モンスターハンター 閃耀の頂 (生姜)
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≪ 狩人の章 ≫
第一話 遠くに在りて




▼参考文献
2004/ハンター大全
 2006/ハンター大全2
 2008/モンスターハンターイラストレーションズ
 2009/ハンター大全G
 2010/ハンター大全3
 2015/ハンター大全4

 参考・引用ページ数、ほぼ全域の為略。
 二次創作の為、出版社及び著者名略。

▼その他文献
 MH二次創作ライトノベルシリーズ
 ネット上で書かれている、先達作者皆様方の小説



 悠久の大地の上を季節風が吹いた。

 地上の砂粒はひしめき合い、海流のようにうねりを持って動き続けている。

 ―― 大砂漠。砂の波が寄せては引く、砂と熱と風の世界。

 そんな、絶えず動き鳴動し続ける世界にあって唯一、砂が止まる地域があった。

 「ロックラック」。広遠な不毛の大地に映える一枚岩の上に立つ、砂漠の交通拠点である。

 街の基盤でもある巨大な一枚岩の阻害もあってか、周辺数キロのみではあるものの、砂の動きが止まるのだ。止まった砂原ならば歩行も可能となる。だからこそ今日もまた、一団。砂の上を大小様々の影が寄り合いながら進んでいた。目的地は、先に立つロックラックである。

 たかが砂粒を人をも殺し得る凶器へと変える太陽が、不毛の地を行く人々にとっては大きく感じられる。圧力を伴う程の熱が、生物の脚を縛り付けている。

 風が止み、砂嵐が収まった。大人に混じって重荷を背負う少年と少女が、この好機に皮製の水筒に口をつける。口を開けて奪われる水分が惜しい。そう考えて湿らす程度に水を含んだ。

 

「――、」

 

 含んだ所で2人と、2人を含むキャラバンの頭上を大きな影が覆った。子供は空を見上げる。

 飛行船だっ。

 童心と物珍しさからか、少年と少女は叫んだ。ロックラックは飛行船の離陸地点ともなっているため、未だ知らぬ飛行船というものを見るのは、旅の目的でもあったのだ。

 頭上を覆っていた影は、過ぎ去って行く。あれは飛行船ではなく気球だと大人達は思ったが、これは子供に与り知らぬ事。只でさえ辛い砂漠越え。子供の気力が多少でも回復したのなら、ここで無為に否定する事も無い。どうせ街に着けば、幾らでも見る事が出来るのだから。

 

「……?」

 

 歩き出そうとした大人を他所に、子供は未だ空を見上げていた。眩しくは無いのだろうか。大人たちが怪訝に思っていると、足元にもう1度影が現れる。

 気球だ。2機目である。

 大人も顔を上げる。確かに気球だ。同じ空域に2機。……だがここは、既にロックラックに近い位置である。離着陸をしていれば、そういう事もよくよくあるだろう。率いる長も、そう考えていた。

 

 砂漠を割って出でる岩峰を見るまでは。

 

「―― ォォォ……―― ンン。……ォォォオオッッ」

 

 咆哮と共に大地が裂ける。2本の牙で天を突き、太く長い体駆がのそりと地上へ這出した。

 その身体は砂に塗れ塵に包まれ。それでいて尚蒼く美しい色をしている。

 動作そのものは緩慢。だが振り上げた牙は、その動作のついでとでも言わんばかりに土塊を軽々と飛ばし ―― 土塊は一団へと向かって落ちて来る。

 激しい衝撃が大地を振るう。落ちたのは、旅団を30メートル程超えた先だった。

 土塊は地に衝突し、砕けた。幸いその破片も隊には被害を与えなかった……が、塊自体大きいのだ。押し潰されたら、と。そもそもあの質量が宙を舞う現象からして既に理解の範疇を超えている。

 そこに至って、やっとのこと思考が追いつく。あの岩峰は生物なのだと。あの巨体は、自分達の遥か遠くに現れたのだと。

 だというに、これだけの威圧感を発しているのだ。子供は腰を抜かし、大人ですら身体どころか指の一本動かせはしない。……だから目の前の脅威から視線も逸らせない。遥か先からの眼光に、魂ごと射竦められていた。

 

「……!」

 

 数瞬の後。唯一、竦む思考を振り払い我を取り戻したキャラバンの長が、ある一点に気付いて後ろを向く。陽炎の幕の向こうにはロックラックが聳え立ち、自分達の隊を挟んだ反対側には、あの生物が居る。

 ……街はこのまま押し潰されるのではないか?

 ロックラックが成り立っている岩盤。これは残るだろう。だがその上に居る人々は、建築物は ―― 街は。あの生物によってひとたまりも無く潰される。そんな悪夢を鮮明に思い描いてしまった。

 頭上をまだ、気球が回遊している。よくよく見れば気球の球皮部分には2頭の龍……「古龍観測隊」の紋章が描かれているのが判る。底部から突き出された望遠鏡は、全て岩峰と見紛う生物へと向けられていた。

 ここまで考えきり、妙に冷静になった自分がいる。観測隊が出ていると言う事は、ギルドにも報告がされている筈だ。だとすれば。

 

 はたして、予感は的中する。

 

 船底が砂の海を滑る。巨大なマストが空を切る。

 生物と自分達と、その間。砂漠の地に1隻の船が躍り出ていた。

 船はロックラックと生物を結ぶ直線上で、その動きをぴたりと停止させた。船の中から3人と……1匹が、姿を現す。

 最も近い位置にいた長の耳が、辛うじて人の声を聞き取った。待ち望んだ人間、脅威と成る生物を狩る「狩人」。

 ―― ハンターの声に違いなかった。

 

「ハァーッ、ハッハッ! 待ち望んでいたぞ、峯山龍! 我が大槌の贄となるが良いっっ!!」

 

 身の丈ほどもある大槌を背負う大男。腰に手をあて胸を張り、豪快に笑っていた。顔すらも鎧で覆っているが、肩と頭上に頂かれた大きな角が目を惹いて止まない。王者の風格をそのままに写し取った、不動の鎧であった。

 

「もう。私達はここまで戦ってくれた皆の代表なのよ? 負けたらロックラックも大惨事なんだから、緊張感を持ってよ。……気持ちは分かるけど」

 

 長い紫髪の映える女。白色の布鎧で口元までを覆っている。全身の稼動部を避けた位置に悉くホルダーがあるが、大男よりは軽装だ。目元だけ、透き通った肌が覗いている。呆れたような声の後、手に持った白い弩弓をガチャリと引いた。

 

「御主人、どうぞ作戦通りに。接近しても、私は撃龍槍と大銅鐸、大砲とバリスタに専念させていただきます」

 

 船上に残ると言ったのは、アイルーだった。自分達の生活にも根付いているその獣人は、しかし、よく知る一般のアイルーとは違っていた。あれだけの威圧感を受けてもおどおどとせず、落ち着き払っている。ポンチョも着ている。

 ……そしてなにより語尾に「ニャ」を付けていない。実に新鮮だった。その丁寧な口調に、人間かとすら思った。

 

「うん。ネコは、それでよし。荷物管理と撃龍槍を任せる。ジブンは近づいたら ―― 」

 

 最後の1人。座り込み、アイルーへと返答しながら大砲の整備をしている人間。

 白を基調とした砂漠では暑苦しい布製の防具と、手足に金属質の銀鎧。頭に被ったフードの後ろから2つ、長い耳にも見える飾りが垂れている。

 その愛らしさが勝ってか。他の2人(と、1匹)に比べれば質量的な威圧感はない。の、だが、しかし。

 ……なんだあれは?

 腰に、背に、胸に、下腕に、上下腿に。至る所に付けられた皮製の袋に、これでもかと道具や武器が入れられ ―― 詰め込まれている。

 見えるだけでもあるものは瓶詰めの液体であり、あるものは短い刀。背には主武器と思われる鉈が2本と短槍が1本。腰には波打つ刃の用途を判断しかねる短剣や、ぴかぴか光る虫籠がぶら下がっている。

 その狩人が立ち上がり、此方へと振り向いた。あらゆる道具を身につけた狩人は、何故か兎の面をしている。面に覆われているせいで顔は見えないが、視線が交わるのが感じられた。

 

「―― 」

 

 仮面の狩人が着火すると、その足元から信号付きのタル爆弾が撃ち上がった。商隊や旅人の間で良く使われるその信号。仮面の狩人が「逃げろ」、と言ったのだ。

 しかし戦いの火蓋を切る権限は、生物の側にある。人知を超える脅威との戦いは、こちらの逃げる間を待たずして始まった。

 狩人達は砂漠を滑る船に備え付けられた極大の弩を雨の如く撃ち、大砲を放つ。運搬を含め、休みなく続けられる作業だ。

 岩峰の龍も撃たれてばかりではない。岩を弾き飛ばし、船を襲おうと試みる。直撃はしないが、破片が当たっただけで太いマストが容易く折れた。

 長は震える隊を何とか立たせ、街の方向へと歩き出した。逃げようという意志があったのは幸いだ。唯一人々が取る事の出来る存命の策が、逃走(これ)であった。

 逃げながらも時折、長と2人の子供だけが振り向く。

 ハンターとはいえ、たかが人間。自分達と同じ生き物のはず。それでもたった3人と1匹で生物の威圧感を受け止め、むしろ笑っていたのだ。 

 暫くして、隊は無事に砂漠の街の入り口へと到達する。それだけで精一杯だったほとんどの隊員は、戦いを見守る街の人々に半ば抱えられる形で運ばれて行った。

 ……見たい。

 それでも考えるより早く、長の脚は動いていた。その後を元気な子供2人が付いて来る。街の見晴らしの良い高台へと昇り、戦いを見届けたい。息を吸っては吐き、岩の階段を昇りきる。高台に登ると、砂漠を覆う砂埃が晴れていた。これならば遠くまでを見渡す事が出来る。

 長と子供達が目を凝らす。未だ遠くに、巨龍と、木製の船が見えた。黒い粒となった3人の狩人も、辛うじて見えている。だが、あの巨龍にとって木製の船など障害には成り得ないだろう。街までの障害物は、狩人達以外には何も無いと言って良い。

 ……だが。よく見てみれば相手にも、無い。

 砂の大地を裂き屹立していた牙は、2本共に折れていた。

 ロックラックの高台。周囲には同じ様に、沢山の見物客が居た。全員が全員、砂埃が晴れ見えてきたこの状況に湧きあがる。生物の咆哮が響くたび、人々からは嬌声と喝采があがって。まるで祭りのようだった。

 我が街の撃龍槍、思い知ったか! と、誰かが叫んだ。どうやらあのハンター達が。引いてはこの街の誰かが作った武器が、あの牙を折ったらしい。

 

「―― オオオオォォォ……オオオオッッ!!!!」

 

 それでも龍は折れた牙を掲げた。広大な砂の海にあって吸い込まれず、水底までを震わす咆哮。弓なりに立ち上がった巨体はそのまま太陽光を遮り、影となってハンターの頭上に振り下ろされる。先行した風圧によって、砂埃が舞い上がった。

 振り下ろされるより早く、砂漠に散開した黒い点があった。押しつぶそうと降った身体を避けた点達(・・)が3つ、これを好機とばかりに駆けて行く。

 龍の身体が大地を震わす。

 2つ、両の前足へと纏わり付いた。

 1つ、腹の下へ潜り込んだ。

 龍は折れてすら脅威と成り得る牙を振り回し、両脚を暴れさせ、時に身体全てを使って押し潰そうとする。

 死闘だった。最も尊ぶべき命を天秤に置いて生死を賭ける、殺し合い。

 巨龍の大質量によって巻き上げられた砂埃が時間を置いて街を襲った。そんな事は関係ない。キャラバンの長は瞼を見開き、砂埃の先を確かと見据える。ハンターと龍の戦いを見逃したくないのだ。その後ろからは、子供達も、食い入るように龍とハンターの姿を見つめている。

 何度目だろうか。龍がその身体を持ち上げ、弓なりに反らせた。押し潰そうとするのかと、視線を凝らす。

 違った。持ち上がった巨躯はそのままねじれ、熱砂へと横ばいに臥した。……動かない。龍は遂に、地に根付く岩峰と相成った。

 爆音が沸きあがる。龍でなく人々の声でも、街や砂漠は震えるのだ。

 幾人かは歓喜のまま、砂漠へ駆けて行く。長は高揚感を抑え付け、駆け出そうとした子供達の肩をつかんだ。あれは目に見えるよりも遥かに遠い位置にある。龍が大き過ぎて、距離感覚が無いだけなのだ。

 ……せめて装備は必要だろう。

 2人を連れ、長は砂漠横断用の荷を置いた詰め所へと急いだ。渡ったばかりの砂漠を戻ってでも、あの巨龍を見てみたかった。打ち倒した狩人達に逢って、礼を言いたかった。

 子供達の方が着替えるのが早い。長も着替えて街の入り口に向かうと、既に龍へと向かう旅団が組まれていた。長と子供はその一団に入り、龍へと向かう事にした。

 

 太陽が砂原の端へと沈む。

 雲一つ無い天頂を彩る星々と、青く耀(かがや)く月。

 照らされた砂漠の夜に、一際大きな炎の灯りが点いた。

 囲む人々に ―― 失われた1つの命。その分まで、幸あれと。

 




・冒頭には、死体を。
 冒頭というには少々後半ですが、転がりました。でっかいヤツが。
 狩り自体が一種のお祭り騒ぎとも成る、生きる宝山。恐ろしさと、活気と、強さ。モンハンの世界を体言できるお相手だと思います。

・因みにこの後、宴会なんぞやっていたせいでジエンモーランの解体が遅れ、半分ほど解体した所でティガレックス筆頭肉食獣軍団が押し寄せ、砂漠は大変な事になります。地獄絵図を収拾すべく、ハンター達が大連続狩猟で地獄の底を見ます。街人は街の門を閉めて撃竜槍だけで反撃します。
 今回はプロローグを綺麗に終わらせる為、ここで切りましたが。
 頑張れ、負けるな、ロックラック。あとハンター達。


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第二話 旧大陸

 

 辺境最大の街、ジォ・ワンドレオ。

 強固で高い外壁と乱立する見張り台に挟まれた、堅牢な作りの港街である。

 「この大陸」の中央やや西に位置するジォ・ワンドレオは、海路と陸路の交点をも担っている。東西を結ぶ重要な交通拠点であった。

 交通拠点には人が集まる。人が集まれば、街は栄える。人々が居る故に事業が生まれ、技術は進歩する。技術の進歩があれば人は集まり ―― という好循環こそが、発展を著しく助長し、この街を作り上げているのである。

 そんな活気に沸く街へ今、「別の大陸」を出立した1人と1匹が足を踏み入れていた。

 2人は市へと向かう人々の間……籠を運ぶ人。荷を背負う人。物を売る人。様々に動き回る群れ……を、誰にぶつかる事もなくするすると抜けて行く。

 

「……ん、ん~……あまたの、ひりゅーをぉ」

 

「ご機嫌ですね、御主人。……その歌を選ぶ辺りが何とも残念ではありますが」

 

「んぬ、確かにご機嫌。でも、新しい大陸ってわくわくしない?」

 

「ですかね」

 

「うん」

 

 旅人としては極めて一般的な布製のマントを纏う仮面の人物と、外套に身を包んだ1匹のアイルー。2人は互いの間に辛うじて届く声量で会話をしながら、街の外縁部を目指していた。

 人の多さと街の活気に混じり、誰に気を向けられる事もない。そも、その周囲には、比較的地味な衣服に纏めた2人などよりも、遥かに目立つ人物が大勢出歩いているのだから。

 

「―― ちょいと失礼」

 

「にゃあ」

 

「どうぞ」

 

 足を止める。その目の前を、大柄な鎧で身を固めた者が、片手で礼をして横切った。緑の鱗と鉱石の色合いが美しい『陸の女王(リオレイア)』の鎧を着た男だ。顔を覆う兜を被っていても男だと判断できるのは、鎧が男性用の意匠をとっているからである。男はがちゃがちゃと鎧を揺らし、武器屋の看板が掲げられた(みせ)ののれんを潜って行った。

 ここで辺りへ視線を巡らすと、所々に……ある者は皮の。またある者は鉱石由来の鎧を身に着けた「狩人」達が居るのが見て取れる。

 

「……やはりハンターが多いですね」

 

「ウン」

 

 ハンター。辺境に生きる狩人達。

 常ならば彼ら彼女らとて、平時から鎧など身につけてはいない。こうしているのには訳がある。仮面の人物は鼻歌を中断し、指をたてて。

 

「装備品は、狩人としての力量を誇示する意味もある。この街は武器も鎧も職人も、優秀だから。双剣の事といい、着想と発想なら、王立武器工匠よりも上だと思う。だからこそ、この街で依頼主に見せびらかす事は十分に意味がある。……つまりは、売り込み」

 

「そこで王立武器工匠を引き合いに出すという事は、この街の者共も変態技術野郎という事ですか? 我が主」

 

「否定はしないし、出来ない。……さっきのヒトも狩りに出る時は、きっと実用的なのを着てくハズ。ハンターとしての力量を示すっていう考え方は、タブン、懐古的だから。理屈としては判るけどね」

 

「……成る程。リオレイアであれば知名度的にもよろしいと言う事ですか」

 

 そういうと、ネコは納得とばかりにひげを梳いた。

 リオレイアは飛竜種の代表格だ。全身を硬い鱗で覆われ、2枚の翼と長い尾を持つ緑の雌竜である。モンスター達を見ずに一生を終える事すらあるという王都の住人であっても、リオレイアの名であれば聞いた事があるだろう。

 

「ん。知らない物を見せびらかしても、意味は無い。……けどそういう意味で、ジブンらは丁度良かった。ここ、初めての地。見せびらかすような相手なんて、いない」

 

 自らも狩人である仮面の人物は、いっそ潔く切り捨てた。負け惜しみではなく、本当にそう思っているのだ。

 お供のアイルーは、こんな主の性分に溜息をつく。

 

「まったく。御主人のその性格は、今回の要請には適していると思いますがね」

 

「うん、うん」

 

 頷く。歩みも止めない。

 中心地 ―― 最も人が混み合う地帯を抜けた。気配と目視で、周囲を探る。

 

「……追跡してくる奴、いないね。行こうか」

 

「ハイ、御主人」

 

 外縁部にある1つの酒場。そこで「待つ」と言う人物へと逢う為に、また、歩き出した。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 酒場の扉を開けると同時に乾いたベルが鳴る。閉めて、また鳴る。

 建物の中は明る過ぎない程度の照明で統一され、店内に人は疎ら。楽団はおらず、波音だけがゆっくりと響いていた。

 入った2者へ、店の奥から向けられた視線があった。

 視線の主 ―― 外套を被った人物は左腕を挙げて自らの存在を知らせた後、ぽんぽんと木製の椅子を叩く。言われるまま、仮面の主は椅子に座る。アイルーはその隣に、訝しげな顔をしたまま飛び乗った。

 

「久しぶりだな『被り者』。だが……フフフ。今のお前であれば、仮面者か? 自慢の被り物達は、成る程。取り上げられたのか」

 

「うん。判ってたから、渡航前にロックラックで預けて来た」

 

 外套を深く被っている為、表情は見えない。口元と声から察するに、初老の男であろう。

 仮面の主が座ると、男は機嫌の良い声で店員を呼ぶ。

 

「……ちなみに、仮面も『被る』もの、だよ」

 

「ならば、呼び方を変えなくても良さそうだな。好ましい事だ。……酒が来たか。すまないが、ワタシは先に頼んでいたのでね」

 

 カウンターにグラスが置かれ、酒が注がれる。

 ここまでの仮面の主と男のやり取りを見て、アイルーは怪訝な表情を深めた。

 

「御主人。この御仁は知り合いで?」

 

「ん。仲介の、古株」

 

「はは! それだけではない。類稀なる『奇人』でもあるぞ!!」

 

「……奇人なのは、見れば分かりますにゃあ」

 

 男の外套は血で染めたかの如く赤いのだ。世間一般からみても、悪趣味としか言い様が無い服装である。常ならば誰であろうと敬意をもって接するアイルーも、男に合わせたやり取りをしようと、自然な軽口になる程の珍妙さである。

 仮面の主は、自らの記憶と変わらぬ男を見やり……旧知の友人が変わらぬ事を幾分か嬉しく思いつつも、仮面の内で嘆息する。

 

「忠告。いい加減、ハンターに無茶振りをするのはやめて欲しい」

 

「それがワタシの生きがいだ。邪魔をしてくれるな、貴様よ。……そもそもワタシが用意した渾身の舞台の数々を、悉く演じ切って見せた者の言う台詞なのかね? それは」

 

「出来ない事なら、ジブンだってやらない。出来るから、必要だから、やる。悪い?」

 

「ふふ、悪くは無いさ。だが、ワタシの事を言えた義理か。貴様とて、そのカタコトは変わらぬでは無いか」

 

「……ジブン、言葉に慣れてないだけ」

 

「フフフ! まぁ、それはそれとして。変わらぬ旧友に乾杯するとしよう!」

 

 男は椅子に座ったまま背を逸らして酒を煽る。一息に飲み干し、グラスを置いた。

 

「ところで。グラスの中身、何だったの?」

 

「勿論、ブレスワインだが」

 

 男は事もなさげに言うが、ブレスワインは酒の中でも比較的高価な部類に属する。少なくとも昼間から、それも人を待つ間に飲むほど気軽に口に出来るものではない筈だ。

 そんな豪快な、或いは無駄な出費を厭わぬ男へ、アイルーは呆れの篭った視線を向ける。

 

「……道楽者ですねぇ」

 

「はっは! アイルー君にも奢ろうじゃないか!」

 

「ジブン、ホピ酒。タル杯で」

 

 外套の男へ2杯目の酒を注いでいた女性が動き、慣れた仕草でアイルーの前にグラスを置いて、注ぐ。次いで外套の男のグラスに、残るブレスワインを全て注いだ。

 次にグラス何十杯分もあろうかという木製樽の杯へ、サーバから酒を注ぐ。杯を両手で掴み、カウンターへと運ばれる。仮面の主は、それを片手で受け取った。

 

「ありがと」

 

「ホピ酒をその量で、か。酒の強さは相変わらずだな、仮面の」

 

「おお。これが、ブレスワイン……」

 

 主の横で、アイルーは目の前に置かれた「ブレスワイン」をじっと見つめる。

 ブレスワインはその名の通り、飛竜の息吹の如く、強く蟲惑的な赤味を宿した酒だった。鈍く深く輝いて、口にするのが憚られる。ごくりと、生唾を飲み込んだ。

 

「緊張しているのか、アイルー嬢。確かにブレスワインは酒にしては上等だが、ハンターをやっていれば飲めないものでもないだろう?」

 

「……んーむ。私も主も食べ物はともかく、酒に金をかける生活をしていませんでしたから」

 

「辺境は、食材の値段もまちまち。安いときはとことん安いし、そもそも金銭が流通しているかが怪しい場所も沢山ある。んぐ」

 

 隣では、主が早速と樽杯を大きく傾けていた。アイルーもグラスを持ち上げ、口をつける。……美味しい。とりあえず、美味しいという事だけは判る。酸味のある酒を飲みなれていないアイルーですらそう思うあたり、飲み易さもあるらしい。

 暫く口を付けっぱなしだった仮面の主が、タル杯から口を離す。

 

「―― んぐ、ぷはぁ」

 

「……おいおい。酒精度の強いホピ酒を、一気か?」

 

「だから。強いよ、ジブン。知ってるでしょ」

 

「知っているよ。だがね。酒を楽しむつもりがないのか、貴様は」

 

 やれやれといった仕草で両手を挙げる。外套から僅か覗く口元には、笑みが見えた。

 主は仮面の内側へと手を入れ口周りを拭うと、外套の男を指す。

 

「これがハンター流。……それより、早く、本題」

 

「ふむ。せめてアイルー君が飲み終わるのを待ってあげても良いのでは?」

 

「んにゃっ、ん。主の用事が先です。―― どうぞ」

 

 アイルーは慌てて飲み干し、自らの頭ほどもあるグラスを置いた。

 苦笑いの後、男は外套の袖から一枚の便箋を取り出す。笑みの種類をにやりと変えた。

 

「恋文だ。中にはワタシ直筆の愛の言葉が敷き詰められている」

 

「気持ちが悪い、黙れ」

 

「勿論虚言だが」

 

「……。……持ってきてくれたのには、礼を言う。アリガト」

 

 言葉とは裏腹に、しっかりと受け取る。縫い付けられた蜜蝋と金糸にずれは見られない。確かに未開封のようだ。

 ―― ロン、か。

 差出名だけを確認。仮面の主は便箋の素材が山羊(エルぺ)皮紙であることを意に介せず、腰につけた布鞄へぐいと押し込んだ。高級紙は、無残にも皺だらけと成る。

 

「もう少し丁寧に扱おうとは思わないのか」

 

「どうせ内容は判ってる。読めれば良い。……ネコ、飲めたかな」

 

「は、はい」

 

「ん。美味しかった?」

 

「はい。―― 奇人殿も、美味しい酒を有難うございました」

 

「構わんさ。こちらの大陸に来るにあたって、キミ達狩人は色々と取り上げられただろうからね。お代はワタシが持とう」

 

 何が気に入ったのか、フフフ、と上機嫌に笑いながら、男は仰々しく……華々しく両の掌を掲げた。

 演劇の様に大げさに。華々しく。

 しかし男が元来もつその様子も、すぐに引っ込めて。

 

「……まぁ奢りのその替わりといってはなんだが、アイルー女史よ。ワタシの呼び名を変えてはくれないかね? 奇人殿では、外聞が宜しくないのでな」

 

「……にゃあ。ならば古株殿とお呼びしましょう」

 

「フフフ! 奇人よりは幾分以上にマシだよ、アイルー女史!!」

 

 笑うと、男は自らのグラスへと向き直る。それが合図である。仮面の主は用事は済んだとばかりに席を立つ。アイルーが倣い、その後をついて行く。

 仮面の主が扉へ向かって踏み出そうとした、その時。

 

「―― これは独り言だがね」

 

 主は脚を止める。

 聞こえる独り言に意味は無い、とアイルーは思ったが。口には出さず。

 

「最近、旧家の『姫様』が『被り者』を連れ戻せとウルサイのだよ。貴様が安請け合いした依頼の……ああ、2つだったか」

 

「ん。『古龍の』と、……『魔剣の』」

 

「っ、主!」

 

 慌てて入ったアイルーの言葉に、首を振るう。外套の男を背中越しに指し。

 

「コイツはどうせ、知ってる」

 

「ああ。知ってるともさ。……姫様が力業で押し込んだ依頼は、古龍のか。まぁ実際、あのお高い姫様が未知の龍やらに興味をお示しに成るとは思わないが……フフフ。とにかく貴様を他の面々に使われるのが気に食わなかったらしいな。あれで中々、相応な所もあるではないか」

 

「アイツ、権力があるから質が悪い」

 

 仮面越し、背中越しに外套の男をけん制する。男の、その後ろ盾までをと。

 

「帰るなら、あの傾国姫に伝えて。―― そんなに嫌なら、お前もハンターになれば良い、って」

 

「……それは本当にか?」

 

「ん」

 

「ふぅ、判った。一言一句その通りに伝えよう」

 

 言質を取った主は、出口へ向かって脚を動かし始める。アイルーは外套の男へ一度だけ振り返り、グラスを掲げた男へ一礼してから扉を潜った。

 乾いたベルが鳴る。閉まって、また鳴る。男は数秒空席を見つめ、ブレスワインの入っていたグラスを掲げる。

 

「フフフ……フフハハハ! 狩人達の繁盛は望む所。刻は、確かに進んでいるのだからな!!」

 

 笑い、血の様な赤を飲み干して。

 

 ―― この数日後。

 狩人とアイルーはジォ・ワンドレオを発ち、目的の地へと向かって行った。





 御拝読有難うございます。
 ええと、2話目の雑談(あとがき)のテーマは「モンハン世界の時間軸」についてです。
 モンスターハンターは、原作の中にも時間の流れが存在いたします。例えば、
 MHP2nd・G(ポッケ村
 ↓
 MH(トライ)(モガの村
 ↓
 MH3rd(ユクモ村
 では10年ほどの時間が経過しているとの旨が、スタッフより話された事があるそうです。
 さて。だというのに、本拙作の主人公は(トライ)の新大陸から旧大陸(2nd及び無印、2《ドス》の大陸)へと渡ってきています。
 この辺は……ええと、あれです。
 あくまで3《トライ》のお話は3《トライ》の主人公たる貴方が居てこその話でして。それ以前から大陸も、ハンター達が存在していたのは確かでしょうと思うのです。
 「あれ」だの「それ」だのを退治しなければ、流れ上の問題は無いであろうかと思います。


 さてさて。
 このお話は幕間ですので、他には書く事が特に……いえ。

 赤衣の男さん、無茶振りはやめてくだされば(懇願

 興味は無いかもしれませんが、この場を借りて私自身について。
 モンハンは私自身、とても長く遊んだゲームです。フロンティア以外はプレイ済み、ネット環境を手に入れた暁にはフロンティアGもプレイしようと目論んでいる位です。(ネット環境の構築は私が4年ほど投げっぱなしにしている、悲願であります)
 因みに。
 切欠を(ドス)という比較的難易度の高いものから始めた為か、ディアブロスと40分ほど対峙し、連戦しようがへこたれません。むしろ普通だと思います。ポータブルシリーズに移行した際には、10分台で討伐できる奴等に易々と手に入る道具。私自身の上達もあるとはいえ、狩猟環境も整ったものだなぁ、と感慨深く思ったものです。
 と、同時に。
 こんなにも多くの武器、多くのモンスターがいるのか!
 などと、実に感動した覚えもあります。モンハンの世界は広かったのです。
 あと。
 (ドス)のオフラインプレイがストーリー的に大目だった事に原因を擦り付けますが、私のプレイは専らソロでした(キリンさんには、金稼ぎ的な意味で大層お世話になりましたクチで)。
 ……はい。つまり、ぼっちです。塔のアイツを倒し、そのまま(ドス)のエンディングまで見る事は出来ましたけどね。2ndGも、3rdも、3Gも、一通り倒した後に友人と共にやる事はあれど、まずはソロで全てのクエスト(鬼畜を含む)を制覇してやろうとやり込みました。良い思い出です。今でも、思い出した様にプレイします。
 主人公がどんな風にモンスター達と戦うのか。どんな事を考えるのか。どんな武器を使うのか。
 私のぼっち思考は、そういった部分に大きく反映される(されてしまう)かと思います。

 では、では。


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第三話 皮と鱗と金

 

 ジォ・ワンドレオを東へ。

 海を隔てた大陸の中心近く、今尚鳴動を続ける活火山の南にある岬に近い密林。

 川沿いに在るその森に停泊した船が、夜の雨に濡れていた。

 船からは陸へ向かって足場が掛けられており、その上を、2つの影が降りて来る。

 雨粒を弾く油脂ののった合羽を揺らし、身の丈の2倍はあろうかという鞄を背負う影。影は周囲に警戒すべき生物がいないことを最終確認すると、湿った地面へと脚を着ける。

 影 ―― 身体をすっぽりと覆うポンチョの様な衣類と体毛を纏った二足歩行の生物は、小さく船へ手旗の合図を送る。

 すると、他方。もう一つの影は、船から顔を出したかと思うと……しかし。手に持った紙を広げて幾度目とも知れぬ溜息を吐き出しながら、書かれている文章を読み上げた。

 

「―― 御主人?」

 

『……となる。キミには目撃証言の多いフラヒヤ山脈へと向かってもらいたい。人員は現地で勧誘しても構わない。勿論、急ぎの依頼ではない。期間に関してはキミに任せよう。調査の片手間で構わない。結果として長期間の任となっても問題はないが、しかし、必ずやらなければならない課題でもある。

 こうして書いておきながらなんだが、この様なお願いはキミにしかできないのだ。無理難題であるのは承知している。

 だが、アーサー無き今、ハンターを兼任できる実力のあるキミの価値は書士隊においても非常に大きい。その点を理解してもらいたい。

 ギルド派閥の兼ね合いから備品も武器も遥か東の地で調達してもらう事になる。それがキミ達ハンターにとって、どれだけの大事なのか理解してはいるつもりだ。

 だからこそ怠惰なキミとキミの甲斐甲斐しきお供のため、帰った暁には地位と待遇を約束しよう。書士隊の権限はその前渡だと思ってくれ。

 書士隊も、各機関との連携を含めて要請に応じる。尽力を厭わない事を、ギュスターヴ・ロンの名において約束しよう。

 

 最後に。

 キミが無事に帰ってきたならば酒の摘みに、世界に広がってゆくハンターとモンスターの土産話を聞かせて欲しい。

 こちらで極上の酒を用意する。キミには美味しい食事の調達をお願いしたい。勿論経費は、喜んで私が持とう。

 引き篭もりな私は記録に記す事よりも、それらをこそ楽しみにしながら、今日も書類仕事をこなすだろう。

 我が親愛なる顔貌知らぬ君。ハンターにして二等書記官たる貴方の無事を、切に願いつつ。

 王立古生物書士隊長:ギュスターヴ・ロン 』

 

「―― だって」

 

「嗚呼、にゃんと。にゃんとも身勝手な物言いです、あのロンめが!」

 

「落ち着いて、ネコ」

 

 大きな他方は、雨に濡れた紙を一思いに破き、憤慨する小さな影……獣人の従者を宥めようと、小さな体躯のその喉を撫でた。

 

「ゴロゴロ……じゃあないですっ!? 良い様に使われているのですよっ、御主人っ!?」

 

「いいの。ジブン、気にしないよ。あとね。むやみやたらにロンを侮蔑しないの」

 

 憤慨する相方に向け、自らを「ジブン」と称する人物は、顔を覆う傘と布の内から細い声を響かせた。

 落ち着き払い、それでいて感情の見えない声だが、彼の人物を主人にして師と仰ぐアイルーにとっては聞き慣れたもの。それでも文句のひとつは言いたくなるのであろう。身を震わせ、毛を逆立てながら声を荒げた。

 

「でもですな。素材の値段から概算して、小国家であれば宝となっていてもおかしくはない程の我々の武器装備を取り上げておいて、見返りには船をたったの1隻です! その上で出された命令が辺境の最奥まで旅立て、ですよ? 王国の古生物書士隊も堕ちたものですニャア! そもそも我々は、地位も待遇も望んでなどいないでしょうっ!!」

 

「書士隊は昔からこんなモン。それにここも、ジブンの故郷ほど辺境じゃあないし。……それよりまずは、開拓したての村への航海を急ぐ。そこからまた北へ歩かなきゃいけないんだし。食料を積んで、出る」

 

「はぁ……ふむ。了解です、我が主」

 

 これにて仕切り直し。

 ひとしきりの憤慨をし終えた頃合いをみて、2者は揃って腰へ手を伸ばし、短刀を抜いた。

 その場で腰を折ると、雨中の密林の暗さの中で生い茂った植物を掻き分け、しかし着実に目的としている物を刈り取っていく。

 

「うん。あった、ニトロダケ」

 

「サシミウオ焼きには飽きたのですよ、御主人?」

 

「大丈夫。トウガラシを調達するから。……あとは、オイルレーズンの樹。……ふっ」

 

 腰を上げ、無造作に見える動作で狩人が放った石は、樹の上部へと吸い込まれていく。

 葉をかき分けた音が響いた後、幾つかの木の実が落ちてきた。

 

「流石は御主人、見事な投石です。私が回収して参ります」

 

「よろしく」

 

 アイルーが木の実を回収しに走るも、主となる被り物の人物はあくまでマイペース。しゃがんだ辺りをごそごそと漁り、そのまま、食用となるものを見極める作業にかかる。

 

「……この岬を回った先が長い。チーズ類はワンドレオで入れてきたけど、栄養的には穀物が欲しい。……麦の類や挽いた粉を売って貰おうかな? でも。となれば、こちらも対価が必要。……うん、決まり」

 

 適当に調理用として使用できる食材を手に取り、ぽいぽいと背にある籠へと投げ込んでいく。色とりどりの食材で背の籠を半分ほど埋めると、両手で紐を掴み、思考が纏まった頃合で立ち上がった。

 

「ネコ。居るかな?」

 

「ここに」

 

「……保存の利く加工食品と、パンや粉類。果実か、代替になる野菜が欲しい」

 

「成る程。ならば、我らの得意分野と行きましょう」

 

 主人の足元へと走り寄ったアイルーは、以心伝心の答えでもって応じる。

 右手掌の肉球を胸元に寄せ、普段は着けている鈴を弄ろうとして……今は装備をしていない事に気付いた。取り繕おうと矢継ぎ早に。

 

「―― ニャフン。ならば船へと戻り装備品を持ち出しますか、御主人」

 

「あれじゃあ防御力が足りないけどね」

 

「レザー装備でも、無いよりマシでしょうから」

 

「ん」

 

 船へと向かって、密林を駆け戻る。

 数分かけて船に着くとそれぞれの籠を下ろし、手早に冷蔵室へと投げ込んで、装いを整え始めた。

 一着の装備品 ―― 大陸共通の品であるため、ギルド間の移動においても唯一持参を許されている物 ―― を、脚装備から順に取り出していく。

 

「御主人、対象は?」

 

「ギルドや現地の人を通してないから、飛竜サイズの大型は駄目。中型が限度。あとは小型かつ、村人達が欲しがるくらいには馴染みのある素材。ついでにジブンらが知っているモンスターが相手なら、ある程度の行動予測が出来る、カモ」

 

「加えて狩場が密林であれば……決まりです。間違いなく『居る』でしょう」

 

「うん。竜盤目・鳥脚亜目・走竜下目・ランポス科。

 

 ―― ランポス 」

 

 

□■□■□■□

 

 

 皮を基調とした鎧「レザーシリーズ」を纏い、1人と1匹は、早速夜の密林へと繰り出した。

 王都の工匠達が大量生産した「レザーシリーズ」。主な素材をなめした皮で作られるそれら一式は本来、新米ハンターのためにと動き安さを重視した品である。頭や正中といった急所にのみ金属が使われているのも、可動性を重視した結果だった。

 更に動きやすさを重視した結果の思わぬ恩得として、素材の収拾作業が捗るといった効果もあるのだが ―― しかし。

 人間である1人は、頭に被るものだけがレザー装備ではない。木材を削って作られた、出来の悪い仮面で顔を覆い隠していた。

 

「……噛み合わせが悪い。視界も悪い」

 

「仕様が無いでしょう。それはジォ・ワンドレオで押し付けられたただの民芸品を、部族の物に寄せて作り直しただけの、粗悪品なのですから。……御主人のそのこだわりは、何とかなりませんでしょうか?」

 

「ムリ。部族の形(ポリシー)だから、これはまだ、譲れない。少なくとも……しきたりの題目を果たすまでは、ね」

 

「……まぁ我が主の事ですし、戦闘になれば問題は無いのでしょう……けれど得意の道具もなく、武器がコレではね。心配したくもなるというものです」

 

 4脚で走りながら、諦念を含めた視線で、アイルーは主の腰辺りを見やった。

 鉄製の飾り気の無い片刃の剣、『ハンターナイフ』。ナイフというには刃が大きく、1メートル程。この剣は片手剣と呼ばれる武器種別に属する、ハンターならば誰しもが一度は握ると言われ……謂れに違いなく、軽くて使いまわしの良い武器である。

 だが。その使いまわしの良さゆえ、大量生産品ゆえ、殺傷力も刃零れの頻度も並以下である。お供の心労を溜める原因はそこにあった。

 

「我が狩りの師にして、我が主。……未開の地で、武器は最弱。ギルド契約が無い以上、アイルー部隊の迎えなどありませぬ。目的がランポスといえど、大型モンスターの出現する可能性もあります。ゆめゆめ油断はなさらぬ様」

 

「モチロン。……ネコ。アオキノコ、ある?」

 

「はい、只今」

 

 アイルーは腰のポーチから青い茸を素早く取り出し、ふわりと投げた。

 それを極々自然に受け取ると、仮面の狩人は、走りながらも器用に手元ですりつぶし始める。

 

「……薬草ままでも良いし、これで傷を塞げる訳でもないけどね。気付にはなるから。せめて、効率を重視したい」

 

「回復薬のストックですか」

 

「ウン。油断はしない」

 

 緑の葉と十分に混ぜ合わせると河で汲んだ水を注いで喉の通りを良くし、瓶詰め。

 

「はい完成。これは、ネコが持ってて」

 

 そう言って瓶を差し出す人物に、「ネコ」と呼ばれている生物は、アイルーと呼ばれる種の獣である。しかし獣だとは言え、人語を解し人と交流するこの獣は、他の種族と比べて友好的かつ知能が高い傾向にある。

 それでも目の前で主がして見せたような「調合」などは、その体の小ささ故に専用の器具が無ければ不可能だ。だからこそ主が調合し、アイルーへと渡した。主の心遣いに、素直な感謝を述べる。

 

「有難うございます、我が師 ―― 我が友よ」

 

「良い、気にしない」

 

 言葉の通り、見るものが見れば無関心としか思えない。だが確かに気持ちの篭った声で、ハンターは返答した。

 

「……、あ」

 

 そのまま回復薬を2つほど仕上げた所で、先を走る狩人の脚が止まった。

 無数に生えた樹の陰に身を隠し、顔だけを覗かせて悪天候の密林に目を凝らす。

 ぽつりと。本当に、雨音に紛れる程度に、ぽつり。

 

「―― 居た」

 

 狩人の目は、雨に濡れる目標を捉えていた。

 2メートルにもなる全高。身体一面に青い鱗を光らせ、二脚で密林を跳ねる生物……ランポスである。

 前足と鋭い爪を揺らし、時折思い出したかのように跳ねる。大陸全域に生息するランポス。その見慣れた動作は、異国の地に着いた2名に、僅かな安堵さえ感じさせた。

 勿論、見慣れていたとしても油断はしない。樹の幹に隠れ、しばらく動向を観察する。見られている事には気付かず、ランポスはうろうろと駆け回っている。

 体の前に突き出された頭に赤いトサカを立て、ぎょろりとした眼を光らせる。その様子から、辺りを警戒しているのだろうという考えに到る。

 

「御主人、行きますか?」

 

「まだ。あれは多分、巡回役か見張り役。夜だから……とは言わないけど。ボスが寝ているの、かも?」

 

「絶好のチャンスですね。ならば……あえて見付かりましょう」

 

「お願い、ネコ」

 

「引き受けました」

 

 アイルーは自らの身なりと心を整えると、自らの胸元に付けられた鈴へ金属製の球体を入れる。最後に腰に手を沿え、自らの背に合わせて拵えられた短刀の存在を確かめて、駆け出した。

 四脚で地を蹴るたびに鈴の音が鳴り、

 

「―― ! ギャァン、ギャアンッ!!」

 

「お相手願います、ニャッ!」

 

 透き通るような音が敵対者の目と、耳を惹く。ランポスが敵の接近に気付く。

 その行動目的は以前見た事があるため、判る。斥候としての役目を果たそうと体を起こして頭とクチバシを空へ向け、甲高い鳴き声でもって鳴く。敵の接近を仲間に知らせているのだ。

 アイルー……『ネコ』は作戦の開始を見計らって小太刀を抜き、斬りかかった。

 

「ハッ、ン、ニャッ!!」

 

 ネコは鳥竜の牙と爪を掻い潜り、流れの折に飛び上がりながら武器を振るう。切り付ける度切り結ぶ度、纏った外套がランポスの血飛沫に染まってゆく。

 幾度目になろうか。ランポスの身体を斬り付け、着地した後。ネコの耳は、沢山の生物が走り来る足音を聞き捉えた。地に脚を着けながら頭を高くし、頭上の三角耳をぴくぴくと動かす。

 

(足音は2つずつ。体重は軽い。ランポスの別動隊……増援が来たようですね)

 

 高台にある穴の中を通って来たのだろう。青い鱗と爪を揺らすランポスの群れが、着実にネコらの下へと近づいている、無数の足音である。

 遠くに聞こえていた足音は次第に大きくなり、今にも姿を現すか。ネコは目の前に立つ個体を相手取りつつ、増援の到着を ―― 赤いトサカがぬっと出て。

 その、瞬間を。

 

「―― みぃつけた」

 

 出現経路を予測し高台の更に上に立っていた(・・・・・・・・・・・・)ハンターが、跳躍。

 雨粒と共にするりと、ランポスの細首目掛け、両手で構えたハンターナイフを振り下ろす。

 この獲物の切れ味では、骨は断てない。直撃を避ける。

 貫き皮を裂く感触。内頚の動脈、神経の一部ごと喉笛を掻っ切った。まずは1匹、鳴き声をあげる事無く地に伏せる。

 

「次」

 

 ポツリと独り言のように呟き、剣を地面から抜き去ると、同じ動線上に向けて振り上げた。留まること無く次の標的へと。冷徹でいて無駄の無いその動作こそ、この人物がレザー装備に木製の仮面という奇怪な外見とは裏腹に、熟達した狩人であるという事実を語る。

 跳躍の余韻でしゃがんでいたのを活かし、脛を水平に切りつけた。ランポスは飛び退く。狩人はランポスの飛び退いた動線を素早くなぞり、飛び切りからの連激を繰り出す。大上段でもって肩口から切りつけると、2匹目も力尽きた。

 付近に居た警戒隊が集まったのであろう。ランポスの小隊は、通常一組4~6匹程度である。

 ……とりあえずこの小隊は、残す事2匹。

 ランポスの残り数を頭の中で数えながらも、狩人は止まらない。群れの統率者であるボス個体が居ない以上、この混乱の隙を縫うのは有効である。

 そう考え、再び武器を構える ―― が。

 

「ギャアアッ!!」

 

 奥に居た1匹が、闘争本能のままにハンターへと飛び掛っていた。

 人間を凌駕する脚力。目の前にいる別個体を軽々と飛び越え、鋭い爪と牙を武器に仮面の狩人へと迫る。

 

「ふっ」

 

 だが、到達よりも回避動作が速い。視界の端にその様子を捉えていたハンターは、経験則からあえて前へと飛び転がった。

 対峙していたランポスの足元をも転がり、2匹の攻撃範囲から抜け出す事に成功する。

 こうなれば後は、先ほどの再現。後ろを取るや否や体勢を立て直し、斬りつける。

 

「―― らッ!」

 

 ハンターが扱う体術の中でも比較的主流な流派に則り、体全体を使って放たれた巻き打ちが、吸い込まれる様にランポスの頭部を直撃する。側頭部を深く斬り裂かれ、倒れた。

 最後の1匹、先程狩人に向かって飛び掛った個体は未だ反転の最中にあった。頭部がこちらを向いた瞬間を、楯で打ち据える。

 安物の楯が軋む。が、ひとまず壊れる事は無い。

 身体の回転に任せ、左逆手に持ったハンターナイフを鱗のない首元へ突き立てる。突き立てた後剣の柄を拳で殴打し、深くまで刺し込むと共に頭部を岸壁へと叩きつけた。最後に動かなくなったのを確認してから、獲物を引き抜く。

 

「……これで一区切り、かな?」

 

 目と耳と鼻と、第6感。周囲の安全を確認してから、一息。武器に付着した血を払って拭い、鞘へと納めた。

 そして納めた所で丁度良く、鈴の音が近づいてくる。駆け寄るとすぐさま、息も荒いまま二つ脚で立ち上がり、仮面に覆われた友の顔を窺う様に声をかける。

 

「―― 御主人、御無事で」

 

「ん。ネコも、だいじょぶ?」

 

「所詮はランポス、造作ないことです。……では、剥ぎ取りを」

 

「そうだね。よい、しょ」

 

 狩人もネコの無事を確認すると、腰に着けていたナイフを取り出して、ランポスの青い鱗に覆われた身体を切り裂いていく。

 狩猟の際に繰り出された攻撃で刻まれた体躯の比較的傷ついていない部分だけを、それぞれの個体から剥ぎ取る。残りを自然へ返すのは、ハンターとしての礼儀と自己満足。それと「傷ついてしまっていては加工に耐えない」という最もらしい理由からである。

 

「鱗が4片、皮が4片、牙が1組」

 

「ワタシは鱗が2つです。合計3目6品ですか。これからの航海や出来合いの加工品も欲しい点を考えると、まだまだ欲しい所ですね」

 

 仮面の人物は挙げた品々を地面へと並べながら、鑑定を始めている。

 手は止めず、ネコの言葉に同意をしながら、戦利品についての思惑を纏めるべく口を開く。

 

「ランポスに限らず鳥竜種の素材はその生息域の広さ故、安いけれども価値が変動し難い。鱗も皮も牙も、人々の生活に根付いて活用されてるから。……大陸上どこにおいても価値が変わらないというのは、とても大きい」

 

「成る程。貴金属に勝るとも劣らぬ『価値の普遍性』、ですか」

 

「ジブンらの生活に、ランポスはなくてはならない。けど金にしては相場が安いから、ネコの言う通りに素材の数が必要だけど」

 

 元も子もない台詞で会話を締め、確認を終えた戦利品を自らのバッグへと収納する。

 

「……そうだった」

 

 踏み出そうとした足を止め、後ろを振り向く。

 所々が傷ついた、自らが傷つけたランポス。その屍骸へ向けて顔を伏せ、数秒。

 これがこの大陸についてから、初めての狩猟であった。狩りの巷に、再び、自分達は降り立ったのだ。

 そうして再び顔を上げた時、狩人達の思考は、既に次なる獲物へと向けられていた。

 

「―― 行く。次へ」

 

「ええ、御主人」

 

 鋭い眼光。雨の強くなり出した密林を、その奥にある闇を、闇中にいるであろう獲物達を見据える。

 ―― 手に持つ無骨な鉄の剣。懐かしい柄の感触を握り締めていると、ハンターになったあの日が思い起こされるようだ。

 行こう。

 モンスターハンターは、再び木々の間へと消えていく。

 密林に降り続く雫は大きく、強い。流れる水の勢いと相まって辺りを洗い流し、この戦闘を人知れぬものとするだろう。

 

 ……ただし。

 それは狩られる側が「これだけ」であったのならば、の話しだ。

 

 

■□■□■□■

 

 

 南エルデ地方にかかっていた雨雲は一晩で過ぎ去り、空は端まで晴れ渡る。

 北に活火山 ―― ラディオ活火山を頂く半島。その南端にある1つの村が、沸いていた。

 昼間から酒を酌み交わす人、篝火を囲んで踊る人、ひたすら食べる人。現れ方は様々だが、その表情はいずれも喜色に満ち溢れている。

 

「……こりゃあ、どうしたんだ?」

 

 旅路に村を訪れていた行商人が、椅子に座る村人へと尋ねた。

 辺境にある、言ってしまえば辺鄙な村だ。祭りや祝い事でもなければ、ここまで盛り上がるものだろうか。そう疑問に思っての質問だった。

 村人はああ、と笑って旅人へと返答する。

 

「これは今朝方の話。……この辺りの山岳に巣食っていたランポスの群れを、1人と1匹のハンターさんがとっちめてくれたのさ。ここらじゃ最近、家畜が襲われていてね。こんなへんぴな所にハンターを呼ぶには金も時間もかかるし、最も近い火の国はハンターが離れられない危険地。……などと困っていた所に救世主が現れて、この騒ぎって訳さ!」

 

 男が持つ木製の杯には酒が喜びとが交じり合い、なみなみと注がれているのであろう。行商の男は成る程と思った。

 行商として大陸中を渡り歩く男自身も、ランポスだけでなくイーオスやゲネポス、ギアノスといった小型走竜の群れに襲われた経験がある。自らの体長ほどもある小型肉食竜の群れ。その脅威は身に染みて実感している。

 あの時も、護衛のハンターが居なければどうなっていたか。自然の贄となっているであろうという光景は、容易に想像がつく。

 赤い血をたれ流して血溜まりに沈む自分を、ランポスの群れが貪る。そんな光景を思い描き、ぶるりと身を震わせた。

 表情が芳しくないこちらを気遣ってか。目の前の男は陽気に酒盃を揺らし、話題を良い方向へと転がす。

 

「その上ハンターさんは、有難い事に、現物支給でランポスの素材を交換してくれてね。おかげで農耕だけが取り得のこの村は、朝っぱらから大騒ぎ。村の娘衆なんて、日の出と共に早速と、皮をなめし出してるときた!」

 

 娘衆がとなると、皮の量と……質も良いのだろう。その通りがかりのハンターは狩猟だけでなく、採取も剥ぎ取りも、中々の腕を持っていると言う事になる。

 

「―― しかし、ランポスの群れかい。どのくらいの規模だったい?」

 

 村の陽気にあてられてか、怖いもの見たさか。男はふと抱いた興味をそのまま口にした。

 ランポス。正式名称を色々と略され、鳥竜種と呼ばれる種類に属するらしいが……その様な呼び方をするのは王都に住む学者様方くらいのもの。

 男が知っているのは、群れで狩りをすると言うこと。肉食であること。1つの群れは、多くとも ――

 

「んー。一際大きなヤツを含めて、100頭分はあったかな」

 

「……100頭!? それは、一晩でかっ!?」

 

「あ、ああ。少なくとも昨日の日中にハンターさんは居なかったし、一晩と言ってたから、多分な。……どうしたよ、大きな声で?」

 

 村人が軽く言い放った言葉に、行商の男は驚愕する。

 100頭。通常ランポスの群れは通常、ボス1匹につき、隠れている個体を掻き集めても50頭程度だと聞いている。それ以上となると、幾つかの群れが集合している場合か。

 それらを鑑みるに、この村周辺に潜んで居た群れは2つ以上。だのに一晩でそれらを討伐し、おまけにボス個体まで仕留めたと言う。

 ……どのような腕と装備。どのような心を持ったハンターであれば、その様な芸当が成し得るのであろうか? 少なくとも新人や経験者程度のハンターではない。ドンドルマやミナガルデといった屈強なハンターが集まる街で無ければ、探すのも容易ではない筈だ。

 それだけの幸運に見舞われたというのに、この村人は判っていない。

 いや、もしくは。寧ろ、行商である自分よりも実感はしているのかも知れない。モンスターの群れという、先の見えない、只ひたすらに大きな脅威を取り除いてくれたという一面をこそ考えれば。

 

「……いや、なんでもない。ならばこの村には今、私らの商品は不要かな?」

 

「待ってくれよ行商さん。……んんっ、ぷはぁ!!」

 

 男は赤らんだ顔を輝かせ、活気に溢れた動きで一気に酒盃を仰いだ。そのままの勢いで辺りを見回し、

 

「あんたは見かけた覚えがない。新顔の行商さんだろ? コレも何かの縁だ。これからは我が村自慢の食料品も扱ってくれないかい。今日は酒を奢るぞ! ……おおーい! 次の酒だ! 客人にもなぁ!!」

 

「はぁい! もう、呑みすぎて倒れないでよ、父さん?」

 

「今呑まんで、何時呑むんだ!? はっはっは!!」

 

 男は辺りを周っていた若い娘から酒と杯を受け取り、差し出す。

 行商も受け取った杯と内に注がれた透き通る酒を視て、一息でのみ干した。

 

「おお! 良い呑みっぷりだ!」

 

「良い酒です。……そうだな。私は、火山周辺の村々を回っている行商一団の者でね。これからはこの村も贔屓にさせてもらおうか」

 

「それが良い、それが良い! ほら、呑め呑めいっ!!」

 

 人々の喧騒を飲み込みながら、炊かれた火から煙が昇っていく。

 煙はいつか薄れ ―― 空へと消えた。

 

 

 

 ―― 煙が消えた空の下、大海の上。

 

 大きく帆布を張った船の上で大の字に寝転ぶハンターが、1人と1匹。

 その姿には昨夜、山一帯を覆うほどの気を纏ってランポスの群れを切り伏せた……その面影など微塵も無い。元々表情の読めない仮面でもある。

 

「きっと、村が反撃しないから周りに集まってたんだと思う。……はぁ。貫徹で群れを2つ半と、引き寄せてしまったドスランポスを2頭。ボスを1頭撃退に留めて群れも半分残したから、生態系は問題なく立て直せるでしょ……と、思う、けど。やり過ぎた。疲れた。もう立てない。無理」

 

 小隊毎に区分けして捜索を行う、ランポスの特性を逆手に取った。わざと見付かってから山の中を駆け回り、分断しながら各個撃破したのだ。むしろ、武器の切れ味を保つ為にはそうせざるを得なかった面もある。駆け回ったせいで、周囲に居るランポス達をも集めてしまった。

 その後の事は、事後承諾ではあるのだが村人達と顔を合わせた際、近場のハンターズギルドに話を通すよう伝えてあるから何とかなるだろう。例え残したランポス達が、復讐という人間染みた真似に出てくる事があったとしても、北にある火の国のハンター達は、激戦区たるラティオ活火山という狩猟環境を耐え抜く程の精鋭ぞろいである。今の装備の自分達が相手どれる程度のランポスの群れは、言ってしまえば朝飯前に違いない。

 船にかけられた布製の日除けの下。ネコも潮薫る風に髭を揺らしながら昨晩の戦いを反芻する。

 ……思い出すだけで億劫だった。疲れがぬけない身体に力を入れ、起きる。

 

「ですが、早めに手を入れないと貰った食材が痛みますよ。御主人」

 

「……王都の工房製・氷結晶氷蔵の素晴らしい働きに、期待」

 

「……。……にゃあ。それもそうですね。ならば、交代で舵を見ましょう。先をどうぞ」

 

「ごめん、ありがと。……お願い、……ネコ……」

 

 やり取りの後、しばらく。被り物の中から寝息が聞こえ始めた。

 アイルーは主の寝姿を一頻り眺めてから跳ねる様に起き上がり、水平線ときらめく波へと視線を移して、海図を広げる。太陽の位置と時刻から方角を見定め、帆と風向きを確認し、微調整を行う。

 勢い良く風を受けた帆が、海上にある船をまっすぐ東へと推し進めてゆく。

 

「―― 目指すはまず、東。今まさに開拓作業中の……『ジャンボ村』です、にゃあ」

 

「ぐぅ」

 

 






 一気に弱体化した主人公らの戦闘でした。
 因みに。私はこういった主人公を書くのが好きなので、主人公は強い存在ではありますが、(私的には勿論と言って良し)真の意味での最強ではまったくもってありませんです。
 しかも大陸を探せば、この程度のハンターはザラにいます。そのため、いつかは死肉となって自然に還るのやも知れません。乞うご期待(ぉぃ

 ランポスについて。やはりこのお方でしょうと。
 作中で「一組4~6匹」と言っているのは、ゲームでの最大出現数を意識したねつ造設定ですので悪しからず。
 あとは、100頭殺そうとも、少なくとも「暫く」は生態系も村も大丈夫であろうと愚考しております。恐らくは、大型の肉食モンスターも寄っては来ないでしょう。来るのは死肉食獣くらいかと。
 だって、ランポス、肉の部位少なそうですし!
 骨と皮の死体がゴロゴロ転がっていようが、アプトノスだのの方が生殖率も質量も良いと思います。食べるのなら、そちらを選ぶかと。
 ……です。ので。

■ランポスが減る
 ↓
 草食獣が増える
 ↓
 リオレイア<ぐおー

 の相変異的な流れはありえるかと思います(ええ
 サイクルに時間がかかるので、途中で流れを断ってしまえば大丈夫だと思うのです。そこはギルドに任せましょう。
 では、では。
 今回の更新は終了です。暫くは、少なくとも書き溜めている分については順調に更新出来るかと思うのですが……どうぞ、宜しくお願いされていただければ。


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第四話 ジャンボ村

 

 大陸の主となる街・ドンドルマから遥かに南東へと向かった先。狩人達が目的とする村は、「この大陸」の南端に近い位置にあった。

 遺跡と緑とが共生しモンスターの闊歩する密林が愛すべき隣人であるその村は、世間において『ジャンボ村』と呼ばれる地だ。

 ジャンボ村は周辺に生息する多種多様な生物と、交流を密とするための船の停泊を可能とする河合の港。中継拠点の立地としては申し分ない、好条件におかれた村。

 だが、名が知られていなかった。交流の拠となるに十分な素質を有していながら、足りないものが存在するからだ。主にそれは、開拓したてである事に由来する。

 整ってはいるが閑散とした村。

 活気が。何より、人が足りていなかった。

 

「はっ、はっ! ……はぅっ!」

 

 そんな村の中を、息を切らし。

 少女は裸足のまま地面を蹴る。時折転びそうになりながらも、前へと脚を動かす。未だ整備の成されていない地から所々に石が飛び出して少女の日に焼けた足を傷つけるが、意に介さず。

 向かう先には船が停泊している。高々と掲げられたマストを目指して、少女は走っていた。

 

「……っ、お願い、通して……!」

 

 港に物珍しさから集まった人々。その人垣の足元を、身体の小ささを生かしてするりと抜けて行く。

 抜けた先。仮面を着けた(恐らく)人間が、地に座っていた。隣には小型の獣人「アイルー」も見えているが、少女は一目散に被り物を被った人物へと駆け寄り、懇願する。

 

「―― ハンターさん! あたしの依頼、受けて頂戴!!」

 

 そのハンターがジャンボ村に到着し、たった2名での必死の航海を無事に終え、5日ぶりに地に脚を着けてから……実に30秒。

 少女の依頼は、百戦錬磨のハンターの心を打ちのめした。

 

 

■□■□■□■

 

 

「ゴ、ゴメンなさい、ハンターさん」

 

「気にしない。それじゃあ、キミが村一番の依頼。どうする? 村長さん」

 

「うん。村の子が困っているなら、村長としても放ってはおけない。オイラが正式にクエストとして依頼するよ!」

 

「おお。それじゃあ、この大陸に来てから始めてのクエスト。腕が鳴る」

 

「御主人、気合入ってますね」

 

 一先ず休息し、その夜。村の一角に据えられたハンターハウスの中。

 中央付近にある机に、木製のお面と皮の鎧を身に着けた人物と、赤の衣類で身体を覆うアイルー。対面に竜人族の若者と村の少女という、彩り豊かな面々が腰掛けていた。

 少女の依頼は、ギルドでの分類において『採取クエスト』と呼ばれるものに当たる。

 依頼の内容も単純明快で、「落陽草」と呼ばれる草を一定量採取してくる事。それらを一週間後に村を訪れる予定である調薬師へと納品し、疲労に倒れた母親の薬の材料にしたい、というのが事の流れである。

 ただし、少女の母親は重病や難病な訳ではない。必要とされている「落陽草」は、他の素材と調合することで滋養強壮の効果を発揮する。村の開拓に忙しい中にあるため、少女の両親は疲労尽くめであるとの事だった。

 ……子供に気を使わせてしまったという点は、この村の長である竜人族の若者にしてみれば見過ごせない事態である。竜人族の若者は責任を取るべく依頼を受諾し、対策を練る必要がある、と手元の紙束に予定を追記した。

 

「あ、あのぅ。それで……」

 

「いいよ。キミの依頼、ジブンがしっかり受け負った。どうせジブンの目的、期間とか制限がないから」

 

 任せてくれと胸と叩くと、仮面がカタカタと音をたてて揺れた。

 その様子に笑みを浮かべつつ、村長は無煙のままでパイプを揺らし、椅子の上に胡坐をかいた膝を叩きながら。

 

「ヒシュ、キミが請け負うのはいいさ。オイラも村長として賛成だし、ありがたいよ。……だが落陽草が纏まって生えている地域に向かうとなると、フィールド……テロスの密林辺りだ。正式にギルドを通した依頼にしなくちゃあいけないぜ? オイラが近くのギルド支部に依頼を出して受理されるまで、沢山の時間がかかってしまう」

 

 村長の言葉。しかし、仮面の頭上に疑問符が浮かぶ。首を傾げる。

 

「……ヒシュ? ……ヒシュ……?」

 

「主殿……主殿っ。あれです、書士官について回っていた頃の、最初の、奇面の王の」

 

「ああ、ジブンの事。ゴメン。その名、呼ばれるの久しぶりだから」

 

「我が主。せめて、よく使っているもの程度は覚えていて下さいと……何度進言した事か。はぁ」

 

 ヒシュと言うのは仮面の狩人を指す偽名の1つであるらしい。

 ネコの溜息をまぁそれはともかくと受け流し、村長が続ける。

 

「それで、時間がかかってしまうという話に戻すけど。……優先順位というものがあるだろう? この村の男衆の為に酒場と看板娘は不可欠だが、悪いけど、鳥便やアイルー便は整備中だったのさ。なにせ使う狩人が居なかったからなぁ」

 

 そう、申し訳なさそうに鼻を掻き。

 仮面の人物とネコを指差して。

 

「……陸路なら、ドンドルマ支部の置いてあるポッケ辺りまで行かなきゃあならない。行きは陸路で、帰りは……落陽草は比較的軽いから荷物の運搬を鳥便に任せるとする。合わせて1週、って所かな。キミに気球があったならば、半週もかからず済むだろうがね。けどそれじゃあ、どちらにせよ調薬師のいる日に間に合わないだろ? なにしろ薬師は、日が明ける頃には帰ってしまう予定なんでね」

 

 竜人の村長は、諦めたのではない。知己たる仮面の狩人へ相談をしているのだ。

 仮面の中で思考を巡らせている……かのような間をおいて。ぽんと手をうつ。

 

「仕方が無い。今回はジブンが、現地処理する」

 

「……ん? もしかして、もう『出来る』のかい?」

 

「うん。ジブン、ギルドマネージャー資格を引き継ぎしたから、下位クエストの受注権限がある。狩猟ならともかく、採取クエストの書類に判子を押して受注するだけ。規定上も問題はない。……証拠、これ」

 

 ドンドルマとミナガルデ。いずれも『この大陸』でのハンター生活をサポートする「ハンターズギルド」の最大手が存在する街。その両方で通じるハンターカードを机に置くと、視線が集まる。

 うす青いランポス皮のカードだ。ハンターの登録名や登録番号が記されているが、肝心の名前欄には覚えの無い記号が並んでいる。留め金で、王立古生物書士隊の紋章も挟まれており、カードの裏面にはギルドマネージャーとしての権限と番号が記されていた。

 

「こりゃあ助かる! 流石はヒシュだっ!!」

 

「ふふん、そうでしょう。我が主は……ニャ、ニャ!? そ、村長、身長差がぁあッ!?」

 

 村長が、思わずネコの両手を取って上下に揺する。同時にネコの体が大きく上下した。

 その間抜けな光景を見ていた少女は、恐らくは大丈夫なのだろうという事を理解する。安堵の笑みを見せた。

 

「……よかったぁ」

 

 少女の笑みを見て、周囲の2人と1匹の顔も綻ぶ。

 

「―― よし」

 

 のも、束の間。仮面の狩人は立ち上がり、船から降ろしたばかりの積荷から大袋を持ち出した。ネコのお供は荷物をまとめようと、忙しなく走り出す。

 

「それじゃあ、テロスの密林に。雨合羽と、着替え下着一着」

 

「御主人、アイテムは如何致しましょう」

 

「必要最低限。どうせ装備品も選べるほど無いし、持ち帰るべきものも少ない……ハズ。それと。倒すべき相手……は、採取だから。今回は無理なら逃げる」

 

「……え、え?」

 

 狩人はおろおろする少女の前を通り過ぎると、壁にかけていた片手剣『ボーンククリ』を手に取り、刀身を確認。見終えると後ろ腰に差し、作業を防具の確認へと移す。

 

「船でしょうか。海路では4日はかかりますが?」

 

「陸路。途中に長い街路があるし、村も点在してる。乗り継ぎで急げば、フィールドの端には3日半で着く筈だから。フィールド端は戦い辛いけど、大型が相手じゃなければ問題ない。それに、纏まった量じゃなくても、あわよくば道中の落陽草を回収できる。……村長。使えるアプトノス、いる?」

 

「ああ、それくらいは用意してあるさ。居るよ。村を出た脇に繋いである。引き車もあるからさ、使ってくれ」

 

 仮面がこくりと頷く。

 ハンターハウスの端っこで、ネコは荷物を漁り、道具を出し入れしながら。

 

「御主人。物入りですし、街から遠隔で出されている納品払いの採取クエストをいくつか受けておきましょう」

 

「うん。アプトノスの上で気球とやり取りして探す。……村長は? 他に欲しいものとか、ある? ない?」

 

「うーん……そうだなぁ。1人、村に来て欲しい鍛冶師が居るんだ。彼女に東の鉱石の質を見せてあげたい。マカライト辺りが良いのかなぁ」

 

「……鍛冶師。腕利き?」

 

「そうさ。彼女の腕なら、ドンドルマの工房すら目じゃないね」

 

「そう。それなら多分、鉄鉱石で良いと思う」

 

「にゃぁ。私も主に賛成です、村長。腕の良い職人ならば、無難な素材ほど判断基準とし易いでしょう」

 

「おおっ、そうか? なら、オイラからの依頼だ。鉄鉱石を……3つくらい、お願いできるかい。納品払いで書類を作っておくよ」

 

「了解。……うん。アプトノスだけで行くけど、3つくらいならなんてことない」

 

 大型の生物を狩猟するのであれば、運搬も必要になる。本来であればそういった点を援助するのがハンターズギルドの役割なのだが、迅速に動きたい時には手続きが面倒だった。

 最後に剥ぎ取り用の小刀を鞄に放り入れ、口紐を結んで。

 

「これで良し」

 

「私の方も整いました。引き車の修理用具も追加しておきましたので」

 

「うん、アリガト」

 

「残りは調達しながら行きましょう、我が主」

 

「……なぁ。至急の用件なのは判っちゃいるが、もう行くのか?」

 

 村長がやれやれといった仕草で尋ねた。本日明朝にこの村へ着いたばかりなのに、もう行くのか。先程まであれだけ疲弊していたではないか、と。

 その一方で、理解も出来ている。ハンターとはそういう者達であると。

 狩人は扉の前まで進んでから振り返り、村長の特徴である高い鼻を指差して告げた。

 

「うん。もう、行く。……その間に村長、せめてアイルー便くらいは整備しておくべき」

 

「ああ、判った」

 

 返答を受け、ハウスの扉を開け放つ。失礼、とその脇を通って、ネコが一足先に外へと飛び出した。村長が苦笑を滲ませながら。

 

「言い訳だけど、君達の到着が思ったより早かったんだ。整備は8割がた終わっているよ。直ぐに追ってテロス密林まで向かわせれば、君達の帰り分くらいには間に合うだろう」

 

「ん、そう。……なら、時間には余裕が持てる。採取物も増やしておく」

 

 伝えるべき事、確認するべき事は確認した。狩人は少女へと、仮面の内から視線を向ける。視線に色味は感じられない。けれど決して、冷たくは無い眼。

 

「行って、来る。帰ってきたら貴女がこの村を、案内してくれる?」

 

「う、うん」

 

 突然の申し出に、少女は何とか頷く。後は良い。それだけを見届けて、ハンターは外へと歩き出た。

 

「えっ、あっ……」

 

「見送り、行くかい?」

 

 村長が、少女の背をぽんと叩きながら促した。またも何とか頷いた少女は外に出て、村の東にある入口へと向かう。歩幅が違うため、走る少女の後を村長が早歩きで着いて行く。

 村の入口には、そう時間もかからず到着した。入口といっても、人々が毎日農作業に出て行く結果踏み固められた、固い路があるだけ。ここはまだ、小さな村なのだった。

 入口で辺りを見回すと、村の端……篝火の横に立っている狩人達が見えた。どうやら先に出たネコが、アプトノスに車を付けていたらしい。付けたばかりの車には、既に小さめの荷物が幾つか積み込まれている。

 狩人が背負っていた大きな袋が1つ、どさりと積まれる。それが最後の荷なのだろう。狩人は仮面を右手で抑えながら、アプトノスの背に軽々と登った。

 一歩、踏み出そうとした時。

 

「……おおい! ヒシューッ! 頼んだぞ!」

 

 今にも進み始めようかという頃合で、村長が大声をあげていた。仮面とネコとがこちらを振り向く。

 言って村長は、少女へ向けて片目を瞑る。どうやら好機を作ってくれたらしい。

 

「ほら」

 

「……あ、……あ」

 

 口から。言葉が出そうで、出ない。迷う。

 それでも言いたい。だからこそ振り絞る。

 

「―― お願いします、頑張って下さい! ネコさんと、仮面のハンターさん!!」

 

 アプトノスの巨体が、声援に押されて動き出す。狩人もネコも、片手を挙げて振った。夜の闇に覆われ、狩人の鞘に刺さった剣……その鈍い輝きが見えなくなるまでを、暫らく呆然と見送った。

 

「さぁ戻ろう。君の父親も、そろそろ外から戻ってくるハズさ。それまではオイラとパティが一緒に居よう」

 

「……はい」

 

 少女は村長に促され、2人で村の酒場へと戻って行く。

 

 因みに。驚いていたのも一因だが、少女が声援を迷ったのはそれ相応の理由がある。

 「お兄ちゃん」と呼ぶべきか「お姉ちゃん」と呼ぶべきか。はたまた、齢に相応しい敬称をつけるべきなのか。

 狩人とアイルー両方の性別年齢共に、外見からは判断しかねたからであった。

 

 

 

 太陽が昇り、一面の緑海が照らし出される。

 狩人達がジャンボ村を出立してから初めての夜が明けていた。

 

 アプトノスの背に乗る仮面の狩人は空を見上げ、手に灯りを持った。視線の先に浮かぶ気球に向けて、灯りをちかちかと点滅させる。

 気球が明滅を返すと、脚に紙束を巻かれた鳥が降りて来る。仮面の狩人は鳥を腕にとまらせると、灯りの替わりに紙束を手に取った。

 筆を持つ。視線をZ字に走らせ、目に付くものに丸を書き込み終えると、再度鳥の脚に括りつける。鳥は1度傾いだ後、気球へと飛び戻って行った。

 それら定期の業務を終わらせた頃合を見て、ネコが主へと話しかける。

 

「良さそうな依頼はありましたか、御主人」

 

「ん。空輸……鳥便で運べる軽いものなら……やっぱり特産キノコとか、黒真珠とか。マカライト辺りも対費用は良い。重量制限は、あるだろうけど」

 

 アプトノスの手綱を握り直して、狩人は視線を戻す。先には、大陸を行き来する商隊などがよく使う街道が続いている。整備が成されている為、大柄のアプトノスでも歩き易い。とはいえそれでも、他の道に比べればの話ではあるのだが。

 仮面の狩人は疎ましい太陽の光を遮ってくれる木々の深さをありがたく思いつつ、あくびをして、腰掛けるアプトノスの背を撫でる。

 

「ふわあ。……鳥盤目・鎚尾亜目・地竜下目・トノス科 ―― アプトノス。お願いね」

 

「ブォォ、ン」

 

「……ふわぁ」

 

「…………ふむ。御主人、そろそろ交替の時間です。手綱を代わりましょう」

 

「頼んでもいい?」

 

「勿論」

 

 狩人は背を伝って寝床へと移動し、ネコが首上へと入れ替わる。

 木製の椅子の上に座布団を敷いただけの寝所に腰掛け、仮面の内で目を閉じた。……目の底が痛い。開けても痛いし閉じても痛い。半開きにしても、変わらず。

 

「やっぱり疲れてる。落陽草、ジブンが欲しいくらい」

 

「その時は私も御相伴に預からせていただければ」

 

「うん。……次の村、昼には着く筈。運搬用のアプトノスを一頭貰って、このアプトノスにオマケをつけて交換。荷を積んで、次の中継になる村へ出発するから。……ランポス素材、沢山持ってて良かった」

 

「細々とした交渉を省いて即断即決を促すには、良い材料です」

 

「その後は……。……えと。……行き当たりばったり?」

 

「……流石の主もお疲れのようですね。先の事は任せて、休息を」

 

 少し先へと考えを向けてみたが、疲労の大きさを実感しただけだった。寄りかかる背を倒し意識を閉じる、その前に。

 

「……ランポスが来たら一に警鈴、二に威嚇。宜しく、ネコ」

 

「承りましょう」

 

 ネコが手綱を鳴らすと、アプトノスのノシノシとした歩みの歩調が早まる。

 ゆっくりと地を踏む調子が心地良い。意識も段々と沈んで行った。

 

 

□■□■□■□

 

 

 村を渡り継いで3日程。日没の後、狩人とネコは密林のフィールド端に当たる崖上に到着していた。

 仮面の狩人はアプトノスを近場に括りつけ、崖の端に近づく。手で庇を作り、壮大な光景を見渡した。

 夜は雨の降る密林。眼下に広がる水と森の混じりあった光景。流れ落ちる大瀑布と湖と、頭上では、水鳥の群れが飛び交っている。これが太陽の下であれば、滝には虹が架かっていたに違いない。

 

「海岸沿いではないとはいえ、植生はギルドの管轄フィールドに近似しています。おそらくは、落陽草も十分な量で生えているでしょう。広さも及第点かと。夜の内に着くことが出来ましたので、落陽草は花開いている筈です。どうします?」

 

「ん。まずはキャンプを張る」

 

「了解です」

 

 崖下に組み立ての骨と布を張った簡易キャンプは、狩人とネコの手際によりものの数分で出来上がった。最後に火を起こしたネコが、キャンプの内に居る主人の下へ駆け寄る。

 

「ご主人、火の確保も完了しました」

 

「……それじゃあ、行く」

 

 言って、主は布の内から簡素な布鞄を2つ取り出した。1つは背負い、もう1つを腰につける。ネコも背に鞄を背負った所で、外套の内に小太刀を差した。主も『ハンターナイフ』と『ボーンククリ』を左右の腰に着けてから、外へと踏み出す。増えた『ボーンククリ』は、ジャンボ村のハンターハウスに備品として備え付けられていたもの。先端に重量をかけた「叩き切る」手合いの骨剣だった。狩人自身の以前の獲物が鉈である事を考えれば、此方の方が幾分か扱い易いであろうという算段である。

 歩き出した主の後を、ネコが着いて駆ける。

 

「鉱石の採取や食料の調達は後回し。まず、落陽草を刈る。夜の内にしか刈れないから」

 

「了解です」

 

 鞘に収めた多機能ナイフを弄りながら、密林へと降りる道を歩き出す。

 5分ほど歩いた先で、樹が生える間隔が狭まり始めた。森が密度を増してゆく。ネコが2足で立ち上がり、耳と鼻を動かして辺りを探る。

 

「ふんふん……東側を探ると良さそうです。落陽草特有の匂いも、雨で流れて判り辛いですね。私は外を担当しますので、主は木々の深い方をお願いします」

 

「うん。さっさと済ませて、鳥便で運んでもらおう」

 

 頷くと同時。2名は2手に別れ、密林へと走り出した。

 






 御拝読を有難うございました。

 さて。ジャンボ村を拠点としたこの部こそが物語の始まりなのです。次が本当の意味での初戦になります。
 1部における裏の主人公も、次あたりに。

 因みに。納品依頼、というのは本作の捏造設定です。
 ゲームにおける採取クエストは1依頼毎に受諾 → 出立 → 納品という流れが必要でしたが……ちょっと効率が悪過ぎるので、独自に付け足しております。
 実際にゲームにあれば、どれだけ便利な機能である事か。……いえ。アイルー育成のために持ち込んだケルビの角を速攻で納品したりとか、それと似たようなのはありますけれどね。

 アプトノス車は、少なくとも密林周辺やドンドルマにおいては主流な移動手段であるようです。ハンター大全や2ndのムービーを見る限り、行商から狩人まで幅広く利用されているみたいですね。雪山まで行けばポポがその役割を果たしますし……
 ……砂漠はどうなるんでしょうね。あのホーミング生肉さんが素直に人間に従ってくれるとは思えませんし、やはり徒歩になるのでしょうか。少なくとも本拙作の冒頭は、そう考えて歩かせましたが……ううん。

 そして落葉草。懐かしいです。3Gで特産品として再登場した時には、多大なる懐かしさを感じたもので。

 では、では。もの凄く無駄話でしたが、どうか、ご容赦をば。


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第五話 密林の空より

 

 2名による捜索の甲斐あり、夜が明ける前には充分な量の落陽草が発見された。空の色は僅かに藍を帯びてきたものの、未だ時間は深夜であると言える。

 

「―― ふはぁ」

 

 崖下のキャンプに一足早く戻った仮面の狩人は、仮面の口元をずらして息を吐いた。足元には樽詰めにされた落陽草や、箱に入れられた茸。土が付着したままの鉄鉱石や質の良くないマカライト石などが区分けされて置かれている。

 それらを数え、概算しながら。

 

「必要量は、集まった」

 

 箱が7つに、樽が5つ。いくつか自分のために持ち帰る分もあるが、これだけあれば村長や少女から依頼されたものの他、ギルドに納品する事で後から報酬を受け取ることが出来る納品依頼の殆どは達成できる算段がつく。

 狩人は心持ち安堵の表情を仮面に浮かばせ……そういえばと思い直す。

 

(ネコ、居ない。ネコは鼻が利くから、落陽草に関してならジブンより早く終わると思ってたんだけど)

 

 自らのお供アイルーが帰還していない事が気にかかっていた。花開いている落陽草には特有の香りがあるため、ネコならばその香りを辿って発見できるはずだ。夜の密林には雨が降っているため、匂いが流されているという事態も十分に考えられるが……

 

「でも1回、落陽草を置きに来た形跡がある。……ん、やっぱり心配」

 

 仮面の狩人はそう零すと、キャンプに張られた三角テントの内から、幾つかの道具を漁り出した。

 腰に着けられたハンターポーチの内容を整える。山のような道具と素材の中から戦闘向きの幾つかを選び、調合用素材として仕分けする。

 この手の作業は仮面の狩人の手馴れた分野だった。取り出した素材と、密林で新たに得た素材から有用なものを抜き出し、ポーチに詰め込む。

 狩人の腰に並んだポーチ3つが膨れ上がった、その時。

 

 ―― シュルルルルッ……パァンッ!!

 

 音に反応した狩人が振り向く。目にしたのは、雨の中を真っ直ぐに飛び上がる打ち上げ式の信号弾だった。もうもうと立ち昇る煙の色で、緊急度と要請の内容を区別する。

 この信号を使ったのは、自らも良く知る相棒だろうか。例えそうでなかったとしても救援要請には応じるべきだろう。

 

「分かった。……そっち」

 

 丁度、準備を終えたところでもある。最後に篝火をランタンに移すと、狩人の脚は、素早く東へ向かって動き出していた。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 密林に振る雨を掻き分け進む人物が、2名。泥にまみれた両足を動かし、必死の形相で掛け抜けてゆく。

 青年はランポスの皮を繋ぎとして使用した片手剣を腰に差し、『ハンターシリーズ』と呼ばれる皮と鉱石を組み合わせた防具を揺らして。

 少女は『レザーライトシリーズ』と呼ばれる皮鎧を纏い、その背中には大型の弩弓と、沢山の荷物が詰め込まれた鞄を背負って。

 

「……ノレッジ! ノレッジ・フォール、急げ!!」

 

「はっ、ははっ、はぁい、ディーノ先輩っ!!」

 

 両者の息は荒く、乱れていた。彼らは後ろに居る(・・)脅威の姿を確かめるべく、瞬間、眼を後ろへと向ける。

 

(……まだ諦めてはくれないか)

 

 皮膜に覆われた翼、赤みがかった甲殻。大きく強靭な(くちばし)。頭を囲むように広げられた耳は、この生物が戦闘体勢に入っていることを示している。

 密林に生息する鳥竜種 ―― イャンクック。3メートルをゆうに超える身体と、「怪鳥」の異名を持つ生物である。

 後ろを向いていた怪鳥が、2回に分けて反転。どこか愛嬌のあるその顔と、視線が交わる。

 

「グバババババッ……!」

 

 怪鳥は確かめる様に足踏みをすると、身体を大きく前に傾けた。嘴を左右に振り、前方を走る人間2人の背に向けて走り出す。

 

「うわわわわっ……!」

 

「止まるな! 走れ!!」

 

 追いかけられる側も全力で走ってはいるが、脚力の差は圧倒的だ。背を向けた2人との間にあった距離はみるみる内に詰まって行く。

 怪鳥が、怪鳥の嘴が、迫る。

 

「―― ちぃっ」

 

 (くちばし)が彼らを捉える直前の期。片手剣を背負う男が立ち止まり、鞘から剣を抜き放った。

 狙うは自らの体駆程もあろうかという嘴。上下運動を繰り返す嘴が……下がる瞬間。男は全身の体重を前へと押し出し、ランポスのボス個体の素材をふんだんに使用した楯を右手に構え、迎え撃つ。

 

(切っ先ではなく、僅か側面をっ……叩く!)

 

 ガッ ―― ドズンッ!

 突進に巻き込まれまいと身体を捻り、鈍重な音を響かせながら。怪鳥の嘴による初撃を、辛うじて受け流すことに成功した。

 男の横をすれ違うように走り抜けたイャンクックはその先で体ごと倒れこみ、嘴が地面を大きく抉っている。

 自身が直撃していたらという想像を振り払い、男はこの機を逃すまいと距離をとる。体勢の立て直しが必要だ。

 

(……まずいな。一度の防御ですら、こちらの体力を根こそぎもって行かれるっ)

 

 荒い息を整えながら、情報を整理する。

 男も、見聞により知識は得ている。中型モンスター相手に狩人の経験も積んでいる。彼自身の技量は初心者ハンターの域を脱していると言って差し支えないものだろう。

 が、今回の状況は分が悪い。目の前に立ち、愛嬌のある顔に耳を広げた ―― 怪鳥。心根として(・・・・・)初心者を脱したばかりである彼は、この生物を相手取るには実力が不足していた。

 

(今更後悔しても遅いが、集団連携だけでなく個人で戦う訓練もしておくべきだったか)

 

 苦しげに顔を歪めながら、左手に「ドスバイトダガー」を握りしめる。後ろに新人であるノレッジ・フォールが控えているからこそ冷静を装ってはいるが、強大な相手と対峙している男自身にとっては、攻防全てが冷や汗ものの綱渡りだった。

 彼らの本業はあくまで「王立古生物書士隊」の一員である。ハンターとしての能力は自衛の為の一手段であり、今回の目的も本来は「密林の分布調査」だった。だが途中で旅の商隊と合流し、道中親密になり、気軽さから護衛を引き受け ―― この怪鳥に付け狙われたのが運の尽きか。

 件の商隊は今、小型モンスターの生息域から離れた崖上の洞穴に退避させている。古生物書士隊の一員として、狩人の端くれとして。そして何より避難している人らの友人として、何としてでもこの怪鳥を行商隊から遠ざけなければならなかった。

 

(とにかく今は、この場を切り抜けなくては)

 

 書士隊員にして狩人でもある男、ダレン・ディーノは現状打破の為にと思考を切り替えた。まずは。

 

「ノレッジ・フォール! どこか安全な所へ調査物を隠しに行け! 私が合図を出すまでは、その場を離れるな!!」

 

「は、はい! ……えーと、メラルーに手出しされない場所となると、高台とか……? いや、いっそのこと……」

 

 ぶつぶつと呟きながらも指示に従い、ノレッジは反対側へと走り去って行く。彼女とて古生物書士隊の一員で、狩人だ。狩猟においては文字通りの重荷でしかない荷物の事はこれで済ませるとして、次に。

 現状最大の問題である怪鳥は頭と翼を器用に使い、突進の後で倒れていた身体を起こしている。ダレンも片手剣の柄を握り直し、溜息を押し込め、行動を再開する。

 立ち上がったイャンクックを中心として時計回りに円を描き、走りながら接近。尻尾を振り回してダレンを牽制するイャンクックの側面へと、正確に回り込んだ。

 

「はあぁっ!!」

 

 気合の一声と共に飛び掛る。足の付け根を切りつけ、顔が此方を向く前に転がって離脱。全ての敵意をダレン自身に向けさせるためにも、まずは勢いを削ぐ事が重要だ。

 この攻防を数度繰り返すと、走り寄った所で怪鳥が翼を広げた。飛ぶつもりだ。ダレンは足を止め、風圧に備える。

 イャンクックが勢い良く翼を上下させた。身体と、風とが衝突する。

 足を踏ん張り体重を保ち、飛ばされまいと力をこめる。風によって足元の泥はぶわりと圧し潰されている。怪鳥は重苦しい風圧を残して飛び上がり、低空飛行で後退。ダレンが必死に詰めていた距離がひと飛びにかき消されていた。

 落胆している暇は無い。モンスターとの戦いにおいて、根気は最も重要な要素でもある。

 着地する瞬間を狙う。今度は頭だ。距離を詰め、地を蹴り、風の壁を裂く感覚と共に怪鳥の首元へと飛び込む。広がった耳から側頭部へ。全体重を乗せ、ドスランポスの爪を素材とする赤い刀身を振り下ろした。走竜の爪は怪鳥の耳を裂き、刃は甲殻へと食い込む。

 ダレンはそのまま刃を振り切り、身体ごと地面に投げ出した。しかしいつまでも地べたに這いつくばってはいられない。イャンクックの嘴による反撃の事前動作を辛うじて捉え、反応の許す限りの速さで横へ飛ぶ。

 

(何とか対抗出来ている……か? あの足を斬り付けるよりは、手応えもあったが)

 

 足元を斬った時は鉛を打つ様な途方も無さを感じたが、頭への攻撃は斬ったという感触があった。嘴という武器に晒されると言う危険はあれど、身体の中心近くにある足元まで走り寄ってから引き返すという動作が無い分、頭を狙った方がシンプルに動くことも出来る。

 行動方針を変えるべきだ。ダレンはそう判断し、イャンクックの頭部を狙い始めた。

 頭を斬る。イャンクックはこちらを倒すべき敵と認識し、意識を向けている。少なくともノレッジと行商達から意識を逸らす事には成功したようだ。しかしその分の重圧は、ダレンに向けて全てが圧し掛かってくる。

 

「―― グババ、グバババッ!!」

 

 後退した瞬間にイャンクックが動きを止め、大きく翼を広げ始めた。何を思ったのか、興奮したように息を荒げ、その場で軽快に跳ね回っている。

 好機。いや、慎重に観察すべきか。

 そんな風に思考を中途にしたまま、ダレンは怪鳥へと脚を向けた。機会を逃す前に行動をしておこうと考えたのだ。先程までのイャンクックに対するものと同じく、円を描いて走り寄る。

 しかし、気付けばダレンの目前に怪鳥の嘴があった。

 

(な、早っ……!?)

 

 つい先まで跳ねていたイャンクックが、恐るべき早さで体を前へと傾けていた。ただの突進だが、先の比ではない。怪鳥本来の……ダレンを倒すべき敵として認め、敵の排除に全力を費やそうとする、生物の底力だった。

 ダレンは慌ててドスバイトダガーと対になる楯を構えた。

 怪鳥の嘴が楯の真芯に激突。受け流すのもやっとだった突撃を正面から受けて無事に済むはずも無い。気づけば楯を構えた右手は、ダレンの身体そのものを巻き込んで宙に放り出されていた。

 幸い、イャンクックも走り抜けた先で倒れこんでいる。数瞬の浮遊感の後、ダレンは地面に落下した。どすりという衝撃があった後、身体に鈍痛を覚える。落下の衝撃により、側腹部を殴打していた。右手も突撃の衝撃によって未だ痺れている。

 まだだ。ダレンは残る左手を動かして、泥の中から立ち上がろうとする。が。

 

「が、はぁ、……うっ……はぁ、は!」

 

 立ち上がって、それ以上は身体を動かす事が出来なかった。息をしようとするも、腹と背中に力が入らない。十分な換気が行われず、意識が酸素を求めて彷徨い出している。

 暗転しそうな視界を堪えつつ、気付けの回復薬を取り出そうと鞄へ左手を伸ばす。それはダレン自身、出来る限りの早さでとった行動。だが突進による衝撃を回復し切れていない中での動きは、予想以上に鈍かった。

 既に怪鳥が此方を向いている。口の端からは火花が散っていて。

 

(……ここにきて、火か!!)

 

 火炎液、という攻撃方法がある。イャンクックはその体内に火炎袋と呼ばれる器官を持ち、熱した高温の液体を吐き出す事で武器として使用する。

 ダレンは書士隊員として身につけた知識の内にある攻撃方法を、今、実際に目の当たりにしていた。だが抗おうとする気持ちとは裏腹に、抗う手段が無い。ここに至ってまたも、自らの力のなさを悔いる。

 

(それでも! ライトス……そして、ノレッジ。せめてお前等を助けるくらいは……!)

 

 行商隊の長と自らの後輩のためにも諦めはしない。イャンクックは昆虫食。例え自分が力尽きようと、怪鳥自身には喰われないはず。ならば希望はある。時間を稼ぐべきであろう。穴の開いた思考でそこまでを考え、残る気力を振り絞って楯を持ち上げる。

 怪鳥は赤い甲殻を見せびらかす様に、大きく身体を反らす。反りの反動で大きく振り出した首と口……嘴から火炎液が吐き出された。赤熱した球体が放物線を描き、ダレンへと迫る。

 楯を前に出す。が、辛うじて持ち上げているだけだ。勢いを着けて火炎液を弾かなければ、ダレンの身体は重度の熱傷を負うだろう。ハンターシリーズの防具があるとはいえ、飛竜種などの生物由来の鎧の様な熱耐性は持ち合わせていない。

 火炎液は放物線の頂点を超えて落下を始めた。間もなくだ。位置エネルギーを消費する間もなく、自分に直撃する。ダレンは楯の向こうに焼き殺される自身を幻視した ―― その時。

 

「閃光投げます! ン ―― ニャアァッ!!」

 

 後ろから球体が投げつけられ、反射的に閉じた目蓋を閃光が叩く。

 再び目を見開いた時、火炎液はダレンの身体を焼くことなく散っていた。後ろから駆けてきた小さな生き物が両の手甲と外套を構えて跳躍し、火炎液を空中で四散させたのだ。

 吐き出された火炎液を遮断した……その反動を利用して空中でくるりと周り、生き物が着地する。身の軽さと愛らしい容姿。ダレンを窮地から救ったのは自らもよく知る獣人、アイルーだった。

 

「御無事でしょうか、短髪の御仁」

 

 アイルーは外套の内から小太刀を抜き、閃光玉に目を回すイャンクックと正対しながら、此方へと話しかけてきた。随分と丁寧な物腰のアイルーだと、ダレンは思った。

 

「ごほっ……ああ、何とか。命拾いした」

 

 威圧感が逸れたおかげなのか、一呼吸置いたおかげなのか。理由は判らないが呼吸は何とか正常程度にまで回復している。体感的には久方ぶりの言葉を発しながら、ダレンは自身の状態を確認してゆく。

 思考を巡らす余裕もある。拳を握り……力も込める事が可能だ。これならまだ、戦える。

 ダレンを見上げていたアイルーがダレンの無事に一瞬笑みを浮かべた後、提案する。

 

「御無事なのは、何よりです。ですがお怒りの怪鳥相手に、貴方は怪我を負いました。是非とも後退を。私が時間を稼ぎましょう」

 

「君が、か」

 

「はい。こう見えて私、猟猫経験は中々のものなのですよ」

 

 このアイルーのイャンクックを目の前にしての立ち居振る舞いは、実に堂々としたもの。猟猫経験については納得できる。だが自分より小さな生き物に頼る、というのも。

 そして何より、ダレンには怪鳥を足止めしなければならない理由があった。

 

「……済まない。君が信頼できないという訳ではない。傲慢だが、私もコイツを相手にしなければならない理由がある」

 

「ふむ、実直な方ですね。……ではエリアの入口まで移動し、そこで加勢の準備をお願い出来ますでしょうか? 私の実力が足らなければ、直ぐにでもお力添えをいただければ有難い」

 

「そう、か。……いや、わかった」

 

 ダレンはその言葉の意味を考え、頭を冷やす事にした。恐らくこのアイルーは強引に我を通そうとした自分に妥協案を提示する……という名目で、体勢を整える時間を与えたのだ。

 このアイルーには感謝こそすれど、恨みは無い。ダレンは素直に従い丘陵の奥深く、怪鳥が通れない程度の隘路の傍まで移動した。

 怪鳥から遥か離れた位置まで移動した先で、鎧の金属部分を触って、状態を確かめる。よくよく見れば、楯を装備していた腕甲部分は大きくひしゃげていた。忘れかけていた脇腹の痛みと、連戦による体力の低下も感じられる。ダレンは腰のポーチから気付けと痛み止め効果のある回復薬を取り出して一気に煽った。次第に視界が広がり、痛みは引けてゆく。これならばせめて、全速力で逃げる事は出来るだろう。あのアイルーの足手まといにはならなくて済む。

 視線を戻す。遠目に見えていたイャンクックは頭を振って、未だ目前に立つアイルーを見た。どうやら視界は回復したらしい。次いで、失せたダレンを捜すように視線を巡らし……

 

「相手はこちらです。私は見ての通り、たかがアイルーなので、存分に油断をしてくれると嬉しいですね」

 

「……グババババッ!!」

 

 まずは目前、アイルーを目標と定めたらしい。イャンクックが数歩進めば踏み潰されるであろう位置に居るアイルーは、挑発の後、4脚を地面につけた。

 怪鳥が踏み出す。ダレンに見舞ったものかそれ以上に素早い突進だ。踏み出す一歩一歩が、雨によって柔らかくなった地面を抉る。

 4歩目。左足がアイルーに当たる距離。しかしアイルーにとって、事前に3歩もあれば十分な猶予だったらしい。

 

 ―― リィンッ

 

 ダレンの時の様に鈍い音は響かない。動きに合わせて1度だけ、澄んだ鈴の音が鳴った。アイルーは低く構えた最小限の動作で脚を避け、翼を潜り抜けて見せたのだ。

 アイルーの後ろで、イャンクックが倒れこんでいった。すぐさま近づき、飛び上がったアイルーが小太刀で甲殻を切りつけ、着地。すぐさま距離をとる。

 

「……流石に硬いですね。竜盤目・鳥脚亜目・鳥竜下目・耳鳥竜上科・クック科……なんて、長い名を冠しているだけはあります。私も主も初めて闘う相手ゆえ、その行動を観察する必要はありますが……骨格的には飛竜種のそれと同種です、ねっ!」

 

 嘴によるついばみをかわし、尻尾をくぐり抜け、身体の小ささを最大限に生かした回避戦法で斬りつけてゆく。非力さに加えて獲物の切れ味が悪いのか、イャンクックも傷こそ負いはしない。だが周りをちょこまかと動かれ、鬱陶しく思ったのだろう。イャンクックは再び大きく身体を反らし……以前の動作よりも溜めが長い。火炎液を、多量に吐くつもりか。

 

「今ですニャっ、と!!」

 

 イャンクックはダレンの予想通り、アイルーという小さな的に当てるべく、何度も身体を揺さぶっては火炎液をばら撒いた。

 ―― その間。

 正に言葉通り。待ってましたとばかりにアイルーは駆け出してゆく。ぐねぐねとうねる軌跡をなぞり、炎に触れる事なく怪鳥までの距離を埋める。火炎液1、2個目の内に腰の鞄から樽を取り出し、3個目を吐いた瞬間に投擲する。

 

「……好しっ!!」

 

 投じられた小樽は4個目を吐き出す直前、開いた嘴にがしりと挟まった。怪鳥の体内にある火炎袋から押し出された火炎液はつっかえた樽へとまとわり付き……次の瞬間。

 火薬の詰まった樽に、火元。当然の帰結として、怪鳥の口内で爆発が起こった。

 

「!? グ、ババッ!? グゥ、ァババッ……!!」

 

 口から黒煙を噴出し、身体は前後に大きく揺れて。揺れはいつしか限界を超え、怪鳥の身体が泥の中へと倒れこむ。

 何が起こったのか。倒れこんだ怪鳥をよくよく観察する。眼球は回転し焦点が定まっていない。両脚が虚空を漕ぐ。耳を開いたり閉じたりと必死に動かす様に、再びの愛嬌さえ感じられる。

 アイルーはバタバタと動き回る怪鳥にペイントボールで追い討ちをかけてから、ダレンの近くまで駆けて来た。2足で立ち上がり、見上げる。どうやら解説をしてくれるらしい。

 

「怪鳥は音に弱いのだそうです。そんな怪鳥の口内に小樽爆弾など放り込んでやれば、内外からの衝撃と音によって三半規管をがっつり揺すられる。勝算は十分でした」

 

「……成る程、それでこの有様か」

 

 アイルーの解説に、ダレンも怪鳥に関する知識を思い返していた。確かに、怪鳥はその耳を生かした聴力の鋭さ故に音爆弾や小樽爆弾などの「音」に弱いと文献で読んだ覚えがある。通常であればショックで放心する程度らしいのだが、それが口内で爆発したのだ。平衡感覚すら狂わされた怪鳥は地面でのたうちまわり、赤い甲殻を泥に塗れさせている。

 

「では、今の内に引きましょう」

 

「……引く、か。……そうだな」

 

 今居るエリアには、行商隊のいる崖上のエリアへと続く道がある。だが、戦う以上は崖上に追い詰められるわけには行かない。後退するとすれば、反対側……ノレッジの駆けて行った側だ。

 イャンクックはダレンやアイルーへ敵意を向けている為、こうして逃げる方向を「見せてやっていれば」、行商隊から引き離すという目的も達せられるであろう。

 が。

 

「この怪鳥と、再び相見えることになるな」

 

「……成る程、何か理由がおありのご様子で。それは、ここで逃げても問題は?」

 

「いや、当分は無いだろう」

 

 イャンクックが誰かしらに敵意を向けている以上、「追い払う」という手段は成立しない。例えばイャンクックを引き付け行商隊を単独で逃がしたとしても、狩人であるダレンら以外には護衛がおらず、道中を進む事も戻る事も叶わなくなる。それでは結果が伴わない。怪鳥をけん制しながらじりじりとジャンボ村近辺まで後退できるならばそれでも良いが、ダレンにしろノレッジにしろハンターとしての技量が不足している。けん制も、行商隊の守りも、というのは欲張りに過ぎる。

 いずれにせよ怪鳥を倒す……もしくはそれに準ずる結果が必要だった。その点今、行商隊は崖上の洞穴に隠れている。密林の上空を飛び回って捜す怪鳥には、動かない限り見つかりはしないはずだ。

 アイルーはこの返答を受け、暫し悩むような素振を見せて。

 

「ならば、ここは一旦退却し、我が主の知恵を借りましょう」

 

「……主?」

 

「はい、私が仕える主。我が狩りの師にして我が友人。主殿は狩人としての見識も深く広いものです。何かしら有効な手段を提示してくれましょう」

 

 言い切ったアイルーの言葉はどこか誇らしげで、満足げだった。胸を張り、髭がぴぃんと伸びている。……このアイルーがそこまで言う人物であれば、頼るに値するのだろう。そもそも。

 

「今の所、他に有効な手段は思いつかないな。判った。君の主の元へ案内して欲しい」

 

「承りました。……こちらです。途中で合流できるよう信号弾を打ち上げておきましたので、直線ルートを経由しましょう。それと……私の事はネコとお呼び下さい」

 

 アイルー……ネコはそう言うと、首元から鈴の球を抜き取り、4脚で駆け出した。

 その背を追うべきダレンも、未だ苦し気にのたうつイャンクックを僅かに振り返った後。足元に落ちていたドスバイトダガーを腰に差し、木々を掻き分け、密林の奥へと走り去っていった。

 





 怪鳥さんの御登場と、原作キャラの出演でした。

 ……ですよね。やっぱり、最初の相手に持ってき易いのです。怪鳥さん。
 こういった展開、どこかで見たことあるなーと思った貴方様。その記憶は違いありませんでしょう。
 ですが、私のお話は色んな意味でぶっとんだ展開を目指しますので。今後を頑張ってみようかと思います。
 ……ここまで書いといて構成の練り直しは、正直きついのですっ。

 ダレン・ディーノ及びノレッジ・フォールはハンター大全より出典。
 モンスターハンター世界における、数少ない「原作キャラ」です。
 彼・彼女がハンター大全においてどの様な役目を持っていたか、を知っていると、今後の展望が見えてしまうのやも知れません。
 ……そこを捻って予見を外すのは、私の役目ですので。乞うご期待。

 そして、雑談。
 アイルーはどうやら、部族秘伝の特製爆弾によって雨中でも爆弾を使用できる設定があるようです。こういうのばっかり原作に準拠させます。はい。
 本作のイャンクックは無理ですが、実際には、2ndGのオトモアイルーでもイャンクックは倒せるようです。笛やら粉塵やらを装備して、こそこそと見守りながら、強化したアイルーを戦わせてあげましょう。


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第六話 打倒

 

 ダレンがその奇妙な狩人と合流したのは、怪鳥を振り切ってから更に10分ほど逃げた先だった。

 密林の中でも一際生い茂る木々に覆われた、秘密基地のような洞穴。ネコが主と慕う狩人は頭に仮面を着けて座り込み、雨の当たらない位置で道具を広げていた。何やら道具を作っていたらしい。

 その顔には木製の仮面。目の部分だけがくり貫かれており、人型の生物の目鼻立ちを模したと思われる仮面、その下顎部分が独立稼動してかたかたと音を鳴らす。背丈は世間一般のハンター並であるダレンと比べると低く、筋肉の付きは並。仮面の後ろから中程で切り揃えられた黒髪が覗いている。

 身に纏っているのは皮の鎧。ノレッジも装備している『レザーライトシリーズ』に皮の使用比率が似ているが、意匠は違う印象を受けた。仮面の狩人は身体の線が細く、装備品も未知のもので、見た目からは性別を判別する事ができない。……いずれにせよ皮が主体であるからには、防御性能自体も高くは成り得ないだろう。

 そして背と腰の皮鞘に差された剣と、右手につけられた楯。どうやらこの狩人もダレンと同じく剣士のようだ。が、狩人としての得物(ぶき)が2本ある点が気にかかる。楯も装備しているために、単純な双剣使いという線にも疑問を覚える。

 

「―― 御主人、よくぞご無事で」

 

「それはこっちの台詞。だいじょぶだった?」

 

「ええ。私は問題ありませんでした。それで、」

 

 ネコは仮面の狩人の下へと駆け、恭しい態度で報告を続ける。

 落陽草の採取中にダレンを見かけた事。イャンクックと対峙した事。ダレンは行商隊を助けに行きたい事。ノレッジという同僚が居る事。

 それら報告を終えると、仮面の狩人が頷いた。奇妙な、木製の仮面が改めてこちらを向く。

 

「どうも。ジブン、ネコの主で、友達。名前は……えと、ヒシュ」

 

 ゆらりと立ち上がり、仮面内からの視線を向けられる。言葉の継ぎはどこかぎこちないが、王都的……訛りの感じられない美しい発音だった。

 近寄り難いその風貌に立ち尽くしていたダレンも、協力者の不興を買う訳にはいかない。打って変わって大股で歩み寄ると、差し出された手をがしりと掴む。

 

「私はダレン・ディーノ。貴方の友に窮地を救われた。どうか、宜しく願いたい」

 

「……ん。……んん?」

 

 握手を交わしながら、仮面の主がこちらの何かに目を留めた。ダレンはその視線を追い……自身の左肩を見やる。

 身につけた鎧の左肩。そこにはダレンが書士隊の隊員である証……金糸で描かれた龍の紋章が着けられていた。仮面の狩人は数秒沈黙し、小首を傾げる。

 

「もしかして、先輩?」

 

「センパ……うん?」

 

 かけられた言葉はダレンにとって予想外のものだった。金糸の紋章を見て先輩とは、つまり。

 何事かと思考を試みるダレンを他所に、仮面の狩人はパンパンになったポーチの中から1枚の皮紙を取り出し、突きつけた。ハンターカードだ。カードと、何かを留め金で挟んであるらしい。ダレンが裏を覗き込む。カードと共に留められていたのは、金糸の龍章と、それを囲み絡み合う2本の菱線。王立古生物書士隊 ―― 通称「書士隊」の2等書士官である証だった。

 ダレンは暫し呆然とし、

 

「……ははは! まさか、この私が先輩とは! ……すまない。だが、貴方も書士隊の一員なのだな」

 

「ん、あ、ごめん……なさい? ジブン、他の大陸での実績とコネがあって、こないだ推薦で2等書士になったばかり。まだ別の書士隊の人と、合った事が無くて」

 

 困惑しながら頭を下げた仮面の主に向かって、ダレンは慌てて両手を振る。

 

「頼むから顔を上げてくれ。私も君と同じく、書士隊の2等書士官になったばかりの身でね。新人よりは偉いが、ただそれだけだ。地位がある者ではないよ。対等な者として扱ってはくれないか?」

 

 ダレンが早口で言い終えると、狩人の目が瞬いた。しぱしぱと、仮面の内で何かを考え込んでいる。

 謙遜の定型文句として「地位がある者ではない」と言ったが、2等書士官は立場的にも中の上といった所だ。4、5等を勤める見習い書士官や事務職よりは上の立場に在る。ダレン自身は調査隊での功績や新種調査での貢献が認められ2等書士官になった身なのだが、なにせ成り立てである。隊長の中では駆け出しという境遇だ。成り立ての隊長は部下も2~3人居れば比較的多い方で、直属の部下は今の所ノレッジ只1人である。

 だからこそ2等書士官であれば、ヒシュが言った様にコネや過去の実績からなる者も少なくは無い。地位を持つ者や別の職で実績を積んだ者が隊長位に座るというのはよくある事だと、ダレンは納得できている。

 しかし考え込んでいた仮面の狩人 ―― ヒシュは間の後、やはり、小首を傾げて。

 

「うぅん……多分、難しい。先輩は先に書士隊になっているはずだから、先輩である事に変わり無い。ジブン、先輩に教えてもらいたい事が沢山あると思うので、……努力はしますけれども」

 

「律儀だな。ならば君が慣れたその時、対等に扱ってくれればそれで良い。……ヒシュ、君の楽なようにしてくれると嬉しい」

 

「ん。ありがとう、ダレン」

 

 見た目で判断するべきではないな。脳内でそう反省したダレンと仮面の主の邂逅は、和やかな雰囲気で始める事が出来ていた。

 

 

 しかし、時間は一刻を争う。現状の確認を終えた後、ダレンが地面の上に地図を広げた。ヒシュは何かを作る片手間に。ネコは身体を覆う外套の中にある鞄を整理しながら、地図を覗き込んだ。地図では大陸の中央部にあたるエルデ地方やゴルドラ地方が左端になっており、その東側を中心として描かれている。下方にジャンボ村、右辺にテロス密林、上端にポッケ村が位置していた。

 ダレンがテロス密林とジャンボ村の中間地点……現在地である部分を指差した。

 

「それでは対策を話し合おう。まず、全員で行商を護衛しながら逃げるという手は除外したい」

 

「何故でしょう?」

 

「それはもうここ20時間ほど試み、失敗し続けている手段だからだ。……あの怪鳥は、異常なまでの戦闘意欲を有している。我々が図面上から割り出した……一般的な怪鳥の縄張りと思わしき範囲を踏み出ても、どこまでも追ってくる。……申し訳ない。これに関しては、理由は不明だ」

 

「ふむん」

 

「ここからジャンボ村までは、まだまだ距離もある。怪鳥は空を飛べるのだ。こちらと追いかけっこをして、勝てる道理はない」

 

 当然、行商の人々もある程度の自衛は行えるはずだが、それは小型モンスター相手での話だ。中型以上の生物を相手にして無事でいられる保証はなく……それは、ハンター達が護衛についていようと同じ事。行商隊の近場まで怪鳥を近づけてしまった時点で、危険は及ぶ。

 普段であれば最優先の手を自ら潰しておいて、ダレンは続ける。

 

「ここはフィールド外だから気球は当てにできない、が……この近くであれば鍛冶で有名な村がある。小さいがギルド支部のある村だ。この村に誰かが走り、援軍を求めるのはどうか」

 

「ふむ、堅実的な案ですね」

 

 話を聞いていたネコがうんうんと頷く。が、直ぐに頷いていた首を止め、案の不備を指し示す。

 

「ですがその案は、堅実的ではあれど現実的ではありませぬ。まず、誰が伝令を勤めようと、怪鳥を相手にできる狩人がこの地を離れてしまうのです。戦力の低下は免れません」

 

「ジブン、怪鳥を実際には見たこと無い。ネコは戦ったけど、少しだけって聞いた。知識もそうだし、行商隊や書士隊との連絡がすんなり出来るダレンには残って欲しい。けど、タブン、残るのがダレンとネコだけじゃ怪鳥を倒せない。どう?」

 

「恐らくはその見立て通りだろうな。情けないことだが。……嘴の肥厚の具合からみて、あのイャンクックは少なくとも成体以上、老成するかどうかという個体だろう。先ほどヒシュが言った様に、ハンターズギルドの区分けでいうと『上位』かそれ以上の区分に該当すると考えられる。ネコの体術が卓越したものだというのは理解したが、私との即席の部隊では時間稼ぎも確実ではないだろうな」

 

「ん。理解した。それならダレンとジブンだけでも、中途半端になる。それは多分、ノレッジっていう人がいても変わらない」

 

 確かにノレッジは書士隊員としては兎も角、狩人としての経験がダレン以上に浅い。ダレンとネコでは怪鳥に満足な傷をつけられなかったのだ。そこにノレッジを加えた所で、むしろ危険が増すだけに違いない。

 仮面の狩人は動かす手を止めていない。今度は何やら昆虫の発光器官を取り除きながら。

 

「そもそもフィールド近くの密林を1人で走破するって、正直、オススメしない。伝令になったヒト自体が危ないから。伝令に失敗したとする。戦力は低下したのに、応援も来ない。これ、最悪の状況だと思う」

 

「我が主の指摘に加えて、更に悪い点があります。……単純に時間がかかりますね。村までの距離を往復すれば1日以上はかかりますでしょう。この局面において1日はかかり過ぎと言って良いかと」

 

「……そう、か」

 

 判っている。今こうしている内にも、行商隊は密林の危険に晒されている。イャンクックはダレン達が引き付けているとはいえ、偶発的に野生の走竜に襲われないとも限らない。行商隊を守るという観点から見れば、薄氷の上を歩く方がまだ確かであろう。ダレンが行商隊を放置するもしくは見捨てるという選択が出来ない性分である以上、付き合わせているヒシュとネコには申し訳なさを覚えるばかりだ。

 

「そして、村に行ったとしても直ぐに援軍を呼べるとは限りませぬ。村の上役で狩人の滞在数や防衛人員の調整を行わなければならないはずです。更にはイャンクックという曲がりなりにも中型以上の生物を相手にする以上、協力者には支払いをしなければならず、ハンターズギルドの契約や金銭などの利権の問題が絡みます。狩人という人種の性質上、直ぐに力を借りられる可能性も勿論ありますが……1日という期間ですら希望的観測に過ぎないのです」

 

「……ならば私は、どうするべきだろうか」

 

 繰り返した言葉。自然の驚異とも、最愛の隣人とも呼べるモンスターという生物。自然を隣人へと……糧へとするために生まれた「狩人」という職業にあるからこそ、その恐ろしさは身に染みて実感していた。

 いや。実感して、しまった。思考が怯んでいるのだ。

 それでも。ダレンは言葉と共に、1人と1匹を見上げていた。思考が怯んでいるからこそ俯いてなどいられない。

 上げられた顔、視線の先で。

 ヒシュが手を止め、ダレンを視ていた。

 

「ダレンは、どうしたいの」

 

 どうしたい、か。

 思い描く可能性の内……最も好ましい展開。

 

「―― 行商隊を無事にジャンボ村へと送り届け、私とノレッジ……そしてヒシュとネコが生き残る。これは、多くを望み過ぎているのだろうか?」

 

「ん、いい。ダレンは優秀な狩人」

 

 黒いゴム質の手袋を履いた手で作り上げた道具を持ち上げ、ポーチを膨らませながら、ヒシュが続ける。

 

「考えすぎかもね。もっともっと単純な方法がある。……ジブンとネコと、ダレンと……もう1人居るって言う書士隊の子。この全員で怪鳥を狩る。多分、一応、これが最良」

 

 それは、異常なまでに真っ直ぐな言葉だった。

 つい先程怪鳥との攻防によって命の危機に瀕したダレンが無意識に避けていた言葉を、諭し、貫くように言い放つ。

 

「……何故それを最良だと言い切れるのか、尋ねてもよいだろうか」

 

「理由は沢山ある。まず、ここはギルド管轄のフィールドじゃない。だから観測隊による監視とか、配給品とか、運びアイルーとか。そんなギルドからの支援が無い。観測隊がいないから、もし怪鳥を傷つけた状態で逃がしたら、追えない。最悪、付近の村に被害が出ると思う。だから中途半端に戦うのは、行商隊を見殺しにするのと同じくらい、駄目。それにそもそも、戦闘意欲があるって言うなら、放っておいても村に危害を及ぼす可能性は高い。なら尚更、戦闘を優位に進めて、動けないだけの傷を負わすべき」

 

 たどたどしいヒシュの言葉が、現状しか見えていなかったダレンの視野を広げて行く。

 ギルドの管轄フィールドというのは、様々な条件が重なって初めて作られる環境である。「密林」や「雪山」「火山」という呼び名はあくまで通称。例えば「密林」であれば大陸の東端を覆う「テロス密林」の中で最も戦いやすく、狩人が戦う為の土地と資源が豊富にあり、モンスター達が立ち寄り易く、近隣の村が少なく……「戦いの後」が整え易い場所がギルドの管轄フィールドとして選ばれている。

 ギルド契約の利点は、ヒシュも挙げた通り。区切られた土地の中でしか戦う事ができず、ギルドによる素材や金銭の天引きがある代わりに、様々な恩得が付与される。配給品の支給やアイルーや鳥による素材の運搬。捕獲または殺したモンスターの運搬。そして狩猟前後におけるモンスターの監視などが代表的なものだ。

 大型のモンスターを狩る場合、傷ついたモンスターが逃げる可能性を考慮しなければならない。彼ら彼女らは戦闘意欲に溢れている為、決着が着くまで戦い続ける事が殆どだが、戦いが長期かつ広範囲に渡った場合などは、少ないながら近隣の村が巻き込まれる場合も存在する。

 だからこそ、多くの狩人はギルドと契約して指定されたフィールドの中で戦う。空を浮く観測隊の気球が戦闘中の狩人とモンスターの状況を観察し、モンスターが逃げた場合は近隣の村への通達やそれを追う狩人の要請を代理で行ってくれる……だけではなく、村が襲われた場合の損害の割り受けなども行ってくれるらしい。

 つまるところ、ハンターズギルドは狩人として生きるための大きな後ろ盾なのである。

 

「でも今、イャンクックの討伐はギルドを通してない。ここはフィールドでも無い。―― だからこそ希望が残ってる」

 

 仮面の狩人は胸を張り、その眼を煌かせながら話す。

 

「乱獲しなければ大型を狩るのだって自由だから、今すぐ狩りに取り掛かれる」

 

「正当な防衛権利が発生しますからね。フィールドであったならこうは行きません。ギルドを通さなければ狩猟など叶いませぬ……が、行商隊を助ける為には迅速に動く事が必要です。この点については僥倖であると言えましょう」

 

 広げていた道具全てをポーチに詰め、仮面の主が立ち上がる。

 イャンクックが飛び回り、自分たちを捜しているであろう空を見上げて。

 

「何より。罠や道具の持込が自由」

 

 ポーチを膨らませたヒシュは、仮面に覆われた顔を狩人としての喜色に染めていた。

 

「……我が主。やる気を出すのは良い事ですが、まずは味方を迎えに行きましょう。ダレン殿、ノレッジ女史は何処に?」

 

「む、そうだな。……ふむ」

 

 ネコに促され、ダレンは思考する。ノレッジ・フォールは北北東……巨大な湖のある方向へと駆けて行った。調査物を隠すとすれば崖の上か、いや。突拍子も無い思考を持つノレッジの行動は、ダレンにも予想がし辛い。

 

「……連絡用の信号弾もあるが、怪鳥が空を回遊しているであろう今、空を使った連絡手段は控えるべきだ。彼女が逃げた方向を地道に捜すしかないだろうな」

 

 ダレンは思考の末、時間はかかるが確実な案を挙げた。

 その案にネコは頷いたが、もう1人。

 

「んー……んー?」

 

 ヒシュだけは未だ思考の最中にあるようだった。

 自らの主を見上げ、ネコが尋ねる。

 

「御主人。何か不備がありますでしょうか」

 

「……んん。そーいうのじゃあ、ないけど。……そのノレッジって言う人、何をしに行ったんだっけ?」

 

「指示に従っているならば、調査物を隠しに北北東へ向かい、そのまま身を隠しているはずだ。私とノレッジは始めから行商隊の守りについていた訳ではない。王立古生物書士隊としての任務で密林西域の分布調査を行っていたのだ。せめてこの調査の成果くらいはは、焼き払われたくなくてな」

 

 実際には最悪の状況を考えてノレッジを逃がしたというのが主な理由であるが、ダレン自身もこうして生き残った以上、調査資料を守るというのも理由として間違ってはいない。

 ヒシュはその内容を吟味し、仮面の下顎に第2指(さしゆび)を当てながら暫し思索を巡らし……ぽんと手を打った。

 

「そういえば、北北東に、物を隠すのに()ピッタリな場所がある。こっち」

 

「にゃんと、そちらは! ……もしかして……ううん、ともかく行ってみましょう。私と主が先導しますので、ダレン殿は着いて来てくだされば」

 

「む。判った」

 

 ネコもヒシュの言葉と指差す方向に思い当たる場所があったようだ。2者とも近辺で採取をしていたと言う。恐らく同時に地形把握を行っていただろう。多くの地形情報を持っているならば、闇雲に歩くよりは十分な期待が持てる。

 ノレッジを捜すため。ダレンは、仮面の狩人の後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

「―― あっ、ディーノ隊長っ!」

 

 書士隊員であるノレッジを探して移動を始めた一行は、ほどなくして崖下の水辺に辿り着いた。奇しくもヒシュとネコが張った仮設キャンプと同じ場所である。

 推論通りの場所、その崖下に座り込んでいたノレッジが立ち上がると、ダレンの傍へと駆けて来る。

 

「ご無事で安心しましたよー、隊長。……あのぉ、ところでこの方達は?」

 

「力を貸してくれる狩人だ。ああ、ヒシュとネコには私から紹介しよう。彼女はノレッジ・フォール。私の部下であり、3等書士官でもある」

 

「ども、ノレッジ・フォールです。ノレッジって呼んでください! ……じゃーなくて。えっと、宜しくお願いします!」

 

 密林を覆う曇天すら晴らすであろう明るい笑顔を浮かべ、朗々と挨拶をする少女。自身は手を振りながら自己紹介をしておいて、思い出した様に頭を下げた。お辞儀と同時、彼女のごく薄い桃色をした髪の左側……束ね編まれた一房が小さく揺れている。

 少女が身につけている装備は恐らく、こちらの大陸におけるレザー装備であろう。ヒシュからしてみれば見覚のない型ではあるが、自身が纏うレザー防具に作りが似通っている。どうやら、革製の防具ならば比率は似た物になるようだ。

 それら印象は置いておくにしても、さては対面である。ノレッジは格式ばった対応が苦手だが、印象の悪い人間ではないとダレンは思っている。が、ヒシュと波長が合うかは判らない。正に未知との遭遇だ。

 ダレンが唾を飲み込みながら見守る先。ヒシュはノレッジの正面に歩き出て……腕を差し出す。

 

「ヨロシクお願いします。ジブンの名前、ヒシュ」

 

「ネコと名乗っております。どうかお見知りおきを、ノレッジ様」

 

「はい! ヒシュさんに、ネコさんですね! 覚えましたよ! あと様づけはこそばゆいので呼び捨てでいいです!」

 

「ん。わかった、ノレッジ」

 

「では私からはノレッジ女史と呼ばせていただきましょう」

 

 中腰になったノレッジの両手とがっしり握手を交わした。杞憂であったか。ヒシュが敬った態度を崩しきれていないが、それもまたノレッジが(階級には関係なく)書士隊の先輩である事を気にしているか、単純に喋り慣れていないからといった辺りが理由であろう。

 互いに第一遭遇を終えた所で場を取り持とうと、ダレンが話題を切り出す。

 

「ところでノレッジ・フォール。調査資料は無事だったか」

 

「勿論です! ほら、ここに!」

 

 ノレッジが指差す先では、ヒシュとネコが崖下に張った簡易テントの中に(・・)、調査物品の詰め込まれた巨大な鞄が我が物顔で鎮座していた。

 ダレンはため息を掃出し、頭を抱えた。鞄がテント内の面積と空間を占有しているために、身体の小さなネコですらテントに入る事は叶わない。もはやテントは鞄を雨風から守る為にあると言って良い。確かに、キャンプを張る位置はモンスターの行動範囲外や見付かり辛い場所。ヒシュとネコが位置取ったこの場所は、荷物を隠す場所しても最適であった。間違っても、調査資料を傷つけないための場所の選びとしては、という話ではあるが。

 ネコががくりと膝を落とすその横で、ヒシュはかくりと頷いた。

 

「ん。やっぱりここだったね、ネコ」

 

「途中でランポスに遭遇しなかったのは、私、とっても運が良かったと思うんです!」

 

「……にゃんと……ああ、いえ。にゃふん。それは私達が張ったキャンプですが、どうせ一泊するかも判らない日程でしたから……ならば有効活用してもらえた方が宜しいですね。はい」

 

 ネコは何とか、どこか釈然としない気持ちを納得させた。理屈としては別に良い。テントの中が埋まっていようと怪鳥を狩るのに不便になる訳では無いのだから、と。

 そして、せめて荷物の無事だけは確認した所でノレッジの方向を向く。喉の調子を確かめてから、本題を切り出した。

 

「ノレッジ女史。我々とダレン殿はこれから、怪鳥狩りへと向かいます。貴女は如何なさいますか」

 

「? えぇと、いかが、って言うと……」

 

「私共と行動を共にし怪鳥を狩るかどうか、です。勿論拒否権はありますが、ノレッジ女史は弩を扱うとダレン殿から窺っています。戦力としていてくだされば嬉しい事この上ないのですが……主や私と共に命を懸ける事を、お願いできませんでしょうか?」

 

 ネコと、隣に立つ仮面の狩人の瞳が、ノレッジを真っ直ぐに覗き込んでいる。

 ……命を懸けてとネコは言った。今のダレンやノレッジにとって、怪鳥は間違いなく「死」を予見させるモンスターだ。

 成体以上とはいえ、怪鳥自体は実際の所、狩人の相手としては中級の走り出し程度に過ぎない。最大の街であるドンドルマや、狩人の走りであるココット村などに常駐する狩人であれば苦もせず狩猟できるに違いない。

 だがここに居るのは、狩人としての経験が ―― 決して深くは無い書士隊員が2名。味方に狩人としての経験が豊富な2者が加わったとしても、一度植えつけられた意識は抜けようが無い。ノレッジにとって怪鳥は、未だ強大無比な怪物なのだ。

 それでも。思う所はある。

 ノレッジは、つい最近まで地質調査や机上での事務仕事を多くこなす、4等の見習い書士隊員だった。それを変えてくれた者こそが、ハンターという人種である。

 ギュスターヴ・ロンを筆頭とする引き篭もり派(と、彼女らには呼ばれている)の対極に立つ、行動派。前筆頭書士官ジョン・アーサーの遺志を継ぐその行動派には、彼女の上司であるダレンも所属している。自ら狩りの場へと赴き、時には武器を持ってモンスターと相対する。そういう危険と隣り合わせの調査こそ、「狩人を兼任出来る」彼らの仕事である。

 仕事の内容を知った切欠は、とある調査報告だった。ある書士官は凍土調査隊に自ら志願し、北極に近いアクラ地方の調査隊や現地のハンターに混じって、調査を無事に完遂させた。そして出来上がった、臨場感に溢れる調査資料。移り行く景色や強大なる生物の脅威。実際を余すことなく文に詰め込んだそれは、たまたま目にしたノレッジを驚愕させたのだ。

 止めは、ドンドルマを訪れた際の出来事。東シュレイドの首都リーヴェル出身のノレッジであるが、かつて学術院勤めの親に引き連れられ、ドンドルマという街を訪れた事がある。リーヴェルには、モンスター用の監視施設がある。だがその扱いにしろ機構の充実度にしろ、絶えずモンスターの危険に晒されているドンドルマ程ではない。リーヴェルは寒冷地ゆえ、防御機構は立地や気候に頼る部分が多い。防衛機構の充実のため、ドンドルマの体制や設備を学ぶ目的で立ち寄ったのだ。

 案内に連れられて早速と迎撃街に向かった両親とは離れ、土産物屋を回った後。突然、街の警鈴が鳴り響いた。

 偶然にも街の端……外壁の上にいたノレッジは、それを見た。―― 街の遥か遠くを横切って行く、山をも越える「大蟹」を。

 

 そう。遥かな距離を隔てて、見ただけなのだ。

 それなのに、かつてないほどの衝撃に息を呑まざるを得なかったのだ。

 既存のどの生物にも当てはめる事の叶わない(・・・・)、超上にして異質の存在。ただそこに在るだけで人々を脅かす、モンスター。

 幸い、大蟹はそれ以上ドンドルマに近寄る事はなかった。だがノレッジは、想像を凌駕する現実に打ちのめされる事になる。積み重なった出来事により、単純に、彼女は憧れたのだ。知るという事象による必然。学を修める両親も大切にしている、知識。調査を仕事に出来る書士隊。だけではなく、それらと対峙する狩人でもあり ―― この世界を視るという事象に。

 

「私も、見てみたいんです。未知のものを。直接この手で触れて、この眼で見て、肌で感じて。……それで初めて判る何かが。それがきっと、私の心を躍らせてくれるんです。怪鳥なんかで立ち止まってなんて、居られないですよ!」

 

 開かれた唇が意思を紡ぎ、表情は想いを帯びる。ノレッジは重量のある弩弓を2つに折って、背負った。ダレンが笑う。

 

「そうか。……ならば行くぞ、ノレッジ・フォール」

 

「はい!」

 

 2人を見ていたヒシュも、仮面の内で安堵する。その足元へ、キャンプの中から道具を見繕っていたネコが駆け寄り。

 

「まずは行商隊を逃がしに行くのでしょう、我が主」

 

「ん。この崖下まで、森の中を通ってこられる裏道を案内する。さっき、当たりをつけておいたから。いざとなったら泳げば、道なんて幾らでもあるし」

 

 協調し、方針を確認する。

 ネコは了解です、と主の方針を受諾し……

 

(でも、気になることもある。なんでこんなに……ランポス、いない?)

 

 主は、曇天に包まれたままの、星の見えない空を見上げ続けていた。

 

 





 ここまで読んでくださった貴方へ、厚く御礼を申し上げます。

 怪鳥さんを差し置いての作戦会議回でした。
 洞窟やらキャンプでごそごそしていただけという、絵面がイマイチなものです。その反動で、かは知れませんが、次回では主人公の(ある意味では)本領が発揮されます予定です。

 さて、これにて第一部の主要メンバーが出揃いました次第。そろそろ章題を飾ろうかと思っております。
 ノレッジ・フォールが口調が緩い娘になったのは、私の創作……ではなく。ハンター大全に載せられた文章から読み取れる彼女の気質を反映いたしました結果です。
 ネタバレになるのであれですが、彼女の文章はこれでいいのか、と突っ込みたくなるものばかり。その癖特徴だけは的確に捉えてくるから質が悪いのです。まったくもう、こんなキャラがいたら出さざるを得ないではありませんか(ぉぃ
 因みに。動機やらは彼女の名前に則りましたが、出身地は創作です。

 さてさて、古生物書士隊の紋章やら階級やらは、(ほとんど)完全に創作物です。階級については上木様の設定をオマージュ(土下座しつつ)しておりまして、実態についても、かなり近似したかもしれません。職位(階級)があるのは、現実的にも理に適ってしまいますし……一作者として他の作者様に影響されすぎるのもどうかと思うのですが、平にご容赦をばいただきたく。
 本作の設定として、軍という訳でも無いですし、実際には、本当の上役(筆頭書記官、幹部、及び一等書記官)以外はゆるーいものです。2等書記官からが隊長職であり、実働部隊の指揮を執ります。
 ですが書士隊という実働の部隊な時点で、役職自体の位はかなり低いという設定を致しました。それ故に緩めになる、と。大老殿とか、街付きのガーディアンとか、ギルドナイトとか。ハンターであれば位が高くなりそうな役職なんて、幾らでもありそうなのですがね。そこはまぁ、私ですので仕方が無いでしょう。

 さてさてさて、この話では怪鳥の強さを強調……誇張……もとい。とりあえず、本作ではゲームでの役割よりも重いものを背負ってもらっております。モーション的にも優遇されていると思うのですよね。ゲリョスさんやクルペッコさんはかなり別口ですし、不気味系ですから、あの愛嬌たっぷりな戦闘動作は事実上、怪鳥さんが独占している訳なのですし。大好きですよ、怪鳥さん。我が先生()、我が獲物()。ゲリョスも好きなのですけれども。

 さてさてさてさて。雑談の本編、「ギルドのフィールド」について。
 とりあえず、フィールド外についてはお決まりの捏造設定です、と。まぁ。作中で語ったので、これ以上を説明する事も無いのですが、本作において「フィールド」で戦う場面はかなり少なくなるでしょうとの謝罪をしておきまして。
 定点で戦う事による利点はやはり、第三者による観測が容易になる点でしょう。聞く所によれば、上位やG級の個体というのは経験を積んでより狡猾かつに、より強固になったモンスターであるとの事。……それはつまり、狩人や他種との争いに勝利した……「その場を観測されていた」という事でもあるかと思います。勿論、大陸は広大ですので、いつの間にか強くなっていた奴等もいるかとは思うのですが。
 フィールド、というゲーム内の設定をどこかで活かしたいなーとは思っていたのです。その結果がこの有様です。

 ……いえ、こんなものを延々と書いている暇があったら、物語の方を進めたいですね。頑張りましょう。程ほどに。
 4の話は次にでも盛りましょう。


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第七話 瞬き

 

 行商隊のいる洞穴を目指し、一向は湖岸を回り込んだ。

 暫く道なりに歩いていると緩い登りとなり、いつしか足元に岩盤が広がってゆく。道の先に洞穴が見えた。覚えのある景色と……人物を視界に入れるなり、ダレンは走り出していた。

 

「―― ライトスッ、無事か!?」

 

「なんだぁ、ダレンじゃねぇの! どうしたよ、景気の悪い顔して!」

 

 軽い口調で返したのは、大柄で筋肉質な男。周囲の人員よりは上等な皮のマントで体を覆う行商の長 ―― ライトスは穴の内側の岩壁に寄り掛かっていたが、ダレンが傍へ走り寄るとその身を素早く起こし、ばしばしと身体を叩いて互いの無事を確かめ合った。

 

「んな顔してちゃあ運気が逃げ込んじまうぜ? こっちも無事だしな」

 

「無事で何より。そちらこそ、無駄に景気のいいガタイは相変わらずだ。……ところで、行商隊への損害はなかったか?」

 

「うわはは! ま、この通り全員がぴんぴんしてらぁ。今回は運よくランポスにも襲われなかったがな? 逢ったら逢ったで、そんときゃ閃光玉で目を回してやりゃあいい。これでも俺らは道具の扱いに関しては一流なんだぜ。そんじゃそこらのハンターよりは物も知ってるしよ」

 

 ライトスの指差した先には、荷を守り立つ男達。更にその奥に十名程が寄り添うようにして座っている。モンスターに遭遇しなかった幸運もあってか、女子供を含めて欠員はいないらしい。ダレンは一先ずの結果に安堵の息を吐いた。

 安堵の息も束の間。脅威は未だ間近にあるのだ。ダレンは思考を切り替えようと、行動を提示する。

 

「―― ライトス。安全無事な所を悪いが、もうひと踏ん張りして欲しい。向こう数分ほど移動した先の崖下にキャンプがある。ここよりも広く、何より身を隠すための条件が揃った場所だ。私たちが護衛をする。どうか、着いて来てくれないか」

 

「移動で、身を隠す。……へぇ。つーこたなんだ、ダレン。あの怪鳥を狩るつもりなのかい?」

 

「ああ。幸運な事に仲間もいる。―― ヒシュ、頼む」

 

 そう声をかけると、ダレンの後ろに立っていた仮面の狩人がひょっこりと顔を出す。足元には、ネコが背筋を伸ばして立っていた。

 

「あんたが件のお仲間かい」

 

「どうも。ジブン、ヒシュ。こっちはネコ。友達」

 

「お初に顔を合わせます。私はネコ。友人でもある我が主のお供という、身に余る誉れを勤めさせていただいております。今回はダレン殿やノレッジ様とも行動を共にさせていただく事になりました。どうぞ、何卒、宜しくお願い致します」

 

 主よりもお供の方が長く、紹介として適切だ。

 ライトスはぼりぼりと頭を掻き、腰に手を当て、長々とした挨拶をありがとよ、と口にした。体を岩壁に任せたまま挨拶を返す。

 

「そんじゃあ、俺はライトスってぇ者だ。よろしく頼むぜ。大陸全土に張り巡らされた『四分儀商会』で、分隊の頭を務めてる。こう見えてやり手なんだぜ? 知ってるかい、『四分儀商会』」

 

 言って、ライトスは自慢げに顎髭を撫でる。それもその筈。四分儀商会は、大陸全ての街に支部を持つ規模の行商一団だ。分隊の長ともなれば相応の立場であり、ライトスのように青年の域を出ていない人物が分隊の頭になっているのは珍しい。

 しかし残念ながら、肝心要。相対する仮面の狩人にとっては今現在、久方ぶりの旧大陸である。馴染みは無い。

 

「……うーん、ごめん。ジブン、この大陸出身じゃあなくて。これから頑張って覚える」

 

「お、おお。……律儀なヤツだな。結構気に入ったぜ」

 

 かくりと頷くヒシュ。どうやらライトスは、実直な物言いに感じる部分があったようだ。

 ダレンはこの遭遇も上手く行った事には安心しつつ、続いて、ライトスへ行動を促す。

 

「それで、ライトス。……急かしたくは無いが、事が事だ」

 

「ああ、わかってるさダレン。あの怪鳥はどうしてやら、荷物にご執心だったろう? さっきみたいにダレン達が何とかしてくれなきゃあ、どうせ俺らは朝飯前にお陀仏さ。……崖下まで行きゃあ良いんだな? そっちの方が安全だってんなら、願ったり敵ったり。湖岸だっつぅんならここより食料も手に入れ易いし、遠浅のこの湖なら魚竜に襲われる心配もなさそうだ。全くもって構わんよ。―― 聞いてたな? 仕度を始めな、お前ら」

 

 長がくいと手を引くと、行商達が一斉に荷物を纏め始める。移動の為の滑車を引き、アプトノス数匹を奥から連れて来る。数人が槍を持ち、掲げた。あっという間に荷物が積み上がってゆく。

 

「はぁ。相変わらず早いですねー」

 

「ノレッジ嬢ちゃんにもその内分かるさ。時は金なり、ってな。さあてそんじゃあ……移動するぞ、お前等!!」

 

 ライトスの声に応じて、一団が歩を踏み出した。迅速な行動はライトスの指導故か。ダレンは文句一つ言わない友人の行動をありがたく思いつつ、ヒシュらと共に行商隊の前後を囲むんで位置取る事にした。

 穴を出、角を曲がり。何事もなく岩場を越えて密林の木々の間へと入り込む。入り組む枝に遮られているおかげで空からは見付かり辛くなったとはいえ、油断は出来ない。ダレンは移動しながら、今度は小型走竜……密林であればランポスだ……の出現を警戒し始める。

 すると、視界の端。

 

「……うーん」

 

 鱗に覆われた走竜ではない。が、唸る仮面が行商隊の荷物を見上げていた。何事かを思案しているのだろうか。

 暫く考え込んでいたヒシュは閃いたようにぽんと手を打つと、車の横を歩くライトスへと話しかける。

 

「ん。ライトス」

 

「おう、なんだいヒシュ」

 

「商品を幾つか、買って良い?」

 

 かくり。

 脈絡も説明も無いその質問に、ライトスが疑問符を返す。

 

「……それはなんだい。怪鳥を倒すためってか」

 

「ん、そう。ネコの話を聞く限り、大きさとか攻撃方法とか。相手のイャンクックは上位の個体だから」

 

 ヒシュの頭が自重に負けてかくりと頷く。ライトスは暫し唸りをあげ、

 

「―― 出来ればジャンボ村までしっかり納品したいとこだが、命あってのモノダネだ。わかったよ。アンタは俺の命を守ってくれる狩人なんだからな。必要だというなら、幾らでも売ってやるさ」

 

「ん。代金は、出来れば物々交換とかで。キャンプまで行けば、ランポス素材なら結構あるから」

 

「うっはは! しっかり代金を払おうとする辺り、商人相手にゃ良い心がけだ。益々気に入ったぜ! ……そんで、どんな商品をご所望だい?」

 

 ライトスは大柄な身体を反らして、声量低めかつ豪快に笑いながら訪ねる。

 怪鳥を倒す為の素材。ダレンが先ほど見た手際からして、ヒシュは調合にも長けているらしい。ランク3のハンターであるダレンも怪鳥の狩猟経験はある。今回の個体の様に成熟あるいは老成したものはまた別かもしれないが、一般的なイャンクック相手にとなると、音爆弾や閃光玉 ―― あとは基本に則った罠辺りだろうか。

 そう考えていたダレンの後で、ヒシュは指折り数えながら品目を挙げてゆく。

 

「まずは閃光玉と音爆弾を、あるだけ」

 

「ほう、基本だな。あとは?」

 

 ふんと鼻息を吐き出すライトス。彼にしてもここまでは予想通り。

 で、あるが、しかし。

 

「あと、忍耐の種とか、生命の粉塵とか。あればあるだけ」

 

「……あん? んまぁ、俺んとこならあるにはあるがよ」

 

 忍耐の種に、生命の粉塵。訝しげな声を発したライトスだけでなく、これはダレンにとっても予想外だった。

 忍耐の種は狩人が口にすれば反射機能が活性化し、皮膚が硬質化するとされ、結果として防御能力を上昇させる。生命の粉塵は、ばら撒いた辺り一帯に気付けと精力増強の効果があるとされている品である。しかし、忍耐の種は気休め程の効果しかない。生命の粉塵は撒いた範囲のモンスターにも作用し凶暴さが一層増すといった理由がある事から、狩人に好まれる品ではなかった筈だ。

 ライトスもそういった見聞を得ていたのだろう。注文に首をかしげつつも、商いは商い。部下に指示を出して注文の品を取って寄こした。袋詰めにされた忍耐の種と生命の粉塵が1袋ずつ、ヒシュの手元に放られる。

 

「そらよ、持ってきな。どちらもあまり流通の良い品じゃあねぇから、品数がないのは勘弁してくれ。そもそも密林は湿気ってるし、粉塵は効果が無いと思うぜ?」

 

「ん、十分。むしろどっちも、1袋分もあった事に驚いてる。四分儀商会、凄い」

 

「思わぬ所で凄さが伝わっちまったなー……俺としちゃあもっとこう、どーんと商人の粋を見せてやりたかったんだが」

 

 両手を広げてどーん、を表現するライトスに不思議そうな視線を向けつつ、仮面の狩人は商品を受け取る。

 

「ほらよ」

 

「よいよい。……それじゃあ、準備、始める」

 

 言うと下げていたポーチから粉末を取り出し、生命の粉塵と同じ袋に入れて混ぜ合わせ始めた。

 

「……って、おい。歩きながらかよ」

 

「大丈夫ですよ、ライトス殿。我が主にとって歩きながらの調合程度、慣れたものです。ですがその道具が我々の命運を左右します故、くれぐれも邪魔をなさらぬよう」

 

「おお、そら怖い」

 

 やり取りを続けるネコとライトス。聞いてか聞かずしてか、ヒシュは無言のまま調合を続ける。混ぜ合わせた後10回ほど袋を振って、ポーチから取り出したゴム質の手袋を履くと、腰に着けたぴかぴか光る虫籠の中へとぶちまけた。がたがたと虫籠が暴れ始めたのを確認して、そっと布で覆う。

 

「いいんですか? その虫籠、なんか暴れてましたけど。というか虫が暴れるって、カンタロスでも捕まえてるんですか!」

 

「暴れてるのは予想通り。というか、見ない方がいい。色々と部族秘蔵の術を使ってるから。あと、中にいるのは雷光虫」

 

「……えええ。ヒシュさん、そんな秘蔵の術を私達の目の前でやったんですか……?」

 

「ん。死ぬよりまし?」

 

 調合を終えると今度は、すり鉢と袋詰めの丸薬を取り出した。丸薬と忍耐の種とを混ぜ合わせ、更に、瓶詰めになった液体を注ぐ。白くて粘性の高い液体だ。

 物珍しさと手際の良さもあってか、いつしかヒシュの周囲には人が集まっており、その中に混じったダレンが単純な興味を口に出す。

 

「今の液体は?」

 

「モンスターのエキス、みたいなもの。密林でも、湿気の多いところなら稀に見付かるから、さっきの洞穴で採取してた。……出来た。硬化薬」

 

 仮面の狩人は出来上がった硬化薬をろ過して瓶に詰め替えると、空に翳した。

 硬化薬と呼ばれた瓶の中の液体は、綺麗な琥珀色に染まっている。出来栄えを確認したヒシュは、瓶を腰に着けて。

 

「準備良し」

 

「硬化薬とはそのような手順と材料で作られるものなのだな。……それは、ヒシュ。お前が飲むのか?」

 

「んーん」

 

 ダレンの質問にヒシュは首を振った。ならば何に使うのか。

 そんなダレンの問いかけは ―― しかし。一歩先に出た仮面の狩人と、木々を押し潰す風。そしてペイントの実独特の香りによって遮られる。

 

「し」

 

 木の幹に隠れたヒシュが指をたて、掌を行商隊へ向ける。隊一行が足を止め、息を潜める。

 ライトスらの進む先。指差す先 ―― 藍の強まった空に、1つの影が浮かんだ。密林の開けた場所に向かって、生物が降り立とうとしているのだ。

 ノレッジが草の間に身を潜めたまま、双眼鏡を覗き込む。特徴的な耳の一部が割れている。ダレンの斬撃によって裂けた部分と一致する。その香りといい、ペイントボールをぶつけられた個体……怪鳥に違いない。ダレンとヒシュが近寄り、小声で話し合う。

 

「どうする、ヒシュ」

 

「……ライトス達はそっちから回り込んで。降りていけば、崖の下まではすぐに着けるから。今日はランポスも見かけないし、多分、もう大丈夫」

 

「お前さんらはどうするよ」

 

 短いやり取り。ライトスの問い掛けに、ヒシュは角笛を取り出した。角笛は仲間との連絡やモンスターを惹き付ける際に使われる猟具である。それを取り出したという事は。

 

「引き付けて、狩る」

 

「へぇ。……いーい返事だ。頼んだぜ」

 

 ライトスはヒシュの背をぽんと叩くと、隊を引き連れて湖側へと下って行った。ヒシュがダレンやノレッジへ顔を向け、頷き合うと、移動を始める。

 移動の途中で、それぞれが外套……と呼ぶには小さい衣類……で上半身を包む。この外套は耐熱布と呼ばれる素材で作られる、ヒシュとネコが火山近くの村に立ち寄った際に入手した品だ。火山の近くに住まう火の民の間では一般的な作業着であり、高温区で活動する際に身に纏うらしい。この素材自体が瞬間的な高熱を遮断する為に開発された物であるため、飛竜種素材ほどの耐久はないものの、火炎液対策としてキャンプから持ち出したのだ。その効果の程は、ネコが火炎液を遮断した事実が立証してくれている。

 外套をしっかりと留め、一塊になって走る。木々の陰を縫って、行商達が下った道、その反対側の木々へと潜り込んだ。

 

「いい?」

 

 仮面の内からの問い掛けに、各々が頷く。ヒシュも頷きを返す。角笛を仮面の下に潜り込ませ、胸の奥まで空気を吸い込み……吹いた。

 ぶぉぉ、と重く深い音が森中に響き渡る。空に浮かぶ怪鳥の耳が、ぴくりと動いて見えた。音を聞きつけたのだろう。

 

「来る」

 

「御意に」

 

「構えるぞ、ノレッジ」

 

「はい!」

 

 角笛に引かれて怪鳥が旋回する。翼が風を裂く音が段々に接近する。

 再びの邂逅だ。植物は倒れこみ、木々が傾いて。

 

「―― グバババババ」

 

 密林の空から、地に脚を着けた怪鳥。

 睨み対峙する3人と1匹の狩人達が、一斉に武器を抜き放つ。

 

「ダレン。指揮を」

 

「私が、か?」

 

 ヒシュの提案に、ダレンは思わず疑問を浮べた。夜明けの近い密林は、未だ強い雨に降られている。仮面が頷き、伝った雫が泥の中に落ちる。

 

「ジブン、攻撃役だから、張り付いてしまう。ノレッジは遠い。ダレンなら、中間距離にいる筈。……どうしてもって言うなら、ジブンがやるけど」

 

 ダレンはこの言葉に、思案気な顔を浮べた。だがそれも一瞬の事。怪鳥から目を逸らさないまま、首を振る。

 

「―― そんな暇は無いだろう、今は。判った、私が指揮を執る。ただし私への助言は、いつでも受け付けよう」

 

「頼みました、ダレン殿」

 

「お願いします、先輩!」

 

 役割は決まった。怪鳥が足踏みをしながら反転する。蛇腹に耳を広げ、体を反らし。

 

「―― グバババッ、……ギュアアアッ!!」

 

 決戦の火蓋は、怪鳥の一鳴きに切って落とされた。

 

「行く」

 

「遊撃、開始します」

 

「前線は任せた。ノレッジは先ずは観察。慣れてきたら援護射撃を頼む」

 

「は、はい!」

 

 ネコとヒシュが素早く肉薄。ダレンは数歩後ろを回り込みながら駆け、ノレッジは初見である怪鳥の攻撃を観察すべく、弩を引き絞った後に両腕で担ぐ。

 初撃。閉じられたイャンクックの嘴から、僅かに液体が漏れ出して。

 

(ちぃ、いきなりか!)

 

 自らに脅威を与えた攻撃を予見し、ダレンは叫ぶ。

 

「火炎液だ!!」

 

「ん」

 

 既に嘴を目前に捉えていたヒシュが小さく頷く。右腕に着けていた鉄製の楯を外し、左手に持ち変えた。だが、そのまま。速度を落とさず、身体を反らした怪鳥に向かって行く。耐熱布をばさりと広げ ―― 怪鳥は、嘴を開こうと。

 

「喰らえ」

 

 右腕を振るう。嘴が突き出されたのと同時に、ヒシュが楯を投げ出していた。吐き出された火炎液は楯と衝突し ―― 鉄製の楯の重さと勢いに負け、散った。

 ダレンでは考え付かなかった方法だ。思い返せば、怪鳥の火炎液は放物線を描いていた。つまりそれは……リオレイアやリオレウスの様に……一直線に飛んでくる程の勢いが、火球には無いという事だ。確かに、怪鳥の嘴や膂力は人間を遥かに凌駕する。だが火炎液そのものならば、こうして楯でも相殺できるのか。そう、ヒシュの持つ観察眼と発想それ自体に感嘆の念を抱く。

 飛び散る火炎液の悉くを、ヒシュは広げた耐熱布で防いだ。怪鳥だけが自らの吐き出した火炎液の火の粉に降られ、どすりと一歩を退く。

 退いた分、ヒシュが一歩を踏み出した。左手に『ハンターナイフ』を構えて怪鳥の懐へと飛び込んでゆく。

 しかし、1撃。それだけを胴体に叩き込んで、飛び退いた。追ったネコが追撃を加え、同じく退く。ダレンもそれに倣い、翼を1度斬りつけて、尻尾による攻撃範囲を脱する事にする。

 脱すると、ヒシュは再び駆け寄っていた。剣を掲げ、斬り付け、また退く。そんな攻防を幾度も繰り返す。ヒシュの動きはだんだんと洗練されていき……

 

(まずは防御を、という事か)

 

 攻防の中で怪鳥の動きを観察しているのだろうと、ダレンは結論付ける。

 仮面によって狭まった視界にありながら、怪鳥の一挙手一投足を見逃さず。隙あらば攻め、隙を作るための手段を吟味し、その行動の成果を鑑みる。

 それらヒシュの動きを見ている内に、ダレンやノレッジにも怪鳥の攻撃を避けるための「道筋」が見えてきていた。横合や後ろなど、嘴の攻撃範囲外から接近する敵対者に対し、怪鳥はまず尾を振り回す。優先度としては次点に脚。翼は攻撃に使用しない。時折無理やりに身体を捻って後ろを啄ばもうと試みる事もあるが、姿勢を低くすれば直撃は免れる。

 移動手段を削るという意味で有用であろう脚を狙うのであれば、怪鳥が思い立った様に走り出すその瞬間だけは見極めなければならない。嘴ですらダレンを吹飛ばしたのだ。怪鳥の巨体、その体重全てを注ぎ込んだ突進に巻き込まれてはひとたまりも無いだろう。

 何度目だろうか。ヒシュが翼を斬り付けて横転し、尻尾を掻い潜る。そして今までの攻防よりも余分に距離を取った。だらりと力を抜いて、楯が放られ身軽になった右手で『ボーンククリ』を抜き……両腕に剣を構える。

 

「十分ですか、我が主」

 

「ん。……行く」

 

「ご武運を」

 

 ネコの声援を受け、腰を低く、地面の(きわ)を走り出す。これまでは画一的……手探りに斬り付けていたヒシュの動きが、変わっていた。

 尾を潜り両の剣を振るう。右足を踏み出すと回転を止めて体を捻り、逆周りに飛び上がる。軸を傾け縦に。車輪の様に回りながら怪鳥の皮膜に向かって2撃、叩き込んだ。左の鉄剣が皮を斬り、右の骨剣が直ぐ様露出した肉を叩く。時折剣を打ち鳴らし、怪鳥の攻撃を誘っては視界の外へと消える。

 突然変わったヒシュの動きは、未だ怪鳥の動きに翻弄されているダレンには想像の及ばない域にあった。怪鳥の動きと、呼吸と、その意識までを。怪鳥という枠を超え、目の前の個と同調している様にすら感じられる。

 しかし。動きが変わったとはいえ、まだ違う。剣の型だ。ダレンの知る双剣使いは舞う様に美しい動きを追い求めて剣を振るうものだが、ヒシュの双剣は通常のそれではない。

 連撃には比重を置かず、重心を留めず。

 一撃一撃が冷徹に……丁寧さと鋭さを伴って振るわれる。通常の双剣の型が時代を超えて磨きぬかれた剣だとすれば、ヒシュの剣戟はひたすらに殺傷を突き詰めた剣だ。型に囚われず。しなやかさを帯びた牙が、怪鳥を執拗に付け狙う。

 怪鳥も尻尾を鞭のように振るい、横を取ったヒシュや周囲を駆け回るネコを狙う。しかし尻尾が届く頃には、その反撃を予知した両者共に殺傷圏を離脱している。

 

「っぷはっ、ふぅ……っ」

 

 ヒシュが素早く転がりながら距離をとった。弩弓を構えるノレッジからも声が聞こえる距離まで戻り、気を吐く。そして怪鳥が身体を回転させ始めたのを見、またも駆け寄る。迷いの無い動きだ。ダレンやノレッジだけでなく他の者が見たとしても、初めてイャンクックを相手にする狩人だとは思わないに違いない。

 怪鳥が振るう嘴を僅かに避け、首元から身体の中心にかけて切り込む。両手に掴まれた骨と鉄の剣が甲殻を削り、足元に付いた所で足を止め、高速の剣戟が十字を描く。右手と左手の剣が交互に振るわれ、金属製の剣と怪鳥の甲殻とがぶつかるたびに青い火花が散る。それ程の速さと、鋭さを持った斬撃。

 怪鳥の意識は今や完全に、最も脅威となる狩人……ヒシュへと向けられている。

 

「おおおおっ!!」

 

 怪鳥がヒシュの方向を向いた瞬間に、ダレンは駆けた。嘴で攻撃をしている間は尾は動かせない。怪鳥の大腿を飛び切りし、ネコが小太刀による刺突で追撃。

 戦闘の流れを目で追っていたノレッジも、攻撃を試みる余裕が生まれていた。弩弓を腰に着け、構える。重量級の弩『ボーンシューター』の照準機を覗き込み、怪鳥へと向け、狙いを絞って行く。

 

「……っ、もう少し」

 

 飛び込み斬りを仕掛けていたダレンが退く。遊撃に徹していたネコが退く。ダレンの抜けた間を引き継いだヒシュが退いて……射線が空いた。

 怪鳥も攻勢を弛めた瞬間だった。ノレッジは迷わず、半ば反射のように引き金を引く。銃身から弾が放たれ、反動でノレッジの細身の身体が揺れた。弾丸はバシンという大きな音を伴って怪鳥の皮膜を直撃する。空薬莢が地に落ちる間もなく、続けざまに翼、身体、耳へと撃ち込む。撃たれていた怪鳥が、ノレッジの方向を ――

 

 ―― 怒りの形相に染まった顔と、脅威と対峙。

 

 怪鳥の威圧感を正面から受けたノレッジが、思わず竦んだ。怪鳥の脚はノレッジへと向けて、今にも踏み出されようとしている。

 

「御主人!」

 

「ネコ、閃光!」

 

 ヒシュが怪鳥の前に飛び出した。走り出そうとした怪鳥の脛を『ハンターナイフ』で斬りつけ、頭を動かそうとした瞬間には下顎を『ボーンククリ』でかち上げる。怪鳥の動作の起を封じてみせた。その隙にとネコが鞄から閃光玉を取り出し、ヒシュとノレッジの間に投げ込む。

 

「ノレッジ、閃光玉だ!!」

 

「……っは、はいっ!?」

 

 指揮を執るダレンの叫びによって、ノレッジも我を取り戻す。思いきり瞼を閉じた。閃光が奔ったその瞬間、視界が赤く染まる。

 

「バッ、グバババッ!?」

 

 イャンクックは目を焼かれ、視界を失った。手当たり次第に尻尾を振り回しノレッジ達を攻撃しようとして……ヒシュだけが怪鳥の傍にぴたりと張り付いて離れない。尻尾が周る度に足元を潜り反対側へと移動する事で避け、僅かな機を縫っては身体や翼を突き上げる。

 怪鳥が翼を広げた。飛び上がり、体勢を立て直すつもりか。飛ばれては、銃撃しか攻撃方法が無くなってしまう。

 しかし飛んでいる瞬間を落とせば、それは攻撃の好機でもある。ダレンはポーチの中を探った。が、必要な時に限って音爆弾は見当たらない。視線を前に戻すと、怪鳥は既に宙に浮いていた。

 

「―― 逃がさない。ネコ」

 

「了解です!!」

 

 ヒシュが飛び上がった怪鳥を指差し、ゴム質の手袋を手にはめながら叫ぶ。呼ばれたネコは近寄りながら、円筒の物体を幾つも取り出した。洞窟や、ここに来るまでに組み立てていた筒だ。その内側からは光が漏れている。

 ネコが離れて下さい、と鳴く。離れて。その言葉を聞いたダレンの脳内で、一つ、知識にある武器(・・)が思い出された。

 

「……これが作戦か! ノレッジ、離れていろ!」

 

「は、はいっ」

 

 狙いを悟ったダレンも叫ぶ。ノレッジは言われた通り、余分に距離を取る。退いた位置から振り向くと、ネコとヒシュが先程の筒を投擲している。無数の円筒がイャンクックの身体へと付着したのを確認し、こちらへと退避した。

 何をするつもりなのだろう。ダレンと、ノレッジが空を見上げる。見上げた先で、怪鳥は高度を増してゆく。見上げる目に、無数の雨粒が映り込み。

 雷。曇天は青白く光り、瞬きの間に怪鳥を襲った。

 

「ギュ、アアアアッ!」

 

 雷は、実際に空から落ちたものではない。ヒシュらが取り付けた筒状の物体が雷を発したのだ。落下する間に1度、落下してからも1度、連鎖した蒼雷が怪鳥を襲う。

 雷を放った物体。イャンクックの身体へ仕掛けられた円筒状の道具は、「爆雷針」と呼ばれる猟具と構造を同じくする。筒の体部には「雷光虫」という虫の放電器官が入れられており、衝撃を与えられると鋭い雷を放つ性質を持つため、時限式に炸裂させる事で十分な武器に成り得るのだ。その際に使用者や周辺に居る者が雷に巻き込まれる可能性がある為に十分な距離をとる必要があるのだと、ダレンは他の猟場で組んだ狩人から教わった事があった。

 だが、この雷はダレンの知っている「爆雷針」のそれとは一線を画す威力だ。恐らく道中ヒシュの行っていた調合による成果なのだろうが……今はまだ、この結果だけで良い。相対する怪鳥を目視しようと目を凝らす。

 小規模とはいえ幾つもの雷をその身に浴びた怪鳥は、満身創痍。甲殻は黒く焼かれ、落下の衝撃もあり、皮膜には無数の穴が開いている。ダレンとノレッジは、この光景に希望を覚え……仮面の狩人だけが足を止めず。

 

「仕上げ」

 

 ヒシュが再び剣を抜いた。瓶詰めの液体を取り出すと、左に持った『ボーンククリ』に垂らした。見覚えのある琥珀色の液体。硬化薬だ。液が刀身全体を覆った所で鉄の剣を腰に差して一刀に構え、地に臥すイャンクックへ向かって猛然と走る。

 

「―― がぁああっ!!」

 

 獣の咆哮。両手で持った剣を、怪鳥の皮膜に叩き付ける。爆雷針による雷撃で焼かれ……それでも鳥竜としての確かな硬さをもった翼膜を、『ボーンククリ』は容易に引き裂いていく。

 裂き進める度、怪鳥の叫びが一層の濃密さを纏って密林を響き渡る。翼膜を裂いた骨剣がその根元まで到達し、抜き去ると、翼と身体との合間に向かって突きたてた。

 

「ギュアア゛アア゛ッッー!」

 

 甲殻をこじ開け、軟骨を抉り、球間接を貫く。剣が怪鳥の肩に突き刺さると、左の翼がだらりと力なく項垂れ、流れ出た血が伝っては地に落ちる。

 痛みに堪えかねたのか、怪鳥が力任せに全身を振るう。翼に足をかけていたヒシュが剣の柄から手を離し、飛ばされ、素早く地面を転がって受身を取る。

 

「無事か、ヒシュ!」

 

「だいじょぶ。―― だけど」

 

「やりましたね、ヒシュさんっ!!」

 

 勝利を疑わないノレッジが喜び飛び跳ねる。ヒシュの隣に駆け寄ったダレンは、怪鳥を見るヒシュの仮面越しの表情を窺う。確かに、大丈夫といったヒシュ自身の身体に傷は無い。視線の先で、両翼両脚嘴を五体投地して伏せていたイャンクックが立ち上がり ―― 向き合う。

 

「っっ!?」

 

 ヒシュの視線を追っていたダレンも、視た。

 改めて見る怪鳥の嘴は厳つく、肥大化している。広げられた耳は傷つきながらも、一般的な個体と比べて明らかに大きいものだ。事前に考えていた通り、齢と戦闘経験を重ねた個体なのだろう。

 が。

 

「え、眼が……」

 

「……ああ。紅い」

 

 ノレッジが息を呑む。常ならば黄色い筈の怪鳥の眼が、今は、紅く光っている。雨に煙るその光は、深い夜に耀きを放つ双子星を想起させた。

 翼を広げる。頭を掲げる。翼と嘴がどす黒い瘴気を放ち、赤かった身体は端から黒く染まってゆく。

 

「―― ァ、」

 

 喉を振るわせる。第一声に、密林を覆う猛々しさは備わって居なかった。

 例えば、確かめるような。新しい身体を試すような。

 待ち兼ねた。怪鳥が雄叫びを上げる。

 左の翼は垂らしたままだ。

 嘴を、

 

「ッギュバアアアアアアーーッ!!」

 

 咆哮に連れられて、身体から赤い何かがたち昇る。

 筋肉が膨張し、骨格がみしみしと音を立て、節々から紫苑の棘が突き出して。怪鳥として形作られていた身体が、見るも無残に変貌を遂げた。まるで何かに急かされるかの如く、体積を増してゆく。

 

「これは……あ、主殿っ! 退却を ――」

 

 嘴を、開く。

 狩人達は未知の怪物その奥に、蒼く瞬く炎を見た。

 





 今回の更新はここまでです。
 御拝読を有難うございました。

 ……今回の後書は長いので、御注意くだされば。

 先ず、ヒシュ(仮)の調合した道具について。

 『生命の大粉塵』= 生命の粉塵+落陽草。
 粉塵については、作中色々と解釈が捻じ曲げられております。モンスター側にも効果がある、雨の中では使えない、等々。そもそも本作における「回復薬」は「痛み止めと気付けの効果がある」と設定されていまして。飲めば飲むほど効く! という事はありません。粉塵も例に漏れず、この様な次第に着地させて頂きました。
 回復アイテムについては今後も色々と思案追加をしていく予定です。

 『爆雷針』= ハリの実+雷光虫。
 流石に雷を引き寄せて落とすのは、想像付かない範囲かなぁ……と。なので、雷光虫の器官が可能な範囲で雷を発生させる道具と相成りました。作中では残念ながら、「ヒシュの強化した爆雷針で、やっと、対大型の武器として役立つ」という程度の威力に成り下がっております。
 私の愛用する道具でして、何かと出番は多いと思われます。

 『硬化薬(グレート)』= 忍耐の種+増強剤+アルビノエキス。
 2Gでは実際に、怪鳥さんなどが出現するエリアにてアルビノエキスを採取する事ができます(非常に低確率ですが)。
 このお薬もまた「皮膚が硬質化する」という設定を引っさげておりまして。「気持ち硬くなる程度で、有用性が実感できる程ではない」にランクダウンしました。
 が。実は……と。ヒシュが作中にて別の使い方をしております。これも原作に準拠した使い方ですので、今後に説明をばしたいと考えております。

 因みにゲームをプレイした方は、今回登場いたしました行商キャラ、ライトスが「音爆弾」や「閃光玉」「生命の粉塵」などを現物で持っているのに疑問を抱かれた事でしょう。
 ですが、「売る側」としましては……素材をそのまま売るぐらいであれば、加工までを施して付加価値をつけてしまった方が利益が出るのですよね。
 調合という技術自体は素材への理解や技術が必要らしいのですが、ペイントボールなどの仕組み(ペイントの実を包んである)を考えるに、そこまでの専門性は無いのではないかと。少なくとも「狩人でなければ出来ない」のでは無いのだと考えます。
 とはいえ、作中ヒシュがしているような「発光器官を取り除く」などの作業は必要です。その辺は加工用の雇い人が居ると言う事で、何卒ご容赦をば。

 尚、硬化薬の使用法や爆雷針の強化法等の作中オリジナルイレギュラーについてはその内に作中にて(ヒシュが、ダレン達に)説明いたしますご予定。


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-挿話- 仮面の内

 

 ライトス達は崖を下り、既にキャンプへと向かった。仮面の狩人……「被り者」はそれらを見届け、口に角笛を咥えた。思い切り息を吹き込む。音に気付いた怪鳥が巨躯を翻し、遂に目前、密林の地へと降り立つ。

 早速と、怪鳥は耳と翼を広げた。襟つきの首を前に出す動作に、ヒシュは出会い頭の咆哮かと身構えたが、どうやら違うらしい。自らの身体をひけらかす、威嚇であった。そも怪鳥自身が音に弱いのだから、音を出す器官が発達しているのかも疑わしい所だ。

 指揮はダレンに任せる。当初から考えていた方策だった。ヒシュが怪鳥の最も近くで剣を振るう以上、隊の指揮はしていられない。ダレンは快く了承をしてくれたため、これについては心配していない。ネコであれば兎も角、ノレッジの挙動はダレンの方が詳しいのだから消去法でもあるのだが。

 これで戦前の策は詰め。

 ヒシュは警戒を頭の端に置き、走る。一気に距離を詰めながら、怪鳥を間近に観察する。初めて眼にするモンスターだ。だからこそ怪鳥を判ろうとする。

 関節からして、肉の内にある主要な骨格は飛竜種と同じと考えて良いだろう。飛竜種と比べて頭は高く尾は短くなっているため、攻撃範囲が狭まっている。頭が大きいのは昆虫食であるが故……嘴の肥大化に伴う進化だろうか。内臓器官は判別できないが、あの身体を浮かす翼の大きさから察するに、体部の甲殻や骨自体は薄く軽くなければならない(・・・・・・・・)筈だ。

 生き物には身体がある。関節があり、肉があり、考えようとする頭がある。如何に目の前の怪鳥が強大だとしても、その一撃が狩人らにとっては致命的であったとしても。生物の関節稼動域には限界がある。疲労もある。火炎液とて、無限に放出できる訳でもないのだ。

 

ジブンの(・・・・)、フラヒヤでの仕事は、まだいい。頼まれた仕事も……ロンは時間がかかってもいいって言ってた。だからまず、行商隊を、助ける)

 

 そしてダレンやノレッジを。ヒシュは思考を切り、感覚器官の全てを怪鳥へと向けた。

 怪鳥を見る。その行動の原理を、視る。口の端に明かりが灯っている。ダレンの注意によれば、これは火炎液を吐き出す前駆動作らしい。

 考える間もなく右手の楯を外し、放った。

 灼熱の液体が散る。自らを耐熱布で守る。怪鳥が瞼を閉じ、顔に降りかかる火の粉から遠ざかろうとした。強引に抉じ開けたその隙を、ヒシュは間髪入れず踏み込んでゆく。

 左。『ハンターナイフ』で甲殻を一撃。

 金属剣は鉱物由来の鋭利さと整備の簡単さを備えているが、衝撃による刃こぼれがおき易い。生物素材で作られた剣は同値段帯の鉱石に比べれば鋭さに欠け、素材集めにも手間取るが、強度としなやかさに勝る。一長一短。だからこそ硬い部分に切り込むのならば「鋭利さのある」鉄剣からと決めていた。

 ヒシュは一撃離脱を繰り返し、怪鳥の様々な部分を切りつける。甲殻の硬さと切りつける際の危険を天秤にかけ、

 

(やっぱり、翼)

 

 迷ったのは脚と翼のどちらを斬るかだ。怪鳥を逃がさない為には、まず機動力を削ぐ必要がある。脚と翼のいずれにせよ、痛手を負わせれば移動手段の損失となる。また近隣の村々に危険を及ばす可能性を減らすという以外に、速度がなくなれば観測が容易になるといった意味合いも兼ねている。

 所々を斬りつけ、その感触を思い返す。怪鳥の巨体を一手に支える両の脚は、重心を支えている故に狙い易いものの、硬くしなやかに発達している。立てなくする程の傷を与えるに、自分達では装備が不足しているだろう。

 ならば、翼を。

 飛竜種であれば兎も角、怪鳥の骨密度を考えれば翼の能力を削いでしまうのが理想だろう。決まりだ。ヒシュは怪鳥から距離を取り、尾の範囲の外側で全身を脱力させた。右手に『ボーンククリ』を握り、双剣に構える。

 

「十分ですか、我が主」

 

「ん。……行く」

 

「ご武運を」

 

 ネコの声援を受け、弾かれる様に飛び出した。

目前に地面と赤い甲殻とが近づく。幼い頃から身に染み込ませた狩猟の技に任せ、思うがまま、身体の流れに任せて剣を振るった。怪鳥を視た……思い描いた動作の原理を身体の内に取り込んで。

 

 ―― 足元、邪魔だ。

 

始めて接触する相手だが、その思惑がしっかりと視えていることには安堵を覚えつつ。

 振り回された尻尾を掻い潜り、翼を車輪切りする。

 

 ―― 姿が見えない。どこだ。

 

 両の剣を打ち鳴らし、攻撃を誘う。来ると判っている攻撃を避けられない筈は無い。余裕を持って避けた際、反撃を叩き込む。

 

 ―― この小さな生き物が鬱陶しい。

 

 ネコに注意が向いた分、隙が出来た。全力で十字に斬り刻む。

 

 目の前の怪鳥と、生物と同調する。自分の中に怪鳥を住まわせ、その一歩先を行く。

 ヒシュの剣が怪鳥の悉くを削る。耳は裂け甲殻は剥がれ落ちた。まだだ。ヒシュはネコと引き攻めの呼吸を合わせつつ右腕を振るう。ネコが側面から刃面を押し付ける。ダレンがどちらとも違う方向から飛び掛り ―― 各々が離脱した、瞬間を。

 バシバシ、と、複数個の弾丸が怪鳥の翼に着弾した。ノレッジの射撃だ。翼から顔に向けて、正確に弾丸が撃ち込まれてゆく。

 剣と怪鳥との狭間に空けたままの隙間で僅かに思索する。機としては間違いではない。射の才もある。位置取りなどは、経験を積めば研鑽されるであろう。が。残念ながら、怪鳥の機嫌だけが悪かった。

 

 ―― 今のは、お前か。

 

 怪鳥がノレッジを見やる。怒りを湛えたその双眸が少女を捉えた瞬間、皮鎧に包まれた身体が目に見えて強張った。あれでは怪鳥の突撃を避けられない。

 判断した瞬間、両の手と身体が動いていた。脚を斬り顎をかち上げ、怪鳥を縫い付ける。ヒシュの意図を汲み取ったネコが閃光玉を放り、怪鳥の視界を奪った。

 斬りつける。只の凌ぎで終わらせるつもりは無い。眼を潰された怪鳥は、その戦闘経験故に、空中で時間を稼ぐべく翼を広げるだろう。その間を、反撃の機として利用する。

 

「逃がさない。ネコ」

 

「了解です!!」

 

 後ろではダレンがノレッジへ距離をとるよう指示を出している。正しい指示だ。ヒシュがゴム質の手袋で取り出した「爆雷針(これ)」は、一般的な雷光虫の発電器官によって作られたものではない。

 先に調合していた『生命の大粉塵』は、一説に若返りの効果すらあるといわれる幻の薬である。ヒシュはそれを、密林で捉えた雷光虫たちの入った虫籠へとぶちまけていた。一般的な雷光虫であれば、狩人らを一定時間痺れさせる程度の電圧しか発しない。だがヒシュは「元の大陸」での経験から、この虫が環境の変化に対して敏感である事を知っている。

 ジンオウガ ――『雷狼竜』と呼ばれるその生物は、雷光虫との間に共生関係と呼べる間柄を築き上げていた。ジンオウガの発する雷を使って活性化された雷光虫は、通常のそれとは区別され、『超電雷光虫』と呼ばれる非常に強力な個体へと昇華するのだ。

 更には、自然な環境においても巨大化した「大雷光虫」が発生する事象も確認されている。流石に人の手による……『生命の大粉塵』だけでは、永久的な強化は不可能であろう。しかしながら、この一瞬。怪鳥を落とす為だけにならば。

 ネンチャク草によって張り付いた爆雷針が、炸裂。手傷を負った怪鳥は姿勢を保つ事が出来ず、高空から泥の中へと墜落する。

 

「仕上げ」

 

 ここだ。移動手段を奪う絶好の機。

 ヒシュは素早く腰に着けた瓶を取り、蓋を外す。『ハンターナイフ』を腰に着けて『ボーンククリ』だけを水平に構えると、右手で薬液を垂らしていく。硬化薬が刀身を覆うと、めきっと刃が軋む音がした。握った骨剣の密度と重量が増した感覚がある。

 効果を増した硬化薬は、生物由来の剣を強化する際の素材としても使用される。狩人達の間ではあまり知られず、主に工房で使用される技術だ。本来は鍛錬と鍛錬の合間に層を成す様に折り重ねて使用する……の、だが。

 

(これも一瞬だけなら、なんとかなる。 ―― こういうの、あの姫様が居たからこその知識だけど)

 

 思い耽るのも束の間。感慨は息と共に吐き出して、怪鳥へと切りかかる。

 硬化薬によって強度と切れ味の増した『ボーンククリ』は、怪鳥の翼膜を難なく裂いてくれる。これならば、という確信が持てる。翼膜を裂ききった所で、左翼の根元に向けて剣を突きたてた。

 絶命したのではないかと錯覚する程の怪鳥の悲鳴が密林を響き渡る。剣は怪鳥の関節を砕き、左翼が力なく弛緩した。これでこの怪鳥は、密林を飛び回る事が出来なくなった。

 怪鳥と言う個を内に入れたヒシュは、二度と空を飛べないという事態に「罪悪感」を感じてしまう。いつもの事ではあるものの、それとて慣れる訳ではない。

 せめてもの払拭を。そう考え、狩人として怪鳥を殺す為の更なる追撃を仕掛けようと……肩に刺さった骨剣を抜こうと手をかけた。

 その時。

 

「っ!?」

 

 怪鳥が身体を揺すった。揺すられた身体、それ自体に力は無い。張りつこうと思えば怪鳥に追撃を加える事も可能だっただろう。それでもヒシュは飛び退いていた(・・・・・・・)

 同調していたからこそ、視てしまったのだ。

 閉じられていた怪鳥 ―― その身の内に在った黒い何かが、芽吹いていたのを。

 

「え、眼が……」

 

「……ああ。紅い」

 

 左の翼だけが垂れたまま、怪鳥だった(・・・)モノの双眸が赤い輝きを灯していた。ダレンとノレッジの困惑と驚愕が入り混じった声。だがそれは、ヒシュとて例外ではない。

 

(っ。アレは……)

 

 先の雄叫びは、やはり、怪鳥が絶命した断末魔であったのだ。

 怪鳥の身の内から溢れ出たコレは、間違いなく怪鳥では無い。

 ヒシュが内に視たのは、時を刻み重ねられた経験。堆積した経験はいつしか黒く結晶化し……時に冷徹に、時に獰猛に、怪鳥の体を蝕んでゆく。

 未知の混沌。目の前に姿を現しつつあるのは、分化と進化を繰り返した系統樹の中にあり、めまぐるしい生存競争を勝ち抜いた ―― 混じりうねる『生物の結晶』。

 

(見つけたっ)

 

 誰が。何時。何処で、何故。

思索を巡らせど、どういった経緯で怪鳥の身の内にあったのかは判らない。

それでも、一つだけ判る事がある。

 

(今! 今顔を出されるのは、まずい!)

 

 この大陸に来たばかりだ、しかも素材収集を主としていたために、戦う為の装備が無い。この怪物を相手取るだけの備えがない。何より、目前で姿を変えつつあるこの生物は、敵対するには未知に過ぎる。

 幸い、左翼の機能は封じられている。少なくともすぐには動けない。監視は容易だ。最低限の仕事は成した。撤退戦をするべきなのだ。

 時既に遅し。怪鳥の身体は作り変えられ、黒く染められた「未知」へと成り果てた。膨張した身体。突き出した棘。長く変質した尾。赤い気を放ちながら雄叫びをあげると、暫し身体を捩った後に嘴を開く。

 

 そして開かれた嘴の奥で ―― 蒼い炎が瞬いている。

 

 危険性を悟るが早いか。ヒシュは地面に転がる鉄楯を拾い上げ、耐熱布と揃えて「未知」へと向けた。前に出て防具の軽い射手(ノレッジ)の前に陣取ったのは、狩人としての経験による無意識か。

 ゆっくりと流れる時間の中で、ノレッジと、ネコの驚き顔が視界の端に映る。憮然とした表情しか見たことのないダレンですら驚愕を顔に浮かべ……それでも彼は、左手の楯をしっかり前へ構えていた。彼はこれ(・・)が危険だと、迅速に判断したのだ。場違いとは判っていても、ダレンの持つ確かな素質に安堵を覚え ―― 僅か遅れて閃光が奔る。

 眩い光。熱さを感じる前に浮遊感と衝撃に襲われる。

 何処かへと投げ出された感覚だけを残し、瞬間、身体と意識が切り離されていた。

 



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第八話 陽は再び

 

 それはヒシュが素早く楯を拾い上げ、耐熱布を広げ、並ぶ狩人達の列から一歩を踏み出した瞬間の出来事。

 

 蒼炎が、密林の闇を穿った。

 

 楯で防ぐ事が敵う炎ではない。前に出たヒシュが軽々と宙を舞う。僅かに遅れてダレンとノレッジとネコが、爆風に吹かれ熱に晒され地を這った。

 怪鳥の吐いた炎は木々を薙ぎ倒し、雨粒を燃やす。

 蒼炎は辺り一面までを焼き払い、ようやく落ち着きと本来の赤さを取り戻した。雨の密林一帯に揺らぐ炎が、夜明けの空を煌々と照らす。

 炎の向こうでは惨状の主 ―― 眼を赤く光らせ棘の生えた異形の怪鳥が首をもたげた。嘴を天に抗って翳し、喉奥からの咆哮で雲を貫く。

 

「―― アアァァ、ギュアアアアア゛ーッ!!」

 

 正しく怪物の産声。

 異形の怪鳥は左翼の付け根にヒシュの『ボーンククリ』を突き刺されたままだ。だが今や、それすらも異形を成す一部でしか無い。

 頭を下ろし。貫かれた左の翼を折り畳んだまま、片翼の怪鳥は狩人らを見やる。

 

「……あ……」

 

 地に倒れる狩人らが見上げる。怪鳥は遂にその全身を黒く染め上げられていた。もはや鳥竜種という域には無い。生物の高みをも越えた、何か。

 何か。身体を(よじ)り、肥大化した身体に馴染ませるように、残る右翼を上下に揺する。

 

「……ぐ」

 

「ヒシュ、さん」

 

「残念ですが、やらせはしませぬ」

 

「……ネコ」

 

 怪鳥の視線を遮り、ヒシュとネコが立ち上がった。ネコの外套は飛び去り、ヒシュの右肩がだらりと下がったままになっている。それでも主従は怪鳥の視線を正面から受け止め、残る『ハンターナイフ』と小太刀を抜き放った。

 炎の壁の向こう側。怪鳥は値踏みする様にハンターらを見回す。

 双眸が仮面を捉え、そこでぴたりと、顔の動きを止めた。

 

「―― けた。みつ、けた。みつけた。ウン」

 

 視線を向けられた側。見つけた、とヒシュは言った。言葉には仮面と声音だけでは0隠し切れない、確かな喜色が含まれている。

 身を、仮面をカタカタと震わし。踏み出し鉄剣を構え、その切先で怪鳥を指して。

 

「……」

 

 燃え盛る炎を背景に、揺るがぬ剣先と震えぬ喉笛とが交差する。

 ダレンとノレッジは未だ衝撃から立ち直れずにいるために反応できなかったが、平時であったならばヒシュの正気を疑っただろう。刺さった『ボーンククリ』によって飛ぶことは出来ない。だが、只の一撃。蒼炎を吐いた一動作で、この場に居る狩人達は追い詰められているのだ。防具も頼りなく、得物は最低限。ギルドからの援軍も今すぐには望めない。先の蒼い炎も、耐熱布と咄嗟の防御がなければ此方が死に追いやられていたであろう事は、想像に難くない。そんな相手に、それでも、どうあっても、満身創痍の狩人は立ち向かうと言う。絶対的なその意思を、立ち上がり刃を向ける事で示すのだ。

 怪鳥は首を高く持ち上げ、暫しヒシュと視線を交わらせ。

 

 ―― しかしくるりと、踵を返した。

 

「あ……え? え?」

 

「去って行く、だと?」

 

 背を向けた怪鳥は軟くなった土を踏み、一歩、また一歩と遠ざかる。黒く染まった身体は炎と熱の幕を潜り、明け方の闇に溶け、強大な気配の残滓を振り撒きながら密林の内へと消えてゆく。狩人らは暫し茫然と、その背を見送った。

 ヒシュが無言のまま剣を降ろし、ネコは新たな外套を着込むとその中に腕を戻す。ダレンとノレッジは、雨に降られた密林の炎が消え止むまで、怪鳥の消えた先を見つめていた。生き残る事ができた。その安堵の息を吐く事すら忘れたままで、ただただ呆然と。

 炎を消す役目を終え、夜の雨はあがりつつある。雨粒は次第に小さくなり、空が端から鮮やかな橙色に染まってゆく。

 

「……ん。んぅ」

 

「……主殿っ!?」

 

「ヒシュ、大丈夫か」

 

 瞬間、ヒシュがよろめいた。横にいたネコが支えようとして……支えきれないであろう事を予見したダレンが素早く抱える。ヒシュの身体は小刻みに震え、足腰はおろか腕にすら力が入っていない。よくよく見れば耐熱布は溶けて千切れ、鉄製の丸楯は遥か彼方で泥に埋まっている。傷が少ないのは顔にある仮面だけだ。

 この様子を目にしたノレッジが、自分を庇って受けた傷だと言う事に思い当たり、慌ててヒシュへと駆け寄る。

 

「ヒシュさんっ! お怪我のほどは!?」

 

「ん、駄目っぽいのは肩の脱臼だけ。……ダレンとノレッジがいて、良かった。ジブンとネコだけだったら、多分、ここで倒れてたね」

 

「にゃあ。私はこの体格ですので、主を抱えての移動は無理ですからね。そもそもあの怪鳥のおかげで、応援を呼ぶ為に要するに体力があるかどうかも怪しいです。ダレン殿とノレッジ殿がいて下さる幸運に感謝しなくては」

 

「それも私達が依頼したせいではあるのだが……まずは無事に生き残ることが出来た事を喜ぶべきだな」

 

「ん。そう」

 

 ダレンとノレッジが安堵の息を吐いた所で、緑海が輝いた。脱力した一同を陽が照らし出す。

 改めてみると、戦闘地域となった一帯は焼け野原だ。この惨状からするに、報告書は必須であろう。ギルドと、書士隊に向けて狩りと調査の報告を纏めなければならない。それにライトスらの無事を確認する必要もある。そもそも未だ、ジャンボ村まで遥かな距離を残している状態なのだが ―― 一先ず。

 狩人らは疲れや緊張から、もう少しだけ焼け野原に座り込む方針を決め込むのだった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 密林のフィールド端からの帰りの路は、思いの外順調に進行した。

 ライトス達は無事キャンプまで到達しており、ダレンら狩人が一様にボロボロの状態を見るなり、傷薬の安売りを開始(流石にその場で払いを求められはしなかったが)。軟膏塗れとなった一行はそのまま湖岸で休息を兼ねて1晩を明かし、次の日にテロス密林の端を離れた。

 

 そして現在。

 ジャンボ村へと向かう行商と狩人の一団はつい先、中継の村に到達した所である。

 

 四分儀商会の副長と狩人を代表したダレンが、この村の長と補給の交渉を行っている……その一軒家の脇にある空き地。子供らが元気に走り回る地面の端にアプトノスが座り込み、その背上に仮面を被ったヒシュが寝ころんでいる。

 ただし、何もしていない訳ではない。ヒシュの手には光源が握られている。カチカチと明滅させると、空に浮かぶ気球から信号が返ってきて。

 

「―― おう、ヒシュ。こんな所に居たのか。脱臼しちまったって聞いたぜ。その肩は大丈夫なのかい?」

 

「ん、ライトス。ジブン、痺れていただけだから」

 

 横からライトスが、ぬっと巨漢をのぞかせる。村長との仕入れ交渉を副長に任せ、彼自信は先程まで子供達と遊んでいたのだが……遠くで子供らに囲まれるノレッジとネコの姿が見えた。今はそちらも任せ、こちらに寄って来たようだ。

痺れただけ、と話ながら肩をぐるぐると回して見せるヒシュに、怪我を引き摺る様子はない。自分達を守るために奮闘した狩人の無事な様子には安堵しつつ。

 

「お姉ちゃん、本読んでー!」

 

「うん? あ、そうですねー。物語のご本はありませんけれど、図鑑ならありますよ。モンスターは好きかな?」

 

「アイルーは好きー」

 

「私の属する種を好いてくれるのは有難いことです。……これで耳を引っ張られていなければ、素直に喜べるのですが」

 

 先程までライトスもそうだったように、元気な子供達が集まり、広場には喧噪が満ちている。

ノレッジが図鑑を開くと、その周囲に子供たちが人垣を作る。ネコは少女の膝に抱えられ、その三角の耳や髭を弄繰り回されている。

 それら様子を横目に捉え、次いで、ライトスは視線を空へと向けた。ヒシュが気球と連絡を交わしている。

 気球といえば、であるが。

 

「こんな密林の辺境に、お偉い方んとこの気球が浮かぶなんてな。奴さん、どうやって連絡をつけたんだ?」

 

 ライトスが両手を腰にあてながら発した疑問に、ヒシュは振り向かないまま。カチカチと機器を弄って光信号を送る度、仮面の下顎がゆらゆらと揺れて。

 

「ん、当然。当たり前。……あれだけ密林が燃えていて、ギルドが観測をしに来ない筈が無いから。あとはしっかり、行き来する気球を見つけられれば良いだけ。今、ジブン、あの怪鳥を監視してくれるようにってお願いした」

 

 光による交信を終えたヒシュが手を振ると、気球は明滅を返しながら風に乗り、山側へと昇ってゆく。向かう先。遥かに広がる密林を越えた先には、雄大な峰が連なっている。高さはフラヒヤの山々やヒンメルン山脈には及ばない。が、湿密林としての側面を持つテロスの山々は流れ落ちる水脈により地を削られ、高地を生む。連なる山々と、外界から隔離された高地。緑と水とが織り成す静謐。その内には未だ多くの『未知』が飲み込まれていおり……そして未知とは、脅威でもある。あの怪鳥もそんな未知の一部なのだろう。

 

(まあ、それにしても大捕り物だったって聞いたけどな。それこそこれから、ギルドも動かにゃならんほどの……)

 

 空き地で子供らと遊ぶノレッジやネコが蒼の天蓋にぷかりと浮かぶ気球を見つめている傍らで、気球との連絡という仕事を終えたヒシュはアプトノスの上で胡坐をかいた。ライトスはそんなヒシュを思案気な顔で眺め、自らの顎鬚を撫で、やや声を小さくしながら。

 

「……監視をお願い、ねぇ。けれどよ。ありゃあただのギルド所属の気球じゃねぇだろ。紋章はないが、古龍観測隊の気球だ。球皮の造りも構造も違う。……んなもんに『お願い』だぁ? お前はいったい何者なんだっての、ヒシュ」

 

 ライトスが自前の強面を掲げ、ヒシュへと尋ねる。彼としては核心をついたつもりの問いだ。が。

 

「んー……ジブンが、というよりも、今回はあのイャンクックが特殊だったから。危険度の高いモンスターに関する『お願い』なら、ギルドマネージャーの権限で、結構すんなり通せたりする」

 

「……そりゃあ、相手が古龍観測隊でもか?」

 

「言ったけど、あの怪鳥は、特殊。古龍観測隊だって、年がら年中古龍ばっかりを追いかけている訳じゃあないから。……でも、昨日の怪鳥の特殊さ……の詳しい事は、村に戻ってからじゃあないと説明できない。今、いくつか調査資料を請求した。村に着いたらライトスにも説明する」

 

 ヒシュは存外あっさり、すんなりとした答を返していた。時折カクリと傾くのも、たどたどしい言葉の接ぎも変わらない。

 こうも当然の様に返されては仕方がない。ライトスの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。

 

「……んまぁ、お前を気に入ったってのは確かだしな。俺は俺自身の眼を信じるか。俺の家族と、ダレン達への害意が無いならそれでいい。と。村での説明は楽しみにしとくぜ」

 

「ん」

 

 自身の眼を、と言ったライトスの言い様が、実にらしかった(・・・・・)のだ。ヒシュは自然に、仮面の内で笑みを零し……零した頃合。

 

「―― ヒシュ」

 

 呼ばれ、ライトスと揃って声の主の方を向く。すると声の主、ダレンが村長の家の扉から顔を出していた。ヒシュは1足にアプトノスを飛び降りると、ダレンの元へと走る。ダレンは窓際に留った鳥便を指し。

 

「たった今、ジャンボ村の村長と連絡が取れたそうだ。追って向かわせてくれたアイルーらの搬送部隊が、もうすぐそこまで来ているらしい。旅の荷物は少ないに越したことはないのでな。私共も荷物を纏めようと思うのだ」

 

「わかった」

 

 言葉を受けたヒシュの足元へ、聞きつけたネコが素早く駆け寄ってくる。後を追ったノレッジやライトスも揃った所で、声をかける。

 

「ネコ、ライトスも。この村から、アイルーとか鳥達が荷物を運んでくれるみたい」

 

「ノレッジ・フォール。私達も行くぞ。運んでもらう調査資料を選別する」

 

「はいー、先輩!」

 

 各々が荷物を背負った竜車へ向かい、荷物をまとめ出す。

 

「おら、さっさと動け! くれぐれも盟友に迷惑をかけんじゃねぇぞ!」

 

「「「うす!」」」

 

 屈強な男達がライトスの号令で動き出す。重さはあるが括り易い荷物を優先して動かし、繊細な商品と区分けしてゆく。何しろ、彼らが盟友と称するアイルー族の搬送は、速さと小回りはあれども「雑」なのである。

 力仕事の荷物分けである四分儀商会に対して、ダレンとノレッジの作業は集中力を要する。資料の貴重さと分量、そして送り先を吟味した上で「送っても良いだろう」というものを樽へ納めなければならないからだ。因みにノレッジが元仕事の習慣で回収していたモンスターの糞便は、ダレンの手によって真っ先に樽の中へと放られている。

 一団に属する最後の勢力 ―― ヒシュとネコに関しては、密林に居た時点で既に仕訳と梱包の作業は終えている。自らが管理責任を負わなければならない行商と違い、獣人族便や鳥便のための荷物作りは、狩人にとっての生命線。至極当然の動作に近い。

 宿泊予定の村の広場にて、仕分けは夕方近くまで行われた。それぞれが荷物を纏め終えて一息ついていると、遠くから鈴の音が近づいてくるのを見張りの村人が聞きつけた。伝令を受けた狩人らは広場まで足を向け、到着を待つ。

 

「……あれか?」

 

「わぁ、いっぱいいますねぇ~」

 

 ダレンが眼を凝らす先には、密林の上を滑り飛ぶ鳥の群れがあった。それらが近づき ―― 荷車を引いて地を走るアイルーの一隊も、木々の間から顔を覗かせる。

 目前にびしりと揃って隊列を成す動物の群れ群れ。ノレッジの瞳が好奇に染まり、ダレンは感嘆の息を漏らす。

 僅かな間があって、アイルー隊……それと鳥達の先頭に立った一際眼を引く「傘を被ったメラルー」が前に出た。咥えていた植物の茎を手に持ち替え、腕を組む。真っ先に隻眼を向けたのは、正面主の横に立つ獣人である。

 

「……お前だったニャ、ネコ」

 

「ふむ、『転がし』の。お久しぶりです。御健勝でしたか」

 

 ネコがお辞儀をすると、鈴の音が鳴る。すぐさまヒシュへと振り返り。

 

「主殿。こちらは私が王国にいた頃によくよく衝突した類の、旧友です。物運びを生業としています。……今の通り名は、何です?」

 

「……ニャン次郎」

 

 ニャン次郎と名乗ったメラルーは申し訳程度に頭を下げると、傘を目深に被り直す。ネコはその変わらぬその様子に溜息をついて。

 

「こう見えて『転がしの』の速度と経路繰りは一流です。ですが性分がこの通りでしてね。お気を悪くなされぬ様。そして何卒の御配慮を」

 

「んーん、気にしない」

 

 解説を加えたのはニャン次郎が狩人らと折り合いの悪いメラルーという種族であるからに他ならない。アイルーと良く似た……しかし体色が黒く染められたメラルーは、狩場における手癖の悪さのせいで、悪名ばかりが轟いているのである。

 だがネコとて、ヒシュが「気にしない」のを理解した上での念押しの発言である。付き合いの浅いダレンやノレッジ、果てはライトスでさえ「気にしない」の台詞が次がれるのは容易に予測出来ていた。

 

「……へぇへぇ。どうせあんたらは、あっしらに期待なんてせんでしょう。せいぜい小間使いが良いところ。ならば速い方が都合も良かろうに、てなぁ考えでさ」

 

「ん? そう? ……なら、ネコ」

 

 ニャン次郎のついた悪態に、しかし、ヒシュがかくりと傾いで。懐から取り出したのは ―― 黒紫に染まった、堆積する闇を思わす鱗。あの変貌した怪鳥が、自らの炎に吹かれて落とした品である。

 たかが一枚の鱗。

 その一枚が持つ圧倒的で濃密な気配を目の当たりにして、強者の気配に敏感なアイルーや鳥達がびくりと身を震わせた。それは次第に伝播し、腰を抜かすもの、飛んで逃げ出すものまで出始める。

 人間たるダレン達とて例外ではない。ダレンとノレッジは身に刻まれた脅威を掘り起こされ、あの怪鳥を目にしなかったライトス達が思わずじりと後ずさる。遠巻きに広場の様子を眺めていた村の子らなど、各人の親に抱えられながら目を塞がれている始末。

 

「ニャンだ、それは……!? ……。……まさか!?」

 

「これ、樽の中に」

 

「承知しました我が主」

 

 ヒシュはそれを、なんの気負なくネコに手渡す。渡されたネコも主の発言には一切の異議を唱えず、ニャン次郎らが運ぶであろう樽の中へと押し込んだ。

 こうしてしまえば、むしろ樽が異様な雰囲気を放ち始める。あれを転がして運ばねばならないニャン次郎は、肉球の間が汗ばむのを感じた。

 

「ついで。それも、ジャンボ村までお願い」

 

「ええ。私からもお願いします、『転がしの』」

 

 しれっと言い放つネコとヒシュに、怒りとも呆れともつかない感情が沸く。

 確かにニャン次郎は、皮肉を込めて「貴重なものは入れないだろう」と言った。だが、本当に、それも「そんなもの」を入れる奴があるものか。

 この狩人は、思考の筋が全くもって読めない。頭の螺子が外れているのではないだろうか。……最もそれはニャン次郎だけでなく、この場に居る殆どの人間が思った事ではあるのだが。

 

「信頼には、信頼で応えて欲しい。……少なくともジブン、メラルーの事を悪く思ってない。部族には部族の考えと生き方がある、って、それはジブンも同じだから」

 

 仮面の狩人のこの言葉に、ニャン次郎は芯の在り様を感じた。部族には部族のと言っておきながら、この狩人が見ているのはメラルーではない。ニャン次郎そのもの、自身をこそ見ているのだ。

 自分はこの役目に誇りを持っている。唯一の引け目であった種族を否定されたのならば、こうしてなどいられない。

 ニャン次郎はあんぐりと空けていた口を閉じ、落としていたハッカ茎の代わりを取り出すと、憮然とした顔で告げる。

 

「……アンタの名前をお聞かせ願いたいニャ」

 

「ん、ヒシュ」

 

 名を受けるとそのまま、樽を足で蹴り飛ばす。倒れた樽の音に、狩人らの驚きと鈴の音とが重なった。

 横転した樽のその上に、手馴れた動きのニャン次郎が飛び乗って。

 

「なら、ヒシュ。アンタらの荷物、あっしが確かに預かりやした。一足先に失礼させていただきますぜ。あんたらはジャンボ村で荷物と対面してくだせぇニャ」

 

 傘をくいと直し、深く被る。

 そのままやや上を向いて、深く息を吸い ――

 

「―― おめぇら、行くニャ!」

 

 生物等の集団を、一喝。一声によって木箱は飛び上がり、荷車は動き出す。樽を転がしたニャン次郎自身も、陸と空の搬送部隊を引き連れて、また木々の間へと消えていった。

 暫し過ぎ去った出来事を反芻する自身以外の人々に向けて、のんきに振っていた手を止めた主従が付け加える。

 

「あ奴……『転がしの』は、職業的運び屋なのです。大陸の境無く活動をしており、狩人の間では結構知られた名でして。それ故に、一般的行商などに任せるよりも安全で確実だと思われます」

 

「それに、アイルーやメラルー達は、ジブンらの知らない道を知ってるから。日程も結構縮められる、ハズ。……でも」

 

 話しながら、ヒシュは家屋の中へと視線を向ける。その視線に怪鳥と対峙した力は既に無く。

 

「明日は日が昇ったら出発したい。だからもう、眠っても良い、と、思うんだけど」

 

 日はとうに沈んでいる。皆は疲れきってもいる。仕事であった荷造りは終えている。場は既に、宿泊予定の村の中。

 ヒシュの至極全うな意見に、反対の言葉を差し挟む者など居よう筈もなく。

 一団の意識は、すぐさま眠りにつく事で合致した。

 



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第九話 来る、狩猟の季節を

 ジャンボ村へと向かう道中、行商とヒシュら狩人の一団はランポスの群れを2度、ファンゴ達を2度退けた。ジャンボ村に向かうという事は、密林の最も鬱蒼(うっそう)とした ―― 生物が数多く群れを成すフィールドからは離れて行くという事でもある。そのため、通常ここまでの群れに遭遇する場合は珍しい。これもあの怪鳥の影響だろうか。と、ダレンやノレッジにもジャンボ村周辺の生物がにわかにざわめき立っているのが感じられた。

 そうして同じ様に村を1つ経由し、密林の中を歩き続ける事2日。ようやく目的地の付近へと到達する。

 

「―― 見えた。ジャンボ村」

 

 ヒシュが仮面越しに振り返り、前を指差す。ダレンやノレッジがそれに従い目を凝らせば、延々と続いていた密林の緑の中にぽっかりと、小さな村が浮かび上がっていた。

 川の流れに沿って、山を回りこむように切り開かれた土地。布に包まれた造船場や、村の中央で建築中途の鉄火場が印象的だ。

 村を歩く人々、村の周囲に広がる農作地を行く人々。やや人が少ないものの、その顔は一様に明るいものであり、少ないなりの活気が見て取れた。ダレンのジャンボ村に対する印象は、概ね好感触である。

 高台から降ると、すぐに村の入口に到着する。太陽が昇っているため、木で組まれた松明に明かりは灯っていない。だが、その替わりであろうか。

 

「やぁ! ヒシュ、ネコ。お疲れ様だったね!」

 

「おかえり。貴方達が無事でなによりね」

 

「あ、……っ」

 

 出迎えが3名、村の入口に立っていた。

 耳の尖った竜人族の男性と、ギルドの給仕制服に身を包んだ少女。

 そしてそれらの中で一際目立つ、幼い女児が1人 ―― 感極まった面持ちで仮面の狩人へと駆けて行く。

 

「っ! っっ!」

 

 そして、抱き着いた。抱き着かれた側の狩人は、その抱擁を微動だにせず受け止めてみせる。

 顔をぐりぐりと押し付ける女児の頭を、よいよい、と謎言語で撫でながら……視線を巡らせ、村長に。

 

「だいじょぶ? ……村長、薬師さんは? 駄目だった?」

 

「ああ、大丈夫。薬師さんは丁度村に居るよ。鳥達に運んでもらった落陽(らくよう)草は、加工をしてもらっている最中さ」

 

「ったく、そんなんじゃあないの。ヒシュ、だっけ? その娘はアンタを心配してたのよ。密林での出来事を、このコから聞いちゃったからね」

 

 幼子を抱えたまま視線を動かすと、パティが指差す先には村の入口たる囲いに小さな生物が寄りかかっている。

 話を振られた彼は、被った傘が揺らす。首に結ばれた鈴がちりんとなった。

 

「―― ヒシュ、こっちの仕事は完遂させやしたぜ」

 

「ん。ありがと、ニャン次郎」

 

「今後ともご贔屓に、だニャア。……んでは、これであっしは失礼させていただきやす。……ネコ。お前さんも苦労してるみてェだがニャ、精々しくじりなさるニャよ」

 

「ふむ。かの『転がしの』からの忠告、痛み入ります。ですがしくじった所で、1匹のアイルーが自然の贄となるだけの事。私はこのまま主に御伴するのみです」

 

「変わらんニャ、お前さんは。……そんじゃあ、また何処かでお会い致しやしょう」

 

 呆れの言葉を吐き、思い出したように村長に一礼をしておいて、ニャン次郎は村を出て行った。

 村長はその様子を見、煙の出ていない煙管を口にくわえながら笑う。

 

「まぁ配送の日程と薬師さんの滞在期間を考えれば、彼のおかげで早期に納品できて助かったのは紛れもない事実だね。……いや本当に。ご苦労様、としか労う方法が無いのが悔やまれる。村長としての力不足を申し訳なく思うよ、ヒシュ。君達の苦労だって、その装備品の有様を見たら、否応なしに判ってしまうからね」

 

「ん、それはいい」

 

 ヒシュが村長の言葉を片手で遮る。その腕に纏われた皮鎧……『レザーシリーズ』の篭手は、防具の機能云々以前に原形を留めてすらいなかった。

 突き出した手をそのまま横へと動かし、

 

「それよりも」

 

「ああ、そうだね。……そちらは、行商の皆さんと……キミ達は?」

 

 村長と少女、そしてヒシュに抱きついたままの幼子の視線がダレンへと集まった。

 ノレッジがウキウキした顔でダレンを覗い、ライトスが俺の紹介は行商の皆さんで済んでる、と笑う。

 ダレンは腰に差したボロボロの『ドスバイトダガー』を情けなく思いつつも、胸を張って答える事にした。

 

「私達は王立古生物書士隊の一員だ。名は、ダレン・ディーノとノレッジ・フォール。狩人でもあり、学者でもある。これから暫く、此方の村に逗留させていただきたい」

 

 この言葉の一部分、とある単語に反応し、村長の顔は喜色に輝いた。

 

「君達が狩人であるなら、是非もない。この大変な時期にようこそ、我が村へ! 歓迎するよダレン、ノレッジ!」

 

 待ち望んだ……しかし思わぬ来客と、がっしりと握手を交わす。 

 こうして、ジャンボ村を居とする日々が始まった。

 

 

 ■□■□■□■

 

 

 一行がジャンボ村へと到着してから7日が経過した。

 その間ダレンとノレッジは、顔合わせと追って運ばせた書士隊の資料を整理する作業に明け暮れた。王立古生物調査隊の一員である彼らは、密林の地質調査だけでなく、生物の調査も行わねばならない。多種多様な生物が生息する密林を調査するに当たって、資料は多いに越した事は無いからだ。

 ヒシュとネコは毎日、竜人族の村長やパティと言うらしい給仕の少女と村の拡張について話し合いを行っている。どうやらヒシュと村長は旧知の仲らしく、竜人族の村長はヒシュの意見を大いに参考にしているらしい。ダレンも一度その話に加わった事があったが、パティが村長と仲の良いヒシュを見て時折頬を膨らませているのが印象的だった(尚、その視線の先に居るのは村長である)。

 それら相談の甲斐あってか、半ば放置されていたジャンボ村の鉄火場には、待望の「火」が灯された。村長が自らの(つて)を使い、竜人族の技術を身につけた老婆を鍛冶師として招集することが叶ったのである。ヒシュが受諾した依頼の内、鉄鉱石の依頼が彼女を呼ぶためのものであったらしい。ヒシュは村長と共に村を駆け回る傍ら、時間さえあればおばぁ(と、ジャンボ村では呼ばれている)の持つ鍛冶の技術に興味津々と言った様子で鉄火場に張り付いている。ヒシュとおばぁが話す内容には専門的なものも含まれており、ダレンはヒシュの持つ知識の広さに既に何度目か判らない驚きを受けていたりする。

 7日間をジャンボ村で過ごした結論から言って、ダレンはジャンボ村を調査の拠点として選んだのは正解であったと感じている。ジャンボ村は交流の為の設備を整えており、辺境の割には移動に時間がかからない。その事実は日数と移動距離を計算したダレンらを驚かせると共に、喜ばせてもくれた。人々も皆寛容で暖かく、ハンターや書士隊への理解もあり、ダレンとノレッジを快く受け入れてくれている。発展途上の村である為物資は多少心許ないが、今の所、不便を補って余りある利点ばかりだった。

 過ぎた7日。村における基盤を整えている内に季節は過ぎ、繁殖期を迎えようとしている。文字通り生物の繁殖が盛んになる季節だ。

 日は地平線の先へと沈み、ジャンボ村の広場に松明が灯される。村はずれの農地や川合いに着けた漁船から降りた人々が帰路を急ぎ、一人身の者達は村の西側にある酒場へと集まり始めていた。

 そんな喧噪の中、看板娘であるパティが忙しなく動き回る酒場の一角。ここ数日ですっかり定位置となったカウンターの隅に、ダレンとヒシュは腰かけていた。ダレンがペン先で紙束を叩く度、木製の机が小気味良い音を響かせる。

 

「―― この事例の様に、大地の結晶や竜骨結晶は土地の年代を推定するための指標として度々使用されている。一概には言えないが、地層と骨格を合わせて発掘された年代が特定されれば、モンスターを系統樹から分岐させることも幾分か容易になるだろう」

 

「それは、骨格とか牙から推定した上で、という事?」

 

「そうだな。だが飛竜種の様に、系統が多岐に渡るものもいる。……まぁ飛竜種はある種の駆け込み寺でもあるのだが……とにかく、骨格の他にも議論させる必要はある。断定はできないな」

 

「ん。確かに」

 

 現在ヒシュがダレンから教授されているのは、書士隊長として必要な知識であった。この世界に広く生息している生物達を、生物学的な種類で区分しようという壮大な試み。前筆頭書士官ジョン・アーサーによって始められたこの研究は、彼無き今も後任の書士官達によって続けられているのである。

 例えば一般的な書士隊員であるのならば、生物の系統樹区分についての知識など求められないだろう。だが、ヒシュは2等書士官の立場を与えられてしまっている。今すぐに必要とまでは言わずとも、王都やドンドルマに向かう際には隊長として最低限の知識を得ている必要がある。そう考えたヒシュがダレンに頼み享受されているのが、この講義である。

 そしてその逆も然り。ヒシュからはダレンとノレッジに、狩人としての基礎を教える手筈になっている。ただしそれらは主に現地で行う予定であり、今までは(・・・・)具体的な予定が建てられていなかった。

 そのまま暫く。ヒシュとダレンが筆で紙と机を叩き続けていると、酒場に通りの良い声が響き渡る。

 

「―― ほら、ダレンにヒシュ! 折角酒場に来ているのに、食事も酒も注文しないでお勉強してるってどういう事よ? 食べないならお持ち帰りにしてあげるんだけれど!」

 

 腰に手を当て、顔だけをヒシュらに向けて。給仕服に身を包んだパティが料理を運びながら大声をあげていた。何事にも強気ではっきりと話せるのは、看板娘たる彼女の美点である。

 ダレンとヒシュは手元の紙束から視線を上げ、互いに顔を見合わせた。ダレンは苦笑し、仮面の内からは吐息が漏れる。

 

「仕方がない。これは、ジブンらが悪い」

 

「ああ、稼ぎ時に悪い事をした。冷めない内に食べていくとしよう」

 

 紙の束を畳み折り、寄せられていた木製の杯をぶつけ合う。並々と注がれた酒を、2名の狩人は互いに一息で空にしてみせた。

 

「パティ、注文する。お願い?」

 

「はいはい! ちょっと待っててね!」

 

 両手に盆を持つパティが、ヒシュに促されて酒場を駆け回る。だが、その後ろ。酒場の裏からぴょんと、小さな影が躍り出る。

 

「―― お忙しいパティ様にお手数を掛けて頂くのも申し訳ありません。主とダレン殿には、私が運んでも宜しいでしょうか?」

 

「ああ、そうそう! ネコ、お願いできるの?」

 

「承りました。どうぞ他の方への給仕にまわって下されば」

 

 狩りに使用するそれとは違う、襟のついた外套を着込んだネコは返答を受けると手際よく注文を取り、暫く。豪快に調理を済ませた調理師から食事を受け取ると、器用に頭の上に盆を載せて運び始める。そしてお盆を、ヒシュとダレンの目の前にどんと投げ出す。酒と食べ物の一切を溢さずの手際に、周囲の客からは喝采が上がった。

 ネコは律儀に喝采への礼を返した後、仮面の主の左隣に腰掛ける。

 

「ありがと、ネコ」

 

「いえ。それ程の事ではありませぬ故」

 

 言いながら、ヒシュがネコの杯に冷やされた紅茶を注いでいく。ネコはそれを両手で受け取り、自らの食事の横に置いた。椅子に座ると、背筋と髭をぴぃんと伸ばす。

 

「ん、これであと1人」

 

「ああ。ノレッジ・フォールは……あそこか。こちらへ向かっている様子だな」

 

 ダレンが辺りを見回して、一点を指差した。酒場の中にあって、一際大柄の男達が群れをなす区画。ライトスら四分儀商会の席に居た少女が、手を振りながらヒシュらの下へと駆けていた。左側に結われた薄桃の髪が、身体の動きに合わせて振り子の様に揺れる。勢いそのまま、ノレッジはダレンの隣に腰かけた。

 

「先輩、ヒシュさんネコさん! お待たせしてすいませんでしたっ!」

 

「問題ありませぬ、ノレッジ殿。私もたった今我が主とダレンに食事を配膳し、席に着いた所ですので」

 

「ん、そう。ジブンは気にしない。……ダレン?」

 

「ああ、勿論問題ないとも。狩人としての知識を得るためなのだろう? 知識に貪欲になれるのはお前の美点なのだ、ノレッジ・フォール」

 

 のんびりと言うべきか、能天気と言うべきか。ヒシュにとってノレッジは、そういう印象を受ける少女だった。

 慌て顔から一変。ぱっと開く笑顔を浮かべ、

 

「えへへー、先輩に褒められましたっ! ……じゃあなくて。ご飯です、ご飯!」

 

 ノレッジの一声に、待ってましたとばかりに皆が手を合わせる。

 

「―― じゃあ。いただきます」

 

「「「ます!」」」

 

 彼および彼女らは、声を合わせたかと思うと、今度はすぐさま食事をがっつき始めた。全力を注ぐと言わんばかりの食べっぷりには、周囲にいた男衆もぎょっと目を剥いて立ち止まる程である。

 数分を食べる事に集中した狩人達は平らげた皿を持ち上げ脇に寄せ、意気揚々と次の注文を飛ばす。

 

「次、キングターキー」

 

「私はシモフリトマトのサラダを」

 

「紅蓮鯛だな」

 

「あ、それじゃあ私も大胆に! リュウノテールを……」

 

「い い か げ ん に 、しなさいっっ!!!」

 

 ―― ずべし!

 

 高価で村の食堂などでは調理すら不可能な食材を連呼し始めた彼らは、頭上からの衝撃によって机に沈む。

 直撃を避けたノレッジとネコが、パティの持つ乙女の一撃の威力に目を見張る。パティはと言うと叱り飛ばした拳骨を腰に当て、机に伏した2人を睥睨(へいげい)する。

 

「ふん。貴方達はこの後、村長さんと話があるんでしょ? 今のはあたしからの忠告ですよ。村長さんは忙しいんだから、くれぐれも迷惑かけないで頂戴ね!」

 

「……あの。パティ殿は雷狼竜を相手取った経験がおありで? まるで無双の狩人の如き見下し様です」

 

「あ、あはははー……」

 

 感心するネコの横で苦笑いするノレッジにも釘を刺し、パティは給仕を再開した。頃合を見計らってヒシュとダレンがむくりと身を起こし、そのままパティが注いでくれた酒のおかわりを手に取った。

 ダレンは頭をさすり、ヒシュは傾いた仮面の位置を微調整する。

 

「んむぐ。これを飲んだら家に戻る」

 

「主殿が御無事でなにより」

 

「私達もだ、ノレッジ」

 

「はぁい」

 

 

□■□■□■□

 

 

 酒場を後にしたヒシュら一団は、そのまま家へと移動した。

 ヒシュが村から借家しているハンターハウスは2階建てで、川沿いの崖上に建てられている。ジャンボ村は寒冷期であろうと冷え込む事が少ない温暖な気候にある。今も寒冷期の終盤なのだが、辺りを川に囲まれているために比較的過ごしやすい気候となっている。

 借家の中でヒシュとネコがソファに腰掛け、ダレンとノレッジが客間にあたる位置にある椅子に腰掛けた。仕切りがないために、客間という区切りが適切であるのかは分からないが。

 家の中を照らす灯りの下でヒシュとネコは自らの装備の手入れを始め、ダレンとノレッジは密林の分布調査のまとめ書類を作る。そのまま過ごす事、数余分。ハンターハウスの扉が開いて、一同の待ち人が顔を出す。

 

「―― どうやら待たせてしまったみたいだね。いやぁ、すまない」

 

 その背に大きな鞄を背負った、耳の尖った竜人の青年。この村の村長である。村長の後ろ幾ばくか遅れて、ライトスが顔を覗かせる。

 

「邪魔するぞ。……お、良い家じゃねえか。ドンドルマ辺りでこんな家を買おうと思ったら、羽振りのいい奴の出資で成体の上位リオレウスを5匹は狩らねぇとな」

 

「それはただの無謀だろう、ライトス」

 

 言ってダレンが席を立つ。ノレッジが後に続き、自然と全員が家の中心部に置かれた机に着いていた。机の上には酒場から持ち帰ったつまむ程度の食事が置かれたままだ。

 食べ物には手を付けず、先ずは、と村長が話題を切り出す。

 

「じゃあまず、今回の君たちのクエスト成功を祝う所から。ありがとう。落陽草は、君たちのおかげで無事に納品されたよ。あの娘の母親も、どうやら快方に向かっているみたいだね」

 

「ん、何より」

 

 少女からの依頼の達成に、ヒシュは仮面の内に笑みを浮べる。

 しかしながら、村長がこの面々を集めたのはクエスト達成の礼を届けるためではない。真の目的はその後にある。

 

「そして本題の方だが ―― 結論から言うと、君らが怪鳥と遭遇した近辺……テロス密林フィールドの西端は、立ち入り禁止区域。つまりは『禁足地』に指定された。出所の特定は難しいけど、向こう(ドンドルマ)で得た情報からの推測は可能だ。どうやらギルドからの圧力がかかったらしいね」

 

「それは、村長。ドンドルマのギルドからのもので?」

 

 神妙な面持ちを浮かべたネコの問い掛けに、村長が頷く。

 『未知の怪鳥』。あの密林でダレンらが出会った、底知れぬ怪物。ジャンボ村で過ごす日々に埋もれても、あの恐怖は未だ胸の内に燻っていた。それはダレンだけでなく、ノレッジとて同じ事だ。村長の言葉によって光景を思い出し、両腕で身を抱いてぶるりと震わせる。

 各人の反応を見、ほんの少しの間を取って無煙の煙管を蒸かし、村長は続ける。

 

「どうも出所ははっきりしないんだが、古龍占い師たちが騒ぎたてたらしい。あの人たちが揃いも揃って騒ぐとなると、大老殿も無視は出来なかったみたいだなぁ」

 

 再度口元で煙管を動かし、膝をトントンと叩く。数秒虚空を見つめ、

 

「今回はギルド管轄のフィールドじゃあない……ギルドへの直接の損害も少ない事から、例外的な禁足指定に対して強い反対意見が出なかったみたいだ。テロス密林は広大だから、物理的に封鎖された訳じゃあないけど、既に観測の飛行船は飛ばされてるらしいな」

 

 村長の話にこの場の全員が口を閉ざす。

 閉ざした思惑はそれぞれだ。ライトスは行商通路の封鎖による収支の減益を憂う。ダレンは密林調査の行く先に対する不安を思い、ノレッジも大凡(おおよそ)はダレンと同じ。

 ネコは主の目的を知っている為に口を閉ざす。その主は ――

 

「―― それでも」

 

「うん?」

 

 逆説から切り出した仮面の主に、多くの者が疑問符を浮べる。

 ヒシュは背もたれに身体を預け、身振り手振りを加えながら続ける。

 

「それでも、ジブン、放っては置けない。これ、由々しき事態……だと思うから」

 

「どういう事だ?」

 

「ヒシュさん、えっと、由々しき事態って……」

 

 困惑する面々に向かって頷きながら、ヒシュが地図を広げる。ジャンボ村の北東、テロス密林を示した地図だ。

 密林の西側、あの怪鳥と争った部分を指差して。

 

「聞いての通り、ジブンとネコの目的は落陽草の採取だった。だから、あの場所『テロス密林』辺りの植生に関して、知識はあっても実見はなかった。だから最初、あの辺り一帯を調べた。調べたから、判る。……まず、あの辺りにはイャンクックが生活している痕跡がなかった。土を抉って虫を食べた跡も、落ちた鱗もない。つまりあのイャンクックは、外から来たばかりの……あの辺りを根城にしているモンスターじゃあない」

 

「採取の際、私も主もあの辺り一帯を探りました。フィールド程の環境が整っていないせいか巨大な昆虫類は出現していない様子でしたので、抉られた地面が無いのは不自然でしょう」

 

 ネコが主に賛同するべく意見を沿える。ヒシュはうん、と頷いて。

 

「イャンクックの主な生息地は密林、湿地帯、母なる森……みたい。多分。密林にも棲んでるって聞いてたから、ジブンもあの時は、疑問に思わなかった。けどこうなれば話は別。1つ、疑問が浮かぶ」

 

 仮面を揺らし、傾いで、ぴしりと指をたてる。

 

「イャンクック、なんで、行商隊を襲った?」

 

 ライトスと村長は要領を得ないといった風。ノレッジもそうだ。が。

 

「……確かにな」

 

「どういう事ですか、先輩?」

 

 この問い掛けと同様の疑問を、ダレンは浮べていた。

 書士隊として入れ込んでいる知識によれば、イャンクックは本来臆病な性格である。決して好戦的ではない筈なのだ。自らを脅かす生物に遭遇した場合には逃げ出す事すらあるという。

 そんなイャンクックが能動的に他者を襲う。その数少ない例外といえば、自らの縄張りを荒らされた際や、飢餓に襲われた際の事例があった。が、それの殆どは受動的な事態であり……狩人と対峙するのも、縄張りを荒らされた時が殆どである。

 とすれば、縄張りではない土地に現れた怪鳥が能動的に他者を襲い……しかも行商隊を執拗に追い回すという、今回の出来事は。

 

「―― かなり変則的な事態だという事、か?」

 

 ダレンが唸る。変則的な事態と結論付けるのは簡単だが、肝心要。「過程がない結論」は、研究者としての自分が許せない。

 ヒシュもダレンの意に頷く。

 

「でも、ダレン。だいじょぶ。ジブン、少ーしだけ考えてる事がある」

 

「主殿。どうぞこれを」

 

 期を読んだネコが、大量の紙束を机に置いた。積み重ねられた重量によって机が軋みを上げる。

 ヒシュはその内から1枚の絵を取り出すと、目前に掲げる。

 紅い眼。黒の体色。紫の棘が節々に突き出し、尾と翼は大きく長く。体長は元の怪鳥を大きく超え、飛竜にも届くか。大きな嘴と襤褸(ぼろ)の耳だけが怪鳥の面影を僅かに残している。

 

「……それは?」

 

「あの怪鳥の絵。ジブンがこの間のをスケッチしたんだけど、うん。……この生物は、ジブンが、さがしていた、相手、です」

 

 片言の様子で、『捜していた』。この発言に村長以外の一様が傾注する。

 絵を置き、今度は古い装いの紙束を取り出した。書物とは呼べない、殴り書いた落書きにも劣る様な、正しく紙の束であった。

 

「この紙、とある狩人の魔境街……みたいなとこから拾って来たもの。この中に『未知』について、書いてある。

 

 ―― 狩人が生を得、猟を成して幾年が経つだろうか。

 人々がかつての滅びから繁栄を成す様に、生物もまた、幾つもの発達を遂げている。生物は様々な経験を経、進化し、分化する。

 この萎びた書き物を読する貴方に、(わざわい)を招く竜の話をしよう。

 彼らは生物である。だが、例外なく個ではない。その生態は個が多様性を持つという部分に集約出来るであろう。

 彼らは1つの個の中に、分化した様々な生を持つ。或るものはその身に宿した生を千変万化に使い分け、或るものは遍くを統べる。

 彼らはさながら1つの災い。そして、その始まりをも兼ねる。分化した系統樹を束ね、混ざり合った、総ての色を重ねた ―― 黒き個達。

 その結晶たる彼らを猟す事は、八百万のモンスターを狩るが如き覇業であろう。

 著する私は、狩人達のお陰で、彼らを目にしながらも生き永らえている。その幸運を噛み締めながら、この著を期に筆をおく事を決めた。いや、決めざるをえない。間もなく、氷塔の頂に座する星の瞬きが、私を覆うのだ。

 天頂に禍を成す個を。黒き身体を輝かす、生きとし生ける星々を。

 彼らを見かけた者あらば、こう呼称する他に術はないことに気が付く筈だ。

 

 『未知(アンノウン)』、と。」

 

 文章はここで途切れている。

 その内容を咀嚼しながらヒシュの持つ絵を見やる。黒い怪鳥が描かれている。確かに黒い個体だ。しかし話が突飛に過ぎるため、どうにも実感が追いつかない。

 

「……これはつまり、どういう事だ?」

 

「ん。最近ジブンの元居た大陸の西端で、塔って言う、古代の建築物が沢山見付かってる。その調査中に見付かった古書の切れ端が、これ。いつ書かれたのかも判らないし、そもそも戯言の可能性もある。でもこれは、氷の塔って呼ばれているかなり危険な場所の入口で、不思議な結晶で固められた部分から見付かった。しかも、その塔の先行調査でとあるモンスターが発見されて、信憑性が増してる。……黒い轟龍、みたいな感じのモンスターが。それで古龍観測所の知り合いに、ジブン、『未知』っていう生物の調査()依頼されてる」

 

「つまりヒシュさんは、その未知(アンノウン)っていうモンスター達を捜してこの大陸に渡って来ているって事ですか?」

 

「うん。そんな感じ。ジブン、向こうの大陸ではそこそこの実績があって、古龍観測所と懇意にしていた。危険度を高く見積もるみたいなんだけど、どうも強硬派が古の龍にしてしまえって言ってるみたいで。見かけてすらいないのに彼ら未知(UNKNOWN)を古龍に分類するのか、って、無駄な議論がある。その論争を纏める手伝いみたいなものをしてる」

 

「へぇ。つまりその未知ってモンスターは、古龍の様な強大な存在だって言う事か! そりゃあ、あの婆さんどもが騒ぐわけだ!」

 

 ノレッジの問いと村長の察した内容に、仮面が頷く(かくり)

 ヒシュには実際の所、もう1つの依頼もある。だがこれは書士隊の隊員たる彼ら彼女らに話して良いのかが微妙な部分であると判断しているため、姫様の依頼をだしに今の所は伏せておいて。

 

「で。あの怪鳥の正体はこうとして、話を戻す。あの未知は最初、多分、これを狙ってた」

 

 ヒシュは詰まれた書誌の中から、こんどは丁寧に装丁された本を取り出した。

 ただし、傷つかないようにと梱包されてこそいるものの、本そのものからは歴史を感じられる。率直に言って、先の紙束に負けず劣らずの襤褸さである。

 だがその本には見るものを惹きつける ―― 不思議な、纏わり憑く(・・・・・)様な威圧感(・・・)があった。

 掲げて、見せびらかす様に。

 

「これ、『古龍の書』」

 

「……っ!? 古龍の書だと!!」

 

「せ、先輩っ?」

 

 荒げたダレンの声に、ノレッジは困惑する。古龍という単語を聞きなれていないのもそうだが、ダレンが驚く理由に察しがつかなかったのだ。

 ヒシュがダレンに判るけど落ち着いてと声をかけ、立ち上がったダレンが座り直す。隣で腕を組んで清聴していたライトスが、代弁するように口を開く。

 

「まぁダレンが驚くのも無理はねぇ。俺も物の価値なんてものに値段を付ける仕事をしてなきゃ知らない話題だがな。……なぁ、仮面さんよ。お前さんの言う『古龍の書』ってぇのは、歴史的価値があるってな触れ込みで大老殿に大切に大切に保管されてる、あれじゃあねぇのかよ?」

 

「ウン。そう」

 

「……はれ? 大老殿、って言うと……」

 

「大老殿はこの大陸の中央に位置し多くの狩人の拠点となる街、ドンドルマに在る場所ですノレッジ女史。大老殿は行政の中心部の役目も担っておりまして、大長老と呼ばれる巨人のお方が指揮を採っているのです」

 

「ああ、そう言えば……聞いたこともあるような無いような」

 

 言われてノレッジも遠い昔の事を思い返す。

 自分の転機となったあの日。風車の回る広場から、無数の階段の先に在る一際大きな建築物を見上げた記憶があった。あれは大老殿と言う場所なのだと、両親から聞かされたのだ。同時に、出入りできる人物は限られているとも聞いた。書士隊の3等書士官……それも行動派の糞便収集係という立場であったノレッジには無用の場所なので、今の今まで忘れていたのだが。

 だからこそ、当然の疑問が沸く。

 

「そんな場所に大切に保管されている貴重な書物が、何故ここに?」

 

「んーん。これ、確かに、大老殿に在るのと内容は同じっぽい。でも、別のもの」

 

「つまり写本だと言う事だね」

 

 噛み砕いた村長の注釈に、ヒシュがかくりと頷く。

 

「でも、どっちが写本なのかは判らないけど。……それも置いておいて。これ、前にジブンが入手を頼んでおいて、ここジャンボ村で受け取る予定だったもの。ライトス達が持って来てくれていたみたいだけど、きっと、これを狙われた」

 

 仮面の狩人の言い様はどこか幻想じみている。

 つまりあの怪鳥は書物を追って行商を襲い……その過程でダレンら狩人が巻き込まれた、と。そう言っているのだ。確かにあの本には奇妙な威圧感があるものの、論舌の基幹としてはぶれていると言わざるを得ない。

 ヒシュは自らの仮面を ―― 丁度目に当たる文様の部分を手で覆い。

 

「ジブン、あの怪鳥の中を視た(・・)。本能で、この本を追ってた」

 

「だが……」

 

「―― 私も助力をする前に見ておりましたが、あの怪鳥との遭遇時をよくよく思い返してみてください、ダレン殿。あの怪鳥は何を見ていましたか? 始めに嘴を振り上げた先は ―― 行商隊の荷物ではありませんでしたか?」

 

 主の言葉を補足するネコに応じ、ダレンは思い返す。

 ……そうだ。ドンドルマから南下する道中で意気投合し、護衛を務めて1日が過ぎた頃。どこか遠くから飛んできた怪鳥が何時しか自分達一団の上空を回遊し始め、密林の広間に差し掛かった途端に襲い掛かってきた。

 行商隊の人々を掻き分け、剣と盾を構えたダレンの横を抜け、アプトノスの引く竜車へ、一直線に。

 だからこそまず、行商一団を逃がした。怪鳥は中々離れてくれず、やむを得ず自分たちが怒らせる事で引き離したのだ。怒った怪鳥は流石にダレンに狙いを定めてくれたが。

 

「あの怪鳥は、未知に芽吹く直前だったみたい。この本が持つ残滓に引き寄せられて、接近した。ジブンらと邂逅を果たした怪鳥は結果として、未知に目覚めた」

 

 ヒシュの語る話は筋だけが通っている(・・・・・・・・・)。常識の在る学者は、これを屁理屈だと笑う事だろう。

 ……だが。

 

「だからジブンが、未知(UNKNOWN)を、狩る!」

 

 仮面の奥に隠された瞳が、喜と興奮の色に輝いていた。

 一番にヒシュが言いたかった台詞に違いない。これまでの理屈はさておいて、未知が近場に潜んでいるのは間違いない。単純に、人々にとっての『脅威』である強大な生物が、だ。

 それは自分の役目でもあり、狩人としての役目でもある。だから狩るのだと。そう、雄弁に語ってみせたのだ。

 ダレンは考える。ヒシュの言い分は兎角、未知と呼称される恐ろしい生物が密林に存在しているのは、紛れもない事実。ヒシュによって翼の意味を削がれている以上、飛べない未知は、少なくともその傷が癒えるまでは移動に手間取る。一度場所をつかんでしまえば、観測班が見失う事は先ず無いだろう。観察を続けているという村長の報告からも、未だ密林を出ていないのは明らかだ。そして強大なモンスターが近隣に潜み続けているという事態は、ジャンボ村にとって間違いなく不利益である。

 と、すれば。

 

「……わかった。私は君を信じよう、ヒシュ」

 

「おいおい。本気かダレン?」

 

 懐疑的なライトスの言葉を手で制し、ダレンはヒシュと向き合いながら口を開く。

 

「少なくとも、狩ると言うヒシュの言葉は間違っていない。あれは間違いなく人にとっての脅威だからな。それを目指すと言うのであれば ―― 」

 

 そう。ダレンもまたヒシュと同じく、通常の立場とは異なる切り口から狩猟に賛成する事ができる。

 あの「未知」は間違いなく、人にとっての壁となる。本を狙っていたのか。語られるような未知であるのか。それら尻込みする理由は全て、理性……生物の本能に由来する恐怖でしかないのだ。

 狩人たるダレンの側面は感じている。あれは狩るべき相手であると。

 だからこそ、書士隊たるダレンの側面は感じている。あれは知るべき相手であると。

 つまりは、王立古生物書士隊の調査対象になりうる生物なのだ。未知は。

 

「―― この地に住む一個人として。私達を救ってくれた友として。微力ながら私、ダレン・ディーノも協力しよう、ヒシュ」

 

「ありがと、ダレン。……ノレッジは?」

 

「はい。私もあの怪鳥のこと、知りたくなりましたから!」

 

 どうやらノレッジも同様の考えに行き着いたらしい。

 未知の消えた先。密林の方角をちらりを目に止めてから、ヒシュが真っ直ぐに向き直す。

 

「……あの未知が最後に見逃してくれたのは、未知が開花したのもそうだけど、ジブンらを敵と認めたから。認めたから、全力で相手をするつもり。だから ―― 時間がある。まず、ジブンはこっちの大陸での装備を作る。それと一緒に、ダレンとノレッジに狩人としての教習をする。そして最後に、密林の奥に待つ未知を、狩る」

 

 ヒシュが目標を掲げる。ダレン達の狩人としての日々が本格的に始まる事を、告げている。

 季節は繁殖期。

 生物が。 ―― そして狩人が最も活発に動く季節でもあった。

 

 

 






・unknown
 モンスターハンターフロンティアより、俗称・黒レイアさんを指す名称。
 強い。飛龍種の行動をごった煮にして繰り出してくる、真っ黒な飛龍。

 そのため、実際には本作のモンスターをunknownと呼称するのは間違いである。
 ただ、その方が分かりやすくまとまると思うので、本作においてはunknownを「骨格系統の動きをまとめて扱う黒い個体。超強い」と定義しておく。
 鳥竜種のunknown、といった扱い。
 
・古龍の書
 モンスターハンタードスに登場したアイテム。
 とある場所へ足を踏み入れるために必要となる。



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第十話 鳥竜の寄る辺

 緑に富んだ密林に、陽光が燦々(さんさん)と降り注ぐ。

 地に生えた草を()むアプトノスの親子が、遠く水平線の彼方から近づく何かに気付いて食事を止め、顔を上げた。

 しかし未だ遠くにあるそれは、点にしか見えなかった。親子は数秒後、何事もなかったかの様に食事を再開する。

 昼のテロス密林は空を落ちる水を飲み込み、潤沢な水源と成す。空に滑る滝が、幾重もの虹を描いている。

 点だったものは次第にその輪郭を明確にしてゆく。テロス密林の中心やや東。ギルド管轄フィールドに、一艘の船が近づいていた。船は浅瀬を回り込み、奥にある入り江に漕ぎ着ける。先端がやや尖り、後方には貨物。見かけは凡そ「普通」と言える外見であった。

 だが実際、これはヒシュらが古生物書士隊から譲られた船であり、凡そ普通とは言い難いもの。三角帆を操作して進む基本的な機能の他、王都の工匠達が腕を振るった装備の数々が据付けられている。ただし、未だネコとヒシュですら全ての機能を利用出来てはいないのだが。

 さて置き。ジャンボ村専属となった狩人らは未知(アンノウン)の住まう密林一帯を海路で迂回し、テロス密林のギルド管轄フィールド……通称「密林」に到着していた。繁殖期に入り、ヒシュらはジャンボ村の狩人として正式に登録。同時に、ダレンとノレッジの狩人としての修行も始まった。「密林」へと訪れたのもその一環である。

 船が完全に停止し、砂浜に乗り上げる。縄を使って手当たり次第括りつけて固定を終えた。

 皮の鎧を身につけた少女が薄桃の髪を揺らして木製の足場を伝い、船を降りる。悠然たる水の光景を見上げて、ほうと感嘆の溜息を漏らす。

 

「昼に来ると、また違うものですねえ」

 

「はい。テロス密林のフィールドは、昼と夜とで環境が大きく違います。その1つが、雨が降っていないこと」

 

「あっ、手伝います!!」

 

 後を追って降りたネコがテントを張りながら解説を付け加える。ノレッジも慌てて骨組みを支え、ネコは礼を言って続ける。

 

「もう1つは夜間の海面の水位上昇ですね。いずれも狩りの際には留意しておくべき点であると言えるでしょう」

 

「ふえー……あの。質問です、お師匠!」

 

 手を挙げ此方を見つめるノレッジを、帆を畳んでいたヒシュは律儀に名指しする。水辺に響く滝の音に負けぬ、凛と響く声で。

 

「どうぞ、ノレッジ弟子」

 

「はい! あの、わたし、実地調査はクルプティオス湿地帯やアルコリス地方の森丘が殆どだったので判らないんですが……一応、湿密林に対する雨の影響については想像がつきます。爆薬などにあの大きな雨粒の影響があるんですよね。視界も悪くなりそうです。でも、水位は何か関係があるんですか? 陸地の面積からしても、島1つが埋まるような激しい水位上昇があるわけでもないでしょうし……」

 

 この質問の意図を察したヒシュは脳内で感心しつつ、ノレッジという狩人の評価を上げる。

 畳み終えた帆を物陰に移しながら、かくりと頷く。

 

「どちらかというと、ジブンら狩人にとって、雨は不利に働く。水位もその一環」

 

「―― 成る程、どちらでも……というのではなく、不利にか。確かにな」

 

「ん」

 

 割って入ったのはダレンの声だ。船から支給品の入った箱を船外まで運び出したダレンは、箱を砂浜においてからむぅんと唸る。唸り、暫しの間を置いて、確かめる。

 

「ヒシュ。それは私達が狩人だから、だな?」

 

「ん。そう」

 

「流石はディーノ先輩っ! 判るんですかっ!?」

 

 大仰な身振りで驚いてみせる後輩に苦笑しつつ、ダレンは自らの師匠にもなった仮面に向けて話を振る事に。

 

「あぁ、予想程度のものだが。……ヒシュ、頼んだ」

 

「うん。ジブンら、狩人。狩人だから、何がしかの獲物を追ってフィールドに入る。……雨は獲物を探すための痕跡を、奪ってしまうから。足跡とか匂い。糞とかね」

 

「テロス密林の降雨量と勢いは、かなりのものであると聞き及んでおります。強い雨であればあるほど、獲物は追い辛くなると言う事ですね」

 

「ん。そして水位が増すと……」

 

 ヒシュが海のある側を指差した。どこまでも明るい海原が陽光を浴びて底まで透け、一面緑色に輝いている。

 

「水位が増すと、水棲の生物が浅瀬まで出て来る。この辺だとラギアクルスとかロアルドロスはいないらしいけど、ガノトトスとか、やばい。……そうなったら、今のジブンらは狩りを中断せざるを得ない」

 

「狩人の錬度が高ければ返り討ちにする事も可能ではあるでしょうが、それはドンドルマやメゼポルタで大枚叩いて凄腕共を連れて来ていなければならないでしょうね。今回はあくまで鳥竜が狙いですので、魚竜がお来しになられたならば、私共は迅速に退散を致しましょう」

 

「いずれにせよ、今回の狙いは魚竜ではないからな。行動次第で、海は十分に避けられるだろう」

 

 確かに、陸を駆け回るならば魚竜の恐怖に怯える必要も無い。

 だが、ノレッジは考え込む。海中湖中に魚竜が潜み、獲物を耽々と狙う様に。今は明るく美しいこの海も、夜になると一変し、暗くうねる海原へと変貌するのだ。そう思えば、寄せては引く波の1つ1つがおぞましくも思えてくる。

 ……思えてくる、の、だが。彼女の思考はここで切り替わる。

 

「あ! でもそれって、雨だと陸棲のモンスターからは逃げ易くなるって事でもありますよね! 視界は悪くなりますし、足跡も追われないですし、匂いは流されますし! あときっと、火も良く消えますよねっ!!」

 

 美点と言う名の大樽爆弾Gが炸裂する。

 ぽかんと弛緩する空気の中、ヒシュだけが仮面の内にぷっと吹き出した。脳内では、少女の評価をもう一段階上げておくのも忘れない。

 

「……うん。そだね。流石は書士隊員。面白い人、多そう」

 

「いや……ノレッジ・フォールは出自といい経歴といい、かなり異色なのでな」

 

 予想外の流れではあったものの、場も(ほぐ)れたであろう。実践訓練を兼ねた狩猟と言う強張りを避け得ぬ状況にあったダレンとノレッジ、その身体から力みが抜けたのが見て取れる。

 ヒシュにも幾許(いくばく)かの余裕が生まれた。自らの腰につけた鉄製の武器3つ(・・)を確かめつつ、4者1組。狩人としての古き慣わしに則った、3人と1匹を見回して。

 

「それじゃあ、キャンプが整い次第、行く」

 

「狩猟、開始ですね」

 

「了解した」

 

「はぁい!」

 

 密林のフィールド、その内へと。

 獲物に向けて、歩を進めてゆく。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 生い茂る木々の最中(さなか)。複数の青い鱗が踊り、狩人達を取り囲んでいた。

 辺りを囲んだ走竜……ランポスに向けて、狩人の少女が引き金を絞る。射撃は正確。放たれた通常弾は空気の抵抗を受けながら僅かに湾曲し ―― 狙い違わず頭部を打ち抜いた。

 射手である少女・ノレッジの持つ『ボーンシューター』は、生物の骨を素材として作られる重量級の(いしゆみ)である。彼女はその発射の「癖」を熟知し、湾曲を計算に入れた上で射出を行っていた。

 狙っていたランポスが動かなくなったのを確認し、通常弾を装填し……瞬間。ランポス達の動きが止まった。狩人達も足を止め、周囲を見回す。

 群れの視線が集まった先。一段高い洞窟の中から、囲むランポス達よりふた回りは大きな個体がゆっくりと歩み出ていた。ノレッジが思わず唾を飲み込む。

 

「……ドスランポス、お出ましです!」

 

「相手をするぞ。……はぁっ!! ……落ち着いて対処をすれば、今のノレッジ・フォールであっても狩れぬ獲物ではない筈だ!」

 

 右後方から飛びかかろうとした子分のランポスを斬り飛ばしながら、ダレンが叫んだ。ノレッジははい、と大きな声を返し、ドスランポスを射線上に捉えるべく移動を開始する。

 移動しながら観察する。その身体はノレッジを遥か超えて高く、長い。周囲の個体と比べて一際目立つ赤いトサカ。長い爪。―― ドスランポスと呼ばれるランポスのボス個体。ランポスの中でも経験を積んだ者が成る、一団の長。

 ヒシュとネコ、そして彼を素材として作られる『ドスバイトダガー』を持つダレンも対峙した経験を持つ相手。隊唯一の例外が、ノレッジだ。元が地質調査隊や糞便調査収集係であった彼女にとって、中型以上の相手と遭遇した場合には護衛として同行した狩人が相手をするのが常であった。

 しかし、今は違う。

 

「やっ!!」

 

 銃口を向け、足場を固めて銃弾を放つ。銃身から弾き出され、僅か置いてドスランポスの頭が次々と炎に覆われる。3発を撃ち切ると弾倉が空になった。

 此方の銃撃を意に介せず身を低く。鳥竜の脚の筋肉が盛り上がり、大きな身体が、跳んだ。

 銃身を楯に……は、不可能。受け止めるには体重が乗り過ぎている。ノレッジは判断するや否や重量級の弩を抱きしめ、一目散に転がった。

 

「―― クァアアッ!!」

 

「ひやぁっ!?」

 

 つい先まで自分がいた位置を、頭部の鱗を少し焦がしたドスランポスの爪と牙が襲う。少しでも判断が遅ければ。そう考えてしまった思考を奥底へと追いやり、身を低くしたままで再び弩を構える。

 弩に照準機はついている。しかしそれを向ける動作自体、角度も速度も感覚頼りだ。

 再度放たれた火炎弾は、振り向き際の喉笛を捉えた。流石に、ドスランポスが大きく仰け反って後退する。

 首を起こす。一度吼えたかと思うと、ドスランポスはそのぎょろりとした眼を血走らせた。嘴を上に向け、けたたましく吼える。

 

「クァアッ! クアアアッ!!」

 

 甲高い鳴き声が密林の木々と岸壁に反響する。ノレッジも憤怒の色を肌で感じる。激昂しているのだ。

 周囲で遊撃をしていた子分たるランポス達が、長の命令に従い一斉に動き出そうとする、が。

 その動き(ばな)を、どすりという鈍い音が挫いた。

 

「わざわざ、一斉攻撃の機を教えてくれるなんて、親切」

 

「長としては正しい行動ですが、所詮は走竜。思慮に欠けた行動でしたね」

 

 飛び出たヒシュが身を低く接近。『アサシンカリンガ』で周囲から飛びかかる寸前の子分(ランポス)の1頭、その喉笛を引き裂いていた。反りを持つ刀身は鱗に覆われていない喉の皮膜を貫き、傷間からおびただしい血が流れ落ちてゆく。

 飛び出たネコは身の小ささを活かし、ヒシュの倒したランポス……その更に隣のランポスの腹部を『ユクモノネコ小太刀』で突き刺していた。2頭のランポスが地に倒れ込む。

 ここで初めて、走竜の組織的な包囲に(ほつ)れが生まれていた。

 この機を逃さず、残るダレンとノレッジはその解れを突いて海岸側へと走り抜けた。武器を振り回してランポスの子分を牽制しつつ、ネコとヒシュが追う。木の植生している部分を抜けて砂浜まで来ると、ランポスの一団と正面から対峙する形となる。視界も取れた。これで仕切り直しが出来る。

 

「ノレッジ、周囲の子分は私とネコに任せておけ」

 

「その代わりあの長を頼みました、ノレッジ殿」

 

 ネコが左に、ダレンが右に展開し、木々の間から無数に沸くランポス達を相手取ってくれる。

 真正面。ノレッジは5匹を護衛として尚残す、ドスランポスの狡猾さを睨む。

 

「ノレッジ」

 

「……お師匠!」

 

 睨む横から、仮面の狩人が歩み出た。

 ジャンボ村の鍛冶師となったおばぁがさっそくと打ち直した『ハンターナイフ改』を右手に。鉱石を使って新たに鋳造した『アサシンカリンガ』を左手に。両の刃が血雨に濡れ、ぬらりと金属質な輝きを放っている。

 そのまま、両腕を弛緩させた構え。一瞬だけ横目にノレッジへ視線を送り……ぐっと握った拳を突き出す。

 

「いける。頑張って」

 

「……はい! 頑張ってみせますよ!!」

 

 励ましの言葉を残して、ヒシュはランポスの群れの真っ只中へと飛び込んだ。

 目前に居たランポスを強度の増した『ハンターナイフ改』を叩き付けて退かし、横で突っ立っていたもう1頭を『アサシンカリンガ』を突き刺して退ける。腕だけは新調した『アロイアーム』。鉱石を主として作られた腕甲に牙を向けた個体を適当に噛み付かせておいて、体重を掛けて足元へと引き倒す。鬼神の如き暴れっぷりに、残る2頭は足並みを揃える事すら叶わず、その場で立ち止まってしまう。

 凄まじいまでの殲滅力。ノレッジとドスランポスを結ぶ射線が空くのに、ものの数秒かかりはしなかった。

 奥に居たドスランポスはというと、子分の様子はあまり気にかけず体勢を……首を低く。力を溜めていると悟った瞬間、ノレッジは引き金を引いていた。

 僅かに着弾が勝る。ドスランポスは着弾を無視して跳躍。子分達を斬伏せるヒシュをも飛び越え、ノレッジに向かって牙を剥く。

 だが、その牙がノレッジに届く事は無い。

 

 ―― ゴガァンッ!

 

「クゥアッ!?」

 

 先の射によって頭に張り付いた徹甲榴弾が炸裂し、宙に在るドスランポスの身体を横へと吹飛ばしていた。

 頭に、しかも不意をついて爆発したのが効いたのだろう。ドスランポスは目を回し、四肢を地に投げ出した。ノレッジは間髪入れず、その腹目掛けて貫通弾を撃ち込む。

 装填(リロード)、射出。装填、射出。9発を狂いなく打ち込むと、貫通弾は遂にその腹を突き破る。走竜の長は立ち上がる事既に叶わず。それでも無理に立ち上がろうと力を込めた拍子に傷から臓物を垂れ流して出血、絶命した。

 長がいなくともランポス達は狩人を襲い続ける。だが統率されていないランポスならば、狩人によって全てが狩られるのも時間の問題である。

 ダレンが突き刺さった『ドスバイトダガー』を抜き、ノレッジが目前のランポスに散弾を射出する。群れの内、最後のランポスが木々の間に倒れ込んだ。

 各々が警戒しながら自らの得物の血と脂を拭う。戦闘の興奮が僅か醒めれば、辺りに血と僅かな硝煙の匂いが充満していた。

 残党への警戒を段々と緩める最中、ヒシュがすかさず手に持った球体を放る。球体はぼふんと炸裂し、一帯を煙で覆い始めた。煙がそこかしこから立ち上り、なまぐさい血臭から刺激の少ない透き通った香りへと臭気が塗り換わる。ノレッジも良く知るこの香りは、落陽草特有のものだ。

 

「お師匠、それは?」

 

「消臭玉。血の匂いさせてても、良い事なんてないから。……ロックラックでのあれは、二度とゴメン」

 

「肉食獣や屍食の獣を呼び寄せるだけですからね。これならば僅かですが抗菌の効果もあります。消臭玉の効果がある内に、早い所剥ぎ取りを済ませてしまいましょう」

 

 ネコの促しによって各人がランポスの剥ぎ取りを始めた。一際大きいドスランポスの解体は、ヒシュがノレッジに指導しつつ行った。火炎弾の射撃によって焼かれた上に爆破まで加えられた頭は利用不可能な程に傷ついていたが、他の大きな傷は腹や喉などに集中している。爪や鱗、尾の側の皮など、主要な部分は問題なく利用することが出来そうだ。

 

「―― と、これで良いですか?」

 

「ん、お見事。……どうせ頭はジブンみたいな物好きしか使わないから。気にしない」

 

「お師匠は使うんですねえ」

 

「ええ、そうですね。我が主はモンスターの頭部を被り物に加工する奇特な趣味がお有りなので」

 

「ウン。部族の決まりだからね」

 

「仮面だけでなく被り物もか。……まぁ、いずれにせよ一段落だな」

 

 剥ぎ取りを終えたランポスの死骸を見やり、ダレンが胸を撫で下ろす。相対してか、ヒシュが首を傾ぐ。

 

「……依頼名を『鳥竜の寄る辺』、って言ってた。けど……ドスランポス、区分的に、走竜下目?」

 

「いや、竜と区別する為の基本的な判断基準は骨格として嘴を持っているか否かになる。ドスランポスやドスゲネポスなどの走竜も、大別すれば鳥竜だな」

 

「わかった。鳥脚亜目から、鳥竜」

 

 自らが書き込んだ図鑑を広げながら呟くダレンとヒシュ。その間にドスランポスの素材を括り終えたノレッジは額を伝う汗を拭い、そして、ふと思ったことを口にする。

 

「それにしても、ランポスの群れと2つ(・・)も遭遇するなんて。わたしが特訓のために相手をした、さっきのドスランポス……2頭目は、依頼には記述されていなかったですよね?」

 

「ふむ。……受付嬢のパティ殿が、あの『未知』の影響で密林一帯の狩猟環境が安定しないらしいと仰っておりましたね。その影響でしょうか」

 

「有り得るな」

 

 疑問を浮かべるノレッジに、ネコとダレンが相槌をうつ。だが少女が語る通り、ヒシュらは既に2つの群れを返り討ちにしていた。

 ギルドが扱う依頼(クエスト)には、幾つかの種類が存在する。

 「採取クエスト」は先の落陽草採取のように、依頼品を規定量納品するもの。

 「狩猟クエスト」は対象の生死を問わず、狩る。

 「捕獲クエスト」は罠と薬品を駆使してモンスターを生け捕りにする、かなり難易度の高いもの。

 その中でも今回ヒシュらが請け負った依頼は「鳥竜の寄る辺」と銘打たれた……複数の大型モンスターの狩猟を目的とするクエストである。

 本来ジャンボ村などのようにギルドの支部を通じて依頼を受ける場合、狩人の力量を見極めながら段階的に依頼を行う。ギルドに村専属のハンターの力量を知らしめる意味合いは勿論の事、辺境における狩人と言う人材は貴重なものでもあるからだ。狩人は損失を避けるべき財産なのである。

 だが未知の怪鳥が居座っている以上、行動が早いに越した事は無い。村長は特別、ヒシュの実力を知っている為、伝を使って一足飛びに大型の複数狩猟依頼を受注したのだ。

 難易度の高いものを受注した他、ヒシュが複数のモンスターを狩るクエストを受注したのにも理由がある。それらは主に、時間と報酬を天秤にかけて算出された「得」に由来する。

 モンスターを狩る他の目的として、ダレンらの狩猟訓練やクエスト達成による報酬を村に還元する事……その他、狩人としての装備品を整えると言う思惑があるのだ。その為にも、ヒシュはジャンボ村の鉄火場に足繁く通い、日夜鍛冶師たるおばぁと共に試行錯誤を繰り返しているらしい。

 作っておきたい武器、防具。武器はヒシュやネコがかつて愛用していた物に似せた「模造品」であるとダレンは聞いた。おばぁが図面を睨みながら「こんなモンを作って大丈夫なのかい?」とヒシュに向かって確認していた事を鑑みるに、かなり難儀する代物であるに違いない。だからこそ、その為に狩るべき獲物も難儀する。モンスターの数と種類を相当数狩らなければならなかったのだ。

 時間が足りないとまでは言わないが、その間に密林の危険度が跳ね上がる。村を発つ前日の事。あの未知(アンノウン)の動向を探るべく、直接姿を捉えようと密林奥地に接近した気球が一機、遠方から放たれた蒼炎によって落とされてしまったらしい。それを教訓として今はかなり遠隔から「潜んでいるであろう」密林の高地を観測している。が、時間が経つに連れて監視は難しくなるだろう。

 監視が不可能になれば、街から別の狩人が派遣されてしまう。遣わされた狩人達があの未知(アンノウン)を凌駕する、狩人の歴史に名を刻む凄腕ならばなんら問題は無い。だが今世、凄腕と呼ばれる狩人は多忙であり、大手のギルドにあるその席は空いてばかりだと聞く。そしてそもそも、ギルドの通例として始めに派遣される何名か ―― 斥侯としての役目を持つ調査隊や狩人は、間違いなくあの未知(アンノウン)の危機に晒される。見識のあるヒシュらが向かわない限り、この点については替わり様が無い。

 ならば、出来る限り遠征を少なく。時間を節約し、複数の獲物を現地で次々と狩る。そんな方針が今回の「得」として勝ったのである。

 

「さて……ん、と。おいで、オリザ」

 

 キャンプへ持ち帰る分を纏めた頃合を見計らい、ヒシュが腕をくるくると回す。首元にかけた笛を吹くと甲高い音が空へと響き、羽音が返る。空に浮かぶ気球から1羽の影が降りて来た。

 浮かぶ気球が光源を明滅させる中、太陽を背に。2メートルを超える翼をはためかせて減速し、影はヒシュの腕甲にとまる。

 

「よし、よし」

 

「―― ルッ、クルルゥッ」

 

 大鷲(おおわし)だ。翼に踊る羽の1枚1枚が洗練された形状で、束ねられた尾羽が稲穂のようにゆったりと揺れている。黄色の嘴と爪。目は伏せられているが、眼光だけが鋭く鈍い猛禽の輝きを放っていた。

 ヒシュが腕を掲げその喉を撫でると、オリザと呼ばれた大鷲は目を瞑り、成されるがままに喉を鳴らす。

 

「ヒシュ、その大鷲は?」

 

「友達。結構気が合う」

 

「……申し上げます、我が主。ダレン殿が聞きたいのはそうではなく、オリザの役目についてでしょう」

 

「うん? そうなの、です?」

 

 ダレンが頷く。

 主から視線を受け、その代わりに説明をすべく、ネコが背筋を正して一礼。オリザと主を見やりながら。

 

「オリザは我が主の伝書鳥を勤めております。先日の荷物輸送時に同じく、向こうの大陸から送られて来たのですよ」

 

 ネコの説明に成る程、と思う。ダレン自身も隊長職として、書士隊連絡用とギルド連絡用の伝書鳥を4羽ほど飼っている。とはいえ彼らはあくまで野生の動物。大型の生物が数多く飛来する狩場に連れて来る……ましてや狩場から直接連絡を取るなどというのは、非常に難しい。着いて来るだけなら可能かも知れない。だが伝書の中途で逃げ出してしまう可能性が非常に高く、そうなってはまともな連絡すら取れなくなる。だからこそダレンも、鳥達はベースキャンプで遊ばせているのだ。

 だがヒシュの大鷲は違うらしい。狩場に降り立つ事が出来、信頼して伝書を依頼できる。自然界の狩人である大鷲故の所業だろうか。便利さと、大鷲と言う気難しい狩人を手懐ける大変さ。これは、わざわざ大陸を超えて輸送を依頼したと言うのも頷ける。

 そんなダレンの視線をどう受け取ったのか。ヒシュは仮面を傾けて、んーと唸った後に。

 

「ジブンの知り合いの書士官の人も、珍しい鳥、友達」

 

「ああ、あの書士官殿か。奔放なお人だからな」

 

 大鷲の珍しさに唸っていると思われたらしい。ヒシュは知り合いの色んな意味で有名な書士官……恐らくはダレンも知っている彼であろう……を引き合いに出した。

 ダレンは顎を掻き、

 

「まぁ、伝書鳥が狩場の中にも居てくれるのならば心強い。それで、どうする? このまま行くのか?」

 

「んー……目標、結構動き回っているみたい。出来れば1つ所で戦いたい。から、夜を待つ」

 

「ふむ。今度こそ、相手は翼を持つ鳥竜です。先とは違い本日はフィールドでの狩猟。とはいえ、我が主の言う通り、準備をしておくに越した事は無いでしょう」

 

 言う間にもヒシュは釣竿を組み立て、採取を行う用意をしている。どうやら釣りをするらしい。その肩には翼を畳んだ大鷲が鎮座しており……成る程。オリザの食事の時間を兼ねて、という事なのだろう。

 

「狙う獲物、何匹か、いるから。目指せ鯛公望」

 

「あ、釣りですか? でしたら是非わたしにも教えて下さい! この間行商の人達から色々な弾の調合方法を教わったので、採取も勉強したいんです!」

 

「でしたら私はベースキャンプの番をしましょう。用具は持ってきてますし、調合と夕食の準備をしてお待ちしております故」

 

 ……成る程。現地調達の手腕もまた、狩人としての技量には含まれるか。

 ダレンはそんな事を考え、自らも採取の同行に手を挙げた。

 

「判った。私も行こう」

 

「ん。それじゃあまず、植物をなるべく無駄に使わないための刈り取り方。釣りミミズの探し方と、それから魚の捌き方。破裂するのとかは、色々と覚えておかないといけないし……魚を捌くのに慣れたら、鹿(ケルビ)草食竜(アプトノス)の捌き方。順番にやる」

 

「わっかりました!」

 

「あとは、そうだな。今の内に光虫の発光器官の取り除き方を練習しておきたい。その辺りで捕まえてくるか」

 

「ならば私は、その辺りの用具もキャンプに揃えておきます故」

 

 まだまだ学ばなければならない事がある。

 今日こなす課題を指折り数えながら、ダレンは改めて感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 太陽は姿を隠し、密林に雨が降り出した。

 隠れた太陽と入れ替わりに夜を好む生物達が動き出し、静かな息遣いが雨音に隠れて木霊する。

 狩人達はベースキャンプを出立し、鳥竜種が住処にし易い洞窟の中で息を潜めていた。群れを成すケルビが泥に埋まるヒシュを見つけると、何事かという視線で匂いを嗅ぎ、首を擦り付ける。

 ヒシュはそれを撫でると共に片手で押しやり、

 

 ―― ゥゥ、

 

 折り重なった植物の葉に滴る雨音 ―― その内に紛れた風斬音を聞き取った。

 ヒシュは手だけを掲げ、ひらひらと動かす。合図を見た残り3名が、返す。ヒシュとネコ以外には未だ聞き取れない大きさの音。ダレン達には判別できないが、しかし遅れて耳を動かしたケルビ達が一様に逃げ出し始めた。大型の生物が接近しているのは確実であろう。

 風斬音は次第に翼を動かす音へと変わる。ノレッジやダレンにも視認出来る距離。曇天の空から地へ、「次の獲物」が降り立った。

 降り立った後、先ずは頭を掲げて周囲を見回す。イャンクックに一周り肉が付いた様な、ずんぐりとした暗くて藍色の身体。目は黄色く濁り、隈によって縁取られている。奇妙に歪んだ嘴。耳は無い。が、代わりに頭頂部に鶏冠(とさか)が飾られている。

 一言で言うと、奇妙な鳥竜だった。「怪鳥」の名を冠するイャンクックは外見こそ変わっているが、明るい体色も相まってか愛嬌が感じられた。だがこの鳥竜は体色から外見まで、それ以上に「不気味さ」が引き立っているのだ。だからこそ、狩人らの警戒心を掻き立てる。

 降り立った鳥竜はその濁った目を動かすと、目の前に在る、とある「異物」に気が付いた。

 鳥竜種は総じて警戒心が強く、臆病な性格であるモノが多い。この奇妙な外見の鳥竜も例に漏れず、異物を警戒しながらその周囲をゆっくりと歩き出す。

 しかし異物は動かない。鳥竜は、間近に確かめようと鶏冠の立つ頭を近づけた。

 一挙手一動作を窺っていたノレッジが息を止める。間違いなく機だ。振り絞り、引き金を引く。バシュンという音と共に、両の手と地面によって固定された『ボーンシューター』が火を噴いた。放たれた弾はしかし鳥竜を捉えず、その目前へと着弾する。

 そう。目前に在る異物 ―― 積み重なった大樽爆弾へと。

 

「クァクァクァ! ――」

 

 ―― ズガァンッ!!

 

 衝撃によって作動する信管。膨大な光と熱が鳥竜を吹飛ばし、破砕音が洞窟を蹂躙する。

 狩人達が一斉に泥の中、落ち葉の中から起き上がる。爆音が響き渡る中を、獲物に向かって駆けて行く。ノレッジだけが再度の射撃を行うべく弾の装填を行って。

 最も早く接近した仮面の狩人が、ぼそりと呟く。

 

「竜盤目、鳥脚亜目、鳥竜下目、ゲリョス科 ―― ゲリョス。毒怪鳥、狩る」

 

 自らの3倍はあろうかと言う鳥竜に向かって『アサシンカリンガ』を振り上げた。

 






・テロス密林について
 モンスターハンター2(ドス)の舞台、ジャンボ村近辺の湿密林地帯を指す名称。
 海と森、洞窟に遺跡までてんこ盛りのロマンの塊。
 大全の地図を見るに大陸の南東側は広く緑に覆われており、一帯をテロス密林と呼んでいる可能性がある。
 植生からみるに、樹海とはほぼ同緯度にあると思われる。同大陸なのか新大陸なのかは定かではないが、本作における樹海は新大陸のフォンロン南側と位置付けている。理由は色々あるが、主にトレジャーや大全からみる黒の部族(ナルガクルガと共生しているっぽい部族)がジャンボ村には影響を及ぼしていなかった事から。素直に考えるならこれはナンバリングの順番のせいなので(ドス→2nd)考えすぎである。


・知り合いの書士官の人
 似たような鳥を伝書鳥にしている、具体的に言えばナンバリング「MH4」の団長の事。


・貫通弾
 読んで字の如く。流石に無条件に貫通したら強すぎるので、刺突する類の弾丸という事になりました。
 ガンナーからすると適性距離さえ掴んでしまえば運用しやすい部類の弾丸だと思われるが、強さはナンバリング(調整)によって違う。



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第十一話 毒怪鳥

「―― クァ! クァクァァーーッッ!!」

 

「くっ……またか!」

 

「左右に。ジブン、こっち」

 

 紫色の液体を避け、ヒシュとダレンが左右に飛んだ。分たれた中央部を、毒怪鳥 ―― ゲリョスの巨体が駆け抜ける。紫の液体は突進を避けたダレンの数歩先に落下し、べちゃりと広がる。目と鼻を刺激する臭気が立ち込め、ダレンは慌てて液体から遠ざかった。

 毒怪鳥はそのまま口から毒液を吐き捨てつつ、洞窟を縦横無尽に駆け回る。嘴を大きく揺らし、終には身体を横たえて。力の続く限り脚を動かすその様は、正しく「狂走」と言うのが適切であろう。

 その暴れる様を見ながら、ヒシュは呟く。

 

「ええと。狂走エキス、だっけ」

 

「ああ。興奮した毒怪鳥は体内で疲労を分解する特殊な体液を生成し、殆ど疲労を感じる事無く走り回る事が出来る。……この様にな」

 

 ダレンが楯を向ける先では、倒れこんだゲリョスがすぐさま起き上がり、狩人らの方向へと身体を回している最中だ。つい先まで走り回っていたとは思えない体力だ、と、ヒシュは仮面の中で感嘆の吐息を漏らす。

 毒を避けるため遠くから射撃を行っていたノレッジが『ボーンシューター』に弾を込め、装填。がちゃりと小気味いい音を鳴らし、銃身を再び毒怪鳥へと向ける。

 

「此方です、ニャ!」

 

「クァクァ、クアァッ!」

 

 注意を惹くべく、ネコが鈴を鳴らしながら毒怪鳥へ向かって投剣。ぶよりとしたゲリョス独特のゴム質の皮膚に弾かれて地に落ちたものの、正確に側頭部を捉えた剣は矛先を変えるのに十分な一撃だった。

 両の脚で泥を掻き分け、毒怪鳥が突進。しかしネコはそれを難なく避け、倒れこんでいる内にノレッジが射撃。ネコ自身は弧を描いて走り、作戦を話すべく近寄った主の隣へと並び立つ。

 

「彼奴の体力が読めませぬ。観察時間を含め、戦いを始めて既に30分です。如何致しましょう」

 

「ん……ノレッジの疲れもあるから、そろそろ決めたい。……タブン、だけど。決定的な攻勢が必要。となれば、次、合図する」

 

「判った」

 

 ダレンが頷き、1人離れたノレッジもサインを返す。ゲリョスが此方を向く前に、残る3人も素早く散開した。

 ネコとダレンが中距離で毒怪鳥の次手を窺う中、仮面の狩人だけが真っ直ぐに接近していた。すると、立ち上がったゲリョスが嘴を打ち、カチカチという音を響かせ始める。

 

「―― いきなり。でも、来た」

 

 ヒシュはゲリョスの行動を見るなり奇妙な形をした板を取り出し、仮面の上から眼を塞ぐ。その板は半透明で、黒色に透けている。

 後手に剣を振り回し、合図を送る。ダレンが中継して同じ動作をし、ネコとノレッジへ伝える。

 

「攻勢の機、だな」

 

 言ってダレンはハンターヘルムの上から同じく半透明で黒色の眼鏡を着ける。明滅の感覚が狭まったかと思うと、毒怪鳥は翼を広げて頭を掲げた。

 次の瞬間、光が(ほとばし)り……辺り一帯を閃光に包む。

 ゲリョスは確かに、鳥竜種に属している。だがイャンクックと同じなのは殆ど骨格だけ。毒怪鳥は多種多様な生体を持つ ―― 実に奇妙な鳥竜なのである。その1つがこの行動であり、上方向に湾曲した奇妙な嘴と鶏冠(とさか)とを激しくぶつける事で、鶏冠から閃光を発するのだ。

 首を立て高く掲げた鶏冠……その中の「ライトクリスタル」が弾け、光が溢れる。高所から照らされ、洞窟も泥も、真昼を越えて白色に染まる。

 だが、狩人達は止まらない。

 

「知恵、なめないで」

 

「接近戦です。行きましょう、我が友」

 

 閃光の中を接近したヒシュとネコは、はっきりと目前の毒怪鳥を捉えていた。

 雪山などを観測する観測隊が眼を保護するために用いる、遮光晶という道具がある。薄黒いその水晶は、本来陽光などを遮る目的で使用される。だが今回ゲリョスを狩猟するにあたって、ダレンから情報を得たヒシュは、閃光対策としてその遮光晶を用意していたのだ。

 4人はそれぞれの形で遮光晶を使用し目を保護している。通常瞼を貫いて網膜を焼きつける毒怪鳥の閃光も、後は目を瞑るだけで十分だった。ダレンにも、遠くで射撃の機会を窺っていたノレッジにも、毒怪鳥の姿はくっきりと見えている。毒怪鳥渾身の目眩ましは、入念な準備を行った狩人らには通用しなかった。

 

「クァクァッ!?」

 

「一斉射、行きます!」

 

「ジブン、翼」

 

「ふむん。私は足を」

 

「ならば脇腹だな」

 

 攻勢の機。ノレッジは剣では届かない高所を。ネコとヒシュとが左右に別れ、ダレンはヒシュの居ない側へ飛び掛った。

 突きつけられる刃と弾。自らの危険を悟ったゲリョスは慌てて翼を動かし、数撃を浴びせられた所で飛び上がって距離をとる。

 ふわりと浮いたと思うと、一足には飛び掛れない距離に降り立ち、素早く反撃に転じる。

 脚を中心として回転。その丸い身体を振り回して勢いをつける。勢いづいた尻を止め、先に生えた尾を鞭としてしならせた。ゴム質の尾はひねり、伸び、予想だにしなかった距離……射手として十分に距離を空けていたノレッジにも届くか。

 

「っ!?」

 

 重量級の弩は所持した者の移動を大きく制限する。狭まったノレッジの移動範囲全てを薙ぐであろう毒怪鳥の尾が、迫る。

 間に合わない。ノレッジは身を小さくし、来る衝撃に備えた。

 だがしゅぴっという奇妙な炸裂音が響くばかりで、いつまでたっても衝撃は訪れない。恐る恐る目を開く。

 

「……あ、お師匠!」

 

「危なかった、我が弟子」

 

 尾を避けながら後退したヒシュが、ノレッジの横の地面に、持っていた『ハンターナイフ改』を突き立てていた。ノレッジが身を低くしていたのも幸いした。限界まで伸びた尾はノレッジにぶつかる直前、勢いそのまま、突き刺さった剣へと巻き付いたのだ。

 拘束される事への本能的な危機感からか、毒怪鳥は慌てて尾を引き巻き取ろうとする。尾は剣を離れ ―― しかし。

 

「よっ」

 

「クァクァッ!?」

 

 今この時ばかりは、その伸縮性が仇となった。ヒシュは剣を抜いて尾をがしりと握り、そのまま自分ごと(・・・・)ゲリョスに巻き取られて行った。鞭として使用していない尾に殺傷力は無い。ヒシュはゴム質の尾に牽引されて浮かび上がり、とられた距離を一足に詰めてゆく。

 自らの尾と共にもの凄い勢いで接近してくる、木製の仮面と一刀。毒怪鳥の不気味な顔に明らかな驚愕が浮かぶ。

 

「腹」

 

 宙に在っても体勢は崩さない。十分な距離。ヒシュはあちこちを斬りつけた感触から最も軟く ―― 致命的な意味で有効であると判断した腹に狙いを定めていた。引かれる勢いそのまま、両手で構えた『アサシンカリンガ』を振るう。鋭く噛み付いた刃面はゴム質の皮を裂いて大きく抉り、腹から肉が露出する。

 

「クァァァ!!」

 

 痛みに悶絶するゲリョスが右に向けて倒れ込む。脚が宙を漕いでいる隙に、ヒシュが背後に立つ仲間に向けて拳を挙げた。

 

「了解です。逃がさない様、囲みます!」

 

「今の内、か!!」

 

「えっと、は、はい!」

 

 ネコが唯一空への出入りが可能な洞窟の裂け目の真下に、簡易の罠を仕掛けるべく走る。ダレンは接近し、ゲリョスの腹目掛けて愛剣を突き出す。ノレッジは銃身を向け装填していた火炎弾を次々と打ち込み、皮膜を焼く。

 明らかに狩人達が優勢だ。戦いを続けた毒怪鳥の身体は所々で血液が滴り、だがそれでも、立ち上がる。翼をばたつかせて間近の狩人を牽制すると、勢いをつけて身体を起こす。

 再び立ち上がった毒怪鳥を眼前に、狩人達は周囲を囲みながら行動を観察する。囲む環がじりと狭まった ―― その瞬間。

 

「……クァァァァ……クァ」

 

 ―― ドスゥン。

 

 毒怪鳥は地面に向けて、思い切り倒れこんだ。白目を剥き、翼も身体も弛緩し。口元からはだらりと舌まで垂れている。

 実際の所ゲリョスには、僅かながらに戦うだけの余力があった。ただ、まともに戦っては勝ち目が無いと悟ったのだ。つまりこれは、狩人達を騙す「死んだフリ」である。

 だが相手が悪い。毒怪鳥が相手にしているのは、多種多様な生物達の研究を行う王立古生物書士隊なのである。ゲリョスは比較的現存数の多い生物だ。その生態は、取り寄せた書物の中にしっかりと記されていた。しかも毒怪鳥の様に特徴的、かつ狩人が実際に痛い目にあう……「死んだフリ」の様な行動を持つ生物ならば尚更である。

 そうと理解しているノレッジは、数歩分の距離を保ちながら、地に臥すゲリョスを指差した。

 

「あのぉ、お師匠。これって……」

 

「……尻隠さず。鶏冠が光ってる。ダレン?」

 

「これが死んだフリ、だろうな。流石は毒怪鳥と言った所か」

 

「ふむ。ですが、生気が感じられません。獲物ながら見事なものですね」

 

 毒怪鳥が人間の言葉を介す事が出来たのなら、この話し合いを聞いて外聞も恥も無く逃走していただろう。だが残念ながら、幾ら多種多様な生態を持つ毒怪鳥とて、言語の理解ばかりは不可能だった。

 

「死んだフリ。……なら、麻酔をかける」

 

 仮面の狩人だけが毒怪鳥へと近づく。

 呼吸を止め脈までも止め。迫真の死んだフリのままひっそりと反撃の機を窺う毒怪鳥。

 歩み寄る仮面の狩人が、腰から……今回の「密林」遠征にあたり鍛冶のおばぁが製作した最後の1本 ――《大鉈》を抜いた。

 今だ改良の中途ではあるが、ヒシュの要望をある程度再現する事に成功したその《大鉈》。

 密林に現存する鉱石……中でも硬度と希少価値の高い「マカライト鉱石」をふんだんに使用し、帯毒と頑丈さの機能を両立して重視した、間違う事なき業物である。夜の洞窟の中にあって尚透明な輝きを放つ刃元には、帯毒の役目を果たす溝が掘られている。ヒシュは歩きつつ手馴れた動作で刷毛(はけ)を動かし、何やら液体を塗りこんだ。

 

「ん、眠って」

 

 ぎこちない片言とは対照的。流麗で淀みない一太刀に、全体重を乗せて飛び掛る。遠心力を利用して振り下ろした《大鉈》は横たわる獲物の腹……先程皮を抉り取った部位を正確に斬打(・・)し、その衝撃で塗られている薬液が勢い良く飛び散った。

 油断した瞬間に反撃をする。そう決めて隙を窺っていた毒怪鳥の意識が持つのは、ここまでだった。

 

「クゥクァクァ~!! ……クァァ~」

 

 飛び起きた毒怪鳥。だがその瞼は段々と閉じられ、身体が弛緩し、力なく地面に崩れていった。

 暫しの静寂。また死んだフリかと恐る恐る近づいたダレンがその顔を触るも、動き出す様子は無い。鶏冠に光は灯っておらず、開いた口からは呼吸すら感じられない。

 

「ヒシュ、これはどういう事だ?」

 

 思わず聞いていた。ダレンの知る「捕獲用麻酔薬」は、ハンターがモンスターを生け捕りにする為に使用するもの。拘束の上で使用する事で相手を昏睡(こんすい)させ、無力化を図るものだ。運搬を行う船上でも等間隔で投与され、昏睡状態を持続させる。同じ船の上で強大な生物が寝息を立てながら乗っていると思うと気が気でならかったのを、ダレンはよく覚えている。

 そう。だからこそ覚えている。寝息は、立てていたのだ。ここまで即効性……そして呼吸すらままならない様な効果をもつ薬ではなかった筈。

 そもそも「生け捕り」を目的とする場合、モンスターは出来る限り傷つけない事が前提となる。強力な薬を使用しては、使用されたモンスターが運搬中に死亡しないとも限らない。そのため「捕獲用麻酔薬」に関しては、死亡させず昏睡の効果を発揮する調合方法をギルドが特別に公開している。一般的に調合は狩人の秘伝または口伝で伝わるものであるのに……と言えば、ギルドがどれだけ苦心して公開しているのかが判るだろうか(とはいえ、調合には専門的な知識が必要になるため、一般的にギルドストアで市販されているものを使う狩人が殆どなのだが)。

 そして何より。玄人を遥かに上回るヒシュとネコの腕前もあってか苦戦こそしていないものの ―― 毒怪鳥は人々を脅かす、強大な生物(モンスター)なのである。ゲリョス自身もその名の通り毒を使用するためか、毒の類が効き辛いと聞く。その巨体に十分な効果を与える薬量の少なさもさることながら、これ程の強力な効果を発揮する薬品を、ダレンは知らなかった。

 だからこそ思わず口を突いて出た。そんなダレンの疑問に、木彫りの仮面が(かし)ぐ。

 

「どういう事って、どれ?」

 

「その薬だ。捕獲用の麻酔と聞いたが ―― 明らかに強いだろう、これは」

 

「なるほど。……んーん。これ、呼吸抑制、強い。ジブンの家特製の麻酔」

 

「それって、通常の捕獲用麻酔と違うんですかー?」

 

 弩弓を折ったノレッジがヒシュの横から恐る恐る毒怪鳥を眺めつつ、聞いた。聞きつつも、動かないと知るや鶏冠をつんつん突くなり、舌を引っ張るなり、やりたい放題。好奇心の向かう先が定まっていないのはいつもの事。それで痛い目を見るのはいつもノレッジなのだが、彼女は懲りていないらしい。

 ダレンは適当にあたりをつけて、ノレッジの肩に、(たしな)める程度にぽんと手を置く。

 

「ノレッジ・フォール。軽率だ」

 

「あう! ……あ、す、スイマセンでしたっ、隊長!!」

 

「私は良い。ただし、お前の師匠には謝罪しておいた方が良いだろうな」

 

「はい! すいませんでした、お師匠!」

 

「気にしない」

 

 ダレンは必死に頭を下げるノレッジと無感情なヒシュとのやり取りを腕を組みつつ見やり、まぁ射手としての成長はあったからな、と部下の肩を持っておくのも忘れないでおく。ノレッジに通常の捕獲用麻酔について軽く講釈をしながら、再びヒシュに尋ねる。

 

「で、だ」

 

「で、これ」

 

 ヒシュは腰に着けた3つの皮鞄の内、右の鞄から小瓶を取り出した。なめした皮と木屑の栓で厳重に蓋がされており、割れないための緩衝剤としてケルビの毛皮で全体を包まれている。

 両の手から剣2本と鉄の丸楯を投げ捨て、ヒシュは座り込んでから慎重な手付きで包みを外す。……中に入っているのはうす青く、粘性の強い液体だった。ダレンの記憶にある捕獲用麻酔薬はうす紅い色をした液体である。これは全くの別物と考えるべきだろう。青い液体というだけでどこか不安を煽られるが、麻酔……いや。

 

「既に毒だな、これは」

 

「うん。普通よりもっと強い……身体に害があるくらい、強い配合。呼吸の抑制。血流の抑制。体内器官の活動も、強く抑える。つまりこれ、省みない(・・・・)、殺す為の麻酔薬。ダレンの言う通り、むしろ猛毒」

 

「ふむ。……その様な毒の存在は、少なくとも私は聞いたことがない。ギルドに知られたなら、」

 

「―― そうでもない? かも」

 

 大変な事になる。そう続けようとしたダレンの言葉を、左に傾いだヒシュの言葉が遮った。

 

「だって、使い勝手が悪い。普通の捕獲用麻酔薬は常温で気化して気管に入り込むから、まだ良い。でもこれ、相手を弱らせた上で血流に乗せないと駄目。身体の内に(・・)直接叩き込まないと、意味が無い。だから結局、傷もつけられないみたいな、強大な相手には使えない。身体の大きなモンスターだったら、致死量も多くなるし」

 

 逃がさない為の、仕留める為の止め。狩られる側が瀕死であっても、狩る側を遥かに上回る……「彼我の生命力の差」があってこそ使う意味がある。ヒシュはそう続けた後、自らの言葉をさらに補足する。

 

「モンスターを殺すなら、外殻(そと)を貫かないといけない。人に使うとしても、使う様な……刃物を突き刺せる状況なら、そも、使う意味無い。暗殺も、こんな青いのが入ってたら気付く。口内からじゃあ効き辛いし、味で気付いてから吐き出しても十分間に合うし」

 

 ついでに、素材の作成に手間を要するため手間に合った見返りがあるかも微妙。などとここまで、実際に毒怪鳥へ絶大な効果をもたらした手製の薬を卑下しておいて。

 ……ヒシュの持つ調合の手腕や科学知識といったものが、恐らくダレンを優に上回るものだと言うのも十分に理解し。

 ヒシュが仮面の内で閉目し、でも、と(かえ)す。仮面の下顎だけがケタケタと揺れる。

 

「……でも、生物(・・)を殺すなら。ジブンの全部を注いで、命の為に(・・・・)命を懸ける(・・・・・)のなら。これも塗っておいた方が、きっと良い。その方が、後悔、しないから」

 

 紡がれた言葉に、ダレンは自らの本能が怖気立つのを感じた。

 仮面の内で瞼は閉じられている。意識的に閉じているのかも知れない。今のヒシュは間違いなく ―― 狩人の眼をしている。

 この雰囲気には感じ覚えがあった。あの未知(アンノウン)と対峙した際のヒシュがそうであったと思う。冷徹なようでいてしかし、生と喜に溢れた、異様でしかない雰囲気。

 ヒシュは「生物を」と言った。ハンターになる人間は多かれ少なかれ理由を抱えている。生きる為。必要に駆られてであったり、漠然と、あるいは金や栄誉の為と言う者も居る。

 だがヒシュはそのどれとも違う。狩るものとして生まれ落ち、生粋の狩人として生きてきた、純粋なる狩人。そう感じる眼と言葉だ。武器の扱いは当然。多種多様な知識すらヒシュの言う「狩人」の一部なのだと、この時初めてダレンの中で合致していた。

 ダレンの常識からすれば、そんな人間が実在するとは(にわ)かに信じ難かった。寝物語に語られる英雄譚の主人公。時代の傑物。遥か雲の上に手を届かす、輝ける狩人の頂。彼ら彼女らは例外なくその様な人物であったが、しかし、あくまで創作物と見聞に過ぎない。だが目の前に居て言葉を交わすこの狩人は ―― 実在する人間なのだ。

 

「ヒシュ、お前は……」

 

 まるで抜き身の刃だ、とダレンは思った。研ぎ澄まされたそれは強く、危うく、美しいとも。

 彼または彼女の生い立ちがそうさせるのだろうか。ダレンは考えを(よぎ)らせ、

 

「―― 歓談中に申し訳ありません、ダレン殿。……御主人、毒怪鳥ゲリョスの止めと解体を行いましょう。誰彼が寄ってきては堪りませぬ」

 

 だがその問いは、ネコの言葉によって中断された。ネコの促しにヒシュはうんと頷くと、周囲の安全を確認してから数本のナイフを取り出す。

 

「ゲリョスが毒、沢山()いたから、走竜もあんまり近づいてこないと思う、けど」

 

 言いながら先程の青い毒を先端に塗り込むと、毒怪鳥の開いた腹目掛けて一気に突きたてた。傷を抉って薬を刷り込むと、ずんぐり丸い身体がびくりと震える。そのまま『アサシンカリンガ』で足の付け根の太い動脈を掻き切ると、辺りは血の海と化した。身体から溢れる血の勢いが次第に弱くなってゆき ―― 絶命を確認して、ヒシュは血塗れの手を抜き去った。

 

「それじゃあゲリョス、簡易だけど、使える部分を解体する。ノレッジも練習だと思って、手伝って」

 

「はぁい。……うっ……解体、やっぱり大変そうですね」

 

「覚悟をしておいて下さい、ノレッジ殿。大型の解体となると今までとは難易度が違います。特にゲリョスの場合、毒袋を含め内臓器官を傷つけぬよう手取りを踏む必要があります」

 

「あ、そういえばそうですね。……毒ぅ……ですかぁ」

 

「ふーむ。まぁ、おそらく大丈夫ですよ、ノレッジ殿。ゲリョスの毒に即死する様な効果はありません。あくまで弱らせる程度です。本来ならば死体を持ち帰った後ギルドの専門職の方に解体して貰うのが一番なのですが ―― 今回はクエストの受注条件にわたくし共が解体を行うとの一文を付け加えましたからね。その分の給金は差し引きましたし、それに、解体の経験は狩人としてだけではなく書士隊員としても無駄にはニャら……ないでしょう」

 

「あわわ……となれば、報酬は解体の腕次第という事ですね。わ、わたし、大丈夫でしょうか……?」

 

「ん、だいじょぶ」

 

 ヒシュはゴム質の手袋を両手にはめ、解体の為の皮服を着けると、えへんと胸を逸らした。

 

「毒、ジブンが回収するから。気にしない」

 

「……いや待て。流石にそれを気にしないのは無理だろう、ヒシュ」

 

 ネコが用意した自らの分の手袋を手に取りながら、ダレンは苦笑していた。ギャップがあり過ぎるのだ。この仮面の狩人は。

 何が何だか判らない、といった風体でいつもの如く首を傾ぐヒシュ。……そうだな。むしろ、裏表がないと言う事だ。狩人としての一面が広過ぎるのならば、その見聞を広げるのもまた『自分達』の役目なのだろう。ダレンはそう脳内で纏め、傾ぐヒシュへと先を促す事にした。

 

「いや、いいのだ。続けてくれ、ヒシュ」

 

「……んー……ダレンがそう、言うなら。血抜きから、行きます。ノレッジ」

 

「はい! これを持てば良いですか?」

 

「ゲリョスの体内構造についてはダレン殿が詳しいでしょう。臓器ごとの説明をお願いします」

 

「判った」

 

 解体は覚悟を決めたノレッジの予想を遥かに超えて大変であった。ヒシュが手本にばっさと捌き、時折ノレッジが歓声や嬌声をあげながらも作業は進む。

 複数狩猟クエスト、『鳥竜の寄る辺』。そのメインターゲットたる毒怪鳥の解体が一段落付いたのは、実に2時間後。返り血に塗れたノレッジが半ば自棄になり、臓物に躊躇なく刃を通せる様になった後の事であった。





・狂走エキス
 双剣使い垂涎の薬を作るための材料。元はモンスターの体液という設定。
 新大陸においては、ロアルドロス辺りが保持している。恐らくは乳酸の分解を促進したり交感神経優位にする神経伝達物質の分泌を増進するのでしょうと思われる。

・ゲリョス
 死んだフリのインパクトが強すぎる鳥竜種。
 年末に光るふりをして大爆発……は、しない。

・麻酔
 毒の有効利用の仕方。
 副作用はいろいろある。


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第十二話 試金石、狩人が為の

 

 季節は巡り、変わり目を迎えようとしていた。大陸の東南 ―― ジャンボ村に住む人々も、陽がなければ僅かな冷え込みを感じ始める頃。畑を耕すものは作物の収穫に追われ、漁を生業とするものは時期の産物を捕る事に躍起になっていた。

 人に限った事柄ではない。住まう生物もまた、厳寒期に備えて動きを活発にする。だが、だからこそ「狩人」の役割が増える季節でもある。

 この村の狩人らは、繁殖期を迎えてから6度目の遠征に発っていた。

 人々が動き出すよりも僅かに早いか。太陽が顔を覗かせる時間は段々と少なくなり、未だ薄暗い早朝。体格の良い男……大陸最大級の商会「四分儀商会」の一隊を任される人物である……ライトスが、村中央に在る広場、その掲示板の前に立っていた。ライトスは目前の荘厳な雰囲気を持つ人物に向けて、大仰な素振りで髪をかき回す。

 

「あー、だから言ってんじゃねぇか。この村には今、狩人達が居んだよ。判んだろ? 回復薬と弾薬。狩りの用品と、それに燃石炭を工面してくれりゃあ、この村はもっと大きくなる。村当初からのお得意になっちまえば、そらぁ俺らの大きな利益になるだろうが!!」

 

「それではやはり、博打である事に変わりは無い」

 

 互いに大柄な男。その片方、ライトスが声を荒げて叫びあう様は、意図せずとも周囲の注目を集めていた。

 叫ぶ言葉にあるように、回復薬や弾薬などの用材の仕入れは狩人の支援になる。燃石炭は村の工房で使用され、武器と防具とが作られる。そして狩人の充実は即ち、この村の発展に寄与することを意味するのである。

 数は少ないが足を止め自分たちを見る村人に気付いたライトスは咳き込み、声量を減らして、仕切り直す。

 

「……あー……悪ぃ、『常務』。アンタが俺をかってくれたおかげで今の俺があることは、ありがたく思ってる。恩義はある。けどな。だからこそ、だ。自分の為にも家族の為にも、俺は利益を逃すつもりはねぇ」

 

 頭を下げつつも上げた眼差しその内に、確かな熱を込めていた。引かない姿勢を見せるライトスに、「常務」と呼ばれた男が視線を注ぐ。

 

「村に入れ込んだ、と言う訳でもない。ライトスと言う男は誰彼に唆される人物ではないと、私が知っている」

 

「だったらよ!」

 

「―― 詰まる所、商会の重役達は先物が嫌いなのだよ。ライトス」

 

 白髭を弄る「常務」の表情は揺らがなかった。熱量に圧されぬ壮年の男は、淡々と語る。

 

「只の先物であればまだ良い。試験的に流通させる事で様子を見ることが出来ただろう。だが、村に金を回すというのは、それだけではないのだ」

 

「……判ってるよ、そんくらいはな」

 

 思わず歪みそうになる表情を押し込めながら、ライトスは言い包める為の方法を手繰る。これはライトスの仕切る一隊を左右する会談なのだ。必死になるのは当然と言える。

 

(仕方ねぇな。初っ端だが、おためごかしは効きゃあしねぇんだ。思い切って切り札をきるか)

 

 心中で決め込んだライトスは一度深呼吸をし、外套の内側にぶら下げたお守り代わりの宝石(セクメーアパール)をかつかつと指で弾いた。思考を纏め上げると、再び「常務」へと向き合う。

 

「なぁ、『常務』。どうだい。まずはこの村の『狩人に』投資してくれねぇか」

 

「成る程、良案だ。それならば間接的に支援を行う事が出来る」

 

 思索と決断の末に出したライトスの切り札。しかし「常務」は殆ど間をおかずに切り返した。白髪髭を指ですきながら暫く視線を彷徨わせ、

 

「判った。狩人に依頼をする、というのならばよくある事だ。足掛けにだが、四分儀商会……引いてお前名義での依頼を、私が許可しよう。……して狩人の実力はどうだ」

 

「ああ。繁殖期に入ってから、ドスランポス、ゲリョス、こないだはイャンクックにドスゲネポスも。今は盾蟹……あー、ダイミョウザザミを狩りに行ってる」

 

「ほう? 既にどこかと契約している狩人ではなく、猟団の構成員でもなく。この新興の村に腰を据える、専任の狩人がか」

 

「ああ。だからこそ、それなりの依頼を用意しようとは思ってんだがな」

 

 告げた言葉とその内容に、男は素直な関心を示す。対して悪ガキの様な、企む笑顔を浮べてライトスは語る。

 狩った獲物として挙げたモンスター達は、何れも中型から大型のものだ。特に盾蟹 ―― ダイミョウザザミと呼ばれた生物は最も大きく、全高は7メートル近くにも達することがあると言う。甲殻種に属する生物で、節を持つ8本の脚と巨大な鋏を持ち、背には巨大モンスターの頭蓋を背負う。

 この大物が密林に出現したと聞き、ヒシュ達が強行に準備を進めてジャンボ村を旅立ったのが7日前だ。交戦は勿論の事、本日にも結果を出して村に帰ってきてもおかしくはない。と、ライトスは知らず期待を寄せていた。

 本来その様な大型のモンスターは、ギルドや猟団に属していない……走り出しの狩人であれば相当な苦労の末に狩猟を行う標的だ。最後のダイミョウザザミについてはまだ結果が出ていないものの、悉くをこの繁殖期の内に狩猟したとあれば、村が勢い付いているという証明にもなろう。

 ライトスのこの笑みを見た「常務」は憚らず口元を綻ばせた。先とは異なる、感情の乗った声で。

 

「ふ。それで本当の所はどうだ、ライトス」

 

「……いいのか? おっちゃん(・・・・・)

 

 怪訝な表情をするライトスを目に止めながら、男は破顔する。

 

「商売ごとに関するお前の嗅覚は知っている。遠慮は要らない。なんなら酒を用意させようか」

 

「そいつぁ魅力的な提案だ。けど朝っぱらから酒は、なぁ? 今じゃ俺も一団の頭。家族の連中に示しがつかねぇだろ」

 

「違いない」

 

 男同士は身体を反らし、豪快に笑い合う。一頻り笑い合ったかと思うと、ライトスは途端に様相を変えた。目の前に居るのが彼にとって馴染みの深い「おっちゃん」である以上、既に、遠慮をする必要はない。格好を大きく崩し、口の端を釣り上げた。

 

「確かにこいつぁ大きな商談だけどよ。ぶっちゃけると、俺ぁ失敗を疑っちゃあいないんだ」

 

「ほう。その根拠は?」

 

「勘。狩人の腕。ダチの存在。竜人族の村長の手腕。でもって、この村の立地の良さだな」

 

 腕を広げ、村を囲むように流れる河川を指差す。口調には一切の淀みがなく、明朗で快活。

 

「あちこちの狩場を渡る狩人連中にとって、移動手段は命綱だ。このジャンボ村はドンドルマと同じ大陸中央部にありながら、主要な狩場との直線距離はより短い。隣接した密林は元より、海路を利用してのラティオ活火山やセクメーア砂漠、陸路ではフラヒヤ山脈まで交流を密に持てると来た。ハンターを中心とした街造りもそうだが、それ以上に、この場所を開墾した村長は大正解だと思うぜ」

 

「まるで第二のドンドルマだな」

 

「そのドンドルマとも遠くねぇからなぁ」

 

 この村の未来と、何よりその先に待つ利益を思い、根っからの商人達は実に楽しそうに笑った。竜人の村長が「創る事」に専心する様に。ライトスは商人として「巡らす」事に熱意と才を発揮するのだ。だからこそ、青年のまま長を務めるに至ったのだから。

 しばらく笑いあう2人。その間へ羽音が割って入る。

 

「……ん?」

 

「ああ、来たか」

 

 振ってくる羽音に気付いたライトスが辺りを見回す。すると、朝の日差しが村の家々の屋根を撫でつける中、男達の傍に一羽の鳥が降り立っていた。伝書鳥である。

 脚に括られた文を壮年の「おっちゃん」が取り、広げる。髭を撫でながら眼を動かすと、

 

「ふむ……」

 

「何だった、おっちゃん?」

 

「いや。いずれにせよこの村の命運はハンター達にかかっているのだな、と思ってね。さて」

 

 男は降り立った伝書鳥を待たせて、懐から一通の手紙を取り出した。ライトスは疑問に思いながらもそれを受け取る。

 広げる。蛇腹に折れたそれは、四分儀商会の印を押された、商売ごとの証明に使われる書類だった。

 

「なんだ。もう作ってたんじゃねぇか」

 

「それ位は、な。私とて何度も書簡を往復させるほど暇ではない。思い切りの良さと迅速な判断は、円滑な商いに必要なものだ。その書類さえあれば問題なくギルドの審査を通るだろう」

 

「ありがとよ、おっちゃん」

 

「構わんさ」

 

 言って男は立ち上がる。手を払って伝書鳥を飛ばせると、村の港へと身体を向けた。港には今だ発展途上の村には似つかわしくない武装船が停泊し、男の帰りを待っている。

 しかしすぐさま歩き出す様なことはせず、その場に立ち止まり。

 

「―― これは独り言だが」

 

 背を向けたまま、男は「常務」兼「おっちゃん」として口を開く。

 

未知(アンノウン)は、どうやらドンドルマの担当から外れるようだ。直接の管轄ではなくなるらしい。……猟団、それも最大級の奴等が台頭して来てもなんらおかしくない状況になってしまったな。いや、確実に出てくると言ってよい」

 

「一応聞くぜ。そりゃあ、《轟く雷》か? それとも……」

 

「残念ながら悪い方だ。間違いなく、な」

 

 願望を多分に込めた言葉は、予想通りに裏切られる。ライトスは渋面に顔を歪ませ、嘆息。悪い方と聞いてまず思い浮かぶのは、自らの友人への影響だ。

 

「……こりゃあダレンに知らせとかねぇとな……」

 

「奴等は食い荒らすしか能がないからな、気をつけたまえ。……ではな、ライトス」

 

 最後に忠告を付け加えた男は、ダレンに笑いかけ、港へと歩き去った。

 ライトスは行く先に立ち込めた暗雲、それ自体には注意を払いつつ ――

 

「まずは、そうだな。……悩んでいても腹は減る。先に今日の分の仕入れを終わらせるか」

 

 自らの隊の副長を呼び、日常の業務を終わらせてから悩む事を決め込んだ。

 

 

 

 村人達が昼食時を迎える頃、ジャンボ村に狩人の一団が到着した。

 親子のアプトノス2頭を引き連れ、先に立つのは「ハンター装備」一式を身につける真面目顔の青年。短く切り揃えられた頭髪が砂色にくすんでいる。仮面の狩人が親アプトノスの腹を撫でながら後ろを歩き、子アプトノスの背に外套を羽織ったアイルーが乗っている。間に挟まれた少女は、重い足を引きずって。

 入口に近づくと、向こうも気付いた様だ。精悍な顔つきで歩く、いかにも上司が似合う友人に向かって、ライトスが一番に声をかける。

 

「景気はどうよ、ハンター殿」

 

「ああ、ぼちぼちだ。……依頼は達成したぞ、ライトス」

 

 ダレンは、喜色は押し隠しても達成感の滲む表情で、がっしりとライトスの腕を組んだ。

 後ろを数歩遅れて、竜車2台を共に連れた狩人達がぞろりと村の入口を潜る。

 

「ただいま」

 

「ふむ。只今戻りました、ライトス殿」

 

「た、ただいまですー……」

 

 平然とした態度のヒシュ。毅然とした立ち姿のネコ。最後に、アプトノスに寄り掛かりながらやっとの事で脚を動かしているノレッジの順。

 一団が入口をくぐり終えると、それぞれの仕事に従事していた村衆が立ち止まった。皆が皆狩人に言葉をかけそうで、しかし、躊躇っているようにも見える。

 その興味の向かう先は何れも一点。狩猟が成功したか否かである。

 ダレンと挨拶を交わしたライトスは確信できていたが、村専属のハンターの成否はジャンボ村最大の関心事と言えた。いつの間にか広場の掲示板前に立っていた村長が代表して、ヒシュに向かいあって尋ねる。

 

「良き狩りは出来たかい、ヒシュ」

 

「ん。―― 盾蟹、狩猟した」

 

 ヒシュが革の鞄を開いて見せると、村長のみならず観衆と化していた村人達も揃って唸り声を零す。

 鞄の中では白く丸い、大粒の「ヤド真珠」が眩い輝きを放っていた。

 ヤド真珠はダイミョウザザミの体内で生成された、ある種の宝石である。盾蟹との名前の由来であるヤドを破壊するか狩猟してしまわなければ取り出すことは出来ず、故に狩猟の証としては十分と言えよう。

 頷きながら煙管を蒸かして喜ぶ村長に、ヒシュが盾蟹の運送日程や取り分についての詳細な説明をし、ギルドから受け取った明細書類を手渡した。

 捲り、報酬素材の書類に通していた村長の目が、驚愕に見開く。咥えた煙管を取り落とすほど口を開く。

 

「おお、こいつは凄いぞっ!? 村の発展に必要な資材が、揃って貰えてるじゃあないかっ!!」

 

「相手、7メートル個体だったから。お祝いに色をつけてもらった」

 

「それを僭越ながら私が、帰り路の最中に書類上で物々交換させてもらいました。……その分の苦労はしたのです。なにせ丸一晩、密林に篭りっぱなしでしたからね。そもそも、盾蟹は砂中に潜る為、その全貌を把握するのが難しいのは判りますが ―― ギルドめ。我が主に憶測での依頼をしようなど、不届きにも程がありましょう!」

 

「そうですよー! ヤオザミからの成人個体だと聞いて現場に向かったら、おっっっっきな盾蟹の老成個体がずどどーんですよ!? 私、びっくりして心臓止まるかと思いましたよ、もうっ!!」

 

 憤慨するネコとその隣で便乗するノレッジを、ヒシュの両手が撫でながら宥める。いくらか反論がなくなりごろごろと鳴声が聞こえ始めた頃合を見計らい、ライトス達2人も合流する。ダレンは合うなり、村長に向けて一礼した。

 

「村長、只今戻りました」

 

「やぁお疲れさま。ダレン。……やっぱり、大変だったろう?」

 

「まぁ、それなりは、です」

 

 ダレンに声をかける村長が心配するのも当然だった。村を出る際に新品同様に整備した筈の『ハンター装備一式』は、ただの一戦で色褪せていた。鉱石を使用した金属部分の節は歪み、取り外されている部分すらある。

 愛用の『ドスバイトダガー』その刀身には目立った破損は無いものの、対になる盾はというと、何か(・・)鋭いもの(・・・・)で切り裂かれたかの様に中央からばっくりと割れている。ヒシュも自らの鉱石製の盾を持ち上げると、今度は万力で捻じ曲げられたかの様にひしゃげていて。これら装備が何より、盾蟹との激闘を物語っていた。

 更に、狩人達の顔からは濃い疲労が見て取れた。ノレッジとダレンは勿論の事。ネコも振る舞いには出さずとも、毛並みが整っていなかった。ヒシュ自身の表情は読めないが、足運びがどこか落ち着いていない。

 横合から見ていたライトスは思案する。ダレンは兎も角、狩人としての経験が浅いノレッジを一隊に含め……むしろその教導をしながら盾蟹を狩ってみせたこの狩人達の実力は、如何程のものかと。倒したモンスターも、ヒシュの実力が上位のものだという事も実感は出来ている。しかしその上限はどこなのか。それは自らの組織すら動向に目する未知(アンノウン)にすら届き得るなのか。

 

(……推し量る必要がある)

 

 大陸に物資を巡らす輻射点 ―― 四分儀商会。

 分隊の長であるライトスは、そう結論付けた。

 

「―― なぁ、ヒシュ」

 

「? なに、ライトス」

 

 仮面が傾ぐ。相変わらず読めない表情だ。こうして長い期間をジャンボ村で過ごしてみて、雰囲気こそ判断できるようにはなったが。

 指折り数える。あれは、鳥竜を束ねる(・・・・・・)未知(・・)だという。

 ならば、到達点となる相手は決まっている。到るための道順を思考の内に並べながら、ライトスは口を開いた。

 

「俺から……いや。四分儀商会から正式に、幾つかの依頼を頼ませてくれや。これはお前らのためにも、ジャンボ村の為にもなるだろうぜ?」

 

 







2020/03/21 行間とセリフ、表記間違いを一部修正。


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第十三話 渇きの海

 

「―― それじゃあ、おばぁちゃん。わたし、頑張ってきますから!」

 

「ほっ、元気でいいね。行ってきい、ノレッジ。でも気ぃつけ、セクメーア砂漠は大変だよ」

 

「大丈夫です、きっと。おばぁちゃんのくれたこの弩がありますし!」

 

「ほっ、喜んでくれて何よりだ。でもね。あくまでそれは一手段で……」

 

「……あっ、先輩が呼んでます! それじゃあまたね、おばあちゃん!」

 

「あれまぁ、行っちゃった。……この村の狩人は、どこんトコよりも若い。けど、どの子も良い子だよ。あの子等は村の為なんて大層な事を言うけれど、ワシみたいな年寄りとしちゃあ、元気で帰って来てくれさえすればそれで良いんだけれどねぇ」

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

「ふわーぁ、と、と。……やっぱり頭がぐらぐらします」

 

 港を飾る敷石の感覚を足の裏で堪能しながら、ノレッジは身体と胸を反らす。その身体は言葉の通り、意図せず左右にゆらゆらと揺れていた。

 南エルデ地方の半島を経由し、5日目。久方振りの地面の感覚だ。平衡感覚を保とうとすると自然と身体が流れてしまうが、仕方が無い。今までノレッジは王都周辺のフィールドしか調査に加わった経験がなかった。今回初めての航海を終えたばかりなのだ。この感覚を直すには、まだ時間が必要であろう。

 捻ったり屈伸したり。身体の所有権を取り戻すべく奮闘しながら、ノレッジはこの時間を有効活用しようと思い至る。強い日差しに手を翳し、辺りへと視線を巡らせた。

 

「……おおー」

 

 初めて見る村の景観に意図せずして感嘆の息が漏れる。一行を乗せてジャンボ村を出港した船は西へと向かい、港に面した砂漠のオアシス ―― レクサーラに到着していた。

 ヒシュらが持つ頑丈で高性能な船。更には同じ航路を航海した経験があるヒシュとネコが居たからこそ、5日という比較的短期の航海で済んでいた。人員が多くなっているためにより慎重な物資選択と航路取りが求められたが、危惧していた嵐や海竜との遭遇もなかったため、全体を振り返れば順調な航海だったと言えよう。

 砂漠の強い日差しを避けるため、オアシスを行き交う人々は一様に明るい色の衣類に身を包んでいる。生まれてこの方寒冷なシュレイド地方ばかりを見てきたノレッジにとって、頭を布で被る工夫ひとつをとっても異国の趣が現れていると感じられた。

 人々やアイルー達は港に停泊する商船や漁船から本日の商いに並べる品を担いでは順に運び出し、太陽が顔を覗かせたばかりの村を行く。その顔には何れも、海に生きる者ならではの陽気さと活力とが満ちている。ジャンボ村は密林に囲まれている故開墾した土地を利用した農業は盛んだが、港は未だ整備の最中にある。周囲に河川と海はあるものの、拡張がされていない。村在中の船が存在しないからだ。現在も親方と呼ばれる人物が指揮を採り大型船の建造に取り組んではいるものの、そちらは不足した素材を待たなければならない。

 だからこそ、狩人らは遠征に発っている。

 ジャンボ村周辺で脅威と成るであろう大型モンスターの殆どは、先日の盾蟹の狩猟で片がついていた。幅を利かせていた大型モンスターが居なくなった密林に、小型走竜が沸くとの予想はつくものの、それは近辺の村に常駐する狩人達に要請を行えば事足りる。降って沸いた遠征の機会は、無駄にするべきではないとの判断であった。村を離れられるこの機を狙い、大型船建造の為の素材を工面したかった村長の意を汲んで、ライトスは素材収集の為の依頼を「一歩目」として選んだのだ。―― だからこそ、狩人らは遠征に発っている。

 レクサーラを覆う空には雲が少なく、海側ならまだしも、中央部に進めば季節を通して乾燥した気候に終始する。そして一同が狙う目的(えもの)は、人間の生き難いこの環境をこそ住処とする。

 

「ん、ん」

「物珍しそうだな、ヒシュ。……私もレクサーラを訪れるのは初めてだが」

「砂漠はいっぱい、みたことある。でもやっぱり、村は色々違うから」

「我が主はこちらの大陸に来てこの方、ジャンボ村周辺しか見たことがありませんからね。実際珍しいのですよ。ロックラックは海には面していませんし、主要な乗り物は飛行船でした。ここレクサーラは港村です。人も物も大きく違いますからね」

 

 ロックラックであれば、停泊しているのは砂帆船か飛行艇か気球であろう。だがここレクサーラには潮の香りが漂い、蒼い海の上を帆船が揺れている。砂地特有の色見のなさは同様だが、そこに海を行く者達が闊歩するだけで、村の雰囲気は大きく違って見えた。

 ダレン達は現在、忙しなく辺りを見回すヒシュに苦笑いしながら村の中央部へと足を向けている。レクサーラから脚を借り、ハンターズギルドを介してセクメーア砂漠へと向かう為だ。

 四分儀商会からの依頼としてライトスが提示した、その手始め。

 『砂原を泳ぐ竜』―― ドスガレオスの狩猟。

 先に挙げた様に、この依頼には砂漠の流通路を確保するというライトス達行商の思惑の他、巨大な砂竜の骨を船のメインマストとして使いたいという村の意向が存在する。ヒシュとしても村の為になり、かつ未開の地での狩猟とあれば、断る理由は見付からなかった。

 ただし。「その先」は、別である。

 

「でも、この狩りで先輩ともお師匠ともネコ師匠とも暫しのお別れですか。……いやぁやっぱり、心細いです」

「んー。ほんとはジブン、ノレッジについて居られればいいんだけど」

「いいえ、それは仕方がありませんよ。砂漠を訪れる機会なんてそうそうなかったですからね。お師匠方はジャンボ村でやるべき事があるでしょう? わたしはここで、勉強したいと思っていましたから!」

 

 ジャンボ村のそれよりも幾分か以上に乾燥した強い日差しに照らされながら、ノレッジは笑みを咲かせる。

 ライトスが提示した依頼とは別に、ヒシュとネコはジャンボ村で。ダレンはドンドルマにおいて王立古生物書士隊としてこなすべき仕事が、それぞれ出来ていた。つまりドスガレオスの狩猟を終えた後、一行は別々に行動する予定となったのである。

 ダレンの仕事は隊長職としてのそれであり、また断り辛い理由や別の目的も存在するために席を外せなかった。ヒシュとしても、幾ら大型モンスターの狩猟に片をつけたからといって、ジャンボ村専属の狩人が長い間離れるにはいかない。短期間であれば自由契約のハンターを雇うか、ギルドを通じて狩猟依頼を出せば凌ぐ事が出来る。しかしいずれにせよ巨額の資金がかかってしまうのだ。新興の村であり資金が潤沢とはいえないジャンボ村において、その様な事態は避けなければならなかった。

 だからこそ、砂竜の狩猟さえ終えれば、ヒシュとネコはジャンボ村へと帰りライトスの依頼を継続する。ダレンは書士隊長としてドンドルマに向かう。

 そして。

 

「―― わたしは上手くやれるでしょうか?」

「なに、此方にも狩人は居るのだ。彼らと共に油断せずあたれば、生き残るのは難しくないだろう」

「ダレン殿の仰る通りかと。それにわたくしはノレッジ女史の射手としての実力の程も、一般的な狩人と比べて遜色はなくなったと思いますので。思い切りと目の良さは天性のものだと感じますし。……ふむ。どう思われますか、我が主?」

「ん。立ち回りとか野営とか食料確保とか、一通りの事は教えた。砂漠に住むモンスターの情報は、ジャンボ村に居る内にジブンとあらった(・・・・)。重弩の使い方は、そもそもジブン、教えることはなかった。タブン、だいじょぶ」

 

 ヒシュに負けず劣らず視線を巡らしていた少女、ノレッジ・フォール。ダレンとヒシュが各々の働きをする間、彼女は暫くレクサーラに逗留し、狩人としての経験を積む算段となった。

 繁殖期の内に密林周辺で重ねられた狩猟を経て、ノレッジの防具は『ランポスシリーズ』へと一新されている。首元から腰までを丁寧に継ぎ合わせた青い皮と鱗によって覆われ、重弩を操るために足元は鉱石製の脚甲によって自重を持たせる。結果として得られる足元の安定は、ノレッジの華奢な身体でへビィボウガンを撃つのに役立っていた。左肩にも鉱石を使用しているが、これは着脱式の腕甲を狩猟時に着ける為である。

 ランポスシリーズは駆け出しから一歩を踏み出した狩人がよくよく選ぶ装備だ。素材となるランポスとドスランポスは、比較的危険度は少ないが「狩猟の需要」のある獲物。そのため、狩猟の依頼も出され易いために、作成するにも修理するにも素材が集まり易いのである。

 一目で狩人とわかるこの装備を、ノレッジは隙あらばと身に着ける程に気に入っていた。自分が苦労して狩猟したランポスの素材を身につけるというらしさ(・・・)も一因だが、先までの皮鎧ではなく「狩人でしか在り得ない」装備を身に着けられる事を、彼女はとても嬉しく感じていたのだ。

 ダレンもヒシュもネコも、それぞれにやらなければならない事がある。彼女にはヒシュとジャンボ村で共に狩猟を続けるという選択肢もあったであろう。だが気付けば、別の地で修行をしてみるというヒシュの提案した選択肢に、少女は喜々として飛びついていた。

 

 ―― 自然が猛威を振るう砂漠の地。厳しい狩猟環境と屈強な生物が待っているに違いない。

 

 だから、だからこそ。ヒシュとネコ……そしてダレンという大きな後ろ盾に「頼っている」気がしてならなかったノレッジは、レクサーラでの修行を選んだ。砂漠に1人残るという冒険は、彼女なりの決意の現われでもあるのだ。

 潮風が鼻腔をくすぐり、吹いた先に少女の行く道を指し示す。

 

「……むー……皆さま方に揃ってそう言われると、何だか出来る気がしてきますね。やってやれない事はない、ですね! ……それでは早速行きましょう、先輩! お師匠! ネコ師匠!」

 

 腕を振り、村の中央部に向かって、ノレッジは嬉々とした脚運びで駆けて行く。

 過酷な試練を前に最も不安を感じているであろう、ノレッジ本人が笑っているのだ。その上司にあたるダレンは勿論の事、師匠の立場にあるヒシュやネコも尻込みする訳にはいくまい。

 異国の地 ―― 港の中を、薄桃の長い髪とおさげを揺らして少女は歩く。その後ろに、笑みを浮かべる狩人達が続いた。

 

 

 

 村の中央部に近付くに連れて、段々と鎧を身に纏う人々が多くなる。その何れもが狩人だ。

 レクサーラは、大陸の通商の中心部「ジォ・ワンドレオ」を南下した位置にある、河口の村だ。ジォ・ワンドレオが商人や技術屋の多く集まる街であるように、砂漠フィールドへの玄関口を果たすレクサーラは、自然と狩人が集まる立地なのである。

 老若男女様々の狩人の人波。その流れに沿って暫くを歩いていると、周囲よりも一段高い建物に突き当たる。地図を覗いていたダレンが顔を上げた。

 

「どうやらあれがギルドの『集会所』らしい」

 

 狩人達が一様に入口へと吸い込まれてゆく様をみながらダレンが指差した建物……集会酒場。

 街を貫く3筋の河 ―― その一本に併設されたこの酒場は、内に狩人の集会所を設けられていた。上には大きな橋が架かり、その上をアプケロスの竜車を引く人々が大勢行き交って。

 目下入口には『酒場』と書かれた旗が掲げられ、砂漠を吹く風にはためいている。

 

「あー、見た目といい煩雑さといい、実に集会所っぽいですねぇ。わたしが知ってるのはミナガルデとドンドルマ、それも外観と概容だけではありますが」

 

 どこか投げやりにも感じるのんびりとした口調で語るノレッジに、ネコは緋に染められた外套を揺らし、髭を動かし酒場を見上げつつの疑問を口にする。首を傾げると飾り鈴がりぃんと鳴った。

 

「……ふむ? わたくしは詳しくないのですが、集会所はこうも酒場に併設されるものでしたか。知る限りではロックラックや、ジォ・ワンドレオもこの様な体裁をとっていたと思うのですが」

「ネコはアイルー族だし、向こうの大陸でもジブンとの放浪が長かったから。集会所という形をとって、ギルドの支部を置くのなら、こういうのが多い」

「何分狩人は大食らいだろう。当初は待合で食事を取れるようにしていただけだったのだが、何時しかそれは酒場となり、狩人の溜り場と酒場は同義になってしまった……と、古い友人に聞いた事があるな」

 

 ヒシュが簡潔に答え、ダレンが成り立ちを添えて。言う間にも入口の扉を潜り、中へと足を踏み入れる。

 

「―― ふわぁ……」

 

 彼女は外観こそ知っていれど、酒場に足を踏み入れる機会は殆どなかった。だから扉を潜ったその瞬間、ノレッジは酒場の持つ独特の雰囲気に圧倒される。

 ―― 正しく、狩人の為の『集会場』。

 建物に入り真っ先に感じるのは、人々が織り成す喧騒。次に早朝ならではの食事の臭気が空腹を刺激し、年季を感じさせる石造りの伽藍の美しさと無骨さが視界を満たす。両手に食べ物を持った給仕が絶え間なく行き来し、すり鉢状に低くなった酒場の中央部へと走る。中央に置かれた卓では大勢の狩人達が食事を取っており、誰もが旺盛な食欲を持って胃に食べ物を詰め込んでいる。ふと視線を奥へと向ければ別の入口があり、耳を澄ませば喧騒に混じって金床を叩く音が聞き取れた。どうやら工房も併設されているらしい。河川を横に置いたのはこういった理由もあるのだろうか。合理を突き詰める竜人らしい作りだ、と、ヒシュは元来のものである適当な興味を巡らせた。

 ヒシュは頭と仮面を振って興味を断ち切り、思考を再開する。酒場を目指したその目的を、果たさねばならないからだ。

 

「ん。ダレン。依頼(クエスト)窓口(カウンター)、どこ? 判る?」

「む、ああ。……あれだな」

 

 ダレンが向けた視線の先。悠々と水が流れる河川を一望できる展望席の脇に台場があり、白色と青の色鮮やかなギルド制服を着た女性が立っていた。

 3人と1匹は円形になった酒場の淵を沿うように歩き、カウンターを目指す。一行を目に止めたギルドの受付を勤める女性陣は、3人の内2人が揃って満面の笑みを浮かべた。最も端に立っている褐色肌の女性が手を挙げ、陽気な口調で。

 

「はいはぁい! ハンターの方々、いらっしゃいませ! 狩りの依頼をご所望で? もし食事なら、向こうのカウンターを利用してくださいね!」

「食事も魅力的な申し出だが……まずは依頼の確認をしたくてな」

「はいはい、依頼の確認ですね! えーっと、フリーの依頼ですか? それとも指名での依頼ですか?」

「指名を貰っている筈だな。名義は四分儀商会、指定はダレン・ディーノ」

「四分儀商会、っと。妹様、検索お願いしますー」

「はいはい了解しましたよ姉様ー」

 

 隣の妹と思われる受付嬢が促され、掲示板に張られた依頼書を捲り始める。最初に対応した姉と思われる受付嬢は、再びダレンらの方向を振り向いた。

 

「少々お待ちください。……それにしても、態々遠くからの御足労、有難うございますです!」

「……いや、私達は確かに遠くから来たが……見た目だけで判断できるものなのか?」

「ええ。アナタの装備はよくあるハンターシリーズなのでちょっと判らないですが、その仮面を被った人のケルビ皮のレザー装備も、そこの女の子のランポス装備も、密林や森丘辺りを居とするハンターさん達がよく身につけているもの。どちらもこのレクサーラ……色の少ない砂漠地帯には似つかわしくない、色鮮やかな装備ですからね。判りますよ」

「流石だな。ギルドガールズは優秀だと、改めて実感できる」

「お褒めいただき恐悦至極~。うふふぅ、受付は伊達じゃあないのです」

 

 胸を反らしながら張る受付嬢の口上に、ダレンが相槌を打つ。依頼を探す間を取り持ってくれている受付嬢の話題は実に多彩なもので、ダレンらの装備の話題から始まり、レクサーラで有名な狩人の話題。セクメーア砂漠の気候の話から、今年の狩猟目標の傾向にまで話題は及ぶ。

 姉が今年の作物の取れ高について語り始めた所で、奥で掲示板を捲っていた妹が1枚の紙を掲げて振り回した。

 

「姉さまぁ、これだよぉ。四分儀商会さんご依頼で、ダレン・ディーノさんご指名の依頼、『砂原を泳ぐ竜』ぅ」

「あらま、ドスガレオスの狩猟ですか。温暖期を目前に控えたこの時期は、活動が活発になりますからねー。ありがとう妹様ー。……あ、契約は皆さん4名で宜しいので?」

「ああ」

「お名前を書かせて頂きたいので、ハンターカードをお預かりさせてもらっても宜しいですかー」

「判った」

 

 紙を受け取った姉が差し出されたハンターカードを順に見ながら名前を書き込んでいく。ダレンとノレッジの名前を書き、幾分か小さなアイルー族のオトモカードを受け取ってネコの名を記入し。しかし最後の名を記入しようとした所で、その筆がピタリと止まった。

 

「―― あれ? あの、この文字は何方(どなた)のものですか?」

「ん。それ、ジブン」

 

 ヒシュが仮面ごと傾ぐ。受付嬢はああそうなのですかと続け、申し訳ないといった顔になる。

 

「すいません、ギルドの指定に含まれていない言語のようです。わたくしが書き直しをさせていただきますので、お名前を復唱して頂いても?」

「……えっと、ヒシュ」

「ヒシュさんですね、素敵な響きです。……はい、依頼の契約が完了しました! 勿論、契約と受諾とは別ですので、後日受諾に来てくださって一向に構いませんよ! 温暖期になると砂漠は封鎖されますが、まだ温暖期が来るまで一ヶ月はあります。温暖期になってもすぐに気温が上がる訳ではないので、それまでは出入りできます。いずれにせよ狩猟までに間が空くと、依頼者が困ったり、出向中に依頼を取り下げてしまってタダ働きになってしまったりといった実例がありますので、出来るなら早めに受諾をして下さいねっ!」

「ああ。気遣いはありがたいが、明日にでもまた来る予定でな。期限に関する心配は杞憂だろう。―― では、失礼する」

 

「「はいはぁい! またのお越しをーッ!」」

 

 ダレンが先頭に立ってカウンターを離れる。姉妹が手を振って元気に見送り、奥に座ったままのもう1人が机で事務仕事をしたまま目線だけを向けて礼をする。立場が上なのだろうか。それとも、そもそも受付嬢ではないのだろうか。そんな事を考えながら、ダレンは酒場の出入り口を外へと潜った。

 朝も早い。外はまだ、人が大勢行き交っている。ダレンらはレクサーラで準備を整えて一夜を明かし、明日早朝には街を出る予定だ。泊まる宿を探すには ―― 宿を出た人々の流れを逆らうか、もしくは手っ取り早く誰かに聞くのが確実であろう。

 

「ノレッジ・フォール。ヒシュ、ネコ。私は宿を探す。2時間後にこの酒場の入口に集合するとして……今は自由行動にすることを提案したいのだが」

「……ダレン殿。あのう、僭越ながらに進言をばさせていただきますが……宿を探してから自由行動でも良いのでは?」

 

 ネコが戸惑いながら指した疑問を、ダレンはネコの後ろに居る「少女ら」を指し示して返答とした。

 

「それを見れば、自ずと判るだろう?」

「ああ……成程」

 

「ヒシュさんヒシュさんっ、あれはなんでしょうっ!! 両手に棍を持ってますよっ!!」

「……きっと、新しい武器。ここはジォ・ワンドレオとの結びつきが強いから、ああいう研究も盛んみたい。それよりジブン、あの黒パンが気になる」

「うわぁぁ、綺麗なサンドイッチですね! お、お金はありましたでしょうかっ」

 

 ダレンとネコは揃って思う。今の2人を連れて宿に向かっては、道中寄り道ばかりで進みやしないのだろうと。これは確信ですらある。

 ネコは仮面を期待に輝かす主へと、ダレンは自らの部下へと。何度も集合時間を確認して、放任主義を決め込んだ。買出しに行かなければならないのだ。

 2時間の間に興味を満たしてくれる事を、ただただ祈るばかりであった。



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第十四話 砂塵を撒いて

 密林の調査。ジャンボ村への遠征。狩人修行。航海。レクサーラ。

 ノレッジにとってここ数日の出来事は、どれをとっても真新しい経験だった。

 そしてこれもまた、初めての経験となっている。

 

「―― ここが、セクメーア砂漠……」

 

 ぽつりと呟いて掌を翳し、遥か地平の遠離を見やる。砂漠を吹く風は土が混じり、どこか苦い味がする。ノレッジは乾いて離れなくなる前にと水を触れた指で唇を湿らせ、再び前を向いた。

 ダレンら一行は準備を整え、2日前にレクサーラの宿を発った。途中までは公用路を使用したものの、途切れてからは足場は徐々に悪くなる。ギルド管轄のフィールドまでは未だ距離があるが、石と瓦礫と砂粒と、僅かな緑の残る不毛の大地 ――「セクメーア砂漠」。その端に足を踏み入れていた。

 狩人が狩猟の場とする地は広く、未だ広がりを見せている。「渇きの海」の名を持つこの砂漠は、かつては狩人にとっても人にとっても未開未踏の地であった。技術の進歩と行路の確立、そして何より世界に住む者々の探究心こそが、砂漠を狩猟地として切り開いたのである。

 そんな中。いつもより縦揺れの少ない、しかし硬い感触の竜車に跨りながら、ノレッジはひたすら雄大な砂原に心奪われていた。

 砕けた砂の粒は真白く輝きながら熱を放つ。宝石の如き輝きは、人の肌が触れれば熱傷を負うに違いない。端までが見渡せる光景にも、ひたすらに畏れを感じる。本来ここは、人の住める場所ではないのだろう。この地を行こうと試みた先人達に、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

(……ええっと、セクメーア砂漠の行路を開拓した人は……誰でしたっけ。……ひとまずお部屋に砂漠の絵でも張ってみましょうか!)

 

 少女にとっては畏敬の念を抱き、最大限の敬意を表した結果がこれ、なの、だが。

 いずれにせよ話にしか聞く事のなかった砂の海だ。興味を奔らす少女は2日たっても、開いた口が閉まらない程の興奮を覚えていた。口からは、熱した空気によって水分だけが奪われてゆく。

 

「―― ノレッジ・フォール。言葉を発しないのであれば、口を閉じたほうが良い。今の礫れき地を抜けたら岩場が見えてくる筈だ。そこまで行けば、水を調達できる」

「はい。すいません、先輩」

 

 上司たるダレンの忠告に、ノレッジは気を引き締めて唇を結ぶ。

 現在レクサーラを発った一行は砂丘を避け、岩の転がる礫砂漠の地帯を進んでいた。進路取りは直接、命に関わる。慎重に方向と現在地を確かめながら、重たい脚を前へと進める。砂の上を歩くのは、平地を歩くよりも数倍の体力を奪われる。ノレッジとネコが竜車……この地ではアプケロスが利用される……に乗り、ダレンとヒシュが手綱を引いて。

 

「ダレン。あの岩場?」

「ああそうだ。……今日は進みが良いな。行路の半分まで来たらしい。目的地を目前にしてなんだが、今晩は先日より、多めに休憩を取ることが出来るだろう」

「ふむ、魅力的なお言葉ですね」

 

 ネコが相槌をうつが、それは全員の心情を代弁したものだ。なにせ狩人らはセクメーア砂漠に足を踏み入れてこの方、全くもって心休まる時間が取れていない。

 日が昇っている内は、熱が篭る為に金属製の装備品を外さなければならない。今回狩人らの中で生物由来の防具を身に纏っているのはヒシュとネコとノレッジの3人なのだが、それとて全てが生物由来のものではない。ノレッジの『ランポスシリーズ』は内に鎖帷子を着込む形であるし、ヒシュの腕甲『アロイアーム』や腰のベルトも金属部品が多く使用されている。

 結果としてノレッジは鎖帷子を外し、ヒシュは金属の部分を選んで外す。日を避けなければならないため、その上から白染物の外套を被って全身を覆い隠していた。

 だからこそ周囲を警戒しなければならない。ただでさえ不慣れな土地だ。貴重なタンパク源であるアプケロスを引き、防具まで心許ないとなれば、砂漠に住まうモンスターは最大限警戒せざるを得ない状況なのである。

 ノレッジもこの2日、碌に寝る事すらままならなかった。最もこの少女の場合は、その理由に新たな地に対する期待と昂ぶり(・・・)も含まれているという豪胆ぶりではあるのだが。

 休憩時間さえあれば気分的にも違うだろうと、期待を寄せる。心は休まずとも身体は休める事が出来る。身体さえ休まれば、精神的にも楽にはなるのだ。

 期待も今は思考の隅に、語る言葉は喉奥に。

 狩人達は管轄フィールドを目指し、熱砂の上の道なき道を、終始無言で進んだ。

 

 

 

 砂の海は暗く沈み、月が昇り照らす星月夜。

 ダレンとネコとヒシュが眠り、ノレッジが番をする回り。見張り番を担う少女は皆が眠る岩場の上に座り、警戒をしつつ延々と広がって行く景色を眺めていた。

 目の前にあって生物の侵入を阻む果て無き砂原の成り立ちに、ノレッジは想いを馳せる。

 生けとし生けるもの全ては風化し礫と化す。

 礫は年月と風雨に晒され、時として踏み潰されて、粒砂を成す。

 いつしか粒砂は織重なり……この広大な砂漠を成したのだ。

 

「盛者必衰の理、なんとやら……ですかね」

 

 その手に握られているのは、彼女が愛用している重弩『ボーンシューター』。製作には汎用的な素材を使用している為、上位ハンターの使用するそれと比べるとどうしても射出速度と精密さに欠ける獲物。

 少女が狩人として修行を始めて既に数ヶ月。素材は十分に溜まっていたため、アプトノスに積んだ荷の中には、他の真新しい重弩も数を用意してある。だが適応する弾の種類が多く整備の手もかけ易いこの銃を、ノレッジは事の外気に入っていた。

 ―― 何より、想いが篭っている気がしてならないです。

 今回の狩りは厳しいものになる。ジャンボ村を発つ直前、酒に酔ったノレッジは思わず不安と不満を溢していた。その相手は鍛冶おばぁだ。少女はその晩、酔いのままに床に着いた。夜が明けて目覚めたノレッジは驚愕する。起きるなり目に飛び込んできたのは、一際輝く姿となった愛銃だったのだ。おばあが一晩かけてボーンシューターを強化してくれていたらしい。兎にも角にも迷惑をかけた何がしかを悟ったノレッジは、早朝から髪を振り乱して鍜治場に滑り込み土下座を繰り返した。おばぁはそんなノレッジを温和な視線で見やり、この老いぼれが力に成る事が出来るのならば、と言ってくれたのである。

 今はただ、生き残る。それがおばぁに返す事の出来る何よりの恩返しなのだろう。そのための力を、少女は受け取ったのだから。

 

「……楯銃、ボーンシューター」

 

 言葉にあるように、銃身の横には大きな楯が据え付けられていた。それもただの楯ではない。銃全体の重心や防御時の銃身への影響を計算し、射出時の影響をも最低限に抑える職人の一品であった。

 重弩の構造には精密さを要する部分が多く、銃身で攻撃を受けると弾詰まりや銃身の湾曲などが起こり、機能不全の可能性が高まる。また一般的な射手ガンナーは打ち出す弾を身体に積むため、軽装になる必要があった。剣士であれば防御に利用できる部分に、袋や鞄を取り付ける。必然的に防御手段は少なくなり、その防御能力の劣悪さ故、モンスターの一挙手一投足が射手の命を大きく脅かすものと成り得るのである。

 通常の大型モンスターが相手ならば、これらは距離をとる事で解消できるだろう。問題は、群れを成す小型の生物だ。

 防御能力の劣悪さは、小型の生物相手だとて例外ではない。防御すべき部分を間違えれば、生物の持つ無数の牙と爪が狩人を切り刻む結果になるだろう。また、射手が撃つ弾は数が限られている。だからといって、大型の生物に使う強力な弾を狩場に群がる小型の掃討に使う訳にもいかず……ノレッジは散弾と呼ばれる射出時に広範囲に広がる弾種を小型モンスターの掃討用途として使用していた。これは弾の壁を作る事で接近を防ぐのだが、近くに別の狩人が居る時には誤射が起こるため使えないという欠点がある。そしてそもそも、群れに囲まれれば必ずといって良い程隙は生まれる。隙を塗って彼女へと襲い掛かる脅威を防ぐに、おばぁのくれた楯は大いに役立つに違いない。小型であれば銃身への影響も最小限にとどまるからだ。

 狩人としても書士隊員としても未熟なノレッジは、今はただ、彼女への感謝を抱くばかりであった。

 

「……」

 

 しかし、少女の表情が突如歪む。想えば想う程。優しさを感じれば感じる程、心の隅から湧き出す物があった。自らの力の、不確かさである。

 少女はこれまでジャンボ村を拠点とし、密林での狩人修行を続けてきた。状況としてはヒシュとネコ、それにダレンの庇護下にあったと言い換えることが出来るだろう。

 故に、地を変えたセクメーア砂漠での修行こそが本当の初陣となる。ノレッジは、1人で狩猟を行った経験が無いのである。

 勿論ヒシュやネコ、ダレンが着いている今ならば、この点は問題になるまい。ヒシュが遠くから見守る中、実質独力でドスランポスを倒した事もある。

 だが。ノレッジの「不安」は、この先……彼女が砂漠での修行を行う未来に対するものだ。

 

「……あ、あれ? なんで……」

 

 月に照らされた岩肌の上、少女が抱え込んだ顔には2筋の雫が伝う。座り込んだ岩は昼間の熱を既に失い、ノレッジの体温を容赦なく奪っていた。

 ノレッジは16才。成人や狩人として脂の乗る年齢には程遠く、様相には未だ少女としての面持ちを濃く残している。心情とて例外ではない。睡眠不足もたたり、「これから」の不安に押し潰されそうになるのを、他人の目によって何とか抑えている状態であったのだ。

 水分を無駄にすまいと拭うが、涙は止まらない。歪んだ月の明かりがいやに眩しく感じられ ―― 瞬間。

 

「っ、」

 

 見張り番のために気張っていた耳が捉えた、後ろから、からりという石が転げ落ちる音。

 聞き捉えたノレッジは弩を構え、膝を軸にして振り向き様に……引き金を絞るべく指をかけ。

 

「―― あ」

「見張り、交代の時間。……ノレッジ?」

 

 照星の先に居たのは、木製の仮面を被った傾き者であった。

 脱力した腕をそのまま抱きかかえ、ノレッジは安堵する。

 

「なぁんだ。ヒシュさん、ですかぁ」

「……泣いてる?」

「ああ、はい。……そういえば」

 

 指摘によって頬を伝っていた涙の跡に気付く。確かに自分は今しがた泣いていた。拭う事を忘れていたのだ。そもそも予測の通り敵襲だったのであれば、拭う必要はなかったのだが。

 ノレッジは着込んだ外套で目元を擦り、ヒシュに向けて微笑む。

 

「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません、お師匠」

「……んー……ん?」

 

 目元を赤くしたノレッジの笑みを見て、ヒシュは数度仮面を傾ぐ。何事かを考える間の後、

 

「うん。……ノレッジ、ちょっと待ってて」

「は、はい。あっ、ヒシュさん?」

 

 たった今昇ってきた岩場を、ヒシュは一足に飛び降りていた。ノレッジが慌てて崖下を覗き込むも、ヒシュは既に近場を離れている。ダレンとネコが眠る岩場の手前、アプケロスの横で鞄を広げ、何やら荷物を探っては篝火の上で手を動かしていた。

 ここで大声を出せば、声を届かせる事は出来るだろう。だが他の生物を集めかねない。砂漠には音に敏感に反応する生物が多く居ると聞いている。迷った末、ノレッジは言葉の通り、岩場の上でヒシュを待つことにした。その間に目元の赤さもとれるだろうとの期待を込めて。

 数分を置いて、ヒシュは再び岩の上へと戻ってくる。その両手に握られた「何か」を指差し、ノレッジは尋ねた。

 

「ヒシュさん、それは?」

「あげる」

 

 差し出されたのは、木製の無骨な椀。その内は黄色い液体で満たされている。どうやらスープの類らしい。これを作っていたのか、と納得すると共に、ノレッジの胸中にはヒシュの料理はどんなものかとの興味も生まれる。

 興味のまま椀の中を覗き込む。するとほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐり、忘れていた空腹が刺激された。断りを入れるのも忘れて椀に口をつけ、液体を飲み込む。

 僅かにつけられたとろみが暖かさを逃さない。口に優しく、うっすらと甘さが広がる。喉を通った暖かさが腹の底から広がり、身体全体……ノレッジの指先までをも包み込んでゆく。

 

「……美味しい」

「ん。よいよい」

 

 感想を溢したノレッジに謎の言語での同意を示して、今度こそヒシュは傍へと座り込んだ。自らも手に椀を持ち、食用の硬い黒パンをちぎってはスープに浸して口へと放る。その度覗く口元からは、少なくとも髭は生えていない事が判る。ただし性別などは相変わらず読み取れないのだが。

 ノレッジがそのまま、ヒシュをぼんやり眺めていると。

 

「? ノレッジ、黒パン、欲しい?」

「あ、いえいえお気になさらず。わたしはこのスープだけで十分です」

「そう」

 

 言葉を額面通りに受け取ったのだろう。ヒシュはそのまま、黙々と食事を再開する。

 仮面を見続けるのにも気まずさを感じ、ノレッジは空を見上げた。砂漠の空に雲は少ない。数日前に超えてきた海も今では遥か彼方、地平の先に隠れている。砂漠の空を彩る無数の星々に向かって、抱えた椀から湯気が立ち上っては消えてゆく。白い湯気は明るい紺の空を飾る一部となり、また、解けて消える。

 もう一口、スープに口をつけた。確かに暖かい。思い出してみればこの味に、ノレッジは僅かな覚えがあった。

 

「―― あのう、もしかしてこれ、オオモロコシですか?」

「ん。正解。保存用に全部すり潰してあるから、実は無いけど。……ノレッジはオオモロコシ、知ってる?」

「はい。食べた事もありますよ。まさか砂漠で口にするとは、思いませんでしたが」

 

 ノレッジは大陸の北西端に位置する共和国の首都、リーヴェルの出である。リーヴェルは冬が長く、寒冷で厳しい気候を持つ。オオモロコシやドテカボチャといった寒冷地でも収穫が見込める作物は、ノレッジにとって身近な作物であった。

 ふと懐かしくなって、故郷への想いを馳せる。続いて、もしかしたらヒシュは同じく寒冷な地域の出身なのではないかと思い至った。オオモロコシの事を知っているのも、出身地が似通っているのならば頷ける。

 だがいざ口を開こうとすると、躊躇う。これは聞いても良い事柄なのだろうかと。

 見た所、ヒシュの年齢は良い所が自分と同程度。少なくとも年上という事は無いだろう。狩人として考えればヒシュの身体への筋肉のつき方は並。だが、身長はノレッジとほぼ同じである。ノレッジは女性の中では比較的大きな身体を持つが、皆大柄な狩人の中で考えれば平均以下だ。ヒシュが女性であれば、慎重や体格から考えて自分と同年代。男性であれば別、身長がこれから伸びると仮定し、自分よりも年下であろうという予測である。

 16才で狩人として一線に立つ自分ですら若いのだ。だとすれば、既に狩人として完成されているように見えるヒシュは、相応の理由があって狩人を生業としているのではないか。親類をモンスターに殺され、否応無しに狩人となった……などという悲劇的な事態も考えられる。勿論これは、ノレッジの妄想ではあるのだが。

 暫し思索を伸ばし、どうでも良い事を考えたなとノレッジは頭を振るう。母を真似て伸ばしている長髪が解れ、薄桃の庇が視界を遮った。

 すると、期せずして仮面の側から声が響く。

 

「んんっ、ん。……ジブンの部族では、オオモロコシの近縁種のスープ、よく飲んでた。飲めば、暖まるから。……良かった。ノレッジ、落ち着いた」

「あ ―― ナルホド。有難うございました、ヒシュさん」

 

 涙を流していた自分に気を使ってくれたのだろう。心遣いには素直な感謝を述べ……しかし気になることは、気になる。流れに任せ、ノレッジは思っていた事を口にする。

 

「ヒシュさん、オオモロコシをよく食べる地方の出身なんですか? 寒い所とか」

「んー……生まれた山は、違う。大地が痩せてて……でも、ジブンは、寒い所もけっこう居た。知りたい?」

 

 問う仮面に、ノレッジは思い切り首を縦に振って同意を示す。

 

「ええ。わたしはヒシュさんの事、知りたいです。―― なんせお師匠ですからね」

「そう?」

「そうですよ」

 

 寡黙を常とする仮面の狩人だが、今夜は比較的饒舌な雰囲気がある様に思える。肯定したノレッジを、木製の不気味な仮面、その奥にある双眸が覗く。色味は感じられないが、確かな意思を持つ人間の……透明な眼差し。

 ほんの僅か、瞬きの間の沈黙。ヒシュは砂漠を吹く乾いた風に合わせて仮面を星空へと傾けると、寝付かない子に寝物語を読み聞かせるかの如く、ぽつぽつと話しを始めた。

 

「―― それじゃあ少し、ジブンの話、する。ジブン実は、生まれはこの大陸のほう」

 

「ええっ、そうなんですか?」

 

「うん。ゲンミツには、大陸南洋の沖の島。だけどあんまり、変わらない。……親の顔は、覚えてない。気が付いたら、『部族』の中にいたから」

 

「……」

 

「母なる山の、真ん中辺りに村があった。部族の子供、歩けるようになったら弓と刃物を握る。ジブン、山を巡って鹿(ケルビ)山猪(ファンゴ)を狩るのが仕事だった」

 

「うわ、きついですね。子供に任せる仕事じゃあないですよ、それは」

 

「うん。でも、ジブンはそれしか知らなかったから。……粗末だったけど、ジブンで防具を作って、ジブンで道具を工夫して。物心ついた時には、狩人だった」

 

「ナルホド。ヒシュさんの防具と武器に関する知識は、その頃から磨かれてたんですね」

 

「ん、まぁ、そんな感じ。……部族を守る為、もっと大きなものを狩らなきゃいけない事もあった。狩人になって数年経った時、集落の近くに居て森を荒らす、リオレイアの狩猟を命じられた。部族で仲の良かった狩の友を連れ立って……三日三晩かけて、リオレイア、狩った」

 

「あの『陸の女王』をですかっ!?」

 

「そう。……リオレイアが牙の並ぶ口を開けるたび、火を噴くたび、尻尾を振り回すたび ―― 何回も、死んだと思った。でも、仲間と協力して。罠とか毒とか、使える全部を使って。死にものぐるいで噛り付いて、なんとか狩れた。……それが、ジブンの転機。ジブン、リオレイアと向き合って、狩りを知ったから。その後も狩りを続けて、いつの間にか、部族で1番の狩人になってた。そしたらある日、王様に言われた。オマエには狩猟の才がある、って」

 

「そりゃあそうですよね。子供がリオレイアを狩っちゃったんですから。リーヴェルだったら英雄並の大騒ぎですよ。なにせリオレイアをみた事がない人すら山の如くいますからね」

 

「そなの? ……あ、それで。ジブン、お許しを貰って、成人前だけど部族を抜けて ―― ある人に着いて旅に出た。狩人になって、いっぱいの街を回った。この世界を、見て、知った」

 

「……」

 

「世界にはジブンなんかより凄い狩人、もっと、もぉっといっぱい居た。ジブン、その人達に狩人として弟子入りしてた。いっぱいの人から、いっぱいの事を教わった。剣の型も、狩猟道具も、調合も、いっぱい覚えた。狩り、もっと上手くできる様になった」

 

「すごいですね……あ、その時の狩りの記録は残っていないんですかね?」

 

「んー……分からない。ジブン、ジブンが弟子入りした書士隊の人の、付き添いっていう立場だった。こっちの大陸に居た時は、ギルドにも登録してなかったし。狩人としての立場はあっても、ギルドには貢献してない。多分、詳細な記録はないと思う」

 

「そうなんですか。あ、すいませんでした。続けてください」

 

「ん。……その内、別の大陸から『ジブンに』っていう依頼が来るようになった。狩人の間では、有名になっていたみたいで。それでジブン、別の大陸を拠点にした。そこでも依頼を受けて、モンスターを狩った。ジブンにっていう依頼、難しい狩猟ばっかりだった」

 

「……」

 

「けど、何とか生き残れた。必死に狩っていたら、地位が出来た。地位が出来て、指名の依頼が増えて、もっともっと沢山のモンスターと出遭って。失敗も山程あったけれど、それよりもっと沢山のモンスターと世界を知れた」

 

「……」

 

「ジョンと風ぐるまを作った。シャルルと喧嘩した。ロンと字の勉強をした。ペルセイズに笑われた。ハイランドに無言で怒られた。フェン爺さんに剣術を教わった。ギルナーシェに無視された。グントラムと毎日の様に強い酒を飲んだ。リンドヴルムと一緒に、狩りをした。

 泥塗れになった時、右腕の骨が折れた時、捕獲しようとして討伐してしまった時。誰かに期待されて狩りに向かって、成功して、誰かが喜んでくれた時。師匠や他の狩人と一緒に狩りをした時、ネコと2人で狩りをした時、1人で獲物に挑んだ時。初めて剣を握った時、防具をあれこれ考えた時、双剣の練習をした時。初めてリオレイアと戦って ―― 初めて、モンスターの魂を感じた時。

 ジブンが大好きと思う時間って、狩りの事ばっかり。でもその全部が大事で、大好きで。……だからジブンはまだ、タブン、狩人としてしか生きてない。この大陸に来たのだって、そう。ジブンはそのまま、変われていない。依頼を受けて未知(アンノウン)を狩るっていうの、あんまり大事に思ってないみたい。ジブンが狩りたいから、が1番おっきな理由」

 

「……でも……それって」

 

「んぬ。きっとこれ、似てる。ノレッジがあの未知(アンノウン)を知りたいって思うのと、ジブンが狩りたいって思うの。―― なんとなくだけど」

 

 ここまでを語って首を傾げるヒシュを、ノレッジはどこか響く心持で見やる。

 ―― そうだ。語っているヒシュの言葉を聞いていて、自分も同じ様に感じていたのだから。

 

「……はい。わたしも何となく、そんな気がしています」

「だから、ノレッジ。ジブンはノレッジを、応援してる。……月並みだけど、頑張れ」

「あえ? ……あ、はい。……ありがとう、ございます」

 

 微かに感じた違和感。だがそれも直ぐに消え去った。目の前に居るのはいつもの通り、表情の読めない仮面の狩人だけだ。

 それでも、と思う。この昔話の間に得た、確かな収穫がある。

 ヒシュが狩人としてどの様な人生を歩んできたかという事。ヒシュはきっと、自分を変えたいと思っているという事。ヒシュも普通の人と同じく、多くの挫折と困難を経験してきたという事。

 そして何より。この、仮面の狩人は ――

 ノレッジは力を入れ、勢いそのままに立ち上がった。朗々とした声に想いを込める。

 

「わたし、判った気がします。……有難うございます。わたしも、ヒシュさんみたいに、全部をひっくるめて『自分が狩りたいから』って言える狩人になってみたいと思うのです。わたし自身が、この世界を視る為に」

「……んー……ん? ……そうかも、知れない」

 

 自分でも判っていなかったのか、とノレッジは笑う。つられたヒシュも仮面の内では笑みを浮べて。

 粗末な布を継ぎ合わせた外套が風に揺れる。目前に広がる黒い砂原に、いつもの楽しさを思い出す。

 青い月に照らされた少女の笑み。

 感じていた行く先への不安の幾分かは、いつしか、希望と嬉しさに据え代わっていた。

 




 平然と他の方からいただいた情報を使うとかっ
(はい、アプケロス云々の事です! 申し訳なくっ!!)

 それは兎も角、物語は1章の「転機」に向かう砂漠編。多くの主人公は砂漠で大切なものを見つけますが……タイサノセンジョウヲケガシテシマッタッッ(何 
 さておき、という事は。1部の(裏)主人公がお目見えでして。

 はい。

 ノレッジ・フォール女史です!

 ええ。残念ながらダレンさんではないのです。オジサン趣味のお方には大変申し訳ない。私はオジサン大好きですので、オジサン分は後々に回収する予定がございます。というかダレンは、意外と若いです。隊長職としては異例の若さという感じで。
 ……はい。ライトスに上司面とか言われる程度には見た目も老けてはいるのですが(ぉぃ
 さて。
 3部全編を通しての主人公は仮面のヤツなのですが、1部は彼女が大筋の中心として話が纏められます。モンスターハンターの醍醐味。そして伸びしろを考えると……と。
 彼女を主軸においてどうなるのかは、今後の展開をお楽しみにしていただければ幸せです。いえ、大体大筋は既に作中に書いてあるので、判る方も多いかとは思うのですが。

 ヒシュについて。
 ちょっとずつ情報を開示しております。今の段階でも、ヒシュの言う部族については想像つく方も多いかとは思うのですが……云々かんぬん。
 その辺の話は(期間的には兎も角、構成的には)そう遠くない辺りで話される予定です。

 モロコシについて。
 モロコシ、寒冷地で育つの? とか思った方も多いかと思います。私もそうでした。
 ……ですがオオモロコシ、フラヒヤ山脈のお膝元・ポッケ村で育っちゃってるんですよね……
 そもそもは、比較的痩せた土地でも育ちやすいという利点はあるかと。なのでオオモロコシは寒冷地で育ちます、と、力説はしないまでも一応の言い訳をばしておきたく思います次第。

 砂漠について。
 見て分かる方もいらっしゃるかも知れませんが、私は砂漠が大好きなのです。そのため、描写には色々と力が入っております。
 モンスターハンター世界の描写にもあるように、義務教育でも習うように、砂砂漠というのは範囲が少ないです。砂漠の大半は(つぶて)……小石と岩と瓦礫の世界となります。
 考えるに、ゲームにおける「新旧砂漠」のフィールド辺りは、
「砂砂漠が多い→砂竜が多く生息している」
「岩場がある→ゲネポス等が繁殖しやすい」
「洞窟→ガノトトス in 地底湖。水場の存在」
「サボテンなどの植生→奴等の食事」
 といったものが整っている、まさに至れり尽くせりの環境なのですよね。
 奴等は兎も角、これは縄張り争い、激しそうですよね……いえ。だからこそ獲物が、ひいては狩人が群がるのでしょうけれども。

 では、では。
 そんな砂漠にて、暫くのお話は展開されます。
 ノレッジ少女の奮闘ぶりを楽しんでいただけるのならば、これ幸い。


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第十五話 岐路

 土色の煙が舞う大地の中心。セクメーア砂漠と呼ばれる乾燥帯、その中でも一面の流砂が敷かれた地域に、降り注ぐ月光に照らされながら脚を動かす一団があった。

 彼ら彼女らの視線の先では、特殊な砂の中から1枚の「ヒレ」が顔を覗かせている。

 一団 ―― 4者1組の狩人らが近付いた気配を敏感に察知したヒレは、狩人らを正面に捉える。

 敵意を向けられる感覚に、ノレッジとダレンの肌が粟立つ。ただし先頭に居たヒシュは例外で、両腕をだらりと弛緩させて得物を握りこみ、刃に戦意を漲らせた。

 

「居た。また、くる。……小樽爆弾、お願い」

「心得ました」

「お願い、ネコ。……ダレン、ノレッジも」

「ああ ―― 今度は逃がさん。行くぞ」

「はい」

 

 仮面の狩人がダレンに一声かけると、一行は砂に突き出したヒレの左右へと散開した。ネコと呼ばれた獣人(アイルー)だけが一直線にヒレへと近付きつつ、外套の中に背負った革鞄から手拳大の樽と火口を取り出し、導火線に火をつけて前へと放る。

 

「―― キュエェェッ!?」

 

 樽が砂に着くと同時、詰め込まれた火薬が炸裂し、ボウンという爆音が砂の海原を劈く。周囲を走っていた狩人らの目前に、狙いの通り、黒ずんだ外皮を纏う砂竜が耐え切れないといった様相で飛び出した。

 

(ドスガレオス! ……何度みても、でかいです!!)

 

 魚竜目・有脚魚竜亜目・砂竜上科・ガレオス科。砂竜と通称される生物 ―― ドスガレオス。

 鎚状に突き出した頭と、翼の様に広げられた両ヒレ、背辺を飾る背ビレ。ヒレが膜を張る尾から頭の先までは、ゆうに15メートルはあるだろうか。艶かしさすら感じる外皮は砂の中を泳ぐ為に進化したものであり、身体全体が流線型の形状をとっている。普段は砂の中に在る巨体を今は砂上に支える両脚1つとっても、狩人らより太く大きい。ノレッジはこの区画へ追い詰めるまでに何度も視たその図体を改めて俯瞰しつつ、そう言えば、モンスター達の大きさにはいつも圧倒されてばかりだなぁ……などと、緊張感のない驚きを内心に浮かべた。

 その間にもヒシュらはドスガレオスへと肉薄し、各々の武器を振り上げる。呆けてはいられない。舞い上がる砂塵の向こうに現れた魚竜を銃口で指し、ノレッジは『ボーンシューター』の引き金を引いた。「通常弾」。カラの実と通称される種子の外殻で作られた弾が冷たい砂漠の夜を切り裂き、次々と砂竜の横腹に着弾する。装填した分を撃ち切った所で弩を折り、次の弾を込める。息を継ぐように装填の動作を。指を動かし、込める間にもドスガレオスの挙動を探る。

 ドスガレオスは砂中に適応した特殊な魚竜種……ガレオス科にあたる生物である。ただしドスランポス等の様にガレオス種における(ボス)個体という訳ではなく、あくまで「麻痺毒を器用に使いこなす体格の大きな個体」という位置付けだ。とはいえ、口内の牙だけでなくそのヒレにまで麻痺毒を噴出する毒腺がまわっており、通常のガレオスより戦闘的な性質を持つドスガレオスは、群れの中に居る場合には真っ先に戦闘の先陣を切るという。

 飛び出したドスガレオスはその身を起こし、ゆっくりと身体を回す。攻撃へと転じる積りだろう。挙動を窺っていたヒシュとダレンが武器を握り直し、ネコも小太刀を構えながら。

 

「ヴるるるる ―― キュアッ」

 

 大きな身体に似つかわしくない俊敏さ。砂竜は辺りに群がる狩人らを一様に薙ぐべく、長大な尾を身体ごと振り回した。

 

「……今」

「むっ」

 

 両脚を中心として風車よろしく巨体が回る。尾びれは砂を巻き上げ、質量に裂かれた大気が風圧を伴い、狩人の鼓膜と肌とをびりびりと震わせる。

 襲われる直前、ダレンは右手の楯で頭を守りながら身を低くする事で尾を潜る。もう一方。ヒシュは両手に『ポイズンタバルジン』と『ハンターナイフ』を構え ―― あろう事か、ドスガレオスへと接近した。

 

「あっ! ……って」

 

 ノレッジの口から驚声が漏れる。しかし尾が過ぎた後に、悠然と両の剣を振るっている仮面の狩人を見て、思い直した。恐らく ―― というより確信に近いものがあるのだが ―― ヒシュは砂竜の中心まで近寄ることで振り回された尾を掻い潜ると共に、攻撃の機を抉じ開けたのだ。その際、両手に構えた刃の上で尻尾を滑らせて(・・・・)鱗を削ぐという反撃のオマケ付きで。

 機前の読み、足場が悪い中での重心の運び、思い切り。どれをとっても困難極まる一動作。ドスガレオスの巨大な尾に防御を棄てたまま直撃しては、命をも脅かしかねないというのに。

 だが、結果は出た。ヒシュは見事に死を避け、攻勢に転じて見せたのだ。いずれにしろノレッジには真似出来ず、真似をしようとも思わない。一般的な考えからすれば退いて次の機を待ったほうが安全ではあるのだが……数ヶ月を共に過ごしたノレッジの経験からして、仮面の狩人は自らが攻勢に転じられると踏んだ場合、身を厭わない行動を積極的に採る傾向にある。そして、その動きを可能にする根本にはモンスターの動きや身体の構造などに関する知識があるのではないかと、ノレッジは睨んでいる。

 

(尻尾の振り回しは密林で多く狩猟した鳥竜もよく使用する攻撃方法ですし、関節が似通ったドスガレオスならば、前駆動作や位置取りによって先読みできるというのも頷けます。……モンスターの生態を。食物を。武器としている器官を。体の構造を知り尽くし、その行動を『行動の原理から』読み取る。そういうことだと解釈します)

 

 この砂漠に来るまでに積んだ修行……その狩りの場で視た通常種のイャンクックやゲリョスも尻尾を振り回していた。と、前日の昔語りや経験則からヒシュの行動原理について予測を広げてはみるものの。しかしやはり、ヒシュが言う『視る』というのは、どこかオカルト染みている様に感じてならない。ノレッジは少女心ながらに、自分の解釈も大きく外れてはいないだろうとの願望を多分に込めておいて。

 

(いいえ。ヒシュさんの言うコツ(・・)は後々の課題として、今は切り替えましょう)

 

 視界の奥。既に見慣れた脱力の体から一変。ヒシュは土煙をあげる低さで剣を引き摺り、ドスガレオスを剣域に捉えるや否や、地面の際から腕を振り上げる。

 強化の試行錯誤を繰り返している内に大部分がマカライト鉱石製となった『ハンターナイフ』で鱗を剥ぎ取り、毒怪鳥ゲリョスの素材を使用した両刃の小斧剣『ポイズンタバルジン』で毒を叩き込む。大きさも形もバラバラの剣がヒシュの手により絶妙な期で噛み合って流麗な斬撃を生み出す様には、ヒシュ1人だけが違う空間に居るのではという錯覚すら覚える。

 ノレッジは慌てて首を振るう。今はまだ自身も、狩猟の最中に居るのだ。ドスガレオスの周りを取り巻きのガレオスが回遊しており、積極的に襲おうとはしてこないものの、隙を突いては砂を飛び出し狩人らへと飛び掛ってくる。学術院から取り寄せた書物に依れば、その牙から分泌される麻痺毒はドスガレオスと相違ない強さのものだという。万一にも鎧の薄い部分に受けてはいけないと、ノレッジは再びの警戒をしつつ。

 

「―― 今はまだ、目の前のエモノを」

 

 魚竜種特有の濁った目をぎょろぎょろと動かすドスガレオスを視界の中心に捉え、ノレッジはその行動を(つぶさ)に観察し ―― 機を見ては脇腹目掛けて通常弾を放つ。先の予想を頼りに、ヒシュの様にとは行かずとも……その片鱗だけでも掴めないものか。そう考え、ノレッジはここ最近の狩りにおいてモンスターの観察を心がけていた。

 曰くノレッジという人間は、「観察」と「強運」という英邁を持つらしい。それこそが「書士隊の実働部隊へ転属したい」というノレッジの希望が通った理由の一旦であるのだと、ダレンから直接聞い事がある。ノレッジとしても『砦蟹』と呼ばれる伝説級の生物と出遭えた、未知の怪鳥と遭遇したなどの実例があるために、それが幸か不幸かは兎も角、「強運」については否定するつもりは無い。

 だがもう一方。「観察」については彼女自身、未だ半信半疑のままだ。だからこそ狩りというのは今、彼女自身の才を証明し ―― 生きる為の、戦いでもある。

 

「……来るか」

 

 ドスガレオスは最も手近に居た狩人として、ダレンに狙いを定めたらしい。青年は濁った目と至近距離で見詰め合う形となる。ぶつかる無言の圧力に顔をしかめつつ、構える。

 

「ヴぁヴッ」

 

 ドスガレオスが口を結び、首を天に向け、胴を反らす。「砂鉄砲」特有の前駆動作だ。

 砂竜は特殊な砂漠の中を回遊し、粒の中に紛れる栄養素や微生物を漉しとって身体へと取り込むという食性を持つ生物だ。その際に余剰分として胃や肺の中に溜まった砂は、口から吐き出される際の勢いをもって、獲物を攻撃するの為の武器……「砂鉄砲」として使用されるのである。

 ダレンは、砂竜の真ん前を位置どっていた。位置が良過ぎる(・・・・)。脚は砂に取られ、精緻な足運びは叶わない。ダレンは回避動作は間に合わないと判断し、『ドスバイトダガー』を更に強化した『ドスファングダガー』の肉厚な刃と「牙を剥く楯」とを頭上に揃えて一歩前、首元に素早く飛び込んだ。

 砂を吐き出すべく、砂竜の身体が弓形に撓る。

 向かうダレンは楯を頭上に構え……押しあいで争う積りは無く……右手だけに力を込め、全身を脱力する。

 がつり。首を振り下ろした瞬間、ダレンの持つ楯と砂竜の顎とが激突した。しなやかさと強固さとを併せ持つ走竜の楯は衝撃に軋み、脱力した全身が圧されて歪み、ダレンの足は踝までが砂中に沈む。

 

「っ、……おぉっっ!」

 

 身体の節が、筋肉が悲鳴をあげ ―― しかし、狩人は倒れない。それどころか、砂竜の巨体故の自重を利用して反撃に転じる。全力を込めて、楯で砂竜の下顎を殴打する。

 ぞぶりと、張力を振り切った手応え。楯の表に並んだ走竜の牙が、ここまで加えられた狩人らの攻撃によって刻み叩かれ襤褸と化した厚みのある砂竜の外肌を、遂に貫いていた。ドスガレオスは痛みに叫び、砂を十分に吐き出すことも出来ず、堪らず首を引いて大きく後ずさる。

 

「ヴーるるる……!」

「攻める」

「御供致します」

 

 後退した瞬間をまた、好機とみた狩人らに囲まれる。ヒシュの剣が執拗に脚を狙い、ネコがその傷口へと追撃し、体勢を整えたダレンが揺れる頭へと刃を向けた。一晩の激闘の果て。次々と襲い掛かる狩人の武器は、遠大な砂漠を庭とする強大な砂竜を、着実に追い詰めてゆく。

 ノレッジも機を見ては通常弾を打ち込む。何度目かの装填。すると、弾を入れていた鞄の中から通常弾が消え失せていた。弾切れだ。

 

「ならば……あっ!?」

「ヴるるるぅっ、るっ」

 

 ―― ドズンッ

 

 ノレッジがならば次にと思考した瞬間、ドスガレオスが大きく跳ね上がった。辺りに砂を撒き散らし、巨体を砂漠の原へと滑り込ませた。

 ……あれは、「逃げ」のための動き。そんな確かな予感(・・・・・)が、ノレッジにはある。観察の成果として、跳ねる瞬間、砂竜の身体が僅かに傾いていたのを逃さずに捉える事が出来ていたのだ。ヒシュとネコによって執拗に斬りつけられた左脚を庇ったに違いない。そして砂竜も、傷を庇う動作が表に出る程度には衰弱しているのだろう。

 粒を割き、砂を撒き上げ。砂埃が晴れて視界が復活すると同時に、狩人らはドスガレオスの姿を捜す。しかし既に数メートル先の砂原を、包囲を突破したヒレが泳いでいた。跳ねた勢いで退かせた狩人らの間を泳ぎ抜けたのだ。

 

「ちぃっ」

「取り逃がしたくはありません、が!」

「……んー……」

 

 ダレンやネコ、武器を皮鞘に納めたヒシュが急いで駆け寄るが、砂を割り進むヒレは勢いを増しながら遠ざかってゆく。砂を走る狩人よりも、ドスガレオスが泳ぐ速度が勝っている。このまま追走したとしても、追い付けはしないだろう。

 1人射手として他の狩人より距離をとっていたノレッジも、頭の中で砂竜の逃走を阻止するための手段を探る。

 『音爆弾』、『小樽爆弾』……駄目だ。距離があり過ぎて届きはしない。

 『角笛』……これも駄目。いくら音に敏感な砂竜とはいえ、地中から弾き出すには笛ではなく、もっと短く強く鳴り響く音が必要だ。

 ―― 例えば、炸裂する様な。

 

(とすれば、これならばっ)

 

 少女は、自らの重弩で射出する「弾」の1つに思い至る。考えるや否や空の弾倉を引きずり出し、鞄から通常弾よりもやや大振りな弾を取り出した。弾倉に装填された火薬とは別に、その弾を銃身の先へと取り付ける。

 腰を落として膝立ちに重弩を抱え、光学照準具を覗き込んで狙いを絞る。砂漠に爛々と降り注ぐ月明かりの下、ヒレはまだ鮮明に見えていた。

 ―― 狙うはその先、中空。

 時間は限られている。ノレッジはドスガレオスの泳ぐ速度を目測で計り、息を一つ吐き出して、進路の上へと向けて。

 バスンという射出音と共に、通常よりも大きな反動がノレッジの身体を揺らした。肩と肘と腰と膝と。各部関節を使って最大限衝撃の吸収を試みるも、銃身は横へと反れてしまう。しかし、既に放たれているのだから問題は無い。それよりもと、ノレッジは弾の行く末を目で探る。

 火薬によって放たれた弾は直線に近い放物線を描き、

 

「いけっ……よぅし!」

 

 ヒレを追走する狩人らの頭上を流星の如く滑り、追い越し。逃げる砂竜のヒレ、その僅か前方の空で炸裂した。狙いの通り。心の中であげた快哉が口からも漏れる程、完璧な軌道だった。

 打ち出された弾 ―― 「拡散弾」に詰め込まれていた小型の爆弾がばらけて、ドスガレオスに向かって降り注いでは爆音をあげる。遠く黒く固まった地中を泳ぐ巨体の真上で、瞬間、橙の灯りが灯っては消える。

 

 ―― ボボッ、バウンッ!

 

「ヴぅるるッッ!?」

 

 砂海を泳ぐ生物故の進化。視力が退化し音で地上を探るしかない(・・・・・・)ドスガレオスは、堪え切れずに砂を飛び出し、その巨体を月光の下に曝け出す。

 瞬間、ノレッジは叫ぶ。

 

「―― お願いします! 止めをっ!」

 

 辺りに未だ、砂竜の悲鳴たる細い咆哮が木霊している。声が届いたのかも判らない。ただ、逃げる獲物を追う仮面の狩人が一瞬だけ頷いた様に見えた。

 小型爆弾の爆発音に刺激されて砂の中を飛び出した獲物へ向かって、ヒシュが腰から引き抜いた得物を向ける。仮面の狩人が持つ三つ目の武器、『大鉈』だ。

 

「斬る」

 

 ヒシュは脚を止めて、一気呵成に仕掛ける。

 一閃、二閃、返す刃で三閃。増す勢いは止まりを知らず砂竜を刻む。

 『大鉈』は鱗を削り皮を叩き、血を流し肉を抉って命までを別つ。後を次ぐダレンとネコが波状に斬りつけ、飛び散った飛沫によって砂の原は鮮やかな黒色に染まる。

 

「―― 腹」

「鱗はあらかた剥ぎ取ってやったぞ。……はぁっ!」

 

 止めとばかりダレンが喉下へ、ヒシュが腹へ、各々の得物を振り上げた。

 ダレンは『ドスファングダガー』を、低く垂らされた喉へと振付ける。赤い刃が闇夜に弧を描き、狩の終焉を告げるべく砂竜を襲う。

 ヒシュは『大鉈』を両手に持ち替えて半身になり、後ろに振り上げたかと思うと、頭上を覆う砂竜の腹目掛けて迷い無く振り下ろした(・・・・・・)。神速の刃は鈍い艶消しの金属光沢を放ち、下弦の月の如き軌跡をなぞる。降りて、後は昇るのみ。『大鉈』は勢いそのまま、砂竜の腹へと跳ね上がった。

 幾度と無く重ねられた攻撃によって剥き出しにされた真皮。ダレンの刃とヒシュの鉈とに貫かれて、ドスガレオスがか細く鳴いた。最期の力で身体をくねらせ、脚を振るう。

 しかし、それが限界だった。

 悠然と粒砂を掻き分けていた身体も今は砂上に、ゆらりと傾く。得物を構える狩人らの眼前、濁った眼を見開いて、砂海の主は崩れる様に倒れ込む。

 ずしんと響く大重量が大地を揺らす。暫しの間動かないことを確認してから、狩人達は警戒を解いた。

 

「……狩猟、完了だな」

「主殿、お怪我はございませんか」

「だいじょぶ。打ち身くらい」

 

 ダレンが布を取り出し、『ドスファングダガー』の刃に付着した脂を拭う。ネコが外套の内へと小太刀を差して主の身だしなみを整える。ヒシュは両の剣を腰で止めて皮鞘で覆い、塗り薬を鞄から次々と取り出している。

 そして各々が狩猟の達成感を噛み締める最中に、立ち尽くす者。

 

「―― さて。目標は遠そうです。口にはしてみたものの……私は、どうしたら近づけるんでしょうかね。ヒシュさんみたいな、狩人に」

 

 ノレッジ・フォールだけが重弩を抱えたまま、ドスガレオスの亡骸を見つめ続けていた。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 無事にドスガレオスの狩猟を終えた一行は、レクサーラへと帰還した。看板娘である姉妹受付嬢からの称賛を軽く流し、モンスターの運搬を終えた港へと足を向けた。

 ノレッジ、ダレン、ヒシュ、ネコ。

 ヒシュはレクサーラに運ばれた品に興味がある様で、蚤市に並べられたよく判らない装飾品等を延々と弄っている。ネコはドスガレオス狩猟によって得られる報酬と素材を吟味していたのだが、どうやら、造船のために必要とされていた素材……最も大きな「竜骨」は余剰分を含めて多めに手に入れられる算段となったらしい。その髭は今も、どこか誇らしげにぴぃんと伸ばされている。

 装備を外し外套姿となったダレンとノレッジもつい今し方、砂漠での調査について打ち合わせを終えたばかり。だが、砂漠での調査という題目ではあるものの、隊長であるダレンがいない以上複雑な調査は存在し無い。ノレッジに任された調査は精々が大地の結晶や、砂漠特有の鉱石の採取などである。

 ノレッジは手に持った書類に付箋をつけると分厚い書類挟みに挟み込み、立ち上がる。既に立っていたダレンへと向き合った。

 

「―― それではな、ノレッジ」

「はい。先輩もドンドルマでの会議のお仕事、頑張ってください!」

「ああ。まぁ、私に頑張るほどの役目があるのかは疑問なのだがな」

 

 ダレンは無愛想に笑い、軽く手を振ってから、しかし呆気なく船に向かって歩いて行った。こうして共に過ごして判るが、ダレンは上司としては有能でも「話下手」であるらしい。図面上の統率力や事務的な部分は申し分なく、調査資料の内容は的確で期限も守る。この点はノレッジが最も尊敬している部分である。しかし、部下との交流は上に立つ者に必要とされる能力でもあるのだ。ダレン・ディーノという人物像からすれば、彼は行動で牽引する類の隊長なのだが……率先して部下を増やそうとはしない辺り、ダレン自身も口下手だという自覚はあるのだろう。それでもこうして何かある度の挨拶や声かけを欠かさず行うので、不器用なりに努力をしているとは感じるのだが。

 出自が平民である彼は王国の政事(まつりごと)との癒着が強い王立古生物書士隊において、強い縁は持っていない。22歳という若さで隊長となったのは、偏に彼の成果によるものである。そこに狩人として実力をつける事ができれば、名実共に実力でもって牽引してゆける隊長となるに違いない。

 

「ノレッジ」

 

 ノレッジがそんな事を考えながら船着場へと入っていったダレンを見送っていると、入れ替わりに、今度はヒシュが横に立った。ネコが離岸の手続きをしている間にノレッジの横まで走ってきたらしい。

 仮面の主は何やら、自らの鞄をごそごそと漁っていて。

 

「あ、何か忘れ物ですか、ヒシュさん?」

「んーん。ノレッジ、これ、あげる」

 

 駆け寄ったヒシュが、手を差し出す。その掌の上にランポスの牙程の大きさの木片が乗せられていた。ノレッジは促されるままに木片を手に取り、様々な角度から眺める。

 不思議な木片だった。薄白い色を基として、淵や皺が仄かに蒼く彩られている。これが着色によるものではなく元となった樹の色合いそのままであるとすれば、どこかの土地の神木として崇められていてもおかしくは無いのではないか。そんな神秘的な印象を受ける木片だった。木片の裏側に刻まれた皺も、どこかしら不思議な紋様に見えなくも無い。しかし何れにせよ、只の木片には変わりが無いのだが。

 これはヒシュに尋ねておくべきだろうと考え、ノレッジは疑問を口にする。

 

「これは?」

「それ、ジブンが師匠達から貰った『お守り』。辺境の霊木の破片が素材。狩猟成就を、祈願してる」

「っ!? 貰えませんよ、それはっ」

 

 ノレッジは先日の昔話の際、ヒシュとその師匠達についての話も聞いている。同時にその饒舌な語りぶりによって、師匠たる彼ら彼女らをとても尊敬しているというのも伝わった。

 しかしヒシュにも、ジャンボ村に戻れば狩猟の依頼がある筈。ならば今、『お守り』はヒシュにこそ必要ではないのか。そう考えたノレッジが慌ててつき返そうとするも、仮面の狩人は手を後ろに組んでしまい、頑なに受け取ろうとしない。

 

「だいじょぶ。ジブンにはこの面、あるし」

「というかその仮面、お守りだったんですか? ……あ、で、でも」

「受け取って欲しい。ジブンもそれ、師匠からもらった。……今はジブンが、師匠だから。だから、ノレッジにあげたい。……駄目?」

 

 木製の仮面がかくりと傾ぐ。

 ノレッジは唸る。ヒシュは貰って欲しいと言うものの、自分自身はどうか。確かにノレッジは、そういったお守りの類は持っていない。狩人は基本的にゲン担ぎを大事にする職種だが、王立古生物書士隊を主としていたノレッジ自身はあくまで合理的な思考をするきらいがある。そもそも「お守り」という物の存在自体に懐疑的といっても過言ではないだろう。合理的になるのは上司に竜人が多いからに違いないです、と、自身の考え方を上司に擦り付けておいて。

 しかし、師匠が「貰って欲しい」とまで言っているのだ。信じていない、ではなく、懐疑的。「信じても良い」に分類区分出来るだろう。それにこの程度の大きさであれば、荷物にもなるまい。

 

(それに苦しい時に縋るものが在ると無いとでは、大分違いますし)

 

 街を行き交う人々が逡巡する自分を見て何事かと足を止めている。決断は早い方が良い。

 決めた。ノレッジは思い切り頷くと、木片を内袋へと仕舞い込んだ。

 顔を上げる。ヒシュの仮面の内をしっかと覗き込み、微笑みを浮べる。

 

「判りました。お師匠からの貰い物ですから、大切にします。でもまた、必ず、一緒に狩りをしましょう! ヒシュさん!」

「約束。……それじゃあね。また、ノレッジ」

 

 笑顔を最期の記憶に留め、狩人は互いに背を向ける。

 ヒシュは、ダレンとネコの待つ船着場へ。

 1人別れたノレッジは、再び集会酒場の中へ。

 

「さぁ ―― 行きますよっ」

 

 少女の戦いが、狩人共が集まる酒場の喧騒と共に始まりを告げた。

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

「ダレン」

「申し訳ありません、ダレン殿。暫しお時間をいただけないでしょうか」

「……ネコ、ヒシュもか。どうした」

 

 船着場の中。ジャンボ村へと出立するヒシュら自前の船とは別に、ジォ・ワンドレオを経由してドンドルマへと向かう客船に乗り込もうとしたダレンを、ヒシュとネコが呼び止めていた。

 

「ダレン。これ、お願いしたい」

「……これは?」

 

 一歩前へと踏み出したヒシュが、懐から丁寧に包まれた山羊(エルぺ)皮紙の封書を取り出す。何事かと思いつつもそれを受け取り、ダレンは封書の外装を確認する。

 如何にもな豪奢さはない装丁。だがその代りに蝋の塗られた皮包みに入れられており、外見は封書と言うよりも雑な小物鞄に近い。ダレンが封書だと判断できるのは、ヒシュがその中身である皮紙をわざわざ取り出したからだ。皮の入れ物には、腰紐も通されている。どこまでも鞄に「偽装」する積りらしい。と、すれば。

 

「ふむ。公に書士隊と関連した書類……では、ないのだな」

「ん。あのね、ダレン。これ、密書」

 

 仮面の内から響いた単語に、ダレンの手がやはりと強張る。とりあえずは封書を腰に付け外套の内へとしまいつつ、密書であるからこそ、仔細は尋ねなけらばなるまいと思い直す。

 

「これを渡す相手は」

「向こうに行くまで、秘密」

「……『向こう』とは、これから私が向かうドンドルマ……いや。ドンドルマのハンターズギルド及び大老殿の事。この解釈で間違いは無いか」

「合ってる。だからこそ、ダレンにお願いしたい」

「……良いのか? そもそも『部外者の』私に、密書の類を頼むなど」

 

 ダレンはヒシュの「特別な立場」について、詳細は知らずとも「察している」身だ。古龍観測隊との連携だけでなくギルドにも融通が利くなど、その立場はギルドや王立学術院との繋がりが深いものだろうとの予測が出来たのである。だからこそヒシュが密書を記す事、それ自体にも相応以上の驚きはない。ライトスからもその点については警告をされていた。

 だが。それを自分の様な一隊長……それも駆け出しの者に托しても良い物なのか。疑問よりも、漠然とした不安が拭えない。

 疑問は顔にも表れているに違いない。ダレンの顔を不思議そうに見つめながら暫し瞬きを繰り返していたヒシュは、変わらぬ調子で「だいじょぶ」と切り返す。

 

「んー……オリザも、居るんだけど。オリザは身体も大きいし、目立つから。ダレンが持ってった方が色々良い、と思う。今後の為」

 

 自らの伝書鳥である大鷲・オリザを引き合いに出しておいて尚、ダレンが運ぶ方が良い。「今後の為」という理由を挙げながら語るヒシュへ、浮かんだ疑問でもって問い返す。

 

「……今後、か。それは、私の、隊長職としての今後か?」

「それもある。会議の内容の一部が、未知(アンノウン)についてだから。知ってると思うけど、出席する人、結構上の人ばっかりだし……それに、文章だけじゃ伝わらない事もある」

「しかしそれでも、用件は伝わるだろう?」

 

 食い下がるダレンに、ヒシュは珍しく口を濁す。かくりかくりと傾いで、揺れる仮面の下顎を手で抑えながら。

 

「ん、んー……。……ジブン、まだダレン達に話せない事がある。だから、絡め手(・・・)

「絡め手。それが意味する所は、私達が巻き込まれると言う事か?」

「違う。それは、自由。ダレンと、それにノレッジも、望んでくれるのなら。……嫌? 嫌なら手紙、場所に置いて来るだけで良い」

「む。まて、そうは言っていない」

 

 ダレンは慌ててヒシュの口上を切り、弁解を試みる。

 

「私自身、一書士隊員としてあの未知(アンノウン)には興味を抱いている。そして勿論、脅威である未知(アンノウン)を知る必要性がある事も理解している。ノレッジも同様だ。そのための『絡め手』なのだろう? 情報とは、知恵を回す人間にとって最大の牙であり、鎧でもある。だからこそ、出来る限りの協力はしておきたい。私達も『部外者』で無くなる事が可能なのであれば、また、同時に人々の為にもなるのであれば。……私はそれを望む」

「そう。……良かった」

 

 ヒシュが仮面の内に、安堵のそれと判る吐息を漏らす。何時もの如く、首をかくりと傾いで。

 

「ホントはジブン、隠し事とか嘘とか、かなり苦手。出来るならダレンにもノレッジにも、あけすけに話せる方が楽。……楽だし、友達には、話しておきたいと思うから」

「まぁ、我が主人は仮面こそ被っておりますが、気配と顔とに如実に表れてしまいますからね。その点については慧眼のダレン殿の事、とうにお判りだったとは思うのですが」

「いや、まぁ……確かにそうだが」

 

 主の話を邪魔すまいと閉口していたネコが、穏やかな笑みを浮かべながら合いの手を挟む。ヒシュの語りが足りない部分を、ネコが補完する。これは何時もの展開だ。

 それ故に。語りとしての役目を持つネコに、ダレンは問う。

 

「……ネコ、お前もだ。お前は、良いのか?」

「はい。わたくしも、ダレン殿やノレッジ様は頼れるお方であると判断しております故。それにそもそも、我が主の判断に異議などあろう筈も……と、言いたい場面ではありますが」

 

 一旦言葉を切って、破顔。ネコは屈託無く笑う。

 

「にゃあ。実は此度のお願いは、昨夜わたくしと主とが話し合いをした末の結論なのです。後の憂いも全く持って無いと断言できましょう。強いて言うなれば、ダレン殿とノレッジ様に更なるご苦労をかけてしまうという点が問題ではあるのですけれども」

「……ふむ。それについては問題ないと、先に言質を取られているからな」

「おや。ダレン殿も存外に意地の悪い言い回しをなさるのですね?」

「すまないな。信頼から出る言葉だと思ってくれると嬉しい」

「ええ、それは勿論。わたくしの言葉も、信頼から発したものですよ」

「? んー?」

 

 1人会話に取り残されたヒシュが、盛大に疑問符を浮べている。その様子を2者が見やり、また互いに笑みを溢す。

 笑みのまま、ネコは佇まいを整えて。

 

「いえ。申し訳ありません、我が友よ。これでもう、わたくしからダレン殿に話す事はありませぬ。話を進めてくださればと」

「?? ……うーん……釈然としない、けど。それじゃあ、ダレン。ドンドルマに行ったら大老殿、2番風車の小屋の中でお願い」

「2番風車、か。覚えておこう。それで、時間は」

「会議の日の早朝、食事時が良いと思う。だいじょぶ。相手の人、オリザが導くから」

「了解した。……相手が判らない以上、話すべきはこんな所か」

「ん」

 

 ヒシュが頷く。ネコも一礼し、ダレンが腕を組む。すると港に、船が発つ事を知らせる笛が高々と響いた。

 組んだ腕を解き、船へと半身を向ける。別れの時間だ。

 

「それではな。密書を渡すその役目、ダレン・ディーノが引き受けた。……ヒシュ、それにネコも。ライトスからの依頼、無茶だけはしてくれるなよ」

「お願い。狩りは、任せて」

「ご武運をば祈ります、ダレン殿」

 

 各々が別の船へ。

 それぞれの路へと向けて、歩みを始めていた。




 ご観覧をありがとうございました。
 話はきな臭くなってまいりますが、それはさて置き、次話からようやくと、私がずっと書きたいと思っていた場面が回ってまいりました。ノレッジには頑張って欲しいですね。話の展開と私の力量とを天秤にかけつつ、私自身ももうちょっと頑張ってみたい所です。
 因みに、申し訳ないのですが、前話辺りの修正や描写の追加をさせていただいております。色々と急だと感じてしまったもので……重ねて、申し訳ないです。
 では、以下雑談。それゆけ自問自答!

>>(ドスガレオス! ……何度みても、でかいです!!)
 いたいけな少女に一度は言わせてみたかった台詞。ええ、はい。
 ドスガレオスの、身体が、でかいのです!
 ドスガレオスだけに「黒くてでかい」などと一層アレな表現にならなかったのは、私のほんの僅かに残った(あるいは余計な)良心の成せる業です。
 因みに。開口一番「でけえ」とか言うのは、敬愛する某MHライトノベルシリーズへのオマージュでもあったりします。作者様は違いますが今現在、FでGのも読んでますよー。レジェンドラスタが後ろに並ぶあの絵が大変気に入っていたり。2巻も(やはり)受付嬢が可愛いとっ。

>>ヒシュ(仮)の武器、さらっとパワーアップしてるし
 「タバルジン系統」さまには2ndGで大変お世話になりましたので、謝意を多分に込めて出演をば(もう一方がそのままなのは、「アレ」です)。
 尚、ゲリョスを1頭しか狩っておりませんが……これに関しては誠に独自な設定ですが、ゲームとは違って、大型モンスター1匹から採れる素材は交渉次第で増減可能となっております。というか、ゲームの通りでは天引きし過ぎだと思うのです、ギルドの野郎(黒。私的には、ゲームにおける「鱗」は1枚の鱗の事ではなく、重さを基準にした鱗一塊の事だと解釈しているのですが、それでも、報酬が少ない時のは酷いと思うのです。確定報酬以外は調合消費の弾丸素材のみとか。
 本作では全身防具を作るために必要な素材の量は、モンスターの種類や防具のデザインにも寄りますが、成体が2~3匹と言った所でしょうか。
 そしてゲームではよく一式を作るのに逆鱗クラスの素材が1~2個は必要になりますね。ですが鎧は、戦闘を行う以上度重なる修復が必要であり……常に消費のある防具に貴重な素材を使う意味があるのでしょうかという疑問が浮かぶのではないかと。
 えっ、あっ、はい。本作においては独自の設定があります(自問自答。
 などと意味深な発言をしておいて核心には触れず。
 武器においては素材の数よりも質重視で、数は1頭分あれば余るほど。ですが、質の悪いものは長持ちしないと言う設定でありまして。少なくともこの設定に関しては、その内に日の目を見る事もあるでしょう。

>>山羊を「エルぺ」と読む(くだり)
 初めっからですね、これは。他にも本作では、鹿と書いて「ケルビ」と読ませたり、山猪と書いて「ファンゴ」と読ませたりしています。これは、MHゲーム内で馬などの生物が未発見もしくは絶滅種として扱われている事に起因します。MH世界では馬、居ないんですよねー……人類の歴史が。だからこそ竜車などが発達しているのだと思いますが!
 因みにエルぺは、MHFきっての癒し系奇蹄目(ぉぃ。ケルビ骨格+モーション増(この場合の骨格は、ゲームにおけるCGフレームの事)の愛らしさ余って結婚願望爆発しそうな、可愛いヤツです。堪能したいという方は、一緒に寝ている動画なんかもあがっていた覚えがありますので、それをご参照くださればと。
 ……えと、ブルックは、山鹿でしょうか。もっと適切な呼称もあるかとは思うのですが……いえ。少なくともブルックは、本作では出番は無いと思うのです。多分。

>>なんでエルぺの皮紙が使われるの
 イメージ的には羊皮紙ですね。ケルビ皮紙でも良いかと思っていたのですが、個体数が少なく(というかケルビが多く)、高地に住むエルぺの方が狩猟は困難かと考えました。素材の流通数はそのまま値段に反映されるため、エルぺの方が高級だとの格付けをさせていただいております。
 はい。決して、可愛いからではありませんのです!

 では、では。


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第十六話 少女と砂原〈上〉

「さぁてと。さっそく修行と行きますか」

 

 ヒシュらを見送ったノレッジは一度だけ伸びをして、今し方出てきた集会酒場へと引き返した。

 集会酒場は、祭りの後といった様相を呈している。先ほどまでと比べて密度は段違いに低くなっていた。集会酒場は狩人達の生活に合わせているため、朝と昼と夕の食事時が最も混雑する。そのため、朝の出港時刻を過ぎた酒場はギルドガールズもしくは給仕として雇われた村娘達、もしくは手伝いのアイルーの戦場と化すのである。村娘とアイルー達がすり鉢上に低くなった酒場を忙しなく動き回り、数えるのも億劫な程の勢が一斉に食事の片づけをしている様は、ノレッジの記憶の内にある書士隊の大掃除を思い起こさせた。ただしあの場合は本と資料の山、そしてそれを読みたくなる誘惑と戦い ―― 誘惑に負けて本を開いている時間の方が長い。比べれば間違いなく、酒場の片付けの方が壮絶であろう。

 因みに酒場の人口比率として遥かに劣る男性は、酒場の奥に併設された鍜治場の職人達の事であり、今の時間帯は職人頭……「鉄爺」と呼ばれる老年の竜人から作業を振り分けられて篭る直前の頃合だ。彼らには朝方に工房を訪れたハンターから提示された、大山の依頼が待っている。恋人であり宿敵でもあるそれらを消化し終えない限り、男衆が鉄火場から出て来る事はないだろう。

 ノレッジはそんな雑多な風景を眺めつつ、縁になった外側を辿って受付へと歩み寄る。途中にあった掲示板から自由契約の依頼書である紙束を剥ぎ取って、手近にあった椅子へと腰掛けると、紙束へと目を通し始めた。思考の題目を切り替え、まずは、自らが受ける依頼を選ぶ事にする。

 

「やっぱり最初は、砂漠の地形を知る所から始めたいですよね」

 

 言いながらノレッジは1人うんうんと頷く。砂漠の管轄地には一度ドスガレオスの狩猟のため赴いたとはいえ、何分数日前に初めて訪れた地だ。知識として足りない部分は、未だ数大く存在している。大型モンスターから逃げるための細道や隘路の有無、地質や水分補給のための水脈の把握。また、射手としては様々な弾丸の素材となる「カラの実」が採取できる場所だけでも知っておきたいという思惑もある。地形の把握が重要だというのはヒシュにも教えられたが、ノレッジ自身も狩人として本格的に活動を始めてからは、身に染みて実感出来ている。

 繁殖期の殆どを費やしたノレッジの狩人修業は、テロス密林で行われた。大陸南西に広がるセクメーア砂漠……その全体を把握するなどという事はノレッジの半生を費やしても不可能な所業ではあるのだが、レクサーラからギルドの管轄地までの往路については知識を得ておいて損はないだろう。管轄地までの間であれば地図も存在する。などと、頭の中で結論付けた。

 

「うーん……地図を貰って、短期間でこなせる依頼をいくつか受諾しましょう。覚えるにはやはり、実地を歩くのが一番ですから。往復していれば自然と身に着くでしょうし」

 

 捲っていた依頼書の幾つかに目を留め、砂漠を住処とする走竜「ゲネポス」の討伐を主に据える事を決める。その他として竜骨結晶や鉄鉱石、砂漠特有の植物の納品依頼も受諾する。合計の報酬金額はやや少なく、素材にそれほど珍しいものはないが、短期間で済ますことの出来る依頼ばかりだ。

 ノレッジは書類に必要事項を記入して、待ち構えていた受付嬢へと差し出す。どうやら書類の整理と捜索を担当しているらしい妹が手ずから用紙を受け取り、その内容を追って眼を動かした。

 

「はいはぁい、ゲネポスの討伐依頼ですねぇ。あとは……魚竜の(キモ)ぉ、竜骨結晶ぅ、鉄鉱石ぃ、サボテンの納品、っと。なぁるほど。合同のキャラバンが出立してしまったこの時間に選ぶだけあって、時間も対象も手頃なものばかりですねぇ。それに、皆さんが忌避しがちな『魚竜の胆』の納品依頼を選ぶという事はぁ……ノレッジさんは解体もお上手なのです?」

「あー……お師匠から散々仕込まれたもので、多少は。鱗や皮が傷ついていても胆は無事なことも多くありますし、少しでも稼いでおきたいですし……そもそもわたしが砂漠に残ったのも狩人修業のためですから。解体も、修業の一部だと思ってます」

「ふへぇ、随分とストイックですね。解体が上手いって、今時のハンターさんでは珍しいですよぉ」

「あ、そうなんですか?」

「はぁいぃ」

 

 髪の編束を指先で弄りながら妹受付嬢に尋ねると、妹受付嬢が元気よく頷く。

 確かに狩人の中には、武人然とした……武器の扱いや体術に長けた者も数多い。ハンターという生業の花形である「大型モンスターの狩猟」であれば、解体はギルドが行ってくれる。それ故に剥ぎ取りや解体作業が苦手だと言うハンターも少なく無いのが現状だ。

 しかし、それらはあくまで若いハンターに見られる傾向である。ハンターとして成熟し、より強い固体を相手取る場合、解体作業は自然から「身に染み込ませられる」。地域全体が危険地として指定され、ギルドからの援助が不確かになり、現地に到着してからの採取作業……特に食料の確保や野営の能力は生命に関わる重要事であるからだ。またハンターとしての経験を積み地位があがる程に、狩猟だけではなく採取や納品依頼も経験するようになる、という理由も存在する。その様な経緯もあってか、レクサーラの妹受付嬢にとって、ノレッジの若さで解体の技術を身につけているというのは珍しい事例なのだった。

 だが当のノレッジはといえば、初めて師事した相手が「ハンター」というよりは「狩人」という表現がしっくりくる、あの仮面の「被り者」である。解体は当然の事、野営や逃走技術といった生き残る為の技術ついては存分に刷り込まれている。

 などと考えていると、その間にもほええとよく判らない鳴き声をあげていた妹受付嬢が、再びノレッジへと疑問を向ける。

 

「お師匠……ほえぇ。ノレッジさんのお師匠さんって、あの苦労人って感じの顔の人ですかぁ? あの方ならば面倒見は良さそうでしたが」

「あー、いえ、判りますけど微妙に違うんですよ。あの人は先輩で、仮面の人の方がお師匠です」

「仮面の……ああ、謎の文字で名前を書いていたハンターさんですかぁ。あの人は確かに、熟練者な狩人の雰囲気がむんむん来てましたね。ですけど……物を教えられるほど喋るんです? こないだもドスガレオス狩猟後の書類整理の間、肝心の書類はダレンさんとネコさんに任せて、ずぅっと無言でかくかくしてましたしぃ」

「ええ、結構話してくれますよ。狩りに纏わる技術とか、視点とか、聞けば射手だろうが剣士だろうが関係なく答えてくれますし。あ、もちろん全部理に適っていましたよ。少なくともわたしは納得も体感も出来てます。……ああでも、怒りはしないんですけど、あの薄いリアクションで『もう1回』って言われるのは……ちょっと。むしろ怒って下さい、って感じではありましたねー」

「あははー」

「―― もう。仕事中に雑談しているのです? 妹様」

「あー、リーお姉ちゃん……じゃなくて、姉様ぁ」

 

 呼びかけによって談笑を中断する。ノレッジも首を動かすと、妹受付嬢がほわっとした笑みを浮かべるその先に、新たな書類の束を抱えた姉受付嬢が立っていた。受付の横に設置された筆記台に書類をどすりと積むと、妹受付嬢に向けて頬を膨らませる。

 

「ハンターさん達の出立で煩雑になる時間は過ぎたけど、今だって仕事中ですよ。今の内に書類を片付けないと、後から自分に圧し掛かって来るんですからぁ」

「う~ん……でもぉ、ノレッジさんはわたしと年も同じだしぃ、いっぺん話してみたかったんだもぉん」

「……はぁぁ~。なら、遅れの分は自分で何とかしてくださいよっ。あぁ、あと、ルー。今は男の方々が居なくてノレッジさんだけだから良いけれど、仕事中の名前呼びはご法度だからねぇ」

「判ったぁ、リーお姉ちゃん」

 

 どうにも緊張感の欠ける、別の言い方をすれば温和な雰囲気を持つ語り口の姉妹だ。姉はつい先程運んだ束を紙紐で括り、足元へと移動させる。引き出しから鋏と糊を取り出した所で、思い出した様にあっと声を出した。

 

「あっ、そうですそうです。……申し訳ありませんでした、ノレッジさん」

「い、いえいえ」

 

 深々と腰を折る。ノレッジは思わず慌てて両手を振るが、そもそも、何で謝られたのだろうと。

 

「いぃえぇ。妹のルーが何やらご迷惑をお掛けしたようですからねー。やっぱり姉としては謝意を伝えたいと。……あ、私はリーと言います。今後とも宜しくお願いしますねっ!」

「あっ、はい。こちらこそ」

「姉様だけでなくぅ、ルーも宜しくねぇ」

「うんっ」

 

 突き出された手と、ノレッジは笑顔で握手を交わす。そのまま受付の奥が目に入ったが、どうやらこの間は居たもう1人 ―― 妙齢の女性は現在、席を外しているらしい。受付では褐色肌の姉妹だけが動き回っている。

 姉はノレッジとの握手を終えると、書類の横に筆記用具と印鑑を並べた後で振り返り、妹が書き込んでいる最中の契約書類を覗き込んだ。

 

「んんっ? ノレッジさん、今度から1人で狩猟に出かけるんですかー?」

「はい。これも修行ですよ!」

「それはまた。……んーぅ、でも、砂漠はこの間が初めてなんですよね。誰か紹介してもらった人とかも?」

「居ないですねー。というか、師匠達には紹介してもらえって言われているんですけれどね。私自身、1人で行かないと意味が無いと思ってまして」

「まぁ確かに、ハンターさんの中には1人を好んで狩りをするお人も居ますけど……有名どころで言えば《迎龍》の人とか。でも、ノレッジさんが受諾したこの管轄地はいっつも環境が不安定な場所ですし、今の所は大型モンスターの出現も報告されていませんが、潜んでいるだけかもしれません。気をつけるに越した事は無いですよ」

 

 姉の顔が少しだけ歪む。その隣にいる妹は、もっと露骨に不安の表情を浮べる。

 

「……ノレッジぃ、無理はしないでねぇ?」

「あー、うん。それは勿論です。最近のわたしの第一目標は、『生きる』なんで!」

 

 姉妹に向けて、ノレッジは拳をグッと握ってみせた。満面の笑みを添えながらのこの行動に、姉妹は是非とも目標を達成して欲しいと言う願いを込めつつ……息を吐いた。

 結局はこの少女も新人とは言え、狩人で「在る」のだろう。

 妹は契約書の名前の上から朱肉をぐりぐりした印鑑を押し込み、呆れつつ、ふと感じた疑問を問う事に。

 

「ねぇ、ノレッジぃ。……それ、第二目標は?」

「はいっ、夢は大きく『狩りに生きる』ですっ!」

「うわぁ。全くもって目標に具体性がないです~っ、というかそれ、雑誌の名前です~っ」

 

 姉が捲くし立てると、ノレッジと妹が大声で笑う。集会酒場に陽気な少女達の声が響き渡った。

 

 しかし。

 

「……そう。……そう、なのね」

 

 その風景を。

 入口から見つめていた妙齢の女性が居た事を、ノレッジ・フォールは知る由も無い。

 

 

■□■□■□■

 

 

 2日後。依頼(クエスト)を受注したノレッジは、再びの砂漠へと赴いた。

 

「到着、っと。……とりあえずキャンプの設営は終わりましたし、行きますか」

 

 セクメーア砂漠のギルド管轄地(フィールド)へと到着したノレッジは、陽光を遮る為の外套を羽織って早々にキャンプを出発する。

 先日のドスガレオス狩猟の際は、ガレオス種の活動時間のこともあり、夜間の狩猟であった。砂漠で迎える夜空は果てなく美しい。煌く星々と優しく冷たい夜陰に包まれるあの感覚を、ノレッジが忘れる事は無いだろう。

 だが今回は打って変わって炎天下での狩猟である。砂漠は昼は暑く夜は冷え込むという二面性を持つ。また管轄地とは強大なモンスター達がこぞって群がる、魅力に溢れた土地でもある。移動の間とは違い、常に命の危険に晒されるため、鎧を外す訳にはいかなかった。

 だからこそ暑さがノレッジの天敵となる。ヒシュの助言もあり、せめてもの気休めにと外套を羽織ったうえで「クーラードリンク」と呼ばれる冷水を持参し飲用してはいるものの、鎧と身体に熱が篭るのは避けられない。となれば砂漠の熱射に対する最大の対策は、日陰に隠れる事だろうか。そんな事を考えながら歩いていると、目の前が開ける。

 

「……うわぁ」

 

 岸壁に阻まれた細くくねる路地を出た先に待っていた光景を見て、ノレッジは開口一番弱音を上げたくなる(それでも好奇心が沸いて止まらない自身の変人加減には頬が軽くひくつくのだが)。

 目の前に立ちはだかる、剥きだしの自然。発した陽炎は分厚い壁と成り、少女のこれ以上の前進を尻込みさせる。行路の比ではない。正しく乾きの海と言うべき熱砂の荒野が待ち受けていたのだ。熱の塊と化した砂粒がぎっしりと敷き詰められ遥か先まで広がって行くその様は、少女の困難な行く末を暗示するかの様でもある。

 

「走るしか、ないですよねっ。……行きますっ」

 

 せめて直接の日光は浴びてやるものかと、影を作り出す岩場の端をなぞって脚を動かし、立ち上る熱気の中を一心に突き進む。辺りの景色を堪能する暇など無い。全力疾走で駆け抜け、ノレッジは右奥に見えていた細い岩の間へと滑り込んだ。突きつけられていた陽光という名の刃がやっとの事喉元を離れる。待望の日陰である。

 

「あっっっっっつい! ですっ!! ふはぁっ」

 

 自らの脚力を考えればほんの数分に満たない間の出来事である筈だが、身体は重く息もあがりっ放しだ。兎に角、この暑さに慣れない事には砂漠での狩猟など行えない。まずは日陰で身体を気候に慣らす事から始めよう。そう考えながら息を整え気を取り直すと、遅ればせながら自らが入り込んだ岩陰の先を覗き込む。

 足元は変わらぬ砂地。だが左右と頭上に岸壁が聳え、岩場に囲まれた細道となっている。幅は15メートルもない。が。

 

(……あ……洞窟?)

 

 その細道の先に、暗闇がぽっかりと口を開けていた。

 セクメーア砂漠におけるギルド管轄地は、砂漠地帯の緩衝地として大きな岩場が含まれている。岩場が存在する事によって日陰や入り組んだ路地が作り出され、その周辺にはオアシスや植物の生育地が成り立ち、洞窟の中には地底湖までがあるという。それら恵まれた環境が様々なモンスターを惹き付けると同時に、複雑な構造は狩人を守る楯とも成り得る。

 ノレッジは脳内に描き込んだ地図を開く。目の前に開かれた暗闇は、地図によれば地底湖への入口らしい。よくよく知覚を巡らせれば、肌に湿り気を含んだ風が触れているのが感じられた。

 

(砂漠には似合わない、僅かな湿気を含んだ空気。地底湖で間違いはなさそうです、が……まぁ、先にやることもありますし。探検は後回しにして)

 

 好奇心の塊たる彼の少女にしてはあっさりと、その選択肢を手放した。

 しかし、明確な理由がある。何しろ少女は、この管轄地に期限(・・)いっぱいまで(・・・・・・)居座る心算なのだ。

 

「早速、採掘と行きましょう! ……ええと、鶴嘴(つるはし)の消耗を最小限に抑えるためには……ここ辺りはもろそうですね。 ではっ!」

 

 ノレッジは皮鞄から握りと鍬部分を取り出すと十字に嵌め込み、鼻歌を歌いながら適当なあたりをつけた岩盤へと鶴嘴を振り下ろし始めた。

 通常、ギルドの紹介する依頼(クエスト)には制限期間が設けられている。移動時間を含めず、一般的なモンスターの狩猟であればその期限は1日から2日。大型モンスターであれば危険度にもよるが、3日から7日程度。採取であれば半日程度が依頼達成の期限の目安となる事が多い。多少の上下はあるにせよ、期間までに狩猟を終えてギルドに報告するのがハンター達の義務となる。

 義務となるその理由は至極単純。管轄地というものがモンスターにとって絶好の縄張りであり……近隣の街や商路へ強大なモンスターが近寄るのを防ぐ、「緩衝地帯」の役割を持っているからだ。これはギルドの管轄地が「ギルド全体の為に使いまわされるもの」である点に由来する。

 当然、管轄地(フィールド)というものは街や商隊の使う道からは離れて設置されるもの。だがしかし、街に接近した大型モンスターを「誘導する先」としても管轄地は使われる。肝心の誘蛾灯に灯される火が弱くては、その光は集った虫によって遮られ、件の家屋への侵入を許してしまう。つまり空けて置く ―― 管轄地をモンスターにとって魅力的なフリーの縄張りにしておく事にも、十分な意味は存在するのである。要するに、管轄地を早めに明け渡さなければ周囲に被害が及ぶ可能性が出ると。

 ハンターという人種は生来、忙しなく動き回っているものである。達成次第報告し、次の狩場に向かうのが常。しかし逆に「ギルドに報告さえしなければ」、限界まで居座れる。ノレッジはこれを利用し、最大限砂漠を学ぶ期間として活用する算段を立てているのであった。幸いな事に、ノレッジの滞在するセクメーア砂漠の第一管轄地付近に大型生物の出現は報告されていない。もし近日中に近寄る生物がいたとすれば、応援のハンターも到着する手筈が在る。

 僅かに開いた天井から一筋、やんわりと差し込む自然の灯りの横で鶴嘴を振るい続けること数分。ノレッジの足元には、土に塗れた岩塊が幾つも転がっていた。

 

「―― これ位でひと段落ですかね。さぁて。これは……大地の結晶、これは鉄鉱石……これも鉄鉱石。……うん。市場に出てしまうと質が判らなくなりますからねー。村に帰ったらジャンボ村の坑道で掘れたものと質を比べてみましょう」

 

 様々な武具防具に使われる「鉄鉱石」と、微生物の遺骸や腐敗物が結晶化した「大地の結晶」。日用品としても使用される「鉄鉱石」は勿論の事、「大地の結晶」は様々な素材の研磨に使用され、汎用性の高さ故の需要がある品である。大型の生物が出現する土地の鉱石は(大掛かりな採掘がなされていないためなのか、はたまた別の理由があるのかは現段階で定かではないが)質が高いものが多い。その為自分の武具防具に使用するハンターも大勢存在するのだが、少数ながら狩猟の場に赴いたハンターによって納品……市場に齎されたこれら鉱石は、通常のものと比べて軒並み高値で取引される。

 だが、ノレッジはこの需要を別の用途に利用する。彼女はゲネポスの討伐依頼の他にこうした鉱石などを納品する依頼を複数個請け負う事によって、管轄地への滞在限界期間を4日まで引き伸ばしているのだ。

 

「見透かしても鉄の含有率が判らないので、拠点に持って帰らないと……うーん。これなんて、鉱石なのかどうかも判らないですし……拠点でも無理ですね。レクサーラで鑑定してもらいましょう」

 

 鉱石はキャンプまで運ぶにも手間がかかるため、まずは採掘しておかなければ話にならない。後から順番に運ぶのである。どうせ砂漠に住む生物の殆どはそこらに転がる鉱石には見向きもしないのだ。採掘を終えたら道端に放っておいても、なくなるという事態にはならないだろう。ただしよほど物好きのメラルーや、鉱石を主食とするバサルモスでも現れない限りは。

 

「よぅし、……と? ……この感じは」

 

 岩と岩とに挟まれた空間に座り込んでいたノレッジが動きを止める。採取物の吟味を中断すると、手に持った鉱石を放って一息に立ち上がる。

 セクメーア砂漠。不毛の大地と言えど、大地は命に満ちている。外敵の存在は十分に警戒しなくてはと考え、ノレッジは背負った重弩を腰につけて構える。瞳に警戒の色を宿し、巡らせる。

 

(なんでしょう。刺す様な……舐る様な……これって、わたしが、視られて(・・・・)るんですか?)

 

 それは少女にとって「感じ覚え」の無い、奇妙な感覚。敵意というのが正しいか、害意と表すのが適切か。

 「感覚」だったものは段々と確かな「音」に換わり、軽妙な足音として聞き取れる様になる。音の発信源は、此方へ近付いて来ているらしい。

 音が大きくなった頃合で、目前の地底湖へと繋がる洞窟の闇の中から、2脚で砂を蹴る生き物が湧いて出た。生き物はノレッジを目に止め、嘴を開けて小さく鳴いた。

 

「―― ギァ!」

 

 無数の牙がノレッジへと向けられる。既に狩猟の場では何度も経験した、脈動する命の圧力。ゲネポス ―― 薄茶色の皮と鱗を纏い砂原に住まう、小型の走竜だ。

 走竜との分類が示す様に、ゲネポスは砂漠や湿地帯を主な縄張りとして駆ける走竜である。その骨格はランポスに酷似しており、ランポスと違っている点と言えば、肌色が砂原に迷彩する薄茶色になっている。頭部に2つの突起が着いており、代わりに鶏冠がない。そしてその牙には、麻痺毒が仕込まれている。獲物を数で襲い、麻痺させるのを常套手段とする、砂漠の狡猾な狩人。それがゲネポスだ。個体の平均的な体格もランポスとほぼ同じで、全高はノレッジや一般的な人間よりもやや大きい2メートル程。数に任せて襲い掛かれば小さな人間は勿論、大型のモンスターすら仕留めると言う。

 ノレッジの目前に姿を現したゲネポスは3頭。その生態から、伏兵は如何と疑問が過る。総数を確かめるため、ノレッジは一歩後退する事を選択する。じりと摺り足で身体を引くと、

 

「ギュアァ、ギュアァッ」

「「ギュアッ、ギュアッ!!」」

 

 ノレッジを確かな標的と定め、ゲネポス達はけたたましい鳴き声をあげた。これは仲間たちへ警戒を促す警鐘なのだと、ノレッジは知識を頭の中で反芻する。走竜という種族は単体で獲物に戦いを挑むという事はまずなく、仲間やボスと綿密な連携をとりながら狩りを行う。ノレッジも密林でランポス達と交戦しながら、その連携の恐ろしさを幾度も経験している。

 だが「その時」との違いは明確だ。

 

 自然にとっての獲物。手段と選択とを誤り仕損じれば、今は、ノレッジが「狩られる側」とも成り得るのである。

 

 ノレッジの瞳にゲネポスの大きく開かれた口と牙が命を計る天秤の如く映り込み、その脳裏を死と言う文字が何度も過る。

 視認出来るのではないかと錯覚する程の圧力を受けて、足はとうに竦んでいる。

 中枢の命令系統が少女の身体に向かって、興奮の度合いを高めろと口煩く捲くし立てている。

 間近にある恐怖に急かされて拍動は一層速さを増すものの、身体はまるで凍りついたかの如く動かない。

 背に、脇に、掌に。どっと溢れた冷汗は、問答無用の焦りを自覚させた。

 

(っぐぅ。……でも、『これ』……きっと今までは、ヒシュさん始め先輩方が請け負ってくれてたんですよね)

 

 視認するや否や相手に向かって猛然と斬り掛かって行くヒシュも、楯を構えながら中間距離で牽制を始めるダレンも、遊撃でノレッジの背を守ってくれるネコも、今は居ない。この状況を望んだ自身の選択を、ノレッジは一瞬だけ悔いた。

 だが。それでも。……だからこそ。

 

 ―― パァンッ

 

 少女は平手で自らの頬を打つ。逃げ道を塞ぐ岸壁に、乾いた音が反響した。

 自らの思考を逆説で奮い立たせ、目の前の走竜が自分を貪る幻想を、思い切り頬を叩く事で破り捨てる。

 

(いつもの通りやれば、ゲネポス3頭くらいなら何とかなりますよ。警戒すべきは増援でしょう。ここはわたし ―― ノレッジ・フォールが、1人で切り抜けてみせますっ)

 

 少女は自らの夢の為、欲望の為に選んだ道の上に立って居る。走っているのだ。まだ死んでもいなければ怪我すらしていない。諦めるにも、投げ出すにも早過ぎだ。ここで動かなければ、生きている意味がない。

 ―― この知識も、知恵も、思考も。自らの命を守り、相手を狩り得る牙。

 教えの通り、ノレッジは思考を止め無い事に終始する。仲間は既に呼ばれてしまった。反り立った崖に囲まれている為、道は細い。崖の中途にもおあつらえ向き(・・・・・・・)の穴が開いている。洞窟との直線上、ノレッジの後方には狩人にのみ不利に働く熱砂が待ち受ける。退路は無い。増援が来る前にけりをつけなければノレッジは走竜に囲まれ、狩られる側と成るだろう。

 思考と決意に必要とした時間はほんの僅かだった。判断した次の瞬間、ノレッジは腰に力を込めて走竜「達」の間へと銃口を向ける。

 鳴き終えたゲネポスが首を下ろすと共に指を動かし、射撃。

 バス、バスッという鈍い消音がノレッジを揺らし、ゲネポスを撃ち弾く。射出された「散弾」が弾け、散り、次々と銃弾の壁を作り出す。

 

「―― ッ!?」

 

 走竜の声なき声。先手は取った。悲鳴を残す猶予も与えない。道の狭さ故固まっていた3頭を、散弾で纏めて打ち払う。鳴き終えたゲネポスが下げた首は再び、今度は衝撃によって他動的に跳ね上がる。一斉に仰け反ったその隙を利用して、2発目と止めの3発目を打ち込んでおいて。

 来る……何かが、

 

「……だぁッ!?」

 

 今度も感じた気配のまま地を蹴り、前へと転がる。大丈夫だ。当たってはいない。風斬り音に肝を冷やし ――

 ―― 視界に地面の影が、2つ。

 これは拙い。脳内に警鐘が鳴り響いている。硬く鋭い爪が視界に入ったのとノレッジが左腕を振り上げたのは、同時だった。

 

「ギュアッ!」

 

 ―― ガチィンッ!

 

「つぅっ! ……やっぱり、数の力は偉大ですねっ!」

 

 体重の乗った牙が眼前で左腕の鎧とぶつかり、火花を散らす。ノレッジは押し負ける前に、辛うじて転がり退いた。

 初めから増援を警戒したのが功を奏した。ノレッジに爪を突き立てたのは、一段高い洞穴の中から新たに現れた増援のゲネポスだ。見る限りの増援は2頭。1頭の牙はノレッジの居た場所を空振りしたが、より前方に降り立った個体の顎がノレッジのを捉えたのである。

 暇は無い。砂の上で体勢を建て直しながら顔を上げ、銃を構えながら、生まれた僅かな間を利用して自身の無事を確かめる。牙を受け止めた左腕に衝撃によるじんわりとした痺れはあるが、左の腕甲は鎧として最も重厚な部分でも有る。ランポスの鱗と鉄鉱石製の鎧が完全に殺傷力を殺してくれたために怪我はない。麻痺と痙攣を引き起こす神経毒も鎧の表面に止まっており、衝撃以外の痺れは感じられない。指は精緻に動いてくれる。

 今はこれで良い。安堵は後だ。命の危機は、未だ目と鼻の先にある。

 ―― 反撃を。

 2歩ほどの距離を置いて銃を構えたノレッジは弾を込め、自分を引っ掻いた反転中のゲネポスに『ボーンシューター』を向けた。

 機を図る。ゲネポスの首がこちらを向き、口を開けた、瞬間を、

 

「ギュゥ!?」

「ご冥福をっ!」

 

 ノレッジは砂を蹴り、ゲネポスの眼前にまで接近する。腰の回転で重弩を持ち上げ、横に付けた楯で口を器用につっかえつつ、銃身を口内へと押し込む。

 ゲネポスが退く前に、過たず銃口が火を噴いた。口内で弾けた散弾が、その勢いを持ってゲネポスの頭部を炸裂させた。

 まだだ。もう1頭が残っている。空振りをしたそのゲネポスは不利を悟ってか驚きでか、後方へと跳躍していた。しかしそれは理解出来ていないからこその行動だ。自らが飛び退いたそこは、未だノレッジの牙の届く位置であると。

 

「りゃあああっ!!」

 

 身体を旋回させ、軸にした右脚が軟砂に埋まる。慣性を強引に振り切った銃身が走竜に向けてぴたりと静止し、すぐさま『ボーンシューター』から散弾を射出する。

 ゲネポスの身体が仰け反り、次弾で、浮き上がった。

 ゲネポスの身体に当たらなかった弾丸が、その奥の岩壁にぶつかって無数の土煙をあげる。幸いな事に跳弾がノレッジを襲う事は無く、全てが砂原へと落ちる。どすりという音をたてて、浮いていた走竜の身体も地面に落ちた。

 臥した走竜の身体は一度だけびくりと跳ね、それを最後に、動くことは無くなった。今の所死んだフリをする種はゲリョスしか確認されていない。このゲネポスが新種ではない事を祈りつつ、これ以上の増援が無ければと周囲の警戒を続ける。

 周囲に満ちる静寂。どうやら、これ以上の増援は無い様だ。

 

「ふぅ。……、……あー……」

 

 辺りを見回す。

 改めて、増援はない。

 先に感じていた敵意や害意といった肌を刺す感覚も、今はない。

 

「……うん。…………よっっし!」

 

 少女は拳を握り、高く、高く掲げる。万感の想いを込めて。緊張を噴出するかの如く。

 ノレッジ・フォールは、1人の狩人としての初陣を、確かに生き残ったのだ。仲間が居ないその分、ゲネポスを狩猟したのが自身の実力であることは疑い様が無い。端からじわりじわりと実感が沸いて出る。達成感というよりは、やはり、生き残ったという安堵にも似た嬉しさが色濃く残っている。

 

「―― 見ていて下さいましたか、お師匠?」

 

 首下を覗き込み、胸元に下げた木片 ―― ヒシュから受け取った『お守り』に向かって問いかけるが、当然ながら返答は無い。何時もの通り。ノレッジは今度こそと安堵の息を吐き出して、辺りの状況の再確認を始めた。

 鉄臭い香りが狭い空間に充満している。増援の気配もやはり無く、自分が殺したゲネポスが5頭、ばらばらの位置に倒れている。これはノレッジが群れを分断しながら倒せたという証左であり、ヒシュの教えがしっかりと生かされている証でもある。……ただし走竜の類については、「密林でもランポスを相手に何度も経験した」というのが戦闘を上手く運べた理由として大きいに違いない。

 

「これが他の生物だったら、もう少し焦っていたんでしょうねー」

 

 辺りに散った血飛沫と死骸。独り言を呟き、とりあえずは消臭だと煙を焚きつつ。狩人ならばやる事は1つだろうと決め込んだ。

 ノレッジは腰のナイフを抜いて、手近に居た1頭へしゃがみ込む。足をかけ、迷い無くその刃を突き立てる。

 

「……うわぁ。やっぱり散弾使うと、皮も鱗も仕える部分が少なくなりますねー。口内の牙は何とかなりますが……その点、頭を吹っ飛ばしたこのコは全体的に活用できそうです。あー、でもいくら素材の為とはいえ、さっきみたいなギリギリの作戦は緊急時以外に使いたくもないですけどっ」

 

 教え込まれた動作は、数ヶ月前とは見違えて手際良くなっている。腹を捌き皮を、背部からは鱗を剥ぎ取る。ゲネポスの麻痺袋は頭個体やドスガレオスのものと比べて小さく用途が少ないが、数を集めれば使い勝手は幾らでもある。それ以外の臓器は一箇所に集めて、腐敗する前に地面に埋める。筋肉が硬直する前に牙の並ぶ嘴をこじ開けて脚で固定。つっかえをしながら柄をねじ込み、梃子の原理で牙を抜いていく。

 解体に時間がかかる程、血の匂いを嗅ぎつけて他のゲネポスが近寄って来る可能性も高まる。だがゲネポスの討伐が依頼となっている以上、事の展開としてはそれで正しくもあり……などと、ある種の開き直りのままノレッジは作業を続ける。

 10分程の作業の成果は鱗が2片、皮が3片、牙が5組。合計10品を紐で括って弩の扱いの邪魔にならない左腰に下げると、ノレッジは再び立ち上がった。横に置いた弩を持ち上げ、基礎構造部分を確認する。

 

「ふぅっ! ……銃身にへこみ、無し。楯が少し傷ついただけ、よぉし」

 

 最後に通常弾を4発ほど試し撃ちして射出を確認する。どうやら、明らかな異常は無さそうだ。

 

「これなら問題なし、狩猟を続行です。……それで、えぇと、討伐するゲネポスは……20頭からでしたっけ。依頼の要旨としては群れを潰して欲しいみたいですが、群れは個体を半数も失えば移動するでしょうからねー。となれば、始めるべきは群れの捜索からでしょうか?」

 

 ノレッジは弩を背負うと手拭で汗をふき取って、皮の水筒に口をつける。左手には今居る砂漠の第一管轄地を描いた地図を広げつつ、走竜が根城とし易い環境を脳内で思い描いて行く。

 

「―― ゲネポスが湿地にも居る理由は、あの皮が保湿性に優れているから。その保湿性があるからこそ、砂漠の大地をも住処に出来る。……ならばその保湿のための『水分の大元』が必要ですよね。決まりですっ」

 

 言って、ノレッジはゲネポス達が「顔を覗かせた大元」である洞窟の方向へと脚を向けた。幸先の良い走り出しを生かしたい。恐怖よりも僅かに勝る期待に胸を躍らせ、少女は昂ぶりのままに洞窟へと踏み入った。




 ご拝読を有難うございます。
 このお話から「狩人の章」の核心に近付く部分、砂漠編のメインストーリーが始まりました。
 所々でダレンの話や、仮面の主人公とお供の狩猟を挟みつつ、ノレッジが死に物狂いで頑張ります(不安
 さてさて。
 今まであった後ろ盾がなくなった事で、ノレッジが思いっきり慌てふためきます。ゲネポス辺りは私自身、始めてドスファンゴに挑んだ2(ドス)の気分を思い返してみてました。
 ……ただし彼女の場合は性格が性格でして、そんなに深刻にならないのですよねー。メンタル的には狩人の資質は抜群であると言えるでしょう。
 そう言えば、ノレッジの持つ『ボーンシューター』について。
 2ndGでは知る人ぞ知る名銃ですね。一通りの弾を使えるため、ガンナーの方はやり込み派の方だけでなく序盤では大変役立ってくれる武器となります。
 対応した弾は……と、本来は色々あるのですが、実の所『ボーンシューター』というへビィボウガンは多数存在しておりまして。同じ名前でも対応弾はかなり違うのですよね(主に2ndG以降の作品で登場した場合、上記の強さもあってか弱体化が見て取れます)。
 また本作ではボウガン(弩)について色々と設定があるために、「レベルの低い弾は全て対応」という形を採らせて頂いておりますので、ご了承ください。
 ……というか、徹甲榴弾や拡散弾の様な明らかに特殊な弾は兎も角。他の弾は形状を整えさえすれば「対応しない理由が見付からない」のですよねー……はい。申し訳ありません。
 ピッケル≠鶴嘴。
 作中ではあえて鶴嘴(つるはし)鶴嘴いってますが……いえ。
 ……ピッケルって確か、登山道具でしたよね?(ぉぃ
 氷を割るなら兎も角、地面とか掘削するのは鶴嘴だと思っていたのですが……まぁ、そこまで区別しなくても良いかとも思うのですけれども。形も同じですし、岩を割れるピッケルもあるんでしょうし。ですが本作は、基本的に日本語表記をしたい雰囲気でして、鶴嘴と表記させていただいてます。結局は私の趣味なのです

 では、では。
 今回の更新分は次で打ち止めとなります次第です。


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第十七話 少女と砂原〈中〉

 穴を潜ると完全に日が遮られ、洞窟の中から吹く風に湿気が混じる。どうやら、地図の通り。セクメーア砂漠の第一ギルド管轄地中央部、砂原と砂原の間を隔てる岩山……その地下にある地底湖が湿気の大元に違いない。前回のドスガレオス狩猟の際はその生息域から砂原のみを周り、洞窟の内部を確認する必要性が無かった。そのため、足を踏み入れるのは今回が本当の意味で初めてとなる。

 足元も、砂から岩のそれへと変わっている。ノレッジは音を立てないようにと、慎重に歩を進める事にした。

 同時に辺りを見回せば洞窟内には僅かだが日が差し込んでおり、目を凝らす必要はあるが完全な暗闇にもなっていない。灯りが必要無いのは幸いかと考えつつ、腰につけた取り外し式の光学照準機で前方の路を確認。目前には左右を水庭に囲まれた青白い岩の小道が暫く続き、少なくとも、その路上にゲネポスの姿は見受けられない。

 

(でも奥に、何か居ますね。ゲネポスだと嬉しいんですが)

 

 洞窟の闇、その中へと視線を潜らす。暗順応を終えたノレッジの双眸は数十メートル先……地底湖の中央に、舞台のように丸くせり出した岩場を捉えた。何かが跳ねている気がしたのだ。それと湖面の波音に混じって、洞窟内に反響する音も聞き取れる。

 

(―― 何か2つの、音)

 

 1つは恐らく、期待通りのゲネポスだ。先ほど洞窟の外でも聞いた甲高い鳴き声がかなりの数、奥から聞こえている。そういえば、鳴き声はランポスのそれによく似ている。やはり祖先が同じだと声質は似てくるものなのだろう……と、早々に思考を結論付けておいて。

 問題は2つ目の音にある。差し込んだ光をちらちらと反射する水面 ―― その水を掻き分ける音。

 ノレッジは直感的に「これは拙い」と思った。音からして、相当の大きさを持つ生物のものと予測できるからである。しかし、相手に認識されていなければ観察が出来る筈。未だ相手は影に包まれたままであり、ましてや管轄地で予期していない大型モンスターと遭遇した場合にはギルドへの報告義務もある。ノレッジは錐状に突き出した岩塊に身を潜め、足音と気配を出来る限り殺し、より地底湖の中心に近い岩の影へと次々に移ってゆく。距離を詰めた頃合を計り、顔だけを覗かせた。

 

(あれはゲネポスと、……)

 

 暗闇の中で、ゲネポスの群れが水面に威嚇を行っている。喧嘩を売っているのか、はたまたここがゲネポス達の寝床であり怒りに任せて叫んでいるのか。……恐らくは両方だろう。水中を泳ぐ「あれ」に喧嘩を売るとなると、並大抵の覚悟ではあるまい。正に背水の陣である。

 観察を続けると、ゲネポスの数は11頭が視認出来た。また、鳴き喚く(・・・・)ゲネポスらの中には一際大きな頭固体「ドスゲネポス」も混じっている。岩の足場の端、寧ろ先頭に立って爪と牙を振り翳す様子は、正しくボスの風格を漂わせている。しかしどうやら間違いなく、折り悪く ―― 若しくは期待の通り ―― 水中を移動する何かと戦っている最中であるらしい。

 

 ―― ザバァンッ!!

 

 水面を睨むように観察していると、突如、水面を割る音が響き渡った。直後にどすりと落下音。眼を凝らすまでも無い。岩の舞台の中央に、巨大な生物が飛び出していた。

 暫く這いずった後で立ち上がると、離れた位置に居るノレッジからもその全身が観察出来た。水と光とを受けて金属質に光る鱗に全身を覆われ、胴は縦に細長い。尾と両の横腹、背にもヒレが付いているというだけではなく、見た目的にも正しく魚類といった様相。

 ただしその身体は足場を埋め尽くすほど大きく、2本の脚で地上をも駆ける。

 淡水棲生物の王者、ガノトトス。

 今までに遭遇経験がない生物だ。だがガノトトスについては、ヒシュが「密林で遭ったりしたら面倒」と傾ぎ、ネコからも「全く持って、進んで相手にはしたくないお方ですね」というお言葉を頂いている。それだけでも相当な強者である事が窺える。

 そもそも魚竜種という括りだけでなく、他の大型モンスターと比べてもガノトトスは大柄な部類に属する。陸と比べて重さが問われない水棲生物は、巨体化する傾向にあると言うが ―― それにしても限度はあるだろうと、嘆かずにはいられない。なにせノレッジ2人分はあるであろうドスゲネポスですら、ガノトトスの太く長い脚の膝丈程度にしか達していないのだ。

 ノレッジが息を呑んで見つめる先で、ガノトトスが動く。両のヒレを広げ、頭を突き出し、走竜の群れに牙を剥く。

 

「シュギャァェェアッ!!」

 

 辺りに群がるゲネポス達を纏めて黙らせる、激しい怒気を孕んだ鳴き声だった。洞窟内に反響する事で一層の迫力を纏っている。甲高いが為に耳を塞ぐ様な声量こそ無い。が、それでもガノトトスの戦意を伝えるには十分過ぎる。どうやら原因は縄張り争いらしいと、ノレッジは双方の様子を窺いながら適当なあたりをつけた。

 そうこうしている内にもガノトトスとゲネポスが争いを始める。だがそれは、そもそも争いになっているのかが怪しく感じられる程圧倒的なものだ。

 ガノトトスが無造作に尻尾を振るえば岩の舞台全てを巻き込み、巻き込まれたゲネポス3頭が一様に吹飛ばされ、足を踏み出せばまた1頭湖へと突き落とされる。構図としては大人に構って欲しくて突撃を繰り返す子供にも似ているだろうか。だがこの場合、彼らは命を懸けている。如何に生命力の差があろうと、根城を奪われては堪らない。ノレッジはゲネポス達から、そんな悲痛さすら漂っているように感じられた。

 猛威を振るう魚竜から距離をとったドスゲネポスが次々と援軍を呼ぶも、出てきた端から弾かれ押され潰される。その牙も麻痺毒も、未だ潤沢な水の輝きに覆われた魚竜の鱗を突き破るには至らない。

 

「シャギャァ」

 

 魚竜が脚を一歩踏み出すと、ごきりという鈍い音。18匹目のゲネポスが蹴り飛ばされた。

 兵隊達を一頻り蹂躙し終えたガノトトスは、進行方向に重なったゲネポスの死骸を突き出した頭で邪魔だと言わんばかりに退け飛ばし、残るドスゲネポスへとズシズシ近付いてゆく。

 

「……ギュアッ、ギュアッ!!」

 

 相対する走竜の長の判断は迅速だった。ガノトトスの振るう尻尾の範囲内に入ろうかという直前、ドスゲネポスがくるりと反転する。何をするのか、などと考える余地も無い。巣に存在する手駒が尽き、適わないと確信したドスゲネポスは、逃走を図ったのだ。

 遠目に眺めているノレッジにも判るほど必死の形相で、前傾の駆け足で逃げ出したドスゲネポスが ―― 向かってくる(・・・・・・)

 

(……逃げる……えっ、こっちにです!?)

 

 ドスゲネポスが逃走先として選んだのは、よりにもよってノレッジの隠れている岩場の方向……先ほどノレッジが侵入して来た出入り口であった。とはいえもう1つの逃走経路はと言えば高台をよじ登らなければならない位置にあるため、生命の危機に瀕した一生物としてはごく自然な判断とも言えよう。

 しかしノレッジの側からすれば、まったくもって歓迎できない判断である。その由をドスゲネポスが知る筈もない。ドスゲネポスはそのまま、刻一刻とノレッジの居る岩場へと近付いて来る。

 

(まずいまずいまずいまずい、まずいですーっ! このままじゃあわたしもガノトトスに見付かりますっ!?)

 

 陸に上がる程怒り心頭のガノトトスは、ドスゲネポスを追うだろう。ノレッジは観察の為に湖へと近付いている。追ってきたガノトトスに、簡単に見付かる位置に潜んでいるのだ。

 自分も逃げるべき、いや、岩場を出れば逃走の内に攻撃される。脚力の差は、巨体の生み出す歩幅を考えれば圧倒的にノレッジが不利。ガノトトスは逃げるノレッジに容易く追いつくだろう。ならば、このまま身を隠して。

 ノレッジの脳内を無数の選択肢が埋め尽くす、が、そのどれにも手は伸ばせない。兎にも角にもガノトトスに見付からない選択肢を採りたいのだが、案は浮かばない。誤って焦りを音として表出すまいと、手の平で口元を覆ったまま、身体は岩の陰から動かずに居る。

 するとその目の前を、ドスゲネポスが通過して行った。少なくともドスゲネポスには見付からずに済んだらしい ――

 

 と、安堵したその瞬間。

 

 ―― シュバァァアッ!

 

 逃走者が洞窟を出る手前で、鋭い射出音が1秒ほど鳴り響いた。

 強固な鱗と肉厚の外皮によって覆われたドスゲネポスの身体は、ノレッジの背後から伸びた白くて長い「何か」に貫かれ、次の瞬間には両断されていた。

 

 人間は本当に驚愕すると声を失うらしいという事を、ノレッジは身をもって体感する。眼は見開き、別たれたドスゲネポスの胴体……のある辺りを呆然とした心持のままに眺める。

 ドスゲネポスの足元に広がる岩場は、放たれた「何か」によって一直線に穿たれていた。この光景にはつい最近見覚えがあった筈だと、脳内を探る。

 

(……水!?)

 

 圧縮された水。密林で盾蟹 ―― ダイミョウザザミの討伐を成したその狩猟の際、ダレンの楯を切り裂いた攻撃である。

 岩をも抉る水流の一撃。ダレンは楯で防ぐ事ができたものの、ノレッジには受けきれる楯も鎧も、技術もない。身の危険をひしと感じる。が、どうするか。今ここで自分が動いても、やはり同じく狙い撃ちにされる運命を辿るのではないか。思考が脳内を蹂躙しては消えてゆく。

 ……いや。待て。

 

(こんな時こそ教えを……発想を変える、でしたか)

 

 そうだ。そもそも自身の「見付からない」という前提がおかしい。それは、違う。「出来れば見付かりたくない」という、ノレッジに残る少女然としたもの……消極的な願望でしかない。

 前提を変えれば、思考が回るのは早かった。ヒシュから教わった逃走の極意は幾つかある。今はその中で、遭遇後の事態を想定した技術を使うべきだとノレッジは判断した。

 単純明快かつ安全性の高い逃走方法 ―― 目くらまし。決定だ。外套の内へと手を伸ばし、腰につけた鞄の中を探る。閃光玉の円筒状の握りと煙玉とに手をかけて、

 

「っ!?」

 

 ぴちょりと、ノレッジの肩に冷たい何かが落ちた。

 同時に、頭上から何者かの視線……昇り立つ威圧感を感じる。

 悲鳴は辛うじて堪えたが、同時に、命令を必要とする動作を超えた反射に近い速度で天井を仰ぐ。悪い予感しかしない。そして、その悪い予感は的中していた。

 

「……キシャァ?」

 

 魚竜だ。開いた口と身体からは、泥混じりの魚臭さが漂っている。

 ガノトトスはノレッジの隠れた岩の上から巨体をしならせ首を伸ばし、座り込む少女を覗き込んでいたのだ。ノレッジは自らの思考の歯車が軋みをあげて止まった音を、はっきりと聞いた。

 固まった首を動かし、何故か勝手に、口だけが開く。

 

「ど、どうも~」

「キシャァァ……?」

 

 ここでとりあえず(モンスター相手に、普段はする気など毛頭無いのだが)挨拶をした事が、あるいは僥倖だったかもしれない。謎の、突拍子の無い「鳴き声」を聞き、ガノトトスは右に傾けていた頭を今度は反対側へと傾いでいた。

 僅かな時間だが、凍っていたノレッジの思考が動き出すには十分だった。手に握っているものを思い出す。傾げた魚竜の頭目掛けて閃光玉を掲げると、ノレッジはピンを抜いた。光虫の発光器官が炸裂し、辺りが閃光に包まれる。

 

「!? キシャェェェッッ!!」

「逃げるにしかずっ、ですぅぅっ!!」

 

 閃光の中で腰を上げ、ダメ押しの煙玉をばら撒きながらノレッジは逃走する。目が眩んだガノトトスは幸い、その場で尻尾を振り回すだけ。全てをかなぐり捨てて。煙玉をばら撒きながら、ノレッジは洞窟の出口に向かって、全速力でもって逃げ出した。

 

 

 

「うわぁ……これは、不味い状況です」

 

 洞窟の外。全身全霊を懸けた逃走を成功させた少女は、岩壁に寄りかかりながら肩を落として重い息を吐きだしていた。逃げ出してから落ち着いてみれば、事態の深刻さが身に染みる。

 

「これは、依頼失敗の申請をするべきですかねー……」

 

 ガノトトスは確かに脅威である。しかしそれ以前に、ノレッジはゲネポスの討伐という依頼を受けて砂漠へと赴いているのだ。管轄地内、それもよりによってゲネポスの巣である区画へガノトトスが出現し ―― 群れを半壊させたとなれば。ノレッジ単身で20頭もの個体を討伐するのは、難しいと考えざるを得ない状況だった。

 しかし、と思考を切り替える。今回の依頼はあくまで管轄地におけるゲネポスの頭数の減少を目的とするものだ。誰彼の生命が関わったもの……つまり至急の案件では、ない。ノレッジには依頼失敗を申し出て退散するという選択肢が、十分に存在しているのである。ガノトトスについて報告を行えば、ギルドから幾らかの褒賞も出る。自身が納得できる条件は、十分過ぎるほどに出揃っていた。依頼失敗を申請しても、また日を改めて挑めば良いのではないか、と。

 しかし少女の持つ旺盛な好奇心が、その思考を掻き乱す。

 

(この機会を逃したとして……わたしが次にガノトトスに会えるのは、何時になるんでしょう?)

 

 無意識の内に、対策を探る。どうやらあの魚竜は水場を大きく離れられないらしく、洞窟の外へまで追いかけて来る様な事はなかった。

 ……ならば、洞窟から引っ張り出してはどうだろうか?

 この管轄地の地形を思い返せば、魚竜の巨体が十分に泳ぎ得る……あの洞窟と水源を同じくする湖がある区画(エリア)が1つ存在する。魚竜があの洞窟を離れる機会もある筈だ。

 魚竜によって蹴散らされたゲネポスは増援を含め、多くとも18頭。ランポスの群れを基準に単位を考えれば、ドスゲネポスに率いられていたあの群れに残る個体は、20余頭程だろうか。ノレッジが到達する前にも小競り合いがあったかも知れないが、洞窟の地面には戦闘の後が見られ無かったため、そう多くの個体は倒されていない筈。

 

(厳しいですか? いえ……ぎりぎり……)

 

 依頼を達成するために、ノレッジは残り15頭のゲネポスを討伐しなければならない。自らの想像通り、残り20頭程のゲネポスがこの周辺に身を潜めているとすれば……下限間近だが、それでも「達成できなくはない」数である。

 だったら、決まりだ。ノレッジは『ボーンシューター』を抱き抱え、腰を上げた。手近に散らばったままの、先程掘り出した鉄鉱石と大地の結晶の原石を適当に背負い袋へと放り込んで、一先ずとキャンプへ足を向ける。

 

「例え狩猟は出来なくても、わたし、見てはおきたいですし!」

 

 少女は先ほど来た道を、熱砂に向かって駆け戻る。

 既に砂漠はおろか太陽にすら、浮かんだ笑みを押し込める程の熱は、感じていない。

 

 

 

 キャンプに着いて採取した鉱石を積むと、まずは地形の把握を再開する。

 ガノトトスが移動出来るであろう区画は先程の地底湖と、ハンターズギルドで便宜的に第七区画と区分されている場所だ。第七区画は岩山の合間に位置し、その中央部を含めて所々が岩盤となっている。区画の南側に湖があり、これは洞窟と水源が同じ。つまり、ガノトトスが泳いで移動出来る。この区画へとガノトトスを誘き出し、その間に地底湖へ残ったゲネポスを討伐するというのが、ノレッジが緊急に立案した作戦の概要である。

 ただしドスゲネポスがガノトトスによって殺されているのを忘れてはならない。ゲネポスの群れは今、分裂している状況にある。

 加えて、残ったと予想される個体の数は大目に見積もっても下限間近であった。依頼を達成するためにゲネポスを討伐するのであれば、砂漠中に逃げた個体をも追わなければならない。いずれにせよ洞窟の中に残ったゲネポスは少数派だと考えられる……のだが、現在のゲネポスの討伐数を鑑みればその少数派をも逃せない状況なのである。

 

「―― なら、手段は決まってますね」

 

 まずは、今度こそ、砂漠を一周する。地形を確認しながら、その最中でガノトトスを誘き出す為の案を探る。魚竜とて生物だ。好物だってあるだろう。誘き出すのに、手段は十分に在る筈だ。

 方針を決めたノレッジは、水筒に水を詰め込んで、再び砂漠へと駆け出した。再び一面の砂原に見え、ランポスキャップの作る庇の下で視線を延す。

 

「まずは、と」

 

 頭の中に叩き込んだ地図を思い描きながら、砂原の区画を左手に進み、分け入った先。隆起した岩で囲まれた小広場を走る。

 しかしその端で、先ほどと同じ感覚を覚えた。弩を構え、確信と共にノレッジが振り向く。

 

「―― やっぱり、居ましたね。ですけど、この位置なら!」

 

 広場の端。岩場の影に隠れる様にして2頭のゲネポスが立っていた。その両方が、ノレッジを視界に入れた瞬間に鳴く。

 

「ギャアッ! ギャアッ!」

「お仲間 ―― 近くに居れば、来るでしょう、けれどっ」

 

 ゲネポスとの間にある「距離」を利用する。ノレッジは言葉を切りながら通常弾を吐き出して、近付ききる前にゲネポスを撃ち崩す。身体を僅かに傾けて、もう一頭にも同様に弾を撃ち込む。

 

「ギァッ!? ……」

 

 頭と腹に銃弾を打ち込まれ、ゲネポスが倒れ込む。完全に動かなくなった所で気を吐き、ノレッジは辺りを見回した。

 

「……、……。……どうやら流石に、お仲間の増援はないご様子で」

 

 集団の走竜が相手でなければ冷静になれたという部分には、自らの成長を感じる。だが同時に、ゲネポスの動きには鈍りも覚えた。どうやら予想の通り、魚竜との戦闘を免れた個体は砂漠に散っているのだろう……と、自らの考えの裏づけも取れる形となったのは思わぬ収穫か。

 敵意を探りつつ、ノレッジは再び脚を動かして先を目指した。岩場に開けた小道を抜けると、目的地が待っている。

 視界が開けた。第七区画。岩地と砂地、そして水面。砂漠の持つ3つの恵が交わった、岩間のオアシス。ある意味管轄地という場所の持つ意味を象徴する地でもあるだろう。

 ノレッジは区画の入口から岩陰に移動すると身を屈め、双眼鏡を覗き込んだ。水場の近くには砂漠のタンパク源 ―― アプケロスが群れを成しており、そこから一段上の岩場に3頭のゲネポスが座り込んでいる。

 

(絶好の獲物が前に居るというのに、ですか。……やっぱりゲネポスが疲れている? もしくは……ああ、アプケロスはアプトノスよりも好戦的でしたねー)

 

 ここは地底湖の区画と隣接した位置にある。あのゲネポスも洞窟から逃げ出した個体だと仮定すると、アプケロスは消耗した状態で戦うには厳しい相手なのかも知れない。ゲネポスは集団で狩りをする生物だ。頭数も3頭だけでは心許ないに違いない。

 

「ま、お腹が空いてないだけかも知れませんけど。……ガノトトスは、肉食。どうでしょう? アプケロスは獲物にするに、流石に苦労しますかね」

 

 ここに足を運んだのには、水場近くの植生を観察し、ガノトトスを誘き出すための「何か」を探すという目的がある。

 ノレッジはガノトトスの骨格を思い返す。口には肉食生物らしい歯を並べていたものの、顎の発達はそれなり(・・・・)だった。あの口に入るものと考えると、その傾向も僅かながらに見えてくる。頻繁に食すると想定すればアプケロスやゲネポスよりは小型……例えばエビや、魚辺りだろうか。

 

「少なくとも雑食ではなさそうですよね。……あとは、他の場所も観察して見極めましょう。時間との勝負になりそうです」

 

 セクメーア砂漠の第一管轄地である周辺地域に、水場はもう1箇所存在する。砂漠と砂漠に挟まれた位置に存るためガノトトスの行き来は不可能であるものの、何か閃きに繋がるものはあるかもしれない。

 

「……っと。あちらに移動する前に、ここのゲネポスも仕留めておかなくては」

 

 既にゲネポスよりもガノトトスに興味が向いている自らを叱り飛ばし、ノレッジは弩に弾を込める。

 アプケロスの脇を走り抜け、草食獣たちが此方を振り返る前に。

 少女は再びゲネポスへと銃口を向けた。

 

 

 ゲネポスを討伐したノレッジは砂漠の探索を続ける為、再び第七区画を後にする。行き掛けにもゲネポスを2党仕留めつつ、砂漠を横断。南東へと移動し、次の目的地であるオアシス……第一区画へと到着する。

 しかし。

 

(ここにはヤオザミが、4匹ですかー。まぁた、わたしの弩では相手にし辛い相手ですね……)

 

 そこでは、ヤオザミと呼ばれる盾蟹の幼体がわらわらと群れを成していた。

 ヤオザミ。2本の鋏と節を持つ脚を4本突き出し、甲羅を背負った甲殻類である。体色はやや濃い藍色で、薄暗い海底で迷彩の効果を発揮する。ヤオザミは本来海辺の密林などに多く生息している生物なのだが、セクメーア砂漠の様に海に近い砂漠では水辺に生息する個体も多いという。

 ただし幼体だとはいえ、成体の盾蟹それ自体が非常に大柄なモンスターである。水辺で両の鋏で何かをすくっては口に運ぶヤオザミ、その身体ですらノレッジと同等程度の大きさを誇る。それが群れで襲ってくるとなれば ――

 

(率直に言えば命が危ないですよ。いや、砂漠に来てからは命なんてずっと危ないんですけれども。……はてさて。ヤオザミはあの素早い横歩きさえ無ければ、距離をとって何とかできるんですが)

 

 あれは密林での修行中の事。距離をとればと高をくくった此方へ向かって、蟹らしからぬ異様に素早い脚運びで向かってきたあの悪夢を、ノレッジは忘れていない。

 

(……仕方がないですね。こう(・・)しましょう)

 

 鞄を探り、銃口に「徹甲榴弾」を取り付ける。しゃがんで『ボーンシューター』を水平に構えると、その流れのまま、ヤオザミの群れに向けて射出した。

 放たれた徹甲榴弾は最も手前に居た個体の側面へと付着する。榴弾が着いた衝撃によって敵対者の存在に気付いたヤオザミが1匹、また1匹とノレッジの方向へと身体を回し。

 ―― 爆発。徹甲榴弾が旋回の中途にある三匹のヤオザミを、纏めて「叩いた」。

 

「よしよぅしっ……そんで、次ですっ」

 

 予期せぬ衝撃に目を回す三匹。残る一匹が此方へ向けて走り出そうとするも、周囲で目を回すヤオザミに阻まれて思うように動けない。ノレッジは立ち往生した残る一匹にも徹甲榴弾を撃ち放ち、ヤオザミを一箇所にまとめて縫い付けることに成功する。

 斬る、突く、叩く。「攻撃」という手段は、生物の数だけ存在すると言って良い。

 ノレッジの持つ「弩」の場合、その手段は弾の種類によって切り替えることが可能である。その内の1つ「徹甲榴弾」は爆発を攻撃の主とするのではなく、衝撃によってモンスターを「内から叩く」。打撃の属性を持つ弾丸なのだ。

 ヤオザミの様に外骨格構造を持つ生物の場合、外側が強固な分大切な器官が内側へと集まり、衝撃に脆くなり易い。ダイミョウザザミも狩猟の中盤では、ヒシュの楯に執拗に殴りつけられていた(ただしダイミョウザザミの万力鋏による反撃で、件の鉄製の丸楯は捻じ曲げられてしまったが)。

 そう考えて採った選択の結果がこれだ。ともかくも、狙い通りの最善といえよう。ノレッジは事態が予想以上に上手く運んだ事には喜びを沸かせ、出来過ぎではないのかと苦心もしつつ、次弾を装填する。

 

「これでっ!」

 

 今度は貫通弾。回り込んでヤオザミの真正面を位置取り、その顔面に向けて殺傷力の高い弾を連続で撃ち出す。背部より軟い表の甲殻を貫かれ、青い血を噴出しながら、ヤオザミが次々と倒れてゆく。

 弾丸を惜しみなく撃っていると、目を回している内に4匹全てを討伐することに成功した。四脚を開いて地に伏せるヤオザミ。ノレッジは弩を畳みつつ骸を見、甲殻類の剥ぎ取りは難易度が高かったな……と、密林で解体した記憶とその手順を探り始める。

 すると。

 

「―― ん?」

 

 視界の端に何かが入り込んだ気がして、振り向く。

 すると「何か」が、岩場の影へと素早く身を隠した。

 しかしまだ、よくよく目を凝らせば、岩の端からはみ出した「物」が見えていた。棒状の物体がまるで岩に生えてでもいるかの様に突き出され、ゆらゆらと揺れている。

 照準機で覗き込むと、直ぐに仔細が判明する。少なくとも今すぐ命に関わるものではない……の、だが、ここで放っておく訳にもいくまい。そんな風に諦めの意思を抱え、ノレッジは事を動かすべく、忍び足で岩へと近付いてゆく。

 近付くにつれて鮮明になる、ゆらゆら揺れる棒状の物体。猫の手を模した ―― 勿論の事肉球付きのそれは、とあるモンスターが愛用している道具だ。そのため隠れた何者かについても大方の目星はついている。

 ノレッジは岩の後ろから身を乗り出して、思い切り息を吸い込むと……大声を。

 

「うがぁあーっ!」

「「フにゃァァアーッ!?」」

 

 大声に驚いた獣人が2匹、岩場の影から大きく飛び上がって倒れ込んだ。

 倒れた獣人を、腰に手を当てたノレッジが見下ろす。獣人らは見た目こそアイルーに似ているが、違う種だ。口元を三角巾で覆っており、その全身には黒い毛が生え揃っていて。両手には彼等の身体程も有る棒状の武器『シーフツール』を握っており、ノレッジの知る限り、その鉤爪部分にはハンターを痺れさせる毒が仕込まれている。決して油断はできない相手だ。

 それらを踏まえて。ノレッジは倒れた獣人に向かって訝しげな視線を注ぎ、口を開く。

 

「それで、何か御用ですか? メラルーちゃん」

 

 倒れ込んだのは「メラルー」。ハンターの間では「盗人」として悪名高い獣人である。

 世界に広く原生するメラルー。その多くはハンターから道具を、他の生物からは素材を盗み、人の社会に流通させる事で利益を得ることを覚えていて ―― 故に、人から嫌われ易い種族でもある。

 「運び屋」として一定の地位を持って人間社会に馴染んでいるニャン次郎も属する種族であり、勿論の事、アイルーの様にハンターや商人のお供をし人間社会に溶け込んでいるメラルーも他に存在する。しかしこの場合、盗人としての側面を持たない方が珍しいケースである。特に、野生で過ごし人間と交わらないメラルーには盗み癖が抜けない傾向が強いらしい。だとすれば、ここは遥か砂漠の真ん中だ。この2匹も例外ではないだろう。そう考えるノレッジが警戒するに、至極自然な相手。それがメラルーであった。

 仁王立ちのノレッジを見上げながら、腰を抜かした2匹のメラルーはがくがくと震えていて。

 

「お、おい……お前、ニャンとかするニャ!」

「何でおれニャッ、お前が説明するニャァ!」

 

 しかし当のメラルー達は、恐怖で頭が回っていないのか、遂には喧嘩を始めてしまった。これではただの押し付け合いだ。

 ……そもそも、自分は悪魔か何かか。ノレッジは溜息を吐きつつ、もう一度メラルー達へと話しかける。今度はせめて、腰には手をあてないで ―― 膝を折って目線を合わせて。

 

「―― はいはい、問答はそこまでです。それで、メラルーちゃん達の目的は何なのですか? わたしの道具がお目当てでしたら、先ず散弾をプレゼントしますがー」

「それは銃口からのプレゼントだニャッ!?」

「むしろ永眠をプレゼントされるニャァ!?」

「……あーもー、いいから答えてください。わたし今、やる事が山積みなんですよ」

 

 ノレッジは長髪を掻きながらメラルー達に発言を促す。二匹共に暫くおろおろしていたが、ノレッジが動かないのをみて、その顔色を窺いながらも恐る恐る口を動かした。

 

「そ、そのう……お礼ニャ」

「お礼?」

 

 疑問に首を傾げると、間髪入れずメラルーが頷く。

 

「はいニャ。おれ達、村の食材当番なんだニャ。でも数日前からこの辺りが騒がしくなったせいで、獲物が採れないでいるニャ……」

「魚を採ろうと地底湖に向かえば魚竜に蹴り飛ばされ、出た先で淡水魚を探せば地底湖の巣から逃げ出したゲネポスに八つ当たりされ。泣く泣くこのオアシスまで来てみれば、あろう事かヤオザミが沢山居て魚を独占してる有様ニャア。……ゲネポス達があちこちに広がってしまったせいで安全な場所なんてニャくて、植物の採取も難しい。正直今日魚が捕れなかったら、火薬草を齧る所だったニャア」

「あー、それは随分と切迫してますねー……」

「ですが、ハンターさんがヤオザミを蹴散らしてくれましたニャ。お陰で漁が出来ますニャ」

「ふむん。そーいう事ですか」

 

 理屈として理解出来なくはない答えだ。言い分も、ノレッジが探索した今現在の管轄地の状況に当て嵌まっている。

 こうして聞く限り、少なくともメラルー達からノレッジへの害意は感じられない。ならば、放っておいても良いものか……等と考えるノレッジの脳裏には、仮面の主に付き従うネコの姿が思い浮かべられている。どうやらネコらと季節を過ごす内、アイルーだけでなくメラルーにも愛着が沸いていたらしい。幾ら盗っ人メラルーだとは言え、今のノレッジにとって放っては置けない気分である。

 ノレッジは銃を引く。この行動に、2匹のメラルーが何事かと目を瞬かせる。

 

「判りました。わたしはヤオザミの解体をしてますから、メラルーちゃん達はお魚を捕っていて下さい。暫くの間だったら護衛もしてあげますよ」

「あ、ありがとございます……ニャ?」

「いえいえ。別にいーのです。困った時はお互い様ですからねー」

 

 反射的に礼を言いながらも信じられないといった表情をするメラルーを横目に、ノレッジはヤオザミの解体を開始した。

 メラルー2匹は手際よく進むノレッジの解体を暫し呆然と見守っていたが、どうやらノレッジが本当に危害を加えないことを知ると、網を持ってオアシスの湖岸へと飛び込んだ。湖へ潜る度魚が陸へとあげられるその手際は見事なもので、ノレッジが甲殻の切り出しを終える頃には、食用に出来る魚が網の中で山と積まれていた。

 

「おー、沢山取れましたね。お魚は村の皆の分まで足りそうですか?」

「おうさニャ。これだけあれば暫くは困らないニャ」

「良かったです。こっちも解体は終わりましたし、さて。……お次はゲネポスに教われない様、ネコのお国まで護衛をしましょう」

 

 ノレッジがそう提案すると、身の丈の数倍は有る質量の鞄に魚を詰め込んだメラルーがびくっと飛び上がる。

 

「そ、そこまでしてもらうのは気が引けるニャア!?」

「でもそれでゲネポスに襲われたら、また同じ事でしょ? 良いんですよ。わたしは今回、ゲネポスの討伐を依頼として受けているんです。お魚咥えた野良メラルーちゃんが砂漠を歩いてたら、ゲネポスは寄って来ます。互いに利は有る状況。これって、一石二鳥じゃあないですか!」

 

 力説すると、メラルー達は再び沈黙する。実際の所ノレッジの提案は、ゲネポスの討伐よりもこのメラルー達を無事に村へと帰還させる事が主目的であり、ここまで関わったからには最後まで見届けたいという、ある種の義務感の様なものが入り混じっている。同時に、各地に点在するという「ネコの国」を見てみたいという好奇心も。

 首をかしげ何事かを話し合っていたメラルー達は考える時間の後、ゆっくりと上目使いで頷いた。

 

「……それじゃあ……お願いしますニャア」

「話が上手すぎて怖い気もするけどニャ」

「あはは。その気持ちはわたしも判りますよ。まぁ、それはお互い様という事です。わたしだってあなた達に何時襲われるかー、って思って銃を構えてましたから」

 

 そう言いながら笑顔を浮べて見せると、メラルー達の疑いも幾らかは薄れたようだった。2匹は顔を見合わせてから鞄を背負い、「こっちニャ」と砂漠を先行し始めた。

 ノレッジも『ボーンシューター』を構えると、メラルー達の後ろを着いて歩き始める。オアシスのある第一区画を出、砂漠の広がる第五区画を横断して行く。メラルー達に聞けばこの先の隘路 ―― 岩の闘技場の様な形をした区画の横穴が、メラルー達の村である「ネコの国」へと繋がっているらしい。

 視線を戻す。目前を、魚を背負いながらよたよたと走るメラルー。後ろを歩くノレッジは護衛としての役目を果すべく、周囲の敵意を探りながら。

 

(そういえば、このコ達ならガノトトスについて何か知ってるかも)

 

 メラルーを始め、獣人種は人間達とは別種の技術体系と生活知識を持っている。それだけに、自分達が知らない情報を持っている可能性は高い。聞く価値は十分に有るだろう。

 そう考え、ノレッジは完全に動く鞄と化したメラルー達へと尋ねる事にする。

 

「そういえば、メラルーちゃん。ガノトトスについて、何か知らないかな?」

「ガノトトス……ああ、あの魚竜の呼び名かニャ。おれ達はこの数日ずっとアイツを見ていたから、分かる事もあるかも知れないニャ。ハンターさんは何が聞きたいニャ?」

「ええっと……活動場所とか、獲物とか……出来れば洞窟を移動する時間とかかな」

 

 もし知っているならばという意を多分に込めた質問に、意外にもメラルーは素早く頷く。

 

「それなら知ってますニャア。確かにあの魚竜は、洞窟から出て来る時間がありますニャア」

「あ、それ、知りたいです。どの時間帯です?」

「ふふん、ずばり夜ですニャ。アイツはコイツ(・・・)が動き出す、日が沈んだ頃を狙って、洞窟から泳ぎ出て来るのニャ」

 

 言ったメラルーが、腰の鞄からずるりと取り出した何かを横に掲げた。それ(・・)を覗き込んだノレッジが、目を剥く。

 

「それって……」

「どうやらあの魚竜は、これが好物らしいのですニャア」

 

 ノレッジは思索する。本当だとしたら思わぬ収穫だ。これらを餌にガノトトスを引っ張り出すことが出来れば、或いは。

 

「―― 何とかなる、かも?」

 




 砂漠の初陣、中篇をお送りしました。
 ゲネポスの討伐クエストだと思っていたら、地底湖にはガノトトス! ノレッジ・フォール女史の運命やいかに! というヒキで今回更新分を締めさせていただきます。
 ……いえ。まぁ、彼女がさっさと退散すればそれだけで事は安全に運ぶのですけれども。読んでくださっている皆様方にはお判りかと思うのですが、彼女も中々に面倒な気質を持っております設定ですので、これだけでは終わりませんね。
 尚、クエストに関する考察の中に重大な欠陥を孕んでいるよう感じられたお方は、次話まで疑問を置いておいて下さればと。それはきっと、初陣のオチに使われるネタなのです。

 以下、自問自答します。

>>外骨格
 外側に骨……つまり、甲殻に添う形で身体を作る生物の事ですね。ゲーム的に言えば、大体打撃属性が有効となる感じです。
 因みにこの単語だけで「あいつ」を想像した方は、モンハンフリークかと。

>>ドスゲネポスがあっさりしてる
 その辺の尺はいつも悩み所でして、今回はより大ボスのお方が潜んでいましたので、こんな扱いとなりました。
 貫かれたのは、位置的には中央部。ですので、ドスゲ/ネポスでしょうか。ドス/ゲネポスの方が語呂が良いのですけれども。


>>メラルーに冷たくないですか
 幾ら可愛くても、盗っ人ですからねー……。しかも大型モンスターとかに便乗してきますし。人間に力を貸している少数派のメラルーであればまだしも、野生の奴等と来たら問答無用なのですよ。
 実際、ゲームでは兎も角、現実的にはかなり困った奴等だと思うのです。狩場での実情だけでなく、人間から盗んだ道具を人間に流通させるとか、市場も壊しにかかってますから、社会的にも立場は悪いですね。
 本作のニャン次郎が捻くれていた様に、本来であればこの話のノレッジの様な対応の方が自然なのではないかと思います。まぁ、ヒシュの影響でか、最後には懐柔して(されて)ますけれども。

>>ガノトトス
 ガノトトスさんについての詳しい記述は次話のあとがきにさせて頂くとしまして、ここでは今回の分だけを。
 淡水棲生物……あ、いえ。3Gのは新大陸だからですよきっと……多分。とはいえ、実際にはどちらにも適応できるのでしょうね。浸透圧とか水圧とか言っちゃあいけません。少なくともジャングルガビアル辺りの設定を見るに、基本的には淡水生物とされているようです。
 ガノトトス、でかいです……いや、前回ドスガレオスに言ったので。因みに今作今話に登場したガノトトスは、金冠サイズ辺りを想定してます。……あ、これだけの情報で今回出現したガノトトスの級が判ってしまう方は鋭すぎですよ。

 では、では。
 今回はこれにて。他疑問やら数多ある(であろう)誤字やら、ご感想やらご意見やらご相談(ぉぃ)やらありましたら、是非とも感想欄なりメッセージなりに頂ければ、私、幸せです。


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第十八話 少女と砂原〈下〉

 セクメーア砂漠の第一管轄地。

 炎天下の下、薄桃色の髪を揺らす少女が汗を拭う。その目の前にはつい先まで砂漠を泳ぎまわっていた魚竜種ガレオスの亡骸が横たわっていた。

 

「よっと……ふぅ。肝臓は、無事ですね」

 

 少女 ―― ノレッジは淀みない動作で腹の中からナイフと臓物を握った腕とを引き抜くと、氷結晶と共に皮袋の内へと仕舞い込んで口を結わえた。

 中に入れたのは瑞々しい赤色をしたガレオスの肝臓である。通称「魚竜のキモ」と呼ばれるこれは、巷において高い薬効があるとされている品だ。同時に、ノレッジの受諾した依頼における納品目標でもあった。

 

「さぁて、肝の数は揃いましたね。早速拠点に戻って塩漬けに……」

「待つニャ、ノレッジ」

 

 少女が言葉を紡ぐと、その足元で鱗を剥いでいた生物が割り込んだ。獣人、メラルーだ。二足で立ち上がったメラルーが二匹、口元の三角巾をずらして口を開く。

 

「塩漬けでも良いけど……おれ達としてはマカ麹の薄漬けをオススメしますニャア」

「薄マカ漬けで保存した肝は塩漬けよりも日持ちするし、薬効が段違い(ダンチ)ニャ。まぁ、摘まみとして食べるなら塩漬の方が美味いけどニャ~」

「……そういえば、ヒシュさんもマカ壷を腰に下げてましたねー。私もこの機会にマカ漬けを始めてみましょうか……漬物を始めるような、主婦って年ではないんですけれども」

「マカ漬けするなら是非とも村に寄って下さいニャ。マカ麹と壷をお裾分けするニャ」

「わっかりましたぁ、今から向かいましょう!」

 

 やり取りをしながら、ノレッジはアイルーとメラルーの村がある第十区画へと脚を向ける。

 砂漠を駆け回ること二日。少女は滞在期限の限界を明日に控え、納品の為の物品を吟味している最中であった。ノレッジの持つ人柄もあってか、この二日の間行動を共にした「砂漠の村」のメラルーやアイルーとはすっかり馴染みの間柄となっている。

 村へと向かう途中、セクメーア砂漠の管轄地の第十区画を横切る。すると。

 

「あっ……っ、」

「? どうしましたニャ、ノレッジ」

「あれです、あれ。ゲネポスです」

 

 村へと続く細穴の隅に、二匹のゲネポスが居るのを目に留めた。その一方は地に伏せており、もう一方は伏せた一匹を覗き込んでいる。

 覗きこんでいたゲネポスが接近するノレッジらに気付き、素早く振り向くと、喉を鳴らす。

 

「ギュアッ、ギュアッ!!」

「「ニャニャッ!?」」

 

 警戒を顕にしたゲネポスの叫び。メラルー達はびくりと飛び上がり、ノレッジの後ろへと身を隠す。

 

「……でも。それにしては、近付いてこないですねー」

 

 しかし楯にされたノレッジだけは自らの愛銃すら構えず腰に手を当て、ゲネポスの視線を受け止めた。毅然とした……余裕さえ感じさせる態度のノレッジに、怯えた様子のメラルー達が尋ねる。

 

「な、何故かこっちには来ませんニャ」

「ニャア。ノレッジ、どうしてだか判るニャア?」

「はい。その種は、伏せているゲネポスのお腹の下にあります。……見てください、卵ですよ」

 

 言われて指差す先を凝視すると、伏せるゲネポスの腹の下に僅かに白い物体が見て取れた。どうやらこの二匹は卵を抱える雌とそれを守る雄の(つがい)であるらしい。

 

「チャンスですニャ。今なら苦もなく狩れますニャ、ノレッジ」

「バシッとやっちゃうニャア」

 

 変わり身の早いメラルー二匹は、ノレッジの後ろに隠れたままで囃し立てる。

 しかし、こうにも狩猟を急かすのには理由がある。実際の所、あれからノレッジの受諾した依頼……その基幹に据えられたゲネポスの討伐依頼が難航していたのである。

 ドスゲネポスが亡き者となった今、あの群れは別のゲネポスが指揮を採っているのかそれとも散り散りになったのかは定かではない。しかし何れにせよ砂漠に残ったゲネポスは見る間にその数を減らし、ノレッジは未だ20頭という討伐数を達成できずに居た。

 ただし、目の前に居るゲネポス2頭を討伐しても未だ依頼の数には届かない。とはいえここで討伐しなければ、ただでさえ低くなっている依頼達成の可能性がさらに低くなるというのもまた事実。

 

「―― いいえ。ノーです」

 

 だがノレッジは考える間も迷いも無く首を横に振った。メラルー達が思わず詰め寄る。

 

「ノレッジ、どうしてですニャ!?」

「別にわたしはゲネポスを狩りたいんじゃあありません。ゲネポスの数は減りましたし群れも解散。これでこの管轄地もフリーの状態として白紙に戻す事ができましたでしょう。ですから、このコ達は放っておきます」

「……それで良いのですかニャ? だってノレッジ、結局ゲネポスを殆ど狩れていないって言ってましたニャ」

「ノルマを達成してないと、依頼失敗扱いになるニャア。しかもそれだけじゃなく、ギルドからの信頼も落ちるニャア。それで良いのかニャア?」

 

 ノレッジは一瞬きょとんとしたが、それもすぐ苦笑に変わる。

 

「んー……あはは。わたしは見ての通りの学者肌でして、ギルドでの名声とかには興味がないもので。それに今のわたしにはゲネポスの素材は必要ないですからね。むしろ余っています。……新たな命が紡がれる前にその可能性すら摘み取るというのでは、密猟者となんら変わりありません。ゲネポスを根絶やしにすると、人間にとっても自然にとっても利がありませんよ」

 

 依頼よりも優先すべき ―― 自然との調和を図る事。

 これは、ヒシュから教わった様々の事柄の中でも、最も繰り返された教示であった。狩り過ぎてはならず、しかし狩らなければ人間の生活は成り立たない。「適量」を守り自然との均衡を保つ事もハンターとしての重要事なのだと、あの仮面の狩人は言葉少なながらに語っていたのだ。

 ノレッジ自身も自然との均衡……調和は守るべきものであると学び、感じている。ヒシュが直接的な狩人修行と平行して行った「ハンター」としての教えの中には、モンスター素材の取引や活用法に関する項目が存在する。狩った時点で終わりではなく、自身が狩った獲物の素材がどの様にして流通し、活用され、加工され、人の生活と絡むのか。その「先」までを、ノレッジは知った。座学だけではなく市場にも出かけるなどして行われたこの学習には、ライトスらも快く協力をしてくれていた。

 「狩人」ではなく「ハンター」の本分ともいえる自然との調和。それをこうもすんなりと受け入れる事が出来たのは、それら経験によって人と自然の関係を再認識出来たこと。その他、ノレッジがハンターだけではなく王立古生物書士隊にも属しているという点が大きいに違いない。

 

「そも。あたしは書士隊の一員で、ハンターですから!」

 

 ノレッジが大きく胸を反らす。ランポス素材と鉱石とを繋ぎ合わせた胸当てが砂にくすんで日光を返し、

 

「―― その言葉。本当か?」

「うおわっ!?」

 

 突如、意気込むノレッジの上からしわがれた声が響いた。思わず背筋を伸ばし振り向くと、ネコの国へと向かう通路の脇。崖上に小さな老人が座り、此方を見下ろしていた。

 

「……大分、吃驚しました。あのぅ、あなたは?」

「フン。只の山菜採りの爺じゃよ」

 

 崖の上に腰掛ける老人は山菜取りとしては兎も角、「只の」と言うには奇異な格好をしていた。身体より大きな籠を難なく背負い、耳が尖り、口には咥え煙草。これら特徴からして、この老翁は竜人族であるらしい。

 

(……? このお爺さん、どこかヒシュさんに似ている様な……?)

 

 腰には光虫の虫籠。背の鞄からは、溢れた山菜が顔を覗かせている。手当たり次第の荷物を持っているという辺り、確かに狩場に臨む際のヒシュに似ていると言えなくは無い。

 顔や背丈は全く違うが、様相に自らの師匠の面影を重ね、ノレッジは恐る恐るといった表情で見上げ……尋ねる。

 

「そ、それでー……このコ達に? それとも、わたしに御用件で?」

「あんたにじゃよ。……普段はハンターさんに用事なんてないんじゃがのう」

 

 咥えた煙管を蒸かすと、その筒口から黒色の煙が噴き出した。ぷかりと砂漠の空気に溶けた所で、再び手に持ち換える。円らな、しかし深みのある眼がノレッジ・フォールを捉えた。

 

「おぬしはあの魚竜に挑むと言っとったじゃろ? その無謀に、ワシもひとつ協力してやろうと思うたのじゃ。あの魚竜が居ついておるせいで、最近この辺りのモンスターは気がたっておるんじゃ。おかげでワシも山菜を採るんに一苦労なんでな」

「……はぁ、そうなのですか」

「ほいっと、――」

「うわっ」

 

 老人が崖から飛び降りる。地面に肢体を着き器用に衝撃を殺し、何事もなかったかのように立ち上がる。立ち上がったその身体は、ハンター内では小柄であるノレッジと比べて尚小さい。竜人族は人と比べて長命な種である。年を取った竜人族は背丈などは人間の老人に近似するものの、その長命故の知識によって政の中心などに据えられる事が多い。竜人族元来の合理的な考え方もあり、頭脳労働で力を発揮するのだ。

 ……しかしながらこの老翁は、どうにも合理的な竜人族らしく(・・・)ない。今現在の行動からして、狩場の真っ只中で山菜を取るという暴挙なのである。

 

「ジャンボ村の村長といい、最近の竜人族の方々はアウトローが流行っているのですかね」

「いやいや、この『山菜爺さん』が特別なだけですニャ」

「……そ、それよりだニャア」

 

 考えをそのまま口に出したノレッジと突っ込みを入れるメラルーの横から、他方のメラルーが恐る恐る声をあげる。

 恐れの向かう、その先に。

 

「―― ギャアッ、ギャアッ!!」

 

 番の番人を担うゲネポスが、今にも襲い掛かろうかと鳴き声をあげていた。

 ノレッジは鳴き声を聞くや否や、素早く後退。ノレッジより素早くメラルーが、メラルーより素早く山菜爺さんが後退する。

 全員が一斉に、素早く背を向けて。

 

「……いやとりあえず退散しましょうお話はネコの国に着いてからに」

「そうじゃのぉっと」

「あっコラ、爺さん早いニャッ!」

「おれ達もさっさと逃げるニャア!」

 

 

 

 

 世界各地に点在するアイルーとメラルーが暮らす村……通称「ネコの国」。一行はその中でもセクメーア砂漠の管轄地に存在するネコの国、「橙の村」と呼ばれる縦穴の中へと退散した。

 中央にある岩場に、装備品を外してややリラックスした体のノレッジが腰掛ける。

 

「ノレッジさん、お茶をどうぞニャ」

「どうもですー。ハイこれ、本日のお魚です」

「毎度どうもだニャ、ノレッジさん。ウチのヨメも大喜びだニャ」

 

 ノレッジは小さな穴から現れた顔馴染みのアイルーからお茶を受け取り、その代わりにとサシミウオを手渡す。2日前に食糧確保の手伝いをしてから、ノレッジは村では賓客としてもてなされていた。どうにも落ち着かないが、「ネコの国」は総じて安全地帯に在る。狩りの中途に立ち寄る事も可能である為、素直にもてなされておく事にしていた。

 辺りを見回せば、縦穴の中はそこかしこがいつもの通りガラクタの山や松明に飾られている。その数が増えているのか減っているのか、はたまた総量が均一に保たれているのかは定かではないが……何れにせよ人の村ではこうも雑多な景色は好まれはしないだろう、とノレッジは思う。しかし同時に、この落ち着かない雰囲気が不思議と嫌いではなかった。むしろ緊張が解れる程度には馴染んですらいる。

 

(……とは言っても、砂漠入りしてからの期間はお世話になりましたからね。その影響が大きいのでしょう)

 

 下手なキャンプで1人寝泊りをするよりは、橙の村に居た方が安全なのは確かである。その様な考えから、管轄地に入ってからのノレッジはネコの国で寝泊りをしていた。有り難い事にアイルーメラルー達も歓迎ムードで迎えてくれていたため、寝食を共にすれば、緊張も解れようというもの。

 すると、思い出したことが1つ。

 

「……そう言えば思い出しました。おじいさんは、この間もネコの国に居ましたね」

「というかこの爺さん、大陸中の狩場を回っているらしいからニャ」

「ハンターさんと違って勝手に出入りしてくるんですよニャア……。珍しいものをくれるから見逃してはいますけどニャア」

 

 メラルー二匹の物言いに、黒煙草(と、言うらしい)の葉を煙管に詰めながら、山菜爺さんは顔をしかめた。足を組み尊大な口調で物を言うこの老翁は、好々爺とは言い難い。何が、なのかは知れないが不満気な態度で鼻を鳴らす。

 

「フン。狩場は人が踏み入らん代わりに土が肥えておるからの。山菜も多いんじゃ」

「……ええと。というか、砂漠で山菜って……」

「採れると言ったら採れるんじゃ、うるさいのう。……こんなネコの国なんかに居つくような奴は確かに、珍しいが。そういう意味ではお前さんのが珍しいじゃろうに」

「うーん、それもそうなんですけれどね」

 

 ネコの国に居つく人間などまず居ない。それは事実である。だがそれを、竜人族らしからぬ竜人族に指摘される事になろうとは思ってもいなかった。

 

「……まぁ、それはそれ。雑多なお話はこの辺にしておきまして」

 

 ノレッジは手に持った陶器から冷水の煎茶を飲み干し、手近な台に置くと、老翁の背を指差しながら口を開く。話題を戻さなければならなかった。

 

「それで。ガノトトス退治に協力してくれるとの事でしたが……お爺さんはハンターじゃあありませんよね?」

「そらそうじゃ。この銃はお守りみたいなもんじゃからの。整備はしとるが、撃つ弾すらないわい」

「ですよねー。竜人のハンターも居ない訳じゃあありませんが、お爺さんは根本的に違う感じがしますから」

 

 腰に差した飾り紐付きの弩を引きながら、老翁は適当な相槌をうつ。

 身なり、籠、黒煙草、翁の年齢等々。老翁にノレッジが質問をするというやり取りを、幾度か繰り返えしていると。

 

「―― フン、やはり眼は持っておる。ほれ、これが協力じゃ。ハンターさんにこれをやろう」

「……? なんですか、これ」

 

 背負った籠から、一冊の本を取り出した。その表装は皮によるものだが、既に元の生物が判別できない程に劣化していた。ぱらぱらと捲って見れば、綴じられた中身……インクによる文字の羅列は意外にも綺麗なままで保たれている。滲みも無く、紙の端はやや擦り切れてはいるものの、これならば内容は判別できるに違いない。

 ―― ただしそれは、描かれている文字が読めれば、の話ではあるが。

 

「あのう……これ、文字ですよね? わたしじゃあ読めないですけど……」

「なんじゃ読めんのか? だらしないのぉ。……仕方無い、これはオマケじゃ。これ以上は期待せんでおくように」

 

 山菜爺さんは座っていた岩を飛び降りるとノレッジの横まで移動し、最初の頁を開いた。

 

「―― 初項、滅す龍の弾。第二項は竜を撃つ弾。第三項は……爆ぜ撃つ弾についてじゃの。まぁ、そんな事が書かれておる」

「滅す……龍……んん? それって、もしかして」

 

 ノレッジは腰の鞄からメモ帳を取り出し、広げた一頁を示し、頬を紅潮させて口を動かす。

 

「めめめっ、滅龍弾のことですかっっ!?」

「お前ら人間の使う呼び名までは知らんのう」

 

 対照的な老翁は元の位置に戻ると、アイルーからお茶を奪っては口に運ぶ。ノレッジは食い入るように書物を捲り、恍惚とした吐息を漏らした。

 

「ふおお~。ライトスさん達に聞いても名前しか判らなかった幻にして伝説の弾丸の調合を、まさかこんな形で知ることになりますとは……。この本なら、字は読めなくても幾つかの項目に絵柄が付いていますから、解読のし様がありますしっ!」

「フン。それは、ただの調合書じゃ。そうじゃの?」

「ええっと……そういう事にしておいた方が良いんですね。判りました。ですが、山菜お爺さん。貴方はこれを何処で……?」

「あ~~ん? 最近耳が遠くてのぉ。良く聞こえんわい」

 

 どうやら話す気はないらしい。悟ったノレッジも、これ以上の追求を諦める。その代りに、好奇心は手に持った書物へと向かう。

 山菜爺さんの目前に胡坐をかいて頁を捲る。文字は読めないため絵柄のある頁の幾つかへ付箋を挟み、唸る。

 

「……この植物……どこかで見た様な気もするのですが。どこでしたっけ?」

「それはきっと赤菱の実だニャア。火山地帯が原産だから、この辺にはまず生えて無いニャア」

「赤菱? 赤菱、赤菱……調べてみないと判りそうにないですねえ」

「それよりこっちの弾丸ですニャ。ここ、ここ。これはきっと爆裂アロワナだニャ。でも、弾丸なのに素材が3つとは……ムムム。これは何の植物でしょうかニャ?」

 

 二匹のメラルーに囲まれながら、ノレッジは興味のままに視線を巡らす。興味が優先している間

 すると。

 

「―― それよりハンターさん。これは只の興味じゃがの。お前の首に掛けたそれを、ワシに見せてはくれんか」

 

 暫くは騒がしいその光景を眺めていた老翁が、書物から視線を外さない少女へと尋ねる。ノレッジは相変わらず眼を落としたままで一瞬きょとんと言葉の意味を考えたが、お守りの事だと判ると首元のそれを外して掲げる。

 

「ハイ……これですか? これはお師匠から頂いたお守りです。どこか名の在る樹から作られたお守りらしいんですが……」

「ふむ。……若造が持つには過ぎたものじゃの。霊樹から作られたお守りじゃよ、これは」

「それ、お師匠も言っていましたね。……霊樹、って何なのです?」

 

 ここで興味が移り、少女は面を上げる。見つめられた老翁は小柄な体駆を更に小さく竦めて黒煙草を蒸かし、僅かに瞼を開く。深く刻まれた皺の表に感慨深い、あるいは懐かしむ様な表情を作ると。

 

「―― 霊樹はの、墓なんじゃよ。古の龍たちの、な」

「お墓? あのう、いったいそれは……」

「やめやめ、話はここまでじゃ。ハンターさん、大事にすると良い。この上ないお守りだからの。―― それでは、アイルー達も。邪魔したのぉ」

 

 それだけを告げると再び籠を背負い、老翁はネコの国を軽快な足取りで去って行った。その背が消えた出口を、ノレッジはぼうっと見つめる。

 

「ノレッジ、この弾ニャらあの魚を……ノレッジ?」

「え、あっ、はい。……山菜お爺さんが行ってしまいましたが」

 

 メラルーに話しかけられ、ノレッジは意識を戻す。あの爺は山菜の為だと言っていたが ――

 しかし思考は、メラルーの声によって遮られる。

 

「あの爺さんなら、どうせまた来るに決まってるニャア。それより目の前の魚竜を何とかしなくちゃ、おれらはノレッジが居なくなった後おまんまも満足に食えないニャア。橙の村の存続はノレッジに掛かっているといっても過言じゃあないのニャア」

「だからおれ達、全力で支援しますニャ。今はこの弾丸の製作に賭けてみましょうニャ」

「……そう、ですね。はい!」

 

 自らに言い聞かせるように呟くと、ノレッジは再び書を読み解く事に専念し始めた。

 

 メラルー達の言は尤も。

 

 魚竜・ガノトトスとの決戦は、いよいよ今晩に控えているのである。

 

 

□■□■□■□

 

 

 メラルー達と過ごした後も準備を行ったノレッジは、ゲネポスの討伐以外の全ての依頼を終えた。採取物をキャンプに揃えると、その足で再び決戦の地 ―― 第七区画へと赴いた。

 太陽は、とうに砂原の端へと沈んでいる。冷たくなり始めた砂漠の夜。その中で身を地面に這わせ、夜の闇に紛れ込ませ。ノレッジは砂埃に塗れた外套の内で気配を殺し、ひたすらに機を窺っていた。

 

(結局、目的と手段が逆転してしまいましたね。でも、まぁ、良いんです。あの魚竜を知りたいと思ったのはわたしなのですから。……可能な限りの準備は済ませました。あとはわたしに、先見の明があるかどうか ――)

 

 視線の先にあるのは水面。水面に沈むのは糸と針。針を潜ませたのは、かの好物。

 大陸全土の英知が集まる学術院。その学術院と結びつきが強くモンスターの生態を調べる書士隊だとて、水中で殆どを過ごすガノトトスの生態については調査が進んでいない。狩人達の僅かな証言でしか、その生態は確認出来ていなかったのである。この点については、ハンターと書士隊を兼任する人材が不足している事を嘆くばかりだ。

 そんな具合だからこそ。ノレッジはガノトトスの生態を探るべく、砂漠で過ごす時間の半分以上を生態観察に費やした。足繁くメラルー達の村を訪れては情報収集も行った。だが、その分。時間をかけただけの成果は得られたという実感がある。最たるものは洞窟と第七区画を移動する行動パターン、そして好物の存在であろう。

 

(どうやらこの(・・)ガノトトスは、日射を好んでいないみたいです)

 

 少なくともこの個体に関しては、日に照らされて鱗や身体から水分が失われるのを嫌っている。夜は七区画に出て獲物を探し、昼間は地底湖で水棲生物を餌とするというのが、ここ数日の魚竜のパターンだ。

 以前書士隊が実施した解体調査の資料によって、ガノトトスは肺呼吸である事が判明している。観察を行っていたノレッジも一定時間毎に水面付近を回遊する姿や、水からあがって餌を探す光景を目撃している。これらは肺呼吸でなければ在り得ない行動だ。

 だからこそ、水から上がるのだが……ノレッジが注目したのはその内。「嫌う」のに「水からは上がる」という部分にこそ存在する。

 結論から言えば。ガノトトスが水分の喪失を嫌う、それ以上の「好物」が、その巨体を水から出さなくてはならない水辺付近に住んでいたのである。

 そう。釣り針が刺さっているのは件の「好物」―― カエル。

 

(……来た)

 

 ピクリと針が動く。何者かが水面へと上がってくる気配と威圧感が辺りに満ちてゆく。潜んでいた草食生物達がその様子を敏感に察知し、逃げる足音が僅かに耳に届いた。

 ノレッジは水面から意識を外し、気配を殺す。視線だけはそのまま、糸の行く末を見守って。

 

 ―― 沈んだ。

 

「きましたっ!!」

 

 ノレッジは腰を上げ、重弩を構える。鋼糸が括られた背後の岩がみしみしと音をたてながら水中の生物と引き合い、10数えるかどうか。水面の一部が盛り上がり、

 

「―― キュアアアアアッ!!」

 

 耐え切れないと言わんばかりの叫びをあげ、魚竜 ―― ガノトトスが水中から飛び出した。

 弩を構えたノレッジは月光の下、その体駆を改めて観察する。この個体について、特筆すべきはやはりその大きさである。

 

「目測。あの岩の大きさを基準としても……ええぇ。やっぱりこれ、大物(キングサイズ)じゃあないですか!」

 

 言いながらも、隙は逃さず。ノレッジはのた打ち回る魚竜へ向けて、貫通弾を撃ち放つ、が。

 

「弾は……くっ、駄目ですねっ」

 

 背面からの射撃は鱗に阻まれてしまい、全く持って手応えが無い。判断をしたノレッジが狙いを変える為腹側へ回ろうとするも、その頃にはガノトトスも体勢を整えていた。

 両の脚で立ち上がる。身は大きく、鱗が月光を反射しては神々しいまでの煌きを纏う。これは、人が立ち向かうべき生き物ではない。そう思わせる悠然さと荘厳さ、自然そのものに勝るとも劣らない ―― 脅威とでもいうべき何かが、ガノトトスの全身から発せられていた。

 ノレッジは、言い聞かせる。

 

「いいえ……違います。それは、わたしが(・・・・)感じているだけ(・・・・・・・)。自然は何時だって、等しく万理を通すべく働きますの、で、っとお!」

「シャギャァァ ―― 」

 

 寄ってくるノレッジを潰そうと、ガノトトスは角度をつけて尾を振り回した。しかし、動作自体は見慣れている。距離をとるべく、ノレッジは半身のまま横飛びに砂上を転がる。

 

「……まだまだっ」

 

 空を掻き分ける音が2度響いた所で、抱きかかえていた『ボーンシューター』を腰につけたまま振り回す。銃身を腰で静止させると、再度魚竜へと牽制の弾を撃ちながら接近する。尾を振る魚竜は、横腹を晒している。込められた通常弾でもって、鱗のない部分を縫う様に狙いをつけて。

 放つ。今度は弾かれず、魚竜の肌へと弾丸が食い込んだ。血は流れず、外皮を貫いた様子も無い。だが。

 

「よしっ。ならばやはり、避けるべきは鱗のある部分ですっ!」

 

 ノレッジは喜色を満面に浮かべて拳を握る。魚竜に弾丸が通ったという事実は、正しくノレッジにとっての光明であった。不定形の成し様がない闇ではなく。例えそれが手に負えぬ怪物であったとしても。

 目前に牙を剥くガノトトスは人が触れる事すら叶わないものでは、ない。

 

「届く。届かせて ―― みせるっ」

「シャギャアアッ!」

 

 幾度も繰り返される攻防の中。僅かに残る「道」を少女は綱渡りの如く探り、近付く。

 魚竜の巨体を生かした突進。ノレッジは全力で魚竜の足元へと転がり、巨大な脚に蹴飛ばされながらも直撃を避けた。

 魚竜が地に伏せ、巨体を活かして這いずり回る。ノレッジは岩場の影へと飛び込む事で事なきを得、すぐさま顔を出しては頭を狙った射撃による挑発を試みる。

 魚竜は再び尾を振り回す。巨大な壁が降りかかる様な一撃を、ノレッジはすんでの所で止まってかわす。今度は攻撃を加える隙は無い。間を利用し、走りながら弾を装填する。

 魚竜が口から、水流を放つ。初撃を縦に、次撃を横に薙ぎ払う。ノレッジは横、前の順に転がって水流をやり過ごす。接近した事を利用し、込めてあった弾丸全てを叩き込んでから離脱する。

 魚竜がいきなり、ノレッジの居る方向へと走り出す。突然の動作に回避が間に合わない。踏み出した右脚がノレッジを蹴飛ばした。咄嗟に構えた左腕に、凄まじい衝撃。遅れて、実の詰まった丸太に突き飛ばされた様な鈍痛が左腕から肩、肩から全身を襲う。鉄鉱石とランポスの鱗から作られた腕甲が大きく窪む。宙を舞った後、地面が近付いたのを悟ると、ノレッジは受身を取る。暫くを転がり……腕は動く。幸い、骨や関節の異常はないようだ。慌てて魚竜の方を見れば、走った先から此方へと方向転換している最中であった。

 魚竜は離れた位置から、水流を放つ。今度は初撃から横に薙ぐ動作 ―― まずい。ノレッジは転がったままの体勢から動く手足全てを使い、獣の様に岩場の影へと跳んだ。ガリガリと岩盤が抉られる音が響いている間に袈裟懸けに帯を巻いて、重弩を吊る。ガノトトスの蹴りを受けた左腕は、未だ精緻には動いてくれない。固定だけでもないよりは良い筈だ。そう考え、再び脚を動かして岩場を出た。

 魚竜が此方を視認する前。魚竜の頭上に煌く鱗、その右下に僅か覗く腹へと向けて火炎弾を転がり撃ちながら、足元より5メートル程の中距離を保持。水流の扇射の範囲の、僅かに内側。尾を振り回しても、届くか届かないか。位置取りを固めたノレッジは、ガノトトスの攻撃を巧みに避けながら攻撃を加えてゆく。

 

 無限にも届く狩猟の闘争。

 少女にとって時間の感覚などとうに無く、それは魚竜にとっても同様であった。

 

 何度目だろうか。砂漠を照らす蒼月が岩山に隠れかけた頃、魚竜はその行動を変えた。魚竜の中でも随一……ハンターズギルドに報告された中でも特に大きな身体であろうこの個体は、全身を使い、ノレッジを押し潰すべく遮二無二の突進を繰り出す。

 一呼吸もしない間に、回避不可能の壁が出来上がる。咄嗟に銃身を抱きしめ、少女は左……ガノトトスの尾の側へと跳んだ。しかし回避距離が足りない。しなる尾が突き出された背から数瞬置いて、ノレッジを激しく叩いた。

 

「―― ぐ、うっ!?」

 

 咄嗟に弩を抱きかかえ、身を竦める。次の瞬間尾に弾かれ、小柄なノレッジは水平に近い角度で飛ばされた。意識が空白に塗りつぶされ、砂地に二度跳ねた後でようやく勢いが弱まり、転がった先で岩盤に叩き付けられ。……それでも素早く、無意識の内に身体が起きる。転がっていては的でしかない。修行によって刷り込まれた反応で、腕は腰の鞄へと伸びている。

 

「はっ、はっ……が、はぁっ、んんっ……ぷはっ、げほっ、げほっ。……まだ……届かない。 ―― でもでも!」

 

 呼吸を整え、気付けの回復薬を一気に煽り、むせ込みながらも少女は立ち上がる。目の前に悠然と立ちはだかる、未だ底を知らぬ生物に向かって手を伸ばす。

 左の腕甲は抉られ鎧の節は歪んだまま。編んだ髪の房は解け、汗で額に張り付いていた。関係ない。足も手も動く。意志はまだ、ここに確かに。

 ノレッジは立ち上がった魚竜の振り回した尻尾を掻い潜り、届く範囲から逃れると、崩れた体勢のまま『ボーンシューター』を構えて貫通弾を撃つ。魚竜の鱗を避けて撃った弾丸は何度も狙われた腹や大腿の一点へと突き刺さり、裂けた皮膚から垂れた微量の血液が白肌の台紙に筋を描く。

 

「! キュエエエッ、」

「憤怒……来ますっ!」

 

 何時からか。ガノトトスの憤怒が手に取るように判る。自らの師匠の言葉を借りるなら、ここが攻勢の機。

 脚に出来た些細な傷など歯牙にもかけず、魚竜は目前に立つハンターへ向けて口を開いた。喉奥で圧縮された水流が鋭い槍を成し、まずは魚竜の足元に放たれ、徐々に首が持ち上がり ―― 少女は、牙を剥くべく眼を見開いた。

 

「―― ゃあああーっ!」

 

 放たれる……魚竜の気前を見切って、ノレッジは素早く身を翻す。

 ここまで外殻を撃っていたのは、あくまでついで(・・・)に過ぎない。口内から水の弾丸を撃つ、この瞬間をこそ。

 翻した身が、半周。回した身体その頬に僅かな熱が奔る。水流一閃、少女の頬を僅か掠め、地平線へと消える。

 視界に再び魚竜が映る。ノレッジの反撃。弾丸の1つは、水の弾丸を躱す前に銃口を飛び出している ―― 魚竜の口へと。

 

(まだ足りない、装填ッ)

 

 視線は魚竜を捉えたまま、手元は見ずに。

 腕を弾薬鞄から引き抜き、重弩の先へと取り付け、回旋した身体を止める。ずしりと重い銃身を正面やや手前で引いて、慣性はそのまま体勢作りに利用する。王都の銃騎士顔負けの早業。照準を絞る間が惜しい。感覚に任せ、最後に膝を突いて土台を固めると、ノレッジは再び引き金を引いた。狙いは、

 

(初撃は縦。次は、わたしを蹴散らすべく……横薙ぎっ!!)

 

 水流の射出とほぼ同時 ―― ()つ。

 

「ああああっーっ!!」

 

 砂風に吹かれ茶けた岩肌に、咆哮と銃声とが轟いた。

 数瞬遅れて軌道は交差し、水流を放つべく横を向いて開いたガノトトスの口内へと、弾丸は続けざまに(・・・・・)飛び込む。

 円筒よりやや大きいか。弾二つが、魚竜の口の中で立て続けに爆ぜる。

 

 ―― ボ、ボ、ボフンッ!

 

 爆発によってかち上げられ、水流が上方へと軌道を変える。ノレッジには過ぎ去った水の飛沫だけが、ひんやりと降り注いだ。

 音から数秒遅れて、魚竜の口に並ぶ鋸歯の間から黒色の煙があがる。が。

 

「るる ―― キュ、キュエエッ!!」

 

 だが悶えたのも僅かな間。ガノトトスは口の開閉を数回繰り返すと、湖のある南側を向いた。ノレッジには眼もくれず、頭を上げ翼を広げて走り出す。

 ノレッジはしかし、それを追う様な事はせず。

 

「……っ、ぷはあ」

 

 魚竜が湖の中を遠ざかって行く姿を見届け、大きく息を吐き出した。水流によって引かれた線の脇に、少女は力なく座り込む。その顔は実力を使い果たした、晴れ晴れとしたものであった。

 

「あの弾丸で倒せなければ、現状わたしでは力不足ですね。……それではゆっくりと、事の顛末を確認しに行きましょう」

 

 ノレッジは一度キャンプへ戻り、ベッドに肢体を投げ出す。再び動き出したのは短針が位置を変えてからであった。

 キャンプの横に据え付けられた枯れ井戸の中へと縄伝いに降ると、その先に件の地底湖がある。ガノトトスが根城としている場所だ。着地した場所は、湖面よりも一段高くなっている。地面に着地して辺りに耳を澄ますも、聞こえるのは水の音だけ。

 成否を問う瞬間だ。意を決して、ノレッジは腹ばいに湖を覗き込んだ。

 かつての目的であったゲネポスは、いない。群れの壊滅から既に二日以上が経過している。これは予想できた結果だ。それよりもと、ノレッジは暗闇の奥へと視線を進める。

 月光を反射して青く光る湖面。その中に一際ずんぐりと、黒い何かが盛り上がっている。

 

 ―― 地底湖の水面に、ガノトトスの死体が浮かんでいた。

 

 少女は無言のまま様子を窺い、湖面近くまで足を伸ばす。通常弾を頭に撃ち込んだり、目前に好物の釣りカエルをぶら下げてみたりと一通りの確認をしてから、拳を握って弩を掲げた。

 

「よっし! 討伐完了っ、ですねえ!」

 

 予想していた中でも最高の出来に、ノレッジは飛び跳ねて喜びを表した。

 ノレッジの放った弾丸は ―― 古き調合書の言語を訳して ―― 「爆撃弾」。着弾した位置で何度も爆発を繰り返す様からそう呼ばれていたらしい。

 地上水中問わず肺呼吸である、ガノトトス。その口内に、爆撃弾が二つ。

 爆撃弾から発せられた爆炎が口内から魚竜の『肺を焼いた』のである。

 例え肺呼吸だとは言え、相手がかの火竜であればこの作戦は意味を成さなかったであろう。火炎袋を器官として持つ怪鳥ですら怪しいものだ。だが水竜は乾燥を嫌う故……水中での活動を主とする故。肺表面も十分な水分が必要なのであろうとの予測が出来たのである。同時に、高温に対する対性は低いのであろうとも。

 口内から勢い良く爆ぜた熱風によって肺胞が焼かれ、ガス交換は制限される。水に潜ったガノトトスは、肺呼吸所以の低酸素脳症で息絶えたのだ。

 

「これも、メラルーさん達の協力のおかげですが。……さて」

 

 腰を上げる。ノレッジ自信の滞在期限も、明朝に迫っているのだ。キャンプに戻って、伝書鳥に納品の完了とガノトトスの狩猟完了を伝えなければならない。疲労困憊のままセクメーア砂漠の行路を戻るという荒行も、未だ壁として立ち塞がっている。

 

「……に、しても。今回はお師匠に死ぬほど走らされたのがばっちり活きてました」

 

 何事も体力から、と精根尽きるまで走らされた記憶は未だ新しい。その甲斐もあってかノレッジ自身、今では密林の管轄地を十周しようが照準だけは鈍らせない自信がある。

 勿論実践と練習とは違い、実質的にはガノトトスの狩猟だけで体力も気力も襤褸きれの如く磨り減っている。が、体力を「つけさせられた」事それ自体は間違っていなかった。何度でも起き上がれたことが、強大な魚竜からノレッジの命を守ったのだから。

 

「んー。戻ったら、お師匠や先輩へ手紙を書きたいですね! ……その前にわたし、自分の傷の手当とかしなきゃいけないですけど」

 

 狩猟の達成感に浸る中ノレッジの脳裏に思い浮かんだのは、師匠達と先輩の顔であった。魚竜の狩猟で得た経験を、喜びを。ヒシュやネコ、ダレンにも伝えたいと思ったのだ。ノレッジは唇の端を釣り上げ、笑みを溢す。

 まだ見ぬ先への希望を一心に、少女は砂漠の行路を戻って行った。

 

 

 

 

「ああっ、はぁい! お帰りなさい、ノレッジさんっ!!」

「―― ええと、ども。これが今回の報告書です」

 

 滞在四日、移動に往復三日。約一週ぶりにレクサーラの集会酒場に戻ったノレッジを、姉受付嬢が笑顔で出迎えた。その受付窓口へ、若干視線を逸らしたままのノレッジが書類を示す。視線を逸らしたその理由は単純。主に据えた依頼、「ゲネポスの討伐数」が達成できていない……と、ノレッジは(・・・・・)思っている(・・・・・)のである。

 依頼の主目的、特に討伐依頼が達成されていない場合、ギルドは他の狩人を続けて派遣する。そうしなければ近隣への被害やモンスターの行動監視の延長など、何かしらの被害がギルドにも及ぶからだ。ギルドを通した依頼だからこそ大事にはならないが、責は依頼を達成できなかった狩人にも圧し掛かる。主に金銭などの支払いになるだろう。今回の依頼の場合、ゲネポスの群れはガノトトスによって実質的には解散しているが……この様な場合どうなるのか、はノレッジには判らなかった。少なくとも倒した十余頭のゲネポス以外は近隣に逃げてしまった(であろう)というのも、少女は厳然たる事実として受け止めていた。

 姉受付嬢は芳しくない狩人の表情に僅かに疑問を浮べたものの、それも直ぐに応対用の笑顔へと変え、帰還した狩人への事務的な説明を始めた。

 

「はいはぁい! あとは後追いで入った現地の調査隊の資料が届けば、ノレッジさんに報酬が支払われます。その間は別の狩りに出ていても、宿屋で待機していても構いませんー。ノレッジさんはどの様に?」

「あー、ええと、疲れましたんで二日くらいはレクサーラでお休みの予定です。仔細はギルドの調査隊の人の報告書を見てくだされば、有り難いですねー」

 

 ノレッジの提出した報告書には行路と日程、納品物の配送予定といった物の他、地底湖に居合わせたガノトトスを狩猟したという最低限のものしか纏められていない。一般のハンターとしてはこれでも十分な内容なのだが、根が王立古生物書士隊にあるノレッジからすれば、この様な報告書は「疲労によって力尽きてしまった」の一言に尽きるのであった。

 どうにも心苦しい気持ちのまま。しかし疲労に負けたノレッジは、事を後々に任せて宿屋のベッドを目指す事にした。

 

「それでは、また明日詳しい報告をしに顔を出しますんで~……」

「あっ、はぁい! お気をつけてー!」

 

 受付嬢に軽く手を振ったノレッジは今にも倒れそうな前傾姿勢のまま出口を潜り、宿屋へと去って行った。

 姉受付嬢……リーは、後でお見舞いに行こうかとの予定を頭の中に付け加えた後、手元に提出された紙へと眼を通し始める……が。その報告書の一文で、動かしていた視線が止まる。

 

「って、ガノトトスの狩猟っ!?」

 

 思わず上ずった声が出た。何せ「淡水棲生物の王者、ガノトトス」である。ノレッジの様な駆け出し(と、リーは装備品や武具から判断している)のハンターがおいそれと討伐できるモンスターではなかった筈だ。

 

「んん~? どぉしたのぉ、姉様ぁ~」

「あ、うん……これですー」

 

 姉の驚く声を聞きつけた妹、ルーが受付の裏へと顔を出す。姉の持った紙を横から覗き込み、

 

「ああ、魚竜ね~。本当みたいだよぉ? だってぇ、ほらぁ」

 

 ルーは左手には抱えていた書類の束から一枚目と二枚目を捲り、姉の前に広げた。つい先ほど鳥便で届いた今回のノレッジの狩猟に関する報告書だ。その中にはノレッジが成した狩猟の題目がびっしりと書かれている。仔細は他の紙束にあるのだが、業績を簡易に確認するのならばこれで十分。妹も年の近いノレッジの動向が気になっていたに違いない。姉妹がそのまま机に張り付いた所で、上から順に読み上げてゆく。

 

「魚竜の肝ぉ、サボテンぅ、鉄鉱石ぃ……大地の結晶。納品依頼は全部だねぇ~」

「えと、次に狩猟……ガノトトス、金冠大が一頭。あとはドスゲネポス(・・・・・・)と、ゲネポスの狩猟……四十頭(・・・)っ!?」

「うぅわぁ~。すごぉいねえ、ノレッジぃ。ギルドの依頼はぁ、要するにぃ、ゲネポスの群れの半壊だったんでしょぉ~?」

「そうだね。……ガノトトスの単独狩猟だけでもとんでもないのに、漏れなく、同じ狩場に居合わせた大き目のゲネポスの群れの殆どをだなんて。報告によればガノトトスとゲネポス達で諍いを起こしてたみたいですけど……それにしても、ですよねー」

「ドスゲネポスもぉ、ガノトトスが倒したんだってぇ」

「でもそこに挑むかなぁ……普通」

「うぅうん~、むぅりぃ」

「だよねー。……どうやらわたし達では想像も出来ない何かを持っているみたいだね、ノレッジはー」

 

 姉妹がそろって感嘆の吐息を漏らす。

 言ってしまえば、ノレッジは思い違いをしていた。

 後追いで入る調査隊によって伝えられるものは、事実と結果のみ。その過程は全く持って関係なく、よって ―― ガノトトスに倒されたドスゲネポスとゲネポスは、ノレッジの討伐数に加えられたのである。

 この結果に、受付嬢の姉妹はノレッジの人柄と好奇心についての認識を改める。

 

「これならぁ、ギルドの色んなお仕事を回せるね~」

「うん、そうですね。砂竜の肝の依頼を引き受けてくださっているお陰で、レクサーラの組合の人からの評価も良いですし。ノレッジが望むなら、ハンターランクを上げちゃって良いんじゃないかなー? 偶発戦でガノトトスを倒してるってだけで推薦の材料は出揃ってると思うんだけど」

「さんせぇい。わたしぃ、推薦状書いておくねぇ~」

「お願いします、妹様ー。わたしはギルドマネージャーに連絡をつけようかなー」

「あ、おお(あね)さまはついさっき奥に帰ってきてたからぁ、まだ居るかも~」

「それは急がないといけませんね。捉まえられる内に捉まえないと、あの姉様はいつの間にか居なくなってしまいますし。それじゃあ ――」

 

 姉妹が慌しく動き始める。常ならば現在、温暖気を目前にして緩やかに落ち着いてくる頃なのだが……今季は様子が違っていた。レクサーラは1人の少女を中心に、覚めやらぬ活気を灯して行く。

 

 そして、その二日後。

 寄せられた報告書と運ばれた金冠大のガノトトスに、レクサーラのギルドが騒然となった頃。

 

「―― んん~……ガノトトス、一本釣りですよ~……むにゃ」

 

 街の隅に建てられた安宿の一画。

 ベッドの上に大の字に寝転がり幸せそうな寝顔で寝こける少女は使いによって叩き起こされ、自らのギルド内における評価が急上昇していた事を知る。そしてすぐさま、休む間もなく……噂を聞きつけた他の狩人や増えた依頼に流される様にセクメーア砂漠へと出立した。疲れによって僅かに歪んではいたものの、その顔に好奇心故の溌溂とした笑顔を浮べて。

 

 セクメーア砂漠に、今日も変わらぬ強い陽射が降り注ぐ。その中を、少女を含むハンター達がモンスターを求めて跋扈する。

 少女がレクサーラに到着してから一週と僅か。件の手紙を鳥便に投函した次の日の出来事であった。

 




 砂漠編は続きますが、ノレッジ編はこれにて一端の区切りとなります。ちょっと別視点が入った後、ノレッジの奮闘と物語の核心の辺りに再度着地する予定です。
 ―― 爆撃弾て
 原作(正確には違う気もしますが)での扱いとしては、フロンティアにおけるへビィボウガンオンリーの特殊弾ですね。その場に止まって火柱を上げまくる高威力の弾丸です。本家本元にはレベルだのがある筈なのですが、説明できないので二次創作では割愛させて頂きまして。単に強ーい弾丸であるという解釈で全く持って間違っておりません。調合方法が秘伝。
 本来ならば銃の構造や火薬について発展させるのが、現実味のある強化方法なのだと感じる部分も無きにしも非ずなのですが……如何せん、MHの世界観を考えるに弾丸強化が最も手っ取り早いのではないかと。
 ―― ガノトトス、なんでそんなに知られてないの、好物とか
 ハンター大全より、コラム「ガノトトス・記録の変遷」あたりを念頭において物語を書いております。コラム内容に、カエルによる釣り上げは「あるハンター」が行うまで普及していなかったことが読み取れる一文が存在します。(この点、ハンターの歴史を考えると矛盾している気が大変に致しますけれども、ですね)
 ……はい。本作「閃耀の頂」の1章は、実は時系列的にも初期の辺りを題材としております次第。因みに。肺呼吸の魚は淡水に多く居ますが、私はピラルクーが好きですね。のんびりしてて。
 ―― ノレッジの実力、なんで装備品で判断されてるの
 ギルドカードとかの記録を見れば判るんじゃあ……というのはご尤も。ですがノレッジはハンターとしての活動が少なく、狩猟記録は密林での修行のもの以外は殆どありません。また、協力関係にあるという設定のミナガルデのギルドならば兎も角、(ヒシュの様に)他の大陸で名を上げたハンターやギルドに属していない野良ハンター時代に狩猟を経験した場合、記録には残りませんので。というか、こういった時代に個人の情報を全て管理記録するのは到底不可能でしょう。対して、武具や装備品は狩猟したモンスターの色が出てきます。ランポスシリーズとボーンシューターという駆け出しルックをしているノレッジは、駆け出しルックな見た目故に新人と判断されているという訳ですね。見た目的にはまさかの全身レザー腕アロイの仮面の狩人もそんな感じに見えてます、が、仮面と挙動による不気味さに加えて主と慕うネコが居ますので、初見の人にはちょっと判断つかないと行った所。ハンターシリーズのダレンは初~中の下辺りに見えております(これは正しいです)。
 尚、個体名を呼ばれませんでしたが、設定上はノレッジに力を貸した砂漠メラルー2匹にも名前があります。丁寧な方がフシフ(雌猫、荒っぽい方がカルカ(雄猫です。はてさて、これからの出番は……?
 では、では。


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第十九話 二つ月に啼く

 仮面の下で細められた眼が、夜の帳が下りた密林の闇と雨飛沫の幕……そして曇天の空へと向けられる。

 少女が砂漠にて魚竜との闘争を終えた頃。砂漠の地から遥か東 ―― ジャンボ村から更に東方 ―― テロス密林の管轄地に、狩人達は立っていた。

 岩場の傍らで木々が乱立する管轄地の第一区画の最中。仮面の狩人・ヒシュの隣へ、アイルーのネコが連れ添った。主従にとっては「何時もの」、別の大陸に居た頃から幾度となく重ねられた、狩猟開始の陣形である。

 

「御主人。『配置』は済みました。 ―― 私は、何時でも」

「ん。オリザは……来た(・・)

 

 上空を見上げると、それまで上空を旋回していた大鷲が小さく空を滑り、設営した野営地の方向へと飛び戻って行くのが見えた。ネコが頷くと、主は腰から角笛を引き抜く。

 常ならばその身にあらゆる道具を着けている仮面の狩人。しかしヒシュが今身に着けているものは背にある『大鉈』と『ハンターナイフ』、腰に差したままの『ポイズンタバルジン』のみであった。他の物はネコの手によって「配置」……第一区画のそこかしこ、木の陰や草生えの中などにばら撒かれている。

 それじゃあと、ヒシュは引き抜いた角笛を口に咥え、鳴らす。重低音が密林の管轄地を反響しゆく。暫くそのまま繰り返し角笛を吹き、雨脚が一段と強くなった頃になって角笛を放り捨てた。身構え、目前に聳える岩場、そしてオリザが意識を向けていた更に先。夜陰を裂いて飛び来る「何か」へと意識を向ける。

 

「これはまた……随分と、強敵のお出ましですね」

「そう。強いね、きっと」

 

 それは、一羽にして一頭の生物だ。空の向こうから両の翼を持って岩場を飛び越え、狩人らの目前へと降り立つ。岩の切れ目からゆっくりと降下し、地に脚を着け、喉を鳴らす。

 

「グバババ……」

 

 黒狼鳥 ―― イャンガルルガ。

 イャンガルルガを学問的に区分けするなれば、鳥竜種に属する。それ故か。外見は一見イャンクックとの類似点ばかりが目立つ、が、その実態は全くの別物である。

 臆病な気性の怪鳥とは正反対に、黒狼鳥は縄張りに入る者を容赦なく攻撃する気性の荒さを持つ。角笛を吹き侵入者の存在を誇示すれば、自らここへやってくるだろう……そう考えて行った「誘き出し」は、見事に成功。しかしそれは、よりにもよって黒狼鳥の気性の荒さをも肯定する結果でもあった。

 ヒシュとネコは樹の陰に留まり、降りて翼を揺らし首を擡げる黒狼鳥を俯瞰から観察する。凶暴性を示すかの如く、毒々しいまでの紫に染まった鱗と甲殻。繰り返された戦いにより傷ついた耳と厳つい嘴。身体の節々やしなやかで太い尾に棘が生えるその様は、暗紫色の色合いも相まってか、どこか件の未知の怪鳥を連想させる。

 ゆっくりと身体を回し、第一区画に残った敵意に反応した黒狼鳥が嘴を開く。絡みつく様な視線に圧されるように。……居場所を悟られた狩人らは、先手を取られる前にと木陰から飛び出し、その目前。

 

「グバババッ……! ギュア゛アア゛ッ!」

 

 啼いていた。

 細かな震えに狩人達が足をとめる僅かな間。その間に黒狼鳥は飛び上がり、脚に地を着けるなり、狩人目掛けた突進を繰り出した。狩人は左右に分たれて巨体の激突を避け、避けた先から阿吽の呼吸で頷き合う。

 

「イャンガルルガ、ライトスの言ってた鳥竜の頂に、一番近い相手。 ―― 是非も無い。行く」

「はい。例えそこが息すらできぬ空の果てであろうとも……どこまでも御供させて頂きましょう、我が主」

 

 気配を紫苑の鳥竜へ向けて、ヒシュは両の剣を抜き放つ。ネコは背に投擲の道具を幾つかぶら下げつつ、愛剣『ユクモノネコ小太刀』を外套の内で平正眼に構えた。

 狩猟の開始はどちらともなく告げられる。……突進の余韻から飛び上がる黒狼鳥へ、狩人らは左右交互に飛び掛った。

 

 狩猟は密林の地にて。

 事の始まりは、ヒシュとネコがジャンボ村へと帰逗した後へと遡る。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

「おっ? 帰ってきたな、ヒシュさん!」

「本当だ! ヒシュさ~ん! 手が空いたら、また畑仕事を手伝ってくれよ~!!」

「うるさいよアンタ達! ヒシュさんは狩人なんだ。あんた等の仕事にくらい他力本願にしないで、さっさと働きな!! ……ヒシュさーん! 村長の所に行くんだろう? この馬鹿旦那どもの言う事なんて気にしないで行っとくれよ!」

 

 船上に居る此方に向けて、川沿いの畑にいた男衆とそれらを怒鳴りつけた気の強い女婦が手を振った。そんな、ジャンボ村の長閑な光景に向けてネコは腰を折り、ヒシュは手を振り返す。

 

「……相変わらず暖かい村ですね、ここは」

「ん。気候もね」

 

 砂竜の狩猟を終えダレンへ密書を托したヒシュらは、数日かけた航海を経て無事ジャンボ村へと辿り着いていた。

 作りかけの大型船の後ろに自分達の船を寄せ、着岸。その後に続いたギルドの輸送船から舷梯が降り、足場が確保されると、腕まくりをしたジャンボ村の村民が待ってましたとばかりに雪崩れ込んで狩猟の成果……素材の積荷を降ろして行く。

 そのまま暫く、一際大きな竜骨を運び出すのには相応の時間を割いたものの、恙無く積荷を運び終えた。するとそこへ、一人の人物が近付いていく。

 

「―― やあ。ご苦労だったねヒシュ、ネコ」

「ん。村長。でも、苦労した分の成果はあった、から」

「これは、村長殿。我が主も私も、ダレン殿もノレッジ女史も、無事に狩猟と航海を終えて帰逗しました所です。……これにて船の素材は集まりましたでしょうか?」

 

 恭しく礼をするネコとその横で首を傾ぐヒシュ。セクメーア砂漠への遠征を終えて尚いつもの通りの二者に、村長は思わず頬を緩めた。次に、依頼達成の成果である資材や素材の数々を再び見上げ、

 

「うん。改めて、ありがとう! 船の素材は十分すぎるほどさ! 親方も大工衆も皆々喜んでいるよ!」

 

 村長がわざと大声を張り上げると、遠くまで聞こえたのだろう。船上に居る親方が、力こぶを作ってがははと笑って見せていた。

 ヒシュは顎を上げ、話題に上った作業半ばの船底を眺める。長距離航海も可能な村つきの大型船舶だ。船を重用出来る位置に、この村は建てられている。完成さえすれば発展が一挙に進むであろう事は、容易に想像が出来た。ヒシュ自身も知らず仮面の内で笑みを溢す。

 

「そう! それだよ!」

 

 そんなヒシュを見ていた村長が、突如声を上げた。大口を空けた際に口を離れた煙管の火を消すと懐にしまい、

 

「オイラの知っているヒシュは、シキ国で出会ったあの頃の ―― 何事に関しても無頓着なイメージが強いんだ。だからかな? 最近はそうやって笑っているヒシュを見ていると、やっぱり、嬉しいもんだね!」

 

 満面の笑みを浮かべてそう言った。ヒシュが微妙に疑問符を浮べているとその傍へ、書類を纏めてぱたぱたと駆けて来たパティが並ぶ。何時になく嬉しそうな村長の表情を見、こちらも疑問符を浮べる。

 

「帰ってきてたのね、ヒシュもネコも。でも……へえ~。こんな(・・・)ので感情表現が豊かになったって言われても……判り辛くないですか?」

 

 こんなの、とはヒシュの仮面を指しての言である。そんなパティに笑いかけ、少しだけ同意した村長は口を開く。

 

「それがね。ヒシュは『奇面族』の中じゃあ、意味もなく攻撃的じゃあないだけでもかなりマシな方なのさ。特に王様なんて、攻撃されてちゃあ相手の機嫌を伺うのも容易じゃなくてね」

「『奇面族』……って、ギルドでも危険度を上げる必要だって話し合われている、亜人種族の?」

「ああ。ヒシュは元々、旧大陸はアヤ国に土地を持つ、奇面族の生まれだったのさ」

 

 パティを宥める様に説明を付け加えながら、村長は「だろう?」と視線を寄こす。主従は顔を見合わせ、頷いた。

 

「ウン。ジブンじゃジブンのこと、よく、判らないけど……部族の事は同意できるし、村長の言っている事はホント、です。でも。ジブンの部族は他のより特別だったし、その中でもジブンは特別だったから、普通の奇面族かは微妙。……これ、外の世界を見たからこその意見だけど」

「ふーむ……言われてみれば、確かに。ここジャンボ村へ越してからの日々は激務が続いておりますが……我が友も、以前と比べればよくよく笑顔を見せるようにはなりましたね」

 

 ネコも様相を僅かに崩し、上目遣いに笑いかけた。ヒシュは仮面ごと傾ぎ、

 

「そう? でもネコが言うなら、きっとそう」

「まぁ、ネコは貴方よりも周りとか見ていそうだものね?」

「いえ、パティ殿。その評価は嬉しいですが過分に過ぎます。我が主に私が勝る部分など、この髭程度しかありませぬ故」

「おやおや、髭は勝ってて良いのかい?」

「ネコの髭、立派。ジブン、髭は生えてないし。そもそもの土俵が違う ―― ちょっと、失礼」

 

 言いながらもヒシュはするりとパティの横を抜け、掲示板の一番上に張ってあった依頼書を手に取った。依頼主は四分儀商会。ジャンボ村に逗留する一団の長、ライトスの残した最後の依頼に関する書類であった。

 

「って、もう行くの? ……今帰って来たばっかりなのに」

 

 呆れの色を隠さないパティに、ヒシュは力強く頷く。

 

「ん。これ、ライトスの残した試金石、最後の依頼」

 

 四分儀商会にジャンボ村への継続的な物品供給を認めさせる。その足掛かりとして、ジャンボ村に腕の良いハンターが居るのだと言うことを示す……そういう題目でライトスが提示した依頼の最後の一つがこれであった。

 依頼(クエスト)、「月に啼く黒狼鳥」。

 ヒシュはパティから筆を受け取ると、依頼書に何時もの記号(なまえ)や登録番号を書き込みつつ。

 

「……ジブン、狩人だから。ライトスの持ってきたこの依頼も、こなせば一つの村が救えるんだし。それに……」

 

 一旦言葉を止める。次の瞬間パティや村長の眼に、何時になく無邪気な雰囲気を纏った仮面の主が映った。

 

「それに、イャンガルルガ、楽しみ」

「私はそんな主に御伴させて頂く所存です」

「……はぁ。ハンターってこんなのばっかりなのね」

「いやぁ……あははは。それは、どうなんだろう? オイラとしてはヒシュみたいなのは少数派だと思うけれど、ハンターには底抜けに明るい人が多いって言うんなら、同意はできるのかも知れないね」

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 それらやり取りの末、ヒシュはライトスからの「試練」最後の依頼を受諾した。かの依頼における狩猟の対象こそ、鳥竜種と区分する生物の内、ギルドが最も危険である……危険度が高いと判断している生物。黒狼鳥 ―― イャンガルルガであった。

 ライトスの依頼を試金石だと判っていながら、ヒシュはそれらを歓待した。ジャンボ村へ還元出来るというのも、ライトス達「四分儀商会」の株を上げるというのもその一環ではある。が、何より鳥竜種の頂というものに興味があったのである。それは狩人としても、ハンターとしても、そして王立古生物書士隊の一員としても。

 

 雨と雲と木々によって遮られた闇の中、狩人と鳥竜との戦いは続いていた。

 重なる葉を書き分け、黒狼鳥が尾を振るう。凶風によって下生えの植物達が一斉に靡き、葉の上に乗っていた雫は宙に飛ぶ。

 暗中を舞う飛沫に身体を割り込ませた仮面の狩人が、唸る。

 

「……ぐる」

 

 雨粒と飛沫とに覆われた視界を睨み、両腕に楯を着け(・・)、両掌に剣を握った(・・・)狩人が疾駆する。黒狼鳥の棘付きの尾を這って避け、ならばと地面の際を薙いだ尾は一跳びに接近して避け、飛び上がっては無防備な翼を斬り付ける。

 しかし神速で放たれた『ポイズンタバルジン』の刃は、翼の骨格に阻まれ爪の先程も沈まない。攻撃の有効性が低い事を察した仮面の狩人は反撃を予期し、すぐさま黒狼鳥の足元を離れた。先まで立っていた地面が、黒狼鳥の嘴によって大きく抉られる。

 息を吐く。両手足を使って地面を掻き抱く仮面の狩人の隣へ、あちこちに葉を貼り付け湿気のせいでか常よりもほっそりとした毛並みのネコが駆けつけた。

 

「御無事で」

「―― ん。イャンガルルガ、すごく硬い」

「どうやら……いえ、やはりと言うべきですか。この黒狼鳥は見た目と種族こそ近似していますが、かの怪鳥とは一括りに出来ない生物である様です。私もあちらこちらに刺突を試みましたが、と」

「グバババゥ!」

 

 ネコが言葉を切ったのは必然であった。両狩人へ向けて、黒狼鳥が嘴を開いていたのだ。炎弾による遠距離攻撃の前駆動作である。

 ……歩幅が違う。避けきれない。判断したネコは、素早くヒシュの背に飛びのった。それを見計らい、ヒシュが姿勢を低く構える。全身を脱力すると脚だけに力を込めて一息に加速。ぐねぐねとうねる蛇の様な軌道で駆け出した。

 駆け出した影を追い、イャンガルルガの喉奥から炎の玉が吐き出されては密林の地面を焼いてゆく。爆ぜる音が密林に轟き、木々に止まり雨を凌いでいた野鳥達が一斉に飛び立っては点となって夜空へ消える。

 それら全てをどこか遠い感覚によって俯瞰するヒシュと、その背に掴まったネコが、木々に紛れて炎弾を凌ぎつつ会話を再開する。

 

「……さて、堅さの話でしたね。黒狼鳥の甲殻は傷つき辛さにしろ柔軟性にしろ、一様にやっかいなものでしょう。加えて遠距離でもこの炎の吐き様です。かの火竜に負けず劣らずの勢いの炎弾をこうも容易く吐き出されては、怪鳥と比べるのも些か以上に失礼でしょう」

「ううん。礼を気にする相手じゃあ、ない、と、思う、けど」

 

 密林近くのジャンボ村に移住してから、数度狩猟した経験のある通常種の怪鳥(イャンクック)。それらを引き合いに出しながら移動を再開、次々と吐き出されては爆ぜる炎の塊を避け続ける。

 暫くして炎が途切れた。一頻り吐き出し終えた黒狼鳥が口内に燻る火の粉を払うその間を逃さず、主従は最後の会話(・・・・・)のために足を止める。

 

「ふぅ。……やっぱり、この相手。全力でいかないと駄目、みたい。……ネコ」

「心得ました」

 

 言葉を交わし、二者共に獲物へと向き直る。

 主の意図を即座に汲んだネコは背を飛び降りると鈴に玉を入れ、踏み出した。最後に目線を合わせ、

 

「我が主 ―― ご武運を。私は遊撃を開始します」

「お願い」

 

 振り向かず、駆けた。

 鈴を鳴らしながらネコが黒狼鳥の真ん前へ、ヒシュが後ろへと入れ替わる。木々の開けた部分へ躍り出たネコは黒狼鳥の気を逸らすべく、飛び鉈や結い錘などの投擲を多用し、言葉通りの遊撃を開始した。

 遊撃の後方。ヒシュは脱力し、瞑目。

 

(ジブンの部族は、部族だけでも強かった。今だってジブンは、ロンのお願いを受けて動いてる。だから誰かの為になんて、あまり考えていなかった。でも ――)

 

 暖かくも強く、活気と希望に満ちたジャンボ村の人々の顔を思い返す。続いて思い出されるのは、志を同じくする……ジャンボ村の狩人にして王立古生物書士隊の同僚達の顔だ。ダレンが仏頂面で悩みながら指示を出し、ノレッジが死に物狂いの疲労困憊で動き回り、ネコがいつもの様に丁寧な援護を行い、ヒシュはそれらの最前で刃を振るう。

 ―― ここテロス密林を訪れてから、大陸を跨いでから。果たして「ジブン」は変わる事が出来たのだろうか?

 ―― あれだけの旅を経ても知る事の叶わなかった自らの想いを、知る事が出来たのだろうか?

 その答えは未だ出ていない。だが、感じたものも確かに存在する。ジャンボ村での生活は決して、無意味ではないとヒシュは思う。

 

(……ジブンは、自分(じぶん)。でも、誰かの為に頑張れるなら。きっとそれって、やっぱり、嬉しい事なんだ)

 

 そう思えば、どこか奥底から力が沸いて出る気がした。熱く昂ぶる奔流の様なその力を抑えるでもなく制御するでもなく、促し、身体に行き渡らせ ―― ヒシュはまた、狩猟へと走り出す。

 風雨に晒され段々と傾いてゆく仮面を無視し、間近に迫る紫苑の鱗へ向けて『ポイズンタバルジン』を叩き付けては離脱する。黒狼鳥に軌道を読まれないよう念入りに緩急をつけた蛇歩を繰り返し、十分な距離をとった所で息を吐く。

 ネコがまだ惹き付けてくれている。火を入れるのならば、この隙を置いて他にない。限界まで吐き出した所で息を止め、ヒシュはひたすらに脱力した。

 観察は行った。十分な筈だ。

 狩猟の流れと黒狼鳥の意識に身を委ね、握り締めていた意識を手放す。

 完全にではない。しかし余人の入り込む隙を更にした心へと創り ――

 

 ―― 眼を開く。景色を、映した。

 

(……ん、う)

 

 ―― それは、もの寂しい孤狼であった。

 雲海の果てより木々を見下ろし、深い木々の合間から月を眺め、自らの縄張りを広げる為にと闘争の日々を送る『彼』。

 争いによって左の耳膜は常に傷を負っており、目の光を失いかけ、この尾は二度も生え変わったか。

 剥がれ落ちた経験のない鱗など身体のどこにもなく、甲殻は命を守る為にと否応なし、より厚く硬く成長した。

 炎熱を放つ植物を飲み干し吐き出す(きば)を濃く、あえて毒虫を食む事で尾に秘めた(つめ)を強く。

 安寧の地で惰眠を貪る事など考えもしない。彼にとっての『生』とは、戦いそのものであったのだ。

 だがそれら全ては、この世界に生きるための手段でしかなく ――

 

 狩人の脳裏に鮮明に描き出されてゆく「景色」。始めのもの寂しいという感覚だけが、僅かながら残ったヒシュ自身による想いであった。

 改めて狩猟へと意識を沈めて行く。視界には薄靄がかかるが、しかし、生命に溢れた世界がよりくっきりとした輪郭を伴って知覚される。何より、どう動くかが判る。こうしてみれば、攻勢の機はそこかしこに転がっている。例えばこれもそうだ。

 

「ギュバァッ!」

「―― う」

 

 ヒシュはイャンガルルガの宙返りによって振るわれた尾を急停止で避け、同時に地面に「配置」されていた得物を拾いあげる。目標は地から僅かに浮いた位置で翼を動かしていて ―― 件の得物を持ち上げた勢いそのままに、振るった。

 みしり。逆上がりに雨粒を割り、ヒシュの身体より太く大きい槌……の体裁をとっているただの大骨、その名も『骨』がイャンガルルガの頭蓋の側面を殴打する。『骨』は鍛冶のおばぁが削り出した鎚であるが、幾ら作り手の技術が高くとも簡易の品に過ぎない。叩いた側である筈の『骨』は黒狼鳥の甲殻との押し合いに負け、大きく軋みをあげる。しかし着地直前であった黒狼鳥も、空中に在る身故に体勢を容易に崩し、成す術なく地面へと転がった。

 この大骨を持っていては機動性が失われる。そう判断すると振るった『骨』を使い捨てにその場に放り、ヒシュは獲物へ向けて猛然と寄る。今度は中途の地面に「配置」されていた『山刀』の束、その括り紐を掴んで引き摺り、イャンガルルガへと放る。抜き身のままだった『山刀』の衝突によって括り紐が断ち切られ、周囲に数十本の刃が転がった。

 

「う」

 

 唸る。

 そのまま、獣の這い蹲る姿勢のまま。散らばった『山刀』の内二振りを無造作に掴み、鋼を超えた硬度を誇る黒狼鳥の甲殻へ向かって叩きつけた(・・・・・)

 この『山刀』とて、決して刃挽きをしている訳ではない。一般的なモンスターが相手であれば十分に武器としての用を成す。が、ジャンボ村の村付きにして大陸随一の知識と腕を持つ鍛冶師であるおばぁが……今度こそ……存分に腕を振るった『ポイズンタバルジン』と『ハンターナイフ』による斬撃でもってすら、イャンガルルガの甲殻の硬度には届かなかった。だからこその『山刀』。量産品の数で暗紫の外皮を穿とうと言う目論見であった。

 ただしヒシュにとって、こうして多数の武器を用意して使い捨てるのは、予てより格上の硬度を持つ相手によくよく利用していた戦法でもある。遥か昔「陸の女王(リオレイア)」を狩猟した際もそうだった。

 勿論狩猟の最中に在る今、昔を懐かしむ気など毛頭ない。周囲の状況を際限なく取り込み拡張してゆく思考にあって、その様な余裕は無いに等しい。

 生を映し、刃を映し。

 両手を三度ずつ計六回打撃を試みた所で黒狼鳥が翼を動かし、『山刀』による打撃が防がれた。ヒシュは咄嗟に握力を殺して刀身の曲がった『山刀』をわざと弾かせる(・・・・)と、辺りに転がっている別の『山刀』を拾いつつ間合いを測る。

 黒狼鳥がばさりと翼を動かし、僅かに浮かぶ。空中にて瞬時の一動作によって体勢を直すと、立ち上がり、怒を顕にして啼き叫んだ。

 発露。燃え盛る怒りが、瞳に映っては狩人の胸を打つ。

 

「ギュグルルゥゥア゛アーッ!!!」

「……う」

 

 孤独を是とする鳥竜は、空の、雲の向こうの月に向かって啼いている。

 この様な感情を区別しようと考えたのは人だけに違いない。ヒシュは人だからこそ、判る。好戦的だというのだから、怒るのは当然だ。ならば残る寂しさは、どこから来ていたのか ―― 深く、沈む。

 

(……ぐるる、る(・・・・・)

 

 その心に宿るのは未知への恐怖。感じるのは怒涛の如く押し寄せる圧倒的な強者の気配。視えたのは、ヒシュの記憶に在る姿よりも一層黒く大きく変貌した未だ知らぬ鳥の姿。

 

 ―― 「未知(アンノウン)」。かの黒く燃え盛る鳥竜が山の頂を覆い、イャンガルルガの安息を奪ったのだ。

 

 弱いモノが、より強いモノに追い出される。判り易い自然の摂理でもある。だがしかし、相手が相手。あの未知は果たして、「生ける物」として成立して良いのだろうか? ……判らない。だからこそ寂しいのだ。何より理不尽にも思える強者に負けてしまった、黒狼鳥自身が。

 その寂しさを。孤独を心に投射した狩人は、映し鏡の如く、月に向かって啼いた。

 

「グルうう゛ゥオオ゛ーッ!」

 

 咆哮と、小さな斬撃によって黒狼鳥の注意を向けさせ、誘導し、

 

「ギュバババッ!?」

 

 ―― ズシィンッ!

 

 怒りに狂い突進した黒狼鳥を、今度は木の間に張った鉄線を使って転倒させる。鉄線は千切れ、代わりに樹が二つ傾いだが、転倒によって十分過ぎる程の隙が出来あがる。

 ヒシュは暴れる黒狼鳥の脚と翼を避けながら、手当たり次第の『山刀』を注ぎ込んでは左脚と左翼を叩き斬り、曲がった傍から別の『山刀』でもって叩き付ける。叩きに叩いた『山刀』はついに皮膜を貫き、そのまま地面に縫い付けようと。

 しかし、『山刀』を突きたてた次の瞬間。

 ずっ……びりぃ。

 張り詰めた薄い布が破れる様な音。黒狼鳥が、縫い付けられた自らの翼膜を力任せに引き千切る事で自由を得たのである。

 感じた敵意に弾かれ、ヒシュは後ろへと跳び退る。今の黒狼鳥の気性ならば二度目の逃走(・・・・・・)という選択肢は採るまい。その命尽きるまで、敵対者であるジブンに牙を剥くであろう。

 だが翼を殺したという事実は、逃走を防ぐ以上の成果でもある。何せヒシュは、飛べないのだ。

 

「……う゛」

「ギュ、バババッ……」

 

 ヒシュは擦り付けられた泥をそのままに唸り、立ち上がる。二本の脚と地に引き摺るほど低く構えた二本の『山刀』が、見る者に四つ脚を地に着けた獣を想起させる。

 黒狼鳥は怒りと気性とを喉奥に押し込め、炎を成して衝突に備えた。左翼と左足の付け根からは滂沱の如く血が流れ、殴打された左の眼窩が僅かながらに陥没し……眼杯の内を満たしていた水晶体は、とうに潰れていた。

 天変かと降り注ぐ大粒の雨の中に二頭、怜悧さと暖かさとを混有した不気味な獣と、どす黒い索漠に埋もれた手負いの獣とが対峙する。

 

 薄暗い雲が嘶き、奔る雷が天と地を渡す。

 同時に、互いが互いへと牙を剥いた。

 

 ヒシュは混ぜ合い肥大化した意識の中、迫る黒狼鳥を漫然とみやる。開いた嘴の中に炎が灯ったのを視認し、身を翻す。

 ―― 黒狼鳥が吐き出した炎は、地面を這う様に動き回る狩人を捉える事が出来なかった。だが、まだ、これでいい。

 ヒシュは獲物の左側ばかりを攻めていた。そこを点く。死角になっている左脚を足元から斬り上げ、転倒させた上で止めを刺す。そのつもりであった。

 ―― これでいい。こちら()ばかりを狙われていたのは、知っている。黒狼鳥は狩人の姿が消えたのを見計らい体を傾け、残る右翼を自らの吐いた炎によって巻き上がる風に乗せた。ぶわりと浮き上がる身体の下で、狩人の振るった剣が空を切る。さあ反撃だ。嘴を振り上げ、足元に居る生物を叩き潰そうと。

 つもりであった ―― その上手を行かれた。たかが左翼だけだというのに、飛ぶ手段を塞いだと思い込んでいた点こそが、唯一にして最大の失策であった。しかしヒシュはやられたとは思わない。苦境にあって、狩人は孤独ではない事を知っている。

 両者の空間へ一筋、視線が割り込む。ネコは木の幹とゴム索を使い急造に拵えた投石器で、黒狼鳥が飛び立つ瞬間を狙っていた。ひゅんという風音。『爆雷筒』が放たれ、空に留まった黒狼鳥へと張り付いてゆく。「我が友をやらせはしない」とばかりに人造の雷が轟いて、黒狼鳥を何もさせないままに地に落とした。

 ―― 黒狼鳥は衝撃に痺れた思考と血に塗れた視界の中で思い返す。思えば、自分は、以前もこうした相手と戦った事が在った筈だ。生を彩る戦いの中燦然と輝くその一戦は、この「相手」と同じく……小さく、硬く、素早く、賢く、勇猛で、鋭い牙を持ち、粘り強い生き物が相手であった。

 そうだ。あの時と同じ。目の前に居る存在は、自らの生を脅かす好敵手だ。

 ―― 背筋が喜びにうち震える。黒狼鳥は恍惚と押し寄せる多幸感に身を任せ、脳髄から魂を燃やす為の薪を次々とくべる。動かなかった身体も、まだ動く。地面に着くと同時に身体を弾ませ、好敵手を突いた。

 仮面の下、ヒシュの顔に笑顔が浮かぶ。ありえない速度と反応で突き出された嘴を辛うじて左腕の楯で受け ―― 受け損ね、鎧までが削れ飛んだ。左の肩が外れる致命的な事態だけを、身体を回して衝撃を殺す事で紙一重に避ける。

 ―― 渾身の突きを悠然といなし(・・・・・・)、好敵手は鈍色に光る牙を向けてくる。苛烈でありながらもどこか共感できる昂ぶりを秘めた、黒狼鳥が今までに経験した事の無い刃筋であった。……此方の左目は既に見えていない。一撃は甘んじて受けてやる。その替わりにと啼き、蹴飛ばした。

 左目に『山刀』を突き立てた直後。ヒシュの全身を威圧の意を込められた音波が襲い、硬直した身体を紫苑の右脚が叩いた。咄嗟に受けた『山刀』が粘土の様に折れ曲がり、重ねた右の『アロイアーム』が砕け、溜めていた息が全て外へと吐き出される。反射行動のまま受身を取って地を転がり……弟子(ノレッジ)への教えを自らが破る訳にもいくまい……四肢で地面を捉えて体勢を立て直す。面を上げると腰につけた本命の得物を二振り、抜いた。

 ―― 離れた位置に蹴飛ばした筈の好敵手は、既に目前に近付いていた。中距離だ。尾を ―― 否。読まれているに違いない。ならば、当たるまで幾重にも振るうまで。

 ヒシュが横薙ぎに振るわれた牽制の一撃をかわした次の瞬間、空に十字を描いて、真下から尾が飛び出した。尾を避けるため低くしていた此方を、強靭な尾による次撃で狙っていたか。―― だが、これも漫然とだが知っている。同じ骨格の生物が行うこの攻撃方法を、ヒシュはダレンから確かに教授されていた。故に、残していた警戒心がその脚をほんの一歩鈍らせる。仮面に覆われた眼前で、黒狼鳥の尾が空をきった。

 ―― 宙に留まった瞬間、黒狼鳥は失敗を悟った。今のは覚悟を込めて挑んだ一撃だった。だというのに、それを避けられるとは。なんという好敵手であろう。仕留められず宙に留まる結果であれば、先と同じ「あの攻撃」が来るのは確実だ。

 予想を違えず、ネコは角度を変えて『爆雷筒』を撃ち放った。黒狼鳥を再びの雷撃が襲い、三度、四度と轟き唸る。これまで木々に留まっていた気強な類の小鳥達も、続けざまに響く轟音によって遂には飛び逃げた。

 雷が切れた間を縫って、ヒシュは『ハンターナイフ』を振り上げた。落ちてくる勢いが重なり、腹を突き破り、突き立てた左腕を反作用が襲う前に手を離し、旋回。今度は逆手の『ポイズンタバルジン』を叩き付ける。抗血小板作用を持つ「黄の毒」が塗られた小斧剣でもって、黒狼鳥の右眼をも潰しにかかる。

 ―― 視界は既に無い。だが本来ある筈の痛みも感じていなかった。左の身体からは「熱いもの」が流れ続け、一向に止まる気配を見せない。これはあの好敵手の牙を覆う毒による効果なのだろう。狡猾で用意周到な相手だ。だがこのまま、やられてばかりでなるものか。とりあえず、気配の有る方向に向けて尾を振るい炎を放つ。

 ネコは襲われる寸前、炎弾に向けて耐熱布を広げた。ヒシュも振るわれた尾によって『ポイズンタバルジン』を弾かれ、折れた。だがしかし、『配置』しておいた武器がまだ残っている。仮面によって顔を覆い隠した「被り者」は腰から『大鉈』を抜き放ち、地面に置いたマカ壷の中に詰めてある液体(どく)に刀身を浸した。右手にはマカライト鋼鉄製……鈍い藍の輝きを放つ『短槍』を拾い上げて、また、駆ける。

 ―― 来る。黒狼鳥は遠離までを埋め尽くす暗闇の中、好敵手らの気配を正確に察していた。小さくも鋭い刃の如き気配が迫り、近付き、……そこで疑問符を浮べる。迎え撃とうとしていた気配が、寸前で二つに分かたれた(・・・・・)

 狩人らは決して、黒狼鳥を侮ってはいない。その狩猟の経験故か、死の間際にある生物の粘り強さも身をもって判っている。だからこそ、満身創痍だとはいえ、安易に近付く不用意さは捨てていた。あくまでかく乱。前後に重ねていた体勢を解き、ネコとヒシュは左右から黒狼鳥へと飛び掛った。

 ―― よくよく感じれば気配の大きさは違っている。その判断をしている間……考えた思考へ、狩人達は衝撃をもって割り込んだ。腹が熱い。ようやくと痛覚を取り戻した黒狼鳥は、地面をもんどりうって転がった。

 はたして、啼いたのは、どちらの獣であっただろう。

 

「グ、ルル」

 

 ここが最期。攻勢を仕掛ける。

 ヒシュはそう決めると、握っていた淵を手放した。

 

 瞑目。

 心と魂とを見開き、

 強者への闘争心で身体の端までを満たし、

 尚溢れ出る闘争心を贄として奥底に溜まった熱を解放し、

 その手に握った(はえた)爪を、獲物へと一閃(ふるう)

 

 仮面の奥の更に奥。魂の底から湧き出したとでも言うべき、人には不可視の……しかし感知できるぎりぎり、狭間の領域に揺らめく虹色の気炎を纏う。「青の毒」を纏った『大鉈』を叩き込み、すぐさま『短槍』を腹に向けて突き込んだ。

 ヒシュが周囲に怒気とも殺気とも取れる、どこか鬼の様を思わせる気迫を纏う。避け、すれ違い様に斬り、跳んでは突いて、攻撃に回避を添える。

 命を懸け、魂を燃やす。先に死んだ方が獲物。連なる機と機を使って更なる機を生み出し、ひたすらに攻撃を加えて続ける。確かな手応えと命を削る焦燥感とがせめぎ合い、ヒシュの意識を染めては流す。

 ―― 耳の奥。万雷の刃が、閃めく音。黒狼鳥に立ち上がる気力は既に無かった。力も無い。しかしどういう事か、心に在った寂しさも、戦いの中でどこか遠くへと消え去っていた。悪くは無い気分だ。生涯を闘争に費やした中にあって、或いは、初めて訪れた安息であったのかも知れない。

 その安息と命とを、断ち切らねばならない。依頼を受諾した狩人としての矜持でもある。ここで黒狼鳥を狩らなければ、ライトスを含んだ誰か ―― 依頼の主と人々が損を、下手をすれば命をも失う羽目になる。

 強者は弱者を淘汰する。万理を通す自然の摂理。この個体とて、今までをそうして生きていた筈。と、ヒシュは自らに言い聞かせ……それでも、を振り払う。

 

「ぐるヴヴヴぅああ゛ア゛ーッッ!!」

 

 『大鉈』を大上段に構えた狩人が豪咆をあげた。孤狼が為の、鬨の声。

 今の黒狼鳥に「負け」はない。先にあるのはただ、死のみ。気力などなくとも黒狼鳥は炎を吹き出した。身体は動かず牙は折れども、奥にある炎を突き立てる。

 命を賭して吹かれた炎と獣と化したヒシュが、真正面から切り結ぶ ―― 寸前、瞬間早く、熱の間に仮面と刃が割り入った。全体重を乗せた『大鉈』の厚い刃がこめかみを裂き、炎は仮面を僅かに焦がして空へと放たれた。

 衝突。十分な距離を離れていたネコが、満ち暴れた気中りによって倒れ込む。ネコが再び視界を上げた時、黒狼鳥の首元にはヒシュの『短槍』が突き立てられていた。

 ヒシュが倒れ込む黒狼鳥の顎に足をかけ、首元を刺し貫いた『短槍』を一思いに引き抜くと、途端に血が流れ出す。血溜りの上で『大鉈』を引き抜き、『短槍』を一槍に構え、背後に回って突き叩く。『大鉈』に何度も刻まれ砕けた甲殻は止めにと大きくひしゃげ、貫かれ。金属質の冷たい異物が体内を抉じ開け、夥しい鮮血を流し、黒狼鳥が、遂にその動きを止めた。

 

「グ、バ、ゥ」

 

 ―― その最期を飾る闘いの相手が最上の好敵手であった事を幸せに思い、誇り、瞼を降ろす。

 雨に煙る密林の地面の上。最期の悲鳴すら上げる事無く。黒狼鳥は生涯最後の闘争を終え、灰の如く燃え尽きた。

 

「……」

 

 両の手に『大鉈』と『短槍』とを握った仮面の狩人は無言のままであった。抜け殻となった黒狼鳥の横に立ち、見下ろす。

 いつしか雨粒が血を洗い流した頃になって面を上げ、空を見る。その頬を無数の雨粒が伝っては落ちてゆく。

 気付けば雫の勢いは弱まっていた。未だ夜半である。降り続くにしろ、猟場に死臭を漂わせていては獣を呼び寄せるだけ。狩人として、黒狼鳥を運び出さなければならなかった。

 

「……う゛」

「我が主にして、我が友。お気持ちは察します。が……そろそろ運びのアイルーを呼びましょう」

 

 ずっと隣に寄り添っていたネコが口を開く。

 逡巡の末、搾り出す様に、ヒシュは頷きを返した。

 




 ……この辺が……限界……(心の吐血
 読みやすさを考慮して、ちょっと実験的な書き方をしております。
 ある意味ではノレッジ編との比較でもあるかも知れません。
 あと、ヒシュ編の割込がもうちょっとだけ続くのじゃよ、です。



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第二十話 装い新たに

 アイルー達を呼んで黒狼鳥の運搬を依頼。岐路に着いたヒシュらは2日かけてジャンボ村へと到着した。

 報告書への書き込みを終え、依頼窓口(クエストカウンター)で暇そうにしていたパティにギルドへの提出を依頼すると、ヒシュは村の南に借家しているハンターハウスの二階……自室までを真っ直ぐ戻る。

 ハンターハウスに同居しているダレンとノレッジは、それぞれ地下と二階の向かいの部屋を寝室にしている。が、その二名は現在レクサーラとドンドルマに遠征中である。そのため、二階の自室でなくとも空間そのものは空いている。唯一にして最大の問題は、今現在もその空間を人が寝泊りできない程に占拠している資料の山であった。

 ヒシュは一階で鎧を外し自室に入ると、窓を開け、扉の横に『大鉈』と『短槍』を立てかけた。後で手入れを施すため、手近に置いておくのが昔からの習慣である。

 

「……う゛」

 

 ヒシュは無言のまま一度はベッドに腰掛けたものの、暫くして手持ち無沙汰になり、資料の山の片付けを始める事にする。

 部屋の一角に堆く積まれた紙の束を、表紙と付箋による区分を見ながら仕分けする。しかしそんな中にある一冊。ライトスから黒狼鳥の狩猟を依頼された際、事前情報として学術院から取り寄せた一冊の本が目に留まり、自然とそれを手に取っていた。

 冊子の表を見れば「クックラブ」という明るい装いの題が躍る。が、ヒシュはその装いは記憶に無かった。未だ目を通していない資料だろう。と、ぱらぱらと捲ってみればどうやら怪鳥 ―― イャンクックについての記事が組まれた雑誌、そのバックナンバーであるらしい。

 何とはなし、興味のままに表紙を捲ってゆく。黒狼鳥の単語を鍵にして資料を取り寄せていたからであろう。手元にある号には怪鳥の近似種、翼を持つ鳥竜種についての特集が組まれていた。内容は黒狼鳥や毒怪鳥、別の大陸にすむ彩鳥……果てはその祖先にまで遡っており、学術的な知識が必要な部分も数多く存在している。はてこれは一般的なハンターが読むには難しい内容なのでは……などと、つらつら考えていると。

 

「……?」

 

 頁を捲っていた手と視線が、あるモンスターの写実絵を見た部分で止まる。どこか見覚えの在る外観の生物だ、と感じた。既視感の様な、懐かしさとも言うべきか。

 だがそれは記憶の大海に埋もれた小船の様なもの。直ぐには思い出すことも出来ず、ならば絵を詳しく観察しようと、ヒシュは視界を狭める仮面に手をかけ ――

 

「―― 只今戻りました、御主人」

「……ぅ、……あ」

 

 部屋に入って来たネコを見て、しかしヒシュは手を止めた。雑誌をベッドに放って歩み寄ると、ネコの身体に余る大荷物をひょいと持ち上げる。

 

「ああ、申し訳ありません。ありがとうございます。……もしや取り込み中でしたでしょうか」

「……んー……ん」

「それならば良いのですが……あ、説明が遅れまして申し訳ありません。これらは全て、薬なのですよ。村長殿や村民の方々から我が主に渡して欲しいと頼まれましたものでしてね」

 

 笑みのままのネコにそう告げられ、机の上に並ぶ瓢箪や竹筒や瓶等様々な容器を見やり、かっくりと傾ぐ。

 

「……?」

「ハイ、これらは全て薬です。挨拶回りの際、村長や村人の前で主殿の体調が芳しくない旨を告げました所、皆様方から御主人に渡して欲しいと。代償を支払っている今の主殿の状態を心配して下さっているのでしょう。嬉しい事です」

「ん、ん」

 

 今度は肯定の意を込めて何度も頷きつつ、ヒシュは早速と薬を手に取り次々と飲み干していった。

 瓶を3つと瓢箪を2つ。軟膏には流石に手をつけなかったものの、薬塗れになった口内を水でゆすぎ口元を拭った後、ヒシュは久方振りに喉を鳴らそうと試みる。

 

「……ん……あ゛~……」

「如何でしょう?」

「う……あ、う゛……あ、あー……ん、何ほは声、出る、カモ」

 

 抗炎症作用のある薬草が含まれていたのであろう。数分ほど唸り声を上げていると、はれぼったさや声の雑みも取れてくる。今まで全く振るわなかった声帯は少しずつ本来の動きを取り戻し、段々とはっきりした声が出せるようになっていた。

 様子を見ていたネコは、主の復調にうんうんと頷く。

 

「流石は薬師謹製のマカ薬ですね。代償による声帯疲労が、これ程の合間に軽快しようとは」

「う。ジブン、げん、き」

「……ふむ……ですが、御主人。今回の黒狼鳥は、あれを使わねばならぬ程の相手でした。声は兎も角、精神と肉体の疲労の程は如何でしょう?」

 

 心配の色を濃く含んだ視線だった。ヒシュはまず、心配をかけまいと、率直な感覚を述べる事にした。

 

「ダイ、ジョー、ブ。……これれも、ロックリャックで、ジエン、モーラン、を相手取った時よりは……んん゛っ。……大分マシ、だ、から」

「ああ、そうですね。理解承知です。……判りましたので、これ以上は喉を痛めてまで声を発さなくとも、判っていますよ。まずは回復を。御身を大切にしてください。それが私の願いでもありますゆえ」

 

 ネコのひげがくたりと萎び、視線を落とす。

 意を汲んだ言葉に、それでも。

 

「ん。……次に、こりぇを、使うなら、……きっと」

 

 大陸の辺境ジャンボ村。ヒシュはその空を、北東へと果てしなく伸びた碧空を見上げた。

 視線が向かうのはテロス密林の奥。そこは未だ自然によって濃く覆われ、大陸の辺境に広がり続ける狩人ですら未だ足を踏み入れざる地。

 天に遥か聳えるは、密林が「高嶺」。

 暗雲と緑に潜むは、混沌たる「未知」の鳥竜。

 万物を拒み排する壁の如く ―― 故に御伽噺の龍が拠とする根城の如く。

 

 

 

 

 狩猟依頼を全てこなしたという報告を、ダレンを追ってドンドルマへ向かったライトス宛に送り、更に数週が過ぎた頃。狩猟の後の手続きも落ち着き、ジャンボ村だけでなくヒシュらもいつもの光景を取り戻していた。

 

 ―― カァーン……カァーン……

 

 真昼を告げる鐘が村の西から東へと響き渡る。

 つられて昼時の到来を知った村人は次々と仕事の手を止め、ある者は弁当の包みを開き、ある者は各々がひいきにする飯屋を目指して歩き出す。

 そんな日常の最中にあるジャンボ村の河川を、一艘の船が上り来る。

 荷台には瞼を閉じたままの黒狼鳥が一頭、鋼線でがんじがらめに括られている。それは海上を経て輸送された、3日前にヒシュとネコが仕留めた個体であった。

 日の照らす村中。ヒシュらが村つきのハンターとして着任してからは毎度の事ではあるのだが、見たことのない生物……モンスターの物珍しさに、出かけの村人達が足を止めては集まっては視線を注ぐ。しかし黒狼鳥の外見を見るや否や、叫び声をあげる者もいれば、ただひたすら無言に驚く者、子供の中には逃げ出す者まで出る始末。黒狼鳥の紫苑の体色や刺々しい外見と死骸になって尚放たれる威圧的な雰囲気は、村人にしてみればただ恐怖の対象であった。

 しかし当のヒシュはと言えば……祭り半分恐怖半分、怖いもの見たさから阿鼻叫喚の様相を呈している……川港からも村人達からも離れ、高台に据え付けられた火事場の屋根の下で金槌を振るっていた。隣には、ヒシュの様子を熱心に見入るおばぁの姿がある。

 

「ほっ、いいかい? 近年は燃石炭のお陰で炉の中も一層の高温を保つことが出来るようになったとはいえ、マカライト鉱石の扱いは慎重にやらなくちゃあいけないよ」

「ん。……そういえば、おばあ。槍の機構について、後で質問したい」

「後でね。ほらほら、時間が勝負だよっ! 腕を止めないでおくれ!」

「ん、ダイジョブ。教えは守る」

 

 時折入るおばあの指導に真っ直ぐ耳を傾けながら、ヒシュは幾度となく金音を重ね続ける。すると。

 

「―― 主殿。今、お時間は宜しいでしょうか」

 

 鎚を止めた頃合を見計らって。坂を上ってきたネコがその腕に書類を抱えながら、炉の正面に立つ主へと恐る恐る問いかけた。ヒシュはまず、竜鱗のミトンで熱した鉄塊を「触知」していたおばあへと伺いをたてる。

 

「……おばあ。良い?」

「ほっ、まあ良いさ。どうやらお前さんには、ある程度鍛冶の基礎が身についているみたいだからね。……ついでに昼飯を食べて来ると良いよ。採寸は前の時に済ませてあるけど、図面を起こす必要もあるだろうさ。出来た晩には取り掛かるから、そのつもりでね」

「ん。ありがと、おばあ」

 

 ヒシュは金槌を炉の脇に置くと赤熱した鉄塊を水へと入れた。水蒸気が立ち上る中、竜鱗で作られた手袋を外し、それでは、と手を振る。主の身が整うと、ネコがおばあに向かって一礼する。おばあが鍜治場の奥へと入ったのを見届けた後、連れ立った主従は村の中央部にある鉄火場の坂を下り始めた。

 向かう途中もイャンガルルガを見てきたという村の人々に様々と話しかけられ、それら会話を楽しみながら、川の際に建てられている酒場を目指す。

 

「あっ、ヒシュ! あの紫のでっかい鳥すげーな! ヒシュが狩ったんだって!?」

「そう。イャンガルルガ、もしくは黒狼鳥って呼ばれてる。ジャンボ村の辺りで見かけるのは、珍しいみたい。普段はアルコリスの森丘に多く居て ―― でも、そもそも個体数は少ないって」

「ねーね、いあん……がるるる、にも毒あるー?」

「ん、尻尾にある。気をつけてね。毒袋は抜いてあるから大丈夫だと思う……けど、棘棘してるからあんまり触らない方がいい? かも」

「ヒシュ。後で風車の作り方、教えて」

「良いよ。そういえばお母さん、元気?」

「うん!」

「ん。それは良かった」

 

 ヒシュの周囲には村の子供達が群がっていた。先ほど船で運ばれた黒狼鳥を見て来た子供も多くおり、口々にモンスターについての質問を並べる。男女問わず普段からヒシュに懐いてる子供らに対して、ネコに声をかける者は子供の他主婦や男衆が多い。

 

「ネコ居たー!」

「うぷっ。……あのう。申し訳ないですが、私どもはこれからあちらに向かう予定でして。今は遊ぶことが出来ないのです」

「えー!」

「その辺にしとけ。はっは、ウチのガキがすまないね。どうも」

「いえ、その点については全くもって構いませんよ。子供は元気なのが仕事ですからね」

「ありがたい。……ヒシュもネコも、これから昼飯か?」

「はい。これからパティ殿の酒場へと伺わせていただくつもりです。つい先ほどまで、鍜治場のおばあの所に厄介になっておりました」

「今日も鍜治場かい? 熱心だねえ」

 

 イャンガルルガの狩猟を終えてからというもの、ヒシュは金床に着き始めていた。実際の所今までは「必要が無かった」だけで、ヒシュはその好奇心ゆえに鍛冶の心得も多少……ほんの僅かながら齧ってはいる。しかし大陸を渡り、ジャンボ村に来て、狩るべき獲物を定めて。現在ヒシュらの置かれた状況は、以前とは大きく異なっていた。

 村人らの波を抜けて手を振る。辺りに人が少なくなったのを確認して、ネコは改めて尋ねた。

 

「主殿、喉の具合は如何でしょう」

「ん……痛みも引いた。……でも、その代り、薬で舌がひりひりしてるけどね」

「マカを作用させた薬は刺激も強くなりますから。……ですが、喉の為にも、薬による(うがい)は継続すべきでしょうね」

 

 中央広場の掲示板の前を横切り、酒場へと足を伸ばす。言いつつも時間を無駄にすまいと、ヒシュはネコから差し出された紙を受け取ってその内容へと眼を通し始めた。

 

「これが今回の報酬と取り分になりそうです」

「ん……」

 

 紙面にはびっしりと、件の黒狼鳥の報酬としての内訳試算が書かれていた。今回狩猟した黒狼鳥の身体測量の結果と、素材として使用できる部位の総量。それらからハンターズギルドおよび依頼主であるライトスら四分儀商会に納品される素材を差し引いた取り分 ―― を、ネコが計算したものである。

 ヒシュは字を追って仮面の内側で眼球を右へ左へと動かし、うんと頷く。

 

「ん。ネコ。ジブン、決めた」

「……ふーむ。それは、もしや?」

「そう」

 

 ネコが半分以上を確信しながら尋ねると、ヒシュはその通り、肯定する。

 

「おばあの技術、凄い。多分、シャルルよりもずっと。だから鉱石の精錬とか、殆どはおばあに任せられる。でもおばあは人間で、高齢だから。手伝いは必要。……今のおばあには弟子も居ない。皮の加工とか、単純な作業なら、ジブンでも手伝える。なら、勘も戻しておかなきゃいけないから」

「……つまり……決定ですね」

「そう。決めた。ジブン、今回狩猟したイャンガルルガの素材を買い取って、防具にする」

 

 やや興奮の色が見える口調で言うと、どこか誇らし気に胸を張った。

 ハンターにとっての防具とは身を守る鎧にして、その力量を測る物差しでもある。現在ジャンボ村着きの他の狩人はといえば、ノレッジは『ランポスシリーズ』を、ダレンは『ハンターシリーズ』を纏っている。必要な部分を個人の体駆に合わせてはあるものの、これらは「王立武器工匠」の傘下にある武具工房にて製図された、極めて一般的な鎧である。

 対してヒシュが纏っている鎧は未だ、大陸を跨いだ際に持参できた『レザーライトシリーズ』と呼ばれる皮の軽装が主だったもの。だが先に待つ獲物、未知の怪鳥は、その一息で焦土をも作り出す ―― 凄まじい蒼炎を吐く規格外の生物である。挑むにあたって炎熱に耐え得る鎧の備えをというのは、予てからの課題でもあった。

 宣言を受けて、ネコは髭をぴくりと揺らしながら……自らの主の言葉を適える為に(・・・・・)と思案を並べる。

 

「確かに、ライトス殿の依頼はイャンガルルガの素材を目的とするものではなかったですし……金額や取引次第で買取は可能でしょう。それにあの未知(アンノウン)に対抗し得るものとなると、防具の調整にも時間を設けたいですからね。判りました。まずはギルドと、依頼主であるライトス殿に交渉を持ち掛けましょう。素材は……何時もの様に出来れば丸ごと一頭を、ですね?」

「ウン。その方が良い。このイャンガルルガとジブンならきっと、いい感じになる。と、思う。それに、鳥竜種なら丁度いいし」

「了解しました。先ずはオリザを呼びましょう」

 

 ぴーぃ、と甲高くも透き通った音が響く。待たず空を切り、路の傍に生えた木の枝の1つを選んで大鷲が降り立った。律儀に伝書鳥としての役目を果たすオリザである。

 ネコが近寄って手招きをすると、オリザはヒシュの腕甲へと飛び移る。ヒシュはその喉を撫で、

 

「クルルル」

「……ん?」

 

 しかしネコが連絡の為の便箋を入れようとして、首元の鞄が膨らんでいる事に気が付く。

 

「ネコ、これ」

「ふむ、オリザが何かしら預けられている様ですね。どれ……にゃにゃっ!?」

 

 留め金を外すと、内側から紙の束が勢い良く溢れ出してネコの頭上から降り注いだ。

 どうやら遠征をしている内にギルドや書士隊からの連絡が溜まっていたらしい。ヒシュは動じずそれらを拾い上げ、歩きながら1つ1つ差出人を確認する。しかし、資料の間に挟まっていた一通の便箋を手にした所でその動きはぴたりと止まる。代わりに喜色を放ちながら、隣で便箋を集めて揃えるネコを抱き上げた。

 

「……ネコ、これ!」

「わ、我が友! 私を抱き上げなくとも、読めますと……ああもうっ!」

 

 ヒシュはにゃあにゃあと声をあげて抗議するネコを宥めながら封を切り、手紙を取り出す。ネコも観念し、主に抱きかかえられながら覗き込めば。

 

「ノレッジ殿からの……」

「手紙!」

 

 ネコとヒシュは一旦顔を見合わせた後、順に目を通してゆく。

 彼の少女は、大変な目に逢いながらもガノトトスを狩猟したこと。最近ではギルドから捌き切れない程の依頼が寄せられ、近場のハンター達と狩りに出ていること。温暖期に入る前に砂漠の管轄地全てを回る計画がある事。新しい弩や、砂漠だと補修の為のランポス素材が手に入り辛いため、砂漠に適した新しい防具を作成途中である事。温暖期でも活動できる渓谷の狩場があるため、未知(アンノウン)やギルドの大きな動きが無い限り、修行は温暖期を終える頃まで続ける心算である事 ―― 等々。ノレッジのレクサーラにおける近況が流麗な筆記で綴られていた。

 手紙を読み終え、主従は顔を上げる。目を瞑れば、遠い西の地で常の如く明るさを放ちながら猟場を駆けるノレッジの姿が鮮明に思い浮かべられた。

 ヒシュは手紙を封に入れ直すと、懐へと滑り込ませる。自然と、話題は少女のものへと移る。

 

「順調みたい。よかった」

「クルルル」

「……ふーむ。我が友よ、これは興味からの問いなのですが……レクサーラに残ったノレッジ様は、無事に修行を終える事が出来るでしょうか?」

「んー。才能は、ある。凄くね。後はノレッジの運次第だと思う。……だから、ジブン、あんまり心配はしていない。それに、また手紙を書くっても書いてある。楽しみにしてよう」

 

 少女の居る西は、酒場の在る方角。視線を向けても、ジャンボ村から見える景色は、ただ青々と茂る木々が延々と続いているだけ。ハンターとして師であるヒシュは、責任も感じているのであろう。手を伸ばしても届かない場所で奮闘しているであろうノレッジの身を案じていた。

 そんな主の様子を腕の中から見上げたネコは首を振るい、感傷の漂いだした雰囲気を変えるためにと話題を探す。

 

「……そう言えば御主人、あの『お守り』をノレッジ様に渡したのですか?」

「? 駄目だった?」

「いえ。ですがあれはハイランド師から頂いた、言葉通りの『お守り』の筈でしょう。……ノレッジ様の気性からしても、むしろ、そういった輩には『逢うべき』なのではないでしょうか? いえ、主の心配も勿論の事判るのですが……それにしても、私が船の手配をしている内にとは。してやられたと言うか出し抜かれたと言うか、にゃんと言うか……」

 

 最後だけ言葉を濁した友の様子に仮面の主は盛大な疑問符を浮べ、ネコは一つ、咳を挟んで続ける。

 

「にゃふん。それはそれとして、兎に角、詰まる所ですね。ノレッジ様に渡ったあの『お守り』は、所謂『魔よけ』の類でしょうに。狩猟の成就は副次的な効果だった筈ですよ?」

「ん。そうだけど、でも……ノレッジの『運』もだけれど、生きて帰ってこそのものだね(・・・・)。師匠としては、やっぱり心配で、そのためのお守りだから。……そう言われるとハイランドはちょっと怖い、かも知れない。ネコ。ジブン、勝手に手放したって怒られると思う?」

「にゃーん……どうでしょうね。あの御方は読み辛いですので、私には何とも。……ハイランド様はあれからかつての功績が評価され、遥か南端の地に在る彼の王国に招かれていた筈。狩人との兼業により御多忙であるとのお手紙を幾通も頂きましたし……と、すれば」

 

 ヒシュもネコも、その狩人の師として最も長く、最も深く、最も多くを学ばされた(・・・・・)ハイランドという女傑を思い返す。思わず溜息と懐かしさとを混ぜ込めて吐き出し、

 

「最も近場に存在するハンターズギルドの所在地 ―― レクサーラに逗留されたノレッジ様も、ハイランド卿にお会いする機会があるのでしょうか……?」

「かも。ハイランドは跳ねっ返りだから、レクサーラのギルドの人からすれば、やっかみ半分で噂されてると思う、けど」

「ふふ。それは容易に想像できますね。ならば……きっと……ふーむ。大変ではありましょう。けれども折れずに頑張って欲しいものです」

「ウン。確かに、ノレッジには頑張って欲しい。それは同意。―― だから」

「クルルゥ」

 

 想う。そして、だけではなく、ノレッジやダレンやライトスら面々が再びジャンボ村へと集う時。その時こそ……決戦の時なのだろうと。いずれ来る戦火の兆しに、ヒシュもネコも想いを馳せた。

 ―― だが。今は、まだ。

 

「だから、ジブンらも、頑張る」

「ええ。彼奴めを狩猟すべく、私も尽力を致します」

「お願い。手伝ってね、ネコ」

「承りました。我が友にして、我が主」

 

 そうこう話している内に、ヒシュらは酒場まで辿り着いていた。ヒシュはネコを地面に下ろすと忙しなく走り回るパティに軽く挨拶をしてからその横を抜け、何時ものカウンター席の奥へと向かう。

 何せ昼食を食べ終えた後、武具の図面を書き出すためにおばあの待つ鍜治場へととんぼがえりする予定だ。どうやらまだまだ、やるべき事は山積みである。

 

「んっ、いただきます」

「はい。いただきます」

「クル、クルルゥ」

 

 目指すは未知 ―― 更にはその先へまでも。

 果てしない獲物を追うのは、狩人らにとって当然の生業。

 彼の者達の心内に、歩みを止める心算は、依然として在りはしない。

 




 まず、拙作中でのクックラブの刊行に伴いお許しを下さった百聞一見さんに感謝のお言葉を述べさせていただきまして……ありがとうございます。
 さては、一介のファンフィクションなのです。重要な部分を担っていたりは、あまりしませんのですよ。
 さて。前話より戦闘狂の黒狼鳥、イャンガルルガさんとの狩猟描写とその結末でした。
 因みに。狩猟描写が割合を占めてくる第一章ですが、なにせ章題が章題ですので。暫くは血で血を洗う生臭ーい狩猟が続いてしまいます予定です(土下座
 とはいえ、それだけでは物語の体を成さないのも当然の事。第一章の末辺りからは、このペースよりはかなり落ち着く予定になっております次第。……とはいえ私の事。その場合、狩猟の描写が長くなってしまうのでは……と自分で自分を危惧していたりなんだり。
 今回の狩りのお話においては、ヒシュの持つ狩人としての方針を全面に押し出しております。心云々やら道具のポイ捨てやらとどめの云々やら、ある意味謎部分ばかりを追加した気がしてしまいますが、判る人には判ることも、無きにしも非ず。
 因みの因みに。拙作において、狩人が狩場に持っていく武器は1つだけという決まりはありません。ゲーム的な都合だと解釈させていただいております。それは確かに、頼れる一振りがあればそれを極めて……というのがモンスターハンターの正道です。私拙作の世界においてもトップのトップはそういった狩人達が多いですし、へビィボウガンばかり使うノレッジも例に漏れません(……今の所は)。そういったレベルの高い得物の描写がないのは、ジャンボ村の設備が追い付いていないから、というのが理由になります。
 ヒシュにおきましては装備リセットされておりますので、こういった手段を用いて様々な角度から攻撃を加えることで補わさせていただきました。とはいえ、道具やら毒やらを多用するのは当初からの方針でもありますね。
 そして遂に、ヒシュが奇面族であるとの明言をばさせていただきました。はい、鉈(の様な刃物)を振り回してきーきー鳴いているあの方達です。リオソウルの近くにキングチャチャブーを配置とか、珍しくボウガン担いだ私への挑戦ですか。鬼畜ですか(歓喜
 尚、色々と「えっ?」と感じられる部分があるかとは思いますが、詳しい所は後々に。この立ち位置は主人公として必要なものになる予定です。


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第二十一話 白陽の下

 ノレッジ・フォールが狩人として砂漠で過ごす日々は、実に実り多きものだった。

 レクサーラでの朝。ノレッジはまず、集会酒場で持ち運びできる朝食を買い込み、奥にある鍜治場……工房で骨銃の組み立てを行う。ノレッジは狩りから戻る度の重弩の分解を習慣としている。整備にしろ清掃にしろその方が経験を積む事が出来るというのも一因だが、これはヒシュから受けた大切な教えの1つでもある。実際ジャンボ村では、仮面の狩人とネコは借家しているハンターハウスの二階で毎日の様に武器と道具を広げていた。曰く、「武器の事を知ることが出来る」のだそうだ。

 ノレッジとて自らの重弩を漫然と扱っている訳ではない。狩人が活動する場は辺鄙な辺境の僻地である。その環境は例外なく劣悪であるため、弩の機構上、暴発や弾詰まりには最大限注意を払わなければならない。いざという時のために命を懸ける武器の内容についての知識は重要なものである。

 武器の整備に関しては工房の職人に任せる事も可能ではあるのだが、ノレッジは工具だけを借りて自力で行う事に拘った。弩の整備は、ヒシュにつられてジャンボ村での修行の間からずっと続けていた習慣であり、今では目隠しをしていても分解と組み立てを行える自信がある。初日にノレッジの整備を眺めていた工房頭の鉄爺が、下手な弟子よりずぅっと早くて的確だ、と太鼓判を押してくれる程には上達するという成果も上げることが出来ている。

 組み立てと道具の確認を終えると、ここで同時に朝食も終了する。黒パンとアプケロスの肉とオニオニオンのサンドイッチを咀嚼して硬茶【千年】によって流す様に飲み込むと、部屋の隅で鎧を着込み、礼を告げながら工房を出て受付へと脚を向ける。

 ……整備と準備に時間をかけるのは、狩人達が一斉に動き出す時間帯との競合を避けるためでもある。これら日課を終えて集会酒場へと戻る頃には殆どの狩人が出立した後となっており、行動がし易いのだ。

 ノレッジは先までと比べれば席の空いた酒場の中を悠々とした足取りでもって進み、受付へと声をかける。何時もの通り受付嬢の姉妹と談笑や食事の約束などを交わし、買い付けたアプケロスの竜車を引いて砂漠へと発つ。

 数日の後に猟場に着けばそこでは狩猟が待っている。地図に書き込み、帳面を鉛筆で埋め、弩を持って砂漠を駆け回る。管轄地にて依頼をこなし、今度はレクサーラへと帰投する。宿に戻れば師匠ら及びダレンへの手紙を書き進め、モンスターのスケッチや生態観察についての筆を進め……その中途で泥の様に眠る。

 これら、酒場と砂漠と宿を往復する日々。ノレッジの身体には硝煙と返り血の匂いとが染み付き、水浴びを重ねても鼻の奥に生臭い感覚が残っている。

 それでもと少女を突き動かすのは、知への探究心に他ならない。

 

 修行の期間は感覚的に、とても早く過ぎた。少女がレクサーラに逗留し始め、既に8週目を迎えていた。

 依頼をこなす間に、ノレッジは砂漠との間を幾度となく往復している。こなした依頼は狩猟依頼が16件、納品依頼は50件にも上る。これは駆け出しのハンターとしては上々に過ぎる立ち上がりであり、ギルドのノレッジへの評価も上向きの傾向にあった。

 しかしこれだけの件数が短い期間でこなせたのには、ギルドのノレッジに対する評価が上がり依頼が次々と舞い込んでいる……以外にも理由が存在する。

 それが「期限」。

 セクメーア砂漠は温暖期に入ると砂漠に熱が篭り、ハンターの危険度が跳ね上がるため、出入りが制限されるのである。故に出入り制限の前に「駆け込みの需要」が存在し、ノレッジだけでなく他のハンター達も、毎日忙しなく動き回っているのであった。

 ただし、暦だけでいうならば季節は既に温暖期へと差し掛かっている。砂漠への立ち入りが規制されていてもおかしくは無い……のだが、依然としてギルドは砂漠での狩りを制限しては居なかった。気温が危険域まで上昇するまでは制限がかからないのである。何しろレクサーラという村にとって、砂漠からの収入源は文字通りの生命線。砂漠への立ち入り期間は出来る限り短くしなくてはならない。そのため、この合間の期間においては、あくまで自主規制をするよう呼びかけがされる程度。今年はまだ勧告がされていない事もあり、砂漠へと向かう者は未だ多く存在していた。

 ……聞くに、どうやら今年のセクメーア砂漠は温暖期の到来が遅れているらしい。

 つい先日、セクメーア砂漠の西部では10年ぶりの雨が観測されたという。その他、観測隊の報告によれば珍しく雨雲も出来上がっていたらしい。レクサーラの上空にはからからに晴れた何時も通りの光景が広がっているのだが、それら気象のずれがひと月近くも温暖期の到来を遅らせている ―― というのが、ドンドルマにおかれた気象庁の見解であった。

 

 いずれにせよ。狩人の砂漠における狩りは、多少ばかり長い盛栄を迎えている。

 そんな中へ。少女は今日も砂漠へと足を踏み入れるため、酒場を訪れ ――

 

 

 

 

 

 ―― 暑い、熱い。

 吐き出す息は一層の熱を帯びている。

 走る、奔る。

 脚は重く、転ばそうと散らばる礫には悪意すら感じるか。

 考える限り最悪だ、と。レクサーラのハンターズギルド支部に身を置く青年、クライフ・シェパードは背後から迫る脅威から必死の想いで距離を空けながら、脳内で悪態をついていた。

 直後に冷たさが背筋をぞくりと駆け上る。拙い……と判断し砂を蹴って身を投げれば、背後で凄まじい風斬り音をたてながら赤い鋏が空を切った。同時にクライフの脚を縫い付けるような威圧感が降って沸く。ふと辺りが暗くなり、川の泥臭さが鼻の奥を刺激する。気付けば砂地を好む甲殻種、盾蟹 ―― ダイミョウザザミの巨体がクライフの真上に陰を落としていた。

 

「―― クライフっ、そのまま頭を低くしてろ、オオオオッ!!」

「ギチチッ」

 

 黒い皮鎧……皮と表すに、一角竜の外皮を素材としたそれはまるで岩塊であったが……を震わし、巨男の豪叫。巨男・バルバロが大上段から振り下ろした大剣『バルバロイブレイド』による一撃は、盾蟹を側面へと突き飛ばす事に成功した。

 衝撃と剣の巻き上げた火花とが舞って、突き飛ばされた盾蟹が砂の地面に倒れ込む。いくら盾蟹だとて、衝撃に痺れた左の脚にすぐに力は入るまい。この好機を逃すべきではない。身体を叱咤し、クライフは『鉄槍』を構え直して、盾蟹へと駆けた。

 接近すれば、思わずモンスターの大きさに目を見張る。視界の全てが盾蟹で埋まっていて。

 

「おおおっ!!」

 

 そこへ、クライフは立ち向かう。見慣れない青い血液……または体液が異臭を放つ中、クライフは腹を目掛けて一心に槍を突いてゆく。脚と脚とに挟まれないよう慎重に位置を取りながら、その甲殻を全力を込めた槍の鋩で少しずつ「掘り進める」。地道にも迂遠にも思えるこの作業が、しかしクライフは決して嫌いではなかった。

 

「クライフ! ザザミはもうすぐ立ち上がるから注意する、ね!」

 

 軋む関節の音に遮られる事ない高い女声。この隊の指揮官による、反対側からの注意喚起である。

 引き際は肝心だ、と心に深く留めてある。最後に腹を三度突いて、その反作用を利用して後ろに跳ね、クライフは盾蟹の脚の届く範囲の外へと後退する。

 ぎしぎし、みちみちという音をたてながら大サボテンを背負ったダイミョウザザミが立ち上がった。最後に両の挟を掲げて鳴らすと、口から泡を吹き出し始める。盾蟹がその怒りを顕にした証左である。

 注意を促した女性・ヤンフィの隣まで戻り、クライフは気を引き締めなおす。と、その前に大きく息を吐き出した。

 

「ツイてねえ……ツイてねえよ。特殊個体の調査だって言うから来てみれば、通常個体より遥かにタフじゃねえか、コイツ!」

「ニャハハ! ダイミョウザザミはレクサーラにとって貴重な獲物だから、ね。その特殊個体となれば、ダンナが駆り出されるのは当然だし。それでもってダンナがとなればクライフ坊ちゃんもワタシも受諾するのがYES、ね!」

 

 此方へと走る最中、ヤンフィが叩くいつもの軽口は右から左へ。視界を防ぎかねない汗を兜の内の綿地でこすり付けるように拭いながら、クライフは盾蟹の隙を窺う。その視界の内で、ヤンフィはクライフの居る側へと移動していた。笑みを絶やさず、しかしヤンフィの足運びは確かな経験と技量に裏打ちされた精緻なもの。鋏を振り回す盾蟹の足元を苦もなく抜けて、クライフの隣へと並んでみせた。

 

「……相変わらず見事な手前で」

「まーね。ワタシは曲がり形にも指揮官でクライフより場数を踏んでないの事。ランクも1つ上だし、ね」

 

 ヤンフィは言いながら、ぱっと手を開いて楯と片手剣とを構えなおした。

 ハンターとしての力量を客観的に評価する制度の1つに、ハンターランクというものが在る。ハンターランクにおける評価は単純に数字が大きいほど高いというもので、ギルドに登録した時点でのランクは1。ハンターとしてギルドに貢献した度合いによって功績が積まれ、一定の功績をあげるとハンターランクが上がるといった具合である。

 クライフ青年のドンドルマギルドにおけるハンターランクは「3」。資格を示すハンターカードは、そのランクを示す「ゲネポスの皮」を素材としたものになっている。

 ランク「3」ともなると、中堅所のハンターである。クライフの4つ年上でレクサーラのギルドの実質を取り仕切っているヤンフィのランクが「4」。クライフが二十歳に満たない身空である点を鑑みれば、3というハンターランクはかなり早期の昇格といえた。が、それでもヤンフィとの間にある「1」という実力の差は、こうして足運び一つをとっても確かな技量として表れているのである。

 しかし ――

 

「ほっほう! よォしよし、まだ来るか。芯の通った良いザザミである。やはり、そうでなくてはならん!」

 

 いつでも、今回も。隣で嬉しそうに大声をあげている父・バルバロの挙動にクライフは溜息を吐き出した。この能天気で馬鹿力で嫁に逃げられるような親父のハンターランクが「6」だというのだから手に負えない。

 とはいえその馬鹿親父の持つ実力こそが、今回クライフの所属する班が特殊個体の狩猟を依頼された所以でもあるのだが。

 

「ギチチチ……ジャッ、ジャッ」

 

 大サボテンを背負うダイミョウザザミがクライフの目前で鋏を掲げて擦り鳴らす。

 通常、ダイミョウザザミは成体になると自らの身体に合った「ヤド」を背負う。それは大型モンスターの頭蓋であったり、自らが切り出した岩塊であったりするのだが、この個体は言葉の通りに違っていた。長らく放置されていた第五管轄地から表れたこの盾蟹は、ともすれば自らよりも巨大な大サボテンを背負っていたのである。

 セクメーア砂漠でこの特殊な盾蟹の個体が発見され、調査を含めた討伐の依頼が頒布されたのが四日前。セクメーア砂漠の最も奥まった位置に存在する第五管轄地に出現したという事もあり、討伐の遠征費用もばかにならず、言外に「成功すること」を前提とした依頼に変わったのが三日前。そうなると、当然レクサーラに逗留するハンター達は依頼の受諾を渋り始める。それらハンター達の反応をみたギルドが学術院の費用を使った依頼に切り替え、バルバロを擁する団へと依頼を回した……というのが事のあらましである。

 

 失敗の無い狩猟と言うのは有り得ないが、それでも腕の在るハンターが居れば成功率は格段に上がる。バルバロが居るからこそレクサーラのギルドは回っている……というのは過大な評価かも知れないが、この大酒飲みで大雑把な父が「レクサーラの剣雄」と呼ばれる程の功績をあげているのは純然たる事実でもあった。

 バルバロはレクサーラ創設からの一員であり、街に出れば人々から声をかけられ、こうして重要な依頼にも名指しの召集を受ける。そんな父の偉大さには、勿論誇らしい思いもある。だがそれ故のプレッシャーと言うものも当然ながら存在し……七光りの無い、一人の男としての自身はどこにも居ないのではないかなどと、昔は本気で悩んだこともあった。

 今では苦い思い出である。幸い最後の悩みについては少年の域を脱すると共に多少吹っ切れはしたものの。しかしどこか心の中で整理できないまま、今もまだクライフはハンターとしての活動を続けているのである。

 また、思わず悪態が口を突いて出る。

 

「……ちっ、まだか……まだ倒れねえのか」

 

 潰されるのではないか。殺されるのではないか。命のやり取りをする狩猟の現場、その真っ只中でクライフは生きてきた。それでも。少なくとも、自分が死にたくないという普通の感性は持ち合わせている(またそれが普通であるとの感性も)。

 だが、例えばヤンフィはどうだろう。この女はクライフに近い感性ではあるが、それも僅かに「傾いている」。どこか死を覚悟している節があるのだ。しかし彼女は指揮官でもある。これは人の上に立つ者に必要な要素であると言ってしまえば、そうなのかも知れない。

 例えば父、バルバロはどうだろう……いや。余地も無いか。あれは、命のやり取りを……自らの命を迷いなく天秤に置く事の出来る人間だ。この無謀を狩人としての覚悟があるのだと言い切ってしまえば、そうなのかも知れない。

 父もヤンフィも、多少の大小はあれどクライフよりも長い年月をハンターとして過ごしている。少年を脱したばかりのクライフとは違い、人間として完成されていると言い換えても良いだろう。

 

 ―― 故に。類稀なる射手としての腕を持ち、齢16にしてモンスターの威圧感をまるで正面から受け止める()の少女こそが、クライフにとって最大の異質であった。

 

 後方より前へ滑って遠ざかる、聞き慣れた ―― 重弩に特徴的な甲高く鈍い射出音。

 完全に動きを取り戻した盾蟹が横歩きにクライフ達へと近付こうとした瞬間の出来事であった。20メートルは離れている盾蟹の背部……大サボテンとの接面部位を縫うように、銃弾が襲った。

 着弾した幾つかは時間差で爆発を起こした。背後からどつく様な衝撃によって盾蟹が前へとバランスを崩すと、今度は足元で次々と爆発。崩した体勢。だのに足元がおぼつかず、受身を取れず、その結果として盾蟹は前へと倒れ込んでいった。

 たとえ声は聞こえなくとも、想像は容易であった。きっとこの状況を作り出した件の射手は、紫の泡を吹き怒りに染まる盾蟹を見て、命の危険を感じるその前に……「攻勢の機、です!」などと呟いていたに違いないのだ。

 四者の(・・・)意識が盾蟹へと集中する。

 青年らの背後では、薄桃色の長髪が砂漠の風に揺れて。

 

「行くぞ、息子! ヤンフィ! ―― ノレッジ!」

「ちぃっ、判ってんだよ親父!」

「OKダンナ、ここでケリを着けるのね!」

「はい! 皆さん、援護します!!」

 

 その背を押すように吹き付けた風に乗って、狩人達が駆けて行く。

 セクメーア砂漠に盾蟹の節々が織り成す悲鳴と、ハンター達の歓声とが綯い交ぜに湧き上がるのは、この半刻後の出来事である。

 

 

□■□■□■□■□

 

 

「ほう? ノレッジに男の影があるとな!?」

 

 太く重い声がレクサーラの集会酒場の端までを震わした。クライフが切り出した話題を聞いての、バルバロの第一声であった。

 盾蟹の狩猟を成したクライフ達はいつもの如くレクサーラの集会酒場に帰還し、夕食をとっている最中である。

 砂漠の出入りが禁止となる温暖期の目前とあって、酒場はハンター達で賑わっている。砂漠特有の香草をふんだんに使用した食事の香気が胃袋を刺激し、酒気とが混ざり合った雰囲気に加え、人々の活気に満ちていた。

 そんな中、父の上げた大声によって集まった視線に居心地の悪さを感じはしたものの、そこかしこから喧騒があがっているためか、何事かと集めた視線も足を止めたアイルー達も、すぐに各々の業務や食事へと興味を戻していった。

 周囲の様子にクライフはほっと胸を撫で下ろしながら、元凶たる自らの父バルバロへと苦言を呈する。

 

「声が大きいんだよ、親父。……頼むからもう少し声量をおとしてくれよ」

「ダンナさんの声が大きいのはいつもの事。気にしないのがOKだと思うんだけど、ね」

 

 クライフが呆れ顔で酒瓶から酒を注ぎ、ヤンフィはそれを両手で受け取りながら、近場の者達へ気にしないでくれと手を振った。

 

「……でもあのノレッジに男の影だなんてならワタシも気になる話題、ね?」

「っ……だから男かどうかすら判らねえんだって」

 

 ヤンフィが隣のクライフへと流し目を送る。眼鏡を指で押すように直し、頭の上部で左右に結われたギザミシックルが揺れる。視線を逸らせば今度は首元から褐色の肌が胸元まで顔を覗かせており、クライフは遂に首ごと杯を煽った。

 猟場においても楽観的な明るさが売りのヤンフィであるが、酒場においては尚更である。こうして積極的に話題に絡んでくるのは何時もの事。彼女の妙な色香にたじろぎながらも、興味を集めることには成功したのだと何とか思い直し、クライフは事の仔細を語る事に決め込む。

 まずは酒を置いて。

 

「あまり期待するなよ。……この間、ノレッジが出していた手紙をちらっと見ちまったんだよ。ドンドルマ行きの宛名ダレン・ディーノっていうのが一つ。でも、ジャンボ村宛の手紙が三通(・・)あったんだ」

「へぇ。ダレン・ディーノは書士隊の上司だって聞いたけど?」

 

 近くの席に座っていた同年代の男ハンターが聞き耳を立てていたらしく相槌を挟んだ。クライフはそれに頷いて、続ける。

 

「まあその通り、一通は上司宛だろうな。けどその上司がドンドルマに居るとなると、ジャンボ村に三通も手紙を送る理由が無いだろ。一つは村長、一つはいつも言っているお師匠にで済む筈なんだ。それが誰宛の手紙なのか、って話しをしていたら親父が男だと決めつけやがってな」

「はっはぁ……興味深い話ではあるな」

 

 語り終わると、先ほど退けた筈の周囲から視線が圧し掛かるのに気が付いた。色恋沙汰は酒の摘み。様は馬鹿話の類でもある。いつの間にか聞き耳を立てていたレクサーラのハンター達がクライフを囲み、ぐるりと人垣が出来上がっていた。

 

「……なんでこんなに人が集まってんだ? 暇人どもめ」

 

 クライフが呆れた声でたしなめるも、

 

「まぁまぁ、クライフ坊ちゃんよ。あの(・・)ノレッジの嬢ちゃんに男が居るってんならさ、そらぁもうレクサーラの一大事だわな」

「そらそうよ。なんせあの(・・)、ノレッジ嬢ちゃんだぜ?」

「まぁねー。あの娘、あたし達が飲みに誘えば断りはしないけど、その後に朝まで研究資料を眺めてるのよ? お洒落の話題はふぅんで済ますのに、新しいモンスターの話題には食い気味に飛びつくし。そんな娘に男の噂と来たら、そりゃあねえ」

「絶好の摘み……じゃなかった。話の種……ん? これもちょっと違うか」

「まぁ兎に角、興味を持っている奴等は大勢居るぜってことだ。そうだろ皆ぁ?」

「おうよ!」

 

 男女入り混じった聴衆が、一斉に騒ぎながら口々に肯定の言葉を発してゆく。ある者は笑みを、ある者は興味を隠さない関心を、ある者は真剣な眼差しを……と様々な反応を浮べながらである。

 レクサーラにおいても変わらず、ノレッジの性格は良くも悪くも「研究者」といった形に納まるものである。しかし今、ノレッジという一人の人間はレクサーラのギルドおよびそこに属する人々には概ね以上に好意的に受け入れられていた。

 まず、ノレッジは良い意味で壁が無い。誰にでも気さくに話しかけ、誰とでも気軽に会話が出来る。その人辺りの良さたるや、一月前には稀代の堅物「鉄爺」が懐柔されたと言うレクサーラにおいて知らない人は居ない逸話も出来上がる程だ。少女が毎朝工房で老翁から弩の素材や構造やらについて教えを請うている姿は、既にレクサーラの風物詩ですらある。

 そして、ノレッジはハンター……とりわけ射手としての腕が良い。その評価の切欠は間違いなくひと月程前の「金冠大ガノトトス」の狩猟であろう。だがその後。ギルドからの評価が上がる中にあっても、ガノトトスの狩猟が決して偶然ではない事を裏付けるように、ノレッジは着々と依頼をこなし続けている。当然幾つかの些細な失敗は含まれるものの、ノレッジは素材の切り出しや解体が上手く、更には生物の生態に関する知識もあってか「依頼の好き嫌い」が存在しない。つまり参入した一団の側にしてみればノレッジを加えても「減算がない」のである。その様なノレッジの万能性はハンターズギルドという組織を運営するに当たって、非常に有用な人材であると言えた。

 その上、ノレッジは大きな組織には属しておらず、結果として組織の垣根なく重宝される人材となっている。昇り調子の評価によって呼び込んだ大山の依頼を達成することにより、ギルドからの評価も一層上がる……という相乗効果の形が出来上がっているのであった。

 加えて。

 

「それにまぁ、何しろノレッジの嬢ちゃんは素朴な魅力があるからな。興味のある奴等はごまんといるだろうぜ」

 

 囃し立てていた男があっけらかんと言い放つ。

 言う通りノレッジ・フォールという少女は若く……少なくともクライフや同ギルドに籍を置くハンター達から見て、容姿も並以上のものであった。16歳という年齢はハンターの市井においては若すぎるきらいがあり、ノレッジ自身にあまり外見に気を使っている様子が無いと言えば無いが、それならば気を使ったとすればより一層……などという想像を繰り広げる何とは言わずたくましい(・・・・・)男連中も少なからず居る、らしい。この場合「らしい」というのはクライフが、ノレッジがそういった事に興味を持てる性分ではない事を知っており、無駄だと断じていたからに過ぎないのだが。

 

「まあ可愛いとは言っても、おれみたいなおっさんにとっちゃあアイドルか娘みたいなもんだけどなァ」

「あっはっは! まあ気になる人の話を振ったところで、今の研究対象のモンスターの事をとくとくと語り出しそうだものね。あの娘ってば」

「それに書士隊員だって学術院だって肩書きがよ、この辺りの馬鹿な男共にとっちゃあインテリが過ぎるやな!」

 

 などと結局。ノレッジの人柄を知る連中には、美味い肴を有難うとばかりに笑い話として締められていた。

 

 さて。

 話題の中心、当のノレッジはというと。

 

「―― という概要です。つまりどうやら、今回の盾蟹は元々はサボテンの肥大化が見られた地域……第五管轄地周辺に縄張りをもつ個体であったようですね」

 

 同じ酒場の一角。しかしその中でも窓際から運河を望む一際豪華な席の面に立ち、今回狩猟を行った盾蟹の特殊個体についての報告を行っていた。

 報告の主だった内容は注意喚起とそれに準じる情報提供である。発見された生息地域や縄張り、行動の変態など。ノレッジは地図を使用した説明を終え、自らの三等書士隊員としての肩章を指して。

 

「件の大サボテンは流石に丸ごと持ってくるのは難しかったので、切り出した一部や種子の部分を採取して、検体として学術院と書士隊に配送しました。結果は後日レクサーラのギルドに直接届けられる手筈となっています。……ええと、これにてわたしからの説明は以上になります。ご清聴、ありがとうございました」

「ありがとう。だが少し、良いか」

 

 締め括りとしてノレッジがおずおずと頭を下げれば、正面で白髭を生やした初老の男が腕を組みながらその手を掲げた。

 男の向かいには同じく、羽振りの良い格好をした壮年の男や禿頭の老人等々、ノレッジと年齢の離れた面々が腰掛けている。彼等は何れもがギルドに駐留している上位書記官や調査隊の頭など、砂漠の村レクサーラにおける主要人物。要するに、報告によって至急に取り纏められた情報を共有しつつ、具体的な調査と討伐の方針を練っている最中なのである。

 手を掲げた初老の男にノレッジはびくりと身を竦めて反応しつつも、悪意がないと判断するやこくりと頷く。

 

「質問をしたい。ノレッジ三等書記官」

「その、どうぞっ」

 

 初老の男はおどおどとしたノレッジの反応自体は気にせず、主要人物達が腰掛けている卓にばさりと地図を広げた。レクサーラに隣接した「セクメーア砂漠」とその南部に位置する「デデ砂漠」とが含まれた、広範囲を描画した地図である。

 周囲の視線が集まったのを確認し、初老の男は地図の上で指を滑らせる。レクサーラから大地溝帯と書かれた地帯に沿って南下し、デデ砂漠の手前に存在する第五管轄地で指を止め、口を開く。

 

「盾蟹が背負っていた大サボテンは保水能力に非常に優れていると、君は話した。となるとそれに共生しているこの蟹は、報告にあった攻撃手段としての水鉄砲の多様さの他に、移動距離にも生かされるのではないか? この地図に示された ―― 大地溝帯前後の縄張りは、如何にも水庭がなさ過ぎると感じるのだが」

 

 男の鋭い質問にノレッジは首を傾けながら唸りしばし思案する。が、その内容については思案して答えの出る問題ではなく……また結論付けるのは時期尚早なのではないかという疑問も脳内を掠めたため、ノレッジは判りきっている事実のみを告げることにした。

 

「あの。仰る内容についてはレクサーラに配備されている書士隊員の内々でも比較はしてみたのですが……今回の個体に関して言えば、比べる限り通常個体との有意差は認められませんでした。水庭を離れたくない他に縄張りを広げられない理由が存在したのかもしれません、が、その辺りは何とも結論付け難い点ではあるかと思われます」

 

 締め括ると、別の老人がうんうんと頷いてノレッジへ着席を促す。それに頭を下げつつ、ノレッジは後ろへ(・・・)。出していた身体を地図の張られた薄板の後ろへと引っ込める。今度は目前で、お偉い方々の問答が始まった。

 

「ノレッジ三等書記官の言う通りだな。ただでさえ第五管轄地周辺の情報は不足している。ここ数ヶ月の間にモンスター達の縄張りが大きく変化していた……つまりそれらを把握する役割を担う我々の監督不足だと謂われても仕方が無い状況だ」

「とはいえ本来ならば護衛役を兼ねるハンター達が未だ猟繁期なのだから、ギルドとしての力が不足していた点は否めんよ。書士隊であるノレッジ女史の助力を得て初めて調査に乗り出す事が出来たのであるからして」

「……ああ。やはり情報が少なすぎる、か。盾蟹もそれ故の特殊個体だというのだから仕方があるまい。しかし大サボテンの異常繁殖が現実の事象として確認された以上、盾蟹の特殊個体が新たに発生する可能性は十分に在り得るぞ?」

「それらを憂慮したからこそノレッジ三等書記官だけでなく、六つ星のハンターであるバルバロ氏に調査を依頼したのであるからして。盾蟹の区画侵食は、その個体数の多さ故にセクメーア砂漠の……ひいてはレクサーラの一大事。場合によってはドンドルマのギルド本部へ救援要請する事も視野に入れねばならぬ事態だと、私は勝手に思うがね」

「救援要請に猟団の派遣か。確かに、それも一考が必要か。手続きを進めておくとしよう」

「そういう訳だ、ギルドガールズの諸君。私達上役で、仔細は近日中……いや。明後日までには纏めておこう。至急に体勢を整えられるよう、ドンドルマへの書簡を用意しておいてくれたまえ」

「はいはぁい。了解しましたよー」

 

 羽振りの良い格好の男に促され、会議内容を記録していたギルドガールズのリーが承諾の意を示す。役目を終え壇上から降りたノレッジへ向き直り、初老の男が笑いかけた。

 

「ご苦労だった、ノレッジ・フォール三等書記官。下がってくれたまえ」

「はい。失礼します」

 

 念入りに腰を折り、退席。事実上のトップ会談への参加を許されたノレッジは手元の分厚い書類を抱えると、一等席である展望席から階段を降りる。階段の途中でやっとの事、緊張しきった空気から解放されて息を吐いた。その横へ、同じく席を離れたリーがとことこと追いかけて並ぶ。

 

「大役をありがとうございました、ノレッジ」

「あー、いえ。良いのですよ、リー。これも書士隊員としての貴重な経験です。……ちょっと流石に、お偉い人の前で発表するのは緊張しましたけどね?」

「判ります判ります。わたしは脇役なので良いですけれど、ノレッジは正面に立ってましたからね~」

 

 心からの本音を吐露しつつ、ノレッジは隣を歩く姉受付嬢へと笑いかける。思わず苦笑となった笑顔にリーも笑顔でもって返すという慣れた様子のやり取りが、少女がレクサーラを訪れてから流れた濃密な時間を物語っている。

 

「でもレクサーラの爺様方は、基本的に良い人達ばかりですよ。やっぱり砂漠だと助け合わないといけないからなのか、どうしても親身になってくださっていて。村長とギルドマスターそれに一等学術員の方まで全員が漏れなく書類記載をやってくれるギルドなんて、このレクサーラくらいでしょうねー」

「へえ、そうなんですか?」

「はい。他の所は大体がギルドガールズもしくはお付の秘書に丸投げだと思います。その点、ここレクサーラではラー姉様くらいなんですよ、書類の期限をぶっちする人なんて」

 

 本来は職務怠慢だと頬を膨らませるリー。ノレッジとしては書類は期限を守ってこそだと思っていたのだが、こういった点は上司たるダレンの影響も大きかったのであろう。どうやら世間一般的にはダレンやノレッジの方が少数派であるらしい。

 そして、リーの発言にあった「ラーお姉さま」という人物に心当たりが無く……暫く自分の記憶力の問題かと頭を悩ませてはみたもののやはり手応えがない。と、諦めてリーへと尋ねる事にする。

 

「ねえリー。……その姉って言う人には会った事が無いんだけど、どんな人なのですか?」

「あ、そういえばノレッジはラー姉さまにはあった事が無いですね。ラー姉さまは竜人族で、わたし達姉妹の先輩にあたるお人です」

「姉? でもリーは竜人族じゃあありませんよね」

「はい。血の繋がりはないのですが、敬意を込めて姉様と呼ばせていただいているんです。ラー姉様は凄いんですよ。遠征が多くて今はレクサーラを離れていますが、あの観測所新設に携わった一員で、しかもここではギルドチーフも勤めている才媛なんです。……書類仕事が苦手なのが玉に瑕ですけれどぉ」

 

 リーは喜ばし気な表情を浮べながら話を続ける。

 書類が苦手なのに地位があるということは、それらを補って余りある才能を持っている人物なのであろう。会話にあった観測所とは、最近ドンドルマに開かれた大型モンスター観測の為の施設。各地を飛び回る気球はこの観測所に籍を置くものであり、そこに務める職員にはモンスターの生態から気候、ハンターの動向や果ては植生に到るまで様々な知識が必要とされる。

 そんな場所で中心を担う……未だ見ぬラー女史とはどの様な人物なのだろう。と考えるノレッジであったが、ここで抱えていた書類の重さに手が痺れてきていた。そのまま、書類の内容および調査の行く末について思索を伸ばす。

 

「……今回わたし達が集めてきた大サボテンの発生と盾蟹の特殊個体についての情報が、レクサーラの安全と今年度の砂漠の気象事象の解明に一役買ってくれれば嬉しいんですけれど」

「きっと、爺様達ならば生かしてくれますよ。……とはいえ気象のおかげで温暖期に入っても砂漠を歩き回れるというのは、わたし達レクサーラにしてみれば非常に嬉しいんですけれどね? 単純に増益なのでー」

「ああ、それもそうですね」

 

 気候について掛け合いをしながら、リーは手元の紙へと視線を移した。その内にもモンスターの分布予測の他、観測気球が集めた気象情報とその推移の予測を示したものが混じっている。

 

「ん~……実際、観測班からのデーターでも気温は上がりきっていないんですよー。まだ1週はイケるかも知れないです」

「おぉっと、それは嬉しい情報でした。一週もあれば、討伐依頼を二つは受けられますからっ!」

 

 聞いて、ノレッジはぐっと拳を握る。

 ノレッジは今の所、砂漠への立ち入りが制限されれば大地溝帯の北側に存在する峡谷へと猟場を移す予定としている。しかし峡谷は窮屈な環境であるからか大型モンスターの報告例が殆ど無く、そのため討伐依頼の件数は一挙に減少する。そのため狩人の修行としてジャンボ村を離れているノレッジにしてみれば、可能な限り砂漠で実践を積んでおきたいという見積もりがあったのである。

 

「さて……んん?」

「おおっ、来たなノレッジの嬢ちゃん」

 

 階段を降りきり酒場へと戻れば、その一角。群がったハンター達から一斉に視線が向けられた。

 ノレッジにとっては身に覚えの無い……理由と原因の察しがつかない視線なのだが、彼女自身、今しがたお偉い方々の前でどっと冷や汗をかいて来たばかりである。視線についての詮索はきりが無いと早々に打ち切ると、その一団へと脚を向けた。

 集団の内に混じっていたバルバロが真っ先に大声を上げる。

 

「ノレッジ。レクサーラの重役会議、ご苦労である!」

「はい、只今戻りましたバルバロさん。まだ皆さん方は奥で話し合いを続けるご様子でしたが、少なくとも三等書記官であるわたしの仕事は終了しましたから」

 

 バルバロに頭を下げたノレッジは、次いで所属している調査団の組員……クライフとヤンフィから声をかけられた。

 

「お疲れ様、ね。ノレッジ」

「……ぉぅ。お疲れ」

「ありがとうございますヤンフィさん、クライフさん。……でも、バルバロさんは後で呼ばれると思いますよ?」

「むぅ、やはり呼ばれるか」

 

 バルバロは腕を組んで困ったとばかりに唸る。地位を持っている彼は、幾ら一介のハンターだとはいえこうしたモンスターに関わる事案に関しては意見を問われるのが常である。実際、当のバルバロとしてはそういった場は得意としていないのだが。

 ノレッジが席にちょこんと座り、抱えていた書類を机の下にある棚へと置く。近場を走っていた給仕アイルーに飲み物の注文を飛ばすと。

 

「ところでノレッジ。アンタがこの間書いていた手紙って、誰宛のものだったの?」

 

 誰もが聞きたかったこの話題を真っ先にと切り出したのは、レクサーラにおいてノレッジとの親交も深い女ハンターであった。

 ノレッジは周囲から集められた興味と期待に満ちた視線を傾ぎながら受けつつ、質問の飛び様についてはとりあえずと置いておき。その内容へと答えを返すべく、何処ぞを見上げながら、先日追って投函した手紙の数を指折り。

 

「えーと、ディーノ隊長と村長、お師匠……あっ」

 

 そう。興味の向かう先は挙げられたそれら以外 ―― 残る1通の行く末だ。

 ノレッジは知る由も無いが、いつの間にか酒場に集まったレクサーラのハンター達どころか給仕の女性までが足を止めた。

 一斉に、ごくりと唾を飲み込む。

 期待を一身に……少女は表情を綻ばせて。

 

「あと、アイルーのネコ師匠にも送りましたね!」

 

 などという、色香の欠片も無い落ちで締め括られるのであった。

 人々がやっぱりな、という感想を抱くと同時。

 レクサーラにおけるノレッジ・フォールという少女についての認識を改める事態には、どうにもなりそうになかった。




 御拝読を下さった貴方の狩猟に、酒+チーズで最大なる御加護を。

 さて。
 ノレッジの場面へと立ち戻りまして。レクサーラでの新キャラを加えて、ここから1章の主題へと迫ります。
 ……漢数字とローマ数字表記、横書きだとどっちが読み易いのでしょう。その辺りはちょっと試行錯誤中です。
 さてさて。
 サボテンを背負った甲殻種はハンター大全より。ここにおいては元より予定の出演だったですが、4Gでの祝・復活を含めての御出演になったかも知れないですね。
 ……私のこういった気性は、実は、鳥竜種のアンノウンを出しているのにも関わらず、タグに「オリジナルモンスター」を付けていない理由であったりするのですが。
 さてさてさて。
 新キャラについては色々とアクセントを悩んでいたのですが、こういった形で纏まりました。構成的には特に、苦労人っぽいのに悪態つきのクライフの視点が重要になりますかと思われます。
 ……いえ、結構露骨なのですけれどね。ついでにハンターランクに関しても結構な悩み所だったのですが、限界突破はしない事にしました。きりが無いと思われますので。
 因みに。
 今話におきまして、節操無くもフラグをばら撒かせて頂いておりますので。それはもう、やたらめったら。
 では、では。


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第二十二話 砂礫の廟堂

 

「先に竜車のとこ行ってんぞ、親父」

「ウム」

 

 未だ日の昇らないレクサーラ。塗り込めた藍色に蠢く大運河の横で、互いに金髪の親子……クライフとバルバロが言葉を交わす。

 出立の用意は整っている。青年・クライフはその言葉の通りアプケロス竜車の詰め所へ脚を向け遠ざかろうと脚を向け……が、その前に。

 

「……ム? いや。待つのである、クライフ」

「んだよ……?」

 

 その背をバルバロの待てという声が呼び止めた。振り向いたクライフが元の位置へと戻ればバルバロの視線の先、集会酒場の一等展望席に繋がる「秘密の裏口」から、妙齢の女性が歩き出て来ていた。

 尖った耳。竜人族の妙齢の女性だ。脚の可動性を確保した竜人族伝統の長着物をゆるりと着こなし ―― 奇妙に落ち着いた挙動が視る者に疑心を抱かせる。そんな女性。

 クライフは(或いは勿論の事)、幼少の頃より知り合いのこの女性が苦手であった。腕を組んでどっしりと構えて待つ父とは裏腹に、げっというにが虫を噛み潰した様な表情が顔に漏れる。竜人の女性は目敏くも、表情を見逃してはくれず。

 

「―― フフ、随分と嫌われたものね?」

「クライフに悪気は無い。そもそも貴女(ラー)がそういった雰囲気を放っているのだから仕方があるまい。自身の悪趣味が高じた、自業自得なのである」

「私には辛辣ねえ、バルバロは。まあ親愛の証だと勝手に受け取っておくけれど。……お久しぶりね、クライフ坊ちゃん」

「……ああ、久しぶりだなラー姉」

 

 やはり、苦手だ。微笑かけてくるラーへの対応にたじろぎながら、クライフも何とか作った表情でもって返す。そんな様子をラーはさして気にした様子も無く笑い流し、バルバロの方向へと向き直った。巻き上げた髪に刺さった銀細工の(かんざし)が明星を反射してきらきらと明滅している。

 

「それよりバルバロ。第五管轄地に向かうと聞いたわ」

「如何にもその通りである。ギルドより盾蟹の特殊個体の二次調査を依頼されておってな。あの奥まった『白亜の宮』に向かうのは少々気が滅入るが、我が輩が向かわずばギルドも回らぬぞ……と村長より脅されたのである。有望な若人に挑戦させれば良いものを」

「フフ。他のハンターの皆は、今も引っ切り無しの依頼に尻を叩かれて駆けずり回っているもの。六つ星の貴方が居るからこそ第五管轄地の依頼も回す事が出来るのよ」

 

 バルバロは綻ばせる程度、ラーは蟲惑的な、それぞれ笑顔での応酬。共にレクサーラの創設依頼の古参の仲間でもあるバルバロとラーは、その間でしか判らないものもあるのだろう。と、クライフは頭の中で適当に理由をつけておいて……青年としては、それよりも気になっている事があった。

 

「―― んで、なんでアンタがこの明朝に集会酒場なんかに居んだ? ドンドルマの本部に出向してたんじゃねえのかよ」

 

 言葉にある通り。クライフの知る限り、ここ数年のラーはドンドルマで観測所の切り盛りに忠心していたのである。彼女の意見は上役達に一定以上の影響力があるため、その間は書簡による連絡でもってレクサーラと繋がりを持っていた筈。

 問われたラーはくるりと反転。クライフを見て口元を抑えながらまた、笑って。

 

「勿論行くわ、これからまたとんぼ返りでね。でも、その前に貴方達が第五管轄地へ向かうと聞いてしまったの。いてもたっても居られなくて、こうして着の身着のままレクサーラに戻ったのよ。ああ、何て健気なこの私!」

 

 両掌をうす寒い藍色の空に向けて、ふるふると首を振るう。芝居がかった動作なのだが、この女性がやるとどうにも絵になる。胡散臭さの上塗りだ。

 そんなクライフとは対照的に。何かを思案していたバルバロは、ラーのそうした挙動を気にした様子も無くふむと唸る。

 

「観測所を取り仕切るお前が居るということは、そういう事であるか」

「ええ。動き出しているわ」

「心得た。十分に気を配るのである」

 

 しかしやはり通じ合っていたらしい。自分の勘も偶には当てになるものだ……しかしその前に説明をして欲しいとクライフは思ったが口には出さず、成り行きに任せる事にする。この竜人族の女性は毒の(たぐい)。薬として利用するのならば兎も角、誰しも不用意に手を出してショックを起こす必要はないのである。

 息を吐き出しながら、ラーは腰に下げていた巻物の束をバルバロへと差し出した。

 

「はいこれ。第五管轄地周辺の大型モンスター縄張り一覧、その最新版よ」

「良いのであるか? こんな飯の種を貰っても」

「お堅いことを言、わ、な、い、の。生きて帰ってきて、返却してくれればそれで良いわ。だって私、書類の整理は苦手だし。大切な書類が他の書類に埋もれて長い間失くしてしまう事だって、ままある事だもの」

「ふむ……ならば有り難く頂戴するが」

 

 巻物をバルバロが受け取り、そのまま懐へと仕舞い込む。視線を再び上げてラーへとあわせ、バルバロは手を振るう。

 

「ラーよ、態々の忠告に感謝するのである」

「別に良いわ。……それとクライフ、貴方にもこれを」

 

 今度は此方へと差し出された掌に、クライフが怪訝な顔を浮べる。そこには5cm程の金属質の板……にしか見えない物体が乗せられていた。

 おずおずと、手を、

 

「……っ!?」

「はい受け取ったー。もう返却は利きませーん」

 

 差し出した手はラーによってがっしと捉えられ、無理やりに握り込まされた。子供か、と喉元まで出掛かった悪態をすんでの所で押し留めた。

 それより。クライフが恐る恐る握られた指を解き、自分の手の中に移動したその物体を観察すれば ―― 表面が鏡状になるまで磨かれた金属片。中央にひび割れた様な線が一本走っている。

 いきなり爆発しない事には安堵しつつ、クライフは思わず尋ねる。

 

「これは?」

「それは狩猟成就の『お守り』よ。火の国の火山から取れる鉱石の中に、偶に今の技術では加工出来ない欠片が混じっているの。それを研磨したものが『お守り』ね。あのココット村の英雄も身につけていたらしいわよ? それが狩猟成就のお守りって言う、起源になっているのかも知れないけれど……ただし、王国では一般人へのお土産みたいな感じに扱われているみたいね。ああ、嘆かわしきは愚の集まり!」

 

 ラーはそのままどこか信頼出来ない詐欺師の笑みで、お守りに関する情報をぺらぺらと話し続けている。

 「ココット村の英雄」とは、ハンターの開祖とも呼ばれる人物である。この大陸の北西、シュレイド地方の南にココットという村がある。そのココット村の周辺に現れ周辺一体を恐怖に陥れたという一角竜「モノブロス」をたった1人で討伐せしめたという竜人族が「ココット村の英雄」だ。彼に纏わる逸話は幾つもあるがもっとも有名なのがこれであり、ハンターという職業を一般的にしたのはこのモノブロスの狩猟による功績が大きいのだという。

 そんな人物が「王都でお土産扱いされているガラクタ」を身に着けていたと謂われても、眉唾以外の何物でもない。少なくともクライフにはガラクタに見えている。

 クライフは訝しげな顔をしたものの、見ればバルバロも無言で頷いている。受け取れという事か。加えて、最後の後押しとなったのはラーから放たれる期待の眼差しである。純粋にも思えなくは無い威圧感に負け、青年は渋々とそれを鎧の内の袋へと放った。

 

「……まあ、気持ちだけは貰っとく」

「あら良い子。人の好意を素直に受け入れられる子って、お姉さん好きよ」

「……後で向こうの河に投げ捨てるか!?」

「やめてよ? 手に入れるのにも結構苦労したんだから。……もう、そこまで邪険にしなくても良いじゃないの」

「フム。クライフにはとことん嫌われている様であるな、ラー」

 

 腕を組んで笑うバルバロとその正面で頬を膨らませるラー。ハンター達がこぞって起き立つ時間よりは僅かに早く、周囲に人の居ない運河に笑い声が響き渡る。

 数時間後。結局はお守りとやらを投げ捨てぬまま、クライフ達は第五管轄地を目指して出立した。

 

 

■□■□■□■

 

 

 一行改めの一団は、大陸の南へと向かった。

 目的地となる第五管轄地は「渇きの海」ことセクメーア砂漠の中央部よりやや西へ下った、レクサーラの村から最も離れた位置に存在する猟場である。大陸を縦断する大地の裂け目「大地溝帯」の手前に位置し、ギルドの手から離れた地域であるためか、管轄地とは名ばかりの放任を決め込まれた場所となっており。観測の気球も飛ばされては居るものの頻度が少なく、また、管轄地としての役目を成さんとばかりに聳える巨大な岩場もあってか観測の精度も低い。向かわされるハンターにしてみれば得の少ない、正しく最果ての地であった。

 この第五管轄地へ向かう依頼に同行したハンターはバルバロ、クライフ、ヤンフィ、ノレッジの4名。後を追って、予備隊のハンターが8名向かう手筈となっている。今回は直接現地の調査を行う予定である為、ハンターの他、ノレッジと同じ三等書士官の書士隊員が2名。学術院より出頭した学者が2名と、狩猟支援の為の原住民が8名(内アイルーが4名)。総勢16名という大所帯となっていた。

 更に、これに加えて当初は隊長格として二等書士官が同行する筈であった。しかし……王都に在住する二等書士官はメルチッタという湖畔の港村から出港。大陸の西側に面する西竜洋(せいりゅうよう)を南下し、砂漠地帯を海から回りこんで第五管轄地で合流する……その予定だったのだが、航海の中途で件の大雨に出くわし、メルチッタへと引き返さざるを得なかったという結末を迎えた。合流は可能だが船の損傷が酷く、温暖期の内の再出発は難しい。レクサーラのギルドはそんな急遽の事態を受けて、ノレッジ・フォールを臨時の二等書士官へと格上げする事で書類上の都合を付けていた。

 しかし。

 

「……あの、ノレッジさん。地形のマッピングは、まだ……?」

「? いえ、ここでマッピングしてもどうにもならないですよ? 第五管轄地が近いとはいえ、その周辺程度の地図は在りますし」

「ノレッジさん、向こうに着いてからの分担はどうしますか?」

「あー、それは向こうについて一回りしてから考えましょうよ……。だって、現地の情報が殆ど無いんです。まずは管轄地の情報収集から始めないといけませんので、ここで組み立ててしまうと致命傷になりかねませんし」

 

 本来の少女はあくまで自分本位な指示される側、三等書士官である。机仕事を主としているドンドルマの「引き篭もり派」、所謂「ギュスターヴ・ロン流」の書士隊員を2名ほど引き連れたとて、少女の足枷にもなりかねない。

 自分とのやり取りにやや怯えや困惑の見える男性と女性を見やり……しかし、それでも、ノレッジは苦笑に近い形で微笑んだ。

 

「とはいえ、うーん。糞便収集係の時のわたしもそんな感じでしたからね……。何か判らない事があれば今の内に聞いておいて下さるとありがたいのですが、何かありませんか? 多少はお教えできるかと思います」

「あ、それじゃあ、ノレッジ臨時二等書士官。ハンターの間で使われるサインについて、今一度確認をしておきたいのですが……」

「はい。狼煙ですか? それとも徒手ですか? 光信号……は、気球に乗ったことのある書士隊員の方なら判っているかと思いますが」

「徒手のものをお願いします。お手数をお掛けして申し訳ありません」

「判りました。それでは……と。あー、ですけど、お願いしますからわたしの事を臨時二等書士官とかいう名称で呼ぶのは勘弁してください。たかが16歳の小娘はノレッジ呼びで十分かと思いますよ」

「あはは。それも現場ならではですか?」

「勿論。わたしが上とかは、書類上だけですからね。それに呼称は短い方が何かと便利なんですよ!」

 

 そこは人を篭絡する(無意識の)手管には事欠かない少女の事である。どうやら、何とか、上手くやっている様子である。

 大地を焼く白陽の下。レザー装備一式を纏った自分よりも年上の男女2名に指示を出し続けるノレッジに一先ずの安堵を得たバルバロは、ラーから受け取った地図を改めて広げた。その地図には、特殊個体の出現報告を受けて空からの再調査がなされた結果が描かれているのだが……ぐねぐねとした線が所狭しとうねり合った前衛芸術と見紛う「何がしか」が地図の上でのたくっていて。この第五管轄地周辺の生態が混沌としているらしいという事だけは一目で視認出来るものの……と、諦めと共に地図を荷へと放り込む。

 他に動きのある物については書類でも渡されている。そちらは文章で纏められている為に判り易い、と入れ替わりに広げる。内容の中でも特に注意すべきは、第五管轄地の周辺でアプケロスの大移動が見られたという事態であろう。これはいよいよ、脅威と成る大型のモンスターが縄張りとして魅力的な第五管轄地に居を構えている可能性が大きい。アプケロスは砂漠に住まう生物の中でも比較的体格の大きなモンスターであるため、餌とするモンスターも数多い。肉食もしくは雑食の大型モンスターとなると件の盾蟹が槍玉に挙がるが、そもそも草食であっても強大な相手から逃走もしくは闘争するのは生物の本能でもある。故にその種をこの段階において判別するのは困難であると言えた。

 温暖期と繁殖期で活動的に成る、砂漠に住まう危険度の高いモンスター。バルバロは偶発的には遭遇したくは無い彼ら彼女らを想起し……いずれにせよそれら脅威を掻い潜って、第五管轄地とその周辺の調査を成功させねばならない。大型モンスターに対しては自分達ハンターが楯となる予定だが、何せ奥まった土地だ。ある程度の道具の備蓄はあるとはいえ、頼みの綱のハンターが全滅していてはその帰路が怪しいものとなってしまう。

 暫し悩んだ後でやはりと頷き、バルバロは後で荷を引く現地協力者のアイルーに指示を出した。

 

「アイルー諸君。向こうの丘陵を越えた先は、ドスガレオスの回遊地になっているらしいのである。この先は登りが続く。少しばかり様子を窺って来て欲しい」

「アイアイ、斥侯ですニャ? でしたら先に見てきますニャ」

「ウム。気をつけて」

 

 びしっと敬礼を行ったアイルーが四足で駆け出して砂丘の向こうへと姿を消すと、バルバロは息をついた。良い機会か、と隣でだれながら歩く息子へと視線を振る。件のクライフは何事かという態度で此方を見上げる。

 

「……ウム。クライフ、お前にとって良い勉強である。管轄地についてからは行動指針をお前に任せようと思うのであるが」

「はぁ? 俺が? なんでまた、んなことを」

 

 クライフが突然の提案に思わず顔を歪めると、横を歩いていたヤンフィが声をあげ、好奇心を前面に出した笑みで顔を近づける。近付いた分、クライフは仰け反る。

 

「ニャハハ。ダンナがまた面白そうな事やってる、ね。クライフが指揮をするの?」

「ウム、そういう時期かと思ってな。お前はハンターランクを上げたいと言っていたではないか。それに今も我が輩の行動を熱心に見ているし、最近はヤンフィに心得を教授されているのも知っている。隊長としての経験を積んでおく事は、ギルドへの推薦理由として大きなものになるのであるが?」

「今ならダンナに、ワタシっていうフォローもあるもの。ワタシは賛成、ね。どうするクライフ? どうしてもって言うならワタシが指揮を取るの事よ」

 

 自らの目標へと突き進むノレッジに刺激された部分もあるのだろう。確かにクライフはここ二ヶ月程、研鑽として隊長の心得や地形把握、隊の統率といった知識に手を出していた。成果は上々で、狩猟の連携が取り易くなった実感がある。副次的な成果もあり、酒場に居ても積極的に他のハンター達と交流を持つようになり、ノレッジを介して職人頭とも話をする程度にはなっている。

 だがそれらはハンターランクを上げる為に積んでいた訳ではない。自身の技量向上の意味合いが強かった。ランクを上げたいなどとのたまったのは恐らく大分前、父への劣等感に苛まれていた時だけであった筈で。

 一端の男として隊長の立場に憧れが無いといえば嘘になる。が、クライフが目指したのはそもそも「ハンターではなかった」のだ。書士隊員でもない。ましてや上役でもなく。……父の跡を継ぐ様な人物(・・)に成りたい。と、それだけを目下の目標として今の青年は邁進しているのである。

 とはいえ、理由を勘違いされている事には腹立たしいものの。指揮を執ると言う行動自体は、父の背を追う青年にとっても有用な経験であるという点について間違いはあるまい。迷った末、クライフはその申し出に頷いた。

 

「わかった、やってみる」

「ウム」

「ワタシもフォローする、ね。頑張るよ、クライフ!」

 

 拳を握って大げさな反応を示すヤンフィ。うんうんと頷くバルバロ。二つの視線に耐え切れず。クライフは顔を逸らし、ぼりぼりと頭を掻いた。

 脳内で訓令を発する緊張を噛み砕きながら歩を進める。丘陵の頂上へと差し掛かった頃合で目前の土が盛り上がり、中から先ほど斥侯に向かったアイルーが飛び出した。バルバロに向き直り脚を揃えてびしりと敬礼。

 

「報告だニャ、バルバロのダンナ。南西5キロ周辺の地上に大型モンスターの姿は確認出来ませんでしたニャ」

「ウム、ご苦労である。……丁度良い」

 

 一団の先頭。延々と続いていた丘陵を登りきったバルバロは丁度良いと呟いて、後に続くクライフらを振り返った。何事かと見上げた全員が、足並みを揃えて次々と丘陵を超える。

 続いていた土色の世界から、景色が開けた。

 

「―― 見えてきたぞ。あれが第五管轄地である」

 

 砂の原にぽつり。暑さの見せた幻かと思うほど、突然、それは姿を現した。

 中央を貫く岩場が白い岩肌を輝かせ、周囲を無数の鳥たちが飛び回る。裾には緑とオアシスを見せびらかすかの様に広げ、味気のない砂と礫の風景の中で一際の異彩を放つ。

 離れたこの位置からでも、その場が生物にとって魅力的な場所である事が窺えた。まるで一塊の宝石の様な美しさだ、とキャラバンの誰かが溢す。

 始めて目にする猟場に各々が感嘆の吐息を漏らす中、バルバロが先陣を切って歩き出す。

 ドンドルマが管理する内、最たる辺境にして最奥の猟場 ―― 第五管轄地における調査が幕を開ける。

 

 

□■□■□■□

 

 

 荷物を近場に隠したバルバロ一団は二手に別れ、第五管轄地の状態把握へと乗り出した。

 狩猟支援の原住民と学術院の研究者はクライフとヤンフィが引き連れ、外周の緑地とオアシスを。バルバロとノレッジは書士隊員を引き連れて、中央に聳えた岩場周辺を捜索する手筈となった。周辺の生物が減少した事象もあり、調査に本腰を入れるのは管轄地の安全の確認をしてから行うべきであるとの合意がなされたためである。

 安全の確認には本拠となるキャンプ場所を見定める意味も含まれており、単純に危険度と人数とを勘定した人員配置がされた後、それぞれが目的の場所へと向かった。

 

 青年と女性。

 青年たるクライフは「ハイメタ装備(シリーズ)」と呼ばれる鉱石の鎧を纏っては重そうに足を動かし、背負った無骨な鉄槍『ランパート』が陽光に反射して暑苦しくも燦然と輝いている。

 女性たるヤンフィはダイミョウザザミの甲殻を素材として加工した「ギザミ装備」。その武器は『フロストエッジ』と呼ばれる超高密度の氷結晶から作り出される片手剣である。常温でも溶けないのが売りの氷結晶が更に密度を増しており、また刀身をコーティング剤によって覆われているため苛酷な環境でも液化はしない。ただし、彼女がこの武器を選んだ理由は主に「クーラードリンクの節約になるから」であるそうだが。

 10名の内の2名、ハンターたるクライフとヤンフィが先頭に立っていた。緑があるといってもあくまで砂漠の中においての事。間隔の開けた樹の間を周囲を警戒しつつ。

 

「人数が多いと気を配らないといけない、ね。何時もは4人と、居てもお手伝いのアイルー程度だから。ぞろぞろと引き連れて居ると、何だか遠足気分の事」

「ったく。ヤンフィ、その能天気さはどうにかなんねえのか? 今だって何処からモンスターが現れるか判ったもんじゃねえんだが」

「ニャッハハ!」

 

 クライフが悪態をつくと、ヤンフィは曲芸的な手遊びで回していた片手剣を腰にすとりと差し、頭の後ろで手を組んで陽気に笑った。クライフとしては荒らされた管轄地など「その他」と変わりないと思っているのだが、ヤンフィは違ったらしい。指をたて、眼鏡をくいと引き上げて。

 

「ワタシは小さい頃、バルバロに連れられてこの管轄地に来た覚えが在るの事。地図を見た限りじゃあ外観も植生もあんまり変わりは無いね。となると障害物の少ないこの状況。大型モンスターに気をつけていさえすれば良い、ね。違う?」

「……だけどな」

 

 昔であればヤンフィの楽観的な言動は欠陥を孕んでいる様に感じたであろうが、今となってはクライフも実感している。大型モンスターが此方に敵意を向ければ、害される側は確かにそれが「判る」のだ。それは「勘」としか言い様の無い諸刃の武器であり、年季の入ったハンターほどそんな「勘」を身に付けていて ―― 目の前の陽気な女性もそれを武器として扱う1人であった。

 勿論気配を殺してくるモンスターも居る。しかしこうも開けた砂漠において、気配を殺す事に意味があるのかは甚だ疑問である。地中を移動したとしても、土を掻き分ける音と振動は普通に近付くよりも判別が容易い。そのためクライフも警戒はするものの、即時行動が必要な……警戒度の高い事態は無いと踏んでいた。

 アイルー2匹にも後方と前方の警戒を頼んでいる。経験の浅いクライフとしてはやや悩んだ末に前後方との指示を出したのだが、隊長としてのヤンフィからもお墨付きを貰えたので多少は安心をしておいて。

 

「とはいえ水も植物も獲物も、巣まである至れり尽くせりの環境の事。小型のモンスターは確実に居る、ね」

「やっぱりか。……となると、中央部の方に密集してんじゃねえか?」

「多分YES、ね。ダンナとノレッジがちょっと心配。……でも、これだけの環境を何でギルドが放っておいてるのか。きちんと整備すれば十分な利益になりそうなのにねー」

「遠いからなんだろ? 親父からはそう聞いてんぞ」

 

 首を傾ぐヤンフィの言葉に反射的に呟くと、彼女はにやりと口の端を釣りあげた。嫌な予感だ、とクライフが口を開くその前に。

 

「ンニャッハハ! 何だかんだで親父さんの言う事はしっかり聞くの、ね! 流石は坊ちゃん!」

「うるせえ黙れ、ギザミフェチ! 髪型までギザミで揃えやがって!!」

「修繕の素材が手に入り易いからであって、フェチじゃないねー。それに片手剣は氷結晶だもの、ね!」

 

 今にも槍を抜くかと言う怒号を上げたクライフの数歩先まで駆けて、ヤンフィは取り外した楯を指先でくるくると回しながらからかう。

 後ろではそんな2人のやり取りを見ていた数名が不安そうな表情を浮べるが、バルバロら一団の狩猟に付き合った経験のある人員がいつもの事さと宥めすかす。

 どうやら、外周の調査は滞りなく進みそうだ ―― 。

 

 

 一方、壮年の男と少女の側は早速の遭遇戦を迎えていた。

 ノレッジがその手に弩を構え、薄く生えた草原の上をひた走る。目指すは前方に口を開けた岩の切れ間である。先日()狩猟したドスガレオスから作られた「ガレオス装備(シリーズ)」の鎧。青い鱗で覆われた胴体部分が柔らかにしなり、金属質な部分が陽光を鈍くも返す。

 一定の距離まで移動した所で洞窟の中に小型走竜が居ないのを確認して、手招き。砂竜のヒレをあしらった腕鎧をひらひらと揺らす。追いついた男女の書士隊員……ケビンとソフィーヤを岩場に潜ませて、息を切らしている彼等に向かって目線で促しながら確認。

 

「良いですかケビンさん、ソフィーヤさん。ここを動かないで下さい。危険時には音爆弾。……わたしとバルバロさんがゲネポスを掃討しますっ」

「は、はい」

 

 確認は済んだ。言って入口までを戻り、少女はすぐさま膝立ちに照準機を覗き込む。

 手に持っているのは『箒星(ブルームスター)』……とノレッジが勝手に呼称している新造の弩だ。これは砂漠で採掘を行った際「鉱石なのかどうかも判らない」と評していた素材を主な原料として作り上げられている。

 慣れ親しんだ『ボーンシューター』もあるが、何せ砂漠奥地への遠征である。念には念を入れて予備の武器を作る必要があったのだ。その作成にあたり、ノレッジはありったけの素材を工房へと持ち込んだ。その中から職人頭の鉄爺が取り上げた素材を工房の技術を駆使して試験的に作成されたのがこの『箒星』である。

 鉄爺の取り上げた素材は「星鉄」という名であった。どうやら太古の昔に空から砂漠に飛来した金属であるらしい。解析も試作も不十分な「星鉄」は、しかしそれぞれが元々パーツであったかの如く迷い無く削り出され、弩への加工には2日と掛からなかった。しかも出来上がった時には研磨された銃身が勝手に青い輝きを放っており、工房では着色もしていない……という辺りに曰くつきな不安は感じるものの。弩としての性能は職人頭の折り紙つきだ。『ボーンシューター』の癖や反動が身に染み着いてしまっているノレッジも、試し撃ちをしてみて異様にしっくり来る奇妙な心地よさを感じていた。だとすれば他の慣れていない弩を投入するよりは良いだろう ―― と判断し、試運転を兼ねて、こうして遠征にも担ぎ出したのである。

 『箒星』の名の通り青白い銃身。乾いた向かい風に向かって、名前の元でもある銃身の根元に突き出た十字の突起を地面に刺し、もう一方に取り付けられた照準機 ―― ゲネポスを、捉えた。

 

「……っ!」

 

 続け様に引き金を引く。びぃんという澄んだ音。反動に腕が持ち上がり、弾頭が大気を裂く。大剣を振り回すバルバロの後ろに居たゲネポスを弾き飛ばし、突き飛ばし、最後に腹を撃ち抜いた。

 後ろのゲネポスが居なくなった事を見ずとも察し、バルバロは大股で一歩を踏み出す。一角竜の赤黒とした鎧を反らし、ごうと風斬り音を唸らせ『バルバロイブレイド』を振り下ろす。紅蓮石を駆使した中枢が熱を発し火花を舞わせ、ゲネポスの首と腹、2頭分を纏めて袈裟懸けに斬り(・・)焼き(・・)潰した(・・・)

 巨躯に見合わぬ精緻な足運びと技量に目を見張りながらも……残るは2頭。20メートル程度の位置に居た個体へと向けて、ノレッジは装填を終えた弾丸を撃ち放つ。幾ら走竜だとてこの距離を一足には詰められない。弾丸を受けたゲネポスが動かなくなった頃には、バルバロがもう1頭を切り伏せていた。

 

「終わったであるか」

「……の、様ですね」

 

 辺りに焼けた脂の匂いが立ち込める中、バルバロが肩に大剣を担ぎながら洞穴の傍にいたノレッジの横までゆっくりと近付き、見回した。ノレッジも首を動かすが、潜む場所の無い草原の丘には走竜の陰も形も見当たらない。

 

「気配も……む。ないな」

 

 大剣を背に納刀するバルバロの様子を見て、ノレッジも安堵の息と共に『箒星』を背負う。

 岩場に近付いているノレッジ達はここに来るまで既に3度、ゲネポス一団との遭遇戦を終えている。しかし不思議と、少なくとも差し迫った危険が辺りに潜んでいない事はノレッジにも感じられた。

 息遣いや足音。肌も呼吸をしている。体は熱を放ち、心臓は動く。そういった物を鋭敏に成った感覚によって捉える事が出来ているのかも知れない。……オカルトな話ですね、と言いたい所ではあったのだが、実感してしまっては無為に否定も出来ない。

 それにヒシュの事もある。かの狩人が狩猟の中で「視る」というのを、オカルト染みた技能だとは何度も感じていたのだ。自分もヒシュと同様の境地に一歩でも踏み出せたのだとすれば、と、どこか誇らしくも嬉しい感覚も少なからず抱いている。

 隣で大剣を振るうバルバロの「気配繰り」は、ともすればヒシュよりも鋭敏なものであった。大剣を掲げ大胆な位置取りをしながらも、まるで全体を見渡しているかの様な動きを何度も見せるのである。ノレッジと打ち合わせをした上での行動も多いが、先ほど「2匹纏めて切り伏せた」際の様に、阿吽の呼吸で動き出す顕著な物もある。恐らくはこの人物も、ノレッジが目指すべき先に居るのだ。

 そんな風に、ランク6という実力についても考えを伸ばしつつ。割れた顎を撫でながら瞑目するバルバロの隣にノレッジが寄ると、口を開く。

 

「思っていたよりもゲネポスの数が多いのである。それもあの岩に近付くほどに、走竜の一隊に含まれる数が増加しておる。……中央部に巣を作り、そこから逃げ出しているか?」

「あー、そう言えばガノトトスの時もそんな事がありましたよ。……でも中央部に大型モンスターが潜んでいるとすると、そのモンスターとドスゲネポスとが縄張りを共有しているというちょっと考え難い事態になってしまいますが」

 

 砂漠における管轄地の条件には水脈の有無が含まれる。地下地上の差異はどうであれ水脈の有る所には植物が生り、連鎖的に生物が集まってくる為だ。その点についてはこの第五管轄地も例外ではなく、地上には小さな湖が点在し、地下水脈が流れている事が数年前までの調査で確認されている。

 それは無いと判っていながら(・・・・・・・)状況だけを鑑み、ノレッジは二ヶ月程前に魚竜を狩猟した際の出来事を引き合いに出してみたのだが、案の定バルバロは顎を撫で始めた。先ほどから続けられているこれは、彼が考え事をした際の挙動である。

 

「地底湖があれば魚竜が移動してきたとも考えられるであろうな。しかし、この一帯には植生や小さな湖を成す程度の水脈はあれど、地底湖や河川の類は存在しないのである。地形が変わるにしても観測が放棄されていたのはたかが2、3年であって、それでは早過ぎる。観測上も河川は出来ておらぬしな。と成るとガノトトスではなく……いや、決め付けは良くないか。やはり実際にこの眼で見てからである」

 

 バルバロは首を振ると、岩間から此方を窺っていたケビンとソフィーヤを呼び寄せた。恐る恐る周囲を確認しながら合流した2人に、バルバロは豪快な笑顔を向ける。

 

「安心するのである。ゲネポスは去ったぞ」

「襲い掛かられるような位置に居た個体は掃討しました。お疲れの所を申し訳ありませんけど、日が暮れてもあれです。先を急ぎましょう」

 

 未だ血の飛び交う狩猟の現場に言葉が出ず、ケビンとソフィーヤがこくこくと頷く。少しでも不安を和らげようとノレッジは笑いかけ、バルバロはケビンの肩を軽く叩いた。

 多少は緊張も解れた頃。促しに応じ、4人は更に岩場へと近付くべく、再びその場を離れて行った。

 

 その後、ゲネポスとの遭遇は1度。薄生えの草原を歩ききり岩場の麓近くに着く頃には、ぴたりと襲撃は止んでいた。替わりに増えた巨大な羽虫・ランゴスタをバルバロが大剣で振るい落とし、ノレッジは取り出した松明で持って焼き潰しながら岩間の路を進んで行く。

 ランゴスタは麻痺毒を分泌する尻を避けて羽を潰せば動けなくなるため、数は多くなるもののゲネポスよりはマシだろう。とノレッジは感じていたのだが、他の三等書記官達は巨大な虫の潰れる光景がどうにも合わなかった(・・・・・・)らしい。ノレッジもやや配慮し、今度は必要最低限のランゴスタだけを駆逐しながら、更に先へと入る。

 岩肌を登り、降り。

 

「っと……到着ですね」

「で、あるな」

 

 40分ほどで岩間が開け、白地の岩峰が迫り出した。第五管轄地の中央部へと辿り着いたらしい。顔を見合わせた後、ケビンとソフィーヤを待機させて、バルバロとノレッジが先行して降りる。

 

「……そういえば、砂地ですね?」

 

 着いて同時、ノレッジは足元の感触に首を傾げた。白地の岩峰を挟んだ向こう側には、予想を違えて砂漠が広がっていたのである。岩間は急に途切れた形だった。

 

「これは元より変わりない。岩峰たる白亜の宮は、あくまで管轄地の砂地と岩間とを別つ目印として使われる物である」

「成る程……」

 

 確かに岩峰は草原、岩間、砂地の3つの地域の丁度中央辺りに聳えている。ハンターにしてみれば方角や位置の確認に使う目印としてうってつけであろう。

 バルバロの解説に、ノレッジがほうと関心を向け……

 

 ―― 。

 

「……ん」

「やはり、居るのであるな」

 

 びりと肌を刺す威圧感に向けて、ノレッジとバルバロは同時に正対する。足音を聞きつけられたらしい。何にせよ侵入者は此方の側である。

 発せられた威圧感。視界には地平線までの砂原。

 何処からとは問うまでもない。2人の視線は自然とその下 ―― 砂地へと傾いた。

 

「ノレッジ。ヤンフィとクライフに集合のサインを送っておくのである」

「了解です。ケビンさん達に狼煙で連絡をして貰います。……サボテンと言われれば、確かに。これが元凶なんですかね?」

「判らん。……何れにせよまずは迎え撃たねば、我が輩達が危ないのである」

 

 後ろを向いたノレッジが待機場所である岩間の境目に向けてサインを送る。指示の通りに煙が立ち上ったのを確認して、向き直る。

 バルバロが大剣の柄に手をかけ、地面を睨む。ノレッジは弾丸を装填してある『箒星』を解き、腰に着けた。

 地面が小刻みに振るえる。

 近付き。足元で静止する。

 右前方30度(・・・・・・)下だ(・・)

 察知するや否や、ノレッジは横に飛び退き ――

 

「ッ、オ゛オォォーッ!!」

 

 同時。その音が大地を割いた双角の口元から発したものであったのか、足元に向けて振るわれた大剣のものであったのか。

 ずんという腹の底に響く轟音をあげ、火花と砂礫とを盛大に散らし、両雄は激突する。

 遠景から見据えたノレッジはいつかの仮面の狩人を思い出しながら、学術分類を頭の中で唱え始めた。

 

「竜盤目、獣脚亜目、重殻竜下目、角竜上科、ブロス科。……っ!」

 

 砂漠での修行の経験は確かに生きている。今のノレッジは、気圧されはすれど怯みはしなかった。現れたのは間違いなく強大な相手だが、レクサーラを巻き込んだ一連の元凶であるならば ―― ハンターが狩るべき相手でもある。

 持ち上げた銃口の先で押し合うのは、大剣を半ばまで振り下ろしたバルバロ。そして、突き出された雄雄しき双角。

 

 

 

 砂漠の暴君。ディアブロス。

 

 




 第五管轄地ちゃん高貴ぼっち可愛い!(無機物
 尚、この地はオリジナルのフィールドになりますです。マップとか書いて挿絵機能であげられれば、想像し易いのでしょうか……とちょっと悩んでおります次第。各地の移動の描写もクドイですし……うーん。いえ、本文には上げませんけれどね。補足説明として、あとがきとか活動報告なんかに。とりあえずペンタブですか(ぉぃ
 あと、SOA……ではなく。ノレッジは意外と信じてくれます。ピンク髪ではありますけれども。
 狩猟支援の原住民。最初はシェルパと表記していたのですが、仕組みは兎も角詳しくは違うかな……と感じ、表記を差し替えております。いえ。意味合い的にはシェルパと書いた方が伝わるかと思うのですけれどね。後々を鑑みて、こういった表記が活かせるかなぁと。悪しからず。
 あと、星鉄について。「ドス」やフロンティアをやる方であれば判るかも知れません。きちんと原作にであうアイテムです。使い方はオリジナルですが(苦笑

 さて、あと6日ですね。ではでは。


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第二十三話 共振共闘

 正面に押し合う双角と大剣。

 牙を絡め鍔迫り合い、バルバロは獲物と見定めた双角竜に向かい『バルバロイブレイド』を奔らせる。炎熱それ自体は厚い外皮を持つ双角竜にとって有効打とはならないものの、バルバロの巨男たる膂力と大剣の質量でもって圧して行く。

 

「―― オオオオッ!!」

「ブロロォ、ロロッ!!」

 

 次撃。溜めて振り上げられた大剣を角竜は首下の襟巻きで受け流し、同時に恐るべき早さで双角を掬い上げ ―― バルバロが身を捻って躱す。巨男と巨竜とが、交錯。遠目から射撃を行っているノレッジにも余波が伝わって来る程の衝撃が空気を震わす。

 要は次の攻防にある。体勢を崩しているバルバロへ、ディアブロスが角を左から突き上げ、振るう。

 少女は上げて戻す機を読み、その一点 ―― 先を見て狙いを付けた。

 

(バルバロさんが、惹き付けてくれているなら……これを!)

 

 重弩『箒星(ブルームスター)』を腰に着けたまま中腰に抱える。貫通弾を込めてある外付けの追加弾倉を接合し、確認をする暇が無い事を惜しみ、詰まらない様にと願いを込め……扱いたての筈のこの重弩は、しかし、すんなりと狙いを定めてくれる。

 当てられると言う確信を持ち、ノレッジは引き金にかけた指に力を込めた。撃ち放つ。6発。装填の必要は未だ無い。射角を微調整し、7発、8発、9発、10発。

 双角竜が衝撃に首を傾け、右側面に居た少女の側を向く。―― 向いた時、既に少女はその場を離れている。外付けの部品を無造作に砂へと投げ出し、バルバロの反対へと駆け出していた。

 双角竜はノレッジが離れたのを受けて、再び正面に、視線を、

 

「―― ムオオッ!!」

 

 今度はバルバロが力を練って振り上げた大剣が、双角竜の視界を埋めた。

 重さを生かした一撃が脳天から振り下ろされ、向けようとした双角竜の頭は、直後に地面へと叩き付けられた。間を置かず、左から炎を纏った大剣が再び襲う。双角竜の牙の生えた顔が今度はかち上げられ、よろけた。たたらを踏んでいるその隙に、退いた二人が合流する。一角竜の鎧の内から大きな声が響く。

 

「ノレッジ、先ほどの外付け弾倉は新しい装備であるか」

「はい。動きながらだと高確率で弾詰まりを起こすので、自分の身体を固定して緩衝に使う必要がありますし、弩の構造上相性が悪い弾丸は無理なのですが、20発まで装填を行わず連射が出来ます!」

「ウム。ならばその隙を作り出す役目、このバルバロに任せるのである。我が妻の打ち鍛えた大剣でもって、角竜を砂原に引き摺り回してくれよう」

「あはは、流石はバルバロさんです。……頼りにしています!」

 

 言って笑いあった顔を、2者共に引き締める。

 双角竜の厚く垂れた瞼に隠された眼が狩人らを睨む。のしりと踏み出された脚 ―― 巨体が一つ飛びに加速する。

 僅か3歩で、左の角はバルバロを射程に捉えた。だがそれも狩人達の思惑の内。突進を嗾けた双角竜に、バルバロは蛮勇で持って踏み出した。

 しかし、双角は空を切る。バルバロを蹴り飛ばすかと思われた左足は(つか)えなく動き、左翼だけが大剣にぶたれ、仰け反った。避け際に一撃を加えたバルバロは、大剣を思い切り後ろに振り上げて衝撃をいなす。

 

「ブロ、ブロロロォ!」

 

 翼を一撃されたとてその勢いに曇りは無い。双角竜は二脚と翼で器用にバランスを保って砂原を滑り、身体を傾け、すぐさま反転。再びバルバロに狙いを定めた。

 バルバロは背後に大きく大剣を放り体勢を崩している。防御は不可能だ。その反撃を赦す訳には行かない……と、射手(ガンナー)たるノレッジの眼球が攻勢の機をしかと見据えていた。

 撃ち出される拡散弾。追加の弾倉からしゃがみ撃ちされた小型の爆弾が雨霰と足元を焼き爆ぜ、反転を試みていた双角竜の両脚をもたつかせ、遂には転ばせるに至る。

 ノレッジが砂漠を訪れてから積んでいた経験は、何も身体技術や勘といったものだけではない。知識として得た弾種やその特性、新しく開発された弩の機構についても実際に運用を行っていた。

 例えば弾丸の基本とされる通常弾であっても、弾の素材が違えば跳弾の度合いが違ってくる。視点を変えて見れば拡散弾はこうして足元を崩すのに使える他、腹の下に潜り込んだ攻撃を加えられるという意味合いもあったのだ。

 工房で試作される弾丸は今現在も着々とその数を増やしている。新しい物の例を挙げれば斬裂弾……砥石を弾頭とする事で皮膚を抉り削る様な、変り種の弾種までもあるという(それらが果たして運用されるのかは、さておき)。

 この様に、レクサーラはギルドとしての歴史は比較的浅いが研究熱心で、しかも初心を脱した中堅の……比較的若いハンター達がこぞって集まる土地柄にある。情報の量も中々に膨大であり、ジャンボ村に引き続き、ノレッジは暇さえあれば享受をと村中を走り回ったもの。

 

(……その分の成果は、こうして狩場に表れていると思うのですよね。……でも、)

 

 ふぅと息を吐き、ノレッジは脚を動かして位置取りを変えに走る。窮地を脱したバルバロはノレッジに一瞥の礼をくれた後に体勢を立て直し、双角竜に近寄って背甲、腹、胴と斬り付けた。身の丈程もある大剣をまるで棒切れの如く振り回し、流れの最期に持ち上がったばかりの頭を打ち据える。

 大剣を振るうバルバロの型は、ギルドで教え込まれる主流からは外れているが、濁り無く澄んだ体術であった。それ所か真に重撃とでも呼ぶべき「何か」を纏っている。恐らくは自らの体格に合わせた剣術として比重を裂いているに違いない。

 

「ブロッ……ルルルゥゥ……!」

 

 再び首を擡げた時、双角竜は口から黒い吐息を漏らしていた。怒気を隠そうともせず、目の前に立つ二方の敵を睨み据える。

 

「とぉ。怒りましたね」

「……ウム」

 

 双角竜が怒気を顕にしたその瞬間、重圧が周囲を包んだ。ノレッジは威圧されながらもそこへ、観察の眼を剥いてゆく。

 この威圧感の中に在って畏怖と嬉色とを交えた少女を、バルバロは見つめ。

 

「……怒り時の角竜の膂力には注意が必要だ。挙動は余裕を持って見切るべきである。クライフとヤンフィも居るのだ。キャンプも未だ設営を済ませていない。ここは回避に専念し、暫く観察を済ませたら一度撤退するのである」

「はい、了解しました!」

 

 提案に素直に頷き、ノレッジは弩を背負った。言葉の通り回避と観察に専念するつもりなのだろう。その僅かな挙動も見逃すまいと、視線はしっかりと熱砂の上の双角竜に固定されている。

 砂原を逃げ回り、脅威の脚力と無尽蔵のスタミナを実感した後。ノレッジとバルバロはペイントボールを放り、管轄地がハンターの猟場になり得るその所以……双角竜が通れない狭さの隘路を伝い、遭遇戦から撤退した。

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 双角竜から逃げ切ったバルバロらと別隊であるクライフらが合流したのは、白亜の宮の根元……ただし砂漠の側ではなく丘陵地帯を超えた部分に開けた小広間の側であった。

 第五管轄地の調査団16名は人員を誰一人欠かず、一日目の調査を終えていた。

 土色の水平線に日が沈み、セクメーア砂漠に夜が来る。冷え込み藍に染まってゆく空の下、わらわらと集まった現地協力者達が設営されたテントの前に集まり、夕食を作り始めている。

 その中央、篝火の横にて。それぞれが持ち寄った第五管轄地の情報を纏めるべく、四者のハンターは顔を突き合わせて地図を睨む。

 

「あっちの影にある洞窟には予測の通り走竜ども……ゲネポスとその親玉が潜んでいやがった」

 

 クライフは現在地から1キロほど北西の位置を指した。次いでヤンフィが覚えている限りの情報を吐き出す。それら、それぞれの成果を書き加えたものを、ノレッジが書士として纏めてゆく、

 しかし、これらは只で手に入れた情報ではない。ノレッジとバルバロが双角竜と対峙しているその間、クライフ達はドスゲネポスら走竜の急襲を受けていたらしい。協力者一団を逃がしながらの闘争となったが、そこは経験のあるクライフとヤンフィの事。現地協力者達には狩猟道具を上手く使わせる事で撃退 ―― どころか反撃をもって、親玉を仕留めていた。

 おかげで双角竜と対峙したバルバロ達との合流は遅れてしまったものの。双方が逃げた先でかち合わせ、モンスターによる挟撃を受ける……などという想像しうる限り最悪の形よりは遥かに好ましい結果であった。

 付き合いからその手腕と運びの速さを知るノレッジは、納得しつつ、唸る。

 

「ふぅむ。だとするとこの第五管轄地には、ディアブロスとドスゲネポスとが共存していた訳ですね?」

「そうねー。っても角竜は砂原だし、走竜は岩場に住めるの事よ? 角竜は植物食で、走竜は肉食。食事も生息域も被っていないんだし十分にありえる話だと思うけど、ね」

「そう、なんですよね……」

 

 理由としては納得できる。しかしどこか腑に落ちない。そんな表情を隠せずにいる少女を見やりつつ、バルバロは場を動かないまま。

 

「……とはいえ長い間放置されていた場所である。管轄地の内々で縄張り争いが繰り広げられていたという例も、少ないながら無い訳ではない。他の生物の台頭も、警戒しておくに越したことはないであるな」

「っけ。ツイてなけりゃあ親父の権限で大連続狩猟の現地発布か……勘弁してくれよ、ったく」

「ふっふー。クライフ坊ちゃんの指揮下で大連続狩猟ってのも面白そうではあるけど、ね。今回の目的はあくまで調査だから、逃げるときは逃げるの事よ。ねえダンナ?」

「ウム。これは狩らねばならぬという依頼ではない。後追いのハンター達に任せる事も時には重要である……が、狩る事の敵う相手は、ここで狩っておくべきであるな」

 

 バルバロから発せられた一言は、この場に居合わせたハンター4名の総意でもある。

 この管轄地に潜む走竜の親玉が1頭とも限らない。双角竜は確かに脅威だが、砂漠においては度々出くわす種族である。砂漠に程近いレクサーラに所属するハンターの多くは遭遇した経験があり……バルバロを始めクライフもヤンフィも、集団における双角竜の討伐経験を持っている。またこの第五管轄地に出現した双角竜の固体は体格や傷跡から、成熟したばかりのものと予測される。そのため、狩ると決めてかかれば討伐できない相手では無いだろう。

 だとすれば、余裕の在る合間を縫って弱らせるだけでも。これは調査とは別に、ハンターとして課せられた役目といえる。

 するとここで、頬杖を着いて流れに任せていたクライフが。

 

「―― ん、だとすりゃ親父とノレッジは明日もディアブロスの牽制だな。オレらが調査を終えて合流出来りゃあ万々歳だろ……」

 

 思わず脳内から漏れ出したという様に、ぼそりと呟いていた。

 クライフは直後にしまった、と口を紡ぐも時既に遅し。ヤンフィがにんまりと笑みを湛え、

 

「坊ちゃん、ああ坊ちゃん! 無気力だったあの頃とはうって変わって、意見を差し込む程に逞しくなられて! ワタシは嬉しいの事よッ!!」

「引っ付くんじゃねえ! 離れろ!」

「流石、クライフさんとヤンフィさんは仲が良いですね!」

「がっはは! これなら調査を任せても問題ないのである!」

 

 クライフにヤンフィが擦り寄り、ノレッジと、バルバロが豪快に笑う。現地協力者や調査団の人員も徐々に釣られてゆき、ついには全員が笑顔を浮べていた。

 汁物の湯気が沸き立つ中、人々の笑い声が第五管轄地に木霊する。一頻り笑い終えると、ヤンフィが音頭を取って夕食が始まった。先にからかわれたからか、無言で匙を口に運ぶクライフを横目に、ヤンフィは書物を広げながら器に直接口を付けるノレッジの隣に座った。

 

「ところでね、ノレッジ。ガレオス装備の出来はどうなのよ?」

「はい、とても良い出来だと思います」

 

 ノレッジは目線を上げ、思っていた事を率直に述べた。

 少女が現在身に付けているのは砂竜の素材を主として作られた鎧。かつてジャンボ村で拵えたランポス装備は、砂漠で多くの狩猟をこなした事によって磨耗を余儀なくされてしまった。しかしランポスの素材はここレクサーラ周辺では手に入り辛いため、鎧を新調する運びとなり、少女は数多く狩猟した砂竜の素材を選択したのである。

 鉄爺らによって仕上げられた新しい鎧は、こうして多くの狩猟をこなしていても、未だ射撃の動作を阻害した覚えが無い。鎧は滑らかな鱗や甲殻などを関節部に仕込み、また下鎧とする事で可動性を確保する作りになっている。構造としても乾燥帯における保湿の機能性と熱放出能力に優れており、砂漠の広がるセクメーア砂漠においては大変に使い易いものであった。

 ――しかしそう考えると、今ノレッジの傍らにある重弩『箒星(ブルームスター)』の異様さが際立って見える。例えば、竜車の荷車に分解したまま寝かせてある『ボーンシューター』は骨を素材とする故、生物由来の「馴染みの良さ」がある。それは時にしなやかさや温かさに例えられる言外の「馴染み」であり、鉄製の、頑丈さを売りにした弩にはない良さでもあった。

 鎧だとてそうである。鉱石には鉱石の、生物由来には生物由来の良さがある。そして、それら良し悪しを継ぎ合わせ、繋ぎ合わせるのが工匠の役目なのだ。

 だが、だとすると、『箒星』が奇妙に手に馴染むこの感覚はおかしなものだと言わざるを得ない。何せ素材となった「星鉄」とはあくまで鉱石の類である筈。いくら鉄爺が腕を振るったとはいえ……むしろ違和感を覚えるほど……馴染まれるとなると、射手の末席に身を連ねるノレッジとしては「奇妙」と言い表す他にない。

 

「あー……この鎧だって、こんなに鉱石が使われているのに動き辛さはなくって……それに、ランポス装備の時よりも暑さが楽になった気がしますね」

 

 脳内ではそんな風に悩みつつも、無難な答えに終始したノレッジに、ヤンフィはふぅんと唸る。

 

「ほうほう。……ニャッハハ、ノレッジは才能あるの事よ。でもさ、もっとお洒落な鎧じゃなくって良かったの、ね?」

「? いえそれは、別に……」

 

 才能という言葉には僅かに引っ掛かりを覚えたが、後に続いた言葉に対してノレッジは首を振る。彼女自身、お洒落を理由に鎧を選ぶつもりは全くと言って良いほど無い。実用性が第一である。その点において、ガレオス装備は満足どころか自分には過ぎた鎧であるとすら思っている。

 そんなノレッジの悪い意味での素直さを気に留めず。ヤンフィは自身の鞄を漁ると、そこから1冊の本を取り出して広げて見せた。

 

「でもほら、これなんて似合うと思うの事よ?」

「あ、可愛いですね」

 

 煌びやかな表紙。それらを捲り、開かれた頁には、真っ白な布地(の様な)素材で作られたハンター用の「鎧」が描かれていた。

 少女は生来の思考から一瞬、防御の性能は ―― と考えはしたものの。内に縁取りの型金でも入っているのだろう。ふわりと広がったスカート型の腰部位を基調として艶やかにまとめられたその防具は、ノレッジの目にも可愛さを引き立てる様に映った。

 機能性ではなく設計(デザイン)についての感想を率直に口にすると、今度はヤンフィも満足げな表情を浮べた。手に持った冊子を見せびらかす様に掲げる。

 

「これは今期のメシエ・カタログの事よ! でも残念な事に、今期が最期だって言う噂もあるのね」

「めしえ……かたろぐ?」

 

 勿論というべきか、そういった事に疎い少女にとっては全く持って聞いた覚えの無い単語であった。若しくは聞いていたとしても右から左へ、だったのかも知れないが。

 そんな風に、仮面の狩人よろしくたどたどしい発音で首を傾げてみせた少女へ向けて、ヤンフィは眼鏡を取り落としそうなほどに身を引いて見せた後、鼻息を荒くして詰め寄った。

 

「……え!? もしかして、知らないのねっ!?」

「えと、はい。鎧については鉄爺さんにお任せしてしまったもので。……拙いですかね?」

「拙いとは言わないけど……メシエ・カタログは、女性のハンターに人気を博している装備品の事よ! 嘗ての銘家・メシエ一族の同作者が図面から製作までを手がけた珠玉の防具、ね。鱗や皮の使い方が上手くて着物に近い着心地を確保してあるうえ、何よりデザインが良いのよ。ハンターズギルドの発行してる定期雑誌でも特集が組まれる程の人気なの、ね!」

 

 ここでヤンフィが通りがかりの三等書士官・ソフィーヤに視線を送ると、彼女はうんうんと熱心に頷いて同意を示した。かつてのノレッジがそうであった様に、現地調査を行う書士官は簡素な鎧を着込む。しかし、如何せんソフィーヤは中央勤務だ。遠征の機会が殆ど無いであろう彼女までもがその存在を知っているとなると、どうやら「メシエ・カタログ」とやらはかなりの知名度を誇る銘の装備品であるらしい。

 他の意見を求めて視線を巡らせば、現地協力者の女性も「名前だけは知ってるね」と語り、果ては現地協力者の雌アイルーまでもが頷き出す。皆が皆、一団の女性陣の中で唯一その存在を知らずに居たノレッジが信じられないと言った様子であった。

 正しく四面楚歌。微妙な居心地の悪さを感じ、編んだ髪の一房を弄りつつ、ノレッジはもう1度鎧の絵に視線を落とした。先はどうせ絵なので幾らでも脚色出来ると思っていたのだが、人気があるとなると話は別だ。実際にこの絵を忠実に再現した華やかな鎧が出来上がるに違いない。そしてそれは設計がしっかりと成されている証拠でもある。メシエ・カタログを描いた人物は、確かな腕を持った設計士なのだろう。

 ……しかし絵によれば、鎧の下半身に入った切れ込みから大腿にかけて、大きく肌色が覗いている。その点についてやはり、防具の性能への疑問を抱かずにはいられなかったが。

 ノレッジは首を振り、逸らしかけた思考を戻す。辺りに満ちた反応を待つ空気を読んで、そうなんですかーという気のない返事を返した。実際に興味がないのだからこれは仕方が無い。とはいえ自分の返事に味気がないのは折込済みだ。こういう場合は、それに付け加えて疑問で返すのが丸い(・・)コミュニケーションという物。

 

「あー……あと、最期って言うのは……?」

「んん? ニャハ、そうそう。作者の都合で、今期で製作設計を終わってしまうらしいの事よ。噂だけど、本当だとしたら非常に残念、ねー」

 

 ヤンフィは言葉そのものの表情で残念そうに項垂れる。本当に設計を終わるのか。そもそも何故終わるのか。それらは、実際の製作者に尋ねなければ判らない。その製作者が「メシエ家」という芸名程度しか判らず素性が不明となると、楽しみにしている消費者側としては、吉報を待つ他に手段がないのだろう。

 

「……まぁ、ショックはショックだけど愚痴を言っても始まらないの事よ」

 

 ぶつくさと言いつつも、程なくして復活。ヤンフィは手に持った雑誌の頁を捲り眺め始めた。ノレッジの隣でどれそれの鎧のシルエットが、色合いがなどと説明を加えてゆく。いつの間にか隊に同行した女性陣5名が揃って品定めを始まっていた。始めは縮こまって説明を聞いていたソフィーヤも、遂には声色を強めて黒色の布鎧を推してなどいる。

 何とも自然な女性陣の様子であった。その姦しい雰囲気を、ノレッジもちょいちょいと口を挟みつつ楽しむ事にした。

 しかし暫くして、傍をクライフが通りかかる。彼は雑誌を手に盛り上がる彼女等を苦々しい顔をした後、(ただし、ヤンフィに向けて)舌打ちをして見せた。

 

「……ちっ。てめぇら。狩場に来てまで、んなもん広げてんじゃねえよ」

「んーんー、NOよ、モテナイ坊ちゃん。女性たるもの、身だしなみには気を使わないと。例えそれが狩猟の場であっても、ね!」

「うざ」

「ウザいとは心外、ね。防具の着心地と見た目は猟場の士気に直結するの事よ!!」

「そんなんを理由に目立ってちゃあ、意味ねえだろうがよ」

 

 何時しか、いつもの流れで、クライフとヤンフィとの掛け合いが始まっていた。

 取り囲む人々もやいのやいのと賑やかにし始めた頃合を見て、ノレッジは握っていた匙を口に運んだ。浮かぶ塩漬けされたサシミウオの切り身で塩分を補い、温かなスープが空腹を優しく満たしてくれる。黒パンは相変わらず堅いが、汁と共に口に運べば気にもならなかった。

 辺境のその奥。最奥の猟場に居るというのに、辺りは明るい気配に満ちている。人間というのはかくも強く在る事の出来る生き物なのだ。これも自らが知ることの出来た得難き知識の一つに違いない。

 その雰囲気からか、ふとレクサーラに来て間もない頃、ネコの国……橙の村で口にしたマカ漬けされた「魚竜のキモ」を思い出していた。お世辞にも美味いとは言えない味であった。が、そんなノレッジを見て笑うアイルーやメラルー達はいずれも笑顔であった。

 あれから時を経、ノレッジは油断無く修行を積んだ。周囲の一般的なハンター達と共に狩りをし、自らの力量の程も知った。

 

(それでも。もう少し……もう少しで何かが掴めそうな気がするんですが)

 

 ノレッジは歯噛みする。自分が目標とする場所へ到達するに、何か、決定的な何かが必要なのだ……と。

 少女の居る位置より遥か仰ぐ峰に立つ狩人ら。間にくっきりと引かれた境目。自と他を隔てる境界を踏み越える為の、その一歩。

 器から立ち昇る湯気を追って、ノレッジは空を見上げた。砂漠の空は耀きに彩られている。無数に浮かぶ中からレクサーラの吉凶を示す星を探し、ふと気になってその輝きの揺らぎを視た。目が良くとも、ノレッジに星を視る為の知識はない。そのためあくまで聞き齧った程度の見立てではあるのだが……少なくともそれらの輝きは、惑ってはいない様に思えた。

 少女が胸を撫で下ろし、暫く。顔を付き合わせるクライフとヤンフィの間に割り込みながら、現地住民の長と話を纏めたバルバロが戻って来た。

 行動予定は、明日より実行に移される事となった。

 

 

 

 夜が明けて陽が昇る……僅かに、前。

 キャンプを畳み荷車に乗せると、一団は昨晩クライフの提案した区分けで調査を再開した。

 人員を裂いて植物や地質の調査を護衛するのはクライフとヤンフィ。バルバロ及びノレッジは少数のみを引き連れ、再び双角竜と対峙するべくキャンプを出立した。

 

 こうして調べる程に明確に浮かび上がって来るのだが、第五管轄地は、名実共に巨大な白岩「白亜の宮」を中心とした猟場であった。

 白亜の宮を中心として岩が並び立ち、それら地形に惹かれるが如く植生が生されているのである。生命線となる地下水脈は白亜の宮周辺を囲み脈々と流れ、次に顔を出すのは遥か離れた位置にあるオアシスだ。岩峰それ自体には飾り気が無く、純粋に真白なものだが、遠めに見ているクライフにとってはそれがまた不思議な威光を纏っている様に思えてならなかった。

 植生にしろ地質にしろ、地層が見える路肩(ろかた)での調査が望ましい。クライフとヤンフィが引き連れた調査隊の足は、自然と「白亜の宮」の西側を取り囲む岩場と緑地帯の境目へと向いていた。

 

 ―― ォォォオオッ

 

 陽が覗き始める直前から活動を開始して数時間。長鉄槍『ランパート』を背負ったクライフは、遠間から耳を震わす咆哮に振り向いた。守護対象である書士隊員の、図鑑を広げながら岩間に生えていた植物を採取する様子を視界に入れつつ ――

 

「始めやがったな、親父ども」

 

 こうも離れた岩場にまで届く双角竜の気配。咆哮により振るえた大気が、頭蓋をずしりと刺激する。

 クライフは舌打ちをした後、びくりと背筋を伸ばして怯えだした三等書士官のケビンに、遠くの砂原で戦い始めただけで予定通りだから心配ねえよ……と声をかけ、背負った鉄槍の握りに手をかけた。野生の生物は気配に敏感でもある。近間では鼓膜をも破りかねないその咆哮によって、先日のゲネポスら同様、岩間へ隠れ潜んでいた生物が此方へ逃げ出して来る事を予見したのだ。

 クライフが耳を澄まし、肌を尖らせ気配を窺う。

 

「……。……。……来ねえな」

 

 しかし暫く待ってはみたものの、動きは無かった。見晴らしの良い位置から遠見をしているヤンフィからの合図も、無い。

 どうやら双角竜に刺激された生物は、少なくとも付近の岩間には居なかったらしい。昨日狩猟せしめたゲネポスの群れの残党も夜の内に奥へと隠れ縮こまっているのだとしたら、自分の働きも徒労ではなかったか……と、僅かに安堵が込み上げ……込み上げたものを臼歯で噛み砕く。

 

「……ちっ。ツイてねえ」

 

 どこか心の隅に、双角竜と対峙せずに……安全な位置に居るこの状況に、安堵している自分が在る。その事に気付いたクライフは、自身に向けた悪態をついていた。

 レクサーラのハンター達は、ハンターという職業に在る「規律」……または不文律を遵守する事で有名である。そんな彼等の様子をギルドの犬と揶揄する者はあれど、レクサーラに住むハンター達自身にとっては誇りであった。そしてそれは、クライフも例外ではない。

 第五管轄地全域の調査を終えれば、自分もヤンフィも双角竜の討伐に合流し、後追いで応援のハンターが来るまでの間を狩猟に費やさなければならない。その時。双角竜を目前にした時にまでこの様な気持ちを残していては、命をも掬われる ―― と、クライフは(かぶり)を振りつつ自らを戒めた。

 砂漠住まい故に、クライフも実際の双角竜と対峙した経験はある。が、それとこれとは別の問題だ。また逢いたいかと問われたならば間違いなく否と答える。鎧を纏ったとて中身は変わらない。槍を持ったとて死ぬ時は死ぬ。ただそこに、臆病な自身の性根に。「町の為に」「ハンターだから」という大義名分が付属しているに過ぎないのだから。

 

「―― 坊ちゃん! どうやら始まった、ね!」

 

 クライフと同様に、先ほどの咆哮を聞きつけたのだろう。上を見れば、ヤンフィが見晴らしの高台を(くだ)って来ていた。周囲で見守っていた書士官や現地協力者がオオッと歓声を上げるほどの身のこなし。小さな足場だけを頼りに、滑落に近い速度……着地。

 

「はい! ご観覧をありがとうございましたの事よー」

 

 着地をして大きく手を広げるポーズを決め、拍手を送る周囲の人々に笑顔を振りまきながら、ヤンフィはクライフの横へと並んだ。彼女はこうした周囲との交流を惜しまない。むしろサービスすらしてのける気性なのだ。そんな彼女は青年の呆れた表情をいつもの如く受け流し、尋ねる。

 

「どうやら始まった、ね!」

「繰り返さなくても聞こえてるっつうんだよ。……お前が聞きたいのは、これからの動き方だろ?」

「そうそう。ダンナとノレッジの向かっている砂原を除けば、残る調査場所は区画が2つとその間の区間が1つね。……どうする?」

 

 上目遣いのこれは、狩猟を始めたバルバロ達の応援にどの(タイミング)で行くか、という問いかけだ。

 クライフは視線を逸らして空を見上げる。未だ日は高い。しかも相手は名高き双角竜。合流は調査を終えてからとし、本腰を入れて狩猟に望むべきであろう。

 

「……なぁおい、書士官のアンタ。この区画の植生とやらの調査は終わりそうか」

 

 ソフィーヤにじろりと視線を向けて尋ねれば、やや怯えの見られる態度でもって王立学術院の研究者と顔を見合わせ、こくりと頷いた。残り3時間もあれば終えられる旨を告げると、クライフが片目を閉じて了解の意を示す。

 

「だとよ。んじゃあ調査を終えてからで良いだろ」

「OK、それなら賛成の事よ! ……因みに理由とか言える、ね?」

「……ちっ。あの親父とノレッジの野郎だ。半日かそこらで死にゃしねえ。それより調査を終わらせて、万全の体勢で合流するほうが援護になんだろ。お前も判ってんならさっさと動け」

 

 顔を正面から窺おうと追い回すヤンフィの視線を意地でも避けつつ、クライフは矢継ぎ早に言葉を並べる。そのまま、言い捨てるように、早足で残る区画へ向けて歩き出していた。

 砂漠の行軍を含めて一週ほど。行動を共にしてきた団員たちも青年の気性を理解し始めている。後を追う一団の表情には、僅かな笑顔が見て取れた。

 

 

 調査を終え、キャンプの設営を見届け。その他の協力者はそこで留まる事と、緊急時の行動について確認を行い。

 クライフとヤンフィが合流に走ったのは、それからぴたりと3時間後の事であった。岩場を抜け、巨大な一枚岩「白亜の宮」を目印に、第五管轄地の南東を覆う砂漠の区画へとひた走る。

 

「どっちだ!?」

「そう、ね! ……こっちよクライフ!」

 

 先導するヤンフィの指差した方向へと、鎧を揺らして駆ける。暫くすると路は下り始め、程なくして砂の原が広がった。

 そのまま砂の原の中央まで移動し、周囲を見回す。時折あがる咆哮を頼りに砂埃を掻き分ける。

 

「―― 居たね!」

「どっちだ!!」

「四時方向の事っっ!!」

 

 ヤンフィの指差した先。クライフが目を細めると、確かに姿が視認できた。2キロほど前方か。バルバロの向かいで、双角竜が頭を振り回している。

 バルバロは角を下がって避け、次いで振り回された尾を更に下がって避ける。しかし回る身体を、30歩ほど離れた場所に佇むノレッジが一斉射によって隙無く追い討ちを仕掛け ―― 双角が根元からぽきりと折れ、砂原へと突き刺さった。

 

「もう、角まで、折れてんじゃねえか……!」

「ニャハハ、流石はダンナね。ノレッジも、すっかり、慣れている様子だし、ね!」

 

 走りながらも状況を確認し合う。

 角竜の最大の武器にして象徴でもある角。その角が狩猟の最中に折れるなどという機会など、角竜自身が庇う猶予も無い程追い詰められた場合に他ならない。となると、目の前の個体は既にバルバロとノレッジの手によって追い詰められていると考えて良い。

 ちらりと、折れた角が視界に入る。

 双角竜の角などは、装飾品として高価で取引がなされる。2つ揃っていれば尚更だ。王国の物好きな貴族に持って行けば、家の1軒や2軒は軽く建ってしまう程の金額が手に入る。ただ本来、狩猟半ばで折らずとも、討伐の後に切り取るのが確実な方法だ。むしろ狩猟の中で折るよりも形が保たれるため、土産としてに出荷される品々は往々にして加工されたもであると聞く。

 だが ―― ハンターというものは不思議なゲンを担ぐ人種でもある。有名な話で言えば、最初期の彼ら彼女らは狩猟の最中に入手した素材、または狩猟の直後に剥ぎ取った幾つかの素材しか自らの取り分として持ち帰らなかったと言う逸話がある。それも今ではギルドから分配がされるため、仕組みは昔と大きく違っている。ハンターの取り分も、増加傾向にある。

 遥か昔に根付いていたその仕組みに、かつてのクライフは首を傾げていたものだ。が、こうしてギルドとの関係性を見て行く内に「利権が関係しているのだろう」などと感覚的な理解に及んでいた。そういうものだと認識してしまえば早いもの。今では疑問の欠片も感じなくなっている。

 考えながらも、援軍として、着々と距離を詰めてゆく。両角の折れた角竜が大きくよろけながら後退する隙を縫って槍と片手剣を構え……此方に気づいて道を開けたノレッジの横を、一声かけて通り過ぎ。

 

「―― おい、加勢すんぞ」

「合流するのね、ノレッジ!」

「はい! お願いします!!」

 

 クライフとヤンフィは揃って、迷い無く歩を詰める。

 立ち向かうとだけ心に刻み、砂の熱に鍛えられた……重厚な鎧と見紛う外皮へ向かって、『ランパート』の穂先を突き立てた。ざりっという砂を噛んだ音を立てつつも肌へと沈む。すぐさま引き戻し、再び力を溜める。腰の回転と低さが要だ。2度突いて、横、次いで後ろへ飛ぶ。クライフの後を追ったヤンフィが飛び込み様に片手剣『フロストエッジ』を振るった。刃が皮を噛んで冷気を浸透させ、本人はそのまま身軽さを活かしディアブロスの股下を転がり抜けて行く。

 クライフは後退、後退。最中に入れ替わったバルバロと機を合わせ、足を止め、今度は前進。父と共に併走する。父を庇う事の出来る位置、角竜の頭の真横に位置取った。

 顔が動く。怒りに染め上げられた角竜の面。折れた角とにらみ合い、クライフは鉄の凧型楯を構えて攻撃に備えた。

 

「ブロロロッ ――」

「っ!!」

 

 振り上げた頭を直近、半ば首元に近い位置で受け止める。歯を食いしばり、楯越しの衝撃をいなす事に注心する。大柄な角竜の激突は、確かに、クライフがハンターとして経験した内で最大級の衝撃である。が。

 

(予想の範疇なんだよ、こんなモンッ!!)

 

 その経験を覆す程の威力では、なかった。

 ハイメタ装備(シリーズ)の鉱石製の鎧が軋みながらもクライフの自重を確保し、すぐさま足元を安定させる。槍を持つ手に力が篭る。ならばと、受け際に反撃(カウンター)の一撃を加える事も忘れない。楯の横から突き出した槍が双角竜の側頭部を飾る土色の襟を突き、

 

「―― オオッ!!」

 

 そこへ、苛烈な剣戟でもってバルバロが加わる。

 双角竜の頭が沈み、体が臥せた。大きな隙を逃さず、4者によって次々と攻撃が加えられる。ヤンフィが腹を切りつけ、クライフが羽根を突き、バルバロが頭を打つ。残るノレッジは跳弾の少ない貫通弾を使い、背甲を狙い撃った。

 

「グルゥ……ブロロォッ!!」

「皆、下がるねッ!」

 

 ヤンフィの声が響くと、バルバロとクライフが反射的にその場を飛び退く。

 痛みに耐えつつも、双角竜が全身を勢い良く振るい、立ち上がる。周囲に群がるハンターらを振り払うべく、満身創痍の体を揺らして尾を振り回し、大地を揺らした。

 手応えは無い。双角竜は距離をとったハンターらを一息に睨み……息を呑む間にも脚を動かす。

 楯を構えたクライフへと、折れた双角が迫り。

 

「って、おい!?」

 

 しかし、双角竜は、すわ突撃かと警戒するクライフの横を通り過ぎ ―― そのまま西へと走り去って行った。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 どすどすと足音だけが響く。膂力にしろ歩幅にしろ、ハンター達による追撃は不可能だ。数キロ先までを僅か数十秒で移動した双角竜は、その身を地面の内へと滑り込ませると、地鳴りと共に遠ざかって行った。

 ……じり、と照らす日の熱さ。その場で戦闘陣形のまま立ち止まったハンター達。最も年長であるバルバロが、率先して大剣を背に収めた。

 

「―― ウム。仕切り直しであるな」

 

 発せられた一言によって、張られていた緊張の糸が緩んでゆく。クライフも息を吐くと、角竜の去った方向を半ば脱力の体でみやり、槍を担いだ。脅威は遠方へと去ったのだ。溜息を、様々な感情と共に思い切り吐き出した。

 弩を背負ったノレッジが駆け寄って来ると、自然と集まった4者によって環が出来上がっていた。視線は、自然と長に集まった。視線を向けられた先で、バルバロは割れた顎を撫でつつ、戦況を纏める為にと声を出す。

 

「これにて二次遭遇戦は終了であるな。……しかし、ウム。あの角竜は体駆が小さく重甲や背甲の傷も少ない。角も脆かった。闘争経験の少ない若い個体とみるべきである。逃走を図った機から見て、恐らくは、此方の増援を見て逃げ出したのであるな」

「……アイツ、あんな図体しといて若いのかよ」

「あっ、それならさっき折れたこの角を見てみましょうか。切断面から年輪を見れば、あの個体の年齢も概ねですが逆算できる筈ですよ。わたし、キャンプに戻ったら計算してみますね!」

「ニャハハっ! それは良い案ね、ノレッジ! でも角竜に限らずモンスターなんて総じてでっかいの事よ、坊ちゃん!」

 

 言いながら、ノレッジは回収してきた双角を麻紐で括り始めていた。角は中途から折れたと言うのに、1メートルはあるだろうか。捻れ、薄白く、鋭い角。それが2つ並んでいる様が、今にも敵を貫こうと念を発している様に感じられ、クライフは僅かに悪寒を覚えるものの。……周囲には気取られぬよう鉄面皮を装いながら。

 

「それじゃあ角なんて大荷物もあるし、一旦キャンプに戻るの事よ、ね!」

「ウム。地中に居るならば別であるが、地上に姿を現せばペイントの実の匂いで角竜の位置も知れるであろう。……死に際に在る生物は、時として恐ろしい底力をみせる。我が輩達もキャンプに寄って小休憩を取るべきである。補給を行い、装備を整え、万全を期して止めに向かうのである」

 

 各々がバルバロの言葉に頷くと、揃って設営済みのキャンプへ向かい、路を戻り始めた。

 双角竜との闘争についてノレッジがあれやこれやと尋ねつつ。道中、1人後ろを歩くバルバロだけが獲物の逃げ去った先を見つめ、ぼそりと呟く。

 

「……よりにもよってあの個体は、白亜の宮へと逃げ込んだであるか……。……さて、ラーよ。これがお前達の言う始まりの鐘と成るか否か。それを見極めるという重役……我が輩どもが請け負うのである」

 

 遠路の向こう。逃げ去ったその先には、五管轄地の中央部。

 それは砂漠を貫き、天に向かい。まるで神を奉じる「塔」が如くすらりと伸びて。

 ―― その身に一片の緑すら(・・・・・・)纏わぬ純白の峰が、全てを受け入れる寛容さを持って、近付くハンターらを見下ろしている。

 

 





 まだまだ(数話の区切りの後に休憩は挟みますが)続きます、第五管轄地編。
 予想外に長くなっている……のですが、でも、書いていて楽しいのですよね。申し訳ありません。悪しからず。
 メシエ・カタログは天体好きの方であれば知っているかもしれません。同時に、彼の異名も知っていると後々の展開において「おい」というツッコミを入れられます(ぉぃ。尚、出演予定につき仔細は後々。名前だけならば既に、主人公(仮面)の昔話で挙げられていたりしますのです。
 という訳で今話には特に解説する事もありませんでしょう。
 ので、とりあえず4Gについて。

 鬼人ゲージ溜めてからのずばずばぐるぐるばしゅーん(語彙不足)が楽しいのですっ!
 ソロの時はあえて薬を飲まない縛り。ただし槍さん、貴方の体力には脱帽しました。どうしろと言うのですか(歓喜
 一先ずは、何とか集会所までクリアー出来ましたけれどね。ええ。何とか。薬とか火事場+不屈とかで。
 はい。相変わらずのソロ双剣ですともっ!!
 とは言いますが、私は相手によって武器を変えるのです(苦笑。如何にも棍を使って、とか溜斧を使って(というのはあまりありませんね。寧ろ今回の溜斧は万能)、とかいう相手には勢い勇んで件の武器を持ち出します。
 ……そうです。ガララ亜種さん、貴方の事ですよ(微笑み。ファンネルミサイルだけでは飽き足らず、リフレクターインコムとか、ALICEでも積んでるんですかね。ガララアジャラEX-Sとかなんですかね(ガンダムのお話です)。
 狙い通りというか、拡散5のガンランスはG級序盤から多頭クエストまで大分活躍をしてくださっていますので。
 虫はオオシナトから育成のし直しの真最中です。ギルクエゴマさんをソロで狩るついでに、虫餌を集めたりしていますよ。個人的な目標としては、浪漫ランサーに挑戦中。2Gからの悲願だったり。
 あ、因みにハンマーよりは笛を担ぐ変態なのです。ソロのぶん回しは使い勝手が宜しい(涎

 では、では。
 次回、「モンスターハンター 閃耀の頂」第24話。
 物語の構成におきまして、私の性格の悪さがのたうって爆発して炸裂して撃滅します(ぉぃ。乞うご期待。


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第二十四話 急転、直下、片角の

 

 太陽が南下を始めた頃、調査を終えた他の人員達に帰村の段取りを伝え、仕度を終えた四者はキャンプを出立した。

 向かう先は「白亜の宮」を含む砂地、「第一区画」である。全くといって良い程植物が生えていないそこは、調査の対象からは除外されていた区画であった。

 その第一区画を双眼鏡で覗いていたヤンフィによって、角の折れた双角竜の姿が視認されている。先ほど取り逃がした角竜の(ねや)は白地の岩峰、その根元付近にあるとみて間違いないであろう。

 東へ、白亜の宮へと近付いてゆく。岩場を抜ける最中にもゲネポスの群れに遭遇したが、バルバロらはそれを一掃。親玉たるドスゲネポスの出現も無かったために必要以上の時間を消費する事無く、一行はそのまま目的とへと脚を進めた。

 中央へ近付く毎に地形は陥没し、岩肌が反り立ち、道程は厳しくなる。狩人らは岩間を抜けつつも周囲の警戒を怠らない。

 

「―― 居ない、ね。ゲネポスも、アプケロスも」

「……だな。こっちとしちゃあ助かるが」

 

 予想を違い、以降、更なる走竜の群れが現れる事は無かった。ヤンフィとクライフが揃って首を傾げ、ノレッジが唸り……それでも脚は止めずに移動を続ける。

 岩間を抜けると砂原だ。先陣を切ったバルバロがまず砂原へと踏み出す。目前に遥か聳える岩峰を見上げ、指差した。

 

「―― 見えてきた。恐らく、あの『白亜の宮』の根元に在る窪地に居を定めているのである」

 

 予てから話し合っていた内容を確認するように話しかけると、ノレッジがうんうんと頷いた。

 「白亜の宮」が根付く中央部たる第一区画こそが、第五管轄地の最低面。最も低い大地となっている。窪地だが遺跡の埋没により植生がなく、それ故に小型のモンスターが近寄り難い。大型のモンスター達が縄張りとするには絶好の地なのだそうだ。

 ノレッジは状況を噛み潰しながら、急ではないが少しずつ傾斜した路を降る。今背負っているのは、拠点に帰った際に持ち出した『ボーンシューター』だ。角竜との決戦を前にして『箒星(ブルームスター)』の「奇妙さ」に頼りたくなかったというのもそうだが、それよりも使い易さを重視したというのが理由としては大きい。

 背に掛かる重さに安心感を覚えつつ、遠景を眺めるべく顔を上げる。視界の大半を岩が埋めており ―― 視線を戻す。

 すると。

 

「……あれ? あのう、これって……」

 

 戻した視界の所々に、建築物の残骸の様なものが映り始めていた。

 疑問に答えるべく横に並び、バルバロが頷く。

 

「ウム。第五管轄地周辺には、かつての文明の名残があるのである。地下にも幾つか聖堂と目される建築物が残っている。そのために学術院が躍起になって調査をしていたのだが……それも放棄された今となってはこの有様であるな」

「あの学術院が出資をしているのに、その調査は中止になったんですか?」

「YESね。ダンナの言う通り。何せここは辺境の最奥部の事よ。調べるにも莫大な費用と労力がかかるのねー。管轄地として開発までされたのに、資金は兎も角労力が尽きてくるくるぱぁね」

「その擬音だとただの馬鹿じゃねえか。……実際にゃあ向こう(ドンドルマ)でごたごたもあったらしい。詳しくは知らねぇけどよ」

 

 吐き捨てる様に言ったクライフにふぅむと相槌をうち、様変わりしてゆく周囲の光景に眼を剥きながらも、ノレッジ達は脚を進める。

 あちこちから突き出した石積みの遺跡を避けながら抜けると、今度こそ岩峰の根元へと辿り着く。ぽっかりと開けた空間の真ん中に直立不動、天へ向けてすらりと伸びた岩峰 ―― その下に。

 先頭を走っていたバルバロが呟くと同時。日陰に伏せていた巨体が、身を起こした。

 

「気付かれたのであるな」

 

 目下に両方の角を折られたディアブロス。遭遇戦を逃げ出した個体に間違いない。

 立ち居振る舞いを整え、足を止めず。

 

「近付くのである」

「アイアイ! 突撃ね!」

 

 始まりだ。

 と、ノレッジとクライフがそれぞれの獲物に手をかけ、バルバロとヤンフィは勢いそのままに真っ直ぐ、直線距離を測りながら近付いてゆく。

 その体駆の違い故、彼我の距離は重要だ。近付くまでに角竜を捉えきれなければ、恐るべき膂力を生かした突撃により距離を詰めては走り去るという「突いて(ヒット)から退く(アウェイ)」戦法により苦戦を余儀なくされる。

 突撃の体勢を整えた角竜が正面を向くと、先行した2人は接近に成功していた。そのまま、二手に別れる。

 

「遊撃するの事よ!」

「此方だ!」

 

 左右に散ったハンターは、角竜が一瞬だけ視線を逸らした隙を突く。

 

「―― らあああッ!」

「ブルロロロッ!?」

 

 クライフが一直線、槍を構えて突撃。穂先を腹に押し付け、突き、横、後ろと距離をとる。角竜が二の足を踏み、大剣と片手剣によって左右から追撃が加えられ、ノレッジの放った弾丸が翼を撃つ。なだれ込む様な連激に晒され、角竜の巨躯が遂に後退した。

 しかし、角竜は後退したまま身体を反らし。

 

「ブロロロッ ―― オ゛オオオオーッッ!!」

「っぐ!?」

 

 首を空に掲げ、大声を張り上げた。

 狩人らが思わず耳を塞ぐ程の声量。常ならば威嚇に使われる声ではあるが、角竜のそれは衝撃すら伴って放たれる。その声量で持って岩をも砕くと噂に聞く、轟竜の亜種には及ばないかも知れない。それでもクライフとヤンフィ、そしてノレッジの足を止めるには十分過ぎる咆哮であった。

 びりびりと空気を震わす咆哮の中。その中で唯一、動きを保つのは ―― バルバロ。

 

「―― ムゥンッ」

 

 大剣を振り下ろすと、みしりという刃物にあるまじき音が咆哮を切り裂き、中断させた。

 背を反らし、首を回し、ぐるりと周囲に咆哮を響かせた角竜が首を戻した所を、バルバロの大剣が逆袈裟に打ち据えたのである。位置取りは完璧。角竜の咆哮に伴う挙動を読み、頭が来る位置を寸分違わず切り払った。

 

「ブロロッ……!」

 

 遂に、角竜が閨たる砂地に沈む。どすり、と、堪らず傾き砂原を転がる。それは、既に角竜の足元に力が入っていない証拠でもあった。

 転倒に巻き込まれまいと距離をとったバルバロが小声で呟く。

 

「やはり、体力は尽きかけているのであるな」

「ダンナ。このまま行く、ね?」

「―― ウム」

 

 こくりと頷いたバルバロに従い、ヤンフィが掲げた拳を握って開いてみせる。総攻撃の合図だ。

 怒濤と攻める。ヤンフィとノレッジがサポートに徹すれば、クライフが突撃を敢行し、バルバロが胴体を打ち据える。各々の技量を尽くした攻撃に、角竜は成す術も無くもがくのみ。

 

「ブロロ……ルゥ」

 

 立ち上がろうと足腰に力を込め ―― 叶わず、再度、倒れ込んだ。

 行ける。これが最後の攻勢だ。と、誰もが足を踏み込み各々が剣を振るう。誰もが疑いもしなかった。知覚の全てを目前の角竜に向けていた。

 

 だからこそ、気付くのが遅れたのだろう。

 辺りに満ちる、焼け焦げた灰の様な怒りに。

 

 

 ―― ド! ッズゥンンッッ!

 

 

「―― は?」

 

 

 角竜が一度浮き上がり、落ちる。

 思わず呆けた声を出したクライフを、誰が攻められようか。

 ノレッジも同様に立ち尽くす。彼女の目前に横たわるのは、既に(・・)亡骸と化した(・・・・・・)角竜。

 何が起こったのか、と頭を働かす。……角竜が白亜の宮に倒れ込んだその瞬間の出来事だった。突如、角竜の足元が爆音と共に膨れ上がり ―― そこから突き出した『角』によって貫かれたのだ。

 角竜同士の争いは往々にして起こり得るもの。主に縄張り争いや雌個体の取り合いがそれに当たり、ギルドによっても度々観測されている現象である。特に繁殖期に起こり易いのだが、今は温暖期も目前。その可能性は低いと言える。

 それでも、可能性が無い訳ではない。だがそれは、白亜の宮の根元を突き破って現れたのが普通の角竜(・・・・・・)であったならば、という条件が付随する。

 

「……今のは」

「嫌な雰囲気、ね。……念のために調査隊に退避をしてもらうの事よ。ダンナ、オッケー?」

「……うむ」

「それじゃあノレッジ。これをお願いの事」

「はい」

 

 バルバロの許しを得、ノレッジは素早く信号弾を打ち上げる。桃、桃、白の煙。「2時間後に西で合流、逃走を」という内容のものだ。

 打ち上げ、まずはそのまま一箇所に固まって陣形を整える。逃走にしろ戦うにしろ、相手の姿が見えなくては対策の立てようが無い。

 一度姿を見せた『角』は、すぐさま砂地に潜り潜んだ。移動の音すら察する事が出来ない潜行に、ハンターらは警戒心を募らせる。

 砂煙によってその姿を明らかには視認出来なかった。が、今は亡き角竜の甲殻を一撃で貫いたという事実がその個体の技量を示している。

 窪んだ第五管轄地の底。土色の闘技場の真ん中で、ハンター4人は身を寄せ合い、圧し掛かる強者の気配に備えた。

 

(……ヤンフィさんの言う通り。凄く、凄く嫌な雰囲気です)

 

 狩場の雰囲気が変わったことを鋭敏に察知しながら、ノレッジは思考の片隅に考える。調査団の人員は無事だろうか。先ほどの指示に対する返答は未だ上がっていないが、身を潜めていた岩場の辺りに緊急の信号(のろし)は無いように思える。いずれにせよ逃亡の狼煙に気が付いて、場所を移してくれていれば良いのだが。

 焦れる。すれすれに浮かんでいた太陽が地平線に吸い込まれてゆく。僅かに暖かさを残して、空は藍へと塗り換わる。

 何時しか日は暮れた。

 何処からか砂地に似合わぬ湿気が奔り出し、延々と舞っていた砂埃が地に沈む。

 何をとは聞くまでも無い。ハンターらが感じとっているのは、新手の気配である。

 双角竜の亡骸から20メートル程距離を置いて、真黒な砂原の真ん中に背を集め、武器を握り締めたまま刻々と迫る瞬間に身構える。

 風だけが生温く肌に擦れた。

 星は今、見えていない。

 ぽつりとした冷たさに身を竦めれば、次の瞬間にざあと雨が振り出した。

 雨粒には微動だにせず、ハンターは周囲を窺う。

 通り雨であったらしい。地面を濡らし、雨は直ぐに止んだ。

 雲脚速く、青い月が顔を覗かせ、

 

「……っ!?」

 

 全員が同時に息を呑む。

 照らされた砂地の上。彼らの目の前に、音も無く、大型モンスターがその姿を現していた。

 

「―― ヴォォォ……」

 

 現れたのは ―― またも ―― 双角竜、ディアブロス。

 息を呑んだ理由は別にある。いうなればこの個体の特異性(・・・)だ。

 音も無く砂を割ったその身体は紅に(・・)染まり(・・・)、先に亡骸と化した個体の悠に2倍はあろうかという大きさを持っていた。

 その身体に刻まれた無数の傷跡は、長く生存競争に打ち勝って来た……()級危険度の生物であることを窺わせる。この個体について、既に一端の双角竜という域は脱していよう。

 頭から突き出された角は、片方が中途で折れている。その断面は滑らかだ。恐らくは遥か昔に折られたものか。

 

「ヴるる」

 

 双角竜は頭を擡げ、月光によって碧く晴れた夜陰を仰ぐ。

 歪な非対称性を持つ双角のみが紅の体色に逆らって白く、まるで三日月の如く耀いた。

 ノレッジは観察する。恐らくは侵入者への訓告であろう。角竜から敵意は感じる。が、存在感が希薄だ。目の前に居るのに、まるで、今にも消え失せてしまいそうな。

 異常な生物の出現に絶句しているクライフを横目にしながら、バルバロは冷静に勤めた。一切の隙を空けず、角竜を見据えたまま、震えた唇で警告を発する。

 

「……まずいな。よりにもよって灼角(やけづの)のお出ましである」

 

 バルバロが呼んだのは、この紅の双角竜の二つ名だった。

 ―― 灼角(やけづの)

 それが双角竜という枠に当て嵌めるには余りはみ出す、強大に過ぎたこの個体につけられた忌み名である。

 この場に揃ったハンターの内、ノレッジ以外の人員には「紅の双角竜」という呼称に心当たりがある。クライフとヤンフィの脳裏に浮かぶのは、小さな頃に読んだハンター教本の内容だ。

 

「……親父。聞くが、マジで灼角様なのかよ」

「ああ。忘れようも無い。間違いないのである。我が輩は若い頃、こ奴と出会って何とか生き延びた覚えがあってな。……彼の物語と同一の個体だとすると、既に100年近く……いや。物語の舞台で既に成体であるからには、それ以上に生きている計算である」

「……ちっ、せめて世襲制にしとけ。後進に譲りゃあいいものを」

 

 クライフが何とか悪態をつくも、灼角の気配は正に圧倒的であった。まるで、その姿を正面に捉える事すら恐れ多い様な。

 

「……何とかして逃げんぞ、親父」

「息子よ。……この灼角の戦意を量れぬ訳ではないであろう」

 

 苦々しくも口にしたバルバロの言葉がクライフの頬をより一層強張らせる。

 気配とは別に、目の前が暗くなる程明確な敵意があった。灼角と呼ばれたこの角竜からは、穏やかながらに此方を逃がすまいとする()が感じられるのだ。

 周囲に広がる砂の原。先の個体を追って遠出した分の距離を、この圧倒的な竜から、無事に逃げおおせる筈も無い。バルバロをしてそう思わせるほどの威圧を、目前の角竜は持ち放っている。

 息子が反論出来ず唇を噛んだのを見て、バルバロは背負った皮の鞘に大剣を留めた。

 

「闘争し、時間を稼ぐべきである。―― 我が輩が先行する。隙を窺って退路を確保するのである、ヤンフィ」

「OKね」

「く……」

「ほら、坊ちゃん! ノレッジ!!」

「はい!」

 

 充満した鉛の様な空気の中ヤンフィにそれだけを告げ、バルバロは並ぶ狩人の列から大剣を背負って歩み出た。ヤンフィはクライフの腕を引っ張りながら撤退を始め、ノレッジもそこへ追走した。

 逃げ出した者共に反応し、灼角の気配がずしりと増す。バルバロは灼角だけを目の内に留め、気配を受け止め。紅の双角竜に向けて、無造作に距離を詰めた。

 大剣の柄を握り ――

 

「貴殿であれば不足などというのもおこがましい。……我が輩の底をお見せするのである ――!!」

「……ヴオオオオ!」

 

 額に半月を描く曲り角が消え ―― その切先。刹那。

 避け、鞘を解き、迅炎一撃を見舞い、大剣を背負う。

 交差し、角竜の周囲を左回りに走る。追って向けられた頭を小刻みな歩法によって捉え、柄に張り付いた掌が動く。

 

「―― !」

 

 僅かに力を溜めた剣を振り下ろし、また背負う。

 一撃を繰り出して背負うという、決められたかの様な一連の流れ。数度切り結ぶと、何時しか、不可侵にすら感じられた紅の鎧の一部に亀裂が生じていた。

 

(……あの背負う動作に、何の意味が……?)

 

 灼角という人知を超えた怪物が現れ、逃走を試みながらも、ノレッジの眼はしっかりとバルバロの動作に向けられていた。

 角竜の体駆とは比べるべくも無いが、バルバロには巨漢という体格の利がある。大剣を抱えていたとて、瞬間的な脚力が落ちる事はない。とすれば一動作毎に隙を窺い納刀するという動作に意味は無く、本来は時間の浪費である筈なのだ。

 しかしあの角竜を易々と貫いた角を携える灼角に、バルバロの鞘から解き放った(きわ)の一撃が傷を負わせたのも、揺ぎ無い事実。

 当然、彼が歴戦の兵として培った技量もあるだろう。だがそれとは別の点について、ノレッジには心当たりがあった。

 

(……そうか。同じなんです……ヒシュさんとっ)

 

 脳裏に焼き付けていた映像を思い描く。見る者に信頼感すら抱かせる、仮面の狩人の動作を。

 炎により焼け野原となった密林。未知の怪鳥と対面し『ハンターナイフ』を掲げた際の、底知れぬ雰囲気のヒシュ。

 幾度と重ねた狩猟の間。傷を負い怒り狂った獲物に、嬉々として攻勢を仕掛けてゆくヒシュ。

 いつもいつも、だらりと脱力した後で動きを一変させる、ヒシュ。

 獲物が本気で此方に敵意を向けた時、むしろ喜び勇んで仮面の狩人は勝負を仕掛ける。一見そこに意味は無い。危険性は増している。無策で、無為で、無謀にすら思える。が、その意味の無い筈の動作は結果として意味合いを帯びていて。

 砂漠に居る間、ずっと悩み続けてきた事柄だった。ここにきて遂に、内でぴたりと符合する。

 矛盾を孕みながらも発現する ―― 確かな気炎(なにか)

 

(……見つけ、ました! 知りましたっ!!)

 

 これが感じ続けていた違和感の正体だ。と、ノレッジは駆け巡る刺激に背筋を震わし、心の内で快哉をあげた。

 一撃から背負う動作は、ヒシュのそれらと源流を同じくする。技量とは別の次元に位置する気炎(なにか)なのだ。バルバロにおける「鞘から抜き出した一動作」こそが、未だ知らぬ理。「迷信、慣習、法則(ジンクス)」とすら呼べる何か(・・)の助力を得ているのだ。

 反応か、視力か、筋力か、はたまた体を癒すのか。その内容については、推察も出来はしないが……。

 砂原を駆けずる逃走の最中。顔を覗かす遺跡の手前にまで到達した頃合で、ノレッジは自然と脚を止めていた。

 視線の先で、バルバロと灼角の闘争は激しさを一層深めていた。

 

「―― !!」

「ヴルォォ!!」

 

 尾を振るい、避け、角を流し、斬り込み、砂を巻き上げ、激突。

 牙を突き出し、剣で逸らしつつも鞘に収め、かち合わせて睨みあい、衝突。

 灼角の一歩が大地を揺らす。

 バルバロの一撃が炎を燻らす。

 

「ノレッジ、何してるのね!?」

 

 足を止めているノレッジに気付いたヤンフィが、声を張り上げる。

 しかしノレッジは応えない。彼女の状況をより正確に言えば、応える余裕がない程に見入っていた。意識の全てをバルバロと灼角の闘いに注ぎ込んでいた。

 

「クライフ! ……ノレッジが!!」

「! あの野郎……!」

 

 返答がない事を悟り、ヤンフィとクライフも足を止め振り返る。

 ノレッジへと駆け出そうとして ――

 

「ニャハ!?」

「な、何だ!?」

 

 ずずず、と大地が鳴動する。

 クライフとヤンフィは足元を見、そして視界を戻す。

 今は既に点にしか見えない程距離の離れたバルバロの正面 ―― 居ない。恐らく、灼角が地面に潜ったのだ。

 だとすれば……と。これを逃走の好機だと。そう判断したヤンフィがバルバロを呼ぶべく大声を出そうとする。

 

「ダン、 ―― ナッッ!?」

 

 声が途切れたのは、ヤンフィが転倒したからであった。

 駆けているからではない。足は止めている。所以は別の場所にある。

 

「流、砂……っ!?」

 

 バルバロの目前。灼角が潜ったと思われる点……白亜の宮の根元を中心に、第一区画全て(・・・・・・)が蟻地獄の如く飲み込まれ始めていたのだ。

 

「ちっ……やべぇ!!」

「ダンナッ、ノレッジも!!」

 

 足が沈んでゆく。

 ヤンフィが大声を出すが、バルバロとノレッジは動かない。何かを見据えるようにじぃっと、そのまま、飲み込まれてしまった。

 

「ダンナァーー!!」

「……っ」

 

 叫ぶヤンフィを横にしたおかげでか、クライフは逆に冷静になっていた。ヤンフィの腕を引き、蟻地獄の外側へ向けて走った。

 しかし、吸い込まれる砂の勢いに勝る事は出来ない。暫くすると砂が一気に吸い込まれ、埋もれていた遺跡の数々を露出しつつ ―― 足場が崩れる音が響く。

 

 大地が割れる。白亜の宮がずるりと沈み、砂の渦が波濤と迫る。

 地の底へ落ちる。崩落した砂に揉まれ、意識を黒く塗り潰された。

 

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 

「つ。ここ、は……」

 

 水に浸かる冷たさに、クライフが身体を起こす。

 突如崩れた足元に、自分達は放り込まれた筈だ……と、空を見上げる。僅かに焼けた、薄暗い藍(・・・・)の空が見えた。あそこから20メートルは落とされただろうか。クライフが無事なのは落とされた先の地面が軟くなっていた事、そして落ちた場所自体が柔らかく緩衝材の役目を果たした事による偶然でしかないが……兎角、命は取り留めた。

 武器である『ランパート』はすぐ傍に転がっていた。槍を背負って一息。

 隣を見れば、ヤンフィも腰をさすりながら頭を起こしている最中であった。首元に下がった眼鏡を装着し、『フロストエッジ』を腰に差し。

 

「―― ッ!?」

 

 と。頭を上げたヤンフィが突如、目を見開いた。唇をわななかせ、前方を指差している。

 口を開こうとしたクライフも、其方へと首を向け……絶句した。

 

 満たされた青の湖面に、大サボテンを含む巨大な植物が根付いていた。

 

 地底湖の真ん中に浮かぶ黄金の空間というのが適切か。飛竜の紋様が描かれた台座。それらを囲むように守るように、植物たちはびっしりと根を伸ばしている。

 足元は一面の水。今自分達の足場になっているのも、植物の根であった。

 

「……この場所に地底湖だ? 地下には遺跡くらいしかねえ筈じゃねえのかよ」

「……YES、の筈なのよ坊ちゃん。多分発見されていなかった聖堂に水が入り込んだの、ね。にしても地下水脈がここまで伸びているなんて……これも大雨の影響の事?」

 

 戦慄したまま、ヤンフィは呟く。視線を下ろすと、足元には滾々と湧き出る水場があった。よくよく見れば遺跡の壁には小さな水路が無数に設けられており、支流が足元を掬う程に溢れ出ている。

 ここから水を吸い上げ、サボテン達は成長をしていたらしい。とはいえ限度はある。サボテンという種を逸脱した肥大化には、その他の要因もあるに違いないが……今はそこまで詮索をしている余裕が無かった。

 見れば、自分にもヤンフィにも手元の明かりは無い。空から明かりは零れているが、それも微々たるもの。

 

「―― ! 原因、これか」

 

 クライフは思い至る。不可思議はすぐ目前にあった。仄かに黄金に輝いている ―― 地下の空間。それ自体がおかしいのである。

 ランタンも光蟲も電気袋もない。光源は本来、遥か地上を照らす空以外に存在し得ないのだ。

 2者は暫し、幻想的な光景に眼を奪われたままで立ち尽くす。その彼等を現実に引き戻したのは、自分達の頭の上から聞こえる怒号であった。

 

「―― オオオッ!」

 

 この良く響く大声は、聞き間違えようも無いバルバロのものだ。

 はっとしたヤンフィと顔を見合わせた後、クライフは慌てて周囲を確認する。

 

「どっか、上がれる場所はねえのかよ!」

「判らないのねっ!? ……壁を!!」

 

 どれくらい気を失っていたのか。先ほどぼうっと見上げた空の色からして、夜が明け始めているのは間違いない。だとすれば、自分達は数時間を ―― 首を振り、視線を動かす。

 

「坊ちゃん、向こう! 向こうにつたえそうな壁があるの事よ!」

 

 素早く振り向けば、必死に手を振るヤンフィの指差す先に、苔や蔦がびっしりと絡まった石積みの壁が聳えていた。一心に駆け寄り、植物を取っ手によじ登り始める。

 

「ちっ……くたばってんじゃねぇぞ、親父、ノレッジ!」

 

 藍色の空目掛けて一心に登る。瓦礫を掴み、蔦を蹴飛ばす。一段飛びに身体を上へ。

 裂け目から顔を出すと、未だ冷たい砂場の風が肌をなぜた。バルバロの姿を探して首を振る。

 

「居やがった!!」

 

 クライフが叫ぶ。視線の先だ。陥没し出来上がった、10メートルを悠に超える裂け目の向こう側。

 

 バルバロは1人大剣を振るっていた。

 ただし ―― 正しく、満身創痍の姿で。

 

「―― !!」

 

 バルバロは声にならない声で叫ぶ。一角竜の鎧は角が折れ、脛当てと肩当てが見当たらない。大剣『バルバロイブレイド』は刀身が曲がっている。面は削れ、剥き出しになった頬からは鮮血がだらだらと流れ落ちていた。

 それでも大剣の勢いは殺していない。延々と続けていた名残か。とうに消え失せた鞘の替わりにと、大剣を背に収める動作を機械的に続けている。

 

「ダンナッッ!」

「ちっ……」

 

 クライフとヤンフィが思わず駆け寄るが、その行く手を大きな裂け目が阻んでいた。夜陰の全てを飲み込み溜めたかの様な裂け目。当然底は見えず、到底、飛び越えられるような幅でもない。

 迂回路を探して視線を巡らす。だが、様変わりした第一区画はどこも同じ様な状況。そこかしこに大小様々の穴や裂け目が出来上がり、遺跡が顔を出しては凹凸を作り上げている。

 両者がバルバロへ少しでも近付くべく足を動かす。が。

 

「ヴるるっ」

「―― !!」

 

 バルバロから数歩の距離を置いて、角が大地を貫いた。バルバロはそれを避け、大剣を振るう。

 狙っていたのだろうか。灼角の頭がかくりと沈み ―― 相討ち覚悟の反撃。渾身、灼角が全身に力を込めて暴れ出す。

 

「ヴルオオオオオァァーーッ!!」

 

 角を振り回し牙を剥き尾を振り回す。

 大剣で防ぎ残る肩当で防ぎ、バルバロが声を振り絞る。

 

「オオオッ、……ッ!」

 

 しかし灼角の次撃……尾による回転の二撃目が、その叫びを断った。

 体勢を崩され、遂に押し切られたバルバロの巨体が軽々と宙に舞う。飛んだ先 ―― 拙い、裂け目の方向だ ―― と目で追うも、何とか、吹き飛んだ身体は裂け目から突き出した岩に引っかかって事無きを得ていた。

 クライフとヤンフィが安堵の息を吐き出す。が、それも一時の事。

 

「……んで、だ」

「……」

 

 押し黙ったヤンフィの隣で、裂け目を覗き込んでいたクライフが面を上げる。

 裂け目の向こうに、堂々たる姿を掲げた灼角。その視線が、今度はクライフらへと向けられていた。

 

「親父を引き上げてアイルー部隊に運ばせようにも……っ!」

「……隙は見せられない、ね」

 

 言って、自然と武器を構えていた。

 敵わぬ相手であろうとやりようはある。バルバロを引き上げ、入り組んだ裂け目の迷路を抜け、灼角の追っ手を振り切って第五管轄地を脱出するのだ。……例えそれが砂粒の中から金を探す様な、限りなく低い確率であると判っていても。

 隣のヤンフィと目線で合図を交わす。防御ならクライフ、裂け目へ飛び込む様な身のこなしならヤンフィの得意分野だ。クライフが惹き付け、ヤンフィがバルバロを引き上げる手立てを整える。数では勝っている。数分程度の時間を稼げれば、十分に足りる筈。

 

「ヴルル ―― ッ!」

「来んぞッ」

「YES!」

 

 灼角が足に力を込めた瞬間、ヤンフィは腰の麻縄を手繰りながら素早く崖へと飛び降りた。

 それを横目に確認しながら、クライフは1人武器を構える。巨体を持つ灼角にとって、十数メートルの裂け目は障害にすらならなかった。一度だけ翼を上下させ、浮かんだかと思うと、クライフの目の前に……降り立ち。

 

「―― らぁっ!!」

 

 この灼角に立ち向かった父の様に。思い切りだけはと決め込んでいたクライフは、着地点へと飛び込んだ。

 降り立とうとする風をものともせず、間髪居れず、鉄槍を振るい ―― 太腿に苦もなく弾かれる。

 

「ん、なっ」

「ヴルルッ……!」

 

 逸れた槍の勢いに仰け反った直後、三日月の角が迫った。

 コマ送りになった様にすら感じる速度は、凄まじいまでの膂力によるもの。

 反射的に構えた楯。目の前で火花が散る。

 

「がっ」

 

 先に狩猟した双角竜とは段違いの衝撃によって、クライフは体勢を大きく崩される。何とか意識を繋ぎとめてはいたが、気付けば楯が此方へ向けてせり出していた。鉄の凧楯は、灼角の一撃によって凹まされたのだ。

 構えを整える間もなく風斬音が響く。横に構えていた『ランパート』が弾き飛ばされ、腕甲がくしゃりと剥げ落ちる。

 鈍痛。ここでやっとの事思考が追いつく。駄目だと悟ったその瞬間、クライフは楯を投げ捨て距離をとった。

 

「……!」

 

 ―― ブォンッ!!

 

「……ぁあ゛ッッ!! ……っは、っは!」

 

 咄嗟の前転からの回避。直後、起き上がって走り出す。

 角を振り上げた動作の隙を突いて股の下を抜け、どうにか7メートルほどの距離を稼ぐ事が出来た。

 クライフは急いで鞄の中の狩猟道具を探る。薬は無事だが、長く水に浸かった影響によって閃光玉や罠といった道具は機能を失い、只の荷物と化していた。仕方が無いと、走った先でくの字に折れてしまった槍を拾う。これでも無いよりはマシに違いない。楯は……そもそも灼角の攻撃を受けようというのが間違いだったのだろう。だとすれば、あっても無くても同じ事。

 

「そうでも思ってなきゃ……やってられねぇ、畜生」

 

 苦渋の決断とはいえ、距離を取るという選択肢は角竜得意の『突いて退く』闘いに付き合うという事でもあった。

 クライフの前方で、灼角は確かめるように地面を慣らし……突撃。

 間に挟んだ裂け目を見事に避けながら、灼角の片角がクライフ目掛けて迫る。

 

「―― ちぃっ!?」

 

 足元を確認しつつ、横へと身を投げる。

 ぶおっという音をたてて角と巨体が空を切る。辛うじて一命は取り留めた、が、すぐに次撃に備えなければならない。クライフは身を起こすと、すぐさま脚を動かした。

 

「……!」

 

 背中に視線を感じる。相対し、飛ぶ。

 身を起こして、走る。足音が近付く。振り向いて、飛ぶ。

 命を削る防戦が続く。何処へ逃げているのかも判らぬまま、クライフは生き残る事 ―― 時間を稼ぐ事だけに終始する。

 猛撃を凌ぎながらの逃走は、数分では収まらなかった。しかも裂け目と遺跡の瓦礫によって構築された迷路が足を鈍らせる。そんな中を逃げまわる内、いつしか管轄地からは数キロ以上も離れてしまっただろうか。主導権はクライフではなく、灼角の側にある。楯が凹むほどの衝撃を受ける訳にもいかず、回避と逃走を主に据えるしか手段がなかったためだ。

 

(これは、拙いんだよ……! でも他に手段がねえ!!)

 

 クライフとて理解はしている。管轄地から離れてしまえば、身を潜める場所は少なくなってゆく。モンスターが強大であればあるほど人間は知恵でもって対抗せざるを得なくなり、身を潜める場所が少なくなるということは、灼角の独壇場になる事をも意味している。

 そしてそれが自らの死に直結しているという事も、同様に。

 

「―― ヴゥッ」

 

 漫然とした死が、灼角の巨体が迫る。

 身を捻って何とか避ける。繰り返しの攻防はクライフの身体に染み込んでいた。

 しかしそれは灼角の狙い通りで、だからこそ……後ろで素早く立ち止まり、振り上げられた尾に気づくことは出来なかった。

 

「ぐ、がっ!!」

 

 鎧が捲れ、鉱石で作られた兜が吹き飛んだ。数瞬浮いた後、地面に叩き付けられた。

 立ち上がる事は、すぐには叶わない。両手足に力が入らないのだ。灼角も反転の直後では狙いが甘かったのか、どうにか直撃は避けたものの、息が詰まって呼吸すらままならない状態であった。

 

「……っ、がはっ、はっ」

 

 四肢に力を込めるが、崩れ落ちる。背後では、反転しきった灼角が今度こそはと狙いを定める気配があった。

 これまでか。ハンターは諦めが肝心だという。それは本来引き際を見極めるという意味合いなのだが……と、クライフが最期の悪態をつくべく、声の出ない唇を開いた時だった。

 ガシュシュンという重弩に特有の射出音が響き、狩場の静寂を貫いた。

 

「!! ヴルォオオオオッ!!」

 

 予期せぬ攻撃だったのだろう。痛手ではないが、クライフの目前で始めて灼角がその身を捩る。

 続け様に、リズム良く射出音が響く。明らかに通常よりも素早い射出は、レクサーラの工房が開発したという追加弾倉を使ったものに違いない。

 あれを使いこなす程、ブレの無い射撃を行う人物。少なくとも、クライフの近くには1人しか居ない。

 

「―― こっちです!!」

 

 声の方向へと振り向く。裂け目の向こう側だ。砂丘の上を位置取り、桃色の髪を揺らす少女……ノレッジ・フォールが『ボーンシューター』を構えていた。

 数十メートルの距離をものともせず、僅かに湾曲する弾丸の軌道を、灼角の翼にぴたりと合わせてくる。かと思えば時折頭に照準を合わせ、交互に射撃。

 最期に、頭に数発を撃ち込んだかと思うと、

 

「閃光、行きます!!」

 

 頭への狙撃を嫌がった灼角の考えを読んだかのように。少女の側へ振り向いたその瞬間を捉え、閃光玉を放ってみせた。

 光蟲の発光器官が炸裂し、辺りが光に包まれる。クライフが再び瞼を開いた時、振り向いて間もなく眼を焼かれた灼角は、何をするでもなくただただ尾を振り回し始めた。

 

「ヴルォォーッ! ヴルルォーッ!!」

 

 暴れまわる灼角の鳴声を背景に、クライフは自身の体調を確かめる。

 息は出来る。槍はある。身に力は入る。回復薬を一息に飲み干し、素早く立ち上がった。

 

「―― 今の内です!」

 

 立ち上がったばかりのクライフに、少女は異な事を言う。弩を背負うつもりは無いらしく、その照準は腕の中、未だ視界のない灼角へと向けられていた。

 それは、つまり。

 

「―― 逃げる! 今なら逃げられんだ、ノレッジ!!」

 

 ノレッジに逃走する気がないと悟るや否や、クライフは叫んだ。

 それでもノレッジは首を振る。

 

「それは、無理なんです!!」

「何で、何でだっ!!」

「わたしは裂け目のこちら側(・・・・)に出てしまいましたからっ!!」

 

 そう。ノレッジとクライフの間には、灼角にしか飛び越える事のできない裂け目が広がっている。

 それでも、穴の向こう側に出たというならば戻れば良い。だとしたらノレッジは何故、元来た穴を伝って逃げるという手段をとらず、こうして灼角の目の前に姿を現し……命を危険に晒すのか。

 ―― ああ、それは、言うまでもない。クライフが危険に晒されていたから、だ。

 だから叫ぶ。何時だってクライフは、理不尽に対して悪態をついてきたのだから。

 

「生きて帰るんだよ! 親父も、ヤンフィも、俺も! お前もだ!! 違うか!?」

「でも、それはハンターの仕事じゃあありません。というか、すいません。……二兎を追っていては全滅しますから! クライフさん、どうかあちらに!!」

 

 遂には謝らせてしまった少女の言葉に顔を動かす。すると、ヤンフィの居た方向から「ペイントの実」の強烈な香りが漂ってきていた。

 

「……! 大型モンスター、だと!?」

 

 二の句を継ぐ事が出来ない。感情とは違う次元にある、クライフの熱を冷ますほどの正論だった。

 「ペイントの実」……その独特の臭気を利用した「ペイントボール」は、大型モンスターの位置把握の他、周囲のハンターに新手の出現を知らせる意味合いもある。つまりこれは、ヤンフィの側にも大型モンスターが出現したという知らせでもあった。

 今ならばクライフにも判る。紅の角竜は視界を失いながらも、バルバロが致命傷を負った今、自分やヤンフィなどには目もくれず ―― ノレッジにだけ明確な意識を向けている。

 高い砂丘の上。少女は昇り来る旭光を背景に立ち、一団を見下ろして笑いかけた。

 

「此方は大丈夫です! わたし、師匠から色々と教わってますし! ―― それに、ワクワクしませんか!」

 

 白い吐息が昇る。唇から紡がれたのは、クライフにとって耳を疑う言葉であった。少なくともあの灼角と相対した人間の口から出る言葉ではない。

 しかし、思い返す。例えば父であるバルバロの様に……もしくはかつての母の友人の様に。超然とした技量を持つハンターは皆、今のノレッジの様に、強敵との闘争を前にして笑う事の出来る人物ばかりではなかったか。

 ……だとすれば、目の前で笑うノレッジはどうだ。自らの先を行き、父や、母の友人と同じ領域への歩を踏み外した(・・・・・)のだろうか。

 少女はあくまでも自然な動作で長い髪を梳き上げ、焼ける空とに照らされ沈む。

 

「判るんです。あのディアブロスは、きっと闘いを求めてここに居る。……だからわたし、見てみたいんです。もっと近くで、もっと傍で。それにそもそもわたしは、今の銃撃で……『やけづのさま』……でしたっけ? あのお方に目を付けられてしまってます。わたしに限って逃走は不可能でしょう。一緒に逃げては危険が増すだけ。ですから、敵意と興味を逆手に取ります! 今なら、『灼角』の興味をわたしが引き受けてしまえば、クライフさんがヤンフィさんとバルバロさんの救援に向かえます。それなら、逃げられる筈です! 調査隊への被害を出さずに脱出できる可能性が高まります!」

「でも、それなら俺達も!」

「―― いいえ、それは駄目です!」

 

 クライフがヤンフィの側へ行き、救援の後、この場へ駆けつける。

 そんな意味合いの叫びを一言の元に遮り、ノレッジは唇に指を当てる。

 

「……ここはもう管轄地の外。応援のハンターさん達は到着してなくて、しかもバルバロさんが大きな傷を負っています! 戻って来てしまえば無事に逃げおおせる筈もありません! 何より、調査隊の皆さんはどうするんですかっ! 帰りの調査隊を守るハンターも必要でしょうっ。だから、クライフさんとヤンフィさんは、そのまま。調査隊とバルバロさんを連れてレクサーラに戻るべきだと思います!」

 

 言い切る少女から、気負いや覚悟といった類の悲壮感は漂っていなかった。

 他の言葉で言い表すならば、期待。喜色に寄るものだ。

 

「ノレッジ、お前……」

「だから逃げてください。わたしが相手を……というのは、流石に気が引けますね。率直に言って、囮を勤めます。……砂漠の王であるディアブロスの内、『王の中の王』と呼べるこの個体を相手に、わたしではそれすら役者が不足しているのでしょうけれども……」

 

 言いながら、少女は丘の向こう ―― 先に待ち受ける灼角を見つめていた。

 まるで抜き身の刃の様だ。危うさを伴う面持ちが、次の瞬間には引き締まり。

 

「レクサーラの皆さんへ、宜しく伝えてくださいっ!! お世話になりましたと!!」

 

 救援に向かうにも時間は待ってはくれない。返答を待たずして、クライフの目に映っていた少女の姿は、瞬きの間に砂丘の向こう側へと掻き消えた。

 

「ちっ……許さねぇ……許さねぇぞ、ノレッジ!!」

 

 悪態をつく。自分の無力さを嘆いたのではない。

 この瞬間、この時、クライフとノレッジを分ったのは裂け目の向こうに居たという偶然に過ぎない。逃げ出した最中の闘争に惹かれ、足を止めていたという天運に過ぎない。少女との立場が逆であれば、恐らくは、クライフとて同じ行動に出ていた筈だ。

 だからこれは、ただの悪態だ。溢れ出し垂れ流し、それでも胸に渦巻いてしまった見苦しい愚痴だ。

 

「生きてレクサーラに帰って来やがれ……! 必ずだ!!」

 

 返答はない。期待もしていない。

 すぐさまの激突の気配が無い事に安堵しつつ、クライフは踵を返す。

 数分駆けて元の地点へ戻ると、バルバロを引き上げていたヤンフィの姿が見えた。引き上げは終えているらしい。

 ……が。

 

「くっ……このっ」

「ギャアアッ!」

「ギャアア、ギャアアッ!!」

 

 その周囲には砂漠を泳ぐ無数のヒレ。恐らくは灼角のおこぼれに預かろうと集まった、ガレオスの群れであった。目視だけでも、群れの中に混じっているドスガレオスは2頭。ヤンフィの右手はだらりと下がり、血を流したままの左腕で剣を握り。必死にバルバロの身を守るべく戦っていた。

 これだけのモンスター達が、あれ程落ち着いていた第五管轄地の何処に潜んでいたのか。と、接近の間に考えを巡らす。すぐに目に入るのは、やはり裂け目。地殻変動にも匹敵する『白亜の宮』の陥没による衝撃か……はたまた、モンスターが生活できる様な空間が地下に出来上がっていたのか。

 ……もしくはその両方か、と、喉元まで出掛かったツイてねぇというお決まりの単語を飲み込む。地下にあれだけの水源と大サボテンを含む植物があったとすれば、地上にいる必要が無いというのも納得できる話ではあったのだ。空から観測気球を飛ばすだけでは見付からないのも道理。

 そのまま視線を逸らし、遠方……管轄地の岩場があった方面を確認する。すると、第一区画とを隔てていた岩場が大きく傾いているのが見えた。陥没の影響はここら一帯だけに止まらなかったのだ。だとすれば、同じく小型のモンスターが湧いている可能性は高い。調査隊の面々にも少なからず危険が及んでいるとすれば、即急な応援が必要である。

 しかし、今はまずこの局面を切り抜けねばならなかった。思考を目前の光景へと戻す。群れまで数秒の距離まで詰めていた。道中、投げ捨てた楯を回収する。全力疾走の最中でポーチに手を入れ、小型爆弾を駄目元で着火。やはり火がつかない事を証明した後投げ捨て、痛む身体をおして腰に力を込め、息を吐き出す。

 『ランパート』を目前の大きなヒレ目掛けて突き入れた。

 

「―― ギャオオッ!?」

 

 狙いの通り。予期せぬ一撃にドスガレオスが飛び出し、バタバタと地面で跳ね出した。

 小型のガレオス達は、飛び出してしまったドスガレオスの周りを避けて泳ぎ出す。出来た空間を利用してその横を抜ける。

 

「―― 坊ちゃん……! て、あっ」

 

 ヤンフィはクライフを目に止めると一端顔を明るくしたが、隣にノレッジが居ない事に気付くと途中で言葉を飲み込んだ。

 クライフはそのまま横に屈みこみ、無言のままのバルバロを見やる。息はしている。どうやら手当ての最中に襲われたらしい。圧迫止血のための包帯が、中途で放られたままとなっている。

 ヤンフィは淡々と作業を進めるクライフを見て。次に、数キロ先の丘の向こうへと消えたノレッジを見て……改めて『フロストエッジ』を構えた。

 

「……クライフ坊ちゃん、ノレッジは」

「行くぜ、ヤンフィ。どでかい荷物で悪ぃが親父を担いで、この魚竜の群れを抜けて、調査隊と合流する。どうせこのまま留まってたら良い餌だ。調査団と合流したら、ノレッジの引いてた荷車を引いて第五管轄地を出る。―― 今からこの調査団は、最低限の荷物だけを持ってレクサーラに帰還する。強行だ。力貸せ。くれぐれも逸れてくれんじゃねえぞ」

 

 言い切って、反論を許さずクライフは父を背に担ぐ。同時に、見た事もない自身の母が鍛えたのだという『バルバロイブレイド』をぶら下げた。足に力を込めて、魚竜の群れを睨むと、泳ぎ回るヒレの真っ只中へと迷い無く分け入る。目指すは合流地点と定めた北側、唯一つとばかりに。

 ここで逃げるという選択肢は生き残る為に正しい順路でもあった。隊長気質のヤンフィは暫く唇を噛んでいたものの、最後には周囲の魚竜に牽制をかけつつ、クライフの後を追いかけ始める。

 

「さっさと帰って、装備を整えて……調査隊を再編成して、ここに戻って来てやんだよ……!」

 

 クライフが悔し紛れに吐き出した夢物語は、誰にも届く事無く、砂の海に染み込んで消えた。

 

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 

 かつての仲間達が黒い点に見える程の距離を隔てて遠く。

 バルバロを担いだ2人が移動を始めたのを見送って ―― 数秒。

 砂丘の上から跳び、砂原に降り立ちながら、ノレッジは深く息を吸った。渋るクライフを後押しするためにと、咄嗟にヒシュの真似をしたのだが……どうやら成功したようだ。これもずっと背を追って来た成果の一つには違いない、と自嘲の笑みが零れ出る。

 勿論、先ほどの語りは半分以上が虚言である。ノレッジとて自分の命は惜しい。それも気絶する前、第一管轄地が変貌を遂げる前……やっとの事で積もり積もった疑問に対する「解」を得た直後だというのに、だ。

 しかし灼角に興味を持たれた少女が相対しなければ、あれだけの相手。16名の調査団だけならず応援のハンターにも危険が及ぶ。それも、相対したとて灼角に追いかけられてしまえば同じ事。だとすれば助ける為に自分が残るというのはやぶさかではない。

 また向けられた興味の他に、臨時ではあるが二等書士官となった自分が「部下を助けたい」と思う気持ちに関しては嘘も無かった。

 

「……」

 

 随分とヒロイックな展開だが、慢心は無い……様に思う。全滅か誰かが生き残るかという瀬戸際に、選択肢は存在しなかったというだけの話。

 部下……という単語に続いて、密林で(後に未知の、と呼ばれる)怪鳥に襲われた際の事を思い返す。今にして思えば、自分も隊長たるダレンに助けられていたのだ。それも心なしか随分と昔に感じられる。あの時のノレッジは調査資料運びという名目で怪鳥から離されたが……何時にも増して憮然とした表情を貼り付けていたダレンも、かつてはこんな気持ちだったのだろうか。と、少しだけ場にそぐわぬ親近感も覚えた。

 郷愁はここまで。肌を刺す朝の冷気が肺に馴染んだ頃を見計らい、少女は独り言を呟く。

 

「ふぅ ―― はぁ。さて」

「―― ヴルルル」

 

 視界を取り戻した灼角は、人には飛び越えられない裂け目を軽々と飛び越え、こちら側へと降り立った。

 少女は自らの好奇心以外の全てを擲って、目の前の生物と対峙する事を選んだのだ。クライフに語った通り、ノレッジには灼角が自らを追ってくるであろうとの理由のない確信があった。ただ、確信の根拠を、今は勘としか言い表すことが出来ないのが口惜しい。

 

 思考を切り替えると面を上げた。守るべき書士隊も仲間も今は退き、知るべき相手だけが目前に佇立している。

 ノレッジはここで改めて、紅いディアブロス ――『灼角』の雄々たる全容をみやる。

 

 砂漠の広天を貫き屹立する双角の内、その1つは中途で折れている。だがそれは勲章である。今や折れた角は王冠の如く、威厳を持って頭に戴かれている。

 体駆は先ほどノレッジが遭遇していた通常の個体より二回りは大きく、目測だが、全高8メートル前後。通常の個体が5メートル前後であることを加味して、異常とさえ言える巨大さである。

 その甲殻は熱砂を種火に灯して紅く、重厚にして鎧が如く。鎚状に進化した尾は自重によって垂れ下がり、引き摺られ、罪人の足を縛る鉄球を思わせる。

 彼の者が下すは、遥か自然を体現する必然。雄こそは熱砂に浮かぶ鉄城。超常にして頂上に座す砂原の王者、双角竜(ディアブロス)

 だとすればディアブロスの中でも殊更強大な個体である『灼角』は ―― 赤色の魔を帯びたその身体故に、魔王とでも呼ぶべきであろうか。

 

「それももう、どうでも良い事ですけれどね。呼び方がどうだろうと、言葉は通じないでしょうし……」

「―― フゥゥヴ」

 

 ノレッジが重弩を構えると、未だ30メートル程の距離を残した先。灼角の捻り曲がった三日月角に隠された口元から吐息が漏れた。吐き出された息はどういった原理によるものか、昂然と、黒色の気炎を纏っている。

 感じる激動の気に反してその挙動は穏やかであった。自然のモンスターは敵対する生物に対し、比して攻撃的な態度を取るものだが、この個体は違う。此方を値踏みされているのだというのが雰囲気で自ずと判る。

 視線に篭る呪によって脚を縛られたノレッジの前を、灼角は悠然と横切り、睥睨する。

 

(……やはりまずは人間らしく小賢しさ(・・・・)で勝負すべきなんでしょうね)

 

 虚勢などとうに棄てている。先は気を惹くために銃弾を撃ち込みはしたものの、今は戦うなどもっての(ほか)。ここでえノレッジが成すべきは、灼角の興味を絶えず引き受けながら撤退の時間を稼ぐ事である。

 興味は完全にノレッジが引き受けている。逃げれば確実に、別たれた調査隊ではなく此方を追って来る。危機感。第6感。セクメーア砂漠での狩猟において自身を何度も窮地から救った「感覚」に従い、ノレッジは王者の間合いからの逃走を企てる。

 目は離せない。ノレッジは眼球すら動かさず、視野と意識だけを広げて周囲を見回す。広々と開けた裂け目の迷路……北側の砂原に逃げ道はない。だが、前方。砂漠行路と反対にある南側ならば、所々に岩場が聳えている。岩場にさえ逃げ込めば灼角の体駆では入り込めない場所もあるに違いない。

 ―― あくまで「前へ」。あそこへ、駆け込むしか、生き残る術はない。

 今の自分は完全に狩られる側だ。弾丸は兎も角、手製の道具は先の双角竜で殆ど底をついている。脚だけが頼りだ。

 王への謁見の最中。目を逸らす動作だけでも相当の気力を必要とする。ましてや、逃げ出すには ―― 時間すら足りない。

 灼角が一歩を踏み出す。縫い付けられた様に固まっていたノレッジの指が、びくりと反応してしまっていた。

 悪手 ―― 既に遅い。

 

「っ、だああああーっ!!」

 

 少女は張り詰めた緊張の膜を、絶叫でもって突き破る。声にならない声を叫び、相手の足を止めねばという軽挙でもって、弾丸を撃ち放った。

 一歩。ばしばしと軽い音が灼角の外皮で弾ける。位置を変え後退しつつ、絶えず弾丸を見舞う。

 二歩。灼角が無造作に頭を振るう。折れず残った右角が地面を抉り、ノレッジの前方の地面が丸ごと捲り上った。

 

「く、ぐぅっ!?」

 

 宙に浮き上がったのは僅かな間。それだけでも、明らかな力の差が痛感出来た。

 ……それでも、叶わないのは、元からだ。肢体を突いて着地をするのと同時、巻き上げられた砂が降り注いではノレッジの視界を泥に染める。

 次撃。相手は此方に狙いをつけている ―― という信頼の元、今度は弩を抱えて全力で横へ飛ぶ。

 

「っ!」

 

 外れた。先ほどまで自分が立っていた場所が大きく抉れている。

 今しかない。灼角が角を振り挙げている隙に、ノレッジは20メートルほど離れた岩場の裂け目を目指して背走する。

 進める毎に重くなる脚。増して行く疲労感。果てしなく感じる岩場への距離。時折つんのめりながら、振り返らずに疾駆する。

 

「―― あッッ!!」

 

 何とか無事に走り切ったノレッジは灼角の気配を身体で探りながら、目前に迫った裂け目へと転がりながら飛び込んだ。

 岩場の影に隠れたのを感じ取り、砂に塗れた身体を素早く起こす。

 灼角の、追撃は。

 

「っは、っは……うはぁ。……何とか、命は、無事で……」

 

 少なくとも、生きている。自分は洞窟の中に逃げ込むことに成功し、灼角の威圧感は消えていないが、姿が見えてもいない。弩を抱いたまま、ノレッジは疲労困憊の様相で岩壁へともたれ掛かった。

 だが、自然の追撃が少女の休息を赦さない。

 

「っ!?」

「「ギァ、ギァ!」」

 

 獲物を待ち構えていた様に。上から飛び降りてきた走竜が、2頭。砂原に広く生息域を持つ、ゲネポスだ。

 ノレッジは途切れかけた緊張感を慌てて接ぎ直し、倒れ込んだ身体を素早く起こして感覚を延ばす。端……上……岩場。自分を囲む全方位から、「息の詰まる閉塞感」と「舐られる感覚」とを覚える。

 ここに到って、ノレッジはある事実へと勘付いた。

 

「―― 全方位から、視られてるって! ここ、もしかしなくてもゲネポスの巣っ!?」

 

 やられた、という思いが頭を占める。ノレッジはみすみす、ゲネポスの巣へと「追い込まれた」のだ。

 目前にはゲネポスが2頭。勿論それだけでなく、ここが巣であるとすれば、その頭であるドスゲネポスも岩場のどこかに潜んで居るに違いない。

 今のノレッジであれば、手持ちの狩猟用の銃弾を辛うじて残しているため、ゲネポスの群れの討伐そのものは可能であろう。だが砂原にぽつりと浮かんだ孤島の如きこの岩場では、食料の補充も道具の原料の採取も見込め無い。篭城は不可能だ。つまり何時かはこの岩場を出て行かなければならず ―― それは、ゲネポスと戦闘を繰り広げた後。ノレッジが弱った状態で、あの灼角と対峙する事を意味している。

 ……成る程。思えば先週、砂漠の第三管轄地へと向かう道中では妙に多くのアプケロスと行き違った。あれは逃げ出した、もしくは追い立てられたアプケロス達だったのだ。灼角は始めから、強者を求めて「場を整えていた」に違いない。

 けれど。だとすれば、この周辺にはノレッジが食料として仕留めるべきタンパク源も存在しない事になってしまう。

 次に、逃走だ。灼角は北側を位置取っているため、ノレッジは必然的に南側に逃げる事になるのだが、その先は辺境の中の辺境「デデ砂漠」が待っている。

 「デデ砂漠」は、こういった事態でもなければ進んで立ち入りたくはない場所だ。レクサーラとセクメーア砂漠とを繋ぐ直線路……と、デデ砂漠との間には、囲う様に山岳地帯が聳えている。そのため地続きや海路での到達が困難であった。またデデ砂漠は大陸の南側に大きく深く広がっているため、海路で到達したとしても管轄地までの移動距離が長く、その不便さが祟ってか今ではハンター達にすら殆ど利用されていない場所であると聞く。今回のノレッジの様にセクメーア砂漠から回り込むのであれば陸路による到達も可能ではあるが、多大なる援助が必要となるため現実的ではない。

 そして何より、距離や行路の他にも、デデ砂漠にはレクサーラを含めたドンドルマを主とするギルドからの援助が期待出来ない理由がある。デデ砂漠の管轄地の殆どは王都の勅の下 ―― ミナガルデギルド(・・・・・・・・)手中に有る(・・・・・)からだ。

 その様な場所へ単独で近付いて行くという。考えれば考えるほど拙い状況だった。灼角の巧妙な謀略に、どろりと寒い感嘆が沸いて出る。嬉しくも恐ろしい、奇妙な心持である。

 数時間も灼角の興味を惹き付け、クライフ達が脱出に成功した後に自分も逃げ切る事が叶うのであれば ―― しかしはたして、灼角がそれを許してくれるか否か。

 

「ギァァッ!」

「くぅっ……」

 

 攻め手は少女の思考を待ってはくれない様だ。迫り来るゲネポスの爪と牙をかわしながら、ノレッジは思考を続ける。

 自身の道は、ある程度までは見えた。他に抗う術が無い。ノレッジは南側へと降るしか、ないのだ。

 生き残る可能性は依然として低い。逃げ回るべき砂漠は灼角の庭。逃げ出したその先ですらノレッジは追い詰められるのだろう。想像に難くない。

 だが、無ではない。そこには確かな可能性が存在している。

 

「……腹を括りましょう、ノレッジ・フォール」

 

 唇を決意の形に結び、目を閉じ、深く息を吸い、溜める。

 ―― 何度も言おう。諦めるには、投げ出すには早過ぎだ。ここで動かなければ……足掻いて見せなければ、生きている意味が無い。

 想うが早いか(・・・・・・)。ノレッジは溜めた息を勢い良く吐き出すと、すぐさま腰から『ハンターナイフ』を引き抜く。弾丸は節約しておかねばならなかった。

 ノレッジに剣の心得は無い。ヒシュに振り方を教わった程度だ、が、振るうだけなら刃を額面通りに扱えない道理も無い。弩を持ちながら振るえるよう刃を短くしたそれを、目の前に居たゲネポスへ力任せに叩き付ける。

 

「せぁっ!」

「ギァ、ギァッ!?」

 

 突然の反撃に驚くゲネポスの頭を叩き、怯ませる。隙を縫って、2頭の間を走り抜ける。

 岩場の反対側 ―― 南側へと続く死地への入口を。自らが生き残る道を目指して、ノレッジは駆けた。

 同じく灼角によって獲物の出入りを制限されているゲネポス達にとって、逃げ込んできた少女は格好の食料であった。空腹を満たす限られた餌を逃すまいと、必死の形相をしたゲネポスらが左右の岩場から次々と沸いて出る。

 纏わりつく生の執念の中を振り切るべく。剣を振り回し、ノレッジは獣の咆哮をあげて突き進む。

 

「―― あ゛ああああああーっ!!」

 

 今はただ振り返らず。

 ひらすらに、南へ。

 

 

 

 

 

 たった一匹残った人間が裂け目へと飛び込んだその後方。

 北側を陣取った紅の角竜は未だ、少女と相対した場を一歩も動かずに居た。

 それはあくまで、想定外の闖入者。闘技場を荒らされた憂さ晴らし程度にしか考えておらず ―― が、予想を違い、大きな(つめ)を振るう人間は見事という他無い好敵手だった。あの相手の大剣(つめ)が、また防具(こうかく)の整備が成されていたとすれば。例え灼角とて一晩程度では御せない相手であったに違いない。

 だが見る限り、この場に残った彼の人間も自らの好敵手になりうる気配を秘めている。自分を目の前にして、残る2匹よりも明確な敵意を発する事が出来ていたからだ。乾いたこの心を埋めてくれるかという期待が出来る程度には。

 人間の姿が岩間に隠れるのは見届けた。あそこには小型の走竜達が潜んでいる。あの人間に先を見る力と知恵とがあるならば、いずれ岩場から出てくるだろう。そうでなければ、それまで。見込みの違い。自らが相手をするまでもなく、何れにせよ砂漠の贄となるだけだ。

 故に。出て来るならば、その時こそ喜びにうち震えよう。歓待しよう。競るべき相手の出現を、敬意を込めて迎えよう。

 

 数秒。

 砂地を行くその姿が、見えた。

 

 片角の魔王は一杯に空気を吸い込み、自らの狩の始まりを布告する。

 

「ルルゥ……。ヴ、ヴヴヴオ゛オオ゛オオ゛オーーッッ!!」

 

 重く伝播する咆哮に、大気が、大地が激震する。

 渇きの海を埋め尽くす砂粒が1つ残らず揺らめき、傅いた。

 





 読んでくださった貴方に、ネコ飯ど根性+火事場とかいう神掛かった組み合わせの幸運を。

 二万字超えとか、文量過多でしょう……とは思ったのですが、区切りがみつからなかったのでそのままにしてしまいました。読み辛さをば、申し訳なく。
 以下、それゆけ云々カンヌン。
 灼角について。
 普通に変換しても(もちろん)出ないので、「しゃくかく」から変換してます。間違い、ないですよね……この辺りは個人推敲の限界かと思われます。
 イメージ元……というか、これはハンター大全および2ndG辺りに準拠したお相手となります。赤くて強い片角のディアブロス。やはりというか何というか、ディアブロスさんはそのまま倒せてしまうと本題に近寄れませんでしたので、より一層の強敵のご登場です。
 地底湖について。
 さて、この辺りの成り立ち云々は近場で解説する予定となっています。詳しい解説にはならないかもしれませんが……。
 デデ砂漠について。
 所謂、「旧砂漠」がデデ砂漠にあたります。4Gをプレイなさった方からの「辺境辺境言ってる割に、管轄地してんじゃん」という突っ込みはご最も。ですが、4Gはハンター大全が出版された辺りからはかなり未来の時系列っぽいのですよね。主に村クエスト時の筆頭ガンナーが、オオナズチの光学迷彩を知っていたとかいう辺りをかんがみるに、ですけれど(ハンター大全では、未だ未知の技術としか表記されていませんでした)。ですので、その辺りは時間が経過した……という解釈をしてくださると嬉しいです。
 気炎と書いて「なにか」と呼んでいる何かについて。
 そうですね。これが書きたくて第一章をやっている様なものです。スキルと呼んでも良かったのですが、どうにもしっくりこなくて気炎とか書いております次第。説明できないので、オカルト扱いとなりました。これも、詳しくはその内に。

 長くなりましたので、今回のあとがきはこれにて。
 では、では。


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第二十五話 交叉時点

 

 ノレッジと別たれた時点から、距離にして北東に数百キロ。時にして1週間が経過した。

 第五管轄地を脱出した一団は、幾度となく大型のモンスター達と遭遇。紅の双角竜が及ぼした縄張りのずれこみ(・・・・)が不規則に行く手を阻んでいたものの、バルバロが受け取っていた近辺のモンスターの生息状況が役立った。移動予測を立てながらその均衡を打ち破り……また応援のハンター2名と合流できたこともあって、結果、一行の先には遂にレクサーラへの通路が拓けたのである。

 時に迂回し、時に狩猟し。温暖期の砂漠、その最奥に取り残され、灼角という未曾有の脅威を目の当たりにしたにも関わらず、一団は道中(・・)誰一人として欠く事無くレクサーラへと近付いていた。

 これは既に奇跡と言って良い結果であったのだが ―― しかし、その一団は逃げ出す際にとある少女を欠いている。その点をもって奇跡と呼ぶにはおこがましい。一団の誰もがそれを理解し、果たして、レクサーラに到着したとして喜ぶ事が出来るのか。

 前言の通り。灼角との遭遇時を最後にセクメーア砂漠に雨が振ることはなく、砂漠に取り残されている間に気温は上昇。季節は温暖期へと突入した。温暖期の砂漠は所謂一つの禁則地である。熱の篭った砂漠にモンスターだけが行き交う。つまりは人間に適さない環境と化すのである。

 果たして戻ればギルドより改めて編隊が成されるのか。それとも……少女1人を犠牲としてその上に立つのか。何れにせよ書簡は応援のハンター達と合流した際に鳥便によって通達している。その判断について、今最中頭を悩ましているであろう上役を期待して待つばかりであった。

 

 レクサーラまであと2日の位置に辿り着き、周辺の大型モンスターを無事に掃討し……道筋がはっきりと見えてきた、その夜。

 番を担うバルバロは、一団が休息を取る岩場の入口で大剣に寄り添っていた。左腕と背と頭にはぎちぎちの包帯が巻かれており、動かせるのは右腕だけであるのだが、それでも彼は愛剣を手放そうとはしなかった。

 ホットドリンク代わりに身体を温めるホピ酒の瓶を片手に、砂の大地の上に広がる星空を眺める。

 

「む」

 

 指が反射的に動き、大剣の柄を握り締める。

 白く耀く流星が一筋、空を流れて遠ざかって行く。

 敵は居ない(・・・)

 

「……。……やはり、居たのであるか」

 

 竜人族のラーによる忠告 ―― 隊の中で唯一本当の意味を理解していたバルバロは、クライフ達のそれとはまた違う緊張感を持って今回の調査に臨んでいた。

 

「―― ウム」

 

 大剣にかけた指の力を緩めつつ、再び岩に背を預ける。

 バルバロは思い悩む。はたして、ラーの忠告を生かすことは出来たのだろうか、と。

 危険が潜んでいるのは承知していた。彼の地には古代の遺物が在る事も。最悪、(いにしえ)の龍の出現すら考えられる状況であったのだ。相手に対して油断も慢心も無い。ただそれを確かめるに、バルバロが行く他なかったのが唯一の事実。

 ただ1つ。第五管轄地という地の特殊さだけが、想像の域を超えていた。

 クライフとヤンフィから話は聞いた。第五管轄地の象徴たる『白亜の宮』……その根元にて、打ち切られた調査の嘗ての目標 ―― 地底湖と成り果てた『大聖堂』が眠っていたのだ。

 だが、それは良い。自分が怪我を負ったのも地形の調査を怠った故。角竜を追って足を伸ばしてしまった故……狩人であるからこその業である、とバルバロは考えている。実際にはハンターズギルドの調査不足に寄る部分が大きいのだが、今のバルバロにとってそれはさしたる問題ではない。

 彼の少女。王立古生物書士隊の現三等書士官たるノレッジ・フォールをあの地に残してしまったことこそが、最大の失態にして後悔。心残りであった。

 

「……あの地には、魔が潜んでいるのである」

 

 痛む左肩に何時ぞやと同じ光景を重ねながら、バルバロは溜息を吐く。

 遥か昔のバルバロが、あの地において邂逅した脅威の存在 ―― 灼角。あれこそ、自身が「6」という高位のハンターランクを持つことになった切欠なのである。

 灼角という名は、レクサーラにおいて自然の警句の意味を併せ持つ。本来ならば出会う事すら無い筈のモンスターである。

 バルバロは知っている。彼の角竜は長き闘争を通して、遥か生の源流に近付いた個体だ。()級という範囲すら逸脱したその力は、相対したハンターにまでも影響を及ぼす。

 バルバロが現在の不可解(・・・)な戦闘術 ―― 『抜刀術』を身につけたのも、灼角と相対した後の事。そして狩猟へとのめり込み、妻と反りが合わなくなったのもこの頃である。

 拳を握り、あの頃の取り憑かれた様な自身の心境を思い返す。この力は狩猟を成就させる力と引き換えに、人にとって大事な何かを犠牲にする。それがバルバロにとっては、闘争の飢えという形で現れたのだ。

 バルバロの持つ大剣と『抜刀術』は相性が良いものだった。鞘から解き放った際の一撃は甘美で、爽快で。まる一日振り続けていても飽きのこないものであった。

 故に狩猟に赴く頻度も増えた。家庭を顧みず、貪るように狩猟をした。だからこそ彼のハンターランクは上昇した。妻や、息子との縁を犠牲にして。

 後年。狩るべき獲物が居なくなったある日、彼は自らの過ちに気付く。狩猟以外の何物も持ち得ず、血に濡れて爪を振り回す獣のような自分の姿に。

 ふと見れば隣に妻はおらず ―― 自分の姿を見て怯える息子をすら、省みる事をしなかったのだと。

 幸い彼は、そこで立ち止まることが出来た。熱は冷め、替わりに底知れぬ(おぞ)気を覚えた。震えが止まらなかった。自分は何をしていたのかと。妻に見限られ、息子を捨て、人であることをすら捨てようとしていたのではないのかと。

 その後の彼は振るえる膝で立ち上がり、幾度と無く理不尽な目に合いながらも、今度こそ見失うまいとレクサーラの発展に尽力する。反骨してハンターなどを目指した息子を見守る為に、猟団もどきも立ち上げた。彼は未だ、贖罪の最中に在るのだ。

 

「……ノレッジ、お前は……」

 

 通常の角竜と遭遇した際、バルバロは少女の横顔に危うさを感じていた事を思い……その悪い予感が的中してしまった事を後悔と共に、憂う。

 

「お前にとって大事な何かを失くしてくれるな、ノレッジ・フォール。願わくば、我が輩の二の舞にはならずに居てくれ。……今はただ、願うしか出来ない自分の無力さを悔しく思うのである」

 

 自分の様な手負いのハンターなど、足手まといでしかない。出来ることといえば、レクサーラへ帰村し……自らの地位を持ってノレッジの捜索を早急に行わせる事だけ。

 何せ、人一人の捜索をしに第五管轄地へ ―― などという無茶振りである。しかも砂漠の危険度は跳ね上がっている。上役は確実に渋るだろう。そこを、ごり押す。是が非でも通す。ラーにも働きかけさせる。バルバロが動けば出来ない事では無い筈だ。ノレッジはレクサーラにも馴染んでいた為に、協力者も十分に見込めるだろう。

 頭の中でそう纏めながら。バルバロは流星の消え去った星空を一晩中、見つめ続けていた。

 

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 

 1日目。

 

 息を切らし、ノレッジは南へとひた走る。

 この頃はまだ岩場や遺跡が転々としていた。地面の裂け目も形を潜め、逃走する環境は整っていた。

 やはりというべきか、灼角から逃げおおせるという大それた試みは困窮を極めている。

 折を見ては隙を突き、北側へ抜けれないかと試みたが、その何れもが手痛いしっぺ返しを受ける羽目になってしまった。無駄に脚力を使ったな、と、後悔するばかりである。

 

「……ありました」

 

 ふらふらになった足腰で岩場の影に近付き、肉厚な葉を持つサボテンに剥ぎ取りナイフを差し込む。口の上に翳すと手袋をした右手で思い切り握り、口の中に水分を流し込む。これはジャンボ村の村長から教わった水分摂取の方法。砂漠の歩き方を教わっていて良かった、と今は心から思う。

 

 ズ、ズゥン……。

 

 喉を潤した所で、大音量が響く。灼角が岩場に体当たりをしている音だ。どうやら急かされているらしい。

 双眼鏡を覗き込むと、ノレッジが1つ前に潜んでいた岩場が跡形もなく砕け散っていた。

 

「これは、次、ですね」

 

 ノレッジはそのまま南側を見渡す。

 管轄地くらいに大きな岩場があれば良いのだが、そんな便利な場所は無い。殆どは身を隠す程度のものであり、例えあったとしても走竜の住処になっている事が殆ど。

 このまま、何処まで逃げ続けることが出来るのか。

 

「いえ。まだ、行けます……!」

 

 首を振って言葉に力を込め、自らを叱咤する。弩を背負い、ノレッジは岩場を飛び出した。夜が来れば身を隠しやすくなる。それまでを耐えるのだ。

 灼角が此方に気づき、走り寄るのが見える。紅の体駆が砂丘を飛び越え礫を踏み潰し、最短距離で迫る。

 

「……っ」

 

 力の限り跳ぶ。

 まだだ。反転、『ボーンシューター』を構え、照準を合わせる間もなく撃つ。

 脚、翼、尾、背甲……頭。

 

「来るっ」

 

 怯むどころか、灼角の動作を阻害する事すら出来ず。

 正面を向いた角竜を前に、今度は、抱きかかえて砂地を転がった。

 起き上がり、目前に ―― 尾。

 

 ―― ドッ

 

「っ! っ!!」

 

 ―― ドズンッ

 

 状況は回避の後で理解する。灼角がその尾を二度、地面を掃うように振り回したのだ。

 ノレッジは足元に転がる事でそれを避け、そのままぐるりと振り回された尾を、期を読んでは潜り抜ける。

 一度、灼角の視界の外へ。

 

「……っ」

 

 反転。そして次だ。砂丘の上から、閃光玉を投げつける。

 明滅する視界の中、次の岩場を探すべく、ノレッジは脚を動かした。

 

 

 

 

 3日目。

 

 管轄地を遥かに離れ、目ぼしい岩場は遂に無くなった。

 ノレッジは自分の身体がぎりぎり隠れる小さな岩場を背に、次の闘争に備えて息を潜める。

 

「……ふ、はぁ」

 

 あの灼角が大きく仕掛けてくるのは、決まって夜であった。

 とはいえ日が昇っている内でも、ノレッジが移動を開始すればすぐさま顔を出してくる。昨日はその繰り返しだった。睡眠を取るべき時間が見当たらない。おかげで体力も底を尽きかけている。

 背後の2メートル程の岩場に寄り掛かりながら、ノレッジは僅かな日陰に身を寄せる。そのまま、眠らぬようにと鞄の中を探っていると。

 

「……おっと、これは採って置かなきゃいけません」

 

 その視界に小さな枝葉を持つ植物に目を留め、腰からナイフを引き抜いた。

 刃を入れる。実をもいで種を取り出す。端を切り落とし、片方を削って弾頭に。瓶詰めの蓋を空け、ネンチャク草の粘液を薄く塗り、火薬を接着。

 西日に翳す。これにて射手の扱う弩に共通した「弾丸」の完成である。

 これはハンターの間で「カラの実」と通称される植物で、実が均一になる事とその繁殖力の高さから、弾丸の素材として広く利用されているのだ。

 尚、実を削った際に出た種子はその場に埋めるのが暗黙の了解なのだという。ノレッジは師匠の教えの通り、適当に抉った地面に種子を埋めた。

 「カラの実」が群生している場所にアタリをつけ、手際よく弾丸を作り出してゆく。1~2回の遭遇戦に耐えうる数を手に、ノレッジは息をついた。

 

「―― 日が」

 

 沈む。

 宵闇の帳を下ろし、また、灼角の時分がやって来る。

 

 

 

 

 5日目。

 

 未だ、状況を一変させるような吉報はない。

 良い事と言えば、ここの所のノレッジは何故か、温暖期真最中の砂漠だというのに暑さを気にせず活動できる様になった。元からガレオス装備は暑さに対してかなりの耐性を有していたが、逃走を始めた当初と比べても一層苦しくなくなった感があるのだ。

 勿論、生存という意味合いならばこれ以上なく良い変化である。が。

 

「……これ、何か拙い状況なんじゃあなければ良いのですが」

 

 本来人間が持つ生理機能の何かしらを阻害されているのであれば、体調にも異変をきたしかねない。このギリギリの逃走劇にあって、身体の不調は決定的な敗因となり得る。

 尤も、ただでさえ睡眠不足と疲労には追われているのだが。

 

「……もっと栄養素、それに電解質も取れると良いんですけどねー」

 

 ここ数日は手持ちの干し肉とサボテン由来の水分、乾パン。それにサボテンの葉肉程度しか口にしていなかった。改めて実感する。食糧事情という一点においても、砂漠は人間に適した環境ではないのだろう。

 

「目を盗んででも、魚や肉といった御都合的なエネルギー源が欲しいのですが……さて」

 

 あの灼角の気配を感じ、ノレッジは重い腰を上げる。

 動かねばならない。

 自分にはまだ、やりたい事があるのだ。

 

 

 

 

 7日目。

 

 遂に方角儀が役に立たなくなり、がらくたと化したそれを足元に放る。とはいえ灼角は常に北から攻めて来るため、使う場面も殆どなかったのだが。

 確かに、自分が今居る位置が判らなくなると言うのは僅かながら不安を煽られる……というのは一般的な話。

 ノレッジは息を整えながら状況を探る。

 方角儀が損壊した今、遂にここまで、「現実的にレクサーラに戻れない」という局面に到達してしまった。夜になれば星と黄道で簡易的な方角を見ることは出来るが、紙も計算機もない今、灼角を相手にしながら正確な距離までを知るのは困難と言えた。

 今の今まで南へ足を伸ばしていたのは灼角の相手をしている内にはレクサーラに戻れないから、である。あの場所へむざむざ「脅威」を近づける訳には行かなかったのだ。しかし今、ノレッジの周囲に広がるのは、何処を見ても礫か砂かと言った殺風景極まりない光景で、レクサーラはおろか人間すら影も形も見当たらない。

 つまり現状、方角を確認する必要がなくなった ―― レクサーラを気にする必要は、もう、無くなったのだと思えば、少しばかり気が楽になる感覚もあった。

 あとは遮二無二、木に噛り付いてでも生き残るのみ。……砂地にめぼしい木は無いが、例え話である。

 気分を切り替える為にと、ノレッジは久方振りに喉を鳴らす。

 

「―― ん、んん゛っ。……」

 

 喉が震えるまでには時間を要した。独りきりの逃走において、叫ぶ事はあれど、「言葉」を発する必要が無かったためだ。

 水を口に含み、うがいをして、遠景を望む。

 

「……ふんふむ、あー、あー」

 

 言葉こそが人類最大の発明だとは、いったい誰の言葉だったか。

 ……今日はこちらから仕掛けて、あちらを驚かせてやろう。

 そう思い至ると、行動に移すのは早かった。思い切りも、少女の持つ美点である。

 腰を僅かに浮かし、前傾に。岩場を出る。

 

「―― ノレッジ・フォール。挑みます」

 

 右前方70メートル、地面の下(・・・・)だ。

 未知なる灼角に向けて。意志を込めて呟き、少女は駆けた。