やはり俺のDQ3はまちがっている。 (KINTA-K)
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1話

pixivで1年ほど放置していたので、再開決意記念に。
公開済みの分を1~3日くらいの間隔で更新して、追いついたら最新話を更新する予定です。



「起きなさい、八幡。今日はあなたの16歳の誕生日、勇者として旅立つ日よ」

 …起きたくねぇ。

 ついにこの日が来てしまったかと嘆息する。そもそも、16歳の誕生日が何だと言うのだ。アリアハンでは16歳から大人として扱われることになっているが、そもそも昨日の俺と今日の俺で何が違う?1日分余計に過ごしただけだ。ただそれだけの変化を、俺は特別とは呼ばない。

「……zz」

 だから俺は断固とした意志を示すために寝たふりを敢行した。

「起きなさい、八幡。…優しく声掛けている内に起きな、バカ息子」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 低くなった声に慌てて飛び起きる。あれだ。ビビったとかじゃないから。声が低くて怖いとかちょっとしか思ってないから。…思ってるのかよ。

「なんて声出してんだい?ま、いい。さっさと王様のとこ行って報告してきな」

「…わーってるよ」

 捨て台詞を残して部屋を出ていく母さんに、欠伸交じりに気のない返事を返す。

 そして、昨日の内にしかたなく準備しておいた旅人の服に着替えて、俺はもう一度大きく嘆息した。

 

 

 この世界は魔王の脅威に晒されている――

 今から数十年前、突如として魔王バラモスが現れ、世界に魔物が溢れるようになった。

 人々は常に凶暴な魔物の影に怯えることになり、実害として各国、都市間での往行も多大な費用とリスクを抱えることとなった。街の外に出れば魔物に遭遇するため、開発は遅れ、人間は世界居住区に閉じこもって暮らすことを余儀なくされるようになった。

 俺の住んでいる国、アリアハンも例外では無かった。――十年ちょっと前までは。

 一人の勇者の出現が、アリアハンの状況を変えた。

 その勇者の名は比企谷オルテガ。大規模な魔物によるアリアハン襲撃事件が起こった際、ただの一介の兵士に過ぎなかった彼は、戦死した部隊長に代わり兵を率いて自らも前線に立ち、魔物を蹴散らして見事アリアハンを守り抜いた。騎士どころか下級兵士としての訓練しか受けていなかった筈のその男は、誰よりも剣の腕が立ち、誰よりも上手く魔法を扱った。

 そして、魔物を撃退した功績を認められたオルテガは、国の支援を受けてダーマ神殿に趣き、そこで精霊の加護を受けて勇者と呼ばれるようになる。

 その先のことは大分端折るが、とにかく勇者になったオルテガの活躍で、アリアハンは凶悪な魔物が一掃され、危険な魔物がほとんど残っていない世界屈指の平和な国になった訳だ。

 で、その数年後、今から10年前くらいに勇者オルテガは本命の魔王バラモス退治に向かい――そのまま音信不通になった。いまだ魔物の脅威がなくならないということは、多分、そう言うことなのだろう。勇者オルテガは、魔王退治に失敗したのだ。

 そして、その勇者オルテガの息子が、何を隠そう俺だったりするのだ。……あんな糞オヤジ、認めたくないけどな。

 

 

 着替えを終えて階段降り食卓に向かう。そこには、珍しく俺の好物ばかりが並べられていた。おいおい、一体何の記念日だ?え、誕生日?俺の誕生日って記念日じゃないよね?

「あ、お兄ちゃん、おはよう!」

 そう言って部屋に入ってきた俺ににこやかに声を掛けてきたのは、天使…じゃない、俺の二つ下の妹の小町。…案外、オヤジは余裕扱いて二人も子供こさえてるからバラモス退治に失敗したのでは無かろうか。いや、さすがにそれは無いか。

「おう、おはようさん」

「今日は旅立ちを控えるお兄ちゃんのために私が腕によりをかけて作ったんだよ!あ、今の小町的にポイント高い!」

「これは八幡的にもポイント高いなー」

 俺のためとか…やはり天使か。そんなことを考えつつ、小町の隣の席に座る。

「母さんも手伝ってるから母さん的にもポイント高いわねー」

 うん、そっちは無理だから。…まぁ、不肖の息子に多少は気を使ってくれたのだろうくらいは汲んでおこう。

 頂きますと手を合わせて、俺は朝食を食べ始めた。

 美味い…はぁ、このままずっと飯くってれたらいいんだけどな。城、行きたくねー。

 

 

「じゃ、行ってくる…」

「いってらっしゃい。王様に失礼の無いようにするんだよ」

 母さんに見送られて家を出る。母さんの隣を見ると、小町が不安そうな顔でこちらを見ていた。…食事中は元気そうだったけど、空元気だったか。

「お兄ちゃん…」

「そんな顔するな。一応、謁見の後にまた家に寄るから」

「…うん」

 俺の言葉に、まだ小町は不安そうに小さく頷く。俺はシスコンだと言う自覚はあるが、小町も大概ブラコンだからな。まぁ、小町は俺なんかよりも重責を背負っているから仕方がないんだが。出来損ないの兄として、周囲の期待に押しつぶされそうになる小町を支えている内に少し共依存のような関係になってしまっていた。

 仕方がなかったことだが、今日からは小町は俺に甘えることができなくなることを思うと、どこかで突き放すべきだったのかもしれないと考えてしまう。…そんなこと、できたはずもないけどな。

「じゃ、行ってくる」

 頷いた小町の頭を軽く撫で、俺は少しばかりの未練を振り切るように城に向かった。

 

 

「よくぞ来た偉大なる勇者オルテガの息子、もういいよ」

 おい、リアルでもういいとか言われたんだけど、マジなの?ネタじゃなかったの?て言うかオルテガの息子って何なの?俺の名前知らないの?

 話は本当にそれで終わりのようで、王に付き従っている近衛兵から旅立ちの餞別にと銅の剣と100Gを渡された。うわー、俺の価値安ー。勇者オルテガの息子って言うなら、オヤジが残していったバスタードソードくらい寄越してくれませんかね?ま、あんな長物俺には使えないから、仮にもらっても売り払って金に換えるけど。

 因みに、そのバスタードソードは『本物』の勇者である小町が旅立つ時に渡されることになっている。

 ただ勇者オルテガの息子というだけの出来損ないの『偽物』の勇者、『本物』の勇者小町が旅に出るまでのただの繋役。

 それが、今日から旅立つことになった俺に貼られているレッテルだ。

 



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2話

平塚先生と陽乃さん登場と、八幡が偽物扱いされている説明回。
読み返すと平塚先生の立場で八幡の旅立ちの日を認識していないのは明らかにおかしいけど……わざととぼけたと言うことで。


 

 王様との謁見を終えた俺は、まだ城内に留まっていた。

 周囲の俺を見る目がウザイ。明らかに『あの出来損ないの…』とか言いたげな視線を向けてくる。てか、実際言われてる。いつものことだから気にしないけどな。一方で小町は勇者として羨望の視線を向けられるまである。うん、お兄ちゃん、憧れまでは許すけど色目なんて使ったりしたら絶対に許さないリストに入れるから覚悟しておけよ。

 一応、勇者オルテガの息子として結構城には来ているが、俺に対する周囲の反応は昔からこんなものだった。

 いや、少し違うか。俺が魔法を使えない、と判明してからか。もの心ついた時には魔法の適性テスト受けてるから、それ以前の記憶などないが。

 勇者には魔法の素質が必要になる。まあ、当然のことだ。勇者にしか扱えない雷の魔法があるのだから、逆説的に魔法が使えない時点で勇者ではないと言うことになる。

 俺が魔法を使えないと判明した時の周囲の落胆は途轍もなかったのだろう。なまじ勇者オルテガの息子として期待されていた分、なおさらだ。だから、これは仕方がないことだと認識している。

 …そう、だから仕方のないことだ。魔法の素質を持ち、ライデインさえ覚えて勇者として証明して見せた小町に重責が掛かるのも。正直、自分が魔法を使えないことで一番辛い思いをしたのは、周りからの侮蔑の視線よりも周りの期待に押しつぶされそうになる妹を見ることだ。小町は周囲の期待に応えられるだけの才能を持ってはいたが…まだ齢14の少女に過ぎない。そんな少女に、周囲は勇者としての重い期待を与え続けている。時折、小町は俺にべったりと甘えてくるが、そう言った周囲の環境も影響しているのだ。

 さらに言うなら、この国で貴族階級に――騎士や文官になるためには魔法が使えることが必須となっている。つまり、城には魔法が使える者ばかりだ。魔法が使えない俺が出入りしているだけでも城に勤めている者にとっては噴飯ものだろう。

 結果として、俺は失格者の烙印を押され、気づいたら国中で『偽物』勇者と嘲笑されるようになった訳だ。なにそれ、笑えない。

 とにかく、こんな状況だから普段なら用が済んだらさっさと城を出ていく俺が、まだこんな処に留まっている理由は、旅立つ前に挨拶くらいはしておかなければならない相手がいるからだ。この時間なら城の詰所にいる筈だ。

 俺が詰所に行くと、目的の相手は机の前で書類を眺めていた。幸い、他の騎士の姿はない。俺も彼女も誰がいても気になどしないが、最後の挨拶くらいは邪魔者がいない状況でしたかった。

 彼女は俺に気づくと、長い髪を靡かせながら、実に様になる仕草で振り返った。

「おお、どうした比企谷。城に来るとは珍しいな」

「どうも。呼び出されたんですよ、平塚先生」

 この国で、俺が心を許している数少ない相手――平塚静が意外そうにこちらを見ていた。

 

 

 

「そうか、お前も16歳か……」

「ええ。それでまぁ、旅立つことになったんで、最後に挨拶でもと」

 平塚先生は「16歳なら大人…なら比企谷でも…」とかぶつぶつ言っていたが俺には何も聞こえていない。…平塚先生、確か20代半ばぐらいだったよな。20過ぎたら行き遅れって言われるくらいだから、焦るのも無理はないと思わんでもないが。

 この人、なんで美人なのに相手がいないんだろうなー?理想が高すぎるんだよな…旅に出る俺じゃ無理だから、誰か貰ってやってくれませんかねぇ…

 俺の腐った視線に気づいたのか、平塚先生は誤魔化す様に一度咳払いした。

「コホン。とにかく、お前もついに旅立ちの日を迎えたと言うことか…いや、迎えてしまったというべきか」

「どっちでも同じですよ。まぁ、俺が多少はマシな状態で旅立つことができるようになったのは平塚先生のおかげなんで、感謝してますよ」

「…比企谷…別に、私は当然のことをしただけだよ」

 その当然がどれだけありがたかったのか、この人は分かっているのだろうか…分かってもらいたくは無いが。

 俺は出来損ないだが、それでも勇者の息子として城の管理の元で訓練を受けることになっていた。そのことは糞オヤジこと勇者オルテガの願いでもあるため、俺が出来損ないであっても放り出すことはできなかったらしい。俺は予定通り王国の練兵所で訓練を受けることになったのだ。

 だが、訓練を受けさせはしても教官がまともでなければ結局同じである。7歳から訓練を受けさせられていた俺は、俺の才能を見限っていた教官に放置され、周囲の騎士たちの訓練を横目で見ながら見よう見まねでただ木刀を素振りしているだけだった。基本的には楽がしたい俺だが、小町のために強くなりたいと思っていた。だが、思っていてもまともに指導してくれる大人は何処にもいなかったのだ。

 それが変わったのは6年前のこと。平塚静がある人の手引きでアリアハンに訪れてからだった。

 彼女はかつて勇者オルテガに助けられたことがあり、彼の出身地であるアリアハンに興味を持っていて、丁度いいとやってきたらしい。彼女は魔法は使えないが、反面武術の才能がすさまじく、二十手前にしてバトルマスターの称号を得た凄腕の戦士だった。実際、ただ魔法が使えるだけの城の騎士など、束になっても彼女にはかなわない。

 アリアハンは士官に来た彼女を騎士にさせることはできなかったが、その能力を手放すのも惜しいと思ったようだ。特例で、彼女を接近戦の教官として城に迎え入れた。当初彼女は俺の訓練を担当する予定ではなかったのだが、俺の教官が俺を放置している所を見て、勝手に俺の訓練を担当することになった。それを国に諌められた時に「それならアリアハンを出る」とまで言い、止められたらしい。後の話なのだが、なぜそこまでしてくれたのかと聞くと、彼女は笑って「強くなろうと願う者を放置することは、私の信条に反するからだ」と言っていた。ヤバイ、男前すぎて惚れそうになる。

 それから、俺はようやくまともな訓練ができるようになり、さらに他にも色々と助けてもらったおかげで、少しはマシな状態で今日の日を迎えることができるようになった。いくら感謝してもし過ぎるということはないだろう。

「ま、それと感謝は別なんで、もらっておいて下さい」

「そうか…」

 俺の言葉に、平塚先生は苦笑を浮かべ、それから何かを考え込むように俯いた。一応、心配してくれているのだろう。戦闘技術や生きる術を多少身に着けたところで、俺が出来損ないであることには変わりない。もしくは、悔い、か。彼女の望むところまで、俺を鍛えきれなかったことの。もっとも、それはどこまで行っても才能のない俺自身の問題であり、彼女の責任ではない。むしろ平塚先生はその状況でベストを尽くしていたとさえ思う。

(ま、仕方ないか。俺は、平塚先生に恩を仇で返すような真似をしたのだから)

 言えば、彼女はきっと否定する。だが、事実だ。俺の才能の無さが、彼女の誇りの一部を確実に傷つけた。それは、俺を鍛えてくれた彼女に対する仇だ。

「なあ、比企谷。お前が望むなら、私は……」

 だから、彼女はそれを気に病む。だから、彼女は決して言ってはならないことを言おうとする。だが…

「やっはろー、比企谷君っ」

 それは、俺がとめるまでもなく、横から割って入ってきた場違いな程明るい声によってあっさりと遮られた。

「……陽乃か」

「……陽乃さん」

 振り返った先には、アリアハンに平塚静を連れてきた張本人、アリアハン最強の賢者、雪ノ下陽乃が仮面の笑みを張り付けて立っていた。

 

 

 

「しかし比企谷君もこれで大人の仲間入りかー。どう、大人になった感想は?」

「俺にとっては昨日からただ1日経っただけですね」

「うんうん、比企谷君ならそう言うと思っていたよ」

 ウゼェ…妙なテンションでこちらの顔を覗き込んで絡んでくる陽乃さんにげんなりする。対照的に、平塚先生は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいる。

 と言うか近い近い!なんでこの人いつも平然と距離詰めてくるの!?勘違いして惚れてしまいそうになるのでマジで止めて欲しいんだけど。

 雪ノ下陽乃。彼女は…まぁ、一応、彼女も俺の恩人とは言えなくもないが、ぶっちゃけ、苦手な相手だった。常に明るく社交的で、誰もが彼女を素晴らしい人物だと誉めそやすだろう。だが俺にはそれが仮面にしか見えず、その裏で何かを企んでいるような影を感じ取ってしまい、どうにも苦手なのだ。後、やけに絡んでくるのも苦手だ。あれだ、勘違いして告白したら笑い者にされる奴だ。

 そして、彼女について特筆すべきことは、この国の大きな派閥の1つを築いていることだ。雪ノ下家、の派閥ではない。雪ノ下家はアリアハンでも指折りの力をもつ貴族だが、彼女はその家の派閥から離れ、賢者陽乃として一人で大きな派閥を持っている。そんな我儘が許されるほど、彼女は優秀な賢者だった。既にイオナズンが使えるあらゆる魔法のエキスパートと言う時点で(さらに平塚先生を抱え込んでいることも踏まえて)察してほしい。特技にイオナズンとかかけるとか、ガチで羨ましいんだけど。と言うか、もうこの人が魔王バラモス倒して代わりに魔王を名乗ればいいんじゃないかな。

「で、比企谷君はこんなところでのんびりしてていいのかな?早くルイーダの酒場に行って仲間になってくれる人を探さないといけないんじゃないの?」

 そんな事を考えている俺をよそに、彼女はそんな驚愕の提案をしてきた。それ、絶対俺がぼっちなこと解ってて言ってるよね…

「別に俺ぼっちなんで。一人の方が経験値ウマーだし」

「でも比企谷君は魔法が使えないでしょ?一人ぼっちだと絶対途中で挫折すると思うんだけどなー」

「遺憾ながら、それに関しては私も陽乃と同意見だ。せめて一人だけでも仲間は探した方がいい」

 俺の弱い反論は陽乃さんどころか平塚先生にまで諌められてしまった。いやでも、酒場に言って見ず知らずの人をいきなり旅に誘うとか、難易度高過ぎなんですけど。

「そこは…まぁ、常日頃から鍛えたぼっち力でどうにかします」

「ぼっち力って何?」

 やっぱり比企谷君は面白いねと言って笑う陽乃さん。それから少し真面目な顔になり、言い含めるように続けた。

「とにかく、比企谷君は絶対にルイーダの酒場に行くこと。もし行かなかったら……どうなるか分かるよね?」

 え?どうなるの?ハチマン、分からない…

 うすら寒いものを覚え困惑する俺を、陽乃さんはつま先から頭までざっと見渡してから言った。

「まだ出発の準備もできて無いみたいだし、時間無いんでしょ?ほら、早く行った行った。比企谷君、約束は守ってねー」

「別に約束なんてした覚えはありませんが…分かりました」

 陽乃さんに追い立てられるように部屋を出ようとする。まあでも、正直、さっきは遮ってくれて助かった。平塚先生がさっき何を言おうとしたのかは見当が付いている。それは絶対に言わせてはいけないことだ。

 部屋を出る直前で振り返り、俺は最後に二人に頭を下げた。

「平塚先生、陽乃さん…小町をよろしくお願いします」

「…っ、あ、ああ。当然だ」

「勿論、小町ちゃんも可愛いからねー」

 平塚先生は一瞬酷く寂しそうな顔をしたが、すぐにいつも様子に戻り力強く断言した。陽乃さんはいつも通りの様子であっけらかんと言ってくれた。

 これで、いい。この二人になら、小町を任せられる。何せこの二人は、2年後に小町が旅立つ時、魔王退治の旅に付いていくことが決まっているのだから。

(もう少し話してもよかったが…これくらいの方が俺らしいな)

 少しだけ後ろ髪引かれる思いを感じながら、俺は踵を返して部屋を後にした。

 

 

 



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2.5話

前回の平塚先生の事情編。
当初は一人称を変える時は『….5話』でとか考えてましたが、後の話ですでに崩壊してます。
八幡がメインで無い、かつ間に挟むようなエピソードはこのようなタイトルになります。

次回は舞台裏話の予定。


「平塚先生、陽乃さん…小町をよろしくお願いします」

「…っ、あ、ああ。当然だ」

 部屋を出ていった比企谷の残した言葉に、一抹の寂しさを感じながらも、私は力強く頷いた。頷いてやることしかできなかった。

 この言葉の意味は分かる。私が言おうとした言葉は、はっきりと言葉に出す前に拒絶されたのだと。

 このような言い回しでそれを示されたのは、彼の解り辛い優しさ、なのだろう。

「勿論、小町ちゃんも可愛いからねー」

 対して陽乃は私のように何かしら気にするところもなく、いつも笑顔を張り付けてひらひらと手を振っている。

 彼女の仮面――彼女の笑顔が表面的なものであることは分かっているが、私はそれが不思議と嫌いではない。それも、私が認めた陽乃の強さの一部だ。

 だが、仮面越しでも分かることはある。陽乃は、言いたいことをすべて言い終えて、満足していた。

 ……ルイーダの酒場、か。あれだけ露骨に推していたのだ。陽乃なら、当然のように何かしらの仕込みをしているのだろう。そして、比企谷がああ言った以上、あいつは確実にルイーダの酒場に行く。そこで待っているのは、きっとあいつにとって意味のあるものなのだろう。陽乃は周囲を引っ掻き回すトラブルメーカーだが、その実無駄を嫌う。

 そんなことを考えていると、不意に陽乃が振り向いた。そして、仮面の笑顔に意地の悪さをブレンドして、からかうように告げてくる。

「そ・れ・で、静ちゃんはあの時一体何を言おうとしてたのかな~?抜け駆けは感心しないよー」

 解り切ったことをニマニマ笑みを浮かべながら聞いてくる。その態度に、私は大きく肩を竦めて見せた。

「抜け駆けも何も、今はっきりと断られたさ」

 お前も見ていただろう、と水を向ける。

「まったく、静ちゃんはどうして国に喧嘩売るようなことをするのかな」

「それはお前もそんなに変わらないだろう」

 そんなことはないよーと本心でないことが明白な言葉を聞き流しながら、あの時の言葉の続きを思う。

 あの時の言葉の続き――お前が望むなら、私は……お前の旅に付いていく。私は、陽乃の邪魔がなければそう言っていた。ま、陽乃の邪魔がなくても比企谷本人に言い切る前に止められていただろうがね。

 実際、本来ならしてはいけない話だし、できない相談なのだ。アリアハンは私を勇者小町の仲間にすると決めている。それを蹴って比企谷についていけば、アリアハンの面目は丸つぶれだろう。

 何よりもそれを比企谷が望まないことが分かる。アリアハンの面目を潰すことではなく、私がそれをしてしまうことを。

 それでも、私は、あの時比企谷が拒絶しなかったら、国を敵に回しても――仮に、陽乃と敵対することになっても比企谷に付いて行った。

 私は、そこまでしなければならない程残酷なことを、彼にしてしまったのだ。

「…静ちゃんも、妙な所で律儀だよね」

「性分だ。完璧が無いことは分かっている。すべて望み通りに行かないことも分かっている。それでも、後悔しないという訳ではないさ」

 言いながら、私は自分で比企谷に二度目の絶望を突き付けてしまった時のことを思い出していた。

 

 

 

 比企谷の訓練を担当することになり、私は彼に闘気の使い方を教えた。魔王ほどの相手を倒すには絶対に必要であるし――魔法が無くとも強くなれる証明になると思ったからだ。魔法が使えない比企谷に、同じ魔法が使えない者として少し親近感を持っていた。

「気は生きている限り誰もが持っている力だ。魔法は才能がなければ使えないが、闘気なら、鍛えれば使うことができる。私は、それをお前に教える」

 闘気は己の生命力を燃やして力を発揮する、いわば生粋の戦士にのみ許された魔法のような技だ。私はそれを比企谷に修得させることで、将来勇者にならなければいけない彼に、そのための力を与えてやるつもりだった。

 闘気には大まかに分けて3段階ある。1段階目は身体能力の強化。2段階目は自分の持つ武器に闘気を纏わせること。3段階目は闘気を放出すること。3段階目は相応の才能が必要になるが、闘気に目覚めたものは2段階目まではすぐに身に着けられる。それが、私の認識だった。

 そして私は1段階目の身体能力の訓練を始めた。これは戦士でなくとも無意識に使うことのある力で――平たく言えば火事場の馬鹿力だ。普通の人間では何か危機的な状況でないと発揮できないそれを、意識して使えるようにする。私はこれを2年かけて比企谷に修得させるつもりだった。

 闘気は己の体に負担を掛ける力のために、意識して使うことが難しい。使い方を誤れば生命力を使い果たして死ぬこともある諸刃の剣だ。そんな危険な力を意図的に使えるようにならなければならない。その感覚の理解は結局己を追い込むしか方法がないのだ。負荷をかけ過ぎないように徐々に開眼させていこうと考えたそれを、比企谷はわずか半年である程度自分の意思で発動できるようになり、1年もすれば腕力だけを強化する、脚力だけを強化すると、器用に分けて使うことができるようになっていた。私が2年で身につけさせようとしたことを半年で修得し、さらに半年で自由に扱えるところまで使えるようになったと言う事実に、私は歓喜した。優秀な弟子をもったと。

 ……後から考えれば、私はその時点で間違っていた。闘気の開眼に必要なことは、突き詰めれば自分を追い込むことだけ。比企谷の開眼が早かったのは、自分を追い込むことに慣れていた、ただそれだけだったのだ。

 そして2段階目の闘気を武器に纏わせる訓練に移った。その時、私は比企谷にこう言った。

「闘気を武器に纏わらせれば、今まで斬れなかったものを斬ることができるようになる。例えば、鉄よりも固い竜の鱗は、鉄の剣ではなんど打ち付けても斬ることができない。だが、その鉄の剣に闘気を纏わらせることで、竜の鱗も斬ることができるようになる。現に私はこの力を使って銀のナイフ一本でスカイドラゴンを仕留めたこともある」

「だから、絶対に身に付けろ、これを身に付けられなければ、戦士『失格』だ。……何、安心するがいい、私が必ずそこまでお前を鍛えてやるさ」

 ……私は、敢えて厳しい言い方をした。実際、武器を使う戦士が武器よりも固い敵を倒すためには必須の技術なのだ。身体能力が高くても、それだけでは武器の固さよりも固い敵は斬れないからだ。魔王退治に向かうならば、絶対にそのような事態に遭遇する。だから私は敢えてそう言ったのだ。

 もっとも、当時そう言った時の私は楽観的に考えていた。新しいことを覚えるのにもっとも困難なものは最初の取っ掛かりを掴むことだ。それをクリアできているのならば、次に進むのは容易い…私は、愚かにもそう考えていたのだ。

 それから2年経過しても、比企谷は2段階目に進めなかった。どれだけコツを教えても、実演してみても、実戦稽古してみても、彼は武器に闘気を纏わせるところまで至れなかった。

 私は1年経ってもできなかったことで、気づいていた。比企谷には、自分の闘気を外部に出す才能が無いのだと。それでも身に付けさせようと躍起になり、もう1年無駄に費やしてしまったのは、私の我儘だ。比企谷に、勇者失格の烙印を押されているあいつに、私がさらに失格の烙印を押し付けるわけにはいかないと、自分の気持ちだけのことを考えて。

 あいつは、そんな私の心情を察したのだろう、訓練を始めて2年目に、自分から言ってきた。

「平塚先生、俺は闘気を武器に纏わせる訓練をやめて、別の訓練をしたいんですが」

「…諦める必要はない、私が、必ずお前をそこまで至らせて見せる」

 私の諦めの悪い言葉に、比企谷は嘆息し――いつもの濁った、腐った眼でこちらを見て、言った。

「そうですね。平塚先生に教えられれば、いつかは出来るようになると思います」

「なら――」

「ですけど、あと3年もしたら旅に出なきゃいけません。なら、俺は効率を重視して今ある材料で戦う方法を身に付けたい」

 その考え方は間違っていますかと聞いてきた比企谷に、私は違うとは言うことはできなかった。

 実際、間違っていない。時間が限られている以上、一つのことにこだわり続けるなどできはしない。そして何よりも――

 比企谷の目には、すでに諦観が浮かんでいたのだから。

 彼の目を、私が、さらに濁らせたのだ。私は比企谷に、2度目の失格の烙印を押してしまった。

 以降、彼は盗賊の訓練も受けるようになり、私と…主に陽乃の口利きにより、盗賊の訓練所に通うようになる。そして比企谷は素手を含めた色々な戦い方を学びたいと私に申し出て、私は今までの私が主導で比企谷を鍛えるやり方から、二人で相談して訓練の内容を決めるやり方に変えた。

 その甲斐あって、あいつは自分の戦闘スタイルを確立させた。色々な武器の特性を知ることで、それに合わせた戦い方もできるようになった。

 あいつの努力は間違っていなかった。それは断言できる。だが――戦士失格の烙印は、押されたまま消えていない。

 

 

 

 ***

 

 

 

(な~んか、重そうなこと考えてちゃってそうだなー)

 黙り込んだ静を見て、私は苦笑を漏らした。

 当時の状況を知っている私は、彼女が抱えている苦悩を理解している。だが、むしろ私はその比企谷君の行動に感心したものだ。

(割り切ってすぐに次に繋げる。最後の方はあの静ちゃんが彼の提案にのって動いていたしね。自らの分を理解した上で最善を尽くす。うん、本当に面白い子だよ)

 才能のある自分では分からない、分かる必要もない行動原理を持つ男。そんな彼が『あの子』と会ったら一体どんな化学反応を起こすのか…私は、それが楽しみでならない。

(ま、あの子が私の予想通りに動いていれば、だけどね)

 お膳立てはした。それ以上はあの子が決めることだ。私の考えた通りに動かないのなら、それは酷くつまらない結果になるが。

 私の見立てでは、自分の意思で何かを決められる子ではない。だが、逃げることくらいなら、できるかもしれない。それくらはしてやる義理が私にはあると思ったし、だからこそ実際してあげた。

(でも、今は静ちゃんか)

 なんだか自分が思ったよりも落ち込んでいるようで、ちょっと引く。まあ、元々重いところはあったけど、一体いつの間にこうなってしまったのか。

「でも、そんなに気に病む必要は無いんじゃない?どうせそんなに間が空くことなんてないから」

「…何のことだ?」

 不思議そうに聞き返す静に、私は少しあきれる。むしろ、それが分からないことが私にとっては不思議だ。

「あのブラコンの小町ちゃんが、そんなに長い間、比企谷君がいないことに我慢できるわけないじゃない」

 私と静と同じ、我儘を押し通せるほどの力をもっている『本物』の勇者――比企谷小町が、その感情を黙って押え続ける必要など、何処にもないのだから。

(さて、これから楽しくなるといいね)

 魔王退治、そこから始まる騒乱が待ち遠しい――色々なものをぶち壊せるその時が。

 私はその内心を仮面の下に隠しながら、僅かに唇の端を上げていた。



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舞台裏話 1

台本形式は書いてて楽だけど、これでストーリー書ける人は本当凄いと思う。
この舞台裏話は定期的に間に挟みます。


八幡「と、言うわけで舞台裏説明だ」

 

小町「どう言う訳か全然わからないよ、お兄ちゃん!」

 

八幡「ぶっちゃけ、作者が作中で上手く説明できる自信がないから、番外編で説明させることにしたらしい。で、俺はアリアハン旅立ったら当分小町と絡みないし、ならせめて舞台裏説明だけでも俺たちに代行させようということになったんだと」

 

小町「…うう、そんな事情、知りたくなかった」

 

八幡「因みに、ここでした説明を作中でちゃんとする可能性もあるけど、そん時は内容は被ってしまうが作者の構成力の無さが原因だと思って勘弁してくれ」

 

小町「なんか、余計悲しくなってきたんだけど!」

 

八幡「今後も何か新しい設定が必要な時にやるかもしれないしやらないかもしれないコーナーだけど、ま、そんなもんだと思ってくれ。と言うわけで、早速説明に移るぞ」

 

●勇者オルテガについて

 

八幡「糞オヤジ、以上だ」

 

小町「説明になってないよ、お兄ちゃん…」

 

八幡「なら、今のアリアハンの状況は大体こいつのせいだと言い換えておくか」

 

小町「え?どういう事?」

 

八幡「1話で俺が端折った場所なんだが、勇者認定された糞オヤジは、そのあと一度アリアハンに戻ってから世界中を旅して回っているんだよ」

 

小町「え?そうだったの?」

 

八幡「ああ、そんで世界各地の魔物の幹部討伐なんかをかなりこなしている。現時点で世界各地で魔物との対立がせいぜい街を出た時にのみに限られているのは、未だに糞オヤジの活躍がかなり大きいんだ。だからこそ、世界中から勇者として認められた訳だが」

 

小町「ふえ~、そうだったんだ。お父さんって凄かったんだね」

 

八幡「ただの糞オヤジだけどな。それはともかく、糞オヤジ…あー、解りにくいからオルテガと言うか。オルテガは世界の世直しの旅をした後、最後に地球のへそと呼ばれるランシールを訪れた。そこで、オルテガは神託を受けたんだ」

 

小町「え?ダーマ神殿じゃなくて」

 

八幡「ランシールも精霊を祀っている聖地だから。一応、格付けだけならダーマよりも上だぞ。まぁ、転職を司っているダーマの方が遥かに有名ではあるが。ランシールは辺境もいいとこだしな」

 

小町「ふぅ~ん…で、そこでお父さんはどんな神託を受けたの?」

 

八幡「……オルテガの魔王退治は失敗する。しかし、オルテガの子供がその無念を晴らす、と」

 

小町「…え?」

 

八幡「つまり、オルテガは自分がバラモス退治が失敗することは神託で分かっていたんだ」

 

小町「そうだったんだ…」

 

八幡「あ、因みに作中の俺たちはさすがに最初からオルテガが失敗するつもりだったとは知らないけどな。知っているのはオルテガの後を継ぐ者…勇者のスペアと言う立場だけだ。それで十分まであるが」

 

小町「お父さんにそんな事情が…お母さんは知っていたの?」

 

八幡「母さんだけは聞かされていたらしい。聞かされた上で、オルテガと結婚して将来死地に送る子供を産んだのだから大したものだが」

 

小町「私、色々複雑なんだけど…」

 

八幡「まあ、俺が糞オヤジって呼んでるのは、現在の俺たちの状況を押し付けたことに対して言ってるんであって、実際に性格が糞だったかまでは覚えてないからな。何となく小町ばかり可愛がっていたような記憶は残っているが、俺が魔法を使えないからと差別されていた覚えはないな」

 

小町「う~ん、私はほとんど覚えてないなー」

 

八幡「ま、将来の事情を知った上で母さんが結婚したくらいだったから、そこそこいい男だったのかもしれないな」

 

小町「それだったら、お兄ちゃんがお父さんに似ていたら、お兄ちゃんもいい男だね!あ、今の小町的にポイント高い」

 

八幡「それは八幡的にマイナスに行ってるんだが…因みに、本来の事情を知っているのは本当に母さんだけで、なんと国王すらもオルテガに万が一のことがあった時のための次代の勇者としか知らされてなかったらしい。その辺の徹底ぶりだけは認めてやってもいいな」

 

●アリアハンの事情について

 

八幡「さて、アリアハンの現状についての説明だが…」

 

小町「そういえば、さっきの話で最初に今のアリアハンの状況は大体お父さんのせいって言っていたよね?どういう事?」

 

八幡「オルテガがアリアハンだけ徹底的に魔物を排除したのは事情があるんだ。ランシールの信託により、本来の勇者はオヤジの子供である俺と小町であることがはっきりした。そして、オルテガは子供を作った。…その後はどうすると思う?」

 

小町「うーん、私たちは魔王を倒さなくちゃいけないんだから……少なくとも、途中で死んじゃったりしたらダメだよね」

 

八幡「その通りだ。そしてオルテガは極端な行動に出た。アリアハン大陸に住まう強力な魔物をすべて排除した上で、外部から強力な魔物が侵入しないように精霊の力まで使ってロマリアへと続く旅の扉を封印したんだ。次代の勇者が魔王退治の旅に出るまで、無事に過ごせるためにと。オルテガの魔王討伐が、俺が生まれてから6年も経ってから始まった理由は、これが原因の一つでもある」

 

小町「それでアリアハンは世界で唯一強力な魔物が生息しない平和な国になったんだね」

 

八幡「そして、オルテガは知己の老魔法使いに彼のほどこした封印を唯一解くことができる魔法の玉を預け、魔王退治の旅に出た。…それから先のことは、小町も知ってるよな」

 

小町「うん、魔王バラモス退治に失敗して、行方不明になっちゃったんだよね」

 

八幡「さて、ちょっと考えれば分かることだが、弱い魔物しかいない平和な国と強力な魔物がいる危険な国…兵士が強くなるのはどちらだと思う?」

 

小町「そりゃ、危険な国だよね。強くないと国民を守れないし」

 

八幡「そう、その事にアリアハン国王はオルテガがいなくなった後にようやく気付いたんだ。『もしかして、私の国の兵、弱すぎ?』と」

 

小町「うわー、口を押えている光景が想像できて嫌だなー」

 

八幡「ロマリアとの道を塞いだせいで、ルーラでのやり取りはあったものの半分鎖国してるようなものだったし、世界から孤立している状態だったんだよ」

 

小町「それは、アリアハンとしては面白くない事態だよね。と言うか、それって逆に立場が危なくなるんじゃあ…」

 

八幡「その辺は世界で認められた勇者オルテガの出身国と言うこともあって、ある程度は大丈夫んだったんだが…逆に言えば大丈夫でなくなる前に何とかしなければならなくなった」

 

小町「ふんふん」

 

八幡「しかし、だから封印を解いて危険な魔物がやってこれるようにします!と言っても国民は納得しない。ま、当然だな、国民にとっては平和になった今の生活の方が大事だ。そもそも、そんな事情では老魔法使いも魔法の玉を渡さないだろう。無理やり奪ったとしても魔法の玉の使い方を知っているのも老魔法使いだけだったから使えないしな」

 

小町「本当に手づまりな状況だね」

 

八幡「それを打開する手段は1つだけ、勇者の旅立ちだ」

 

小町「え?」

 

八幡「封印はそもそもオルテガの子供を旅立つ時まで守るために作られたものだ。だから、オルテガの子供による封印の解除なら、アリアハンの国民も、何より魔法の玉を持っている老魔法使いも理解を示すことができる。そのために白羽の矢が立てられたのが、俺なんだ」

 

小町「どういう事?」

 

八幡「出来損ないでも勇者の子供であることには変わりないからな。可能な限り早く封印を解きたいアリアハンは、先に成人する俺にその役目を押し付けたんだ。俺が勇者として国から認められて旅立つ理由はぶっちゃけそれだけだな。誰も俺に魔王退治なんて期待していないんだ」

 

小町「そんな…」

 

八幡「俺をまともに訓練させる気がなかったのも、封印さえ解けば俺の役目は終わりだから、それまでは国の騎士に同行でもさせるつもりだったんだろう。平塚先生のおかげでアリアハンなら何の危険もないくらいに成長できたから丸投げされたっぽいが」

 

●勇者について

 

八幡「と言うわけで、俺は偽物の勇者で小町は本物の勇者として区別して育てられることになった。あ、区別してたのは国だけで母さんじゃないから」

 

小町「本当、酷過ぎるよね!そのせいで私はお兄ちゃんと一緒に訓練できなかったんだよ!」

 

八幡「だから俺が旅立つ時の待遇は悪いし、ぶっちゃけ、途中で野垂れ死ねくらいに思われているだろう。そっちの方が小町が兄の意思も引き継いだとか美談になるからな」

 

小町「もしそんな事になったら、私は魔王を退治した力で全力でアリアハンに反逆するよ!」

 

八幡「そうだな。そうならないよう祈っててくれ」ナデナデ

 

小町「エヘヘ…」

 

八幡「さて、俺は旅立ちの支度金として100Gと銅の剣を渡されただけ、仲間のフォローもなしと散々な状況だが、小町はその辺手厚くフォローされる予定だ」

 

小町「お兄ちゃんを差し置いてそうなるのは気が引けるけど…どんな内容なの?」

 

八幡「支度金10000G。オルテガの残したバスタードソードを筆頭に優秀な装備を多数。そして、これは作中でも言ったが、バトルマスターの平塚先生、賢者の陽乃さん、そしてもう一人優秀な盗賊がパーティに入ることが内定している」

 

小町「うわ、本当に至れり尽くせりだよ!…因みに、その盗賊って誰?」

 

八幡「ま、じきに出てくるから俺ガイルキャラの誰かとだけ言っておこう。あと、俺とも知り合い」

 

小町「ふ~ん、それって女の人?」

 

八幡「男だったら小町と同じパーティにさせん!」

 

小町「お兄ちゃん、シスコンすぎてキモイ……でも、将来のお嫁さん候補が多いのは小町的にポイント高いよ!」

 

●終幕

 

八幡「と言うわけで、相当だらだら喋ったけど最後に一つ言っておかなければならない重要なことがある」

 

小町「この設定はあくまで作者が考えただけの設定で、元のゲームとは関係ないから勘違いしないでね」

 

八幡「以上!」

 

 

 



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3話

指摘を受けて原作をドラゴンクエストに変更。

盗賊の訓練所の教官は八幡のことをそこそこ気に入っている設定です。まぁ、盗賊と言う職業柄、御上の言う事に素直に従わないと言う所があってですが。

川崎は同年代では唯一八幡と仲が良い存在です。他が教師役の平塚先生、陽乃と家族の小町、母親だったことを考えれば、距離が一番近い相手でした。あまり出番はないですけど、ちょこちょこ話には上がってきます。


 用事を終えた俺は、ようやく城を出て自宅へ向かった。いや、流石に武器装備して国王に謁見するわけにはいかないし。装備と旅の支度はまだ自宅に置いてあるので取りに戻らないといけない。

 …ん?ルイーダの酒場には行かないのかって?

 行くよ。陽乃さんの約束破る方がなんか怖いし。ただ…なんか厄介ごとに巻き込まれて即出発と言う状況になる気がしてならない。何せあの陽乃さんが何かを仕組んでいるのだ。少なくとも、単純に俺の仲間候補を探しておいてくれた、等と言う展開には間違ってもならない。絶対に何かあると断言できる。…あれ、やっぱりスルーした方がいいんじゃないか?

 まぁ、そんなこと考えても結局行くんだが。何、俺まじめ過ぎじゃね?

 つらつらとそんなことを考えていると、道の途中で見知った女性の姿が見えた。目つきはキツいが、十分整っている顔立ちに印象的なポニーテール。一応、知り合いと言わないでもない。俺が通っていた盗賊養成所の同期だ。名前は、川……川……岡崎、だっけか?おい、川どこ行った。

「比企谷」

 偶然にも苗字が呼ばれたが、俺ではないだろう。勘違いして反応したらそのまま別の人と話している姿が目に浮か……びません。だから睨まないで。…目付きのキツイ美人に睨まれると、3割増しで怖いよね!(八幡調べ)

「………おお。川崎か」

「なんでそんなに間が空くのさ」

 そりゃ、その間に睨まれたからなんですが。え?普通に名前を呼んでるじゃないかって?様式美だ。あ、因みに、フルネームは川崎沙希、な。

 と、川崎はなぜか俺の隣に来て並んで歩き始めた。え?そう言うのやめてくれません?勘違いしそうになっちゃうから。

「……あんたはさ、今日から旅に出るんだよね」

「まあな。本音言うと、ずっと引きこもって居たいまである」

「そう言うの、いつも口先ばっかりだね」

「……」

 思わぬ返しに沈黙してしまう。いや、本心ではいつも思っているんですよ。でも小町とか世間体とか…あと小町とか、それと小町とか色々あるから。って、ほとんど小町じゃねーか。俺小町好きすぎだろ。

「……いつ、出るの?」

「これから帰って準備して…で、ルイーダの酒場寄ってからだな」

「え!?もしかして仲間探すつもりなの!?」

 そこまで驚かれると俺的に思うところがないでもないが、確かに自分の身に置き換えても、俺が仲間を探すためにルイーダの酒場に行くと聞いたら正気を疑う。

「まぁ、なんだ。色々事情があるんだ」

「ああ、もしかしてあんたが言ってた陽乃さんとか言う人が原因?」

 なんでそんなに察しがいいんだよ。つか、なんでそんなこと知ってるんだよ。え?俺陽乃さんのこと教えてたっけ?

「……そんな不思議そうな顔しないでよ。以前、野外訓練のキャンプで愚痴こぼしてたよ」

 あー、そう言えば言ったかも。野外訓練はいつも川崎と二人だったしな。むしろあの訓練を川崎と二人切りでと言う時点であのクソジジイ(盗賊訓練所の教官な)の正気を疑ったわ。街の外で数日間キャンプして過ごすという訓練で、男女を二人きりにするとかマジで理解できない。……いや、成績順だと言うことは分かってたけどな。

「まあ、そんなとこだ」

「……ふぅん、気が乗らないなら無視すれば?」

 いやだよ、怖ぇし。とはさすがに言わないでおく。

「一応、恩人の言うことだからなー」

「…その人は、仲間を作れって言ってるんだよね」

 なぜかこちらの様子を窺うように訊ねてくる川崎。

「いや、あの人のことだから素直にそう言う意味で言ってるんじゃないと思うんだが…」

「……あの、さ。もし、あんたさえ良ければ……私が」

「いや、良くねーよ。陽乃さんに文句を言われたらむしろそっちの方が困る」

 被せ気味に、俺は『敢えて』勘違いしてそう応えた。川崎がこちらを見たが、俺は川崎を見ない。見る必要は無い。

「……そうだね、そもそも私、陽乃さんとか言う人には会ったことないしね」

 そうだったっけ。八幡、失敗。てへっ。

「まあ、なんだ。川崎には、小町のことよろしく頼むわ」

 盗賊訓練所で最も優秀な成績を収めている川崎も、平塚先生、陽乃さんに続いて同じパーティに入ることが内定している。あれ?そう考えるとあと2年もないのに陽乃さんと川崎が顔合わせしてないって不味くない?

「……訓練所の成績なら、あんたの方が上でしょ」

「戦闘技能だけな。俺はアリアハン最強のバトルマスターに教えてもらっているんだから、例外だ」

 盗賊訓練所では、戦闘技能の成績のトップは俺で、罠解除、開錠などの実技の成績では川崎が断トツにトップだった。川崎は手先がやたらと器用で、器用さを必要とする内容ではピカイチだった。俺も自分では手先が器用な方だと思っていたが、川崎の足元にも及ばない。それに、戦闘技能のトップは俺とは言っても、能力的には川崎と僅差だろう。前述の通り、平塚先生の訓練を受けているから対応できるだけで、戦績ほどの差はないと感じている。……才能的には、自力で闘気っぽいものを身に付け始めている川崎の方が上だろうしな。

「……あんたらしいね」

 そう呟いてから、川崎は特に何も言わず、しばらくの間黙って俺の隣を付いてきた。俺も特に話すことはないため、黙ってそのまま歩く。

 ――先ほど、敢えて勘違いしたとは言ったが、実情勘違いではないだろう。川崎はドライな見た目に反して、かなり面倒見の良い世話焼きな性格をしている。だから、うっかりそんな事を感じてしまっただけだろう。そんな言葉を真に受けて、俺は川崎を困らせるつもりはない。

「あの、さ」

 自宅の玄関が見えてきたころ、黙って隣を歩いていた川崎がまた口を開いた。

「……小町ちゃんを、泣かせるような真似はしないでよ」

「分かってる。さっきも言ったけど、小町をよろしくな」

「……比企谷は本当小町ちゃんばっかだね」

「うっせ」

 毒づく俺に、川崎は笑って手を振って「じゃあね」と言って小走りに去って行った。俺はようやく振り返って川崎の背中を見送って嘆息する。

 ……こんな風に、別れを惜しまれるとか、本当慣れてないことは止めて欲しい。どう返せばいいのか分からなくなる。

 

 

 

「お兄ちゃん、お帰り!」

「お、おお、ただいま」

 玄関を開けるなり、小町に迎えられて驚く。え?もしかして俺を待ってくれていたのか?天使か?

「ねえお兄ちゃん」

 そんなことを考えている俺に構わず、小町は俺を迎え入れた勢いのまま、俺にすり寄ってきた。近い近い!小町じゃなければ勘違いするレベル。まあ、小町だから平気だけどな。

「お兄ちゃんは何時に出発するの?」

「もう準備してあるから、すぐに出るぞ」

 むしろ留まっていると、城の兵がやってきて追い出されるまである。…いや、これガチだから。

「そっか……でも、まだ時間あるよね?」

「いや、装備整えたらすぐ出るつもりだ。今日の内にある程度距離稼ぎたいしな」

 なんせ戻ってこれないまである。くっ、ずっと家に居たい俺が帰ることができない、だと……俺の人生ハードモード過ぎない?

「で、でもでも、お兄ちゃん旅に出ちゃうんだし、折角だからギリギリまで一緒に居ようよ!あ、これ小町的にポイント高い!」

「小町」

「そうだ、どうせなら私から王様に頼んでお兄ちゃんの…」

「小町っ!」

 二度目は少し強めの言葉で遮った。その言葉に、小町は口を噤んで押し黙る。やはり小町の依存癖が出た。こういう時、本当に思う。なぜ、今まで突き放さなかったのかと。

 そして、何よりも強く思う。俺は……なぜ小町を突き放さなければならないのか、と。

「はぁ…」

 本当、ままならないと思う。万感の思いを込めてため息をついてから、唇を噛みしめて俯く小町の頭に、優しく手を置いた。

「あれだ。色々あるから、だから、あまりゆっくりできないんだ、悪いな」

「……うん」

 優しく小町を引きはがして、そのまま自室に戻って旅の支度をする。

 平塚先生から餞別にもらった鋼の剣を腰に佩き、丈夫な革製の小手を腕に付ける。そして投げナイフを7本挿したベルトを旅人の服の上に巻いて、その上からフード付きのマントを羽織る。最後に当座の旅に必要な荷物を詰めた鞄を背負い、準備を終えた。

 我ながら、勇者と言うよりは盗賊に近いスタイルだとは思うが、それが自分の戦い方に一番合っているのだから仕方がない。むしろ盗賊と呼ばれたいまである。

 準備を終えて玄関に戻ると、俺をさっき俺を出迎えたまま玄関にいた小町と、多分俺を見送りに来た母さんがいた。……見送ってくれるんだよね?さすがに意識し過ぎとか無いよね…?

 俺に気づいた小町が、一度目を腕で拭うと俺にまっすぐに向き直り、意を決した様子で口を開いた。

「お兄ちゃん、待ってて!」

「は?」

 困惑する俺をよそに、少し目を赤く腫らした小町は、訴えるように身を乗り出してきた。

「私…絶対に追いつくから!だから、お兄ちゃんは小町を待っていて!」

「あーっと…」

 返答に窮してふと隣を見ると母さんがニヤニヤと笑みを浮かべていた。オイ、何か吹き込んだのはあんたか。

「お兄ちゃんが待っていてくれるなら、私は頑張れるから。追いついて、お兄ちゃんと一緒に魔王退治に行くから、だから、待っていて!」

(ああ、そう言う事か)

 ようやく理解できた。自分が旅に出てから追いかけるから待っていて、と言う訳か。……1年半後は結構気が長いけどな。

 小町の目的は魔王退治であり、俺と一緒に旅をすることではない。だからその言葉は間違っているが……本音を言えば、少し嬉しかった。

「まあ、そうだな。途中でくたばらないようにはするさ」

「絶対だよ!」

「ああ、分かった」

 その言葉に、小町はようやく安心して――最後にもう一度抱き付いてきた。それから数秒後にそっと身を話す。……顔を見る限りでは、もう心配なさそうだった。

「本当、あんた達兄妹は面倒だね」

「二人ともあんたの子供だけどな」

 母親の言葉に、皮肉を返してやる。俺たちのやり取りが可笑しいのか、小町が小さく吹き出す。

「ま、死なないように適当にやりなさい」

「なんつー激励だよ。まあ、俺も死ぬのは嫌だからな。ほどほどにやるわ」

 母さんの解り辛い優しい言葉に、俺も誤魔化しながら応える。……何度もウザイと思ったことがあるが、こうなるとやっぱりさみしいもんだな。

「じゃ、行ってくる」

 二人に見送られながら、俺は自宅を後にした。

 ……いや、次はルイーダの酒場に向かうから、まだアリアハンにはいるんだけどな。

 



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3.5話

ゆきのん登場回。しばらくは雪乃がヒロインやります。
結構雪乃の一人称頑張ったんだけど、とあるセリフを(内心で)言わせたことでコメントがそこに集中したのがちょっと残念だった思い出。


 ルイーダの酒場の奥の席で。私は少しでも目立たないようにフードで顔を隠しながら、周りの喧騒から耳を背けて佇んでいた。

 分かっている。これは間違っていることだ。責任ある貴族の子女として、許されないことだ。

 だけど、それでも私は、自分の手で自由を手に入れたかった。

 

 

 

「やっはろー、雪乃ちゃん」

 能天気な挨拶とともに自室のドアが開く。

 私は本を読んでいた手を止めて、小さく嘆息してそちらに顔を向けた。

「…姉さん、何しに来たの?」

 いつもの内心が分からない笑みを浮かべて、部屋に入ってきたのは私の姉の雪ノ下陽乃。せめてノックくらいはして欲しいといつも言っているのだが、聞いてくれた例はない。

(何度言っても聞かないかなら、諦めたけどね…)

 肩を落として小さく嘆息する。大体からして、姉がこうやって自分の元に気軽にやってくる神経が理解できない。

 ――雪ノ下家に逆らい、自ら王宮内で派閥を作り上げ、半ば勘当されている身だというのに、姉は平気でこうして雪ノ下の家にやってくる。

 本来なら許されることではない……しかし、姉はこうしてやって来ている。なぜなら、自分の我儘を押し通せるだけの力を持っているから。

「あれー、雪乃ちゃん、なんか暗いよー。折角お姉ちゃんがいい話を持ってきてあげたのに」

「不要よ。放っておいてくれないかしら」

 一言で切って捨てて、私は読んでいた本に視線を落とす。あの姉の持ってくる話だ。どうせ碌な話ではないだろう。

「ふぅん、雪乃ちゃんがいいって言うなら別にいいけど…でも、そうやって一人で魔法の勉強をしていても、私のようにはなれないよ」

「…っ」

 その言葉に、思わず奥歯を噛みしめる。確かに私が読んでいるのは神学関係の本――引いては僧侶の起こす奇跡に付いて書かれているものだ。

(あなたに言われる謂れはない――)

 思わず口を衝いて出そうになった言葉を飲み込む。その感情は私の中に確かに根付いているのだけど、言い掛かりに過ぎないことは十分に理解していた。

「あー、でも雪乃ちゃんがこの家に『居られる』のって、もう半年も無いんだよね。確かに私の言葉は余計なお世話だったかなー」

 その言葉に、今度こそ顔を上げてキッと姉を睨みつける。姉は顔色一つ変えずにこちらを見て笑みを張り付けていた。

「葉山隼人――だっけ、葉山家の御曹子の。まあ、いい評判しか聞かないし、良かったんじゃない?」

「勝手なことを……」

 あまりにも無責任なその言葉に、我慢できずに声を上げてしまった。

 葉山隼人――姉の言った通り、有力貴族の葉山家の御曹子。彼自身に別にどうこう言う思いはない。ただ、私の16歳の誕生日――私が成人する日に、私が彼の元に嫁ぐことが決まっているだけの、ただの親同士が決めた許婚と言うだけの相手でしかない。

 ただ、私に関することなのに、何もかも私の意思をすり抜けて決まっていくことが、受け入れがたいだけ。

 私の非難の言葉に、姉は張り付かせた笑みはそのままで、嘲るように視線を冷たいものに変えた。

「言うよ。どんな勝手なことでも。それが私だからね」

 違う?と厭味ったらしく聞き返してくる姉に、私は一瞬言葉に詰まった。そうだ、この人は常に身勝手を押し付けてくるだけだ。真面目にやり合うような相手ではない。

「…そうね、確かに姉さんの言う通り良縁ね。一般的に見ていい話だとは思うわ。――話はそれだけかしら?なら……」

「まあまあ、ちょっと待ってよ。早合点は良くないよー」

「なら、早く話しなさい」

 窘めるような姉の言葉に、私は睨みで返した。しかし、姉は「やっと聞いてくれる気になったか」と嬉しそうに笑うだけで、私の睨みなど歯牙にもかけない。

「雪乃ちゃん、もうすぐ勇者が旅立ちの日を迎えることを知ってる?」

「勇者が?勇者の成人は2年ほど先の話だと聞いていたのだけれど…」

 実際に会ったことは無いが、姉が勇者の旅立ちに付いていくことが決まっていたため、それくらいは知っていた。成人とともに旅立ち、ね……私とは大違いだわ。

 しかし、姉は「違う違う」と可笑しそうに手を振って言った。

「それは妹ちゃんの方。もう一人、勇者はいるでしょ?」

「……ああ、そう言えば、出来損ないと呼ばれる兄がいると聞いたことがあるわ」

「そうそう、そっちそっち。比企谷八幡って言う、出来損ないって言われている勇者のこと」

 私の言葉に姉は可笑しそうに笑う。――その笑顔に、私は少しだけ驚いた。先ほどの貼りつかせた笑顔とは違い、本当に楽しそうに笑っていたのだから。

「まぁ、国の思惑は別にあるんだけどさ。一応比企谷君も勇者認定されて旅立つことが決まってるんだよ」

「そう……それがどうかしたのかしら?」

 出来損ないでも旅立つことができると私を揶揄しているのだろうか?いや、それだったら、姉の先ほどの笑みは――仮面と違う、本当に楽しそうな笑みは説明できない。

「で、比企谷君だけど、ぼっちだから仲間が出来そうにないんだよねー」

 楽しそうに笑いながら言う言葉に若干イラッとする。その比企谷君とやらがぼっちだろうが私には関係の無い話だ。

「それで?」

「……話は変わるけどさ、勇者って結構いろんなこと許されてるんだよね」

「え、ええ、知ってるけれど」

 話に付いていけず訝しむ私に、陽乃はうんうんと頷いて訊ねた。

「じゃあ、知っている限り挙げていってよ」

「?別にいいけれど……勇者は国境間を自由に行き来できる、勇者は一般の立ち入りが禁止されている秘境、ダンジョンにも自由に入ることができる、勇者は己の選んだ仲間を連れていくことができる、くらいかしら。最後のものは相手の同意がいるのだけれど」

 挙げてみるとそれほど多くはない。要は自由気ままに色々な場所に行くことが保障されている程度だ。やや下世話な話になるが、勇者だからと言って商品が割引されたり、いわんや他人の家に押し入ってタンスを漁ることが許されているわけではない。…って、私は何を当たり前のことを言っているのかしら。

「そう、勇者ってのはさ、一応世界平和のためって言う崇高な目的があるからねー。自由な行動が認められているし、勇者が必要だと思う仲間の手を借りるのも認められているんだ」

 姉はそういってからニヤリと唇の端を吊り上げた。

「だから、勇者の仲間になると言う理由は、大抵の場合、他のどんな事情よりも優先されるんだよね」

 そこでようやく、私は姉が言いたいことを悟った。

「姉さん、まさか……?」

「うん。雪乃ちゃん、比企谷君の仲間になるつもりはないかな?」

 実にあっさりと、姉は驚くべき提案を私にした。

「何を言っているの?大体、私はその比企谷君とは会ったことすら無いのよ」

「あー、うん、面白い子だよ。少なくとも悪人じゃないから安心していいよ。目が腐ってるけどねー」

 そしてまた可笑しそうにクスクスと笑う。そのことに私は何故か動揺しつつも、言い返した。

「……そんなこと、お母様が許してくれる筈が……」

「母さんの許可なんて関係ないでしょ?世界平和と一貴族の事情、どっちが大事かな?」

「……私には、戦う力が無いわ。そんな私を、勇者が必要とするとは思えない」

「でも魔法が使えるでしょ?比企谷君、魔法の才能無いからねー。きっと重宝されると思うよ」

 そう言えば出来損ないの勇者は魔法が使えないから出来損ないと呼ばれているのだった。でも、私が使える魔法はメラとホイミだけだ。初級の冒険者以下の魔法しか使えない私が、勇者の旅に付いていけるとは――

「でも……」

「雪乃ちゃん」

 気が付くと、笑みを消して私の目をまっすぐに見据えている姉の顔が目の前にあった。

「――そんなに、鳥籠の中は居心地がいい?」

「っ!」

 息が詰まる。姉の言葉と、何よりも私の何もかもを見透かすようなその目に。

「……比企谷君の旅立ちの日は3日後。その日の朝、もう一度来るから、それまでに決めておいて。もし比企谷君の仲間になるつもりがあるのなら、私は協力するから」

 言い終えて、姉は私に近づけていた顔を離すと、そのまま踵を返して部屋を出ようとした。

「待って」

 思わず呼び止める。足を止めたが、振り返らない姉の背に、私は最後の疑問を投げかける。

「なぜ、そんなことを…?」

 まだ決意すら出来ていない私では、そんな曖昧な聞き方しかできなかった。

 姉は、私の質問にしばらく沈黙した後、顔だけこちらに振り返った。

「別に――ただの気まぐれ」

 少し苦みの混じった笑みを零して、姉は部屋を出言った。

 

 

 

 そして今、私はここ「ルイーダの酒場」に居る。

 まだ、これで良かったのか自分でも判断できない。だけど、

『そうそう、そっちそっち。比企谷八幡って言う、出来損ないって言われている勇者のこと』

『あー、うん、面白い子だよ。少なくとも悪人じゃないから安心していいよ。目が腐ってるけどねー』

 彼のことを語る姉の姿は、少なくとも私にはいつもの仮面の笑顔とは違って見えた。だから、私は彼に会ってみたいと思った。それが無ければ、私はここに来たかも分からない。姉さんはああ言っていたが、雪ノ下家が世界そのものの私にとっては、世界と比較されてもどちらが大事かなど解りはしない。

(それにしても…)

 このルイーダの酒場にいる冒険者の目は大概濁っている。アリアハンは平和で、その分冒険者達の必要性も薄くなり、結果的に管を巻いているものがほとんどだ。いくらその比企谷とやらの目が腐っていたとしても、見分けはつかないのではないか。姉さんに比企谷八幡と言う人の特徴を聞いたとき、目を見れば分かると言っていたけれど、ここに居る人たち皆、目が生きているとは思えない。本当に見分けがつくのだろうか。

 カラン…

 そんなことを考えていると、またカウベルの音が鳴った。反射的に視線をそちらに向ける。先ほどからカウベルが鳴る度に、彼が来たことを期待して入り口の方を見ているため、反射的な行動だった。

 なぜか相手もすぐにこっちの方へ視線を向けたため、意図せずして目が合ってしまった。フードで顔を隠していると言っても、目が合ってしまえばこちらの顔は見られてしまう。状況的に人目を忍ぶ必要がある自分にとっては良くないことだった。

 こちらの顔を見た相手の顔が驚きで染まる。同時に、私も相手の目を見て、姉の言ったことを理解した。

 幾重にも塗り重ねられたように暗く濁った眼。しかし、私はその奥に何かしら感じるものがあった。もしかしたら、それは姉も感じていたものなのかもしれない。

 そして、彼の顔が驚きで染まったことがそれを裏付ける。私の顔立ちは姉によく似ている。姉の知り合いで私を知らなければ、驚きの一つくらいはするだろう。

 私は衝動的に立ち上がり、彼に近づいて行った。

「そのどす黒く濁った腐った死体のように腐った眼……なるほど、あなたが勇者比企谷八幡ね」

「おい、初対面からいきなりそれは酷すぎだろ、泣くぞこの野郎」

 それが、私と彼――勇者比企谷八幡との邂逅だった。

 

 



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4話

ゆきのんが仲間になった!

アリアハン編は次回でラストです。


「はぁ…行きたくねぇな…」

 ルイーダの酒場に近づくにつれて、どんどん憂鬱になってくる。

 半ばもう確信染みた思いだった。絶対面倒なことが待っていると。あー、でも陽乃さんの約束破るの怖ぇーし。嫌でも真面目に言いつけを守る俺、マジ社畜過ぎる。

「着いてしまった、か」

 目の前の建物を見て、重いため息を吐く。

 ルイーダの酒場は、酒場なんて名前はついているが一応国営の冒険者斡旋所だ。元々はクエストの紹介と情報交換の場所の提供と言う意味で酒場と併設していたらしい。だが、強いモンスターがいないアリアハンでは冒険者は半ば無用の長物となっていて、冒険者斡旋所としては機能していない。それでも残していたのは将来の勇者の仲間候補として鍛えた冒険者を登録するため…だったのが、陽乃さん、平塚先生と言う最強カードが早々に決まってしまったため、その点でも無用となってしまい……結果としてここはもう酒場しかほとんど機能していないらしい。切なすぎるだろ、それ。

 因みに、わざわざらしいと言ったのは、さっきの話は全部伝聞で実際に行ったことがないからだ。そもそも孤高のぼっちとして断固として一人旅を貫くつもりだった俺には元々用の無い場所だったし、人が集まる酒場なんてものはぼっちにとってはただの鬼門だ。近寄らないまである。

(やっぱり気が乗らねえ…)

 しばらくの躊躇の後、意を決して…と言うよりは観念して、酒場の扉を開けた。カランコロン、とカウベルの音が鳴る。

(とりあえず、隅っこでジッとしていよう。それで気づかなければ俺のせいじゃない)

 そう考えてそちらに顔を向けて……そこで佇んでいたフード付きのローブを着た女性と目が合った。フードを目深に被っており、周囲から顔を隠しているのは分かるが、目が合えばさすがに相手の顔くらいは分かる。

(…げっ!?)

 悲鳴を上げなかったのは、自分でも大したものだと思う。俺の見知った顔が、見たことのない無表情な顔をしていたのだ。

(陽乃さん!?……じゃ、ない……?)

 確かに似ているし、一瞬間違えかけたがよく見ると少し違う。瓜二つと言うほどそっくりだが、彼女の方がやや目付きがキツイ気がする。まあ、陽乃さんはいつも笑みを張り付けているからよく分からんのだが。そこまで考えてから、俺は彼女の正体に思い至った。

(陽乃さんって、確か妹がいるって言ってたよな……まさか……?)

 会ったことはないが、陽乃さんから妹がいること自体は何度か顔を合わせている内に聞いていた。確か、雪ノ下雪乃、とか言ったか。

 自ら派閥を作り好き勝手やっている陽乃さんと違い、妹の方は雪ノ下家に属したままで、陽乃はあまり会いに行くことができないよーとわざとらしく嘆いていた。嘘付け。

(陽乃さんの妹で、雪ノ下家のご令嬢……これ、絶対にアカン奴や)

 想定した中でも最上級の面倒事だ。貴族の問題に首突っ込むとか、出来損ない勇者の俺にはハードルが高すぎる。よし、見なかったことにしよう。

 そう判断して俺が踵を返すよりも早く、陽乃さんのそっくりさん(まあ、まだ妹と確信した訳じゃないし)はこちらを見据えたままツカツカと近づいてきた。ヤベ、逃げ遅れた。

「そのどす黒く濁った腐った死体のように腐った眼……なるほど、あなたが勇者比企谷八幡ね」

「おい、初対面からいきなりそれは酷すぎだろ、泣くぞこの野郎」

 彼女との会話の第一声は、散々中傷されてきた自分の経験の中でも、相当酷い部類のものだった。

 

 

 

「さて、あなたにお願いがあるのだけれど」

「なに何事もなかったかのように話を続けてるんだよ、おい」

 あの後、いきなり腕を掴まれて強制的に連行された俺は、先ほどまで彼女が座っていたテーブルで向かい合って座っていた。いきなり腕を掴むとか、何なのコイツ?あまりに予想外過ぎてつい黙って従っちゃったんだけど。

「何か問題が?」

「むしろ問題しかねえだろ。俺はお前の名前すら聞いてなんだが」

 聞かずとも大体察しているが、だからと言って自己紹介もせずに話を進めるのは、普通に考えて間違っているだろう。

「…そう言えばそうね、ごめんなさい。あなたの目があまりにも腐っていたから、つい人と接する時の礼儀を忘れてしまったわ」

「なんで俺人扱いすらされてないんですかねぇ…」

 絶対後半のセリフいらねえだろ、それ。なんでいちいち腐った死体扱いしたがるの?

「私の名前は雪のし……雪乃よ。特別に雪乃と呼ぶことを許可するわ。よろしく」

 目の前にいる陽乃さん似の女性(まあ、目の前に来たことで身体的にある部分が全然似ていないことが分かったが)は姓を言いかけて止めて、名前だけをなぜか妙に上から目線で名乗った。

「……今、凄く不快に感じたのだけれど」

「き、気のせいだ」

 ぎろりと睨みつけられて一瞬噛んでしまう。くそ、無駄に鋭いな。いや、そんなことはどうでもいいとしてだ。

 雪ノ下の名前を名乗りかけて雪乃を名乗る。もうこれはあれだ。雪ノ下家から出ることを決意してるだろ、絶対。

「まあいいわ。さて、これで自己紹介は終わったわね」

(俺はしていないが……向こうは俺を知っているから別にいいか)

 もうスルーして置こうと思ったが、ふと雪乃は思い直したように言いなおした。

「いえ、正式にあなたからそうだと聞いていないわね。あなた、勇者比企谷八幡であってる…のよね?実は本当に腐った死体だったりしないかしら」

「どんだけ俺を腐った死体にしたがるんだよ。お前、腐った死体に話しかけるような趣味でもあんの?」

「そうね。だとしたら迂闊にもあなたが街にいることで人間だと勘違いしてしまった私の過失になるわ。本当にごめんなさい」

 さっきからキツ過ぎるんですけど、この子。あれ、俺ってお願いを受ける立場じゃなかったっけ?さっきそう言っていたよね?

 そこまで考えて嘆息した。なんだかどっと疲れた。もう、さっさと話を進めよう。

「比企谷八幡だ。後、いちいち勇者とかつけなくていい」

「なら比企谷君と呼ばせて貰うわ」

 その言い方には、少し聞きなれた印象があった。もしかしたら、俺が思っているよりも陽乃さんから俺のことを聞いているのかもしれない。

「で、お願いって言うのは何だ?」

 俺の言葉に、雪乃は一瞬の躊躇の後、まっすぐに俺の目を見て言った。

「私を……あなたの仲間にしてもらえないかしら」

 断る。と反射的に言いたかったが、あの陽乃さんが関わっているのだ。何もせずに一蹴すると後が怖いし、俺も若干興味が無いでもなかった。

「……俺の噂は知っているだろ。なんで俺なんかの仲間になりたいと思った?」

 真面目な話であることを示すように、低い声で訊く。ここで誤魔化すようなら、どんな事情があっても捨て置くつもりだった。

「そうね。正直、あなたのことは噂で聞いているだけでよく知らない。私が必要なのは、あなたの『勇者』と言う肩書きだけ」

「勇者の?」

 出来損ないの勇者に一体何の権限があるんだか…

「あなたは嫌がっているかもしれないけど、便宜上言わせてもらうわ。勇者比企谷八幡……私を、世界平和のために魔王討伐の旅の仲間にして下さい」

 そして、雪乃は綺麗な姿勢で頭を下げた。なるほどね。『世界平和』のためであれば、一貴族の事情など関係ない、と言う事か。

 実際にどうだと言うことを置いておけば、勇者に与えられた権限を考えれば筋は通る話だ。アリアハンが俺に求めている役割を果たすためには、出来損ないの俺でも正式に勇者として認める必要があり、だから俺も勇者としての権限を持ってはいる。

(こいつは何としてでも家を出たい、と言う訳か)

 出来損ないの勇者の仲間になってでも、彼女にはその事情があるのだろう。……それは後で聞ける、か。

「分かった。付いてこい」

「…え?」

 俺があっさり許可するとは思わなかったのだろう。雪乃は戸惑ったようにこちらを見ていたが、俺が席を立つと慌てて付いてきた。

 結局何も買わずに席を立った俺を酒場のマスターらしき人物が睨んできたが、ここは勘弁してほしい。

「わ、私、まだ会計が…」

「なんか買ってたのかよ」

 だから俺が座ってもウェイトレスが来なかったのか…いや、その理屈はおかしい。やはり俺の存在感の無さは間違っている。

「紅茶を…」

「ほらよ」

 指でコインを2枚マスターに向かってはじく。1枚でも足りるかと思ったが、大目に寄越しておいた。マスターが慌てて受け取っているのを気配だけで察して、酒場を出ようとする。と、なぜか雪乃が俺の腕を引っ張った。

「5Gだったのだけれど…」

 高い紅茶買いやがって、この野郎。カッコつけて渡した俺がバカみたいじゃねえか。マジ何なの、こいつ。

 やけくそ気味にもう3枚のコインをマスターに向かって投げつけて、俺は酒場を後にした。

 

 

 

「私はあなたにおごられる謂れは無いし、ちゃんとお金ももっているから後で返すわ」

 さっさと先を行く俺に、雪乃が少し焦ったようにそんなことを言っている。誰もおごらせたなんて思っていないから安心しろ。

「バカたれ、仲間なら共有財産だ」

 バっ…!?と声を震わせる雪乃を無視しつつ、急いで街の出口に向かう。

 さっきはああ言ったが、俺はまだ彼女を仲間と認めたわけではない。だが、さっさとしなければその判断もできなくなる可能性が高い。

 少なくとも、もう少し彼女の話に付き合ってやってもいいと思える程度には、彼女の言葉は俺の気を引いた。なら、今はそれで十分だ。

 急いでいるためやや速足で街の出口に向かって歩く。付いてくる雪乃の息が上がってきていることには気づいていたが、急ぐに越したことは無い。

 勇者の権限か――なるほど、旅に出てしまえば、旅先で不振に思われることは無いだろう。だが、ここアリアハンの街でなら、その理屈は通用しない。いや、建前上は通用させなければならないのだが、雪ノ下家がそれを望んでなければ権力をもって強引に邪魔してくるだろう。つまり、面倒事に巻き込まれる――ああ、なぜ俺は自ら面倒事を抱えようとしているのか。

「あ、あの……もう、少し…ゆっくり、歩いて、欲しいの、だけれど……」

 息も絶え絶えの雪の言葉を無視して先を行く。ついて来れなくなれば気配で分かるから、息が切れていようが付いて来れる内は無視だ。

 そうこうして雪乃に無理を強いながら30分ほど歩いただろうか、俺は街の出口の門を見て、足を止めた。

「……もう張ってたか」

 2人の騎士が、門の前に待機し、きょろきょろと周囲に視線を向けている。……このタイミングで門を張って誰かを探しているとなると、多分予想通りだろう。

「……っ!……比企谷君、あの騎士は……」

 俺に追いついた雪乃が驚いたように目を見張り、騎士の視線から逃れるように慌てて俺の背に隠れる。やはり雪ノ下関係か…雪乃の不在と俺の旅立ちを結び付けられたかは知らないが、それとは関係なしに街から出て行くことを警戒して見張りを付けるくらいのことは予想していた。

 二人なら揉め事になっても何とかなるな。雪乃を探しているようだし、ここに居ないと判断したら別の所に行く可能性も0ではないが……周囲に散って探しているであろう騎士が合流する可能性も0ではない、か。

(さて、確実性を取るなら今の内に行動してとっとと切り抜けた方がいいが……)

 雪乃を横目で見ると、彼女は俺の背に隠れながら騎士の様子をなぜか悔しそうに窺っている。……そうだな、こいつの意見も聞くか。

「お前はどうしたい?」

 具体性に欠ける俺の質問に、雪乃は一瞬の沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「そうね、もう少しこのまま様子を……いえ、堂々と行きましょう。勇者が仲間を連れていくのは勇者に与えられた権限よ。少なくとも後ろ暗い所は無いわ。いえ、むしろ隠そうとした行為を暴かれてしまうことの方が、後ろ暗い所があると認めたことになる」

「…なるほどね、ならそうするか」

 悪くない回答だと思った。隠れてこそこそするのは、この少女の流儀では無いのだろう。状況も踏まえた上で、最善の選択としてそれを選んだことは好感がもてた。

 雪乃の返事を待たずに、俺は歩みを再開させた。今度は雪乃が普通に歩いてついて来られるように、普段よりも遅い速さで。それを察したのか、雪乃は背中に隠れることをやめて、敢えて俺の隣に並んだ。

 偽物の勇者とフードで顔を隠した女性のコンビだ。怪しいことこの上無い。それに、顔は見えずとも、雪乃を知っているのならフードで顔を隠している女性が雪乃であることは体格やその状況から簡単に分かるだろう。

「……ちょっといいですか」

 多分、相手が貴族の雪乃と察しているからだろう、二人の騎士は小走りで此方に近づいてい来ると、雪乃を阻むように彼女の手前に立ち、下手に出ながら雪乃に話しかけた。俺は無視か。まあ、当然だが。

「何の用かしら?」

「……雪乃様、ですね」

「ええ、その通りよ」

 雪乃は頷いて、あっさりとフードを取って見せた。少し冷たい印象を受ける、陽乃さんによく似た端正な顔立ちが露わになる。艶やかな黒髪がフードを外してもローブの下に隠れているところを見ると、陽乃さんとは違って髪を伸ばしているのだろ。なんとなく、隠しているのが勿体無く感じた。

「雪乃様、こんなところで何をしているのですか?」

「そうね。私は隣の彼――勇者比企谷八幡の仲間になって、これから一緒にアリアハンを旅立とうとしている所よ」

 おお、随分はっきりとぶっこんだな。口調から分かっていたが、やはり相当気の強い性格をしているようだ。キツイのは俺限定ではないらしい…罵倒は俺限定っぽいけどな。

「何をバカなことを仰ってるのですか!?すぐに家にお戻りください」

「バカなことでは無いわ。世界平和のために戦いたいと言う崇高な思いに従った結果よ」

「ふざけたこと言わないで大人しく従ってください!当主様からは手荒なことをしても構わないと言われているのですよ!」

 おっ、脅し文句が出たか。さて、雪乃はどう出る。

「それは、勇者の旅立ちを妨害すると言っていると受けとってもいいのかしら」

「ええいっ、いいから聞いて下さい!」

「おっと」

 いい加減に焦れたのか、一人の騎士が雪乃を捕縛しようと手を伸ばし――その前に俺が横合いから騎士の手首を掴んだ。そのまま捻りあげてやっても良かったが、まだ喧嘩を売る段階じゃないからな……このままだと時間の問題っぽいが。

「邪魔をする気か、貴様!?」

「いや、邪魔してるのそっちだから。勇者が仲間連れて旅に出ようとしてるのを何で邪魔してんだよ。さっさと出たいからいい加減道を開けてくれ」

「出来損ない風情が、偉そうに勇者を語るな!」

 騎士は激昂して強引に腕を振り払った。捕まえておく理由はないため、そのまま解放してやる。雪乃はこの先の展開を予測してか、一歩後ろに下がって距離を取った。

 二人の騎士は今度はこっちに向きなおり、腰に佩いていた剣の柄に手を掛けた。へえ、そう来る気か。

「何だそれ。俺、国に正式に勇者として認定されてんだけど。国に喧嘩でも売るつもりなの?バカなの?死ぬの?」

 勇者と名乗るのは嫌だが、使えるものならせいぜい使わせてもらう。相手は俺の挑発に顔を真っ赤にしたものの、剣を抜くことは思いとどまったようだった。ちっ、先に手をだしてくれれば返り討ちにする理由が出来たのに。そこまで脳筋では無かったようだ。

「ええい、兎に角、雪乃様は返して貰うからな!」

「待って。私は確かにそこの腐った眼の男の仲間にはなったのだけれども、その男の物になった訳ではないから返してもらうと言う表現は間違っているわ」

「そこを突っ込むのかよ。スルーしてやれよ」

「いいえ、例え勘違いと分かっていても、あなたの物扱いされるのはおぞまし過ぎて耐えられないわ」

「何この短期間でそこまで嫌になってるの?お前俺に対してキツ過ぎだろ」

 軽口を叩きながらも、俺は雪乃を庇うように騎士との間に立ち、雪乃も俺の邪魔をしないように騎士から距離をとる。騎士二人は俺を警戒しながらじりじりと俺の左右に回り込むように移動する。一触即発の空気に、否応にも緊張感が高まる。――が、

「あれー?こんなところで何をしているのかな、比企谷君?」

「ほう?中々面白い事態になっているじゃないか」

 そんな緊張感をぶち壊す――どころか粉々に粉砕しながら、アリアハン最強の二人、陽乃さんと平塚先生が割って入ってきた。

 



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5話

アリアハン編ラスト
前回の雪乃の罵倒は不評でしたね。原作に負けないくらいの罵倒をと無駄に意識し過ぎていました。
次回はまた舞台裏話です。


「陽乃さん…」

「……」

 思わず呆けたように呟く俺と、目をそらして俯く雪乃。俺たちを邪魔していた二人の騎士も、突然の陽乃さんと平塚先生の出現に困惑し、硬直している。

「やっはろー、比企谷君。まだ残ってたんだね」

「……まあ、色々あったんで」

 横目で硬直している騎士二人を見ながら言う。陽乃さんも俺に吊られたように二人の兵を見やった。途端、二人の騎士の姿がビクッと硬直する。

 おい、陽乃さん。なんでそんなに怖がられてるの?一体何したんだ、あんた。

「それに平塚先生まで…」

「陽乃に見送りに行かないかと誘われてな。私もお前にもう少し言いたいことがあったから付き合ったが……まあ、私の話は後でいいさ」

 そう言って距離をとり、腕を組んで全体を見るようにこちらの視線を向けて佇んだ。こう言う仕草が本当絵になる人だ。

 ……雪乃はまだ何も喋らない。先ほどからずっと陽乃さんに視線を合わせないように俯いている。そして、陽乃さんもそんな雪乃の態度に興味を向けるでもなく、なぜか俺の方に話しかけてきている。なんだこの姉妹?

「ふぅん。君たち、雪ノ下家のお抱えの騎士だよね?なんでこんな所にいるのか聞いていいかな?」

 平塚先生が距離を置いたのを確認してから、陽乃さんは騎士二人に話しかけていた。その声は優しげで、表情も警戒心を解す様な笑みが浮かんでいる。こんな美人にそんな態度を取られたら普通の男なら気を引こうとぺらぺらといらんことまで喋りそうだし、いっそ俺なら勘違いして告白して振られるまであるが……彼らは怯えたように言葉につまり「あの…」とか「それは…」とか声にならない呻きを漏らしている。まあ俺はその笑顔が仮面だと気付いているが、堅物そうなこいつらがそれに気付いていると言うのは何か納得がいかない。

 疑問に思った俺は、さりげなく気配を消して離れている平塚先生にこそこそと近づいた。

「……陽乃さん、なんであんなに恐れられているんですか?」

「当事者がこっちに来るな。まあ、お前は王宮の争いには興味が無かったからな。知らないのも無理はないか……」

「いえ、陽乃さんが派閥築いていることくらいは知ってるっすけど」

「それだけ知っていれば十分だ。陽乃が雪ノ下家から離れた時、当然雪ノ下家もすんなりとそれを認めようとはしなかった」

 そりゃそうだ。賢者になった将来有望な跡取りが独立するなんて言ってきたら、多少強引な手を使っても止めようとするだろう。

「雪ノ下家は強引に――終いには抱えた兵力でもって陽乃を従えようとした。そして陽乃は……」

 あー(察し)。そりゃ、酷い目に合ってる筈だ。分を弁えず刃向った弱者がどうなるかなど、考えるまでもなく解る。

「まあ、誰も傷一つ残さずに平和的に陽乃は雪ノ下家を出た。とだけ言っておこう」

 傷を負わせてないとは言わないんですね、解ります。陽乃さん、回復魔法も使えるからな。そう、魔法に対処する特訓だと言って俺にベギラマ放ってきて、ほどよくこんがりローストされた所にべホイミ掛けられて「まだやれるよね?」と……う、頭が。ア、アア、別ニナニモナカッタヨ。ホントダヨ。

「――それは、まあ、恐れますね」

「誰しもお前のように平然と相手をできる、と言うわけではないさ。あそこまで怯えているのは実際に争ったことがある雪ノ下家の関係者くらいのものだろうがね」

 いや、俺も陽乃さんはかなり苦手ですけど。平塚先生にはそう見えているのか……意外、と言うほどでもないか。

 俺たちがそんな会話を交わしている間にも、陽乃はニコニコと笑顔を張り付けて、二人に騎士に問いかけていた。

「うん?何をしてたのか聞きたいだけなんだけど。どうして比企谷君の邪魔をしていたの?」

「その……こ、この男が、雪乃様をかどわかそうと……」

「おい勝手に人を人攫いにするな。むしろその場でリリースするまである」

 あまりに酷い言い訳の言葉に、つい口を挟む。ついでに、もう一度雪乃をちらりと見た。…今の言葉にも反応しなかったか。

「て、比企谷君は言ってるけど?」

「そ、それは、あいつが勝手に……」

「そうだ!あんな出来損ない勇者の言葉など――ヒッ!」

 不意に、陽乃さんの目から笑みが消えた。そして、ゆっくりと聞き返す。

「今、なんて言ったのかなー。まさか、正式に認定を受けた比企谷君を出来損ないだなんて、そんなこと言わないよね?」

「そんなことは…」「そ、その通りです」と目茶目茶キョドりながら弁解する騎士二人。あれ、俺あいつらが哀れに思えてきちゃったんですけど。

 その言葉に、陽乃さんはにっこりと微笑んだ。うん、男なら思わず見惚れちゃうくらいの笑みだ。さっきまで怯えていた彼らですら、魂が抜かれたように見惚れている。……あいつらはまだまだ甘いな――あの笑顔は、普段の仮面の笑顔よりも余程危険な兆候だと知らないらしい。

「うんうん、解ってくれてうれしいよ」

 微笑みを絶やさぬまま、嬉しそうにうんうんと頷いて、続けた。

「じゃあ、雪乃ちゃんが勇者である比企谷八幡の仲間になるのも、問題ないって解ってくれたんだよね?」

 ああ言う笑顔を浮かべているときが、陽乃さんは一番怖いのだ。あの人は相手をいたぶる時にこそ極上の笑みを見せる。ソースは俺。精神的にも物理的にも俺を追い詰める時が一番いい笑顔を浮かべていた。陽乃さんは絶対Sだ。……そう言えば雪乃も俺を罵倒する時が一番生き生きとしていたな。え?ドS姉妹なの?引くわー。

 騎士の二人はしまったと顔をしかめてから、しかし受け入れるわけにもいかず反論を口にする。

「い、いや、それでは雪乃様の身に危険が…」

「そ、そうです!それに雪ノ下家のメンツの問題も…」

「二人とも」

 笑顔を浮かべたまま言葉を遮って言葉を掛ける。顔は先ほどの見とれるような微笑みのままなのに、その質がまるで違って見えた。

「私と雪ノ下家……君達はどっちに付くのかな?」

 騎士二人は顔面を蒼白にさせて、絶句した。

「……詰み、だな」

 平塚先生がぼそりと呟く。同意を求められていたのでは無かろうが、俺も黙って首肯した。

 これが、最強の賢者雪ノ下陽乃だ。彼女は優秀だ。常人離れした美貌に、それを十分に上手く活用させた高い社交力と人を惹きつけるカリスマもある――それだけでも十分人の上に立つ資質を持っていると言い切れるだろう。だが、それさえも霞ませるくらい、彼女は圧倒的な『力』を手にしていた。だから、彼女はやりたい事をして、自分の意思を押し通す。彼女のもつ『力』がそれを許してしまう。唯一対抗できそうな平塚先生が陽乃さん側なのだから、彼女に敵はなかった。

 もう一度ちらりと雪乃を見ると、彼女はこうなることは分かっていたと言わんばかりに、ただ黙って俯いていた。

 

 

 

 先ほどまで俺と雪乃の行く手を阻んでいた騎士二人が、すごすごと引き返していく。結局、彼らは陽乃さんの言葉に従い、雪乃が俺の仲間になることを黙認した。立ち去り間際、陽乃さんに「勇者の旅立ちなんだから、一言くらい掛けていったら?」と言われ、目茶目茶苦々しげな声で「……ご武運を」と言われた。本当、不満が滲みまくった声で、つい俺が「お、おう、なんかスマンな」と悪くもないのに謝ってしまったレベル。

 まあ彼らの対応は、雪ノ下家所属の騎士としては間違っているかもしれんが、あの陽乃さんを相手にしたのであれば仕方がないと認めざるを得ない。誰だって命が惜しい――いや、そこまでの目には合わないだろうが、平穏が大事なのだ。俺なんかに関わったせいで散々な目にあったのかと思うと、謝罪の一つくらいはサービスしてやらんでもない。……別に嬉しくは無いだろうが。

 陽乃さんは立ち去っていく騎士二人にはすでに興味をなくしたようで、先ほどから俯いて押し黙っている雪乃に話しかけていた。

「で、雪乃ちゃんは、こんなところで何やってるのかな?」

「……」

「一応、関わった手前、最後までフォローしなきゃって思って見に来たんだけどね。まさか、あんな連中に足止めされてるなんて思わなかったなあ」

「私は……」

 雪乃はようやく声をあげたが、そのまま続けられずに黙ってしまう。

「わざわざ素顔を晒さなければもっといくらでも誤魔化せたのにね?もっと上手くできなかったのかな?」

「……それでも、私は――」

「陽乃さん」

 雪乃が何かを言いかけたが、先ほど陽乃さんが言った言葉は俺としても捨て置けないものだった。

「雪乃が自分の正体を晒したのは、俺が賛成したことです。俺は、その判断を間違いだったは思っていない」

 確かに、陽乃さんの言う通り雪乃が正体を隠したままの方が話は楽だっただろう。あの騎士たちともバカ正直に押し問答せず、雪乃に対して何かしらのリアクションを起こそうとした時に、勇者の仲間に危害を与えようとしたとして返り討ちにしてやっても良かった。そしたら、今頃俺と雪乃はもうアリアハンを出ていただろう。雪乃に相談せずに俺が決めていたら、きっと俺はそうしていた。

 だが、それは効率が良いだけのことだ。身の上を隠したままで良しとしない、後ろ暗い所はないとまっすぐに主張する。それは、きっと不器用だろうし、身の程知らずな所もあるが――正しい行動だ。だから、その選択はあの時の最善だったと断言できる。

「ま、だからその件で雪乃を非難するのなら、それは俺にしてください」

 陽乃さんはこちらに顔を向け、少し不満そうな顔で睨んできた。

「……雪乃ちゃんは呼び捨てにするんだ。私はさん付けなのに」

 不満そっちかよ。え?俺言い過ぎた?ベギラマとかくらっちゃう?って一瞬焦っただろうが。

「さすがに陽乃さんを呼び捨ては無理ですよ。言われた通り名前で呼んでるんで勘弁して下さい」

 余談だが、陽乃さんと知り合ってすぐに名前で呼ぶように言われている。その頃にはすでに雪ノ下家と抗争状態だったから仕方ないかと割り切ったが。

 俺の返事が気に入らなかったのか、陽乃さんはなおも「む~っ」と小さく唸りながら此方を睨んでいた。…と言うか、なんでそんなに可愛らしく頬膨らませて睨むの?うっかり惚れそうになっちゃうんですけど。

「……ま、いっか。雪乃ちゃん、比企谷君がこう言ってるから、これくらいにしておいてあげる。比企谷君に感謝するように」

「……姉さん。感謝するかどうかは、私が決めることよ」

 雪乃はようやく顔を上げて、陽乃さんと目を合わせた。その顔には強い意志が現れている。陽乃さんはしばらく間まっすぐに雪乃を見ていたが「ふぅん、じゃあ頑張ってね」と声を掛けて顔を背けた。

「話はついたようだな」

 そこまで黙ってやり取りを見守っていた平塚先生が、ようやくと言うように声を掛けてきた。

「私はそこの雪乃さんとは面識が無いからな。だから、彼女に掛けてやれる言葉は頑張れ程度だが、比企谷には言っておきたいことがある」

「そう言や、そんなこと言ってましたね」

 まあ、俺もちょっとドタバタで最後の挨拶を済ませてしまったとは思っていた。あれくらいが自分らしいとは思ったが、わざわざ見送りに来てくれた恩人の言葉を聞かないわけではない。

「……比企谷、妹を悲しませるような真似はするんじゃないぞ」

 が、その言葉に、思わず笑ってしまった。

「俺が小町を悲しませるようなことをする訳ないじゃないですか?と言うか、皆小町好きですね。川崎にも似たようなこと言われましたよ」

 これが女性に言われたからよかったが、野郎が言ってきたらてめぇに小町は渡さんと詰め寄っているレベル。

 しかし、俺の言葉に、平塚先生は意外そうに眼を丸くした後、くくっと含み笑いを零した。

「なるほど、確か盗賊の同期とか言っていたな。よくお前のことを分かってるじゃないか」

「まあ、俺くらいのシスコンになると黙っていても伝わっちゃうレベルですからね」

 小町のことなら誰にも負けない自信がある(キリッ)。……おい、雪乃。さり気なく距離を取るな、傷つくだろうが。

「そう言う事ではないさ」

 が、平塚先生は俺の言葉を否定して、俺をまっすぐに見て、言った。

「彼女は君に『気をつけて』と言いたかったんだよ」

「は?」

 意外そうに聞き返す俺に、平塚先生は呆れの混じった笑みで返す。

「君は小町ちゃん曰く捻デレだからなあ。素直に言っても聞きはしないだろう?」

「なに、その捻デレって?小町の奴、そんなこと言いふらしてるの?」

 何新しい造語を広めているんだ、あいつは。お兄ちゃん的に少しポイント低いぞ。

「――君は、自分を傷つけることを躊躇しないからな。でも、それが妹のためなら違うだろう?」

「…何の事だか解りませんね」

 俺は自分がかわいいし、何なら自分が一番好きなまである。あ、いや、小町の次だから2番目だな。とにかく、だから俺は自分を傷つけることを躊躇しないわけではない。むしろ傷つけるなんて嫌に決まっている。どんなマゾだよって話だ――ただ、合理的に考えて自分が傷つく必要があるのなら、躊躇しないだけだ。

「それを捻デレと言うんだ」

 平塚先生は呆れたような笑みをこぼし、それから真面目な顔でまっすぐに俺を見た。そう、この人はいつもまっすぐだった。こんな俺でも、手を抜かずにまともに相手をしてくれるほどに。

「比企谷……もし、何か自分の身を掛け金にして行動をすることがあった時……誰でもいい、お前が大事に思う相手の顔を思い浮かべろ。その相手がどう思うか、ほんの少しでいい、想像してくれ」

「……解りました」

 本当は解らない。だが恩師の言葉だ、頷くしかない。――相手が、出来損ないに対してどう思うのかなど、俺には分かるはずがない。

「何、すぐに理解しろとは言わんよ。ただ、頭の片隅に置いておいてくれれば、それでいい」

 平塚先生は苦笑を零し、それで終わりとばかりに少し距離を取った。

「静ちゃん、熱いセリフだったねー。本当、比企谷君のこと好きすぎでしょ」

「こんなでも可愛い生徒だからな。情の一つも沸くさ」

 陽乃さんのからかうような言葉に、平塚先生は素気無く答える。――こんな扱いか。でもまあ、この人が相手なら嫌な気分ではない。

「じゃ、雪乃。そろそろ行くぞ」

 そう言って雪乃を見ると、何故か呆けたように此方を見ていた。おい、なに気の抜けた顔してるんだ。ちょっと可愛いじゃねえか。

「あ……え、ええ。そうね、確かに長居は無用ね」

 気を取り直したように雪乃は俺の隣に来た。もう顔を隠す必要は無いため、フードは被っていない。

「じゃあ、陽乃さん、平塚先生、見送りありがとうございます」

「いいよいいよ~。比企谷君も雪乃ちゃんも元気でねー。あんまり喧嘩しちゃだめだぞ」

「ああ、二人とも達者でな」

「……ありがとう、ございます」

 もう一度二人に一礼して、俺と雪乃は見送られながら街の門に向かった。――どうにもこそばゆいが、不思議と悪くない感覚だった。

 門を出てしばらくして――門の外とは言え、この辺は魔物も出ないまだ街の中のような場所だが――雪乃がぼそりと呟く様に話しかけてきた。

「……あなたには、いい先生がいるのね」

「あ?あー、まあな。俺が少しはマシになったのは平塚先生のおかげだな」

 少しだけなら陽乃さんのおかげも無いこともないと認めないこともない。…って回りくどすぎるだろ。でも陽乃さんからは酷い目にあわされた経験方が多いからな。

「……羨ましいわ」

「ん、なんか言ったか?」

 小声過ぎて聞き取れなかった。いや、難聴系主人公とかじゃないから。

「それで、これからどうするのかしら?」

「とりあえずこのままもう少し行ってから考える。あ、フードは被っとけよ。顔隠すためじゃなくて日よけのためだからな」

「解ったわ」

 素直にフードを被りなおす彼女を横目で見て考える。

 ここまででも分かったことだが、雪乃は体力が低いし身体能力も高くない。旅の行軍は当初の予定よりも大分下方修正する必要があるだろう。それに、彼女の格好から判断するに、食料も携帯していないだろう。

(やれやれ、前途多難だな。ま、どうにかなるだろ)

 俺の少し後ろに付いて歩く雪乃をちらりと盗み見て、楽観的にそう結論付けた。

 

 さあ、旅立ちだ。

 



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舞台裏話 2

アリアハン編完了記念。今後もキリの良い所で舞台裏話を挟んでいきます。
雪乃はレベル1賢者ですね。ゲームと違って武器で戦うことはできませんが。

因みに、葉山隼人は結局後に登場させる予定です。……同姓同名の別人として。
アリアハンの葉山隼人の出番はありません。


八幡「さて、目出度くアリアハンを出発したところで、舞台裏話その2だ」

 

小町「これでアリアハン残留組はしばらく出番無いんだよね」

 

八幡「むしろ無い方が平和まである。作者的に最初の挨拶考えるの苦痛みたいなんで、とっとと本題に行くぞ」

 

小町「ぶっちゃけ過ぎだよ、お兄ちゃん…」

 

●魔法について

 

八幡「さて、この世界では魔法が使えないと貴族になれないとかいう設定があるが……実は使えなくてもなれる」

 

小町「え、どうして?」

 

八幡「と言うか、すでになっている場合なんだけどな。俺のように両親とも魔法の素質があっても魔法が使えない子供が生まれることもある。当然、貴族の子供でも希に魔法が使えない者がいるらしい。そう言う場合は魔法が使えないからと言って貴族の権利をはく奪される訳ではないしな」

 

小町「そうなんだ。ていうか、お母さん魔法の素質あったんだ」

 

八幡「あったんだよ。今まで触れられてなかっただけで。まあ、勇者は魔法が使えなきゃならんし、なら母親も魔法の素質がある方がいいわな。俺みたいな例外もあるが、基本的に両親とも魔法の素質があった方が子にもその素質が引き継がれやすい……と言われてるし」

 

小町「言われてる…?」

 

八幡「それが解析されたデータがある訳じゃないしな。一応、それが魔法使いが貴族になった成り立ちでもあるんだが」

 

小町「と、言うと?」

 

八幡「元々魔法と言うのは各魔法使いの家によってそれぞれ秘匿されていて、その魔法使いの血を絶やさぬように特権を与えて貴族階級にしたんだよ」

 

小町「じゃあ、今の魔法使いは全部魔法使いの子孫なの?」

 

八幡「実はそうでもない。ただ、その術が分からないと使えないという点で、各魔法使いの家のみのものではあった。ただ、しばらくしてある改革が起きる」

 

小町「改革って?」

 

八幡「一人の賢者が魔法を体系化して技術として公開したんだ。その結果、魔法の神秘性は失われて市井の者からも魔法使いが現れるようになった。結局、技術が秘匿されていたから使えなかっただけで、ちゃんと学んでいれば使える人はたくさんいたんだよ」

 

小町「じゃあ、もう貴族が魔法使いである必要って無いと思うんだけど」

 

八幡「その通りなんだが……冒頭では貴族の子は魔法が使えなくても貴族、なんて言ったが以前は貴族の資格がはく奪されていた時代もあったし、そもそも現在だって魔法が使えない子が生まれた場合、跡取りから外されるケースがほとんどだしな。魔法の神秘性は消えたが、昔からの習慣として魔法の権威は残っているんだよ」

 

小町「あ、それで城仕えの騎士とか文官とかは今でも魔法が使えなくちゃなれないってこと?」

 

八幡「そう言う事だな。権威自体は残ったから、城に仕える為には魔法の才能が必要になるんだ。一応、城仕え自体が貴族階級と言うことになるからな」

 

小町「ふぅん。なんだか面倒なんだね」

 

八幡「頭の固い権威主義者の中には未だに魔法が使えない相手をバカにする者もいるくらいだしな。まあ、それをバカげた風潮だと思う貴族も少なくないが……因みに、その筆頭が陽乃さんだ」

 

小町「陽乃さん自身が最強の賢者なのに、魔法の権威には反対なんだ。まあ、陽乃さんらしいけど」

 

八幡「あの人にとっては所詮スキルの一つに過ぎないからなぁ……で、自分が才能を見出して連れてきた平塚先生は魔法が使えないからって理由で正式に騎士としては認められなかっただろ?そりゃあ、面白くないと思うわな」

 

小町「……これ、もしかして聞かなかった方がいいやつだったりする?」

 

八幡「ここは本編とは関係ないから構わんだろ。つか、ここまで語っておいてあれだけど、作者的には俺と平塚先生の立場を近づけて親近感が増すためだけに付けた設定だったりする。ゼ○魔かよって自分で突っ込んでたし」

 

小町「最後の最後で台無しだよ、お兄ちゃん!」

 

八幡「ゼ○魔と言えばついに完結したな。賛否両論あるだろうが、個人的には完結させることは意義があることだと思うぞ。まあ、遺志をついでとか、余計な美談にされなければだけどな」

 

小町「お兄ちゃん、それはいくらなんでも脱線し過ぎだよ……小町的にポイント低い」

 

●闘気について

 

小町「そう言えばお兄ちゃん。ゲームにはない闘気って能力がさらっと出てきたけど、これってどう言うものなの?」

 

八幡「あー、作者的にはダイの○冒険をイメージしてるみたいだけど、結構変わってるしな。…ここは特別講師に説明してもらおう」

 

平塚「特別講師の平塚静だ。よろしく頼む」

 

小町「さらっと出てきたよ!ここって私とお兄ちゃんだけのコーナーじゃなかったの!?」

 

八幡「まあ、俺は基本しか使えないし」

 

平塚「比企谷が基本しか使えないことは遺憾なことだが、そう言う事だ。実演を踏まえて私が説明しよう」

 

平塚「まず第一段階。闘気を漲らせて己の身体能力を上げる技だ。原作でも言っているが、気はHP…体力を消耗して使う技だから、誰でも持っているものだ。一般人でも火事場の馬鹿力としてピンチに陥った時や差し迫った状況の時に発揮することがあるもので、これを意識して使えるようにすることが第一段階だな」

 

八幡「因みに、俺が使えるのはここまでな。まあ、この段階に限って言うなら結構器用に使えるけど」

 

平塚「で、第二段階が(剣を構える)、こうやって剣など自分の持っている武器に闘気を纏わせることだ。そうすればゾ○みたいに鉄だって切れるし、武器の代わりに拳に闘気を纏わせることで素手でコンクリでも破壊できる。ただ、威力は闘気を込める量によって変わるから、使い手によってかなり差が出るがな。因みに、闘気を纏ったからと言って光ったりはしない」

 

小町「お兄ちゃんは確か、腕力だけとか脚力だけとか部分的に闘気が発動できるんだよね?それって腕や足に闘気を纏わせているってことじゃないの?」

 

八幡「それは違うな。第一段階の闘気を場所を絞って限定的に発動させることで、体力の消耗を抑えているだけなんだ」

 

平塚「ああ。ただそれは部分的に闘気を感じることが出来なければできないことで……その先が闘気の収束、すなわち闘気を纏わせる技になる。だから、その段階まで行けるのなら次の段階に行くのは後一歩と言う筈だったのだが……」

 

八幡「その辺は才能がものを言うって奴なんでしょうね」

 

平塚「まあこの話は作中でやってるから次の第3段階の説明に行こうか。第3段階は、闘気の放出……まあ、闘気による遠距離攻撃だな。今、剣に闘気を纏わせているが……フッ!(剣を振る)」

 

小町「おおっ、平塚先生の動きに合わせて、離れたところにある巻き藁が斬られたよ!なんでこんな所に巻き藁があるのか分からないけど!」

 

平塚「こうやって武器に纏わせた闘気を切り離して飛ばす技だ。闘気だけ飛ばす分、武器の攻撃力が減るんで第二段階より威力は落ちるが」

 

八幡「これ、魔法とかも斬れるんだよな。実演で陽乃さんが放ったベギラマを斬ったのを見た時はちょっと感動した」

 

平塚「闘気と魔法は反発するからな。と言っても、同時に使えないだけで、両方覚えることが出来ないわけじゃない。事実、小町ちゃんはどっちも使える」

 

小町「ふふん、私はこう見ても凄いんだよ」

 

八幡「で、俺はどっちも使えないと。いや、闘気は第一段階までは使えるんだけどな」

 

平塚「余談だが、ラリホーなどを掛けられた際、咄嗟に体に闘気を漲らせることで抵抗することができる。まあ、相手の力量にもよるがね」

 

小町「そう言えば、闘気の放出って一度武器に纏わせなくちゃダメなんですか?ほら、直接放ったりとか」

 

平塚「そうだな。熟練すればするほど纏うから放出のラグは短くすることができるが…基本、直接放つような真似はしない」

 

小町「どうしてですか?」

 

平塚「闘気を使うには体力を消費させる。闘気を直接放出することは、言ってみれば体力をダダ漏れさせることで下手したらそのまま使い果たして死にかねない。言わば闘気版のメガンテみたいなものだ」

 

小町「うわぁ…」

 

平塚「それでいて、ただ放出させるだけでは明確な形にならずに効果が半減する。最低でも、何か形になるものを置く必要がある。ダイの○冒険で言うのなら、ヒュ○ケルの使ったグランドクルスだな。あれは十字の形に闘気を放っているからあの威力なんだ。そうだな……例えば、ホースでそのまま水を流すのと、ホースの先をつまんで細くして水を流すのでは、水流の威力がまるで違うだろう?そのくらいの差が出ると思っていい」

 

平塚「その水の例えで言うのなら、武器に闘気を込めて使うのは水鉄砲だな。必要な量だけを必要な威力で飛ばすことができる、と言う訳だ。ホースで水を流したら、あっという間にタンクが空になってしまうからな。グランドクルスはそれくらい危険な技だから、理論は分かるが私でもやらない」

 

小町「なるほど。さすが現役教師、とっても解りやすかったです」

 

八幡「ああ、俺も楽出来たしな。なんならずっと居てもらいたいレベル」

 

平塚「む…そ、そうか?比企谷がそこまで言うのなら…」

 

小町「あー、はいはい。ここは番外編だから話をややこしくしないで下さいねー」

 

平塚「…う、うむ、仕方ないか」(平塚先生、退席)

 

八幡「因みに、ダイの○冒険の設定含めて作者の創作なんで、勘違いしないようにな。八幡との約束だ」

 

●雪ノ下家について

 

小町「今までは設定的な話だったけど、ここからは物語の裏話だね」

 

八幡「雪ノ下家は、オルテガによる鎖国の最大の被害者なんだ」

 

小町「この情報がここで初出ってのはちょっとあれだけど、確か雪ノ下家って外交と貿易を仕切っていたんだよね」

 

八幡「ああ、そこに関してはほぼ独占していたと言ってもいい。だから、非常に大きな権力を持っていたんだが……」

 

小町「お父さんが国を封鎖してしまった、と」

 

八幡「ああ。実は陽乃さんは封鎖のちょっと前に魔法の才能が認められてダーマ神殿に留学に出ている。もし、もうちょっと封鎖が早くて陽乃さんが留学できなくなっていたら今の状況は無かったかもしれない」

 

小町「その時歴史が動いた、って奴だね!」

 

八幡「それは大げさだが…最強賢者陽乃、爆誕!は無かったかもな。ともかく、この封鎖で外交と貿易を仕切っていた雪ノ下家は非常に焦った。自分とこが強い権力をもつ下地が取り上げられた訳だからな」

 

小町「それで、どうなったの?」

 

八幡「ライバル貴族による雪ノ下家降しが始まった」

 

小町「うわぁ……貴族なのに、そんな内ゲバで争うんだ……」

 

八幡「むしろ貴族だからこそ、だろうなあ。雪ノ下家が外交、貿易を独占してる状態を快く思ってない…と言うか、不満を持っている貴族は結構いて、これ幸いにと雪ノ下家の妨害工作が始まった訳だ。出入りの使用人を邪魔したりとか、些細な事に渡るまでかなり色々あったらしい」

 

小町「……何というか、酷いね」

 

八幡「そうだな。その最たる被害者が、雪ノ下雪乃、と言う訳だ」

 

小町「え?」

 

八幡「陽乃さんはダーマに留学していて難を逃れたが、雪乃はそうはいかなかった。当時5歳……姉と同じで、6歳になったら雪乃も魔法を習い始める筈だったのだが、その時は抗争が激化していて、今雪ノ下家に関わるのは不味いと雪乃に魔法を教える教師が居なかったらしい。そこにも妨害工作があったみたいだしな。で、両親も抗争の対応で手いっぱいで、雪乃を顧みている余裕は無かった。結果、雪乃は家付きの使用人に世話だけされて、そのまま放置されていた」

 

小町「そこまでするんだ!酷過ぎだよ!」

 

八幡「しかも、そこで終わりじゃないんだよ。結局、雪乃は9歳を過ぎてから魔法を習うことになる。魔法は素質があっても、闘気と同じで最初の取っ掛かりが難しい技術で、最初の魔法を覚えるまでには結構時間がかかるんだ。普通なら2~3年は掛かるらしい。それを10歳になる頃にはメラが使えるようになっていたのだから、雪乃には才能はあったんだろうな」

 

小町「因みに、小町は半年でメラが使えるようになったよ」

 

八幡「小町は才能の固まりって設定だからなー。とにかく、そこで雪乃に第二の不幸が訪れる」

 

小町「え?まだ何かあるの?」

 

八幡「雪乃が10歳の時に、ダーマの留学を終えた陽乃さんが帰って来たんだよ。最初、陽乃さんはそりゃもう凄い勢いで雪ノ下家に歓迎されたさ。外交、貿易と言う権威がなくなった雪ノ下家にとって、最強の賢者陽乃は家を再興させる――と言ってもまだ有力貴族の力は持っていたが――切り札になる筈だった」

 

小町「あー…でも、陽乃さんって、確か……」

 

八幡「そう。反旗を翻して自ら派閥を立ち上げた。最強賢者の陽乃さんが誰にも止められないのは作中で説明した通りで、切り札になる筈の陽乃さんを失う――どころか最大の敵の一つになった雪ノ下家はそりゃもう焦って……陽乃さんのようになられてはたまらんと雪乃に魔法の勉強を止めさせた。魔法関係の書物をすべて取り上げて触らせもしないくらい徹底していたらしい。そして雪乃は魔法を習う機会を失った」

 

小町「それで、雪乃さんはメラしか使えないんだ」

 

八幡「雪乃は反発したが、力を持たない彼女ではどうしようも無かった。で、自分の立場の原因であり、かつ力を持っている陽乃さんに対して複雑な思いを抱く様になる。雪乃にとって陽乃さんは今の立場に追いやった憎い相手であり、自由に振る舞える力をもつ、自由の象徴として羨望の相手でもあった。だから、雪乃は陽乃さんみたいになれば自分も自由になれるのではないかと思う様になる。で、雪乃が目指したことは賢者になることだった」

 

小町「雪乃さんがメラとホイミを使えるのはそう言う事だったんだ……ん?でもどうやってホイミを覚えたの?」

 

八幡「魔法書は全部取り上げられてたけど、僧侶の魔法は神学関係でもあるからな。直接的にホイミの使い方を指導するような本はさすがに無かったが、神の業や僧侶の奇跡について書かれた本は多数あった。……場合によっては、雪ノ下家は雪乃をシスターにするつもりもあったかもしれない。とにかく、雪乃は何かヒントになるかもと期待込めて、それらの本を読み、僧侶の魔法を覚えようとした。そして4年かけて、独学で見事ホイミが使えるようになったんだ」

 

小町「さらっと言ってるけど、結構凄いことだよね。悟りの書なしで賢者になったんでしょ?」

 

八幡「そうだな。陽乃さんだって賢者になるのには悟りの書を使ってるから、相当凄いことだ。魔法が使えない俺にはよくわからんが、魔法使いの魔法と僧侶の魔法は体系的に独立していて、魔法使いの体系を覚えると、違う体系の僧侶の魔法は覚えられなくなる。悟りの書によって体系の垣根が壊されるという話だが……それを自力でやったんだ。やはり才能があると言ってもいいんだろうな」

 

小町「じゃあ、雪乃さんは念願の賢者になれたんだね」

 

八幡「メラとホイミしか使えないけどな。で、それは陽乃さんがもっている力には程遠い。結局、雪乃はどうにもできないと言う現実を思い知っただけだった。それでもあきらめきれずに魔法の勉強をしていたが……魔法使いの魔法は学ぶ手段がないし、僧侶の魔法も本格的に学ぶ手段がない以上、頭打ちの状況だった。そんな折、雪ノ下家に縁談が持ち込まれる」

 

小町「ええと、葉山家との縁談だよね」

 

八幡「ああ。葉山家は雪ノ下家とは逆に内政の折衝役として力を持っていて、まだ完全に抗争が無くなった訳ではない雪ノ下家にとっては最上と言うくらいいい話だった。葉山家にとっても、何かと抗争に巻き込まれている雪ノ下家の折衝がし易くなるし、封鎖が解除された際に外交にも関わることができる。両家の利害関係の一致から、縁談はスムーズに進められた。葉山家には隼人と言う雪乃と同い年の跡取りがいたことも都合がよかった」

 

小町「でも、雪乃さんの意思は関わってないんだよね」

 

八幡「貴族にとっては政略結婚なんて当然だから、そこに不満は持つべきでは無いのだが……雪乃は陽乃さんを知ってるからな。当然、反発したが、それを跳ね除ける力は雪乃には無く、16歳の誕生日に葉山家に嫁入りすることが決まっていた」

 

小町「それで、陽乃さんに唆されて、お兄ちゃんの旅に付いていくことになったんだね」

 

八幡「作中の俺はまだそこまで聞いてないけど、その通りだ。陽乃さんが雪乃に微妙に抱いている罪悪感もこれだな。自分が自由に振る舞う陰で、妹がより不自由になった訳だからな。だから雪乃が雪ノ下家を出るのに手を貸したりした訳だ」

 

小町「……因みに、婚約者を取られた形になった隼人さんはどうなるの?」

 

八幡「作者的には何も考えていない!」

 

小町「ちょっ、それ酷くない?」

 

八幡「許婚の相手だったら葉山だろー、くらいのノリで決めたんでマジで何も考えてない。一応、この世界の貴族の子息は領地を守るものの務めとして、騎士の学校に通うの通例となっているから、葉山隼人は騎士でもあるんだが」

 

小町「え、なに?その設定初めて聞いたんだけど」

 

八幡「魔法の説明のとこに挟む余裕がなかったんだ……察してやれ。まあ葉山が許婚の雪乃を取り返すために後を追うという設定もありかもしれんが、葉山家の跡取りがそれやるのは貴族としてどうなん?てとこもあるし、ぶっちゃけ葉山の出番まで考えられないしで作者的にはスルーの予定らしい」

 

小町「相変わらずぶっちゃけすぎだよ!」

 

八幡「それはともかく、雪ノ下家…と言うか、雪乃の話に戻すが、雪乃は俺と対極の存在と言う訳だ」

 

小町「ええと…どういう事?」

 

八幡「才能は無いが平塚先生を始め師に恵まれた俺、才能の固まりなのに家の問題で師に恵まれなかった雪乃。対極だろ」

 

小町「あ、本当だ」

 

八幡「しかも雪乃は原作と違って学ぶ環境がなかった。料理は使用人の仕事だからやることができない、逃げられても困るから軟禁状態で碌に運動もできない――貴族としての教養は凄まじいくらいだが、それ以外何ももっていない状態だ。才能しか無いまである」

 

小町「……言いにくいけど、もしかして足手まといだったりとか……?」

 

八幡「……まあ、今後の成長に期待、だな」

 

●終幕

 

八幡「と言う訳で、作者お得意の設定語りは、今回はこれで以上だ」

 

小町「その言い方は止めてあげなよ」

 

八幡「つか、今までのファイルで一番サイズが大きくなったとか、アホとしか言いようがないな」

 

小町「うん、そこは小町もフォローできない」

 

八幡「では最後にお約束の締めの言葉を」

 

小町「この設定はあくまで作者が考えただけの設定で、元のゲームとは関係ないから勘違いしないでね」

 

八幡「以上!」

 

 

 

雪乃のエピソードは作中でも語るんで被りますが、ここまで詳細にはならないんで勘弁してください(作者)

 



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6話

タカの目発動中の八幡は、目の腐りがかなり消えるという設定あり。
因みに、八幡の使うタカの目は一生懸命目を凝らして見る程度で、不思議な力は何も働いていなかったりします。



 歩く。背後で雪乃が息を切らしながら付いて来る様子を気配で感じながらひたすら歩く。

 一応無事にアリアハンを出ることはできたが、この後でまた追手が掛けられるかもしれない。なら陽乃さんと平塚先生の睨みが聞いている内に距離を取るべきだ。

 だから今はひたすら歩く。雪乃が無理をしないと付いて来れない――無理をすれば付いて来れる程度の速さで。

「はぁっ……あ、あの……」

 不意に、雪乃が声を上げた。その声には、やや懇願の色が混じっているように感じた。だから、俺は首だけで振り返る。

「――なんだ、疲れたか?」

 疲れたなら疲れたと言えばいい。お前の言葉に従ってお前が楽に歩ける程度のスピードで歩いてやってもいい。

 その思いを込めながら、それでも俺は敢えて冷たい視線で雪乃を見た。

「……っ!……いえ、何でもないわ」

 雪乃は俺の視線に、一度ビクリと表情を硬直させた後、キッと強い目で睨み返して首を振った。「そうか」とそっけない返事を返して顔の向きを前方に戻す。

(まあ、それが正しいわな)

 彼女の無理をする姿勢に少しばかり満足を覚え、思わず口元を歪めた。やべ、街でやってたら通行人に怯えられてた。

 甘えを言えば聞いてやるつもりではあったが、そうなれば俺の中で雪乃への信頼……と言うほどのものはないな、価値と言う言葉が一番近いか……とにかく、そのようなものが下がる。彼女はそれが分かる程度には聡明だった。名目上、俺に付いてくるのは彼女からの願いだ。だから、俺は無条件に甘やかせてやるつもりは無いし――限度を超えたと感じたら普通にアリアハンにつき返すつもりでもあった。

(しかし……こいつ、本当に旅をするような体じゃないな)

 実のところ、今俺が歩いているペースは、普段よりもやや遅い程度の速さだ。むしろ、広いアリアハン大陸を徒歩で進むのだから街中よりも早いくらいのペースで歩きたいくらいなのだが、それをやると完全に雪乃を置いて行ってしまうだろう。今の雪乃の様子から、それは簡単に察せられた。

 別に不健康だとか不摂生だとかは言うつもりはない。ただ、単純に長時間の歩行に慣れて無く、体力が付いていないだけだ。アリアハンを出てまだ一時間程度――それでこれだけ疲労して、俺が牽制してやらねば弱音を吐いていたのかもしれないと思うと、本当に大丈夫なのかと俺ですら不安になってくる。

(それだけ、自由が欲しかった……ってことなのかね)

 まだ彼女からは、俺の勇者と言う建前を利用して旅に出たいとしか聞いていない。だが、元から旅に出る意思があったのなら最低限の備えはしているのではないか?彼女にはそれが無い。

 旅を舐めていると非難するつもりは無い。彼女の性格からして、むしろ――そこまで決意するほど、何かに追い詰められていた。と言ったところか。

 バレないように横目で後ろを歩いている雪乃を見ると、彼女は疲労で重くなった足を無理やり引き摺る様に前に出しながら、それでもその瞳だけはしっかりと前を見据えている。その態度からは、強い意志が察せられる。

(……まあ、こんだけ覚悟決めてるなら十分か)

 そんな事を思いつつ、俺は雪乃にバレないように、また少しだけ歩く速さを遅くした。

 

 

 

 それからさらに一時間程歩いたところで。

 よく旅の目印にされる一本の大きな木のところまで来たので、その陰で一度休息をとることにした。

「ここまで来ればもう大丈夫だろう、一度休むぞ」

「な……ゼェッ、な、何を……言って……いるの、かしら……ひき、がや君……私なら、まだ……大丈夫……なのだけれど」

 嘘付け、滅茶苦茶息切らせてるじゃねえか。

 反射的にそう言いそうになったが、この少女はそんな風に言ったら余計にムキになるだけな気がしてスルーした。そして、旅用の鞄に入れていた水筒を取りだして、雪乃に放り投げてやる。雪乃は慌てたように一度お手玉した後で体で抱きしめるようにして受け止めた。結構危なかったようで、落とさずに済んで明らかにほっとしている。

 ……ううむ、反射神経も結構鈍いのかもな。いや、疲労困憊の体だったなら仕方ないか。

「とりあえず飲め。少し休む」

「……有りがたく、頂くわ」

 今度は意地を張ることなく、素直に礼を述べて木陰に腰を下ろし、一口水を含んだ。……一気にあおらない所は合格か。説明されずとも、水の貴重さは分かっているらしい。ま、ここ(アリアハン周辺)に限って言えば何処に水が飲める泉があるか、何処に湧き水があるか、大体解ってるからそれほど貴重でも無いけどな。盗賊の訓練で結構あちこち回ったし。

「周囲にモンスターの気配はないけど、そろそろモンスターが出てもおかしくないくらいの所まで来たからな。常に気を張ってろまでは言わんが、あまり油断し過ぎるなよ」

「え、ええ……」

 もっとも、この辺のモンスターくらいなら大したことないが。例え群れで向かってきても、雪乃を守って戦うくらいなら余裕だ。本当に気にすることはない相手なのだが……雪乃は俺の言葉を聞いた後で、座ったまま警戒するように周囲を見回した。いや、近くにはいないから。いたら気付くから。

(さて、と……アリアハンの様子は、と……)

 とりあえず雪乃のことは置いておいて、意識を遠く離れたアリアハンに向ける。普段よりは遅い……とは言ったが、訓練していない一般人よりは早いペースで2時間も歩いたのだから、すでに10km以上離れている。普通では碌に見ることはできないだろう。だが、

(『タカの目』発動)

 意識を目に集中させ、闘気を用いて視力を強化する。俺は身体能力強化の闘気は使うことができるのだが、これはその闘気を利用して視力を強化して遠くを見る技法だ。始め訊いた時は違和感があったのだが、視力も人のもつ力なのだから強化できるのは当然のことらしい。実際できたのだから異論はないが。

 余談だが、一般的にタカの目と呼ばれる技は魔力を消費して行われる技法だ。魔力でもって視界を空に飛ばし、遠くまで見下ろすことができると言う技法らしい。魔法が使えない俺にはそちらは使えなかったが、その折に盗賊訓練所の教官が教えてくれたのだ。以前は、タカの目は魔力を使わない技法で、集中力と闘気を利用した強化を合わせて遠くを見る技法だったと。空からの視界は確かに便利だが、地上からでないと分からない場所もある。むしろポイントを絞って探るのはこちらの方が優れていると教えられた。……その後で『両方使えるワシが最強だがな』と笑っていたけどな。こう言う所がマジで一言余計なジジィだった。

 因みに、川崎は魔力を使ったタカの目しか使えない。二人でフィールドワークした時は、互いにタカの目を使い合って色々な場所を探ったりしたもんだ。まあ、お互いの見えない場所を補完しあえたから、魔力を使う方のタカの目だけが一方的に優れている訳ではないことは理解できている。

 今回の場合はアリアハンの様子を確認するためだから空からの視界の方がいいのだが……別に入り口の様子さえ見られればそれで充分だった。

(……とくに変化はない、か。騎士の姿はないし、周囲の人が動揺している様子もない……陽乃さんと平塚先生が上手くやってくれてるみたいだな)

 ここでしばらく休んでもいても問題なしと判断し、タカの目を解く。と、俺の横顔をじっと見つめている雪乃の視線に気づいた。

「どうかしたか?」

「あ……いえ、とても真剣な目をしていたものだから、何かあったのかと思っただけよ」

「タカの目を使ってただけだ」

 言って、俺も雪乃の隣に腰を下ろす。雪乃は俺が隣に座ったことに一瞬動揺したようだが、すぐにそれを隠して聞き返した来た。

「タカの目とは何かしら?」

 知らないのかよ。盗賊の使うスキルの中では有名な方なのだが……まあ、パーティを組んで旅に出ようとでも考えなければ、他の職業の技能など覚える必要はないか。

「後で教えてやる。と言うか、俺の方がお前に聞きたいことがある」

「……解ってるわ」

 逆に聞き返すと、雪乃は神妙な顔でうなずいた。

「お前が、勇者に付いて旅に出ようと思った理由を教えてくれ」

「……少し長くなるけど、いいかしら?」

「ああ。構わねえよ」

 二つ返事でうなずく俺に、雪乃は一度深呼吸して気を落ち着かせてから、ゆっくりと語り始めた。

 雪ノ下家の権威が低下し、その抗争に巻き込まれたことで自由が与えられなかったこと。そして、自分の意思に反して葉山家の許婚にさせられて、あと半年もしない内に結婚させられることなどを、淡々と説明された。……よくある話、と切って捨てることは容易いが、意外なことに少し俺にも繋がっていることだ。雪ノ下家の権力が低下した原因は、そもそも未来の勇者を守るためだとか変な理由を付けて勝手に国を封鎖した糞オヤジにある。雪ノ下家は外交と貿易に力をもっていた貴族で、だからオルテガの封鎖に伴い大幅に権力を失ったと、以前雪ノ下家に所属していた陽乃さんから聞いている。

 雪乃はオルテガのせいとは言わなかったし、考えていないだろうが……アリアハンの封鎖が雪ノ下家の権力の低下を招き、今の状況になっていることは分かっているようだった。ただ、どちらかと言うと、その程度で周囲が敵だらけになる雪ノ下家の地盤に問題があると雪乃は考えているようだ。実際、雪乃に自由がなかったのは周囲のいざこざに関わらせないため――引いては守るためと言う理由もあったのだろうが、そもそもそんなことで敵を作る雪ノ下家のあり方が間違っているという考えも、まあ道理と言える。

 俺としては、貴族なんて権力争いに明け暮れて相手の足引っ張ってなんぼと言うイメージがあるから、やっぱり糞オヤジが悪いんじゃね?とか思ってしまうが。

「私は別に葉山家の跡取りを嫌っているわけではないわ。宮廷のパーティで2,3度顔を合わせたことがある程度の関係しかないのだから、そもそも関心が無いの。だけど……自分の意思を素通りして物事を決められることに、納得がいかないのよ」

 それは、潔癖に過ぎる意見ではないかと、俺は率直に思った。貴族なんてそんなものだ。自由意志の結婚などある筈がない。

「…私の考えは、ノブレス・オブリージュに反していると思うし、間違っていないとも言わない。でも……正しいことだとも思えないのよ」

 ノブレス・オブリージュ…確か貴族の義務って意味だったか?いつぞや陽乃さんから聞いたことがある言葉だ。『そんなものに拘ってるから、余計に離れていくんだけどね』と小ばかにした様に鼻で笑っていたが。

「まあ……色々長く聞いたが」

 そこで、今まで黙って聞いていた俺は、ようやく口を開いた。

「お前は結局どうしたいんだ?」

 彼女の境遇は分かった。現状に不満を抱えていることも分かった。――だから、旅に出る?今の不満から逃げ出したいからと、そんな半端な覚悟なのか?

 試す様に、そんな思いを込めて視線を向ける。雪乃は視線にひるまずに、こちらをまっすぐに見つめ返して、言った。

「私は、世界を変えたい」

「正しいと思うことを、正しいと思えることを貫ける世界が欲しい」

「変えられる意志と、変えられる力と――そんな力に振り回されない世界が欲しい」

「そのために、私は、あなたの旅に付いていくことを望むわ。……改めて、お願いするわ。比企谷君、私をあなたの仲間にして貰えないかしら」

 世界を変えたいと、雪乃は言った。それは、厳密に言うと俺の旅に付いていく理由にはならないだろう。だが、きっと雪乃には必要なことだと言うのは十分に伝わった。

 ……察せられることは色々ある。貴族の義務、正しさに拘るあり方、陽乃さんの存在――まあ、それらを要約すると『世界を変えたい』になるのだろう。

 本当は、こんなことで決めることじゃない。大体、俺は雪乃に何ができるのか、戦う力をもっているのかすら聞いていない。だが、それでも、もう俺の中に彼女の申し出を断るという選択肢は完全に消えていた。

「分かったよ。正式に仲間として認めてやる」

「そう。ありがとう」

 俺の言葉に、雪乃は満足げにほほ笑んだ。――悔しいことに、見惚れてしまうほどいい笑顔だった。

「では、そろそろあなたの視線を外してくれないかしら?その腐った眼で見つめられていると気分が悪くなってくるのだけれども」

「おい、認めた瞬間それかよ」

「私が思わず凝視してしまうほど可愛いのは致し方ないことなのだけど、最低限の礼儀は必要だと思うわ」

「自分で可愛いとかどんだけ自信あるんだよ。つか、お前の方がよほど無礼だから、それ」

 いきなり毒舌に切り替わったが、それでも彼女の柔らかな微笑みは消えていない。だから――

(ま、もう少しくらい付き合ってやるか)

 つい、そんな甘いことを考えてしまったとしても、仕方がないと言うことにして置こう。

 

 



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7話

初戦闘回。相手は雑魚モンスターですが。
八幡の強さに関しては、平塚先生と訓練している姿を見て気付いている騎士も数名いるのですが、散々馬鹿にしてきた手前素直に認められず、表向きは魔法の使えない出来損ないと馬鹿にされています。
アリアハンは魔法権威主義の国なので、素直に認められる者が居たとしてそこは変わらないのですが。


(ま、もう少し付き合ってやるか)

 …などと迂闊にこいつの話に付き合ってやろうと思ったことを少し後悔していた。

 いや、あの後流れで『私の事情を話したのだから、今度はあなたのことを聞かせてもらえないかしら?』とか言って来たので軽く俺の信条なんかを語ってやったところ、グサグサと胸を抉る様な言葉のナイフを突きつけられた。

『随分と自堕落な考え方ね、引きこもり谷君』

『どこまで妹が好きなのかしら、率直に言って気持ち悪いのだけれども』

『そう……それでそのような腐った死体のような濁った目になったのね。親御さんに同情するわ』

 など好き放題言われた。こいつ、容赦ねえ……あれ?俺頼みを聞いてやった側だと思うんだけど。いや、それを笠に着せるつもりは無いけどな。くそ、働きたくないとか、全部天使小町のためだとか常識を少しばかり語ってやっただけなのに、どうしてこうなった。やはり俺に仲間がいるのは間違っている。

(――まあでも、それだけ達者に喋られるなら、もう体力は回復してるよな)

 俺としては雪乃の目的を聞きたかっただけだし、大いに懸念材料となっている雪乃の体力も十分回復しただろう。そろそろ出発した方がいいな。いや、そう言えばまだ聞いていないことが――

 不意に気配を感じ、そちらに視線を移す。やや離れたところからこちらに向かってきている大ガラス1体とスライム2匹の姿が見えた。どちらもアリアハン周辺に出没する雑魚モンスターだ。

(丁度いいな)

 狙っていたと言うと言いすぎだが、望んでいた事態ではある。雪乃の能力を見るのなら、やはり実際に見るのが一番手っ取り早い。

「……?比企谷君、どうしたのかしら?」

「ああ、モンスターだ」

「え?」

 驚いて俺の視線の先を見る雪乃。見た瞬間、若干不安そうだった眼差しが、少し拍子抜けしたようなものに変わった。

「……あれが、モンスターなの?その、ゼリーみたいなものは確かによくわからない生き物だけど、もう一方は鳥にしか見えないのだけれども」

「スライムと大ガラスな。まあ、動物型のモンスターなんて珍しいもんじゃないぞ」

 適当に答えて立ち上がり、戦闘にそなえて剣を抜く。素手でも十分なくらいな相手だが、武器があるのにわざわざ素手で戦うこともないだろう。

「ほら、お前も立て」

 その言葉に雪乃も立ち上がろうとして……途中でふら付いてまた腰を落としてしまった。立ちくらみの様子はないし、足に疲労が溜まっていたのだろう。

「手、貸すか?」

「結構よ」

 雪乃は俺の言葉を一言で拒絶すると、背を預けていた木に手を置いて足を震わせながら何とか立ち上がった。…甘えないことはいいことだな。

 まだモンスターとの距離は十分ある。こちらが先制を仕掛けられるだろう。その前に――

「雪乃、お前、あいつらを倒せるか?」

「……一体だけなら、多分何とかなるわ」

 なんとも頼りない返答どーも。大方、実戦経験はないが、攻撃する手段はあると言う事だろう。雪乃は明らかに肉弾戦のタイプじゃないから、攻撃魔法で間違いないな。

「お前は右端にいるスライムを倒せ。残りは俺が始末する」

「分かっ――」

 雪乃の返答を聞き終える前に、俺は魔物に飛び掛かって行った。――さて、一瞬で終わらせるか。

 

 

 

 *****

 

 

 

「分かっ――」

 私が答え終わるよりも早く、比企谷君は動いていた。タンッと地を蹴る音がしたと思ったら、もう大ガラスの目の前まで肉薄している。

(え?まだ10メートル近く離れていたはずなのに)

 それだけの距離をほとんど一瞬の間に詰めていた。私には視界の端に彼の影が通ったように見えただけだった。

 まだ驚きの覚めぬ私の前で、比企谷君は手にした剣で大ガラスの首を跳ね飛ばしていた。そして、スライムの方に視線を移し――

「なっ…!」

 今度こそ、私は驚愕に思わず声を上げてしまった。比企谷君がスライムに視線を向けた瞬間に、スライムがまるで風船が割れるように弾け飛んだからだ。

(魔法?…いえ、比企谷君は魔法が使えないはずだからそれはあり得ないわ)

 落ち着いてもう一度見直すと、スライムが居た場所の地面にナイフが突き刺さっているのを発見した。そして、比企谷君の武器をもっていない左手が、腰くらいの高さでスライムが居た場所に向けて伸びていた。中途半端に開かれた手は、何かを放した直後のように見える。

(もしかして、ナイフを投げつけたの?)

 私には全然見えなかったが、状況からして何処かに身に付けていたナイフを目にも留まらぬ速さで投げつけたのだろう。

(これが、『出来損ない』と呼ばれている勇者の力――?)

 私の目には十分に人並み外れた力を持っているように見えた。それとも、私が世間を知らないからそう思うだけで、鍛えている人は皆彼くらいの動きができるのだろうか?……いや、そんな筈はない。雪ノ下家の騎士に、彼ほどの動きが出来る者など見たことが無い。

 思わず呆然と比企谷君を見つめてしまう。見つめながら、私の胸に重く苦いものが去来したのを感じた。

 私は、何も力を持っていない私は、勝手に出来損ないと呼ばれる彼の境遇に共感を感じていた。出来損ないと呼ばれ、世間から白い眼を向けられてきた彼を、自分のように不自由を強いられてきた人間なのだと勝手に思い込んでしまっていた。だが、それは間違っていた。何もさせてもらえなかった――して来なかった私が、出来損ないと呼ばれ、それでも鍛え続けてきた彼を解かった気になって良い筈が無かったのだ。

 あまつさえ、侮られない様にと虚勢を張って、あんな罵倒まで――

「おいっ、雪ノ下!お前の番だぞ」

 彼の言葉に我に返る。そうだ。私は一体だけなら何とかなると自分で言った。それは果たさなければならない。

(――私は、世界を変えるのだから)

 それが正しいことかまだ私には分からないけど、それでも、比企谷君に付いていけば、何かが分かるように思える。先ほどの比企谷君の強さを見て、私は改めてそれを意識した。

 そのためには、彼に力を見せる必要がある。力を見せる――そんな目的で魔法を使うのは初めてだ。

 私は体を支えていた手を木から放し、残った一体のスライムに向けて、両掌を並べて突き出した。

 雪ノ下家に魔法の勉強を禁止されて以来久しく使っていなかった魔法を思い浮かべ、手のひらに魔力を集中させる。手のひらに熱が集まってくるのを感じ――

(モンスターを……生き物を殺すのはこれが初めてね)

 僅かな躊躇を押し殺して、私はそれを解き放った。

「メラ!」

 火の玉がスライムに飛んでいき、その小さな体躯を飲み込んだ。

 

 

 

 *****

 

 

 

 雪乃が使ったものは予想通り攻撃魔法だった。メラの炎に焼かれたスライムは、蒸発して消えていった。

 それを確認してから、投げたナイフを回収して雪乃の元に戻る。

(メラなら魔法使いだな。正直助かる)

 別に僧侶がダメと言う訳ではないが、自分的には魔法使いと僧侶では魔法使いの方が嬉しいとは思っていた。いや、火(メラ)と水(ヒャド)が手軽に調達できるって旅の負担がかなり楽になるしね。俺の中で雪乃の役割が野営時の火熾し登板と決まった瞬間だった。

 雪乃はまだ構えた姿勢のまま、スライムが居た場所を睨んでいた。まあ、こいつの育ちからしてモンスターを殺したのは初めてだろう。何かしら思うことがあっても仕方がない。

「お前、魔法使いだったんだな」

 俺の言葉に気が抜けたのか、雪乃は力を抜いてすぐそばの木の幹にもたれかかり、小さく首を振って否定した。

「いえ、私は賢者よ。ホイミも使えるわ」

「……マジか?」

「私は、嘘は嫌いよ。疑うのかしら」

「ぶっちゃけ、信じられんってのが本音だ」

 雪乃の言葉に、俺は正直に頷いた。

 賢者とは魔法使いと僧侶の魔法をどちらも使える存在で、一定の修行を収めた魔法使いか僧侶が悟りを開くことによってなれるものだ。と言う事は、それだけの修練を積んでいないといけないのだが――雪乃の話を聞く限り、そんな余裕があったとは思えない。

「で、使える魔法は?」

「………メラとホイミだけよ」

「は?」

 思わず聞き返してしまう。いや、だって魔法使いか僧侶、どっちかある程度修練積んでないとなれないのに、メラとホイミしか使えないなんてことある筈がない。いや、伝説には遊び人を極めたものが賢者になったという話を聞いたことがあるが、まさか…

「その不快な視線はやめてもらえないかしら?」

「いや、何でもない、悪い。だが、さすがに信じられないな」

 遊び人を極めることは魔法をある程度修練するよりも遥かに困難だから、さすがに有り得ないだろう。と言うか、転職と言う手段を使っていたら、雪乃の境遇では賢者になれる筈がない。

「そうね、あなたがMに目覚めて自傷行為に及べば治してあげるわよ。と言ってもホイミだから、あまり大きな怪我は無理なのだけれども」

「いや、さすがにそんな趣味はねえから。と言うか、それなら自分の体力を回復させればいいだろ」

 雪乃の顔にはまだ疲労の影が色濃く残っている。そんなに疲れてるならそっちをホイミで癒した方が魔力の無駄にならないから当然の提案だろう。が、

「え?」

「え?」

 雪乃が心底意外そうに聞き返してきたので、俺も思わず聞き返してしまう。

「ホイミって……体力も回復できるの?」

「当たり前だろ、何で使える奴が知らないんだよ」

「そう、そうだったの……確かに、傷を治してすぐに動けるということは、傷によって消耗している体力も回復しているのよね……私の読んだ本でも……」

 俺の指摘の言葉に、しかし雪乃は言い返すこともなく、ぶつぶつと呟いて考え込んだ。そして、

「ホイミ」

 いきなり自分に向かってホイミを掛けた。傷がふさがるなど解りやすい変化はないが、彼女の表情から疲労の色がいくらか薄れている。

「……本当に楽になったわ。そういう認識であってるのね」

「おい、さっきから独り言止めろ。俺が無視されてるみたいだろ」

「あら?いたの、空気が谷君」

「さっきまで目の前で会話していた筈なんですけどねえ……」

 まあ、ぼっち的には良くあることなので今更気にしないが。

「冗談よ、ごめんなさい。ホイミは正規の手段で覚えた訳ではないから、私にもよくわかって無かったのよ」

「いや、別に謝るようなことでも…って、ちょっと待て」

 意外と素直に謝ってきた雪乃の言葉に引っかかり覚えて、待ったを掛ける。正規の手段で覚えた訳ではない、だと?

「どうやって覚えたんだ?」

「神学書を読み漁って、それをヒントに何とか修得したわ。もっとも、それが手いっぱいだったのだけれども」

 俺は魔法は使えないが、魔法を覚える方法は聞いたことがある。契約の儀式によってその魔法を使う権利を手にすることができ、あとは術者の能力に応じて魔法が使えるようになるらしい。陽乃さんはすべての魔法の契約を終えていると言っていた。つまり、あの陽乃さんでも契約なしに魔法を使ったりはしていない。

 ……魔法の専門家じゃない俺には分からないが、結構凄いことなんじゃないか、これ?

「そんな事より、私もあなたに聞きたいことがあるのだけれど」

「そんな事って……まあ、そっちの話はとりあえず今はいいか。なんだ?」

 聞き返す俺に、雪乃は一度目を伏せて逡巡してから、窺うように口を開いた。

「その……あなたは、本当に出来損ないの勇者なの?」

「は?」

 おい、予想外過ぎてまた聞き返しちゃっただろ。さっきから何度も聞き返してて、もう難聴系主人公と疑われかねないレベル。

「あなたがモンスターを倒した手際があまりにも見事だったから、そこまで能力をもって居てどうして出来損ないなのかしらと思って」

「魔法の才能が無いからだろ。闘気だってちゃんとは使えないしな」

 もっとも、だからと言って才能に胡坐書いている連中に劣っているとは思わないけどな。それよりも、雪乃がそんな感想を持ってくれたと言う事は、一応俺の狙い通りに事が運んだと言える。雑魚モンスター相手に、必要もないのに闘気を使った甲斐はあったな。

「お前の前でやって見せた動きは、俺が戦闘でできる手段のほぼ全部だよ。パーティを組む以上、互いの能力は知っておく必要があるから、敢えて披露して見せた。俺じゃ、あれが精いっぱいだ。本物の勇者には到底及ばねえよ」

 両足に闘気を発動させる高速移動。大ガラスの首をはねた片手剣の扱い。腕に闘気を発動させて最小限の動きでナイフを投げつける投擲術。俺が戦闘で使える技術なんてものはこの程度しかない。魔法でも闘気でも何でも使いこなせる本物の勇者――小町の方が優れているのは明らかだ。

「……そう。それでも、そこまで鍛えたあなたの力は出来損ないと呼ばれていいものではないわ」

 自棄に食い下がるな?何か、思う所でもあったのかもしれない。

「それを判断するのはお前じゃないな。ま、俺としては立派な勇者と呼ばれるよりも出来損ないくらいに呼ばれた方が気が楽なまである」 

「……私は、あなたの努力を尊敬するわ」

「そりゃどうも。……ホイミで体力も回復しただろ、そろそろ行くぞ」

 言って、俺は顔を背けて先に歩き出す。雪乃の言葉を少しばかり嬉しく思ってしまっている自分が、少し癪だった。

「――待って」

「ん?」

 歩き出した矢先に声を掛けられて立ち止まる。もしかして、もう少し休みたいとでも言うつもりなのかと軽い失望を覚えながら振り返った俺の視界に入ってきたのは、深々と下げられた雪乃の頭だった。――は?

「ごめんなさい」

「……何がだ?」

 もしかしてあれか?告白される前に振られるという奴か。勘違いして惚れそうになる前に断られるとか、かなり斬新なんだけど。

「私は、噂に踊らされてあなたを侮っていたわ。それに――」

「よく分らんが、俺は謝られる様なことをされた覚えはないな」

 雪乃の言葉に口を挟む。俺が出来損ないであることは紛れもない事実で、多少の努力で身に付いた力があったとしてもそれとは関係のないことだ。目が腐ってるのも事実だしな。一々気にするようなことじゃない。

 頭を上げた雪乃は、尚も躊躇した素振りで何かを言おうと思い悩み……諦めた様に小さく嘆息した。

「そう……ごめんなさい、行きましょう」

 だから謝る必要は…って、これは違うか。

 きちんと回復したのか、思ったよりもしっかりとした足取りで歩きだした雪乃を見て、俺も再び振り返って歩き始める。この分ならしばらく問題ないだろう。疲れて来たらまたホイミを使わせればいいし。

(しかし、魔法の契約か……)

 遅れない様に俺の後ろを付いてくる雪乃を横目で見ながら思う。

 雪乃が賢者と言うのはかなり嬉しい情報だ。魔法使いの方が良いとは言ったが、僧侶の魔法がいらない訳ではない。体を張ることになるが、キアリーさえ覚えれば毒キノコを食って飢えを凌ぐこともできるし、やはり魔法で傷を癒せるのは相当大きい。だが、雪乃はほとんど魔法の契約を済ませていない。ついでに、雪乃が契約なしにホイミを使えたことについても誰かに相談したい所だ。

(旅に出る前だったら陽乃さんに相談したんだけどな)

 まあ、雪乃の立場から言えば、陽乃さんに教えを乞うのは断固として拒否されるだろうが。と言うか、陽乃さんは雪乃の事情を知ってて俺の仲間になるように仕向けたと思って間違いないな。両方の魔法が使えるとか、魔法が使えない俺にとっては最適の仲間と言っても過言じゃないだろう。

(すぐにレーベに向かうつもりだったが、雪乃の魔法のこともあるし……どうしたものかな)

 これからの旅の計画を考えながら、雪乃がついて来られるくらいのスピードで――ホイミがあることが判明したから、さっきよりも少し無茶させるつもりだが――歩き始めた。

 

 

 



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8話

この8話で冒頭から始まった1日がようやく終わるとか、展開が遅いにも程がありますね。
なお、ゲームであればナジミの塔の老人からは盗賊の鍵を貰うのですが、普通に物語で考えた時にその理屈は可笑しいと言うことで設定を変えました。
余談ですが、八幡は盗賊のスキルを習っていた関係で、盗賊の鍵程度の扉なら自力で開錠する技術を持ってます。


「ほら、焼けたぞ」

 俺の正面で顔を心なし青くしている雪乃に、俺は木の皿に盛ったこんがり焼けた一角ウサギの骨付き肉を差し出す。

「え、ええ……」

 雪乃は明らかに気乗りしない様子で、おずおずと片手を伸ばして受け取る。そして、受け取ったそれを見て、躊躇するかのようにじっと見つめた。

 そんな彼女を他所に、俺は自分の分の肉を、骨の部分を手でつかんで豪快にかぶりつきながら食べる。うん、上手に焼けましたー!そして手に持った肉を雪乃に向けて、さっさと食べるように促す。

「折角目の前で一角ウサギの解体ショウまでやってやったんだから、遠慮なく食え。美味いぞ?」

「……思い出させないでちょうだい」

 思わずうっと口を押えてえずる雪乃の様子に小さく含み笑いを漏らしながら、俺はもう一度肉に齧り付いた。

 

 

 

 最初の戦闘の後、さらに数回の魔物との遭遇を終えて日が暮れてくるまで進んだ俺達は、森の中の開けた場所で野営をしていた。

 最後に一角ウサギと遭遇したのは幸運だった。一角ウサギは脂身が少ない割に肉が柔らかく、そして美味い。別にオオガラスも食えなくもないが、筋張ってて固いうえに、元がカラスなせいか独特な臭いがするからあまり好きではなかった。

 と言う訳で即血抜きしてもち運び、森の中に入って枯れ木を拾って火をつけて野営をすることにしたのだ。

 因みに、火は雪乃にメラで着けてもらった。あんなに簡単に火が熾せるとか、マジ魔法万能。本日一番の雪乃の活躍と言っても過言ではない。まあ、火を熾すのは俺でもできるし、そのための道具も無論携帯しているが、結構面倒なのだ、あれは。種火を作って枯れ木に燃え移らせて、その上で消えない様に注意しながら風を送って火を強くしてやらなければならないため、慣れてもそこそこ時間がかかる。種火を移すのにまず失敗する時があるし、火を強くする時に突風が吹いて消えたらやり直しだしな……

 でも魔法を使えばあら不思議。メラと唱えるだけで焚火の完成だ。正直、あまりにあっさりやられすぎて嫉妬するレベル。川崎と二人だった時には(野外訓練な)地味に苦労したのに……

「どうかしたのかしら、比企谷君?目が腐っているわよ。いえ、それはいつものことなのだけれども」

「マジで一言余計だからな、それ。別に、ちょっと世の中の不条理が身に染みてな…」

 不審な目を向けてくる雪乃に対し、誤魔化す様に咳払いしてから続ける。

「とにかくあれだ。今後、野営前にメラも使えないほど魔力使い果たすなよ。マジで」

「メラなら消費魔力も少ないし大丈夫だと思うけど……一応、攻撃魔法なのだから、攻撃に使うべきではないかしら?」

「お前に必要なのはまず体力だ。そりゃ実戦経験も大事だし日に1、2度くらいは魔物とも戦わせるつもりだが、基本魔力はほとんどホイミに費やすつもりでいろ。あ、でも野営時のメラは残しておけよ。絶対だぞ」

 メラ大事、絶対。モンスター相手に無駄打ちとか勿体無いにも程がある。

「どれだけメラが好きなの、あなたは……はぁ、しばらくはアレを繰り返すのね」

 さすがに少しばかりうんざりしたように呟く雪乃。

 最初の戦闘の後、雪乃は一切戦闘には関わらせず、只管限界まで歩いてホイミで癒すを繰り返させた。限界まで歩いてホイミで癒せばいい――簡単に体力を付けるための至言だな、うん。地味だけに中々心にクル鍛錬だけどな。おかげで、思ったよりは距離が稼げたと言える。

「それで、これからどうするの?」

「こいつを食べる」

 先ほどの戦果である一角ウサギを、角を掴んで持ち上げて示す。雪乃はきょとんと首を傾げた。

「どうやって食べるのかしら?まさか、そのまま噛みつくつもりかしら、さすがは獣谷君ね」

「おい、それだと俺が野獣みたいだろ。つか人相手に使うと違う意味に聞こえちゃうだろ」

「……?それは、どういう意味かしら?」

 本当に分からないようで、またきょとんと首を傾げる。くそ、地味に可愛いじゃねえか。

 女としての意識が欠けているのか、単純にこう言った言い回しを知らないだけかは分からないが、これを説明するとか俺には難易度高すぎるんだけど。と言う訳で無視しよう。

「……まあいい。とにかく、こいつを解体して焼いて食べるんだよ。一角ウサギならちょっとしたご馳走だな」

「……解体?」

 ヤベェ、こいつ……まさか動物と肉が一致していないのか?どんだけ箱入りなんだよ。

「……ステーキくらい食べたことあるよな。こいつを切り分けてステーキにすると思ってくれ」

「え?……そ、そうね。見たことはないけど、肉は牛や兎を殺して切り分けるものと言うことくらいは知っているわ。……それをここでやるの?」

 若干ビビっている雪乃に、俺は口の端を上げた。

「ああ。喜べ、一角ウサギの解体ショウだ。あ、何か合った時のためにやり方覚えて貰うから、目を反らすなよ。まあ、どうしても怖くて無理なら許してやるが」

「馬鹿にしないで貰えるかしら。いいわ、やって見せなさい」

 挑発に乗って睨みつけてくる雪乃に対し、俺はニヤリと笑った後「よく見てろよ」と告げて一角ウサギの解体を始めた。――雪乃は5分と持たずに顔を青くしていた。

 そして、冒頭に至る。

 

 

 

 で、回想している間に結構時間が経ったというのに、未だ躊躇している雪乃に、俺は改めて告げた。

「体力付けなきゃならんから、マジでしっかり食え。お前細すぎだ。もっと肉食え、肉」

「……分かったわ」

 そこまで言われてさすがに観念したのか、雪乃は小さく嘆息すると、諦めてナイフとフォークを手に取り、骨付き肉を器用に切り分け始める。音を立てない様に(木の皿だからそもそもナイフとフォークが当たったくらいでそう音は出ないが)丁寧に扱っている辺り、相当食事マナーは躾けられているな。こんな所で披露しても仕方がないが。

 雪乃は一口サイズに切り分けた肉を上品な仕草で口に入れて咀嚼した後、意外そうに呟いた。

「――骨付き肉なんて初めて食べたけど、意外と美味しいわね」

「塩振って焼いただけだから、料理とも言えないけどな」

 なお、付け合わせは食べられる野草のサラダと、森で見つけた果物。野営で簡単に食材を見つけてこられる辺り、アリアハンは本当に自然に恵まれていると思う。ついでに言うと、海が近いアリアハンは塩だって簡単に手に入る。内陸部だと塩が高級な所もあるらしいし、そう言った面でも恵まれている。

「それでも、私は料理が出来ないから羨ましいわ」

 そう言って、雪乃は自嘲する様に口元を歪めた。

 料理は使用人の仕事で、貴族が料理をすることは使用人の仕事を取り上げてしまう、だから貴族は自ら料理をするべきではない、と言う考えが貴族の中にはある。かなり傲慢そうに思えるが、あながち間違いではない。金を持っている者が仕事を与えてやらねば経済は回らない。多くの庶民を働かせるために仕事を与えるのは、貴族の義務だ。

 まあ、そこまで徹底できるのも力をもつ貴族だからで、下級貴族の中には普通に料理をする者も多いが。雪ノ下家は糞オヤジのせいで権威が低下したとは言っても、それでも大きな財をもつ上級貴族だ。雪乃は使用人の仕事を奪う様なことはやらせてもらっていないだろう。雪乃に料理が出来ないのは当然と言えた。

 尤も、俺もそんなに料理ができる訳じゃないけどな。家では母さんと小町が台所やってたし、精々野営で大雑把に味付けして焼く程度だ。動物の解体とか食べられる野草の見分け方とかはしっかり覚えたが。

「ま、機会がありゃ色々やってみればいいだろ。何なら、明日の野営の飯はお前に任せてもいいぞ」

「さすがにまだ一人でやるのは無理だと思うけど……そうね、手伝わせて貰えたら嬉しいわ」

「お、おう」

 随分と素直に言われて、思わずどもってしまう。短い……と言うか、まだ出合って一日も経っていないが、出合った時は随分と当たりの激しい気の強い女だと思ったが、今はもうこんな風に素直な面を見せてくる。何か心境の変化でもあったか、元からこういう性格だったのか――どっちでもいいが、そう言う不意打ちは勘違いしそうになるから止めてもらいたい。

「おっ、次の肉が焼けたな。ほら、やるよ」

 誤魔化す様に、焼いていた肉を取って雪乃の持つ皿に載せる。それが不作法だっただからだろう、雪乃は一瞬顔をしかめた後、不満そうに呟いた。

「……そんなに食べられないのだけど」

「それでも食え。明日は今日よりも長時間歩くからな。しっかり食べとかないと途中で体力が尽きるぞ」

 ホイミにも限界がある。体力の元になる栄養を取ってなければどうにもならないのだ。

「……そうね。頂くわ」

 雪乃は意を決したように頷いて、食事を再開した。

 

 

 

 食事を終えて人心地付く。雪乃は少々苦しそうだったが、なんとか全ての食事を平らげた。

 残った一角ウサギの肉は、とりあえず大量に塩を塗して松明の上に吊るした。燻製とまでは言わないが、こうすれば多少は日持ちさせることができる。と言っても、ちゃんとした干し肉ほど日持ちはせず、精々2、3日程度なのであまりたくさん作っても意味がないが。街が近ければそれこそ残った肉を買い取ってもらうことも出来なくはないが、次の街までは結構かかるためそれはできない。結局、処分するしかない。

 と言う訳で残った肉は取り除いた内臓ごと最初に剥いだ一角ウサギの皮に包み、適当な蔦でぐるぐる巻きにして縛り、闘気を使って遠くへ放り投げておいた。いや、血の臭いが強いものを置いていると獣やモンスターが寄ってくるし、手元に置いておくのは単純に良くないからな。それに、遠くへ放り投げておけば周囲の獣やらモンスターもそっちに引き寄せられるから、その分こっちの危険も減る。

 それらをすべて終えてから、俺は改めて雪乃に話しかけた。

「さて、これで食事も終わったし、後は休むだけだが……その前に話しておくことがある」

「……何かしら」

 無理して食べ過ぎたからか、心なし苦しそうに答える雪乃。ま、食える時に食うのが冒険者の鉄則だからな。おいおい慣れてもらうしかない。

「明日以降の旅の予定だ。最初は直接レーベの村に向かうつもりだったが、ナジミの塔に行くことにする」

「ナジミの塔に……?でも、あそこは今は何もないと思うのだけど」

 以前は灯台や物見台としても使われ、アリアハン近隣の海域を監視する立派な建物だったのだが……糞オヤジの封印でアリアハンは今船も使えなかったりする。解りやすい封印の目印はロマリアへの旅人の扉を塞ぐ壁だが、実はアリアハン大陸全体が結界に覆われているのだ。よって、現在アリアハンと他国の行き来の手段は、以前他国に訪れた者によるルーラの魔法しか無いのが現状だ。そら、外交と貿易はガタガタになるわな。それは兎も角。

「あそこの屋上には変わり者の爺さんが住んでいるからな。あんな爺さんでも賢者だから、お前のこと相談するにはちょうどいいだろう」

「ああ、ナジミの賢者様のこと……知り合いだったの?」

「以前、野外訓練で立ち寄った時に、ちょっとな」

 先ほどの言葉を聞く限り、深窓の令嬢をやっている雪乃でも名前を聞いたことがある程度には、ナジミの賢者のことはアリアハンではそれなりに知られた名ではある。今では陽乃さんの出現によってすっかり立場を失ってしまったが、以前はこれでもアリアハン最強の賢者だったのだ。…賢者の人数が圧倒的に少ない上、爺さんは上級魔法(メラゾーマとかな)は使えないそうだが。

「ナジミの賢者様相手にちょっとしたことで知り合うものかしら」

「あの爺さん、俺のオヤジとも知り合いだしな」

 さすがに他人に話すときは『糞』を付けたりはしない。世間では英雄だからな、あの糞オヤジ。

「オルテガ様の……それなら納得ね」

「ま、野外訓練ついでに挨拶した程度だけどな。あの人なら魔法の契約も出来るだろうし、色々話も聞けるだろ」

 俺の言葉に、雪乃はきょとんとした顔でこっちを見たあと、少し頬を染めて俯いた。うん、勘違いするような行動は止めような、いや、俺が勘違いさせたか?

「あの……もしかして、私のためかしら」

「いや、俺のためだ」

 雪の言葉をバッサリと切って捨てる。

「お前がヒャドを覚えれば水の調達が楽になるし、キアリー覚えればうっかり毒物食った時に回復してもらえるしな。そうなれば旅の快適さがまるで変わる。だから、しっかり覚えろよ、俺のために」

 後ルーラとか、インパス……は、必要ないか……イオやバギは……攻撃くらいだな。あれ、思ったより役に立つの少なくないか?

「なるほど、自分が楽をするためには苦労を惜しまないなんて、さすがはサボりが谷君ね。呆れを通り越して……呆れたわ」

 小さく嘆息しながら、罵声……かどうか判断に悩むことを言って嘆息する雪乃。おいおい、通り越した先が同じとか、語彙が残念な人みたいだぞ。

「……それでも、新しい魔法の契約が出来るのは私にとっては嬉しいことよ。ありがとう、比企谷君」

「……おう」

 だから一々素直になるな。反応に困るだろ。どもった俺が可笑しかったのか、雪乃は小さく笑みをこぼし、それから不思議そうに首を傾げた。

「でも、別に先にレーベに寄ってからでもいいんじゃないかしら?」

「あー……まあ、こっからなら距離的にレーベと変わらんし、逆方向だから。どうせ後からレーベに寄らなきゃならないんだから、同じ道を二度歩きたくない」

 俺がアリアハンに望まれている役割的に、あまり寄り道は好ましくないし、そもそもできるならさっさとアリアハン大陸を出たい。

 ――雪ノ下家の事情もあることだしな。

「ま、だからレーベに行くのはしばらくお預けだな」

 そんな風に締める俺を、雪乃は何故かじっと見つめてきた。な、なんだ?

「あなたは、本当に……」

「…ん?なんだ?」

 雪乃が何か呟いたので聞き返したが、彼女は「何でもないわ」と小さく首を振った。そう言う意味深な態度は逆に気になるんだが…まあ、無理して聞くことでもないか。穏やかな彼女の顔を見ていると、深く突っ込むような気にはなれなくなる。

「じゃ、そろそろ休むぞ。明日は日が昇ったらすぐに発つからな」

「分かったわ」

 そこで会話を終えて、俺たちは眠りにつく準備を始める。

 こうして、長かった一日がようやく終わりを告げた。

 

 



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9話

ナジミの塔編。ターンバトルなんて無い。
魔法の契約はダイの大冒険がモデルです。


 アリアハンを出て3日後、俺たちは岬の洞窟にやってきていた。

 光源は無い筈なのだが、洞窟全体がぼんやりと光っており、それなりに視界が確保されている。何でも大昔の魔法の産物だとか……まあ、ランタンとかもって移動しないで済む分楽でいいが。

「真っ暗じゃないが、足元には気をつけろよ。暗いこともあるが、単純に湿ってて滑りやすい」

「分かったわ」

 雪乃に一言注意して、先に進む。彼女は俺の言葉に従って、足元を注意しながら背後に付いてきた。

 海底を抜けてナジミの塔まで繋がっている洞窟なので、どうしても全体的に湿っぽくなる。転んで怪我くらいならまだいいが、モンスターに襲われている所で足を取られたら最悪だ。アリアハンは雑魚しかいないと言っても、油断はしない方がいい。

 しばらくは道なりに洞窟を進む。途中、何回か魔物と遭遇したが…

 敵の群れが現れた!八幡の先制攻撃、人面蝶は倒れた。フロッガー2体は倒れた。

 敵の群れが現れた!八幡の先制攻撃、バブルスライムは倒れた。フロッガーは倒れた。

 と言う具合で反撃させずに始末している。マヌーサや毒など使う暇を与えるものか。え?ターンバトル?知らんよ、そんなの。なんで敵が動くまで待ってなきゃならないんだよ。

「……相変わらず、私がやることはないわね」

「体力がなくなったらホイミを使え」

「……ずっとそれしかしていないのだけれど」

 あれから3日経ち、雪乃も多少は旅に慣れてきたが、そう簡単に体力が身に付くはずもなく、限界まで歩いてホイミで癒すを繰り返している。ここに来る前に遭遇した大アリクイ一体をメラで倒させたし、戦闘経験のノルマは終了しているしな。無駄打ちなどさせん。

 そうこうしている内に洞窟の出口が見えてきた。大きな鉄製の両開きの扉が道を塞いでいる。この先がナジミの塔の地下に続いている。

「鍵が掛かってないといいのだけど」

「ああ、こっち側の鍵はザルだから大丈夫だ」

 取ってに手を掛けて開かないことを確認した後、針金を適当に折り曲げて鍵穴に突っ込み、サクッと開錠する。因みに、反対側のアリアハン城に繋がっている方の扉は開けなかった。まあ、そっちまで簡単に開けたら泥棒が侵入し放題だし、当然だが。こっちの鍵が簡単に開けられるのは、冒険者の盗賊に対するテストみたいなものだかららしい。

「さて、開いたぞ……って、なんだ?」

 振り返ると、雪乃が胡乱な目で俺を見ていた。

「どうして鍵開けの技術なんて持っているのかしら?…比企谷君、悪いこと言わないから、自首しなさい」

「十分悪いこと言ってるからな、それ。つか、盗賊の修練積んでるんだから、これくらい余裕だ」

「盗賊……そう、語るに落ちたわね」

「いや、冒険者の職業的な意味での盗賊だから。絶対分かって言ってるだろ」

 そんなやり取りをしつつ、塔の中に入る。階段を上り塔の1階に出ると、周囲の窓から日の光が差し込んでいた。

「暗くなかったのはありがたかったのだけど……やはり自然の光の方がいいわね」

「まあ、その分夜になると面倒だけどな」

 洞窟はうすぼんやりと光っていたが、塔の中はそうはいかない。夜中に出歩こうと思ったら、燭台に火をつけて回る必要がある。

「確かナジミの塔の方が後から建てられたんだっけか?」

「ええ、エリック・ナジミ・アリアハン7世が海路に備えるために、ね。実際に完成したのは次の代になってからなのだけれど。岬の洞窟はアリアハン建国以前からあったと言われているわ」

 さすがに貴族の教養としてか、国の歴史には詳しかった。実際、雪乃の知識はかなりのもので、歴史の他にもアリアハン大陸の各地名や風土、特産品などを聞くとすらすら出てくる。……実地経験がないのが悲しいが。

 そして塔の中にも魔物は入り込んでいた。現れたフロッガーとバブルスライム、人面蝶をサクッと倒しながら先に進む。道中、一番多く遭遇したモンスターは、なぜかフロッガーだった。

「どうしてカエルが湿った場所から出てくるのかしら?いえ、数匹迷い込むくらいなら分かるのだけれども、2Fや3Fまで上がってくるなんて異常だわ」

「さあ?モンスターだし、そんなもんじゃないか?」

 そうこうしている内に屋上に到着した。結構時間が掛かったため、外を見るとすでに日が沈み掛けていた。…塔の上から見る日没の風景は中々に壮観だった。

「……綺麗ね」

「ま、こんだけ見晴らしが良ければな」

 夕日の赤い光に照らされならがら、見惚れたように呟く雪乃に、適当に相槌を打つ。

「こんな時くらい素直に頷けないのかしら、捻くれ谷君?」

「柄じゃないからな……別に、否定はしなかっただろ」

 ……沈む夕日を見つめて呟いた雪乃の横顔に、一瞬見惚れてしまったのは黙っておこう。

 

 

 

 塔の屋上に建てられている小屋に入る。昔は城の兵がここに駐在し、周囲を監視していたが、アリアハン大陸が封印された今では必要がないため兵はおらず、代わりに一人の老人がその小屋に住んでいた。通称、ナジミの賢者と呼ばれる、アリアハンで数少ない賢者の一人だ。通称から分かる様に、アリアハン大陸が封印される前にも小屋の一室を占有していたらしい。

「ふむ、お客さんかね」

 ノックをしてドアを開けると、一人の老人に出迎えられた。見事な白髪で、目じりには皺が多く、相応の年月を重ねていることを感じさせれるが、足取りはしっかりしている。若干たれ目で、目じりの皺と合わさって好々爺の雰囲気を醸し出していた。ゆったりとした深緑色のローブを羽織り、片手には樫の杖を持っている。

「久しぶりだな、爺さん」

 ナジミの賢者と呼ばれる老人に、俺は軽い口調で話しかけた。雪乃が驚いた様子で俺を諌めようとするが、それよりも早く相手の方が相好を崩して俺を歓迎する。

「おお、八幡、よく来たな。それと……む、以前とは違う女子(おなご)を連れてきているようじゃの。中々やるではないか」

「変な勘繰りすんな。どっちも、そんな相手じゃないから」

 促されるままに、小屋に入り客室の椅子に座る。雪乃も戸惑ったように後からついてきて、俺の隣に座った。

 ナジミの賢者は「ちょっと待っておれ」と言ってから、部屋を出ていった。

「……違う女子って、誰かしら?」

「盗賊訓練所の同期だよ。頻繁に組んでいた相手だ。野外訓練の折に一緒にここに立ち寄ったんだよ」

 野外訓練に出るようになり、川崎と一緒に2回訪ねたことがある。まだ2回しか来てないのに、この爺さんは随分気安い感じだが、最初っからこんな態度だった。

「そう。その人を仲間にしようとは思わなったのかしら?」

「あー、そいつ、小町のパーティに入ることが決まってたしな」

「……もし、そうでなかったら仲間に誘っていた、と?」

 その問いに、一瞬言葉を失う。いや、別に誘いはしなかった。ただ……

『私さ……小町ちゃんのパーティに入ることが決まったよ』

『へえ…まあ、良かったじゃねえか。小町の仲間になるなら、国から支援されるだろ。俺も、お前が小町の仲間になるのなら安心だしな』

『…確かに、いい話なんだよね。まあ…ありがと』

 不意に浮かんできたのは、1年前の、川崎が小町の仲間になることが決まった時の会話。あいつは、いい話だと言いながら、どこか泣き出しそうな顔をしているように見えた。

 己惚れるつもりは無い。ただ、少しだけ考えてしまうことがある。川崎は、小町の仲間になることにならなかったら、もしかしたら――

「……比企谷君?」

「……あ、ああ。悪い、なんだ?」

「いえ、今の反応だけで十分よ」

 何が十分なのか分からなかったが、何となく聞き返す気にならなかった。そこへ、お茶を盆に載せたナジミの賢者が戻ってきた。

「おや、何か取り込み中だったかね?」

「いや、何でもねえよ」

 お茶を出されて恐縮そうに頭を下げる雪乃を眺めながら、俺は何か疲れを感じて大きく息を吐いた。

 

 

 

「今日は爺さんに頼みがあってここに来た」

 お茶を出され、挨拶もそこそこに、俺はそう切り出した。ナジミの賢者は「うむ」と一つ頷いて、訳知り顔でつづけた。

「アリアハンの封印を解く方法を聞きに来たのじゃろう?」

「いや、違うけど」

 レーベにいる老人が持っているって情報は国からもらってるし。あいつら、いくら早く封印を解いてほしいからって必死すぎだろ。

「なんと!てっきり兄に言われてここに来たのかと思ったのじゃが」

「なんだって?」

 かなり聞き捨てならないこと言わなかったか、おい。

「いや、レーベにいる兄が封印を解く方法――まあ、隠す必要もないじゃろう。封印を解くための道具の、魔法の玉をもっているのじゃがな、封印を解く方法は儂が知っていると言う手はずになっておったのじゃ」

「おい、初耳だぞ、その情報。じゃああんたが魔法の玉を持っているのか?」

「いや、持っておるのは兄じゃ」

「…どういう事かしら?」

 要領を得ない話に、雪乃も口を挟んでくる。ナジミの賢者はおかしそうに笑った。

「何の苦労もせずに渡すのも癪だったのでな。まあ儂もたまには若い者と話がしたいしのう、試練とか適当な理由をでっち上げてからかってやろうと思っておった」

「性質悪ぃ、この爺ども」

 あれか、当初の予定通りまっすぐにレーベに行っていたら、適当なこと言われてナジミの塔に行くことになっていたのか?そしてここに来た後で、その魔法の玉はレーベの老人が持っていると教えられて往復する羽目になっていた、と。

 偶々別件で立ち寄ったから良かったものの、無駄足踏まされる所だった。雪乃もナジミの賢者の発言に呆れたようで、頭痛でもしたかのように片手で額を押えている。

「まあまあ、折角立ち寄ってくれたことじゃしの。一筆書いておいてやろう、それを見せれば兄も素直に魔法の玉を渡してくれるじゃろうて」

「……まあ、いいけどな」

 微妙に納得はいかないが、結果オーライとしておこう。

「それで、頼みたいこと、とは?」

「雪乃の……こいつのことだ。こいつに、魔法の契約をさせてやって欲しい」

「お願いします」

 俺の言葉を受けて、礼儀正しく頭を下げる雪乃。

「ふむ、何やら訳ありのようじゃな。話を聞かせてもらえるかの」

 ナジミの賢者に促され、簡単に雪乃の状況を説明した。訳あって魔法の契約の方法をしらず、ほとんどの魔法を契約していないこと。そして、メラだけでなくホイミまで使える賢者であること。ホイミは魔法の契約をしていないがなぜか使えることを説明した。…雪ノ下家の事情はさすがに説明できなかったから、かなり歪な説明になったが。

 ナジミの賢者は雪乃がレベル1の賢者だと聞いた時にはさすがに驚いていたようだったが、それから少し考えてこんな質問をしてきた。

「雪乃、と言ったか。お主、魔法使いの魔法と僧侶の魔法の違いは何だと考えている?」

「どちらもただのスキルよ」

 特に迷うこともなく、雪乃は即答した。

「へえ、陽乃さんと同じこと言うんだな」

 つい、そんな事を零す俺を、雪乃はキツイ目で睨んできた。

「あの人と同じ扱いをされるのは甚だ遺憾なのだけれども」

 そこまで不服か……やっぱり姉妹だな、とか言わなくて良かった。まあ、爺さんがいなけりゃ言っていただろうが。

「陽乃と言うと、アリアハンの大賢者じゃな。知り合いかの?」

「あ、いえ、それは……」

 しまったと言葉に詰まる雪乃。当然のことだが、雪ノ下家のことを説明できない以上、陽乃さんとの関係も説明できない。陽乃さんと会ったことがあれば、雪乃の顔を見ればそれだけで察してしまえるだろうが、ナジミの塔の賢者と陽乃さんは面識が無かったようで助かった。…まあ、あの人の性格上、ただ賢者って言うだけで会いに行くこともないしな。

「それより、爺さん。さっきの質問に何の意味があるんだ?」

 返答に困っている雪乃を見かねて、俺は助け舟を入れた。と言うか、つい余計なことを零した俺がそもそも悪い。ナジミの賢者も、特に気にすることなく話を戻した。

「おお、そうじゃったな。何、ちょっとした確認じゃよ。少なくとも、その言葉でそこの雪乃嬢が賢者であることは理解できた」

「それだけで、ですか?」

 驚いたように聞き返す雪乃に、ナジミの賢者は目を細めて頷く。

「うむ。どちらもただのスキルと断定してしまうことこそが、賢者に最低限求められる才能じゃからな。魔法の素養だの、信仰心だの、余計な想いが混じれば両者の魔法の壁は壊せん」

 ……俺にはよく理解できない話だが(魔法が使えないから当然かもしれないが)、何となく魔法の権威を鼻で笑って小ばかにする陽乃さんを思い出した。

「ホイミに関しては…まあ、賢者として目覚めた彼女に対する精霊の贈り物と考えればよい。儂も、僧侶から賢者になった折には、契約もせずにメラを覚えたしの。無論、その後はしっかり契約したが」

 なるほど。別系統の魔法の修得が賢者になった証明な訳か。特別な意味を勘ぐってしまった自分がちょっと恥ずかしい。

「それで、どんな魔法を覚えたいのか教えてもらえるかの」

「回復魔法はべホイミまで、攻撃呪文はベギラマまで契約させたいんだが」

 どの魔法まで覚えるかは事前に二人で相談して決めていた。基本的に、魔法は契約しても使えるレベルまで術者が成長していなければ発動することはできない。しかし、何事にも例外があり、術者が限界以上の力を出そうと無理をすると、発動できてしまうことがあるのだ。そうなった時、無理をした分の負担は術者の身に降りかかることになる。だから、安全策を取ってあまり無理な魔法は契約しないのが常識になっている。

 その観点から言うと、今の雪乃のレベルでベギラマとべホイミはやり過ぎではあるのだが……今後、魔法を契約できるチャンスがいつあるのか分からないし、本当に無理をしなければならない状況に遭遇した時、『できる』と『できない』では『できる』方がいいに決まっている。しかし、あまりに大きな無理――例えば、本来ならギラまでしか使えないのに、ベギラゴンを発動させるような――無理をさせてしまうと、最悪死に至る様なケースもあると言う。

 そのようなことを踏まえて考えた結果、1つ上の効果を出せる中級魔法のベギラマとべホイミまで契約させてもらうことに落ち着いた。いや、一番いいのは雪乃が魔法の契約方法を覚えて自分で契約できるようになることなのだが、それだと最短でも1年近くの時間が必要になると言う話だ。さすがにそれは時間が掛かり過ぎるためできない。今後、レベルが上がったら、さらに上位の魔法を覚えるために魔法の契約代行をしてくれる人を探さないといけないと思うと気が重いが、現時点でそれを気にしても仕方がない。

「ふむ。それだけ多くの魔法を契約するとなると、結構な時間が必要じゃが……」

「あー、明日の午前中だとどれくらいまでできる?」

「…どちらか片方で割とギリギリじゃな」

 そうか……なら半分に削って……しかしそれだと中途半端すぎるしな。と、そう言えば爺さんには兄がいるんだったか?

「レーベに居る爺さんの兄は魔法は使えるのか?」

「兄は魔法使いじゃな。魔法使いの魔法であれば契約もできるぞ」

 なるほど、なら決まりだな。

「じゃあ魔法使いの魔法はレーベで頼んでみるから、僧侶の魔法だけ頼む」

 俺の言葉に、しかしナジミの老人は難色を示した。

「しかし、ギリギリとは言ったが、一度にそれだけの魔法を修得するのは、術者の負担が大きいのじゃが」

「私なら大丈夫です」 

 きっぱりと答える雪乃。彼女の決意の顔を見て、ナジミの塔の老人は諦めたように頷いた。

「分かった。じゃが、先に夕ご飯にするとしよう。ちょっと待っておれ」

「いえ、そこまで賢者様の手を煩わせる訳には……」

「ああ、雪乃、気にしなくてもいいから。この爺さん、構うのが好きなだけだし。爺さんの作る飯は結構うまいぞ」

「八幡の言う通りじゃな。遠慮せずにごちそうになりなさい」

「比企谷君は少しは遠慮をするべきだと思うのだけれども……解りました。ご馳走になります」

 しばらくして出てきたナジミの賢者が作った夕食は美味しかった。後で出された唐揚げがフロッガーの肉だと聞いた時に、雪乃が小さく悲鳴を上げたけど。

 美味いのにな、フロッガー。

 



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10話

 魔法陣から浮かび上がった淡い光が雪乃を包む。

 その光が雪乃に吸収されていき「んっ…」と小さく声を漏らしながら、雪乃は唇を固く結んで目を瞑り、その光を受け入れる。

 …ちょっとエロイとか思ったのは秘密だ。え、と言うか、魔法の契約ってこんな儀式なの?すでに何度も見せつけられて色々とアレなんだけど。

「……これでマホトーンも終わったな。次のべホイミで最後じゃが、大丈夫か?」

「…ん……はぁ……大丈夫よ」

 ナジミの賢者に問いかけられて疲れたように熱い吐息を漏らしてから、ゆっくりと頷く雪乃。もうその吐息までソレっぽく聞こえちゃうから心臓に悪いんだけど。

「では次の準備を使用かの……ちょっと待っておれ」

 雪乃は一度魔法陣を出て、その隙にナジミの賢者が魔法書片手に魔法陣の文字やら記号やらよく分からんものを書き換えていく。なんとペンのような書くものは一切使っていない。指が薄く青色に光っていて、それで魔法陣をなぞっていくと内容が書き換えられ行くのだ。

 こう言う魔法の光で描かれるから、最低限の広ささえ確保できていれば場所を選ばないらしい。宿屋の個室を取った魔法使いが、新しい魔法を覚えるために部屋の中で魔法陣を書くと言うのもよくやられる話だとか。こう言う事聞くと、やっぱ魔法は凄えな。

「……よし、できたぞ」

 ――大体十分後、ナジミの賢者が魔法陣の書き換えを完成させてその場を離れ、代わりに雪乃が魔法陣の中心に立つ。

 それを確認してから、ナジミの賢者が高らかに唱えた。

「精霊よ。かの者にべホイミの呪文を授けたまえ」

 因みに、契約のセリフはそれだけで良いらしい。まあ、魔法使う時だってメラと一言唱えれば火が出るのだから、そんなものだろう。

 再び――もう十回くらい見ているが――雪乃の足元の魔法陣から淡い光が浮かび上がり、雪乃を包む。

 その光が雪乃に吸収されていくにつれて、雪乃の唇から「あ……くっ……」と小さな呻き声が漏れる。だから、その声はだな……

 そんなことを考えながら雪乃の姿を見ていると、光が消えると同時に雪乃の姿がふら付き、不意に足の力を失ったように体がゆっくりと傾いて、

 ――は?

「雪乃っ!」

 完全に倒れる前にすぐさま駆け寄って両腕で抱き止めた。くそっ、思わず焦って闘気まで使っちゃっただろ。

 抱き止めた雪乃を見ると、彼女は苦しげな顔でぐったりと意識を失っていた。

「大丈夫じゃよ。一度にたくさんの魔法を覚えた反動で魔力を使い果たしただけじゃ」

「……魔法の契約ってそんなに消耗するのか?」

 初耳だったが、そもそも俺自身が魔法を使えないため興味が無かった。ナジミの賢者は「ふむ…」と悩むように考えてから、続けた。

「魔法を覚える時、雪乃嬢ちゃんは苦しそうだったじゃろ」

「あ、ああ」

 漏れた声が少しエロイなとか思ってました。スミマセン。

「あれは呪文の内容を彼女の魔力に刻み込む行為でな……魔力も消耗するが、それ以上に気力を消耗する。途中から立っているのがやっとだったじゃろう」

「……疲れていることには気づいたけど、そこまでだったのか」

 魔法陣から出る時に数歩は歩いていた筈だが、気付かなかった。意地っ張りな彼女のことだ。気付かせないために相当無理をしていたのだろう。

 腕の中で気を失っている雪乃を見て、少しばかり苦いものを感じる。くそ、無茶しやがって……させたのは、俺か。

「彼女は魔法を契約した経験がほとんど無いようじゃったから、かなりの負担だったじゃろうな。ここで休ませていくか?」

 その言葉に一瞬悩む。弱っている時に旅を続けたら、体を壊しかねない。本来であれば、無理をさせず大事を取るべきなのだろう。だが、

(こいつがここまで無理をしたのは、時間を掛けられないことを知っているからだからな)

 俺は早くアリアハン大陸を出たいと雪乃に何度か言っている。こいつなら、その裏にある真意にも余裕で気づいているだろう。

「ここで休んでいくことを、俺も雪乃も望んでないからな。まあ、俺が背負っていけば大丈夫だろ」

「ふむ、それもそうか。午前中までしか時間が無いから無理をしたのじゃしの」

 小屋の窓から外を見ると、太陽は大分高い位置に来ていた。朝から建てづづけに魔法の契約をしたのだから、爺さんも結構疲れているだろう。

「なんつーか、悪かったな。一方的に頼みを聞いてもらって」

「なに、魔法の契約なんぞ随分久しぶりじゃからな。こっちもいい復習になった」

「そう言ってもらえると助かる……しょっと」

 抱えていた雪乃を一旦ソファまで運んで、あまり揺らさない様に気を使いながら下ろす。…しかし、抱えてみて改めて実感したが、こいつマジで細過ぎる。比喩抜きで軽かった。ホイミを使っていたとはいえ、このなりでは体の負担も半端なかっただろう。旅の疲れも一緒に出たのかもしれん。

「……この娘は真面目ないい子じゃよ。あまり無茶をさせぬようにな」

「まあ、限度はあるけどな……気に留めとく」

 旅の支度のため、マントを羽織りながらナジミの賢者の言葉に答える――今回ばかりは、少しくらいならな。

 ナジミの賢者は俺の返答の何が可笑しかったのか、「くくっ」と笑みを漏らした。…なんか見透かしたような笑みで腹が立つんだが。

「ならいい。旅の支度が終わったら声を掛けるがいい。リレミトで塔の入り口まで送ってやろう」

「悪いな」

 その提案に短く答えた。少し憮然とした声になってしまったが、別に他意なんてないからな。

 

 

 

「リレミト!」

 ナジミの賢者が旅支度を終え、雪乃を背負った俺に向かって呪文を唱えると、視界が歪み次の瞬間にはナジミの塔の門の前に立っていた。リレミト掛けられるのは初めてと言う訳ではないが、こうやって効果を実感するとやはり便利だなと痛感する。

 …まあ、この後で塔の地下から岬の洞窟を抜けていかなきゃいけないんで、一度中に入らなきゃいけないんだが。ダンジョンの入り口まで戻すんだったら、岬の洞窟から繋がっているんだからそこまで戻るのが普通ではないだろうか。こうやって考えるとリレミトの効果って結構曖昧だよな。まあ、今回は爺さんがリレミトを使ったからかもしれんけど。

 塔の入り口の扉に手を掛ける。これで鍵が掛かっていたら片手落ちもいい所だが(まあ開けられる自信はあるけど)、鍵はかかっておらず、簡単に取っ手を引くことができた。さて…

(背負っている雪乃にあまり負担は掛けるわけにはいかないし、魔物との戦闘は極力避けないとな)

 雪乃はまだ気を失ったまま目覚めていない。魔力の消耗による負担がどれほどのものかは分からないが、あまり雪乃の負担になる様な真似はすべきではないだろう。

 因みに、お互い冒険者用の厚手の服を着ているため、こうして背負っていても雪乃の体が柔らかいのか固いかなんてちっとも分からない。これはお互いの装備が原因であって、決して、雪乃の体のある部分の柔らかさが足りないとかそう言う訳じゃないんで、誤解しない様にな。八幡との約束だ。

 まあでも背負っているくらい至近距離だから、雪乃の吐息くらいは感じられる。……ぐったりとしていたが、呼吸は乱れている様子はない。これならいけるか?

(仲間に効果を及ぼすためには魔力が必要なんだが……背負われている相手くらいなら何とかなるかもな)

 扉を少しだけ開けて滑り込むように塔の中に入る。

 それから、周囲の気配と自らの気配を合わす様に呼吸を整え、少しだけ腰を落とし、滑る様な足取りで歩みを進めた。

(『しのびあし』発動)

 盗賊のスキルで、気配を消して移動することで敵に見つかりにくくするスキルだ。

 呼吸は無理に潜めてはいけない、むしろ周囲に紛れるように合わせる。足音は立てず、かと言ってすり足も良くない、あまり足を上げず低い位置で足を運び、地に付ける時は膝で吸収して音を立てない。上半身は常に水平に保つように意識し、周囲の空気を揺らさない。そうすることで、その空間に不自然なく溶け込み、周囲から認識され辛くなる。

 俺はこのスキルが異様に得意だった。なんなら、盗賊の訓練を始める前からある程度修得していたまである。基本、周囲の視線が鬱陶しくて常日頃から目立たない様にしていたから、むしろ常日頃からこのスキルを使っていた。ステルスヒッキー舐めんな。

 だが、一方で俺はこのスキルを正しくマスターすることが出来なかったりする。こう言うと語弊があるが、要は仲間をこのスキルの対象に入れることができないだけだ。本来なら、その状態からさらに魔力を使うことで、自分が消した気配を仲間全体に広げることができるのだが、魔力がない俺にはそれができない。自分一人でやる分には全然問題ないんだけどな。

 そういう意味で、本来なら雪乃と一緒だとあまり効果は期待できないのだが(俺だけ気配消しても仕方ないし)、雪乃が気を失っている状態なら行けるだろう。それに、上体を揺らさない歩法だから、弱っている雪乃に負担を掛けずに済むと言うこともある。

 とにかく、俺は雪乃を背負ったまま『しのびあし』を使って先を進んだ。塔の1Fを一度もモンスターと遭遇せずに難なくすり抜け、岬の洞窟に入る。

 しばらく進み、道が合流する所でもう片方の道から魔物の気配を感じた。このまま歩いていけば、目の前を通り過ぎることになるだろう。

(ま、見つかりゃしねえよ)

 気負うことなく判断し、そのまままっすぐ歩く。俺はその魔物――フロッガーだった――の前を何事もなく通り過ぎて先に進んだ。

 視野を広く持ち、自然に警戒し、決して動揺しない――『しのびあし』の鉄則だ。魔物の気配がすると一々過敏に反応していては、『しのびあし』の効果など簡単に途切れてしまう。

 別に相手の視界に入っても見つからなければ何も問題は無いし、上体を保ちながら歩いているため何かあっても咄嗟に動くことが出来る。どちらしても問題は無いのだから、中途半端に意識して効果を台無しにすることが一番問題だ。

 その後も魔物とすれ違うことはあったが、一度も見つかることなく岬の洞窟を通り抜けた。

 

 

 

「ん……」

 洞窟を出てレーベの村に向かって歩いている途中、背負っている雪乃から小さくぐずる様な声が聞こえた。因みに、しのびあしはまだ継続中だ。おかげで、今日はまだ一度も魔物と戦っていない。

「……あ……ここは……」

「お、ようやくお目覚めか?」

「…え!?比企谷君っ!?」

 寝ぼけたように呟く雪乃に背負ったまま声を掛けると、彼女は驚いて悲鳴を上げた。え、俺に背負われることって悲鳴を上げるようなことなの?地味にショックなんだけど。

「わ、私、あなたに背負われて……あ、あの、大丈夫だから、降ろして……」

「本当に大丈夫なのかよ」

 焦ったように言う雪乃に聞き返すと、彼女は図星を突かれたように一瞬言葉に詰まった。

「で、でも、あなたに迷惑を掛ける訳には」

「別に迷惑じゃねえよ。大人しく背負われてろ」

 ま、まあ、あれだ。無理してまた倒れられても困るし?今までの疲れもあるだろうし?…今日くらいは特別でいいだろ。

 俺の言葉に納得したかどうかは分からんが、雪乃は尚も何か言おうとせずに黙り込んだ。

 しかし、これで『しのびあし』の効果は大分薄まっただろうな。会話までしちゃったし。まあ、歩法だけでも続けておけば多少はマシだろ。

 そのまましばらく歩く。雪乃は黙って俺の背負われていたが、やがて何かに耐え兼ねたようにぽつりと呟いた。

「……ごめんなさい」

「何のことだ?」

 立ち止まることなく聞き返す。

「……魔法の契約を終えた後、倒れたことよ。私が未熟なばかりに……」

 その言葉に、俺は思わずため息を吐く。それが気に入らなかったからか、雪乃がムッとしたように聞いてきた。

「その反応は何かしら?」

「未熟なのは当たり前だ。今まで碌に訓練も出来てなかったのに一人前だなんて思ってないだろ」

「…それは、そうなのだけれども」

「大体、俺はお前が気絶するくらい無理して魔法の修得をしてくれた事は、むしろありがたいと思ってるぞ」

「え?」

 驚いたように聞き返してくる雪乃に説明してやる。

「魔法の契約ができる機会なんて、どれくらいあるか分からないだろ?だから、機会がある時に1つでも多くの魔法を契約させておきたかったからな。正直、お前が限界を訴えて覚えられる魔法が減った、なんて事態の方が今後のことを思えば余程アレだ」

「それは……」

「大体、パーティ組んでりゃ、仲間に迷惑掛けることくらいあって当然だ。一々気にするな」

 そこで一旦言葉を止める。この先を言うべきかどうか少し悩んだが……まあ、この際だ。はっきり言っておこう。

「後な、ここ数日一緒に旅してきて、俺はお前の努力を認めている。だからまあ、倒れたのはそれだけの理由があるってのは十分わかってるし、そん時くらいは……なんだ、少しくらい優しくしてやってもいいんじゃねえか」

 雪乃がやっていたことと言えば、ほとんどがホイミを使って限界まで歩く、の繰り返しだ。ただ、今まで旅の経験など皆無だった貴族の箱入り娘が、特に文句を言うでもなく必死についてきていると言うのが重要だ。早く旅に慣れて足手纏いの状況から抜け出したい――そんな覚悟は感じていたし、それが3日も続けば認めるには十分だった。

 正直、らしくない事を言ったと言う自覚はある。だがまあ、そんならしくない事を言ってもいいと思えるくらいには、俺は彼女の事を認めていた。

 背負われている雪乃から反応は無い。――あの、何か言ってくれないと俺の黒歴史が増えちゃうんですが、それは。

「――そう。つまり、私のような美少女を背負えるのが嬉しいと言う訳ね。さすがはエロ谷君ね」

「どこをどう取ったらそうなるんだよ、おい。と言うか、どんだけ自分に自信があるんだよ」

 あとエロ谷とか絶対無いから、旅の仲間を変な目で見たりしないから。まあ、エロイとかちょっとばかし考えてしまうこは無いとは言い切れないけどね。男の子だから仕方がないよね。うん。

「私が美少女なのは事実だもの、仕方ないわね」

「どんな理屈で仕方ないんですかねえ…」

 すっかりいつもの調子のやり取りに戻り、自然と口元が緩んでくる。と、不意に雪乃が真面目な声で囁いた。

「ありがとう、比企谷君。あなたに付いてきて、良かったわ」

「――っ」

 思わず顔が熱くなる。なんつー恥ずかしいことを言うんだ、こいつは。

「お言葉に甘えて、あなたの背中でもう少し休ませてもらうわ。お休みなさい」

 雪乃はそう言って、俺の背中に頭を預けて黙り込んだ。

(――呼吸が少し乱れているぞ、タヌキ寝入りだな)

 そうは思ったものの、それを確かめるような野暮な真似はする気にはなれなかった。

 

 



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11話

 ナジミの塔を発って3日後、俺と雪乃はレーベまでやってきていた。

 町並み自体はアリアハンの方が高い建物が多く密集しているため発展しているが、地域の規模は圧倒的にレーベの方が大きい。アリアハンもそれなりに農業が盛んだが、レーベではそれに加えて酪農・畜産も盛んで主に山羊・馬・羊などを飼育している。高地では綿花の栽培も行っており、羊毛と合わせて織物などが主な特産品で、川の方で染料もやるため、そちらの方が人口が多く発展している。しかし、メインの街道から離れているため、今俺たちがいるのは旅人・交易用の宿場町である。

 アリアハンとの主な物資のやり取りは、アリアハンからは塩、ワインなどが入り、レーベからは肉類、衣類などを送っており、物資のやり取りは頻繁に行われているが、アリアハンが閉鎖されて以降旅の目的で訪れる人は随分と減った。

 以上、ユキペディアさんからの解説でした。こいつ、本当こう言う教養は無駄に高い。

 まあ、そんなことは旅をする上ではあまり関係ないことだが。

「とりあえず、宿を取らないとな」

 街に付いた俺たちは、最初に宿屋に向かっていた。まだ太陽が真上に来た程度の時間だから実際に泊まるのは随分先になるが、先に宿の確保をしておくのは基本中の基本だ。

「ずっとアリアハンから出たことが無かったから、宿を使うのは初めてね。あなたは?」

「一応、一度だけあるな。基本的に俺もずっとアリアハンに居たから、それだけだけど」

 それこそ、毎日のように訓練していたから、長期間街を離れることができなかった。したくても平塚先生が許してくれなかったまである。あの頃は小町のためと念仏のように唱えながら街日訓練所に通っていたからな……あれ、俺まじめ過ぎじゃね?

「……それは、もしかしてこの前言っていた盗賊訓練所の同期の子と一緒だったのかしら」

「お前エスパーかよ。よく分かったな」

 なぜか俺を睨みつけるように視線を険しくして訊いてくる雪乃に、俺は驚きながら応える。そら、川崎とは頻繁に組んでいたとは言ったが、それだけで察するとは。つか、何で睨んでくるの?ビビっちゃうだろ。

「別に、簡単な推理よ。あなたの様な目の腐っている人と組んでくれる人なんて早々居はしないわ」

 酷い推理だった。いや、間違ってはいないが。

「ま、俺のボッチ力はそう易々と人を近づけさせないからな。むしろ同じ部屋に居ても気付かれないまである」

 最初に盗賊訓練所の教官がペアを作って野外訓練すると言った時は、個人的にかなり修羅場だった。すぐあとでペアは指定されたから問題無かったけどな。

「……どうしてそんなことを自慢げに語れるのかしら?」

 頭痛でもするかのように額に手を当てる雪乃。人に迷惑かけずに自分でやれることをきっちりやるとか最高だろ。……まあ、出来損ない勇者の俺相手に関わりたいと思う奴なんてそうは居なかったが。

 ……そう考えると、川崎は最初にペア組まされた時から、俺を特別厭っては居なかったな。まあ、最初はペアじゃなくて一人組が二つって感じだったが。俺はもちろん川崎も単独行動を好んでたから当然だけど。

「付け加えるなら、あなたは『基本的にアリアハンに居た』と言ったわよね?なら、アリアハンを出る時はどんな時なのかと考えた結果、あなたが言っていた野外訓練に思い至ったことくらいね」

「むしろそっちがメインだろ。最初の推理いらなかっただろ」

 まあでも、納得した。俺くらいぼっちなら、普通なら一人で泊まったと真っ先に考える筈だ。それなのに誰かと一緒だったなどと聞いてくるとしたら、先に誰かと一緒と言う状況を想定していないと無理だろう。

「それで、その人と泊まった時は、どうしたのかしら?」

「普通に二人部屋に泊まったよ。レーベに付いたのが夜中で後は寝るだけだったから、選んでる余裕もなかったしな」

 レーベまでは旅慣れた冒険者の足で片道3日はかかる。そしてその時の野外訓練は3日間しかなかった。一日でレーベに行き、一泊して半日ほどレーベを見て回って残りの一日と半分でアリアハンに帰還すると言うかなり強行軍な日程だった。一日でレーベに行くのが特にきつかったな……通常の三倍の速さで進むとか無理すぎだろ、赤く塗った乗り物が欲しいレベル。

 そんなだから、レーベの宿に付いた時には俺と川崎は疲れ果てており、部屋を選んでいる余裕はなく『空いている一番安い二人部屋一つ』と言って宿泊料金も確認せずに部屋を取り速攻眠りに落ちた。

「……その、やはり、冒険者となると、こういう時は同じ部屋に泊まるのが普通なのかしら?」

「まあ、野営では一緒に寝てるからな。宿だけ取り繕っても仕方ねえだろ」

 これが知り合いや友人とかと観光の旅なら別々の部屋を取るのが普通かもしれんが、根なし草の冒険者に基本的にそんな余裕はない。

「……とは言え、モンスターの見張りとか必要ねえし、お前が一人部屋の方が良いって言うなら構わねえけど?」

 雪乃が持っていたお金はかなりのもので(確認したら、ほとんどは陽乃さんに無理やり渡されたものらしい。シスコンすぎだろ、あの人)、一人部屋を取るくらいの余裕はある。もったいないの意識が無いでもないが、雪乃が持っていたお金がほとんどなのだし、そのくらいは構わないだろ。一人部屋になったらなったで、久しぶりに一人の時間を満喫できるしな。あれだ。ぼっちにはぼっちの時間が必要なんだよ。一週間近く常に傍に人がいるとか、もうちょっとした拷問レベル。

「私は…………早く慣れるためにも、二人部屋を取った方が良いと思うわ」

 雪乃はかなり長い沈黙の後で、その上躊躇うように少し顔を背けながら、そう言った。そこまで葛藤するようなことなら別に無理せんでも。……もしかしたら、川崎がそうだったからって張り合っているのかもな。こいつ何気に意地っ張りだし。

「まあ、そう言うんならそれでいいけどな」

 雪乃の言い分も間違ってはいないんで、少しばかり一人部屋の未練を隠しつつ頷いておいた。どうせ一晩使うだけだし、特に気にするようなことでもない。

 それから間もなく宿に付き、一番安い二人部屋(以前川崎と泊まったのと同じ部屋だ)を取って次の目的地に向かった。

 

 

 

 宿で部屋を取った後、次は道具屋にやって来ていた。雪乃が仲間になったことで、装備や道具で不足したものを買い足しに来たのだ。と言っても、大したものを買ったわけではないが。

「雪乃、靴のサイズは大丈夫か?」

「ええ。ところで、このひのきの棒は何に使うのかしら?」

「魔物が近づいてきたら、それ振り回して抵抗しろ。後は杖変わりだな」

「……武器を使った経験なんて無いのだけれど」

「別にそれを使って攻撃しろって訳じゃなくて、近づかれない様に抵抗するだけでいい。武器で敵を倒すのは俺の仕事だ」

 雪乃に買い与えたのは、旅人用の革靴と、旅人の服と、ひのきの棒だ。必要なものは事前に分かっていたからすぐに済んだ。

 一応、雪乃なりに旅に出る準備は考えており、彼女が普段の短い外出で使うようなヒールのある靴は旅に向かないことくらいは分かっていたから、勝手に家にあった頑丈そうな靴を履いてきたと言っていた。なので、当然のようにサイズが合っていない。ヒールの靴よりは百倍マシだから雪乃の選択は間違っていなかったが、さすがにちゃんとサイズの合うものに買い替える必要があった(これまでの旅の間は靴の隙間に布をつめて誤魔化していた)。

 雪乃がローブの下に着ていた服に関しては、これも彼女なりに持っていた服から一番布地が丈夫なものを選んできたそうだが、貴族の服らしくレースなどがあしらってあるので悪いとは言わないが旅に向かないことこの上ない。その理由で旅人の服に変えてもらった。で、ひのきの棒は前述したとおりだ。

 なお、ここでの杖は魔法を使うための武器のことではなく、歩く時の補助の道具のことだ。実際、歩き慣れてないと杖があるとないのとでは大違いなので、雪乃には今までの旅の間にもそこらへんの木の枝を切って簡単な杖を作って渡していた。ただ枝を切って簡易的に作った杖では長持ちしないため、ここまでの間に一度作り直している。ひのきの棒なら丈夫だし、腐らないように釉薬を塗ってあるから、ちょっとやそっとで悪くなったりしないから安心だしな。

 後は雪乃用の旅の用品を買い揃えて、数日分の携帯保存食を買って終わりである。

 因みに、雪乃が最初から装備していたフード付きのローブはそのまま使用することにした。これは雪乃が家を出る時に陽乃さんから『そのフード被って顔を隠しておくように』と言われて受け取ったものだ。試しに鑑定してもらったところ、魔法がエンチャントされた滅茶苦茶高級品のローブであることが判明した。レベル1の冒険者に持たせるような装備じゃないだろ、それ。お金の件と言い、陽乃さん妹に甘すぎだろ。いや、助かったけども。

 

 

 

 これで、今夜の宿を決め、必要な買い物も済ませ、町での用事は一通り済ませた。

 それから、ようやく俺達はレーベに来た本命である『魔法の玉』を持つ糞オヤジ――勇者オルテガの知己の老魔法使いに会うべく、老人が住む町外れの一軒家に向かった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 必要な物を買い揃えて、一番の目的である老魔法使いの元に向かうために、比企谷君の後に付いていく。

 これは予想通りなのだが、彼は迷いのない足取りで目的地に向かって歩いていた。

 初めて訪れる場所で、これほど迷うことなく目的地に向かって歩けるだろうか?旅の道すがら、彼の方向感覚が非常に優れていることは理解していたが、仮に初めて向かう場所であったのなら一度くらい地図や住所の確認はしただろう。

 つまり、彼は一度老魔法使いの家に行ったことが――少なくとも、家の場所を確認したことがあると推測できる。

 宿屋に行く道中でした会話から察せられる限りでは、例の盗賊訓練所の野外訓練で訪れた時で間違いないだろう。つまり、盗賊訓練所の同期の女性と一緒に来たのだろう。

(……それが、一体何だと言うのかしらね)

 内心で自嘲する。つまらないことを意識している、そんな自覚はある。

 だけど、今までの話とレーベでの話を聞くだけで、色々と浮かび上がることはある。

 話の節々から察するに、野外訓練の期間はそんなに長くなかった筈だ。そして、野外訓練でナジミの塔に行ったことがある、などの言葉から察するにかなり自由行動を許されていたのだろう。

 なら、レーベに行くと判断したのは、比企谷君と盗賊訓練所の同期の彼女――一体どちらの提案だったのだろうか?これは推測ではなく想像になってしまうが、オルテガの知人のナジミの老人に会う、レーベにいるオルテガの知人の老魔法使いに会う。どちらもオルテガ絡みだ。だとしたら比企谷君が提案したのではないだろうか?

 つまり、自由行動が許されている野外訓練で、比企谷君は自分とかかわりのある場所に盗賊の同期の女性を連れて行くと言う判断をしたのだ。ナジミの塔も片道3日掛かったし、レーベの村もそこから3日掛かっている。私の足が旅慣れていないこともその理由にはあっただろうが――それでも、短い期間では結構な強行軍だっただろう。それを、当時比企谷君と組んでいた彼女は受け入れていたと言うことになる。

 旅の目的の場所に事前に連れて行き、それが多少無理のある日程になっても相手も同意している――ここから考えられることは、比企谷君は自分が旅に出る時は彼女を連れて行くつもりがあり、彼女もそれに付いていくつもりがあっただろうと言う事だ。ナジミの塔で直接確認した時に、比企谷君が言い淀んでいたことからも察していたが、ここで話を聞いてその考えは強くなった。

 そのことを考えると不思議と胸がざわつく。もし、本物の勇者である小町さんのことが無くて、彼女が仲間になっていた時、そこに私の居場所はあっただろうか?いや、今の状況でも、隣にいるのが本来のパートナーである彼女ではなくて、失望されていないだろうか?

 ……倒れた時に、比企谷君は私を認めていると言ってくれた。その事は本当に嬉しかったし、その……つい、らしくもないことを言ってしまったりもしたのだけど、それでも、時折見え隠れする彼女の存在が私を焦燥に駆り立てる。

 今の生活は、結構気に入っている。旅はキツイし、比企谷君に頼りっぱなしなのも心苦しいのだけど、それでも雪ノ下家の屋敷でお人形のように暮らしていた時と比べるととても充実しているし、彼との軽口の言い合いの会話も楽しい。そして、たまに感じられる彼の不器用なやさしさに触れると、胸が温かくなる。

 だからこそ、それを失いたくないと思う。だけど、それを彼女の影が不安にさせる。昔から比企谷君のそばに居て、比企谷君からも頼られている節のある彼女の影が。

(……って、駄目ね。本当に、何を弱気になっているのかしら)

 私が何もできない未熟者なことは私が一番知っている。だからこそ、変えたいと思ったのだ。

 小さく頭を振って思考を切り替える。今から会う予定の老魔法使いは、ナジミの賢者様の兄と言う話だ。魔法の契約をさせてもらうよう頼む必要もあるのだし、思考に耽って失礼な態度を取る訳にはいかない。

「なんかあったのか?」

 不意に、先を歩いている比企谷君が振り返ってそんなことを聞いてきた。私の様子がおかしいことに気付いたのだろうか?

「いえ、何でもないわ」

「……なら、いいけどよ」

 私は、明確な答えのない漠然とした不安のような感情を押し殺し、平静を装って答えた。

 

 

 しばらく経った後に、私はその感情の答えを知ることになる。

 

 ――自分が以前比企谷君の傍にいた相手と比べて、彼の役に立っているのだろうかと言う焦り。

 ――比企谷君の望んでいた相手は私ではなく、その彼女のではなかっただろうかと言う不安。

 

 それは、ただの嫉妬と呼ばれるような感情だった。

 

 



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12話

 程なくして、魔法の玉を持つと言う老魔法使いの家についた。以前レーベに来た時に場所は確認したてから迷わずこれたが、その時はこっちも時間に余裕が無かったから会わずじまいだった。まあ、ナジミの爺さんの兄と言うのならそれほど取っ付き難いと言うことはない…と願いたい。一応、爺さんの手紙ももってるし大丈夫とは思うが。

 宿決めも買い物もさっさと終わらせたため、時間はまだ3時前くらいだ。叶う事なら今日中に魔法の契約までやってしまいたい。

「比企谷君、ここが例の老魔法使いの家なのかしら?」

「ああ、間違いない…筈だ。俺も実際に訪ねるのは初めてだから少し自信ないけどな」

 とりあえず玄関に向かい、ドアノブに手を伸ばす。…何というか、初めて訪ねる人の家って緊張しちゃうよね。にこやかに「すみませーん」とか言いながら入っていくとかぼっちには難易度が高すぎるんだけど。ナジミの爺さんの時は、丁度小屋から出てきた時に出くわしたから問題なかったんだが。

「どうして固まっているのかしら、比企谷君?」

「よし、雪乃。役割分担だ。俺が玄関を開けるから、そしたらお前が声を掛けてくれ」

「……それは、本当に必要な役割分担なのかしら?」

「当たり前だろ。あれだ、辛気臭い男の声よりも、可愛い女の声で声を掛けられた方が気持ちがいいに決まってるだろ」

「かわっ……そ、そう。それなら、仕方がないかしらね」

 自分で自分を可愛いとか平然と言ってたのに、なぜそこで焦る。ちょっと可愛いと思っちゃっただろ。

 まあとにかく、無事声を掛ける役割を雪乃に押し付け……もとい、分担したので、今度こそドアを開けようと取っ手を…

「その、ちょっと待ってくれないかしら、比企谷君」

「何だよ?」

「私は貴族として一通りの社交界のマナーを修得しているのだけれども、その中に見知らぬ人の家に訪ねる時のマナーは無かったから……あの、何て声を掛ければいいの分からなくて」

「すみませーんとか、適当に声掛ければいいだろ」

「適当に、では済まされないわ。人との関係は第一印象で9割決まるのよ。何か失礼があってからでは遅いわ」

 こいつ、面倒くせぇ……なぜそんな些細な事に拘るのか。俺なんて最初から印象悪いから、何言っても変わらないから寧ろ何も言わないまであると言うのに。

 と言うか、俺が言うのもアレだが、その程度それなりに人と親交があればその場の流れで無難にできるのでは無かろうか?薄々気づいていたけど、雪乃もやっぱりぼっちなのか。もしかして、俺のパーティ、コミュ力低すぎ……?

 それはともかく、適当でない声掛けなんてぼっちの俺に分かる筈がない。まあでも、こんな時にこいつを乗せる言葉くらいなら知っている。

「ふぅん、怖いのか?」

「……馬鹿にしないで貰えるかしら。そうね、ただ声を掛けるくらい簡単な事よ。安心して任せなさい」

 自分で挑発しておいてアレだけど、たまにこいつのチョロさが不安になる。が、まあ結果オーライだ。

「よし、なら開けるぞ」

「……ええ」

 俺の言葉に、雪乃は一度ゴクリと喉を鳴らしてから頷いた。そして俺は取っ手に――

「……人の家の前で何やっておるんじゃ、お前さん方?」

 手を掛ける前に、向こうから扉が開いた。扉の向こうでは、緑色のローブを着た禿頭の老人が、呆れ顔でこちらを見ていた。

 えー、原作的に扉開けるまで中で待っているもんじゃないの?……って、原作ってなんだよ。

 

 

 

 あの後、すぐさま立ち直った雪乃がこれぞ貴族と言う感じの礼儀正しい挨拶をしたことで、何とか白けた空気を凌ぐことができた。

 とりあえず家の中に通され、今は客室のソファに雪乃と並んで座り、気難しい顔をした老人と向かい合っている。……あれー?ナジミの爺さんと全然雰囲気違うんだけど、おかしくない?

「で、お主がオルテガの息子、比企谷八幡じゃと?」

「ひゃ、ひゃい」

 思わず声が裏返ってしまった。いや、だって目茶目茶睨んでるし。……おい、雪乃、呆れたように額に手を当てるな。

「ふむ……確かに若いころのオルテガの面影があるの。そんなに目は腐ってなかったが」

 大きなお世話だ。て言うか、俺、糞オヤジに似てるのか?それ、八幡的にポイント低いんだけど。って、小町が移っちまった。天使だから仕方ないよね。天使が通り過ぎたとか言うし(使い方が間違ってる)。

「しかし、残念じゃが、儂はアリアハンの封印を解く方法なぞ……」

「あの、その前にこれを。ナジミの賢者様から預かったものです」

 その言葉を遮って、雪乃がナジミの賢者からもらった手紙を差し出す。

「なんじゃ、もうナジミの塔に行って来たのか」

 老人は手紙を受け取ると「ふむ…」と呟いて、やや表情を和らげた。相変わらず目付きはキツイが……待て、もしかしたら、これが地なのかもしれん。声色に警戒や不信は感じられないしな。え、俺ビビり過ぎ?

「なるほど、儂らの悪戯はもうバレておるか。なら素直に渡すかの」

 老人は言って、部屋の奥のタンスから何かを取りだし、こちらに持ってきた。渡されて素直に受け取る。特に重くもなく、同じサイズの石ころよりも軽いだろう。

 これが、魔法の玉…か?黒色の球体、としか言いようが無い物体だが、これでどうやって封印を解くんだ?

「これが、アリアハンの封印を解くのに必要な魔法の玉じゃよ。使い方は簡単でな、勇者――つまり、お主じゃな。お主が封印を解くと念じて、いざないの洞窟の封印の壁に投げつければいい」

 その言葉に、つい顔をしかめた。俺は魔法が使えない。念じるとか、魔法っぽい言葉が出てきたんだが、だとしたら俺には使えないんじゃないか?

「なあ、爺さん。俺、魔法使えないんだけど」

「ああ、オルテガの二人の子供のことはオルテガから聞いてるからの。それくらい知っておるよ」

「だったら、俺には魔法の玉は使えないんじゃないか?と言うか、魔法のって名前の時点で無理だろ」

 まさかここに来てこんなトラップが待っているとは……あれ、封印解けないと、俺かなり立場悪くなるんだけど、大丈夫なの?

「いや、使える筈じゃぞ」

 一瞬絶望仕掛けた俺に、老人は何でもないように告げる。

「魔法の玉と名付けられておるが、それを使うのに魔法は必要ないとオルテガは言っておった。なんでも、アリアハンの封印には精霊の力を借りているらしく、オルテガの子でなければ解けない様になっているらしい」

「……何でもありだな」

 呆れたように呟く。でもまあ、そもそもアリアハン大陸をまるっと覆ってしまうような封印だ。そんな規格外の封印なのだから、このくらいのご都合主義な設定はありなのかもしれん。

「そんな大がかりな封印ができるなんて……さすがは勇者様、と言う事かしらね」

 雪乃がそんな感想を述べる。――本気で感心しているのだろうと言うことは分かる。分かるが……

「悪いがその言い方は止めてくれ」

 気分の悪さが出たせいか、思ったよりも低い声になってしまった。

「――え?」

 驚いたように雪乃がこちらを振り向く。俺は、なるべく感情的にならない様に努めて、言った。

「勇者だからできるんじゃない。その力を身に付ける努力をしたからできるんだ。……まあ、出来損ないの勇者と呼ばれている俺が言うような言葉じゃないが、その言い方はできれば止めてくれ」

 言いながら、俺は本物の勇者と呼ばれている小町のことを思い出していた。

 小町は確かに天才だ。魔法も闘気も使いこなす才能を持っている。だが、それを発揮したのは小町の努力によるものだ。小町が何か才能を発揮する度に周囲は小町を誉めそやした。『こんな短期間で魔法を修得するなんて、さすがは勇者様です』『もう闘気を使えるようになるとは、さすがは勇者様だ』『もうここの騎士では誰も敵わないな。さすがは勇者様です』『なかなかできることじゃないよ』っておい、最後なんか変なの混ざったぞ。

 とにかく、そんな感じで、小町がしたことはすべて『勇者だから』で片づけられ、誰も小町を見ていなかった。言われるたびに、小町はプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。小町が俺に甘えるようになった大きな原因は、アリアハンで唯一俺だけが小町を勇者ではなく小町として見ていたからだ。母さんは出来損ないと呼ばれている俺と小町を分け隔てなく勇者として育ててくれたが……逆に言えば俺と小町が勇者であると言うことは、決して曲げなかった。母さんの立場的に仕方が無かったとは言え、そのせいで小町は母親に甘えられなかった。

 そう言う事もあり、俺は無条件に勇者だからと言うことが好きではない。勇者のくせに、だったら言われまくってるし、俺は自分自身が勇者だろうがなかろうがどうでもいいので気にはしないが。

「ごめんなさい、悪気があった訳ではないの。……でも、そうね。オルテガ様の努力によってなし得たことを勇者だからで済ませるのは間違っているわね。これからはもうそんな言い方は止めるわ」

 俺の様子から俺が本気で気を悪くしていると分かったのだろう。雪乃は素直に謝罪して撤回してくれた。いや、まあ糞オヤジのことはどうでもいいんだけどな。……むしろ、俺が激しく反応し過ぎた。普段だったらスルーくらいするんだけどな。

 それとも――正しいことに拘っている雪乃に、俺がそう言って欲しくなかっただけなのか。

「ふむ、お主は中々複雑な様じゃの。性格はオルテガにはあまり似ていないな」

 やべ、爺さんが居ること一瞬忘れてた。人前で今のやり取りとか、軽く黒歴史なんだけど。

「あーっと……まあ、俺は俺なんで」

 むしろ似てるとか御免被る。糞オヤジがどんな性格だったのかあまり覚えていないが、俺と小町をこんな境遇に追いやった時点で俺の中では碌な人物では無いことは確定しているからな。

「ふむ……」

 爺さんはそう言った俺の顔をしげしげと見つめてきた。な、なんだ?爺さんに見つめられる趣味はないんだけど……

「ところでお主、オルテガがアリアハンを封印した理由知っておるかの?」

 何となく気おされていたら、いきなりそんな話を振ってきた。いや、さすがに知っているけど。

「自分が失敗した時に、後を継ぐ勇者を守るためだろ」

「まあ、表向きはそう言われておるな」

 表向き?

「儂はな、オルテガに魔法の玉を渡された時にの、あやつに言ったのじゃ。アリアハンを封印するのは、いくらなんでもやり過ぎではないかとな」

 ――それは、俺も思っていた。アリアハンの国民は暮らしやすくなったと喜んでいるが、国政の立場から見ればむしろマイナス面の方が大きいくらいだ。強力なモンスターがいないために、他国と比べて兵が強くならず、最悪なのは封印にあたり他国と満足に連絡を取り合うことができなくなり(ルーラしか移動手段が無かった)鎖国状態になってしまったことだ。これにより、他国――とりわけロマリアとの間で盛んに行われてきた交易ができなくなり、国益を損ねている。少なくとも、その事態を見かねた国王が、せめて少しでも早く鎖国状態を何とかしようと出来損ない勇者を担ぎ上げるくらいには、アリアハンの封印は国にとってマイナスになっている。

 そもそも、そこまでやるのはアリアハンの騎士を信用できないと言っているようなものだ。アリアハンの騎士に対する侮辱とも思われる事をなぜあの糞オヤジはやったのか、理由は聞いていたが少し納得のいかない思いを抱いていた。

「オルテガの奴はこう答えたよ。何でもいいから、魔王退治を先延ばしする理由が欲しかった。そのために、それらしい理由をつけて、大して必要でもない上に時間のかかるアリアハンの封印をした、とな」

「……オルテガ様がそんなことを言ったのですか?」

 雪乃が驚いたように聞き返す。俺的には糞オヤジだが、オルテガは数々の偉業を残した立派な勇者だと言われている。世間一般のイメージとその言葉は程遠いだろう。かく言う俺も、糞オヤジは魔王退治の事しか頭になかったと考えていたから、意外だった。

「ああ、当然儂も驚いた。なぜ、そんなことしたのかとな。そしたら、何と答えたと思う?」

「……」

 答えられない。答えを推測できるほど、俺は糞オヤジのことを知りはしない。

「少しでも長く家族と過ごしたかった、そう言ったおったよ。これで、やることはなくなったから魔王退治に行かざるを得ないとぼやいていたがな」

 ……それが、どうしたと言うんだ。あいつが俺達を置いて魔王退治に行ったことには違いない。

 その言葉に受けた衝撃を誤魔化す様に、内心でそう言い訳する。何か分からないが、心中が意味不明な感情で荒れていた。

「オルテガの奴も勇者なんてやりたくてやっていた訳ではなかったのじゃろうな……あやつは儂の魔法の弟子でもあったが、特別真面目でも正義感にあふれた人物でも無かったよ。むしろ、ガキの頃は悪戯好きなやんちゃ坊主だった」

「……なぜ、そんな話をした」

 滲み出そうになる感情を必死で押えながら聞き返す。

「実の子供くらいは父親のことをちゃんと知ってもらいたかった、と言う年寄りのお節介じゃ」

 本当にお節介だった。……だが、知って良かったことなのだろう。

 それに、俺も糞オヤジの事は言えない。俺も、小町が一番大事だと言いながら、小町を置いて旅に出ている。

「比企谷君……」

「ああ、悪い。大丈夫だ。何でもねえよ」

 雪乃がいつの間にか心配そうにこちらを見ていたが、その視線に上手く答えることができず、俯いて首を横に振った。

 

 

 

 その後、爺さんには雪乃の魔法の契約を頼んだ。ナジミの賢者の手紙にも書いてあったのか、二つ返事で了承してくれた。

 今日中に契約を終えるつもりで、雪乃にはほとんど魔法を使わせていない。レーベから比較的近い位置で野営したこともあり、雪乃は今日は1回しかホイミを使っていないため、魔力も十分だ。

 ベギラマまでの魔法を契約し終えた頃には、すでに日は暮れて夜中になっていた。2回目だったこともあり、雪乃は多少ふら付きはしたが今回は気を失わずに済んだ。

 礼を述べて老人の家を後にし、宿に戻る。帰り際に老人は、あまり無理をしないようになと言って見送ってくれた。

 雪乃は魔法の契約の消耗が激しかったため、また背負ってやろうかと言ったら、そこまで迷惑は掛けられないと拒否され、代わりに肩を貸すことになった。肩を貸す、とは言っても俺の方が背が高いため、雪乃は俺の左腕に縋り付く様な格好で体を預けながら歩いている。俺的にはこっちの方が背負うよりも恥ずかしいんですが、それは。

 まあ、自分の足で歩きたいと思うことは悪いことじゃないし、夜中で人通りもないから構わない…と思っているが。べ、別に、意識してなんか無いんだからね!

「比企谷君」

「……な、なんだ?」

 一瞬上擦りそうになった声を何とかとどめて聞き返す。

「あなたは、オルテガ様の事を、どう思っているの?」

「糞オヤジだ」

 間髪を入れず答える。さっきの事があっても、俺の中でそれは変わっていない。だが…

「まあでも、多少は弁護の余地があるくらいには思ってやらないでもないな」

「……捻くれているわね」

「俺ほど自分の欲望に素直な人物はいないぞ」

「その答えが何よりも捻くれている証明だと理解していないのかしら、捻れ谷君」

「語呂悪いな、それ。なんでもなんとか谷ってつければいいわけじゃねえぞ」

 そこで雪乃は不意に黙り込み、しばらくしてぽつりと呟いた。

「勇者、ね……本当に、この世界は正しくないことばかりね」

 少し遠くを見ながら呟いた雪乃の言葉に、俺は同意も否定もせずただ黙っていた。

 




魔法科高校の劣等生ネタ。
一時期SS界隈を賑わせました(と思う)が、最近はバス女ネタは見なくなりましたね。


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13話

「これが、いざないの洞窟の封印……」

 文字通り道を塞いでいる壁を見つめて、雪乃が呟く。

 レーベを出て3日後、俺と雪乃はいざないの洞窟まで来ていた。

 因みに、いざないの洞窟からすぐの場所に通称いざいないの街と呼ばれる中継点があるのだが、特に用は無かったのでスルーしている。物流の中継点見たいな場所で封印される前はそれなりに賑やかな街だったと言う話だが、ロマリアとの交流がなくなった時に住民のほとんどはレーベに移住したため、ほとんどゴーストタウンみたいになっているのだ。一応、町を通りがかったものの、建物は並んでいるのに人気が無いのがかなり不気味で宿も取らずにさっさと通り過ぎてしまった。

 それはともかく、ついにここまで来た。アリアハンの封印を解く――俺が、唯一国に期待された仕事だ。これを終えたら俺は正真正銘アリアハンにとって用済みになるのだが、こっちも戻るかどうか分からん国に思う所なんてない。

「雪乃、下がってろ。今から封印を解くけど、何が起こるか分からないからな」

「分かったわ」

 素直に一歩下がる雪乃を見届けてから、俺は魔法の玉を取り出した。手のひらサイズの黒い球体を握りしめて、封印を解くと念じる……って、念じるとか具体的にどうやるんだよ。封印を解くって思えばいいのか?

「……比企谷君、それ」

「うおっ、なんか光りだしたぞ」

 雪乃に指摘されて、黒い球体が淡く光りだしたことに気付いた。……変化があったってことは、これでいいんだよな?

 そう判断した俺は、大きく振りかぶって封印の壁に向けて、魔法の玉を投げつけた。

 魔法の玉は俺の投げた力に従って壁にぶつかった途端、目を焼く様な白い閃光を発した。あまりの光の強さに反射的に目を閉じてしまう。直後――

 ドォォォォン!

 耳をつんざくような轟音が鳴り響き、凄まじい爆風が俺達を襲って来た。

「…くっ!」「きゃっ!」

 咄嗟に後ろに居る雪乃をかばう様に前に立ち、雪乃の両肩に手を置いて下手に動かない様に押さえ付けながら、爆風に対して背中を向ける。強い爆風が背中を襲ってきたが、なぜか壁の破片などが飛んできたりはしなかった。

 それからどれくらい経っただろうか?爆風が収まったのを感じて振り向くと、奥まで続く洞窟の道がぽっかりと広がっていた。交易に使っていたことも納得できるくらい広く、天井が高い。そして岬の洞窟と同じように洞窟全体がぼんやりと光っているため、視界はそれなりに良好だ。この先にある旅人の扉自体が大昔の魔法技術の産物であるため、当然、この洞窟も大昔から存在しているから、岬の洞窟と同じように洞窟が光る仕掛けが施されているのだろう。

「……あの、比企谷君。その、肩を」

 そう言えば肩を押えっ放しだった。慌てて手を放して開放する。やべ、結構力入ってたかもしれん。

「あっ、わ、悪い。痛かったか?」

「いえ、その……私を庇ってくれたのよね?なら、むしろ私が礼を言うべきだわ。ありがとう、比企谷君」

「お、おう」

 素直な礼の言葉に、思わず言葉を噛んでしまう。いや、雪乃は結構素直に礼を言うようになった気もするのだが、なぜだか未だになれない。

 雪乃もなぜか顔を合わせない様に俯いていたが、やがて気を取り直したように顔を上げると、洞窟の奥へと視線を向けた。

「それにしても凄いわね。あの壁はかなりの質量を持っていたと思うのだけれど、それは一体どこに行ったのかしら?」

 あの爆発を前にして最初に疑問に思う所はそこなのか?いや、確かにそこも相当不思議だけど。

「……まあ、精霊の力って話だし、不思議なことの一つや二つくらい簡単に起こせるんだろ、多分」

 雪乃の疑問に適当に答える。俺としてはあの爆発の演出は本当に必要だったのか甚だ疑問ではあるが。精霊の悪戯って訳じゃないよな?だとしたら、演出過剰にも程があるだろ。

 とにかく、無事に封印は解かれた。この道を進めばロマリアへと続く旅人の扉にたどり着くはずだ。雪乃に目配せして彼女が小さく頷いたのを確認してから、俺は洞窟へと足を踏み入れた。

 

 

 

「結構道が荒れてるな」

「そうね、これでは道を整備しないと馬車で通ることは困難よ。ロマリアとの交易の再開はもう少し時間が掛かりそうね」

 洞窟には石畳が敷き詰められていたが、何か所かひび割れて穴が開いていた。雪乃の言う通り、これでは馬車はまともに進めない。まあ、アリアハンからは封印されていたから整備できなかったし、ロマリアだって封印されている洞窟を整備する義理など当然なく、そんな状態で10年も放置されていたのだから当然と言えば当然だが……少々疑問もある。

「でも、大昔の魔法の技術で作られた洞窟がたかだか10年近く放置されただけでこんな風になるもんなのか?」

「それは違うわ。確かに、洞窟自体はアリアハン建国以前から存在していたのだけれど、洞窟の道を石畳で整備したのはアリアハンが建国されてからよ」

「そうなのか?」

「ええ。それを手掛けたのが雪ノ下家よ。それもあって、雪ノ下家はロマリアとの交易を優位に進めることができて、最終的にはほぼ独占するようになったの」

 そんな会話をしながら洞窟を進む。今日もユキペディアさんは絶好調だな。

 しばらく進むと、複数の魔物が行く手を塞いでいた。一本道であるため逃げ場は無く、向こうもこちらにすぐに気づき、殺気を向けてくる。

 お化けアリクイ3体が手前に居て、それから少し奥にサソリ蜂が2匹とアルミラージが1体いる。サソリ蜂はアリアハン大陸にも生息する魔物だが、お化けアリクイとアルミラージは初めて見る魔物だ。確か、アルミラージはラリホーを使ってくるんだっけか?

「比企谷君?」

「雪乃は後ろで控えてろ」

 初めて戦う魔物に多少は緊張しないでもないが、大して強い魔物ではないと聞いている。警戒し過ぎる必要は無いだろう。

 鋼の剣を抜き、お化けアリクイに向かって駆ける。お化けアリクイは向かってくる俺に対し、長い舌を鞭のように撓らせて攻撃しようとした。…大アリクイと攻撃パターンは同じだな。これなら対処は簡単だ。

 さらに加速して相手の攻撃の内側に入り込み、鋼の剣を一閃する。お化けアリクイの首が落ちるのを見届ける前に、すぐさま残りの2体に斬りかかる。抵抗させる間なんて与えるかよ。

 3体のお化けアリクイを瞬く間に倒した俺は、両足に闘気を使い、一気に奥に居た魔物との距離を詰めた。次の標的はラリホーが厄介なアルミラージだ。魔法を使われる前に仕留める!

 闘気を使った高速移動でアルミラージへと向かう間に、サソリ蜂が一匹割り込んできた。別に驚く要素は無く、最初からこちらに向かって来ていた相手だ。下から鋼の剣を振り上げて迎撃し、そのまま振りかぶった姿勢でアルミラージの目前に肉薄する。が、それと同時にアルミラージが「キィー!」と奇妙な鳴き声を上げて、角から煙のようなものが噴き出てきた。

 俺はその煙に見覚えがあった。魔法の訓練で陽乃さんに掛けられたことがあったから分かる。これは、ラリホーの魔法だ!

(マズイっ!)

 真正面から踏み込んだ俺は、まともにその煙に突っ込んでしまった。急速に遠くなる意識を繋ぐように全身に闘気を漲らせ、アルミラージを斬りつける。闘気によって強化された力で振り降ろされた俺の剣は、呪文を唱えて硬直しているアルミラージを容易く両断した。術者が居なくなったことでラリホーの煙が消える。陽乃さんが使った時は、もっと広い範囲に煙が広がっていたから完全に広がる前に潰すことは出来たようだが、それでもすでに掛けられた効果は消えない。

(闘気を…漲らせて、いるのに……意識が……)

 闘気は魔力と反発する。だから、闘気を漲らせれば魔法に対して抵抗できる筈なのだが、ほとんど効果があるように感じられない。――陽乃さんは、俺は特に魔法に対する抵抗力が弱いと言っていた。だから、魔法には気を付けるようにと。

 これは、完全に俺のミスだ。つい、一角ウサギを相手にするような調子でアルミラージに向かってしまった。恐らく、俺がお化けアリクイを倒している時にはラリホーを使う準備をしていたのだろう。だから、俺の突進と魔法の発動が重なってしまったのだ。

(く……そ……)

 急速に襲い掛かってくる睡魔に必死で抵抗しながら……ふともう一体サソリ蜂がいたことを思い出した。

 ふらつきながら振り返ると、俺を無視して雪乃の方に向かっていくサソリ蜂の姿が視界に入った。

 

 

 

 ****

 

 

 

「……っ!」

 こちらに向かってくるサソリ蜂を見て、私は思わず息を飲んだ。

(まさか、比企谷君が仕留めそこねるなんて……)

 今までは一度も無かったことだ。手前にいる敵を片づけて、闘気を使って残りの相手との距離を詰めて片付ける。アリアハンでは、比企谷君はその戦法で難なく魔物を撃退していたし、今回も当然そうなるものだと思っていた。

 前衛のお化けアリクイを瞬く間に片付けて、その勢いで残りの相手に向かう。その時点で私はもう勝負はついたと気を抜いてしまった。――比企谷君が、アルミラージのラリホーの煙を受けて、ふら付くところを見るまでは。

 そちらに気を取られて、そして気づいたらすぐ近くまでサソリ蜂が接近していた。……私が気を抜かなければメラで迎撃も出来たのに、ここまで近づかれたらそれも間に合わない。

「くっ」

 向かってくるサソリ蜂に向けて、私はほとんど反射的にひのきの棒を振り上げていた。同時に、これを渡してきた時の比企谷君の言葉を思い出す。

『もし、敵が接近して来たら、敵に当てない様にひのきの棒が自分と敵の間に来るように振り回せ』

『でも、それでは敵を倒せないわ』

『むしろ倒そうと思うな。接近戦の訓練を積んでない奴が武器で魔物を倒せる訳ないだろ。武器で倒すのは俺の仕事だ。お前は少しでも時間を稼げばいいんだよ。その間に俺が駆けつけて敵を倒せばいいんだからな』

(……当てない様に、敵の目の前でひのきの棒を振り回す)

 ひのきの棒の先端をサソリ蜂に向けて8の字を書く様に小さく振り回す。サソリ蜂はひのきの棒にぶつからない様に、その場に動きを止めた。

 滞空しながら左右に移動するサソリ蜂に向けて、こちらも先端をサソリ蜂に向けるように移動しながら、兎に角振り回す。お世辞にも、格好のいい戦い方とは言えないだろう。でも、これでいい。私のすべき事は時間をかせぐことなのだから。

 サソリ蜂はしばらく左右に飛んでいたが、やがて焦れたように上方に飛んだ。この洞窟は天井が高い。高い位置まで飛ばれたら、簡単に頭上を取られてしまう。

「あっ!」

 急に縦に動かれたことで、私はとっさに反応できなかった。そんな私に対し、サソリ蜂は尻尾の針を向けて、まっすぐに急降下してくる。私は思わず目を閉じて衝撃に備え――

 ズドッ!

 突如として飛来してきたナイフがサソリ蜂を貫き、サソリ蜂はそのまま絶命して墜落した。

 

 

 

 ****

 

 

 

 口の中に血の味を感じながら、俺は無事にサソリ蜂を仕留められたことに安堵していた。

 サソリ蜂が雪乃に向かっていったのを見た俺は、睡魔に耐えるために咄嗟に下唇を思い切り噛み千切り、その痛みでなんとか睡魔を退けたのだ。雪乃の纏う魔術師のローブならサソリ蜂の針くらい防げただろうがその衝撃は受けただろうし、ローブで覆われていないところを攻撃されていたら最悪だ。本当に間に合ってよかった。

 ひのきの棒を振り回して疲れたのか、肩で息をする雪乃に駆け寄る。

「比企谷君…」「スマンっ!雪乃」

 俺に呼びかける雪乃の声と、俺の謝罪の声が重なった。意外そうにこちらを見る雪乃に、俺は言葉を続ける。

「勝ちを焦った俺のミスだ。アルミラージがどのように魔法を使うのか、確認しておくべきだった」

 例えば、アリアハンに生息するまほうつかいと呼ばれる魔物なら、杖の動きを見ることで魔法に対して反応できる。アルミラージがラリホーを使うことは知っていたのだから、警戒しておくべきだった。知らず内に慢心していたのだろう。自分が出来損ないってことくらい十分理解しているのに、馬鹿か俺は……

「いいえ、私が気を抜いていなければ魔法で迎撃出来たわ。私も悪かったのよ」

 雪乃は首を振ってそんなことを言ったが、そもそも魔法を無駄打ちをするなと制限させていたのも俺だ。そのことで雪乃が自分を責めるのは間違っている。

「それに、私も初めて敵と接近戦……あれをそう呼んでいいのかは分からないけど、間近で戦うことが出来たわ。その経験は必要なことよ」

「俺は、それを実際に戦闘で役立たせるつもりは無かったんだけどな」

 ひのきの棒による自衛は、本当に最後の最後の手段だ。大体、魔法使いが(雪乃は賢者だが)敵に接近された時点でパーティとしては負けだと言ってもいい。

「それでも、それは……って、比企谷君!血が」

 突然雪乃が驚いたように声を上げた。同時に、俺も唇の左端が濡れた様な感触に気付く。手の裏で拭うと血が付いていた。先ほど下唇を噛んだ時の血が、まだ止まっていないのだろう。ま、しばらくすれば止まるから気にすることでもない。

「ああ、これくらい大したことないから……」

 大丈夫だ、と告げる前に、不意に雪乃が俺の左頬に手を伸ばしてきた。…って、顔近っ!

「お、おいっ」

「動かないで」

 そう言われて、思わず硬直する。そんな俺の左頬に、雪乃はいたわる様に手を添えた。左頬を通して、雪乃の手のひらの柔らかい感触が伝わってくる。って、そんなことされると勘違いしちゃいそうになるんですけど!?

「ホイミ」

 俺の動揺をよそに、雪乃が呪文を唱えた。同時にまだ少し残っていた痛みが消えて、下唇の傷がふさがり出血が止まった。

 ……って、これくらいの傷にホイミは勿体無いだろ。まあ、原因が俺の失策だし、感謝しない訳でもないが、それでも一言くらい注意しない訳にはいかない。そう思い、口を開きかけて……、

「初めて、あなたにホイミを使うことができたわ」

 俺の頬から手を放し、嬉しそうに微笑む雪乃に、文句の言葉を飲み込んだ。

 くそっ、その笑顔は卑怯だろっ……!

 

 

 

 その後は大して問題なく進んだ。アルミラージも、角から魔法がでると分かってしまえば対処は簡単だった。横から回り込めばいいし、そもそも投げナイフで倒してしまえば問題は無い。

 順調に洞窟を進み、大体一時間後くらいに旅人の扉にたどり着いた。

「これが、旅人の扉か」

「……綺麗ね」

 雪乃が魅入ったように溜息を吐く。確かに、幻想的な光景だった。常に波紋を広げている泉から青白い光が立ち上っている。あれは実際には泉ではなく魔力の重なりによる縞だと言われているが、波打っているように見えるそれは、泉と言う表現がしっくり来た。

「比企谷君は、旅人の扉を使ったことはあるのかしら?」

「さすがにねえよ。アリアハンにある旅人の扉はここだけだしな」

 旅人の扉は世界で何か所か確認されていると言う話だが、アリアハンにはここにしかない。アリアハンを出たことがない俺に使った経験などある筈が無かった。

「そう、初めて同士と言う訳ね」

 その言い方は誤解を招きそうなんで止めて欲しいんですが。と言うか、なんでちょっと嬉しそうなの?

「……行くぞ」

「そうね。折角だから、同時に旅人の扉に入りましょう」

「何が折角なんだよ。別にいいけどな」

「どうして素直に『ご一緒させてください』と言えないのかしら?」

「おい、なぜ俺が卑屈になる必要があるんだよ」

「可愛い女の子と初体験できるのだもの、むしろ頭を下げてお願いされるくらいだと思うのだけれど」

「……その言い方は誤解を招くから他所ではするなよ、絶対だぞ」

「……?分かったわ」

 軽口を叩き合いながら旅人の扉に向かう。

 

 そして、俺達は並んで旅人の扉に足を踏み入れた。




アリアハン編完結…ではなく、次回は13.5話になります。その後、舞台裏話を挟んでロマリア編になります。
ロマリアでようやく二人目の仲間になるヒロインが登場します。誰かはここで書かなくても分かると思いますが。


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13.5話

「うう、お兄ちゃんがいない……お兄ちゃんポイントが足りない……」

「……そのポイントを溜めていたのは君の方だったのか」

 私――平塚静――は、向かいの席で脱力している少女の姿を見て、嘆息した。

 シックな内装の喫茶店のテーブルに突っ伏して、顔だけ上げてうわ言の様に――或いは呪詛のように「お兄ちゃん」と呟いている少女が本物の勇者だと言うのだから、世も末だと思ってしまう。

 いや、本物の勇者――小町ちゃんの実力は、師である私が一番理解している。遠からず、私を抜くだろうと思わせるほどの才能の持ち主だ。……それほどの才気あふれる人物がこの有様と言うのは甚だ嘆かわしいが。

「え、ええと、あのさ、アイツなら大丈夫だから」

 小町ちゃんの隣に座り、オロオロとフォローしようとしているのが、今日初めての顔合わせになる川崎沙希。比企谷から話だけ聞いたことがある、彼とそれなりに良好な関係を築いていた女性だ。実際、小町ちゃんを引き合いに出したりなど、比企谷の事をよくわかっている。いや、それがどうと言う訳ではないのだが。

 第一印象ではサバサバした雰囲気でクールな性格に見えたのだが、小町ちゃんがヘタレてからはこの通りだ。見かけによらないと言うか――いや、比企谷は意外と面倒見のいいところがある、と言っていたな。放っておけない性格なのだろう。

「うん――そうだよね。お兄ちゃんに『待ってて』って約束したんだから、我慢しないと」

「そ、そう。だから……」

「う~、でもお兄ちゃん~」

「あーもうっ、元気だしなよ」

 先ほどから同じことを繰り返している目の前の不毛なやり取りを眺めつつ、私は冷めかけているコーヒーを啜った。

 まだ一人、本来ならここに居るべき筈の者が来ていない。そもそも、この集まりを言い出したのはアイツだと言うのに、一人だけ遅れてくるとは……ま、らしいと言えばらしいがね。

 その時、ドアのカウベルが響き、一人の女性が喫茶店に入ってきた。店員に一言断りながら、まっすぐにこちらに向かってくる。その顔に浮かんでいるのは、いつもの仮面のような、綺麗な笑顔。

「やー、ごめんごめん、ちょっと出かけ際に捕まっちゃって」

 悪びれずに言いながら、笑顔の女性――陽乃は私の隣の席に座った。

 

 

 

「えっと、で、今日は何の集まり……なんですか?」

 とりあえず軽食を注文し――当然、小町ちゃんは起こした――仕切りなおした後で、川崎が真っ先に陽乃に話しかけた。

「別に敬語じゃなくていいよ。川崎沙希ちゃんだよね。比企谷君から聞いてるよー」

「……あんたは雪ノ下陽乃だよね。こっちも比企谷から聞いてる」

「ふぅん。でも、思ったよりも『可愛い』子だねー。よろしくね」

「……ふん、よろしく」

 なぜか微妙な感じに視線で牽制し合う二人。と言うか、川崎の警戒が凄いな。比企谷、一体何を吹き込んだ?

「それで、今日集まって貰った理由はね、将来的にパーティ組むことが決まってるんだから、一度顔合わせした方がいいと思ったからだよ」

「……どうせお前のことなのだから、それだけではないのだろう?」

「後、比企谷君が居なくなって凹んでる小町ちゃんの様子も見たかったからねー。…予想以上に落ち込んでてちょっと引いたけど」

「むー、千葉の兄妹ならこれくらい普通だよ!」

 陽乃の言葉に、小町ちゃんが反射的に言い返す。千葉とは何のことだろう?ここはアリアハンなのだが。時たま、比企谷兄妹は意味不明なことを言う。まあ、スルーしておこう。

 しかし、小町ちゃんの様子を見に来た、か……小町ちゃんが比企谷が居ないことに我慢できる筈がない、そう言ったのは陽乃だ。それから察するに、小町ちゃんの限界が来る時期の判断がしたかっただけなのだろうか?どうにも納得がいかない。

「で、陽乃。いい加減に本題に入って欲しいんだが?」

「本当にただの親睦会のつもりなんだけどなー。あ、でも」

 思い出したように、陽乃は声を上げて続けた。

「昨日、アリアハンの封印が解かれたよ。その関係もあって、朝から忙しかったんだけど」

 十年ぶりのアリアハンの封印の解除か……なるほど。陽乃は雪ノ下家とは縁を切っているが、それとは関係なしに貴族であれば忙しくなるだろう。そう言えば、今日は城が慌ただしかったように感じたが、このことだったのか。外交官の派遣に、交易再開のための手配、交通の整備、他にもやらなければならないことがたくさんある。

「そうか、と言う事は比企谷が封印を解いたんだな」

 困難な試練だった訳ではないが、それでも比企谷が一つ仕事をやり遂げたことにほっとする。

「うう、これでお兄ちゃんがもっと遠くに行っちゃった……」

 が、小町ちゃんはさらに凹んでしまった。比企谷が旅に出るまでは小町ちゃんは歳の割にしっかりした娘だと思っていたのが……比企谷はどれだけ小町ちゃんを甘やかしていたのか。

「そっか……やったんだ……」

 川崎は口の中で小さく呟きながら、嬉しそうに口元をほころばせていた。比企谷がやったことを自分のことのように喜ぶか……本当に親しい関係を築いていたのだろう。そのことが、少し羨ましく思える。私と比企谷の関係では、同じ目線で喜んでやることはできないからな。

「これで、雪ノ下家の立場も少しはマシになるか?」

 外交が途絶えたことで急速に権力が衰えた貴族が、外交が再開したことで復活する――実際、そんな簡単な話では無かろうが、少しは状況も上向きになるだろう。だが、陽乃は「さあ?」と肩を竦めた。

「難しいんじゃない?十年も交易が途絶えていたんだから、ロマリアはもうとっくに別の所で代用を確保してるでしょ。もし雪ノ下家が、これで嘗ての栄華を取り戻せる!なんて浮かれていたらそれこそお笑いだよね」

「し、辛辣だね……」

 陽乃の容赦のない言葉に、川崎が慄いたように呟く。陽乃が来る前に聞いたのだが、川崎家も一応は貴族らしい。とは言っても、下流もいい所で、庶民とほぼ変わらない程度の生活をしていたと言っていた。だが、仮にも貴族の末席に名を連ねているのだから、雪ノ下家と陽乃の関係くらいは知っていたはずだ。その上で陽乃の言葉を聞けば、川崎がそう思うのも無理はない。

 ふと、話を聞いていた小町ちゃんが思い出したように口を挟んできた。

「雪ノ下家……そう言えば、陽乃さんの妹の雪乃さんって人がお兄ちゃんと一緒に旅をしているんだよね?大丈夫なのかな?」

「ああ、雪乃ちゃんなら比企谷君が守ってるから大丈夫でしょ。比企谷君は優しいからね」

「お兄ちゃんに守って貰えてるなんて羨ましい……じゃなくて、こうなったら雪ノ下家って絶対注目されるよね?」

「まあ、以前は交易を独占していたのだから当然だな」

 確かに、復活できるかどうかはさておき、かつて外交を独占していた雪ノ下家に注目が集まるのは必至だ。

「雪乃さんが居ないこと、問題になったりしないのかな?」

 心配、と言うよりは、単純な疑問のように小町ちゃんは言った。いや、心配もあるか。雪乃、ではなくそのことによって比企谷に迷惑が掛からないかと言う心配が。雪ノ下家は雪乃が比企谷と共に旅立ったことを公表していない。察している者くらいは居るだろうが、雪ノ下家に注目が集まることで、それが明るみに出る可能性は確かにある。

 しかし、陽乃はあっけらかんと笑って手を振った。

「ないない。雪ノ下家にとって雪乃ちゃんの商品価値はもうなくなったようなものだし」

「商品価値、とは随分な言いぐさだな」

「他所の家とつながりを作るための貢物だから、その通りでしょ。私は雪乃ちゃんをそんな風に思ってないけどね」

 貴族の娘の扱い的に間違ってはいないが……相変わらず容赦がないな。しかし、価値が無くなった、か。

「でも、価値が無くなったって……?」

 小町ちゃんも同じことを思ったらしく、怪訝そうに尋ねた。

「出来損ないの勇者と二人きりで2週間近く旅をした娘――もうこの時点で手垢が付いてるって思われるよね」

「お兄ちゃんはそんなことしないよ!」

「……私も、比企谷はそんな奴じゃないと思うよ」

 陽乃の言葉に、小町ちゃんと川崎が反発する。その意見は私も賛成だが、そもそも陽乃だって賛成だろう。だから、二人がエスカレートする前に陽乃に話を振ってやった。

「重要なのは、実際に手垢が付いたかどうかではなく、二人きりで2週間近く旅をしたと言う事実なのだろう?」

「そ。ただ、その事実で周囲からはそう判断されちゃうだけ。だから今更雪乃ちゃんが戻って来ても、出来損ない勇者の手垢が付いた娘なんていらないって、お嫁の貰い手が無くなるから邪魔になるだけなんだよね。しばらくしたら、雪乃ちゃんは病死したってことにして、お葬式でも挙げられるんじゃないかな?私の予想だと、ロマリアとの交易再開で忙しいこのタイミングでこっそりやると思うよ。忙しいから、小さなお葬式にしたって言い訳も立つしね」

 陽乃はニコニコしながらそう言った後「…本当にバカらしい」と口の中で小さく呟いた。

「そっか……雪乃さん、帰る家が無くなっちゃうだなんて、可哀想だね」

「雪乃ちゃんもそれくらい覚悟の上だと思うよ。むしろ、完全に自由になれるんだから喜ぶんじゃない?」

「…本当、上の連中って面倒臭い」

 川崎が心底面倒臭そうに呟く。下流の貴族として、何かしら思う所があるのだろう。

「ま、人の上に立つと言う事は、概ね面倒なものさ」

 つまらない事に拘る城の貴族の姿を思い浮かべながら、私は呆れたように嘆息した。

 

 

 

 それからは特に何事もなく話は進み、食事を終えて、私達4人の初顔合わせ(初対面は川崎だけだったが)あっさりと終了した。陽乃の事だから何か裏があるのかもと思っていたが、本当に普通に雑談していただけだった。

 それでも疑問を捨てきれなかった私は、小町ちゃん、川崎の二人と別れて、陽乃と共に城に戻る道すがら、陽乃に今回の集まりの真意について訊ねていた。

「それで、今日の集まりはどういう目的があったんだ?」

「もう、静ちゃんはしつこいなー。別に私はいつも何か企んでる訳じゃないよ」

「よく言ったものだ……」

「でも、本当に特別な目的は無いよ。比企谷君から話だけ聞いてた川崎って人に一度会ってみたかったのは本当だし、今の小町ちゃんの状況を見たかったのも本当だし」

「……まあ、確かに私も一度顔合わせしたかったのは事実だが」

 小町ちゃんについては訓練で顔を合わせていたからそうでも無かったが。それを言うなら、陽乃も魔法の訓練で小町ちゃんとは顔を合わせていたのだから、訓練以外で様子を見たかったと言うことなのだろう。確かに、訓練でも多少落ち込んだ様子は見せていたが、あそこまでへたれてはなかったからな。

「まあ、川崎ちゃんはもっと面白い子かなーって思ってたから、ちょっと期待外れだったけど」

「……そっちの方が川崎には嬉しいだろうな」

 陽乃が興味を示すと碌なことにはならない。下手に興味を持たれるよりも余程いいだろう。だが、私も陽乃の意見と同意する所はあった。あのぼっちを自称してはばからない比企谷と仲良くしていたのだから、どんな変わった人物が出てくるのかと思っていたのだが、予想外に普通の性格をしていたからな。まあ、人付き合いは少し苦手そうではあったが。

「静ちゃんはどう思った?」

「そうだな……まあ、小町ちゃんとはそれなりに親しくやっているみたいだし、いいんじゃないか?能力に関しては……それなりに訓練は積んでそうだが、見た限り突出したものがあるようには見えないな。まあ、今度訓練を付けてやる約束をしたし、その時に判断するさ」

 先ほどの集まりでそれとなく提案したら、川崎は二つ返事でお願いしますと頭を下げてきた。自分でも頼む機会を窺っていたらしい。せめて足手まといにならない程度の力は身に付けたいと言っていた。彼女はまだ闘気が使えないらしく、小町ちゃんの我慢の限界が来る前に、何としてでも闘気の第一段階くらいは目覚めさせておく必要がある。

「それよりも、小町ちゃんはどうなんだ?あの状態も、お前の想定の内か?」

「ううん、我慢できなくなることは予想してたけど、ちょっと早すぎるなー。まあ、川崎ちゃんが慰めてたみたいだから大丈夫だとは思うけど」

「早いと問題があるのか?」

「あまり私達に甘えられすぎても困るしねー。比企谷君にはもっと頑張って貰わないと」

 そう言って、楽しそうに笑う。……比企谷の事を話す時は、本当に楽しそうに笑うな、陽乃は。

 不意に、私は3日前、陽乃がどこかに出掛けていたことを思い出した。昨日封印が解かれたことから逆算すると、3日前と言えば恐らく比企谷が魔法の玉を手に入れたくらいの話だろう。――これは、何かあるな。

「陽乃、3日前、何処に行っていたんだ?」

 陽乃なら、比企谷が魔法の玉を手に入れた情報くらいは簡単に手に入れることが出来ただろう。なら、その情報を元に動いていたのではないか?ルーラが使える陽乃なら、アリアハンを出ることが出来る。なら、その行先は――

「……静ちゃんは鋭いね、ってほどでもないか。状況的に誰でも思うことだし」

 苦笑を浮かべてから、陽乃は含むように少し声を潜めた。

「静ちゃんの想像通り、ロマリアに行っていたんだよ。ちょっと知り合いに会いにね」

「知り合い?」

「そう。ロマリアの名誉貴族、ハヤマ自由騎士団の次期当主葉山隼人にね」

「葉山に会って来たのか!?」

 思わず声を上げる。…が、よくよく考えればそれほど不思議ではないことだ。ことロマリアにおいて、あいつら程自由に動けるものは存在しない。急に名前が出たから驚いてしまったが、ロマリアで何かをしようと言うのなら当然のこととも言えた。だが。

「葉山を動かすことが出来るのか?あれは余程の事が無ければ動かないだろう?」

 ハヤマ自由騎士団――元はアリアハンの葉山家の一派が独立してロマリアに訪れて作り上げたと言うかなり特殊な生い立ちをもつ騎士団で、アリアハンでは有力貴族の葉山家の方が有名だが、むしろロマリア周辺国家で葉山と言えばハヤマ自由騎士団のことを指すくらいに有名な存在だ。私も、アリアハンに来た時に葉山家の話を聞いた時は驚いたものだ。

 自由の名が示す通り、ハヤマ自由騎士団はどの国にも所属せず、当主の意思だけで世界中で騎士の活動を――民を守る力の行使をすることができる。本拠地こそロマリアに置いているが、国境を越えてポルトガ、イシス、果てはダーマまで陸続きの国々を自由に行き来し、活動することが許されている大陸唯一の騎士団だ。

 だからこそ、制約も大きい。団長は決して己の利では動かない。大衆の正義に基づいてのみ、行動が決められる。その模範は当然次期当主にも引き継がれている。いくら陽乃とはいえども、個人の意見で動かせる集団ではない。私と陽乃は次期当主とダーマで顔見知りになっているから面会くらいならできるだろうが、それだけで動かすのは無理だろう。

「え?余程のことなら起こってるでしょ?」

 私の当然の疑問の言葉に、陽乃は楽しそうにニコニコと笑みを浮かべながら応える。

 心底楽しんでいるような笑み。そう言う笑みを見せた時の陽乃は、大体にして碌なことを企んでいない。

「だって、ようやく次代の勇者が魔王討伐の旅に出始めたんだよ?これほど大きな出来事はそうそうないよね」

 ……その言葉に息を飲む。つまり、比企谷の……オルテガの名を使ったのか。

 勇者オルテガと葉山自由騎士団が共闘した話は、ロマリア中に響き渡っているくらい有名だ。各言う私自身が、幼い頃、魔族の軍団によるガザーブ侵攻に遭遇した際に、オルテガとハヤマ自由騎士団に助けられた経験がある。思えば、あの時のオルテガの姿に憧れて戦士になることを目指したのだったな……いや、話がそれたな。

 とにかく、オルテガとハヤマ自由騎士団は魔族との闘争の際に何度も共闘した歴史があり、ハヤマ自由騎士団はオルテガに大きな借りがあるとも言われている。オルテガの名前を出せば、ハヤマ自由騎士団は無視はしないだろう。

「……ハヤマ自由騎士団まで引っ張り出してきて、お前は一体何を企んでいるんだ?」

「別に。ただ、もっと楽しくなればいいなって思っているだけだよ」

 そして、いつもの仮面の笑顔とは違う、まるで子供の様に無邪気な笑顔で微笑んだ。

 




アリアハンの葉山隼人とロマリアの葉山隼人は別人です。
ロマリアの設定を後から思いついて付け足したので変なことになりましたが。
次回の舞台裏話で葉山家とちょろっと川崎の話をします。


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舞台裏話 3

八幡「さて、めでたくアリアハン大陸?を脱出した所で舞台裏その3だ」

 

小町「ロマリアでは新しいヒロインが登場するんだよね」

 

八幡「まあ、ハヤマ自由騎士団の話もあるし、このロマリア編から登場キャラクターが増える予定だ。当分名前だけだけどな」

 

小町「ありゃ、登場はお預けなの?」

 

八幡「まあ、余計なエピソードで尺を使い過ぎているのも原因の一つだが。作者的にもやり過ぎだったと言う話だ」

 

小町「相変わらずのぶっちゃっけっぷりだね……」

 

八幡「じゃ、前置きはこれくらいにして、本題に行くぞ」

 

 

●平塚先生達のプロフィール

 

 

八幡「そう言えば紹介していなかったからな。今回川崎に下級貴族って設定が出てきたけど、あれは元々そうだったんだよ」

 

小町「葉山さんの件と一緒で後から追加したんじゃないの?」

 

八幡「……説明の機会がなかったんだ。察してやれ」

 

小町「……考えた通りに話が進められないって辛いね」

 

八幡「そう言う訳で、ここでは簡単に小町の仲間になる平塚先生達の設定を紹介する」

 

小町「じゃあ、最初は平塚先生から」

 

名前:平塚静

性別:女

職業:バトルマスター

出身地:ロマリア、ガザーブ地方

年齢:25歳

出自:平民

魔法の資質:なし

 

小町「想像以上にざっくりした説明だった!?」

 

八幡「まあ、性格とか詳しい設定ここで書くと、SS書く意味なくなるしなー」

 

小町「あ、原作よりも地味に若い設定になってるね」

 

八幡「……この世界では20で行き遅れだから、アラサーは残酷過ぎると作者が判断したらしい」

 

小町「切ない話だね……」

 

八幡「後はまあ、平塚先生はアリアハンに来た当初はモテたって設定があるんだよ」

 

小町「そうなの?」

 

八幡「本編では出てこなかったら設定だけだけどな。ま、美人だし、強いし、一人身だしで、アリアハンに来た当初は結構騎士達から求婚されていたらしい。で、調子に乗って『私に勝てたら付き合ってやる』とか条件を付けて……そして誰もいなくなったと」

 

小町「自業自得過ぎて何も言えない……」

 

八幡「で、行き遅れがモテるってのはおかしいと言うことで、アリアハンに来た当時は19歳にしたとか。それから6年経過しているから25歳と言う計算だ」

 

小町「そっか、売れ残りをイメージさせるからクリスマスにした訳じゃなかったんだね」

 

八幡「マジでそれ平塚先生に言うなよ。泣くぞ、あの人。……じゃ、次は陽乃さんだ」

 

名前:雪ノ下陽乃

性別:女

職業:賢者

出身地:アリアハン

年齢:20歳

出自:上級貴族

魔法の資質:あり

 

小町「陽乃さん20歳って……行き遅れなの?」

 

八幡「平民に関して言えば一概にそうとも言えないが、貴族の娘は16歳~18歳の内によっぽど嫁ぐからな、間違いなく行き遅れだ。平塚先生と違って、本人は何も気にしていないけどな」

 

小町「あー、そういうのは陽乃さんらしいね」

 

八幡「10年前にダーマに行って11歳で賢者に転職。それから3年であらゆる魔法を修得した…はっきり言ってプロフィールだけでみると化け物だな」

 

小町「もう陽乃さんが魔王でもいいんじゃないかな……」

 

八幡「因みに、陽乃さんは賢者になった後、修行も兼ねてポルトガ、ロマリア、イシス、アッサラームと、ロマリア大陸?は一通り訪ねている。陽乃さんが平塚先生と出会ったのはダーマで、そっから二人で色々と世界を見て回ったと言う話だ」

 

小町「あー、それで平塚先生は陽乃さんのことよく分かってる感じなんだ」

 

八幡「ルーラ使って適度にダーマに戻りながらだったみたいだけどな。だから、陽乃さんはアリアハンが封印されてからもルーラで戻ってきたし、今でもたまに他所の国に行ったりもしている。無茶苦茶顔広いぞ、あの人」

 

小町「友達いないお兄ちゃんとは正反対だね」

 

八幡「ま、最強はぼっちだし。……で、最後が川崎な」

 

名前:川崎沙希

性別:女

職業:盗賊

出身地:アリアハン

年齢:16歳

出自:下級貴族

魔法の資質:あり

 

小町「川崎さんって下級貴族だったんだね。だから魔法の資質があるの?」

 

八幡「魔法の資質は貴族とは関係ないってのは前に説明しただろ。まあでも、川崎家は一応貴族だけど、平民とほとんど変わらない生活ぶりだったらしい」

 

小町「そうなんだ?」

 

八幡「端的に言えば、使用人が一人もおらず、家族で家事をやっていたからな」

 

小町「確か、雪乃さんは家事は使用人の仕事だからってやらせてもらえなかったんだよね?」

 

八幡「ああ。上級貴族は使用人を雇う余裕があるけど、下級貴族になると使用人を雇う余裕が無いから自ら家事をしなければならない。川崎は色々と家事を手伝ってたから炊事、洗濯、掃除、裁縫など一通りのことができるんだよ」

 

小町「むむ、嫁力高いね!」

 

八幡「何、その謎パラメータ?それは兎も角、そう言う事情もあって川崎が小町の仲間になって求められていることは、実はおさんどんだったりするんだよな」

 

小町「え?沙希さんってそんな理由で私の仲間に選ばれたの?」

 

八幡「あ、いや。それはない。ちゃんと盗賊訓練所の成績で選ばれている。だけど…」

 

小町「だけど?」

 

八幡「小町のパーティって平塚先生、陽乃さん、そして小町と化け物揃いで……川崎は決して弱いわけじゃないし、むしろ優秀なレベルなんだけど、他の3人との実力差が開きすぎてるからなー。戦闘では活躍する余地はないだろうな」

 

小町「私が化け物扱いなのは不満だけど、そうなんだ」

 

八幡「ま、平塚先生が鍛えるって言ってるからそこそこ戦えるようにはなるだろ。俺よりは才能あるしな」

 

小町「そう言えば、沙希さんって盗賊の訓練所でお兄ちゃんと仲が良かったんだよね」

 

八幡「……まあな。ここだから言うが、何度か一緒に野外訓練している内に『水浴びしている最中にモンスターが現れて乱入する』『うっかり裸を見てしまう』などのとらブル的イベントはこなしているし、『怪我をしておんぶする』も実は雪乃よりも先にやってる」

 

小町「目茶目茶親密じゃん!え、お兄ちゃん、沙希さんとそんなことしてたの!?」

 

八幡「言い訳するなら、野外訓練の最中はお互いを異性と意識し過ぎないようにはしていたから、多少はね?川崎に至っては『一緒に旅しているなら、一々相手を異性と意識してられないからね』と言って平気で俺の目の前で着替えたりしてたし。なぜか顔は赤かったが」

 

小町「……それって、アピールしてたんじゃ……ううん、なんでもない。でも、そんなに仲良かったのに私の仲間になっちゃったんだ」

 

八幡「川崎は本編では名前はしょっちゅう出てくるくせに説明が足りてないからな。仮定の話だが、川崎が平民だったら、小町の仲間になる件は断っていたかもしれない」

 

小町「そうなの?」

 

八幡「国からの莫大な援助を蹴ることになるから難しかっただろうが、勇者の仲間になるのは両者の同意が必要だからな。ただ……川崎は下級でも貴族だったからな。国に仕える貴族として、国の要請は断れなかったんだ」

 

小町「もし、それが無かったら、沙希さんもお兄ちゃんの仲間になっていたのかもね」

 

八幡「川崎が盗賊の訓練受けていた理由も『自分の家の負担を減らすために、将来的に家を出て独り立ちするのに一番都合のいい冒険職だったから』だからな。成人してたし、小町の件が無ければ俺の旅に付いてきていた筈だ。俺も、小町の件が無ければ仲間になるって無意識に思っていたしな。そうでもなきゃ、わざわざナジミの賢者や老魔法使いの所まで連れて行ったりはしないだろ」

 

小町「……もしかして、これもお兄ちゃんに対する国の嫌がらせじゃ……お兄ちゃんと仲の良い沙希さんを引き離すためとか?」

 

八幡「いやいや、出来損ない勇者相手にそこまでするほど国も暇じゃないだろ。小町のパーティにはバトルマスターと賢者がいるから、空いてるのが盗賊しかなかったんだ。それでいて、平塚先生と陽乃さんはどっちも小町の教師だったから、もう少し距離の近い相手を仲間にしてあげたいと言う国の配慮もあったっぽいしな」

 

小町「お兄ちゃんは放置したくせに、私には色々と配慮するんだよね。……本当、この差別が鬱陶しいんだけど」

 

 

●葉山家について

 

 

小町「で、今回設定が変更された、なんか名誉貴族とか自由騎士団とか凄い呼ばれ方している葉山家のことだけど……」

 

八幡「あー、この話は本編でユキペディアさんが詳しく説明する予定なんで、ざっくりと行くぞ。

これは、何代も前にさかのぼる話なんだが、当時戦争続きのローマ帝国(現ロマリア)に対して、葉山家で話が割れたことがあるんだ。当時、武に優れた兄と、文に優れた弟の双子の兄弟がいて、武に優れた兄が正義を示すためにロマリアに干渉するべきだと主張したらしい」

 

小町「戦争で正義って一番言っちゃいけない言葉だよね」

 

八幡「ただ当時から葉山家は内政を重視しているから、結局兄の方が負けて……自分の派閥、と言うか信奉者を引き連れてロマリアに向かったんだ。で、そこで色々と活躍して名誉貴族の立場を勝ち取り、自由騎士団を結成して今に至ると」

 

小町「ふんふん、でもなんで名誉貴族なの?」

 

八幡「特定の国に所属している訳ではないが、民を守ると言うあり方から貴族と呼ばれる存在をそう呼ぶんだよ。陽乃さんがロマリアの名誉貴族と言ったのは、『ロマリアに所属している』と言う意味ではなく、『ロマリアに本拠地を置く』と言う意味だな」

 

小町「じゃあ自由騎士団は?」

 

八幡「特定の国に所属せず正義に従って活動する傭兵集団だ。国際警察みたいなもんだな。国境を越えて活動することを認められている、かなり特殊な軍隊だ。ロマリア、ポルトガ、イシス、アッサラーム、バハラタ、果てはダーマまで陸続きの所ではかなり手広く活動している」

 

小町「じゃあ、ロマリアの葉山家ってかなり凄いんだ?」

 

八幡「知名度なら、アリアハンの一有力貴族に過ぎない本家の葉山家よりははるかに有名だぞ。と言ってもアリアハンには来たことがないから、アリアハンではそんなに有名ではないが。平塚先生はロマリア出身だから、アリアハンの葉山家の話を知った時は、かなり驚いたみたいだけど」

 

小町「ふぅん、そんなに凄いなら、無理にアリアハンの葉山家の設定と絡めなくても良かったのに……」

 

八幡「ちょっと別の設定を思いついてしまって、作者的にはそっちをやりたかったと……で、先にあるアリアハンの葉山家の設定と辻褄を合わせるために急遽追加した設定だからな。元々アリアハンの葉山隼人は作者的に物語に絡める気は無かったから問題ないと判断したそうだ。まあ、元々雪乃の婚約者の有力貴族ってだけだったから、それ以上の設定も何も考えていなかったし」

 

小町「因みに、アリアハンの葉山家の御曹司とは偶然名前が一致した、で通すみたいだよ」

 

八幡「この件の教訓は、しっかりプロットを立てよう、だな」

 

 

●騎士に付いて

 

 

小町「そもそも、騎士って何?ドラクエじゃ、そんな職業無かったよね?」

 

八幡「まあ、後作ではパラディンとかあったし、完全に無いとは言えないが、少なくともこのSSではオリジナル設定だな」

 

小町「確か魔法が使えないと騎士になれないんだよね?」

 

八幡「ああ。例え肉弾戦がメインでも、魔法が使えないと騎士にはなれない。だから、騎士の中にはメラとかホイミしか使えない者も結構いるそうだ」

 

小町「ホイミは役に立ちそうだけど、メラだけってのは正直…」

 

八幡「俺は、メラの方が嬉しいけどな。簡単に火を熾せるし」

 

小町「お兄ちゃんはそこに拘るね……でも、騎士ってどんな魔法を覚えるの?」

 

八幡「そりゃ、体系化されてるから、魔法使いの魔法か僧侶の魔法のどちらかだな。そこの例外は賢者と勇者だけだ。因みに、魔法使いの魔法を使う騎士は『魔法戦士』と呼ばれ、僧侶の魔法を使う騎士は『僧兵』と呼ばれる」

 

小町「へー、騎士って付かないんだ」

 

八幡「ま、あくまで分類上だ。ただ、レベルが上がり、ダーマで転職が認められると『魔法戦士』は『暗黒騎士』に、『僧兵』は『聖騎士』にクラスチェンジできる。ここに到達できた者こそが本当の騎士と呼ばれる資格がある、なんて言う人もいるな」

 

小町「『暗黒騎士』ってなんか魔王側っぽいんだけど」

 

八幡「別に魔法騎士でも良かったかもしれないが、作者的に少し名前を捻りたかったらしい。魔法騎士とかレイ○ースかよって感じだしな」

 

小町「お兄ちゃん、そのネタは古すぎてポイント低いよ……」

 

八幡「因みに、逆に肉弾戦はほとんどできなくても、国に所属して魔法で戦うのなら騎士になるし、国に所属していても、戦わずに魔法の研究しかしていないのは『宮廷魔術師』になる」

 

小町「あ、そう言えば、魔法が使えなければ騎士になれないんだよね?そういう人は国に所属できないの?」

 

八幡「いや、そんなことは無いぞ。魔法が使えなくて国に所属して戦う戦士は『兵士』になる。基本的に兵士は城の中には入れてもらえず、城の周辺の駐屯所に入れられるけどな。平塚先生は魔法が使えないから扱いは兵士になるけど、城への出入りは自由に認められているから、どれだけ特殊か分かるな」

 

小町「接近戦の教官なんだっけ?」

 

八幡「ああ。余談だが、平塚先生の特訓はキツ過ぎて、俺と小町以外付いていけなかったと言う話だ」

 

小町「アリアハンの騎士が弱いと言われる理由って、魔物の問題だけじゃないよね……」

 

八幡「因みに、騎士団は別に騎士だけで編成されていないといけない訳じゃなくて、一般的には騎士が率いる騎士と兵士の混合集団の事を言うな。まぁ、希に騎士だけの集団も無いわけじゃないけど」

 

 

●終幕

 

 

八幡「じゃ、今回も何時もの台詞だな」

 

小町「この設定はあくまで作者が考えただけの設定で、元のゲームとは関係ないから勘違いしないでね」

 

八幡「以上!」

 




貴族と言うからには爵位が無いとおかしいかもしれませんが、ぶっちゃけそこまで深く考えていないんでスルーしてください。


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14話

 旅人の扉に雪乃と並んで足を踏み入れる。

 すると、旅人の扉から立ち上っている光がさらに強くなり、俺達を包み込み――気が付いたら、薄暗い洞窟の中ではなく木漏れ日の差す森の中に居た。

 旅人の扉から出て周囲を見渡す。

「ここが、ロマリアなのか?」

「ロマリア側の旅の扉は森の中にあると聞いていたから、合っているとは思うのだけれど……不思議な感覚ね」

「いきなり全然違う場所に飛ばされた訳だからな。よくこんな訳の分からんものを交易に使おうと思ったもんだ」

 旅人の扉の原理は解明されていない。精霊の力によるものだとは言われているが……と言うか、よく分からん神秘的なものは全部精霊の力ってことにしてねえか?もうこれからは不思議なことが起こったら「精霊の仕業か!」とでも言っておけばいいんじゃないかな。大体合ってるだろ。

「だからこそ、雪ノ下家が独占できたとも言えるわ」

「ああ、なるほど」

 周囲が神秘的な力に遠慮している間に、真っ先に開発に乗り出したのなら独占もできただろう。商魂たくましいと言うか何というか。

 いつまでもここでぼーっとしている訳にも行かないので、とりあえず先に進む。旅人の扉から出た目の前は、森が割れて道が出来ていた。草は茫々に生えっぱなしだし、所々地面も凸凹しているが、間違いなく意図的に切り開かれた道だろう。以前は交易に使われていただけあって、馬車が余裕で通れるくらいに広いスペースが確保されている。やはりと言うか、整備はされていないが。

「この道も雪ノ下家によって切り開かれたと言われているわ。いざないの洞窟を整備したことも合わせると、相当大規模な出資をした筈よ。そのリスクに見合うリターンが見込めたとは思うのだけれども、それに踏み切った当時の雪ノ下家の当主はひとかどの人物と言わざるを得ないわね」

「ふぅん、なるほどな」

 獣道のような、整備の不十分な道を並んで歩きながら、そんな会話を交わす。雪乃は雪ノ下家の名前は捨てているが、感情的にならずに冷静に雪ノ下家のことをそう評していた。……もう完全に家の事は割り切っているのだろうか?まあ、デリケートな問題だからな。

「今の家に不満を感じたからこそ、こうしてここにいるのだけど、先祖に当たっても仕方が無いわ」

「……そんなに解りやすかったか?」

 あまりに察しの良い言葉に驚くと、雪乃は可笑しそうに小さく口元を綻ばせた。……そう言う、思わず見とれちゃいそうな笑顔は心臓に悪いから止めて欲しいんですが。

「あなたは自分で思っているよりも、考え事が顔に出る性質よ。まぁ、目は腐っているのだけれど」

「おい、最後の一言要らなかっただろ、それ」

 見惚れる程の笑顔を浮かべた時に言う言葉が罵倒とか、陽乃さんにそっくりだな。機嫌損ねたくないから黙っておくけど。

「それに……」

 そこで、不意に視線を外して俺から顔を背けるようにして、呟いた。

「今の状況には、それなりに満足しているから」

 え、これ、なんて答えればいいの?何なの、この空気?えー、ハチマン、ワカラナイ…

「……あー、そ、そうか」

「……え、ええ」

 お互いそれだけ言葉を交わして、それからは何を言えばいいのか分からずに、微妙な雰囲気のまま黙って歩いていた。

 ……まあ、嫌な沈黙じゃなかったけどな。

 

 

 

 あれから1度アルミラージと遭遇した以外は特に何事もなく、一時間と立たずに森を通り抜けた。

 森から平地へと出たことで、広くなった視界にロマリアの光景が飛び込んでくる。

 傾きかけた日の光が照らした先には、広大な農地と牧場が広がっていた。その隙間を通す様に一本広い道が走っており、そこを通り抜けた先にはレンガの町並みへと続く門があった。そこからさらに奥の方へ視線を奥に向けると、ぼんやりと周囲から頭一つ飛び出た建物の姿が見えた。タカの目を発動させて確認すると、堅牢な城壁まではっきりと確認できた。あれがロマリア城なのだろう。ここからだと、丸1日くらい掛かかりそうだ。意外と近いな。

 それよりも驚いたのが、すぐ目の前まで農地と牧場が広がっていることだ。つまり、そこまで人が行き来して活動していると言うことで、それはこの辺りがもうロマリア圏内に入っていることを示していた。

「こんな目と鼻の先なのか……」

 小さな検問を抜けて、道を歩きながら周囲の牧場を見渡す。因みに、ウサギ小屋かと見間違えるほど小さな詰所に待機していた騎士は、俺達に「勇者様ですか?」と声をかけて確認した後、馬を走らせてさっさと行ってしまった。くそ、急に声掛け得られたから思わず「ひゃい」とか変な声出しちゃっただろ。

 それは兎に角、先ほどの森にはアルミラージが生息していた。つまり、魔物が居る目と鼻の先に人の活動圏があると言うことだ。――いや、むしろ魔物の活動圏を狭い森に追いやっているのか?

「そうね……ただ、これは必要に迫られて土地を拡張させた可能性もあるけど」

 雪乃も俺の隣で感心したように広がる牧場を眺めながら、俺の呟きに返してくる。

「どういう意味だ?」

「ロマリアは文化の都よ。かつて世界一広い領土を持っていたロマリアは、その広い領土の産物をここロマリアに集めていたの。そのため、ロマリアの首都は生産産業から文化産業にシフトして非常に高い文明を持っていたわ。ロマリアの領土が縮小してからも、食料の豊富なアリアハンとの交易のおかげで食料には余裕があったの。でも、10年前……」

「オルテガの封印により、アリアハンとの交易が途絶えた、と」

「ええ。そうなると、当然食料問題が出てくるわ。それで、農地、牧場を作るために開拓したのがこの光景ではないかしら?幸い、と言うのも変な話だけれども、旅人の扉は封印されているのだから、ある意味ここから南側の安全は保障されていたのだしね」

「はぁ、なるほどなぁ」

 確かに、牧場の柵や建物を見る限り、劣化の具合から割と最近に造られたものであることがわかる。雪乃の推測は結構的を射ているだろう。

「でも、そうなると糞オヤ……オルテガはロマリアに恨まれていたりするのか?」

 一応、ロマリアについたら勇者としてロマリア国王に謁見するつもりではある。国境を自由に行き来できる権利があるとは言っても、各国の意志を無視したりはできないしな。そうなると、当然国王との謁見が必要になる。……糞オヤジが恨まれてて面倒になるとかなけりゃいいけど。

 しかし、そんな俺のぼやきに、雪乃は驚いたように声を上げた。

「比企谷君……あなた、ロマリアでのオルテガ様の活躍を知らないの?」

「へ?」

 意外そうな声を上げる俺に対し、雪乃は本気で呆れた様子でため息を付きながら額に手を当てた。

「ロマリアのシャンパーニュ地方は開発が遅れていたのだけど、魔物のために撤退を余儀なくされたの。魔物はそこに塔を建ててシャンパーニュ地方を占拠したのよ。そして、その勢いはそのままでは留まらずにガザーブ地方まで及んだわ」

「……ああ、そう言や聞いたことはあるな。確か、ガザーブ地方が魔物の大群に襲われたときに、助けに入ったんだっけ?」

 他ならぬ、その当時を体験した平塚先生からその話を聞いたことがある。ガザーブの防衛線が維持できず、ガザーブの村まで魔物がなだれ込んできた時にオルテガが現れてガザーブの村を救ったと。

「それを知っているのなら……いえ、それなら話が早いわね。その後、オルテガは遅れてきたハヤマ自由騎士団と合流して、残った魔物を一掃し、そのままシャンパーニュの塔に攻め込んで見事魔物の幹部を打倒したの。そのお蔭でロマリアは魔物の脅威から救われたと言われているわ。魔王の影響で魔物の動きが活発なままだから、シャンパーニュ地方の開発は結局立ち消えになってしまったのだけれど、もしオルテガの活躍が無ければガザーブは壊滅して、ロマリアはノアニール地方とも分断され、相当悪い状況になっていた筈よ。だから、ロマリアにはオルテガ様に感謝こそすれ恨む人なんていないわ。それに、オルテガ様もアリアハンを封印する懸念は分かっていて、ロマリア国王に事前に話しに行ったそうだしね」

「ふぅん、まあ、事前に対策が取れたのなら問題は無い…のか?」

「伝聞だけど、多少の混乱はあったものの、それなりにスムーズに移行できたらしいわ。実際に封鎖される前に動けたのが良かったみたいね」

「ふぅん、じゃあアリアハンと交易を再開する必要って無かったりするのか?」

「そんなに単純な問題じゃないから、必要が無いことは無いわ。ただ、封印以前のような状態には戻れないでしょうね」

 そんな会話をしながら道を進む。牧場地域の半分くらい来たところで、ふと疑問に思っていたことを訊ねた。

「そう言えば、やけに騎士が多いな。いや、この辺は城壁で守られてないから当然かもしれないが。それとも、アリアハンが平和だったからそう見えるだけか?」

 先ほどから何度か騎士とすれ違っている。城壁で守られていないから騎士は必要なのは分かるが。

「そうね、半分正解と言った処かしら」

「半分?」

「実際に、ロマリアは騎士が多いことで有名なの。文化が発達していたこともあって、生産職以外に付く人が多かったのよ。アリアハンの封印で多少は見直しがあったとは思うけど、10年程度で体制が簡単に変わったりはしないでしょうね」

「ふぅん、なんでそんなに騎士が多いんだろうな」

「あのハヤマ自由騎士団の本拠地がある国だもの。騎士に憧れる人が多いのは当然ね」

「ハヤマ自由騎士団?」

 そう言えば、さっき糞オヤジの話の中でチラッと出てきたような……

 雪乃は一瞬呆れた顔をした後、小さく首を振って続けた。

「……そうね、アリアハンではあまり有名ではない話だものね。比企谷君、あなた、アリアハンの葉山家は知ってる?」

「あー、アリアハンの内部調停役の貴族だろ」

 かなりの有力貴族の筈…って、葉山家ってそもそも雪乃が許婚にさせられていた所だろ。

「今から200年ほど前、ロマリアは当時『ローマ帝国』と言う国名で、領土の拡大のための戦争に明け暮れていたの。アッサラームまで版図を広げて、ポルトガ、イシスとは常に緊張状態だったと言う話よ」

「へー」

 適当に返しながら、内心でかつて人間同士が争っていたと言う事実に毒づいていた。

 今でこそ魔物と言う共通の敵がいるため国家間の抗争はないが、魔物の居ない頃は人同士で争っていたわけだ。他人より楽をしたい、他人より贅沢をしたい、それは人間の本能のようなものだ。幸福がすべての人間に行き渡らない以上、いや行き渡っても他人よりも欲する人間がいる以上、争いは無くならない。

 だったら魔物が居て各国が共闘している世界の方が平和なんじゃなかろうか?やはり俺の魔王退治は間違っている。

 ……いや、勝者の出ない殴り合いなんて疲弊していく一方だから、どこかで止めなきゃいけないことくらいは分かってるんだけどな。

「その上、ローマ帝国内では内部抗争も起こっていて、当時の帝王はそれから目を背けさせるためにも他国へ戦争を仕掛けてそちらに目を向けさせようとしていたの。けれど、それでもどうにもならないくらい国内も荒れていたわ。民に対して非道なことも相当やられていた、と言う話よ」

「……何のための国なんだか」

 過去の話にあれこれ言っても仕方がないが、国が民を守らずに虐げるとか、もう末期もいい所だ。

「ここで、アリアハンの葉山家が関わってくるんだけど、当時アリアハンはローマ帝国と比べて平和だったの。無論、ローマ帝国が旅人の扉を利用して攻め込んでくる恐れはあったけど、そもそもそうなったら最悪旅人の扉を封印してしまえばいいだけだしね。ローマ帝国もそれを分かっていたからアリアハンに攻め込むような真似はしていなかったわ」

「当時、葉山家には武に優れた兄と文に優れた弟が居て、武に優れた兄が抗争で荒れているローマ帝国に干渉するべきだと主張したの。例え他国のことだとしても、民が虐げられていることを放置しているのは、義に反する、とね」

「内政干渉の方が義に反すると思わないでもないが……国民が犠牲になっているんだったらそう言って切り捨てていい話でもないか」

「そうね。ただ、当時から葉山家は内政の調停役をやっていたから、兄の言い分は認められなくて……結局、家の争いに負けた兄は自分の理念に賛同するものだけを引き連れてロマリアに渡っていったの」

「その度胸は買うが、一歩間違えればアリアハンがヤバイ立場になっていた話じゃないか、それ」

 軍隊引き連れて内政干渉とか、侵略を疑われるレベルだぞ。

「そうね。けれど、結果的に彼らはロマリアの地で活躍したわ。どのようにして知り合ったのかは記録に残されていないのだけれども、現ロマリアの初代国王、ロマリア一世に見いだされた葉山達の集団は、ロマリア一世の元、戦争終結に向けて協力し続けて、その結果、ローマ帝国はなくなり新たにロマリアが建国されたの。ロマリアの建国は当時の戦争の相手であるイシス、ポルトガにも関わりのあることで、その功績をもって葉山達は3カ国の共同声明の元、自由騎士団に任命されたわ。本拠地こそロマリアに置かれているけど、ハヤマ自由騎士団はまたロマリアが暴走して戦争を始めない様に監視する役割も負っているのよ」

「なるほどなぁ…って、元々何の話だっけか?」

 やけに長い話になってしまったが、なぜロマリアの歴史の話をしていたんだっけ?

「なぜ騎士が多いのかと言う話よ。自由騎士団はその後も国を渡って活躍し続け、その結果、騎士は憧れの的になり騎士を志す者が増えたの。尤も、ハヤマ自由騎士団に入団するのは特殊な条件が要るらしくて、一筋縄ではいかないと言われているのだけれどもね。そんなこともあって、ロマリアの貴族の子女は騎士養成学校に通うのが定例となっているわ」

 全員が騎士になる訳ではないのだけれどね、そう付け加えながら、雪乃は話を締めくくった。なるほど、騎士が多くなる訳だ。

 同時にアリアハンでハヤマ自由騎士団が知られていないことも理解できた。家の派閥争いに負けた連中が海外で成功するとか、そら本家としては面白い話ではないわな。葉山家は有力貴族だから、周囲が気遣って話を広めなかったのだろう。

 そんな話をしている内に、牧場地帯を通り抜けて街の入り口までやってきていた。高い外壁が街を囲んでおり、その向こうにはレンガ造りの家々が立ち並んでいる。いざと言う時の守りにも備えられた、かなり立派な町並みだ。門の所にも騎士がいたが、詰所にいた騎士から話は聞いていたのかすんなり通されて街に入ることができた。

 主要道だからか道が広く、様々な露店が並び、野菜やら果物やらの売り込みをしている。一方で、ジャグリングなどの芸を披露するものもいて、足を止めた観客たちが楽しそうに騒いでいる。喧騒の絶えない町並みか……ぼっちには厳しい環境だな。

「比企谷君、これからどうするの?」

「もう遅いから、まずは宿を探すとして……まあ、このまま大通りを歩いていけばどこかにはあるだろ」

 キョロキョロと物珍しそうに周囲を見渡している雪乃に聞かれて、簡潔に答える。もう時間は夕方に差し掛かっている。ロマリア城を訪ねるのは明日だな。

 不意に馬の嘶きが聞こえてきた。通りの先を見ると、荷馬車が物凄いスピードでこちら側に走ってきている。いくら道が広いからと言って、町中で出す様なスピードではない。

「何かしら、あれ。街中でこんなスピード出すだなんて、非常識だと思うのだけれど」

「そうだな。でも、その割には周りは落ち着いてんな」

 車道側を歩いていた人が道の端に移動したり、顔を顰めている人もいないではないが、暴走馬車に怯えている様子は無い。恐らく、よくあることなのだろう。その馬車は眺めている俺達の横を猛スピードで通り過ぎて行った。あーあー、あんなに鞭を入れられて、馬も可哀想に。

 それからもうしばらくして、もう一台の馬車が後を追うようにこちら側に走ってきた。まったく、なんでこんなに焦るのかね。日が暮れる前に戻って来いとか指示でも受けてんのか。

 何となく足を止めて馬車を眺めていると、不意に脇道から「キャンキャン」と子犬が吠えるような鳴き声が聞こえてきた。振り向くと、子犬――いや、小型犬か。小型犬が脇道からこちらに向けて突進する様に走ってきている。首輪にリードがしてある所を見るに、飼い犬なのだろう。……ペットを飼うとか、平民には荷が重いから貴族か商家と言った処か。

 しかし、リードは地面に垂れており、リードの先に居るべき筈の飼い主の姿が無い。犬が来た先を見ると、桃色の髪の少女が「サブレ、待ってー!」と言いながら慌てふためいた体で犬を追って走って来ていた。おいおい、飼い犬の世話くらいはしっかりしろよ。

 その犬はそのまままっすぐに雪乃の方に向かっていった。いや、ただ単に犬の行く先に偶々雪乃が居ただけだが。このまま犬が走っていくと車道に出て危険だが、あのサイズの犬なら雪乃が止めるだろ。

 そんなことを考えながら見ていたら、犬が自分の方に向かってきていることに気付いた雪乃が怯えたように「きゃっ」と小さな悲鳴を上げて飛びのいた。って、避けるのかよ。何、犬苦手だったの?

 犬はそのまま雪乃の隣を通り過ぎて車道に出てしまった。そして、タイミング悪く、そのすぐそばまで猛スピードを出した荷馬車が迫って来ていた。さらに悪いことに馬が嘶きを上げたため、それに驚いた犬がビックリしてその場に硬直してしまう。

「サブレっ!」

 飼い主らしき少女から、悲鳴が上がる。雪乃ははっとした顔で先ほど自分が避けてしまった犬の方に手を伸ばしたが、それでどうなるものでもない。

 ――これは、俺達には関係のないことだ。飼い主がしっかりしていなかったから犬を危険な目に合わせただけ。確かに、雪乃が避けていなかったら犬は車道に出なかった可能性もあるが、犬が苦手な者くらいたくさんいるだろう。つまり、この事態はどこまで行ってもあの飼い主の少女の責任であり、ただその場に居合わせた俺達には何の責任もないことだ。

 だが――

 少女の絶望の滲んだ悲鳴が脳裏を過り、続いて、はっとした顔で焦った様に手を伸ばす雪乃の姿が浮かんだ。

 ペットを失った少女は嘆き悲しむのだろうか、犬を救えなかった雪乃は自分のせいだと悔んだりしないだろうか――

「比企谷君っ!?」

 

 次の瞬間、俺はほとんど反射的に両足の闘気を爆発させて車道に飛び出していた。

 




ついに新ヒロイン登場。名前はまだ出ていませんが。
なお、雪乃は世界の歴史や文化に対する教養は人並み外れて高いです。外交、貿易を主とする雪ノ下家はその辺の書物が豊富で、引き籠らされていた雪乃はそれらの書物を一通り目を通しています。


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15話

 

 ドンッ、と大きな音が響き、反射的に「比企谷君っ!」と振り向きた時には、ほとんど既に終わっていた。

 振り向いた私の視界の端に何かの影が通り過ぎ――次の瞬間には、通りの向かいから破砕音が聞こえてきた。

 慌ててもう一度振り返りそちらを見ると、なぜか、比企谷君が先ほどの小型犬を抱いて露店の籠に背中から突っ込んだ姿勢で倒れていた。

(一体、何があったの…?)

 ――状況から推測することは容易だ。比企谷君はあの犬を救うために通りに飛び出し、そのまま勢いで向かいの露店の籠に衝突したのだろう。それは分かっても、納得できないこともある。

(今の比企谷君の動きは……?)

 視界の端に影が映っただけだから、断言はできない。だけど、比企谷君はあそこまでのスピードで動くことが出来ただろうか。

 ここまでの戦闘中、私は戦う比企谷君の姿をよく見ていた。いえ、それは比企谷君が自分の戦う所をよく観察する様に言ったからであって決して他意があった訳ではないのだけれども……とにかく、よく見ていたのだ。

 私では目で追うのがやっとだったのだけれど、それでも戦闘中の比企谷君のトップスピードはあそこまで早くは無かったと思う。彼は自分のできることを全て見せたと言っていた。今まで手を抜いていたとは思えない。

 何よりも、着地に失敗している。恐らく犬を救うのに必死だったのだとは思うのだけど、そんな所は初めて見た。分かることは、着地に失敗するほどの無茶をしたと言う事――

「サブレっ!」

 聞こえてきた声に思考を止める。見ると、先ほどの犬の飼い主の少女が比企谷君に駆け寄っている所だった。

(……あなたがしっかりとペットのことを見ていればこんなことには……)

 浮かびかけた嫌な考えを頭を振って追いやる。それは既に終わったことなのだから今気にしても仕方がないことだし、比企谷君もその件で少女を責めたりはしないだろう。

 そう、今優先すべきことは、無茶をした比企谷君が怪我を負っていないか確かめることだ。

 私は気を取り直して余計な思考を追いやると、先の少女に続く様に比企谷君の元へ駆け寄った。

 

 

 

 ****

 

 

 

 犬を抱いて露店の籠に背中から突っ込んだ姿勢で、俺は呆然と通りを見ていた。

 その犬は吠えられたり暴れたりしないのは助かっているが、のんきにハッハッと息を吐いてこちらの顔を舐めている。正直やめろと言って追い払ってやりたところだが、まだ碌に体を動かせないためされるがままだ。

 先ほどの暴走馬車の御者は何かが通り過ぎたことだけは察知出来たみたいで、当然ガシャンッと破砕音がしたこちらを見たが、俺と目が合うと怯えた様に顔を背け、慌てて先に行ってしまった。……おい、なんだその反応は?目が腐ってるからか。いや、残られて構われた方が鬱陶しいから別にいいんだが。

 しかし……

(やっちまった……)

 いや、犬を助けたことはどうでもいい。俺が勝手にやったことだ。だが、平塚先生から『禁じ手』と言われた技を使ってしまった。

 ……うん、禁じ手とか書くとなんか凄そうに聞こえるけど、単純に体の負担が大きいだけだからね?

 闘気の重ね掛け――それが、俺のどうしようもなくリスクが大きい奥の手だ。俺に闘気を武器に纏わせる才能が無いと理解した時に、何か別の方向からアプローチできないかと考えたものだ。闘気は身体能力を一時的に向上させることができる。なら、その状態でさらに闘気を用いて身体能力を上げることはできないのだろうか?と。

 言うまでもなく無茶である。闘気の発露自体が、そもそも火事場の馬鹿力的なもので、危機の状況に瀕した時に筋力のリミッターを外す行為なのだ。それだけでもかなり体に負担がかかるのに、それからさらに残りのリミッターを外そうと言う行為なのだから、ちょっと考えただけでもどれだけ危険なのか分かるだろう。

 初めて平塚先生との訓練の最中にこれを使ったとき、俺は遥かに各上であった平塚先生に匹敵するくらいのスピードを出したが、直後に両足が動かなくなり倒れた。後でこれの説明をしたら、平塚先生に滅茶苦茶怒られて二度と使うなと厳命されたのだ。

 ……まぁ、こっそり訓練して、なんとか準備万端な状態(体を十分に温めた上で膝のバネを十分に効かせられる状態)なら、行動不能にならなくなる程度にはすることはできたのだが、負担が大きすぎる為か一度やってしまうとしばらく闘気が使えなくなる上、失敗した時のリスクが大きすぎるからやはり自分的にも基本的に使わないことにはしていた。

 それを咄嗟に使ってしまった。いや、使わなければ間に合わなかったんだが……それでも、久しぶりに使ったせいか想像以上のスピードが出て、犬を捕まえるのがやっとだった。突っ込んだ先に露店の籠があったのは正直幸運だった。あのスピードで背中から固い石畳に激突してたらと思うと、正直冷汗が出てくる。――この後の露店への弁償額を考えても冷汗がでるけどな。

 って、いい加減他所事考えるのも限界だな。今は足の感覚がなくなっているが、間違いなくヤバイことになっている。あー、なんとかこのまま痛みが無いまま終わってくれないもんかね。

「サブレっ!」

 そんな風に現実逃避していることろに、そんな少女の声が聞こえてきた。この犬の飼い主の少女がこちらに駆け寄ってきたのだ。それに気付いた犬が俺の腕から出て飼い主の元に向かっていく。ふう、ようやく解放された。なんであんなに人懐っこいんだよ。

「サブレ……良かった。ごめんね」

 少女は目の端に涙を浮かべながら、飼い犬を抱き上げた。それから、慌てたように俺に向き直る。

「あ、あの、サブレを助けてくれて、ありがとうございます!」

「別に礼を言われる様なことじゃねえよ。俺が勝手にしたことだ」

 実際、目の前の少女(と言っても、同い年くらいだろうが)ためにした事ではない。礼を言われる筋合いなどどこにもない。

「で、でも、あの……」

 それでも納得行かないのか、何か少女が言い淀んでいる所に、遅れて雪乃もやって来た。そのまま隣の少女を無視して俺の方に駆け寄ってくる。って、マズイ!回復魔法を掛けるつもりか!?

「比企谷君、今ホイミを…」

「いや、それは止めてくれ!ちゃんと事情がある」

「え?…ええ、分かったわ」

 俺の言葉が必死だったからか、戸惑うように手を下げた雪乃にほっとする。俺の想像が正しければ、これはベホマならともかくホイミなら逆効果になる症状だ。べホイミなら大丈夫な可能性はあるが、雪乃は使えない上に確証がもてないからやはり止めておきたい。

「…って、あんた、店の品物に何してくれてんだ!?」

 そこで、事の成り行きについて来れずに呆然としていた店主が我に返って声を上げてきた。

 

 

 

 自分も払うと主張する少女の言葉を丁重に断って、雪乃に弁償を頼む。幸い直ぐに閉店する予定だったこともあり、それほど大きな金額にはならなかった。犬の飼い主の少女もその店主に事情を話し「由比ヶ浜の嬢ちゃんが言われるんなら」と原価分だけに値下げしてもらったことも大きい。つか、こいつ、なんでまだ居るの?

 雪乃と犬の飼い主が店主と交渉している中、俺は感覚が戻り激痛を訴えてきた両足を無視し、佩いていた剣を鞘ごと抜いて杖代わりにして何とか体を起こしていた。両足を地に付いているだけで激痛が走るため、剣に体重を預けていないと立っていることもままならない。あー、これは両足とも筋肉をやっちゃってるな。骨にヒビも入っているかも。ホイミを使わなくて正解だった。

 ――初めてこの技を使った時のことだ。俺は医者に通い一周間両足を使う事を禁止された。まぁ、両足とも肉離れと言う結構洒落にならん状況だったから仕方が無いのだが(むしろ一周間で治るのも魔法の治療ありきなのだが)、この時に平塚先生と医者の両名から説明された。

 肉離れのような体の内部で発生する症状をホイミで完治仕切れずに中途半端に治してしまうと、完治した際に違和感が残る危険があると言うことだ。日常生活には支障のない程度らしいが、戦闘職にとっては致命的な問題になりうる。特に俺の場合は機動力に重点を置いて鍛えていたから、両足に違和感が残るのはまさに死活問題と言えた。

 それならベホマで治せばいいじゃないかと思えるが、アリアハンでベホマのような高位回復魔法が使える程の人物はあらゆる魔法のエキスパートである陽乃さんしかいないのだ。ダメもとで頼んだところ「松葉杖ついてる比企谷君の姿が面白いから嫌♪」と極上の笑顔で断られた。見惚れる程可愛かったけど、絶対サドだろ、この人。

 因みに、ホイミがダメなのになぜ魔法の治療が可能かと言うと、医者は人の治癒力のみを高める特殊なホイミが使えるからだ。他にも風邪ひいた時とかも通常のホイミはマズイみたいで、免疫力だけを高めるキアリーとかもあるらしい。

 と言う訳で、この街にベホマの使い手が居なければ最低一週間の拘束は決定である。松葉杖を突きながらでもそれなりに動ける自信はあるが、当然だが戦闘は無理だ。ま、実際ベホマの使い手が居たとしても、ベホマによる治療は法外な値段を請求されるから、一周間滞在することを考慮しても安い宿を探せば普通に治療した方が安くつくんだけどな。

 しかし、最大の問題は――ここからどうやって移動するかと言う事だ。これ以上店に迷惑を掛ける訳にはいかんから立ち上がったけど、鞘を杖変わりにしているとはいえ立っているだけでも相当キツイ。これで歩いて移動とかマジ無理なんだけど、雪乃の力で俺を支えられるわけないし、となると誰かに医者呼んでもらって担架で運んでもらうしかないのだか……初めて訪れる街でそれやるとか、かなり無理ゲーじゃね?

 と、話が終わったのか、店主はバラバラになった籠と残っていた中身を大雑把に回収すると『じゃ、兄ちゃんも気を付けなよ』と一言残して店じまいして去って行った。

「……比企谷君、終わったわよ」

「あ、あの、ホントにすみません。あたしのせいで」

 入れ替わるようにお金の支払いを終えた雪乃と、犬を抱き上げたままの飼い主の少女が俺に話しかけてきた。

「雪乃、悪かったな。無駄な出費させて」

「仲間なら共有財産なのでしょう?なら、謝罪されるようなことではないわ」

「あー、最初に言った時の事か。よく覚えてたな、そんなこと」

「えっと、あの……」

 所在なさげに困惑した顔でこちらの反応を待っている飼い主の少女。別に無視している訳ではないが、特に言う事もないんだが。むしろ俺達に付き合ってここに残っているのが不思議なくらいなんだが。

 改めて少女の姿を観察する。肩まで届く桃色の髪で、片側だけを短く括っていう。顔は結構整っていて、雪乃程の整った美貌ではないが、目が大きく可愛らしい印象を受ける。困った様子で此方を窺っている様子はどこか小動物…ってか、犬っぽい。

 着ている服はパッと見で仕立てが良いと分かるもので、結構胸元をラフにしているから大変眼福…もとい、視線に困る。つか、抱いている犬の頭に二つの大きなお山が乗っているんだけどいいんでしょうか?……いや、そこ変われとか考えてないから。

 顔立ちが整っていて、仕立ての良い服を着ていて、ペットを飼う余裕があって、先ほどの店主の「由比ヶ浜の嬢ちゃん」と言う言葉からさっするに、間違いなくこの近所に住んでいる貴族なのだろう。だからどうだと言う訳ではないけどな。むしろ貴族にかかわるとか御免被りたい。

 相手の様子から、本気でこちらのことを心配していることも、申し訳なく思っていることも、ペットを助けたことの感謝も感じられるが、それだけのことだ。

 繰り返しの説明になる意味も込めて、俺は呆れたように嘆息してから言ってやった。

「さっきも言ったけどな、その犬を助けたのはただの成り行きだ。俺がしたかったからしただけで、お前のためじゃない。だから礼も謝罪も必要ない。ま、店の人に事情を話してくれたのは助かったけどな。どうしても気になるんならそれでチャラだ」

 こんなことで恩を売った気にはなりたくない。彼女だからしたことではないことで、礼を言われる筋合いはない。

「……そうね、彼が勝手に露店の籠に突っ込んだだけなんだから、あなたが気にすることではないわ」

 少女から微妙に離れた場所で俺の言葉に続く雪乃。なんで微妙に距離取ってんの?……やっぱ犬が苦手なのか、コイツ。

「で、でも、あたしはサブレが助かって本当に嬉しかったし、それをしてくれた人にあたしがお礼をするのって、間違ってるの?」

 俺と雪乃の言葉に、少女は少しショックを受けたようにたじろいだが、ギュッと唇を強く結ぶと、少し強い調子で言い返してきた。

 少々意外な言葉ではあった。あそこまで言った以上、適当に言葉を濁して去っていくと思ったのだが。……まあ、別に意地張って否定する様な話でもないか。

「……なんだ。まあ、礼くらいは受け取っとく」

「うんっ」

 少女は何がそんなに嬉しいのか、ぱっと笑顔に変わって頷いた。その笑顔にどうにも居心地が悪くなり、俺は誤魔化す様に顔を背けて雪乃に話を振った。

「雪乃、悪いけど医者を探してきて貰えないか?いや、なんなら宿屋でもいい。店員に事情話して金を渡せば運んで貰えるだろ」

 正直、世間に疎い雪乃一人で街を探索させるのは不安しかないが、もう時間も遅い。完全に日が暮れたらそれすらもままならないだろう。

「……剣を杖代わりにしていたから気になっていたのだけれど、そんなに酷いのかしら?」

「同じことやったことあるからな。多分、両足とも肉離れしてる」

 俺の言葉に、雪乃は一瞬驚いたように顔を歪めた。……あれ?もしかして誤解させたか?さっきの言葉じゃ以前も何かを助けるために無理をしたことがあるって思われそうだし。

「おい…」

「何をしたのかは後日聞かせて貰うとして、その……私が支えれば移動できるのではないかしら?いえ、本当はあなたに触れることには抵抗があるのだけど、以前私が倒れそうになった時も支えてくれたのだから、それくらいなら……」

 俺の言葉に被せて雪乃がそんな提案をしてくる。若干顔が赤いが、そんなに抵抗があるなら無理に提案せんでも…どうせ無理だし。

「悪い、足ほとんど動かせねぇから、支えてもらった程度じゃ無理だ。お前非力だし」

 これが逆の立場だったらこいつを抱えて移動するくらい訳ないが、雪乃の力ではそもそも支えるのも無理だ。俺が凭れ掛かったら一緒に倒れるのがオチだ。

「……そう。それなら、仕方がないかしらね」

「あ、あの!」

 雪乃が残念そうに嘆息したのと同時に、先ほどからこちらのやり取りを見ていたペットの飼い主の少女が声を上げた。

「そんなに酷い怪我だったら、何日かはここに居なきゃいけないんだよね?」

「あ、ああ。完治まで1週間は掛かるだろうな」

 俺の言葉に少女は小さく頷いて「うん、だったら…」と口の中でなにやらもごもご呟いた。と言うか、礼も終わったし、なぜまだここに居るのだろう?あ、いや待て、こいつに病院か宿屋の場所を聞けばいいのか。

「なあ…」

「あの!」

 言い掛けた俺の言葉がまた被せられる。なんなの?ぼっちには発言権が無いの?

「良かったら、あたしの家に来ませんか!?」

 え?何?出合ったばかりの男を自分家に誘うとか、こいつビッチなの?

「えと、空き部屋ならたくさんあるから、二人くらい泊めることはできるし、サブレ助けてくれたお礼もちゃんとしたいし、ママもそれなら分かってくれるし……あ、お医者さんも呼べるから!」

「いや礼なら…」

「こ、言葉だけだし!ちゃんとお礼したいから!」

 またも食い気味で被せてくる。と思ったら、今度はこちらの顔を窺うように上目遣いをしてきた。

「……お礼、受け取ってくれるんだよね?」

「う……」

 その態度に思わず言葉につまる。いや、屈んだことで余計に目立った大きな胸に圧倒されたとかじゃないから。思わず凝視しかけちゃったけど。なんか隣で雪乃が「くっ」とか言ってるけどそっちはスルーする。

 本来なら、そこまでされる義理はないと言って断りたいところだが、それはこいつのペットに対する思いをその程度ではないと勝手に決めつけてしまう事になる。それはさすがにできない。かと言って迷惑だと切って捨てるのもな……

 意見を求めるように雪乃に視線をやると、彼女は諦めたように嘆息して頷いた。……ま、仕方が無いか。

「分かった。そう言う事なら世話になる」

「ホント!?じゃあ、早速案内するからっ」

 俺の言葉に、少女の不安そうな顔が一転笑顔になる。本当にコロコロとよく表情が変わるな。礼ができるだけでこれだけ喜べるとか……きっと、性根が優しい少女なのだろう。それから、少女は「あっ」と声を上げて慌てて頭を下げてきた。

「ごめんなさい、自己紹介がまだだったよね。あたし、由比ヶ浜結衣って言います。よろしくね」

「あ、ああ。俺は比企谷八幡だ」

「私は雪ノし……雪乃よ」

 少女、改めて由比ヶ浜の勢いに気圧される様に思わず名乗り返す俺と雪乃。由比ヶ浜は雪乃の名乗りに一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに気を取り直したように笑顔でになった。……苗字を聞かれたくないと察せられる程度には気を遣えるのだろう。雪乃が貴族であることくらいは風貌を見れば簡単に察せられるからな。

「比企谷八幡に雪乃か……じゃあよろしくね、ヒッキー、ゆきのん」

「「は?」」

 頭の悪そうな呼び名に、俺と雪乃の声がハモる。え?なに?ヒッキーって俺の事か?引きこもりって言いたいの?

「え?比企谷だからヒッキーで雪乃だからゆきのんなんだけど…ダメだった?」

「うっ……」

 あまりに不安そうに聞いてきて、言葉に詰まる。こ、断り辛え……どうせ短い付き合いだろうし、気にするほどのことじゃないか。

「あー、わかった。好きに呼べよ」

「……そうね。構わないわ」

 雪乃もちょっとした葛藤があったみたいだが、俺が認めたこともあって諦めたようだ。

「うんっ。よろしくねっ、ヒッキー、ゆきのん。あたしのことは結衣でいいから」

 それだけのことで、由比ヶ浜は本当に嬉しそうな笑顔になった。ころころ表情が変わるところといい、人懐っこい気安い性格と言い、さぞ周りから愛されてきたのだろう。うん、なんと言うか、俺や雪乃と違ってリア充っぽい。

「ま、よろしくな、由比ヶ浜」

「よろしくね、由比ヶ浜さん」

「二人とも他人行儀だ!結衣でいいって言ったのに」

 いや、実際他人だし。そこでショックを受ける理由が分からん。

「それじゃあ、早速案内するね」

「待て待て、俺動けないんだけど」

 由比ヶ浜はすぐに気を取り直して、自然に俺の手を取ろうとして来たので、慌てて遮った。俺今両手とも剣で体支えてて塞がってるから。と言うか、ナチュラルに距離詰めてくるとか勘違いしそになるんで止めて欲しいんだけど。

「そうね、出来れば人を呼んできて貰えないかしら。後、担架のような物があると助かるのだけれども」

 雪乃が少し焦ったように割って入って来てフォローする。って、お前も近えよ!対抗してんの?

「え?う~ん、でも直ぐ近くだし、メイドさんも帰っちゃってる時間だし……」

 由比ヶ浜はしばらく考えこんだ後、良いことを思いついたと顔を上げた。

「じゃあ、あたしとゆきのんで支えて行こう?それなら大丈夫だよね」

「「は?」」

 本日二度目のハモりである。いや、何が大丈夫だと言うのか?

「ヒッキー、ちょっといい?」

 由比ヶ浜は抱えていたペットを下ろしてリードを右手首に通すと、俺が答える前に俺の右隣に来ていきなり俺の肩を支えきた。いや、近いし!つか、体こっちに向けてるから当たってるから!?

「ちょっ……」

「ほら、ゆきのんは反対側お願い」

 俺の抗議の声を遮って、由比ヶ浜は雪乃に呼びかけた。先ほどから俺の発言無視され過ぎじゃないですかねえ…

「え?ええ……ではなくて、由比ヶ浜さん、それはその……」

 雪乃も珍しく状況に付いていけずにおろおろとしている。あ、もしかしたら自由になった犬が怖いのかもな。さっきから足元をちょこまか動き回って普通に邪魔だし。

「大丈夫だよ。あたし、こう見えても騎士見習いだから、それなりに鍛えてるし」

 そうなのか、意外……でもないな。ロマリアの貴族の子女は騎士養成学校に通うのが定例だとか雪乃も言ってたし。多分、その程度の理由で騎士養成学校に通っているのだろう。

「あ、ゆきのんが無理そうなら、何ならあたし一人で背負って……」

「そうね、こちら側は私が支えるわ」

 何故か急にやる気になって俺の左側に寄り添ってくる雪乃。って、なんで急にやる気になってるの?!……こっちは当たらないな。

「……比企谷君?」

「いや、何でもないですよ?」

 途端に絶対零度の視線で睨まれて思わず敬語になる。……なんでこう言う事ばかりやたらと鋭いのか。

「あ、ヒッキーも大丈夫なんだね。それじゃ、行こっか。あの道をまっすぐ行けばすぐだから」

 俺の言葉を絶妙に勘違いした由比ヶ浜がそう言って促した。さっきまで遮られてばっかりだったのに、なんでこんな時だけ都合のいい様に解釈されて伝わるのか。やはり俺のコミュニケーションは間違っている。

 ……と言うか、肩支えられても結局足を使わなきゃならんからキツイことには変わりないんだが。分かってるのか、この二人は?そりゃ、少しは楽になるけど。

「じゃあ行こう、ヒッキー、ゆきのん」

「そうね、行きましょうか」

 が、その気になっている二人の空気に今更水を差せる訳が無った。

(……ま、痛みには慣れてるから我慢できないことでもないしな)

 キャンキャンとのんきに吠えてチョロチョロ走り回っている犬(サブレだっけ?)を、少しだけ恨みがましい視線で一瞥してから、俺は覚悟を決めて足を進めた。

 




ようやく由比ヶ浜が登場。
怪我の治療に関してかなり強引な理屈にしましたが、あまり突っ込まないで頂けると助かります。
いや、怪我で入院とかしても『魔法で治せば?』になるし…


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16話

 豪華なシャンデリアが照らす謁見の間。

 ここで、俺は勇者としてロマリア王に謁見していた。

「……ふむ、何と言うか、今時の勇者は随分珍しい格好でやってくるのだな」

「不作法でスミマセン」

 困惑しきったロマリア王の言葉に、俺は『足を宙に浮かせたまま』頭を下げる。つか、今時の勇者ってなんだよ?

 隣で王に対する礼として片膝を付いた雪乃が、こちらにだけ見えるようにこっそりと嘆息する。いや、今の状況がおかしいのは分かるが、この場合は仕方が無いだろ?

 普段よりも少し高い位置から雪乃を見下ろしながら、俺は体の両脇を支えている『松葉杖』に視線を落としてなぜこんな状況になったのか思い返していた。

 

 

 

 由比ヶ浜の家……と言うか屋敷に案内された後。

 そのまま客室のベッドまで案内されて、遅い時間だと言うのに医者まで呼んでもらい診察してもらった。

 結果は予想した通り両足ともに肉離れ。どうやったら両足同時に肉離れなんてできるんだと少し呆れられた。それから、由比ヶ浜と由比ヶ浜の母親の勧めもあり、俺と雪乃は俺の両足が完治するまで由比ヶ浜の家に世話になることが決まったのだった。

 ……と、まあそこまではまだ良かったのだが、問題はロマリア王との謁見の事だった。

 俺と雪乃がこの街に来たことは、詰所に居た騎士が馬を走らせたのだからもう聞き及んでいるだろう。まあ、城まで時間はかかるし、今日はロマリア王との謁見に行かなくても大丈夫だろう。しかし、明日はどうだろうか?

 当然のことながら、相手は俺がこの短い期間に大怪我を負って不自由になったことを知らない。怪我が治ってからゆっくりに挨拶に行く、なんてことをやれば勇者が消えたとして騒ぎになりかねない。一応、勇者はその国で活動することを報告するために一度は謁見する義務があるからな。マジで面倒なんだけど、これ。

 かと言ってわざわざ『怪我をしたから謁見はまた今度でお願いします』と城に連絡するのも気が引ける。街中で怪我をする勇者とか大丈夫なん?とか思われること間違いなしだ。

 幸いと言うとあれだが、俺は松葉杖だけで移動する技術を持っている。以前、やらかした時に平塚先生の指導の下で身に付けさせられたのだ。松葉杖だけで体を全部支えてまったく地に足を付かずに移動する訓練とか、マジで頭おかしい。いや、良い腕力の訓練になったしバランス感覚も良くなったから役に立ったけどな。

 ロマリア王に俺が城下町に来たことを知られている以上、とりあえず連絡もせずに黙って怪我が治るまで放置するのは不味い。だが、怪我をしたため完治まで先延ばしすると連絡を入れると普通に侮られるだろう。今の俺の状態を見られても「大丈夫かこいつ?」とか思われるだろうが、結果として同じならさっさと済ませたい。

 そう言う訳で、俺は城の付近まで行く待合馬車を由比ヶ浜に教えてもらい、何かしでかした時のフォローが期待できる貴族の礼儀作法バッチリの雪乃を連れて、松葉杖を突いてロマリア王に謁見することにしたのだ。

 

 

 

「と、とにかくよくぞ封印を解いてくれた、偉大なるオルテガの息子、比企谷八幡よ!お主の訪問を歓迎しよう!」

 明らかに誤魔化す様に咳払いしてから、ロマリア王は強引に話を戻した。どうでもいいが、偉大なるオルテガとか言う枕詞って必要か?

「これで、いざないの洞窟の封印も解かれた。アリアハンとの国交も正常化するだろう」

「はぁ、どうも」

 あまりにどうでもいい言葉に、思わずおざなりな返事をしてしまう。その態度に反応した雪乃が俺を睨みつけてきた。

(比企谷君、いくら何でもその返事はどうなのかしら?)

(いや、でも、この程度でありがたき幸せとか、なんか違わんか?)

(あのような適当な返事をするのだったら、黙って頭を下げた方がマシよ)

 視線でそんな会話を交わす。……いや、想像だけど。そこまで以心伝心じゃねえし。でもまあ、俺の態度が雪乃のお気に召さないのは十分伝わった。

「ふむ、その格好と言い、中々面白い男のようだな」

 おい、なんかウケたんだけど。が、ロマリア王は急に渋い顔になった。

「じゃが、お主はこの国での実績はない。いざないの洞窟を抜けてやってきたことを鑑みれば勇者としての素質は十分だろうが、それだけでは勇者とは認められぬ」

「……一応、正式にアリアハンから認可は受けていますが」

 不敬にならない様に言葉を選びながら答える。この発言……アリアハンから出来損ない勇者とでも聞かされてるのか?まあ、勇者の認定自体は本物だから何を言われても気にはしないけどな。

「それは当然理解しておる。そこでじゃ、お主に頼みがある」

 ……頼みとか、なんか嫌な流れになってきたぞ。

「カンダタと名乗る盗賊が、この城からワシの金の冠を奪って逃げたのじゃ」

 はぁ、それは何とも間抜けな事態ですね。この城の騎士たちは何をやっていたんでしょうか?とか思ったが言わない。

「そこで、お主に頼みがある。カンダタから金の冠を取り返して貰えぬか?それができれば、お主を勇者として認めよう」

 なるほど、そう言うシナリオなのね。てか、あからさま過ぎだろ。……しかし、断る訳にもいかないか。

「今怪我してるんで、完治してからでもよければやりますよ」

 勇者として認められるとか糞どうでもいいが、今後ロマリアで活動することを考えると、国のトップに刃向うのは明らかに不味い。いくら勇者認定を受けているとは言っても所詮アリアハンだけの話だ。国境を自由に行き来する資格も、国王がその気になれば無効にするくらいは簡単だろう。

「うむ、それでよい。カンダタを追った騎士達の話では、ロマリアの街を出て北の方へ逃げて行ったそうだ。では頼んだぞ、比企谷八幡よ」

 そこまで追っておいて逃がすのかよ。無能すぎだろ、騎士達。……ま、事実だったら、だけどな。

 ロマリア王は最後に王様らしく、偉そうに俺と雪乃に向かって告げた。そこで謁見は終わりとなり、俺と雪乃は謁見の間から退出させられた。

 他に用事も無かったのですぐに城を出て、待合馬車の駅へと向かう道すがら、俺は雪乃に国王とのやり取りに付いて問いかけた。

「どう思った?」

「そうね、あなたの国王に対する礼儀がまるでなっていないことは分かったわ」

「そっちじゃねえよ」

 それは途中に睨まれた時に察していた。

「冗談…ではないのだけれど、言いたいことは分かってるわ。カンダタの話でしょう?」

「ああ」

「……あなたはあの話を、まさか事実だとは考えていないわよね?」

「当たり前だろ。いくら何でもタイミングが良すぎるし、話が出来過ぎだろ」

 俺の言葉に、雪乃は頷いた後で「それでも」と付け加えた。

「一応、話が本当であると考えられる根拠も無いわけではないのだけどもね」

「へえ?」

「金の冠と言えば国王の象徴でもある装飾具よ。それが盗まれたとなれば国の威信にも関わるわ。周囲に秘密にするために目立つわけにはいかないから、あまり大々的に騎士団を動かすことができない。そこで、秘密裏に問題を解決するために丁度都合よく現れたよそ者に依頼した、とも考えられるわ」

「ふむ……なるほどな」

 確かに、そう考えればそれほど変な話ではない。最初に盗まれた城勤めの騎士が間抜けだと言うことには変わらないけどな。

「で、結局雪乃はどう思うんだ?」

「本当である可能性は薄いわね。あたなたも言っていたけれど、タイミングが良すぎるわ。大方、新しく現れた勇者の腕試し、と言った処ではないかしら?」

「だよなぁ……」

 そりゃ、ぽっと出の若造に世界の命運を任せる気になれないことは分かる。だからと言ってそんな面倒な小芝居なんぞしなくても模擬戦の一つでもやらせればいいのに。今の状態じゃどっちにしろ出来んけどな。……ただまあ、それよりも気になることがある。と言うか、むしろこっちの方が大きいのだが。

 話の筋通りで行けば、俺はカンダタを盗賊……職業と混同しそうでややこしいな……とにかく、悪党だと思っていなくてはならない。悪党だから殺してもいいと簡単に言うつもりはないが、世間に害をなす悪人だと思っていれば、殺すのも辞さない覚悟で討伐に当たるのは当然だろう。

 つまり、このカンダタ役の相手は俺が本気で殺しに行っても自分が死ぬことはない、と考えているのだろう。まさかこんな小芝居に命を懸ける覚悟で挑むなんてことがある筈がない。それが意識してか無意識かは分からんけどな。

「……気に入らないな」

 別に侮られるのは構わない。自分が出来損ないと言う事は自分が一番よく知っている。ただ、そんな風に一方的に上から目線で見られるのは少々癇に障った。

「比企谷君?」

「ああ、いや、なんでもない」

 怪訝そうに聞き返してくる雪乃に、首を横に振ってこたえる。

 ……うん、冷静になると今の考え過ぎだから。それで「気に入らないな」とか呟くとか黒歴史が増えちゃったじゃねえか。ハチマン、反省。

「でも、カンダタを名乗らせるなんて、中々思い切ったことをしたわね」

「あん?お前何か知ってるのか?」

 聞き返すと、雪乃は少し意外そうな顔をした後、何かに納得したように続けた。うん、大方俺がカンダタを知らないことに驚きかけて一人で無理はないと納得したんだろう。雪乃の常識イコール世間の常識じゃないから。むしろ他国の有名人とか一々知っている方が非常識だから。

「ローマ帝国の末期に帝国を騒がせた……何と言えばいいのかしら、一応、義賊なのかしら?」

「なんでそこで疑問形なんだよ」

「……まあ、ローマ帝国を騒がせた盗賊団の首領の名前よ」

「なぜ義賊から言い直した?」

 聞き返すと、雪乃は楽しそうに微かに唇を歪めてクスリと微笑んだ。

「しばらくは由比ヶ浜さんのお屋敷に居候するのでしょう?貴族だけあって書物の揃いは中々だったわ。これを気に自分で調べてみるのもいいのではないかしら?サボリ谷君」

「おい、あまりぼっちを舐めるなよ。俺は読書は結構好きなんだぞ。他人と関わらなくて済むからな」

 あと、そんな見惚れるような笑顔を不意打ちでするのも止めてね?間違って惚れちゃいそうになるから。

「……悲しい理由だけど、否定できないわね」

 ぽつりと呟いて同意する雪乃。まあ、読書って究極のぼっち時間つぶしだしな。教養も深まるし、むしろ大勢でたむろしてウェイウェイ騒いでいる集団よりも余程有意義な時間の使い方だと言える。

「ま、一週間近くのんびりできることなんて中々ないしな。久々に読書とでも洒落込むとするか」

「……お礼とは言え、立場は居候なのだけれど」

「だからだろ、本読んでれば無駄に絡まれずに済む」

 お怪我の具合はどうですか、とか何か必要なものはありますか、とか一々聞かれても困るし。今読書中なんで、って言えば簡単に回避できるからな。

「あなたは本当にブレないわね……」

 俺の言葉に、雪乃は呆れたように額に手を当てて嘆息した。

 

 

 

 奇異の視線に晒されながら馬車に乗り(足付かずに松葉杖だけで歩く男なんて目立って当然だから仕方が無い)、日が傾きかけた頃に由比ヶ浜の屋敷に戻ってきた俺達は、居の一番に由比ヶ浜に出迎えられた。

「ヒッキー、ゆきのん、お帰りなさい」

「お、おう…た、ただいま?」

 どもりながらなんとか応えると、由比ヶ浜は嬉しそうに顔を輝かせた。

「うんっ。お帰り」

 ……なんか、こういうの気恥ずかしいんだが。

「ほら、ゆきのんも」

「え?あ、あの……ただいま」

「お帰り、ゆきのん!」

 おお、なんか由比ヶ浜から犬の尻尾がぶんぶん振られてる幻覚が見える……雪乃の奴も押されっぱなしだな。と言うか、いきなり出迎えられたんだが、もしかして待ってたの?

「二人とも、良かったら一緒にサブレの散歩にいかない?」

 なるほど、散歩に誘いたくてわざわざ待っていた訳か。まぁ、それは構わないんだが…

「……俺はこんな状態なんだが」

「あ……」

 松葉杖に視線を遣ると、由比ヶ浜がしまったと口を押え、慌てて頭を下げてきた。

「ご、ごめんなさいっ、あたしのせいで怪我したのに、考えなしで誘っちゃって……」

「ああ、いや。だからお前のせいじゃないし。ちょっと嫌味っぽい言い方だったな、こっちこそ悪かった」

 由比ヶ浜の謝罪の言葉に慌ててフォローする。こいつ、考え事が顔に出るから、謝られるとこちらの罪悪感が半端ない。

「で、でも……」

「あれだ。松葉杖で平然と動き回ってた俺が悪い。ま、なんだ。俺ならこの状態でも散歩くらいなら余裕だからな」

「え、じゃあ……」

 途端に嬉しそうに顔を輝かせる由比ヶ浜。やべ、失言だった。

「と言っても城に行って来て疲れてるから、今日は勘弁してくれ」

「そっか……うん、無理言ってごめんね」

 俺が断ると由比ヶ浜は少し寂しそうに笑った。……なぜ俺の態度にここまで一喜一憂するのか。なんか、勘違いしちゃいそうになるだろ。

「あー、俺の代わりに雪乃が付き合うらしいぞ」

 なんとなく気まずさを覚えた俺は、代わりに雪乃に話を振った。

「えっ?」

 心底意外そうにこちらを振り向く雪乃。あー、やっぱりこいつも断るつもりだったか……だが、雪乃の微妙な反応に気付かずに、由比ヶ浜は嬉しそうに雪乃に詰め寄った。

「ゆきのん、一緒に来てくれるの?」

「……ええと、それは、その……」

 なぜか助けを求めるようにこちらにチラチラと視線を向けてくる雪乃。ははっ、馬鹿め、この件では俺はむしろ由比ヶ浜側だ。

「雪乃、お前、犬が苦手なんだろ」

「……苦手ではないわ。ちょっと得意では無いだけよ」

 うん、それを苦手って言うんだからな?だからと言って見逃すつもりは毛頭ないけどな。

「ロマリア周辺にはアニマルゾンビって言う犬の腐った死体のようなモンスターが現れるんだが、それでも平気か?」

 ロマリアに来るのは俺も初めてだから見たことは無いが、肋骨とか内臓とか見えている分、見た目的には腐った死体よりもエグイと言う話だ。この話は雪乃にも効果覿面だったようで「え゛」とちょっと女の子が出してはいけないような声を出して顔をひきつらせた。

「そう言う魔物に遭遇する度に硬直して動けなくなるようじゃ困るんだけどな。まぁ、苦手なものは仕方が無いし、怯えるくらいなら構わんけど、恐怖で体が竦んで動けなくなるとか止めてくれよ」

「だ、だから別に苦手ではないと言っているでしょう?」

「そっか、じゃあ得意でないから普通レベルになるくらいには馴染んでおけ。いい機会だろ?まあ、怖くてどうしても無理だと言うのなら仕方が無いが……」

「馬鹿にしないで貰えるかしら。そうね、犬の散歩くらい余裕よ。任せなさい」 

 あっさりといつもの挑発に乗る雪乃。うん、本当チョロいな、こいつ。

「ヒッキー!いくらなんでもサブレとアニマルゾンビを一緒にするとか酷過ぎだし!」

 が、俺の言葉を聞いていた由比ヶ浜がぷりぷりと怒っていた。ま、雪乃と一緒に散歩に出て行った時にはご機嫌な笑顔になってたけどな。あと雪乃、たかだか犬の散歩に行くだけでそんな悲壮な決意に満ちた顔をするのはヤメレ。

 

 

 

「あら、ヒッキー君、お帰りさなさい」

 改めて玄関に入ったところで由比ヶ浜のママ、略して由比ヶ浜マに出迎えられた。……対して略してない上に上手くもないな。因みに、由比ヶ浜が俺と雪乃をヒッキーとゆきのんと紹介したおかげで、由比ヶ浜の母親にまでその呼び名が浸透してしまった。雪乃はゆきのんちゃんと呼ばれている。最初に呼ばれた時は顔を赤くしてプルプル震えていた。

「ごめんね~、うちの子がはしゃいじゃって。同年代の子たちと遊ぶのなんて久しぶりだったから」

 ……成人した16歳に向かって同年代の子と言うのはいかがなものだろうか。まぁ、母親からしてみれば子供なんだろうけど。しかし、由比ヶ浜が同年代と遊ぶのが久しぶりと言うのが少々意外だ。今の言葉のニュアンスは成人したから遊ばなくなった、と言う感じではなかったしな。

「あいつなら、仲の良い同年代の相手なんていくらでもいるでしょう?」

 あの人懐っこさは誰かと一緒に居ることに慣れている証拠だ。まあ、見た目も結構可愛い方だし、ぼっちの俺や雪乃と違って友達なんていくらでもいるだろ。

「ええ~、結衣は私に似て可愛いから~」

 ぽやっとした笑顔でうなずく由比ヶ浜マ(心の中ではそう呼ぶことにした。他に良い呼び方もないし)。さり気なく自分も可愛いアピール入っているが、子を通して言うと自慢や嫌味な感じがしないのが不思議だ。まぁ、この人の人徳的な部分もあるだろうけど。癒し系っぽいんだよな、この人。年齢的に俺の母親と変わらんくらいだろに、雰囲気的におばさんと呼べねえ。

 しかし、由比ヶ浜マは少し顔を曇らせて、困った様に続けた。

「でも、あの子にも色々あってね~」

「そうなんですか」

 言われてみれば思い当たる節はある。先ほどの由比ヶ浜は、出迎える速さから察するにこちらが帰ってくるまでわざわざ玄関付近に待機していたのだろう。人懐っこい性格とは言っても、やり過ぎな気がしないでもない。……俺の言葉にも過剰なくらい反応していたしな。なるほど、はしゃいでいると言う感じがする。

「ねえ、ヒッキー君」

 不意に、由比ヶ浜マは真面目な声で此方を見た。

「もし、結衣があなたに何か相談して来たら、力になって貰えないかしら?お礼で来てもらっているのに図々しいお願いだとは思うんだけど…」

 それは、真剣に子供を心配する母親の顔だった。……まあ、内容にも寄るが、別に無理に否定するような話ではない。正直、医者呼んでもらって一周間食事付きで居候させてもらうとか、お礼を貰い過ぎているようにも感じてたしな。

「まあ、あいつから言ってきたら、そん時は考えますよ」

「うんうん、それで十分よ~。ありがとうね、ヒッキー君」

 由比ヶ浜マは本当に嬉しそうに礼を言った。子供と同じくらい歳が離れているのに真面目だなと思うが、性格なのだろう。よく表情が変るところと言い、由比ヶ浜によく似ている。いや、あいつがこの母親に似たんだな。

「ああ、そうだ。俺からもお願いがあるんですけど……」

 雪乃に言われた宿題(カンダタのことな)を思い出して由比ヶ浜マに頼んだところ、快く了承してくれてローマ帝国の末期からロマリア建国に掛けての書物を、俺が使わせてもらっている客室まで使用人に運ばせてくれた。

 部屋に戻った俺は、ようやく松葉杖の移動から解放されてベッドに横になった。ある程度自由に動けるとは言っても、やはり松葉杖だけで歩行するのはそれなりにしんどいから、開放感があった。

 ベッドに寝そべりながら、先ほどの由比ヶ浜マの言葉を思い出す。

(しかし、由比ヶ浜にも色々ある、か……)

 勝手に能天気なリア充だと思っていたが、そんな簡単な話ではないらしい。

(ま、誰でも何かしら問題の一つや二つはもってるよな)

 そもそも、由比ヶ浜の性格なら城まで付き合っても不思議では無かった。そうなると、城に行きたくない理由でもあったのかもしれない。

(……そうだな。由比ヶ浜から相談してくるのなら、話を聞いてやるくらいは構わないか)

 力になれるかは保証できんが、まぁ、余裕があったらちょっとくらいなら力を貸してやってもいいしな。由比ヶ浜マにも頼まれたことだし。

 そんなことを考えながら、俺は雪乃からの宿題をこなすべく、時間潰しも兼ねて準備してもらった書物を手に取った。

 




後日舞台裏で詳細を説明するつもりですが、原作と違って由比ヶ浜は第4子で、上に兄が3人いる設定です。その3人の兄を作中に出すつもりはありませんが、話の都合上由比ヶ浜の相続権を低くしたかったのでそうなってます。
八幡は『年齢的に俺の母親と変わらんくらいだろに』とか言ってますが、実は八幡の母親よりも10歳近く年上だったりします。
(一子の八幡と4子の由比ヶ浜が同い年くらいなのだから当然ですが)


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16.5話

 由比ヶ浜さんから微妙に距離を取りながら、彼女の隣に付いて歩く。いえ、正確には由比ヶ浜さんではなく彼女の連れている犬からなのだけれども。

 比企谷君には得意では無いだけと強がったしまったのだけれど、本当は近づくだけでも抵抗がある。由比ヶ浜さんのペットのサブレは確かに人懐っこい無害な犬と言う事は理屈では分かっているのだけれども、どうしても犬に対する苦手意識から距離を取ろうとしてしまう。

 ……由比ヶ浜さんと一緒に比企谷君を支えて彼女の家まで歩いた時は、すぐ傍まで来ていても気にならなかったのだけれど……いえ、あの時は別のことで頭がいっぱいいっぱいになっていたから……べ、別に大したことは無かったのだけれども。

「も~、ゆきのん、そんなに警戒しなくてもいいのに」

「な、何の事かしら?私が一体何の警戒をする必要があると言うの?」

 私が強がってそう答えると、彼女は困ったように眉を下げて苦笑した。

「サブレは無暗に人に吠えたりしないよー。ちゃんと躾けてるから」

「……その割には、あの時は暴走していたみたいなのだけれど」

「う……ごめんなさい」

 私が思わず漏らした言葉に、途端に彼女は顔を曇らせてシュンとうなだれる。失敗したわ、非難するつもりなんてなかったのに、嫌味な言い方になってしまったわね。

「ごめんなさい。嫌味な言い方になってしまったわね。あなたを責めるつもりはなかったの」

「ううん、あれは私が悪かったから。……その、ちょっと悩んでいることがあって、ついリードを持つ手が緩んじゃって……ええと……」

 由比ヶ浜さんの声が尻すぼみにどんどん小さくなる。……悩みを思い出させてしまったのかもしれない。

「あなたに謝られる理由はないわ。だから、そのくらいにしておきなさい」

「……うん、ごめんね」

 少しキツイ言い方になってしまったせいか、由比ヶ浜さんがまた謝罪してきた。少し気まずい空気が流れる。……どう答えれば良かったのかしら?貴族の礼儀作法ばかり身に付けていても、こんな時にどんな風に声を掛ければいいのかさえ分からない自分の不甲斐なさが歯がゆく思える。

 が、私が何て声を掛ければいいのか、その答えを得るまでもなく、由比ヶ浜さんは一度頷いた後、笑顔に変わって言った。

「折角の散歩にこんな空気はダメだよね。そうだ!あたし、ゆきのんに聞きたいことがあったんだけど」

「何かしら?」

 彼女の方から話を振ってくれたことにほっとしつつ、私は訊き返した。……もしかしたら、由比ヶ浜さんは私が返答に困っていることを察して話を振ってくれたのかもしれない。まだ知り合ってから一日しか経っていないのだけど、彼女は心根の優しい周囲に気を遣える人物だと言うことは何となく感じていた。

「ゆきのんとヒッキーっていつから一緒に旅してるの?」

「そうね。まだ知り合ってから2週間くらいしか経ってないわ」

「えっ!?凄い最近だしっ!?」

 由比ヶ浜さんが驚きの声を上げた。……言われてみれば、まだ2週間しか経ってないのよね。

「そうなんだー……なんだか、凄い息合ってたし、もっと前から知り合いだと思ってた」

 ……他人から見ると、そんな風に見えるのかしら。そうね、その……悪い気分ではないわね。

「じゃ、じゃあ……」

 由比ヶ浜さんはそう言うと、少し俯いてチラリとこちらの顔色を窺うように視線を向けてきた。

「その、ヒッキーとはどんな関係なのかなー……なんて」

 ……なんでそんなことを聞きたがるのかしら。少しモヤモヤするわね。別にいいのだけれど。

「ただの旅の仲間ね」

 旅を始めたころと比べれば、それなりに親密になっているとは思うのだけど、私と比企谷君の関係を表す言葉としてはこのくらいしかない。

「『ただの』?」

「……ええ」

「そっかー……そうなんだー……」

 私の返事を聞いた由比ヶ浜さんは、少し嬉しそうにはにかんで小さく呟いていた。……彼女がどう思うのかは勝手なのだけれど、やはりモヤモヤするわね。何故かしら?

「ねっ、ゆきのんはヒッキーのこと、どう思う?」

「え?そ、そうね。何て言えばいいのかしら……」

 不意に訊かれて少し焦る。比企谷君のこと……確かに、彼との軽口の叩き合いは楽しいし、彼との旅も以前屋敷に籠っていた頃とは比較にならないほど充実している。でも、比企谷君をどう思うかとなると、それは明確な言葉に表すことは困難だった。

「ヒッキーって、カッコいいよね」

 が、私がはっきりと答える前に、由比ヶ浜さんの方から話してきた。助かりはしたけど、元々自分から語りたかったのかもしれない。

「あたしがうっかりしたせいで、サブレを放しちゃって……サブレが馬車に轢かれそうになって……あの時、もう駄目だと思った」

 由比ヶ浜さんはその時のことを思い出したのか、少し沈んだ声で言った。しかし、すぐに顔を輝かせた。

「でも、ヒッキーが助けてくれた」

 興奮したように顔を上気させて、子供の様に憧れに目を輝かせて彼女は続ける。

「聞いたら、新しい勇者様なんだって!あたし、勇者様に会えるなんて思ってなかったから、凄い興奮したっ!」

(ああ、そう言うことなの……)

 私はその言葉で、急に冷めたような感覚になった。

 ロマリアでの勇者オルテガの活躍は、下手をしたらアリアハンのそれを上回っているかもしれないくらいに有名だと聞いている。葉山自由騎士団に憧れて騎士を目指す者が多いことで強さに憧れる傾向が強いことも一因だろうが、実際にロマリアでの勇者オルテガの功績は計り知れない。彼の活躍が無ければガザーブ地方とノアニール地方は魔物によって滅ぼされていたと言われている程だ。

 だから、由比ヶ浜さんが勇者に会えたことで、ちょっとした有名人に会ったように興奮したことも無理はないと思う。……彼は、その事実をどう思うだろうか?

「やっぱり、勇者様って凄いね!」

「やめなさい」

 思ったよりも、強い語気で言葉が漏れて出た。由比ヶ浜さんが驚いたようにこちらを見る。私の声が強かったせいか、彼女の顔には怯えが浮かんでいる。他の事なら、単純に勇者に憧れているだけなら見過ごすことも出来た。だけど、今の言葉は許せなかった。

「比企谷君が凄いのは勇者だからでは無いわ。彼がその力を身に付けるべく、努力をした結果よ」

 私も以前同じ過ちを犯している。凄いのは勇者だからではない、その力を身に付けるべく鍛錬をしたことが凄いのだ。そんな当たり前のことを、私は迂闊にも失念してしまっていた。それを他ならぬ彼が教えてくれた。『出来損ない』『偽物』と呼ばれる彼が。

「え?」

 ショックを受けた……と言うよりは状況を理解できていない様子で聞き返す彼女に苛立ちを覚える。いえ、彼女は悪くないことは分かっている。世間のイメージでは、勇者だから凄いと言うことは間違ってはいない。だけど……

 この先を比企谷君に黙って由比ヶ浜さんに言っていいものか一瞬悩み――しかし、何も知らない彼女が比企谷君に迂闊なことを言って彼を傷つけることが無いように、私は彼のことを教えることにした。

「アリアハンには、もう一人勇者がいるわ」

「え?……でも、ヒッキーは……」

 うろたえる様に訊き返す彼女に、ようやく私は心を落ち着けて、しかし冷たい声で言った。

「ええ、彼もアリアハンから正式に勇者認定を受けている勇者よ。でも、彼はアリアハンではこう呼ばれていたわ。『出来損ない勇者』『偽物勇者』と」

「え……」

 今度こそ、彼女はショックを受けた様に絶句した。今の言葉を聞いて、自分がいかに無神経なことを言ってしまったのか理解したのだろう。

「彼には魔法を使う才能が無いのよ。アリアハンには魔法の権威主義が根強く残っていることもあるのだけれども、強力な魔法さえも使いこなした勇者オルテガの息子が魔法を使えないと言う事実は、周囲を落胆させるのに十分だったわ。勇者オルテガの遺言で、彼の子が勇者になると言われていた分だけ、余計にね」

 魔法などただのスキルにしかない。それなのに馬鹿な話だと思う。一方で周囲の反応が仕方の無いものとも理解できてしまう。勇者は、賢者でも使えない雷の魔法を使える唯一の存在と言われている。だが、魔法が使えない比企谷君では、必然雷の魔法を使うことはできない――だから、勇者として認められないと言う理屈は分からない話ではない。

「その反動か、周囲は彼を徹底して軽んじたわ。出来損ないと馬鹿にして、偽物勇者と揶揄して、彼のことを認めなかった。彼の妹が魔法を使えて、本物の勇者として認められたこともそれを加速させたわ」

「そんな……酷い……」

「そんな境遇でも、彼は諦めなかった。自分を鍛えて、今の強さを身に付けた。それは、勇者だからでは決してないわ」

 屋敷に閉じ込められていた私でも出来損ない勇者の話は耳にしていた。それくらい、彼は悪い意味で有名だった。

「……」

「由比ヶ浜さん、あなた、私に先ほど聞いたわよね。比企谷君のことをどう思っているのかと。正直、私自身も良く分かっていない所はあるのだけれど、一つだけはっきりと言えることがあるわ。私は、彼を尊敬している。酷い境遇にあって、なお自分を磨き続けて今に至った彼の強さを」

 彼がどれほどの努力をしてきたのか私は知らない。だけど、それは勇者だからの言葉で片づけていいものでは決してない。

 しばらく沈黙が周囲を包む。由比ヶ浜さんは黙って俯いたままだ。

 ……言い過ぎだとは思わない。だけど、彼女と良好な関係を気付くのは難しくなったかもしれないわね。

「ゆきのん」

「……何かしら?」

 そんなことを考えていると、由比ヶ浜さんは不意に顔を上げてまた声を掛けてきた。このままずっと会話がないことも覚悟していたので、内心驚きを覚えながら聞き返す。

「ありがとう、ヒッキーのこと教えてくれて」

「え?」

 由比ヶ浜さんは、どこか晴れやかな顔をしていた。まるで、先ほどの落ち込みが嘘だったかのように。

「あたしが間違ってた。そうだよね、勇者だから凄いんじゃない……才能があるから凄いんじゃなくて、それが出来るようになったヒッキーが凄いんだよね」

 由比ヶ浜さんは、何かを決意したような顔で、まるで自分自身に言い聞かせるように呟いた。と、思ったら、また笑顔になってこちらに話しかけてきた。

「ね、ゆきのん、もっと色んな話聞かせてよ。ほら、ここまで旅してきたこととか」

「え、ええ……それは構わないのだけれども、別にそんなに面白い話は……」

「それでもいいから、ね?」

「はぁ……分かったから、少し離れてちょうだい」

 いつの間にか詰め寄って来ていた彼女を放しながら、嘆息して承諾する。

 私は、私の家の事情とか詳しい話を省いて、彼女に旅立ちの経緯から簡単に話した。

 由比ヶ浜さんは私の拙い話を、時折相槌を打ちながら楽しそうにニコニコと聞いていた。

 気が付いたら、彼女のペットの犬が近くに居ることはあまり気にならなくなっていた。

 

 

 

 *****

 

 

 

 散歩を終えたあたしは、サブレを小屋に戻しながら、ゆきのんに言われたことを思い出していた。

『比企谷君が凄いのは勇者だからでは無いわ。彼がその力を身に付けるべく、努力をした結果よ』

 あたしは、いつの間にか自分に言い訳していたのだと思う。優秀で、2年前にダーマへと留学した友達と比較して、自分が弱いのは仕方ないのだと思っていた。

(優美子、姫菜、隼人君、今頃どうしているかな……)

 当時、あたしは優美子に引っ張られるように、隼人君のグループに入っていた。

 ハヤマ自由騎士団の跡取りで、成績もとっても優秀だった隼人君のグループに、平凡だったあたしが居たのは自分でも不思議だったけど。隼人君はとっても人気があって周囲の子が騒いでたっけ。あたしは優美子の気持ちを知ってたから何とも思わなかったけど。

 隼人君は魔法も武術もトップで、優美子もその次くらいに凄くて、姫菜も魔法の成績がとってもよくて……だから、3人のダーマ留学が決まった時はちょっとは驚いたけど当然だと思ったし、優美子に「結衣もどう?」って声を掛けられたけどあたしじゃ無理だって断った。

 あたしは、3人ほど才能が無いって思っていたから。でも、そんなこと言える程、あたしは努力してたのかな?

(もっと頑張ってたら、変わってたのかな……)

 そしたら、今のような状況にはならなかったのかも――

 ヒッキーは、出来損ないの勇者って呼ばれていたのに、あんな――多分、隼人君でも間に合わないような状況でサブレを救えるくらいに、強くなったんだ。あたしも、そんな風に強くなりたい。

(もっとヒッキーとゆきのんのことが分かったら、あたしも何か分かるのかな?)

 もともと、同年代の二人と仲良くしたいって思ってたけど、それ以上に二人のことを知りたいって思うようになっていた。

 




由比ヶ浜の問題は強くなるための努力とは別次元の所にあったりします。
実のところ、由比ヶ浜自身は結構非凡な才能の持ち主で、三浦はそれを理解していたからダーマに誘いました。
次回は今回の様に挿話…と言うか番外編みたいな話になります。


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16.75話

回想話。いつもよりも短いです。
サブタイ変更するかも。


 俺にとって、その人は最初から得体の知れない相手だった――

 

 

 

 俺は、何時もの様に一人で城の訓練場で素振りしていた。

 周囲に居る騎士の連中は集団で何か訓練をしているが、俺には何も関係が無い。周囲には何も期待などしていない。

 だが、小町のためにも、俺は強くならなきゃいけない。どうすれば強くなれるかは分からないが――それは自分で見つけなければならないことなのだろう。誰かが教えてくれるなどと、そんな期待はとっくの昔に捨てた。

 だから、俺は常に一人で素振りしていた。誰にも頼らず、適当に見よう見まねで、只管一人で。

 ――しかし、その日はいつもと違っていた。

「どうした、少年。こんな隅っこで一人で素振りをして」

 不意に、ややハスキーな女性の声が掛けられた。素振りの最中に声を掛けられるなどほとんどない事だったので、驚いて振り向くと、見慣れない女が俺の方を見ていた。

 やや釣り目だが十分以上に整った顔立ちで、誰もが美人と評するだろう。何よりもその瞳には強い意志が宿っていることを感じた。

 ま、だから何だと言う話だ。

「……別に」

 すぐに興味をなくして、俺は素振りを再開した。しかし、女は立ち去るでもなく、その場にとどまったままだった。

 ……もしかしたら、出来損ない勇者の話を知らないから、俺の事を気にしているのかもしれない。どうでもいいけどな。

「君の教官はいないのか?」

 今度はそんなことを聞いてきた。素振りの手を止めずに、適当に答える。教官か――今更過ぎるな。

「さあ?知らないな」

 一応、教官らしき人物に心当たりがないでもない。俺に何も指導せず、話しかけることさえも許さず、別の場所で騎士の訓練をしている教官なら知っている。俺の担当と紹介はされたが――まあ、何も教わっていないのだから何も知らないも同然だ。

「ふむ、君には教官はいないのか。ならばなぜ、ここで素振りをしている?」

 尚も踏みとどまろうとする相手に、いい加減苛立ちを覚えていた。どうせ出来損ない勇者の話を聞いたら立ち去るくせに、一々対応させるな。

「出来損ないの勇者なんで」

 俺が答えると、相手の驚く気配が伝わってきた。ほらみろ。どうせこいつも俺を避けてどっかに行くのだろう。

「君がオルテガの息子だったのか。私は幼いころオルテガに助けられたことがある。あの人に憧れて強くなろうと思ったものだ。懐かしいな」

 ――少々予想外の返答だった。出来損ない勇者と知ってなお、憐憫でも侮蔑でもなく話を続けてくるとは思わなかった。

 だからと言っても、どうでもいいけどな。素振りを続ける手に力を籠める。これ以上、話しかけるなと主張する様に。

「君は、強くなりたいのか?」

 しかし、その女は俺の意思に気付かずに――いや、多分気付いた上で敢えて無視して俺に話しかけてきた。

「……答える必要はない」

「そうか。だが、私はそれを知りたいと思っている。できれば、教えてくれないか」

「……そりゃ、できれば強くなりたいな」

「理由を聞いてもいいかな?」

 ぐいぐい踏み込んでくるな、この女。普通の相手なら出来損ない勇者と言う時点で関心をなくすんだが。

 俺は少し躊躇した後で、素直に答えることにした。こんな風に踏み込んで話しかけられるなど初めての経験で、どんな対処をすればいいのか分からなかったのだ。

「……小町の、妹のためだ」

 小町にばかり負担を掛けている周囲が……何よりも自分が許せない。勇者なんて肩書きはどうでもいいが、せめて小町の負担を減らしてやれる程度には強くなりたい。

「ほう、妹のためか。いい理由じゃないか。……決めたぞ。今日からは私がお前の教官だ」

「……は?」

 思わず素振りの手を止めて振り返る。女は、自信に満ちた顔で、まっすぐに俺を見つめていた。その瞳になぜだか気圧されそうになり、ぐっとこらえる。女は、そんな俺の様子を見て満足そうに頷いた。

「さて、早速手続きに行くとするか、少し待っていろ」

「お、おいっ!」

 立ち去ろうとした相手を慌てて呼び止める。

「ん?何かね?」

 足を止めて振り向いた相手に言葉に窮する。呼び止めたのはほとんど反射的な行動だったし、普通に無視されると思ったし。つか、いきなり教官だとか言われても訳分からねえし。

「ああと……何もんだよ、あんたは?」

「ふむ、まずはその無礼な口の利き方から躾けねばならないか」

 何が可笑しかったのか女は低くククッと笑い、それから自信に満ちた態度で胸を張ってこたえた。

「私の名前は平塚静。今日付でアリアハンの教官になった者だ」

 ニヤリと笑みを残すと、長い髪を靡かせて颯爽と立ち去って行った。

 俺は思わずぽかんと口を開けて、その後ろ姿を見送っていた。

「……得体のしれない奴」

 出来損ない勇者を蔑むでも憐れむでもなく、まさか指導しようなどと思うとは。そんな相手は初めてだった。

 だから、その時の俺は、訳の分からない感情の行き場所が分からずに、そう呟くのが精いっぱいだった。

 その日から、平塚静は――平塚先生は、正式に俺の教官になったのだった。

 

 正式に教官になってからも、平塚先生は俺にとって得体のしれない相手だった。

 

「ほう、なかなか筋がいいな。鍛えがいがある」

 才能の無い俺の何が筋がいいんだよ?本当、訳分からねえ……

 

「もう闘気の第一段階を修得したのか……凄いぞ、比企谷!」

 誰でも使える力なんだろ。何が凄いんだよ。なんであんたが嬉しそうなんだよ。

 

「安心するがいい、私が必ずそこまでお前を鍛えてやるさ」

 出来損ないの勇者をなんでそんなに信じられるんだよ。本当、訳が分からねえ。

 

「…諦める必要はない、私が、必ずお前をそこまで至らせて見せる」

 出来損ないの勇者ができないことが当たり前のようにできないだけだ。だから、そんなことをあんたが気負わないでくれ……

 

「……そうか。すまなかったな、比企谷」

 違う、そうじゃない。俺は、あんたのそんな顔を見たくて、強くなろうとしてた訳じゃ――

 

 

 

 

 ――不意に、意識が覚醒して、跳ねるように上体を起こした。

 視界にまだ闇の濃い見慣れない部屋の内装が飛び込んでくる。ああ、由比ヶ浜の家に世話になってるんだったな。

 しかし……

「なんで平塚先生の夢なんて見てんだよ、俺は……」

 禁じ手を使って平塚先生のことを思い出したからかもしれない。もしくは、ホームシックか。

 いや、ホームシックで夢に見るのが天使小町でも母親でも無く平塚先生って、本当何でだよ。

「……そう言や、平塚先生と一週間顔を合わせなかったのって、何気に初めてだな」

 俺が盗賊の実習で野外訓練に行ったり、平塚先生が陽乃さんに連れられてルーラで何処かに行ったりなどで数日顔を合わせないことはしばしばあったが、それでも一週間も間が空いたことは無かったと思う。いや、一週間って決して長くないけどな。

「……しかし、中々消えないもんだな」

 罪の意識と言うのは。

 俺が出来損ないだったから、俺は平塚先生の期待に応えられず、恩人とも言うべき人を傷つけた。

 闘気の第二段階など使えようが使えまいがどうでも良かった。――いや、まったく期待していなかったと言うと嘘になるが、自分に才能が無いことは自分が一番良く知っている。だから、そういうものだとすぐに割り切ることはできた。

 だが、平塚先生の期待を裏切ってしまったことだけは、まだ自分の中で消化しきれずに澱のように濁り残っている。

 思えば、誰かの期待に応えられなかったことに絶望したのは、あれが初めてだった。それまでの俺には、他人の勝手な期待などどうでもいいことだった。勝手に次期勇者と期待して、勝手に裏切られた気になって馬鹿にする連中なんて知ったことでは無い。だから、俺は他人に期待しなかったし、他人の期待もどうでもいいものと思っていた筈だった。

 だけど、平塚先生だけは違っていた。あの人だけは、次期勇者と言う肩書き抜きに、まっすぐに俺を見て期待してくれていた。それを、俺は裏切ったのだ。

 恩人の期待に報いることすら出来ない……確かに、出来損ないだな、俺は。

「……もうひと眠りするか、折角堂々と休める理由が出来たんだからな」

 乱れかけた心を強引に押さえつけ、もう一度布団に横になる。

 瞼の裏に浮かんでくる顔を無視しながら、俺はもう一度意識が眠りの淵に落ちるのを待っていた。

 

 

 

 

 

 俺にとってその人は、得体の知れない相手だった。

 

 出来損ないの自分に関わろうとする相手なんて、今まで誰もいなかった。

 出来損ないの自分によくやったと褒める相手なんて、今まで誰もいなかった。

 出来損ないの自分を信じるなどと言う相手なんて、今まで誰もいなかった。

 出来損ないの自分が、出来損ない故に出来ない事にあれほど傷つく人なんて、今まで誰もいなかった。

 だから、俺にとってあの人はいつまで経っても得体の知れない相手のままだ。

 

『よくやったな、比企谷』

 

 だから、あの人に抱いているこの淡い想いも、きっと得体の知れないものなのだ。

 




今後も回想話を入れる予定があるんですが、サブタイどうしたものか。
時系列(八幡が回想したタイミング)で言うのなら16.5話と17話の間の話ではあるんですが。
最近なろう小説読み漁っててSS書く時間が圧されています…


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