、ギルを呼んできてもらえないだろうか」

 

「何かあったんですか?」

 

さっきの光と関係あるのでしょうかとその後に続ける。するとセイバーは、分からんが、その可能性は高いだろうと答えた。

 

「そのために、今聖杯戦争組に招集を掛けている所だ。ギルと一緒に私の部屋まで来てくれればいい」

 

「はい、分かりました」

 

セイバーはではな、と言って去っていった。その後ろ姿に手を振ってから、月はアーチャーの部屋へと向かった。

迷わずにアーチャーの部屋まではたどり着いた。少しドキドキしつつ、コンコンと扉を叩く。

 

「ギルさん、起きて下さい」

 

全く反応はない。ギルさん、こう言うときはすぐに起きるのにな、と呟いた瞬間、以前部屋で倒れていたアーチャーが脳裏によぎった。

もしかしたら、また・・・!? なんて、嫌な想像に急かされるような感覚。

 

「ギルさんっ!?」

 

ザワザワとした焦燥感から、勢い良く扉を開ける。

床に目をやるが、そこに倒れ伏すアーチャーは居なかった。ホッと息をつきそうになるが、寝台に目をやると再び心がざわつく。

 

「いない・・・?」

 

月の部屋からアーチャーの部屋までは一直線なので、すれ違ったと言うことはないだろう。

寝台にも人のぬくもりはなく、しばらく誰も此処で寝ていないことが分かる。

 

「っ!」

 

何かを考える前に部屋を飛び出していた。まさか、あの光は。

嫌な予感を振り切るように走る。

自身の心を占めるのは焦りだったが、自分自身の冷静な部分は、まずはセイバー達に話しをするべきだと考えていた。

セイバーの部屋への道のりを思い出しながら、どう説明しようかと頭を回転させる。

そして、説明なんかどうでもいいと頭から追い出した。まずは、兎に角セイバー達に合流するべきだ。

 

「ギルさん・・・!」

 

走っている途中、自身のサーヴァントの名前をずっと呟きながら、月は夜の城を走った。

 

・・・

 

「ふっふっふー。わらわの攻撃はせーかいいちぃー!」

 

少女は勝ち誇っていた。自分の攻撃手段の中でもかなり威力のある合わせ鏡。

上空に飛んで逃げる敵にも対応した完全無欠の攻撃である・・・と、少女は信じている。

その証拠に、先ほどまで敵がいた場所には土埃が舞い、沈黙していた。

 

「なにやら当たる直前にちょろちょろやっていたみたいだけど・・・無駄だったようね! 無駄無駄ァッ!」

 

土埃にびしぃっ! と指を突きつける。答える者は当然居ない。

 

「さぁって。なんか満足しちゃったなぁ。今日は帰ろっかな」

 

自分が攻撃を打ち込んだ場所へと背を向け、んー、とのびをして、背骨をぽきぽきと鳴らす。

油断しきったその瞬間、少女の第六感が何かを訴えかけてくる。何だろうと思いながら、後ろを振り向く。

土煙の中から、聞こえるはずのない声が聞こえた

 

「まぁ待てよ。俺はまだ満足してないんだ。・・・もうちょっと、付き合って貰うぞ」

 

雀が鳴いたような音を立て、赤い線が少女へ向かって行く。

 

「おわわっ!?」

 

ギリギリで気付いた少女は派手に転びながらも、少女は回避に成功する。

土埃の中から歩いて出てきたのは、鎧に多少の損傷はあるものの、未だ戦闘続行の意思を見せるアーチャーだった。

 

「なんでかな、今さっきから魔力の流れが良い。もうちょっと無理が出来そうなくらい」

 

「あははっ、面白いわね。わらわの合わせ鏡を喰らってそんな台詞が吐けるなんて」

 

「おう、俺も驚いたけどな。結構調子良いぞ」

 

無傷の時より調子良いって変な感じだけどな、と自嘲の笑いを浮かべながらアーチャーは呟く。

アーチャーの背後で空間が歪み、宝具達が発射されるのを待っている。

それを見て、少女は手に持つ鏡を構え、光を収束し始める。

 

「わらわ、強い男の子は好きよ」

 

ニヤリ、と少女が笑う。アーチャーもニヤリ、と笑い返す。

戦いの火蓋は、すぐに切って落とされた。アーチャーが叫ぶように真名開放する。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

雨のように宝具が降り注ぐ。

 

「薙ぎ払えぇ!」

 

それに対し、少女は魔力の光線で宝具の雨を払うように薙いだ。

強大な魔力の光は、流石の宝具といえど撃ち貫けなかったようで、威力を無くし、失速した宝具は地面へと落ちる。

一通り発射した後、宝具の雨は止み、アーチャーの背後では待てを掛けられた犬のように宝具達が刀身を出して待機していた。

 

「やるわね。わらわもちょっと焦ったわ」

 

「嘘つけ」

 

・・・

 

目の前の少女にツッコミながら、考えを巡らせる。

魔力消費を感じるが、負担に感じるほどではない。本当にどうしたんだろうか。月とのパスがきちんと結ばれたとか? 

まぁ、今考えることは目の前の少女をどうするか、だけどなぁ。

取り合えず、距離を置くのはやめた方が良いだろう。中途半端に離れると、『合わせ鏡』とか言うあの包囲殲滅攻撃が来る。

かといってあの圧倒的火力に突っ込んでいくのはかなりの技量を要するだろう。挑戦しないと分からないけど。

なら、まぁ、やってみる価値はある。頑張ってみるか。

宝物庫に全ての宝具を仕舞う。展開、発射に回していた分の魔力をエアの回転だけに回す。

エアが魔力によって回転し、白い煙ともガスともつかない何かを吐き出す。

 

「それがあなたの本気?」

 

「多分な」

 

「わらわ、一騎打ちって結構好きよ。響きも」

 

お互いに、魔力を自分の獲物に注ぐ。

エアは世界を断とうと回転を増し、鏡は映る者全てを焼き尽くそうと光を集める。

 

「これ、やるのは初めてだから、おそらく手加減は出来ないからな」

 

「ええ、されても困るわ」

 

心に生まれる余裕に戸惑いながら、俺はエアを持つ腕を後ろに引くように体をひねる。

弓に矢をつがえ、弓を引き絞るように。

 

天地乖離す(エヌマ)・・・」

 

「焼きぃ・・・」

 

放つ一瞬、全ての音が消えた。

 

「・・・開闢の星(エリシュ)!」

 

「・・・尽くせぇ!」

 

一瞬だけあった痛いほどの静寂のなか、世界を二つに断つ剣と、世界の全てを焼く光が、ぶつかり合う。

宝物庫からのバックアップ、月からの正常なパスから来る魔力、俺自身がコツコツと貯めていた保有魔力を注ぎ込み、エアを回転させる。

目に映るのは渦巻く風と光。耳に入ってくるのは世界が軋む悲鳴。

ほとんど何も考えずに、エアを突き出すことだけに俺の全てを掛けた。

 

・・・

 

ズズズ、と何かがずれるような感覚を、サーヴァント達は感じ取った。

 

「これは・・・」

 

「なんだなんだっ!」

 

聖杯戦争組が窓から外を見たり扉から城内に目を走らせたりしていると、扉から外を見ていた響が月に気付く。

 

「あ、月ちゃ、んにゃーっ!?」

 

響が猫のような悲鳴を上げて後ろに飛び退く。

月はそんな響すら吹き飛ばすような勢いで部屋に入ると

 

「ぎ、ギルさっ、ギルさんがっ!」

 

ぜぇはぁと息を切らせながらそう叫んだ。

その様子と、先ほどの感覚を結びつけた多喜が、ライダーに向かって言葉を発する。

 

「この揺れと、何か関係あると思うか、ライダー」

 

多喜の言葉に、ライダーは苦笑いしながら応えた。

 

「関係ねぇ筈がないだろ。この状況でよぉ」

 

だよなぁ、と多喜が呟いた瞬間、地面が揺れる。

 

「せ、世界の終わり、とかじゃないよね・・・?」

 

月にしがみついた響が、恐怖を隠しきれていない引きつった笑顔でそう言った。

 

・・・

 

「いっつつつ・・・」

 

いつのまにか倒れていたらしい。地面に手をついて起きあがる。

ぎぎ、と間接が鈍い悲鳴を上げる。魔力を使いすぎたかな。でも立ち上がれないほどじゃない。

何とか立ち上がると、傷だらけの地面が目に入る。・・・はぁ、おとなしく愛紗の説教を受けるしかないか。

 

「う、っつー・・・」

 

視界の外で少女の声がする。瓦礫が周りじゅうにあるので、おそらくどこかの瓦礫の陰にでも入るんだろう。

少女もサーヴァントならこの程度の瓦礫、何とかするはずだ。

警戒するに越したことはないのでエアを持っているが、もう一回転すらさせることは出来ないだろう。それほどまでに魔力が減っている。

 

「んもう、激しいのね」

 

後ろから声がかかる。寒気も悪寒も感じることが出来ない。それほどまでに消耗していると言うことか。

 

「うむ、元気がある方が良いじゃろう」

 

卑弥呼もいるようだ。まさかのダブルマッチョに戦慄する暇もなく、少女が瓦礫を越え、やってくる。

 

「きたわねん」

 

「くるか」

 

卑弥呼と貂蝉が構える。

 

「わらわをこうまでしたのはお前が初めてね。・・・って、あんたらもいるの」

 

「あんたらとはごあいさつねぇ」

 

貂蝉の言葉に、ふんっ、と腕を組んでそっぽを向いた少女は答えた。

 

「まったく、その格好を見てわらわが好意を抱けるわけ無いじゃないの」

 

そこには同意するぞ、少女。

しかし、こいつらは知り合いっぽいぞ。と言うことは少女も何かまともじゃない人なのだろうか。まさか、後ろの二人の内のどっちかのサーヴァントとか? 

それで、逃げ出したところを捕まえに来たとか。・・・まぁ、逃げたくもなるよなぁ。

少女はこの空気を断ち切るように叫ぶ。

 

「と・に・か・く! 偽物っ! あんただけは許さないんだからっ!」

 

その言葉に、俺のことかと構えたが、少女の視線は俺に向いていなかった。

少し後方・・・卑弥呼のことを見ていた。

 

「管理者だかなんだかしらないけど・・・卑弥呼はあんたじゃないっ! わらわよっ!」

 

なんだってっ!? 

 

「わらわが、わらわこそが邪馬台国女王・・・卑弥呼! あなたのようなムキムキマッチョが名乗って良い名前じゃないのよっ!」

 

俺はそう言われて初めて、近くに来ていた少女の姿を見た。

ゆったりとしていて、派手すぎない刺繍と飾りが入った服を着ていて、髪は艶のある黒髪を横で束に・・・まさに、卑弥呼の様な髪型にしていた

混沌が支配する空間で、疲労も手伝い、俺の頭は状況を整理するだけでいっぱいいっぱいだった。

え、っていうか卑弥呼って英霊だったのか。戦闘能力皆無じゃないか? ・・・と言うか、女王になってから外に出たこと無いんじゃないっけ。

グルグルと疑問が浮かぶだけで、まともな思考が出来ない。

 

「・・・でもま、今日はそこの金ぴかと戦って疲れたし、退いてあげるわ」

 

そう言うと、瓦礫の山から少女は飛び降り、地面に着地することなく消えた。

 

「ふむ、流石にこの数は不利と悟ったか」

 

「良かったわ。それじゃ、帰りましょうか?」

 

・・・

 

ふらふらとしつつも城へと戻る。

そう言えば、あの瓦礫の山とかどうしよう。東屋とか城壁とか結構崩しちゃったんだけど。

そんな俺の視線を感じ取ったのか、貂蝉が答えてくれた。

 

「あ、お城の心配? 大丈夫よぉ。ここはワタシたちがあなた達が全力をぶつける間だけ作り出した世界だから、いくら壊しても問題ないわよん」

 

そうなのか。管理者って便利だな。

 

「しかし、あの一撃は流石に焦った。ワシらが作った世界を壊しかけたぞ。お主達がいた世界にも、少しは影響が出ておる筈だ」

 

あの一撃? ・・・あー、エアと鏡のあれか。確かに俺もかなり歯止めが無くなってたからなぁ。

 

「取り敢えず、あなたの部屋に直接送るわよ。今日は寝て疲れを取りなさい。明日起きたらお話してあげるわ」

 

明日、明日かぁ。演習あるんだけどなぁ。

魔力を大量に失った気怠さに負け、部屋に入った瞬間鎧だけを外して最低限の服と交換し、寝台に倒れ込む。

そのまま、気絶するように意識を失った。

 

・・・

 

目覚めると、未だに外は闇に包まれていた。少ししか意識を失っていないらしい。

だが、その短時間で魔力の保有量は安全圏まで回復していた。

 

「あら、起きたのねん」

 

声が聞こえた。その特徴的すぎる声は恐怖を呼び出すもので、聞こえた瞬間に俺の体も意識も一気に覚醒した。

 

「貂蝉か」

 

ベッドから慌てて体を起こす。管理者達と対峙するときは隙を見せてはいけないと本能が語りかけてくる。

 

「さて、ようやくお話しできそうねん。『計画』について」

 

貂蝉がくねくねとしながらそう言った。

 

「うん。頼む」

 

貂蝉は、それじゃ説明するわね、と前置きして語り始めた。

まず、外史の世界は幾つか平行して存在していること。

そして、正史以外を認めない過激派の人間が居ること。その人間が、外史からも外れた平行世界から、黒く汚れた聖杯の欠片を持ち込んだこと。

欠片といっても、過激派が仙術の力を利用して修復したので、サーヴァントを7騎捧げれば暴力によって願いを叶えられるらしいのだ。

その聖杯の元に、自分たちが7騎サーヴァントを召喚し、すぐに捧げれば彼らの計画は完成するはずだった。

しかし、その計画に気付いた貂蝉と卑弥呼は、聖杯を止められはしなかったものの、サーヴァントを散らばらせることに成功した。

サーヴァントの選択権もある程度自由が利いたので、聖杯戦争を望んで進める英霊にはならないように少し調整したらしい。

聖杯がぼろぼろで不完全なので、本来聖杯戦争にあるべき機能がなかったり、制限が出来たりしてしまったのはお互いに予想外だそうだ。

貂蝉と卑弥呼は何とか時間を引き延ばし、その間に解決を探すべく奔走した。

二人の動きに気付いた過激派の人間は、平行世界を再び移動し、少女の方の卑弥呼を説得したのだという。

 

「・・・そう言えば、あっちの卑弥呼は英霊じゃないんだよな?」

 

あっちの、とはもちろん少女の方の卑弥呼のことだ。

 

「ええ。そうよん。あっちの卑弥呼は人間ね」

 

貂蝉の言葉に、ある疑問が浮かぶ。

 

「なら、なんであんな事が出来るんだ?」

 

思い浮かべるのは、鏡の大量出現や乱発された光線。

貂蝉は、ああ、そのこと? と言うと、あっさりと俺の謎を解決した。

 

「だって、あの卑弥呼は第二魔法を使えるもの。世界に穴を開けて魔力を引きずり出して、媒体となる鏡も平行世界から取り出したのね」

 

「魔法使いだってっ!?」

 

おいおい、しかも第二法!? 平行世界管理とかいうあの反則魔法か! 

 

「ええ。でも、魔法使いと言うよりは英霊くらいの戦闘レベルだと思って良いわよ」

 

貂蝉が調べたらしい卑弥呼の情報を聞くと、彼女は自分が魔法を使えるのだと理解はしていないのだそうだ。

物心ついたときには鏡を媒体に魔力を操り、平行世界を移動出来るようになっていたらしい。

今の時間よりも未来の平行世界へ行くことによって、未来の出来事を知り、『占い』として邪馬台国を動かしてきたらしい。

不安定ではあるが、それでも未来予知には変わりなく、その力を以て卑弥呼は女王として働いていた。

そこに、過激派の人間が話を持ち込んだ。卑弥呼を騙る変態が、平行世界の海を渡った大陸で好き勝手している、と。

元々行動派の卑弥呼はすぐに動いた。

因みに、卑弥呼は住処から出て来ず、弟のみと言葉を交わしたとされているが、それは卑弥呼がいつも平行世界に旅立っているためだった。

弟と会話をするとき以外は邪馬台国どころか世界そのものから居なくなっていたのだ。

会話を弟とのみしていた理由は、姉が平行世界を移動できることを知っているのが弟だけだったから。さらにもう一つ理由があった。

特別な力が使えるのは卑弥呼だけではなく、弟もあることに特化した力を使えたのだ。それは、どんなに平行世界を隔てようと姉に自分の声を届ける力。

 

「・・・俺の習ってきた歴史って何なんだろうなぁ」

 

俺の呟きは虚しく響くだけだった。一通り『計画』の事と、少女の卑弥呼の秘密を説明して貰い、何とか話しが繋がってきた。

 

「一つ聞きたいことがあるんだが、貂蝉」

 

「なにかしらん?」

 

バーサーカーは過激派が呼んでいるから当然だけど、と前置きして、聞いてみる。

 

「聖杯戦争を望んで進めない英雄を選んだんだよな? ・・・ランサーはかなり積極的に進めてるようだが・・・」

 

思い出すのは、大量の緑の軍勢が銃を構える姿。

 

「それは、マスターが戦争を進めようとしているからかしらね。ランサー自体は、戦い・・・と言うか戦争は嫌いな英霊の筈よ」

 

「正体を教えてはくれないんだな」

 

「自分で見つけてちょうだい。楽をしようとすると思わぬところで足を掬われるわよん」

 

「・・・そうだな」

 

ただでさえギルガメッシュの慢心スキルを受け継いでいる疑惑がかかっているのだ。用心するに越したことはないな。

 

「それじゃあ、私は失礼するわよん。一応このお城の近くにはいるから、もう一人の卑弥呼が来たときは助太刀するわ」

 

そう言って、ウインクの後に投げキッスをして貂蝉は去っていく。

俺はウインクと投げキッスを避けてから、部屋を出る。月の所へ行って、一応安全を確かめておきたいとおもったからだ。

 

・・・

 

卑弥呼との決着がつく少し前。聖杯戦争組は動くに動けない状況へと陥っていた。

突然消えたアーチャー。揺れた地面。

アーチャーを探しに行きたいが、マスターも守らなくてはいけない。戦力を分けて下手に動いては各個撃破されるかも知れない。

せめてアーチャーの安否だけでも分かれば、という空気が部屋を支配していた。

 

「ギルさん・・・!」

 

セイバー達の部屋に集合した聖杯戦争組は、椅子に腰掛けて祈るように手を組む月を心配しながら、これからどう動こうかを話し合っていた。

 

「取り敢えず、ギルの安否を確認しておかなければ。まぁ、あやつのことだから十中八九巻き込まれておるだろう」

 

「そうだな。あいつは絡まれやすい。ランサーならば一人でも何とかするだろうが、バーサーカーだときついかも知れない」

 

セイバーとライダーの言葉に、多喜が反応する。

 

「狂戦士の確率は低いと思う。叫び声が聞こえない」

 

「アサシンはサーヴァントじゃないかもしれないって言ってる。戦ってる時の魔力を感じられないって」

 

響の言葉に、セイバーとライダーは頷く。私たちも魔力を感じていないのだ、とセイバーが答える。

なら誰が、と銀が呟いたとき、月が顔を上げた。

 

「ギルさん・・・。ギルさんが、帰ってきましたっ!」

 

「なんだとっ。何処にいる?」

 

「こちらに向かってきているような感覚がします」

 

月がそう言って立ち上がり、我慢できずに部屋を飛び出しかけたとき、ドアが独りでに開いた。

 

「お、月。なんだ、みんな集まってたのか」

 

陽気と言っていいほどの声色で、アーチャーが話す。

ぶつかりかけた月を当然のように受け止め、頭を撫でながら全員を見回す。

 

「どうしたんだ、みんな。んな深刻そうな顔して」

 

「し、深刻そうな顔もするよっ! ギルさん、今まで何処行ってたのっ!?」

 

響が叫ぶ。アーチャーが再び全員の顔を見回すと、全員がコクコクと頷いていた。

詳しく話せ、と目が語っているな、とアーチャーは気づいた。苦笑い気味に分かったよ、と言って、腰にひっついている月を抱き上げた。

勢いで抱きついたはいいがどうしようかと考えている内に抱き上げられてしまった月は、混乱している内に寝台に座ったアーチャーの膝に乗せられた。

ごめんな、心配させて、と月にだけ聞こえるよう呟いたアーチャーは、顔を赤くしてうつむき加減に頷く月の髪を梳くようにゆっくりと撫でつつ話し始めた。

 

・・・

 

「・・・なんと。魔法使い、という者が参戦したのか」

 

セイバーが唸りながら状況を要約する。

平行世界管理。その危険性についても説明はしたので、その事も考えて居るんだろう。

 

「でも、ギルさんが無事に帰ってきてくれて良かったです・・・」

 

目尻に涙を浮かべつつ、膝の上に収まっている月が俺を見上げてそう言った。

思えば月に何も言わずに戦闘に入ったりして心配させることが多いよなぁ。

 

「そだよー! ギルさんは月ちゃんと詠ちゃんと私を心配させすぎっ!」

 

響がうがーっ、と勢いをつけて詰め寄ってくる。

どうどう、と窘めていると、セイバーが話しかけてくる。

 

「兎に角、その外史の管理者とやらが協力してくれるのならば、対策は立てられるだろう」

 

「お、なんか考えがあるのか、セイバー」

 

「単純だがな」

 

銀がもったいぶらずに教えろよ、セイバーと急かすと、セイバーはいたずらを考えついた子供のように笑いながら言った。

 

「魔法使いを管理者に押しつけて逃げればいい。簡単だろう?」

 

「それはそうだが・・・」

 

ライダーの唇の端がひくりとつり上がった。多喜は大笑いをしている。

 

「切れることのない魔力というのはそれだけで脅威だ。我々サーヴァントのような限りある魔力で活動する身としてはな」

 

「ま、管理者達は何か便利な力をいろいろ使えるみたいだから、負けはしないだろうけど」

 

セイバーの言葉に、少しだけ補足する。城に影響のない様に別の空間を作り出したり出来るのだ。何とかなるだろう。

・・・龍と魔法使いってどっちが強いんだろうか。

 

「・・・取り敢えず、今日の所は解散しないか。・・・疲れてる奴も居るようだし」

 

そう言って、ライダーはちらりと俺を・・・正確には、俺の膝に乗る月を見る。

釣られて月を見ると、背中を俺に預けてすうすうと寝息を立てていた。

 

「・・・そだな。そうしてくれるとありがたい」

 

寝間着に上着を一枚羽織っただけの今の格好では風邪を引いてしまう。

聖杯戦争組の作戦会議は一旦解散となり、休んでから再開されることとなった。

 

・・・

 

全員と解散した後、月を横抱き・・・所謂、お姫様だっこをして城内を歩いていた。

俺の隣には響がいて、両手がふさがってしまった俺の手伝いと、月にいたずらをしないか見張りをするという名目でついてきているのだった。

 

「そーいや」

 

響が話しかけてくる。

 

「なんだ?」

 

「前に酔っぱらったとき、部屋まで連れてってくれたんだよね?」

 

「・・・覚えてないのか?」

 

おいおい、と溜め息混じりに言うと、響は気まずそうに笑い

 

「いや、ほら私ってお酒に酔うと記憶なくすタチじゃん?」

 

「じゃん? とか言われても・・・」

 

響に呆れていると、月と詠の部屋に到着した。

扉を開けて貰い、詠の隣に月を寝かせる。暖かみが無くなり、なんだか寂しくなる。

隣で眠る詠の様子も確かめる。

 

「・・・良し、詠も起きてないな」

 

騒がしくして済まんな、と詠の顔にかかった前髪を優しく払っておく。

ん、と声を出したが、起こしては居ないようだ。起こしてしまう前に俺と響は二人の部屋を出た。

 

・・・

 

「ふぁ~・・・。ねみゅいなぁ」

 

「すまんな、俺の所為で夜遅くまで」

 

「・・・んー、別にいいよ。ギルさんにはいろいろ助けられてるから・・・っくち!」

 

可愛いくしゃみをする響に癒されつつ、夜は冷えるよなぁ、と益体もないことを考える。

響のメイド服に視線を移すと、薄めの生地に半袖ミニスカートという冬どうするんだこれ、という服装をしていた。

宝物庫の中からフランチェスカの制服を取りだし、響に羽織らせる。

 

「んえ? ・・・おー、ありがと、ギルさん」

 

きょとんとしていたが、何をされたか分かると、ふにゃりと表情を崩した響。

制服を両手で掴み、自分を覆うようにすると、俺よりサイズが小さい響の上半身はすっぽりと包まれてしまう。

そのまま会話のないまま歩いていくと、響の部屋へと到着した。

コートみたいになっている制服を返そうとする響に、良いよ、それはあげる。と答える。

 

「え、でも、悪いよ」

 

フランチェスカの制服の方は普段着として遣っているが、宝物庫の中にまだ予備はある。冬用夏用破れたときの予備。何でもござれだ。

今一着無くなったところで困らない、と伝えると、響は制服を抱きしめるようにして

 

「ありがとっ・・・」

 

と、伝えてきた。なんだろう、くらっときた。くぅぅ、響め、ツボを押さえてるじゃないか。

 

「そ、それじゃ、お休みっ」

 

その後、慌てたように部屋に入っていく響にお休み、と返す。

さて、帰ろうかな。

 

・・・

 

翌日。今日は俺が参加する演習の日である。

向こう側の総大将は紫苑が務め、恋、翠、愛紗が将として参加している。軍師はねねと詠だ。

 

「・・・何か向こうの戦力おかしくないか?」

 

思わず呟いてしまった。いやいや、愛紗と恋が一緒にいるのはおかしい。

あの過剰戦力に対してこちらの総大将は桃香、将は鈴々、蒲公英、俺が参加している。軍師は雛里である。

 

「あ、あははー・・・。一応、同じ戦力になるようにはしてるんだけど~・・・」

 

桃香が苦笑い気味にそう言ってくる。恋はくじ引きでどちらにつくかを決めているらしい。

更に桔梗は璃々や美以達の相手でこちらに参加できず、その代わりに俺を引っ張り出したらしい。いや、確かに弓兵だけども。

雛里だけの理由は朱里が現在政務で手が離せないからだ。これはまぁ、仕方のないことである。

 

「うぅ~、お姉様もいるしー・・・。絶対たんぽぽの事狙ってくるよぅ・・・。助けてギル兄様ぁ」

 

そう言って蒲公英は俺に泣きついてくる。だが、甘いな蒲公英。

俺は先ほどからひしひしと感じる視線から目をそらさずに蒲公英に返す。

 

「はっ。無茶を言う。見てみろ。俺、さっきから愛紗と恋と目がバッチリ合ってるんだ。確実に狙われてると思うんだけどそこんとこどうだろうか」

 

「・・・たんぽぽより酷いことになりそうだね、ギル兄様」

 

哀れみの籠もった瞳でこちらを見てくる蒲公英。まさか蒲公英に本気で哀れまれる日が来るとは・・・。

いや、しかし・・・蛇狩りの鎌(ハルペー)じゃなくエアを持ってきていて良かった。こっちならばあの二人の猛攻にも耐えられるだろう。

 

「そ、そろそろ始まります・・・」

 

雛里が魔女帽子を押さえながら控えめに声を掛けてくる。

いつものように帽子ごと雛里の頭を撫でる。

 

「ねねと詠に一人で立ち向かうのは大変だろうけど、負けるなよ。期待してる」

 

逆にプレッシャーになったかな? と不安に思ったが、一度言った言葉は取り戻せない。後悔先に立たずである。

しかし、雛里は俺の言葉でやる気を出してくれたらしい。元気に

 

「はいっ!」

 

と答えてくれた。これなら二対一でも策略で負けることはないだろう。

取り敢えず、雛里の割り振りを聞く。やはり鈴々と蒲公英は前線。桃香と雛里が本陣として後ろに陣を敷き、俺がその中間で両方の補佐。

 

「・・・おい、それはちょっとおかしい」

 

「にゃははー。兄ちゃんだったらやれるのだー」

 

「鈴々、いいか。世の中にはサーヴァントにも出来ないことが沢山あってだな・・・」

 

何とか鈴々に理解して貰おうと必死に説得する。鈴々はんー? と首を傾げて理解している気配を微塵も見せなかった。

 

「・・・あー。これが諦めって奴か。なんか開き直ってきたな」

 

空を仰ぐ。今日も天気が良くて空が青い。

大体の人はこれを現実逃避と言う。テストに出るぞ、覚えておけ。

 

「お兄さん、始まるよ!」

 

城壁の上で、ドラを鳴らそうとしている兵士を指さす桃香。

 

「ああ。やるだけ、やってみるか」

 

開き直ってそう呟いてみると、不思議と気分が楽になった気がした。

銅鑼が鳴る直前。後ろに並び立つ俺の隊の兵士に向かって叫んだ。

 

「俺に従い、戦う兵士よ! この俺が呂布と関羽を引き受ける! お前達にはその二人が率いる兵を頼みたい!」

 

カリスマ全開で叫んだその言葉に、まわりの空気が揺れるているのが分かるほどの大声量で応えてくれる俺の隊の人間達。

やっぱり、呪いか何かだよな、このカリスマ。

響き渡る銅鑼の音を聞いて馬を走らせながら、そんなことを思っていた。

 

・・・

 

「ギル殿ッ!」

 

「・・・ぎる」

 

愛紗と恋が迷うことなくこちらにやってきた。

鈴々は紫苑が抑え、蒲公英にはやはり翠が向かっているらしい。

紫苑と翠が中央の兵を薄くして、そこを二人が突撃してきているのだ。

雛里から事前に言われていたとおり、兵士を動かす。

 

「左翼! 呂布の部隊を抑えてくれ! 右翼はそのまま関羽の部隊を受け流せ!」

 

カリスマのおかげで兵士達が一糸乱れぬ動きを見せてくれる。良し、兵士の方は大丈夫か。

エアを持ち馬から飛び降りる。あの二人の猛攻を馬上で受け止める自信は全くない。

 

「行きますっ! はああああぁ!」

 

同じく馬を下りる愛紗と恋。二人が降りた瞬間に風を切って迫る青龍偃月刀。

 

「くっ!」

 

兵士の手前あまり派手に回転させられないが、それでもエアは宝具である。

上から振り下ろされた愛紗の青龍偃月刀とぶつかり合って負けていない。

 

「こっちも・・・いる」

 

「恋かっ・・・!」

 

膂力に任せて偃月刀を打ち返す。愛紗に出来た一瞬の隙をついて恋の方天画戟にエアを叩き付ける。

鈍い音がして、お互いの武器が手に震動を伝えてくる。やっぱり愛紗と恋の一撃は重い。だけど・・・

 

「持ちこたえられない・・・程じゃない!」

 

地面を蹴り、恋に迫る。恋は驚いた表情になるが、すぐにいつもの無表情へと戻ってしまった。

自分の元へ戻した方天画戟を構える恋にエアを叩き付ける。

 

「くっ・・・強い・・・」

 

「恋にそう言ってもらえるとは・・・なっ!」

 

恋はこれだけ強く叩き付けても少し後ろに下がる程度だった。流石としか言いようがない。

後ろから気迫を感じ、すぐに横に跳ぶ。数瞬前まで居たところを偃月刀が通っていった。冷や冷やしたぞ。

 

「流石です、ギル殿。今のを避けられるならば、武人として一流でしょう」

 

隙無く偃月刀を構え、俺を褒めてくれる愛紗。恋も頷いている。

 

「ありがと。二人に褒められたら自信がつくな」

 

そう言いながら周りの戦況を伺う。これは一騎打ちではなく演習なのだ。

しかも俺の役割は状況を見て蒲公英や鈴々、桃香や雛里の支援もしなくてはいけない。

幸い、前線は鈴々のおかげで食い止めて居るみたいだし、雛里もきちんと策を発動できているみたいだ。

ならば、俺の部隊はこのままこの二人の部隊をせき止める事が仕事だ。

そのために、本陣に回す人員を削ってまで俺の部隊に入れてるんだから。

 

「退けない戦いって奴か。男としては燃えるなぁ」

 

体中に力がみなぎってくる気分だ。やはり、卑弥呼と戦ったときからやたら調子が良い。

全身のバネを利用して、足から腕へ。地面を蹴った力を渡していく。

愛紗の驚いた声が聞こえてくる。

 

「早い!? ・・・せいやああああああ!」

 

景色が流れ、線のように見える。愛紗と恋の動きがゆっくりに映り、落ち着いて対処していくことが出来る。

今まで体感したことがなかったので分からないが、これは今までの訓練の結果というやつなんだろうか。

体が思ったように動くし、相手の動きの先を読めるようにもなってきた。

 

・・・

 

「ギルさん・・・凄いですっ」

 

城壁の上で、月と響が演習を観戦していた。視線はほとんど月のサーヴァントであるアーチャーに固定されている。

三国に名を轟かせている関羽、呂布を相手に対等に戦っているアーチャーを見て、二人とも興奮気味のようだ。

 

「うっはぁ~・・・。あれ兵士とかドン引きしてない?」

 

響の言うとおり、三人を取り囲むように布陣していた兵士達はお互いの獲物をぶつけ合う将を見て若干気後れしているようだ。

相手の兵士と打ち合っているが、視線はちらちらと将へと向いている。

 

「おー! ギル兄は強いのにゃー!」

 

「つよいのにゃー!」

 

「つおいのにゃー!」

 

「ちゅおいのにゃー」

 

桔梗が面倒を見ている美以やミケ、トラ、シャムの南蛮組も一番懐いているアーチャーに声援を送っているようだ。

 

「ギルお兄ちゃんは璃々のお兄ちゃんなのー!」

 

「おうおう、ギルは皆に好かれておるのう」

 

かっかっか、とさも面白そうに笑う桔梗の前で、五人がわいわいと騒いでいる。

そのうち美以が月と響を発見し、二人の元へと駆け寄る。

 

「そう言えば気になってることがあるのにゃ」

 

その言葉に、月はきょとんとして聞き返す。

 

「え? ・・・えっと、何かな、美以ちゃん」

 

月から聞き返され、美以は小首を傾げて不思議そうに聞いてきた。

 

「ギル兄はお仕事違うのにいつも月と一緒にいるにゃー? にゃんでにゃー?」

 

「にぃには、ゆえと仲良いのにゃー」

 

「えいとも仲がよいのにゃー?」

 

「きょーもなのにゃー」

 

「えぅ・・・なんでって・・・」

 

「あ、私にも来るんだ!?」

 

四人の質問に、月だけではなく響までもがにゃーにゃーと質問攻めにあっていた。

桔梗が興味深そうにほぅ、と呟き、話しに入ってくる。

 

「そう言えばワシも疑問に思っていたのぅ。もしや・・・ギルとはすでに恋仲か?」

 

「ふぇぇぅ・・・そ、そんな私・・・あぅ・・・」

 

「わ、わわっ、私は違うよっ!?」

 

桔梗がざっくりと切り込んできた質問をすると、月は真っ赤になって手で頬を押さえ、まともに答えられていないようだった。

響は両手を体の前でブンブンと振って必死になって否定している。

そんな二人を見て、桔梗は更に面白そうに笑い出す。

 

「こいなかー、なのにゃ?」

 

「こいなかってなんなのにゃ、だいおーさまー」

 

「知らんのにゃ。ききょー、なんなのにゃ?」

 

「恋仲がなにか、か? うむ、良い質問だな。恋仲とは、月とギルの様に、一緒の寝台で寝てみたり、部屋に押しかけて抱きついたりする関係だな」

 

「見てたんですか桔梗さんっ!?」

 

桔梗の言葉に思い当たる節がいくつかあった月は顔を真っ赤にしたまま勢いよく桔梗に詰め寄った。

 

「なに、詠に愚痴られたことが何度かあるのでな。その中の話しを思い出しただけの事よ」

 

「えぅぅ・・・詠ちゃぁん・・・」

 

親友の顔を思い浮かべ、恨めしげにその名前を呼ぶ。

 

「それに、響は響でギルの上着を腰に巻いておるしの」

 

「うあっ! そ、それは・・・」

 

その言葉の通り、響は以前ギルから受け取ったフランチェスカ男子制服の上着の腕の部分を結び、腰に巻いていた。

見ようによってはギルの鎧に付いている腰のマントを意識したようにも見える。

隠せるはずもないのに、響は両手で腰に巻いた制服を押さえるように隠そうと、あたふたしていた。

 

「あ・・・そ、そう! 下が短いから、階段上るときにみえないよーに、防御してるの!」

 

閃いた! とでも言うように響がまくし立てる。桔梗はそーかそーか、と全く信じていない様子で頷いていた。

猫が毛を逆立てるように響がんもー! と叫ぶと、演習終了の銅鑼が鳴った。

 

「ギルさんが勝ちましたよ、響ちゃん!」

 

桔梗の魔の手からいち早く抜け出して演習の様子を見ていた月が、嬉しそうに報告する。

裏切ったね月ちゃん・・・と心の中だけで呟いて、城壁から下を覗く。

確かに、紫苑の旗が鈴々の手によって奪われていた。

 

「どうやって取ったんだろ」

 

「あ、あれじゃない?」

 

そう言って響が指さしたのは、鈴々の軍の正反対の位置に布陣し、紫苑の部隊を挟むようにしている一つの部隊。

そこには、劉の牙門旗がはためいていた。

 

・・・

 

銅鑼が鳴り、演習の終わりを告げる。

 

「し、紫苑の旗が取られた!?」

 

愛紗が驚いたように兵に確認を取っている。

事前に・・・と言っても、始まる数刻前に雛里に告げられた作戦はとても簡単で単純な物だった。

翠は蒲公英に抑えて貰い、鈴々は紫苑にぶつける。中間に位置する俺が愛紗と恋の部隊を引きつけておく。

その間に桃香の部隊が雛里と共に少数を引き連れて紫苑の後ろに回る。

ただそれだけの策と呼べるか怪しい物だが、まず前提条件が難しいと雛里は言っていた。

 

「あわ・・・愛紗さんと恋さんを一度に相手出来るのはギルさんを除いて他にいません」

 

だから、二人を引きつけてください、と期待に満ちた瞳で見つめられては、俺も断るわけには行くまい。

幸い総大将の桃香が動くとは思っていなかったらしく、相手は俺の部隊を抜くことだけを考えていたらしい。

戦闘している部隊の影に隠れるように移動したので、ねねと詠が気付いたときにはもう遅かったとのこと。

ま、それで今に至るわけだが・・・。

 

「ぬぬぬぅ~!」

 

ねねが眼前で唸っている。なんでも

 

「恋殿と愛紗を一度に相手取れるなど、ずるいですぞー!」

 

とのことだった。いや、んなこといわれても。

 

「・・・ぎる、頑張ったから、強い」

 

「れ、恋殿ぉ~・・・。うぅ、今回は負けを認めるのです! 次は痛い目見せてやるのですー!」

 

そう言ってねねは何処かへ行ってしまった。おい、詠を置いていくな。

 

「ふ、ふん! 今回は頑張ったんじゃない?」

 

しかもツン子モードである。何とかしてくれ。

 

・・・




「ふっふっふ。この『合わせ鏡』には隠された能力があるのよ! 午前零時にこの『合わせ鏡』を覗くと・・・」「の、覗くと・・・?」「普通に光線に焼かれるわね」「あ、ああ、そうか・・・そうか」「なにガッカリしてんのよ?」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十三話 賭けと器と総力戦と

「よっしゃ、六がでた! これでもう勝ちは決まったね」「まだまだ・・・サイコロを三角錐で割れば七が・・・」「頭大丈夫?」「きっと大丈夫」

それでは、どうぞ。


あの後、桃香達と共に演習の反省や後始末、政務をこなしている朱里と交代して政務をこなしたりと、ずっと部屋に籠もっていた。

俺と桃香で果たして今日中に終わるかな、と不安に思っていたが、詠やねね、愛紗が手伝ってくれたのでいつもより早く終わっていた。

雛里だけは、朱里と共に終わらせておく仕事があるとのことだったので、そちらに向かわせた。

その時の雛里の申し訳なさそうな顔は忘れられない。後で様子でも見に行こうと思う。

桃香から、相談があると誘われたのは、それから数日した後の夜であった。

 

「・・・んーと。・・・お、いたいた」

 

真面目な顔をして「今日の夜、お話したいことがあるの」と言われてしまっては断れまい。・・・あれ、最近そんなのばっかりか。

まぁとにかく。一人城壁から外を見ていた桃香に近づき、声を掛ける。

 

「あ、お兄さん」

 

夜とはいえ空気は暖かい。場所を変える必要は無さそうだな。

・・・そんなことを思っていると、桃香が口を開いた。

 

「あの、ね。お兄さんにはいろいろとお世話になってると思う。前に聞かせて貰った聖杯戦争のこととか・・・いろいろ」

 

昔のことを懐かしむように目をつぶる桃香。俺と出会ってからでも思い出して居るんだろうか。

毎日のように政務してたまに街に連れてかれた事くらいしか思い出せないが、桃香には桃香なりの何かがあるんだろう。

 

「それでね、お兄さんが忙しくて、出てなかった会議で・・・私、三国のみんなで仲良くしたいって言ったんだ」

 

そうだったのか。確かに、言われてみれば街に魔力を感じ始めたあたりから会議には出てなかったな、と思い出した。

 

「みんなが仲良くするなんて無理だって反対されたんだけど、朱里ちゃんが天下三分の計って言う案を出してくれたんだ」

 

桃香が説明してくれたその案は、原作でも朱里が提案していたものだった。

曹操、孫策、劉備の三人がそれぞれの地を治め、お互いに監視をする・・・と言うような内容だったはずだ。

魏と呉が全面戦争に入った後、朱里達は蜀呉同盟を呉に提案する機会をうかがっていたらしい。

しかし、蜀には聖杯戦争というもう一つの・・・規模は小さくとも、世界の運命を左右するほどの戦争を抱えている。

そんな状況でこの三国の対立に首を突っ込むなんて不可能。

そこで、俺に何か良い案は無いか相談したい、とのことだった。

 

「・・・聖杯戦争が一瞬で決着のつく戦争なんて思ってないよ。でも、お兄さんから聞いた話だと、卑弥呼さんって言う凄い人まで参戦したんだよね?」

 

「そうだな。・・・魔法使いは、それだけで理から外れた存在になる」

 

「・・・蜀から主だった将や・・・お兄さんや、正刃さん達が居なくなったら、多分槍兵さんたちや魔術師さんが黙ってないよね・・・」

 

・・・そっか。

今から蜀呉同盟をするにしても、天下三分の計を目指すとしても、蜀はサーヴァントという爆発物を抱えているような物なのだ。

そのうち、俺やセイバーは将や兵士として蜀を離れるかも知れない。

そんなときにサーヴァントという爆弾が自分たちの懐で爆発してしまっては、もはや三国の戦争どころではないだろう。

多分、朱里達はここ数日の内に蜀呉同盟について策を発動させるだろう。数日で敵対しているサーヴァントを探し出し対処するなど不可能に近い。

更に魔法使いや過激派の事もある。

 

「蜀の内政に詳しくて、聖杯戦争にも精通してる人・・・私には、お兄さん以外にこんな事聞けないと思ったんだ」

 

なにか、私たちに案を下さい。平和に向けての第一歩として。そう言って、桃香は頭を下げた。

 

「天下三分の計を成功させるためにも、蜀呉同盟っていう一歩を踏み出せないとどうにもならないの・・・」

 

俺は、桃香に頭を上げて、と言った。

その間も、俺の頭はフル回転していた。

何か、何か無いのか。此処まで頑張る桃香を助ける策は・・・

まず、何をしたいのかを考える。

蜀に抱えている問題・・・ランサー、キャスター、魔法を使う卑弥呼、過激派のこと。

過激派は多分蜀にはいないと思う。灯台もと暗しとは言うが、単独で聖杯を動かそうとしているのだ。

それなりの広さを持った土地、更に霊脈も必要になってくる。そんな場所が少なくとも蜀にあるとは思い当たらない。

次に魔法使い卑弥呼。彼女は管理者の卑弥呼にご執心だ。管理者卑弥呼に何処かに行って貰えばそれを追っていくのではないか・・・

 

「・・・ん?」

 

「ふぇ? どうかしたの、お兄さん」

 

唐突に疑問の声が出た俺に、桃香が不安そうに聞いてくる。

 

「いや、もしかしたら、あるかも知れない。蜀から聖杯戦争を遠ざける策が」

 

策と言っていいかすら分からないけれど。

今の俺の実力と、セイバーやランサーの助け、管理者の手助けがあればいける。

 

「聞いてくれるか。・・・ああいや、朱里も居るところで話したい。朱里は何処にいる?」

 

・・・

 

朱里は未だ寝ていなかった。そりゃそうだ。蜀呉同盟のことでいろいろと詰めることがあるだろうし、蜀を回しているのは実質的に彼女だ。

真夜中と言っていいほどの時間に尋ねたというのに、どうぞと椅子を勧めてくれ、お茶を煎れてくれた彼女は優しい子だと言わざるを得ない。

 

「それで・・・その、何のご用でしょうか」

 

真剣な顔をした桃香を連れてやってくれば、流石に何かあると分かるのだろう。

前置きもそこそこに、朱里が話を切り出してくれた。

 

「ああ。桃香から聞いたよ。天下三分の計とか、蜀呉同盟とか・・・そのために聖杯戦争の存在が不確定要素の塊で困ってるっていうことも」

 

「そう、ですか・・・」

 

朱里の顔が暗くなった。

聖杯戦争が邪魔になる・・・言い換えれば、俺達サーヴァントが邪魔になってきている、と言うことだからだ。

彼女たちは遠回しにでもそう言うことを言いたくなかったんだろう。優しいからなぁ。本当に。

甘い、と言う人達もいるのだろうが、現代っ子の俺としてはその優しさが心地よいと思った。

 

「だから、蜀から聖杯戦争関係を全て離せる策・・・と言うか、賭の話しを持ってきた」

 

「賭・・・ですか?」

 

「そうだ。成功すれば蜀から魔術師達を引っ張り出せるし、失敗すれば蜀で本格的な聖杯戦争が起きる」

 

「――――っ!」

 

それこそ、街が燃え血で血を洗うまさに英霊同士のぶつかり合いと言った戦争が、だ。

俺のあまりにもハイリスクハイリターンな賭に、桃香と朱里の息をのむ音が聞こえてきた。

優しい彼女たちにこのことを言うのはとても躊躇われたが、動かなければ事態は何も動かない。

ならば、賭だろうと何だろうとやってみる価値はあると思い、二人に話しを持ちかけたのだ。

少し考えるそぶりを見せた後、桃香はゆっくりと口を開いた。

 

「・・・内容を、聞かせて。お兄さん」

 

「桃香さま・・・!?」

 

「みんな仲良く・・・そのために、やらなきゃならないことがあるっていうなら、多分ここからなんだと思う。だから私は」

 

桃香は目をつぶって深呼吸し、目を開いた。そこには、力強い光を讃えた瞳があった。

 

「そのためなら、賭でもやらなきゃならないんだよ、朱里ちゃん」

 

「・・・桃香さま・・・。・・・そうですね・・・。何もせずにいるよりは・・・。分かりました。ギルさん、教えてください。その策を」

 

二人の許可が出たので、俺が考えついた賭の内容を伝えた。

管理者に聞いた聖杯戦争の制限、歪み・・・今の状況と、聖杯戦争のルール。それらを鑑みたその策を伝えたとき、二人は言葉を失った。

 

「そ、その賭は・・・危険すぎます! 成功するためには・・・」

 

身を乗り出して声を荒げる朱里を手で制して、ゆっくりと伝えた。

 

「安心していいぞ。何てったって俺は、幸運スキルのおかげで賭に負けたことがないんだ」

 

それだけは、自信を持っていえることだった。

 

・・・

 

朱里と桃香、朝になってから雛里とねね、詠も呼んで、蜀呉同盟の詰めの作業をしてくれるように頼んだ。

俺は、セイバーやライダー達に賭の内容を話しに向かった。

桃香に伝えて、月と響以外の聖杯戦争組は今日の仕事を休んで貰っている。

 

「・・・で、急に呼び出して何のようだ?」

 

セイバーが開口一番そう言った。せっかちだなぁと苦笑しつつ、口を開いた。

 

「この蜀から、サーヴァントを引っ張り出す。その作戦を手伝って貰いたい」

 

「なんだと? ・・・ギル、そんなことが可能なのか?」

 

「可能・・・かどうかは、賭が成功するかどうかにかかってる」

 

「その内容をきこーじゃねーか。そうしないと始まらんからな」

 

多喜がせっついてくる。まぁまぁと窘めてから、賭の内容を説明する。

説明が終わると、全員が複雑そうな顔をしていた。そりゃそうか。

 

「ギルが月殿を連れてこなかった理由が分かった気がするよ。・・・彼女は、猛反対するだろうからな」

 

「そうだなぁ。俺もその光景がありありと浮かんだから、月と詠、響は呼ばなかった。アサシン、内緒だぞ?」

 

こっくりとアサシンが頷く。彼も、響に余計な心配を掛けたくはないんだろう。

 

「・・・で、いつ決行だ?」

 

「明後日。明日には朱里達が蜀呉同盟を提案しに、呉に出立するからな」

 

朱里達が蜀呉同盟を締結しに出立した後。残りの将全員で蜀を守護して貰う。

その上で、賭を発動させる。

 

・・・

 

朱里達が出立した。

月達メイド組は、桃香の近くで仕事をして貰っている。

もしもの時、月達を止められる人が必要だからだ。

 

「本当に良いんだな、アーチャー」

 

「良いんだよ。それに・・・こうでもしないと、聖杯戦争も進まないからな」

 

「違いない。・・・さて、やるか」

 

賭の内容は単純明快・・・何もない荒野で俺の魔力を感知させる。

それも、調子の良い数日でため込んだ桁違いの魔力をだ。

この聖杯戦争は魔力を遣わない限り居場所が分からない。ならば、魔力を遣いまくって居場所を分からせてやればいい。

それならば好戦的なランサーのマスターは誘われてくるだろうし、キャスターも様子を見に来るかも知れない。

過激派も、おそらくバーサーカーを送り出してくるだろう。運が良ければ、魔法使い卑弥呼も来るかもしれない。

そのためにライダーとセイバー、アサシンを動員し、さらに管理者にも来て貰っている。

管理者たちは何処かその辺の森にでも隠れてるんじゃないだろうか。精神衛生的にそっちの方が助かる。

 

「すぅ・・・ふっ!」

 

体から魔力が抜けていく感覚。それでも、月のパスから補給されるのであまり無くなっていっているという感じはしない。

 

「・・・凄い魔力量だな・・・サーヴァントとしても最高値じゃないのか?」

 

「本当に規格外だな、ギルは。・・・さて、くるかな」

 

しばらくすると、北方より魔力反応。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「バーサーカーか!」

 

神出鬼没のサーヴァント、バーサーカーが空から振ってきた。

地鳴りがするほどの着地をした後、こちらへ走り寄ってくる。

 

「セイバー、ライダー! 足止め頼んだ!」

 

魔力放出している間はアサシンと共に感知と索敵に集中したかった。

そのため、二人に足止めを頼み、アサシンには周りの索敵をお願いした。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

 

「今日こそ・・・今日こそ決着をつける! 『桃園結義』!」

 

詠唱を終えたセイバーが固有結界を展開すると、セイバーとバーサーカーが消える。

おそらく塗り替えられた世界の方へ行ったのだろう。

 

「・・・セイバー・・・頼んだぞ」

 

詠唱の時間を稼いでいたライダーが戻ってくる。

速さ的には次にキャスター、ランサーと来るだろうと思う。

周りを警戒していると、空中に魔力反応が多数感じられた。

 

「挑発に乗ってあげるよ・・・いけ、精霊達! ホムンクルス!」

 

連続して雨のように振ってくる火、水、風、土の弾丸。更にホムンクルスが入っているであろうフラスコ。

地面を蹴って後ろに跳び、何とか魔術の雨を喰らわずに回避する。

 

「何を企んでいるのかと思ったけど・・・まさか、正々堂々の決戦ってやつかい? ・・・面白いねえ」

 

キャスターは腰の剣を抜くと、柄から粉を取り出した。

それが一定量キャスターの手に溜まると、自然と石のように固まった。

 

「これが何か分かるかな? ・・・ま、分かっても分からなくても関係ないけど・・・ねっ!」

 

その石を思い切り投げつけるキャスター。目を潰すための物らしく、激しい光が襲いかかってくる。

 

「くっ、うぅ・・・!?」

 

思わず手で顔を覆う。これは贅沢言ってられないか・・・! 

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

目が光に潰され、ほとんど何も見えないまま宝物庫を開き、発射できる限りの宝具を発射する。

光の向こうで悲鳴が聞こえるから、おそらく当たってはいるのだろう。

 

四大元素の精霊(エレメンタル)!」

 

その宝具の弾丸に対抗するように四属性の弾丸が飛んでくる。

いくつかの弾丸は宝具の雨を通り過ぎ、俺の鎧を掠っていった。

まだだ。まだ耐えなくてはいけない。ランサーも、魔法使いもつり上げなければいけないのだ。

 

「ほう。・・・ランサー、戦闘準備は良いか」

 

「はっ。マスター。危険ですので下がっていてください」

 

「・・・期待している」

 

「はっ!」

 

この声・・・ランサーとそのマスター! 

まさかマスターまで来るとは思わなかったが、これは誤算だ

キャスターとの決着もついていないのに来るとは思わなかった・・・! 

 

「増えたかっ!」

 

俺たちとは視界が違うらしいライダーがそう叫ぶ。

土煙と光でやられた目の所為であまり見えないが、増えてしまったらしい。

 

「装填しろ! 今回は弾丸(まりょく)に糸目をつけない! 一斉射の後、各自十人ずつで行動せよ!」

 

ガチャリ、と金属音が聞こえてくる。

 

「目標! 敵サーヴァント!」

 

目が慣れてきて、ようやく全容を見ることが出来た。

そこには、荒野を埋め尽くすのかと思うほどのホムンクルスと緑の軍勢。

空中には四体の精霊が浮かんでいて、それぞれの属性の弾丸を放っている。

 

「くっ! ・・・まずいか・・・!?」

 

宝具を発射しつつ移動する。

 

「てぇーっ!」

 

撃鉄が落ち、火薬が爆発した音がする。

その瞬間、鎧に横からあられが連続して当たったかのような衝撃を受けた。

 

「ぐ、うっ!」

 

鎧のおかげで怪我はしなかった物の、衝撃は体へと伝わった。

弾丸・・・! 魔力で出来ているから、英霊にも通じるのだろう。あの緑の軍勢の数では、避けきる方が難しいか・・・

 

「総員、走れ! アーチャー、ライダー、キャスターを討ち取るのだ!」

 

「うおおおおおおおお!」

 

緑の軍勢が雄叫びを上げて突撃してくる。

先ほど言っていたとおり十人ずつの隊が数隊、徒党を組んでやってきた。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

すぐさま宝物庫を開き、雨あられと宝具を降らせる。

 

「ぐあっ!」

 

「うわあああああ・・・!」

 

悲鳴や断末魔が聞こえてくるが、今は気にしない他道はない。

 

「総員着剣!」

 

走りながら彼らは銃に銃剣を装着していた。

そして、近くなるにつれて細部がはっきりしてくる。

 

「・・・まさか・・・」

 

その姿を、俺は見た事がある。テレビで。図書館で。ゲームででも出ているだろうか。

現代で生きていたときの記憶がよみがえった。

 

「大日本帝国のためにっ!」

 

そう。彼らは、大日本帝国兵。自分の国のために神風となり・・・英霊となった人物達であった。

 

・・・

 

「魔力・・・反応・・・?」

 

自分のサーヴァントとのつながりから、戦っているかのような魔力消費を感じる。

 

「一体何処で・・・え・・・?」

 

感知したのは、ここから離れた地図上では荒野とされている場所。

そこに、七つ分のサーヴァントの反応があった。

 

「まさか・・・響ちゃんっ」

 

「月ちゃん! ・・・やっぱり、ギルさん達の・・・!」

 

「う、うん!」

 

詠が二人の会話を聞いて、詳しく話してと詰めより、メイド組は桃香の元へと走った。

 

・・・

 

「弓兵殿。恨みはありません。ですが、我が主のため・・・我が国のため!」

 

ランサーのオリジナルも、俺の方へ突撃してきた。

ライダーとアサシンはキャスターの方へと向かったようだ。

 

「うっふぅぅぅぅぅん!」

 

「ああもう! 何で管理者ってこんなのばっかなのよ! 『合わせ鏡』!」

 

向こうから聞こえてくるのは、貂蝉と卑弥呼が魔法使いの卑弥呼と戦っている音。

全員がこの機会に少しでも相手より上回り、自分の勝利を引き寄せようとしていた。

 

「そろそろ月も気付いてるかな。・・・これだけ派手に戦ってるんだもんなぁ」

 

エアを回し、複製のランサーを切り裂き、宝物庫から宝具を発射し、こちらにやってきていたホムンクルスを貫き、引き裂く。

 

「やはり、とてつもない強さか・・・」

 

指揮を執っていたオリジナルのランサーが、宝具の雨を弾きながら呟いた。

英霊化してランサーのクラスになったことによって、ばらつきのある宝具の雨くらいならば弾いて前進できるくらいの力量はあるらしい。

 

「ならば・・・覚悟っ!」

 

銃剣を構えて突撃してくるランサー。

それに合わせて、俺はエアを構える。やはり、ランサーだけあって敏捷が高いようだ。

彼我の差を数歩で詰め、懐へ入り込んでくる。

 

「これならば宝具の雨は降り注ぐまい!」

 

そう言って突き出される銃剣を、エアで受け止める。

高速回転している刀身によって、銃剣は後方へ逸らされる。

 

「まだっ!」

 

逸れた銃剣を高速で戻し、再び突きを放つランサー。

二度目の刺突は何とかエアを合わせられた、と言うレベルである。

その後、ランサーは急に後ろに跳び去る。なんだ、と疑問を浮かべた瞬間、声が聞こえる。

 

「てぇー!」

 

その瞬間、火薬の爆発音と同時に、体中を衝撃が襲った。

 

「が、ぎっ・・・!」

 

頭部には当たらなかった物の、胴体には何十という弾丸が当たっている。

その衝撃によろついていると、ランサーが銃剣を構えて突撃してくる。

しまった。これが狙いか! 

魔力を体に通して体を無理矢理強化し、腕を動かす。

しかし、次の刺突は俺ではなく、エアを標的とした物らしく、はじき飛ばされはしなかった物の、エアを持った腕ごと上に弾かれてしまった。

がら空きの胴体へ銃剣が迫る。

 

「っく! 『天の鎖(エルキドゥ)』!」

 

銃剣の進行方向に鎖を交差させるように伸ばし、銃剣を受け止める。

 

「なんと・・・! ならば!」

 

すぐにランサーは銃剣を引き戻し、銃として構える。

狙いは・・・頭っ! 

両腕で顔を庇う。至近距離での発砲を食らい、体中に響いたかのような音が聞こえ、腕に弾丸が着弾する。

 

「何という耐久力・・・! その鎧、やっかいだな・・・」

 

宝具の雨で減っていく緑の軍勢を確認しながら、ランサーから目を離さないように注意する。

 

「総員着剣にて突撃せよ!」

 

ランサーのその一声に、複製達が銃剣を構えて走り出す。

宝具の雨を食らおうとも、足が動く限り前へ進む緑の兵士達。

 

「うわあああああああ!!」

 

ほぼ悲鳴のような気合いの声を発しながら、緑の軍勢がこちらにたどり着き、その手に持つ銃剣を突き出してくる。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

周りに宝具を突き立て、空中で宝具を組み合わせて壁を作り、軍勢を止める。

それでも穴はでき、そこから数人が銃剣を突き出す。

 

「エア! 回転しろ!」

 

魔力を吸い取り、回転力を上げるエア。

ライダー達を巻き込まない様に威力が弱くなるよう調整し、真名開放する。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

目の前の兵士が、宝物庫の宝具と共に吹き飛ぶ。

腕を引き絞る時間も無かったので、威力は低めだ。

それでも包囲を解くには十分だった。兵士が吹き飛んで出来た穴から包囲を抜け出し、赤い槍(ゲイボルグの原典)を取り出す。

細く、すぐに折れそうな槍だが、そこは宝具である。これを上回る神秘がなければ折れないだろう。

 

「ふっ! ・・・はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

俺に向かって津波のように襲いかかる緑の軍勢をエアで切り裂き、吹き飛ばし、槍で薙ぎ払い、突き刺す。

常に体に魔力を回し、エアを回転させ続け、宝物庫を開きっぱなしにしているため、残りの魔力が全体の三分の一をきった。

再びランサー達が突撃しようとしたとき、いきなりオリジナルが後ろに跳んだ。

数体の複製が驚きながらもそれに続く。

なんだ、と思った瞬間、目の前を光の線が走っていった。

 

「これは・・・卑弥呼の・・・!?」

 

魔力の光線が走ってきた方向を見る。そこには、鏡を構え、思いっきりこちらを睨む卑弥呼の姿が。

 

「その金ぴかはわらわのお気に入りなのよ。わらわの許可無く手を出さないで欲しいわね」

 

「卑弥呼・・・お前、貂蝉達は・・・」

 

「ああ、あいつら? ・・・別に、私が戦う必要は無いじゃない」

 

こちらに近づいてきた卑弥呼は、鏡を構えたまま不敵に笑った。

 

「わらわは世界を移動できるのよ。・・・わらわが此処ではない外史に魔力を打ち込んだから、それで出来た歪みを何とかするためにどっかいったわよ」

 

・・・成る程。世界を移動できるんだから、管理者達が自分に手を出せない状況にすれば・・・つまり外史を危機に陥れればいい。

外史を管理している貂蝉達はその修正に奔走し、卑弥呼の相手はしていられない。

 

「・・・ああ、安心して良いわ。わらわ、流石に世界を破壊するとかそんな気は無いわよ。ただちょっと外史を揺らしただけ」

 

「信じるぞ、卑弥呼」

 

「信じなさい。さて、どうする? わらわと戦うか、仕切り直すか」

 

「仕切り直したい・・・と言いたいところだが、蜀呉同盟を成功させるために、まだ稼ぐべき時間は残っている。戦うよ」

 

ランサーと卑弥呼、俺の三つどもえになるか・・・。

だが、桃香と約束したのだ。天下三分の計の為に、聖杯戦争を蜀から引きずり出すと。

赤い槍(ゲイボルグの原典)を戻し、蛇狩りの鎌(ハルペー)を取り出す。片手にエアを持ち、もう片方の手で蛇狩りの鎌(ハルペー)を回す。

うん、調子は良い。

 

「・・・やっぱやめた」

 

「は?」

 

いきなり、卑弥呼がはふ、と息を吐いた。

 

「なんだか興ざめしちゃった。良いこと教えてあげるから、あんたのしたいようにしなさい」

 

「良いこと・・・?」

 

目の前の卑弥呼からも、ランサーからも目を離さずに話を聞く。

 

「外史を揺らしたっていったじゃない。その所為かこの外史にも影響が出て、剣士と狂戦士の戦ってる固有結界の位相がずれてね」

 

・・・とてつもなく嫌な予感がする。

 

「多分、今あいつら呉と魏が決戦してるところの近くで戦ってるわ」

 

うわぁ、考え得る限り最悪の展開である。

魏と呉をバーサーカーが発見してしまえばきっとそっちにも攻撃を仕掛けるだろうし、今呉に向かっている朱里達にも危険が伴うだろう。

 

「くそっ・・・!」

 

どうすればいい。どうすれば。

・・・そうだ。今の魔力ならば・・・! 

 

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)!」

 

宝物庫から飛行宝具を取り出す。

黄金の空飛ぶ船は、ところどころに緑色の光を走らせながら、その翼を広げた。

 

「・・・ま、わらわにも責任があるし、偽物に痛打を与えられたから今回だけは手伝ったげる」

 

ふわり、と空中に浮いた卑弥呼が、鏡から光線を発射して緑の軍勢を薙ぎ払う。

俺は黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に乗り込み、卑弥呼に声を掛けた。

 

「助かる。今度なんか奢らせてくれ。・・・あ、後、その英霊達、邪馬台国の子孫達だから」

 

え? ちょ、うそ、マジで!? と焼き払った荒野と俺を交互に見る卑弥呼を知らない振りして、俺は出発した。

心の中でライダー達に謝罪し、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に魔力を流し続ける。

 

・・・

 

桃色の花びら舞う空間で、四人が斬り合っていた。

中心に立つ巨体・・・バーサーカーが、セイバーとセイバーに呼ばれた二人の英霊に囲まれていた。

 

「ふっ、はぁっ!」

 

双剣で薙刀と切り結び、瞬時に後退する。

バーサーカーの横から隙をついて偃月刀が迫る。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

薙刀から手を離し、関羽の上から平手打ちを食らわせようとするバーサーカー。

 

「させるか!」

 

蛇矛が突き出され、バーサーカーの平手を止める。

その一瞬で、関羽は標的の胴体に偃月刀の一撃を食らわせる。

 

「お・・・おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

三人の連携によって、バーサーカーは消耗させられ、致命傷ではないものの、体中に傷を負っていた。

それでも、ただ狂気によってバーサーカーは突き進む。

 

「くそ、まだ倒れないのか・・・!」

 

セイバーは焦っていた。消耗するのはバーサーカーだけではない。

固有結界という大魔術を維持するこちらも魔力が減り、もう数分と維持することは出来ないだろう。

何か決定打があればいいが、狂化した英霊を相手に致命傷を与えるには火力不足のようだ。

 

「兄者、外の様子も気になる。・・・一度結界を解いて、外の状況も見てからバーサーカーとは当たるべきだと私は思う」

 

バーサーカーから離れて考え事をしていた劉備に、関羽がそう話しかける。

 

「悔しいがその通りだぜ。俺達三人の攻撃に耐えきるとはな。・・・こんな武人は呂布以来だ」

 

二人の元へ張飛もやってきて、溜め息を吐きつつそういった。

 

「・・・仕方がない、か。すまん、二人とも」

 

そう言って、結界を解く。

桃園と関羽、張飛が消え、荒野に戻る。

 

「・・・此処は・・・?」

 

まわりを見渡すが、共に戦っていたはずの英霊達が見えない。

よく注意してみると、戦い始めた荒野とも違うみたいだ。

 

「何が起きた・・・? あれは・・・!」

 

遠くに見えるのは魏の旗と呉の旗。まさか、蜀から此処まで、飛んでしまったというのか!? 

魔力を感知してみると、遠くでいくつかの魔力を感じ取れた。本当に飛んできたようだ。

 

「く、バーサーカーをあちらに突入させるわけにはいかないか!」

 

今から再び固有結界を展開している暇はない。

自身の能力と、両手に握る双剣のみでバーサーカーをとどめるしかない。

 

「・・・誰かが来てくれると良いがな」

 

高望みしすぎか、と心の中でため息をつく。成都から離れているとはいえあの荒野も蜀なのだ。

蜀からこの国境付近はどんなに早くてもすぐにこれるか怪しい距離なのだ。

バーサーカーがこちらに薙刀を振り下ろしてくるのを、両手に持った双剣で受け流す。

 

「この立ち位置は・・・ギルの役割の筈なんだけど・・・なっ!」

 

ま、いつもと違うのも悪くはない、と呟きながら、荒野にてバーサーカーと打ち合う。

 

・・・

 

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)で飛んでいると、風景が凄い速さで後ろに流れていく。

俺は空飛ぶ船の甲板にて、地上を見てセイバー達を探す。

更に、この世界の人達に目撃されないようにもしなければいけない。

 

「・・・あれかっ!」

 

千里眼ほどではない物の、視力と動体視力は人間よりずば抜けているので遠くにセイバーとバーサーカーが戦っているのが見えた。

・・・と言うか、二人しかいないのにあれだけ地形を変化させられるのは英霊しかいないだろう。

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)を宝物庫へと片付け、空中を落下する。

絶世の名剣(デュランダル)を宝物庫から抜き取り、上空からバーサーカーを強襲する。

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

それに気付いたバーサーカーが薙刀でセイバーを弾き飛ばし、上空の俺に向けて蒐集した刀を投げつけてくる。

バーサーカーはその巨体から刀を片手で十本ほどつかめるので、ショットガンのように刀が飛んでくる。

 

「く、う、はあああああああああ!」

 

顔に当たる物だけ弾き、その他は鎧に魔力を通して耐える。

当たり所が良かったのか、突き刺さることはなく鎧は順調に刀を防ぐ。

止めきれないと悟ったのか、バーサーカーは薙刀を横に構え、絶世の名剣(デュランダル)を防ごうとしている。

地面とバーサーカーが迫る。

落下のエネルギーと魔力で威力を上乗せした宝具がバーサーカーの薙刀とぶつかり合う。

 

「は、あああああ!」

 

「おおおおおおおおおおおお!」

 

お互いの宝具がぶつかった瞬間、フラッシュに近い火花が散る。

その瞬間、俺はバーサーカーを蹴って後ろに飛ぶ。

 

「セイバー、遅くなった!」

 

「構わん! 行くぞ、ギル!」

 

エアを回転させ続ける魔力は残っていないので、絶世の名剣(デュランダル)を両手で構えて突撃する。

 

・・・

 

「・・・あれ・・・?」

 

「ん、どうした、朱里」

 

いきなり明後日の方向を見て首を傾げる朱里に、愛紗が聞いた。

朱里は、いえ、なんだかあちらの方で空飛ぶ金色の船が見えた気がして、と愛紗に返す。

 

「空飛ぶ金色の船・・・? ・・・まさか、ギル殿の宝具では・・・」

 

「それは・・・蜀で戦っているはずですよね? ・・・もしかして、敵さんの内誰かがこちらに来た・・・?」

 

朱里と愛紗は、全軍に急ぐように伝えた。

呉まで後数刻の距離へと迫っていたが、英霊に襲われては数分で殲滅させられてしまうからだ。

 

「兎に角、ギルさん達が引き留めてくれることを願うしかできませんね」

 

「・・・そうだな。ギル殿は強い。信じて大丈夫だろう」

 

「でも・・・心配」

 

二人の会話を聞いていた恋が、愛紗の言葉にそう呟いた。

 

「恋・・・」

 

「ぎる、すぐに無茶する」

 

愛紗も朱里も、恋の言葉に心当たりがあった。

二人はアーチャーが幾度か倒れて床に伏せているのを目撃している。

 

「・・・月も詠も、みんなぎるがいないとだめ」

 

恋はいつもよりしょんぼりとしたような表情でアーチャーの居るであろう方向を見た。

 

「・・・なら、ギルさんのためにも、蜀呉同盟は成功させないといけないですね」

 

「ん」

 

こっくり、と頷く恋は、心配そうな顔で金色の船が見えたという方向を見ていた。

 

・・・

 

バーサーカーも流石に消耗していたのか、絶世の名剣(デュランダル)によって彼の胴体を袈裟切りすることに成功した。

魔力であり動力源である血が噴き出すのが見える。

 

「良し、手応えありだ! セイバー!」

 

「よくやった!」

 

バーサーカーは痛みからか、薙刀を振り回しながら刀を投げ始めた。

 

「く、これはまた厄介な・・・!」

 

セイバーがそれを弾きながら距離を取り始める。

俺もそれにならい、刀を弾きながら後退しようとした。

・・・その瞬間、英霊の人間離れした聴覚と感覚が、後ろにある林からガサガサという音と、人の気配を感じた。

 

「やっとでれたー! ・・・って、わわわわわっ!?」

 

急いで背後を確認する。

・・・そこにいたのは・・・。

 

「な、なによなによなんなのよー!」

 

孫家の三女、孫尚香が、白虎に跨り熊猫を引き連れて慌てていた。

そりゃそうだ。俺の後ろにいるとはいえ、流れ弾の刀は当たるかも知れないんだから。

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

孫尚香と白虎、熊猫を一斉に鎖で絡め取り、俺の近くへ引っ張り込む。

 

「うにゃぁぁぁぁああああああ!?」

 

着地は荒くなってしまったが、白虎が何とかしてくれたようだ。良い子だな。後で謝るから今はおとなしくしていてくれよ・・・! 

絶世の名剣(デュランダル)を握り直し、目の前で暴れるバーサーカーから目を離さずに後ろの少女に話しかける。

 

「なぁ、後で説明はするから、今だけは俺の後ろで伏せててくれ」

 

「う、うぅ・・・。分かった。でも! 絶対後で説明して貰うんだから!」

 

「分かってるって。ほら、伏せて伏せて」

 

セイバーが双剣を操りバーサーカーの気を引いてくれているので、こちらに飛んでくる刀は少ない。

落ち着いて対処しながら、後ろの一人と二匹に当たらないように防御の面積を増やす。

袈裟切りにしたところから魔力が抜けていって居るので、セイバーの攻撃が当たるようになっている。

このまま時間を稼げれば、バーサーカーはダメージを無視しきれずに撤退するだろう。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「ぬ、うおっ!」

 

体当たりを食らい、セイバーが吹き飛ばされる。

空中で体勢を整えられずに地面を転がるセイバー。

バーサーカーは一瞥もせずに誰もいない方面へと跳んで去っていった。

・・・ふぅ、あっちには魏の軍も呉の軍も居ない。

 

「な、なんだったのよ、今のぉ・・・」

 

「がる」

 

ああ、そうだ。・・・忘れてた。

後ろで恨めしそうに涙目で俺を見上げる孫尚香とそんな主人を励ますように一吠えする白虎。まったりしている熊猫が居た。

 

「せつめー、してくれるんでしょうね!」

 

・・・

 

「あの空中に浮く剣とか槍とかは何!? まさか妖術師なのっ!?」

 

こっちに詰め寄る孫尚香は俺の背後を確認したり周りをキョロキョロしたりと忙しそうだ。

そんな彼女を落ち着かせるために、俺は口を開いた。

 

「・・・取り敢えず、自己紹介しようか。俺の名前はギルガメッシュ。宜しく」

 

「あ・・・う、うん。シャオの名前は、孫尚香! 命の恩人だから、真名も預けるわ。小蓮っていうの」

 

「ありがとう、小蓮。俺の真名はそのままギルガメッシュだ。呼びづらかったらギルで良い」

 

「え!? 最初から真名を・・・!?」

 

「ま、あんまり気にしないで良いよ」

 

「そう? ・・・じゃあ、気にしないけど・・・。あ、助けてくれたことにはお礼を言うわ。・・・でもね」

 

孫尚香は頬を膨らませ、まさにぷんすかという疑問がつきそうな表情になり

 

「鎖で引っ張ったのはビックリしたんだからね! もーっ。服にも土ついちゃったし・・・」

 

「あー。・・・それについては済まないな。焦っていてどうにもならんかった」

 

「・・・ふーん。で? さっきの剣とかの説明は?」

 

「分かった分かった。君は呉の人だよな? ・・・送っていくから、その道中で良いかな」

 

小蓮は仕方ないなー、と言いつつも許可してくれたので、空気を読んで・・・と言うか、巻き込まれないように離れていたセイバーを呼び寄せる。

それから、今呉が布陣している場所へと向かう。

 

「私の名前はセイバーだ。宜しく頼む」

 

「正刃? 宜しくね。シャオは孫尚香っていうの!」

 

やはり、クラス名は聞き間違えられる運命にあるんだろうか。

 

・・・

 

「聖杯戦争・・・? そんなことが、起きてるって言うの?」

 

「残念ながら事実だ。そのための使いが、俺達サーヴァントなんだ」

 

セイバーと二人で小蓮に説明をする。

宝具を使用しているところをがっつりと見られているので、下手に誤魔化すよりはきちんと説明した方が小蓮も納得すると思ってのことだ。

もちろん、内緒にして貰うことは約束して貰っている。よい子なので、ちゃんと内緒にしてくれるだろう。

 

「・・・そう言えばセイバー」

 

小蓮が俺の説明を理解しようとうんうん唸っているとき、セイバーに話しかけた。

セイバーはなんだ、ギル。といつものように答える。

 

「ライダー達は無事かな。魔力は感じ取れなくなったんだけど・・・」

 

「・・・おそらく大丈夫だろう。もしもの時は令呪を遣って撤退するように言ってあるしな」

 

ま、私は銀に無事だと念話を送っておいたがな。と続けた。

 

・・・

 

アーチャーが黄金の船に乗って文字通りセイバーの元へ飛んでいった後。

ライダーとアサシンは卑弥呼の圧倒的な力を目の当たりにしていた。

 

「ああもう! なんで自分の子孫達と戦わなきゃならないのよ!」

 

文句を言いつつも鏡に収束した魔力の光線は緑の軍勢の数を減らしていく。

すでにキャスターはライダーとアサシンが重傷を負わせた物の、宝具らしき物で逃げられてしまっていた。

 

「ちっ・・・潮時か。ランサー! 退くぞ!」

 

「・・・はっ」

 

悔しそうに歯がみしながら、ランサーは振り返り、マスターと共に走り去っていく。

 

「・・・ふん。ようやく去っていったわね」

 

卑弥呼は地面に降り立ち、鏡を腰に下げる。

その後、ライダーとアサシンを一瞥する。

 

「早く帰りなさい。金ぴかには伝えとくわ」

 

「・・・おい姉ちゃん、何で俺たちを助けた?」

 

卑弥呼の言葉に、ライダーが静かに問いかける。

そうねぇ、と考えるそぶりを見せた後、卑弥呼は口を開く。

 

「金ぴかの事、気に入ってるからかしらね。大抵の奴は私の力に小細工を弄してきたけど・・・真っ正面からぶつかってきたのはアレが初めてだし」

 

「ふぅん・・・なるほどねぇ。応援してるぜ。それじゃ、俺たちも引くか!」

 

アサシンとライダーは成都へ向かって走り出す。

二人とも敏捷は高いので、あっという間に見えなくなる。

 

「さぁって。金ぴかの所にでも行こうかしら」

 

・・・

 

「・・・ちっ、あれだけの戦力を集めてくるとは・・・予想外だった」

 

「はっ。・・・面目次第もありません」

 

「しばらく成都には帰れんな。魔力を回復させるためにもここは潜伏するぞ」

 

まずは隠れ家へ向かう。と言って歩みを進めるマスターに、ランサーはきびきびとついていく。

 

「・・・しかし、第二魔法、か・・・」

 

「あの力をご存じなのですか?」

 

「ああ。・・・よく知っている。まさか、こんなところで出会うとは思わなかったがな」

 

ランサーのマスターは、後ろを歩くランサーを振り返ってじっと見る。

 

「・・・? いかがなさったのでしょうか」

 

「こんなところで出会うとは思わなかったのは、お前も一緒だなと思ってな」

 

「どういう事でしょうか?」

 

ランサーがマスターの背中に向けて質問をぶつける。

前を向いているマスターは、さも重要では無いことのように

 

「この異世界で・・・『俺と同じ日本人』に出会うとは、想像もしてなかっただけだ」

 

ランサーにとって衝撃の事実を、さらりと口に出した。

 

・・・

 

「・・・キャスター。負けたんだね」

 

「すまないね。ホムンクルスも全体の九割がやられてしまった。様々なタイプを用意したんだが・・・流石は三騎士の一人と言ったところかな」

 

やれやれ、しばらく動きたくないね、と言いつつソファに座り、対面に座るマスターに向けて戦いの内容を話す。

 

「アーチャーは一人でランサーと私を相手できるほどに成長してる。・・・彼の真名さえ分かれば、弱点は分かりそうだけど・・・」

 

「弓兵、かぁ・・・」

 

何処か遠くを見るような目をするマスターに、キャスターが不思議そうに声を掛ける。

 

「どうしたんだい? ・・・ああ、そう言えば以前アーチャーと接触してたんだっけ」

 

「・・・ぇ? ・・・あ、そ、そうだね」

 

キャスターはそんなマスターに首を傾げつつ、次はどうしようかと指針を決め始める。

マスターはたまに上の空になったが、それでもきちんと話し合いは出来た。

 

・・・

 

「くそっ! 発動したりしなかったり・・・何なのだこの令呪は!」

 

蹴り飛ばした卓が派手な音を立てて壁とぶつかる。

右手には一画だけ光を失った令呪が存在し、そばには霊体化しているバーサーカーが待機している。

 

「やはり、不完全な聖杯を持ってきたからかな。制限や歪みがあるんだと思う」

 

「何とか出来ないのか」

 

「・・・何とか出来てたら、最初からしてるよ。だけど、外史でもない世界から持ってきたこの聖杯は、妖術とも仙術とも違うもので出来てる」

 

だから、それを何とかしないと無理だよ。と相方を宥めるように説明する男。

怒りで荒れていたもう一人の男は、次第に落ち着いていった。

 

「で、次はどうする」

 

「そうだね・・・。アーチャー達がサーヴァント四人で組んでるから、ここから先はバーサーカー一人では心許ないね・・・」

 

「ならば、余り・・・キャスターかランサーでも奪うか?」

 

「四人のサーヴァント同盟の中から奪うのも良いかもしれない。・・・でも、どれを奪うにしても難しいよ」

 

「外史を全て破壊するという目的がすでに難しい物なのだ。それを成すためならば、少しの危険ぐらい・・・」

 

男は静かに決意を伝える。相方の男は苦笑しながら、やるだけやってみるかな、と同意を示す。

 

「・・・そうだな、では、どのサーヴァントを奪うか、だが・・・」

 

「いずれにしても、急がないと。蜀呉同盟が成功した後は、赤壁の戦い・・・私たちが最大に干渉できる最後の機会が来る」

 

「そうだな。一番与しやすそうなのは・・・」

 

・・・




主人公。朝はコーンフレーク派。ランサーのマスター。朝はパン派。ランサー。朝はご飯派。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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サーヴァントステータス ランサー

純和風建築にすむ日本人コンビ、ランサーです。
マスターもランサーも日本人のため、家屋の内装は和風ですが、古代中国では若干浮いていたりします。


クラス:ランサー

 

真名:大日本帝国兵 性別:男性 属性:秩序・善

 

クラススキル

 

対魔力:E

近代に生き、魔術とは無縁だったため、対魔力は低い。

魔術は無効化できず、ダメージを軽減するにとどまる。

 

保有スキル

 

戦闘続行:A

生還能力。瀕死の傷でも戦闘を続け、決定的な致命傷を負わない限り生き延びる。

どんな状況でも勝利を諦めない精神が由来であると考えられる。

 

単独行動:C

マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自律できる能力。

ランクCならば、マスターを失っても一日間限界可能。

 

指揮能力:B

自分の部下を指揮する際に有利な判定を得られる。

カリスマとは似て非なる能力。一軍の指揮をするには十分な指揮能力。

 

能力値

 

 筋力:C+ 魔力:E 耐久:A 幸運:D 敏捷:B 宝具:A++

 

宝具

 

『神風となった日の本の兵士達』

 

 ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:? 最大補足:?

 

第二次世界大戦時、戦って散っていった兵士達を呼び出し、共に戦うことが出来る。

オリジナルのランサーの指揮能力によって統制され、一糸乱れぬ戦いを繰り広げる事が出来る。

マスターから供給される魔力によって増える人数が増減する。

複製されたコピーのランサーは、服装が簡素な物となり、オリジナルのランサーより全ステータスが1ずつ下がっている。

しかし、物量と連携によってどんな相手とも渡り合える様になる宝具である。

 




ちなみにランサーにはライダー適性もあり、その場合は旗艦「戦艦大和」を先頭とした戦艦部隊と戦闘機「零戦」の部隊を率いて突撃してきます。
特に戦艦大和の主砲の威力は凄まじく、Aランク対城宝具に匹敵。
零戦はイスカンダルと空中戦をしても引けをとらないほど機動性に優れています。


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第十四話 呉と蜀と同盟と

はわわ、ご主人様、敵が来ちゃいました!

それでは、どうぞ。


小蓮の案内もあり、すぐに朱里達の元へ案内して貰うことが出来た。

 

「・・・お、朱里」

 

「はい? ・・・ぎ、ぎぎギルさんっ!? 何で此処に・・・!」

 

「いや、しゃおれ・・・孫尚香を拾ったから、届けに」

 

「孫尚香・・・えと、そちらの方が、ですか?」

 

俺の隣に並び、腰に抱きつくようにしている小蓮を見て、朱里が胡散臭そうに聞いてくる。

いや、うん、まさかここまで懐かれるとは思ってなかったんだ。

 

「そうだよ。孫策か孫権に会いたいな。何処にいる?」

 

「えと、あちらの天幕で先ほどまでお話してました。まだそこにいらっしゃるかと」

 

「ありがと。セイバー、確率は低いけどバーサーカーが来たときのために此処で警戒しててくれないか?」

 

「了解した。・・・早めに片付けろよ。長引くと・・・月殿が泣く時間が長くなるぞ?」

 

「う・・・善処する」

 

ほら、小蓮行くぞ、と声を掛け、二人三脚のように天幕を目指す。

 

・・・

 

「・・・はわわ、また新しい女の子と仲良くなってるです・・・」

 

アーチャーが去っていった後、朱里がそう呟く。

朱里はその後に、帰ったら政務を増やさないと。そうしないと呉の人まで参戦してきそうですし。と一人ぶつぶつと呟く。

セイバーは生前三顧の礼をしてから共に乱世を駆け抜けてきた軍師の懐かしい顔を思い出していた。

・・・諸葛亮よ。私は乱世を駆け抜け、英霊とまでなったが・・・未だ世界には分からないものがあるのだな。

 

「朱里! ギル殿が此処に来たという報告を受けたが、真か!?」

 

セイバーがとりとめもなくそんなことを考えていると、朱里の元へ、愛紗と恋がやってきた。

 

「はい。先ほど、孫尚香さんを拾ったと言って孫策さんに会いに行きました」

 

「孫尚香・・・弓腰姫の異名を持つ孫家の三女だったな・・・。全く、ギル殿は次から次へと・・・」

 

「・・・ぎる、人気者」

 

「ふぅ、ギル殿には困った物だ。蜀へ戻ったらお話しなければならんな」

 

「あ、あははー。愛紗さん、お手柔らかにしてあげてくださいね? ・・・私たちも、言いたいことはたっぷりあるんですから」

 

最後に一瞬だけ黒い笑みを浮かべた朱里は、すぐにいつも通りの外見相応の笑顔へと戻っていた。

 

「・・・恋も、ぎるとお話、したい」

 

「大丈夫だ、恋。蜀の国境まで戻り、桃香さまの軍と合流すれば、移動の時間はほとんど話せるぞ」

 

「・・・楽しみ」

 

再びセイバーは過去の義兄弟や蜀を裏切った将の顔を思い浮かべる。

・・・ああ、関羽よ。聞くところによると商業の神となったらしいが・・・嫉妬の神にもなるんじゃないかな。

呂布と共に蜀の主力だったが、英霊をも超越するとは・・・。

将や軍師達がギル殿はあーだ、ギルさんはこーだと言い合っているのを右から左へ受け流しつつ、セイバーは遠い過去へ郷愁を感じていた。

 

・・・

 

天幕の前で、小蓮に待っててと言われた。

別に急いで会う用でもないので、分かったと返し、小蓮が天幕の中へ消えていくのを見届けた。

中から驚いた声が聞こえたり、怒っている声が聞こえたりしたが、余り聞き耳を立てるのも無礼だと思い、天幕から少し離れる。

魏の大軍が迫っていると言うこともあってか、兵士達は忙しそうだ。

 

「ギールっ。入って良いよー」

 

しばらく兵士達を眺めていると、天幕から顔と右手だけ出した小蓮が俺を呼んだ。

笑顔で俺を手招きする姿を見て、あの時守ってあげられて良かったと改めて思うのだった。

 

「ああ。今行くよ」

 

俺も笑顔を返して、天幕へと歩き出す。じゃり、と靴が鳴るのを聞きながら、孫策と孫権が怖い人じゃありませんようにと内心で祈った。

 

・・・

 

「この人が、シャオを助けてくれたのっ!」

 

此処まで来る道中でとても懐いた小蓮が姉二人に俺を紹介した。

 

「初めまして・・・だよな。ギルガメッシュという」

 

「初めましてよ。私は孫策。山賊に囲まれたシャオを助けてくれたんだってね。ありがと」

 

え、そう言う設定になったのか。

事前に話してくれよという無言の抗議を視線に乗せて小蓮を見る。

小蓮はえへへ、と笑ってからぺろっ、と舌を出した。たぶん「ごめんねー」とでも思っているのだろうか。

そんなことをしていると、孫策の隣に居た頭に飾りを付けた少女が話し始める。

 

「私からも礼を言う。・・・あ、私は孫権。宜しくな、えーと、ぎ、ぎるがめしゅー?」

 

「・・・言いづらいなら、ギルで良い。みんなもそう呼ぶからな」

 

「そ、そうか。済まないな。改めて宜しく。ギル」

 

その後、孫策と孫権に小蓮を助けたときの状況なんかを聞かれて、山賊と戦った事を想像力を働かせて話した。

あなた強いのね、ウチに来ない? と誘われたが、蜀に属しているからそれは無理だと断った。

 

「そう。残念ね。まぁ、同盟の相手に強い人がいると安心だし、いっか」

 

間違っても魏には行かないでよね。と人なつっこい笑みを浮かべながら孫策が言った。

今のところその予定はないよと返しつつ、無駄にひっついてくる小蓮をこねくり回す。

 

「さて、それじゃあそろそろ俺は帰るよ」

 

そう言ってきびすを返す。小蓮がえー、帰っちゃうのー? とだだをこねるが、孫権がお姉さんらしくびしっと言ってくれた。

 

「こら、余り我が儘を言うんじゃない。すまないな、ギル。妹が迷惑を掛けた」

 

「別に構わないよ。こうして懐いてくれるのは嬉しいからな。・・・小蓮、蜀の軍と合流したらまた来るから、それまで我慢だ」

 

「うー・・・。分かったわよ。子供みたいに思われたくないし」

 

まぁ、中身も外見も子供だけどな、とは言わなかった。

それじゃあな、と最後にもう一度別れの言葉を残して、天幕を後にした。

 

・・・

 

聞くところによると、これから蜀呉同盟の一つめの共同戦線として黄蓋と言う将を退却させるため、敵の後方を攪乱させる役割になったらしい。

その作戦に俺も参加するらしく、朱里達は未だ出立せずに俺を待っていてくれた。

月が心配で黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に乗って一人帰りたくなったが、この大人数の前で宝具を晒すわけにも一人蜀に帰るわけにも行かない。

 

「もう、急にこっちに来るから驚いたんですよ?」

 

「あー、うん。確かに急だったな。怒るのも分かるよ」

 

「はわわ・・・べ、別に怒っているわけでは・・・。勝手に心配してただけなので・・・」

 

はわはわと慌てる朱里の頭を帽子ごと撫でる。

心配してくれてありがとう、と撫でながら伝えると、顔を真っ赤にしてしまった。

ああもう、照れる朱里は可愛いなぁ

真っ赤になって照れる朱里を見て和んでいると、後ろから声を掛けられる。

 

「ギル殿」

 

「ハイ、ナンデショウ」

 

思わず背筋が伸び、まっすぐ前を向いたまま後ろからの声に答える。

振り返っても口答えしてもいけない気がしたのだ。

 

「呉の王族の次は朱里ですか。ふふふ、人前で堂々といちゃつけるとは・・・余裕ですねギル殿?」

 

「アハハー、ヤダナァ、ソンナワケナイジャナイデスカアイシャサン」

 

冷や汗だらだらである。何でこんなに愛紗が怒ると怖いんだろうか。

取り敢えずご機嫌を取らねば桃香達と合流する前に消滅する事になり兼ねん。

 

・・・

 

黄蓋のいる江陵へと向かう。桔梗の放っていた細作のおかげで北方五里の所に駐屯している部隊を叩くのが良いと分かった。

更に朱里の案で出来るだけ派手に動いて蜀の参戦を演じるのが良いとも進言された。

いつのまにか決定権を俺に移されていたので、みんなの意見をきちんと自分の中で理解し、方針を打ち出す。

 

「北方五里に駐屯する敵部隊と遭遇した後、愛紗達に一気呵成に攻撃して貰って、撃破の後にすぐ退散。それを基本方針としようか」

 

だてに武官文官両方やらされてきたわけではないのだ。

召喚されてからの日々とギルガメッシュの元々の能力チートのおかげで、おそらくそこらの将よりは有能だという自信がある。

みんながその基本方針に賛成したのを確認してから、出発の準備を進める。

・・・因みに、桃香への伝令は朱里がすでに出していた。国境の近くまで出てきて貰い、すぐに合流できるように伝えてあるという。

流石朱里。諸葛亮の名前は伊達じゃない。

 

「よし、準備ができ次第出発しよう。大国で、しかも天の御使いがいる曹魏だけど、負ける気はしないな」

 

俺もある意味天の御使いなのだ。北郷くん、君が赤壁でやらかすことも全部分かるんだぜ。

未だに話したこともない現代人仲間に若干の哀れみを覚えながら、出立準備が整ったことを知らされる。

 

「よし、出発しようか」

 

「はっ! 全軍、進撃開始! 目指すは北方・・・曹魏の部隊だ!」

 

応! と兵士達の元気な声が聞こえたのを確認すると、カリスマを発動させながら戦闘を進む。

こうすることで士気が上がることは演習の時に確認済みである。呪いのようなカリスマで士気を高められる兵士を見て、申し訳ないとも思ったが。

これも月の・・・ひいては、蜀のためだ。我慢してくれよ。

 

・・・

 

「捉えた! ギルよ! 前方の谷に敵が展開しとるぞ!」

 

桔梗の報告を補足するように焔耶がその後方に砂塵があり、輜重隊であるだろうと教えてくれた。

二つの報告を受け、愛紗は敵部隊突破後に輜重隊を追撃し、殲滅するという方策をとった。

恋が方天画戟を構え、準備が完了したことを知らせてくれると、俺も蛇狩りの鎌(ハルペー)絶世の名剣(デュランダル)を宝物庫から抜き取り、構える。

 

「全軍・・・突撃ぃっ!」

 

馬から降り、前方に展開する部隊に突っ込むと同時にそう叫ぶ

後ろから兵士の雄叫びや愛紗達が応と応える声が聞こえた。

前方で驚いている魏の兵士に向けて絶世の名剣(デュランダル)を振るうと、それを防ごうとした兵士の剣ごと兵士の体が二分割されていく。

真っ正面に居た数人の上半身が地に落ちるのを確認する前に地面を蹴り、更に奥にいる兵士に蛇狩りの鎌(ハルペー)を振るう。

足を刈るように足下に蛇狩りの鎌(ハルペー)を横薙ぎに振るうと、兵士達の足首から下が離れる。

バランスを崩した兵士達は痛みによって踏ん張ることも出来ずに倒れていく。

 

「はあああああああああああ!」

 

愛紗の気合いのかけ声と共に空中に何人かの兵士が吹き飛ぶ。ようやく将達が追いついてきたらしい。

兵士達の雄叫びも近くまで来ているので、すぐに此処も地獄絵図になるだろう。

 

「う、うおおお!」

 

惨状からいち早く立ち直った魏の兵士が剣を振りかぶり、俺を叩ききろうと力強く振り下ろした。

魔力を体に巡らせて、絶世の名剣(デュランダル)の柄を握ったままその兵士へ拳を打ち出す。

 

「へ、ぶっ!」

 

剣をへし折り、そのまま顔面を捉えた拳を振り抜くと、後方にいる兵士を巻き込みながら吹き飛んでいく。

うーむ、やはり英雄王のステータスはチートである。

 

「行くぞ! ギル様の援護をするんだっ!」

 

「おおおお!」

 

俺を取り囲むように展開していた魏の兵士達を、蜀の兵士が切り裂くように突撃してきた。

人混みの向こうで人が吹っ飛んでいるのが見えるので、愛紗達は無事らしい。このまま魏の軍を二つに裂いて、各個撃破していけばいいかな。

 

「敵部隊を二つに裂き、各個撃破していく! 右翼はそのまま敵部隊を押しのけろ! 左翼は俺と共に突撃する!」

 

このまま右翼が敵部隊を押していけば、愛紗と恋のいる場所へと追い込める。

ならば、俺は左翼をそのまま蹴散らせばいいだろう。

 

「左翼部隊! この俺、ギルガメッシュについてこい!」

 

「応!」

 

カリスマで部隊を引っ張り、曹魏の兵士を切り裂いていく。

近くにいる味方兵を助けたり、敵兵を殴って複数人なぎ倒したりしているのでこちらの損害は思ったより酷くはない。

しばらくすると、敵部隊が後ろに退いた。その後、二つに分かれ、一つは後退を始め、もう一つは再び陣形を整え始めた。

こちらも一度後ろに退き、朱里の意見を聞くことに。

朱里は南方を迂回した輜重隊が気になるらしい。

 

「前線に到着する前に撃破しておいた方がよいかと思います」

 

「成る程。ならばその役目はワタシがやってやる」

 

「お前一人では心許ないな。・・・恋、同行してやってくれるか?」

 

その言葉を聞いた恋は、俺の方をちらりと見る。

・・・そっか、今は俺が決定権を持って居るんだっけか。

 

「そうだな。頼んだ、恋」

 

コクリ、と頷く恋に、不満そうな焔耶。ワタシ一人で十分ですのに、とか呟いて桔梗に窘められてる。

 

「で? あっちに展開してる部隊はどうする?」

 

「気勢を見るに気焔万丈・・・。ああいう部隊と正面切ってぶつかるのは得策ではないかと」

 

その後、ほっとけば良いという結論にいたり、愛紗が最後にあいさつをしたいと言い出した。

 

「蜀呉同盟を示すためにも・・・ね」

 

「・・・成る程。それは良い案だ。だけど、気をつけろよ?」

 

「ギル殿には言われたくありませんが。・・・分かりました。それでは」

 

そう言って駆け出していく愛紗を見送ってから、桔梗にもしもの時の為に待機して貰う。

朱里には愛紗が帰還した後すぐに軍を撤退させるための準備を頼んだ。

俺も兵士を動かし、準備を手伝っていたが、爆音と共に土煙が上がったのにはビックリした。

 

「はわわっ。あ、愛紗さん、大丈夫なのかな・・・」

 

心配そうにはわはわする朱里を撫でて落ち着かせつつ、軍の再編成を急いだ。

途中、輜重隊の撃破が成功したという焔耶からの伝令が来た。時間稼ぎは十分に出来たので、稼いだ時間を無駄にしないためにもすぐに動き出した。

 

「全軍前進! 強行軍になるが、耐えて見せよ!」

 

「応!」

 

兵士の心強い返答を聞きながら、蜀で待つ月に思いをはせた。

・・・月にも詠にも、心配かけちゃっただろうなぁ。

 

・・・

 

「あっ、桃香さま達の軍が見えてきましたよー!」

 

桃香達の部隊が駐屯している天幕を見つけた朱里が、声を上げて周りの人間に知らせた。

江陵から蜀までは兵士の隊列を見たりカリスマを使って兵士達を動かしていると、蜀の国境へとたどり着いた。

 

「よし、桃香さまの部隊と合流した後、兵站や装備を調え、すぐに出立するぞ!」

 

愛紗の声が響き、兵士達が応、と答える。

士気は高いようだ、と安心して桃香達の部隊と合流する。

 

「お兄さん! やっぱりそっちに行ってたんだね」

 

報告のためにと桃香の天幕へ入ると、桃香がぷくりと頬を膨らませて駆け寄ってきた。

まずは突然居なくなったことを詫びる。が、桃香の頬は膨らみっぱなしで、その顔は「私怒ってます」と如実に語っていた。

それから桃香は俺が居ない間の政務がいかに大変だったかを俺に訴え、いきなり居なくなるなら居なくなるって言ってよー! と怒った。

桃香の言葉が少しおかしいと思ったが、今反論しても火に油を注ぐだけだなと思いとどまった。

 

「――――っ!」

 

桃香をどうやって落ち着かせようかと考えていると、下腹部に衝撃。

誰かが前から腰に抱きついているようだ。小柄なぬくもりを感じることが出来た。

視線を下に下げると、誰かはすぐに分かった。いつも撫でているふわふわとしたウェーブの髪の毛。

 

「・・・月」

 

俺の言葉を聞くと、月は俺に抱きつき、顔を埋めたまま口を開いた。

 

「・・・ばか」

 

月からそんな言葉を聞いたのは初めてだ。俺はそんな的はずれな驚きをしながら、月の頭を撫でる。

それでも月は顔を上げずに言葉を続ける。

 

「なんでいなくなっちゃうんですか。心配したんですよ。このまま令呪もつながりも消えちゃって、ギルさんが居なくなっちゃうかと思ったんですよっ」

 

この天幕は桃香の物なので、桃香とその侍女をしている月しか居ないらしい。

気を利かせた桃香がそっと出て行くと、天幕には俺と月だけとなった。

たまに月が嗚咽を漏らし、その時にでた涙が俺の服を濡らしていく。

 

「ずっと私、仲間はずれみたいで・・・今回の作戦だってそうです! ・・・桃香さまに聞いたとき、凄く胸が苦しくなったんです・・・!」

 

顔を埋めているため、月がどんな表情をしているか直接的には見えないが、大体想像できてしまった。

以前とは比べものにならないくらい泣いてくれてるんだろう。無茶をして魔力を使い切りかけた俺みたいなやつの為に。

 

「戻ってきてってお願いしても令呪が答えてくれなくて・・・不安で不安で・・・う、えぇっ・・・ひぐ、ぐず・・・」

 

その後はずっと月の嗚咽を聞きながら頭を撫で、時折ぎゅうと俺に抱きつく力を強める月に声を掛けていた。

しばらくすると落ち着いてきたらしく、ごめんなさい、と月が呟くように言った。

 

「ギルさんが頑張って戦ってるのに・・・私、自分のことばっかりで・・・」

 

まだ顔は埋めたままだ。これは月なりに怒っていることを表現しているのかも知れない。

無理に引きはがそうなんて思いは微塵もなく、月が納得するまでどんな言葉でも受け入れるつもりだった。

だから、まさか謝られるなんて思っておらず、驚いてしまった。

 

「勝手な事をしたのは俺だ。月は怒って良いんだよ」

 

「・・・怒るなんて、あり得ないです。ギルさんはいつも私を巻き込まないようにしてくれているんですから」

 

「そっか。・・・ありがとう、月。ごめんな」

 

「ずるいです。そんなこと言われたら、何も言えなくなっちゃうじゃないですか」

 

ギルさん、と月に声を掛けられる。

 

「目を、つぶってください」

 

言われたままに目をつぶる。

すると、するりと月が俺から離れる。

主に涙で濡れた服が空気に触れてひんやりとする。

成る程、泣いて涙に濡れた顔を見られたくなかったのか。女の子はそう言うところ、気にするしな。

ごそごそ、と布がこすれる音がする。きっと涙を拭いているのだろう。

しばらく月が何か動いたりしている音を聞いていると、ことん、と何かを置いた音がした。

 

「目を開けて、良いですよ」

 

先ほどより近くに聞こえた月の声に疑問を感じつつ目を開けると、眼前に広がるのは月の顔。

次の瞬間、俺の唇に柔らかい何かが触れた。

 

「んっ・・・!」

 

俺の首に手を回して飛び込んできた月を抱きしめるように受け止め、しばらく思考停止する。

飛び込んできた月は目を閉じたまま俺に唇を押しつけるようにしていた。

 

「・・・ぷはっ」

 

息を止めていたらしい月が苦しそうに口を離すのと同時に、月を床に下ろす。

月は潤んだ瞳で俺を見上げ、しばらく何かを考えていたが、胸の前で手をぎゅっと組むと、口を開いた。

 

「私・・・ギルさんの事が、好き、なんですっ。・・・そ、その、えと・・・えうぅ・・・!」

 

唐突に告白すると、あたふたとした後に走り去っていってしまった。

取り残された天幕の中で、目の前に椅子があるのを見つける。

 

「・・・ああ、成る程。椅子の上に立ってたのか」

 

そんな見当違いなことを思いつつ、月の唇、柔らかかったなぁと感触を思い出しながら天幕を後にした。

・・・ん? 俺・・・告白された・・・?

 

・・・

 

徹夜明け。不穏な空気を感じてキャスターは目を覚ました。

 

「・・・なんだこれは。マスターの結界に反応・・・?」

 

キャスターのマスターががたがたと工房から様々な物を引っ張り出している。

 

「キャスター!」

 

「マスターか。気付いたみたいだね。侵入・・・いや、侵攻者だ」

 

「うん。魔力の感覚からして・・・」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

マスターが続きを口にしようとした瞬間、外から全ての者を怯えさせるような雄叫びが聞こえる。

 

「・・・バーサーカーだね」

 

「みたいだね。此処がばれてるならとどまって戦うのは不可能だ。・・・逃げるよ」

 

全てを回収し終えたキャスターが窓を開け、飛び降りる。

続いてマスターも飛び降り、キャスターに受け止めて貰う。

次の瞬間、自分たちの拠点としていた一軒の家が崩れていく。それを尻目に、キャスターは口を開く。

 

「取り敢えず、馬を何処かで手に入れよう」

 

強大な魔力が近づいてきているのを感じつつ、夜の街を駆ける

 

「あれ! あの馬貰おう!」

 

「了解した! ・・・剣はあんまり使えないんだけどね!」

 

そう言いつつもキャスターは腰の剣を抜き、馬を繋いでいる縄を切り裂く。

そのまま馬に飛び乗った二人は、真っ先に成都の外へ向けて馬を走らせる。

 

「まずいね・・・。足止めになるかも分からないけど・・・!」

 

剣の柄からさらさらと粉を取り出し、掌の上で固めて石にした後、後方に迫るバーサーカーに投げつける。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

魔力が爆発し、土煙が上がるが、その土煙の中から飛び出して来るバーサーカー。

それを見てから、キャスターはごそごそと目的の物を探し出す。

 

「あんまり効果無いねぇ。・・・えーっと、パワータイプのホムンクルスはっと」

 

「何でそんなに落ち着いてるわけ!? ああもう意味分かんない!」

 

フラスコを取り出して地面に叩き付ける。

巨大なホムンクルスが出現し、バーサーカーに向けて棍棒を振りかぶる。

 

「おおおおおおおおおおおおお!」

 

「がああああああああああああ!」

 

雄叫びを上げてぶつかり合う両者を尻目に、キャスター達は成都を飛び出して荒野を走る。

 

「何処へ行こうか。・・・んー、バーサーカーを倒すまで、アーチャー達の陣営にはいるって言うのもありだね」

 

「・・・成る程。アーチャー達は確か、蜀呉同盟とやらで国境近くまで来てるはず。・・・急ぐよ!」

 

「おうともさ!」

 

・・・

 

「・・・魔力・・・?」

 

方角的には成都の方だな。・・・誰だろうか。

アサシンと響はこっちに来てるし、セイバーと銀もこっちだ。

ライダーと、何を考えてるのか街の警備隊長である多喜もいつのまにかこちらにいた。

ならば、キャスターとランサー・・・あとは、バーサーカー。

 

「どっちにしても、街に被害が出るようなら行くしか・・・いや、でも今の状況じゃ・・・」

 

今の俺は技量的にも魔力的にも黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)はいつでも使えるし。

・・・成都にこちら俺達側のサーヴァントが居ないわけだし、行く理由は十分なんだが・・・。

ふいに、横から声を掛けられる。

 

「・・・ギルさん」

 

「月か」

 

「は、はい。・・・あの、その、魔力を感じたんですけど・・・」

 

「ああ、月も感じたか。成都の方で二人分のサーヴァントの魔力があった」

 

月は俺と目を合わせようとせず、もじもじと手を組み合わせたり組み替えたりしているだけだった。

そうして俯いたまま俺の言葉を聞いていた月は少しだけ上を向き、上目遣い気味に言葉を返してきた。

 

「・・・今の成都にはサーヴァントに対抗できる勢力が居ません。ギルさんには空を飛ぶ船があるんですよね?」

 

「あるよ。・・・行ってきて良いのか?」

 

「はい。今のギルさんがほとんどのサーヴァントに負けないというのはセイバーさんやライダーさんに聞きました」

 

月は一度言葉を止め、だから、と続けた。

 

「安心して、送り出せるんです。離れるのは寂しいですけど、今回はきちんといってらっしゃいって言えますから」

 

「・・・そっか。うん、分かった。行ってくるよ、月」

 

「はいっ。行ってらっしゃい、ギルさん」

 

馬の方向を変え、一人進路を変える。

向こうに見える丘を越えた後に黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)をだすとしよう。

低空飛行すれば目撃されることはないだろう。後は・・・あの金ぴかりんの飛行船が人の目につかないように祈るしかないか。

 

・・・

 

しばらく馬を走らせていると、キャスターが何かに気付く。

 

「・・・まずいね。前から魔力反応!」

 

「嘘でしょっ・・・!?」

 

「取り敢えずは馬を走らせて、出来れば撒こう。最悪でも三つ巴になれば逃げる機会はある」

 

「うぅー・・・賭けだねぇ」

 

そう言っていても馬の速度は落とさないマスター。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「馬に追いつくなんて、どんな脚力だ・・・!」

 

突如聞こえた雄叫びは、すぐ近くで聞こえた。馬に併走するようにバーサーカーは走っていた。

走るといっても、地面をはねるようにだったが。

そのままバーサーカーは薙刀を振り下ろし、馬を斬りつけた。

英霊とはいえ騎乗スキルの無いキャスターにその斬撃を避けられるほどの操縦は出来ず、馬の首が切り落とされてしまった。

 

「しまっ・・・!」

 

馬の姿勢が崩れ、キャスターは馬ごと倒れ込む。

しかし、身体能力の低いクラスとはいえ、彼も英霊である。すぐに体勢を立て直した。

 

「キャスター!」

 

「ちっ! 四大元素の精霊(エレメンタル)!」

 

襲いかかるバーサーカーに宝具である精霊をけしかけ、何とか距離を取ろうとするキャスター。

キャスターの落馬に気付いたマスターが馬を止めようとするが、止めようとしてすぐに止められる物でもなく、距離が開いてしまった。

マスターは苦労しながらも馬を止め、キャスターの元へ向かおうとする。

 

「させんっ!」

 

「ふえっ!?」

 

しかし、横からきた衝撃によりマスターも落馬してしまう。

地面に体をしたたかに打ち付けるが、奇跡的に腕が少し痛む程度で済んだ。

 

「いつつ・・・。あ、あなたは・・・まさか、バーサーカーの!」

 

構えを取る男の手に令呪があるのを見て、マスターはすぐに立ち上がる。

キャスターが遠くにいる今、自分一人で対処しなければならないらしい。

 

「・・・はは、勝てる気がしないね」

 

「いくぞっ!」

 

彼我の距離を一瞬で詰めてくる男に、マスターは魔術をたたき込む。

マスターの扱う魔術はキャスターの宝具から生み出された石を使っていた。

石には常軌を逸した魔力がつまっており、下手な宝石魔術よりも出力は大きい。

 

「てやっ! いっけぇ!」

 

「ふんっ! せいっ!」

 

マスターの魔術を拳で打ち破りながら、男が迫る。

それを迎撃しようと懐の石を掴み、手を伸ばした瞬間

 

「今だっ! やれ、バーサーカー!」

 

「おおおおおっ!」

 

「えっ・・・」

 

目の前を刃が通り過ぎ、伸ばした腕に衝撃。

 

「あ、うそっ・・・!」

 

腕を切られた。・・・いや、切り落とされた。

それに気付いた瞬間、血が噴き出す。

 

「い、やあああああああああああああっ!?」

 

「よくやった、バーサーカー。キャスターは回収しているな。後は・・・とどめを刺すだけか」

 

肘から下が無くなった腕を押さえるマスターに、男が近づく。

マスターはそれに気づき、涙を浮かべながら、自分に迫る男を見る。

 

「いや・・・やだ、やだよぅ・・・!」

 

「ふん。ま、こんな物か」

 

そう言ってとどめを刺そうと蹴りを繰り出す。

しかし、その蹴りがマスターに届こうとした瞬間、真名開放の声が聞こえ、男の元に宝具の一撃が迫る。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

「ちっ!」

 

蹴りを中断し後ろに飛び退いた男は、舌打ちをしてからきびすを返した。

先ほどまで男が居たところには、赤い槍が突き刺さっていた。

 

「この宝具・・・アーチャーか。・・・まぁ、こちらの目的は達した。行くぞ、バーサーカー!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

肩にキャスターを乗せたバーサーカーは、男を抱えて何処かへ跳んでいった。

 

・・・

 

「大丈夫か!」

 

うずくまる人影に近づく。

少しだけ顔を上げたその顔には涙と苦悶の表情が浮かんでいた。

 

「ひぐ、い、いた、いたい、よぅ・・・」

 

「・・・どうすれば・・・。取り敢えず、止血か」

 

宝物庫から生活用品を取り出す。確か、包帯とか布とか色々あったはず。

えっと、腕の付け根を締め付けるようにして・・・。

 

「う、い・・・っつ・・・!」

 

ぼたぼたと落ちていた血は、すぐに勢いを弱めた。

次だ次。医療用の宝具とかあったかな。・・・あ、真名開放できねえや。

 

「・・・取り敢えず、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に連れて行こう。・・・良いか?」

 

「助けて、くれるの・・・?」

 

「当たり前だろ。・・・状況から見るに、キャスターのマスターっぽいけど、あってるか?」

 

「うん。・・・令呪、取られたから、元、だけどね・・・」

 

「今は生き残ることが先決だろ。部隊と合流すれば、医療班が居るから何とかなるか・・・?」

 

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)を再び起動させ、低空飛行を始める。

確か戦闘機と同じかそれ以上の速度で飛ぶので、すぐに追い付くだろう。

 

「ちょっとだけ、我慢してくれ」

 

「・・・うん」

 

声を出すのも辛そうなので、気を遣いつつ操縦席の隣に急遽設置した椅子に座らせて固定する。

これなら空戦でもしない限り落っこちることはないだろう。

 

「はふ・・・う、つっ・・・!」

 

出血も大人しくなり、それなりに落ち着いてきたからだろうか、キャスターのマスターは少しだけリラックスした表情を浮かべた。

 

「やさし、いね・・・?」

 

「・・・どうだろうな。俺のマスターか・・・あの子の影響かな」

 

キャスターのマスターの汗を拭いてあげたり、腕の位置を直したりしながら、桃香率いる部隊へと追い付くため、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に魔力を流した。

 

・・・

 

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は俺の期待通りの速度で飛行してくれた。

人目につかなかったのは日が暮れかけていたのもあるのだろう。

空中から部隊を見つけた俺は、少し離れたところで黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)から降り、キャスターのマスターを抱えながら馬に跨った。

この馬は部隊から離れた時に乗っていた馬である。今までは黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に乗せていたので、少し怯えているようだ。

・・・そりゃそうか。どんな馬でも戦闘機並みに早い物体に乗っていれば怯えもする。

 

「・・・済まないけど、頑張って貰うぞ。・・・はっ!」

 

かけ声と共に、馬の腹を蹴る。嘶きをあげて、走り出す馬。

・・・カリスマが効くのは人間だけじゃないのだな、と変な感心をしながら、前に乗せた人物の様子を見る。

止血はしたとはいえ、痛むのだろう。肘から先が無くなった腕をもう片方の腕で押さえながら、時折うめきを漏らしている。

 

「もうちょっとだけ我慢してくれ」

 

月にやっているように、頭を撫でて落ち着かせようとする。

コクコクと頷きながらキャスターのマスターは口を開く。

 

「・・・アーチャーは、優しい英雄なんだね」

 

「そんなことないさ。人を助けるのに英雄も英霊も関係ないと思うよ」

 

俺が英雄でも英霊でもないことは言わなかった。

しばらく無言で馬を走らせていると、部隊の最後列が見えてきた。

 

「よし、追い付いた。・・・医療部隊は何処だ!」

 

部隊に声を掛ける。またまたカリスマの効果に助けられ、すぐに医療部隊の人間はこちらに出てきた。

 

「ギル様、いかがなさったので・・・っ! 怪我人ですね。こちらへ」

 

馬から降り、医療部隊の人間にマスターを手渡す。

伝令を走らせ、桃香に怪我人を一人拾ったことを伝えると、キリが良いので今日はここで一旦休むと言うことだった。

了解した旨を桃香に伝えて貰い、俺は医療部隊へと足を運んだ。

 

・・・

 

「・・・うん、令呪を腕ごと回収できたみたいだね」

 

「さっさと移植しろ」

 

「私に移植するけど良いんだね?」

 

相方の男が確認すると、男はああ、と頷いた。

 

「俺はすでにバーサーカーを持っている。これ以上は養えん」

 

「そう。取り敢えず、令呪で逆らわないように言っておかないとね」

 

そう言うと、相方の男は切り取られた腕から令呪を移植するために魔法陣を描き、呪文を唱える。

しばらくすると、令呪は完全に相方の男へと移っていた。

 

「成功だ。・・・さて、まず一つめ」

 

いまだに気絶しているキャスターに向けて、令呪によって命令を下した。

 

「主の鞍替えを了承せよ」

 

しかし、令呪は反応しない。

相方の男は言葉を換えたりと試行錯誤し

 

「私たちを裏切るな」

 

その言葉を口にした瞬間、令呪の一画が光を放ち、色を無くした。

 

「・・・成功だね。取り敢えず、私はこの令呪を少し研究してみるよ。自分について居るんだったら、解析もしやすいだろうし」

 

「ああ。どんな命令が出来て、どんな命令が出来ないのか。・・・それを、さっさと知る必要があるからな」

 

「一応、キャスターはバーサーカーに見張らせておいてくれるかな」

 

「分かっている」

 

・・・

 

「・・・じゃあ、キャスターは」

 

「うん。・・・多分、敵になった」

 

翌日、何とか血も止まり、顔色は悪いものの自分で立って歩けるくらいに回復したキャスターのマスターは、さらに自分に回復魔術を掛けつつ答えた。

流石に一人で馬には乗れないので、俺の前に乗せている。相乗りという奴だ。

 

「取り敢えず、助けてくれたことには本当に感謝してる。出来る限りの協力はするよ」

 

そういったあと、キャスターのマスターはそうそう、自己紹介を忘れてた、と言って名前を教えてくれた。

 

「ボクの名前は程則。真名は孔雀。これから宜しくね」

 

「ああ。宜しくな、孔雀。俺のことはギルでいい」

 

「うんっ」

 

それから、隣を進む月や詠とも孔雀は自己紹介をしていた。

休憩の度に孔雀と月達から魔力を感知したので、何事かと聞くと月や響に魔力の使い方を教えて居るんだとか。

孔雀曰く、これをやっておくのとやっておかないのとでは生き延びれる確率が違う。らしい。

魔力の総量としては銀が一番大きいらしく、次に月、孔雀、響、多喜と続くらしい。

 

「月はまぁ・・・こんな反則に近い英霊を使役してるんだから総量があるのは分かるけど、銀は意外だったなぁ」

 

マスター達は全員魔術の心得なんて無いので、孔雀から魔術について教えられる度に驚いていた。

月が心配だから、とついてきた詠なんか、さっきから驚きっぱなしである。あ、眼鏡ずれた。

そんな中俺はと言うと、月達が魔術の勉強会をしている間は暇なので、セイバー達サーヴァントと交代でマスター達を守りつつ、他のサーヴァントは自分の業務へと当たっている。

セイバーは兵士として。ライダーは敏捷を生かして伝令役を。アサシンは敵の斥候を排除したり、自ら斥候をこなしたりしている。

そんな中、俺の役割と言えば・・・。

 

「ギル殿、もっとしゃきっとしてください」

 

「・・・っつってもなぁ」

 

あふれ出るカリスマと英霊の力を使って一つの部隊を率い、工作や兵站を援護していた。

しかも愛紗達と同列の将として扱われているので、他の部隊の兵士達にもこうして威厳を見せつけつつ行動しなければならなくなったのだ。

・・・どうしてこうなった。

 

「ため息をつかないっ」

 

「りょ、了解っ」

 

何故か俺の近くから離れない愛紗に監視されつつ、朱里や雛里と言った軍師達と相談しつつ、呉との合流点、夏口を目指していった。

 

「全く、ギル殿は少し目を離すとこれですから・・・」

 

「その通りですっ。ギルさんにはもう少し見張りをつけて・・・」

 

「あわわ、いっそ今の部隊をギルさんの部隊として正式に任せてはどうでしょうか」

 

「成る程、ギルさんに部下を着けることによって行動を制限するんだね、雛里ちゃんっ」

 

・・・

 

「・・・やはり、キャスターは・・・」

 

「はっ。キャスターのマスターは腕ごと令呪を奪われ、キャスターも強奪されました」

 

斥候としてランサーの複製を送り込んだランサーのマスターは、報告を聞きながら苦々しい表情を浮かべた。

これで、誰とも組んでいないのは自分の陣営だけである、と決定したからだ。

いくら宝具によってランサーが増えるとは言っても、アーチャーの宝具には勝てないし、バーサーカーの破壊力には敵わない。

さて、どうしようかと思案していると、小さいが、魔力の反応があった。

 

「魔力・・・! 戦いか・・・!?」

 

「ですが、サーヴァントの魔力は感じられません・・・」

 

マスターもランサーも不思議に思っていると、時間をおいて数度、小さい魔力反応があった。

 

「・・・誘い出されているのか・・・?」

 

「いえ、それは考えにくいかと。向こうは大軍団で行動している蜀の部隊です。それを巻き込んでまで戦おうとはしないはず・・・」

 

「ちっ。慎重すぎて悪いことはない、が・・・魔力に余裕も出来た。我々も行くぞ、ランサー」

 

「はっ! ・・・全軍へ告げるっ! 我々はこれより夏口へ進撃する!」

 

森にとけ込んでいた数千人の緑の軍勢が応と声を上げ、夏口へ向けて進軍を開始した。

 

・・・

 

「成る程。私はこちら側につかざるを得ないわけだ」

 

二人の男から説明を受けたキャスターが、目の前の男に向けて口を開く。

男はその通りだとうなずき、すでに令呪によって裏切れないようにしている。と続けた。

 

「こちらにはバーサーカーも居る。もし何かしようとすれば・・・一瞬で聖杯へ送り込んでやる」

 

「・・・分かったよ。おとなしくしてるさ」

 

「懸命な判断だね。さて、取り敢えずは夏口・・・いや、赤壁での戦いを少し、かき回そうかな」

 

その言葉に、キャスターは首を傾げる。

いくらバーサーカーとキャスターが居るからと言って、英霊が四人もいる場所へ特攻を駆けるのは得策ではないと思ったからだ。

 

「ふふ。まぁ、こちらにも手駒はあると言うことだよ、キャスター」

 

「・・・? ・・・まぁ、取り敢えず策はあると言うことだね。それじゃ私は工房でも作成してくる。いろいろと入り用だろうし」

 

「そうしてくれると助かるよ。きちんと手伝ってくれるなら、聖杯を起動させたときには願いを叶えさせてあげよう」

 

相方の男のそんな言葉に微笑を返しながら、キャスターは自分にあてがわれた部屋へと向かった。

 

「さて、移動の時間も含めて、そろそろ動かさねば間に合わんぞ」

 

「そうだね。取り敢えず部隊は動かしておこう。四人ぐらいなら、後で転移させられるから」

 

「ああ。そうしておけ」

 

・・・

 

蜀呉同盟を結んだ俺達は、その足で曹魏の軍勢の後ろを急襲。敵補給路の攪乱を計った。

作戦は見事的中し、後方でゲリラ活動をされた曹魏の進軍速度は目に見えて落ちていく。

腹が減っては戦は出来ぬ、ということだな。

さらに、その後を引き継ぐように呉の部隊が活躍し、曹魏の補給路を次々に遮断していった。

・・・しかし、流石は曹魏。補給が覚束ない軍勢の筈なのに、対曹魏戦で防波堤の役割をしていた江陵を、見事に突破されてしまった。

まぁ、元々作戦としては江陵の城を捨てる判断を下していたのだが、こちらの予想以上に落城が早い。

幸いにも、曹魏は江陵を制圧した後に態勢を整えるためかそのまま進軍を停止していた。

それから半月ほど。曹魏の籠もっている江陵の城の動きが慌しくなったとの報告が入る。

報告を聞くと同時に、桃香は蜀軍に出陣を告げた。

曹魏と蜀呉同盟の戦いの火蓋が、切って落とされる。

 

「成る程・・・夏口は長江の流れに沿って発展してるから、広く、交通の便も良い。此処を指定してくるとは、流石は周瑜と言うことか」

 

天幕の中で、俺は地図を見ながらそう呟く。

そばには月と詠、響と言ったメイド組が居て、おそらくこの天幕の周りをアサシンが徘徊していることだろう。

俺のつぶやきを聞き取った詠がはぁ、とため息をついて

 

「あのねぇ、ギル。このくらいのこと、軍師なら思いついて当然よ?」

 

「へぇ。やっぱり、詠もこのくらいのことはささっと思いついたりするんだ」

 

「と、とーぜんじゃない。ボクにだってこのくらいすぐに思いつくわ」

 

腕を組み、顔を真っ赤にしつつそっぽを向く詠の頭を撫でつつ、天幕の外の様子を見る。

そこには桃香や朱里と言った蜀の面々が立っていて、呉の人間を待っていた。

しばらく桃香達が雑談していると、派手な衣装に身を包んだ女性二人がやってきた。

桃香が元気よくあいさつしているし、あれが呉の孫策、周瑜で間違いないだろう。

孫策は俺自身挨拶してるからな。間違えはしない。

因みに、何故俺が天幕で待機しているのかというと、この天幕には孔雀の掛けた魔術結界が付与されているからだ。

結界の効果は、内部で発生した魔術、魔力の反応を隠蔽すること。孔雀は成都にいたときもこれを家の周りに張っていたらしい。

そこで、俺は宝物庫の中に入っていた名も無き宝具である杖を手に取り、周りにサーヴァントが居ないかを探査していた。

 

「・・・孔雀、そっちはどうだ?」

 

地図の上に魔力の籠もった石をのせていた孔雀は、大丈夫、近くにマスターは居ないみたいだ、と返してきた。

俺がサーヴァントの接近を監視し、孔雀がマスターの接近を監視する。

そのため、今回の軍議は欠席させて貰った。

 

「・・・お、ハサンがまた間諜を処理したって」

 

響が念話で送られてくるハサンの戦果を報告してくる。

アサシンが死体を片付けに言っている間に、再び天幕から外をのぞき込む。

呉の忍者っぽい女の子がなにやら報告した後、孫策が何かを指示すると、もう一人の忍者っぽい少女が天幕の後ろへと消えていく。

 

「間諜でも処理してるんじゃない? アサシンもあのあたりは範疇外だから」

 

孔雀が地図を見たままこちらを見ずにいった。

ああ、成る程。と納得したと同時に、あれ、心読まれてる? と孔雀に視線を送る。

 

「・・・ふふ、読んでる訳じゃないよ。不思議そうに向こうの天幕を見てたからね。予測はたてられるよ」

 

再びこちらを見ずにそう返してきた孔雀。俺は背中に嫌な汗をかきながら孔雀から視線を外す。

・・・これ以上突っ込むのはやめておこうか。孔雀は魔術でいろいろ知ることが出来るんだろう。素人には踏み込めない領域である。

 

・・・

 

「お兄さん、良いかな?」

 

天幕の入り口から、桃香の声が聞こえてくる。

 

「どうぞ」

 

俺が桃香へそう返すと、入り口の布を手で除けながら中に入ってくる桃香。

愛紗や鈴々、朱里や雛里が後ろに続いている。

 

「話は終わったみたいだな。で、俺は何処に配属された?」

 

「はわわ・・・ギルさんは、混乱し、壊走する部隊ですら一瞬でまとめ上げてしまうほど部隊の統率力が強いので、今回は先頭に立って貰いたいのです」

 

その後雛里から補足として聞いた話では、策を発動させるために敵前で整然と後退し、魏の動きを止める必要があるのだとか。

整然と退却することで魏に何かしらの策があると警戒させ、その警戒につけ込むらしい。

 

「了解した。アサシン」

 

ぬっ、と隣に現れるアサシンに、桃香達はビクリと肩を振るわせる。

 

「・・・うぅん、呉の甘寧さん達も凄かったけど、アサシンさんはもっと凄いんだよねぇ」

 

「・・・ええ、全くその通りですね」

 

桃香達がなにやらこちらをみて引いているようだが、取り敢えずアサシンに月達マスターの防衛をお願いする。

 

「さて、それじゃ行くかな。・・・いってくるよ、月、詠」

 

そう言って、両隣にいた二人の頭を撫でる。

もうほとんどクセとなってしまった行動だが、月は満足そうな、詠はそっぽを向いて恥ずかしそうな表情を浮かべている。

 

「はい。御武運をお祈りします。無事に帰ってきてくださいね」

 

「ああ」

 

「ふんっ。あんただったら傷一つ負わないで帰ってきそうだけど・・・頑張りなさいよね」

 

「ありがとう」

 

杖を響に渡し、これでサーヴァントの接近を監視しててくれ、と頼む。

 

「了解だよっ。その代わり、きちんとやってこないと駄目なんだからねっ。無事で帰ってくるんだよ?」

 

いつも通り明るい笑顔で送り出してくれる響に俺も笑顔を返す。

 

「はいはい」

 

その後、地図と睨めっこしている孔雀の元へ。孔雀も流石に地図から目を離し、にこりと朗らかに笑う。

 

「ま、頑張ってきなよ。もしあれならば、英霊として格の違いでも見せてくると良い」

 

ほら、その方が魔術師としては鼻が高いし? と孔雀は続けた。

腕が痛んだときはすぐに医療部隊の人間を呼ぶんだぞ、と言うと、ボクだって子供じゃないんだから、と拗ねられた。

 

「はは、ま、それだけ元気なら大丈夫か」

 

ぽんぽんとあやすように孔雀の頭を優しく叩き、すでに天幕から出ている桃香達に追い付く。

 

「そう言えばお兄さんっていっつも月ちゃん達のこと撫でてるよね~」

 

「ん? ・・・あー、撫でやすい位置に頭があるし、ああすると月達安心してくれるから」

 

「ふぅん・・・。ね、私もなでなでしてよっ」

 

「えー? 桃香は微妙な位置に頭があるからなぁ」

 

俺がそう言うと、桃香は頬を膨らませて微妙ってなに~!? と怒り始めた。

そんな桃香の頭をを宥めるように撫でてご機嫌を取っていると、蒲公英やら鈴々やらから自分も頭を撫でて欲しいと言ってきたので、しばらく撫でていた。

鈴々達の輪の外でで愛紗もして欲しそうにしていたので、去り際に撫でておいた。

怒られるかな、と少し警戒していたが、愛紗は頭を抑えてぼうっとするだけだった。

その後、兵士に声を掛けられて正気に戻る愛紗を見るのはとても癒された。

 

・・・




冷静なボクっ娘が孔雀、すぐに焦りを見せるボクっ娘が詠と覚えていただければ分かりやすいかと。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十五話 火計と演技と告白と

自分の旗になんて文字を入れようか迷う主人公君。貯にしようとして全力で副長に反対される主人公君。

それでは、どうぞ。


部隊はすでに外に整列している。

後は俺が準備するだけだが、さてどうしようか。

 

絶世の名剣(デュランダル)にするべきか・・・蛇狩りの鎌(ハルペー)も捨てがたいんだよなぁ・・・」

 

俺は、宝物庫の中から持っていく武器を思案している。外で兵士達も待ってるし、早くしないといけないんだけど・・・。

あ、乖離剣・・・でも、回転する剣って不思議がられるよなぁ・・・。

赤い槍(ゲイボルグの原典)もリーチがあって良いんだけど・・・。おお、原罪(メダロック)もある。

 

「・・・全部持って行くか。めんどくさい」

 

鞘を左の腰に付け、絶世の名剣(デュランダル)を収める。片手に蛇狩りの鎌(ハルペー)を持ち、もう片方の手に赤い槍(ゲイボルグの原典)を持つ。

右の腰には一応と言うことで原罪(メダロック)を鞘に入れて収めておく。鞘はもちろん全て遠き理想郷(アヴァロン)ではない普通の鞘だ。

こうして、普通の魔術師が見たら卒倒するくらいの神秘の塊達を装備して、天幕から出る。

陽光が黄金の鎧にあたり、きらきらと派手すぎない豪奢さを主張していた。

うむ、この格好のことをフルアーマー英雄王と名付けよう。

 

「部隊長! 総員整列完了しております!」

 

俺が天幕から出て近づくのを見た副隊長が報告してくれる。

 

「分かった。・・・これより、船に乗り川を下り・・・赤壁へと向かう」

 

兵士達は静かに俺の言葉を聞いていた。直立不動というか、キヲツケの状態から微塵も動かない。

 

「君たちは俺の部隊と言うことだが、今回の戦いの指揮は呉の軍師、周瑜殿に一任されている。まぁ、無茶な命令は無いと思うから安心して欲しい」

 

一切俺を疑うことなく信じきっている瞳が、部隊の人数分向けられる。

 

「ま、難しいことはいわない。死なないように戦って、きちんと俺の指令を聞く事。それだけしてくれればいい」

 

応! と異口同音に返事が返される。返事すらも一糸乱れないとか凄いなカリスマ。

 

「それでは、出撃する!」

 

こうして、俺達は船に乗り込んでいった。

 

・・・

 

船になれていない蜀の面々は手こずっていたものの、呉から派遣されてきた船の操縦士に操縦を教えて貰いながら海にしか見えない川を船で進んでいった。

少し遠くには曹魏の船が見える。こちらよりも数が多く、圧倒されそうな光景である。

 

「船を近くにつけ、乗り込むぞ。撤退の合図を見逃すな」

 

「応!」

 

「君たちを直接指導したことはないが、君たちが頑張って訓練しているのを俺はよく見ていた。・・・信じているぞ」

 

「応ッ!!」

 

先ほどより大きく、はっきりとした声で返事をされたのを聞いて、満足する。

この士気ならば、魏に打撃を与えつつ整然と撤退をすることが出来るだろう。

船が近づき、将や兵士達がお互いの船へと侵攻していく。

 

「行くぞっ!」

 

俺が魏の船に飛び移ると、兵士達も雄叫びを上げながらついてくる。

自軍の兵士達の損害を減らすため、両手に持つ蛇狩りの鎌(ハルペー)赤い槍(ゲイボルグの原典)を魏の兵士へと振るう。

鎌は簡単に兵士を分断し、槍は俺のステータスの筋力値を反映して兵士をなぎ倒していく。

幾つか矢や剣の直撃を受けたが、神秘もなにも付加されていない物がこの金色の鎧を貫くはずもなく。

 

「セイ、ヤァッ」

 

声を上げ、自身と後続の部隊へと気合いを入れつつ両手の獲物を振るっていく。

 

「・・・やっぱりかっ」

 

次の兵士は、と周りへ目を配ると、声が聞こえた。

懐かしい響きのそれは、戦場で様々な音が響く中でも不思議と俺へ届いた。

 

「・・・久しいな、ギル」

 

「霞か」

 

流石に船の上に馬を持ってくるようなことはしていないようだが、飛龍偃月刀を構えた霞は戦闘態勢を取っていた。

自然と、俺と霞の周りは兵士達が居なくなっていく。余計なとばっちりを食らいたくはないからだ。

 

「めきめき力上がってるみたいやんか。ちょっとウチとやりあおうや」

 

「良いぞ。今回は素手でもなく、刃がつぶれた武器でもない・・・本気の戦いだ」

 

「望むところやっ! ギルッ!」

 

一番最初に戦った頃よりも更に磨きのかかった神速の突きが俺に向けて放たれる。

片手の槍を迎撃に向かわせ、軌道を逸らすが、それを予見していたらしい霞は偃月刀を槍に絡めると、そのまま槍を放り投げるように外側に逸らした。

当然俺の体も逸らされた方に引っ張られるので、右側ががら空きとなってしまった。

 

「隙だらけやでっ!」

 

偃月刀を戻す勢いを利用した横薙ぎが胴体へと迫る。

だが、こちらも英霊である。一瞬で判断を下して偃月刀の刃のないところまで踏み込み、偃月刀の刃ではなく柄を体に受ける。

ぎぃん、と痺れるような音が鎧と偃月刀から響く。

そのまま右膝を打ち上げ、霞の腹部へ膝蹴りを繰り出す。

 

「ッ!」

 

俺の体に柄が当たった瞬間に何かを感じ取ったらしい霞は、体をくの字に曲げるように後ろに跳んだ。

猫のようにしなやかに着地した霞は、偃月刀を回し、再び構える。

 

「・・・やるなぁ、ギル。あそこで一歩踏み出すっちゅうの、結構出来ないもんなのに」

 

「こっちには良い師匠が沢山いたからな」

 

恋とかセイバーとか愛紗とかエトセトラ・・・。

うん、かなり豪華な面々だな。

俺の言葉に霞はにぃっ、と嬉しそうに笑みを浮かべる

 

「そか。んじゃあ、次からはもっと激しく行くでっ!」

 

再び船の甲板を踏み込み、こちらに迫る霞。

先ほどと違うのは、踏み込んだ部分の甲板が砕け、へこんだことくらいである。

それは、霞の突きも、霞の速度も、さっきよりも加速していることを現している。

 

「食らいやァッ!」

 

「なんのっ!」

 

突き・・・をフェイントとして、俺の右下から逆袈裟切りに迫る偃月刀に槍を叩き付ける。

しかし、霞は更にその軌道を変え、逆袈裟切りではなく俺の足下を払うような横薙ぎの攻撃に変化させた。

目標を見失った槍が甲板に刺さり、鈍い音を立てると同時に、俺は上に跳んだ。

偃月刀は足下を通り、すぐに霞によって引き戻される。

霞は俺が着地する瞬間までを計算に入れ、着地後の一瞬の隙をつき、俺の頭を目掛けて突きを繰り出した。

防げないと感じた俺は両手の獲物を離して、身をかがめる。

そのまま中腰の姿勢で霞の懐まで潜ると、偃月刀を突き出したことによって伸ばされた腕を下から掴んだ。

そして霞の羽織っている羽織の襟をもう片方の手で掴むと、俺は自身の体を一気に反転させる。

霞に背中を押しつけるようにして持ち上げ、勢いを以て前方に投げ飛ばす。

 

「受け身は取れよッ!」

 

「んなっ!?」

 

一本背負い。柔道の技の一つで、おそらく柔道と言えば一本背負いと言うぐらいに知名度が高い技だろう。

もちろんこの時代に柔道があるわけではないので、霞はなすすべもなく俺に投げられることとなった。

そろそろ撤退の時間なので、魏軍の無事な船へとぶん投げることにし、途中で霞を掴んでいた腕を放した。

 

「うにゃああああぁぁぁぁ・・・」

 

だんだんと遠くなっていく絶叫を聞きながら、朱里の合図を聞いた。

 

「皆さん、頃合いですっ! 退きましょうっ」

 

「了解だっ! 総員、退けッ! 関羽、張飛、そして俺の旗に続いて整然と後退するんだっ!」

 

「応ッ!」

 

俺はカリスマの能力で部隊がいつもより更に整然と撤退させていくのを見て、満足感を感じた。

よし、後は朱里達の策を発動させる手伝いをするだけだ。

 

・・・

 

後退した後、軍師達が天幕の近くに集まっていた。

朱里、雛里、ねね、周瑜が次の策をどう発動させるべきかとうんうん唸っている所へ、桃香に引っ張られて近づく。

桃香が言うには、呉の周瑜さんにあいさつくらいはしておいた方が良いとのことだが・・・。

・・・まぁ、あいさつしておいた方が良いのは同意できるので、大した抵抗もせずに引っ張られるままにされている。

黄金の鎧はすでに着替えていて、今の俺は黒いライダースーツに身を包んでいる。

そんな俺に気付いた孫策が声を掛けてくる。

 

「あら? ギルじゃない」

 

「ん? ・・・あー、孫策か。久しぶり・・・になるのかな」

 

「どうだろ? 微妙な所ね」

 

前に出会ってから少ししか経っていないので、なんだか微妙なあいさつになってしまった。

そんな俺達を見て、周瑜が不思議そうにこちらを見て口を開く。

 

「・・・雪蓮、誰だ?」

 

「あー、冥琳は知らないのよね。ほら、前にシャオを助けてくれた人がいるって言ったじゃない」

 

「ほぉ。・・・初めましてだな。私は周瑜という」

 

薄い微笑みを浮かべた周瑜が自己紹介してきたので、俺も自己紹介する。

 

「蜀で将をやっているギルガメッシュだ。ギルと呼んでくれ」

 

みんながギルガメッシュをきちんと発音できないので、もう自分から愛称の方を教えることにした。

そちらの方が面倒が少ない。

 

「そうさせて貰おう。これから宜しく頼むぞ、ギル」

 

「ああ。よろしく」

 

俺が周瑜にそう返したあと、うんうんうなる朱里達に視線を移す。

ええと、赤壁だから確か・・・ああ、火計を最大に生かす状況を生み出そうとして居るんだっけ。

 

「はわわ・・・どうしましょう~・・・」

 

うるうると瞳をうるおわせ、朱里がこちらを見上げてくる。

そんな朱里を撫でてあげつつ、これからの出来事を思い出す。幸いギルガメッシュのチート頭脳ですぐに思い出せた。

あー、そっか。これは・・・

 

「なんじゃ。また軍議か。下手な軍議、休むに似たりじゃな」

 

ふん、と鼻を鳴らしながらやってきたのは呉の将・・・黄蓋だった。

もちろんこんな言葉を聞いて周瑜が黙っているわけがない。

 

「黙れ黄蓋。たかが前線の一指揮官が、偉そうな口を叩くな」

 

その一言をきっかけとして、周瑜と黄蓋はお互いを罵り合い、激しい口論となっていく。

それを見た桃香達はあまりの迫力に息をのんでいるようだ。

この出来事の裏を知っている俺でさえあまりの凄みに一歩退きそうになるぐらいだし・・・。

結局、黄蓋は将としての役をはぎ取られ、一兵卒として立場を落とされた。

その後、周瑜は黄蓋を天幕に返し、周泰に黄蓋の部隊を解散させ、他の将の部隊へ預けるように手配させた。

 

「あ、あのぉ~」

 

周泰が走り去った後に、桃香がおそるおそるといった感じで声を掛ける。

 

「この時期に喧嘩するの、良くないと思うんですけど・・・」

 

そう言った桃香に、孫策はいつも通りの笑みを浮かべて放っておけばよいと声を掛ける。

その言葉に納得いかなさそうな声を上げる桃香や、不満そうな声を上げる愛紗達蜀の面々を周瑜に内政干渉はするな、と突き放すように言った。

それでも引き下がらない彼女たちに、俺は聞くかどうか分からないカリスマを発動させながら声を掛ける。

 

「・・・周瑜の言うとおりだ。内政干渉になる。これ以上は踏み込むべきじゃない」

 

「ギル殿・・・!?」

 

「お兄さん・・・」

 

今にもつかみかかりそうな愛紗を止める意味で片手を横に挙げて蜀の面々を制止させる。

 

「・・・お兄さんがそこまで言うなら、従うけど・・・」

 

カリスマが効いたのか、渋々と引き下がる蜀の面々。

孫策にその後の予定を聞くと、周瑜から休憩を言い渡される。本日の軍事行動は全て終了するらしい。

それならば此処にいる意味はないだろう。桃香達に説明もいるし、月に帰ってきたことを報告しないといけない。ありがたく休憩させて貰おうじゃないか。

 

「決戦は明日だ。みな、休息を取れ」

 

そう言ってきびすを返す周瑜。その後ろ姿に何か反論しようとする愛紗達を再び手で制する。

不満そうな・・・・というか確実に不満を抱いている蜀の面々を連れて、俺は軍議の場から立ち去った。

 

・・・

 

それからは、みんなの不満を解消するために周瑜と黄蓋の喧嘩の真意を説明する。

そっと宝物庫から取り出した持ち主に悪意を持つ物を探知する水晶で周りに間諜が居ないかを確認しておくのも忘れない。

朱里や雛里が補足してくれた説明で、みんな納得してくれたらしい。それならば仕方がないか、と引き下がってくれた。

 

「何か起こるなら夜・・・。みなさん、すぐに対応できるよう、心の準備だけは怠らないでくださいね」

 

最後の朱里の一言に全員が頷きを返す。

・・・さて、俺は月の元へ行かないとな。

そう思ってきびすを返そうとすると、朱里に声を掛けられた。

 

「・・・あのっ、ギルさんが居てくださって助かりました」

 

「・・・ん?」

 

体の動きを止め、朱里に向き合う。

朱里ははわわっ、といつも通り慌ててから、続きを話した。

 

「あの状況では、もしかしたら私たち蜀と呉が不仲になる事態もあり得ました。それを事前で防いでくださったのは、とても助かりました・・・」

 

「ぎ、ギルさんは一瞬でその場の空気を掴み、人々に影響を与えるのがお上手なので、少し無理矢理にでも軍議を終わらせることが出来てよかったです」

 

「あ~・・・」

 

カリスマA+は呪いの域に入った自動的な人心掌握術と言っても過言ではない。

かなりの時間を掛けて自分の宝具、スキルはほとんど使いこなせるようになったので、愛紗達にも効果を上げることが出来たのだ。

将である愛紗達には精神的な防御行動が出来るために効きづらいが、それでも無理矢理場を治めるには十分だ。

朱里と雛里はその事を言っているのだろう。

 

「気にしなくて良いよ。出来ることをしたまでだからさ」

 

「あわわ、で、でも、ギルさんが気付いていてくれて本当に良かったです・・・。私と朱里ちゃんでは、気付いていても将の皆さんを抑えられそうにありませんでしたから・・・」

 

そう言って帽子を目深にかぶってしまった雛里を帽子ごと撫でる。

 

「ま、こうやって役に立てて嬉しいよ。何か困ったら頼ってくれ。出来る限りで何とかする」

 

「あわわっ・・・! ふぁ、ふぁいっ!」

 

「良い返事だ。じゃあ、俺は天幕に戻るよ」

 

「あ、はいっ。お休みなさいっ」

 

「おやすみ、朱里、雛里」

 

ゆっくりと手を振ってくれる二人に手を振り返しながら、今度こそ天幕へと向かった。

 

・・・

 

侍女組が寝泊りしている天幕の中で、俺は座りながら眠っていた。

一応意識はきちんと警戒しており、何かが近づけば分かるようになっている。

虫の声すら聞こえない深夜。外で蠢く気配で目を覚ました。

こっそりと天幕から外を覗き見ると、黄蓋が兵士を連れてこそこそと動いていた。

このまま魏の駐屯地まで行くんだっけ。凄い行動力だよな、あの人。

まぁ、これは放っておいて良いだろう。黄蓋が魏に行かなければ火計は成功しないんだしな。

 

「・・・ふぁ・・・。ギルさん、どうかしたんですかぁ・・・?」

 

俺が動いている気配を感じ取ったのか、月が起きた。

寝ぼけ眼でうとうととしているが、上半身だけを起こして目を擦る姿はとてつもないかわいさである。

 

「ん、何でもないよ」

 

「そうですか。・・・うぅん・・・なんだか目が覚めちゃいました」

 

「無理にでも休んでおいた方が良いぞ。明日は決戦だと言っていたし、負傷者の数も増えるだろうから」

 

「・・・はい。・・・あ、だったら、ギルさん、眠くなるまでお話相手になって下さい」

 

「話し相手? 構わないぞ」

 

一緒の天幕で寝ている詠や響、孔雀を起こさないように二人で天幕を出る。

後で黄蓋追撃のために忙しくなるだろうが、騒がしくなってから向かえばいい。今は外に出てても問題はないだろう。

天幕の周りはアサシンが守っているし、天幕の周りには孔雀特製の魔術結界がある。バーサーカーでも突っ込んでこない限り、対処は出来るだろう。

 

「ん、この辺で良いだろ」

 

資材が入っていたりする木箱を見つけ、すっと布をかぶせる。このくらいは紳士のたしなみである。

 

「どうぞ」

 

「あ・・・ありがとうございます」

 

照れながらもはにかみを返して木箱に座る月を見て、俺も笑顔を返した。

木箱は幾つか隣り合わせておいてあったので、月の隣に俺も腰掛けた。

 

「寒くないか、月」

 

「大丈夫ですよ」

 

そう言って微笑を浮かべる月に、そっか、と呟く。

 

「・・・明日、決戦なんですよね」

 

それから少し間があったものの、話しを切り出したのは月だった。

 

「ああ。・・・多分、今までで一番大きい戦になると思う。・・・いや、なる」

 

「そう、ですか・・・」

 

辛そうな表情を浮かべる月。おそらく、明日傷つく兵士達のことを思って居るんだろう。

下手に声を掛けるのはよろしくないと判断し、黙って月の言葉を待った。

 

「天下三分の計・・・そのためには、仕方ない戦い・・・なんですよね」

 

「そうだな。桃香が望んでいるもののためには、避けられない戦いだ」

 

「あの、聖杯戦争の方は・・・どうなって居るんですか?」

 

今までうつむき加減に喋っていた月が顔をこちらに向けて、そう聞いてきた。

俺は今まで月を出来る限り聖杯戦争には近づけないようにしていたが、月はその状況に我慢できなくなったんだろう。

だから一緒に戦場に行きたいと桃香に頼んだんだろうし、自分が蚊帳の外であることがいやだったんだと思う。

 

「孔雀の様子から分かってるかも知れないけど、バーサーカー組はキャスターを手に入れた」

 

「・・・はい。孔雀さんの腕が片方無い理由は聞きました。無理矢理にでも令呪を奪うなんて話、最初は信じられませんでしたけど・・・」

 

「後は・・・ランサーは成都から撤退したと思う。魔力反応が成都から離れるのを感じたから」

 

「ええと、槍兵さんは・・・あ、増える人ですね」

 

「そうそう。後は蜀にいる奴らだから分かるよな」

 

「はい。・・・そう言えば・・・聖杯戦争って、どうすれば勝ちなんですか?」

 

きょとんと小首を傾げる月を見て、あれ、説明してなかったっけと俺も首を傾げる。

端から見たらお互いに首を傾げ合う変な人に見えたに違いない。

 

「説明してなかったな、多分。ええと、聖杯戦争って言うのは、マスター七人、サーヴァント七人で行われるのは分かるよな?」

 

「はい。それは最初に聞きました」

 

うんうん、その説明は忘れてなかったな、と自分で納得して、話を進める。

 

「簡単に言うと、勝利条件は聖杯を所持して、全てのサーヴァントを生け贄に捧げること。それで聖杯は起動して、願いを叶えてくれる」

 

「すべて・・・? ギルさんも・・・ということですか・・・?」

 

静かにそう聞いて来る月の言葉には、驚きが含まれていた。

・・・そういや、言ってなかったもんなぁ。

 

「ああ」

 

「そんなっ。じゃあ、勝ち残っても意味が無いじゃないですかっ」

 

「勝ち残って、何か叶えたい願いが出来たのか?」

 

俺がそう聞くと、月は俯きながら答えた。

 

「勝ち残って、聖杯を手にして・・・その時、聖杯にお願いしたらいいと思ったんです。・・・人々が永遠に平和に暮らせるように、と」

 

・・・成る程。いきなり聖杯のことを聞いてきたのは、それが知りたかったからか。

聖杯戦争で勝ち残り、聖杯を手に入れれば人々は死なずに平和になるのではないか、と言うことだな。

だが、確か貂蝉は汚れた聖杯の欠片を持ち込んだと言っていた。

ならば、それは『破壊でしか望みを叶えられない』聖杯だろう。

貂蝉に聞かされたことも混ぜてその事を説明すると、月は驚いていた。

 

「じゃあ、もしその過激派の人達が勝ってしまったら・・・」

 

「うん。過激派の望みは『外史全ての破壊』。あの聖杯に望むには、ピッタリな望みだな」

 

「そうだったんですか・・・」

 

「ああ。・・・でも俺の宝具なら聖杯を壊すことも出来るから、それを目標に聖杯戦争を戦っていくのが良いだろうな」

 

「そうですね・・・。聖杯が何処にあるのかは分かってるんですか?」

 

「・・・いや、過激派が何処かに隠してるんだとは思うけど・・・」

 

そこまで説明すると、月がそっと体を寄せ、俺に寄り掛かってくる。

月のぬくもりと幽かな重みを感じていると、月が口を開く。

 

「・・・ギルさんは、一人で世界の危機と闘ってたんですね」

 

「そんなかっこいいものじゃないよ。最初は本当に何が何だか分からなかったんだし」

 

「それでも、凄いです」

 

そう言って、月は立ち上がり、俺の真っ正面に立った。

どうしたんだ、と思うが、何か言おうとしているのは纏う雰囲気で分かった。

緊張したように胸の前で両手を絡ませているものの、その瞳には決意が宿っていた。

 

「・・・以前、その・・・言ったまま逃げてしまったのですが・・・」

 

言葉を発する度に真っ赤になっていく月の話を聞いていると、あることを思い出す。

以前勝手にサーヴァントを成都から引き離したときに怒られ、その後に告白されたことを。

 

「わ、私は、その・・・ギルさんの事が、好きです」

 

「・・・ありがとう」

 

「それで、その、ギルさんは、私のことをどう思っていますか」

 

そこまで言い切った月は顔を真っ赤にしているが、目は逸らさなかった。

月のことはもちろん好きである。

だがしかし、多分俺はこの聖杯戦争が終われば消える存在である。曹操に対する一刀くんみたいなものである。

後で月が泣くのは想像に難くない。月が泣くのは駄目だ。

 

「・・・俺も、月のことは好きだよ」

 

だけどまぁ、此処で答えないのは更に駄目だろう。此処まで思いっきり想いを告げられて断れる程、俺の人格は歪んでない。

 

「っ!」

 

次の瞬間、月の顔に笑顔が浮かび、涙を浮かべながら俺の元へ飛び込んでくる。

それを受け止めて、うわぁ月柔らかいなぁ、と空気にそぐわないことが頭の中に浮かんできた。

 

「う、嬉しい、ですっ・・・!」

 

抱きつく力を強くする月を抱き返しながら、断らなくて良かったと思った。

しばらくすると、落ち着いたのか月が俺から離れる。ぬくもりが無くなったことに寂しいと思いつつも、笑顔の月はやっぱり可愛いなと再確認。

 

「えへへ、なんだか照れますね」

 

「そうだなぁ・・・」

 

「あ、こんな事言うのもアレかも知れませんけど・・・」

 

「ん?」

 

「その、私だけじゃなくて、他の人の想いにも答えてあげてくださいね?」

 

・・・ええと、どういう事だろうか。

嫌な予感のみに発動する直感スキルが警鐘を鳴らしている。

 

「? どうしたんですか、ギルさん」

 

「いや、ちょっと待ってくれ。他の人の想いって・・・?」

 

「言葉通りの意味ですよ。ギルさんの事を想っている人はいっぱい居ますから。・・・本当に、いっぱい」

 

月の最後の方の発言はとてつもなく黒いオーラを纏っていた。なんだこれ。月オルタ? 黒月? 

と言うかもしかして・・・いや、もしかしなくても俺が蜀の一刀くん的な存在になってしまったんだろうか。

いやいや、うん、希望は捨てちゃ駄目だよね。それに、まだ起こっていないことを恐れていても仕方あるまい。

 

「ま、まぁ・・・その時に考えることにするよ」

 

「はい」

 

にっこりと笑う月に若干の恐怖を感じていると、呉の陣営が俄にあわただしくなってきた。

 

「どうか、したんでしょうか?」

 

「ん、なにか想定外の事態が起きたんだろう。取り敢えず行ってみようか、月」

 

「は、はいっ」

 

月を横抱きにして、足に魔力を回らせて脚力を跳ね上げる。

そのまま一歩目を踏み出すと、それだけで景色が後方に吹っ飛んでいくように錯覚する。

 

「口は閉じてろよ! 噛むぞ!」

 

注意したとおり口を閉じてコクコクと頷いているのを確認し、二歩目を踏み出す。

一歩で数メートルは進んだだろう。兵士にぶつからないように加減はしているが、それでも英霊の脚力は半端じゃない。

すぐに蜀の陣営が見えてくる。桃香を中心に、将達が集まっているようだ。

 

「あ、お兄さん! 月ちゃんも! 大変なんだよっ!」

 

「桃香さま、一体どうしたんですか?」

 

抱えていた月を降ろすと、月はすぐに桃香に何が起こったのかを聞いた。

 

「呉の宿将、黄蓋が脱走したらしい」

 

桃香の代わりに、星が答えた。愛紗は言わんこっちゃない。と呆れているようだ。

やっぱり、黄蓋が脱走したか。多分これが火計に繋がっていくんだろうな。

 

「この混乱を曹操が見逃すはずがない。至急臨戦態勢を整えた方がよいだろう」

 

「そうだな。星、愛紗と一緒に動いてくれ」

 

桃香が未だにあたふたとしているので、俺が代わりに指示する。

 

「分かりました」

 

「了解した」

 

二人が返答し、走り出す。

その後ろ姿を見ながら、朱里が口を開く。

 

「これが周瑜さんの考えている策の一端なんでしょうか?」

 

「多分そうだろうな」

 

それから、紫苑と桔梗に火矢の準備をしておくように頼んでおく。

呉がせっかく作ってくれるチャンスを棒に振ることだけは避けなければならない。

 

「桃香」

 

「は、はいっ!」

 

「・・・落ち着けって。この混乱を見て兵士達が状況が解らずに混乱してると思うから、俺と一緒に部隊を統制するぞ」

 

「わ、わかったっ!」

 

俺のカリスマがあれば何とかなるだろう。軽めに統制をかければ暴走することはなくなるとは思うが・・・。

後は愛紗達に任せれば勝手に迫真の演技をしてくれるだろう。

 

「朱里、雛里。取り敢えずこの状況に乗っかっておくぞ。曹操を騙すために少し落ち着く程度に統制してくる」

 

「はわわっ、このままでは混乱して勝手に動き出す兵が居るかも知れません」

 

「あわわ・・・。慌てている様に見せ、曹操さんを騙すのは良いのですが、本当に混乱してしまっては危険です。・・・お願いします」

 

「頼まれた。朱里と雛里は紫苑と桔梗の手伝いをしてきてくれ。月、桃香、行くぞ」

 

「あ、はいっ」

 

「待ってよお兄さーん!」

 

こんな状況なのに嬉しそうな顔をして小走りについてくる月と、置いて行かれそうになっている桃香に合わせて歩調を調節して、兵士達が寝泊まりしている場所へと向かう。

 

・・・

 

「敵の奇襲なのだー! 鈴々の蛇矛が火を噴くのだー!」

 

「あ、おいこら、馬休、馬鉄! 突撃命令なんて出してないぞ! 何処行くつもりだ!」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ! 敵は何処だっ! この魏文長の鈍砕骨が唸って光るっ!」

 

「ええい! 皆落ち着け! 敵が奇襲してきた訳じゃない! 落ち着いて隊列を整えろ!」

 

・・・うわぁ、思った以上にカオス。

桃香と月と共に到着した兵達の天幕の近くでは、混乱が混乱を呼ぶ地獄絵図となっていた。

呆然としていると、蒲公英が近づいてきて

 

「ね、ねぇねぇお兄様、演技・・・なんだよね?」

 

なんて、聞いてきた。

 

「・・・はっはっは。・・・もちろんだとも」

 

「自信なさげに言わないでよぉ! あれ素なの!? っていうか素なんだよねみんなっ!」

 

うわーん、脳筋ばっかー、と泣き真似を始める蒲公英。

 

「うわわ、大変なことになってる・・・。お、お兄さん、お願いしますっ」

 

「・・・あんまりスキルに頼るのもアレだけどなぁ。・・・すぅぅぅ・・・」

 

思いっきり息を吸い込み、大声を出す準備をする。

それを見た桃香と月、後ちゃっかり蒲公英も耳を塞ぎ始めた。

 

「落ち着けェッ! それぞれの部隊ごとに整列しろッ! 敵が奇襲してきた訳じゃない! 落ち着いて隊列を整えろッ!」

 

「お、応ッ!!」

 

全ての兵からの応答があり、将もようやく落ち着きを取り戻してきたらしい。自分の部隊をとりまとめに奔走している。

 

「・・・はぁ、演技だって言ってたの、忘れてたな、鈴々達・・・」

 

「あ、あははー・・・。お兄さん、落ち込まないで?」

 

「そ、そうだよっ。お兄様の所為じゃないよっ」

 

「へぅ、元気出してください・・・」

 

しばらく三人に慰められつつ、桃香と共に、愛紗達が部隊を纏めたのを確認していった。

 

・・・

 

カリスマのおかげか早めに混乱を抑えた俺達はこれからのことを相談するために呉の船に移動した。

すでに孫策と周瑜がいて、こちらを待っていたようだ。

 

「ふぅ、中々凄いことになってるじゃないか」

 

「そうよねー。まさか、祭・・・黄蓋が魏に奔っちゃうなんてねぇ」

 

「よくやるよなぁ。んで?」

 

俺の言葉に、孫策は不思議そうに首を傾げる。

そんな孫策に、桃香が声を掛ける。

 

「これからどうするんですか? 呉の宿将と言われる黄蓋さんが魏に行っちゃった以上、こっちの作戦とかもばれちゃうだろうし・・・」

 

「・・・って、劉備が心配そうにしてるけど、これからどうするつもり?」

 

孫策はいつも通りつかみ所のない笑みを浮かべると、悪戯を考えている子供のように周瑜に聞いた。

周瑜は微笑を浮かべると、冗談めかして孫策に聞き返した。

 

「どうする、とは?」

 

「祭が裏切るわけ無いでしょ? ・・・と言うことはこれは何かの策。その策をそろそろ示しても良いんじゃないかしら?」

 

「気付いてたのね。・・・いつから?」

 

「はじめからに決まってるでしょ。馬鹿にしてたら怒っちゃうわよ?」

 

私、怒ったら怖いんだから、とわざとらしく頬を膨らませる孫策。

 

「ふむ・・・流石、と言うべきか・・・。やはり戦の天才なのだな、雪蓮は」

 

「あら。気付いてたのは私だけじゃないみたいだけど」

 

「ああ・・・。孔明も気付いていたのだな」

 

「ギルさんもですよっ」

 

「ほお・・・。見たところ武官らしいが・・・あれに気付くとはな」

 

「・・・どーも」

 

予想外に驚いた表情を見せる周瑜に、なんだか素直に賞賛された気がせず、微妙な返答になってしまった。

武官、と言われたと言うことは俺も鈴々達脳筋に見られていたと言うことだろうか。

 

「うんうん! お兄さんは凄い人なんだよっ。武官も文官もこなせるし、将としてもとっても強いんだからっ」

 

何故か自分のことのように胸を張って答える桃香。

 

「あ、あははー。ギル、あなたってば随分信頼されてるのね」

 

「ああ。嬉しいことだ」

 

「・・・というか、そんなに強いんなら手合わせしてみたいけどなー」

 

「やめておけ雪蓮。これから曹操とぶつかり合うんだぞ」

 

「冗談に決まってるじゃない。もう、冥琳は頭が固いんだからー」

 

「・・・はぁ。話を戻すぞ。黄蓋は今、曹魏の前線に配置されていると聞いた」

 

「あら。あのおチビちゃん、流石の器量ね。あからさまにおかしな降伏をした人間を、そのまま前線に配置するなんて」

 

「そうしなければならん事情があるのさ」

 

「覇王としての評判、ですね」

 

周瑜の言葉を聞いて、朱里が声を上げる。周瑜はそうだ、と頷いて

 

「覇王であるが故に、曹操は常に天下に態度を示さねばならん」

 

「それが曹操さんを覇王たらしめている無形の力・・・風評という奴ですね」

 

「風評?」

 

「はい。風評があるからこそ、曹操さんの元に全て集まってくるんです」

 

「人、もの、そして力が集まる。・・・その全ては、曹操さんを形成している、覇王としての風評がもたらしている者です」

 

「私たちが曹操と聞けば身構えてしまう・・・それも風評と言うことか」

 

そう言うことだろう。実績を残しつつも評判を得れば、その人物は他人の目には大きく映って見えるものだ。

逆に、実績があっても評判の悪い人の所には何も集まってこない、ということだ。

 

「曹操の強力な武器でありながら、一番の弱点、・・・それは覇王としての風評を、常に得なければならないと言うことだろう」

 

「そこをついたんだね?」

 

「そうだ。・・・そしてここから、我らの反撃が始まる」

 

「・・・ってことですよ、亞莎ちゃん」

 

「お帰り、穏。亞莎もお疲れ様」

 

いつのまにか近くにいた陸遜と呂蒙に、孫策が声を掛ける。

 

「はっ。あの・・・まさか黄蓋様の降伏は謀りだったとは・・・」

 

「安心しましたか~?」

 

「はいっ」

 

どうやら呂蒙は黄蓋が本当に脱走してしまったと思いこんでいたようだ。

成る程、敵を騙すにはまず味方からと言う良い例だろう。

 

「じゃ、みんなが安心したところで、そろそろ反撃と行きましょうか」

 

「ああ・・・。深夜、我らは呉の精鋭を率いて隠密行動を取り、曹魏の陣地に接近する」

 

周瑜の言葉に、此処にいる全員の表情が引き締まる。

 

「黄蓋殿が曹魏内部で火を放つと同時に、一斉に奇襲を掛けて曹操の本陣を強襲する手はずだ」

 

「狙うは曹操の頸一つ。・・・良いわね、ワクワクしてくるわ」

 

「では私たちは呉勢の奇襲の後、更に奇襲を掛けましょう」

 

呉の策を聞いた朱里が、蜀の将達に作戦を伝える。

 

「我らも隠密行動になるな」

 

「そうですね。・・・しかし、船戦に慣れていない私たちが必要以上に近づいては敵に察知されます。ある程度の距離は置かないと・・・」

 

「そのための時間差奇襲なんです」

 

「成る程、了解した。すぐに編成にかかる」

 

朱里と雛里の二人に伝えられた策を実行するべく、星が自分の部隊が乗る船へ駆けだした。

そのすぐ後、紫苑と桔梗が前に出てくる。

 

「私と桔梗の部隊は、小舟で編成しましょうか」

 

「この戦のキモは火だ。機動力の高い小舟を使えば、効率よく放火できるじゃろう」

 

「そうした方が良いですね。お願いします」

 

「あたし達はどうする?」

 

「翠さんと白蓮さんの部隊は、愛紗さんたちの更に後方で待機しておいてください。第三派は呉勢と共に大軍団で一気に攻勢を仕掛けますから」

 

「了解した。三段構えの戦いか。凄いよなぁ」

 

「でもそれで勝てるのかなぁ~・・・」

 

蒲公英が溜め息混じりで漏らした弱音に、周瑜が答えた。

 

「勝てるかは分からんさ。ただ、勝つための手は打ってある」

 

「て? これ以上、どんな手を打っていると言うんだ?」

 

「我が軍には江賊出身の者が居てな。我らの攻撃が始まり次第、曹魏の軍船を水没させるべく工作を開始する」

 

「四段構えなのか。みんな性格悪いなー・・・」

 

「なりふり構ってられないと言うことだ。では、我らは半刻後に出る。・・・後は頼む」

 

「了解です」

 

朱里に後のことを託した周瑜は、隣に立つ孫策をまっすぐに見つめて口を開く。

 

「雪蓮。あなたの力を貸してちょうだい」

 

「了解。・・・ふふっ、たっぷりと暴れさせて貰うわ」

 

ニヤリ、と笑った孫策の表情は戦闘狂らしい凶暴な色が混ざっていた。

 

「作戦は決まったな。出来ることを精一杯やれば成功するはずだ。桃香、号令を頼む」

 

「あ、うん。・・・みんな、頑張ろうね!」

 

あまりにもいつも通りというか、一国の主とは思えない号令に、みんなが笑顔になる。

 

「ふふっ。相変わらずな号令ですね」

 

「だが、それでこそ我らの盟主だな」

 

「いいもん。みんなが奮い立つような号令は、私じゃなくて孫策さんにお任せだよ」

 

「お任せされましょうか。劉備。・・・私たちの背中、あなたに預けるわよ」

 

「私たちの背中も預けます。・・・頑張ってこの戦いに勝ちましょう!」

 

「そうね。・・・では出るわよ! 各員、迅速に出陣準備せよっ!」

 

「はいっ」

 

呂蒙が元気な声を上げる。

 

「俺達も準備にかかろうか。愛紗、星、雛里の三人が先鋒。その次に紫苑、桔梗、蒲公英の三人で、本隊は桃香、朱里、鈴々、翠、白蓮、焔耶、恋、ねね」

 

「あれ? お兄さんは?」

 

「月のそば・・・と言いたいところだけど、月達侍女組にはアサシンもついてるし、部隊を率いて遊撃隊になるよ」

 

それに、孔雀が加入したおかげでみんな軽くとはいえ治療魔術が使えるようになったしな。

ばれないように気をつける必要はあるが、兵士達の治療が遅れて致命傷になる、なんてことは少なくなるはずだ。

 

「遊撃隊とは言っても・・・」

 

「大丈夫だよ。信じてくれ、愛紗」

 

「あ、え、えと・・・もう、分かりましたよ」

 

いつもの小言が来るかと思ったが、頬を膨らませてそっぽを向かれるだけで終わった。

顔が真っ赤なのは怒っているからだろうか。・・・うわぁ、この戦いの後説教が来そうな勢いである。

 

「お兄さん、気をつけてね?」

 

「分かってる。桃香も気をつけるんだぞ」

 

「うんっ」

 

偉い偉い、と桃香の頭を撫でてから、月を抱えて再び足に魔力を回す。

 

「月を届けてから部隊を動かし始める」

 

「りょーかい! 頑張ろうね!」

 

「ああ!」

 

横抱きにされているのが恥ずかしいのか真っ赤になっている月に癒されつつ、地面を蹴る。

 

・・・




黒月、襲来。判定次第でサーヴァントにダメージを与えられるようになり、感情の起伏によって魔力を増幅させる恐ろしい能力を得る。スキルに言論統制などが追加される。相手は死ぬ。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十六話 東南の風と戦争と槍兵と

何度僧兵と槍兵を打ち間違えたことか・・・。

それでは、どうぞ。


月を送り届けた後、侍女組に行ってらっしゃいと送り出され、自分の部隊を編成すべく船を移動していると、なにやら奇妙な行動をしている朱里を見つけた

 

「・・・何やってるんだ?」

 

「あわわっ、ギルさんっ。・・・えと、この作戦のキモは火だけではなく風向きなんです。東南の風が吹かなければ、火計の効果を最大限に生かせません」

 

「むむむ~・・・えいっ」

 

「そのために朱里ちゃんは天の神様にお祈りをして東南の風を吹かせようとしているんです」

 

「成る程」

 

確かにそんなエピソードがあったなぁ。・・・こんなにちっちゃくても諸葛孔明なんだよなぁ・・・。

 

「むむむー・・・えいっ!」

 

一際力のこもった祈りの声が聞こえた瞬間、風の向きが変わった。

って、この方向は・・・。

 

「はわわっ! ギルさん、東南の風が吹いちゃいましたっ!」

 

「・・・凄いな、おい・・・」

 

聖杯戦争がある時点で何が起こっても驚かないと思っていたが・・・。

 

「やった・・・! やったよ、東南の風が吹いてるよ、朱里ちゃんっ!」

 

「うんっ! お祈りが効いたんだね、きっと!」

 

「だねっ!」

 

嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぐ二人を見てると、これから戦いがあることなんて忘れてしまいそうになる。

 

「よくやった、朱里。これで作戦は成功するな」

 

一通りきゃっきゃして落ち着いた朱里の頭を撫でる。

 

「わふっ。はわわ・・・あ、ありがとうございます・・・」

 

「よし、俺も負けてられないな。じゃあ、行ってくる」

 

「はいっ! 御武運を!」

 

「ご、御武運を・・・!」

 

笑顔で送り出してくれる二人に手を振って、俺はこの戦いの中で自分に与えられた部隊の元へと走った。

 

・・・

 

しばらくすると、魏の船の中から炎が上がってきた。

 

「燃え始めたか!」

 

だが、向こうの船の中には燃えていない船の方が多い。

・・・そうか。そうだった。何で今まで忘れてたんだか。

 

「魏には・・・天の御使い、北郷くんがいたんだっけな」

 

彼ならば黄蓋の裏切りが演技だと知っているし、何かしらの対策も取れたんだろう。

・・・っていうか、それなら黄蓋が危ない! 

 

「弓兵隊っ! 事前に分けておいた班に分かれ、班長の指示に従って動け! 俺は前に出て道を開く!」

 

「はっ! それぞれの班に分かれろ! もたもたするなっ!」

 

「御武運を! 隊長!」

 

「ありがとな。・・・出るぞっ!」

 

すでに鎧は装着済みで、以前の様にフル装備である。

さらに宝物庫からのバックアップもいくつかあるので、軽く跳ぶだけで船と船の間を移動することが出来る。

取り敢えず、前線にいると聞いた黄蓋を助けなくては・・・! 

 

・・・

 

「ちっ、曹操め・・・よもや見破っていたとはな・・・」

 

黄蓋は舌打ちをしながら弓に矢をつがえ、放った。

前線に配置され、風が変わったと共に火をつけたは良いが、まるでそれが分かっていたかのようにこちらにも火矢や矢が飛んできていた。

それによって何人かが倒れ、予定よりも火の手が弱い。

さらに追撃隊が出されており、おそらく呉の救援が来る頃には自分はやられているだろうと黄蓋は冷静に悟った。

 

「・・・じゃが、ただで死ぬわけにも行かぬ。・・・黄蓋隊! 最後に出来る限り火をつけるのだ! 後に続く蜀呉の為に!」

 

「応!」

 

黄蓋の言葉に、兵士達が気合い十分に答える。

だが、士気が十分とはいえ数が違いすぎる。こちらの兵士は時間を追うごとにに倒れていき、こちらから飛んでいく火矢の数も減っていく。

 

「冥琳、策殿と呉を頼んだぞ・・・」

 

黄蓋が矢を放ちながらそう呟く。すでに自分の周りには片手で数えられるぐらいにしか兵士が残っていなかった。

もはや此処までか、と矢を放ちながら呟く黄蓋。

しかし、次の瞬間に黄蓋は目を見開くほど驚くことになる。

夜空を裂くようにして飛来した赤い流星が、魏の部隊の近くに着弾すると、水面が膨らみ、巨大な水柱が起こる。

いくつかの船は転覆し、魏の部隊は混乱状態に陥ったようだ。

 

「何が起こった・・・?」

 

そんな黄蓋の呟きに答えるように、兵士の一人が駆け寄ってきて、報告した。

 

「黄蓋様! 後続の部隊から、金色の鎧を纏った将が飛来してきたそうです!」

 

「金色の鎧・・・? 袁紹の手下か誰かか・・・?」

 

「正確には分かりませんが・・・兎に角、この混乱に乗じて後続の部隊と合流すべきかと!」

 

「それしかあるまいな。今の内に後退し、後続の部隊と合流する! 黄蓋隊の他の者にも伝令を急げ!」

 

「はっ!」

 

「しかし・・・くっ・・・! 混乱しているとはいえ、流石は曹魏か・・・!」

 

何隻かは転覆している船を避けて進んできているらしい。先ほどよりは少なくなったものの、矢は飛んできていた。

 

「間に合うか・・・!?」

 

黄蓋の焦りを含んだ言葉は、誰にも聞かれることもなく空気の中へ溶けていった。

 

・・・

 

「・・・うん、一発本番でも出来るもんだな」

 

赤い槍(ゲイボルグの原典)をクー・フーリンのように飛び上がって投擲し、魏の船の近くへ着弾させる。

その後は赤い弓兵さん御用達の壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で宝具の内包魔力を開放し、爆発させた。

これで赤い槍(ゲイボルグの原典)はしばらく――多分この聖杯戦争中は確実に――使えなくなったが、黄蓋隊の人達を助けるためならば惜しくはない。

その後は黄蓋を助けに向かっている呂蒙の小舟に着地させて貰った。

 

「うわわっ!? ・・・あ、あなたはっ、蜀のっ・・・!?」

 

すでに自己紹介はしているからか、呂蒙は俺にすぐに気付いたようだ。

 

「いやはや、すまんな。だが、何とか黄蓋達が後退する時間は稼いだぞ」

 

「稼いだって・・・あの水柱はギル様の仕業なのですかっ!?」

 

「一応ね。筋力には自信あるんだ」

 

「き、筋力なんて話じゃ説明できない気が・・・」

 

「細かいことは気にしない方が良いよ。・・・お、あれ、黄蓋の船だろ?」

 

「え? あ、ほんとだっ! 黄蓋様ー!」

 

移動用の船を着けると、黄蓋隊の生き残り達がこちらに移ってくる。

すでに黄蓋隊の乗っていた船は燃えさかっており、ギリギリのタイミングだったといえるだろう。

 

「呂蒙か! 助かった!」

 

「いえ! 間に合って良かったです!」

 

「あの赤い流星が飛んでこなければ助からなかったじゃろうな。・・・む? 貴様は?」

 

「初めまして。蜀の将、ギルガメッシュだ。ギルと呼んでくれ」

 

「おお、蜀のか。儂は黄蓋だ。宜しく頼むぞ」

 

「こちらこそ。・・・さて、俺はこのまま魏の船に飛び移るから、呂蒙は黄蓋を連れて後ろに下がってくれ」

 

「は、はいっ! ギル様、お気をつけて!」

 

「済まんが、任せたぞ。儂は部隊を纏め直して後方からの支援を行う」

 

「頼んだ。よっ!」

 

燃えさかる船に飛び移り、甲板まで登る。

炎が近くに迫るが、英霊の体は流石というか何というか、余り暑さを感じない。

飛び移れる距離にある船へと移っていくと、魏の兵士が乗っている船へとたどり着いた。

 

「将が乗り込んできたぞー!」

 

「討ち取れ! 敵は一人だぞっ! 掛かれっ! 掛かれー!」

 

片手にあった赤い槍(ゲイボルグの原典)はぶん投げた上に爆破させて宝物庫で修復中なので、蛇狩りの鎌(ハルペー)を両手で構え一回転するように兵士を薙ぎ払う。

宝具なので切れ味はかなり良く、不死の存在さえも殺す『屈折延命』付きである。たとえ不死の存在が混ざっていても葬れる。

 

「な、こんなすぐにっ・・・!?」

 

「死にたくないなら退くと良い。俺のために道を空けると良い。じゃなきゃ・・・狩るぞ」

 

「く、クソッ!」

 

やけっぱちになったのか、兵士の一人が剣を振り上げる。

流石曹魏の兵だ。蜀の兵に比べて、無駄が少ない。

 

「ふっ・・・!」

 

だが、それだけだ。英霊に追い付く技量ではない。

蛇狩りの鎌(ハルペー)の柄で薙ぎ払い、兵士を吹き飛ばして集団に突っ込ませる。

 

「ぐわっ!? 飛んできたぞっ!?」

 

「なんて馬鹿力なんだ・・・!」

 

「数で押せ! 押し潰せぇっ!」

 

兵士達は恐れつつもこちらになだれ込んでくる。

 

「負けないぜ。・・・ふんっ!」

 

俺を取り囲む兵士達へ、走ってタックルを食らわせる。

それだけで俺とぶつかった兵士達は鎧ごと体がつぶれ、ぐえっ、とつぶれたカエルのような断末魔を残した。

そのまま突き進み、包囲から抜ける。

 

「・・・後は俺の部隊に任せるか。これだけ混乱させれば、負ける戦いじゃない」

 

「待てッ!」

 

次の船に飛び移ろうとした瞬間に聞こえた声に、思わず足を止めた。

戦場には似つかわしくない綺麗で素直そうな声。

声が聞こえてきた方向に視線を移すと、白い髪をした少女がこちらへ駆け寄ってきているところだった。

格闘を主体にしているのか、手には何も持っていない。

彼女を挟むようにして走っている二人は双剣とドリルを持っているようだが。・・・ん? 

 

「ドリルっ?」

 

驚きつつも、迎撃態勢は整える。この辺は訓練の成果である。

 

「このまま華林様の所へは向かわせないッ!」

 

「そうなのー!」

 

「隊長もおるからな! 行かせられるはずないやろっ!」

 

まず先頭を走っていた少女から拳が飛んでくる。

拳で来たのなら拳で受けよう。

俺はハルペーを片手で持ち、開いた片方の手で拳を作って相手の拳を迎え撃つ。

右手で放ったので、手甲同士がぶつかる鈍い音がした。

 

「くっ・・・! 気で硬化している拳と同じ堅さ・・・!?」

 

「凪ちゃんっ! ・・・やらせないのっ!」

 

たん、と軽いステップで双剣の少女は右側から双剣での剣戟を放ってくる。

右腕は目の前の少女とぶつけ合っているので動かせないと判断したんだろう。

肩の部分の鎧で双剣を受ける。ただの鎧ではなく、宝具であろう鎧は魔術だけではなく通常攻撃にも耐性を持っている。

それ故に、双剣を難なく受け止め、それに驚いた双剣の少女は動きを一瞬止めてしまった。

その隙をついて、俺は目の前の少女の腕を掴んだ。目の前の少女もへこみもしない頑丈な鎧に驚いたのか、簡単に腕を取られてしまった。

 

「しまっ・・・!」

 

「ふんっ!」

 

「きゃー!?」

 

「ぐっ・・・!?」

 

右腕で掴んだ少女を、双剣の少女に向けて叩き付けた。

双剣の少女は何とか受け止めたものの、船の甲板を滑っていくように飛んでいった。

 

「凪! 沙和! よくも二人をっ!」

 

ぎゅおお、と回転して俺に迫るドリル。あ、回るんだそれ。どうやって回ってるんだろ。

取り敢えず迎撃しないといけない。形状的には槍の先にドリルがついたような武器なので、柄の部分を弾けばいいだろう。

蛇狩りの鎌(ハルペー)を振り上げてドリルの柄の部分を弾き上げる。

 

「ちぃっ、ウチの螺旋槍も弾くんかいな・・・!」

 

再び回転しながらドリルが迫る。・・・螺旋槍っていうんだ。

しかし、彼女たちの技量は愛紗や恋と比べると劣ってしまうため、簡単に弾くことが出来た。

がら空きになった胴体を切り裂くために蛇狩りの鎌(ハルペー)を振るうが、横からの衝撃で体勢が崩れ、刃は空を切ってしまった。

 

「真桜はやらせない!」

 

「凪か! 助かったわ! ・・・この兄さん、化け物みたいに強いで・・・」

 

「うにゅう~・・・春蘭様と同じぐらいの怪物なの~・・・」

 

気合い十分に拳を構える格闘少女とふらふらしながらも何とか戦線復帰した双剣の少女。

うん、まぁこの三人の名前は予測がつくけど・・・聞いておこうか。

 

「・・・一応名乗っておこう。俺の名前はギルガメッシュ。ギルと呼んでくれ。・・・君たちは?」

 

「私の名前は楽進」

 

「ウチは李典や」

 

「私は于禁なの~」

 

・・・確定である。魏の三羽烏・・・だっけ? 

名称はともかく、これが魏ルートで一刀くんの家計を圧迫する原因の一つなのだろう。

蜀で言うと恋と鈴々みたいなものだろう。・・・改めてスキル黄金律に感謝した。

 

「お前は強い。・・・だからこそ、此処で止める!」

 

「此処で止まるわけにはいかないんだよなぁ。・・・仕方ない、押し通るか」

 

三人相手にハルペーは向かないと判断し、船に突き立てる。

腰の鞘から絶世の名剣(デュランダル)と選定の剣の原典である原罪(メロダック)を抜く。

 

「二刀流かいなっ! 鎌も使えてそれもって・・・器用すぎるやろ!」

 

「一応警告しておくけど・・・左手の剣には触れるなよ」

 

体と宝具に魔力を流しながら、踏み出す。

まずは李典からかな。ドリルから少しだけ魔力に似た何かを感じられるから、俺に直接ダメージを与えられる可能性があるし。

 

「うわっ、こっちきた! ・・・もう、どうにでもなりや!」

 

姿勢を低くして、手に持つ螺旋槍を突き出す李典。

右手の原罪(メロダック)を振り下ろし、螺旋槍を船の甲板にめり込ませる。

これで李典は螺旋槍を抜くまで隙だらけだ。そのまま切り裂けばいい。

そんな考えのもと、絶世の名剣(デュランダル)を振り下ろす。

 

「やらせないのっ!」

 

横から于禁が突っ込んできて、俺の振り下ろした絶世の名剣(デュランダル)に自身の双剣を合わせて当て、軌道を少しだけずらした。

于禁は身軽らしいので、このタイミングで間に合ったのだろう。

絶世の名剣(デュランダル)の切っ先は李典からずれ、船を切り裂いた。

俺が左手に持っている宝具、絶世の名剣(デュランダル)はどんなものでも切り裂く切れ味と、決して輝きを失わない奇跡を宿している。

だからこの剣に対して防御は意味を成さない。絶対に切り裂くという概念が、防御すら凌駕するからだ。

于禁が防がずに弾いたのは良い判断だ。まぁ、一応戦う前に警告はしておいたわけだし。

 

「船が切れるって・・・凄い切れ味なのー・・・」

 

「触れるなとは・・・この切れ味の事を言っていたのか・・・」

 

「正確には防いでも意味無いから避けろよって意味だったんだが・・・まぁいいや。これ以上もたもたしてたらおわっちまう」

 

手っ取り早く無力化するには・・・ああ、そっか。

 

「お前ら、泳げるよな?」

 

「は?」

 

「そりゃ一応ちょっとは泳げるけど・・・」

 

「ならいいや。ま、これも運命。諦めろ」

 

船に絶世の名剣(デュランダル)をつきたて、船を真ん中から前と後ろに二分するように走る。

抵抗もなくするりと斬れていく船を見て、三人娘の顔に驚愕が浮かぶ。

 

「まさか・・・船をぶった切るつもりかっ!」

 

「み、みんなー! 別の船に移るのー!」

 

于禁が兵士達に向かって叫ぶが、多分もう遅い。

甲板の端まできた俺はそのまま飛び降り、船の側面をまっぷたつにしていく。

水の中に落ちるが、呼吸を止めても普通に活動できる俺は身体能力の高さを生かして泳いだまま船の下を通っていく。

もちろん船には絶世の名剣(デュランダル)を突き立てながら、だ。

ぎぎぎ、と鈍い音を立てながら、船が軋み、浸水していく。

 

「『崩れる幻想(ブロークンファンタズム)』」

 

とどめに船の甲板に置き去りにしてきた蛇狩りの鎌(ハルペー)を爆発させる。

蛇狩りの鎌(ハルペー)は俺が切り裂いた所から船の中に落ちたらしく、船底を抉るように爆発した。。

あーあ、これで蛇狩りの鎌(ハルペー)も使い物にならなくなったか。

だが、船にはとどめを刺せたようだ。更に軋む音が大きくなり、沈んできている。

これでこの船に乗っていた兵士達はしばらくは川の中だ。

人の乗っていない小舟を運良く見つけ、そこから再び船の上へと飛び乗る。

次は何処へ飛ぼうかと周囲を見渡すと、魏の船でも蜀呉のものでもない船が向かい合っている俺達の横からやってきた。

その船が掲げている旗は・・・

 

「日章旗・・・!?」

 

それが示すのは、一つだけ

 

「ランサー! 成る程、魔力の回復と共に着々と増やしていたんだな・・・!」

 

どこからあんなに船を調達してきたのかとか諸々の疑問は取り敢えず置いておくとしよう。

ランサーを止めなくては。英霊がこの戦場で動き始めれば、全ての軍が壊滅状態に陥る。

早速俺は船を飛び移り、ランサーが乗る船へと向かった。

 

・・・

 

「ランサー。調子はどうだ?」

 

「はっ! 魔力の弾丸も行き渡っており、この一戦は持つと思われます」

 

「そうか。狙いは一つ。この戦場の何処かにいる英霊達だ。この状態なら、いかにアーチャーといえど宝具は使えまい」

 

「ええ、そのとおりで・・・っ! マスター! 報告が来ました。こちらへ接近してくる魔力反応が一つ!」

 

「ふん。もう来たのか。その速さだとライダーかアサシンか?」

 

「・・・いえ、そこまでは分からないとのことです」

 

「まぁいい。どちらにしても派手に宝具は使えないのだ。行くぞ」

 

「はっ!」

 

・・・

 

「ほ、報告しますっ!」

 

「どうしたのっ!?」

 

桃香達が乗っている船へ、伝令の兵が息を切らせて駆けてくる。

伝令は肩で息をしながらも自身の役割を果たすために口を開く。

 

「正体不明の船団が迫っております!」

 

「正体不明? 旗とかは見えなかった?」

 

「旗は白地に赤い太陽のようなものが描かれているものでした!」

 

「んー? 文字じゃないよねぇ。なんだろ」

 

「・・・他に、正体不明の船団の情報はありませんか?」

 

桃香の隣で話を聞いていた朱里が伝令に向かって静かに問いかけた。

 

「その他には・・・目の良い兵の話ですが、全員が緑色の服を着ており、鎧はつけていなかったようです」

 

「緑の服・・・桃香さま、もしかしたら前にギルさんから聞いた槍兵さんかもしれません・・・」

 

「それって英霊の!? た、大変! 近くにいる兵士さんを遠ざけないと!」

 

「伝令ですっ!」

 

桃香がそう言った瞬間、二人目の男がぜぇぜぇと息を切らせてやってきた。

 

「どうしたんですか?」

 

「数百人の緑色の服を着た軍勢が近くにいた蜀、呉、魏の船を襲い、乗っている兵士を全滅させ、船を奪いました!」

 

「遅かったようですね・・・全軍に伝達してください! 緑色の服を着た兵士には近づかない様にと! おそらくギルさんが向かっていますので、手を出さないで下さい!」

 

「りょ、了解しましたっ!」

 

二人の伝令はそれぞれ指示を伝えるために走り出した。

 

「でも・・・不味いことになりました・・・」

 

「なんで? ・・・前に聞いた話だと、お兄さんは槍兵さんと相性が良いって聞いたけど・・・」

 

「相性は良いでしょう。槍兵さんの大量の軍勢に対してギルさんは大量の宝具の雨を降らせられますから。・・・でも」

 

「でも?」

 

「ギルさんの宝具を発射する宝具は人目につくところでは使えません。空中に武器が浮いているなんて光景を見れば、兵士さん達は妖術だと思ってしまいます」

 

「あ・・・そっか、お兄さんが英霊で、あの剣は宝具だって知ってるのは私たちだけなんだもんね」

 

「はい。だからギルさんは戦いの前に鎧を着替え、すでに武器を出していました。・・・それに比べ、槍兵さん達の武器は音が大きいだけで妖術とは思われないでしょう」

 

「じゃ、じゃあ、誰かもう一人英霊さんがいないと・・・!」

 

「そうした方が良いのですが・・・今向かえる人はいないです・・・」

 

「そんな・・・」

 

桃香は最悪の状況が頭に浮かび、目の前が暗くなったかのような気がした。

アーチャーの宝具はかなり派手だ。何もない虚空から剣や槍や斧が出てきて飛んでいくのはかなり常識から離れているだろう。

 

「お兄さん・・・・!」

 

桃香に出来ることは、兵士を出来るだけ遠ざけることと、無事を祈ることだけだった。

 

・・・

 

ランサーの船団は船を幾つか襲撃し、兵士の魂をランサーに取り込ませた。

魔力が限られている状況で、出来る限り魔力の消費を抑えようとしているからこその行動だった。

 

「魏の船二隻、蜀、呉の船をそれぞれ一隻ずつ奪取いたしました!」

 

「よくやった。兵士の魂は食ったな?」

 

「・・・は。余り気の進むものではありませんでしたが」

 

「街に住んでいる民ならばともかく、覚悟して戦場に出てきてる兵士のを食ってるんだ。文句は言わせん」

 

「はっ」

 

「船も増えて、魔力も補充できた。さて、後は向かってきたサーヴァントを片付けるだけか」

 

「はっ。・・・む、マスター。接近するサーヴァントの正体が分かりました」

 

「ほう。誰だ?」

 

「アーチャーです。後十秒もあれば先陣の部下達と接触します」

 

「成る程。アーチャーか。あいつの宝具は厄介だが、この兵士達がいる状況で使うほどやつも馬鹿ではあるまい」

 

「ええ。この状況でなら、私たちにも勝ち目はあります」

 

「くくっ、楽しみだ」

 

・・・

 

船の間を跳んで此処まで来たが、周りの目を気にしたために時間が掛かってしまった。

ランサーが乗っているであろう船の甲板に着地する。・・・さて、ランサーは何処かな。

油断せずに両手の剣を構えるが、ランサー達は出て来ない。・・・船を間違えたか・・・? 

 

「てぇー!」

 

俺の頭に疑問が浮かぶと同時に、足下から声が響いた。

 

「しまっ・・・!」

 

床を貫通してこちらに向かってくる弾丸。

地上ではなく船上だと言うことを忘れていた・・・! 

下から囲むように向かってくる弾丸に向かって剣を振るうが、後手に回り反応が遅れている俺にこれだけの弾丸は対処しきれない。

急いで体中に魔力を巡らせ、頭に向かってくる弾丸のみを狙って剣を振るう。

剣と鎧に衝撃が走る。金属がへこむ甲高い音が立て続けに起こり、いくつかの弾丸が鎧を越えて直接俺に当たる。

 

「ちっ、この鎧を貫通するなんて・・・!」

 

このまま黙っていては追撃を受けると判断し、王の財宝(ゲートオブバビロン)を開こうとしてやめる。

蜀呉の船に近づきすぎている。宝具の展開を見られては、シャオの様に妖術師と疑われてしまうだろう。

それは好ましくない。

ならば、と甲板を切り裂く。弾丸で穴だらけになっていた甲板はそれだけで崩れ、俺は船の内部へと落ちる。

 

「・・・おいおい」

 

以前見たランサーとは比べものにならないほどの多さ。

結構な大きさがある船の内部には数百人のランサーが銃口をこちらに向けていた。

 

「てぇー!」

 

二射目は俺が落ちていることもあって余り命中しなかったが、先ほどの攻撃で鎧の防御力も落ちている。

いくつかは腕や足にあたり、血が流れる。

魔力で何とか補強しているが、さっさと片付けないといけないな・・・。

着地地点の周りにいるランサーを切り裂き、自分の場所を確保する。

 

「相手は一人だっ! 掛かれっ! 掛かれーッ!」

 

「おおおおおおおおっ!」

 

船の中でランサーに囲まれるが、落ち着いて宝具を展開する

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

船の船底ごとランサー達へと宝具の雨を降らせる。

目撃者が多い場所では使えないが、此処には俺とランサーしかいない。

何も構うことなく使用できるのだ。

 

「浸水してきたぞっ」

 

「くそ、アーチャーめっ!」

 

何人かが王の財宝(ゲートオブバビロン)から逃れ、斬り掛かってくるが、その銃剣ごと絶世の名剣(デュランダル)で切り裂く。

 

「食らえェッ!」

 

「ぐっ・・・!?」

 

前の敵に集中しすぎたらしく、背後からの一撃に気付けなかった。

何とか致命傷は避けたものの、脇腹に銃剣が刺さってしまった。

 

「くそっ!」

 

「ぐあっ・・・!?」

 

俺に銃剣を刺したランサーの胴体を原罪(メロダック)でまっぷたつにする。

消えていくランサーを最後まで見ずに次の標的へと向かう。

宝具を撃つ。原罪(メロダック)で斬る。また宝具を撃つ。残った敵を絶世の名剣(デュランダル)で斬る。

しばらくその繰り返しをしていると、ランサーの複製達はいなくなった。

ふぅと一息つくと、船が随分浸水していることに気付く。

 

「さて、どうやって次へ向かうかな」

 

甲板を壊して降りてきたために上へ上がる手段は無い。

 

「・・・また泳ぐのか」

 

傷に響きそうだなぁと思いながら出来る限りの修復を施す。

両手の宝具を鞘に戻してから、王の財宝(ゲートオブバビロン)の所為で開いた穴から水中に飛び込む。

中々に泳ぎづらいが、そこは気合いである。

しばらく泳ぐと、次の船が見えてくる。だが水中からでは何処の船かは判断できない。

一度水上へ出ないと。

 

「ぷはっ。・・・うーん」

 

周りを見渡してから小舟を探す。移動手段である小舟は探せば大抵見つかるので足場として重宝している。

あ、あった。

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

周りに人がいないことを確認してから小舟を鎖で引っ張り寄せる。

小船の上に上がり、次にランサーの乗る船へと天の鎖(エルキドゥ)を放つ。

 

「これは・・・! 総員! アーチャーが来たっ!」

 

「ちっ・・・!」

 

だが、ランサーに察知されてしまったようだ。鎖をたぐり寄せるのを中断し、王の財宝(ゲートオブバビロン)を開く。

開くと同時に、ランサー達は甲板の縁からこちらに銃を構えた。

 

「てぇー!」

 

火薬の爆発する音がして、弾丸がこちらに迫る。

俺は宝物庫から何かの原典の盾の宝具を取りだし、弾丸を防ぐ。

 

「ちっ、盾の宝具か・・・。アーチャーが乗っている船を沈めろ!」

 

それは拙い。さっさと相手の船を沈めなくては。

俺は王の財宝(ゲートオブバビロン)を一瞬だけ開き、船に穴を開ける一撃を放つ。

 

壊れる幻想(ブロークンファンタズム)

 

船の中に宝具が届いた瞬間に宝具を爆発させる。

ランクの低い宝具を爆発させたので、そこまで目立つものではないだろう。

予想通り船は傾き始め、ランサー達は慌てて水の中に飛び込んだり他の船に移ったりしている。

 

「・・・次だな」

 

今日、此処でランサーを仕留める。

 

・・・

 

「・・・ふむ、ランサーとアーチャーは交戦中か」

 

「どうする? 私たちも参戦するか?」

 

「・・・いや、様子見と行こう。どちらかが聖杯に取り込まれれば我々の計画が一歩前進することになるしな」

 

「そうだね。・・・私たちの駒は五湖の兵と共に動き始めたよ」

 

「それでいい。さて、聖杯はどのような反応を示すか・・・楽しみだ」

 

・・・

 

「ようこそ、アーチャー」

 

次に見つけた船に鎖を引っかけ、そのまま甲板に上がると、隣を併走する船の上にランサーとそのマスターを見つけた。

 

「貴様の宝具はランサーにとって天敵だ。・・・だが、此処まで他の兵士達の近くまで来てしまっては、使うわけにも行くまい?」

 

ランサーとそのマスターを視界に入れたまま周りの様子をうかがう。

船はこの間にも進んでいて、兵士達は肉眼でもこちらを見れる状況になっている。どちらかというと蜀呉の本陣に近い場所らしく、翠や白蓮達の旗が見えている。

将達は俺が英霊だと言うことを知っているが、兵士達は知らないだろう。ばれてしまっては桃香が妖術師を抱えていると勘違いされてしまうかも知れない。

・・・成る程、この状況を待っていたのか、このマスターは。

 

「お前達は、聖杯を望むのか?」

 

「当たり前だろう。ならば何のためにこの戦いに身を投じたというのか」

 

「・・・そうか。聖杯を手に入れるためならば手段を選ばない、と?」

 

「それも当たり前だ。このまま進撃し、蜀の部隊を皆殺しにする。その中に貴様達のマスターもいることだろうしな」

 

「なら、お前は俺の敵だ」

 

「ようやく覚悟が決まったのか? ・・・甘い奴だ。どんな英雄なのか気になるところだよ」

 

「甘くて結構。俺はマスターを・・・蜀の人達を守らなければいけないからな。宝具は派手に使えないが・・・全力で行かせてもらう!」

 

「ああ、そうしろ! ランサー!」

 

マスターの声に、隣に控えていたランサーと複製達は三つの横並びの列を作り、銃を構えた。

お互いの射線を邪魔しないように、膝立ちになったりと撃つ姿勢を列ごとに変えているようだ。

 

「了解しました! 狙えッ! 目標、敵サーヴァント、アーチャー! ・・・てぇー!」

 

こちらに向かって数百を超える弾丸が飛んでくる。

いくら魔術に耐性がある鎧を着ていると言ってもギルガメッシュの対魔力自体が低いため、流石に全ては防ぎきれないだろう。

ならば、速攻でオリジナルのランサーを撃破する! 

出しっぱなしだった盾の宝具を顔の前に構え、助走をつけて隣の船へと飛び移る。

途中で盾や鎧に銃弾が当たり、いくつかは貫通して来たが、魔力で応急処置をしておく。

 

「構えーっ! 敵サーヴァント、突っ込んでくるぞ! 近接戦闘よーいっ!」

 

ランサー達を越え、船の縁ギリギリに着地する。

すぐに振り向き、盾を捨て、腰の宝具を二つとも抜刀する

いつのまにかマスターは何処かへ行ったようだ。・・・まぁ、当たり前か。

 

「敵の武器はあの二刀のみ! 数で押すのだ! ゆけっ、ゆけーっ!」

 

銃剣を構えた緑の軍勢がこちらに駆けてくる。不安定な船の上だというのによくやるよ・・・。

黙っているわけにも行かないので、両手の宝具を振りかぶりながら俺も駆け出す。

鎧はかなり傷つき、体には表面だけ塞いだ傷口が幾つかある。

だが、負ける気はしない。

 

・・・

 

「ぬ、ぐおおぉぉぉ・・・!」

 

複製の最後の一人を切り裂き、川へと落とした。

消えていく様を近くの兵達に見せるわけにはいかないための処置だった。

その所為で無用な傷を負い、此処まで消耗してしまったわけだが。

 

「・・・よくやった。・・・だが、此処までのようだな」

 

いつのまにかランサーのマスターがランサーと共に立っていた。

 

「その姿ではランサーと一対一でも苦戦するだろう」

 

「・・・ああ、その通りだよ。だけど、苦戦するだけだ。最後には勝つ」

 

「くっくっく、良い啖呵だ。ランサー、こちらも秘匿は最優先だ。魔力があっても複製は作れん。・・・だが、やれるな」

 

「はっ! 数々の同胞の死が無駄ではないことはアーチャーの姿を見れば分かります。・・・その死に報いるためにも!」

 

「よく言った。・・・令呪によって命じる! ランサー! 全力でアーチャーを倒せ!」

 

ランサーのマスターの腕にある令呪が光り、一画が色を失う。

その瞬間、ランサーへと聖杯から魔力が流れる。

 

「・・・全力で当たらせて貰う。卑怯とは言わせん」

 

ランサーは銃剣を低く構えながら俺に向かって呟くようにそう言った。

 

「構わないさ。・・・これも戦争だ」

 

そう言って、両手の宝具を握り直す。魔力はあるが、修復にも限度はある。

至る所から血が流れており、鎧も煤で汚れたりと十全ではない様子を現していた。

 

「戦争とは・・・嫌なものだ」

 

ランサーがそう言葉にした瞬間、こちらに駆け出した。

魔力のブーストがある所為か、かなりの速さだ。ランサーというクラス補正もあるのかも知れない。

向かってくるランサーの動きをよく見て、突き出される銃剣を斬ろうと絶世の名剣(デュランダル)を振り上げる。

だが、ランサーは突き出した銃剣を引き戻し、銃を撃つ態勢に入る。

 

「しまっ・・・!」

 

「食らえ・・・!」

 

他のどんな武器にもない特性・・・弾丸を発射できるという機能を生かしたフェイントに騙され、至近距離で弾丸を放たれる。

何とか振り上げた絶世の名剣(デュランダル)で防ぐが、急な動きの所為か剣の鍔に弾丸が当たり、はじき飛ばされてしまった。

 

「これで全てを切り裂く剣は使えまい!」

 

「・・・く、そっ!」

 

両手で原罪(メロダック)を握り、横薙ぎに振るう。

しかし撃った直後にランサーは後ろにステップを踏んでおり、空振りに終わった。

その後後退しつつ慣れた手つきで弾丸を装填したランサーは再び低く構えてこちらに突っ込んでくる。

 

「二番煎じが・・・通じると思うかっ・・・!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

裂帛の気合いと共に銃剣を突き出してくるランサー。

俺はその突きがフェイントかどうかに迷い、一瞬行動が遅れてしまった。

結局フェイントではなく、そのままに突いてきた銃剣に原罪(メロダック)をぶつけてギリギリで逸らせたものの、がら空きの腹に蹴りを入れられた。

 

「ぐっ・・・うぅっ・・・!」

 

流石に英霊と言ったところか、脚力が尋常じゃない。

何とか吹き飛ばされるのは防いだものの、かなりの隙になってしまった。

急いで態勢を整えようと顔を上げると、そこには銃を構え、引き金を引こうとしているランサーの姿があった。

 

「詰みだ。後に続く者の礎となれ」

 

引き金を引く指にぐっ、と力が入れられるのが見えた瞬間、咄嗟に原罪(メロダック)を片手で投擲していた。

もう片方の手で頭部を守るために顔の前に挙げた瞬間、火薬の爆発する音と共に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。

 

・・・




天の鎖(エルキドゥ)の先に鏃のようなものを着けて、それを木とかの柔らかい素材に突き刺し、巻き取る動作を利用して高い場所に移動する装置が・・・」「隊長、何をぶつぶつ言ってるんですか?」「ああ、副長か。どうだ、俺の渡した服は動きやすいだろう」「はい。緑は私の好きな色でもありますからね。お気に入りです」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十七話 聖杯と泥と乖離剣と

zeroのアニメを見て、乖離剣の登場シーンに感動して鳥肌が立ったのは私だけではないはずです。

それでは、どうぞ。


「・・・っは!?」

 

意識が急に浮上し、体の感覚を取り戻した。

すぐに伏せていた体を起こす。

 

「・・・どう、なった・・・?」

 

くらくらとする頭を抑えながら、周りを見渡す。

目の前には・・・消えかけている、ランサーの姿があった。

原罪(メロダック)は命中しており、俺が気絶していたのは一瞬だったようだ。

弾丸を受けたせいか左腕に痛みが走り、動かしづらいが、帰るまで問題はないだろう。

 

「・・・良く、当てた・・・」

 

「偶然だ。・・・本当に、偶然だった」

 

剣はランサーの心臓に丁度刺さっており、傍目からでも霊核を破壊したのが分かった。

 

「成る程・・・幸運の持ち主と・・・いうわけ、か」

 

「済まないな」

 

「私のことは良い・・・。それよりも、マスターを頼む」

 

「お前の・・・か?」

 

「ああ・・・マスターは、此処ではない世界・・・異世界の日本より来たと言っていた・・・どうか、マス、ター・・・を・・・」

 

最後まで言い切ることなく、ランサーは消えた。

からん、と原罪(メロダック)が落ち、その向こうには倒れたランサーのマスターが見えた。令呪のブーストの他に、自身の魔力も流していたらしいランサーのマスターは、魔力が欠乏して倒れたのだろう。

俺は原罪(メロダック)を拾ってランサーのマスターの元へと歩く。

 

「・・・ふ、ふ・・・。負けた、のだな」

 

「ああ。俺が勝った」

 

「殺せ。サーヴァントがいなくなった以上・・・望みはない」

 

いともあっさりと彼はそう言った。目に迷いはなく、死ぬならそれまで、と言う諦めが見えた。

・・・だが、殺すわけにはいかない。聞かなければいけないことがある。

 

「ランサーが言っていた・・・あんたが異世界から来たというのは本当なのか?」

 

「・・・くく、ランサーめ・・・。おしゃべりな奴だ。・・・ああそうだ。俺は現代日本から此処へと来た」

 

「どうやって・・・。まさか、管理者達に?」

 

ランサーのマスターは苦しそうに体を起こし、船の上にどかりと座り込んだ。

そのまま、彼は語り出した。

 

「ふ、知らん。俺は忍者だった・・・現代に残った甲賀の一族なのだ。・・・忍術は魔術を応用したものでな。だから俺には魔術の心得が多少あった」

 

忍者・・・本当にいたんだなぁ。

 

「ある時、誰か・・・誰かは分からんが、そいつに俺は此処へ送り込まれた。目覚めたところは小屋で、俺の仕事道具とサーヴァントを召喚するための手順が書かれた本だけがあった」

 

彼はそれを元にランサーを召喚。聖杯に元の世界へ戻してもらえるように頼もうとしていたらしい。

成る程、彼もある意味北郷くんの様なものだったのだ。

 

「いや、最初は驚いた。三国志の武将の名前を持つのが、女とはな」

 

最初に曹操を見たときは驚きを隠すので精一杯だった、と彼は微笑する。

だが、次の瞬間には何の隙もない真剣な表情に戻り、俺に鋭利な視線を寄こしながら言った。

 

「・・・だが、それも潰えた。戻れぬのなら、今までの事も意味はない・・・さぁ、殺せ」

 

「それは・・・出来ないな」

 

「同情したのか? ・・・そんなものいらん」

 

そう言った彼の瞳には怒りが宿っていた。俺も逆の立場なら同情なんてされたくないだろう。

 

「そうじゃない。俺も同じ様な境遇なんだ。だから、諦めるなって言いたいんだよ」

 

「諦めるな・・・?」

 

「忍術が使えるんだろ? ・・・だったら、それで甲賀を起こせばいい。あんたが忍者の頭領だ。・・・夢のある話しだろう」

 

「・・・ふ、ふふふふふ・・・面白いことを言う」

 

俺は遠くに飛んで行ってしまった絶世の名剣(デュランダル)と手元の原罪(メロダック)を鞘ごと宝物庫にしまう。

 

「俺は手を出さないし、助けない。・・・ま、ここも悪いことばっかりじゃないって事だけは知っておいて欲しいかな」

 

それだけ言い残して、俺は船から小舟へ飛び乗る。・・・痛い。傷に響くなぁ、これ。

苦労しながら本陣の船までたどり着くと、自分の部隊の兵士に手伝って貰いながら船の上へと登る。

 

「お兄さんっ!」

 

だだだっ、と焦ったように桃香がこちらまで走ってくる。

 

「おー、桃香か・・・。戦いはどうなった?」

 

「お兄さんが槍兵さんを止めててくれたから、勝てたよ! 今、曹操さんは撤退してる!」

 

「そっか・・・よっ・・・っと」

 

船によじ登った後力が入らなくなって膝をついていたが、気力で立ち上がる。

 

「起きあがって大丈夫なの!?」

 

そんな俺を見て桃香が抱きつくように俺を支えた。

心配そうな表情を浮かべる桃香を安心させるように顔に笑顔を浮かべ、笑いかける。

 

「はは、サーヴァントを舐めるなよ? 魔力さえあれば大体何とかなるんだよ」

 

最も、受肉している扱いらしい俺は魔力があっても治りにくいのだが。

桃香に手伝って貰って人気のないところへ移動した後、取り敢えず鎧を脱ぐ。着替えはライダージャケットにしようと思ったが、服に締め付けられ若干痛みが走るので神様サービスで入っていたフランチェスカの制服を身に纏う。

うん、傷に響かなくて良い感じ。温かいし。

取り敢えず立って歩けるぐらいまでは回復したので、立ち上がり、周りを見渡す。

 

「勝った・・・んだよな」

 

「うんっ! ・・・後は、曹操さんを追撃して、戦力を削るだけだよ!」

 

桃香の言葉にうなずきを返し、帰ってくる蜀呉の船を見つめる。

 

・・・

 

「・・・ランサーが破れたか」

 

「どうする? このまま魏の背後を突いて曹操と天の御使いを確保する?」

 

「そうした方が後々の・・・むっ!?」

 

「な、なんだこれは・・・! 聖杯が・・・暴走している!?」

 

「くそ、流石に魔法でも魔術でもないもので修復したせいか安定しないか・・・!」

 

「ランサーを取り込んだ所為かな・・・一端離れた方が良さそうだ」

 

「そうだな。バーサーカー!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

主に呼び出されたバーサーカーは、二人の男を抱えて船から跳ぶ。

流れ着いた小舟や木っ端を足場に、川岸まで跳んだあと、男二人を降ろした。

 

「・・・ランサーを取り込んだから、その分の泥を吐き出すつもりなのかな?」

 

「ま、これで魏は泥に取り込まれるだろう。その後で聖杯戦争を続ければいい」

 

「そうだね。後は収まるまで休憩かな」

 

・・・

 

撤退をしていく曹魏の背後に、それは現れた。

黒く、どろどろとしたコールタールを連想させるそれは、一隻の船から流れ出た。

船を黒く染めると、次は川に流れ始める。海かと見間違うほどの川を黒く染め上げながら、確実にそれは曹魏の軍団に迫っていた。

 

「あれ・・・は・・・!」

 

体が強ばる。間違いない。画面越しにしか見た事はないけど・・・今の俺には感覚で分かる。

あれは聖杯の泥だ。何故かは分からないが聖杯が暴走し、その内包する泥を解放しようとしている。

 

「な、なに、あれ・・・!」

 

「桃香、急いで全ての人間を川から離れさせろ!」

 

「お、お兄さんはっ!?」

 

「魏の奴らを見捨てられないだろ!」

 

泥は魏に近い所から流れ出している。蜀呉は逃げる時間があるが、魏はほとんど目と鼻の先に泥が迫って行っている。

あれを何とかしないと曹魏の部隊は壊滅状態・・・いや、もっと酷い状態に陥ることになる。

 

「お兄さん・・・。ごめんね、ずっと頼ってばかりで」

 

「構わないさ。月を助けてくれた恩を返したいだけなんだから」

 

そう言ってから乖離剣を取り出し、船の甲板を蹴るようにして空中へ跳ぶ。

体は余り言うことを聞かないが、魔力は十分だ。あの泥を何とかするのも一応手は考えてある。

船から船へと飛び移るように移動していく

 

「聞こえるかしらぁん?」

 

直後、声が聞こえた。脳に直接語りかけてくるようなこの感覚は、きっと念話だろう。

あまりの寒気に思わず立ち止まったのは悪くないはず。

 

「むふふ、何で念話が繋がるのか気になっちゃうようねん」

 

怪しい息づかいをしながら、貂蝉は何故念話が出来るのかを教えてくれた。

聖杯から泥があふれ出た瞬間、貂蝉は卑弥呼と魔法使い卑弥呼を連れて月の元へと向かったらしい。

そこで月に事情を話し、俺と月のパスを使って念話を送っているらしい。

・・・その船には月の他にも詠や響、孔雀もいたはずだが・・・うん、後でケアしておくとしよう。

で、何のようなんだ、と貂蝉に返す。

貂蝉は真面目な口調で、頼みたいことがあるの、と言った。

 

「聖杯の泥が流れ出したのはおそらく聖杯の修復が不完全で何らかの穴が開いたせいでしょうねん」

 

貂蝉は卑弥呼と共に聖杯の元へと向かい、管理者としての力を使って聖杯の穴を何とかするらしい。

・・・何とかってどういう事だ、と思ったが、前に俺と魔法使い卑弥呼を閉じこめた隔離された世界を作る技術を応用して何とかかんとかと説明された。

要するに、どうして欲しいんだ? と単刀直入に聞いてみると、短くこう返ってきた

 

「あなたの乖離剣で、泥を押しとどめておいて欲しいのよ」

 

何でも、泥は人を求めて移動しているらしく、一番近くにいる魏に向かってきているらしい。

その泥を乖離剣で押しとどめている間に貂蝉達は聖杯が積んであるであろう船へ接近し、修復を試みるらしい。

ふと、そこまで近づけるのなら壊した方が早くないかと聞いてみたが、聖杯を壊すことによって更に泥が流れ出したら手に負えなくなるから無理、とのことだった。

ああ、成る程納得。サーヴァントなら壊せるけど、この状況では近づけないし、だったら修復してでも泥を止めるのが先か。

了解した、と返事を返し、次の船を見つけ、飛び移る。

念話の時間は短かったとはいえ、泥は確実に曹魏に迫っていた。

いまだに水上で取り残されているような部隊もいるし、やはり時間稼ぎは必要だろう。

途中、沈む船に取り残されている人影を発見し、人数も二人と助けられそうなので、その船に着地。

その人影に声を掛けようとして近づいたとき・・・

 

「・・・え・・・!?」

 

がっつりばっちり北郷くんと目が合った。

・・・あ、俺フランチェスカの制服を・・・。

 

「・・・うん、気にしたら負けか」

 

取り敢えず、北郷くんともう一人・・・ネコミミフードの少女を脇に抱えて沈む船から脱出。

小脇に抱えた瞬間ネコミミフードが五月蠅かったが、我慢して貰うことに。この程度じゃ妊娠しないって。

曹の旗が立っている船まで運び、二人を降ろしてすぐに足を踏み出す。

背後でわーわーと何か騒いでいるようだが、気にせずに泥の元へと急いだ。

泥が迫ってきているギリギリまでたどり着くと、船から水中へと飛び込む。

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

飛び込む前に鎧を装備して、天の鎖(エルキドゥ)で川底と足を固定する。

川の中まで黒く染め上げる泥と相対すると、恐怖心が心の底からこみ上げてくる。

あれには抵抗できない。逃げろ。此処で逃げても敵である魏が泥に飲まれるだけだ。

そんな逃げの考えに抵抗するように目を閉じ、手に持った乖離剣に意識を集中させる。

魔力は十分。先ほどの戦いで宝物庫にしまいっぱなしだったからか、エアもやる気十分のようだ。

 

「行くぞ、エア。対界宝具のお前なら、泥をかき消すくらい出来るだろう? ・・・サーヴァントとして、人を救ってみようじゃないか」

 

魔力を流すと、エアの刀身が回転を始める。

柄の部分からガスとも水蒸気とも取れない何かを放出し、周りの水を蒸発させながらエアは激しく回転していく。

回転する刀身に巻き込まれた水は水流を生みだし、エアの生み出した風と共に混ざり合う。

水の中でも回転数を落とさない乖離剣を構えながら、目の前の泥をにらみつけて真名開放を放つために右腕を引き絞る。

 

天地乖離す(エヌマ)・・・」

 

不思議と水の中でもきちんと発音できた。

このまま垂れ流された泥を押し返し、聖杯の中へ押し込む。

聖杯の修復が終わったときには残った魔法使い卑弥呼が念話を使って教えてくれるらしい。

ならば後は暴走が収まるまで俺が泥を押さえ込めばいいだけだ。

なんて簡単。

・・・だが、問題はこのランクEX宝具を残った魔力で長時間発動させ続ける事が出来るのか、と言う事だけだが、まぁ、そこは気合いで。

俺は引き絞った矢を放つように右腕を前に突き出しつつ、ため込んだエネルギーを前方の黒い泥に向けて放つ。

 

「・・・開闢の星(エリシュ)!」

 

川の水を回転させる竜巻が眼前の泥へ向かっていく。

宝具のバックアップに、保有する魔力を使い切る思いでエアに流し、右腕を突き出す。

擬似的な次元断層を作り出すこの宝具なら、泥をその断層へと巻き込んでいくことが出来、泥を飛び散らさずに済むだろう。

後は、魔力と天の鎖(エルキドゥ)がどれだけ持つか。それだけだ。

 

・・・

 

月は、瞑っていた目を開ける。

すでに貂蝉と卑弥呼は何処かへ消え、部屋には月と詠、響、孔雀、そして伝令として残った女性の卑弥呼だけになる。

部屋から二つの巨体が消えた開放感か、響がふぅ、と息をついた。

 

「・・・でかかったねー」

 

「なんでボクにふるのさ。・・・まぁ、おっきかったけど」

 

響は孔雀に先ほどの二人の外見についてでかかっただとか笑顔が怖かったとかキモさが一周回って逆にキモいだとか話しかけていた。

 

「あ・・・そうだ、ギルさんのために令呪使った方が良いよね」

 

月は誰に言うでもなく呟いた。

貂蝉の話しによると、アーチャーは自身の持つ最高の宝具を使い、流れ出る泥を押しとどめる役割になったと聞いた。

月はアーチャーの宝具を一つ(王の財宝)しか知らない。最高の宝具というのは見た事がないけれど、きっととても魔力を使うに違いない。

そう思っての発言だったが、それを孔雀が止めた。

 

「やめておいた方が良いと思うけどね。後二画しか残ってないんでしょ? 此処で一画使って、バーサーカーが攻め込んできた時どうするのさ」

 

そこでまた一画使ったら令呪無くなるんだよ? と孔雀は警告するように言葉を投げかけた。

 

「それに、貂蝉が確認してたけど、何とかなるくらいの魔力は残ってるんだってさ。危なくなったら月からごっそり魔力が引き出されるだろうし、その時に使えばいいと思うよ?」

 

「そう・・・ですか」

 

魔術師としては目の前に座る孔雀の方が先輩だ。素直にしたがっておいた方が良いだろう、と月は判断し、不安げに令呪を見るだけにとどまった。

 

「そう心配しなくても良いと思うわよ、弓兵の主人。わらわと戦ったときにその最高の宝具を見たけど、わらわとの戦いで消耗していた時に使っても世界を揺らす威力だったんだし・・・。更に状況が良い今なら、何の問題もなく発動できるでしょ」

 

「・・・あんた、ギルと戦ったわけ?」

 

詠が信じられないものを見る目で卑弥呼を見る。

 

「・・・っていうか、あの時の揺れってやっぱりギルさんだったんだね・・・」

 

響はもう驚かないよ、うん。と呟きながら自身の髪の毛をくるくると弄っていた。

 

「うん。戦ったわよ。・・・いやー、あれは調子が良いときに全盛の魔力でやられてたら、わらわも危なかったかもねー」

 

卑弥呼がそう言った瞬間、船が大きく揺れた。

 

「きゃっ!?」

 

「な、なにこれっ、なにこれー!」

 

少女達は近くにあるものに捕まり、揺れが収まるのを待った。

しばらくすると兵士が一人部屋に入ってきた。その兵士曰く、激しい波が起きていて、船がかなり揺れるとのことだった。

進めないほどではないけど、しばらくは我慢して欲しい。そう続けて、伝令の兵士は去っていった。

 

「これ、やっぱギルさん?」

 

「・・・だろうね。激しい魔力の奔流が前方から感じ取れる。月、ギルの様子は感じ取れる?」

 

「はい、パスから少しだけ感じ取れます。・・・このままの勢いなら、魔力は持ちそうです」

 

「そっか。・・・なら、後はボク達がこの揺れに耐えるだけだね。・・・おっとっと」

 

柔らかく微笑みながら、揺れる船の中で何とか体勢を整えようとする孔雀。

 

「金ぴかはわらわが認めた英雄だよ? このくらいやってくれないとね。・・・うわっとっと」

 

きりっとした顔で偉そうに胸を張った卑弥呼だったが、直後の揺れで危うく転びそうになっていた。

そんな締まらないやりとりをしながら、少女達の乗った船は着々と岸へと向かっていった。

 

・・・

 

はっきり言って、ライダーは焦っていた。

警備隊長のクセに前線に赴き、妙に張り切って前線に飛び込んでいった自身のマスターを守るために共に曹魏の船へ突っ込んでいったのはまだ良かった。

いくら肉弾戦が苦手だからといっても、人間の兵士は危険になり得ないからだ。

だが、曹魏が撤退を始めた頃。その背後から流れ出した黒い重油のような何かは、完全に自分の許容範疇を越えていた。

 

「ライダー!」

 

「分かってんよぉ!」

 

マスターのかけ声に、自分たちはまず負傷者達を遠ざけることから始めた。

魔術師ではないただの兵士達にもあの黒い何かの危険性は本能で察知できるらしく、声を掛けるだけですぐに撤退の準備は整った。

あの泥に触れてはいけない。もしスキル『直感』があれば・・・いや、無くても感知できるほどの危機感。

その危機感と助けなければならない人間の多さによる焦燥感が、ライダーを突き動かしていた。

 

「おい! まだ負傷者はいるのかっ!?」

 

マスターである多喜があたりを駆け回る兵士達に声を荒げて聞く。

それぞれからいない、との声を返して貰った多喜は、なら俺達も撤退だ、と駆けだした。

急いで逃げなければならないときは今乗っているような大きい船より、小舟を櫂で漕いでいった方が速い。

何隻かに分けて乗り込んだ兵士達は、かけ声を合わせながら力一杯櫂を動かしていた。

 

「マスター、先に行ってろ。俺はセイバーやアーチャーんとこ行ってみる」

 

警備隊長だから、と最後まで残ったマスターにそう言って、ライダーは背を向けた。

 

「・・・おう。無茶はするなよ」

 

「マスターと同じく、逃げ足だけは自信あるんだ」

 

「さすが、俺のサーヴァントだ。・・・全員乗ったな!? おら、漕ぐぞ!」

 

応、と元気な返事が聞こえる。満足げに頷いたマスターは、全員と協力しながら岸へと向かっていった。

さて、と気を引き締める。風が外套をはためかせ、その下にある暗闇が顔をのぞかせる。

 

「むむ、セイバーの戦場が一番近いな。まずはそっちを当たってみるか」

 

ふわりと浮かんだライダーは、飛行しながら船から船へと渡っていった。

次の船へと目を配り、飛んでいった瞬間。ライダー自身は気付かなかったが、その後ろをすれ違うように、アーチャーが船の甲板から次の船へと飛び移っていた。

 

・・・

 

「ちっ・・・銀よ! 大丈夫かっ!」

 

「一応な! 取り敢えず、こいつら運びださねえと!」

 

「分かっている! 手の空いた者はこちらを手伝え! 負傷者を岸まで運ぶぞ!」

 

「応!」

 

セイバーは自身も何人かを運びつつ、他の兵士達にも指示を飛ばしていく。

カリスマスキルのおかげか、他の戦場よりもセイバーの周りは撤退の速度が速く、余裕を持って岸へとたどり着くことが出来るだろうと判断できた。

 

「セイバー」

 

全員を船から小舟へと移動させ、誰か残されていないかを確認しているとき、聞き慣れた声がした。

 

「ライダーか。どうした? 何か異変か?」

 

「いんや、こっちの様子を見に来ただけだ。あの黒い何かは見たか?」

 

「・・・ああ。あれは何だ?」

 

「俺にも分からんよ。ただ、俺達に害なす物であることだけはしっかりと理解できるぜ」

 

「その通りだな。・・・アーチャーとアサシンには会ったか?」

 

「いや、まだだ。・・・どうする? いったん戻ってアーチャーとアサシンのマスターに確認を取ってみるか?」

 

「そうした方が良いだろうな。・・・マスター、先に船で戻っていてくれ」

 

「セイバーはどうすんだ?」

 

「私はライダーと共に本陣へと戻る。アーチャーならあの黒い何かを何とか出来るかもしれぬしな」

 

銀はしばらく考えた後、ま、あいつってなんか何でもありだからなぁ、と呟いた後、セイバーに許可を出した。

 

「ただし! 死ぬなよ?」

 

「もちろんだ。先に一人だけ除隊など出来る物か」

 

「それでいいぜ、セイバー。じゃ、またな」

 

そう言うと、銀は軽い足取りで走り去っていった。

 

「よし、なら行くぜセイバー。船の間は移動できるよな?」

 

「ああ。英霊としての私なら問題ない」

 

生前ならそんな無茶できなかったが、と苦笑しつつも、セイバーは全身を使って目前の船へと飛び移る。

そんなセイバーにおいて行かれまいと、ライダーもセイバーを追って飛び移った。

 

・・・

 

アサシンは迷っていた。自身のマスターである響の乗っている船の周りを警備しているのはいつものことだから良いとして、あの黒いのは何だ。

サーヴァントという神秘ですら太刀打ちできない黒い奔流。飲み込まれればただ取り込まれるだけだろうと感覚で理解してしまうほど。

他のサーヴァントが攻めてきたというのなら右腕を解放して戦えば倒すことが出来るが、あれは自身の宝具じゃ太刀打ちできない。

 

「・・・」

 

音も気配もなく船の上に移動すると、黒い何かの動きを把握しようと目をこらす。

黒い何かはゆっくりと曹魏の船団に向かっているように見える。

あの速度なら、自分たち蜀呉は逃げられるだろう。そう判断して視線を外そうとしたが、ちらり、と高速で動く何かが見えた。

こちらに向かってきている二つの影と、黒い何かに向かっていっている一つの影。

前者についてはだんだんと近づいてくるためにすぐに分かった。セイバーとライダーだ。

ならば、後者はおそらくアーチャーだろう。彼の宝具なら太刀打ちできると判断し、急いで向かっているのだ、とアサシンは推定した。

 

「ハサンか! ギルは!?」

 

この船へたどり着いたセイバーとライダーがこちらに声を掛けてくる。

その質問に、首を横に振ることで答える。

 

「そうか・・・。取り敢えず、月殿に話を聞くぞ。パスで居場所くらいは分かるかも知れないからな」

 

こくり、とうなずきを返して、二人の後を付いていくように船の中へと入ろうとした瞬間。

 

「ッ!? ・・・なんだこの魔力は・・・!?」

 

曹魏の船団の向こう。黒い何かと船団の間に、世界がずれるのではないかと思うほどの魔力の奔流。

思わず構えてしまい、船の中に入るどころではなくなってしまう三人。

セイバーとライダーの二人はアサシンと同じ所に立ち、何が起こっているのかを確認する。

視線の先には黒い何かの進行方向に回転する水面が見えた。

あり得ないくらいの魔力の流れ。その流れはせめぎ合う回転の中で次元にずれを起こす。

 

「あれは・・・ギルか・・・?」

 

「だろうな。あいつがいないときに起こる事件は大体あいつが原因だ」

 

コクコク、とアサシンも頷く。

黒い何かはそれ以上先には進めず、ずれた次元の先へと消えていく。

その間に曹魏の船団は9割方撤退を完了しており、後はあれが流れ出る大元を何とかすればこの騒ぎは終わる。

 

「・・・取り敢えず、月殿に詳しい話を聞こう」

 

三人は、今度こそ船の中へと入っていった。

 

・・・

 

「あ、正刃さん! 雷蛇さんにハサンも! 無事だったんだ!」

 

「ああ。・・・ところで、ギルはやはり・・・?」

 

「うん」

 

まず最初に三人に気付いたのは響だった。

ギルはどこに、と言う質問に、響はアーチャーが修復までの時間稼ぎを行っていることを説明した。

 

「なるほど、な。乖離剣の話は一度ギルから聞いていた。・・・だが、あれほどの威力とは・・・」

 

「そろそろ聖杯の修復も終わる頃だと思うんだけどね。あの筋肉達磨から連絡来ないのよ。・・・まったく、わらわをこんな雑用に使うなんて・・・」

 

「まぁまぁ。焦ってもあの人達の仕事が速く終わるわけでもなし、ゆっくり待とうよ」

 

「・・・ボクとしては孔雀のその落ち着きようが不思議なんだけど」

 

「ふっふっふ。これが大人の落ち着きってものさ。ギルに頭撫でられて子供みたいにはしゃいでる詠とは違うんだよ」

 

「なっ、なんでそこでギルが出てくるのよっ。それに、私ははしゃいでないっ!」

 

「べつにー? 特に意味はないけどねぇ。何を熱くなってるのかなぁ」

 

「く、じゃ、くぅー!」

 

今にもつかみかかりそうになっている詠に、おろおろとしながらも月は声を掛けた。

 

「落ち着こうよ、詠ちゃぁん・・・」

 

「うぅっ、ゆ、月がそういうなら・・・」

 

しばらくそんなやりとりを見ていると、卑弥呼が顔を上げた。

 

「報告来たっ、修復完了! 月、ちょっと接続借りるわよ!」

 

「あ、はいっ」

 

卑弥呼が月の手を取ると、月は目を閉じてアーチャーとのパスを意識して繋げようとする。

しばらくそのままでいると、卑弥呼が月の手を離した。

 

「これで大丈夫でしょ。・・・ふぅ、疲れたー・・・!」

 

卑弥呼のその一言に、全員が安堵の息を漏らした。

 

・・・

 

魔力も体力も尽きてきて、右腕ががたがたと震え出す。

乖離剣の真名開放の余波に体が耐えきれなくなってきているのだ。

宝物庫の宝具達のバックアップがなければとうに泥に飲まれていただろう。そこまで状況は逼迫している。

だが、まだ修復が終わったと連絡は来ていない。ならば、俺はやるべき事をやらなければならない。

天の鎖(エルキドゥ)も地面から抜け掛かっており、予断を許さない状況だ。しかし突き刺し直す余裕はない。

 

「・・・く、ぅ・・・」

 

思わず口から苦悶の声が漏れる。

目の前に迫る黒い泥。取り込まれればどうなるか分からないそれを目の前に、精神力もすり減っていく。

終わりの見えない行為ほど、苦痛に感じる物はない。

まだ、終わらないのか・・・。

右腕の感覚が麻痺し、乖離剣を握る握力すらなくなる寸前。

 

「修復完了よ金ぴか! 今あるそれ(・・)を片付けて、撤退しなさい!」

 

頭の中に、魔法使い卑弥呼の声が響く。

その声を聞いた瞬間、体中が再び力を取り戻す。

 

「ラスト・・・スパートだ・・・! エアっ!」

 

エアは俺の言葉に応えるかのように紫の紋様を一際強く輝かせ、目の前の泥を次元断層へと送り届ける。

追加される泥がないからか、すぐに泥は消えていき・・・目の前には、ただ渦巻く水だけになった。

 

「・・・ふぅ・・・はぁ・・・っ!」

 

回転を止め、エアを突き出していた右腕を降ろす。

呼吸は荒く、心臓は暴走するように血液を送っている。

水中なのに呼吸が出来るのはおそらく鎧の力だろう。それか宝物庫の中の宝具のバックアップだ。

今はそれを確認する気力すらない。

 

「お疲れ・・・天の鎖(エルキドゥ)・・・」

 

下半身を固定していた天の鎖(エルキドゥ)を宝物庫に戻し、地面を蹴る。

弱々しい一撃だったが、自分の体を水面まで浮かせることは出来たようだ。

そこから何かの木っ端を見つけ、それに掴まって岸までたどり着いた。

・・・幸運がA++じゃなければ、おそらく生き残れなかっただろう。最近ステータスを確認したら幸運があがっていたのには驚いたが。

 

「やりきったぞー・・・」

 

岸に上がった後にすぐに地面に仰向けになって倒れ込み、空を仰いだ。

鎧すら顕現する力をなくしたのか、自動的にフランチェスカの制服に変化した。いや、濡れてて水が溜まってたからちょうど良いけど。

達成感を感じて、右手を空に突き出すも、力なく地面に落ちてしまった。

 

「・・・あー」

 

消耗している。

俺の状態を表すのに、これほど的確な言葉はない。

ランサーとの制限状態での極限の戦い。船を飛び移り、水の中を泳ぎ、挙げ句の果てにはEXランク宝具の長時間使用。

これらが合わさり、フルマラソンでも走った後のような消耗が俺を襲っている。

魔力、気力、体力・・・ありとあらゆる力が希薄だ。

 

「い、よ・・・っと」

 

だが、倒れてばかりはいられない。蜀呉の陣地まで帰って、月と詠をはじめとする蜀の子たちの頭を撫でなくてはいけないのだ。

彼女たちは心配性だから、俺が居なくなると多分泣いてしまうし。・・・泣いてくれるよな? 

 

「・・・起きたのは良いけど・・・ここ、何処だよ」

 

上半身だけを起こして川とご対面しつつ、呟く。すると・・・

 

「此処は私たち・・・曹魏の駐屯所よ」

 

なんだか怖ろしい単語が聞こえた気がする。いや、うん。何を心配することがあるんだ俺! 俺は幸運A++の持ち主だぜ!? 

そんな簡単に悪いことが起こって・・・

 

「取り敢えず、事情を聞きましょうか? ・・・もう一人の天の御使いさん?」

 

振り向いたその先には、良い笑顔をした曹操さんの姿が。

・・・うわ、夏候惇さんもいらっしゃるんですね。はっはっは・・・

 

「・・・なんでさ」

 

あ、この台詞は違う・・・アーチャー違いだった・・・。

 

・・・




「幸運A++・・・だと・・・?」「具体的な例を挙げると、適当に蹴りを入れた富豪のお嬢様となんやかんやで結婚までいけるくらいの幸運らしい」「幸運って括りに入れていいものじゃないだろ・・・」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十八話 漂流と天の御使いと覇王と

主人公君の制服の着こなしは、「胸元を・・・露出する!」。冗談です。

それでは、どうぞ。


「ホントだって! 俺と桂花を抱えて跳んだのは、俺と同じ時代から来た奴なんだよ!」

 

北郷一刀は、こっちの世界に来てから五指に入るぐらいの勢いで自身の主・・・曹操に事情を説明していた。

 

「・・・まぁ、他の兵士達もそれを見てるようだし? 疑う気はないのだけれど・・・」

 

将達はほとんど全員集められており、話を食い入るように聞いていた。

・・・ただ、難しそうな顔をして顎に手を当てる張遼だけを除いて。

 

「うぅー、男に抱えられた男に触れられた男に男に・・・んもー! 同じ天から来たんなら、ちゃんと躾ときなさいよ!」

 

「け、桂花・・・そんな無茶なことを言われても・・・」

 

「それにしても・・・問題は実際にそいつを見た将が居ない、と言う事ね。兵達も混乱していたから余り情報が取れないし・・・」

 

「で、でも・・・!」

 

「失礼します!」

 

一刀が反論しようとした瞬間、伝令の兵士が焦った様子で天幕の中へと入ってきた。

 

「何事?」

 

「はっ! 見張りの兵士が、川岸で倒れている・・・その、天の御使い殿を見つけた、とのことです」

 

「・・・はぁ?」

 

「その、北郷様と同じ服を着て、光り輝く金の髪をした方でして・・・」

 

伝令のその言葉に、一刀は自身の限界を超えた速度で反応した。

 

「そいつだ! 俺、そいつに助けられたんだ!」

 

「は、はぁ・・・」

 

「それで? 今はどうしているの?」

 

一刀の行動に驚いた物の、すぐに落ち着きを取り戻した曹操が兵士に聞く。

すると、兵士は言いづらそうに口をもごもごとしながら、話し始めた。

 

「ええと、下手に声をおかけして天の怒りを受けてはいけないと、遠くから見張るだけにしておりますが・・・」

 

「・・・分かったわ。私が直接赴く」

 

「か、華林様っ!?」

 

曹操のいきなりの言葉に、まず反応したのは夏候惇だった。

そんな危ない奴の所に行くなんて、とか危険です、とかまくし立てる間に、荀彧や夏候淵も曹操を止めに入る。

だが、曹操は涼しい顔で止める言葉を一蹴すると、すたすたと天幕の外へ歩いていってしまった。

 

「ああもう! みんな、華琳を追うぞ!」

 

「言われなくても!」

 

少しだけ呆けていた将達を正気に戻し、一刀達は急いで曹操の後を追った。

 

・・・

 

「起きたのは良いけど・・・ここ、何処だよ」

 

私がその場所にたどり着いたとき、天の御使いと同じ格好をしている男は、胡座の格好で、川と対面するように座っていた。

後ろから春蘭たちの声も聞こえるし、一刀の話しによると天の人間は武力を余り持たないらしいから、危害は加えられないでしょう。

そう結論づけると、私は笑顔を作り、口を開いた。

 

「此処は私たち・・・曹魏の駐屯所よ」

 

びくり、と男の体が震える。

やはり、彼は天から落ちてきたのだろうか。最初にあったときの一刀も、こんな反応だった。

だったら、やはり天の御使い。二人も魏に御使いが来ると言うことは、こんな状況でも天運は私にあると言うことか。

 

「取り敢えず、事情を聞きましょうか? ・・・もう一人の天の御使いさん」

 

ぎぎぎ、と音が聞こえるような動作で彼はこちらに振り向く。

後ろで一斉に春蘭たちが警戒する気配が伝わってくる。

 

「・・・なんでさ」

 

そう言いたくなる気持ちも分かるわ、と心の中で呟きながら、一歩、彼に近づいた。

 

・・・

 

後ろを振り向くと、魏の将達が警戒心マックスで並んでいた! コマンド? 

・・・いや、逃げる一択だろ、これ。

だがしかし、俺の体には力が入らない! 

あ、詰んだな。

 

「や、やっぱりあんたは!」

 

曹操の横に立った北郷くんが俺を見るなり驚愕の表情を浮かべる。

いや、そうだろうなぁ。俺も同じ立場だったら同じ気持ちになったんだろう。

 

「・・・初めまして、かな」

 

ゆっくりと立ち上がる。

かなりの長身であるこの体では、ほとんどの人を見下ろす形になってしまう。

 

「・・・へぇ。あなた、一刀とは違って戦える天の御使いなのね」

 

素人臭い俺の動きのクセでも見つけたのだろうか。

曹操が面白そうな物を見る目で俺のつま先から頭のてっぺんまでを眺めた。

 

「まぁ、こんなところで立ち話もなんだし・・・いらっしゃい」

 

そう言って、曹操は背中を向けて歩き始める。

今なら。おそらく逃げられる。

水中をゆく体力はないが、地上を走るならまだ無理はきく。

・・・だけど。

 

「・・・そんな目で見るなよ」

 

北郷くんがこちらを見る目が、あまりにも力にあふれているから。

俺と話しをしたいんだろうなぁ、と簡単に推測できてしまい、逃げるに逃げられなかった。

意志の弱い俺は、月からのパスを通じてゆっくりと魔力が送られてくるのを確認しながら、曹操の天幕まで周りを将達に囲まれながらテクテクと歩いていくのだった。

 

・・・

 

「ギルの反応が無い?」

 

「ああ。先ほどの魔力の奔流が起こった場所へ赴いてみたが、ギルはいなかった。魔力反応もなし・・・流されたか?」

 

「おいおい、あいつ、かなり幸運高くなかったか?」

 

「・・・まぁ、取り敢えず女難の相はあるよな」

 

ちらり、とセイバーは泣き始めた月と、そんな月を介抱しつつ自分も泣きそうになっている詠、本人に貰ったという上着を抱きしめながら俯く響を見る。

恩人が消えたというのが心苦しいのか、孔雀は先ほどからなにやら魔術を使って魔力を感知しようとしているし、女性の卑弥呼はさっきから不機嫌そうに貧乏揺すりをしている。

 

「・・・劉備達蜀の少女達も泣きそうになってたよ。関羽あたりが何とか士気を保ってるって感じだな」

 

「成る程。・・・あの黒い泥によって次の決戦までは数日空いた。その間にギルが帰ってくればよいが・・・」

 

「大丈夫だろう。奴はなんだかんだいって運は良いからな」

 

「違いない。・・・さて、ギルのことはいったんおいといて・・・バーサーカー達の反応はあるか?」

 

「・・・俺のセンサーにも反応はない。・・・退いたのか?」

 

「あの聖杯を置いてか? ・・・無いだろうな」

 

二人は、少女達に刺激を与えないよう、そっと船の甲板へ出た。

 

「あらん? セイバーとライダーじゃない」

 

太陽に向かって己の筋肉をこれでもかと強調していた貂蝉が、後ろを振り向く。

二人は苦笑い気味に返事をして、貂蝉の言葉を待った。

 

「聖杯は無事に修復したわ。もちろん、泥はアーチャーが頑張ってくれたおかげで、被害は無し」

 

「やはり、あれはアーチャーか」

 

「ええ。でも、彼は今、存在が希薄になっている。・・・月ちゃんとのパスが薄いのもその所為よ」

 

「・・・宝具の使い過ぎか?」

 

ライダーの言葉に、貂蝉は頷く。

 

「普通の宝具ならアソコまでの消耗は見せなかったでしょうねん。でも、彼の乖離剣は対界宝具。世界を破壊するほどの威力を、あれだけの時間放っていたのだもの。並のサーヴァントなら消えていてもおかしくないわ」

 

「貂蝉、お前ならギルが何処にいるのか分かるのでは?」

 

貂蝉は、俯いて首を横に振った。

 

「私と卑弥呼は、聖杯の修復に力を使いすぎて、今は感知することすら出来ない。・・・申し訳ないわねん」

 

「かまわねぇよぉ。・・・何も出来ないのは、俺達も同じだしさぁ」

 

ライダーは自分を卑下するようにそう言った。

自嘲の響きを持った言葉は、その場の空気をより重くしていく。

今回の聖杯戦争では、魔力を使わなければお互いの位置さえ解らない曖昧な戦争。

 

「兎に角今は、曹魏との決戦を考えなくてはな・・・」

 

一人呟いたセイバーの言葉は、まるで中身のない、空っぽな呟きに聞こえた。

 

・・・

 

「・・・で? あなたは天から来たの?」

 

「あー・・・天と言えば天かなぁ」

 

神様っぽいのがいたし、召喚という形で降りてきたんだし・・・。

間違ってはいないはず。

 

「貴様ぁっ! 華林様の質問にそんな言葉で返すなどっ!」

 

ああ、夏候惇が常時バーサーカー状態! 

もうやだこの国! 帰りたい! 

良く北郷くんこの国にいてストレスで急性胃腸炎とかならなかったな。

 

「な、なぁ! えっと、フランチェスカの生徒・・・なんだよな?」

 

騒ぐ夏候惇を尻目に、北郷くんが話しかけてくる。

これはどう返すべきなんだろうか。

うん、と言ってもただ無駄な希望を与えるだけか。

 

「いや、違う。この服は気付いたら着ていただけだ」

 

嘘は言っていない。

 

「そ、そう・・・か」

 

「すまんね」

 

そこで、俺は周りの将を見渡し・・・霞と目が合った。

 

「・・・っ、っ」

 

なにやら目配せ身振り手振りで何かを伝えようと頑張っているが、すまん、分からん。

取り敢えず、霞は洛陽にいたときに俺と一緒にいたので、俺については魏の人達より詳しいだろう。

だが、何も言わずに沈黙していると言うことは・・・何か考えがあるのだろうな。

 

「それで? あなたはどうするつもりなのかしら」

 

「どうするって・・・行くところもあるし、解放してくれると嬉しいって感じかな」

 

「行くところ?」

 

「ああ。これでも意外と忙しい身でな。ささっと向かいたいんだけど・・・」

 

俺の言葉に、曹操は腕組みをして、何かを考えるように俯く。

すぐに顔を上げると、そうね、と呟いてから

 

「ま、いいわ。もうこちらには一刀もいるし・・・」

 

「隊長~! 流石にそろそろ誰か寄こし・・・て・・・」

 

曹操が俺に自由を言い渡しかけたその時。

事情を知らされていなかったのであろう李典が天幕の中へ入ってきて、将達が集まっているのと、俺が居るのを見て、目を丸くした。

 

「あ、あ、ああああんたっ! あの時船斬った奴やないかっ!」

 

「え!? あ! ホントなのっ。もう、あの時は服がびしょびしょになっちゃったの!」

 

「・・・」

 

魏の三羽烏が、天幕の中へ入ってきて俺に詰め寄ってきた。

なんで俺此処まで言われなきゃならないんだろうか。・・・船斬ったからか。

 

「船を・・・斬った?」

 

ああ、もう。曹操さんが興味を持ってしまった! 

 

「それ、どういう事かしら、真桜」

 

「え!? えーっと、なんて説明したらええのか・・・。兎に角、そこの兄ちゃんが良く切れる剣で船をまっぷたつにしたんや!」

 

「その後、気による爆発も起こし、短時間で船を一隻沈められてしまいました・・・」

 

李典の説明を、楽進が引き継いだ。

その言葉でますます興味を持ったのか、曹操さんの笑みが本当に半端じゃない。

こう、荀彧を苛めるときのような、うふふ、とでも表現できそうな笑み。

 

「あのー・・・帰っても、よろしい・・・」

 

「訳無いでしょう?」

 

「ですよねー」

 

ごめん、月。決戦が始まる前に・・・帰れたらいいなぁ。

 

・・・

 

あの後、曹操から条件を満たせば自由にする、と言われた。

その条件とは・・・。

 

「はっはっは! 華林様の為に、貴様を切り刻む!」

 

目の前に立つ猪、夏候惇を倒すこと。

もし倒せなければ、俺は此処で船をぶった切った責任を取らされるらしい。

まずい。そんなことになった日には処刑される未来しか浮かばない・・・! 

 

「・・・仕方ない、よな。うん、仕方ない」

 

貸して貰った模造刀を振って感触を確かめる。

うん、まぁ、戦えるだろう。

見つかったときにはこの格好だったので、鎧も原罪(メロダック)も使えない。

だが、此処まで戦ってきた俺の経験と、基本能力の高さでなんとでもなる。

 

「・・・二人とも、用意は良いな?」

 

夏候淵が確認するようにゆっくりと俺と夏候惇をみる。

俺はうなずきを返し、夏候惇はああ! と元気よく返事をした。

 

「それでは・・・始めッ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

始めの合図と共に、猪武将、夏候惇が突っ込んでくる。

彼女の動きは直線的でなにも捻りのないただの突進のような物だが、それを補うほどの速さ、野性的勘がある。

ならば、まずは彼女の速さに慣れることから始めよう。

そう結論づけ、振り降ろされる剣を受け止めずに受け流す。

・・・模造刀で受け止めるなんて無茶はしない。そんなことすれば、折れてしまうからだ。

それに、受け止めるなら両手を使わなければならないが、受け流すならば片手で事足りる。

 

「ぬっ!?」

 

そして、彼女が両手で剣を振るうのに対し、こちらは片手で殴ることも出来る。

風を切る様な音を立てて、俺の拳が無防備な夏候惇の側頭部へと向かっていく。

 

「なめるなぁっ!」

 

しかし、彼女は剣を振り下ろした勢いを利用して、そのまま前に跳んだ。

拳は標的を見失い、何もない空間を拳が通り過ぎる。

 

「中々早いな、夏候惇」

 

「当たり前だ! 私は強いからな!」

 

「ああ、本当にそう思うよ・・・。この人も死後英霊になってるんだろうなぁ、やっぱり」

 

思い浮かぶのは、今回の聖杯戦争でセイバーのクラスになった劉備の姿。

三国志の英雄達は全員英霊化していること間違い無しだろう。

・・・仕方ない。彼女との決着をつけるには、リスクを少し負うしかないだろう。

 

「勝負の最中に考え事とは・・・余裕だなッ!」

 

数歩でこちらとの間合いを詰めた夏候惇は、有り余る膂力で剣を振り下ろした。

振り下ろし始めた瞬間に、俺は地面を蹴り、彼女との間合いを更に詰める。

一瞬でお互いの吐息が聞こえる程までに接近すると、模造刀を持っていない腕で彼女の肩を殴った。

 

「ぐっ・・・!?」

 

剣の軌道はずれ、俺の片腕すれすれを削るように掠っていった。

この隙を逃す物かと片腕で夏候惇の腕を取り、回転させる。

 

「うおっ!?」

 

腕をねじられたことによって、彼女の体はくるりと反転する。

そのまま地面に押し倒して、模造刀を突きつける。

 

「俺の勝ちだ。夏候惇」

 

「・・・くっ!」

 

一瞬呆けていた夏候淵が、慌てて俺の勝ちを宣言し、一騎打ちは何とか終了した。

 

・・・

 

曹魏は撤退し、蜀呉は曹魏を追撃するために一度国境の城まで戻ることになった。

約一週間の間に曹魏の兵を減らす為の策を朱里が思いつき、少しでも有利になるようにと実行されることとなった。

 

「・・・お兄さん、心配だなぁ」

 

「お兄さんって言うのは・・・ギルのこと?」

 

国境へ戻るための片付けをしている最中。桃香の呟きに、孫策・・・雪蓮が反応した。

 

「あ、雪蓮さん。・・・はい、お兄さんは私たちのことを沢山助けてくれました。今度は私たちがって思ってたんですけど・・・」

 

たはは、と桃香は頬をぽりぽりと掻いて苦笑する。

いなくなったと判明したとき、すぐに捜索のための兵が動いたが、一人の将のために何人も人員を割ける訳もなく。

少数での捜索部隊は、いっこうに成果を上げていなかった。

 

「そう。ウチのシャオも世話になったみたいだし、こっちも少し兵を出してみるわ。彼、初対面の人でもすぐに顔を覚えられる位目立つし」

 

「ありがとうございますっ! 助かりますっ」

 

真名を交換してからと言うもの、桃香と雪蓮は更に距離を縮めていた。

 

「いいのよ。作業の方は蓮華に任せちゃってるし、暇だもの」

 

そうそう、聞きたいことがあったのよ。と、雪蓮はぽんと手を叩いた。

 

「あの黒い泥みたいなの・・・あれ、なんだか分かる?」

 

雪蓮が思い浮かべるのは曹魏が撤退している最中のこと。

曹魏の向こう側から、黒い泥のような物が流れ出してきたのだ。

その後、川を逆流するかのように怖ろしい波が起こったかと思うと、二つ共が消えてしまった。

そんな怪現象を目の当たりにして、気にならないはずがなかった。

 

「え!? え、えーっとぉ・・・」

 

「何か知ってるのね?」

 

「・・・はいぃ・・・」

 

それからしばらく桃香は雪蓮の質問攻めにあい、桃香を呼びに来た朱里も巻き込んで、聖杯戦争という世界を揺るがす戦争について説明することとなった。

他の将達には決して口外しないこと、と念を押して、桃香と雪蓮はそれぞれの部隊へと戻っていった。

 

「・・・うぅ、ごめんねお兄さん。喋っちゃった」

 

「はわわ・・・ごめんなさいです・・・」

 

桃香と朱里は、二人仲良く肩を落としてとぼとぼと歩いていった。

 

・・・

 

「国境近くの城まで戻るようだね」

 

「・・・大きな戦が終わった後は気が緩む。そこを狙うぞ」

 

「了解。キャスター、出陣するよ」

 

「・・・分かってるよ。準備は万端だ」

 

「なら良い」

 

「バーサーカー、俺に戦果を寄こせ」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

・・・

 

夏候惇を打ち破り、曹操にしつこく勧誘されながらも、何とか自由を勝ち取った俺。

その後、蜀の部隊へと戻ろうと魏の駐屯所を去ろうとしたとき

 

「あ、あの!」

 

北郷君に呼び止められ、少し話しがしたいとかで人気のないところで二人、じっくり話すこととなった。

 

「・・・お、俺は北郷一刀! えーっと、あなたは?」

 

「俺はギル。宜しくな」

 

「ギル、か。・・・ギルもやっぱり、現代から?」

 

「そんな物かな。交通事故にあって、気付いたら此処にいた」

 

中々端折った説明だが、間違ってはいない。

 

「交通事故・・・。でも、体は無事だよな?」

 

「まぁね。ま、その後蜀の人に拾われて、今まで過ごしてきたんだけど」

 

「そ、そうだったのか・・・。俺達、どうなっちゃうんだろうなぁ」

 

どうなっちゃう、か。

いくら曹操達魏の武将達と仲良くなっても、ホームシックとでも言うような郷愁の念はあるのだろう。

 

「・・・ま、お互い頑張ろうじゃないか、北郷くん」

 

「そうだな・・・。あ、俺のことは、一刀で良いぜ。・・・いつか、平和になったら・・・また、話そうな」

 

「ああ。・・・きっとすぐに、平和になるさ」

 

一刀に別れを告げ、今度こそ曹魏の陣地を後にしたのであった。

 

・・・

 

国境近くの城へとたどり着いた蜀の部隊。

休息や部隊の再編成、離れていた間に新たに起こった問題なども解決しなければならず、軍師や文官はもちろん、武将達もあわただしく城を行き来していた。

その中で、自室での待機を命じられた月と詠。理由は、精神的な消耗だった。

 

「・・・ギル、さん」

 

以前は離れていても一日やそこらで帰ってきていたし、倒れてずっと話せなかったときも、そばにはいられた。

今回は何日も離れているというわけではないが、何処に行ったのかも分からなくなり、ただまだ生きていると言うことがかろうじて分かるだけ。

蜀呉同盟の話しの時に独断で戦いに赴いた事もあるアーチャーは、かなり無茶をすることを経験で知っていた。

そんな状況に月が耐えられるはずもなく、仕事が何も手に付かなくなってしまっていた。

 

「もう・・・何処に行ったのよ、あいつ・・・」

 

詠は、ある意味で月よりも消耗しているかも知れなかった。

軍師としての考えが、ありとあらゆる最悪の事態を想像してしまう。

更に、詠には月のようにパスでアーチャーと繋がっているわけでもないので、アーチャーの存在を感じ取れない不安もある。

休もうとしない二人は桃香達に叱られ、心配した蜀の将達から無理矢理にでも休むようにと伝えられてからも、二人はこうして落ち込んでいたのだった。

そんな中、コンコン、と扉が叩かれる。

 

「・・・どなたですか?」

 

「私ー。響。入るよ?」

 

「・・・どうぞ」

 

扉を開いて入って来たのは、二人には及ばずとも、目の下にくまができている響だった。

月と詠が抜けた穴を埋めるべく、侍女として働き、アサシンにアーチャーの行方を捜させたりと、他のことだけを考えることによって彼女はギリギリ精神の平衡を保っていた。

 

「ごはん、食べない? そろそろハサンも戻ってくるから、何か情報があるかも知れないし」

 

響は今、アサシンとの念話を切っていた。

仕事中にアサシンと話していれば集中力がとぎれてしまうし、最悪の報告を聞いたとき、取り乱さない自信が無かったからだ。

そのため、報告を竹簡に纏めて持ってくるよう、響はアサシンに言い含めていた。

 

「・・・ごめんなさい。今は、何も・・・」

 

「そんなこと言わないのっ。ほら、ギルさんが帰ってきたときにそんなんじゃ、怒られちゃうよ?」

 

「無事に帰ってきてくれるなら、いくらでも怒られます。・・・怒られた方が、ましです」

 

手強い・・・響の脳裏には、その一言だけが浮かんだ。

そのすぐ後、はっとした響は、再び口を開く。

 

「月ちゃん・・・それでも、だよ。魔力は主から流れるんだよ? 月ちゃんがご飯を食べなくて元気が出なくちゃ、ギルさんに魔力がいかないんだから」

 

月本人が駄目ならアーチャーも絡めて話せばいい。

これならどうだ・・・? 

おそるおそる月の言葉を待つと・・・

 

「・・・わかり、ました。頑張って食べます」

 

よし、と心の中でガッツポーズ。

このままの調子で、と詠にも視線を向け、話しかける。

 

「ほら、詠ちゃんも」

 

「ボクは良いでしょ。月と違って、マスターじゃないんだから」

 

・・・うわ、こっちの方が厄介だ。助けて、ギルえもん。・・・ギルえもんってなに? 

そんな益体のないことを考えていると

 

「マスターじゃないからってご飯を食べない言い訳にはならないんじゃないかな」

 

突然、四人目の声が聞こえた。

三人が声の聞こえた扉の方を向くと、器用にも片腕で腕を組んだ孔雀の姿があった。

 

「全く、響が中々戻ってこないから見に来てみれば・・・」

 

アーチャーから貰った執事服の上から白衣に身を包んだ孔雀は、ため息をつきながらも二人の前まで歩いてきた。

 

「ちょっとは食べておかないと、ただでさえ低い身長が伸びないよ?」

 

「っ、ボクと同じくらいの身長のあんたに言われたくないわよっ」

 

「ふっ、ボクの方が少しだけ高いの、知らないんだ」

 

詠の反論に、孔雀は余裕の笑みを浮かべる。

そんな言い合いをしている二人は、なんだか姉妹のように見える。

そして、孔雀の余裕たっぷりの笑顔は、詠の怒りの沸点を軽々と超え・・・

 

「ふんっ! 分かったわよ! 食べりゃいいんでしょっ?」

 

「それで良いんだよ。・・・全く、世話を焼かせるマスター達だ」

 

きびすを返した孔雀は、やれやれと肩をすくめながら部屋を出て行った。

 

「ありがとねー、孔雀ー」

 

「良いって事よー。・・・洗濯当番、二回。よろしくねー」

 

「うっ・・・い、いいよっ。二人が元気になるならっ・・・!」

 

去り際にさらりと当番を押しつけた孔雀に唇を噛みながらも、響は二人のご飯を用意していくのだった。

 

・・・

 

徒歩でしばらく。そこから森の中へ入り、夜を待つ。

元々無い人気が更に無くなったところで、飛行宝具、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)を取り出す。

魏の駐屯所で休憩し、歩いている内に何とか魔力が回復して使用可能になった飛行宝具に乗り込み、一路国境近くの城へ。

戦闘が終わったのなら、何処かの城には居るだろうと考えてのことだったが、幸運のおかげか一度でその城を見つけることが出来た。

 

「・・・うん、間違いないな」

 

あの戦闘以来、薄くなっていたパスでも感じ取れるぐらい、月を近くに感じ取れた。

 

「行くか。また、泣かせることになるだろうけど」

 

もしかしたら、嫌われちゃうかもな。

そんな事を考えつつ城へと足を進める。黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に乗ってきたが、近くの森で降りたので目撃者は居ないだろう。

夜だからか、城壁に数人の見張りがいる以外は人を見ない。

・・・おや、誰か走ってるな。

てってって、と軽い足音が聞こえる。小柄な体格の人が走っているようだ。

 

「あわわ、えとえと・・・」

 

きょろきょろと周りを見回しながら現れたのは、蜀のあわわ軍師こと、雛里だった。

 

「お部屋はどっちに・・・ふにゃっ!」

 

考え事をしていた所為か、雛里を避けられずにぶつかってしまった。

雛里は尻餅をついてこちらを見上げると、驚きで目を見開いた。

 

「ごっ、ごめんなさ・・・っ!? あわわっ、ぎ、ぎぎっ、ギルさんっ!」

 

「久しぶり。・・・って程には離れてないかな?」

 

せいぜい半日程度だ。

尻餅をついた雛里を抱き上げながら、片手で抱いて頭を撫でる。

 

「あわわ・・・。い、いつ、お帰りに?」

 

「今さっき。誰か居ないかなって探してたら雛里がいたんだ。いやぁ、偶然とはいえ、こっちに来てくれて助かった。良い子だなぁ、雛里は」

 

「ひゃわっ、そんな、良い子だなんて・・・!」

 

「取り敢えず桃香に帰ってきた報告をしたいんだけど、何処にいるかな」

 

「あ・・・ごめんなさい、私もその、慣れてないお城で迷ってしまって・・・」

 

「そっか。なら、適当に歩いていこうか。そのうち見つかるよ」

 

「は、はいっ!」

 

にっこり、と笑って返事を返してくれる雛里。

この子の満面の笑みは、たまにしか見られないからかなり貴重だ。

風呂上がりなのか寝る前だったのか珍しく髪を結っていないので、髪を梳くように撫でながら城内を歩く。

見回りの兵士に桃香の居場所を聞いてみたり、道を聞いている内に、一つの扉の前にたどり着く。

 

「此処か・・・意外と長い道のりだったな・・・」

 

「あわわ・・・失礼ながら、ギルさんがあそこで東と西を間違えなければ・・・」

 

「うっ・・・。ある歌に釣られて逆に覚えてたんだよなぁ・・・。そういうけどな、雛里。雛里もその途中で兵士の言葉を聞き間違えてたよな?」

 

「あ、あれはっ、その、ドキドキしてて聞き逃してしまったというかなんというか・・・!」

 

二人の間に一瞬の沈黙が降りた後・・・

 

「・・・不毛だな」

 

「・・・不毛ですね」

 

ふぅ、と二人同時にため息をつく。

 

「ま、たどり着いたから結果オーライだ」

 

「おーらい?」

 

「・・・終わりよければすべてよしってこと。さて、桃香ー?」

 

こんこん、とノックしてもしも・・・ノックして声を掛ける。

すると、寝てないっ、寝てないよっ! と部屋の中から声が聞こえ、ばたばたと扉まで走ってきた桃香は、勢いよく扉を開けた。

 

「あのね、私は別に寝て無くて・・・って、ギルさんっ!?」

 

「こんばんは。夜分遅くに済まないな。お邪魔しても良いか?」

 

「こ、こんばんは、桃香さま」

 

「・・・ふえぇ、私、まだ寝ぼけてる?」

 

小首を傾げてそんなことを言い放ったので、ほっぺたを軽くつねる。

や、柔らかい・・・この子に堅い所とかあるのかな。骨すらふにゃふにゃっぽそうなんだが。

 

「ふぃふふぁん、ひゃめふぇーっ」

 

ギルさん、やめてー、と言っているらしい。

名残惜しいが、手を離すことにした。さようなら桃香の柔らかさ。ただいま雛里のなめらかヘアー。

お風呂上がりでかなりしっとりしている髪を撫でて満足していると、桃香が慌てて俺達を部屋に迎え入れた。

 

「その、散らかってますがー・・・」

 

桃香の部屋に着いてから雛里を降ろし、奥まで歩いていく。

すると、そこには・・・書簡、書簡、書簡の山があった。

なにこれ、と聞くと、溜まっていた案件や問題、それに部隊の再編成に掛かる費用などの決済を求める書簡らしい。

昼間、朱里達とやればいいのにと返すと、夜の間に少しでも進めておきたかったとのこと。無茶するなぁ。

 

「そ、それでね、寝起きだったから混乱しちゃったんだけど・・・さっきのは忘れてくれると嬉しいかなぁ、とか思っちゃったり・・・」

 

「大丈夫だ桃香」

 

ぽん、と優しく桃香の肩に手を置き、目を合わせて語りかける。

 

「お、お兄さん・・・ありが」

 

「きっちりと、俺の脳内に保存しておいた!」

 

「と・・・う・・・? ・・・お、お兄さんのいじわるーっ」

 

おっとっと、桃香をいじくるのが楽しくて忘れるところだった。

ひとしきり笑ってから、こほん、と咳き込む振りをして話題を変える。

 

「ん、それで話は変わるんだけど」

 

「・・・なに?」

 

私怒ってます、と一目見て分かるくらいに頬を膨らませた桃香が、俺と目を合わせずにそっぽを向いてそう答えた。

ほほえましいなぁ、と笑いながら、泥についての話しと、その後何をしてきたかを報告した。

報告が終わった後、曹魏に行ってきた話しのあたりからずっとがくがくぶるぶる震えていた雛里が無事で良かったです、と泣き始め、いったん雛里を落ち着かせることになった。

 

「・・・落ち着いたか、雛里」

 

膝の上に抱え、俺の胸に顔を埋める雛里を落ち着かせると、恥ずかしそうに彼女は口を開いた。

 

「ふぇ・・・。お、お見苦しいところを・・・」

 

「見苦しくなんか無いって。泣いてる雛里も可愛いかったよ」

 

・・・言っている自分すらダメージを受けるこの台詞・・・! (自分への)圧倒的破壊力・・・ッ! 

だが、雛里を落ち込ませるくらいなら俺がダメージを引き受けよう! 頑張れ俺! 

 

「か、かわっ、きゃ、きゃきゃきゃ・・・!?」

 

ひなり は こんらん している ! 

再び落ち着かせるためになで回しつつ、その間に桃香の質問に答えていく。

 

「あ、あの、曹操さんは、私たちのこと何か言ってた?」

 

「いや。・・・俺が蜀の人間だって事は隠してたから」

 

「そ、そっか。・・・そうだよね」

 

蜀の将だと知られたら自由にされるかも怪しかったしな。

最悪の場合、曹魏のど真ん中で宝具を使う羽目にもなりかねん。

それからいくつかの質問に答え、よし、と立ち上がる。俺の代わりに、椅子には雛里を座らせた。

 

「そろそろ月の所へ行こうと思うんだけど、いいか?」

 

「え・・・? ま、まだ行って無かったのっ!?」

 

がし、と凄い勢いで肩を掴まれた。え、ちょっと、痛い痛い! 何この子、凄く力強い! 

 

「あ、ああ。まずは桃香に報告かなと思って・・・」

 

「まずは月ちゃんにただいまでしょっ! もう、一番に私の所に来てくれたのは嬉しいけど、月ちゃんも心配してたんだから、すぐに行かないとっ!」

 

「わ、分かった分かった! 部屋の位置は?」

 

「えっと、この廊下をまっすぐ行って・・・」

 

桃香から月の部屋の場所を教えて貰い、すぐに走り出した。

ああもう、いつも泣かせてばかりだな・・・。

せめてこの城へ滞在している間は、ずっと月を笑顔にしていてあげたいものである。

 

・・・




「交通事故・・・か・・・。今の体なら、車のほうが無事じゃすまないな・・・」「あいつ、あんなところで黄昏てどうしたんだ?」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十九話 帰還と花と口付けと

「もそもそ・・・」「もそもそ・・・」「(きっ、気まずい・・・!)」

それでは、どうぞ。


「ごちそうさま、です・・・」

 

「ご、ごちそうさまって! 全然食べて無いじゃない! 璃々ちゃんでももっと食べるよ!?」

 

「で、でも、ホントに食べられなくて・・・」

 

扉の向こうから、そんな会話が聞こえてくる。

焦る気持ちを抑えて、扉をノックする。

 

「く、くじゃえもん、助かったっ!」

 

響の声がしたあと、扉が開いた。

涙目の響の顔が、一瞬で驚きの顔に変化した。

 

「ぎ、ギルえも・・・じゃなくて、ギルさんっ!」

 

「ギルですってっ!?」

 

「ギル・・・さん・・・!」

 

俺を認識した瞬間に飛び込んできた響を受け止め、その後に抱きついてきた月をもう片方の手で受け止めた。

 

「ただいま、三人とも」

 

「はぅぅ、心からのお願いって届くんだねっ・・・!」

 

「うゅぅぅぅ・・・」

 

ホント流石っ、流石ギルさんっ、と言いながら嬉し涙を流す響と、なんだか可愛い声を上げる月を撫でる。

うわ、半日でもかなり久しく感じるな。

 

「・・・無事に、帰ってきたのね」

 

一歩離れたところにいる詠も、そう言って歓迎してくれる。

二人が落ち着くまでしばらく好きにさせた後、取り敢えずいろいろと説明するよ、と三人を座らせた。

 

「ん? ・・・おっと、飯の途中だったのか」

 

そう言えば、部屋に入る前になんだか問答していたような・・・。

俺がそんなことを考えていると、響が聞いてよギルさんっ、とこちらに詰め寄ってきた。

 

「月ちゃんと詠ちゃん、ギルさんの事が心配だからってご飯食べないの! 二人ともご飯食べるよりギルさんに怒られたいとか堂々と変態宣言してたのっ!」

 

なんだと。そんなおもしろ・・・心配になるような発言を!? 

 

「へ、へんたっ・・・!?」

 

「ちがっ、違うわよギルっ! そんなこと言ってな・・・い、事もないけどっ! 事実がねじ曲げられてるわっ!」

 

「変態・・・私、変態・・・」

 

「だって言ってたじゃんっ。私は聞いたんだからね! 嘘つき良くないっ」

 

「だーもうっ! 良い!? 響の言ってることは嘘なんだからっ。信じちゃ駄目なんだからっ」

 

「この手のつけられてないご飯が何よりの証拠だよ!」

 

「へ、変態なのかな、私・・・」

 

「月はいつまで落ち込んでるのよっ! ・・・って、何その笑み!? 怖い、怖いよ月っ!」

 

「ふぇ? ど、どうしたの詠ちゃん?」

 

・・・な、何だこのカオスは・・・。

取り敢えず、響の話しを纏めてみると、月と詠がろくに食事を取らなくなったのが問題と言うことだろう。・・・変態宣言云々は置いておくとして。

 

「月、詠、きちんとご飯は食べないと」

 

「・・・だ、だって・・・。ギルさんはもっと苦しいのかなって考えただけで、ご飯なんて・・・」

 

「そ、そうよ。・・・変な後悔みたいのが胸に浮かんできて、食欲なんて・・・」

 

・・・どうしようか。

二人の落ち込みレベルは半端じゃない。

ちらり、と響を見るも、凄い勢いで首を横に振られてしまった。

孤立無援。何ともまぁ、絶望的な状況である。

・・・だが、此処を乗り切れずして、何がサーヴァントかっ。

覚悟を決め、二人の頭にぽんと手を置く。

 

「ぎ、ギルさん・・・?」

 

「ギル・・・」

 

「心配してくれたのは、本当に嬉しい。・・・だけど、二人がそんなんじゃ、素直には喜べないな」

 

出来うる限り優しく、二人を宥める。

 

「・・・そうだな、俺も晩飯食べてないし・・・。一緒に食べようか」

 

「そ、それが良いよっ。待ってて、確か少し余ってるはずだから!」

 

響にアイコンタクトをすると、すぐに行動に移してくれた。

彼女は気配りの出来る良い子である。後で何かお礼しておこう。

・・・さて、後は・・・

 

「じゃ、響が帰ってくるまで詠でも撫でてるかな」

 

「ど、どうしてそうなるのよっ!」

 

「いやほら、さっき響と月は撫でたけど、詠はまだだったろ?」

 

「さっき撫でられたから良いわよ! あ、もう、なにして、きゃっ!?」

 

わたわたと混乱している詠の後ろに回り、椅子から抱き上げる。

そのまま俺の椅子へと戻り、詠を膝の上にのせて座る。

 

「もうっ。・・・な、撫でるなら、さっさとしなさいよっ」

 

そう言って、詠はゆっくりとこちらに体を預けてきた。

以前何か仕事で失敗してたとき、こうやって撫でると喜んでくれたので、またやってあげようと思ったわけである。

・・・長い付き合いだから、詠が本当に嫌がってるかツン子になっているのか位は分かる。

今は、恥ずかしいけど嬉しいというツン子モードだろう。こう言うときの詠は、口が少しつり上がるのだ。

俺に体を預ける詠の髪を、整えるように撫でる。さっき暴れたからか、少し乱れていたのだ。

 

「ん・・・。く、悔しいけど、安心するわね・・・」

 

「悔しいのか?」

 

「悔しいのっ」

 

・・・乙女心はよく分からない。

あと、さっきから瞬きもせずにこちらを見ている月もよく分からない。・・・っていうかちょっと怖い。

え、何これ。怒ってるのか? ・・・まさか、やきもち・・・とか・・・? 

 

「お待たせっ! ついでに私も食べるから二人分っ」

 

どうしようかと考えを巡らせる前に、扉を開けて響が入って来た。

 

「わわわっ」

 

その声に慌てて俺の膝の上から降りた詠は、自分の席へと戻って言ってしまった。

・・・ううむ、手が寂しい。

 

「ん? どしたの、詠ちゃん。なんか良いことあった?」

 

二人用の食事を盆に載せながら、響は首を傾げた。

 

「か、関係ないでしょっ。ほら、良いから食べるわよっ」

 

「そ? ・・・ま、いっか。はい、ギルさん」

 

ことり、と俺の前に置かれる料理達。出来てから時間が経ってるからか、少し冷えているが美味しそうだ。

俺の前に料理を置いた後、今日は俺の対面に座った。料理が置かれているのは少し大きめの四角い卓で、対面に響、両隣に月と詠という配置だった。

 

「じゃ、いただきますか」

 

「ああ。いただきます」

 

「いただきます」

 

「い、いただくわ」

 

四人それぞれ食前のあいさつをして、箸を取る。

 

「で、ギルさん。何やってたの?」

 

響が、料理を口に運ぶ前にいきなりそんなことを聞いてきた。

 

「・・・いきなり抽象的だな」

 

「えへ、だって難しいことは良く分からんのです」

 

・・・可愛く言われてもなー。

 

「取り敢えず、また何か面倒ごとに巻き込まれてるのは聞いたよ。聖杯の泥? とかと対決してたんでしょ?」

 

「まぁ、おおむねそんな感じかな。その後魏の駐屯所に流れ着いて、曹操と話し合った後に、こっちに帰ってきた」

 

「魏に!? ・・・良く帰ってきたわねあんた」

 

詠が驚きを露わにしてこちらを見た。

 

「まぁねぇ。取り敢えず、明日にはセイバー達にも報告しなきゃいけないし。今日はゆっくり寝たいなぁ」

 

それからしばらく、食事をしながら三人からの質問に答えていると、数十分で食べ終わった。

食器を片付けに行った響を待ってから、次は俺から質問することに。

半日と少し程しか離れていないが、曹魏撤退のあたりから居なかったのだ。その後の事を聞いてみた。

 

「そうね・・・。こっちも似たようなものかしら。僕達が居た本営の船は泥から一番遠かったし、余裕を持って撤退してたわ」

 

「正刃さんと雷蛇さんは、それぞれ本営から少し離れた前線で負傷兵とかを纏めて岸に上げてたらしいよ」

 

カリスマ持ってて助かったって正刃さんが言ってた、とは響の弁である。

うん、カリスマって凄いんですよ。A+持ってると、ホントに実感する。

 

「後は・・・そうね、女の方の卑弥呼が明日来るとか言ってたかしら。金ぴかの無事な姿を見るまでは安心できないって」

 

ほう。卑弥呼(女)にそう言ってもらえるとは。決死の戦いを挑んだ価値はあったな。どうもあれから気に入られているらしい。

そうだ、孔雀はどうしてるだろうか。彼女にはサイズのあったメイド服を取り出そうとしても、何故か執事服しか出て来なかったからそれを着てもらってるんだが・・・怒ってないかな。

 

「孔雀ちゃん? あー、もう寝たんじゃないかな。今日は慣れないお仕事で疲れたって言ってたし」

 

「そっか。明日お礼しておかないとなぁ」

 

「・・・ま、何にしても、ギルさんが無事で良かった! ・・・ふぁぁ。安心したら眠くなっちった。じゃ、寝るねっ。おやすみー」

 

「ああ、ありがとうな響。助かった」

 

「えへへ、ま、明日何か奢ってくれるって事で」

 

「いくらでも。それじゃ、お休み」

 

「お休みなさい、響ちゃん」

 

「おやすみ。ゆっくり休みなさいよ」

 

三者三様の言葉を聞いた響は、小走りで部屋を出て行った。

 

「ふぅ、それじゃ、俺も寝るかな」

 

明日からはかなり忙しくなりそうだし。

そう思って立ち上がると、裾を引っ張られた。

 

「ん? 月、どうした?」

 

「あ・・・そ、その・・・ギルさんがお嫌でなければ・・・一緒に寝ませんか?」

 

・・・おっと。

上目遣いに上気した頬、トドメは潤んだ瞳か。我が人生に一辺の悔いも、とか言いそうになる。

思わず了承しかけたが、ちょっと待って欲しい。

月を隣にして、俺はゆっくりと眠れる保証がない。つまり、明日に響きそうだ、と言う結論に至る。

だけど、月と一緒に寝ると言う誘惑には抗いがたい。と言うか、抗いたくない。

そこで、俺はもう一人の意見を聞くことにした。詠が嫌がれば月と寝るのは諦めよう。詠が少しでも乗り気なら・・・ふふふ、明日は欠伸をかみ殺しながら仕事をする決意を固めなければいけなくなるな。

 

「そうだな・・・。詠は嫌じゃないのか?」

 

侍女扱いである彼女たちの部屋はやっぱり二人で兼用である。

しかもいつも使っている部屋ではないので、寝台も通常サイズだ。いや、それでも小柄な二人は余裕で寝れるのだけど。

 

「ボク!? ・・・そ、そうね・・・ボクは、その、いや、じゃ・・・ないかも・・・」

 

何故だ。

何故にこう、詠まで乙女っぽくなっているのだ。

いや、だが、こうなれば覚悟を決めよう。

目を閉じ、ゆっくり深呼吸。心の中で頷いて

 

「そっか。なら、ご一緒させて貰おうかな」

 

一晩中、戦うことを選んだ。

 

・・・

 

ただ今、深夜の二時頃である。

完全に感覚に頼っているため、時刻が正確である保証はない。

外は静かなものである。時たま風が気を揺らす音が聞こえる以外は、ほとんど何も聞こえない。

そんな中、俺はというと。

 

「えへへ、ギルさん、温かいです」

 

「・・・別に、抱きつきたい訳じゃないんだからねっ。こ、こうしないと、落ちそうってだけで、別に、その・・・」

 

両手に花状態になっていました。

俺が寝ころんでから、月と詠の二人は両隣から俺に密着。

月は嬉しそうにしながら抱きつき、詠は先ほどから言い訳をしながら抱きついてきているのであった。

今日は風呂の日だったのか、月と詠からは良い匂いがするのである。何で女子ってこう、良い匂いがするのだろうか。反則じゃないか。

 

「ほら、明日から月達も仕事に復帰するんだろ? 早く寝ないと」

 

そう言ってみるが、俺の両隣の少女達はと言うと

 

「へぅ。・・・もうちょっと、お話していたいです」

 

と、寂しそうな顔をして言い放つ月と

 

「い、今までの分、取り戻さないとだから・・・」

 

なんて、意味不明の供述を続ける詠の二人にはまだまだ寝るつもりはないらしく、ぽつぽつとつぶやきのような会話をしながら時間を過ごした。

そのうち、眠気が襲ってきたのか、二人は静かな寝息を立てるようになった。

さて、このままじゃ眠れないので抜け出すか、と体を起こそうとすると、二人が俺の腕を一人片腕ずつ拘束していた。

 

「・・・もういいや。眠ろう」

 

目をつぶっていれば何とかなるだろ。

そう思い、寝台の上で目を閉じる。

すぅすぅ、と言う月のものらしき寝息が聞こえてきて、全く眠れない。

しばらく目をつぶって静かに耐えていると、腕の感触が片方無くなった。

・・・? 

右に抱きついていたのは・・・詠だな。どうしたんだろうか。

疑問に思いつつも目を閉じていると、ぎっ、と寝台が鳴った。

俺の上に誰かが乗っている。・・・っていうか、この状況では詠しかあり得ない。

 

「・・・ギル、寝てるわよね?」

 

やはり。この声は詠である。間違いない。

どうしたんだろうか、と思うが、一瞬で月に言われたことが思い浮かぶ。

他の人の想いも受け止めろ、と言われたあれである。

 

「起きてても別に良いわ。・・・もう、我慢できないんだし」

 

投げやりにそう言った詠は、俺に覆い被さるようにこちらの唇に自分の唇を当てた。

おお、月もだったけど、詠も柔らかいな、なんて思っていると、すぐに口は離れていった。

 

「し、しちゃった・・・。ぎ、ギルが悪いんだからねっ」

 

「・・・何で俺が悪いんだよ」

 

しまった。そう思ったときにはもう遅かった。

いつものノリを引き摺っていたのか、思わずツッコミを入れてしまった。

目もバッチリ合ってしまっている。驚く詠は新鮮だなぁ。

 

「お、おきっ、おお起きてっ!?」

 

「しっ、月が起きる」

 

「あ、う、うん。・・・起きて、たの?」

 

「実は」

 

「ど、どのへんから?」

 

「寝てないから、全部聞いてた」

 

「あうっ・・・。起きてるのって、聞いたじゃないっ」

 

何故か怒られる俺。至近距離で会話しているため、とても顔が近い。

 

「・・・で、改めて聞きたいんだけど・・・」

 

「い、言わないわよっ」

 

「そんなこと言わずに。な?」

 

そう言って、詠の頬を撫でてみる。

一瞬で真っ赤にゆであがった詠は、ううう、と唸りながらも声を絞り出すように言った。

 

「な、なにを、聞きたいのよ・・・?」

 

「そりゃあ、何でこんな事したか、だな」

 

ある程度予測は付いている・・・と言うか、一つしかないだろうとは思うけど。

 

「そ、そんなの、決まってるじゃない。察しなさいよ」

 

いまだに俺の上に乗っかっている詠は、顔を逸らしながらそう言った。

 

「詠の口から聞きたいなー」

 

だが、今日の俺は意地が悪いのである。

 

「恥ずかしいわよっ。月も隣にいるのよ。そんな、恥ずかしい事・・・」

 

「えーいー?」

 

再度詠の名前を呼ぶと、鬼畜、変態と罵りながらも、諦めたのか

 

「あ、う、その・・・ボク・・・ギルのことが、好き、みたい・・・」

 

顔を真っ赤にしながらも、そう言ってくれた。

 

「・・・ありがとう、嬉しいよ、詠」

 

「で、でも、その、月とあんたって・・・恋仲、なのよね・・・?」

 

不安そうにそう呟く詠。

・・・あ、そうか。月とそう言う関係だから、自分は・・・と言うことへの不安だろうか。

詠の不安そうな表情をほぐすように撫でながら、俺はゆっくりと説明した。

 

「あー・・・。そうなるのかな。でも、月本人が他の子の思いにも答えてくれって言ってたから、大丈夫だと思うよ」

 

「・・・そうなの?」

 

「そうなの。詠の気持ち、嬉しいよ」

 

「・・・ん。・・・あんたは、私のこと、す、すすす、好き、なの?」

 

「当たり前じゃないか」

 

何を言ってるんだ、と言う風に俺は答えた。

いやほら、いつもツン子で可愛かったし、友達のために自分の命を張れる子だし。

 

「あ、当たり前なんだ。・・・そっか。・・・そっかぁ」

 

一度目は静かに。二度目は嬉しそうに呟いた詠は、再び俺に口づけをして、隣に戻った。

 

「・・・明日、月に言わないとね」

 

「ああ」

 

そう言って、詠は俺の右手に、自分の右手を絡めた。・・・おお、この子、デレたら一直線だぞ。

・・・さて、一通りまとまったところで話は変わるが、先ほどから俺は我慢していることがある。

詠が可愛くて襲いたいのを我慢しているとか、そう言うことではない。いや、それもあるけど。

我慢していることとは、詠が握っているのと反対側の手・・・左手のことである。

寝る前、こっそりと月が手を絡めて寝ていたらしいのだが、今、俺の手の甲には月の爪が食い込んでいる。

・・・うん、分かると思うけど、月、起きてるんだ。

寝息はすぅすぅと聞こえるが、手はギリギリと締め付けてくる。

黒月再びである。

 

「あ、あと、一緒に寝てるからって、襲ったりしたら、ぶっ飛ばすからねっ」

 

「そんなことしないって」

 

「わかってるなら、いいのよ。・・・おやすみ」

 

その後、俺の頬に三度口づけしてから、詠は目を閉じた。

しばらくして、寝息が聞こえる。・・・本当に寝ているようだ。幸せそうな顔をしている。

 

「・・・ぎーるーさーん?」

 

「・・・は、はーあーいー」

 

小学生が人を呼ぶときの様な声に、思わず調子を合わせて答えてしまう。

ランサーと戦うときですら此処まで冷や汗はかかなかったぞ・・・? 

 

「うふふ、もう、詠ちゃんったら可愛いですね」

 

「そうだな、本当にそう思うよ」

 

「三回もギルさんに口づけするなんて、本当に可愛いですよね」

 

ぎゅう、と絡めていない方の手で俺の腕を締める月。月の細腕で英霊の体にダメージを与えられるとは思えないのだが、何故かとてつもなく痛い。

その後、月は俺の耳元に口を近づけて、ゆっくりと語り始める。

 

「私だってまだ一度しかしてないのに。詠ちゃんだから二回目を譲ったんですよ? その後私もしようと思ってたんですけど、まさか三回目も四回目も取られるなんて・・・。うふふ、詠ちゃん、好きな人にはツンツンしつつも一直線ですから、その気持ちは分からなくもないんですけど、私とギルさんの関係のことを知ってるならもうちょっと自重するべきですよね。そう思いません? ギルさん。ええ、分かってるんですよ? 私も許可を出していますし、怒るつもりは毛頭無いです。ギルさんの様な素晴らしい人を私一人が独り占めするなんてそんなこと・・・。でも、隣に私が寝てる状況で堂々と寝込みを襲うとか・・・。私もそうですけど、大概詠ちゃんも変態さんですよね。見られて興奮するとかそう言う人なんでしょうか。どう思います? ギルさん?」

 

「・・・ええ、全くその通りだと思います、月様」

 

「どうしたんですか、ギルさん。月様なんて呼んじゃって。いつも通り、月、と呼んでください」

 

ね? と言ってほほえむ月は、いつも通りの優しい笑顔をしている。

・・・きっと俺が寝ぼけてたんだ。そう思おう。

 

「ギルさん、私にも、してくれますよね?」

 

目を閉じ、口を突き出す月。

・・・思えば、されることはあっても自分からするのは初めてかも知れない。

そんなことを思いながら月の小さい口に自分の口を合わせた。

 

「・・・えへへ、嬉しいです」

 

いつものように恥ずかしそうに頬に手を当てる彼女からは、先ほどの暗黒面(ダークサイド)は見えない。

・・・黒月はサーヴァントにダメージを与えられる。・・・脳内メモにメモっておこう。

 

「それじゃ、おやすみなさい、ギルさん。良い夢を」

 

「あ、ああ。月も、ゆっくり休んでくれ」

 

「はい」

 

目を閉じ、俺の腕に顔を埋めるように月は眠った。

息が当たってくすぐったいが、別に嫌な気分ではない。

左腕も優しく握ってくれているし、ゆっくり眠れそうだ。

 

「・・・もうなにも考えたくないな。・・・寝よう」

 

・・・

 

「ギ・さん・・・可愛い・・・」

 

「ま、まぁ、・・・るけど・・・」

 

なにやら声が聞こえる。

もう朝なのだろうか。少ししか眠っていない気がする。

二度寝しようかなと思ってから、今日は仕事が盛りだくさんあることを思い出した。

・・・とても名残惜しいが、起きないと。

 

「・・・あ、ギルさ・、起き・・」

 

「ほん・・」

 

意識を急浮上させ、体の感覚を掌握する。

こちらに来てから身につけた、寝ている間に襲われてもすぐに対応できるようにするスキルである。

 

「ん・・・」

 

目を開ける。

すると、両隣には俺の顔をのぞき込むように寝間着姿で寝台に座っている二人の少女。

 

「おはようございます、ギルさん。良い朝ですよ」

 

「お、おはよ、ギル」

 

二人からあいさつされて、完全に状況を把握する。

そっか。そう言えば、昨日一緒に寝たんだった。

昨日の夜に起こったことを思い出しながら、手を伸ばして二人の頭を一撫でする。

二人は嬉しそうにそれを受けて、くすぐったそうにほほえむ。

 

「ギルさん、詠ちゃんからお話は聞きました」

 

「あ、あのね、ギル。手、繋いでるの見つかっちゃって・・・」

 

ごめんっ、と謝る詠。

状況がまだよく分からず、疑問符を頭の上に浮かべていると、月がこっそりと耳打ちしてきた。

 

「今日の朝、詠ちゃんを起こしたらギルさんと手を繋いでたんです。それでちょっと聞いてみたら、白状しちゃったんですよ」

 

「ああ、なるほど」

 

得心した。

つまり、詠は自分のうっかりで先に知らせてしまったと言うことを謝っているのだろう。

 

「・・・別に、怒りはしないよ。言うつもりだったんだし」

 

「うん。ありがと」

 

昨日は寝る前だったので詠は眼鏡を掛けていなかったのだが、眼鏡を掛けている詠を近くで見るのもなんだか新鮮である。

大抵は後ろから抱きかかえてたりだったからなぁ・・・。

 

「それじゃ、朝飯でも食べようか。月、詠、仕事まで時間あるよな?」

 

「はい。朝ご飯の時間なので、今ギルさんを起こそうとしてた所ですから」

 

「そうよ。感謝しなさいよねっ」

 

「ん。ありがとな、詠」

 

「ちょ、ホントにしなくていいのよ、もうっ」

 

「詠ちゃん、今日もツン子なんだね?」

 

「月っ、ツン子言わないのっ」

 

・・・なんて、一通り詠をからかった後、着替えるからと詠に部屋を追い出された。

部屋の前で準備が終わるのを待っていると、人影が近づいてくる。

 

「・・・おや、ギル。帰ってたんだ」

 

「孔雀か」

 

早朝にもかかわらず執事服に身を包んだ少女、孔雀が微笑みながらおかえり、と言ってくれた。

 

「ただいま。心配かけたみたいだな。ごめん」

 

「・・・ふふ、恩人が居なくなっちゃったんだ。心配するのは当然だよ。謝らないで欲しいな」

 

「そうか? じゃあ、ありがとう、だな」

 

「うん。そうだね。・・・それで、二人は着替え中かな?」

 

俺の後ろにある扉を見ながら、孔雀はそう言った。

こくり、と首肯すると、そっか、と呟いて

 

「じゃ、それまではボクが話し相手になってあげるよ」

 

「お、いいな。いろいろ話したいこともあったし、ちょうど良い」

 

「そうだな・・・。そう言えば、さっき部屋から出てきたみたいだけど・・・二人と一緒に寝たのかい?」

 

・・・ん? 何だろう。体に重圧が掛かっているような・・・空気が重くなったような・・・? 

よく分からない不調に首を傾げながら、そうだよ、と返した。

 

「部屋に戻るのも億劫なくらい疲れてたから、お邪魔したんだ」

 

「へぇ、そう。じゃあ、今度はボクと一緒に寝ようね?」

 

「・・・よし、ちょっと待とうか」

 

凄い一言を言いやがったぞ、この子。

 

「うん?」

 

「順序立てていこう。まず、俺の話を聞いてたか?」

 

「当たり前じゃないか」

 

「なら、何故孔雀と一緒に寝ることに?」

 

「え? だって、侍女である月と詠と一緒に寝たんだから、次はえーと、しつじ? であるボクの番でしょ?」

 

・・・魔術師の思考回路ってよく分からないなぁ。

やっぱり、特殊な才能を持っているから、思考回路も凡人には思いつかないような飛躍をして居るんだろうか。

 

「それに、理由がない訳じゃないんだよ? 聖杯戦争のことで相談したいこともあるし」

 

「ああ・・・そう言うことなら、別に構わないぞ。次の決戦まで一週間はあるし、そのうちお邪魔するよ」

 

「そ? ・・・じゃあ、いろいろ準備して待ってるね。約束だよ?」

 

「ああ、約束だ」

 

そう言って孔雀の頭を撫でた。

一瞬驚いた顔をした孔雀だったが、すぐに微笑みを浮かべて

 

「うふふ・・・。そっか、これは、良いね」

 

月達がああいう顔を浮かべるのも頷けるよ、と呟きながら、彼女は踵を返した。

 

「それじゃ、ボクはもうちょっと準備があるんだ。また後で」

 

「ああ。がんばれよ」

 

「・・・ギルこそ。今日の政務は地獄らしいよ?」

 

不安になる言葉だけを残して去っていく孔雀。

・・・うん、あの山を思い出すだけで身震いがする。

 

「お待たせしました、ギルさん」

 

「待たせたわね」

 

地獄かー、とこれから先の未来を案じていると、後ろの扉が開いた。

すっかり馴染んだメイド服に身を包んだ二人は、いつも通り可愛かった。

 

「さ、行くわよ」

 

そう言って歩き始めた詠に並ぶように、俺と月は歩き始めた。

 

・・・

 

月達と朝食を取る。席について食事を取り始めると、響と孔雀の二人もやってきた。

 

「あ、おはよー」

 

「おはよ。さっきぶり」

 

二人にあいさつを返すと、二人はそのまま俺達の座っている卓に食事ののっている盆を置いた。

お邪魔するよ、と孔雀に言われて、断る理由もないので了承。

 

「こうして落ち着いて食事をするのは久しぶりの気がするよ」

 

ぱくぱくと食事を摂りながら、孔雀は独り言のように呟いた。

 

「あー、確かにねー。戦場だったし、船の上だから落ち着いて食べるなんてほとんど無理だったからねえ」

 

しみじみと響がその言葉に反応して答えた。

・・・確かに、揺れる船の上での食事は辛そうだ。

 

「ギルさん、今日は桃香さまのところでお仕事ですよね?」

 

隣に座る月が、静かに問いかけてきた。

ああ、そのつもりだけど、と返すと、彼女はほんのりと笑って

 

「では、美味しいお茶を煎れますね。お仕事、頑張ってください」

 

おお、月のお茶はとても久しぶりだな。楽しみだ。

 

「楽しみにしてるよ、月」

 

「えへへ・・・」

 

「ほう」

 

「へーえ」

 

照れる月の正面で、孔雀と響が意味深に頷いていた。

疑問符が頭に浮かぶが・・・今は、照れる月を脳内メモリに保存するのが先だ。

 

・・・

 

しばらくして、食事を終え、仕事に行く月達と別れる。

そのまま桃香の部屋へと向かうと、途中で呼び止められた。

 

「金ぴか」

 

「ん? ・・・ああ、卑弥呼か」

 

「おはよ。元気みたいね」

 

以前襲撃してきたときと同じく、ミニスカートにした着物のような服装に身を包んでいる卑弥呼が、こちらに歩み寄る。

不敵な笑みを浮かべているが、どうしたのだろうか。

 

「何よ。わらわの顔に何か付いてる? ・・・目、とか鼻、とかいったらぶっ放すからね」

 

何を、とは聞かない。おそらく魔力光線だからだ。

 

「いや、何か嬉しそうな顔してるから・・・。何でかなぁ、と」

 

「嬉しそうな顔? わらわが?」

 

うん、と首肯する。

卑弥呼は自分の顔を不思議そうにぺたぺた触って、表情を確かめているようだ。

・・・腰に下げてる鏡を使えばいいのに。

 

「ん、んー・・・何でだろ。やっぱり、嬉しかったのかしらねぇ」

 

「嬉しかった?」

 

「金ぴかが無事で。わらわと正面からぶつかり合って無事だったのはあんたが初めてだったからね。気に入ってるのよ」

 

成る程。卑弥呼は感情をストレートに出せる人間らしい。

しかし、俺が無事だったから嬉しいとは、それこそ嬉しいことを言ってくれる。

 

「なによ、鳩が合わせ鏡食らったような顔して」

 

消し飛びませんか、それ。

もちろん口には出さない。『鳩』の部分が『ギル』になるからだ。

 

「いや、卑弥呼にそう言ってもらえると、俺も嬉しいなって」

 

感謝の意を伝えるために微笑みながらそう返す。

卑弥呼は一瞬驚きを顔に浮かべるも、すぐに胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「当然よ。わらわが他人を褒めるなんて、ほとんど無いんだから」

 

男で認めた奴は金ぴかが初めてね、と付け足すと、くるりときびすを返した。

 

「じゃ、わらわはそろそろ行くわ。なんかあったら呼びなさい。大抵駆けつけるから」

 

俺が声を掛ける暇もなく、言いたいことだけを言って跳んでいった卑弥呼。

・・・うーん、何か用事でもあったのだろうか。

 

「・・・って、俺も用事があるんだった」

 

卑弥呼の行動に疑問を感じつつ、俺は桃香の部屋へ急いだ。

 

・・・




「――になったら。ギルさんもそう思うでしょう?」「・・・うんっ! そうだなっ!」
お味噌の発酵が進みそうですね。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十話 お出かけと奇襲と真名開放と

二メートル近い外套を着た怪しい男・・・完全に不審者ですね。

それでは、どうぞ。


・・・桃香の部屋へ向かう途中、兵士と出会い、「将は玉座に集まるようにとのことです」と言づてを貰った俺は、進路を変えて玉座へと向かっていた。

近くまでたどり着くと、中からは桃香や愛紗達が雑談しているのであろう、ざわめきが聞こえてくる。

しまった、遅刻か、と若干の申し訳なさが浮かび上がってくるが、それを抑えながら玉座の間へと入る。

 

「あっ、お兄様っ」

 

一番入り口に近かった蒲公英が俺を指さしてそう言った。

その瞬間、部屋にいた全員が俺のことを見て、時が止まったかのように固まった。

 

「お兄さーん、おっはよー!」

 

一番遠く・・・玉座にいる桃香が、大きく手を振りながら声を掛けてきた。

桃香のその行動で、他の将達はまた動き出したようだ。

その筆頭が愛紗で、こちらにずんずんと・・・あれ、おかしいなぁ。

 

「ギル殿っ」

 

「おお?」

 

ずいっ、と詰め寄られ、少したじろぐ。

その後すぐに手を掴まれ、そのまま玉座まで引っ張られる。

そのあと、腕を掴んだまま、愛紗は口を開く。

 

「・・・えー、赤壁での大決戦の後、何処かへ失踪していたギル殿ですが、昨日深夜、無事戻られました」

 

なんだこのニュースみたいな報告の仕方。

 

「さて、これで将は全員集まったので、会議を始めたいと思います」

 

あれ、俺はこの位置で固定なのか。

訳も分からぬまま、会議の内容を聞いていると

 

「お兄さん、お兄さん」

 

隣に立つ桃香が、小声で話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

「えっと、今日は、覚悟しておいた方が良いかも」

 

「は?」

 

それ以降、桃香は全く話しかけてこなかった。

・・・謎である。

 

「・・・よし、後は無いな? これで、朝の会議を終了とする!」

 

愛紗がそう締めくくると、たたたっ、と素早く鈴々が走り寄ってきた。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃんっ。お帰りなのだっ」

 

そのまま突っ込んでくる鈴々を避けるわけにもいかないので受け止める。

ぐりぐりと頭を胸に押しつけてくる鈴々を宥めると、右足にひしっ、と何かがくっついた。

 

「・・・璃々?」

 

「うんっ。璃々だよー」

 

元気いっぱいに答える璃々は、こちらを見上げながらお帰りー、と言ってくれた。

以前遊んで以来懐いてくれている璃々は、見ていてとても和むのである。

二人にただいま、と返すと、目の前には朱里と雛里が。

 

「あ、あのあのっ、昨日言いそびれちゃって・・・その、おかえりなさいっ」

 

魔女帽子で顔を隠すようにしつつお礼を言う雛里。

 

「ギルさん、お帰りなさいですっ」

 

隣に立つ朱里も、笑顔でそう言ってくれる。

 

「おー、二人とも律儀だなぁ。ありがと」

 

二人にそう返しながら鈴々を降ろす。

気付けば、周りを蜀の将達に取り囲まれていた。

隣に立つ桃香の話しによれば、聖杯戦争のことはすでに知っているので、俺の行方を心配していた将には泥のことを話したらしいのだ。

危険度も卑弥呼(女)の方から聞いているので、心配していたみんなが無事で良かったと声を掛けてくれているとのこと。

 

「・・・ぎる、無事で良かった」

 

「お、恋か。恋も無事で良かったよ」

 

「ん。恋は、いつも元気」

 

「そっかそっか」

 

長身なのに何処か小動物を彷彿とさせる恋を撫でながら、他の将達の受け答えをしていると、愛紗が

 

「もうそろそろ仕事を始めるぞ! ギル殿とは後でたっぷり話せるのだし、今は曹魏との決戦の為の準備を進めよう!」

 

と声を掛けたので、俺もそうした方が良いな、と促し、解散となった。

 

「ギル殿は午前中、桃香さまと私と朱里の三人と、政務をしていただきます」

 

玉座の間から桃香の部屋・・・執務室へと向かう途中、愛紗から今日の予定を聞いていた。

・・・と言うか、なんだか愛紗が俺の秘書のようなポジションに着いている気がする。

 

「その後は午後から部隊の様子を少し見ていただければ、後は特に仕事はありません」

 

「あれ、そうなのか?」

 

「ええ。部隊の再編成もほぼ終わりかけていますし、曹魏との決戦の準備は朱里と雛里がほとんど纏め終えてますので」

 

後は文官達に任せるだけなのだという。まぁ、新しい問題が起きたらまた呼び出すとのことなので、今日の所はリハビリと行きますか。

 

・・・

 

執務室にて、竹簡と格闘すること一時間ほど。

昨日山のようにあった竹簡はほとんどが処理され、机の上に少量の竹簡が残っているのみとなっている。

 

「・・・やはり、ギルさんの処理能力は素晴らしいです」

 

月がお茶を煎れて来てくれたので、休憩となった時、朱里がそう言った。

うんうんと頷く桃香と愛紗に、俺は英雄王の頭脳のチートさを再確認していた。

草案に対する改善策はすぐに思いつくし、問題に対する解決策も今までの経験や学んだことから引っ張り出して解決策を提示できる。

桃香達の仲間になってから政務仕事をしてきたので、慣れもあるだろう。

高性能な身体能力も相まって、かなり高速に政務を処理できるようになっているのだ。

 

「お兄さんが帰ってきてくれて助かったよぉ~。私たちだけだったら、夜まで掛かってたかも知れないし・・・」

 

お茶を飲んでふぅー、と一息ついた桃香が、しみじみとそう言った。

話を聞きながらお茶を飲み干し、手持ちぶさたになると、月が笑顔でお茶を注いでくれた。

 

「お、ありがと、月」

 

「どういたしまして、ギルさん」

 

にっこり、という擬音が似合うくらいにほほえんだ月は、幸せそうにお茶を飲んでいる。

 

「さて、そろそろ再開しようか、桃香」

 

半分くらいまでお茶を飲んだ後、そう切り出す。

 

「んー、そだね。あとちょっとだし、頑張って終わらせちゃおっか」

 

そう言って、再び姿勢を正す桃香。

愛紗や朱里も、再び筆をとって竹簡を開き始める。

 

「月、お茶ありがとうな。仕事に戻って良いよ」

 

片付けを始めた月を撫でて、お礼を伝える。

月は、はいっ、と返事をしてくれる。うん、いつも通り可愛い。

その後、片付けを終えた月が部屋から出て行くと、再び沈黙が場を支配した。

桃香がたまに俺や朱里に質問する以外は、とても静かなのである。

・・・そして、更に半刻ほどが過ぎる。

 

「・・・終わったー!」

 

筆を置いて、うーんっ、とのびをする桃香。

愛紗も流石に疲れたのか、肩を回しつつため息をついた。

朱里も自分で肩をぐいぐい、と押している。全員お疲れのようだ。

 

「さて、昼か」

 

今日の昼飯はどうするかなぁ。月や詠とは昼休みの時間が合わないし・・・。

町にでも出て、屋台でも覗いてみるかな。街が変われば味も変わるだろうし。

そんなことを考えていると、こんこん、と静かに扉がノックされた。

 

「ん、誰だろ。はーい」

 

一番扉に近かったので、俺が扉を開けた。

すると、そこにいたのはいつも通り無表情の恋が、直立不動で立っていた。。

 

「・・・ぎる、いた」

 

「ああ。居るぞ。で、どうかしたか?」

 

言葉のニュアンス的には、俺に用があるようだが・・・? 

 

「ん。お昼、一緒に食べる」

 

そう言って、恋は俺の服の裾をつまんだ。

・・・うむ、ちょうど良いし、久しぶりに恋と食事をするのも悪くない。

 

「良いぞ。・・・桃香、愛紗、朱里、お疲れさん。恋と昼飯食べてくる」

 

「うぅ・・・先を・・・。お疲れ様、お兄さん」

 

「・・・お疲れ様です、ギル殿。また、午後に」

 

「はわ、おちゅ、お疲れですっ」

 

三人に手を振りながら、部屋を出る。

恋は相変わらず俺の服の裾を掴んでいた。

 

「恋、もっときちんと掴んで良いぞ?」

 

裾だけというのは、どうよ? と思っていってみると、いいの? と返ってきた。

駄目な理由もないし、大丈夫だよ、と答えると、何と俺の手に自分の手を絡めてきた。

 

「・・・手・・・繋ぐの、駄目?」

 

驚いたのが伝わったのだろうか、恋が少しだけ目元をつり下げながら、不安そうに聞いてくる。

 

「・・・いや、少し驚いただけだから。構わないよ」

 

きちんと掴む、というのは服を、と言うか腕を、と言う意味だったのだが、まぁいいか。

手を繋いだ方がはぐれなくていいというものだ。

 

「・・・嬉しい」

 

いつも無表情の恋には珍しく、誰から見ても分かるぐらいの笑みを浮かべた恋。

・・・今日は、恋の行動に驚いてばかりだな、なんて事を思いながら、城から町へ歩いていく。

 

「・・・あれ、今日はねねがいないな」

 

このくらい歩いていれば、ちんきゅーきっくが飛んできてもおかしくないのに。

 

「ねねは、お仕事」

 

「あー。そっか、あれでも軍師だからなぁ」

 

俺がそう言うと、こくこくと頷く恋。

頷く度にアホ毛が揺れて面白い。

 

「さて、今日は何食べようか。久しぶりだし、奢るよ」

 

別に久しぶりでなくとも奢るのだが、何となくそう言ってしまった。

 

「ん。・・・まずは、拉麺」

 

「よし、どこか屋台を探そうか」

 

「そうする」

 

取り敢えず、目に付いた屋台から入る。

 

「へいらっしゃい!」

 

採譜をみる。・・・やはり、特盛りはないようだ。そりゃそうか。

 

「・・・特盛り、無い」

 

「そうみたいだな。・・・でもま、これからいっぱい店を見るんだし、大盛りで良いだろ」

 

「・・・ん。そうする」

 

恋を説得すると、屋台の親父にラーメンの大盛り一つと、普通一つを注文する。

あいよっ、と元気に答えてくれた親父は、麺をゆで始める。やはり慣れているのか、動きは手早い。

 

「良い匂い・・・。ぎる、此処は美味しい」

 

「匂いで分かるのか・・・。凄いな、恋」

 

「・・・恋は、凄い?」

 

首を傾げて不思議そうな表情を浮かべるので、ああ、凄いよと撫でながら言った。

 

「・・・ぎる、優しい」

 

「恋だからな」

 

「・・・恋、だから?」

 

「そ」

 

「・・・」

 

再び正面を向いてしまった恋。

んー、んー、と時折唸っているのは、何か考え事をしているのだろうか。

拉麺が来るまでの良い時間つぶしになるだろう、と放っておくことにした。

 

「へい、拉麺大盛り!」

 

どん、と俺の目の前に置かれた拉麺大盛り。

・・・いや、これ恋のなんだけど。やっぱり恋みたいにスタイルの良い少女が大盛り拉麺食べるとか無いんだろうな、この町。

 

「ほら、恋」

 

すすす、とどんぶりを恋の前まで移動させる。

 

「なんでい、そっちのお嬢ちゃんのか」

 

わりいな、あっはっは、と笑う親父に会わせて笑う。

まぁ、間違えるよね。俺も親父の立場なら男の方に大盛り渡すよ。

 

「へい兄ちゃん。拉麺普通盛り!」

 

「ありがとう。いただきます」

 

箸をとって、拉麺を食べ始める。因みに、すでに恋は三分の一ほどを食べ終わっている。

 

「美味しいな」

 

麺を口に入れると、そんな感想が口をついて出た。

恋の鼻は利くんだな。それとも、今までの経験からの物だろうか? 

ものの数分で恋は食べ終わってしまった。

俺も少し遅れて食べ終え、驚いている親父にお金を払って屋台を後にする。

 

「ふぅむ・・・次は何を食べるかな・・・」

 

「あれ」

 

屋台を出た瞬間から再び手を絡めてきた恋が、もう片方の手で饅頭の店を指さす。

 

「桃まん」

 

「あるかな。取り敢えず行ってみるか」

 

「ん。行ってみる」

 

人を避けつつ饅頭の店へ。恰幅の良いおばちゃんが店番をしているようだ。

近づいてくるこちらに気付いたのか、いらっしゃい! と大声で接客してくれた。

 

「えーと、桃まんあるかな」

 

「あるよ! 幾ついるんだい?」

 

「えーと、取り敢えず20個かな」

 

「はいよ、20個ね! ちょっとまってな!」

 

おばちゃんが引っ込み、桃まんを用意してくれているようだ。

その間に、代金を用意しておく。

 

「ほら、桃まん20個!」

 

大きい紙袋に入っている桃まんを受け取り、恋に手渡す。

代金を払い、再び歩き出す。

 

「・・・片手じゃ、食べれない」

 

「なら、手を離せば良いんじゃないのか?」

 

今の恋は片手に桃まんの入った袋を持ち、片手は俺と繋いでいる状態なので、食べられないと訴えているようだ。

 

「・・・手は、離したくない」

 

俺が手を離そうとすると、きゅ、と力を入れられた。

理由は不明だが、恋は手を繋いだままでいたいらしい。

 

「じゃあ、あそこに座って食べようか」

 

木陰を指さして、恋に提案してみる。

璃々と桃まんを食べたときにも、木陰で座って食べたし、大丈夫なはずだけど

 

「・・・そうする」

 

再び人を避けていきながら、木陰へと腰を下ろした。

足を伸ばして座った恋は、自身の足の上に置いた袋からひょいぱくと桃まんを食べ始めた。

もちろん、片手は繋いだままだ。たまにむにむにと手が動くのは面白い。

 

「ぎる、食べる?」

 

「ん? ・・・ああ、いただくかな」

 

恋が差し出してきた桃まんを、貰うよ、と言って受け取った。

口に含んでみると、うん、まぁこういう饅頭の味は余り変わらないかな。

桃まんも圧倒的な速さで食べ終わり、次に行こうと恋が手を引いて急かす。

 

「大丈夫だって恋。急がなくても店は逃げないぞ」

 

「・・・お店は逃げない。けど、ぎるはお昼が終わると仕事に行っちゃう」

 

ほほう。

俺が昼休みの間に出来るだけ店を回りたい、とな。

やっぱり、俺と居ると沢山食べられると学習してるんだろうな。

 

「そうかそうか。なら、出来るだけいっぱい回らないとな」

 

「ん。ぎると、いっぱい回る」

 

大きく頷いた恋は、いつもより少し早めのペースで次の店へと向かった。

 

・・・

 

「・・・ばいばい、ぎる」

 

名残惜しそうな顔をして去っていく恋に、手を振る。

昼休みも終わり、午後の仕事として恋は部隊の訓練に。俺は軍師達の陣形訓練に付き合うこととなっている。

 

「えっと、朱里は何処にいるかなぁ、っと」

 

キョロキョロしながら歩いていると、前を歩く人影を発見する。

あれは・・・ねねか。

 

「ねね」

 

後ろから声をかける。ぴくりと反応した後、ねねはこちらを振り返り、不機嫌そうな顔をする。

・・・いや、まぁ、恋と居るとき以外は大抵不機嫌そうだし、余り気にしてもあれなんだが。

 

「・・・なんですか」

 

「いや、ねねが見えたから声をかけたんだ。・・・何かあったか?」

 

「・・・なんもねーです。用事がそれだけなら、失礼するですよ」

 

「あー、ちょっとまったちょっとまった。ねねも陣形訓練行くんだろ? 一緒に行こうぜ」

 

俺がそう言うと、ねねはふん、と鼻を鳴らし

 

「しかたねーですね。か、肩車、してくれるなら良いですよ」

 

次の瞬間、耳まで真っ赤に染めてそう言った。

 

「お、気に入ってくれたのか、あれ。良いぞ。ほら」

 

「にょっ」

 

ねねを脇から抱え、肩の上にのせる。

片手で俺の頭を掴んだねねは、出発しんこーですっ、と良いながらもう片方の手でぽんぽんと俺の頭を叩いてくる。

 

「よっしゃ、行くぜ行くぜー!」

 

「おおうっ、ぐらぐらするのですっ」

 

先ほどまでとはうってかわり、きゃっきゃとはしゃぐねねを乗せて、集合場所へと向かった。

 

・・・

 

「警邏って暇だよなぁ」

 

「・・・ギルがせっかく見つけてくれたんだ。きちんとこなせよ、マスター。俺も付き合ってやるからよ」

 

「はいはい、わぁってるよ。城で兵士やってるよりは性に合ってるしな」

 

二人組で町を歩くライダーと多喜。

たまに町の人間に声をかけられつつ、いつもの道を通って怪しい人影や暴力沙汰がないかを確認していく。

 

「あー・・・昼飯食ってから・・・一刻ぐらい経つのか」

 

「腹でも減ったのか?」

 

「小腹がなー。何かつまめるような・・・ん? 肉まんあるじゃん」

 

ふらり、と饅頭屋へ立ち寄り、肉まんを買う多喜。

ライダーはやれやれと言いつつも、多喜から一つ肉まんを受け取る。

 

「お、ガキどもじゃねーか」

 

多喜は、前日に知り合った町の子ども達が追いかけっこをして遊んでいるのを見つけ、嬉しそうに呟いた。

 

「俺、ちょっと行ってくるわ」

 

「は? ・・・行っちまった」

 

多喜は袋の中から肉まんを取り出して口に運びながら、子供たちの中に突っ込んでいったライダーを見る。

どうやら子供たちの間では人気者らしく、子供たちに囲まれながら仲良くやっているようだ。

 

「へー、人気もんなんだなぁ。人は見かけによらないって言うか・・・あいつ、人なのかも分からんけど」

 

そんな独り言を呟きながら休憩していると、肉まんが全て無くなる。

そろそろライダーを呼び戻すか、と立ち上がり声を上げる多喜。

 

「おーい! そろそろ行くぞ、ライダー!」

 

その声に手を振って答えたライダーは、子供たちに手を振りながらこちらに戻ってくる。

 

「ふう。ちょうど良い休憩になった」

 

「お前、子供好きだよなぁ」

 

「お? まぁな」

 

目前を走る子ども達を見るライダーの瞳は、多喜には優しげ・・・に、みえる。

被り物の奥にある目が見えないので、雰囲気で察するしかないのだが。

・・・空気が和んだ、次の瞬間

 

「じゃあ、今度は戦争を始めようか?」

 

その先にいるキャスターと、長髪の男を見て、ライダーと多喜は目を見開いた。

 

「ああ、大丈夫。結界は張ってあるよ。・・・子ども達が逃げられるかどうかは知らないけど」

 

長髪の男がそう言って怪しく笑う。

キャスターはやれやれ、と肩をすくめるようなジェスチャーをして、懐からいくつかの石を取り出す。

 

「やっべえ・・・! マスター、子ども達を頼んだ! 結界を張られてるってことは・・・逃げるのは無理か。何処か陰に隠して守っていてくれ!」

 

「わかってる!」

 

二人は同時に駆け出した。

ライダーは二人の男の元へと。多喜は突然張りつめた空気に疑問符を浮かべている子ども達の下へ。

 

「おいコラ逃げるぞッ!」

 

「どしたのー?」

 

「あ、あれ、被り物のお兄さんだー」

 

「これからライダーが暴れるからあっち行くぞー!」

 

「おー!」

 

「おいかけっこー?」

 

子ども達は余り事態を把握していないらしいが、無理矢理背中を押したりと何とか向こうへと連れて行こうとしている。

 

「このあたりの一画は私の力で切り取ってある。いくら壊しても秘匿には問題ない。思いっきり暴れてくれ、キャスター」

 

「・・・分かってるって。どれだけ力をため込んだか、知らない訳じゃないだろう?」

 

「それならいい。いけ、キャスター!」

 

長髪の男の声と共にかけだしたキャスターは、まず一つめの石をキャスターに向かって投げる。

石は目前で爆発し、土を巻き起こし、土煙が視界を塞ぐ。

しかし、ライダーの視界は普通の人とは違う。

 

「そこっ!」

 

手に持った剣で斬り掛かってきたキャスターへと炎を吹き出して立ち向かい、キャスターの剣を打ち払った。

キャスターはすぐに後ろに下がり、石を二つほど取り出して

 

「やはり土煙は意味がない、か。なら、これでっ!」

 

一つを上空へと投げ、もう一つを握って走り出した。

上空へと投げられた石は激しい光を発し、ライダーの視界を一瞬だけ潰した。

その一瞬でライダーの近くまで近づいたキャスターは、石を握りしめたまま、ライダーの胴体へと拳を叩き付けた。

 

「直接攻撃はきかねえよっ!」

 

「だと思ったよ・・・! まだ終わらないけどねっ!」

 

石を握りしめていた手とは反対の手で剣を横薙ぎに振るうキャスター。

ライダーは間一髪体を捻ることでで避けることが出来たが、剣先がライダーの外套を掠っていった。

 

「やっぱり、キャスターの能力補正じゃこんな物か・・・」

 

冷静に呟きながら、キャスターは牽制に剣を振るうと、後ろへと飛んだ。

 

「キャスター同士の肉弾戦とか、需要ねえっての!」

 

後ろにいた子ども達が居なくなったのを確認して、ライダーはキャスターに迫る。

一瞬で最高速度まで加速し、握りしめた拳でキャスターの頭部を狙おうとするが・・・

 

「っ! ・・・くっ」

 

その寸前で急制動。すぐにその場を離れるライダー。

すると、先ほどまでライダーが居た地点には、四種類の弾丸が降り注いでいた。

 

四大元素の精霊(エレメンタル)。危なかったね。あのまま突っ込んでいれば、ただじゃ済まなかったよ」

 

「ふん。そういう反応には、鋭いもんでね!」

 

仮面の下で、ライダーは笑みを浮かべた。

 

「出し惜しみはしない。ホムンクルスよ!」

 

ぱりん、とガラスの割れる音。それと同時に、巨体が二つ、現れる。

 

「成る程・・・キャスターらしいと言えばキャスターらしい、か」

 

目の前には精霊が四体に巨大なホムンクルスが二体。更に、石を懐から取り出したキャスターまで居る。

 

「・・・マスター、少し魔力を多めに貰うぜぇ! 宝具のご開帳だ!」

 

魔力は力となって体中の回路を駆けめぐる。これならば問題なく宝具を使えるだろう。

ライダーの宝具。もともとはキャスターである彼がライダーとなったのは、人々の伝承に『乗って』きたからというこじつけのような理由。

それゆえに騎乗スキルもなく、それどころか頭部と外套以外は存在するかどうかも不鮮明という特殊なサーヴァント。

そんな彼にとって、ホムンクルスも精霊も、大雑把に解釈すれば自分の仲間のようなもの。

 

「おらおらおら、懐かしいもの見せてやるよ!」

 

宝具を発動させるため、ライダーはその真名を開放する。

 

「祭りだっ! 『お菓子をくれな(トリック・オ)きゃ悪戯するぞ(ア・トリート)』ォ!」

 

真名開放するのと、精霊の弾丸が着弾したのは、ほぼ同時だった。

 

・・・




「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ! ・・・なんつって、いやぁ、懐かしい行事だなぁ」「はわわ・・・これは、お菓子を上げないほうが状況的には良い・・・?」「あわわ・・・朱里ちゃんが軍師の顔に・・・!?」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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サーヴァントステータス ライダー

ハロウィーンをこよなく愛する男(?)ジャックランタンです。
行動の九割がハロウィーン関係であり、マスターはそれに巻き込まれまくります。


クラス:ライダー

 

真名:ジャックランタン 性別:? 属性:混沌・善

 

クラススキル

 

騎乗:-

人々の会話や民間伝承などで現在まで伝えられ、噂などの『話題に乗って』いるという理由でライダークラスになっているため、騎乗スキルは所持していない。

 

保有スキル

 

伝播:A

人々の会話、噂などの伝達手段に乗ってどれほどの知名度を得たかをあらわす。

ランクが高ければ高いほど、自身のステータスが上昇するなどの有利な判定が得られる。

 

威圧:E+

かぼちゃの頭部、全身を包み込むマント、手に持つカンテラといった外見要素での威圧。

このランクだと、ある程度成長してしまった大人などには効果がない。

 

魔術:D

自身のルーツ、今の属性などから、呪術的な魔術を習得している。

 

幻惑:A

本来実体を持たない彼の身体は、相手を幻惑し、本来の姿を見えなくする。

対魔力B以上か、幻惑を打ち破る精神的なスキルを持たない限りジャックランタンのステータスが見えなくなり、挙動も気にならなくなってしまう。

 

能力値

 

 筋力:D 魔力:A 耐久:B+ 幸運:E 敏捷:A 宝具:B

 

宝具

 

お菓子をくれな(トリック・オ)きゃ悪戯するぞ(ア・トリート)

 

 ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:100 最大補足:100人

 

噂、伝説、伝承など、人々の口伝えによって存在したり誕生した者たちを呼び寄せ、それぞれが一斉に突撃していく、西洋版百鬼夜行である。

発動のためには、真名開放の後、相手がこちらに対して害ある行動をとらなくてはならないため、確実に相手と敵対する必要がある。

このサーヴァントはジャックランタンというよりも、『ハロウィーン』の具現のようなものなので、ハロウィーンに関係する妖怪しか呼ぶことが出来ない。

 

悪魔の石炭、堕落の魂(ジャック・オ・ランタン)

 

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人

 

ジャックランタンが右手に持つガラス製のランタン。

その中の火種は悪魔からの石炭とも、堕落した人の魂とも言われる。

火の属性の攻撃を吸収し、魔力に変換することができ、さらに魔力を消費して炎を生み出し攻撃することも出来る。

副次効果として、自身とマスターに降りかかる「不幸」をある程度そらすことが出来る。

そらす「不幸」のレベルは、マスターからの信頼に比例する。

 

十月最後の日(ハロウィーン)

 

 ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:100 最大補足:500人

 

ジャックランタンの周りの人間や動物たちをジャックランタンと同じ姿に変え、見分けがつかないようにし、その間に相手から逃亡したり、闇討ちしたりする宝具。

宝具を使用している自分自身は誰がどうなっているのか判別できるため、容易に相手を見つけ、攻撃することが可能である。

さらに、自身がジャックランタンの姿に変わっていても、変わった本人たちはその格好に疑問を持たなくなる。

 




カボチャの頭部に黒い外套、二メートル越えの長身のライダーは、日中子供たちにお菓子を配ってすごしています。
その所為か、親からは不審な目を向けられていますが、子供たちからの人気は絶大。良く子供たちの遊びに巻き込まれています。マスターが。


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第二十一話 英雄と英霊と反撃と

マントの中からもりもり出てきます。

それでは、どうぞ。


仕事も一段落付き、城内を歩いていると、向こうから恋が歩いてきた。

 

「お、恋。仕事終わったのか?」

 

「ぎる・・・っ。うん、終わった」

 

俺を見つけた瞬間に駆け寄ってきて、先ほどのように手を握ってくる恋。あまりにも自然な動きだったので、突っ込むタイミングを逃してしまった。

訓練の帰りなのか、もう片方の手には方天画戟が握られている。

 

「・・・また、町に行く?」

 

「んー、それも良いけど・・・ちょっと訓練場に行きたいんだよな」

 

「・・・分かった。一緒に行く」

 

「おう」

 

そのままの状態で訓練場まで向かう俺と恋。

途中恋が俺の腕に頬ずりする以外は特に何事もなく訓練場までたどり着いた。

 

「えーと、セイバーいるかなー」

 

明日にでも稽古をつけて欲しいんだが・・・

 

「あ、ギル殿! どうかしたんですか!?」

 

そう言って、兵士が声をかけてくれる。

 

「いや、セイバーいないかなと思って」

 

「正刃ですか? ・・・そう言えば見ませんね」

 

「いや、知らないなら良いんだ。訓練を続け・・・っ!」

 

魔力反応! これは・・・

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「バーサーカー!?」

 

「・・・誰?」

 

「敵だよ。こんな白昼堂々と・・・! みんなは逃げろ! しばらく誰も近づけるな!」

 

「は、はいっ」

 

あれが何かを聞く前に、全員が逃げていった。

 

「恋も逃げろ」

 

「・・・やだ。恋も、戦う」

 

強く手を握ってくる恋を撫でながら、諭すように続ける。

 

「無理だって。いくら恋でも、バーサーカーには・・・英霊には、敵わない」

 

「・・・恋、いらない・・・?」

 

無垢な瞳でこちらを見上げてくる恋。・・・そんな目をしても・・・

 

「・・・ああもう! 分かったよ! じゃあ恋は俺が攻撃してるときに後ろから攻撃して気をひいてくれ。絶対に深追いするなよ?」

 

「・・・うん」

 

・・・意志が弱いなぁ、俺。

 

・・・

 

「ねーねー、おうち帰りたーい」

 

「ぼくもー。おかあさんのおてつだいしないと」

 

「あー、ちょっとだけ俺の仕事を手伝ってくれ。町の警邏を一緒にして欲しいんだよ」

 

頭を高速回転させて、何とか言葉を捻り出す。

聖杯戦争関係者と子供以外いない空間で警備も何もないが・・・

 

「けいら!? うんっ、わかったー!」

 

「おれも華蝶仮面みたいに町の平和を守るんだー」

 

「おぉ、そっかそっか。じゃあがんばらなきゃな」

 

途中で幾度か魔力を吸い取られていくが、動けないほどではない。

 

「ちっ、早めに片付けないと不味いな・・・」

 

魔力の反応は最初の地点から動いていないように感じるが、この隔離された場所が広いとは限らない。

いつこちらに戦闘が飛び火してくるのか分からないのだ。

最悪、令呪による後押しが必要になるかも知れない。

 

「・・・いや、むしろ今使うか・・・? くそ、ライダーの様子が分からないのは痛いな・・・!」

 

「ねーねー、なんか人がいないねー?」

 

「ほんとだー。なんでだろ?」

 

「・・・子供は良いなぁ、オイ」

 

ため息をつきながら移動を続ける多喜。何度か休憩を取っているが、そろそろ子ども達も何もないこの空間に飽きてきたようだ。

 

「おうちかえりたーい!」

 

「うぅ、ひっぐ、えっぐ」

 

空間の異常性に気付いた子ども達もいるらしく、数人は不安を感じて泣き始めてしまった。

 

「な、泣くなよ。こう言うときはどうしたら良いんだよ。ったく。ほ、ほらー、べろべろばー」

 

・・・

 

「これは・・・怪物・・・?」

 

「おいおい、ヴァンパイア、とか狼男、とか名前があるんだぜ。呼んでやれよな」

 

ライダーの外套から飛び出した多種多様な異形たちは、キャスターの出した大量のホムンクルスと精霊たちに対するように立ち並んでいた。

 

「本物とは違う、仮想の仮装だけどさ。それでも、ホムンクルスや精霊には対抗できるんだぜ?」

 

ランタンを取り出したライダーは、外套から飛び出した異形たちに号令をかける。

 

「今日は昼から祭りだ! お菓子をくれないこいつらに、洒落にならないイタズラしようぜ!」

 

「ちっ・・・ゆけ、ホムンクルス!」

 

人より異形の比率が大きくなった街中で、季節はずれのハロウィーンが始まった。

 

・・・

 

「なんだこの声・・・!」

 

多喜はようやく子供を落ち着かせた後、突然聞こえ始めた声に混乱していた。

しかし、次の瞬間、遠くを異形が跳んでいるのを見つけ、状況を把握する。

 

「ライダーの、宝具か・・・?」

 

「わーっ! 被り物のお兄さんだー!」

 

「ほんとだっ、おーい! おにいさーん!」

 

「おおっと。・・・はっ、人気だなぁおい」

 

多喜は自身の腕の令呪を見つめ

 

「俺も、やることはやらんとな」

 

爆発音が聞こえた後、令呪を発動した。

 

「ライダー、命じるぞ・・・『キャスターを全力で困らせてやれ』!」

 

手の甲にある令呪の一画が一瞬赤く光り、色を失う。

 

「ねーねー、あっちにお菓子くれるお兄さんがいるよー! 見に行こうよー!」

 

「でも、お兄さんみたいに顔を隠しているような人間は怪しくて危ない人だから近づくなって、お母さんいってたよー?」

 

「危なくないよー! お菓子をくれる、良い人だもん!」

 

「お、おいおい・・・。また騒ぐのかよ・・・勘弁してくれ」

 

再び子ども達を落ち着かせていると、多喜は異変に気付いた。

 

「・・・おー、そっか・・・」

 

「おじちゃん! お兄さんは危ない人じゃないよね?」

 

子供の質問に、多喜は何でもない風を装って、静かに答える。

 

「ん? ・・・ああ、危ない奴じゃねえぜ。ライダー(あいつ)はな・・・誰よりも子供好きで・・・」

 

多喜の令呪が、光を失っていく。令呪の輪郭すら消え、パスすらも消えていく。

 

「そして多分・・・お前らみたいな子供にお菓子を配るのが喜びの、変わり者(えいゆう)なんだよ」

 

泣き笑いのような奇妙な表情で、多喜は相棒が消え去ったことを悟った。

 

・・・

 

「ちっ!」

 

こいつ、やっぱり堅い・・・! 

初っぱなから本気も本気、乖離剣で斬り掛かっているのだが、全く状況を打開できないまま、時間だけが経っていた。

恋もよくやってくれているのだが、流石に神秘のない武器では攻撃を当てても効果は薄いようだ。

バーサーカーは薙刀で牽制しつつ、弾幕を張るように刀をばらまいている。

すでに刀は幾つか鎧に当たっており、その時に出来た一瞬の硬直の所為で薙刀に当たりそうになった時は冷や汗が背中を伝った。

 

「・・・んっ。こいつ、強い・・・」

 

「恋っ、深追いはするなよ!」

 

先ほどからバーサーカーの背後から攻撃して気を引いてくれている恋だが、流石に疲れてきたらしい。

少しずつ苦しそうな息づかいが混ざり始めている。

 

「くそ、セイバーかライダーでもいれば・・・」

 

乖離剣の真名開放も考えたが、真名開放に必要なタメで出来る隙をカバーするのは恋では不可能だ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「五月蠅いぞッ、バーサーカー!」

 

振り下ろされる薙刀を、王の財宝(ゲートオブバビロン)にある宝具を三つ組み合わせて防ぐ。

薙刀を受け止めた宝具はぎしりと悲鳴を上げたが、きちんと防げているようだ。

バーサーカーが薙刀を振り下ろして出来たその隙を逃さず、エアを横薙ぎに振るう。

決まった――――が、浅い! 

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「ハアァッ!」

 

踏み込みが浅かったか、バーサーカーが斬られる瞬間に一歩退いたか・・・

どちらかは分からないが、エアはバーサーカーの胴を浅く斬りつけるだけに終わってしまった。

 

「ふっ・・・!」

 

そのままバーサーカーに反撃されそうになるが、恋が背後から思い切り方天画戟を叩き付け、気を逸らしてくれた。

王の財宝(ゲートオブバビロン)から宝具を射出しつつ後退し、バーサーカーの追撃に対応する。

その間にバーサーカーを倒すための作戦を頭の中で組み立て始める。

まず、バーサーカーに向けて王の財宝(ゲートオブバビロン)から宝具を撃ちだしても、バーサーカーは薙刀を回転させて防いでしまう。

その後に刀を投擲されては、こちらは回避に専念しなくてはならなくなる。

更に、何度も攻防を繰り返して気付いたことがある。それは・・・薙刀は比較的簡単に防げるが、投擲される刀はかなり難しいということだ。

俺も武器を射出する宝具だから分かるが、線の攻撃は対応しやすいが、点である攻撃は速度が速くなればなる程対応が難しい。

だからといって一々盾の宝具を出していては一手遅れてしまうし、かといって乖離剣で弾けるかと言われれば不安を感じる。

あれ、なんかほとんど手詰まりっぽいぞ・・・? 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

・・・しばらく戦って思ったのだが、バーサーカーのマスターはどれだけの魔力を持っているのだろうか。

現界させるだけでかなりの魔力を持って行かれるこいつ(バーサーカー)を、これだけの時間、しかも宝具を使わせても大丈夫とは・・・。

 

「令呪の助けもあるのかもな・・・ふんっ!」

 

バーサーカーの攻撃は、一撃一撃が地面を粉砕するほどの威力で、英雄王の筋力プラス乖離剣といえど押し負けそうだ。

・・・俺と恋が、逆の立場であればいいのだが。

恋は俺と打ち合って平気な程の膂力を持っているし、三国最強の武将の力は伊達じゃないだろう。

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「く、そっ・・・!」

 

・・・これだけの時間戦闘していれば、必然的に魔力は無くなっていく。

バーサーカーはマスターが何かしているのか、令呪のバックアップが有るのかこうして健在のようだが、俺とてサーヴァント。

月からの魔力供給と、保有魔力だけでは限界がある。・・・今から月を呼びに行くには余裕がない。

王の財宝(ゲートオブバビロン)を絨毯爆撃のように浴びせかければ勝機はあるのだろうが・・・恋を巻き込んでしまう。

かといって一対一ではバーサーカーの暴力的な突進に耐えきれず俺が押し負けてしまうだろう。

・・・本来の持ち主、ギルガメッシュなら余裕でバーサーカーくらい倒すんだろうが、俺にそこまでの技量はない。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「っ! ・・・ふっ!」

 

二人を相手していてはきりがないと考えたのか、急にバーサーカーは反転し、恋を狙い始めた。

バーサーカーに似合わない器用さを発揮して、俺への牽制を行いながら恋へとその薙刀を振り下ろした。

恋は方天画檄で受け止めた物の、神秘の固まり、宝具には打ち勝てるはずもなく・・・方天画戟は、折れた。

 

「・・・!」

 

折れた瞬間、驚愕の表情を浮かべた恋は、バーサーカーによる張り手を食らって吹き飛んだ。

 

「恋ッ!」

 

「がっ、あ・・・!」

 

ごろごろと転がった恋は体を丸めて痛みに耐えているようだった。

更に恋へと追撃を加えようとするバーサーカーに宝具を撃ち出して足止めする。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

・・・俺の所為で、恋が・・・。

視界の端で立ち上がる恋が見えたが、方天画戟もなく、ほとんど満身創痍の彼女にはすでに戦う手段はないだろう。

 

「ま、だ・・・いける・・・」

 

苦しそうな顔をする彼女だが、戦意は微塵も失せていなかった。

何か、無いだろうか。この戦況を覆す、なにかが。

・・・恋が前衛を務めてくれれば俺もフォローに徹することが出来て勝率は跳ね上がるのだが・・・。

絶世の名剣(デュランダル)でも貸し出そうか。いや、消耗した体の上、慣れない武器で戦っては英霊には勝てないだろう。

せめて、槍か何かを・・・。ああ、ゲイボルグの原典を爆破させなければ良かった・・・! 

そこで、はたと気付く。なんでこんな事に頭が回らなかったのだろうかという位初歩的なことに。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)! 受け取れ、恋ッ!」

 

こちらに突進してくるバーサーカーの後方。ぼろぼろになりながらも立つ恋に向けて、王の財宝(ゲートオブバビロン)から赤い弾丸が撃ち出される。

もちろん、恋を攻撃する意図で、ではない。・・・狙いは、恋の目の前の地面である。

それが恋の目の前に突き立ったのを確認する暇もなく、俺はバーサーカーと相対し、乖離剣を振り上げる。

・・・何とも情けないが、ぼろぼろの恋に頼るほか、俺には策がなかった。

宝物庫にあるかどうかすら謎だったが、『人が開発した』宝具である人造宝具も派生する前の原典扱いらしく、見つけることが出来た。

後は半人半機である彼と恋の間の差異がどのくらい影響するのかが不安だが・・・。

 

「エア、もう少しだけ踏ん張ってくれ!」

 

刀身に刻まれた紫色の紋様が細かく読み取れないくらいに高速回転し始めたエアを叩き付け、時間を稼ぐ。

恋があの宝具の担い手となり、その力を振るえるというのなら・・・それこそ、鬼に金棒である。

 

・・・

 

呂布奉先・・・恋は、目の前に突き立つ神秘の固まりを見て、疑問符を浮かべていた。

今目前で狂戦士と打ち合っている彼・・・アーチャーがこちらに寄越した武器だからただの武器ではないはず。

だが、自分の体の状況を鑑みて・・・そんな武器を振るえる自信は、今の恋にはなかった。

・・・自然と、視線はバーサーカーと戦っているアーチャーへと向かう。

 

「・・・ぎる」

 

視線の先には、険しい顔をしながら狂戦士と打ち合う彼の姿。

いつも町へ一緒に行くときの優しい笑顔とは違い、訓練で打ち合っている時ですら見せない必死の表情で戦う彼を見て、少女は決意した。

 

「・・・ぎるを、助ける・・・!」

 

体の痛みを無視して、目の前に突き立つ武器の柄に手を伸ばす。

柄を掴んだ瞬間・・・体中を力が巡った。

それと同時に、武器の使い方が直接脳に送られたように理解できた。

これは自分の武器。そう思ってしまうほどに・・・一生を共に生きたかのように、手に馴染む。

 

軍神五兵(ゴッドフォース)・・・共に、いく・・・!」

 

体にあった傷が、癒えていく。

これは、軍神五兵(ゴッドフォース)の一つの機能・・・赤兎無尽(せきと、いまだしなず)によるものだ。

持ち主が握っている限り、空気中の魔力を吸収して持ち主の傷を治すという自動発動の機能。

半人半機の呂布でないためにランクは落ちていて、怪我の回復力促進程度になっているが、それでも人間には破格の能力。

 

絶武(ほこ、まじえ)無双(るにあたわず)

 

恋はこちらに背中を向けているバーサーカーに向けて疾走する。

その途中、矛形態での機能を発動させる。持ち主の筋力ステータスを1ランクアップさせ、相手の防御行動に対して有利な判定を受けられるスキルだ。

恋がある程度近づいたところでバーサーカーに気付かれた。

バーサーカーはアーチャーに薙刀をぶつけると、それを防いだアーチャーごと振り抜いた。

 

「ぐっ、うっ・・・!?」

 

空中へと投げ出されたアーチャーは城壁へとめりこみ、地面に落ちた。

その間にバーサーカーは恋に対して迎撃体勢を整え、振るわれた矛を薙刀で防ぐ。

 

「ふ、んっ・・・!」

 

声と共に振り下ろされる軍神五兵(ゴッドフォース)

恋の一撃を防ぐために構えた薙刀に叩き付けられた矛は、先ほどの機能によって防御に対して有利な判定を受けられるようになっている。

バーサーカーの防御を打ち崩した恋は矛を引き戻し、隙だらけのバーサーカーに高速の突きを放つ。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

しかし、流石は英霊と言ったところか。

バーサーカーは防御を崩された瞬間に二撃目を避けようと動き始めていたらしく、その突きを後ろに飛び退いて避けた。

その距離はお互いの武器の間合いより遠く離れた物だった。

・・・しかし、恋が持つ軍神五兵(ゴッドフォース)はただの矛ではない。

五つの形態を持つこの宝具には・・・

 

必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)

 

・・・そんな状況に応じた形態も、ちゃんとある。

矛から弓矢へと形態を変えた軍神五兵(ゴッドフォース)を構える恋。

常人では引く事すら出来ない弓を引き絞り、狙いを定める。

 

「貫く・・・!」

 

その言葉と共に放たれた矢は、高速でバーサーカーへと迫る。

矢を弾こうと薙刀を突き出すバーサーカー。

しかし、矢の威力の方が高かったのか、僅かに軌道を逸らすのみとなり、そのまま矢は突き進み・・・バーサーカーの肩を貫いた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

バーサーカーを貫いた矢は消え去り、恋の手元へと戻る。

必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)は、相手に攻撃が当たると必ず隙を生み出させる。

その隙を逃さないように、恋は矢を放つと同時に走っていた。

手元に矢が戻ってくると同時に軍神五兵(ゴッドフォース)を矛形態へと戻し、硬直するバーサーカーを斬りつけた。

 

「はっ!」

 

袈裟に振り下ろされた矛は、バーサーカーの胴を切り裂いた。

血液という魔力を吹き出したバーサーカーだが、スキルによって未だ戦闘は可能。

しかし、そんな事を知らない恋は此処まで切り裂けば動けないだろうという思考の下、気を緩めてしまった。

 

「お、おおお・・・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

切り裂かれた部分から血を吹き出したまま、バーサーカーは最速の攻撃手段・・・すなわち、手刀を振り下ろした。

恋がそれに気付いたときにはもう遅く・・・防ぐ手だてもないまま接近する手刀を眺めるように見ていたその時。

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

横から伸びてきた鎖が、その手刀を止めた。

手刀だけではなく、鎖は更に拘束するようにバーサーカーに絡まる。

 

「俺のこと忘れてたか? バーサーカー」

 

「ぎる・・・」

 

壁に背中を預けて座り込むぼろぼろのアーチャーを見て、恋は思わず呟きをもらしてしまう。

そんな恋に、アーチャーは苦笑して

 

「悪いな、恋。此処までやらせちゃって。・・・これで抑えられるのは少しの間だ。トドメを」

 

こくりと頷き、矛を振り上げる。

・・・が、それを振り下ろすより早く、バーサーカーは鎖の拘束より抜け出した。

しかし、その為に出来た圧倒的な隙は恋の振り下ろしを防ぐことも避けることも出来ない致命的な物だった。

だが、その身に矛が当たる直前――――。

 

「・・・ち、霊体化か・・・」

 

その巨体は、見えなくなっていた。

少しの間警戒しながら周りを見渡す二人だったが、完全に気配がないことを確認すると武器を降ろした。

 

「・・・恋、ありがとな」

 

「・・・ん。別に良い。いつもぎるには助けられてるから」

 

「そうかぁ?」

 

アーチャーの言葉にこくこくと静かに頷いた恋はアーチャーの目をまっすぐに見据えて口を開く。

 

「町に一緒に行ってくれたり、セキト達と仲良くしてくれる。・・・とっても、優しい」

 

「そっか。・・・なら、素直に受け取っておくかな」

 

自身の頭を撫でる手をくすぐったそうに受け入れる恋は、頬を少しだけ染めて、ほほえんだ。

 

・・・

 

「・・・そだ。これ、返す」

 

そう言って恋が俺に差し出したのは、軍神五兵(ゴッドフォース)だった。

 

「・・・いや、恋に持ってて欲しい。またあいつが攻めてきたとき、恋にも英霊に対する攻撃手段を持ってて欲しいから」

 

それに、方天画戟折れちゃったろ? と言うと、恋はわかった、と頷いた。

・・・さて、次はセイバーとライダーだな。

これだけ魔力を使った戦闘をしていて何故セイバーとライダーがこちらに来なかったのか。

何か、こちらにこれないような事態に陥ってしまったのだろうか・・・? 

焦らないように気を付けながら、俺は恋を連れて城内へと戻っていった。

 

「ぎる、どうしたの?」

 

自然と強ばった顔になってしまっていたのか、俺の顔をのぞき込んだ恋がそう聞いてくる。

 

「・・・ん、ちょっとセイバーとライダーが心配になってね」

 

「・・・そう」

 

「ああ」

 

そう答えて曲がり角を曲がった瞬間、目の前に広がったのは、筋肉。

危うくぶつかりそうになったが・・・危ないなぁ、この二人は。

 

「ぶつかりそうだったじゃないか、貂蝉、卑弥呼」

 

「うっふぅん。ワタシとしてはぁ、バッチコーイ! なんだけどぉん」

 

「・・・ふーっ、ふーっ!」

 

おお、恋が威嚇してる・・・。こんな険しい顔した恋、戦闘中でも中々見れないぞ・・・。

 

「まぁ、そんなことよりオヌシら。先ほどの戦闘についてだが・・・」

 

「そんなことて・・・」

 

俺のツッコミを無視して切り出された卑弥呼の話は、簡単に纏めると以下のような物だった。

まず、俺とバーサーカーの戦闘にセイバー達が駆けつけられなかったのは、以前と同じく空間を隔離していたから。

万が一間違って一般の兵や住み込みの侍女が入ってくると危険だと判断したからだそうだ。

 

「・・・成る程、それならセイバー達がこっちに来なかった理由が分かった」

 

・・・というか、バーサーカー相手に俺と恋だけって何考えてるんだこの漢女(おとめ)

まぁ、最優先事項は一般の人間達に対する秘匿なんだろうが・・・今回ばかりは拙かったぞ。

そんなことを思いながら貂蝉を睨むように見つめると、くねっ、としなをつくった貂蝉。

 

「んもぅ。ワタシのことをそんなに熱く見つめちゃ・・・イヤンっ」

 

・・・おっと危ない。乖離剣を抜きかけた。

深呼吸で落ち着いた後、貂蝉達に別れを告げ、説明するためにセイバー達を探す。

恋には月の所へ行って貰い、先ほど起こったことの簡単な説明と、響がいればアサシンにセイバー達を見なかったかと確認して貰うことに。

・・・俺、漢女(おとめ)達に耐性出来てきたんだなぁ。悲しい。

 

・・・




「(対英霊戦の)戦力が増えるよ!やったねギルちゃん!」「おいやめろ」

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第二十二話 暗躍と回復と母娘と

親子丼? 好きですよ。卵が美味しいんですよね。

それでは、どうぞ。


恋は、アーチャーに言われたことを実行しようと月と詠の部屋の前へと来ていた。

教えられたとおりにこんこんとノックする。

はーい、という言葉の後、扉が開き・・・

 

「あれ? 恋じゃない。どうしたのよ」

 

詠が出迎えてくれた。

珍しいわね、と声をかけてくる詠に、恋は探し人の名前を告げる。

 

「月は・・・いる?」

 

「月? いるにはいるけど。何かあった?」

 

「ん。ぎるに、説明お願いされた」

 

基本的に恋は言葉少なめの武将である。主語述語修飾語が抜けるのはしょっちゅうで、途中の説明すら省くことがある。

今回もその例に漏れずよく分からない言葉だったので、取り敢えず詠は恋を部屋の中に入れることにした。

 

「・・・詠ちゃん、誰だったの?」

 

卓につきお茶を飲んでいた少女は、詠に訪問者について尋ねた。

 

「ん、恋よ」

 

「・・・月」

 

「あ、恋ちゃん。どうしたんですか?」

 

「ん、さっき起きたこと説明する」

 

月と詠の二人の前で、恋は淡々と起こったことを説明した。

バーサーカーと戦ったこと、アーチャーがセイバーとライダーを探しに行ったこと、響がいればアサシンにセイバー達の事を聞いてきて欲しいと言われたこと等である。

 

「狂戦士さんと・・・ですか」

 

「ん」

 

「・・・そう言えば、恋。それ、方天画戟じゃないわよね?」

 

話しているときも離さなかったその武器は、いつも使っている方天画戟とは似ても似つかず。

詠は疑問をそのまま口に出した。

 

「ん。軍神五兵(ゴッドフォース)っていう」

 

「ごっどふぉーす?」

 

「ぎるから貰った」

 

「え? ギルから? ・・・って事はそれ、宝具!?」

 

「ほうぐ?」

 

今度は恋が首を傾げる番だった。

詠は宝具についてと、ついでにサーヴァントについてもう一度説明した。

 

「っていうか、あいつの蔵は何でも入ってるのね」

 

「いつも使ってるみたいに馴染む。・・・だれの宝具、かな」

 

「さぁ・・・。でも、戟とか、矛っぽいですね、それ」

 

「ま、ギルが帰ってくれば分かるでしょ。取り敢えず、折れた方天画戟はねねに渡しときなさいよ。あれ、確かねねが設計したんでしょ?」

 

「ん。そうする」

 

「・・・ギルさんからの贈り物、かぁ・・・」

 

「っ・・・!?」

 

突然の寒気に襲われた恋は、敵襲の時よりも警戒し、辺りを見回していた。

 

「・・・ふふふ、良いんです。私はギルさんの・・・ふふふ」

 

月の怪しい笑みには、誰も気付かなかった。

 

・・・

 

町を警邏中のセイバーを見つけ、駆け寄る。

 

「セイバー!」

 

「ギル? ・・・どうした、そんなに息を切らせて。バーサーカーでも来たか?」

 

はっは、と軽い調子でそう言うセイバー。

 

「ああ、よく分かったな。さっき戦って、今撃退したところ」

 

「は? ・・・本当だったのか」

 

冗談のつもりだったのになぁ、と呟くと、一人で倒したのか? と聞かれる。

俺は頭を振って否定する。すると、ああ、と何か納得した表情で頷く。

 

「成る程、ライダーか」

 

「いや、恋・・・呂布と」

 

「・・・あれ? あの子って英霊・・・」

 

「じゃないぞ」

 

混乱し始めたセイバーに詳しく説明していく。

恋の方天画戟が折れて、代わりに呂布奉先の宝具である軍神五兵(ゴッドフォース)を渡し、対英霊戦での戦力になるからしばらく貸し出しておく事にした、と説明した。

 

「・・・成る程、英霊の呂布奉先の宝具を、英雄の呂布奉先に渡した訳か」

 

「まぁ、使えるかは半分賭けだったけどな。・・・ところで、ライダーは見なかったか?」

 

「ん? ああ、見ていないぞ。・・・そう言われると変だな。こうして町を歩いていると二回くらいは会うんだが」

 

今日はまだ一度も会っていないぞ、と真剣に考え出すセイバー。

そう言えば、バーサーカー組にはもう一人・・・キャスターがいるんだったな・・・。

セイバーも同じ考えに至ったのか、俺達は二人して目を合わせる。

 

「・・・まさか、キャスターに襲撃された?」

 

「可能性はあるな。ライダーは直接攻撃には強いが魔術なんかの攻撃は炎以外耐性がほとんど無い。それにキャスターにはホムンクルスや宝具の精霊みたいな手勢もいるし・・・」

 

「急がないと、拙いな」

 

「ああ、取り敢えずは貂蝉達に協力して貰って隔離された空間がないか探して貰おう」

 

俺の提案に首肯したセイバー。

走り出そうとしたその時、雑踏の向こうから多喜が歩いてくるのを見つけた。

 

「多喜!」

 

声をかけ、駆け寄る。

・・・なにか、違和感を感じる。

 

「ん? ・・・ああ、お前らか」

 

「・・・ライダーがいないようだが・・・?」

 

セイバーの言葉に、多喜は一瞬体を震わせた。

 

「・・・ライダーは、やられた」

 

「キャスターに、か」

 

セイバーが唇を噛みながらささやくような声量でそう聞いた。

多喜は、ただ頷きを返すだけで、それ以降何も言わなかった。

 

「そう、か」

 

俺も、ただそう言うのが精一杯で、多喜になんて声をかけて良いのかすら分からない。

ただ、城へと帰る滝を見送るくらいしか出来ない自分に気付いて、思わず悪態を付きそうになった。

 

「・・・ギル」

 

とがめるようなセイバーの声。言外に何を言わんとしているのか、聞かずとも分かる。

 

「大丈夫だ。分かってる。単独行動なんてしない。・・・もう、月は泣かせたくない」

 

「分かってるなら良いが・・・」

 

警邏へと戻ったセイバーと別れ、町で何かする気も起きなかった俺は、多喜に遅れて城への道を歩き始めた。

 

・・・

 

「・・・予想外、かな」

 

長髪の男は、目の前にいるぼろぼろのキャスターを見ながら、そう呟いた。

 

「そう、だね。霊核は無事だけど・・・他はいろいろと大変だ。修復にも時間が掛かると思うね、私は」

 

肩で息をしながら、キャスターは抉られたように無くなっている右の上半身へと魔力を回していた。

ライダーの宝具、『お菓子をくれな(トリック・オ)きゃ悪戯するぞ(ア・トリート)』は、令呪の後押しもあり、ホムンクルスごとキャスターを物量で押しつぶそうとに迫っていた。

キャスターも何とか自身の手勢で防ごうとしたが、いかんせんライダーの宝具は数が多かった。自身の宝具を使って防御を試みたものの、防ぎきれずに右の上半身を・・・狼男に、右肩を中心とした円形状にえぐり取られた。

だが、その怒涛の攻撃に何もしなかったわけではない。

ライダーの唯一の弱点だと思われる、頭部。そこに向けて、魔力の石を投げつけた。ほとんど賭けだったが、自身は運がいいらしい。敵の隙間を縫って、ライダーの頭部に当たり、その頭を消し飛ばしたのだ。

それによって、ほぼ相打ちの様にライダーの霊核を破壊し、聖杯へと送り返すに至った。

その後は長髪の男によって作られた隔離空間を解除し、急いで隠れ家まで戻ってきて、今に至る。

 

「・・・そっちのほうはどうだった?」

 

バーサーカーのマスターは、魔力を増幅させる装置に、キャスター製の魔力がつまった石、更に令呪まで使ってバーサーカーをバックアップし、アーチャーを襲わせて今度こそ退場させようとしていた。

 

「ふん。失敗だ。この世界の呂布にあの世界の呂布の宝具を持たせて、バーサーカーを撃退された」

 

「・・・なるほど、それは考えたね」

 

素直に感心した、と言う風に頷く長髪の男に、バーサーカーのマスターは鋭い目を向ける。

 

「感心している場合か。キャスターは修復で使えんし、バーサーカーもまた然りだ。こちらの手札はほとんど無くなったと言っていい」

 

「あの策はどうする?」

 

長髪の男が、意味深な発言をする。

バーサーカーのマスターは少し考えるそぶりを見せた後、溜め息混じりに口を開く。

 

「・・・この状況の今、そっちに頼らざるを得ないだろうな。仕方がない、準備を進めろ」

 

「了解。・・・今のところ、ランサーとライダーが脱落、か」

 

「やはり、アーチャーとセイバーが問題だな・・・この二人が組んでいる限り、ほとんどの英霊は勝てないだろう」

 

「だろうね。前衛と後衛・・・完璧に役割分担できるからね」

 

「後はアサシンもいたな。・・・ちっ、どっちみちこちらの手札が少ない事には変わりないか」

 

長髪の男は自信の手の甲を見て、呟く。

 

「令呪も私が二つに君が一つ・・・。ライダーの最後の攻撃は予想外だった。あれさえなければ、もっとマシだったのに」

 

「ふん。終わったことをとやかく言っても仕方有るまい。・・・気分が悪い。奥で休む」

 

「魔力不足だね・・・ゆっくり休むと良い」

 

ふらふらと覚束ない足取りで、男は闇へと溶けていく。

長髪の男は余った石を拾い、キャスターの所へと戻っていった。

魔力の固まりであるこの石が有れば、少しはマシになるだろうと考えながら。

 

・・・

 

ライダーが消えてしまった次の日。

俺は机の前で、ある一冊の本と対面していた。

 

「・・・なんで?」

 

以前、政務でのコツやらなんやらを書いて残しておけば、ほかの文官たちの助けになるのではないかと思いたった。

愛紗も賛成してくれたのでせっかく作るのならきちんと保存されるようなものに残そうと決めた。

黄金率で稼いだ金をフル稼働して材料を集め、金に物を言わせて職人たちを集めたところまではまだ正常だった様に思う。

どんな形にするかを相談されたとき、大学ノートのような形なら書きやすいと思って職人にそう伝えた。

それが完成したと先ほど届けられたのだが・・・。

・・・つい口をついて某有名なノートの名前をつぶやいたのがいけなかったのだろうか。

目の前のノートには、海の中で揺れるワカメの絵が描いてあり、「ジャプニカ暗殺帳」とタイトルがついていた。

 

「・・・え、間桐さんちの養女とかいないよね?」

 

ついついきょろきょろとあたりを見回してしまった俺は悪くないはず。

とりあえず、気を取り直して筆をとる。

指南書、と空白の部分に書き込み、内容を書いていく。

 

「ええと、まず最初に・・・っと」

 

さらさらと筆を滑らせていく。長く筆を使っている所為か、字はかなり達筆だ。

しばらくして、第一章と銘打った数ページが完成する。

 

「うぅむ、この分だと一冊でまとまってしまうな」

 

余裕を持って二冊作っていたのだが、一冊あまってしまうことに。

もう一冊のほうは・・・

 

「そうだな、日記帳にでもするか」

 

娯楽の少ないこの時代でも、手慰みにはなるだろう。

 

「・・・暇だな」

 

午前中は休みをもらっているのでまだまだ余裕はある。

・・・うぅむ、指南書の続きを書くのは明日にしたいし・・・。

ま、部屋を出れば誰かに会うだろ。

 

「よっと」

 

立ち上がり、扉に手をかける。

部屋から出ると、心地よい風が通り過ぎていくのを感じた。

 

「うん、いい天気だな」

 

散歩には丁度いい気温だ。

 

「あっ! ギルおにーちゃーん!」

 

遠くから、声が聞こえる。

この呼び方と声は・・・璃々か。

 

「璃々。久しぶりだな」

 

「うんっ! 久しぶりっ」

 

うむ、元気でよろしい。

だが・・・紫苑、こんな危険なところに娘を連れてくるなよ・・・。

 

「・・・あれ? 紫苑は?」

 

「おかーさんは弓の訓練してるのー!」

 

「ほう」

 

「でもね、璃々に弓ひかせてくれないし、つまんないからお散歩してるっ」

 

「・・・ほほう」

 

アグレッシブだな、璃々。

とりあえずは、紫苑のところへ行こうかな。

 

「俺も午前中は暇なんだ。よかったら、一緒にお出かけするか?」

 

「ほんとっ!? するするっ!」

 

「よし、じゃあまずは紫苑にお出かけしてくるって言いに行かないとな」

 

「おーっ」

 

両腕を万歳するように上げながら返事をした璃々は、早速とてとてと走り出す。

 

「ああもう、転ぶぞ、璃々ー」

 

「大丈夫だよーっ。ギルおにーちゃんも早くー!」

 

「ほらほら、危ないから肩車してやる」

 

追いついてわきの下に手を入れて肩の上へ上げる。

こうしておけばしばらくはおとなしいだろ。

 

「ほえっ? ・・・わー! 高いねー!」

 

いきなり抱き上げられた璃々は素っ頓狂な声を出したが、すぐにうれしそうな声に変わる。

 

「高いだろう。さすが英雄王だよなー」

 

182センチとはさすがである。

・・・まぁ、かの征服王は二メートルを超えるんだが。

 

「? ・・・えーゆーおー?」

 

「ああ、こっちの話だよ」

 

「そーなの? ・・・あっちだよ、ギルお兄ちゃん」

 

「おー」

 

ゆっさゆっさと璃々を揺らしたりしながら通路を進んでいく。

次第に、破裂音のような高い音が聞こえてくる。

 

「お、紫苑やってるなぁ」

 

「やってるねぇ」

 

俺の口調を真似た璃々が、頭の上で嬉しそうに笑う。

そんな璃々につられて、俺もくっくと笑い声が出てしまう。

 

「? ・・・あら、ギルさん。璃々も」

 

俺たちの笑い声に気づいた紫苑が、振り返って微笑む。

俺はやあ、と片手を挙げて答える

 

「こんにちわ、紫苑」

 

「やっほー、おかーさん!」

 

俺に肩車されている璃々を見て、あらあらまぁまぁと口に手を当てて笑う紫苑に、事情を説明する。

紫苑が訓練している間町の散策ついでに璃々の面倒を見るというと、紫苑は何かを思いついたような顔をした。

 

「あら、それでしたら私も一緒に行こうかしら」

 

「ん? 構わないけど・・・。訓練は?」

 

「もともと個人的な練習みたいなものでしたから。そろそろキリがいいですし、丁度いいかなって」

 

ま、紫苑がいいのなら別に俺が断る理由もない。

紫苑とは訓練か政務の時にしか話さないから、こういうときに交友を深めておかないとな。

欲を言えば桔梗も一緒に来てほしかったが・・・まぁ、あまり欲張ってもいけないだろう。

 

「よし、璃々。どこから行こうか」

 

「おまんじゅーやさん!」

 

「饅頭か。・・・紫苑もそこでいいかな?」

 

「ええ。あなたが璃々とどんなところに行くのか、楽しみです」

 

うふふ、と艶やかに笑う紫苑に疑問符を浮かべながら、とりあえず行こうかと歩き始める。

饅頭は・・・ああ、そういえばあそこがあったか。

 

・・・

 

町を歩き始めてしばらく経った。

饅頭から始まり、ちょっとした小物を見たり、髪留めを売っている露天を覗いてみたりといろいろ回ったが、終始紫苑は横に並んでいるだけだった。

璃々にちょっと注意したり、たまに俺に話しかけたりするだけで、ほとんど黙ってついて来ていた紫苑。

どこか行きたい所ある? と聞いてみても、ギルさんと璃々にお任せします、と笑顔で言われてはそっか、としか返しようがない。

謎である。紫苑はいったいどうしたんだろうか。勇気を持って聞いてみるべきだろうか。

 

「ギルお兄ちゃん、どしたの?」

 

「ん? あ、ああ。なんでもないよ。ちょっとボーっとしてただけ。どうかした?」

 

「えへへ、これ、どお?」

 

そういって見せてきたのは、蝶の仮面。

・・・って、それは・・・! 

 

「うん、いけない。返そうか」

 

「えー。かっこいいよ?」

 

「璃々、返そうか」

 

「でも・・・」

 

「・・・」

 

「・・・わかった」

 

ごめん璃々。でも、どんなに悲しそうな顔をされても・・・璃々を華蝶仮面にするわけには・・・! 

その時、背後でからん、と軽いものが落ちた音がした。

 

「わあっ、見てみてギルお兄ちゃん!」

 

そういって璃々が見せてきたのは、以前とある事件で着用することになったあのひょっとこ仮面である。

何 故 出 て き た し ! 

その後の俺の反応はすばやかった。アサシンクラスに負けないほどの速度でそれを回収し、後ろに放り投げるようにして宝物庫に帰す。

 

「・・・あれ? なくなっちゃった」

 

「仕方ないよ、璃々。ほら、お面屋さんはもういいだろ? あっちにきれいな髪留めが売ってたから、見に行こうか」

 

「ほんとっ? うん、いくいく!」

 

品物を見るために肩車からおろされていた璃々は、俺の手をつかんで走り出した。

璃々とはぐれないよう強めに握りながら、元気いっぱい少女の後を追いかける。

 

「うわぁ・・・!」

 

目をきらきら輝かせて露天の品を覗く璃々。

やはり女の子というのはこういうものに興味津々なんだろうな。

 

「ギルお兄ちゃん、似合う?」

 

花の意匠をこらした髪留めを前髪につけた璃々が、こちらを振り向いてそういった。

璃々の紫色の髪に合う色合いで、違和感がない。

 

「お、似合うじゃないか。・・・おじさん、これとこれ、いくら?」

 

こんなに似合うなら買わないのは勿体無いだろう。幸いノートの作成資金の残りがあるので、大抵の物は買えるだろう。

露天の店主から聞いた値段を払うと、璃々は嬉しそうな顔でありがとう、といってくれた。

 

「ん、構わないよ」

 

「ごめんなさいね、ギルさん。璃々に贈り物なんて・・・」

 

「気にするなって。こういうときは男が払うのが常識なんだぜ?」

 

だから、はい。ともう一つの髪留めを渡す。璃々の髪留めを少し大きくしたものだが、紫苑の華やかさには丁度よいだろう。

 

「え?」

 

「今日一緒に来てくれたから、ありがとうの気持ちをこめて」

 

何故か一歩引いていた紫苑だが、それでも璃々と俺と三人で町を歩けたのは嬉しい。

月や桃香、恋とは違う物腰の柔らかさは、一緒に歩いているだけで癒された。

 

「そんな、私は別に何も・・・」

 

「良いんだって。な、璃々。お母さんがもっときれいになったら嬉しいもんな?」

 

「うんっ。おかーさんにも似合うよー!」

 

「・・・ふふ。じゃあ、ありがたくいただきますね」

 

璃々に笑みを返した紫苑は、渡された髪留めで璃々と同じ前髪を留める。

うん、紫苑の美しさに磨きがかかった気がする。

俺の見立てた髪留めでさらに良くなったと感じると、なんだか嬉しいものである。

・・・日記にも、いろいろと書けそうだ。

 

「ん、そろそろ昼か・・・。璃々、お腹空かないか?」

 

「んー、ちょっと空いたー!」

 

「そっか、じゃあ何か食べに行こうか」

 

「うんっ」

 

「紫苑は何か食べたい物とかある?」

 

「ええと・・・」

 

俺の言葉に、少し悩むそぶりを見せた紫苑。

さっきまでは「お任せします」のみだったので、一歩前進といったところか。

 

「そうですね、この前鈴々ちゃんに教えてもらったラーメン屋なんてどうでしょうか」

 

「それいいな。鈴々の見立てなら外れないだろうし。案内してもらって良いか?」

 

「はい。こちらです」

 

そういって歩き出す紫苑の横に並ぶように歩く。

さっきよりは紫苑との話も弾み、距離も縮んだと思う。

紫苑のように戦いの経験が多い将からは、とてもいいことを聞けると分かった一日だった。

 

・・・




「○月×日。ギルさんが桃香様と親しげに話していた。許せない。△月○日。ギルさんが恋さんと笑いあいながら訓練をしていた。許せない。×月△日。呉の弓腰姫と呼ばれる娘がギルさんのお嫁さんになるのだとはしゃいでいた。許せない。」「こ、こわっ・・・!」
平行世界が違っていたらの話。

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第二十三話 三国と五胡と決戦と

「決戦と書いてデュエルと読む」「ドロー、ってやつか」「エクストラドロー?」「俺の場合は、タケミカヅチかな」「・・・ね、ねえ、月ちゃん、ギルさんたちは何の話をしているの・・・?」「さ、さぁ・・・」

それでは、どうぞ。


午後からは自分の部隊の訓練である。

俺の部隊はほとんど遊撃隊のようなものなので、陣形の訓練はほとんどしていない。

基礎体力の向上や騎乗の訓練といった、いつでもどこでもどんな時でも戦い続けられるように基本的な訓練ばかりをしている。

まず隊長である俺からしてほとんど一人で動くような奴なので、カリスマで指示を与えておけば後は各々がんばってくれるのだ。

・・・あれ、俺必要かなぁ・・・? 

隊員と一緒に一緒に城壁の上を走りながらうんうん唸っていたからか、隊員たちの変人を見るような視線には最後のほうまで気づかなかった。

さて、ランニングの後はそのまま筋トレである。超回復を前提とした訓練内容にしているので、一日筋肉を苛め抜くのである。

英霊である俺もやってればギルガメッシュの体を十全に扱えるようになるのではないかと思って隊員たちと同じメニューをこなしている。

結論としては大成功で、しばらく続けていた俺はあまりにも高い身体能力に振り回されることなくなったし、隊員たちも急造部隊としてはかなり使えるようになったと思う。

 

「次は何だっけ、副隊長」

 

「えーと、組み手ですね」

 

その言葉とともに、全員が俺から離れる。

・・・二度目くらいまでは俺と戦いたがる隊員もいたのだが、三度目あたりで俺から目をそらすようになり、四度目からはこうして距離をとられるようになった。

原因としては・・・素手で模造刀を叩き折ったり震脚で地面をへこませたりしていたからだろう。俺が兵士の立場だったら確実に距離を取ってる。それくらい自重しなかった。

 

「・・・いいよいいよ。俺は一人でやってるから」

 

「た、隊長、不貞腐れないでください」

 

「じゃあ副隊長、組み手するぞ」

 

「ごめんなさい、お腹が痛くて」

 

「よし分かった、俺もう寝る」

 

即答だと。というかさっきまで一緒に走ってたじゃないか。仮病使うほど嫌か! ・・・うん、嫌だろうな。

本格的にどうしようかと思っていると、言伝を預かっているという兵士がやってきた。

 

「ん? どうした?」

 

「はっ! 関羽さまがお呼びです! 政務室に来てほしい、とのことです!」

 

「了解。ご苦労様。・・・さて、副隊長。任せたぞ?」

 

「ええ。こちらのことはまったく、ありえないぐらいに気にせず行ってきて下さい」

 

「・・・後で俺の部屋で話し合おうか。主に隊長への接し方について」

 

「遠慮しておきます」

 

天の鎖(エルキドゥ)で縛ってでも今後の俺への対応を考えてもらわないとな。

 

・・・

 

政務室の扉をノックして、入室する。

 

「あ、お兄さんっ」

 

「ん? 桃香だけか」

 

呼んだ張本人である愛紗の姿が見えない。

 

「あ、愛紗ちゃんはね、別のお仕事が入ってるんだって。だから、自分の代わりにお兄さんにお願いしようって話になって」

 

「ああ、そういうことか」

 

成長したとはいえ、桃香一人で政務をさせるのは無茶だろう。

ま、俺も一人村八分にされていたことだし、問題はないだろう。

 

「よし、手伝うよ。何からやればいい?」

 

「んーとね、部隊の再編制の処理がもう少しで終わるから、そっちからかな」

 

「了解。ええと、なになに・・・?」

 

筆と竹間を取り、机に広げる。

それからしばらく、黙々と事務作業を続けていった。

 

・・・

 

あと少しで、曹魏との一大決戦の日がやってくる。

城内は出立の準備で慌しくなっており、誰一人として余裕を持った表情をした人間はいない。

 

「・・・なぁ、ギル」

 

そんな中で、ある程度余裕の表情を浮かべる・・・人間ではない者なら、二人ほどいた。

 

「なんだよ、セイバー。神妙な声を出して」

 

「いやなに、ついに決戦かと・・・感慨深く感じただけだ」

 

「そういうことか。・・・ま、変に考え込みすぎると危ないぞ?」

 

「・・・そうだな。三国の決戦が終わった後は・・・バーサーカーとキャスターを相手取って聖杯戦争を進めていかなくてはならないんだよなぁ」

 

「俺たちにとってはそれを終わらせないと・・・日常に戻れないからな」

 

城壁の下では、何人かのメイド服を着た少女たちが奔走しているのが見える。

月や詠、響の姿もちらほらと目に入る。

彼女たちの近くには、気配遮断で誰にも悟られないように護衛を勤めてくれているアサシンがいるのだろう。

・・・月たちをもう心配させないために。俺たちは勝ち残り・・・聖杯を起動させないようにしなければならない。

黒く汚れた・・・この世全ての悪(アンリ・マユ)を解き放つわけにはいかない。

 

「キャスターはどうか分からないが・・・バーサーカーにはかなりのダメージを与えたはずだ。あの戦いで魔力を使いまくって、さらにバーサーカーの修復にも魔力を回すのなら、しばらくは出てこれないはず」

 

だから、決戦が終わるまでは決戦に集中しても大丈夫だろう、とセイバーに伝える。

セイバーは頷いていたが、顔は思案顔のままであった。

 

「おーい! セイバー!」

 

少しの沈黙が俺たちの間に降りた時。

遠くから、銀の声がした。

 

「ん? ・・・どうした、マスター」

 

「そろそろ休憩終わりだってよ! おら、さっさと行くぞ!」

 

「おお、もうそんな時間か。・・・それじゃあな、ギル。また後で、だ」

 

「おう。きっちり働いて来い」

 

「何をえらそうに」

 

お互いに笑みを交わし、俺はセイバーが去っていくのを見た後、再び城壁に寄りかかった。

下では相変わらず決戦への準備を進めている兵たちが慌しく走っているのが確認できる。

「敵サーヴァントに対する警戒任務」を愛紗から任され、こうして城壁を歩いたり見張ったりしているが、どう考えても敵サーヴァントが来るようには思えない。

 

「・・・いいや。月の手伝いでもしてこよう」

 

そうと決まれば話は早い。さっきの月の進行方向だと・・・あっちだな。

早速城壁を降り、月の元へと向かう。

ええと、たぶんこっちだと思うんだけど・・・。お、いたいた。

 

「月!」

 

「え? ・・・あ、ギルさんっ!」

 

俺を見つけ、嬉しそうに笑う月に俺も笑顔になる。

決戦が終わり・・・聖杯戦争も落ち着けば、こうして笑顔の月と話す時間が増えるんだろうな、と夢想する。

 

「どうしたんですか? 何か御用でしょうか」

 

「いや、上から月が見えたから・・・何か、手伝えないかなと思って」

 

最近、一緒にいられなかったし、と続けると、月は両手を頬に当てて照れはじめる。

 

「そ、そうですよね。一緒にお仕事をすれば、一緒にいられますよね。・・・じゃあ、私たちにできない力仕事を手伝ってください」

 

「ああ、何でも手伝うぞ」

 

「えへへ・・・。それじゃ、行きましょう。ギルさん」

 

そういって歩き始める月の隣に並び、そっと手を差し出す。

最初はきょとんとその手を見つめていた月だが、すぐに得心いったのかその手に自分の手を重ねてくれた。

荷物を運ぶために両手がふさがるまで・・・月と手を繋ぎ、一緒に歩けたのはかなり幸福だな、といまさらながら思った。

 

・・・

 

「キャスター。キャスター、いるかい?」

 

「・・・なにかな?」

 

長髪の男に呼ばれ、霊体化を解いたキャスターが目の前に現れる。

体は表面上なんともないように見えるが、とりあえず魔力で覆っただけなのでいまだ右腕は動かせないようだ。

 

「ん、回復具合はどうかなと思って」

 

「順調といえば順調だけど・・・このままだと、決戦には間に合わないかもね」

 

「・・・ふむ、バーサーカーは間に合いそうだと言われてね。キャスターとの共同戦線を張れれば言うことはないんだけど・・・」

 

「はぁ、そんな事言われても・・・。そうだ、令呪のバックアップがあれば何とかなるかも」

 

「へえ。まだ二画あるし・・・やってみる価値はあるか」

 

「ああ。回復しろ、とかそんな感じのお願い」

 

「了解。・・・令呪によって命じる! キャスター、体を修復しろ!」

 

令呪が一画減り、キャスターへと魔力が流れ込む。

「回復する」事に関して行動する限り、魔力のバックアップを受けられる状態になったキャスターは、腰に下げている剣の柄からいつものようにさらさらと粉を取りだす。

石にはせず、そのまま粉を右半身へと振り掛ける。

外見上に変化は無いように見えるが、先ほどまでだらんと下がっているだけだった右腕を動かせるようになっていた。

 

「うん、成功だね」

 

「便利だねぇ、その宝具」

 

「はは、まぁ、宝具だからね」

 

キャスターだし、これくらいは無いと、と笑うキャスターに、長髪の男は改めて、どれくらいで回復できるかを問う。

キャスターはそうだね、と前置きしてから口を開く。

 

「後二日。それだけあれば、戦闘に支障がないくらいに回復できる」

 

「十分だ。じゃあ、そう伝えておくよ」

 

「ああ」

 

長髪の男は質問を終えるとすぐにどこかへ去っていく。おそらく相方の男の下へと行ったのだろう。

 

「・・・数日後には、決着がつく、か。・・・あの子、元気にやってるかなぁ」

 

キャスターは以前マスターだった少女のことを思い浮かべる。気絶させられてて細かいところまでは覚えてないけど、確かアーチャーに拾われたんだったかな。

腕、切られたって聞いたけど助かったかな。

ま、アーチャーが拾ってくれてたんなら何とかしてくれるだろう、とキャスターは自身の考えを締めくくり、霊体化する。

マスターが変わろうと、聖杯さえ手に入れば、私は・・・

 

・・・

 

作業も一段落し、俺は月とともに東屋でお茶を飲んで休憩していた。

お茶は月が煎れてくれたのだが、腕が上達しているのを感じ取れる味になっている。

月の笑顔を見ながらお茶を飲めるとは・・・何というか、満腹です。ごちそうさまでした。

 

「えへへ、ギルさん」

 

「ん?」

 

「・・・ふ、二人きり、ですね?」

 

「・・・そうだな」

 

頬を染めてそんな事を言われると、ここが外だということを忘れてしまいそうになる。

何とか苦笑いで乗り越えたが、俺には月の二撃目を耐え切る自信がない。

たぶん、同じようなことをもう一度言われたら天の鎖(エルキドゥ)で捕まえて茂みに連れ込んでしまいそうだ。

うむ、お茶で落ち着こう。俺は今、たぶん人生の岐路というか、ゲームで言うならば選択肢の前にいる。

理性を応援するか、本能に任せるか、とかそんな感じである。

もちろん俺は理性を応援する。がんばれ理性。俺もお茶を飲んで心を落ち着かせるから。

 

「その、戦いの前にこんなことを言うのって、変だと思うんですけど・・・」

 

「なんだ?」

 

「・・・私、こ、心の準備、整えておきますね?」

 

「・・・は?」

 

「その、あの・・・く、詳しいことは恥ずかしくていえませんっ! ・・・へぅ」

 

顔を真っ赤にしてあたふたした後、一息にそう言って俯く月。

・・・危ない。後ちょっとで王の財宝(ゲートオブバビロン)を開きそうになった。よくやった理性。

まぁ、取り合えず帰ってきたら何の心の準備かは聞けるんだし・・・今は目の前の戦いにだけ集中しておこうかな。

たぶん決戦の後の・・・聖杯戦争にあたっての心の準備だろうし。

 

「じゃあ、帰ってきたら聞くことにするよ」

 

月の頭をなでる。この感覚も、久しい気がする。

隣に座る月は俺の手を笑顔で受け入れてくれている。

 

「へぅ・・・。はい、帰ってきたら、また撫でて下さいね?」

 

「もちろんだ。・・・さてと、そろそろ仕事を再開するか」

 

「はいっ。・・・あ、私はお茶を片付けておくので、詠ちゃんと響ちゃん、後孔雀さんを呼んできてください」

 

「了解。またここに集合でいいかな?」

 

「大丈夫です。それでは、また後で、ギルさん」

 

「ああ。気をつけろよ、月」

 

そういって月と分かれた後、響たちを探しに歩き出す。

・・・うん、こういう時間があるっていうのは、幸せだ。

 

・・・

 

詠を発見して声をかけようとした時、思わず悪戯心が湧き上がる。

背筋を伸ばして歩く詠の背後に忍び寄り、わっ、と驚かせる。

 

「うひゃうっ!? ・・・な、なんだ、ギルじゃない。どうしたのよ」

 

・・・いつもの詠なら、ここで一つツン子モードに変わって「驚かせないでよ、馬鹿!」くらいは言いそうなんだが・・・。

以前俺に夜這いをかけた日から、詠のツン子はすっかりなりを潜めてしまったようだ。

 

「ちょっと、何落ち込んでるのよ」

 

「・・・いや、なんでもない。・・・月が呼んでるんだ。一緒に来てくれるか?」

 

「・・・別に、いいけど」

 

「そっか。後は響と孔雀だな。ほら、行こう、詠」

 

「あ・・・」

 

月と同じく手を差し出す。

詠はなにやら言っていたが、最終的に手をとることにしたらしく、おずおずと手を伸ばしてきてくれた。

さて、次は響か。

 

「響はどこにいるかわかる?」

 

「・・・んー、たぶん厨房じゃないかしら。ボクと響の二人は厨房で作業してたから」

 

「じゃ、厨房に行ってみるか」

 

進路を厨房へと向け、歩き始める。

時間を経るごとに握る手に力が入ってくるのを感じる。詠は可愛いなぁ。

しばらく歩いて厨房を覗き込むと、響と孔雀が二人何かしているのを見つける。

 

「響、孔雀。良かった、一緒にいたのか」

 

声をかけた瞬間、詠は恥ずかしいのか手を離してしまった。

 

「ん? どしたの、ギルさん」

 

「おや、詠とお散歩かな?」

 

「ちっ、ちがっ! 違うわよ! 月があんたらを呼んでるから、探してただけよ!」

 

「はいはい。そういうことにしておこうか。行こう、ギル」

 

「ちょっと! 何でボクじゃなくてギルに言うわけ!?」

 

・・・女三人集まると姦しいというが、本当なんだな。

ま、元気なのはいいことだ。

 

・・・

 

東屋では、すでに月が待っていた。

こちらを見つけるとゆっくりと手を振ってくる。

 

「ボクたちを呼ぶなんて、何かあったの? 月」

 

「うん、ちょっと手伝ってほしいことがあって・・・」

 

取り合えずこっちに来て、という月について行く。

何でも、保存食をまとめる作業に人手が足りないらしく、侍女たちにお呼びがかかったんだとか。

月たち侍女組が保存食をまとめ、それを箱につめて俺が運ぶ。完璧な役割分担だ。

 

「これで最後ね。ほらギル。きりきり持ってきなさい!」

 

「分かってるって。どうせなら詠も乗ってくか?」

 

「乗らないわよ。恥ずかしいじゃない。もう」

 

「それもそうか」

 

「じゃあ私乗る!」

 

「ちょ、響!?」

 

保存食をまとめてある箱に乗った響。

響ごと箱を持ち上げると、響はおおー、と感嘆の声を上げた。

 

「これ、なんかいいかもー」

 

「うぅ・・・」

 

「へぅ。いいなぁ、響ちゃん」

 

「ふふふ。暇しないねえ」

 

箱を運んでいる間、変なものを見る目で見られていたのは気にしないことにした。

 

・・・

 

出立の日。

どうしてもついてくると言う侍女組は本陣に預け、桃香ごとアサシンで守ってもらうことにした。

これで大半の脅威を防ぐことができるだろう。俺の部隊はやはり遊撃に使われるらしく、本陣に近いところに布陣するとの事。

セイバーと銀は前線に配備されると聞いた。まぁ、あいつらならそれが一番だろう。

多喜は・・・分からない。警邏の仕事を続けているのは知っているが、この決戦に参戦するのかはいまだ不明だ。

 

「行くぞ! 曹魏との決戦へと!」

 

愛紗の号令で、蜀の大軍は呉との合流場所へと歩き始める。

 

・・・

 

「蜀呉が動き始めたか」

 

「ああ。魏と決着をつけるためにね」

 

「ならば、そこをつくほかあるまい」

 

彼らのサーヴァント・・・バーサーカーとキャスターはすでに回復を果たしており、全力とまではいかなくとも、十分な戦力となりうる。

 

「白き軍団を動かし、その本陣に聖杯を配置する」

 

「私たちはどうする?」

 

「決まっているだろう。白き軍団とともに進軍し、敵を蹴散らす。蜀、呉、魏がそろっているのなら、北郷一刀も他のサーヴァントもいることだろうしな」

 

「・・・秘匿は、どうする?」

 

「もう無視してもいいだろう。聖杯さえ完成すれば壊れる世界なのだ。昼間から来ないだろうという油断を突けば、ある程度は奴らも堪えるだろう」

 

長髪の男は楽しそうに顔を歪ませ、くつくつと笑い声をもらした。

 

「なるほど。それはいい。それじゃあ、軍団を動かすよ?」

 

「ああ。五胡の兵たちも動かせるんだろうな?」

 

「もちろんだよ。さぁ・・・どうするのかな、彼女たちは」

 

・・・

 

「あっ! ギルー!」

 

「ん? ・・・おお、小蓮。元気にしてたか?」

 

「うんっ! シャオは元気ー!」

 

それは良かった、と頭をなでる。

遠くには孫権や孫策の姿も見える。

それから、小蓮と一緒に行くことになり、馬に乗った俺の前に小蓮が座っている。

一週間の間に何があったかから始まり、この戦いが終わったら蜀に遊びに行きたいだの雑談をしながら決戦の場へと向かった。

 

「・・・シャオの面倒を見させて悪いな、ギル」

 

しゃべりつかれたのか、俺にもたれかかるようにして眠った小蓮を見ながら、孫権が申し訳なさそうにそう言った。

 

「いやいや。小蓮と話すのは楽しいし、別に苦じゃないから大丈夫だよ」

 

「そういってくれると嬉しい」

 

そっと微笑む孫権。おお、いつも硬い表情だから、かなり新鮮だな。呉を担う孫家の王族といっても、やっぱり少女ってことだな。うむ、いいことだ。

 

「あら? なになに、楽しそうにしちゃって」

 

そんな孫権の横から孫策が顔を覗かせる。

とてつもなくいい笑顔で、あらあら、シャオになつかれるなんて珍しい、とか言った後に

 

「そうだ・・・ねえギル?」

 

「ん? どうした、孫策」

 

「シャオもこうしてなついてることだし、このままシャオと結婚する気はない?」

 

「・・・は?」

 

確実に、時が止まった。

何言ってるんだこの人。ほらみろ、孫権も固まってるじゃないか

 

「お、おおお姉さま!? いきなりそんな事を言うからギルが困ってるじゃないですか!」

 

「えー? いいじゃない。シャオにも一回聞いたけど、かなりノリノリだったしー」

 

「そういうのには、段階があってですね―――!」

 

孫家の三姉妹に巻き込まれながら、苦笑いをするしか俺には手段がなかった。

・・・ふぅ、孫策の相手も疲れるなぁ。周瑜の苦労が分かった気がする。

その後、シャオの夫になるんだったら私の真名も預けておかないとね、と変な理論を展開され、孫策の真名・・・雪蓮という名を預かった。

ご機嫌な孫策が周瑜の元へと戻っていき、同じタイミングでため息をついた俺に何かを感じたのか、疲れた表情で孫権も真名を預けてくれた。

 

「・・・蓮華、なんていうか・・・がんばって」

 

「・・・ありがとうギル。初めて理解者に出会った気分だ・・・」

 

俺に寄りかかって眠っている小蓮だけが、幸せそうな顔をしていた。

 

・・・

 

曹魏の大軍は新野城で防御体制を整えていると朱里が語る。

その後、新野城にすべての魏軍は入りきらない。そのため、最後には野外での決戦となるでしょう、と雛里が付け足す。

一週間の間、逃げる曹魏軍に対してかけてきたちょっかいが功を奏し、曹魏の軍勢は大幅に縮小している。

兵力的には互角。・・・だが、曹操相手にそんな油断ができるはずもなく。

将たちが戦意を燃やしている中、桃香だけが暗い表情を浮かべている。

 

「・・・どうした、桃香」

 

話を聞くと、これでいいのか、迷ってしまっていると彼女はつぶやいた。

これ以上曹操と戦って、悲しみを増やしていいのかと、彼女は静かに疑問を口にした。

それは、優しい彼女にとって当然の悩みだろう。仕方がない、と犠牲者を容認できない彼女の優しさに惹かれ、将達はここに立っているのだから。

桃香の理想とする『平和』と現実の『平和』の間には、越えられないほどの壁がある。

たぶん、桃香の心は今揺れているんだろう。

もう曹操と戦わなくてもいいんじゃないか。これ以上人の命をなくすことは無いんじゃないかと、彼女は悩んでいるんだろう。

 

「・・・ごめん、変なこと言っちゃって。・・・今は、目の前の戦いに集中しないといけないのにね」

 

えへへ、と気まずそうに笑う桃香は、少し悲しそうな顔で、新野城があるであろう方向を見ていた。

そんな彼女に声をかけられるはずも無く、無言でそこを去るしか、俺には選択肢が無かった。

 

・・・

 

呉の雪蓮たちと最後の打ち合わせを終えた俺たちは、魏の前方で陣形を整えていた。

これが最終決戦。大陸の運命はこの戦いで決まる。

朱里も、自分の生まれ故郷が近くにあるというのにそれをあえて考えないようにしているぐらいの決意を見せてくれている。

ならば、それに答えるしかないだろう。

そこで、俺の後ろに並ぶ我が隊の兵士たちの顔を見る。

・・・もう、大丈夫だ。彼らはきっと生き残る。

 

「・・・うん、じゃあ、最後に一つ、命令しておこうかな」

 

ざわめく戦場の中で、静かに語りかける。全員の目は俺に向いていて、誰一人聞き逃していないことをあらわしていた。

・・・頭に浮かぶのは、一人消えてしまった騎兵。そして、主を頼むと消えていった槍兵。

 

「死ぬな。それだけ守ってくれれば、良いかな。どんなにみっともなくとも、生き延びてほしい。・・・もちろん、敵を前にして逃げろって訳じゃないぞ?」

 

微笑交じりにそういうと、隊員たちにも笑みが浮かんだ。

・・・このくらいの緊張感なら、良いだろう。

 

「さぁ、行こう」

 

応、と、決して大きくない声が、一つに合わさったのを感じた。

 

・・・

 

布陣した戦場にて・・・曹操が、前へ出てきた。

大群を背後に歩みでる彼女の姿はまさに覇王というにふさわしく

 

「劉備よ! 孫策よ! 我が舌鋒を受け止める勇気はありや!」

 

小柄な少女から溢れているとは思えない圧倒的な気迫とともに、そう言い放った。

ゆっくりと俺のほうへ振り返った桃香は

 

「ギルさん、私・・・行って来るね」

 

決意を瞳に、そう宣言した。

・・・もともと、俺に止めるような権限はないし・・・そんな気も無い。

あの少女とぶつかり合う事は、とても大切なことだ。

うなずきだけで答え、桃香を送り出した。

 

「勇気、あります!」

 

そういって踏み出した一歩に、迷いは無いようだ。

 

「・・・あーあ、ギル、大丈夫なの?」

 

そんな桃香を見た雪蓮が、そんな事を言ってくる。

 

「大丈夫だろ。桃香なら負けないよ」

 

二人が相対し、曹操が口を開く。

負けじと桃香も反論し、お互いに激化していく舌戦。

お互いを認め合い、しかしお互いに自分の道を捨てられないという板ばさみに、二人の舌戦は熱を帯びていく。

・・・もはや、言葉による解決、和解は不可能だ。

すでに決戦は近い。・・・そう思っていた、その時。

 

「申し上げます!」

 

打ち合わせたかのように、蜀、呉、魏の王の下へそれぞれの伝令兵がやってきた。

緊張による沈黙の中、その兵士たちに否応無く注目が集まる。

 

「西方の国境が五胡の大軍団によって突破されました!」

 

魏の兵士が曹操に向けて

 

「南西も同様に・・・五胡の軍勢が!」

 

蜀の兵士が桃香に向けて

 

「南方も同様! ・・・五胡の軍勢は国境を突破し、破竹の勢いで北上を開始しております!」

 

呉の兵士が雪蓮へ向けて、一息に言い切った。

 

「ええっ!?」

 

「なんですって!?」

 

「なにっ!?」

 

それぞれの王は、同じように驚愕する。

三国のほとんどの軍勢がここに集まっている時に、五胡からの襲撃。

なおも兵士の報告は続く。

国境を突破した五胡の軍勢は各地の城を次々を落とし、すべての人間を根絶やしにするような殺戮を行っている。その数は、百万だと。

南西より進入してきた五胡の兵士も約百万であり、同じく城にいる人間をすべて殺害していると。

南方も、百万の軍勢が蝗のように進行し、各地を制圧し、暴虐の限りを尽くしていると。

その報告を聞いた桃香は、いち早く動いた。

 

「曹操さん!」

 

「・・・っ!?」

 

「こんなこと、やってる場合じゃないです! 今この瞬間、私たちの国は危機に瀕してる! ・・・戦いをやめて、一丸となって外敵からこの国を守らなきゃいけない時です!」

 

さっきの舌戦と同じか、それ以上に熱のこもった言葉を曹操にぶつける桃香。

曹操は、その姿を鋭いまなざしで見つめている。

 

「・・・私は行きます! この国を守るために! この国に住む、すべての人々を守るために!」

 

そう叫んだ桃香は、こちらを振り向く。

 

「ギルさん、お願い!」

 

以前話したカリスマの話を覚えていたんだろう。

大軍団を指揮する時の有利な補正は、今この瞬間にこそ生きるものだ。

 

「了承した。愛紗、鈴々は南西! 翠、蒲公英は騎馬隊を率いて西方へ先行してくれ! 星と白蓮は南方を頼む!」

 

俺の声に、全員が了解の声を上げる。

兵士も、もたつくことなく自分の配置へと付く。

 

「すべての敵の侵攻を止める!」

 

・・・俺も、宝具を開帳しなければいけないかもしれないな。

そんな事を思いながら出発しようとしたその時。

 

「待ちなさい」

 

曹操から、ストップがかかった。

 

「蜀だけで三百万の敵を防げるわけが無いでしょう」

 

曹操は一度目を閉じ、深い呼吸の後開く。

 

「春蘭、秋蘭! 関羽、張飛とともに南西へ赴きなさい」

 

「曹操さん・・・!」

 

桃香が感動の面持ちで曹操を見る。

覇王の衣を脱ぎ捨てるのか、と夏口淵に問われ、笑顔で答える彼女は、先ほどの覇王然とした空気を纏ってはおらず・・・自然と、笑っているように見えた。

 

「孫策。・・・あなたは、どうするのかしら?」

 

「呉を守る。それが私の使命よ」

 

毅然と言い放った雪蓮。しかし次の瞬間には表情を崩して

 

「ま、ついでに呉の友人を守ってみせるっていうのは、私の誇りかな?」

 

「曹操さん・・・雪蓮さん・・・」

 

やわらかい微笑で二人を見る桃香は、夢をかなえた少女のような顔をしていた。

 

・・・

 

将たちを先行させた俺たちは、いざ本陣も動かすという時になって伝令から嫌な報告を受けた。

 

「報告! 報告です! 四方を囲むように白き軍団が迫ってきております! その数、十万!」

 

・・・十万・・・! 

五胡への対応でほとんどの兵が出払っている今の状況では、最悪の数字だ。

 

「伏兵!? 五胡はそこまで侵攻してきてたの!?」

 

雪蓮が驚いた声を出す。

曹操の親衛隊、俺の遊撃隊、雪蓮の側近の部隊以外はほとんど出払っている今は、勝ち目は無いといってもいい。

ちらほらと森も見えるし、そこで待機していたのだろうか。

・・・しかし、それぞれの方向へ向かった将たちにもばれないとは・・・ほんとに五胡か? 

そうこうしているうちに白い軍団はその姿を現し始める。

数千に満たないこちらの軍を包囲するようにゆっくりと進軍する姿は、恐怖の対象でしかないだろう。

朱里たち軍師が何か策はないかと頭をめぐらせているが、おそらく不可能に近いだろう。一点に軍を集中させて突破するにも、どこにも壁の薄い場所など見つけられず、ただ絶望が近づくのを待つだけ。

 

「・・・おいおい・・・本気かよ」

 

そして、東西南北それぞれの先頭には、色合いが違う存在が四人、それぞれ悠然と歩いてきていた。

一人は狂戦士。一人は魔術師。一人は管理者。もう一人も管理者。

なるほど、大体読めた。今、この状況なら俺も・・・北郷くんも片付けられると踏んだのか。

五胡で三国の戦力をほとんど散らし、白昼堂々とこないだろうと言う油断を突いて薄くなった本陣を強襲する。なんて素晴らしい作戦。完璧すぎて泣けてくる。

 

「・・・だが、やられるわけにもいかないな。セイバーは・・・そうか、あいつは前線に・・・。アサシン!」

 

俺の声に、音も無く隣に立つ黒き体。アサシンを知らない他国の王や将たちが驚いているようだが、そんなことはどうでもいい。

 

「・・・マスターを守るぞ、アサシン」

 

「・・・」

 

力強く首肯するアサシンは、右腕を解放する。

妄想心音(ザバーニーヤ)を宿した右腕は怪しく光り、いつでも真名開放ができることを表していた。

 

「ギルさん!」

 

「ハサン!」

 

月と響の声が聞こえる。この事態に、サーヴァントの力が必要だと悟ったのだろう。

その後ろから、残りの侍女組がやってきた。彼女たちは後発の支援部隊に所属していたため、最後まで残っていたのだろう。

 

「月か。・・・いやはや、泣きたくなるほど絶望的だな」

 

「・・・ギルさん、この大軍には、もう・・・」

 

「分かってる。分かってるよ、月」

 

月の頭を少し乱暴になでて、言葉を切らせる。

この戦力では、俺がバーサーカーを相手取ることになるだろう。王の財宝(ゲートオブバビロン)を発動させれば、バーサーカーの方角の軍団は抑えることができるだろう。

キャスターはアサシンに抑えてもらうことにして、後の二人・・・おそらくマスターであろう二人は、将たちに抑えてもらうしかないが・・・今いる将では魔術・・・いや、仙術を使う彼らには勝てないだろう。

 

「朱里、この戦力でどれだけ持つ?」

 

「・・・数秒と持たないと思います。ギルさん、あなたの・・・宝具に頼るしか・・・」

 

・・・妖術がどうとか、秘匿とかを考えてる暇は無いか。あの筋肉の塊とでも言うべき管理者たちがいないということは・・・おそらく、あの過激派に何かされたか、だな。

女卑弥呼がいてくれると助かるが・・・無いものねだりか。

 

「桃香、月。・・・二人の判断に任せる。宝具を使うのか使わないのか」

 

「・・・使って、お兄さん。隠して死んじゃうより、使って生きたほうが、何倍も良いよ」

 

「そうです。ギルさん。・・・生きて、帰りましょう」

 

「分かった。・・・開け、宝物庫」

 

背後で、息を呑む音が聞こえる。・・・それもそうか。

中央に固まる三国の兵士たちが見たのは、空中に浮かぶ数えるのも馬鹿らしくなるほどの武器の数々。

しかも、一つ一つに圧倒的な存在感が宿っており、ただの武器ではないと主張している。

 

「これ・・・は・・・?」

 

北郷くんの、驚く声が聞こえる。

 

「すまんね。このとおり、俺には超常の力が宿ってる。隠すつもりは・・・大いにあったが、騙すつもりは無かった」

 

そこまで言って、俺の目線はバーサーカーへと移る。

あいつを、何とかするほか無い。

 

王の(ゲートオブ)・・・」

 

右腕を上げる。この右腕を振り下ろした時が、この戦いの始まり。

 

財宝(バビロン)!!」

 

右腕を振り下ろす。聖剣魔剣聖槍魔槍・・・ありとあらゆる宝具の原典が、目の前のバーサーカーを串刺しにせんと殺到する―――! 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

剣軍に応えるのは大地を揺るがす雄たけび。その場に立ち止まり、薙刀を片手に、刀をばら撒いて狂戦士は抵抗する。

狂戦士の後ろに立つ白き軍団も倒れるが、俺の実力では王の財宝(ゲートオブバビロン)を一方方向にしか展開できない。

そのため、狂戦士がいる一面にしか斉射することはできない。

 

「ちっ、こんな時に女卑弥呼でもいれば・・・!」

 

「あによ、呼んだ?」

 

「卑弥呼をな・・・って、卑弥呼!」

 

つぶやいた瞬間、隣に卑弥呼が立っていた。・・・呼べばくるって本気でいってたのか、こいつ。

 

「なかなかに絶望的みたいじゃない。わらわの力が要るみたいね」

 

「頼む」

 

俺の言葉に、んー、と卑弥呼は考え込む。

 

「魔術師って言うのは等価交換が基本らしいわね。わらわ、その理念にはとっても共感できたわぁ」

 

「・・・何を望む?」

 

「金ぴか、あんたよ。この戦争が終わったら、わらわのものになんなさい」

 

なんでもないことかのように、卑弥呼はそう口にした。

 

「あんたのことは気に入ってんのよ? わらわと一対一で戦える存在なんて初めてだしね」

 

どうする? と目で訴えてくる卑弥呼。

そんなもの、悩むまでも無い。この戦いが終われば、いくらでも戦ってやる。

 

「良いだろう。無事、生き残れればな」

 

「ふふっ。交渉成立ね。いくわよ鏡!」

 

誰も当たっていない管理者の内、短髪の管理者のほうへ駆け出した卑弥呼。

これで三面は何とか止められるだろう。・・・だが、後一つが足りない。

長髪の管理者は、歩みを止めずにこちらへ近づいてきている。加速するでもなくゆっくりとした足取りなのは、恐怖を増やすためなのか。

実際、朱里たちはすでに顔面蒼白だし、他の国の人間たちは目の前の超常現象に驚愕の表情を浮かべている。自分の中の常識が全てひっくり返った気分なのだろう。

恋でもいれば、話は違うんだが・・・。いの一番に五胡の対応に向かわせちゃったからなぁ。

一番良いのはセイバーだな。固有結界で何割かそっちに連れてってくれれば最良なんだが・・・。

 

「うおおおおおおッ!」

 

長髪の男が森の横を通り過ぎようとした時。

森の中から、男が馬に乗って飛び出してきた。

全身を黒い外套に包んでいるあの姿には覚えがある・・・。

 

「多喜かっ!」

 

長髪の男も驚いたらしく、一瞬驚きに眼を見開くが・・・すぐに鋭い瞳に変わる。

馬から飛び降りた勢いを活かして殴りかかる多喜。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

多喜の雄たけびに感化されたのか、バーサーカーも雄たけびを上げて駆け出す。

・・・エアの真名を開放して、短期決戦をつけるべきか? 

いや、宝具すら散らすあの暴風に後ろの人間たちが耐えられるとは思えない。

数が少なくなってきた白い軍団に宝具の弾丸を打ち続けながら、俺はエアを抜いてバーサーカーに向かっていった。

 

・・・




「大丈夫、桃香なら負けないよ。・・・舌戦って早口言葉対決みたいなものだろ?」「全然違うわよ?」「生麦生米生卵・・・え? 違うの? じゃあ駄目かもしれないなぁ」「・・・え?」

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第二十四話 主と従者と決着と

「カボチャの頭に黒い外套の従者と」「頭に紙袋被って同じく黒い外套を着た主・・・」「この時代に110番がなくて良かったな、二人とも・・・」

それでは、どうぞ。


多喜は、高揚していた。

ふらふらと蜀の軍に付いて来たものの、戦う気になれずに森の中で寝ていた時、魔力を感知して跳ね起きた。

そして見たものは、あの時対峙した男が、自分の潜んでいる森の近くを通るところだった。

魔術師の英霊を使役していた主の顔を、忘れるはずも無かった。

 

「・・・ほう、ライダーのマスターですか。・・・いえ、元、と付けるべきでしょうか?」

 

「ハッ。んなものどうでもいい。取り合えず、一発殴らせろ」

 

「お断りします。どっちみち、あなたは私に勝てない。・・・そうですね、良いでしょう。この私を倒すことができれば、私の軍団の進軍を止めましょう」

 

その言葉には、自信が溢れていた。自分が負けるはずが無い、という自信が。

不遜な言葉にも、多喜は仮面の下の笑顔を崩すことは無かった。

多喜も、自信にあふれていた。何故かは分からない。何故かは分からないが、勝てると思った。

拳を握り、目の前の敵に集中する。・・・空気が張り詰めたその時。

 

「マスター、珍しいじゃねえか。自分から苦しいほうに動くなんて」

 

声が聞こえる。

間違いなく幻聴だと断言できる声が。

だが、多喜はその言葉に勇気を奮わせる。

 

「これでもう、お前を導く必要もなさそうだ」

 

そうかい、と心の中で答えて、多喜は疾走した。

まずは一発、その涼しいツラにぶち込む! 

 

「っだらぁっ!」

 

「ふっ・・・」

 

警邏の仕事や兵士の訓練で鍛えられてるとはいえ、管理者に届くほどではない。

拳は空を切り、一向に当たる気配が無い。

 

「どうしたのですか? 勢いがなくなっていますよ?」

 

「っせぇ!」

 

再び拳が唸る。

が、それも届かない。

 

「・・・もう良いでしょう。あなたを倒して、進軍させてもらいます」

 

そういうと、長髪の男は手を光らせ、ナニカを発射しようとする。

 

「ちっ・・・!」

 

避けようと体を動かすが、頭のどこかで冷静に理解してしまっている。

―――避けられない。

 

「っ!?」

 

だが、多喜にその光が当たることは無かった。

長髪の男があわてて後ろに飛びのき、攻撃を中断したからだ。

先ほどまで長髪の男がいたところには、十字の形をした投擲武器・・・手裏剣が刺さっていた。

 

「ふむ、そういう手を使うのならば俺が出張ろう」

 

そういって多喜の隣に降り立ったのは、一人の男。

 

「アーチャーに恩を売るには、このタイミングが一番だろうからな」

 

「・・・お前、誰だ?」

 

「お前と同じようなものだ。ま、今回は元マスター同士ということで手を組もうじゃないか」

 

多喜の言葉に、割って入った男は光を失った令呪を見せる

そして、片手で小太刀を構え、もう片方の手で手裏剣を構えた甲賀忍者の子孫・・・ランサーの元マスターは、にやりと笑った。

 

「なるほどな。敗退者同士、仲良くしようぜってことか」

 

「そうなる」

 

「ふふ、魔術師とはいえ、人間二人で外史の管理者に挑むとは・・・愚かですね」

 

長髪の男の嘲笑交じりの言葉に、二人はそれぞれ口を開く。

 

「やってみねえと分からねえだろ、まったく」

 

「そのとおりだ。・・・それに、そういう言葉は巷では俗に・・・負けフラグ、というのだぞ?」

 

その言葉を最後に、黒い二つの影は左右から挟みこむように疾走を開始した。

 

・・・

 

アサシンは、キャスターを相手に善戦していた。

数は少ないとはいえ、ホムンクルスに攻め立てられ、爆発する石がキャスターの手から間断なく投げ込まれては、いくら敏捷の高いアサシンであっても接近は困難だった。

すでにホムンクルスを一体妄想心音(ザバーニーヤ)で処理しているものの、残りは二体。さらにキャスターまでいる。

ダークでけん制しつつ、白い軍団も減らし、と二つの行動を平行して行っているため、少しずつ攻撃がかすり始めてきていた。

アサシンは暗殺者であって、戦闘者ではない。それは当然の結果だった。

このままでは、負けてしまう。

・・・そう、このままでは。

 

「助太刀いたす。・・・いや、良く踏ん張ったな、アサシン」

 

背後からの声。

次の瞬間には、弾丸のように疾走した影が、横をすり抜けていった。

二刀を振るうその姿は、まさに最優のサーヴァントの姿としてふさわしい。

 

「行くぞ、魔術師! 我が兄弟との連携に、貴様の実験体はどのくらい持つかな!?」

 

キャスターとセイバーがつばぜり合いをした瞬間、キャスターとホムンクルス、そしてセイバーが消えた。

アサシンは固有結界に飛んでいったのだ、とすぐに判断し、ならば自分はここで白い軍団をとめなくてはならない、と思考を切り替えた。

 

「・・・」

 

ダークを構え、油断なく腰を低く下ろす。

ともすれば老人のようなその立ち姿に隙はなく。

直接対決になると分が悪いアサシンクラスといえども、ただの人間の群れに負ける気は、さらさら無かった。

 

・・・

 

「吹き飛べ!」

 

鏡に収束された魔力が、白い軍団を吹き飛ばす。

 

「・・・ほう? お前、管理者か?」

 

その威力を見た管理者が、卑弥呼をにらみつけながら問う。

 

「あんな筋肉ダルマと一緒にしないでくれる? わらわの美しい身体と筋肉は相性が悪いわ」

 

胸を張りながら答える卑弥呼に、男は鼻を鳴らしながら口を開いた。

 

「ふん。その貧相な体つきで何が美しい、だ」

 

「・・・言うじゃない。貧相な体から打ち出される魔力光、受けてみる?」

 

「やってみろ」

 

一触即発の空気の中、二人はにらみ合う。

二人の強大な威圧感がぶつかり合い、空気が軋む。

 

「ッ!」

 

「合わせ鏡!」

 

合図もなしに、二人は同時に動いた。

男の周りに鏡を配置する卑弥呼。だが、男は鏡と鏡の隙間を抜けて卑弥呼へ駆け寄る。

 

「ふふん? なかなか早いじゃない」

 

宙に浮く卑弥呼は余裕の表情を浮かべる。

あれの囲みを抜けられたからといって、自分の下に来るまではまだ余裕がある。

男の進行方向を塞ぐように鏡を再び配置する。

・・・だが。

 

「はっ!」

 

「っ!?」

 

男はそんな鏡を物ともしないかのようにその場で前方に跳躍。

その先には鏡を構える卑弥呼がいる。

 

「あの距離で跳躍!? しかも早い・・・!」

 

驚きの声を上げつつも、卑弥呼は自身の周りに鏡を配置し、迎え撃った。

しかし、一瞬遅かった。男はまさに矢のように一直線に卑弥呼の下へ跳ぶと、勢いを乗せた蹴りを卑弥呼に当てた。

 

「きゃうっ!」

 

体を縮める卑弥呼。

衝撃で宙に浮くための力を抜いてしまったのか、地面へと落ちてしまった。

あまり高所ではないとはいえ魔法の力があるだけのただの少女には、かなりの痛みに違いない。

 

「くっ、あ、痛い・・・うく」

 

苦しげな声を上げつつ、卑弥呼は立ち上がった。

服には土が付き、鏡も汚れてしまった。体中には痛みが走り、意識は少し朦朧とし始めている。

 

「・・ふ、ふふっ。私に真正面から向かってきたのは、あんたで二人目よ。・・・もっとも、あんたはわらわの好みじゃないけど」

 

「ふん。良く吠える」

 

男は構えたまま、油断せずに卑弥呼と相対する。

 

「いつまでそれが続くか、楽しみだ」

 

「いつまででも続くわよ。平行世界がある限り」

 

・・・

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「はああああっ!」

 

気合をこめた掛け声とともに、バーサーカーにエアを叩きつける。

もとより英雄王の能力は全ての英雄にとっての最適解を叩きつける能力。制限も制約も無いのなら、負けることは無い。

王の財宝(ゲートオブバビロン)に巻き込んで困るような人間はいないし、俺とバーサーカーのぶつかり合いに巻き込まれた人もいない。

『戦争そのもの』と呼ばれたギルガメッシュの能力を遺憾なく発揮できて、バーサーカーと正面からぶつかり合えるスペックを惜しげもなく使うことができる。

振り下ろされた薙刀を筋力とエアによってはじく。その間に宝具の弾丸がバーサーカーを襲うが、バーサーカーも刀を投げて宝具の弾丸をいくつか地面に落とす。

その間にエアを袈裟切りに振り下ろし、バーサーカーが薙刀でそれを防ぐ。そして、バーサーカーが薙刀を振り下ろし・・・と、最初に戻る。

・・・さっきからの攻防は、大体そんな感じの流れになっていた。

宝具を打ち鳴らすたびに発生する衝撃は近くにいる白い軍団を弾き飛ばし、遠くにいる桃香たちに突風として襲い掛かる。

さっきちらりと見たのだが、ほとんどの将が女性のため、悲鳴を上げながら突風でめくれたスカートを抑えていた。

最初に悲鳴が聞こえた時は何事かと思ったため、思わず笑みを浮かべてしまった。

こんな死合いの後ろで、そんなラブコメのハプニングのようなことが起こってるなんて、とギャップに笑いが漏れたのかもしれない。

・・・おい、こらそこ。誰がムッツリか。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

すでに足や肩にさまざまな宝具が突き刺さっているが、バーサーカーは雄たけびと暴風のような攻撃を止めることはない。

流石、矢が体中に突き刺さっても戦い抜いただけはある。

・・・だが、そこまでだ。

突き刺さる宝具はバーサーカーの体力を奪い、さらに傷口から血という形で魔力が抜け出ていく。

実体化するだけで魔力を大量に消費するバーサーカーが、ここまで持っているのが不思議なくらいだ。

背後の白い軍団も数えられるぐらいになってきている。

 

「・・・?」

 

そして、振り下ろされる薙刀をはじいた後。

衝撃を堪えて次の攻撃に備えるが、攻撃がこない。

疑問に思って今まで薙刀に集中させていた視線をバーサーカーに向けると・・・。

 

「・・・なるほど、ね」

 

弁慶の立ち往生。背後の白い軍団を守るために宝具の雨を一身に受けていた男の、最後だった。

仁王立ちしたバーサーカーは狂気に染まった顔ではなく、ただ戦い抜いた男の顔で、消えていった。

 

「・・・ん?」

 

バーサーカーが消えた瞬間、その後ろにいた白い軍団が倒れた。

近くに寄ってみてみると、気絶しているようだ。

・・・謎である。孔雀あたりに調べてもらうか。

 

・・・

 

目の前で広がる光景に、蜀の将たち以外は頭を抱えたくなった。

宙に浮かぶ武器、敵をなぎ払う光の線や消える剣士。全てが信じられるものではなく、桃香に説明されて漸く曹操達は目の前の光景を現実だと受け止め始めた。

 

「・・・で、あれがあなたの・・・従者、というわけ?」

 

曹操が、近くにいた月にそう尋ねる。

 

「はい。・・・といっても、私は主らしきことをしてあげたことは無いんですけど」

 

くすり、と微笑を浮かべる月。いつも守ってもらってばっかりでしたし、と自嘲するように続ける月の答えに、ふぅんとつぶやく曹操。

 

「・・・なるほど、ね」

 

「それにしてもすごいわねー。あ、敵が消えてくわよ?」

 

雪蓮がなにあれ、すごいわねー。あれも妖術? と誰に問うわけでもなくつぶやいた。

戦いを終えたアーチャーが中央に固まった将たちの元へと戻ってくる。

一瞬臨戦態勢になる兵士もいたが、大丈夫だよ、というアーチャーの声で自然と警戒を解いていた。

ギルガメッシュのカリスマのランクの前では対魔術など無いに等しい兵士たちはその呪いの様なカリスマに抵抗できるはずもなく。

勝手に身体が反応し、武器を下ろしていた。

 

「桃香、南の敵は排除したから、そっちから逃げて」

 

「う、うん。お疲れ様、お兄さん」

 

「ああ、ありがとう。でもまだ三方向残ってるから、そっちも助太刀してくる。・・・嫌な予感がするから、できるだけ早く逃げてくれよ?」

 

「うん、分かった。・・・ここまでおおっぴらにやっちゃうと、後でみんなに説明するの大変そうだね?」

 

心配そうな表情を浮かべた桃香が、少し小声でつぶやいた。

・・・ああ、まったくそのとおりだ。曹操とか雪蓮のこっちを見る目がすごいもの。

 

「ギルさん」

 

「月か。悪いな、魔力、もう少しもらっていくぞ」

 

「あ、はい。どうぞ。・・・あの、もう少しで終わるんですよね。三国の諍いも、聖杯をめぐる戦いも。だから・・・帰りましょうね、絶対」

 

笑顔でそう言い切った月に、俺も笑顔を返す。

 

「ああ、そうだな」

 

答えてから、辺りを見回す。

孔雀はどこだ。

 

「孔雀ー?」

 

「ん? ボク?」

 

ひょっこりと顔を出したのは執事服の上から白衣を着た孔雀だった。

 

「そうそう、孔雀に用があるんだ。あっちの方向の白い軍団、バーサーカー倒したら全員気絶したんだ。魔術か何かかかってるのかもしれないから、調べておいてくれないか?」

 

「了解。分かったよ」

 

ありがとう、と孔雀に伝えてから、戦場を見渡す。

アサシンのほうはすでに片付きかけている。卑弥呼も白い軍団はほぼ片付いていて、後は過激派の男だけ。多喜と・・・あれ、いつの間にランサーのマスターが。

・・・とにかく、あそこはいまだに白い軍団が一人も減っていない。手助けするならあっちからか。

 

「エア、もう一働きだ」

 

セイバーがキャスターを下し、聖杯戦争が俺とセイバーだけになれば戦う必要は無くなるだろう。

その後に聖杯を壊す予定だが、そうなったら俺たちはどうなるんだろう。消えるんだろうか。

・・・まぁ、終わったら分かるよな。

乖離剣を回転させたまま、地面を蹴る。長髪の男に狙いを定め、王の財宝(ゲートオブバビロン)から宝具を発射する。

 

「くっ・・・! アーチャーが追いつきましたか・・・!」

 

それを避けた長髪の男は不利を悟ったのか、一瞬だけ逡巡すると、脱兎のごとくもう一人の男の下へと走り出した。

 

「逃がすか! 王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

「くっ! ・・・これでも、食らえ・・・!」

 

間一髪で宝具の射線から逃れた男は、何か握りこぶし大のものを投げた。

それは一瞬で強い光を放ち、俺の視界を塗りつぶす。

食らったことは無いが、閃光弾とか食らったらこんな感じだろう。とにかく目が見えない。

 

「・・・ちっ」

 

視界が回復したときには、すでに長髪の男はどこかへ消えていた。

・・・逃したか。

 

「多喜、あと・・・ランサーのマスター。桃香たちの所に行って、一緒に逃げろ」

 

「・・・あいつを殴るまでは逃げねえ。・・・と言いたい所だが、どうにも動き回りすぎたな。大人しくそうするよ」

 

あいつ殴るのは諦めないけどな、と人懐っこい笑顔とともに言うと、指笛を吹いて森の中の馬を呼び戻した。

多喜はその馬に跨ると、さっさと行ってしまった。

 

「・・・切り替え早いというかなんと言うか・・・。あ、ありがとうな、多喜を助けてくれて」

 

「ふっ。礼を言われるほどではない。貴様に見逃されたあと、どうやってその恩を返すか悩んでいたのでな。いい機会だと思っただけだ」

 

「そっか」

 

「ああ。・・・貴様に言われたとおり、俺は甲賀忍者を育てることにした。・・・開祖となるのも、面白そうだからな」

 

だから礼を言うならむしろ俺のほうだ、と彼はニヒルに笑った。

二枚目である彼がキザっぽく笑うと、クールに見えてカッコいいのがちょっと悔しい。

 

「・・・それではな」

 

そういうと、彼は消えるように去っていった。・・・こういうのって、忍者には必須スキルなのかな? 

長髪の男が去っていったからか、白い軍団は再び倒れていた。

回収は後だな。そう考えながらアサシンと卑弥呼の様子を見る。

アサシンはいきなり倒れた兵士たちに驚いているようだ。あ、セイバーが帰ってきた。

・・・ということは、キャスターを倒したのか。

卑弥呼は・・・おお、焼け野原となった荒野に一人立ってる。・・・なんていうか、あそこまで荒野で夕日を浴びて仁王立ちするのが似合う女の子っていないだろうなぁ。

あ、こっちに気づいた。ふよふよと浮かびながら近づいてくる卑弥呼。・・・楽そうで良いなぁ。

アサシンは響たち侍女組の護衛に戻ったようだ。セイバーだけが馬に乗ってこちらにやってきた。

 

「金ぴか! 無事みたいね」

 

俺の目の前に着地した卑弥呼が開口一番にこちらを心配するような言葉をかけてくる。さては偽者か。

卑弥呼が優しい言葉をかけてくるなんて・・・! 

 

「ギル! バーサーカーを倒したようだな!」

 

少し遅れてやってきたセイバー。

消耗しているようだが、目立った外傷は無い。

 

「ああ。キャスターは?」

 

「倒した。あっちも全盛とはいかなかった様だからな。魔力不足のキャスターに、俺と兄弟が負けるわけ無いだろう」

 

「・・・そっか。・・・後は聖杯なんだが・・・」

 

「過激派が持っているんだよな?」

 

「ああ。話によるとな」

 

「・・・ねえ、金ぴか?」

 

俺とセイバーが相談しあっていると、空を見上げた卑弥呼が俺の鎧についている赤い布を引っ張る。

 

「なんだ卑弥呼。今大事な話を・・・」

 

「いや、こっちも大事な話なんだって」

 

俺の言葉に半ば被せる様に卑弥呼は続ける。その視線はこちらに向けられることなく、いまだ空を見上げている。

 

「あれ、何だと思う?」

 

そういって空を指差す卑弥呼。俺とセイバーは卑弥呼の指差す方向を見上げてみる。

 

「・・・うわぁ」

 

「・・・なんと」

 

空に合ったのは、太陽の代わりとでもいうかのように、真っ黒い穴が開いていた。

そこからは黒い何かが、以前の赤壁の時とは比べ物にならないほどの量と速さで流れ出しているのが見えた。

 

「聖杯の泥、だな。・・・逃げろ、あれにつかまるとまずいぞ・・・!」

 

「ギル、お前はどうするんだ?」

 

「・・・宝具で消し飛ばせないか試してみる」

 

「お前・・・」

 

「大丈夫。死ぬ気は無いさ。月とも約束したし。・・・ほら、行けって」

 

そういいながら、乖離剣に魔力をこめる。

擬似時空断層を生み出し、地獄の再現とするには十分なタメがいる。

セイバーたちは少しの間渋っていたが、流石にあの泥に対抗する気にはならないのか引き始めた。

・・・さて、後は俺の役割だ。

泥の広がり方からして、朱里の生まれ故郷までは届かないだろうが・・・それでも、危険は排除すべきである。

 

天地乖離す(エヌマ)・・・」

 

魔力の大きさから脅威だと感じたのか、泥は俺のほうへ向かって加速したように見える。

だが、俺のほうが早い。聖杯も見えたし、あれと黒い太陽を破壊すれば終わる・・・! 

 

開闢の星(エリシュ)!」

 

原初の地獄を再現する一撃は、泥をかき消し時空断層へと巻き込んでいく。

よし、これならいける。

・・・と、思ったのだが。

 

「・・・?」

 

エアの出力が思ったより上がらない。・・・いや、違う。

泥の勢いが上がっている・・・!?

 

「しまっ・・・!」

 

気づいた時にはもう遅い。

勢い良く流れる泥が押し寄せる。

・・・せめて、聖杯に一撃・・・! 

王の財宝(ゲートオブバビロン)を開き、刹那の間に一発だけ射出する。

 

「ぐ、がっ・・・!?」

 

一瞬で意識がさらわれ、泥は辺り一帯を業火で包み込む。

・・・王の財宝(ゲートオブバビロン)から発射された宝具の一撃がもとよりガタガタだった聖杯を破壊し、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)が泥をある程度排除したことによって、被害は当初より少ないものとなった。

 

・・・

 

暗い。

一番最初に感じたのは、目を開けているのか閉じているのか分からないくらいの暗闇だった。

次に、意識に・・・いや、脳に直接叩きつけられてるかのような怨嗟。

痛いとか苦しいとか殺すとか許さないとか呪ってやるとか死ねとか死ねとか死ねとか死ねとか死ねとか・・・

・・・いや、これは違う。この怨嗟が異質なんじゃない。俺がこの空間で異質な存在なのだ。

 

「うる、さいぞ・・・」

 

暗闇が驚いたのを感じた。

・・・いや、空間が驚くって言うのもあれなんだけど。

俺が声を出したことが意外なのか、さらに脳に黒々とした負の感情が叩きつけられる。

万力で頭を締め付けられているかのごとく痛む頭。

この泥の中で異質な俺を認めてなるものかと泥が俺に殺到する。

 

「あ・・・ぐ・・・!?」

 

これは、あれか。

四次の時に聖杯に巻き込まれたギルガメッシュの立場なのか、俺。

・・・ならば、負けるわけにはいかないだろう。

仮にも英雄王の力を宿しているのなら、その魂まで彼と同等の強さでなくてはいけない。

そうでなくては、英雄王に顔向けできないからだ。

この能力を持っていて、聖杯に取り込まれるのは許されない。

 

「・・・おれ、を・・・!」

 

意識が体の隅々までいきわたる。

自分の体、というものを掌握し、泥に対抗する。

 

「・・・俺、を・・・!」

 

まだだ。まだ足りない。

月のもとに帰るには・・・もっと、意識を拡大させる――! 

 

「・・・オレ、を・・・!」

 

まだだ。英雄王のように尊大な意識を。どんなものより強いという誇りを。

この泥に、『個』として認めさせるには、自分という存在を確立させなければならない。

この世の全てなどとうに背負っていると言い切った彼のように・・・! 

 

「・・・(オレ)を・・・取り込めると思うな――!」

 

その瞬間、光が目に入ってきた。

燃え盛る荒野に一人立っているようだ。城が燃えているが、確かあそこは無人になっているはずだ。

・・・戻ってきた・・・みたいだな。

全裸になっていたので、慌てて鎧を装着する。まったく、危うく変態になるところだった。

・・・ん? 月とのパスが切れてる。

あー、聖杯に取り込まれて、完全に受肉したからかな。実体化に魔力を使わないのは良いけど、月からの魔力供給がないとおちおち宝具も使えない。

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は・・・取り出せるけど、稼動させるのは無理だな。仕方ない、南に向かって進めば合流できるだろう。

 

・・・

 

「・・・え?」

 

五胡の侵攻を止めるため、それぞれに散っていった将たち。

その将たちに追いつくため、先ほどの戦場から脱出し、移動していた時に、その異変に気づいた。

 

「・・・パスが、きえ、た・・・?」

 

何かに急かされるように、左手の甲を見る。

・・・いつもは赤い令呪が、光を失って灰色になっている。

いつもあったつながりも無くなっている。常に少量引き出されていた魔力供給も止まっているようだ。

それが意味するのはたった一つの結論・・・。私はすぐにその結論に至り、この世の終わりかのようにつぶやいた。

 

「ギルさんが・・・消えた・・・」

 

行軍中の馬上で、拳を握った。ガタガタと震えるほどに。

侍女服の袖を伸ばして、手の甲を隠す。そうしないと、事実に押しつぶされそうになったから。

唇を強く噛む。油断すると、泣きそうだったから。

幸いにも自分のいるところは後方の隊列なので、誰かが後ろを向かない限りは顔を見られることは無い、と少し安心する。

・・・こんな顔、誰にも見せられない。

 

「・・・なんで」

 

あふれ出る疑問と怒り。

何故消えてしまったのかという疑問と・・・何故、私は最後まで傍にいると言わなかったのかという自らへの怒り。

自分を責めるかのように、右手で左腕を強く握り締める。

 

「劉備殿っ!」

 

その時、後ろから声がした。

突然の事態に驚きつつも振り返る。

 

「っ! 正刃さん!?」

 

桃香さまの体が、驚きで跳ねた。

セイバーさんはそのまま桃香さまのもとへ馬で走り寄ると、なにやら耳打ちしているみたいです。

・・・ギルさんの、ことかな。

私の頭の中で、嫌な想像ばかりが浮かんできてしまう。

自分の知らないサーヴァントにやられたのか、とか、あの二人のマスターのどちらかがギルさんを押し切ったのか等とありえないと頭では理解していても続々と浮かび上がってくる想像を追い出すように、頭を左右に振った。

・・・少し、髪が乱れてしまいました。

いつもなら、傍にいてくれるギルさんが、暖かくて優しい手で髪の毛を梳くように撫でてくれるのに。私の大好きな、あの手で。

なんだか自分で髪の毛を整えるともうギルさんに撫でてもらえない気がして、髪を乱したままただただ進んでいく。

 

「愛紗ちゃん!」

 

考え事をしている間に、いつの間にか国境近くまで来ていたらしい。桃香様が、なにやら指示を出している愛紗さんに声をかける。

 

「桃香様。こちらの五胡の侵攻は食い止めました。やはり、夏候姉妹の力は流石というべきですね」

 

「そっか。ありがとうございます、夏候惇さん、夏候淵さん!」

 

桃香様の言葉に、二人は笑顔を見せてくれました。

それから、五胡の再侵攻が無いか警戒するため、ここに駐屯することに。

準備が終わると、桃香様の天幕へ、聖杯戦争の関係者が集まりました。

・・・案件は、もちろんギルさんのことと、黒い聖杯のことについてです。

 

「ここへ来る途中、管理者の二人・・・貂蝉と卑弥呼に出会った。二人によると、聖杯が取り込んだサーヴァントの数が少なかったことと・・・ギルが聖杯を破壊したことによって、外史の破壊は免れた」

 

その言葉に、天幕の中の人たちが安堵の息を吐きました。

ですが、私はまだ安堵の息なんてつけません。ギルさんが・・・どうなったのか、聞いていないからです。

 

「・・・月殿。ギルは・・・だな」

 

少し言いづらそうに、セイバーさんは説明してくれました。

その話をまとめると、聖杯の泥が流れ出した時、乖離剣という世界を切り取る剣で泥と聖杯を何とかすると言い出したこと。

結果的に聖杯は破壊され、被害も最小限に抑えられたこと。

・・・だけど、ギルさんは泥に取り込まれ、聖杯がなくなってしまったことによってセイバーさんとアサシンさんが近いうちに消えてしまうこと。

ギルさんがどうなっているのかは、流石に管理者といえども分からない、という内容でした。

ちなみに、本来ならセイバーさんとアサシンさんは聖杯が無くなった時点で消えてしまうらしいですが、管理者のお二人が何とか二日ほど持たせるといっていたそうです。

何でも、漢女の秘密の・・・ぱ、ぱぅわぁー? と言うもので引きとどめている、とのことです。

・・・へぅ、発音が難しいです。

 

「・・・劉備殿、安心してほしい。三国の諍いも終わった。聖杯戦争も、二日後には終わる」

 

それは、サーヴァントの皆さんが、全員いなくなってしまうということを意味している。全員が、そう直感しました。

響ちゃんはすでに涙を浮かべてアサシンさんの腰布を掴んでいますし、銀さんはにらみつけるかのような鋭い視線をセイバーさんに向けています。

・・・彼らはこの後、お互いに最後の別れを済ませるのでしょう。

私も、最後にギルさんとお話ぐらい、したかったなぁ・・・。

 

「何か、聞きたいことはあるか、劉備殿」

 

「え、えーと・・・。また、聖杯戦争が起こることはありますか?」

 

その言葉に、セイバーさんだけではなく、愛紗さんの顔も硬直する。

これから天下三分という平和が始まりを告げるのに、再び聖杯戦争が起こっては大変なことになる。

桃香さまは、そういいたいのだと思います。

 

「・・・分からん。そもそも、この聖杯戦争の発端は過激派の管理者の暴走からきたと聞いている。彼奴等が再び黒き聖杯を平行世界から持ち出さぬ限り、聖杯戦争は起こらんだろう」

 

「そう、ですか」

 

安心して良いのか、気をつけたほうが良いのか・・・どうすれば良いか分からない、といった顔で、桃香さまはうなずきました。

 

「貂蝉の話によれば、今回の聖杯の元となった位のかけらが手に入る確立は低く、おそらくもう起こらないだろうとは言っていたが・・・」

 

「うーん・・・。聖杯戦争のことを忘れないようにするのが、一番の対策ですかね?」

 

「そうだろうな。・・・さて、他に何も無いなら、解散してもいいのだが・・・」

 

周りをぐるっと見渡したセイバーさんが、誰も何も言わないのを確認すると、ではお開きだ、といって天幕から出て行きました。

すぐに銀さんが後を追い、響ちゃんがアサシンさんを引っ張ってその次に出ていきました。

私も詠ちゃんに説明しなければならないので、天幕を出ました。

・・・軍師として頑張っている詠ちゃんに余計な心配をかけないようにギルさんのことは伏せていましたが・・・流石に、全てを話すべきだと思ったのです。

 

「泣いちゃう、んだろうなぁ・・・」

 

私も、詠ちゃんも。きっと、大泣きするに違いない。

 

・・・

 

兵士さんたちが五胡の勢力を追撃している。

退却し始めている敵に、更なる痛撃を与えるために。

そんな中で、桃香さまが曹操さんに声をかける。

 

「曹操さん・・・」

 

「・・・何かしら?」

 

「まだ、戦う気は・・・ありますか?」

 

「・・・!」

 

桃香さまの言葉に、曹操さんの顔がこわばったのが分かりました。

そんな曹操さんに向けて、桃香さまは再び口を開きました。

 

「私たちは協力してこの国の敵を退けることができました。・・・それでもまだ、戦いますか?」

 

桃香さまはいつものように胸の前で両手を組み、ゆったりと微笑む。

 

「五胡と戦っている時、私たちの心は一つになれたって思う。ならこれからも、この思いを共有することだって難しいことじゃないと思うんです」

 

それに、と桃香さまは荒野の先を見つめつつ、言葉を続ける。

 

「お兄さんや・・・正刃さんに教わったんです。強大な敵でも、みんなの力を合わせれば大切なものを守れるって」

 

お兄さん。

その言葉を聴いた瞬間にギルさんの笑顔を思い出して・・・パスがなくなったことも、思い出してしまった。

気づいたら、左手の光を無くした令呪にそっと触れていた。

 

「だから、私たちもみんなの力を合わせて、この国の未来を守りませんか?」

 

桃香さまの瞳はまっすぐに曹操さんを見据えていた。

 

「ふふっ、どうするの、曹操?」

 

「・・・劉備よ」

 

令呪に触れていると、ギルさんのことを思い出してしまっていた。

・・・思い出すのに集中していたので、それから先の話はよく覚えていない。

響ちゃんに声をかけられた時には、すでに話は終わっていて、三国はこれから協力していくことになったと聞いた。

良かった。

これで、三国の間での戦争は終わったんですね。

 

・・・




「新番組! 魔法王女ミラクル卑弥呼!」「魔法王女は背後に爆発を起こしながら仁王立ちするのか・・・あ、あの時のってこれのための練習・・・?」「日曜朝八時半から始まるよ!」「やめろよ。少女たちに仁王立ち流行らせる気か!」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十五話 終わりと再開と新しい始まりと

「新年には新しいパンツを穿く派」「すがすがしい気分になるもんな」

それでは、どうぞ。


「・・・ふぅ」

 

馬の上で、俺は疲れを感じながらため息をつく。

ようやく五胡の軍団に襲われたという蜀の国境近くまで追いついた。

ここに駐屯して何泊かするらしく、せわしなく兵士たちが動き回っている。

・・・桃香たちに追いつこうと走っていたのだが、途中で泣いている子供を助け、その子の母親から貰った果物から始まった物々交換は、ものの数分で果物を馬にした。

はじめは何だこのわらしべ長者、とか思っていたが、たぶんステータスの幸運と黄金率あたりが何かやっているのだろうとあたりをつけた。

まぁ、馬がいることに越したことは無い。走るより楽だし。

そう思って走らせること数時間・・・。桃香たち蜀の軍団の元へ追いついたのだ。

 

「とにかく、月ともう一度パスを繋がないとな。・・・つなげてくれるかなぁ」

 

勝手なことをしすぎたし、怒って、もう知りません! とか言われるかもしれない。

・・・あ、それはそれで可愛いな。

変な妄想を頭の中で描いていると、きょとんとした顔の月に出会った。

小首をかしげて、何度か目をこすって俺を確認しているようだ。

 

「・・・へぅ。ギルさんが、見えます」

 

「ははは。そりゃ見えるよ。実体化・・・いや、受肉してるもの」

 

以前から俺の体はは受肉している扱いで常に実体化している変則サーヴァントだったが、泥を被ったことによって完全に受肉したらしい。

泥を被る前は少量だけど実体化のために魔力を使っていたのだが、もうそんなものは必要ないようだ。

 

「・・・ギルさんは、また一人で戦いに出て行ったと聞きました」

 

「ごめんな。対城宝具以上の宝具を持ってるのは俺しかいなかったからさ」

 

「パスが消えてびっくりしました」

 

月は、一つ一つ淡々と・・・いつもの世間話のときのように口を開く。

 

「あー・・・たぶん、受肉した時に接続が初期化されたのかな」

 

だから、と俺は続ける。

 

「もう一度、俺のマスターになってくれないか、月」

 

月は驚きに目を見開く。が、すぐに真剣な顔になると

 

「・・・もう、マスター(わたし)に無断で勝手に戦ったりしませんか?」

 

そう聞いてきた。

 

「努力する。もう聖杯戦争も無いだろうし、英霊の力は月の意思のとおりに使う」

 

「ちゃんと、私も戦場で・・・あなたの隣で、戦わせてくれますか?」

 

「ああ。振り下ろされる剣からも降り注ぐ矢からも突き出される槍からも月を守る」

 

「・・・私のこと、好きですか」

 

「大好きだ。月は?」

 

間髪いれず答えた言葉を聴いて、しばらく俺の目を見つめる月。

俺も、視線が厳しくならないように心がけ、その瞳を見返す。

少し頬を染めた月が、ふっと微笑む。

 

「――はい。私も、あなたの事が大好きです」

 

月がそう口にした瞬間、胸の前で組んでいる月の手の甲に、赤い光が宿る。

何段階かすっとばしているが、再び月との契約に成功したらしい。・・・たぶん、貂蝉あたりが一枚噛んでいると俺は予測する。

 

「あ・・・。ふふ、これで、元通りですね、ギルさん」

 

嬉しそうに走りよってくる月を受け止め、頭を撫でる。

準備で走り回ったのか、髪の毛が乱れていた。

ゆったりとしたウェーブになるように、月の髪の毛に指を絡める。

引っ掛けないように、優しく。髪の毛を梳くように上から下へ撫でていく。

 

「ん・・・。気持ち良いです、ギルさん」

 

俺の腹に顔をうずめた月が、くすくすと笑いながらそう言った。

 

・・・

 

あの後、セイバーと銀から一発ずつ殴られ、響にしがみつかれ、泣かれた後、聖杯を壊した後の異常について説明を受けた。

・・・いろいろと暗躍してるな、貂蝉たち。

 

「・・・それにしても、良かったな」

 

「何がだ?」

 

「お前が受肉したことが、だ。聖杯が破壊されてもお前は残る。・・・お前は、ここに残るべきだからな」

 

セイバーが優しく微笑む。

 

「私は知ってのとおり劉備だ。だが、彼女とは違う可能性の劉備。だから、あまり蜀に居座るべきではないと私は思う。・・・アサシンについてはその姿だけで恐れる民も出てくるだろう」

 

だから、私たちは聖杯を破壊しなくとも消えるべきだと、セイバーは言った。

 

「だが、お前は違う。民に慕われ、将に慕われ、王に慕われ・・・主に慕われているお前は、残るべきだ」

 

そのまま、セイバーはどこか遠くを見ながら、言葉を続ける。

その背後にいるアサシンは一言も話さないが、その視線はセイバーの言葉を肯定しているように感じた。

セイバーは炊き出しを始めた兵士たちをほほえましく見守りながら、口を開く。

 

「・・・二日後に、私とアサシンの聖杯戦争は終結する」

 

貂蝉から告げられたタイムリミット。

この聖杯戦争においては、聖杯からのバックアップを失った英霊を引きとどめる為にはマスターの魔力だけでは不十分で、管理者の力を以ってしても二日しか保てない。

だから、今日の夜はおそらく銀と響は自身のサーヴァントとの別れを済ませるのだろう。

・・・それを思うとなんだか申し訳なく感じてくる。

 

「・・・申し訳なく感じてるって顔だな、ギル」

 

・・・まさにそのとおり。

泥に耐え切ったのもほとんど実力ではなく意地と偶然が成した奇跡だったし、もとより消えるのを覚悟していただけあって、なんだかもやもやとする。

 

「まぁ、どちらかというとこれからの聖杯戦争がきついかもな」

 

「・・・これから?」

 

「ああ。月殿や詠殿。その他にも沢山の将たちと一緒に、平和の維持という聖杯の為、戦っていくのだ。・・・いうなれば、たった一人の聖杯戦争ってとこだな」

 

たった一人の聖杯戦争、か。

 

「ま、そう悲観することは無い。私もアサシンもライダーも、座から見守っててやろう」

 

「・・・ははっ。それは心強い」

 

そうなると、情けないところは見せられないな。

 

「とりあえずはまぁ、五胡か」

 

「そうだな。しばらくはその対応に追われると思う」

 

天下三分も成ったし、そっちも進めながらの平行作業になると思うけど。

 

「くく、そういえばギルは曹操や孫策の目の前で宝具をご開帳したらしいじゃないか」

 

「・・・あー」

 

嫌なことを思い出させてくれるなぁ、この剣士。

というかセイバーも目の前で急に現れたり消えたりと忙しそうだったがな。

 

「まぁ、そのあたりの対応に慌てるギルの姿も、酒の肴にしてやるよ」

 

あっはっは、と何の気負いもなく大笑いするセイバー。

二日後にはここを離れるとは思えないぐらい、後悔や未練などひとかけらも無い、高らかな笑い声だった。

 

・・・

 

「で?」

 

「で、とは・・・」

 

「ふふ、分かってるでしょ、ギル?」

 

目の前に立つのは曹操と雪蓮。その後ろで桃香がおろおろとしている。

 

「えーと、もしかして・・・」

 

「もしかしなくても、あの奇妙な空間のことよ」

 

奇妙なとは心外な。王の財宝(ゲートオブバビロン)の展開はかっこいいじゃないか。

空間に生まれる波紋。その中心から浮かび上がる宝具! ・・・わっかんないかなぁ。

 

「あれは何? あなたは妖術師だったの?」

 

「あ、あのっ、華琳さん! あれはね・・・!」

 

それから、桃香の説明と俺の補足が続いた。

聖杯戦争のことや、サーヴァントのこと等、桃香は自分にされた説明をほとんどそのまんま流用していた。

曹操は頭がいいし、雪蓮は勘がいいので、桃香のあたふたとした言葉でもきちんと理解していた。

 

「なるほど。その・・・聖杯戦争? とやらに巻き込まれてたわけね?」

 

「え、えーと、まぁ、そんな感じ・・・です」

 

大丈夫か桃香。なんかふらふらしてるけど。

 

「ふぅん。・・・興味深いわね、そのサーヴァントっていうの」

 

「そうね。・・・英霊、ねぇ」

 

興味深そうにじろじろと見てくる二人。

 

「・・・ま、いろいろと影で助けてくれてたらしいですし? 一応不問にはしてあげるわ」

 

曹操が腕を組んではぁ、とため息をつく。

 

「た・だ・し。宝具を人前で使用することを禁止するわ。当たり前だけど、あなた一人で三国を壊滅させかねない戦力ですからね」

 

ま、その条件はもっともだし、戦いが終わったのなら『戦争そのもの』と評される俺の力を使うこともほとんどなくなるだろう。

曹操の言葉に頷きを返し、よいしょと立ち上がる。

 

「じゃあ、もういいか曹操」

 

「ええ。・・・あ、待ちなさい」

 

「ん?」

 

「私の部隊を聖杯の泥から助けてくれたお礼に、真名を預けます。華琳よ。これからもよろしくね、ギル」

 

「ありがとうな、華琳。俺はギルガメッシュがそのまま真名だ。これからも末永く桃香をよろしくしてやってくれ」

 

それだけ言って立ち去る。これから、三国の王たちがいろいろと決めるんだろうし、俺がいては邪魔だろう。

 

・・・

 

夜、城壁の上でワインを飲んでいると、気配が近づいてくる。

敵意は感じないので放置していると、気配は隣で立ち止まった。

 

「ギル、一人で何飲んでるんだ?」

 

「・・・セイバーか」

 

視線を向けると、くっくと含み笑いをするセイバーがいた。

 

「いいのかよ、今日で消えるんだろ?」

 

確か、午前零時を回ると消えてしまうと貂蝉たちから聞いた。

こんなところにいるより銀と一緒にいるほうが・・・。

 

「いいのさ。マスターにはきちんと別れを告げた。それに、マスターは今日夜の警備の当番だ」

 

「ふぅん。・・・飲むか?」

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)の中にあった神代の酒を酒器に注いで渡す。

 

「む、いただこう」

 

そういって酒器を受け取ったセイバーは、少しだけ酒器を傾け、ワインを口に流した。

ワインの飲み方は教えてあるので、前に飲ませた星のような一気飲みはせず、ゆっくりと味を楽しんでいるようだ。

 

「・・・うむ、やはりいつ飲んでもうまいな。お前の宝物庫の中身をもう少し味わいたかったよ」

 

「そうだな。じゃ、次の聖杯戦争で出会ったら、だな」

 

「・・・はは、次にあうことは確定なのか、ギル」

 

「そりゃあな。英霊なら、機会はいつでもあるだろ」

 

「それもそうか。・・・なら、次は一晩中酒を酌み交わすぞ、ギル」

 

「ああ。楽しみにしてるよ、セイバー」

 

「・・・劉備殿を頼むぞ。性別が違うとはいえ私だ。もしもの時何をするか分からんからな」

 

セイバーはそういってからワインを飲み干し、酒器を城壁に置くと、くるりときびすを返した。

俺はセイバーの気配が遠ざかり・・・消えてしまうまで、セイバーのほうを振り向かず、ただ酒器を傾けた。

 

「一人、か」

 

そのまま酒器を傾けていると、鼻を啜る音とともに、足音が聞こえてきた。

 

「えぐ、う、ひぐっ・・・」

 

「響?」

 

「あ・・・ぎ、ぎる、さん・・・」

 

メイド服の袖で目をこすり、無理矢理にこりと笑う響。

 

「ハサン、消えちゃった」

 

強張った笑みを浮かべながら、響は努めて明るく言い放った。

しかし、すぐにうつむいてしまい、その小さい肩を震わせてしまっている。

どう声をかけていいのか分からず、そっか、と言ってから、口を開く。

 

「セイバーも、今消えた」

 

響はそですか、と短く答えると、ふらふらと俺のほうへと近づいてくる。

何をしたいのかをなんとなく悟った俺は、響を受け止めるためにしゃがんだ。

丁度俺の胸に顔をうずめた響は、俺の体に腕を回し抱きつくと、力強く抱きしめてきた。

 

「今だけ・・・今だけ、泣くね?」

 

「俺でいいなら、こうやって胸くらい貸すよ」

 

「・・・はは、ギルさん、大好き。・・・ふえ、うぇ、ふええええん・・・!」

 

ゆっくりと響を抱きしめ、背中をさする。

響が落ち着くまで、しばらくそのままで時間を過ごした。

 

・・・

 

「・・・はふ。ごめん、ぬれちゃったね」

 

そういって俺のシャツを見つめる響。

見ている場所はさっきまで響が顔を埋めていた場所であり、まぁ、その、なんていうか・・・いろんな液体でぬれている。

だが、嫌悪感なんかは沸かない。むしろ、こうして俺を頼ってくれたことが嬉しいと感じる。

だから、響に心配をかけないように笑顔で言葉を返した。

 

「構わんよ。響が落ち着いてくれれば、それで」

 

「・・・もう、反則なんだから、そういうの」

 

そういって響は少し腫れぼったくなった瞳を閉じて、ゆっくりと深呼吸した。

 

「うん、復活。みんな大好き明るい響ちゃんに戻ったよ、ギルさん」

 

「そっか」

 

「そだよ。だから、もどろ? ギルさん」

 

「ん、そうするか。・・・っと、その前に」

 

宝物庫から水と布を取り出し、布を湿らせる。

きょとんとしている響を尻目に、布を絞って余計な水分を抜くと、ゆっくりと響の涙の跡をふき取る。

・・・まぁ、涙の跡だけじゃなかったんだけど。

 

「ふえ、ごめんねギルさん、こんなことさせて。それ、洗って返すよ」

 

「いいよ、これは家宝にするから」

 

「まさかの変態発言っ!?」

 

「『響の体液つき布』・・・大事にするよ」

 

「やめてぇっ! それだけはやめてぇっ!」

 

必死に顔を拭いた布を取り返そうとするが、俺はすっと宝物庫にしまった。

 

「はふっ!? そ、そうだった・・・ギルさんにはそのとんでも蔵があるんだった・・・!」

 

うえーん私汚されちゃったよぅ、と言いつつ泣きまねを始める響に笑いかけると、えへへ、と響も笑い返してくれた。

・・・少し無理矢理だったが、少しは元気出ただろうか。

 

「よし、戻るぞ、響」

 

「うんっ」

 

そういうと、響は俺の手に飛びついた。

やっぱり少しは不安定なんだろう。アサシンが消えた直後だしな。

響の手をつぶさないように、優しく握り返した。

こちらを向いた響が微笑みかけてきた気がしたが・・・俺が見た時には、すでに前を向いてしまっていた。

 

「・・・ギルさんは、消えないよね?」

 

「消えないよ」

 

「よかったぁ」

 

それ以降、響の部屋に着くまで、一切会話は無かった。

それでも・・・響は満足げな笑みを浮かべ、おやすみ、また明日、と言って部屋へと戻っていった。

今この瞬間、聖杯戦争は終わった。七体のサーヴァントの内、六体が消え、俺一人が残った。

・・・今日はもう寝よう。明日から、また忙しくなってくる。

 

・・・

 

「お、お帰りなさいっ、ギルさんっ!」

 

「・・・おおっと、部屋を間違えた」

 

部屋に戻ると、布団を上半身に巻きつけ、寝台に正座した月がいたので、ゆっくりと扉を閉めた。

あれ、ここ俺の部屋じゃなかったかな? 間違えたか。

 

「間違ってませんよっ!?」

 

扉の向こうから月の必死そうな声が聞こえてくる。

・・・取り合えず、扉を開いて月のところまで近づく。

寝台に座り、お疲れ様、と声をかけながら頭をなでる。

 

「で、何やってるんだ、月」

 

「へぅ、あの、こ、今夜は、その・・・」

 

「今夜は?」

 

「こ、今夜は、その、わ、私を貰ってください・・・!」

 

月は顔を真っ赤にしながらそういいきると、布団をはずして飛び掛ってくる。

って、下着しか着てな・・・っ!? 

あまりの驚きに、小柄な月の突撃すら受け止めきれず一緒に寝台に倒れこんだ。

 

「月、なんてはしたない格好を・・・」

 

「恥ずかしいですけど・・・ぎ、ギルさんを誘うためなら・・・!」

 

その言葉に、俺は月との会話を思い出す。

 

「ちょっとまて、まさか心の準備って・・・」

 

「ご、ご想像にお任せします・・・」

 

まさか、そんな心の準備だったとか予想できるかっ。

・・・しかしまぁ、どうするべきか。

はっきり言って断る理由は無いし、ここまでしてくれた月をむげには扱えない。

据え膳食わぬはなんとやらだ。意を決し、俺は口を開く。

 

「月、いいんだな?」

 

俺の言葉を聴いて、月は笑顔でうなずいた。

 

「はい。ギルさんがいいんです」

 

「・・・分かった」

 

俺は上に乗っている月を抱き寄せて体勢を入れ替えると、寝台に寝転がる月にゆっくりと口付けた。

 

・・・

 

「・・・うぅむ」

 

寝台から降りて、いまだ眠っている月に布団をかける。

 

「ん・・・」

 

少しだけ息を漏らした後、月はすぅすぅと再び寝息を立て始める。

起こさないように静かに頭をなでてから、部屋を出る。

 

「・・・やってしまった」

 

ただでさえ小柄な月に、いろいろと無茶をしてしまった。

まぁ、痛いばかりじゃなかったようでよかったというべきか。

後悔とも反省ともつかない思考を繰り返していると、朱里に出会った。

両手にいっぱいの竹簡を抱えた朱里は、すっきりした笑顔で挨拶してくる。

 

「あ、ギルさん。おはようございます」

 

「お、朱里。おはよう」

 

「今日はいろいろとお手伝いお願いしますね」

 

「大丈夫、精一杯やらせてもらうよ」

 

五胡との対応は三国間で協力してからはじめての合同の問題だった。

恐ろしいほどの統率を見せ、陣形を持たないゆえに戦いにくい。

 

「ギルさんが協力してくだされば、心強いですっ」

 

「そういってくれて嬉しいよ」

 

これからいろいろと考えることは増えるんだろうけど、こうして過ごせるのは嬉しいかな。

 

・・・

 

三国の間での戦いが終わってから半年。

五胡との戦いも漸く落ち着き、襲撃はほとんどなくなっていた。

落ち着いたのだから、三国間での交流をしようと提案したのは桃香だ。

一ヶ月ごとにお互いの国でお祭り騒ぎをしようという案はすぐに採用され、今月は蜀で魏と呉を迎えることになっている。

 

「楽しみだなぁ~。・・・お迎えの用意はできてるのかな、朱里ちゃん」

 

「完璧ですよ。おいしいご飯においしいお酒、それに果物だってそろってますっ」

 

「完璧だね、朱里ちゃんっ」

 

「催し物の準備もいっぱいしてありますよ」

 

・・・ああ、そうだったなぁ。

各国の将たちが飲兵衛王者決定戦とか天下一品武道会とか貿易と防衛を主題とする論文発表とか競馬大会とかお祭りとかを要請してくれたおかげで、その開催に関する準備や時間の割り振りなんかでとてつもなく苦労したのを思い出した。

朱里と雛里を中心に、軍師や文官はちょくちょく徹夜だったのを覚えている。

もちろん俺も手伝ったが、いつもの二倍くらいの仕事量だった。よくもまぁ無事に開催までこぎつけたものだ。

 

「先触れも着ていますし、もう少しでみなさん到着すると思いますよ」

 

「あ、孫家の牙門旗ですっ」

 

「呉が到着したのか。誰が来るんだっけ?」

 

俺の質問に、雛里は頭に人差し指を当てると

 

「ええと、報告では、周泰さん、陸孫さん、周瑜さん、孫策さん、孫権さんの五人ですね」

 

・・・良かった、シャオはいないみたいだな。

以前建業で出会ったときにはシャオと呼ぶように強制させられたし、シャオはギルのお嫁さんになるのっ、と言って聞かなかったため、後から月を中心とした蜀の面々に説教を食らったことを思い出した。

しかしまぁ、王族が二人来るって・・・。たぶん、蓮華あたりが後学のために、とか言ってシャオに任せてきたんじゃないだろうか。

 

「あ、来たっ! おーい!」

 

桃香が呉の将たちを率いて歩いてくる雪蓮と蓮華に手を振る。

二人は笑顔で振り替えし、こちらに歩いてくる。

 

「雪蓮さん、蓮華ちゃん、いらっしゃい!」

 

「これから一週間、世話になるわ、桃香」

 

「よろしくお願いします」

 

「精一杯、おもてなしさせていただきますっ。じゃあ朱里ちゃん、呉の皆さんをお部屋に案内してね」

 

桃香の言葉に、朱里が笑顔で答える。

 

「御意です。ではこちらへ」

 

「ありがと。・・・じゃ、また後でね~」

 

ひらひらと手を振って去っていく雪蓮。

 

「呉は到着、と」

 

「魏のかたがたも、呉のかたがたと同様先触れはもう到着していますから・・・あ、見えました。魏の牙門旗です」

 

「ん? ・・・ほんとだ。・・・って、すごい数だな」

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・みんな来たんじゃないかなぁ?」

 

桃香の前まで華琳がやってくる。

 

「ごきげんよう。久しぶりね、桃香」

 

「はいっ。華琳さんもお変わりなく」

 

「おかげさまでね。・・・ギルも元気そうで何よりよ」

 

「お、ありがと。一刀も、良く来たな」

 

「おう、久しぶりだな」

 

その後、桃香が華琳に大会の賞品は何かを説明していると、提供一刀の『意匠を凝らしたとっても可愛いお召し物』の話になった。

 

「一刀が意匠を? ・・・聞いてないわよ?」

 

華琳が一刀に詰め寄る。

 

「いやー、こういうのは当日まで隠すものなんだよ。なぁ、ギル?」

 

「ん? ・・・ま、サプライズって言うのはそういうもんだよな」

 

「だよなぁ!」

 

「さぷらいず? ・・・はぁ、まぁいいわ」

 

そういって華琳がため息をつきながらこちらに向き直る。

・・・ちなみに今回の賞品である服については、前回の交流の時に一刀に話を持ちかけられ、俺はカリスマA++と黄金率A+をフル活用し、一刀の意匠を表現できる職人、材料をそろえた。

この日のためのフルオーダーメイドで、全ての将に合うものを作成した。

一刀と俺の趣味が爆発した全ての人間を可愛くする服だ。・・・俺たちの執念とかで概念武装になってるんじゃないかとたまに不安になるくらいの完成度となっているので、賞品としては完璧だろう。

雛里が魏の人たちを部屋へと案内する。

・・・さぁて、忙しくなるぞ。

 

「頑張るか、なぁ、桃香」

 

「うんっ。こういうことだったら、私、頑張っちゃうよ~!」

 

「いい返事だ。さて、まずは・・・」

 

笑顔の桃香につられて、俺も笑顔になる。

取り合えず時間が空けば月と詠をデートに誘うのもいいだろう。

一週間のお祭り騒ぎ・・・自分なりに、楽しもう。

桃香が頑張って作った平和のために。

 

「よし、祭りを始めるぞ!」

 

・・・

 

話は変わるのだが、貂蝉から変な話を聞いた。

一ヶ月前まで話はさかのぼるのだが、その時に貂蝉と卑弥呼に話したいことがあると部屋まで押しかけられた。

 

「あのね、世界がちょっとおかしいことになってるみたいなの」

 

「・・・は?」

 

なんだ、また面倒ごとか? 勘弁なんだが。

 

「別に何があるというわけでもないわ。ただ・・・その、近くにある平行世界がこの世界にくっつきかけてるの」

 

「・・・面倒ごとになる予感」

 

「そうでもないと思うわよん? まぁ、私たちにも予測しかできないんだけど、悪いことにはならないと思うわ」

 

「そうだな。ただ、いろんな可能性がぶつかった世界が生まれるかも知れぬ、と言うことだけ覚えておればよい」

 

「確実にそれ、危なくないか?」

 

俺の言葉に、やぁねぇうふふ、と気持ち悪い笑い声を上げた貂蝉は、とにかく、と話を切り替えた。

 

「後数ヶ月以内で異変は起きるわ。たぶん・・・来月くらいには分かると思うわよん」

 

「うむ。その異変に気づけるのはおそらくサーヴァントであるおぬしくらいであろう。他の人間たちにはただの日常だと認識されるだろうがな」

 

「おいおい、また聖杯戦争が起きるなんてことは無いよな?」

 

「ええ、それは安心してくれていいわ。過激派も聖杯の欠片を見つけるのに苦心しているみたいだし、おそらくもう彼らが聖杯戦争を起こすことはなくなるでしょうね」

 

「・・・なら良いんだ。ま、忠告ありがとう。気をつけるよ」

 

「うふふ、お礼を言いたいのはこちらのほうよん。聖杯戦争をこわしてくれてあ・り・が・と・うっ。チュッ」

 

「避けるッ!」

 

貂蝉が投げキッスをかましやがったので、命がけで避ける。

おそらく語尾にははぁと、とか付いていたに違いない。

 

「あら、残念ねぇ。ご主人様と同じくらい素敵な男だと思ったのにぃ」

 

「冗談は存在だけにしてくれ。・・・それじゃ」

 

「ええ。頑張ってねん」

 

・・・そういって二人は去っていったのだ。

何でそんな事をいきなり言い出したかというと・・・。

 

「うむ、この空気・・・久しぶりだな」

 

「ケケッ、平和みたいだな・・・子供の笑顔が溢れてるぜぇ」

 

「・・・」

 

何にも無かったかのような顔をして、あいつらが歩いてきたからだ。

うん、これが異常に違いない。流石にこれは・・・無いんじゃないかな・・・。

 

「お、ギルか。息災のようで何より。いやぁ、頑張っているようだな?」

 

「この時代って空気がうまいよなぁ。やっぱ、現代より空気が澄んでいるんだろうな」

 

「・・・」

 

って、まさか残りも・・・

 

「ん? ・・・ああ、心配しなくても良い。バーサーカーは誰だったか・・・ほら、呉の弓腰姫。あいつのところに行ったと。キャスターとランサーはまぁ、元のマスターのところだろうな」

 

やれやれ、何を考えているんだか、と肩をすくめると、その体勢のまま、なぁ? とこちらに同意を求めてくる。

そして俺の前で立ち止まると、こいつら・・・セイバーとライダーの二人は笑顔を浮かべる。アサシンの表情は・・・響にしか分からないだろうな。

 

「ま、これからもよろしく頼む。・・・たった一人の聖杯戦争とかいったが・・・また七人に戻ってしまったらしい」

 

「しかし過激派はいない。それにみんなも俺たちがいるのを疑問に思っていない」

 

「なるほど、これが・・・平行世界が混ざったってことか」

 

たぶん、ホロウみたいになってしまったんだろう。

あれ、それだったら四日間繰り返すことに? 

疑問は尽きないが、今は良い。とりあえずは喜ぶとしよう。

 

「まぁいい。・・・今、三国の将たちが集まってお祭り騒ぎしてるんだ。お前らも楽しんでいけ」

 

「はっはっは、なら、ギルとあの酒を飲み明かすとしようか!」

 

「お、料理対決なんてあるのか。・・・飛び込み参加は可能なのか?」

 

セイバーは俺の方をばしばしと叩きながら大笑いし、ライダーは俺が渡した三国交流の目録を見て何かつぶやいている。

アサシンは猫背のままきょろきょろと周りを見渡している。響でも探しているんだろうか。

 

「歓迎するよ。ようこそ。セイバー、ライダー、アサシン」

 

こうして、三国の大戦と聖杯戦争は終わり・・・新しい世界が始まった。

たぶん、いろいろと問題も起きるだろうが、心配は無い。これだけのサーヴァントがいるのだ。

世界の歪みだろうと黒い聖杯だろうと打ち破れる。そう信じている。

 

・・・




これにてご都合主義で聖杯戦争は終了となります。
まぁ、すぐにご都合主義で萌将伝をアップすると思うので、終わりって感じはしないと思いますが。
まだしばらく、作者と拙作にお付き合いくださいませ。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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サーヴァントステータス アーチャー

ご都合主義で聖杯戦争終了直後くらいのアーチャーのステータスです。
次の作品でいろいろ追加されて強化される予定ですので、大体のものとお考えください。


真名:ギル(ギルガメッシュ) 性別:男性 属性:混沌・善

 

クラススキル

 

対魔力:E

魔術に対する守り。無効化はできず、ダメージ数値を多少削減する。

元々低い対魔力が泥によって受肉したことによって更に低くなっているが、宝物庫にある金色の鎧でカバーできている。

 

単独行動:A+

マスター不在でも行動できる能力。ある程度なら魔力の供給無しに戦闘行動を行える。

 

固有スキル

 

黄金律:A+

身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。

大富豪でもやっていける金ぴかぶり。一生金には困らないどころか、子孫代々が常にお金持ちになるほど。

 

カリスマ:A++

大軍団を指揮、統率する才能。ここまで来ると人望だけではなく魔力、呪いの類である。

この世界での経験がカリスマのランクを一つ押し上げた。

このランクだと、敵の兵であろうとランク判定しだいで指示に従わせることができるようになる。

 

神性:A+

最大の神霊適正を持つギルガメッシュの能力を持ち、さらに本人が神に会っている為ランクは元通りのランクに。

少しだけではあるが、女神とのつながりを持つ。

 

魔力放出:E+

武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。

このランクだと、あったところで身体能力の強化、身体の表面に軽い衝撃波を発生させることしかできない。

この世界での経験と、努力によって身に着けたスキルなので、これからも上昇する可能性あり。

 

軍略:C

一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直観力。

自らの対軍宝具の行使や、相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

この世界で、諸葛孔明を初めとした軍師たちと共にいたことによって身に着いたスキル。

 

千里眼:D

視力の良さ。遠方の標的の捕捉距離の向上。

元々女神のサービスとして最初から追加されていたのだが、本人がステータスのみを見ていたことと、英霊は目が良いんだな、と言う思い込みによって最近まで気づかれなかった。

 

能力値

 

 筋力:B+ 魔力:B 耐久:B 幸運:A++ 敏捷:C+ 宝具:EX

 

宝具

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

 ランク:E~A+ 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:1人

 

黄金の都へ繋がる鍵剣。元々は剣として存在していたものだが、神の計らいによって能力をインストールする鍵として体内に取り込まれた。

空間を繋げ、宝物庫の中にある道具を自由に取り出せるようになる。

能力をインストールされただけの彼には財がないのだが、神のサービスによってギルガメッシュ本人と同じ財+αが入れてある。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

 ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

 

乖離剣・エアによる空間切断。

圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となって敵対するすべてを粉砕する。

対粛清ACか、同レベルのダメージによる相殺でなければ防げない攻撃数値。

STR×20ダメージだが、ランダムでMGIの数値もSTRに+される。最大ダメージ4000。

が、宝物庫にある宝具のバックアップによっては更にダメージが跳ね上がる。

かのアーサー王のエクスカリバーと同等か、それ以上の出力を持つ『世界を切り裂いた』剣である。




今作の主人公である彼ですが、なんと属性は混沌・善。
善の部分はともかく、混沌・・・。
まぁ、必ずしも邪悪な属性ではない、とのことですので、悪い人と言うわけではありません。


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