氷姫の操觚者 (ユキシア)
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魔法少女

ハイスクールD×D。堕天の狗神-SLASHDOG-発売。
読んでみて勢い余って思わず投稿してみました。



七月。本格的な暑さが増してきた頃。

新井影斗(あらいえいと)は慣れ始めた帰り道を進みながら自分の元学校である陸空高校の事を思い出した。

豪華客船であるヘヴンリィ・オブ・アロハ号の沈没事故。

その時に同級生である二百三十三名が行方不明とされているが、生存は絶望的。

いや、もう死んでいると考えるのが妥当と思った。

ハワイ諸島を豪華客船でクルージングする十日間のツアー。

陸空高校は修学旅行でその豪華客船に乗って楽しい修学旅行を満喫するはずだった。

それが思いがけないことに、修学旅行日から四日後に豪華客船が真っ二つに折れるという事故が発生して教師生徒共に海底に沈んだ。

影斗は修学旅行日に運がいいのか、悪いのか。風邪を引いて休んでしまった。

学校生活で碌に関りを持っていないとはいえ、ニュースを見た時は驚きを隠せれなかった。

合同葬儀の際も自分以外に生き残った生徒の一人として参列し、落ち着いた頃には新しい制服を着て新しい学校に通い始めた。

「もう二ヶ月ぐらい経つのか……」

沈没事故のことを不意に思い出してはそうぼやく。

だけど、今の、いや、影斗の生活は何も変わらない。

誰とも関わらずに一人で淡々と生活を送る影斗はいつものように自宅へ帰ろうと足を動かす。

「あれは、クラスメイトの………?」

そんな影斗の足を止めたのは見覚えのある制服を着た男子生徒だった。

元陸空高校の制服を着た男子生徒は元は影斗の同じクラスメイトだったことに気付いた。

同時に不信感を覚える。

「どうしてあいつがここに……?」

合同葬儀の際に自分と同じ生き残った生徒の顔は見た。

その中に彼は存在しなかった。豪華客船の沈没事故で行方不明となったはずの彼がどうしてこんなところにいるのか?

仮に運よく生き残って助かったとしてもここにいること自体がおかしい。

影斗が好んで使う人通りの少ないこの道は工場や廃屋ぐらいしか周囲にはない。

疑問を抱く影斗を置いて彼は廃屋の中へ入って行く。

「なにしてんだ? あいつ……」

別段、彼が生きていようが、何をしようかは彼の自由だ。自分には関係もない。

だけど、顔見知りが生きているのなら他にも生き残りがいる可能性だってある。

向こうは自分の事を覚えていなくても話ぐらいはしてくれるだろう。

そう思った影斗も廃屋の中へ入って行く。

自分らしくない行動だと自負している。

それでも生存していた彼を無視してまで帰れない。

廃屋の中を進んでいくと物音がする一つの部屋を覗き込む。

そこには彼がいた。

「あ~えっと、久しぶり? 俺の事覚えて―――」

碌に人と話さない影斗は言葉を濁しながら言葉を飛ばすが、ソレを見て言葉を呑み込む。

彼の近くに角の生えた大蛇が野犬を飲み込んでいた。

理解が追いつかなかった。

眼前の現実が何なのかわからなかった。

じゅるじゅると大蛇が野犬を飲み込む粗食音だけが耳に入ってくる。

「……みつけた……」

不気味なほど無表情で、生気を感じさせない彼は影斗に近づくとそれに呼応するように野犬を飲み込んだ大蛇も近づいてくる。

恐怖で体を震わせる影斗は咄嗟に鞄を大蛇に向けて投げる。

尻尾でふるい落とされるが、その隙に来た道へ全力で逃げた。

「なんだよ……なんなんだよ………日本にあんな大蛇なんているのか……?」

仮に密入された生物だとしても角が生えた大蛇なんて聞いたこともない。

やや現実逃避しながら走る。もっと速く、もっと速くとぼやきながら廃屋の外に出て行く。

だけど、安堵する余裕はない。

大蛇がすぐ目の前までやってきた。

獲物を見つけた獰猛な肉食獣の瞳がギラギラと輝いて影斗を見据えている。

「ふざけんな!!」

叫ぶ影斗。

今更になって後悔した。

自分らしくない行動を取ったせいで命の危機に陥ってしまったことに。

死にたくない。

死んでたまるか、と影斗はあがく。

こんなふざけたものに殺されて堪るかと自身を鼓舞して奮い立つ。

だけど、いくら足掻いても現実は変わらない。

純粋な殺気を向けてくる大蛇は体そのものが武器だ。

噛みつかれても、飲み込まれても終わり。

太く長い体に縛られたら全身の骨が砕かれて終わり。

あの角に突き刺されても死ぬだろう。

武器が必要だ。だけど、今の影斗に武器なんて都合のいいものはない。

近くの工場にいけば鉄棒ぐらいはあるだろうが、それで勝てるとも思えない。

蛇は全身が筋肉で覆われていると本で読んだことがある。

その通りなら鉄棒で叩いたところで大して効果があるとは思えない。

今あるのは携帯と暇潰しように持っている小説がポケットに入っているぐらい。

逃げる。という選択肢を思いつくが、それも難しい。

元々人気のない場所だが、今日に限っては人一人歩いていない。

誰も助けに来たり、助けを呼んでくれたりはしてくれないだろう。

自力で逃げようにも眼前の大蛇に背を向けた瞬間、勢いよく襲いかかってくる気がしてならない。

睨み合うことで互いに牽制しているから影斗はまだ死んではいない。

だけど、大蛇がいつ痺れを切らして襲ってくるかわからない。

「はは」

人は絶望を知ったら悲しみよりも笑いが出てくるという言葉を聞いたことがあるが、まさにその通りだと身を持って実感した。

勝てない。

助けが来ない。

武器も防ぐ術もない。

ここで大蛇に飲まれて終わるか、全身の骨を砕かれて終わるか。

もう絶望しか残っていない。

もし、もしも物語の主人公ならここで力の覚醒や未知の能力を発動などと御約束の展開があるのかもしれない。

だけど、影斗は物語の主人公ではない。

サブキャラでさえ怪しいモブキャラもいいところだ。

アニメで言う一話に数秒しか映らないキャラの方があっているとさえ思う。

モブキャラはモブキャラらしく孤独に死ぬ運命かもしれない。

「運命を書き換えることが出来たらな………」

きっと、いや、少なくともここで死ぬ運命ぐらいは変えられる。

なんとなく呟いた細やかな願望を口にする。

その瞬間、光と共にそれは現れる。

光に包まれる本の表紙には十字架が施されていて、影斗の眼前に姿を見せる。

「は………?」

自然と手に収まる本を持って怪訝する。

おかしい現象を二度も見て頭が追いつけない影斗にとうとう痺れを切らした大蛇が大きな口を開けて襲いかかってくる。

あ、死んだ。

何故か、不意を突かれたような終わり方をする自分の人生に文句の一つでも言いたい。

そういう運命だとしたらその運命を決めた神様を殴りたい。

視界が大蛇の口の中に埋めつくされたその時、大蛇は凍り付いた。

「危ないところだったのです」

第三者の声に振り向くと影斗は見惚れた。

とんがり帽子とマントという出で立ちの魔法少女を連想させる金髪の美少女。

端正な顔立ちはこれまでに見たことがないほどに美しい。

神器(セイクリッド・ギア)を自力で発動するなんて凄いのです。えっと、あなたは陸空高校の元生徒なのですか?」

「あ、ああ……」

見たこともない美少女の登場に動揺しながらもなんとか頷く。

それを確認した彼女は影斗の手を持って歩き出す。

「ではついて来てほしいのです。あなたが襲った化物やそのことについて話さないといけないのです。あ、名前を教えて欲しいのです」

「影斗、新井影斗………」

「影斗……シャドーなのですね。私はラヴィニア・レーニなのです。いちおう、魔法少女だったりするのですよ」

魔法少女と名乗るラヴィニアに影斗は頭が追いつけなくなった。

助けてくれた彼女に導かれるがままに影斗はついて行った。

この時はまだ知らなかった。

彼女とこれから出会う共に戦う仲間たちとの出会いが影斗の運命を変えてくれることに。



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好い人

ウツセミと呼ばれる機関がある。

あるものを模して作った人工的な超能力者―――異能使いとカテゴライズされている。

彼等は海上事故で行方不明とされている陸空高校二年生の生徒、影斗の同級生たちはその機関で化物を使役している。化物と一括りで『ウツセミ』と呼ぶ。

機関は生き残った陸空高校の生徒、影斗達を問答無用で捕獲しようと同級生たちを使って襲いかかって来た。

何故、影斗達が狙われるのか。それは影斗達が宿している神器。セイクリッド・ギア。生まれ持って宿す異能の力を欲している。

視線を横にする影斗は自分と同じ境遇で元々は同じ陸空高校を通っていた同級生である幾瀬鳶雄と皆川夏梅。

彼等は『独立具現型』と分類されている神器(セイクリッド・ギア)を保持しおり、『ウツセミ』はそれを模した人工物。

故にウツセミと呼ばれている機関は天然ものである独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)を保持している彼等を手に入れようと躍起になっている。

「俺のとは違うのか………?」

今までに聞いたこともない単語と説明を聞いて何とか理解を追いつかせる影斗はラヴィニアが説明してくれた独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)とは違うのではないのかと疑念を抱く。

鳶雄は犬、夏梅は鷹、そして影斗は本。

神器(セイクリッド・ギア)ではあるのだろうが、独立具現型ではないことはわかる。

「シャドーのは別のカテゴリーの神器(セイクリッド・ギア)なのです」

影斗のことを『シャドー』と呼ぶ魔法少女ラヴィニア。

助けてくれたラヴィニアについて行き、辿り着いたのが隣町の駅から十数分の位置にあったマンション。

ここで鳶雄と一緒に状況などを教えて貰った。

そして同級生達は生きているという奇跡的な事実が判明した。

「で、話は変わるんだけど。……私と組まない?」

笑顔で申し込んでくる夏梅。

「私と組むの。組んで、一緒にウツセミを、その背後の組織を倒すのよ。やっぱりさ、一人じゃ心許ないじゃない? 二百人以上もいるのよ? それに対して旅行に参加せずに生き残った生徒は十人もいない。単純計算でも、一人でノルマ二十人以上よ。ヘタをすると、それ以上かもしれない」

「『ヘタをすると』って、何さ?」

「何人か捕らわれてしまうかもしれないじゃない。私たち生き残りの中から」

確かに。と無表情で告げる夏梅の言葉に納得する。

この場にいる自分を含めて三人以外にもしかしたら捕まっている者もいる可能性もある。

知り合いが目の前に現れたら躊躇するのも理解はできる。

皆を救う。

その強い意思を宿す瞳に隣にいる鳶雄も強く同意する。

夏梅からの最大の申し出は二人に取っても心強い。

一人よりも二人の方が心強いし、戦力が増えるにもいいことだ。

その為の「力」もある。

「――――救おう、皆を」

力強く宣言する鳶雄に期待の眼差しを影斗に向けられる。

「悪いが俺は断る」

だけど、影斗はそれを断った。

「ど、どうして……?」

立ち上がる影斗に戸惑いながらも問いかけてくる夏梅の質問に答えた。

「助けてくれたことと現状と神器(セイクリッド・ギア)のことを教えてくれたことには感謝する。だけど、それとこれとは話が違う。まず、お前の口から出てきたその『総督』は何者だ? 話を聞く限り怪しさが満点だ。自分の正体も明かさずに俺達に懇切丁寧に説明をしたり、どうしてお前等にはその『タマゴ』を渡した? どう考えても今回の一連に関する重大なことを隠しているように思える。もう一つは戦力不足だ。俺達、生き残りだけで二百人以上、それもウツセミを操っている組織がどれほどの戦力を保有しているのかも不明だ。死にに行くようなものだ」

「た、確かに私もまだ『総督』のことを完全に信用しているわけじゃなけど、近い内に会ってくれるみたいなのよ。その時に聞けば―――」

「それは何時だ? こうしている間にもウツセミは戦力を増している。その間、俺達はここでただ待っているのか? 神器(セイクリッド・ギア)を少しでも扱えるように鍛えたとしても付け焼き刃もいいところ。悪いが、俺は自分の身だけを守らせてもらう」

立ち去ろうとする影斗の肩を鳶雄は掴む。

「待ってくれ。新井だって友達がいるだろう? 心配じゃないのか?」

「俺に友達はいない。同級生という理由だけで助けるほどお人好しでも正義の味方でもない。俺とお前等じゃ考え方が違う」

掴まれた鳶雄の手を振るい落とす影斗は部屋から出て行こうと扉に手をかけようとする。

だが、その手をラヴィニアに掴まされる。

「シャドーは一人ではないのです」

「はぁ?」

突然の言葉に影斗は怪訝する。

「私とシャドーはもう友達なのですから」

「いつ友達になった? 魔法少女は出会った奴は皆が友達か?」

「シャドーの手、冷たいけど暖かいのです」

手を握りしめながら矛盾なことを言うラヴィニア。

「シャドーは心の優しい人だと私は思うのです。だからシャドーは友達である私達に力を貸してくれると信じているのです」

理屈が通っていない。

どうしてそんな理由でわざわざ危険なことに首を突っ込まないといけない。

馬鹿々々しい。意味不明にも限度がある。

振り払おうとしてもラヴィニアはその手を離さない。

綺麗な蒼い瞳は真っ直ぐに影斗を見詰める。

「………チッ」

小さく舌打ちする影斗は乱暴に髪を掻き毟る。

「お前には助けられた借りがあるからそれを返すまでは協力する。これでいいか?」

「はいなのです!」

満面の笑顔を見せるラヴィニアに嘆息する影斗。

一悶着あったが、何とかなったことに安堵する鳶雄と夏梅は胸を撫でおろす。

「それじゃ改めて私の名前は皆川夏梅! 夏梅って呼んでよね! 影斗!」

「俺は幾瀬鳶雄。鳶雄でいい。俺も影斗って呼んでもいいか?」

「………好きにしろ」

歩み寄ってくる二人に面倒くさそうに答えると夏梅が今後の方針について話す。

「さーて、じゃあ次の行動は決まりね!」

「次の行動?」

「ええ、もうひとつの『タマゴ』を渡した男子と合流するの。その男子もいちおうこの隠れ家に転居しているんだけど、外を出歩いてばかりなのよ。って、ウツセミの同級生も生きているわけだから、私たちが生き残りってのも変な感じよね」

「それって、誰のこと?」

「鮫島鋼生。とにかく、このマンションを本拠地として動きましょう」

鮫島鋼生。その名前に覚えがある。

元・陸空高校一の不良だ。

 

 

 

 

『隠れ家』の一室を与えられた影斗は大蛇の際に発現した神器(セイクリッド・ギア)を意識すると容易にその本は姿を見せた。

名称はわからないが、能力は発現と同時に自然と頭の中にイメージとして流れてきた。

ペンを持つように構えると装飾が施された羽ペンが影斗の手に握られる。

机の上にあるコップを見て本を開いて記載していく。

「『コップは舞い上がり、宙をさ迷う』」

本にそう記入していくと机に置かれたコップが宙を舞って縦横無尽に空中を動き回る。

「これがこの神器(セイクリッド・ギア)の能力、『記載』か」

本に記載されたことを現実にすることができる。

凄い能力だと思ったが、すぐにそうではないと気づく。

今もコップは宙をさ迷っている。あちこちと動き回るコップを見て記載した文字に横線を二本入れるとコップは床へ落ちる。

そして記載された文字も消えてしまう。

「やっぱりか………」

納得するように頷く。

何を、どのように、どれだけ、どういう風にと詳細に記載しなければいけない。

今のようにコップを空中にさ迷わせたみたが、どれだけ、どのようにと記載しなかったからいつまでも縦横無尽に空中を動き回っていた。

「『小さき氷の玉が机の上に出現する。出現から十秒で姿を消す』」

記載が終えると机には氷の玉が置かれている。実際に手に持っても冷たい本物の氷だ。

記載通りに十秒経ったらその姿を消した。

記載すれば無から有を生み出せる。問題はこれはどれほどまでに生み出せれるのか。

まだまだこの神器(セイクリッド・ギア)について知らなければならないことが多い。

少なくとも一つだけわかったことがある。

実戦向きではない。どちらかというと支援(サポート)向きの能力だ。

相手がこの神器(セイクリッド・ギア)を持っていて自分がその敵なら記載される前に潰して封じる。

どうしても記載するまでの間は盾役が必要になる。

明日は陸空高校一の不良である鮫島のところに行かなければならない。

戦闘が起きる可能性も考慮してどれだけ自分の神器(セイクリッド・ギア)が使えるのかを把握しなければならない。

「やっぱりシャドーは優しいのです」

思考に耽る影斗の背後から突如現れたラヴィニアに驚く。

「お前、どうやって入って来た……?」

鍵はしっかりと閉めたはず。と振り返る影斗はすぐさまラヴィニアから視線を外す。

「おま、なんて恰好してんだ!?」

「おかしいのですか?」

白いワイシャツ一丁の姿で影斗の言葉に可愛らしく首を傾げる。

白い肌の脚や今にも飛び出しそうなほど窮屈そうにしている豊満の胸。

少なくとも影斗が知っている限りの知識で男の部屋にこんな無防備な恰好でくる女などいない。

しかもシャワーを浴びたばかりなのかシャンプーの匂いがする。

ゴンッ! と自分の頭を思い切って殴った。

変態か、俺は……と煩悩を追い払う影斗。

「シャドー、自分を殴ってはいけないのですよ?」

「誰のせいだ……誰の………」

「?」

本気でわからないのか、首を傾げて難しい顔を作った。

天然か、天然なのか………?

苦悶する影斗の気も知らずにラヴィニアはベッドに座る。

「………何のようだ? 用がないのなら出て行け」

ラヴィニアと目線を合わせずに要件を促す影斗にラヴィニアは口を開いた。

「シャドーと話がしたいのです」

「出て行け。俺は忙しい」

即答だった。必要以上に関りを持ちたくはない影斗にとって要件以外で関わる気はなかった。

「トビーや夏梅の為にシャドーはキツイことを言ったのは知っているのです」

「はぁ? 俺がいつそんなことを言った?」

「相手はトビーたちを狙っているのは明白なのです。だけど、トビーたちは相手の戦力がどれほどなのか知らないことも把握していなかったのです。だからシャドーは警戒しろとトビーたちに言ったのですよね?」

「俺がいつそんなことを言った? 都合よく解釈し過ぎだ」

「シャドーも狙われているのに自分のことだけではなくトビーたちのことも心配するほど好い人なのですよ」

微笑みながら告げるその言葉が影斗の癪に障った。

「誰が――――ッ!」

顔を上げてラヴィニアに視線を向ける。だが、ラヴィニアは小さく寝息を立てながら気持ちよさそうに寝ていた。

「寝るの速すぎるだろう………この女」

言いたいことだけ言ってこちらの話も聞かずに眠りについたラヴィニアに嘆息する。

「気持ちよさそうに寝やがって……襲われても文句言えねえぞ………」

眠りについているラヴィニアを見てぼやく影斗は毛布をかける。

流石にあのままでは目の毒だ、と呟きながら影斗はあることに気付いた。

「俺の寝るところがねぇ…………」

ベッドが占領されている為に影斗は冷たい床で寝る羽目になった。



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神器は

冷たい床の上で目を覚ますと朝がきた。

起き上がると体中が軋むような音が鳴る。床で寝ていれば体が痛むのも無理はないと思いつつその元凶であるラヴィニアを睨むがそこにラヴィニアはいない。

とっくに起きて部屋から出て行ったのだろうと思い、着替えて部屋を出て行く。

昨夜に集まった部屋につくと既に三人は起きていた。

「あ、おはよー。影斗」

「おはよう、影斗」

「おはようなのです、シャドー」

夏梅、鳶雄、ラヴィニアが挨拶してくるなかで、影斗はラヴィニアの方に歩み寄ると両頬を引っ張った。

「いたい、いたいのです! シャドー!」

「うるせぇ、お前のせいで俺は床で寝る羽目になったんだぞ……」

涙目で訴えるラヴィニアに怨嗟に満ちた声音でラヴィニアの両頬をこねくり回す。

その光景に驚く鳶雄と夏梅だが、すぐに微笑ましい顔になる。

警戒心が強く、関わり合うことも拒絶するような雰囲気を醸し出していた影斗を鳶雄と夏梅は少し怖いという印象を抱いていた。

だが、今のラヴィニアで遊んでいる(本人は否定すると思うが)彼を見てそれが少しばかり解消できた気がした。

一通りラヴィニアの両頬をこねくり回した影斗にラヴィニアは両頬を押さえて「う~」と唸りながら影斗を睨むが本人は無視。

「………ところでお前等の朝飯はそれでいいのか?」

用意されているのはお湯が入ったポットとカップラーメンのみ。

レトルト食品が朝食なのに疑問を抱くと女子二人は頷いた。

「…………」

昨日、一度帰って材料持って来てよかったと思いながら台所に向かって自分の分の朝食を作る。

「影斗って料理作れるの?」

「当然だ。料理ぐらい作れて損はないだろう。言っておくがこれは俺の分だけだ。お前等はソレでも食っとけ」

男子の料理発言にポカンとする夏梅に影斗は淡々と調理を進めていくと鳶雄が隣に立つ。

「俺もいいか? 二人の分は俺が作るから」

「勝手にしろ」

男子二人で調理を進めていくなかで女子二人はその姿を呆然と見ていた。

二十分も経たずに卓に料理は並べられていく。

男子二人によって並べられた朝食に騒ぎ出す夏梅はとびきり喜び、二人の手をつかんで上下にぶんぶんとさせた。

「すごいわ、幾瀬くん! 影斗! ま、まさか、あなたたちがこんなにも料理男子だったなんて! いやー、私、いい拾いものしちゃったかも!」

その言葉の反応に困る鳶雄。

「二人の分を作ったのはこいつだ。俺は自分の分しかしていない」

眼前に並ぶ御飯、味噌汁、焼き魚と和食料理を食べ始める影斗に鳶雄は訊いた。

「和食、好きなのか?」

「朝はいつも和食だ。基本的なものなら和洋中何でも作れる」

「レパートリーが広い!」

予想以上の料理男子だったことに驚く夏梅。

「あ、それじゃあこれはシャドーが作ったものなのですね」

三人の前に並べられている料理の中に一つだけ場に馴染めていない料理がポツンと置かれている。

「ブルスケッタ。イタリアの定番料理なのです」

料理名を告げられて三人の視線は影斗に集まるなか、本人は目線を外しながら味噌汁を啜る。

「………材料が余っただけだ」

嘘だと三人は思った。

自分の分だけしか作らないと言っておきながら三人の分も作ってくれている。

口は悪いが、根はいい人だ。

「ふふ、トビーもシャドーもありがとうなのです」

微笑みながらブルスケッタを口に運ぶラヴィニアは「ottimo」と口にしながら食べ始める。

「カップ麺の袋を開けたままにしてしまったので、あとでヴァーくんにあげるのです」

「ヴァーくん?」

聞き覚えのない名前を出されて疑問符を浮かべる鳶雄。夏梅が嘆くように息を吐く。

「………昨夜言ったこのマンションに住む生意気な男の子よ。カップ麺ばかり食べていてね、私たちのカップ麺もその子から貰ったの。成長期なのに不健康すぎだわ。今度幾瀬くんか影斗の料理を振る舞ってあげてね!」

「そいつに頼め。俺は作らん」

拒否する影斗に苦笑する鳶雄。

食事が終えた頃、夏梅はあらためて口にする。

「さて、今日の予定だけれど、昨夜言ったように鮫島くんと合流するわ」

「それはいいけど、彼の居場所はわかっているのかい? それとも連絡すれば、ここに戻ってくるとか?」

鳶雄の問いに夏梅はケータイを取り出す。

「連絡は………ダメね。いちおう、鮫島くんの番号は無理矢理にでも手に入れたけど、電源切っているみたいで繋がらないわ。偽の番号を教えなかっただけまだマシなのかしら」

「それともそいつは死んでいるかだ」

「だいじょうぶなのです。シャークには私の術式マーキングを施してあるので、位置と生存を特定できるのです」

「さっすが、魔法少女」

ラヴィニアは小枝ほどのスティックを懐から取り出すと、その先端が青い光を発し始めた。

その場で立ち上がって、ぐるりと一回りする。すると、ある一定の方向にスティックが一層光を放つことが見て取れた。

その方角を指し示しながらラヴィニアは言う。

「こっちの方向にシャークがいるみたいなのです。ただ、反応がいまひとつ悪いのです。おそらく、私の魔法が及びにくい場所………相手が敷いた力場に入り込もうとしているのかもしれません」

「アホなのか? そいつ」

それを聞いた影斗は呆れた。

相手の有利な領域にわざわざ踏み込むなんて無鉄砲もいいところだ。

「………あのヤンキー、敵を倒すことに夢中になって、相手陣地に誘われたんじゃないでしょうね………っ!」

夏梅は歯ぎしりしながら、拳を震わせていた。半笑いをしているが、その双眸は憤怒の色と化している。

「鮫島鋼生を捕まえるわ! 戦闘覚悟でも、彼を放っておくわけにはいかない!」

それはウツセミとの戦闘を意味していたことに鳶雄も影斗も気付いていた。

 

 

 

 

 

「シャドーは何をしているのです?」

タクシーを拾って目的地に向かう中で影斗は己の神器(セイクリッド・ギア)に何かを記載いていた。

「お前には関係ない」

尋ねてくるラヴィニアの問いをバッサリと切り捨てる。

それでもじ~と見てくるラヴィニアに鬱陶しくなって仕方なく答えた。

「保険だ。相手はウツセミ以外にどのような力を持っているかわからない。だから用心に越したことはない。それに俺のはあいつ等のとは違う。自分で出来る範囲のところまで可能な限りの手を尽くす」

影斗の神器(セイクリッド・ギア)は鳶雄たちのような独立具現型ではない上に戦闘面に長けているという訳でもない。

なら、用心しなければあっさりと殺されてしまう。

昨日の大蛇。

殺意をぶつけてきた大蛇は自分を食べようとした。

あの時は状況も理解出来ず、その後もウツセミや神器(セイクリッド・ギア)の説明で余力がなかった。だがらそれを思い出してしまった今更になって手が震え出す。

「クソ……」

震える手を止めようと抑えるが、震えは止まらない。

これから向かう先では戦闘が起きる可能性が高いというのにどうして今更になって震えが出てくると苛立つ影斗の手をラヴィニアがそっと握った。

「大丈夫なのです。シャドーは強い子なのですから」

まるで子供をあやすように優しく話すラヴィニア。

神器(セイクリッド・ギア)を具現化させるには、一定以上の条件と力が必要になるのです。夏梅もトビーも力を淀みなく発現させる『タマゴ』を使って神器(セイクリッド・ギア)を覚醒したのです。だけどシャドーは違うのです。自分の力で神器(セイクリッド・ギア)を覚醒させるのは何気に凄いことなのですよ?」

影斗の左手をラヴィニアは両手で包み込む。

「――――想いの力。神器――――セイクリッド・ギアは想いが強ければ強いだけ、所有者に応えるのです。シャドーが強く想えばきっとその神器(セイクリッド・ギア)も応えてくれるはずなのです」

「想いの力………」

それが神器(セイクリッド・ギア)の力の根源なのかという疑問を抱いていた頃にはもう震えは止まっていた。

途中でタクシーを降りて四人は住宅街の端っこにある鮫島がいる廃業したデパートまでやってきた。



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鮫島鋼生

鮫島鋼生に会う為に影斗達は鋼生がいる廃業したデパートにやってきた。

人気のないデパートの前に影斗だけではなく、鳶雄や夏梅も構えてしまう。

現在、置かれている立場を鑑みれば危険な場所に他ならない。

だが、ラヴィニアのスティックの光は、デパート内に向けていっそうまばゆく輝いている。

それは、このデパート内に鮫島鋼生がいるということだ。

「………ウツセミの素になっていてもなんらおかしくない」

意を決して夏梅が言うと二人の付近には独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)である鷹と犬が傍にいる。

影斗も本を出現させて、緊張を誤魔化す様に息を吐いた。

「なかに入るのです」

ラヴィニアは特に臆することもなく、裏の方に向かおうとしていた。正面の入り口はシャッターが降りて入ることは出来ないが、中に鋼生がいるのならどこからか入れるところがある。

四人は関係者用の入り口を探して歩を進めた。

 

 

 

 

「やっぱり、暗いわよね……」

夏江のつぶやきは小声でも店内に軽く響いた。

関係者用の入り口がこじ開けられていたおかげで容易に侵入することはできた。

だが、デパート内は流石に灯りはついておらず、ペンライトを頼りに進んでいるなかで夏梅の提案で散って捜索する。

ラヴィニアの魔法で相互連絡を取り合うという形で影斗は鳶雄と共に鋼生を捜索する。

(そっちはどうだ?)

(まだ何も。グリフォンに先を行かせているんだけど、特になしね)

互いに連絡を取り合って、状況を確認するが変わらず。

一階は何もなし、と思っていたその時に鳶雄の神器(セイクリッド・ギア)である子犬が何かを感じ取って、柱を一点に見つめていた。

警戒を強いる影斗と鳶雄。

鳶雄がペンライトをそちらの方に向けると柱の裏側から白い猫が一匹現れる。

「ウツセミ……?」

そう思い、口にした影斗だが、初めて出会ってウツセミである大蛇とは違う。どちらかとでいうと鳶雄や夏梅が使役している独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)に近い感じがした。

すると柱の裏側からもうひとつの影が姿を見せる。

ペンライトに当てられたのは背の高い茶髪の少年。

目的の人物である―――鮫島鋼生だった。

鋼生は携帯電話を見てから少しすると嘆息した。

「………どうやら、このリストにない奴みたいだな。すると、生き残り組か? ったく、こんなところまで来やがってよ」

後頭部をかきながら文句を垂れる。

「おまえら、皆川や魔女っ子と一緒に来たのか?」

「………ああ、彼女たちも一階を捜索しているよ」

「………俺の動きを把握されたってーと、魔女っ子か、あの生意気な銀髪のクソガキに特定されたってところか。………ったく、当面勝手にやらせろと言ったのによ」

毒つくように鋼生は言う。

――――と、影斗と鋼生は何かに気付いたようにエスカレーターの先に視線を送った。

子犬や猫も同じ方向を向いて、鳶雄も促されるようにそちらへ視線を送るが、暗がりだけでしか確認できず、何があるのか感じ取れなかった。

「やはり、いるのか………」

ぼやく影斗に鋼生は言う。

「へぇ、お前はこういう経験あるのか?」

「そういうのには敏感なだけだ。それにこの気配は一度味わった……」

大蛇の時と同じ。不気味なこの感覚は忘れようにも忘れられない。

否が応でも感じ取ってしまう。

二人の会話に鳶雄は鋼生の発見を二人に伝えようとしたとき―――耳から聞こえたのは彼女の声だった。同時に一階の奥から大きな音が鳴り響いてくる。

『幾瀬くん! ごめん! 襲撃されちゃった! いまラヴィニアと一緒に対応しているの! そっちは!?』

「こっちは鮫島鋼生を見つけたよ! 俺達はどうしたらいい!? 鮫島を連れて、そっちに向かったほうがいいよな!?」

その提案に鋼生は小さく笑う。

「魔女っ子がいるんだろう? なら、あの鳥頭でも心配するだけ損だぜ? 悪いが、俺は上で待っている奴らに用があるんでな」

そう言うなり、鋼生は白い猫を肩に乗せてエスカレーターを上がって行く。

「おいっ!」

制止させようとする鳶雄。影斗はラヴィニアと連絡を取る。

「鮫島鋼生は俺の力で無理矢理拘束した方が良いのか? 少なくとも動きを封じることぐらいはできると思うが」

『シャークはそれでも止まらないと思うのです。ですのでトビーと一緒に追って欲しいのです、シャドー』

「わかった」

短いやり取りで終わらせると影斗もエスカレーターを上がって行く。

「…………」

手が恐怖で震えている。

心臓の音も先ほどから激しく鳴っている。

これから向かう先は戦いは避けられない。

命を賭して、己の力を振るい、勝たなければ死んでしまう。

戦場に足を踏み入れようとしている。

『シャドー』

再び聞こえるラヴィニアの声。

『今日の晩御飯は中華料理をリクエストするのです』

こんな状況で何を言っているのかと本気で思った。

緊張の欠片もないラヴィニアの声を聞いて少し呆れた。

『だから、ちゃんと戻ってきて欲しいのです』

「…………自分で作れ」

文句一つ言って通信を切るともう震えは止まっていた。

まさか、これを見越して……と思ったがそれは考えすぎだと首を横に振る。

影斗は鳶雄と一緒に鋼生の後を追う。

 

 

 

 

 

二階に上がると、途端に灯りがついた。突然の光明に目がくらむ三人だが、その灯りのおかげでフロア全体が見通せる。

そして、二階に待っていたのは――――巨大なバケモノたち。カマキリ、クワガタ、蟹、亀のような姿をした怪物の群れと傍らには同級のウツセミ。

見渡すだけでも十体はいる。

「ククク」

不敵に笑う鋼生は憶することなく、一歩、一歩と敵陣に踏み込んでいく。

「百砂、いくぞ」

肩に乗る猫にそう告げる。すると、猫の長い尾がピンと立って――――二つに分かれていった。分かれた二本の尾はぐんぐんと伸びていき、その一本が鋼生の左腕にぐるぐると包み込んでいく。

主人の腕を包む白い尾っぽは形を変えていき―――円錐形の巨大なランスと化した。

「―――――俺の猫はなんでも貫く槍だ。さ、ぶっ刺されてぇ奴からかかってこい」

その宣戦布告が開戦の狼煙となり、前方から蜘蛛のバケモノが突貫してきた。鋼生は態勢を低くして超低空からのアッパーをする要領で蜘蛛のバケモノを左腕のランスで貫いた。

それを見て影斗は頷いた。

神器(セイクリッド・ギア)である独立具現型と共に戦うスタイル。

そういう戦い方もあるのだと納得しているとカエルのウツセミが影斗に舌を飛ばしてくると同時に影斗は手を突き出す。

「『飛び穿つ雷槍』」

左手から発射される雷の槍はカエルの舌を貫通して本体にまで届く。

「まだ、イメージが弱いか………」

ウツセミに通じるまではよかった。だが、まだまだ試行錯誤しなくてはならない。

影斗は予め本に記載した能力を決めていた。それを発動させるための発動条件も加えることで自分の意思でその能力を使用することができる。

昨夜で能力を試し、思考錯誤を繰り返して考えて思いついたのは魔法だ。

全てを切り裂く剣、と記載してその剣を持ったとしても剣に覚えがなければ意味がない。

それに接近戦では臨機応変の対応が難しくなってしまう。

そこで皮肉にもラヴィニアを見て閃いた。

魔法の力を記載してその力を行使してみるのは?

魔法ならアニメや漫画で良く出てくるためにイメージもしやすいし、遠距離で対応するためにまだ落ち着いて戦えられる。

「『氷刃よ、切り裂け』」

そこで考えたのが左手で能力を行使して、右手でペンを持って戦うスタイル。

思考錯誤を繰り返して思いついた影斗の戦い方だ。

どれほどの力を出せれるのかは記載した内容と影斗本人のイメージで大きく変化する。

取りあえずは戦える。それだけでも大分前進した気がする。

最後に残った亀のバケモノも鳶雄の子犬が串刺しにしてウツセミを全滅することに成功した。

同級生たちが魔法陣に消えていくなか、鋼生が二人に訊いてくる。

「ひとつ訊きてぇんだが」

「なんだ?」

「おまえら、ここに来たってことは逃げるのを止めたってことだよな? なんでだ? こんなわけのわからねぇ、頭がおかしくなりそうなほどの理不尽が来てんのによ、どうして動ける? なんで戦おうと決心した?」

鋼生に問われて、飛雄は天井を見上げた。

「………俺も怖いよ。でも――――」

真正面から鳶雄は言った。

「どうしても救いたいヒトがいる。どうしても助けたい友人がいる。……俺にも戦えるだけの力があるのなら、せめて抵抗してから死にたい」

「………へぇ、ただの愚図じゃなさそうだな」

「言っておくが、俺はそいつみたいに御大層な理由はない」

強面な表情を和らげた鋼生に間髪告げずに影斗は口を開いた。

「救いたい奴も助けたい友達も俺にはいない。俺は借りを返す為に協力しているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

睨むように目線を鋭くしながら影斗は言った。

「同じ学生だろうと同級生だろうと、そいつらがどうなろうが俺にはどうでもいい。俺はお前等には協力はするが、助けたい奴がいるならお前等が勝手に助けろ。必要以上に力を貸す気は俺にはない」

「……影斗」

鳶雄は思った。

影斗はどうしてそこまで自分達を拒絶するのだろうかと。

昨夜からの付き合いでまだ知り合ったばかりだが、根はいい奴と思ってる。

だけど、必要以上に関わろうとしてこない。

それが鳶雄にはわからなかった。

「……は、面白いな。お前」

好戦的な笑みを浮かべる鋼生に口を閉ざす。

「だが、そういう奴は嫌いじゃねえぜ? 俺は鮫島鋼生」

「幾瀬鳶雄、よろしく」

「新井影斗だ」

三人は更に上へ目指してエスカレーターを上がって行く。

 



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死の直前

三階、四階と上がっていき、五階に辿り着いたときだった。

そこで待っていたのは―――――三十人以上はいるであろう、ウツセミの大群。各種様々な異形のバケモノたちが、怪しい眼光で睨んでくる。

今までに見た動物や昆虫のバケモノだけではなく、初めて見る巨大な植物のようなやつまでいた。

三人の視線が一点に注がれるのは、明らかに場違いの男の姿があった。

背広を着た二十代後半の男性は不敵な笑みを見せながら近づいてくる。

その男性は嫌味な笑みを見せながら言った。

「やぁ、これはこれは。三人も。いや、二人に下も入れて三人もいるのかな?」

男性の視線が鳶雄と鋼生に向けられ、鋼生はドスの利いた声で問う。

「………黒幕か?」

「――――の一人と言っておこうかな。私は童門計久という者だ。今回の『四凶計画』に参加している者だよ。楽しそうだからね、現場を見学しに来たんだ」

「………四凶? んだ、そりゃ」

聞き覚えのない単語。三人の反応に童門は怪訝そうな表情となる。

「ほう、まだ例の『堕天の一団(グリゴリ)』からは話されていないのかな?」

「グリゴリ……? それは旧約聖書に記されている堕天使の一団のことか?」

問い返す影斗に童門は感心した。

「なかなかの博識だ。彼等とは違う異能を持つキミは機関には必要なしと判断されてはいたが、これまでウツセミを倒してきたキミには評価を改めなければならないのかもしれない」

彼等とは違う異能。

それは独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)であるか、ないかだろう。

しかし、これで今の会話で確信が得たことが二つある。

目の前にいる男性、童門とその黒幕が真に欲しているのは独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)を保持している鳶雄たち。

そして、影斗たちに手を貸しているのは堕天使だということ。

何故、堕天使が手を貸しているのかはわからないが、薄々夏梅が話していた『総督』の正体が掴めてきた。

童門は指を鳴らす。すると、背後で待機していた怪物たちが一斉に動き出す。

「何はともあれ、キミたちを奪取させていただくよ。我々はその猫と犬を持つキミたちが欲しいのだからね。『ウツセミ』など、そのための前座の実験に過ぎない」

「本物の神器――――セイクリッドなんたらだっけか? わけのわからねえことに巻き込みやがってよ。いいから、俺のダチを開放してもらおうか?」

「確か、キミは前田信繁の友達だったようだね。うむ、彼はウツセミと化しているよ」

その一言に鋼生は、憤怒の形相となる。打って変っての濃厚な戦意を二人も横で感じ取れるほどに。

「落ち着け。返せと言ってもそいつが返すわけがない。……あの目は自分の欲望を満たすことしか考えていないクズの目だ」

本を開いて戦闘態勢を取る影斗は淡々と告げる。

「ああいう手合いに言うことを聞かせるのは単純(シンプル)だ」

「力づくってことか」

鋼生の左腕に再度ランスが誕生する。

「下賤だ、実に」

童門は吐き捨てるように口にした。

「……鳥頭と魔女っ子はまだ上がってこられないか? 黒幕をせっかく捉えたのにさすがにこいつは面倒だ」

鳶雄はうなづいて耳を押さえて二人に問いかける。

「皆川さん、ラヴィニアさん、そっちはどう? こっちは上階で大群と戦うことになりそうなんだ」

『こっちもね、外から侵入してきたウツセミと交戦中でなかなか抜けられないわ。ラヴィニアが燃やしても痺れさせても切りがないわ! たぶん、四十人ぐらい来てる!』

「……手回しは完了済みということか」

恐らくはこのデパート内に侵入した時からどこかで監視をしていたのだろう。

散っての捜索が今になって仇になってしまうとは。

「………ま、あの鳥頭じゃ、無理か。いいさ、やるだけやって勝てばいい」

鋼生は二人に言う。

「あの童門とかいう野郎だけは逃がすな、いろいろ訊きたいことがあるからよ」

「ああ、わかっている」

「ああ」

それだけを確認すると、一歩を踏み出す。

それに呼応するようにウツセミの大群も動き出す。

「『噴出する轟炎』」

火炎放射器のように左手から炎を放出して植物のウツセミを燃やしていくと同時に右手で新しい言葉を記載いていく。

目的は童門の捕縛。

なら、動けない様にそう記載すればいい。

「『童門計久の動きを封じる』」

これでもう童門は動けない。そう思って視線を童門に向けるが、何も変化は起こらない。

ただ、あごに手をやり、興味深そうにこちらに視線を送っていた。

こちらの戦いを観察していることに小さく舌打ちする影斗。

確かに記載したにも関わらず、変化がないのは相手が人間だからか?

それとも別の要因があるのか。

なら、と新たな言葉を記載する。

「『植物のウツセミは童門計久を捕らえる』」

狙いをウツセミに変更させる。すると、影斗を襲っていたウツセミが動きを変えて童門に蔦を飛ばす。

「なに――」

それに驚愕する童門は咄嗟に懐から札を取り出して何やら呪文のような言葉をつぶやくと童門を包む結界のようなものが現れた。

植物のウツセミはそれでも執拗に童門を捕えようとする。

それに見て童門は笑みを溢す。

「うんうん、わかった。やはり、本物は違う。目覚めたばかりでも人工物ではとうてい及ばない差を見せつけてくれる。特にキミ―――新井影斗だったかな? 現状では鮫島鋼生が一番神器を扱えると思っていたけど、予想外のことをしてくれる。ウツセミを操るとはね。――――――だから、次に移行しようか」

再び懐から札を取り出して呪文をつぶやいた。

「……土より生まれ出ずるもの、金の気を吐き、水の清めにより、馳せ参じよ」

札を手放すと――――札が意思をもったかのように宙を漂い始め、五芒星を形成していく。札の全てが怪しい輝きを放ったあと、床に大きな影が生れて、その影が盛り上がり、形となしていく。

三人の眼前に現れたのは三メートルはあるであろう人型の土の塊。

童門は笑う。

「これでも由緒ある術士の家系でね、さ、私の土人形でキミたちを捕えよう」

童門が指を鳴らすとそれに応じて、土人形がゆっくりと動き出す。

「………魔女っ子の魔法といい、てめえのバケモノ召喚といい、なんでもありかよっ!」

「それでもキミたちの持つものに比べたら、矮小であるんだよ。まったく、不愉快なことにね」

土人形が大ぶりにパンチを繰り出した。空気が振動するほどの勢い。直撃――――いや、かするだけでも大きなダメージが受けそうだ。

「『我が脚に加速の力を』」

記載した能力を発動させて、動きを加速させる。

鋼生は後方に飛び退いて距離を取り、一気にランスを突き刺していく。――――が、乾いた音だけがフロアに響くだけで、ランスは土人形の体に弾かれてしまう。

今度は鳶雄の子犬が翼のように生やした背中の一対の刃で斬りかかるが、それでも土人形にダメージは与えられない。

物理攻撃が効かないのなら、と影斗も左手を突き出す。

「『雪原の吹雪よ、吹き荒れろ』」

吹雪を発生させて凍らせようと試みる。

だが、土人形の表面が多少凍り付く程度でたいしたダメージはない。

その結果を見て童門は嘲笑する。

「どうやら、現時点では私の人形のほうがキミたちを上回っているようだ。――――では、仕上げといこうか」

童門は更に札を取り出して呪文を唱えた。札は三人の背後で展開して土人形を呼び寄せる。バックに現れた土人形、正面からも先ほどの土人形が詰め寄ってくる。

「…………くそったれ!」

「……………くっ」

「チッ!」

ほどなくして、鳶雄と鋼生は土人形によって取り押さえられてしまうなかで、加速の能力で辛うじて回避することに成功した影斗は舌打ちする。

「ああ、キミはやはり避けるよね」

「っ!?」

避けた先にも新たな札。そこから姿を見せる土人形からも逃れようとしたが、突然に疲労感が全身を襲い、膝をついた。

「なん、だ………?」

疲労感に襲われて、その間に土人形に取り押さえられてしまう影斗。

そこに――――ボキッと鈍い音がフロアを響かせる。

「――――――――――――っっ」

両腕が熱い。少しして冷静になった頭が何を去れたのか理解してしまう。

両腕を折られた。

「キミはすこしばかり念入りにさせてもらう。その詫びにどうしてキミが突然膝をついたのかを教えてあげよう。キミは神器(セイクリッド・ギア)の力を過信し過ぎたんだ。使えば使う程の疲労、体の負担が強いられる。走ったら疲れるだろう? それ同じだ」

突然影斗に襲った疲労感の正体を教える童門。

腕が変な方向に向いている影斗に鳶雄たちの顔がしかめる。

「さてさて、どうしたものか」

あごに手をやり、手元の携帯機器を見ながら何かを楽しそうに考え込む。

携帯機器をいじる手が止まった。鳶雄にいやらしい視線を送り、こう言う。

「ちょうど、この場にキミと縁がある者を連れていたようだ」

童門は背後で待機するウツセミに言う。

「後方にいる者は前に出なさい」

すると、後ろの列にいて正面からは確認できなかった者たちが複数現れる。

「………佐々木?」

それは鳶雄の友達だった。

「昨日、キミに一度倒された子だね。けれど、こちらの技術で、分身体を再生できるケースもあるのだよ。できない子もいるが、彼は幸運にも再生できるタイプだった。だから、パートナーを再び連れていける」

「やめろ、佐々木! 俺だよ、幾瀬だよ!」

呼びかける鳶雄。だが、佐々木は何も答えない。無表情のままその場に立つだけ。

「………無駄だぜ。こいつらを操る連中を叩かない限り、襲いかかってきやがるのを止めはしない」

童門は鳶雄たちの反応を楽しみながら、佐々木を捕われている子犬の前に立たせた。そこで佐々木の首を掴み、子犬が額に出している鋭利な刃に詰め寄らせる。

「まだ、ヒトを斬ってはいないのだろう? 『四凶』とされるキミたちの神器がヒトの血を覚えたとき何が起こるのか、実に興味深いとは思わないかな?」

狂気に彩らされる童門の瞳。

自身の分身である子犬に友達を斬らせようとしている衝撃の行動に絶句して、土人形から抜け出そうともがくが、微動だにできない。

「…………ッッ! てめえ、卑怯にもほどがあんだろう…………ッ!」

同様に暴れる鋼生が叫ぶが、童門は嘆くように息を吐くだけだった。

「何を言っている? もとはとえば、あの豪華客船に乗らずにいたキミたちが悪いのだ。まあ、それもキミたちのなかにいたそのセイクリッド・ギアが、危険を察知して熱を出させたのだと思うがね。しかも忌々しくも堕天の一団が関与したせいか、キミたちの不参加を事前に知ることすらできなかった。おかげで我々の計画は大幅に修正せざるを得なかった。よくもまあ我々を出し抜いて情報を操作したものだ、あの黒き翼の者たちめ」

童門は一転して苦笑する。

「いや、だからこそ、神の子を見張る者たち(グリゴリ)と呼ばれるのだろうか。ふむふむ、セイクリッド・ギアは神からの贈り物とされるからねぇ」

佐々木が鳶雄に視線を送り、口を動かす。

「うらぎりもの」

「佐々木……」

切ない心情が鳶雄に押し寄せてくる。

「何が………裏切り者だ……………この操り人形が……………」

その際に苦痛に耐え忍びながら影斗が言葉を投げた。

「てめえも……裏切ったなんて思ってんじゃねえ。こんなのが、裏切りになるわけねえだろう………そいつが本当にそう思っているのか、聞いてみやがれ!」

ペンが走った。

腕が折られたことによって警戒を解いた童門の隙を伺い、影斗は記載する。

「『佐々木、お前の気持ちを言え』」

乱暴に記載されたその言葉が佐々木を動かした。

「……………い………いくせ…………たす………けて………」

裏切ったことに対する憎しみの言葉ではない。友達を名前を呼び、救いを口にした。

「おい、この外道………さっきから話を聞いていたけど、お前の目的はそいつらであって今ウツセミになっている奴等じゃないはずだ」

「確かに。だけど、もともと『四凶計画』の実験体として多くの若者が必要だった。彼らの協力は必然だったのだよ」

どちらにしろ、結果的にはこうなっていた。

「………その『四凶計画』の四凶は神器とされた四神を指しているのか?」

その確信に満ちた言葉に童門の表情が一瞬、強張む。

それだけで答えを貰ったものだ。

「………博識とは思ってはいたが、なかなかどうして鋭い。どうしてその結論に辿り着いたのかその経緯を是非とも聞いてみたいところだが、止めにしよう」

「っ!?」

影斗を取り押さえている土人形の力が増していく。

「安心してくれ。キミが消えても『四凶計画』に支障はない。むしろ、キミという存在は邪魔だ。妨害される前に排除しておくとしよう」

「影斗!?」

「クソがッ!!」

影斗が殺される。

なんとかしようともがくが、土人形はビクともしない。

「…………クソ」

両腕が折られ、動きを封じられている影斗は抵抗することもできずに、自身の頭がミシミシとなっている音を聞く。

無様な死に方だと、影斗は思った。

このまま潰れたトマトのようになるのだろう。

奇しくも笑った。

あの時と同じだということに。

大蛇のバケモノに襲われていた時と同じだ。

いや、今の方がより絶望的かもしれない。

二人は身動きが取れない。助けてくれたラヴィニアたちもまだ交戦中。

この場で影斗を助けてくれる者は誰一人としていない。

「影斗! 今助けるから!!」

叫ぶ鳶雄にうるせぇと内心で愚痴る。

助ける前に自分達のことを考えろと思いながら影斗は諦めるように目を閉ざす。

下らない人生だった、と呟きながら死を受け入れる。

 

『今日の晩御飯は中華料理をリクエストするのです』

 

走馬灯のなかで呼び起こされるラヴィニアの声。

死ぬ間際で聞く声が、あいつの声だと思うとうんざりする。

想像のなかぐらい、空気を読んでくれ。

 

『だから、ちゃんと戻ってきて欲しいのです』

 

うるせぇ、と毒づく。

これから死ぬのだからもう会えないのは明白。中華料理は鳶雄にでも作って貰え。

最後の最後まで妙に首を突っ込んでくるラヴィニアに文句を言う。

名前で呼ばず、『シャドー』なんて妙なあだ名で呼ぶし、天然で無防備な恰好で男の部屋には来るし、人を勝手に優しい奴だの、好い人などほざくし、いい迷惑だ。

だけどもう、それを聞くこともない。

死ねばもう終わりなんだ。

それなのに………どうしてこんなにも死にたくないと思っているのか。

死にたくない…………まだ死にたくない。

生きて、あいつに文句の一つぐらい言いたい。

双眸を開かせる。その眼前には自身の神器(セイクリッド・ギア)がある。

 

――――――想いの力。神器―――――セイクリッド・ギアは想いが強ければ強いだけ、所有者に応えるのです。

―――――シャドーが強く想えばきっとその神器(セイクリッド・ギア)も応えてくれるはずなのです。

 

お前は俺の想いに応えてくれるのだろう?

願えば、その力を発現させてくれるのだろう?

俺は死にたくない。

運命を変えたい。

俺は物語の主人公みたいな凄い奴でもないし、特殊な血統もないし、才能だってない。

むしろ、平凡以下のモブキャラだ。

それでも諦めたくない。

俺に力を貸してくれ―――――。

 

 

ぐしゃり、とフロアにその音が響いた。



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大切な

鳶雄と鋼生は絶句した。

仲間の一人、新井影斗が殺されたことに言葉を失う。

影斗がいた場所、そこには夥しい血と血塗れとなった土人形の姿。

「てめええええええええええええええええええええええええええッッ!!」

憤怒の形相と化す、鋼生。

出会ったばかりの間柄とはいえ、共に戦った同士が殺された。

殺意を放す鋼生に童門は表情は変わらず、醜悪な笑みを浮かべたまま。

「影斗………」

碌に関わり合いを持とうとしなかった影斗。だが、優しい奴だということはわかった。

鳶雄は薄々気付いていた。

影斗だけならこの場から切り抜けられたかもしれないということに。

影斗の神器(セイクリッド・ギア)の能力が何かはわからない。けど、警戒心が強い影斗なら最後の力を振り絞って自分一人だけは助かることが出来たはずだ。

それなのに、その力を自分の為に使ってくれた。

裏切ってはいないということを教えてくれた。

その影斗を助けることも出来ず、死なせてしまった自分がいかに無力なのか思い知らされた。

苛まれる鳶雄に童門は何かを思い出して、おかしそうに口にした。

「幾瀬………か。ああ、そういえば、キミは確か東条紗枝と懇意にしていたというデータがあったね。いいだろう、会わせてあげよう。彼女もいいウツセミとなっているよ。思い出した!」

さらに醜悪に笑んで続ける。

「彼女は、実験中にこう何度も呼んでいたね。『とびお、とびお』―――――と。そうか、キミを呼んでいたんだね。納得したよ」

言葉もない鳶雄は――――奥歯を激しく噛み、怒りと悔しさのあまり、涙を止めなく流した。殺意に満ちた瞳で童門を睨むが、せせら笑うだけ。

――――――許せない。

こんな奴らを許せるはずがない……ッ!

俺を、佐々木を、紗枝を、そして影斗を、己の欲――――悪意で満たそうとしている。

視線を黒い子犬に向ける。

子犬の双眸は赤く、赤く輝かせる。

ドクン、と自分のなかで静かに脈動する何か。自分と犬が繋がっているという感覚を、昨夜よりも強く感じさせる。

なら、俺のために、《刃》となれ―――。

影斗を殺した奴を、奴らを斬る《刃》となってくれ!

鳶雄のなかで何かが、勢いよく弾けようとする――――――。

「俺に力を貸せェェェェェェェェェェェッ! おまえは《刃》なんだろうォォォォォォォォッ!」

オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ…………。

鳶雄の絶叫に呼応して、子犬はフロア全体に響き渡るほどの咆哮を上げる。

刹那―――子犬の体から黒いもやのようなものが生じて、広がっていく。

それは鳶雄の体にも現れて、ついには土人形すらも包み込む。鳶雄はゆっくりと起き上がろうとしていた。

強力なまでに押さえられていた土人形の腕力を、徐々に徐々に解いていき、ついにはその巨椀を破壊して解き放たれる。

鼓動はさらに高まる。呼応するように黒い子犬も全身から無数の刃を生やして土人形の腕を破壊した。

童門の前に立つと、鳶雄は手を前に突き出して一言つぶやく。

「――――全部、刺せ」

次の瞬間、男の後方に待機していたウツセミは影より生じた無数の刃で串刺しになる。

「………な、なんだ、これは!? 影から刃!? 無数の剣だと!? どうしたというんだ!?」

あまりの光景に童門は激しく狼狽して、視線を後方と前方と配り、混乱の様子を見せていた。

「…………思い付いたよ、おまえの名前」

横に構える子犬に言った。

「―――――《(ジン)》。おまえは刃だ。すべてを斬り払うための俺の刃だ」

そう、それが自分より生じた分身の名前。

鳶雄は子犬―――刃に命ずる。

「刃、斬れ(スラッシュ)

神速の速度で前方に飛び出して、残っていたウツセミのバケモノどもを一刀両断していく。

逃げようにも五階のフロアは、数え切れないほどの歪な形の刃が生える異様な空間と化していて、その刃によって成す術もなく、貫かれ、切り刻まれる。

突然の逆転劇に童門は狼狽え、首を横に振って顔をひきつかせる。

「バカな! 数十体を一瞬で始末したというのか!?なんだ! なんだ、その神器は!? 四凶ではないのか!? 影から刃だと!? 知らないぞ、そんな能力はッ!」

童門に詰め寄る鳶雄。容赦するつもりはない。影斗を殺した男なのだから。

「あとはあんただけだ」

眼前に立つ鳶雄を見て、童門は尻餅をついて、這うように逃げ出す。そこにさきほどの余裕は微塵もなかった。

「ひっ。くるなっ! こっちにくるなっ!」

まるで異物を見るかのような目。

手を出しかける鳶雄だったが、その横でまぶゆい輝きが生じる。見れば、魔法陣らしきものが出現して、そこから人影が現れた。

四十代ほどの男性が、魔法陣の中央から登場して童門に向かって叫ぶ。

「計久っ! ここは退け!」

「姫島室長!」

その名前に鳶雄は反応してしまう。

一瞬、気を取られた隙に童門はポケットから筒の様な物を取り出すと、こちらに放った。刹那、閃光がフロアに広がり、鳶雄たちの視界を遮断させる。

目がくらむなか、魔法陣から現れた男の声だけが聞こえる。

「―――――おもしろい。いずれ、まみれよう。《狗》よ」

目が回復したときには、すでに男たちもウツセミの姿は消えていた。

「くそったれが………」

鋼生が床を殴りつけて悔やむように声を絞り出す。

黒いオーラが消え伏せた鳶雄はドッと疲れが出て、その場に座り込むと涙が零れ落ちる。

「ごめん、ごめん………」

自分達の目の前で影斗が死んだ。

その仇も取ることが出来ず、二人は後悔と無力感に苛まれる。

もっと強ければ、もっとこの力が速く使えていたら、と後悔の言葉を並べる二人。

少しして、エスカレーターを上がってくる靴音がふたつ。

「幾瀬くん、影斗! 鮫島くん! 無事!?」

皆川夏梅とラヴィニアだった。どちらも服は汚れ、下での激戦をうかがわせる。

「影斗は………どこ?」

二人のただならぬ雰囲気のなか、顔を青ざめながら問いかける夏梅に二人は影斗がいた場所に視線を一点に向ける。

夥しい血が床に広がっているその光景に口を押える夏梅。

すると、ん? と首を傾げた。

「ねぇ、影斗はどこなの?」

「………そこにいんだろう」

「いないわよ? いるのは頭が潰れたバケモノだけよ?」

夏梅の言葉に怪訝して注視すると、そこにいたのは影斗ではない。

トカゲのバケモノだった。

「どうなっていやがる………?」

互いに顔を見合わせる二人はまるで狐に包まれた気持ちだった。

確かに影斗はこの場で土人形に取り押さえれて、その土人形に頭を潰されたはずだった。

だが、そこにいたのは影斗の遺体ではなく、バケモノの死体だ。

「シャドーがいたのです!」

ラヴィニアの声に三人は反応してそちらに視線を送るとそこには両腕は折れて、気を失ってはいるが、影斗がいた。

「よかった………」

どうやったのかはわからない。

それでも生きているだけでよかった。

「ったく、驚かせやがって………」

乱暴に影斗を担ぐ鋼生は毒づきながらも心なしか安堵の表情を浮かべていた。

「よかったのです」

ラヴィニアも微笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

不愛想な顔で窓の外を眺める影斗。

その両腕には大量の包帯を巻きつかれている。

廃業したデパートでの戦闘が終えた次の日の朝に影斗は目を覚ました。

目覚めた直後にラヴィニアからそれからのことを話してくれた。

四凶計画、空蝉機関、五大宗家など。

いくつかの悪い要因が集まって今回の事件が生れたということまでも全てラヴィニアは話した。

事情も目的も狙いも今となっては全てが明らかとなった。

「生きているんだな…………」

ぽつりと呟いた。

死んだと思った。だけど、気が付いたらマンションの自室で目を覚ました。

折れた両腕は治療中だが、ラヴィニアの魔法のおかげで痛みは引いて後に定期的に魔法をかけることで数日には治ると言われた。

魔法という便利な力ならすぐに治せれるのではと思ったが、魔法も万能ではない。

影斗自身の回復力に合わせて魔法をかけなければ悪化してしまう恐れがある。

不便ではあるが、自分が招いた不始末だ。これぐらいは別に何とも思わない。

それよりも――――。

「シャドー。あ~んなのです」

何故、看病しているのがラヴィニアなのか。

いや、百歩譲ってそれはいいだろう。

問題はどうしてナース服を着ているのかだ。

「………その恰好はなんだ?」

「『総督』に相談したら看病にはこれを着たら男は喜ぶぞと言っていたのです」

頭を押さえる影斗。

そして、いずれはその総督を殴り飛ばしてやると心に決める。

「私は早くシャドーに元気になって欲しいのです」

鳶雄が作ったであろう食事を持って来てくれたラヴィニアの懇意に耐えてしかめっ面で食べる。

口に入れた食事を味わいながらラヴィニアに視線を送るとラヴィニアは微笑んだままだった。悪意なんて感じない、子供のように無邪気というか無垢というかそんな笑顔だ。

どうしてこんなにも俺なんかに構うのか、それが気になって仕方がない。

ラヴィニアの考えがいまひとつわからない。

これが鳶雄や夏梅ならまだ同情という意味合いがあると予測はできる。

だけど、この笑顔からはそんなものは感じられない。

疑念を抱きながら食べさせられる影斗。

食事が終えるとラヴィニアは空となった食器を片付ける。

「シャドー、一緒にシャワーを浴びるのです」

「なにいってんだ、お前!!」

突然の爆弾発言に叫ぶも、ラヴィニアは着ているナース服を脱ぎ始める。

「シャドーは昨日から体を洗ってないのです。でも、シャドーは両腕は使えないのですから私が洗うのです」

ラヴィニアの言葉には一理ある。

確かに影斗はまだ両腕は使えない。体だって自分一人では洗えない今の状態では付き添いがどうしても必要になる。

その考えは理解できる。

だけど、年頃の男女ですることじゃない。

「あいつら、幾瀬か鮫島でいいだろう!?」

関わり合いを持とうとしない影斗だが、今回は本気で二人のどちらかに頼もうと思った。

男の前で平然と下着姿となるラヴィニアに男女の羞恥心がないのか。

「シャドーのお世話は私がすると言ったのです。ですので、私に任せて欲しいのです」

胸を張って言うラヴィニアはとうとう下着も取り払って全裸となる。

そして、影斗の服を脱がせようと歩み寄ってくる。

「ちょ、おい、やめろ、マジで………頼むから、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

絶叫を上げる影斗はその日、何か大切なものを失った気がした。

 

 



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ぎゅっと

綺麗にされた体、しかし、その目は虚ろだ。

昨日の戦闘よりも、激戦を繰り広げような気がする影斗とは反対にラヴィニアは満足そうにしていた。

「………辛い」

色々な意味で辛い体験をした影斗。

少しでも本能に忠実な性格をしていたら大変なことが起きていただろう。

少なくとも普通の男性なら耐えることができないと断言できる。

「シャドー、お話があるのです」

「………なんだよ」

「シャドーはどうやって助かったのですか?」

「…………」

その真面目な問いに無言になる。

「トビーとシャークから話は聞いたのです。シャドーは死んだ、土人形に頭を潰されたと言っていたのです。でも、シャドーはこうして生きているのです」

「………正直、俺もわからない。気が付いたらここにいた」

自身が抱く疑念を解消する為にも正直に話した。

「俺は死ぬ間際、神器(セイクリッド・ギア)に願った。死にたくない、運命を変えたい。そう願った。そしたら生きていたとしか言えない」

影斗の言葉に静かに耳を傾けたラヴィニアは小さく頷いた。

「シャドー。神器(セイクリッド・ギア)を見せて欲しいのです」

「ああ」

神器(セイクリッド・ギア)を出現させて中を開くと変化が起きていた。

「なんだ、これ………」

驚く影斗。

白紙だったページの数枚に文字が記されていた。

それも、現在進行形で記されている。

一つのページを読むと影斗はラヴィニアに尋ねる。

「……幾瀬は今は何をしている?」

「トビーなのですか? トビーは屋上で刃ちゃんと訓練していのですよ」

「刃ちゃん?」

「トビーのワンコなのです」

なるほどと納得しつつ、この神器(セイクリッド・ギア)に記されていることについてわかったことがある。

これは記されている対象の数分間前後の過去、現在、未来が記されている。

記されているページは四枚。つまり、鳶雄、夏梅、鋼生、ラヴィニアの四人のことが記されていることが分かった。

確信を得る為に影斗は本を興味深そうに覗いているラヴィニアで試す。

羽ペンを持って過去を見る。

まずは目に見てわかるものからがいい。

過去に記されているナース服に着替えるに横線を入れてメイド服と新たに記載する。

すると、ラヴィニアの服がメイド服へ変わる。

「これは………どういうことなのです?」

「お前の過去を改変した……になるのか?」

新しい神器(セイクリッド・ギア)の能力。

発動条件はわからないが、もしかしたらこの能力で助かったのかもしれない。

ぺラリとページをめくるとそこには自分のことも記されていた。

「恐らく……俺はこの能力で自分の死を改変したんだと思う」

死に間際のことで自分自身にも記憶がないから確信は得られない。

だけど、この能力のおかげで助かったという線が一番強い。

数分間前後の過去、現在、未来を好きなように改変できる能力。

時変改変(アラギ)と名付けるか………」

新しい能力の呼び名を決めてもっと詳細に知ろうとページを見ると眩暈がした。

「この感覚は………」

童門と戦っていた時に起きた疲弊と同じ感覚に陥る。

「シャドー。私から見てもその能力は強力なのです。ですが、その負担も大きいのですよ。数分でも過去を、未来を変えるのはとてつもない負担が強いられるのです」

眩暈の正体を教えてくれるラヴィニア。

少し改変しただけで眩暈がするのなら、大幅に改変したその時は――――。

「…………」

そこから先は考えたくはない。

凄い能力なのは間違いはない。だけど、今の影斗には使えない。

神器(セイクリッド・ギア)を消して横になる。

この能力は影斗が願ってその想いに神器(セイクリッド・ギア)が応えた力だ。

しかし、今は体を休ませることを優先しなければならない。

猶予は後二日ぐらいと聞いた。

その二日で両腕が完治するのかはわからないが、指が動けばまだ戦える。

最悪の場合は悪化してでも動かしてみせる。

「シャドー、一つ訊きたいのです」

「俺にはない。寝るから出て―――」

「どうしてシャドーはヒトを拒絶するのです? シャドーはこんなにも優しいのに」

「……………答える理由も義理もない」

突き放す影斗だが、ラヴィニアは動かずにじっと影斗を見続ける。

視線が突き刺さるなかで影斗は無視し続ける。

「………………」

……………。

「………………」

……………。

「………………」

……………。

無視してでもラヴィニアはそこから動かないし、諦める気配も感じられない。

「…………どうしてそんなことを訊く?」

「シャドーがとても寂しそうに見えるのです」

下らない。そう思った。

そしてわかった。ラヴィニアが影斗に関わろうとする理由がそういうことだと。

「俺は一人でいい。下らない人間と交わるなんて吐き気がする」

嫌悪感を露にする影斗。

「貶し、嘲笑い、真実も碌に知ろうともせず根も葉もない噂に耳を傾けてそれに尾鰭をつけて言及する。いかにも自分に正当性があるようにな。そんなクソみたいな奴等と関わってなんになる」

吐き捨てるように語る。

「所詮人間なんて自分が良ければいいだけの自己中なんだよ。他人がどうなろうがどうでもいい。自分さえ良ければそれでいい。都合が悪いことには目を背け、自分の安全を確保する。クズなんだよ、人間はどいつもこいつもクズの塊だ」

「……………」

「人としての思いやり? 分かち合い? 助け合い? ハッ、下らない。そんなことしたこともない癖に口だけは達者だ。自分より下だと思った奴を虐め、嘲笑し、欲望を満たすだけの道具としか考えてねえ。そいつがどれだけ苦しんだのか、痛みに耐えたのか、悩み、孤立し、孤独を味わったかも微塵も思わない。人権もない人間以下として扱い、興味が無くしたら簡単に捨てて、コロリと忘れる。罪悪感も一切感じずにそれが当たり前のように行う。そいつらはそれでいいかもしれない。だけど、人以下として扱われたそいつはその先、一生苦痛を抱えて生きて行く。なかには耐え切れず自殺する奴だっている。そういう奴らのせいで人生を狂わせられる。ふざけるな、そいつが何をしたって言う? 恨まれることでもしたのか? 憎まれることでもしたのか? 人間以下として扱う理由がある――――」

言葉を遮る様にラヴィニアが影斗を優しく抱き寄せてその頭を何でも撫でた。

「………ごめんなさい」

「……何でお前が謝る?」

「シャドーを傷付けてしまったのです………」

ポタリと影斗の頬に何かが垂れる。

顔を上げると、ラヴィニアが涙を流していた。

「何で泣いている……?」

「シャドーがとても悲しそうだからなのです」

「意味がわからん。俺は別にどうでもいい。俺は誰がどうなろうが悲しいなんて思わない」

「私はシャドーが傷付いたら悲しいのです……」

ぎゅっと抱きしめるラヴィニアに影斗は離れようとするが、腕が動かせない。

仕方なく、ラヴィニアが落ち着くまでこのままにいることにした。

 



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ヴァーリ・ルシファー

腕を上げ下げして、手を開け閉めする。

まだ腕には包帯は巻かれて完治してはいないが、動かせれるぐらいまでは治った。

通常でなら両腕骨折したら治すのに数ヶ月は掛かるものをたった二日足らずで動かせるぐらいまでに回復できたのはラヴィニアの魔法のおかげだ。

魔法という超常現象。それ以外にも陰陽道、神器(セイクリッド・ギア)など非日常を目の当たりにしてから数日で大分慣れてきた。

 

『私はシャドーが傷付いたら悲しいのです……』

 

昨日の事を思い出す。

ラヴィニアは涙を流していた。自分が傷付いたわけでもないのに涙を流しながらまるで宥めるように影斗を抱きしめた。

まるで、涙を流せれない影斗の代わりに泣いているかのように。

「………まさかな」

首を横に振る。

会って数日程度の関りしかない奴にそこまで情を抱くような奴なんていない。

あれ以来もいつもの知っているラヴィニアだった。

下らない影斗の話を聞いてラヴィニア本人に何か思うことがあったのだろう。

部屋を出て行き、屋上に向かう。

そこには訓練中と思われる鳶雄とその神器(セイクリッド・ギア)である子犬、刃がいた。

「影斗!? もう起きても大丈夫なのか?」

「大袈裟だ。腕は完治はしていないが、動かせるぐらいはできる」

「そうか……よかった」

胸を撫でおろす鳶雄。

影斗は鳶雄の後ろ―――屋上が刃で埋め尽くされていることに目を見開いた。

どのような訓練をしているのかはわからないが、少なくとも数日で過酷な訓練をしてきたことだけは伝わった。

ラヴィニアから鳶雄が童門を退けたとは聞いてはいたが、屋上に埋めつくされているこの刃は童門を退けたときに発動できるようになった鳶雄と刃の新しい力。

今はそれを自在に出せるようになる為の訓練だと推測した。

「………影斗、ごめん」

「………なに謝っている?」

突然頭を下げて謝罪してきた鳶雄に怪訝する。

「俺のせいで影斗を怪我させてしまった。……あの時、俺は何もできなかった。鮫島や影斗にばかり負担をかけた」

「………これは俺の不始末でついた怪我だ。お前が謝る道理はない」

「それでも、俺達を守ってくれた影斗にどうしても謝りたかった」

「守った覚えはない。協力関係として当然のことをしただけだ」

それが当たり前のように言う影斗に鳶雄は苦笑する。

本人は気付いていないのかもしれない。

誰かを守るという行動が当たり前のようにしているということを。

「…………」

影斗は思った。

あの時、自分の力が童門に通じなかったのは神器(セイクリッド・ギア)の力ではない。単純に自分自身の実力が童門よりも下だっただけ。

だから、ウツセミを操ることは出来ても、童門には通用しなかった。

それでも鳶雄はその童門を退けた。

それは鳶雄が一時的とはいえど、童門を上回ったということ。

あの時、あの場に鳶雄がいなければ恐らくは死んでいた可能性が高い。

まるで主人公のような奴だ、と影斗は思った。

「――――彼が重傷を負って寝転んでいた新井影斗か?」

ふいに第三者の声が屋上に響いた。

声の出先を探れば、屋上の壁に背中を預ける人影が一つ。

夏場なのに首にはマフラーを巻き、下は短パンというミスマッチの出で立ち、右肩には白いドラゴンを乗せていた。

小学校の高学年ほどの銀髪の少年に鳶雄は苦笑しながら頬を掻く。

「誰だ? このガキは」

「ああ、この子はヴァーリ。俺達と同じこのマンションの住人だよ」

怪訝する影斗にヴァーリを紹介する飛雄。

ヴァーリは影斗を見上げながら不敵に訊いてくる。

「俺と一戦交えないか?」

子供とは思えない程の好戦的な物言いと、戦意を感じさせられる。

「ヴァーリ。影斗はまだ腕が治っていないんだぞ。無理だ」

影斗の身を案じて制止を促す鳶雄だが、ヴァーリは不敵な笑みを続ける。

「むしろ俺からには彼は今すぐにでも戦う為の策を講じようと考えているように見えるが? それに彼自身、どこか劣等感(コンプレックス)を抱いているように思える」

影斗の瞳をじっと覗き見るヴァーリの瞳は影斗の心情を見抜いているように告げる。

「それに怪我をしているのなら今の自分の力量を把握しておくべきだ。一緒に手を組むなら、その者の実力を知るのも当然の権利で、怪我で足を引っ張るようならむしろ邪魔だ」

正論だと思った。

組む以上はその者実力を知っておく必要も、怪我で足を引っ張るようなら戦いには出ない方が良い。この少年、ヴァーリの言葉には影斗も同意する。

立場が逆でも影斗はヴァーリと同じことを言うだろう。

「………ヴァーリだったか? お前の言う通り、今の俺にできる範囲のところを確認したい。実戦形式でその挑戦を受ける」

影斗の言葉に愉快そうに口の端を上げる。

「いいじゃないか。いいオーラをまとい始めた。キミにもまだ視認できないだろうけど、体からいい色合いの戦意が立ち上がっているよ」

小柄な肢体からは微塵の隙も感じさせないヴァーリに影斗は神器(セイクリッド・ギア)を出現させる。

その近くで顔を手で覆う鳶雄を無視して影斗は本に記載する。

「『土の巨兵よ、我が意思に従え』」

記載した直後に、屋上から三メートルの土の巨兵が姿を現す。

童門が使用していた土人形を模倣して、そこに新たに記載する。

「『巨兵に纏え、しなやかなる頑丈な蔦』」

土人形の腕に出現する植物の蔦。

童門の土人形と植物のウツセミを組み合わせた合技。

力で攻めるのと同時に捕縛も並行に行える土人形を操ってヴァーリに攻撃を仕掛ける。

遠慮無用の攻撃の前にヴァーリは最小限の動きのみで回避する。

土人形の攻撃もそれと並行して襲いかかる蔦も躱し続けるヴァーリが本当に自分よりも年下の子供なのか疑いたくなる。

土人形を操作しながら影斗は疲労感に襲われながらも新たに記載する。

「『稲妻の檻をヴァーリに展開』」

瞬間、ヴァーリを取り囲むように稲妻が展開されて、ヴァーリの動きが止まる。

そこに頭上から土人形の攻撃と、前後左右からの植物の蔦が一斉にヴァーリを襲う。

重い衝撃が伝わるなかで、影斗は皮肉気に口角を上げる。

銀色の輝きが、結界のようにヴァーリを守っていた。

土人形の攻撃も、蔦もその銀色の結界によって阻まれた。

「………そうか、わかったよ」

それだけつぶやくと、銀色の結界が弾けると土人形の腕は崩壊し、蔦は細切れ、稲妻の檻

も破られる。

刹那、姿を消すヴァーリに驚き、周囲に目線を配る。

「ここだよ」

「がっ!?」

眼前に姿を現したヴァーリの拳を腹部に直撃して吹き飛ばされて、何度も転がり、屋上の隅にまで追い詰められた。

ヴァーリがゆっくりと歩み寄りながら言う。

「遠慮なく攻めてきたことと最後の方法は悪くはなかった。それに関しては及第点をあげよう。だけど、キミの神器(セイクリッド・ギア)は戦闘には向いていない。見たところによると書いた力を具現化させる能力のようだけど、万能性に優れているせいか攻撃の一つ一つが弱い。……いや、キミの場合はそれも既に把握しているのだろう。自分が持つ神器(セイクリッド・ギア)は戦闘には向いていないということも踏まえて別の可能性、新しい戦闘方法を模索した。というところか………」

ヴァーリの言うことはほぼ正解だ。

前回では魔法使いのように炎や雷を直接相手に攻撃するスタイルをとったが、童門の土人形を倒すことはできなかった。

それを踏まえて今度は童門と同じように何かを使役するスタイルをとってみた。

しかし、結果はヴァーリに傷一つどころか、汚れ一つつけることができなかった。

「後衛、支援(サポート)に徹すればキミは役には立つ。だが、一対一の戦闘では不向きだ。相手にもよるが、今のキミの実力では容易に倒されてしまうだろうね」

不敵な笑みを浮かべながら言う。

「でも、もっと実戦を積み、工夫を凝らしたら面白くなりそうだ」

不敵な笑みが一転して楽しげな笑みへと変わる。

「キミ、名前は?」

「………さっき自分で言っていただろうが」

「改めて訊きたい」

「………新井影斗だ」

改めて名前を教える影斗にヴァーリは手を広げて自信満々にこう述べた。

「ふっ、俺はヴァーリ。魔王ルシファーの血を引きながらも伝説のドラゴン―――『白い龍(バニシング・ドラゴン)』をこの身に宿した唯一無二の存在さ」

予想外の名乗り方に目を見開きながらも怪訝する。

「ルシファー? ………それは明けの明星のことを指しているのか? それと白い龍、これはウェールズの伝説に登場する竜のことか?」

その言葉にヴァーリは感嘆した。

「ほう、ついこの間まで一般人だったキミが、この領域(レベル)の話についてこれるとは。なかなかじゃないか」

「……知識として知っているだけだ。何の役にも立たない」

「謙遜だな。まぁ今はそれでいいだろう」

何がいいのかわからないが、ヴァーリは勝手に何かを納得した為に追言は止めておいた。

――――と、屋上にいつの間にか現れたラヴィニアが、ヴァーリに近づき、頭を撫でていた。

「ヴァーくん、いい子いい子なのです」

その手を振り払うヴァーリ。

「な、なでるな! 俺は子供じゃないぞ!」

年相応の反応を見せるヴァーリを見て、やっぱりまだ子供なんだなと妙に納得した。

ヴァーリに構っていたラヴィニアは影斗の手を掴む。

「シャドーはまだ大人しくしないと駄目なのです。悪化したら大変なのですから」

子供のようにラヴィニアから説教を受けてしまった影斗は部屋までラヴィニアに連行されてしまう。

 



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嫌悪

「やっぱり少し悪化しているのです」

手元に魔法陣を展開させると、影斗の両腕に淡い光が包み込む。

痛みが引いていく感覚を実感しながら両腕を治療される影斗は難しい顔をしていた。

「ヴァーくんの言っていたことが気になるのです?」

「…………ああ」

ヴァーリから自分の神器(セイクリッド・ギア)を告げられてそれを思案していた。

ヴァーリの言っていた言葉はどれも正しい。

何一つ否定する言葉が出てこない程に。

問題点は複数あるが、一番は攻撃力が低いという点をなんとかしておきたい。

記載する内容と自身のイメージに比例してその威力は変わる。

記載する内容なら、より具体性のある内容を考えればいいが、イメージとなると難しくなる。

数日前までは仮にも普通の日常を過ごしていた影斗。

それが、魔法あり、神器(セイクリッド・ギア)ありの想像のつかない非日常の世界に来てしまった。

戦闘経験も実戦経験も少なすぎる今の影斗に確固なイメージを思い描くことは難しい。

ヴァーリの言葉通りに後衛か支援(サポート)に徹すればまだその弱点は補えるだろうが、それだと一人になった際、死ぬリスクが高くなる。

独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)ではない影斗を空蝉機関が生かす理由がない以上は問答無用で殺しに来るだろう。

そうならない為にも個々で戦えるだけの力が必要だ。

神器(セイクリッド・ギア)のことをもっと知る必要も、その扱い方にも。

頼れるのは己の力のみ。

その力である神器(セイクリッド・ギア)ともっと向かい合わなければいけない。

「……………」

思考に耽っていると治療が終えたラヴィニアは影斗に視線を送り続ける。

「………なんだよ?」

「シャドーはどうして逃げないのです?」

「はぁ?」

「夏梅やトビーやシャークには戦う理由があるのです。ですが、シャドーにはないのです。無理をしてでも戦う理由もその義務もシャドーにはないのですから『総督』に頼めば保護して貰えるのですよ」

「…………」

「怪我を理由に………そうでなくてもいいのです。怖くて逃げても誰もシャドーを責めないのです。それでもシャドーは戦うのですか? 無理をしてでも協力する理由がシャドーにはあるのですか?」

真剣な声音で尋ねてくるラヴィニア。

影斗には助けたい人などいない。個人の感情を殺してでも協力をする必要もない。

両腕を理由に逃げても鳶雄たちはきっと責めないだろう。

真っ直ぐに見据えるラヴィニアの青い瞳に影斗はせせら笑う。

「はっ、そういうことかよ。ようは俺は足手纏いだから消えろってことか?」

「え?」

「確かにお前の言う通りだ。俺は弱い。それは俺自身も認めている。同じ境遇の幾瀬たちより戦う為の力がない。お前からしてみたら俺は雑魚なんだろな。憐れを感じるほど脆弱で矮小な存在なんだろう」

治療してくれた腕を見せて影斗は続けた。

「そんな雑魚がいくら策を講じようが無駄だ。その策を実行できるだけの力も経験もない。次の戦いはきっと過酷だろう。そんな場所に雑魚である俺がいたら迷惑この上ないな」

「ち、違うのです。私はそんなこと思ってないのです」

「だったら何でお前は俺に構う? 戦いから遠ざけるようなことを言った? そういうことなんだろう? お前は正しい。余計な損害が出るであろう俺はそうなる前にさっさとここから出て行けばいいんだろう?」

ラヴィニアをどかして部屋から出て行こうとする。

「面倒かけたな。これからは自分の身は自分でなんとかする」

去ろうとする影斗。だが、ラヴィニアは影斗の手を掴んで歩みを止めさせた。

「私は……もうこれ以上シャドーが傷ついて欲しくないのです。友達を心配してはいけないのですか?」

掴まれている手に力が込められる。

「シャドーは優しくてともて好い人なのです。なんだかんだと言うのも相手の事を考えていると思っているのです。ヴァーくんと戦ったのもトビーたちを守る為に少しでも強くなろうと思ったのではないのですか? そうでなければ、シャドーがそこまで戦いに身を投じる必要も理解できるのですよ」

怪我を負ったその腕を優しく撫でる。

「だから、私は……優しいシャドーが傷付いて欲しくないから言ったの――」

言葉を遮られる突然の浮遊感と背中への衝撃。

ドンッ! という音を部屋の中に響かせ影斗はラヴィニアを壁に磔にする。

「勘違いするな。俺は誰かのために戦う理由もあいつらを守る理由もない。人の事を知っているように話すな。虫唾が走る」

眼光が鋭くなる影斗はラヴィニアの胸ぐらを掴んで言う。

「お前の言う優しい奴が、好い奴が、治療してくれた相手にこんな風に乱暴にするのか? しないだろう。俺はお前の思っている奴じゃない」

「いいえ、やっぱりシャドーは私の思っている通りの人なのですよ」

「ああ?」

「シャドーには悪役は似合わないのです」

ラヴィニアの青い瞳からは微塵も恐怖を抱いてはいない。先程から変わらない優しくも陽気に包まれた穏やかな瞳だ。

そんな瞳を向けてくるラヴィニアに影斗は余計に苛立つ。

「………お前は、どうしてそんなにも俺を苛立たせる? そんな目を向けてくる……」

向けられてくる目が、笑顔が、言葉が影斗の心を荒らす。

苦渋の顔を見せる影斗の頬をラヴィニアは優しく手を当てる。

「大丈夫なのです。私は、シャドーを裏切ったりはしないのです」

それはとても優しい声だった。

透き通るほど綺麗な声音。聞いた者は皆、心宥めるだろう。

だが、その優しさが影斗の心を黒く染め上げるには十分だった。

「勝手なことをほざくな! お前に俺のなにが分かる!?」

叫びを上げる。

「親友だと思っていた奴に騙され、悪事を擦り付けられて、誰も俺の言葉なんか信じてはくれなかった!! 友達も教師も家族の誰一人信じてはくれなかった!」

何よりも堪えたのが、周囲の変化だ。

腫れ物のように扱い、無視して、侮蔑の眼差しを向けられて、時にが自分に正当性があるかのように暴力と恥辱と苦痛を強いらされた。

怒りに震える手は強く握り締められて血が床に落ちる。

「わかるか? 俺にとって人間は嫌悪の対象でしかない! あいつらもお前も俺は嫌いだ、大っ嫌いだ!」

「私はシャドーのこと好きなのですよ?」

嫌悪感を剥き出しに叫びを上げた影斗にラヴィニアは変わらない笑顔で言った。

「それにやっぱりシャドーは優しい人なのです。それだけ酷いことをされても恨みも憎しみを抱かず、ただ嫌っているだけということは心のどこかで許しているのです。酷いことをされてもまだ許しの心を持てる人はそうはいないのです」

その瞬間、影斗はラヴィニアをベッドまで投げ飛ばしてその上に覆い被る様な態勢を取ると、ラヴィニアの服に手をかける。

「これからお前を犯すと言ってもか?」

「シャドーはそんなことしないのです」

言い切るラヴィニアの瞳からは一切の疑念も抱いていない。

影斗のことを本当に信用しているこそ、そう言い切れたのだろう。

だから、それを反転させてやろうと思った。

服を乱暴に破り、ラヴィニアの白い肌を露にする。

「俺はすると言ったらするぞ」

ラヴィニアが影斗に向けている好意を嫌悪に反転させてやろう。

このまま蹂躙し、恥辱を与えれば流石のラヴィニアでもその相手を嫌い、憎むはず。

そうすればこの胸のざわめきも消える。

外気に触れるラヴィニアの腹部や豊満な胸に手を伸ばす影斗。

だが、手を伸ばすだけで触れることができない。

魔法などで動きを封じられているわけではない。

ただ単に影斗自身がそれを拒否しているかのように体が動かなかった。

「……クソ、どうして動かねえ」

度胸も覚悟もない自分自身に悪態をつく。

そんな影斗にラヴィニアは両腕を伸ばして影斗を抱き寄せる。

「……それでシャドーの気持ちが少しでも晴れるのなら抵抗はしないのです。でも、優しくはして欲しいのですよ、私は初めてなのですから」

変わらない優しい微笑みのままラヴィニアは告げる。

「もう一人で耐える必要も孤独に居続ける必要もないのです。だからもう自分から嫌われるようなことをしないで欲しいのです。私は、そんなシャドーを見るのが辛いのです」

氷のように冷たくなった影斗の心に温もりが伝わる。

その温もりはとても暖かく、居心地がいい。

凍っていた影斗の心を溶かす様に影斗の双眸から涙が落ちる。

「………うるせぇ」

その悪態にラヴィニアの微笑みは一層増した。

 



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魔法

「よしよしなのです」

「………もう勘弁してくれ」

子供のように泣いてしまった影斗は落ち着いて、冷静になると先ほどまでの自分のことを思い出して羞恥心でいっぱいになって項垂れていた。

そこに子供を優しく宥めるようにラヴィニアが影斗の頭を撫でていた。

完全に子供扱いだ。

「…………俺は人間は嫌いだ。今も人間に対する嫌悪感が強い」

頭を垂らしながら呟くように口を開く。

「あの時のことは今も、たぶん、一生忘れられない………。この苦しみを一生抱いて生きて行くと思うと余計に人間のことが嫌いになっていく」

口汚く罵られた言葉。

力と支配に溺れた拳や蹴り。

侮蔑を交えた視線。

それを思い出すだけでおぞましい気持ちになる。

「それでも、お前の事を信用してみたい。いいだろうか?」

「もちろんなのです」

尋ねる影斗にラヴィニアは笑顔で頷いた。

不思議だと思った。

拒絶に近い対応をしてもこの少女は変わらずに接してくる。

酷いことも言った。

手も上げた。

それでも少女が影斗に向けてくる視線も言葉も微笑みは変わらない。

こんな人間もいるんだな、と少しだけそう思えた。

不意に頭を掴まれて引っ張られる。

ラヴィニアが自身の胸元に影斗の頭を誘導させて抱きしめ、頭を撫でる。

「辛い時や泣きたい時は私がこうしてあげるのです」

「いい、もういいから離してくれ……」

豊満なその胸に顔一杯に包まれるのは年頃の男の子として色々大変なことになってしまう。

やっぱり天然だと思いながら離れる影斗。

ラヴィニアは本当に影斗のことを信用しているのだろうけど、無防備にもほどがある。

自分の容姿がどれほどいいのか知らずにそんなにも無防備なら別の意味で心配になる。

「シャドーは魔法を覚える気はないのですか?」

「魔法?」

訊き返す影斗にラヴィニアは「はいなのです」と答える。

「私個人の見識なのですが、シャドーは魔法を扱う素質があるのですよ。それに神器(セイクリッド・ギア)の特性を知れば相性もいいはずなのです」

「………俺でも魔法が使えるのか?」

率直な疑問を投げるとラヴィニアは頷いた。

「魔法とは古代の偉大なる術師が、『神』の起こす奇跡、『悪魔』の魔力、または超常現象を独自の理論、方程式でできうる限り再現させたものであり、すべての現象に一定の法則があり、それを計測し、計算し、導き出して顕現させるのが『魔法』なのです」

手の平に魔法陣を出現させるラヴィニア。

「魔法陣はその超常現象を独自の式にして再現したものなのです。わかりやすく言えば―――」

「魔法陣は計算の答え。それまでの式、超常現象を再現させる式をどれほどまでに構築できるかは本人の手腕次第」

「そうなのです。魔法陣を作り出す式に独自の計算、自分にしか使えない制約をつけるのです。魔法は『どうすれば、そうなるのか』という計算と知識が必須なのですよ」

魔法に関する知識を伝えるラヴィニアに頷く影斗。

手段は増えるのはいいことだ。

今まで触れたことのない未知の魔法。

それがどこまで扱えるようになるのかはわからないが、今の影斗には選ぶ余裕はない。

それに素質があるのなら手を出すのも一つの方法だ。

「俺に魔法を教えてくれ……」

影斗は頭を下げて懇願した。

「了解なのです」

ラヴィニアはそれを笑顔で応じると、小型の転移魔法刃を展開させて数冊の辞典のように分厚い本を数冊取り出した。

「これは今のシャドーにとって必要なことが記されているはずなのです」

手渡される本の重みに落としそうになった。

口元を引きつかせて少し開くと、文字がびっしりと刻まれていた。

「頑張って明日までに覚えて欲しいのです」

笑顔でとんでもないことを言うラヴィニアを見て、影斗は思った。

こいつは意外にもスパルタだと。

 

 

 

 

 

 

「頭が痛い………」

朝日が昇り始めた時間帯に影斗は頭を押さえながら机に突っ伏していた。

先日にラヴィニアから手渡された本――正式には魔導書をなんとか読み切って理解することはできたが、その代わりと言わんばかりに激しい頭痛が影斗を襲う。

膨大すぎる魔法に関する知識。

数冊の内、最初に読んだのが魔法に関する基礎中の基礎。

残りの数冊が一つの魔法を会得する為に必要な知識が詰められていた。

基礎を含めてとはいえ、一つの魔法を覚える度に激しい頭痛に襲われるが、一つだけ確かなことが判明した。

ラヴィニアの魔法の腕は一流だ。それも超が付くほどに。

幼少の頃、もしくは産まれてから魔法と共に生きていたとしてもそこには並大抵の人生ではないはずだ。それこそ魔法に全てを捧げていると言ってもいいほどに。

きっと碌な自由もなったはずだ。

「………本当にガキだな、俺は」

自分の器量に呆れぼやく。

辛い人生を歩んできたのは自分だけではないと今ならそう考える自分がいる。

だけど、今はそれを考える時ではない。

手を突き出して頭の中で先ほど完成させた式を頭の中で構築する。

床に埋めつくされた膨大な紙。その一枚一枚にはびっしりと計算式が書き込まれていて、一夜でどれほどまでに影斗がこの魔法を覚えるのに必死になったのかが窺い知る。

初めて手を伸ばして手に入れた魔法。

それを発動させる為に必要な知識と式を頭に叩き込んで影斗は魔法を発動させる。

「よし」

手元に展開される魔法陣を見て歓喜する。

早速その効果を試そうと思い、神器(セイクリッド・ギア)を出現させようとする。

「凄いのです」

「うお!?」

だが、突如背後から声をかけられたことによって驚き、魔法陣が消失する。

「いきなり背後から声をかけるな。驚くだろう」

突如現れたラヴィニアに驚くが、ラヴィニアは微笑んだまま。

「もう魔法を覚えたのですか? 私の計算では後二日はかかると思っていたのです」

予想外と言わんばかりに告げるラヴィニアは足元にある計算式がびっしりと書き込まれた紙を拾い上げて影斗の頭を撫でる。

「シャドーは頑張り屋さんなのです」

「………子供扱いはやめろ」

その手を払いのける影斗。

「朝ご飯の時間なのです。皆で食べるのです。シャドーを迎えに来たのですよ」

そのついでに様子見としてラヴィニアが来たのか、と納得する。

「わかった。ここを片付けたらすぐに行く」

「私もお手伝いするのです」

ラヴィニアと共に散らかった物を片付けてから二人は例のビデオを見た部屋に向かうとそこには鳶雄、夏梅、鋼生、ヴァーリが既に集まっていた。

しかし、一つだけ懸念があった。

鳶雄と夏梅が妙によそよそしい。

「おう。腕の調子はどうだ?」

「まぁ、動かせる分には支障はない」

真っ先に声をかけてきたには鋼生は折られた影斗の両腕を聞いてきた。

三日間で殆どよくはなったが、油断はまだできない。

下手に負担がかかることがあれば、悪化する恐れがまだある。

「影斗、目の下の熊が酷いけど大丈夫なの?」

「問題はない。少なくとも得るものは得た」

「なーるほど。お前も準備は万全ってことか」

口角を上げる鋼生。

影斗は椅子に腰を下ろして鳶雄が作ってくれたであろう朝食を頂く。

「美味いな……」

基本的には自分で食事を作る影斗は久々に自分以外の人が作った料理を口にする。

――――と、無言で箸を進めるヴァーリの姿を見て、夏梅がイタズラな表情を浮かべる。

「あーら、ヴァーくんったら、随分と夢中になって食べているじゃない? カップ麺さえあれば食事なんてどうでもよかったんじゃないの?」

「……勘違いするな。この食事から得られる栄養分に興味があっただけだ」

「栄養分ときましたか。まったく、素直じゃないんだから」

カラカラと笑う夏梅。ヴァーリは文句を言いながらも箸を止めなかった。

「ルシドラ先生は生意気盛りだからな」

「むっ、鮫島鋼生。そのルシドラとはなんだ? 俺のことか?」

「ああ、ルシファーでドラゴンなんだろ? なら、略してルシドラでいいじゃねえか」

鋼生の言葉に機嫌を損なったのか、ヴァーリは口をへの字に曲げる。

「むむっ、違うぞ。俺は魔王ルシファーの血を引きつつも、伝説のドラゴン『白い龍(バニシング・ドラゴン)』をこの身に宿すという―――――」

「あー、はいはい。ルシドラルシドラ」

ヴァーリの『設定』を軽く流してしまう鋼生に少年もついに異を唱える。

「むぅ、新井影斗。この不逞の輩に俺の貴重性を言ってやってくれ」

「悪いが、今は頭の中はいっぱいいっぱいなんだ」

魔法を会得したばかりで、今も頭痛に悩まされている影斗はヴァーリを匿う余裕はない。

「ヴァーくん、いい子いい子なのです」

「だから、俺の頭をなでるな! 子供じゃないんだぞ!」

不機嫌なヴァーリの頭を撫でるラヴィニアに年相応の顔を見せる。

 

 



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名称

鳶雄、夏梅、鋼生、影斗、ラヴィニアの計五人は同級生の遺族―――謎の引っ越しで姿を消した者達の動向を探る為に鳶雄の幼馴染みである東城紗枝の自宅へ足を運んでいた。

空蝉機関は鋼生と鳶雄の友人と幼馴染の名前を口にしていた。なら、関連のありそうなところから鳶雄たちは顔を出すかもしれないと予想を立てているはず。

最低でもなんらかの手掛かりはあると踏んで影斗たちは行動していた。

ヴァーリのみは例の『総督』の個人的な頼みもあって行動は共にはできなかった。

少し離れたところから見ても、生活感はまるで感じられない。

それどころか、人の気配さえ感じられない。

五人は門を開け、玄関の扉を開けると鍵は掛かっておらず容易に開いた。

「………すでに誰も住んでいないとはいえよ、鍵ぐらいは閉めるだろうよ。じゃなきゃ、この土地の管理者はとんだ無能だ」

そう皮肉を口にしながらも彼は肩に白い猫を乗せて、いつ何が起きてもいいように警戒を強めていた。

「いや、多分この周辺に結界、人が入ってこられないようにされている」

影斗に続けてラヴィニアが言う。

「シャドーの言う通りなのです。この家を中心にこの一帯は人払いの術がかけられているのです。私たちのような異能を有する者以外に認識できなくされているので、ある意味、管理されているといえば管理されているのですよ。日本の方術、神道、陰陽道は、この手の『隠す』『退ける』といった『祓い』の力に秀でているのです。シャドーも良く気づいたのです」

「………あれだけの量を叩き込んだばかりだ。なんとなくとはいえ気付く」

今もズキズキと痛む頭を押さえる。

魔法も陰陽道も似ているようなもの。少しそれにかじっただけでもそれとなくは感じられた。

「魔法の勉強してたんだ……」

「まあな、でも一つ覚えるので精一杯だった」

感嘆の声を出す夏梅に頭を押さえながら答える影斗。

全員は家の中に入って、家宅捜索のように部屋を見て回って行く。

家具などはそのままにされて、人だけがいなくなっている。

他に何か手がかりがないものかと探るか見つからない。

「俺、二階のほうを調べてみる」

鳶雄の提案に夏梅と鋼生は一階の捜索を続けて鳶雄、ラヴィニア、影斗の三人は二階に上がる階段を上がろうとした時、人影らしいものが視界に捉えた気がした。

鳶雄は二人に視線を配らせれば、同様に上に目を向ける。

「………夏梅、シャーク、警戒しておいてほしいのです」

それは戦闘を覚悟しろという通告。一気に住宅内を緊張の空気が支配し始めた。

「………刃」

鳶雄は、静かにパートナーを呼び、先導させる。子犬のあとに続いて階段を上がって行く。

階段を上がりきると鳶雄たちは紗枝の自室へと足を向ける。

扉のノブを回して入ると整理整頓がされていた綺麗な部屋だ。

影斗は周囲や窓側に異変がないかを調べ、鳶雄は幼馴染である紗枝の机を調べていた。

これといったものはなかった。

ラヴィニアも魔法を床に刻み終えると今度は紗枝の両親の部屋に足を向ける。

紗枝の両親の部屋にもそれらしいものはなく、はんば諦めていた時、キィと扉が開く音が聞こえ、振り返るとそこには一人の女性が立っていた。

「紗枝!」

名を呼ぶ鳶雄。

再開を果たした幼馴染だが、紗枝の表情は不気味な笑みを浮かべてジッと鳶雄を見ていた。

「紗枝、俺だ。わかるか?」

鳶雄の呼び声でも変化はない。

影斗は神器(セイクリッド・ギア)の力で佐々木のようにその呼び声に応えられるよう記載しようと思った。

「やはり、斬れないかね」

第三者の声が廊下から聞こえ、部屋に入ってきたのは―――三つ揃いに背広を着た初老の男性。

精悍な顔つきで男が静かに口を開く。

「私は姫島唐棣というものだ。すでに知っているかもしれないが、『空蝉機関』という組織の長をやっている」

組織の長。いきなり親玉の登場に驚くも鳶雄がぼそりとつぶやく。

「………五大宗家」

それを聞いた姫島唐棣は興味深そうにあごに手をやった。

「ふむ、どうやら黒き翼の一団より情報は得ているようだ。ならば早い。――――『四凶』を有するキミたち。それと彼も迎え入れたいのだ」

視線を影斗に向けられた。

それに怪訝する影斗に唐棣は答えた。

「私たちに協力してくれている魔術師の一団がキミを欲している。危害を加えるつもりはないらしい」

信用できるか、と内心でぼやく。

「むろん、キミのことも欲しいと思っている。幾瀬鳶雄。―――――いや、姫島鳶雄と呼んだほうがいいだろうか?」

五大宗家の一つの宗家である『姫島』。その名字を持つ鳶雄の影斗は静かに驚いていた。

初めて耳にする情報に驚くも男は続けた。

「キミは知らないだろうが、キミのおばあさん――――朱芭は『姫島』宗家の一員だったのだよ。残念ながら姫島の望む力に恵まれず家を出されてしまったが……」

「……俺は幾瀬だ。姫島は祖母の旧姓に過ぎない」

「キミがそう思っても、この国の裏で動く者たちにとっては姫島の血は大きい。しかし、皮肉だ。宗家を追われた者の系譜に『狗』が生じようとは……」

視線を下に下げて刃を捉えるとその瞳は暗く、感情が一切乗せられていない。

「…………正直言うと、私の本懐は半ば果たされたと思っている。――――幾瀬鳶雄、キミの登場でね。あの姫島から『雷光』の娘以上の『魔』が生れた。しかも、正確には『雷光』の一件以前に誕生していたことになる。これほどの喜劇はないのだよ。神道と『朱雀』を司りし姫島が『朱』ではなく『漆黒を』生みだしているのだから。キミを認知したあとの『姫島』宗主の顔を思い浮かべるだけで、私は十分に満たされているだろう」

そこまでの話を聞いて影斗は理解した。

この男の目的は自分を捨てた『姫島』に対する復讐だ。

その為に『空蝉機関』といったふざけた機関を作り出した。

「だが、我が同胞たちの心中はそうはいかない。………最後まで『計画』に準ずるのがあの組織を束ねる者のつとめなのだ」

かまわず続けた。

「幾瀬鳶雄、私たちに力を貸してはくれまいか? いや、仮に私たちを斬り伏せたとしても、そのときは――――私たちに代わり、五大宗家のバケモノたちを倒してはくれまいか?」

「……勝手な言い分だ。しかも意味のわからないことばかり………っ!」

一方的な物言いに鳶雄は不快感を露にしていた。

「…………一つ訊きたい。お前らに協力しているという魔術師の一団は何故、俺を欲している。少なくとも独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)ではない俺はお前らにとっても処分しても困らない存在だと思っていたが?」

鳶雄の前に立って自分の存在を訊く影斗に唐棣は笑みを浮かばせてあごをさする。

「私も童門からキミは処分したと聞いていた。当然、その過程もね。キミは一度は確かにあの場で死んでいる。だけど、キミの神器(セイクリッド・ギア)の特徴を聞いた魔女殿がこう言ったのさ。『その者は生きている。もし、生きているのならこちらに渡して欲しい』とね。キミを見るまでは半信半疑ではあったが、魔女殿の言葉は正しかったようだ」

唐棣の言葉に怪訝する影斗。

一度は死んでいて、実は生きている。しかも、それが向こうの協力者にバレている。

そもそもこの神器(セイクリッド・ギア)はなんなんだ?

どうしてその魔女は俺を欲しがる?

疑問が尽きない影斗に唐棣は言う。

「『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の少女よ。キミも彼の存在と力を知ったから引き入れようとしているのではないのか?」

「は?」

その言葉に影斗はラヴィニアに視線を向けるもラヴィニアは申し訳なさそうに俯いていた。

「………おい、どういうことだ?」

「…………ごめんなさい」

ラヴィニアの両肩を掴み、尋ねるも答えてはくれなかった。

ただ、申し訳なさそうに謝るだけ。

「お前は知っていたのか? この神器(セイクリッド・ギア)のことを……どうしてそれを言わなかった?」

揺するもラヴィニアは答えない。

唇を強く噛み締めて、口を閉ざしていた。

なんで、何も言わない?

否定しない?

もう何がなんだかわからなくなってきた影斗に唐棣が口を開いた。

「キミが教えないというのなら私が教えよう。もっとも魔女殿の言葉を借りたものだが」

「ッ!? 駄目なのです! シャドーにはまだ……っ!」

「お前は黙ってろ」

異を唱えようとするラヴィニアに冷たい声音で黙らせる影斗に唐棣は言う。

「その神器(セイクリッド・ギア)は事象を操り、運命を書き換えることが可能とされる。極めれば他人の運命でさえも自在に書き換えることが出来る。過去も未来も思うがままにね。攻撃性は神滅具(ロンギヌス)には及ばずとも凶悪性は神滅具(ロンギヌス)に匹敵する神器(セイクリッド・ギア)。その名も『凶星天の法典(アステール・トゥレラ)』」

初めて聞いた自身の神器(セイクリッド・ギア)の名称と本当の能力に目を見開く。

この神器(セイクリッド・ギア)にそんな力があるなんて。

しかし、どうして魔女が欲しがるのかまだわからないが、唐棣はそれを察しったのかそれも答えた。

「わかるかね? キミの神器(セイクリッド・ギア)は自分の都合のいい運命にさえ書き換えることができる。魔法使いが使う魔法でさえもそれを使えば計算するまでもない。いや、事象を操るということは世界そのものを操れる可能性が秘められているのだよ」

「……………………」

唐棣の言葉を聞いて黙り込む。

そんな恐ろしい力を持っているとは微塵も気付かなかった。

だが、よくよく思い返せば記載した力で魔法のような力を生み出し、陰陽道のように土人形でさえも自在に操った。

何より確定的なのは時変改変(アラギ)だ。

数分前後のラヴィニアの過去を実際に書き換えた。

「だが、運命を書き換えるということはそれにつり合うよう同時に他の者の運命も変えてしまう。身近にいる者に程、その影響は受けやすい。キミが自分の運命を書き換えたら、別の者の運命までも変えてしまう」

つまり、影斗が死の運命に直面して神器(セイクリッド・ギア)の力でその運命を書き換えたとしたらその代わりに他の誰かが死んでしまうことになる。

自身の神器(セイクリッド・ギア)凶星天の法典(アステール・トゥレラ)』の力と代償を知った影斗は何も考えられなくなった。

 



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意地を貫く力

―――――『凶星天の法典(アステール・トゥレラ)』。

それが新井影斗に宿した神器(セイクリッド・ギア)の正式名称。

その能力は事象を操り、運命さえも自分の思うがままに書き換えることができる凶悪なもの。

極めれば世界のあらゆる事象、他者の運命までも操る事は出来る。

だが、運命とは複雑怪奇なもので一人の運命を変えれば、別の人の運命までも変えてしまう。

眼前に漂る自身の神器(セイクリッド・ギア)を見据えながら影斗は両手に歪な形の手錠を嵌められながら啞然とする。

その隣ではその事実を事前に知っていたラヴィニアは申し訳なさそうに俯いていた。

影斗の力を告げた姫島唐棣は東城家の周囲にウツセミを取り囲み、とある提案を掲示した。

それは自身の研究施設に鳶雄達を案内すること。

多くのウツセミと戦うか、その提案に乗るか。

二つに一つの決断に鳶雄は後者を取った。

外で戦っている夏梅と鋼生を逃がし、この場にいる者達だけで研究施設に赴く。

そして、研究施設―――『空蝉機関』の本部、いや、隠しアジトにやってきた鳶雄達は手錠を嵌められながら唐棣にどこかに案内されていた。

「……………………」

鳶雄は事実を知らされた影斗を心配そうに見据える。

その表情はどこか、複雑で思い悩んでいるようだった。

認証必要なゲートを幾重にもくぐり、三人と一匹が連れて行かれた先は―――大規模に広がる空間だった。

無数とも思えるほどの培養液にはウツセミと化している少年少女の肉親が入っていた。

その後も唐棣は何かを話していたが、影斗の耳には届かない。

そんなことはどうでもいいかのようにただ、茫然と足を進めている。

そのままエレベーターに乗せられ、ぐんぐんと降下してついた先は広大な何もない一室。

照明以外は何もなく、白い壁と床がただ広がるだけ。

「ここは地下百メートルにある空間だ。核シェルターに転用できるほどに頑丈でね。ちょっとやそっとの衝撃で崩落することはない」

彼は、懐から平たいリモコンのようなものを取り出すと、ボタンをひとつ押す。すると、刃が檻から解放される。

「つまり、ここで多少のいざこざがあろうとも、別段上の研究施設に影響はないということだ」

姫島唐棣は、袖から鉄の棒を出現させる。それを横に振ると、収納されていた分が伸びて錫杖の恰好となった。

「さて、幾瀬鳶雄。少しばかり、ここで戯れようではないか」

錫杖の先を鳶雄に向けながら姫島唐棣が言う。

「―――私のその『狗』をけしかけてみなさい」

同時に鳶雄の手にされていた手錠が外れて床に落ちいく。

鳶雄の実力を探る為に戦闘を持ちかける唐棣に下手にラヴィニアが手を貸せば鳶雄の幼馴染である紗枝をけしかけてしまう恐れがあるだけではなく、神器(セイクリッド・ギア)を封じられている影斗を守る必要がある。

見守りつつ影斗を守れるように傍にいるラヴィニアは影斗と共に後方に下がる。

「いけっ!」

鳶雄のかけ声と共に戦闘が始まった。

「………………シャドー。私は本当はシャドーの神器(セイクリッド・ギア)のことについて知っていたのです」

二人の戦闘を好機とみなし、ラヴィニアは影斗に本当の事を告げる。

「ですが、その神器(セイクリッド・ギア)は自覚するとしないでは能力は大きく異なることも知っていましたから、本当の事をシャドーに言えなかったのです」

「……………………」

「知れば否応にシャドーの運命は狂わせてしまうのです。そうなる前に今回の件が終わればその神器(セイクリッド・ギア)を封印し、出来る限りの日常の――シャドー達にとって変わらない毎日を過ごして欲しかったのです」

「……………………」

「ごめんなさいなのです。やっぱり無理矢理にでもシャドーを戦いの場から離しておくべきだったのです」

既に影斗の運命は狂い始めている。

そうなる前にどうにかしたかったラヴィニアにとって後悔の念で悔やむばかり。

強引にでも、無理矢理にでも、僅かな危険性も考慮しておかなかったラヴィニアの失態だ。

「……………………」

無言を貫く影斗。――――その時だった。

重々しい音を立てながら、この空間の扉が再び開け放たれる。

通されたのは、紫色のローブを着た初老の外国人女性とその後ろにはゴシック調の服装をした外国人の少女。

初老の女性が言う。

「機関長殿、もう戯れはその辺でいいのではないかい?」

姫島唐棣は錫杖を下げ、息を吐きながら言う。

「これは魔女殿。ここに来られるとは」

老女は、淀みない足取りで鳶雄と影斗のほうに歩を進める。

「こちらとしても見たいのでね。―――『狗』と『法典を持つ者』を」

二人を興味深そうに視線を向けていると、影斗の隣にいるラヴィニアがかつてないほどの敵意を『魔女』と呼ばれた老女に向けている。

ラヴィニアの刺すような目つきに気づいた老女は、彼女を捉えるなり口元を笑ます。

「―――おや、まさか、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』からの刺客がこの子とはね」

老女はラヴィニアの眼前にまで辿り、目を細め、愉快そうな顔で言う。

「久しいね、『氷姫』のラヴィニア」

「…………『紫炎』のアウグスタ、あなたが協力者だったのですね? なるほど、そちらの『大魔法使い』ならばあなたを送って当然なのかもしれないのです」

「それはこっちの台詞でもあるねぇ。メフィストも粋なことをするものだよ。『炎』を追うのに『氷』を寄越すなどと……………」

両者そのまま睨み合い、ラヴィニアからは水色の光、アウグスタからは紫色の光を体に纏う。

しかし、不意にアウグスタが睨むのを止めて影斗に視線を向ける。

「今世の法典の所持者。もう自分の能力は知っているだろう? 私達の下に付く気はないかい?」

老女の瞳は影斗を見定めるように見据えながら勧誘する。

「その神器(セイクリッド・ギア)だけでもと考えていたが、中々見所がある素質を持っている。私の弟子になって魔法を学ぶ気はあるかねぇ?」

「わーお♪ お師さまが直接勧誘なんて珍しいわ♪ 私の弟弟子になるのかしらねん♪」

「お前はちょっと黙っておきな、ヴァルブルガ」

はしゃいでいる弟子――ヴァルブルガを諫めながら勧誘するも、影斗は首を横に振った。

「誰がなるか」

勧誘を拒絶した影斗。それに対して何かを言おうと口を開こうとしたアウグスタだが、この室内の温度が徐々に下がっていることに気付いた。

「……………あなたたちを確認できれば、もう十分なのです」

迫力のある声音で告げ、底冷えするほどの冷気を発生しているラヴィニアの手錠にヒビが入り、亀裂が走り、四散して床に散らばる。

ラヴィニアの碧眼は―――暗く、深海のような色をしていた。

自由となった手首をさすり、影斗の手錠も同様に四散させるラヴィニアの小さい唇から、この世のものとは思えないほどに呪詛めいたものを漏らした。

《―――悠久の眠りより、覚めよ。そして、永遠の眠りを愚者へ――――》

冷気が――集う。ラヴィニアの横に、凍えるような空気が渦を巻いて集まっていき、何かの形になっていった。

「――――これが私のお人形なのです」

ラヴィニアの横に生まれたのは、氷で作られた姫君だった―――。

三メートルほどある、ドレスを着たかのような女性のフォルム。しかし、その面貌は人のそれではない。口も鼻もなく、左半分に六つの目が並び、右半分はイバラのようなものが生えて突き出ていた。腕の数は四本あり、どれも細い。しかし、手の腕の細さに反比例して大きかった。

「……………十三のひとつ、『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』。まさか、このような少女が神をも滅ぼすという具現を有するとは……………アザゼルとメフィストも既に手に入れていたとは!」

哄笑を上げる老女の背後で突然紫色の炎の柱が巻き起こる。火力と熱量はどんどん上がっていき、部屋に包み込んでいた冷気に匹敵するほどのものになろうとしていた。

《―――膏つけられし者をくくりつけるのは十字の呪具よ。紫炎の祭主にて、贄を咎めよ》

老女もまたラヴィニアと同じく力ある呪詛を口にする。

アウグスタの隣に姿を見せるのは炎で作られた十字架を片手に担いだ炎の巨人。その大きさも四メートルに達していた。

お互いの分身とも呼べる物体を横に置いて対峙する恰好となる。

「機関長殿、ここは離れたほうがいいと思うがね? この娘の目的は私のようにこちらの目的も今世の法典の所有者だ。こちらの都合でそちら側を巻き込むのは忍びない」

アウグスタは人差し指を上に向ける。

「―――上のものをすみやかに、処置してくれないかね?」

その一言を聞き、唐棣はこの空間から脱していく。紗枝と共に。

そして、影斗はラヴィニアの結界に覆われる。

「シャドーはそこに居て欲しいのです!」

そう告げるラヴィニアとアウグスタは宙に光の軌跡で描かれた魔法陣を幾重にも展開し、魔法合戦を行った。

あらゆる現象を両者の魔法陣から放たれ、時に氷の姫君と炎の巨人をぶつけ合わせる。

魔法を学んだ影斗はわかる。

これほどまでに超常現象を引き起こしている二人の魔法の実力に。

ラヴィニアは鳶雄に唐棣の後を追わせて紗枝を救出に向かわせる。

「おい! 俺をここから出せ!」

結界を叩き、自分も戦おうとする影斗にラヴィニアは首を横に振った。

「駄目なのです! 狙いがシャドーである以上は私が守るのです!」

「ふざけんな! 自分の身ぐらい自分で―――」

「今のシャドーでは足手纏いなのです!」

「――――――ッ!?」

「今は、今だけは私に守られて欲しいのです!」

己の無力さに握り締める手から血が滲み出るほど強く握り、歯を噛み締める。

己の弱さに、無力さに、ただ守られているだけの現実に自分を殺してやりたいほどに怒りを募らせる。

頭では理解している。仕方がないことだと。

つい数日前まで魔法のことも神器(セイクリッド・ギア)も知らずに争いもない平穏な日常を過ごしていた影斗と幼い頃からそれを知って己を磨き続けてきたラヴィニア達とでは雲泥の差以上に実力差があっても当然だ。

ラヴィニア達のように幾重にも魔法陣を展開できるわけでもなく、戦闘に長けた神器(セイクリッド・ギア)を宿しているわけでもない。

今の自分にできるのは先日ラヴィニアから教わったたった一つだけの防御魔法と事象を多少操作し、数分前後の味方の運命を改変する能力だけ。

しかも、老女の狙いは自分で、結界から出たら真っ先に狙われる可能性もある。

人質として捉われたらそれこそラヴィニアが殺される可能性だってある。

なら、この結界内で大人しくしておくのが最も最善な選択だ。

ラヴィニアの言葉通り、足手纏いなのだから……………。

 

「…………………………………な、けるな、ふざけるな!!」

 

怒声と共にその怒りに呼応するかのように影斗の神器(セイクリッド・ギア)が直視できない程の光量を発せられる。

「「「っ!?」」」

その突然の光景に三人の視線は結界内にいる影斗に集まる。

「足手纏いなんか死んでも御免だ!!」

弱いのはとっくに知っている。

自分は鳶雄達のように戦う力がない。

策を講じてもそれを実行できるだけの力も経験も持ち合わせていない。

ヴァーリの言う通り、この神器(セイクリッド・ギア)は戦闘には向いてはいない。

脆弱、矮小、雑魚、愚者……………自分に相応しい言葉がいくらでも思い浮かべる。

だけど、それでも……………弱者は弱者でも通すべき意地がある。

瞳に映る金髪碧眼の少女の瞳はこちらを心配そうに見ている。

騙され、悪事を擦り付けられ、誰も信じられなくなった。

次第には人間に嫌悪感を覚え、誰がどうなろうが自分には関係ないように考えていた。

人間不信に陥っていた影斗は家族でさえも信用も信頼もせず、一人で生きようと決意していた。

それなのに、自分に領域に土足に踏み込んではあちらこちらと引っ張り回す存在と出会った。

突き放しても、無視しても、暴言、暴力を振るっても彼女の表情から笑みは消えなかった。

変わらない笑顔を見せ、こんな自分を心配し、信じてくれる。

凍りついていた自分の心を溶かしてくれた。

久しく誰かの前で涙を見せた。

その笑みが、その言葉が、その温もりがろくでもない自分を救ってくれた。

「俺はもう、守られるわけにはいかねえんだよ!!」

自分を救ってくれた彼女(ラヴィニア)の負担にはなりたくはない。

魔女からも、運命からも何もかも抗ってやる。

どこまでも抗い続けてやる。

俺の意地にかけて抗い続けてやる。

物語の主人公のように誰かを守る為や、誰かを救う為の力などは言わない。

俺の意地を貫き通せるだけの力。

誰の足も引っ張らず、俺一人だけでも戦えるだけの力が欲しい。

「俺の想いに応えろ。―――――凶星天の法典(アステール・トゥレラ)

己の神器(セイクリッド・ギア)の名を口にすると同時に結界が砕け散った。



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改変して得た力

ラヴィニアの結界を破壊した影斗に二人の戦闘は一時中断されて、全員の視線が影斗に集う。

「シャドー……………?」

そこには先ほどまでは身に付けてはいなかった漆黒のローブを着た影斗の姿。

その影斗の右腕には先ほどまでと変化がない『法典』と、見慣れない四つの球体がある。

誰もが視線が集まる中で影斗は確かな足取りでラヴィニアへと歩み寄る。

「後は俺がやる」

ラヴィニアの横を通り過ぎてアウグスタと対峙するように前に立つ。

「駄目―――」

それは自分の仕事、影斗に戦わせるわけには、と頭の中で色々と思考しながらも影斗を止めようとするも今度はラヴィニアが結界の中に閉じ込められた。

「……………っ!?」

魔法陣を展開せずに結界を作り出したことに驚愕しつつもそれを解除しようと試みるが、一切の綻びが見えない。

「俺が相手だ。文句はないだろう?」

「ああ、ないさ。こちらの目的も坊やだからね」

アウグスタはそう告げると同時に幾重にも魔法陣を展開して、炎、氷、雷撃、突風と数多の現象を引き起こした魔法を繰り広げる。

「シャドー!!」

結界内にいるラヴィニアは悲痛の叫びを上げる。

だが、影斗も同様に幾重にも魔法陣を展開させてアウグスタの魔法を相殺させる。

「―――――え?」

その光景に目を丸くするラヴィニアに怪訝そうにするアウグスタは再び魔法で攻撃を仕掛けるも、またも相殺されてしまう。

それはおかしいと思うアウグスタとラヴィニア。

ラヴィニアは知っている。影斗はつい先日まで魔法に触れることもない生活をしてきたと、そして使える魔法は防御魔法ただ一つだけということも。

それなのに自分が相手をしていたアウグスタの魔法を魔法で相殺することなど不可能だ。

もし、それを可能とするとしたら。

ラヴィニア、アウグスタ、ヴァルブルガの三人の視線は影斗の右腕に漂う法典と四つの球体に止まる。

「……………………いったいどういう能力か説明してくれるかい?」

「簡単だ。俺の過去を改変しただけだ」

あっさりとした口調で答えた。

「過去を改変……………なのですか?」

それは知っている。確かに影斗には過去、現在、未来を改変することができる能力に目覚めているし、実際に目にした。

そういう能力を宿した神器(セイクリッド・ギア)だということも知っている。

だけど、それは数分前後で、それだけの過去を改変したところで何も変わることなどは―――――。

そこまで思考を働かせてラヴィニアは気付いた。

「シャドー……………もしかして、誕生からこれまでの過去を改変したのですか?」

「ああ」

短く返答して肯定した。

影斗がしたのは自分の誕生から今日までの過去をこぞって改変させた。

誕生し、そこから影斗は自身の運命を操り、幼い頃から魔法を学び、実戦を繰り広げてきた魔法使いという風に己の過去を変えて、この場にいる。

これまで歩んできた影斗の普通の日常から過酷な魔法使いの世界へと運命を変えた。

己の運命を改変させ、こに場にいる影斗は元々の素質と運命操作によって眼前のアウグスタと対峙できるほどの魔法使いとなった。

だが、当然代償も大きい。

自分がこれまで歩んできた運命を大幅に変えたのだから、自分に関わった人達の運命も大きく変わったはずだ。

前の運命から運悪く死んだ人は実は生きていたということになったり、逆に死んでしまったという人もいるはずだ。

運命を変えるということはそれだけ大きく変化が生じる。

それでも影斗に後悔はない。

「これで俺も戦える」

戦える為の力を得る為に過去を改変してきた影斗に炎の巨人はその剛椀が持つ炎の十字架を影斗に叩きつける。

しかし、叩きつけられたところには影斗の姿はない。

それよりも後方に立ち竦むように立っている。

「おかしいね。『法典』の基本的な力の利用にはそれを記載する為に法典とペンが必要のはずなのだけどねぇ」

アウグスタの言葉通り、凶星天の法典(アステール・トゥレラ)は記載されることによってその記載された能力を発揮する。

しかし、影斗は法典の力を使ってはいない。

「これは神器(セイクリッド・ギア)の力じゃない」

影斗は老女の言葉を否定する。

「これは俺の魔法力だ」

魔法使いとして誕生しても影斗は己の神器(セイクリッド・ギア)は記載しなければ能力が発動できないという欠点は変わらない。

過去を改変して変えたのは影斗自身の実力だ。

こうして魔法を扱えるのも過去を改変できる神器(セイクリッド・ギア)のおかげだ。

自身の実力が高まったことで、神器(セイクリッド・ギア)の能力も扱う時間が稼げる。

左手に魔法陣、右手に羽ペンを持って記載する。

「『氷の巨兵よ。我が元に姿を現し、我が意思に従え』」

事象を操作し、影斗の隣には老女の炎の巨人と同じ大きさの氷の巨兵が姿を見せる。

その時、影斗の口から血が出る。

過去そのものを改変させて強くなってもまだこの神器(セイクリッド・ギア)を扱いきれていない自分に呆れる。

「行くぞ」

数え切れないほどの魔法陣を展開させてあらゆる属性魔法を放つ影斗に対してアウグスタも同数に魔法陣を展開させて迎撃する。

禁手(バランス・ブレイカー)でもない状態で私と同等の魔法を使えるとは……………いや、これは坊やが持つ元々の素質が磨き削られた力と言うべきかねぇ」

改変させた過去から今日まで磨き続けてきた影斗の魔法。

氷の巨兵と炎の巨人がその剛椀を振るい、殴り合う。

ラヴィニアにも負け劣らない今の影斗を相手にするには少々分が悪い。

魔法の腕ではまだこちらが上回っていても、影斗にはあの『法典』がある。

「……………仕方がないね」

老女は魔法の攻防の後に大きく後退。それに続く様にヴァルブルガも下がる。

「ここは退かせてもらうとしよう」

「ご機嫌遊ばせ♪」

足元に転移用の魔法陣を展開させて瞬時にこの場から姿を消した二人に影斗は安堵し、膝から崩れ落ちて意識を失った。

「シャドー!?」

意識を失う直前にラヴィニアの声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

目を覚ましたのは見知らぬ天井だった。

視線を動かして周囲を見て見ると、どこかの病室のような場所だった。

「シャドー……………」

視線を下に向けると、そこにはラヴィニアが寝言を言っていた。

心配してくれたのか、と思いながら影斗は自身の状況を把握する。

恐らくは『空蝉機関』による事件は全て解決して、気を失った自分はここに運ばれたのだろう。

腕を上げて、掌を見る。

影斗は過去を改変させて強くなった。だが、改変させた過去を元に戻すことはできない。そこに上書きすることは出来ても、戻す頃は不可能だ。

少なくとも今の影斗には不可能だ。

いや、その必要もないか……………。

頭の中にある魔法の情報。これは改変させた過去から影斗が磨き続けてきた努力の成果だ。

だけど、まだまだだ。

魔法力も神器(セイクリッド・ギア)も使いこなせていない今の影斗は改変する前に比べればよくはなっても、これからのことを考えればまだ強くなる必要がある。

むくりと、上半身だけを起こして眠りの世界にいるお姫様の頭を優しく撫でる。

「ありがとう、ラヴィニア」

影斗は感謝の言葉と共に初めて彼女の名前を言った。

眠りについている彼女の表情はいつも寄りました笑みが増した気がしたのは気のせいだろう。



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今後のこと

『空蝉機関』が壊滅し、陸空高校の生徒とその保護者達は今回の事件に関する記憶をねつ造して元の生活に戻れるようになり、影斗達も重症者はいるが、誰一人欠けることなく生還を果たしていた。

鳶雄の幼馴染である紗枝だけは記憶は残したままだが、本人はそちらの方がいいそうだ。

そして、今回の事件でラヴィニアが鳶雄達に協力した理由を告げた。

大昔、ラヴィニアが所属している魔法使いの協会で、勢力が大きく分断され、ラヴィニアがいる『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』は運営を変えることなく存在するも、もう一つのグループは独自の結界術を用いて、世界と世界の間にあるという『次元の狭間』に独自の領域を作った―――そうラヴィニアは語る。

そして、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』とグリゴリが共に追っているのは『オズ』という魔法領域に潜り込んでいる魔法使いと―――それに協力するグリゴリの裏切り者、堕天使の幹部『サタナエル』。

様々な厄介事に巻き込まれ、今に至る。

もう普通の日常には戻れない影斗の今後は『神の子を見張る者(グリゴリ)』が管理しているセイクリッド・ギアを所有する異能者が集まる高校に転入することになった。

堕ちてきた者たち(ネフィリム)』と呼ばれる施設で世界の裏側に関する知識や神器(セイクリッド・ギア)を扱える訓練を行う。

「…………………それで堕ちた天使の総督が俺に何のようだ?」

ベッドの上で魔導書から眼を離さず、男性―――アザゼルに問いかける。

「…………………お前が今世の『法典』の所有者か」

「ああ、殺すなら抵抗する」

本を閉じて、鋭い眼差しを向けて警戒を強いる影斗にアザゼルは苦笑する。

「しねーよ。そんなことをしたら魔女っ子に一生恨まれる」

椅子に腰を落ち着かせてアザゼルは真剣な眼差しで口を開く。

「お前、今の自分の状態ぐらい知ってんだろ?」

「……………………」

「自分の過去を大幅に改変させて何の代償もないわけがねぇ。……………何を失った?」

「……………………記憶の一部、それと約十年分の寿命」

アザゼルの言葉に影斗は嘘偽りなく答える。

影斗は過去を改変することで力を得た。

だが、その代わりに運命を変えたことによってそれにつり合うように記憶の一部が消えて、自分の力量に合わない力を強制的に発揮した代償で十年分の寿命が削られた。

影斗の言葉を聞いたアザゼルは顎に手を当てる。

「まぁ、その程度で済んでよかったと思え。過去、法典の力に過信して運命を書き換え過ぎて死んだ奴はごまんといた。自分の力量に合った使い方をお前は知るべきだ」

「俺に後悔はない」

「お前には、な。あいつは心配してたぞ?」

「あいつ?」

「魔女っ子だ」

その言葉に影斗は金髪天然魔法少女が脳裏に過る。

「別に俺は頼んでねぇ……………」

素っ気なくそう返すと、アザゼルはいやらしい笑みを見せる。

「照れんな。女に心配されるなんて男にとっちゃ誉れだ」

「照れてない」

「たくっ、ヴァーリといいお前といい最近のガキどもは素直じゃねえな」

やれやれ、と苦笑するアザゼルに影斗は苛立ち、その顔に一発拳を入れたかったが、堪える。

「それで要件はなんだ? こんな世間話をする為に総督自ら足を運ぶとは考えらねえが?」

無駄話を省いてこんな場所まで足を運んできた本当の理由を問いかける。

「ああ。おい、もういいぞ」

声を飛ばすと、扉が開かれる。

そこにはいつものとんがり帽子とマントという出で立ちをした魔法使い――ラヴィニアが悲しい表情をしていた。

「……………………」

「……………………なんだよ?」

何も言わず、ただ見てくるだけのラヴィニアに耐えきれずに声をかける。

「シャドー。私はとても悲しく、そして怒っているのです。すっごく心配したのですよ?」

「……………頼んでねぇ」

視線を逸らし、そっぽを向く影斗にラヴィニアは近づいて彼の手を取る。

「友達を心配したら駄目なのですか?」

「そうは言ってねぇ……………」

「トビー達も心配していたのです。シャドーは無茶ばかりするのですから」

「…………………余計なお世話だ」

「シャドーはもう少し素直になるべきなのです」

「十分素直だ」

ラヴィニアから目を合わせず素っ気なく答えるその態度にアザゼルから言わせたら十分に素直じゃない。

「だからこれからもよろしくなのです。シャドー」

「何がどうなってそうなりやがった……………」

勝手に結論に辿り着くラヴィニアに半眼を作る。

「異能者が集まる『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』には行く。だが、そこでお前らと共に行動するのは別問題だ」

借りは返したしな、と告げる影斗は鳶雄達と関わるつもりはなく、一人で行動するつもりでいた。

人間をまだ信用しているわけではないが為に必要以上に関わる気は毛頭ない。

これでもかなり譲歩している方だ。

「まったく、シャドーには困ったものです」

「どう考えても困っているのは俺の方だが?」

我儘ばかり言う子供に呆れるように息を吐くラヴィニアに影斗の方が呆れたかった。

「おい、総督。要件はこれか? だったら俺はお前の顔に一発ぶん殴りたいのだが?」

「違ぇよ。お前の今後のことについてラヴィニアと交えて決める必要があってな」

「シャドーは『オズの魔法使い』、『空蝉機関』のアジトで出会った魔女、『東の魔女』に目を付けられているのです」

「あの老婆か……………」

神滅具(ロンギヌス)を持つ老女の魔女の存在が脳裏に過ると同時に疑問が生じる。

「『東の魔女』ということは東西南北にはそれぞれ魔女がいるのか?」

「はいなのです。『オズ』という国では、魔法使いたちのボスが住む『エメラルドの都』を中心にシャドーが言ったとおりに東西南北に城があって、そこには強力な魔法使いが住んでいるのです。『東の魔女』…………正確には『二代目』の『東の魔女』―――紫炎のアウグスタ。それがあの老女の正体なのです」

神滅具(ロンギヌス)紫炎祭主による磔台(インシニネート・アンセム)』の所有者である。お前さんは非常に厄介な奴等に目を付けられてちまったってわけだ」

「狙いはこれか……………」

影斗は法典を出現させてそうぼやく。

神器(セイクリッド・ギア)――『凶星天の法典(アステール・トゥレラ)』。事象を操り、運命さえも書き換えることができる神器(セイクリッド・ギア)。魔女共の狙いは恐らくはそれだ。だが、ここで一つ魔女共にも予想外なことがあった」

「シャドーの才能なのです。少なくてもシャドーから乱暴に神器(セイクリッド・ギア)を奪うことはしないはずなのです。恐らくは……………」

「洗脳か、脅迫か……………どちらにしろ厄介なのは間違いはないってことか」

生かさず殺さず。魔女たちは影斗を殺さず、利用しようと考える。

「そこで、お前はネフィリムを卒業したらどこかの組織に与する必要がある。俺が管理している『神の子を見張る者(グリゴリ)』か……………」

「私が所属している『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』のどちらかに入って欲しいのです」

二人の言い分はよくわかる。

後ろ盾がない今の影斗が一人で行動すれば容易に『オズの魔法使い』に囚われ、悲惨な生活を強いられるのは容易に想像できる。

だから、後ろ盾を得る為にもどちらかには所属した方が安全なのだ。

「今すぐに決めろとは言わねぇよ。ただ、それを視野に入れとけって話だ」

「無理にとは言わないのです」

今後のことについて二人から聞いた影斗の今後はどうやら波乱万丈な人生になりそうだ。

「それと、もう一つ」

今後の事について色々と思案している最中、アザゼルが人差指を指して告げる。

「お前には体調が戻り次第、今の実力を測る必要がある。相手はラヴィニア。おまえがしてやれ」

「了解なのです」

アザゼルの提案にラヴィニアは笑顔で了承した。



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魔法バトル

「こんなところまであるのか、このマンションは……………」

半分驚き、半分呆れながらただっ広い何もない一室を見渡す。

「なのです」

正面にはラヴィニアが対峙するように立ち、影斗の言葉に同意するように頷いていた。

体調が全快した影斗は早速と言わんばかりに総督―――アザゼルに連れられてマンションの地下に足を運び、今の影斗の実力を測りに来た。

異能者のトレーニングルームとして作られたこの部屋は頑丈で、そう簡単には壊れることはないとアザゼルは告げる。

「…………………で? どうしてお前等までいる?」

半眼を作りながらどういうわけかこの場にいる鳶雄達に視線を向ける。

「いいじゃない。私達もパワーアップした影斗が見たいのよ」

「お手並み拝見とさせてもらうぜ?」

「えっと、ごめん……………」

「次は俺だからな」

夏梅、鋼生、鳶雄、ヴァーリの勝手な言い分(東条紗枝もいるが何も言っていないのでも無視)に頭を押さえたくなる。

「……………………まぁいい」

影斗は右腕に四つの球体と神器(セイクリッド・ギア)である『法典』を出現させると、この一室の温度が下がった。

「行くのですよ?」

杖を持つラヴィニアの隣には氷姫が姿を現す。

神滅具(ロンギヌス)――『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』の登場に一層気を引き締める影斗。

「いいぞ、始めてくれ」

アザゼルの開始の言葉に先手必勝といわんばかりに複数の魔法陣を出現させる影斗は己の前方に防御魔法陣を張り、炎、雷といった属性魔法をラヴィニアに向けて放つ。

そんな影斗に対してラヴィニアも幾重の魔法陣を展開させて、影斗の魔法を容易く破り、ラヴィニアの攻撃魔法が影斗の防御魔法に衝突する。

だが、時間は稼げた。

左手でペンを持ち、法典に記載が終えた影斗の周囲に炎の竜巻が複数出現し、ラヴィニアを襲う。

「甘いのです」

だが、氷姫に指示を飛ばすと、氷姫の四本の腕が炎の竜巻に向けられて、炎の竜巻は瞬く間に凍てつく。

「炎までも凍らせるのか……………なら」

再び魔法陣を形成、そこから発射されるのは氷の槍。

氷を凍らせることはできない。そう一考した影斗だが……………。

「氷で私に勝てるとは思わないので欲しいのですよ」

影斗が出現させた氷の槍以上の大きさの氷の槍で破砕し、そのまま突貫してくる氷の槍を回避する。

回避しながらも魔法陣を出現させる影斗が今度は光の矢を放つ。

先ほどまでの魔法と比較すると矮小な攻撃と思われるが、魔法力を圧縮に圧縮させた光の矢は光を弱点とする悪魔ならかするだけでも致命傷になりえる威力を持つ。

更には法典の能力でその光の矢を数十増やして前後左右からラヴィニアに向かう。

それでもラヴィニアには届かない。

影斗が放った光の矢と同数同威力の氷の矢を放って相殺した。

彼女もまた、魔法使いの才能を持つ魔法使いだ。

「さて、シャドー。準備運動はこれぐらいで終わるのです」

「ああ」

不敵な笑みを見せる彼女に頷くと、ラヴィニアの周囲を埋め尽くすほどの魔法陣が出現し、あらゆる属性、精霊、黒、白、ルーンの術式が施されている。

豊富な術式を披露するラヴィニアを前にして影斗も負けずと魔法陣を作り出して放つ。

「行くのです」

放たれる数多の魔法。影斗も魔法を放つも完全には相殺はできず、即座に防御魔法を張って防いだ。

「シャドーの魔法陣の展開速度には目を見張るものです。そのボールのようなものがそれを可能としているのですか?」

「さあな」

ラヴィニアの質問に素っ気なく返答する。

影斗の右腕にある四つの球体は攻撃、防御、転移、支援とそれぞれの魔法を補助する役割を持っている。

ラヴィニアほどに術式に豊富な知識は持ち合わせてはいないが、使える術式を精密に構築し、洗練されている。

術式の量ならラヴィニアが、質なら影斗が。

それぞれの異なる魔法力を発揮する二人は再び魔法陣を展開する。

苛烈を極まる二人の魔法バトルを遠目で見ていた鳶雄達は目を丸くしていた。

「すげぇ…………」

「なんか、圧倒されるわね……………」

「ああ」

「これが魔法……………」

二人の戦いに開いた口が塞がらない状態になっている四人を置いてヴァーリだけは楽しそうに見ている。

「己の魔法力を鍛え、自ら先陣を切りつつ法典の力を操るか。今の新井影斗なら楽しめそうだ」

速く戦いのか、うずうずとしているヴァーリを諫めながらアザゼルは鳶雄達に声をかける。

「お前ら先に言っておくが、強さを求めるあまり、あいつのように神器(セイクリッド・ギア)を酷使するなよ? 今のあいつは力を求める為に過去を改変させてその力を得たが、その分寿命が削られている」

影斗から視線を外さずに鳶雄達に忠告する。

「特に幾瀬鳶雄。お前はな」

「……………………はい」

神をも斬り伏せることが可能と言われている神滅具(ロンギヌス)――『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』をその身に宿し、更に幾瀬鳶雄は生まれながらに至っていた。禁じられし忌々しい外法、禁手(バランス・ブレイカー)に。

鳶雄は世界のバランスを崩しかねないその力を有している。

注意しなければいけない、と鳶雄は改めて己の力に気を付けていると、二人の戦いは更に発熱していた。

「凄いのです、シャドー」

「うるせぇ」

笑顔で称賛の言葉を送るラヴィニアに悪態で返す影斗は禍々しい魔法陣を展開し、黒い球を放つ。

呪法。一発でも直撃すれば心身共に悪影響を及ぼす呪いの魔法。

恐ろしい魔法だが、それでもラヴィニアには届かない。

ラヴィニアの隣に立つ氷姫はその呪法そのものまでも凍らせてしまうからだ。

「何でもありかよ、神滅具(ロンギヌス)は……………」

悪態も吐きたくなる。

魔法の腕はややラヴィニアの方が上回っているが、それでも勝てないまではない。

問題は氷姫だ。

どのような魔法を用いても氷姫が全てを凍らせる。

「そうでもないのですよ? シャドーの魔法はどれも強力で私のお人形で防がないと危ないところもあったのです。おかげで体力も魔法力も早くも底がつきかけているのです」

ラヴィニアの方が優勢に見えてもその実はそこまで余裕があるというわけでもなかった。

だけど、その態度と言葉が影斗を苛つかせる。

「ふざけんな。お前の事だ、神器(セイクリッド・ギア)の上にある禁手(バランス・ブレイカー)にもなれるんだろうが。本気も出さないでよくそんなことが言えるな?」

そう、ラヴィニアは本気を出してはいない。

ラヴィニアほどの実力者がその領域に足を踏み入れていないわけがない。

本気も出さずに称賛の言葉を送られてもそれは侮辱以外なんでもない。

「………………それは素直に謝るのです、ごめんなさい。でも、ここでは使えないのですよ」

チラリと視線を鳶雄達に向けるラヴィニアに影斗は納得した。

使えば鳶雄達まで巻き込んでしまう。だから使えないと。

「ですので―――」

ラヴィニアはこの一室を埋め尽くすほどの魔法陣を発生させた。

「魔法は本気で行くのです」

炎、氷、突風、雷撃、暗黒、光、あらゆる属性、精霊、神霊の魔法を発生させたラヴィニアは残された己の魔法力をこの一撃に下に解放した。

「あのバカ!」

それを見たアザゼルは叫び、手元に小型の魔法陣を展開させて鳶雄達覆う結界を作り出す。

ラヴィニアが放つ魔法はそれほどまでに強力なものだと理解したからだ。

「シャドー、勝負なのです。この一撃をどうにかできたらシャドーの勝ちなのです」

「勝ったらなんかあるのか?」

「んー、シャドーのお願いを何でも一つ聞くのです」

「……………………お前、いや、やっぱいい」

女が男になんでもという言葉を使いな、と言いたかったが、この天然魔法少女にはそれを理解しては貰えないのはもう知っている。

「私が勝ったら逆にシャドーには私のお願いを聞いて貰うのですよ?」

「あー、はいはい」

つまり勝者は敗者に一つだけ何でも言うことを聞かせてられる命令権を得られる。

「それじゃ、死なないで欲しいのです!」

フルバースト状態で放たれた数多の魔法。

その時、影斗は法典のページをめくり、左手に持つペンで一線を走らせる。

すると、放たれたラヴィニアの魔法が砕け散り、煙のように姿を消した。

その光景にラヴィニアだけではなく、アザゼル達も驚愕の表情を見せるなかで影斗は種明かしをする。

「お前の魔法を発動をしたという過去を改変した。過去を変えた現在、発動していないことになったお前の魔法は消えて当たり前だろ?」

法典に記されている者の数分前後の過去、現在、未来を好きなように改変できる能力、時変改変(アラギ)を使って影斗はラヴィニアの魔法を阻止した。

種明かしをした影斗をラヴィニアは苦笑しながら言う。

「シャドーのそれも十分に何でもありなのです」

その言葉に同意するように鳶雄達も首を縦に振った。



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親睦

今の実力を測る為のラヴィニアとの魔法バトルを終えるとヴァーリが戦いたかっていたが、流石に体力も魔法力も使い切った今の状態では碌に戦えないと告げたら大人しく引き下がったが、その顔は凄く不服そうだったが……………。

戦いを終えると影斗はすぐに自室に戻ってベッドの上に横になる。

体力と魔法力を少しでも回復してから魔導書でも読もうと一考していると、扉がノックする音が聞こえた。

「誰だよ……………」

休みたいのにそれを邪魔しにきた誰かに若干苛立ちながらも扉を開ける。

「えっと、疲れてるのにごめんなさい……………」

扉の前に立っていたのは幾瀬鳶雄の幼馴染である東条紗枝だ。

「要件があるなら後にしろ」

疲れ切っている今はこれ以上は何かをする気もなければ、付き合う気もない為に先に断っておく。

しかし、紗枝は首を横に振った。

「まだ新井君にお礼を言ってなくて……………助けてくれてありがとう……………」

紗枝は頭を下げて礼の言葉を述べた。

「…………………お前を助けたのは幾瀬だ。俺は何もしてはいない」

しかし、影斗はその礼を拒否した。

「礼を言う必要もない。礼を言うなら他の奴等に言え」

俺には不要だ、と告げるも紗枝は頭を上げて言う。

「それでも鳶雄から聞いたよ? 色々と助けてくれたって。だからお礼を言わせて」

「そんなことをした覚えはねぇ」

冷たくあしらうようにそう答えて扉を閉めようとする影斗だが、紗枝が慌ててそれを阻止する。

「…………………まだ何かあるのか?」

「えっと、これから皆でゲームを」

「勝手にやってろ」

扉を閉める力を強める。だが、紗枝は両腕に力を入れて精一杯扉を閉めるのを阻止する。

「もう少し皆と仲良くしよ? ほら、コミュニケーションは大事だよ?」

「俺には仲良くする理由はない。わかったら手を離せ」

愛想笑みを浮かばせてどうにか影斗を部屋から出そうとする紗枝だが、影斗はどこまでも冷たくあしらうのみ。

両腕だけでなく、身体全体に力を入れて締める扉を阻止しようとするも男の腕力にはかなわず、徐々に扉が閉まり始める。

「いた――ッ」

不意に紗枝は扉を離す。不意に手を離されたことによって扉を閉めた影斗だったが、すぐに扉を開けて膝をついている紗枝に声をかける。

「まだ治ってねえのに無理すんな」

手元に小さい魔法陣を展開させて紗枝に当てると、痛みで歪んでいた紗枝の表情が和らいだ。

「沈痛性の治癒魔法だ。言っとくが痛みが引いただけだからな。無理しても知らねえぞ」

簡易に魔法で治療を施す影斗に紗枝は微笑んだ。

「やっぱり優しいんだね。新井君って……………」

「勘違いすんな。さっきの状態で幾瀬のところに戻ってまた誰かがここに来たら休もうにも休めないだけだ」

言い訳するかのように早口でそう言い返す。

「………………それよりもいいのかよ? 記憶を消さなくて。知らなくてもいいものぐらいあるだろう」

紗枝は『空蝉機関』での記憶をねつ造されることなく、ここにいる。

影斗の言う通り、あの事件は知らなくてもいいものだ。

今からでも記憶を封印した方がまだ幸せに暮らせるのではないかと思ったが、紗枝は首を横に振った。

「いいの。心配してくれてありがとう」

「してない。……………まぁ、お前がそれでいいのなら俺はもう何も言わねぇ」

本人がそれでいいのならこれ以上は何も言わない影斗は今度こそ扉を閉める。

だが、それを阻むものがいた。

「……………おい、いい加減に」

しろ、と言いかけたところで、振り返ると紗枝は扉に触れてはいなかった。

じゃあ、いったい誰が? と思い下を向いている紗枝の目線につられて下を向くとそこには黒い毛並みをした大型犬―――刃が扉を閉めるのを阻止していた。

がっちりと扉を噛んでその赤い瞳は真っ直ぐに影斗を見ていた。

「刃ちゃん! ナイス!」

親指を立てながら扉を閉めるのを阻止した刃を褒める紗枝に影斗は何がナイスだ、と内心で愚痴を溢す。

「おい犬、離せ」

神器(セイクリッド・ギア)でもある刃が言葉を理解出来るのは知っている影斗は扉から離すように言い渡すも刃は一向に離す気配はない。

飼い主はどうした……………? とペットの面倒ぐらいちゃんと見ろ。と色々と言いたい言葉が出てきたが、今は休みたい衝動が大きい為にそれは後にしておく。

「……………………仕方ねぇ」

手元に魔法陣を出現させてそれを刃に向けると、それを目撃した紗枝はぎょっと目を見開く。

相手が神器(セイクリッド・ギア)であるのなら多少攻撃を加えても問題はない。後で飼い主(とびお)が何か言って来てもそれはペットをしっかりと管理していない鳶雄が悪い。

少し威嚇すれば怯んで離すだろうと踏んだ影斗は魔法を発動しようとした瞬間、刃は扉から口を離して影斗に跳びかかってくる。

「うおっ!?」

余りにも突発的な行動に不意を突かれた影斗はそのまま刃に押し倒され、眼前には口を開けて牙を覗かせる刃がいる。

そして―――――。

「ちょ、やめっ! おいこら! クソ犬!!」

刃に顔をペロペロと舐められる。

抵抗しようと暴れるも執拗に舐め続けてくる刃に動きを封じられ、魔法陣を展開させると影から現れる刃によって斬られる。

無駄な抵抗は止めて大人しく従え。と言わんばかりに舐める攻撃に悪戦苦闘する。

その刃の後ろから勝ち誇った笑みを浮かばせている紗枝が声をかけてくる。

「皆のところに来てくれるのなら刃ちゃんを止めてあげる」

「飼い主! おい、こいつ止めろ!!」

「鳶雄なら皆のところにいるから来ないよ?」

イタズラっ子の笑みを見せる紗枝に恨めしい視線を送るも、今はこの舐め続けてくる犬をどうにかしたい。

「ああわかった! わかったらこの犬をどかせろ!!」

「よろしい。刃ちゃん、もういいよ」

紗枝の言葉に従い、即座に影斗の上から離れて紗枝の隣にお座りする刃。

顔中ベトベトにされた影斗は隠すこともしない苛立った顔を見せる。

「お前、覚えてろよ……………」

「刃ちゃん、ゴー!」

「クソがッ!? いい加減にしやがれぇええええええええええええええええええええええええ!!!」

この日を境に影斗は犬が若干苦手になった。

 

 

 

 

 

結局、全員が集まっているに足を運ぶこととなった影斗は真っ先に鳶雄の胸ぐらを掴む。事情を知っていたのか、鳶雄は影斗と目を合わせなかった。

「てめぇ……………幼馴染とペットの面倒ぐらいしっかり見ろ」

「ごめん……………」

顔中舐められた跡を見て、本当に申し訳なさそうに謝る鳶雄の胸ぐらを離して洗面所でベトベトだらけの顔を洗う。

「それじゃ、皆揃ったことだし、親睦会と行きましょう!」

「これ、そういう集まりだったのか?」

初耳と言わんばかりに鋼生はぼやくと夏梅はだって、と言葉を紡ぐ。

「色々あって、皆怪我をして、落ち着ける時間もなったでしょ? だからここで親睦を深めましょうよ。仲間なんだし」

「仲良しこよしならお前等で勝手に―――……………いや、なんでもない」

手を振り上げる紗枝とその横で身構えている刃を見てそれ以上は何も言わず、黙った。

「シャドーはもっと皆と仲良くするべきなのです」

「そうよ! 一人だけ欠けても楽しくないもの! 全員集まってわいわい楽しむ方がいいでしょ?」

「影斗。俺達は共に戦った仲間なんだ。だから、これからもよろしく頼む」

「…………………………………」

「刃―――」

「わかった! 協力する! これでいいだろう!?」

無言を貫こうとした影斗に瞳をぎらつかせている刃に指示を飛ばそうとした紗枝に乱暴気味にそう返した。

「皆の意見が一致したところで改めてよろしくね!」

夏梅の一言から互いに親睦を深めて行く、親睦会は深夜を渡るまで続いた。



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新しい生活

―――朝。

目を覚ました影斗は上半身を起こして、カーテンの隙間から漏れる朝日の光を見て、朝が来た事に気付いた。

今日からはアザゼルが言っていた『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』に通い始める日。

昨夜のうちに用意しておいた青を基調としたコスプレみたいな制服を着なければならない。

別に制服に拘りなどはないが、コスプレみたいで少しだけ嫌なのが本音だ。

しかし、そんな贅沢を言える立場でもないことぐらい理解している影斗はさっさと起きて、着替えて、朝食でも作ろうとした時に違和感を覚えた。

「お前…………」

隣で白シャツ一枚で気持ちよさそうに眠りについている金髪碧眼の美少女―――ラヴィニアを剣呑な目つきで睨む。

「本当に襲われても文句言えねえぞ、この天然……………」

白い肌に豊満な胸がほぼ露となっているその恰好は健全な男子には薬でもあり、毒でもある。

深夜にトイレに立って、寝惚けた状態で入ってきたのだろうと……………以前に夏梅や鳶雄からそのような話を耳にしたことがあるので今回もそうだろうと容易に想像できる。

若干呆れながら、タオルケットをかけて自分はベッドから出て、制服に袖を通す。

静かな足取りで部屋を出て行くと、誰もが入っていい空き部屋に向かって朝食を作ろうと入ると同時に嫌そうな顔を作る。

「げ……………」

「おはよう。それと、朝から失礼だよ」

「誰のせいだ、誰の」

そこにいたのは東条紗枝。彼よりも速く起床して台所で包丁を持って朝食の支度に取り掛かっていた。

正直に言えば、影斗は紗枝が苦手だ。

親睦会の日に刃を使って強制的に参加させられ、更には何かある度に刃を使って脅しにかかる。

そのせいもあって影斗は東条紗枝に苦手意識を持つようになった。

「……………………場所を少し借りるぞ」

自分の分の朝食を作る為にも去るわけにはいかず、台所のスペースを一部借りて朝食の支度に取り掛かる。

「新井君の分も作ってあるよ?」

「俺は自分で作るからいらん」

自分の分は自分で用意する影斗はテキパキと効率よく朝食の準備に取り掛かる。

互いに朝食の準備をしている最中、紗枝が口を開いた。

「そう言えば、学校で新井君と話すことなかったよね?」

「俺は誰かと関わる気なんてなかったからな。それは当然だろう」

陸空高校の時でも影斗は誰かと話すのは決まって必要事項のみだ。誰かと話すことも、何かと付き合うことも拒絶していた。

だから話すことはないのは当然だ。

「どうして誰とも関わろうとしなかったの?」

「それをお前に教える義理も義務もない」

突き放すような冷たい言葉に紗枝は困ったように頬を膨らませる。

「同じ屋根の下で住む友達なんだからもっとお互いの事知っていきたいな」

「お前は幾瀬達の心配でもしてろ」

食材を切る、包丁の音を止めて影斗は紗枝に言う。

「特に幾瀬は下手に力の制御を誤ればろくでもないことになる。幼馴染ならよく見てやれ」

忠告ともいえるその言葉を耳にして紗枝は笑みを見せる。

「やっぱり優しいよね、新井君って。これがツンデレ男子ってやつかな?」

「誰がツンデレだ、誰が」

朝食の支度を整えながらそんな他愛もない話をしていると、このマンションの住人が一人、また一人とこの部屋に集まってくる。

「おっす、お前ら早いな……………」

「新井影斗、湯を沸かしてくれ。今日はカップうどんがいい」

「おはようなのです」

鋼生、ヴァーリ、ラヴィニア、三人はこの場に姿を見せるも残りの二人と一匹はまだ来ていない。

仕方がなく、この場にいる全員(影斗を除く)で二人を起こしに行く間に影斗は自分の分用意を終わらせてお湯を沸かし、冷蔵庫の材料(賞味期限切れが近い)を使って仕方がなく、全員分にもう一品とデザートを作っておいた。

 

 

 

 

妙に気まずい朝食時、鳶雄と夏梅は顔を紅潮させ、紗枝も顔を赤くしたりと修羅場のような現場となったが、影斗は気にもせずに自分の朝食を口に運ぶ。

今日からネフィリムに通い始める日だというのによくなにかしらと騒ぎを起こすと他人事のように思っていると、不意に現れたアザゼルもここで朝食を終わらせて、鳶雄達はアザゼルの案内の下でネフィリムに辿り着いた。

マンションの地下に学校があるのは予想外ではあったが、もういちいち驚くこともなかった。

そして、堕天使の幹部であるバラキエルの下で影斗達は一般的な教養からこの世に存在するあらゆる異能、異形についての知識なども教わった。

この世界で生きて行く以上は異能、異形の世界について、最低限知らなければならない。

学び始める事、半月という月日が流れ、影斗達は今は施設の屋内ランニングトラックで十五キロの長距離を終えていた。

「…………………ったく、毎回何キロも走らせやがってよ……………っ! 俺らにオリンピックでも狙わせる気かってんだ……………っ! こんなに走ったのは中坊の頃以来だぜ……………っ!」

鋼生はゴール直後に座り込み、毒づく。

まずは体力。逃げるにも体力は必要。殺されない為にもまずは体力作りからと鳶雄達を指導するバラキエルはそう言っていた。

「……………………」

同じく走り込みが終えた影斗だが、さほど疲労は無い。

過去を改変したせいか、体力は以前よりも遥かに向上しているようだ。

それからも基礎訓練をこなしていくと、次は場所変えての組手となる。

基本的の組手の相手は講師であるバラキエルが主なのだが、時折相手が変わる日もある。

そういう時は決まって――――。

「俺の出番のようだ」

不敵な笑みを浮かべるヴァーリが鳶雄達の前に姿を現す。

そんなヴァーリの今日の相手は鳶雄と鋼生。以前は影斗だった為に今回は二人のようだ。

「なんなら三人でも俺は構わんが?」

自信満々にそう言ってくるが、それに応じる気は影斗も鳶雄達にもなかった。

影斗は夏梅達同様に壁際で待機、その時間を使って小型の転移用魔法陣から魔導書を取り出して、目を通し始める。

時折、二人に視線を向けるが、今の二人ではヴァーリにはまだ勝てない。

『空蝉機関』との争いの際に二人は次のステージに着実に進歩している。

鋼生は白砂に電撃を放てるようになり、鳶雄は大鎌を使い、刃と共に戦闘を行えるようにはなっているが、それでもまだまだ荒い。

力に目覚めたばかりの今の鳶雄達ではまだヴァーリには勝てない。

予想通り、二人はヴァーリにこてんぱんにやられ、敗北した。

「さぁ、新井影斗。次は君の番だ」

「ああ……………」

ヴァーリから指名を貰い、次は影斗は前に出る。

 

 

 

 

 

次の土曜日、鳶雄達は『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』は休日ということもあっても影斗は変わらず、自室で魔導書を読みふけっていたが……………。

「おい、いい加減に離せ」

「大人しく私達の買い物に付き合うって約束したらいいわよ?」

「シャドーも付き合うべきなのです」

夏梅とラヴィニアに強引に連れ出され、全員で外出する羽目になった。

がっしりと両腕を掴まれて、逃げられない。

深く嘆息する影斗に困ったように笑う鳶雄の姿が目に映る。

助ける気はないらしい……………。

「……………………付き合うから離せ」

「本当に? 途中で帰ったりしない?」

「最後まで付き合う。何かあったら言う。これでいいだろう?」

「オッケー! 言質は取ったからね!」

言質まで取ると夏梅は腕を離して影斗を解放するも、ラヴィニアはまだ掴んでいる。むしろ、腕を組む恰好となっている。

「おい、お前も離れろ。歩きづらい」

「シャドーがどこにも行かない様に摑まえているのです」

「付き合うって言っただろうが」

「駄目なのです。シャドーは買い物には付き合っても、私達とは付き合うつもりはないのはお見通しなのです」

「チッ…………」

的確に告げるラヴィニアの言葉に小さく舌打ちする。

買い物に付き合うのと、夏梅達と共に行動するのは別問題だ。

それを理由に適当にどこかで時間を潰そうと考えていたが、ラヴィニアにはお見通しだった。

「いいじゃねえか。役得だぜ?」

「うるせぇ」

美少女であるラヴィニアに腕を組まれて、後ろから鋼生のからかいの言葉が飛んでくる。

「今日は何をするのです?」

いつもの魔法使いの恰好で共に歩ているラヴィニアに夏梅は指を突き付けて言う。

「まずはあなたよ、ラヴィニア! 服! 年若い女の子がこんな格好じゃ、ダメすぎるって! 素材は最上級なんだから、オシャレしなきゃ嘘ってもんよ! 東条さんも手伝って! 一緒にこの子をコーディネートするから!」

「え? う、うん」

夏梅の勢いに気圧されながらも紗枝は同意した。

「私は魔法使いなのだから、これでいいのです。この格好が一番魔法力を高めて、いざというときに―――」

「あー、もう!いいからショップよショップ!」

夏梅はラヴィニアの訴えなど退いて、繁華街の方を指さした。

ショップを巡りながら女子達は服を見てはキャッキャと嬉しそうにしているなか、男子達は女子の買い物が終わるのを待っている状態だった。

「たくっ、なんで俺まで……………」

鳶雄達とは少し離れた壁際で壁に背を預けて大人しく待っている影斗は愚痴を溢す。

すると――。

「お、やっぱ影斗じゃねえか?」

不意に声をかけられ、顔を上げる影斗は目を見開いた。

「よっ、久しぶりだな。中学卒業して以来か?」

影斗の前に現れたのは男子達。その中央に立ち、影斗に声をかけてきたのは中学時代で親友と思っていた斎藤大樹だった。

「おい、知り合いか?」

その後ろにいる影斗も知らない男子達は恐らくは大樹が高校で知り合った友人だろう。

「ああ、俺の中学時代の親友(ダチ)だ」

何が親友(ダチ)だ…………。

無意識に手に力が入り、心の奥でどす黒い炎が燃え上がる。

『あいつのせいです! あいつのやれって言われて仕方がなく!』

忘れもしない記憶が鮮明に思い出す。

何も知らず、ただ信じて親友についてきた影斗をどん底にまで突き落とした元凶に影斗の目線は鋭くなる。

今すぐにでもその元凶の顔面に拳を叩きつけてやりたい衝動に駆られるも堪える。

「……………………俺はお前のような奴は知らん。人違いだ」

他人の振りをしてしらを切ろうとするも、大樹は影斗の気も知らずに軽薄な笑みを浮かばせる。

「なんだよ? あの時の事まだ怒ってんのか? 悪かったって。俺だってあそこまで大事になるなんて思わなかったんだ。それよりもさ、お前、さっきすげー美人な外国人と腕組んでたじゃん。あれってお前の彼女?」

――――それよりも、だと。

あの事件をきっかけに影斗は地獄を見た。

その地獄でもこいつは何もすることなく、ただ傍観していた。

それをこいつはそんな簡単に済ませるのか?

「後二人もすげー可愛いし、紹介してくんね? ほら、親友のよしみでさ」

肩に触れようと手を伸ばす大樹に影斗はその手を弾く。

「消えろ。俺とお前の間には何もない。気が変わらない内に俺の視界から消えろ」

睨む影斗に怯み、大樹は「なんだよ……………」と愚痴を溢しながら他の奴等と一緒に離れていく。

それと代わるように鳶雄が影斗に歩み寄ってくる。

「影斗? 今の人達は知り合いか?」

「…………………………………」

鳶雄の言葉を背に影斗は無言でどこかに歩き出す。

「おい、影斗……………」

手を伸ばす鳶雄の手を影斗は勢いよく弾いた。それに驚く鳶雄だが、それ以上に影斗の怒りに満ちたその瞳の方に驚いた。

「……………………一人にさせてくれ」

ただ、その一言だけ告げて影斗は鳶雄達から離れていった。



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決別

「クソが……………」

店の外に出て、人気のない場所までやってくると影斗は怒りを少しでも発散するかのように壁を殴り、恨み言のように言葉を呟く。

「こんな偶然があってたまるか……………」

斎藤大樹―――思い返せば幼稚園の頃からの腐れ縁でクラスもよく一緒になっていたから気が付けば何をするにしても一緒だった。

だが、あの事件をきっかけに影斗は大樹と縁を切り、大樹とは別の高校に進学した。

もう会うこともないだろうと踏んでいた人物とまた会ってしまう偶然に苛立ちを覚える。

「嫌な記憶ってもんは残るものとは聞くが……………」

力を得る為に過去を改変した代償として記憶の一部と寿命を支払った。

その時にあいつの記憶も一緒に消えればどれだけよかったのだろうか……………。

そう考えてしまう自分がいる。

しかし、首を横に振ってそんな考えを振り払う。

ここであいつと出会ったのは偶然に偶然が重なっただけ。もうあの顔も見ることもないし、次に会えば無視すればいい。

そう結論付いて、影斗は気持ちを落ち着かせてそろそろ鳶雄達のところに戻らないと夏梅がうるさいだろう、と店内に戻ろうとした時、見知った顔が視界に入った。

複数の男性に取り囲まれている女性。

男性は先ほど出会った大樹達、そして、大樹達に取り囲まれているのは先ほどの魔法使いの恰好を止めて水色のワンピースを着たラヴィニアだった。

「あいつ何やってんだ……………?」

半眼を作りながら嘆息する影斗は真っ直ぐにラヴィニアの方に歩み寄って大樹達の輪を強引に押しのけてラヴィニアの手を取る。

「行くぞ」

大樹達を完全に無視してラヴィニアの手を掴みながらそこから離れようとする影斗。

だが―――。

「おい、待てよ」

後ろから制止の声が投げられるが無視するも、大樹の友人達が逃がさないと言わんばかりに影斗達を取り囲む。

「いきなりなんだよ? 俺達はただたんに声をかけただけじゃねえか」

大樹が不満アリアリの声音で影斗に声を投げる。

「つーかさ、お前ってそんな強引なヤツだったか? 俺が知っているお前はもっと大人しい奴だったと思ってたけど……………アレか? そこの彼女とヤッて自信がついたってやつなの? そりゃ、そんないい女とヤれたら自信もつくわな」

卑猥な発言と共に二人を取り囲んでいる男性達は嘲笑するかのような笑みを見せる。

「いいよな~……………なぁ、影斗。俺達にも彼女貸してくれよ? させろ、とまでは言わねえよ。ただ、一緒に遊ぶぐらいの付き合いはいいだろう? 親友として、な?」

空いている方のラヴィニアの手に触れようとする大樹の腕を掴み、握りしめる。

「いでででででででででっっ!!」

「…………………さっきも言ったはずだ。俺とお前の間には何もないって」

淡々と告げて、手を離す。

大樹は握りしめられた腕を擦りながら睨むように影斗を見る。

「……………んだよ、あの時こと悪いって思ってるから下出にでりゃ……………そっちがその気ならこっちにだって考えってもんがあんだよ」

視線で他の友人達に合図を送る大樹に男性達は不敵な笑みを浮かばせながら影斗に敵意を向ける。

「お前をボコってお前の彼女で遊んでやるよ!」

複数人で同時に影斗に襲いかかる大樹達だが、その動きは遅い。

過去を改変させて力を得たからだけではなく、ここ半月で基礎体力をつけたり、バラキエルやヴァーリと模擬戦を繰り広げていたせいもあってか動きが緩慢だ。

攻撃を払い、一撃を叩き込み、他の男性達も同様に拳や蹴りをその身に叩きつけて地面に寝転がせる。

一般人相手とはいえ、複数人相手をここまで容易にあしらえるようになっていた自分自身に少しは驚くも、今はそんなことはどうでもよかった。

「う、うそだろ……………?」

瞬く間に友人達を無力化された大樹は怯え、後退りする。

理解出来ない、したくない。認めたくはない現実と直面してその顔は驚愕と恐怖によって歪んでいる。

その姿を見て、影斗はもういいだろうと判断し、ラヴィニアの手を取ってここから離れようとすると、それが気に入らなかったのか大樹は影斗に向けて叫んだ。

「余裕ぶってんじゃねえよ!? ああ、そうだ!? 俺はお前のそういうところが嫌いだったんだよ!! 俺の後ろにいつもいつもついてくるだけの存在だったのに、成績はいつもお前の方が上だった!! それを自慢もしないで、たまたまなんてほざいて余裕ぶっていたお前の態度が気に入らなかったんだ!!」

癇癪を起したかのように喚き散らす。

「ガキの頃だって寂しそうにしているお前を見て、気を遣って遊びに誘ってやったのに……………そんなお前にどうしてそんないい女を連れてんだ!? ああくそ、こんな想いをするぐらいならお前となんか親友(ダチ)になるんじゃなかった!!」

影斗は振り返ることもせず、ただ思った。

 

どうして俺はこんな奴を親友だと思って信じていたんだろう……………。

 

一緒に遊んでそれなりに楽しい思い出もある。共に辛い経験をした記憶もある。

互いの家に遊びに行ってゲームしたり、勉強したりなどもした思い出もある。

それが、今は辛く、苦しいものになっていく気がしてならない。

「お前なんかもう親友(ダチ)でもなんでもねぇ!! 二度と俺の前にその(ツラ)を見せるな!!」

「……………………ああ」

完全な決別。二人を繋ぐものは何もなくなった。

離れていく二人の間には決して元には戻れない亀裂が生じた。

「シャドー……………」

手を引っ張られて、足早で歩く影斗についていくラヴィニアは何とも言えない視線を影斗に向けるも、その顔を窺うことは出来ない。

だけど、握られているその手は小さくではあるが、僅かに震えていた。

「あ、いた! やっとみつけたわよ! 散々探し回ったんだからね!?」

そんな二人の前に夏梅達が姿を現すと、影斗は夏梅にラヴィニアを渡して、その横を通り過ぎて行く。

「………………先に帰る」

ただそれだけを告げて、影斗は鳶雄達の傍から離れていく。

「え? ちょ、ちょっと!? 約束は!?」

その後姿に夏梅は最後まで付き合うという約束について追言するも影斗は何も言わずに、振り返ることもなく、離れていった。

「もう、なんなのよ!?」

突然のことに憤る夏梅。いつもと雰囲気が違うことに察した鳶雄達は訝しむ。

「ねぇ、鳶雄。新井君……………どうしたの?」

「さ、さぁ、俺もよくは……………」

影斗の様子に戸惑いを隠せれない鳶雄達は先ほどまで影斗と一緒だったラヴィニアに視線が集まる。

「実は……………」

ラヴィニアは戸惑いを隠せれないまま先ほどの事を鳶雄達に話した。

 

 

 

 

「そんなことが……………」

影斗の過去を聞いた鳶雄達は何を言えばいいのかわからなくなった。

だが、影斗が人間を信用していないあの態度に納得できる。

「そりゃ、人間不信にもなるわな……………」

鋼生が乱暴に頭を掻きながらポツリと呟く。

冤罪を背負わされ、自分の無実を誰も信用してくれず、その罪を擦り付けたのが親友ならもう誰のことも信用できなくなるのも理解出来る。

「「……………」」

鳶雄と紗枝は互いの顔を見合わせる。

自分達には自分を信用してくれる幼馴染がいる。だけどもし、裏切られたとしたらそれでも人を信じていられるのか? そう思ってしまう。

「誰にも信じてもらえないのは辛いのです……………」

沈黙がこの一帯を占めるなかで、ヴァーリが不敵に微笑んだ。

「なんだ、そんなことか」

いつもと変わらない小生意気な態度でヴァーリは堂々と告げた。

「俺達が新井影斗を信じてやればいい。それだけのことだろう」

あまりのも単純明快なその言葉にこの場にいる全員が唖然とし、一笑する。

「ルシドラ先生にしちゃいいこと言うじゃねえか」

「そうね。たまにはいいことを言ってくれるじゃない」

「ふっ、当然だ。なんせ俺は魔王の血を引く―――」

「ヴァーくん、いい子いい子なのです」

「だからなでるな! 俺は子供じゃないぞ!」

いつものように騒ぎ出す皆を見て、鳶雄もヴァーリの言葉に強く頷く。

―――信じよう。影斗も俺達にとって大切な仲間なんだから。

改めてその想いを決意する。

 

 



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青龍/朱雀

影斗は一人で街中を歩ていた。

鳶雄達と先ほど別れてから呆然と道なりに沿って歩きながら先ほどの事について考えていた。

斎藤大樹とはこれでもう完全に縁を切った。それで何も問題はない。

元よりあの事件からそのつもりだった。向こうから縁を切ってきたのだから関わることももうないだろう。

もし、逆恨みで何かしてきたらその時はその時だ。

何もない一般人である大樹にこちらの世界に入っている影斗では遠く及ばない。

一方的に返り討ちにできる。

何も問題はない筈なのに、この胸にある虚無感はいったいなんだろうか……………?

『シャドー』

そして、それを抱く度にどうしてラヴィニアが頭の中にでてくるのか?

もう、何がなんだかわからなくなった。

「………………帰るか」

マンションに帰って自室で魔導書を読みふけって新しい魔法を一つでも身に付けよう。

力がいる。魔女にも他の誰にも好き勝手にされない力が。

その為にもこんなところで油を売っている場合じゃない。

そう考え、顔を上げるとここで初めて異変に気付いた。

自分の周囲に誰もいない。

人気のない場所でも、子供一人いないなんてことはありえない。

考えられるとしたら一つだけ、人払いの結界が張られている。

周囲を警戒すると、不意にそいつは現れた。

「おっ、ようやく気付いたか」

背後から聞こえた声に振り返るとそこには影斗と同じ年ほどの眼鏡をかけた眉目秀麗な少年だ。青を基調としたブレザーを身に付けている。

「…………………誰だ? 『空蝉機関』の残党か?」

思い当たる敵に影斗はそう問いかけるも少年は首を横に振った。

「いや、僕は櫛橋、櫛橋青龍」

「五大宗家の一角か……………」

「そ、いちおう僕は櫛橋の次期当主。まぁ、キミに言っても実感はないかもしれないけど」

「そんなことはどうでもいい。で? その次期当主が俺に何の用だ?」

突然現れた櫛橋を名乗る少年に影斗は淡々と相手の目的を探る。

「――――『空蝉機関』、キミ、キミたちはそれに関わった。いや、不幸にも関わることになってしまった。で、結果的にはあの組織を崩壊させてしまった。そうなると、あそこを生み出してしまった五大宗家としても無視するわけにもいかない。さらに言うなら、『グリゴリ』に協力している。…………これが最も僕たちにとっては重罪だ。僕たちと彼らは敵対しているからね」

「つまりなんだ? 俺を始末する為に現れた敵、でいいのか?」

「そうだね」

飄々とした態度で青龍は肯定した。それと同時に影斗は四つの球体と法典を出現させる。

「なら、倒すまでだ」

「それはおもしろい」

櫛橋青龍の全身から言い知れないプレッシャーが解き放たれる。

さらに、この周辺一帯に不自然なほどの強風が発生し始め、その風の発生源は青龍。

「……………………五大宗家の一角である櫛橋は『木』を司る一族だったか? 『木』は『風』と『雷』すらも操る……………」

「良く知っているね」

「あの事件に関与した五大宗家の情報ぐらい調べる」

「なるほど、勤勉だ」

櫛橋青龍は体に青い『気』のようなものをまといだした。『気』は、彼の体から滲み出て、その背後に―――蛇のように細長い体を持つ、東洋の龍を思わせる形となった。

「こちらも命令で動いているから、死んでも恨まないでもらいたい。ああ、安心してくれ。キミ以外の仲間もすぐにそっちに送るから」

暗にお前を殺して鳶雄達も殺すと告げる青龍に影斗は言う。

「俺に仲間なんていない」

自身の眼前に防御魔法を展開させて、周囲に攻撃魔法を出現させて属性魔法での攻撃を放つ影斗に青龍は手で印を結んで口から力ある言葉を紡ぎだしていく。

「『四緑木星をもって、風と成せ』!」

刹那、彼を中心に突風が発生し、魔法をも吹き飛ばしてしまう。

それに驚愕し、目を見開いた影斗は防御魔法越しでも伝わるその威力に足に力を入れて踏ん張る。

「これが櫛橋家の陰陽術か……………」

愚痴るように口から零れ落ちる言葉と共に影斗は下手な魔法では意味を成さないと理解し、手の前方――青龍の頭上にかざすと、彼の上に魔法陣が展開される。

重力魔法で相手を地面に叩きつけて一気に無力化する。そう一考して魔法を発動としたが、影斗が魔法を発動すると同時に青龍はいち早く気づいて回避した。

「チッ!」

荒くなる口調で舌打ちし、予想外にも動ける青龍の動きから近接戦闘にも長けていることに察した。

影斗は魔法の発動展開はラヴィニアを超えている。つまり、並みの魔法では青龍を捉えることは不可能と考えた方がいい。

なら、法典と魔法力を組み合わせて高威力の魔法を生み出す。―――と思ったが、それはできないことに気付いた。

いくら人払いの結界が張られているかとといっても、下手に高威力の魔法を放ったらこの一帯に被害を出してしまう。

下手に騒ぎを起こすのは好ましくないのは今いるこちらの世界の常識だ。

だから、それは最後の手段だ。

今は出来る限りでいいから、周囲の被害を最小限に抑えて青龍のみを倒す方法を模索する。

「影斗ッ!!」

背後から呼ばれ、視線のみをそちらに向けるとそこには鳶雄達がこちらに向かって駆け出していた。

「今助け――――」

助けに入ろうとした鳶雄達の足元に魔法が放たれた。

「邪魔するな。これは俺の戦いだ」

片腕を鳶雄達に向け、魔法陣を展開しながら憤怒の眼差しで睨み付ける影斗に鳶雄達は思わず、駆け出していた足を止める。

それを見た青龍は楽しそうに笑みを見せた。

一対一(サシ)でとことんやるのは嫌いじゃない」

彼を覆う青い『気』が一層高まると、それにつられるように影斗も自身の周囲に幾重もの魔法陣を展開する。

苛烈さを増そうとする二人の間に突如、巨大な光のような稲光が、降り注いだ。

「そこまでだ、櫛橋の次期当主よ」

聞き覚えのある声に振り返れば、そこにいたのはバラキエル。その手にはバチバチと電気が走る。

だが、それでも二人の戦意は衰えない。

「敵は倒す。邪魔をするな」

「落ち着け。奴は敵ではない」

影斗の戦意を鎮めようと淡々と事実を口にするバラキエル。すると、この全域に火の粉が舞った。

「―――青龍、止めなさい」

その一声を聞いて、櫛橋青龍は驚き、戦意―――体を覆っていた青い『気』は消し去ってしまった。

櫛橋青龍の後方から姿を見せたのは赤――朱色を基調としたブレザーを着た少女を見て、櫛橋青龍は息を吐きながら少女に言った。

「……………キミが来ているなんて、聞いていなかったな。――――朱雀」

「教えていないもの」

朱雀と呼ばれた少女は、小さく笑った。

戦闘が鎮火しようとしている空気のなか、影斗だけはまだ戦意を弱らせることなく、敵である青龍と朱雀を睨んでいた。

隙があれば攻撃する。そんな雰囲気を醸し出している影斗の手をラヴィニアが手に取った。

「シャドー、落ち着いて欲しいのです」

「俺は冷静だ。これ以上にないぐらいに頭は冴えてる」

淡々と答えるも、その声音には怒りに満ちている。そんな影斗をラヴィニアは自身の胸元に寄せて強く抱きしめた。

「―――――――ッ!? ―――――!!」

あまりにも予想外なこの展開に影斗は手足をばたつかせて暴れるも、ラヴィニアはお構いなしかのように影斗の頭を強く抱きしめて押さえつける。

「シャドーが大人しくなるまでこうするのです」

怒りを鎮めさせようとするラヴィニアだが、鳶雄達は今の影斗はその怒りがどうでもいいと思えるぐらいに苦しんでいるのが手に取るようにわかる。

そんな影斗をヴァーリだけはまるで同情するかのように、頷いていた。

次第に弱まっていく影斗の手足はだらんと力を失うかのように脱力し、四つの球体と法典姿を消した。

解放された頃にはすっかりと意気消沈した影斗の姿がそこにあった。

 



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一瞬だけの微笑み

朱雀と名乗る少女は青龍同様に五大宗家の一角である姫島の次期当主であり、驚くことに幾瀬鳶雄の『はとこ』でもあった。

その朱雀から話し合いの場としてオフィス街――その一角にそびえ立つ巨大なビルの屋上に設けられた庭園。そこにあるペントハウス―――和の趣が強い和室で鳶雄達と朱雀と青龍は対面するように腰を落ち着かせる。

朱雀はまず最初に一言告げた。

「先に言っておかねばなりません。先の『空蝉機関』とのこと、彼らの暴走は私たち五つの家の過失です。あなた方を巻き込んだこと、あらためてお詫び致します」

頭を下げる朱雀。その後ろに控えている青龍も頭を下げるが、どこか素っ気ない表情であった。

鋼生も怒り心頭の様子だったが、前もってバラキエルが事前に抑えるように言い渡されている為に耐えている。

「グリゴリ同様、我々のほうでも『空蝉機関』の残党と、その協力者たる魔法使いの集団ー―――『オズ』を独自に追っています。彼らは我々の追跡を避けながら、追っているものがあると判明しました」

バラキエルが口を開く。

「……………残りの『四凶』だな?」

堕天使の幹部の言葉に朱雀は静かにうなずく。

「はい、とある県境の山間にある村に逃げ込んだとされる元陸空高校の生徒二名を、残党の機関員とオズの者たちが、追い詰めつつあると聞いています。現地に派遣している私どもの密偵の情報では、すでに双方の小競り合いを確認しています」

「「「「―――――――ッ!?」」」」

二人の会話に顔を見合わせる鳶雄達、元陸空高校の生徒。

「その密偵たちも先日連絡が途絶えました。おそらくは……………」

目元を厳しくする朱雀は、バラキエルにこう尋ねる。

「グリゴリに凶悪な部隊があったと聞いております。希少かつ凶暴なセイクリッド・ギアを有する者たちで構成された部隊……………『深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)』。あなた方は『アビス・チーム』と呼ばれているそうですが?」

鳶雄達が初めて耳にする単語に訝しげな表情となる。

「……………バラキエル先生、初耳ですけど?」

「……………頃合いを見てから話せとアザゼルに言われていたものだからな。すまない、彼女の言う通り、我々を裏切った幹部―――サタナエルは、グリゴリを去る際にある部隊を引き連れていった。―――『深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)』、別名、アビス・チーム。彼らは……………サタナエルの教え子でもあり、その上、凶悪なセイクリッド・ギア所有者で構成されている。人間世界にいては悪影響を与えかねない危険な能力ばかりだ。それゆえ、我々グリゴリが保護下に置いていた」

初めて聞く情報。

本来グリゴリは制御できない強力なセイクリッド・ギアは処分してもおかしくはないはずなのだが、グリゴリも一枚岩ではない。

そして、残された最後の四凶とされている饕餮、混沌を持つ少年と少女。

それは七滝詩求子と古賀雹介。

どちらも陸空高校では有名だった生徒達だ。

朱雀はそこまで話して本題へ移る。

「――――一時的に共同戦線を張りませんか?」

その提案に驚く鳶雄達に朱雀は続ける。

「私たちが最優先すべきことは、機関の残党を捕縛することです。現状、彼らに関与した四凶やオズの魔法使いについては、こちらに敵対するのであれば対処するという立場を取ることにしています」

互いの目的の為に共同戦線を張ることに提案し、鳶雄達も残りの元陸空高校の生徒達が助けられるのならと、その提案に頷いた。

だが―――

「話がまとまったのなら俺は帰るぞ」

一人だけ。影斗だけは加担する気は微塵もなかった。

ただ一人、強制的にこの場に連れてこられて、眉根を寄せて不機嫌な顔を作ったままその場を立ちあがる。

影斗だけは四凶であるその二人を助ける理由はない。

同じ元陸空高校の生徒だからといってわざわざ助けに行く義理も義務も彼にはなかった。

「影斗、手伝ってくれないのか……………?」

鳶雄が部屋から出て行こうとする影斗に声をかけるも……………。

「前の事件は借りがあったから協力はした。だが、それを返した今はそいつらを助けに行く義理も義務も何もない。正義感なんてものは持ち合わせていないからな」

「協力してくれるって前に言ってくれたじゃない……………」

「お前が脅して言わせたんだろうが。無効だ、無効」

二人の言葉に冷たく言い放つ。

前はウツセミから助けられたという借りがあった為に協力はしたが、今回は巻き込まれたわけでも、借りがあるわけでもない。

どうするか判断するのは影斗自身だ。

「―――――待ちなさい、新井影斗」

しかし、部屋を出て行こうとした影斗を止めたのは意外なことに姫島朱雀だった。

「あなたは既に一つの組織に属している者。そのような子供の我儘は通用するとは思わないことです」

勝手振る舞いを見せる影斗を咎める告げる朱雀に影斗の眼差しが鋭くなる。

「元凶が何言っていやがる? もとはと言えばお前らの家の不始末のせいで『空蝉機関』なんていう馬鹿な組織ができて、豪華客船が沈没する事件が起きた。あの事件で何人死んだ? 何人が人生を狂わされた? 元凶であるお前らが俺達に何か言う資格があるのか? ないだろうが。その上で共同戦線なんて馬鹿々々しいにも限度がある」

それは鳶雄達が胸にしまっていたことと同じだ。

五大宗家の事情の果てに起こったことに巻き込まれた鳶雄達、元陸空高校生はまだいい方だ。豪華客船の沈没事故ではそれ以外にも関わりもないごく普通の一般人までが巻き込まれて死んでしまった。

影斗の言う通り、人生を狂わされてしまった人もいるかもしれない。

「詫びろ、とは言わない。今更お前らが詫びたところで何も変わることはない」

今更何をしても死んだ人間が蘇るわけではない。

その言葉を聞いて朱雀は一度目を閉じる。

「それに関しては否定する言葉はありません。ですが、あなたがいれば鳶雄達の生存率も上がるはずです。これから危険な場所に彼らを送り込んでもあなたはそれでいいのですか?」

「…………………………」

「あなたの憤りも、恨み言も、全て受け止めましょう。その上で申し上げます。彼らに協力しなさい」

真っ直ぐと真意あるその瞳は揺らぐことなく影斗を見据える。

それを睨み返す様に視線を外さない影斗は視線を逸らす。

「……………今回だけだ」

「ええ、それで構いません」

その答えに満足した朱雀に安堵するように胸を撫でおろす鳶雄達。

その後も朱雀とバラキエルがいくつかのやり取りをした後で、この場の話し合いは無事に終わりを告げた。

 

 

 

 

鳶雄達は、マンションに帰還したあと、すぐに手早く荷造りをし始めた。

残りの陸空の同級生と接触する為だが、彼らがいる場所はここよりも大分離れた場所であり、車での移動が必要だ。

荷造りを終えて、先に駐車場で待っているバラキエルのところに向かおうとした時。

「影斗。ちょっといいか?」

鳶雄が影斗に声をかけてきた。

「……………なんだ?」

先に荷造りを終えていた影斗は視線を鳶雄に向けることなく耳を傾けると、鳶雄は意を決したように影斗に言った。

「俺達はお前の事を友達だと思ってる」

鳶雄は己の本心を語る。

「ラヴィニアさんから影斗のことについて聞いたんだ。俺だって誰も俺の言葉を信じてくれなかったら凄く辛いし、誰も信用できなくなると思う」

「……………同情はいらない」

「同情なんかじゃなく、俺は本当にそう思ってるんだ。影斗はいつも俺達に気を遣っているし、俺も影斗がいてくれるおかげで凄く安心する。頼りがいのある仲間だって――ッ!」

鳶雄の言葉を遮るように影斗が鳶雄の胸ぐらを掴み上げる。

「黙れよ……………」

「ぐぅ……………………」

突然胸ぐらを掴まれ、怒りの形相を見せる影斗に怯える鳶雄。

「お前には絶対に分からないだろうな。お前には東城がいる。裏切られる気持ちなんて、微塵も想像できねえだろう」

「けほ! けほ!」

胸ぐらを離され、ようやくまともに息ができた鳶雄は咳き込む。

「俺を友達だと、仲間だと思う必要も考える必要もない。今回の時だけに力を貸す協力関係でいいじゃねえか。必要以上に仲良しこよしする意味があるのか?」

「それは…………」

「ほら、ないだろう? それでいいじゃねえか」

すぐに思いつかない鳶雄に見切りをつけてこの場から去ろうとする。

「俺、思うんだ……………。もし、自分が異形の存在になったらと思うと、俺は大切な人を傷付けてしまうんじゃないかって。そうなった時、俺はどうなるんだろうって思うと……………正直、自分には居場所なんてないように思えてくる」

聞いたことがある。

独立具現型のセイクリッド・ギアは内に眠る力を探ろうとすればするだけ、真理に近づける分、その力に呑み込まれる可能性も高まると。

それも神滅具(ロンギヌス)なら想像以上に恐ろしいものなるはずだ。

「そう考えるだけで辛いし、正直怖い。俺の中に眠る刃が紗枝を誰かを傷付けてしまうんじゃないかって……………」

自分の心の奥にある不安を暴露する鳶雄に影斗は反応も示さずにただ黙って耳を傾ける。

「そんな時、俺はきっと誰かを頼ることになる。頼りにできる、信頼できる仲間が必要なんだ。だから……………」

「それになれと? 随分と都合がいい話だな? 要は自分のもしもの時の保険になれって言っているようなものだぞ? 我が身の可愛さここに極めるって感じがして虫唾が走るが?」

「……………………そう、だな。でも、誰かを傷付けるよりかはずっといい」

鳶雄は自身の右手を差し出す。

「俺達は影斗ならきっと助けてくれるって勝手に信じるし、何があっても俺達は影斗を裏切らない。だから、俺達とちゃんと仲間として認めて欲しい」

「………………………………」

「俺達は影斗の事を仲間だって胸を張って言いたいんだ」

その言葉に偽りはなく、その瞳はどこまでも澄んでいる。

あの時の、ラヴィニアと同じ顔だ。

「…………………………どうして、どうしてお前等はそんなことが言えるんだ……………」

「影斗……………?」

表情を俯かせ、ぼやくように影斗は言葉を紡ぐ。

「何も、思わないのか? 自分を騙すんじゃないかと、裏切るのではないかと、そう思わないのか……………? どうして、そんなに信じられる? そんなことが言える……………?」

鳶雄の目に映るのはいつもの隙を見せない影斗の姿ではない。

弱弱しく、何かに怯えているように見える。

その姿を見て、鳶雄はようやく気付いた。

影斗はきっと恐れているんだ。

また、自分を騙すのではないかと、裏切るのではないかと、怯え、恐怖している。

だから必要以上に近づかずに距離を保ち、関りを持たない様にしているのではないか。

もうこれ以上傷付かないように自分で自分の心を守っているんだ。

鳶雄は思う。

自分に紗枝がいなかったらどうなっていただろうか?

紗枝が自分の心を支えてくれたからこそ、今の自分がいる。

だけど、影斗は一人で誰からも支えられることもなく、孤独に苛まれてきた。

誰かを信じようにも、また騙され、裏切られると思う度にそれができず、結局は一人孤独に生き続けることになる。

自分がそうなったら、影斗のように誰かを助けられる優しさを持っていられるのか?

……………いや、できない。想像するだけでもそんな余裕はない。

それができる影斗はきっと誰よりも優しいんだ。

「…………………………影斗、俺は――――」

何かを言おうと言葉を口に出そうとした瞬間、鳶雄の横を漆黒の塊が横切り、それは影斗を押し倒した。

「じ、刃!?」

影斗を押し倒したのは自分の相棒である刃。その刃は影斗を押し倒して執拗に顔をペロペロと舐め始める。

「またか!? このクソ犬!?」

押し倒され、顔を舐められる影斗は必死の抵抗をするも、刃は刃で夢中にでもなっているかのように影斗の顔を舐める。

「おい飼い主! さっさと止めさせろ!!」

「じ、刃! 止めろ!? 突然どうしたんだ!?」

影斗の必死の叫びに正気に戻った鳶雄は刃を止めさせるように告げると、主の命令に忠実な忠犬のように舐めるのを止めて、影斗の上からどく。

「たくっ……………前といい今といい、このクソ犬が……………ッ!」

顔中舐められ、袖で強引に涎を拭う影斗の額には青筋が浮かび上がり、怒りで心頭している。

それを見て慌てる鳶雄の後ろからは鋼生、夏梅、ラヴィニア、ヴァーリ。このマンションの住人が姿を見せた。

「ほら二人共。いつまでも辛気臭い話をしてないで残りの同級生達を助けに行くわよ!」

「こんなところでぐちぐち言っても何も始まらねえだろう?」

夏梅と鋼生は二人にさっさと動く様に促す。

「幾瀬鳶雄、新井影斗。今日行けなかったラーメン屋に今度付き合ってもらうぞ?」

楽しみにしていたラーメン屋に行けなかったことを悔やみ、誘うヴァーリ。

「トビー、シャドー。私達もそろそろ行く時間なのですよ?」

柔和な笑みを見せるラヴィニア。

それを見て、苦笑しながら謝る鳶雄と嘆息する影斗。

「たくっ、どいつもこいつも……………」

愚痴るかのように言葉を吐き捨て、立ち上がる影斗の顔を鳶雄は一瞬だけだが見えた気がした。

いつもの険しい顔ではない、影斗の笑った顔を。



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暗黒の森

残りの四凶である元陸空高校を助ける為にワゴン車に乗った鳶雄達はアビス・チームの資料に目を通していた。

神器(セイクリッド・ギア)は多種多様の能力を持っており、アビス・チームの持つ異能は非常に厄介で、強力。条件が揃った時、凶悪で残忍な性能を発揮するものばかり。

その資料に目を通した影斗も眉根を寄せた。

彼等の能力は―――食らえば取り返しのつかない効果が多い。

緊張感が増す、車内のなかで、ラヴィニアが己の過去を語った。

「……………イタリアのとある海辺の街で私は生まれたのです」

彼女――――ラヴィニア・レーニは影斗と同じく一般家庭の出生で魔法の才能を有してこの世に生を受けた。

ただし、彼女は生まれながらに異能をを有していた。幼少の頃から、彼女の傍に具現化していた氷の人形――――神滅具(ロンギヌス)永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』。

幼い頃はそれが何なのか知らず、自分以外には決して見えないその氷の姫君を「氷のオバケ」として恐れていた。

九歳の時に両親を事故で亡くし、常々「氷のオバケ」と語る少女を親類縁者は薄気味悪がり、ラヴィニアの引き取り先探しは難航した。

「そのときの私は、自身のこれからよりも、パパとママを失ったことによる深い悲しみとー――『氷のオバケ』への憎しみに包まれていたのです」

「氷のオバケ」を恨み、憎み、罵っても離れず、何も見えない人達から見れば、ラヴィニアは誰もいない空に向けて、大声をあげて暴れる厄介な娘にしか感じ取れなかっただろう。

その時にラヴィニアは出会った。

師である、南の魔女グリンダと。

心優しい恩師によって閉ざされていたラヴィニアの心は少しずつ氷解し、神器(セイクリッド・ギア)と魔法の扱い方を恩師から教わった。

森での質素な生活でも、ラヴィニアには掛け替えのない幸せな一時だった。

十三歳の頃、この世界の魔法使いとして生きるのであれば、他の魔法使いと交流を持った方がいいという恩師の判断に従い、ラヴィニアは『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』で研鑽を積んだ。

それから数年後―――ラヴィニアに凶報が届く。

―――グリンダが、オズから来た魔女によって、襲撃を受けた。

「その報告を受けた私は、第二の故郷であるあの森に戻ったのです。ですが―――」

森の一軒家は、焼け落ちており、炭化した家の残骸を残すのみとなった。

グリンダの安否だけは不明だが、オズから来た魔法使いたちが関与していることだけは、その後の調査でわかった。

ラヴィニアはオズの魔法使いたちを追い、そのなかで、先日の『空蝉機関』、『四凶計画』に関わることになったのだ。

「……………お師匠さまの安否を問うために戦っているってこと?」

「……………彼女たちは要領よく答えないのです。ですから、オズに直接乗り込むか、こちら側で彼女たちがしていることに首を突っ込むか、とにかく、徹底的に追うことに決めたのです。これは、私の事情ですから、皆さんは皆さんの目的を叶えてほしいのです。邪魔はしません。私は私だけでも、彼女たちを追うのです」

普段の時は違う、冷徹な様相を見せる。

ラヴィニアの目的がわかり、鳶雄達は協力してくれたラヴィニアの目的に協力し合うと告げ、事情を知っているヴァーリも力を貸すと言う。

最後に乗車してから無言だった影斗に視線が集まる。

「……………俺も魔女に狙われている身だ。ついで程度に協力はする」

その答えに誰もが頬を緩ませる。

「勘違いするなよ? ついでだからな、ついで。あくまで降り掛かる火の粉を払った時についでに聞く程度だからな」

「それでも十分なのです」

影斗の言い分に微笑みながら返すラヴィニアに影斗は再び資料に目を向ける。

 

 

 

人気のない森の中、車のハイビームで暗闇の道を照らすが、少し先は暗黒の世界。

深夜の森の中で進むワゴン車。目的の場所までもうすぐのところで―――。

「前!」

紗枝が叫び、ヘッドライトが前方の道に人影らしきものを映し出した。

バラキエルが急ブレーキをかけて、車を緊急停止。

鋼生は後方の席から身を乗り出す様に訊く。

「なんだ!?」

「人よ! 人みたいなのが前にいたのよ!」

鋼生の問いに夏梅が答えた。

突然の事にバラキエルはシートベルトを外し、車から出ようとする。

「ちょっと待て」

影斗が全員に制止の声を飛ばすと、法典を出現させてページをめくる。

「なにしてるの?」

「俺の法典はこの場にいる全員の過去、現在、未来が自動で記されている。それを見て少し先の未来に何かあるか確認している」

以前は自分自身と鳶雄、夏梅、鋼生、ラヴィニアの四人だったが、ここ最近でページが増えてヴァーリと紗枝までも記されるようになった。

「便利だな、おい」

安全確認が取れる影斗の法典の能力に感嘆の声を出す鋼生。

全員分の少し先の未来に何もないことを確認し終えると、それをバラキエル告げる。周辺を調べるも人影、人らしきものは一向に現れない。

「そこに誰かいるのか?」

バラキエルが声をかけた方向に視線を集め、しばしの沈黙。すると、道路脇の木々の陰から、人影がひとつ――――。

バラキエルのライトがそこに当たると、そこにいたのは必至な形相をした一人の少女。

西欧人と思わせる顔立ちに暗めの色合いであるブロンドに特徴的なオッドアイ。右目が青く、左目が黒。

眉目麗しい少女は陸空高校のなかでも一番の美少女とされた―――七滝詩求子だった。

命懸けで逃げてきたかのように制服は所々破け、顔も泥が着いている彼女は絞り出すかのような声でバラキエルに訴える。

「……………助けてください」

「安心なさい。味方だ」

車内にいる影斗達は車から降りる。警戒する詩求子は車内から姿を見せた影斗を見た。

「新井君……………?」

「ああ」

覚えのある顔に目を見開く詩求子は影斗や同級生の姿に驚きと同時に安堵したのか、その場にへたり込んでしまう。

「ちょちょちょ! 大丈夫!?」

「安心して、七滝さん」

座り込んでしまう詩求子に夏梅と紗枝が駆けより、やさしく手を伸ばしていた。

同時に降りてきた鳶雄と鋼生も、残る同級生が無事だったことを受けて、緊張をいくらか解けて軽く笑みをこぼしていた。

「影斗、七滝さんと知り合いだったのか?」

「元クラスメイトだ」

陸空高校の元クラスメイトである詩求子と影斗は互いに顔は知っている程度の認識はあった。

「……………あれが、七滝のセイクリッド・ギアか?」

そう言う鋼生と共に、二人の視線が詩求子の両腕に向けていた。

彼女の両腕に―――仮面のようなものを顔につけた小型の四肢動物を抱えていた。頭部には二本の角が生えている。仮面のほうには饕餮文という四凶の饕餮について表した文様。

介抱されている詩求子だったが、少しだけ緩ませていた気をすぐに戻して、鳶雄たちに言う。

「ここから離れたほうがいいわ! 変な技を使う人たちと――――」

そこまで言いかけた詩求子だったが、理由は知れた。

鳶雄の横に現れた刃が唸り声をあげていたからだ。

暗がりの道に向けて威嚇する刃に鳶雄たちは身構えると、いつの間にか虫の鳴く音が消えて、じわりじわりと肌に敵意と殺意が伝わる。

「ふっ、明らかな殺意だ。おもしろい」

「……………この気配、魔法の術式ではないのです」

ヴァーリとラヴィニアも車から出て臨戦態勢を取った時、コッコッコッ、と奇妙な乾いた音が一定のリズムで前方から消えてくる。

姿を見せたのは五十センチほどの一本足の不気味な石像。背中に小さい翼を生やし、頭部には一本の角、一つ目であろう目は閉じている。

資料に出ていたセイクリッド・ギア、その能力を思い出すと同時にバラキエルは叫び、影斗は魔法陣を展開した。

「―――目を閉じろっ!」

突然震え出す石像。全員がバラキエルの指示のもと、目を閉じ、さらに腕で両目全体を覆う。

「……………?」

次に鳶雄達が目を開けた時、鳶雄達は漆黒の霧に包まれていた。

「光を完全に遮断させる魔法だ。しかし、初手からあれを寄越してくるとは……………」

霧を解除した時はもう石像の姿はなかった。

輝失の呪像(ブライン・シャイン・スタチュー)。放つ光をまともに浴びると徐々に視力を奪われ、状況次第では完全に見えなくなる神器(セイクリッド・ギア)

資料に目を通して、目を閉じただけは防げないかもしれないと思って念には念を入れて光を遮断させる魔法を発動したが、問題はなかったようだ。

相手に取り返しのつかないダメージを与えるような神器(セイクリッド・ギア)ばかりが集まっているのがアビス・チームだ。

「ぷぷぷ、うぷぷぷ」

不快な笑い声を発しながら姿を現したのはやせ型の男だ。その足元には例の石像もある。

「……………目がどんどん見えなくなってほしい。…………目が見えなくなっていく感想を聞かせてほしい……………」

男は言うなり、足元にいる石像の目を開かせようと―――。

「スラッシュ!」

「行け!」

「伸ばせ!」

黙って攻撃をさせる鳶雄達ではない。すぐさまに三組の同時攻撃を繰り出すが、男は不快な笑みを消さない。

「あの像! 二体いるよ!」

その一声にヴァーリと影斗は素早く振り返り、手元から銀色のオーラ、魔法陣を展開させて背後にある石像を破壊する。

「ラヴィニア!」

バラキエルがラヴィニアの名を呼ぶと、魔法陣を展開させて相手の男に放つが、ダメージはなかった。

その男に向けてバラキエルは手元に小規模の放電現象を起こしながら言う。

「これ以上、私を相手にするほど、そちらも愚かではないだろう?」

グルゴリの幹部の言葉に男は笑みを消さずに闇の中へと消えていった。

虫の鳴き声が再開し、殺意もなくるなると、鳶雄達は戦闘を終えて汗を手で拭う。

息をつくメンバー。詩求子は思い出したかのように皆に言う。

「古閑くん! 皆、古閑くんが……………っ! あっちにある村の先で戦ってるの!」

村の方向に指をさす詩求子の表情は切迫していた。

どうやら、事態は大きく動いているようだった――――。

 

 



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戦闘開始

一戦を終えて鳶雄達は村まで移動し、ヴァーリが村の様子を調べてた結果、『空蝉機関』か、『オズの魔法使い』が術か何かで眠りに尽かせたらしい。

余計なものを見られない為に、事が複雑になった際に消すために。

そして、グリゴリから離反したサタナエルのオーラを感じ取ったバラキエルはそちらに向かい、鳶雄達は残りの四凶である古閑を助けに向かう。

田んぼだらけの村を進む鳶雄達は緊張感に包まれるなか、腹の虫の音が聞こえた。

その音の正体は詩求子とその神器(セイクリッド・ギア)、饕餮―――ポッくん(詩求子命名)だ。

その音を聞いた影斗は自身の非常食を詩求子に渡す。

「それでも食べてろ」

「……………うん、ありがとう。新井君」

「勘違いすんな。その音で敵に知られたら面倒なだけだ」

お礼を素直に受け取れない捻くれた男子に鳶雄達も詩求子とポッくんに非常食を渡す。

「ねぇ、二人はクラスメイトだったの?」

影斗と詩求子の様子を見て、声をかける夏梅に詩求子は頷く。

「うん、よく助けてもらってたんだ。重たい物とかよく持ってくれたし、金欠の時に食べ物も分けてくれたの」

「俺の前でウロチョロしているのが目障りだっただけだ」

詩求子の言葉に素っ気なくそう返すも、全員は暖かい眼差しを向ける。

「ツンデレね」

「ツンデレだよね」

「ツンデレなのです」

「黙れ、女子共」

一蹴するも、華麗に無視(スルー)される。

「そもそも礼なんて言われる筋合いはない。俺はお前と古閑を見捨てようとした人間だ」

助けるつもりはない、と朱雀と話した時に鳶雄達の前で堂々と言ってのけた影斗。

本来ならこの場にはいない。そのはずだった。

だが―――

「やっぱりシャドーは素直じゃないのですよ」

「え? どういう意味?」

その言葉にラヴィニアは呆れるように息を吐き、その理由を述べる。

「本当に助けるつもりがないのでしたら、話が纏まるまで聞く必要はないのですよ」

「あ、確かに」

ラヴィニアの言葉に納得するように頷く鳶雄達。

きっとなにかしらの理由をつけてここに来ていたはず、とラヴィニアは言う。

「そんなお人好しじゃねえよ、俺は」

「十分過ぎるほどお人好しなのですよ、シャドーは」

そっぽをむく影斗に柔和な笑みを見せるラヴィニア。

そんな二人を置いて、夏梅は詩求子に総督の助けを拒否した疑問を投げると、詩求子と古閑は『カオスをもたらす者たち』に捕まり、実験みたいなことをされ、そこで古閑は偉い人と『取引』をしたと語る。

「その偉い人に何かされた古閑くんはね、怖いことになってて……………」

言い淀む詩求子。表情は真に迫っていた。

「何だよ、古閑が怖いことになってたってよ」

鋼生の問いに詩求子が答えようとした時、山の方から轟音が鳴り響いた。

尋常じゃないその音に全員の視線が向けられるなか、詩求子はポッくんを抱きしめながら声を絞り出す。

「……………古閑くん、またなったんだ…………っ!」

震える詩求子。尋常ではないオーラを感じ取った鳶雄達はそのオーラの発生している場所へと駆け出す。

 

 

 

古閑がいる場所に向かう森閑とした田舎風景からはおよそ想像できない物々しい炸裂音や破砕音が聞こえてくる。

戦闘に巻き込まれているのは確か。森の中に進んで行く一行だったが、走りながらヴァーリが独り言をつぶやいていた。

「何? どうした? ……………何だと? それは本当なのか?」

「ヴァーリ、あれ何かわかるの?」

夏梅がヴァーリにそう訊くが―――。

『どうやら、ここにいる者たち全員に聞こえるように話したほうがいいかもしれないな』

聞き覚えのない声がヴァーリの方から聞こえた。

『皆と話すのは初めてだったか』

見れば彼の肩に乗っけているドラゴンのぬいぐるみの口が動き、声を発していた。

それを聞いた影斗は尋ねた。

「二天龍、白き龍(バニシング・ドラゴン)の白龍皇アルビオンだな?」

『その通りだ。自己紹介の手間が省けたが、あいさつが遅れていたことに関して詫びよう』

鳶雄達が驚く中で冷静にその正体を看破した。

ドラゴンのぬいぐるみと思われるそれはデバイスらしく、アルビオンの声を淀みなく外に発せられるように活用している。

「それで、『白い龍(バニシング・ドラゴン)』にあらためて訊きたいんだけど、何がわかったんだい?」

『先ほど、前方の山からあがった巨大なオーラだが、あれはとある現象に非常に似ているのだ』

「……………とある現象?」

問い返す鳶雄にアルビオンは続ける。

『セイクリッド・ギアは、所有者の力量、または体と心に劇的な変化が訪れたとき、別の領域に至ることがある……………』

「……………禁手(バランス・ブレイカー)

禁手(バランス・ブレイカー)――――セイクリッド・ギアの力がある領域に達したとき発現するという、セイクリッド・ギアの最終到達点とされる現象。

基本的にあり得ないほどのパワーアップが起こるとされているが、所有者しだいで、その現象は異例な力を形になることもある。

『その通り。かのオーラの波動はその現象に非常に似ていた』

「似ていたとはどういう意味だ? 古閑は禁手(バランス・ブレイカー)に至っているんじゃないのか?」

腑に落ちないアルビオンに説明に尋ねる影斗アルビオンは言葉を濁す。

『……………わからない。私は禁手(バランス・ブレイカー)をよくわかっている。しかし、あくまで似ているのだ』

疑問しか出てこないこの状況で、ついに鳶雄達はオーラが発せられた場所まで辿り着き、ラヴィニアの魔法で作られた光明が、辺りを照らす。

「うっ!」

思わず言葉を詰まらせる夏梅の反応。そこには血に塗れた凄惨な光景だった。

切り刻まれた者、腕や足を飛ばされた者、頭部をぐちゃぐちゃにされた者。むごたらしい死体がこの一帯に倒れ込んでいた。

紗枝や詩求子は悲鳴を無理矢理手で押し込めて、顔を背ける。

目を背けたくなるこの場所の中で、唯一動く何かがあった。

そちらに光を当てると、そこには一人の少年―――古閑雹介がいた。

ボサボサ気味に所々金のメッシュを入れており、全身に言い知れない怪しいものを纏わせている。

右腕に籠手らしきものを装着しているが、鳶雄達は気になったが、古閑は詩求子いることを知ると、軽い口調で言ってくる。

「おっ、七滝じゃんか。戻ってきたのか。どうかしたのかって――――これはまた」

詩求子の周りにいた鳶雄たちにも気づき、指で一人一人指して数えていた。

「えーと、幾瀬、鮫ちゃん、新井、皆川と東城……………それに外国人が二人と。もしかして、四凶揃い踏み…………の割に、このままだと七凶になるか?」

首を傾げながらそう漏らす彼の傍らには―――黒々とした毛の塊のような物体が存在していた。

よく見れば毛の長い犬種のような生物なのだが、その生物が纏うオーラは、不安を感じさせるほどに黒く淀んでいる。

「ああ、こいつはブリッツ。俺のセイクリッド・ギアって奴という話だ」

四凶最後の一角―――『混沌』。

鳶雄の刃と古閑のブリッツは互いに目を合わせ、鳶雄達はそれを静観していたが、古閑は肩をすくめる。

「まぁいい。それとり――――」

古閑の視線が山中の奥を捉える。

山の奥より、闇と共に現れたのは紫色のローブという魔法使いの恰好をした初老の女性外国人だった。

その老女を影斗達は覚えている。

『空蝉機関』で影斗と一戦交えた神滅具(ロンギヌス)所有者――紫炎のアウグスタ。それと、弟子のヴァルブルガと共に複数人の魔法使いを引き連れて現れた。

「囲まれたのです」

ラヴィニアはアウグスタを睨めつけながらそう言う。

「『空蝉機関』の連中が苦戦していると聞いたんでね、弟子たちとここに来てみれば―――例の狗どもと、法典の所有者、グリンダの弟子もいるとはね」

愉快そうな声音でそう言う。すると、この場を冷気が支配し始める。

季節違いの冷たい空気、その発生元であるラヴィニアは怖いほど冷たい表情となっており、白い息を吐きながらアウグスタにこう述べる。

「ちょうどいいのです。トビーや夏梅たちのお友達を助けながら、あなたたちを一掃するのですよ」

ラヴィニアの長髪に老魔法使いは不敵な笑みを浮かべる。

「グリンダの弟子とは思えないほど、怖い眼をするね」

「……………あなたたちがそうさせたのです」

緊迫感が増す状況のなか、突如アウグスタたちの上に魔法陣が出現し、光の槍が降り注がれるも、アウグスタの展開された防御魔法陣によって防がれた。

「せっかちだね、法典の。会話を楽しもうとは思わないのかい?」

「戦闘中にそんな隙を見せるか」

手を前に突き出していた影斗は鋭い眼差しをアウグスタに向けている。

狙われている身である以上は一切の容赦せず倒すに限る。

「ヴァルブルガ」

師匠の呼びかけに後方で待機していたゴスロリ調の服を着た少女が、楽しそうに小躍りしながら前に出てくる。

「はーい、お師さま♪」

「おまえは法典と遊んであげな」

「うふふん♪ りょーかいです! イケメンとお相手だなんて嬉しいわねん♪」

軽い口調とは裏腹に、無邪気ながらも冷酷な色合いを見せるその瞳は影斗に向けられる。

「さて、私は―――」

アウグスタの視線がラヴィニアに移した。

「グリンダのこと、教えてあげてもいい。ただし、私に勝てたらだけどね。――――ついてきな、氷姫」

師弟の二人は静かに夜の山の闇に消えて行った。

「……………っ!」

この場から距離を取ったアウグスタにラヴィニアは判断に苦しんでいた。

「ラヴィニア」

「っ!」

影斗から初めて聞いたかもしれない名前呼びに少しばかり驚くラヴィニアに影斗は言う。

「お前はお前の目的に集中しろ。こっちを気にして勝てる相手じゃねえだろうが」

「でも……………っ!」

「何の為にここ半月鍛えてきたと思ってる? 自分の身ぐらい自分で守る為だろうが」

追いたくも、仲間を置いてまで駆け出す訳にもいかないラヴィニアの背中を押す様に影斗がそう告げると、夏梅も後押しする。

「影斗の言う通りよ! お師匠さまの手がかりがつかめそうなんだから、追わなきゃダメよ! ここはなんとかするから!」

鳶雄たちも二人の意見に応じるように頷いた。

ラヴィニアは仲間の厚意に感極まった表情となったが、すぐに意識をアウグスタの去って行ったほうに向けて行く。

「ついでだ、あの老婆の弟子をとっ捕まえて情報を聞いといてやる」

「ありがとうなのです、シャドー! 皆さん!」

ラヴィニアはアウグスタを。影斗はヴァルブルガの去って行った方に駆け出す。

この場を後にする影斗を待っていたは、醜悪な笑みを浮かばせているヴァルブルガ。

「おほほほほ♪ さぁ、楽しみましょうん!」

「うるせぇ」

互いに魔法陣を展開させて戦闘を開始する。

 



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奪われた氷姫

鳶雄達から離れた影斗は東の魔女――アウグスタの弟子であるヴァルブルガと交戦中。

互いに魔法使いの二人は己の魔法力を用いて魔法合戦を繰り広げているも、ヴァルブルガは炎の魔法を連発し、影斗は水、氷の魔法でそれを打ち消す。

「おほほほほほほ♪ 楽しいですわねん! もっともっと楽しみましょう!!」

「チッ!」

幾重もの魔法陣から縦横無尽に放たれる火球を相殺していく影斗はヴァルブルガの戦い方に舌打ちした。

ヴァルブルガの放つ炎の質量はすさまじく、そのような炎がこの山林のなかで燃え移ったら近くにある村で眠らされている人たちにまで被害が出てしまう。

ヴァルブルガはそれを承知、いや、そんなことはどうでもいいかのように狂気の笑みを見せながら次々と火球を魔法陣から放つ。

「さぁさぁ! これはどうするのかしらねん!?」

頭上に現れる巨大な火の玉。それを放つヴァルブルガに影斗はそれと同等サイズの氷塊を召喚させて相殺してみせた。

炎と氷の衝突に、蒸気が二人を襲うもヴァルブルガの表情から狂笑は消えていない。

「すごいすごいわん!! 私、とっても驚きましてよ!!」

「黙れ」

手元に魔法陣を展開。魔法力によって威力と貫通力を高めた光の矢を放つ。

だが、その矢はヴァルブルガを通り抜ける。

「幻影……………」

「その通りですわよん♪」

別の場所から姿を見せるヴァルブルガ。恐らくは先ほどの蒸気が発生した瞬間、視界が塞がった時に幻影を生み出したと推測を立てた。

「お師さま以外の魔法使いで私と互角に戦えたのはあなたが初めてよん♪ ふふふ、私、今とっても感動しておりますの。この巡り合わせに感謝したいほどに」

「勝手にしてろ」

にっこりと、壊れた笑みを満面に浮かべるヴァルブルガに冷淡に返す。

「私、あなたが気に入ったわん♪ だから、私の彼氏になりませんのん?」

「寝言は寝て言え」

告白に対する返答かのように炎、風、雷の属性魔法を放つが、ヴァルブルガは防御魔法でそれを容易く凌ぎ切った。

「あん! つれませんわねん!!」

互いに攻撃魔法を衝突、相殺する。

「ふふふふふふ♪ この高まる鼓動♪ 焦れる想い♪ 萌え上がる情熱♪ これは恋ですわねん! 私、あなたに恋をしましたわん♪」

「生憎とお前みたいなイカれた女は趣味じゃない」

「そう仰らないで私と一緒にこちら側に参りませんのん? もうすぐお師さまがそちらの魔法使いを手に入れるのですからねん♪」

「……………どういう意味だ?」

「おっと、私としたら口を滑らせてしまいましたわん」

拙い演技を見ているかのようにわざとらしく口元を手で隠すヴァルブルガの意味深の言葉に影斗は訝しむ。

こちらの魔法使いといえばラヴィニアだ。そのラヴィニアを殺すのではなく、手に入れるうのはどういう意味だ? それに言い方が妙だ。

ラヴィニアを仲間に引き入れるのは流石に無理だということぐらい影斗でもわかる。

師であるグリンダを交渉の切札に使って仲間に取り入れたとしても従順に組織に従うわけがない。グリンダを人質にしたとしても限度がある。

それにラヴィニアほどの魔法使い、それも神滅具(ロンギヌス)所有者を洗脳できるかも微妙なところだ。

仮に洗脳できたとしてもそれではただの操り人形だ。

「―――――――――っ!?」

そこまで考えて気付いたのは同じ魔法使いだからだ。

そして、相手はラヴィニアを弱体化させる切札を有している。

鋭い眼光をヴァルブルガに向けるも本人の表情から狂笑はより一層に深まる。

「おほほほほほほほほほ! 行ってもかまいませんわよん♪ もう、手遅れでしょうけどねん♪」

愉快そうに笑うヴァルブルガを無視して影斗はその場を駆け出す。

肉体を魔法で強化させて、山林を駆け抜きながら法典でラヴィニアが記されているページを開く。

「!」

だが、そのページは黒く塗りつぶされている。

探知の魔法でラヴィニアの居所を見つけ出し、その場所に急ぐ影斗は見た。

異様な魔法力が溢れ出ている漆黒の魔法陣。黒々とした魔法の力によって包まれるラヴィニア。

そして、光の球体と化すアウグスタがラヴィニアのなかに入って行く瞬間を。

ラヴィニアを覆っていた漆黒の魔法が消え消失する。

「――――――――っ! 何が起こったの!?」

近くに鳶雄達もいた。影斗同様に一連の事象を見て、夏梅が困惑の声をあげる。

「何があった!?」

「わからない! ただ、ラヴィニアの師匠から通信があってそれを聞いたらラヴィニアが……………ッ!?」

「通信……………?」

「……………『あなたと話すことは、無い』って」

「やっぱりか……………!?」

影斗の予想は的中した。

アウグスタはグリンダという切札を使ってラヴィニアの精神(こころ)を揺さぶった。

探し続けている恩師からの拒絶の言葉を聞けば、ショックを受けるのは当然だ。

しばらくすると、ラヴィニアが大勢を戻して、顔を下に向けたまま、不気味な笑い声を上げる。

『あっはっはっ!』

普段の彼女からは考えられない声量での哄笑。

こちらに向けるその目は鋭く、敵意に満ちていた。

『残念だね。この娘の体は貰ったよ。さーて、どうしてくれようかね?』

ラヴィニアの口調がアウグスタのものになっていることに驚愕する。

ここでようやく確信した。

アウグスタはグリンダを利用して狡猾な手段を用いてラヴィニアの体を乗っ取るのが目的だったことに。

「クソッ!」

「影―――」

叫ぶ影斗は咄嗟に鳶雄達の足元に転移用魔法陣を展開させてヴァーリ達のところに転移させる。

「アウグスタ。お前の狙いは初めからそいつだったのか!?」

『ああ、もう歳でね。若い体を欲していたのさ』

「老獪は大人しく隠居でもしてろ!」

数十の魔法陣を瞬時に展開させて、先手必勝の速さで魔法を放つ。

しかし、アウグスタは冷静に傍らに居た氷姫に指示を飛ばして影斗の魔法を凍らせた。

ラヴィニアの神器(セイクリッド・ギア)を操作することに困惑するも、驚くのはそれだけじゃない。

アウグスタ自身が操っていた紫炎の巨人も操る。

氷と炎の神滅具(ロンギヌス)の分身を両脇に立たせて、不敵に笑んだ。

神滅具(ロンギヌス)を二種も相手にできるのかい? 法典の坊や』

氷姫の手の先から氷塊が作られ、紫炎の巨人が十字架を振り上げる。

「――――――――――ッ!!」

放たれる氷塊と振り下ろされる炎の十字架。

影斗は咄嗟の判断で複数の防御魔法陣を重ね合わせて防御力を上げ、法典の力で防御力を上げる。

神器と魔法力を組み合わせた最硬の防御障壁だが――――。

「っ!?」

儚い音とともに砕け散った。

「がっ!?」

吹き飛ばされ、木に背中を強打する影斗は肺のなかの空気が一気に外に出た気がした。

「う、ぐ……………」

体を襲う激しい痛みに歯を噛み締めながら耐え、立ち上がる。

『言っておくが、ワザと外したよ。坊やにはまだ死なれてもらっちゃ困るからね』

脚に力を入れて踏ん張るように立ちあがった影斗にアウグスタは告げる。

『あの時、『空蝉機関』で行った事をもう一度言うよ? 私の弟子になりな、坊や』

我が弟子にと、勧誘を始めるアウグスタは言葉を続ける。

『法典と坊や自身の才能をここで潰すには惜しい。私の弟子となって魔法を磨き、私どもの実験に協力しな。そうすれば、さっき坊やが逃がした仲間は見逃してやるさ』

鳶雄達の見逃す代わりにアウグスタの弟子となる。

神滅具(ロンギヌス)を二種手に入れたアウグスタを相手に鳶雄達が戦えば決して無事では済まないことぐらい容易に想像できる。

『別に坊やはグルゴリに忠誠を誓い、組織の下で動いているわけではないはずだよ。あくまで坊やはグリゴリの保護下にいるだけで今回も四凶―――お仲間を助けに来ただけじゃないかい?』

アウグスタの言葉通り、グリゴリにはいるが属しているわけではない。あくまで保護下にいるだけの立ち位置だ。今回も詩求子と古閑を助けに来ただけ。

『現状を理解できないほど坊やも愚かじゃないだろう? 坊やがこちら側に来ればお仲間は助かる、オズの魔法を授けてやってもいい。ただ、そちら側からこちら側にくるだけの話さね』

現実と誘惑を促す魔女。

影斗一人では決して勝てない。そんな相手からの勧誘に乗らなければ間違いなく死ぬ。

相手は二種の神滅具(ロンギヌス)を保持し、魔法の腕も自分よりも高い。

そんな相手に勝てるわけがない。

そもそも、グリゴリにいる理由は影斗にはない。

『もう一度言うよ? 坊や』

一拍開けてアウグスタは再度告げる。

『私の弟子になりな』

最後通告かのように告げるその言葉。両脇に立たせている氷と炎の神滅具(ロンギヌス)が影斗を威嚇するかのように立ちはだかる。

三メートルあった氷姫は十数メートルまで大きくなり、炎の巨人は再び十字架を振り上げる。

断れば死。その状況を醸し出しているなかで影斗は口を開く。

「ボケがきてんなら老人ホームにでも行け。クソババア」

影斗は瞋恚の炎をその瞳に宿し、アウグスタを睨み付ける。

「……………さっきから長々とそいつの顔で、声でふざけたことを言うんじゃねえよ」

憤りを隠さない影斗にアウグスタは嫌みのある笑みを見せる。

『なんだい? この娘に惚れていたのかい?』

「誰がそんな天然無防備の羞恥心の欠片も持ち合わせていない女に惚れるか。だがな……………」

誰も信じないように心に壁を作り、距離を置いていた。

一人でいい。あの事件から一人で生きようと決め、凍りついていた影斗の心を溶かしたのはラヴィニアの優しい笑みと言葉だった。

「そいつがいねえと困る奴がいるんだよ」

法典を開き、自身の周囲に幾重の魔法陣を展開する影斗。

「だから、そいつを返しやがれ!!」

『……………残念だよ』

放たれる魔法と叫ぶ少年。嘆息する魔女と動く氷姫と炎の巨人。

 

 



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戻ってこい!

それは時間にすればほんの数分間の出来事。

影斗は誰から見ても善戦したと言える。

ラヴィニアの体を乗っ取った東の魔女――アウグスタと魔女が操る二種の神滅具(ロンギヌス)を相手に影斗は奮闘していた。

火傷を負い、凍傷をその身に受け、身体の至る所に傷を作りながらも影斗は両足に力を入れて立ち、その瞳に宿す戦意は一切の衰えを見せない。

「はぁ…………はぁ…………」

吐く息は白い。

氷姫から漂る冷気がこの一帯の温度を下げ、今では降雪まで振る始末。

『ほれほれ』

「『加速』!」

氷姫と炎の巨人を傍らにアウグスタは魔法陣により属性様々な魔法を撃ち出されていくなか、法典の力を使い自身の動きを加速する影斗は避けるも放たれた魔法は意思を持っているかのように追いかけてくる。

追尾機能の術式が施されているその魔法を魔法力を高めた防御魔法陣で防御しようとしたが、突如その防御魔法陣は凍り付いて砕け散った。

「――――――――っ!」

『ほう、辛うじて致命傷は避けたようだね。なら、これはどうだい?』

炎の巨人に指示を飛ばすアウグスタは十字架を影斗に振り下ろす。

「『真空の壁よ』!」

炎を遮断する真空を法典の力によって作り出すも、巨人から炸裂するその一撃の重さまでは遮断することは出来ず、吹き飛ばされ、何度も地面を跳ねてようやく止まる。

『粘るねぇ、坊や』

「……………るせぇ」

それでも影斗は何度でも立ち上がり、魔法を発動しようとする。

既に満身創痍の状態に陥りながらも影斗は諦めずに食らいついている。

『諦めることも大事だよ? 坊やが諦め、敗北を認めるのなら苦痛を与えずに殺してあげるさ』

「誰が……………お前なんかに、負けを認めるか、よ……………」

『頑固だね』

氷姫から放出される氷の槍が影斗の体を刻む。

アウグスタは自身の勧誘を断った腹いせかのように嬲るように影斗を攻撃している。

それが功を奏しているおかげか、影斗はまだ生きてはいる。

『もう諦めな。この娘の体は私のものさ』

ラヴィニアの顔で、声で冷徹な一言を告げ、魔法で追い討ちをかけるアウグスタ。

再び地面に転がり、地に伏せる影斗は全身の力を総動員させて頑張って立ち上がる。

「………………………………そういや、まだあの勝負の命令権を使ってなかったな」

『?』

不意に告げられた言葉に怪訝するアウグスタ。

それが指しているのはラヴィニアと魔法合戦した際に提案してきた互いに一つだけ何でもお願いを聞くという命令権。

そんなものに興味はなく、特に使うつもりもなくずっと忘れていたソレを影斗はここで使うことにした。

「さっさとそいつを追っ払って出てこい! この天然女!!」

アウグスタではなく、ラヴィニアに向けて影斗は叫んだ。

『……………何を言うかと思えば』

それを聞いたアウグスタは落胆交じりに息を吐いた。

それでも、影斗は言葉を続ける。

「そもそもお前の師匠は本当にお前を見捨てたのかッ! そんな師匠だったのかよ!? それならどうしてお前から神滅具(ロンギヌス)を奪わなかった! 洗脳しなかった! お前を灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)に預けた! 少し考えれば腑に落ちない点が出てくるだろうが!!」

話すことは無い、とグリンダは弟子であるラヴィニアにそう告げた。

それは逆に話すことが出来ないのではないか?

もし、本当にラヴィニアを見捨て、どうでもいい存在だと思っているのなら他に都合のいい言葉があったはずだ。

ラヴィニアに関心がなかった。といえばそれまでだが、それでは四年間もラヴィニアを育てるとは思えない。

影斗は自身の胸を叩く。

「お前は俺に誰かを信じる心を教えてくれた! なら、師匠も信じろよ! お前にとって掛け替えのない人なんだろう!?」

人を拒絶し、誰も信じない様にしていた影斗にもう一度人を信じる心を教えてくれたラヴィニアに影斗は喉が張り裂けんばかりの声量で本心を叫び続ける。

「それでも……………それでもダメだったら俺がお前を信じる! どこまでも、誰よりもお前の事を信じてやる! 絶対に裏切ったりはしないと約束してやる! お前が望むなら傍にいてやる!!」

満身創痍の体に鞭を打って叫び続ける影斗の本心。

 

「だから、戻ってこい……………ッ! 俺にはお前が必要なんだよ!!」

 

『……………若いね』

想いを哮ける影斗にアウグスタはせせら笑うながら魔法を放つ。

「ぐ……………」

『そんなもの子供じみた稚拙な叫びが何になるって言うんだい? どうやら私は坊やを買い被っていたようだねぇ』

倒れ込む影斗にアウグスタは氷姫を操る。

『そんなにこの娘が恋しいのならせめてもの情けだよ。あの娘の力でくたばりな』

氷の柱を生み出して跡形も残らずに押し潰してやろうと、魔女は氷姫にそう指令を飛ばした。

はずだった――――――。

『……………どういうことだい? どうして動かない?』

指令を飛ばしたはずの氷姫は動かず、ただじっとしている。

怪訝しながらも再度操ろうとしても動かない。まるで氷姫自身がその指令を拒絶しているかのように。

『何故だ……………!? 何故、言うことを聞かない!?』

動揺を走らせる魔女を無視するかのように氷姫は勝手に動き始める。

十数メートルはあった氷の姫君はラヴィニアが使役していた時と同じ三メートルに戻り、影斗に歩み寄って行く。

そして、倒れている影斗に向けてその手を差し向けた。

「………………………お前」

今の現象に動揺しているのは影斗も同じだ。先ほどまでアウグスタが使役していた氷姫が突然、己の意思で行動しているかのように動いて、影斗に手を差し向けている。

何が起きたのかはわからない。ただ言えることは一つだけだ。

「お前も、自分の主を助けたいんだな……………?」

氷姫は何も答えない。でも、それでも構わなかった。

氷姫の手を取って立ち上がる影斗は氷姫の隣に立つ。共に戦う仲間のように。

『馬鹿な……………!? ありえない! 神器(セイクリッド・ギア)が、神滅具(ロンギヌス)が所有者ではない者に従うというのかい!?』

理解できない今の現状に叫びを上げるアウグスタを無視して影斗は隣に立つ氷姫に告げる。

「お前の主を助ける為に力を貸してくれ。永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)

瞬間、法典と氷姫から光が放たれる。

 

 

 

 

「なに……………!? 何が起きたの!?」

影斗たちから離れたところで暗黒の森に突如光が襲いかかったことに夏梅が戸惑いながら叫ぶ。

影斗とラヴィニアを助ける為に動き出していた鳶雄たちは突然のその光とオーラに警戒の色を見せる。

『おいおい、マジかよ』

ヴァーリの肩の乗っているドラゴンのぬいぐるみから驚きの声を発したアザゼルからもその口調からでもわかるように驚きを隠しきれていない。

『あいつ、至りやがった』

「それって……………」

アザゼルの言葉に反応した鳶雄は聞き返す様にアザゼルに尋ねた。

『ああ、所有者の体と心に劇的な変化が訪れたとき、神器は至る』

くっくっくっ、とぬいぐるみを通して含みような笑いを溢すアザゼルは可笑しそうに言う。

『そう、それこそが――――――禁手(バランス・ブレイカー)だ』

その時、光が止んだ。

 

 

 

『なんだい……………何が起きたっていうんだい……………?』

動揺を隠せれないアウグスタはそれを見た。

「待ってろ、ラヴィニア。今助ける」

光が止んだ場所に姿を見せたのはこれといって変化がない影斗と氷姫。

アウグスタから見て外見は変化らしい変化が見当たらない。

しかし―――

「『氷の姫君は氷柱を作り出し、敵へと放つ』」

法典に綴られるその言葉通りに、氷姫は動き出す。

氷の柱を作りだしてそれをアウグスタに放つが、アウグスタはせせら笑った。

『なんだい!? 先ほどさほどと変わらないじゃないかい!?』

神滅具(ロンギヌス)を操っているのには驚かされるが、それと言って脅威は感じられない。氷姫を取られたのは痛手だが、こちらにはまだ自身の神滅具(ロンギヌス)紫炎の巨人がいる。

その炎の巨人を持ってその氷柱を消そうとする。

「『氷柱は我が意思によって動き、紫炎の巨人は頭を垂らす様に大地の圧力によって地に伏せる』」

その言葉通りに氷柱は意思を持つかのように動き回り、紫炎の巨人は何かに強制されたかのように地面に頭をつける。

「『さぁ、世界は氷で支配される世界へと変貌した』」

瞬間、この一帯は雪国かと思わせるような世界へと変わった。

太陽を隠す雪雲。荒れる吹雪。どこかへ転移したかのように思わせるほどこの一帯は変貌した。

そして、氷柱は大地に伏せている紫炎の巨人に直撃し、損傷(ダメージ)を与える。

『な、なにが……………ッ!?』

狼狽する魔女。突然の変化に思考が追いつかない。

「寒いッ!? なになに!? どういうことよ!?」

突然の寒さに両腕を抱きしめ、寒さに堪える夏梅と同様に寒さに耐える鳶雄達。

ヴァーリが魔力で炎を生み出して暖を取る。

「アザゼル……………ッ! これはなんだ……………ッ!?」

『恐らくはこれが新井影斗の禁手(バランス・ブレイカー)だ』

ドラゴンのぬいぐるみから解析するアザゼルは続ける。

『事象を操り、運命さえも書き換えることが可能とされる神器(セイクリッド・ギア)凶星天の法典(アステール・トゥレラ)。その禁手(バランス・ブレイカー)がこれさ』

鳶雄達の視線の先にあるのは一方的な蹂躙だった。

『く……………ッ!』

無数とも思えるほどの魔法陣がこの一帯に埋め尽くす規模で展開される。

その魔法は影斗だけではない、鳶雄達やこの一帯に大きく被害が出るほどのレベルだ。

「『猛烈に荒れ狂う吹雪はその魔法をも凍て尽くす』」

だが、瞬時にその魔法陣は全て凍りついた。

「『さぁ、氷の姫君よ。その力を顕現し、紫炎の巨人を圧砕せよ』」

氷の世界と化したこの世界で氷姫は動けない紫炎の巨人に徹底的に攻撃を与え続ける。

『だが、これはおかしい。凶星天の法典(アステール・トゥレラ)禁手(バランス・ブレイカー)だとしても神滅具(ロンギヌス)である氷姫までも操り、その上この一帯の事象までも操るとは……………いや、これはもしや』

そこでアザゼルは何か思い当たるかのような口ぶりで呟いた。

『いいのかい? この娘を取り返したいんだろう!?』

脅しにかかるアウグスタだが、影斗は新たに一筆書き加える。

「『氷の姫君を従えし少女と老獪の魔女よ。分離せよ』」

そして、ラヴィニアの体から光の球体が排出され、その光の球体はアウグスタを元の姿へと戻った。

「バ、バカな……………ッ!?」

ラヴィニアとアウグスタが離れ、影斗はラヴィニアを寄せ付けて優しく抱きとめる。

「面倒かけんな」

気を失っているラヴィニアに愚痴を溢し、鋭い眼差しと殺意をアウグスタに向ける。

『やはり、そういうことか』

その光景を目撃したアザゼルは疑問が確信へと変わった。

『これは亜種の禁手(バランス・ブレイカー)だ』

「亜種だと……………ッ! 新井影斗はその領域に至ったというのか!?」

驚愕に包まれる鳶雄達にアザゼルだけは冷静に言葉を紡ぐ。

『ああ、事象を操ることが出来る法典の力を使えば魔法陣だって容易に無力化できる。だけどそれだけじゃねえ。あいつの、新井影斗のヴィニアを救いたいという想いが氷姫に届いたんだ』

「そんなことが……………」

『氷姫も独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)で、ラヴィニアの分身でもある。恐らくはあいつの声が氷姫を通して体を乗っ取られたラヴィニアの心に届いたんだ』

「そ、そんなことってできるものなの……………?」

『普通じゃ無理だ。そもそも所有者以外に神滅具(ロンギヌス)を操るっていう前例もねぇし、そう簡単に亜種なんてなれるもんじゃねえ。ただ、一つ言えるのは……………』

「『さぁ、氷の姫君。主を辱めた老獪の魔女に裁きの鉄槌を』」

記載されるその言葉に氷姫の手には巨大な氷の戦槌が握りしめられ、それをアウグスタに向けて大きく振り上げる。

『あいつの、ラヴィニアを救いたいという想いがその領域に至れるほどに強かったってことだけだ』

「終わりだ……………ッ! 魔女!!」

振り下ろされた氷の戦槌を一身に受ける魔女は最後の言葉も残せないままにその命を無残に散らした。

 

 



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経路

『オズの魔法使い』――――東の魔女であるアウグスタを倒した。

ラヴィニアを救いたいという一心で禁手(バランス・ブレイカー)に至り、氷姫と共にアウグスタを倒した影斗は神器(セイクリッド・ギア)を解除する。

荒れ吹雪いていた吹雪や雪雲は消え、氷姫も消えるように姿を消した。

「おい、おい……………」

「……………うぅん……………」

呼び掛けに反応があったことに安堵する。

「影斗!!」

「幾瀬、それにお前等まで……………」

戦いが終えて駆け付けてきた鳶雄達。

「良かった……………二人共無事で……………」

誰もが二人の無事に喜び、安堵するなかで影斗は小さく息を吐く。

「大袈裟だ。別に大したことはなかった」

その言葉に鳶雄達は苦笑する。全身の至る所に傷があるくせによくもまぁ強がれる、と。

きっと今も立っているだけで精一杯なのに、それでもラヴィニアを心配そうに見つめている。

言えば本人は否定するだろうから言わないではおくが。

『おい、お前ら。喜ぶのもいいが誰か、アウグスタの紫炎を早く確保しろ。それは―――主を渡り歩くセイクリッド・ギアでな。見逃すな』

「渡り歩く?」

初めて聞く情報に皆が眉をひそめていると―――。アウグスタがいた場所に見覚えのあるゴシック調の衣装を着た少女―――ヴァルブルガ。彼女の手には紫色の火が灯っていた。

『―――――――っ!』

その光景に一息吐いていた面々は驚くしかない。

ヴァルブルガはイタズラな笑みを見せて行った。

「んふふ♪ この炎はあげないわよん! 回収回収ってね!」

言うなり、ヴァルブルガは素早く去って行く途中、一度振り返る。

「いずれは私の彼氏さんにしてみせますわん! 楽しみにししてねん♪」

影斗に向けて情熱的な言葉を残して完全に姿を消す。

『くっ、手の速いことだ。仕方ない。バラキエルと合流後、すぐに撤収しろ。あとのことはこちらでどうにかする。五大宗家と一悶着あるのは面倒だからな』

アザゼルの命令を聞き、鳶雄たちは携帯電話でバラキエルと連絡を取り付ける。

撤収状況になったとき、古閑だけは自身のセイクリッド・ギアと共に森の奥へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

山間の村から戻ってきて十日が過ぎた。

影斗は傷の具合や体力、精神力、魔法力の消耗が激しい為にグリゴリの医療施設に入院している。

調子を取り戻して、あと数日で退院できる。

検査を終えて病室に戻ると、アザゼルがいた。

「どうだ、調子は?」

「ほぼ問題はない」

病室の椅子に座っていたアザゼルに簡潔にそう返す。

「そうか。それとお前さんの検査のついでに神器(セイクリッド・ギア)のことについてわかったことがある。お前の禁手(バランス・ブレイカー)は通常の禁手(バランス・ブレイカー)と異なる亜種だと判明した」

「亜種……………? 禁手(バランス・ブレイカー)にはいくつか種類があるのか?」

「本来、禁手(バランス・ブレイカー)に至った場合、能力が向上する能力増大(スケールアップ)だが、その担い手、時代によって禁手(バランス・ブレイカー)は変化する」

神器(セイクリッド・ギア)は所有者の想いに応える。

その想いが強ければ強いほどに、神器はそれに応え、進化するもの。

「確かにお前の神器(セイクリッド・ギア)は強い。直接的な戦闘力は弱くても、事象と運命を自在に操るその能力は脅威だ。それでも神滅具(ロンギヌス)には及ばない。あれは文字通り、神をも滅ぼせる代物だ」

語るアザゼルの言葉は重い。

神滅具(ロンギヌス)がいかに恐ろしい代物なのかその言葉と表情で悟るほどに。

「だが、お前さんはその神滅具(ロンギヌス)をも操った。それについて調べてわかったことがある。まず、お前と魔女っ子には見えない経路(パス)が繋がれていた」

経路(パス)……………?」

訝しむ影斗にああ、と返答する。

「お前の神器(セイクリッド・ギア)は他人の運命までも書き換えることができると言われているが、誰でもというわけでもないのはお前も知っているだろう?」

「ああ、運命を書き換えられるのは法典に記されている奴等だけだ」

影斗の法典は顔も知らない誰かの運命までも変えることは出来ない。

その法典に記されている自身と一部の者だけ。

「恐らくは法典に記された者たちとお前とで経路(パス)が繋がり、お前さんは経路(パス)が繋がれた者の運命を書き換えられる。そこで俺はこう推測した」

アザゼルは人差し指を指す。

「その経路(パス)が一定領域に入ると、お前さんは記されている者―――幾瀬鳶雄たちの神器(セイクリッド・ギア)を操ることができるのではないかと、な。魔女っ子と幾瀬鳶雄たちとでは経路(パス)に大きな差があったのがその証拠だ」

その言葉に目を見開きながらも影斗は尋ねる。

「つまり、俺の禁手(バランス・ブレイカー)は幾瀬たちの力も使えるのか?」

「可能性はあるな。ただ、氷姫で知っていると思うが、法典に記された内容通りにしか動かせれないようだが……………」

アザゼルは顎に手を当てながらこう言う。

「『氷姫の操觚者』。あの時のお前を例えるのならそれだ」

――――操觚。詩文を作る。文筆に従事する意味を指す。

「ルビを振れば……………『氷姫の操觚者(ディマイズ・プリィマ)』でどうだ?」

「興味ねぇ」

したり顔で中二病のようなことを告げるアザゼルを冷たく一蹴する。

そんな冷たい態度をする影斗にアザゼルはやれやれと息を吐く、と不意にその顔が真剣になる。

「気を付けろ。お前の神器(セイクリッド・ギア)は仮にも神滅具(ロンギヌス)をも操った異例の力だ。その力がどのように作用するかはお前次第だ」

「………………………………」

その忠告に静かに頷いて応答する。

しかし、目下の目標は決まった。まずは禁手(バランス・ブレイカー)のことについてよく知り、それを使いこなせれるようになること。

「影斗、検査から戻ってる!?」

「新井君!!」

病室に飛び込んで来たのは夏梅と詩求子の二人は酷く慌てている様子だった。

「ラヴィニアが目を覚ましたわ」

その吉報を聞いて内心で安堵する影斗は「そうか」とだけ答えると、二人に両腕を掴まれ、拘束されてしまう。

「ラヴィニアが影斗に会いたがってるのよ!」

「だから行こう!」

「………………………行くから離せ」

ずるずると引きずられていく影斗のその姿をアザゼルは苦笑しながら見ていた。

 



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仲間

山間の村より連れ戻したラヴィニアは、そのままグリゴリの医療施設に運び込まれ、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の関係者が見守るなかで、各種検査と治療を受けたのだった。

その間に、アウグスタの魔法の影響が残らない措置を幾重にも受け続け、今に至る。

専用の病室に運ばれ、十日間眠り続けていた彼女はようやく目覚めた。

「ようやくお目覚めか、眠り姫」

夏梅と詩求子に強引にこの場に連れてこられ、ラヴィニアと二人っきりにされる。

部屋から出て行く時に、笑顔で親指を立てていた夏梅には若干苛立った。

「おかげさまで元気なのです、シャドー」

上半身だけ起こしていつもの、影斗が知っている笑顔と声で語りかけてくる。

「それはよかったな。後で幾瀬たちには謝っとけよ? 心配してたぞ」

皮肉な物言いで返す影斗にラヴィニアは柔和な笑みを見せるだけ。

素直になれない影斗の心情を察しているかのようにただ、彼女は微笑む。

「………………シャドー、本当にありがとうなのです」

ラヴィニアは改めるかのように礼を口にした。

「あの時、お師匠さまの声を聞いて、目の前が真っ暗になったのです。もう、自分は何を信じれば、どうすればいいのかわからなくなったのです……………」

師匠であるグリンダの痛恨とも言える言葉を聞いて、動揺する隙を狙われてアウグスタに身体を乗っ取られてしまったラヴィニア。

「ですが、その時にシャドーの声が聞こえたのですよ」

「…………………………何のことだ? 夢でも見てたんだろ?」

照れ隠しなのか、はぐらかそうとする影斗の手をラヴィニアは手に取る。

「嬉しかったのです……………シャドーの声が、想いが私を救ってくれたのです」

影斗の手を胸元に寄せて、その瞳は少しばかりの不安の色を見せながらラヴィニアは影斗を見据える。

「信じて…………いいのですよね?」

「………………………………俺は自分の言った言葉は曲げない」

「ちゃんと言葉にして言ってほしいのです」

弱弱しくも不安そうに声を震わせているラヴィニアは影斗は乱暴に髪を掻き毟る。

「俺はお前を裏切ったりはしない。だから、信じろ」

ラヴィニアから視線を逸らし、頬を少しばかり朱色に染めながらもぶっきらぼうにそう答えた影斗にラヴィニアは満面の笑みを見せる。

「ありがとうなのです、シャドー……………私もシャドーのことを誰よりも信じているのです」

その言葉に影斗の顔がこれ以上にないぐらいに真っ赤になった。

「私はお師匠さまと直接会って、真相をあらためて問うのです。その時、シャドーも一緒にいて欲しいのです」

「…………………何で俺まで」

「ダメ、なのですか……………?」

道端に捨てられた犬のような寂しい目を向けてくるラヴィニアに言葉を詰まらせる。

これがラヴィニアでなければ演技だと一考する影斗だが、この天然女(ラヴィニア)はそんな器用なことができる奴ではないことぐらい知っている。

「…………………………俺もオズの魔法使いに狙われている。少なくともあの老婆の弟子はそうだ。なら、その時に出会ったら嫌でも一緒にいる」

素直に一緒にいるとは言えない不器用な男の言葉にラヴィニアは微笑ましく笑みを見せる。

「いざという時は俺がお前を守ってやる」

「えっ?」

予想していなかったかのようにその言葉を聞いて目を丸くするも、当の本人は真剣だった。

「………………………………これでも、お前には感謝してる。それぐらいの恩は返させろ」

だけど、それ以上の言葉は続けられずに結局はいつもの物言いになってしまった。

だが、その一言は確かにラヴィニアの耳に届き、彼女の顔を赤く染めて、彼から視線を逸らした。

だが、互いに繋がれているその手を振り払うことはしなかった。

ガタッ。

扉の方から音がした。

「ちょっ!? 押さないでよ!?」

そして、扉の先から夏梅の声が響いて影斗は無言無表情でその扉を開ける。

「「「きゃっ!?」」」

夏梅、紗枝、詩求子の女性陣が雪崩れ込んできた。

通路側には苦笑している鳶雄、ほぉーと感心しているかのように頷いている鋼生、ニヤニヤといやらしい笑みを見せているアザゼル、どこか少し不服そうに壁に背を預けているヴァーリ。

全員集合していた。

「おまえら……………」

ふつふつとお湯が沸騰しているかのように怒りが沸き出てくる影斗は怒りで肩を震わせている。

「ち、違うわよ! けっして覗いていたわけじゃ……………たまたまって言うか、偶然というか……………とにかく違うの!?」

目を泳がせながら必死に弁明する夏梅。

「新井君、もうちょっと踏み出そうよ……………」

最後まで自分の気持ちに素直になれなかった影斗に指摘するかのように告げる紗枝。

「えっと…………ごめんなさい」

素直に謝る詩求子。

「えっと、ごめん……………一応、止めたんだけど」

「ま、いいじゃねえか」

覗いていた女性陣を止められなかったことに苦笑しながら謝る鳶雄と呆気欄と結果オーライかのように気軽に言う鋼生。

「あーなるほどな。そういうことだったのか」

いやらしい笑みを見せながら意味深の台詞を言うアザゼル。

「新井影斗。同じ禁手(バランス・ブレイカー)に至った者同士、激しく()ろう」

不服そうな視線で影斗を見据えながら模擬戦を要求してくるヴァーリ。

「………………………………」

怒りというのは一周すれば冷静になれるのだと、身を持って体験した影斗は魔法陣を展開させる。

「……………気絶させて記憶を消してやる」

その目は座っていた。

本気(マジ)の目をしていた。

やばい、と思った鳶雄達の必死の抵抗と謝罪もあって事なきを得た。

ラヴィニアはその光景を微笑ましく見ていた。

「シャドーが皆と仲良くなって嬉しいのです」

 



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冬の深夜

――――オズの『東の魔女』アウグスタを倒してから、季節が移り変わっていた。

幾瀬鳶雄たちは、深夜の郊外で任務に当たっていた。

内容はサタナエルが各地区に放っているエージェントの排除及び捕縛である。

サタナエルが従えている『深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)』ことアビス・チームの者を鳶雄たちは追っている。

アビス・チームが持つ異能―――セイクリッド・ギアは厄介な代物で時と場所、条件が揃ったとき、凶悪で残忍な性能を発揮する。

食らえば取り返しのつかない効果が多い能力の持ち主を集めた組織がアビス・チームだ。

鳶雄たちと行動を共にしている新井影斗とヴァーリはアビス・チームの一人を追い詰めた。

「投降しろ」

短く、最終警告する影斗。

相手―――女性は追い詰められたことにより、己の異能を解き放つ。

「貴方達の言うことなんて聞かないわ!」

彼女の隣から現れたのは一見、長身の黒髪の女性のように見えるが、その顔は口裂け女のように口が裂け、眼窩はない。

独立具現型のセイクリッド・ギア『呪歌の女像(ララバイ・トゥス・イドル)』。

その裂けた口から呪いの歌を叫び、対象を呪う力がある。

大きく息を吸う独立具現型に嘲笑を見せる彼女だが、影斗が魔法陣を展開させて独立具現型を瞬く間に消し飛ばした。

「………………………………え?」

あまりにも一瞬の出来事で理解が追いつかなかった彼女を眠りの魔法で眠らせた。

「やはり、俺の出番はなかったか」

手際よく対象を捕縛した影斗に戦えなかったことに不満そうに口にするヴァーリを無視して耳に付けたインカムに報告する。

「目標を捕縛した。怪我はない」

『わかりました。鳶雄君たちの方も戦闘を終えたとのことです』

後方支援役を担っている七滝詩求子から連絡を受けて捕縛した彼女を抱えて移動する。

 

 

廃墟の外で合流する鳶雄たち。

鳶雄&夏梅組、鮫島&ラヴィニア組、ヴァーリ&影斗組の三方が顔を合わせる。

目的であるアビス・チームは特殊な手錠を腕にははめ、異能を発揮させないようにして転移型の魔法陣で本部に送り届ける。

オズの魔法使いのいざこざのあと、鳶雄たちはバラキエルの師事して『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』で基礎から鍛え直し、あの頃よりまた一つ強くなった。

アビス・チームの下位構成員掃討の任務を正式に与えられるほどになって実戦を積んで飛躍的に実力を伸ばしていた。

詩求子が自身のセイクリッド・ギア―――ポッくんを抱きしめながら言う。

「やっぱり、夏梅ちゃんたちってすごい。私なんて連絡役がせいぜいで………………………」

彼女は短期間で戦闘までこなすようになった同級生に敬意を払っていた。

「自分のセイクリッド・ギアも碌に使えない奴がいてもいい迷惑だ」

「ちょっと影斗! そんな言い方しなくてもいいでしょ!!」

仲間に対して冷たい発言に夏梅は声を荒げるも、影斗は冷静に返す。

「事実だろうが。特に饕餮の力は四凶のなかでも凶悪だ。お前等も聞いてんだろう? 覚醒した饕餮が暴走して宿主すら喰われた。そんな凶悪な力を近くで暴走でもされて巻き込まれるのは御免だ。連絡役で甘えとけ」

最後にそれだけ告げて一人、転移魔法で一足先に帰った影斗。

その言葉に詩求子は饕餮を強く抱きしめる。

「もう! どうしてあんな言い方するのよ!!」

憤る夏梅。それを宥める紗枝。

アウグスタの一件から少しは距離が縮まったと思っていたが、やはり彼はまだ鳶雄たちのことを完全には信用してはいないようだ。

ラヴィニアのおかげで多少は人間嫌いが緩和されても根っこの部分は変わらず、冷たい態度と発言をしてしまうことがしばしば。

「シグネ、元気出すのですよ。シャドーはきっとシグネを気遣って言っているのです。無理して戦う必要はない、とシャドーは言いたかったと思うのです」

「………………………………うん」

ラヴィニアの励ましに小さく頷く詩求子の反応に紗枝は思わず。

「詩求子ってもしかして新井君のこと……………」

そこまで言うと詩求子の顔は赤く染まり、饕餮で顔を隠すもバレバレであった。

「へぇ、あいつも隅におけねえな」

口笛を吹いて楽し気に言う綱生に意外な事実に目を丸くする鳶雄。

「嘘!? そうだったの! 影斗のどこがよかったの!? やっぱりツンからデレのギャップにキュンってきたの!?」

恋話に盛り上がる夏梅だが、ラヴィニアはよくわかっておらず首を傾げる。

「えっと、前にも話したと思うけど、私と新井君はクラスメイトだったんだけど話したことは一度もなかったの」

人を拒絶していた影斗はいつも一人でいた。

クラスメイトとして多少は気になってはいたけど、特に意識したわけではなかった。

「だけど、困っている時とか何も言わず手伝ってくれたんだ」

担任の教師に頼まれて重たい荷物を運んでいる際、影斗はかっさらうようにそれを持って運んでくれた。それ以外にも助けて貰ったことがある。

「それに新井君、お礼を言っても『俺が勝手にしているだけだ』って言ってすぐにどこか行っちゃって………………………」

「ツンデレね」

「ツンデレだね」

「ツンデレなのです」

「ツンデレだな」

「ツンデレ、かも」

「ツンデレ?」

全員(ヴァーリを除く)が影斗をツンデレだと答えた。

「でも、一番助かったのは怖い人達から助けてくれた時なんだ」

それはまだ陵空高校の学生で一年生の頃、詩求子は不良に絡まれて強引にどこかに連れて行かれそうになった時、影斗はその不良達から詩求子を助けた。

自分も怪我を負いながらもお礼も受け取らずに去って行った時の後ろ姿を詩求子は覚えている。

後日、学校で礼を言っても俺が勝手にしているだけとしか答えなかった。

思えばそのめぐり合わせもセイクリッド・ギアによる影響だったかもしれない。

「なるほどね。つまり、詩求子にとって影斗はヒーローってわけね」

夏梅の言葉に詩求子は恥ずかしそうに小さく首を縦に振った。

「それに助けてくれたお礼もきちんとしたいの………………………」

助けて貰ってばかりで少しもお礼をしていない詩求子はこれまで助けて貰ったお礼をきちんとしたかった。

だけど、それを本人が受け取るかはわからない。

少なくとも素直にお礼を受け取る姿が想像もできない鳶雄たちだった。

「あー、盛り上がるのもいいがそろそろ本拠地に戻ろうぜ」

綱生や鳶雄たちは白い息を吐きながら撤収の準備を始める。

夏梅が白い息を吐きながら、夜空を眺める。

「もう年明け寸前だもんね。………………なんだか、早かったわね」

鳶雄たちが事件に巻き込まれ、力に覚醒してから、初めての年越しを迎えようとしていた。

 

 



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正月

『あけましておめでとう』

正月を迎えた鳶雄たち元陸空高校の生徒。

マンションの一室で慎ましやかに元旦を祝していた。

テーブルの上には立派なおせち料理。更にラヴィニアの前にはイタリアの正月料理が置かれている。

それを作ったのは鳶雄ではなく―――

「好きに食え」

影斗だった。

「…………………これ、全部、影斗が作ったの?」

「悪いか? 嫌なら食うな」

「いやいやいや! そんなことはないから!! こんな生活になって普通のお正月料理を目の前にできるなんて思わなくて!」

全員分のおせち料理やお雑煮まで見事なラインナップに驚きながらもそれを作った影斗にも驚かされる。

「影斗ってなんでも作れるんだな………………………」

「新井君、すごい…………」

素直に感心する二人。よく見れば独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)である刃やグリフォン、白砂、饕餮の分まである。

「別に俺の分のついでだ。後で作れって言われるのも面倒だしな」

「シャドーは素直じゃないのです。でも、ありがとうなのですよ」

「うっせ」

自分の故郷の正月料理まで作ってくれた影斗に感謝の言葉を口にするもそっぽを向く。

詩求子も喜びながら携帯電話で写メしてふと気づいた。

自分の分は他の人達の分よりも多くあるということに。

少し疑念を抱くと、もしかして以前に戦力にならないことを言った謝罪のつもりなのかもしれない。

そのようなやり取りのあとに皆で今年最初の食事を始めた。

食事の後で全員で初詣に向かう。

 

 

 

鳶雄たちでも参拝が許された神社。そこは異教の出の者が足を踏み入れても別段気にすることもない神らしい。女性陣はアザゼルから貰った着物を着こんで男性陣はいつもの恰好でその神社にやってくる。

影斗は「俺に祈る神などいない」と告げて行こうとしなかったが、そこは夏梅とラヴィニアが強引に連れてきた為に少し不機嫌そうにしていた。

鳶雄たちが石段に上がるが、同行せずにヴァーリと共に屋台で適当に食べ物を買っていた。

「ほら、熱いから気を付けて食えよ」

「新井影斗。君まで俺を子ども扱いするな」

タコ焼きを渡すも子ども扱いされたことに不服そうにするヴァーリはリンゴ飴も持って近くのベンチに座って食べ始める。

「能天気な奴等だ………………………」

こうしている間にも敵が何かしでかすかもしれないのに暢気に正月を満喫している暇なんてない。実際に日本の各所で怪しい術者が観測されている。

「ま、命令がなければ動けれない立場でもあるからどうにもできねえか」

今の自分達には総督の命令という任務を着実にこなして実戦馴れし、強くなっていくしかない。勝手な行動は死ぬことと同じだということぐらい理解している。

一息吐いて何か買うか、と思ったその時。

「………………………………兄さん?」

背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「……………………緋陽(ひよう)

「やっぱり、兄さんなんですね………………………」

振り返るとそこには着物姿の妹の姿がそこにいた。

「お前、どうしてここにいる?」

妹の姿を目視して眼差しが鋭くなる影斗の問いに怯えながらも答える。

「……………えっと、友達に誘われてここに」

「そうかよ」

それだけ聞いて踵を返し、どこかに行こうとする影斗に緋陽は声を飛ばす。

「待って、兄さん! 私…………私、兄さんに謝りたくて…………………ッ!」

「いらねえよ、お前の謝罪なんか」

「!?」

「こんな兄なんていらないんだろう? ならもうこんな愚兄に関わるな」

「それは…………………ッ!」

「あら、どったの? 知り合い…………って雰囲気じゃなさそうね」

石段から降りてきた鳶雄たちが影斗と緋陽に歩み寄るも、どこか険悪な雰囲気に当てられて首を傾げた。

「影斗、この子は? もしかして妹さん? さっき兄さんって聞こえたし」

「俺に妹なんていない。誰かと勘違いしてんだろう」

そう答えてどこかへ歩き始める影斗。

「影斗、どこに行くんだ?」

「その辺りを適当に歩くだけだ」

鳶雄の質問にそれだけ答えて人混みに紛れていく影斗に緋陽は取り残されて顔を俯かせる。

ただならぬ関係に鳶雄たちは困惑しながらも緋陽に声をかける。

 

 

 

 

「私は兄に許されないことをしました………………………」

隅にあるベンチで緋陽は影斗の友人たちである鳶雄たちに事情を話した。

「私と兄は幼い頃に母を亡くして、それから兄が母の代わりに家事をするようになりまして私もその手伝いをしながら生活していました」

「もしかしておせち料理も作ったり……………?」

「はい。毎年兄が作ってくれました」

妹の答えに全員が影斗の料理力に納得した。

「えっと、緋陽、さんは何年生?」

「高一です。あと、呼び捨てでもかまいません」

自分達よりも一つ年下の女の子。

「そう? なら緋陽。いったいお兄さんとの間になにがあったの?」

率直に尋ねる夏梅に緋陽は難しい顔を作る。

「…………………あれは兄が中三で私が中二の頃です。兄が暴力事件を起こしたんです。証拠も証言も目撃もあって兄は暴力事件の主犯として警察に連行されたことがあるんです」

その言葉に全員が目を丸くする。

しかし、緋陽は続ける。

「まだ未成年で被害者からも後遺症が残らない怪我だったので大事にはなりませんでしたが、兄は最後まで自分はそんなことをしていないと、否認していました。ですが、当時の私はそれが信じられませんでした。証拠も証言も目撃もあるのにどうして自分が犯した罪を認めないのか、それが許せなかった。私だけではなく、父も兄の友達も全員が兄を責めました。暴力魔と、犯罪者だと、誹謗中傷もいい言葉を散々言ってしまったんです」

「………………………えっと、でも無実だとわかったからお兄さんに謝ろうとしたんだよね?」

鳶雄はそう尋ねると緋陽は頷く。

「………………………はい。でも、無実だと気付いたのは本当に偶然だったんです。兄の友人である大樹さんが自分から私にそう言って来たんです。『悪い、お前の兄貴に罪を擦り付けちまった』と…………証拠も証言も目撃の全てがその人とその仲間がついた嘘だったんです」

「なにそれ! 全部そいつが悪いじゃない!!」

その話を聞いて憤る夏梅。しかし、その気持ちは鳶雄たちも同じだ。

「それを知った私は、兄に謝ろうとしました。ですが、もう兄は私の言葉を聞いてくれないぐらいに傷つけてしまいました………………………」

それからは鳶雄達の知る影斗だ。

誰も信用も信頼もしようとしない人間不信になってしまった。

緋陽の双眸から涙がこぼれる。

「…………私は、私は兄に『兄さんなんていらない!』と言ってしまいました。当然ですよね? 兄の言葉を全く信用しようともしなかったのですから当然の報いです。それから兄は卒業と同時に家を出ていきました………………今日出会えたのは本当に偶然です………」

兄である影斗のことについて語り終える少女の瞳からは涙が零れ落ちる。紗枝はハンカチを取り出して彼女に手渡す。

「ありがとうございます」と感謝の言葉を言って緋陽は涙を拭うと立ち上がって鳶雄たちに頭を下げる。

「あの、どうか兄をよろしくお願いします。私はもう、兄とよりを戻すことはできそうにありませんので」

「そんなことは………………………」

鳶雄はそこから先は言えなかった。

家族の問題にこれ以上口を挟むべきではない、とそう思ったからだ。

「では」と最後に頭を下げて離れて行く緋陽とすれ違う形で戻ってくる影斗。まるでタイミングがわかっていたかのように戻ってきた。

「そろそろ帰るぞ」

それだけ告げて踵を返すも、鳶雄が声を投げる。

「なぁ、影斗。妹さんを許してあげれないのか? それは酷いことを言われたかもしれないけど、家族だろ?」

「だからどうした? あいつと俺とはもう何の関係もねぇ。向こうから縁を切ってきたんだ。今更よりを戻す気なんてねぇよ」

「そんな言い方しなくてもいいでしょう!? 貴方の妹さんは本気で影斗とよりを戻そうとしているのよ!?」

冷たい態度と言い方に夏梅は声を荒げる。だが、影斗はそれを鼻で笑った。

「ハッ、だったらお前等は自分達に脅威を向けてきた相手と仲良く手を取り合って信用も信頼もできるって言うのかよ?」

「そ、それは………………………」

「俺はできねぇし、したくもねぇ。あいつは信用も信頼を自分から捨てた。感情的になっていたかもしれねえが、一度失った信用も信頼も元には戻らねぇんだよ。もう一度だけ言ってやる。あいつと俺とはもう何の関係もねぇ」

冷笑と共に言い切る影斗の頬を紗枝は叩いた。

「…………………どうして、そんな風に言えるの? 妹なんだよ? 家族なんだよ? 許してあげようよ………………………」

涙声でそう訴える紗枝。だが、影斗は無表情で告げる。

「妹だろうが、家族だろうが、許されないことだってあるんだよ。お前の価値観を俺に押し付けんじゃねえ」

「!?」

カッとなって手を上げる紗枝。だが、鳶雄が紗枝の腕を掴んで止めた。

「離して! 鳶雄!」

「落ち着け! 紗枝!」

鳶雄の腕の中で暴れる紗枝。それを冷淡に見据える影斗。

鳶雄たちの後ろにいる夏梅たちもなんとも言えない目で影斗を見据えていた。

「フン」

影斗は一人その場を離れて行く。

この場から姿を消した影斗。落ち着きを取り戻した紗枝に鳶雄は紗枝を離すもその瞳には薄っすらと涙が溜まっていた。

「家族なのにどうして許してあげられないの……………?」

紗枝は許されないことをしたとしても反省して謝れば許す。それが家族なら尚更だ。

それでも影斗は許さなかった。影斗の言う通り価値観の押し付けかもしれないけど納得できない。

「シャーエ。シャドーは好きなあんな酷いことは言わないと思うのです」

ラヴィニアは紗枝に歩み寄ってそう言う。

「シャドーと妹さんはもう住むべき世界は違うのです。それに万が一に『オズ』の魔法使いやアビス・チームに肉親を利用されないように無関係を装う必要があるのです。どこに敵が目を光らせているかわからないのですから」

「それって……………妹さんを巻き込まない様に」

鳶雄の推測にラヴィニアは頷く。

「真実はわからないのです。シャドーが本当に許しているのかはわかりません。ですが、シャドーは優しいですから例え自分が嫌われ者になっても家族を守りたいのだと私はそう信じるのですよ」

それもあくまで推測でしかない。

真実を知るのは影斗のみ。

それでもラヴィニアは影斗のことをどこまでも信じるかのように優しく微笑むのであった。



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反省会

元陸空高校の生徒である鳶雄達は例の事件――『空蝉機関』をきっかけに国の闇、異能、異形たちの世界に触れてしまった。元の生活は戻れない鳶雄達は『神の子を見張る者(グリゴリ)』で世話になり、そこで己の持つ力を磨いて強くなろうと日々努力している。

その一人である新井影斗は正月明け早々、他の教室の生徒との模擬戦をしていた。

「フン」

『バラキエル教室』の生徒である影斗の相手は『アルマロス教室』の生徒の一人。影を操るカウンター系神器(セイクリッド・ギア)闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)』。

影を使って攻撃を受け流すタイプの神器(セイクリッド・ギア)使い。

魔法を主力とする影斗にとって相性は最悪といっていい。

現に今も魔法を放てば影に魔法を吸い込まれて放った影斗自身に襲いかかってくる。

劣勢を強いられながらも影斗は冷静にぼやく。

「試すか……………」

影斗は懐から複数の札を取り出して印を結ぶ。すると札は影斗の相手の周囲に展開する。

「くっ! 影よ!」

危険を察知した男子は影で札を吸い込ませようとするが、一手遅かった。

札が輝いた瞬間、男子の影が消滅した。

「『異能封じ』。封印系統の陰陽術だが、まだ荒いか…………」

「!?」

異能を封じられた男子の顔面直前で魔法陣を展開させて攻撃できる一歩手前で止めている。それを見て己の敗北を知った男子は大人しく降参した。

「まぁ、神器(セイクリッド・ギア)の能力を封じることがわかっただけでも良しとするか」

魔法だけでなく陰陽術にも手を出している影斗はその力がどれほど通用したのか判断できただけでも良しとして模擬戦を終わらせた。

 

 

 

 

『アルマロス教室』との模擬戦を終えた鳶雄たち。

四戦して三勝一分けし、試合後のシャワーを浴びてから教室に集まって反省会をしていた。

「くーッ! 悔しいわ! あともうちょっとで勝てたのに!」

夏梅がシャワー後のスポーツ飲料を呷りながらそう叫ぶ。

夏梅の相手は守りが固いタイプの能力者で夏梅は相手の防御力を突破することができず、結局は長期戦となったために引き分けとなった。

「私にも必殺技があれば……………」

結果に嘆く夏梅に紗枝が言う。

「ううん、立派な戦いだったと思う。夏梅の負けないって気持ちが伝わる試合だったもの」

その言葉に夏梅は紗枝を抱きしめた。

「紗枝! いいこと言うわ!」

詩求子が言う。

「あそこまで戦えるだけ凄いよ。私なんてまだ体力作りだから、絶対途中でスタミナ切れちゃう。ていうか、ポッくん、食べるだけだし……………」

胸に抱く彼女の分身はこんなときでも何かを食べている。

体力が不足して動けなくなることは死に直結する。だから教官であるバラキエルは最初体に体力りを教えているのであった。

するとふと綱生が影斗に訊く。

「そういや、影斗。お前試合中に使ったのって」

「陰陽術だ」

その問いに簡潔に答えると夏梅が驚きの顔で言う。

「そうそう! いつの間に覚えたのよ!」

「まだ粗削りもいいところだ。あんなもん覚えたとは言えねえよ」

「いやいやいや! それだけでも凄いって!」

粗削りで試合相手の神器(セイクリッド・ギア)の能力を封じた。それだけでも驚嘆に値するのに本人は不服そうだった。

すると鳶雄が……………。

「なぁ、影斗。もしよければだけど紗枝や詩求子達にも教えてやってくれないか? ほら、二人は術の類を勉強しているんだし」

鳶雄の言う通り、紗枝と詩求子は皆の役に立ちたい為に本や資料を見ながら術の勉強をしていた。まだ紙人形を操るだけだが、影斗が指導すればより速く上達できると思って。

だが――

「甘えんな。自分の力は自分で磨け」

そう一蹴する。

「俺達が力を学び、身に付けているのは戦いに身を投じるからだ。戦場に甘えも理想も存在しねぇ。戦場に立てない奴は初めからここにいろ」

その言葉に紗枝も詩求子も表情を俯かせる。

「だからねぇ、どうしてそんな風に言うの! もっと他に言い方ってものがあるでしょうが!」

冷たいその発言はともかく、内容は戦えない二人を戦場から遠ざけようとするもの。影斗の言葉に少しずつ慣れてきた夏梅達だが、相も変わらないその発言に怒声をあげてしまう。

それとは関係なく、正月の参拝から影斗の態度はいつもよりも冷たく感じてしまう。

参拝の時に偶然出会った影斗の妹――緋陽。それが関係していると鳶雄達は思っている。

親友に騙され、友人も、家族でさえも自身のことを信じて貰えず、人間不信となった影斗。その心の傷は深く、いまだに鳶雄達とは距離を取っている。

特にここ最近では紗枝とも関係も険悪に近い。義務的な、それも必要最低限しか話さない。

どうにかしたいと思うも根深い問題の為に下手に手を出すことができずにいる鳶雄達。

しかし、そんな影斗に近づける例外もいる。

「シャドー。ちゃんと言わないと駄目なのですよ?」

声がする方に顔を向けるとそこには制服姿のラヴィニアがいた。

「ラヴィニア、その恰好どうしたの」

「夏梅やシャーエ、シグネが着ているのを見ていたら、私も着てみたくなったのです」

そう言う彼女はその場でくるりと回転してみせた。

制服姿の彼女は非常に様になっており、鳶雄もちょっとだけ見とれてしまっていたが、ラヴィニアは影斗に近づく。

「シャドー。私は知っているのですよ? シャーエとシグネの為に総督に頼んで術の類の本を集めて二人にもわかりやすいように纏めているのを」

ラヴィニアの言葉に紗枝と詩求子だけではなく、鳶雄たちも驚く。

「……………………あれは俺が陰陽術について調べる為に頼んだものだ。そいつらの為じゃねえ」

「本当にシャドーはツンデレさんなのです」

「誰がツンデレだ、誰が。つーか頭を撫でんな」

いい子いい子、と影斗の頭を撫でるラヴィニアの手を払いのけるも、ラヴィニアは影斗の頭を撫でるのをやめず、影斗が先に折れてもうラヴィニアの好きにさせている。

その光景は既に見慣れた光景だけど、それでも瞬く間に影斗との距離感を無くすラヴィニアに鳶雄達は尊敬の念すら抱いていた。

例えるなら凶暴犬を手懐けたドッグトレーナー。心なしか影斗の頭と臀部に犬耳と尻尾があるように見えてしまう。

「………………………」

それを見た詩求子は無意識に饕餮を強く抱きしめるのであった。



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