2人の夢の軌道 (梨善)
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プロローグ1

初めましての方は初めまして。お久しぶりの方は改めてよろしくお願いします。
うみみです。

本日より連載を始めさせてもらいます。
よろしくお願いします。


東京都秋葉原。

 

小学5年生だった俺はたまたま遊びに行く途中に通った道で、ただその光景に圧倒されていた。

 

デコレーションされた街。道中に広がる同じ衣装を着た女の人たち。声援を送る人たち。

みんなが思い思いに歌を歌い、踊り、笑っていた。

 

中でもその中心で歌う9人は一際輝いて、そのダンスに目を惹かれていた。

 

 

 

 

 

 

9人の女神に。

 

 

 

 

 

 

曲が終わり、みんなお互いに寄り合って、楽しそうに今の心境を言い合ってる中、俺の足は自然と9人の方へ向かっていた。

 

「· · ·あの!」

 

声をかけると茶色い髪をサイドテールで結んだお姉さんが肩で息をしながら振り向く。

 

「ん?どうしたの?もしかして迷子?」

「こ、これってなんですか?お姉さんたちは、一体?」

 

すると、お姉さんはクスッと笑い、嬉しそうに言った。

 

「これはね!みんなで作ったライブ!そして、私たちはスクールアイドル!」

 

この日。俺は、北野和哉はスクールアイドルを知った。

そして、これはスクールアイドル『μ's』とのかけがえの無い大切な思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

スクールアイドルのお姉さんたちがライブしていた秋葉原から少し行くと、ビルなんかがずっと立ち続ける電気街は見る影もなくなり、至って普通の住宅地となる。

 

元々目的地はここに住んでいる友達の家に遊びに行く事だったのだが、あの光景に見とれて約束の時間より30分ほど遅れていた。

 

俺は小走り気味に道を急ぐ。すると小さくピアノの音が聞こえてきた。

 

あ、やっぱり今日も弾いてるみたいだ。

 

目的地である友達の家の前で立ち止まり、俺は少し上がった息を整える。

ふぅ、と息を吐き、インターホンを押すとピアノの音も止まる。

家の中からパタパタと走ってくる音が聞こえる。そして、ガチャ、と家のドアが勢いよく開く。

 

「いらっしゃい!遅かったね?何かあったの?」

 

出てきたのは赤い髪をツインテールにして、ピンクのワンピースを着た女の子。同い年で小学1年生からの友達、桜内梨子だ。

 

「そうなんだよ!さっきね、秋葉原の街が風船でいっぱいでさ!人もいっぱいいて!」

「ふふっ、そうなんだ!外で話しても仕方ないから部屋で話そ?」

「あ、そうだね。おじゃましまーす」

 

梨子の言う通りなのでさっきの話は一旦辞めて、家に上がることにした。

 

「おかーさーん。和哉くん来たよー」

「あら、いらっしゃい。遅かったのね。梨子ったらさっきまで和哉くん来ないってぷりぷりしてたのよ」

 

玄関から伸びる廊下の一番奥の扉から梨子のお母さんが出てくる。

 

「なっ!何言ってるの!?和哉くん、そんな事ないからね!」

 

梨子は顔を真っ赤にして言う。

ほら、行こっ、と梨子は少し照れたような、怒ったような顔で、俺の背中を押しながら彼女の部屋に向かう。

 

梨子の部屋は女の子らしく、薄いピンク色のものが多くあり、所々にぬいぐるみを飾っている。

でも、何より梨子らしいのはピアノだ。

普通の家にはまず無い、学校の音楽室で見るような本物のピアノがある。

初めて見た時はびっくりしたが流石にもう慣れた。

そして、梨子はピアノのコンクールで賞を貰うことが多く、その賞状やトロフィーも部屋に飾ってある。

 

「そういえば梨子、さっきピアノ弾いてたでしょ?聴いたことないけど、新しい曲?」

「うん。今度のコンクールに向けて練習中なの」

「すごいなー。この前だって別の曲練習してたのにもう?大変じゃないの?」

「うーん。確かに大変だけど、ピアノが大好きだから楽しいよ」

「そっか。俺も好きだよ」

「ふぇっ!?い、いきなりどうしたの!?」

 

梨子は顔を赤くし、変な声を出す。

真面目で大人しい、梨子にはしては珍しい。

 

「い、いきなりって?俺はピアノを弾いてる梨子と、梨子がピアノ弾いてるところ見るの好きって。いつも言ってるじゃん」

「あ、そういうことなんだ。びっくりしたぁ· · ·」

「変な梨子。何かあるんじゃないの?」

「ううん!?なんでもないよ!あ、そうだ!さっきすごいの見たって言ってたよね?教えて!」

「あ、そうだ!そうだよ!凄かったんだよ!秋葉原!知ってる?スクールアイドルって!」

「スクール· · ·アイドル?」

 

梨子は初めて聞く単語に首を傾げる。

 

「そう!さっき見たんだ!皆同じ衣装を着て、踊って、凄かったんだ!」

「それって有名なの?」

「どうなんだろう?俺は今日初めて見たから。でも、アイドルっていうだけあってみんな可愛かったよ」

 

へー、と梨子は少し興味があるような返事をする。

 

「梨子もなってみたら?スクールアイドル」

「へっ?私が!?無理無理!」

「無理じゃないって。梨子、可愛いから人気出る!」

「可愛くないよ!私、地味だし。それにアイドルみたいなフリフリな衣装着て、人前に出るとか恥ずかしすぎて無理!」

 

顔を赤くし、手をぶんぶん降って否定する。

梨子は恥ずかしがり屋で自分に自信が無い。

彼女らしいと言えばそうだが、悪いところでもある。

俺は若干不機嫌になりつつも続ける。

 

「きっと梨子がスクールアイドルやったらμ'sみたいに輝いてると思うんだけどな」

「みゅーず?」

「そう!この人たち!」

 

梨子の部屋の隅に置いていた、自分のカバンから1枚の写真を取り出す。

写真に写っているのは、スクールアイドルたちの集合写真。

なぜこれを持っているかと言うと、別れ際にサイドテールのお姉さんから貰ったのだ。

 

「これがみゅーず?」

「ううん。μ'sはこの9人なんだよ」

 

名前は知らないが9人を指さしていく。

 

「何だかみんな楽しそうだね」

「でしょ?みんな楽しんでるからこんなに輝いて見えた」

「でも、やっぱり私には無理だよ。こんなキラキラしてる人たちの中に入るのも、衣装を着るのも」

「ピアノの衣装だってこんな感じじゃん」

「えー、違うよー」

「一緒だって」

 

一緒!違う!とよく分からない、言い合いをしばらく続けているとピンポーン、とインターホンがなる。

その音を聞いて俺たちは顔を見合わせて、クスクスと笑いあった。

 

「なんで言い合ってたんだろ?俺たち」

「そうだね。とにかく、私には似合わないよ。それにね、ピアノを頑張りたいから」

 

梨子は立ち上がり、ピアノの椅子に腰掛ける。

 

「何か弾こっか?和哉くんにも聞いてほしいの」

「そうだなぁ、じゃあ、『アレ』が聞きたい」

「また?本当に好きなんだね」

 

俺は梨子にリクエストがないかと聞かれると決まってこの曲をリクエストする。

 

「うん。『熱情』が聞きたいな」

 

『熱情』

ベートーヴェン作曲のソナタ。

この曲がどうして好きなのか、俺自身にもよく分からない。けど、言葉にはできない確かな気持ちを持ってこの曲を好きだと言える。

 

梨子はピアノの椅子に座り、静かに弾き始める。

 

いつも落ち着きがないなんて言われる俺だが演奏中は自分でも静かすぎると思うくらい静かだ。

 

音楽の事なんて何もわからないけど、俺はいつもピアノの音と梨子の表情に呑み込まれる。

 

「· · · · · ·ふう」

 

演奏は終わり、梨子は安心したかのように溜息をつく。

 

「やっぱり梨子はすごいよ。また集中して聞き入っちゃった」

「そんな。所々間違えちゃってたし」

 

俺は拍手をしながら、椅子に座っている梨子の隣に寄り、鍵盤に触れる。

 

「俺がやっても変な音にしかなんないけど、梨子がやると綺麗な音楽になる。凄いよ」

「そ、そう?えへへ、ありがとう」

 

照れながらハニカム梨子。

俺も自然と笑ってしまう。

ふと時計を見ると針はもう5時を指していた。

 

「って、時間じゃん!今日は帰るよ!」

「う、うん。また学校でね」

 

自分のカバンをひったくるように掴み、バタバタと梨子の家からでる。

 

「お邪魔しました!」

 

家に着くといつもこの時間帯にはない革靴が並んでいた。

いつも仕事で夜遅くに帰ってくる父さんのものだ。

 

「ただいま!今日は早かったんだね」

 

母さんはキッチンで夕飯を作っていて、父さんはリビングでスーツ姿のままテレビを見ている。

まだ、帰ってきたばかりなんだろう。

 

「ああ。ちょっと仕事の都合でな」

「?仕事の都合なら普通、遅くなるじゃないの?」

「そうなんだが、転勤することになってだな」

「え?」

 

転勤。つまり、引越すということ。

 

「和哉には本当に悪いと思ってる。でも仕方ないんだ」

「引越し先はどこ?」

「静岡だ」

「すぐ戻れるんだよね」

「· · ·分からない。もしかしたらずっとそのままかもしれない。父さん1人って言うのも考えたけど母さんと和哉の2人だけを残したくない」

 

それを聞くと俺は自分の部屋に逃げる様に走る。

後ろで母さんが俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたがそれどころじゃない。

その後俺は1人で部屋で馬鹿みたいに泣いた。

学校の友達と、梨子と離れるのが嫌というありふれた理由で。




この物語の掴みはこのような感じです。

これから始まる夢の軌道をお楽しみください。


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プロローグ2

プロローグの2話です

転校を告げられ、落ち込む和哉。
彼の行動は?


気がつくと朝になっていた。

泣き疲れてそのまま寝てしまっていたようだ。

まだだるい体を動かし、のそのそと起き上がり、リビングに向かう。

 

「和哉、起きたのね。ご飯食べて学校に行く準備しておきなさい」

「· · ·父さんは?」

「もう行っちゃったわよ」

「そっか」

 

それを聞くと黙って椅子に座り、テーブルに並べられた朝食を食べ始める。

 

「修了式まではこっちにいるからそれまでにみんなにちゃんとお別れしておくのよ?学校にはもう伝えてあるから」

「うん· · ·」

 

修了式って今週末じゃないか、と心の中で悪態をつく。

 

「だから今日から荷造り始めておきなさいよ」

「分かった。ご馳走様」

 

朝食を食べ終わり、ランドセルを背負って家を出る。

初めて学校に行くのが憂鬱だった。

あと数回しかこの道を歩くことができないと思うと、足は自然と重くなって行った。

 

学校について朝礼が始まると真っ先に俺の転校の事を担任の先生がみんなに伝えた。

教室がザワつくが、先生の一喝ですぐ静かになる。

その後は出欠の確認、今日の日程、連絡事項があり、朝礼が終わった。

それと同時に俺の机の周りに、クラスメイトが大勢集まってくる。

みんながみんなバラバラに質問ばかりしてくる。

 

「ごめんね。俺も昨日言われたばかりで。引越し先は静岡で、修了式まではこの学校にいるから」

 

質問に答えるのにいっぱいいっぱいになっていたが、1時間目の開始のチャイムがなる。

 

「授業始めるよ。みんな戻りなさい」

 

先生が教室に入ってくるとみんな自分の席に戻って教科書を取り出す。

この学校で受ける授業もあと何回かしかないんだと思うと少し寂しくなった。

 

 

 

 

 

 

その日は何事もなくあっさりと過ぎて言った。

そして、放課後。

教室から少しづつ人が帰って少なくなると俺は席を立ち、1人のクラスメイトの机の前に行く。

 

「帰ろっか。梨子」

「· · ·うん」

 

梨子とは途中までだがほぼ毎日一緒に帰っている。だがそれも残り少ない。

 

「本当に引越しちゃうの?」

 

梨子は小さな声で聞いてくる。

 

「うん。父さんの仕事の都合で」

「すぐ帰ってくるよね?」

「· · ·分からない。帰ってくるかも知れないし、ずっと静岡になるのかも」

「そう、だよね」

 

そこで会話がプツリと途切れる。

そのまま話すことなく、同じ歩幅で歩いていき、分かれ道になる。

 

「じゃあね、梨子。また明日」

「うん」

 

今日はお別れの挨拶をして進み出す。

すると、梨子が呼び止める。

 

「ねえ、和哉くん」

「ん?」

 

立ち止まり、振り返ると梨子はランドセルを下ろし、付けていたキーホルダーを外す。

 

「これ、持ってて」

「これって梨子のお気に入りじゃないの?」

 

差し出したのは緑のナシのキーホルダー。

梨子のお気に入りでずっとランドセルに付けていたものだ。

 

「2つ持ってるから大丈夫。それを見て和哉くんが私のことを思い出してくれたら嬉しいなって」

 

梨子は照れくさそうにモジモジしながら、キーホルダーを差し出す。

 

「· · ·大事にするよ。ありがとう」

 

キーホルダーを受け取りポケットの中に入れる。

 

「そろそろ帰らないとね。あまり遅くなると怒られちゃうよ」

「そうだね。明日も一緒に帰ろう。俺も何か持ってきて梨子に渡すから!」

「うん!楽しみにしてるね!」

 

いつもの笑顔を見せてくれた梨子はそのまま走って行った。

その後ろ姿を見送り、俺も家へと歩き始める。

 

「渡せるものがあるか探さないと」

 

家まで何を渡せるか考えながら小走りで帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に着くと今日も父さんは帰ってきていた。

そして、告げられる。

 

いつも悪いことは想定よりも早くやって来て、人の気持ちを考えようとはしない。

今だってそうだ。

 

 

 

 

 

 

『予定が早まり出発するのは明日』

 

 

 

 

 

 

 

俺は1人の少女を裏切った。




運命とは素晴らしくも残酷なもの。
何も言えずに引っ越してしまった和哉。
和哉のこれからの選択とは?


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プロローグ3

第3話です!
是非ともよろしくお願いします!

~前回のあらすじ〜
梨子との約束を守れなかった和哉。
引っ越した先の新しい場所と新しい出会い。
和哉は何を思う。


静岡の沼津というところに引越して、俺は転入すると同時に6年生になった。

 

貰ったキーホルダーはいつも使うカバンに付け、梨子との時間を忘れないようにしている。

だが、あの日から1度も梨子には連絡をしていない。

話を聞いたであろう梨子から電話が来たこともあったが、約束を破ってしまった後ろめたさから俺は電話に出なかった。

それからなんとなく梨子に電話もかける気力も起きず、時間だけが過ぎていく。

 

暇を見つけては家から出て、少し離れた内浦の海を眺めている日々。

家にいる時はμ'sの曲を聞いて少しでも嫌なことを忘れようとしている。

 

引越して1ヶ月と少しが過ぎた5月のこと。いつものように防波堤に腰をかけて海を見ていると声をかけられる。

 

「何してるの?」

 

後ろを振り返ると少し青みがかった長い黒髪をポニーテールにした女の人がいた。

多分高校生くらいだと思う。なんとなく佇まいがそんな風だ。

 

「· · ·別に。ただ海を見てて」

「そっか。海はいいよね。私たちを包んでくれてるみたいで」

 

女の人は俺の横に腰掛ける。

 

「私は松浦果南。あそこに見える淡島で家がダイビングショップやってるんだ。君は?」

 

果南と名乗った女の人は海の先にある島を指さしながら言う。

 

「・・・北野和哉」

「うん。よろしくね。この辺じゃ見ないけど最近引越してきたの?」

「そうです。それで松浦さんはどうして俺に?」

「果南でいいよ。なんとなく。知ってる友達に似てたから」

 

細く笑う果南さん。

 

「悩んでるんだよね?どう、このあと暇ならうちに来てダイビングしてみない?」

「別にいいですよ・・・」

「だーめ。ほら、行くよ」

 

果南さんは立ち上がると俺の手を引いて乗船場に連れていく。

どうやら、拒否権はないようだ。

 

乗船場に着くとタイミングよく船の出航直前らしくすんなり乗れた。

船から降りてすぐの所に松浦ダイビングと大きく書かれた建物に着く。

 

「はい、これ。君のダイビングスーツ。外に更衣室があるからそこで着替えてね」

 

きっと何言っても無理やりやらさせるんだろうな、と諦めながら更衣室に入り、初めてダイビングスーツを着る。

 

「お、きたきた。じゃあ、早速船に乗って」

 

更衣室から出て、店の前に行くと果南さんもダイビングスーツに着替えて待っていた。

店の前に止めてある小型船に乗り込んで準備をしていた。

果南さんに手を取ってもらい、船に乗り込む。

 

「うわ、結構揺れる· · ·」

「もしかしてこんな小型船は初めて?」

「ま、まあ。東京じゃ見たことないですし」

「え?東京から来たの?」

「今更ですか?それより誰が運転するんですか?」

 

船には俺と果南さんしかいない。

 

「私」

「え?」

「だから、私。おじいがうるさくて運転できるように仕込まれたの」

「免許とかは?」

「んー、田舎だから気にしなくていいんじゃない」

 

い、田舎こえー· · ·。

 

そんなこんなで出発した船はポイントに付いたらしく、遮るものが何も無い海上に止まる。

 

「さて、ゴーグルとシュノーケルと水かきは持った?」

「ありますけど、ボンベとか使わないんですか?」

「使わないよ。あれってちゃんとライセンス持ってる人しか使えないんだから」

「へぇ。知らなかった」

 

果南さんはシュノーケルとゴーグルを付けると船からぴょんと足から飛びこむ。

顔だけ海からだし、片手を差し出す。

 

「さ、おいで」

 

俺は恐る恐る果南さんの手を握り、ゆっくり海に入る。

 

「どんな感じ?」

「・・・寒いです」

「そう?5月だから4月程じゃないよ」

 

いつから海入ってるんだよ、と心の中で突っ込む。

 

「じゃあ、少し潜ってみよっか。怖がらないで、心を落ち着かせるんだよ?」

 

果南さんにならって息を吸い、潜る。

そこに広がってきたのは蒼。

360°全体に広がる蒼の中に浮いている。

この世界は広い、でも1人しかいない。だけど、寂しくない。むしろ、安心感がある。そん不思議な感覚がしっくりきた。

 

息が続かなくなり、海面まで浮き上がり、大きく息を吸う。

肩で息をしていると、隣に果南さんが浮いてきた。

 

「どう?海の中は」

「よく分からなかったです。でも、また潜ってあの景色を見てみたいです」

「そっか。私も付き合うよ」

 

果南さんはにっこり笑ってまた潜って行った。

 

 

 

 

 

 

 

約1時間ほどダイビングを続けていると果南さんから今日は終わりと言われ、ストップを受ける。

なんでも慣れてないうちから長時間潜ると事故を起こしてしまうらしい。

大人しく船に乗ってダイビングショップの前につくと二人の女の子がいた。

 

「あ!果南ちゃん帰ってきた!」

「ホントだ!」

 

1人はオレンジ色の髪をしてクリっとした丸い目が特徴の元気のいい子。もう1人は銀色のくせっ毛の髪をしたボーイッシュな子。

 

「あれ、千歌に曜じゃん。どうしたの?」

「暇だから遊びに来たよー」

 

オレンジ色の髪の子が答える。

 

「私は千歌ちゃんに呼ばれてついてきたの」

 

となるとこの子が曜というらしい。

 

「ねぇねぇ、果南ちゃん。その人は?」

 

千歌と呼ばれた子が俺に気づき、果南さんに聞く。

 

「この子ね。自己紹介できる?」

 

果南さんに話をふられ、少し動揺するが、落ち着いて自己紹介をする。

 

「え、ええ。まあ。北野和哉です。小学6年生。先月東京から引っ越してきました」

「えぇ!?東京!?あ、チカは高海千歌!同じ小学6年生だよ!」

「私は渡辺曜!千歌ちゃんと同じ小学6年生!でも見たことないから他の学校なのかな?」

 

千歌ちゃんは大げさなリアクションをするが、曜ちゃんは元気だが、落ち着いた様子で自己紹介をしてくれた。

 

「えっと、うん。沼津?のほうだから」

「そっかー、残念だなぁ」

 

千歌ちゃんは手を頭の上に組んでいじけたように言う。

 

「まあまあ、千歌ちゃん。ここに来ればまた会えるかもよ?ね?」

 

曜ちゃんは俺の方を見て、話し合わせてと申しわけなさそうな表情をする。

 

「そうだね。またダイビングしにここに来るかも」

「ホント!?じゃあ、その時はチカとよーちゃんも一緒にダイビングするからね!」

 

その後は4人で千歌ちゃんの持ってきたみかんを食べながら雑談して。その日はあっという間に日が暮れてしまった。

 

高校生かと思っていた果南さんだが、実は1つ年上の中学1年生。

背も高いし大人びているからとても驚いた。

 

元気ハツラツの千歌ちゃんと上手くなだめる曜ちゃん。そして頼れるお姉さんの果南さん。

3人と知り合えて、引越してから初めて心から楽しいと思えた。

少しだけどこっちでもうまく行きそうな気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから週に1回程度ダイビングショップ松浦に通いつつ、俺はダイビングに少しづつハマっていった。

それと同時に3人とも仲良くなり、千歌と曜を呼び捨てで、果南さんは果南ちゃんと呼べるまでは仲良くなった。

小学校の方にも少しづつだけど友達もできてきた。

 

まだまだ暑い8月。いつものようにダイビングショップに行くと知らない人が店の前に2人いた。

 

「果南さんは何をしていますの!?」

 

後ろ姿しかわからないが、艶のある黒髪を腰まで伸ばした女の人が、何やら果南ちゃんの名前を出して騒いでいる。

 

「もうダイヤ、鼻息荒いよ?」

「はっ!?んんっ」

 

金髪の人が黒髪の人をなだめている。

 

なんだろう。果南ちゃんの友達かな?

 

すると、ダイビングショップから果南ちゃんがラフな格好で出てきた。

まあ、それでもかなり着こなしてる。きっと果南ちゃんの素材の良さとスタイルが引き出してるんだろう。

 

「ごめんごめん。朝潜ってたら遅くなっちゃった」

「まったく。果南さんはいつ「かなぁ~ん!!」ちょっと!?」

 

金髪の人が勢いよく果南ちゃんに抱きついた。

 

「ちょっと鞠莉さん!まだわたくしが話している途中ですわ!」

「まあまあ、ダイヤ。鞠莉も離れて」

 

鞠莉と呼ばれた金髪の人は果南ちゃんの胸元にグリグリ顔を押し付けている。

引き剥がそうとする果南ちゃんに抵抗するも、力で勝てるわけもなくあっさり引き剥がされる。

 

「はあ、まったく。果南さんはもう少し時間に厳しくしてくださいな」

「ダイヤさっきからお硬いよ。硬度10?」

「誰が硬度10ですの!!」

「うるさいなぁ、炭になっちゃえ」

「ま〜り〜さ~ん!?」

 

隙あらばコントを始める黒髪の人と金髪の人。それを果南ちゃんは笑いながら見ている。

 

邪魔するのも悪いし、帰ろうかな、なんて思って帰ろうとした時果南ちゃんがこっちを向き、俺に気づいた。

 

「あ、カズ。今日も潜るの?」

 

そっ、と帰ろうとしたのに!バカナンちゃん

 

もちろん、果南ちゃんの友達の2人も俺に気づく。

 

「誰ですの?あの子」

「果南のボーイフレンド?」

「ボ、ボボボボボーイフレンド!?果南さん!いけませんわ!破廉恥ですわ!!」

「そうよ果南!私というものがありながら!」

「いやいや、違うから。普通に友達でここの常連さんだから」

 

またコントを始める。本当にどうしよう。

 

「そうだ!カズも一緒に来る?」

「え!?」

「あ、いいわね。果南の友達ならちょっと興味あるし」

「ま、まあ?わたくしも果南さんのお友達と言うなら問題ありませんわ」

 

なんだか一緒に行く流れになってる。

 

「待って。行くってどこに?」

「今日沼津に買い物に行く予定だったんだ。タイミングよくカズが来たからさ、ね?」

「いや、ね?って言われても」

「ほら、いこ?」

 

なんだか断れない雰囲気だ。

 

「· · ·分かったよ。行く」

「さっすがぁ!」

 

そう言うと果南ちゃんは思いっきり俺にハグをする。

正直恥ずかしくて顔を背ける。

 

果南ちゃんは俺よりずっと背が高い。

つまり正面から抱きついてるから果南ちゃんの胸が顔に・・・。

 

「それじゃあ、行きましょうか。私は小原鞠莉。気軽にマリーって呼んでね」

「わたくしは黒澤ダイヤ。よろしくお願い致します」

 

ダイヤってやっぱり本名なんだ。変わってるなぁ。

 

「ん?黒澤と小原って」

「そうだよ。2人ともご令嬢だよ」

 

果南ちゃんはハグしたまま俺に教えてくれた。

小原家は言うまでもなく、ホテルチェーン店の大グループ。

黒澤家はなんでもこの内浦を仕切る、代々続く家系らしい。

そもそも千歌と曜もそうだ。

千歌の実家は古くからある立派な旅館。

曜は父親が定期船の船長をやっている。

田舎だからなのか、親のやっている職種や家系が凄い。

 

「まさか、果南ちゃん。お金持ち2人にたかってるんじゃないの?」

「あ、こいつぅ!そんな分けないでしょ!馬鹿みたいなこと言うのはこの口か!」

 

果南ちゃんは俺の頬をぐにぃ、とつまみ上げる。

 

「いひゃいいひゃい!ほめんへ!」

「ほら果南、この子も冗談で言ってるんだろうから」

 

と鞠莉さんは果南ちゃんをなだめる。

 

「分かってるよ。ほら、カズ。挨拶」

「あ、うん。北野和哉です。最近東京から引越して来ました」

 

こんな感じで2人に挨拶して、後は3人に引っぱられるように沼津の街で遊んだ。

 

今日分かったことは、鞠莉さんは日本人の母親とアメリカ人の父親のハーフで、イメージ通りのお金持ちの人だったってこと。

ダイヤさんは名前の割には硬度が足りてなかったり、μ'sの大ファンだったということ。

 

そして、これがスクールアイドル『Aqours』との出会い。




果南や千歌との出会いで明るくなった和哉。
少しづつ心の傷は癒されていく。

快速 新開地様、☆6評価ありがとうございます!


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プロローグ4

~前回のあらすじ~
内浦の出会いを経て、明るくなった和哉。
和哉を待つ新しい出会いとは?


季節は巡って春。

沼津に引越して1年が経ち、俺は中学生に進級した。

小学校と同じで果南ちゃんや千歌たちは別の学校だ。もちろん、ダイヤちゃんと鞠莉ちゃんもいない。

だが、クラスも半分が同じ小学校で交友関係も問題なさそうだ。

 

そして、中学2年生になった春のある日。

その日は天気が良く、昼に屋上でのんびり、ダイヤちゃんに教えて貰ったスクールアイドルの曲を聞きながら日向ぼっこをしていた時だった。

 

「この堕天使ヨハネの魔眼が全てを見通すのです!全てのリトルデーモンに告げる!堕天の力を!」

 

· · ·なんだ、あいつ?

 

屋上の塀の上に登って、決めポーズをしている女子生徒がいた。

制服の上に黒いマントを羽織って、頭のシニヨンに黒い羽を刺していた。

 

中二病· · ·。初めて見た· · ·。

 

関わらない方が身のためと思い、コソコソと屋上から退散しようと思った。その時· · ·。

 

「· · ·むっ!リトルデーモンの気配!」

 

ばっ、と中二病少女は俺の方を振り向く。

 

マジでこいつ能力者?ていうか、リトルデーモンって何だよ· · ·。

 

「あ、ほんとにいた」

「適当なのかよ!!」

 

千歌や鞠莉ちゃんと一緒にいることが多いからか、思わず突っ込んでしまった。

 

「フフフッ· · ·。とうとうこの堕天使ヨハネの召喚に応じた、従順たるリトルデーモンが現界したのね」

 

中二病少女は決めポーズを決めたままブツブツ言ってる。

自分の世界に入っているうちにこっそり逃げようと思い、ゆっくり後ずさりをする。

 

「待ちなさい!どこへ行くつもり!」

 

・・・やっぱり自称堕天使に呼び止められてしまう。

 

「あなた、真名は?」

「名を名乗るなら自分からだろ?」

「生意気なリトルデーモンね。いいから名乗りなさい」

 

生意気なのはお前だ、と心の中でボヤく。

ふと、胸元のリボンを見ると1年生の学年色をしている。

つまり、こいつは上級生に向かって生意気言ってる訳だ。

 

「· · ·お前、先輩にそんな口聞いていいの?」

「へ?先輩?」

 

どうやら気づいてなかったようだ。

自称堕天使は俺の制服の学年色に気づいたらしく、顔を青ざめ始める。

 

「え、えっと。あの、その· · ·。ごめんなさい!」

 

綺麗に90°頭をぺこりと下げる。

 

「そ、その。先輩だと気付かなくて。お昼に1人で屋上にいるから友達がまだ作れてない1年生かなって思っちゃって」

 

自称堕天使の声は段々覇気が無くなって、涙声になっていく。

 

確かに背は低いほうだから1年生に見えるけど!友達もそんなに多くないけど!

それよりまずい。このままじゃ俺がこの自称堕天使を泣かせたみたいになる。

 

「あ、いや、別に謝れって言ってるんじゃないんだ。確かに初対面で訳分からないこと言われて、イラッとはしたけども」

「や、やっぱり· · ·」

 

顔を上げた彼女は瞳に涙を貯めていた。

 

「じゃなくて!そう!個性!君のその堕天使?その個性に圧倒されて!」

「そう· · ·なんですか?」

「ああ!そうだとも!」

「· · ·クッ、· · ·クックックッ· · ·」

 

再び顔を伏せると気味の悪い笑い声を上げている。

 

「やはり、堕天使ヨハネの魅力は底知れないわね· · ·。いいわ、貴方!」

「な、なに?」

「終焉の鐘が響く時、私は去らなければならないの。けれど安心して、リトルデーモン。また明日この約束地に私は舞い降りるわ。また逢いましょう」

 

自称堕天使、ヨハネは出入口まで悠々と歩いていく。

すると、突風が吹き、ドアがひとりでに勢いよく開くと、ガン!と言う音とともに自称堕天使の額に扉がクリーンヒットした。

物凄い音に目をそらし、扉を見るとヨハネは出入口の前でうずくまっていた。

 

「いったぁ· · ·」

「大丈夫?」

「し、心配ないわ!こんなの全然平気なんだからね!」

 

涙を浮かべるヨハネだが、すぐさま立ち上がる。

 

「こ、今度こそ、さらば!」

 

· · ·そのまま走り去って行った。

 

「· · ·何だったんだ、あの子。って、なんか落としてるし」

 

落としたものを拾って確認すると、それはあのヨハネとかいう少女の生徒手帳。だが、その手帳にはヨハネという名前は一切ない。

 

「ヨハネが本名だとは思ってないけどさ。名前まで設定に基づいてるのか?」

 

自称堕天使ことヨハネ。彼女の本名は『津島善子』というらしい。

 

本名の『よ』しか一致していない・・・。

 

帰りにでも返してやろうと思い、屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になり、1年生の教室に向かうと、ヨハネこと津島善子は教室で何やらあやしげな本を読んでいた。

ちらり、と見えた表紙には黒魔術と書いてある。ここまで徹底してると逆に清々しい。

教室に入ろうとしている女子がいたので、彼女に声をかける。

 

「君、ここのクラスの子だよね?」

「はい。そうですけど」

「津島善子さんに渡してほしいんだ」

 

スボンのポケットから津島善子の生徒手帳を取り出す。

 

「津島さん?ああ、えっと、呼んできますね」

「いや、渡してくれるだけで良いんだけど」

「津島さーん。お迎えきてるよ」

 

お迎えなどという訳の分からない単語を聞き、津島はゆっくりこっちを向く。

するとぎょっ、とした目をすると、こちらに飛びつくように向かってきた。

何故か辺りからは女子の黄色い声や、男子のおぞましい視線が飛んでいる。

 

「な、なんで!?なんで先輩がここに!?」

「お、落ち着け!これ、落としただろ?」

 

津島に生徒手帳を見せるが、手帳を無視して俺を問い詰める。

 

ていうか、顔が近い・・・。

こいつ、顔の系統的にダイヤちゃんに近くて美人だ。鼻も通って高い。つり目がそれを更に際立たせている。

 

「ちょっと!聞いてるの!?」

「え?」

 

怒りながら呆れた顔をした津島が俺を睨む。

 

「もういい!それで、どういうこと!?お迎えって!!」

 

津島は俺が声をかけた女子に問いただす。

 

「だって、こんな時間にわざわざ名指しで呼び出すなんて彼氏さんしかいないでしょ?」

「違うから!ちょっと来てください!」

 

津島は俺の腕を掴むとグイグイ引っ張る。

 

「お、おい!どこに連れてくんだ!?」

「黙っててください!」

 

連れてこられたのは屋上。

2人とも肩で息をしている。

 

「な、なんで教室が分かったんですか?それに、私の名前も」

「これ、落として行っただろ?」

 

津島に生徒手帳を渡す。

 

「え?嘘。落としちゃってた?」

「そう、落としてた」

「本当だ。私の。ありがとうございます」

 

津島は学生証を受け取るとポケットにしまう。

 

「クラスだと普通なんだ。堕天使ヨハネっていうのはやらないんだね」

「· · ·多分。これをやるとみんな引いちゃうと思います」

 

そう言った津島の表情は暗い。

まだ会って数分だが、こいつは好きな堕天使のことをやっている時の表情はとても輝いていて、俺はその表情が素敵だと思った。

だったら・・・。

 

「津島はさ、好きなんだよね。堕天使が」

「· · ·はい」

「だったらやってもいいんじゃない?自分の好きなものを閉じ込めるのは良くないよ」

 

津島は無言で俯く。

 

「確かに周りからしたら変だよ。でも仲のいい人との間だけで、会話の中に少し入れるといいんじゃないか?」

「できますか?私に」

「できると思うよ。それに俺は嫌いじゃないよ、その堕天使」

 

津島は少し考えると顔を上げ、さっきまでとは違う、しっかりとした意志を持って言った。

 

「私、やってみます!まずは友達を作ることからだけど、この堕天使ヨハネにできないことは無いわ!」

 

明るく笑う津島。

本当に素敵な表情だ。

 

「うん。俺も応援するよ」

「じゃあ、まずはあなたが私のリトルデーモン第1号よ!」

「はぁ!?」

 

こうして俺は堕天使ヨハネと契約(?)を結んだのだった。




和哉が出会ったのはまさかの中二病美少女。
この出会いが未来を変える?

☆9 koudorayaki様
☆9 快速 新開地様

評価ありがとうございます!
この評価を励みにこれからも頑張ります!


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プロローグ5

今回は梨子のお話です。
そんな訳であらすじは今回なしです。
それではお楽しみください。


side 梨子

 

「引越しの準備、終わった?」

 

私の部屋の扉の向こうからお母さんの声が聞こえる。

 

「うん!終わったよ!」

 

私、桜内梨子は積まれたダンボール箱の前に座ったまま振り返って返事をする。

 

「だったら夕飯、食べちゃいなさい。できてるから」

「はーい」

 

高校1年生の春休み。

つまり、この春休みがあけると私は2年生に進級する。

しかも、今通っている音ノ木坂学院ではなく、静岡の田舎にある浦の星女学院で。

分かりやすく言うと転校だ。

お父さんの仕事の都合で家族揃って静岡に引っ越すことが決まった。

 

普通なら1度しかない高校生活に転校するのは喜ばしくないと思う。しかし、私には都合が良かった。

 

元々人見知りで臆病な性格。

それじゃダメだ、と思って変わって今の性格。

少しは自分に自信を持ったり、自分を悪く言わないようにしてきたが、人見知りなのは変わらなく、どちらも人と仲良くなれるものでは無くて。友達なんて呼べる人は随分前に引越してしまった幼馴染みだけ。

だから、私にはピアノしかなかった。

 

けど。

 

あの日・・・。

 

高校に入って初めてのピアノコンクール。

周囲に期待されて臨んだそのコンクールで私はピアノを弾けなかった。

何故弾けなかったのか、今でも分からない。

 

期待がプレッシャーになっていたから?

・・・違う。

作った曲が満足いくものではなかったから?

・・・違う。

 

理由はきっと他にある。

もしかしたら既に分かってることかもしれない。でも、分かりたくない。

それを自覚してしまうと私は昔のように、誰かに流されて、付いて行くだけの人間になってしまう。

 

それだけはいやだ。

彼と、幼馴染みと再会した時、昔の私だと合わせる顔がない。

 

引越し先は海に囲まれてて綺麗な町らしい。そこならこの曲も完成できると思う。

 

・・・とにかく私はスランプになっていた。

この引っ越しを理由に音ノ木坂から、今の環境から逃げ出しただけだ。

 

私は立ち上がり、机に置いた未完成の楽譜を見る。

そして、その隣の写真立てを持ち、ベランダに出る。

 

「また逢えるよね、和哉くん・・・」

 

大好きな幼馴染みの名前を薄暗くなった空に呟く。

しかし、その音は風と共に闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

私たち一家は静岡県沼津市の内浦という海辺の田舎の町に引越した。

東京とは全く違う町並み。

ビルや巨大モニターなんか1つも無く、代わりにあるのは初めて見る雄大な自然。

海も山も風も。

私はその全てに圧倒された。

 

「すごい・・・」

 

今のこの感動を言葉にできない。

 

「梨子ー。荷物整理しなくていいの?」

 

言葉を失って、新しい家の前に立ち尽くしていると、お母さんが声をかけてきた。

 

「あ、うん。なんか、すごいなー、って」

「そうね。お母さんもこんな自然初めて見たわ」

「そうなんだ。少し、海岸沿いを歩いてきていい?」

「ええ。行ってらっしゃい。あまり遠くに行って迷子にならないでよ」

 

お母さんは私がおっちょこちょいなのを気にしてるのを分かって意地悪を言う。

 

「分かってるよ!もう、行ってきます」

「気をつけるのよー」

 

道を真っ直ぐ進み、小さな浜に着く。

 

「綺麗・・・」

 

私はポツリ、と呟き、靴を脱ぐ。

裸足になって海に足をつけると、海水の冷たさに驚く。

だけど、それもなんだか楽しくなり、1人で水を跳ねさせて遊ぶ。

すると。

 

「またね!カズくん!」

 

女の子の大きな声が聞こえ、後ろを振り向く。

そこには走り去っていくバスを手を振りながら見送るオレンジの髪をした女の子がいた。

容姿を見た感じ、中学生くらいだろう。

 

「カズくん・・・か・・・」

 

私の幼馴染みとよく似た名前。

そういえば彼も静岡にいる。

もしかしたら逢えるという淡い期待を持ったが、もう何年も連絡はしていないから逢える訳もない。

 

「・・・帰ろう」

 

さっきまでの気分が嘘のように落ち込み、家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また数日後。

今日は転校先の浦の星女学院の入学式らしい。

転校生の私は音ノ木坂の制服を着て登校。

だけど式には参加せず、終わったあとに明日からの説明を受けただけだ。

 

その説明も終わり、制服のまま家の前の浜辺にある停船所に立ち、夕焼けに染まったこの綺麗な海を見つめていた。

 

「ピアノ、できるかな・・・」

 

今作曲している未完成の曲のことを思い、溜息をつく。

今年のコンクールに向け作り始めた新曲。

しかし、スランプのせいで上手く進める事ができていない。

 

「きっと、分かる」

 

私は制服と靴を脱ぎ、以前使っていたスクール水着姿になる。

海に飛び込むのは前から決めていた。

何故今日なのはきっかけが欲しかったから。

明日から知らない人たちと過ごす前に曲の『なにか』を掴みたかったから。

だから今日だ。

 

・・・少し、寒そうだけど・・・。

 

「たああああああああああああ!!」

 

海に向かって飛び込もうとした瞬間、誰かが私にしがみつき、引き止めた。

 

「待って!死ぬから!死んじゃうから!」

「離して!行かなくちゃいけないの!」

 

体を暴れさせ抵抗するが、引き剥がせない。

そして、しがみついた人の足が私の足を上手い具合に払う形になり、私たちはバランスを崩す。

 

「へ?」

「はぁあ!?」

 

体には浮遊感。

見えるのは近づく水面。

 

「「うわぁああああああああああああああああああああ!!??!?!?」」

 

まだまだ冷たい4月の海に私たちは落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはっ!大丈夫?」

 

目的を果たせなかったのと突然の出来事で少しパニックになっていた私は酷く疲れ、しがみついてきたアホ毛が生えた女の子の肩を借り、浜辺に上がる。

 

「ええ。なんとか・・・」

 

私は倒れるように浜辺に座る。

 

「うぅ・・・。まだ寒いから危ないんだよ。少し待ってて!家が近いからタオルとか持ってくる!」

 

女の子は濡れたまま道路を走って渡って行った。

よく見ると女の子は昨日のバス停で見た子だ。

どうでもいいか、と思った私はそのまま体育座りで蹲る。

 

「聞こえなかった・・・」

 

形はどうあれ、海に入った。

しかし、そこから音は何も聞こえなかった。

上手くいかなくて、悔しくて、涙が出そうになる。

 

「くしゅん!」

 

思ったよりも体は冷えていたらしく、くしゃみが出る。

 

「お待たせ!ちょっと待ってね」

 

女の子は捨てられたドラム缶に木や紙を入れて、燃やし、焚き火を作り、落ちていた私の制服を拾って渡してくれた。

 

「ありがとう・・・。くしゅっ」

「大丈夫?沖縄じゃないんだから」

 

女の子は私にそっ、とバスタオルを肩にかけ、心配そうに言う。

 

「海に入りたければダイビングショップもあるのに」

 

女の子が言うことは最もだ。

なんで今までその考えが浮かばなかったんだろう。

 

「海の音が聞きたいの」

「海の音?」

「うん・・・」

 

女の子はなんだそれ?と言いたげな声で驚く。

 

「どうして?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

言いたくない。

言ったら弱い私が出てしまう。

1人で解決すると決めたから。

 

「分かったもう聞かないー。海中の音ってこと!?」

 

女の子は聞かないと言った矢先、すぐに聞いてくる。

それが私は面白く、小さく笑う。

 

「・・・私、ピアノで曲を作ってるの。でも、どうしても海の曲のイメージが浮かばなくて」

 

なんだか自然と話してしまった。

この子には何か不思議な魅力を感じた。きっと、そのせいなのかもしれない。

 

「へぇ。曲を!作曲なんてすごいね!ここら辺の高校?」

「・・・東京」

 

嘘ではない。

けど本当は明日からこの近辺の学校に通うとはなんだか言いにくい。

 

「東京!?わざわざ?」

「わざわざっていうか・・・」

 

女の子は私の隣に座る。

そのまま座ったら制服が砂だらけになっちゃうのに。

 

「じゃあ、誰かスクールアイドル知ってる?」

「スクールアイドル?」

「うん!ほら、東京の方だと有名なグループ沢山あるでしょ!」

「・・・なんの、話?」

 

スクールアイドル。

知ってる。

彼も好きだし、音ノ木坂にもいる。

だけど、今はどうでもいい。

この子に変に打ち解けて、ボロを出すわけにはいかない。

だから私は嘘をつく。

 

「え?」

 

予想通りの反応をする女の子。

これでいいんだ。

 

「まさか知らないの!?スクールアイドルだよ!学校でアイドル活動して、大会が開かれたりする!」

 

彼女は余程好きなのだろう。立ち上がり、身振り手振りで話をする。

 

「有名なの?」

「有名なんてもんじゃないよ。ドーム大会も開かれたことがあるくらい、ちょー!有名なんだよ!・・・って、私も詳しくなったのは最近だけど」

「そうなんだ」

 

知ってる。

彼女の今言ったことは全部知ってる。

 

「・・・私、ずっとピアノやってたから。そういうの疎くて」

「じゃあ、見てみる?なんじゃこりゃー!ってなるから」

「なんじゃこりゃ?」

「なんじゃこりゃ」

 

顔を上げると、女の子は自分のスマホを私の目の前に突き出す。

 

「これが・・・」

 

画面に映し出されているのは彼女の好きなスクールアイドル。

そして、彼も好きなスクールアイドル。

 

『μ's』

 

「どう?」

 

初見の振りをしないと。

だったら初めて見た時とは反対の。

 

「どうって。・・・なんというか、普通?」

 

女の子は目を瞑り、息を吐く。

どうやら失敗だったようだ。

 

「ごめんなさい!悪い意味で言ったつもりは・・・。アイドルというくらいだから、もっと芸能人みたいな感じと思ったっていうか・・・」

 

なんとか謝ろうと言葉を探す。

女の子は私に背を向け、海の向こうにある夕日を見つめる。

 

「だよね」

「え?」

「だから、衝撃だったんだよ」

 

予想外の言葉に私は戸惑い、言葉を失くす。

彼女は砂浜をゆっくり歩く。

 

「あなたみたいにピアノをずっと頑張ってきたとか、大好きなことに夢中でのめり込んできたとか、将来こんなふうになりたいって夢があるとか」

 

彼女は落ちている石を拾い上げ、握る。

少し微笑むとその石を海に投げつけた。

石は少し海面を跳ね、そのまま沈んでいった。

 

「そんなの1つもなくて・・・。私ね、普通なの。私は普通星に生まれた普通星人なんだ。どんなに変身しても普通なんだって。そんなふうに思ってて。でも、それでも何かあるんじゃないかって。思ってたんだけど。気がついたら高2になってた」

 

しみじみと語る彼女。

 

「まっず!このままだと本当にこのままだぞ!普通星人を通り越して、普通怪獣ちかちーになっちゃうー!って!」

 

一瞬でシリアスな空気は吹き飛び、彼女の謎の寸劇が始まった。

私はただ黙って聞いているしかない。

 

というかこの子、同い年だったのね。

 

「がおー!」

「え!?」

 

女の子は私に顔を近づける。

いきなりで驚き、間の抜けた顔をしているに違いない。

 

「ふふっ。ぴー!どかーん!ずどどどどーん!あははっ!」

 

きっと彼女なりに私を励ましているんだろう。

その姿が微笑ましくて笑えてしまう。

 

「そんな時、出会ったの。あの人たちに。みんな私と同じような、どこにでもいる普通の高校生なのにキラキラしてた」

 

私もあの時思った。

高校生は少し大人だけど、ここまでキラキラしているのは見たことは無かった。

だからこの子の気持ちはよく分かる。

 

「それで思ったの。一生懸命練習してみんなで心を1つにしてステージに立つと、こんなにもカッコよくて、感動できて、素敵になれるんだ、って!スクールアイドルってこんなにも、こんなにも!こんなにもキラキラ輝けるんだ!って!気づいたら全部の曲を聞いてた。毎日動画を見て、歌を覚えて、そして思ったの。私も仲間と一緒に頑張ってみたい。この人たちが目指したところを私も目指したい。私も、輝きたい!って!」

 

これが彼女がスクールアイドルを好きな理由。

憧れる理由。

本当にキラキラしてて眩しくて。

そして、ほんの少しだけ羨ましい。

 

「・・・ありがとう。なんか、頑張れって言われた気がする。今の話」

「ホントに?」

「ええ。スクールアイドル、なれるといいわね」

「うん!私、高海千歌。あそこの丘にある、浦の星女学院って高校の2年生」

 

高海さんが指さした方向には学校がある。

そこは今日私が説明を受けた学校。

同じ学校の同級生だったようだ。

 

「同い年ね。私は桜内梨子。高校は」

 

少し彼女を驚かせてやろう、と思った私は前の学校の名前を口にする。

 

「音ノ木坂学院高校」

「え?えぇーーーーーー!!??」

 

新しい生活。

新しい私。

ここから始めよう。

私の夢を奏でるために。




今回でプロローグは終了です。
次回からは和哉を中心としたアニメ本編へ進んでいきます。

おかしいわよ!なんで私、スクールアイドル知らないことになってるのよ!
和哉くんと出会わなくても普通に知ってるはずよ!
街中なんてスクールアイドルばかりなのよ!
あんなの世間知らずの無知な女じゃない!

り、梨子さん・・・。
落ち着いて・・・。
と、とにかく次回をお楽しみください!


しろあん01様、☆9評価ありがとうございます!

大体アニメの私のキャラおかs
またお会いしましょー!!


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#1 春の香りと潮の香り

今回から本編へと入っていきます。
交わり始める2人の夢と軌道をお楽しみください。


静岡県の駿河湾に隣接するここ、内浦。

辺りには透き通った海とみかん畑が青とオレ· · ·「みかん色!!」· · ·みかん色の風景が映える町。

 

季節は3月の朝。高校2年生への進級が目の前の俺、北野和哉は通学時に使用するバスに揺られていた。

通学用とは言ったがもう3月末。当然春休みだ。学校に行く訳では無い。

 

「ねぇ、カズくん。今オレンジって言おうとしたよね?何度も言ってるでしょ!みかん、

って!」

 

隣で騒いでるのは高海千歌。みかん中毒。以上。

 

「言ってない。そもそも喋ってないよ」

「絶対言った!チカのみかんレーダーが反応したもん!」

 

騒いでいる千歌を横目に、バスの窓から見える景色を眺めていた。

 

「· · ·もう、5年か」

 

ボソリと独り言のように呟いた言葉は当然隣の千歌にも聞こえている。

 

「そうだね。引越してきてもうそんなになるんだね」

 

俺が東京から内浦に引越して5年。μ'sの解散からも5年。そして、大切な約束を破ってから5年だ。

あの時は幼かったし、子供特有の変な意地や見栄があって電話すらしようとしなかった。

たったそれだけがあの時、できれば良かったのに。

そんな思いだけが喉の奥に魚の小骨のように引っかかっている。

 

「チカはカズくんと仲良くなれて嬉しいよ」

「本当に感謝してるよ。転校したばっかで友達もいなかった俺に声かけてくて。千歌だけじゃなく、曜と果南ちゃんにも」

「面と向かって言われるとさすがに恥ずかしいよ」

 

へへへっ、と笑いながら千歌は顔を少し赤くしていた。

 

「あ、チカはここで降りるから!」

「うん」

 

千歌とは待ち合わせをしていたのではなく、乗ったバスでたまたま鉢合わせた。

昨日曜の家に泊まりに行ってたらしく、その帰りらしい。

 

松月の近くで降りたということはお気に入りのみかんどら焼きを買い足しに来たんだと思う。

 

バス内に発進のアナウンスが流れ、ドアが閉まる。

外では千歌が笑顔で手を振っている。小さく手を振ると、彼女の笑顔はさらに輝き、一層激しく手を振っていた。

 

「またね!カズくん!」

 

バスの中まで聞こえるほどの大声に俺は苦笑いを返す。

 

ご近所に迷惑じゃないか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌が降りて20分ほど。

俺はこのバス停で降りる。

ここは千歌たちの通う浦の星女学院前。

なんで俺がここで降りたかと言うと、それは1通の手紙にここに来い、と指名されたからだ。

 

今朝のこと。起きてリビングに向かうと母さんから白い封筒を貰った。

中には午前11時に浦の星女学院前のバス停に来られたり、と書かれた手紙。差出人はここの理事長。

悪い予感しかしないが、無視するのもまずい気がした。

それで重い腰を持ち上げ、バスに乗ると千歌がいて、と現在になる。

 

バス停でぼーっ、と海を眺めていると、黒のスーツにサングラスをつけた背の高い男性がこちらへ歩いてきた。

 

「北野様ですね。理事長がお待ちです。付いてきてください」

 

そう言うと男性は浦女へと続く坂道を進んでいった。

俺もその後ろをのそのそと付いていく。

 

歩くこと10分ほど。浦の星女学院理事長室前。

スーツの男性は扉を開けるとどうぞ、と言っている。

 

理事長室に入るとそこには金髪の女性が机の上に座っているが、逆光が強く、顔が見えない。髪で数字の6のような形を作っていて、独特なセンスを持っているようだ。

 

「ようこそ、浦の星女学院へ」

 

女性は机から降りると一歩前へ出た。

 

この声、もしかして・・・。

 

俺は懐かしい声に思考が止まりかける。

 

「チャオ!和哉!2年ぶりね!」

「ま、鞠莉ちゃん!?」

「もー!会いたかったわ!」

 

そう言うと鞠莉ちゃんは俺に飛びつく。

 

「なんでここにいるんだよ!留学は!?」

「向こうは退屈だったから卒業してきちゃった!」

「卒業って、飛び級?」

「YES!その通りデース!」

 

鞠莉ちゃんは俺に抱きついたまましばらく胸に顔をグリグリ押し付け、満足したのか離れる。

 

「和哉も大きくなったわね。背もこされちゃったかしら?」

「まあ、成長期は男の方が遅いから」

「うんうん!それはVery niceよ!お姉ちゃんも嬉しいわ!」

「はいはい。それで要件は?」

「そうね、あまり時間もないから手短に話すわ」

 

鞠莉ちゃんはついさっきまでとは違い、真剣な口調で話す。

 

「ここに呼んだのは他でもありません。和哉には春からこの浦の星女学院の共学化テスト生として編入してもらいます」

「は?」

「あ、学年は進級して2年生。いきなりだから学費等は我が小原グループで負担するから安心して」

「待って!誰が決めたの!」

「理事長」

「理事長って誰!」

 

鞠莉ちゃんは人差し指で自分を指す。

 

「私♪」

「は?」

「これを読みなさい!」

 

鞠莉ちゃんが出したのは1枚の礼状。

そこに書かれていたのは『浦の星女学院理事長を小原鞠莉殿に任命する』と。

 

「これマジ?」

「ええ♪」

「· · ·拒否権は?」

「ほぼ無いわね」

「· · ·こと「赤点でも落第、留年することはないわ」喜んで引き受させて頂きます」

「うん!和哉ならそう言ってくれるって分かってたわ!」

 

やっぱり鞠莉ちゃんの事だから俺が2つ返事で答えるような条件を出してくると思っていたが、まさかこれ程魅力的なものとは思わなかった。

 

「それじゃあ、春からよろしくね。私はこの後またアメリカに戻らないといけないから、ちゃんとここにいるようになれるのは4月中旬ごろかしら。それと、私が帰ってきたことと理事長ってことと、和哉が編入することは内緒よ。トラブルが起きちゃうかもだからね。もちろん、果南とダイヤにもね」

「分かったよ」

 

相変わらずの鞠莉ちゃんの言葉に、懐かしさと仕方ないなぁ、と感じながら、頭をかき、返事をする。

 

「1つ聞かせて。鞠莉ちゃんの目的って何?」

 

いきなり帰って来て、理事長になって、何か企んでいるに違いない。

 

すると鞠莉ちゃんはまるでそう聞かれるのが分かっていたかのように、不敵に笑う。

 

「もう1度失った時間を取り戻すため。この学校を残すため」

 

学校を残す。

そう、浦の星女学院は毎年受験者数が減少している。

近年中に統廃合が噂されているほどだ。

 

「そっか。· · ·俺は帰るよ」

「ええ。気をつけて。後、勉強はしっかりね。あまりに悪いと私もフォロー出来ないから」

「ぐっ· · ·。不味くなったら鞠莉ちゃんに教えてもらうよ。前みたいにさ」

「ふふっ。そうね、これから楽しみにしてるわ♪」

「あ、鞠莉ちゃん」

「What?」

「おかえり!」

「ええ!ただいま!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浦女から帰った後は物凄い速度で時間が経っていった。

まず家に帰ると編入届けの書類と制服が来ていた。

親からは何をしただの、いつ応募しただの、質問攻めのオンパレード。

なんとか両親を説得し、編入届けを書いたのも束の間。

編入が今の高校に伝わり、お別れ会をクラスメイトたちに開いてもらい、しばらく土日は無くなった。

千歌、曜、果南ちゃんに編入がバレないように極力内浦に行くのを避け、大好きなダイビングも我慢していた。

 

なんてやっているとあっという間に浦女の入学式当日だ。

今日は午前だけということで全生徒は正午前に帰宅。その後、部活動生だけ残るということらしい。

俺は学園内の混乱をなるべく起こさないため、全校生徒が帰った後に先生方に挨拶等をしに学園へ行くことになっている。

 

時刻はもう午後4時を周り、外で部活をしている生徒はいなかった。

俺は特注で作ってもらった浦の星の校章の入った黒の学ランを着て、スクールバッグを持ち、校門の前に立つ。

もちろん、バッグにはあのキーホルダーを付けている。

 

本当にここに通うんだよね· · ·。

 

未だに現実を受け入れられていない。

決心は春休み中に付けてきたのだが、いざ目の前にすると緊張感に襲われる。

女子の中に男子は俺一人という現実は今目の前で手招きをしている。

 

「· · ·貴方、ここで何をしているの?」

 

不意に声をかけられ、ビクン!と肩が跳ね上がる。

 

「え、えっとですね。決して、断じて決して怪しいものではなくてですね」

 

恐る恐る声の方へ振り返る。

そこに居たのは艶のある長い黒髪。意思の強そうなつり目。口元のホクロ。大和撫子という言葉がピッタリの少女がいた。

 

「だ、ダイヤちゃん?」

「は?和哉さんなの?」

 

そこに居たのは黒澤ダイヤ。

沼津に引越して来てからの友達だ。

 

「よ、良かったー。ダイヤちゃんで」

「よく意味がわからないわ。何をしているの?」

「共学化テスト生が来るって話あったでしょ?」

「ええ。明日から学校に来られると聞いているわ」

「それ、俺なんだ」

 

すると、ダイヤちゃんは何を言ってますの?とでも言いたげな顔をしていた。

 

「これ、浦の星の男子用の制服なんだよ。襟のところにちゃんと校章入ってるでしょ?」

「え、ええ· · ·。それは見れば分かるわ· · ·。しかしどういった経緯で編入を?邪な思いや破廉恥な思想があった場合はどうなるか分かっていて?」

 

や、やばい。目がマジだ。きっと返答しだいで黒澤家の全てを持って消しにかかるつもりだ。

だが、生憎とそのようなものは一切ない。真面目に、真剣に事実を伝えるだけだ。

幸いにも理由の裏付けにもなるモノは今手元にある。

 

「そういうのは一切無いって!理事長直々に頼まれたの!ほら、編入受諾書!」

 

カバンの中から書類を取り出し、ダイヤちゃんに見せつける。

ダイヤちゃんはそれを疑いの目でジロジロ読む。

 

「理事長が今は不在なので印は押してないようね。けれど、どうやら本物のようね。· · ·当然、職員室に向かうわよね?どこかお分かりで?」

「あっ」

「はぁ、全く。貴方と来たら」

 

ダイヤちゃんは呆れたように溜息をつき、額に手を当てていた。

 

・・・面目無いです。

 

「案内してあげるわ。ついてらっしゃい」

「ま、マジ!?助かったよ!」

 

ダイヤちゃんは校舎の方を向き、スタスタと歩いていく。

 

「置いていくわよ」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

ダイヤちゃんに着いて行き、校舎内に入る。

玄関から少し歩いたところに職員室があった。

 

「ここよ。わたくしはここで帰らせて貰うけど、失礼のないように」

「分かってるよ。本当にありがとう」

「明日から同じ学舎で学べることを楽しみにしてるわ」

 

そう残してダイヤちゃんは元来た道へ戻って行った。

硬いけど何だかんだ面倒見いいよなぁ、と心で呟き、1度深呼吸をした。

よしっ、と気持ちを落ち着かせ、職員室の扉をノックすると、中からはい、と声が聞こえたのを確認して扉を開けた。

 

「編入生の北野です」

「北野くんね。こっちへ来て」

 

俺を呼んだのは中背でショートカットの女の先生だ。

 

「初めまして。これから1年間、あなたの担任を努めさせていただきます。中根です」

「よろしくお願いします」

「知ってのとおり、この浦の星女学院は生徒数が少なくて各学年1クラスしかないの」

「1クラス?」

「ええ。援助が続いてるからなんとか存続してるけどもう長くはないんです。そこで呼ばれたのがあなた!と言っても特に気を詰める必要もありません。ただ、1度しか無い高校生活を楽しんで、宝にしてください。それが私たち、教師全員の思いです」

 

ここまで黙って話を聞いていたが、あまりにもいいことを言ってくださるもので、感動してろくに言葉も出なかった。

簡単に楽しみます、とか早く馴染みたいです、とかそんな小学生みたいな言葉しか出てこなかった。

 

「はい。じゃあ、明日からは普通に登校して来て下さい。あなたの事は全生徒に軽く言ってありますので。あと、北野くんと同じでうちのクラスに転校生が来るんですよ」

「え、男のですか?」

「ふふっ、残念。女の子です」

 

· · ·ですよねー。

 

先生から今の2年生の1年の頃の名簿を貰い、今日はこれで終わり。

 

学校を出るとどっ、と疲れが押し寄せてきた。

今日は大人しく家に帰って、いよいよ始まる新学期に備えよう。

 

重たい足を引きずるように歩き、バス停が見えてくると、丁度バスが発車して行った。

距離も少しあったためか、運転手は俺に気づいてないみたいだ。

まあ仕方ないか、とバスの時刻表を見る。

 

「・・・次が1時間後・・・」

 

俺は夕日に染まり始めた目の前の海を近くに寄ってきたウミネコに餌をあげながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく家に帰って、身の回りのことをこなし終えると既に0時頃、やっと愛しのベッドへダイブ。あ~、海にもダイブしたい。

なんて、考えていると意識は暗い睡眠の中へ潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、登校初日。

浦女前のバス停に降り、朝の潮の香りをうんと吸い込む。

 

女子生徒のひそひそ声をなんとか耐え抜き、職員室前まで到着。

学校全体にしっかり連絡が行き届いていたため、通報はされずに済んだ。本当によかった。

 

昨日と同様に職員室へ入るとやっぱり中根先生が手招きして呼んでくれる。

 

「おはようございます。登校初日お疲れ様でした」

「あ、あはは。やっぱり、女の子のひそひそ話って、精神的に結構来ますね」

「悪口は無いと思いますよ」

「だと、いいんですけど· · ·」

「さて、そろそろ転校生さんも来ると思いますし、ずっと立ちっぱなしは可愛そうなので、隣の会議室で待っててください」

「あ、はい」

 

先生に案内され、少し小さな部屋へ入る。

長机を向かい合わせに2つ合わせ、パイプ椅子が片側5個づつ並べて置いてある。

 

「時間が来たら呼びに来るので自己紹介でも考えたらどうでしょう?」

 

そう言って先生は笑い、戸を閉めた。

1番手前の椅子に座り、ぼーっ、と天井を眺めながら自己紹介の挨拶を考える。

 

ほんの数分後。再び扉が開く。

もう朝礼かな、と思って扉の方を向くと、先生ではなく女子生徒が立っていた。

恐らく、彼女が転校生なのだろう。俺と同じで時間が来るまでここで待つように言われたようだ。

 

入ってきた女子生徒は俺の顔を見ると、目を見開き、持っていたカバンは床に落ち、両手で顔を覆った。

何か様子がおかしい。

 

「嘘· · ·。かず· · ·や、くん?」

 

聞き間違いなんかじゃない。彼女は俺の名前を確かに呼んだ。

その瞬間、まだ東京にいた頃によく遊んだ幼馴染みと彼女の面影がピッタリと重なった。

 

当然背は伸び、髪型も違う。でも、あの綺麗で長いあの赤髪。つり気味の猫のような目だが、優しい整った顔立ち。

 

俺は椅子からゆっくり立ち上がって彼女を正面から見据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

· · · · · ·見間違えるはずが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

· · · · · ·俺は何度も呼んだ彼女の名前を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「· · · · · · · · · · · ·梨子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸にトン、と衝撃を受ける。

 

胸にあるのは彼女の頭。

 

両手は俺の腰に回し、しっかり抱きしめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逢いたかった· · ·。ずっと、ずっと、逢いたかったの」

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の様な春の香りを匂わせ、俺の運命は少しづつ変わって行く。




再会を果たした和哉と梨子。
2人の新生活はどうやらせわしくなりそうで・・・。

九条ユウキ様 、☆10評価
tatumi様、☆9評価ありがとうございます!

皆様のおかげで評価点9.2点を頂くことが出来ました!
まさか、オレン「みかん!!」・・・みかん色をを超えて赤色とは驚きを隠せませんでしたね。
皆様に楽しんでもらえる作品を頑張って作っていきますので、よろしくお願いします!

「何度も言ってるでしょ!みかん色なの!み・か・ん・い・ろ!!」

ごめんなさい・・・、千歌さん・・・。

「また次回会おうね!」


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#2 予感

〜前回のあらすじ〜
急遽浦の星女学院への編入が決まった和哉。
過ぎ去っていく春休みを終え、登校初日。
彼は幼馴染みの桜内梨子と再開した。


「逢いたかったの· · ·。和哉くん・・・」

 

頭が追いつかない。なんでここに梨子が?

なんで東京からこんな田舎に?

 

分からない。まとまらない思考ばかりがグルグル回る。

 

しばらくして梨子は俺から離れると、しっかり俺を見据えて微笑む。

 

「5年ぶり、だね」

「そう、だね・・・」

 

2人とも次になんと切り出せばいいか分からず、黙ってしまう。

梨子は久しぶりに再会したというのにあの頃のように話しかけてくれた。

でも、俺は約束を破ったことを未だに引きずっている。

あの時のことを謝りたい。けど謝って、それでハイ仲直りと出来るのだろうか。

 

「共学化のテスト生って和哉くんだったんだね。知ってる人でよかったよ。くしゅん」

「理事長直々のお願いで。梨子はなんでここに?」

「わ、私は。その· · ·」

 

梨子は顔をふせて、何か言いづらそうにしている。

 

「2人とも、教室に向かいますよ」

 

外から先生が呼んでいる。

返事をして荷物を取り、梨子と2人で先生の後ろを歩き、2年生の教室の前まで行く。

 

それより、梨子はずっとクシャミをしている。風邪でもひいているのだろうか?

 

「2人は私が呼んだら入っててくださいね」

 

先生が教室で朝礼を始める声が聞こえてきた。

外で待つ俺たちは黙ったままだ。

自然と気まずい空気が流れ始める。

 

なんにせよ、梨子との関係はみんなには言えないな・・・。

 

「では、ここで転校生の紹介をします。入ってきてください」

 

助かった・・・、と思い、俺は扉を開けると女子生徒たちのはしゃぐ声が教室に響く。

 

確か、千歌と曜も同じクラスなんだっけ・・・。

 

教室を見回すと、窓側の1番後ろに千歌、その隣に曜がいた。

曜は俺の顔を見ると目を丸くしてジーッ、と俺の顔を見ている。

千歌はなぜか、音楽の教科書とにらめっこしている。

 

「では、自己紹介をお願いします」

「は、はい!」

 

自己紹介は梨子からだ。

正直、梨子と再会して自己紹介どころじゃなかったし、考える時間が少しできた。

 

「東京から転校してきました。くしゅん!失礼。桜内梨子です。よろしくお願いします」

 

梨子が一礼すると、教科書とにらめっこしている千歌と、いまだに状況を理解できていない曜以外の生徒が拍手をした。

梨子は顔を赤くして、少し照れている。

さて、次は俺の番だ。

 

「共学化テスト生として今日からここに通うことになりました。北野和哉です。正直、男子1人心細いですが、頑張りますので、よろしく」

 

俺も一礼すると、やっぱり拍手してくれた。

 

すると、ようやく千歌は異変に気づいたらしく、顔を上げ、こちらを見ている。

 

「えぇー!!??なんでカズくんここにいるの!?」

 

今更かよ · ·、と呆れながら千歌を見る。

 

「って、あぁ!!奇跡だよ!!」

「あ、貴女は!」

 

千歌は隣の梨子を見ると、それは太陽のような笑顔でこちらに走ってくる。

 

「一緒にスクールアイドル始めませんか!?」

 

いきなりの急展開で今度は俺が状況を理解できてない。

 

千歌は梨子に手を差し出し、スクールアイドルに誘っている。

というか、2人は知り合いだったようだ。

これに対し、梨子も笑顔を見せる。

 

え、引き受けるの· · ·?

 

「ごめんなさい」

 

深々と頭を下げる梨子。

あんな笑顔で断るやつ、初めて見た気がする。

 

「へ?」

 

千歌もこの有様だ。

あんな笑顔をされたんだ。引き受けてくれると思ったのだろう。気の抜けた声を出したいる。

 

「えええええええええぇー!!??」

 

千歌の叫び声が教室にこだました。

でも、俺はそんな千歌を見て、何か企んでいると直感し、また振り回されるのだろう、と今から少し心が弾んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームルームが終わると転校生が必ず通るイベント、質問攻めの時間が始まる。

梨子だけでなく、俺もだ。

そもそも今の席が教室の扉に1番近い後ろで、その前に梨子の席。

自然とここだけに人が集まってくる。

 

「ねえ!東京から来たってどうして」

「親の仕事の都合で・・・」

「趣味とかは!?」

「え、えっと・・・。あんまりないかな・・・」

「じゃあじゃあ!」

 

梨子は捌ききれない質問の量に目を回し始めていた。

かく言う俺も梨子のことを気にする余裕もあるはずない。

 

「なんでまた浦女に?」

「理事長が俺の知り合いでさ。頼まれたんだよ」

「何かハマってることとかは?」

「んー。ダイビングかな。ほら、3年生の松浦果南。あの人の家によく通ってる」

「ねえねえ!彼女とかは?」

「彼女!?」

 

いきなりの質問で驚く。

その瞬間、梨子と千歌の視線がこっちに向いた気がした。

 

「い、いないけど・・・」

「えー!沼津の方に住んでるって言ってたから前の学校で付き合ってるとか思ったのにー」

 

質問してきた子は不満気に口を尖らせる。

 

「そういうのに縁がないんだ」

 

それを言うと視線が消える。

気のせいだったのだろうか。

 

・・・深く考えないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休み時間の度に起こる質問攻めに俺と梨子はダウン状態。

だが、なんとか捌ききり、初日を乗り切れた。

 

「カズくん、大丈夫?」

 

机に突っ伏している俺は顔だけぐりっ、と動かし、呼ばれた方を向く。

 

「ああ、千歌と曜・・・。どーしたの・・・?」

 

立っていたのは心配そうに俺を見ている千歌と曜。

なんだかんだ、今日2人と話すのは初めてな気がする。

 

「大変だったね。私も和哉くん見た時驚いちゃったから」

 

曜が俺の頭を撫でながら言う。

 

「秘密にしてって言われたから。言えなくてごめん」

「それって理事長から?」

「そんなとこ」

 

ふーん、と曜は生返事をした。

 

「それより、カズくん。桜内さん知らない?」

「え?り・・・桜内さんなら前に」

 

千歌の言葉で前の席を見ると梨子の姿はなかった。

 

「あれ?さっきまでいたんだけど・・・」

「もう帰っちゃったのかなぁ・・・。残念」

 

千歌が表情を暗くして呟く。

 

「話したかったの?」

「まあね。でも帰っちゃったみたいだから仕方ないよ。私とよーちゃんはやることあるから、カズくんは先に帰っていいよ」

 

その言い方だと、これからは2人と帰るのは確定事項みたいだ。

 

初耳なんですがね。

 

今はそんなことに突っ込む余裕もないし、千歌の言葉に甘えることにした。

 

「そうするよ。また明日」

「うん!明日ね!」

 

千歌と曜に見送られながら教室を出る。

途中廊下でピアノの音が聞こえてきた気がしたが、特に気に止めず、学校を出る。

 

とにかく、明日から何か千歌がアクションを起こすと感じた俺は大人しく帰路についた。




忙しく過ぎ去った1日と何やら企んでいる千歌。
和哉は根拠の無い予感に心を踊らせる。

「いや、弾ませはしたけど踊ってはないよ」

一緒じゃないですか。

「ま、まあ・・・。俺の中では違うから。千歌がやることなんてろくなことないから」

そうなんですね。
ところで、梨子さんとはどうなんですか?

「え?あー、うん。また次回!」

ちょっとぉ!?


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#3 全力勧誘!

〜前回のあらすじ〜
転校後ということで質問攻めにあい、ダウン寸前の和哉。
そして千歌の企みが明らかになる。


転校2日目。

昨日ほどではないが、クラスメイトからの質問攻めに少し参ってきている、放課後。

机に突っ伏し、ぐでっ、としていると曜がやって来た。

 

「お疲れ様。これ飲む?」

 

そういって差し出したのは紙パックの牛乳。

 

「うん。貰う。ありがとう、曜」

「へへっ。どういたしまして!」

 

ビシッ、と敬礼する曜。

 

「千歌は?」

 

千歌の姿が教室に見当たらず、曜に尋ねる。

 

「千歌ちゃんなら」

 

曜は教室の入口の方を指さす。

 

「スクールアイドルやりませんか!?」

 

そう、千歌は休み時間の度に梨子に近寄り、スクールアイドルの勧誘を行っていた。

 

「ごめんなさい」

 

ペコリと頭を下げ、断る梨子。

 

「そこを何とか!桜内さんなら絶対人気出るよ!」

 

食い下がる千歌。

 

「そういうのはよく分からないし。それに向いてないから」

 

梨子は教室を出て、逃げていった。

それを見送る千歌はがっくり、と項垂れていた。

 

「曜。この学校ってスクールアイドルいるの?」

「いないよ。というか、和哉くんはスクールアイドル詳しいから知ってるでしょ。だから千歌ちゃん、設立しようとしてるの」

「まあ、千歌よりは詳しい自信はあるよ。スクールアイドルはいるけどラブライブのランキングに登録してないってケースもあるから」

 

そもそも今の浦女はスクールアイドル部自体無いのか。

少し前にはここにもいたんだけどなぁ。

 

みんな、こんな田舎じゃ無理とか、向いてないとかでやらないのかもしれない。

でも、スクールアイドルっていうのは無理とかそんなんじゃなくて、その人のやる気が問題だと思う。μ'sのあの人も言ってたし。

 

「それで、人数は」

「2人だよ」

「千歌と誰?」

「私!」

「曜が?スクールアイドル好きだっけ?」

 

正直意外だ。それに、曜は飛込みの選手だから尚更やりそうにないのに。

 

「私ね、前からずっと思ってたんだ。千歌ちゃんと一緒に全力で何かやりたいなって」

「それで、スクールアイドル?」

「スクールアイドルはたまたまだよ。あと、部活を立ちあげるからって私を頼ってくれたし」

 

そういった曜の表情はとても楽しそうで、見てるこっちも自然と笑顔になってしまう。

 

「よーちゃーん。カズくーん。またダメだった· · ·」

 

すると、ショボンとした千歌はのそのそとこっちへ歩いてくる。

まあ、梨子はやらなさそうだ。

性格的に考えて。

 

「千歌ちゃん、お疲れ様。どーしよっか。とりあえず、先生に申請書貰いに行く?」

 

曜は落ち込んでいる千歌の頭を撫でながら尋ねる。

 

「うん。そうする」

「じゃ、私たちは職員室に行くから」

 

2人は教室を出ていった。

知り合いもいなくなり、教室の居心地がちょっと悪い。

そこでふと思った。

2人がいない今、梨子を見つけてあの日の事を謝るチャンスなんじゃないか、と。決心が揺れないうちに行こう、と思い教室を出て、梨子を探す。

 

学園をウロウロして、何となく来たのは音楽室。梨子なら何となく音楽室にいるイメージがあったからだ。

音楽室の扉の前に立つと、中からピアノの綺麗な旋律が聞こえてきた。

 

そう言えば、昨日の帰りにもピアノが鳴ってたような。

 

昨日のことを思い出しながら、旋律に耳を傾ける。

 

「この曲って· · ·」

 

ベートーヴェンの『情熱』

俺が昔好きで、よく梨子に弾いてもらっていた曲だ。

そっ、と扉の窓から中をのぞく。

やっぱり、演奏していたのは梨子だった。

曲は中盤。これから盛り上がっていくところで演奏はピタリと止まった。

 

「どうして、やめたの?」

 

俺は音楽室に入り、ピアノの前に座っている梨子に聞く。

 

「和哉くん· · ·。少し、気分じゃなくなって」

「そっか」

 

梨子は椅子から立ち、窓から外の景色を見つめる。

音楽室に静寂が流れる。

 

「· · ·梨子」

「うん?」

 

梨子は俺の方を向き、首を傾げる。

 

「あの時は、ごめんなさい」

 

俺は深く頭を下げ、梨子に謝る。

あの日の事を、約束を破ったことを。

 

「あの時?・・・ううん。気にしてない。急に話が変わちゃったんだもの。仕方ないわ」

「そうだけど· · ·。でも、その後だって電話してくれたのに、意地になって出なかったり」

「それも気にしてないよ。だって、持っててくれてたから」

「え?」

「私のあげたキーホルダー、ちゃんと持っててくれてたでしょ?カバンについてるの見たの」

 

引越す前に梨子がくれたナシのキーホルダー。

時間が経ち、少し汚れたり、色もあせているが、しっかり、無くさず持っていた。

 

「それは、えっと· · ·」

 

口ごもると、梨子は近づいてきて、俺の右手を両手で握る。

 

「もういいの、自分を責めなくて。またあの頃みたいに一緒に笑えたら、私はそれだけで満足なの」

「· · ·梨子」

 

あの頃は目線はほとんど同じだったが、今は俺の方が高い。

少し上目遣いで見上げる梨子は、夕日の光と被ってとても綺麗だ。

 

すると、ポケットのスマホから着信音が流る。

ごめん、と梨子に謝り、スマホを見ると千歌から電話が来ていた。

 

「どうしたの?」

『カズくん、どこにいるの?もう帰るよ』

「分かった。教室にいるんだよね?」

『うん。よーちゃんといるよ』

「分かった。行くよ」

 

通話を終わり、携帯をポケットにしまう。

 

「友達から?」

「うん。千歌だよ」

「ちか?」

「あ、高海千歌。スクールアイドルやらないかってずっと誘ってきた子」

 

あの人· · ·、と呟いた梨子は苦笑いをしていた。

どうやら、千歌の勧誘が余程効いてるらしい。

 

「俺が先に行って千歌をつれてくから時間をずらして帰るといいよ」

「ええ。そうするわ」

「また、明日」

「また明日ね、和哉くん」

 

さよならをして音楽室から出る。

梨子とこれで仲直り出来たのかはまだあやふやだが、1歩前に進めたと思う。

 

教室に帰ると千歌は遅い!といいながら俺の手を引っぱって、早く帰るよ!と引きずられながら、下校となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日。朝から曜が家に、早く行こう!とわざわざ迎えに来てくれた。

俺と曜は家が沼津で、自宅もそれほど離れていない。

せっかく曜が来てくれた事だし、少し早めだが家を出ることにした。

バスに乗り、座席に座ると、隣に曜がちょこんと座る。

 

「私ね、こうやって和哉くんと一緒に登校してみたかったんだ」

「昨日言ってたことみたいな?」

「うーん。そんな感じかな。千歌ちゃんと和哉くんの3人で学校生活が出来るなんて奇跡だよ!!って千歌ちゃんみたいだね」

「いや、いいと思うよ。俺も奇跡だ、って思ってる」

「本当!?えへへ」

 

照れくさそうにハニカム曜。

クラスに曜がいてくれるのは本当に助かる。

まず、千歌は何かしらトラブル起こしそうな危なっかしさがあるし、梨子とはまだ少し距離感に戸惑う。

その点曜は落ち着いてるし、千歌のブレーキにもなってくれる。

本当に助かる。切実に。

 

「そういや、なんでこんな早く学校行くの?」

「それはね、千歌ちゃんが朝練しようって」

「朝練?」

「うん。ほら、一応スクールアイドルだからダンスの練習」

「なるほど。それで、俺は2人を見ればいいの?」

「その通りであります!話が早くて助かるよ」

 

ビシッ、と敬礼する曜。

 

『バスではお静かにお願いします』

 

アナウンスを聞いて俺達は、はっ、とし、そこから学校につくまで無言で乗っていた。

途中で千歌がバスに乗って来た。しかし千歌が来ても俺と曜はなぜか無言のままで、千歌はつまらない、とむくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浦の星女学院、中庭。

 

「ワン、ツー、ワン、ツー· · ·」

 

ベンチに置いた千歌のスマホから流るμ'sの曲にあわせて千歌がカウントをしながら踊り、その隣で曜も同じく踊っている。

俺は千歌のスマホの隣に座って2人の踊りを見ていた。

 

「また、だめだったの?」

 

踊りながら曜が千歌に尋ねる。

 

「あと1歩、あと一押しって感じなんだよね」

「ホントかなぁ· · ·」

 

じとーっ、とした目で曜は千歌を見る。

俺もよく千歌が梨子を勧誘している姿は見る。

廊下だったり、食堂だったり、体育のランニング中だったり。

とにかく付きまとっては勧誘の連続だ。

割とストーカーに近い気もする。

 

曲が止まり、曜はベンチに座り、千歌はその場で腕組みしている。

 

「だって、最初はごめんなさいだったのが· · ·」

 

千歌は梨子の声真似のつもりだろう、ぺこっと頭下げる。

 

「最近は、ごめんなさい· · ·、になってきたし!」

 

2回目のごめんなさいは声が低くなっていた。

梨子が嫌そうに断る姿が目に浮かぶ。

 

「それは明らかに嫌がってるやつだよ」

「和哉くん、言わないであげて。千歌ちゃん、気づいてないし」

「いざとなったら何とかするし!」

 

千歌は音楽の教科書を見せる。

 

· · ·前途多難すぎる。

 

「· · ·それはあまり考えない方がいいかもしれない· · ·」

 

曜だってこう言っている。

 

「それより、よーちゃんの方は?」

「あ、描いてきたよ!」

「描いてきた?」

「うん!よーちゃん、コスプレとか好きじゃない?だから、服とか作れるし!」

 

曜の代わりに千歌が答える。

そう言えばそうだった。

 

「コスプレじゃなくて制服!」

「一緒だよ」

 

なんて言い争っている2人。多分このままじゃ埒が明かない。

 

「とりあえず、曜がデザイン描いてきてくれたんでしょ?1回教室に行こう」

「そうだね」

 

中庭から教室に移動中、ふと思ったことがあった。

 

「というか、なんでり· · ·桜内さん勧誘しようとしてるの?」

 

そう。そもそも、梨子を勧誘している理由を俺は知らない。

 

「だって桜内さん、ピアノできるんだよ。初めて会った時に本人から聞いたもん」

「それで作曲担当になってもらおうと?」

「その通り!」

 

教室につき、千歌と曜は自分の席に座り、俺は2人の席の近くの席から椅子を借り、三角形の形を作り、向かい合う。

 

「よーちゃん!衣装は?」

「ふっふっふっ」

 

曜はわざとらしく笑い、カバンからスケッチブックを取り出す。

 

「どう!」

 

自信満々に見せてきたイラストには千歌に似た女の子、と言うより千歌が鉄道員のような制服を着て、笛を吹いて、指を指している。

 

「上手いね。流石、曜」

「おぉ· · ·。凄いね· · ·。でも、衣装っていうより制服に近いような」

 

確かにこれを着て踊るのはアイドルぽくない。そっちの界隈には受けるかもしれないが。

 

「スカートとかないの?」

「あるよ!はい!」

 

次に出したのは婦警さんの制服。これも千歌が着ている。

 

「え!いや、これも衣装というか、もうちょっとこう、かわいいのは」

 

珍しく千歌がまともな事を言っている、と思いながら曜のイラストを眺めていた。

 

「じゃあ、これかな!ほい!」

 

次は迷彩服にライフル。完全に自衛隊だ。

 

「武器持っちゃった!?」

「かわいいよねぇ!」

「かわいくないよ!むしろ、怖いよ!」

 

今回ばかりは千歌の意見に全面同意。

千歌も苦笑いだし。

 

「もー。もっとかわいい、スクールアイドルっぽい服だよ!」

 

流石に千歌が不憫なので、助け舟を出す。

 

「そうだよ。学校の制服ならまだしも、職業の制服着て踊るスクールアイドルはないよ」

「まあまあ。そういうと思って、それも描いてみたよ。ほい!」

 

そして、見せたイラストはまさにアイドルの衣装だった。

 

俺と千歌は2人揃ってわー、とかいう始末。

衣装はオレ「みかん色!」· · ·を基調としているノースリーブとミニスカートだ。

というか、これって。

 

「すごい!キラキラしてる!」

「でしょ?」

「こんな衣装、作れるの?」

「うん!もちろん。何とかなる!」

「ホント!よーし!挫けてるわけにはいかない!」

 

千歌はご満悦のようだ。

曜も最初からこの衣装を出せば良かったものを。

 

イラストを見て俺は少し気になったことを曜に聞いてみる。

 

「ねぇ、曜。この衣装って、μ'sが3人だった頃の衣装を参考にしてる?」

「流石、和哉くん。よく分かったね!」

「まあ、伊達にファンやってないよ」

 

すると、千歌はガタッ!と勢いよく立ち上がる。

 

「行くよ!よーちゃん!」

「へ?どこに?」

 

千歌は曜の手を取り、立ち上がらせる。

 

「ほら!カズくんも!」

 

俺の手を握ると同時に駆け出す千歌。

 

「ちょっ、タ゛レ゛カ゛タ゛ス゛ケ゛テ゛ェ~!!」

 

さっそく厄介なことに巻き込まれてしまったようだ・・・。




千歌たちのスクールアイドル活動の手伝いをやることになった和哉。
輝きを目指して始まる3人の活動はどうなる?

「うーん。まずは勢いよく帆を張ることからだよ!」

曜さんは本当に船が好きなんですね。

「大好きだよ!それに千歌ちゃんと和哉くんがいるからなんとかなるよ!」

2人を信じてるんですね。

「もっちろん!それじゃ次話に向かって〜、全速前進〜」

ヨーソロー!!
お楽しみに!


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#4 諦めない心が大事

〜前回のあらすじ〜
梨子の勧誘に失敗した千歌。
しかし、それでめげる彼女ではない。
彼女の進撃は止まらない!

「誰か止めてくれ!!」


「お断りするわ!」

「こっちも!?」

「やっぱり」

 

千歌に連れられ、俺たちは生徒会室に来ていた。

生徒会長のダイヤちゃんに部の申請書を提出したところ、開口一番で怒鳴られてしまった。

 

「部の申請には5人必要と言ったはずよ。・・・それ以前に作曲はどうなったの?」

「うっ・・・。それは・・・」

 

ダイヤちゃんの質問に千歌は顔を歪ませる。

どうやら以前にも提出していたようで、ダイヤちゃんに作曲をどうするのかと、聞かれていたようだ。

 

「多分、いずれ!きっと!!可能性は無限大!!!」

 

謎の動きをしながら千歌はなんとか取り繕う。

しかし、ダイヤちゃんは無表情で千歌を見る。

 

「そもそも、なんで貴方までいるの?」

 

次にダイヤちゃんは俺を睨む。

 

そんなに睨まなくたっていいじゃないか・・・。

 

「なりゆき?千歌たちの手伝いやることになったんだ」

「そう。また、ね」

「うん、また」

 

ダイヤちゃんはどこか嬉しそうな声で呟く。

 

隣で千歌が何やら唸っている。

だが、すぐに何か思いついたような表情をする。しかし、その表情も少し不安気だ。

 

「うぅ・・・。で、でも最初は3人しか居なくて大変だったんですよね、ユーズも」

 

そうそう、大変だったんだよ。μ'sも・・・。

ん?今千歌の奴、ユーズと言った?

 

ユーズ。

確かに千歌はユーズと言った。

そのせいでダイヤちゃんのこめかみがピクッ、と動く。

 

「知りませんか?第2回ラブライブ優勝の音ノ木坂学院スクールアイドルユーズ!」

 

得意気に話す千歌に対し、曜はダイヤちゃんの異変に気づいたようだ。

ダイヤちゃんと千歌の2人を交互に見て慌てている。

・・・かく言う俺も頭を抱えるしか無いわけで・・・。

 

タンタンタンタンタン。

 

ダイヤちゃんが机を指先で何度も叩く。

 

・・・骨は拾うから。

 

「それはもしかして、μ'sのことを言っているのではないのよね?」

 

ダイヤちゃんはゆっくり立ち上がり、生徒会室から良く見える海の方を見る。

その声はとても。それはとてもご立腹のようで。

 

そこでようやく千歌も気づいた。

自分のやらかしに。

 

「もしかしてあれ、μ'sって読む・・・」

 

ダイヤちゃんは肩を震わせながら勢いよく振り向く。

 

「お黙らっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

ダイヤちゃんは怒鳴り声をあげた。

 

・・・・・・終わった・・・。

 

「云うに事欠いて名前を間違えるですって!あぁん!?」

「ちょっ、ダイヤちゃん、落ち着いて・・・」

 

俺の言葉を無視してダイヤちゃんは千歌に詰め寄る。

 

千歌のやつは完全に地雷を踏み抜いたのだ。

それはもう見事に。

1発で戦争が起きるレベルの。

 

「μ'sはスクールアイドルたちにとっての伝説、聖域、聖典、宇宙にも等き生命の源ですわよ!その名前を間違えるとは!片腹痛いですわ」

 

完全に沸点に達してしまったダイヤちゃんは口調も変わり、μ'sがどういう存在かを千歌に教えつける。

 

「ち、近くないですか?」

 

機材の目の前まで追い込まれた千歌は割と余裕そうに言葉を返す。

 

「今のは千歌と近いを」

「そんな場合じゃないよ」

「だよね・・・」

 

くだらないダジャレを言っていると隣の曜にジト目で睨まれる。

 

「ふん!そんな浅い知識だとたまたま見つけたから軽い気持ちで真似してみよう、と思ったのですね?」

 

千歌から離れたダイヤちゃんは彼女を一瞥する。

 

「そ、そんなこと・・・!」

 

千歌もその言葉にむっ、と来たのか、声を強めて否定する。

 

「ならば、μ'sが最初に9人で歌った曲。答えられますか?」

 

突然始まるクイズ。

ダイヤちゃんは千歌を試しているようだ。

だが、まあ。これは知ってて当然だ。

 

「え、えっと・・・」

 

言い淀んでしまう千歌。

 

嘘だろ!?

ニワカってレベルじゃないよ!?

 

するとダイヤちゃんは再び千歌に詰め寄った。

 

「ぶー!ですわ!」

 

本当に終わった・・・。

主にダイヤちゃんが・・・。

 

俺は天井を仰ぎ、額を抑えるしかなかった。

 

「『僕らのLIVE 君とのLIFE』通称ぼららら。次、第2回ラブライブ予選でμ'sがA-RISEと共にステージに選んだ場所は?」

 

ダイヤちゃんの次に繰り出した問題の答え。これは有名だ。

こんなぶっ飛んだこと、後にも先にもこれしかない。

 

「ステージ?」

 

・・・まあ、千歌は知らないよね・・・。

 

「ぶっぶー、ですわ!」

 

背を向け、腰を振りながらリズミカルに効果音を口にするダイヤちゃん。

 

・・・楽しそうで何よりです。はい。

 

「秋葉原UTX屋上。あの伝説とも呼ばれるA-RISEとの予選ですわ。次、ラブライブ第2回大会決勝。μ'sがアンコールで歌った曲は」

「知ってる!」

 

千歌はダイヤちゃんが問題を言い切る前に手を挙げ、答えを言う。

 

「『僕らは今の中で』!」

 

しかし。

 

「ですが」

 

クイズお約束の問題は最後まで聞きましょう、という奴が発動した。

 

しかし、このダイヤちゃん。自分の知識自慢したすぎでしょ。

溜まってたのかな。

 

「曲の冒頭スキップしている4名は誰?」

 

出た!

ダイヤちゃんの誇るμ'sクイズの最高レベルの問題!

まあ、俺は分かるけど。

 

「えぇー!」

 

もちろん、千歌が答えられる筈もなく。

再び詰め寄ったダイヤちゃんが叫ぶ。

 

「ぶっぶっぶー!ですわ!」

 

その拍子に千歌はよろめき、後ろの機材に触れてしまった。

 

「絢瀬絵里、東條希、星空凛、西木野真姫!こんなの基本中の基本ですわよ!」

「す、すごい・・・。もしかして生徒会長、μ'sのファン?」

「当たり前ですわ!わたくしを誰だと」

「ダイヤちゃん・・・」

「んんっ!」

 

もう見ていられなくなった俺はダイヤちゃんの名前を呼び、今の状況を思い出させる。

 

「一般教養よ!一般教養!」

「「へー?」」

 

意地の悪そうなイタズラな笑みを浮かべる千歌と曜。

ここまでやってしまうと今更否定しても意味は無い。

 

「うっ・・・。第一!和哉さん!貴方がいながらなんという始末なの!」

「えぇ!?俺のせい?」

 

突然怒りの矛先が俺に向き、驚く。

 

「連帯責任よ!」

「俺は関係ないでしょ!?」

「と、とにかく!スクールアイドル部は認めないわ!」

「「えぇー!!??」」

 

スクールアイドル部の設立にはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に戻り、自分の席に座ると同時に俺は深いため息とともに、突っ伏す。

 

「大丈夫?大変だったみたいだけど・・・」

 

前の席に座る梨子がこちらを向き、心配そうに尋ねる。

正直、この教室で会話をしたことがなかったため、少しどぎまぎしてしまう。

 

「あ、あー。うん、結構やばかった」

 

主にダイヤちゃんが。

 

「みたいね。聞こえてきた限りだと」

「え?ここまで聞こえてたの?」

「聞こえてたと言うよりは・・・」

 

梨子はスピーカーを指差し、苦笑いをする。

 

「放送されてたわ」

「は?」

 

梨子の言っている事がまるで分からない。

どういう事だろう。

 

「突然放送で生徒会長さんのぶっぶっぶー!の声が聞こえてきて、μ'sの名前を呼んだり、和哉くんの名前を呼んだり。みんなポカン、としてたわ」

「まじか・・・」

 

どうやら千歌が触った機材は放送用の機械だったようだ。

 

まあ、自業自得だよ。ダイヤちゃん・・・。

 

俺は再び深いため息をつく。

すると。

 

「カズくーん、どうしよー・・・」

 

項垂れた千歌と困ったように笑う曜がやってきた。

 

「どうもこうもないでしょ」

「だよねー・・・。よし、こうなったらライブでダイヤさんをぎゃふん!とぉ」

「曲はどうするの?」

「そこなんだよぉ・・・」

 

元気になったと思ったらまた項垂れる千歌。

曜もなかなか酷なことを押し付ける。

 

「そこで!」

 

千歌はまたバカみたいに明るい声で大声をあげる。

 

「桜内さんの力が必要なんだよ!」

 

・・・結局はそこなんだ・・・。

 

「何度も言ってるでしょ。やらない」

「そこをなんとか!今ならお礼にカズくんあげちゃうから!」

「おい」

 

梨子はため息をつくと千歌の方へ体を向ける。

 

「確かに魅力的だけど、私にそんな暇はないの」

「え、ちょっと待って。どういう」

 

曜が今言った梨子の言葉を聞こうとした瞬間、担任の中根先生がやって来る。

俺も問いただしたいのだが。

 

「ほら、朝礼よ。戻らないと」

 

先生を見た千歌と曜は大人しく席に帰って行った。

 

「ねえ、梨子」

「何?」

「魅力的って・・・?」

「うーん」

 

梨子は顎に指を当て、少し考える。

 

「内緒♡」

「えー・・・」

 

俺、飼われたり、何かの実験に使われるの?

それともからかわれてるだけ?

 

「あ、それとこれ。私の連絡先」

 

梨子が差し出したのはメモ紙の切れ端。

そこには綺麗な文字で電話番号とメールアドレスが書かれていた。

 

「また連絡できなくなるのは嫌だから」

「・・・うん。分かったよ」

 

梨子はそう言うと黒板の方を向いた。

 

俺はメモ紙をしまい、今度は間違えない、後悔しない、と静かに心に決めた。




やっぱり上手く行かないスクールアイドル活動。
流石の千歌も少しは堪えたようだ。
これから千歌たちはどうする?

「まずはそのニワカ知識をどうにかすることよ」

あ、ダイヤさん。
こんにちは

「ご機嫌よう。貴方からも何か言うべきよ」

私は語るだけの立場なので。
それより、その口調話しにくくないですか?

「・・・今はこれでいいのよ」

そうですか。
考えてるんですね。

ヤザワ様、☆9評価
新庄雄太郎様、☆8評価ありがとうございます!

こんな評価をつけて頂き、感謝ばかりです!
次回もよろしくお願いします!


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#5 後輩がいました

〜前回のあらすじ〜
スクールアイドル部設立の申請に生徒会室へ向かった和哉たち。
しかし、生徒会長のダイヤに拒否されてしまい、途方にくれるのだった。


「はあ、前途多難すぎるよ」

 

放課後。

俺は千歌と曜とバス停の前の防波堤に座っている。

今日は天気も良いし、なにより風が気持ちいい。

海の上ではウミネコも元気に鳴いていて、それがまた俺の心を落ち着かせてくれる。

 

「そりゃμ'sのニワカだから、怒られるだろうさ」

「だって!あれUに見えたんだもん!はあ、部活立ち上げれないよ· · ·」

 

肩をガックリと落としてしょげている千歌。アホ毛も元気がなさそうだ。

 

「じゃあ、千歌ちゃん。やめる?」

 

曜が少し意地悪っぽく千歌に言うと千歌は息を荒らげて即答する。

 

「やめない!」

「だよね!」

 

2人はいつものやり取りをしている。

俺は近くに寄ってきたウミネコに持っていたえびせんをあげて、餌付けを楽しんでいた。

 

「あ!花丸ちゃんだ!おーい!」

 

千歌の声に驚いてウミネコは飛び去っていった。

 

あぁ・・・。

 

「うはぁー。やっぱりかわいい」

 

振り返ると背が低く、茶色の髪をセミロングにした女子生徒がいた。

なんというか、絵に書いた美少女だ。

 

「あ!ルビィちゃんもいる!おーい!」

 

千歌はにこにこ笑いながら手をぶんぶん振る。

確かに木の後ろに誰かいる。

 

ん?ルビィ?もしかして· · ·。

 

千歌はカバンから飴を取り出して木の方へ寄っていく。

 

「ほらー。こっちだよー。怖くない怖くなーい」

 

木の後ろからひょこっ、と顔を出したのは赤い髪をツインテールにした女子生徒。

飴につられ、ゆっくりと千歌に近づいていく。

手を伸ばし、飴を取ろうとするが掴む寸前で千歌は飴を取られないように引っ込める。

それを何度も繰り返し、少女をおびき出す。

というか、高校生に飴で釣る作戦が成功するなんて· · ·。

 

「とりゃー!」

「あ!」

 

千歌は飴を天高く放り投げる。

少女は切なそうな声を出して、飴を追って空を見上げる。

 

「捕まえた!」

「うゅっ!?」

 

千歌に捕まった少女はバタバタ暴れ、千歌の腕の中から逃げようとするが、抜け出せない。

かぽっ、と少女の口に投げた飴が綺麗に入る。

飴を舐め始めると抵抗が無くなっていき、千歌に抱きつかれたまま、美味しそうにしている。

 

「千歌、離してやりなよ」

「ちぇー」

 

千歌は飴を舐めている少女を離す。

少女は俺を見るとぎょっ、と目を見開く。

 

「和哉くん!?」

「やっ。久しぶりだね、ルビィ」

 

彼女は黒澤ルビィ。

内浦の良家である黒澤家の次女で、生徒会長黒澤ダイヤの妹だ。

ダイヤちゃんとは違い、小動物のような子で赤い髪をツインテールにしている。

 

「2人は知り合いなの?」

 

曜が後ろから尋ねる。

 

「まあね。ルビィのお姉さんの友達の繋がりで。結構前からの知り合いだよ」

 

説明すると、ルビィもこくこく、と頷く。

 

「ルビィちゃんに男の人の知り合いがいるなんて知らなかったずら」

「ずら?」

「あ、いいえ。なんでもないです· · ·」

 

俺が『ずら』と言う語尾に反応すると少女はしゅん、とする。

恐らく、ルビィの友達だろう。

語尾にずらってつくのは方言が強いのかな?

 

「えっと、俺は北野和哉です。共学化テスト生なんだ。学年は2年だけど、この学校では1年生だから。よろしくね」

「あ、はい!おら· · ·じゃなくて、私は国木田花丸です。よろしくお願いします」

「花丸ちゃんね。よろしく」

 

挨拶をすると、服の袖がくい、と軽く引っ張られる。

ルビィが引っ張っていたようだ。

 

「マルちゃんはね、中学校からのお友達なんだ」

 

嬉しそうに笑うルビィ。

 

そっか、人見知りで臆病なルビィにも大切な友達ができたんだ。

 

そう思うと自然にルビィの頭を撫でていた。

 

「曜ちゃん· · ·。ひそひそ· · ·」

「だね· · ·。うんうん· · ·」

 

千歌と曜が何やらこそこそ話しているが、今は気にしないでおこう。

それに、バスもたった今来た。

全員バスに乗り、座席に座ると千歌は1年生2人に話しかける。

 

「ねぇ、2人とも。スクールアイドルやってみない?」

「スクールアイドル?」

 

花丸ちゃんはなんで?とでも言いたげな顔で聞き返す。

 

「そう!2人ともかわいいから人気出るよ!」

「い、いえ!おら· · ·マルには図書委員の仕事があるし」

「そっかぁ、ルビィちゃんはどう?」

 

千歌に貰った飴を手に握ったまま、少し驚くと俯いて暗い顔をする。

 

「ルビィは· · ·」

「ルビィちゃん、ダイヤさんの妹ずら」

「ダイヤさん?生徒会長の!?」

 

驚く千歌。

確かにダイヤちゃんとルビィはあまり似てないし。髪の色だって何故か全然違う。

 

「何故か嫌いだしね、スクールアイドル」

 

ここで俺が突っ込むのは良くないよな。うん。

というか、あれを見て嫌いって思う?普通。

 

「ん?ということはルビィちゃんのお姉さんと知り合いってことは、カズくん、ダイヤさんと知り合いだったの?確かに朝、2人知ってる風な話し方してたし・・・」

 

千歌が何か思い出したかのように俺に尋ねる。

 

「うん。果南ちゃんと遊んでるとこに俺も呼ばれてね。ダイヤちゃんともう1人いたんだけど、その人は留学して· · ·」

「そうなんだ。寂しいね」

 

曜が少し気まづそうに話に乗る。

 

· · ·留学から帰ってきて、うちの理事長やってますとは流石に言えない。

 

「えー!なんかずるい!私も誘ってくれればよかったのに!」

「あー。なんというか、ダイヤちゃんは千歌みたいな騒がしいタイプ苦手だし、果南ちゃん気を使ったんじゃない?」

「どーゆー意味!?」

「そのままだよ」

 

千歌とぎゃーぎゃーいつものような口喧嘩を曜は笑って、1年生の2人は戸惑ったように見ていた。

 

「あ、花丸ちゃんたちはどこで降りるの?」

 

いきなり千歌は花丸ちゃんに話しかける。

花丸ちゃんは今の今まで俺と口喧嘩をしていたのにいきなり話をふられ、驚いている。

 

「えっと、沼津までノートを届けに行くところで」

「そっか、沼津までね。じゃあ、俺と曜は最後まで一緒だよ。ってノート?」

 

入学早々風邪でも引いて学校に行けてない子がいるのだろう。

なんというか、ツイてない。

 

「実は入学式の日のホームルームで自己紹介があって、そこで津島善子ちゃんっていう子が、堕天使とか、ヨハネとか、難しいこと言ってて」

「あれかな。中二病ってやつ?」

 

曜が花丸ちゃんに聞くが苦笑いでよく分からない、と返された。

 

というか、中二病で堕天使でヨハネで津島善子って、完全にあいつじゃないか。

 

「それ以来、学校に来なくなっちゃったずら」

 

不登校なのかよ!あの自称堕天使!

 

千歌と曜も苦笑いだ。

 

「って!もう家の近くだ!また明日ね、みんな!」

 

千歌はバスから降りるとしばらく外で手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスに揺られること30分ほど、ようやく沼津に着いた。

曜の家は俺の家と反対方向で、ここでお別れだ。

曜が元気よく走っていくと俺は1年生2人に話しかける。

 

「ねえ、俺もついて行っていいかな?」

「いいかもしれないですけど、善子ちゃん驚くんじゃ」

「大丈夫。あいつとは中学同じでよく絡まれてたから」

「なるほど。知り合いがいるって分かれば善子ちゃんも学校に来てくれるかもしれませんね」

 

俺は2人の後ろを付いていきながら何を善子に話そうか考える。

 

「和哉くん」

 

前を歩いていたルビィが振り向き、俺に声をかける。

 

「津島さんて中学生の時はどんなだったの?」

「んー。変なやつだけど、根は真面目でよい子だったよ。堕天使は初めて会った時からずっと言ってたよ」

「そうなんですね。善子ちゃん、変わってないずら」

 

ポツリと呟く花丸ちゃん。どうやら花丸ちゃんも善子と知り合いのようだ。

 

「花丸ちゃんも善子と仲良かったの?」

「どうなんでしょう。幼稚園が一緒でよく遊んでたんですけど、今の善子ちゃんはおらのこと面倒って思ってるかも· · ·」

「花丸ちゃん· · ·」

 

寂しそうな表情をした花丸ちゃん。

ルビィもどうしよう、とあわあわしている。

 

「そんなことないよ。きっと花丸ちゃんとまた会えて喜んでる」

「そうだと、嬉しいです。あ、ここです」

 

花丸ちゃんに言われ、立ち止まると、少し背の高いマンションがある。

ここが善子の家らしい。

なんだかんだ中学の時はよく善子と一緒にいたが、家までは知らなかった。

 

マンションの階段を登り、1室の扉の横で止まると、花丸ちゃんがインターホンを押す。

 

『はい?』

 

すぐに返事が帰ってくる。

 

「善子ちゃんのクラスメイトの国木田です。善子ちゃん?」

『ズラ丸?』

 

声の主は善子だった。

実際半信半疑だったが、まじで不登校のようだ。

 

「うん。ノート持ってきたよ」

『そう。開けるから待ってなさい』

 

通話が切れ、扉の鍵が開く音がする。

 

「ズラ丸」

 

善子は扉からひょこっ、と顔とノートをだす。

 

「はい。じゃあ、これは今日の分ずら」

「うん。いつも悪いわね」

「そう思うなら学校に来ないとね」

 

俺は謝る善子に口を出す。

 

「へ!?せせせせせ、先輩!?どうして!?」

「これ見ればわかるよ」

 

善子に自分の生徒手帳を見せる。

 

「え、浦の星の共学化テスト生?先輩が?沼津の高校に行ったって聞いてたけど」

「うん。色々あってね。それで、なんで不登校なの?」

「· · ·先輩には関係ないわ」

 

理由を話すつもりは無いらしい。

まあ、理由は花丸ちゃんに聞いてるけど。

 

「自己紹介でヨハネをやったんでしょ?それで不登校?」

「ヨハネじゃないわ!私は善子!何なの!バカにしに来たの!?早く帰りなさいよ!」

 

バタン!と勢いよく扉を閉めてしまった善子。

彼女は思った以上に重症だったようだ。

 

「和哉くん、今の言い方は酷いんじゃ· · ·」

 

ルビィが小さく言う。

 

「うん。反省してる。それに、正直驚いてて· · ·。善子が自分で『ヨハネ』を否定するとは思ってなかったんだ」

「それはおらも少し思いました。善子ちゃん、小さい頃は自分を天使って言ってて。だから、再会した時は変わってなくて嬉しかったずら。でも· · ·」

 

続きを花丸ちゃんは言わなかった。

3人とも扉の前に立ち尽くしたままだ。

 

「仕方ないね。今は善子が早く学校に来れるようになるのを応援するだけしかできない。今日は帰ろうか。2人は内浦でしょ?バス無くなるよ?」

「あ、はい。じゃあ、今日は帰ります。行こ、ルビィちゃん」

「う、うん。またね、和哉くん」

 

2人を見送り、俺はスマホを取り出し、メールアプリを起動させる。

宛先は『津島善子』

内容は短く。

 

『無神経すぎた。ごめん。でも、俺も花丸ちゃんもルビィも学校で待ってるよ』

 

送信完了と表示されると、スマホをしまい、家に向かってゆっくり歩く。

千歌のスクールアイドルの件、善子の不登校の件。

この2つをどうしよう、と考えながら夕焼けの道を歩くのだった。




スクールアイドル部の設立は絶望的。
後輩の津島善子は不登校。
和哉の周りには問題が山積みで・・・。
これをどう切り抜ける?

「何とかするし、何とかやるしかないよ」

強気ですね。

「俺にできることなんて限られてるからそれをやらないと」

ほほぉ。
千歌さんも喜びますよ。

「うーん。まあ、喜んでくれるなら嬉しいかも」

今回もありがとうございます!
賢いかわいいエリーチカ様、☆9評価ありがとうございます!
次回もお楽しみに!


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#6 海と太陽と君と

〜前回のあらすじ〜
スクールアイドルの設立。
梨子の勧誘。
善子の不登校。
あらゆる困難に見舞われる和哉たち。
一方梨子は?


side 梨子

 

内浦に引越してそろそろ1ヶ月が経とうとしていたある日。

私は家の最寄りのバス停の砂浜に立って夕焼けに染まる海を見ていた。

 

転校してからは色んなことがあった。

何年も前に別れた幼馴染との再会。

海の音を聴こうとして、海に飛び込もうとした私を引き止めた女の子がスクールアイドルをやらないか、とずっと勧誘してきたり。

 

スクールアイドルという名前を聞いた時、私は少しその話を受けようと思った。受けることで彼との繋がりが消えないような気がして。

 

でも、私は断った。スクールアイドルなんて知らないという嘘と一緒に。

私にはそんな時間なんて無い。

コンクール用の曲を作らないと。

ピアノをまた弾けるようにならないと。

周りの人の期待に答えないと。

あの恐怖を捨てて、またピアノと向き合うんだ。

 

改めて決心して家に帰ろうと思った瞬間、後ろから声がした。

 

「桜内さーん!」

 

あの日一緒に海に落ち、学校で顔を合わす度に勧誘してくるクラスメイトの女の子、高海千歌さんだ。

はあ、とため息をつき、どうやって断ったら諦めてくれるか考える。

 

「また海に入ろうとしてる?」

 

高海さんはしゃがんで私のスカートをまくり上げて、中に水着を来てないか確認している。

恥ずかしさと怒りでプルプルと体が震える。

ばっ、とスカートを抑えると同時に振り向き、高海さんを怒る。

 

「してないです!」

「よかった」

「あのね、こんな所まで追いかけてきて、答えは変わらないわよ」

「あ、違う違う。通りかかっただけ。あ、そういえば海の音は聴くことはできた?」

「· · ·」

 

そう簡単には聴けないと思う。そうだったら私がこんなに悩む必要なんて· · ·。

 

· · ·いけない。

焦りと不安でイラつき安くなってる。こんなのじゃダメだ。

 

「じゃあ、今度の日曜日空いてる?」

「どうして?」

「空いてたらここに来てよ。海の音、聴けるかもしれないから」

「聴けたらスクールアイドルになれって言うんでしょ?」

 

少し意地悪っぽく返す。

 

「うーん。だったら嬉しいけど、その前に聞いてほしいの。歌を」

「歌?」

「梨子ちゃん、スクールアイドルのこと全然知らないでしょ?だから、知ってもらいたいの!だめ?」

 

高海さんはどこまでもスクールアイドルが好きみたいだ。

そんな高海さんが小さい頃の私と重なって見えた。

 

「あのね、ピアノやってるって話したでしょ」

「うん」

「小さい頃からずーっとやってたんだけど、最近いくらやっても上達しなくて、やる気も出なくて。それで、環境変えてみようって。海の音を聴ければ何かが変わるのかなって」

 

いきなりこんなこと言って高海さんも困ってるはずだ。

 

「変わるよ、きっと」

 

私の手をそっと握る彼女は穏やかに笑う。

 

「簡単に言わないでよ」

 

ムッ、として強くあたってしまう。

 

「分かってるけど、そんな気がする」

 

この人が言うとなんだか本当にそんな気がする。

なんだか、太陽みたい。

 

「ヘンな人ね、全く· · ·。とにかくスクールアイドルなんてやってる暇はないの。ごめんね」

「うん。じゃあ、分かった。海の音だけ聴きに行ってみようよ。スクールアイドル関係なしに」

「え?」

「ならいいでしょ?」

 

握っている手を少し強める高海さん。

そこまで言うなら言葉に甘えて行ってみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日。

高海さんに言われた通り、浜辺に行く。

高海さんは既にいて、なぜか当たり前のように彼女の友達の渡辺さんまで一緒にいた。

 

「あ、おはよー!」

「おはヨーソロー!」

 

2人は笑顔で挨拶をする。

 

おはヨーソローってなんだろう· · ·、なんてことを考えながら2人に挨拶を返す。

 

「じゃあ、行こっか。あそこの船着場から定期船で行くんだよ」

 

高海さんの説明を聞き、2人の後ろを着いていく。

 

今日は少し曇りな天気。

船上の海風が少し寒い。

 

ほんの数分で定期船は目的地に着く。

船を降りるとすぐそこの看板には『淡島』と書かれている。

 

「で、あの建物」

 

高海さんが指を指した建物は『松浦ダイビングショップ』と大きく書かれているところ。

 

「潜るの?」

「そうだよ。お店に幼馴染みがいるから、スーツとか一式借りれるよ」

 

お店に到着すると店頭で店員さんがダイビングスーツを着てボンベを運んでいた。

 

「果南ちゃーん」

 

高海さんが呼ぶと店員さんが振り向く。

 

「お、来たね」

「うん!あ、この子が桜内梨子ちゃん!」

「千歌の言ってた転校生?珍しいね。私は松浦果南。浦女の3年だから、千歌と曜、それにあなたの先輩になるよ」

 

店員さんと思っていた女性は1つ年上の先輩だった。

驚いた。大人っぽくて綺麗で。

正直、高校生っぽく見えなかった。

 

「桜内梨子です。今日はわざわざすみません」

「いいよいいよ。気にしないで。形はどうあれ、この海に入りたいって思ってるなら、私はそれを手伝うよ」

 

ニカッ、とハニカム松浦さんはとてもかっこよく見えた。

ふと隣を見ると高海さんと渡辺さんがいない。

 

「あ、あれ?2人は· · ·」

「ああ、千歌と曜なら」

 

松浦さんが指を指した方を見ると既にダイビングスーツに着替えている2人がいた。

ダイビングスーツは紺色を基調として、高海さんはオレンジ、渡辺さんは水色のラインが入ったスーツを着ていた。

 

「はい、これ。梨子ちゃんの」

 

松浦さんは私にダイビングスーツと水着を渡す。

 

「水着?」

「うん。もしかして、裸のままスーツを着ると思ってた?」

「違うんですか?」

「あはは· · ·。そう思ってる人多いんだよ。濡れたダイビングスーツを脱ぐのって大変で、手伝わないとなかなか脱げないんだよ。だから」

 

そこではっ、として顔が熱くなるのを感じる。

 

「更衣室はあっちだから早く着替えておいで」

「はい」

 

ダイビングスーツと水着を受け取り、そそくさと更衣室に駆け込む。

 

 

 

 

 

 

着替えて再び店頭に行くと松浦さんはゴーグルとシュノーケルを準備していた。

 

「お、着替えてきたね」

 

私は髪をまとめて上げ、ピンクのラインの入ったスーツを着ている。

 

「梨子ちゃんは海の音が聞きたいんだよね?」

「はい· · ·」

「水中では人間の耳に音は届きにくいからね。ただ、海から見える景色はこことは大違い。見えてるものからイメージすることはできるかもね」

「イメージ· · ·」

 

やっぱりただ潜ったところで聞くことはできない。

イメージが大事だって言われても今の私に上手くできるかどうか· · ·。

 

「あ、カズくーん!」

 

ふと、高海さんが誰かの名前を呼ぶ。

船着場の方を見るとそこには私の幼馴染がいた。

 

「千歌に曜じゃん。潜るの?」

「うん。桜内さんのお手伝いだよ」

「桜内さん?」

 

不思議そうな声を出した彼は店頭の私と目が合う。

 

「海の音が聞きたいらしいよ」

 

渡辺さんが和哉くんに説明をする。

 

「暖かい季節になるとほぼ毎週来るんだよ、あいつ」

 

隣で松浦さんが呆れたような嬉しいような、複雑な表情で微笑んでいる。

 

「そんなに?」

「うん。初めて会った時に無理矢理潜らせたらハマっちゃったみたいで」

「そんな強引に?」

「ものすごく暗い顔してたから。転校してきたばかりって言ってたしね。それに、その時の海を見ていたカズって海に消えちゃいそうな感じだったんだよ。約束を破ったとか、言ってたっけ」

 

転校してきたばかり?

じゃあ和哉くん、本当に私と離れたのが辛かったんだ· · ·。

自惚れしすぎかもしれないけど、もしそうだったら嬉しい。

 

「果南ちゃん。今日、俺はお邪魔虫かな?」

 

少し自分の世界に入っていると和哉くんは私たちの近くまで来て、話しかけてきた。

 

「どうだろう?梨子ちゃんに聞いて」

「え!?わ、私は構いませんけど· · ·」

「ん。じゃあ、カズもオーケー」

 

ありがとう、と一礼すると和哉くんは店の更衣室に向かっていった。

 

「聞きたいんだけど、カズが言ってた約束を破ってしまった友達って梨子ちゃん?」

「· · ·はい」

「やっぱりか· · ·。なんだか、態度がよそよそしかったしね。カズも不器用だから」

 

そっか。和哉くんを元気にしてくれたのはこの人たちとこの海なんだ。

でも、私がここに来たから。ここに来て、イレギュラーとして和哉くんの日常に割り込んじゃったんだ。

 

最近はいつもだ。

何かあるとだんだん、ネガティブな思考に沈んでいく。

 

「梨子ちゃん?」

「は、はい!?」

 

松浦さんに呼ばれ、ハッ、とする。

 

「カズも来たから船に乗るよ」

 

松浦さんの後ろを付いていき、全員で小型船に乗り込む。

 

「あれ?誰が運転するんですか?」

 

船の上には私、松浦さん、高海さん、渡辺さん、そして和哉くんしかいない。

松浦さんの親の影も見えない。一体誰が· · ·。

 

「私がやるんだよ」

 

松浦さんがさも当たり前のことのように言う。

え?免許とかって· · ·え?え??

 

「じゃあ、出発するよー。落ちないように」

「おー!」

「ヨーソロー!」

 

高海さんと渡辺さんが手を挙げ、元気に返事する。

和哉くんも海の風に吹かれて気持ちよさそうにしている。

なんだか、絵になるなぁ、なんて呑気なことを考えていると船が動き出した。

 

あ、意外と揺れない。風が気持ちいいかも。

 

出発して5分ほど船が止まる。

ポイントに着いたようだ。

 

「この辺かな。潮の流れは早くないけど、あまり離れすぎないようにね」

 

松浦さんから注意を受け、ゆっくり海に足をつける。

まだ少し冷たいがこの前海に落ちた時よりは暖かくなっている。

息を吸い、そのまま海に降ると、視界が一気にダークブルーになる。

 

音は何も、聞こえない· · ·。

高海さんと渡辺さんが近づいてジェスチャーで『どう?』と聞いてくる。

私は首を振り、駄目、と返事をする。

1度息継ぎに海面まで浮上することにした。

 

「ぷはっ· · ·!」

「気分は悪くない?」

 

渡辺さんが顔をのぞき込む。

 

「ええ。· · ·何も掴めてないからまた潜るわ」

 

それからしばらく経っても何も聞こえない、イメージできない。

行き詰まったことを察した2人の提案で1度船に戻ることにした。

 

「イメージかぁ· · ·。難しいよね」

 

高海さんが聞いてくる。

 

「簡単じゃないわ。景色は真っ暗だし」

「真っ暗· · ·。そうか!もう1回行ってみよう!」

 

高海さんが何かを思いついたらしく、それに続くことにした。

 

「待って、俺も行く」

 

さっきまで別の方向へ潜っていた和哉くんが船に戻ってきていた。

 

「千歌と曜はまだまだ大丈夫かもしれないけど、桜内さんは初めてだからそろそろきついと思う。何かあってもいいように俺も行くよ」

 

そうだね、とみんな頷き、再び潜る。

 

正直、和哉くんが一緒に行くと言ったのは嬉しかった。

心のどこかで彼と潜るのに期待していたのかもしれない。

 

やっぱり海の中は暗く、数メートル先を泳ぐ高海さんと渡辺さんの姿を見るのがやっとだ。

すると、すぐ横を泳ぐ和哉くんが私の肩を叩き、前を指さす。

指さした方を見ると2人はこちらを振り向き、上を指さしていた。

視線を上げていくと少しずつ海が明るくなっていくのが見える。

その光景に感動しながら光が差し込んでいくのを見つめ続ける。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえた。

確かなピアノの旋律。

あの時と同じでキラキラ光っている何かの音。

隣にいる幼馴染みを見て、はっきり分かった。

 

 

 

 

 

 

そうなんだ、これが海の音。

そして、君がいるから『音』が纏まるんだね。

いつから君を見失ってたんだろう。

本当、馬鹿だな、私。

 

 

 

 

 

 

海面に一気に浮上して荒い呼吸を整える。

すると、高海さんと渡辺さんも浮き上がって、私に寄る。

 

「ねえ!今、聞こえなかった!?」

 

高海さんが嬉しそうにはしゃぐ。

 

「うん!私も聞こえた気がした!」

 

渡辺さんも同じだ。

きっと聞こえた音はみんな違う。

でも、それでいいんだ。音楽はそうなんだから。

 

私たちは3人で抱きしめ合って、そのまま笑いあった。

和哉くんは私たちの後ろで優しく微笑んでいた。




海の音と大切なものを見つけた梨子。
和哉との関係はどうなる?

「みんなのおかげで少しだけ前に進めるようになったわ」

はい。
良かったですね。
やっぱり和哉さんの存在ですか?

「か、和哉くんはもちろんだけど、その・・・。高海さんと渡辺さん。それに松浦さんが手伝ってくれたから・・・」

この町は温かいでしょう?

「ええ。本当に」

次回も梨子さんの視点です。
ではまた。


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#7 ダイスキの気持ち

〜前回のあらすじ〜
ダイビングを経験し、大切なものを掴んだ梨子。
そして彼女は1つの答えを見つけた。


「えぇ!?嘘!?」

「ホントに!?」

 

次の日の放課後。

私は高海さんと渡辺さんに昨日の夜決めたことを伝えた。

 

「ええ」

 

伝えたことは2人が始めるスクールアイドル。

その作曲をやることだ。

 

昨日のお礼もあるのだが、どちらかと言うとピアノのリハビリになればいい、と思ったからだ。

 

「ありがとう・・・。ありがぶへっ!」

 

感極まった高海さんは泣き出しそうな声で私に勢いよく抱きつこうとしてきた。

だが、私はそれを避ける。

 

「待って。勘違いしてない?」

「え?」

 

倒れかけた高海さんは近くにいたクラスメイトに抱きついていた。

 

「私は曲作りを手伝うって言ったのよ。スクールアイドルにはならない」

「えぇー!」

「そんな時間はないの」

「そっか・・・」

 

私の言葉に納得した高海さんはしょぼん、とする。

 

「仕方ないよ。無理には言えない」

 

渡辺さんも納得してくれたようだ。

 

ふと、後ろの席の和哉くんをチラリ、と見る。

彼は今の光景を微笑ましそうに眺めている。

 

・・・昨日松浦さんに言われたように彼は私に対してよそよそしい。

2人になった時は下の名前で呼ぶのだが、誰かが近くいると決まって『桜内さん』と呼ぶ。

なんだかそれがもどかしいと私は感じていた。

 

だったら、言うならここよね。

 

私は和哉くんの目の前に立つ。

彼はきょとん、とした顔をして私を見ている。

私はクスッ、と笑うとみんなの方を振り向くと、みんな和哉くんと同じようにきょとん、としていた。

 

「今まで話してなかったけど、私と和哉くん、幼馴染みなの」

 

私が言うと教室中がシーン、と無音になる。

高海さんと渡辺さんは驚きのあまり目を丸くしていた。

和哉くんの反応が気になり、振り向くとぎょっ、とした顔で固まっていた。

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」

 

真っ先に声を出したのは高海さんと渡辺さん。

2人は物凄い勢いで和哉くんを囲む。

 

「どういうこと!?」

「そうだよ!説明して!」

 

2人の圧に圧倒されてしまう和哉くん。

そんな姿を今まで見たことなかったからか、とても面白い。

 

「い、いや。なんというか・・・。桜内さんが言ってることは」

「梨子」

「へ?」

「梨子って呼んで。いつもみたいに」

「「いつも!?」」

「り、梨子の言ったことは本当だよ。こっちに引越してくる前の友達だったから・・・」

 

照れて恥ずかしがりながらそう言う和哉くんはとても新鮮で思わず顔がにやけてしまう。

 

「よ、よーちゃん・・・。ヒソヒソ」

「うんうん。そうだね、千歌ちゃん」

 

高海さんと渡辺さんは2人で何やら怪しい相談事をしている。

 

「よしっ!」

 

何か決まったようだ。

高海さんは立ち上がり声を大にして言う。

 

「カズくんの処理はおいおいとして」

「待って。処理って何?」

「曲作りを手伝ってくれてありがとう!」

 

和哉くんのことは無視らしい。

少し不憫に思いながら私は高海さんに当然できているであろうモノを要求する。

 

「えぇ。じゃあ、詞を頂戴」

「し?」

 

高海さんは頭に?マークを浮かべると、し、し、し、と言いながら廊下を覗いたり、ベランダに出てみたり、自分のカバンを開けてみたり。

一通り探し終えたのだろう。

私の元に帰ってくる。

 

「しって何〜?」

 

しかもなぜかミュージカル調だ。

 

「多分〜歌の歌詞のことだと思う〜」

 

渡辺さんもそれに乗っかる。

 

「「歌詞?」」

「はぁ・・・」

 

2人の反応から察するに、歌詞はできていないようだ。

後ろで同じようにため息をつく和哉くんの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?ここって・・・旅館でしょ?」

 

学校を出て3人に連れてこられたのは立派な旅館。

名前を『十千万』

 

「そうだよ」

「ここなら時間気にせず考えられるから。バス停近いし、帰りも楽だしね」

 

いや、聞きたいのはそういう事じゃなくて・・・。

 

「ここ、千歌んちなんだよ」

「そうなんだ」

 

和哉くんの説明に少し驚く。

すると。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

何やら短く呼吸をする音が聞こえる。

私は恐る恐る、声のする方を向く。

 

・・・・・・居た・・・・・・。

 

犬だ。

しかも大きい。

犬は私を見据えたまま、綺麗なお座りをしている。

 

「あら?そちらは千歌ちゃんの言ってた子?」

「うん!志満ねぇちゃんだよ!」

 

ふと耳に入ってきた声に、少し驚き、3人の方を見ると、大人の女性が増えていた。

紹介にもあったように、高海さんのお姉さんのようだ。

 

「桜内梨子です」

 

笑顔でお辞儀をし、再び犬を見る。

犬は先ほどと同じように、お座りをしたままだ。

目をそらしてはいけない。

そらした瞬間に私は・・・、死ぬ!!

 

「わん!」

「ヒィいいいいいい!!?」

 

いきなり吠えたことに驚き、私は一目散に玄関へと入っていった。

 

・・・プリンと叫んだ高海さんの声は気のせいだろう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷すぎるよ!志満ねぇが東京で買ってきてくれた限定プリンなのに!そう思わない!」

 

現在、高海さんの部屋。

高海さんはもう1人のお姉さんに大事にしていたプリンを食べられてしまい、伊勢エビのぬいぐるみを抱きしめたまま御機嫌斜めだ。

 

プリンと叫んでいたのは本当だったのね・・・。

 

と、まあ、正直それはどうでもいい。

今日ここに来たのは別の目的があるからだ。

 

「それより、作詞を・・・」

 

タン!とすぐ後ろで襖が勢いよく開く。

 

「いつまでも取ってとく方が悪いんですー」

 

もう1人のお姉さん、美渡さんだ。

 

「うるさい!」

 

高海さんは持っていたぬいぐるみを投げる。

しかし、それは私の顔面にクリーンヒットする。

 

「甘いわ!そりゃっ!」

 

美渡さんも何か投げたようだが、それも私の首にスポリ、とハマる。

 

「・・・・・・」

「やばっ・・・」

 

私は無言で立ち上がる。

 

「失礼します」

 

ピシャっ、と襖を閉める。

 

「さあ、始めるわよ」

「よーちゃん、もしかしてスマホ変えた!?」

「うん!進級祝い!」

「いいなぁー」

 

この人たちは・・・。

 

私は畳をドン!と踏みつける。

そして、顔をずいっ、と近づける。

 

「はーじーめーるーわーよ」

「「・・・はい」」

 

顔についていたぬいぐるみはころり、とその場に転がった。

 

さて、和哉くんは?

やけに静かね。

 

そう思った私は部屋を見回すと、彼は部屋の隅に座ったまま船を漕いでいた。

私は彼をさすり、起こす。

 

ようやく作業の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん・・・」

 

高海さんはペンを握ったまま唸り続ける。

何か思いつくと紙に書き、それを消しを繰り返し、かれこれ数十分は経つが、進歩は0だ。

 

「やっぱり恋の歌は無理なんじゃない?」

 

高海さんが詰まっている原因はこれにある。

恋の歌。

アイドルと言えば恋の歌。

それを高海さんはやろうとしていた。

 

「やだ!μ'sのスノハレみたいなのを作るの!」

 

二言目にはこれだ。

高海さんにとってμ'sはとても大きな存在のようだ。

 

「そうは言っても、恋愛経験はないんでしょう?」

「なんで決めつけるの」

「あるの?」

 

やや煽るように言ってみる。

 

「えっと・・・」

 

高海さんは視線をチラチラどこかへ運びながら言い淀む。

 

「・・・ないけど」

「やっぱり。それじゃ無理よ」

「ま、千歌だしね」

「なにを!」

 

和哉くんの余計な一言で話がまた脱線してしまう。

 

「もう!余計な事言わないの!詞が進まないわ!」

 

なんとか宥めたが、また高海さんは別のことに興味を持つ。

 

「でも、ていうことは。μ'sの誰かがこの曲を作ってた時、恋愛してたってこと?あ、ちょっと調べてみる」

 

高海さんはノートパソコンを開き、キーワード検索を始める。

 

「μ'sが当時恋愛してたって噂は聞いたことないけど」

「ちょっと!なんでそんな話になるのよ!作詞でしょ」

「でも気になるし!」

「もう・・・」

 

なかなか進まない作業に私はため息をつく。

 

「千歌ちゃん、スクールアイドルに恋してるからねー」

「はあ、仕方ないかな」

「本当に」

「「「ん?」」」

 

ここでパソコンで検索に夢中になっている高海さん以外の3人は気づいた。

 

きっと、これだ。

 

「何?」

「今の話聞いてなかった?」

「スクールアイドルにドキドキする気持ちとか、大好きって感覚とか」

「千歌ならそれが書けるんじゃないの?」

「あ・・・」

 

高海さんの表情は明るくなり、笑顔が生まれる。

 

「うん!書ける!それならいくらでも書けるよ!えっと・・・!まず、輝いているところでしょ。それから!」

 

高海さんはペンを再び持ち、単語を呟きながら文字を綴っていく。

 

「やっぱり千歌ちゃんだね」

「そりゃね。やること決まったら後は一直線。いい意味で単純だよ」

「それは和哉くんもね」

「なんだと!?」

 

和哉くんと渡辺さんが冗談を言いながら高海さんを見守る。

 

私は何も話さず、高海さんを見ていた。

文字を楽しそうに紡ぐ高海さん

まるでその姿はピアノを弾くことが大好きだった幼い私みたいだった。

その姿が、眩しい・・・。

 

「はいっ!」

「もう、できたの?」

「いくら何でも早くない?」

 

高海さんは紙を差し出している。

私はそれを受け取る。

その後ろから和哉くんもその内容を覗いていた。

 

「参考だよ。私、その曲みたいなの作りたいんだ」

「『ユメノトビラ』?」

「μ'sの曲だ」

 

和哉くんが呟く。

 

「私ね。それを聞いてね、スクールアイドルやりたいって。μ'sみたいになりたいって本気で思ったの!」

「μ'sみたいに?」

「うん!頑張って、努力して、力を合わせて、奇跡を起こしていく。私でもできるんじゃないかって。今の私から変われるんじゃないっかって。そう思ったの!」

「本当に好きなのね」

 

その言葉は私の中から自然と溢れてきたものだった。

 

「うん!大好きだよ!」

 

そして1時間もしないうちに大まかな歌詞とタイトルが決まった。

2人の曲。

2人だけの曲。

それは。




遂に詞が完成し、動き始めたスクールアイドル活動。
千歌の姿に梨子は自分を重ね、その心を締め付けていた。

「もう、あの頃とは違うから・・・」

分かりませんよ。

「え?」

梨子さんはもっとおバカになってもいいんです。

「何?私、煽られてる?」

あ、いえ。
そういう意味では。
ちょっ、待って!帰らないで!
梨子さん!?
・・・・・・・・・・・・。
えー、次回もお楽しみに!!


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#8 輝くために

〜前回のあらすじ〜
新曲を作り終え、ある思いが生まれた梨子。
今の自分、過去の自分、そしてこれからの自分。
梨子の選択は?


家に帰っても私は着替えず、部屋の照明も付けないまま、ベッドの上でお気に入りのクッションを抱いたままうずくまっていた。

手に持っているスマホからμ'sの『ユメノトビラ』が流れている。

 

何年も前に和哉くんとの繋がりを探して聞いていたμ'sの歌。

そして思い返すのは高海さんの誘い。

正直、どうしたら良いのか分からない。

 

ふと目に入ったのは部屋に置かれたピアノ。

立ち上がり、椅子に腰掛け、ピアノにそっ、と触れる。

白い鍵盤に手を置くとあの時のトラウマが蘇る。

 

ステージには1人。

観客の視線を1人で受け止める。

その視線が怖くて、私はピアノを弾くことができなかった。

 

ほんの少し、勇気を出して鍵盤を弾くと、大好きな音が流れる。

 

できる・・・。

 

「ユメノトビラ~。ずっと探し続けた~。君と僕との、繋がりを探し~て~た~」

 

歌い出しの1フレーズをピアノを弾きながら歌う。

そこでふと視線を感じた。

窓の外を見るとそこにはお風呂上がりの高海さんがいた。

高海さんは笑って手を振ったが、私は恥ずかしくて固まる。

 

「高海さん!?」

「そこ、梨子ちゃんの部屋だったんだ!」

「そっか。引越してきたばかりで気が付かなかった」

 

1度行った同級生の家が隣ということにすら気づかないなんて・・・。

私はベランダに出る。

 

「ユメノトビラだよね!歌ってたよね!私、大好きなんだ!あれは、第2回ラブライブ予選で・・・」

 

高海さんは私が弾いていた曲が好きで、μ'sの薀蓄を語りたそうにしている。

 

「私ね!」

 

少し大きな声を出してしまい、高海さんも黙ってしまう。

 

「私、どうしたらいいんだろう。何をやっても楽しくなくて、変わらなくて・・・」

 

ポツリ、と心の声が溢れ出す。

ベランダの壁にもたれ、しゃがみ込む。

何をしても上手くいかない。きっかけを探しても変わらない。

なにより、ピアノが無くなった私が嫌で。

どうしたら・・・。

 

「やってみない?スクールアイドル」

 

それでも、やっぱり、高海さんはスクールアイドルに誘う。

 

「だめよ。このままピアノを諦めるわけには・・・」

「やってみて、笑顔になれたら変われたらまた弾けばいい」

「失礼だよ。本気でやろうとしている高海さんに、そんな気持ちで。そんなの、失礼だよ・・・」

 

私はうずくまり、ベランダの影に隠れる。

 

「梨子ちゃんの力になれるなら、私は嬉しい。みんなを笑顔にするのが、スクールアイドルだもん・・・。んくっ・・・」

 

高海さんは何か苦しそうな声をだす。

私は顔を覗かせ、高海さんを見る。

 

私は信じられない光景を目にする。

高海さんは窓枠から乗り出し、こちらへ手を伸ばしていた。

するとグラっ、と大勢を崩し、落ちそうになる高海さん。

 

「千歌ちゃん!」

 

思わず名前で呼んでしまった。

風が吹き、高海さんが頭につけていたタオルが飛んでいく。

 

「それって、とても素敵なことだよ」

 

何で高海さんは、千歌ちゃんは、まだ知り合って間もない私にここまでしてくれるんだろう。

差し出された右手。私は。

 

私はその右手に手を伸ばした。

だけど、届かない。

届きそうで届かない距離がそこにあった。

 

「流石に届かないね・・・」

「待って!だめー!」

 

諦めて手を引っ込めると、千歌ちゃんはさらに乗り出し、手を伸ばす。

私もその手を掴もうと必死に手を伸ばす。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、届いた。

 

お互いの手を掴むことはできなかったけど、指先が触れる程度でも、確かに触れた。

 

正解なのかは分からないけど、きっと、見つかるよね?和哉くん。

 

そっ、とここにはいない彼に心で問いかけ、微笑む。

これが私の輝きの、夢のスタート。

 

side out...




輝きを見つけ、新たな道を進み始めた梨子。
彼女の青春が今、始まった。

おや、今回はみなさん忙しいようで誰もいないですね。
私だけというのは久しぶりのような気がしますね。

ではまた次回、お会いしましょう。


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#9 ある日の夜

〜前回のあらすじ〜
新たな1歩を踏み出し、輝きを目指し始めた梨子。
そして、自室でのんびりしている和哉に1本の電話が入る。


ある日の夜。

自室のベッドの上でのんびりしながらμ'sの曲を聞いていると電話がかかってきた。

スマホのディスプレイに表示された名前は梨子。

 

そういえば、連絡先交換したんだった。

 

曲を一旦止め、通話ボタンを押そうとした時、なぜか指が止まる。

 

「あ、あれ?」

 

着信音が鳴り続ける。

それと一緒に俺の心臓の音もどんどん大きくなる。

 

もしかして、緊張・・・してる?

 

「落ち着け。ただ梨子から電話がかかってきただけだ。うん」

 

もしかして、デートの誘い?

 

「ないないないないないないないない。自惚れし過ぎだから。馬鹿か!」

 

1人で喋りながら心を落ち着かせる。

 

「OK。きっと千歌の勧誘が、とか曲についてだよ。大丈夫。・・・って、誰に話してるんだろ」

 

指を震わせながら通話ボタンを押す。

 

「・・・もしもし」

『和哉くん?梨子だけど、夜にごめんね』

 

梨子の声だ。

 

・・・それ以外だったら事件なんだが・・・。

 

「いや、大丈夫だよ。どうかしたの?」

 

少しだけ声が上ずる。

 

『私ね、千歌ちゃんたちとスクールアイドル始めるの』

「本当!?」

 

梨子の報告で声が大きくなり、思わず立ち上がる。

 

『うん。いつか、和哉くんが言った通りだね』

「覚えてたの?」

 

嬉しそうに言う梨子の言葉に俺は驚く。

小学生の時、俺は梨子がスクールアイドルになったら人気が出る、なんて言ったことがある。

まさか、覚えてたなんて。

 

『うん。でも、実際にやるなんて思ってもなかったよ。私にはピアノだけだと思ってたから』

 

少し自虐気味に言う梨子。

 

「そんなことないよ。俺が保証する」

『ふふっ。ありがとう』

 

そこで会話が途切れる。

昔はそんなことは無かったが、5年の空白は大きく、何を話せばいいのかよく分からない。

 

「えっと、夜遅いし、そろそろ切るよ」

『あ、うん!そうだね、おやすみなさい』

「おやすみ」

 

プープーとスマホから無機質な音が流れる。

 

「・・・なんで梨子相手に言葉が出てこないんだよ・・・」

 

はあ、と溜息をつき、ベッドに腰掛ける。

 

なんで、緊張してるんだろう・・・。久しぶりに会ったから?まだ俺自身が割り切れてないから?それとも梨子がかなり美人になって緊張してる?

 

1人で梨子への態度がおかしいことについて思考を巡らせていく。

すると、再び電話がかかってくる。

 

「うわっ!?」

 

つい驚き、声を上げてしまう。

相手は千歌だ。

 

「・・・もしもし」

 

千歌は悪くないのだが、少し不機嫌目な声で応答する。

 

『え、なんかごめん』

 

声で俺が不機嫌なのを感じたのか、謝る千歌。

 

・・・なんだか、申し訳ない。

 

「いきなり掛けてくるから驚いただけだよ。それで、どうしたの?」

『そう!あのね、カズくん!梨子ちゃん、スクールアイドルやってくれるって!』

「ああ、うん」

 

どうやら千歌も梨子がスクールアイドルをやるという報告のようだ。

 

『何ー?反応薄くない?』

「だって梨子から直接聞いたから」

『・・・ふーん。そっかぁ、仲良しなんだぁ。そーだよねー。幼馴染だもんね』

 

幼馴染みという言葉を強調する千歌。

それに何故か不機嫌だ。

 

「俺はそう思ってるけど」

『ふん!カズくんなんてしーらない!ばか!』

「あ!ちょっ、千歌!切られた!」

 

理不尽な怒りをぶつけられた。

 

なんで?

・・・考えても分からないものは分からない!

 

とりあえずμ'sの曲をかけ直し、のんびりタイムを再開する。

すると、スマホがメッセージを受信した。

送り主は千歌だ。

 

『明日の朝、曜ちゃんとうちの前の海岸にくること』

 

短くそう書かれていた。

俺、何やらされるんだ?




明日への不安を残しながら結局くつろぐ和哉。
この能天気さが裏目に出なければいいのだが・・・。

「てか!俺が知らないところで梨子が千歌に口説かれてるんだけど!?」

そりゃちかりこですから。
王道ですよ。

「確かに・・・」

いや、よしりこですよ。

「ちかりこ!」

よしりこ!
ちかりこ!
よしりこ!

「え、えっとぉ・・・。次回をお楽しみに・・・。やめて!恥ずかしいからぁ!」


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#10 先輩は新理事長?

〜前回のあらすじ〜
千歌の不機嫌なメールを受け取り、仕方なく指定された場所へ向かう和哉。
しかし、そこには更なる出来事が?


翌日、千歌に言われた通り、曜と指定された場所に向かう。

 

「ねえ、曜。今から何するの?」

「朝練だよ!」

「朝練?」

 

よく分からない言葉に首を傾げる。

 

バスを降り、集合場所に到着。そこには既に千歌、それに梨子がいた。

 

「おはよう」

 

梨子に挨拶され、返事をする。

 

「お、カズくんも来たね。それじゃ行こっか」

「待て待て。ホントに何するの?全く分かんないんだけど」

「今からランニングと柔軟体操と振り付けの練習だよ」

 

千歌の言葉に納得する。

本格的に活動を始めるようだ。

 

「でも、何で俺も?」

「そりゃ、カズくんは私たちのサポート役でしょ?」

 

当然のような顔をしている千歌。

確かにダイヤちゃんにはサポート役をやると言った。しかし、あの時はそうでも言わないとダイヤちゃんの雷が更に落ちると思ったからだ。

 

「知らないよ!千歌が思い込んでるだけでしょ!」

「そうなの?てっきり私はそうだとばかり」

「梨子、千歌の言葉をあまり信用しちゃダメだよ・・・」

「じゃあ、今からカズくんは正式にサポート役ということで!それじゃ、練習スタート!」

 

俺の話も聞かず、練習が始まる。

渋々だがせっかく来たことだし、俺もサポートに入る。

 

柔軟体操を終え、ランニングを始める。

ランニングでラララサンビーチまで向かい、この間作り上げた曲の振り付けをの練習を始める。

俺が手拍子でリズムをとり、3人の踊っている姿を曜のスマホで撮影する。

 

「よし、そこまで。一回確認しよう」

 

一度練習を切り、録画した動画を4人で見る。

 

「どう?」

「だいぶよくなってきてるとは思うけど」

 

梨子と千歌が不安そうに言う。

 

「けど、ここの蹴り上げがまだ弱いのと、ここの動きも」

 

曜が撮影した箇所の良くない部分を指摘する。

 

「あぁ!ホントだー!」

「流石ね。すぐ気づくなんて」

「私、高飛び込みやってたからフォームの確認は得意なんだ」

 

・・・俺が指摘しようとしていた所を全部曜に言われてしまった。

 

「リズムは?」

「だいたい良いけど、千歌ちゃんが少し遅れてるわ」

「あー!私か!」

 

・・・それも俺が言おうと思ってた。

 

千歌は頭を抱え、空を見上げる。

 

「ん?」

「なにか見つけた?」

 

千歌に尋ねると空を指さした。

指さした先を見るとピンクの色をしたヘリが低い高度で飛んでいた。

 

「何、あれ?」

「小原家のヘリだね」

 

梨子が聞く曜が答える。

 

「小原家?」

「淡島にあるホテルを経営してて、次の新理事長もそこの人らしいよ」

「前に果南ちゃんとこに行った時、奥にホテルがあっただろ?あれだよ」

「へー」

 

あんなド派手なヘリを使うなんてやっぱりいい趣味してるよ、と皮肉を込めながらヘリを見つめる。

 

・・・鞠莉ちゃんならやりそうだ。

 

ヘリはそのまま通り過ぎず、旋回する。

 

「なんか近づいてない?」

「そんな気がする・・・」

「気のせいよ」

「でも・・・」

 

みんな否定をするがやっぱり、ヘリはこちらに近づいてきていた。

 

「うわぁ!」

 

全員その場に倒れ込み、身を守る。

 

「なになに!?」

 

ヘリが起こす風と砂嵐に耐えながら、ヘリを見続ける。

 

こんなことをするのは1人しか居ない。きっと・・・。

 

ホバリングを続けるヘリの扉が開き、そこから・・・。

 

「チャオ~☆」

 

ウィンクをしながらシャイニー姉さんこと、鞠莉ちゃんが登場した。

 

「何やってんだよ!危ないでしょ!」

「だって和哉とみんなに会いたかったんだもの!」

 

俺は大声で叫ぶと鞠莉ちゃんはいつもの笑顔で言う。

 

「もう少し時と場所を考えてよ!」

 

ヘリは着地し、鞠莉ちゃんはぴょんと飛び降りる。

 

「だ、誰?」

「先輩?」

「でも、見たことないよ?」

 

梨子、千歌、曜が順に疑問を投げる。

 

「知り合い?」

「まあ、色々あってね・・・」

 

曜が聞いてきたことに対し、曖昧に返す。

 

「貴女たち、浦の星のschool idolよね?」

「は、はい!」

「明日の朝、理事長室に来てね。もちろん!和哉も一緒」

「は、はい・・・」

 

千歌が不安そうに返事をする。

 

「じゃあ、話はそれだけだから。シャイニー☆」

「は?」

 

そういった鞠莉ちゃんはそそくさとヘリに乗り込む。

 

「ちょっ!待ってよ!」

 

俺の呼び止めには全く答えず、そのままヘリは飛び立っていった。

 

「何だったの?」

「さ、さあ?嵐みたいだったね・・・」

 

曜と梨子は呆気に取られていた。

 

「と、とりあえず!気を取り直して、練習再開しよ!悪かったところも見つかったし」

 

千歌の言葉に2人は頷き、練習を再開した。

 

・・・俺、いらなく無いですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新理事長!?」

 

鞠莉ちゃんに言われた通り4人で理事長室に来た俺たち。

左から俺、梨子、千歌、曜の順に並んでいて、俺以外が鞠莉ちゃんの言葉に驚く。

 

「イエース!でも、あまり気にせずマリーって呼んでほしいの」

 

でも、鞠莉ちゃんの格好は先生たちのような服装ではなく、浦女の制服だ。

 

「でも」

「和哉、ハグー!」

 

いきなり抱きついてくる鞠莉ちゃん。

曜が何か聞こうとしたことを無視して、だ。

 

それにしても数年会ってない間に成長しすぎでは?

 

「ちょっ、いきなり・・・」

 

すげぇ、いい匂い・・・。

 

「痛っ!」

 

その瞬間、脇腹に鋭い痛みを感じる。

 

「デレデレしすぎよ」

 

梨子が鋭い目付きで俺を睨む。

千歌も同じ表情で、曜はしーらないっと言ったふうな顔をしている。

 

「ごめんなさい・・・」

 

なんで、謝らなきゃいけないの?

 

鞠莉ちゃんは満足したのか離れ、俺たちの前に立つ。

 

「あの」

「紅茶、飲みたい?」

 

鞠莉ちゃんはまた曜の言葉を遮って言葉を続ける。

相変わらずすぎて頭を少し抱える。

 

「あの、新理事長・・・」

「もう、マリーだよ!」

 

新理事長と呼んだ千歌に鞠莉ちゃんは近付いて訂正させる。

 

「ま、マリーさん?」

 

鞠莉ちゃんは嬉しそうに笑う。

 

「その制服は?」

 

千歌は鞠莉ちゃんの格好に疑問を持ち、尋ねる。

 

「どこか変かな?3年生のリボンをちゃんと用意したはずなんだけど」

 

制服の胸元にある緑色のネクタイを見せつける鞠莉ちゃん。

 

「でも、新理事長ですよね?」

「シカーシ!この学校の3年生!生徒兼理事長、カレーギュードンみたいなものね!」

 

鞠莉ちゃん的には1つで2つ楽しめるみたいなことを言いたいのだろうが、イマイチ例えがピンとこない。

 

「・・・例えがよく分からない」

 

俺が思っていたことを梨子がすまし顔で呟くと、次は梨子に絡みに行く鞠莉ちゃん。

 

「えー!分からないの!?」

「分からないに決まってるわ!」

 

鞠莉ちゃんの背後にダイヤちゃんが現れ、怒鳴る。

いつやって来たのか全く気づかなかった。

 

「生徒会長?」

「Oh!ダイヤ久しぶり!随分大きくなってぇ!口調も変えた?」

 

鞠莉ちゃんはダイヤちゃんに抱きつき、頭を撫でる。

 

「触らないで貰える?」

 

鞠莉ちゃんはすーっ、と手を下げ、ダイヤちゃんの胸に触れる。

 

「でも、胸は相変わらずねぇ」

 

さっと、胸を隠すダイヤちゃんだが、鞠莉ちゃんもすっ、と逃げる。

 

「やかましい!」

「It's jork!」

「全く、1年の時に居なくなったと思ったらこんな時に戻ってくるなんて。一体、どういうつもり?」

「シャイニー☆」

 

机の後ろにあるカーテンの扉をバッ!と開ける鞠莉ちゃん。

そんな彼女の胸ぐらを掴みあげるダイヤちゃん。

 

怖いんだけど・・・。

 

「人の話を聞かない癖は相変わらずのようね?」

「It's jork」

 

鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃんで余裕の表情のまま、笑顔でピースする。

ダイヤちゃんは鞠莉ちゃんの胸ぐらを離す。

 

「とにかく、高校3年生が理事長だなんて冗談にも程があるわ」

 

ご最もな意見。正直誰が信じるだろう。俺も信じてなかったし。

 

「そっちはジョークじゃないのよね」

 

鞠莉ちゃんは前に俺にも見せたように1枚の紙を見せつける。

 

「は?」

「私のホーム、小原家のこの学校への寄付は相当な額なの」

 

ダイヤちゃんは見せらつけられた委任状を目で読む。

 

「嘘・・・」

 

千歌が驚きの声をあげる。

 

「な、なんで!?」

 

ダイヤちゃんも驚きの声を上げた。

 

まあ、俺も同じ反応をしたんですけどね・・・。

 

「実はこの浦の星女学院にschool idolが誕生したと聞いてね」

「まさか、それで?」

「そう。ダイヤに邪魔されちゃ、可哀想なので応援しに来たのです」

「ホントですか!?」

 

スクールアイドル部設立がずっと承認されてこなかった千歌は鞠莉ちゃんの言葉に目を輝かせ、喜ぶ。

 

「Yes!このマリーが来たからには心配はありません。デビューライブはアキバドゥームを用意してみたわ」

 

鞠莉ちゃんは小さなノートパソコンを取り出し、画面を俺たちに見せる。

 

嘘でしょ!?

まだ結成もしてないグループに!?

あのμ'sが作り上げたステージを!?

 

「はっ!?そんな、いきなり!」

 

梨子が不安そうな声を上げるが反対に千歌は奇跡だよー!とはしゃぐ。

 

「It's jork!」

 

ノートパソコンをパタン、と閉じ、イタズラが成功した子供のような顔で笑う鞠莉ちゃん。

千歌、曜、梨子はじとっ、と鞠莉ちゃんを睨む。

 

「ジョークの為にわざわざそんなもの用意しないでください」

「実際には・・・。フフッ」

 

鞠莉ちゃんはウインクして、ハニカム。

 

「私についてきて!そこが貴女たちのDebut Stageよ!あ、ダイヤは来なくていいよ」

「貴女に付き合ってたら体がいくつあっても足りないわ」

 

そう毒づくとダイヤちゃんは理事長室から出ていった。

 

・・・ダイヤちゃんと鞠莉ちゃんってこんなに仲悪かった?気のせい?

 

「和哉!行きましょー!」

 

鞠莉ちゃんは俺の腕に抱きつくと、グイグイ引っ張る。

 

「分かったから!自分で歩くから!」

 

・・・後ろの3人の視線が本当に痛いんだよ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れてこられたのは浦女の体育館。

 

「ここで?」

 

曜が意外な声を上げる。

 

「ハイ!ここを満員に出来たら人数に関わらず、部として承認してあげますよ」

 

鞠莉ちゃんは相変わらず俺の腕に抱きついたままだ。

 

「本当!?」

 

千歌が喜んで聞き返す。

 

「部費も使えるしね!」

「でも、満員に出来なければ?」

 

梨子の質問に鞠莉ちゃんは表情を変えずに答える。

 

「その時は解散してもらうほかありません」

「え!そんなー・・・」

「嫌なら断ってもらって結構ですよ?どうします?」

 

鞠莉ちゃんは意地悪な顔をして冷たく言う。

全く、この人は・・・。

 

「どうって・・・」

「結構広いよね、ここ。やめる?」

 

不安がる梨子。

曜も意地悪な顔をして千歌に発破をかける。

 

「やるしかないよ!他に手があるわけじゃないんだし!」

「そうだね!」

「OK。行うということでいいのね?」

 

鞠莉ちゃんは俺の腕を離し、体育館を後にする。

 

「はぁ、やっと開放された・・・」

 

溜息をつき、安堵する。

 

「ふーん。金髪美女のお姉さんに触れれて良かったんじゃない?」

「そ~だよねー。鼻の下のばしっぱなしだったし」

 

梨子と千歌からの言葉が心に突き刺さる。

 

「俺は悪くないでしょ!?」

 

2人はじとっ、と睨んだままボソリという。

 

「「最低」」

 

ハートブレイク、頂きました。

俺はその場で轟沈。

すると、梨子が何かに気づいたようだ。

 

「待って!この学校の全校生徒、全部で何人?」

「えっとー」

 

曜が指を降りながら数える。

 

「あっ!」

「なになに?」

「分からない?全校生徒全員来ても、ここは満員にならない・・・」

「嘘・・・」

 

自分の夢が実現しようとした矢先、絶望を突きつけられる千歌。

 

「まさか鞠莉さん、それを分かってて」

 

曜も千歌と同じのようだ。

暗い表情を浮かべる。

 

「意外と食えない人のようね、新理事長」

 

梨子が呟く。

3人はこの広い体育館を呆然と見つめるだけだった。

 




鞠莉から試練を言い渡され、難しさに悩む4人。
4人はこれからどう動く。

「このくらいできないとお話になりません」

鞠莉さんも意地悪ですね。

「そうかしら?私は普通のことを言ったつもりよ」

鞠莉さんもお優しいですからね。
ちゃんと考えがあるんでしょう。

「ふふっ!さあ、それはどうでしょう。次回もお楽しみにね☆」


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#11 今できることって?

〜前回のあらすじ〜
鞠莉に出された条件は困難なものだった。
和哉たちは条件をこなすために案を出し合うのだった。


帰りのバスの中。

バスの後ろの方に4人で座る。

 

「どーしよー・・・」

 

千歌が窓ガラスにもたれながら呟く。

 

「でも、鞠莉さんの言うことも分かる。そのくらいできなきゃこの先もダメってことでしょ?」

 

鞠莉ちゃんが言ったことと梨子の言うことは最もだ。

それくらいやってのけないとこの先が思いやられる。

 

「やっと曲ができたばかりだよ。ダンスもまだまだだし」

 

しかし、目の前の課題は簡単にできることではない。

少し諦め気味に千歌は呟く。

 

「じゃあ、諦める?」

「諦めない!」

 

曜の隣に座る梨子が少し不機嫌気味に曜に聞く。

 

「なんでそんな言い方するの?」

「こう言ってあげた方が千歌ちゃん燃えるから」

「そっか。梨子はこのやり取り見たことなかったっけ」

 

1つ前の席で千歌の隣に座っている俺は梨子の方を振り返る。

 

「うん。いつもなの?」

「割とね。良くも悪くも単純だよ」

『次は伊豆三津シーパラダイス。次は伊豆三津シーパラダイスです』

 

車内放送が流れ、乗っていた浦女の生徒が停車ボタンを押す。

 

「そうだ!」

 

千歌が立ち上がると、バスはブレーキを踏み、車内が揺れる。

 

「うわっ」

 

そのまま千歌はバランスを崩し、倒れそうになる。

 

「少しは落ち着きなよ」

 

千歌の体を支え、そのまま座らせる。

 

「えへへ。ごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺たちは千歌の家、十千万で作戦会議を行うことにした。

 

「ちょっと待ってて!美渡ねぇに言って人、呼んで貰うように頼んでくる!」

 

千歌の部屋で待つこと数分後。不貞腐れた千歌が帰ってきた。

表情から察するに上手くいかなかったようだ。

そのおでこには『バカチカ』と油性マジックで書いてあり、それが割とツボで笑っていると腹に千歌の回し蹴りを貰い、うずくまっている。

 

「おかしい。完璧な作戦のはずだったのに」

「どこが?穴だらけだよ」

 

うずくまりながら、千歌の言葉を否定する。

 

「ん!」

 

千歌が睨み、また回し蹴りを食らうと思った俺は体がビクン、と跳ねる。

 

「お姉さんの言うこともわかるけどねー」

 

曜は衣装を縫いながら他人事のように言う。

 

「えー!よーちゃんお姉ちゃん派?あれ、梨子ちゃんは?」

「お手洗いに行くと言ってたけど・・・」

 

曜が答えると千歌は襖から廊下を覗く。

 

「あれ?なにやってんの?」

 

千歌の後ろ姿しか見えないが、梨子が何かやっているようだ。

でも、梨子は千歌みたいに意味の無い行動をやるような奴じゃない。

 

「もう1発、いっとく?」

「ご遠慮しておきます・・・」

 

エスパーなんですか?

怖いからやめて。

 

「それよりも、人を集める方法でしょ?」

 

曜は作業を進めながら、今日集まった本題について話を投げる。

 

「そうだよねぇ・・・。何か考えないと・・・」

「校内放送で呼びかけたら?頼めばできると思うよ」

 

曜の提案は確かにいい。

しかし今は・・・。

 

「校内放送ねぇ。ダイヤちゃんが許可すると思う?」

「思わないなぁ・・・」

 

俺の言葉に曜はため息をつく。

 

「後は沼津かな。向こうには高校いっぱいあるから、スクールアイドルに興味のある高校生もいっぱいいると思うし」

 

千歌にしてはいい提案だ。

それにしても梨子が帰ってこない。

そればかりか、苦しそうな声もする。

 

「なぁ、さっきから梨子が苦しそうな声、出してるんだけど」

 

俺が言った瞬間梨子の悲鳴が響き渡る。

 

「ヒィイイイイイイイイイイイ!!」

 

バタン!と大きな音と共に千歌のペット、犬のしいたけの悲鳴も聞こえた。

 

・・・マジで何やってんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の放課後、沼津駅北口。

ちょうど帰り時ででいろんな人が行ったり来たりしている。

俺たちはここで迫るライブの告知のチラシを配ることにした。

 

「人は少ないけど、やっぱり都会ねぇ」

 

梨子がポツリと呟く。

 

「そろそろ部活が終わった人たちが来る頃だよね」

「よーし、気合入れて頑張ろー!」

 

千歌が勢いよく走っていく。

それを見送り、俺は梨子の隣に行く。

 

「結構人見知りでしょ?大丈夫?」

 

梨子は恥ずかしがり屋でよく人見知りをしていた。

今日は見ず知らずの人に自分から話しかけなければならない。

俺はその点が不安だ。

 

「う、うん。頑張る・・・」

 

ぎこちない表情でそういった梨子。

本当に大丈夫なのだろうか。

すると早速千歌がチラシを女子高生に渡そうとする。

 

「あの!よろしくお願いします!」

 

元気よく切り出したが、スルーされてしまう。

 

「あれ?」

「意外と難しいのね」

 

千歌の結果を見て梨子は更に表情を固くする。

 

「こういうのは気持ちとタイミングだよ!見てて」

 

自信満々にヨーソローしていく曜。

さっそく、2人組の女子高生に狙いを定める。

 

「ライブのお知らせでーす!」

 

バッ!と2人組の前に飛び出て、チラシを見せる。

 

「よろしくお願いしまーす!」

「ライブ?」

「はい!」

「あなたが歌うの?」

「はい!来てください!」

 

ビシッ、と敬礼をする曜。

2人組の女子高生はチラシを受け取り、内容を見ていく。

 

「土曜かー。行ってみる?」

「いいよ」

 

2人組はそういいながら去っていった。

その後ろを曜はよろしくお願いします!と一礼して見送る。

 

・・・流石だ。

 

「すごい・・・」

「よーし!私も!」

 

再びやる気マックスの千歌が突っ込んでいく。

 

空回りしなきゃいいけど・・・。

 

千歌がターゲットにしたのは気の弱そうな黒縁メガネの女子高生。

何を考えたのか千歌はその子に壁ドンをする。

 

「ライブやります。是非」

 

キメ顔で壁ドンやって告知もやっているが、女の子は完全に怯えている。

なぜか隣で梨子が生唾を飲み込む。

 

「え?えっ、えっ、あっ・・・」

「是非」

 

顔をずいっ、と寄せ更に押し込む。

 

「やめろ」

 

見ていられなくなった俺は千歌の頭にチョップを当て止める。

女の子は千歌のチラシをひったぐり、そそくさと逃げていく。

 

「ど、どうも!」

「勝った」

「勝負してどうするの?」

「真面目にやらないと」

「チラシ持って行ってくれたから問題ないでしょ?」

 

俺と梨子の注意を笑って誤魔化す千歌。

あんなのじゃチラシは受け取って貰えても来てくれるかは怪しい。

 

「それまでの行為が問題なんだ」

「次、梨子ちゃんの番だよ」

「私?」

「また無視か」

「当たり前でしょ?4人しかいないんだよ」

 

梨子はロータリーの方を見つめ、不安な表情をしている。

梨子の見た先には曜がチラシをテンポよく配っている。

 

「それは分かってるけど・・・。こういうの苦手なのに・・・」

「無理はしなくていいよ。何なら俺が」

「カズくんは自分のノルマがあるでしょ!後、前から言おうと思ってたけど、私と梨子ちゃんで扱い違いすぎない!?」

「気のせい!」

「だったら早く行きなさい!」

 

千歌に背中を押され、渋々チラシを配る。

 

本当に梨子、大丈夫なのかな?

 

「あの!ライブやります!来てね」

 

威勢のいい声でチラシを見せつける梨子。

だが。

 

「何やってるの?」

 

チラシを見せつけている相手は映画のポスター。

 

本当に何やってるの?千歌に毒された?

 

「練習よ、練習」

「練習してる暇なんてないの。さあ!」

「ちょっ、千歌ちゃん!?」

 

千歌は梨子の背中を押し、前に突き飛ばす。

 

「ちょっ、まっ、ちょ、ちょっと!」

「うぉっ・・・」

「すいません!」

 

梨子は危うく前を歩いていた人とぶつかりそうになる。

 

「何してんの・・・」

 

ジロっ、と千歌を睨む。

 

「テヘペロ☆」

 

・・・この野郎。

 

しかし、梨子がぶつかりそうになった相手は控えめに言って怪しい。

 

何か変なポーズしてるし。サングラスにマスクだし。お団子だし。ん?お団子?

もしかして善子なのか?

割と背格好も似てるし、髪型も一致してる。それにあいつは家が沼津だ。うん。完全に善子だ。

というかあいつ不登校なのに変装して出歩くとか何考えてるんだろう。

 

梨子は恐る恐るチラシを差し出す。

 

「あ、あの・・・。よろしくお願いします!」

 

差し出されたチラシを善子は変な唸り声を上げながら見つめる。

そして、ふと俺と目が合い、不自然に肩を跳ねさせると、梨子のチラシをひったくり、逃げていった。

 

「あいつもあいつで何してるんだよ・・・」

 

頭を抱える俺とは反対に初めてチラシを受け取ってもらえた梨子は嬉しそうだった。

 

・・・梨子が笑ってるし、いっか!

 

俺もチラシ配りを始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いしまーす」

 

それぞれ別れてチラシを配っているとルビィと花丸ちゃんと出会った。

 

「あ、和哉くん」

「ルビィと花丸ちゃん。久しぶり」

 

花丸ちゃんはペコリ、と頭を下げる。

花丸ちゃんは背中に緑の風呂敷を背負っていた。

 

「2人はどうしたの?」

「うん!本を買いに来たんだんだ」

 

ルビィの本という言葉にはっ、と気がつく。

 

「あっ!クロキュスの発売日!!」

「そうだよ!」

 

しまった。盲点だった。後で買いに行かないと・・・。

 

「あっ!花丸ちゃん!」

 

千歌がこちらに気づいたようだ。

走ってこちらに向かってくる千歌。

千歌に気づき、ルビィは花丸ちゃんの後ろに隠れる。

 

「はい!」

 

千歌は花丸ちゃんにライブのチラシを渡す。受け取った花丸ちゃんはチラシを読んでいく。

 

「ライブ?」

「花丸ちゃんも来てね」

「ライブ、やるんですか!?」

 

ライブという言葉に反応したルビィはぴょこっ、と顔を出す。

 

「え?」

「はっ!うゅ・・・」

 

だが、すぐに引っ込んでしまった。

 

ルビィの人見知りもなかなか治らないなぁ。

 

千歌はしゃがみ込んだルビィに近づき、目線を合わせ、チラシを見せる。

 

「絶対満員にしたいんだ。だから来てね、ルビィちゃん」

 

千歌の優しい声を聞き、ルビィは千歌の顔を見て、チラシを受け取る。

 

「じゃあ、私、まだ配らないといけないから!」

 

走って2人の元を離れていく千歌にルビィは声をかける。

 

「ああああ、あの!」

「へ?」

 

千歌は立ち止まりルビィ達へ振り向く。

 

「グループ名はなんて言うんですか!?」

 

あ。

 

「グループ名?」

 

完全に忘れていた。

持っていたチラシを見て千歌は気づいたようだ。

自分たちのスクールアイドルグループに名前が無いことに。




一番大事なグループ名がなかった浦の星女学院スクールアイドル。
ライブ以前の問題が今になって再びやってきた。

「アイドルにとってグループ名は大事だよ!」

ルビィさんは彼女たちにふさわしい名前とか思いつきますか?

「え!?・・・ぅゅ・・・。それは先輩方が決めることだから・・・。ルビィなんかが口出ししちゃダメだもん・・・」

その通りですね。
彼女たちの運命というもので名前は決まるかも知れません。

「どういうこと?」

答えは次回です!


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#12 運命か偶然か必然か

〜前回のあらすじ〜
浦女で行うファーストライブはなんとしても満員にしなければならない。
千歌たちは沼津駅周辺でライブの告知を行い、人を集めるために頑張った。
しかし、千歌たちのグループには名前が無いことを今更気づいたのだった。


今日のノルマ分のチラシ配りを終え、いつもの海岸で練習を始めた、俺たち。

 

「まさか、決めてないなんて」

 

ストレッチをしながら梨子が呆れながら言う。

 

「梨子ちゃんだって、忘れてたくせに」

「言い出した千歌も考えてないから攻められないよ」

「とにかく、早く決めなきゃ」

 

曜の言う通りだ。

とにかく急いで名前を決めないと。グループとして成立しない。

「そーだよねー。どうせなら、学校の名前入ってる方がいいよね?」

「うーん。それは難しくない?」

「やる前からそーゆーこと言うのはだめ」

 

千歌は口を尖らせていう。

曜は千歌の意見に乗っかり、名前を口にする。

 

「浦の星スクールガールズとか?」

「まんまじゃない」

「じゃあ、梨子ちゃん決めてよ」

「え?」

 

話をふられた梨子は眉を八の字にして困っている。

 

「そうだね!東京の最先端の言葉とか」

 

曜も便乗して梨子を煽る。

そもそもこの内浦幼なじみズは東京に何を期待してるのだろう。

 

「え、えーと。じゃあ、3人海で知り合ったからスリーマーメイド、とか?」

「1、2、3、4」

 

なんとか案を絞り出して提案した梨子。

それに対して千歌と曜は無反応だ。

 

お前ら、話ふっておいてその反応は冷たすぎるだろ・・・。

・・・正直、あまりセンスは感じないけど。

 

「待って!今の無し!」

 

結局ストレッチ中には決まらずランニングを始める。

梨子はさっきのが効いて、少し落ち込んでいる。

 

フォローしておいた方がいいよね。

多分、今の距離感も変わるかもだし。

 

「その、悪くわないと思うよ」

「い、いわなくていいよ!」

 

だよね・・・。

 

前を走っている千歌と曜がグループ名の相談を始める。

 

「よーちゃんは何かない?」

「んー、制服少女隊!どう?」

 

敬礼までして自信満々に発表する曜。

 

「ないね」

「ない」

「そうね」

「えー!」

「じゃあ、カズくん何かない?」

 

千歌が俺にふる。

予想はしてたがいざ言うとなると何も浮かばない。

 

「うーん。sunsineとか?」

 

立ち止まって砂浜に文字を書きながらそう言うとさっそく意見がくる。

 

「良いかもしれないけど、なんだかなぁ」

「あ、綴り間違ってる」

「え!?」

「ほら、H抜けてるよ」

 

梨子と曜に指摘され、そそくさと書き直す。

正しくはsunshineのようだ。

それを千歌がケラケラ笑っているのがメチャクチャムカつく。

 

その後も意見を出し合ったが、結局グループ名は決まらず、砂浜に文字がどんどん書かれていくだけだ。

みかんとか千歌の食欲と願望でしかない。

海鮮と書いた梨子は木の枝を砂浜に立てる。

 

海鮮て何を考えてたんだ?

お腹減ったのかな?

 

「こういうのは言い出しっぺが決めるものよね」

「さんせーい!」

 

とうとう考えるのが嫌になったのか、梨子は千歌に話を投げた。

曜も同じみたいだ。

 

「うー。戻ってきたー」

「じゃあ、制服少女隊でいいっていうの?」

「スリーマーメイドよりはいいかな・・・」

「それは無しって言ったでしょ!」

「俺も制服少女隊はないかな・・・」

「嘘ー!?」

「だって・・・。ん?」

 

千歌が何かを見つけ、梨子の後ろを見つめる。

みんな千歌の見ている方を見るとそこには懐かしい文字が砂浜に書かれていた。

 

「・・・なんで?」

 

俺はポツリ、と呟くが声が小さかったのか3人には聞こえていない。

 

「これ、なんて読むの?えーきゅーあわーず?」

「あきゅあ?」

 

千歌と梨子がその文字を読もうとするが、読み方が違う。

これは・・・。

 

「Aqours・・・」

「アクア?」

 

俺が言った言葉に曜が反応して復唱した。

 

「水ってこと?」

「なんで、カズくん読めたの?サンシャインは書けないのに」

 

一言多い千歌が聞いてくる。

1発叩いてやろうかと思ったが、ぐっ、と抑える。

 

「あー・・・。いや、何となく。そう読むのかなって」

「ふーん。水かー。なんか良くない?グループ名に」

 

どうやら、千歌は気に入ったようだが、梨子はしっくり来ていないらしい。

それもそうだ。誰が書いたのかも分からない怪しい文字だから。

 

「これを?誰が書いたのかも分からないのに?」

「だからいいんだよ!名前を決めようとしている時にこの名前に出会った。それって凄く大切なんじゃないかな?」

 

こういう事は何かと縁起がいいとかですぐ受け入れる感受性を持つ千歌らしい答え。

 

「そうかもね!」

「はぁ。このままじゃ決まりそうにもないしね」

 

曜も千歌の意見に賛成のようだ。

なんだかんだで梨子も他意はないようだ。

 

「カズくんは?」

 

3人とも俺の方を見て期待の眼差しを飛ばしてくる。

俺ははぁ、と一息付く。

 

「ん。意義なし。みんなが決めたんなら俺は全力で応援するよ」

 

俺の言葉に3人は笑顔で顔を見合わせる。

 

「よーし!じゃあ、決定ね。この出会いに感謝して今から私たちは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私たちは、浦の星女学院スクールアイドル、Aqoursです!』

 

土曜日の昼下がり、内浦の町にアナウンスが流れる。

 

スクールアイドル『Aqours』。

ついこの間決まった千歌たちのグループの名前だ。

 

そんなAqoursがわざわざ町内放送をやっているかと言うと、1つ目の理由が体育館を満員にして部として認めてもらう為に多くの人に来てもらうため。

2つ目はダイヤちゃんに放送室を貸してもらえなかったから。

 

主に2つ目の理由の方が大きいけど・・・。

 

とにかく、今はAqoursのことを多くの人に知ってもらう必要がある。だから、この町内放送は俺たちにとってとてもありがたい。

アナウンスは千歌、梨子、曜に任せ、3人はマイクの前に座り、原稿を読んでいる。

だが・・・。

 

『待って!でもまだ学校から正式な許可貰ってないんじゃ・・・』

 

梨子が今更のことに突っ込む。

 

『あぁっ!じゃあ、えっと浦の星非公認アイドルAqoursです!今度の土曜14時から浦の星女学院体育館でライブを』

『非公認ていうのはちょっと・・・』

 

千歌の言葉に曜が訂正する。

 

『じゃあ、なんて言えばいいのー!』

 

オンエア中ということを完全に忘れコントを始める3人。

家で聞いてるであろうダイヤちゃんが青筋を浮かべてるのが目に浮かぶ。

 

そんなこんなでなんとか内浦に告知し、平日は沼津でグループ名を書いた新しいチラシを配る。

みんなチラシ配りに慣れ、たくさんの人に受け取って貰えるようにもなった。

その中でも、曜は別格だった。

持ち前のリア充能力で沼津の高校生たちと『ヨーソロー!』の掛け声で集合写真を撮っていた。

 

「流石よーちゃん。人気者」

「あ、あはは・・・」

 

感心する千歌に対し、俺と梨子は苦笑いするしかなかった。

 

学校でもクラスメイトのヨシミちゃん、イツキちゃん、ムツちゃんの3人がライブ当日手助けをしてくれるらしい。

音響や証明は流石に俺1人だけではどうしようもなかったため、とても助かる。

 

放課後はトレーニングと曲の調整。

梨子が作った曲をみんなで聞き、意見を出し合う。

 

「ここでステップするよりここでこう動いた方がお客さんに整体できていいと思うんだけど」

「じゃあ、私がここに動いてサビに入る?」

「間に合う?」

「いくら曜でもしんどいんじゃないの?」

「大丈夫!できるよ」

「千歌ちゃん、どう思う?」

 

振り付けの見直し中、サビ前の動きがまだ怪しく、調整中だ。

梨子が千歌の意見も聞こうと詞の細かい調整中の彼女の名前を呼ぶが、返事はない。

様子を見ると千歌は机に置いたノートパソコンの前でペンを持ったまま寝ていた。

ここしばらくの疲れが溜まっていたのかもしれない。

 

「今日はもうお終いね」

 

梨子が呟く。

 

「うん」

「だね。最近千歌頑張ってたからね。このまま寝させてあげよう」

 

俺は千歌を起こさないようにゆっくり抱き上げる。

 

「うわっ、軽っ」

「ふふん!女の子はみんな軽いのであります!」

 

曜がおどけて話す。

そうかもね、と適当に相槌を打ち、千歌を自分のベッドに寝せる。

 

「最近、千歌ちゃん頑張ってたもんね」

 

曜は千歌の寝顔を見ながら微笑む。

ちらっ、と彼女は時計を見ると声を上げて驚く。

 

「うわっ!!もうこんな時間!?バス、終わっちゃってる・・・」

「マジで?うわっ、どーしよっか」

 

バスで通学している俺と曜は作業に夢中で終バスの時間を逃してしまった。

ここから歩くとなると2時間はかかる。

 

「どうするの?」

 

梨子が不安そうに尋ねる。

 

「仕方ない。志満さんに頼むか」

 

俺は千歌の姉の志満さんにお願いしてみると快く了解してくれた。

だが、志満さんの運転する軽トラは2人乗りだ。

仕方なく曜は助手席。

俺は荷台に乗り込み、夜の内浦の海岸沿いを走っていく。

中で曜と志満さんが何かを話しているが風と揺れる音で全然聞こえない。

ボーッ、としながらスマホにイヤホンを繋ぎ、梨子の作った曲を聴く。

 

やっぱり、梨子が作る音は綺麗で好きだな。

 

赤信号で軽トラが止まり、頭を軽くぶつける。

その反動で空を見上げると今日は月明かりが眩しい。

しかし、月の周りには不穏な雲が空を覆っていた。

嫌な予感がするが、大丈夫だ。

きっと、みんななら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沼津に着き、曜の家に到着した。

入れ替わりで曜がお礼を言って降り、俺が助手席に座る。

俺の家に向かって発車してしばらく、志満さんが話しかけてくる。

 

「千歌ちゃんの事、お願いね」

「はい。言われなくても」

「あの子がのめり込んでるところ、あまり見たことないから」

 

面倒見がよく、いつも千歌のことを保護者のように見てきた志満さんだから、その言葉は俺の心にするり、と入って来た。

 

「・・・俺もです。だから志満さんたちは当日楽しみにしていてください」

「うん。和哉くんなら任せられるわ。それで、誰が本命なの?」

「なっ!?」

 

志満さんのいきなりの質問に驚く。

 

「だって、あんなに可愛い同級生3人といつも一緒にいて何も思わないわけないでしょ?で、誰誰?」

「え、えーと・・・」

「曜ちゃん?確かに曜ちゃんは明るくて可愛いからね」

「だ、だから・・・」

「それとも、転校してきた梨子ちゃん?和哉くん、あの子と幼なじみなのよね?羨ましいわ」

「話を・・・」

「それとも千歌ちゃん?やだ、嬉しいわ!和哉くん見たいな弟欲しかったのよ!いつでも千歌ちゃん貰っていっていいからね!」

「話を聞けー!」

 

俺がこんな調子でライブ本番は大丈夫なのだろうか・・・。

それは神のみぞ知ることだ。




グループ名が決まり、ライブまであと数日と近づいてきた。
和哉はただただ成功を祈るだけだ。


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#13 海で思うこと

〜前回のあらすじ〜
グループ名が決まり、ライブまであと1日。
和哉は海で1人思いにふけるのだった。


ライブの前日、俺は学校帰りに果南ちゃんちのダイビングショップに来ていた。

理由はシンプル。潜りたい!それだけ。

ここ数週間、Aqoursの練習の付き合いで全くダイビングに来れていなかった。ぶっちゃけ、禁断症状がでていた。・・・嘘です。禁断症状とかでてません。

とにかく、明日はライブ当日だが、前日に練習して怪我しました、なんて笑えない。だから千歌たち3人には休むように言っておいた。

千歌のやつは暴走して走ったりしそうだけど、家が隣の梨子に見張っておくように言っておいたから問題ないとは思う。

 

そんなこんなでダイビングショップ松浦に到着した。

 

「やっ、久しぶり。最近来なかったから心配したよ」

 

店の前でいつものダイビングスーツを着てボンベの点検をやっている果南ちゃんがいた。

 

「まあ、最近忙しくて」

「あれのこと?千歌たちがライブするって」

「聞いてた?」

「そりゃね、あんなに騒いでたら嫌でも聞こえてくるよ」

 

あはは、と苦笑いをして有耶無耶にする。

 

「とりあえず着替えてくるよ。船は出せる?」

「今日はダメかなー。この後、予約があってさ」

「そっか。じゃあ、ゴムボート借りるよ」

「ん。じゃあ、それだけ出しとく」

 

俺は更衣室でダイビングスーツに着替え、スキューバと足ヒレをも持って外に出る。

海岸には空気の入ってないゴムボートが出されていた。

慣れた手つきでゴムボートを膨らませていく。

膨らませている途中、この辺ではあまり見たことのない人たちがダイビングショップに入ってくるのを見かけた。

多分、あの人たちが予約した人たちなんだろう。

 

「よし、完成」

 

膨らんだゴムボートを海にだし、乗り込む。

オールを漕ぎ、少し沖の方まで行き、そこでボートを止める。

ボートの上にはシュノーケルと足ヒレ、ペットボトルに入った水と食べ物とタオル。それにロープのついた重り。必要最低限のものしか持ってきていない。

 

「よっ、と・・・」

 

ボートにロープを括り付け、重りを海に投げ込む。

ロープに命綱、シュノーケルと足ヒレを自分につけ、海に飛び込む。

重りを置いたのはボートが流されないようにするため。

命綱は何かあった時、流されても大丈夫なように。深くに潜った時もロープをつたって浮上できるように、となかなか便利なのだ。

 

まだ少し冷たいがいつもの落ち着く海の中。

今日は日が出ていて、海の中が透き通って良く見える。

 

息が持たなくなり、海面に顔を出して深呼吸。

落ち着いたらまた潜る。これの繰り返し。

疲れてきたらボートに戻って水を飲みながら、持って来ているものを食べる。

 

俺はボートの上で横になり、青空を見上げる。

 

「やっぱりこれだなぁ・・・」

 

うーん、と伸びをして久しぶりのダイビングの余韻に浸る。

空を見てふと思う。明日のライブは上手くいくのだろう?人は見に来てくれるのだろう?失敗してスクールアイドルをやめるなんて言い出さないだろう?

 

「って、なんで俺が不安になってるんだよ・・・」

 

不安なのは前に出て踊る千歌、曜、梨子の3人なのに。

ぱん!と頬を叩き、ネガティブな思考を振り払う。

 

「さて、潜ろ」

 

再開してどれくらい時間が過ぎたか分からないが、日は傾き始めていた。

そろそろ引き上げよう、そう思い、ボートに上がり、重りを上げ、海岸に向かってオールを漕ぐ。

 

「ちょっと長すぎるかな。慣れてきて長い時間潜りたくなるのもわかるけど、事故の元だよ?」

 

海岸につくと果南ちゃんが待っていた。

 

「あー、いやね。考え事しててさ」

「カズが?珍しいね」

「俺をなんだと思ってるの?」

「まあまあ、それはいいでしょ」

 

俺をからかって楽しんだ果南ちゃんは黙ってゴムボートの空気を抜き始めた。

 

「俺がやっとくからいいよ」

「いいの。カズは着替えてくる。日が落ちるとまだ寒いから風邪ひくよ」

「はぁ、分かったよ」

 

渋々果南ちゃんの言う通りに更衣室で着替える。

着替え終わりさっきの海岸に戻る。

ゴムボートは片付けてあり、浜辺で果南ちゃんは座っていた。

 

「明日は雨だね」

 

ポツリ、と果南ちゃんは呟く。

 

「分かるの?」

「まあね。雨が降る前の日はいつもこんな感じの風なんだ」

「そっか」

 

少し無言の時間が続く。

辺りに聞こえるのは風の吹く音と波の音だけ。

 

「明日、見に来てくれる?」

「どうだろう。店番あるから」

「だよね。見に来てくれると千歌も喜ぶよ」

「うん」

 

また、無言が訪れる。

 

「前みたいに果南ちゃんもやらない?ダイヤちゃんや鞠莉ちゃんも巻き込んで」

「それはやらない。もう、スクールアイドルはやらない」

「なんで?」

「私たちはもう、3年生だよ。そんな時間はないの。それにやってもまた誰かが傷つく。それは私かもしれない。カズかもしれない。もしかしたら千歌かもしれない。だから・・・」

「そっか・・・」

 

果南ちゃんはあの時のことを引きずっている。

いつもならリベンジだ!とか次は上手くいく!とか周りを元気づけるタイプなのに。

スクールアイドルのことに関しては臆病だ。

 

・・・あの時のことを俺は詳しく知らない。

知りたくても教えてもらえない。

このモヤモヤはここ数年ずっと心にまとわりついている。

 

「今日は帰りなよ」

 

俺が苦い顔で地面を見つめていると、果南ちゃんは立ち上がり、いつもの笑顔でそう言う。

 

「うん。そうする」

「また、潜りに来なよ」

「分かってるよ。果南ちゃんも明日来てよ?」

「だから、店番があるの。まあ、気が向いたら行こうかな」

 

遠くを見つめながらそう言う。

 

「じゃあ、またね」

 

別れの挨拶をして、定期船に乗る。

船の上でスマホにメールが入る。相手は果南ちゃんだ。

 

『無理しない、させない』

 

なんだかんだ言いながら、俺たちのことを心配していたようだ。

 

「全く。素直じゃないよね・・・」

 

船の甲板に出て風を切りながら、呟いた。




果南の思いを少しだけ受け取った和哉。
残すは本番のみ。
彼女たちに幸あれ。

「きっと上手くいく。練習だってしっかりやったんだ」

千歌さん、気合い入ってますね。頑張って下さいね。

「うん!私たちの輝きの第1歩だもん!絶対成功させるから!次回をお楽しみにね!」


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#14 第1歩

〜前回のあらすじ〜
ライブ前日に果南の元に尋ねた和哉。
見に来るように誘ったものの冷たくあしらわれてしまった。
そして運命の日がやってきた。


いよいよライブ当日。

しかし、天気はあいにくの雨。なんというか、ツイてない。

俺は体育館のステージの控え室で着替えている3人を、控え室の扉の前で待っていた。

 

「カズくん、いいよー」

 

中から千歌の声が聞こえてきた。

一応入るよ、と声をかけ、扉を開ける。

 

「じゃーん!どー?」

 

千歌はその場でくるくる回り、衣装を見せる。

千歌はみかん色。曜が水色。梨子が桜色と言うように、イメージカラーに合わせた色の衣装を着ている。

 

「凄い。本当に曜の描いた絵の通りだ」

 

本当によくできている。

まるでプロが作ったみたいだ。

えへへ、と照れくさそうに自分の頭を撫でる曜。

 

「確かに凄いけど、やっぱり慣れないわ。本当にこんなに短くて大丈夫なの?」

 

梨子はスカートの裾や、丸見えの肩を見ながら不安を言う。

 

「大丈夫だって!μ'sの最初の衣装だって、これだよ!」

 

千歌はスマホを取り出し、μ'sがまだ3人だった頃のファーストライブの衣装を見せる。

今、千歌たちが着ている衣装はこの頃のμ'sを意識している。

それを見た梨子はため息をつく。

 

「はぁ、やっぱりやめておけば良かったかも。スクールアイドル」

「大丈夫!ステージ出ちゃえば忘れるよ!」

「まあ、曜は水泳で慣れてるしね。梨子だって、ピアノのコンクールで慣れてるんじゃ?」

「え?その・・・」

 

梨子は暗い表情で俯く。

 

あれ?何かまずいこと言った?

 

「そろそろだね。えっと、どうするんだっけ?」

 

時計を見た千歌が硬い表情をする。

 

「確か、こうやって手を重ねて」

 

曜が言うと2人も手を出し、3人の手が重なる。

これもμ'sがライブ前にやっていた事だ。

 

「・・・手を繋ごっか」

「え?」

 

μ's大好き千歌がμ'sの真似ではなく、自分たちだけの掛け声をやろうとしていた。

その姿に思わず俺はニヤける。

 

やるじゃん、千歌。

 

「こうやって互いに手を繋いで」

 

3人は輪になるように手を繋ぐ。

 

「ね、こうやって。あったかくて好き」

「ホントだ」

 

3人は目を瞑り、静かに集中し始める。

外の雨の音、雷が遠くでなる音が控え室に響く。

 

「雨、だね」

 

千歌が呟く。

 

「みんな来てくれるかな?」

「もし、来てくれなかったら・・・」

 

曜の言葉に梨子は不安を隠せないでいた。

 

「じゃあ、ここでやめて終わりにする?」

 

千歌が梨子に言う。

いつもは自分が言われてるからだろう、この言葉はいい発破になるということが。

すると、3人とも笑い出す。

うん。大丈夫そうだ。あとは見守るだけ。

 

「さあ、行こう!今、全力で輝こう!」

「うん!」

 

千歌の言葉で更に気合が入る。

そして、3人は俺の方を見る。

 

「和哉くんも」

 

梨子は千歌と繋いでいた手を離し、その手を俺に向ける。

 

「え、なんで?」

「なんでって、ねえ?」

 

うんうん、と千歌と曜は頷く。

 

「確かにカズくんはステージに立たないけど、カズくんだってAqoursだよ!」

「そうそう。それに和哉くんがいないと気合いはいらないよ!」

 

千歌と曜が笑いながら言う。

 

「はぁ。全く敵わないなぁ」

 

俺は梨子の手を取り、もう片方の手で千歌の手を握る。

 

「準備はいい?行くよ!Aqours!」

「サンシャイン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

控え室を出て、体育館を見渡す。

しかし、集まった人はうちの生徒10人ほど。

そこには千歌のクラスメイト、鞠莉ちゃん、ルビィと花丸ちゃん。それに、変装した善子がいた。

 

「やっぱり、ダメか・・・」

 

全く無名のスクールアイドル、Aqours。

当然といえば当然だ。

だけど、今回はそこで終わらせてはいけなかった。鞠莉ちゃんから出された条件をクリアしないとAqoursここで解散。

つまり、この状況はそういうことだ。

 

そして、ステージの幕が開く。

ステージ上には手を繋いで、目を瞑った3人が立っていた。

小さな拍手が微かに響き、千歌はゆっくり目を開く。

 

「え?」

 

きっと千歌はもっと多くの人がいて、そんな中でキラキラ輝いて踊りたかった。けど、現実は残酷だ。

梨子と曜も体育館を見渡し、暗い表情で落ち込む。

すると、千歌は一歩踏み出した。

その表情はやると決めた時の本気の顔だ。

 

「私たちは!スクールアイドル!せーの!」

 

そんな千歌につられ、2人も腹をくくったようだ。

 

「Aqoursです!」

「私達はその輝きと」

「諦めない気持ちと」

 

梨子と曜も一歩前にでて、語る。

 

「信じる気持ちに憧れ、スクールアイドルを始めました。目標はスクールアイドルμ'sです!聴いてください!」

 

千歌の声で体育館に曲が流れ始めた。

ここからはお前たちがやってきたことを全力で見せるんだ。

応援してるから。

 

心の中で3人を応援する。

 

曲は順調に進み、ミスもない。

人は少ないが、3人の歌声がしっかりと響く。

サビに入ろうとした瞬間、音が、光が、歌声が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなりの落雷。そのせいで停電したのだ。

暗いステージに残された3人。曜と梨子は千歌を見て、不安気に立ち尽くす。

千歌も同じだ。今の状況で言葉をなくしていた。

 

「くそ・・・」

 

考えろ、考えろ。

今、俺にできることは・・・。

思考を巡らせ、はっ、と気づく。

 

復旧用のバッテリー!それなら絶対あるはずだ!

 

俺は体育館を飛び出し、物置倉庫に向かう。

バン!と倉庫の扉を荒々しく扉を開け、置いてあるバッテリーを持ち上げる。

 

「貴方?なぜここに?」

 

後ろから声が聞こえ、振り向く。

そこには傘をさし、台車を持ったダイヤちゃんがいた。

 

「ダイヤちゃん!?」

「全く、わたくしも貴方もとことん、似ているのね」

 

ダイヤちゃんはため息をつく。

 

「それって?」

「電気を復旧させるんでしょ?台車に詰んだらついてきなさい」

 

どうやらダイヤちゃんも復旧させるために、ここに来たようだ。

俺は指示に従い、バッテリーを台車に乗せ、先を行くダイヤちゃんを追いかける。

ダイヤちゃんを追って体育館のブレーカーの前まで台車を運ぶ。

 

「ここまでで結構よ。貴方はお行きなさい」

「で、でも」

「あの3人がほうっておけないのでしょ?」

「ありがとう!」

 

俺は一言、礼を言って、その場を去る。

渡り廊下と繋がる入口で体育館を見渡すと、真っ暗なステージにはアカペラで歌う3人。

しかし、この絶望的な状況で千歌は泣き出しそうになる。

 

ダイヤちゃん、急いでくれ・・・!

 

その瞬間、体育館の扉が勢いよく開き、光が差し込む。

 

「バカチカ!あんた開始時間、間違えたでしょ!」

 

この声は、美渡さん!?

 

俺は美渡さんの元に駆け寄る。

 

「美渡さん!これって・・・」

「おっ、和哉じゃん。ずぶ濡れだね」

「今はどうでもよくって!なんで・・・」

「千歌の奴が開始時間、間違えてたの。外を見てみ?みんな、来てくれたよ」

 

美渡さんに言われた通り、外を見るとそこには沢山の車と沼津の高校生が大勢いた。

この光景に俺は言葉をなくす。

そして、体育館に光が戻った。ダイヤちゃんがやってくれたんだ。

この体育館に入り切らない程の観客。

みんなこのAqoursを見に来てくれた。

 

「キラリ!」

 

千歌の声で曲が再開する。

わっ!、と歓声が上がる。

何度も練習したステップ。何度も歌った歌詞。

それが今、歌として完成したんだ。

 

曲が終わり、暫くの静寂。

ステージの3人は肩で息をしながら、やり遂げた顔をする。

また、歓声が湧き、うるさいくらいの拍手が鳴り響く。

曲は上手く行かなかった。完璧でもない。

でも、3人は輝いてた。このライブは成功だ。

 

「彼女たちは言いました」

「スクールアイドルはこれからも広がっていく。どこまでだっても行ける。繋がっていく、どんな夢だって叶えられると」

 

締めの挨拶を始めた時だ。

観客の波を突っ切って行くダイヤちゃん。

観客の先頭に立ち、ステージ上の3人を睨む。

 

「これは今までのスクールアイドルの努力と街の人たちの善意があっての成功よ。勘違いしないように」

 

ダイヤちゃんの言うことは全くその通りだ。

 

でも、今言う?

わざわざ威圧するように言わなくてもさ・・・。

自惚れるなって言いたいだけなんでしょ?素直じゃない。

 

「分かってます!」

 

千歌は全く怯むことなく言葉を返す。

 

「でも、でもただ見てるだけじゃ始まらないって!上手く言えないけど・・・。今しかない瞬間だから。だから!」

 

3人は手を取り、高らかに言う。

 

「「「輝きたい!」」」

 

その言葉に観客は拍手という形で応援した。

3人の言葉に満足した俺は外を見る。雨はいつの間にか止んでいた。

そして、ここを去る後ろ姿を見つけた。

長い髪をポニーテールしている女の人。

よく見た後ろ姿。果南ちゃんだ。

 

「来てたんだ・・・。全く、素直じゃないよなぁ・・・。みんな」

 

雲の切れ間から青空と、暖かい光が浦の星を照らしていた。




トラブルはあったものの成功に終わったファーストライブ。
ここから輝きがまた1つ生まれたのであった。

「一時はどうなるかと思ったけど、よくやったよ」

なんだかんだで果南さんも見に来てくれてましたもんね。ありがとうございます。

「そんなんじゃないよ。たまたま店番やらなくてよかっただけ」

そういうことにしておきます。

「本当なんだってば!」

果南さんはツンデレさんですからね。
次回もお楽しみに!

「ちょっと!!」


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#15 ライブが終わると

〜前回のあらすじ〜
多くのトラブルにあったが、無事ライブを成功させ、体育館を満員にできたAqours。
ライブが終わってもやることは盛り沢山。
4人は何をするのだろう。


大成功で終わったライブ。

梨子たち3人は着替えや、水泳部のシャワー室で汗を流している。

俺はと言うと、お客さんの整理やダイヤちゃん、ルビィ、花丸ちゃんにお礼を言って回ったり、機材の片付けがあるからなかなか大変だ。

 

一区切りつき体育館を見回していると、目の前で怪しい人影がこそこそ帰ろうとしている。

水色のワンピースの様な服にサングラス、特徴的なシニヨン。善子だ。

俺はそっ、と後ろに周り、肩に手を置くと同時に名前を呼ぶ。

 

「善子」

「うにゃあああああああ!!」

 

ばっ!、と飛び退き、臨戦態勢のポーズなのか、よく分からないポージングだ。

 

「って、先輩?」

「や。久しぶり。学校来れたじゃん」

「た、たまたまよ。つい、その辺を通りかかったついでで・・・。そ、そう!醜悪な人間どもが寄ってたかって何をするのかしらー?みたいな」

「ヨハネが出てるよ」

「はっ!?今のは忘れなさい!」

 

今の善子は自分がヨハネであろうとすることをやめようとしている。今みたいに『ヨハネ』を間違いと認める様なことは今までやっていなかったのに。

 

「どうしてヨハネをやらないの?」

「高校生にもなってこんなことやってるなんて恥ずかしいじゃない」

「そんなことないよ」

「あるの!最初の自己紹介で堕天して周りにドン引かれて。好きなものも認めてもらえない世の中なの!」

 

それは善子の本音だった。

好きなものを好きと言えない今の社会。それが今目の前にいる女の子を苦しめている。

 

「今日、ライブを見てどう思った?」

「え?」

「千歌たちのライブだよ。どうだった?」

「・・・凄かった。とても、輝いてた」

「だよね。あいつらも好きだからスクールアイドルを始めたんだ。周りには無理だ。できないって言われて、自分たちでも無理だって。でも、好きだから。大好きだから。今日、成功したんだよ」

「本当・・・?」

「本当だよ。それに、μ'sだって歌んだよ。『それぞれが好きなことで頑張れるなら新しい場所がゴールだね』って。善子も好きなものでゴールを見つけてみない?」

 

善子は俯きながらボソリ、と呟く。

 

「少しだけ、ほんの少しだけ頑張ってみる」

 

それだけ言うと、走って行ってしまった。

後は善子次第だ、と見送り、お客さんもだいぶ帰って静かになった体育館を出ようとした時、後ろから誰かが抱きついてくる。

 

「和哉!見た?凄かったわ!」

 

抱きついてきたのは鞠莉ちゃんだった。

 

「だね。俺も予想外だったよ。こんなに集まるなんて」

「そうね。もしダメだったら5人集めてまた来てね。って言おうと思ったけど、その必要も無いわね」

「あ、一応保険は残してたんだ」

「流石に可哀想でしょ?それにあの3人を見てるとあの頃の私たちとかぶって見えるもの」

 

鞠莉ちゃんはポツリと俺にかろうじて聞こえるほど小さな声で呟く。

 

「俺もそう思ってた。あの時みたいだなって」

「そうね。それにしても、グループ名がAqoursだなんて。やっぱり、運命なのかしら?」

「え?鞠莉ちゃんじゃないの?」

「何のこと?」

 

てっきりスクールアイドル部を復活させるために手助けしてくれている鞠莉ちゃんが砂浜に文字を書いたとばかり思っていた。

その事を鞠莉ちゃんに話す。

 

「確かに私じゃないわよ。果南がやるとも思えないし。まさか、ダイヤ?」

「えー?ダイヤちゃんだって反対派だよ?」

 

そうよねー、と腕を組む鞠莉ちゃん。

 

「ま、どちらにしろAqoursが再結成して私は嬉しいの。なるべく早く果南とダイヤを説得させて戻ってくるから!」

 

ニカッ、と笑う鞠莉ちゃん。

 

「うん。俺も手伝うよ」

「何を手伝うの?」

 

後ろから声が聞こえ、振り返るとそこには着替え終わり制服姿の千歌、曜、梨子がいた。

 

「あ、着替え終わったんだ」

「あら、今日はお疲れ様。素晴らしいライブでしたヨ!」

 

鞠莉ちゃんは口調をエセ外国人風の変な話し方になる。

 

分ける必要あるのかな?

 

「ありがとうございます。でも!」

 

千歌はお礼を言った後、俺の前に出て、右腕に抱きつく。

 

「カズくんはチカたちのお手伝いさんなので!」

 

ムスッ、とした顔の千歌。

それを見て鞠莉ちゃんのアヒル口がニヤケ顔でかなり強調される。

 

・・・それにしても、千歌って以外と大きいんだなぁ。童顔なのに出るところはしっかり出てて・・・。あ、ごめんなさい。悪かったですって!そんなに睨まないで梨子!

 

梨子のプレッシャーを背中でダイレクトに受け止める。

 

そろそろ千歌を引きはがそう。俺がもたない。

 

「ほら、千歌離れて」

「んー」

 

腕をぐーっ、と引き、引き離そうとしたが全然離そうとしない。

 

てか、力強いな!

 

「ほら、ちかっち。誰も和哉をとるなんて言ってないよ」

「ちかっち?」

 

鞠莉ちゃんのいきなりのあだ名呼びで、千歌はきょとんとした顔をしている。

 

「そう!ちかっち。和哉とは昔からの知り合いだから、困った時に少し手伝ってもらおうかなって、話してただけよ」

 

千歌は俺の顔をのぞき込む。

 

「本当だよ。それに千歌たちの手伝いは続けるよ」

 

千歌は渋々離れる。

そんな千歌を見て、鞠莉ちゃんはくすっ、と笑う。

 

「とにかく、今日のライブはとてもexcitingでした!ここも満員にできたので、スクールアイドル部を承認します!」

 

鞠莉ちゃんの言葉に全員笑顔になる。

 

「やった・・・。やったよー!」

 

千歌は梨子と曜に飛びかかるように抱きつく。

 

「千歌ちゃん・・・。うん!」

「本当にやったわね!」

 

はしゃぐ3人を微笑ましく見ていると、鞠莉ちゃんが話しかけてくる。

 

「混ざらないの?」

「俺が混ざるとなんて言われるか分からないから。ここで見てるだけで十分だよ」

「和哉も相変わらずよね」

「人って簡単には変わらないよ」

 

とうとう始まった、千歌たちのスクールアイドルライフ。

これからメンバーが増えるのか減るのか、それにどこまでできるのか、ちっぽけな俺たちがどこへ飛び出せるのかも分からない。でも、何とかなる。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「お疲れ様ー!」」」

 

いい感じに締めれたと思ったらまだ続いてる・・・。

 

少しいじけながらも今の状況を説明することにしよう。

学校を出た俺たちは松月でプチ打ち上げ会をやっていた。

 

以上。

説明終わり。

 

最初に飲み物を頼み、梨子たちは乾杯をする。俺は注文したケーキが届くまで入口付近で座っている黒柴犬のわたあめと遊んでいた。

 

しいたけもいいけど、わたあめはちっさくてちょっかい出したくなるんだよね。

 

「和哉くん、注文きたよ!」

 

曜に呼ばれ、返事をする。またね、とわたあめの頭を撫で、立ち上がり、千歌の隣に座る。

 

「いやー、今日のライブは緊張したよー」

 

千歌がしみじみと言う。

 

「そうなの?全然緊張してるようには見えなかったわ」

「緊張してるのを他の人に気づかれないようにしてたから。緊張って移っちゃうじゃん?」

「それは分かるかも。飛び込みの時とか前の選手がガチガチだとこっちまで固まっちゃうというか」

「あぁ、確かに」

 

曜も梨子も千歌の言葉に頷く。

2人とも大きな大会やコンクールに出てるし、人前に出る緊張とかに慣れているのかもしれない。実際、見てて緊張した素振りは全くなかった。

 

「えへへ。私なりに頑張ったんだよ?それに!部として認めてもらえたし!」

「本当にね。最初はダメかと思ったわ」

 

梨子が溜息をつきながらしみじみと言うと、曜もそれに続く。

 

「だねー。お客さん少なかったからこれで終わりなんだ、って考えちゃったよ」

「バカチカが時間、間違えなかったらあんな心配しなくて良かったのにね」

 

俺は隣に座っている千歌の頭をグリグリ回す。

 

「それは、悪かったけど・・・。でも!カズくんも何も言わなかったじゃん!」

「それどころじゃなかったの」

「それはチカもだしー!」

 

むきーっ!と怒る千歌。元々童顔な千歌が怒ってもそこまで怖くない。むしろもっと弄りたくなる。

 

「ちょっと、お店では静かにしないと」

 

騒いでいる俺たちに梨子が注意する。

 

「だってさ、千歌」

「いや、カズくんでしょ!?なんで自分は関係ないって感じなの!」

「2人ともよ!」

 

梨子に怒られしゅんとする。

 

「それにしても、まずどうするの?部活にはなったけどやることって何?」

 

梨子がこれからの事について尋ねる。

 

「そっか。梨子ちゃん、スクールアイドルが何するかあんまり知らないんだったね」

「え、ええ。それで、何をするの?」

「曲を作ってPVを作ってサイトに上げるの。それで、みんなでキラキラしたい!」

 

千歌は嬉しそうに話し出す。

 

「それに、新メンバーとかいたら、もっとアイドルっぽくない?」

「新メンバーか・・・」

 

千歌の言葉に俺は腕を組む。

 

「心当たりあるの?」

 

キラキラした目で千歌は顔を近づけてくるが、千歌の顔を手で押し返す。

 

「逆だよ。元々生徒数が少ないでしょ?やりたいっていう人もそういないよ。実際梨子を誘うのにどれだけ時間かかったことか」

「なるほど。確かにそんな人は少ないよね」

 

曜は寂しそうな顔をしながら呟く。

 

「私ね!ルビィちゃんと花丸ちゃん誘いたいんだ!」

「俺の話聞いてた?」

「ほぇ?」

 

この野郎・・・。

 

「学校に人が少ないからスクールアイドルやりたいって人も少ないかもしれないから難しい、って話してたの」

 

曜が千歌に教える。

 

「えー!?なんでー!こんなにキラキラしてるのに!」

「みんなが千歌たちと同じわけじゃないから。仕方ないよ」

 

しーん、としてしまった机。

打ち上げのはずなのに空気はお通夜だ。

 

「ごめんなさい。私が変なこと言ったから」

 

自分の発言のせいだと思ったのか梨子が謝る。

 

「ううん。梨子ちゃんは悪くないよ。本当の事だから」

 

千歌がフォローするが、空気は良くならない。

 

「とにかく!ほら、ケーキ食べよう!辛気臭いんじゃ、美味しくないよ!貰い!」

 

できるだけ明るく振る舞い、千歌のみかんケーキのみかんを一房奪い、食べる。

 

「あー!チカのみかん!何するの!バカカズくん!」

「千歌が食べないからだよー」

「食べないんじゃなくて残してたの!」

 

千歌はかーえーしーてーよー、と俺の体を揺らす。そんな俺たちを曜と梨子は笑って見ていた。

 

良かった。なんとかくらい空気は無くなったようだ。

 

「チカのみかんー」

 

本当に泣き出しそうになる千歌。

流石に泣かれたらまずい、と思い、俺は自分のケーキをフォークで1口サイズに切り、それを千歌の口に入れる。

 

「はい。これでおあいこね」

 

すると千歌は今までのが嘘のように静かになり、しかも俯いている。

 

「千歌?千歌さーん?」

 

声をかけるが返事をしない。

それになぜか梨子の視線が鋭い。

 

「あーあ。しーらないっと」

 

曜は自分のケーキを黙々と食べる。

 

「え。何?俺、なんか間違えた?」

「自分で考えなよー」

 

曜さん、酷くないですか?

梨子も怖いよ?

 

「ご、ご馳走様でした・・・」

 

千歌がポツリ、と呟く。

 

「どういたしまして?」

 

訳も分からず、返事をする。

それからはみんな黙ってケーキを食べ続けた。

ただ、梨子の目が怖いのといつもとは違う千歌で味なんて全く分からなかった。




鈍いとは罪なもの。
主人公故の性なのか。
それは誰も分からない。

「本当よ。周りには美少女しかいないからって和哉くんたらデレデレして・・・」

梨子さんも大変ですね。
作曲にダンスにご自身の恋に。

「こっ!ここここここ恋!?なんのことかしら?」

今はそういうことにしておきましょう。
次回もお楽しみに。


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#16 部室ゲット!

〜前回のあらすじ〜
激動のライブが終わり、また新しい1週間が始まった。
部室を貰ったAqoursがそこで見たものは。


「これでよし!」

 

とうとう発進した浦の星女学院スクールアイドル部。グループ名はAqours。

先日のライブを成功させたAqoursは理事長の鞠莉ちゃんから許可がおり、体育館の部室の1つを貰うことになった。

その入り口に千歌が脚立に乗り、部の名前のプレートを付けているのだが・・・。

 

「それ、なんて読むの?」

 

千歌は部の文字を逆に書いて陪と書いている。おおざとではなく、こざとへんだ。

 

「また間違えた!」

 

また?ということは以前にも間違えていたのか・・・。

 

千歌は慌ててペンを取り、陪にバツ印をつけ、その隣に小さく部と書いた。

 

「それにしてもまさか本当に承認されるなんて!」

「部員足りないのにね」

 

梨子と曜がボヤく。

 

「理事長がいいって言うだから、いいんじゃないの?」

「いいって言うかー・・・。ノリノリだったけどね」

「まあ、鞠莉ちゃんだから」

「でも、どうして理事長は私たちの肩を持ってくれるのかしら?」

 

梨子がそこに疑問を持つ。

それは自分のため、とは今は言わないでおこう。

 

「スクールアイドルが好きなんじゃない?」

 

千歌が脚立から降りながら呑気にいう。

 

「それだけじゃないと思うけど」

 

う、梨子はやたら鋭いな。

 

「和哉くんは何か知らないの?」

「いーや、俺は何も」

 

梨子から質問されるが、感ずかれないように嘘をつく。

 

「とにかく、入ろうよ!」

 

千歌は鍵を1つ取り出し、見せる。それはこのスクールアイドル部の部室の鍵だ。

千歌が鍵を開け、中に入ると・・・。

 

「うぅ・・・」

「うわーっ」

 

千歌と曜が落胆の声をあげる。

それもそうだ。何年も使われていないと言われていた場所だ。ホコリまみれだし、何が入ってるのか分からないダンボールや袋ばかりだ。

 

「片付けて使えとは言ってたけど」

「これ全部ー?」

「文句言っても誰もやってくれないわよ」

 

千歌は文句を言っているが、梨子と曜は腕をまくりながら部室を見回す。

どうやら2人はやる気満々のようだ。

 

「これは2、3日は掃除かなー」

 

ため息混じりに俺は呟く。

 

「えー!練習は!?」

「少し片付けてから」

「うぅ・・・。ん?」

 

何かに千歌は気づく。

視線をホワイトボードに向けると、ちょこちょこと歩いていく。

 

「ん?なんか書いてある」

 

俺たちもそれに着いていき、ホワイトボードを見る。

 

「歌詞、かな?」

「どうしてここに?」

「分からない」

 

千歌たち3人はホワイトボードには掠れた文字で文が綴ってある。

 

「どんな未来かは誰もまだ知らない・・・」

「カズくん?」

 

このホワイトボードに書いてあるのは間違いなくあの歌。

 

ここにまだ残ってたのか・・・。

 

「カズくん!」

「うわっ!何?」

「さっきから呼んでも返事しないから!」

 

千歌がぷりぷりと怒る。

 

「あ、いや、いい言葉だなって」

 

とっさに誤魔化す。

 

「ふーん。それにしても・・・」

 

千歌は俺の後ろの机に積まれている本の山を見る。

 

「図書室のじゃないの?」

「まさか」

 

千歌の言葉を軽く否定する。

 

「でも、ほら。バーコード貼ってあるよ?」

 

千歌は本を1冊持ち、裏表紙を見せる。

 

「本当だ」

「じゃあ、10冊近くもここに置きっぱ?」

 

曜がまさかー、と軽くボヤく。

 

「でも、本当みたいよ。多分、生徒数が少ないからこういう学校の備品の管理も大雑把になってるのかも」

 

確かに梨子の言ってることは一理あるかもしれない。生徒数が少なければ、それに比例して利用数も減る。この学校は何年も前から統廃合の噂が出ているから仕方ないのかもしれない。

 

「とりあえず、本のホコリ落として返しに行こう」

 

俺が提案するとそうだね、とみんな頷く。

5分程で全ての本のホコリを落として、手分けして図書室に持っていくことにした。

 

図書室に着き、千歌が元気よく挨拶して入る。

 

「こんにちはー!」

「こら千歌、図書室は静かにしないと」

「えへへ、あ、花丸ちゃん!」

 

図書室のカウンターに花丸ちゃんが座っていた。どうやら今日が当番の日のようだ。

ふと、カウンターの近くに置かれている扇風機を見ると、そこにはルビィが隠れていた。いや、隠れきれてない・・・。

 

「それとー・・・。ルビィちゃん!」

 

千歌は後ろを指さす。

 

「ぴぎゃ!」

 

そんなに驚かなくてもいいでしょ・・・。

 

「よく分かったね」

 

曜がドヤ顔の千歌に感心している。

 

「えぇ?」

「逆になんで気づかなかった・・・」

 

観念したルビィは泣きそうな声で挨拶をする。

 

「うっはぁー!かわいい!」

 

本当に千歌はルビィのことが気に入ってるようだ。

確かにルビィがかわいいのには同意だ。

 

「これ部室にあったんだけど、図書室の物じゃないかな?」

 

カウンターに持ってきた本を置き、最後に置いた梨子が花丸ちゃんに話しかける。

花丸ちゃんは1冊持ち、中を見て確認する。

 

「あ、確かにそうかもしれないです。ありがとうございま、すぅ!?」

 

花丸ちゃんがお礼を言い終わる前に千歌は花丸ちゃんとルビィちゃんの手を掴む。

 

「スクールアイドル部へようこそ!」

「うわぁっ」

 

いきなりの事で花丸ちゃんが声を上げる。

 

全く、こいつは・・・。

 

「千歌ちゃん・・・」

 

梨子も呆れた目で千歌を見る。曜も驚きを隠せていない。

 

というか、なんだよ。ようこそって。まだ入るとは言ってないだろう。

 

「結成したし、部にもなったし!絶対、悪いようにはしませんよー」

 

手を掴まれた2人もキョトン、としながら話を聞いている。

 

「2人が歌ったら絶対キラキラする!間違いない!」

「あ、えっとー、でも・・・」

「おら・・・」

「おら?」

 

あ、花丸ちゃんのたまに出る一人称が出た。

それを千歌は復唱した。

 

「あぁ、いいえ。マル、そういうの苦手っていうか・・・」

「えぇ!る、ルビィも・・・」

 

確かにルビィは極度の人見知りだ。いくらスクールアイドルが好きとは言え、周りに見られるとルビィはどうなるか分からない。だが、花丸ちゃんだけがそんなルビィを悲しそうな目で見ていた。

 

なるほどね。花丸ちゃんはルビィの本心が分かってるのか。

 

「ほら、千歌。そこまでだよ」

「いてっ」

 

千歌の頭に軽くチョップを打ち、止めさせる。

 

「千歌ちゃん、強引に迫ったら可哀想だよ」

「そうよ。まだ入学したばかりの1年生なんだし」

 

曜と梨子も見ていられなくなったのか、千歌に注意する。

 

「そうだよね。あはは・・・。かわいいから、つい」

 

千歌は2人の手を離し、頭を書きながら笑う。

 

「千歌ちゃん、そろそろ練習」

「あ、そっか。じゃあね」

 

千歌が手を振るとルビィも答えるように小さく手を振る。

なんだかんだ言ってルビィは千歌には少し慣れているのかもしれない。

 

「とりあえず、もう少し掃除だよ」

「えぇー!」

「文句言わない!」

「踊りたいよー!」

 

子供のように駄々をこねる千歌の声が廊下に響き渡っていった。




部室で見つけた歌詞。
それは懐かしく、暖かく、そして悲しみの記憶。

「ここにまだ残ってて嬉しかったよ」

ご存知ではなかったんですね。

「まあね。あの頃はまだ中学生だったから」

確かにそうですね。
ではまた次回。


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#17 新入部員

〜前回のあらすじ〜
部室を手に入れたAqours。
次なるAqoursの活動について4人は動き始めた。


朝、Aqoursは淡島神社の階段で走り込みをしていた。

 

「さすがに無理よ!」

「だって、はぁはぁ、μ'sも、階段登って鍛えたって!」

 

荒い息をしながら梨子が言うと同じく千歌も息を荒らげて答える。

階段の途中、踊り場で3人は並んで座り込む。

 

「ほらー。まだ途中だよ。早くしないと学校遅刻するよ?」

 

俺はそんな3人の前で見下ろすように立っている。

 

「なんで、平気なの?」

 

梨子が俺に尋ねる。

 

「カズくんは脳みそまで筋肉で、できてるから・・・。疲れなんてないんだよ・・・」

「千歌、お前だけ2倍にしてやろうか?」

「えー!!」

 

バカチカのことは放って置くことにしよう。

 

「和哉くん、よくダイビングとかやるし。果南ちゃんに付き合って走ってるから・・・」

 

曜が代わりに答えてくれた。

 

「でも、こんなに長いなんて・・・」

 

高飛び込みや水泳で鍛えている曜でも流石にこの階段はしんどいようだ。

 

「こんなの毎日登ってたら体が持たないわ」

「千歌?」

 

階段の上の方から聞きなれた声が聞こえた。

 

「果南ちゃん!?」

「もしかして、上まで走っていったの?」

 

曜は驚いて質問をする。

 

「一応ね。日課だから」

「え!日課!?」

 

3人とも驚く。俺はまあ、何遍も付き合わされたから驚きはない。

 

「千歌こそ。どうしたの、急に」

「鍛えなくっちゃって」

 

苦笑いをしながら千歌は答える。

 

「ほら!スクールアイドルで!」

「あ、そっか。ふぅん。まあ、頑張りなよ。じゃあ、店開けなきゃいけないから」

 

素っ気ないようにそう言うと果南ちゃんはポニーテールをなびかせながら、下っていった。

 

「息一つ切らさないなんて」

「上には上がいるって事だね」

「ま、果南ちゃんだしね」

「はあ・・・」

 

千歌はため息を1つつく。何事だ、と思い、みんなで千歌を見る。

 

「私たちも、いくよぉ・・・」

 

弱々しく突き上げた右腕はすぐに下がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後の部室。

今日は部室にお客様がやって来た。そのお客さんはルビィと花丸ちゃん。

 

「あれ?2人ともどうしたの?」

 

扉の前で2人に要件を聞く。

 

「えっと、マルたち少しスクールアイドルに興味があって」

「本当!?」

 

俺は思わず2人の手を握り、部室へ入れる。

 

「さ、入って入って!」

「あ、花丸ちゃんにルビィちゃん」

「今日はどうしたの?」

 

2人に気づいた千歌と梨子。

 

「マルたち、体験入部をしようかなって思って」

「ホント!?」

 

千歌も俺と同じリアクションをとる。

 

分かる分かる。こんな美少女2人がスクールアイドルやるって言うんだもん。

 

「やった・・・。やったよ・・・」

 

千歌は涙を滲ませた、震える声で呟く。

 

流石にオーバー過ぎるよ・・・。

 

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

反対側の庭に出る扉を勢いよく開け、千歌は大ジャンプをする。戻って曜と梨子に飛びつき、2人の肩に手を回す。

 

「これでラブライブ優勝だよ!レジェンドだよ!」

 

いやいやいや。流石に気が早すぎる。飛躍しすぎだって。

 

「千歌ちゃん待って。体験入部だよ」

「ほぇ?」

 

曜の言葉に千歌は呆けた声を上げる。

 

「ようするに、仮入部というか、お試しってこと。それでいけそうだったら入るし、合わないっていうなら辞めるし」

 

梨子が優しく千歌に説明する。

 

「そうなの!?」

 

やっぱり千歌は話を聞いていなかったようだ。

花丸ちゃんは申し訳なさそうに口を開く。

 

「まあ、色々あって・・・」

「あ、もしかして生徒会長?」

「あ、はい。だから、ルビィちゃんとここに来たのは内密に・・・」

 

曜が察して口にしたことは本当のようだ。

 

全く、ここでもダイヤちゃんか。鞠莉ちゃん言ってくれないかな?硬度10とか、炭になれとか。・・・おっと、寒気がした。

 

曜の隣にいた千歌が何かを思いついたようで机に向かう。何をしているんだろう、と思い、覗いてみる。

 

「よっ!できたぁ!」

 

この間配ったAqoursのチラシに早速2人の名前を書いていた。

 

「千歌ちゃん、人の話は聞こうね」

「ほぇ?」

 

曜は千歌の方に手を置き、呆れながら言う。

 

俺もなんだか頭が痛い。というか、さっきの寒気といい、頭痛といい、風邪かな?・・・ごめんなさい。寒気は殺気で頭痛はバカチカが原因です。

 

「じゃあ、早速練習やってもらうのが一番ね」

 

梨子がその場を仕切り、ホワイトボードに俺と梨子が考えて作った練習スケジュールのグラフを貼る。

 

「ネットでスクールアイドルのブログとか見ながら、和哉くんと一緒に考えたの」

 

1年生2人はおーっ、と感心した表情をしている。というか、千歌も同じように感心して、拍手をしている。

 

「歌の練習は?」

「それは別に時間を見つけてやるしかないかな。今みたいに千歌が作詞、梨子が作曲している間は基礎体力のトレーニング。出来上がったら少し基礎トレを減らして歌の練習って感じ」

「これがスクールアイドルの練習!」

 

ルビィは目をキラキラ輝かせながら、スケジュール表を見ている。ルビィにとっての憧れはスクールアイドル。それが今、目の前にいて、自分もやるんだから仕方ない。

 

「でも、練習どこでやるの?」

 

曜の質問に千歌はハッ、とする。

 

「ふふん。それもか」

「探しに行こう!」

 

千歌は俺の言葉を遮り花丸ちゃんとルビィの手を握り、外へ走っていく。曜もそれについて行く。

 

「せめて、最後まで言わせてよ・・・」

「あはは・・・。千歌ちゃんらしいけどね」

 

肩を落とした俺を梨子は慰めてくれた。梨子の優しさがひたすら胸に響く。

 

「俺たちも追いかけようか」

「うん」

 

Aqoursの練習場所の捜索作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習着に着替えた俺たちは校内で練習できる場所がないか探していた。

校庭ではソフトボール部が練習に励んでいる。その光景をバックフェンス越しに眺めていた。

 

「中庭もグランドもいっぱいだねー。部室もそこまで広くないし」

 

千歌が悲しそうに呟く。

 

「砂浜じゃダメなの?」

 

曜が聞くと、梨子が答える。

 

「練習の時間考えると練習場所は校内で確保したいわ」

 

確かにそうだ。ただでさえ、バスの本数が少ないし、時間は少しでも多く使いたい。

 

「そこでだ、俺に」

「屋上はだめですか!?」

 

俺の言葉を遮ってルビィが意見を出す。

 

俺が言おうと思ってたのに・・・。

 

「屋上?」

 

千歌が聞き返すと、ルビィは続ける。

 

「μ'sはいつも、屋上で練習してたって」

「そうか!」

「屋上かー」

「行ってみよー!」

 

千歌が手を上げると、丁度バットがボールを打つ気持ちいのいい音が響き、そのボールが俺の頭に直撃する。

 

「いでっ」

 

・・・フェンスを超えての大ファール、お見事です。

 

「だ、大丈夫!?」

 

慌てて梨子と花丸ちゃんが駆け寄る。

 

「大丈夫だよ。カズくん丈夫だし」

 

なんで千歌が答えるのかは謎だが、少し痛いだけだ。

ボールを拾ってソフトボール部員に投げ返す。

 

「俺は大丈夫だから、屋上にいこうか」

 

頭をさすりながらみんなで屋上へ向かう。

 

あ、少しコブになってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!すごーい!」

 

屋上についた途端、千歌は走り出し、ジャンプする。

 

「おーい。転ぶよー」

「子供扱いしないで!」

「見てて危なっかしいの、千歌は」

「んー!」

 

むくれる千歌は放っておいて、今日は晴天で太陽が気持ちいい。

 

「富士山くっきり見えてるー!」

 

曜が屋上から見える富士山を見て感動を口にする。

 

「でも、この日差しは強いかも」

 

花丸ちゃんがどことなく楽しそうに呟く。

 

「そこがいいんだよ。太陽の光をいっぱい浴びて、海の空気をいっぱいに吸い込んで!」

 

千歌は喜びながら、みんなに言う。

そしてしゃがみ込み、屋上の床に触れる。

 

「あったかい・・・」

 

俺たちは千歌の近くに行き、円になって千歌の真似をして、床に触れる。

 

「本当だ」

 

曜もポツリ、と呟く。

 

「んー!気持ちいいずらー」

 

花丸ちゃんはこの日差しが気持ちいいのだろう、その場で横になる。

 

「花丸ちゃん?」

 

ルビィはそんな花丸ちゃんの頬をつつく。

 

それにしても、でかい。この体型でこれとは。寺育ちとはけしか・・・

 

「和哉くん?」

「ごめんなさい・・・」

 

隣にいる梨子が俺をキッ、と睨む。

 

エスパーか何かなの?

 

「さ、始めようか」

 

千歌の言葉に花丸ちゃんも起き上がり、みんな頷く。

そして、円陣を5人で組み、手を重ねる。

俺はその光景を後ろで見ていた。

 

「いくよー、Aqoursー」

『サーンシャイーン!』

 

さあ、練習の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」

 

俺が手拍子を叩きながら、千歌とルビィが新曲の振り付けを踊っている。

2人ともなかなかいい感じだ。

ワンコーラス分で一度止める。

 

「できた・・・」

 

ルビィは肩で息をしながら、呟く。

 

「流石ルビィちゃん!」

 

隣で見ている花丸ちゃんがルビィを褒める。実際、ルビィの飲み込みの良さはすごい。少し教えただけでほぼ完璧だ。後は表情と小さくならない事だ。

 

「できました!千歌先輩!」

 

ルビィが嬉しそうに千歌に声をかける。その千歌はというと、決めポーズが謎すぎて、センスすらない。

 

「千歌、間違えてるよ」

「あ、あれ?」

「千歌ちゃんはやり直し」

 

梨子が厳しく告げた。ルビィと花丸ちゃんも苦笑いだ。

 

全員ダンスの練習を終え、部室に戻る。

 

「千歌ちゃん、歌詞は?」

 

梨子が千歌に聞くと、千歌は苦虫を潰した顔で梨子にノートを渡す。

受け取ったノートを梨子は読み進めていく。

 

「ちょっと!全然書いてないじゃない!今日までって約束だったはずよ」

「えへへ・・・。思いつか無かったんだもん」

「思いつかなかったんだもんじゃないの!」

「まあまあ」

 

こんなやり取りも最近は見慣れたものだ。

 

「何かあったんですか?」

 

花丸ちゃんが隣にいる曜に尋ねる。

 

「新しい曲、今作ってて」

「花丸ちゃんも思いついたら何か言ってね」

 

梨子のお説教を無視して千歌が花丸ちゃんに言う。

 

「はあ・・・?」

 

花丸ちゃんは後ろを振り返り、ルビィを見る。ルビィは1人でさっきやった振り付けの復習をしていて、小さく踊っている。そんなルビィを見て、花丸ちゃんは優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時、俺たちは淡島神社のふもとの階段にいる。

 

「これ、一気に登ってるんですか!?」

 

ルビィは驚いていた。

 

「もちろん!」

「いつも途中で休憩しちゃうけどね」

 

自信満々に言った千歌の言葉を曜はすぐに否定した。

 

「えへへ・・・」

「でも、ライブで何曲も踊るには頂上まで駆け上がるスタミナが必要だし」

 

梨子が階段ダッシュをやる意味を説明する。

 

「俺はこの階段の中腹くらいにいるから、しんどくなったら俺に言ってね。しんどくなったら休んだり、歩いてもいいから」

 

そう言って俺は一足先に走って登っていく。

千歌のスタートの合図が思ったよりも早く、俺はスピードを上げて、一気に中腹まで登る。

 

中腹に到着して5分ほど。

先頭は梨子。そのすぐ後ろに曜と千歌が通り過ぎていく。少し時間を開けてルビィがやって来る。

 

「花丸ちゃん、もう少ししたらくるから!」

「分かった!頑張れ!」

「うん!」

 

ルビィも大丈夫そうだ。しかし、どれだけ待っても花丸ちゃんはやって来ない。

おかしいと思った俺は階段を下っていく。

途中のロックテラスに着くとそこにはダイヤちゃんがいた。

 

「ダイヤちゃん?」

 

ダイヤちゃんはそこから海を見つめていたが、俺に気づくとゆっくり振り返る。

 

「なんでここに?いや、それよりも花丸ちゃんを見なかった?」

「花丸さんでしたら、先程帰ったわよ?何やら思いつめた顔をしていたけれど」

 

なんだって?

それに思いつめた顔?

 

「お姉ちゃん?」

 

後ろから声が聞こえ、振り返るとそこには山頂まで登りきったメンバーがいた。

 

「ルビィ!?」

 

あ、ダイヤちゃんはルビィが体験入部しているのを知らなかったんだ。まずいな・・・。

ここでダイヤちゃんに止められたらルビィは・・・。

 

「ダイヤさん、なんでここに?」

 

ダイヤちゃんは千歌たちを睨む。

 

「これはどういう事かしら?」

「これは、あの、その・・・」

 

ルビィは怯えながら言葉を探す。

 

「これは違うんです!」

「千歌さん」

 

それを見かねた千歌が代わりに説明しようとしたが、ルビィは止める。

ルビィはゆっくりダイヤちゃんの元へ行く。

 

「お姉ちゃん・・・」

 

そして、ルビィはしっかりと自分の意思を込め、ダイヤちゃんに告げた。

 

「ルビィ・・・、ルビィね!スクールアイドルやりたい!お姉ちゃんがスクールアイドルを嫌ってるのも知ってる。だけど、ルビィはスクールアイドルが大好き!だから!」

 

ハッキリと自分の気持ちを言ったルビィに驚くダイヤちゃん。

 

「好きになさい。ただし、ハメは外しすぎないように」

 

クルッ、と踵を返したダイヤちゃんは一言ルビィに告げ、去っていった。

 

「やったー!」

 

ダイヤちゃんが見えなくなった途端、千歌は大声を出し、ルビィに抱きつく。

 

「ルビィちゃん、スクールアイドル部へようこそ!」

 

それに続いて曜と梨子もルビィに抱きつく。

Aqours、4人目のメンバーの誕生だ。

 

だけど・・・。

 

俺は夕日で光るオレンジの海を見てポツリ、と呟く。

 

「花丸ちゃん、君はどうしたいんだ?」




Aqoursに加入したルビィ。
しかし、花丸は?

「マルちゃんはきっとルビィのために・・・」

その真意を確かめないと行けませんね。

「うん!がんばルビィ!」


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#18 2人のきもち

〜前回のあらすじ〜
ルビィが加わり、5人になったAqours。
しかし、花丸は何も告げずに去っていった。
彼女の心理を知るためにルビィは・・・。


次の日の放課後。

部室でルビィは入部届けを書いていて、俺たち2年生の4人は一生懸命文字を書いているルビィを見守っている。

ルビィはペンを置き、立ち上がる。

 

「よろしくお願いします!」

 

入部届けを千歌に渡す。千歌はそれを受け取り、ニコリ、と笑う。

 

「よろしくね!」

「はい!頑張ります!」

 

これで正式にAqoursの4人目になったルビィ。

ようやくスクールアイドルになる、というルビィの夢が叶った。

 

・・・なんだか、泣けてきた。

 

「そう言えば国木田さんは?」

 

梨子が不思議そうにルビィに尋ねる。この部室に花丸ちゃんはいない。それに昨日の練習から連絡すらない。

 

梨子の言葉を聞いたルビィは顔を曇らせる。

 

「ルビィは何か知ってる?」

 

俺はルビィに聞いてみることにした。

この表情からして何か知ってるはずだ。

 

「分からないけど・・・。多分マルちゃん、ルビィのために昨日一緒に来てくれたから・・・」

「花丸ちゃんはルビィがスクールアイドルをやりたいのを知ってた。でも、ルビィは1人じゃ勇気が出せなかった。それを花丸ちゃんは分かってて、体験入部を申し出たってこと?」

 

俺は昨日考えた推測をルビィに言うと、ルビィはこくり、と頷く。

 

「どういうこと?」

 

千歌が頭に?マークを浮かべる。

 

「ルビィのためにってこと。ルビィがこうしてスクールアイドルになる。これが花丸ちゃんのやりたかった事なんだよ」

 

そっか、と千歌は寂しげに呟く。曜と梨子も悲しそうな顔をする。

 

「でも、俺にはそうは見えなかった!」

 

落ち込んだ空気を晴らすために俺はわざとらしく声を大きくする。

 

「え?」

「花丸ちゃんも昨日の入部でスクールアイドルをやることを楽しんでた。そうだよね、ルビィ」

 

いきなり話をふられたルビィは驚くが、力強く頷く。

 

「マルちゃんもスクールアイドルが好きなんだと思う。でも、それを閉じ込めるのはダメなことなんだと思う。でも、ルビィにはマルちゃんのこという資格なんて・・・」

 

ルビィは言いながら視線を落としていく。

だけど、俺は。

 

「あるよ」

「ないよ」

「ある。だって、2人は友達だろ?」

 

その言葉でルビィは顔を上げる。

 

「友達なら、わがまま言っていいんだよ。甘えたっていい。でも、それだけじゃダメなんだ。時にはお互いを励まして導いて、高めてあって。そして、一緒に笑う。これが友達だと思う。ほら、ルビィはどうしたい?」

 

ルビィは目を閉じて自分の気持ちと向き合う。

目を開き、小さく話し出す。

 

「ルビィはマルちゃんと一緒にやりたい。マルちゃんと、スクールアイドルやりたい!」

「うん。なら、行ってこい!そして、2人で帰ってこい!」

「うん!」

 

ルビィは走って部室を後にする。

 

全く、あの目。やることを決めたやる時のあの目。ダイヤちゃんにそっくりだ。

 

「おーおー。先輩してますねぇ」

 

曜がにやけながら俺の脇をつつく。

 

「本当にねぇ。やるじゃん」

 

千歌もニヤニヤしながら絡んでくる。

 

「正直、背中が痒かったわ」

 

梨子も2人を真似して冷やかす。

 

「いいじゃん!たまには先輩らしいことしたって。ほら、行くよ!」

 

恥ずかしくなった俺も3人を連れて部室を後にする。

 

どこに行くか?そんなの、分かりきってるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 花丸

 

マルは1人、図書室に向かう。

ルビィちゃんはスクールアイドルとしてAqoursに入った。だから、マルの出番はおしまい。

もう、夢は叶ったから。マルは本の世界に戻るの。

 

「大丈夫。1人でも」

 

受付カウンターに座り、誰もいない図書室で呟く。

カウンターの引き出しにはこの間、沼津の本屋で買ったスクールアイドル雑誌が入っている。ページをめくり、ある1つの記事を開く。

『星空凛』ちゃん。

マルの憧れ。

ウエディングドレス風の衣装を着た凛ちゃんはとてもかわいくて。マルもこんなふうになれたらなって、考えてしまう。

やめよう。マルのお話はこれで終わりだから。

 

「ばいばい」

 

そっ、とページを閉じようとした。

 

「ルビィね!」

「あっ!」

 

声のした入口の方を向くとそこには大好きな友達のルビィちゃんがいた。

 

どうして?

Aqoursの練習は?

それに、今まで見たことないような真剣な表情。

 

「ルビィちゃん?」

「ルビィね!マルちゃんのことずっと見てた!ルビィに気を使ってスクールアイドルやってるんじゃないかって。ルビィのために無理してるんじゃないかって。心配だったから!」

 

ルビィちゃんは今にも泣きそうな声で叫ぶ。

 

「でも練習の時も、屋上にいた時も、みんなで話してる時も!マルちゃん、嬉しそうだった!それ見て思った。マルちゃん好きなんだって!ルビィと同じくらい好きなんだって!スクールアイドルが!」

 

ルビィちゃんの瞳からは涙が溢れ出す。

 

マルがスクールアイドルが好き?

 

「マルが・・・。まさか・・・」

「じゃあ、なんでその本そんなに読んでたの?」

「それは・・・」

 

自分でも分からない。

なんでこの本をそんなに読むのか。

なんでこんなにも惹かれるのか。

確かに凄いとは思った。

かわいいと思った。

でもそれだけ。

それだけのはず。

 

ルビィちゃんはカウンターに近づき、マルの正面に来る。

 

「ルビィね、マルちゃんとスクールアイドル一緒にできたらって、ずっと思ってた!一緒に頑張れたらって!」

 

ルビィちゃんの気持ちは凄く伝わった。

でも・・・。

 

「オラには無理ずら。体力ないし、むいてないよ」

 

ルビィちゃんはマルの言葉を聞いて、笑う。

 

「そこに写ってる凛ちゃんもね、自分はスクールアイドルに向いてないって、ずっと思ってたんだよ」

 

え?

凛ちゃんが?

まさか・・・。

 

「でも好きだった」

 

入口から新しい声が聞こえた。

それは梨子さんだ。その隣に千歌さん、曜さん、それに和哉さんもいる。

 

「やってみたいと思った。最初はそれでいいと思うけど?」

 

梨子さんは少しおどけて話す。

そして千歌さんがそっ、と手を差し出す。

 

でも、マルがその手を受け取っていいのかな?

 

「ルビィ、スクールアイドルがやりたい!マルちゃんと!」

 

ルビィちゃんの声。

それが1つ1つ、マルの心を埋めていく。

 

「オラにできるかな?」

「私だってそうだよ!」

 

千歌さんが明るく言う。

 

「大切なのは、できるかどうかじゃない。やりたいかどうかだよ!」

 

その時の千歌さんの笑顔は太陽みたいで。

そして、他のみんなを見回す。

みんな、優しく笑っている。

 

やりたいかどうか・・・。

マルは・・・。

やりたい・・・!

 

千歌さんが差し伸べている手にそっ、と触れる。すると、他のみんながその手に自分の手を重ねる。

 

暖かい・・・。

 

「花丸ちゃん」

 

和哉さんが話しかける。

マルが和哉さんを見上げると、和哉さんは視線で千歌さんを見ろ、と言っている。

言われた通りに、千歌さんを見る。

 

「Aqoursへようこそ、花丸ちゃん!」

 

なんだ、マルのお話は始まったばかりだったんだ。

 

「はい!」

「マルちゃん!」

 

ルビィちゃんがカウンター越しでマルに抱きつく。

 

「ルビィちゃん!」

 

マルはこの大好きな友達と頑張ろう。

心にそう決めてマルの物語は始まった。

 

side out




花丸も加わり、さらに勢いがついたAqours。
彼女たちの物語は始まったばかりだ。

「勝手に思い込んで、決めつけて。恥ずかしいずら・・・」

大丈夫ですよ、花丸さん。
間違えてこそ、人は成長するものです。

「そうだね!これからマルも輝くために頑張るずら!」

その意気です。

はにゃ猫様、☆9評価。
鵺鵠とも様、☆9評価ありがとうございます!

次回をお楽しみに!


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#19 世界の神と堕天使

〜前回のあらすじ〜
花丸も新たにメンバーに加わり、勢いが増すAqours。
さっそくスクールアイドルランキングに登録をすることにした。


花丸ちゃんを新たにメンバーに加えた俺たちは早速部室に戻り、スクールアイドルランキングに登録する。

この上位グループがラブライブに出場することができる。

ラブライブ出場を目指すAqoursがランキングに登録するのは当たり前だ。

 

「行くよ、せーの!」

 

千歌が声を上げ、エントリーのするために、部室のパソコンのエンターキーを叩く。

画面に表示されたAqoursの順位は4999位。

梨子もその数字に驚く。

 

「上に5000組もスクールアイドルがいるってこと?すごい数・・・」

 

ルビィも驚きを隠せないでいた。

だが。

 

「さあ、ランニングいくずらー!」

 

花丸ちゃんが手を挙げ、みんなを促す。

みんなそれに続き、外に駆け出す。

 

「その前に花丸ちゃんは昨日勝手に帰ったからお説教ね」

「ずら~!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花丸ちゃんに軽くお説教をした後、基礎トレを行い、部室で公開用の新曲の打ち合わせをやっていく。

俺がメインで進行を行い、曜がホワイトボードに書記をしていく。

 

「と、こんな感じかな。PVはなるべく定期的に出すことが注目を集める鍵になるんだ。2年生は曲作りの中核になるからしんどいけど、頑張って」

「うん!任せて!」

 

千歌は元気よく返事をする。

 

「あの、ルビィたちにできることは?」

 

ルビィが恐る恐る手を挙げながら、尋ねる。

 

「うーん。ルビィは裁縫得意だったよね?」

「う、うん!できるよ!」

「曜の衣装作りを手伝ってあげて。人数が増えたからその分、負担が大きくなる。やってくれる?」

「やる!それならルビィにもできるから!」

 

やる気に満ちた表情をするルビィの頭を撫でると、ルビィは気持ちよさそうな顔をする。

本当に小動物みたいなふにゃ、っとした顔だ。

 

「ルビィちゃん、気持ちよさそうずらね」

「本当だ。和哉くんも悪い男の子だよねー」

 

花丸ちゃんの言葉に頷いた曜がニヤニヤしながら俺を見る。

 

「え?なんで?」

「分からないの?はぁ、千歌ちゃんと梨子ちゃんがかわいそう」

「なんで、千歌と梨子?」

 

曜は親指でクイクイ、と千歌と梨子を指す。

2人の方を見るとかなり不機嫌そうな顔をした2人がいた。

 

「この数日見て思ったんだけど和哉くんてロリコン?」

 

梨子の辛辣な言葉が突き刺さる。

 

「いやいや、違うけど」

「ろりこん?」

 

花丸ちゃんが聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

「あ、花丸ちゃんは知らなくていいんだよ。そうだ、ルビィちゃんもおいでよ。一緒におしゃべりしよ」

 

花丸ちゃんの隣にいる曜が彼女の耳を塞ぐ。

ルビィは呼ばれるとトコトコ、と曜の方に歩いていく。

 

「確かに梨子ちゃんの言う通りだよ。ルビィちゃんと花丸ちゃんにはかなり甘いよね」

 

そして千歌の追撃。

 

「そんな訳ないじゃん。ただ入部したばかりだから梨子たちよりは注意して見てるけどさ」

「ふーん。でも頭なでるとか普通やらないわよ?」

 

あ、これって何言ってもいいように解釈されるヤツじゃね?

 

「もしかして千歌ちゃんも撫でたいとか思ってるの?」

 

まさかの曜からの横槍。

本人はフォローした気になっているらしくドヤ顔をした後に1年生2人とのお喋りに戻る。

 

「そうなの?」

 

梨子が鋭い目つきで睨む。何故か千歌は嬉しそうにニヤけている。

 

「別」

「そうよねー。千歌ちゃんもかなり童顔だからロリコンさんにはたまらないわよね」

「だか」

「梨子ちゃん!それどういう意味!?」

「別に?千歌ちゃんもちょっとそういう属性があるよって言ってるだけよ」

 

お?何か仲間割れを始めたぞ?

 

「それなら梨子ちゃんだって胸の大きさなら充分行けるんじゃないの?ロリっぽいチカより小さいんだしー」

 

キシシと笑う千歌。

 

「はあ!?それは今関係ないでしょ!?」

「先にふっかけてきたのは梨子ちゃんじゃん!」

 

2人が言い争っている間に逃げよう。

そう思った俺はそろりそろり、と逃げようとする。

 

「「どこに行くの?」」

 

2人に肩を掴まれる。

逃走失敗だ・・・。

 

「話は終わってないんだからね?」

「そうよ。はっきりしないとね?」

 

この世界に神はいない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか生きて自宅に帰ることができた。

梨子からは言葉攻め。

千歌からはスタンピングの嵐。

死ぬかと思った。

 

制服から着替えてPCを起動させると、よく見ている動画投稿サイトから、生放送が開始したと通知が来ている。

俺はそのサイトを開き、生放送のページを開くがもう終盤だ。

 

『感じます。精霊結界の損壊により、魔力構造が変化していくのが。世界の趨勢が天界議決により決して行くのが。かの約束の地に降臨した堕天使ヨハネの魔眼がその全てを見通すのです!全てのリトルデーモンに捧げる!堕天の力を!』

 

フッ!、と息を吹きかける音と共に画面は真っ暗になり、放送は終了した。

そう堕天使ヨハネこと、津島善子の生放送だ。

なんで俺が見ているかというと、これもリトルデーモンの役目らしく毎回見ることを義務付けられている。そしていつも放送が終わると毎回善子から連絡がくるのだが・・・。

すると、早速善子から電話がかかってきた。

 

『もしもし、先輩?』

「はいはい。ごめん、今日は生放送最後のシメしか見てないんだ」

『そう・・・。それより!またやってしまった!』

 

大声で叫ぶ善子。

キーン、と耳鳴りがする。

 

「うるさい・・・。別にそう思うならやらなければいいんじゃないの?」

『それは・・・、ヨハネとしての私が・・・』

「だったら気にせずにヨハネやればいいじゃん」

『だってこれ辞めないと学校行けないし・・・』

 

善子は頭では分かってるようだが、長年の癖のようなものが抜けてない。

 

「割とみんな気にしてないんじゃないの?」

『そんな訳ないじゃない!みんな何?堕天使ヨハネって、プークスッ、て笑ってるに決まってるわ!』

 

全く、この後輩は・・・。

 

「善子は学校行きたいの?」

『もちろんよ!』

「だったら花丸ちゃんに頼んでみなよ。見張っててくれって」

『な、なるほど。その手があったか・・・。さっそく頼んでみるわ!』

「あ!ちょっと待って!あ、切れた」

 

善子は電話を切ってしまった。

あいつ、花丸ちゃんの連絡先知ってるのか?

 

「・・・ま、いっか」




なんと善子が学校に行くことを決意。
さしあたっては和哉と花丸の協力をえることに。

「そうよ。堕天使ヨハネに不可能はないわ!」

強気ですね。
学校での活躍、期待してますよ。

「ま、任せなさい!」

まずはお友達ですね。

「う・・・、なんとかするわよ!」

ほうほう。期待してますよ!
次回もお楽しみに!


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#20 世界は未来で溢れてる?

〜前回のあらすじ〜
とうとう善子が学校に行くことを決意した。
一方でAqoursはランキングの伸び方に悩むのだった。


「うーん、今日も上がってない」

 

部室に千歌の唸り声が響く。

今練習前にAqoursのランキングがどのくらいなのかみんなで見ているところだ。

Aqoursのランキングは現在4768位。

まだまだ底辺。だが、上出来だろう。

 

「昨日が4856位で今日が4768位」

「まあ、落ちてはないけど」

 

梨子と曜も今の順位に不満のようだ。

 

「ライブの歌は評判いいんですけど・・・」

 

ルビィも険しい声で呟く。

 

「いやいや、むしろ1日で100位くらい上がってるから充分だと思うけど?」

「ダメだよ。もっと注目されないとラブライブにはでれないんだから!」

 

千歌は俺の言葉を否定する。

 

「それに、新加入の2人もかわいいって」

「そうなんですか!?」

 

ルビィが嬉しそうに聞き返す。

 

「特に花丸ちゃんの人気が凄いんだよね」

 

曜の言葉通り、コメント欄は花丸ちゃんがいい、やかわいいなどの書き込みが多くある。

 

「花丸ちゃん、応援してます」

「花丸ちゃんが歌ってるところ早く見たいです」

 

流れてくるコメントを梨子と曜が読んでいく。

 

「ね、ね!?大人気でしょ!」

 

千歌も自分のことのように喜ぶ。

すると、花丸ちゃんは不思議そうな顔をしながら、フラフラとパソコンの画面によっていく。

 

「これがぱそこん?」

「「そこぉ!?」」

 

俺と曜のツッコミがハモる。

 

「これが知識の海に繋がっていると言われているいんたーねっと!」

 

自分を褒めるコメントよりパソコンに反応するのか、この子は。

うん、かわいい。

 

花丸ちゃんの目はキラキラ輝き、画面を一心に見つめる。

 

「そ、そうね。知識の海かどうかはともかくとして」

「おぉ~!」

 

パソコンに興味津々な花丸ちゃんの後ろで千歌はルビィにこそこそ話しかける。俺もそれを近くで聞く。

 

「もしかして、花丸ちゃんパソコン使ったことないの?」

「まさか。流石に授業でやるでしょ?」

「それが家が古いお寺で。電化製品とかもほとんど無くて。学校にあるのはデスクトップだからノートを見るのは初めてかも」

 

ルビィの説明に俺は驚く。

 

「マジ!?今の時代でそんな家庭あるの!?」

「うん。おじいちゃんが古風な人らしくて。この前沼津に言った時も・・・」

 

ルビィは苦笑いしながら話し出す。

 

ルビィの話によると、自動で水の出る蛇口に驚いたり、ジェット乾燥機の下にしゃがみ、その風を頭から浴びていたらしい。

 

「そういう機械を見るといつも『未来ずら!』って。正直、少し恥ずかしかったです」

「未来と言うか、完全にタイムスリップしてきた人じゃないの?」

 

俺の言葉にみんな苦笑いする。

 

「これ、触ってもいいですか!?」

 

パソコンを見て喜んでいた花丸ちゃん。

見ているだけでは物足りないのだろう。

 

「もちろん」

 

千歌が許可を出す。

 

「うわぁ~!」

 

感動の声を上げながら花丸ちゃんはゆっくり手をパソコンに近づける。

 

「ん?」

 

その手がピタリ、と止まり、視線がある1点を見つめる。

 

あ、なんだか嫌な予感がする。

 

「ずらっ!」

 

花丸ちゃんがボタンを押すとパソコンの画面がブラックアウトする。

 

「うわっ!?」

「い、いきなり何を押したの?いきなり」

 

梨子が慌てて花丸ちゃんに尋ねる。

花丸ちゃんは引きつった笑みを浮かべる。

 

「え?1つだけ、光るボタンがあるなって」

 

ビュン!と梨子と曜が物凄い速さでパソコンに向かう。

そう、花丸ちゃんの言った光るボタンはパソコンの電源ボタン。

花丸ちゃんはそれを知らずに、パソコンを強制シャットダウンさせたのだ。

 

「大丈夫!?」

「衣装のデータ、保存してたかなー」

 

慌てて2人はパソコンを再起動させ、データのチェックを始める。

花丸ちゃんは壊れかけのロボットのように、ゆっくり振り向く。

 

「ま、マル。何かいけない事しました?」

「あはは、大丈夫、大丈夫」

「え、えっと、ことによってはかなり不味い、かもね?」

「んー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな着替えると屋上に移動する。

 

「おおっ!こんなに引法太子空海の情報が!?」

 

屋上にパソコンを持っていき、曜が花丸ちゃんに操作の説明をしている。

しかし、普通女子高生が空海で喜ぶ?

花丸ちゃんもどこか変わってる。

 

「うん。ここで画面、切り替わるからね」

「凄いずらー」

「もう、これから練習なのに!」

 

練習そっちのけでパソコンに興味津々の花丸ちゃんと操作を教える曜に痺れを切らした梨子が注意する。

 

「少しくらい、いいんじゃない?」

「それより、ランキングどうにかしないと」

「それは仕方ないって。ただでさえスクールアイドルの数は多い。結成したばかりの千歌たちが注目されるのもまだまだ時間がかかるよ」

「でもさー」

 

ランキングが上手く上がらないためか、千歌は苛立ちを覚えているのかもしれない。

 

「毎年、スクールアイドルは増えてますから」

 

ルビィも俺と同じ意見のようだ。

 

「しかもこんな何も無い場所の地味!アンド地味!アンド地味ー!なスクールアイドルだし・・・」

 

自分で言ってて落ち込む千歌。

忙しいやつだ。

 

「そんなに目立たなきゃダメなの?」

 

千歌の言葉に疑問を持った梨子が質問する。

 

「人気は大切だよ」

 

曜が答える。

その曜の隣にいる花丸ちゃんはやっぱりパソコンに夢中だ。

 

「なにか目立つことかー」

「そうねー。例えば名前をもっともーっと奇抜なのにつけ直してみるとか?」

 

確かに梨子の案は悪くは無い。

けど、俺個人、この『Aqours』という名前が消えるのは嫌だ。

 

「奇抜って、スリーマーメイド?」

 

千歌は久しぶりに聞くその名前を口にする。

 

「あ、今はファイブだ!」

「ファイブマーメイド・・・」

 

ルビィは割と気に入ってるようだ。

 

「なんで蒸し返すの!?」

 

名付け親の梨子は千歌に対して蒸し返したことを怒る。

 

「って、その足じゃ踊れなーい」

 

千歌は聞く耳持たずと言った表情で梨子を煽る。

 

「じゃあ、みんなの応援があれば、足になっちゃう、とか!」

 

ルビィはぴょんぴょん跳ねながらファイブマーメイドの設定を口にする。

 

「あっ!なんかいい!その設定!」

「でも、その代わりに声がなくなるという・・・」

 

曜がイタズラな顔をしながらさらに設定を加える。

 

「って、ダメじゃん!」

 

頭を抱える千歌。

 

「だから、その名前は忘れてって言ってるでしょ!」

 

その千歌を梨子はガッ、と掴み揺らして忘れるように促す。

 

「悲しい話だよねぇ、人魚姫・・・」

「曜、お前完全に遊んでるでしょ?」

「あ、バレた?」

 

はあ、と俺はため息をつく。

 

「名前はそのままでいいでしょ?Aqoursって名前俺は気に入ってるし。千歌も運命だって言ってたじゃないか」

「まあね、そうだね。でも、カズくんさ。何か思い入れでもあるの?」

 

千歌が変な質問をしてくる。

 

「なんで?」

「初めて名前見た時もすんなり読んでたし、やけに拘ってる風な言い方してるから」

 

普段はおバカなのにこういう時は本当に鋭い。

 

「俺も千歌と一緒で運命感じたんだよ。それになんか好きなんだよ」

「ふーん」

 

適当にはぐらかすと千歌はやや不満足だったようだが、納得する。

 

ふと、パソコンに夢中な花丸ちゃんを見ると何やらどこかを見つめている。

 

「善子ちゃん?」

 

え、善子?

 

花丸ちゃんの見つめる先を見てみるが、そこには人はいない。

というか、なぜ善子の名前が?

 

「あの、マル。御手洗に・・・」

「あ、うん!行っておいで!」

 

梨子に掴まれたままの千歌が返事をする。

何か怪しい。

花丸ちゃんが出ていって数分後に俺もトイレに行くと言って屋上を離れた。

 

千歌に花丸ちゃんの尾行をするの?と聞かれた時は張り倒してやろうか、とも思ったが、ここは落ち着いて連れションする?とからかってやると、顔を真っ赤にして、早く行って!と言われた。

千歌の相手なんて慣れたものだ。

 

さて、お兄さんに何をコソコソやっているのか教えて貰おうじゃないか。




ランキングは一朝一夕では上がらないもの。
地道な努力がものを言うものだ。

「そんなことは言ってられない!速く注目してラブライブにでないと!」

そうは言っても・・・。
何事も積み重ねですよ。

「うぅ・・・。そうだけど・・・。何か新しいものがあれば」

千歌さんは悩んでるようですね。
さて、どうなることやら。


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#21 舞い降りた堕天使

〜前回のあらすじ〜
何やらおかしな行動を再びとる花丸。
和哉はそれを探ろうと尾行を始めた。


side 善子

「いきなり屋上から堕天してしまった・・・」

 

渡り廊下の戸棚。そこで私は膝を抱えて座り込んでいる。

なぜ、私がこんな所にいるかと言うと、そもそも不登校の私。行き場もなく屋上に逃げたら屋上で何やら始まったのがきっかけだ。

そこには和哉先輩と幼稚園の頃の幼馴染みの花丸こと、ずら丸もいた。

 

そもそも自己紹介であんなこと言わなきゃ、こんなことにはなって無かったのに。

 

すると、戸棚が開き、光が差し込む。

 

まずっ!

また変な子だと思われる!

 

「学校来たずらか」

 

顔を覗かせたのは花丸。

 

どうしてここが!?

 

「ひぃっ!?」

 

戸棚から飛び出し、反対の壁にもたれるように座る。

 

「来たっていうか、たまたま近くを通りかかって寄ってみた、と言うか・・・」

「たまたま?」

「どうだっていいでしょ、そんなのこと!」

 

のんびり立ち上がる花丸。

私も立ち上がり、花丸にいろいろ聞き出すことにした。

 

「それよりクラスのみんな、なんて言ってる?」

 

そう、一番大事なのはこれだ。この返答次第で私の青春の高校生活が決まると言っても過言ではない。

 

「え?」

 

花丸は何のことか、分かっていないようだ。

 

「私のことよ!変な子だねー、とか!ヨハネって何?とか!リトルデーモンだって、ぷふーっ!とか!」

「はぁ」

 

花丸は昔と変わらない呑気な声で返事をした。

 

「そのリアクション、やっぱり噂になってるのね!そうよね、あんな変なこと言ったんだもん!終わった、ラグナロク!まさに、デッドアライブ」

 

私はまた戸棚に逃げ込む。

 

もう生徒全員が帰るまでここに隠れてよう・・・。

 

「それ、生きるか死ぬかってことだと思うずら。というか、誰も気にしてないよ」

「でっしょー・・・。え?」

 

今、花丸は確かに気にしてないって・・・。

でも、そんなの上辺だけなんじゃ・・・。

 

「ふふっ。それよりみんな、どうして来ないんだろう、とか。悪いことしちゃったのかなって、心配してて」

「ほんと?」

「うん」

 

私は戸棚から顔を出して外の様子を覗く。

 

「ほんとね?天界堕天条例に誓って嘘じゃないわよね?」

「ずら」

「嘘じゃないよ」

 

2人の声を答えを聞いて私は立ち上がる!

 

「よし、まだいける!まだやり直せる!今から普通の生徒で行ければ!」

 

って、2人?

キョロキョロ、と当たりを見回すと尻餅をついた花丸。

私の隣にもう1人。

ゆっくりとそちらを見る。

 

「やっ。学校来たね」

 

ニコニコ笑う和哉先輩がいた。

 

「な、ななななななんで!なんで先輩が!?」

「花丸ちゃんが戻ってこないから、ていうのは建前で何こそこそやってるのかなって気になって着いてきた」

「あはは、オラもびっくりしたずら」

 

この人はお節介というか、お人好しというか。

 

「そもそも!先輩がずら丸の連絡先教えてくれればここに来る必要無かったのに!?」

 

先輩に八つ当たり気味にこの前の電話の件について言う。

 

「えー、俺のせい?」

「そうよ!」

「すぐに切ったのは善子でしょ?てっきり知ってるものかと思ってたけど」

 

うっ、そう言われると何も言えない・・・。

 

「とにかく!ずら丸!」

 

尻餅をついた花丸にずいっ、と顔を寄せる。

花丸は驚いたように目を見開く。

 

「な、なんずら!?」

「ヨハネたってのお願いがあるの」

「だから、ヨハネ辞めたいのなら、まずそれを」

「先輩は黙ってて」

「えー・・・」

「それで、お願いって?」

 

花丸は聞いてくれるようで、内容を聞いてくる。

 

「私、気が緩むとどうしても堕天使が顔を出すの。だから」

「マルが注意すればいいずら?」

「そうよ。お願いできるかしら?」

「任せるずら!」

 

クックックッ・・・。

ここで花丸を味方につければ憧れの青春スクールライフを送れる!

勝負は明日からよ!

先輩は頭を抱えていたけど、なんとかなるわ!

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

登校時間通りに学校に続く坂道を登っていく。

 

あぁ、なんなのかしら、この空気。少し状況が変わるだけで世界が全部変わるなんて!清々しい気分で最高だわ。

 

少し前を歩く1年生3人組が私に気づいたようだ。

 

少し、ほんの少しだけドキリとしたけど、ここは落ち着いて、っと。

 

3人組は立ち止まり、私をじっくり見る。

その前を通り過ぎるが、特に何もアクションを起こさない。

 

ふふっ、見てる見てる!

花丸の言った通り、みんな前のことは覚えてないようね。ようし!

 

「おはよう」

 

私は立ち止まり、振り返ると挨拶をした。

 

さあ、どうだ?

 

「お、おはよう」

 

よっし!掴みは良さげね!

 

教室に着くと、花丸は既にいて、私の席の場所を聞くと、嬉しそうに案内をしてくれた。

花丸の隣にいた赤髪のツインテールの女の子は黒澤ルビィと言うらしい。

かわいらしいけど、すごい名前ね。

 

席につくとクラスのみんなが寄って集まり、私の席を囲む。

 

「津島さんだよね!」

「ええ。そうよ」

「雰囲気変わってたから、ビックリしちゃった」

「みんなで話してたんだよ!どうして休んでるんだろうって」

 

これが質問攻め!

なんだかリア充っぽい!

おっと、それよりまずは、質問に答えないと。

 

私は細く微笑む。

 

「ふふっ。ごめんね。今日からちゃんと来るから。よろしく」

「こちらこそ!」

 

よしっ!これで明日からも大丈夫なはず!

 

しかし、その子は苦笑いを浮かべながら質問をする。

 

「津島さんて名前、なんだっけ?」

「ひどいなー。あれだよ、あれ。えっと・・・」

「なんだっけ?確か、よ・・・よ・・・よ・・・」

 

まさか、名前を覚えられてないとは・・・。

い、いや、まだよ、善子。慌てる時間じゃないわ。

そう、名前を覚えてないのは私が学校に来てなかっただけのはずよ。

 

「よ・・・よは・・・」

 

まずい!!

 

「善子!私は津島善子だよ!」

「そ、そうだよね・・・」

 

やばっ、変に食いついて苦笑いされた!

ど、どうしよう・・・。

 

と、とりあえず笑っとこう。

笑ってみると、周りのみんなも笑ってくれた。

 

ふぅ、なんとか乗り切った・・・。

とりあえず、座ろう。

 

「津島さんって、趣味とかないの?」

「趣味?と、特には・・・」

 

いや、これはクラスに溶け込むチャンス!?ここでうまく好感度を上げて・・・。でも、なんて言うの?

堕天使ファッション?これはダメ。

ゲーム?陰キャラって思われちゃう!

だ、だったら生放送でもよくやってる・・・。

 

「う、占いをちょっと・・・」

「本当に!?」

「私、占ってくれる?」

「私も私も!」

 

反応はいい。

なんとか、なりそうだ。

 

「いいよ!えっと・・・」

 

今占いをやるには何がいいかしら?と考え、持っているものを思い出す。

 

「あ!今準備するわね!」

「やった!」

 

みんな喜んで拍手している。

 

よし、頑張らなきゃ。

 

私は自分のカバンからいつも愛用のテーブルクロスを取り出し、マントを羽織り、シニヨンに黒い羽を刺す。

 

「これでよし!」

 

占いの準備はバッチリ!

 

「はい、火をつけてくれる?」

 

蝋燭立てに立てた蝋燭を1人に差し出す。

 

「え?」

 

その子にマッチを渡し、火をつけてもらう。

蝋燭に火が灯る。

 

さあ、堕天使ヨハネの占いの開幕よ。

 

「天界と魔界の蔓延る遍く精霊。煉獄に堕ちたる眷属たちに告げます。ルシファー、アスモデウスの洗礼者、堕天使ヨハネと共に、堕天の時が来たのです!」

 

シーン、と静まり返る教室。

みんなの顔を見るとひいてしまっている。

 

やってしまったぁ・・・!

 

その隣にはジト目で私を見る花丸。

フッ、と息で蝋燭の日を消す。

 

「善子ちゃん」

「はい・・・」

「片付けて」

「はい」

 

花丸に言われた通り、占い用の道具をすべて片付ける。

 

「ごめんね、みんな。善子ちゃんちょっと借りるね。行こ、ルビィちゃん」

「あ、うん!」

 

花丸に手を引かれるまま着いていく。

 

「どこに行くの?」

「オラたちの部室ずら。そこで話を聞いてあげる」

「そう・・・」

 

何にせよ、私の青春は終わったわ・・・。




やはりやってしまった善子。
そんな善子を見かね、花丸が行動に移る。

「マルがついていながら、情けないずら」

花丸さんのせいではない気がします。

「そんなことはないずら。もっとしっかりしないと」

責任感が強いんですね。
次回もお楽しみに!


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#22 堕天使の集い

〜前回のあらすじ〜
教室で盛大にやってしまった善子。
花丸に連れられ、スクールアイドル部室で落ち込むのだった。


「どうして止めてくれなかったのぉー!」

 

花丸に連れていかれた先は体育館の部室。そこは花丸が所属しているスクールアイドル部の部室だ。朝だというのに、2年生の先輩たちもいる。

 

私は長机の下に隠れ、情けない声をあげる。

 

「せっかくうまくいってたのにぃ・・・」

「まさか、あんなものを持ってきているとは思わなかったずら・・・」

「どういうこと?」

 

先輩の1人がこの事態の説明を聞く。

 

「ルビィもさっき聞いたんですけど、津島さん、中学時代は自分のことを堕天使だと思い込んでたらしくて、その頃の癖が抜けきってないって」

「俺はそれを真横で見せつけられてたんだけどね。天界より舞い降りた堕天使ヨハネと堕天しましょう、ってよく言ってた」

「そっか、和哉くんは中学校一緒なんだったね」

 

ルビィさんと先輩が説明をしてくれた。

私はのそり、と机の下から出る。

 

「分かってる。自分が堕天使のはずないって・・・。そもそもそんなものいないんだし」

 

そう、そんなものはこの現実に、リアルに存在しない。

 

「だったら、なんであんなもの学校に持ってきたの?」

 

隣にいる赤髪の先輩が不思議そうに尋ねる。

 

「それは、まあ。ヨハネのアイデンティティみたいなもので。あれが無かったら私は私でいられないって言うか!」

 

ビシッ、とポーズを決める。

 

決まった、カッコイイ!・・・って。

 

「ハッ!!」

「なんだか、心が複雑な状態にあるということは、よく分かった気がするわ」

 

その先輩は困った顔をしている。

 

またまたやってしまった・・・。

 

「まあ、梨子。善子も悪気がある訳じゃないんだ。辞める気があるのかどうかは置いといて・・・」

 

先輩も私を見てため息をつく。

 

「ですね。今でもネットで占いとかやってますし」

 

ルビィさんはノーパソを操作する。

 

『またヨハネと堕天しましょう』

 

ってそれ!この前放送して評判よかった奴じゃない!

みんなジト目だし、ひかれたー!

 

「あー、それ。その日は珍しく面白かったんだよ」

「和哉くん見てるの?」

「まあね、中学の時に善子が見ろ見ろってうるさいから」

「やめて!」

 

とにかくこのままではまずい。

私はノーパソを閉じ、今の思いを必死に伝える。

 

「とにかく私は普通の高校生になりたいの!何とかして!」

 

ぐっ、と花丸に近ずき、何とかしてもらうようにお願いする。

 

「ずら・・・」

「何とかしてって言われても・・・」

 

頼りの先輩と花丸もお手上げのようだ。

 

「かわいい」

「え?」

 

アホ毛が特徴の先輩がボソリ、と呟く。

 

「これだ!これだよ!」

 

ノーパソを私たちに見せながら、何か閃いたようだ。その画面には私のキメ顔。

 

うぅ・・・、恥ずかしい。

 

「津島善子ちゃん!」

「は、はい?」

 

もしかしたら、この先輩が普通の高校生に私を変えてくれるかもと、微かな期待を持つことにした。

 

「いや、堕天使ヨハネちゃん!」

 

え、えぇ・・・?

 

「スクールアイドル、始めませんか!?」

 

・・・これは期待外れかも・・・。

 

 

 

 

 

 

 

それから次の日。スクールアイドルをやらないか、と言った千歌さんの家で早速作戦会議。残り2人の2年生は曜さんと梨子さん。

曜さんは同じ沼津に住んでいて、昨日の帰りは最後まで一緒だった。梨子さんはこの春に東京から転校してきたらしい。

 

というか、千歌さんの家は旅館なのね・・・。

 

「善子ちゃん、持ってきた?」

 

千歌さんが私を見て言う。

 

「ええ。持ってきたけど、本気?」

「本気だよー。絶対上手くいく!じゃあ、私達は着替えるから、カズくんは出ていって」

 

先輩ははいはい、と言って千歌さんの部屋から出ていく。

私が持ってきたのはゴシック風の服。幸いみんな私と体格が変わらないか、少し小さいくらいで、中学のときに来ていた服も問題なさそうだ。

 

「うわーっ、梨子さんスタイルいいなぁー」

 

ルビィさんが下着姿の梨子さんを見て呟く。

確かにスラッ、としていて1つ上とは思えないくらい綺麗。

 

「そんな。中途半端なだけだよ」

「確かに!やっぱり、東京育ちは違うなー」

 

千歌さんも便乗して梨子さんを褒める。

 

東京は関係あるのかしら。

 

「だねー。背も高いし、衣装の作りがいがあるよ。特にこのウエスト、細くて羨ましいなー」

 

そう言った曜さんは梨子さんの腰をつつく。

 

「ひゃっ!?」

 

梨子さんは短い悲鳴をあげる。

 

「お、いい反応ですな」

 

曜さんはニヤリ、と笑い、続けて腰を触り始める。

 

「ちょっと、曜ちゃん!」

「あ!よーちゃんずるい!私も!」

 

千歌さんも悪ノリに乗っかり、2人で梨子さんの肌をつつく。

 

・・・これがリア充・・・!

 

「お・・・。おぉ!すべすべだ!」

「きゃっ!や、やめてー!」

 

梨子さんが悲鳴をあげる。

すると、扉が勢いよく開かれる。

 

「梨子!?みんなも大丈夫!!」

 

和哉先輩が乱入してきた。

今服を着てないのは梨子さんだけ。2人の視線がぶつかる。数秒後、梨子さんの顔は真っ赤に染まっていく。先輩も先輩で気まずく梨子さんの顔を見つめる。

 

「か、和哉くんのえっち!スケベ!」

「ちょっ!誤解!悪気はないよ!」

 

梨子さんは手当たり次第に掴めるものを先輩に投げつける。投げられたものには私たちのカバンも混ざっていた。

 

「ご、ごめん!梨子、投げるのやぶはっ!」

「早く出ていってー!」

 

なんとか先輩は部屋から脱出した。

 

「梨子ちゃんは運がないね」

 

呑気に千歌さんが呟く。

 

「誰のせいだと思ってるの!?」

 

梨子さんはご立腹のようだ。

 

「まあ、とにかく着替えよ」

 

曜さんが言うと渋々と梨子さんは私の持ってきた服に着替え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな着替え終わり、千歌さんが先輩を呼ぶ。

 

「カズくん、入っていーよー」

 

恐る恐る襖から顔を覗かせる先輩。

 

「本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ、ほら!」

 

みんなで並んで服をお披露目する。

私は生放送で使う堕天使衣装だ。

 

「おおー。似合ってるね。善子はいつも通りだ」

 

先輩からの評価はオーケーのようだ。ただ、梨子さんは自分の格好を見て顔を赤くする。

 

「こ、これで歌うの?この前より短い!これでダンスしたら、流石に見えるわ・・・」

 

スカートとが短いのではなく、梨子さんの背が高いし、足が長いからだと思うが、何も言わないでおこう。

 

「ダイジョブー!」

 

千歌さんはスカートを捲り上げる。中に短パンを履いているので、下着は見えない。

 

「そういう事しないの!和哉くんもいるんだから!」

 

千歌さんのスカートを梨子さんが元に戻す。

先輩も気まづそうに顔を背けていて、少し顔が赤いのは気のせいだろうか。

 

「いいのかなー、本当に・・・」

「うん、よく似合ってる、よ・・・」

 

先輩が梨子さんを褒めると、梨子さんは顔を赤くして俯く。

 

「あ、ありがとう・・・」

 

2人して俯くその姿はまさに初々しいカップルそのもの。

 

この2人、付き合ってるのかしら?

 

「調べて見たんだけど、堕天使アイドルっていなくて。結構インパクトあると思うんだよね」

「まあ、アイドルがそういうのは見た事無いね。男性ロックバンドとかなら昔いたけど」

 

千歌さんがそういうと、先輩も続けて話す。

確かに、堕天使アイドルなんているわけない。

 

「昨日までこうだったのが、こう変わる」

 

曜さんは初めてのライブの時に使った衣装を見たあと、みんなを見回す。

 

「ううー、なんだか恥ずかしい・・・」

「落ち着かないずらー・・・」

 

ルビィさんと花丸も落ち着かないようだ。

 

「ねえ、本当に大丈夫なの?こんな格好で歌って」

 

梨子さんの疑問も最もだ。

 

こんなの、ただの変な集団よ。

 

「かわいいねー!」

 

千歌さんは目をキラキラさせながら言う。

 

「いや、そういう問題じゃない」

 

梨子さんの言葉に私も同意する。

流石に私もこれはまずいと思う。

 

「そうよ。本当にこれでいいの?」

「これでいいんだよ。ステージ上で堕天使の魅力をみんなで思いっきり振りまくの!」

「堕天使の魅力・・・。はっ!ダメダメ!そんなのドンびかれるに決まってるでしょ!」

 

一瞬いいなー、と思ってしまった・・・。

 

「大丈夫だよ、きっと!」

 

千歌さんに言われ、少し想像してみる。

ステージには満員の観客。

鳴り止まない歓声。

そして・・・。

 

『天界よりドロップアウト!堕天使ヨハネ、堕天降臨!』

 

いい・・・。最高にかっこいい!

 

「・・・協力、してくれるみたいです」

「仕方ないわね。少しお手洗いを借りるわ」

 

梨子さんはそう言うと部屋から出る。

しかし、部屋から出てすぐの所で立ち止まる。

 

何かあるのかしら?

 

「ひぃいいいいいいいいいやぁああああああああああ!!」

 

梨子さんの悲鳴が聞こえた。

 

「梨子ちゃん?」

 

千歌さんも何が起きているのか分かってないようだ。他のみんなも不思議な顔をしている。

 

「やめて!こないで!」

 

ドタドタと激しい足音と共に、犬の鳴き声が聞こえる。

 

もしかして、玄関にいたあの大きな犬から逃げてる?

 

「大丈夫?しいたけ、大人しいかわぶっ!」

 

千歌さんが落ち着くように言うが、前の襖を倒し、梨子さんと犬が部屋に乱入する。

そのまま走る梨子さん。

逃げ道が無くなった梨子さんはベランダを飛び越えた。

 

「と、飛んだー」

 

みんなして呟く。

 

「わん!」

 

いや、わん、じゃないわよ。

 

梨子さんはくるり、と空中で一回転した後に向かいの建物のベランダに隠れるように落ちる。

 

「おー」

 

みんなで拍手をすると梨子さんは立ち上がり、顔を覗かせる。

 

「おかえりー」

 

向かいの家の部屋の掃除をしていた女の人がそう言うと、梨子さんは再び隠れる。

 

「ただいまー・・・」

 

そこは梨子さんの家のようだ。

 

ハチャメチャな人たちなのね、この集まりは。




千歌の提案で堕天したAqours。
果たしてその結果は・・・。

「俺はアリだとは思うけど、嫌な予感がするよ」

ではなぜ止めなかったのですか?

「試しもしないでやめるのは良くないから」

なるほど。
では、次回を楽しみにしていますね。


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#23 新たな輝き

〜前回のあらすじ〜
堕天使アイドルとして動画を作成し、投稿したAqours。
果たしてその成果は?


今日決まったことは明日、紹介PVを撮ること。

 

ふと気になった梨子さんが犬が嫌いなことを帰りのバスで先輩に聞いてみると、先輩も知らなかったようだ。

 

それはさておき、次の日。早速屋上でPV撮影を始める。

 

「ハァイ。伊豆のビーチから登場した待望のニューカマー、ヨハネよ!みんなで一緒にー、堕天しない?」

「「しない?」」

 

先輩が回しているカメラに向かい、6人で決めポーズをとる。

 

クックックッ、決まった!

 

「うん、オーケー。いい感じじゃないかな」

 

先輩の声にみんな、安堵の息をつく。

 

「じゃあ、早速サイトに投稿しよう!カズくんは先に行っててね」

「分かった」

 

千歌さんの指示に従って、先輩は機材をまとめて持ち、屋上から出ていき、私たちも着替えることにした。

 

部室につくと先輩がノーパソを操作しながら、お疲れ様、と声をかける。

 

「どう?アップできた?」

 

曜さんの質問に先輩は笑顔で答える。

 

「うん。ばっちりだよ。見てみる?」

 

梨子さん以外のメンバーが見ると言うと、先輩は動画ファイルを再生する。

 

「おぉー!最高に堕天使だよ!」

 

喜ぶ千歌さんとは逆に梨子さんは。

 

「やってしまった・・・」

 

壁に頭を当て、落ち込んでいた。

 

余程恥ずかしかったのかしら?かなり可愛く撮れてるのに。

 

すると、ピロン♪とノーパソが通知音を鳴らす。

 

「カズくん!」

 

千歌さんは早く早く!と先輩の肩を叩く。

 

「叩くな!今開くよ」

 

先輩がAqoursのページを表示させる。

 

「あぁ!嘘!?」

 

曜さんが驚く。

 

「一気にこんなに!?」

「じゃあ効果があった、ってこと?」

 

落ち込んでいた梨子さんも画面に食いつく。

そう、Aqoursの順位は953位。

 

「コメントも沢山!すごい!」

 

ルビィも喜んでいる。

 

あ、別にいきなり呼び捨てとかじゃないわよ!教室で話してちゃんと仲良くなったんだから!

なんか、堕天使のヨハネをかっこいいって言ってくれるし、かわいいリトルデーモンだし・・・。

じゃなくて!投稿した動画にはかなりのコメントが出ていた。

どれどれ、コメントの内容は・・・。

 

「ルビィちゃんと堕天する」

「ルビィちゃん最高」

「ルビィちゃんのミニスカートがとてもいいです」

「ルビィちゃんの笑顔・・・」

「ルビィばかりだね。よかったじゃん、ルビィ」

 

みんなが読み上げ、先輩もルビィを褒める。

 

「いやぁー、そんなぁー」

 

照れながら笑うルビィ。少し羨ましい。

 

いや、先輩に褒められた、とかじゃなくて!

 

なぜ、ルビィの人気が高いのかと言うと、この場面だろう。

 

『ヨハネ様のリトルデーモン4号、く、黒澤ルビィです。一番小さな悪魔・・・、可愛がってね!』

 

うん、可愛い。流石リトルデーモンだわ。

 

みんなでワイワイ言いながら動画を見ると校内放送が流れる。

 

『スクールアイドル部!今すぐ生徒会室に来なさい!』

「げっ!?ダイヤさんに見つかった!?」

「あちゃー、勘付くのはやいなぁー」

 

放送した人は生徒会長。

千歌さんはうぁー、と頭をかかえ、先輩ははぁ、とため息。他の2年生も同じだ。

 

「とにかく、早く行こう。長引かせると面倒だよ」

 

先輩の声にみんな立ち上がり、渋々生徒会室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室に着くとパソコンの画面を鬼の形相で見る生徒会長と・・・。

 

「Oh!Pretty bomber head!」

 

理事長がいた。

 

「プリチー?どこがですの?こういうのは破廉恥というのですわ!」

 

生徒会長はお怒りのようだ。

 

「ダイヤ、口調」

 

理事長に言われ、コホン、と咳払いをした生徒会長は私たちを睨む。

 

「いやー、そういう衣装というか・・・」

「キャラというか・・・」

 

千歌さんと曜さんが苦笑いしながら答える。梨子さんが千歌さんに何か言っているが、私のところからじゃ、聞こえない。

バン!と机を叩き、注目を集める生徒会長。というか、いつの間に理事長いなくなったの?

 

「そもそも、わたくしがルビィにスクールアイドル活動を許可したのは、節度を持って自分の意思でやりたいと言ったからよ。こんな格好をさせて注目を浴びようなど!」

 

そういえば、この人はルビィのお姉さんだったわね。似てないわ。むしろ、梨子さんの方がルビィに似てる気がする。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

 

ルビィが謝ると生徒会長は息を吐く。

 

「とにかく、キャラが立ってないとか、個性がないと人気が出ないとか、そういう狙いでこんなことするのはいただけないわ」

「でも、順位は一応上がったし・・・」

 

そう、曜さんの言う通り、順位は大幅に上がった。

 

結果オーライじゃない!

 

「そんなもの、一瞬に決まっているでしょう?試しに今、ランキングを見てみるといいわ」

 

生徒会長がノーパソを滑らせる。それを曜さんが受け取り、ノーパソを開く。

 

「あっ!?」

 

曜さんの驚く声。

画面を見るとAqoursの順位は1526位にまで落ちていた。

 

「本気でラブライブを目指すのならばどうすればいいのか、もう1度考えることよ!」

「はい・・・」

「和哉さん」

「何?ダイヤちゃん」

 

生徒会長がいきなり先輩を名指しする。先輩も妙に落ち着いたように答える。

 

「貴方、分かってて何も言わなかった、そうよね?」

「そうだよ」

「では、何故!止めなかったの!?」

「俺が言ったらみんなはその言葉を信じる。見たことないものを見ないまま止めるのは俺は嫌だ。みんなには1つずつ決めたことをやって、その結果から得られるものを知って言ってほしい。それだけだよ」

「貴方はいつもそうよね。変わらないのね」

「俺は変わったよ、前に進み始めたから。むしろ変わらないのはダイヤちゃんじゃない?そんなダイヤちゃんにとやかく言われる筋合いはない。今は俺たちが『Aqours』なんだから」

 

あんなに怒ってた生徒会長に向かって怯まずに言い返すどころか、煽るなんて・・・。

 

私が思ってるよりも先輩って凄い?

 

「ふん。では、『Aqours』の皆様にもう1度言うわ。どうすればいいか、考え直すことね」

 

そんなの分かりきってるわ。堕天使をやめればいい。それだけじゃない。考える必要なんて無いわ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会長にきつい言葉を言われ、私たちは夕日が眩しい海岸の防波堤に座っている。

 

「失敗したなぁ・・・」

 

千歌さんがため息混じりに呟く。

 

「確かにダイヤさんの言う通りだね。こんなことでμ'sみたいになりたいだなんて、失礼だよね」

「千歌さんが悪いわけじゃないです!」

 

ルビィは落ち込む千歌さんを励まそうと声をかける。

 

「そうだよ。あの鉱石生徒会長が変な意地張ってるのがいけない」

「あ、あはは・・・。お姉ちゃんのせいでもない気はするけど・・・」

 

先輩とルビィがフォローする必要なんてないの。

全部、私のせい。

 

「そうよ。いけなかったの、堕天使。」

「え?」

「やっぱり、高校生にもなって通じないよ」

「それは!」

 

千歌さんが否定しようとするが、その前に私は立ち上がり、少し伸びをする。

 

「なんか、スッキリした。明日から今度こそ、普通の高校生になれそう」

「じゃあ、スクールアイドルは?」

 

ルビィが悲しげな表情で聞く。

 

スクールアイドルか・・・。みんなで何かするのはとても楽しくて、魅力的だけど・・・。

 

「やめとく。迷惑かけそうだし。じゃあ」

 

みんなの顔を見ないように、なるべく背中を向け、立ち去ろうとする。

 

「少しの間だったけど、堕天使に付き合ってくれてありがとね。楽しかったよ」

 

1度だけ、振り返って笑ってお礼を言うと、すぐにみんなに背を向ける。

今ここで何か言われたら、みんなの顔を見たら、またこの気持ちが揺らぎそうな気がして。

 

「善子」

 

そんな私の気持ちとは無関係に先輩が私の名前を呼ぶ。

 

この人は・・・。

 

私は立ち止まりはしたが、無視をする。

 

「いつでも戻ってきていいんだよ。善子だってAqoursなんだ。みんなも言わないだけで、そう思ってるんだから」

 

先輩の言葉にみんな、うん、と返事をした。

 

何よ・・・。なんでそんな事言えるの?私のせいで怒られて、失敗して。でも、きっと、みんな笑ってる。みんな温かいから。それに甘えちゃいけない。

今日で『堕天使ヨハネ』は終わりにして『津島善子』にならないといかないから。

 

「・・・」

 

結局私は何も言わずに、立ち去った。いつも持っている黒い羽を取り出し、それを見つめる。

 

・・・バイバイ。

 

心の中で呟き、その羽を手放す。羽は風に乗り、どこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。

休日なことを利用し、私は朝から部屋の片付けをしていた。

堕天使の私と完全に別れるために。

 

「これでよし」

 

部屋は綺麗に片付き、オカルトチックなアイテムは何1つない、普通の部屋。

ダンボール箱の中には生放送で使っていた衣装と小物を詰めた。後はゴミ置き場に持っていくだけ。

ダンボール箱をそっ、と閉じ、封をする。

住んでいるマンションを出て、外のゴミ置き場へ向かう。

 

・・・これでいいの。これで。

 

何度も自分に言い聞かせ、ゴミ置き場から立ち去る。

 

「堕天使ヨハネちゃん!」

「え?」

 

声の方を向くと、スクールアイドル部のみんな。Aqoursのみんながこの間PVで使ったゴシック服を着て立っていた。

 

どうして?どうしてその服を?

あ、先輩もいる。

 

先輩までメンバーに合わせた様な黒を基調としたロック風な服を着ている。

 

「「スクールアイドルに入りませんか!?」」

「・・・はぁ?」

 

どういうこと?また、堕天使アイドルをやる気?

 

「ううん。入ってください、Aqoursに!堕天使ヨハネとして!」

 

千歌さんが笑顔で言う。

 

「何言ってるの!昨日話したでしょ!もう・・・」

「いいんだよ!堕天使で!自分が好きならいいんだよ!」

「だめよ・・・」

 

これ以上、千歌さんの言葉を聞きたくない。

 

私はその場から走って逃げる。

 

「待って!」

 

みんなは逃げる私を追いかける。

 

「生徒会長にも怒られたでしょ!」

「うん!あれは私たちが悪かったんだよ!善子ちゃんはいいんだよ!そのまんまで!」

「どういう意味ー!」

 

アーケード通りを抜け、駅前まで来た。

みんなは相変わらずしつこく追いかけてくる。

曲がり角を曲がった瞬間、女の人とぶつかりそうになる。

 

「すいません!」

 

駅をぐるっ、と周り、沼津港方面へ逃げる。

 

「しつこーい!」

「私ね!どうしてμ'sが伝説を作れたのか!!どうしてスクールアイドルがそこまで繋がってきたのか考てみて分かったんだ!」

 

狩野川を通り、橋を越え、沼津バーガーを横切っても、それでも追いかけてくる。

 

それに、何よ!いきなりμ'sがって、スクールアイドルがって!

 

「もう!いい加減にしてー!」

 

とうとう、びゅうおまで着いてしまう。ここまで来ると逃げ道はもう無い。

私はここで足を止め、膝に手をつき、呼吸を整える。

 

「ステージの上で自分の好きを迷わずに見せることなんだよ!」

 

振り返るとみんな息を荒くしている。でも、そこには誰1人欠けていない、Aqoursのメンバー。

 

どうして、そこまでできるの?

 

「お客さんにどう思われるとか、人気がどうとかじゃない。自分が一番好きな姿を、輝いている姿を見せることなんだよ!だから善子ちゃんは捨てちゃダメなんだよ!自分が堕天使を好きな限り!」

 

千歌さんが言ったことが私にもできたら、それは凄く、素敵なことなんだろう。

 

私にできるのかな?いや、できるようになれるかな?

 

「・・・いいの?変なこと言うわよ?」

「いいよ」

 

曜さんが笑って答える。

 

「時々、儀式とかするわよ」

「そのくらい、我慢するわ」

 

梨子さんも笑って答える。

 

「リトルデーモンになれ!っていうかも!」

「それは、ちょっと・・・」

 

千歌さんが苦笑いをする。

 

「でも!嫌だったら嫌だって言う!」

 

そっか、これが友達なんだ。

これが、仲間なんだ。

 

千歌さんが私に歩み寄る。その手には何かが握られている。

 

「だから!」

 

千歌さんの手に握られていたのは昨日捨てた黒い羽。

 

私のために・・・?

 

千歌さんはそれを差し出す。私は後ろのみんなを見る。みんな笑顔だ。曜さんも梨子さんもルビィも花丸も先輩も。

 

この差し出された羽を受け取れば、私もこの人たちと一緒に輝ける。

この人たちと一緒に居たい。

そして、堕天使を好きでいたい!

 

ゆっくりと手を伸ばし、千歌さんの手に触れる。

 

「わぁ・・・!善子ちゃん!」

 

みんな喜んで私を向かい入れてくれた。

真っ先にやって来たのはルビィと花丸で、小さい体を跳ねさせながら、2人して私の名前を呼ぶ。

 

「言ったでしょ?」

「先輩?」

 

他のみんなと違って1人爽やかな表情をしている。というか、汗かいてない・・・。

 

「堕天使をやめる必要なんかないって。好きなものは好きでいいって。初めて話した日に言ったはずだよ」

「あっ」

 

先輩に言われて気づく。そうだ、この人は最初からそうだった。

 

「私、このままでいいんだよね?」

「うん。堕天使のままでいいよ。千歌も言ったじゃないか」

「そうよね。ありがと、先輩。それと、その服。似合ってるわよ」

 

笑ってお礼を言うと、先輩は何故か顔を赤らめ、目をそらす。

 

「和哉くん?」

「カズくん?」

「なんで!?」

 

やたら鋭い目つきで先輩を睨む、千歌さんと梨子さんがいた。

 

「今日は善子ちゃんに免じて許してあげるけど、次は知らないよ?」

 

と、千歌さん。

 

「よっちゃんがいて良かったね、和哉くん」

「よ、よっちゃん!?・・・私のこと?」

 

梨子さんのいきなりのあだ名呼びに驚く。

 

「ええ。善子ちゃんでヨハネちゃんだからよっちゃん。なんだか善子ちゃんて呼ぶと酷く訂正を求められそうな気がしたから。だめかな?」

「ううん!むしろいい!わ、私も何か・・・」

 

生まれて初めてあだ名呼びに少し心が舞い上がる。

 

「フフッ、いきなりはいいよ。少しずつ、ね?」

「は、はい・・・」

 

こ、この人、あざとい!

 

でも、嬉しいなぁ。きっと、顔はすっごいニヤけてるんだろうなぁ。

 

「善子ちゃん、気持ち悪いずら」

「何よ!ずら丸!」

「そうそう。善子ちゃんはその方がいいずら」

「花丸・・・」

 

花丸にも迷惑かけちゃったし、返す言葉が見つからない。

 

「とにかく、お腹減っちゃったよぉ」

 

千歌さんがみんなに言う。

 

「じゃあ、さっき通った沼津バーガーに行こうか。そろそろ開店時間のはずだよ」

 

先輩の言葉にみんな頷く。

 

「じゃあ、カズくんの奢りね!みんな行っくぞー!」

「「おーっ!」」

 

先輩を残してみんな走り出す。

 

「はぁ!?ちょっと待って!そんな事されたら!ああもう!話を聞けー!」

 

きっと、これから知らない世界が待ってるんだろうな。Aqoursならもっともっと私が堕天使として輝けるんだ。少しずつだけど、恩返し、しないとね。

 

 

 

 

 

 

この後、沼津バーガーでゴシック服のことを忘れていたため、見世物になったAqoursと財布が軽くなって身も心も堕天した先輩の話は別の機会に、ね?

 

side out...




自分のやりたいこと、好きなこと。
それを受け入れ、前へと進み出した善子。
また1つ輝きが産まれた。


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#24 善い子の善子ちゃん

〜前回のあらすじ〜
堕天使として輝きを探し始め、Aqoursに入った善子。
同時に和哉の財布は薄くなった。


日曜の朝。

昨日の沼津バーガーでの1件で俺の財布のライフはほぼ0。今日は何もしたくない、という気分でもう10時になるが、布団に潜ったままだ。

 

「和哉、起きてるの?」

 

そんな気分だというのに、母さんが部屋にやってくる。

 

「起きてるよ」

「だったら起きてきなさい。朝ごはん片付けちゃうわよ」

「今日はいいよ・・・。なんか気分が乗らなくて・・・」

「珍しいこともあるのね。いつもなら果南ちゃんのお家に行って海に潜ってるのに」

「そんな日もあるよ・・・」

「ふーん。お昼は食べるのよ」

「はーい・・・」

 

母さんはそう言うと、部屋から出ていく。

寝るつもりはないが、布団に寝転んでおくことを決めた。

すると、家のインターホンが鳴る。何か宅配で頼んだっけ?なんて考えていると母さんがまた部屋にやってきた。

 

「和哉、起きなさい」

「えー・・・。なんで?」

「あんたにお客さん。リビングで待ってもらってるから。身だしなみ整えて、降りてきなさい」

 

母さんは何故か嬉しそうに笑いながら部屋を出ていった。

 

俺に?誰だろう・・・。

 

ぼーっ、と考え、のそのそと起き上がる。

まあ、こんな時間にアポなしで来るなんて千歌くらいだろう、と思いながら、リビングに向かう。

 

「おはよ」

「なんで、お前がいる!?」

 

リビングに座っていたのは善子だった。

 

「和哉!その言い方は無いでしょ!」

「あ、いいんです。何も言わずに来たのは私ですから」

 

俺を叱る母さんを善子が止める。

 

「善子ちゃん、ごめんね?バカ息子がこんなんで・・・。わざわざ遊びに来てもらったというのに・・・」

「いいえ!そんな。和哉先輩にはいつもお世話になってますから」

 

善子ちゃんはいい子だね!と母さんは善子を抱きしめる。

 

「善子ちゃん、おばさんの事はお義母さんって、呼んでいいからね!」

「え、えぇ・・・?」

 

そう、俺の母さんはこんな感じだ。

千歌や曜、果南ちゃん、ダイヤちゃん、鞠莉ちゃんが遊びに来た時もいつもこんな感じで、同じことを言う。

善子もどう対処すればいいのか分からず、助けを求める目を俺に向けている。

 

「母さん、善子を離してやってよ。迷惑でしょ」

「あ、ごめんね?」

「は、はい・・・」

 

解放された善子はほっ、と安堵する。

 

「それで、善子はいきなりうちに来てどうしたの?」

 

本題はこれだ。

なぜ善子が朝からわざわざうちにやって来たのか分からない。

 

「あー、それは。えっと・・・」

 

善子はやけに母さんの方をチラチラ見ながら、言い出していいのかどうか、迷っているようだ。

なんとなくだが、母さんには聞かれたくないようだ。

 

「善子、俺の部屋に行こう。母さんがいると気が散る」

「なんてこと言うのかしら、この息子は」

「はいはい。善子、着いてきなよ」

 

善子は立ち上がり、そろそろ、と俺の後ろを着いてくる。

俺の部屋に着き、善子にクッションを渡し、座らせる。善子が座ったのを確認し、本題に入る。

 

「で、善子はなんでうちに?」

「お礼を言いに来たの」

「お礼?」

「ええ。Aqoursの仲間に入れて貰って、先輩にはたくさん助けられたから」

 

わざわざそんなことを言うためにやって来たとは。

 

「まぁ、善子のことは中学から知ってるし、それに堕天使ヨハネをやってる善子が好きだからさ」

「すっ、好き!?」

 

いきなり善子は顔を赤らめ、大声をあげる。

 

「ちょっ、うるさい」

「だっ、だだだだだだって!先輩が!」

「はぁ?」

「な、なんでもない・・・」

 

顔を赤くしたまま善子は俯く。

いつも以上に情緒不安定な善子だ。

 

「とにかく、俺が好きなものは好きでいろって言ったからには、それを守ってた善子を助けるのは当たり前だよ」

「この間までやめようとしてたけどね、あはは・・・」

 

善子は自虐気味に笑う。

 

「とにかく、先輩と千歌さんには本当に感謝してるの。ありがと」

「千歌?」

 

ここで千歌の名前が出てきたことに俺は首を傾げる。

 

「そもそも浦の星を受けたのは中学の頃のことを知らない人だけの環境にしたかったから。入学式でやっちゃって終わりかと思ったけど、千歌さんと先輩がそのままでいいって言ってくれたから。それが嬉しかったの」

「なるほどね。それを言いに来たわけだ」

「あ、いやー。もう1つお願いがあって・・・」

「何?」

「梨子さんのあだ名、一緒に考えて!」

「えぇー。なんで俺?」

 

凄くどうでもいいんだけど・・・。

というか、あだ名って考えてつけるものなの?

もっと、こう、何気ない会話がきっかけで決まるような。

 

「だって、先輩は梨子さんと幼馴染なんでしょ!」

「待って、それ誰から聞いた?」

「曜さん」

 

あのファザコンヨーソローめ!

勝手に人の過去ベラベラ喋って!

来週の休みに果南ちゃんに頼んで刺身祭りの刑だ!

 

「とにかく、せっかく梨子さんがあだ名で呼んでくれてるから、私も考えないと!」

「えー・・・。善子は何も考えてないの?」

「私?安直にリリーとか考えたけど」

「はい。決定」

「早っ!もっとかっこいいの考えないと!」

「いやいや、善子が考えたのでいいでしょ。その方が梨子も喜ぶよ」

 

善子は腕を組み、うーん、と悩む。

 

「1度それで反応を見てみましょうか・・・」

「うん。そうしてみなよ」

 

とりあえず決まったところで時計を見る。

そろそろ時計は正午になろうとしていた。

 

「そうだ、昼食べていきなよ。というか、母さんが食べさせる気満々だから」

「え!流石にそれは申し訳ないわ」

「気にすることないって」

 

俺は部屋を出て、声を張って母さんに尋ねる。

 

「母さん!善子も昼食べるけどいいよね!?」

「もちろんよ!」

 

即答だった。

な?と善子に言うと、照れながら頷く。

 

その後、丁度昼食のタイミングで朝から出かけていた父さんも帰ってきて、4人で昼食を食べた。

もちろん、父さんからも相当いびられたのは言うまでもない。




名は体を表す。
善子にとってこれ程会うことわざはないのかもしれない。

「善子いうなー!私はヨハネなんだから!」

クラスでも堕天使としてやっていけそうですね。

「それは・・・、別問題というか。ヨハネは堕天使アイドルとしての姿というか・・・」

まだはっきりはしてないみたいです。
次回もお楽しみに!


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#25 廃校って素晴らしい?

〜前回のあらすじ〜
お礼を言いにわざわざ和哉の家に訪れた善子。
そこで考えた梨子のあだ名。
果たして善子はあだ名で呼べるのか。


Aqoursに善子が入って初めての月曜日。

月曜日から早速朝練で基礎体力を鍛える。

ここは弁天島。この階段を登るのが足腰を鍛えるのに丁度いいだろう、というか、かなり効果がある。あの果南ちゃんのお墨付きだ。

 

「じゃあ、2人組でストレッチ始めて。相手は適当に」

 

こう言うと自然と千歌と曜、ルビィと花丸ちゃんがよくペアになる。

言い方はかわいそうだが余っていた梨子は俺とストレッチをやっていた。

だが、今日からは善子がいる。

俺は善子の方をチラッ、と見る。善子は自分から梨子にいこうか、いかないか挙動不審になっている。

その間にペアが決まっていき、梨子と善子だけが残る。

善子は頬を叩き、気合を入れている。

 

「ねえ、よっ」

「り、リリー!」

「リリー!?」

 

突然のあだ名呼びで梨子が驚く。

 

「リリーって私のこと?」

 

梨子が確認すると善子は顔を赤らめながら頷く。

 

「そうよ、リリーよ!このヨハネが名付けてあげたの!感謝しなさい!」

 

余程恥ずかしかったのだろう。ヨハネになって必死に取り繕う。

梨子はクスッ、と笑う。

 

「リリーか。うん、ありがとう。よっちゃん」

 

梨子もそのあだ名でいいみたいだ。

とにかく、善子、よかったじゃないか。

 

「それじゃあ、よっちゃん。ストレッチ一緒にやらない?」

「う、うん!」

 

ようやく全員がストレッチを始めたところで俺も1人でストレッチを始める。

朝練のスタートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう無理・・・。毎朝こんなにやるの・・・?」

 

弁天島の階段ダッシュを終えた善子は頂上で息を荒らげてその場に倒れ込んでいる。

 

「よ、善子ちゃん・・・。そんな所で寝たら汚いよ・・・」

 

そういう花丸ちゃんも息を切らしながら座り込んでいる。

何とかみんな頂上まで登りきったものの、座り込んでいる。

 

「うーん。後一往復はしておきたいけど、無理っぽいなぁ」

「無理よ!ヨハネを堕天させる気!?」

「堕天使は最初から堕天してるんだからもう堕天しないよ・・・」

 

善子の意味不明な文句を適当にあしらう。

 

「で、でも、もっとやらないとダンスも踊れない・・・。μ'sみたいに輝けないよ・・・」

 

千歌もしんどそうだが、ゆっくり立ち上がる。

 

「無理はしなくていいよ。まだ時間はあるし、歩いてでも充分体力はつく。とりあえずみんな一度下って、行ける人だけ歩いてでもいいからもう一往復しよう」

 

みんなゆっくり立ち上がり、階段を下っていく。

ふもとにつき、もう1度みんなに聞く。

 

「さて、もう一往復行ける人は手を挙げて」

 

俺が聞くと意外なことにみんな手を挙げた。

 

「私はやるよ!そうしないとμ'sに追いつけないもん!」

「ヨーソロー!私も!千歌ちゃんと一緒にやりたい!」

「私はみんなと違って体力もダンスも上手いわけじゃないから少しでも努力しないと・・・!」

「ま、マルも!鈍臭いし、体力ないし・・・。頑張るずら!」

「ルビィだってみんなと一緒に頑張りたい!」

「リトルデーモンたちがこう言ってるものね。ヨハネがやらない訳にはいかないわ!」

「みんな・・・」

 

なんというか、みんなの情熱で俺の目頭が熱くなるのを感じる。

 

「よしっ!じゃあ、行くぞ!」

「「おーっ!」」

 

俺が手を突き上げると、同じようにみんなも手を突き上げる。

俺が先頭になって、あまり早すぎないペースで階段を登りだす。

時折後ろを振り返ると、苦しそうに息を吐くメンバー6人。しかし、誰も止まろうとはしておらず、必死に着いてきてくれている。

 

「いい調子だ!もう少し!頑張れ!諦めるな!」

 

励ます俺の声もどんどん熱くなっていく。

 

「「ハイッ!」」

 

それに呼応するかのように6人が返事をする。

そして、頂上が見えてきた。

 

「もう少し!頑張れ!今の全力を出し切るんだ!」

 

全員ペースを上げ、頂上まで駆け上がる。どんどんペースが上がり、みんなの表情も真剣だ。そして、登りきった。

登りきった6人はその場で倒れ込み、荒々しく呼吸を続ける。

俺もその場で膝に手をつき、空気を求めて息を荒くする。

 

「お、お疲れ様・・・。もう少し休憩したら、ゆっくり降ろう・・・」

「「は、はーい・・・」」

 

全てを出し切ったみんなの声は弱々しかったが、それぞれが満足そうな顔をしていた。

10分ほど休憩した後、ゆっくり階段を降りていく。

道中は誰も話す余力もなく、1歩1歩踏み外さないように階段を踏みしめていく。

なんとか降りきった俺たちは直ぐに自分たちのドリンクを飲み始め、タオルで汗を拭き取る。

 

くはーっ!スポドリがうまいっ!

 

「よしっ!じゃあ、学校に行こうか。シャワーは水泳部のを借りて汗を流そう」

「はーい」

 

俺の指示でみんなゆっくり立ち上がり、浦女に向かって歩き出す。

 

え?シャワーを浴びる時?みんな水着を持ってるから大丈夫。それよりも浦女に着くためのあの坂を登るのが大変なんだよなぁ。

 

まあ、仕方ないか、と気持ちを切り替え、学校に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襲い来る睡魔と格闘すること7時間。なんとかその日の授業を乗り越えた。

千歌は何度も居眠りをしていて、先生に注意されっぱなしだった。

梨子も曜も時々船を漕いでいた。

 

「さあ!部活だよっ!」

 

放課後になって元気全開の千歌が俺たちを呼ぶ。

 

「千歌ちゃんは元気ね・・・」

 

梨子が欠伸をしながら千歌に言う。

 

「だって、部活だよ!早く踊りたいよ!」

 

元気な千歌を羨ましく思っているとスマホがメールを受信した。差出人は鞠莉ちゃんだ。

どうやら、話があるらしく、理事長室に来て欲しいようだ。その事を3人に伝え、俺は理事長室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室に着いた俺はノックをし、扉を開ける。

 

「鞠莉ちゃん。話って?」

「和哉、驚かないでね」

 

いつになく、真剣な表情の鞠莉ちゃん。

 

「この浦の星女学院は今年度を持って生徒募集を止め、廃校となるわ」

「え?」

 

ようやくAqoursがグループとして固まってきた、そんな時なのに。

現実は残酷だ。

 

「廃校って・・・。本当なの?」

 

俺は鞠莉ちゃんの言葉が信じられず、今の言葉が嘘であることを信じ、聞き返す。

 

「本当よ。でも、ここで終わる気はないわ」

 

その時、理事長室の扉が勢いよく開く。

 

「鞠莉さん!さっきのメールはどういうこと!?」

 

ダイヤちゃんが物凄い勢いでやって来た。

 

「ダイヤ、もう少し静かに」

「そんなことより!説明をしなさい!」

「説明も何もメールに書いてあった通りよ」

「そ、そんな・・・」

 

鞠莉ちゃんの言葉を聞き、ダイヤちゃんは力なく呟く。

 

「沼津の高校と合併して浦の星女学院は廃校になる。分かってはいたことでしょう?」

「それは、そうだけど・・・」

「ただ、まだ決定ではないの」

「そうなの?」

 

俺が思わず口を出す。

すると、鞠莉ちゃんは寂しそうに笑う。

 

「まだ待って欲しい、と私が強く言ってるからね」

「鞠莉さんが?」

「私が何のために理事長になったと思ってるの?」

 

恐らくこの理由を知っているのは俺だけだ。事実、ダイヤちゃんも分からない、という表情をしている。

 

「この学校は無くさない。私にとってどこよりも大事な場所なの」

「方法はあるの?この2年間、入学者はどんどん減っているのよ」

 

ダイヤちゃんの言うことが1番ネックなのだ。

それは並大抵の事じゃ止めれない。

 

「だからスクールアイドルが必要なの」

「鞠莉さん・・・」

 

ダイヤちゃんは呆れたように名前を呼ぶ。

スクールアイドルがあっても結果は変わらない、そんな考えのダイヤちゃん。

スクールアイドルの奇跡を信じてる鞠莉ちゃん。

この2人の意見は平行線のままだ。

 

「あの時も言ったでしょう?私は諦めないと。今でも決して終わったとは思っていない」

 

鞠莉ちゃんはダイヤちゃんに手を差し出す。

もう1度この手をとって欲しい、と。しかし。

 

「わたくしはわたくしのやり方で廃校を阻止するわ」

 

鞠莉ちゃんの手を無視し、理事長室から立ち去ろうとした。

 

「ダイヤちゃん」

「何?」

 

そんなダイヤちゃんを俺は呼び止める。

 

「俺も終わったなんて思ってないから。また、ダイヤちゃんと鞠莉ちゃんと、そして果南ちゃんと」

「終わったのよ。わたくしと果南さんの考えは変わらないわ」

 

ダイヤちゃんは理事長室から出ていった。

残されたのは俺と鞠莉ちゃんだけだ。

 

「ダイヤは本当に好きなのね。果南のことが・・・」

 

ポツリ、と呟く鞠莉ちゃん。

彼女の姿を見て俺は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やるせない気持ちのまま、俺は部室に向かう。

 

「あー!和哉くん!」

「ん?」

 

後ろから名前を呼ばれ、振り返るとそこにはルビィがパタパタと走って、こちらに向かっていた。

 

「どうしたの?」

「大変なことになったの!」

「え?何が?」

「とにかく、部室に!後は和哉くんだけだから!」

 

ルビィは俺の手を掴み、グイグイ引っぱって走り出す。

 

「お、おぉ!?危ないって!」

「急がないとー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「統廃合!?」」

 

部室に着くなり、ルビィの突然の言葉に俺以外の5人が驚く。

 

「そうみたいです・・・。沼津の学校と合併して浦の星女学院はなくなるかもって!」

「そんなー!?」

「いつ!?」

 

曜と梨子がさらに驚く。

 

「それはまだ分からなくて・・・。一応来年の入学希望者の数を見て決めるらしいんですけど・・・」

 

部室の空気が重くなる。

自分たちの学校が無くなるという話を聞けばそうなるのも仕方ない。

 

「先輩はあまり驚いてなかったようだけど?」

 

善子が俺を見て、怪訝そうな顔をする。

 

「あー、うん。俺、さっき聞いたんだよね、鞠莉ちゃんから。直接」

「なんで先輩だけに?」

「えーっと、鞠莉ちゃんはかなり気まぐれと言うか、気分屋だからさ」

「ふーん」

 

善子の質問に誤魔化しながら答える。

とりあえずは納得したようだ。

 

「・・・廃校・・・?」

 

今まで俯いて黙っていた千歌が小さく呟いた。

千歌は特にこの学校が好きだから落ち込むのも仕方ない。と思っていたが。

 

「キタ!ついにキタ!統廃合ってことはつまり廃校って事だよね!学校のピンチって事だよね!」

 

悲しんでいるどころか、喜んでいた。

 

「千歌ちゃん?」

「まあそうだけど」

「心無しか嬉しそうに見えるけど」

 

隣にいる曜と梨子が千歌を揺さぶったり、目の前で手を振ってみたりして、千歌が正気なのか確かめる。

 

「だって!!」

「うわっ!」

 

千歌は部室を飛び出し、中庭沿いの渡り廊下を走り抜けていく。

 

「廃校だよーっ!」

 

体育館で練習しているバレー部の前を通り過ぎる。

 

「音ノ木坂と一緒だよ!」

 

やっぱりバレー部の練習場所に乱入する。

 

邪魔だからやめなさい。それと不謹慎だから廃校廃校連呼しない!

 

バン!と体育館側の入口の戸を開けて千歌が帰ってきた。

 

「これで舞台が整ったよ!私たちで学校を救うんだよ!」

 

千歌は一番近くにいた善子の手をとる。

 

「そして輝くの!あのμ'sのように!!」

 

何故か善子も一緒になって謎の決めポーズをとる。

 

「そんな簡単にできると思ってるの?」

 

梨子の最もな意見を千歌は全く聞いていない。

 

「マルちゃんはどう思う?」

 

ルビィがさっきから何も話さない花丸ちゃんに尋ねる。

 

「統廃合〜!」

「こっちも!?」

 

花丸ちゃんも千歌と一緒で統廃合という言葉に目を輝かせていた。

 

「合併ということは沼津の高校になるずらね。あの町に通えるずらね」

「ま、まあ・・・」

「うわぁ〜!」

 

そんな花丸ちゃんを梨子と曜が悩ましい表情で見ていた。

この2人の苦労はよく分かる。

 

「相変わらずね、ずら丸。昔っからこんな感じだったし」

「そうなの?」

 

千歌の元から逃げてきた善子。

千歌は以前ポーズをとっている。

曜が尋ねると善子は1つ、話しを聞かせてくれた。

 

幼稚園の砂場にあった自動照明。

あれを光らせる度に『未来ずら〜!』と叫んでいたらしい。

 

・・・未来か?

 

「花丸ちゃんは全く変わってないんだ・・・」

 

俺は正直呆れを通り越して、素晴らしさすら感じる。

 

「善子ちゃんはどう思う?」

 

ルビィは善子にも尋ねる。

 

「それは統合した方がいいに決まってるわ。私みたいな流行に敏感な生徒も集まってるはずだし!」

 

善子が流行に敏感とかは置いておいて、こいつ、そもそも自分が浦女に来た理由を忘れてるんじゃないのか?

 

「よかったずらね!中学の頃の友達に会えるずら!」

「統廃合絶対反対ー!」

 

花丸ちゃんの言葉で思い出したようだ。

 

「学校の危機が迫っていると分かった以上、Aqoursは学校を救うため、行動します!」

 

今まで1人でポーズを決めていた千歌がやっとまともな発言をした。

 

「ヨーソロー!スクールアイドルだもんね!」

 

曜がいつものように賛成。

 

「まあ、そうだよね。目標はあのμ'sなんだ。廃校くらい無しにしないと」

 

俺の言葉にみんな頷いてくれた。

 

「でも、行動って具体的に何するの?」

 

梨子が千歌に尋ねる。

 

「え?」

「「え?」」

 

このバカチカはノープランのようだ。

こんなので廃校を救えるのだろうか?




廃校が目の前まで迫り、それを回避するために動き出したAqours。
まずは何をする?

「千歌は何も考えてなさすぎなんだよ・・・」

気苦労が耐えませんね。

「でも、最後には何とかなる。不思議とそんな気がするんだ」

その結果を期待していますよ。
次回もお楽しみに!


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#26 じもあいパワーの見せどころ!

〜前回のあらすじ〜
廃校が決まってしまった浦の星女学院。
この事実を撤回するために、Aqoursは動き始めた。


学校を救うといっても何をすればいいのだろう?

そのことをメンバーと話し合ったが、即効果が出るようなものはない。寧ろそういうものがあるわけが無い。

 

俺たちは屋上に出て練習前のストレッチを始める。

 

「結局、μ'sがやったのはスクールアイドルとしてランキングに登録して」

 

千歌がポツリと呟く。

 

「ラブライブに出て有名になって」

 

淡島に行き、神社までの階段の走り込み。

ここでも千歌は1人で呟く。

 

「生徒を集める」

 

クールダウンがてらに三津浜までクルールダウンにジョギング。

砂浜にみんな寝転んでいるとまた千歌が呟いた。

 

「それだけなの!?」

 

曜が驚く。

 

「みたい」

「そんな訳ないだろ。俺や千歌が知ってるのはあくまで一部なんだ。見えないところでもっと何かやってたんだよ」

「何かって?」

「それは・・・」

 

そう言われると答えれない。

 

「うーん、分かんないよー」

 

千歌が頭を抱える。

その日はろくなアイディアも出ず、解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

次の日の放課後。

部活が始まると同時に千歌は大声で宣言した。

 

「PVを作ろう!」

「「PV?」」

 

ここにいる全員。いや、曜以外が不思議な顔をした。

 

「うん!PVを作って、見た人に私たちのことを知ってもらうの!!」

「なるほど、いいかも知れませんね!」

 

ルビィがコクコク頷く。

 

「じゃあ、早速撮影をしよう!」

「あ、じゃあ、今日は結構遅くなっちゃいますよね?」

 

ルビィが千歌に尋ねる。

 

「かもしれない。用事あった?」

「いえ。うちが門限に厳しいからそのことをお姉ちゃんに伝えておこうって」

 

ルビィの言葉にみんな納得する。

 

「分かった!行っておいで。私たちは玄関で待ってるね」

「はい!」

 

ルビィは駆け足気味にダイヤちゃんの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

玄関でルビィを待つこと数分、思ったよりも早くルビィは帰ってきた。

 

「よし、みんな揃ったね。しゅっぱーつ!」

 

千歌の案内で着いたところは長浜城跡。

到着すると曜はカバンからビデオカメラとサンバイザーを取り出し、カメラマンになった。

千歌と曜は事前に打ち合わせしていたみたいだ。

 

「ここで何を撮るの?」

 

梨子が千歌に尋ねると千歌は良くぞ聞いてくれました!と言った顔をする。

 

「まずは内浦のいいところを知ってもらうの!」

「内浦のいいところ?」

「そう!東京と違って外の人はこの町のこと知らないでしょ。だからまずは、この町のいいところを伝えなきゃって!」

「それでPVを?」

 

善子がぶっきらぼうに言う。

 

「うん!μ'sもやってたみたいだし。これをネットに公開してみんなに知ってもらう!」

「知識の海ずら!」

 

花丸ちゃんはいつもの調子のようだ。

 

「という訳で1つよろしく!」

 

花丸ちゃんとルビィは曜が持っているカメラで映しているのに気づいたようだ。その瞬間に顔が緊張で強ばる。

 

「い、いや!マルには無理ず・・・、いいやぁ、無理・・・」

 

おおっ、ずらを耐えた。

 

「ぴ・・・、ピギィ!」

 

ルビィはカメラから逃げ出した。

そしてこの一瞬で姿を眩ませる。

 

「ん?あれ?」

 

曜がキョロキョロ辺りを見回すが見つからない。

 

この短時間でどこに行ったんだ?いや、本当に。

 

「見えた!あそこーよっ!」

 

善子がビシッ!と木の上を指さす。

流石に無理がある。というか、ルビィは登ったら1人で降りれなさそう。そもそも登れるのか?

 

「違います〜!べ〜」

 

看板から顔を出したルビィは善子煽っていた。

そういうことできるまで仲良くなったんだなぁ・・・。

 

2人のことをよく知っている俺からすると感動ものだ。

 

「さっ!」

「ピギィ!」

 

曜がルビィにカメラを向けるとやっぱり逃げていってしまった。

 

「おおっ!なんだかレベルアップしてる!」

 

千歌が意味のわからないことを言っていると、梨子が声を上げる。

 

「そんなこと言ってる場合!?」

「梨子の言う通りだよ。ルビィ連れ戻して撮影しないと日が暮れちゃうよ」

 

なんとかルビィを捕まえ、やっとのこと撮影に入る。

バックに富士山を映し、花丸ちゃんがジト目でカチンコを叩き、撮影がスタートした。

 

「どうですか!この雄大な富士山!」

 

次は梨子がカチンコを持って叩く。

後ろに広がるのは駿河湾だ。

 

「それとこの綺麗な海!」

 

場所を変え、三津郵便局前。

ルビィが背中を見せたままカチンコを叩く。

 

「さらに!みかんがどっさり!」

 

箱いっぱいに入った寿太郎みかんを見せる千歌。

 

「そして、町には!えと、町には・・・」

 

町には?

 

トラックが1台通り過ぎていく。

 

というか、後ろに美渡さんとしいたけ映ってるし!

 

「特に何もないです!」

「それ言っちゃダメ」

 

曜が千歌につっこむ。

ちなみに今まで説明していたのは千歌だ。

 

「んー、じゃあ、沼津に行こう!」

「待て待て!」

 

千歌の言葉に俺は思わず呼び止めてしまった。

 

「なーに?カズくん」

「内浦のいいところだよね?なんで沼津!?」

「内浦だって沼津だよ」

「いや、そうだけど・・・」

「なーんにもおかしくないおかしくない」

 

千歌の後ろをみんな着いていく。誰1人文句言わない。

 

俺がおかしいの?

 

さて、バスで移動すること1時間弱。沼津駅に到着した。

説明係は変わって曜だ。カメラマンも俺になった。

 

「バスで少し行くとそこは大都会!」

 

アーケード通りをバックに曜が画面の下から生えてきた。

 

「お店もたーくさんあるよ!」

「いや、これはどこの町にも言えることだから」

「えー!」

 

これに対して突っ込まざるを得なかった。

 

「うーん、じゃあ!」

 

千歌のやつ、次はどこに連れていくつもりなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは自転車に乗り、きつい坂道を登っているところだ。

 

「そして、ちょっと!」

「自転車で・・・、坂を越えると・・・そこには、伊豆長岡の・・・、商店街が・・・!」

 

梨子が自転車に倒れ込むように息を荒らげながら説明している。

 

「全然、ちょっとじゃ・・・ない・・・」

「沼津に行くのだってバスで500円以上かかるし・・・」

 

背中を寄せて座るルビィと花丸ちゃん。とうとうこの2人も音をあげた。

そこにフラフラと自転車をこぐ善子。伊豆長岡駅に着くと同時に自転車から転がり落ちる。

 

「いい加減に・・・してよ・・・」

「うーん・・・、じゃあ・・・」

 

千歌は次の案を考える。

 

「よっちゃん・・・。大丈夫?怪我は・・・?」

 

今の倒れ方をした善子を心配する梨子。

 

「大丈夫、よ・・・。それより、リリーの方がきつそうじゃない」

「わ、私はなんとか・・・」

 

と、まあご覧の通り、みんなボロボロだ。

次はどこに向かうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

辺りはオレンジ色に「みかん色!」・・・染まり出してきた。

もう夕暮れだ。

現在場所は戻って長浜城跡。カメラに映っているのは善子だけ。しかも格好はいつも生放送で使っている堕天使衣装。

 

「フフフッ・・・。リトルデーモンの貴方。堕天使のヨハネです。このヨハネが堕ちてきた地上を紹介しましょう」

 

さっきまで死にそうにへばっていたのが嘘かのように善子はイキイキしている。

 

「まずこれが・・・、土ッ!アーッハッハッハッハッハッ!」

「土ッ!じゃねーよ!」

「うるさいわね!もう紹介するものないじゃない!」

 

うっ、ご最もだ・・・。

 

「やっぱり善子ちゃんはこうでないと」

 

花丸ちゃんは嬉しそうだ。

 

「根本的に考え直したがいいかも・・・」

「俺もそう思うよ・・・」

 

曜の意見に完全に同意だ。

 

「そーぉ?面白くない?」

「面白くてどうするの!」

 

千歌のアホ全開の言葉に梨子が怒る。

全く、千歌のヤツ、この町を紹介する気あるのだろうか?




撮影が難航している。
しかし、Aqoursはやるしかない。

「こんなので魅力が伝わるのかしら・・・」

梨子さんも苦労してますね。

「千歌ちゃんも暴走気味だし・・・。どうしたものかしら」

曜さんや和哉さんの力を借りてもいいのですよ。

「そうね。頼らないとこっちが持たないわ」

次回もお楽しみに!


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#27 過去

〜前回のあらすじ〜
撮影は終わった。
後は編集し、投稿するのみ!
なのだが・・・。


一応撮影は終了し、俺たちは打ち合わせと反省会で松月に来ていた。

 

「お待ちどうさま。こんなに大人数だなんて、珍しいわね」

 

松月の顔なじみの店員さんが注文したお菓子をテーブルに持ってきたついでに話しかけてきた。

 

「まあ、こんな感じで部活仲間が増えましたから」

 

店員さんの質問に俺が答えると、店員さんは笑顔で答えてくれた。

 

「そうなんだ。ごゆっくり」

 

奥の席に善子と千歌。その正面に俺と梨子が。すぐ後ろのテーブルにルビィ、花丸ちゃん、曜が座っている。

 

「なんで喫茶店なの」

 

善子が目の前のショートケーキとみかんジュースをじっ、と見た後に不満そうに言う。

 

「この間騒いだから、家族の人に怒られたり?」

 

ルビィが不安そうに言うが、千歌がすぐに否定した。

 

「ううん、違うの。梨子ちゃんがしいたけいるから来ないって」

「行かないとは言ってないわ!ちゃんと繋いでおいてって言ってるだけ!」

 

梨子は声を大きくして否定する。

千歌はケーキにフォークをブスリ、と刺し、豪快にかじる。

 

もっと綺麗に食べような・・・。

 

正面に座る善子は澄ました顔でジュースを飲んでいた。

 

「この辺りだと家の中で放し飼いの人が多いかも」

「そんなぁ・・・」

 

ずっとカメラを回している曜の説明で梨子はため息をつく。

 

確かに内浦でペットを買っている人は大抵放し飼いだ。

そういえば、ここ松月で飼っているわたあめを今日は見ていないな、と思いながら俺はコーヒーを口に運んだ。

カップに口をつけた瞬間、キャン!と高い鳴き声が聞こえた。

 

「またまた」

 

梨子がその手には乗らない、と言ったような口調で呟く。

 

「キャウン!」

「えっ?」

 

わたあめがカフェスペースまでやって来たようだ。

子犬のわたあめを見てルビィが喜ぶ。

花丸ちゃんもみかんどら焼きを頬張りながら喜んでいた。

 

「ヒィッ!?」

 

わたあめを見た梨子は驚き、飛び退くように、隣にいた俺の腕にしがみつく。机で足を強く打ったようだが、それどころじゃないようだ。

 

「こんなに小さいのに!?」

 

千歌は驚きを隠せないようだ。

俺の腕にしがみついた梨子なのだが、段々力が強くなってきて結構痛い。

 

というか近いんですってば・・・。本当にドキドキしちゃうから・・・。てか、すっげえいい匂い。髪サラサラしてそうだ。触りたいなぁ。

 

「かーずくんっ♪」

「何でしょう千歌さん」

 

千歌は何も言わずにニコニコ笑っている。

 

「えっと・・・?」

「ハウス」

「俺も犬扱い!?」

「ひっ!?」

 

その言葉に驚いた梨子は俺の腕から離れたのはいいが、わたあめもいるので動けない。

前門の虎、後門の狼状態の梨子。

 

俺にまで怖がる必要、なくない?

 

「・・・そんなに苦手だったっけ、犬」

「大きさは関係ないわ!その牙!そんなので噛まれたら死!!」

 

俺の質問の答えは死ぬほど無理、だそうだ。

 

「噛まないよー。ねぇ、わーたちゃん」

 

千歌はわたあめを持ち上げると、顔を近づけ、目を合わせてにっこり笑う。

 

「あ、あああ危ないわよ!そんなに顔を近づけたら!」

 

本気で怯えている梨子。今度は俺の手を握ってきた。

 

「そうだ!わたちゃんで少し、慣れるといいよ」

 

千歌は持ち上げているわたあめを梨子の顔の前まで近づける。梨子の握り締める力が距離に比例し強くなる。

 

「あっ、あ・・・ぅあ・・・ああっ・・・ああっ!!??」

 

梨子の声になっていない悲鳴を上げる。

 

「痛い痛い!まじで痛い!力強いな!マジで!」

 

俺はというと本気で痛がっていた。

 

ペロッ、とわたあめは梨子の鼻を舐める。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??!?!!??」

「いっだっ!?」

 

声にも音にもならない悲鳴をあげ、勢いよく頭を引いた梨子に頭突きを貰った。

すぐに梨子は鼻を抑え、ものすごい勢いでトイレに駆け込んだ。

 

「梨子ちゃん!?」

 

曜が心配して名前を呼ぶ。

 

「話は聞いてるから続けて!!」

 

・・・そこまでいやなんだ、犬が。というか、顔面も手も痛いんだけど。

あ、でも最後のあれ。髪の・・・。

 

千歌がアイドルがしちゃいけない顔をして睨んでいる。

俺は誤魔化すように口笛を吹く。

 

「しょうがないなぁ・・・」

 

千歌が呆れる。

 

「できた?」

 

千歌が善子に対して頼んだものができたかを確認する。

今、善子にはノートパソコンで今日撮影した動画の編集をやってもらっている。

普段生放送とかやってるし、善子の得意分野だ。

 

「簡単に編集しただけだけど。・・・お世辞にも魅力的とは言えないわね」

 

善子は手を上げ、首を振る。

 

「やっぱり、ここだけじゃ難しいんですかね」

 

ルビィが弱気に呟く。

 

「うーん・・・。じゃあ、沼津の賑やかな映像を混ぜて・・・」

「そんなの詐欺でしょ!」

「なんで分かったの!?」

 

トイレから梨子が千歌の意見にツッコミをいれた。

 

「だんだん行動パターンが分かってきているのかも」

 

曜が笑う。

 

「確かに。いつも一緒だからね、千歌と梨子は」

「そっかぁ・・・」

 

すると、曜が窓の向こうに何かを見つけたようだ。

 

「うわぁ!終バス来たよ!」

 

曜に言われ、窓の向こうを見ると、バスが来ていた。

 

もうそんな時間だったのか!

 

「うそーん!」

「げっ!急ごう!」

 

沼津組の俺と曜と善子はこの終バスを逃すと徒歩で数時間もかかる道を歩いて行かなければならない。

 

それだけは勘弁だ!

 

慌ただしく3人で帰り支度をする。

 

「フフフッ・・・。ではまた!」

「よーしこー!」

「ほら行くよ!みんな、またね!」

 

2人の手を掴んで急いでバス停に走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・。間に合った・・・」

 

なんとかバスに乗れた俺たちは後ろの座席で息をつく。

 

「いやぁ・・・。あっという間だったね」

 

曜が呟く。

 

「今日は1日が濃かったからね。明日はみんなで善子が作ってくれた動画を見て、良くしてかないと」

「そうね。でも、編集する立場も考えて欲しいわ」

「はいはい。分かったよ」

 

文句を言っているようだが、善子は善子で今を楽しんでるみたいだ。

 

「あっ、先輩。1つ聞きたいんだけど」

「何?」

「リリーってなんであんなに犬が嫌いなの?」

「あ、私も気になる」

 

善子の質問に曜も興味を持ったようだ。

 

「あー、それね。実は俺も知らないんだ」

 

俺の答えに2人は不満のようだ。

 

「何よそれ。貴方たち、幼馴染みなのよね?」

 

そうだ、そうだ、と曜が不機嫌そうな顔をしながら、善子に乗っかる。

 

「幼馴染みって言っても俺が知ってる梨子は小学1年生から5年生まだなんだよ。その時は犬を見てもあんなに怯えてはいなかったけど」

 

そうなのね、と善子は興味を失くしたようだ。

 

「ねえ、和哉くん。昔の梨子ちゃんてどんな感じの子だったの?」

「昔の梨子、か。今とは結構違うんだよ」

「そうなの?」

 

昔の梨子、という言葉に善子の肩がピクリ、と反応した。

 

なんだ、気になってるじゃん。

 

少し、笑いそうになるのをこらえる。

 

「昔の梨子は自分のことを地味だ、とか大人しいから無理だ、って言って自分から引くような子だったんだよ」

「へー。なんだか意外だなぁ。千歌ちゃんにはよく詩はまだ?って怒ってるのに」

「あ、その辺は変わってないよ。よく宿題してないことで怒られてたから」

「そっか!梨子ちゃんぽい」

 

曜はケラケラと笑う。

 

「よく色んなところに連れ回してたなぁ。今考えると悪いことしたなぁ、って」

 

俺は多分、ガラにもなく寂しそうな顔をしてるだろうなぁ。

 

「そんなこと、ないと思うわよ」

 

今まで黙っていた善子が口を開く。

 

「え?」

「い、いや!違うわ!なんとなくリリーを見てそう思っただけよ!」

 

慌てて訂正する善子。

善子を見て、俺はプッ、と吹き出す。

 

「ありがとう、善子」

「ふ、ふん!リトルデーモンのケアもヨハネの務めよ」

 

そう言うと、善子は腕を組んで、顔を背けてしまった。

 

「とにかく、俺が引っ越してから犬が嫌いになったのかもね」

「そっか・・・。人は変わるもんね」

 

曜がそう呟いた後、俺たちはなんとなく話す空気にならず、沼津までの流れていく景色を無言で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

other side

 

淡島に構える高級リゾートホテル、淡島ホテル。

小原グループが経営するこのホテルの1室に金髪の髪を暗闇に輝かせながら、見える景色を眺めている少女がいた。

 

小原鞠莉。

小原グループの令嬢で、浦の星女学院の生徒兼理事長。自称カレーギュードンの様なポジションである。

 

彼女の自室の扉がゆっくりと開く。

 

「来るなら来ると先に言ってよ。勝手に入ると家のものが激おこプンプン丸よ」

 

少し前に流行った言葉を鞠莉は使いながら、扉の方を見る。

そこに立っていたのは松浦果南。同じ淡島で経営している松浦ダイビングショップの一人娘だ。

果南は今まで潜っていたのだろう。ダイビングスーツ姿で、海水に濡れたままの姿で鞠莉の部屋に侵入していた。

 

「廃校になるの?」

 

果南は現在、父親の怪我が原因で家業のダイビングショップの経営を手伝っているため、休学中だ。浦の星女学院が廃校になる、その事実を確かめるために果南は理事長で幼馴染みである鞠莉の元を訪れていたのだ。

 

「ならないわ。でも、それには力が必要なの。だからもう1度、果南の力が欲しい」

 

鞠莉はテーブルの上に置かれた1枚の書類に触れる。それには復学届と書かれていた。

果南は鞠莉の瞳を見る。

 

「・・・本気?」

「私は果南のストーカーだから」

 

細く微笑む鞠莉。

お互いに目を見て、そらそうとしない。

それはお互いに譲れない想いがあるからだろう。

 

「家の手伝いが落ち着いてきたら復学はする。でも私はやらない」

 

果南は振り返り、そのまま出ていった。

 

「・・・・・・・・・・・・果南・・・・・・・・・・・・」

 

1人だけになった部屋に響いたのは大好きな幼馴染みで親友の名前だけだった。

 

side out...




知らない過去。
迂闊に触れると2度と戻れない関係が生まれる。
しかし、それは絆を強めるものになるかもしれない・・・。


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#28 魅力と無力

〜前回のあらすじ〜
なんとかPVを作り上げ、最終確認を鞠莉に頼むことにしたAqours。
鞠莉の回答は一体・・・。


『以上!頑張ルビィ!こと、黒澤ルビィがお伝えしました!』

 

なんとか完成したPV。

俺たちはそのPVを理事長である鞠莉ちゃんに視聴してもらっているところだ。鞠莉ちゃんは組んだ手の上に顎を置いて、柔らかい表情で画面を見つめていた。

 

「どうでしょうか?」

 

PVが終わり、千歌が不安そうに尋ねた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

鞠莉ちゃんは目を瞑ったまま無反応だ。

 

「鞠莉ちゃん?」

 

俺は心配になって名前を呼ぶ。

 

「・・・・・・はっ!?」

「「あぁ・・・」」

 

・・・鞠莉ちゃんは寝ていたようだ。その反応に善子以外が崩れ落ちる。

 

「もう!本気なのに!ちゃんと見てください!」

 

鞠莉ちゃんの反応に腹が立った千歌が声を上げる。しかし、鞠莉ちゃんは煽るような笑みを浮かべ、千歌を見据える。

 

「本気で?」

「はい!」

 

パタン!とノートパソコンを閉じた鞠莉ちゃん。

 

「それでこのテイタラァクデスか?」

「ていたらぁ?」

 

千歌は今の言葉が聞き取れなかったようだ。

鞠莉ちゃんは体たらくと言っているんだろう。

 

中途半端にふざけて・・・。

 

「流石にそれは酷いんじゃないんですか?」

 

流石の曜もむっ、としたのだろう。珍しく食い下がる。

 

「そうです!これだけ作るのにどれだけ時間がかかっとおも」

 

梨子も2人に続いて意見を言おうとしたところに、バン!と机を叩く音がする。もちろん、机を叩いたのは鞠莉ちゃんだ。

 

「努力と結果はヒレイしません!大切なのはこのTownやSchoolの魅力をチャント理解してるかデース!」

 

なぜかカタコト口調のまま説教を続ける鞠莉ちゃん。

俺はなんだかその姿が面白くなってきて、笑いだしそうになる。

 

「それってつまり・・・」

「私たちが理解していない、ということですか?」

「じゃあ、理事長は魅力が分かってるってこと?」

 

ルビィ、花丸ちゃん、善子が順に言っていく。

善子の言葉を聞いても鞠莉ちゃんは余裕を一切崩さず、真剣な目で俺たちを見渡す。

 

やべっ、真面目な顔しておかないと。

 

「少なくとも、貴女たちよりは。キキタイ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室を出て、玄関。

 

「どうして聞かなかったの?」

 

梨子が千歌に尋ねる。

そう。千歌は結局、鞠莉ちゃんの言う魅力を聞かなかった。千歌が聞かない、と言った時、鞠莉ちゃんは少し寂しそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。

 

話したいなら聞いて、といえば良かったものを。

 

「なんか聞いちゃダメな気がしたから」

「何意地張ってんのよ」

 

善子が呆れ気味に千歌に言う。

 

「意地じゃないよ」

 

千歌が言うと、善子は首を傾げる。

 

「それって大事なことだもん。自分で気づかなきゃ、PV作る資格ないよ」

 

千歌は言いながら俯く。

結局、作ったPVは酷評だった。頑張って作ったもの否定されたのだから、ショックも大きい。

 

「そうかもね」

 

梨子が呟くと、千歌は顔を上げる。

 

「ヨーソロー!じゃあ、今日は千歌ちゃんちで作戦会議だ!」

 

曜の千歌の家という言葉に梨子が肩を跳ねさせた。

それを見逃さなかった曜がイタズラな笑みをした。

 

「喫茶店だってタダじゃないんだから、梨子ちゃんも頑張ルビィして!」

「はぁ・・・」

 

梨子が重いため息を吐く。

そんな梨子に俺も少し、声をかけることにした。

 

「よく見ればしいたけもかわいいから何とかなるって」

「無理よ!あんなに大きいのに追いかけ回してくるのよ!?」

「だから、それを克服するために頑張ルビィなんでしょ?」

「先輩がそれ言うと気持ち悪いわね」

「なんだと善子!?」

 

いきなり善子に喧嘩を売られた。

 

この自称堕天使。最近生意気だと思いませんか?

 

「ぷっ。ふふふっ。あはは。あはははは!」

 

いきなり笑い出す千歌。

 

良かった、少しは元気が出たみたいだ。

 

「よーし!あ、忘れ物した」

 

えー。締まらないなぁ。

 

「ちょっと部室見てくる」

 

千歌はそう言うと、脱兎のごとく部室へ走っていった。

 

「もう!」

 

梨子が落ち着きのない千歌に少し怒るが、すぐに笑い出す。

 

「千歌らしいでしょ?」

「うん。本当にね」

「せっかくだし、迎えに行かない?」

 

曜の提案にみんな頷き、部室へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室のある体育館に着くと、千歌は何かを夢中で見ていた。

出入口から覗くと、そこにはダイヤちゃんが書類を持ってステージで日野舞を踊っていた。

久しぶりに見た、ダイヤちゃんの舞。

どこからともなく、鈴の音が聞こえてくるようで、綺麗だ。

 

舞が終わると千歌が大きく拍手をした。そこでダイヤちゃんは千歌が見ていたことに気づいたようで、顔を赤らめる。

 

「凄いです!私、感動しました!」

「な、なんなの?」

「ダイヤさんがスクールアイドル嫌いなの、分かってます。でも、私たちも学校続いて欲しいって。無くなって欲しくないって思ってるんです」

 

千歌は自分の今の気持ちをダイヤちゃんに話す。

そこまで話すと少しだけ俯き、何かを考える。

 

「一緒にスクールアイドルやりませんか!?」

 

顔を上げ、ダイヤちゃんの顔をしっかり見て、誘いをかける。すると、俺の後ろで見ていたルビィが前に出て、2人を見つめる。

 

「お姉ちゃん・・・」

 

これはダイヤちゃんを心配しているのか。

それとも、ルビィの願いなのか。

それは分からない。

今はただ、千歌に任せるしかない。

 

ダイヤちゃんはステージから飛び降りる。

手に持っていた書類が1枚、落ちてしまったが、それに気づいていないようだ。

 

・・・なんでこんなに格好つかないんだろう、この人。とにかく、拾ってあげようかな。

 

みんなを連れて、千歌の元に向かう。

 

「残念だけど。ただ、貴女たちの気持ちは嬉しく思ってるの。お互い頑張りましょう」

 

ダイヤちゃんは後ろを振り返ることなく、体育館を後にする。

ここで呼び止めるのは流石にかわいそう、と思った俺はその書類を拾い上げるだけにした。

 

「ルビィちゃん、生徒会長って前はスクールアイドルが」

 

曜が何か重そうな雰囲気でルビィに話しかける。

ルビィは曜が聞こうとしていることを察したようだ。

 

「はい。ルビィよりも大好きでした」

 

まあ、そんなのはダイヤちゃんの行動を見てれば一瞬で分かるような事なのだが、千歌は気づいていなかったようだ。えっ?と驚いている。

 

・・・嘘でしょ?

 

千歌は去っていくダイヤちゃんの背中を見て、再び誘おうとするが、千歌の前にルビィが出て、彼女を止める。

 

「今は言わないで!」

「ルビィちゃん・・・」

「ごめんなさい・・・」

 

あの、何なんですかね?この空気。

俺だけなんか空気読めてないことばかり考えてるような・・・。

で、でも、ここは気を取り直して。

 

「ダイヤちゃん、署名を集めようとしてたらしいよ。ほら」

 

みんなにダイヤちゃんの落とした書類を見せる。

その書類は署名集めの紙だった。

 

「どう?ダイヤちゃんを助ける。ううん、学校を助けるために書かない?」

「「書く!」」

 

みんな自分の筆記用具を取り出し、名前を書いていく。

全員が書き終わり、その書類が俺に戻ってくる。

 

「じゃあ、俺はこれ渡してくるよ」

 

そう言って体育館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校舎に続く渡り廊下に出るとダイヤちゃんと鞠莉ちゃんが何か話していた。

だがお互いに別の方を向いて、目を合わせる気はないようだ。

 

「逃げてるわけじゃないわ。あの時だって」

「あの時って?」

「・・・和哉さん」

 

ダイヤちゃんは振り向き、俺を見る。

 

「あの時って東京のイベント、だよね?どういうこと?」

「言葉通りよ。逃げてないわ。わたくしも。果南さんも」

 

ダイヤちゃんは俺の方に歩み寄ってくる。

 

「書類、落としてたのね。持ってきてくれてありがとう」

 

俺の持っていた書類を取ると、確認もせずに束の中に纏め、ダイヤちゃんはそのまま何も言わずに行ってしまった。

残されたのは俺と鞠莉ちゃんだけだ。

 

「鞠莉ちゃん、どういうこと?」

「私にも分からないわよ。ダイヤが何かを知っているとしか・・・」

 

どういうこと?

だってあの時は・・・。

 

結局、俺は何も知らない。

あの日、『1つのスクールアイドル』に起きた真実さえ。




和哉1人の力では何もできない。
何も知らない。
彼は己の非力さに拳を握るだけだった。


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#29 空白

〜前回のあらすじ〜
和哉は何も知らない。
梨子のことも。
3年生たちの過去も。

彼はそれでも今できることに取り組む。


魅力的なPVを作る。

それにはどうすればいいのか。俺たちはいつものごとく、千歌の家に集まっている。

 

俺はみんなの一番後ろを着いて歩く。

必然的に部屋に入るのが一番最後になるのだが、俺の目の前を歩く梨子がしきりにキョロキョロしている。

 

「・・・梨子」

「な、何?」

「しいたけ探してるの?」

「あ、当たり前よ!しいたけちゃんと今度出会いでもしたら・・・。今度こそ・・・」

 

梨子は怯えながら頭を抱える。

・・・何が彼女をそうまでさせるのだろうか。

いっそのこと、俺は聞いてみることにした。

 

「なんでそんなに犬が苦手なの?」

「・・・和哉くんが引っ越してすぐに、お散歩してる犬を撫でてたら、何かカンに障ったんだと思うんだけど、手を噛まれて・・・。それでしばらくピアノも弾けずに、コンクールにも出れなくて・・・」

「ああ、それで・・・」

「犬は私の敵よ!」

 

鬼気迫る顔の梨子を見て、余程嫌いなんだなぁ・・・、と俺は苦笑いを浮かべる。

 

千歌の部屋の前に着くと、梨子は襖を少しだけ開け、しいたけがいないか覗いている。

 

そうしていると俺も中に入れないんだけど・・・。

 

「しいたけいないよ。ね、千歌ちゃん!」

 

曜が梨子に教える。同意を求めるように千歌にも声をかけていた。千歌は声を出して返事をしていないが、中から聞こえるみんなの声を聞く限り、本当のようだ。

 

「それよりPVよ。どうするの?」

 

善子の言葉にみんな、重い声をだす。

 

「確かに。何も思いついていないずら」

 

襖の近くに座っている花丸ちゃんが梨子の顔を見て、何か案は無いのかと聞いている。

 

「それはそうだけど・・・」

 

梨子も何も浮かんでいないようだった。

 

「あら、いらっしゃーい」

 

後ろから声がしたので、振り返ると、そこには急須と人数分の茶飲みをお盆に乗せた志満さんがいた。

 

「あ、お邪魔してます」

「和哉くんもいらっしゃい。こんなところで何してるの?」

「梨子がしいむぐっ」

「いえ!何でもないです!わざわざありがとうございます!」

 

今の状況を説明しようとしたら、梨子に口を手で塞がれてしまった。

別にいいじゃないか、そのくらい言ったって・・・、と心の中でボヤく。

 

「みんなで相談?」

「はい」

 

梨子に引きづられるように部屋に入ると、梨子は手を離し、千歌のベッドに腰掛ける。何故か千歌の勉強机に陣取って、肘をついている善子の近くに俺は座る。ベッドの布団には千歌が潜り込んでいる。

 

なんで、潜ってるんだ?体調は悪くなさそうだったし。

 

「みんな明日は早いんだから、あまり遅くなっちゃだめよ?」

「はーい」

 

志満さんはそう言うと、部屋を出て行った。

 

「なんで善子はそこなの?」

「いいじゃない、別に。ヨハネは特別な存在なんだから。気にすることなんてないの」

「・・・善子がそれでいいなら、いいけどね」

 

Aqoursに馴染んでいるからこんなふてぶてしくできるのかな?

まあ何にせよ、いい事なのか?

 

「明日、朝早いの?」

 

梨子が志満さんに言われたことをみんなに聞く。

 

「さあ?何かあったかな?」

 

曜が答えたが、知らないようだ。

 

「うん。確かに明日は何かあったような・・・」

 

俺は腕を組み、首を傾げる。

 

「海開きだよ」

「そうそう!海開き!って千歌!?」

 

答えたのは襖から顔を出して笑っている千歌だ。みんなも驚いている。

だったら、なんで布団が盛り上がって・・・。あっ・・・(察し)。

 

「じゃあ・・・」

 

梨子もその事に気づいたようで、顔を強ばらせている。

梨子の後ろでゆっくりと布団が膨らみ、めくれていく。

 

「わん!」

 

梨子はゆっくりと後ろを振り返る。

もちろん、後ろにいたのはしいたけだ。

 

「「梨子ちゃん!?」」

「梨子!?」

「リリー!?」

 

しいたけを目の当たりにした梨子は気を失って倒れてしまった。

気を失ったのをいいことに、しいたけは梨子の顔をペロペロ舐める。

 

・・・梨子にこのことは教えないでおこう。

 

「コラ!しいたけ!お家に戻りなさい!」

 

千歌の命令にしいたけはのそのそとした足取りで部屋を後にした。

 

「うわー。どうしよう、千歌ちゃん」

 

曜が気を失った梨子の顔を拭きながら、千歌を見る。

 

「まさか、梨子ちゃんがここまでダメだったとは・・・。でも、寝てても可愛いね、梨子ちゃん!」

「「いや、それは今関係ないから」」

 

俺と曜が同時にツッコミをいれる。

能天気な千歌は置いて置くとして。俺は梨子の傍に行き、ゆっくりと梨子をおんぶする。

 

「和哉くん?」

 

曜が突然の俺の行動に驚く。

他のみんなもそうだ。

 

花丸ちゃん・・・、そんなゴミを見るような目で見ないでよ・・・。

千歌、殺意を剥き出さないで・・・。

 

「待った。みんな勘違いしてるよ。俺は梨子を家に送ってくるだけだから」

「本当に?」

 

千歌がドスの効いた低い声を出す。

 

アイドルがそんな声とそんな顔をしてはいけないと俺、思う。

 

「本当だよ。善子、梨子のカバン持って着いて来て」

「ヨハネ!・・・はぁ、仕方ないわね。このヨハネをこき使うなんて」

 

口では文句言いながらだが、善子は梨子のカバンを持つ。

 

「じゃあ、行ってくるよ。すぐに戻ってくるから」

 

俺は梨子をおんぶしながら、善子を引き連れ、十千万の裏の梨子の家に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン、とインターホンが鳴る。

すぐに、扉が開き、梨子のお母さんが出てきた。

 

「はーい。って貴方は?・・・梨子!?」

 

梨子のお母さんは梨子を見て驚く。俺におぶさって寝ている梨子を見れば当然の反応だろう。

 

「あー、と。お久しぶりです、おばさん」

「え?貴方、もしかして、和哉くん?」

「あ、覚えててくれたんですね。ご無沙汰してます」

 

とりあえず、俺が誰なのか分かってもらえて安心する。

 

「本当に久しぶりね!梨子がよく話してくれてるから。まさか、本当にここで会えるなんて」

 

何やら涙ぐむおばさん。

 

おばさんは酷い?仕方ないじゃないか。小さい頃そう呼んでたんだから。

 

「と、とにかく!梨子を寝せたいんで、上がってもいいですか?」

「え、ええ!もちろん!あら?そちらの子は?」

 

善子を見つけたおばさん。

見つかった!?と謎の反応をする善子は挙動不審に辺りをキョロキョロする。

 

「こいつは津島善子で梨子と俺の部活の後輩です」

「初めまして!つ、ちゅしま善子でしゅ!」

 

・・・噛んだ。みるみる善子の顔は赤く染まっていく。

 

「フフッ。そうなのね。初めまして、善子ちゃん。とても美人さんね。まずは、梨子の部屋まで案内するわ」

「助かります」

 

お礼を言って、家の中に入る。

笑われたのと、噛んだ恥ずかしさで、善子は俯いたまま小さくなっていた。

 

「う、うーん・・・」

「あ、リリー。起きたのね」

 

どうやら、梨子が起きたようだ。善子が気づき、声をかける。

 

「えぇ?ここは?」

「起きた?」

 

首だけ梨子の方へ向き、声をかける。梨子は眠たそうに目をこすっている。

 

「なんで私、寝て・・・。って、うわぁ!?和哉くん!?」

 

まあ、起きてすぐ、俺におんぶされてるって驚くよね・・・。

 

「わ、わわっ!なんでおんぶして・・・」

「しいたけ見て気失ったんだよ」

「本当に?」

「本当」

 

梨子は顔を赤くし、手で顔を隠してしまった。

 

「梨子、起きたら和哉くんから降りなさい。迷惑でしょ」

「お母さん!?ということはここ、私の家!?」

「そうよ。心配して和哉くんと善子ちゃんが送ってくれたんだから」

「え?よっちゃんも?」

「私もいたわよ!」

 

善子の声を聞いて驚く梨子。

どうやら、本気で善子のことに気づいてなかったようだ。

 

「体は大丈夫?」

 

なんとも無いはずだが、一応、念のために梨子本人に尋ねる。

 

「うん。平気。わざわざごめんね」

「気にしないでいいよ」

 

軽く梨子の頭をポンポン、と叩く。

 

・・・今のは馴れ馴れし過ぎたかもしれない。

 

「3人とも、お茶入れたから飲んで行って」

「すみません、わざわざ」

 

いいのよ、と言って笑うおばさん。

リビングの机にみんなで座り、入れてもらった紅茶を飲む。

 

「梨子から話を聞いた時はそんな偶然あるわけない、と思ってたんだけどね」

 

おばさんはしみじみと言う。

 

「ああ、リリーと先輩は幼馴染だったわね。あ、美味しい」

 

紅茶を飲んで笑顔の善子を見て、おばさんは笑う。

 

ていうか、ああ、って・・・。この間帰りのバスでその話したのに、もう忘れたのか?この自称堕天使は。

 

「和哉くんが転校した後の梨子ってずっと泣いてて。和哉くんと同じ学校に行きたいって、毎日ごねてたのよ」

「ちょっと、やめてよ!恥ずかしい・・・」

 

顔を赤らめて強く言う梨子。

梨子の反応を見る限り、本当のようだ。

 

やべっ。俺の顔まで赤くなってるんじゃ・・・。めちゃくちゃ熱いんだけど。

 

「ピアノで失敗して、落ち込んでるところにお父さんの転勤が決まったから。大丈夫なのかしら?なんて思ってたの。この子、友達作るの下手だから」

 

ピアノで、失敗?梨子が?

 

気になるが、今聞くのはやめておいた方がいいだろう。

 

「だから!やめてってば!」

「でも、こっちに来て明るくなって。いいお友達にも恵まれて。何より、和哉くんがいてくれたから」

 

涙混じりに話すおばさん。

本当に梨子のことを心配していたんだろう。

 

「もう!やめやめ!ほら、話し合い終わってないんだから、千歌ちゃんの家に戻るわよ!ほら、よっちゃん!」

「え?待って!紅茶まだ飲んでる!リリー!」

 

梨子は善子の手を掴み、早足に出ていった。

 

「すぐ戻るからね!」

「私の紅茶ー!」

 

バタン!と扉の閉まる音と共に2人の声も聞こえなくなった。

残されたのは俺とおばさんだけだ。

 

・・・聞くなら今しかない。

 

「・・・あの」

「何?」

「梨子がピアノで失敗したって・・・」

 

おばさんは驚いたような顔をした。

 

「そう・・・。梨子は何も話さなかったのね。ごめんね、梨子が言ってないのなら、私からも言えないわ」

「そう、ですよね」

「もし、あの子が話してくれたら、力になってあげて」

「・・・はい」

「私もプレッシャーを掛けすぎて、酷なことをしちゃったから」

 

俺はその言葉を最後に何も聞けなくなった。

正直、梨子がピアノで失敗するなんて思ってもいなかった。やっぱり、俺と梨子の5年の空白は想像以上に大きかったようだ。

 

「そろそろ俺も戻ります。久しぶりに会えて、楽しかったです」

「フフッ、こんなおばさんに?嬉しいわ」

「あ、いや。そういう事じゃなくて・・・」

 

少しお茶目なおばさん。母さんとはまた違ったからかい方だ。

 

「ごめんね、意地悪しちゃった。私も和哉くんに会えてよかったわ。こっちに来てあの子、本当によく笑うようになったの。貴方たちのお陰よ」

「そんなことは・・・」

「本当のことよ。だから・・・。梨子のこと、お願いします」

 

頭を下げるおばさん。

 

「ちょっ、やめてくださいよ」

「私じゃ何もできないから。ほら、早く行かないと。みんな待ってるんでしょ?」

「あ、はい!では、また」

「うん。またね」

 

桜内家を後にして、俺は再び十千万に向かう。

 

梨子の過去。

俺は梨子のことを何も分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

俺は1人パソコンに向かっていた。

 

「・・・これって・・・」

 

パソコンのモニターに流れる映像はピアノコンクールの様子。

演奏者は桜内梨子。

・・・しかし、梨子はピアノを弾き始めない。とうとう梨子はピアノを弾くことはなく、鍵盤の蓋を閉じ、一礼してステージを後にした。

 

「・・・これが梨子の過去?」

 

苦しそうな表情。

消えてしまいそうな姿。

今のピアノの話になると少し暗い顔をする梨子。

それを見た俺は・・・。

 

「俺は、梨子にまた心の底から楽しんでピアノを弾いて欲しい。笑って欲しい。その為だったら・・・」

 

机の横に置いたスクールバックに付いている梨のキーホルダーを見つめる。

 

「昔のことなんて気にしている場合じゃない。俺が梨子の支えになる」




梨子の過去を知り、和哉は決意する。
彼女を笑顔にさせるために。


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#30 やっと見つけた

〜前回のあらすじ〜
梨子の過去を知り、1つの決意を固めた和哉。
彼女を再びピアノを弾けるように、と。


「ふぁ〜・・・。眠い・・・」

 

まだ薄暗い早朝、俺は学校のジャージを着て、母さんの運転する車の助手席に座り、揺られていた。

 

「和哉くん、シャキッとしないと!それに善子ちゃんも」

 

後部座席から元気な曜の声。その曜の隣には眠そうに船を漕いでいる善子が座っている。2人とも浦女のジャージ姿だ。

 

なんで朝早くにこんなことになっているのかと言うと、今日は海開きだ。

毎年浦女では生徒が集まり、十千万の前の三津浜の清掃作業を行っている。

 

「はいはい。ヨーソロー、ヨーソロー・・・。ふぁぁあぁぁ・・・」

 

曜のテンションについていけず、大きな欠伸ばかりでる。

昨日知った梨子の過去が頭から離れず、あまり眠れなかった。こうする、と決めたはいいが、そう簡単に飲み込める訳がない。

 

「曜ちゃんは元気ね。和哉にも見習って貰いたいわ」

 

母さんが小言を言うが、聞き流す。

車のミラーから見える、後ろに座っている善子なのだが・・・。

 

「えへへ・・・、ヨハネの魔眼が・・・。ウフフ・・・」

 

寝言いいながらの爆睡である。それに気づいた曜が肩を揺すり、善子を無理やり起こす。

 

「ほーらー、よーしこー。起きてないとダメだよー」

「うぅー・・・。善子言うなー・・・」

 

寝ぼけていると普段隠している堕天使が顔を覗かせるようだ。

 

曜が善子にちょっかいをだしているところをぼーっ、とミラー越しに眺めていると三津浜に到着した。

十千万の駐車所に車を止めてもらい、俺たちは車から降りる。

 

「ありがとうございましたー!」

「ありがとうございます」

 

曜と善子が母さんにお礼を言うと、母さんは嬉しそうに手を振る。

 

「どういたしまして。じゃあ、お掃除頑張ってね」

「は?母さんは?」

 

母さんは車から降りようとしない。

 

「お母さんはお父さんを起こしたり、朝ご飯の準備があるの。帰りは自分で帰ってきなさいね」

「え?」

 

そう言うと車を走らせて、来た道を走っていった。

 

「・・・どんまい、先輩」

 

善子が気まづそうに言う。

 

「まあ、そうなるとは思ってたから特に気にしてないよ」

「メンタル強っ!」

「見て見て!もうみんな集まってるよ!」

 

曜に言われ、海岸を見ると浦女のジャージを着た生徒と付近の方々が十千万と書かれた提灯を持って、集まっている。

中にはもう掃除を始めている人もいるようだ。

 

「あ!よーちゃーん!善子ちゃーん!カズくーん!」

 

今来た人に提灯を配っている千歌がこちらに気づき、手を振っている。

 

「千歌ちゃーん!」

 

曜がそれに応え、手を振って名前を呼ぶ。

 

「おはヨーソロー!」

「おはヨーソロー!」

 

幼馴染2人はお互いに敬礼をし合っている。

 

「2人もおはよう!」

「うん、おはよう」

「お、おはよう」

 

善子は不慣れな感じで千歌に挨拶をする。

 

「来て貰って早速だけど、これ。配ってる提灯。みんな始めてるから私たちも始めよう」

「そうだね」

「うん!」

 

千歌から提灯を受け取り、ゴミ拾いを始める。

 

「あ、善子ちゃんずら!」

「ずら丸。それにルビィも」

 

少し離れたところにルビィと花丸ちゃんが2人でゴミを集めていた。

 

「先輩。2人のところに行くから」

「うん」

 

善子は2人の方へ、早足気味に行ってしまった。

同じ学年の方が落ち着くだろう。というか、あの3人がちゃんと仲良くなってて俺は嬉しい。

 

兄貴の気持ちってこんな感じなのかな。

 

「おーい!梨子ちゃーん!」

 

梨子の名前に俺はピクっ、と反応する。

千歌の声がする方を見ると、ジャージ姿の梨子が家の方からやって来た。おばさんも一緒だ。

 

「おはヨーソロー!」

「おはよう」

「梨子ちゃんの分もあるよ」

 

千歌が笑顔で提灯を見せる。

 

「あっちの端から海の方に向かって拾っていってね」

「うん。あ、和哉くんもおはよう」

「・・・」

 

今は笑って、スクールアイドルも楽しんでいる梨子。

だが、その裏ではあの光景がトラウマになっているんだろう。

 

「和哉くん?」

 

梨子に声をかけられていた。

 

全然気づかなかった・・・。

 

「あっ。・・・おはよう」

 

梨子は俺の顔を覗き込んで、心配そうな顔をする。

 

「ぼーっ、としてたけど、大丈夫?」

「うん。ちょっと夜更かし気味なだけだから」

「そう。・・・ふぁっ」

 

すると、梨子は口を隠しながら欠伸をした。

 

「眠そうだね」

 

梨子の方へ近づく。

 

「うん。こんなに早く起きることなんて滅多にないから」

「だよね。俺もだよ」

 

梨子は海の方を見て、じーっ、とゴミ拾いをしている光景を見渡す。

 

「ねえ、曜ちゃん」

「ん?何?」

「毎年海開きって、こんな感じなの?」

「うん。どうして?」

「この町ってこんなにたくさん、人がいたんだ」

 

梨子の言葉に俺はああ、と納得する。

 

そっか。この町に来てまだ数ヶ月しか経っていない梨子は知らなかったんだ。

 

「うん!町中の人たちが来てるよ。もちろん、学校のみんなも!」

「そうなんだ」

 

俺もここに住み始めて数年経つが、海開きの清掃作業をやるのは今日が初めてだ。梨子と同じように、掃除をしている人たちを見渡す。

 

黒い羽を拾った善子を花丸ちゃんが渋い顔で見つめて、その2人を見て笑っているルビィ。

真面目に掃除に取り掛かっている果南ちゃんとダイヤちゃん。そこに鞠莉ちゃんがやって来て、3人で始めたり。

生徒同士で談笑しながら、親同士が雑談しながら。

 

この町は、この町の人たちは、それぞれが輝いてて、温かい。

 

俺も梨子も掃除そっちのけでこの景色にただただ見入っていた。

 

「これなんじゃないかな?」

「何が?」

 

梨子が気づいたように呟く。

 

「この町や学校のいい所って」

「・・・そうだね。俺もそう思う」

「そうだ!」

 

千歌は何か閃き、駆け出した。

鉄の階段を勢いよく登り、砂浜より少し高い、歩道に千歌は立つ。それに気づいた掃除をしている人たち、全員が千歌を見る。

 

「あの、みなさん!私たち、浦の星女学院でスクールアイドルをやっているAqoursです!私たちは学校を残すために、ここに生徒をたくさん集めるために、皆さんに協力して欲しいことがあります!みんなの気持ちを形にするために!」

 

そして、Aqoursの町を巻き込んだ一大プロジェクトが始まった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・よし!撮影終了!みんな、お疲れ様」

 

ついに完成したPV。浦の星女学院の屋上での撮影を最後に、Aqoursの新曲と共に町の人たちやこの土地の魅力を敷き詰めたPVが完成した。

 

「和哉くんもお疲れ様」

 

Aqoursの新曲、『夢で夜空を照らしたい』の青い衣装を着た梨子が飲み物を差し出す。

 

「ありがとう、梨子」

 

貰った飲み物を1口飲む。

 

「一時はどうなるかと思ってたわ」

「確かにね。俺もだよ」

 

撮影が終わってはしゃぐ他のメンバーを見ながら呟く。

 

「和哉くん、作曲と編曲の才能あるんじゃない?」

「まさか。梨子のアドバイスが良かったんだよ」

 

俺はこの機会に1人で作曲している梨子の手伝いができないか、と本人に相談したところ、編曲や作曲の意見を欲しいと言われた。

作曲は口を出すばっかで、編曲では俺の足りないと思った音を入れたりして見たのだが、それが思ったよりも好評で。そのまま完成したのが、この歌だ。

 

「またまた。謙遜して」

「本当のことだよ。でも、スカイランタンは骨が折れたよ」

「あー。あまり思い出したくないかも・・・」

 

この歌のPVではAqoursの文字が空に飛んでいくシーンがあるのだが、その文字を再現するのに大量のスカイランタンを作ったのだ。撮影のミスは許されない1発勝負というおまけも付いて。

そのお陰で幻想的な絵が撮れたのだから文句は言わないでおこう。

 

「ん?千歌ちゃん?」

 

梨子が千歌が何かしているのに気づいたようだ。

千歌はみんなの輪から外れ、1人海を見ていた。

 

「ちょっと行ってくるよ」

「うん」

 

梨子に一言告げ、千歌の元へ向かう。

 

「千歌どうしたの?」

 

俺は千歌の隣まで行き、話しかける。

 

「私ね」

「ん?」

「私、心の中でずっと叫んでた。助けてって。ここには何も無いって」

「助けて?何を?」

「でも、違ったんだ・・・!」

 

千歌はみんなの方を向き、笑みを浮かべる。それを見て俺も笑って、千歌に聞く。

 

「見つかった?」

「うん!追いかけてみせるよ!ずっと、ずっと・・・!この場所から始めよう!できるんだ!」




新曲とPVを完成させたAqours。
このPVは果たしてどんな結果を呼ぶのだろう。

「今回の曲はかなりいいできだと思っているわ」

梨子さんと和哉さんの2人で作り上げたようですね。
どうでしたか?

「なんだか新鮮だったわ。これからもお願いしようかな」

それはそれは。
これで和哉さんとの距離も縮まりますね!

「なっ!?」

では、次回もお楽しみに!


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#31 胸の中の気持ち

〜前回のあらすじ〜
PVを完成させ、大成功に終わった地元PR。
和哉は千歌に呼ばれ、浜辺に来ていた。


「千歌、どうしたの?」

 

撮影が終わり、解散になった後、俺は千歌に呼び出され、三津浜に来ていた。

日は暮れ始め、夕日は海を紅く照らしていた。

 

そんな中、千歌は制服のまま、裸足で海に足をつけ、水平線を見つめていた。

 

「って・・・。また海に入って・・・」

 

ポツリ、と小声で呟く。

 

「私ね、今すっごく楽しいんだ。あの日、μ'sを知って、スクールアイドルをに憧れて、みんなでできて」

「・・・うん」

 

千歌は水平線を見つめたまま呟く。

 

「最初はよーちゃんと2人だけなんだ、って思ってたけど、梨子ちゃんとルビィちゃんと花丸ちゃん、それに善子ちゃんまで仲間になって。カズくんもお手伝いしてくれて。みんなでスクールアイドルをやってる今がとても好きなの」

 

千歌は落ち着いた声でゆっくり話す。

 

「そうだね。俺もこうやってみんなと一緒にトレーニングして、ダンスレッスンして、おしゃべりして。そんな時間が好きだよ」

 

すると千歌はくるっ、と回り、俺の方を向く。

一緒に水もはね、千歌のスカートが少しだけ濡れる。

 

「よかった。いきなり巻き込んじゃったから、イヤイヤやらせてるんじゃないかって思ってた」

 

にしっ、と笑う千歌。でも、その表情は少しだけ弱気だった。

 

「そんなわけないよ。千歌たちは俺のこっちに来て始めてできた友達だから。俺ができることはやりたいんだよ」

「・・・そっか。えへへ、ありがとっ」

 

照れくさそうに千歌は笑う。その表情に面食らい、俺は顔を背け、頬をかく。

 

「カズくん、こっち来て。座ろ?」

 

彼女はいつの間にか用意したシートを砂浜にひき、その上に座っていて、ニコニコしながら手招きして俺を呼ぶ。

俺は千歌の隣に座り、薄暗くなってきた海を見つめる。

 

「チカね、思ったんだ。このままでいいのかなって」

「なにが?」

「一応チカがリーダーだから。しっかりしなきゃ、て頑張ってるんだよ?こう見えて」

「うん。それはよく分かってるよ」

 

千歌は俺の言葉を聞いて嬉しそうに笑う。

 

「でもね、チカはよーちゃんみたいにかっこよくて何でもできない。梨子ちゃんみたいに綺麗でピアノも弾けない。ルビィちゃんや花丸ちゃんみたいにかわいいわけでもない。善子ちゃんみたいに自分の好きなものもない。こんな普通で、どこにでもいるような普通のチカがリーダーでいいのかな?」

 

千歌は膝を抱え、小さく蹲る。

日頃から千歌がよく口にする『普通』という言葉。その言葉が千歌自身を強く縛り付けている。

 

「何をやるにも中途半端で・・・。カズくん?」

 

自分の悩みを口にして、弱気になっている千歌。

俺はそんな彼女の頭をそっ、と撫でる。

 

「いいんだよ。千歌は千歌のままで」

「だめだよ。リーダーなんだもん」

「リーダーとかしっかりしなきゃとか、それはとても大切なことだよ。千歌が気になるのも分かってる」

「だったら・・・」

「でも、俺はそんなこと気にしなくてもいいって思ってる。聞くけど、千歌はみんなの先頭に立って、引っ張るタイプ?」

 

俺の質問に千歌は首を振る。

 

「でも!チカがリーダーなんだからタイプじゃなくてもやらないと!」

 

少し強めな口調で千歌が言う。

俺は千歌の頭から手を離し、少し藍色になって光る海を見る。

 

「千歌はそういうリーダーにならなくてもいいと思うよ」

「・・・それって、チカがリーダーに向いてないってこと?」

 

顔を伏せ、泣きそうな声で呟く千歌。

 

「違うよ。そうは言ってない。ただ、リーダーには色んな形があるんだよ。どれがいいとか俺には分からないけど、千歌らしいリーダーの形は絶対にある。それを見つけて欲しいんだ」

「本当?」

「うん。本当。きっと見つかる」

 

千歌は目を手で擦り、勢いよく立ち上がる。

 

「うん!見つけるよ!カズくんが言うんだもん。間違いないよ」

「それは飛躍しすぎだって」

「そんなことないよ。カズくんだって、もっと自分に自信持たないと!」

 

千歌は俺の肩をポンポン、と叩く。

そして少し海に近づき、うーん、と伸びをする。

 

「まだまだだなぁ。さっき見つけたって思ってたのに、次は別のこと探さなくちゃいけないんだよ?チカは大変なのだ」

 

俺は座ったまま、細く笑う。

千歌はすっかり暗くなっり、星が光る夜空に手を伸ばす。

 

「ねえ、カズくん」

「ん?」

「届くかな?私たち。夢に。憧れに。μ'sに。・・・輝きに」

「・・・どうだろう」

「だよね」

「でも、だからってやめる?」

 

曜がいつもやっている千歌に言う言葉を俺も真似してみる。

 

「やめないっ!」

 

振り返って笑いながら、力強く言い放つ千歌。

 

「だよね。それにさ、俺たちは。Aqoursは7人いるんだ。みんなでゆっくり進んでいけば届くよ。きっと」

「うん!」

「さてと、だいぶ暗くなってきたし、帰ろうよ」

 

俺は立ち上がり、シートを畳む。

 

「そうだね。今日は付き合ってくれてありがとう。あっ!」

「次は何?」

 

千歌は何かを思い出したようだ。

 

「前々から気になってたんだけど、カズくんなんでダンスとか分かるの?」

「え?」

「だってさ、今までカズくんがダンスやってたとか、そういう話を全く聞いたことなくてさ。なんで?」

 

そこに気づいてしまったか・・・。

 

俺はどう答えようか悩む。

本当のことを話してもいいのだが、俺が怒られそうだから言わないでおこう。

 

「ネットとかで調べたんだよ。こう、何ていうの?ダンスの基本みたいなののコツとかを調べた。うん」

「えー。なんか嘘っぽいよ。だってアレ、完全に教え慣れてたし」

 

なかなか食いついてくるなぁ。

 

「そんなことないって。まあ、その辺は企業秘密で」

「なにそれー!おーしーえーてー!カズくんはいつもチカの中にズカズカ入ってくる癖に、こっちからは入れさせないし!1歩引いたような感じで接してくるくせに!」

 

後ろから俺の服をグイグイ引っ張る千歌。

そして割と気にしていることを指摘してくる。

 

あー、誰か助けてくれないかなぁ・・・。

 

「あれ?千歌にカズじゃん。何してんの?」

 

背後から声がし、千歌と一緒に振り向く。

そこにはダイビングスーツ姿の果南ちゃんがいた。

 

「「果南ちゃん!?」」

「やっ」

「いや、やっ、じゃないって!まさか泳いできたの!?」

 

珍しく千歌がツッコミを入れている。

 

「そうだけど?」

 

平然な顔をして答える果南ちゃん。

 

ここから淡島って近いようで割と距離あるし、流れも速いよ?

そもそもこんな暗いのに泳いでるって、何考えてんの!?

 

「とにかく、もう暗いんだから早く帰りなよ?」

「う、うん・・・」

「じゃ、私は帰るね」

 

そう言うと果南ちゃんは海の中に消えていった。

その場に残された千歌と俺はただ、果南ちゃんが行ってしまった海の方を見つめるだけだった。

 

というか、泳いで帰るって、どんだけ体力あんの?

 

「帰ろうか」

「うん」

 

千歌もこくり、と頷いたので、解散することにした。

 

「今度はカズくんのことちゃんと聞いてやるんだからなー!」

「はいはい。お手柔らかに」

 

千歌を十千万の玄関まで見送る。

外で俺を見ているしいたけに手を振り、バス停へ向かう。

 

「・・・待って。終バス終わってんじゃん・・・」

 

スマホの時計を確認してその事を今更思い出した。

確か、母さんも父さんも仕事で遅くなる。・・・歩くしかないようだ。

 

とにかく、歩きながらでも食べるものを買おう、と思い、近くのコンビニに向かう。

 

「にしても、面倒だなぁ。俺だって分かってる・・・。どうすればいいのか分からないんだよ・・・」

 

歩きながら自分に言い聞かせるように呟く。

 

「怖がってるのかな・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンビニに着いて、店内に入ろうとした瞬間、丁度店から出ようとしたした人と目が合う。

 

「「あ」」

 

それはレジ袋を片手に持った梨子だった

 

「まだ帰ってなかったの?」

「まあ、色々あって・・・。終バス乗り過ごしちゃって」

「大丈夫?」

「歩いて帰らなきゃいけないくらいには大丈夫じゃないかな」

 

そっか・・・、と梨子は何かを考える。

 

「じゃあ、うちに泊まる?」

「はい?」

 

今、なんて?

 

梨子は少し顔を赤らめながら提案した。

 

「明日は学校だし、疲れ残しちゃうと授業中寝ちゃうでしょう?それに作曲の相談もしたかったし。だったらうちに」

「いやいやいやいや。それはまずいって」

「大丈夫よ。お母さんには説明するから。ほら」

 

梨子は俺の裾を引っ張り、桜内家に連れていこうとする。

 

・・・これは拒否権がないやつですね。

 

こうして、俺のお泊まりが決定した。




なにやら熱い展開の予感が・・・。


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#32 ラブコメは突然やってくる

〜前回のあらすじ〜
千歌の悩みを聞いていたら終バスを逃した和哉。
近くのコンビニで梨子に遭遇し、お泊まりを提案されたのだった。


「お、おじゃまします・・・」

 

成り行きで梨子の家に泊まることになった俺。

ついこの間来たばかりなのに、目的が違うだけでこうも緊張するのか、と思っていた。

 

「いらっしゃい。前日ぶりね。今日はゆっくりして行ってね」

 

おばさんが玄関まで出迎えてくれた。

 

「はい。いきなりですみません」

「いいのよ。梨子のわがままのせいだから」

「お母さん!」

 

うふふ、と笑いながらおばさんはリビングの方へ行ってしまった。

 

「もう・・・。とりあえず、和哉くんは荷物置かないと。私の部屋に行こう」

「あ、お父さん今日は出張なの。お母さんも早く寝るわね!」

「やめてよ、お母さん!」

 

顔だけ出してそう言って、おばさんはまた奥に行った。

 

どこの母親もこんな感じなの・・・?

 

「ごめんね、和哉くん。行こう」

 

苦笑いを浮かべながら、梨子の言葉に頷き、後ろを着いていく。

 

「ここよ」

「失礼しまーす・・・」

 

変に緊張している俺は恐る恐る梨子の部屋に入る。

梨子の部屋は昔みたいに淡い桜色の部屋。ピアノもあの時の配置のままだ。昔みたいにレースのカーテンやぬいぐるみは少なくなったけど、懐かしい場所に思えた。

それともう1つ無いものがある。ピアノのトロフィーや賞の類のものが全くない。

 

「どうかしたの?」

 

部屋をじっ、と見すぎた。梨子に変に思われたかもしれない。

 

「あ、いやっ。なんでもない」

 

とっさに誤魔化す。

 

正直この間見た映像はデマか何かと思っていた。だが、梨子の部屋を見てそれは本当の事だと思い知らされる。

ピアノが好きで、本当に眩しい笑顔で弾いていたのに。だが、転校してきてすぐ、音楽室でも途中で演奏をやめていた。そのことも考えると、梨子は本当にピアノに挫折をしてしまったんだ、と嫌でも分かってしまう。

 

「本当に?やけに部屋を見てたけど」

「あの頃とあまり変わってるようで変わってないな、って思ったんだ」

「そう、かもね」

 

梨子は少し寂しそうな顔をしていた。

 

・・・どうしてそんな顔をするんだよ。

 

「とにかく、下に降りよ。お母さんがもう夕飯作ってくれてるみたいだから」

「うん・・・」

 

おばさんの作ってくれた夕飯はとても豪勢だった。俺が来た、というだけなのに気合を入れて作ってくれたみたいだ。なんというか、本当に申し訳ない。

 

しかし・・・。

 

「なんで赤飯・・・」

「え?おめでたいからよ」

 

おばさんはあたかも当然のように言い放つ。

俺の隣に座っている梨子も目を閉じ、肩を震わせている。

 

「2人が上手くいくように私からの応援よ」

 

ニッコリ笑うおばさん。俺は苦笑いを浮かべることしかできない。

 

そもそも俺と梨子はまだ付き合ってないし・・・。

・・・まだってなんだよ、まだって・・・。

 

「ご馳走様!部屋にいるから!」

 

梨子はささっ、と夕飯を食べ終え、不機嫌そうに早足で行ってしまった。

 

「もう・・・。恥ずかしがって」

 

おばさんは笑いながら梨子を見送る。

 

「じゃあ、俺も・・・」

 

俺も箸を置いて立ち上がろうとしたのだが・・・。

 

「ほら!いっぱい食べて!」

 

空になったお椀に赤飯が盛られる。

 

「・・・どうも、いただきます」

 

出されたから食べないと失礼だよね、うん。

 

夕飯を食べ終わると、おばさんから風呂に入るように勧められた。断る理由もなく、その言葉に甘え、一番風呂を頂くことになった。

 

湯船に浸かりながら思うことは梨子の事ばかり。

きっと、ここが梨子の家ということもあるのだろう。変に意識してしまう。そして、1番心を締め付けるのが寂しそうなあの顔だ。何かを諦めたい、諦めたくないような表情。それはきっとあの日のことが彼女を締め付けているからだ。

 

梨子本人が言ってくれるまでこれは聞いてはいけないのは分かっている。しかし、どうしても気になってしまう。

だが。

 

「やめよう、無駄無駄」

 

考えるのをやめ、湯船から上がり、脱衣場の扉を開く。

 

「あ」

 

そこには綺麗に畳まれた男物の服を持った梨子がいた。

目が合い、梨子の視線が下に下がった気がした。

 

「きゃああああああああああああああああああ!!!???」

「うわぁああああああああああ!!??」

 

家中に響き渡る梨子の悲鳴と俺の叫び声。

俺の叫び声は梨子の声に驚いた、と言った方が近い。

梨子は持ってた服を俺に押し付け、ものすごい勢いでこの場を去っていった。

 

「・・・着替えよう」

 

梨子に押し付けられた服を着て、リビングに向かう。

リビングにはおばさんが1人でテレビを見て、お茶を飲んでいた。

 

「風呂、ありがとうございました」

「いいのよ。ところで、さっき悲鳴が聞こえたけど、何かあった?」

 

おばさんはにやにやしながら話を聞いてくる。

 

「上がったタイミングで服を持ってきてくれた梨子と鉢合わせしちゃったんです」

「うふふっ。そうだっのね。梨子なら自分の部屋にいるはずよ」

「ありがとうございます」

 

俺は会釈をして、梨子の部屋に向かう。

俺が悪いのかは分からないが、謝っておかないと。

 

梨子の部屋の扉をノックするが、返事はしない。

鍵はかかっていないようなので、勝手に入る。

 

「・・・何してるの?」

 

部屋の中で梨子はベッドの上で蹲り、ブツブツ、と独り言を言っている。

 

「見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった」

 

怖っ!

とにかく、1回正気に戻さないと。

 

「梨子ー?」

「ぅひゃっ!?」

 

呼びかけると声を上げて驚く梨子。

 

そんなに驚くこと?少し傷つくんだけど・・・。

 

 

「か、和哉くん!?どうしたの!」

「何もないけど。あ、服ありがとう」

「う、うん。どういたしまして」

 

梨子は顔を赤くし、俯きながら、目だけで俺をチラチラと見る。

 

「俺に何かついてる?」

「何でもないよ!あ、私!お風呂行ってくる!」

 

バタバタ慌ただしく梨子は行ってしまった。

 

謝るタイミングを逃してしまった・・・。

 

部屋に1人残されたのだが、何をしよう。

 

ふと目に入ったのは勉強机に置いてあるいくつかの写真立てが目に入った。どれも幼い時の俺と梨子が2人で写っている。

これは運動会のお昼の時の写真。こっちは家族ぐるみでピクニックに行った時。それに、梨子が初めてピアノのコンクールに出て賞を取った時。

全部見ればあの時どうだったのか鮮明に思い出せる。

 

写真を見てしばらく時間が経ったが、梨子はまだ戻ってきていない。

適当に漫画とか読ませてもらおうと思い、本棚を覗く。千歌ほどではないが漫画もいくつかある。適当に単行本の1巻を取り出す。

 

「ん?奥に何かある」

 

人の好奇心というものはそう簡単に止められるものではない。

俺は単行本を全て取り出して、奥に隠すように置かれているモノを取り出す。

 

「こ、これは・・・」

 

同人誌だ。紛うことなき同人誌だ。

表紙から見る感じ、百合ジャンルだと思う。

恐る恐るページを開き、内容を見る。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」

 

俺はページをそっ、と閉じ、元あった場所に戻す。

単行本も元に戻し、俺が触る前の綺麗な状態だ。

 

「俺は何も見なかった。うん。何も見てない。OK」

 

必死に自分の気持ちを落ち着かせる。

 

「そうだ。梨子が少女×壁なんてそんなマニアックな性癖なんて持ってるわけない。そう、これは夢。ノーリアル。そう、梨子だもん」

「私がどうかした?」

「ぅひぃっ!?」

 

いきなり背後から声をかけられ、肩が大きく跳ねる。

振り返るとそこにはタオルで長い髪を拭いているパジャマ姿の梨子がいた。

風呂から上がったばかりで顔は赤く蒸気している。いつも付けている髪飾りも外して、雰囲気がいつもと違う。

 

一言で言うなら。

 

「・・・えっろ」

「ん?何か言った?」

「え!?何も!!気のせいだよ」

 

危ない。思わず口から出てしまった。

 

いや、こうね。俺だって男子高校生なわけで。それに梨子は超が付くくらいの美人だし、こういった感情を持つのはすごく自然なことなんです。分かってください。

・・・俺は誰に何を説明しているんだ・・・。

 

「変な和哉くん」

 

梨子は怪訝な目をしながら自分のベッドに腰掛ける。

俺もとりあえずクッションに腰を下ろす。

 

・・・無言だ。

さっきの同人誌のことがあり、俺は少し気まずいが、梨子はなんでもないように髪を乾かしている。

 

まあ、当たり前なんだけど。

俺が1人で気まずくなってるのが気まずくなってるまである。

いや、俺もスクールアイドル系の同人誌持ってるけど。

 

すると、不意に俺のスマホが着信音を鳴らす。

 

「うおっ!」

 

いきなりのことで驚き、変な声をだす。

 

「ごめん、母さんからだ」

「ベランダ使っていいよ」

「悪い。ありがとう」

 

梨子から承諾を貰い、ベランダに出る。

 

「もしもし」

『和哉!あんたどこにいるの!』

 

いけね。連絡するのを忘れてた。

 

「あー、と。終バス終わって歩いて帰ろうと思ったんだけど、梨子と鉢合わせてさ。泊まっていくことになった」

『梨子?桜内さん家の?』

「そうだけど」

『桜内さん、こっちにいらっしゃるの?』

「言ってなかったっけ?4月に越してきてるけど」

『知らないわよ、バカ!もっと早く言いなさい!全く、失礼のないように』

「分かってる」

 

通話が終わり、スマホをスリープモードにする。

母さんに言ってなかったことを今になって思い出した。

はあ、とため息をつき、顔を下げる。

 

「ん?」

 

視線を感じ、顔を上げる。

向かいの建物。つまり、十千万の窓から鬼の形相で俺を見ている千歌がいた。

 

やばい。俺は何もしてないけどやばい。

 

千歌は窓を開け、ニコッ、と微笑む。

笑ってはいるが、目が笑ってない。

 

こんな表情人間ってやればできるんだなぁ・・・。

 

「何してるの?」

「い、いえ。やましいことは何も」

「何してるの?」

 

怖い怖い怖い怖い!!

千歌がものすごく怖い!

 

「そこ、梨子ちゃんちだよ。なんでカズくんがいるの?」

「ふ、深い理由があるんです!」

「深い理由?」

 

わざとらしく首を傾げる千歌。

もう千歌の全ての仕草に命の危機を感じている。

 

「和哉くん、誰と話してるの?」

 

外で騒いでいる音を聞いた梨子が心配そうにベランダに来た。

 

「あ、梨子ちゃん!」

「千歌ちゃんと話してたのね」

 

今までの殺気が嘘かのように消え、梨子と話し始める千歌。

 

「ねえねえ、梨子ちゃん」

「何?」

「なんでカズくんいるの?」

 

千歌は何としてでも聞き出したいようだ。

 

「ああ、コンビニで偶然会ったんだけどね。終バス逃したらしくて。それでうちに泊まることになったの」

「そうなんだ。いいなー、チカも泊まりたいなー」

 

千歌は窓の縁に顎を置き、ふてくさるようにごねる。

 

「ええ・・・。すぐ隣なんだから・・・」

「やだっ!私もお泊まりする!」

「はぁ、分かったわよ」

「やったー!」

 

押しに弱い梨子は結局、千歌のお願いを聞き入れてしまう。

 

バンザーイ!と千歌は両手を上げて喜んでいる。そして、俺の方を見て鋭い目つきでこちらを睨む。

もう、目で殺しにかかっていて、その目は変なことしたら分かってるね?と言っている。

俺はこくこく、と無言で頷く。

これは下手に刺激すると回し蹴りでも首を狙った上段回し蹴りが炸裂してもおかしくない。

 

「じゃあ、今から行くね!」

 

千歌は跳ねるように走っていってしまった。

バカチカ走るな!と美渡さんの声が聞こえてきた。

 

「・・・ごめん、梨子」

「いいの。なんかこうなる気はしてたから」

 

はぁ、と肩を落としている梨子の肩を叩いて労わることしかできない。

 

「とにかく、戻ろう。千歌ちゃんが来ちゃう」

「そうだね」

 

その後、嵐のようにやって来た千歌のテンションに俺も梨子もやられ、ぐったりと深夜まで付き合わされ、寝坊ギリギリで起きたのだった。

 

・・・期待とかしてないし・・・。

してないからね!?




結局こうなるのが関の山。

「うるっさいなもう!」

ことごとくタイミングが悪いんですね。

「善子の不運が移ったかも・・・」

人のせいにするのはどうかと思います。


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#33 夏のはじまり、ざわめきの予感

〜前回のあらすじ〜
せっかくのチャンスを棒に振るった和哉。
そして、夏が始まる。


「この前のPVが5万再生!?」

 

季節はすっかり夏。

制服も夏服に変わり、夏らしさが溢れ出す。

 

しかし、1年生の夏服。

袖が無い。

これは、うん。良い。

 

「和哉くん?」

「いえ、何でもないです。はい」

 

隣の梨子に睨まれる。

 

夏服の話とかそんなことはどうでもいい。

この間のPVの再生数がとんでもなく伸びていたのだ。

窓際でうちわを扇いでいた千歌も驚いている。

 

「ほんとに?」

 

曜も信じられないようだ。

 

「ランタンが綺麗だって、話題になってるみたい」

 

善子が書き込まれたコメント欄を見て推測する。

 

「ランキングも」

「99位!?」

「ずらっ!?」

 

梨子と花丸ちゃんも驚いている。

 

「きた・・・。キタキタ!それって全国で、ってことでしょ?全国に5000組もいるスクールアイドルの中で100位以内ってことでしょ!?」

 

テンションが上がった千歌は当たり前のことを聞き返す。

 

「一時的な盛り上がりってこともあるかもしれないけど、それでも凄いわね!」

「ランキング上昇率では1位!」

「わぁっ!すごいずら!」

 

この結果にみんな大満足だ。

かく言う俺も今にも飛び跳ねてしまいそうなくらい嬉しい。

 

「なんかさ、このまま行ったらラブライブ優勝できちゃうかも」

「優勝?」

「そんな簡単な訳ないでしょう?」

 

梨子が呆れ気味に言ったことに同意見し、俺は頷く。

 

「そうだよ。そもそも本戦を通るかも分からないんだ。それは夢見すぎだよ」

「分かってるよ。カズくんの言うことも。梨子ちゃんの言うことも。でも、可能性は0じゃないって事だよ」

 

すると、パソコンがメールを受信した。

ルビィが早速メールを開封する。

 

「Aqoursの皆さん、TOKYO SCHOOL IDOL WORLD運営委員会です・・・」

 

ルビィがメールの1行目を読み上げる。

 

「東京・・・?」

「って書いてあります」

「東京ってあの東にある京の」

「なんの説明にもなってないけど」

 

梨子が変なボケ方をする千歌をジト目でツッコミを入れる。

 

「「東京!!」」

 

そうだ。

またあのイベントが始まる。

俺だけが浮かない顔でパソコンの画面を見つめていた。

あの時の、ファーストライブの時のダイヤちゃんの言葉が胸に引っかかっる。

 

あの時成功したのは町のみんなのお陰だ。

確かにパフォーマンスも上出来だったが、次はそうはいかないだろう。

 

「行きます!」

 

千歌が大声で宣言する。

その声ではっ、と意識を戻す。

 

「交通費とか大丈夫なの?」

「それはお小遣い前借りで!」

「いやいや。計画性無さすぎだから」

 

俺はため息をつき、1つ提案をする。

 

「とりあえず、このことを鞠莉ちゃんに報告。話をすること」

「分かった!」

 

千歌は猛ダッシュで理事長室へと行ってしまった。

 

まあ、鞠莉ちゃんのことだから許可は楽々出すと思うけど。

それより、俺は聞かないと。

鞠莉ちゃんの狙いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降る夜。

俺は鞠莉ちゃんの家に来ていた。

 

「珍しいわね。和哉が私の家に来たいなんて」

「まあ、それはいいでしょ」

「マリーはいつでも歓迎デース!」

「あはは、そりゃどうも・・・」

 

相変わらずのテンションの鞠莉ちゃんに少しだけ呆れつつも、安心感を覚える。

 

「鞠莉ちゃん。話なんだけど」

「stop。もう少し待ちなさい。もう1人来るから」

 

もう1人?

誰だろう。

 

「うふふ。来ると思った、ダイヤ」

 

やって来たのはダイヤちゃんだ。

 

「ダイヤちゃん?」

「貴方もいたんですのね。恐らく、話は同じのようですわね」

 

学校の時とは違い、ダイヤちゃんはいつものですわ口調だ。

 

ダイヤちゃんは鞠莉ちゃんを睨む。

 

「どういうつもりですか?あの子たちを東京に行かせることが、どういう事か分かっていて?和哉さん、貴方も分かっている筈です」

「それは・・・」

 

確かに。確かに分かっている。

今のあいつらは井の中の蛙だ。

画面越しに映る数字を信じ、自分たちの力を過信している。

あの時もそうだった。

でも現実は違う。

それでも、俺は・・・。

 

「ならば止めればいいのに。ダイヤが本気で止めれば諦めるかも知れないよ」

 

挑発するように鞠莉ちゃんはダイヤちゃんを見る。

 

「期待してるんじゃない?私たちが乗り越えれなかった壁を乗り越えてくれることを」

 

鞠莉ちゃんは棚の上に腰掛け、壁にもたれる。

 

「もし越えられなかったらどうなるか、充分知っているでしょう!取り返しのつかないことになるかも知れないのですよ!」

「だからと言って避ける訳には行かないの。本気でスクールアイドルとして学校を救おうと考えているのなら」

 

ドン!とダイヤちゃんは鞠莉ちゃんの後ろの壁を叩く。

 

・・・梨子の同人誌を思い出してしまった・・・。

 

鞠莉ちゃんは余裕の笑みを浮かべる。

 

「変わっていませんわね、あの頃と」

「変わる必要がないからね。私の目的はそういう事だもの」

 

舌打ちをしたダイヤちゃんはこの部屋を出ていった。

 

「もう、ダイヤったら。怖いわね」

「全くそんな風には見えないけど・・・」

「それで、和哉の聞きたいことは?」

「なんとなく分かったよ。鞠莉ちゃんが今のAqoursを東京に行かせる理由は。俺は少し反対なんだけどね」

「あの子たちの顔を見たら言えなくなった?」

 

俺は黙って頷く。

 

「あの時みたいにならないようにはする。いや、させない」

「うん。和哉ならできるわ。それと、遅いし帰りなさい。使いを出すわよ」

「あ、ありがとう。ダイヤちゃんは?」

「あの硬度10が乗る訳ないじゃない」

「あはは・・・。確かに・・・」

 

俺は部屋を出て、玄関に向かう。

 

「和哉」

「何?」

 

振り返って鞠莉ちゃんを見る。

 

「任せたわよ」

「うん。任された」

 

あの時の鞠莉ちゃんたちのようにはさせない。

 

 

 

 

 

 

 

東京出発の日。

沼津駅で内浦の千歌、梨子、ルビィ、花丸ちゃんを待っている。

スマホの時計を見ながら曜が遅い、と呟く。

 

「早く来て欲しいよね・・・」

「和哉くん、そんな死んだ目で言わないで」

 

何故俺がこんなになっているかと言うと、石碑の上に乗ってキメている自称堕天使のせいだ。

 

「フフフフフッ。天津曇の彼方から堕天使たるこの私が魔都にて、数多のリトルデーモンを召喚しましょう」

 

いつもの堕天使ファッションの比では無いくらい痛々しい格好。

 

なんで長い爪着けて、顔も白いの?

小さい子があれ何?と聞いてはその親が見ちゃいけません、なんてやってるし。

近くにいた人が珍しいものがあると聞きつけてゾロゾロ集まり、写真を撮っていく。

その中には前の学校の友達も混ざっていて・・・。

 

俺のメンタルはすり減っていくばかりだ。

 

「「ぷっぷっぷっ」」

 

人だかりの先頭、千歌と花丸ちゃんとルビィがしゃがんで、今の善子を見て笑っている。

 

「善子ちゃんも」

「やってしまいましたね」

「善子ちゃんもすっかり堕天使ずらー」

「みんな遅いよー」

 

曜が待ちくたびれた、と3人に近寄る。

 

「本当に、やっと来た・・・。後、10分・・・、いや5分早ければ・・・」

「カズくん、どうしたの?」

「あれはそっとしてあげて」

「ほぇ?」

 

曜がフォローを入れてくれた。

 

千歌、今の俺には気になっても何も聞かないでくれ。

 

「善子じゃなくてぇ・・・」

 

善子が不敵に笑う。

 

もう次は何するつもりだよ・・・。

 

「ヨハネ!せっかくのステージ!溜まりに溜まった堕天使キャラを解放しまくるの!」

 

もう自分でキャラとか言ってるし。

 

でも、その意味不明な言動とポーズのおかげでギャラリーの方々は逃げていった。

 

「千歌ー!」

「あっ、むっちゃん!」

 

千歌の友達、よしみちゃん、いつきちゃん、むつちゃんの3人が見送りに来てくれた。

その手には大量ののっぽパンが袋詰めされている。

 

「イベント、頑張ってね!」

「これ、クラスみんなから」

 

そう言ってのっぽパンを渡してくれた。

花丸ちゃんが目を輝かせながらソワソワしている。

 

かわいいかよ。

 

「ありがとう、3人とも。みんなにもお礼を言っててくれる?」

 

俺が言うと、むつちゃんは親指を立てて、強く頷いてくれた。

 

「それ食べて、浦女の凄いところ、見せてやって!」

「うん!頑張る!」

 

千歌は張り切って返事をして、みんなで改札へ走り出す。

 

「「いってらっしゃーい!」」

「「いってきまーす!」」

 

行こう、東京へ!




不安と期待と夢を持ってAqoursは東京へ向かう。

「俺がしっかりしないと」

気を張り詰めるのはよくないですよ。

「だけど・・・。鞠莉ちゃんと約束したから」

そうですね。
和哉さんの活躍に期待しましょう。

次回もお楽しみに!


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#34 いざ東京へ!

〜前回のあらすじ〜
東京で開催されるイベントに参加することになったAqours。
7人は不安と期待を持ちつつ、東京へ向かった。


「次の電車どっち?」

「えーっと、こっち?」

 

沼津を出た俺たちは駅の看板を目印に、乗り換えの電車を探している。

電車賃などの遠征費は鞠莉ちゃんのおかげで学校からの支給だ。

 

「曜の言った方向であってるよ。遅れないように行こう」

「待って、その前にあれをどうにかして」

 

梨子に止められ、指を指している方向を見る。

 

「感じる。魔都の波動を」

「おいしいずらー」

「雰囲気壊れる!」

 

中二病全開の善子とのっぽパンをもぐもぐ食べる花丸ちゃん。

どうにかしてと言われても、正直無理だ。

 

「俺たちが電車に乗れば着いて来るでしょ」

「だと、いいけど・・・」

 

俺たちが電車に乗ると案の定2人も着いて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

在来線に揺らされること数時間。

ようやく会場のある秋葉原に到着した。

アキバに着くやら、善子は辺りを見回し、賑やかな街に満足気だ。

 

「ここが遍く魔の者が闊歩すると言い伝えられる、かの約束の地、東京」

 

そんなものはない。

 

「わぁー!見て見て、あれスクールアイドルの広告だよね!」

「マジで!?」

 

千歌の指さした方を見る。

 

本当だ!今、最もラブライブ優勝に近いと言われているグループの広告じゃないか!

 

「はしゃいでると地方から来たって思われちゃうよ」

「そ、そうですよね・・・」

 

曜の言葉にルビィが頷く。

 

「慣れてますー、って感じにしないと」

「そっか。ふんっ!」

 

ルビィの言葉を聞いた千歌は、何やら気合を入れている。

 

「ぷふっ。原宿っていつもこれだからマジやばくなーい?ほーっほっほっほっ!」

 

このバカチカは何を考えているんだ?

どこが慣れてる、なんだろう。

むしろ慣れてなさすぎて怖いくらいだ。

 

ほら、通行人の方々がクスクス笑っている。

 

「千歌ちゃん、ここ・・・」

「アキバ・・・」

「テヘペロ☆」

 

千歌が思っている、東京に慣れてる人ってこんな感じなのだろうか・・・。

 

「そういうのが地方感丸出しなんだよ」

「カズくんだってチカたちと一緒じゃん!」

「俺はそもそもここ出身なんだけど・・・」

「そうだった!!」

 

思い出したように叫ぶ千歌。

 

この野郎・・・。

後で見てろよ・・・。

 

「あれ?」

 

ルビィが何かをキョロキョロ探している。

 

「どうかした?」

「マルちゃんが居なくて・・・」

「ああ、花丸ちゃんね。あれ」

 

俺が指さした方をルビィは見つめる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!未来ずら!未来ず」

 

ルビィが駆け寄って花丸ちゃんの肩を叩くと、花丸ちゃんは自分の口を急いで手で塞ぐ。

 

「あー!あそこ行こうよ!」

「ちょっ、千歌ちゃん!?待ちなさい!」

 

何かを見つけた千歌が、梨子の静止を無視して猛ダッシュで走っていく。

その後ろを梨子と曜と善子も追いかける。

 

「あ!どこ行くの!あー、もう!ルビィ、花丸ちゃん!ここに居てね!」

 

2人に聞こえていることを信じ、俺も走っていった4人の後を追う。

 

「輝くぅー!」

 

千歌が入っていったのはスクールアイドルショップ。

歴代スクールアイドルのグッズが宝の山のように陳列されている。

曜は入り口のコスプレ用の制服の選別にお熱だ。

 

・・・待てよ、探しに来ましたー、ってノリで俺も物色出来るんじゃね?

そうだよ。仕方ない、だって見つからないんだもんね。

 

いざ、店に1歩踏み入れた瞬間、誰かに肩を掴まれる。

 

「どこ行くの?」

 

ゆっくり振り向くと、激おこの梨子がいた。

 

「あ、梨子ー!ここにいたんだ!千歌と曜が見当たらないなぁ。ちょっと探しに・・・」

「行かなくていいわ。ここにいなさい」

「・・・はい・・・」

 

なんで・・・。千歌と曜は物色してるのに・・・。なんで俺だけ・・・。

 

「時間なくなるわよ」

「あれ?花丸とルビィは」

 

善子が思い出したかのように、2人を探す。

 

「ああ、あの2人はあそこに」

 

2人の居場所を指差し、善子を見ると、善子の姿が消えていた。

 

「あれ!?善子!?」

「よっちゃんならあそこ」

 

梨子が指差した先には堕天使ショップと書かれた看板。

 

マジかよ。みんな自由かよ・・・。

 

「さぁ!みんなで、明日のライブの成功を祈って、神社の方に!・・・・・・・・・え?」

 

紙袋を両手に下げ、御機嫌の千歌だが、外に出て俺と梨子の姿しか見当たらず、きょとん、としていた。

 

「なんでみんないないの!?」

「自由過ぎるんだよ・・・」

 

俺はため息ををつきながら、項垂れる。

 

だって、千歌があんなに買ってるのに、俺は買えないって・・・。理不尽だよ・・・。

 

項垂れている俺の代わりに梨子が説明してくれた。

 

「曜ちゃんは制服ショップ。よっちゃんは堕天使ショップに行ったわ」

「ルビィちゃんと花丸ちゃんは?」

 

すると、千歌のスマホに電話がかかってくる。

 

「あ、ルビィちゃん。どこいるの?」

 

ルビィから電話がかかってきた。

やっぱりあの時、俺の声は届いていなかったようだ。

 

「うん。うん。大きなビルの下。見えない?」

「あ、見えました!」

 

遠くからルビィの声が聞こえる。

声のした方を見ると、2人が走ってきていた。

なんとか、2人とは合流できた。

 

「後はよーちゃんと善子ちゃんだね」

「2人共、場所は分かってるからもう少ししたら行くって」

「もう少しって?」

「さあ?」

「まあ、2人は千歌より断然しっかりしてるから心配いらないでしょ」

「ねえ、梨子ちゃん。さっきからカズくん、私にだけ当たり強いんだけど」

 

梨子はあはは・・・、と引きつった笑いを浮かべていた。

 

「もう、みんな勝手なんだから」

「お前が言うな」

「何をー!?」

「もう!和哉くんは黙ってなさい!」

 

梨子にまで怒られた。

 

もう、俺も勝手に行って来てやろうかな。

 

「しょうがないわね・・・。ん?」

 

梨子は何か見つけたようで、看板を見て、挙動不審気味にキョロキョロしている。

 

「梨子ちゃん?」

 

千歌が名前を呼ぶと梨子は慌てふためく。

 

「な、何でもない!」

「何が?」

「いいえ!」

 

梨子が見た看板をチラッ、と覗く。

『壁クイ』

恐らく梨子はこれに反応したのだろう。

部屋の同人誌のこともあるし、間違いない。

 

「わ、私!ちょっとお手洗い行ってくるね!」

 

梨子は走って行ってしまった。

 

嘘が下手すぎるよ・・・。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

千歌の叫びも虚しく、梨子は同人誌専門店の前で足を止め、すっ、と中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局俺もあの後、ショップに行き、お目当ての品を買い集めて満足した。

 

なんとかみんな合流し、夕暮れ時の道を歩いていく。

 

「もー!時間なくなっちゃったよ!せっかくじっくり見ようと思ったのに」

 

今日の目的は神田明神で明日のライブの成功の願掛けをする予定だった。

しかし、みんな思い思いの買い物ですっかり時間が経ってしまった。

千歌の言葉で梨子は慌てて、手に持っているレジ袋を背に隠す。

バレてないと思っているみたいなので、敢えて何も言わないでおこう。

 

「な、何よ!だから何度も言ってるでしょ!これはライブのための道具なの!」

 

善子も両手に持った堕天使グッズを必死に誤魔化している。

珍しく千歌もため息をついた。

そして、隣の曜なのだが。

 

「もう、そんな格好して・・・」

「だって!神社に行くって言ってたから。似合いますでしょうか!?」

 

巫女姿をした曜がドヤ顔の敬礼をしていた。

 

というか、そんな格好で街中歩くって凄いよ、マジで。

 

そもそも、素材がいいからめちゃくちゃ似合っててむしろこっちが困ってしまう。

 

かわいいかよ、畜生。

 

「敬礼は違うと思う・・・」

 

そして、俺たちの目の前に現れたのは長い石段。

ここは男坂と呼ばれている。

 

「ここだ」

「これが、μ'sがいつも練習していたっていう階段!」

 

千歌とルビィが興奮を隠せないでいた。

俺も今すぐにでもこのμ'sの軌跡を登りたい。

 

「登ってみない?」

「そうね」

 

千歌の提案に梨子が快く賛成する。

 

「よぅし!みんな行くよ!それ!」

 

真っ先に走り出した千歌にみんなで着いていく。

 

ここでμ'sが・・・。

 

俺は階段を1段1段、噛み締めながら登っていく。

 

登り切ると千歌は賽銭箱の前に立っている2人組の女の子を見つめていた。

1人はサイドテール。もう1人はツインテールで、何やら歌っているようだ。

 

待てよ、あの2人どこかで見たような?

 

2人がこちらを振り返る。

サイドテールは俺たちを見て、不敵に笑う。

 

あ、こいつら、俺のダメな人種だ。

何かを見透かし、相手を見下す態度。

ダメだ、イラつきと敵対心がまるで薄れない。

 

ああ、分かった。こいつらは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵だ。




出会った2人組。
なにやら不穏な空気が流れ始める。


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#35 東京の夜

〜前回のあらすじ〜
東京の地に立ち、浮かれる7人。
イベントの願掛けに神田明神を訪れた一行は謎の2人組に出会う。


「こんにちは」

 

サイドテールが千歌を見ながら挨拶をする。

 

「こ、こんにちは・・・」

「まさか、天界直視?」

 

石像に隠れながら善子が意味不明な発言をしているが、無視だ無視。

 

「あら?貴女たちもしかして、Aqoursの皆さん?」

「嘘?なんで?」

 

千歌が驚く。

Aqoursは最近急上昇スクールアイドルNo.1だ。

好きな人が見れば1発だろう。

だが、こいつらは千歌たちのファンには見えない。

 

「この子、脳内に直接・・・!?」

「口で喋ってただろ・・・」

 

久々に善子がうざく感じる。

 

「マルたちもうそんなに有名人?」

「ピギィ!?」

 

・・・なんというか1年生はいつも通りだ・・・。

 

「PV見ました。素晴らしかったです」

「ありがとうございます!」

 

サイドテールの賞賛に千歌は素直に喜ぶ。

 

「もしかして、明日のイベントでいらしたんですか?」

「はい」

「そうですか、楽しみにしてます」

 

サイドテールがその場を去っていく。

ツインテールの方はその場でお辞儀をした。

意外と礼儀正しいのかもしれない。

 

前言撤回。

ツインテールはお辞儀したのではなく、走り出す準備をしていた。

そのまま走り出し、その場でアクロバット演技を披露する。

その姿にみんな驚く。

 

というか、ここ、神社なんですけど?

場所をわきまえろよ。

 

「では!」

 

2人は俺たちを一瞥し、何事も無かったかのように行ってしまった。

 

「凄いです!」

「東京の女子高生ってみんなあんなに凄いずら?」

「あったり前でしょ!東京よ!東京!」

 

1年生が騒いでいるが、それを静かにさせる。

 

「はいはい。ここ神社なんだ。静かにね。それにあの人たちは北海道のスクールアイドル、Saint Snowだよ」

「あ!聞いたことある!」

 

どうやら、名前を言われてルビィも2人を思い出したようだ。

 

「あの2人も明日のイベントに出る。ライバルだ。とにかく、お参りして宿に行こう。ね、千歌」

 

千歌の名前を呼ぶが返事が来ない。

 

「千歌?」

「歌、綺麗だったなぁ」

「確かに歌は上手いけど、今は明日に向けて意識を集中しないと、ね!」

 

ぼー、っと2人の行った先を見つめている千歌にチョップをする。

 

「いたっ!何すんの!?」

「ぼー、っとしてるから。ほら、お参りしよう」

 

ぷくーっ、と、頬を膨らませる千歌。

 

俺は皆を置いて1番に祭壇にあがる。

財布を取り出し、賽銭箱にお金を投げ入れ、手を合わせ、心の中で願う。

明日、みんなが上手くパフォーマンスできますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりの外食で夕飯を楽しんだ後、鞠莉ちゃんが梨子の意見を参考に手配してくれた旅館にチェックインし、旅館の人に部屋まで案内してもらう。

 

「えっと、ここの1室だけですか?」

「はい。そのように予約されてあります」

 

嘘だろ・・・。

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

旅館の人にお礼を言い、行ったのを確認し、俺は鞠莉ちゃんをコールする。

 

『ハァーイ!和哉!東京はどう?』

 

いつものふざけたテンションの鞠莉ちゃん。

今日、不機嫌な俺にはとてもウザく感じる。

 

「どうじゃないよ!なんで旅館1室なんだよ!」

『そのほうが、みんなHappyじゃない』

「アンハッピーだよっ!ふざけんな!女子6人の部屋に男1人とか通報されるよ!」

『仕方ないじゃない。うちの学校はただでさえ貧乏なんだから。1室とるだけでもギリギリなのよ』

「・・・うっ・・・」

 

それを言われると、何も言えない。

 

『私だって教育者としては避けたかったわ。とにかく、和哉が変なことしなければいいの。じゃあ、私は忙しいから』

 

鞠莉ちゃんは電話を切ってしまった。

大変なことになってしまったようだ。

 

「やっぱり1室だけ?」

 

曜が心配そうに話しかけてくる。

そりゃそうだ。男と同じ部屋で寝るなんて不安でしかない。

 

「うん。これの問題だと」

 

俺は手でお金のジェスチャーをすると、それを見ていたみんなが納得する。

 

「とりあえず、今日は早く休もう。まずは、風呂でも入ろうよ。俺は先に行くから!」

 

変な疑いをかけられない為にも、ここに長くいる必要は無い。

自分の荷物から着替えを取り出し、さっさと浴室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ湯船に浸かってたかは分からないが、軽くのぼせてしまった。

多少フラフラする足取りで部屋に戻る。

 

「あ、和哉くん。・・・て顔赤いよ?」

 

鏡の前で髪を解いていた梨子が俺に気づく。

 

「あー。うん。少しのぼせた」

「もう。何してるの?」

「ほんと、なんだろうね?」

 

みんなは浴衣を来てリラックスしている。

曜はまたコスプレしていて、次はバスガイドだ。

 

「なんか、修学旅行みたいで楽しいね!」

 

相変わらず敬礼する曜。

ルビィも流石に苦笑いだ。

 

「堕天使ヨハネ、降臨!」

 

善子はテーブルの上でマントを羽織り、ご満悦だ。

 

「やばい・・・!カッコイイ・・・!」

 

カッコイイ!・・・のか・・・?

 

「ご満悦ずら」

「あんただって!東京のお菓子にご満悦の癖に!」

 

花丸ちゃんにやけに強気で絡む善子。

まあ、何はともあれ、2人は東京を満喫してるみたいだ。

 

「降りなさい!」

 

梨子が善子に怒鳴ると、善子はしゅん、とし、ゆっくりテーブルから降りる。

 

「お土産に買ったけど、夜食用に別にとってあるずら」

 

花丸ちゃんは東京のお菓子、バックトゥザぴよこまんじゅうをニコニコしながら取り出す。

 

まあ、俺も今食ってるんだけど・・・。

待てよ。これってもしかして。

 

一緒に食べている梨子と曜と顔を見合わせる。

 

「ほぇ?」

 

同じく食べている曜はいまいち、状況が分かってないみたいだ。

 

「これ、旅館のじゃなかったの!?」

「てっきり、旅館が用意してくれてたものだと・・・」

「マルのバックトゥザぴよこまんじゅうー!」

 

花丸ちゃんのだったようだ。

 

いや、申し訳ないことしちゃったなぁ。

 

「マルちゃん、夜食べると太るよ」

 

俺たちが必死に拗ねてしまった花丸ちゃんを宥めていると、ルビィが夜食を食べようとしていた花丸ちゃんを注意する。

その後ろでは何やら外に向かってブツブツ呟いている善子。

 

善子はまあ、うん。無視していいだろう。

 

「静かにして!集中できないでしょ!」

 

いや、知ったことか!

それよりも、花丸ちゃんの機嫌なんだよ!

 

「もういいずら!1人で食べちゃうずら」

 

目に涙を浮かべながら、花丸ちゃんはお土産用のぴよこまんじゅうを開封し、1人でもしゃもしゃ食べ始めた。

 

泣くほど食べたかったんだね・・・。

帰りにぴよこまんじゅう、買ってあげよう。

 

「それより、そろそろ布団しかなきゃ」

 

ルビィは押し入れから布団を取り出している。

だが、思ったよりも大きかったらしく、ルビィは布団を持ったままバランスを崩す。

 

「あ、ルビィ!」

 

俺の声で、部屋のみんながルビィを見る。

 

「ピギィ!?」

 

と、まあ。みんな布団の下敷きになり、ぴよこまんじゅうは部屋に散乱してしまった。

 

「ねぇ!今旅館の人に聞いたんだけど・・・」

 

今までどこかへ行ってた千歌が帰ってきて、この惨状を見て、立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌の話によると、ここの旅館から音ノ木坂学院までは近いらしい。

 

「音ノ木坂ってμ'sの?」

「うん。この近くなんだよ。梨子ちゃん!」

「ん?」

「今からさ、行ってみない?」

「えぇ?」

 

こんな夜遅くに2人で外に出るのは良くない。

けど、千歌はそんなこと聞かないだろうな。

 

「みんなで!」

「え?」

 

ちょっと、これは予想外。

まさかみんな誘うとは思ってもいなかった。

 

「私1回行ってみたいと思ってたんだ。μ'sが頑張って守った高校!μ'sの練習していた学校!」

「ルビィも言ってみたい!」

「私も賛成!」

「でも、東京の夜って物騒じゃないずら?」

「な、何?怖いの?」

「善子ちゃん、震えてるずら」

「何かあっても俺がみんなを逃がすくらいの時間は稼ぐよ」

「死ぬ前提じゃないのよ!?」

「ごめん、私はいい」

 

梨子?

 

彼女は辛そうな顔をしながら謝る。

 

「え?」

「先に寝てるから。みんなで行って来て」

 

梨子は立ち上がると部屋から出ていってしまった。

 

「梨子ちゃん・・・」

 

千歌は寂しそうに呟く。

 

「やっぱり寝ようか」

「そうですね、明日はライブですし」

 

曜の言葉でみんな寝る支度を始める。

 

「悪い、俺トイレ」

「もう!言わなくてもいいよ」

 

曜に注意をされる。

 

「ごめんごめん。とにかく、布団は任せたよ」

 

そう言って俺も部屋から出る。

 

放っておけない。

今の音ノ木坂に行かないと言った梨子の顔が頭から離れない。

俺に何かできるんなら。

 

後先も考えず、俺は梨子を追いかけ始めた。




梨子の気持ちを知るために和哉は動く。
自身の気持ちも分からぬまま


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#36 約束

〜前回のあらすじ〜
梨子を探し、旅館を歩き回る和哉。
彼女の胸に秘めたものを聞いて彼はどうするのか。


梨子を探しに部屋を出た俺は頭の中で何ができるだろう、と考える。

 

そもそもなんで俺は梨子を追いかけてるんだ?

音ノ木坂に行きたくない、という本心を分かっているのに聞き出すため?

あの寂しそうな表情が放っておけないから?

・・・分からない。

 

「あ」

 

廊下の曲がり角でばったり梨子と鉢会う。

 

「和哉くん?どうしたの?」

「えっと・・・」

 

自分の考えが上手くまとまっていない。

そのせいか、返事に戸惑う。

 

「和哉くんが口篭るって珍しいね」

 

梨子はクスクス笑っている。

そうかも、と相槌を打つと梨子は続けて話す。

 

「多分、私の事だよね。ごめんね、空気悪くしちゃって」

「いや、梨子のせいじゃないよ。俺たちの配慮とか気遣いが足りてなかったんだよ」

「そんなことないのに。話があるのよね。自販機のとこまで行きましょう」

 

梨子に言われるまま、後を着いて行く。

着いたのは自販機が1つと、ベンチが置いてあるちょっとした休憩所。

梨子はベンチに腰掛け、俺も後に続くように隣に座る。

 

「それで、話って?」

 

梨子はまるで覚悟してたかのようにその言葉を口にする。

俺は考えがまとまっていないが、聞きたいことを聞くことにした。

 

「・・・音ノ木坂に行かないって言ったのは何で?」

「転校した後だから気まずくて。あまり行きたくないの」

 

少し考えれば分かることだ。

でも、本当の理由はそうじゃないはずだ。

多分、あの事だ。

 

「ピアノ・・・、なんでしょ?」

 

俺は絞り出すように、口に出す。

梨子は少しだけ肩を動かし、反応する。

 

「おばさん・・・。梨子のお母さんから聞いた。それが気になって俺も少し調べたんだ。ピアノを弾けなかったんでしょ」

「そう・・・。調べたのね・・・」

 

知られたくなかったのだろう、梨子は暗い顔をして俯く。

 

「去年、ピアノのコンクールに出たわ。そのコンクールで私はピアノを弾けなかった。ピアノが怖くなって、観客の人が怖くて、手が動かなくなった」

「・・・」

 

言葉が出ない。

息が詰まりそうだ。

 

「それなりに期待されて音ノ木坂に入ったからプレッシャーもあったのかも。それ以来ピアノが怖くなって・・・。お父さんの転勤に合わせて、逃げるように内浦に来たの」

 

梨子は俯きながらポツリ、と言葉を紡いでいく。

 

「沢山の人を失望させて、お母さんの期待も裏切って・・・。何とかしなきゃ何とかしなきゃって、気持ちばかり焦って!曲作りもできない!ピアノも弾けない!」

 

梨子の声はどんどん荒々しくなり、その瞳からは涙も溢れていた。

 

「私はただ、ピアノが好きなだけなのに!ピアノを弾くことが大好きなだけなのに!私の好きな音を奏でるだけでよかったのに!なんでみんな私をそんな目で見るのよ!やめてよ!」

「・・・・・・梨子」

「こんな・・・。こんな気持ちになるならピアノなんて弾かなければよかった・・・」

 

梨子は涙を流しながら、叫ぶ。

 

こんなになるまで抱えていたんだ・・・。

俺に何かできることなんてあるのか?

 

その瞬間、梨子は俺の胸に飛び込む。

服を強く掴み、怯えるように体を震わせながら。

 

真っ白になってしまった頭はさらに混乱する。

 

「どうして?どうして和哉くんはあの時、居てくれなかったの?どうしてあの時、何も言わずに行ってしまったの?ねえ、どうして!?」

「ごめん・・・」

 

再会した後、梨子は気にしてないとは口では言ってたものの、内心はそうじゃなかったようだ。

あの時のことを未だに心に抱えているのは俺だけじゃない。

友達と離れ離れになる辛さは同じだった。

梨子も寂しかった。悲しかった。

俺はそんなことすら分かっていなかった。

 

「和哉くんが居たら・・・。居てくれたら、もっと頑張れたのに・・・。和哉くんがいないと、私・・・」

「ごめん。ごめんね、梨子」

 

俺はそっ、と梨子を抱きしめる。

 

「まだ、怖いの・・・。ピアノに触れるとあの時のことが頭をよぎる。でも、私が曲を作ればAqoursのみんなは、和哉くんは笑ってくれる。褒めてくれる。その気持ちだけで頑張ってきたの」

「うん。梨子は頑張ってる」

「音ノ木坂に行けばあの時の恐怖と周りの目を思い出してしまう。そんな気がして・・・。しかもみんなの空気も悪くして・・・。私、どうしたらいいの・・・」

 

堪えても漏れてくる鳴き声と涙。

今、吐き出している全てが梨子の抱えてきたもの。

梨子の負担の1つになっている俺にできることは、彼女の重りを少しでも支えることくらい。

だったら、俺は梨子の望むことなら何だってやる。

 

「梨子、そのままでいいから聞いてくれる?」

「・・・何?」

「あの時は本当にごめん。変な意地もだし、俺が子供過ぎた。ごめん」

「それは分かってる・・・」

「うん。都合がいいと思われるかもしれない。それでも俺はいい。だからここからやり直そう。今日が俺たちの本当の再会。それと、俺は梨子が弾くピアノが好きなんだ。だから、ピアノなんてやらなきゃよかった、なんて言わないでよ」

 

梨子はコクリ、と頷く。

 

「あんな事があったんだから、ピアノが怖いのは分かるよ。だったら俺やみんなを頼って少しずつでいいからピアノを怖がらずに、また少しずつ好きになろう」

 

また梨子はコクリ、と頷く。

どうやら、泣き止んだみたいだ。

 

「俺なんかじゃ頼りないけど、他に5人もいるんだ。みんなに甘えるといいよ」

「そんなことないもん。和哉くんが1番頼りになるから」

 

ド直球でそんなこと言われるとは・・・。

むず痒い・・・。

 

「と、とにかく!梨子がまたピアノが好きになれるなら、俺は何でもやるから!また、俺にピアノを弾いてよ」

 

梨子は俺から離れると、笑顔で俺を見る。

 

「ありがとう。大好きだよ」

「なっ!?」

「あんなに泣いて、みっともないところを見せちゃったけど、今なら言えると思ったの。そしたら言えた。私は和哉くんが好き」

 

ま、待って。

これ、現実?

いつの間にか夢の世界とか無いよね!?

 

「小さい頃からずっと好きでした。私を恋人にしてくれますか?」

 

なっ、えっ?

梨子が俺に告白?

嘘じゃないの?

 

突然過ぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

「返事、欲しい・・・な・・・」

 

ああっ!待たせてる!

落ち着くんだ、俺!

俺は梨子のことをどう思ってる?

 

俺は必死に今までのことを思い出す。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思い出すまでもなかった。

 

なんで俺が梨子にこんなに必死になれたか。

そんなの決まっている。

多分ずっと前から。

気づかないようにしていただけだ。

だったら答えは決まっている。

 

「・・・こんな俺でよければ。俺も君の恋人になりたい」

 

その時の梨子の顔は一生、忘れられないほどに綺麗だった。

涙を流しているが、その笑顔はこの世で1番輝いていた。

 

「嬉しい・・・。こんなに嬉しいことってあるんだね・・・」

 

梨子は溢れる涙を手で拭う。

 

「俺も同じだよ。梨子、これからよろしくね」

「はいっ」

 

お互いの顔を見ては笑い合う、というむず痒いことをしばらくやった後、これからの事について話し始める。

 

「まずは、明日のライブを頑張ること。あと、この関係は絶対秘密。ファンにはもちろん、メンバーにもダメだ」

「みんなにはいいんじゃないのかしら?」

「ダメ。千歌に何やられるか分からない」

「あ、あはは・・・。ということは気づいていないフリをしてたの?」

「ま、まあ・・・」

 

思わず、梨子も苦笑いだ。

 

「ねえ、約束しよう」

「何を?」

 

梨子の突拍子もない言葉に疑問を持つ。

 

梨子は自分の小指を俺の小指に絡めさせる。

指切りのカタチだ。

 

「もう隠しごとは無し。意地も張らない。1人で無理しない、とか」

「そうだね。俺たちには大事だね」

 

俺と梨子は強く指切りをして、これからの約束をする。

俺ももう少しだけ人に心を開けるようになろう。

目の前の問題は多くあるが、梨子のために尽力すると、俺は心に誓った。




2人は手を取り合い、過去と別れるために歩き出した。

「こんなことになるなんて、ね・・・」

おめでとうございます、とだけ私は言います。

「どうも。俺は梨子のためにやれることをやるだけさ。・・・付き合えたのは本当に嬉しいけど・・・」

これがリア充の余裕・・・。
別れしてしまえ。

次回もよろしくお願いします!

「サラッと毒吐いたな!?」


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#37 月明かりの下で

〜前回のあらすじ〜
和哉は梨子の本音を聞き、お互いのこれからを決めた。
そして、彼女の告白を了承し、2人は共に歩き始めた。


ようやく和解し、付き合い始めた俺と梨子は部屋までの短い距離を手を繋いで歩いていた。

その間、俺たちは無言。

でも、繋いだ梨子の細くてしなやかな手は温かくて、それだけでこれ以上にないほどの幸せを感じる。

 

「部屋の前、着いたよ」

 

俺は梨子にそう言い、名残惜しいが、その手を離す。

 

「あっ・・・。・・・・・・ごめんね」

 

梨子は寂しそうな声をだすが、さっきの約束もあるし、納得したように謝る。

 

「ううん。じゃあ、入ろうか」

 

そっ、と襖を開けると、部屋には人数分の布団が敷かれていた。

 

「あ、2人とも。遅いよー」

 

千歌が頬を膨らませながら俺たちに文句を言う。

 

「ごめん。つい、話し込んじゃって」

「もう。梨子ちゃん、変なことされなかった?」

「おい」

 

千歌は俺のことをなんだと思っているのだろう。

 

「うん。少し話が盛り上がっちゃっただけだから」

 

よかったー、と千歌は胸を撫で下ろす。

 

「寝る準備はできてるから、2人も明日に備えて早く休も?」

「そうだね。ところで、俺の布団は?」

 

千歌の言葉に頷き、部屋を見渡すと、曜と1年生は起きてはいるが既に布団に入っている。

2つ空いている布団があるが、それは千歌と梨子のだろう。

 

じゃあ、俺のは?

 

「カズくんのはあそこだよ」

 

千歌が指さしたところは押し入れ。

嘘だろ?と思いながら押し入れを開けてみると丁寧に敷かれた布団が1つ。

どうやらマジのようだ。

 

「流石に寝てる間に何かされると問題になっちゃうから、こういう措置であります!」

 

曜が自信満々に宣言する。

 

「ちなみに、発案者は善子ちゃんね」

「ヨハネ!当たり前でしょ?先輩と隔てるもの無しとか襲ってください、と言ってるようなものじゃない」

「善子が言い出しっぺかよ・・・」

 

お前実は俺のことを嫌いだろ・・・。

そんな風に思ってるとか。

 

俺は思いっきり不機嫌な顔を善子に見せつける。すると、善子はふんっ、と顔を背けた。

 

「あ、あの・・・。実はおらもまだ少し・・・。ほんの少しだけど不安だなって・・・」

「そういうことなら仕方ないね。俺は大人しく寝るよ。おやすみー」

「ちょっと!?ヨハネと反応違いすぎない!?」

「気のせい、気のせい」

 

だって、花丸ちゃんが言うならその通りにしないとね。

 

「ご、ごめんなさい!マルのせいで・・・」

「花丸ちゃんのせいじゃないよ。少しでも明日に備えて休める環境になるんなら俺はそうするよ」

 

謝る花丸ちゃんの頭を撫で、俺はそそくさと押し入れの布団に潜り、戸を閉める。

 

花丸ちゃん、頭を撫でた時、笑ってくれて可愛かった・・・。うん。

 

すると、持っていたスマホがメッセージを受信した。

梨子からだ。なんだろう。

 

『もう浮気?』

 

やっべ・・・。

確かにそう受け取れる。

俺は慌てて梨子に謝罪を入れる。

 

『そんなじゃないんです。その場のノリといいますか、つい、やってしまったといいますか。本当にごめんなさい』

『Aqoursの仲間だから大目に見るけど、次、知らない人にやったら怒るから』

『肝に命じます・・・』

 

夜は更けていく。

俺のやらかしと、梨子の嫉妬で。

 

side out...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 梨子

 

みんなが眠っている中、私は真夜中に目が覚めた。

どうやら、まだ気持ちが高ぶっているみたいだ。

私は布団から抜け出し、押し入れの戸をそっ、と開く。

そこには長年片思いを続け、つい数時間前に恋人になった和哉くんがスヤスヤ、と眠っている。

私はしゃがんで、その顔をのぞき込む。

 

「まったく・・・。私はこんなになって、夜も眠れないのに。もう少し意識してくれてもいいじゃない」

 

私は腹いせに彼の頬を数回つつき、鼻をきゅっ、とつまんだ。

 

「・・・ふごっ・・・!」

「ぷっ・・・」

 

息が詰まり、豚のような声を上げたのが思ったよりも面白くて吹き出してしまったが、和哉くんは起きてないようだ。

 

あまりちょっかいを出しすぎて起こしちゃうのも悪いと思い、私は窓淵に腰掛け、外の月を眺める。

 

「んん・・・。スティグマ、天使・・・」

 

気持ちよさそうに眠っているよっちゃんが不思議な寝言を言っている。

普段は中二病で、少し大人っぽく振舞っているよっちゃんだけど、寝言を言っているのが子供っぽくて微笑ましい。

 

・・・寝言の内容はよっちゃんらしいけど・・・。

 

「眠らないの?」

 

不意に声をかけられ、驚く。

声をかけてきたのは千歌ちゃんだった。

 

「千歌ちゃんも?」

「うん、なんとなく」

 

どうやら、千歌ちゃんも起きてたみたいだ。

もしかしたらさっきのことは見られてたのかも。

 

「ごめんね、なんか、空気悪くしちゃって」

 

私は寝る前の音ノ木坂に行かない、と言ったことを謝る。

これも眠れなかった理由の1つだから。

 

「ううん。こっちこそ。・・・ごめん」

 

もう、千歌ちゃんが謝る必要なんてないのに。

 

私は少し、音ノ木坂にいた頃のことについて話すことにした。

 

「音ノ木坂って、伝統的に音楽で有名な高校なの。私、中学の頃ピアノの大会行ったせいか、高校では結構期待されてて」

「そうだったんだ」

「音ノ木坂が嫌いなわけじゃないの。ただ、期待に応えなきゃって。いつも練習ばかりしてて。でも、大会じゃ結局上手くいかなくて」

 

さっき、和哉くんにも同じことを言って泣いちゃったけど、今はそんな感じは全くない。

これも和哉くんが受け止めてくれたからかな。

 

「期待されるってどういう気持ちなんだろうね」

「え?」

 

千歌ちゃんの意外な質問につい、驚いてしまう。

 

「沼津出る時、みんな見送りに来てくれたでしょ。みんなが来てくれて凄い嬉しかったけど、実はちょっぴり怖かった。期待に答えなくちゃって。失敗できないぞ、って」

「千歌ちゃん・・・」

 

今の千歌ちゃんは音ノ木坂にいた頃の私と同じだ。

周りの期待に応えようと必死になって。そして、怯えている。

 

「ごめんね!」

「え?」

「全然関係ない話して」

「ううん。ありがとう」

「へ?」

 

千歌ちゃんは凄いよ。

今の気持ちを素直に言えるんだから。

その気持ちを私に話してくれてありがとう。

 

「寝よ。明日のために」

「うん!」

 

私は立ち、自分の布団に潜ろうとした時、また千歌ちゃんに話しかけられた。

 

「さっき、カズくんに何かしてたけど、やっぱり、さっき何かあったんじゃないの?」

「え!?」

「ほらほらー。言っちゃいなよ〜」

「え?えぇー!?」

 

千歌ちゃんを誤魔化すのは大変そうで、寝る時間が短くなってしまいそう・・・。

和哉くん、助けてぇー!!

 

side out...




月の光は人を少しだけ素直にさせる。

「そうだね。私もつい語っちゃったし」

梨子さんもどんどん話して抱えているのものを吐き出して行ってくださいね。

「そうね。考えておくわ」

次回もお楽しみに!


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#38 スクールアイドルの祭典

〜前回のあらすじ〜
夜遅く、千歌と梨子はお互い胸に秘めた悩みを口にした。
そして、いよいよライブが始まる。


「・・・いったぁ・・・」

 

朝起きて体を起こすと、頭を何かに強くぶつけた。

1度体を寝かせ、仰向けになり、ゆっくり目を開けると低い天井があった。

 

そうだった。押し入れの中で寝てたんだった。

 

ぶつけた頭を撫でていると、襖が開いた。

差し込む光が眩しく、目を閉じる。

 

「大丈夫ー?なんか、すごい音したけど」

 

襖を開けて、声をかけてきたのは曜だった。

なぜかいつもの練習着に着替えている。

 

「いやね、起きた弾みで頭打った」

「あちゃー。それは災難だね」

 

いつもの軽いテンションで曜は笑う。

 

「それより、起きて支度して」

「うん。でも、なんで練習着?」

「千歌ちゃんがランニングに行ってて。私たちもそれを追いかけるよ」

 

ああ、納得。

それで練習着なのか。

 

のそのそ、と押し入れから出ると他のみんなも既に練習着に着替えていて、俺だけが寝巻きのままだ。

みんなにおはよう、と挨拶をし、部屋の外にある洗面所に向かう。

 

「わっ」

 

廊下の突き当たりで練習着の梨子と軽くぶつかってしまう。

 

昨日もこんな感じだったような・・・。

 

俺はなんともないのだが、梨子は仰け反り、尻もちをつきそうになる。

 

「おっと」

 

とっさに梨子の肩を掴み、支える。

 

「大丈夫?」

「え、ええ。ありがとう」

 

梨子と目が合うと、昨日の夜のことを思い出す。

その瞬間、俺の顔は燃えているかのように熱くなり、思わず目をそらす。

梨子も似たような反応をしていた。

 

「お、おはよう、和哉くん」

「あっ!あ、うん。おはよう」

「何?私を見て挙動不審になって」

「うっ・・・。その、昨日のことを思い出して・・・」

「あぁ・・・」

 

梨子は納得したように声を出す。

 

「梨子のこと見たら昨日のこと思い出して。なんか、恥ずい・・・」

「や、やめてよ!私まで恥ずかしくなるじゃない!」

「わ、悪い!」

 

俺は一体何に謝っているのだろう・・・。

 

「先輩、何してるの?」

「うわぁっ!?」

 

後ろから声をかけられ、振り向くと善子が探るような顔で俺を見ている。

 

「よ、善子・・・」

「ヨハネ!で、先輩はリリーの肩を掴んで何してるかしら?」

「え?」

 

今の俺は梨子の肩を掴んで、顔の距離もそれなりに近い。

何も知らない人からすると、俺が梨子を襲うように見えるかもしれない。

少なくとも善子にはそう見えている。

 

「いや、これは仕方ないんだよ!」

「へぇ?」

「本当よ、よっちゃん!私がぶつかって倒れそうになったのを支えて貰ったの!」

 

梨子も一緒に誤解を解こうとしてくれている。

 

「ふーん。そうだったとして、先輩はいつまでそうしてるの?」

 

善子に言われ、さっ!と梨子の肩を離し、彼女の横に並ぶ。

俺たち2人はカチコチの愛想笑いを浮かべ、その場を乗り切ろうとした。

 

「ふぅん・・・」

 

善子は俺たちを交互に見て、真偽を見定めている。

 

「ま、いいわ。それより、早くしなさいよ。置いていくわよ。行きましょう、リリー」

「あ、うん。じゃあ、また後でね」

「うん」

 

俺に手を振って善子のあとを追う梨子。

危なかった、と胸を撫で下ろし、朝の支度を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支度が終わり、旅館の前で走る前の軽いストレッチを始めた俺たち。

 

「千歌の行った場所は?」

「UTXだよ。千歌ちゃんなら絶対そこに行く」

 

曜があまりにも自信満々に答えるものだから、ついそれが本当のように思ってしまう。

 

「本当なの?」

「本当だよ!じゃあ、全速前進、ヨーソロー!」

 

梨子の問いかけにも迷いなく言い切り、いつもの掛け声と共に、曜は走り出した。

その後を追うように、俺たちも続いて走り出す。

 

「あ、梨子ちゃん」

「何?曜ちゃん」

「道案内よろしく!」

 

・・・それは元気よく言うセリフではない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千歌ちゃーん!」

「凄い!本当にいました!」

 

梨子の案内でランニングも兼ねて千歌を探していると、UTX外のディスプレイの前に千歌はいた。

 

「やっぱりここにいた!」

 

やっぱり曜は千歌のことをよく分かっている。流石だ。

 

「みんな・・・」

 

千歌はどうしてここが分かったのか、なんで練習着に着替えているのか、何から聞こうか迷っているようだ。

 

「練習行くなら声かけて」

「1人で抜けがけなんてしないでよね」

「帰ったら神社でお祈りするずらー!」

「うん、だね」

 

梨子、善子、花丸ちゃん、ルビィがそれぞれ千歌に声をかける。

 

「うん!」

 

千歌はそれに対し、笑顔で返事をした。

 

「ねえ、あれを・・・」

 

すると、後ろのディスプレイが豪華な音と共に、映像を映し出す。

俺はそれを指差し、みんなに見るように促す。

 

「え?」

 

間違いないこれは・・・。

 

「ラブ・・・ライブ・・・」

 

千歌が呟くと、ルビィがあとを追うように解説をする。

 

「ラブライブ!今年の『ラブライブ!』が発表されました!」

 

今年のラブライブのエントリーが始まる。

開催場所はアキバドーム。

 

「ついに来たね」

 

曜がディスプレイを見ながら1人、呟く。

 

「どうするの?」

 

梨子は千歌に質問すると千歌は即答した。

 

「もちろん出るよ!μ'sがそうだったように!学校を救ったように!さあ、行こう!今、全力で輝こう!」

 

俺たちはその場で円陣を組み、全員の掌を重ねる。

 

「Aqours!」

「「サーンシャイーン!」」

 

ラブライブ!に向けて俺たちは気合を入れ直す。

ラブライブ!も大事だが、今1番大事なのは今日のライブ。

前哨戦にはもってこいの舞台だ。

俺はメンバーにそのことを伝え、目先のライブに集中させる。

 

さあ、会場に向かおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場は広く、既に沢山の人が集まっていた。

 

「やあやあ!君たちがAqoursだね?」

 

陽気な声と共に近寄ってきたのは、ココ最近スクールアイドル特集のレポーターをやってる女の人だ。

 

「は、はい!」

 

千歌が緊張しながら、返事をする。

 

「じゃあ、早速だけど今回のライブの説明をするね!今日来てくれたスクールアイドルのランキングについてだよ!」

「ランキング?」

「ええ!会場のお客さんの投票で出場するスクールアイドルのランキングを決めることになったの!」

 

なるほど。

それならば今のみんなの実力がはっきり分かる。

見に来てくれている人たちはきっと、ラブライブ常連グループのファンが多いだろうから、そこからいかに票を取れるかが肝だ。

 

「上位に入れば一気に有名になるチャンス、てことですか?」

「まあ、そうだね」

 

レポーターさんは大体そんな感じ、といった雰囲気で曜の質問に答えた。

 

「Aqoursの出番は2番目。元気にはっちゃけちゃってね!」

 

レポーターさんは関係者室に入っていった。

 

「2番・・・」

「前座って事ね」

 

曜と梨子が呟く。

 

「仕方ないですよ。周りは全部、ラブライブの決勝に出たことあるグループばかりですから」

 

その辺のことはルビィがよく分かっているようだ。

 

「そうずらか・・・」

「でも、チャンスなんだ!頑張らなきゃ!」

「そうだよ。千歌の言う通り、チャンスなんだ。ここで目立てばラブライブ出場にも有利になる。俺はここから先は行けないから観客席で応援になるけど、みんな頑張れ」

「「はいっ!」」

 

よし、みんなの顔付きもいい感じになってきた。

後は無事にパフォーマンスが上手くいくことを願うだけだ。

 

「もちろん、先輩は私たちに入れてくれるのよね?」

「は?何言ってんの。贔屓はしないよ。俺の票が欲しかったら全力で俺の心を動かして見せろよ、堕天使」

「なっ・・・!?・・・ククッ。いいでしょう。愚かな人間にこのヨハネのこの舞踏をもって、虜にさせてあげる」

「よし!じゃあ、行ってこい!」

 

俺の声と共にみんな、走っていった。

 

「和哉くん」

 

そんな中、梨子だけが引き返してきた。

 

「どうかした?」

「少し。少しだけ私に勇気を頂戴・・・」

 

手を胸に当て、梨子は弱々しく言う。

 

そうだ。昨日、梨子は言っていた。

俺が居たら頑張れた、と。

梨子が頑張れるように俺はちゃんといるって教えてあげないと。

 

「梨子、大丈夫。俺はここにいるから」

 

梨子の手を両手で包み、優しく握る。

 

「怖がらなくていいよ。梨子ならできるさ」

「うん」

 

梨子は少し顔を赤らめて、握った手を見ている。

片方の手は梨子の手を握ったまま、離した手で彼女の頭をそっ、と撫でる。

 

「頑張れ。俺はちゃんと、梨子を見てるから」

「うん!行ってくるね!」

 

自信がついたように笑う梨子は、千歌たちの行った道を走って追いかけていく。

 

俺にできるのはここまで。

後は梨子、いや、Aqoursのみんな次第だ。

 

梨子の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送り、会場に入る前に警備員さんにチケットを見せる。

不備は無かったようで、すんなり客席に入れた。

スクールアイドルの祭典が始まる。




自分たちと送り出してくれた人たちの思いを胸に乗せ、Aqoursはステージに立つ。


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#39 『0』

〜前回のあらすじ〜
ついに始まった東京でのライブ。
和哉の激励を受け、ステージに立つ6人だが・・・。


俺は指定された席に座り、ライブが始まるのを変に緊張しながら待っていた。

この感じ、Aqoursが3人だった頃のステージを見守る時の感覚と似ている。

 

会場の照明が落ち、さっきのレポーターさんの司会が始まる。

そして、ステージに出てきたのは・・・。

 

「・・・Saint Snow」

 

会場には歓声が上がる。

確かにこいつらも注目グループだ。

 

曲はロック調。

曲のインパクトに負けない歌唱力とダンス。

素直に思った。こいつらは凄い。

 

曲が終わり、再び会場が歓声に呑まれる。

 

『続いて、人気急上昇中!フレッシュなスクールアイドル、Aqoursの皆さんです!』

 

次はいよいよ、みんなの番だ。

披露する曲は『夢で夜空を照らしたい』

みんなだって負けてないってところを見せてやるんだ。

 

しかし、ステージに出てきた6人の表情は固く、Saint Snowのパフォーマンスを見て萎縮している。

ここで見ている以上、声をかけてやれない。

誰かが気づくと信じて、俺は自分の胸を叩き、自信を持て、とアピールするが、誰も気づいてないようだ。

 

だが、フォーメーションをとり、曲が始まると、嘘のように柔らかい表情になり、今できる最高のパフォーマンスをやってくれた。

 

どうやら、俺の心配しすぎだったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

全30組のスクールアイドルのパフォーマンスが終わり、俺は会場の外でみんなを待つ。

 

「あ、和哉くーん!」

 

曜が俺に気づくと手を振り、全員でこちらにやって来る。

 

「お疲れ様。かなり良かった。入賞じゃなかったのは残念だけど、1番の出来だったんじゃない?」

「やっぱり?私もそう思ってたんだ!」

 

千歌は笑顔で言っているが、他のメンバーの表情はどこか暗い。

 

「そうだ!まだ時間あるし、スカイツリー行こうよ!行ってみたかったんだぁ!」

 

やけに明るく振る舞う千歌。

周りとの温度差のせいか、変にそう感じ、違和感を覚える。

 

「千歌ちゃん・・・」

「どうかした?」

「ううん、なんでも」

 

曜が千歌に何かを聞こうとしていたが、本人がやめてしまった。

裏で何かあったのだろうか。

 

「よーし。じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

進んでいく千歌の後ろをみんなでついて行く。

 

「和哉くん」

 

隣にやってきた梨子が話しかけてきた。

 

「梨子。お疲れ様。うまくできたんじゃない?」

「うん。でも、他のスクールアイドルを見て、せっかく貰った勇気が無くなりそうになっちゃった・・・」

「そっか。また欲しくなったらやってあげるよ」

「うん、ありがとう。・・・正直に言って。私たち、どうだった?」

 

それを聞いてくるのか・・・。

正直、言葉に困る。

 

「遠慮しないで」

「・・・分かった。確かに良かった。けど、周りに比べるとまだまだだ。何もかもが。申し訳ないけど、俺は梨子たちに票を入れてない」

「だよね。うん、分かってる。ありがとう、言ってくれて」

 

少し悲しそうに笑う梨子の顔で俺の胸はキュッ、と締め付けられた。

 

「それと、千歌ちゃんなんだけど、何か様子がおかしいというか・・・」

 

どうやら、梨子も千歌に違和感を抱いていたようだ。

 

「梨子もそう思う?確かに何か変だよ」

「曜ちゃんも感じてるみたい」

「だね。千歌が話してくれるのを待つしかないかも。ああ見えてあいつ、頑固だから」

「ふふっ、知ってる」

 

とにかく今は様子を見るしかないか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スカイツリーの展望台。

俺は梨子と曜の3人で、この大都会を見下ろしている。

 

「この街、1300万人も人が住んでいるんだよ」

「そうなんだ・・・」

「言われても全然想像つかないけどね」

「確かに。沼津の何倍なんだろうね」

「やっぱり、違うのかな・・・。そういうところで暮らしていると」

 

曜が意味深に呟く。

それは今日見たスクールアイドルたちと自分たちを照らし合わせて見た結果なのだろうか。

 

すぐ隣でルビィと花丸ちゃんが首から下げた双眼鏡を持って、景色を見ていた。

 

「どこまで行ってもビルずら」

「あれが富士山かな?」

「ずら」

 

2人は2人なりに、この東京という大きな街を実感しているようだ。

 

「ふっふっふっ・・・」

「ん?」

「最終呪詛プロジェクト、ルシファーを解放!魔力2000万!リトルデーモンを召喚!」

 

善子がいつもの黒のマントを着て、痛いセリフを大声で叫ぶ。

決めポーズと共に投げた黒い羽をパシッ!と掴み、少し声を震わせながらカッコイイ!と呟く。

 

やめてください。こっちが恥ずかしいです・・・。

ほら、小さい子の悪影響になるから。お母さんが連れて行っちゃったじゃないか。

 

だけど、言いたいから言ってるわけじゃないだよな。この善い子は。

 

「善子ちゃんは元気だねー」

 

ルビィと花丸ちゃんが双眼鏡で善子をガン見する。

 

「だから!善子じゃなくて、ヨ!ハ!ネ!」

「ライブ終わったのにヨハネのままずら」

 

1年生たちは何だかんだいつも通りのようだ。

 

「あまり大きな声ださない。迷惑だよ」

 

俺は善子の肩を掴み、3人に言う。

 

「お待たせー!」

 

先程、人数分のアイスを買いに行った千歌が戻ってきた。

 

「うわっ、何これ凄い!キラキラしてるー!」

 

確かに千歌なら言いそうだが、今はそれが不自然だ。

 

「千歌、ちゃん・・・」

「それにこれ、すっごく美味しいよ!食べる?」

 

曜の話を聞こうとせず、千歌は全員にアイスを配り、自分の分を食べ始める。

 

「全力で頑張ったんだよ!私ね、今日のライブ、今までで歌ってきた中で出来は1番良かったんじゃないかって思った。カズくんも言ってたしね!声も出てたし、ミスも1番少なかったし」

「でも・・・」

 

梨子が何かを言おうとしたが、千歌は言わせまいと続ける。

 

「それに、周りはみんなラブライブ本戦に出てるような人たちでしょ?入賞できなくて当たり前だよ」

「だけど、ラブライブの決勝に出ようと思ったら今日出ていた人たちと同じくらい上手くないといけない、ってことでしょ・・・」

 

梨子が弱気に言う。

その言葉で千歌は苦笑いを浮かべる。

 

「それはそうだけど・・・」

「私ね、Saint Snowを見た時に思ったの。これがトップレベルのスクールアイドルなんだ、って。このくらいできなきゃ、ダメなんだ、って。なのに、入賞すらしていなかった。あの人たちのレベルでも無理なんだって・・・」

「曜・・・」

 

曜は余程悔しかったのだろう。

自分が凄いと思った相手の結果と自分たちのレベルの低さに。

話している時の曜の声は、今まで聞いたことのないものだった。

 

「ルビィもちょっと思った・・・」

「マルも・・・」

 

そうか。だから、あんなにみんな暗かったのか。

俺は単に入賞できなかった悔しさだけかと思っていたが、実際に目の前にして、比較して、自分たちの非力さからきていたようだ。

 

こんなことも分からないなんて。

俺は一体、彼女たちの何を見ていたんだ・・・。

 

「な、何言ってるのよ!あれは、たまたまでしょ!天界の放った魔力によって・・・」

「何がたまたまなの?」

「何が魔力ずら?」

 

その場の空気を変えようと言葉を紡ぐ善子だが、そんなのは1発でお見通しで。

ルビィと花丸ちゃんにいじられてしまう。

 

「ふぇっ!?えっと、それは・・・」

「慰めるの下手すぎずら」

「な、何よ!人が気きかせてあげたのに!」

「そうだよ」

 

千歌が善子の言葉に乗っかる。

 

「今はそんなこと気にしても仕方ないよ。それよりさ、折角の東京なのにみんなで楽しもうよ!」

「待て待て。俺も聞きたいことが」

 

すると、千歌のスマホに電話がかかってきた。

 

「ごめん、出るね。高海です。え?はい。まだ近くにいます。はい。はい。分かりました、行きます」

「誰からだった?」

「レポーターさん。渡し忘れたものがあるって」

 

そういう訳で、俺たちは再び会場に向かう。

なんだか、胸がザワつく。

千歌に聞きたいことを聞けなかったから?

また、会場に戻るから?

分からないが、あの時のようにだけはならないようにしないと。

そう、自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び会場に戻ってきた俺たちを待っていたのは司会をしていたレポーターさん。

 

「ごめんなさいね、呼び戻しちゃって。これ、渡し忘れていたからって思って」

 

レポーターさんが差し出したのは青い便箋。

 

「なんだろう」

「もしかして、ギャラ!」

「卑しいずら」

 

1年生たちが楽しそうに中身を想像しているが、そんなものでは無い。

俺はあれがどういうものか知っている。

 

「今回、お客さんの投票で優勝グループ決めたでしょ?その集計結果」

「わざわざすいません」

 

千歌はそれを両手で受け取る。

 

「正直、どうしようかなーって迷ったんだけど、出場してもらったグループには渡すように決めてるから」

「はぁ・・・」

「じゃあ!」

 

レポーターさんは行ってしまった。

歯切れを悪くしながら言っていたということは、つまりそういう事なんだろう。

レポーターさんが見えなくなると、みんな千歌に集まる。

 

「見る?」

「うん」

 

曜の問いかけで、千歌は便箋の封を開け、中身の2枚の紙を取り出す。

 

「上位入賞したグループだけじゃなくて、出場グループ全部の順位と投票数が書いてある・・・」

 

千歌は驚きながら、結果に目を通していく。

千歌の肩越しだが、みんな同じように見ている。

 

「Aqoursはどこずら?」

 

花丸ちゃんの言葉で千歌は『Aqours』の名前を探す。

 

「えっと・・・。あ、Saint Snowだ」

「9位か。もう少しで入賞だったのね」

 

千歌があいつらの名前を見つけ、梨子がその順位を読み上げる。

 

あいつらが9位。

確か去年のラブライブにあのサイドテールは出ていたはずだ。

そんな奴でさえ9位にしかなれない。

 

「Aqoursは?」

 

花丸ちゃんはとにかく自分たちの順位が気になるようだ。

 

「うん!」

 

1枚目には無い。

2枚目。

上から名前を見ていくが、『Aqours』の名前は一向に出てこない。

 

「あっ・・・。30位・・・」

 

千歌が小さく、Aqoursの順位を告げる。

 

「30組中、30位?」

「ビリってこと!?」

「わざわざ言わなくていいずら!」

 

曜と善子が結果を口にすると、花丸ちゃんがそれを注意する。

 

「得票数はどのくらい?」

 

梨子が尋ねる。

 

問題はそこだ。

順位は仕方ないとしても、Aqoursがどのくらいの人に支持されたかが大事なのだ。

結果によってはこれからの活動に影響するほどに。

 

「えっと・・・、0・・・」

 

0。

 

千歌がハッキリと口にした言葉は0だった。

 

嘘だろ・・・。

 

「そんな・・・」

「私たちに入れた人、1人もいなかったってこと?」

 

その結果を見て、千歌はふらり、と1歩よろける。

 

「千歌ちゃん」

 

曜が心配して声をかけるが、千歌は返事をしない。

 

「お疲れ様でした」

 

落ち込んでいる俺たちに話しかけてきたのはSaint Snow、鹿角姉妹だ。

 

「Saint Snowさん・・・」

「素敵な歌で、とてもいいパフォーマンスだったと思います」

 

サイドテールの鹿角聖良は昨日会った時のような、余裕の表情を見せながら、千歌たちに賞賛を送る。

 

「ただ、もしμ'sのようにラブライブを目指しているとしたら、諦めた方がいいかもしれません」

 

当たり前のように放たれた言葉。

確かに、客観的に見ると鹿角聖良の言葉は最もだ。

しかし、それを今、現実を受け入れきれていないみんなに言う言葉なのか?

 

彼女はそれだけを言い、その場から去ろうとする。

もう1人、鹿角理亞は俺たちをじっ、と見る。

 

「バカにしないで・・・。ラブライブは遊びじゃない!」

 

瞳に涙を浮かばせながら、鹿角理亞は叫ぶ。

 

「おい」

 

俺は低く、だが、しっかり聞こえるように言う。

その言葉に鹿角聖良も立ち止まる。

 

「何でしょう?」

 

鹿角聖良は相変わらず、あの不快な笑顔を浮かべたままだ。

 

・・・限界だ。

 

「黙って聞いてれば、調子に乗ったことばかり言いやがって」

「カズくん?」

 

千歌が不安そうな声で俺の名前を呼ぶ。

 

「自分たちの方が上だったからわざわざその事を言いに来たのか?顔見知りの敗者の顔を見て、笑いに来たのか?」

「いいえ、ただ忠告を・・・」

「何が忠告だ。お前はただ敗者を嘲笑いに来ただけじゃねぇかよ!諦めた方がいい?誰がそんなことを決めた!遊びじゃない?そんなのは苦しいほど分かってんだよ!」

「和哉くん!やめて!」

「そうだよ!らしくないよ!」

 

梨子と曜が今にも向かっていきそうな俺の体を引っ張り、必死で引き止める。

 

「こいつらはラブライブを諦めるわけにはいかないんだよ!この結果だからスクールアイドルを辞める?ラブライブを諦める?そんなもんでスクールアイドルを辞めるほど、こいつらの想いはちっぽけじゃねぇんだよ!遊びでやってたら、ここまで落ち込まねぇよ!スクールアイドルが好きだから必死にやって、毎日努力して!遊びだなんて思うわけないだろ!お前らだってそうだろうが!それをスクールアイドルをやっているお前らが1番言ってはいけないだよ!分かってなきゃいけないだろ!そんなことを言うお前らに、スクールアイドルをやる資格なんてある訳ねぇんだよ!」

「カズくん!」

「和哉くん!」

 

千歌と梨子の声でようやく俺は止まる。

 

「もう、やめて。カズくんが怒ることないよ・・・」

 

千歌は今にも泣き出しそうな声で呟く。

Saint Snowの2人も表情を暗くし、俯いている。

 

「悪い・・・。頭冷やしてくる・・・」

 

俺は会場のトイレに向かい、個室に入る。

 

「クソっ!」

 

ドン、と壁を殴り、床に座り込む。

 

またこのイベントのせいで『Aqours』を失うのか・・・?

イヤだ。それだけは絶対にさせない!

またみんなが歌って踊れるように俺がしっかりしないと・・・。

 

その場でなんども深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ、千歌たちの元に戻る。

気づけば30分近く離れていたようだ。

Saint Snowの2人も行ったようで、俺たちは沼津に帰るだけとなった。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 千歌

 

あの優しくて、なんでも笑って済ませるようなカズくんが怒った。

今まで1度も見たことのない姿と話し方。

私はそのことに驚いて思考が止まってしまう。

Saint Snowのツインテールの子はカズくんに怯え、少しでも気が緩むと泣き出してしまいそうになっていた。

 

「そんなことを言うお前らにスクールアイドルをやる資格なんてある訳ねぇんだよ!」

 

私はその言葉でやっとカズくんを止めないと、と自覚する。

 

「カズくん!」

「和哉くん!」

 

私と梨子ちゃんが大きな声で名前を呼ぶとカズくんはピタッ、と止まる。

 

「もう、やめて。カズくんが怒ることないよ・・・」

 

そう、カズくんが怒ることなんてない。

これも全部私のせいだ。私がもっとしっかりして、みんなを引っ張れたらこんな結果にはならなかったんだから。

 

「悪い・・・。頭冷やしてくる・・・」

 

カズくんはふらふらと会場の中に入っていく。

みんなが名前を呼んでも反応をしない。

余程、我を忘れていたようだ。

 

「すみません。先程の発言は取り消します」

 

Saint Snowのサイドテールの人、聖良さんが謝る。

 

「いいえ。それより、カズくんを悪く思わないであげてください」

「はい。私も彼に言われ、自分の行いを反省しています。私たちはこれで失礼します。行くわよ、理亜」

 

理亜さんは目を擦りながら、聖良さんについて行った。

2人が見えなくなってしばらくしてもみんな何も話さない。

 

「いやー、カズくん凄かったね。怒るとあんなになるんだ!怒らせないようにしないと」

 

こういう時こそ明るくなってみんなの気持ちを上げないと!

 

だけど、みんな全く反応しない。

 

「それにしてもカズくん遅いねー。帰るの遅くなっちゃうよ!」

「千歌ちゃん」

「何?梨子ちゃん」

「千歌ちゃんはどう思ったの?」

「どうって?」

「Saint Snowに言われたこと・・・」

「うーん。仕方ないのかも。でもね、私たちはまだまだだぞ、って言うのがよく分かった!だから、もっと練習して頑張ろうね!」

「そう・・・」

 

梨子ちゃんもまた黙ってしまった。

 

しばらくしてカズくんが戻ってきたけど、相変わらずみんな暗いまま。

このままじゃダメだ、と私はなんとかみんなを笑わせようとするけど、全部無反応だ。

結局一言も話さないまま、帰りの電車に乗ることになった。

 

side out




Aqoursに突きつけられた厳しい現実。
彼女たちはそれを受け止め、進むことができるのか。


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#40 嘘と真実

〜前回のあらすじ〜
ライブの得票数は0。
Saint Snowの言動に対して、激怒し、取り乱した和哉。
Aqours全員が重い空気のまま、沼津へ帰っていくのだった。


沼津に帰る電車の中。

空気は変わらず重く、みんな何も話そうとしない。

いつも通りの花丸ちゃんなら笑顔でお菓子を食べているのだが、今は買ってあげたぴよこまんじゅうを暗い顔でもそもそ食べている。

 

「泣いてたね、あの子。きっと悔しかったんだね。入賞できなくて」

 

ルビィはあの場で涙を流していた鹿角理亞のことを口にする。

 

「ずら・・・」

 

花丸ちゃんもルビィの言葉に相槌をうつ。

 

「だからって!ラブライブを馬鹿にしないでって・・・」

 

後ろの席から善子が顔を出し、反論を言うが、本人の言っていることも分かっているのか、表情を暗くする。

 

「でも、そう見えたのかも」

 

曜が言うとみんな顔を暗くしてしまった。

俺もそうだ。

しかし、千歌だけが違う。

 

「私は良かったと思うけどな」

 

外の海を見ながら明るく言う。

 

「千歌ちゃん?」

「精一杯やったんだもん。努力して頑張って、東京に呼ばれたんだよ!それだけですごいことだと思う。でしょ?」

「それは・・・」

「だから、胸を張っていいと思う!今の私たちの精一杯ができたんだから」

 

そう言った千歌はみんなを励ますようにニコリ、と笑う。

だが、俺にはその千歌の笑顔が無理をしているようにしか感じない。

 

「千歌ちゃん」

「ん?」

 

曜が険しい表情で千歌に話しかける。

 

「千歌ちゃんは悔しくないの?」

「え?」

 

曜・・・。

それはダメだ。今、言うべきじゃない・・・。

 

その思いを俺は言葉にしなかった。いや、できなかった。

頭では言わせてはいけないと分かっていても、どうしても今の千歌の気持ちがしりたかったからだ。

 

みんなその言葉に反応し、曜を見る。

多分みんなも思ってはいたはずだ。しかし、それを口にしなかった。

千歌が悔しくないわけがない。

学校のことを、Aqoursのことを1番に考えている千歌だから。

 

「悔しくないの?」

 

曜が繰り返すと、千歌は歯切れを悪くしながら言う。

 

「そ、そりゃぁちょっとは・・・。でも満足だよ!みんなであそこに立てて私は嬉しかった」

「そっか・・・」

 

納得はしていないようだが、曜はこれ以上聞いても意味がないと思ったのだろう。そのまま黙ってしまう。

 

「ねえ、千歌」

「何?」

「ごめん、何でもない・・・」

「う、うん。変なカズくん」

 

千歌、嬉しかったなら笑うんだよ、人は。

 

今の千歌は笑ってない。笑えていない。

でも、千歌の気持ちも分かる。

俺はただ待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーっ。戻ってきた」

 

沼津に着くともう日は沈んでいた。

電車の長旅が終わり、ルビィが息を吐く。

 

「やっと『ずら』って言えるずらー」

「ずっと言ってたじゃない!」

「ずらー!?」

 

善子、よく言った。

俺もツッコみたかったんだ。

 

「おーい!」

 

バス停のほうから何やら大人数が呼んでいる。

振り向くとクラスメイトのみんなが出迎えに来てくれていた。

 

「みんな・・・」

「おかえりー!」

 

みんな笑いながらこちらに来て、結果を楽しみにしている。

今はその笑顔が辛い。

 

「どうだった?東京は?」

「あぁ・・・うん。凄かったよ。なんかステージもキラキラしてて」

 

千歌が少し控えめに感想を言う。

 

「ちゃんと歌えた?」

「緊張して間違えたりしなかった?」

「うん。それはなんとか。ね?」

 

曜もあまり自信満々には答えれなかった。

 

「うん。ダンスのミスもあまり無かったし・・・」

 

梨子の反応もあまりいい反応ではない。

 

「そうそう!今までで1番のパフォーマンスだったね、ってみんなで話していたところだったんだ」

「なーんだ。心配して損した」

「じゃあじゃあ!本気でラブライブ決勝狙えちゃうってこと!?」

「え?」

 

これは仕方ないことだ。

何も知らないみんなは、今千歌たちの言った言葉を信じる。

この反応も当然なんだ。

 

「そうだよね!東京のイベントに呼ばれるくらいだもん!」

「あー、そうだねー。だと、いいけど」

 

千歌は結果が悪かったことを隠し、曖昧な返答しかしなかった。

 

「おかえりなさい」

「え?」

 

思わず俺は声を出してしまった。

 

なんで、来たんだ?

 

「ダイヤちゃん・・・」

「お姉ちゃん・・・」

 

ルビィも驚いたようだ。

いつも否定していたダイヤちゃんが優しい表情で出迎えてくれるなんて、思ってもいなかった。

 

「うっ・・・、うっ・・・。うぅ・・・。うぅっ・・・」

 

ルビィは必死に堪えていたんだろう。

初めてのステージ。

知らない人たち。

そして、結果。

その悔しさと悲しさを小さな体で必死に隠していたんだろう。

実の姉を見て、安心して、抑えていたダムが決壊し、涙と一緒に溢れだした。

 

ルビィはダイヤちゃんに抱きつき、その胸で泣いてしまった。

 

「よく頑張ったわね」

 

ルビィを見て、出迎えに来てくれたみんなは結果を察し、騒いだことを謝り出した。

 

「いいんだよ。仕方ないさ。けど、みんなの応援に応えられなくてごめん」

 

謝り続けるみんなに俺は頭を下げる。

 

「俺がもっとしっかりして、ちゃんとサポートできてれば・・・」

「違うわ」

「ダイヤちゃん?」

 

頭を下げている俺の前に出てきたのはダイヤちゃん。

 

「貴方が悪いわけではないの。スクールアイドル部のみなさんはわたくしについてきなさい。他のみなさんは自宅に帰るように」

 

ダイヤちゃんの言葉にみんなバス停に向かって行く。

 

「行くわよ。予め、家に連絡しておきなさい」

 

俺たちはダイヤちゃんの後ろを追いながら、夜の町を歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「得票、0だったのね」

 

連れてこられたのは夏祭りの準備で提灯が多く釣られた狩野川。

その階段にみんな腰掛け、ダイヤちゃんに結果を報告した。

ルビィは泣き疲れ、ダイヤちゃんの膝の上で寝ている。

千歌だけは川を見ながら、策に手をかけて立っている。

 

「はい・・・」

 

梨子が申し訳なさそうに返事をする。

 

「やはり、そうなったのね。今のスクールアイドルの中では。先に言っておくけど、貴方たちは決してダメだったという訳では無いの。スクールアイドルとして充分練習を積み、見てくれている人たちを充分に楽しませるパフォーマンスもしている。でもそれだけではダメなの。もう、それだけでは・・・」

「やっぱり、俺が・・・」

「違うわ。貴方だけの力でグループが変わるなんて思い上がりもいいところよ」

 

正論過ぎて、口答えもできない。

 

「どういうことです?」

 

曜がダイヤちゃんの言葉に反応して、理由を尋ねる。

 

「7236。なんの数字か分かるかしら?」

「ヨハネのリトル」

「違うずら」

「ツッコミはやっ!?」

 

善子と花丸ちゃんのやり取りを見て微笑むダイヤちゃん。

俺はダイヤちゃんの言った数字の意味を答える。

 

「・・・スクールアイドルの数でしょ」

「流石ね。その通りよ。去年最終的にラブライブにエントリーしたスクールアイドルの数よ。第1回大会の10倍以上よ」

「そんなに・・・」

「スクールアイドルは以前から確かに人気はあったわ。しかし、ラブライブの大会の開催によってそれは爆発的なものになった。A-RISEとμ'sによってその人気は揺るぎないものになり、アキバドームで決勝が行われるまでになった。そして、レベルの向上が生まれたわ」

「じゃあ・・・」

「そう、貴方たちが誰にも支持されなかったのも、わたくしたちが歌えなかったのも、仕方ないことなの」

「歌えなかった?」

 

千歌がダイヤちゃんの言葉に反応する。

 

「ダイヤちゃん!」

 

俺は過去の、あの話をしようとしているダイヤちゃんを呼ぶ。

 

「何?」

「・・・言うの?」

「いいじゃない。果南さんにも言ってるわ」

「だったらいいけど・・・」

「さっきから、先輩も生徒会長も何の話をしているの?どういうこと?」

 

善子が俺たちに問いただし始めた。

 

「2年前、既に浦の星には統合になるかも、と言う噂があったの。それを阻止しようとわたくし、果南さん、鞠莉さん、そして、サポートとして和哉さんの4人で活動していたわ。もっとも、和哉さんは中学生だったから休日だけ参加していたけれど」

「知らなかった」

 

千歌がポツリ、と呟く。

 

「言わなかったから。果南ちゃんに口止めされててさ」

「だからあんなに練習の仕方、分かってたのね」

 

梨子が納得したように言う。

俺はそれを笑って誤魔化す。

 

「そして、貴女たちと同じようにわたくしたちも東京のイベントに呼ばれたわ。そして、歌えなかった。他のグループの凄さと巨大な会場の空気に圧倒され、何も歌えなかった・・・。貴女たちは歌えただけ立派よ」

「じゃあ、反対してたのは・・・」

 

曜が今までのダイヤちゃんの行動を理解し、悲しそうに言う。

 

「いつか、こうなると分かっていたからよ」

「じゃあ、なんで先輩は私たちを止めなかったの?」

 

善子の言葉に俺は少しだけ動揺する。

 

「なんでだろう・・・。あれで終わりにしたくなかったから・・・かな。またみんなで活動したかったから・・・かな?それかみんなに期待していたのかも・・・。でも俺は何もできなかったよ」

 

俺は引きつった笑みを浮かべる。

 

「和哉さんにも感謝してるのよ」

「なんで?」

 

ダイヤちゃんの言葉に驚く。

 

「ルビィをスクールアイドルにしてくれて。ルビィたちが歌いきれたのは貴方のお陰だからよ」

「俺はそんなんじゃないよ・・・。みんなが頑張ったから歌えたんだよ」

 

真っ直ぐにそう言われると、照れくさくなるな・・・。

 

「そういうことにしておくわ。ほら、迎えが来たわよ」

 

ダイヤちゃんはクスッ、と笑い、近くに止まった数台の車を指差す。

 

「今日は本当にお疲れ様。家でゆっくり休みなさい」

 

そう言ってダイヤちゃんはルビィと花丸ちゃんをつれて、自分のうちの車に乗り込んでいった。

 

「和哉くん」

「梨子・・・」

「家に来ない?」

 

突然の誘いに俺は戸惑う。

 

「どうして?」

「嫌な予感がするの・・・」

 

不安そうにしている梨子を見て、俺は傍に居たいと思った。

 

「うん。分かった。行くよ」

「ありがとう」

 

俺と梨子と千歌は迎えに来てくれた美渡さんの車に乗り込む。

俺まで乗ることを美渡さんに話し、OKして貰えたのは助かった。

 

「ねえ、千歌ちゃん」

 

車に乗り込む千歌を曜が止める。

 

「やめる?」

「曜!」

 

流石に良くないと思った俺は曜を止めようとするが、曜は俺を無視する。

 

「やめる?スクールアイドル・・・」

 

しかし、千歌は曜の言葉に何も答えず、黙って車に乗り込んだ。

 

「和哉くん・・・」

「うん。分かってる」

 

不安そうな梨子を落ち着かせようと、肩にそっ、と手を置く。

 

「こんな形で終わらせないから」

 

梨子は肩に置かれた俺の手を握って、コクリ、と頷いた。

こんな形で『Aqours』を終わらせたりしない。




3年生の過去を知ったAqours6人。
そして、千歌の様子がおかしいことを和哉と梨子は心配するのだった。


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#41 堪えてた本音

〜前回のあらすじ〜
3年生はかつてスクールアイドルだった。
そして同じイベントで挫折し、解散した。
Aqoursはこの事実に衝撃を受けるのだった。


沼津から十千万。つまり、千歌の家までは車でそれなりに飛ばしても約40分ほどかかる。

美渡さんは夜遅くなった内浦へ続く道を車を飛ばして走っている。

 

その間、俺たちは無言。

正直、何かを話す余裕なんて無かった。

梨子たちはダイヤちゃんたち3年生がスクールアイドルをやっていたこと、スクールアイドルで挫折したことを知り、不安に襲われているからだ。

 

十千万に着き、千歌は車を降りると早々としいたけの元に向かい、こちらに表情を見せないように撫で始めた。

 

「早くお風呂入っちゃいなよ!」

「うん・・・」

 

美渡さんの声に暗い返事をする千歌。

千歌が今、東京で感じ、曜に言われ、何を思ったのか、俺には全く分からない。それに、今の千歌は消えてしまいそうだ。

そんな千歌を見ながら俺と梨子は車から降りる。

 

「梨子ちゃんとカズも早く休んでね」

「はい。ありがとうございます」

 

梨子と一緒に礼をする。

 

「それと、ちょいちょい」

 

美渡さんは俺と梨子を手招きして、小声で話しかけてくる。

 

「あんたたち、付き合い始めたの?」

「えっ!?」

「なっ!?」

 

美渡さんに気づかれてしまい、俺たちは変な声を上げてしまう。

 

「静かに!千歌に気づかれる!」

 

梨子は慌てて自分の口を手で塞ぐ。

 

「まあ、その反応からすると図星みたいだね。そっかぁ・・・。まあ何にせよ、2人はおめでとう」

「あ、ありがとうございます・・・」

 

俺はその事実を改めて告げられた上に祝の言葉まで貰い、顔が熱くなる。

 

美渡さんは手をヒラヒラ振りながら、旅館に入っていった。

 

「千歌ちゃん・・・」

「・・・ん?」

「大丈夫?」

 

梨子が千歌に不安そうに尋ねる。

 

「うん。少し考えてみるね。私がちゃんとしないと、みんな困っちゃうもんね」

 

千歌は少し間を開けて、弱々しい笑顔でそう言った。

 

「今日は遅いし、家に帰ろうよ。また明日ね、梨子ちゃん、カズくん」

「うん。また明日」

 

千歌はゆっくりした足取りで家に帰って行った。

 

「私たちも入ろう。夜は流石に冷えちゃうわ」

「・・・うん、そうだね」

 

千歌を見送り、俺も梨子の家にお邪魔することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕飯をご馳走になり、1人で梨子の部屋に向かう。

なぜ1人かというと、梨子は夕飯を残し、落ち着かないように先に自分の部屋に行ってしまったからだ。

梨子の部屋の扉を開けるが、そこは電気はついておらず、真っ暗だ。

暗がりの中、扉の前に立ったまま梨子の姿を探す。

 

「梨子・・・」

 

彼女はベランダに出て、向かいの千歌の部屋を見つめている。

よほど千歌が心配なのだろう。俺の声に気づいていないようだ。

 

俺はそっ、と梨子に近づき、肩に手を乗せる。

全く気づいていなかったらしく、梨子は肩を少し跳ねさせたが、俺の顔を見て、ふぅ、と息を吐く。

 

「千歌ちゃん、大丈夫かしら・・・」

「・・・分からない」

「口ではああ言ってたけど、本当は悔しかった筈よね。今まで必死に練習してきて、曲も作って・・・」

「それは千歌が1番分かってるはずだよ。俺たちはアイツが言ってくれるのを待って、受け止めて、一緒に進むくらいしかできないよ」

「・・・そう、よね・・・」

 

梨子は胸に当てた手をぎゅっ、と握りしめる。

 

ここから見える千歌の部屋は暗いが、机の電球だけが光っていた。

 

「体、冷えるわよ。・・・っと、お邪魔でしたね」

「お母さん!」

 

ベランダに出ている梨子を見かけたのだろう。心配して覗きに来てくれたおばさんは、ニヤニヤしながら帰って行った。

 

「私たちも入ろう」

「そうしよっか」

 

おばさんに見られたのを恥ずかしがりながら部屋の中に入る。

梨子はピアノの椅子に座り、俺はクッションを1つ借り、その上に座る。

部屋の灯は付けず、月の光だけが部屋の中の俺と梨子を照らす。

 

「あの時」

「ん?」

「あの時、和哉くんが怒ったの、私、凄く驚いた。今まで1度も見たことなかったから」

「あー、あれはその・・・」

 

つい、我を忘れ、感情のままに、ろくに知らない相手を怒鳴りつけてしまったのは本当に恥ずかしいことをした。

 

「別に責めてるわけじゃないの。本当は嬉しかった」

「嬉しかった?」

 

梨子の言葉の意味が分からない。

 

「私たちのために言ってくれてるんだ、って。私たちをちゃんと分かっててくれてるんだ、って。そう思いだしたら嬉しくって。ありがとう」

 

微笑む梨子を俺は真正面から見ることができず、目をそらす。

 

「ま、まさか感謝されるとか思ってなかったから・・・。恥ずかしいな・・・」

「ふふっ。私は和哉くんのそういうところ・・・。その・・・。うぅ・・・。」

 

梨子は途中で言葉を切り、顔を赤くしながら俯く。

 

「え?俺の何?」

「な、なんでもないよ・・・!恥ずかしいし・・・」

 

言葉の続きが気になり、問いかけてみるが、恥ずかしがって教えてくれない。

 

「すっげー、気になるんだけど」

「そ、その・・・」

 

ようやく話す気になってくれたようだ。

 

「他の人をちゃんと見てくれてたり、分かってくれてたり・・・。そういうところが・・・、その・・・。好き、です・・・」

 

俯きながら、視線だけチラチラ俺を見て、モジモジ照れながら言う梨子。

今の関係になったとは言え、言葉に出すのは恥ずかしいようだ。

 

可愛いんだけど・・・。ていうか、そのチラチラ俺を見るたびに上目遣いになるのは反則だと思います。

・・・って!これ、梨子も恥ずかしいけど、俺もベタ褒めされて恥ずかしいやつだ!

 

「あっ!あ、うん!そそそそそうなんだ!そろそろ眠くなってきたしぃ!うん、寝るよ!おやすみ!」

「う、うん!おやすみ・・・って、布団は?」

「おやすみっ!!」

 

俺はその場で梨子に背を向けるように転がり、少しでも情報を遮断しよう、と躍起になる。

 

ヘタレ?そんなことは分かってますよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・んん・・・。誰だよ・・・」

 

少しだけ朝日が差し込み始めた早朝。

俺のスマホが朝から元気に着信音を撒き散らしている。

全く、梨子を起こしちゃうだろ・・・。

 

「もしもし・・・」

 

俺は寝ぼけた声で電話に出る。

 

『和哉くん!?どうしよう!!和哉くん!!』

 

電話をかけてきたのは梨子だった。

しかもその声はやけに焦っていて、今にも泣き出しそうだ。

 

「何かあった?」

『千歌ちゃん・・・』

「千歌?」

『千歌ちゃんが!千歌ちゃんが!どうしたらいいの!?』

 

千歌?千歌がどうしたんだよ。

 

そこで俺の意識は覚醒した。

 

とにかく今は梨子がどこにいるか聞かないと。

詳しい話は梨子と会ってからだ。

 

「梨子、落ち着いて。まずは深呼吸をして。今、どこにいる?」

 

梨子は深呼吸をし、少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。

 

『向かいの浜辺・・・』

「分かった。すぐ行くから待っててくれ」

 

通話を切り、俺は急いで三津浜に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空は曇天。

不吉な空気が漂っている。

 

「千歌ちゃーん!千歌ちゃーん!」

 

梨子が千歌の名前を何度も呼んでいる。

 

「千歌ちゃーん!」

 

だが、梨子の呼びかけに対して千歌からの返事がない。

 

「梨子!!」

 

俺はガードレールと塀を乗り越え、転がり込むように砂浜に着地する。

 

「和哉くん!どうしよう千歌ちゃんが!」

 

梨子は涙を流し、俺に抱きつく。

俺は彼女を抱き返し、梨子の背中を撫でながら安心させる。

 

「ごめん、遅くなって。何があったのか教えて」

「ふと、目が覚めて外を見たら、千歌ちゃんが海岸に歩いて行くのが見えて。不安になって追いかけたら誰もいないから。私、怖くなって・・・。みんなに連絡して和哉くんに電話して・・・。千歌ちゃんの名前を呼んでも全然出てこないから・・・。私・・・」

「そっか。ごめんね、気づかなくて」

 

再び泣き出しそうになる梨子の頭を撫で、海を見つめる。

 

昔から千歌は何かあると海に潜ることがあった。

そのことを考えると、もしかしたら千歌は海で溺れているかもしれない。

とにかく、千歌を探さないと。

 

梨子をそっ、と引き剥がし、俺は上着を脱ぎ捨て、海に向かって走り出す。

 

「ダメ!」

 

海の一歩手前で梨子が俺の腰に抱きつき、引き止めた。

 

「梨子、離せ!」

「ダメ!溺れた人を助けようとして溺れるって珍しくないのよ!?」

「俺なら大丈夫だよ!」

「ダメ!」

「あれ?梨子ちゃん、カズくん?」

「「え?」」

 

そこには普通に浅瀬に立っている千歌が不思議そうな目で俺たちを見ていた。

千歌の姿を見つけた俺たちは安堵のため息をつく。

だが、梨子はすぐ千歌に怒り出した。

 

「一体何してるの!?」

「え?あぁ、うん。なにか見えないかなーって」

「え?」

「ほら、梨子ちゃん、海の音探して潜ってたでしょ。私もなにか見えないかなーって」

 

千歌は千歌なりに考えて、『なにか』を探していたみたいだ。

多分その何かはPVの撮影が終わったあと、ここで、2人で話したことのようだ。

 

「それで・・・」

「ん?」

「それでなにか見えたの?」

「ううん。何も」

 

俺の質問に千歌は軽い声で否定した。

意外だった。千歌のことだから答えを見つけていると思っていた。

 

「何も見えなかった。でもね、だから思った。続けなきゃって。私、まだ何も見えてないんだって。先にあるものが何なのか。このまま続けても0なのか、それとも1になるのか、10になるのか・・・」

 

話続ける千歌の表情は段々暗くなる。

手に海水をすくっていたが、それは指の間をすり抜け、残ったのは僅かだけ。

そして、その残った僅かを握りしめる。

 

「ここで辞めたら、全部分からないままだって」

「千歌・・・」

「千歌ちゃん・・・」

「だから私は続けるよ、スクールアイドル。だってまだ0だもん!・・・0だもん・・・。・・・0なんだよ。あれだけみんな練習して、みんなで歌を作って、衣装も作って、PVも作って。頑張って頑張ってみんなにいい歌聞いて欲しいって!スクールアイドルとして輝きたいって・・・!」

 

今までやってきたことを思い出しているのか、千歌の声に涙が混じる。

千歌は自分の両手をグッ、と握りしめる。

 

「くっ!」

 

その握りしめた両手で自分の頭を叩いた。

 

「なのに0だったんだよ!?悔しいじゃん!!」

 

千歌は何度も自分の頭を殴る。涙を流しながら何度も。

募り募った悔しさを周りではなく、自分に向けてぶつけている。

 

その光景に梨子は1歩後ずさる。

 

「カズくんが言ってくれた『リーダー』も探した!けど、分かんないよ!私なりの『リーダー』を見つけるだけじゃダメなんだよ!もっと私がしっかりしないと!」

 

励ますつもりで言った俺の言葉は千歌を縛っていた。

 

「差がすごいあるとか、昔とは違うとかそんなのどうでもいい!・・・悔しい!やっぱり私・・・、悔しいんだよ・・・」

 

これが千歌の本音。

やっと見せてくれた千歌の想い。

ようやく言ってくれた。

 

すると梨子は何かを決めたのか、ゆっくり海に入り、千歌に歩み寄る。

梨子は後ろから何も言わず、千歌を抱きしめる。

 

「よかったぁ・・・。やっと素直になれたね」

 

梨子の瞳からも涙が流れる。

 

「だって私が泣いたらみんな落ち込むでしょ?今まで頑張ってきたのに、せっかくスクールアイドルやってくれたのに、悲しくなっちゃうでしょ?だから・・・。だからぁ・・・」

「バカね・・・」

「そうだよ。本当にバカチカだよ」

「カズくん?」

 

俺も海に入り、千歌に歩み寄る。

 

「みんなスクールアイドルが好きになったからやってるんだ。やってくれてるじゃなくて、やりたくなったんだよ」

「そうよ。みんな千歌ちゃんのためにスクールアイドルやってるんじゃないの。自分で決めたのよ。私も」

「え?」

 

全く。来るのが遅いんだか、早いんだか・・・。

とにかくベストタイミングだよ。

 

そう、浜辺には曜、ルビィ、花丸ちゃん、善子の4人が来たのだ。

 

「曜ちゃんもルビィちゃんも花丸ちゃんも。もちろん、よっちゃんも」

「でも・・・」

 

千歌はまだ引き目を持っているようだ。

 

「難しく考える必要なんてないんだよ。千歌らしくさ」

「だからいいの。千歌ちゃんは感じたことを素直にぶつけて、声にして」

「千歌ちゃん!」

「えへへ!」

「ずらっ!」

 

私服だって言うのにみんなして海に入り、千歌を笑顔で囲む。

 

「うわっ!?」

 

そんな中、善子だけが足を滑らせ、その場に座り込む。

 

やっぱりついてないな、善子は。

 

「みんなで一緒に歩こう。一緒に」

 

梨子は千歌の両手を取り、優しく微笑みかける。

千歌はその場で大声で泣き始める。

 

「今から0を100にするのは無理だと思う。でも、もしかしたら1にすることはできるかも。私も知りたいの。それができるか」

「うん!」

 

梨子の言葉に千歌は涙でくちゃくちゃの笑顔を見せながら、強く頷いた。

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が晴れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ残っている雲からは光が差し込み、柱を作り出す。

暗く、影ばかりの一点から光が差し込んでいるその景色はまるで今の俺たちのようで。

その景色にみんな見惚れる。

 

「やろう!みんなで!0を1にするために!」

「「うん!」」

 

ここからAqoursが再スタートする。

また俺もみんなの役に立てるように0からスタートするのも悪くないかもしれない。

 

「よかったぁ・・・!」

 

雲がなくなり、いつもの青空が戻ると、俺はその場に崩れ落ちる。

 

「きゃあ!?先輩!水飛ばさないで!」

「あー、わるーい」

「なんなの、その気が抜けた感じ」

 

善子が懸念な目で俺を見る。

 

「いやー、安心したら力抜けた・・・」

「ああ、確かに。ごめんね?」

「あ、いや。梨子が謝ることないよ。俺が気を張りすぎたというか、心配しすぎたっていうか」

 

俺は立ち上がり、梨子の言葉を否定する。

 

「ところで和哉くん」

「何?」

 

曜が顔を赤くしながら、ジト目で俺を見る。

 

「いつまで裸でいるつもり?」

「あ」

 

最初に飛び込むつまり満々で上を脱いだっきりだった。

 

そう言えばルビィと花丸ちゃんはさっきから目すら合わせようとしない。

曜と善子もチラ見だし、梨子と千歌も今更気づいて顔を伏せてしまった。

 

「あー、ごめんね?」

「うるさい変態!喰らいなさい!堕天龍滅激拳!」

 

善子の抜き手が俺の喉を正確に射抜く。

 

それ、ただのモンゴリアンチョップですから・・・。

 

クリーンヒットしたチョップで俺はそのまま倒れ、軽く海に沈む。

その間にみんな走って十千万に行ってしまった。

 

結局俺の立ち位置って何なの?

 

「あー、空が綺麗・・・。空も心もいつかは晴れる・・・。うん、もうそれでいいや・・・」

 

海面に浮きながら、晴れていく空を見つめ、柄でも無いことを考えていた。




本音をさらけ出し、新たな目標を見つけたAqours。
今の0を1にするために。

「みんなが進み出せたんなら俺も頑張らないとね」

とかいつつ、1番は梨子さん何でしょう?

「・・・それは置いておこう」

いいえ、ダメです。
貴方と来たら、千歌さんが落ち込んでいてもイチャイチャと・・・。

「じ、次回もお願いします!」

話を聞いてるんですか!?

「うるせー!」


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#42 いざ、桜内家へ

〜前回のあらすじ〜
0を1にするために少しずつステップアップをしていくことを決めたAqours。
次の日の休日、和哉は騒がしい音に眠りを妨げられてしまう。


いつもの何気ない休日の朝。

自室でまだ寝ていると騒がしく母さんが入ってくる。

 

「和哉!起きなさい!」

「・・・うるさ」

 

大声で叫ぶ母さん。

 

「もう・・・何?」

 

少しイラつきながら要件を聞く。

 

「携帯、貸しなさい」

「なんで・・・」

「いいから!」

「・・・机の上」

 

あまり食い下がって眠りを妨げられるのも嫌だ、と思った俺はスマホの場所を教える。

二度寝をするために体勢をを変える。

 

「あ、もしもし梨子ちゃん?」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」

 

俺は飛び起き、母さんからスマホを奪おうとするが、あっさり避けられてしまう。

 

「和哉の母です。久しぶりね。こっちに来てたなんて驚いたわ」

 

楽しげに通話を始めた母さん。

なんだか止めるのも申し訳ないと思った俺は複雑な気持ちのまま頭をかく。

 

「それで、お母様に変わってもらえる?うん。ありがとう。・・・梨子ちゃん、いい子ね」

「まあ・・・」

 

母さんには俺たちが付き合ってることは言ってない。

それでも自分の恋人を褒められると悪い気はしない。

 

「あ、久しぶりー。うん、うん。驚いたわー!」

 

どうやらおばさんがでたようだ。

この2人も仲が良く、家族どうしで付き合いがあるのもこの2人のおかげだろう。

 

「分かったわ。これから行くわ」

 

母さんは通話を切ると、俺にスマホを返す。

 

「どうなったの?」

「桜内さんちに行くわよ」

「は?」

「あんたばかり梨子ちゃんとあってずるいじゃない。私も会いたいのよ。お母さんに似て綺麗になってるだろうなー」

 

しみじみと呟く。

実際その通りなので俺からは何も言わないでおこう。

 

「さて、準備しないさいよ。道教えてもらうんだから」

「あー。はいはい」

 

なんだかそんな気はしていたので大人しく聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日差しが辛くなってきた内浦。

車の中にいても容赦のない日差しが辛い。

 

「十千万の裏なのねー。それじゃ千歌ちゃんとも仲良しなわけね」

「まあね」

 

桜内家に向かうまで、家がどこにあるか、今梨子が何をしているのかを簡単に話していた。

もしかすると母さんにとっては梨子はもう1人の自分の子供のように思っているのかもしれない。

それくらい俺と梨子は小さい頃、一緒にいた。

 

「さ、十千万に着くわよ」

「はいはい」

 

十千万の裏の桜内家の前に車を停める。

母さんはそそくさと降りると、インターホンを押す。

 

「はい。待ってたわ」

 

扉はすぐに開き、おばさんが出迎える。

 

「久しぶり!こっちに来てたなら言ってくれても良かったじゃない!」

「ごめんね!こっちも慌ただしく決まったものだから。でも、また会えて嬉しいわ」

 

母親2人で話に盛り上がり始めた。

 

俺邪魔じゃないか?

でも、梨子には会いたいし・・・。

 

「さ、中に入って。和哉くんも。梨子が待ってるわ」

「あ、はい。お邪魔します」

 

おばさんに案内され、中に入る。

リビングまで通されると梨子が椅子に腰掛けていた。

 

「梨子ちゃん、久しぶりね!」

「お久しぶりです!えっと・・・」

 

梨子は母さんのことをなんと呼べばいいのか分からず、戸惑っている。

 

「おばさんでいいのよー。あ、お義母さんでもいいわ」

「またそういうこと言って・・・」

「じゃ、じゃあ・・・。お義母さん、で・・・」

 

梨子は照れながらそう呼ぶと、母さんは梨子を思いっきり抱きしめた。

 

「わわっ!?」

「ほんとにいい子ねー!こんなに綺麗になって!」

 

正直、今の梨子の発言は嬉しかった。

恥ずかしがってあまりそういう言葉を言わない俺たち。

今のたった一言で梨子が俺のことを好きだという気持ちが分かるから。

 

「あれー?和哉くん、何照れてるのー?」

 

ニヤニヤしたおばさんが俺の背中をつつく。

 

「そんなこと、ないです・・・」

 

すると、おばさんは顔をずいっ、と寄せて耳打ちをする。

梨子の母親だし、顔はすごく整っていて、なにやらいい香りが鼻をくすぐる。

 

「梨子のこと、お願いね?和哉くんなら任せられるわ」

「・・・まあ幼馴染ですし」

「そういうことにしておくわ」

 

どうやら見透かされているようだ。

 

「お昼は食べたかしら?」

「まだよ。食べに行く?」

「だったら作るわよ。梨子も手伝って」

「うん」

 

おばさんの提案でお昼をご馳走になることになった。

 

「あー。梨子ちゃん、綺麗になって。あんた、ちゃんと捕まえるのよ」

「はいはい」

 

母さんの小言は適当に流すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルの椅子に座り、待つこと数十分で昼食は出来上がり、梨子とおばさんがテーブルに料理を並べる。

 

「すげっ・・・。豪華・・・」

 

出された料理はお昼のクオリティではなく、まるでパーティのような品揃えだ。

メインはパスタだが、そこにローストビーフやサラダ。そして卵料理が数品。

これは前もって準備していたはずだ。

 

「さ、食べましょ」

 

おばさんの声で全員で食べ始める。

 

「梨子ちゃんはまだピアノやってるの?」

 

母さんは梨子にピアノのことを尋ねる。

 

「えっと・・・」

 

まだ割り切れていないところが多いそのことに、梨子は少し口篭る。

 

「母さん!」

「大丈夫よ。・・・今、ピアノは前よりは離れてます。スクールアイドルもやってますし」

「そうよね。スクールアイドルは大変って聞くし。どうしてやろうと思ったの?」

 

まるで面接のような質問をする母さん。

 

「千歌ちゃん・・・、友達にしつこく誘われて・・・」

「千歌ちゃんね。あの子もいい子よね〜」

「知ってるんですか?」

 

梨子は少し驚きながらそのことを聞く。

 

「こっちに来て最初にできた和哉の友達だからね。よくうちにも来てくれたわ。最近、忙しくて来てくれないのよね」

 

少し寂しそうに話す母さん。

そう言えば高校生になって千歌は1度もうちに来ていない。

高校生にもなれば異性の友達の家にはなかなか行きづらいものだし、仕方ない。

 

「この前は津島善子ちゃんっていう子がやって来てね。あの子も可愛くて礼儀正しい子だったわ」

「ああ、その子も梨子とスクールアイドルをやってるわね」

 

おばさんも善子のことを知っているようだ。

母さんもおばさんもAqoursのことをそれなりに調べたり、見ているようだ。

 

「海開きの少し前かしら。休みに突然うちに来たと思ったら、和哉先輩はいますか?って」

「それはどうして?」

 

梨子が不思議に思い、聞いてくる。

 

「詳しくは分からないわ。和哉、教えなさい」

「えー・・・。俺はいいけど善子が嫌がると思うんだけど」

「今はいないからいいじゃない」

 

梨子も聞きたいようだ。

目付きが鋭いような気がするのは俺の見間違いだろう。

 

「・・・あいつ、高校に入ってしばらく不登校でさ。一応中学から知ってる仲だから、何か手助けできないかな、って。それでAqoursに誘ってみたりしたんだよ」

「うんうん。それで」

 

母さんは変な相槌を入れる。

 

「それでって・・・。あの時は単にお礼を言いに来たんだよ」

「へぇー。いい子なのね」

 

おばさんも善子のことをそう言った。

本人が否定してもやっぱり善い子なのだ。

 

「梨子もうかうかしてられないんじゃない?」

「ごほっ!?・・・お母さん!?」

 

梨子も驚き、食べていたものを吹き出しそうになる。

 

「え?取られてもいいの?」

「良くはないけど・・・!本人の前で言わなくてもいいじゃない!」

「それは悪かったわ〜」

 

おばさんはニヤニヤしている。

 

わざとやってるだろ・・・。

 

「もう!和哉くん、私の部屋に来てね!」

「う、うん・・・」

 

梨子は食べるのを止め、自分の部屋に行ってしまった。

 

「あらら。少しからかいすぎたかしら」

「やりすぎよ。私でも逃げ出したくなるわよ」

 

母親2人は遊び道具を取り上げられた子供のようにテンションを下げる。

 

「はぁ・・・。とりあえず俺は梨子のところに行くから」

「手、出すのもいいけど責任は取るのよ」

「はっ倒すよ?」

 

母さんの笑えない冗談を流し、梨子の部屋に向かう。

 

「梨子、入るよ」

 

扉をノックした後、梨子を呼びながら中に入る。

梨子はベッドの上で膝を抱えて座っていた。

 

「・・・梨子、大丈夫?」

「大丈夫じゃない・・・」

 

膝に顔を押し当て、顔を隠す梨子。

さっきいじられたのが余程恥ずかしかったのか、梨子はなかなか顔を上げてくれない。

 

「まあ、適当に流してればいいよ」

「だけど・・・、恥ずかしいものは恥ずかしいし・・・」

「それは俺もだよ」

 

しばらくこのままだろう、と思った俺はベッドの近くに座ることにした。

 

「・・・ねえ、梨子」

 

しばらく続いた沈黙を破ろうと俺は声をかける。

 

「・・・何?」

「母さんのことお義母さんって呼んだじゃん」

「うん・・・」

「どうして?」

 

梨子は再び黙ってしまう。

 

「・・・なんだろう」

 

答えてくれないか、と思った俺は何でもないと誤魔化そうとしたが、梨子は話してくれるようだ。

 

「おばさんじゃ失礼だと思ったし、そう呼んでくれって言ったから。それに小さい頃にお世話にもなってたし、お母さん見たいだって思ったのも本当」

「そっか・・・。本当にそうなればいいね」

「うん・・・。・・・!それって・・・!」

 

慌てて梨子は声をあげる。

 

そんなに変な事言ったかな・・・。

いや、言ってる!言ってる!?

これって結婚してください!って言ってるように聞こえないか!?

 

「い、いや!これはそういうのじゃなくて!その・・・。梨子とそうなりたいって気持ちはあるけど、先の話すぎるし!言葉の綾って言うか・・・」

 

梨子はクスクス笑う。

 

「分かってるわ。でも、和哉くんとなら私も嬉しいよ」

「う、うん」

 

まっすぐ肯定されると恥ずかしくなり、梨子から顔を背けてしまう。

 

「でも、もっと好きとか。そういう言葉、言って欲しいな」

「それは・・・。頑張る・・・」

 

弱気に呟く俺。

こんなんだからヘタレだって言われるんだ!

 

「和哉ー!帰るわよー!」

 

下から母さんの声がした。

 

「もう3時過ぎるんだ・・・。うん!行くよ!」

「帰っちゃうの?」

「まあね。あまり長居するのも悪いしさ」

「そっか・・・」

 

梨子は寂しそうな顔をする。

 

「また学校で。メールとか電話は後でかけると思うけど」

「うん。待ってる」

「それじゃ」

 

梨子に手を振ると小さく振り返してくれる梨子。

正直、もっとここにいたかった。

まあ、そうも言ってられないか。

 

「さ、帰って買い出しよ。付き合ってもらうから」

「へいへい」

 

母さんの言葉に適当に相槌を打つ。

 

母さんの表情から察するにおばさんとも相変わらず楽しんだようで、何よりだ。

 

「梨子ちゃんと何話してたの?」

「別に。母さんが迷惑だ、って」

「どういう意味よ!」

 

家に帰ったら電話しよう、と内浦の海を眺めながらぼー、っと考えるのだった。




相変わらずヘタレな和哉。
もう少しなんとかならないものか・・・。

「うるっさいな!俺だって初めてできた恋人なんだ!どうすればいいのか分かんないんだよ!」

少しずつヘタレが抜けることに期待して次回をお待ちください。


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#43 ストーキングAqours!

〜前回のあらすじ〜
和哉はヘタレである。


「夏祭り!?」

 

ここは十千万の1階の受付。

休日の練習の休憩中でここで休んでいると、ルビィが今度ある夏祭りでテンションを上げていた。

 

「屋台もでるずら」

 

のっぽパンを食べながら、花丸ちゃんが呟く。

 

「これは、痕跡・・・。僅かに残っている気配・・・」

 

椅子に寝転がった善子が意味不明なことを呟いている。

 

「どうしよ・・・。東京行ってからすっかり元に戻っちゃって・・・」

 

そうなのだ。

ルビィの言った通り、東京から帰ってきてから善子の堕天使は止まらなくなった。

 

「放っておくずら」

 

花丸ちゃんも諦めてしまったようだ。

 

「堕天使なのはともかく、みっともないから起きろ、善子」

「ヨハネ!」

「というか、本当にしいたけちゃん、散歩でいないわよね?」

 

梨子はやっぱりしいたけが気になるようだ。

 

「千歌ちゃんは夏祭り、どうするの?」

 

曜が受付に座っている千歌に声をかける。

 

夏祭りでは披露ができる場がある。

そこからのオファーがAqoursに来たのだ。

 

「そうだねー。決めないとねー」

「そんなに悩むこと?」

 

梨子が曜に訊ねる。

 

「沼津の花火大会と言ったらここら辺じゃ1番のイベントだよ。そこからオファーが来てるんだ」

「Aqoursを知ってもらうには1番ずらね」

 

花丸ちゃんの言う通りだ。

 

「でも、今からだとあまり練習時間ないよね」

 

ルビィの言うことももっともだ。

花火大会は3週間後。

新曲を仕上げるにしても時間が無い。

 

「私は、今は練習を優先した方がいいと思うけど」

「同じく」

 

梨子の意見に俺も乗っかる。

確かに知名度を上げるのも大事だが、中途半端なものを見せてお客さんをガッカリさせたくないし、みんなにも嫌な思いをさせたくない。

 

「千歌ちゃんは?」

 

曜は千歌の意見も聞く。

 

「うん!私は出たいかな」

 

迷いのない笑顔で言う千歌。

その表情を見て、曜も梨子も満足したようだ。

 

「今の私たちの全力を見てもらう。それでダメだったらまた頑張る。それを繰り返すしかないんじゃないかな。カズくんもいい?」

「うん。勿論!」

 

東京のことは吹っ切れたようだ。

だったら千歌の言葉を否定する理由はない。

 

「ヨーソロー!賛成であります!」

「ギラン!」

 

曜と善子がそれぞれに反応をする。

 

「変わったね、千歌ちゃん」

「うん」

 

曜と梨子の会話を聞きながら、俺はふと千歌が悩んだ表情をしたのが見えた。

恐らく、3年生。いや、果南ちゃんのことだろう。

果南ちゃんがスクールアイドルをやっていたことが心に引っかかっているのだろう。

 

「どうかした?」

 

俺は千歌へ話しかける。

 

「果南ちゃん、どうしてスクールアイドル辞めちゃったんだろう・・・」

 

やっぱりか・・・。

 

「生徒会長が言ってたでしょ。東京のイベントで歌えなかったからだ、って」

 

善子の言う通り、ダイヤちゃんはそう言っていたが、なにか裏があると俺は思っている。

 

「でも、それで辞めちゃうような性格じゃないと思う」

 

善子の言葉を否定する千歌。

 

「そうなの?」

 

果南ちゃんのことをあまり知らない梨子が千歌に聞く。

 

「うん。小さい頃はいつも一緒に遊んでて。私の背中を押してくれたり、何事も諦めなかったり。・・・カズくんは何か知らない?」

 

俺は何が果南ちゃんたちにあったのか思い出す。

 

「うーん。分からない・・・。俺もイベント本番を見に行ってないし・・・。果南ちゃんが怖気づく、って言うのもピンと来ないから」

「だよねー・・・」

 

休憩を切り上げ、海岸に出る。

 

「まさか、天界の眷属が憑依!?」

 

意味不明な発言とポーズをとる善子は無視するとして、やっぱり果南ちゃんの行動には解せない箇所が多い。

 

「もう少し、スクールアイドルをやっていた頃のことが分かればいいんだけどなー」

「あー、でも。果南ちゃんたちが辞めるきっかけなら1つ思い当たるのがあるよ」

「何何!?」

 

食いついて来た千歌がずいっ、と顔を寄せる。

 

「近いよ・・・。鞠莉ちゃんの留学」

「なるほどね」

 

梨子が納得したように頷く。

 

「でも、それだけで解散ってなる?ダイヤさんと2人で続けられそうだけど・・・」

「・・・確かに」

 

曜の言うことも一理ある。

 

「何故か険悪だもんね・・・。あー!誰か知ってて教えてくれる人、いないかなー!?」

「聞くまで全然知らなかったもんね・・・」

 

叫ぶ千歌と、ため息をつく曜。

 

「「ん?」」

 

2人は何か思いついたのか、顔を1度見合わせ、ルビィを見る。

 

あっ・・・。

 

ルビィは驚き、ピギッ、と悲鳴をあげる。

 

「ルビィちゃん、ダイヤさんから何か聞いてない?」

「小耳に挟んだとか」

「ずっと一緒に家にいるのよね。何かあるはずよ」

 

2年生組の圧を真正面から受けるルビィ。

 

「えっ・・・、あ・・・、うぅ・・・、えと・・・。・・・ぅゅ・・・!」

「あっ!逃げた!」

「行けっ!善子!君に決めた!」

 

善子はルビィを捕まえると技をかけ始めた。

 

「とぉっりゃ〜!堕天使奥義!堕天龍鳳凰縛!!」

 

・・・ただのコブラツイストです。

 

すると、花丸ちゃんが善子へ近づき、とん、とチョップする。

 

「やめるずら」

「ああっ・・・。はい・・・」

 

花丸ちゃんには善子は逆らえないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに?」

「ルビィが聞いたのは東京のライブが上手くいかなかった、って話くらいです」

 

ルビィが知っているのもその程度だった。

状況は進展しないままだ。

 

「それからスクールアイドルの話はほとんどしなくなったので・・・。ただ・・・」

「「ただ!?」」

 

みんなが食いつく。

 

「少し前に鞠莉さんがうちに来て、お姉ちゃんが果南さんは逃げた訳じゃない。果南さんのことを逃げたと言わないで、って・・・」

「逃げたわけじゃない、か・・・」

 

千歌が呟く。

 

「やっぱりか・・・」

「和哉くん、どうかした?」

 

ふと口から漏れた言葉を梨子に聞かれてしまう。

 

「あ、うん。前から何か裏があったんだろうな、って思っててさ。あの3人があそこまで険悪になるっておかしいから」

「そっか・・・。和哉くんは結構3人とも交流があったもんね」

 

曜の言ったことに頷く。

 

「じゃあ、さ。調べてみよう!」

 

また千歌のとんでもない計画が動き出そうとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の早朝。

まだ外は薄暗い。

そんな中、俺たち7人は淡島に行く定期船の近くの看板裏に隠れていた。

 

「あっ、来たよ!」

 

声を抑えながら千歌が指を指す。

ターゲット、果南ちゃんだ。

なぜ、こんなことになったのか、と言うと、分からないなら尾行しよう!と千歌が提案したからだ。

 

 

欠伸を堪えていると、果南ちゃんはストレッチを終え、ジョギングを開始した。

 

「ふぁあ・・・。まだ眠いずら・・・」

 

花丸ちゃんは欠伸をする。

 

「行くよ、花丸ちゃん」

「は〜い・・・」

 

花丸ちゃんの背中を軽く叩き、俺たちも追いかけ始める。

 

「毎日こんな朝早くに起きてるんですね」

 

ルビィは感心しながら呟く。

 

「果南ちゃんの日課だよ。たまに俺も一緒にやってるよ」

「というか、こんな大人数で尾行したらバレるわよ!」

「しーっ!バレる!」

 

叫ぶ梨子に静かにするよう言うと、彼女は慌てて口を塞ぐ。

 

「みんな来たいって言うし」

「しっかし、速いねー」

 

普段の俺たちのランニングより全然速いペース。

俺はともかくみんなはバテ始めていた。

 

「い、一体、どこまで行くつもりなの・・・」

 

善子が今にも倒れそうな声で呟く。

 

「結構、走ってるよね」

 

曜はまだ余裕そうだ。

 

「ま、マル・・・、もう、だめずら・・・」

「ま、マルちゃん、頑張って・・・」

 

ルビィは花丸ちゃんを励ます。

 

「でも、気持ちいいね」

 

千歌の言葉にみんな頷く。

少しだけ朝のランニングの良さが分かってもらえたかもしれない。

 

「弁天島まで行くから頑張れー」

「「えぇーー!?」」

 

みんな驚きの声を上げる。

 

「ちょっ、バレるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとかバレずに弁天島の麓。

淡島からここまでざっと5km以上ある。

みんなにはまだきついみたいで、階段に座り込んでいる。

 

これはまだまだ基礎体力をつけないとなー。

 

「ほらー。登るよー」

「む、無理・・・」

 

千歌以外の全員がその場でダウンしてしまった。

 

仕方なく千歌と2人で頂上まで登ると、果南ちゃんは踊っていた。しかも、弾けるような笑顔で。

 

「千歌」

 

俺は千歌の手を引き、一緒に木の裏に隠れる。

 

「綺麗・・・」

 

果南ちゃんの踊りを見て千歌は目を輝かせていた。

 

「なんだかんだ、捨てきれてないのかもね」

「だったら尚更分かんないよ・・・」

「そうだね・・・」

 

みんな下から登って俺たちに合流する。

 

すると、俺たち以外の誰かが拍手をした。

 

「・・・鞠莉ちゃん?」

 

どうやらここへ先回りしていたらしい鞠莉ちゃんが現れた。

その瞬間、果南ちゃんの表情は険しくなる。

 

「復学届け、提出したのね」

「まあね」

「やっと逃げるのを諦めた?」

 

鞠莉ちゃんはダイヤちゃんから聞いたはずの逃げているわけじゃない、という言葉を無視して、煽るように告げる。

 

「・・・勘違いしないで。別に学校を休んでいたのは父さんの怪我が元で。それに復学してもスクールアイドルはやらない」

 

1度も振り返ろうとせず、果南ちゃんはその場から立ち去ろうとする。

 

「私の知ってる果南は、どんな失敗をしても笑顔で次に走り出していた。成功するまで諦めなかった」

 

鞠莉ちゃんの言った果南ちゃんは俺と千歌が知る果南ちゃんそのものだ。

そして、その言葉が果南ちゃんの足を止めた。

 

「卒業まで後1年もないんだよ」

「それだけあれば充分!それに今は後輩もいる」

 

おっ?何やら変な期待をかけてませんか?鞠莉ちゃん?

 

千歌たちも驚いていた。

 

「だったら千歌たちに任せればいい」

「果南・・・」

「どうして戻ってきたの?」

 

果南ちゃん・・・?

 

「私は戻ってきて欲しくなかった」

 

鞠莉ちゃんへ顔だけ向かせ、睨みながら告げる果南ちゃん。

 

「果南・・・!ふふっ・・・。相変わらず果南は頑固・・・」

「やめて。私はもう貴女の顔、見たくないの」

「このっ・・・!」

 

聞いていられなくなった俺は飛び出そうとしたが、千歌に止められる。

 

「ダメ・・・。よく分かんないけど、今はダメだよ・・・」

「・・・・・・」

 

千歌の言葉を比定できず、俺は去っていく果南ちゃんを見つめる。

 

本当にそう思ってるなら、そんな悲しい顔はしないはずだよ、果南ちゃん・・・。

 

しばらく立ち尽くしたままだった鞠莉ちゃんも階段を降りていく。

そんな彼女に声をかけることが俺はできなかった。

今何か言っても余計辛くなってしまうだけだと思ったから。

 

「ひどい・・・」

「可哀想ずら・・・」

 

ルビィと花丸には果南ちゃんが悪いだけにしか見えていないようだ。

 

「和哉くんの言った通り、何かありそうだね」

 

曜が呟く。

 

「逃げるのを諦めた、か・・・」

「梨子?」

 

意味深に呟く梨子。

それに俺と千歌が反応する。

 

「ううん。何でもない」

 

咄嗟に取り繕った梨子は誤魔化した。

 

「みんな、戻ろっか。俺たちがどうこうできるわけじゃ無さそうだし」

「だね。よーし、私のうちまでしゅっぱーつ!」

 

千歌の掛け声に合わせて、みんな歩き始めた。

 

「梨子」

「ん?」

 

俺はすぐ前を歩く梨子を呼び止める。

 

「さっきの、自分とピアノで当てはめた?」

「!?」

 

梨子は図星をつかれたようだ。

 

「言いづらいのは分かるよ。せめて俺にはその悩みをぶつけてくれると嬉しい」

「・・・うん!ありがとう」

 

梨子の笑顔に俺も笑顔を返す。

そして、3年生の3人のことをどうやって仲直りさせるか考えていた。




3年生の過去は分からないまま。
千歌の果南への疑問は増えるばかり。
果南が抱えているものとは?


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#44 怪獣咆哮

〜前回のあらすじ〜
果南を追いかけ、果南が鞠莉を拒絶する光景を見たAqours。
3年生への疑問は増えるばかりだった。


次の日の朝。

曜が騒がしく教室にやって来た。

 

俺は千歌と梨子と共にベランダで雑談をしている最中だった。

 

「千歌ちゃん!和哉くん!ニュースだよ!」

「何?朝から」

「果南ちゃんが学校に来たよ!」

「「果南ちゃんが!?」」

 

俺と千歌は同じタイミングで驚く。

 

「うん。今日から学校に来るって」

 

なるほど、だから妙に上の階がざわついていたのか。

 

「それで、鞠莉さんは?」

 

昨日の1件を見たあとのせいか、梨子は鞠莉ちゃんと果南ちゃんのことを心配する。

 

「まだ分からないけど・・・」

「・・・ま、鞠莉ちゃんだって理事長なんだし、面倒なことにはならないさ」

「だといいけど・・・」

 

曜が不安そうに呟く。

すると・・・。

 

上から白い何かが舞い降りてくる。

 

「何?あれ」

「さあ・・・?」

 

そして、隣にいた曜がくんくん、と鼻を動かした。

 

「制服!!」

「曜!?」

 

曜はベランダの外をヒラヒラ落ちていく制服らしきものへ勢いよく飛びついた。

ベランダの柵を越え、曜の体はふわり、と宙に浮いた。

 

「「ダメっ!!」」

 

咄嗟に反応した俺たち。

俺は曜の腰を掴み、千歌と梨子は足を掴まえた。

 

「ふぅ・・・」

 

一なんとか曜を地面に落とすことしなかった。

一息つき、ゆっくり引き上げ、ベランダに曜を降ろす。

 

「あ、あははは・・・。ごめん・・・」

 

曜は申し訳なさそうに謝る。

 

「もう!何考えてるのよ!」

 

梨子は曜を叱る。

叱られた曜はごめん!と手を合わせ、頭を下げる。

 

「は、ははっ・・・。誰もケガしなくて良かったよ」

 

いいものも見れたし。

 

「そ、そうだね。てか、よーちゃん。パンツ丸見えだったよ」

「え!?」

 

曜は顔を赤らめ、今更スカートを抑える。

 

「か、和哉くん・・・。見た?」

「・・・見てない」

「えー!?見てたじゃん!」

 

このバカチカ!面倒なことになるから言わないでいいだろ!?

 

「清楚な白色だったわね」

 

ここで梨子が色について話す。

 

「違う!白じゃなくて曜のイメージカラーでもある綺麗なみずい・・・。あ」

 

ここまで言って俺は気づく。

今の梨子の発言はブラフ。つまり、俺の真偽を確かめる罠。

それに俺はまんまと引っかかってしまった。

 

「・・・み、見てるじゃん・・・!」

 

曜は瞳に涙を溜めながら俺を睨む。

 

「あ、違う!違うんだよ!そう!今のは間違いを正そうとする正直な心が!」

「こんの!バカズヤくん!」

「ぶふぉっ!?」

 

俺の顔面目掛け、容赦のない正拳突き。

鍛えているだけあって、その拳は重かった。

 

俺はだらしなくその場に寝そべるのだった。

 

「よーちゃん大丈夫?」

「うわ〜ん!千歌ちゃーん!」

 

曜は泣きながら千歌に抱きつく。

 

「おー、よしよし。怖かったね〜」

 

千歌は曜の髪を撫でながら宥める。

 

「はぁ・・・。でも、それって制服と言うよりは・・・」

 

また茶番が始まった、とでも言いたげな梨子のため息。そして、梨子は曜がキャッチした制服を見つめながら言葉を濁す。

 

「うん。スクールアイドルの衣装みたいだね」

 

千歌は迷いなくそう言った。

 

「カズくんは何か知らない?」

「俺への気遣いはなしですか?コノヤロー」

「必要?」

「いいえ・・・」

 

梨子に笑顔でそう言われたら何も言い返せない・・・。

 

「それで、その衣装?・・・果南ちゃんたちのだよ」

 

どうやら上では何やら波乱な出来事が起こってそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌の提案で3年生の教室を見に行くことにした俺たち。

 

「うわっ、何これ」

 

3年生の教室の前にはどこから嗅ぎつけてきたのか、1年生と2年生が集まっていた。

その中にはAqoursの1年生組の姿もあった。

 

「離して!離せって言ってるの!」

 

教室から聞こえてくるのは果南ちゃんの怒鳴り声。

中を覗いてみると教壇の前に何やら人集りができていた。

 

「イヤっ!離さない!強情も大概にしておきなさい!たった一度失敗したくらいで、いつまでもネガティブに!」

 

次は鞠莉ちゃんの声。

どうやらあの中心で2人が言い争っているみたいで、姿が見えない。

 

「うるさい!いつまでもはどっち!?もう2年前の話だよ!だいたい今更スクールアイドルなんて!私たちもう3年生なんだよ!」

「2人ともおやめなさい!みんな見てますのよ!」

 

ここでダイヤちゃんの声がした。

ダイヤちゃんのことだ、止めようとしても止めきれていないのだろう。

その姿が容易に想像できて、微笑ましく感じる。

 

「ダイヤもそう思うでしょ!」

「やめなさい!いくら粘っても果南さんはスクールアイドルを始めることはありません!」

「どうして!あの時の失敗はそんなに引きずること!?チカっちだって再スタートを切ろうとしているのに!なんで!?」

「千歌とは違うの!!」

 

ここで千歌の名前が上がる。

すると千歌は教室の中にズカズカと入っていく。

人の波を強引に割いて、果南ちゃんたちの前に立つ。

 

「千歌?」

 

突然現れた千歌に驚く果南ちゃん。

思わず言い争いをやめてしまった。

 

そして千歌は大きく息を吸う。

 

「いい加減に・・・!」

 

この場にいる全員が千歌に注目する。

しばらくの静寂。

静寂の次には・・・。

 

「しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

千歌の叫び声が学校中に響き渡り、そのあまりの音量に全員が耳を塞ぎ、窓が揺れた。

 

・・・いやいや。たまたま風が吹いただけだよ。・・・そうだよね?

 

「もう!何かよく分からない話をいつまでもずーっと、ずーっと、ずーーーーーっと!隠してないでちゃんと話なさい!」

 

どうやら千歌は何かこそこそ隠し事をしている3年生に痺れを切らしたようだ。

その姿に俺はよくやった、という表情で見つめる。すぐ近くにいる花丸ちゃんも同じ表情をしていた。

 

「千歌にはかんけ・・・」

「あるよ!」

 

果南ちゃんの言葉を千歌は遮る。

 

「いや、ですが・・・」

「ダイヤさんも、鞠莉さんも。3人揃って放課後、部室に来てください」

 

上級生3人にメンチを切った千歌。

 

多分、あれは頭に血が登り過ぎて、周りが見えていないな・・・。

 

「いや、でも・・・」

「い い で す ね !?」

「「・・・はい」」

 

何か言おうとする前に言葉を遮り、有無を言わせぬ強制力で千歌は3年生に勝利した!

 

・・・いや、何に?

てか、これ。ヤバくない?

ここ、3年の教室だよ・・・。目、付けられたんじゃ・・・。

 

「千歌ちゃん、凄い!」

「3年生に向かって・・・」

 

曜とルビィが感心したような、呆れたような声を出す。

 

「あ・・・」

 

やっぱり千歌は周りが見えていなかったようだ。




3年生を部室に呼び出すことには成功したが、過去を聞き出すことはできるのか。


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#45 明かされた過去

〜前回のあらすじ〜
普通怪獣の大咆哮により、3年生たちを部室に呼び出すことに成功した。
後は聞き出すだけだ。


放課後の部室に果南ちゃんたち3年生は言われた通り来てくれた。

果南ちゃんとダイヤちゃんは椅子に座り、鞠莉ちゃんは何故か千歌の後ろに隠れている。

 

「果南ちゃん、教えて?どうしてスクールアイドル辞めたの?」

「だから!東京のイベントで歌えなくって!」

 

千歌の質問に果南ちゃんはテンプレとなりつつある言葉を言う。

 

「その話はダイヤさんから聞いた。けど、それで諦める果南ちゃんじゃないでしょ?」

 

果南ちゃんはダイヤちゃんを1度睨む。

すると、ダイヤちゃんはふいっ、と目を逸らした。

 

「そうそう!チカっちの言う通りよ!だから何度も言ってるのに!」

 

千歌の背中から顔を出し、鞠莉ちゃんも果南ちゃんに理由を問い詰める。

それでも果南ちゃんは話す気がないらしく、腕を組み、黙秘を貫く。

 

「何か事情があるんだよね!」

 

千歌は果南ちゃんの目を真っ直ぐ見て訳を聞き出そうとする。

 

「ね?」

「そんなものないよ。さっき言った通り、私が歌えなかっただけ」

 

やっぱりそうとしか言わない果南ちゃん。

 

「うぅ〜!イライラする〜!」

 

千歌は頭を掻きむしり、イライラを発散させる。

かく言う俺も割とイライラしてきた。

 

いつまで黙ってるつもりなんだろ・・・。

 

「その気持ち、よ〜く分かるよ!ホント腹立つよね、コイツ!」

 

あの自由奔放、周りはガン無視マイペースの鞠莉ちゃんですら素が出てきた。

指をさされた果南ちゃんはむっ、としたように鞠莉ちゃんを見る。

 

「勝手に鞠莉がイライラしているだけでしょ」

「でも、この間。弁天島で踊っていたような・・・。ピギッ!」

 

ルビィがそう呟くと果南ちゃんは顔を真っ赤にして、ルビィを見る。

恥ずかしいのと、今言うこと?と言いたげな怒りかけた表情が複雑すぎて面白い。

 

「おぉ?赤くなってる〜」

 

鞠莉ちゃんがそれを見逃すわけもなく、すぐに果南ちゃんへ詰め寄る。

 

「うるさい!」

 

果南ちゃんは手で両頬を隠し、赤くなった顔を必死に隠そうとする。

 

「やっぱり、未練あるんでしょ〜?」

 

そして、果南ちゃんは大きな音を立て、椅子から立ち上がる。

 

「うるさい。未練なんてない。とにかく私は嫌になったの!スクールアイドルは・・・。絶対にやらない」

 

部室に居る全員を睨むと果南ちゃんはそのまま部室を後にした。

 

「結局、何も聞けず仕舞いか・・・」

 

俺がため息をつくと、梨子が動いた。

 

「全く・・・。ダイヤさん」

 

急に名前を呼ばれたダイヤちゃんはビクッ、と跳ねる。

 

「何か知ってますよね?」

 

・・・ああ、なるほどね。ダイヤちゃんに聞けばよかったのか・・・。

 

押されれば弱いダイヤちゃんなら話してくれるだろう。

 

「いいえ。わたくしは何も・・・」

「いやいや。知ってるでしょ、その反応」

「なんのことだか・・・」

 

惚けた振りをするダイヤちゃんは外の方を向く。

 

「じゃあ、なんで果南さんの肩を持ったんですか?」

 

梨子の追撃。

これによりダイヤちゃんはゆっくり立ち上がる。

 

「そ、それはー・・・。うぅっ!」

 

あ、逃げた。

 

「善子ちゃん!」

「ギラン!」

 

千歌が善子の名前を呼ぶと、中二ポーズをしていた善子がダイヤちゃんを追いかける。

 

「ピギャァアアアアアアアアアアアア!!」

「だから、ヨハネだってばー!」

 

響き渡る悲鳴。

外を覗いてみると善子がルビィにもかけた必殺技、堕天龍鳳凰縛を見事にダイヤちゃんにキメていた。

悲鳴といい、逃げようとする姿といい、完全にルビィと一緒だ。

 

こういうところで似るんだ・・・。

 

「お姉ちゃん・・・」

 

ルビィが可哀想なモノを見る目でダイヤちゃんを見つめていた。

 

「さて、教えてくれる?あの日、何があったのかを」

 

俺はダイヤちゃんの前に周り、話しかける。

 

「分かりました!分かりましたわ!話すから離して下さいまし!」

 

完璧に決まっているからだろう、学校だというのに素が出ている。

 

「よーし、善子。やめてあげて」

「ふん!」

 

善子はダイヤちゃんを解放する。

解放されたダイヤちゃんは肩で息をしながらその場に座り込んだ。

 

「大丈夫?」

「大丈夫な、ように、見える?」

「全然!」

「その笑顔、後で覚えておきなさいよ・・・。ここで話すのもあれだから、うちに来なさい。そこで全て話すわ」

 

その言葉を信じ、黒澤家に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒澤家の居間に通された俺たちは早速あの日のことを教えてもらうことにした。

 

「あの日。東京のイベントで歌えなかったのは、わざとよ」

「「わざと!?」」

 

衝撃の事実に驚かずにはいられなかった。

 

どうしてそんなことをする必要があったんだ・・・。

あんなにも楽しそうにスクールアイドルをやっていたのに・・・。

 

「そう。東京のイベントで果南さんは歌えなかったのではなく、歌わなかった。わざと歌わなかったのよ」

「・・・どうして?」

 

鞠莉ちゃんは雨が降り出した外を見つめながら、吐き出すように訊ねる。

 

「まさか、闇の魔術がっ!?」

 

雰囲気を台無しにしてしまう善子のセリフを花丸ちゃんがファインセーブしてくれた。

 

「貴女のためよ」

「私の?」

 

鞠莉ちゃんの、ため・・・?

 

「覚えてないの?あの日、鞠莉さんは怪我をしていたでしょう。足首を痛めていた」

「そうね・・・」

「俺は聞いてない・・・。なんで黙ってたの!?」

「鞠莉さんの性格を考えなさい。言うわけないじゃない」

 

ダイヤちゃんの言う通りだ。

鞠莉ちゃんは自分の問題を誰かに言うようなタイプじゃない。

 

あの日沼津に残った俺を気遣っての事だったのか?

 

「そして果南さんは鞠莉さんを踊らせないために歌わなかった。全ては鞠莉さん、貴女のためよ」

「そんな・・・。私はそんなことして欲しいだなんて、一言も・・・」

「あのまま進めていたらどうなっていたと思うの?ケガだけでなく、事故になっていてもおかしくなかった」

「でも・・・」

 

やっと分かった事実に俺は何も言えなかった。

果南ちゃんの行動は全部鞠莉ちゃんのため、友達のための行動だった。

 

「だから逃げた訳じゃないって・・・」

「でも、その後は?」

 

ルビィと曜も驚きを隠せていなかった。

 

「そうだよ。ケガが治ったら続けても良かったのに」

「そうよ。花火大会に向けて新しい衣装を作って。歌もダンスも完璧にして。なのに・・・」

 

千歌と鞠莉ちゃんの言葉を否定する材料はある。

それは。

 

「ずっと心配していたのよ。貴女、留学や転校の話があるたびに全部断っていたでしょう」

 

留学や転校。

小原グループの娘である鞠莉ちゃんには自然と次のステップに向かうための、世界に向かうためのレールが用意されていたからだ。

 

きっと、果南ちゃんたちは・・・。

 

「そんなの当たり前でしょ!」

 

声を荒らげる鞠莉ちゃんに驚く俺たち。

 

「果南さんは思っていたの。このままでは自分たちのせいで。鞠莉さんのいろんな可能性や未来を奪われてしまうのではないか、と。そう思っていた時に果南さんは貴女がその話を断るところを見た」

「まさか・・・。それで・・・?くっ・・・!」

「どこへ行くつもり?」

 

鞠莉ちゃんはどこかへ向かおうとしたが、ダイヤちゃんが呼び止める。

 

「ぶん殴る。そんなこと、一言も相談せずに!」

「やめなさい。果南さんはずっと貴女のことを見てきたのよ。貴女の立場も。貴女の気持ちも。そして、貴女の将来も。誰よりも考えている」

 

鞠莉ちゃんはその言葉で肩を落とし、歯を食いしばる。

 

自分のやりたいことを辞めた果南ちゃんの思いを身勝手な行動で無駄にしてしまうと鞠莉ちゃんは思ったのだろう。

 

「その通りかもしれない・・・。果南の言う通り、私は帰ってくるべきじゃなかったのよ・・・」

 

確かにそれが正解だったのかもしれない。

でもそんな正解なんて俺は嫌だ。

 

「俺は嫌だ」

「・・・和哉?」

「鞠莉ちゃんは果南ちゃんに怒ったんだよね?頼んでもないことを勝手にやって、1人で決めた果南ちゃんに」

「・・・うん」

 

小さな声で頷く鞠莉ちゃん。

 

「だったら・・・。だったら余計ぶん殴らないと。勝手に決めんな、って。これは自分の道だ、って。自分の決めた道に文句をつけるな、って」

「和哉さん!?貴方ね!」

 

叫ぶダイヤちゃんに手を突き出し、留める。

 

「俺も納得言ってないんだ。勝手に決めて、勝手に辞めて、勝手に自己完結して。俺だって果南ちゃんがスクールアイドルをやる姿を応援していたかった。見ていたかった。いきなり辞めて、暗い顔ばっかして。いい加減にしろ、ってずっと思ってた。だから俺の分も合わせて鞠莉ちゃんには果南ちゃんをぶん殴って来てもらいたい。お願いしていい?」

 

俺は拳を握り、笑顔で鞠莉ちゃんに突き出す。

鞠莉ちゃんは瞳に涙を貯めたまま、俺を見る。

 

「まだ泣くのは早いって。ちゃんと果南ちゃんとケリつけてから」

 

鞠莉ちゃんは涙を拭い、いつものような元気で、自信に満ちた表情になる。

 

「このマリーに任せなさい!今までのツケ、払わせてくるんだから!」

「鞠莉さん!?」

 

そう言うと鞠莉ちゃんは勢いよく走り出した。

 

「ふぅ。文句ある?」

 

俺はイタズラな笑みを浮かべ、ダイヤちゃんを見る。

 

「はぁ・・・。貴方がいる時点でこうなる気はしてたわ」

「そりゃどうも」

「・・・わたくしは少し席を外すわ。雨だからみなさんも早く帰るように」

 

そう言うとダイヤちゃんも外へ言ってしまった。

 

残されたのは俺たちだけ。

すると、梨子と千歌が俺に話しかけてきた。

 

「私たちはどうすればいいの?」

「それにダイヤさんはどこに・・・」

「決まってるさ」

「「え?」」

 

みんなが声を揃える。

 

「不器用な頑固者2人は大丈夫だから、後は不器用なお節介さんを誘うだけさ。・・・ま、雨が止むまでのんびりしようよ。ルビィ、お茶ちょうだい」

「う、うん!」

「マルも手伝うよ!」

 

台所にパタパタと走っていく2人。

俺は暗い空を見つめ、1人呟く。

 

「・・・頑張れ、『Aqours』・・・。今は旧『Aqours』、か・・・」




空を見つめ、和哉は3人の行く末を、明るい未来を待つのだった。


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#46 前へ

〜前回のあらすじ〜
鞠莉は走る。
あの日のことに決着をつけるために。


side 鞠莉

 

バカ・・・。バカ果南・・・。

 

大雨の中、私はひたすら走った。

果南と話をつけるため。

果南の本当の気持ちを知るため。

そして、私自身の本音をぶつけるため。

 

息が苦しい。

雨で体が冷えて寒い。

でも、そんなこと気にしてる場合じゃない!

 

「あっ!?」

 

無我夢中で走っているうち、私は何かに躓き、バランスを大きく崩す。

バランスを保てなくなった私は濡れたアスファルトの上に盛大に倒れる。

 

「・・・うっ・・・、うぅっ・・・」

 

体中のあちこちを擦り、少し血も出ていた。

 

痛い・・・。

もう走れない・・・。

 

 

挫けそうになる私の心。

また涙が流れそうになる。

 

その時、私はあの日のことを思い出した。

あれはまだスクールアイドルをしていた時、果南とダイヤの3人で毎日頑張ってた時の記憶。

それは淡島に帰る定期船で果南と話した時のこと。

 

『離れ離れになっても私は鞠莉のこと、忘れないから』

 

あの時は急に何を言い出すのかと思った。

 

そんなの当たり前だ。私も果南を忘れない、って返したっけ・・・。

 

その言葉の通り、果南は私を忘れていなかった。

私のために何かをしようとしてくれていた。

 

「・・・か、なん・・・」

 

私はゆっくり立ち上がり、また走り出す。

いろんな所が痛くても立ち止まれない。立ち止まるわけにはいかない。

 

果南とちゃんと話すまで。

和哉との約束を守るため。

 

私を動かしたのはたったそれだけ。

親友と話すために私は走った。

 

side out...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 果南

 

こんな酷い雨の中、私は鞠莉にスクールアイドル部の部室へ来るように言われた。

帰宅して今は家だりこんな雨じゃ淡島から船を出すことはできない。

 

1度断りもしたが、いつまでも待つと言われたからには行くしかない。

 

雨が弱まり、淡島を出て学校へ。

学校につく頃には日はすっかり落ち、雨もあがっていた。

 

あんなに言ったのに今更何をいう気なのだろう。

それを確かめるためにも私は部室へ向かった。

 

部室に着き、部屋を見るとびしょびしょに濡れ、泥だらけの鞠莉がこちらに背を向け、立って俯いていた。

 

「・・・何?」

「いい加減、話をつけようと思って」

 

話?

今更話すことなんて何もない。

 

そう言おうと思って部室に入ろうとすると、入口に小さな水溜りができていた。

 

どうやら鞠莉はあの雨の中、傘もささずにここまで来ていたようだ。

 

「どうして言ってくれなかったの?思ってること、ちゃんと話して。果南が私のことを思うように、私も果南のこと考えているんだから」

 

鞠莉の声は震えていた。

今にも消えてしまいそうな鞠莉の背中。

今の私にはどうしてやることもできない。

 

「将来のことなんかどうでもいい!留学?全く興味なかった。当たり前じゃない。だって果南が歌えなかったんだよ。放っておけるはずない!」

 

振り向いた鞠莉は泣いていた。

 

あの日、良かれと思ってやった行動は鞠莉を縛り付けていただけだったと今気がついた。

 

そして、私の頬に鋭い痛みが走った。

 

鞠莉が私の頬を叩いていた。

あまりのことに頭が追いつかず、後になって肌を叩いた乾いた音が聞こえてくる。

 

「私が・・・。私が果南を思う気持ちを甘く見ないで!」

 

この・・・。言わせておけば・・・。

私だって言いたいことが山ほどあるのに。

 

「だったら・・・。だったら素直にそう言ってよ!リベンジだとか、負けられないとかじゃなく、ちゃんと行ってよ!」

 

なんで私まで泣いてるの?

あの日、全部終わりにしたのになんで私は泣いてるの?

 

鞠莉が私のことを考えていてくれたから?

鞠莉の気持ちが聞けたから?

私にまだ未練が残っていたから?

・・・分からない。

でも、もしかしたら全部そうなのかもしれない。

 

「だよね・・・」

「え?」

「だから・・・」

 

鞠莉は自分の頬をさしだす。

1発殴ったからお前も1発だ、と言いたげに、笑いながら。

 

私はゆっくり手を上げる。

鞠莉はいつ叩かれてもいいように、ぐっ、とこらえている。

 

・・・違う。そうじゃない。

私のやり方はそんなんじゃない。

1発には1発なんてそんなことやらなくてもいい。

初めて鞠莉と話した時だってそうだった。

難しいことなんて考えても意味無い。

だから、私のやり方でやる。

それは。

 

「・・・ハグ、しよ・・・?」

 

両手を広げ、鞠莉を呼ぶ。

鞠莉は目を見開き、信じられないといった表情をする。

戸惑いながらも鞠莉は泣きながら私に飛びつき、強くハグをする。

そんな鞠莉を私は受け止め、抱きしめ返す。

 

それでいい。私たちはそれでいい、そう思った。

 

お互い気が済むまで泣いて、ハグをして。

それで仲直りすればいいんだ。

そして、やり直そう。

残された時間は少ないけど。みんなが受け入れてくれるかも分からないけど、私はまた鞠莉とダイヤと。そして千歌たちと輝きたい!

 

side out...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は校門の塀に持たれかかれ、ある人がここを出てくるのを千歌と待っていた。

 

「来たみたいだよ」

 

校門の柵を閉める音がすると、千歌は1歩前に出た。

 

「うふふっ!ダイヤさんって、本当に2人のことが好きなんですね!」

 

待っていたのは不器用なお節介さん、ダイヤちゃん。

ダイヤちゃんはこそこそ隠れ、鞠莉ちゃんも果南ちゃんの行く末を見ていた。

 

俺たちは2人がどうなったのか知らないが、ダイヤちゃんの表情を見るにちゃんと仲直りできたようだ。

2人はきっとAqoursにやってくる。

 

「それより、これから2人を頼むわ。ああ見えて2人とも繊細だから」

 

でも、ダイヤちゃんはその気は今のところないようだ。

だが、ここで引き下がるような千歌じゃない。

 

「じゃあ、ダイヤさんもいてくれないと!」

 

千歌の言葉に驚いたダイヤちゃん。

自分まで誘われるなんて思ってなかったようだ。

 

「わたくしは生徒会長よ?とてもそんな時間は・・・」

「それなら大丈夫です。鞠莉さんと果南ちゃんと、あと7人もいるので!」

 

反対側の塀に隠れていた梨子たちが顔を出す。

その先頭にはルビィがいて、新しい衣装を抱きしめていた。

 

「ルビィ?」

「親愛なるお姉ちゃん。ようこそ!『Aqours』へ!」

 

飛びっきりの笑顔で衣装を差し出したルビィ。

その衣装を見つめ、ダイヤちゃんは優しく微笑む。

 

「ダイヤちゃん」

「和哉さん・・・」

「やっぱりさ、鞠莉ちゃんがいて、果南ちゃんがいて。その中にダイヤちゃんがいないのは嫌なんだ。この、衣装受け取ってくれる?」

「・・・勿論ですわ!」

 

ダイヤちゃんはルビィから衣装を受け取ると大事そうに抱きしめる。

 

「うん・・・!おかえり、ダイヤちゃん!」

「えっ!?」

「ちょっ!?」

「ピキャッ!?」

 

俺はダイヤちゃんを思いっきり抱きしめた。

 

「良かった・・・。本当に良かった・・・」

「・・・全く、なんで貴方が泣いていますの」

「だって・・・。だってさ・・・。ずっとダイヤちゃん、我慢してたでしょ・・・。やっとダイヤちゃんが好きなことができるって思ったら」

「全く・・・。貴方がそんなことでどうするのですか?」

「ごめん・・・」

 

俺は涙を拭い、ダイヤちゃんから離れる。

 

「ほら、千歌さんと梨子さんは怖い顔しませんの」

「「し、してません!」」

 

全く同じ反応をした梨子と千歌に笑うダイヤちゃん。

 

「さ、わたくしたちも帰りましょうか。今は2人きりにしてさしあげましょう」

 

衣装を抱きしめたまま笑顔で歩いていくダイヤちゃんの後ろを全員でついて行く。

 

「和哉くん」

 

後ろにいた梨子が俺の襟を掴み、俺を引き止める。

 

「ぐえっ。何すんのさ!」

「ふん・・・」

 

振り返ると梨子は不機嫌だ。

もしかすると、いや、絶対さっきダイヤちゃんをハグしたせいだ。

 

「あー・・・、その、ごめん。つい・・・」

 

すると、梨子はため息をつく。

 

「はぁ。気持ちはわからなく無いからしつこくは言わないわ。・・・でも」

 

梨子は少しおどおどしながら俺に近づくと控えめに抱きついてきた。

 

「わ、私だってこういうこと、したいんだから・・・」

「梨子・・・」

 

そう言えば付き合い始めてからこういうことは全然してこなかった。

 

「梨子、こっち」

 

抱きしめられた梨子の手を1度解き、手を引いてみんなとは逆の方向に走る。

 

「わっ!ど、どこに行くの・・・?」

「・・・人がいなさそうなところ」

 

梨子の手を引いてやってきたのは校舎裏。

ここなら人も来ないだろう。

 

梨子もここに連れてこられて戸惑っているようだ。

その証拠に顔を赤らめてキョロキョロしている。

俺はそんな彼女をそっ、と抱きしめた。

 

「はわっ!?」

「・・・ごめん、気づけなくて」

「い、いいの・・・。私もあまり自分から言わなかったし・・・」

 

最初はオドオドしていた梨子だが、状況を受け入れ、抱きしめ返してくれた。

 

「・・・梨子は温かいね」

「和哉くんも温かいよ」

「そういうの、やめて・・・。恥ずかしい・・・」

「わ、私も恥ずかしいのよ!」

 

1度離れ、お互いの顔を見つめる。

 

次第に暗くなってきた空。

梨子の顔も暗さで不鮮明に見えてきた。

 

彼女の顔をもっと見たい。もっと触れたい。もっと感じたい。

そんな思いばかりこみ上げてくる。

なんでそんな気持ちがこみ上げてきたのか分からない

 

じっ、と見つめすぎたのかもしれない。

恥ずかしがり屋の梨子は顔を真っ赤にして俺から目を逸らしてしまう。

 

「見すぎ・・・」

「ごめん。でもさ、梨子をずっと見ていたい。俺は梨子のこと、好きなんだ」

「・・・ば、バカ・・・」

 

梨子は背中を向けてしまった。

 

「こっち、見てよ」

 

梨子を俺の方へ向き直らせ、肩に手を乗せる。

瞳は潤み、どこか呼吸も荒い。

・・・これはそういうこと、なのだろうか。

 

「梨子、いい?」

 

少し顔を近づけ、梨子に訊ねる。

 

「な、何が・・・?」

「分かってるでしょ」

「う、うぅ・・・」

 

梨子は唸りながらもじもじした後に、覚悟をしたように目を瞑る。

 

「・・・行くよ」

 

俺は少しだけ屈み、梨子と目線を合わせる。

少しずつ顔を近づけていく。

 

梨子の匂いが鼻をくすぐる。

梨子の吐息が肌をくすぐる。

 

もう少し。

もう少しで触れ合う。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の唇と梨子の唇が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は僅か1秒ほどで離れてしまったが、その短い時間でもこれ以上にない幸福感を感じた。

 

「し、しちゃったね・・・」

 

梨子は口を両手で隠しながら呟いた。

 

「うん・・・。その、めっちゃ良かった・・・」

 

俺も梨子の顔を見ることができず、顔を背けながら頭を搔く。

 

「私も、良かった・・・。うぅ・・・」

 

梨子はその場にしゃがみ、膝で顔を隠す。

 

「り、梨子?」

「やっぱり恥ずかしいぃ!」

 

少し顔を上げ、俺を見るとまたすぐに顔を隠した。

俺はそんな梨子を笑い、頭を撫でる。

 

「少しずつ、慣れていこうよ」

「・・・うん」

 

梨子は顔を上げ、恥ずかしがりながら優しく微笑み返してくれた。

 

「・・・あら?」

 

ふと梨子が建物の角を見つめ、首を傾げる。

 

「どうかした?」

「いや、誰かいたような気がして・・・。気のせいかな・・・」

 

俺は全く人の気配を感じなかった。

多分梨子の気のせいだと思う。

 

「そうだも思うよ。ほら、帰ろっか」

 

梨子の手を取り、立ち上がらせる。

 

「うん!」

 

俺たちも少しは前に進めたかもしれない。




それぞれが前へ進み始めた。
和哉と梨子も少し前に進めたのかもしれない。

「人影があったような気がしたのだけど、気のせいかしら」

そういうのは気にしない方がいいですよ。

「うーん、そうね。蒸し返して恥ずかしい思いもしたくないし」

次回をお楽しみに!


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#47 浴衣の彼女と

〜前回のあらすじ〜
本音をぶつけ合い、和解した果南と鞠莉。
そこにダイヤも加わり、Aqoursは9人になった。


「さて、今日の朝練を始める前に言わないといけないことがあります」

 

朝練の開始直前。

弁天島の麓で1年生と2年生のみんなを並ばせ、俺と3年生はその前に立っている。

 

「まあ、見れば分かる通り3年生の小原鞠莉ちゃん、黒澤ダイヤちゃん、松浦果南ちゃんが今日からAqoursに加わり、9人になりました」

 

俺の言葉が終わると1、2年生は拍手をする。

隣に立っている鞠莉ちゃんに目線を動かし、挨拶を促すと、鞠莉ちゃんはウィンクをして応える。

 

「えー、コホン!今言われた通り、今日からこのschool idol部に入部する。小原鞠莉よ。みんなで歌って、踊って。学校を守ってラブライブに出るわよ!」

「「はいっ!」」

 

鞠莉ちゃんらしい挨拶。

その挨拶に対してみんなも更にやる気が上がっている気がする。

 

「3年生の黒澤ダイヤですわ。この度、皆様には多くの迷惑をかけ、申し訳ありませんでした」

 

ダイヤちゃんは頭を下げる。

その行動に俺たちは戸惑ってしまう。

 

「ですが」

 

すぐに顔を上げ、ダイヤちゃんは微笑む。

 

「わたくしもスクールアイドルとして。皆さんの仲間として共に励みます。どうかよろしくお願い致しますわ」

「「よろしくお願いします!」」

 

ダイヤちゃんの口調は以前のように戻り、ダイヤちゃんなりに過去との踏ん切りを付けたようだ。

そして、残るは果南ちゃんのみだ。

 

その果南ちゃんは1歩前に踏み出す。

 

「松浦果南。私たちの勘違いと意地の張り合いでみんなに迷惑をかけてごめん。これからは残された時間で後悔しないように全力で頑張るから」

 

そう言って果南ちゃんは頭を下げる。

 

「果南ちゃん」

 

千歌が頭を下げたままの果南ちゃんに声かける。

 

「それに鞠莉さん、ダイヤさん。ようこそ!Aqoursへ!」

 

笑顔で千歌は3人に告げる。

 

「って、元々ここの部室使ってたのも3年生だし、ようこそって言うのはおかしかったかも・・・」

 

千歌はえへへ、と笑う。

 

「ふふっ。いいんだよ。今のこのグループは千歌が作ったんだから」

「そうよ。変に畏まる必要なんてないんだから!」

「そうですわ」

 

話もまとまったようだ。

そこで俺は切り出す。

 

「いい感じのところ悪いけど、とりあえず目先の花火大会に向けてフォーメーションとかの確認もしないと。人数増えたから揃えるの大変だよ」

「大丈夫!私たちならできるよ!」

 

自信満々に言い放つ千歌。

他のメンバーもやる気に満ちた表情をしていた。

 

「そうだね。その通りさ」

「それで、曲は何をするの?」

 

鞠莉ちゃんが首をかしげながら呟く。

 

「それは決めてる。でも、この曲は3人の力がないと絶対に完成しない曲なんだ」

 

俺がそう言うと3人は顔を見合わせたあとに頭を捻る。

 

「ま、よろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沼津の狩野川で開かれる花火大会は毎年多くの観光客で賑わう。

祭り自体も2日間行われ、Aqoursのステージは明日の2日目の最後。打ち上げ花火をバックに披露することになった。

 

今日はその1日目。

Aqoursのみんなはそれぞれ友達や家族と祭りを楽しんでいた。

 

「日が暮れてきたとはいえ、まだ暑いな・・・」

 

セミの鳴き声をバックに俺は待ち人が来るのを沼津駅で立って待っていた。

祭りは2日間と言ったが、花火も両日行われる。俺はその花火をある人と見る約束をしていた。

 

「・・・あれかな」

 

内浦方面から1台バスがやって来て、バス停に止まる。

浴衣に着替えた女の人。それに付き添うように並ぶ男の人。御年寄の夫婦など。普段見ないような人たちがバスから次々に降りてくる。

そして最後に降りてきたのは。

 

「あ、え、お、はよ・・・」

 

待ち人の浴衣姿の梨子だ。

白を基調に、あちこちに花の模様がある。

髪型もいつもと違って頭の後ろでお団子を作り簪でまとめ、前髪には薔薇のような髪飾りを付けていた。

 

とにかく挨拶が分からなくなるくらい似合っていて、綺麗だ。

 

「もうこんばんはだと思うけど?」

 

梨子は笑いながら指摘をする。

自分でも何言っているのか正直分からなかったため、突っ込まれると羞恥で顔が熱くなる。

 

「あ、ああ。うん。こんばんは」

「こんばんは」

 

挨拶をしたのはいいが、何を言えばいいか全く分からない。

先に言うべきなのは浴衣姿を褒めること?

それとも花火までの時間をどう潰すか聞く?

 

分かんねぇ・・・。

 

「え、えっとね!」

 

梨子が顔を赤くし、恥ずかしそうに俺に話しかける。

 

「う、うん」

「は、初めて浴衣を着たんだけど、変じゃない?」

 

梨子は袖をつまんで腕を広げたり、後ろを見せたり、と初めての浴衣に格好を気にしていたようだ。

 

「すっげぇ綺麗で可愛い。最高に似合ってる」

「あ、あぅ・・・」

 

俺の言葉にまた恥ずかしがってしまう梨子。

 

俺の彼女、可愛すぎか?

 

実と言うと、吹っ切れ始めたように見える俺だが、テンパリ過ぎてヤケクソになっているだけだ。

 

とにかく、こんな駅の近くでお互いに恥ずかしがっている場合じゃない。

 

「えっと・・・。花火までまだ時間あるし、屋台を見て回ろうよ。多分、こういう祭りは初めてでしょ?」

「ええ。あまりそういうのに興味なかったから」

 

そっか、と相槌をうつと、俺は右手を差しだす。

 

「行こっか」

「・・・!うん!」

 

梨子は俺の手を笑顔で取ってくれた。

 

俺たちの初デートの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この狩野川の花火大会は屋台も多く出ており、沼津駅南口からの大通りを封鎖し、それに沿うように屋台が並んでいる。

 

普段の沼津からは考えられないほどの人の波に揉まれながらなんとか屋台に辿り着く。

 

「すっげぇ人の量・・・。梨子、大丈夫?」

「え、ええ・・・。なんとか・・・」

 

目の前の屋台はたこ焼きを売っており、その隣にフライドポテトや唐揚げ、わたあめなんかの屋台がずらずらと並んでいる。

 

「へー。沢山あるのね」

 

屋台を見ながら梨子は感心したように呟く。

 

「でしょ。片っ端から買って、食べていく?」

「そんなに食べれないわ!」

 

俺はケタケタと笑う。

 

「冗談だよ。今すぐ買わなくてもいいし、色々見ながら決めよう」

「そうしましょう」

 

屋台の目の前を横切りながら何がいいか品定めをしていく。

 

「焼きそば、たこ焼き、たい焼き、フランクフルト。りんご飴とかもいいな」

「あ。私、これ食べたことないかも。なんて言うんだろう」

 

梨子が指さしたのはさくら棒。

1mくらいある大きなふ菓子で、桜色をした砂糖でコーティングしてある。

なんでも静岡県くらいにしかないらしい。

かくいう俺もこっちに引越してから知ったことを千歌たちに言うと驚かれたこともある。

 

「さくら棒だね。食べる?」

「うん。それにしても大きい・・・」

「インパクトは凄いよね。おじさん、1つください」

 

屋台を開いているおじさんに声をかけ、さくら棒を受け取り、金を払う。

 

「あ、払うよ!私が食べるんだから」

「いいって。こういう時くらいカッコつけさせてよ」

 

それ以上は喋らせないように梨子の口にさくら棒を突っ込む。

 

「もがっ・・・!」

「美味い?」

「うん・・・」

 

さくら棒を梨子に渡すと両手で持ち、黙々と食べ始める。

気に入ってくれたようだ。

 

すると、俺たちのやり取りを見ていたおじさんは豪快な笑い声をあげる。

 

「若いね、若いねー!おい、兄ちゃん手ぇ出しな」

「は、はぁ・・・?」

 

よく分からないが、とりあえず手を出してみる。

 

「ほらよ!」

 

荒く手に置かれたのは今払った代金だった。

 

「え?・・・え?」

「最近の若いのはそういったことをしねぇからな。今の兄ちゃん見てるとわけぇ頃の俺を思い出したのさ!あれは初めて嫁と・・・」

 

いきなり語り出したおじさんの話を長々と聞かされる羽目になった。

だが、隣の梨子はさくら棒に夢中だ。

 

「ってなわけだ!その金で他のもん買ってやんな!他の店はうちみてぇじゃねぇからよ!」

「はい・・・。ありがとうございます」

 

少しげんなりしながら頭を下げ、屋台から離れると、梨子もお辞儀をして俺の後ろをついてくる。

 

「面白い人だったね」

 

さくら棒をかじりながら梨子は呟く。

 

「よく分かんない話聞かされて俺は疲れた・・・」

「そっか。それにしても大きい・・・。食べきれないかも」

「ん?じゃあ少し食べるよ」

 

梨子が持ったままのさくら棒を顔だけ動かしかじる。

 

「わっ!ちょっと!?」

「何?」

 

程よい甘みが美味い。

だが、梨子は顔を真っ赤にしていた。

 

「だって、今・・・。食べかけの・・・」

「そうだけど?」

 

何をそんなに慌ててるんだろう。

 

「私が口つけたところ・・・」

「!?」

 

そこまで言ってようやく分かった。

俺は梨子が口つけていた所を思いっきりかじっていたのだ。

 

「関節、キス・・・」

「いちいち言わなくていいよ!・・・てか、この前普通にしたでしょ・・・」

 

くぅっ・・・。自分で言ってて恥ずかしくなった・・・。

 

「そ、そうだけど・・・」

 

とりあえず今気にしないようにしてこの祭りを楽しまないと。

 

「今は祭りを楽しもう。さ、次に行こうか」

「・・・うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ買い、手には屋台の食べ物を下げている。

今は狩野川にかかる橋の上。

特にこれからどこに行くと決めておらず、とりあえず河川敷に降りていく。

 

「あ・・・」

 

梨子は河川敷に出ていたある屋台を見つけ、立ち止まる。

 

「金魚すくい?」

「うん。昔、和哉くんとやってたなって」

「あー」

 

小学生の頃、神田明神の祭りで一緒に何度もやっていた。

 

「懐かしいね。やってみようか」

 

2人で順番が来るまで何気ない雑談。

5分くらいで番が回ってくる。

 

それにしても金魚すくいなんて何年ぶりだろう。こっちに来てからは1度もやったことなかった。

 

「2人分で」

 

俺は屋台のおばさんにぽいとお椀を2つ貰い、1セットを梨子に渡し、すぐに水槽に向かいしゃがむ。

 

「じゃあ、多くすくった方が勝ちね。負けたら罰ゲーム!スタート!」

「えっ!?待って!」

 

フライング気味に俺から一番近くでゆっくり泳いでいる金魚に狙いを定め、一気にすくう。

 

「とった!!」

 

金魚を正確に捉え、ぽいの上に乗せる。

だが、無情にも濡れた和紙の中心は破け、金魚を逃がしてしまう。

 

「あっ」

「・・・ぷっ」

 

梨子は口を押さえて小さく吹き出した。

 

「ぷっ・・・、くくっ・・・。うん、惜しかっ、ぷくっ・・・。惜しかったよ・・・」

「う、うるさいな!これで梨子も1匹もすくえなかったらイーブンだから!」

「はいはい。ぷふっ・・・」

 

ノリノリでやって0匹という結果。

ぶっちゃけ悔しいが、どんな形であれ梨子が笑ってくれたんならそれはそれでOKだ。

 

「少し緊張しちゃうな・・・」

 

梨子は俺の隣にしゃがみ、袖を少しまくる。

 

「結構速いね・・・。どの子にしようかな」

 

金魚を見下ろしながら梨子は髪を耳にかける。

 

・・・いちいち仕草がずるい。

 

「和哉くん、どの子がいいと思う?」

「んー。この辺りの小さいやつは?」

 

水槽の角で壁を見つめている1匹の金魚を指さす。

 

「その子にしようかな。い、行きます!」

 

梨子は俺が指さした金魚の後ろにぽいを忍ばせ、少しずつ近づけていく。

 

「・・・えいっ!」

 

ぽいを先端だけが濡れ、乾いている和紙の部分に金魚が綺麗乗り、そのままお椀に入れる。

 

「おおっ。上手いね」

「ふふっ。次、行くわよ!」

 

意気込みは良かったが結局すくえたのは2匹だけ。

その結果に梨子は少し不満そうだ。

 

金魚たちを袋に移してもらい、梨子はその袋の金魚をのぞき込む。

 

「ふふっ。可愛いなー」

「良かったじゃん。2匹だと金魚も寂しくないんじゃない?」

「そうだね。後、私の勝ちね」

「・・・覚えてたか」

 

忘れていてくれることを期待していたが、そうはいかないようだ。

 

「今は何も浮かばないから後にとっておくわ」

「お手柔らかに・・・」

 

何をやられるのか、と少し怯えながら河川敷を2人で歩いていくのだった。




夏の思い出はまだまだ続く。


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#48 やっぱり彼女だった

〜前回のあらすじ〜
夏祭りの屋台を2人で楽しむ和哉と梨子。
そして、花火が始まる。


日は完全に沈み、午後8時前。

 

俺たちは狩野川の河川敷の斜面に腰掛け、始まる花火大会を待っていた。

 

「人が増えてきたわね」

「うん」

 

河川敷にはこの祭りに来ていたほとんどの人が集まってきているようだ。

俺はそんな中、見知った顔を見つけた。

 

「あれって、果南ちゃんたち?」

「どれ?」

 

梨子は気になったようで、果南ちゃん、鞠莉ちゃん、ダイヤちゃんの3人を指さす。

 

「ほら、あれ。鞠莉ちゃんの金髪が目立つね」

「本当だ。みんな浴衣だね」

 

俺の指した指の先を覗き込むように、梨子の頭が俺の目の前に来る。

 

やばっ、髪のいい匂いがする・・・。

 

「あ、あれってよっちゃんたちじゃない?・・・和哉くん?聞いてる?」

「え?」

「もう。あれ、よっちゃんたちだよね」

 

果南ちゃんたちよりさらに奥の方に見慣れたお団子頭と2人の女の子がいた。

彼女たちも浴衣だ。

 

「あぁ、善子だね」

「どうしたの?急にぼーっ、として」

 

梨子は俺の顔を覗き込む。

 

「何でもないよ。・・・それよりさ・・・、いい・・・?」

 

彼女の顔を間近で見ているとキスした時の感情を思い出し、欲求が漏れ出す。

梨子の頬に手を添え、顔を近づける。

 

「な、なにが?」

「キスしたい・・・」

「えっ・・・!?だ、ダメだよ・・・。人も沢山いるし・・・」

「暗いし、誰もこっちなんか見ないさ」

 

瞳に涙を貯め、梨子は目線を逸らす。

 

「どうなっても知らないから・・・」

 

梨子は目を閉じ、キスが来るのを待つ。

 

自然と周りの声も聞こえなくなり、聞こえてくるのは花火がまもなく始まる、というアナウンスだけ。

 

・・・後、数ミリ・・・。

 

「千歌ちゃん!急いでー!始まっちゃうよ!」

「ま、待って、よーちゃん・・・!」

 

なんだか聞き覚えのある声が・・・。

というか、千歌と曜だ。

 

「千歌ちゃん?曜ちゃん?だ、ダメ〜!!」

「ぶはっ!?」

 

千歌と曜の声を聞いた梨子は俺にビンタをかまし、膝を抱えて蹲ってしまった。

 

てか、めちゃくちゃ痛い・・・。

 

「あれ、今の声って・・・」

「梨子ちゃんだよね?あっ、カズくんもいるー!」

 

俺はぶたれた頬が痛すぎて、頬を抑えながら必死に痛みを堪えていた。

 

「探してたんだよ!LINEも電話もしたのに一向に繋がらないから」

 

2人は俺たちの方にやってくる。

2人とも例によって浴衣で、曜が少し不機嫌気味に言うが、よく分からない状態の俺たちを見て首を傾げる。

 

「何してるの?」

「えっ!?な、何もないよ!」

 

梨子が慌てて答える。

その慌てぶりから何もない訳がないのは容易に分かる。

 

「絶対何かあったでしょ。カズくんまた梨子ちゃんに変なことしたでしょ?」

 

千歌が俺を睨む。

ここのところ梨子に何かあると、何かと俺のせいにする千歌。

 

「してない・・・。むしろ俺が聞きたいくらいなんだけど・・・」

「どゆこと?」

 

千歌は首をかしげた。

 

「そうそう。なんでさっきから和哉くんは頬抑えてるの?」

 

やっと曜がそこを聞いてきたが、なんと答えればいいのか・・・。

キスしようとしたら2人のせいでぶたれました、とは口が裂けても言えない。

 

「そ、そのね!すっごく大きい蚊がいて、私がびっくりしてそのまま叩いてしまったの!」

「う、うん。そう言うこと・・・」

 

梨子の咄嗟の誤魔化しに合わせ、俺も頷く。

 

「ふーん。それで2人は今日ずっと一緒だったの?」

 

千歌の言葉。それを言った彼女の顔は暗く、悲しげに見えた。

 

「いいじゃん。俺たちだって幼馴染なんだ。たまには2人で遊びたいし」

 

どうだろう、上手く誤魔化せただろうか。

 

「そう、だよね。よーちゃん、行こ?」

「え、千歌ちゃん?」

 

少し予想外の行動だった。

千歌のことだ。4人で見ようなんて言い出すかと思っていたのに。

 

「一緒に見ればいいじゃない」

 

梨子もここから去ろうとする千歌に声をかける。

 

「いいよ。今日は2人で楽しんでね」

 

そう言うと千歌は走って行った。

 

「あっ!千歌ちゃん!・・・ごめん、私は千歌ちゃんを追いかけるよ」

「うん。そうしてやって」

 

曜は走っていく千歌を追いかけ始めた。

 

「なんだか、様子がおかしかったね」

「うん・・・」

 

なんとも言えないモヤモヤを抱えたまま、打ち上げ花火は光と音を撒き散らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花火、凄かったね」

「うん・・・」

 

花火が終わると人は途端に減り、今河川敷にいるのは俺と梨子だけ。

うわ言のようにも聞こえる呟きで小さく感想を言い合っていた。

 

確かに花火は凄かった。

けどそれ以上に千歌の姿が頭から離れない。

 

「・・・やっぱり、俺が悪いのかな・・・」

 

ポツリ、と呟くと梨子は首を傾げる。

 

「千歌のこと。多分今日で勘づかれたかも・・・。梨子と付き合ってること」

「・・・うん。そんな気がする」

 

梨子もどこか感じていたようだ。

 

「千歌の気持ちに完全にじゃないけど気づいて、気づかないフリしていたツケが回ってきたかな・・・」

「・・・そうかもしれないけど。でも、私には悪いことには思えないわ。・・・多分、今こうしていれるからなんだと思うけど、それは和哉くんの優しさでしょ?・・・なーんて、都合のいい解釈か」

 

梨子はおどけたように話す。だが、すぐに真剣な顔をして小さく言う。

 

「とにかく、千歌ちゃんだけには話した方がいいかも。どんな結果になっても」

「・・・だね」

 

俺は立ち上がり、梨子に手を差し出す。

 

「俺たちも帰ろう。そろそろバスもなくなっちゃうしさ」

「そうだね」

 

梨子は俺の手を取り、立ち上がる。

その手をとったまま、最寄りのバス停まで手を繋いで歩き始める。

 

「明日はライブかー。楽しみだ」

「それは3年生たちが2年ぶりにステージに立つから?」

「それもあるけど、1番は梨子が踊って、歌う所を見たいからかな」

「・・・すぐにそういうこと言う」

 

梨子は恥ずかしそうに俯く。

 

「本心だよ。俺ももう少し心を開かないと、って思ったから」

「そっか」

 

そう呟いた梨子はどこか嬉しそうだった。

 

とりあえず、聞いてみるか。

 

「どうかした?笑ってさ」

「ふふっ。何でもないよ。それより」

 

梨子は手を離し、俺の前に立つ。

自然と足は止まり、梨子を見て俺は首を傾げた。

 

「今日はありがとう。とっても楽しかったわ」

「うん、俺も」

「それで、これは・・・」

 

梨子は1歩で俺の目の前に近寄り、背伸びをした。

 

「は?」

 

チュッ、と恥ずかしくなるけど嬉しい音が耳元で聞こえた。けどそれが何なのかは一瞬では理解できなかった。

 

「こ、これは罰ゲームだから!い、今はこれが私の限界・・・。もっと自分からできるようになるから!ま、また明日ね!」

 

そう言うと梨子は走って行き、タイミングよく来たバスに乗って行ってしまった。

 

1人残された俺はその場で立ち尽くす。

 

「っはぁぁぁぁぁぁ・・・」

 

しゃがみこみ、頭を抱える。

 

顔全部がめちゃくちゃ熱い。それにキスされたところは何倍も。

 

「・・・あざといし、ずるい・・・。くそっ、可愛いかよ・・・」

 

今日は眠れなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、本番30分前。

既に衣装に着替え終わったみんなはそれぞれ色んなことをやっていた。

 

振り付けと歌詞の最終確認。衣装の細かい調整とほつれの有無。精神統一などなどと、多種多様だ。

 

俺はブランクの長かった3年生たちの最終確認に付き合っていた。

 

「カズくん」

「ん?千歌、どうかした?」

 

最後の振り付けの確認をしていると千歌が話しかけてきた。

 

「少し、いい?」

「え、っと・・・」

 

まだ確認が最後まで終わっていない。どうしたものか、と考えていると果南ちゃんが声をかける。

 

「行ってきなよ。振り付けの確認なら他の子にも見てもらえるからさ」

「そうしてもらっていいかな。ちょっと行ってくるよ」

「ううん、ここでいいよ。ライブが終わったあと、少しいいかな」

 

千歌の表情は浮かない。

どうかしたのだろうか。

 

「分かった。付き合うよ」

「ありがと。邪魔してごめんね」

 

千歌はそさくさと去っていく。

 

本当に千歌は大丈夫なのか?

どこか雰囲気が東京から帰ってきた時に似ている。

 

「千歌、何かあったのかな」

 

果南ちゃんも心配しているようだ。

 

「分かんないけど、今は自分たちのことに集中して。復帰ライブを台無しにしたくないでしょ」

「それもそうだね。カズ、もう少し細かいとこお願い」

「あいよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Aqoursの出番が直前になり、俺は観客席の後ろの方に立っていた。

 

「・・・むっ・・・、あー。もう・・・」

 

ソワソワして落ち着かない。

2年ぶりに果南ちゃんたちがステージに立つんだ。心配して、心がうわだっているのもあるし、待ち遠しいのもある。

 

『これが最後のグループ!内浦が誇る、人気急上昇中スクールアイドル!Aqoursの皆さんです!』

 

「あ、始まった」

 

イントロがゆっくりと流れ始める。

曲に合った静かな踊りと果南ちゃんの歌い出し。

 

この曲は『未熟Dreamer』

あの日、3年生たちが1年生だった頃に東京で歌うはずだった曲。2年間の間、部室で眠っていた曲だ。

 

順調に曲は進み、フィナーレ。

消えていく音楽と共に、みんなが舞台の後ろに向かって行き、ナイアガラの花火が消えると同時に曲も照明もすべて消えた。

 

それがこの曲の終わり。

 

終わると同時に見ていた人の拍手が会場全体に響く。

言わずとも分かるが、大成功だ。

 

千歌のMCが始まると同時に俺は舞台裏に向かう。今はとにかく早く向かってこの感動をみんなに伝えたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、Aqoursか・・・」

 

舞台裏に着くと中で果南ちゃんが笑いながら呟いていた。

 

「どうしたの?」

 

それに気づいた曜が声をかける。

 

「私たちのグループもAqoursって名前だったんだよ」

「えっ!?そうなの!?」

 

千歌も驚く。

 

そうだ。Aqoursは果南ちゃんたちの時に使っていたグループ名。

今の果南ちゃんの言い方からして、あの時に砂浜に書いたのは果南ちゃんじゃ無さそうだ。

 

となると・・・。

 

「そんな偶然が・・・」

 

梨子も首を傾げて考えている。

 

「私もそう思ってたんだけど、千歌たちも、私も鞠莉も。まんまとのせられたんだよ、誰かさんに」

 

まあ、その誰かさんとは消去法でダイヤちゃんだ。

現にそのことに触れられ、顔を赤くしながらそっぽを向いていた。

 

なんだかんだで1番スクールアイドルをやりたかったのはダイヤちゃんだった、ということだ。

 

今、何か感想も言うのも空気が違うな・・・。どこかみんなが集まった時にでも話そう。

 

そう思った俺はそのまま外でみんなを待つことにした。

 

あとは。

 

「千歌、か・・・」




夏の魔力は人を動かす。


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#49 優しさは時に人を傷つける

〜前回のあらすじ〜
ライブが終わり、祭りももう少し。
楽しい時間は終わろうとしていた。


みんな着替え終わり、それぞれ残り少ない祭りを楽しみに出た。

 

ダイヤちゃん、ルビィ、花丸ちゃんと梨子、曜、善子と鞠莉ちゃん、果南ちゃんの3グループに別れて行った。

 

残ったのは俺と千歌だけ。ライブが始まる前に千歌から呼び出されていた件を聞くためだ。

 

「それで、千歌。どうしたの?」

「・・・・・・」

 

千歌は何も話さない。

 

「・・・何も無いなら俺は行くよ」

 

立ち去ろうとすると千歌は俺の手を掴み、引き止める。

 

「行っちゃヤダ・・・」

 

俯きながら千歌は呟く。

 

まいったな・・・。

 

俺はどうしたらいいのか分からず、頭をかく。

 

「・・・少し歩こうよ」

 

不意に千歌が言う。

 

「まあ、そうだね。腹減ったでしょ、なんか食べようか」

「・・・うん」

 

千歌と共に屋台の並ぶ道を歩いていく。

屋台は少しずつ店仕舞いを始めており、数も少なくなっている。

 

隣を歩いている千歌は相変わらず黙ったままで、どう話せばいいのか分からない。

 

「・・・りんご飴でも食べる?」

 

とりあえず目に止まったりんご飴の屋台。それを食べるかと聞いてみると、千歌は食べたいようで、頷く。

 

「OK。買ってくるよ」

「あ、お金・・・」

「いいよ。今日のご褒美だよ」

 

屋台に少しだけ並び、1つ買って急いで千歌の元に戻る。

 

「はい、これ」

「あ、ありがと・・・」

 

千歌はりんご飴を受け取ると少しだけかじる。

 

「さ、次は何を見ようか」

 

歩きながら少しおどけて言ってみると、千歌は俺の腕を掴んだ。

 

「どうかした?」

 

千歌は俯いたままだ。

 

「千歌?」

「私ね・・・」

「ん?」

「私、カズくんのこと・・・」

 

付近に人はいなくなっていて、千歌の小さな声がやけに響く。

 

やめてくれ・・・。言わないでくれ・・・。答えは1つしかないんだ・・・。

 

言葉を溜める千歌。

言いたいことは自然と分かってしまう。俺はただ俺が思う言葉を千歌が言わないことを願うだけだった。

 

「カズくんのこと、好き」

 

言われてしまった。

千歌が俺に好意をもっていることには気づいていた。

 

有耶無耶にしていた俺が悪いのもある。だが、なんで今なんだ。

 

「ち・・・」

「分かってるよ」

「・・・え」

 

千歌は俺の言葉を遮る。

 

「分かってるよ。カズくんが私のことを友達としか思ってないことも。梨子ちゃんと付き合ってることも」

「・・・なん、で・・・」

 

千歌の言葉に俺は目眩がした。

 

バレていた、んだ・・・。

 

「・・・見ちゃったんだ。あの日、カズくんと梨子ちゃんがき、キスしてたの・・・」

「なっ・・・」

 

あれが見られていた・・・。

 

何か言おうとするが、何を言えばいいのか分からず、金魚のように口をパクパク動かすことしかできない。

 

「だから今のはチカの我儘なの。こんなこと言ってもただカズくんを困らせるだけだし、どうかなるなんて思ってない。それにカズくんと恋人になれるなんても。でもね」

 

千歌は唇をぐっ、と噛み締める。

 

「言わなきゃ、って。果南ちゃんたちがそうだったみたいに言わないと、って。言葉にしないと伝わないし、自分が苦しいもん。だから、ね?カズくん」

「・・・何?」

「チカのこと、フッて。カズくんの言葉でチカを」

 

千歌は笑う。苦しそうに。

でも、俺は言わなければならない。

お前にそんな気は無い、と。梨子が好きなんだ、と。

 

「俺は・・・」

 

何を言い淀んでいるんだ、俺は。

言わないと。千歌の勇気を無駄にしないために。

 

「俺は、梨子が好きなんだ。千歌のことをそういう目で見れない。千歌とは友達でいたい」

「うん・・・。ありがと・・・」

 

そんな顔で・・・。

そんな今にも泣きそうな顔で笑わないでくれ・・・。

 

「あはは・・・。フラレちゃったなぁ・・・」

「ごめん・・・」

「謝らないでよ。チカが、バカ、みたいじゃん」

「本当にバカだよ、千歌は・・・」

「えへへ。そっか・・・」

 

泣きそうな声で呟く千歌。

すると千歌は走ってその場から逃げようとする。

 

「千歌!」

 

思わず彼女の腕を掴み、引き止めてしまった。

そんなことをする資格なんてないのに。

 

「呼び止めるところじゃないだろ・・・、これ・・・」

「ごめん、でも!」

「やめて!カズくんは優しすぎるの!これだって泣きそうな千歌がほっとけないんでしょ!?そんなことされたら期待しちゃうじゃん!もしかしたら、って思うじゃん!」

 

千歌の言ったことは本当だ。

今の彼女を俺は放っておけない。

せめて何か、俺にもできることがあると思ったから。

 

「離して!今のそれはただ相手を傷つけるだけなんだよ!」

 

その言葉で俺は千歌の腕を離してしまう。

 

「ちゃんと友達としてカズくんのこと見るから。恋しないようにするから。・・・梨子ちゃんを大切にしてあげてね」

 

そう言って千歌は走っていった。

 

俺は・・・。

 

「俺は、どうすればよかったんだ・・・」




千歌の思い。
それは届くものではなかった。

楽しくても悲しくても。それでも夏は過ぎていく。


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#50 決断

~前回のあらすじ~
千歌の本心を聞いてしまい、途方に暮れる和哉。
そして夏休みが始まる。


「ふぁ〜ぁ。・・・ねむっ・・・」

「凄いあくびだね。また夜更かし?」

 

学校に向かうバスの中で俺は大あくびを1つした。それを隣で見ていた曜が指摘する。

 

「うん・・・。どしても夏休みっていうのがね・・・」

「分かるけど、毎日練習なんだからその辺はしっかりしないと」

 

時期はもう8月に入り、俺たちも夏休みを満喫している真っ最中・・・、という訳ではなく今は地区予選に向けて、毎日の練習に精を出している。

 

「分かってるよ。それをコイツにも言ってやってよ」

 

俺は1つ前の席に座る善子を指さす。

 

「あ、あはは・・・」

 

その善子は爆睡中だ。毎晩のように生放送をやっている訳だから、彼女が1番この夏休みを堪能しているのかもしれない。だが、それが元で寝不足になり、ケガをしては面白くない。もう少しそこの辺りをしっかりして欲しいものだ。

 

「ダイヤちゃんに怒られても俺はフォローしない」

「せめて善子ちゃんが起きてる時に言ってあげて・・・」

「・・・そういう曜はどうなの?」

「え?」

 

いきなり話を振られた曜は少し驚く。

 

「毎日遅くまで衣装作ってるんだろ?目の下、クマできてる」

 

俺は自分の目の下を指差し、指摘する。

 

「え?嘘!」

 

曜は慌てて鞄から手鏡を取り出し、自分の顔を確認し出した。

 

「・・・って、できてないじゃん!」

「でもその反応はやってるんじゃないの?」

「あっ・・・!か、カマかけたなー!」

 

曜もどうやら最近夜更かし気味のようだ。

 

少し曜をからかったことで眠気が少し飛んだ俺はバスの外を見つめる。

 

今日、言うんだ・・・。

 

あの日、千歌に告白されてから俺はずっと悩んでいた。

このままでいいのか、俺がやらなきゃいけないことはなんなのか、を。

 

「・・・和哉くん、変なことしちゃダメだからね」

「は?」

 

するとつい今の今まで不機嫌な顔をしていた曜はうって変わり、神妙な顔で俺に言う。

 

「分かるんだ。私だって千歌ちゃんや果南ちゃんたちと同じくらい和哉くんと一緒にいたんだから。今日雰囲気が違うもん」

「そっか・・・」

 

曜は感づいていたようだ。だけど、今の俺と千歌のことを考えるとそうするしかない。

 

「・・・変なことはしないよ。必要な事だと思うから」

「・・・そう。もっと私や千歌ちゃんを頼ってもいいからね」

「ありがとう」

 

口だけの感謝。

 

曜の言葉は嬉しい。けど、これは俺だけで完結させないといけないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンスレッスン中。

9人を同時に見るのは流石に無理なので3人ずつに分けて振り付けの確認をしている。

 

「千歌!走りすぎだ!」

 

俺の手拍子に合わせて踊る2年生たちだが、千歌のダンスのリズムが合っていない。かなり走っている。

 

「う、うん!」

 

俺に言われて千歌は梨子と曜にリズムを合わせようとするため、動きがぎこちなくなる。

 

「・・・一旦止めよう」

 

手拍子を止め、そう言うと3人も踊るのを止める。

 

「千歌ちゃん、大丈夫?」

「具合悪い?」

 

曜と梨子が千歌を心配して声をかける。

 

ここ最近の千歌はダンスにしろ、歌にしろ、今までできていた箇所のミスが目立つ。動きからも明らかに無理をしているのが分かる。

ただのスランプというわけではないようだ。

 

「だ、大丈夫だよ!次はいけるよ!」

「・・・・・・」

 

千歌の言葉に俺は無言になってしまう。

 

「ほら!やろう!」

「「う、うん・・・」」

 

千歌の言葉に梨子と曜は弱々しく返事をする。

 

「いや、やめよう。千歌は休憩してて」

 

俺がそう言うと千歌は理由を聞くために俺に詰め寄ってくる。

 

「なんで!?まだできるのに!」

「ケガするかもしれないって思ったんだよ。今の千歌は危なっかしい」

「でも!今のうちに完璧にしておかないとみんなに迷惑かけちゃう!やらないと!」

「ダメだ。休んでて」

「イヤ!」

「千歌・・・」

 

あまりにも食い下がってくる千歌に若干の苛立ちを覚えるが、表に出さないようにする。

 

「無理しても必ずいい結果になるとは限らないでしょ。それは千歌だって分かってるはずだろ?」

「分かってるよ・・・。でも、今やらないと!」

「千歌!」

 

俺が荒らげた声で叫ぶと千歌は一瞬肩を跳ねさせ、暗い顔をする。

 

「いいから休んで。・・・それと後で話をしよう」

「・・・うん」

 

そういうと千歌は日陰に歩いていき、壁にもたれて座った。

 

「じゃあ、梨子と曜でもう1回最初から」

「「は、はい!」」

 

どこか歯車が軋むような嫌な音が胸の奥で響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習は終わり、俺は千歌だけを残し、他のみんなは屋上をあとにする。

 

「話って?私だけ残して・・・」

 

不安そうな顔をして俯く千歌。

この間の1件のこともあり、正面に立つのすら気が進まないが、今はAqoursのためにも言うしかない。

 

「・・・最近調子悪いのって、俺のせい・・・?」

「・・・・・・」

 

千歌は何も言わない。

 

「最近の千歌を見ているとそう思ってしまうんだ。昔からそうだろ?何かあると無理して何かをやろうとするから・・・」

「・・・ないじゃん・・・」

「え?」

 

千歌は小さく呟く。

 

「仕方ないじゃん!そうでもしないと2人の事を思い出して、そのことを妬む自分が嫌になって・・・。チカだって嫌なんだよ!」

 

1度も見たことのない苦しむ千歌の表情。

それを作ってしまった原因が自分だ。だったら、それなら俺は・・・。

 

「そっか。ごめん・・・。だから俺はAqoursの手伝い、辞めるよ」

「・・・ぇ・・・?」

「俺がいなくなれば千歌も少しは楽になると思う。俺のことなんか気にしないで頑張って」

 

俺はそれだけを残し、その場から去ろうとするが、当然千歌は引き止める。

 

「待ってよ!意味わかんないよ!やめるって何!?」

「言った通りだよ。俺がいても千歌の負担になっちゃうだけだから。それに9人もいるんだ。俺がいなくても大丈夫さ」

「そういうことを聞きたいわけじゃないよ!ずっと待ってたんでしょ?果南ちゃんたちが戻ってくるのを。ずっと願ってたんでしょ?みんなでスクールアイドルをやることを。またスクールアイドルを始めた3年生の前にカズくんがいなかったら意味ないじゃん!」

「それだと千歌が辛い思いをするだけだよ。そのためなら俺は自分の意思を殺すよ」

 

そう言うと千歌は何も言わなくなってしまった。

 

「Aqoursのことはこれからも応援していくから。頑張れ」

 

逃げるように走り出し、俺は学校を後にした。

 

そして、俺はまた間違え、後悔の道を進み始めた。




和哉の決断は果たして・・・。

「こうするしかなかったと思う。みんなのためにも・・・」

そうとは限らないかも知れませんよ。
次回もお楽しみに!


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#51 離別

~前回のあらすじ~
Aqoursを離れることを決意した和哉。
これからAqoursと和哉たちは・・・。


「うん。そういうことだから」

『いいの?果南たちはなんて?』

「果南ちゃんとダイヤちゃんにも説明はしたよ」

 

俺は今、3年生たちに部活を、Aqoursの手伝いを辞める旨を伝えた。

もちろん果南ちゃんは怒った。でも千歌と、そして梨子との関係を話すとすんなりと俺の提案を受け入れてくれた。ダイヤちゃんも同様だ。

 

『そう、なのね・・・。悲しいけどそんなことがあればいづらいのも確かね・・・。和哉が決めたのなら仕方ないわ・・・』

 

どうやら鞠莉ちゃんは受け入れてくれるようだ。

 

『和哉には沢山迷惑をかけたから・・・。このくらいのワガママどうってことないわよ。1年生と2年生には私たちから説明はするとして、梨子との関係は伏せていた方がいいわよね?』

「できれば・・・。みんなが納得してくれないようなら話してもいいよ。俺から梨子には伝えておくから」

『ええ。また戻ってくるのよ・・・』

「え・・・?」

 

そこで電話は途切れてしまった。

 

「今更、戻れるもんか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

今日おそらく梨子と3年生から俺が部活を去るという連絡が入っている筈だ。

そう思った矢先だった。スマホが一気にメールを受信をした。案の定Aqoursのメンバーからだ。

 

「・・・俺には関係ないよ・・・」

 

メールを読まず、スマホをベッドに投げ捨てる。

 

「俺は間違ってない筈なんだ・・・」

 

考えても無駄だと思った俺は家を出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば日が暮れ、俺は1日中狩野川の河川敷に腰掛けていた。

 

「ここにいたんだ」

 

後ろから声をかけられ、振り向くとそこには不機嫌な表情をした曜がいた。

 

「曜こそ。何しにきたの?」

 

ぶっきらぼうに告げると、曜はさらに顔をしかめさせる。

 

「なんで練習に来なかったの?」

「理由、3年生から聞かなかったの?」

「質問に質問で返さないでよ。・・・聞いたよ。千歌ちゃんが最近無理している原因になったからでしょ?」

「そうだよ」

 

どうやら千歌がそうなってしまった理由と俺と梨子の関係は聞かされていないようだ。

 

「それだけじゃないんでしょ?言ったよね。変なことしないでって。教えて。本当は何があったのか」

 

曜は俺に詰め寄り、食らいつくように問いただす。

 

「・・・曜には関係ないよ」

「あるよ!私だって和哉くんの友達なんだよ!」

 

どうやら曜は引くつもりがないようだ。

こうなったら話して嫌でも納得させるしかないのかもしれない。

 

「・・・千歌に告白された。千歌をフって梨子と付き合ってる。これで満足?」

 

俺の言葉に対して曜は目を見開き、驚きを隠せていなかった。

 

「嘘・・・」

 

曜は少し震えた声で呟く。

 

「嘘じゃない。本当だよ」

「嘘だよ!千歌ちゃんはずっと和哉くんのことが好きだったんだよ!和哉くんもそれを分かってたから誰とも付き合ったりしなかったんでしょ!?」

「そんなわけあるもんか。俺はずっと梨子が忘れられなかった。それだけだよ」

「千歌ちゃんはどうするのさ!」

「そんなの千歌がどうこうするしかなでしょ」

「無責任すぎるよ!」

 

こいつは・・。千歌のことになるとすぐに周りが見えなくなって・・・。なんで俺がこんな言われなきゃいけないんだ・・・!

 

「フった相手なんて知ったことじゃないだろ!どうして俺がそこまでやらなくちゃいけないんだ!そもそも曜も曜だよ!いつもしつこく俺に口うるさく言って、馴れ馴れしく近づいて!千歌に常に付きまとって!うっとおしいんだよ!それに千歌のことになると周りがまるで見えなくなって!お前がなんとかすればいいだけだろ!Aqoursの時だってそうだ!あれも千歌のため!二言目には千歌千歌!お前の言葉に自分の意思はないのかよ!千歌のことしか考えられないのかよ!・・・そりゃそうだよ。お前は俺たちと違ってなんでもできる完璧超人だもんな。自分よりも周りの評価が大事だもんな!」

 

そこまで言って俺ははっ、とした。

いくら頭に血が上っていたからと言って思ってもないことを口走り、曜を傷つけてしまった。そして、その曜は蒼い瞳から涙を流していた。

 

「あ・・・。ちが・・・、今のは・・・」

 

俺は声を震わせながら、今の言葉を否定しようとするがうまく声が出ない。

 

「・・・っ!」

 

曜は涙を堪えることができないまま、振り向き走って行った。

 

「・・・クソッ・・・!」

 

自分への怒りと苛立ちを吐き捨てることしかできなかった。

 

pipipipipipipi・・・。

 

スマホが着信音を鳴らす。

特に誰がかけてきたのか確認もしないまま電話に出る。

 

「もしもし・・・」

『もしもし。どうしたの?声が暗いわ』

 

電話をかけてきたのは梨子だった。

 

「ごめん・・・」

『謝らないでよ。そっちに曜ちゃんが行ったと思うんだけど・・・』

「・・・・・・」

 

曜の名前が出て、俺は黙ってしまう。

 

『その反応だと、あまりよくないことになっちゃったかしら・・・』

「・・・うん」

 

梨子はお見通しみたいだ。

 

「曜に酷いこと言った・・・。あいつを泣かせた・・・」

『そう、なのね・・・。曜ちゃんは私で何とかするから。和哉くんは心の整理をしっかりしてね。私は、ううん。私たちはいつでも待ってるから』

 

待っている。

鞠莉ちゃんも言った言葉だ。

だけど今の俺は・・・。

 

「戻るなんて言えないよ・・・」

『だよね。だから、心の整理をするの。ゆっくりでいいから。また和哉くんとみんなで笑える日が来るのを私は待ってるから』

 

優しく。ただ包み込むように優しく話す梨子の声に俺は涙を流しそうになっていた。

彼女がいるだけで。彼女の声だけで俺はこんなにも心が救われる。そんな気がした。

 

「ありがとう、梨子」

『ううん。私なんかでよければいつでも話を聞くよ』

「・・・なんかじゃないよ」

『え?』

「梨子だから、話せるんだ」

 

俺がそう言うと梨子は黙り込んでしまった。

 

「梨子?」

『そ、そういうことだから!またね!』

 

やけに慌て、声を荒らげた梨子は電話を切ってしまった。

不思議に思いながらスマホをしまい、自宅への帰路につく。そして、赤く染まった空を見上げる。

 

梨子のおかげで気は楽になったけど。

けど。

 

「千歌にも曜にもあんなことを言ったんだ。戻れるわけがないんだよ・・・」



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#52 私の中の大切なもの

〜前回のあらすじ〜
Aqoursを離れた和哉。
時間は待ってくれず、予備予選は近づいてくる。そんな中Aqoursは合宿を始めた。


side 梨子

 

和哉くんが部を去って約1週間ほどが過ぎた。Aqoursはお昼は三津浜にある海の家のお手伝い。夕方から砂浜を使い、いつものように練習に取り組み、予備予選用の曲の完成度を高めていった。そう、今は千歌ちゃんのお家を借りてAqoursみんなでの合宿だ。

私と和哉くんの関係を知っている千歌ちゃんと曜ちゃんの2人は大丈夫だろうか、と心配していたが落ち着いたようで、何事も無かったように練習に励んでいるのだが、時折見せる暗い表情に私は胸を痛めていた。

 

それと同時に私はある1つの問題があった。それは昨晩届いたメールのせいだ。

8月20日のピアノコンクール出場の誘いが来ていた。それが私の悩みの種になっている。

その日はラブライブ予備予選と同じ日なのだ。

 

海の家のお手伝いで残った料理の夕食を終えた私は1人、砂浜に座り、そのメールを読んでいた。

少し離れたところにさっきよっちゃんが作った『堕天使の涙』という激辛な食べ物を食べて、熱くなった舌を必死に冷やしているルビィちゃんがいた。その姿を見て私はクスリ、と笑い、メールの削除をしようとする。

スマホには最終確認が表示される。

 

これを消せば少なくともこの1年間はピアノに関わることなく、Aqoursの活動ばかりになるだろう。

 

「・・・関係ない」

 

今、私が居るのは、居たいのは騒がしいけど楽しくて毎日笑っていられるAqoursなんだから。

 

なんの躊躇いもなく、私はメールを削除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・こちゃー・・・」

 

薄い意識の中、私を呼ぶ声がする。

 

「り・・・ゃーん・・・、梨子ちゃーん」

 

同時に顔を掴まれ、頬を揉まれているようだ。

 

「梨子ちゃーん」

 

その声の主は千歌ちゃんだった。

 

「千歌ちゃん。・・・。面白がってませんかー?」

 

重い瞼を開け、仏頂面をして私は千歌ちゃんの顔を見上げる。

申し訳なさそうに笑う千歌ちゃん。

こんな夜更けに起こすなんて、何かあったのだろうか。

 

「ちょっと外に行こうよ」

「外?」

「うん。少し眠れなくて。おしゃべりでもしない?」

 

彼女の声はいつものような活発さが無く、何か思い詰めているようだ。

 

「いいよ」

 

断る理由もあるはずもなく、彼女の言葉に二つ返事をする。

 

千歌ちゃんに着いて行き、夜の三津浜に向かう。

昼間の人混みはなく、波の穏やかな音だけが響いていた。

 

「志満ねぇと梨子ちゃんのお母さんが話しているの聞いちゃったんだ。ピアノのコンクールに呼ばれたんでしょ?」

 

なるほど。千歌ちゃんが思い詰めていたのは私のせいだったようだ。

 

「バレちゃったか。心配しないで。ちゃんとラブライブに出るから」

 

これは私が決めたこと。この言葉に嘘はない。

 

「え?」

「確かに初めて知らせが届いた時はちょっと戸惑ったよ。チャンスがあったらもう一度、って気持ちもあった。でも、合宿が始まって、みんなと一緒に過ごして。こっちに引越して来て学校やみんなやスクールアイドルが自分の中でどんどん大きくなって。みんなとAqoursの活動が楽しくて。千歌ちゃんとの出会いも」

 

千歌ちゃんは黙って私の話を聞いている。

その表情は驚きを隠せていないのが見て分かる。

 

「自分に聞いてみたの。どっちが大切なのか。すぐ答えは出た。今の私の居場所はここなんだ、って」

「そっか」

「今の私の目標は今までの1番の曲を作って予選を突破すること。それだけ」

 

私の今の正直な気持ちをぶつけた。

 

「分かった」

 

千歌ちゃんも納得してくれたようで優しく微笑んでいる。

 

「梨子ちゃんがそう言うなら」

「だから早く歌詞ください」

「えー!今それ言う!?」

 

小さな子供のように不貞腐れる千歌ちゃん。

 

「当たり前でしょ。さ、風邪ひくと行けないから戻ろ」

「・・・うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ヘーイ!!」」

 

次の日のお昼。

私たちはだいぶ慣れてきた海の家のお手伝い中だ。

私と千歌ちゃんは歩道に立ち、海の家の宣伝が書かれた箱をかぶり、客寄せをしていたが全く捕まらない。

その様子を果南さんと鞠莉さんが見ていて笑っていた。

 

「さて、梨子。そろそろ行こっか」

 

パーカーを着た果南さんが私に声をかける。

 

「あ、はい」

「どこ行くの?」

 

興味を持った千歌ちゃんが歩み寄ってくる。

 

「梨子とダンスの相談。来る?」

「いいの!?」

 

果南さんが目線でいい?と聞いてくる。別に拒否する理由もないので頷く。それに歌詞担当の千歌ちゃんが居た方が話が進みやすい。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大切な、もの?」

「それが歌詞のテーマ?」

 

千歌ちゃんが言うには予選用の曲はそういうテーマらしい。

 

「うん。まだ曲の出だししか書けてないんだけど・・・」

 

持ってきた歌詞ノートを千歌ちゃんは私に差し出す。

受け取って中を読む。

 

「・・・大切な・・・」

 

歌詞を読む前にそのテーマをもう一度口にする。そして、机の上に置きっぱなしにしていた譜面を見つめてしまう。

 

「梨子」

「ふぇ!」

 

果南さんに声をかけられ、驚いてしまう。

 

「梨子も読んでみてどう?」

「あ、はい・・・」

 

いけない。今は曲作りに集中しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり売れなかった『堕天使の涙』と『シャイ煮』の処理が夕飯。だと思っていたが曜ちゃんお手製のカレーによってその2つは美味しく食べることができた。・・・最初に私に食べるように進めてきた時は嫌がらせかと思ったが美味しかったのでよしとしよう。

夕飯後はダイヤさんによるスクールアイドルの歴史講座が開かれたが、鞠莉さんのお陰で長い長ーい話を聞くことにはならなかった。

そして。

 

「梨子ちゃん」

「・・・なぁに・・・?」

 

今夜も眠っているところを千歌ちゃんに起こされてしまった。それも昨日と同じく頬を挟まれて。

 

「1つ、お願いがあるの」

「お願い?」

「着いて来て」

 

言われるまま着いて行くと外に自転車が2台用意されていた。

 

「さ、行くよ!」

 

千歌ちゃんはどこに行くかも言わずに自転車に跨る。

 

「はい?」

「ゴー!」

「え!?ま、待って!!」

 

自転車で走って行く千歌ちゃんを必死に追いかける。

 

「こんな夜中にどこ行くの!」

「いいからいいからー!」

 

辿り着いたのは浦女の音楽室。

 

「どういうつもりなの?」

「考えてみたら聞いてみたことなかったな、って。ここだったら思いっきり弾いても大丈夫だから!梨子ちゃんが自分で考えて、悩んで、一生懸命作った曲でしょ。聞いてみたくて!」

 

勝手にうちに上がって持ってきたと思われる私の、私だけの曲の譜面を見せる千歌ちゃん。だが、その曲とはもう関わらないと決めた。

 

「でも・・・」

「お願ーい!少しだけでいいから」

 

千歌ちゃんは譲る気はないようだ。

 

これでこの曲と、ピアノコンクールと完全に決別しよう。

 

「あまり、いい曲じゃないよ」

 

そう思った私は千歌ちゃんのお願いを聞くことにした。

 

これで本当に終わりにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい曲だね」

「千歌ちゃん・・・」

 

学校を出て、私たちは三の浦総合案内所の前の防波堤に腰をかけ、明るくなり始めた水平線を見つめていた。

そんな中、学校を出てからあまり言葉を出さなかった千歌ちゃんがぽつり、と呟いた。

 

「梨子ちゃんがいっぱい詰まった」

 

こんな曲を聞いて千歌ちゃんは私を感じたようだ。

 

「梨子ちゃん」

「ん?」

「ピアノコンクール出て欲しい」

 

言葉が出なかった。

スクールアイドルを頑張ろう、みんなと一緒に過ごしたい、と決意した矢先。リーダーの千歌ちゃんから言われたんだ。

 

私は必要ないの?

 

「こんなこと言うの変だよね。滅茶苦茶だよね。スクールアイドルに誘ったのは私なのに。梨子ちゃん、Aqoursの方が大切って言ってくれたのに・・・。でも、でもね!」

「私が一緒じゃ、嫌・・・?」

「違う!違うよ!一緒がいいに決まってるよ!」

 

千歌ちゃんは大きな声で、首を振りながら私の言葉を否定する。

 

「・・・思い出したの。最初に梨子ちゃんを誘った時のこと。あの時私思ってた。スクールアイドルを一緒に続けて、梨子ちゃんの中の何かが変わって、また前向きにピアノに取り組めたら素晴らしいな!って。素敵だな!って。そう思ってた、って」

「でも・・・」

 

確かに最初はそうだった。でもそれがどうでもよくなるくらいに私は・・・。

 

千歌ちゃんは手を差し出す。

 

「この町や学校や、みんなが大切なのは分かるよ。私も同じだもん。でもね、梨子ちゃんにとってピアノは同じくらい大切なものだったんじゃないの?その気持ちに答えを出してあげて」

 

何も言えない。

彼女が。千歌ちゃんが。

私のことをそんなに大切に考えてくれていたことが嬉しくて。

 

「私待ってるから!どこにも行かないって。ここでみんなと一緒に待ってるって約束するから・・・。だから・・・」

 

勝手に体が動いた。

この優しくて暖かい友達を私は抱きしめていた。

 

「本当・・・。変な人・・・」

 

自然と涙が溢れていた。

体を離し、手をとる。

 

「大好きだよ・・・」

「私も・・・。大切な大切な友達だもん・・・」

「ごめんね・・・。ずっと黙ってて・・・。ピアノも和哉くんのことも・・・」

 

言うならここしかない、そう思った私はその事に触れる。

 

「いいんだよ。私は選ばれなかっただけなんだから。気にしないで」

「でも・・・」

「いいの」

 

千歌ちゃんは私を優しく抱きしめる。

 

「私は2人が大好き。そんな2人が幸せなら私も幸せなんだ」

「ごめんね、ごめんね・・・。千歌ちゃんの気持ちは分かってた・・・。それなのに・・・。ごめんね・・・」

 

涙が止まらない。

ただ彼女に優しく慰められながら、謝り続けることしかできなかった。




梨子の選択。千歌の想い。
2人はそれを確かめ合い、また1つ絆は強くなった。


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#53 みんなで決めたから

〜前回のあらすじ〜
東京で開催されるピアノコンクールに出ることを誘われた梨子。しかし、その日は予備予選と同じ日で1人悩んでいた。
その事を知った千歌の言葉でピアノコンクールに参加することを決めたのだった。


「みんな、話があるの」

 

1日の練習が終わり、みんなで海の家の余った食材の処理、もとい夕飯の時に千歌ちゃんが立ちあがり、みんなに声をかける。

 

「どうかしたんですか?」

 

ルビィちゃんが少し怖がったような声を出す。

千歌ちゃんは1度息を整え、静かに話し出す。

 

「梨子ちゃんをピアノのコンクールに出してあげたいの」

 

場の雰囲気が静まる。

それもそうだ。こんな時に自分勝手なことを。

 

「・・・コンクールの日付はいつですか?」

 

ダイヤさんが難しい顔をしながら聞いてくる。

 

「予備予選の日です・・・」

 

私は申し訳なく呟く。

それでも千歌ちゃんは私のために説得しようと言葉を強める。

 

「予備予選前の大事な時にこんなこと言うのはおかしいって分かってる。けどね・・・!」

「全く・・・。どうせ言っても聞かないんでしょ?千歌は」

「え・・・?」

 

帰ってきたのは果南さんの優しい声だった。

 

「そのとーりデース!私たちの時にも話を聞かずに首を突っ込んできたのだから止めれるはずもありません」

 

続いて鞠莉さんがおどけて言う。

 

「元々リリーはピアノをまたできるようになりたいからスクールアイドルになったんでしょ?その時が来ただけよ」

「よっちゃんまで・・・。ありがとう」

「ふん!」

 

お礼を言われるのに慣れていないのか、よっちゃんは顔を赤くしながらそっぽを向いた。

 

「マルもいいと思います!」

「ルビィも!」

 

1年生、3年生が次々と私がコンクールに参加することを了承していく。そんな中、曜ちゃんだけ険しい顔をしていた。

 

「曜ちゃん?」

「・・・え?」

 

声をかけてみると上の空だったのか、どこか間の抜けた返事が帰ってきた。

 

「よーちゃんはどう?」

 

千歌ちゃんも曜ちゃんへと声をかける。

 

「う、うん。いいんじゃないかな。梨子ちゃんもそうした方がいいだろうし」

「よし!じゃあ決定だね!」

 

千歌ちゃんの声の後にみんながそれぞれ私へ声をかけていく。

がんばれ、とか。大丈夫だよ、とか。

その言葉が嬉しくて、暖かくて。私はみんなの想いに答えないといけない。そう強く心に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・出て、くれるかな・・・」

 

みんなが寝静まった中、私は1人海岸に出て、電話をかけていた。相手はもちろん和哉くん。

既に日付は変わり、家の明かりも消えてしまっている。

 

『もしもし・・・?』

 

かなり眠そうな声の彼。こんな時間だし、当然だ。

 

「ごめんね、こんな時間に」

『ん、いや。大丈夫。ふぁ・・・』

 

彼は眠そうに欠伸を1つする。

 

『ごめん、それで合宿はどう?順調?』

「うん。3年生の3人が引っ張ってくれてる。たまにダイヤさんが空回りすることあるけどね」

『ははっ。仕方ないさ。ずっと我慢してたんだから』

「そうだね」

 

果南さんや鞠莉さんが言っていたことと全く同じ言葉に笑いが出てしまう。この4人には私たちとはまた違う信頼関係があるのがよく分かる。それに、彼は変わらず、私たちのことを心配してくれていた。

 

「大変なんだよ。鞠莉さんやよっちゃんが海の家でね」

 

気づけば私は饒舌に話してしまい、時間はあっという間に過ぎていた。

 

「あ、ごめんなさい。私ばっかり話して」

『ううん。いいよ。みんながどうしてるのかよく分かったし、梨子も楽しんでるようだから』

「うん。・・・それでね、聞いて欲しいことがあるの」

『うん?』

「私ね・・・」

 

口が震える。

いくらみんなが背中を押してくれたとはいえ、あの日の辛い思いが消えたわけじゃない。正直な話、ピアノを大勢の前で演奏するのは怖い。

そう思った途端、私の口は空いたまま動かなくなる。

 

『・・・梨子』

「何・・・?」

『今、梨子はすごく大変なこと、辛いことに挑戦しようとしてるんだよね。何かは分からないけど、声からすごく伝わってくるよ』

「うん・・・」

『逃げ出したかったり、目を逸らしたりするかもしれないけど・・・。けど、逃げないで欲しい。向き合ってほしい。俺の我儘だけど、梨子に前に進んでほしいんだ。言葉にできないならできるようになってからでいいから教えてよ。梨子がどうしたいかをさ』

 

優しく、声だけで私を包み込んでくれるように話す和哉くん。その言葉だけで自然と言いたいことが口から出てくる。

 

「ピアノコンクールに出ることにしたの。みんなは快く行ってきて、って言ってくれたわ」

『・・・そっか。それはいつなの?』

「・・・8月20日。予備予選の日」

『・・・・・・』

 

沈黙が流れる。

今は部活を抜け、無関係と決めているような彼だが、一緒に過ごした時間は長い。この決断に思わないことがないはずがない。

 

『そう・・・、なんだ・・・。うん・・・。みんながそう言うのなら、大丈夫じゃないのかな』

 

歯切れを悪く言う和哉くん。その言葉に私は少し不安を覚える。

 

『曲は大丈夫なの?』

「うん。もう少しで千歌ちゃんが詩をくれるわ。移動する日までにはなんとかなると思う」

『梨子がそういうんなら、大丈夫かな』

「ごめんなさい、こんな時に・・・」

『いいんだよ。梨子の好きなようにやれば』

 

明るく言ってくれた彼の声にほっ、とする。

 

「それでね、和哉くんにお願いがあるんだけど」

『ん?』

「その日、私と一緒に東京に行ってくれない?」

『・・・・・・はい?』

「あ、泊まる場所は大丈夫。2人まで泊まれる部屋を運営の人たちが用意してくれてるから」

『あ、うん。・・・じゃなくて、そうじゃないんだ・・・。おばさんは・・・?』

「仕事があるから行けないって」

『そう・・・。それは困ったね、うん・・・』

 

色々説明し、最後にはなんとかOKを貰ったが、どうにかして断ろうとする彼に私は1人、首を傾げていた。




みんなの想いを受け取り、梨子は前へと進む。
あの日を乗り越えるため。

「だけど、なんで和哉くんはあんなに渋ったのかしら?」

それは・・・。私からは何も言いません。

「教えてくれたっていいじゃない!」

次回をお楽しみに!


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#54 渡辺曜という人間

〜前回のあらすじ〜
今の本音を伝え、東京に向かう梨子と和哉。
2人でのお出かけだし・・・、と思っていた梨子だが・・・。


ピアノコンクールの数日前。

まだ朝早い沼津駅の改札。駅のお店もまだ開店していない。

私たち学生にとっては長い夏休みの1日だが、働く大人たちにとってはただの平日。

 

そんな日の中、東京に向かう私はAqoursのみんなに見送りをしてもらっていた。

 

最初に言葉をかけてくれたのは千歌ちゃん。

彼女と握手をし、互いに微笑む。

 

「しっかりね」

「お互いに」

 

立つ場所は違っていても健闘を送り合う。

 

「梨子ちゃん!がんばルビィ!」

「東京に負けてはいけませんわよ!」

 

黒澤姉妹の激励。

 

「そろそろ時間だよ」

 

その2人の後ろから曜ちゃんが顔を出し、電車の時間を教えてくれた。

 

「うん」

「Ciao、梨子」

「気をつけて」

 

鞠莉ちゃんと果南ちゃんも一言言ってくれた。

 

「ファイトずら」

 

最後に花丸ちゃん。

よっちゃんだけ何も言ってくれなかったが、素直じゃない彼女の事だ。言葉にしなくても分かってる、なんて思っているのかもしれない。

 

みんなに背を向け、改札を通る。その瞬間、千歌ちゃんが私を呼び止める。

 

「梨子ちゃーん!」

 

立ち止まり、振り返る。

 

「次の!次のステージは!絶対みんなで歌おうね!」

 

そんなことを言うために呼び止めたらしい。

答えなんて1つしかなく、私は笑みを浮かべる。

 

「もちろん!」

 

こんな激励を貰ったんだ。もう怖くなんてない!

・・・と、その前にもう1人、素直じゃない人を探さいといけない。

 

先にホームで待っているって言っていたけど・・・。

 

「1年生たちとはすごく仲良くなったみたいだね」

「1年生だけじゃないわ。果南ちゃんや鞠莉ちゃんとだって。合宿のおかげよ」

 

電車乗り場に向かうための上り階段の前に和哉くんは立っていた。

 

「せっかく一緒に行くんだから顔くらい見せれば良かったのに」

「・・・俺が行っても空気が悪くなるだけだよ」

 

彼の表情を覗いてみると浮かない感じだ。自分でもどうしたらいいか分かっていない、とでもいうような。

 

「別に気にしなくてもいいと思うよ。和哉くんも一緒に行く、ってみんなには言ってるから」

「え!?言ったの!?」

 

予想外だったのだろうか。彼らしくない大声をあげる。

 

「当然じゃない。私が向こうにいる間、みんなに心配させたくないし」

 

私がそう言うと彼はため息をつき、頭を搔く。

 

「分かったよ・・・。そろそろ電車来るよ」

「あ、うん」

 

乗り場に向かう彼の後ろをついて行きながら1人、静かに意識をピアノへと運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

在来線に揺られること数時間。

途中で大きな駅で降りてお昼を食べたり、少しお店を見ていたりしていたので、東京に着いた頃には少しずつ日が傾き始めた頃だった。

 

「ふぁあ〜」

 

隣で大きな欠伸をする和哉くん。

移動が長く、疲れて眠ってしまうのは仕方ないと思う。だけど!電車に乗って座るや否やすぐ熟睡!?こんな時とはいえ、なかなかない2人だけの遠出なのにお喋りもろくにせずに爆睡する、普通!?起きてたのはご飯食べるか、お土産屋さんで何かお菓子を買うくらい!浮かれてた私が馬鹿みたいじゃない!!

 

「寝すぎよ。夜、寝れないんじゃないの?」

 

露骨に不機嫌さを出して欠伸を指摘する。

 

「それは別だから大丈夫。てか、なんで不機嫌なの?」

 

それを聞くの!?

 

私は腹を立て、そっぽを向く。

 

「考えてみたら?」

「えぇ〜・・・」

「キビキビ歩く!スタジオに行かないといけないんだから」

「へいへい」

「返事は1回!」

「はい・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿とスタジオが同じ建物に入った場所に私たちは到着した。

とりあえず寝室になる場所に荷物を起き、2人でピアノの部屋に向かう。

 

「わぁ・・・。広い・・・」

 

学校の音楽室に負けないほどの広さの空間。ここを私1人で使うと言うのは流石に勿体ないというか・・・。

 

「すっご・・・。それでさ、俺も着いては来たけど、何もすることなくない?」

 

私と同じリアクションをした和哉くんは壁の近くに置かれたパイプ椅子に腰掛ける。

 

「和哉くんには聞いてて欲しいの」

「梨子のピアノならずっと聞いてられるけど・・・。他にできることとかは?」

 

真顔でこちらの顔が熱くなるようなことを言わないで欲しい・・・。

 

「うーん。傍に居てくれて、聞いてくれるだけで私は満足だよ」

「そういうもん?」

「そういうもの」

 

完全に納得した訳ではないようだが、了承はしてくれたようだ。

早速、コンクール用の曲の練習を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば完全に日は傾き、窓の外は夕暮れに染まり、夜がやってき始めていた。どうやら数時間経っていたようだ。

 

「1回、休憩する?」

 

椅子に座ったまま彼が私に声をかける。

 

「うん。コン詰めすぎても良くないし」

「そうだね。紅茶、入れてくるよ」

 

そう言うと彼は部屋を出ていく。

 

「・・・・・・」

 

こんな広い部屋に1人でいるとなにか落ち着かない。

うーん、と特に悩んでもないが、考えるフリをして誤魔化してみる。

 

「あ。みんなに着いたって連絡しないと・・・。この時間なら練習終わってるよね」

 

スマホを持ち、千歌ちゃんをコールする。

 

『もしもし?』

「あ、千歌ちゃん?今平気?」

『うん!東京に着いたの?』

 

いつもの元気な声。

お別れしてまだ1日も経っていないのに懐かしく思ってしまう。

そう思ってしまうくらい一緒に居たのだから仕方ないのかもしれない。

 

「うん。スタジオに着いたから連絡しておこうかと思って」

『そうなんだ!スタジオは大きい?』

「うん。1人じゃ勿体ないくらいで」

『ふふっ。あ、ちょっと待って。みんなに変わるから。花丸ちゃん!』

 

どうやら練習が終わったばかりのようで何人かは近くにいるみたいだ。

 

『あっ!え、えっと・・・』

 

千歌ちゃんのことだからいきなり話を振ったんだろう。花丸ちゃんの焦る声が電話越しに聞こえる。

 

『もすもす?』

 

もすもす?訛りだろうか?

 

「もしもし?花丸ちゃん?」

『み、未来ずら〜!?』

 

え?そんなに驚くこと?私の声、何回も聞いてるよね・・・?

 

『何そんなに驚いてるのよ。流石にスマホくらい知って』

「あれ?よっちゃん?」

 

こんな時間だからとっくにバスで帰っているものと思っていたから、よっちゃんが居たのは少し驚いた。

 

『え?・・・・・・ふふふふっ・・・。このヨハネは堕天で忙しいの。別のリトルデーモンに変わります!』

 

堕天で忙しいって何?

 

次々と変わる電話相手。

流石にいい加減、まともに電話をしてもらいたい。

 

「もしもし・・・?」

『ピギッ!?ピギィイイイイイイイイイイ!!!!』

 

ルビィちゃんに至っては声を聞いただけで逃げられてしまった。

 

実は私、後輩から嫌われてる・・・?

 

『どうしてそんなに緊張してるの?梨子ちゃんだよ?』

『電話だと緊張するずら。東京からだし!』

『東京関係ある?じゃあ、曜ちゃん。梨子ちゃんに話しておくこと、ない?・・・あっ。電池切れそう・・・』

 

誰が話すのか決めている間に千歌ちゃんのスマホのバッテリーの限界が来たようだ。

 

「またなの?」

 

千歌ちゃんはよく学校でもスマホを使ってネット検索などをしてすぐにバッテリーを使ってしまう。今回もそれが原因なのだろうか。

 

『またって言わないでよ〜。・・・まただけど』

「うふふっ。じゃあ、切るわね。他のみんなにもよろしく」

『うん!』

 

電話を切り、みんなの声を聞けて心が落ち着くのが分かる。

やっぱりここに来てどこか落ち着かなかったり、時々演奏が乱れたりした。心の奥底では怖がっていたのかもしれない。けど、みんなの声を聞けてまた頑張れる、とそう思えた。

 

・・・けど1つだけ気になったのは曜ちゃん。

電話越しだったから微かにしか聞こえなかったけど、あの声はいつもの彼女という感じがしなかった。

私の考えすぎならそれでいいのだけど・・・。

 

「お待たせ。紅茶持ってきたよ」

 

和哉くんがおぼんにティーカップを2つとケトルを乗せて戻ってきた。

 

「ありがとう」

「紅茶なんて入れたことないからさ、調べて見様見真似で淹れてみたんだ。不味くはないと思うけど」

 

そう言いながら小さな机にティーカップを置き、紅茶を注ぐ。

 

「気にしないよ。いい香り」

 

1口啜ると紅茶の味が口に広がる。

 

「うん。美味しい」

「そりゃよかった」

 

彼も続いて飲む。

 

「ねぇ、曜ちゃんなんだけど・・・」

 

私が曜ちゃんの名前を出すと和哉くんは飲むのを止め、ティーカップを置く。

 

「曜、がどうしたの?」

「うん・・・。何か悩んでるように感じて・・・」

「はぁ・・・。梨子も気づいたか・・・。鞠莉ちゃんから何か聞いた、とか?」

 

ここで何故鞠莉ちゃんの名前が出てきたのか私は分からず、首を傾げる。

 

「その反応は違うか・・・。ついさっきさ、鞠莉ちゃんからも曜のことを聞かれたんだよ」

「そうなの?」

「うん。多分梨子と一緒。・・・曜ってさ、千歌のこと大好きだでしょ?」

「う、うん。それは見て分かるわ」

「あいつ、器用そうに見えるけど実はそうじゃなくて。そう思われることが嫌なんだよ」

「そうなんだ」

 

正直意外だった。

なんでも人並み以上にできて、頼れる存在。完璧と言う言葉がぴったりな彼女がそんなことを考えていたなんて。

 

「ずっと、言ってたんだ。千歌と2人で何かやりたいって。でも相手はバカ千歌だから曜の気持ちにはなかなか気づかないでさ。曜がスクールアイドル始めたのも千歌となにかしたかったから、なんだと思う。でも気づけば梨子が来て、1年生が来て、3年生も加わって。あいつのことだから自分とは2人じゃ嫌だったのかな、って思ってる」

「・・・嫉妬、されてたの?」

「さあ、ね。昔からよくそんな相談をしてきて、話を聞いてたから。最近は全くなかったからあいつなりに満足してるって思ってたけど違ったみたい」

「うん。ありがとう。教えてくれて」

「ん。後は梨子次第かな」

「私?」

「うん」

 

結局それが本当なのか違うのか分からないまま日は沈んで行った。

 

「あ」

「ん?どうかした?」

「お土産屋さんで買ったシュシュ・・・。みんな一緒だよ、って言うのとコンクールに行かせてくれたお礼でみんなに送ったんだけど・・・」

「・・・ま、まぁ?大丈夫じゃないの?」




デートにもならず、曜の違和感に頭を悩ませる梨子。
彼女はどう動くのか。


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#55 不穏な日

〜前回のあらすじ〜
東京に渡った梨子と和哉。
その夜にAqoursのメンバーと電話をするも何やら上手くいっていない様子を梨子は察したのだった。


本番まで残り数日。

この日は朝から和哉くんと東京の街を歩いていた。

 

「先月来たばっかりだけど、あっという間に変わるね、この街は」

 

今居る秋葉原の風景を見てしみじみと呟く和哉くん。

確かに先月の記憶とは違う風景になっている所が多い。しかし、いきなりそんなことを言い出して、どうかしたのだろうか。

 

「・・・いきなりどうしたの?そんなこと言うなんて」

「うん・・・。どんなものでも変わって行くんだって、ふと思ってさ・・・。時間は関係ない、って」

 

私は和哉くんじゃないし、和哉くんが考えていることなんて全然分からない。分かりたくても分かることなんてできない。でもこればかりは何となく察してしまった。今のAqours、仲の良かった友達との関係だと思う。その友達との行き違いによる別れを怖がっているのだと、そう直感が告げていた。

 

「大丈夫よ。千歌ちゃんも曜ちゃんも笑って許してくれるわ」

「・・・だと、いいけど・・・。でも曜は難しいかも」

 

和哉くんは寂しそうな笑みを浮かべる。

 

「どうして?」

「曜って昔からなんでもできてたからそのせいでよく悩んでたんだよ。その話をずっと聞いてる癖に曜にあんなこと言ってさ・・・。本当に馬鹿野郎だよ・・・」

「詳しくは私は分からないけど・・・。だったらちゃんと謝らなきゃ。本当はそんな風には思ってないって。すれ違いは悲しいから」

 

私はできるだけ笑って見せた。

 

「なんで梨子がそんな顔するのさ」

 

吹き出すように笑う彼。

 

「な、なんで笑うのよ・・・!」

「全然笑えてないよ。笑おうと頑張ってくれてたみたいだけど」

 

そう言われて自分が笑えていかなかったことわ実感し、顔が熱くなるのを感じる。笑われるくらい笑顔ができていないとは思ってもいなかった。これでも一応アイドルなんだし、笑顔くらいはすんなりできているとは思っていた。

 

「さ、そろそろ着くよ。梨子のことも、Aqoursのことも。上手くいくようにお祈りしとかないとね」

 

到着した場所は神田明神。

前に来た時は3年生がまだ加入していなかった時。あれからまだ2ヶ月ほどしか経っていないはずなのに随分時間が過ぎた気がする。

相変わらず参拝者が多く、無意識のうちに私は隣の和哉くんとの距離を狭めていた。

 

「くっついてきてどうしたの?」

「あっ。その・・・。そ、そう!人多くてはぐれるかもしれないから!」

「・・・ぷっ・・・。何それ・・・」

 

慌てて誤魔化すのを見て和哉くんは少しだけ微笑む。

 

恥ずかしいけど、彼が笑ってくれたからそれはそれでいい、かも・・・?

 

お参りをした後はいつもの和哉くんのようで。少し前の思い詰めた表情や悲しげな瞳はすっかり消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルに戻ってからはピアノのリハ。昨日で突き詰めるところまでやっていたおかげで今日は細かい譜面の確認と苦手なメロディの練習だけにした。

夜はだいぶ深まり、2人でベッドルームに置いてあるテレビを見ながらお菓子を摘んでいた。

すると。

 

「・・・千歌、からだ・・・」

 

和哉くんのスマホに電話がかかって来た。しかも相手は千歌ちゃん。

 

「・・・・・・」

 

和哉くんは黙って立ち上がり、枕元のコンセントに繋がれたスマホを取る。ベッドに腰掛け、1度深呼吸をし、ゆっくりスマホを耳元に当てる。

 

「・・・もしもし。・・・うん、久しぶり・・・。え?梨子・・・?」

 

そう言うと和哉くんは私の方を見る。

なんとなく千歌ちゃんの気持ちを察し、私は頷いてその場から去る。

 

・・・と言っても部屋を出ていくふりをして角に隠れて盗み聞きをするんだけどね。

 

と思ったがあまり話し声は聞こえなかった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった?」

 

タイミングを測って彼の元へ戻る。

 

「うん。電話越しだけど千歌に謝れたよ。・・・帰ったらちゃんと顔合わせて謝らないと」

「うん・・・。それで千歌ちゃんはなんて?」

「曜のことだった」

「・・・やっぱり」

 

思っていた通りだった。

 

「やっぱり?」

「・・・うん。昨日電話した時にかすかに聞こえた曜ちゃんの声、いつもと違ったから・・・」

「そう、かぁ・・・」

 

和哉くんは重いため息をつく。

私はその彼に寄り添うように隣に腰掛ける。

 

「最終予選用の曲、千歌と曜の2人・・・。ダブルセンターでやるんだって。だけど2人の息が合わないって。千歌も悩んでてさ」

「・・・なんて言ったの?」

「・・・千歌らしく、曜らしく・・・、ってしか言えなかったよ。正直、俺も驚いてて・・・。あの2人だからさ・・・」

 

私も驚いた。千歌ちゃんと曜ちゃんが噛み合わないということに。いつも一緒にいるあの2人に限って・・・。

 

「俺・・・、どこで何を間違ったんだろ・・・」

 

その言葉に私は何も、何一つ答えることができなかった。



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#56 想いは重なり、1つに

〜前回のあらすじ〜
千歌と曜は新曲のパフォーマンスに苦戦。気持ちを焦らせていた。
一方、梨子は曜のことを気にかけ行動に移った。


暗い部屋。

そこにある光といえばカーテンのない窓から注す隣のビルや車の人工的な光だけ。そう言えば東京ってこんな感じだった、と私は外から自分の右手首に付けた桜色のシュシュを見つめる。

そんな中、この部屋を照らす光は私が片手に持っている自分のスマホだけ。表示されているのは今悩んで小さく座り込んでいるはずの友達の電話番号。

 

「私にできることは・・・」

 

画面に目を向け、発信ボタンを押す。

スマホをゆっくり耳元に当て、無機質な音に耳を傾ける。

 

大丈夫。変にいい言葉を繕う必要は無い。私の気持ちを少しでも言えればいい。

 

『もしもし?』

 

スピーカーから聞こえてきたのは思ったよりも元気な曜ちゃんの声。

 

「曜ちゃん・・・。平気?」

『うん!平気平気。何かあったの?』

 

こんな時でも自分以外のことを・・・。

 

「うん。曜ちゃんが私のポジションで歌うって聞いたから。ごめんね、私のわがままで」

 

1度椅子から立ち、また外を見つめる。

 

『ううん。全然』

「私のことは気にしないで。2人でやりやすい形にしてね」

 

きっと曜ちゃんの事だ。私との練習が体に馴染んでしまった千歌ちゃんに合わせるために私の動きで踊っているのだろう。

 

『でも・・・、もう・・・』

 

この反応ということは私の予想は当たっていたようだ。

 

「無理に合わせちゃダメよ。曜ちゃんには曜ちゃんらしい動きがあるんだし」

『・・・そうかな?』

「千歌ちゃんも絶対そう思ってる」

 

あまり、効果は感じなかったけど、私が言いたいことはそれくらい。あとは曜ちゃんが・・・。

 

『そんなこと・・・、ないよ・・・』

「え・・・」

 

返って来た言葉は私が思っていたこととは正反対だった。

 

『千歌ちゃんの傍には梨子ちゃんが1番合ってると思う。だって・・・。千歌ちゃん、梨子ちゃんといると嬉しそうだし・・・。梨子ちゃんのために、頑張る、って言ってるし・・・』

 

次第に彼女の声は嗚咽が混じり始め、今にも泣きだしそうに感じた。

 

いつもは明るい声と笑顔で周りを引っ張って、笑顔を咲かせるムードメーカー。なんでもできてしまうすごい子だと思っていたけど違った。

本当はとても寂しがり屋で考えすぎてしまう普通の女の子だったんだ。

 

「そんなこと、思ってたんだ・・・」

 

言いたくはなかったけど、教えないと。貴女の親友が貴女にどう思っているのかを。前に聞いた、千歌ちゃんの気持ちを。

 

「あのね千歌ちゃん、前話してたんだよ。曜ちゃんの誘い、いつも断ってばかりで。ずっとそれが気になってる、って。だからスクールアイドルは絶対一緒にやるんだ、って」

『嘘・・・』

「嘘じゃないわ。絶対一緒にやりきる、って。とてもいい笑顔で言ってたんだよ」

 

曜ちゃんは黙ってしまった。

 

『いいの、かな・・・?私、千歌ちゃんと一緒で・・・』

「当たり前でしょ。むしろ曜ちゃんじゃないとダメなの」

『うん・・・』

「帰ったら私がいない間、どんな練習をしたのか教えてね。その時は和哉くんも連れていくわ」

『うん・・・。ちゃんと・・・。私もちゃんと話したいから』

「分かった。じゃあ」

 

携帯を耳元から離し、通話を切る。

私にできることはここまで。あとは千歌ちゃん、頼んだよ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアノコンクール本番当日。

私は控え室のドレッサーの前の椅子に座って、時計を気にしていた。

コンクール用のおめかしやドレスはもう着たからあとは順番を待つだけ。

そして。

 

「そろそろね・・・」

 

Aqoursのパフォーマンスの時間がやってくる。

配信サイトでその姿をリアルタイムで見ようと思っていたが、それも叶いそうにない。

私の発表の時間と被っていたのだ。

 

「はぁ・・・。こんな時に・・・。よっちゃんの不幸でも移ったかしら?」

 

コンコン・・・。

 

扉をノックする音。順番がやってきたのだろうか。

 

「どうぞ」

 

扉がゆっくり開く。

そこから現れたのは和哉くんだった。

 

「どうしてここに?」

「梨子の関係者って言ったらすんなり通れたよ。それにしても・・・」

 

和哉くんはマジマジと私を見る。

 

「綺麗だ」

「ちょっ!?」

 

いきなりなんてことを言い出すんだろう、彼は!せっかく気持ちが落ち着いてきたところなのに!

 

「お世辞なんかじゃないよ。・・・ってそれを言いに来たんじゃなかった」

 

彼は私の前まで歩み寄るとしゃがみ、私の手をとる。

 

「弾けるよ。最後の1音まで応援してる。梨子は1人じゃないよ」

 

彼の握る力が強くなる。

彼は私の過去を、ピアノが弾けなかったあの日を知っている。本気で私のことを心配してくれているんだ。

 

「・・・うん。大丈夫。きっと弾けるよ」

 

彼の手を握り返し、彼の思いを受け止め、自分の力にする。

 

「そろそろ行くわ。終わったらみんなのパフォーマンスを2人で見ましょう」

「・・・俺はいいよ」

「ダメ。どうせ1人で見るんだからいいでしょ。それに今日頑張ったお礼ってことにしてよ」

 

全く・・・、と言いながら彼は頭を搔く。

 

「分かった。俺も客席に行くよ」

「ええ。あ、それと」

「ん?」

「私は1人じゃないのは分かってるよ。みんながついてるから」

 

彼に右手首に付けたシュシュを見せつける。

 

さあ、行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台袖に立ち、名前が呼ばれるのを待つ。

見えるのはステージの中央に置かれたグランドピアノだけ。前回と何ら変わらないコンクールの風景。でもその中でたった1つ違うものがあった。その違うのは私の気持ち。あの時は怖くて、嫌で、逃げ出したかったけど、今はそんな感情は全くなく、少しでも早く弾きたい、彼に聞かせたいと思う気持ちばかり。

 

「・・・3・・・・・・・・・サーンシャイーン・・・」

 

手を上に掲げ、シュシュを見つめる。

1人だけでライブ前の掛け声。でも自然とみんなの声が聞こえた気がした。

 

「分かったよ・・・、千歌ちゃん。千歌ちゃんの『輝く』が・・・」

 

輝く。

千歌ちゃんの口癖。その輝きの中に私は早く戻りたいな。

 

『桜内梨子さん。曲名は海に還る者』

 

名前が呼ばれた。

1歩踏み出し、ステージに立つ。

客席に向き、一礼。顔を上げると真っ先に彼が目に入った。

 

見ててね。今の私を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、本当に今じゃなきゃダメ?」

「言ったじゃないの。今じゃないとダメ」

「あー、もう・・・」

 

コンクールが全て終わり、宿に戻った私たち。嫌がる彼をなんとか捕まえ、スマホでみんなのパフォーマンスのアーカイブを見ようとしている。

 

「それにこの曲。私たちに向けて作った、って千歌ちゃん言ってたわ」

「俺たち・・・?」

「ええ。だから大人しく見て」

 

映像が始まり、イントロが流れる。

 

「あ、見て。私が送ったシュシュをみんながつけてる」

「・・・うん」

 

曲が始まると彼は真剣に映像を見つめ、一瞬たりとも聞き逃さないような強ばった表情になる。

曲が終盤になり、ある変化が起きた。

 

「・・・うっ・・・、ぐすっ・・・」

 

鼻をすする音。

隣の彼を見ると口を抑え、その目からは涙が流れていた。

 

「この曲ね、大切なものをテーマに作ったの。この夏休みいろんなことがあったからその時のことを、気持ちを、みんなを忘れない。その想いで作ったんだよ」

「うん・・・。うん・・・」

「何かのために何かを諦めない。みんなの想いは1つ。みんなで同じ明日にしたい、って千歌ちゃんは言ってたの」

「・・・うん・・・」

 

私は彼の頭をそっ、と抱きして、頭を撫でる。

 

「ちゃんと話そう、みんなで。まだまだ走って輝くAqoursに和哉くんがいなかったらダメなんだよ。同じ明日に私もしたいの」

「・・・うん!」

 

気づけば私も泣いていた。

みんなのパフォーマンス、ピアノに対する想い、彼にそれに言いたかったことを言えた。いろんな感情が混ざって溶けて涙として溢れた。

 

・・・その結晶がそれなのかな・・・。

 

ピアノの上に置かれたトロフィーは今まで貰ってきたどんなトロフィーよりも輝いていて。その輝きは虹のように感じた。




音楽で想いは1つになり、そして離れていた道がまた繋がり始めた。


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#57 2つの結果

〜前回のあらすじ〜
ピアノを弾ききり、コンクールを無事に終えた梨子。
梨子が不在のまま8人で地区予選に挑んだAqours。
そのパフォーマンスを見て涙する和哉。
果たしてAqoursの結果は?


昨日の地区予選の結果発表は今日の昼にラブライブ!公式サイトで発表らしく、私は和哉くんと2人で結果を見ることにした、のだが・・・。

 

「いつまでうろうろしてるの?少しは落ち着いたら?」

「これが落ち着いていられるわけないでしょ」

 

さっきから部屋の中をグルグル歩き回り落ち着きが一切ない。

 

「気持ちは分かるけど、って来た!」

「っ!!待って!まだ心の準備できてない!!」

「うるさいわよ」

 

1人で騒いでいる和哉くんを一瞥してスマホに目を落とし、ゆっくりページをスクロールさせ『Aqours』の文字を探す。

 

「あっ・・・」

「ちょっ!?なんでそんな細い声出したの!?」

「あったよ・・・」

「What's?」

 

鞠莉ちゃん並みの流暢な発音。というか何故英語・・・。

んんっ。じゃなくて。

 

「あったよ。あったよ、Aqours!」

 

ばっ!と私の方へ飛び込むように近づいた彼はスマホの画面を覗き込む。

 

「本当だ・・・。ある・・・。予備予選を突破した・・・!」

「うん!」

「やっっっっっ!!!!・・・・・・・・・・・・たぁ・・・・・・・・・」

 

強くガッツポーズをするのかと思ったらそのままへなへな、と座り込む。

今日の彼は変だ。

 

「もう!さっきから変よ」

「あはは・・・。自分でもそう思うよ。でもそうなるくらい昨日のパフォーマンスは凄かったし、この結果は嬉しいんだ」

 

久しぶりに見た気がする彼の笑顔。

 

ああ、やっぱりその表情はとても落ち着く。安心するなぁ。

 

「うん。そうだね」

 

それにつられ、私も自然と笑顔になる。

 

「あ、そうだ。千歌ちゃんたちに電話してきていい?コンクールは大丈夫だったことと、みんなにおめでとう、って伝えたいの」

「うん。まだ直接おめでとう、って言えるほど開き直れてないから俺の分もお願いしていい?」

「もちろん」

 

こういうところで弱気になるのもかわいいかも・・・。

 

じゃなくて。早速電話をしないと。

 

『もしもし?』

「千歌ちゃん?予選突破おめでとう!」

『ありがとう!ピアノの方は?』

「うん・・・。ちゃんと弾けたよ。探していた曲が弾けた気がする」

『良かったね』

 

千歌ちゃんの優しい声を聞いて自分の言葉に更に自信を持てた気がする。

 

『じゃあ次は9人で歌おうよ!全員揃ってラブライブに!』

 

曜ちゃんの明るい声が届く。

曜ちゃんの件も上手く行ったようだ。

 

「そうね。9人で・・・!」

 

今日は左手に付けているシュシュ。それを見つめ、またみんなで歌えることを楽しみにする。

スマホを耳から離し、スピーカーモードにして和哉くんにも会話が聞けるようにする。少し驚いた表情をしたが、優しい表情でみんなの声に耳を傾け始めた。

 

『これで有名になって浦女を存続させるのですわ!』

『がんばルビィ!』

 

黒澤姉妹の元気な声。

 

『これは学校説明会も期待できそうだね!』

 

今の声は果南ちゃんだろう。確かにそろそろそんな時期になってもおかしくない。

 

『うん!Septemberに行うことにしたの』

 

鞠莉ちゃんがそう決めていたようで、果南ちゃんには少しだけ伝えていたようだ。

 

『きっと今回の予選で学校の名前も知れ渡ったはず』

 

ダイヤさんの自信満々の声に鞠莉ちゃんも賛同する。

 

『そうね。PVの閲覧数からすると説明会参加希望の生徒の数も・・・』

 

だが、鞠莉ちゃんの言葉は途切れ、次の言葉がなかなかやってこない。

 

『0・・・』

 

0。

鞠莉ちゃんの声は小さかったが、その言葉だけはやけに鮮明に聞こえた。

 

また・・・、0・・・。

 

『0・・・。0・・・だね・・・』

『そんな!』

 

ルビィちゃんの悲痛な声。

 

『嘘・・・。嘘でしょ!』

 

ダイヤさんの認めたくないという叫び。

 

「0・・・」

 

千歌ちゃんの弱い呟き。

 

0。

またこの数字が私たちを苦しめる。

 

ここから盛り下がってしまい、1度電話を切ることにした。

 

「うん・・・。本当だね」

 

和哉くんのスマホに映っている画面には浦の星のホームページ。その説明会案内ページの参加人数は見間違えでもなく0だった。

 

「そう、なのね」

「でも、まだ諦めるには早い。そうでしょ?」

 

ニカッ、と笑う彼の言葉に私は頷く。

 

「うん。まだラブライブに出場した訳じゃない。まだまだみんなに私たちのことを知ってもらう機会は沢山あるものね」

「そういうこと」

「あ、そうそう。私ちょっと出掛けてくるわ」

「ん?どこに行くの?」

「買い物かな」

「だったら着いてくよ。荷物持ちくらいにはなれるし」

「ううん!大丈夫!和哉くんはゆっくりしてて!無理にここまで連れてきたのは私なんだし!じゃあね!」

 

私は逃げるように部屋を後にする。

 

和哉くんには悪いけどここからは戦い。普段沼津では手に入れられず、通販を頼るしかなかったがここは東京。眠れるお宝を掴み取る!!

 

そう、それは壁本。

乙女の憧れの夢の結晶!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特集雑誌や同人誌といったお宝を両手一杯に持ち帰り、1つ1つ確認していた夜。急遽、千歌ちゃんからAqoursのグループ通話が始まった。

 

『みんな集まった?あのね、明日みんなで東京に行きたいんだ!』

 

またいきなりこの子は何を言い出すのだろう・・・。

 

『見つけたいんだ!μ'sと私たちのどこが違うのか。μ'sがどうして音ノ木坂を救えたのか。何が凄かったのか。それをこの目で見て、みんなで考えたいの!』

 

確かにそれができればAqoursの成長にもなると思う。でもそう簡単に行こう、って言って行ける距離では・・・。

 

『いいんじゃない?』

 

果南ちゃんは乗り気のようだ。

 

『つまり、再びまたあの魔都に降り立つということね』

 

よっちゃんはノリノリだ。

 

「わ、私は1日帰るのを伸ばせばいいけど・・・」

『けど?』

「ううん!詳しく決まったらまた教えてね!」

 

誤魔化すように通話を切る。

 

まずい・・・。非常にまずい。今この状態で、これを持ったままみんなに会うのは・・・。まずい・・・!このお宝をどうにかしないと!!あの感じだと明日確実にこっちにやってくる!フットワーク軽過ぎない!?

 

「梨子ー。帰ってる?」

「わひゃぁ!!??」

 

いきなりこの部屋に入ってきた和哉くん。

咄嗟にお宝の前に立ち、体で隠す。

 

「ど、どうしたの?」

「帰り遅かったから。で、何を買っ・・・・・・。あぁ・・・」

「な、何?」

「いや・・・、別に・・・。うん、俺はいいと思うよ。うん。否定する気はないから・・・。うん」

 

ば、バレてたーーーーーーー!?いつ!?いつからバレていたの!?

 

「じゃあ、俺は寝るわ」

「ま、待って!明日!明日なんだけど!」

 

確かにこのことがバレたのは私にとってとてつもない誤算だ。だけどそれ以上に彼にも伝えないといけないことがある。

 

「千歌ちゃんたち、明日東京に来る、かも・・・?」

「はい?どうして急に・・・」

「探したいらしいよ?」

「何を?」

「μ's・・・?」

「えぇ・・・」

 

どうやら彼にとっても私にとっても波乱の1日になりそうだ。

 

side out




まだまだこの東京の地では一波乱ありそうな予感・・・。


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#58 Aqours in Tokyo!

〜前回のあらすじ〜
予備予選を突破したAqours。
ピアノも成功した梨子。
Aqoursはμ'sを探すために東京へやってきた。


みんなが沼津からいきなり東京へやってくると梨子から聞き、東京駅で待ち合わせをすることになった。

正直な話、俺は乗り気じゃない。歌から伝わったみんなの気持ちは確かに理解した。だがあんないざこざがあった後にすんなり元通り、とはならない。というか俺ができない。なんとか避けようと試みるも梨子が近くから離れようとせず、逃げることはできなかった。

 

そんなこんなで東京駅。

今日はみんなと合流した後に千歌の言うμ'sを探し、終わったら沼津にそのまま帰るというスケジュールだから手荷物が多い。

運良く待ち合わせ場のコインロッカーが空いていたからそこに荷物を預け、千歌たちを待つつもりだったのだが・・・。

 

「ふんっ!!んにゅ〜!!」

 

梨子はコインロッカーと格闘していた。

静かにみんなと会うための気持ちの整理をしようと思っていたのにそんな場合じゃないようだ。

 

「・・・ねえ、それは流石に1箇所に入んないと思う」

「し、仕方ないじゃない!空いているのここしかないんだし!みんなが来る前にしまわないと!んんーーーー!!」

 

梨子が無理矢理コインロッカーに詰め込もうとしているのは彼女が買い漁り紙袋いっぱいに入った同人誌。それが2つ。それなりの重さがあったと思うが梨子はそれを感じさせないように歩いていた。

 

「梨子ちゃん?」

 

この声、千歌だ。

 

「はっ!ち、千歌ちゃん・・・。みんなも・・・」

 

引きつった笑顔で後ろを振り向く梨子。

 

「何入れてるのー?」

 

純粋な千歌の疑問。

そりゃあれだけ必死に詰め込もうとしてるんだ。気にならない方がおかしい。

 

「えっ!?えーっとー。お土産とかお土産とかお土産とか!?」

「わーっ!お土産!?」

 

急遽近づいてきた千歌に驚いた梨子は紙袋を離してしまう。そのせいで紙袋は床に落ち、中から同人誌が飛び出す。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!??????」

 

絶叫する梨子。

 

どこから出てるんですかね、その声。

 

「何ー?」

 

見たことの無いものに興味が移った千歌は床の同人誌を手に取ろうとする。

 

「うわっ!何!?見えない!見えないよ〜!」

 

咄嗟に梨子は千歌の目を後ろから両手で隠し、何としてでも見られるのを阻止していた。

 

・・・だったらこんなに買わなければよかったじゃん。と言うのはお門違いだろうか・・・。

 

んんっ。とにかくあの2人はそのままでいいとして、みんなここに居るんだ。緊張と不安で心臓が破裂しそうになっているが言わなきゃいけないことをみんなに言わないと。

 

「みんな・・・」

 

俺が声をかけるとゆっくり俺の方を見る7人。正直嫌な顔とかされるかと思ったが、それとは全く逆で笑顔だった。

 

「ごめん!いきなり抜けるとか言って!そのせいでみんなにどれだけ迷惑をかけたか・・・」

 

周りに人がいることなんて忘れて俺は声を張り上げ、深深と頭を下げる。

 

コツコツ、と靴の音が近づいてくる。その音は俺のすぐ前で止まる。

 

「はぁ・・・。全く。体ばっかり大きくなってさ。昔と変わらず自分のことはなかなか言ってくれないよね」

「果南、ちゃん・・・」

 

声から彼女だと判断する。声からは怒っているような様子は感じられず、懐かしんでいるような気がする。

 

「わっ・・・」

 

すると果南ちゃんは俺の頭をワシワシと撫で始める。

 

「私が言えたことじゃないけど、1人で溜め込まないの。みんなカズの力になりたいんだよ」

「果南ちゃん」

 

頭から手が離れる同時に顔を上げるとみんなの笑顔がさっきよりも強くなっていた。

 

「ありがとう、みんな・・・!」

 

みんなの温かさで涙が溢れそうになる。だけどここで泣いてちゃダメだ。まだあと一つやらなきゃいけないことがある。

 

「曜、ちょっと来てくれない?」

 

少し離れたところで俺を見ていた曜に話しかける。

悩んだように顔を伏せた彼女だが、直ぐに顔を上げ、俺を真っ直ぐ見る。

 

「うん。分かった」

 

みんなも察してくれたようで特に触れず、梨子と千歌の方へ向かって行った。

 

曜を連れ、1度駅の外へ。そこにはあまり人も居ないし、話せそうだ。

 

「ごめん!」

 

開口一番に俺は曜へ頭を下げる。

 

「・・・・・・」

 

曜は何も言わず、俺の次の言葉を待っている。

 

「あの時はどうしたらいいか分からなくて、頭の中ぐちゃぐちゃで。曜には酷いこと言っちゃって・・・。本当にごめん!」

「あの時ね・・・」

 

曜は独り言のように言葉を紡ぎ始めた。

 

「和哉くんがAqoursを抜ける、って言った時、和哉くんだけはそんなこと言わない、って思ってたのにあんなこと言われて本当に悲しかったんだよ」

「ごめん・・・」

「そんな事言わない人だってことは分かってるけど心のどこかで思ってた本音だと思う」

 

淡々と話す曜の言葉を黙って聞き続ける。

 

「私も自分を押さえて周りに合わせるところあるからそういう風に見られてもおかしくないって鞠莉ちゃんと話して気づいたの。だから一方的に被害者ぶった私も悪いのごめん」

 

少しだけ顔を上げて曜を見てみると彼女も頭を下げていた。すると曜も少し顔を上げたことで目が合う。

 

「「ぷっ・・・、あははははははははは!」」

 

2人して謝っている姿が面白くて笑いだしてしまった。

 

「これからもよろしくね、和哉くん!」

「うん、こちらこそ!」

 

曜と握手を交わし、2人でみんなの元へ戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行きましょうか!」

 

自分の荷物をなんとかコインロッカーに押し込めた梨子。

 

「とは言ってもまずどこに行く?」

 

曜の疑問は最もだ。

μ'sを探すと言ったってどこから当たるべきかなんて検討もつかない。強いて言うなら・・・、あそこかな。

 

「Tower?Tree?Hills?」

「遊びに行くのではありませんわ」

 

観光したいだけの鞠莉ちゃんにダイヤちゃんが間髪入れずに否定する。

 

「そうだよ!」

「うわっ、なんだその顔」

 

パンダのように目の周りだけ色を変えた千歌がそう言う。

パンダは黒だが、千歌は赤くなっている。

 

何があったんだ・・・。

 

「リリーが落としたものを千歌に見せまいと押さえつけた結果よ」

 

腕を頭の後ろで組んで、隣に立っている善子が耳元で呟く。

 

「ああ・・・。なるほど・・・」

「ふぇ?何?」

「いや、なんでもないよ・・・。んで、どこに行くの?」

「うん!まずは神社!」

「また?」

 

ルビィが不思議そうに呟く。

確かにあそこはμ'sが練習場所にしていたらしいし、何かあるかもしれない。

 

「うん。実はね、ある人に話を聞きたくてすっごい調べたんだ!そしたら会ってくれるって!」

「ある人?誰ずら?」

「それは会ってのお楽しみぃー」

 

ずいっ、と花丸ちゃんに顔を近づける千歌。それに対し花丸ちゃんは引き気味な笑みを浮かべる。

あの顔で迫られたらそりゃそうなる。

 

「話を聞くにはうってつけの人だよ!」

 

それにしてもある人、うってつけの人、か。神田明神でしょ・・・。もしかすると・・・。まさか・・・。

 

「ダイヤちゃん・・・。ルビィ・・・。まさか・・・」

「ええ。そのまさかかも知れません!」

「まさかかも!」

 

黒澤姉妹と顔を見合わせ、期待に胸を膨らませる。

 

「こうしちゃいられない・・・。ダイヤちゃん!ルビィ!」

「はい!」

「うん!」

 

俺とダイヤちゃんとルビィの3人は駆け出す。

 

「ちょっ!どこ行くのさ!」

 

果南ちゃんが背中から叫ぶ。

 

「ちょっと買い物!みんなは先に行ってて!」

「えぇ!?」

「和哉さん!急ぎますわよ!」

「分かってる!それじゃっ!」

 

そう言って俺たちはその場を後にする。

買うものなんて決まってるでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神田明神正面の大きな鳥居を潜り、俺たちはさっき買った色紙とサインペンを胸に抱え、勢いよく敷地内へと入っていく。

 

「「「まさか!まさか!!まさか!!!まさか!!!!」」」

 

祭壇の前に立っている2人組。まだ距離があり、細かい背格好はよく分からないがあの人たちが千歌の言っていた人たちだろう。

俺たちの興奮が最高潮になったタイミングで2人組がこちらを振り返る。

 

「お久しぶりです」

「なんでお前らなんだよ!?」

 

そこに居たのは函館のスクールアイドル、Saint Snowの鹿角聖良と鹿角理亞だった。

 

「なんだとは何よ!」

 

ちっちゃい方の鹿角理亞が敵意丸出しで俺に怒鳴る。

 

「「なーんだー・・・」」

 

黒澤姉妹もガッカリしてしまい、背中合わせで座り込んでしまう。

 

「誰だと思ってたの?」

 

鞠莉ちゃんの不思議そうな声で考えを改める。

そりゃそうだ。あんなレジェンドスクールアイドルμ'sと連絡なんて取れるわけない。

 

「ということで、聖良さん、理亜ちゃん、今日はよろしくお願いします!」

 

千歌が頭を深々と下げる。

 

「ええ、こちらこそ。有意義な時間にしましょう」

 

丁寧な仕草。どこにも失礼な動作なんてないが、何故か癇に障る。やっぱり俺はこの人が苦手だ。



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#59 何が違うの?

〜前回のあらすじ〜
東京に再びやってきたAqours。
μ'sとAqours何が違うのか、その話を聞くために千歌が呼んでいたのはSaint Snowだった。


場所は変わってUTXのカフェスペースと思われる個室。

1つのテーブルを中心にそれを囲むようにソファーが置かれている。

 

学校の敷地内なのに一般開放されてるってどういうこと・・・?ていうか滅茶苦茶豪華なんだけど。

 

「なんか、すごいところですね・・・」

 

千歌もその迫力に圧倒されている。

 

「予備予選突破、おめでとうございます」

「CoolなPerformanceだったネ!」

 

梨子と鞠莉ちゃんが鹿角聖良に声をかける。それと同時に彼女は注文していた紅茶を1口すする。

 

「褒めてくれなくて結構ですよ」

「・・・・・・」

 

気に入らない言い方に俺は眉を顰める。

 

「再生数は貴女たちの方が上なんだし」

「いえいえ」

「それほどでも」

 

曜とルビィが照れるように笑う。

回りくどい言い方だが、Aqoursのことを褒めてくれているようだ。少しはいい所も・・・。

 

「でも、決勝では私たちが勝ちますけどね」

 

・・・前言撤回。やっぱ気に入らない。

 

その発言にみんなは驚いて口を開けている。

 

「私と理亜はA‐RISEを見てスクールアイドルを始めようと思いました」

 

なるほどね。Saint Snowの曲はA‐RISEの影響が大きいからあんなロック風なのか。

 

「だから私たちも考えたことがあります。A‐RISEやμ'sの何が凄いのか。何が違うのか」

「・・・ちょっと待って。そもそもこれってなんの話・・・?」

 

今回、この2人をわざわざ呼んだ理由を俺は聞いていない。

 

「なんの話しって・・・。私たちとμ'sの何が違うかだよ」

「ほう・・・」

 

千歌が呆れたように目的を教えてくれる。

 

「聞いてないの?梨子ちゃんに伝えたはずなんだけど」

「俺はμ'sを探すとしか・・・」

 

ちらっ、と梨子の方を見てみると忘れてた、と言いたげに目をそらす彼女が見えた。

 

梨子のおっちょこちょいな所は相変わらずだ・・・。

 

「はぁ。なんとなく分かった。話を止めてごめん。それで、答えは?」

 

鹿角聖良に話を振る。

 

「いいえ。ただ勝つしかない。勝って追いついて同じ景色を見るしかないのかも、って」

 

鹿角聖良が言うことは分かる。だけどそれで本当にあの2グループの見た景色を見ることができるというのは別の話な気がする。

それに動画の中の彼女たちは勝つために歌を歌って踊っていたようには見えなかった。

 

「勝ちたいですか・・・」

 

唐突な千歌の質問にSaint Snowの2人は目を見開く。

 

「ラブライブ、勝ちたいですか?」

「・・・姉様、この子バカ?」

「勝ちたくなければ、何故ラブライブに出るのです?」

 

帰ってきた答えは千歌を見下すような言葉。

 

「それは・・・!」

「μ'sやA‐RISEは何故ラブライブに出場したのです?」

 

鹿角聖良は立ち上がり、窓際に移動し、腕を組む。

 

「そろそろ今年の決勝大会が発表になります。見に行きませんか?ここで発表されるのが恒例になっているの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿角聖良に言われた通り、外に出てみると大モニターの下に多くの女子高生が集まっていた。

モニターに映し出されたのは開催場所。そしてそこは。

 

「アキバドーム・・・」

 

梨子が呟く。

 

「本当にあの会場でやるんだ・・・」

 

いつもどっしり構えている果南ちゃんが声をこもらせて呟く。

確かにそうなっても仕方ない。今のAqoursはそこへ行くための最終切符を掴もうとしているのだから。

 

「ちょっと、想像できないな・・・」

 

流石の千歌も少しだけ尻込みしているみたいだ。他のメンバーも声に出さずとも気持ちは同じようで、不安な表情でモニターを見つめていた。

俺だって直接そこに立ってパフォーマンスををする訳じゃないが、みんなの気持ちはよく分かっているつもりだ。

 

「ねぇ・・・!音ノ木坂、行ってみない?」

 

意識が落ちていっている中、少し後ろにいた梨子が声をかける。

 

「え?」

「ここから近いし、前に私が我儘言ったせいで行けなかったから。帰る前に1度行ってみた方がいいかなって」

 

梨子の提案に俺は驚きを隠せなかった。

親の都合とはいえ、逃げるように音ノ木坂から転校してきたんだ。あまりいい思い出の場所では無いはずだ。

 

「いいの?」

「うん!ピアノ、ちゃんとできたからかな。今はちょっと行ってみたい。自分がどんな気持ちになるのか確かめてみたいの。皆はどう?」

 

心配そうに話しかけた千歌に対してもハッキリと、笑顔で行きたいと告げる。

本当に過去を乗り越えれたようだ。

 

「賛成!」

 

曜が手を上げる。

 

「いいんじゃない?見れば何か思うことがあるかもしれないし」

 

果南ちゃんも賛成のようだ。

 

「音ノ木坂!?」

「μ'sの?」

「「母校ーーーーー!?」」

 

黒澤姉妹の反応もああだし、これは決定かな。

 

「ありがとう。それじゃあ、行きましょう」

 

梨子を先頭にその後をみんなが着いてくる。

俺は少し歩調を早め、梨子の隣に並ぶ。それに気づいた梨子は不思議そうな表情で俺の顔を覗く。

 

「どうかしたの?」

「少し嬉しくてさ」

「どういうこと?」

「梨子が変わろうとしてる事が」

「・・・ずっと変わりたいって思ってはいたの。ただどうすればいいのか分からなくて、そのままで。でも、みんなと逢えたことで変われた。自分でもビックリしてるわ」

「そっか」

 

そう話す梨子の笑顔は眩しく、俺も心の底からよかった、と思える。

 

「さ、音ノ木坂までもう少しだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついにやってきた音ノ木坂学院前。校舎の前に伸びる長い階段を見つめていると曜が呟いた。

 

「この上にあるの?」

 

そうだ。俺たちが憧れるμ'sのルーツの場所。それがこの階段の先にある。

 

「うぅ・・・!なんか緊張する!どうしよう!μ'sの人がいたりしたら!」

「へ、平気ですわ!その時はさささサインと!写真と!・・・握手・・・」

 

黒澤姉妹のテンションは頂点に達しているようだ。

 

うん。俺も迷わずそうする。

 

「ただのファンずら」

 

・・・花丸ちゃん、これはファンだからこその反応なんだよ・・・。

 

「千歌ちゃん!?」

 

不意に梨子が千歌を呼ぶ声がした。

視線を移すと千歌は1人駆け出し、階段を登っていた。

 

「あっ!待て!」

「抜け駆けはずるいー!」

 

千歌の後を追って俺たちも階段を駆け登っていく。

神田明神の男坂を登った時の感覚には近いが、また違うμ'sの雰囲気を感じる。もしかするとこれは彼女たちの日常だったりするのだろうか。

 

「・・・見えた・・・。ここが・・・」

「ええ、そうよ」

 

梨子が隣で肯定する。

 

赤いレンガの校舎。ここにμ'sがいたんだ・・・。

 

μ'sはこの学校を守った。ラブライブに出て、奇跡を成し遂げた。俺たち、いや。Aqoursのみんなはこれと同じことを成し遂げなければならない。

みんなの表情を見ると決意が固まったようで、自分たちのやるべき事を再確認できたようだ。

 

「あの、何か?」

 

声のした方を見ると、音ノ木坂の制服を来た少女がいた。

 

「私の姿を検知している?」

 

花丸ちゃんの後ろに隠れながら善子がいつもの設定を始める。

 

「違うから」

「・・・何よ」

 

腐るなよ・・・。

 

「すみません。ちょっと見学してただけで」

 

曜が謝ると女子生徒は質問をしてきた。

 

「もしかして、スクールアイドルの方ですか?」

「あ、はい!μ'sのこと知りたくて来てみたんですけど・・・」

 

それに対しては千歌が答えた。

 

「そういう人多いですよ。でも、残念ですけどここには何も残ってなくて」

 

何も残っていない?

ここは音ノ木坂学院なのに何故?

 

「μ'sの人たち、何も残していかなかったらしいです。自分たちの物も、優勝の記念品も、記録も。物なんかなくても心は繋がっているから、って。それでいいんだよ、って」

 

そういうものなのかな。成し遂げた後って。形がなくてもいい、だなんて俺には少し分からない。見えないと失ってしまいそうで怖いから。

 

目の前にそびえる校舎が何か言ってくれる訳もなく、俺にはμ'sのやったことが理解できなかった。でもそれだからこそμ'sは凄いのかも、と同時に思えた。

 

「和哉くん」

 

梨子が耳元で俺の名前を呼びながら脇をつつく。

 

「え?・・・おっと」

 

横を見てみるとみんな校舎に向かってお辞儀をしていた。どうやらみんなは何かに気づき、何かを見つけたみたいだ。

 

俺も頭を下げ1拍。

 

「「「ありがとうございました!!」」」

 

分かったこと、分からないこと、見つけたこと、探したいこと。

この東京で起きたことに答えを出すことで俺は成長できるだろうか・・・。変われるだろうか・・・。何にせよ、答えは少しずつ出していくしかないのだ。

 

すると。

 

「もう、今日は変よ」

 

隣の梨子が不機嫌そうにしていた。

 

「え?そうかな」

「心ここに在らず、って感じよ」

「そうかもねー。・・・んー・・・」

「はぁ、また考え事?」

 

今度は呆れたようにため息をする梨子。

コロコロ表情が変わって可愛いな。

 

「考え事って程じゃないよ。梨子は可愛いなって」

「はぁ!!?いきなり何よ!」

「何ってそういう事。ほら、沼津に帰ろうか」

 

みんなと。

梨子と。

1歩ずつ進んで行く。今はそれでいいのかもしれない。



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番外編
あの日の自分と


続きを書く暇もなく、ズルズルなっている今日この頃です。
ということで以前書きあげてまたどこかのタイミングで投稿しないとなー、と思っていたものを投稿します。


沼津駅の隣の駅、三島駅。

その9番ホームで私、松浦果南は電車の到着を待っていた。

 

最近何かと悩むことが多い。

進路のこと、Aqoursのこと、私のこと。

言い出したらキリがない。

これも思春期特有の悩みなのかもしれない。

 

電車が到着して、2人用の椅子が向かいあって配置してあるのを1人で使う。

人が少ないとこれが普通のことなのかもしれないが、普段電車なんて使わない私からしたら少し得した気分になる。

 

車内にアナウンスが流れ、電車が動き出す。

行き先は特に無く、ふと電車に乗ろう、そんなことを思っただけだ。

 

船よりも速い電車の窓から見える景色で色々なものが流れていく。最初は新鮮だったが、時間が経つと次第に興味が薄れ、窓淵に肘を置き、景色を見つめていた。

 

「おねえちゃん!」

 

声をかけられ、隣を見ると小学校に上がったばかりの小さな女の子がいた。

その子は髪を頭のてっぺんでお団子にまとめている。ニカッ、と笑うと前歯が1本無かった。丁度生え変わりの時期なのかもしれない。

 

・・・・・・ていうか、これ、小さい頃の私じゃん!?

 

「えっ、えぇ?わ、私?」

「そうなの?」

 

女の子は首を傾げる。

 

あ、あれ?勘違いだったのかな。

 

ふと、近くの椅子を見ると、後8人女の子と男の子が1人がいて、みんな私を見ている。

よく見るとみんなAqoursメンバーの面影がある。

鞠莉とダイヤ、千歌に曜、ルビィとカズは見間違えるわけがない。

この子たちは、Aqoursのみんなの幼少期だ。

 

どういうこと?夢?それとも本当におかしな世界に迷い込んじゃったってこと?まさか・・・。善子じゃあるまいし。

えっと、こういう時ってまずは情報収集が基本なんだっけ・・・?

 

「ねぇ、あなたたちはどこから来たの?」

 

善子がよくルビィや花丸に言っていたことをふと思い出す。とりあえず、一番近くにいた私?に話しかける。

 

「うーん、ずっととーくからかな!」

 

えぇっ・・・。答えになってないような・・・。

 

と、とりあえず、他の子にも聞いてみよう。

 

「じゃあ、黒髪のあなた。教えて?」

 

私はダイヤの目を見て話しかける。

だが、私はここで1つ、昔のことを思い出した。

 

「ピギャッ!?」

 

ですよねー・・・。

 

ダイヤはそのまま鞠莉の背中に隠れてしまった。

 

幼い頃のダイヤは人一倍臆病な子だ。その証拠に今にも泣き出してしまいそうなダイヤを鞠莉が宥めている。

もう、めちゃくちゃだよ・・・、と頭を抱えると、千歌と曜が興味津々に私を見ていた。

 

「どうしたの?」

「おねーちゃん、なんだかかなんちゃんににてるよね?」

「あ!よーちゃんもおもった?ちかもね、そんなきがしてたの!」

 

似てるじゃなくて本人なんだけどね、と言うのはなんか、雰囲気的に良くない気がする。

というか、この幼馴染みかわいい。

ハグしたい。

 

「ほら、りこ。だいじょーぶだって」

 

声のした方を見るとカズが椅子の影に隠れている梨子に声をかけていた。

 

「うぅっ。しらないひとだからこわいよ・・・」

 

梨子は今にも泣き出してしまいそうだ。

カズからも聞いたが、昔の梨子はとても引っ込み思案で臆病だったようだ。今、目の前にしているのを見ると納得だ。よく千歌を叱っている成長した梨子とは大違いだ。

 

小さい頃はツインテールだったんだ。

なんだか、ルビィに似てるような・・・。

 

「えっと・・・。どうかしたの?」

 

梨子とカズに近寄って、できるだけ目線を合わせようとしゃがんで話しかける。

 

「ひっ・・・!うぅっ・・・。・・・グスっ」

「あぁっ!?ごめん!泣かないで!」

 

余程私が怖いのだろうか、カズの背中に隠れて震えていた。

カズも背中で泣いている梨子をどうしよう、と困っているみたいだ。

 

「おねぇさん、ごめんなさい。はじめてあうひとだからビックリしちゃったんだとおもうんだけど・・・」

 

昔からカズはこんな感じだったんだ。

何かと面倒見が良くて、しっかりしてて。

私とカズが初めて会った時の話を梨子にしたら驚かれたのも頷ける。

 

「あー、ごめんね。悪気はないんだ」

「うん。分かってるよ!」

 

ニパッ、と笑うカズ。

 

純粋すぎるっ!かわいい!ハグしたい!

 

んんっ・・・。じゃなくて。

とにかく泣いてしまった梨子はカズに任せよう。

そう言えば、ルビィたちは・・・。

 

「ずらぁ!」

「・・・ぅゅ・・・」

「ぎらん!」

 

うん。いつも通り仲良しで安心だ。

 

「ぷっ・・・」

 

姿は違うけど、今のみんなと同じなんだ、と思ってしまうと不思議と笑いが吹き出してしまった。

みんな自由でひとりひとりが何だかんだ楽しそうで。

 

確かに今悩んでることは大事なこと。だけど、まだ分からないことでくよくよ悩むなんて私らしくない!私だってアイドルなんだ。笑顔で明日を歌わなきゃね。

 

「おねえちゃん、やっと笑ったね!」

 

声をかけてきたのは小さな私。

 

「そっか。私、笑ってなかったんだね」

「うん。こたえはでた?」

「お陰様で。ありがとう」

「えっへへ」

 

小さな私は頭を撫でながら照れている。

すると、彼女は手を差し出してきた。少し、不思議に思いながらも、その手を取ると、触れた手から光が溢れだした。

 

「な、なに!?」

「だいじょーぶ。ためいきもたまにでちゃうけど、これからワクワクとかドキドキとか、たのしいことがいっぱいまってるよ!がんばってね、わたし!」

「・・・うん。頑張るよ。私も頑張ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・さ・・・。・・・・・・え・・・・・・ん・・・」

 

誰かが呼んでる。

その声で私の意識はハッキリする。

 

「あ、私・・・。寝てたんだ・・・」

「よく寝てたね、お姉さん」

 

私を呼んでいたのは頭の後ろで少し青い黒髪をお団子にした女性の駅員さんだ。

 

「この電車、ここが終点だよ」

「あ!ごめんなさい!」

 

私は飛び起きる。

 

「幸せそうに寝てたけど、余程いい夢を見てたみたいだね」

「あはは・・・。他の人からしたらどうか分かりませんが、私にとってはいい夢でした」

「へぇ、どんな?」

「励まされたんです。とても意外な人に」

「そっか。それはきっと貴女の道標になるよ。私もそんなことあったから」

「そうなんですか・・・」

 

駅員さんはまるで自分のことを話すように私に言った。

それに、この人。少し他人とは思えない。

 

「ささっ。もう降りないと。回送だから乗せていけないよ」

「あ、はい。ありがとうございました」

「ふふっ。頑張れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び電車に揺られ、私は伊豆長岡駅で降り、駅の外でうーん、と背伸びをする。

 

「果南ちゃん!」

 

声をかけられ、そちらを見ると幼馴染みがいた。

 

「千歌。よく分かったね」

「えへへ。なんとなくね」

「そっか」

 

千歌と話しているとその後ろからわざとらしく大きな咳払いが聞こえた。

みんな、ここに来ていたようだ。

みんなの顔を見て私は安心する。

やっぱり、ここが私の居場所なんだ、って。

 

それぞれ私に一言言って、鞠莉の帰りましょう、の言葉でみんな町に向かって歩き出す。

その後ろをついて行こう、と歩き出した時、遠くの空から汽笛が聞こえた気がした。

私は振り向き、空を見るとそこには何も無いけど、確かに何かが通ったあとがあるように見えた。

なんとなく私は察し、クスッ、と笑う。

 

「果南ちゃーん!」

 

あ、カズが呼んでる。行かないと。

 

「ねえ、カズ」

「ん?」

「私、歌詞浮かんだんだけど、曲作り手伝って貰えない?」

「嘘でしょ?果南ちゃんが歌詞!?」

「・・・怒るよ。私をなんだと思って・・・」

「ごめんごめん。うん、協力するよ」

「ありがとう!」

 

今日は助けられっぱなしだったから、いつかお礼をちゃんと言わないとね。

レールはどこまでも続いてる。

私の思いを乗せて。未来に向かって。




少し変わったお話でしたね。
いかがでしたでしょう?

未来のことに悩むこの季節。
少し立ち止まって今と未来、そして過去を見つめてみるのはどうでしょうか?


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特別編
松浦果南誕生日特別編〜星が瞬くこんな夜に〜


果南ちゃん、誕生日おめでとうございます!
そんなわけで今回は果南ちゃんの特別編です。

本編とは一切関係ありません。
私の妄想を垂れ流しているだけなので、深く考えずにお読みください。


「ありがとうございました〜。また遊びに来てください」

 

ここはダイビングショップ松浦。

年中開店はしてるものの、季節は冬で来るお客さんも少ない。

来てくれるお客さんは常連かプロの写真家が殆どだ。

 

俺は東京の大学に進学し、卒業してここに就職。もう3年目だ。

果南ちゃんとそのお祖父さんの3人で店を回しているが、お祖父さんもそろそろいい歳だ。安静にしていてほしい。

 

今日貸し出した酸素ボンベなどのリストを印刷し、在庫と照らし合わせて数に間違いがないか確認するために、表へ出る。

 

「寒ッ!」

 

店を出た瞬間に冷たい潮風が全身を叩く。

仕事をさせて貰ってる以上、嫌とは言えない。大人しくチェックを始める。

 

貸出数が少なかったため、時間はさほどかからなかったが、体はもう限界だと叫んでいる。

急いで暖房の効いた店内へ戻る。

 

「カズ、お疲れ様。コーヒーでも飲む?」

 

店内にはあったかい格好をした果南ちゃんがマグカップを片手に、ストーブの前で暖をとっていた。

 

「もち、飲むよ」

「オッケー。じゃ、ちょっと待ってて」

 

待つこと数分。果南ちゃんは両手に1つずつ、マグカップを持って戻ってきた。

 

お礼を言って1口啜ると、体の中からあったまるのが分かる。

 

「さて、今日はそろそろ店じまいだね。シャッター下ろしてくるよ」

「うん。お願い」

 

果南ちゃんは引っ掛け棒を持って、外に出る。

扉を開けると寒っ、という声が聞こえた。

 

コーヒーを啜りながら椅子に座り、卓上カレンダーを見る。

 

(今日は2月9日、か· · ·)

 

前々から練っていた作戦を実行する日が来たようだ。

 

「うぅー。寒い· · ·。早く夏にならないかなぁ」

「あと半年我慢して」

「かずやー」

 

果南ちゃんは珍しくはっきり俺の名前を呼びながら寄ってくる。

 

「ハグっ♪」

 

そう言うと後ろから思いっきりハグしてくる。

 

「はぁ〜♡やっぱり、カズはあったかいや」

「それは光栄だよ」

 

果南ちゃんにハグされること十数年。やっとこの感覚に慣れてきた。

 

「· · ·果南ちゃん」

「うん?」

「今日の夜、空いてる?」

 

この返答次第では今日の計画は台無しだ。

 

「空いてるけどどうかしたの?」

「星でも、見に行かない?」

「星?いいけど、なんで?」

「そんな気分なんだ。それに果南ちゃん天体観測好きでしょ?」

 

果南ちゃんは急にどうしたんだ、という顔をしながら俺の顔をジトーっと見てくる。

 

「な、何?」

「なんかたくらんでる?」

 

そう言いながら顔を近づけてくる。

 

相変わらず人のことには鋭い。

 

「ちょっ、近いよ」

 

果南ちゃんは自分がかなりの美人という自覚がないし、俺のことを弟とか思ってる。

だから基本距離が近い。さっきのハグだって柔らかいのが当たっていたし。

今だって髪のいい匂いが鼻をくすぐる。

 

「ま、いいや。夜だね」

「うん。11時半くらいだけど」

「え!?そんなに遅いの?」

「その時間じゃないとダメなんだ」

「· · ·分かったよ。カズがそこまで言うんだもん」

「ま、まじ?」

 

断られると思っていたから少し驚く。

 

「うん。どこで待ってればいい?」

「船着場で待ってて貰える?」

「船着場に11時半だね?」

「うん」

 

なんとか約束できた。

後は俺の度胸だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

23:30。自宅から車を走らせ、船着場の前に止めると果南ちゃんはもう来ていた。

彼女の前に車を止めると、助手席に座る。

 

「ごめん。待たせたね」

「ううん。大丈夫」

「じゃ、行こっか」

 

車を目的地に走らせる。

10分くらい走ったところで車を止める。

 

「ここって· · ·」

 

ここは果南ちゃんと初めて出会った海岸沿い。

 

「ここさ、辺りに何も無いし、結構暗いから星が綺麗に見えるんだ」

「うん。そうだね」

 

すると、風が吹き抜けた。

2人してその場で縮こまる。

すると果南ちゃんは俺をキッ、と睨む。

 

「俺のせいじゃ· · ·、俺のせいか· · ·」

「全く、でもほんと綺麗だね」

 

そういって果南ちゃんは星を見上げる。

その横顔がとても綺麗で、果南ちゃんに見とれていた。

果南ちゃんは星を見上げたままポツリと呟く。

 

「何でもないこの今がさ、特別なものに感じちゃうよね」

「特別?」

「そう、特別。こんな夜にカズと外で綺麗な星を見て。きっと普通のことだと思うけど、こんな星を見てたらそんなふうに思っちゃって」

「· · ·何となく分かるよ。このまま今がずっと続けばいいなって」

「うん。私も」

 

しばらく黙って光る星を2人で見ていた。

 

「カズ」

「うん?」

「流れ星見たいな」

 

果南ちゃんにしては珍しい無茶ぶりだ。

その顔は小さい頃のいたずらっ子のような笑顔だ。

夜も遅いし、深夜テンションになってるのかもしれない。

 

「あの辺にあるじゃない?」

 

冗談で真上を指さす。

そこには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗な尾を引いた、一筋の流れ星が走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい。本当だ」

「· · ·うん。俺もビックリしてる」

「まるで魔法見たい」

 

感動している果南ちゃんを横目に俺は腕時計を見るともう少しで日付が変わる。

 

「果南ちゃん」

「うん?」

「今日はありがとう。わざわざ付合ってくれて」

「いいよ。私もたまにこういうのやりたいって思ってたしさ」

 

こうやってハニカム果南ちゃんは本当に綺麗で、愛しくて。

いつからかは分からない。ただ、大切なものほどすぐ側にあるってずっと思ってた。

それが果南ちゃんだったんだ。

だから俺は。

 

「果南ちゃん」

「どうしたの?」

「誕生日おめでとう」

「え?」

 

果南ちゃんはスマホを取り出し、日付を確認する。

 

「本当だ。日付変わっちゃってる。まさか、これの為に?」

「うん。それとさ、伝えたいことあるんだ」

「伝えたいこと?」

 

果南ちゃんは俺の顔を不思議そうに見上げている。

 

言いたいことを言いかけて、トクンと心臓がはねる。

心臓の鼓動がうるさい。でも、今日は伝えたいんだ。

 

「俺、果南ちゃんのこと好きなんだ」

「· · ·え?」

「俺と付き合って下さい」

 

果南ちゃんの顔はみるみる赤くなっていく。

 

「え、え?好きって私のことが?」

「うん」

「い、いつから?」

「分からない。けど、気がついたら果南ちゃんのこと好きになってた」

「ば、ばか!そういう恥ずかしいことばっかり言っちゃダメ!」

 

俺に背中を見せて、そっぽを向いてしまった。

 

これは失敗したかも。

 

「あ、あのさ、カズ」

「何?」

「わ、私もね!その、カズのこと好き、だよ?· · ·カズのこと、1人の男の人として· · ·ちゃんと、好き」

「· · ·果南ちゃん!」

 

俺は後ろから果南ちゃんを思いっきりハグする。

 

「ちょっ、何すんの!?」

「いつも果南ちゃんやってるじゃん」

「そ、そうだけど」

 

果南ちゃんはそのままの体勢で、首に巻かれている俺の腕をそっと触る。

 

「まさか、26歳の誕生日に初めて彼氏ができるなんて」

「初めて?」

 

ボソッと聞こえた果南ちゃんの呟きについ反応してしまう。

 

「嘘っ!?聞こえてた?」

「もちろん」

「忘れて!」

「いやだよ、果南ちゃんの意外なこと聞いたし。あの千歌だって彼氏何人かいた事あるのにさ」

「え?そうなの?」

「そりゃ結構名が知られてる元スクールアイドルだよ。男がいっぱいよってくるさ」

「そ、そうなんだ。知らなかった」

「まあ、果南ちゃんは高校出てすぐ働いてたから、そんな機会はなかったのかも」

 

今考えるとめちゃくちゃ都合よかったんだな、と心の中で呟く。

 

「そういうカズはどうなのさ」

「俺?何人かと付き合ったりはしたよ」

「こっちもか」

「でも、長続きはしたことないよ」

「え、どうして?」

「どうしても果南ちゃんの顔が浮ぶんだよね」

「なっ!?」

 

果南ちゃんはぐるっと体を回して、俺の胸に頭突きして、そのまま顔を埋めた。

 

「痛っ!何すんの!?」

「そういう、恥ずかしいセリフ。禁止」

 

いいながら顔をグリグリしている。

 

「体と態度ばっかり大きくなっちゃって、この」

「少しは頼もしくなれたでしょ」

「· · ·うん。初めて出会った時はあんなに小さかったのに、今じゃ私が見あげないといけないもん。あの頃のカズは脆そうで、私が守んなきゃ、って思ってたから」

「· · ·次は俺が守る番だから」

「うん。お願いします」

 

そういって果南ちゃんは俺の腰に手を回して、抱きしめる力を少し強めた。

 

きっと、今日みたいな魔法の様な1日はもう来ないかも知れない。

けど、今こうして2人でハグしていると何でも乗り越えれそうな気がして。

だから、また流れ星に願う。この時よ続けと。




乙女浦さんの破壊力はすごい(確信)
果南ちゃんは告白されるとこんな感じだろうなー、と思い今回の話を書きました。
また機会があれば他のメンバーも書いていこうかなと考えております。


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国木田花丸誕生日特別編〜さよならメモリーズ〜

花丸ちゃん、お誕生日おめでとうございます!

ということで今回も特別編を投稿します。
これはあくまでif。
もしもの話なのでその点をご了承ください。


マルは小さい時から本を読んで育ってきた。

高校から知り合った先輩達はみんなマルのことを文学少女だ、っていう。

本の世界はいつもマルを知らない世界に連れていってくれて、何も誇れるものが無いマルを本の特別な登場人物にしてくれる。

 

でも、先輩に、和哉さんに出会って本にない特別な世界をマルは知った。

知らない世界に連れていってくれる。

特別な自分にしてくれた。

 

今日は図書室の当番で、Aqoursの練習に参加できない日。そんな日は必ず和哉さんは図書室に来てくれる。

練習の休憩時間の数分の間だけだけど、それがマルはとても嬉しかった。

 

「花丸?」

 

ドアが開き、和哉さんが頭だけ出して、図書室をのぞく。

名前を呼ばれ、ドキッ、と心臓が跳ねそうになる。

恋愛小説の片思いの女の子みたいに。そう考えてしまうと顔が熱くなり、俯く。

 

「体調悪いの?」

 

先輩はマルのおでこに手を当てる。

 

「い、いや!体調は万全ずら!」

「そっか」

 

ニコッ、と笑った和哉さんは椅子を1つもって、受付カウンターの近くに座る。

 

「今日の練習はもう終わったから。花丸も1人は嫌だろうなって思ってさ。付き合うよ」

「そんな。マルは全然気にしてないずら。むしろ和哉さん、沼津だから早く帰った方が」

「まあまあ、そう言わないで。そうだ、あれかして貰える?μ'sが特集になってた雑誌」

 

和哉さんが言っているのは、マルがルビィちゃんと一緒にスクールアイドルを始めるきっかけになった雑誌。

それはカウンターの引き出しにずっと置いてある。

 

「はい。いつも読んでるずらね。その雑誌」

「まあね。μ'sの特集では1番新しいしさ」

 

雑誌を受け取ると楽しそうに記事を読む和哉さん。

彼の目に映るそれはとてもキラキラ輝いているんだろうといつも思っている。

 

しばらく無言で本を読んでいると扉が開く音がした。

 

「ズラ丸?先輩?」

「善子ちゃん、図書室は静かにしないと」

 

やって来たのはルビィちゃんと善子ちゃん。

 

「どうしたの?2人とも」

「別に、練習が早く終わったから図書室に行こうと思って」

「善子ちゃんが2人がまだ図書室にいるから呼んで一緒に帰ろうって」

「ちょっ、ルビィ!」

 

確かにそろそろ図書室を閉める時間だ。

人ももう来ないだろうし、閉めていいかもしれない。

 

「全く、先輩も物好きよね。私たちのライブの日程決めたり、曲と振り付けと衣装のチェックもしてメンバーの仕事のサポートして。やりすぎじゃない?」

「それが、俺の役割なんだけど· · ·」

 

善子ちゃんは呆れ気味に話す。

確かに和哉さんの仕事量はメンバーの中で1番多い。何か手伝おうとしてもやんわり断られる。でも、和哉さんの頑張っている姿を見るのが嬉しくて。

マルはそんな和哉さんに恋をした。

 

「ほら、ルビィもなんか言いなさい」

「ピギッ!えっと、衣装チェックはとても助かってありがとうございます。とか· · ·」

「· · ·はぁ、全く。これじゃ、リリーが可愛そうだわ」

 

善子ちゃんは頭を抱えながら呟く。

 

「なんでそこに梨子が出てくるんだ」

「彼氏がこんなたらしじゃ可愛そうじゃない」

 

そう。和哉さんは梨子さんとお付き合いをしている。

2人は幼なじみで長い時間すれ違っていたけれど、和解してお付き合いを始めたらしい。

分かってても和哉さんの口から梨子さんの名前が出るのはつらい。胸がモヤモヤする。

梨子さんが嫌いな訳じゃない。むしろ、美人で綺麗でスタイルが良くってマルの憧れ。

だから、この気持ちはずっと閉まっておかないといけない。

 

「花丸?」

 

和哉さんがふとマルの名前を呼ぶ。

顔を上げると、じっ、と和哉さんはマルの顔を見ていた。

 

「本当に体調悪くないの?少し顔色悪いよ」

「だ、大丈夫ずら!図書室閉めるから早く出ないと」

 

そう言って全員で図書室を出る。

みんなで帰ると言っても学院前のバス停まで。

マルとルビィちゃんは歩きだけど、善子ちゃんと和哉さんはバス通学。

なんでもない帰り道が特別で1回1回が忘れられない思い出。

 

これはマルの叶わない初恋とありふれた失恋のお話。

 

 

 

 

 

 

あれからたくさんの事があった。

夏の地区予選は梨子さんと和哉さん不在の中8人でのライブ。

最終予選を突破し、学校の知名度が上がり、入学希望者もどんどん増えて一応廃校を免れたこと。

それに、ラブライブ優勝。

その後すぐにダイヤさん、果南さん、鞠莉さん、3年生の卒業。

新年度。新メンバーを加え、再発進したAqours。

それでも廃校の問題は続いていた。

前年ほどの結果は出せなかったけど、ラブライブには出場して、最高のパフォーマンスを披露できた。

そのお陰で入学希望者が増え、学校は存続が決定した。

 

その中でAqoursと和哉さんとの思い出が1ずつ増えていき、昨日の事みたいに思い出せる。

 

そして、今年も卒業シーズン

千歌さん、曜さん、梨子さん、和哉さんも卒業。

結局マルは自分の思いを閉じ込めたまま。

 

卒業式が終わり、教室で本を読んでいると善子ちゃんがやってきた。

 

「ズラ丸、アンタいいの?」

「いいって何が?」

「先輩たち、今日でいなくなるのよ?」

 

どうやら、善子ちゃんはお見通しのようだ。

だけど、マルはこの気持ちを出しちゃいけない。

 

「なんのこと?お別れの挨拶はさっきやったずら」

「頑固よね、あんたも。ダイスキの気持ちは閉じ込めるもんじゃないわよ」

 

あの時、Aqoursの初めてのライブで歌った曲を少しアレンジして善子ちゃんは言う。

 

「· · ·マルが今更言っても迷惑だよ」

「先輩には迷惑かければいいのよ。それよりもずっと閉じこもってる花丸を見てる方が私は辛いわ」

 

いつもはずら丸って呼ぶくせにこんな時ばっかり。

 

「でも· · ·」

「そんなことないよ」

「ルビィちゃん?」

 

いつの間にかルビィちゃんも来ていた。

 

「スクールアイドルを、Aqoursを始めた時と同じだよ。ルビィだって善子ちゃんと一緒で今のマルちゃん見てる方が辛いよ」

 

親友2人にここまで励まされて、マルは· · ·。

 

「決めたよ。マル、いってくる。結果はどうなってもいいずら。自分の気持ちに素直になるずら!」

「そう。頑張りなさいよ」

「頑張るビィ!だよ!マルちゃん!和哉さんは中庭にいるよ」

「ありがとう!」

 

マルは立ち上がって中庭に走る。

走っている間、色んなことが頭をよぎる。

 

言葉じゃうまく言えない想い。打ち明けるとしたらなんて伝えよう。

いつか一緒に帰った道。内浦湾に沈んでく夕日が眩しくて。それをAqoursのみんなで見たのは特別な思い出。

初めてマルのことを花丸って呼んでくれたのはその時。和哉さんは覚えてるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さよなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中庭に着くと和哉さんは梨子さんと一緒にベンチに腰掛けて座っていた。

 

(やっぱりお似合いだな· · ·。もしかしたらなんて思ったけど、入る余地なんてないずら。けど· · ·)

 

けど、決めた。励ましてくれた善子ちゃんとルビィちゃんの為に。何よりマルの為に。気持ちを伝えるんだ。

 

「和哉さん!」

 

2人は驚いたような顔をしてマルに駆け寄る。

 

「どうしたの、花丸ちゃん!?」

「息、荒らげて走ってきたの?何かあった!?」

 

優しい2人。

マルは今からとても迷惑なことを言うのに。

何でこんなに優しいんだろう。

 

「和哉さん!マル、あのね、マルは· · ·!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、やっと言えた· · ·。




花丸ちゃんはハッピーエンドよりも少し報われないお話が似合うなぁ、ということで今回の話を作りました。ごめんなさい。
機会があればちゃんとハッピーエンドを書きたいですね。


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渡辺曜誕生日特別編〜ワールドイズマイン〜

渡辺曜ちゃん、お誕生日おめでとうございます!

元気で明るいけど、少し臆病な乙女な彼女の幸せな1日になることを願います。


休日、朝の日差しで私は目を覚ました。

 

「今、何時・・・」

 

ベッドの上に置いている目覚まし時計を見るとアラームの鳴る時間よりも1時間ほど早い。

基本的に寝坊助の私が休日に目覚まし時計より早く起きることなんて滅多にない。

 

なんとなく二度寝する気分にもなれず、私は体を起こす。

すると、隣で眠っている和哉くんがもぞもぞ動く。

 

私は今、彼と同棲している。

東京の同じ大学に2人で通うというのもあるが、1番の理由は付き合い始めたからだと思う。

 

同棲を言い出したのは和哉くんの方で私はあまりの嬉しさに飛び跳ねながら二つ返事で了承した。

 

「ふふっ。おっはよー」

 

口ではおはようと言いながら、小声で話しかけ、起こさないようにそっ、と抱きつく。

 

「あったかーい・・・。寝ちゃいそう・・・」

 

彼の素肌の体温、生の匂い。

その全てが心地よく、私はまた眠くなる。

 

ん?素肌・・・?

 

そこで私ははっ、とした。

 

「私も和哉くんも服着てないじゃん・・・」

 

そういえば昨晩もお互いに体を重ねた。

そのまま眠り込んでしまったのを私は忘れていた。

 

「もう、起きよう」

 

私はベッドのシーツを1枚取り、体に巻く。

いくら見ている人がいないとは言え、やはり素肌を出し続けるのは恥ずかしい。

 

シーツで体を隠し、タンスの前でいそいそと下着とラフな服を着て、鏡の前に立ち、身だしなみを軽く整える。

 

「今はこのくらいでいいかな。あとはご飯・・・」

 

冷蔵庫にあるもので簡単に朝食のおかずを数品作る。

お米は昨日炊いたのが残っているから大丈夫だ。

 

「よし、完成」

 

朝食の品をリビングのテーブルに並べ、

時計を見るともうすぐ8時前になろうとしていた。

 

「そろそろかな・・・」

 

私が呟くとリビングに和哉くんがやってきた。

 

「おはよう。いい匂いだね」

「でしょ?さ、食べよ!」

 

私たちは椅子に座り、朝食を食べ始める。

 

「ねぇ、和哉くん。今日暇?」

 

食べながら私は彼に尋ねる。

 

「今日?えーっと・・・」

 

和哉くんはスマホを見ながら予定を確認する。

 

「バイトは・・・、入れてない、っと。今日は暇だよ。どうかした?」

「だったら、デートしない?」

 

私は少しモジモジしながら誘いをかけてみる。

 

「そりゃまた急・・・って訳でもないか。今日は曜の誕生日だしね」

「お、覚えてたの?」

 

今日は私の誕生日だ。

毎年祝って貰えていることもあり、私からは何も言わなかったが、やはり覚えていて貰えると言うだけで嬉しかったりする。

 

「忘れるわけないじゃん。それに寝る前にもちゃんと言ったよ」

「え?いつ?」

「曜がイっもがっ」

「あー!思い出した!思い出した!」

 

いきなりなんてことを言い出すの!?

 

私は咄嗟に彼の口を塞ぐ。

私がそんなことをしたということはつまりその通りという訳で。

その時シテいたということは今はどうでもいいとして、確かにおめでとう、と言われていた。

 

「ぷはっ。まあ、そういうこと。それで、どこ行こうか」

「それは考えてるよ」

「それじゃ、最初は曜に任せようかな」

「了解であります!じゃあ急いで食べて準備しないと!」

 

私は朝食を口の中にかき入れ、足早にリビングを後にする。

 

「ご馳走様!和哉くんも早く準備してね!」

「は?ちょっと早くない?」

「そんなの関係ないって!あ、お皿は水に付けててね」

 

誕生日デートなんだから気合い、いれないとね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだかな・・・」

 

東京の街中で私は時間を気にしながら1人、待ち合わせ場所に立っていた。

 

同じ部屋に住んでいるのだから最初に迎えばいいじゃないか、とは自分でもよく思う。

ただ私はこの想い人を待つこの時間が好き。

この時間だけは世界中にいるたくさんいる人の中の私のためだけにここへ来てくれる。

そんな風に考えられるから。

 

時間を気にしては腕時計を見て、髪を整える。

もう何度目のデートになるかも分からないのに初めてデートに行くみたいに浮かれている。

 

「へ、変じゃないよね・・・」

 

今日の服装と髪型はいつもと違う。

 

服は梨子ちゃんが着るような清楚なふわふわした服装に厚底のサンダル・ミュール。

髪だってこの日のためにヘアーアイロンをかけてみた。

私をよく知る人たちが見たら驚くこと間違いない。

そんな私を彼は気づいてくれるのだろうか。

いや、気づいてくれる!

 

「うー。落ち着かない・・・」

 

やっぱりいつもの服装にすれば良かったと嘆いていると声がした。

 

「曜?」

 

私に声をかけてきたのは待ち人の和哉くんだった。

その彼は自信がなさそうに私の名前を呼ぶ。

 

「う、うん!」

「良かった・・・。間違えたらどうしようかと思った」

 

和哉くんは申し訳なさそうに頬をかく。

 

「ううん。大丈夫。分かってくれるって信じてたから」

「そ、そっか・・・」

 

すると、和哉くんは左手を差し出した。

 

「行こうか、曜」

「うん!」

 

私は笑いながらその手を取る。

 

「その服と髪型似合ってるよ。これからもそうしてみなよ」

 

さらっ、と期待していた言葉をかけてくれる。

気づいてくれたのは嬉しかったが、自分で言ってみたいとも思ってたから少し残念だ。

でも、嬉しいものは嬉しい。

 

「うん、ありがとう!でも、今日だけ・・・かな」

「そうなの?残念」

 

どうやら彼の好みだったようだ。

それが分かって嬉しくなる。

 

「さて、どこに行こうか」

 

彼の言葉に私は悩む。

実というとデートに誘いはしたが、プランは全く立てていなかった。

自分の服装だったりでそこまで考えが回っていなかった。

 

「え、えっと・・・」

「考えてなかったの?」

「・・・うん」

 

和哉くんはそっか、と呟くと難しい顔をする。

これは迷惑をかけてしまった、と思った私は自然と暗い表情をしていた。

 

「落ち込まなくていいでしょ。そうだな・・・。あの店、入ろうか」

 

和哉くんは少し遠くのカフェを指差した。

 

「昼には時間あるけど軽くなんか食べながら今日のこと決めよう」

「うぅ・・・。ありがとう〜!」

 

たまらなく嬉しくなった私は彼に抱きつく。

 

「ああ、もう。抱きつくな」

「やだ!」

「街中なんだけど」

「はっ!?」

 

その事を完全に忘れていた。

もちろん、たくさんの人に今のを見られてしまった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!??」

「曜?俯いてどうかした?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「曜!?」

 

その場から一瞬でも早く離れたい私は和哉くんの手を引いて走り出す。

 

「ちょっ!走るなって!」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!・・・あ」

 

久しぶりに味わう、足がもつれる感覚。

それもそうだ。

今まで履いたことないものを履いているんだ。当然、上手く走れる訳もなく、転んでしまう。

 

「曜!」

 

覚悟していた痛みは来ない。

というより、誰かに支えられていて、体が浮いているような感じがする。

 

「危なっ・・・。いきなり走らないでよ」

 

私の体を支えてくれたのはもちろん和哉くん。

私が転ばなかったことに安心し、ほっ、と息を吐く。

 

「ご、ごめん・・・」

「立てる?ケガはない?」

「う、うん」

 

体を離してもらい、立ってみる。

足も痛めてないようだし、何ともない。

 

「大丈夫そうだね。さて、さっきのところより離れたみたいだけど、どうしようか」

 

和哉くんに言われ、付近を見渡してみるが知っている建物があまりない。

無我夢中で走っていたら随分遠くまで来ていたようだ。

 

「え、えっと・・・。そうだ!和哉くんお腹すいてない!?」

「俺?特に」

「うっ・・・。えっと、えっと」

 

今日の私はテンパってしまって何事も上手くいかない。

そんな時。

 

ぐぅ〜・・・。

 

私のお腹がなった。

 

「うっ・・・。うぅ・・・」

 

もうボロボロ過ぎて泣き出しそうになった。

 

「あー。じゃあ、あそこ。行こっか」

 

和哉くんが1件の洋食レストランを指差した。

 

「あそこでハンバーグでも食べよっか」

 

にこり、と笑う彼。

そんな彼の気遣いに胸が高なる。

 

「うん。そうしよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここのレストランのハンバーグはとても美味しかった。

ママが作ってくれるハンバーグ程じゃないけど、ハンバーグにはうるさい曜ちゃんも納得のいく味だった。

 

「美味しかったー!」

「とっさに見つけただけだから。気に入ってくれて良かったよ」

「うん!満足だよ!」

 

彼は微笑むと近くの店員を呼び止め、コーヒーを注文する。

 

「今日の曜の服装、お姫様みたいだね」

「お姫様?」

「うん。なんて言うの?お忍びみたいな。髪も結構伸びて、ストレートにしてるから余計にね」

「そ、そーかな?」

 

いきなりお姫様なんて言うから思わず照れてしまう。

 

「私がお姫様だったら・・・、和哉くんは私の王子様、だよ」

 

自分で言ってて恥ずかしさに震える。

彼はどんな表情をしているんだろう、と思い、顔覗く。

 

「・・・照れてる?」

「・・・言わないでよ・・・」

 

彼は手で顔を少し隠している。

 

「へっへー!王子様ー!」

「だぁー!やめろやめろ!」

 

この後、調子に乗った私はしばらく彼を弄り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー!機嫌直してよー」

 

あれから弄り続けていたせいか、彼はご機嫌ななめだ。

 

今は少し買い物をして、日も暮れ始めたので少し人の少ない道を使って帰っていた。

 

「別に不機嫌じゃないよ」

「不機嫌じゃんかー」

 

なかなか機嫌を直してくれない彼に私はむくれていた。

 

「むー。つまんないなー」

 

少し大げさに反応しながら彼の少し前を歩く。

 

「曜!!」

「え?」

 

急に抱きしめられ、手に持っていた荷物が地面に落ちる。

 

待って?

本当にどんな状況?

 

いきなりでテンパっているとすぐ横を車が走り抜けて行った。

 

「危ないな、あいつ・・・」

 

和哉くんが私を抱きしめたのは猛スピードで走り抜けていく車から守ってくれたようだ。

 

「危なかったね。大丈夫?」

 

いちいちカッコいいことして・・・。

本当に私の王子様だ。

 

「こっちの方が危ないよ!バカ!」

「はぁ!?」

 

私は走り出し、彼を置いて行く。

 

こんなわがままもたまにはいいでしょ?

だって、今日の私はお姫様だからね!




曜ちゃんを書くのは難しい・・・。

読んでくださった方が楽しんで頂ければ私は満足です。


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小原鞠莉誕生日特別編〜リルモア〜

小原鞠莉ちゃん誕生日おめでとうございます!

そんなわけで今回は彼女の特別編です。


「気づけば私は彼のことを目で追っていた、なんて言うけどあれって本当なのよねー」

「・・・いきなりなんですの」

 

生徒会室の机に突っ伏しながら私はダイヤに話しかける。

 

「ほら、よく言うじゃない。恋に落ちるのは一瞬だ、って!」

「話が良く見えませんが、鞠莉さんは恋しているのですか?」

「さて?どうでしょう」

 

意地悪っぽくダイヤの言葉に返答すると、彼女はあからさまに不機嫌な顔をする。

 

「用がないのなら出ていってくださる?この部屋の整理も大変なのですよ」

 

廃校が決まった私の、私たちの浦の星女学院。

私もダイヤもこの学院の最後の理事長と生徒会長だ。

真面目なダイヤは毎日のように物の整理をして私の相手をしてくれない。

 

「ま、ダイヤの邪魔しちゃ悪いしね〜。私は行くわね」

「そうしてください」

 

私と全く目を合わせず、ダイヤは作業を進めていく。

 

つまんないの。

 

「廃校が決まり、ラブライブで優勝したからと言って終わりではありませんのよ。最後の最後まで楽しみましょうね、後悔のないように。この時間を」

 

生徒会室を出ようとした瞬間にダイヤがそう告げた。その言葉に私は自然と足が止まり、ダイヤの方へ振り返る。

 

「どういうこと?分かって言ってる?」

「はて?なんのことですの?わたくしはただ残りの時間を楽しみましょう、と言っただけですわ」

「・・・この」

 

あの薄ら笑いは分かっている証拠だ。

 

「・・・私なりにやってはみるわよ」

「そうですか。ご武運を」

 

全くあの硬度10は・・・。

 

私は心の中で悪態をつきながら生徒会室を後にする。

 

「さて、と。今日は言えたらいいわね」

 

私は2年生の教室に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年生の教室の前に着くと丁度ちかっちが出てきた。

 

「あ、鞠莉ちゃん!」

「Hello!ちかっち。和哉いる?」

「カズくん?カズくんならあんな感じだよ」

 

ちかっちが指さした方を見ると和哉は机に突っ伏して寝ていた。

 

「また夜更かししたみたいで朝からの眠そうだったんだ。起こしてこようか?」

「ううん。いいわよ。寝かせておいてあげて」

「はーい」

 

ちかっちの提案を断ると、ちかっちはどこかへ行ってしまった。

 

きっと今寝ている彼は幸せそうな顔をして笑っているんだろう。

 

「その笑顔は誰に向いてるのかしらね・・・」

 

答えなんてもう分かってるけど分からないフリをしてしまう。結局私は臆病なだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になると私は決まって屋上にやって来てしまう。

もうここで練習は行われないし、誰も来ない。だが、自然と足がここに向かってしまう。

 

屋上の端まで行き、塀の上に手を置く。

 

「鞠莉」

 

ふと後ろから声をかけられ、振り向く。

 

「珍しいわね、どうしたの?」

 

そこには果南が立っていた。

 

優勝した直後はちかっちもここへ来ていたが、1週間ほどで来なくなった。それ以降ここに誰か来ることはなかった。毎日のようにここに来ていた私が言うのだから間違いない。

 

「少し、風にあたりたくなってね」

「・・・果南らしいわね」

 

果南の言ったことは嘘だろう。

ダイヤと同じように私の心配をしてここまで来たはずだ。

 

「鞠莉はどうしてここに?」

「・・・もっと踊りたい、歌いたい、もっとスクールアイドルを続けていたい、そう思ってたら毎日ここに来てた」

「そっか・・・」

 

果南は私の隣に立ち、同じように景色を見つめる。

 

「あ、カズと梨子じゃん」

 

果南が見つけたのは中庭のベンチに腰掛けている2人。

私もそれを見てキュッ、と心が締め付けられる。

 

「結局言わなかったよね、付き合ってること。バレバレなのに」

 

果南は2人を優しい目で見つめながら微笑む。

 

「そうね。言ってくれたらお祝いしたのに」

「そうだね。カズのことだからアイドルが付き合ってるってことを伏せておきたかったんじゃない?まあ、バレバレだけど」

 

果南は1度言葉を区切り、私を見る。

 

「もちろん、鞠莉もね」

「・・・やっぱり、2人は誤魔化せないか・・・」

 

諦めたように私は肩を落とす。

 

「いつから気づいてたの?」

「うーん、2年前かな」

「そんなに前から・・・」

「まあね。それにここに来るのだってあの2人を見るためでしょ?」

 

果南の言葉に私は黙って頷く。

 

「仕方ないじゃない。どうしてあそこにいるのは私じゃないのか、って思ったら。こんなこと思いたくないけど、思ってしまうのよ。梨子が羨ましい、って」

 

私は自然と両手をぐっ、と握りしめていた。

 

「それで。鞠莉はどうするの?」

 

果南は優しく笑いながら声をかける。

 

「どうって・・・」

 

私はどうしたいのか。何をするべきなのか。その答えが全く分からない。

 

「私は難しいこと考えるの苦手だからあまりなんとも言えないけど、鞠莉がやりたいようにやっていいんじゃないかな?」

 

果南はそう言うと屋上を出ていってしまった。

 

「どうしろっていうのよ・・・」

 

気づけば中庭にいた2人もいなくなっていた。

この言葉はただ宙に浮かんで消えただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も居なくなった校舎を戸締りしながら思い出すのは果南とダイヤの言葉と楽しそうに語らう和哉と梨子の姿ばかり。

 

いつからこんな風に悩むようになったんだろう。

スクールアイドルをやっていた時はそんなこと全くなかったのに。

 

「はぁ・・・」

 

もう何度目か分からないため息をつく。

 

「あれ?鞠莉ちゃんじゃん。まだ帰ってなかったの?」

 

少し驚きながら声のした方を見るとそこには和哉がいた。

 

「和哉?・・・まだ帰ってなかったの?」

「実はさ、教室に忘れ物してさ。もう鍵もかけてあったから先生に開けてもらおうかなって」

 

和哉は申し訳なさそうに笑う。

 

「はぁ。仕方ないわね。開けてあげるからついてらっしゃい」

「マジ?助かるよ」

 

子供のようにはしゃぐ彼を見て思わずクスリ、と笑ってしまう。

 

彼を連れて2年生の教室へ向かう。

道中はなんでもない世間話や最近のこと、授業の話などをしながら、誰もいない暗くなった校舎を歩いていく。

 

「ほら、開けたわよ」

 

2年生の教室の鍵を開けると彼は一言お礼を言って自分の机を漁る。

 

「えっと・・・、よかった。あったあった」

 

彼が取り出したのは1冊のノートだ。

 

「和哉が勉強なんて珍しいわね。いつも赤点スレスレのなのに」

「それは関係ないでしょ。俺だってやりたいこと見つければ勉強くらいするさ」

「ふーん、それっ!」

「あっ!」

 

私は和哉が持っているノートをさっ、と奪い、中を調べる。

 

「これ、音楽・・・?」

「・・・見られた」

 

彼は恥ずかしそうに呟く。

 

「なんで、音楽の勉強を?」

 

私は震える声で尋ねる。

答えなんて分かってる。

でも認めたくない。彼の口で否定してほしい。

それだけをただただ願うばかりだ。

 

「この際言うけど、他の人には言わないでよ!」

「ええ・・・」

 

和哉は顔を赤らめ、恥ずかしがりながら言う。

 

「梨子のピアノの手伝いをしたくてさ。近くで支えたくて勉強を始めたんだ」

「・・・梨子が好きなの?」

 

知ってる。知っているのになぜ知らないふりをしているのか自分でも分からない。

 

「好きっていうか・・・。その、うん。好きだよ。付き合ってるし」

 

顔を背けながらそう言う彼。

 

「そう、なのね・・・」

 

分かってる。

知ってる。

全部。

 

やっぱり私の勘違いだった。

あとちょっと。ほんの数センチで届く距離だと思っていた距離は縮まるどころか遠ざかっていた。いや、そもそも存在していなかった。

彼の中には私という存在ははっきりとした形を成していないのだから。

 

「・・・うん。おめでとう!もー!言ってくれたっていいじゃないの!」

 

私は和哉の頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

「わっ!梨子は周りに知られるのは嫌だろうし。言わないでおこう、って決めたんだよ」

 

恥ずかしがりながらも語る和哉はとても幸せそうだった。

 

「あれ?鞠莉ちゃん、どうしたの?目、赤いよ?」

「なんでもない!・・・そう・・・。とにかくおめでとう。別れたりでもしたら怒るからね!」

 

私はそう残し、彼から背を向け駆け出す。

後ろの方で和哉が何か言っていた気がするが振り向かずに走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗な理事長室に駆け込み、私は荒く扉を閉め、鍵をかけると、扉にもたれながらその場に座り込む。

 

「うっ・・・、うぅっ・・・。うぁっ・・・」

 

声を押し殺す。

涙が止まらない。

ずっと前から分かっていたことなのに、本人の口からそのことを聞いたことはかなり心に効いたようだ。

 

「好きだった・・・。ずっと・・・、ずっと・・・」

 

初めは友達の友達程度だと思っていた。だけど、共に過ごすうちにちゃんと友達になり、弟みたいな可愛い存在から、かけがえのない想い人になった。

 

「どうして・・・?どうして届かないの・・・?」

 

答えなんて初めからある私の問いかけ。

そんな言葉がこの空間に虚しく響くだけ。

 

「大好きなのに・・・」

 

私の恋は儚く静かに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数年後。

今私が住んでいる家に一通の手紙が届いた。それは和哉と梨子の結婚式の招待状だ。

 

「・・・ふふっ。懐かしい。行って少し冷やかしましょうかね」

 

少し意地悪なことを考えながらその日を待つことにした。




彼女は健気に思い続けるが、必ず上手くいかない。自分が傷つくことが多いですよね。
そんなことを考えながら書いたお話です。

いつかは彼女が幸せで過ごせる未来も書いてみたいものです。


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津島善子誕生日特別編〜百回目のキス〜

善子ちゃん、誕生日おめでとうございます!
今回は彼女の特別編です!

お楽しみください。


あれは少し前の出来事。新しい学校へ編入し、季節は秋になった頃だったと思う。

私は先輩に、和哉さんに告白された。

 

「俺は善子のことが好きです。付き合ってくれませんか?」

 

生まれてこの方、幸運なこととリア充じみたことには縁がない私。正直告白を受けて思考が吹き飛んだのを今でもよく覚えている。

 

どう返事をすればいいのか分からず固まっていると、先輩は寂しそうな顔で謝り出した。

 

「・・・ごめん、こんなこと言って。迷惑だったよね」

「そ、そんなことない!」

 

自分でもびっくりするくらいの大きな声を出し、先輩の言葉を否定する。

 

「善子・・・?」

「わ、私だって先輩のこと好きだったんだから!」

 

ここで私は初めて自分の中に隠していた気持ちを打ち明けた。そして、私たちは恋人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後。

そろそろ卒業シーズンとなり、学校全体が慌ただしい雰囲気になってきた。しかし、私の隣にいるこの恋人は見た目以上にマイペースで、彼の幼馴染でもある梨子の説教も右から左へと受け流す程の呑気さである。

 

「先輩のクラスでなんかやってるんじゃないの?」

「そうだよ。卒業前だからってみんな最後の思い出作りに忙しいみたい」

 

狩野川の河川敷に座り、川を見つめながら先輩は人事のように呟く。

 

「行かなくていいの?」

「どうして?」

「だってみんな離れ離れになるんだから最後くらいは」

「知らないよ」

「即答・・・。意外とドライなのね」

「ドライって訳じゃないさ。ただ」

 

そう言うと先輩は私の肩を抱き寄せる。

 

「今は善子と居たいだけだよ」

「・・・バカじゃないの?」

 

顔が一瞬で熱くなる。

思わず出た言葉もそれを隠すためのものだ。

 

「相変わらず、バカでしてね」

「・・・先輩、東京に行くの?」

 

私が呟くと先輩の体がピクリ、と動いたのに気づいた。

 

「・・・誰に聞いた?」

「梨子と曜・・・」

「あいつら・・・」

 

先輩は面倒くさそうに頭を搔く。

 

「・・・うん。行くよ」

「なんで?」

「やりたいこと、見つけたから」

「そう・・・」

 

私は先輩の腕を解き、立ち上がる。

 

「じゃあ、私も東京に行くわ」

「え?」

 

先輩はきょとん、とした顔をしている。

 

「当たり前じゃない。リトルデーモンのいるところにヨハネは必ず存在するのだから」

 

いつもの決めポーズをして先輩に笑いかける。すると先輩は小さく吹き出す。

 

「な、何よ!おかしな所なんて何も無かったじゃない!」

 

急に恥ずかしく思えてきた私は声を荒らげる。

 

「いや、善子は何もおかしくなかったよ。・・・うん。そうだよね」

 

1人で納得している先輩を怪訝な目で見つめる。とにかく聞いてみることにしよう。

 

「何1人で笑ってるのよ?」

「いや、俺はバカだなぁ、って」

「突然どうしたのよ・・・。本当に大丈夫?」

「俺さ、今日進路のことを善子に話そうと思ってたんだ。それと一緒に別れよう、って言おうとも思ってた」

 

先輩の言葉に心臓が止まりかける。

 

「・・・それって私がイヤになったから・・・?」

「違うよ。善子のことは大好きさ。誰にも触れさせたくないくらいに。別れよう、って思ったのは俺が東京に行ったきりになると思ったからだよ」

「そ、そう言うことね…」

 

す、捨てられられたかと思ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

「今の善子の言葉を聞いたらそんなことを言う気が失せた!後出しだけどさ、善子」

「な、何よ・・・」

 

先輩も立ち上がり、私の目を真っ直ぐ見つめる。

 

「俺と東京に行ってくれますか ?」

「…っ!」

 

そんなの答えは1つしかない。

 

「・・・はい・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月。沼津駅のホームで私たちは電車を待っていた。

 

次の電車が来ると先輩は東京に行ってしまう。しばらくは会えない日々が始まってしまう。

 

「わざわざ見送りに来なくてもよかったのに」

「いいじゃない。私がしたいだけだもの。ここに残るみんなの代表よ。…それより、梨子も東京なんでしょ?浮気したら呪ってやるんだから」

 

梨子も東京の音大に進学し、ピアニストになると言う夢を叶えるために進み始めた。

梨子と先輩は幼馴染というのもあってこれが不安で仕方ない。

 

「大丈夫だよ。俺は生涯善子のリトルデーモンだから」

「ふ、ふん!い、いい心がけね!」

 

そんな話をしていると電車がやってきた。

 

「じゃあ行くよ」

 

先輩が呟く。

 

「うん・・・」

「そんな顔しないでよ。少しの我慢だよ」

 

分かってる。そんなの分かってるけどやっぱりさみしい。そのせいか、自然と涙が溢れそうになる。

 

「善子、顔上げて」

 

先輩に言われるまま顔を上げる。その瞬間、私の唇は先輩の唇に塞がれてしまった。初めてじゃない。何度もお互いの愛を確かめるための行為が心地いい。刹那の甘い時間。秒にも満たない短い時間だが、私の不安を消し去る。

 

「これでさよならじゃないんだ。俺は向こうで待ってるから」

「うん・・・!」

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

そう言って電車に乗りこむ先輩。

ベルが鳴り響き、扉が閉まり、私と彼の距離を完全に断つ。

ゆっくり動き出す電車。私も彼も目をそらさずに、ただ真っ直ぐ見つめ合う。

そして私は音に出さず、口だけで呟く。

 

『愛してる』と。




不幸な彼女の幸せな1日になることを祈っています。
よっちゃん大好きだー!


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高海千歌誕生日特別編~M.K.O.~

千歌ちゃんお誕生日おめでとうございます!
乙女心は絶対に出さないようにしてるけど出ちゃってる千歌ちゃんのお話です。


「さて、千歌ちゃん」

「な、なに・・・?」

 

なんでもない普通の休日。私の家に遊びに来た曜ちゃんと梨子ちゃん。私はそんな2人になぜか詰め寄られていた。

 

「千歌ちゃんはいつまでそのままでいるつもり?」

 

曜ちゃんの質問。なんの事か分からない。

 

「な、何を?」

「千歌ちゃんはもっと進展したいと思わないの?」

 

梨子ちゃんの質問もよく意味が分からない。

 

「だ、だから何の?全く意味わからないんだけど・・・」

 

すると梨子ちゃんと曜ちゃんは顔を見合わせると深いため息をついた。

 

「どう思いますか?梨子ちゃん」

「無自覚なのは罪だけど可愛いわね」

 

2人で訳の分からない話をしている。

全くどういうつもりなのだろう。

 

「ところで梨子ちゃん、向こうはどう?」

「問題ないわ。しっかり取り付けてるから」

「ねえ、なんの話してるの?全然追いつけてないんだけど・・・」

 

そして2人は私の肩を掴み、それはもう素晴らしい笑顔で告げた。

 

「「これからお出かけするよ」」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 

2人になされるがまま着替えさせられ、私たちは沼津に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沼津駅に着いたと同時に曜ちゃんと梨子ちゃんは御手洗に行ってしまい、駅前で1人、ぼーっ、と立っていた。

 

「あれ?千歌だけ?」

「か、カズくん!?なんで!?」

 

突然現れたのはカズくんだった。

 

「なんでって・・・。梨子に呼ばれたんだよ。それで梨子は?曜と来るって言ってたけど」

 

カズくんはキョロキョロ付近を見渡す。

 

聞いてないよー!なんでカズくんまで!?

 

混乱していると不意にスマホがメッセージを受信した。差出人は梨子ちゃんだ。

 

『急用が入って帰らなくちゃ行けなくなったの。曜ちゃんも同じ。頑張ってヨーソローしてね♡』

 

そのメッセージを読んでようやく私は2人にはめられたことに気づいた。

あの2人は隠していた私の気持ちに気づき、この瞬間を作りあげたのだ!

 

「あ、梨子たち用事できたんだ。どうする?2人だけど」

 

カズくんのことだから集まらなくなった2人のことも考えての提案だろう。しかし、私にとってははめられたとはいえ、都合のいい展開だ。手のひらで踊らされてるみたいで癪だけど、ここは女、高海千歌!やります!

 

「行くよ!2人の分も楽しまないと!」

「う、うん・・・」

 

変に高いテンションで言ったせいか、カズくんは呆気に取られていた。

 

「ご、ごめん・・・。変にテンション高かった・・・」

 

私が謝るとカズくんはクスッ、と笑い、私の手をとる。

 

「いいよ。さ、どこ行こうか。なんだかんだ千歌と2人っきりって初めてかもね。楽しみだよ」

 

握られた左手から顔にかけて熱が登ってくる。

 

「千歌?どうかした?顔真っ赤だけど」

 

彼は不思議な顔をして私の顔をのぞき込んでいた。

 

「な、なんでもないよ!!ほら行くよ!」

「え?おわぁああああああ!!?」

 

握られた手を思いっきり引っ張って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カズくんの手を引いてやってきたのは狩野川に位置するおしゃれなカフェ、THE BLUE

WATER。ここでテーブルを挟んで座る私とカズくんの間に巨大なものが置かれる。

ここと言えばやっぱり・・・。

 

「ほぁああああああああ・・・!」

「お待たせしました。パンケーキになります」

 

目の前にそびえ立つのはパンケーキの上に山のように積まれたバニラアイス。

女子にとってこんなご褒美はない。目の前のカズくんも目を丸くして見ている。

 

「ここ、初めて来たけど凄いね・・・」

「美味しいんだよ、これ!では早速1口・・・。うーーーーん!!最高!」

「甘いのは好きだけどこれはやり過ぎかな・・・。うん」

 

カズくんはコーヒーを飲みながら私を見る。

 

「あ、千歌。じっとしてて」

「ほぇ?」

 

カズくんは身を乗り出し、私に顔をずぃ、っと近づける。

 

ち、近い!カズくんの顔、目の前に・・・!で、でもどうしていきなり!?

 

すると、何やら紙が私の触る。

 

「ほぇ・・・?」

 

またしても気の抜けた声が出てしまった。

 

「頬についてたよ」

 

カズくんは私から離れ、紙ナプキンについたアイスを見せる。

 

「ふぁ・・・・・・」

 

一気に気が抜けた私は机に突っ伏す。

 

きゅん、とした・・・。

 

「ちょっ、千歌?」

 

何が起きてるのか分かっていない彼は少しあたふたしながら私を心配する。

 

「今の、分かっててやった・・・?」

「アイスついてたし。千歌は気づかなさそうだし・・・」

 

む、無意識かよぉおおおおおおお!!ズルすぎる・・・!!

 

私はガバッ、と起き上がり、パンケーキを一気に食べ尽くした。

 

「ほら!行くよ!!」

「ちょっ!まっ!まだコーヒー!」

 

彼の手を引いてそそくさと店を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから色んなところを歩き回り、私たちは中央公園でのんびりしていた。

 

「ねぇ、カズくん・・・」

「ん?」

「本当に狙ってない?」

「だから何をさ」

 

これより前になんどか聞いてみるものの、答えは全部同じ。都会の人は無自覚にキザなのかもしれない。

 

「はぁ・・・、もういいよ・・・。チカが勘違いしてるのか、カズくんが鈍いのか分からなくなってきたよ・・・」

 

肩を落としながらそう呟くと、カズくんは小さく、本当に独り言のように呟いた。

 

「鈍いのはどっちだよ・・・」

 

その言葉は微かだけど、私の耳に届いた。

 

「え・・・。今・・・」

「っ!なんでもない!」

 

カズくんは立ち上がってどこかに歩いていく。私もそれを追いかけ、言葉の意味を聞き出そうとする。

 

「ねぇ!なんて言ったの!?ねぇねぇ!」

「なんでもないってば!離れてよ!」

「ヤ!教えてくれるまで離さない!」

 

私たちの顔が赤いのはきっと夕焼けのせいじゃない。これから始まる物語への期待からだろう。




リーダー!大好き!


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桜内梨子誕生日特別編〜約束をしよう〜

桜内梨子ちゃん、お誕生日おめでとうございます!

今回は梨子ちゃんの特別編です。
もしもこの作品が始まらなかったら。転校がなかったらというお話になっています。


桜内梨子誕生日特別編〜約束をしよう〜

 

東京、秋葉原。

俺はこの街にある1つの女子校、音ノ木坂学院の校門の近くで人を待っていた。

 

季節は秋でだんだん涼しくなってきた。夏の制服が少し肌寒く、もう1枚何か着てくればよかった、なんてぼんやり考えていた。

 

「・・・まだかな」

 

ポツリ、と呟くとふと耳に届く会話が聞こえてきた。声に耳を傾け、待ち人だといいな、とぼんやり考える。

 

「あ、今日も来てるよ!」

「ホントね。少しずつ寒くなってきてるのに梨子たちは春ねぇ」

「や、やめてよぉ・・・!そう言われるのは恥ずかしいから!」

 

聞こえてくる声に待ち人の名前があった。

相変わらずいじられている彼女をクスッ、と笑い、声の方へ向き直る。

梨子とその友達の3人へ手を振るとこちらへやって来る。

 

「やぁ、梨子。お疲れ様」

「うん。和哉くんこそお疲れ様」

 

いつものやり取り。それを見ている梨子の友達がニヤニヤしながら俺たちを見ている。

 

「2人の邪魔しちゃ悪いわよねー」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

友達の冷やかしに梨子は顔を真っ赤にして否定する。

 

「はいはい。じゃあ、また明日ね」

「もう!」

 

頬を膨らませ、ご立腹な梨子を横目に俺はクスリ、と笑う。

 

手を振って帰っていく梨子の友達を少し見送り、俺は梨子の手を取る。

 

「俺たちも帰ろっか」

「うん」

 

いつものようにお互いの学校で何があったか、今度はどこに行こうか、なんて話しながら帰り道に着く。

なんだかんだ梨子とは10年以上の付き合いだし、中学3年の頃からは男女としても交際している。

これだけ長い間一緒に居ても飽きることなんか無くて。むしろ毎日新しいことの発見ばかりだ。

 

ふとした瞬間に会話が切れる。

 

言い出すならここか・・・。

 

「ねえ、梨子」

「何?」

 

梨子は俺の顔を見て首を少し傾げる。

 

「今日、梨子んちに寄ってっていい?」

 

すると、梨子は一瞬だったが暗い表情をした。

 

「・・・うん。私も話したいことがあるの」

 

神妙な声に嫌な予感が俺の頭を駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから歩くこと数分で梨子の家に到着し、彼女の部屋まで通される。

 

「今日はなんでうちに?」

 

部屋に着くなり梨子は不思議な顔をして問いかける。

 

「不思議そうな顔してる・・・。理由は1つしかないでしょ」

「え?」

「日付」

「日付・・・、あっ」

 

今日は9月19日。梨子の16回目の誕生日だ。

今の仕草からして完全に忘れてたみたいだ。

おばさんは今日は朝早かったから梨子と顔を合わせていないかもしれないし、彼女の性格からして自分で誕生日を友人に教えたりはしないだろう。

 

「そっか。誕生日・・・。忘れてた。最近、色々あったから・・・」

「そう、だね・・・」

 

辛く、暗く、悲しい表情で落ち込む彼女。

その理由は前回のピアノコンクールで1音も演奏できずにステージから降りたことだ。

彼女は入学前から期待されていたこともあり、この結果は周囲を失望させ、見放して行った。

それからというもの、梨子はあれほど楽しそうに弾いていた鍵盤に1度たりとも触れていない。

 

「ま、まあいいよ。これ、食べようよ。買ってきたんだ」

 

カバンから袋を取り出し、梨子に見せる。

中に入っているのはケーキで2人で食べるために買ってきたものだ。

こういうのは全然分からないから梨子の口に合うか不安だ。

 

「うん・・・。ありがとう。お皿とフォーク、持ってくるね」

 

ぎこちない笑顔で梨子は部屋を出ていく。

年に1回しかない梨子の誕生日だって言うのにどこかやりづらい。

 

「お待たせ。さ、食べよ?」

 

小さなホールケーキを箱から出し、机の上に置き、それを挟むように2人とも座る。そして梨子がそれを均等に切り分けていく。

お互いの皿にケーキが乗ると梨子は手を合わせていただきます、と呟く。俺もそれに合わせて手を合わせてお辞儀をしてケーキを食べ始めた。

 

「美味しい。これ、どこで買ってきたの?」

「学校の帰り道の洋菓子屋。あんまりこういうの詳しくないから梨子の口にあって良かったよ」

 

なんとか第一関門突破。

あとはタイミングを見計らってもう1つのプレゼントを渡すだけだ。

なんて思っているさなか。梨子が言いづらそうに呟く。

 

「私、ね・・・」

「うん?」

「来年、転校するの」

「・・・え・・・?」

 

頭の中が真っ白になった。

 

「お父さんの仕事で静岡に転勤になるんだって。・・・半分は仕事の都合だけど、もう半分は私のため。お父さんもお母さんも今の環境を変えた方がいい、って」

「そう・・・」

 

梨子の話とはこれのことだったみたいだ。

 

「だから私たち、離れ離れになるんだよ・・・。だから別れた方がいいよ・・・」

 

梨子の考えは最もだ。

学生の遠距離恋愛なんて続くわけがない。

でも。

 

「確かに難しいかもしれないけど大丈夫、だと思う。だから・・・」

「うん・・・」

 

もっと励ましたり、大丈夫だ、という確信を持たせたい。けどその言葉が上手く見つからない。だから行動で示さないと。

 

「梨子・・・」

「・・・んっ・・・」

 

俺は梨子を抱きしめ、キスをした。だが、すぐに唇は離れる。

 

「・・・言葉じゃ上手く言えないけど多分、大丈夫・・・。帰るよ。改めてだけど、誕生日おめでとう」

「・・・ありがとう」

 

よく分からない不安感と居心地が悪さで俺はその場から逃げるように去っていくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから梨子と連絡を取る頻度も落ちた。帰りは日課のように一緒に帰るがそこに会話らしい会話は生まれなかった。

 

そして4月初め。

梨子は東京から居なくなった。

 

東京を発つ日に見送りもせず、ただ家にひきこもり、メッセージアプリで一言、『頑張れ』とだけしか送らなかった。

 

どうして俺はこんなにも愚かなのだろうか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は過ぎ、また新しい春がやってくる時期になった。

あれから梨子とは連絡を取ることはなくなり、今、彼女は何をしているのか、どう過ごしているのか、何も知らない。

結果的に自然消滅のようになったのも当たり前だ。

 

今はアキバドーム周辺を歩いている。

隣にいるのはまだよく知らない同級生の女子。

高校に入った時からよく話しかけられ、つい最近付き合い始めた。

多分、心に空いた隙間を。梨子が居なくなったできた隙間を無理に埋めようとした結果だろう。

 

「なんか、人多くない?」

 

野球のシーズンならこのくらい人がいるかもしれないが3月にこんな人だかりなんてあったか?

 

「あー。今日はラブライブ決勝よ」

「ラブ、ライブ・・・、ね」

 

随分昔に知って少しだけ燃えるように熱中したっけ・・・。

 

「和哉ー」

「・・・何?」

「行こ?人多くてヤだわ」

「そうだね」

 

そう言って歩きだし、アキバドームから少し離れたところで前から9人の女子高生が前から走ってくる。みんな笑っていて、とても眩しい。

 

俺たちは彼女たちに道を譲るように端へ避ける。

オレンジの髪の子、銀色の髪の子、少し青っぽい髪のポニーテールの子、黒い髪の子、金色の髪の子、赤い髪のツーサイドアップの子、茶色い髪の子、黒い髪のお団子の子。

みんな笑っていて、これから起きることを、未来に希望を持っているような・・・。それに全員会ったこともないのにどこか懐かしいような・・・。

そして最後の1人・・・。

 

「・・・り、こ・・・?」

 

小豆色の髪の少女。

あれは梨子だ・・・。

見間違えるはずがない・・・!

 

「・・・り・・・!」

 

喉元まで出かかっていた声はそこで止まる。

 

ここで呼び止めて何になるんだ・・・。

 

彼女たちは、梨子は俺に気づくことなく走り去って行った。

 

「なんだったのかしら、あの人たち。和哉、どうかした?」

「・・・・・・」

「和哉?」

「なんでもない。行こう」

 

梨子は俺のことを忘れて前へ進んでいる。あんないい笑顔をしていたんだ。きっとピアノもまた弾けるようになったのかもしれない。

 

・・・俺も忘れよう。

前に進むために。笑うために。

そう、自分の心に約束をして。




こんな未来もあってもいいかもしれませんね。
というか主人公クソ野郎か?


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黒澤ルビィ誕生日特別編〜メルト〜

黒澤ルビィちゃん、お誕生日おめでとうございます!

彼女の特別編をお楽しみください!


みなさん、おはようございます。黒澤ルビィです。

いつもは寝坊助さんなルビィですが、今日は違います。それはなんでかと言うと・・・。

 

コンコン。

 

外からルビィの部屋の扉を叩く音が聞こえます。

 

「ルビィ、入りますわよ」

 

入ってきたのは案の定ダイヤお姉ちゃん。いつもならまだ寝ているルビィを起こしに来たんだと思います。

 

「おはよう、お姉ちゃん」

「あら。起きていましたの。朝食はできていますので、着替えたら降りてきなさい」

「はーい」

 

そう言ってお姉ちゃんは部屋を出ていきました。

 

「今日は頑張らないと」

 

1人、心の中でがんばルビィ!と言って喝を入れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっかり朝ご飯を食べたルビィは今、沼津駅にいます。今日はこれから待ち合わせした人とお出掛けです。

髪を結んでいるゴムもお花がついているのにしたり、ルビィのイメージカラーでもあるピンクのスカートを履いてみたり。とにかく今日のルビィは気合い満タンです。

 

「ごめん、待たせた?」

 

男の人に声をかけられました。でも、その声の主は今日、待ち合わせをしている人なので男の人が苦手なルビィですが、ちっとも怖いと思いません。

 

「ううん!ルビィも今来たところ!」

 

1度言ってみたかったセリフを少し照れながら言ってみます。

 

「そっか。ならよかったよ。おはよう、ルビィ」

「おはよう!和哉くん!」

 

そう!今日は和哉くんとお出かけなんです!・・・と言ってもAqoursのライブで使う衣装の買い出しを任されただけなんですけどね。でも、こんなチャンスは滅多にないのも確かです。少し勇気を出してみることにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。結構買ったね。割と多くなっちゃったね」

「・・・うん、そだね・・・」

 

張り切っていたものの結局生地やかわいい洋服に引き寄せられて何かしよう、という考えがすっかり頭の中から抜け落ちてしまっていました。

 

やることも終わり、お昼も食べたので後は解散するだけです。

 

最後のお店を出ると外は土砂降りの雨でした。

今日の朝の天気予報では今日1日晴れという予報も何故か外れて、ルビィの気持ちは落ち込んでいくばかりです。

 

「はぁ・・・。降り始めたのか・・・。これは近くに善子がいるな」

「よ、善子ちゃんは悪くないような・・・」

 

よく分からない文句を言う和哉くんにルビィは苦笑いを浮かべます。

 

そう言えば、折り畳み傘入れてたっけ・・・。

 

そう思ったルビィは自分のカバンの中を覗きます。

 

「あっ・・・」

 

ちゃんと折り畳み傘はカバンの中に入っていました。

この傘を使えば雨に濡れずに帰ることはできるけど、それはこの楽しい時間が終わるということでもあります。

 

「あっ、流石ルビィ。傘持ってきてたんだ」

「ピギッ!?」

 

ずっと、俯いていたからか和哉くんはこっちを見ていました。その時にカバンの中の傘も見えたようです。

不意に声をかけられて驚いてしまったのも恥ずかしいです。

 

「貸して」

「う、うん・・・」

 

あまり乗り気ではありませんが、傘を和哉くんに渡します。

 

「はい。帰ろっか」

 

和哉くんは私の手を握ります。1つの傘に2人が入り、相合傘の完成です。

 

「えっ・・・?えぇ・・・!?」

 

いきなりの出来事で体中が熱くなるのが分かります。

 

と、溶けちゃいそう。

 

「はぁ・・・。後で善子に文句言わないと」

「そうだね。ふふふっ」

「どうしたの?いきなり笑って」

「なんでもないよぉ」

「えー」

 

少しだけ触れてる右手が震えてます。む

胸が高まって死んじゃいそうだけど、今はこの時間が止まっちゃえ、なんて思ってるのは内緒です。

そして、やっぱりルビィは恋に恋してるんじゃなくてやっぱり君のことが好きです。




彼女の一途な所が大好きです。


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黒澤ダイヤ誕生日特別編〜初めての恋が終わる時〜

ダイヤさん、お誕生日おめでとうございます!
9人全てのお誕生日回を書くことができて1つの達成感があります。
どうぞよろしくお願いします!


「・・・こんな時間・・・。・・・行きませんと・・・」

 

バイトの時間が迫っていた。

1人で生活するには広すぎる部屋の片隅に置かれた机の上に広がった参考書とノートを仕舞いながらわたくし、黒澤ダイヤは背伸びをする。

 

浦の星女学院を卒業し、わたくしは東京の大学へと進学し、一人暮らしをしていた。

金銭的な問題はないのだが、これも1つの経験としてそれなりのバイトをしている。

 

立ち上がり、クローゼットからコートとマフラーを取り出し、身につけ、必要最低限の物だけを持ち、家を出る。

 

「うぅ・・・。内浦はもう少しマシだったはずですわ・・・」

 

バイト先までの道のりは冷たい冬の風が体の芯を凍り付けさせるほど寒く、息を吐けば瞬く間に白く凍る。

 

「全く・・・。こんな日くらい休みでも良いのではないのでしょうか」

 

クリスマスだと言うのにバイトに駆り出されるというのは不満も溜まるものだ。

街中に装飾されたイルミネーションは魔法のように輝いていて、見ているとため息も出てくる。

 

「・・・共に過ごす相手もいませんが」

 

自虐気味に呟き、1度足を止める。

悴んで冷たくなった指先で唇を触れる。

 

「あれは・・・。あれは、どういう意味だったのでしょうか・・・」

 

ふと思い出す旅立った日のあの時。

あの時の真意は未だに聞き出せず、数ヶ月が経っていた。

 

「考えても仕方ないですわよね」

 

再び歩きだし、バイト先へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

シフトが終わり、同期や先輩に一礼して帰宅しようとするが、

 

「あ、黒澤さん」

 

2つ年上の男性の先輩に呼び止められてしまう。

 

「どうかしましたか?」

「俺もシフト終わりなんだよね。よかったらこの後飯でもどう?」

 

またこれか・・・。

 

心の中でため息をつく。彼からの誘いも何回目か分からない。彼も大学生だ。時期も時期だし、女性と過したかったり、恋人を作ろうとしているのだろう。

確かに顔立ちは悪くない。だが発言に下心が見えていて正直関わりを持ちたくない。

 

「申し訳ありませんがまだレポートが終わっていませんので、これで失礼させていただきます」

 

頭を下げ、それとなく断る。もちろんレポートは既に終わっている。

 

「そ、そうなんだ。呼び止めて悪かったよ」

 

そそくさとその場を去り、ある程度離れると何度目かも分からないため息をつく。

 

「・・・折角です。ケーキでも買って帰りましょう」

 

行き先を駅構内のケーキ屋へ向け、更に気温の下がった街を歩いていく。駅までの大通りはカップルばかりでいい気はしない。手を繋いでいたり、同じマフラーに巻かれていたり。正直な話、羨ましい。

今巻いているこの手編みのマフラーだって自分で作った物。

 

わたくしだって・・・。

 

後悔した気持ちを振り切るように頭を振り、邪念を祓う。

 

駅を進んでいき目当てのケーキ屋に着いた。

少し奮発したい時や、個人的な記念日だとよくここの抹茶のショートケーキを買っている。こんな日だ。買わない訳はない。

意気揚々とケーキ屋に入り、ケースの中を見るとお気に入りの抹茶ケーキは残り1つだった。

 

「すみません!」

 

取られたくない一心で店員を呼び、ケーキを指差す。

 

「「これを1つ!」」

 

2つの声が重なった。

 

・・・2つ?

 

声の方を見ると、わたくしの思考は吹き飛びそうになる。

 

「か・・・、ず・・・」

「ダイヤちゃん?」

 

時間が止まり、言葉を失った。

そこには内浦に居るはずの彼が居たのだから。

 

「どうして、ここに・・・?」

「えっと・・・。それは・・・」

 

お互い思いもよらぬ再開でその場で固まってしまう。

 

「お客様、どうなさいますか?」

 

店員の言葉で時間が動き出す。

 

「あ、とりあえず俺で」

 

和哉さんはそう言うと会計を済ませ、ケーキを受け取る。

 

「ここじゃなんだからどこか行こうよ。カフェとか沢山あるでしょ?」

「え、えぇ。こちらですわ」

 

彼を連れ、近くのカフェに入り、飲み物を注文する。

幸い客はほとんど居らず、スムーズに席へ案内された。対面に座り、ようやく彼をマジマジと見る。以前よりも少し大人びており、頼もしくなった気がする。

 

「ダイヤちゃん?」

「は、はい!?」

 

声をかけられ、驚きから肩が跳ねてしまう。

 

「これ」

 

彼はケーキの箱を差し出す。

 

「い、いいんですか?」

「元々ダイヤちゃんに買っていこうと思ってたんだよ」

「どういうことですか?」

「俺、こっちの学校に進学するからさ、その下見。今日は借りるアパートを見に来てたんだ。せっかくだし、ダイヤちゃんに会いに行こうかなって」

 

なるほど、と納得しかけるがそうじゃない。

 

「そうですが、そうじゃありませんわ!わたくしの家を知っているような言い方で!」

「ルビィに聞いたよ」

「ルビィ・・・」

 

勝手に教えていた事にわたくしは頭を抱える。

 

「え、えっと。とにかくメリークリスマス、ダイヤちゃん」

 

苦笑いを浮かべながら和哉さんは言う。

 

「はぁ、メリークリスマスですわ」

 

どっ、と気が抜けると同時に頼んだコーヒーが届く。

 

「あっ!ヤバい!電車!!」

 

届くや否や。和哉さんは立ち上がり、叫ぶ。

 

「もうそんな時間ですか?」

 

腕時計を確認すると時刻は21時近くになっていた。

 

「ごめん!行かないと!」

 

和哉さんは財布から自分の分の金額を置き、店を出ようとした。

 

「お待ちなさい!」

 

咄嗟に腕を掴み、彼を呼び止める。

 

「な、何!?」

「ひ、1つだけ、答えてください」

「ん?」

 

聞いていいのか、聞くべきではないのか。そのまとまっていない考えのせいで口が震える。

 

「ダイヤちゃん、早く!」

 

急かされてしまう。

 

「ああ、もう!」

 

やけ気味に頭を掻き、彼の目を見る。

 

「あの日!内浦を立つあの日に貴方は!く、口付けを・・・。わたくしに口付けをしたのですか!?」

 

あの日。駅のホームまで見送りに来てくれた彼。

電車に乗る瞬間にわたくしにキスをして何も言わずに電車の乗り降り口へ押した。扉が閉まってもただ笑ってわたくしを見つめていた。

その理由を何としても聞きたかった。

 

「好きだから」

「は、は?」

「ダイヤちゃんのことが好きだから」

「な、何度も言わないでください!」

 

真剣な顔で言う彼。そんな真っ直ぐに言われると顔が熱くなってしまう。

 

「本当は今日はこっちに来る、って言って帰るつもりだったんだけどね。そう言われたら言うしかないじゃん?」

「だ、だからと言って・・・」

「だから春、待っててよ。絶対貴女の元へ行くから」

 

そう微笑んで彼は行こうとする。

 

「和哉さん!」

 

わたくしはもう一度彼の名を呼び、引き止める。

 

「今度はな、ぅぶ」

 

変な声を上げる彼。それもそのはず。彼に向かって自分のマフラーを投げつけた。

 

「それを持っていきなさい。必ず、必ず返しに来るのですよ」

「・・・うん!」

 

呆気に取られていたようだが、意味を理解したらしく、力強く頷くと走り去っていった。

 

和哉さんが見えなくなり、席に戻る。置かれたコーヒーを1口啜る。

 

「先輩の誘いの断り方が増えましたね」

 

笑いながら来年の自分たちの姿を想像して静かに微笑むのだった。




ダイヤさんの一人暮らしはすごく規則正しそうですよね。
その反面、代わり映えのない日常に嫌気をさしていそうです。
そんな疲れきってダメになってしまいそうな彼女もいつか書いてみたいものです。


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バレンタインデー特別編〜感謝と恋〜

パッピーバレンタインです!
今回の特別編はズバリ。バレンタイン!
ちょこっと甘いお話をお届けします。






ちなみに今のはチョ(ry


2月14日バレンタインデー。

それは聖ヴァレンティヌスに由来する、豊年を祈願する日である。

そして、親しい人にチョコレートを渡し、感謝の気持ちを伝える日でもある。

また、恋焦がれる少女たちが思いを寄せる男子に思いを伝える戦いの日である。

浦の星女学院のスクールアイドルであるAqoursもその例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バレンタイン、か・・・」

 

俺は朝起きると自然に呟いていた。

バレンタインデー。

女子からチョコを貰える日。

貰えるということはその女子からは少なからず、友達とは思って貰えているということ。

逆に貰えないということは・・・。

考えたくもない。

 

一応毎年、千歌、曜、果南ちゃんからは貰ってはいる。

義理チョコや友チョコなんだけれども。

ちなみに、前の学校の女子からは貰ったことはない。

学校に男子は1人だが、今年は貰えるだろうか・・・、なんて少しナイーブ気味に考える。

 

「とりあえず、梨子に貰えたらそれでいいや・・・」

 

一応幼馴染みだし、仲もいいから貰えるはずだ。

 

・・・貰えるよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

教室の扉をくぐると、クラスメイトが挨拶を返してくれた。

 

「あっ。北野くん!はい、バレンタインチョコ」

「私からも」

 

扉のすぐ近くで談笑していたクラスメイト2人が俺に気づき、カバンからラッピングされたチョコを渡してくれた。

 

「えっ。いいの?」

 

高校に入って初めてのクラスメイトからのチョコに俺は驚く。

 

「いいよ。唯一の男子なんだから、今年は豊作なんじゃない?」

 

ニヤニヤ笑いながらクラスメイトは言う。

 

「ありがとう!大事に食べるよ」

 

お礼を言って自分の席へ行く。

今年はひょっとするかも、なんて思いながら貰ったチョコを眺める。

 

「おっ、早速1つですか?」

 

声をかけられ、そちらを見ると、よしみちゃん、いつきちゃん、むつちゃんの3人がいた。

 

「うん。あの子がくれたんだ」

 

さっき渡してくれたクラスメイトを指さす。

 

「へー。じゃあ、私たちからも。どうぞ!」

「ありがとう!」

 

3人チョコを貰った。

 

「和哉くん、前の学校でも結構貰ってたんじゃない?」

 

いつきちゃんが当たり前のように聞いてくる。

 

「・・・だよ・・・」

「え?」

「0だよ!0だったんだよ!?悔しいじゃん!!」

「う、うん・・・」

 

と、まあこんな風に教室にいるクラスメイトをドン引きさせてしまった。

 

しばらく机に突っ伏していると。

 

「おはヨーソロー!」

「おはよー」

「おっはよー!」

 

梨子、千歌、曜の3人がやってきた。

 

「あれ?和哉くん、どうしたの?」

 

俺に気づいた曜が声をかけてくる。

 

「いや・・・。なんでもないよ・・・」

「そっかぁ。これ食べて元気だしなよ?」

 

そういうと曜はカバンからラッピングされた小さな箱を取り出す。

 

「はい!これ」

「これは?」

 

差し出されたものを受け取りながら曜に尋ねる。

 

「今年のチョコだよ。今年は去年より頑張ったであります!」

「まじで?」

「まじだよ!」

「開けていい?」

「どうぞどうぞ」

 

許可を貰い、目の前で箱を開ける。

 

「こ、これは・・・!」

 

曜が作ってくれたチョコレートは錨の形をしたチョコレート。

ホワイトチョコなどで綺麗にデコレーションもされている。

こんな金型は売ってないはずだ。

だとすると、これは金型から手作りなのか?

 

「すげぇ・・・。よく作ったね」

「えっへへ!まあね!さあさあ、食べてみて!」

「う、うん。では、いただきます」

 

カリッ、と一口かじるとチョコの風味と味が口の中を占拠する。

甘すぎもせず、しつこくもない。絶妙な甘みのバランス。

 

こんな美味いチョコ、食ったことない・・・。

 

「結婚してください」

「ふぇっ!?」

 

曜が驚いた声をあげる。

 

俺、何か言った?

 

教室はやたら黄色い歓声で盛り上がっている。

 

「何かあったの?俺何かした?」

 

目の前にいる曜も顔を真っ赤にして、顔を手で隠している。

 

「い、今・・・。その、・・・こんしてって・・・」

「え?何?」

 

小さく、ボソボソ喋る曜。

うまく聞き取れないため、顔を近づける。

 

「うぁああああああああ!!わ、私!走ってくる!ヨーソロォオオオオオオオ!!」

「曜!?」

 

何が何だかまるで分からない。

 

「千歌なんだったの?あれ」

 

そばに居る千歌に話しかけるが、その千歌も不機嫌だ。

 

「カズくん、よーちゃんのことどう思ってる?」

「え?」

「いいから!」

「普通に友達って思ってるけど」

 

曜はとても良い奴で頼りになって親友と言っても過言ではない。

 

「そ、そっか!あんなこと言うからてっきり付き合ってるのかと思ったよ!」

「曜と?ないない。俺なんかが釣り合うわけないでしょ」

「だよねー!これ、チカからね」

 

千歌が渡してきたのもチョコ。

 

「うん。ありがとう」

「えへへ。よーちゃん程じゃないけど、結構頑張ったんだよ?」

「そっか。家で食べてもいい?」

「うん!そっちの方が助かる、かな」

「ん。分かった」

 

千歌から貰ったチョコをカバンにしまう。

 

「あ!それと、あんなこと言っちゃダメだからね」

「あんなことって?」

 

千歌が何のことを言ってるのか分からない。

 

「結婚とか、告白じみたこと」

「え?いつ言ったっけ?」

「無意識だったの!?」

 

『大声をあげながら走っている、2年生の渡辺曜さん。理事長室に今すぐ来なさい』

 

曜を呼び出す鞠莉ちゃんの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業も終わり、放課後。

練習の時間だ。

 

俺はと言うと昼休みにまたクラスメイトに何個かチョコを貰い、ご機嫌だ。

 

「お疲れ様ー!」

 

意気揚々と部室の扉を開けると、ルビィと花丸ちゃん、それにダイヤちゃんがいた。

 

「こんにちは、和哉くん」

 

花丸ちゃんが俺に挨拶をする。

 

「さっそくだけど、これ!」

 

ルビィがラッピングされた紙袋を差し出す。

 

「これって、チョコ?」

「うん!お姉ちゃんとマルちゃんの3人で作ったんだ!」

「ということは、3つ入ってるの?」

「うん!」

 

なんて豪華なんだ・・・。

 

「ありがとう!3人とも」

「別に・・・。ここ数年渡す機会がなかったものですから。折角なので」

 

ダイヤちゃんはそっぽを向き、黒子を掻く。

 

「ま、マルは上手くできたか自信なくて・・・」

 

反対に花丸ちゃんは不安そうだ。

 

「気持ちだけでも嬉しいよ。ありがとう」

「え、えへへ。そう言ってもらえると嬉しいずら」

 

隣でルビィがニコニコしながら花丸ちゃんを見ている。

 

なんだ、この可愛い生き物たちは。

癒される。

 

すると、不意に誰かに襟を捕まれ、引きずられる。

 

「ぐえっ」

「先輩!来なさい!」

「善子!?」

「ヨハネ!」

 

善子に引っ張られながら、連れてこられたのは人気の少ない渡り廊下。

 

「なんなの。ここまで引っ張ってきて」

「そ、その・・・。これ・・・」

 

善子がソワソワしながら差し出したのはチョコだ。

 

「俺に?」

「他に誰がいるのよ!」

 

善子は顔を赤らめながら、目をそらす。

 

「くれるの?」

「そ、そうよ!いらないの!?」

「そうは言ってないよ。ありがとう」

 

そう言って善子からチョコを受け取る。

 

「でも、善子から貰うのは初めてだね。中学の時はくれなかったし」

「い、言ってくれれば渡したわよ・・・」

「こっちからはなかなか言えないよ」

「わ、分かったわよ!リトルデーモンの面倒を見るのもヨハネの役目だから、仕方なく!しかーたなく来年もあげるわ!」

 

顔を赤らめ、必死で誤魔化す善子。

それを見てぷっ、と吹き出す。

 

「そうだ。このチョコ一緒に食べない?」

 

善子から貰ったチョコは6個ほどの小さなチョコだ。

 

「え。いいわよ。先輩が食べなさいよ」

「いやー、流石に量が多くてさ」

「何よ。自慢?」

 

露骨に嫌そうな顔をする善子。

 

「そんなんじゃないよ。善子、チョコ好きでしょ?練習まで時間あるから一緒に食べようよ」

「いいの!それは先輩にあげたものだから!それに、昨日沢山食べたし・・・」

「食べた?」

 

善子は恥ずかしそうに俯く。

 

「そうよ!形が上手くいかなくて何回も作り直したのよ!リリーにも迷惑かけちゃったし・・・」

 

どうやら梨子と一緒にこのチョコを作ったらしい。

最後まで拘ってるあたり、なんだかんだ言ってやっぱり善い子だ。

 

「そっか。梨子と作ったんだ。家で食べるよ」

「ええ。そうして。ところでリリーからは貰ったの?」

「・・・いや、まだ・・・」

 

肝心の梨子にチョコを貰えていない。

それどころか今日1度も話していない・・・。

その事はなるべく思わないようにしていたが、言われるとやはり心にくる。

 

「そ、そう・・・。でも、チョコを用意してたから貰えるはずよ!誰にあげるかまでは教えてくれなかったけど・・・」

「・・・」

「ご、ごめんなさい!」

 

善子は慌てて頭を下げて謝る。

善子が謝る箇所はどこにもないんだが・・・。

 

「仕方ないよ。梨子の中では俺は気にならない小さな存在ってだけなんだし。そろそろ行こっか」

「そんなこと・・・!・・・行きましょう」

 

ポケットに入っていたチョコボールを1つ開け、口に入れながら部室に向かう。

 

うん、甘い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!和哉!もー!どこ行ってたの!」

 

部室に入ってすぐ、鞠莉ちゃんに捕まる。

部室にはもうみんな揃っていて、俺たちが最後だったようだ。

端の方でこちらを見ている梨子を見る。

すぐに目が合うが、逸らされてしまう。

 

待って、泣きそう・・・。

 

「もう!聞いてるの!?」

「わっ」

 

視界の全部が鞠莉ちゃんの金髪で埋まる。

 

ホントに距離が近いからやめてもらえないかな・・・。

 

「もう。はい、これ」

 

鞠莉ちゃんからもチョコを貰った。

 

「あ、ありがとう。これお高いやつ?」

「そうねー。5万くらい?」

「高っ!?」

 

こんな小さいのに5万!?

嘘でしょ!?

 

「これだから金持ちは・・・」

 

テーブルに頬杖をついてジト目をしている果南ちゃんが呟く。

 

「果南は渡さなくていいの?」

「私!?」

 

鞠莉ちゃんが微笑みながら言うと果南ちゃんは驚き、椅子から倒れそうになる。

 

「持って来たけど、これって変に勘違いされない?」

「何を?」

「ちょっと力入れすぎたというか、凝りすぎたというか・・・」

 

顔を真っ赤にしながらモジモジしている果南ちゃん。

こういう姿をあまり見たことないからかなり新鮮だ。

 

「果南ちゃんから貰えるなら俺は嬉しいよ」

「そ、そういうこと言う!」

 

へぇ、意外とこういうのには弱いみたいだ。

 

「もう・・・。はいこれ」

 

全く顔を合わせようとしない果南ちゃんはそっけなく紙袋を渡す。

 

「ありがとう、果南ちゃん。食べていい?」

「あーもう!分かったから!好きにしなよ!」

「では、早速」

 

中身を見てみると可愛くラッピングされた小箱が。

その中にはハートの形をしたチョコに『Thank you』と文字が書かれていた。

 

「お〜」

「わーっ!」

 

みんなそのチョコを見て声を漏らす。

 

「やっぱり変でしょ・・・」

「そんなことないよ。本当にありがとう!」

「ふ、ふん!」

 

お礼を言うと果南ちゃんはまたそっぽを向いてしまった。

 

「さ、皆さん準備をしてください。練習を始めますわ」

 

ダイヤちゃんの声でみんなが準備を始める。

その中、妙に顔が赤い曜が俺の元へやって来る。

 

「か、和哉くん」

「どうかした?」

「あ、あの・・・。不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

ん?

ンン?

なぜ告白を受けたんだ?

 

「えっと・・・?」

「和哉くんから告白されていろいろ考えたら私も和哉くんのこと好きなんだって気づいて」

 

んー?

んんんんんー?

 

「これからよろしくね?」

 

そう言って曜は手を振って行ってしまった。

 

えっと・・・、どういう状況?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わり、下校時刻。

練習が終わってからというもの曜が俺の腕に抱きついたまま離れようとしない。

 

とにかく視線が痛い。

特に千歌、善子、そしてダイヤちゃんの。

 

「これは一体どういうことですの?」

 

ダイヤちゃんがこめかみに青筋を浮かべ、俺たちを見ている。

 

「い、いやね。俺もよく分かってないんだよね」

「細かいこと気にしちゃダメだよ、ダイヤさん」

 

ば、馬鹿曜!余計なことを!

 

「お黙らっしゃァああああああああぁぁぁい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とか曜を引き剥がし、学校の自販機の前で一息つく。

夕焼けに染まったグランドを見ながら缶コーヒーを飲む。

 

あー。コーヒーが染みる。

 

割とチョコばかり食べてたからいい口直しになった。

 

「和哉くん」

「ん?」

 

後ろから声をかけられ、振り向くとそこには梨子がいた。

 

「・・・えっと、どうかした?」

「その、これ・・・」

 

控えめに差し出した小さな箱。

 

「これは、チョコ?」

「う、うん」

 

俺は手を震えさせながら受け取る。

 

「ありがとう・・・!」

「ごめんね・・・。渡すの遅くなって。みんな上手に作ってて、自信無くしちゃって・・・」

 

梨子は苦笑いを浮かべる。

 

「・・・正直に言うと、梨子から貰えたのが今日一番嬉しい。誰よりも」

「・・・っ」

 

梨子はクルッ、と後ろを向く。

 

「そ、それ家で開けてね。今開けちゃダメだから!また明日!」

「う、うん。また明日」

 

梨子は走って帰ってしまった。

 

「俺も帰るか」

 

少し冷えた缶コーヒーをグイッ、と飲み干す。

 

そのコーヒーは少しだけ甘かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰って早速梨子と千歌から貰ったチョコを自室の机の上で開ける。

中には2人ともハート型のシンプルなチョコ。

そして、手紙。

2人からの手紙を読み、読み終わるとそれを机の上に置く。

椅子にもたれかかり、天井を見上げる。

 

「はぁ・・・。なんて答えよう・・・」

 

まだまだ俺のバレンタインデーは終わりそうにない。




チョコは甘いもの。
恋もまた甘く切ない。

チョコと恋は同じ。
だから溶けないうちに形にして渡さないと。

皆様のバレンタインが良いものになることを願います。


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ホワイトデー特別編〜告白〜

先月投稿したバレンタインデー特別編の続編です!

今回もお付き合いよろしくお願いします。


バレンタインに貰ったチョコのお返しをするために俺は紙袋に大量のお菓子を詰め込んでいた。

 

「あ、先輩。おはよ」

 

朝のバスで善子が乗ってきた。

 

「善子。おはよ」

「ヨハネよ!」

 

いつものやり取りをし、善子は俺の後ろの席に座る。

 

「それ、全部お菓子?」

 

善子は俺の隣に置いている紙袋を見つめる。

 

「そうだよ。はい、善子」

 

紙袋から1つお菓子を取り出し、善子へ渡す。

 

「あ、ありがとう・・・。そろそろ曜さんが来るんじゃない?」

「・・・そう、だね」

 

ここ1ヶ月。

曜の行動が俺の悩みの種だ。

どうもあの日、バレンタインデーが原因だが、俺には思い当たる節がない。

 

「おっはヨーソロー!」

 

噂をすると曜が乗ってきた。

 

「かっずやくーん♪」

 

曜は勢いよく俺の隣に座り、抱きついてくる。

 

「お、おはよ・・・」

 

柔らかいものやいい匂いやらして・・・。

朝から刺激が強い。

 

「もー!元気ないよー?体調悪い?」

 

曜は心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

「い、いや。体調はいいよ」

「そう?にしては元気ないけど」

 

曜は青く澄んだ大きなのは瞳でじっ、と俺の目を見る。

 

「ほ、本当に大丈夫だから・・・」

 

曜を押し退け、少しだけ距離を離す。

 

「むぅ・・・。本当に体調悪くなったら言ってよ?私がしっかり看病するから!」

 

ふんす、と気合を入れる曜。

 

「あ、あはは・・・。気持ちだけ貰っとくよ・・・」

 

善子に助けを求め、振り向くが、舌打ちをされ、堕天させるぞ?とでも言いたげな目で睨まれる。

 

「あ、あはは・・・。あはははははは・・・」

 

俺は力なく笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、バスを降りても曜はずっと抱きついたままで、教室までの道を腕を組まされたまま歩いて行った。

 

最初の頃はみんな驚いていたり、歓声をあげて冷やかしたりしていたが、1週間経った辺りから誰も気にしなくなった。

最後の砦と思っていたダイヤちゃんも諦め、節度を持つように、とだけ言い、俺を完全に見捨てた。

 

「みんな、おっはヨーソロー!」

 

元気よく教室のクラスメイトに挨拶をする曜。

 

「あ。曜ちゃんと北野くん。おはよー。朝から熱いねー」

 

クラスメイトの1人がいつものように俺たちを冷やかす。

 

「もっちろん!将来を約束した仲だからね!」

「違う!それは曜が勝手に言ってるだけなんだよ!」

「もー。和哉くん。照れ過ぎだよー」

 

そう言いながら曜は俺の腕にさらに強く抱きつき、頬ずりをする。

もはや曜には何を言っても無駄のようだ。

 

・・・もう何週間も前から薄々は気づいてたけど・・・。

 

「あーもう。離れろ」

「やーだー」

 

腕を引いて曜から離れようとするが、全力でしがみついて引き剥がせない。

 

「力、強・・・」

「曜ちゃんの大好きパワーのおかげだよ!」

「知らねぇよ!」

「・・・朝から何してるの?」

 

後ろからやたら殺気の乗った声が聞こえる。

恐る恐る振り向くと千歌と梨子が鬼の生き写しかと思う程の形相で見ていた。

 

「お、オハヨウゴザイマス・・・」

 

俺はもう完全に怯えてカタコトな言葉で返事をする。

 

「あ!千歌ちゃん、梨子ちゃん!おはよー!」

「よーちゃん、おはよー!」

「おはよう」

 

曜が挨拶すると2人はいつも通りの表情と声になる。

 

「曜ちゃんもあんまり和哉くんを困らせちゃダメよ」

「あ、うん・・・。和哉くん、ごめんね?」

 

梨子に注意された曜は俺の腕から離れる。

 

・・・助かった。

 

「あ、うん・・・」

 

曜がようやく離れてくれたので、俺は先月チョコをくれたクラスメイトにお返しを渡していく。

曜、千歌、梨子の視線がやけに鋭いのは気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。

俺は理事長室に来ていた。

 

「鞠莉ちゃん、いる?」

 

ノックもせずに理事長室の扉を開ける。

 

「コラ。ノックくらいしなさい?」

 

少し怒る鞠莉ちゃんは机に向かってペンを走らせていた。

 

「ごめんごめん。1人?」

「今はね。もう少ししたら果南とダイヤも来るわ」

「そっか」

 

3年生は卒業し、学校に来ることはない。

しかし、この3人は暇を見つけてはここに集まっている。

 

俺はソファーに座る。

 

「待つの?」

「うん。渡したい物があるから」

「そう。コーヒーでもいれるわよ?」

「いいよ。仕事、あるんでしょ?」

 

俺は鞠莉ちゃんの申し出を断る。

すると、理事長室の扉が開く。

 

「お待たせー。って、カズもいるじゃん」

「本当ですの?」

 

やって来たのは果南ちゃんとダイヤちゃん。

 

「噂をすると、だね」

「はい?」

 

俺が呟くとダイヤちゃんは首を傾げる。

 

「こっちの話。これ、3人に」

 

俺はバレンタインのお返しのお菓子を3人に渡す。

 

「WOW!いいの?これ」

 

お菓子を受け取った鞠莉ちゃんが大げさな反応をする。

 

「うん。バレンタインのお返し」

「そういえばホワイトデー、でしたわね」

 

ダイヤちゃんも受け取り思い出したように呟く。

 

「手作りじゃないけどさ。・・・今日渡せなかったらいつ渡せるか分からないから」

「うん。ありがとう」

 

果南ちゃんがお礼を言うと、2人も続いてお礼を言う。

 

「じゃあ、渡したし俺は行くよ。頑張ってね」

 

俺はそそくさと理事長室を後にする。

あの3人はもうすぐ居なくなる。

それぞれの夢と道を目指して。

 

「あー。くそっ。柄でもないのに」

 

なんでこう、涙が溢れそうになるんだろ・・・。

 

「ルビィと花丸ちゃんにも渡しに行こう。・・・ついで善子でもいじって気を紛らわせよう」

 

俺は1年生の教室へ早歩きで向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルビィ、花丸ちゃん?」

 

教室の出入口から2人を呼ぶ。

 

「あれ?和哉くん?どうしたの?」

 

机に座って本を読んでいる花丸ちゃんが俺に気づく。

 

「これ」

 

花丸ちゃんにお菓子を見せる。

食いしん坊の彼女は目を輝かせ、俺の元へ飛びついてくる。

 

うん、可愛い。

 

「それってお菓子!?」

「うん。バレンタインのお返し。ルビィは?」

「ルビィちゃんは・・・」

 

花丸ちゃんは教室の後ろをチラッ、と見る。

 

「・・・なるほどね」

 

善子と2人で何やら怪しい儀式をやっていた。

 

「邪魔するのも悪いしルビィに渡してくれる?」

 

お菓子を花丸ちゃんの上に2つ乗せる。

 

「分かったずら!あれ?善子ちゃんの分は?」

「朝、バスで渡したよ」

「なるほど。確かに受け取ったずら!」

 

花丸ちゃんはルビィたちの元へ行ってしまった。

 

「俺も戻りますか」

 

自分の教室へゆっくり歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みの余った時間で残りのクラスメイトにもお返しを渡し、放課後。

渡していないのは千歌と梨子と曜だけだ。

 

俺は屋上に3人を呼び出し、そこで待っていた。

 

「日が長くなったなぁ・・・」

 

もう午後5時だというのにまだ空は明るい。

気温も暖かく、吹き抜ける風も気持ちがいい。

 

この屋上からの景色はあと何回見れるんだろう?

 

珍しくセンチメンタルなことを考えていると、ガチャ、と扉の開く音がして、俺は扉を見る。

3人一緒に来てくれたようだ。

 

「ありがとう、みんな」

「どうしたの?呼び出して」

 

梨子が首を傾げる。

 

 

「まずこれ。チョコ、ありがとう」

 

俺は3人にお菓子を渡す。

 

「それと返事をしようと思ってさ」

 

目を逸らさずに3人に告げる。

 

「バレンタインの時に千歌と梨子にラブレター貰って、曜にも好きだって言われて。勇気を出してくれた3人に俺もちゃんと答えないといけないと思ったんだ」

「・・・ヤダ!」

 

曜が声を荒らげて俺の言葉を否定する。

 

「曜・・・」

「聞きたくない!」

「いつまでもこのままじゃ嫌なんだよ」

「このままでいいじゃん!・・・分かってるよ。あれは和哉くんなりの褒め言葉とか、お礼なんでしょ?私が1人で勘違いして舞い上がってただけだよ!」

 

曜は叫ぶ。

 

「私だって和哉くんのことずっと好きだった!千歌ちゃんも和哉くんのこと好きで、大好きな2人がもっと仲良くなるなら私は我慢しよう、て思ってたのに・・・。あんなこと言われたら、抑えられるわけないじゃん・・・」

 

涙を流しながら曜は堪えていたものを吐き出す。

 

「曜・・・」

「今のままでいいじゃん・・・。新しい学校に行っても4人でお喋りして。たまに千歌ちゃんと梨子ちゃんが和哉くんを怒って。みんなで笑って。それでいいじゃんか・・・」

「ごめん・・・」

「謝るな・・・、バカ・・・」

「・・・私は聞きたい!」

 

梨子が声をあげる。

 

「私は和哉くんの気持ちを聞きたい。例え私じゃなくてもそれが千歌ちゃんと曜ちゃんなら心から祝福できる。そんな気がするの」

「チカも・・・」

 

千歌はどうやら梨子の意見に賛成のようだ。

 

「チカも知りたいよ。だから告白、したんだもん。よーちゃんは?」

 

優しく曜に声をかける千歌。

曜は涙を拭い、いつものように笑う。

 

「・・・私も!いつまでも甘えてちゃダメだもんね!」

「・・・ありがとう」

 

俺は深呼吸をする。

 

「俺は」

 

3人を見る。

 

小さい時から一緒にいて、しばらく離れたけど、再会してもっと絆が深まった梨子。

気づけば彼女を笑顔にさせようとしていた。

 

普段はおバカでトラブルばかり起こす千歌。

でも、その裏では1人で抱え込んで、壊れやすく、デリケートな彼女を守ろうとしていた。

 

頼りになって波長もよく合う曜。

彼女も千歌と同じで抱え込みやすい。

器用なようで不器用な彼女を側で支えたいと思った。

 

だから。

けど、俺は・・・。

 

「俺は君を・・・」

 

・・・・・・のことを愛しています。




最後はあえてここで打ち止めにしました。

和哉が誰を選んだのか、皆さんのご想像にお任せします!

もし、要望があればそれぞれの結末を書いていきます。
お待ちしておりますので、お気軽に声を聞かせてください。


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特別編 それぞれの未来√千歌

お待たせしました!
以前言っていたホワイトデーのifエンドです!

今回は千歌のお話です。


「ただいま・・・」

 

いつものように残業をこなし、家に帰宅すると既に22時を過ぎていた。

 

「おかえり〜。ご飯できてるよ。あ、先にお風呂がいい?」

 

玄関にで迎えに来たのはエプロン姿の俺の妻、千歌。

高校の時のような活発な雰囲気は変わり、落ち着いた女性に成長して、髪も伸ばし、どことなく志満さんに似てきた気がする。

 

「そうだね。先に風呂もらうわ」

「はーい。着替え用意しておくね」

 

千歌は楽しそうにパタパタと走って行った。

 

「・・・なんか、テンション高いな」

 

何か千歌が企んでいるんだろうな、と思いながら浴室に向かい、服を脱ぐ。

 

「くっはぁ〜・・・!いい湯・・・」

 

浴槽に浸かり、少し結露のできた天井を見上げる。

すると。

 

「えへへ〜、おじゃましまーす・・・」

「ち、千歌!?」

 

少し恥ずかしそうにしながら、体にタオルを巻いた千歌が浴室に入ってきて、思わず俺は千歌から背を向ける。

 

「ち、チカもお風呂まだだったから、一緒に入ろーかなー、なんて・・・」

「だからって、入ってくる必要はないでしょ・・・」

「い、いいじゃん・・・。ふ、ふーふのイトナミなのだ・・・」

「口調、昔みたいになってるよ・・・。恥ずかしいなら、無理しなくていいじゃんか・・・」

「むぅ・・・。てぇーい!」

 

千歌は何か叫ぶと浴槽に無理矢理入ってくる。

 

「こうすれば暖かいじゃん・・・」

 

千歌は俺の背中にピタッ、と抱きつき、体を押し付けてきた。

 

「・・・うん、暖かい。でもさ、押し付け過ぎじゃない?」

 

背中に伝わる千歌の柔らかくて大きなもの。

仕事で疲れた体には少しばかり刺激が強い。

 

「・・・わざとしてるの、バカ・・・」

「バカなこと言って・・・」

 

俺は千歌の手をほどき、立ち上がる。

 

「上がるの?」

「体洗うだけだよ」

「だったら、私が背中洗うよ!」

 

千歌はキリッ、とした顔で手を上げる。

 

「じゃあ、お願いしようかな」

「うん!任せてよ!」

 

千歌も浴槽から上がり、タオルにボディソープを付け、泡立て始める。

 

「じゃあ、いくよー」

 

千歌は俺の背中に回り、ゆっくりタオルで俺の背中を擦り始めた。

 

「どーお?気持ちいい?」

「うん、いい感じ」

「良かった。こういうこと、やったことなかったからやってみたかったんだ」

「そ、そっか・・・」

 

千歌は鼻歌混じりに俺の体を洗い続ける。

他人に洗ってもらう経験の記憶なんて全くないから複雑な気分だ。

 

「はい、終わり。前もやろうか?」

「前はいいよ。自分でやる」

「はーい。私はもう少し浸かってようかな」

 

千歌はもう一度浴槽に入ると鼻歌を再び歌い始めた。

 

「それ、『夢で夜空を照らしたい』?」

「そうだよ。初めて作ったPVの曲だから思い入れがあるんだ」

「そっか」

「懐かしいなー。あの頃は夢中になって色んなことやって。今、私がこうやってカズくんと一緒に居れるのってスクールアイドルのおかげだよ」

 

千歌は鼻歌をやめ、昔を懐かしみながら小さく微笑む。

 

「確かにね。そういや、千歌はいつから俺のこと好きだったの?」

「えぇ!?それ、聞く?」

「別にいいじゃんか。今更恥ずかしがるような仲じゃないし」

「そうだけど・・・」

 

千歌はうー、と唸りながら、湯に顔を半分沈める。

 

「笑わない?」

「笑う必要ないでしょ」

「・・・中学生の時から」

「そんなに前からだったんだ」

「うん・・・」

 

千歌は顔を真っ赤にしていた。そんな千歌を見ながら俺は笑い、髪を洗い始めることにした。

 

「全然気づかなかったよ」

「鈍すぎるよ・・・。いつ気づいたの?」

「えっと・・・。バレンタインでチョコ貰った時かな・・・」

「えぇーー!?」

 

千歌は驚いた声を上げ、立ち上がると同時にタオルが取れ、千歌の一糸まとわぬ姿が目の前に広がる。

 

「ちょっ!?前!!」

「何回も見てるじゃん!」

 

俺は咄嗟に顔を逸らすが、千歌は俺に近寄ると、俺の顔を掴み、まっすぐ目を見る。

 

「それって高2の時だよね。よーちゃんと梨子ちゃんよりも私を選んでくれた時のやつだよね。それまで全くの全くのまーったく!気づいてなかったの?」

「う、うん・・・」

「はぁぁぁぁ・・・」

 

千歌は顔を離すと、物凄いため息をついた。

 

「ち、千歌・・・?」

「ふん!」

 

千歌はささっ、と体と髪を洗うと浴室から出ていってしまった。

 

「・・・なんだったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がると千歌はリビングのテーブルの近くに膝を抱えて座り、不貞腐れていた。怒りん坊大会だ。

だが、律儀なことに2人は分の夕飯を温め、テーブルの上に並べてくれていた。

 

「まだ食べてなかったの?」

「1人で食べても、美味しくないもん」

「そっか」

 

俺は首に下げたタオルで髪を拭きながら千歌の隣に座る。

 

「なんで不機嫌なの?」

「ちょっとは考えてみたら?」

 

千歌はふいっ、と顔を背けてしまった。

 

「・・・ご飯、食べようよ」

「先にいいよ」

「2人で食べたいじゃんか」

「むぅ・・・」

 

千歌は頬を膨らませ、箸を手に取り、食べ始める。

話しかけても返事も適当でなかなか機嫌を治してくれない。

 

少し空気が悪いまま食事が終わり、あとは寝るだけだ。

 

「お皿、水につけておいて。すぐに洗っちゃうから」

「うん」

 

素っ気なく言われたことに少ししょぼん、としながら大人しく皿を流し場に持っていく。

 

「ねぇ、カズくん」

「ん?」

 

台所を出ようとした時に千歌が目の前に立って、俺の目を真っ直ぐに見る。

 

「今日、何の日か覚えてる?」

 

こいつはそれを聞いてくるのか・・・。

 

俺から言い出そうとしたのに、先を越されてしまった。

 

「結婚記念日だよ」

「嘘・・・。覚えてたの?」

 

千歌は信じられないと言った顔で口を手で隠す。

 

「俺をなんだと思って・・・。今日は遅くなったし、本当に悪いのことしたって思ってるよ」

「ううん。チカの方こそ怒って・・・。仕方ないのは分かってるけど、さっきの話聞いてたらカズくん鈍いから忘れてるんじゃないかって・・・」

「忘れるわけ、ないだろ」

 

俺は千歌の肩を掴み、キスをする。すると千歌は始めてした時のように顔を真っ赤にしていた。

 

「ずるいよ・・・」

「そんなことないさ」

 

俺は千歌を抱き上げ、寝室まで運ぶと、ベッドに横たわらせ、その上に覆いかぶさるようにまたがる。

 

「ま、待って・・・。まだお皿洗っ・・・んむっ」

 

瞳を潤わせて話す千歌の唇を強引に自分の唇で塞ぐ。

 

「ぷはっ・・・。そんなの、明日でいいよ。今日は思いっきり、さ」

「でも、カズくん明日も仕事でしょ?ダメだって・・・」

「知らない。今は千歌を思いっきり感じたい」

「ば、ばか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの時間に起き、いつもの時間に千歌の作ってくれた朝食を食べ、いつもの時間に弁当を持って家を出る。・・・はずだったのだが。

 

「行ってきます」

「カズくん!忘れ物だよ!」

「え?」

 

部屋着にエプロンを着けた千歌が家を出る直前に声をかけてきた。

 

俺は言われて鞄の中を確認する。だが、特に忘れ物は見当たらない。

 

「ちゃんと持ってるけど・・・」

「ふふっ。これだよ」

 

千歌は笑いながら背伸びし、俺に顔を近づけるとキスをした。

 

「いってらっしゃい!」

「・・・・・・」

 

俺はスマホを取り出し、電話をかける。

 

「おはようございます、北野です。はい、すみません。妻の体調が悪く、お休みを頂きたいのですが。ええ。はい。ありがとうございます。失礼します」

 

通話を切り、千歌を見る。

 

「ほぇ?」

 

何が何だか、と言った顔をしていた。

 

「千歌が悪いから」

 

俺は鞄のを玄関に起き、そのまま抱き抱えると、寝室に向かう。

 

「え!?ちょっ、カズくん!?」

「昨日の今日であんなことする千歌のせいだよ」

「えぇー!?」

「たっぷり可愛がってやるから」

 

俺は今、最高に幸せだ。




と、まあこのような感じで残りの梨子と曜も書いていきます。

嫁千歌ちゃん、絶対に良妻になりそう。子供ができたらさらに良い母、良い妻になりそう。


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特別編 それぞれの未来√曜

いつぞやのあれです。
そのあれの曜ちゃん√です。
よろしくお願いします。


あの日、3人からの告白を受け、俺は曜を選んだ。

感極まって口を抑え、涙を流しながら俺に抱きつく曜を見て、梨子と千歌の2人はまるで自分の事のように俺たちを祝福してくれた。

 

これで全て丸く収まったように思った。・・・思ったけどちょっと面倒なこともあった。

それは曜の変化だ。

ああ見えてあいつは結構スキンシップが激しい。そのせいで毎日常に横には曜がいる。

そして泣き虫でネガティブなところ。あまりにもくっついてくるから少し離れろと言っただけで涙目。少し俺がため息をついただけで自分のせいと思いこみ泣いてしまう。

 

それはそれで表情がコロコロ変わって可愛いからいいんだけど。

 

ところが曜と付き合い初めて1週間が過ぎ、浦の星女学院に通うのも後両手で数えるほどしかないという時期にある1つの事件が起きた。・・・いや事件という程ではないかもしれない。だが、俺にとっては事件だった。

 

曜は高飛び込みの練習の日は放課後になると同時に真っ先に帰る日が週に何度かある。その日も高飛び込みの練習があるから俺は1人、もしくは善子でも捕まえて、からかいながらのんびり帰ろうと考えていたのだが・・・。

嵐がやってきた。

 

「和哉くん!かーえろっ!」

 

椅子に座ったままの俺の腕に飛び込むように曜が抱きついてきた。

 

「いや、帰るけど。急がなくていいの?」

 

時計を指さしてバスの時間を指摘する。

 

「いいの!」

「いや、よくないって。飛び込みの練習間に合わないよ?」

「いいの!もう辞めたから!」

「は?」

 

下から俺を見上げ、頬をぷくーっ、と膨らませる曜。

 

おい、かわいいな。じゃなくて!

 

「お前、辞めたって!」

「気にしないって!ほら!今日は制服デートだヨーソロー!」

 

そう言った曜は俺の腕を引っ張って駆け出していく。

 

「ちょっ!話が・・・!ま、待ってくれー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?話してよ」

「んー?何をー?」

 

颯爽とバスに乗った。いや、曜に乗せられた俺は曜に話しかける。だが、その曜は俺の腕に抱きついて、ニコニコ笑顔のままだ。しかも今のところ話す気はないようだ。

 

「飛び込み辞めた理由」

「・・・言わなきゃダメ?」

「当たり前だろ」

「んー・・・。分かった。話す・・・」

 

曜は頭を俺の肩に乗せ、いいポジションを探すように少しグリグリ動かす。

 

うわっ、髪の毛柔らか・・・。いい匂いもする・・・。

 

「私ね、ずっと自分の気持ちに蓋してたの」

 

ポジションが決まったのか、曜は頭を動かすのを止め、ゆっくり話し出す。

 

「まあ、それは見ててずっと気にかけてたよ」

「へへっ・・・。ごめん。だから私は私のやりたいようにする、って最近決めたの。そう考えたらそこに飛び込みや水泳は無かった」

 

曜の言葉が衝撃すぎて一瞬思考が吹き飛びそうになった。だが、それと同時にどうしてその考えになったのかを聞かずにはいられなかった。

 

「それよりもやりたいことって?」

「1番は和哉くんと一緒に過ごすこと」

「お前・・・、そんな理由で・・・」

「まだあるよ。Aqoursに専念したい。果南ちゃんたちがいなくてもAqoursはAqoursなんだ、って。周りの人に伝えるなくちゃいけないもん」

「・・・そっか。でもコーチたちにはどう説明したの」

 

全国トップクラスとまで言われる曜の実力。それをいきなり辞めると言われたならコーチやクラブメイトたちが黙ってはいないだろう。

 

「ちゃんと話したよ。嘘なんかない私の言葉で。最初は止められちゃったけど、しっかり話したらみんな分かってくれた。流石に和哉くんのことは言ってないけど・・・」

 

ペロッ、と下を出してハニカム曜。

 

「そう。曜が決めたなら何も言わないよ」

 

肩に置かれた頭をそっ、と撫でる。

 

「んっ・・・。ありがと・・・」

 

気持ちよさそうに目を閉じる曜。

 

俺も曜も今、この瞬間が全てだ、と思っていることは同じだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた!」

 

先にバスの降り口からぴょん、と飛び降りた曜はヘンテコなポーズを取っていた。

 

「何?それ」

「淡島に着いた時千歌ちゃんがよくやるポーズだよ!」

 

俺が後から続いて降りるとそのポーズをやめ、いつもの敬礼をする。

 

「そっか。それで?どこ行きたい?」

「ちゃんと決めてるよ!こっち!」

 

曜はスキップしながら道を進んで行く。

やれやれ、と思いながらも俺はその後ろ姿を楽しみながら追いかけていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーっ!遊んだ遊んだ!」

 

時刻は19時を回り、空はすっかり暗くなっていた。

 

「だね。流石に俺も疲れた」

 

沼津港にある水門展望台びゅうおの中のベンチに並んで座り、真っ暗な海を2人で眺めていた。

見える海には小さな船が数隻灯りを焚いて、並に揺れながらどこかへ向かっていた。

 

「ここね、私にとって思い出の場所なんだ」

 

不意に口を開いた曜はらしくもない、センチメンタルっぽく呟く。

 

「どうしたの?いきなり」

「まあ、聞いて。前にね、鞠莉ちゃんと2人でぶっちゃけトークしたことがあるんだ」

 

ぶっちゃけトーク。

よく鞠莉ちゃんが口にしていたお互いの本音をさらけ出す会話。

それを曜と鞠莉ちゃんがやっていたのに少し驚いた。

 

「鞠莉ちゃん、言ってたんだよ。言いたいことは言った方がいい!それで2年間も無駄にした私が言うんだから間違いありません!って」

「ははっ!説得力が違うね」

「でしょー!だから私もそうしようって決めたの。だからさ、和哉くん」

「ん?」

 

名前を呼ばれ、彼女の方を向く。

 

「大好き。とってもとっても大好きだよ」

 

その瞬間、俺と曜の距離は0になり、唇が重なる。

 

数秒の静寂が終わり、唇が離れると彼女は俺の胸に頭を埋める。

 

「絶対離れないから。和哉くんがなんて言っても私は君から離れないから」

「うん。俺もさ。俺だって曜のこと愛してる」

 

そっ、と頭を撫で彼女の存在を確かめるように優しく、両腕で抱きしめる。

 

すると・・・。

 

「あーっ!こんな時間!ママに怒られちゃう!」

 

バネのようにいきなり俺から離れると誰もいない方向を向いた曜が大声を上げる。

 

「あ、うん。もう遅いしね」

「うん!先に帰るね!またね!」

「うん、また明日」

 

台風のように行ってしまった曜を見送り、俺はまた暗い海を見つめる。

 

「あいつ、顔真っ赤だった・・・」

 

恥ずかしさのキャパオーバーだったのだろう。彼女の素振りはそのように感じられた。

 

「またね、か・・・」

 

俺は密かに願う。

いつかあいつと、曜と一緒に『ただいま』が言える未来が来ることを。




やっぱりこういう曜ちゃんが私は好きです。
アニメだと少し違うキャラですが、それもまた彼女の魅力だと思います。


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特別編 それぞれの未来‪√‬梨子

いつぞやのあれのあれのアレです


Aqoursが終わって、転校して、高校を卒業して、内浦を出て、大学出て、仕事やって・・・。あの時の輝きを、奇跡を求めていた時から何年経ったんだろう。

多くの出会いと別れ、挫折と成就を繰り返し大人になっていくのは自然なこと。誰だって通る道だ。

だけど・・・。

 

「・・・何やってるだろう、俺」

 

俺は仕事である編曲の作業を一旦やめ、リクライニングシートへ深くもたれる。

俺は自宅の作業室で仕事を進めていた。

手に持ったタバコを吸い、天井に向かって煙を吐き出す。

 

Aqoursの曲の編曲作業をやっているうちに身に付いたこの能力。まさか自分の仕事になるとは思ってもいなかった。

俺に目をつけてくれた上司には感謝しかないのだが・・・。

 

気づけば俺も20代後半。

上手くいかないことも多かったけど、波に乗り依頼がよく来るし、今では上手くいってる。

結婚だって出来た。

ただ、さっきみたいな思考は仕事中によくおきる。

 

・・・こんなこと考えたって意味なんかないのに。

 

持っているタバコを灰皿に擦り付ける。

灰皿には積まれた吸殻に目を落とす。

 

・・・いつから吸うようになったんだっけ・・・。

 

再び意味の無いことを考えながら次の1本に火をつける。

 

吐き出した煙が一時だけ、形を成し、冷房の風ですぐに掻き消える。

それと一緒に俺の意味の無い思考も消えているようだった。

 

あの1年間は夢だったんじゃないか、そう思う時が日に日に増えてくる。

 

タバコの煙を見つめていると作業室の扉がノックされた。きっと、扉を叩いたのは妻だろう。

 

「何?」

 

扉の方を見ずに、返事をする。

 

「入ってもいいかな?」

 

声は妻のものだった。

返事をすると、妻は控えめに入るね、と断りを入れて、作業室に入ってきた。

 

「わっ、寒・・・。あ、またタバコ・・・」

 

「・・・仕方ないじゃん・・・。煮詰まって・・・」

 

タバコもだが、秋も来ているというのにキンキンに冷やしたこの空間。頭の冷却も大事なのだ。

 

「私、あまりこの臭い好きじゃないんだけど」

 

妻は俺の目の前に周り、咥えているタバコを取り上げる。

 

「ちょっ、返してよ。梨子」

 

妻、もとい梨子は吸いかけのタバコを灰皿に擦り付ける。

あぁ・・・、と情けない声が思わずでる。

 

「もう。吸うな、とは言わないけど限度があるわ」

「ん。気をつける」

 

梨子はため息をつく。

 

「〆切近づく度にたくさん吸う癖、よくないわよ」

 

今、依頼されている仕事の〆切は2日後。

期限まで余裕はないが、1度提出もしてるし、手直しだけだからそこまで焦ってはいない。

 

「曲はできたの?」

「一応ね。でもなんだかしっくりこないんだ」

「聞いてもいい?」

 

子供みたいな顔をして訪ねてくる梨子。ふとそんな彼女が愛おしくなった。

 

「うん。いいよ」

 

俺はPCを操作し、作り上げた曲を再生する。

曲が流れ始めると俺は梨子を抱き寄せ、俺の膝の上に座らせる。

 

「わっ!和哉くん!?」

「聞くんでしょ?じっとしてないと」

 

梨子を抱きしめながら、2人で曲を聞く。

梨子は頬を膨らませていたが、次第に曲に聞き入り始めた。

 

曲は終わったが、どちらも何も話さない。

 

「手直しする必要ある?」

 

梨子は真面目な声で言われ、意外な返答で戸惑う。

 

「梨子はいいと思ったの?」

「うん。和哉くんらしくていいと思う」

 

もっとダメ出しされると思っていたから、変に困ってしまう。

 

「じゃあ、これでいいかな」

 

梨子を膝の上から下ろし、作業用のパソコンの操作をし、作った曲を保存。その後にシャットダウンさせる。

 

「で、梨子」

「何?」

「用事あったんじゃないの?」

「あ、そうだった」

 

彼女は手をぽん、と叩く。

基本的にしっかりしているのだが、たまにこういう抜けているところがある。

こう見えて結構おっちょこちょいで慌て者だったりするのだが、ギャップがあってかわいいと思う。

 

「夕飯できたから、食べましょう」

「え。もうそんな時間?」

 

驚きながら部屋の時計を見る。

時計の針はとっくに夜の8時を指していた。

 

「待って。俺何時間作業してた?」

「えっと・・・」

 

梨子は時計を指さしながら時間を数える。

 

「10時間くらい、かな?」

「まじか・・・」

 

夕飯と言われ、思い出したように腹の虫が泣き出す。そういえば、昼食もとってない。

 

「お昼も食べてないんだから。しっかり取らないと体に悪いよ」

「うん。食べようか」

 

作業部屋を出て、リビングに向かう。

いつものように向かい合って椅子に座り、テーブルに用意された夕飯を梨子が2人分の皿に盛る。

食べ終えて、足りなかったらまた盛る。

それが自然とうちの決まりになっていた。

 

「「いただきます」」

 

2人で手を合わせ、食事を始める。

 

「和哉くんはもうお仕事大丈夫なの?」

「うん。夕飯食べ終わったらデータ送信して終わりかな。返事も来週になるしね」

「そっか。実はね、私もしばらくオフが続くの」

「そうなの?」

 

梨子は大学を卒業後、ピアニストになるという夢を叶え、少しずつ実績を残している。

公演地が遠い場所になると家に俺1人残されるのは寂しいが、仕事がない時は一緒に会場まで着いて行って、そのまま公演を聞くこともある。

 

「うん。それでね、明日、内浦に帰らない?」

「内浦・・・」

 

正直、この誘いは以外だった。

結婚式を鞠莉ちゃんの提案で淡島ホテルであげたのだが、仕事の兼合いもあり、すぐに今生活している地域に帰った。

それから2年ほど経つが、お互いに1度も提案したことは無かった。

忙しくて予定も合いにくく、オフが被ったとしても短く、帰省する時間も無かったこともあるのだが。

 

あそこには俺たちの両親もまだいる。

Aqoursのみんなは何をしているんだろう。

 

俺はカレンダーの日付を確認し、スケジュールを思い出す。・・・予定もなさそうだ。

 

「そうだね。久しぶりに帰ろう。それに1週間くらい泊まる?」

「本当!?じゃあ、お母さんたちに連絡しておくね!」

 

梨子は食事中にも関わらず、固定電話の元へ行ってしまった。

1人残された俺は大人しく箸を進めていると、梨子の嬉しそうな声が聞こえてくる。

梨子の声を聴きながら食べていくのも悪くは無いが、なんとなくテレビのリモコンへ手を伸ばし、テレビをつける。

 

『はい!それでは次のグループを紹介しましょう!CMの後はこの方たちです!』

 

映し出されたのはよく見ている音楽番組。そう言えばそんな時間かー、と呑気に思いながら画面を見る。

 

「お待たせ。お母さんたちも待ってるって」

「そっか。じゃあ、夜のうちに支度しないとね」

『私たちと言えば、仲良しの元気印!Promisingです!』

 

いつの間にかCMが終わり、次のグループが自己紹介をしていた。

 

「あ、よっちゃんに花丸ちゃんにルビィちゃん」

「うん。相変わらずだよ」

 

テレビに映っているのはAqoursの1年生組、善子、花丸、ルビィの3人だ。

ルビィの提案で高校卒業後、オーディションを受け、見事デビューを果たしている。

グループ名のPromising。元気印という意味だ。

アイドルとして活動を始めていたが、最近では数多くのジャンルに挑戦し、各メディアの注目を集めている。

 

「こうやって高校時代の友達を見てると感慨深いわ」

「そうだね。こんな売れっ子が後輩で、今とは全く違うなんて言ったら驚くよ」

 

3人ともあの頃より背も伸びて、髪型も変わっている。

善子はお団子をやめ、ショートヘアーに。

花丸は背が一気に伸び、この3人の中では最も大きい。

ルビィもツインテールをやめ、あの赤い髪をウェーブロングにしている。

 

「懐かしいなぁ・・・。もう、10年くらい経っちゃうんだ」

 

梨子は箸を置き、少し俯く。

 

「寂しい?」

「・・・うん。少しだけ。あの頃は・・・。みんなで輝きを追いかけてたあの日々は夢だったんじゃないのかなって。たまに思っちゃう」

「だよね。俺もそう思う」

 

テレビからは3人の歌う曲が流れている。

スクールアイドルをやっていた経験もあるが、それを差し引いてもクオリティの高いダンスと歌唱力に俺たちは引き込まれる。

 

「わーっ。やっぱり凄いね」

 

梨子は笑顔でテレビを見ている。

このまま番組を見続けたい気持ちもあるが、それよりも明日は帰省だ。ここから内浦まではかなりの距離があるし、早朝の出発になる。早めに支度を始めよう。あ、それとみんなに帰ることを伝えておこう。

 

俺は夕飯を終わらせ、仕事のデータ送信と風呂をさっさと済ませ、俺たちの寝室にそそくさと戻り、荷物をまとめる。

しばらくして梨子も一緒に荷作りを始める。

 

「と、まあこんなもんかな」

「え?そんなに少ないの?」

 

俺の荷物の量は少し大きめのボストンバック1つ。それもまだまだ容量に余裕がある。

対して梨子はキャリーバックパンパンに詰め込んでいた。

 

「むしろ、何入れてるの?」

「洋服と化粧品とパジャマとヘアーアイロンとドライヤーと」

「分かった分かった。1つ1つ説明しなくていいよ」

 

梨子は少し不満そうに口を尖らせるが、手はテキパキ動いていてすぐに荷造りは終わりそうだ。

最後に忘れ物がないかの確認を済ませ、2人でダブルベッドに潜りこむ。

 

「えへへっ」

「今日はやけにテンション高いよね、梨子」

 

布団の中で珍しく梨子が抱きついてきた。

 

「多分、内浦に久しぶりに帰れる、ってなって嬉しいのかも」

「そっか。俺も楽しみだよ」

「みんな、元気かな?」

「元気だよ、きっと。そうだ、帰ったらダイビングしようか」

「少し寒いんじゃない?」

「大丈夫だって。4月程じゃないよ」

「もう!その話は無し!」

 

梨子はむくれ、俺にもっと強く抱きつく。

 

「ちょっと。痛いよ」

 

全く痛くはないけど少し言ってやりたい気分だった。

梨子に言っても力を弱めるつもりはないらしく、もっと力を強める。

梨子は顔だけあげ、上目遣いで俺の顔を覗き込む。

 

「今日は・・・、しないの・・・?」

 

こいつは・・・。

 

「きゃっ」

 

マウントを取るように覆いかぶさり、わざとらしく顔を近づける。

 

「全く。明日は朝早いんだよ」

「ごめんね、ちょっと切なくなって・・・。今日はやっぱり」

「しない訳ないでしょ」

 

言葉を遮るようにキスをする。

 

「誘ってきた梨子が悪いんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝。

自分の車を走らせながらあくびが漏れる。

 

「やっぱり眠い?」

 

助手席に座る梨子が心配そうに尋ねる。

 

「ちょっとだけ。梨子が満足しないから」

 

うぅっ・・・、と梨子は顔を赤くして顔を伏せる。

結局昨晩は2人して燃え上がってしまった。

 

「でも、梨子から言い出すなんて珍しいね」

「・・・私だってそんな時があるわ」

 

そっか、とカラカラ笑い、運転に再び集中する。

 

「ねえ、和哉くん」

「ん?」

「子供ほしい?」

「!!??!?!?」

「あ、危ない!!」

 

梨子のいきなりの発言で手元が狂い、車は左右に揺れる。

 

「ご、ごめん。・・・じゃなくて!いきなり何!?」

「その、気になって。最近つけないから」

 

梨子がこういう話題をふってくること自体初めてで戸惑いを隠せない。

 

正直に言った方がいいのだろうか・・・。

・・・・・・夫婦だし、正直に言っていいよね。

 

「正直、欲しい。俺たちも結婚して2年経つから」

「そっか。私、頑張るね」

「え?何を?」

「それは内緒♡」

 

指を立てて口に当てる梨子。

 

何をやるつもりなんだろう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぁ・・・」

 

俺は車を止め、外で伸びをする。

あれから高速道路に乗り換え、数時間車を走らせ、沼津インターに到着した。

内浦まではまだまだ遠いが、久しぶりの沼津の空気を2人で吸い込んでいた。

 

「お疲れ様。はい、これ」

 

喫煙所で一服していると梨子は缶コーヒーを買ってきてくれたらしく、それを受け取る。

片手でプルタブを開け、コーヒーを1口飲みつつ、タバコの灰を落とす。

 

「沼津までもう少しだね」

「だね。まずは俺んちでいい?」

「うん。お義母さんたちに挨拶しないと」

「よし。じゃあ、もう少し休憩したら出発しようか」

 

しばらくタバコを吸いながら、空を眺め、2人でしばらく話しこむ。

 

・・・あぁ。のどかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またしばらく車を走らせ、やっと沼津市に入る。

 

「お義母さんに電話かけるね」

「お願い」

 

梨子は自分のスマホを取り出し、母さんにコールする。

 

「もしもし。お義母さんですか?梨子です」

 

繋がったようだ。

俺も運転に集中しよう。

 

「はい。今沼津に着いたので、もう少しです。はい。ではまた後で」

 

梨子は電話を切り、ワクワクした表情で俺を見る。

 

「待ってるって。家の前で出迎えるって!」

「そっか、急がないとね」

 

俺は少しだけアクセルを踏み、車を加速させる。

 

「ま、待って!飛ばさないでぇー!」

 

梨子の言葉を無視して沼津の公道を勢いよく走り抜けていった。

もちろん、速度制限は守ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生時代慣れ親しんだこの町。

もう何年も帰ってきていない俺たちの第2の故郷は何も変わらず、俺たちを迎えているようだった。

 

「そろそろ見えるね」

 

梨子が呟く。

そう、もう少しで俺の実家だ。

 

「見えたよ」

 

梨子の言う通り、そこには俺の実家が見える。

家の前には母さんと父さんが2人で待っていてくれていた。

車庫に車を停めると、2人は車庫まで来てくれた。

 

「おかえり、和哉、梨子ちゃん」

「ただいま帰りました、お義母さん、お義父さん。お久しぶりです」

 

梨子も車から降りてお辞儀をする。

 

「ただいま、父さん、母さん」

「ああ、おかえり」

 

数年ぶりに見る2人。

2人とも顔にシワが増え、髪も白髪が混じっている。

それでも、2人はあの頃と変わらない笑顔で俺たちの帰りを喜んでくれた。

ここを出てから連絡なんて禄にしないし、連絡するのは梨子ばかり。なのに迎えてくれた。

 

「和哉」

 

父さんが歩み寄り、背中を叩く。

 

「おかえり」

 

俺にだけ聞こえるように小さく言う。

 

「うん・・・、ただいま」

 

本当に帰ってきたんだ・・・。

やっと実感が生まれ、そう思った途端涙が溢れそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時から何も変わらないリビング。そこで4人で話していると。

 

「2人はいつまでいるの?」

 

母さんが尋ねる。

 

「1週間くらいはこっちにいるよ。明後日はお義母さんの所に行くから」

「そうなのね。その後は?」

「私の家に行って少しお話した後に、十千万と淡島ホテルに泊まるつもりです」

 

梨子が代わりに答えてくれた。

 

「他の友達には言ってるの?」

「一応。みんなと予定が合うかが分からないんだ」

 

ふむふむ、と母さんは頷く。

 

「今日は家でゆっくりしていくのよね?」

「はい。そのつもりです」

「じゃあ、早速お昼を作らないと!梨子ちゃん、お手伝いして貰える?」

「はいっ!喜んで!」

 

リビングには俺と父さん2人だけが残される。

 

「和哉、タバコは?」

「吸うけど」

「行こうか」

 

父さんに庭まで連れていかれ、そこでタバコを吸う。

 

「息子とタバコを吸える日が来るとはね」

 

感慨深そうに父さんは煙を吐く。

俺とは違う銘柄。その匂いはこの家にいた頃から変わっていなかった。

 

「俺も。タバコ吸うとは思ってなかったから」

 

しばらく無言が続いたが、俺から話しかける。

 

「ごめん」

「何がだ?」

「今まで連絡しなかったこと」

「気にしてない」

「そっか」

 

再び無言。

 

「さて、そろそろ戻ろう。昼もできてるはずだ」

 

父さんは火を消し、灰皿へタバコを擦りつけ、火を消す。

俺も同じように火を消し、着いていく。

 

「またタバコ?」

 

リビングに戻ると梨子から注意される。

 

「んー。接待タバコ?」

「なにそれ?」

「そんなのもあるの」

「ふーん。お昼できてるよ」

「ありがとう。食べるよ」

 

俺と梨子が隣で、父さんと母さんが向かいに並んで座っている。

みんなで声を合わせて頂きます、と手を合わせ、昼食を食べ始める。

 

「これ食べ終わったらどこか出掛けるの?」

 

母さんが話しかけてきた。

 

今日の予定か・・・。

何も考えてなかったなぁ。

 

「せっかくだから、港までお散歩してみれば?向こうは海はあまりないんでしょう?」

 

んー、と首を捻っていると母さんが提案してくれた。

 

「そうだね。行こうか」

「うん。私も大丈夫」

 

梨子は笑って賛同してくれた。

昼食を話しながらゆっくり食べ、食べ終わる頃は午後1時過ぎ。

季節も秋になり始めたし、出掛けるには丁度いい時間帯だ。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「気をつけてね」

「はい。行ってきます」

 

俺と梨子は家を出て、沼津港へ向かい、歩いていく。

 

「あまり、変わってないね」

「確かに。それがこの町のいい所でしょ」

「うん」

 

この道を通ったのは何年も前。

多分、高校時代が最後だったはずだ。

商店街を抜けると、緩やかに流れる狩野川が見えてきた。川ではカヌーを漕いでいる人たちが数人。河川敷を走る人たちがちらほら見えた。

 

「ねえ、梨子」

「何?」

「手、繋ごっか」

「ふぇっ!?どうしたの!急に」

 

俺からこういうことを言い出すのは少ない。

なんとなく、繋ぎたいと思ったんだ。

 

「何でだろうね。なんか、梨子と手繋ぎたくなったんだ」

 

俺は梨子に右手を差し出す。

梨子はそっ、と俺の手を繋ぎ、小さく呟く。

 

「その、エスコート、お願いします」

 

少し恥ずかしがりながらそう言った梨子はとても愛おしかった。

 

「了解しました。レディ」

 

梨子の額にキスをする。

すると、梨子の顔は瞬く間に真っ赤になる。

 

「もう!外なのよ!」

「誰も見てないよ」

「見てなくても外でしたらダメ!恥ずかしい!」

 

梨子は俺の手をグイグイ引きながら沼津港へ早足で歩き始めた。

 

「あれ?梨子ちゃん?和哉くん?」

 

マウンテンバイクに跨り、ヘルメットにサングラスをかけて、服装が普通のジャージじゃなかったらそういうのの選手に見える、少し筋肉質の女性。

聞き覚えのあるこの声は・・・。

 

「よ、曜ちゃん!?」

「ヨーソロー!奇遇だね!もう帰って来てるなんて思ってなかったよ!」

 

サングラスを外し、敬礼をしたのは紛れもなく曜だった。

 

「そう言えば曜の家はこの辺だったね。どこか行くの?」

「今から部活なんだー」

「部活?」

「そう!なんとこの渡辺曜!静真の教師になったのであります!これから顧問として精を出して来るであります!」

「「・・・・・・」」

 

しばらく言葉を失い、梨子と顔を見合わせる。

 

「「えーーーー!?」」

「お、いいリアクション!色々あってねー。船長も高飛び込み選手もいいんだけど、頑張ってる子を応援する方が好きだったみたい」

 

しみじみと話す曜。確かに言われてみればそんな姿がしっくりくるように感じる。

 

「って!遅刻しちゃう!またねー!」

 

そう言うと曜は嵐のように去って行った。

 

「相変わらずね・・・」

「全くだよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん!潮風が気持ちいい!」

 

沼津港に着いた俺たちは潮風を体で受けながら伸びをしていた。

 

「そうだ、深海水族館いかない?」

「いいかも。久しぶりに行こうか」

 

梨子の提案に賛成し、深海水族館に向かう。

目的地に到着し、2人分の料金を払い、深海の生き物を見ていく。

 

「ダイオウグソクムシ。かわいいなぁ」

 

深海に住んでいる、50cm以上の大きなダンゴムシの様なダイオウグソクムシを見て、俺はポツリ、と言葉を漏らす。

 

「かわいい、かな?」

「かわいいじゃん。言葉にするのは難しいけど」

「よく分からない」

 

梨子の同意は貰えなかった。

 

「やっぱり、こいつの迫力は違うね」

「う、うん。見てるだけで怖いよ」

 

今見ているのはタカアシガニ。

とにかく長い足が恐怖心を煽る。

 

「つ、次に行こう・・・」

 

梨子が服の袖を摘んで、怯えながら言う。

 

「はいはい。次だね」

 

色々回ってとうとうこの水族館の目玉、シーラカンスの剥製。

世界でもシーラカンスの剥製は数える程しかないのだが、この深海水族館はその剥製を3体所持している。

 

「これが太古から変わっていない魚なんだね」

「うん。何千年もこの姿みたいだね」

 

シーラカンスは今の魚とは違い、ヒレをいくつも持っている。

その姿は異質だが、引き込まれるものがある。

 

「私たちも変わらずにいれるかな?」

「分からない。けど、変わったとしても俺は梨子の隣にいるよ」

「も、もう!いきなりかっこいいこと言わないで!」

 

顔を赤くした梨子に怒られてしまった。

なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。楽しかった!」

 

外に出た俺たち。

梨子はお土産片手にルンルンだ。

 

「お土産も買えたしね」

「うん!和哉くん、本当にそれ好きだね」

 

俺が買ったのはダイオウグソクムシのクッション。通称グソクッション。

見た瞬間、一目惚れして、即買ってしまった。

 

「かわいかったからつい」

「だからって5個も買う?」

「これを積んで飾るといいかもって」

 

梨子はため息をつくとまた物が増えちゃった・・・、とボヤいていた。

 

「シーラ!」

「カンス!」

「ん?」

 

少し離れたところから何か聞き覚えのあるフレーズが聞こえてきた。

騒がしいな、と思いながら声がした方を見ると自撮りをしながら、シーラカンスのぬいぐるみを抱えた3人組の女性がいた。

やけに見覚えのある後ろ姿だ。

 

「じゃあ、善子ちゃん。投稿お願いね」

「任せておきなさい。結構いい感じに撮れてるわね」

「だね。いい感じ」

 

今、世間で話題のアイドルグループが目の前でSNS用の動画を撮っていた。というか、善子、花丸、ルビィの3人だ。

 

「あれ、よっちゃんたち?」

「多分。てか、なんでここに居るんだ?」

 

3人を見ていると、振り返った花丸と目が合った。

 

「あー!!」

「どうしたの、マルちゃん・・・。あー!!」

「何よ、ルビィまで。あー!!」

「や、やっほー・・・」

 

俺は苦笑いしながら手を振る。

 

「「いたー!」」

 

俺たちは珍獣か何かですかね・・・。

 

3人はもの凄い勢いで俺たちの方へテレビで見せていた笑顔とは違う笑顔でやってくる。

 

「梨子さん、和哉さん!お久しぶりです!改めてご結婚おめでとうございます!」

 

真っ先に走ってきたのは花丸。

本当に背が伸びて、今や梨子より高い。

 

「う、うん。ありがとう」

 

梨子が困惑しながら礼を言う。

 

「和哉くん、梨子ちゃん!お久しぶり!」

「うん。久しぶり。元気・・・だね」

「うん!」

 

ルビィも相変わらずのようだ。

 

「久しぶりね。リリー、和哉さん」

「う、うん・・・」

「なに?」

「・・・いや、何でもない」

 

善子に名前で呼ばれるとか慣れてないからむず痒い。

 

「3人は何してるの?仕事は?」

「実はね」

 

ルビィがモジモジしながら話し始めた。

 

「2人がここに帰ってくるって聞いたから。マルちゃんとよっちゃんと話して会いたいね、って話になったの」

「事務所に無理言ってお休み貰ったずら」

「売れっ子アイドルがそれでいいのかな・・・」

 

梨子の言ってるのことに俺は頷く。

というか、花丸がずらって言った。

テレビでは全く言わないのからもう聞けないんだなぁ、って思ってたから、久しぶりに聞けて良かった。

 

「そういうのは今はいいのよ。とにかく、私たちは貴方たちに逢いたくてここまで来たの」

「みんな・・・」

「うん。ありがとう、みんな」

 

後輩3人はニコッ、と笑う。

 

「よーし、それじゃみんなで遊ぶずらー!」

 

手を挙げて花丸は海岸の方に走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリーはここに入ったことある?」

 

花丸に付いて行って辿りついたのは海門展望台びゅうお。

善子が梨子に話しかけていた。

 

「ううん。近くまでは来たことあるけど、入ったことはないよ」

「いい機会じゃない。入りましょう」

 

善子に手を引かれ、梨子は展望台に入っていった。

 

「俺たちも行こうか」

「待つずら」

 

花丸に肩を掴まれる。

 

「どうしたの?お腹減った?」

「なっ!マルをなんだと思って!」

「食いしん坊の文学少女」

「否定は出来ないかも」

「ルビィちゃん!?」

 

ルビィも同意みたいだ。

 

「冗談だよ。どうかしたの?」

「どうかしたってほどじゃないけど、梨子さんとの結婚生活はどうなんだろうって」

 

うんうん、とルビィも気になってるようだ。

2人がこういう色恋沙汰に興味があるのは意外だった。

どうやら話さないと離してくれないみたいだ。

 

「そんなに大したことじゃないよ。聞きたい?」

「「聞きたい!」」

「分かったよ」

 

さて、何から話そう。

 

まず最初に話したのは今どんなことをしているのか。次にお互いの仕事柄なかなか時間が合わないこと。それに2人で出かけた所とか、テレビで3人をよく見てるとか、この数年間の思い出を話した。

2人が思ったよりも真剣に話を聞いてくれて思わず気分が乗り、30分近く話してしまっていた。

 

「と、まあこんな感じ」

 

話終えるとルビィも花丸も満足した表情をしていた。

 

「あんたたち、なんで来なかったのよ。待ちくたびれて降りてきたわよ」

 

すると、善子が文句を垂れながらこちらに来る。

その隣には梨子もいて、びゅうおから降りてきたようだ、

 

「ごめんね、善子ちゃん。マルたちお話が弾んじゃって」

「ふーん。そうなの。どうする?だいぶ日も傾いてきたけど、帰る?」

 

善子が提案するが、ルビィが口を挟む。

 

「えー!さっきあったばっかりだよ。ご飯食べに行こうよ!」

「言うと思った。リリーたちはどうする?」

 

俺は梨子と顔を見合わせる。

 

「どうしよっか」

「せっかくだし、食べていこうよ。母さんには連絡するから」

 

俺は母さんに電話し、今日の夕飯を善子たちと外で食べると伝える。

そのことを伝え終わるとルビィと花丸はぴょんぴょん跳ねていた。

よほど楽しみだったんだろう。その姿はあの時みたいで懐かしく感じた。

 

「決まりのようね。じゃあ、着いてきて。車で行くわ」

「善子運転できるの?」

「できるわよ。むしろ、そこの2人ができたらすごいと思わない」

 

善子が指さしたのはルビィと花丸。

 

・・・うん。できるイメージが湧かない。

 

「なんであれ、行きましょう。ルビィ、ズラ丸行くわよ!」

 

はーい!と2人は走って善子の隣に行く。

 

「俺たちも行こうか」

「うん」

「そうだ、善子と何話してたの?」

「えっと、乙女の秘密かな」

「はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい店知ってるんだ」

「まあね。と言いたいところだけど、私たちがこっちに帰ってきた時にいつも使ってるってだけだよ」

 

善子の運転で連れてこられたのは少し町から外れた店の個室。

少し和風な感じで落ち着く。

 

「早速来たずらー!」

「って、酒ばっかりじゃないか!」

 

運ばれてきたのはビールに酎ハイ、日本酒、烏龍茶だ。

 

「よっちゃんが運転するから飲まないと思ってたんだけど」

 

梨子が申し訳なさそうに言う。

 

「あ、いいのよ。私、お酒飲めないもの」

「へぇ、意外だね」

「飲んだ瞬間頭痛くなるから。私に気を使わなくていいわよ」

「じゃあ、飲み物渡ったね」

 

ルビィが確認する。

俺はビール。

花丸が日本酒。

梨子とルビィが酎ハイを持つ。

 

「では、再会を祝いまして」

 

花丸が音頭をとる。

 

「「かんぱーい!!」」

 

ジョッキのぶつかる気持ちのいい音が個室に響いた。

 

最近のことを話したり、仕事のことを話したり、昔のことを思い出したりして、楽しい時間は進んでいく。

すると、隣に座っている梨子が俺の肩に持たれる。

 

「梨子?」

「えへへ、なぁに?」

「近くない?」

「そんなことないよぉ」

 

あ、これは酔ってる。

 

「和哉くぅん」

 

俺の腕に頬を擦り、甘えてくる。

 

「リリーってそんなキャラだった?」

「酔っちゃうとこんな感じ。みんないるから大丈夫かと思ったんだけど」

「へー」

「2人ともラブラブずらー」

「ずらー!」

「この2人も酔ってるわね」

 

ルビィと花丸も酔っ払ってるようだ。

 

「ねぇ、私ともおしゃべりしよ?」

 

梨子は体を起こし、顔をずいっ、と近づけてくる。

 

「分かったから。近いよ。みんな見てる」

「やだー。和哉くんの顔、もっと近くで見たいー」

 

こうなると止めれないのは経験で分かる。

しかし、止めなければ梨子の名誉に関わる。

 

「いつでも見られるでしょ」

「いつも見てたいのー」

「うげっ、口から砂糖吐きそう」

 

善子てめぇ、他人事のようにすましやがって。

 

「もう。意地悪な和哉くんにはこうしちゃいます」

「は?」

「ずらっ!?」

「ぴぎっ!?」

「はぁ!?」

 

顔をがっしり掴まれ、そのままキスされた。

後輩が見てる前で。

しかも、舌まで入れてきた!

 

「わっわわわっ!ま、マル、キスしてるの初めて見た・・・」

「る、ルビィも・・・」

「・・・えっろ」

「「善子ちゃん?」」

「じゃなくって!お開き!もう終わり!帰るわよ!」

 

梨子を引き剥がし、肩を抑える。

 

「落ち着いて!いきなり何すんの!?」

「和哉くんが見てくれないから」

「しっかり見てる!もう・・・」

 

梨子の耳元で小さく囁く。

 

「続きは家に帰ってから」

「・・・もう、和哉くんはエッチだね」

 

梨子は顔を赤くして、照れながら両手で頬を隠す。

 

「夫婦の関係にどうこういうつもりは無いけど、せめて夜の約束は・・・」

「うるさいっ!ほら!帰るよ!」

「マル、酔い覚めちゃった」

「うん、ルビィも」

 

やたら誘惑してくる梨子を何とか車に乗せ、善子の運転で家まで送って貰うことになった。

 

「ほら、梨子降りて」

「は〜い」

 

たどたどしい足取りで車から降りる梨子。

俺は彼女の体を支える。

 

「ありがとう。今日は楽しかったよ」

 

車の窓越しに、3人を覗き込み、お礼を言う。

ていうか、ルビィと花丸は後ろで寝ている。

 

「私たちも楽しかったわ。リリーがあんな風になったのは意外だったけど」

 

苦笑いをする善子。

 

「よっちゃーん。また辛くなったらお姉ちゃんに頼ってね〜」

 

梨子は呑気に手を振っている。

 

「お姉ちゃん?善子お前・・・」

「ち、違うわよ!とにかく、早く休みなさいよ!また会いましょう!」

 

善子は照れながら車を走らせて行った。

梨子は走っていく車が見えなくなるまで手を振っていた。

 

「梨子、お姉ちゃんなの?」

「うん!よっちゃんのお姉ちゃんだよ」

「そ、そうなんだ・・・」

 

もう訳わかんない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、昔俺が使っていた部屋の床に敷いた布団で俺は寝ていた。

部屋の中に差し込んで来た光で目が覚める。

 

「梨子は・・・」

 

昨日何度も誘惑され、何とかベッドに寝せ、そのまま眠らせることはできた。

いつも酔っ払った後の梨子だと・・・。

 

「梨子・・・」

 

起き上がって見回すと、ベッドの布団に潜ったまま小刻みに震えている梨子がいた。

そう、いつもこうなのだ。

酔った時の記憶もはっきり覚えていて、あんな甘えん坊というか、なんというか、ああいう姿になるため、恥ずかしがり屋の梨子は次の日の朝はこうなってしまう。

 

「梨子、頭痛くない」

「頭痛くないけど痛い・・・」

「・・・いつものことだから気にしてないよ」

「いつもになってるがだめなの!」

 

梨子はがばっ!と起き上がり、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「いつもお酒に酔って、変なことばかり言ってるの!和哉くんには誘うようなことばかり言うし」

 

誘うようじゃなくて誘ってるんだけどね・・・。

 

「しかも昨日はよっちゃんたちもいたし・・・。もうやだぁー!」

 

と、これまでが酔った時の梨子のテンプレだ。

これを宥めるのには時間がかかる。

こうなった梨子もかわいいからいいんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは行ってきます」

「こっちを出る時にまた寄るから」

 

昼下がり、父さんたちにしばらくの別れを告げる。

 

「うん。いつでも帰ってきていいからね」

 

母さんの言葉に頷き、俺と梨子は車に乗り、発車する。

次の目的地は内浦の桜内家だ。

 

「なんて言うか、この道を自分で運転するなんて思ってなかったよ」

「ふふっ。そうだね」

「そろそろ淡島が見えてきそうだね」

 

トンネルを抜け、一面に海が広がる。

その真ん中には淡島が大きくその姿を見せた。

 

「帰って、来たんだね・・・!」

 

梨子が海を見て感動の声を漏らす。

海を見ながら車を走らせること15分。

淡島の船着場を通り越し、とうとう桜内家に到着した。

 

「ただいま、お母さん」

 

桜内家に着くとお義母さんは出迎えてくれた。

 

「長旅だった?」

「ううん。和哉くんの家に泊まったから大丈夫だよ」

「そうなのね。和哉くんもおかえり」

「はい。ただいまです」

 

家の中に入り、早速お茶が出される。

 

「ごめんね、せっかく帰ってきたのにお父さんが仕事で」

「大丈夫だよ。仕方ないもん」

 

お義父さんは多忙でよく家を空ける。

毎月のように出張に行ってるほどだ。

 

「今日は十千万に泊まるのよね?」

「うん。志満さんには伝えてるけど、千歌ちゃんには何も言ってないの」

「和哉くんの提案?」

「まあ、そうです。いつも引っ掻き回されてきたんで、その仕返しですかね」

 

お義母さんは笑い、お茶菓子を俺に渡す。

こういう笑う仕草がそっくりだ。

 

「予約の時間までゆっくりしてね」

「うん!」

「はい」

 

梨子の部屋で一息つく。

この部屋に来るのも懐かしさを覚える。

 

「さて、今日はどうしよっか」

「浦女に行ってみない?」

「浦女かぁ。でも、入れないんじゃ」

「校門まででいいの。行ってみない?」

「まあ、そこまで言うなら」

 

俺たちはとりあえず、出かける支度をする。

 

「なんだか、こんな短期間で色んなところ行くって新婚旅行みたいだね」

「そうかも。日帰りで出かけることはあったけど、忙しすぎてこんなこと1回もやってなかった」

「仕方ないよ」

「今度、また知らないところに2人で行こう」

「うん。楽しみにしてるね」

 

お義母さんに行き先を告げ、再び車を走らせ、数分後、近くに路駐し歩いて浦女に向かう。

 

「待って、この坂道、こんなにしんどかった?」

「運動不足じゃないの?」

「そう、かも・・・」

 

浦女にたどり着くための長い坂道。

その坂に俺は四苦八苦していた。

 

「ほら、もうちょっと頑張って」

 

梨子に励ませられながら何とか登りきるとそこには俺と梨子が1年間だけだが、決して色あせない、最高の時間を過ごした場所。

そして・・・、俺たちが再開した場所。

 

「変わってないね」

「うん。少し汚れてるけどまだ残ってる。・・・そうだ、ちょっと入ってみようよ」

「ダメだよ、立ち入り禁止って書いてあるし」

「気にしない気にしない。誰もいないんだしっ、と」

 

俺は閉ざされている校門をよじ登り、跨ぐように座ると梨子に手を差し出す。

 

「もう・・・、知らないよ」

 

梨子は手を取り、補助を受けながら校門を乗り越え、地面に降りる。

 

「よっ、と」

 

ぴょん、と俺も門から飛び降り、改めて校舎を見上げる。

 

「さ、行こう」

 

さっそく玄関から校舎に入ろうとするが、流石に施錠されていて、中には入れなかった。

仕方なく敷地内を歩きながら見渡すしかなく、窓越しに校舎の中を覗く。

 

教室に体育館、プールや校庭。

何度も使った場所なのに始めてくるみたいに新鮮な感覚が押し寄せる。

 

「やっぱり、ここだよね」

「うん」

 

自然と最後に足が向いたのはスクールアイドル部室。

ここでの生活の大半を費やした俺たちの軌跡が詰まった場所。

 

「やだ・・・。なんか泣けてきちゃった」

 

隣で涙声になりながら流れ落ちる涙を拭う梨子。

 

「ははっ・・・、俺も・・・」

 

柄にもなく俺まで泣いていた。

 

たった1年だったけど、俺たち2人にとっては今までのどこよりも思い出のある学校。

こうなるのも仕方ないと思う。

 

「はぁ。じゃあ、三津シーでも行こっか」

 

少し落ち着いた俺は次の行先の提案をする。

 

「また水族館?」

「水族館しかないの」

「それもそっか」

 

少しの名残惜しさを残して浦女を後にし、三津シーへ向かうことにした。

 

あの時間は夢じゃない、紛れもない俺たちの軌跡だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イルカショー、やっぱり凄かったね!」

 

2人でイルカショーを見て、フードコートで昼食を食べているところだ。

 

「うん。かわいかった。でも、あのセイウチだけは許せない」

 

三津シーに入ってすぐのところにある水槽にはセイウチがいる。

そのセイウチは何故か俺にだけやたらと水をかけようとしてくる。

そして、俺を睨んで吠えるし。

 

「怒らないでよ。でも、ここも思い出の場所だね」

 

ここでは1度、PVの撮影をしている。

あの曲のPVは会心の出来で、Aqoursを代表する曲にまでなった。

 

「そうだ。クラゲ見に行こうよ」

「あそこね。行ってみようか」

 

クラゲ万華鏡。

それは三津シーで見ることの出来るクラゲの水槽のこと。

そこのブースだけ真っ暗で、光るものは光を吸収したクラゲの発光だけ。

その幻想さがとても美しい。

 

「綺麗、だね」

「うん。凄く癒される」

 

とか言って、俺はクラゲ万華鏡を見つめる梨子ばかり見ているんだけどね。

どれくらい見ていたのか分からないが、他のお客さんがやって来たのをいい機会に、このブースから出る。

 

「えへへ。買っちゃったぁ」

 

ぐるっ、と三津シーを周り、お土産コーナー。

梨子はこの三津シーのマスコットキャラクター、うちっちーのぬいぐるみを抱きしめてご満悦だ。

 

「それ、欲しかったんだね」

「うん。曜ちゃんが持ってたのが少し羨ましくて」

「へー。それで。よかったじゃん」

 

その他にはお菓子と写真を買って、三津シーを後にした。

 

「時間もそろそろいい感じだわ」

「だね。1回、家に戻って十千万に行こうか」

 

桜内家に戻り、着替え等の必要なものを持って、裏にある旅館、十千万の入口を開ける。

今日は千歌の友人では無く、客として来ている。

 

「お待ちしておりました。わたくし、仲居を務めさせてもらいます、高海と申します。この度はこの旅館に来て下さり誠にありがとうございます」

「うん。久しぶり、千歌」

「ほぇ?」

 

入口で頭を下げて挨拶していたのは、みかん色の髪を伸ばした千歌。

千歌はここの後継として日々、修行中とのことだ。

 

「千歌ちゃん、こんにちは」

「カズくんに梨子ちゃん!?」

「や。元気だった?」

「もう、そりゃあ元気元気!・・・じゃなくて、こほん。はい。それでは部屋に案内しますね」

 

千歌は仕事の態度に一瞬で戻り、俺たちを部屋まで案内してくれた。

部屋に通され、3人が部屋の中にいる。

 

「全く、志満姉も人が悪いよ。志満姉は知ってるんだよね」

「まあね。でも、千歌本当に仲居さんみたいで凄かったよ」

「みたいじゃなくて、仲居なの。カズくんはやっぱりチカには意地悪なんだもん」

 

口を尖らせる千歌。

見た目は大人っぽくなっていても、やっぱり中身は千歌のままだった。

 

「千歌ちゃん、戻らなくていいの?」

「うん。もう戻るよ」

 

千歌は立ち上がる。

 

「あ、2人とも」

「何?」

「おかえり!」

「「ただいま」」

 

客として初めて泊まる十千万はとても快適で過ごしやすい空間だった。

料理も美味しいし、温泉だって最高だった。

あの頃はこんな立派なところにほぼ毎日のように来ていたんだと思うと、嘘のように感じる。

2人で部屋でのんびりしていると、襖がノックされる。

 

「はい」

「梨子ちゃん、カズくん」

 

襖が少し開き、千歌がそこから顔を少し出した。

 

「少し、お話しいい?」

「仕事はどうするの?」

 

梨子が心配して尋ねる。

 

「今日はもう終わり。だから少しお話ししたいなって」

「うん。いいよ」

「ホント!?」

 

千歌は喜んで部屋の中に入ってきて、腰を下ろす。

私服になっているし、本当に仕事は終わったみたいだ。

 

「何から話そっかなぁ。えっと、えっとぉ」

「慌てなくていいから、少しずつね」

 

少し話すつもりだったのが、積もる話もあり、何だかんだ深夜まで話し込んでしまった。

どうやら千歌も大変みたいだ。

お互いに励まし、千歌はお休みと言って、自室に行ってしまった。

 

「千歌ちゃん、変わったね」

「うん。能天気だったのにあんなにしっかりしてさ。負けられない」

「戦ってたの?」

「ううん。俺が勝手にライバル視してた」

「どうして?」

「なんでだろ。よく分かんないけど、千歌だけには負けたくないんだよね」

「そうなんだね」

 

梨子はクスクス笑う。

それにしても随分遅い時間になってしまった。

明日は淡島に行く。

目的はもちろん、果南ちゃんちのダイビングショップ。

久しぶりのダイビングで心が浮ついている。

とにかく、早く寝よう。

用意された布団に潜り、眠り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝起きてしばらくすると、仲居さんの千歌が朝食を持ってきてくれた。

 

「2人は今日何するの?」

「淡島に行くよ」

「そっか。チカも行きたかったんだけどね。どうしてもお仕事が」

 

しょんぼり、悲しげな千歌。

 

「大丈夫だって、まだしばらく内浦にいるから遊べるし、時間も作るから」

「本当?」

「ええ。今度は連絡するからね」

「絶対だよ」

「うん。約束するよ」

 

梨子は千歌にハグをし、再会の約束をした。

 

「じゃあ、仕事に戻るね。帰ってきた時はまた十千万をよろしくお願いします!」

 

太陽みたいな笑顔。

その笑顔に元気づけられる。

梨子も同じことを思っているようだった。

千歌は手を振って部屋を出ていった。

 

「果南ちゃんのとこは昼からだから、まだゆっくりしてて大丈夫だね」

 

朝食を食べながら、今日の予定を決める。

あ、このカサゴの天ぷらが美味い。

 

「そうだね。じゃあ、もう1回温泉に入ろうかな」

「俺もそうしようかな」

 

朝食を食べ終え、2人で温泉に向かう。

 

「あら?2人ともどうしたの?」

「温泉に入ろうかと思いまして」

 

志満さんとばったり、鉢合わせた。

 

「だったら2人で一緒に入るのはどう?」

「い、いや、それは経営的にまずいんじゃ」

「大丈夫大丈夫。入ってる間掃除中ということにしておくわ」

 

明らかな職権濫用だ。

どうする?と梨子が俺を見る。

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

「うふふっ。そう来なくちゃ。ささっ、行きましょう」

 

志満さんは俺たちの背中を押し、温泉まで連れていく。

 

「じゃあ、見張りは任せてね」

「は、はい・・・」

 

更衣室には2人きり。

なんで志満さんはあんなにノリノリなんだろう?

どちらも服を脱ごうとせず、気まずい空気が流れる。

 

「俺、先に入ってるから」

 

この気まずい空気を変えるためにさっさと服を脱ぎ、タオルを腰に巻き、浴室へ早足で行く。

もちろん、梨子から隠れて服を脱いでいる。

 

体を洗い、温泉にゆっくり足をつける。

朝からこんな立派な温泉に入れるなんて・・・。

贅沢すぎる。

若干昨日の坂道で足が筋肉痛になっていて、足を揉みながら、体を楽な体勢にする。

 

「か、和哉くんっ」

 

やっと梨子が入ってきた。

体にタオルを巻き、やたら体を見せないようにしている。

 

「み、見たらダメだからね!」

 

それはフリなのだろうか。

お互いの裸なんて何回も見てるのだが、こういう場だとどことなく気まずい。

梨子はさっさと体を洗い、俺から少し離れたところで温泉に入る。

 

「なんでそんなに遠いの」

「は、恥ずかしいもん」

「何回も見てるのに?」

「その、ああいう時とは雰囲気とか気分が違うって言うか・・・」

 

顔半分をお湯につけ、ぶくぶくと泡を立てる。

その仕草があざとい。

 

「初めてだよね。梨子と風呂入るの」

「言われて見たらそうかも」

「梨子が嫌がってばかりだからね」

「だって、恥ずかしいから・・・」

「だよねぇ」

 

自然と会話が途切れ、2人でゆっくり湯船に浸かる。

 

「今日は淡島かー」

「果南さんたちに会えるね」

「うん。元気かな」

「元気だよ。あの人たちだもん」

「それもそっか」

 

俺は立ち上がると、梨子が慌てて目を隠す。

 

「いきなり立たないでよ!」

「そろそろ上がろうかなって。あんまり長く入ってるとのぼせちゃうし」

「そうだね。私も上がろうかな」

 

梨子も立ち上がる。

2人で更衣室戻ると、何故か千歌がいた。

 

待って。何でいるの。志満さん、見張りは?

 

「あれ?なんでカズくんと梨子ちゃん、居るの?2人とも裸だし・・・。裸だし・・・裸・・・裸!?」

 

これはめんどくさい事になり始めた。

 

「えっ、待ってね。チカ余計なことしちゃったよね。うわぁ。本当にごめん!」

「あ!待て!」

 

千歌は掃除道具をその場に置いたまま行ってしまった。

ここの掃除をしてたんだろう。

それよりも絶対変な勘違いしてるよね・・・。

 

「千歌ちゃんに見られた・・・」

 

梨子は梨子で落ち込んでいる。

どうしよう、この状況。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志満さん!」

 

着替えた俺は志満さんを呼び出す。

 

「どうしたの?」

「どうしたのじゃないですよ!見張りはどうしたんですか!」

「千歌ちゃんが変わるって言うから任せちゃった」

 

のほほん、と笑う志満さん。

絶対千歌は掃除やってるって勘違いしてた。

なんでこういう時に美渡さんがいないんだ。

温泉に入ってリフレッシュしたはずなのにどっ、と疲れた。

志満さんはそのまま仕事に戻っていった。

部屋に戻ると千歌に見られたことを引きずっている梨子が布団の上で足を抱えていた。

 

「梨子、出る支度できた?」

「・・・まだ」

「早くやらないと」

「・・・うん」

 

こりゃダメかも。

とにかく、どっかで千歌の誤解を解かないと。

 

「失礼します」

「あ、はい」

 

入ってきたのは千歌だ。

何故かよそよそしい態度だ。

 

「そろそろお時間なのですが、支度はお済みでしょうか?」

「まだだけど、すぐ済ませるよ」

「はい。かしこまりました」

 

そのまま出ていこうとする千歌を引き止める。

 

「なんでしょう」

「あのさ、風呂場のは誤解だよ」

「分かってます。夫婦ですもんね」

 

それが違うんだよ・・・。

というか、その敬語やめてくれ。

めちゃくちゃやりずらい。

 

「風呂に一緒に入ったのは志満さんの提案なんだ。別にあそこで変なことなってやってない」

「本当に?」

「本当だよ。ね、梨子」

 

梨子もこくり、と頷く。

 

「だったら、その言葉を信じる。梨子ちゃん、顔上げて」

 

千歌は梨子に歩み寄る。

梨子は少し涙目で千歌を見上げる。

 

「せっかく帰ってきてくれたのにあまりお話できなくてごめんね」

「千歌ちゃんはお仕事だから仕方ないよ」

「チカが1人で悪く思ってるだけだから気にしないで。それより!」

 

千歌はガバッ!と梨子に抱きつく。

 

「また来てね!待ってるよ!のハグっ!」

「千歌ちゃん・・・。うん」

 

梨子は千歌を抱きしめ返す。

 

「千歌ちゃん、そろそろ」

「うん。今日は果南ちゃんのところだよね。首を長くして待ってると思うよ。まだかなん?て。あ、今のは果南ちゃんと」

「説明しなくていいから」

 

久しぶりに聞いた千歌のダジャレ。

昔なら何も思わなかったが、今はクスリ、と俺も梨子も笑ってしまう。

 

「じゃあ、千歌。俺たちはそろそろ帰るから」

「うん!また来てね!今度はちゃんと連絡してよ」

「分かってる。またね」

 

十千万を後にし、次の目的地、淡島に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淡島までの定期船は秋の心地のいい風を切りながら海の上をゆっくり進んでいく。

 

「着いたね。わっ!」

 

船から降りると早速イルカの歓迎の水しぶきを貰う。

ここで飼育しているイルカはそんな教育でも受けてるのだろうか・・・。俺と梨子は早速びしょ濡れだ。

 

「あはは、やられちゃったね」

「果南ちゃん!」

「やっほ。久しぶり、カズ、梨子」

 

果南ちゃんがわざわざ迎えに来てくれた。

あの頃と見た目はあまり変わってないが、雰囲気が一段と大人っぽくなっている。

 

「早速濡れちゃったから家に行こうか。服も乾かさないと」

「うん。お願いできる?」

「任せなさい。それと、私以上に首を長くしてる人がいるよ」

 

誰だろう?と梨子と顔を見合わせる。

 

「もう、ダイヤ。少しは落ち着きなさい」

「そうは言いましても。数年ぶりの友人との再開ですわよ。落ち着けという方が無理ですわ!」

「全く。少しはルビィを・・・、って来たみたいよ」

 

果南ちゃん家の外に置いてあるテーブルとイス。

そのイスに腰掛け、優雅にティータイムを過ごしている。

その隣いるダイヤちゃんは今まで落ち着かない様子だったのがよく分かる。

 

「待ってる人って鞠莉ちゃんとダイヤちゃんだったんだ」

「そうよ。シャイニー✩和哉に梨子」

「お久しぶりですわね、2人とも」

「はい!お久しぶりです!」

 

2人ともあの頃とあまり変わってない。

ダイヤちゃんはシワが増えた?

 

「和哉さん、貴方、失礼なことを考えていますわね?」

「・・・なんのこと?」

 

目をそらし、知らん振りをする。

 

「貴方ねぇ!そういう事よ!」

「ダイヤー。かっかしないの。シワが増えるわよー」

 

言った!?言っちゃったよ!?鞠莉ちゃん!!

 

「なっ!?」

 

ダイヤちゃんは顔をほぐし、いつもの落ち着いた雰囲気に戻る。

 

「まあ、カズと梨子は早速ダイビングスーツに着替えてきなよ。服は私が後で乾かしておくから」

「ありがとう、果南ちゃん」

「和哉、梨子!終わったら5人でうちのホテルでPartyだからね!」

「うん!楽しみにしてるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイビングスーツに着替え、いつも使っていたゴムボートを借りる。

後は梨子を待つだけだ。

 

「やっぱりそれなんだね」

 

果南ちゃんが後ろから声をかける。

 

「うん。俺のダイビングはやっぱりこれだしね。果南ちゃんは潜らないの?」

「うん。夫婦の邪魔しちゃ悪いからね」

 

みんな二言目にはそれだ。

俺たちとしてはもっとみんなと過ごしたいんだけど、変に気を使わせてるみたいだ。

 

「そんな嫌な顔しないの。ほら、奥さんが来たよ」

 

果南ちゃんの指差す方を見ると、ダイビングスーツに着替え、髪をまとめて上げた梨子が歩いていた。

 

「お待たせ。あれ?果南ちゃんは潜らないの?」

「私は店番。それにカズもいるから大丈夫。ほら、行ってきなよ」

 

果南ちゃんは手を振りながら、店に向かった。

店番するとか言って3人で話してるばっかりだろうに。

 

「梨子、行こっか」

「うん」

 

ゴムボートを出し、沖に出る。

いつものやってたように潜る前の準備をする。

俺の準備が終わり、梨子に命綱を巻く。

 

「よし、始めよう」

 

俺はボートが沈まないように、乗り出し、海に飛び出す。

浮き上がり、梨子の手を取って、ゆっくり彼女を海に入れる。

 

「手、繋いでおこっか」

「うん」

 

手を繋ぎ、一緒に潜る。

懐かしい海の世界。

 

前に果南ちゃんが言ってた。

海は大きくて私たちの悩みなんか簡単に飲み込んでくれる。そんな海が私は大好きなんだって。

本当に同感だ。

仕事の時に不意に浮かぶ、変な考えもこの海は飲み込んでくれる。

ここにいた時はいつも1人だったけど、今は梨子がいる。Aqoursのみんながい?。

こんなに幸せなことなんてない。

俺はこんなに幸せなんだ。

 

この後は淡島ホテルで鞠莉ちゃんの持て成しを受けながら、美味いもの食べて。言われてはないけどAqoursのみんなも呼ばれてるんだと思う。そして、あの頃みたいにみんなで騒いで。

次の日はのんびりこの町を梨子と2人で楽しんで。

やることが沢山だ。

手を繋いで泳ぐ梨子も穏やかな表情で笑っている。

梨子に笑いかけると彼女はキョトン、とした顔で首をかしげる。

おかしくなって海の中で笑い出してしまった。

急いで海から顔を出し、息を整える。

 

「いきなりどうしたの?」

「ねえ、梨子」

「何?ってうわっ!」

 

梨子を抱きしめる。

この季節の海とは違って梨子は暖かい。

 

「大好きだよ」

「い、いきなりどうしたの?」

「何でもないよ」

「変な和哉くん」

 

再び海に潜る。

この数日間、懐かしい人と再開して、この町に触れて。

俺はここが大好きで。

そして、この場所で再開できた梨子が大好きで。それでいいじゃないか。

繋いだ手を離さないように。

しっかりと握って。いつまでも2人で。

 

進んで生まれた軌跡は、俺たちの過去から未来を繋ぐ軌道なんだ。




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七夕特別編〜星空の下で〜

大遅刻していますが、七夕特別編です。
お楽しみください。


「七夕なんだよ!」

 

7人になったAqoursの部室。

いつもの千歌のいきなりの発言で部室がしーん、となる。

 

「今日はもう6月最終週だから来週にはもう七夕ね」

 

梨子がカレンダーを見ながら言う。

 

「そうなんだよ!というわけで、Aqoursは七夕祭りでライブをします!」

「待て待て。申請は?」

「もうやったよ」

「速っ!」

 

こういう時の千歌の行動力には驚かされる。

 

「善子ちゃんもAqoursに入って6人になったでしょ?1年生をいきなりPVでお披露目もいいけど、まずは地元で予行練習しようかなって」

 

なるほどね。たしかに悪くない。

 

「ライブ・・・。確かにいいかも」

 

曜も賛成のようだ。

 

「でも、曲は?」

 

梨子の質問に千歌は胸を張って1枚の紙をだす。

 

「書いてきたよ!」

 

梨子は詩の書かれた紙を受け取り、読み進めていく。

 

「いいんじゃないかしら?少しだけど曲のイメージも湧いたわ」

「流石梨子ちゃん!カズくんと1年生もいい?」

「俺は全然いいよ」

「私たちも大丈夫です!」

 

ルビィの言葉に善子と花丸ちゃんも頷く。

 

「よーし!そうと決まったら早速行動だよ!梨子ちゃんとカズくんは作曲をお願いしてもいい?」

「ええ。任せて!」

 

梨子と一緒に頷く。

 

「じゃあ、曜ちゃんは衣装お願い。ルビィちゃんと善子ちゃんも手伝ってあげて」

「分かったわ」

「頑張ります!」

 

ルビィは元々裁縫が好きでこういうのは得意だ。善子も配信用の衣装は自分で作っているらしく、衣装係にもってこいだ。

 

「あの、マルは?」

 

おどおどと手をあげる花丸ちゃん。

 

「大丈夫。ちゃんと考えてるよ。花丸ちゃんは私と一緒に歌詞の見直しをやろっか」

「はいずら!」

 

なんだかんだ、1年生が入って千歌はリーダーらしいことをしっかりやっている。

こうして時間は少ないが、七夕祭りに向けてAqoursはスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

七夕の祭りの前夜。

今日が七夕の日で明日祭りだ。七夕が休日じゃないのが少し残念だ。

曲も歌詞も振り付けも衣装も完璧に出来上がり、本番を待つだけとなった。

下校中にスマホがメッセージを受信した。差出人は果南ちゃんだ。

 

『今夜、うちに来れる?星を見ようよ』

 

珍しいなぁ。あ、返信。

 

『行くよ』

 

と、簡単に返事をした。

すると、バスのアナウンスがあわしまマリンパークと告げる。停車ボタンを押し、千歌たちに適当に説明し、さよならを伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南ちゃんちの前に着くと果南ちゃんはいつものダイビングスーツで店の手伝いをやっていた。

 

「え?もう来たの?まだ明るいし、1度家に帰ってからで良かったのに」

「あ」

 

全く、果南ちゃんの言う通りだ。

 

「その、早く星が見たかった、というか、我慢出来なかったというか」

 

誤魔化し誤魔化しでしどろもどろする。

 

「ふふっ。まあいいや。夕飯食べなよ」

「うん。ありがとう」

 

その後は果南ちゃんとそのお父さん、お母さんと話しながら夕飯を食べ、お風呂まで借りた。果南ちゃんのお母さんにはだいぶ冷やかされたけど・・・。

そんなこんなで夜だ。

 

「淡島神社まで登るよ」

 

果南ちゃんの後ろをとことこついて行き、片道20分ほどかけて淡島神社に到着した。そして、そこには既に先客がいた。明るい金髪。鞠莉ちゃんだ。

 

「来ると思った。シャイニー、果南、和哉」

「鞠莉・・・」

「果南、そう構えないで。私も星を見に来ただけよ」

「ふーん」

 

なんだ、この空気。正直、めちゃくちゃ居心地悪いんだけど・・・。

 

すると、鞠莉ちゃんが空を指さす。

 

「見て。綺麗」

 

言われて俺も果南ちゃんも空を指さす。

 

「本当だ。綺麗だ」

「うん。確かにね」

 

小並感な感想しか出てこない。

実際とても綺麗で、内浦の夜空を星が埋め尽くしている。

 

「ねえ、ダイヤも呼んじゃう?」

「遅いんだから来れないでしょ?」

「それもそっか。でも、このこと話したら3人だけでずるいわ!なんていいそうよね」

「確かにね」

 

果南ちゃんと鞠莉ちゃんはお互いに笑い合う。その間に俺はスマホを操作し、ダイヤちゃんにコールする。

 

「あ、ダイヤちゃん?」

「ちょ、カズ!?」

 

人差し指を立て、しーっ、とジェスチャーをして果南ちゃんを静かにさせる。

 

『どうしたの?』

 

ダイヤちゃんが反応するとスピーカーモードにし、2人にも聞こえるようにする。

 

「今さ、果南ちゃんと鞠莉ちゃんと俺の3人で星を見てるんだ。ダイヤちゃんも来る?」

『そうなのですか!?なぜわたくしだけ呼ばないのですの!?』

「だから今誘ってるの。どう?」

『行きます!場所は?』

「淡島神社」

『分かりましたわ。すぐに向かいます』

 

ブチッ、と音を立て、通話が終了する。

3人で顔を見合わせ、笑い出す。

 

「本当にくるのね!本当、ダイヤってば!」

「まさか行くって言うなんて!」

 

3人で笑いあって、話をしているとダイヤちゃんがやって来た。

 

30分もしないうちに来るとか、やべぇ・・・。

 

「なぜ、わたくしを誘いませんでしたの!?ずるいですわ!」

 

これまた予想どうりの発言をするダイヤちゃん。

そんな彼女を見てまた俺達は笑い出す。

 

「全く貴女方は・・・。しかし、本当に綺麗ですわ」

 

呆れたダイヤちゃんは俺たちみたいに夜空を見上げる。

 

「あら、ダイヤ。口調戻ってるわよ?」

「こんな所で演技をしても疲れるだけですわ」

「それもそっか」

 

それから1時間ほど話しながら星を見て、時間もいい頃合になってきたので解散することになった。

淡島神社を降り、階段を降りきり、俺は立ち止まり、3人に声をかける。

 

「明日の祭りで、Aqoursがライブをやるんだ。千歌と曜も、それにルビィも」

「知ってるわ。私が許可したもの」

 

鞠莉ちゃんはドヤ顔で胸を張る。

 

「うん。鞠莉ちゃんには助けてもらってばかりで頭が上がらないよ」

「それで?」

 

果南ちゃんが不機嫌そうに言う。ダイヤちゃんも同じ表情だ。

 

「2人に見て欲しいんだ。今のAqoursを」

 

2人の反応を伺う。

 

「ま、考えとくよ」

「最近は活動も頑張っている事ですし、見に行くだけなら」

「本当に!」

「行くとは言ってない」

「それでもだよ!やった!じゃあ、明日待ってるから!」

「ちょっと!」

 

果南ちゃんの言葉を聞かずに走って帰路につく。

 

「船、出してもらわないと帰れないよ!」

「あ」

 

 

 

 

 

 

七夕祭り、Aqoursのライブ直前。

ステージの前には大勢の観客がいる。

 

「わー。集まったねー」

 

舞台袖から千歌がチラッ、と観客を見る。

 

「そうだよ。みんなAqoursを見に来たんだ」

 

鞠莉ちゃん、ダイヤちゃん、それに果南ちゃんもいる。

 

良かった、見に来てくれたんだ。

 

「よーし、やるぞ!」

 

千歌が声を上げるとみんなの顔が真剣になる。

 

「行こう!Aqours!」

『サーンシャイーン!』

 

舞台に出ていく6人。

拍手で迎えられ、横一列に並ぶと千歌が一歩前に出る。

 

「私たちは浦の星女学院スクールアイドル、Aqoursです!この日のために曲を作ってきました!聞いてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『届かない星だとしても』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はきっとここに3人が入るのは届かない事じゃない、きっと叶うと七夕に願いを込めた。




皆さんは短冊にお祈りをしましたか?
その願いが叶うといいですね。


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お気に入り100件突破感謝特別編〜風邪ひき梨子ちゃん〜

いつもご愛読頂きありがとうございます!
1月にお気に入り件数が100件超えたので、私なりに感謝の形として特別編をお送りします。
と言っても浮かんだネタを消化するだけなのですが・・・。

とにかく、お楽しみください!


何でもないいつもの朝。

俺たちは屋上でいつものように朝練習をしていたのだが・・・。

 

「ストップ!梨子!」

 

振り付けの手拍子をしてタイミングを取っていたのだが、梨子の様子がおかしい。

 

「え?何・・・?」

「さっきから様子がおかしくて見てたんだ。ちょっとごめんね」

 

梨子の額に手を当てるととても熱くなっていた。

頬も赤くなっているし、目もとろん、としている。

 

「うわっ。熱い・・・。完全に熱じゃん」

「え!?梨子ちゃん大丈夫?」

 

千歌も梨子の顔をのぞき込む。

 

「あ。ぼー、ってしてる」

「これはまずいかもね。ごめん、梨子を寝かせてくるよ。果南ちゃん、任せていい?」

「はいよー。気をつけてね」

 

練習の指揮を果南ちゃんに頼み、梨子に再び声をかける。

 

「梨子、保健室行って寝ておいたがいいよ」

「え・・・?一緒に寝るの?」

「なっ・・・!?」

 

えっと、この人、今なんて?

 

「り、りりりりり梨子ちゃん!?本当に大丈夫!?」

 

慌てた曜が梨子の肩を掴む。

 

「大丈夫だよー。あれ?よーちゃんが2人?3人?」

「それ、ヤバい奴じゃん!」

 

これ以上は本当にまずい。

とにかく、保健室に行って寝かさないと。

 

「俺は寝ないよ。歩けそうにないならおぶるけど」

「・・・一緒に寝ないの?」

「!?!!??」

 

待って待って。今のはヤバい。今のはずるい。

上目遣いの涙目とか反則でしょ。

そんなのOKするしか。

 

「カズくん?」

「なんでもないよ、千歌。俺は元気です」

「とにかく、梨子さんを保健室に連れていくのです!これ以上破廉恥な発言は聞きたくありません!」

「あ、うん!分かったよ」

 

そろそろ我慢の限界と思われるダイヤちゃんが促す。

 

「梨子、しっかり掴まっててよ」

 

梨子を抱き抱え、落とさないように注意する。

 

てか、軽い。

ちゃんと食べてるのかな。

 

「わぁ!お姫様だっこだ!」

 

ルビィが嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「和哉!それ、後でマリーも!」

「鞠莉さんは黙ってなさい!」

「あ、あはは・・・。行ってくるよ」

 

騒がしい屋上を後にし、できるだけ急いで保健室に向かうことにした。

 

「なんだかこれ、恥ずかしいけど嬉しい・・・」

「梨子は黙ってて!」

 

本当に急がないと・・・。

俺が持たない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上から保健室まではそれなりに距離がある。

その間梨子の精神攻撃を何とか耐えしのぎ、ようやく到着した。

 

「・・・もうダメかと思った・・・」

 

少し歩くたびに顔が赤くなるようなことを言ってきたり、甘い声を出したり。

熱で意識が朦朧としているとはいえ、本当に梨子とは思えない言動ばかりだ。

 

とにかく梨子をベッドに寝かせ、布団を着せる。

今日は出張で保健室に先生がいないようだ。

なんて間が悪い・・・。

 

「・・・梨子、キツくない?」

 

正直、あまり話しかけたくない。

次はどんなセリフが帰ってくるのか全然分からない。

これ以上は精神的に無理。

 

「温かくて、気持ちいいよ」

 

練習着のままだったのが幸いだった。寝苦しそうでもない。

布団も気持ちいいと言っているし、なんとか落ち着けそうだ。

ほっ、と息を吐き、時計を確認すると朝礼前の時間と言うのに驚いた。

 

「じゃあ、俺は教室に行くよ」

「行っちゃうの?」

 

布団で口元を隠し、寂しそうな目で俺を見つめる梨子。

 

そんな目で見ないでくれ・・・。

 

「うん。そろそろ朝礼だし」

 

すると梨子はポロポロ、と涙を流し始めた。

 

「なんで!?」

「いっちゃヤダ・・・」

 

風邪をひいた時や熱が出た時なんかは不安感が強まる、なんて話は聞いたことはあった。

でもこれは、そんなレベルじゃない。

むしろ幼児退行だ。

 

「な、泣かなくてもいいじゃん」

「だって・・・、寂しいもん・・・」

 

瞳から涙を零しながら、俺を見つめる梨子。

ふーっ、と息を吐き、心を落ち着かせる。

 

さて、そろそろ朝礼だから行かないと。

 

「俺が梨子の側を離れるわけないでしょ?」

 

ベッドの隣においてあるパイプ椅子に腰掛け、梨子の手を握る。

 

ちがーう!!

馬鹿か!馬鹿なのか!?

もう朝礼始まるだろ!

 

「ありがとう、和哉くん」

 

細い声でお礼を言った梨子はそのまま眠ってしまった。

手は梨子にぐっ、と握り返され、離しそうにない。

 

「なんて言い訳しよう・・・。最悪、鞠莉ちゃんを使って・・・」

 

なんとかして逃げようと考えていると朝礼が終わる時間になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリー、いる?」

 

1限目開始前の休み時間。

善子がやってきた。

 

「梨子は寝てるよ」

「・・・先輩、まだいたの?」

 

善子がジト目で俺を見る。

 

「そんな目で見ないでよ・・・。ほら」

 

しっかりと握られた手を善子に見せると、彼女は不機嫌な顔になる。

 

「何がほら、よ。リア充アピールするんじゃないわよ」

「えぇ・・・」

「ま、リリーが落ち着いたのなら良かったわ。その様子だとまだ離れられそうにないわね。千歌さんたちには連絡しとく」

「うん。ありがとう、善子」

「ヨハネよ」

 

善子はスマホを弄りながら保健室を出ていった。

なんだかんだで頼りになる。それが善子だ。

 

「にしても、ぐっすり寝てる・・・」

 

初めて見る梨子の寝顔。

そもそも顔立ちがいいのもあって、普段見ることのできない顔に見入ってしまう。

 

「手も柔らかい・・・」

 

やっぱり女の子は肌触り?質感?が男とは全く違う。

 

「こんなに指も細いのに。でもピアノの音は綺麗で力強くて。俺はその音が大好きなんだよな・・・」

 

柄にもなく独り言を呟く。

 

「何が大好きなの?」

「うぉっ!?鞠莉ちゃん!?」

 

いきなり現れた鞠莉ちゃんに驚き、大声をあげる。

 

「しっ!quiet!梨子が起きるわ」

 

鞠莉ちゃんに言われ、急いで口を塞ぐ。

ちらっ、と寝ている梨子を見るが、起きてはいないようだ。

 

「それで鞠莉ちゃんは何しに?」

「生徒の様子を見に来たのデース」

「はぁ・・・」

 

鞠莉ちゃんは梨子の顔を覗き込むと優しく微笑む。

 

「幸せそうに眠ってますネ♪和哉も大変ね。実は役得とか思ってたりして」

「まあ、ね」

 

見透かされたように言われたのが少しだけ悔しい。

 

「梨子と和哉、貴方たち早退ね」

「へ?」

 

いきなりの鞠莉ちゃんの言葉を理解できない。

 

「梨子がその様子じゃ帰って休んだ方がいいしね。親御さんに連絡はしたんだけど、お仕事中みたいでね。そこで和哉に看病させます、って言ったら是非お願いしたいって」

「待って。そこでなんで俺がでるの?」

 

梨子の早退。

分かる。

おばさんに連絡。

分かる。

俺の早退。

ん?

俺が看病。

まるで分からない。

 

「和哉だって自分のガールフレンドが病気だなんて気が気じゃないでしょ?」

「別に・・・。それにガールフレンドって、付き合ってるわけじゃないよ」

「あら?私は付き合ってるなんて言ってないわよー」

 

アヒル口をによによさせながら鞠莉ちゃんは笑う。

 

「・・・っく・・・!」

「あらー?顔が赤いわよー?」

「うっさい!」

「もー!可愛いんだから!」

 

鞠莉ちゃんは俺の頭を撫で回す。

きっと、今俺の顔は真っ赤なんだろう。

 

「・・・和哉の梨子への好きはlikeじゃないんでしょ?」

「・・・知らない」

「ふふっ。答え言ってるようなものよ?」

「いちいち言わないでよ!」

 

今日の鞠莉ちゃんは何かと煽ってくる。

 

「とにかく、2人は早退。明日は元気に学校に来てね」

「分かったよ・・・」

「2人の荷物は曜に持ってくるように言っておいたから」

「なんで曜?」

「今の状況、千歌っちに見せる?」

 

鞠莉ちゃんの言葉で自分の状態を確認する。

まだ握られたままの手。

 

・・・納得だ。

 

「うん。曜で良かったよ」

 

鞠莉ちゃんの心遣いに感謝をする。

 

「ということは千歌っちの気持ちには気づいてるのね」

「・・・そこまで鈍感じゃないよ」

「ふーん。まあ、そこは和哉に任せるわ。チャオー」

 

手を振りながら鞠莉ちゃんは保健室を後にした。

 

「鞠莉ちゃんも世話焼きだなぁ」

 

独り言を零し、梨子を再び見る。

鞠莉ちゃんとかなり騒いだし、起こしてしまったかと思ったが、そんなことはなかった。

以前、熟睡のようだ。

 

「ん・・・」

 

寝返りをし、横向きの梨子。

そのせいで握られていた手は離れてしまった。

これで自由に動けるようになった。

しかし、この虚無感は言葉に表せない。

なんだかんだで1限目も始まっているし、曜も来れそうにない。

少し考え、濡れタオルとか体温計るくらいはできると思った俺は保健室を物色し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和哉くーん。荷物持ってきたよー」

 

保健室の扉を少しだけ開け、隙間からひょこ、っと顔のぞかせたのは曜。

鞠莉ちゃんに言われた通り、俺たちの荷物を持ってきてくれた。

 

「ありがとう。まさか、こんなことになるなんて」

「まあまあ。学校休めるんだから、ラッキーとでも思いなよ」

 

曜は保健室の大きなテーブルにバックを置く。

 

「ん。そう思っとく。あ、そうだ」

「どうかした?」

「お粥の作り方教えてくれない?」

 

その瞬間、曜の顔はこの世の終わりのような壮絶な表情になった。

 

「だ、だだだ大丈夫!?熱?熱あるんじゃないの!?」

 

慌てて曜は俺の額や首、手首などを触り、異常がないか調べる。

 

「流石に失礼過ぎない?千歌だったら張り倒してたよ」

「だって和哉くんの口から料理だなんて・・・。そもそも作ったことあるの?」

「この野郎・・・」

 

とにかく今は俺が頼まれたことを説明するしかない。

ということで鞠莉ちゃんとおばさんに頼まれたことを曜に説明する。

 

「なるほどね。あとでレシピまとめて写メ送るよ」

「・・・その手があった。悪いけどお願いするよ」

 

今ここで作り方を教えてもらおうと思ってたが、曜の提案の方が確実だ。

 

「任せて!じゃあ、私は戻るから。梨子ちゃんにお大事にって言ってね」

「うん。本当に助かったよ。ありがとう」

「ううん!じゃあ、またね」

 

曜はいつものように笑って教室に帰って行った。

後は梨子が目を覚ますのを待って、連れて帰るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3限目も終わりに差し掛かる時間。

ようやく梨子は目を覚ました。

 

「・・・う、うぅん・・・」

「あ。目、覚めた?」

 

梨子は体を起こし、付近を見渡す。

 

「ここって、保健室?」

「うん。すごい熱出しててさ。練習の時もフラフラだったんだよ」

「そうなのね。朝からのことあまり覚えてなくて。言われてみれば頭が痛いかも」

 

梨子は頭を抑える。

 

「大丈夫?とりあえず熱、測ってみなよ」

「ありがとう」

「それと、これ。寝てる間も着てた方が良かったんだけど、流石に・・・」

「そ、そうだね」

 

体温計とマスク、それから保健室に備え付けの浦女のジャージを梨子に渡す。

梨子が練習着の上からジャージを着てから数分後、検温が終わったことを知らせるアラームが鳴る。

 

「何℃だった?」

「37.9℃」

「うわっ、結構出てるね。早退だからさ。立てる?」

「ちょっと、無理かも・・・」

「そっか」

 

俺は梨子の隣まで移動し、後ろを向き、しゃがむ。

 

「えっと・・・?」

「乗って。1人じゃ帰れないでしょ」

「それだと和哉くんは?」

「俺も早退になったからいいよ」

「そうなんだ。ん?どうして?」

 

梨子の疑問は最もだ。

至って普通の疑問だ。

 

「梨子だけじゃ帰れないだろって鞠莉ちゃんが。男だし力もあるから俺なんじゃない?」

「そっか」

 

当たらずも遠からずのことを言って理由をつける。

 

「じゃあ、お願いします」

 

そう言って梨子はゆっくり俺の背中に乗っかる。

抱えた時もそうだったが本当に軽い。

 

「ちゃんと飯食ってる?」

「どうして?」

「軽すぎ」

「え?きゃっ」

「行くよ」

 

俺が立ち上がった弾みで梨子は驚き、俺に抱きつく。

なんというか、梨子の感覚を全身で受けてるような気がする。

背中に当たっている柔らかい感覚だって幻想じゃない。

それにおんぶしているから必然的に太腿やお尻を触ることになるのは仕方ないことだ。

そう、決してやましい気持ちなんて微塵もない。

 

すっげー柔らかい。

 

「い、今変なこと考えてたわよね」

「いや、全く」

「・・・ならいいけど」

 

とにかく俺は曜の持ってきてくれたカバンが置かれた机まで移動する。

 

「カバン持てる?」

「うん」

 

梨子に2つのカバンを持ってもらう。

 

「重かったら俺の首とかにかけていいからね」

「だ、大丈夫よ。このくらいなら」

 

梨子は胸の前でカバンを抱きしめるように持つ。

そのせいで俺の背中と梨子の体に壁ができてしまった。

 

・・・全く残念とか思ってないから。

 

「それじゃあ、バス停まで全速前しーん?」

「よ、ヨーソロー・・・」

 

恥ずかしそうにヨーソローと言う梨子。

なんだかんだノリがいいし、落ち着いてきたのかもしれない。

 

「ん?ちょっと待ってこのまま行くのよね?」

「そうだけど」

「ということはいろんな人にこれを見られる・・・。お、降ろして!きゃっ!」

 

急に恥ずかしくなったらしい梨子は軽く暴れ、降ろせ、と騒ぐ。

しかも勝手にバランスを崩し、落ちかけたところ、慌てて俺の首にしがみつく。

 

「ちょっ、苦しい・・・」

「あ!ご、ごめん・・・」

 

体勢は維持できたようで、そっ、と首から手を離す梨子。

 

「いいよ。それより、じっとしてないと危ないからね」

「うん・・・」

 

今落ちかけたのが怖かったのか、俺の肩にしっかり手を回してしがみついている。

 

「今度こそ行くからね」

「うん・・・」

 

 

保健室を出て、廊下へ。

1度靴を履き替えるため、梨子を下駄箱の前で降ろし、座らせる。

 

「靴も履かせようか?」

「そ、そこまでしなくていいよ!子供じゃないんだから!」

「そっか」

 

梨子は少し手元がおぼつかないようで靴紐を結ぶのに苦戦している。

 

「お待たせ・・・。わっ!」

「おっと」

 

ガクン、と膝の力が抜けた梨子は危うく転びそうになる。

とっさに梨子の肩を掴んで彼女が転んでしまうことは無かったが、まだまだ体は言うことを聞いてくれないようだ。

 

「大丈夫?」

「ごめんね・・・。さっきから迷惑ばかり・・・。うぅ・・・」

 

瞳に涙を溜める梨子。

 

「気にしてないって。ほら、早く帰ってゆっくり休もう」

「うん・・・」

 

再び梨子を背中に乗せて学校を後にする。

 

「この時間に外ってなんだか変な感じだね」

 

バス停までの下り坂を降りながら俺は呑気に呟く。

 

「そうね・・・。イケないことしてるみたい」

「そうだね。普通机に座って授業受けてるし」

「うん・・・」

「梨子?」

 

曖昧な梨子の返事に俺は彼女の名前を呼ぶ。

 

「ん・・・?どうか、した・・・?」

 

言葉も切れ切れだし、声も張りがない。

 

「眠い?」

「少しだけ・・・」

「やっぱり体は弱ってるんだよ。寝てなよ」

「うん・・・。和哉くんの背中って落ち着くね・・・」

 

すぐそうやって恥ずかしいことを言う!

 

すると、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。

 

「本当にこいつは・・・」

 

人の気を知らないで、無防備に寝ちゃって。

 

大人しく俺はバスを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスでは慎重に梨子を座らせ、倒れないように注意したり、降りる時は起こさないようにそっ、と抱き抱えたり。

とにかくこの眠れるお姫様を起こさないよう細心の注意を行った。

 

そして梨子の家の目の前。

当然、鍵は開いていない。

つまり、梨子を起こすか、それとも・・・。

 

「梨子のカバンを漁るしかないのか・・・」

 

だが、扉は勝手に開いた。

いきなり扉が開き、思わず肩が跳ねる。

 

「ありがとう、和哉くん」

「お、おばさん?」

 

梨子のお母さんが家にいた。

 

「上がって。梨子の部屋は分かるでしょ?その子を寝かせてくれる?」

「は、はい・・・」

 

俺は言われるがまま家に上がる。

何度目かの梨子の部屋に足を踏み入れ、彼女をベッドに寝せる。

梨子はまだ起きてはいない。

 

「ごめんね、わざわざ。学校まで休ませちゃって」

 

おばさんが部屋にやって来て俺に謝る。

 

「いや、気にしてないですよ。寧ろ学校休めてラッキー、なんて思ってますから」

「ふふっ、学生らしいわ。無理して仕事を抜けてきちゃったからすぐ戻らないといけないの。家のものは好きに使っていいから」

 

おばさんは小走り気味に行ってしまった。

 

「あ、はい・・・。どうも」

 

さて、本当の勝負はこれからだ。

曜から送られてきたレシピの写メを見ながら台所へ向かうのだった。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 梨子

 

目が覚めるとそこは私の部屋だった。

窓からは夕日が差し込んでいる。

どれだけ自分が眠っていたのかが分かる。

 

「和哉くんは・・・」

 

私をここまで連れてきてくれた和哉くんの姿を探す。

 

「あ、寝てる」

 

部屋の隅の方に胡座をして寝ている和哉くん。

学ランを脱いでいて、ワイシャツを腕まくりにしている。

 

「こんな隅で寝なくてもいいのに」

 

律儀な彼のことだ。

私に変な勘違いをされないような配慮なのだろう。

 

ゆっくり体を起こし、ベッドから降りる。

 

「わっ・・・」

 

立ち上がったものの、足に上手く力が入らず、よろめいてしまった。

だけど、学校を出る直前ほど酷くはなく、少しベッドに手を置き、支えるとすんなり立てた。

 

「あら?」

 

私の机に蓋がしてある小さな土鍋が置いてある。

そっ、と手を置くとほのかに温かい。

蓋を開けると少しだけ湯気が出てきた。

中身はお粥だ。

 

お母さんは今日、仕事で遅くなるって昨日言っていたから作れるわけがない。

 

「と、なると和哉くんが・・・」

 

どうしよう、嬉し過ぎてニヤケが止まらない。

顔も熱くなってきた。

これは熱のせいじゃない。

 

私は寝ている和哉くんの目の前まで移動する。

 

いつもは恥ずかしくて勇気がでないけど、こういう時ならいいよね・・・?

 

彼の前髪を手で上げ、ゆっくり顔を近づける。

 

「いつもありがとう。大好きだよ」

 

額に優しく、一瞬だけキスした。

 

どうしよう・・・。めちゃくちゃ恥ずかしい・・・。

 

思わず顔を抑えて明後日の方を見る。

 

「・・・お粥食べよう」

 

和哉くんが折角作ってくれたお粥を食べることにした。

すると。

 

「・・・やっべ。寝てた・・・」

 

和哉くんが起きたようだ。

 

「おはよう。ぐっすりだったね」

 

和哉くんは驚いた顔をして私を見る。

 

「梨子!?大丈夫!?起きてて辛くない!?」

 

過剰に心配する彼が面白く、私はクスリ、と笑う。

 

「大丈夫だよ。あとお粥ありがとう」

「え?もう食べた?」

「ううん。まだ。今から食べようかなって」

「そっか。ここで食べる?」

「うん。ちょっとまだ足がおぼつかなくて。階段降りるのはちょっと怖いかな・・・」

 

今言ったことは本当だけど、本音は違う。

もう少しだけこの部屋に、和哉くんが私のために頑張ってくれたこの空間に居たいだけだ。

 

「そうだよね。ほら、椅子に座って」

 

和哉くんは私の机の椅子を動かし、座るように促す。

 

「うん」

 

私はそれに乗っかり、ストン、と座る。

 

「・・・よかった。まだ温かい。ほら」

 

和哉くんはお粥を推める。

 

「いただきます」

 

手を合わせ、レンゲを手に取る。

 

「あ、あれ・・・?」

 

レンゲは私の手をすり抜け、机の上に転がる。

 

「まだ力上手く入らないんだね。どうしようか・・・」

 

また迷惑をかけてしまった。

そう思った私の目頭は自然と熱くなる。

 

「ごめん・・・。ごめんね・・・」

 

瞳からは涙が溢れ、止まりそうにない。

 

せっかく和哉くんが作ってくれたのに・・・。

こんな・・・。

 

「梨子」

 

俯いて涙を流す私に和哉くんは優しく声をかけてくれる。

 

「泣くことないでしょ。はい。口開けて」

 

彼は優しく微笑み、ランゲで少しすくったお粥を食べさせようとしてくれていた。

 

「うん・・・」

 

私は口を開けると、彼はそっ、とレンゲを私の口の中に入れた。

お粥を口に入れ、何度か咀嚼し、飲み込む。

少し塩が効いていて、美味しい。

見ただけじゃ気づかなかったけど、ほぐした鮭も入っている。

 

「どう?」

「・・・美味しい」

「よかった。まだ食べる?」

「・・・うん」

「分かった」

 

私が頷くと和哉くんは私の頭を撫でる。

 

小さい頃、私は何かあるとすぐ泣いていて、和哉くんがそんな私の頭を撫でて慰めていたのをふと思い出す。

 

なんだか・・・、あの頃みたい・・・。

 

あまり働かない頭でぼーっと考えていると和哉くんはレンゲにお粥を乗せ、私に差し出す。

 

「はい、あーん」

 

そして私が食べる。

それを何度か繰り返しているうちに落ち着いてきて、涙も流れなくなった。

そして、今の状況が恥ずかしくなってきた。

 

「も、もういい、かも・・・」

 

私は俯き、顔を隠す。

また顔が熱くて仕方ない。

 

「うん。結構食べれたし、食欲もあってよかったよ」

 

和哉くんは食器類を片付けながら笑う。

 

「熱がまた出ると大変だし、寝ておきなよ?1人で布団入れる?」

 

いたずらな笑みを浮かべ、私を子供扱いする和哉くん。

 

「そのくらいできるわよ!」

「ははっ。じゃあ、俺は片付けてくるよ」

 

和哉くんは食器を持って部屋から出て行った。

 

「もう!」

 

恥ずかしさがピークに達した私はベッドに倒れ込む。

 

「いつもいつもずるいのよ・・・」

 

枕に顔を押し付け、今日の出来事を思い出す。

正直、朝のことは覚えてなくて。

それとバスに乗った時のことも。

はっきり覚えているのは保健室で目が覚めた時から。

ずっと和哉くんが側にいて、私のことを気にかけてくれて。

 

「こんなに幸せでいいのかな・・・」

 

小学生の時から好きだった好きで、ずっと片思いしていた人に優しくされて。

嬉しくないわけない。

 

私はそっ、と撫でられた箇所に触れる。

それとおんぶされた時の彼の感覚と匂いを思い出す。

 

「うぅ・・・。もっと好きになるに決まってるじゃない・・・」

 

顔が熱くて熱くて仕方ない。

 

「梨子ー」

「わひゃぁ!!??」

 

いきなり聞こえてきた和哉くんの声に驚く。

 

「ど、どうしたの?何か邪魔した?」

 

和哉くんはオロオロした顔だ。

 

「な、何でもないわ!それでどうかしたの?」

「片付けとか終わったから帰ろうかなって」

「そ、そっか!うん、ありがとう・・・」

 

正直悲しい。

でも、もう和哉くんがやることはもうない。

 

「・・・ごめん、嘘。もう少し居るよ」

「なんで?」

 

私が首を傾げると、和哉くんはニコッ、と笑う。

 

「そんな寂しそうな顔したら帰れないよ」

 

嘘。

そんなに顔に出ていたんだ。

 

「その、なんだろ。梨子が寝るまで見てるよ」

 

そう言って和哉くんは椅子を動かし、ベッドの隣につけると座る。

和哉くんは本気で言っているようだ。

そんな彼をいつまでも引き止めるのは気が引ける。

私も言う通りにし、寝ることにした。

 

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

 

なんだか凄くぐっすり眠れる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日には私の体調は万全で、練習にも問題なく参加できるほど回復していた。

だが、その数日後のこと。

 

「え。和哉くんが風邪?」

 

家を出て学校に向かう直前。

鞠莉ちゃんから電話がかかってきて、和哉くんが風邪という知らせを受けた。

 

『そうなの。だから今日、梨子はお休みね』

「待って。話が見えない・・・」

『和哉に看病のお返しよ。もし学校に来ても速攻で追い返すから。じゃね!』

「鞠莉ちゃん!?」

 

電話は切られ、無機質な音だけが流れる。

 

これは鞠莉ちゃんなりの激励なのかしら?

うん。きっとそうよ。

 

勝手に解釈し、学校とは反対方向のバスへ乗る。

 

「あれだけしてもらったんだから、お返ししないとね」

 

どうやって看病しようか、今から楽しみな私なのだった。




梨子ちゃんに看病されたいし、したい人生だった・・・。


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