周辺諸国最強のお嫁様 (きりP)
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第一章
1 私の名前はネタネーム


コメディタグは付いておりませんが、今まで書いてきた感じのほのぼの系で行こうと思います。



 ここはナザリック地下大墳墓、第六階層闘技場。ログアウトできない等の異常事態に対してアルベドやセバスに指示を出した後、モモンガがここに訪れたのは魔法の確認をするためだ。

 

 さて、アウラとマーレを前にして感覚で魔法が使えるということの確認は済んだ。それではと目的の実験をするために<伝言(メッセージ)>を起動する。対象はGMであるが、頭の中で糸のようなものが伸び何かを探っている感じがするのだが繋がる気配もなく、魔法の効果時間が終わる。

 落胆もあったが続いて40名のギルメンにも<伝言(メッセージ)>を起動するがこれも不発に終わる。

 最後にと一番可能性がある、先週もペア狩りに付き合ってもらったご近所さんはどうだろうと試してみた結果、びっくりするほどあっさりと<伝言(メッセージ)>が繋がった。

 

『あれ? モモンガちゃん? 今ちょっと忙しいからまたあとでね』

「ちょっ!? まっ、ダンチ(・・・)さん!? 切るのは勘弁してくださいよ……」

 

 再度<伝言(メッセージ)>を起動するものの何故か防がれる。え? 着信拒否とか出来る魔法なのか? とも思ったが、ある意味『攻勢防壁』すらぶち抜く魔法だと考えるとそれは無い。いや違う、保留状態になっているんじゃなかろうか。え? でも保留って出来るの?

 うーん、これは完全にあっちの『忙しい』が解消されるまで待つしかないかと考え、知り合いがいることにちょっとだけ気が楽になったと思いながら、外に偵察に出しているセバスへと連絡を取るモモンガだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユグドラシル最終日最後の数分前。その最終日ということをすっかり忘れているプレイヤーがログインしていた。

 

「んっふふ~、やっぱりこっちで読む方がいいわよね」

 

 自室の汚部屋の惨状をどうにかするのが先だとは思うのだが、そこはそれ。今日発売のホワイトブリムさんの新刊は電子書籍としてユグドラシルに落としていた。

 数年前に始まったユグドラシルの書籍ダウンロードサービスだったが、他のゲームにも徐々に浸透し始めている。

 暖炉の前で揺り椅子に座りながら優雅にマンガを読む。あぁ、あの犯罪者っぽい瞳の娘もメイドになっちゃうのかなーと思いながらページをめくっていく。

 

 ここはナザリックから10kmほど離れたグレンデラ沼地の最端。安全地帯とは言えないけれど中央よりはましといった部類のこの場所は、紫毒の沼地に巨大な蓮の花が咲き乱れ、ノンアクティブの『光虫』が飛び交う幻想的な光景を醸し出している。

 そこには、その景観を損なわせない様にとの配慮なのか、小さなログハウスが建てられていた。

 

 平屋建てなのか二階部分が無い、いわゆる豆腐建築。三方に大きな出窓があるものの、なぜか中の様子はうかがえない。

 入り口部分は片開の簡素な扉。豆腐を囲うようにして、おざなりな柵があり、直径5m程の噴水が家と一緒に囲われている。

 

 そんな家の中で揺り椅子を揺らしながら読書に勤しむ少女はまさに天使のような美貌の……っていうかぶっちゃけ天使だった。

 さらさらした腰ほどまである長い金髪、その上部には天使の輪が輝いている。優し気というか垂れ目というか、柔らかな蒼い瞳にピンクの唇。白と青を基調にしたドレスに銀の胸当ては、まるで戦乙女のような佇まいであり、揺り椅子の背もたれにグチャっと潰され、めり込んでいる三対六枚の翼の残念さが無ければ完璧な美少女であった。

 

「うぇひっ、うぇひひ」

 

 いや、残念美少女だった。

 

 そんな彼女の後ろには、茶色い髪をポニーテールにした愛らしい十代半ば程のメイドが佇んでいたのだが、ある時刻を過ぎた境にピクリともしなかった身体が、いや胸がぽゆんと揺れる。

 

 おかしい。窓辺を飛び交っていた光虫が消えた。これはすぐさま愛子(・・)様にお知らせしなくてはとも思ったが、自身のレベルは16だ。100レベルの愛子様がこの異常事態に気づかないわけがないと思いなおす。

 それにあんなにも楽しそうに読んでいるのは、自身の創造主のもう一人、ホワイトブリム様製作の本だと聴いた。それを邪魔するのは憚られると思い、小さな声で「簡単な軽食でも作ってまいりますね」と一言を残して、豊満な胸をたゆんぽゆん揺らしながらキッチンへと移動していった。

 

 そんな声に「うん」と生返事をしながらマンガを読み進める残念天使に、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長から<伝言(メッセージ)>が繋がるも華麗にスルー。

 彼女が事の重大さに気付くのは、それから1時間後の事であった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 うん、それ軽食って量じゃないからね。

 

 テーブルの上の大皿に、山盛りに乗せられたサンドイッチに目を見開いてしまう。私ひとりじゃ……とも思ったが、「くぅ」とお腹を鳴らし顔を赤らめさせるメイドの種族ペナルティに気づき、「それじゃぁ一緒に食べましょうか」と席に座らせる。

 

 忠誠心の高さなのか、説得に少々時間がかかったが、「これからは一緒に食事をすること!」と不本意ながら命令し、サンドイッチを口にする。

 そのあまりの美味しさに少々惚けてしまったが、その惚けている間にサンドイッチの山が半分になり、口元にパンくずを付けてご満悦なメイドには笑うしかなかった。

 

 さて、モグモグしているメイドを堪能しながら考察を進めようか。

 

 まず彼女、ソーコがしゃべりかけてきた。変な名前かもしれないが大切な貴重品倉庫(・・・・・)として大事にしているのだ、そこは置いておいてほしい。

 しゃべるNPCもいないことは無いのだが、まず口が動かないし、モグモグもしない……食べるのすごい早いな……

 

 次に背中の二対四枚の自分の翼が『天使セット』の翼に絡まりちょっと痛かった。どれだけ痛かったかというと、足がつった時のようなよくある痛みなんだけど、こんなもんがゲームに実装されたのだとしたら怖いものがある。つまりゲームだったら絶対にありえない痛みだったと言うことだ。

 翼が消せることを思い出し、いったん消してから再度出すことにより元には戻ったけど、翼に感覚があって自由に動かせるのには驚いた。結構羽抜けちゃったけど……また生えてくるよね?

 

 用意された紅茶に手を伸ばして一息。そしてこれも美味しい。鎮静効果とかもあるのだろうか? 少々昂っていた気持ちが落ち着いたものになる。

 

 コンソールが出ない、ログアウトが出来ない他上述の異常事態を、短絡的に考えるなら『ゲームの中に取り込まれてしまった』って幼稚な考えが一番正解に近いのだとは思うのだけど、窓の外の風景がもう一つのラノベ的展開を指しているのが笑えない。

 

 ここは一体どこだろう? ソーコには暗すぎてぼんやりとしか見えないようだけど私には見える。町のはずれだろうか、小さな寒村だろうか? 小さな家がぽつんぽつんと建っているのが見える。

 ユグドラシルの別の場所に転移したのか、それとも『異世界に転移』してしまったのか。

 

 扉を開けて外を確認してみたくもあるが、その好奇心を抑え込む。

 

 この家の中は安地だ。『課金三万円拠点制作』で得た小さな安全地帯だ。街中と一緒でこの中ならPKされることもない。まぁMobは対象外なんだけど。一応カエル(ツベーク)が踏んでも大丈夫なくらい頑丈には出来ている……はず。

 とにかく現状分かる範囲の事を調べ終わるまでは外には出ないと決意する。

 

「あっ!? 倉庫!」

「ふわっ!? すっ、すみません……全部食べてしまって……」

「いや、それはすごいね……じゃなくてソーコ、地下階段のボタン押してきてくれない」

「はいっ!」

 

 さっと立ち上がると再びキッチンへとたゆんぽよん移動していく。あーリアルの私の胸あんな感じなのかと思いはしたが、そこはそれ。自身も立ち上がり室内を見回す。

 

 六畳間四つ分。二十四畳ほどの広さの長方形の室内は、天井まで4mほど。中央にシャンデリアがぶら下がり柔らかな光で室内を照らしている。

 その部屋の四分の一を占めるキッチンの中の戸棚を開き、隠し扉の中のボタンを押すソーコを確認して反対側に目をやる。床の一角がスライドし階段が現れ光で照らされる。

 

 良かった……上層部分だけ転移したとかなっては困ってしまうところだった。さっそくトントンと階段を下りて確認をする。ここは所謂仮初の生活空間で、ゲーム中は使用することが無かった部屋である。

 部屋の半分が寝室兼私室で、半分がお風呂になっており、何故かるし★ふぁー君が増設してくれたトイレもある。

 当時はまた余計なことをと思ったりもしたが、どうなんだろ私……てか天使ってウンコ出るのかな……

 今のところ尿意も無いので確認はできないが、ソーコはナザリックの一般メイドと同じホムンクルスだ。後の憂いがなくなったと思えばるし★ふぁー君さまさまである。

 

 そして折り返してもう一つ下の階層へと降りていく。ここが一応この拠点のメインというか、お宝倉庫であり錬金術工房と鍛冶工房を兼用している。

 金貨を含めたお宝は、賊に持っていかれても支障がない代物であり、本来のお宝はソーコのアイテムボックスに全部しまってあるという寸法だ。PKが出来ないとはいえ自身がログアウト中に忍び込まれないとは限らないからね。

 工房は私が使用するわけではなくソーコの物だ。ホムンクルスLv1のソーコは他に職業Lvとしてアルケミスト、鍛冶士、コックを取っている。低級クラスなので大したことは出来ないが、こんな辺境だとかなり役には立っていたのだ。

 本名『十六万円 倉子』 ナザリックなどとは違ってNPC製作Lvなどがもらえない課金拠点では、NPCを製作するのにも課金をするしかなく、その名前から察していただければありがたい。

 

 そしてもう一つ折り返して地下四階への階段があったような形跡があるのだが、私が埋めている。

 

『ナザリックまで10kmくらいだから掘ってみたら繋がるんじゃね?』

 

 とか言ってたるし★ふぁー君が作ったナザリックへの直通通路なのだが、なぜか黒檻(ブラック・カプセル)に繋がっていた。

 

『メンゴメンゴ、いやー偶然てある物なんですね』

 

 とか言ってたが絶対嘘だ。あっちから掘ったに違いない。

 というか掘れるの? また勝手に拠点拡張機能でも使ったんじゃないだろうか。

 

 

 そういえばナザリックで思い出したが先ほどモモンガちゃんから<伝言(メッセージ)>があったような気がする。魔法って使えるんだろうか、あの<伝言(メッセージ)>は転移前だったのか転移後だったのだろうか……

 とにかくやってみるしかないかと考え、<伝言(センディング)>を発動してみる。

 とあるテーブルトークRPGを色濃く受け継ぐMMOではあるが魔法の仕様などは結構変わっているのだそうで、短距離でしか使えないはずの『メッセージ』同様『センディング』もメールのような魔法から通話の魔法に変わっていた。

 魔法名を呟きながら念じると、頭の中で糸のようなものが伸びて対象に繋がる感覚が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつら……マジだ……」

 

 などと赤い瞳を光らせてうなだれていたモモンガであったが、先ほどの光景を思い返す。ダンチさん……いや愛子さんと呼んだ方が良いのだろうか。守護者達も彼女の事を覚えていたのは僥倖だった。

 

 彼女は所謂古参ユグドラシルプレイヤーであり、一時期は自分よりレベルが高かった時代もあるほどで、彼女のパーティにはギルメンが何度か誘ってもらったと聴いた覚えがある。

 だが多くても週に一度あるかないか。タイミングが合わなけれ数カ月に一度ほどの邂逅であった。

 

 彼女の仕事やプレイスタイルに理由があるのだが、基本週に二日ほど。昼前から夕方当たりまでしかログインしていないのだ。

 そして誰彼構わず、勿論人間種だろうが異形種だろうがかまわず『即席パーティ』を作って遊んでいる所謂ソロプレイヤー……いや臨時専門のエンジョイ勢であった。

 うちのギルドでは誰が最初に誘ったのかは覚えてはいないが、休日などで朝からログインしていた場合ソロだと行動範囲が狭まるのは明白だ。そんな折、信仰系魔法詠唱者の彼女は言っちゃ悪いけれど都合がいい存在であったようだ。

 

『いいよー、アンデッドでも回復させちゃるよ』

 

 レベルカンスト付近になって、自分も何度か狩りにお誘いしたこともあるのだが、彼女の支援は堅実で、任せられる人であり、多少不可思議なところがあったものの、こちらに合わせてくれるというか、安心して魔法をぶっ放していられる存在であった。

 他のギルド同様、自分達も何度もギルドに誘いはしたが、

 

『夜の仕事だからね、それにソロの方が気が楽だし勘弁ね』

 

 と断られたのだが、なかなかに彼女のファンは多いようであった。

 

 ナザリックが出来て『玉座の間』が完成した際に、お披露目としてやまいこさんの妹の明美さん。そして唯一人、外部から招待したのも彼女だった。

 

 どうやら自分の知らない所ではあったが、アウラやマーレの言葉から女性メンバーでの第六階層での茶会にも参加していたようでもある。

 

「先週も維持資金集めに協力していただいてな、どうやら彼女もこちらに来ているようだ」

 

 と守護者を前に先ほどの<伝言(メッセージ)>の件を説明したのだが、アウラやマーレ、それになぜかシャルティアにも、ものすごく喜ばれていた。他の守護者達も一応の容姿は覚えていたようで、ナザリックに貢献して頂いていたことを知り歓喜に震えていた。うん、お前ら重いからね。

 

「まさか『昼下がりの団地(・・)妻ー愛子』様がいらっしゃるなんて! 早く会いたいです!」

 

 どうしよう……プレイヤーネーム、アウラ覚えてるんだけど……

 彼女の胃の為にも『アイコさん』で統一しようと、彼女との合流の前に周知させていこうと決意するモモンガであった。

 

 




マインクラフトってゲームをやってて思いついた転移ネタ。 これなら同時転移もアリじゃないかな? ダメかなw



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2 天使で貴族でお嬢様

サブタイトルって考えるの難しいねw



 

 

 村の女たちにとって早朝の水汲みは大切な仕事だ。村娘エンリ・エモットも、日の出と共に起き上がり日課の水汲みへと家の程近くの共用井戸に向かう。家の水がめを満タンにするには三往復程。それでも一時間近くかかるのは、村に一つしかない井戸でもあり、釣瓶を落としてくみ上げるのにも時間がかかるからだ。

 

 そんないつもの井戸端会議場には先客がちらほらと見えたのだが、全員が手持ちの桶を落として呆けていた。いや、エンリも家を出た瞬間から「あれ?」っと思ってはいたのだが、近づくにつれてその異常事態に気づいていく。

 

 井戸がなくなっていた。いや、井戸が家になっていたのだ。

 

 丸太を組んで創り上げたであろう簡素な家は、自宅よりちょっと大きいかなと思えるほど。幸いなことに家の周囲を跨いで越えれる程のおざなりな柵で囲われた敷地の中には、上部の人型の彫像の足元より滾々と流れる水であふれた、丸い木枠の池のようなものが見える。

 

「とっ、とにかく水はあるわね……」

 

 そう言葉を漏らした村長の奥さんの言葉にエンリも我に返っていく。なにがなんだかわからないが、とにかく水はあるのだという安心感から一つ息を吐いた瞬間、扉がゆっくりと開かれていく。

 

 家屋から出ようとした絶世の金髪美少女と背中に見える大きくて真っ白な翼に驚いたものの、その翼が扉の枠に引っ掛かり、盛大に後ろにひっくり返って真っ白なパンツを晒す金髪少女に、何とも言えない気持ちになっていくエンリたちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『こういうのを幻肢痛って言うんですかね? 胃が無いのに痛いんですよ』

「なんかそっちの方が大変そうで安心したわ」

 

 とにかく知人がいたことに喜び合い、お互いに情報を交換していく。NPCが意志を持って動いている事。魔法が使えること。ナザリックの周辺状況とこちらの窓の外に広がる家々の事。

 二人して何時間も考察を議論しあうが、あまりに突拍子のない事で答えが出ることもない。

 

『合流したいのは山々ですが方法が無いんですよ。<物体発見(ロケート・オブジェクト)>も出来ないし、出来たとしてダンチ……アイコさんの攻勢防壁怖いし、だからと言って裸(装備や魔法的防御のない素の状態)になってて下さいとはその状況下では言えないですしね』

「私もナザリック相手に占術は使いたくないなぁ。モモンガちゃんはしばらくはナザリック内の事に気を使ってた方がいいよ。やること多くて大変そうだもん」

 

 正直こっちにかまけてモモンガちゃんになにかあったら居た堪れない。忠誠心はあるそうだが相手のレベルもわかっている目に見える脅威だ。あの広いナザリック内の現状把握に努めてほしい。

 そしてなにかあったら連絡すること。なにもなくても一日一度は連絡を取り合うことを約束しあう。

 

「外が白み始めてるってソーコが……少なくともコッチはヘルヘイムじゃないみたい」

『無茶はしないでくださいよ、不安だなあ……』

 

 悪の組織の魔王らしからぬ心配げな声に「大丈夫だから、私の<敵感知(センス・エネミー)>はパッシブだって言ったでしょ」と返事をして<伝言(センディング)>を切る。

 やっぱり可愛いな、モモンガちゃん。中の人が女の子だってバレバレだぞと思いながら、ソーコのもとへと歩き出す。

 とあるゴーレムクラフターの数ある冗談ネタの内、なぜかそれだけは信じてしまっていたアイコであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在天使とメイドは村長宅へと通されている。フル装備は失礼になるかもと胸当てとガントレットは外し、パールホワイトのオペラグローブ(二の腕まで覆われた手袋)を装備していた。勿論翼と天使の輪も消している。

 ソーコは家に残しておきたかったのだが、「わだじがっ! わだじが守りまずがらっ!!」とガン泣きする彼女に渋々折れた感じだ。

 

 そもそもあのファーストコンタクトにより村人たちの警戒心を解くことが出来たのは良かったのだが、ソーコに心配をかけすぎてしまった。

 「私が先に」と扉を開けようとしたソーコを制しておいてあのザマは無いだろう……恥ずかしすぎる……

 普段なら通れたはずなのに当たり判定もリアルになっていたのか、翼が絡まった時点で想定しておくべきだったかもしれない。

 

 とにかく言葉が通じたのは良かった。勿論不毛な考察などはしない。深夜に散々語り合って出た二人の結論というかスローガンは『わからないことを悩む暇があったらとりあえず受け入れよう』だったからだ。

 

「それで……家ごと転移してしまったということですか……」

「はい……多分……」

 

 空から落ちてきたとでも天使ジョークをかました方が良いのかとも思ったが、正直に答えることにする。初期段階での情報伝達の齟齬は拙い。転移と言う言葉から何かが分かるかもしれないのだ。

 現在この家には朴訥な村長と奥さん。それから私の家に一番近い家の者ということでエモットさんという髭のダンディな男性がいる。正直好みのタイプではあるが、あの場にいたエンリちゃんという娘のお父さんだそうだ。

 

「わかりました。というかわかってはいないのですが……とにかく水の事だけはお願いします。あなたのせいではないのはわかりましたが、こちらとしても水は生命線なのです。今後も継続的に利用させていただくということで」

「あぁ! それについては本当に申し訳ないことになってしまったと。いつでもいくらでも汲んでいってください」

 

 転移した場所が村唯一の井戸だったとは。他にも井戸があったのだが枯れてしまって、どうにかしなければならないとは考えていたらしいのだが、そこまでのお金が回らなかったのだそうだ。そこへ『あの家』である。

 正直、日の出と共にワラワラと自宅に集まってくる人間種に怖いものを感じていたのだが、理由を聞けば納得である。

 実際にはすでに不安になっていたのは男たちだけであり、逆に村の女性たちにとっては喜ぶべきサプライズであった。村長宅へ伺う前にこの件は集まった女性たちに伝えてあり、今頃はすでに水汲みを終えている頃だろう。直径5m程の噴水なら、待つこともなく、汲み上げることも容易いのだから。

 水にしても飲んでみたところ問題は無かった。というかリアルの水より美味しかった。村の女性たちにも飲ませたところ好評であり、そしてこの水が枯れることは無いとも思う。確か無限の水差しかなんかの強力版だったような、一定の水位を保つように出来ていたはずである。

 

「ふぅ……それは良かった。いろいろ考えることもあるだろうけど、村に徴税吏が来るまでは何か月かある。見た目的にもそれほど目立つ家でもないし、それまでに対策を取れれば問題ないでしょう」

「でも、あの、私……えっと、大丈夫ですか?」

 

 ちょっとおおらかすぎるのではと思われる村長の言葉に、思わず奥さんの方を見つめてしまう。

 

「なーに、あの翼のことかい? 確かに私たちとは違うんだろうけど、今はどっから見ても私たちとおんなじだしねぇ。それに、ぷっ……ひっくり返ったあんたと、必死になってたそちらのお嬢ちゃんを見せられた後じゃぁ、どうやっても悪い娘たちには見えないわよ」

「……」

 

 そう言って笑う村長の奥さんと、つられたようにして微笑む男性二人。顔を真っ赤にして俯く以外取れる行動が無かった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 エモットさんの案内で私とソーコは村の家々を回っていく。所謂『顔見せ』というやつである。いきなり村の一員となってしまったことに思うところが無いわけではないが、それは村人にとっても同じことだろう。村の中に住んでおいて『あっ、私は村人じゃないんで』というわけにもいかないわけだ。

 

 人口はおおよそ120人。25世帯ほどだと聞かされたこの村の名は『カルネ村』と言うらしい。リ・エスティーゼ王国の辺境の村。トブの大森林。近くにはエ・ランテルという城塞都市があるなどと聞かされては、もう腹をくくるしかない。完全に異世界転移だ。だってそんな名前ユグドラシルで聴いたことも無いもの。

 

 私への態度もそうなのだが、男性陣には特にソーコへの反応が良かった。胸か……あの胸がいいのかとも思ったが、ソーコの顔以外の体形は自分のリアルの物をトレースしている。まあ若かりし頃のだが……それで食ってきたのだと思えばやっかみもない。

 それに彼女はカルマ値+300ということと『温厚でほわっとした性格』と自身が設定したことも影響しているのか人当りも良い。あー私のカルマ値は……まあそんな事はいいか。

 

「ここが私の家ですね。そろそろ畑の方に出なくては妻にどやされてしまいます。娘たちを紹介しますので、また昼にお会いしましょう」

 

 あぁ、いいわあ……ってそうじゃない。リアルでは私の方が年上かもしれないが、今はあの家の前で待っているエンリちゃんと変わらないような見た目の年齢だ。いや、もう少し私の方が年上に見えるかもしれない。

 そういえばあの『永遠の17歳☆ミ』とか書いてしまったプロフも影響あるのだろうか……結構初心(うぶ)になっているような自覚はある。あの当時はホント不器用だったからなぁと思いを馳せるが、現実に目を向けよう。……なにが現実なんですかね。

 

「天使様、私がエンリ・エモットです。お水ありがとうございます」

「ネムです! お姉ちゃんたちが天使さまなの?」

 

 髭のダンディジェントルマンを見送って、二人の少女に向き合う。一応自身の種族は伝えてはいたのだが、村人には『天使』という概念が無いのかまったく伝わらず『あ、羽の生えた人って認識でいいです』とぶん投げた。 

 挨拶の代わりにと二対四枚の羽根をスポン! と生やそうとも思ったのだが、キラキラとした結晶が集まるように羽が再構成される。うん、なんかカッコいいね。

 それを見て瞳をキラキラとさせ「うわぁ! うわぁ!」と声を上げるネムちゃんの腰に手をまわし、抱え上げて数m程浮いてみせる。

 

「はじめまして、ネムちゃん、エンリちゃん。コンゴトモヨロシク」

 

 なぜかお約束のように最後は片言にしながら挨拶を告げる。

 そしてチラリと自身の翼を見ながら、別に翼をはためかせて飛ぶわけではないんだなあ、翼自体が<飛行(フライ)>の永続的な媒介になっているのかな、なんて考えも浮かぶが封殺する。

 

 『わからないことを悩む暇があったらとりあえず受け入れよう』

 

 あー良いスローガンだわ。こんなことがこれからしばらく続くんだから、もっと建設的なことを考えていこうと心に誓うアイコであった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「ソーコおねえちゃんスゴーイ! すごいおいしい!」

「んふふー。おかわりもありますからねぇ、たっぷり食べてくださいね」

 

 あれ? これ完全にソーコ勝ち組じゃないかと思いつつ、フォークで刺したハンバーグを口に入れ涙する。ユグドラシルで覚えているのはこれが筋力upの低級バフ料理であるということだけ。

 なんなんですか低級って……高級とかどうなっちゃうんですかとその料理の旨さに涙する。

 ええ、私手伝うことも出来ませんでしたとも。野菜すら切れないってなんなの? 野菜は最強の防具なのんと考えるが……受け入れる。今のところは『私は調理が出来ないらしい』ということで置いておこう。

 

「だっ、大丈夫ですか!? アイコさん!」

「私は大丈夫ですから、どうぞエンリちゃんも食事を堪能してください……」

 

「でも本当に美味しいわね! なんだか力が漲ってくるようで」

「うむ……不思議な料理ですな。いや、そんなこと関係なくものすごく美味しいですよソーコさん。ありがとうございます」

 

 昼時になって畑から戻ってきたエモット夫妻と、エンリちゃん、ネムちゃんを我が家に招待することにした。すごいですね腹筋割れてますね、なんて言葉が喉から出てきそうだったが、エモット夫人はエンリの姉かと思えるくらい若々しくて、美人であった。

 異世界NTR物語は出来なさそうである。いや、しないけどね!

 

「素敵なお家だけど、あまり生活感は感じられないというか……ごめんね、ちょっと不思議で」

「あー……何も無いですものね」

 

 シャンデリアを見上げながらそう言葉を漏らす奥さんになんと言ったらいいのかわからない。キッチン・テーブル・椅子 以上である。

 暖炉と揺り椅子もあるけど、トイレも寝室も無い。地下を見せるわけにもいかないのでこう答えるしかないわけで。

 

「うーんと、家と言うか別荘なんですよ。その別荘の……(はなれ)だけが転移しちゃったみたいで」

「うわー! やっぱり貴族の……あれ? 天使の貴族のお嬢様なんですね!」

 

 なんなの『天使貴族お嬢様』って……エンリちゃんちょっと……っていうかそこの家族四人! その期待を込めたキラキラした瞳で見つめてくるのはやめなさい!

 

「はい! アイコ様は天使で神聖高貴なお嬢様でございます!」

「うわー! アイコさんすごーい!!」

 

 思わぬ伏兵のダメ押しで確定しちゃったみたいなんだが……もう放っておこう。

 

  




多分やろうと思えば魔法なりニグレドなりで合流できるんだろうけど、そこはご都合主義でw
モモンガさんには原作通り介入してもらおうかと思ってます。


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3 いつもは抱き枕を使っています

そもそもNPCの声は『こんな声』とかって設定があったんだろうか。
そういうの考えすぎると何も書けなくなるよねw



 

 

 やってやる! やってやるぜ! と彼女の豊満な胸に再び手を伸ばす。

 

「あ、あん♪」

「……」

 

 なんなの、なんでそんなに嬉しそうなの……ってちがう。ソーコのアイテムボックスに手を入れられない。

 ゲーム時代はそこら中にアイテムをほっぽっておいても勝手に回収してくれて、手を伸ばせばコンソールに何を持っているか表示されたのに……コンソールが消えたからかな? まさか中身まで消えたとか?

 確かナザリックのNPCには出来ないよって聞いてたから、高額課金NPC専用機能なんだろうけど。

 

「ソーコ、あなたにアイテム結構預けてるよね?」

「はい! 何をお出ししましょうか?」

 

 あーあるのね。 頭に思いついた回復アイテムを言ってみれば、さっと手元に出してくれる。便利になったような逆に不便になったような……眼で見てソート出来ないのは困るよなぁとは思うがしかたがない。

 

「これは命令。あなたが持っている金貨やアイテムはあなたが必要だと思ったら、私の許可を得ずに使ってね。さっきみたいに『ダグザの大釜』を使うたびに許可を求めなくていいから。これはあなたや他の誰かが傷ついたら躊躇せずにアイテムを使いなさいって事も含まれているからね? お願いよ」

「はっ、はい! ありがとうございます!」

 

 そう言って嬉しそうに頬を染め、にこっと微笑む。よし、可愛い可愛い。なんか忠誠心が高すぎて心配だったけど大丈夫そうかな?

 モモンガちゃんに聞いてはいたけど、フレンドリーファイアが有効になってる上に、多分この家の中も安地ではなくなっている可能性がある。私がいない間にソーコに何かあったら怖いもの。なるべく自由にしていてほしいんだけど、戦闘職じゃないから不安だなぁ。

 なんてことを考えながら暖炉の前の揺り椅子に座り、昼間の出来事を思い返す。ソーコは夕飯の後片付けだ。

 昼食にエモット一家を招いた際、見せてはいないが結局地下があって眠るところもありますからと教えることになった。

 

『私はネムと一緒に寝ますから、この毛布使ってください』

 

 なんというかお隣さんの善意が痛かったのだ。家族総出で使ってない日用品なども持ってきてくれて、本当に居た堪れなかったのだ。なんか自分が恥ずかしくなってしまって泣いてしまったし……今度はお風呂も使ってもらおうと決意する。

 午後は私たちも畑のお手伝いをさせてもらおうと思ったのだけど、ドレス姿とメイド姿の私たちを見て遠慮されてしまった。

 ユグドラシルなら誰もなんとも思わない装備だけど……そりゃぁそうだよね。リアルでこんなの着てる娘を肉体労働に呼べないって。

 その後モモンガちゃんに無事を知らせたあと、貨幣の事や魔法の事を聴いておいてほしいと頼まれ、村長宅へお話を伺いに。やたらと食事や生活に対して心配されてしまい、本当にやるせない気持ちになって村長夫妻を夕食に招待したのだが、その際にも『無茶をしちゃだめよ』と心配されてしまう。そうだよね、食料のストックが無限にあるなんてわからないもんね。

 

 ゲームじゃないリアルなんだと分かってはいても、ゲームの延長線上に物事を考えてしまう。今はまだ仕方がないことかもしれないけど、考え方を変えていかなければならないなぁと思考しながら、モモンガに連絡を取るアイコであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんかですね、どこへ行くたびにも儀仗兵って言うんですか? あーゆうのが付いてきてですね、何とか今自室の部屋のお風呂で一人になれました』

「もう自分の心配事が吹き飛ぶぐらい大変そうでワロタ」

 

 そして今日あった出来事をお互いに話し合っていく。昨日の長電話よろしく長<伝言(メッセージ)>の続きだ。

 はっきり言って私とモモンガちゃんはそれほど仲が良いわけではない。別に仲違いしているというわけではなく、お互いにゲーム内の知り合いのうちの一人という認識だった。確かに先週ペア狩りに出かけたけど、その前は何カ月前だったか。

 プレイスタイルの違いはあるけど、なんか彼女楽しくなさそうだなーってモンハウにぶん投げたっけ。『なにするんですか!?』って怒ってはいたけど、そこからは楽しそうにやってくれていたのを覚えている。確か最終日に資金集めに出れないからその分を今回多めに稼いでおこうって考えてたことを説明され、『そんなことはいいからモモンガちゃん前衛よろ』と無茶ぶりをしたんだった。あれ? そういえば、

 

「もしかしてユグドラシル終了してる?」

『今更そこですか!?』

 

 転移した日付の確認をしたところやはり同日最終日。終了せずに異世界へ、といった流れだったようだ。

 

「じゃぁ、最終日の最後までログアウトせず残ってた人は全員こっちに来ているってことかな?」

『可能性は高いですよね。確実にヘルヘイムだけでも数百人以上はいたはずですし……ここへきてPKKギルドの弊害が……』

「もう、何年前の話してるのよ。そんなの最近話題にもなってなかったよ」

 

 それはそれで複雑ですねなどと言ってはいたが、合流というか情報交換ぐらいはしておきたい。私たちみたいに拠点ごと飛ばされたなんてのは稀じゃないだろうか。逆に拠点の中にいた人だけが拠点ごと飛ばされたなんて仮説も思い浮かぶけど。

 

「あーやめやめ! 昨日の二の舞になるよ!」

『ですね。 そういえば現地民はどれくらいのレベルだとかわかりましたか?』

「レベルで言えば一桁じゃないかなぁ? 多分ものすごく弱いと思う。レベルで言わないならリアルの私たちよりかは逞しそうだったよ」

『なるほど……私もゲームの延長線として考えちゃってたみたいです……そうですよねリアルの私たち身体ボロボロでしょうからね』

 

 そうだ『弱すぎる』などと思ってしまったが、そういう見方も出来るよなと、モモンガも考えを改めていく。

 

『でも今のところアイコさんに現地勢の脅威が無いのは安心できますよ』

「わかんないぞー。もしかしてどっかの集団がおそってきたりするかもよ」

 

 まさか、そんな田舎の村になんてと軽口を言って笑い合ってはいたが、三日ほど先にそんな状況に陥るとは、この時の二人は露ほども思っていないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガとの通話を終えて一息ついていると、ソーコが飲み物を持ってきてくれる。

 

「ありがとう。ソーコも一緒に飲みましょう、私もテーブルに行くよ」

 

 真っ白だ……なんだろう? 牛乳ってやつかな? カップから湯気を上げる飲み物を見つめながら、そういえばと一日中付けていた手袋を外す。

 両の手の指に色とりどりの10個の指輪。咄嗟の判断だったけどいい選択だったと思う。はっきりいって成金が過ぎる。いやもう手遅れか? 『天使貴族』とかいう痛い二つ名は嫌だなーと思いつつ、カップに口を付ける。

 

「美味しい! ホットミルクっていうので良いのよね? 甘くてあったかくて、なんだか落ち着くよ」

「ありがとうございます! ええ、ホットミルクとこちらはお茶請けのクッキーです」

 

 そう言って又山盛りの色とりどりのクッキーが差し出される。うん、相変わらず多いからね。まあ一瞬で彼女の胃の中に消えるのだから大丈夫か。

 さて、クッキーを頂きながら思考に集中しよう。ん、おいしい。

 

 まず指輪を外すかどうか。これは否だ。不安材料が多すぎる。かといってこの見た目のままでは問題がありすぎるのも難点だ。リアルにいたとしたら富裕層のパーティ……いや結婚式の主役より目立つんじゃないだろうか。

 

「ソーコ、初心者(ノービス)装備って持ってたりする?」

「私は持ってはおりませんが、アイコ様が地下三階倉庫に仕舞われたかと」

 

 あーそうか、ここにいる間中はソーコがいつも付き従ってたもんね。全部覚えているのか。とにかくそれなら話が早い。革靴・革のズボンに・長袖のシャツだっけか? 早着替えのアイテムを装備するなら指輪も外して大丈夫か……いや『課金復活指輪』だけは常備だな。

 

「良かった……これからは私はその服で生活するから用意しておいてくれるかな。それとソーコも外に出る場合は鍛冶用の装備に変更しましょう」

 

 最近は使ってなかったけど、鍛冶・錬金用の装備はそんな目立たない物だったはず。 確かジーンズっぽい繋ぎだったよね。

 

「アイコ様の素敵なお姿を拝見できないのは残念ですが、了解いたしました。ご用意しておきます。私の装備は……こんな感じでよろしいですか?」

 

 くるっと一回転すると装備が変わる。あーそうか、アイテムボックスからか。首元のリボン帯が早着替えアイテムなんだった。そんなことを思い出すが、その姿にいらぬ考えが吹き飛ぶ。

 

「うーん……裸にオーバーオールか……ゲームじゃ見えないところまで見えちゃって……ダメだこれ」

 

 完全に痴女だった。横からおっぱい丸見えだった。

 

 二人して地下に移動して着れそうなものを探していく。くそー、確かナザリックにブティックあったよなー。合流出来たら無難な服を買わせてもらおう。

 そんなことを考えながら出てきたのは、なんで捨てていないのかビキニアーマー。そうだよなー、ジャージとかトレーナーでいいんだけど、無いよね……クラフト系統のクラスがあれば……って服はどうだろう、作れるかな? と思い付き加工しやすいアダマンタイト繊維の布を取り出す。テーブルクロスにも使っていたものだ。

 

「ソーコ、ハサミある? あと針とか作れるかな?」

「おまかせください!」

 

 そう言って彼女は鍛冶工房まで移動して、針と糸、そしてハサミを持ってくる。

 

「鍛冶でも使用するものです。それでいったい何をするのですか?」

 

 マジで? 鍛冶キットだか鍛冶セットだかのアイテムの中にあるのかな? とも思ったがあるなら話は早い。さっとハサミを入れてみるが切れないこともなく、糸も通せる。料理は出来なかったけど裁縫は出来そうだぞと頬が緩む。私にもできそうなことがあるみたいだ。

 

「んふふ~、今夜中にソーコの服を……っていっても簡単なシャツだけど、作っちゃおうかなって。サイズは……あはは、大丈夫覚えてる覚えてる」

 

 そこまで難しいものは作れないけれど、ワンピースぐらいまでなら作ったことがある。編み物も一回やったことがあるけどあれはダメだ。まあやればわかる、性格が向いていないんだろう。

 

「アイゴ、ざまっ……わだじのだめ、にっ……ううっ……ありがと、ござまず……」

 

 どうしようこの娘……嬉しいけど若干面倒くさいぞ、と思いながら体形の確認のためにもと、涙と鼻水で顔がぐちょぐちょのソーコを引っ張ってお風呂に連れていくのだった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「毛が生えてないのはわかるんだけど、いろいろと納得がいかないな」

 

 鏡の前ですっぱだかで仁王立ちする。慣れないモデリング作業で四苦八苦して創った身体だ、なかなかのプロポーションだと自画自賛したくなる。だけど乳首を造った記憶も、アソコを造った記憶もない。なんであるんだ? ソーコはどうだろうと鏡越しに伺うが、やはりある。ソーコの原画はホワイト・ブリムさんに描いてもらったけど、他はすべて私がツールと格闘しながら一年がかりで創ったのだ。

 ニコッと笑顔を作ってみる。今更だけど歯なんて見えない部分造った覚えもないよ……

 だめだだめだ、これ本当に考え出したらキリがない。 よし受け入れよう。

 

 二人でキャッキャワシャワシャと洗いっこをしてから湯船に浸かる。

 

「ふぁ~、昇天しそうね。天使なだけに」

「気持ちいいです~。初めて入りましたけど広いですねぇ」

 

 うん、広すぎる。あと10人くらい入れそうね。大きなお風呂に入ってみたかったからって理由で作ったんだけど、現実になるともうね……やりすぎたかもしれないね。

 そんなことを考えながら浴槽内で身体をまさぐっていく。いろいろとアレだ。確認だ。

 

 さて、これからどうしよう。モモンガちゃんにも伝えたがこの世界には魔法もありモンスターもいるのだそうだ。村にも野良のゴブリンが現れたこともあり、エモット夫人がフライパンで撃退したと話していた。どんだけだよあの奥さん。

 ぶっちゃけ私はゲームは好きだが、リアルの戦闘なんて興味もない。だけども自分の力の把握はしておかないと拙いのもわかる。

 明日はそっち方面の確認をと考えるのだが、今まさにちょっと拙いことになっている。ものすごく眠いのだ。考えてみれば天使は異形種だけど睡眠、飲食不要じゃないんだった。指輪の効果で貫徹してたってことか。

 

「ソーコ……ごめん服は明日造るよ。お風呂あがったら今日はもう寝ましょう……って、あ!?」

 

 うつらうつらと、湯船に沈みそうなソーコを見て申し訳ない気持ちになる。転移から20時間近くたっているのだ。アイテムボックスから『リング・オブ・サステナンス』を取り出し、ソーコの指にはめる。だめか……指輪をなじませるのに確か時間がかかるんだっけ。

 

「よいしょっと、<転移門(ゲート)>」

 

 ソーコを抱え上げて寝室に転移。ほんとうにゴメンね。だってゲームの時はあなた寝ていなかったよね? もしかしたら私がログインしていないときは睡眠状態だったのかなぁと考えながら、この時間までのソーコの献身に感謝しつつ、彼女と自身の身体を拭いてから一緒に眠りにつくアイコであった。

 

 




戦闘とか書きたくないんだけど、この先出てきちゃうね。 どうしよw



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4 この世界で出来ること

今更ながら書籍に書いてないようなことは全部オリジナル設定です。
ギリギリあってもおかしくないかなーと妄想しておりますw



 

 

 ソーコに淹れてもらった紅茶を飲みながら、窓の外へ目線を向ける。うん、そうね、『井戸端会議』って言葉があるくらいだもんね。水を汲むのが便利になったとはいえ、おしゃべりは女の(さが)なのだろう。気を使っているのか敷地外ではあるが、水桶を足元に置きながら5人ほどの女性が輪になって語り合っているのが伺えた。

 

「水・・・女神・・・ことで・・・」

「なるほど・・・なのね」

 

 壁が薄い……ってわけではないが防音対策はとってないんだよね。立ち聞きしてるみたいで悪いなーとチラリとソーコに視線を戻すのだが……その恋する乙女のような潤んだ瞳はなんなんですかね。そうですよね、一緒のベッドで裸で抱き合って寝てましたものね。

 抱き枕的な気持ちだったと思うのよ。そっちの気は無いんだけど、嫌われるよりはいいかなあと問題を据え置きすることにする。

 

 『衣食住』なんて言葉があるが、まさか異世界転移して足りないものが着る物になるとは。ゲーム時代下着というのはあったし着ていることにはなっていたんだろう。つまり1セットしか無いわけだ。

 それに必要であるかどうかは微妙だが、鏡台はあっても引き出しに櫛もメイクセットも入ってない。歯ブラシも無ければ、生理用品も……どうなんだ? 天使って月の物は来るのか?

 

 とにかく……とにかくだ。言葉が通じて気さくな隣人たちがいるし、頼れる同郷の魔王もいるのだ。ソーコの服の型紙だけ作ってから、まずはお隣さんとこにでも相談に行くかな。そんな事を考えながらリアルでは考えられない豪華な朝食に舌鼓を打つのだった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 そういうことなら村長の奥さんを尋ねた方が良いと、すごい匂いがするエンリちゃんに言われ、現在私は村長宅に訪れている。すごい匂いは薬草をすりつぶしているのだとか。村の貴重な収入源なのだそうだが、あの匂いはきついなあ。

 ソーコはお留守番で服探しを継続してもらっている。私の家は地下に行くほど広くなっていて、倉庫はかなり広いのだ。付き従えない事に若干渋ってはいたが……大丈夫よね。

 

「なるほど着る物ねぇ。私が子供のころに着ていたものが残っていると良いんだけど、ちょっと探してくるわね」

「ありがとうございます!」

 

 願ったりかなったりの展開だが、やはり対価を払うべきだろう。このまま村人たちの善意で生活させてもらうわけにはいかないとも思う。

 だがそんな考えを言葉に出す前に、村長さんが口にしたのはどうしようもない程お人好しな発言だった。

 

「……昨日話した貨幣についての事なんだがね、村ではそんなものは流通していないんだ。まあわかるとも思うが物々交換が主流だね。年に一度来る徴税吏に払う人頭税は、一人金貨一枚と少しほど。開拓村だからと言うのもあるが、都市部だとこの倍は取られるそうだ」

 

 私が昨日見せたユグドラシル金貨が、この国の金貨二枚分と言ってたから、あれで私とソーコの税金が賄えるのか。まあ一食金貨数十枚ほど使って食材出しているんで安すぎるとも言えるのだが、それだけじゃこの国の貨幣価値がわからない。

 

「都市部では金貨十枚あれば三人で一年暮らせるそうだがここでは違う」

「ぶふぅっ!?」

「だっ、大丈夫かね!?」

「いえ、ちょっと白湯が気管に入っただけですから……大丈夫ですごめんなさい、続けてください」

 

 なんですかそれ……手持ちに50M(5000万枚)ほどあるんですが……ユグドラシルなら私貧乏な方なんだけど、ソーコの手持ちと地下倉庫の金貨を合わせれば500M(5億枚)くらいはあるぞ。

 

「そっ、そうかね? じゃぁ難しい話はよそう。私は村の長として村の生産物を都市部で売った金銭、時には現物のままでなどと交渉して、代表して税を支払っているわけだが、君たち二人はそれは気にしなくていいよ」

「ええ!? なっ、なに言ってるんですか!」

「実際問題君たちは水源の管理をしてくれていると言っても過言でもないだろう? まだ二日足らずだが村の女性たちの労力を減らしてくれている」

 

 いやいや、私たちなんにもしてないですって。むしろその金貨を出してくれって言われる方が……あーそうか、知らないんだよね。いや教えてないですものね。

 村長の認識としては、天使で貴族のような見た目な割に、村の家々と変わらないような家屋に住み、家の中はすっからかん。今日は服がどうにかならないかと押し掛ける始末……

 金貨についてはどうだろう。多分ポケットにでも偶然一枚だけ入ってたって認識なんだろうか、結構大きいものねアレ。

 どう見ても世間知らずなお嬢様にしか見えず、キッチンにあとどれくらい残されているかわからない食材を大盤振る舞いする困った娘。あ~これ私が村長なら胃が痛いわ。

 

「誰か良い男でも村にいればいいんだが、戦争でみんな取られてしまったしなあ……器量が良すぎてどこかの貴族の……いや忘れてくれ」

 

 あ、エモットさんでお願いします! って違う。どんどん変な方向へ話が向かって行く。かといってこの世界でユグドラシル金貨を流通させちゃっていいものなのか? そもそも元の世界に帰れない前提で……うーん……帰りたい理由が『あのマンガの続きが読みたい』ってぐらいしかないな。ってもう!

 

「とっ、とにかくお金は払います! 働きますので! 畑仕事とかも手伝いますから!」

 

 頭の中がぐっちゃぐちゃだ。でもさすがに甘えっぱなしは嫌なのだ。

 

「うん、あはは、ちょっと話がずれてしまったね。それで先ほどの話に戻るのだけど、例えば畑を手伝ってもらっても収穫量は変わらないんだ。まぁその分余暇が増えるかもしれないけど、微々たるものだろう」

「うっ!?」

 

 村長は私の細い腕を見つめているが、私は昨日の『料理が出来なかった』ことを思い出していた。手伝う以前に出来ない(・・・・)かもしれないと。それ以前にそうか、作地面積を広げるとかでもしない限り村の収入は増えないんだ。

 

「もうひとつ森で取れる薬草を街で売ることもしているんだが、これも難しいんだ」

 

 『森の拳王』とか言うなんか世紀末覇者っぽいのがトブの森の南一帯を縄張りにしているらしいのだが、村近くからは森に入らず、遠回りして縄張りに触れないように採集をおこなうのだそうで、危険な仕事なのだそうだ。その縄張りのおかげでカルネ村が守られているとも。

 

「まあ、回りくどく話してしまったが、この村で君たちに出来ることは無いとは言いたくなくてね。水の管理を仕事としてお願いできないかなってことなんだがどうだろう」

 

 この世界善人しかいないの? どこまでいい人なんだろう……これ多分村の女性たちも同意してるんじゃないだろうか。 朝方聴いた井戸端会議の『水の女神』とかってこの事なんじゃないかと。多分『水の恵み(・・・・)を与えてくれる』とかなんとかと聞き間違えたんじゃないんだろうか。

 申し訳なくて居た堪れなくて、涙がぽろぽろとこぼれてくる。

 

『アイコさんちょっといいですか? 復活魔法とかってどうなるんだろうって気になっちゃいまして』

「あっ……ぐすっ……わだじ、まほーつかえるんだっだ……」

 

 唐突にモモンガから届いた<伝言(メッセージ)>に、俯いた顔を上げて村長を見つめる。涙と鼻水をたらたら流しながら、恐る恐る問いかけてみる。

 

「がいふぐまほーとか……使えるんですが、それじゃ仕事にならないでじょうが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『病院……いや教会かな? それにしても驚きましたよ。ぼろ泣きしてる声だったからどうしたのかと不安になりましたもん』

「ホントごめんなさい。いやぁでもナイスタイミングというか助かりましたよ」

 

 村長宅をお暇して家にたどり着き、真っ先にモモンガに連絡を取っている。なんで魔法のことに思い至れなかったのかはあれだが、魔法がある世界だと認識して使ってもいたのに、現実を叩きつけられてリアル世界と混同してしまっていたのだろう。だってここもリアルなんだもの。

 

 手持ちの金貨に<光源(ライト)>の魔法をかけ、持続時間10分ほどの光源になりますと説明し、魔法が使えることを証明してからは早かった。

 神官は立派な職業だし、怪我を治せるならどれだけ村の役に立てるか計り知れないと。村に教会の分所があるわけでもなく、今までは売り物の薬草を使って治療する以外方法が無かったわけで、本当にできるのなら村の経済的負担を軽く賄えると。

 

「そんなわけで、自分の力の確認が終わったら教会をやってみようと思います」

『いやぁ、それにしても良い人たちですねえ。私も会ってみたいですけどアンデッドはリアル基準で行くと怖がられますかね』

「う、うーん……そこまでは聞いてなかったなぁ、明日にでも聞いておきますよ。でも本当に良い人たちでよかったぁ……これであとは筋肉質なジェントルマンがいればこの村に永住するのに」

『あはは、前に言ってた映画の……ガンダルフでしたっけ?』

「アラゴルンです! そこまでジジ専じゃないよ!」

 

 楽しい会話は止まらない。時折強制的に<鎮静化>されることにムッとしてしまうが、そういえばアイコさんは感情抑制されてないみたいだなぁと不思議に思う。天使で神官系統のクラスだろうけどアンデッドを回復できるのも謎だったりする。聴いては見たいが今は水を差すこともないかと考えながら、『男臭いエロス』の話を聞かされ続けるモモンガであった。

 ただ何故か好きな男性はと聞かれて『やっぱたっちさんですかね』とか言っちゃったのは拙かったかなぁと……

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「モモンガちゃんはたっち・みー君かぁ……確か結婚してたよねぇ」

 

 モモンガちゃんも辛い恋を、とか呟きながらソーコに向き合う。村長婦人に頂いたワンピースを早く着てみたいが、ソーコを待たせすぎてしまった。家の扉を開けた瞬間地下からトットットッとすごい早さで登ってきてくれたのだが、モモンガと会話を始めてしまったので昼食の支度をしていてもらったのだ。

 全ての用意を終えてテーブルの横に綺麗な姿勢で立っているソーコを見て、メイドだし仕方ないのかもしれないがもう少し楽にしていてくれてもいいのになぁと考える。

 

「座ってくれてて良かったのに、ここは私とあなたの家なんだからね。でもこの部屋は私とソーコの作業場になるかもしれないからパーテーションで区切った方がいいかな……」

 

 何故か最初は頬を染めていたが、ソーコは何気に頭も良いのだろう。村長の話、税金の話、そしてモモンガが提案してくれた『そういえばソーコさんでしたっけ? 鍛冶が出来るならそれも活かせるんじゃないですか』って話を聴かされて、ちゃんと理解してくれたようで良かった。

 二人して席に着き、昼食を食べながら話を続ける。ん~おいし。

 

「修理専門でしたが、簡単な武器なら作れますし……研ぎなどはどうでしょうかね?」

 

 ユグドラシルには『武装破壊』という武器や防具にかかるバッドステータスがあったのだが、これをソーコに直してもらうために鍛冶師の職業(クラス)を取らせていたのだ。修復材は、消費アイテムか……少なからずあることはあるけど補充が利かないので却下かな。

 

「修理はやめて、研ぎ専門かな。消耗品を使用せずに出来る修理なら受けてみてね。それと武器より農具かなぁ……出来そう?」

「農具と言うのを見たことが無いもので……申し訳ございません」

「全然申し訳なくないって。私ソーコがいてくれなかったら詰んでるもの。あ~生産職転移物が多いわけだよなぁ」

 

 ソーコがいてくれて本当に良かったと呟きながら食事を続けていくアイコと、頬を真っ赤に染めながらも手と口の動きはまったく止まらないソーコ。

 なにやらいろんなところで勘違いが加速してそうだが、そうして一日の半分が過ぎていく。

 

 午後は夜までかかってしまったが、なんとかブラウスというかワイシャツを一枚作ることが出来た。ステータスの恩恵だろうか器用さが上がっているような気もしたのは、ミシンも無いのにここまで綺麗にできるとは思っていなかったからだ。

 さっそくソーコに渡してオーバーオールの下に着てもらう。うんうん可愛い可愛い。おっぱいも見えなくて安心だ。これは作業着にしてもらって、ワンピース……いやスカートを作って外出用にしようと考える。

 カーテンやなにやらで使わなかった布素材が結構あったのは良かった。ソーコが見つけてきてくれたのはノービス装備と多少の防具とイベント装備。そのほかに探し出してきてくれたのがこの布素材なのだ。

 

「ソーコもご苦労様、今日はもうお風呂入って……あー食べなきゃだめよね」

 

 ソーコには上階のリビングをカーテンで半分に区切る作業をしてもらっていた。入り口側の揺り椅子や暖炉ぐらいしか無かった空間と、後ろ側のキッチンとテーブル、地下階段が隠れた床に分かれた感じだ。

 

 忘れがちなソーコのペナルティは、考えてみれば怖い。もし自分が食事をしてなくてもあなたは絶対に食事をするようにと命令しつつ、「これは太るかなぁ……でも体形って変わるのかなぁ」などと悩みつつ、二日目の夜が過ぎていくのであった。

 

 




ユグドラシルの貨幣価値がまったくわからないので昔やってたMMOの貨幣価値を数十倍くらいした感覚で書いてます。 シャルティア蘇生費用500Mを簡単に出せる感覚くらいしか情報が無いものねw



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5 カルネ村パンチラ祭り

やっぱり短編より連載の方が感想が多く貰えて嬉しいですねw



 

 

 うーん、すっぱだかで抱き合って寝てたのは拙かったけど、裸ワイシャツとワンピースで抱き合って寝てたのは許されるのかな……

 

 明けて三日目、今日も良い天気だ。昨日村長婦人に頂いたワンピースは、多少汚れがあったり日に焼けたのか黄ばんでいたりしたのだが、浴室の更衣室の隅に置いてあった洗濯機に入れたところ、瞬く間に綺麗になった。

 使えたんだこれ……何故か金貨一枚入れないと動かない仕様だったが、るし★ふぁー君さまさまである。

 ちょっと胸がきつく、丈が短かったりしたが、その真っ白なワンピースを着てクルクルまわったりとはしゃぎすぎてしまった。多分内面も若くなっちゃってるんだろう……だよね?

 

 現在私はネムちゃんと一緒に森の入り口付近まで来ている。例のごとくソーコはお留守番だが、鍛冶というか研ぎの作業は噴水近くにした方がいいんじゃないかってことになって、その設営作業を頑張っている。

 

 私は遅すぎると思われる自身の力の把握の為にと、お隣さんにどこか目立たない広場みたいな場所がないかと聞きに来たのだが、エモット夫妻とエンリちゃんは畑に出ていったらしく、ネムちゃんはこれから薪拾いに行くと言うので一緒についてきたのだ。

 10歳の子に、これは危険な作業なんじゃないかと思われたが、村から1km程の森手前の雑木林にモンスターなどは現れたことは無いらしく、逆に街道方面の森の拳王のテリトリーを大きく外れている方が危ないのだそうだ。

 これは来る途中、村長さんの家に服を見せに行ったときに教えてもらったのだが、「ネムよりあなたの方が危険ねぇ……変な貴族かなんかに捕まらなきゃいいけど」と漏れた言葉に、あーそういえば私美少女だったな、なんて思いだしたりもしていた。

 ソーコもそうだが、エモット家他若い女性たちは顔立ちの整った美人が多くて、自分がどう思われてるのかなんてあまり考えもしていなかったからだ。まあ、うん、大丈夫でしょう。

 

「アイコおねーちゃん、これからなにするの?」

「そうねー、魔法よりまずは筋力とか防御力よね」

 

 近場にある両手を回せるくらいの太さの古ぼけた枯れ木の前に立って、ネムちゃんに倒していいか聞いてみるとOKとのこと。では。

 

「ぱんち!」

 

 予想では倒れると思ったが「ドゴォォオン!」という音とともに、枯れ木に穴が開いただけだった。うん、別に手も痛くないね。では続きまして。

 

「きっく!」

 

 横なぎに蹴りつけてみると、スパンと断ち切れ、枯れ木が倒れてくる。危ない危ないと両手で押さえてみたが、特に重いと言うほどでもなかった。ゴロンと枯れ木を倒して考える。

 まぁこんなもんかな? ヘルヘイムの木は抵抗があったと言うか固くて、鈍器で何度もたたかないとダメだったけど、これは枯れ木だしこんなもんなのかな。

 

「ネムちゃんこれ薪になるかなあ?」

 

 振り向いて離れてもらっていたネムちゃんの方を向くと、こちらにものすごい勢いで走ってくる。スゴイスゴイ!とはしゃぐネムちゃんを落ち着けてから再度聞いてみると、枯れてるから大丈夫だと思うとのこと。

 再度枯れ木を抱え上げ地面に突き刺し、羽を出して飛び回りながら枝を叩き落としていく。ネムちゃんは下にいると危ないので、片腕で抱えることにした。

 

「というわけで大収穫でした~」

「わーい! やったー!」

 

 両腕をブンブン上げながら喜ぶネムちゃんを見ながら、さて次はこの杖かと懐から実験用に用意してきた杖を取り出す。神器級アーティファクトが先端についているのだが神器級武器ではない。作っている途中でお金が足りなくなって高額クリスタルなどは突っ込んでいないのだ。

 

「神器級とか世界級とか……トップ層は恐ろしいねぇ」

 

 なんて呟きながら杖を構える。先端の宝石は『月の宝玉』と呼ばれているもので、モモンガが持つギルド武器についている宝玉の一つと同じだ。単純にダブりが出たのを安く買わせてもらったのだが、それでもものすごく高額だったのは覚えている。自身で召喚魔法も出来るけどMP節約は大事よね。

 

「<月光の狼の召喚(サモン・ムーン・ウルフ)>」

 

 中空から飛び出るように二体のオオカミが現れ、アイコたちの前にひれ伏した。

 

「うわぁ!? アイコおねぇちゃぁん!」

「あぁゴメンね、大丈夫だからねぇネムちゃん。うん、なんだろ、頭の中で繋がってるような感覚がわかるわね。よしワンコたち、周りに散らばってる薪を集めるのを手伝ってね。このネムちゃんはお友達なの、彼女の言うことも聞くのよ」

 

 そう告げると、了承したとばかりに一声鳴き、ものすごい早さで薪を集め咥えて戻ってくる。薪を私たちの前で落とすと、褒めてほしそうに身体をこすりつけてきた。

 

「おー! えらいえらい!」

 

 頭をなでてやるとなんとなく嬉しそうにしているのがわかる。もう一頭はネムちゃんの身体に頭をこすりつけているようだ。

 

「うはぁ! すごーい! えらいえらーい! うふっ、くすぐったいよぅ」

 

 ネムちゃんにもって考えが伝わったのかな? なかなかに目つきが鋭くてでっかいけれど、可愛らしいじゃない。

 ネムちゃんも結構物怖じしない子よね。リアルで壁をパンチでぶち破る人がいたり、自分よりデカイ犬が目の前にいたら、私逃げるけどね。

 さて支援魔法はいいとして、攻撃魔法は……あんまり取ってないし、一番弱いのでも火事になったら困るしなぁ……

 回復魔法はうーん……かすり傷一つ出来ないとは思わなかったからなぁ、そうだ。

 

「ワンコ、ちょっと腕噛んでみて」

「えぇえ!?」

「ワフゥン!?」

 

 確かムーン・ウルフのレベルは20台だったはず。こんなんにでも噛まれれば1ポイントくらい減るんじゃないだろうか。召喚されたウルフは逆らえないのかと思ったが、やたらと渋りながら私の顔と腕を交互に見つめ、諦めたように甘噛みする。

 

「ん? 噛んでる? もうちょい力入れてみて? そう……あ、ちょっとむずっときた」

 

 これはちょっと歯が食い込んだんじゃないかと思った矢先、身体がふわっと光る。

 

「あ! <自動生命力持続回復(オート・リジェネート)>か……パッシブスキルってどうやって切るんだろ?」

 

 あれ、これなんか主様全然大丈夫そうだぞ、とでも思ったのか、二頭が馬乗りになりモグモグしてくる。傍から見れば猟奇事件というか大変な状況にも見えるのだが、両腕は傷一つつかない。

 

「べっちょべちょなんだけど……よし、実験失敗! これより帰還してお風呂に入ろう。ネムちゃんも一緒にね」

「わーい! おふろー! おふろ?」

 

 取り出したロープで薪をまとめ上げ、二束ほど残して残りはアイテムボックスに放り込む。いつもなら一束も集められないとのことなので、この二束をネムちゃん用にして残りはお願いして頂くことにしたのだ。

 家にある暖炉の煙突は閉じてあるのだが、ツベークもいないし使ってみるのも面白そうだし、村長さんとこのお土産にもなるしね。

 

 ネムちゃんを抱え上げてムーン・ウルフに乗せる、私はパンツ見えちゃうからいいやと思ったのだが、なぜか切なそうに「クゥーン、クゥーン……」と鳴くもう一体のウルフに根負けして乗せてもらうことに。

 

「ゆっくりよ! パンツが! もうちょい、ユックリで、いいから!」

「あはははは、スゴーイ! はやぁーい!」

 

 ネムちゃんあなたもパンチラ祭りになってるからね、などと思いつつ、村の前でウルフを消せばいいやとも思っていたのだが、パンツに気を取られていたせいで近くにいた一人の村人の存在に気付くのが遅れてしまった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「まったくー、本当に驚いたぞ……まあ色々と目の保養もさせてもらったが」

「うっ!? ごめんなさいラッチモンさん」

 

 村の狩人ラッチモンさんは、狩りの傍ら子供たちが行う薪集めの様子などを見守っていたのだが、さすがに自分では仕留められない程の力を感じる強大な魔獣に驚くも、その上にいる大笑いしているネムと、現在村の話題の人となっている美少女に気づき、何とか弓を下ろしたのだが……

 

「まあ事情はわかったが待ってろ。ワシが先に戻って説明してくるから」

「よろしくお願いします」

「おねがいします!」

 

 召喚で呼び出した魔獣であって危害もない事も理解してくれたのだが、今後も村の中で呼び出すことが無いとも言えず、「驚かせた罰だ」とウルフに乗ったまま凱旋(?)することになったのだ。

 あるかどうかは分からないが、村に危険なことがあった時にその戦力が使えるなら、他の村人に魔獣を見せておいた方が良いとも。ネムや私が乗ってるなら安心もするだろうと言われては断ることも出来なかった。

 

 数十分後、銀色の毛並みの四足獣に驚く村人たちであったが、パンツが見えないようにと必死になって裾を抑えながら真っ赤になっているアイコと、楽しそうに笑うネムを見て、何故かほっこりと笑いが漏れ出し、多少の恐れはあるものの安心した表情になっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『私もやっとですが外に出てみましたよ。星空がキラキラ光ってまるで宝石箱みたいでした』

「んふふ。モモンガちゃんらしいね」

 

 モモンガの言葉に乙女チックだなぁと思いながら、お互いに今日の報告を済ませていく。

 すでに時刻は夜半過ぎ。『ネムちゃんお風呂ではしゃぎすぎて倒れる』イベントなどもあったが、おおむね平和な一日であった。

 

 モモンガは自身も武器を振るってみたがクラスの異なる武器は装備できなかったこと。だが自身の魔法で生み出した装備なら振るえたことを。

 アイコは村長夫妻から聴いた、『アンデッドは生者を襲う忌避される存在』だと言うリアルと変わらないような認識であること。天使種族で取ったパッシブのオートリジェネが切れない事。なんか傷を負うことの方が難しいんですけど、なんてことを話していく。

 

『確か回復量がものすごく低くて使えないって言ってたやつでしたっけ?』

「うん、まだモンスターは見てないから何とも言えないけど、この世界それほど警戒することはないかなーって思うよ。むしろ私たちの方が危険人物かもね」

 

 そしてアイコは提案としてしばらく、攻勢防壁は張らず、というか今日などはほとんど素っ裸に近い防備だったことを告げ、そちらから捜索に入ってもらって構わないことを告げる。

 

『遠隔視の鏡も使ってみたかったですし、ありがたいです。ナザリックのNPCもメイドに至るまでなんとか名前も覚えたし、もう、大変なんですって支配者ロール……アルベドのこともありますし……あ』

「え? アルベドがなんか拙いの?」

 

 あ~いや~う~……などと唸っていたが、相談に乗ってもらえる人も皆無だったために、転移前に犯した自らの過ちを懺悔しはじめるモモンガ。

 

「え? あっ! そっち系の人だったんだ(同性愛的な)モモンガちゃん……」

『そ、そっち系って(おっぱい星人的な)まあ否定はできませんが……』

 

 たっち君はカモフラージュ的なアレだったのかなあ、ネナベやってる時点でまあ……そうだよね(偏見)。

 でも別に今時珍しい話でもないし、ここは大人な態度で寛容的に推してあげよう。

 

「好きになっちゃったんならしょうがないじゃない。それにうちの子もそうだけど、多かれ少なかれNPCの好意は高いんだと思うのよ。多分だけど他の娘もそうなんじゃない?」

『そういえばシャルティアも『我が君』だなんだと……』

「でしょう? まぁそこまで深く考えないで、押されて引くんじゃなくて、たまには押してみるといいよ。私を見つけたら一緒にデートにでも来てくれれば嬉しいかな」

 

 なんか話の方向性が変わって来ちゃってるような気もしないでもないのだが、親身になって相談に乗ってくれる彼女に感謝しつつ本日の連絡を終えるモモンガであった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 なんだかんだで日を跨いでから一時間ぐらいおしゃべりしてしまったが、その間も手は止まっていなかった。当初の予定より早くソーコのスカートと、もう一着ワンピースを作ることが出来たのは良かったな。見本があるから楽だとは言えこれは確実にステータスの恩恵を受けてるなーと考える。

 

 モモンガの恋の相談(?)に思わず過去の自分を顧みるが、惚れっぽいところはあったけど、そんな仲になった人はいなかったなあと自身の過去を振り返る。

 あーそんなことはもうどうでもいいか。今更あのゲーム終了時の時間に帰れるかなんて考えられないだろう。あの時間に地球が爆発してるなんて馬鹿な想像だってありえちゃうんだから。 

 

「わからないことに悩む暇があったらとりあえず受け入れよー」

 

 思わず久しぶりにスローガンを口にしながら、眠気で限界だろうに身体をつねりながら待っていてくれたソーコを連れて、本日もおっぱいまくらを堪能しようと考えるアイコであった。

 

 




次回はいよいよあれです。 小説の戦闘回とか流し読みしてしまうタイプの作者が送る戦闘回ですw


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6 夜の女王


もう本当に戦闘とか無理だとわかったんで色々すっとばしてますw すまんのw



 

 

 その日の朝は、なんだか身体がおかしかった。

 

 あれほど遅くまで起きていたと言うのに、日が昇る前に目が覚めてしまったのはなんなのだろう。寝る前に洗濯しておいた昨日も着ていたワンピースに着替えリビングへと上がっていく。

 ソーコも主人の行動に只ならぬものを感じたのか、深夜に渡され抱きしめたまま眠っていたワンピースをさっと着て同じように階上に上がってくる。

 傍目にはメイドの方が上質な生地を使っているように見えるのだが、デザイン的には似通っていて、二人が着るとまるで姉妹のように見えなくもない。

 

「なんだろう……首筋がチリチリする……」

 

 いや、背中の方だろうか。扉を開けて外に出て、やや白み始めてきた空を見上げながら周囲を警戒する。空を飛ぶには翼を出さなくてはならないが、村の中ではなるべく出さないようにと決めていた。

 

 <敵感知(センス・エネミー)>の反応なんだろうか。コンソールが見えないのでこれが明確な悪意なのかはわからないが、なにか……気持ちが悪い。

 

「どうしたのアイコさん? 顔が真っ青よ?」

「アイコおねぇちゃんだいじょうぶ?」

 

 気づけばいつの間にか目の前にはエモット姉妹が。

 

 首から背筋にかけて悪寒が走る、頭の中で警鐘が鳴り響いて止まらない。

 

「エンリちゃん達はすぐ私の家の中に入って! ソーコは広場中央の鐘を鳴らしてきて! なにか来る!」

「えぇえ!?」

「了解しました! アイコ様!」

 

 いきなりの展開に呆然とする姉妹を他所に、一切の疑問も反論も口にすることなく走り出すソーコの背中を見つめながら、昨日使用して自身のアイテムボックスに仕舞ったままだった杖を取り出し、ムーン・ウルフを召喚する。 数は限度数の四体だ。

 そして早くも中央広場を超えた遠くの方から村人の悲鳴が聞こえだす。馬のひづめの音もだ。

 

シャルティアマークツー(・・・・・・・・・・・)! 動けるなら村人と家の扉を守って! 村人が避難してきたら家にぶち込みなさい!」

 

 そう噴水上部に向かって叫ぶと、今まで身動きもしなかった彫像が滑らかに立ち上がり飛び降りる。こちらに一礼すると呆けている姉妹をつかみ家に投げ入れた。

 

「きゃぁあああ!?」

「わはぁあ!」

 

 もう少し優しく! と叫びながら続けてムーン・ウルフたちにも命令を出していく。その間にも身体が七色に輝き、自身に無詠唱で支援魔法を重ね掛けしていく。

 

「あなたたちもお願い! 村を守って!」

 

 何故か昨日と同じようなつながりをそのうちの二体に感じたのは、同じ個体なのだろうかと思いもしたが、低い唸り声を上げて四方に散っていくムーン・ウルフたち。

 激しい鐘の音が聞こえる。あんなに大きな声が出せたんだと思うほどのソーコの避難を促す叫び声が聞こえる。逃げてくださいと。水の出る家に逃げてくださいと。

 

 装備はこのままでいいの? 攻勢防壁は? もう、本当にバカだ……昨夜の自分を殴ってやりたい。

 すでに身体は一番近い悪意へとむけて走り出し即座に接触。なんだ!? 馬に乗った騎士? なんだよ、優しい世界じゃないの? 戦争しているとは聞いてはいたけど、こんな小さな村まで襲うの?

 転移してきてからの三日間の常識が覆されたようで、呆然と目を見開いて長剣を振り上げる騎士を見つめてしまう。

 

「うっは! 当たりだよ、こんな上玉がいるなんて!」

 

 うわぁ……一瞬でリアルの職場に飛ばされた思いだ。現場から遠のいたとはいえその表情には覚えがある。そんな下卑た視線を向けてくるお客様のね。

 馬の前方からふわっと跳躍すると、杖を騎士のヘルムに軽く当てる。枯れ木を殴るよりかは軽くたたいたつもりではあったが、ヘルムを四分の一ほどを歪ませて、馬から叩き落とされひっくり返る大柄な騎士。

 身体を震わせているところを見ると、生きてはいるのだろう。

 

「ありがとうございます、お客様も口が上手でございますね」

 

 十数年、繰り返し口に出してきた言葉はもはや作業のようで。

 ニコッとピンクの唇から真っ白な歯を覗かせ、首を絶妙な角度に傾けてあざとく微笑む。

 

 

 

 簡単に死んでしまわないでよ、血の一滴まで吸い上げてやるんだから。

 

 

 

 アーコロジー富裕層の歓楽街。その中でも高級と呼ばれるクラブの元ホステス。一時期はその歓楽街の頂点で輝き、女王とさえ呼ばれていたのは御免被る話であろうか。

 汚い世界の中でもさらに汚い人間の欲望を見続けてきた彼女にとって、この程度で頭に血を登らせ叩き殺してしまうなどありえない。

 

 ただ、この世界で気づいてしまったのは、逆に善意にはめちゃくちゃ弱いなってことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……祭りか?」

 

 そろそろ外が明るくなるかなという頃合いから、延々と遠隔視の鏡の使い方に四苦八苦していたモモンガであったが、ようやく画面の動かし方が分かった。

 上空からの俯瞰画像を広げ、ナザリックから10kmくらい離れた場所に村らしき集落を見つけたのだが。

 

「いえ、これは違います。ん? ムーン・ウルフですか」

 

 村人たちを追い掛け回す騎士風の姿の男たち。いやその騎士たちを弾き飛ばしていく銀色の毛並みのオオカミは、先日自分も召喚したものなのでよく覚えている。

 一方的な殺戮ショーかと思いきや、四方に散らばるムーン・ウルフたちが騎士を次々と跳ね上げていく。だが騎士の方が数が上。別の場所で剣を村人に振りかぶった騎士は……なぜか振りかぶったままの状態で倒れ伏し、喉元を押さえて身悶える。

 

「魔法かな? <溺死(ドラウンド)>っぽいけど違うな、って!? アイコさんいたぁあ!」

「!?」

 

 突然絶叫を上げる御方に多少驚くも、セバスもその少女を発見する。長い金髪をなびかせ、縦横無尽に走り回り次々と騎士たちを行動不能にしていく白いワンピースの少女。時折消えるのは転移も混じっているのだろう。まるでどこに悪意があるのかがわかるかのように騎士たちが倒れ伏していく。

 

 だが圧倒的ではあるのだが、散開した騎士は村を囲うように展開されていたようで、中央広場を囲うように出来た集落の反対方面にはどうしても対応が出来ない。手勢が足りないこともあるのだが、少女は時折倒れ伏した村人を見つけると、回復に支援魔法をかけたりと動きを止められてしまう。

 

 先にアイコに連絡を取りたいところではあるが、戦闘中の<伝言(メッセージ)>は危険と判断し、単独で……いや彼女の望むように介入しようと思い立つモモンガ。

 セバスを見つめながら、困っている人がいたら助けるのは当たり前なのだから! と自身に言い聞かせる。

 

「セバス出るぞ! <伝言(メッセージ)>アルベド聞こえるか、アイコさんたっての希望だ……デートとしゃれこもうじゃないか。30秒で支度してここまで来い」

『クフゥゥウウウ!?』

「森方面に逃げている子供たちがおります。モモンガ様」

「あちらまでアイコさんの手が回らないか……よし、あそこに繋ぐ、セバスは残って一応ナザリックの警備レベルを一段階上げるように皆に指示しろ。ん? 早いな……仮面よし、ガントレットよし。では……<転移門(ゲート)>」

 

 魔法を唱える前に扉のノック音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇえ!? アンデッド反応!? でも敵対的じゃないな……」

 

 動死体に対しての反応がモモンガ並みに優れているアイコには感知できてしまう。見過ごすことも出来ないけれど、それどころでもない。一人の騎士を蹴り上げたところで、遠くの櫓の上にいるソーコに複数の矢が飛んでいくのが見えた。もう逃げてもいいのに、必死で鐘を鳴らしながら声を枯らして避難を叫び続けている。

 一瞬の転移で櫓まで飛ぶも、目の前でソーコの身体に複数の矢が穿たれる。

 

「いたっ。にげでぐだざーい! 水の出る家のほうににげでぐだざーい!」

 

 あ、結構大丈夫そう。アダマンタイト繊維も貫けないのは良かったけど……ソーコに支援もかけず放り出し、ウルフたちには範囲支援すら効果範囲が分からずかけられなかった。失態だ……

 

「あ、アイゴざま!」

「本当にゴメン今までありがとう。一旦家まで飛ぶよ! <次元扉(ディメンション・ドア)>」

 

 ディレイ(遅延)やその他もろもろを考慮して発動する、とある信仰系クラスの低位階転移魔法。ソーコを抱きしめると少し遠くに見える我が家の入口まで転移する。

 

「ソーコ疲れてるところ悪いけど家の中を、怪我している人がいたら頼むわよ、お願いね!」

「はい! 大盤振る舞いです!」

 

 中空から複数のポーションを取り出す。よし、覚えてるみたいね。

 

「行ってくる!」

「ご武運を!」

 

 短いやり取りだがなんだろう、すごく嬉しい。

 中央広場にウルフたちが悪意を追い立てているのが分かる。いや、もう悪意は感じられないのでウルフたちの反応が移動しているのが分かる。中央は彼らに任して撃ち漏らしをつぶすか。

 考える前に足は悪意のある反応に向かって走りだしていた。 

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 あらかた片付け終わったが、負傷した村人がまだどこかにいるかもしれない。それに中央広場の様子も気になる。先ほど現れたアンデッドの反応がまっすぐ中央広場に向かっているのが分かるのだ。とにかく広場に向かってムーンウルフと合流。捜索はワンコたちに任せて私はアンデッド退治かな?

 近くの家に飛び上がり広場を目視。魔法を発動して転移する。

 

 広場の中央には十人に満たないほどの騎士たちが四方からワンコに追い立てられて立ち往生している。若干名ではあるが村長を含めた村人と子供たちが櫓の裏に退避しているのが見え、すぐさま駆け寄る。

 

「みんな大丈夫? 怪我はしてない?」

「おお!? アイコさん! いや、あのウルフたちのおかげで助かったよ」

 

 ざっと見まわすが、顔色は悪いものの子供たちを含めて怪我をしている者はいなさそうだ。

 ん? 視線を騎士たちに戻すとものすごい勢いでデスナイトが走りこんでくるのが見えたのだが、そんなザコ(・・)より遠くの方に浮かんでいる二人の人物の方が気になった。

 

 あれ、モモンガちゃんだよね? それと隣でモモンガちゃんにしなだれかかってるのは……アルベドだったかな? スゴイな……あっという間に私を見つけてくれたのか。

 

「うぐわぁあああ!!」

「ひぃ!? た、たすけっ!」

「おがね! おがねあげまちゅから!」

 

 あ……まっ、まぁいいか、あれモモンガちゃんが出した奴だろうし。騎士たちはデスナイトに上げよう。私も無理して戦いたいわけじゃないし、村人の方が大事だ。すぐさまムーン・ウルフを呼びつける。

 

「ワンコたちお願い! もしかしたら村のどこかで動けない村人たちがいるかもしれないの。騎士はほっといていいから、捜索をお願い。見つけたら……感覚でわかるかな? 一応大声で鳴いてくれる?」

 

 またしても了承したとばかりに頷き、四方に散っていくウルフたち。出来れば死人が出ていないと良いのだけど……

 

「そこまでだデスナイトよ! と言ってもそれほど残ってはいないな」

 

 空から漆黒のローブを纏った奇妙な仮面の男と、真っ白な服に腰から黒い翼をはやした絶世の美女が腕を組んだまま降りてくる。

 うん、まあ色々と突っ込みたいところはあるんだけど、さてどうしよう。私を助けに来てくれたのは嬉しいのだが、村長を含めた数人の村人がいるこの状況。

 私たちの関係性を決めておくのをすっかり忘れていたので、どう声をかけたものかと悩んでしまう。

 

「あー……その……」

 

 モモンガもそのことに気づいたのか、見つめあってお互いに言葉が出てこない。 村人の認識としては私は『天使貴族お嬢様』だから、知り合いってことになるとモモンガも貴族ってことになるのかな。

 

「あの翼……もしや、アイコさんのご家族なので?」

 

 あーまあ対極なんだけどそれでいいかな? 村長の言葉に軽くうなずき、モモンガたちに向かってよろよろと歩き出す。

 

「お、お父様! お母様!」

「!? ……アイ、コ。 やっと会えたな! 嬉しいぞ!」

「クフッ!?」

 

 あれ? 別に友人とかでも良かったんじゃないかと思いもしたが、まああれだ、仲良く腕組んで降りてきたのが悪いのだ。べ、べつにいいもん、私ソーコがいるし!

 

 何故か対抗心を燃やし、私の子供だって可愛いんだからとニマニマとした表情をするアイコ。

 

 アイコさん裾が破れてパンツ見えちゃってるのはどう注意したらいいのかと悩むモモンガ。

 

 なんだかわからない展開だが夫婦設定にご満悦のアルベド。

 

 転移四日目の邂逅は、助かった事への喜びの涙と、アイコの感動の再会を見守る優し気な村人の視線の中、運良く生き残っちゃった騎士をほっぽらかしにして行われていくのであった。

 

 





一応タイトル回収です。最初期のタイトルは、この小説の目的である、とある人の救済を目的にしたタイトルだったのですが、一話投下直前に変更w あんまりインパクトの無いタイトルだよねw


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7 堕ちそうで堕ちてないけどちょっと堕ちてる天使


ワンピースはモモンガさんが魔法で直してくれました。サスモモ。



 

 

「シャルティアだよな?」

「シャルティアでございますね?」

 

 ログハウスの手前、『噴水の上部でしゃがみ込んでいる彫像』を見上げながら、呆然としている漆黒のローブの男と黒翼の美女。

 

「あぁ、『小便少女』だそうですよ。引っ越し祝いでペロリ君に貰ったの。製作はるし★ふぁー君だって」

「ぶふぅっ!?」

「ペロロンチーノぉおおおお!!」

 

 あの邂逅の後はてんやわんやの大忙しであった。語り合いたいことが多々あったものの、今はこの状況を落ち着ける方が先決だと、村の男たち、アイコの魔獣、なぜか消えないデスナイトを動員して騎士たちを広場まで引きずり出し、櫓の台座に縛り付けた。

 その間アイコとモモンガとアルベドは、村をくまなく捜索して、この襲撃による村の犠牲者はいなかった(・・・・・・・・・)と村長に報告している。

 

 村長宅での話し合いは昼近くまで続いた。名を尋ねられたモモンガは、少々悩みながらも自身をアインズ・ウール・ゴウンと名乗り、アドリブで魔法の研究をしていたところ自宅ごとこの付近の森の中に転移してしまったということ。だが娘が見当たらず、妻と探し回っていたところ、この村が襲われているのに気づき偶然助けに入ったということ。娘を温かく迎え入れてくれていた村長他村人に対して感謝の意を伝えた。

 なんかその間アルベドはもうアインズにデレデレであった。

 

 村長としてはさぞや高名なマジックキャスターであろう御仁に対し、無報酬でとは心情的にも外聞的にもいかなかったのだが、偶然の邂逅で両者に良き結果になったのですからと遠慮され、『ただ、少々この森の中は危険で娘を連れて行きたくはないのです。娘もこの村を気に入っているようなので、このまま娘だけ住まわせて貰えないでしょうか』という要求に、喜んで受け入れることを伝え、アインズの懐の広さに感動していた。

 

 アイコは何気にこの戦いでは特に戦闘面では目立ってはいなかったようだ。本人も力を隠すことなど考えてはいないのだが、逃げ惑う村人を襲う騎士に一撃入れて離脱し次へといった行動が、村人たちに気づかれていなかったようなのだ。ただ、昨日お披露目されていた召喚した魔獣や、回復魔法の力の方に喝采を寄せられていた。

 

「とにかく何にもないところだけど入って入って。ソーコを紹介するよ」

 

 あの男は……とぶつぶつ呟き続けるアインズと、笑ってはダメと口元を抑えて震えているアルベドを引きずって自宅に招待する。

 村としての対応は村の代表たちで決めてもらおうと、会議の場をお暇させてもらったのだ。勿論何かあったら呼んでくださいと伝え、村長も久方ぶりの家族の語らいをと笑顔で送り出している。

 

「おかえりなさいませアイコ様。ご無事で何よりでございます」

「ええ、ただいまソーコ。あなたも無事で本当に良かったよ。別方面から村を救ってくれたナザリックの方をお連れしたの。紹介するわね」

 

 何気に現在村の女神とさえ呼ばれかねない少女がソーコだ。白銀色のワンピースを着て、懸命に鐘を鳴らし声を擦り切れさせて避難を叫ぶ彼女の姿は、村人たちの心に深く印象に残ったようだ。

 見た目的にはエンリと変わらないような年齢なのだが、一躍村のお嫁さんにしたい候補のトップに躍り出ている。嬉しいけどちょっと複雑なアイコだった。

 

 四人で簡単な自己紹介を済ませ、所謂仮名アインズ・ウール・ゴウンでこの世界に踏み出し、来ているかもしれない仲間にアピールしたいというモモンガの思惑を説明され納得するアイコ。

 自身の名前がネタネームな為に、便乗してミドルネームとファミリーネームを借りることにした。勿論この村ではアルベドもだ。

 

「ソーコはまぁしょうがないけど、アルベドさん(・・)も座ってくれていいのよ? お客様なんだし」

「いえ、護衛の立場でもございます。真に申し訳ございません」

 

 アルベドの立場としては複雑でもある。ナザリックの頂点アインズの御友人でもあり、ナザリックの維持に貢献して頂いていた、大恩あるお方。他の守護者からの評価も上々であり、少々思惑と違ったが、デートに誘われたり夫婦になったりなどのイベントは彼女の差し金なのだろう。自身も友誼を結んでおきたい方ではあるのだ。

 ただ階級までは分からないが、以前見た記憶を思い返すと三対六枚の翼は上位天使。アインズにとってどころかナザリックにとって天敵と言ってもいい存在である。

 相手が女だからと嫉妬する以前に、とんでもない危険人物であるという認識も忘れるわけにはいかず、おいそれと席に着くことなど出来ないわけだ。

 

「アルベドは心配性なんですよ。アイコさん天使ですからね」

「ええ!? あー……そうよね。でもアインズさん(・・)私が弱いって知ってるでしょうに。アルベドさんに教えてあげてよ」

 

 何気にアイコの敬称が変わっているのは事前に「守護者とかいるときは『モモンガちゃん』はやめてくださいね」とお願いされているからだったりする。

 

「いやー、そんなこと言われても私アイコさんのビルド知らないですし……昔私より強かったじゃないですか」

「いやそれ多分十年以上前の話よね……あの当時アインズさん始めたばっかりでしょう」

「あはは、ですね。アイコさんはオープンからなんですか?」

「それがおかしいのよね。以前計算したら私十三年やってるのに、ユグドラシルは十二年目らしいのよ」

「あー……ベータ組でしたか、しかも本人気付いてすらないとか……」

 

 アインズもほぼ初期からのスタートだったのだが、さすがにベータ組には先を越されていて当然だ。

 

「アルベドさん、私はね『中位天使』で下から……四つ目の天使なのよ。ほら」

 

 そう言いながら翼を再構成させて二対四枚の翼を広げる。

 

「記憶違いだったのでしょうか……確かに三対六枚の翼を覚えているのですが……」

「それは多分私の装備ね。狩りに行くとき以外は大体付けてたから……ほらこれね」

「なっ……なるほど」

 

 さっとアイテムボックスから取り出した『天使セット』を装備する。種族が天使であるためほとんど無意味な効果のその装備は、単純におしゃれアイテムになっている。

 

「私は支援職なの。ナザリックで言うならちょっと戦えるペスって認識でいいと思うよ」

「ペア狩りしてきた感想から言うと、茶釜さんぽいこともやってたような……それより聞きたかったのは私にも回復通すのが謎だったりするんですが」

 

 ゲーム時代ははぐらかされたが、この現状では教えてくれるのではないか。そんな思いをもって問いかける。

 ユグドラシルにはカルマ値というものがある。信仰する神の選択にもよるが、プラスに隔たっているとアンデッドを回復させるような魔法は覚えられないはずなのだがアイコは使えていたのが謎だったのだ。

 

「私ね、週に二日くらいしかログインしてないのに、一時期どこかのギルドメンバーに入れ代わり立ち代わり連れまわされてね、突発的なPKKとかにも参加させられちゃったりしてね、カルマ値-300なのよ。+300以上じゃないとなれない天使だったのに」

「ほんっと、申し訳ございませんでしたぁっ!! ええ!? でもそれだけが理由じゃないですよね?」

 

 <大致死(グレーター・リーサル)>は、確かにシャルティアも使えるが今度は逆に<大治療(ヒール)>が使えることに納得がいかない。ルプスレギナがカルマ値-200で、正のクレリックとしてはギリギリだったはず。

 

「これ『堕天使』って職業(クラス)なんだけど、るし★ふぁー君とは成り方が違うのよね。あの子のは種族だし。名前が同じなだけの特殊クラスみたい。信仰系魔法詠唱者で天使でカルマ値-300達成した上でのレベル95で出てきたから、私以外取ってる人いないんじゃないかなぁ? 効果は対立属性の呪文も使えちゃうってことかな」

「うっはぁ……るし★ふぁーさんが懐いてたのはそのせいもあるんですかねえ。やっぱり強いんじゃないんですか?」

「いえ特に。支援の幅が広がったくらいですかね?」

「……」

 

 アインズとしては納得いかないがきっと本人もあまりよくわかっていないのだろう。かなりのロマン型なんじゃないだろうか。頭の中で『光と闇の二神信仰』とかいう単語に、なんかスゴイルビを振った必殺技的な名前が浮かぶが、恥ずかしくなって止める。

 

「なんにしても、支援とかサポートタイプの私に強いの? って聞かれても『戦わないよ』としか言いようがないんですが……」

「あー……そういえばそうですよね。遠隔視の鏡で戦ってる姿を見てたからつい……」

 

 ゲームで言えば初期マップのザコ敵を殴ってるようなものであった。しかも魔法詠唱用の攻撃力皆無な固いだけの杖で。

 

「ナザリックにも遊びに行くけど、そこまで警戒しなくていいからね?」

「はっ、はい。それでもこの場だけは。本当に申し訳ございません」

 

 それでもやはり守護者統括。理解はしたものの、他者のホームグラウンドで隙を見せることは出来ない。

 

「すまないな、アイコさん。それで遊びに来ていただけるのはありがたいんですけど、後々のことでちょっと提案があるんです」

「追々わかってもらえればいいよ。それで提案って?」

 

 アインズはこれからこの世界への情報収集に入るわけだが、やはり来ているであろうユグドラシルプレイヤーが不安材料なのだ。対外的に現地民にナザリックが見つかった場合、敵対してしまうこともあるだろうと。

 その際にナザリック上層に小屋でも建てて、プレアデスにでも常駐していてもらおうと考えていたのだ。何かあった際の大義名分。メイドたちが殺されたので仕方なく返り討ちにしました的なアレだ。

 つまり作る予定である小屋と、このログハウスを『転移門の鏡』で繋いでもらえませんかと言うお話だ。

 

「ああ、便利そうでいいわね。アインズさん的にはメイドも守れるし、ナザリックに敵対的なユグドラシルプレイヤーが来ちゃった場合緩衝材にもなれるし、いいんじゃない?」

「ご名答です……すいませんなんか利用しちゃってるみたいで悪いんですが……」

「全然悪くないよー。ソーコにもメイド友達が出来てくれれば嬉しいし」

 

 ソーコは感涙しているが、アルベドもまた御方々の思惑に感激していた。認識としては間違ってはいないが、ある意味アイコを捨て駒に使おうとしているのだとの考えに至り、そしてそれをアイコも受け入れているという事実。不死の巣窟を守る聖者の絶対防衛ラインがこのちょっとした会話で成立してしまったのだ。

 実際にはアインズもアイコも通常の意味で知人宅にすぐ遊びに行ければいいなって思いの方が大きいのだが、御方の思惑と天使の懐の広さに感激し、少しだけ残っていたアルベドの不安も綺麗さっぱりなくなっていた。

 ただ、相手が女であるが故と、普段とは違った少し砕けた口調になっているアインズに、別の意味での不安が頭をもたげてきていたが。

 

 

「さて……後の話は置いておくとして、どう思います? 私あいつらから色々搾り取ってやろうって思ってたんですけど、国が出てきちゃいましたよね」

「ナザリックとしては関わりたくないですね。どこが何と繋がってるかもわからない状況で下手を打ちたくはないです。すでに関わっちゃってますけどこれは正当防衛として、深追いは不要かと」

 

 先ほどの村人の捜索時に、森方面で接敵した騎士や、村の外で待機していた騎士を使って蘇生実験などの魔法の実験を行っている。低位階蘇生魔法では風化。高位階で復活した騎士は特に自身の拠点に飛ばされるということも無かった。『死に戻り』つまりセーブポイントに戻るといったことはないようであった。

 勿論魅了魔法などで情報も取得。帝国の騎士ではなくスレイン法国の偽装兵であるということも判明している。

 その過程で亡くなっていた村人を人気のない家屋で蘇生している。このことに関してはアインズも何も言うことは無い。『村の人間であるアイコ』が責任を持つと言ったからであるが、人間種としての残滓も捨て去りたくなかったからだ。人間を救いたいと思えなかった自分に対しての戒めでもある。

 

「私も今のところはこの村でゆっくり暮らしたいかなあ……なにが出来るのか自分を知りたいし、あと筋肉質な旦那様が欲しい……」

「よく骸骨を目の前にして言えますね……まあそれは冗談として、この村にアイコさんが常駐して情報を得れるのは大きいです。今更ですけど本当に会えて良かったですよ」

「なんかずっと魔法でやり取りしてたから久しぶりって感覚が無かったですね」

 

 そう言って二人で笑いあう。村が落ち着いたらすぐにでも遊びに来てくださいと告げ、アインズがそろそろお暇しようかなと思っていたところ扉がノックされる音が聞こえた。ソーコが小窓から確認すると、村の男性のようだ。

 

「はい。なにかありましたか?」

「ソーコさん、それにみなさん。なにやら騎士風の一団が村に近づいてくるみたいなんですよ。村長がアイコさんたちにも連絡をと」

 

 なにやらイベントはまだ序章のようである。アインズとアイコはお互い見つめあうと頷きあい、代表してアインズが答えることにする。一応父親と言うことになっているのだ。

 

「すぐさまそちらに伺います。ソーコはお留守番だ。ここには女性や子供たちを集めましょうか、その方が安全だろう。アイコは来るなと言っても付いてくるんだろ?」

「もちろん!」

 

 何気にアクターの生みの親。アインズもなかなかに頭が回るし演技派であった。これで中身が女性好きな女性だというのだから面白いものだなと、いまだ見当違いの考えを持ち続けるアイコであった。

 

 





オバロのカルマ値の効果とか全然分からないので、こんなことにも使われてるんじゃないかなーって感じの妄想で書いてみました。このチートもう使う機会が無いんじゃないかと……w

あとD&Dでクレリックって強職なんですよね。さすがに魔法無しの殴り合いならウィザードには負けないかも。つまりモモン(戦士職Lv30相当)よりかは強いんじゃないかなーと思いますが、戦わないのでどうでもいいですねw



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8 周辺諸国最強の嫁(仮)

※今回のみアインズ様視点になっています

ガゼフが死なないようにするにはどうすればいいのか。オリ主とくっつければいいんじゃね? 的な感じで書き始めたこの小説。予定では清楚なオリ主にガゼフが惚れて、一巻終了ぐらいのところで大団円予定でした。

無理です!w
 


 

 

 村人を村長の家とアイコの家に分けて避難させ、村長、アインズ、アルベド、アイコの四人で騎士風の一団を迎えるという事にはなったが、さてどうなるやら。

 

「アイコさんと奥方は危険です。避難されていた方が良いのでは」

 

 という上ずりながらも放たれた村長の言葉に「ウルフやデスナイトがいるから大丈夫です」という事で説得はしたが、アイコさんに聞いていた通り本当に出来た人だなあと感心する。奥方発言によりアルベドの態度も村長に対して柔らかくなっているのも良い傾向だろう。

 

 やがて見えてくる騎士風の一団とやらはどうにも正規軍には見えないバラバラの様相。先ほどの偽装兵の方が装備が整っていたような気がしないでもないが、こちらの方が歴戦の傭兵団のような力強さを感じる。

 二十人ほどの騎馬隊はアインズたちの前に見事に整列し、その中から馬に乗ったまま一人の男が進み出てきたのだが、

 

「きたこれ……」

 

 とか言い出す金髪少女に時を止められる。あーそうね、きちゃったね……確か筋肉質で髭がダンディーで、あの『指輪物語』の主人公格の人だっけか? 似てなくもないよね。

 でもちょっと待ってね、今そういう状況じゃないから……アルベドも思わず口をあんぐりと開けて見つめてしまう程のアイコの表情は『恋に落ちる瞬間を見てしまいました』のキャッチフレーズがドはまりするほどに蕩けていた。

 

 そしてその男はデスナイトを警戒しながら進んではいたのだが、私たちを一瞬視界に納めると驚愕の表情を見せて声を上げる。

 

「!? いや違う……ラナー殿下より……」

 なんだかわからないが後ろの方で整列している騎士からも「ラナー様だろ?」「いやラナー様より大人っぽいし美人じゃないか?」「正直あっちの黒髪の美女に踏まれたい」などの小声が漏れ聞こえている。

 おい、そっちで勝手に盛り上がるなと思いはしたが、すぐさまリーダー格の戦士が手で制し、声を上げる。

 

「大変失礼した、少々そちらの少女が我が国の王女に似ていた物でな。非礼を詫びよう。私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしている帝国騎士を討伐するために、村々を回っているものである」

「ストロノーフさまぁ……」

 

 ごめんね、後でやってね。こんな人だったかなあ? と、ちょっとアイコの行動にあっけにとられてしまうが、自分が何とかしなくてはと正気に戻る。

 

「王国戦士長……確か王国の御全試合で優勝し、王直属の騎士になった方とか」

 

 ぼそりと呟いた村長はアインズに顔を向けて説明する。

 それはすごいとは思うが本当に本人なのだろうか。村長も見たことは無いらしく、そもそもアイコがこの国の王女に似てるなら村人がそれを知らないのも……そもそも王族や戦士長の顔なんて末端には知られてないのか。

 

「村長だな。それで……この方々は一体?」

 

 獰猛な視線を注がれているのは俺のみか? ああ、はい、怪しいですよね。アルベドやアイコにも目線を向けていたが、その視線の先は両者の翼だった。村の人間には何とも思われていなかったので気にしてはいなかったが大丈夫だろうか。まあアイコのは装備アイテムだしなんとかなるだろう。

 村長が話そうとするのを手で制し、ここは私がと口を開く。

 

「はじめまして、私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士たちに襲われていたのを見かけましてね。助けに入った魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。こちらは妻のアルベド。あちらは娘のアイコです」

 

 うん、演技は大事だけどアルベド? そのギュッて握ってくる手の握力が半端ないんですけど。アイコさんはなんかアルベドの背中に隠れながらチラチラとこの戦士を見ているし……だめだ身内が役に立ちそうもない。

 そんなことを考えていると、さっと馬を下りた戦士長がこちらへ歩みだし、数メートル手前で止まると頭を下げる。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 

 ざわっと空気が揺らぐのも分かる。王国戦士長という肩書が本物なら、なかなかに出来ることではない。だけどその人柄をしのばせる行動が多分ジャストミートしたんだろう。

 

「主人公だ……主人公きちゃった……」

「アイコさっ!? 締まってます! 腰がっ!?」

 

 多分俺だったら腰骨が折れてたんじゃないだろうか……「ひぎぃ!?」とか言う初めて聞いたような声を上げるアルベドを助けるために、何とかアイコを落ち着かせ、続きは村長宅でということに。

 なんか戦士長も聞きたいことがあったようだが、家族のじゃれあい(?)に毒気を抜かれ、ウルフやデスナイトを気にしながらも笑顔になる。

 だがそこへ駆け込んできた騎兵の言葉に、再びこの場に緊張感が舞い戻って来るのだった。

 

「戦士長! 複数の人影が村を囲うように接近してきます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にゴメンね……アインズさん、アルベドさん」

「いや、私もアルベドもちょっと驚いたくらいだからいいんですけど、よく止めませんでしたね」

 

 村長宅から外を窺うとアークエンジェルフレイムという天使を連れた兵士が、等間隔で村を囲っているのがわかった。ガゼフが言うにはスレイン法国の特殊部隊であり、敵の狙いは自分であろうと。

 囮としてあいつらを引き付けると言って出て行く前に、出来れば村を守ってほしいと言われ快諾したが、本当は共闘を望んでいたのかもしれない。まあ家族連れにそんなことは言えなかったのだろうが。

 

 ここでさっきまで散々惚けていたアイコが引き止めるなり、「私も戦う!」などと言いだすかと思えば、アルベドの手をギュッと握りアインズとガゼフの会話を見つめているだけだったのだ。時折二人で何か話していたようだが。

 

「うーん、自分の理想が目の前に現れちゃって動転しちゃったんですけど……あの人の立場がものすごく面倒くさいなって気づいてちょっと冷静になれました」

「確かに私から見てもカッコいいなって思いましたけど」

「アインズ様!?」

「アインズさん取っちゃだめだよ!?」

「取らねーよ!!」

 

 確かに人物としては好感が持てるけれど、どうにも納得がいかないところがあるのはわかる。あの偽装兵たちがどれだけの村を襲ってきたのかは知らないが、そこまでして殺したいと思うほど恨まれるような人間にも見えないのだ。だが村人たちにとっては、いやアイコにとってもガゼフのせいで村が襲われたと言っても過言ではないからだろう。

 

「アインズさんアレ渡してたよね? やっぱり介入するの?」

 

 ハズレガチャアイテムの木彫りの人形。<位置入れ替え(キャスリング)>アイテムの事だろう。ガチャはやったことがないと言っていたアイコさんでも知っているのは、露店で捨て値で売られていたからですね。わかります。

 

「うーん……この世界の闘いを見てみないと何とも言えませんが、脅威を感じられなかったらですけど介入しますよ。あの櫓に縛ってる兵士どうする気ですか?」

「あー……完全に忘れてたわ。両国の後ろにプレイヤーがいたら面倒ですもんね。ガゼフ様に持って帰ってもらった方が無難ですか」

 

 うん、なんか名前呼びになり始めたね。どっちにしろガゼフ側が負けたとしたら、この村にアイコさんが住んでいる以上戦わないという選択肢は無いわけで、両陣営がつぶれてしまうのは拙い。蘇生も出来るがいろいろと面倒も予想されるだろうし。うーん、自身が強者的で嫌な考えだったかもしれないけど、どうにもガゼフに脅威を感じれなかったのもあるんだよね。

 それにアークエンジェルか……まあどっちにしてもアイコさんの脅威にはなりそうも無いな。

 

「一応私もフル装備になっておこうかなあ」

「うーん……いや村長がまた心配しますし、アイコさんは待機でお願いします」

「そうでございますね。ここはアインズ様と私にお任せを。アイコ様は戻ってくる人間を抱き受ければよろしいかと」

「それでお願いします!」

 

 なんでこんなに仲良くなってるんだ? と、手を取り合ってピョンピョン跳ねるアイコと柔らかに微笑むアルベドを見ながら不思議に思うアインズであったが、アインズとガゼフの会話中、

 

「正直アイコ様、不敬ではありますが人間などを相手にしなくてもと……」

「えー? じゃぁアインズさん貰っていい?」

「よく見れば人間の割にあの者は素敵でございますね! アイコ様にお似合いかと!」

「そお? んふー、私もアルベドさんとアインズさんはお似合いだと思うよ」

 

 なんてやり取りがあったようである。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 アインズは村長宅から少々ばらけていた男性陣を村の倉庫に移動させ、魔法で防備を張って置く。アイコの家の方は扉さえ閉めておけば問題ないだろうとのことで、三人は倉庫前で魔法による戦況観察をしていた。

 

「『武技』って言ってましたね。これは驚いた」

「きぁー♪ ガゼフ様ー♪」

「あっ、あのアイコさ」

「見た!? 今の必殺技! クソ天使を六体同時斬りしたよ!」

 

 アルベドと二人で処置無しと判断する。あなたも天使でしょうにと言いかけたが、ユグドラシルでの天使の人気のなさは本物だ。

 初期では選べない種族であるが『天使』という名前だけで選んだプレイヤーは、その課金必須の外見に草々に匙を投げる。そして種族としての進化がなんと9位階に分かれており、全部をフルで取るとレベル50を超えてしまう。つまり職業(クラス)レベルが50も取れず、似たり寄ったりな天使が出来上がってしまうのだ。

 彼女も試行錯誤した上での中位天使なのだろう。天使のことはそこまで良く知らないが、画面に見える天使の外見にトラウマでもあるのかもしれない。

 

 それはともかく見ていておいて正解だった。やはりこの世界まだまだ知らなければならないことが沢山あるようだ。

 

「なんか不謹慎だけど、映画を見ているようね」

「あはは、なるほどそういう見方も出来ますか」

「えいが……とはなんでございますか? アイコ様」

 

 なるほど……NPCのことももっと知っておかなければならないな。ユグドラシルの知識もあり頭が良いと設定されていてもリアルで普通なことを知らなかったりもするのか。そんなことを考えていたアインズであったがアイコの言葉に時を止められる。

 

「うちにも何本かダウンロードしてあるし今度一緒に観ましょう。そういえばアインズさんはホワイトブリムさんの新刊買ったの? なんかこっち来てソーコも読めるようになってるから、読んでないなら貸すよ?」

「えええ!? 新刊出てたの?」

 

 そう言ってアイテムボックスから書籍を取り出すアイコ。

 

「まあ、ナザリックの一般メイドによく似ておりますね」

「うわぁ……マジか……もしかして全巻持ってたり?」

「もちろん」

 

 後にこの書籍を読んで、次巻が来年発売だと知ったアインズは大層落ち込み、この世界に来て初めて元の世界に戻ってもいいかなーと考えてしまったのは余談である。

 

「おおっと、こんな話してる場合じゃなさそうですね」

「うわぁ……ちょっとやばいですね。そうだアルベドさんこれ上げるよ」

「こっ、これは?」

 

 アイコがアルベドに渡したのは淡く輝く輪っか。『天使の輪』であった。

 

「アインズさんは一応フル装備みたいだけど、アルベドさんは戦闘装備じゃなさそうだしね。一応聖属性耐性装備だからこれ」

「そのような大事な物を……よろしいのですか?」

「いいんですか? アイコさん」

「私は自前のリングがあるから装備できないんだよ。それって『天使セット』の片割れなんだよね。翼だけしか使ってなかったからお蔵入りしてたものなんで、遠慮せずに貰っちゃって」

 

 確かにアルベドを少々急がせすぎたかもしれない。あの時ちょっとノリノリになってた自分に反省し、アルベドと一緒に礼をし、感謝の言葉を述べる。

 それでは行きますかと、三人で倉庫に入り村の男性たちに声をかけ少々わきによってもらった。

 

「ではちょっと行ってくるぞ……アイコ」

「頑張ってくださいねアイコさん」

「はい!んふっ」

 

 なにを頑張るんですかねぇ……などと思いはしたが、ガゼフにメッセージを繋ぎ早々に入れ代わることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くくっ……あの村には俺より強い御仁がいる。ふぅ……はぁ……村を守ると約束されたあの方に勝てるなど不可能だ」

「とんだハッタリを……天使たちよ、ガゼフを殺せ!」

 

 最後の悪あがきをと走り出そうとしたガゼフの耳元に声がかかる。

 

 

 ――そろそろ交代だな――

 

 

 その瞬間視界が全く変わっていた。どこかの土間のような……広い室内に部下たちの姿も映り、村の男性たちの姿も散見される。

 そして目の前には目を潤ませ、何故か頬を上気させながらこちらを心配そうに見つめてくる先ほどの少女が。改めて目の前にすると、そのとてつもない美貌に息が止まるほどだ。

 

「こ、ここは……」

「ここは村の倉庫です。お父様が魔法で防備を張ってくれているから安心ですよ。あとはお父様たちに任せてください」

 

 ふと思い立ち先ほどゴウン殿より頂いた木彫りの人形を取り出すと、脆くも崩れる。そうか……あの声はあの方のものであったか……

 張りつめていた力がフッと緩み剣を取り落とし、倒れこみそうになったのを優しく抱きしめられる。あぁこんなにも安らぐ抱擁を受けたのはいつ以来だろう。優しい甘い匂いと言うのだろうか。そんな柔らかな少女に抱きしめられながら『これはあとで部下たちにどやされるな』と思考しつつ意識を手放すガゼフであった。

 

 

 幸いなことに

 

「あぁ……すごい……いい……汗臭くて……どうしよ、このまま押しつぶされようかな……」

 

 なんてアイコの独り言は誰にも聞かれてはいなかった。ただ大柄な戦士を抱き受ける少女に、驚愕の視線を向けられてはいたが……

 

 




新刊巻頭の挿絵のアルベドの頭の上に輝くアレはなんなのか。ネイアちゃんの心象風景なのか、念のための耐性装備なのか気になるところです。

さてゴールを決めて書きだしたのはいいのですが、オリ主にあまりにも魅力がなく、ネタを盛り込みたい症候群を併発してしまい、どうにもゴールできませんw
この先長考の為、投稿間隔が開くと思いますのでご了承ください。 年末だしねw


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9 愛天使


この次辺りで完結予定でしたが、もうちょっと伸びることになりましたw すまんのw
今回のお話で一章完結にしようと思います。



 

 

 両足をその男の片足に絡み付け、厚い胸板に頭を埋めて深呼吸を繰り返す。ごめんモモンガちゃん、この鎧がすごく邪魔だから魔法で消してと思うも彼女はいない。

 待て落ち着け。思わず一緒に倒れこんでしまったがこれからどうする。

 そうだ! 転移すればいいんだ! どこに? いや……でもお外は恥ずかしいし……

 

「だっ、大丈夫ですか!? みんな! 戦士長を担ぎ上げろ」

 

 おい! やめろ! あ、違うそんな場合じゃなかった。思わず抱きしめる力を強め『ミシッ』っと嫌な音が鎧から聞こえた瞬間我に返る。

 出ていく時より遥かに数の減った十人に満たない戦士団のうちの二人が、ガゼフを抱え上げ土間に寝かせる。

 

「良かったです、お嬢さんが戦士長に潰されて怪我でもしてたら笑えませんですよ」

 

 そう言って差し伸べられた手をつかみ起き上がる。なかなかにイケメンな青年だが、傷が痛むのか肩で息をしているのを見て、ものすごく気まずくなった。

 

「申し訳ございません……思わず膝から力が抜けてしまって、すぐに治療しますね」

「え?」

 

 さてどうしよう、範囲でいいかな? いや待てよ、回復させたらあの主人公のことだ。すぐさま取って返して闘いに出ていくのではないだろうか。でもそんなこと言ってる場合でもないだろう。

 そんなポーズなど必要はないのだが、手持無沙汰だったので両手を組んで軽く目を閉じる。

 

「<集団軽症治療(マス・キュア・ライト・ウーンズ)>」

 

 途端アイコを中心にまばゆい蒼い光が倉庫内を照らしていく。ふぅ、と一息はいて目を開けると戦士たちが、いや倉庫内の全ての男性が驚愕の瞳を向けてくる。

 え? まって、これより下位の集団治療魔法なんて無いよ? これでも驚かれないように結構気を使ったつもりだったんだけど……まさか痛いラノベの『こんなことなんでもないですよ』的なことをやっちゃったんだろうか……

 アレは嫌だ寒すぎる。だ、大丈夫よ! まだ巻き返せる! こう魔力が欠乏した的な感じで倒れこめばワンチャン!

 思い立ったら行動は早い「くぅっ……」と軽いうめき声をあげてよろよろと倒れこむ。

 

「はぁ……はぁ……大丈夫ですか? みなさんの怪我は治りましたでしょうか?」

「はっ!? はい! 傷が消えて痛みもなくなっております! 皆はどうだ!」

「傷がふさがっています……すごい!」

「動けるぞ……さっきまでふらふらだったのに……」

 

 よしよしとその報告に満足し、どうせ倒れるならあの人の上で倒れようと思い立ち、ふらふらとよろめきながらガゼフのもとまで歩いて行く。

 

「ガゼフ様の怪我も治ったようで……!?」

 

 土間に寝かせられているガゼフの手を取り……そして気付いてしまう。左手薬指にはめられた指輪に……

 

「ぐふぅっっ!!」

「とっ、吐血!? アイコさん!? だっ、誰か毛布を! アイコさん無理しすぎだ! 村の者たちをずっと回復していたのに、こんなすごい魔法を使うなんて!」

 

 村長の気遣いが痛い……いや第五位階でも拙いのがわかっただけ……待てよ? ここ異世界よね? 左手薬指の指輪が結婚指輪だとかいう風習はあるの? そもそも私だって10の指に10の指輪をしてたじゃない。なにかの効果がある装備アクセサリって考えの方がこの世界では合うんじゃないの?

 

 まだだ……まだまだ終わっていない!

 

 私に毛布を掛け、こんな土間じゃなくてどうにかアイコさんの家に運んだ方がいいんじゃないかと議論し始める村長と村の男性たち。そしてそれとは別に次々に感謝の言葉をかけてくる戦士たち。

 でもこの状況で聞くの? 『戦士長に奥様はいらっしゃるのですか?』とか、さすがに聞けないよ……とにかく一旦頭を整理するために一人になりたい……

 

「私は大丈夫です……ですが自宅で休ませてもらおうかと、ウルフを呼びますので危険はないかと思いますので」

 

 それなら戦士の方についてもらった方がと言う村長の言葉に、倉庫に張られてある魔法的防備の外に出てしまうと戻れなくなりますからと遠慮し、結構強引ではあるが外に出ることにした。

 

 男性たちに見送られ、ウルフの背にもたれながら考える。でもあんな素敵な人に特定の異性がいない方がおかしいわよねと……

 はぁ、と深いため息を吐いた瞬間、<伝言(メッセージ)>が繋がったのが分かった。

 

『アイコさんこっち来れますか? 熾天使(セラフ)が出そうでちょっと拙いかも』

「えぇえ!?」

 

 頭の切り替えは早い方だ。さっと翼を出して上空へとグングン上がっていく。その間早着替えによりメイン装備に着替え、アイテムボックスから神聖攻撃対応用の盾と、武器ではあるが防御特化のメイスも出していく。

 目先の恋愛事より、知人の……いや、あれだけ毎夜長電話(メッセージ)をしていた仲だ。(女)友達の方が大事なのは決まっている。

 

「見えた! って……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「最高位天使を召喚する。時間を稼げ!」

 

 ここまで圧倒的優位に事を進めてきたアインズであったが、敵の指揮官が持つ『魔封じの水晶』に最悪を想定する。全力を出さなければならない熾天使(セラフ)級が出た場合少々厄介なうえ、周りにも被害が出る恐れがある。さっと水晶を取り上げてしまえばいいんだろうが、この世界の最高位と言うのも知っておきたいという気持ちが働き棒立ちになってしまった。

 申し訳無いが手を貸してもらおうと、砕かれる水晶を見つめながらアイコに連絡を取るアインズであったのだが……

 

「……本当に申し訳ございません」

『……』

「ふはは! 恐れるのも当然だ! だが誇れ! お前はこの最高位天使で相手をしなければならないという決断を私にさせたのだ。 お前にはその価値がある」

 

 お前に謝ったわけじゃないよと思いながらも、目の前に出現した『無数の光る翼の集合体』を見つめる。指揮官やその部下たちが喝采の声を上げているが、アインズ的にはどうしようかと悩んでしまう。

 アルベドからさほど遠くない上空後方にアイコがいる気配がすると教えられたのだが、目の前の光景に頭が痛くなってくる。

 

『一応……出ようか? なんか盛り上がってるみたいだし、モモンガちゃんも召喚的演出でさ』

「あーそれは面白いですね。ではそれでお願いします。アルベドも済まなかったな。わざわざスキルまで使ってもらったのに。それでこちらも天使を召喚することになったので、あの人の戦いを見学させてもらおう」

「いえ、想定以上の召喚を考えれば当然のこと。それに、ふふっ、それは心強いですわ」

 

 そう言って邪気の無い表情で微笑むアルベド。アインズを守るうえでこれ以上ない防備であり、自身が出たくもあるがそれ以上にアイコの戦い方も見ておきたかったのだ。

 

「ええい! なにをごちゃごちゃと!」

「ああ、すまんな。それではこちらも最高位天使を召喚させてもらおう」

「なっ、なんだと!?」

 

 スレイン法国の指揮官、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは苛立ちのままに発した言葉の返答に、驚愕の表情を見せる。

 

「出でよ! アイ……うーん……ラブリィイイ・エンジェール!!」

『ぶふっ!?』

 

 アインズが両腕をぶわさっと上げると、上空で不可知化して待機していたアイコが自身を魔法で光り輝かせて姿を現し、ゆっくりと降りてくる。

 三対六枚の翼を生やし、羽の生えたヘルムの頭上に輝くのは光の環。白と蒼を基調としているが、それ自体が光を放っているかと思われる程の光沢を見せるドレスと細かな彫金が施された銀色の胸当て。純白の両腕のガントレットの先にはこれも伝説級と思われる様な盾と鈍器を装備している。

 

「なっ!? 黄金!?」

 

 そして特筆すべきはその顔だ。ニグンも資料の上だけではあるが一応その顔に見覚えがあった。この国の王女『黄金のラナー』に似通ってはいるが、その美しさと高貴さ、そして放たれる威圧感は桁外れであった。

 

「それではラブリー・エンジェルよ、我々を守れ」

「はい!」

「くそっ! 天使よ! <善なる極撃(ホーリースマイト)>を放て!」

 

 あんなものはハッタリだ、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は第七位階の魔法を単独で撃てるのだぞと意気込むニグンであったが、なにやら複数の魔法を詠唱し終わり、何の反撃もしようとしない相手方の天使と後ろの二人にうすら寒いものを感じながらも、天から光の柱が降り落ちるのを見届ける。

 自身も初めて見る圧倒的なまでの光の本流。その攻撃にさらされれば塵さえ残らないと確信できる。しかし……

 

「まあ! なんともありませんね」

「うーむ……少しはダメージを受ける感覚も知っておきたかったんだがな……」

「おい!? やれって言ったのアインズさんでしょ!?」

 

 無傷。まったくの無傷であった。これにはさすがの精鋭集団もひきつった顔を晒すしかなかった。もう……どうすればいいのだと。

 

「では続けて反撃だ! 二神の力を見せるがよい!」

「え? 魔法撃つの? 高位階は覚えてないんだけどなあ……<火球(ファイアー・ボール)>だと火事になったら困るし、アレは範囲だから下の人たち巻き込んじゃってもいいなら一応出来ることは出来るけど……」

「え? ……あ!」

 

 ぶつぶつと何を放とうか考えているアイコのその発言でアインズも合点がいった。いつも彼女が言ってた「私は支援職だからね」といった発言。善悪と選択魔法が増えたはいいけど、取得魔法数は増えないじゃないかと。多文課金分の+100を入れて400に届かないといったところだろう。支援特化ってそういう意味かと。

 

「殴り倒してもいいんですが、地味よね。それなら私じゃなくてもいいような。錬金カプセル(武器に使用すると特定の属性になる触媒)も持ってきてないからこの武器じゃ倒すのに時間かかるとも思うし……どうします?」

 

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は確かlv50から60くらいだったはず。あのメイスでも数回殴れば落ちるような気がしないでもないが、確かに地味っていうかなんというか。それにアイコもあんまり乗り気ではなさそうなのは支援職に括る矜持があるからだろう。無理してまで戦ってもらうことも無いかと戦闘を代わることにする。

 

「ああ、そうですね。ホントすいませんでしたわざわざ、この埋め合わせは必ず」

「いや埋め合わせって言うほど私役に立ってはいないですし、代わりに戦ってもらってたのだから何も言えないんだけど……でもちょっとだけお願いがあるの! ・・・・・・聞いといてもらえませんか?」

「なるほど指輪を……あはは、承りましたよ」

 

 アイコの説明を受けて、アインズもそれを見たら既婚者と思ってしまうかもしれないなあと考えるが、確かに異世界だもんなと納得する。どうにも『リアル』『ユグドラシル』『異世界』と間にゲーム世界を挟んでいるが故に、たまにいろいろと混同して考えてしまうのはしょうがないところであろう。

 

「アイコさんは戻ってても大丈夫ですよ。言い忘れてましたけど後詰も来てるんで問題ないですし」

「そうですか? うーん自宅に戻るって言っちゃいましたし、お言葉に甘えて戻らせてもらいますね。頑張って……って言葉も不要ですね。それじゃまたあとでね」

 

 そう言って翼を輝かせて飛び去るラブリー・エンジェル。それを柔らかな表情で見送っていたアインズとアルベドであったが、「も、もう一度だ!」とか言う煩わしい声に、あーまだやるんだと魔法を放つ。

 

「今度はこちらの番だろう? ……絶望を知れ。<暗黒孔(ブラック・ホール)>」

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 時刻はそろそろ日が昇る頃合いだ。

 

 昨日モモンガちゃんたちはあれから一時間もしないうちに戻ってきた。いや、時間を潰して一時間で戻ってきたと言った方が正解か。

 村長ほかガゼフがいる倉庫の方へ挨拶をした後、アイコの家に回り、女性たちを解散させた後しばらく歓談。「やはり既婚者じゃありませんでしたよ」との吉報と「私からもあの人間にアイコ様を売り込んでおきましたので」という心強い言葉を残し、ナザリックに帰っていった。

 一応私は魔法の使い過ぎで体調が悪いということになっているので、もう起き上がっていたという戦士長に会いに行くことは叶わなかったのだが、一晩泊るということなので今日にも会えるだろう。

 

 そして今問題なのはそれではない。私たちの歓談中、徐々に瞳からハイライトが消えていくメイドに不安になったものの、一晩一緒に寝たのでもう落ち着いたと思っていたのだが、隣で寝ていたはずのソーコがいない。

 リビングへ上がっていくと、広場のある方向から微かだが妙に力強い声が聞こえる……

 

 

 

 

 

「ガゼェエエエフ!! 私を倒さない限りぃ、アイコ様に手をかけるなんて出来ないと知れぇ!! 早く出てきなさい!!」

 

 あー……私愛されてるなあ、なんて思いながらもどうしたもんだろうと顔を赤くしながら、すぐさま広場へと走り出すのだった。

 

 

  『カルネ村には二人の聖女がいる』

 

 そんな面倒な噂が流れだすのは、もう止めることは出来ないかもしれない。

 

  





アイコさんの装備はよくいるヴァルキリーっぽい感じをイメージして頂ければ。

ここから先はまだ何も考えていないので更新が遅くなると思います。日常回の方が好きなので、そういうのも書くかもw ガゼフ関連はラナーさんの先読みに賭けましょうw



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第二章
10 愛のカタチ


第二章というか幕間みたいな感じです。方向性としては……なんか一緒にいればそのうちくっつくんじゃね? 的なアバウトな感じでいこうかとw ホントどうしようねw
 


 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフは心底後悔していた。誰がこんな状況を予測できるのかと。まだスレイン法国の特殊部隊が自分を狙ってきた事実の方が、予想できたことだと。

 

「いけるいけるよー! ソーコちゃん!」

「ソーコおねぇちゃんがんばってー!」

「頑張れーお嬢ちゃん! 隊長は虫の息だぞー!」

 

 味方は皆無。部下も完全に向こうの手に落ちているのか完全にアウェイだ。一度腹部に拳を当て殴り飛ばしたのがいけなかったのか、あの時は村の人間、そして部下までもが私に殺意を向けてきたのを思い返す。

 

『ははっ。病み上がりだが丁度身体を動かしたかったところだ。ゴウン殿……いやアイコ殿に癒されたこの身。それにアイコ殿の母上にも……あーその、いろいろ言われたのでな』

『くぅっ!? ホントすいません……この子がこんなに言うことを聴かないなんて初めてで……まあ、それも嬉しくもあるんですが。一度戦ってくれれば落ち着くとも思いますので』

『ガゼェエエフ!! なにアイコ様になれなれしく接している!!』

 

 あの奥方が言っていたのは『娘があなたに一目ぼれしたみたいなの。一時期(・・・)の気の迷いかもしれないけど今は(・・)あなたを好きになっているわ。よろしく頼むわね』だったか。

 亜人やモンスターが蔓延るこの世界。容姿にかかわらず強い男が好意を寄せられるのは分かる話でもあり、そして自分も過去に経験してきてもいる。まさか二十にも満たないような可憐な少女が私をなどとは、この年になっては初めてのことでもあったが、両親の言伝や、私を見つめてくる上気した頬に潤んだ瞳を見せられては鈍感を気取っているわけにもいかない。

 

 いや違う、今はそんな事を考えている状況ではない。メイドと紹介された、上質のメイド服を着こみ、柄の長いハンマーのような武器を抱え上げた、鬼の表情をした可愛らしい少女との戦闘からもうすでに一時間(・・・)は経とうとしているのだ。

 とにかく予想をはるかに上回るほどに強い。身体能力だけで見たら、部下やラナー殿下専属の剣士、クライムに匹敵するのは間違いないだろう。ただ当たり前だが戦士としての技能は無いのだろう。長柄のハンマーを振り回すだけなのだが、この武器も拙い。

 すでに訓練用の木の盾は壊されているが、アレを木剣で受けるわけにもいかず避ける以外に取る術が無い。一度籠手でいなしたが、いまだに痺れが取れていないのは恐ろしくもある。

 

 そして周囲と彼女の意識の差も違う。完全に俺を殺す気だ(・・・・・・・・・)

 

 朝から集まってきた村の女性たちや、大声に起こされた部下たちにとってはちょっとしたお祭り気分なんだろう。昨夜も村の男性たちから「アイコさんもそうだけどソーコさんも村の女神ですよ」と聞かされていたのだが、これはどう見ても鬼神であろう。

 

「だっしゃー! こらー!」

「おぉお! すごい起き上がるぞ!」

「そ、ソーコ! ちょっと無理しちゃだめよ!」

 

 無論こちらも攻撃を仕掛けてもいる。だが寸止めなどでは彼女は止まってもくれず。負けを認めてもくれない。やむなしにと少々痣が出来るかもしれないがと肩付近を木剣で叩いたのだが、ダメージは皆無。

 どんな素材で出来ているのかは分からないが、もしかしたら自分が今着ているプレートより硬いのではと思わせるほど。

 組み伏せようとも考えたが、何故か容易く外されるのは魔法の効果なのだろう。戦闘前に複数の魔法をアイコにかけられていたのは知っていたが、正直魔法というのがここまで厄介だとは思ってもみなかった。

 そして先ほど拳で腹部を殴ったのだがこれも飛ばされただけでダメージは少ないように見える。スタミナが切れないのは何か魔法的装備があるのだろうか。肩で息をしているのは自分だけだ。

 

「村長、昨日あんなことがあったのですから今日は祭りということにしませんか?」

「そうさな。今日ぐらいは仕事を休んでこの催しでも観戦するかね」

 

 ちょっとまってほしい。気持ちは分かるが止めてくれ。村長たちがなにやら話しているのが漏れ聞こえてくるが、言葉を返すことも出来ない。

 

 そして周辺諸国最強と謳われるガゼフをして『死の舞踏』と思わせる死闘は昼近くまで続いたのだが、「お腹が……空きました……」と言って倒れる彼女により、こちらも膝をついて引き分けを提案することで、ようやく死合を終えることができた。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「まあ、私と引き分けたのです。アイコ様たっての頼みですし、残さず食べなさいね」

「もう、ソーコったら。す、ストロノーフ様も村長もどうぞ座って下さい」

 

 父からの置き土産ですという言い訳をして、村長婦人他女性陣に大量の食材を渡し、現在村の広場では炊き出しが行われている。今日くらいはみんなにも英気を養ってもらいたい。

 

 そして私たちは自宅の噴水付近にソーコの鍛冶用にと設置してあったテーブルを囲み、村のみんなや戦士団とは別に会食をすることになった。

 メンバーは私とソーコ。村からは村長と戦士団からはガゼフを招待している。

 

「残すなんてとんでもない! 私も腹が減っていてな。それにしても……とてつもなく美味しそうですな」

「これはまた今日もすごい料理ですなあ」

 

 引き分けというか壮絶なダブルノックアウトだったようなあの試合。怪我しちゃまずいとソーコに支援魔法をかけ疲労無効の指輪を渡してたんだけど、あそこまで長引くとは思わなかった。飲食不要の効果もある『リング・オブ・サステナンス』の方を渡していたらどうなってたことやら。

 レベル差で倍はあるような気がしてたんだけど、装備差や支援、本気で殴るわけにもいかない戦士長の手加減により拮抗してしまったのだろう。途中で『武技!』とか聞こえたのは空耳よね。

 

「旨い! ものすごく旨いぞ! い、いや失礼、少々興奮してしまった。それに体力が戻ってくるような不思議な感覚もするのだが……これは一体」

「ふ、ふん! お前などに褒められても嬉しくも無いわ!」

 

 ねえ、ツンデレとか言う設定は付けてないわよね? なんだろう闘いの中で友情でも芽生えちゃったんだろうか。いや違う、もともと優しい性格なだけに頭の中でいろいろとせめぎあっているのだろう。

 そんなソーコも席に座らせて、昼食を共に。勿論何人分だよと思われるようなバゲットやシチューがなみなみと入った寸胴なども、ソーコの傍らのテーブル付きの台車に乗せてあり、給仕を怠ることは無い。まあほとんどが彼女の腹に入ってしまうのだろうが。

 

 ガゼフも食事を堪能していたが、聞きたいことが山とあったのだろう。昨日の邂逅以来矢継ぎ早に問題が起こり、聞く暇も無かったのだから仕方がない。まずは私たちがここにいる経緯から順を追って話すことにした。

 

 私たちがどこか遠くから転移してきてしまった事。両親とは別々の場所に飛ばされ、先日の戦いの中で四日ぶりに巡り会えたこと。私たちはこの村で生活することを決めたことと、現在森の奥にいる両親に連絡は出来るが、研究肌なのでしばらくは出てこないだろうという事。

 私の翼や両親の容姿に対しては、ちょっとだけ人とは違いますよと正直に話したが、それについては追及はなかったのでほっとした。

 

 一番突っ込まれたのがソーコに対してのことだったのだが、鍛冶が得意で見かけより力持ちなんですと無理やり納得させた。いや多分全然納得してないだろうけど。

 

 そして話は村長を交えて捕えてある騎士たちの話になる。今日にでもエ・ランテルまで引っ立てる予定であったが、すでに昼を回ってしまったので明日早々に出立するということに。

 報酬については王にお伺いを立てて必ずや支払うとも。捕えた軍馬や騎士たちの鎧も、法律に照らし盗賊として処理されるなら村のものになるのだが、帝国の紋章などが入っており証拠物にもなるので一応預かるということになった。無論処理が終われば換金して報酬とは別に届けることも約束してくれた。

 村長としては村として報酬を受け取るというのは、アイコやその両親に申し訳が無いと全てアイコに渡してくれと頼んだが、「別にそれでもいいですけど私たちも村人なのでそのお金は村の為に使いましょう」と言われては返す言葉もなく、軍馬や戦闘で荒らされ、火を放たれた箇所もある畑を復旧しても、次の収穫には到底間に合わず納税が遅れてしまうという理由で受け入れることになった。

 

「でも普通国が管理している村が襲われて、そこから税を取ろうだなんてあり得ないじゃないんですか?」

 

 という私のふと思った質問に、村長どころかガゼフも黙り込み、あ、この国やべぇと遅まきながら察することが出来た。しかしながらこの国に難癖を付ける気も無い。そもそも私は異邦人で……あれ?

 

「村長、私たちはもしかして不法入国者になるのかな?」

「うーん、家もあるしもう住んでいるのだからね、そんなに難しく考えなくていいよ。一応毎年来る徴税吏に住民の増減を報告する義務があるから、その時にでも登録しようと思っていたのだがね、いやこんな話王国戦士長様の前でする話ではなかったかな」

「いや、村長の言う通り。本来ならこの村だとエ・ランテルの役所に届けて住民登録をするべきなのだが……あまり言いたくは無いが住民台帳などもあるにはあるのだが、正確ではないと聴いている。国境はあっても柵があるわけでも無し、転移はまあ予想外だが、その報告の仕方でも……うーん……」

 

 思ってた以上にルーズというか、国が国民を管理しきれていないのだろう。だがなぜかガゼフは考え込んでいる様子。何か問題でもあるのだろうか。

 

「私は王にこの村で起きた顛末を話すことになる。そして貴族議会にもあなたたちに助けられたと話さざるを得ない……無論そこでゴウン殿の名を出すことになるだろうが……」

 

 ああ、分かった。私たちは目立ちすぎたんだ。戦士長の報告を聴いて国はどう動く? 王国最強の戦士と引き分けたメイドの話はしないだろうが、調査に乗り出すのは間違いないだろう。不法入国中の異国の少女たちか……ちょっと拙いかな。

 モモンガちゃんが口止めすらしていなかったというのはなんだ? そうだよね……悪行を働いたわけではなく、村を救ったアインズ・ウール・ゴウンというのを広めるんだもんね。口止めは不要か。

 あれ? これとばっちりというか全部私の方に面倒事が来ているような……あーもう!

 

「ストロノーフ様。村に迷惑をかけたくはありません。私も王都へ連れて行ってもらえませんか?」

 

 思惑は多岐に及ぶ。まず私への追及が村に及ぶのを避けたいが為。そして戦士長の報告、そして報酬の受け渡しなどを簡易にする為が表向きな発想だろうか。

 裏の思惑としては転移の問題だ。いずれはエ・ランテルや王都に赴こうとは思ってはいたが、他のプレイヤーがいた場合、まず向かう先は人が住んでいるであろう都市部だろう。そうなると遠隔視の鏡を使うわけにもいかず、自力で行く必要があるとは思ってはいたのだ。

 そして最大の理由が、こっ、ここでお別れするのが寂しいからなのだが……それはまあ置いておくとして。

 

「それは……願ってもない事なのだがよろしいのか?」

 

 その『よろしいのか?』の言葉は私だけではなく村長やソーコにも投げかけているのだろう。

 

「一つだけ。私のとっておきの魔法を秘密にしていただければ問題ありません」

 

 まあ単なる転移魔法なんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうですか王都に。いろいろ理由付けてますけど戦士長の家に行く気満々ですよね?』

「そ、そんなこと、し、しませんよお?」

 

 なかなかに鋭いじゃないモモンガちゃん……あわよくば「転移先に指定させてください」と言うつもりはある。ほらあれだ、人がいっぱいいる王都のどこかにぱっと現れたら不審に思われるからね。

 

『こっちはいろいろと分かりましたよ。正直アイコさんが蘇生実験を済ませてなかったら大変でしたけど』

「え? なんで?」

『うーん、ちょっと長くなるのでその話はナザリックに来た時にでもしますよ。それで……お願いってなんですか?』

 

 まあ、今日は早く寝ておきたいのでそれはいいか。とにかく早朝に気づいたものの、いろいろありすぎて忘れていたアレを教えておかないと。

 

「たぶん、アウラとかマーレとかは仲良くしてたんでこっちに遊びに来たがるとも思うのよね」

『そうですね。早く会いたいですって言ってましたからそうだと思います』

「んでその二人はいいんだけどシャルティアのことなんだよね」

『ああ、なんかシャルティアもアイコさんに会いたがってて不思議だったんですよ。六階層のお茶会とやらにいたんですかね?』

「いや、いなかったけどね。別に大した話ではないのよ。つまりうちのシャルティア(・・・・・・・・・)をね、ペロリ君が見せたいなー並ばせたいなーってずっと言ってたの」

『ああ……うん……はい……』

「たぶんナザリックのシャルティアにもそんなことを語りかけてたんじゃないかなーとも思うのよ」

『はい……ありえますね……』

「それでね……ちょっと言いづらいんだけど、なんかカルネ村に新興宗教というか祈りの対象的なものが出来ちゃってね……」

『あ……なんかわかった気がする』

「うちのシャルティアゴーレムがなんか助けられた村人の信仰対象になっちゃってるみたいで……『水の女神』として水を汲みに来る女性たちとかに祈られちゃっててね……アレを……」

『……』

「なので本家シャルティアがこちらに来たらもう……」

『あ、なんかすいません。胃が無いのに痛いんですけど』

 

 正直シャルティアの容姿はわかるがどんな性格だとかは知らない。でも女の子なら、あんな状態の彫像に祈りを捧げられていたらどう思うか……

 

「なので、シャルティアはこちらに来させないほうがいいかと……」

『すいません。先ほどの会議で一応<転移門(ゲート)>が使える子なんで、一番手でそちらに伺うことにもう決定していまして……』

「……」

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 

 幸いなことに王都への出立時早朝に現れたシャルティアは、アイコの家の窓から彫像とそれに祈りを捧げる村人の様子を観察して歓喜に震えることになる。

 

「あぁ……す、すごい! こんなプレイ(・・・)を用意してくださるだなんて……はぁ……ふぅ……さすがペロロンチーノ様でありんす!」

 

 なにかドMの琴線に触れたのか心配するまでもなかった。

 

 




というわけで、一緒についていくことになりました。転移から八日目にモモンがエ・ランテルで冒険者になるようなので、原作通りの行動をとらせるなら会えるかな?
 


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11 女の戦い


毎度ちょこちょこ視点が変わるのは申し訳ない。なんか主人公視点だと内面の感情とかも透けちゃって可愛く見えないのよw
 


 

 

「予想より早くエ・ランテルに着きそうだな。アイコ殿のおかげで助かった。礼を言う」

「い、いえこれはお父様が運んでくださったので礼なら、あ……会うの大変ですよね」

「あはは、あの森に踏み入るわけだからな。礼をするのに一軍が必要かもしれんな」

 

 昨日の会話の中で一番の問題だったのだが、10人ほどいる捕縛された騎士の運搬方法だ。村には多少大きな荷車もあったが、とても大の男10人を運べるものではなかったため、アインズに連絡を取り大きな馬車を用意してもらい、その荷台部分をシャルティアに運んでもらったのだ。

 

『馬はすいません、ちょっと現実的にまともなのがいなくてですね、そちらの捕えた馬を使ってくれればと。それで申し訳ないんですが返却時に馬を頂けませんかね? こっちでも使おうかなーって』

 

 アインズもこの世界でのまともな移動手段を手にする必要があると感じたのだろう。アイコも快く了承し今に至るというわけだ。

 

「それにしても転移とは便利なものだ。昨夜はゆっくり休めましたかな?」

「ええ、でもソーコが。毎食会えるし、夜も一緒なのにグズっちゃって大変でしたよ」

「あ、ああ。ソーコ殿だな……そ、それはすごく愛されているのだろうな」

 

 そして私たちはすでにカルネ村を出立して一晩を越えている。昼前にはエ・ランテルに到達できるだろうとのことだ。

 村では現在復興計画が相談されている。幸いなことに村に一人の死者も出なかったのだが、近隣の村がモンスターではなく人間によって全滅したとあっては、森の拳王の恩恵に胡坐をかいてはいられない。

 私も何か役に立ちたいとは思ったのだがこんな状況。夕方から明け方にかけては自宅にいるので、治療などが必要になったら遠慮せずに扉を叩いてくださいと告げ。『水の女神』の指揮権をソーコにも渡し、強さも証明されているソーコに手伝いを一任している。

 

「わぁ! 見えてきましたね!」

「あれが城塞都市エ・ランテルです」

 

 こうやって御者席に二人で並んで座っているのも嬉しいのだけど、せっかくの異世界なんだ。中世っぽい街並みの観光も楽しまなくちゃね。手綱を握るガゼフの横顔をチラリチラリと見つめながら、(手綱をパァン! ってやって「ハァッ!」とか言ってくれないかな)なんて思いつつ、一行はエ・ランテルに到着するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷひー。ぶじでかえってきてくれてなによりだよ。ストロノーフくん。それとちょっとおどろきすぎてあやうく素にもどるところだったよ」

「出立時には挨拶もしませんで。誠に申し訳ございませんでした」

 

 現在私とアイコは街のお役所。その最高責任者である都市長の私室に赴いている。此度の任務は王命であるが故秘匿されていたものだが、都市長には内々に情報が通っていたのだろう。

 そして私たちがここに訪れたのは罪人の受け渡しだ。騎士たちを最終的には王都まで輸送させるわけにはなるが、それを私たちがする必要はない。副長の言葉ではないが、彼の者たちが貴族派閥の誰かに繋がっていない保証もなく、初期段階での審問は王の直轄地たるエ・ランテル。その信頼厚いパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア都市長にお任せしようと考えていたからだ。

 素に戻るとは……まあこの少女のことだろうが、こうやってドレスに着飾るとますますラナー王女に似通って見える。早着替え……アレも魔法の一種なのだろうか。少々サイズが合っておらず色々見えてしまいそうで危険だったワンピースから一瞬で蒼いドレスに替わったのには驚いたものだ。

 

「ようけんはりょうしょうした。しかし……ストロノーフくんにもようやく春がきたのか。ぷひー。かわいらしいかたではないか」

「なっ!? いやこれはアイコ殿が手を放してくれなくてですな、そろそろ手を離してはくれないか?」

「んふー。イヤですが分かりました。都市長様初めまして、アイコ・ウール・ゴウンと申します。頑張ってご期待に応えますからねっ!」

「はっはっは! いやこれは一本取られた! 変なしゃべり方をして済まなかったな。その若さで回復魔法の使い手とはさぞかし才能がおありなんだろう。これは王が涙を流して喜ばれるな。」

 

 この都市長は所謂やり手だ。頭も切れるし駆け引きもうまい。それをしてアイコが間諜の類ではなく本気で自身を慕っているのを見抜いたのだろう。

 馬車で散々彼女から告白めいたものを聴かされているし、馬車を下りるときに差し伸べた手はついぞ離されることは無かったのだ。私だってそれは無いと確信できてしまう。

 いや違うそんな話ではなくてだな。いかんこの娘にペースを乱されまくりだ。

 

 ガゼフの知らぬところではあるが、現在この都市庁舎は騒然としている。曰く『あの黄金の姫が頬を染め、王国戦士長の手をつかみ、まるで恋人のように親し気に』といったとんでもない誤報が乱れかっているのだ。何気にこの噂が王都に届くのが先かガゼフたちが先に到着するのか。いろんな意味で王が涙を流すピンチかもしれない。

 

「今日はこの街に泊っていくのだろう? 私が最高の宿を手配しておこう」

「いやっ!? それは……」

「ありがとうございます。でも私は戦士団の方と一緒にこちらに泊めていただけるだけでよろしいのですが……宿代がもったいないですし」

 

 もったいないというか、転移されるのだから必要が無いのだろう。

 

「ますます出来たお嬢さんじゃないか。ストロノーフ君も大切にするのだよ。それなら良い部屋を用意しておこうか。是非我が街も見学して行ってくれ」

「はい、ありがとうございます。んふふーガゼフ様、案内よろしくお願いしますね」

「あ、あぁ」

 

 いろいろ突っ込みどころがあるのだが、自身もその予定であったので、都市長に礼を言い再び手を取られて退出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「住民登録も済んで良かったです。ソーコも家にいて助かったわ」

「そろそろアイコ様が戻られると思い木材の切り出し作業から抜けさせていただきました。まあこのゴリラが付いているのは残念ですが」

「ごっ、ゴリ!? いやしかし本当にカルネ村から連れてきたのだな……転移とは違うのか。なるほど確かに秘密の魔法とは納得だ」

 

 泊まる予定の都市庁舎の一室を借り、カルネ村からソーコを<転移門(ゲート)>で連れてきて、揃って住民登録は済ませた。

 私は別に自身が使える力を出し惜しみするつもりも無いが、それで面倒事になるのは避けたい。<転移門(ゲート)>を見せるのはガゼフだけでいいだろう。宅急便に使われてもなんだしね。

 

 ガゼフから冒険者登録をするという手段もあると教えられたが、長く依頼を受けなかったり、失敗が続いたりすると登録を剥奪されるのだそうだ。それはそうだろう、戦争に出なくてもいいみたいだし、それなら国中の民がこぞって冒険者登録をしてしまう。

 先日の夜の情報交換でどうやらモモンガちゃんは本日にも冒険者になるとのこと。危ないからやめなよとは言ったけど、『息抜きが……息抜きがしたいんです……』という悲痛な声に、あーそういう理由かと納得もした。

 冒険者と聞いて私の頭によぎったのはラノベでよくある『ゴブリン討伐』と『薬草採取』。多分mobを倒しても光になって消えるとか無いわよね……鈍器でぶちゅってなるのよね……だめだわそれ。薬草はソーコは採れそうだけど私は多分ダメな気がする。そんな思いもあり普通に住民登録をさせてもらったわけだ。

 

「それで昼食はどうなされるのですか?」

「都市長様から美味しい料理を出すお店を紹介されたの。ホントは遠慮したかったんだけど、いろいろ断りすぎてもなんだと思って。ガゼフ様、ソーコもいいですよね?」

「あぁ、もちろんだ。私も以前料理を堪能させてもらったしな」

 

 お代は任せろと言うガゼフだったが、店の食材をソーコに食いつくされても何なので携帯食料を今のうちにモグモグさせておくのは忘れない。

 

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 さて、何故この千載一遇のデートのチャンスを潰したのかには訳がある。一つはやっとお買い物が出来るからだ。都市長から食事代として金貨を一枚貰っているのだが、村長に聞いた貨幣価値を考えるととんでもない額だ。所謂討伐報酬を管轄都市から出せない心苦しさからだから遠慮なくと言われて受け取ってしまったわけだが、考えてみたらこの国の貨幣を得る方法が今のところ無いわけで、ありがたく頂くことにしたのだ。

 ガゼフにも許可を取ってあり食事の後に私とソーコの生活雑貨を見て回ろうと思っている。あと下着も。

 

 そしてもう一つがこの都市の門をくぐってしばらくたった頃、悪意の視線を感じたからだ。視線は最初は荷台に乗せられている騎士に注ぎ、次いでガゼフに。最後には私に注がれ悪意の感情が大きくなるのが分かった。

 最初は路地から。次いで通りの脇の商店の屋上から。なかなかに機敏な動きで、私たちが都市庁舎に入るのを見送っていた。

 

 もちろん魔法で視線を飛ばし容姿も確認している。そしてあの表情には見覚えがある。狂喜、嫉妬、歓喜とでも言うのだろうか。いつかはそんなことも起こるんじゃないかとは思ってはいたのだ。

 確実にガゼフに好意を寄せている女性。もしかしたら昔付き合っていた女性なのかもしれない……怖くて尋ねることも出来なくてずっと手を握っていたのは、そんな理由もあったからだ。

 

 なごやかな昼食を終え、三人で生活雑貨を買いあさった後再度その視線を感じる。女性用の服飾専門店を見つけ、ガゼフには店の前で少し待っていてもらい、ソーコと一緒に店内に。引き留めようとするソーコを説得して私は裏口から店外の裏路地へ。女の戦いを挑むために声をかけるのだった。

 

「わかっています! あなたもガゼフ様を好きなんだって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ねぇえええよ!! ぶぁあああか!!――

 

 そう言ってやりたい、ぶん殴ってやりたい気持ちを寸での処で抑えることが出来たのは奇跡としか言いようがない。

 

 スレイン法国から至宝をちょろまかした後まっすぐエランテルに。しかしてこの至宝も使い道がなかったなと考える。これのせいで風花聖典の追手が無い訳がなく、まずはとエ・ランテルの地理の把握や退路の確保などに奔走していたのだが、その際やたらと目立つ馬車と騎馬の一団を発見してしまう。

 

 なんだろう罪人の護送か? 荷台を見ると一人見知った人物が。確かペリュースとかいう金持ちボンボンに付いてたやたらと糞真面目な……名前は知らないが間違いないだろう。

 どういう状況だかさっぱり飲み込めず、御者席を見ると資料では見たことがある存在ガゼフ・ストロノーフが。もしかして法国の何らかの作戦……端的に見たらガゼフ暗殺などだろうが失敗しちゃったのかな? なんて考えて愉悦に浸る。

 もう少しはっきり見て見たいと先回りして屋根に上り確認すると、その隣には田舎臭い服装をしながらも顔立ちの整った少女が。そしてこれも資料上でだけだが知っている存在『黄金のラナー』ではないのかと思われるのだが、その服装とその状況がそれを否定する。

 

 こうなってくると訳が分からないが、あの王女様っぽい娘をぶっころしちゃったら護衛であろうガゼフはどんな顔をするだろうと想像し、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

 都市庁舎に入るのを確認後、さてどうしてやろうかなんて考えるも手を出すことなどはしない。負けるとは露ほども思わないが、自分と互角の戦いが出来る数少ない一人であるガゼフを敵に回すのはこの現状避けるべきであるからだ。

 そうなると今後のガゼフの動向次第ではズーラーノーン幹部カジットの策にも、また自身の逃走にも問題が生じるわけで、庁舎から出てきたドレスに着替えた少女と何故かメイドを引き連れた三人を尾行していたはずなのだが。

 

「わかっています! あなたもガゼフ様を好きなんだって!」

「くっ!? ぐぅっ!?」

 

 まさかそいつが背後から現れて自身を指さし、頭おかしいことをのたまうとはだれが想像できるだろうか。お前通路を挟んで反対側の店に入っただろうが。

 

「やっぱり……綺麗……それに多分戦士なんだ……やっぱり隣にいるにはそういう娘の方がいいのかな……」

「……」

 

 どうしよう……隙とかそんなもんじゃねーぞ。無防備すぎるだろう……このクレマンティーヌ様が路地裏で少女を刺殺した? ガゼフの動揺は見て見たくもあるがそれはねーよ。

 

「でもね……私の初恋なのよ! 言っても分からないでしょうけどクソみたいな世界で生きてきて、この年になって初めて好きになっちゃった人なのよ! 私を殺したくなるのもわかるよ……でもまだやっと手を握ることが出来たくらいの仲なんだ……あなたが思ってるような関係じゃないの」

「……」

 

 もう殺しちゃってもいいんじゃないかな。違う意味でぶち殺したくなってきたが待て、ここはどうにでも出来る。とにかくこいつらの動向さえわかればいいんだと、一度大きく息を吐きだす。

 

「い、いいんじゃないかな~? 私は、ほら、あれよ、恋人? とかじゃないからどうでもいいのよ。あなたたちは、お、お似合いだと思うよ? それであなたたちはこれからどうするの?」

 

 瞬間、タッタッタと駆けてきたかと思うと、瞳を覗かれる。すごい近いんだけど。

 

「ヒッ!?」

「ほんとぉ? 私たちは明日にでも王都に出立するの。良かった~私他にも第三王女とかいうのも怪しいって踏んでるんだぁ……なんか戦士団のみんなが王女がどうこういいながら私を見てくるから」

 

 こいつ警戒心とかいうものが無いのか? 思わず変な声が漏れ、冷や汗が流れる。しかしながら目的も達成できたことだし、次いで言うならこいつを殺す理由がなくなった。こいつ多分王都でなんかやらかすこと間違いない。

 トラブルの芽をつぶしてしまうのは惜しくもあるし、早々に退散するか……さて私がガゼフの過去の愛人かなんかだと勘違いしてたんだろうが冗談じゃない……うん。

 

「それじゃ、あなたもあの人に壊されないように気を付けてねぇ~。聞いた話だとあいつのスゴイデカイらしいから、じゃぁねぇ~」

 

 途端どさっと膝をついて崩れる少女。ぶつぶつと「マジで!? そうよね外人っぽいものね……」とか聞こえるが知ったこっちゃない。多少の鬱憤は晴れたと近くの壁を蹴り屋根に上って逃走を図るのだった。

 

 

 その後、ガゼフとソーコに散々説教を受けることになるのだが、「アイコー! どこだー!」と自身を探す叫び声を思い返し、終始ニコニコ顔のアイコさんであった。

 

  





どんどん増える文字数。途中『夜の武技!』とか下ネタをノリノリで書いていたのですが、一晩置いて冷静になって全部消しましたw
 


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12 森の女王

時系列で考えると王都に着くまでに死の螺旋が終わってしまう。あのイベント捨てちゃうのはもったいないし、『漆黒の剣』も死んでほしくないなあなんて。そんなこんなで出来ましたw
 


 明けて翌日、エ・ランテルを出立した私たちは一路王都へと向かう。もう少しのんびりでもいいとは思うんだけど、いち早く王へ報告を済ませねばならないとのこと。なんとこの戦士団、王都からカルネ村まで、他の村々を回りつつ七日で到達したのだそうな。

 村長宅で見た地図の縮尺が合っているなら、私たちがカルネ村からエ・ランテルまで到達するのに二日。そうするとその速度だとエ・ランテルから王都までは十日以上かかるはずなのだから、街道をショートカットしたりといかに急いで駆けつけてきてくれたのかが分かると言うもの。

 だが今回の帰路は実質村を救った立役者の娘、か弱い少女(・・・・・)の護衛も含まれているのでそうはいかない。いや、まあ仕方ないけど戦士団にとっては私はそういう立ち位置なんだろうね。

 

 箱馬車の中で一人でそんなことを考えながらぼーっとする。失敗した……映画とかではよくあったように思うんだけど馬の二人乗りってダメなのね。

 騎士たちを運んだ荷馬車は返却の趣を伝えていたので、私をどうやって王都に連れていくかの問題に、ガゼフの馬に乗せてもらえばという私の思惑は叶わなかった。そこらを軽く歩かせる程度でなら二人乗りも可能だが、重量やスペースの問題もあり、ガゼフが都市長に掛け合って箱馬車を用意してもらったのだ。

 

「ワンコたちの方が良かったけど馬が怯えるんだよね……」

 

 空を飛ぶのは却下、シルバー・ウルフ程度で怯えるなら他の召喚もダメ。流されるままに乗ってしまったが……暇すぎる。ガゼフはこの馬車を操っているのだが、この箱の中からじゃ見えやしないし声も届かない。左右の小さな小窓から外の様子はうかがえるが、こう振動が激しすぎると景色を楽しむこともできない。

 

「シャルティア、もう街を出たから不可視化を解除しても大丈夫よ。馬車の受け渡しまでちょっとおしゃべりでもしましょうよ」

「そうでありんすか? では失礼して……改めましてお久しぶりでございます。先日の朝は大変すばらしいものを拝見させて頂いて、あまり言葉を交わせなかったのが惜しかったと思っていんした」

「う、うん。そうね」

 

 シャルティアはあの荷馬車の返却要員だ。もう少し街から離れた街道でシャルティアに登場してもらい受け渡すことになっている。

 つまりこの旅の間中、睡眠時などカルネ村に戻っている間は別ではあるが、移動時は護衛としてシャルティアがずっと付いていたのだ。

 そんな大げさなとは思ったのだが、<転移門(ゲート)>の接続先取得の為にという思惑もあるそうで、申し訳ないなーと思いつつ受け入れることになった。

 

「うーん……それにしてもシャルティアって覚えてるのと違うんだよね。銀髪で……確か黒いドレスを着ていたような記憶があるんだけど」

「ええ、その通りでありんす。これはアインズ様の策で、なんでも『アイコさんがいた限り他のプレイヤーがいる信憑性がより高くなった。知られているであろう守護者達が外に出る場合は軽く変装をしてもらう』とのことでありんして」

「へー、なるほどねぇ。アインズさんもシャルティアを大事にしてるんだね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンを広めるなら矛盾した考えにも思えるけど、娘たちがその名前だけで傷つけられるかもしれないって考えたら、対策は取るよね。

 1500人の大侵攻か……昼の部専門の私が知ったのは次の日だったけど、確か階層守護者は第七階層まで倒されてて顔バレもしてるんだったか。

 現在のシャルティアは薄い金色の長い髪を高めの位置で編み込んでポニーテールにしている。なんというか気品があって可愛い。そして装備というか服は光沢のある真っ白なドレス。変装の定義を見失いそうになるが、どこぞのお姫様と言われても不思議ではない装いだ。

 

「これでもナザリックで一番の衣装持ちでありんす。ペロロンチーノ様曰く『同じジャンルばっかりやってたら飽きるからね』とのことで、今回の任務にふさわしい衣装を選ばせていただきんした」

「ふさわしいかどうかは別として可愛いなぁ。髪の毛はアインズさんにやってもらったの? あれ? 髪型って変えられるの!?」

「な、なにを驚いてるのかはわかりんせんが、これは(シモベ)にやらせたのでありんす。アインズ様に触れていただけるならありがたいのでありんすが……」

 

 ユグドラシルで髪形を変えるとしたら外部ツールで外装を変更しないといけない。髪色は確か染料とかのゲーム内アイテムがあったけど、これも外部ツールでいじった方が複雑な色は指定しやすかった。まあ外装変更費用がかかるから一度決めたら髪形を変えるなんてしないんだけど、そうか出来るのか……考えてみればソーコもお風呂の時はポニーテールじゃなかったわ。

 

「んふふ~良いことを聴いたわ。今度ナザリックにいったら私もやってもらおうかなあ」

「なっ!? それでしたら私がやりたいでありんす! ()の髪を編むなんて、まさに理想の母娘(・・)のようでありんしょう?」

「うん…………ん?」

「アルベドから聴いておりんす。なのでこれも持ってきたでありんす」

 

 シャルティアが中空から取り出したのはあの『天使セット』の翼だ。いや、ちょっと待てよと装備するシャルティアの翼を見ると自分の持ってるやつと微妙に違う。

 

「あーそれ値段が高い方の翼だ! いいなあそれ動くんだよねぇ」

「そ、そうなのでありんすか? 私の鎧についているアクセサリーでして、今回の為にこれだけ離しておいたでありんす」

「う、うん。もうなんとなくわかった」

 

 鎧というのが何なのか知らないけど、たぶんメインの戦闘装備みたいのがあるのだろう。

 そしてアルベドから聴いたというのはあの『夫婦設定』のことで間違いないだろう。モモンガちゃんが『ほうれんそう』を徹底しようとか言ってたし、アルベドも嬉々としてシャルティアに語ったのは間違いない。

 

「アイコ様の生みの親としてふさわしい恰好にさせていただきんした」

「あー、生んじゃったかぁ」

 

 それは予想外だったわ。つまりアルベドさんの方が義母になるわけなのね。妹とかじゃダメなのか……ダメなんだろうなあ。いろいろと無理があるとは思うのだけど、確かテーブルトークRPGをやっていたゲーム内の知人が『キャラクターの裏設定なんて言ったもん勝ち』とか言ってた気がする。

 

「うん、よし、それでいってみましょうか。ゴウン家複雑になってきたけど」

「やった! これでアルベドに追いついたでありんす!」

 

 愛憎渦巻くゴウン家を想像し、あと何人か家族が出来そうだなーなんて思いつつ、まあモモンガちゃんも喜ぶだろうしそれでいいかとぶん投げる。

 ガゼフについては「人間でありんすか?」「じゃぁアインズさん」「お似合いでありんす!」コンボが決まったので大丈夫かな。頼むわよ。

 

 なお馬車の受け渡しは、街道先に転移してスタンバっていたシャルティアにより予定通り行われたのだが、何故か手を組み跪く戦士団。服装は違うけど顔はそのまんまだから分るよねぇ……そういえば出立の時も旅の安全をとあの像に祈りを捧げていたっけか。王都にまで変な宗教が蔓延したりしないわよね……

 

 ガゼフも少々呆けていたが私の説明により納得したのかしていないのか。妻が二人いたり彫像の製作者がモモンガちゃんになってしまったりしたがしょうがない。

 

「な、なるほど……ゴウン殿は……すごいのだな」

「ああ、うん、はい」

 

 何気に一番のとばっちりはアインズ・ウール・ゴウンその人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルを出立してから三日目。連日馬車の中で、王都までは護衛をさせていただきますと言うシャルティアとおしゃべりをしているだけなのだが、昼過ぎにモモンガちゃんから連絡があり、トブの大森林で『森の拳王』を見つけたとの報告が。

 

『もうほんと……ガッカリしないでくださいよ』とのことだったが、支配下におさめカルネ村にいるとのことなので、いつもの夕暮れ一時帰宅時に会わせてもらうことに。

 

「うわぁ! かわいい!」

「かわいいでござるか? それは照れるというか複雑でござるが……それがしは森の賢王。新たに殿にお仕えすることになったので、よろしく頼むでござるよ」

「良かった……俺の感覚間違ってないよな……アイコさんまですごい威圧感だとか言い出したらどうしようかと」

 

 自宅の噴水前で紹介されたこのでかいハムスターが森の拳王だとのこと。なんだかモモンガちゃんもいろいろあったみたいだが、見覚えのない女性もいたので紹介してもらう。

 

「こちらが今回の旅の相方のナーベです」

「ユリ姉さんからお噂はお伺いしております。プレアデスのナーベラル・ガンマと申します、どうぞよしなに」

「そっか、ユリの妹さんの一人なのね。あなたも綺麗ねぇ……とにかくよろしくね!」

 

 彼女とも話してみたいが今はアレをもふりたくてたまらない。だがモモンガちゃんが何か話があるそうで、まずはそれを聴くことにする。

 

 なんでもこの『森の拳王』を支配下に置いたせいで森の生態系が狂うのだそうな。いやそれ以前に狂い始めていたらしい。そしてモモンガちゃんに付いていくという事なので庇護下にあったカルネ村が危なくなるかもしれないとのこと。それは困ると言おうとしたがモモンガちゃんに優しく肩を叩かれる。

 

「よろしく頼むぞ。二代目拳王」

「ふぇっ!?」

「頼むぞ? シャルティアの娘」

「……」

 

 二言目にぼそっと耳元でささやかれた言葉に何も言えなくなる……あれ? ちょっと怒ってる? ナザリックでなんかあったのかな? うん、なんか大変そうね。まあこの村は守りたいけど今はちょっと厳しいのはモモンガちゃんも知ってるよね? うーん……

 

「わかりました引き受けましょう……その代わり依頼を受けてもらえないかな?」

「依頼ですか?」

「昼からいるならわかるかもだけど、カルネ村は復興作業で人手が足りないの。期間は私が王都から戻るまで。報酬は国から貰えるらしい報酬からになるけど、どう?」

 

 もちろんあの戦闘の報酬は半分こで渡す予定だったから、それとは別にだよと言っておく。うんうん唸っていたアインズであったが、「あれ? 息抜きじゃないの?」と聞いた途端今思い出したかのように「あ!」と呟き、同意してくれた。

 なお薬草採取の依頼主と同行の冒険者がいるので、彼らと相談してからということに。ただンフィーレア・バレアレという少年がエンリの幼馴染らしく、アインズが街で使った赤いポーションとソーコが使っていたポーションの色を覚えていたエンリの話から何か繋がりがあるんじゃないかと考え、エンリの父や村長から『アルベド』の名前を知り。旅の途中うっかり口を滑らしたナーベラルの言葉から、現在冒険者のモモンと名乗る男がアインズであると知られてしまったそうな。

 

 うーん、アイコ・ザ・ダークウォーリアーか……いや、ちがうちがう。娘とバレようがそれ自体が虚偽情報だし問題ないとは思うが、ポーションの色にタレントか……私も情報不足が否めないな。

 

「何やら話が進んでいるようでござるが、ちょっと待ってほしいでござるよ殿」

「ん? なんだ?」

 

 何やら困ったように首を傾けるハムスター。かわいい。

 

「いくら殿の娘とはいえ、強そうには見えないのでござるよ。とても森を支配できるようには……」

「黙りなさい! 虫けらの分際で!」

「あぁよい、ナーベラルよ。見た目では無理もない事だ。アイコさん?」

「え? ああ、じゃぁちょっとだけ」

 

 息をスーッと吐きだし斜に構え拳を突き出しハムスターに対峙する。

 

「よしっ……うぬが森の拳王だと? 笑止! 我が拳をもって本物の「あ、アイコさんそういうのいいです」はい」

「それがしとやりあうつもりでござるか? ふっふっふっ、殿には後れを取ったでござるがこのような幼子に負けることは無いでござるよ!」

「うん、わかったから、全力防御してね。いくよ? パンチ!」

「うぐぉぉうわらばぁ!?」

 

 瞬間大砲を撃ったような「ドグォオオオン!!」とか言う低い打撃音がさく裂し大きな毛玉がものすごい速度で森の方に転がっていく。

 

「結構固いわね、お腹に穴が開かなくてよかったわ」

「手加減したんですよねえ? 別に魔法とか見せればそれでよかったのに」

「ゆ、ユリ姉さまより過激な……いえ、さすがアインズ様の御友人であらせられますね」

 

 とにかくもふりに、じゃなくて助けに行かなきゃと結構な数の木をなぎ倒した先にいた毛玉に回復をかけ、かついで家の庭まで運ぶ。翌朝目を覚ましたハムスターに直々に『二代目森の拳王』あらため『森の女王』の称号を勝手につけられ平伏されるのだった。なお倒した木々は村の柵の材料になったようである。

 




ンフィー君たちの説得まで書こうと思ったけどきりがいいのでここまで。
いやあれですね、このお話の中ではエンリがアルベドの名前を知らないだろうからンフィー君はどう考えるだろうって色々考えてたんですが、こんな形に落ち着きました。

年末年始はお仕事忙しいので次回は一月四日以降になると思います。すまんのw
 


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13 嘘と真実

あけおめです。予想より早く上げれましたが、前回投稿からまだ休みがありません。なんなの;;
 


 

 風呂は良い。もし人間体であればもっと気持ちよかったのだろうかと考えなくもないが、お湯に身体を包み込まれる感覚は嫌いじゃない。だが身体を洗うのは面倒だ。この骨の身体を洗うのには一人では三十分くらいかかってしまう。いやいや、そういう話ではなくて。

 

「ソーコはそっちの足からね。ナーベちゃんは背中で。わたしはこっちから……んしょ、んしょ」

「はいっ! よいしょ、よいしょ」

「ああ、こんな栄誉を与えられるなんて……」

 

 そこには本人にだけ見える緑色の光を放ちながら、美少女三名に泡だらけにされている骸骨の姿があった。

 

 森の賢王を介抱した後、今夜はこちらでお世話になることになったのだが、この際だからとシャルティアの件でやたら増える後付け設定を注意しようと思っていたのだ。

 ナザリックではアルベドがロールプレイとしてそれを受容し「あの生むだけ生んでネグレクトした二番目の妻がなにか?」的な更なる後付け設定が生まれている。

 お前ら『演技は大事だ』ってそういう意味じゃないから。

 

「ここまで歩いてきて大変だったでしょ? まずはお風呂にでも入っちゃって」

 

 なんて好意を嬉しく思い、ありがたく頂くかと自室のものより大きな浴室へ連れてこられたまではいいが、アイコが後から入ってくるなんて聞いていない。

 

「え? 私も何か賢王の毛がついちゃったし一緒に洗おうかと。ナーベちゃんもソーコも早く! アインズさん洗うの大変そうだからみんなでやろうよ」

 

 もうなに? 隠すとかそういう恥じらいとかないの? 「結構いいプロポーションでしょ?」なんてのたまい、両腕を首筋に持っていき胸を反らすアイコに唖然としてしまう。

 ああ、はい、結構着やせするんですね……じゃなくて! 目を閉じようにも瞼が無いし、転移しようにも地下部分は阻害されているのだろうか、全く発動しない。

 流されるままに引きずられ泡だらけにされているが、ソーコさんスゴイ物をお持ちですねとか、ナーベラルもなかなか……なんてNPC二人についての考えは置いておく。

 

 わからないのはこの人だ。よく知りもしない男に裸を……と考えるが、男って言ってもフルプレートを外した今の自分は骸骨だ。アイコにしても自分の身体というわけでもなくゲームのアバターだ。そう考えれば問題ないのかなと流されそうになっているがどうなんだろう。

 正直ユグドラシル十二年の中で彼女と遊んだ回数は両手で数えられるほど。『夜の仕事』ってのがなんなのかも知らなければ、ぶっちゃけリアルの性別だってアウラやマーレにお茶会のことを聞かされなければネカマであってもおかしくないと思っていたくらいだ。

 要するにギルメンの中では彼女と一番付き合いが薄かったわけで、彼女のことを何も知らないのだなと今更ながらに気づき。こういう性格なんだろうと納得することにする。

 

「んでどうする? ナーベちゃんもお嫁さんにするの?」

「んひっ!? いえ! 私など!」

 

 あ、思い出した。るし★ふぁーさんが『あの人なにやっても動じないんだよね』って言ってたのを……つまりはある種の同類というか通じるところがあるのだろう。よし……今夜は説教だな!

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 ガゼフ分が足りないと早朝『森の女王』を襲名したアイコは早々に転移してしまった。丸投げされたわけだが、アインズにも森の賢王に付いてこさせちゃったのは拙かったかなとの思いもあり、この依頼に関しては思うことは無い。冒険者という職業の方にこそ夢の無い仕事だなあと思っていたくらいで、ここでしばらく息抜きをするのも悪くは無いと思っている。

 ただ問題は我々が現在冒険者組合を通した依頼の最中であるという事が難点だ。いや……指名依頼はどうなんだ? そんなことを考えながら村の倉庫の方へ歩いて行く。ンフィーレアと漆黒の剣はそちらで寝泊まりしており、我々は少々知己があると言う理由でアイコの家に泊っていたのだが、丁度ニニャが倉庫から出てくるところだった。

 ンフィーレアにとっては娘の家……いや自宅で休むということに疑問は無いのだろうが、漆黒の剣には少々不審に思われたかもしれない。正直に話してもいいのだがそれ自体が嘘なのでなにがなにやら。有耶無耶で済めばそれでいいのだが。

 

「モモンさんおはようございます、早いですね。やはり早朝の鍛錬とかなさるのですか?」

「おはようございますニニャさん。いえいえただの散歩なんですが、そうだ。ニニャさんに聞きたいことがあるんですよ」

 

 つまり依頼の二重取りや、組合への報告が遅れるなど、冒険者としての実績を失われる行為になるのではないかといった懸念だ。それをこの村の者に頼まれたのだがと前置きして聞いてみる。

 

 なおナーベラル・ガンマことナーベはソーコと本当に鍛錬をしている。なんでもゴリラ退治のためだそうなのだが、魔法抜きの戦いがナーベ優勢ではあるものの、なかなかの接戦で面白いことになっていた。

 ナーベ曰く「不思議なのですがソーコさんにはアイコ様以上にナザリックの者が持つオーラというか……いえ、姉妹や一般メイドに近い感覚というか」などと言っていたが、理由はまあわかる。ただあれほど笑顔でナザリック以外の者と触れ合っているのは微笑ましくも思う。

 つい「ナーベは可愛いな」なんて口走ってしまい、呆けた隙に一発食らっていたが、木の棒の方が折れていたので問題ないだろう。……なんだか昨日から彼女らの裸が思い浮かんでしまって拙いな。俺もハムスターと鍛錬でもするかな。

 

「まず私たちがやろうとしていたモンスター退治ですが、あれも一応事前に組合に報告しています。何人でどこそこへ行って何日くらいで戻る程度ですが、一月以上報告が無いと組合の冒険者に調査依頼や捜索依頼が出ます。こんな世界ですので冒険者の生存率なんて高く無いのは当然で、本来は放置されてもおかしくないのですが、組合としては二次災害を恐れるわけですね」

「なるほど。つまりその冒険者を助けようという話ではなく、脅威の確認ですか」

「そうです。つまり猶予は一か月ですが、これは当然ながら組合に不信を抱かれます」

「まあ、当然でしょうね……うーん、どうするべきなのか」

 

 少々安請け合いをしすぎたか……多分王都まであと一週間といったところだろう。ニニャは続けて今回の指名依頼に関してもンフィーレアの方から報告をされているはずだと話す。

 

「ですが……さすがモモンさんです。野盗に荒らされた村を助けたいと思う気持ち……私にもわかりますから!」

「う、うむ。だが冒険者としては拙いのだろう?」

「いえ! 要は報告さえすればいいんですよ。二チームで戻る必要も無いですし、モモンさんたちだけなら四日……いや三日で戻ってこれるのでは? その間私たちが村のお手伝いをしますよ。モモンさんより力はありませんが人数も多いですしね。ペテルたちも賛成すると思います」

「おお! なるほど、ありがたい」

 

 なるほど、三日も休めるのか。誘導したようで少々ニニャ達に悪いとは思うがこちらも計画を前倒しにさせてもらおう。アウラやマーレもニアミスばかりで全然アイコさんに会えていないからなあ。双子と森でナザリック上層部に作る予定のコテージ用の木材の調達……いや、キャンプなんてのもいいんじゃないか?

 子供の情操教育には確かそういうのも必要だとたっちさんに聞いた記憶が、それにちょっと楽しそうだぞなんて考えるアインズにニニャが声をかける。

 

「この話すぐにみんなにしてきますね。ンフィーレアさんも喜ぶと思いますよ、なんたって思い人がいる村ですし私たちから話してみます」

「よろしくお願いします。私は……そうですね村長にお会いして形式的な依頼書を書いてもらってから、エ・ランテルに報告に戻ろうと思います」

 

 なおその当人であるンフィーレアはというと、

 

「彼女が大変な時じゃないですか。彼氏として力を貸してあげるのは男の見せ所じゃないでしょうか。私たちも力を貸しますので」

「や、やります!」

 

 なにやらものすごく良い笑顔で頷いたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初からこうすればよかったのよ!」

「アイコ、殿……やはり少々邪魔なのだが……」

 

 昨夜のモモンガちゃんからのお説教で、私は『一途であれ』という事を教わった(注、そんな話ではない)。そうよね、それが普通よね。なら私だってのんびり馬車に揺られていてやるもんかと御者席に座ることにする。シャルティアも「なんだかわかりんせんが、好いているならやってしまいなんし」とか言ってたし押していくべきだろう。

 御者席は並んで座ると腕が当たると言われ我慢していたのだが、こうやって股の間に入ってしまえば邪魔じゃないよね。

 

「隊長……これを断ったら男が廃ります……」

「憎い……隊長が憎い……」

 

 などの何故か血涙を流しながらの副長や隊員の説得もあり、片腕で腰を抱かれながら御者席にいられることが出来た。ふんふ~ん♪と鼻歌を歌いながら幸せを謳歌する。

 王都まであと七日程……長いようで短いこの時間で彼は私を気に入ってくれるだろうか? 男に媚びる仕草や喜ばす言動は知っている。仕事柄身に着いたその行為は私生活では使うことは無かった。画面の中の俳優に恋い焦がれることはあったけども、実際にお付き合いなどをしたことはない。

 

 多分この私の初恋は叶うことはないと思っている。

 

 あまりにも私に隠し事が多いからだ。異世界から転移してきたこと、この顔も身体も本来の私では無いのだということ。それに人間ではなくて異形種である天使であり、つまりは寿命が無いのだという事も。

 ああ、そういえばあなたやモモンガちゃんよりも年上かなってことも追加で。

 

『わからないことを悩む暇があったらとりあえず受け入れよう』

 

 そうだ。こんなことをぐじぐじ悩むほど甘い人生は送ってきてはいないのだ。ダメならそれでいいじゃない。それまでの間に『アイコ』という人間を知ってもらおう。惜しむらくは本名ですらない所だが十二年とプラス一年使ってきた愛着ある名前だ。本名や源氏名よりパッとしないありきたりな名前だけど、今更ながら良い名前だとも思う。

 

「ど、どうした? アイコ、顔が百面相になっているぞ」

「ふわっ!? 大丈夫です。んふふ~、やっとアイコって呼んでくれましたね!」

「うっ!? アイコがそう呼べと言ったからで……とにかくしっかり捕まっていなさい」

 

 どうやら頭の上から顔を覗かれていたようだ。隊員たちが「あま~い!!」「軍法会議ものですね……」「隊長が憎い(二度目)」とか叫んでいるが、どうだろう、良い雰囲気に見えるかなあ?

 リアルのお客や、カルネ村を襲ってきた下卑た視線を向ける騎士に出来た笑顔が今は出来ない。リアルの職業(クラス)スキルなんて本物の思いには使えないのかなんて考えもするが、それでいいのだとも思う。

 私は今普通の笑顔に見えるかな? なんて考えるアイコであったが、周りを囲む隊員たちの目にはそれはそれは素敵な微笑みを見せつけていたという。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「眠って……しまわれたのですか」

「ああ、豪胆な少女だな、馬車の揺れなどものともしない」

 

 アイコを落とさないようにと片腕で抱きしめながら馬車を駆るガゼフの側に並走してくる副長。アイコを見つめるその目は優しくもあり、そして何かを考えているようにも見える。

 

「正直お嬢さんを王都に……いえ王宮に連れて行きたくはありませんね」

「……」

「王への謁見とはいえ他の貴族共もいるのです……不快な思いをされなければ良いのですがこの容姿。何も起こらないと考える方が難しいです」

 

 それはガゼフも理解していた。もしアイコが貴族の者に辱められて自分は我慢できるのだろうか。これは王命であることは理解している。現地で助力を得た家族の娘で、我々を必死で癒してくれた優れた治療魔法の使い手だ。証言者としても王に謁見してもらいたいからこそ、自分から言う前に彼女の提案を受け入れたのだ。

 

「アイコは……私が守る!」

「ははっ! その言葉を本人に言ってやれば大層喜ぶでしょうに。ガゼフ隊長、我々もお嬢さんが好きです。この天真爛漫な笑顔に隊員たちもやられておりますよ。ですが我々はその場にいられません。お願い致します」

 

 『ああ、任せろ!』などとは言えない。大恩ある王に不利になるような行動は慎むべきだ。アイコが言葉で辱められたとしても我慢するべきなのだ。

 

 だが本当に手を出してみろ……

 

 いかん……政治に疎い自分は王の剣であるべきなのだ……

 今の我が身を疎ましく思う。周辺諸国最強と言われる男が、自分を好いてくれる女すら守れないのか? 私は何のためにこの地位にいるのだ。

 

 愚直すぎる男の心の中で少しずつ存在感を大きくしていく少女。彼女がパンチで城を吹き飛ばせるかもしれないと言うことは、まだ知られてはいない。

 

 




最後で台無しだよ!
次回はいよいよ王都かな? 裏で描かれているはずの、シャルティアがいないことによる魔樹・漆黒聖典・鎧の三つ巴や、ニグン達・ブレイン・クレマンさんなどは保留。
とにかく先を書いてみたいというか、自分が読みたいというかw
まあどうなるかわかりませんが今年もよろしくお願いします。
 


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第三章
14 蒼の薔薇


王城スタートで書き始めていたのですが、ちょっと思うところというか、そう簡単に平民が王様に会えるんだろうかと疑問に思い一拍置くことに。ついでだから出したいキャラも書いてみようとしたんだけど、初めて書くキャラは口調とか調べたりしなきゃならなくて結構大変ねw
 


 

 ガゼフ・ストロノーフは死ぬと思っていた。あそこまであからさまな工作をされ出立させられたのだ、確実にガゼフを殺す算段を整えていたはず。

 だがエ・ランテルから先触れが王宮に到着し、任務を果たし街道経由で戻ってくると言う。

 

 単純に暗殺の失敗、ガゼフの力を図り損ねたというのはありえないだろう。いえ、すでに情報は得ているのだ。介入者に助けられたと。だがそこからがわからない。

 

「ラナー! お前まさかとは思うが戦士長を……ガゼフを愛しているなどということはないよな?」

「…………は?」

 

 父王の馬鹿馬鹿しい考察を無視して聞き出してみれば、『私によく似た少女を連れて戻ってくる』ということ。つまりは介入者はその少女であるという事なのだろうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 総人口900万ともいわれるリ・エスティーゼ王国。無論100万に近い人間が生活を営む王都リ・エスティーゼは広大だ。早朝、南東の通行所から都入りしたガゼフたち一行が最奥の王城にたどり着くには、馬の速度を緩める必要もあり昼時をかなりすぎた時刻の到着になると予想している。

 

「そろそろ馬車の中に入ったほうが良いと思うのだが……早朝とはいえ人々が動き出す頃合いだ」

「う~ん残念だけど街並みも堪能できたし……わかりました。その前にガゼフ様、一つ質問があるのですけど」

 

 通行所はガゼフが有名人というか公人であるため顔見せ程度で通過できたが、その際にはアイコは馬車の中にいた。だがどうしても街並みを見てみたいというアイコに頼まれ、この七日間ほどしてきたように又坐に座らせていたのだが、どうにも目立ちすぎる。部下が一度誤解したように、街の者にもいらぬ誤解を与えない為馬車に戻るように促すガゼフであったが、アイコの言葉に頭を悩ますことになる。

 

「王城って私はこの格好でいいの? それとも都市長様に会った格好の方がいいの?」

「それはあのドレスの方が好ましいのではないかと思うのだが……どうしてだ?」

 

 今のアイコはいつもの色々見えてしまいそうなワンピース姿だが、国王に謁見するのだから当然あの貴族の娘のようなドレスの方がふさわしいだろうと言葉を返す。

 

「だってもう私はこの国の国民で村娘だもの。他国の貴族のような装いで良いのかしら?」

「それは……」

 

 これは服装の話ではない。立場の話だと察するガゼフ。都市長に会った際は確かに登録前の話だ。あの豪奢な装いの魔法詠唱者の娘として恥じないドレスに敢えて着替えたのだ。

 なら王の前でも当然あのドレスであるべき……なのだろうか。すべては王に伝えはするが、他の貴族共の前では不要な発言はしないつもりであった。つまり旅の魔法詠唱者と今はその住人となった娘に助けられたと。うーん……

 

「が、ガゼフ様。頭から湯気が出そうですよ。私は以前見せたようにすぐに着替えられますから、ガゼフ様のやりやすいようにお願いします。それでは馬車に戻るわね」

「あ、あぁ」

 

 たまに敬語が崩れるが、それが地なんだろう。そんなアイコを微笑ましくも思い馬車を止めて車内に入るのを見送る。いや、考えるまでもなくあのワンピースは拙い。なら答えは一択であるはずなのだが……

 馬車を駆りながら思考する。ふと、何故か片腕で手綱を握っていたことに笑えてくる。もう彼女はこの腕の中にいないというのに。

 

「話は聞こえていましたが、そうなると入城はどうなさるおつもりで? 夕刻前には王城に着きますがお嬢さんはそのままお連れするべきなんでしょうか」

「これは参ったな……立場一つですべてが変わるか」

 

 普通平民を城に招くなどありえない。たとえ功績があったとしても、招かれてからの謁見になる。ならドレスに着替えてもらい平民であることは隠し、異国のご令嬢として入城してもらうのが一番ではないだろうか。いや、先触れが出ている。エ・ランテル都市長が先触れを出してくれているはずだ。どこまでの情報が伝わっているんだ……

 

「戦士長。一つ提案があるのですが」

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「ふわぁ! 大きな宿ですね」

「ここは王都一の高級宿……らしい。私も泊ったことはないのだがな。少々私の考えが甘かったのだ、すまん。私は先に王城に赴き翌日アイコを連れに来る。それまでここに泊っていてくれないか。無論アイコは転移で戻れるのだし必要はないのであろうが、転移までの護衛も……多分だが用意できる」

 

 一行が辿り着いたのは王都大通りにあるなかなかに格式が高そうな宿。大きな扉の前には守衛なのだろうか? 帯剣した警備兵のような者も見受けられる。

 

「で、でもここはお高いのでしょう? わ、私はガゼフ様のお家でも……」

「あはは、心配はないとも。私は貯金が趣味でな、アイコが気にする必要はないぞ」

「……」

 

 大丈夫だろうか、好感度上がってるのだろうかと不安になるアイコであったが、一行が来た道と反対の方から来る二人に目がいってしまう。蒼い修道服のようなものを着た金髪の美女と仮面の……多分少女だ。

 ガゼフもそちらに気がついたようで、片手を上げるとその二人が小走りによって来る。

 

「これは驚いたな……」

「うん、じゃなくてストロノーフ様。ご無事で何よりです」

「そうか……ラキュース殿は……いやそれはいい。それで副長に用件を伝えてもらったと思うのだが、どうかお願いできないだろうか」

「ええ、うふふ。こんな依頼ならいつでも。副長さんはそのまま王宮に先触れとして行かれたそうですよ。私はちょっと組合に顔を出していたもので、イビルアイに呼ばれて来たんです」

 

 そう言ってこちらを見ながら微笑む美女。よくわからないがこの人たちが護衛なのだろう。ほんの数分ここで待っていてくれと言われ、三人は宿の中に入っていく。私は戦士団のみんなに護衛されながら、彼女たちのことを聴いてみると『蒼の薔薇』というアダマンタイト級の冒険者なのだそうだ。まったく興味のない職業であるためそのアダマンタイト級ってのがなんなのかもわからないのだが。

 またもちらつく女の影に涙目になる。戦士団からそれはないから安心していいですよと言われるが、金髪美女の聖職者なんて主人公のハーレム要員の一人じゃないかと不安になる『金髪美少女聖職者』であった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「似てるっていえば似てるけど、近しい間柄なら間違うことはないくらい違うわね」

「……なんでこんなに可愛いのにあんなおっさんなんかに」

「ティアちゃんうちの子と同じようなこと言うわね」

 

 先ほどの金髪の美女ラキュースさんともう一人、ティアと呼ばれる少女に腕を抱きしめられながら大通りを歩く。抱き着かれるのは構わないのだが、やたら注目を浴びてるなあなんて考える。

 

 宿から戻ってきたガゼフは私を彼女たちに預け、早々に城へと出立してしまった。もう少し……なんだろ別れ辛そうに、名残惜しそうであってもいいのだが、そんな気持ちは私だけであったのかあっさりしたものであった。

 少々ぼーっと呆けていたところをこの二人に引きずられるようにして連れ出されたわけだが、どこへ向かっているのだろうか。カルネ村のソーコには今日明日は王城に向かうだろうからと戻らないことを告げていたのだが、これなら戻っても良いかもしれない。頭をなでられてのお別れなんて、こっ、子供じゃないんだからねっ!

 

「アイコさん兄弟でもいるの?」

「きっと妹。是非紹介してほしい」

「あー、妹……がいますよ。料理が得意で可愛いんです」

 

 家族がぽこぽこ増えるゴウン家。さすがに村娘がメイドを従えているとも言えず、第二第三の兄弟姉妹が出来ないとも限らないので、ソーコは妹ということにしておく。

 もう少しガゼフもこの人たちの立ち位置を説明してくれても良かったのにと思う。どこまで話していいのか分からないじゃないか。

 

「うーんとアイコさん。私たちも一応最高位の冒険者。いらぬ詮索はしないと約束するわ。王都を出立した戦士団がなにをして、なぜ村娘のあなたを連れて戻ってきたのかは知らないけど、あなたが大事な人であるという事はわかるもの」

「私は知りたい。いろいろと知りたい」

「ティアっ!」

 

 なんだ、分かってはいたけど良い人たちじゃないか。ちょっと顔が堅かったのかな? ガゼフのことになると少々感情がぶれてしまう。ちょっとラキュースさんが美人すぎて警戒していたが、無視した形になってしまったラキュースさんに悪いと思いなおし顔を両手でピシャリと叩く。

 

「ふぅ……別に難しい話ではないんです。単純に襲われていた私たちの村を助けてくれたのがガゼフ様で、私もそのお手伝い……というか治療魔法が使えたので帰還した方達を癒しただけなんですが」

 

 間違ってないわよね? モモンガちゃん関連やスレイン法国関連はアウトかもしれないから、それを省くと……うん、間違ってないな。

 

「ちょっと、アイコさん!? ダメよ、そんな大事なことを郊外で話すなんて。でもなるほどそんなことが……それに治療魔法が使えるなんてすごいわね。私も神官(クレリック)なのよ」

森司祭(ドルイド)……かな?」

「私は……ちょっと治療とか回復が出来るだけなの。そんなに大したものじゃないですよ。ティアちゃんちょっと手を貸してね」

「なんでも貸す。なんなら身体ごと貰ってくれてもいい」

 

 また範囲治療で驚かれても面倒くさい。スキルの『接触治療』だけ見せればいいだろう。ティアちゃんに対面して両手を取って手を組み合わせ発動。確か接触範囲が広い方がいいんだっけか。ついでなのでと身体とオデコもくっつける。

 

「こんな感じかな?」

「ふわっ!? ふわわぁあ……アイコお姉さまぁ……」

「ちょ、ちょっと!? 往来でナニやってるのよ!」

 

 治療のデモンストレーションなんだけど……治療が必要でない人にかけても……あれ? ちょっと体力減ってたのかな? なんか元気になったみたい。

 

「これは元気って言わないの! もうとっとと行くわよ! アイコさんもトラブル体質なのかしら……常識人だと思ってたのに……」

 

 なんか拙かったかなーと頭にハテナマークを浮かべるアイコと、顔がトロトロに蕩けているティアを引きずって走り出すラキュース。戦士団もああやって治療したのかと考える。女の子が好きと公言して憚らないティアにはご褒美であろうが、戦士団の方達もあの行為にやられちゃったのは分かる気がすると、頬を染めるラキュースであった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「服を扱ってるお店かな? あのマーク、エ・ランテルでも見ましたよ。こんなに大きなお店じゃなかったですけど」

「私がよく利用してるお店なの。とにかく入っちゃいましょ、ほらティアもしゃんとする!」

「鬼リーダー。了解」

 

 なにが了解なのか分からないが、腕を絡められたまま店内に入っていく。若干密着度が上がっているような気もするのだが。

 お店の中はマネキンが大量に並べられ服が展示されているのかと思っていたのだが、予想とかなり違いホテルのロビーのような雰囲気だった。飾られた服もあるのだが少数で、とても服屋には見えない。

 

「ストロノーフ様もそうだけど、ホント男の人って知らないのねぇ。ドレスが一日で出来るわけがないのに。どうにかしてくれって言われたけど既製品の直しになっちゃうわよ」

「それって……私の服をここで買うってことですか?」

「『アイコには……蒼いドレスも良いが、白が似合うと思う』あのおっさんにしてはなかなか」

「あはは、ティア、ちょっと似てたわよ」

 

 え、それってどういうこと?

 

「なんでも『私がプレゼントしたドレスで王宮に来てもらおうと思う。他国の貴族ではなく、村娘であり私の大事な人という理由でだ。いや、変な意味ではなく、私の知人ということで責任を私に持っていきたいのだ』って言ってたけど……って……うふふ。変な意味でいいのにね」

「ガゼフ様ぁ……」

「なんでこんな美少女があんなおっさんに……うわぁ可愛い」

 

 最後まで聞いていたのかいないのか。完全に蕩けて惚けたアイコの笑顔は、誰が見ても分かるような恋する乙女の表情だった。

 

 

 

 通された応接室というか試着室になるのだろうか。小部屋に次々と白いドレスが運ばれて来る。ラキュースの専属と紹介された女性が「徹夜してでも直しますよ!」と意気込み、お好きなものをお選びくださいと言い退出する。

 

「ね、ねぇガゼフ様はどういうのが好きかなぁ……ラキュースさんはガゼフ様と……その付き合いが長いのでしょう?」

「お、落ち着いてね? 顔ちょっと怖いわよ? 私とストロノーフ様はそんな関係じゃないから。王家と……っていうかラナー王女と私が親しいので、仕事柄もあってか話す機会が多少あっただけよ」

「近所のおじさん感覚」

「ティアっ!」

 

 なるほど、それは一安心と肝心の好みを聞いてみるも、全く分からないと言う。そもそもガゼフに今まで女性の影がないという、戦士団の隊員たちに教えてもらっていた話と一致したという事が分かっただけだった。

 自分の好みでいいのだろうかと考えるも、世界が違う上に人種も違う。ああ違う、そうか。だからラキュースさんに頼んだのか。つい浮かれていたがこれはガゼフの好みのドレスを探しているのではないのだ。先ほど元貴族の娘と教えられたのだからつまりはTPOに合ったドレスを彼女に選んでもらうべきなのだ。

 

「ごめんなさいラキュースさん。王様に謁見するのに相応しいドレスをこの中から選んでいただけますか? もしルールのようなものがあるのでしたら私には選べませんから」

「……そうね。それだったら露出の多いものは避けて、それでいてシンプルな物。となるとこれ一着か……少し古いデザインだけどどうかな?」

 

 古いも新しいもわからないのだが、二の腕まで袖がある、ちょっと野暮ったい感じのドレス。うふふ、仕事だったら絶対着ないようなドレスだわ。でもそれも新鮮かも。

 そんなこんなでさっと服を脱ぎ、ティアに抱きつかれたりしながら試着してみると。

 

「可愛いから何着ても似合うのよね……うわっ……腰細っ!? 今更だけどあなたホントに村娘なの? 立ち方からして違うんだけど……ストロノーフ様これ意味ないんじゃないかしら」

 

 どこからどう見ても貴族の娘。いや王族の娘と言われても違和感がない。ガゼフの思惑的にはあのアイコのドレスでは目立ちすぎるという問題もあり、今回の運びになったのだが、もともとのスペックが高すぎてあまり変わらないようだ。

 

「うん、これなら直しも必要ないわね。これにするよ、ありがとうラキュースさん」

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「うはあ! どこの貴族のお嬢様だ? 姫さんにも負けてないじゃんかよ」

 

 宿に取って返し三人を迎えたのは、先ほど会った仮面の少女らしき人物とティアにそっくりな少女。そして筋肉の塊(・・・・)と言っても過言ではない屈強な戦士。

 ガガーランもいたのねとラキュースが話しかけているがそれどころではない。ちなみにティアは服飾店からずっと抱き着いていて離れない。

 

 だめよ! だめ! 私のビッチ!! なんなの? なんでこんな格好良い人がいるのよ! もしかしてこの世界は風の噂で聞いたことがある『乙女ゲーム』の世界だったりするのかしら。歯を食いしばり高らかに宣言する。

 

「私はガゼフ様が好きなのです! あなたの魅力になんか負けてやるものですか!!」

 

 ずびしっ! と指をさして不敵な表情を浮かべる。

 

「お、おう? ってガゼフのおっさんを? おれっちが魅力的ってのは嬉しいが、なにがなんだか」

「お前ら帰ってきていきなり騒々しいな。一応魔法で周囲には聞こえないようにはしているが……」

「ティア……鼻血出てる」

 

 てんやわんやの王都一日目。『蒼の薔薇』に新たな美少女がと周囲の冒険者に話題になってはいるのだが、そんなことはどこ吹く風。『俺様系美男子』の誤解はすぐに解けるのだが、筋肉をこよなく愛す少女は「私もガガーランさんみたいになれるかな? なりたいな」と呟き、ガガーラン以外の全員にダメだしをされてへこむアイコであった。

 

 




 
どっちがレズでどっちがショタとか、普通に読んでたら覚えてないよね。ティアがガゼフをおっさんと呼ぶかどうかは分からないけど、アイコさんがティアを難なく受け入れる描写が伝わっていれば良いかなーとw
 


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15 抱き枕2号

アニメ良かったねぇ。個人的にはペストーニャが最高に可愛かったわw




「ティアちゃんありがとう。着替えるのも手伝ってもらっちゃって」

「いい。むしろご褒美」

 

 フィッティングを確かめる為にドレスを着たまま宿屋まで戻ってきたのだが、蒼の薔薇の皆さんに夕食を一緒にどうかと誘われ、ドレスを汚しても何なので着替えることに。

 宿のチェックインというのだろうか、それらはガゼフが終えていたようで、ティアに付き添ってもらい着替えた後、先ほどの酒場兼食堂ホールに戻ってきた。

 

「う、うーん。先ほども言おうと思っていたのだけど、その服アイコさんに合ってないんじゃないかしら? いえ似合ってないという意味ではないのよ?」

「これは頂き物なんです。村長の奥さんに頂いたワンピースで……というか私これしか持っていなかったものですから」

「あ……うん、ごめんなさい」

「いえ、謝られる事じゃなくてですね、他にドレス以外着る物が無かったんですよ」

「……いろいろ詮索しちゃまずいんでしょうけど、訳が分からないわね」

 

 ホールの一番奥まったところにある丸テーブルに着席を促され、簡単な自己紹介をした後、ガガーランが注文したという大量の料理に目を奪われそうになりながらも、質問に答えていくのだが、さすがに色々端折りすぎただろうか。

 

「すまんがいろいろと話が進まないぜ。ちょっと掻い摘んで話してくれよ」

「はい! ガガーラン様!」

「ちょっとガガーランって……え? いいの?」

 

 と言っても話せることは虚偽情報ばかりなのだが。「娘、ちょ、ちょっと待て」と言いながら慌ててフードの下でなにがしかのアイテムを起動するイビルアイを待ち、あぁ、さっき使ってたのは魔法じゃなくてアイテムなのかなんて考えながら話していく。

 

 今から二週間ほど前、カルネ村に家の一部ごと妹と一緒に転移してきたこと。その時着ていたドレス以外に着る物が無かったという事。村の好意により住民に加えていただいたが、その数日後に野盗に襲われ、それをガゼフに救ってもらった事。私がここにいるのは戦士達を癒した力の報酬を頂けるらしいということと、ガゼフの報告の証人的な意味合いもあるのだという事を話していく。

 両親に巡り会えて云々は必要であれば話すけど、まぁ今はいいだろう。

 

「村のお友達は『貴族のお嬢様』なんて言うけど、裕福ではあったけど貴族ではありませんよ」

 

 ついでなので、そんなことも付け加える。はっきり言ってラノベ以上の『貴族』の知識を持たない自分が目の前の本物の『元貴族のお嬢様』を煙に撒けるとも思わないからだ。ああ……嘘ってどんどん大きくなるんだな……

 

「おっさんもやるじゃねーか。でもその転移ってのは眉唾なんだが、イビルアイ。どうなんだ?」

「ありえない……と言いたいところだが、この娘がそんな突拍子もない嘘をつく理由が思い浮かばん。ただの村娘ではないのは一目瞭然なのだがな」

 

 いや、そこは本当なんだけどと思うが、自分でも分からないことを説明できない。彼女たちに自宅を見せたところで、ただのログハウスにしか見えないだろうし。

 

 

 まあ、はっきりいってそんな話はどうでもいいのだ。私は今岐路に立たされているのだから。

 

 

 この十日余りの旅で、私とガゼフの距離が全く縮まっていないとまでは言わないが、明日の謁見を終えたらそれでお別れ。転移魔法により距離の差はないとはいえ結局恋愛に発展することはなかったのだ。

 

「どうしたのアイコさん? なんか考え込んでるみたいだけど……もちろん私たちもこれ以上は追及しないわよ?」

「あ、いいえ……ちょっとガゼフ様のことを考えていて。私は今まで恋人などいなかったものですから、これまでの旅路で結構無茶な推しというか、好きだとアピールしていたのですが、このまま何もなく明日で終わってしまうのかと考えていたら…‥その」

 

 そもそも明日、どれだけ会話が出来るのだろうかも不明だ。

 

「いきなり話が飛ぶのだな……ふむ……立場的にあの小僧と似たようなものか?」

「いや逆だろイビルアイ、あの姫さんの好き好きアピールはあからさまだし。あーでも立場的には合っているのか。なんだよオチビさん、恋愛話もいけるじゃないか」

 

 まあ、どこの世界でも恋バナが嫌いな女子はいないのだろう。詳しく聞いてみると、この国の王女の思い人が、平民出の剣士なのだそうな。なんだ相手はガゼフじゃなかったのか。

 その剣士も王女を想っているらしく……って、

 

「全然私と違うじゃないですか! 両想いじゃん!」

「まあまあアイコさん。一国の王女になんてなると、相手なんて選べないのよ」

「じゃ、じゃあガゼフ様も選べないの?」

「いえ……むしろ国王にお見合いを勧められていたような……って泣かないでよお!」

 

 じゃあもうこれ以上どうアピールすればいいのやら……やはりガゼフにその気は無いのでは。結局何の答えも貰えなかったのだから。

 

「鬼ボス、なんか策を。おっさんにはもったいないが、ティアがうざい」

「鬼リーダー、おっさんにはもったいないから、私でいいんじゃないかと」

 

 なお今更だがティアはアイコの席にピッタリ椅子をくっつけて、腰に手を回し抱き着いたままでいる。

 

「くっくっ。しかし面白い娘だな、知らないのだろうが『蒼の薔薇』と聞いて物怖じするでもなく、あのガゼフに本気で惚れているようだしな。ラキュースどうにかならんのか?」

「俺っちもこの子は気に入ったぜ。筋肉好きに悪い奴はいないからな。頼むぜヴァージン・スノウ!」

「ヴァージン・スノウを二つ名みたいに言うのやめなさい!」

 

 仲間たちから次々に『ヴァージン・スノウ』を連呼されているが、聞いたところによるとラキュースの装備の名前らしい。なんでも無垢なる者にしか着れないのだとか……それは大丈夫なのかとも思うが、頑張って! ヴァージン・スノウ!

 

「アイコさんまで……とにかくあの絵に描いたような忠臣というのかしらね。本人は国の為にすべてを捨てているのかとも思うのだけど、恋愛が妨げになるのかというと確かに疑問だわ。それになんだかんだ言ってストロノーフ様もアイコさんを……アイコを憎からず想っているはずよ。ねぇイビルアイ、ティア、ティナ」

「あぁ、あれは驚いたな……あんなガゼフ・ストロノーフは初めて見たかもしれないぞ」

「『アイコは白が似合うと思う』」

「それ私がもうやった」

 

 う、うん。それはもう聞いたけども。嬉しかったけれども。

 

「とにかくストロノーフ様が帰還したことによる明日の予定を考えると、まず貴族議会があって、恩賞というか褒章はそのあとね。もしかしたらだけど……いやアイコの容姿を考えると食事会……舞踏会はないだろうけど歓迎会なんてのもありうる……うーんどうかなあ」

 

 ダンスか。ガゼフと踊ってみたいなぁとも思うが、

 

「幸いなことに私は明日ラナーに会う予定だったの。最悪でもあなたをラナーに引き合わせるように手配するわ。あの子は頭も回るし何かうまい手を思いつくかもしれないし」

「なんだよ、丸投げじゃないかヴァージン・スノウ」

「ガガーランうるさい!」

 

 ラナー王女か……どんな娘なんだろ。というかそう簡単に王女と平民が会えるものなんだろうか? でも無茶な恋愛頑張ってるみたいだし好感は持てるかも。

 

 王都最後の夜になるかもしれない夕食会。得難い知己を得られたのはどちらなのかは分からないが、恋愛や童貞の見分け方や筋肉の話で大いに盛り上がり、明日が早くなければと惜しみながら席を立つアイコを微笑みながら見送る蒼の薔薇の一行であった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「なんかそんな話じゃなかったから聞かなかったんだけどよ、あの子強いよな?」

「治療魔法が使えるようだからね、あれは第一位階だと思うけど一般人よりは強いんじゃない? なんで?」

「ティア……って、いねぇ。まあいいかティアがもともと軽装とはいえ装備込みで60キロはあるだろ? よく重心がぶれずに抱き着かれたまま立っていられるなと思ったんだが」

「あっ!? あれ? 服飾品店からここまで抱き着かれたままだったわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル王宮の奥にある王の私室。すぐさま赴くようにと連絡を受け、身なりを整える間もなく馳せ参じたのはよいのだが、ラナー王女がご一緒であるとは思いもしなかった。

 

「では報告を行いたいのですが……」

「ラナーが同席を望んでいる。本来なら外させるべきなのだろうが、少々不可思議な点……いやそれはよい。かまわぬのでありのままを報告しなさい」

 

 王が望むのであれば仕方がない。だが……あぁ。やはりアイコとは違うのだな。確かにその微笑みは黄金の美姫ではあるが、アイコとは違う。あの娘はもっとだらしなく笑うのだ。それはもう本当に楽しそうに。

 

「お父様! 戦士長様が私を見て微笑みましたよ。こんな事初めてです!」

「ガゼェェフ! 全てだ! 全てを事細かく話すのだ!」

「はっ? はっ!」

 

 なんだ、このプレッシャーは。この二週間足らずでよりお年を召されたようだと感じた第一印象を改める。まさしく王の覇気。王たる……いや、なにか違うような気もするが、これまでの旅の道程を事細かく話していく。特にゴウン殿に助けられた話。スレイン法国の特殊部隊や捕らえた騎士のことはより詳細に。

 

「ふむ。翌日の議会で同じ質問をするが、法国関連の話はしなくてもよい。それについてはパナソレイ(都市長)の報告とこちらでの尋問を終えてからでかまわん」

「はっ、そのように」

 

 やはり余計な情報を貴族に……いや貴族派閥に与えない方が良いのだろう。政治には疎いとはいえ手札を晒しすぎるのが拙いのはわかる。

 

「とにかく無事で何よりだ。あの時はお前をかばってやれなくて申し訳なく思うが……いやそれはいい。それで連れてきた少女というのはどこだ? お前の話には彼の少女の話が一切含まれてはいないが」

「どこだ♪」

 

 ……なんだこの親子。とにかくとアイコのことを話していく。彼の御仁の娘であること。治療魔法の使い手で、我々戦士団を癒していただいたこと。エ・ランテルで住民登録を済ませ、現在は宿で蒼の薔薇とともにいるという事を。

 

「ふむ、なるほど……報告の通りか。だが平民とはいえ直接礼を言いたいものだ。勿論報酬も用意するとしよう」

「はっ。アイコもゴウン殿も喜ぶかと思われます」

「では続きだ。エ・ランテル市街を二人の少女に腕を組まれながら楽しそうに歩いていたと、先触れから報告があってな……パナソレイの手紙には『ガゼフ君に春の到来が』などと書かれてあったのだが?」

「いきなりお二人もだなんて……」

 

 ちょっと待ってほしい。都市長……恨みますぞ……

 

「いえ!? あれはアイコには腕を組まれてはいましたが……もう片方には関節を決められていて」

「私によく似た少女とは聞いていましたが、二人? 戦士長様。私はそのせいでお父様に変な言いがかりをつけられたのですよ」

「ふむ真実であったか。我が娘に懸想していたわけではないのだな……」

 

 本当に待ってほしい。混乱に拍車がかかり何を述べればよいのか言葉も出てこない。とにかくいろんな勘違いが多発していたようだが『私が少女二人を侍らせていた事実』だけが残り落着したといったところか。だめじゃないか!?

 

 そしてこの取り調べのような報告会は数時間続き、アイコに惚れられていることや、もう一人はメイドであるということなど。ガゼフとしては話す予定の無かった話まで白状し、なんとか誤解を解くことは出来たのだった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「……しかし、お前が妻を娶るのは嬉しい事だぞ。それがたとえ平民の娘であってでもだ。そうか……そうだな……私が勧めた見合いをたびたび断るのは貴族の娘であったからか。まあ我が平民の娘を紹介できる訳でもないのだが、その『王国戦士長』という大仰な肩書を伴侶に背負わせたくないというのも分からないでもない。いや違うか。貴族派閥、王派閥などは関係なしに政治に干渉することを良しとしないお前の立場がそうさせたのか」

「……」

「ですがそのアイコさんなら問題はありませんよね? お父様」

「いえ!? 私は……」

「いや、どのような立場の者を娶ろうともやっかみは避けられまい。あのような手合いはどう転ぼうが難癖をつけてくるものだ……そうか、お前は本当にその娘を……」

 

 私はアイコが好きであるのだろう。親になった事などは無いが、この気持ちは親愛であるのかもしれないとも思っている。だが嫁にするなどはともかくとして、命を狙われるような立場の私の側にいていい存在ではない。いや……彼女が命を狙われるような存在にはなってほしくはないのだ。

 

「……そこまで戦士長様がお好きになられた方なのでしたら私も会ってお話がしてみたいです」

「そうだな……まずは会ってみないことには話も進むまい。褒章は別として……うーん難しいか」

「お父様、私のお茶会にお呼びするというのはどうでしょう。本当にそんな容姿であるのならば、私が興味を持ってもおかしくは無いでしょう?」

「それならいらぬ誤解を受けなくても済むか……さて、どんな娘であるのだろうな」

 

 

 王や王女。ガゼフの思いはそれぞれ違うのだが明日の邂逅に思いを馳せる。

 

 当の本人はとある忍者娘を抱き枕に夢の中。王都の夜は更けていくのだった。

 

 




やったね王女様、手駒が向こうからやってくるよ! そんな思惑もありアホの子っぽく歓迎する態度を見せてみたんだがどうかな? やっぱりラナーさん難しいねw


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16 NPCは製作者に似るらしい

今回よりタイトルが変わっております。うまくいけばいいのですが、毎度のことながら先の展開考えずぶん投げておりますw



「綺麗だ……アイコ……」

「ありがとう……ございます……」

「ねぇ、私お邪魔なんじゃないかしら」

 

 朝に宿を出立した私たちは、王城へと馬車に揺られている。ラキュースさんも同乗しているのは私がお願いしたからだ。お邪魔と言えば……そうなのだが、ルールやマナー、この国の仕来りなんかを助言して貰えたら嬉しいと思っている。

 昨夜にその話をすればよかったものの、色々と気疲れしていたのか抱き枕を抱いて早々に眠りに落ちてしまった。柔らかいところを探して少々まさぐりすぎたせいなのか、きゅっと抱きしめたせいなのか、時折ピクンピクンしていたがなかなか良い抱き枕だった。また王都に来たときには抱かせてもらおう。

 

「早速だが時間が無い、ラキュース殿も聞いておいてくれ」

 

 ガゼフが話してくれたのは本日のスケジュールだ。まず私はガゼフと一緒に貴族議会に赴くことになるらしい。だが証人と言っても証拠を提示できるわけでもなく、質問に受け答えして終わる程度の話のようだ。

 その後に本格的な会議が行われるので私は退室。褒章式はその後になる。その間私はラナー王女の私室に赴くことになるらしい……なんでだ? もしやヴァージン・スノウが?

 

「もう、アイコその呼び方止めてよ……私は何もしてないわよ。きっとラナーの取り計らいね」

「う、うむ。少々あってな……アイコに会ってみたいそうだ」

 

 願ったりかなったりな展開だが、ガゼフは会議に出るのだろう。やはり会話の時間は少ないかもしれない。

 

――『護衛は必要ないと言われると思うんですが、こちらも情報収集目的ってことでデミウルゴスがすでに王宮に赴いています。なにかあったら頼って下さいね』――

「は、はい。わかりました」

 

 なお現在モモンガちゃんとはメッセージが繋がっていて、私の話し言葉は伝わっている。王都に着いてから一人になる時間が無かったので申し訳なかったのだが、今朝がた向こうから繋げてくれたので、魔法効果時間を延長してかけ直してもらっている。

 なにからなにまで申し訳ないしありがたい。現状スッピンだからね私。でもデミウルゴスか……あんまり覚えてないなあ。

 

『正直肩透かしでしたね。プレイヤーがいるかもと思っていたんですが、少なくとも王城およびその近辺への魔法的監視で対抗反応が無かったとニグレドから報告が入ってます。宝物庫まで丸見えだそうで……おっとそれでは私はこれで。あ、そうだ、せめて通信の魔道具をソーコさんに持たせてあげてくださいよ。クリスタル無かったら私が出しますので。もう昨日泣くわ暴れるわで大変だったんですから……』

「ぐふっ!?」

「ど、どうしたアイコ!?」

「大丈夫!?」

「い、いえ大丈夫です。すべて了解しました(・・・・・・・・・)

 

 なにやってんのよあの娘……うーでも前科があるからなあ。茶釜ちゃんが双子に着けてたドングリ型の通信装備だっけ。帰ったら倉庫を漁って似たようなものを作ろう。

 

「そうか。とにかく緊張……などは無さそうだな。ははっ、会場から退出後はクライムという名の兵士が案内する手筈になっている。ラキュース殿も王女への紹介を頼みます」

「ええ、わかったわ」

 

 クライム君ね……あ、だめだめ。騎士様とか呼ばなきゃダメよね。よし、気を引き締めなきゃ。貴族とか王族とかを相手にするのは勝手が分からない。最低でも社長、会長当たりの賓客を相手にする気持ちで接しなければガゼフに迷惑をかけてしまうかもしれない。好きな人に……恥は掻かせられないから。

 いつものように(・・・・・・・)目を閉じて深呼吸を一回。目を開いて小首をかしげ、微笑みながらガゼフに問いかける。

 

「そろそろ到着する頃合いですか? ストロノーフ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に吞まれていた。二人の王子や六大貴族をはじめ、他の貴族たちも。唯一平常を保っていられたのは情報を知っていた王だけであり、その王も予想以上だったのだろうか。目を見開き驚きの表情を見せている。

 王から視線で促され、彼女のことを説明する。我々戦士団を救っていただいた御方の娘であること。そして彼女にも助けられたと。

 

「良い。頭を上げなさい。ここは玉座というわけではないのだから。戦士長よ」

「はっ。さぁアイコ殿」

 

 自身はあまり見ることが無いが女性の礼法だったか。馬車を下りる直前にラキュースに教えられたのだが、まるで知っていたかのような跪礼を崩し立ち上がる。 

 

「ご紹介にあずかりました、アイコ・ウール・ゴウンでございます。不心得者の村娘ゆえ、このような場所でのマナーを知りません。ですが言葉足らずにならぬよう誠心誠意ご質問にお答えしていきますので……その、よろしくお願いいたします」

 

 最後にニコッと微笑み、そう言葉を付け足す。

 

 扉をくぐる前に聞こえていた貴族派閥の「どこぞの村娘などを王宮に連れてくるなど」といった声は一切出てこない。むしろ心の声を代弁するならお前のどこが村娘なんだといったところだろう。

 女の顔はこうまで変わる物なのか。仕草にしても気品があるというのだろうか。これまでの旅の間では一度も見せたことが無い表情を浮かべ、周囲を魅了していく。……正直いつものアイコの方が好ましいと思うのだが。

 

「ふはは、これは驚いたな。とにかくだ、椅子を用意してやりなさい。それから戦士長の報告を聞くとしよう」

 

 王の言葉に控えていた騎士が空き椅子を持ってくる。王に、そして騎士に綺麗な礼をして着席するアイコ。若干騎士の頬が赤い気もするが……いかん。

 アイコの傍に立ち、昨日と同じように王都を出てから、カルネ村であったことを語る。無論法国関連の話を避けるのはラキュース殿と別れてからアイコにも説明している。

 ゴウン殿については旅の魔法詠唱者とし、危急を助けていただいた素晴らしき御仁であると熱を込めて語った。

 

「ふむ……素晴らしき話だな。弱き者を危険を顧みず救う……そなたの父上にも、もちろんそなたにも感謝する」

 

 王が頭を下げないまでも村娘に礼をし、アイコも立ち上がり再び礼の姿勢を取る。

 

「色々怪しすぎるが、ふん、なかなか愛嬌があるな」

 

 にんまりと口角を上げて、まるで値踏みでもするかのようにそんな言葉を発する第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。

 

 実力的にアイコがトブの大森林に向かった両親に付いて行けないことも、すでにこの国の住人であることも述べている。確かに怪しいからこそ貴族たちは毒を吐けずにいたのだ。

 馬鹿な貴族など存在しない。ここで散々にその者を扱き下ろし、ストロノーフを激高させても良いし、胡散臭い話だ、仮面などを付けてなどと馬鹿にして功績を無きものにしてもよかったのだ。

 だができなかった。この少女をどう見ても村娘と罵れない上に、法国風な名前。他の国家の重鎮の娘と言われても否定できない。だからこそ貴族は言葉を発することが出来なかったのに、王族が口火を切ってしまった。

 

 そこからはじまるガゼフとしては聞くに堪えない罵詈雑言。『アインズ・ウール・ゴウン』などふざけた名前だと発した貴族は、一瞬後青い顔をして黙り込んだりもしたが、その者が襲撃のお膳立てをしたのではないかなどとのたまう貴族も現れる始末。

 

「とにかくまずは戦士団を癒した魔法とやらを見せてみろ」

 

 そしてこの喧噪を制したのもバルブロであった。先ほどの発言も特に貴族派閥を煽るなどといった意味のある物ではない。単純に胡散臭いと思っただけだ。

 

「それは構わないのですが……怪我を治療するわけですので……」

「そうか……そうだな……よし、ではこれでどうだ」

 

 なにを思ったのか懐から鞘に入ったペーパーナイフのような物を取り出し、ナイフを抜いて指を傷つける。

 

「殿下!? 何をなされるのです! その女の指を切ればいい話ではないですか」

 

 などと物騒な言葉も飛び交うが、「それでは手品の類と区別がつかぬではないか」と取りつくろわず、アイコの傍まで歩いてくる。

 

「では頼むぞ。少々深く切りすぎて痛いのだ」

「はい、それでは手を握らせていただきますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガゼフが連れてきた平民の少女。その娘をラナーの私室まで連れていくのが今回のクライムの任務だ。宮殿警備の騎士に交じり会議場の外で待つ。クライムがここにたどり着いたのはほんの十分前。ラキュースと入れ替わるようにこちらに赴いている。

 他の兵士と違い王族警護の騎士たちは、その職務に誇りを持っておりクライムを邪険に扱うことはない。そのせいもあってか、「クライム……お前驚くぞ」などと言われたのだが、その言葉はラナーの私室を出る際にラキュースにも言われた言葉であり、その少女に特別ななにかがあるのだろうとは察せたが、思い当たることはなかった。

 

 ラナーの指示はただ一つ。私室までの十数分の間に会話をしろとのことだったが……疑問はあるが主の命は絶対だ。口下手ではあるが、同じ平民の少女なら多少の会話など問題なくこなせると意気込む。

 

 そして数十分後、完全防音された会議室の扉が開かれ、ラナーに似た表情(・・・・・・・)をした少女が現れるのだった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 塵一つ落ちていない荘厳な廊下をゆっくりと歩く。案内をするわけなので、自身が前を、そして少女がその半歩後ろに付いて歩いてくる。そしてはたと気づく。会話どころか言葉すら交わしていないことに。

 あれは誰が見ても平民の少女などではない。それどころか「ラナー……様?」などと呆けて見つめてしまった自分に呆れる。よくよく見れば、長年お傍に付いていた自分が見間違うなどありえないほどに、身長も違えば、顔のつくりも違う。いや、近しいものでなければそう判断してしまうこともやむを得ないが、自分がである。

 あの表情は長年自分を見つめてくれていた表情(・・・・・・・・・・・・・・・・)に酷似していたのだ。

 

「騎士様。もうついたのですか?」

 

 後ろから鈴の音のような声がかかり、立ち止まって思考していた自分にまたも呆れる。すぐさま振り返り言葉を発するのだが、

 

「いえ! 申し訳あり……」

 

 終ぞ言葉を止めてしまう。先ほどとは打って変わった普通の美少女(・・・・・・)が、頭に疑問符を浮かべながら首をかしげていた。

 混乱に拍車がかかるが、ラナーの言葉を思い返す。そうだ、何を考えるにしても主の命が優先される。今が会話のチャンスなのだからと、口下手な自分を呪いつつ、再度言葉を返すのだった。

 

「申し訳ありません。このヴァランシア宮殿はかなり広く、王族の住まう地区まではもう少々かかります。お、お疲れではありませんか?」

 

 会議室を出て数分しか歩いていない。疲れるわけなどないが、ゆっくり歩いてはみたものの、歩幅が違うかもしれないし、会議で疲れたという事もあるだろう。とにかく話を振らなければ会話は生まれないのだ。少々どもってしまったが……

 

「正直ね……今すぐにへたり込みたいぐらい疲れたわ……あ、ごめんなさい、騎士様に変な口の利き方をして」

「い、いえ!? 私は騎士ではなく一介の兵士ですので! どうぞクライムとお呼びください」

「え? 騎士と兵士って違うの? 階級とかがあるのかな……じゃぁクライムさんで。私もアイコでいいですよ」

 

 先ほどからとは信じられないくらい口調が軽い。悪い意味ではなく、なるほど村娘だと言われればそうかもしれないと思うほどに。

 

「ガガーラン様が色々おっしゃっていましたよ。「まっすぐな奴だ」とかいろいろ……その、いろいろ」

「その笑みで察せられますが勘弁してくださいアイコ様」

「ふふっ、そうね。でも『アイコ様』も勘弁してほしいわ。さん付けじゃダメなの?」

「ダメです! アイコ様は国の……そしてラナー様のお客様なのですから」

 

 しまった……会話を続行するなら彼女の提案を受け入れるべきだったかもしれない。ラナーの名前を出した途端に思い出すが、もう遅いか。

 

「なるほど真面目なんですね。でも私とクライムさんは同志らしいわよ? 村娘の私が王国戦士長様を好きだなんてこと叶うはずないけど……クライムさんは頑張ってね! いざとなったら男らしくさらって逃げなさいな」

「え? 戦士長様を!? いや色々と待ってください!」

 

 いきなり素が出ているというか年上の女性としての態度なのか。その口調をおかしいとも思えないのは彼女の人徳なんだろう。いやそんなことはどうでもよくて、

 

「まさかここへ来て王子に目を付けられるとかないわ……いや助けられたんだけども……」

「は?」

「あのインテリヤクザも……いや、あれは忠誠心が高すぎるのよね……ソーコと同じか……」

「え?」

 

 ぶつぶつと独り言を漏らす彼女。聞かれても問題ないとでも思っているのか、いや、前者はとんでもない話ではないだろうか。

 

「そうだ……いっそのこと、ここにお城なんて無かったってことにすれば……」

「あ、あの! アイコ様?」

 

 とんでもなく物騒なことを言い出すハイライトに光が無い瞳をした彼女に思わず声をかける。

 

「あっ!? ごめんなさい。もうとにかくホントに疲れたのよ……それで王女様はどんな人なのかな? やっぱりさっきみたいに真面目にしてなきゃダメよね……」

 

 さっきと言うのは、つまり会議室から出てきた彼女のことを指すのだろう。作った表情とはとても思えなかったが、現在の方が好感が持てる……と自分は考える。

 

「いえ、ラナー様はお優しい御方です。それにアインドラ様もいらっしゃいますし、アイコ様もお会いしているのですよね」

「あっ、そうか。ラキュースさんがいるんだったわね。お? そうなるとクライム君ハーレムじゃない! やったね!」

「……」

 

 なんなのだろうこの人は……早くも『クライムさん』から『クライム君』にされてしまった。それは全然不快でもないのだが、懐に入ってくるのが早すぎるような……

 

 なんとも、どう返事をしたらよいのか困ったような顔をしながらも、おかしな人だなと笑みがこぼれてしまう。王宮が更地になる危機を救った事にはまったく気づかないクライムであった。

 

 




お兄さんに、ガガーランに次ぐ当て馬をやってもらおうかな? ガガーランの時もギャグに走って終わってしまったのでどうなるかは不明w

原作にあの場面で王子の描写は無かったけど、いてもおかしくないよね? でも帯剣してて、指が切れるような西洋剣かどうかは……すまんのw
↑感想の意見を参考に『帯剣していた剣』と言う描写から色々調べ『ペーパーナイフ』に書き換えました。よく切れるっぽいw


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17 兄が妹の肢体を狙っているらしい


書きたいネタは多々あるけど、それをやっちゃうと本筋が進まない……オリ主よりソーコさんのお話が書きたいw



 確定情報は少ないが、見えてくるものはある。昨日夜のガゼフの報告で、一人メイドの少女が加わったものの、より軽視できない存在になったというだけで、対応は変わらない。

 ただ表立って出てきた四人の……いえ五人の思考の方向性が一致していない点が気になるところだろうか。

 

 まず父親であるらしい(・・・)アインズ・ウール・ゴウンなる人物。ガゼフの窮地を救ったことからもその力のほどは知れる。

 そしてガゼフへの尋問で二人目の妻がいることが分かったものの、その遭遇場所がおかしい。次いでに言うなら王都にはアイコと言う名の少女しかおらずメイドはエ・ランテルから着いてきてはいないという。

 この不可思議な話にガゼフが何も疑うことなく真実を話しているという体で言葉を紡ぐのだ。父王は頭の中で適当な整合性を付けてでもいたのだろうか。

 

(もう少し魔法の勉強もしておくべきだったわ)

 

 魔法は使えないけれども、そこらの魔法詠唱者と比べられない程の知識は持っている。それでも限度を超えた情報は持ち合わせてはいなかった。そもそも魔法詠唱者の扱いが低い王国で、それだけの情報を有している自分以上に知識があるのは、現役でトップクラスの冒険者くらいだろう。

 

 『転移魔法』というのがあるのは知識の上では知っているが、どこまでの事が出来るのかどの程度の制限があるのかは分からない。ただ確実にこの五人のうちの複数人が転移魔法を使えることになる。それほどの実力者の集団という事であり、一人として侮っていい存在はおらず、下手を打てば国がひっくり返る事態にもなりかねない。

 それはそれでどうでもいいのだけれど、道連れは御免だ。

 

「ラナーにしては考え込むのね? 確かにガガーランがうちに引き込もうとか言ってたけど……」

 

 ラキュースから最低でもアイアンクラスの筋力はあるんじゃないかという話も、考えてみれば少々おかしい。この集団は力を隠そうとしてるようでいて、その実透けているのだ。

 そもそも前提として全員を……いや、それ以上いるであろう者たちを取り込もうと考えること自体間違っている。対するはアイコと言う名の少女だけでいいのだ。手駒としてラキュースより優秀なのは確実。透けている実力の理由が馬鹿であるからならまだしも、力の加減が分かっていないなどという神の視点にある物なのか。どちらでもかまわないが、頭の悪い者でないことを願いたい。

 

「とにかく……うん? 来たみたいね。ラナーも驚くわよ?」

「うふふ、楽しみだわ。クライムったらノックなんかして……いいって言ったのに」

「それは……相変わらずクライムも大変そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中からの声にクライムが扉を開け、彼に続いて入室する。それほど大きくもない居室の小さなテーブルに、二人の女性がいるのを見とめ、先ほどと同じように礼の姿勢を取り言葉を待つ。

 砕けた態度で構わないのではないかと言われもしたが、それはそれ。表情まで変えてはいないが、王女様が相手では失礼な態度はとれない。

 

「もうクライムったら、ちゃんとお話はしたの? アイコ様、どうぞお立ちになって下さい」

「その手慣れた跪礼はなんなのよ。ふふっ、あなた平民を偽る気がさらさらないわよね」

 

 ゆっくりと立ち上がりいたずらっ子のようにニコっと微笑む。

 

「はじめまして王女様、アイコ・ウール・ゴウンと申します。ラキュースさんのようにアイコと呼んで頂ければ。それと私は平民ですからね? 冒険者やってる元貴族も平民じゃないのって突っ込みをしてもいいのですよ」

「ふっふっふっ。残念ながら冒険者は平民じゃないのよ。税の形態から特別枠に当たるわね」

「昨日初めて会ったと聞かされた割には随分と仲が良いのですね。ごめんなさい、様式を守って下さっていたのにアイコさんに先に名乗らせてしまって。私がラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフです。私もラナーと呼んでくだされば嬉しいです。あの……近くに寄ってもよろしいですか?」

「えっ、ええ。構いませんが」

 

 さも嬉しそうに「ありがとうございます!」と言いながらアイコに近寄っていくラナー。若干面喰いながらもラナーの姿を改めて瞳に映し、あぁ戦士団が噂をしていたのはそういうことかと、今更ながらに気付く。確かに自身が創ったキャラに似ているかもしれないと。散々噂されていたというのにこの瞬間までそれに気づかなかったアイコであった。

 

「どうクライム、似ているかしら? 私はアイコさんの方がお綺麗だと思うのだけど」

「もう……クライムをいじめるのはよしなさいよラナー。でもあなたたち姉妹みたいね、ふふっ、垂れ目がそっくりだわ」

 

 垂れ目いいじゃない。リアルの私は結構きつい目をしてたから、優しい目っていうか垂れ目な子に憧れてたのよね。

 

「……お並びになられると、やはり身長が違いますね。アイコ様の方が背が高くていらっしゃる。髪色と瞳の色が酷似している事と目の形でしょうか。パッと見の印象として似ていると取られてもおかしくはないと思いますが……私はラナー様が……いえ、ラナー様もアイコ様もお綺麗であると思います」

「100点だわクライム君! こう一見私も同様に持ち上げようとして見せて『私はラナー様一択ですから!』っていう意思がありありと伝わるもの! 爆発しろ!」

「なっ!? なにをおっしゃるのですかアイコ様!?」

「クライム……なぜかアイコさんと仲良くなりすぎているような気がするのですけど……」

「ちがっ!? ラナー様! 誤解です!」

「あははは! もう、ラナーもアイコもそのくらいにしておきなさいよ。お茶会なんでしょ? 演芸会場じゃないんだから」

 

 焦るクライムを見て思わず吹き出すラキュースであったが、二人の少女にとっては小さなミスがあった。

 アイコにとっては相手を楽しませる話題の提供に若干失敗してしまったこと。ラナーにとっては冗談ぽく吐いた言葉であったはずなのに、ちょっとだけ本当に仲が良さそうだなと思ってしまった事を悟られたこと。

 

 方や人外の頭脳を持つ『黄金の王女』。方やサービストーク百戦錬磨の『夜の女王』。

 

 もしこれから国を賭けるような対談でもあったのなら、この先さぞや白熱したものになったのであろうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ会議は続いているが、内容など覚えてはいない。いつものおべんちゃらであるのだろうが、王も自身に問いかけてくることも無かったのは幸いだった。今一度先ほどの光景を思い返す。

 

 アイコが王子の手を優しくつかみ、身体を密着させて魔法を発動させる。

 

 正直アイコが指を切るような展開にならずほっとしていたものの、その光景にやりきれないものを感じていた。こちらからアイコの表情は窺えないものの、王子の肉欲を抑えきれていない笑みにゾッとする……いや勝手に頭の中でそんな風に解釈しているのかもしれないのだが。

 怪我が治り驚嘆の声を上げる王子。いや、それは怪我が治った事への驚きであったのだろうか。教会の治療魔法を受けたことがある者たちにとってはありふれた光景であったのだろう。他の貴族からは特に驚きの声があがるということもなく、逆にあからさまに残念な表情や舌打ちまで聞こえる。

 

 彼女は今どのような感情を抱いているのだろうか。ころころと表情が変わる喜怒哀楽のはげしい娘だ、嫌悪の表情を浮かべていてもおかしくは無いだろう。

 

「お前……ふん、アイコと言ったか。魔法は本物のようだな。そうだな褒章式があるのだったか……そのあとに私の部屋に来い。あー……治療してもらいたい侍従がいるのでな」

「!?」

「はい、承りました」

「クッ……」

 

 涼やかな声音で一拍置き、了承の言葉を返すアイコ。王子のニンマリとした表情に背筋が凍り、割って入り叫びだしたい気持ちをギリギリで抑え込む。

 バレバレな嘘ではあるが、糾弾することも出来ない。食いつきでもすれば貴族派閥の恰好の的だ。私は一体どうすればいいのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿! なにあっさり同意してるのよ!? あぁ……もぅ……」

「上のお兄様ですか……本当に余計なことをしてくれますね……」

「あ、この紅茶美味しい……ねぇ、おかわり貰っていい?」

「まあ! 気に入ってくれて嬉しいです。とっておきを出したのですよ」

「ちょっと! なに和んでんのよ!?」

 

 それで議会はどうだったのというラキュースの質問に、紅茶を頂きながら答えを返したのだが、お気に召してはくれなかったようだ。ラナーの後ろに侍っているクライムも驚愕に目を見開いている。

 

「ああそうか……貞操の危機になるのよね」

「あたりまえでしょう……それ以外ないじゃない……」

 

 そういえばこの身体的には処女にでもなるのだろうか。一回抱かれてやれば、逃げ出しても距離的に追いかけてはこないだろうと考えていた。

 完全に毒された思考だとは理解してはいるが、あの世界でそうやって生きてきたのだ。

 

 あぁ違う……馬鹿だ……なに仕事のような感覚で対応してしまったんだろう。完全に脳が切り替わっていたと言ってしまえばそうなのだが、こんな思考を持っていたなんてガゼフに申し訳が立たない……それならどうすればよかったのだろうか。いや、この後どうすれば良いのだろうか。

 暴力的な解決方法ならいくらでもある。すぐさま逃げ出すことだって。

 

「ずいぶん考え込んでいらっしゃいますが、何か思惑などがあったのでしょうか?」

「うーん、あの場でお断りした場合、やはり一悶着あるでしょう? ガゼフ様が間に入ってくることもあったかもしれませんし……」

「それでいいじゃ……いえ、ダメなのね?」

 

 ガゼフにあの場が納められるとは思わない。最悪貶められるかもしれない。

 とにかくあの王子の発言で、私の行動が制限されてしまった。綺麗にお別れをしたかったのだけれど、それも叶わないかもしれないのが残念だ。

 

「アイコさんは……諦めてしまっているのですか?」

「そうよ! まだ答えも聞いてないんでしょう?」

「うーん……どうなのかなあ? 思い出とこのドレスだけでも私にはもったいないくらいですし」

 

 この状況でガゼフの枷になるなど冗談ではない。そんなことになるくらいだったら諦めてもいいと思っている。

 

「お兄様の方は私にお任せください。私もご一緒しますから」

「いいわねラナー。ついでだから一発殴ってきなさいよ!」

 

 冗談ではないのはラナーの方だ。自身が含まれた王家を悪し者に見られ、このまま帰られたりされたら堪ったものではない。ストロノーフと結ばれることは前提で、それから駒として活用するのだから。

 

「いいこと? アイコ様。戦士長様は、アイコ様を好きでいらしゃるわ。昨日聞かされた話から分かりましたが、どうにも手元に置いて守り切れないと判断して踏み出せないのだと思います」

「そう……なの?」

「アイコ様が仮にお強いなら問題などないのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終わり、王に従いつつ退出しようとする足を、その声が止めてしまった。

 

「殿下、どういうお心積もりですか?」

「あぁ、あの娘のことか? 能力は本物であるし器量も良い。手元に置いておけば薬箱以上に役に立つだろう……まぁ後でいろいろと確かめてみるつもりだがな……ふふっ」

 

 はらわたが煮えくり返る。いや……村娘として過酷な寒村で一生を終えるより、王族の妾など玉の輿にも……そんなわけあるか!! 少しでも冷静を保とうと無理やりな理由を模索しようとするが、正気でいられない。

 歯を食いしばり拳を握り締める自身に王から声がかからなければ、なにをしていたかわからない程に。

 

「戦士長……なにをしておる?」

「……はっ、今すぐ」

「そうではない……それは親愛の情などではないと気づけ。手を出すことは許さんが、存分に口に出してみろ。我はゆっくりと歩いておる……なあに、お前がいない間この騎士たちが付いていたのだ、問題はない」

 

 振り返らずそんな言葉を残しガゼフを置いて歩き出す王。

 

 ああそうか、もっと単純な話だったのだ。これはただの嫉妬ではないか。

 

 すぐさま振り向き王子のもとまで歩き出し膝魔づく。

 

「バルブロ殿下」

「なんだ貴様! いきなり失礼であろう!」

「まぁ良い。なんだ戦士長、何か問題でもあったのか?」

 

 止めに入る貴族たちだったが、王子はさも不思議そうに首をかしげる。それはそうだろう、何も知らないのだから。

 

「アイコ殿は……いえ、私はアイコを愛しております。それをご承知いただきたい」

「なっ!?」

 

 あまりにも突拍子もないことで思わず言葉を詰まらせるバルブロと貴族たち。しかし徐々にその言葉の意味が理解できてくると、ざわついていた周囲に嘲笑が混じりだす。

 しかしながら『あんな女など』と一蹴もできないのは容姿が優れすぎていたためだろう。まわりまわって自国の王女を馬鹿にしていると取られてもおかしくはないのだ。

 

「それは脅迫か? ガゼフ・ストロノーフ」

「そうでございますな……村で畑を耕すのも悪くはないと思っております」

 

 再びざわめき立つ貴族たち。中には罵声を浴びせる者たちも多くいるが、ガゼフの瞳は裂帛の気合をもってバルブロを見つめ続ける。本気だと。本物の思いだとありありとわかる程に。

 

「これは反逆罪ですぞ!」

「まぁ待てボウロロープ侯。そんな話でも無かろう。ふはははは。わかった、わかったぞ戦士長よ。そんな怖い目で睨むんじゃない。だがあの娘は了承したのだ。お前の思いは一方通行ではないのか?」

「いえ、そんなことはありません」

「ふん、まぁいい。問えばわかることだ。それではまたな」

 

 バルブロとしてはこの言動でガゼフを糾弾するつもりはない。いずれ王になればガゼフは戦力的に必要な駒だ。こんな他愛のない事で捨てていい戦力ではないのだ。ただしそれはバルブロ本人の思いである。

 

 バルブロは貴族派閥のトップ。六大貴族ボウロロープ侯の娘を娶っている。侯としては王派閥の目の上のたん瘤を取り除く機会だったのだが、義理の息子に邪魔をされる。どうにも傀儡としての教育はできていなかったのだろう。

 

 

 ここまで……ここまでか。自身の回らない口に嫌気がさす。だがギリギリであった。捕えられてもおかしくはないと。王に背中を押されたのだ、その信頼を裏切るわけにはいかない。ただ殿下は理解してくれたのであろうか……それだけが気がかりであるのだが……

 

 

 なおバルブロもギリギリであった。近隣諸国最強の戦士の眼光に直近で晒されたのだ。自身も多少は戦士としての腕があるがゆえにその恐ろしさは相当であり、片手で心臓を押さえ「殺されるかと思った……」という小声は、周りの貴族たちには聞こえてはいなかった。

 あの場でお茶を濁していなければどうなっていたかと冷や汗が止まらないバルブロであった。

 

 ついでに後日「お兄様は私を愛しているみたいなの……どうすればいいと思う?」などと侍従にのたまったラナーによって、あらぬ噂話が駆け巡り、一層肩身の狭い思いをすることになるのは余談である。

 

 





愛してると言わせるのにどんだけかかったのやら。どうにかくっ付ける算段は整ったものの、「あれ? これラナーいらなかったな」なんて思ったりw
そろそろお話を畳めそうかなーと思うんだけど、どうかなー?


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18 メイドは寂しいと死んじゃうらしい

作者が残念だと頭のいいキャラも残念になる。いいね。




「アイコ様が仮にお強いなら問題などないのですが……」

「強い……うーん……」

「ガガーランも言ってたんだけどあなた結構戦えるんじゃない? 見た目からは全然想像もつかないんだけれど……」

 

 この世界の基準で言えば強いのだとは思う。カルネ村での戦闘のように必要に駆られれば闘いもするし、ノリで毛玉に軽いパンチをくれてやるくらいなら出来る。だけども『強い』と聞かれるとどうしてもそうとは思えない自分がいるのだ。ただユグドラシルのステータスを受け継いだ、戦闘とは無縁の一般人なのだから。

 

「確かにガゼフ様に守られなければならない程弱くはありませんが……それを証明する手立てもありませんし」

「……例えばクライムが剣で切りかかってきたらどうなされますか?」

「なっ、ラナー様!」

「クライム君がガゼフ様クラスで、その剣が普通の剣だったらなにもしないかなぁ? あーそうなのよ、王子に助けられたのよね」

「え?」

 

 あの時もし自身の指を切れと言われた場合……切れないよね……ワンコたちですら無理だったのに。あの場にある刃物で自分を傷付けることが出来たものは無いだろう。

 クライム君もワンコっぽいけどうちのワンコより強いかどうかは……うーん。

 

「……なるほど、大体わかりました。例えばクライムと戦って見てくださいとお願いしても、お受けしては頂けないのですよね」

「そうね、対人はほんと勘弁だわ……」

「なにがわかったのよ? 私にはさっぱりだわ」

 

 ラキュースにしてみたら王子に助けられたというところから訳が分からないのだが。

 

「つまり意識の違いって言うのかしらね。戦力的な強さを問うのはやめた方がよいというのがわかりました。たぶんクライムや……ラキュースでもアイコ様を傷付けられないのですよね?」

「ちょっとそれは!?」

「そうだとは思うのですが、試してみたくもありません。ごめんなさいね」

 

 もう私の頭の中ではこの世界は完全に現実なのだ。このリアルの世界で剣を振りかぶって来る相手がいたら逃げの一手は当然だろう。守る物があったり必要に駆られなければ戦おうという意思はない。

 

「このお城を更地にしろと言うなら簡単なのですが」

「は?」

「え?」

「……ものすごくよくわかりましたから、絶対にしないでくださいね」

 

 対物やモンスター相手なら戦わないでもない。ぶちゅってなるのはアレだが。そもそも私には相手の強さを見分けるすべがないのだから、手加減の程が分からない。あの騎士たちで手加減を学んだとはいえ、個人差がどれだけあるのか。

 完全に舐めプ的な考えで申し訳ないのだが、知り合いをパンチして腕が吹っ飛んだとかなって笑える人がいるだろうか。たとえ治療出来たり生き返らせたりできたとしてもだ。

 

 

『あ、やっと繋がりました。申し訳ありませんアイコ様。ソーコさんが倒れました』

 

 

「げふっ!? ちょっとゴメン緊急事態」

「なっ、なに!?」

「アイコ様!?」

 

 この声は確かナーベちゃんだ。すぐさま立ち上がり早着替え用のアイテムでフル装備に換装。羽を広げて魔法を唱える。

 

「<転移門(ゲート)>!」

「!?」

「!?」

「空間に穴が……開きましたね……」

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、この子私が昼に帰ると思って朝ごはん我慢してたらしいの……お友達との稽古中にお腹が空いて倒れちゃったみたいなのよね。ちょっと目を離したくないから連れてきちゃったんだけど大丈夫かなあ?」

「アイコ様と一緒だと、んぐっ、はぐっ、やっぱり美味しいですね!」

「もう喉詰まっちゃうから……たしかオレンジジュースのやつがあったような……お、あったあった、ほらこれ飲んでソーコ」

「ありがとうございますアイコ様!」

 

 再び目の前に現れた穴から神々しいドレスを着たアイコとメイド服の少女がテーブルと椅子を持って出現。メイドが空間から大量のバゲットと果物を取り出し、アイコも空間からティーポットらしきものとカップを取り出しオレンジ色の液体を注いでいる。

 

「……え?」

「……は?」

「完全に読み違えました……予想通りではあるのですが、想像以上でしたね」

 

 理解が追い付かない二人に、追いついてなお上をいかれたことに感心するラナー、ただもしかしてこの少女は馬鹿なんじゃないだろうかと若干不安にもなっていたのは表情には現れていなかった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 お昼まであと数十分ほど。スケジュール的にはやはり田舎の小娘を交えての食事会などは当然無く、王の取り計らいでラナーの私室で食事をしてもらい、その後に褒章式が行われる予定だそうで、そろそろ給仕のメイドが食事を持って現れるらしい。

 今更ながらソーコがいて大丈夫かと思いラナーに視線を送ると、すべて了解したと言わんばかりの笑顔で隣室へ。どうやら隣の部屋は侍従の待機部屋のようで、ほんの数十秒で戻ってくる。

 

「お食事はアイコ様が緊張して喉を通らないということでお断りしてまいりましたがよろしかったですか?」

「察しが良すぎて怖いくらいです。ふふっ、色々驚かせちゃったし謝罪ってわけじゃないけどこちらで食事を用意させていただきますね。ソーコ、あと何が出せそう?」

 

 すでに驚くべき速さで食事を終えたソーコは、アイコの斜め後ろで居住まいを正し控えている。もう色々と台無しではないかと思うのだが、出来るメイドの表情で答えていく。

 

「料理をしないとなると、先ほどの物以外ではイベントアイテムが大量にございますね」

「あーイベント系か……集めたなぁバレンタインチョコとかハロウィンクッキーとか。うーん……じゃぁバゲットとスープをメインであとは適当にお願いね」

「かしこまりました。それではみなさんこちらの席へ」

 

 ニコニコと若干ワクワクとすぐさま席に着くラナー。呆然としていたがその行動に気づき、さっとラナーの後ろに移動するクライム。いろいろ言いたいことがありすぎるのだが、諦めたように溜息を吐き席に着くラキュース。

 

「クライム君も座ってね、給仕はソーコがするから」

「クライム、これは命令です。普段なら頑なに遠慮するのでしょうが、今回ばかりは折れてね。一緒に食事をいただきましょう」

 

 アイコやラナー、それにラキュースの着席を促す視線に躊躇しながらも、失礼な話だが毒味役にもならなければならないかと、席に着くクライム。いつの間に現れたのやら車輪付きの配膳台の上に次々と料理や食器類を取り出し始め、テーブルに座る者たちに給仕し始める。

 

「……なんでこのパン焼き立ての匂いがするのよとかは聞いちゃいけないのよね」

「はい! 焼き立てですよ!」

「いや、そうじゃなくって……」

 

「ラナー様、飲み物はなんにする? オレンジジュースでいいかな?」

「先ほど拝見させていただいて興味があったのです、是非それで! クライムもそれでいいわよね?」

「はっ、はい!」

 

 クライムは意識を釘付けにしていた目の前のパンとスープから目を離し、ラナーに向き直る。正直頭が追い付かないと。ほんの数分の間に次々と不可思議な事態が起こっているのだ、平静でいられないのも仕方がないところではあるが、さすがはラナー様は落ち着いていらっしゃると、自身の主を頼もしく思う。

 いやいや、違うだろう。主を守るのが自身の務めであり、現に堂々とアイコ様以外の第三者がこの部屋にいるのを追求しなくていいのかとも思うのだが……さすがにこの事態は自身の手に負えるものではないと悟らざるを得ない。

 

「マナーは気にしないでいいわよね? それじゃいただきましょうか」

 

 まずは率先してバゲットを手づかみして頬張るアイコ。それはありがたいと思うクライムであったが、貴族も斯くやといった彼女が、食事のマナーを知らない等という事はあり得ない。これは気を使われているのだろうかと考えるが、そんなことを考えている間にラナーとラキュースの歓喜の声が聞こえる。

 

「うわぁ……やっぱり焼き立てだわこれ。ものすごく美味しい!」

「香りが違うのですね……外はパリッとしていますが、中がもちもちで。これ自体が高級でもあるのでしょうが、焼き立てのパンというのは初めてです。とても美味しいわ!」

 

 しまったと、自身もあわてて手を伸ばしパンをかじる。ついいつもの固パンのように思い切り噛んでしまったが、その柔らかさに驚き、美味しさに言葉が出てこない。

 

「バターとジャムもありますのでお好みでどうぞ。私とアイコ様はスープに付けて食べちゃいますけど」

「んふふ、そうね。バゲットもスープもソーコが作ってくれたのよ。あ、今更だけど紹介するね。あー……妹のように大事なメイド(・・・・・・・・・・・)のソーコです」

 

 そういえば妹がいるって言っちゃったけど、王女はガゼフに聞かされてるみたいだし隠す必要もないかと、ぶっちゃける。何故かソーコが感涙しているが、ラキュースさんも気にしていないみたいだし構わないだろう。

 

「アイコ? 突っ込みどころが多くて何も言わないだけだからね? 今度時間があるときに説明してもらうんだから」

「そうですね……次回のお茶会(・・・・・・)ではアイコ様のお話を伺いたいわ。うふふ、お約束(・・・)してもよろしいですか?」

「そうね、うちにも遊びに呼びたいわね。今回は手持ちの料理になっちゃったけど、ソーコの自慢の料理も食べに来てもらいたいし」

 

 よし、まずは次に繋がった。今までの一連の会話や出来事で、利で動く方ではないというのがわかった。次いで言うなら私に対しての危険人物ではないことも。することは無いが、不快な思いをさせても直情的に殺されるという事はまず無いと踏んでいい。

 だが逆に義憤に駆られてなど、八本指の話をしようとも興味を持たれないだろうという事もわかる。力がありながらその行使を良しとしないのだ。面倒くさがられたら逃げられるまでありえそうだ。だからこの話は出さない。

 そしてこの繋がりはガゼフ・ストロノーフがいなければ始まらない。こちらからの連絡手段は皆無と言っていいのだ。なんとしても繋げて見せると意気込む。

 

「ジュース美味しいでしょ? 私も初めて飲んだ時涙が出るほどだったわ」

「これはずるいです……」

 

 ついでに言うならこのオレンジジュースとやらを大変気に入ってしまった……もうこの縁を逃してやることは絶対に出来ない。

 ラナーの頭の中ではアイコよりジュースの比重が高くなるほどに美味であったのだ。その後に出てきた大量の菓子類にも目を奪われそうになるが、頭を切り替える。

 

「じ、時間もありません。食事をしながら先ほどの話の続きをしましょうアイコ様」

 

 それでも限られた時間は残り一時間もないのだ。

 

「あれ? 何の話だったっけ?」

「……」

 

 我慢よ、我慢よラナー。

 

「強さとかは置いといてちょっと不安だったのよ私。あなたどうやって村まで帰るんだろうって」

「あー……それは……冒険者を雇って……とか?」

「戦士長様も転移が可能なことを知っておられたのですね。帰路の話が一切出ないことを不思議に思っていましたもの」

「もう本当に内緒だからね。宅配便にでもされたら面倒くさいもの」

 

 あなたの容姿なら市街に出て物の数分で質の悪い連中やらティアやらに狙われそうだものと独り言ちるラキュース。それを優しい瞳で見つめるアイコ。どうやらこの二人は良好な関係を築いているようだと安堵するラナー。アイコが蒼の薔薇に入っても面白いかもしれない。

 

「なかなか良い食べっぷりですねぇ。騎士様」

「んぐっ!? す、すみません!」

「そんなに急がなくても作り置きはまだまだありますから。んふふ、ゴリラよりよっぽど可愛いわ」

「なっ!? うっ!? このジュースも……スゴイ」

 

 ちょ、ちょっとあっちも気になるけれども。あのメイドを殺せるとも思えない。とにかくガゼフとアイコを繋げる算段を整えないと。

 

「それで強さをみせつけるには……例えば試合などどうでしょう。あぁ……でもアイコ様はそういうのはお嫌いなのでしたね。これなら戦士長様も憂いがなくなり、すぐさまお二人は結ばれると思ったのですが……」

 

 残念なことにこの王女。特殊な性癖を純愛と信じて憚らない程に、恋愛に対してはポンコツであったのだが、言葉巧みにアイコをその気にさせていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして迎えた褒章式。思えばここまで長かった……部屋に迎えが来る前にソーコを返し、例の通信装備制作の準備をお願いした。ガゼフにも渡せたら良いなと思うが……

 再び頂いたドレスに着替えた際、「そうだ! 私もご一緒したら面白そうかも!」とかいうラナーと手を繋ぎ、玉座の間なのか式典場なのかわからない場所に放り込まれている。

 周りを貴族たちに囲まれ、珍獣のように見つめられるのはたまらないが、一段高い場所に座っている王を見る。いやまて、どうすればいいの? 跪けばいいんだろうがなんでこの娘は手を放してくれないのやら。

 

「あはは! そのままで構わんぞ、こうして並ぶとまるで姉妹のようよな。もっと近くに寄るがよい」

 

 王様機嫌良すぎだろう。まあ周りの貴族が黙り込んでしまうのも分かる。ラナーが何を思ったのか私と同じようなタイプの白いドレスに着替えていたのは、外野を黙らせる策だったのかそれともただの遊び心だったのか。

 

「なるほど、どうだ戦士長よ。どちらがお前の好みであるのだ?」

 

 おい、王様なに言っちゃってんのと思いもしたが、それはそれで聞いてみたい……

 

「……王やラナー殿下には申し訳ありませんが、アイコが一番でございます」

「わははは! お前も吹っ切れたようだな、いや悪くないぞ」

 

 え? なにこれドッキリ? あれ、これどうすればいいの? ね、ねぇラナー、さっきの作戦だか何だかわからないけど、この場でガゼフに試合を申し込む話はどうすればいいの?

 思わず蕩けた瞳で見つめていたガゼフから、ラナーに視線を移すが朗らかに微笑んでいるだけ……

 

 勿論ラナーにしてもナニコレである。ほんの数時間で何かが変わったのであろうが、作戦変更である。話をややこしくさせるよりガゼフに賭けた方が賢明かもしれないと。

 

「そうだな、まずは式典を終わらせるべきよな。アイコ・ウール・ゴウン殿」

「はっ、はい!」

 

 対応力に関しては自身があったが、頭が追い付かなくなるのは久しぶりだ。すぐさま跪いて首を垂れる。

 

「此度の働きまことに見事であった。いや、そなたたち家族にとっては国の為にと働いたわけではないのであろう。だがこの戦士長をはじめ戦士団が戻ってこれたのは、そなたらの働きが少なくない程であったと聞き及んでいる。……私の最も忠実な側近を救ってくれて感謝する。ありがとう」

 

 一国の王としては異例の発言ではあるが、王の気質というのだろうか。良い人なんだなというのとガゼフが慕うのも理解できた。ざわつく貴族を見れば大変そうだなあとも思うが。

 

「報奨金はガゼフに持たせておる。ああ……忘れておった。バルブロが何か用があるのだったか?」

 

 眼光鋭く自身の息子を見つめる王。

 

「いっ!? いえ! 用は……ございません」

 

 王のみならず、ガゼフからも鋭い視線を向けられる。ついでにラナーからも。こちらに引き入れる予定のラナーにまで反感を買われたら王の椅子が遠のく。ラナーの手はいまだアイコの手を握っているのだから。

 

「ふむ。それでは此度の式典は終わりだ……アイコ殿、そなたからは何かあるかね?」

「あ……その……ガゼフ様をボコボコに」

「アイコ様! ふふっ緊張してらっしゃるのね! お父様それでは戦士長様と一緒に私もお見送りさせてもらうわ! あ、でもお邪魔かもしれないから途中までですけど!」

「あ、あぁ、うむ? 珍しいなラナー。お前もアイコ殿を気に入ったのか」

「ええ!」

 

 王に礼をし、そそくさと退場するラナーとアイコ。ガゼフの命の恩人が誰であったのかは明白だったが、それをそそのかしたのも彼女だったりするのだが。

 




ナーベちゃんはモモンさんがいなかったので、とりあえずアイコに連絡しようとしたけど繋がらないので、姉に連絡を取ってみて本名を知ったって感じです。本文に入れる間が無かったw

狂気的なラナーの内面とか無理というより構成が下手ですまん。オチを前提に書いてたら矛盾するわ馬鹿になるわで本当にスマンw
たぶん次回で完結です。



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19 周辺諸国最強のお嫁様


遅れてスマンのw この話で十万字を超えるわけですが、すごいね、書けるもんだねw
仕事やレポートなんかで十万字なんて書いたことなんてあるんだろうか。貴重な体験でしたw



 

 

 日はまだ高く青空の下、一台の馬車が王都を駆ける。街はいまだ活気に包まれてはいるが、馬車の中は沈黙が支配していた。

 

「……」

「……」

 

 一人は白い肌に真っ白なドレス。貴族の令嬢も斯くやといった金髪の美少女は、顔を朱に染め、ちらりちらりと目の前の男を盗み見ては、さらに顔を赤くしていく。

 

 もう一人は体格のいい偉丈夫。服装は正装なのか軍服なのかはともかく、目の前の少女と並んでも見劣りせぬ恰好ではある物の、歴戦の戦士としての風格が邪魔をし、護衛の者と見られてもおかしくはない。

 だが腕を組んで固く目をつぶり、なにかを考え込んでいる様子はなかなかに様になっており、少女の顔をさらに赤く染め上げていく。

 考え事の内容がアレなのだが……

 

(おうちに誘われてしまった……こ、これって……)

(家に招待してしまった……馬鹿だ……もっと段階があるだろう……)

 

 王には暇を頂いている。というか無理やり渡されたのだが、そうでなくともアイコとの時間を頂きたかったのでありがたいことではあるのだが、期待が過ぎるというか……

 いや、王は以前から私に重きを置いてくれているのは理解している。この年まで男やもめを貫いていられたのは私の自由意思を尊重して頂いていたからだ。自身は貴族ではないが戦士長と言う立場。私の婚姻を駒として使われてもおかしくはないというのに……

 ならばその期待に応え……いやいや違うだろう。そんな話ではない。

 

 頭の中でどうすればよかったんだと葛藤するガゼフ・ストロノーフ。なおアイコの頭の中は現在18禁なので語ることが出来ない。

 

「あぁ、そういえばこれを渡すのを忘れていたな」

「ひゅぃ!? え?」

 

 ガゼフが懐から取り出したのは小さな巾着。王家の紋章も入っており、その袋自体も高価な布で出来ているのではないかと思われる、綺麗な金貨袋だった。

 

「国からの報奨金だ……金貨が……50枚入っている」

「わぁ……ありがとうございます!」

 

 アイコとしては貨幣価値が曖昧なこともあり、多いのか少ないのかもわかっていない。だがガゼフとしては忸怩たる思いであった。

 議会での決定で決められた報奨金は、なんと金貨8枚というものであった。これは高額なポーションなら一本分。一般的なポーションなら四本分の相場である。ついで言うとガゼフたち戦士団全員を教会で治療して頂いた場合の正当な報酬額に近いものでもある。

 つまり国としてはアイコの治療魔法への対価であって、それ以上のものは存在していないのだ。王もその場では無言であったので言葉を発することは無かったが、現状戦費を考えなければならない時期であるとはいえ、この決定はどうなのだと憤りを覚えもした。

 

 しかし褒章式前に王から渡された金貨袋の重みを不審に思い、目をやると「……本当にすまないな」と力なく発した王の言葉に、王個人の資産から金貨を足したのだろうと察せたが、王への感謝はあれど、どうにもアイコやゴウン殿への申し訳なさが先に立つ。

 

「本来であれば金貨100枚……いや、200枚以上の報酬額が妥当であると思う。望むだけの報酬などと……本当に申し訳ない」

「いえ、私はもうこの報酬を頂いていますし。あ! 改めてお礼を……ドレス嬉しかったです、ありがとうございます」

 

 自身の腕で身体を……いや、ドレスを抱きしめるアイコ。金貨50枚だろうと500枚だろうと喜びは同じであったであろうが、このドレスに勝るものは無いとニッコリと微笑む。

 

「や、やはりアイコには……白が似合うと思う。清廉な……すまぬな。語彙が少なくどう表現していいのかわからないのだが……美しいと思うのだ」

「せ、清廉!? セイレーンじゃないですよね!? そんな……その……ガゼフ様も格好いいです」

 

 一瞬ユグドラシルにもいた半人半魚のMobを思い返すアイコであったが、消え入りそうな声でガゼフの服装にも思っていたことを返す。

 

「ははっ。服に着られているようでな、どうにもこのような恰好は苦手ではあるのだが、アイコに褒められるのは……その……嬉しいものだな」

 

 アインズがこの場にいたら「お前ら早く結婚しちゃえよ!」と言わんばかりな桃色空間。最初の空気はなんだったのかと思わせるような甘い雰囲気の中、会話も若干弾みながら、ようやくガゼフの家へと到着するのであった。

 

 なお馬車を操っていた年若い戦士団隊員は「憎い……隊長が憎い(三度目)」と血の涙を流していた。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「うわぁ! 大きなお家ですね! ここがガゼフ様の? でも一人で住むにしては大きすぎるような」

「そうだな。確かに部屋はかなり空いているが、召使というか老齢の夫婦に家の管理をお願いして住み込んでもらっている。家の大きさ的には商人の別荘とでもいうほどだが、王城に近くとなるとこれほどの物件しか無くてな」

 

 寝に帰ることも最近では出来ていなかったと笑うガゼフの言葉を聞きながら、その家を見上げる。自宅の四倍はあろう程の敷地に、二階建ての白い外壁の家屋。奥の方は裏庭でもあるのだろうかと察せるが、やはり大きな家だなあと思う。

 手を引かれてというか、馬車から降りる際に再度握った手は両者が離すこともなく、二人そろって門をくぐっていく。庭木や芝も丁寧に整えられており、家の周りには花壇であろうか。季節の花なのかは知れないが、華やかでは無いものの、人の目を楽しませてくれる。

 

「いいですね……その夫婦のお人柄なのでしょうか。素朴な趣というか、なんというか温かいです」

「ははは、そうか。私は忙しなさ過ぎたせいでそんな考えなど持ったことも無かったのだが、改めて見るとなるほど。ありがたいものだったのだな」

 

 朗らかな笑顔を浮かべながら、二人で庭を散策していく。ガゼフも見知った花……いや、薬草の類ではあるのだが、腰を落としそれらを説明したりと楽し気な会話が続いていく。

 

「ストロノーフ様、お帰り……で!?」

 

 そんな会話が漏れ聞こえていたのか、正面玄関の扉が開き、人のよさそうな老齢の女性が現れたのだが、顔に驚愕の表情を浮かべて動きを止める。だが徐々にそれは歓喜の笑みに代わり、言葉を紡ぎだす。

 

「あらあらあらあら! まあまあまあ! 可愛らしいお方で! ええ、わかります、わかりますとも! すぐさま夕食の買い出しに参ります。精進料理などとは言わせませんよ? 精の付く物をたくさん食べてもらわなくてわ!」

「ああ、今帰った……いや、なんだ、その……頼む」

「ふひっ!?」

 

 ガゼフとしては、なんだそんな料理も出来るのならお願いしたいという唯それだけであったのだが、某義理の母達に似たのか、そんな鼻息を漏らすアイコの頭の中は、またもや18禁であるため語ることは出来ない。

 

 そうね、まずはお茶を出さなくてはと急ぐ女性に続き、家の中に入るのだが、なんとなくこの大きな玄関スペースに既視感を覚える。

 

(あ、あれだ! バイオハザードの洋館だ)

 

 古くからあるゲームで、たびたびリメイクを繰り返し、つい最近はDMMOにもなったらしいホラーゲームの初代の洋館なのだが、あれほど大きくは無いものの確かに玄関ホールは似た趣がある。

 前方には大階段とは言えないものの二階に続く階段があり、そちらにはガゼフの私室があるそうだ。食い気味に上階を見つめるアイコであったが、手を取られ左手の扉からダイニングスペースへ案内される。

 玄関ホールと比べると思ったよりもこじんまりとした部屋ではあったが、何とも温かみのある空間であった。女性に茶を差し出され、簡単な自己紹介を。遅れて現れた裏庭の手入れをしていたらしいもう一人の男性とも挨拶を交わすも、「良かった……ほんに良かった……」と目尻に涙を溜めてすぐさま退出してしまう。

 

「ふふっ、なんだか温かいお家じゃないですか。帰らないなんてもったいないですよ」

「そうか? そうだな。しかしなにをあんなに慌てていたのやら」

 

 すでにこの場には二人しかおらず、お茶を頂きながら会話を楽しむ。老夫婦の思いは言わずもがなであったが、主人であるとともに息子としての思いもあったのだろう。ガゼフがそれに気づくことは無かったが、アイコはそれにもほっこりと笑顔になってしまう。

 

「そうだ。その、そ、ソーコ殿はよろしいのだろうか? アイコは夕食時には戻る予定であったのだろう?」

「ぐっ!? ……すみません少しだけ時間をください」

 

 さすがに先ほどあんなことがあったのだ、忘れていたわけではないが、早めに連絡をしておいた方が良いだろう。席を離れ窓際に移動し、こめかみに指をあてて魔法を唱える。

 

 そんな通話を聴きながら柔らかな微笑を浮かべ、茶に口を付けるガゼフ。あぁそんな百面相もアイコの魅力なのだなと心が潤ってくる。

 

「だっ、だから! その、お母さん大人になるかもしれなくって!」

 

 言ってる言葉は支離滅裂で、何のことだかさっぱりわからないが、その表情にあの会議場で見せた顔の片鱗も見えず安堵する。

 

「……あぁ、(良かったなあ、アイコが無事で本当に)良かった」

 

 思わずこぼれてしまった言葉は本当に小さなつぶやきであり、声に出していた部分は少なく、いかに100レベルのアイコでも心の中で漏らした言葉までは拾えず、気にすることは無かった。

 

「絶対よ! 命令だからね、今食べるのよ! モモンさんは? いない……ナーベちゃんは?」

 

 どうやらこの数日でカルネ村も賑やかなことになっているのだろう。聞いたことが無い名前も飛び出すが、そもそも知った名前はゴウン一家のみであるし仕方ないところではあるのだが。

 

「ナーベちゃん? モモンさんは優しすぎるからあなたが頼りなの。ホールドよ? ホールド! だいしゅきほーるどで頼むわね!」

 

 聞いたことのない言葉も飛び出すが、真剣な表情になったり子悪魔的な表情になったりと忙しない彼女はやはり面白くもあり好ましくもあり……ああ、魅力的な女性なのだと再確認する。

 

 ああ、それでもこれで最後なのだなとも。窓からの柔らかな光がダイニングを照らす。その光が彼女を包み込み、彼女ごと消え去ってしまう光景を幻視し思わず目を見開いて立ち上がってしまう。

 

「ガゼフ……さま?」

「ああ…‥いや……そのまま続けてくれ」

 

 確かに幻想ではないけれども、あと数時間もしないうちに彼女が消えてしまうのは事実だ。そしてそれを追いかけるすべは皆無だという事も。

 

 再び窓辺を向いて通話を続ける彼女に歩み寄り、そして抱きしめる。そうだ、この温もりだ。10日ほど続けてきた行為が、たった一日空いただけでこれほど愛おしいとは。

 

「ひゅわっ!? えっ!? ええ!?」

「愛している……結婚しよう」

 

 期待していないわけではなかった。単なるお別れ会なのかもしれないとの思いも頭の片隅にはあったが、なにがあっても自分らしく笑顔でいようと、ただそれだけは決めていた。

 

「あい……はい……うっ……ぐすっ……」

 

 顔をくちゃくちゃにさせ、涙と鼻水がとめどもなく流れていく。あまりに突然のことで驚きと喜びが交じり合い嗚咽を漏らし続ける少女の顔は、お世辞にもあの美少女とも思えぬほどひどい有様になってはいたが、眩しい程の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「でっ、でも……ぐすっ、ソーコを説得しなきゃならないんですからね。ふふっ」

「そうか、なら善は急げだな……頼めるか、アイコ?」

「えぇ、こちらで夕食をとれるように頑張らなくっちゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはりこうなってしまうか」

「当然でしょう。私は最初に言ったはずです」

 

 夕暮れ時のカルネ村中央広場は水を打ったような静けさ……なんてこともなく、丁度仕事を終えた村人たちや、漆黒の剣にンフィーレア、そしてアインズ扮するモモンとナーベに森の賢王まで。カルネ村住人フルメンバーによる村の柵が完成したことによる宴が催されていた。

 そして櫓の上にはちょっと豪華な椅子が置かれ、そこにちょこんと鎮座しているのは金髪の美少女。あわあわとしながら眼下の両雄の対峙を見守っている。

 

「ど、どういうことですかモモンさん? なんでソーコちゃんが……それにあれって王国戦士長様なんじゃ」

「う、うーん……私にもさっぱりなんだが」

 

 なんでそれを俺に聞くんだと思いもしたがペテルの質問に、答えでもない答えを返していく。

 

「ナーベちゃんには敵わないがあの櫓の上の女の子も可愛いなぁ」

「あれが噂のアイコ殿であるか?」

「貴族……じゃないですよね」

 

 漆黒の剣の会話は置いておいて、なんだかわからないが試合でもするのだろう。

 

「悪いが……ソーコ殿を倒してアイコを手に入れる!」

 

 ガゼフの雄たけびに一瞬で静かになる村人たち。だがその言葉の意味が解ってくると若い男性たちから怒りの声が上がりだす。

 

「ふっざけんな! 王国戦士長!」

「アイコさんは村の女神だぞ!」

 

 村の数少ない若い男性たちにとって、アイコとソーコは嫁候補筆頭にまで登ってきている。ぽっと出の王国戦士長ごとき(・・・・・・・・)に持っていかれていい存在では無いのだ。

 

「その咆哮……本気ですね。いいでしょう、引き分けなどと言う甘い判定はもはや無いと思いなさい。ひき肉にして差し上げますよ!」

 

 ガゼフの高らかな宣言に真っ向から対峙して叫ぶポニーテールの少女。その目は本気だと訴えかけているように睨みつける。

 

「私が勝ったらアイコ様をすっぱり諦めてもらいます。ですが……ぐっ……もし私が負けるようなことになれば……しかたありません、アイコ様と一緒に私も娶ってもらいます……チッ」

「…………は?」

 

 歯を食いしばり、心底嫌そうな顔でそんなことをのたまうソーコ。

 

「ふっ! ふざっ! ふぜけっ!!」

「死ぬか? 死にたいんだな? ガゼフ!!」

「そっ、ソーコ!? 聞いてない! 私聞いてないよそんなの!」

 

 一人、また一人と農具や伐採道具を抱えて立ち上がる伴侶の居ない者たち。国の英雄であり村を救ってくれた恩人でもあるが、すでに敬意もへったくれも無い。

 

「ぺ、ペテル!?」

「ルクルット……お前のことをチャライなんて言うやつもいたが俺は知っているよ。お前がいつも本気だったってことを。だから俺も見せてやるぜ! 俺の本気ってやつを!」

 

 ソーコちゃーん! と、武器を取って走り出す漆黒の剣リーダー、ペテル・モーク。彼もこの一週間足らずの村での伐採作業などで彼女に魅了されていた。大木を「えいっ♪」の掛け声のもと両断していく女神(?)の一撃にやられていたのだ。

 

「ペテル……お前カッコいいぜ……」

「男でござるな」

「漢であるな」

「男の子っていいわね……あ、ちがうちがう! ペテルったらもう!」

 

 なごやかに見守る漆黒の剣メンバーと森の賢王。他の村人たちも「なんだ? 前回の余興の続きか?」などと楽し気に見守っている。

 

「モモンさーーん! 私も!」

「ちょーっと待った。やめような! これ以上収拾がつかなくなるとアイコさん確実に泣くから!」

 

 次々とソーコの周りに集まってくる『持たざる者たち』。その数はゆうに二十人を超えている。

 

「助太刀するぜソーコちゃん!」

「許せん……許せんぞ王国戦士長!」

「みんな……わかったよ! みんなであのゴリラを倒そう!」

 

「ソーコ! みんなも待ちなさい! 私の結婚がかかってるんだからっ!」

「いいだろう……かかってこい村の衆。アイコは私のものだ!」

 

 

 後に『周辺諸国最強のお嫁様』と自称するアイコであったが、「周辺諸国最強ってアイコさんのことですよね」などとからかわれる発端になったこの祭りは、カルネ村の風物詩『嫁取り戦争』とまで呼ばれる程に。

 

 その一回目の勝者はこの世界で初めてブチ切れた某天使だとかなんとか。村の青年やガゼフにソーコ、止めに入った巨大な魔獣や冒険者たちを次々と打ち倒していく様は、村の伝説にまでなっているという。

 

 





 これで一応の完結になります。結婚式とかそれ以前にナザリックに遊びに行くとかの話も書けそうですが、あるとしたら番外編かな?

 今回初めての難産だった理由なのですが、これって作者にだけダイレクトに響く寝取られなんじゃないかとw こんだけ書いてればオリ主にも愛着が沸くってもんで、若い村人の叫びは作者自身の心の叫びだと解釈して頂ければw

 次回はいつになるかはわかりませんが、また新作を書いたりするかも? それではまたいつかお会いしましょう。
 これまで根気よく視聴してくれた皆さん、感想や誤字報告を送ってくれた方々に感謝を。ありがとうございました。
 


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