東方系色伝 (偏頭痛)
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1話――姉妹

初投稿です。


 気が付いたら目の前にゆかりんが居た。それも物凄く可愛い美少女で。最初は自分の目を疑ってしまった。けれど、金色に輝く長髪をしていて、紫色のドレスを召して、胡散臭いながらも魅了される笑みを浮かべているのだ。何処からどう見てもゆかりんにしか見えない。すると、あちらも私に気が付いたようで、近づいてきた。

 

 ……ふ、ふつくしい。歩いてくる様がまさに淑女のそれで、カリスマオーラをこれでもかと言わんばかりに放っている。また、彼女から溢れる力はとても禍々しく、徐々に息苦しくなっているのを感じ取れる。というか、実際に息が出来ていなかった。

 

 

 

 ――私は何時の間にか、ゆかりんに首を絞められていた。

 

 

 

 「貴女、私に化けるとは良い度胸してるのね? 覚悟はよろしくて?」

 

 「くっ、くる、しぃ」

 

 

 

 今、化けるって言ったけど、どういう事だろうか。いや、よくよく考えてみると、今のこの状況は色々と可笑しい。

 

 

 

 

 

 ――夢の中な筈なのに何故、物凄い痛みを感じるの?

 

 ――あの華奢な体で、一体どうやったらこんな力を出せるの?

 

 ――何故、私はこんなにも落ち着いて思考に耽っていられるの?

 

 

 

 

 

 「……気が変わったわ」

 

 「うっ、け、けほっ」

 

 「貴女に化けれる程の力を感じないし、そもそも化け狸や狐の類でもないでしょうし」

 

 

 

 だったら首なんか絞めないでもらえますか。……なんて言える訳も無く。ここは取り敢えず、穏便に事を済ませたい。

 

 

 

 「あ、ありがとう、紫」

 

 「訂正、どうして私の名前を?」

 

 「……あ、ち、違うん――」

 

 「少し痛い目見ないと駄目なようね?」

 

 

 

 は、話が全然通じない。さっきの首を絞めたのは痛い目には入らないんですか? ……そういえば、凄く今更な疑問だけど。初対面な相手の筈なのに、どうして私は名前を知ってたんだろう。それも、さも当たり前のように呼んだのだけど。

 

 

 

 「……どうにも調子が狂うわね。貴女には危機感ってものがないのかしら?」

 

 「寧ろ親近感すら覚えます」

 

 「うーん。貴女、ひょっとして生まれたての妖怪なのかしら?」

 

 

 

 

 

 ――え、妖怪?

 

 

 

 

 

 こんな意味の判らない夢を見る前は、確か人間だった筈なのだけれど。どうにも記憶が曖昧になっているようだ。もしかしたら、今が夢から覚めた現実で、人間だった頃の事が夢だったりするのかもしれない。夢か現か……本当、私の身に何が起きてるのかさっぱりだ。

 

 

 

 「……桃」

 

 「もも?」

 

 「そう、貴女の名前、八雲桃。今日から私の妹になりなさい」

 

 「……はい?」

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 どうやら私は本当に妖怪だったみたいだ。ゆか……じゃなくてお姉様と同じ能力を持っているから。それに、私の容姿は何故かお姉様と瓜二つ。服の色が同じだったら、それこそ見分けがつかない位に。

 

 ただ、私の方が少し幼い朗らかな声だったり、身長が少し低かったりするので、完全に判らなくなるという事はない。これでお姉様が私を妹にしようとしたのが納得出来る。……のかな?

 

 

 

 それで、私達が扱える能力とは『境界を操る程度の能力』。お姉様もまだ大それた事は出来ないみたいだけれど、基本的に出来ない事はないらしい。

 

 普段は専ら移動手段に使ったり、物置みたいに使ったりしている。手を翳して意識すると、目の前に異質な空間へ続く入口が現れる。お姉様はこれを『スキマ』と呼んでいるので、名乗る時は自分の事をスキマ妖怪と言っているみたい。

 

 

 

 ――つまり、私はスキマ妖怪の第二号になったという訳だ。

 

 

 

 「ねー、お姉様。何処に向かってるの?」

 

 「んー、良く判らないわ」

 

 「え、適当なの?」

 

 「そうよ」

 

 

 

 お姉様って見た感じだと凄く頭良さそうに見えるんだけど、実際はそうでもなかったりする。何というか、何処か抜けてる感じ。

 

 ……はぁ、ちゃんとした目的地がある訳じゃないから、文句なんかは言わないけれど。お姉様の雰囲気からするに、迷っているのは確定的に明らか。それに、さっきから同じ所をぐるぐる回らされてる様な気がする。だからこんな不気味な森には入りたくないって言ったのに。

 

 

 

 「お姉様、迷ったでしょ?」

 

 「そ、そんなことないわ」

 

 「嘘、明らかに動揺してる」

 

 「……し、仕方ないじゃないっ! こんなに迷う森だとは思わなかったんだもの」

 

 

 

 実はお姉様も生まれてから間もないみたいで、でもかれこれ五年程は生きているらしい。五年と聞いて、私は吸血鬼姉妹と似ているなぁと思った。

 

 ……ん、吸血鬼姉妹って何? うーん、さっきから私の頭の中を、意味の判らない単語が飛び交っている。

 

 

 

 「お姉様、此処絶対に危ないよ。早くスキマで戻ろう?」

 

 「駄目なの」

 

 「何が? 早くしないと――」

 

 「スキマが使えないのよ」

 

 「……え?」

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 「ねー、お姉様。お腹空いた」

 

 「私だってお腹空いてるの。我慢なさい」

 

 「……はぁ、だから止めようって言ったのに」

 

 

 

 森の中を彷徨っていたら、急に何かに閉じ込められたみたい。この小さな空間では、私達の能力を使った移動が出来ない。スキマで脱出しようと試みたのだけれど、何故か元の場所に戻される。よって、此処から出る事が出来ずにかれこれ一週間くらい立ち往生している。

 

 幸い、スキマを開く事だけは出来たので、保存して置いたものを食べられたから良かったけど。それも直ぐに尽きて、今は絶賛絶食中である。……はぁ。

 

 

 

 「おい、なんか引っ掛かってるぞ」

 「こんな処に女子?」

 「結界解けないから誰か『長』を呼んで来い」

 

 

 

 どうも、見知らぬ集団が近づいているのに気が付かなかったみたいだ。お腹が空いてると、こうまで集中力が落ちるとは。元から無かったとか言ってはいけない。

 

 それで、引っ掛かったと言うからには、あの人間達が何かをしたのは間違いない。結界がどうたらとか言ってたけど、凄く懐かしい響きのする言葉だ。初めて聞いた筈なのに。

 

 私達はこれから一体どうなるのだろうか。思わずお姉様の方を見る。……目が合った。血は繋がっていない筈なのに、考える事は同じみたいだ。可笑しくて少し笑いそうになったのを堪える。

 

 

 

 「……お姉様」

 

 「今は無事を祈るしかないわ」

 

 「私、殺されたらずっとお姉様を怨むから」

 

 「……」

 

 「君達、すまなかったね。大事はないかね?」

 

 「ほえ?」

 「え?」

 

 

 

 何時の間にか、私達を覆っていた空間が無くなっていた。新鮮な空気を吸うと、外に出られたという実感が湧く。

 

 今話しかけてきた老人が『長』という人だろうか。いや、人というよりは妖怪に近い気がするけど。謝ってくるとは予想外だった。私達は恰好のエサ、だった筈なんだけどね。

 

 

 

 「えっと? 殺したりとかはしないの?」

 

 「そんな事はせんよ。と言っても、簡単には信用してはくれまいか。儂はこの先にある小さな里を護っているだけじゃ」

 

 「その為の罠だったという訳ね」

 

 「如何にも。そこでお嬢さん方、もし宛がないのなら儂らの里に来ないかね? 里は全てを在るがままに受け容れてくれる」

 

 

 

 

 

 ……吃驚だよ。どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 いや、有難い申し出だけどね。ただ、罠という可能性もある。この森の中には似たような結界とやらがまだまだ沢山あるはず。油断しているところを狙って……なんて事も考えられる。或いは、里に着いた時に何かされるかもしれない。

 

 

 

 「そちらの元気なお嬢さんはどうにも信用しとらんようじゃな。もし仮に儂らが本当に殺そうとするならば、もう既にしとるとは思わんか?」

 

 「まあ、確かに。でも私達は妖怪だよ?」

 

 「だから言ったじゃろ。里は全てを受け容れると。命に種族はないんじゃよ。そう思うじゃろ、お前達」

 

 「そうっすね」

 「俺は何処までも長について行くぜ」

 「これから楽しくなりそうだな」

 

 

 

 

 

 ……物凄く能天気な回答に、ずっと悩んでいた私が馬鹿らしく見える。

 

 

 

 

 

 「分かったわ。今日から妹共々、お世話になるわ」

 

 「そうか、ではついて来ると良い。そこで皆に紹介しよう」




誤字・脱字は無い様に努めております。ですが、もしあれば、お手数ですがご一報下さい。


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2話――秘境

週一程度で投稿できればと思っております。


 「……そんな、人間と妖怪が共生してる?」

 

 「凄いね、お姉様」

 

 

 

 私達は長の案内で里に着いた。そこで見たものは想像もつかないものだった。お姉様も吃驚していたけど、そりゃ吃驚もするよね。人間と妖怪が一緒に暮らしているんだから。

 

 どうしたって種族間での溝は埋まらないはずなのに、この目に映る光景には何の違和感も感じ得ない。寧ろ親近感すら覚えてしまうのは何故だろうか。

 

 

 

 「どうじゃ? お気に召しただろうか?」

 

 「ええ、とても素晴らしい場所ね」

 

 「本当に住んでも良いの、私達?」

 

 「もちろんじゃ。今更一人二人増えた所で何も変わりはせんよ。寧ろ新しい家族が増えたと喜んでおるぐらいじゃ」

 

 

 

 ――家族。確かにこの里は、里と言う程規模の大きいものではない。皆の顔と名前を全て覚えられるぐらいには小さいだろう。とは言ったものの、入口から里の全体を見渡せる訳ではないので、断定は出来ないけど。

 

 

 

 「ところで、今は何かの準備をしているみたいだけど?」

 

 「夜に向けて宴の準備をしておる。お前さん達の歓迎の準備じゃな」

 

 

 

 おー、嬉しい事してくれるじゃない。言われてみれば確かに、あちらこちらで美味しそうな匂いがする。じゅるり。

 

 

 

 「お姉様の所為で、一週間近くほとんど何も食べてないからお腹ペコペコだよ」

 

 「……」

 

 「まあ、夜まで待っておれ。取り敢えず、儂の家まで来てもらおうかの。会って欲しい人物がおる」

 

 

 

 長というからには大層な屋敷に住んでいるんだろうと思っていたが、そんな事は無かった。というよりも、同じような家ばかりで何処に誰が住んでいるか、区別するのが大変そうだ。これだけ規模の小さい里だから、建てたのも同一人物だったりするのだろう。

 

 そういえば、里に住む事になったのは良いけど、肝心の私達の家はどうなるんだろう?

 

 

 

 「長、お帰りなさい。その子達は?」

 

 「うむ、今日からこの里に住む……そういえば、まだ名前を聞いとらんかったの」

 

 「八雲紫よ。こっちは妹の桃」

 

 「紫に桃ですね。私は水江浦嶋子と言います。水江とお呼び下さい」

 

 

 

 水江、浦嶋子……うらしま。うーん、何か大事な事を忘れてるような気がする。結界という言葉もそうだったけど、何だか凄く懐かしく感じる。

 

 

 

 「長、此処に連れてきたという事は――」

 

 「お主にこの里を案内してもらいたいのじゃが、不満かの?」

 

 「いえ、滅相もないです。寧ろ、私に任せて下さい」

 

 「そう言うと思っておった。じゃあ、宜しく頼むの」

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 私達は、水江に連れられてこの里を回る事になった。

 

 この里の名物と言えば、中心に位置するこの大きな風車だそうだ。まあ、確かに入口からも見えていたから、凄く目立つ。

 

 今はそんなに風が強くはないけど、物凄い勢いで回っている。上の方を良く見てみると、うっすらと人影が見える。目が合ったのかどうかは知らないが、此方に気付いたみたいで風車から降りてくる。

 

 

 

 「お、水江さんじゃないか。そっちは新入りかい?」

 

 「はい。姉の紫に、妹の桃です」

 

 「妖怪の姉妹なんて珍しいな」

 

 

 

 まあ、半ば強引に妹認定されたんだけどね。ああでもしなかったら私、今頃はこの世に居なかったかもしれないし。いや、それ抜きで考えても生き残れたかどうか怪しい。

 

 新入りという言葉から察するに、この里の外では色んな妖怪が跋扈しているのだろう。それで、私達みたいにこの里に流れ着いて永住の地とする訳だ。そう考えると、私達は意外と運が良かったのかもしれない。お姉様の能天気な行動も、強ち馬鹿に出来ないようだ。

 

 

 

 「そういう貴方も妖怪みたいだけど?」

 

 「申し遅れたな。俺は風車の妖怪だ。……勘違いしないで欲しいんだが、俺の種族が風車じゃないからな。あくまで風車を動かしてるから『風車の妖怪』な」

 

 「じゃあ風(ふう)さんって呼ぶね」

 

 

 

 名前は特に無い、か。そういえば、長の名前も聞きそびれているけど、もしかしたら無かったから名乗れなかったのかもしれない。

 

 名前が無いとなると、この頃の妖怪の存在意義って何であろうか。私の居た時代だと、妖怪は人間を襲い、人間はそれを退治するっていう決まりがあって……。

 

 

 

 

 

 あれ? 私、何を考えて――。

 

 

 

 

 

 「でな、俺は何故か風を操れるみたいで、今日みたいに風の弱い日はこうやって風を操って……って聞いてるか?」

 

 「え、う、うん。聞いてるよ、風さん」

 

 「そうか。でな、何故俺が風車を操っているかと言うとだな……」

 

 

 

 ……結論、話好きの妖怪だった。ちょっと面倒臭いけど、何処か憎めない性格だ。

 

 

 

 

 

 次に向かったのが、この里唯一の水源になっている川だ。山の上流から、遠路はるばる里の西側まで流れてきた清水で、凄く透き通っていて綺麗である。

 

 思わず覗き込んでみると、お姉様に良く似た顔が映った。やっぱり私は妖怪なんだ、としみじみと思う。

 

 

 

 「あら、うらしまちゃん。そっちの子達は新入り?」

 

 「ええ。姉の紫に、妹の桃です」

 

 「姉妹? 双子の間違いじゃないの?」

 

 

 

 それだけ似ていると言いたいらしい。まあ、顔だけ見れば区別はつかないと思うけど。ちょっとお姉様の方を見てみる。……目が合った。まったく、どうでもいい所で良く似てるんだから。

 

 

 

 「私の方が五年先に生まれたのよ」

 

 「大丈夫ですよ、紫。彼女が本気で疑っている訳ではありませんから」

 

 「ごめんなさいね。私は水の妖精よ。名前は特に無いの。これから宜しくね?」

 

 

 

 名前が無い事にはもう突っ込まないけど、流石に不便だろう。というか、今まで名前無しでどうやって生活してきたのだろうか……。

 

 風さんの時は咄嗟に口が開いたけど、今回はちょっと捻ってみよう。水の妖精……。んー、駄目だ。全然思いつかないからもうそのままでいいや。

 

 

 

 「よろしく、水(すい)ちゃん」

 

 「あらやだ。可愛い名前を貰っちゃったわ、うらしまちゃん」

 

 「それはそれは良かったですね、水ちゃん?」

 

 「もう。素直じゃないんだから、うらしまちゃんったら」

 

 「……貴女には負けますけどね」

 

 

 

 

 

 ……仲が良さそうで何よりです。

 

 

 

 

 

 日も落ち始めて辺りが暗くなってきた。もう直ぐ宴会の時間みたいだけど、もう一ヶ所寄っておきたい場所があるんだとか。それがこの里の東端に位置している神社だ。

 

 水江は神社って言ってたけど、私には普通の家屋にしか見えない。造りに違いも見られないし。これって私の感覚が可笑しいのかしら。

 

 

 

 「二人とも、紹介します。こちらが、この里の神様です」

 

 「「――え?」」

 

 

 

 

 

 え、いや、長ですよね? 里長ですよね?

 

 

 

 

 

 「なんじゃ、儂が神様やってたら駄目かの?」

 

 「でも、長からは妖怪の気配がするのだけれど」

 

 「確かに元々は妖怪だったんじゃが、何時の間にか神様になってての。不思議なもんじゃな」

 

 

 

 

 

 ……そんなのアリですか?

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 「ふーん、水江って巫女だったんだね」

 

 「巫女って何かしら?」

 

 「簡単に言うと、神様に仕える人間の女性のことを指します。大抵は十代から二十代のうら若い女性が務めるべきなんですけどね」

 

 「まるで自分は相応しくないみたいな言い方ね」

 

 「こう見えても、私は純粋な人間ではないんですよ。かれこれ五百年程は生きていますから」

 

 

 

 それ『純粋な人間じゃない』で済む問題なのかしら。不老不死の人間って、最早人間じゃない気がするんだけど。お姫様然り、焼き鳥屋然り。

 

 

 

 ……それにしても五百年ねぇ。確か私の知っている限りだと、人助け――人だったっけ?――して竜宮城に招待されるんだよね。

 

 それは海の底、つまりは人間には普通手の届かないであろう深海に位置する場所。そこは摩訶不思議な場所であり、時間の流れからして異なる異世界のようなもの。地上での一年が、竜宮城ではおよそ百分の一に換算されるとか何とか。この竜宮城での生活は非常に優雅なものであった為、時の経過も忘れる程に楽しんだ。

 

 けれども、三年経過したとある日に、ふと思い出してしまう。地上での生活の事を、置いてきた家族の事を。居ても立っても居られなくなったので、すぐさま地上に戻った。その手には、開けてはならないと言われた玉手箱を持って。……で、開けちゃいけないって言われたら開けたくなるのが道理な訳で。あれ? そうすると今の水江の容姿は――。

 

 

 

 

 

 ……これは私の、記憶? 私はいったい――。

 

 

 

 

 

 「桃っ! 返事をしなさい、桃っ!」

 

 「お、お姉様」

 

 「どうしたのよ、まったく。早く行くわよ」

 

 「え? 何処に?」

 

 「何処って宴会に決まってるでしょう? 私達が主役なんだからっ!」

 

 

 

 

 

 外は何時の間にか完全に陽が落ちていて、無数の星が煌めく綺麗な夜空になっていた。ただ、所々に火が灯してある為にそこまで暗くは無く、寧ろ眩しく感じるくらいだ。

 

 それに凄く騒々しい。勿論、良い意味で。里を挙げての宴会なんだから、それもまた然り。

 

 

 

 「あ、貴女方が新入りさん……ですよね?」

 

 「うん? そうだけど……君は?」

 

 「申し遅れました。私はこの里の巫女を務める、千里と言います」

 

 「巫女は水江がしてるんじゃないの?」

 

 「あ、はい。水江様と一緒にお仕事をしています。私はまだ見習いなんですけどね」

 

 

 

 水江はそんな事言ってなかったけど、そうか巫女は二人居るんだね。さっきの水江の言葉――純粋な人間ではないって事を、本人はかなり気にしているようだ。

 

 現に彼女、千里は人間である。千里の内から溢れ出る力、それは紛れも無く霊力なのだから。それもかなりの高密度。何故、霊力である事が分かったのかは、感覚的なものなので説明のしようがないが。やっぱり私にとっては懐かしいものであるらしい。

 

 兎に角、水江が人間の少女を巫女として担ぎ上げた事は、否定の出来ない事実だ。

 

 

 

 「ああ、こんな所に居たんですね、千里。探しましたよ」

 

 「あ、水江様。私も探してました」

 

 

 

 こうして見ると不思議なもので、お互いに似たり寄ったりな姉妹のようにも見えて、親子のような関係にも感じ取れてしまう。実際問題として血は繋がっていないのだろうけど、ある種の親和性に包み込まれている。そんな雰囲気を、二人は醸し出している。

 

 

 

 「何処行ってたの、水江?」

 

 「さっき言ってたでしょう? 何で聞いてなかったのよ」

 

 

 

 お姉様には聞いてないんだけど。言い方が一々癪に障るのよね。まあ、考え事して聞いてなかった私が、一方的に悪いんだけど。……あれか。結界に嵌まった時の事を悪く言ったの、まだ根に持ってるんだね。あれは完全にそっちが悪いのに。

 

 

 

 「まあまあ、紫もそんな言い方しないで下さい。私達巫女は宴の間、里の外の見回りをしないといけないんですよ」

 

 「数年前、非道な妖怪に侵入された事があって……。幸い怪我人は出なかったんですけど、用心するに越した事は無いですからね」

 

 「水江は分かるけど……千里もやるの?」

 

 「ふふ。こう見えて千里は、この里では私に次いで強いんです。今の紫と桃では歯が立たないでしょうね」

 

 「み、水江様は過大評価が過ぎます」

 

 

 

 そんなに強そうには見えないけど、見習いとも言ってたし。けど、水江が言うからには間違いはないんだろう。見回りはそれなりに危険であるだろうから、相応の実力を持ち合わせている事は想像に難くない。

 

 でもまあ、これが妖怪としての性なのか、こんなに可愛らしい娘がそんなに強い訳が……ねぇ。

 

 

 

 「まあ、いずれ分かると思いますよ。じゃあ、二人とも宴会を楽しんで下さいね」

 

 

 

 そんな含みを持たせた言葉を置いて、水江と千里は行ってしまった。

 

 

 

 

 

 その後の記憶は、全くと言って良いほど無かった。それは、この一日で得た様々な疑問について耽っていた為か――。あるいは、お酒を飲んだ所為か――。真偽の程は、定かではない。



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3話――異能

拙作をお読みいただき、ありがとうございます。



 「……という訳です。理解出来ましたか?」

 

 

 うん、全然分かんない。きっとお姉様も理解出来ていないだろうと思って振り向いてみると、以外にもうんうんと頷きながら結界を張っているお姉様の姿があった。可笑しい、お姉様に出来て私に出来ないのは理不尽だ。こうなったら、意地でも出来るようになるんだからっ!

 

 

 「水江の説明はとても分かり易いわ」

 

 「ふふ、有難うございます。桃も出来ないからと言って、焦っては駄目ですよ?」

 

 

 

 

 

 昨日の宴会から一夜明けた翌日。巫女という存在を知ってても、どういった仕事をしているのかまでは知らない。もっと水江の事を知る為に、そんな単純な疑問をぶつけた結果が今のこれ。口で言えば簡単で、結界術を駆使してこの里を護る事だ。他にもっとないのかと聞いてはみたものの、それ程する事もないらしい。

 

 それは私達姉妹も例外ではなかった。この里に住むと決めたは良いものの、やる事も無く暇である。重労働もやらせてはくれない。見た目が幼い少女であるだけに、気が引けるのだとか。んー、妖怪だからそこ等の人間より力はあると思うんだけど。でもまあ、仮に逆の立場だったら気が引けるのかもしれないと、しぶしぶ納得しておく事にする。

 

 

 

 あまりにも暇なので、お姉様がその結界術を習いたいとか言い始めて、済し崩し的に私も習う羽目に。別に嫌という訳ではなく、妖怪である私達に教えてくれる訳がないと思っていただけ。それだけに、水江が簡単に了承してくれた事には凄く驚いた。

 

 長にも聞いたみたいだが、即答だったらしい。この里の危機管理は、一体どうなっているのやら……。それでも存続しているあたり、長の人望が純粋に高いのだろう。

 

 

 

 ――それにしても、未だに結界を張れない私には、向いていないのだろうか。

 

 

 

 「水江ー、出来ない」

 

 「何処が分かりませんか?」

 

 「……全体的に?」

 

 「桃が、妖怪としての格が低いからかもしれません。最初からゆっくりやりましょうか」

 

 

 そんなこんなでもう一度試してみる事に。水江が言うには、お姉様と違って私の妖力が少ないから上手くいかないのかもしれないと。意識を体の奥底に持っていくと確かに、私の力はお姉様より遥かに劣っているように感じる。だからこそ私は、その限られた力を最大限引き出そうとしているのだけど……。

 

 この時点で物凄い違和感を覚える。私の中で別の何かが邪魔をしている、といった感じで。自分の身体の事なのに、まるで判らないのが頗る気持ち悪い。

 

 

 「上手く力を扱えないんだけど」

 

 「……魔力、かもしれません」

 

 

 

 ――え?

 

 

 

 お姉様に似た容姿で、加えて能力まで同じなのに実は私、魔女でした。てへぺろっ……なんて笑えないんだけど。けど仮に、私の中に魔力が存在していたとして。それが力を使う際に邪魔をしていたのならば、辻褄は合う……のかもしれない。

 

 

 

 ――ああ、魔力だと意識すればするほど、実感が得られてしまう。私に流れるは魔力、それも妖怪である事を忘れてしまいそうになるくらい。お姉様が付けてくれた『桃』という名前は、強ち的外れなものでも無かったみたいだ。私は魔女であり、妖怪でもあるという事か。

 

 いや、そもそも魔女が妖怪のようなものかな? 幻想郷では確かそのような分類が……幻想郷?

 

 

 「も、桃。その力は……」

 

 「ん? これが魔力みたいだね」

 

 

 お姉様が驚くのも無理はない。私は今の今まで、自分の力の三分の一程度しか扱えていなかったのだから。だとすると魔力を加えて、純粋に三倍は強くなった訳で。それでも尚、お姉様と肩を並べる位にしかなれないのだから、如何にお姉様が格の高い妖怪なのかが窺える。

 

 

 「……これは、先に力の扱い方を特訓しないと駄目そうですね」

 

 「魔力の扱い方?」

 

 「それもそうですが、同時に二つの力を扱うのは非効率的です」

 

 「???」

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 水江の言っていた事に偽りは無かった。魔力を使おうとすると妖力が、妖力を使おうとすると魔力が、それぞれ邪魔をしてくる。じゃあ、邪魔をさせなければ良いとも思ったのだが、そんな簡単に出来るのであればこんなに苦労はしていない訳で。

 

 そう、私はあれから一日中、力の扱いについて練習している。一日で出来るほど甘くは無いと、もちろんのこと思ってはいるが、そんな非現実的な幻想を信じても良いだろう。だって、水江が魔力について言及してくれなければ、今魔力を扱おうとしている私は確実に居なかったのだから。

 

 

 「それにしても、進展なしかー。うむむ……」

 

 

 少し扱うベクトルの矛先を変えてみるのも手か。やっぱり、魔力といえば魔法だよね。取り敢えず、邪魔でも何でも良いから魔法を出してみよう。……どうすれば良いのだろう。取り敢えず水江に相談してみようかな。勝手に魔法を使うなって言われていたし。

 

 

 「桃、水江見なかった?」

 

 「……見てないけど。いないの?」

 

 「ええ。里の中をある程度見て回ったのだけれど、見当たらないのよ」

 

 

 ……ふむ。相談しようと思ったけど、肝心の本人がいないらしい。里の中に居ないという事は里の外、つまりは見回りにでも出掛けているのだろうか。あるいは他に用事があるのか……。

 

 仕方ない。それなら、お姉様を練習相手にしても良いかもしれない。暇そうだし。

 

 

 「ねぇ、お姉様。ちょっと私に付き合って欲しいんだけど……」

 

 「力の練習? まあ他にする事も無いし、良いわよ」

 

 「ありがとう、お姉様! じゃあ私がお姉様に向かって攻撃するから、それを『結界』で防いで欲しいの」

 

 「ふふ、私にも利があるのね。」

 

 

 まあ、私が一方的に練習するだけだと、どうせ気分悪くするだろうなぁと思ってのこと。私としては、結界で防いでくれても、スキマで避けてくれてもどちらでも構わない。

 

 ぶっつけ本番だけれど、イメージだけは確固としたものがあるので失敗はしないと思う。……根拠も何もないけれど。さて、意識を自分の中にある魔力に持っていく。集中力を高めて一つの塊として練り上げていく。この段階ではまだ無色の魔力なので、色を付けて属性化させる。今回は赤色を思い浮かべたので属性は炎である。後は発火させるだけ。

 

 

 「お姉様ー、いくよー」

 

 「ちょ、ちょっと待っ――」

 

 ――【燃え盛る炎】ファイア

 

 

 別に前口上なんて要らなかったんだけど、なんとなく言わないといけない気がしたから言ってみた。……発火する直前、お姉様が慌てていたのは気のせいだと思う。それにしてもちょっと練度が高すぎたかもしれない。ここまで大掛かりなものを出すつもりではなかったんだけれど。所謂初級魔法的な感じで。……まあ、このあたりの匙加減も追々詰めていかないといけないかな。

 

 お姉様は多分結界で防いでいるんだと思うけど、大丈夫かな? 未だに勢いよく燃えている炎を見ると少し心配になってくる。結界に防火性能とかあるんだろうか……。後で水江に結界の性能について聞いておこう。

 

 

 「桃っ! あっ、熱いから、早くこの炎を消して欲しいのだけどっ!」

 

 「はーい、ちょっと待ってて」

 

 

 今度は先程の半分位の出力で練ってみる事にする。勿論水属性にするために水色を想起する。詠唱時間も然程掛からずに放出できそうである。これは繰り出す魔法の規模に比例する形なんだろう。

 

 

 ――【水の煌き】アクア

 

 

 ……ふむふむ。結論から言うと、これは思い通りにはいかなかった。消火活動なんだから、ある程度持続的に水魔法を出していたかったのだが……。今の私は瞬間的な魔法しか出せないらしい。これからの修行如何では柔軟に対応できるようになるのだろうか。まあ、考えても分からないし、今の状況に甘んじておこう。消火も概ね成功した訳だし。

 

 

 「お姉様ー、無事ー?」

 

 「……え、ええ。魔法って凄いのね……くしゅんっ」

 

 

 あらら。使用した魔力量はそこまで多くはない筈なんだけど、お姉様が何時の間にかびしょ濡れになっていた。いやー、力の制御って思ってた以上に難しい。

 

 

 「お姉様ー、もいっこ試して良い?」

 

 「つ、次で最後にして頂戴」

 

 

 よし、許可も貰えたので準備をする。ある意味この里の象徴とも言えるものに関係しているのだから、試してみたくなるのは道理だった。使用魔力は更に少なくする。思い浮かべる色は緑、属性は――。

 

 

 ――【切り裂く風】ウインド

 

 

 風さんみたいに風を吹かせようとしたんだけど、瞬間的な魔法しか出せないばかりに風魔法(物理)になってしまった。その証拠に、お姉様の自慢の結界が粉々になっていた。……可笑しいなぁ、使用する魔力量と威力が噛み合ってない。

 

 

 「私の結界が……」

 

 「お姉様ー、付き合ってくれてありがとう!」

 

 「ええ、良いのよ。私も得るものがあったから」

 

 「じゃあ、桃。次は私に付き合ってもらおうかしら?」

 

 「――ひっ!?」

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 「全く。勝手に魔法を使うなと、あれほど言っておいたでしょう?」

 

 「ご、ごめんなさい」

 

 

 ……こってり絞られました。



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4話――平等

 昨日は酷い目に遭った。私が勝手に魔法を使ったのがいけないのだけれど、まさか事の一部始終を見られていたとは思わなかった。お姉様にも聞いてみたけど、私達は全く気配など感じなかった。

 

 あの後、夕餉の時間を超えてずっと正座させられ、水江の有難いお話しを聞く羽目になった。……実のところ、水江が恐すぎて話の半分も覚えてはいない。けど、口を酸っぱくして言われたのが、里の一員としての自覚を持ちなさいとか、迷惑をかけてはいけないとか。うん、自分の新しい力に舞い上がってしまっていたのは素直に反省するべきところ。妖怪――力を持つもの――としての立ち居振る舞いは、確かに重要である。それが根底にある『矜持』の部分に繋がっていくのであろうから。私にはまだ良く判らないけれど。

 

 

 

 ……ちなみに、未だに足がピリピリする。

 

 

 

 さて、反省はこのあたりにして気持ちを切り替える。居間からはとても美味しそうな匂い、言わずもがな朝餉の時間である。結局、私達は長の神社で一緒に暮らすことになったのである。本来神聖な神社に妖怪が住んで良いのかと懐疑の念を抱いていたけれど、何か突っ込んだら負けな気がしたので好意として受け取った。ちなみに水江と千里も一緒なので、五人家族として暮らしているようなもの。

 

 

 「水江、今朝もご苦労さん。それじゃあ――」

 

 『いただきます!』

 

 

 今日もこうして始まっていく。役割的には長がお父さんで水江がお母さん、千里は……可愛い妹、かな。まあ飽くまで私のイメージである。本来、長と水江は主従関係だし、千里も生きている年数的に私達よりも遥かにお姉さんだ。

 

 

 「千里、今日は一人で見回りをお願いしますね」

 

 「はい。水江様は桃姉さんと修行ですか?」

 

 「そうですね。言う事を聞かない問題児がいますから」

 

 「……あ、あはは」

 

 

 

 ……耳が痛い。自業自得だけども。

 

 

 

 「見回りに行く前までは、紫に結界の使い方を教えてあげて下さい」

 

 「はい。紫姉さん、宜しくお願いしますね」

 

 「ええ。こちらこそ、お手柔らかにね」

 

 

 親しき仲にも礼儀ありなんて言うけれど、千里のは度が過ぎていた。初めて名前を呼ばれたかと思ったら『桃様』なんて言ってくるものだから吃驚した。まあ、初対面同然だから親しいも何もないんだけど、距離を置かれているようで嫌だった。何故か色々揉める事にはなったけど、最終的に『様』ではなく『姉さん』に落ち着いた。貴女の方がお姉さんなんだけど……なんて無粋な事は言わない。

 

 ちなみに、お姉様は『紫様』と呼ばれて満更でもない感じだった。単純だなぁ、お姉様は。

 

 

 「それで、二人はこの里に馴染めそうかの?」

 

 「うん。まだそんなに交流はないけど」

 

 「私、姉さんたちと一緒に見回りに行けたら嬉しいです」

 

 「……ふふ。千里の為に、私達も頑張らないとね」

 

 

 千里は一人前の巫女になる為、毎日修行と見回りを欠かさない。なので、必然的に私達と顔を合わせる時間が少ない。こうやって談笑出来るのは、朝と夜だけなのだ。

 

 そもそも水江は、千里に一人で見回りを任せるくらいには信頼を置いている。けれど、当の千里自身がそれに納得していないらしい。私はまだまだ未熟の身であると。全く、ストイックな娘である。一体誰に似たのやら……。

 

 まあそんな千里だからこそ、水江や長、里の皆も信頼と親愛をもって接する事が出来るのだ。

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 朝餉の時間も終わり、千里は既に見回りに出かけていた。私はというと、水江の監視のもと力の制御に勤しんでいた。私には、妖怪特有の力に加え、魔を操る力が存在する。力を扱うときに両者の力が主張し合って、上手く扱えない。当面の目標はこの部分を解決すること。一応無理矢理に使う事も可能であるが、心身への負担が大きくかかるらしい。それが重なると副作用が起こり、力を使う際に非常に不安定になるとの事。簡単に言えば力の暴走だ。

 

 

 

 ……そんな危ない事はもっと早く言ってほしい。

 

 

 

 解決方法には二つあって、一つは力の分離。妖力を使うときは妖力のみ使い、魔力を使うときは魔力のみを使うようにする。単純で分かり易い半面、効率が悪いのが難点。扱える力の量が減るのだから当然である。

 

 二つ目は力の変換。妖力を使うときは、魔力を妖力に変換して妖力の一本化を図る。魔力を使うときも同様で、妖力を魔力に変換して魔力を行使する。

 

 慣れてしまえば、どちらの方法も苦も無く出来るようになるらしい。ならばということで、後者を主に扱っていく事にした。とは言え、前者の方も出来ないと不便だと思うので練習はしていくつもり。差し当たって必要なのは力の変換が出来る事。

 

 

 「さて、昨日の復習からやりましょうか」

 

 「うん。それは良いんだけど、なんでお姉様まで居るの?」

 

 「良いじゃない。千里はもう行ってしまって暇なのだから」

 

 「紫、今日は桃に付きっ切りですからね」

 

 「……ええ、それでも良いわ」

 

 

 水江の指針としては、結界術を習得する為に力の扱いに慣れる方向が望ましいみたい。要するに、必要だからやるという状況をつくれば良い。確かに、目標も無くひたすらに基礎練習をしても上達しているのか分からないし、長続きしないような気もする。

 

 お姉様と違って、私は割と飽きっぽい所がある。水江はそんなところもお見通しなんだろう。私達の事をちゃんと見てくれて、その上で平等に扱ってくれる。お姉様だってそれくらい理解しているはず。

 

 

 「やはりまずは力の可視化ですね。掌に意識を集中させてみて下さい」

 

 「それなら出来るよ。――ほら」

 

 「……変な癖が付きましたね。勿論、それでは駄目です。力が混ざってしまってます」

 

 

 やはり、とでも言わんばかりに否定された。本来、力を具現させたときには自身を表す色が出るのだ。水江は白に近い水色でお姉様は紫色、千里は赤色。私の場合はそれが二色に混ざっている。魔力は無色だが、妖力が多少赤味を帯びている。見ないふりをしていたけど、改めて見ると目立つ。……確かにこれでは駄目だ。何かきっかけが――。

 

 

 「不思議よね、桃の力って。色んな色に変化するものだから、見ていて飽きないわ」

 

 「魔法に属性を持たせるために必要だと思ったからね。色が変わるのは仕方が……ん?」

 

 

 魔法の属性を変える要領で、力の性質も色を変えることで変換出来るのではないだろうか。理屈で言えば可能な気もするし、物は試し。妖力の方が少ないから魔力に統合する形で、無色にするイメージを強く持つ。

 

 

 「……水江、出来たっ!」

 

 「あら、コツを掴むのが早かったですね。じゃあ、次は力の変形です」

 

 「うん、四角形にするんだよね」

 

 「そうです。キューブを思い浮かべると良いですよ」

 

 

 変形に関しても、魔法を使った時に出来ているからそんなに苦労はしないはず。今までの経験からイメージする事が特に大事だと分かった。先程は妖力を変換して魔力にしたので、今度は魔力を変換して妖力を練り上げていく。私の服の色に良く似た、薄い赤色をした球状の力が具現される。時間が掛かるという問題点があるものの、力の変換についてはもう問題ないだろう。

 

 ここから水江に言われた通り、キューブを想像する。すると球状だった物体に尖りが現れ始め、瞬く間に綺麗な真四角となった。……ふむ、昨日教えてもらった時とは打って変わって絶好調だ。本当にコツを掴んだのかも。

 

 

 「良く出来ました。でも本題はここからですよ」

 

 「あっ! ……簡単に壊れちゃった」

 

 「こうして突いただけで崩れてしまっては意味がありません。なので衝撃に耐えうる『強度』を付けないといけません」

 

 「どうすれば良いの?」

 

 「やり方は追々説明します。何度も言いますが、焦ってはいけませんよ。千里でも一年掛かりましたからね」

 

 「そんなに時間が掛かるものなのね」

 

 

 力の暴走が起こるくらいだったら、ゆっくり確実に成長していければ良い。幸いなことに私達は妖怪、時間ならいくらでもある。

 

 

 「桃、練習はこれくらいにしておきましょう。千里がそろそろ帰ってくるはずよ」

 

 「……もうそんな時間なんだ」

 

 「ふふ、お疲れ様。明日の予定ですが、桃は千里と練習して下さい。紫は私と一緒に見回りに出かけますから、今日はもうゆっくり休んで下さい」

 

 

 まだ私達の生活は始まったばかりだけど……いや、だからこそ色んな事が新鮮で時間があっという間に過ぎていく。こんな夢のような時間がずっと続いていくと考えると、心が温かくなる。これは予測だけど、お姉様も同じことを考えているはず。この感覚を私は……知っている気がする。まあ、とりあえず――。

 

 

 

 ――明日も楽しみだ。



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5話――偵察

 翌日、いつものように朝を迎えた。昨日の疲れもちゃんと取れ、今日も張り切って頑張る為に気合を入れる。水江とお姉様は既に見回りで里の外に出ている。予定通り、私は千里との練習に励む事にする。こうやって千里と接するのは初めてであり、水江とはまた違った緊張感が生まれる。それは千里の高密度の霊力に起因している。普段――特に食事中――は意図的に力を抑えているみたいだけど、いざ目の当たりにすると息苦しさすら感じてしまう程。流石は水江が認めた巫女である。

 

 

 「それで、桃姉さんはどの辺りまで出来ているのですか?」

 

 「ん、形は出来てるよ。ちょっと触ってみて」

 

 「……崩れてしまいますね。でも、たった数日でここまで出来るなんて凄いです」

 

 「そうかな?」

 

 「はいっ!」

 

 

 その満面の笑みを見ると、お世辞とか嫌味じゃなくて純粋に祝福してくれているのが分かる。私のようなちょっと捻くれた妖怪には、くすぐったくて眩しい。否が応にも人間と妖怪の差を考えさせられる。

 

 人間は表の世界に生きるものであり、妖怪は裏の世界に生きるもの。この世の理というか、暗黙の了解という側面すらある。本来であればそれに従っていくべきであるが、この里は真っ向から否定している。それ自体に問題はないし、実際上手く回っているのだから文句の出る余地もない。私もそれに上手く馴染めていければ嬉しいし。

 

 

 「……となると、私が教えられる事は少ないですね」

 

 「そんな事ないよ。結界の強度の上げ方とか教えてほしいんだけど」

 

 「ふふ、勿論教えますよ。やり方は二つあるんですけど、簡単な方からにしますね」

 

 

 取り敢えず実演してもらったのだけど、特に変わったことはなく具体的に何をすれば良いのか判らなかった。ただし、結界は私のそれとは比べ物にならない程しっかりしている。

 

 

 「これは力の加減で強度を調整する方法です。流す力の量に比例して強度が決まるので、直感的に分かり易いと思います」

 

 「ふむふむ。こんな感じ?」

 

 「はい。ただ、結界の大きさまで変わってしまっているので注意です」

 

 「うーん、言われてみれば確かに」

 

 

 この辺りは慣れの問題らしいので、やっぱり焦っても仕方が無いという。一応コツがあるらしく、自分の力の流れを思考回路のように捉える。それで、『大きさに流す力』と『強度に流す力』を意識的に分離する、というもの。千里の教え方は水江のそれに似ている。まあ、良く考えれば当たり前なんだけど。

 

 

 「これを応用するとこんな事も出来るんですよ」

 

 

 なんて言って、千里の雰囲気が変わる。力の奔流が右手に向かい、鮮やかな紅色に包まれる。その右手を振りかぶって、先程千里が発生させた結界に向かって――。

 

 

 

 ――絶句した。

 

 

 

 凄まじい破裂音が生じたと共に結界が粉々になっていた。言わずもがな、千里がやったのだ。それも真顔で平然とやってのけるのだから、心の底から恐怖した。

 

 

 「瞬間的な制約はありますけど、これをお見舞いしたら妖怪でも只では済まない筈です」

 

 「……あ、う、うん。そうだね」

 

 

 にんげんこわい。この後暫く千里の顔を直視出来なかった。

 

 

 

 

 

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 現状、この里は人間の方が圧倒的比率を占めている。妖怪はほんの一握りしかいない。それは妖怪が全く来ないからではない。寧ろ、最近は来ない日はないらしい。来ると言ってもこの里を覆っている森に、という前提が入る。唯でさえ迷いやすい上に、森にはいくつもの防護用結界が張ってあるので、里の内部まで侵入される事はほぼない。……それは私達が身を以て体験している。

 

 でも、水江や千里曰く、私達のような人間に害を成さない妖怪をこの里に迎えることもある。命に種族はないという、初めて会った時に長に言われた言葉。それが、長が決めたこの里のルールだからだ。

 

 

 

 成程、毎日見回りに行くのはそういう背景があったからなのかと思っていたけど、実はそれだけではないみたいなのだ。妖怪の襲来数が増えているという事実に加え、神様の気配が微かにする。長と水江は、何かに見張られているのではないかという結論に落ち着いた、と。

 

 諄いけれども、この里の殆どは人間だ。変に心配させたくはないし、危機感を持ったところで対処出来ないので何の意味もない。そこに都合よく現れたのが私達だ。焦るなとは言われたけれど、一番焦っているのは確かに水江の方だった。ここまで付きっ切りで私達の練習に付き合っていたのだから。

 

 

 「ちょっと長話が過ぎましたね。桃姉さん、休憩はこれくらいで良いですか?」

 

 「うん。千里、私頑張るからね」

 

 「はい。早く追いついて下さいね」

 

 

 お姉様もきっと水江から同じ話を聞かされているのだろう。自然と手に力が入るのが分かる。最初は後れを取ったけれど、お姉様にも負けていられないという気持ちが募る。水江同伴とは言え、もうお姉様は見回りに出ているのだから尚更である。

 

 さて、強度を上げる二つ目の方法だけど、術式を結界に組み込むというものだった。そこに力の加減は関係なく、術が発動すれば一定の効果が得られるのである。術式には決まりがあって理論に基づいて作るのだけど、その理論が難しいらしく千里でもまだ扱え切れないと言っていた。

 

 だから一つ目の方法を極めて、それでも足りない部分は物理的に強くあろうとした。……なんて逞しい娘なんだろう。

 

 

 「……桃姉さん、ちょっと予定変更で西に行きましょう」

 

 「妖怪が来てるの?」

 

 「いえ。妖怪ではない、何か不自然な気配がしたので」

 

 

 との事で、強度の練習を急遽終えて、里の西に向かう。ちょうど水ちゃんのいる、川のある方面だ。結局宴会以降は水江とほぼ一緒に居たので、里を回る事はなかった。この問題が解決して、いつか気持ち良く里の中を回れるようになったら嬉しい。

 

 道中、『遊びではないですから、気を付けて下さいね』と千里に釘を刺されてしまった。顏に出ていたのか、心の内を読まれたのかは判らないけれど、とにかく気を引き締める。

 

 

 「あら、久しぶりね千里ちゃん。それに桃ちゃんも」

 

 「お久しぶりです、妖精さん。最近は見回りで忙しくて……」

 

 「そうなの。うらしまちゃんも大変そうよね」

 

 「はい。ところで、この辺で何か変わったものを見かけませんでしたか?」

 

 「……そうね、特に見てないわ。ごめんなさいね、役に立たなくて」

 

 「いえ、何もないに越した事はないですから、大丈夫ですよ」

 

 

 私は気配を察知出来なかったから何も言えないけど、特に不審な事は無かったみたいだ。千里の杞憂に終わったのかな。それならそれで良い事だ。……けれど、千里の顔は曇ったままだ。まだ思うところがあるのだろう。

 

 

 「千里、何もなさそうだから一旦神社に帰ろう?」

 

 「そうですね。私、疲れているのかもしれません」

 

 「ふふ、水江には私から言っておくよ?」

 

 「……有難うございます」

 

 

 千里だって年相応の女の子なのだ。毎日休みなく飛び回っていたら精神的にも疲れてしまう。ずっと頼りきりではいけないのだ。私も早く一人前になって、相棒とまではいかないものの手助けぐらい出来るようになりたい。

 

 

 

 ――だって、千里が、この里がこんなにも好きなのだから。



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6話――布石

色々とガバガバですけど、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


 「少々厄介な事になりました。あまり猶予がありません」

 

 「……一応聞いておこう」

 

 「妖怪が新たに二人。生まれたてのようですが素質が高く、放っておくと危険です」

 

 「おまえにそこまで言わせるとは。しかし、今は難航している諏訪を優先せねばならない」

 

 「わかっておりますわ」

 

 「では、引き続き監視を頼む」

 

 「仰せのままに」

 

 

 

 

 

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 あれから一ケ月が経った。私達が来たばかりの頃は色々な事があった。けれど、最近は何の音沙汰も無く平穏に暮らせている。ぱったりと妖怪の侵攻がなくなり、その内に不穏な気配も消えていたのだ。一体何だったのかは、見回りをしていた水江や千里でもとうとう分からなかった。

 

 長の方でも独自のルートで調べていたみたいだけど、何の情報も得られなかったという。迫りくる妖怪も、統一性無く色んな方向から来ていたので、足跡を追う事も出来ずにいた。勿論、深入りするだけの人員もいないので、一旦の方針としては、様子見というところで決着がついた。……というより、そうせざるを得ないのだけれど。私達にもっと力があればまた話は変わったのかもしれない。

 

 力といえば、私の力の扱いも大分様になってきた。力の変換、力の分離、可視化しての変形。力の流れを意識して様々な出力で出せるようになった。更には、千里の様に物理戦闘まで出来るようになった。もう暴走するようなことはないだろうと、水江のお墨付きも貰った。それは魔法の練習をしても良いという意味に等しい。

 

 けれど、魔法の練習は殆どしていなくて、専ら結界の練習に明け暮れている。この力は誰かを屠る為ではなく、守る為に使いたい。この里で暮らしていく内にその気持ちがどんどん強くなっていった。否、そうしなければならないような気がしている。私の中の何かがそう語り掛けてくるような、そんな感覚。……それにお姉様に後れを取りたくないという気持ちも存在している。割と負けず嫌いな性分には、自分でも吃驚している。その甲斐もあってか、お姉様との実力も然程離れてはいない。

 

 

 

 さて、今日の予定は珍しく私達姉妹のお留守番。水江と千里が一緒に出掛けて行った。お姉様は朝会ったきり見ていない。

 

 

 「そういえば、長って普段何しているの?」

 

 「うむ、他国の情勢調査じゃよ。最近は何かと物騒じゃからな」

 

 「……物騒っていうのは」

 

 「大和の神々が領土を広げておるのじゃ」

 

 

 大和というのは、この里の遥か南西に位置する一国である。なんでもその大和の国が天下統一を企て、他国を制圧しているというのが長の話。その魔の手がいよいよこちらにも伸びてきたのだ。堪ったものではない。そんなのは他所で勝手にやってて欲しい。

 

 

 「もしかして、それが原因で妖怪が逃げてきたとか?」

 

 「だとすると尚更苛烈になっていくはずじゃ」

 

 「恣意的に妖怪を差し向けられてたってこと?」

 

 「確たる証拠はないが、そう考えるのが妥当じゃな。目的も理由も、皆目見当がつかんがの」

 

 

 方法は分からないけど、大和が妖怪を使役する術を持っているのだろうか。仮にそうだとしても、そんなまだるっこしいやり方をする必要がない。そうせざるを得ない、何か致命的な理由があるのかもしれない。まだ証拠が無く確信を持てない上に、足が出る様子もない。暫くはこのまま膠着状態が続くだろうが、それも長くはない。

 

 そんな私達もただ手を拱いているだけではない。妖怪に攻められ続けるのも癪なので、この一ケ月、里に大規模な結界を張ったのだ。それは周辺の森に張るような規模の小さいものではなく、五人の持てる全ての力を結集させて作った、この里を護る希望だ。長の神力によって基礎が堅牢に作られ、水江と千里の霊力でそれを念入りに補強。更に私達の能力で実体の境界をいじって、曖昧さを加えた。要するに外から見えなくなったのだ。外の神様に通用するかは分からず、ある種賭けのような形にはなったけれど、これで干渉されることは無くなったはず。いつも便利道具のように使ってきたけど、能力をこんなに能力らしい使い方をしたのは今回が初めてかもしれない。ちなみに、この知恵はお姉様から出たものだ。私にはこんな使い方は思いつかなかった。

 

 

 「なに、心配する事は無い。なるようになるじゃろうて」

 

 「……凄く心配になってきた」

 

 「何を言う、儂の勘がそういっておるのだから大丈夫じゃよ」

 

 「貫禄は感じた」

 

 「そうじゃろう、そうじゃろう。貫禄の塊じゃからの」

 

 

 

 ――貫禄しかなかったらダメじゃん。中身が伴ってないよ。それに自分で言ったら世話ないよ。

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 長が調査に出掛けてしまったので、また暇になった。お姉様もまだ戻ってこないので、探しながら里の中を周る。一ケ月も経てば、流石に名前も覚えられて色んな所から声を掛けられる。普段から水江や千里と一緒にいるので、そこそこな有名人となっている。その所為で、巫女が増えたと勘違いされたこともあった。力の無い人間には妖怪と人間の区別が付かないのかしら。それとも妖怪と接することが無いから判らないのか……多分後者だと思うけれど。

 

 それにしても、妖怪が巫女って妖怪錯誤も甚だしい。でも良く考えれば、今の私達の行いは巫女のそれそのものである。……それで良いのか私達。少なくとも、妖怪の存在意義には反している。けれでも、お姉様も私も疑問を持ったことはない。それは時代背景がそうさせているのか、或いは私達が他の妖怪と違って特殊なだけなのか。まあ、考えても分からないし、今が良ければそれで良いと私は思う。

 

 

 「あら桃ちゃん。今日はお休み?」

 

 「うん、今日の当番は水江と千里だよ」

 

 「そうなの、何時も助かるわ」

 

 「大したことはしてないよ。そうだ、お姉様見なかった?」

 

 「さっき西の方に行ったみたいだけど……何かあったのかしら」

 

 「そうなんだ、ありがとう」

 

 

 ……何か途轍もなく嫌な予感がする。一ケ月前にもこんなことがあったのを思い出した。あの時は千里と一緒に結界の練習をしている途中だった。ふと千里が不自然な気配を感じとったので、急遽西の方に向かったのである。状況は酷似、千里の感覚は正しかったのかもしれない。一刻も早くお姉様と合流しなければならないと、私の頭の中は警鐘を鳴らしている。

 

 私はスキマを使いお姉様の居場所を確認する。丁度川を一望できる場所からひそひそと何かを窺っている様だった。念のため、気配を覚られないように境界をいじって、お姉様に近づく。

 

 

 「……お姉様、心配したのよ」

 

 「桃、あれを見てみなさい」

 

 

 そう言ってこちらを一瞥することなくお姉様が指差す。そこには水ちゃんこと水の妖精と、なにやら得体のしれない影のようなものと話しているのが見えた。何故といった疑念よりも早く、私はどうすれば良いか解決方法を考えていた。

 

 

 「ずっとあの調子よ。流石に何を話しているのかは聞こえないけれど、良く無いものであることは確かね」

 

 「気配が明らかに異質よね。今でも妖精のフリ(・・)をしているし」

 

 「桃、悠長な事は言ってられないわよ。長と巫女が不在の今、私達が何とかしなければ――」

 

 「ふふ、貴女達に何とか出来るのかしらね」

 

 「――なっ」

 

 「お姉様っ! 危ないっ!」

 

 

 ――まさに間一髪であった。水の妖精のフリをしていたあの女が、なんの躊躇いも無くお姉様を攻撃してきた。奇襲と呼ぶには余りにおざなりな攻撃に、私達は舐められているのを理解した。

 

 

 「私達には本気を出すまでも無いって?」

 

 「桃、落ち着いて。それがあの女の狙いよ」

 

 「賢い娘ね。やはり貴女は真っ先に潰しておくべきだったわ」

 

 

 そう言うと、先のどす黒い影のようなものが散っていく。その去り際に『予定通り頼むわね』とあの女が言った。後手後手になっている今の状況を何とかしないといけない。けれど、打開策が何一つ浮かばない。圧倒的に不利な状況がとても歯痒い。

 

 

 「大和の神が一柱。貴女達の土地を貰い受けに来ました」

 

 「土地を奪ってどうするつもり?」

 

 「何、素直に渡して貰えれば悪いようにはしません」

 

 「素直に従うとでも?」

 

 「勿論、思ってはいませんよ。様式美です」

 

 

 飽くまでも上から目線である事をアピールする。その余裕を、いつか必ず圧し折ってやると意気込む。しかし、この時はまだ、あの大和の神に一泡吹かせてやれれば良いと、あの女をどうにか出来れば良いとだけ思っていた。

 

 

 「さあ、始めましょう。私はあの女のように優しくはないですよ」

 

 

 ――刹那、轟音が耳を襲う。……唖然とした。まさか、私達の作った結界がいとも簡単に壊されるとは思ってもいなかったのだから。

 



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