世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡――― (春山乃都)
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琥珀色の世界樹とエルフの少女
第一話


思い付いたので書いてみることにした世界樹の迷宮シリーズとダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか のクロスオーバーです。


それではどうぞ。


其れは古い記憶。

 

何時だったか、そうまだ少女が故郷で暮らしていた時の事だろう。変わる事の無い日々の中で、唯一つだけ変わった事。それは小さな動物との出会い。栗色でふわふわの気持ち良さそうな尻尾が特徴的な……リスが一匹、少女の前に姿を現した。それを見て、どの様な反応をしたのだったか少女自身、もう憶えて等いないけれど。けれど、その後の事は憶えていた。

 

声がしたのだ。

 

それは少女の父母が言ったのか、友達が言ったのか。それとも、目の前のリスが言ったのか。それは分かりはしなかったが、その言葉自体は、憶えていた。それは、その言葉はそう

 

 

―――――――――イト モッタ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。

 

差しこむ光に目を細めながら随分懐かしい夢を見たものだと思い、起き上がり伸びをして、そして気が付く。

 

「……え?」

 

少女から声が零れた。しかし、それは仕方の無い事だ。自室で寝ていた筈なのに起きてみれば見知らぬ場所だったのだから。

 

「これ、は……一体?」

 

困惑しながらも少女は立ち上がり、確認する様に辺りを見渡す。やはり、少女の知らぬ場所。いや、いいや。少女は今居る場所に似ている場所は知っている。知ってる・・・・だが、しかしもし仮に今居る場所が知る場所ならば見知らぬ事がおかしいだろう。そう、少女が知る場所で、見知らぬ場所と言う事は、まだ少女が行った事が無いと言う事を示しているのだから。 

 

そしてそれがどれだけ危険な事で在るのかを……少女は良く知っていた。

 

「――――――――――――ッ?!」

 

再び、辺りを見渡す。しかし今度は何処なのかを知る為では無い。それは安全確認、詰まりは脅威になるそれが居るかどうかを知るための行為だ。一応の確認が済んだ所で、今度は己の身を確認する。何を持っていて、何を持っていないのかをだ。しかし、その結果は最良とはいえず、寧ろのその逆で最悪と言う他無いものだった。 

 

何も持っていないのだから。

 

いや、考えてみれば当然と言えよう。何せ少女は寝て起きたら其処に居たのだから。自室で寝る前に完全武装して寝る等、はっきり言って年頃の少女がする事では無い。 

 

尤も、もしも今度が在るならば年頃の少女として如何かと思う行動を、少女はとるやもしれないが。

 

「如何しよう……?」

 

さて、くだらない事を考えた処で状況は好転する訳で無く。少女は如何するべきかを思考する。頭の片隅で無駄であると思いながら。 

 

そう、無駄なのだ。もし仮に、今の場所が先程述べた通りの場所で在るならば。少女は何も出来ずに死を迎える他無いのだから。

 

そんな場所こそが少女の知る―――――――――ダンジョンと言う場所なのだから。

 

 

 

『――――――――――ギッ…!』

 

 

 

少女の耳に届く声、いいや音。弾かれる様に、少女は音の聞こえた方を見る。其処に居たのは一匹の蝶だった。

 

「は?」

 

気の抜けた声。しかし、少女の事を攻めてはいけない。何せ、少女の目の前にいる蝶は、如何見ても蝶だったのだ。そう、虫の蝶だ。大きさという点では普通とは言い難いだろうが、少女から見て、それが如何しても強いとは思えなかった。だって蝶だし。

 

「え……いや、いやいやいや。如何いう事なんですか?」

 

またも困惑した様に言葉を零す。如何足掻いた処で生存は絶望的だろうと思っていたら。まさかの蝶々である。気が抜けるのも仕方が無いと言えなくも無いだろう。 

 

目の前に居る巨大な蝶が、自分の知っているものでは無いという点から目を逸らせばだが。

 

『――――――ギギッ!!』

 

気の抜けてしまった少女に、蝶は挑発されていると受け取ったのか。羽を激しくばたつかせながら少女に迫る。蝶の渾身の突進。それを見て少女は、痛いの嫌だと当然の様に躱す様に体を動かして。

 

 

直撃し吹き飛ばされた。

 

 

「―――――――――――――――――え?」

 

何が起きたのか、少女には理解できなかった。只管に、おかしいおかしいと混乱し。

 

「いッ!?」

 

体を駆け巡る痛みを認識して、我に返る。何が、如何して?!

 

そう思いながら、少女は逃げる様に体を動かそうとして、痛みでうまく動く事が出来ずにいた。

 

「―――――――――――――ギッ!!」

 

其れを見て好機と取ったか、其れとも其れすら挑発と取ったのか。蝶は再び、少女に迫る。

 

迫る、嗚呼そうだ。今、蝶は今少女に向かって突進している。もはや少女の見る其れは蝶でなく、その姿を借りた化物だった!!

 

死ぬ、死んでしまう。 このままでは殺されてしまう。なのに、体は動かなく。言葉もでなくて。

 

嗚呼、此処で……終わってしまうのかと、諦めて。

 

 

 

 

 

 

―――――――――タンッ。

 

 

と、短く響く破裂音。同時に少女の目に映ったのは弾け飛ぶ化物。何が起きたのか。一体、何が起こったのか!?

 

それを確認する間も無く、意識を暗い闇に落としながら。最後に見たのは藍色のコートで。聞いた音は。

 

 

 

「……なにこの状況?」

 

男性の、困惑したような言葉だった。

 

 

 

 

 

此れが、一つの始まりの出来事だろう。

 

少女の始まり。

 

 

 

 

 

レフィーヤと言う少女が……世界樹へと挑む冒険の始まり。

 




読んでくださり感謝の極み!。

尚、続きは言わぬが花で御座います。



それではこの辺で。


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第二話

塔を見た。とても高い、高い摩天楼と呼ぶに相応しい威容を誇る塔を。

 

神を見た。崇める、という事はとてもしづらい性格だけど、自分の事を大切にしてくれている神を。

 

人を見た。自分よりも強くて賢くて、とにかく凄い誇りある人達を。

 

そして、嗚呼。憧れを見た。ゆっくりと、それでも確かな足取りで。深い深い地の底に広がる迷宮へと向かうその憧れは、ふと足を止め、自分を見る様に振り返って。そして。

 

 

「イトモッタ?」

 

 

 

 

 

 

 

「いやなんで糸何ですかアイズさん?」

 

思わず、声に出しながらレフィーヤは起き上がる。なぜ、何故糸なのだと疑問に思いながら。思い出して見れば昔、リスにも言われた事だと思いながら。しかし、しかしだ。

 

何故糸?

如何して糸?

糸とは一体?

それともイト違いなのだろうか?

糸では無く意図なのだろうか?

いや、意図を持つって何だ?

覚悟とかそういうあれなんですかアイズさん?

でも覚悟を決めたアイズさんはとても素敵で良いと思います!!

 

と、何やら悶えるレフィーヤ。自分がいる場所が何処なのか分からないと言う事実が完全に頭から抜け落ちてしまっている様だ。 

 

「………えぇ」

 

だから、誰かに見られるかもしれない等と考えても居なかった訳で。人に、しかも男性に見られた事に気が付いたレフィーヤ。走馬灯のように、先程の行動が脳裏を駆け抜けて。

 

―――――あ、変人だこれ。

 

と、自分の客観的な視点から見えてしまった。どれ程あれな行動をしていたのかを。だから、目の前に居る男性がドン引きしたような表情も仕方ないと思い。

 

「……ごゆっくり」

「すみませんちょっと待ってもらえませんか?!」

 

まぁ、それとこれとは別なので、出来れば変人認定されたくないレフィーヤは、出て行こうとする男性を留めようと言葉を荒げた。

 

 

 

 

「……あぁ、えっと、うん。取りあえず、元気そう…だな。うん」

「えぇ…はい」

 

言葉に詰りながらも、しかし安堵した様に語りかけるのは、先程のレフィーヤの痴態と言ってもよいだろうそれを見てしまった男性。対応に困っているのかも知れない。けれど仕方ない事だろう。レフィーヤ自身、若しも同じような光景を見たら困るのだから、というか呼び止められようと無視してしまうかもしれない。関わりたくないと言う意味で。まぁ、言い訳の際に更にあれな姿をさらしてしまった気がしなくも無いレフィーヤは、考え無い事にした。

 

「うん、取り敢えず名乗っておこうか。俺はローウェンと言う。よろしく」

「あ、レフィーヤ・ウィリディスです。よろしくお願いします」

 

じゃなくてと、内心で思わず名乗ってしまった自身にツッコミをいれる。そしてレフィーヤは考える。

 

今に思えば、幾らなんでも女性の寝ている場所に何も言わずに入ろうとしたうえで覗き見るような行為を目の前の男性、ローウェンはしていたのではないか?

 

そう思い至り、指摘しようとして……止めた。更に考えれば彼女自身が妄想にふけっていた故に、ノックなり声掛けなりを聞き逃していた可能性が無い訳では無いのだから。寧ろ、大いに在り得る、というか其れなのだろう。 

 

賢いレフィーヤはそっと心の奥底にしまった。

 

「しかし、レフィーヤ・ウィリディス…か」

 

思った事をしまったレフィーヤ。ふとローウェンを見ると何か考え事をして居る様だった。彼女の名前を呟いている事から、レフィーヤの事を考えて、いや、思い出そうとしているのだろう。

 

と、急に顔を上げてレフィーヤの事を見るローウェン。何事かと身構えそうになる彼女に、一つ確認したい事が在るのだが良いだろうか?

 

それは一体と、見返せば。それを肯定と受け取ったのか、彼は小さくうなずいて。

 

「レフィーヤなのか、レフィーアなのか。何方なのか教えて欲しい」

「ヤです、レフィーヤ!!」

「そうか、ありがとう……あぁ、流石に行き成り名前を呼ぶのはあれか、取り敢えずウィリディスと呼ばせてもらうぞ」

 

良いかな?

 

と、確認する様に言葉をレフィーヤに投げかける。彼女は頷く。別に、という事でも無いが名前で呼ばれても構わないと少しだけ思わなくも無いが、気にしてもらえる事に越した事は無いからだ。

 

「さ、自己紹介も済んだ所で本題を訊こうか。なんでなんの準備もしていない様な状態であそこに居たんだ? 幾ら不思議ノ迷宮が訓練用に使われる場所とは言え・・・流石にな」

 

そんなのはこちらが知りたいとレフィーヤは思う。そしてそれを口に出そうともした。したのだが、一つ気に成る言葉が在った。 

 

不思議の迷宮って……何?、と。

 

その言葉を、彼女は知らなかった。いや、或は彼女の知るダンジョンと言うものの別の呼び方なのだろうかと考え直して。 

 

けれど、いやな予感が付きまとっていると理解した。

 

だから、そうだから。幾つか聞かなければいけない事が在る。少し、怖いと思いながらも。 それでも、確かめなければいけない事が・・・ある。だから、レフィーヤは口を開いて問い掛ける。

 

「此処は……何処なんですか」

「此処か? アスラーガに在る旅籠かすみ屋って言う宿の一室だが。因みに、借りたの俺だから」

 

知らない。彼女は知らない。アスラーガ等と言う場所は、知らない。いや、いいや。知らない街、場所が在るのは当然だ。何故ならレフィーヤと言う少女は神では無いのだから。だから、仕方ない事だ。そして、彼女にとって真に重要と言えるのは、彼女が本当に聞きたい事は此れから口にする事。

 

「じゃあ、一応。一応ですよ? 確認なんですけど……いいですか?」

「いや、其処まで念を押されなくても構わんのだが」

「そうですか、それじゃあ――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

「オラリオって、知ってますか?」

「何だそれは?」

 



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第三話

一言、問いに問いを返す様な言葉は、しかしレフィーヤには十分だった。それ程、オラリオとは彼女にとって重要な言葉で、場所だったからだ。だから、一言で十分だった。

 

何処だ?

では無く。何だ?

 

それだけでローウェンは分からないのだと、知らないのだと分かった。

 

それでも、若しかしたらと言う言葉が彼女には残っている。

 

若しかしたら、余りに田舎で知られていないのかも知れないと。そう、そうかもしれない。レフィーヤとて、アスラーガ成る町は知らない。だから、だから。もう一つ、小さく呟く様に。口にした。

 

――――――神様は居ますか?……と。

 

レフィーヤは彼を見る。まるで縋る様に。どうか、どうか。お願いしますと。

否定しないで。知っていると言って欲しい。どうか どうか どうか!!

 

「いや、居るかどうかなんて知らないが?」

 

レフィーヤは、自身が震えている事を自覚した。駄目だ、考えてはいけないと思い。頭を働かせて、若しかしたらを彼女は探す。しかし、しかしだ。レフィーヤは分かってしまっていた。

 

先程、彼の言ったモノ。そう、不思議ノ迷宮と言ったそれ。それがどんなものなのか、レフィーヤには分からない。分からないのだが、よく分からない物で、場所であると言う事は分かった。そして、そんな分からない物に、場所に。

 

彼女の知る神、あの神々が興味を示さない等と言う事は・・・・在り得ないと分かってしまった。

 

考えの足りないところは在るだろうと、レフィーヤ自身も思っている。まだ、一人からしか聞いていないのだからとも思っている。だから、まだ若しかしたらがあるのだろう。しかし。それでも、在る疑問が思考を遮ってしまう程に大きく横たわっていた。それはローウェンに最初に問い掛けた。

 

―――――ここは、何処なのか? と言う、疑問。

 

 

「うーん」

 

声がした。はっとした様に、レフィーヤは目の前に座っているローウェンを見る。底なし沼の様な、しかしそれよりも暗くて重い何かに飲まれそうだと自覚していたからこそ、彼女は何かを言おうとしている彼に集中した。

 

「オラリオとか神とか。よく分からんが、取り敢えず分かった事が一つ在る」

 

言葉を切って、彼はレフィーヤを見る。何を、言う積りなのか。少しだけ身構えて。

 

「訳分らん内に訳分らん事に巻き込まれて、訳分らんが此処に居ると言う事が分かった」

 

ズッコケた。言っている事は全く間違ってないが其れは何も分かっていないと言う事だろうとか考えたり。そしてそう言えば布団の上だったなとか思ったり。しかし驚く程心地いいなこれとか現実逃避したりと。割と頭の中が忙しい事に成っているレフィーヤは。だから、少し遅れたのだろう。

 

手を掴まれた事に気が付くのに。

 

「―――――――――――えッ?」

「まぁまぁまぁまぁ。取りあえず行こうか」

 

それだけ言うと、彼は彼女を立ちあがらせて背を押しながら歩く。当然、背を押されているのだから、少し足がもたつき乍らも歩いて行く。何処に行くのかとか、行き成り手に触られたとか。そう言った考えが追いつかない程に唐突で、引かれたままにに立ち上がってしまったのがある意味悪かったのかも知れない。まぁ、仮に座ったままだったとしても引き摺って連れて行きそうな勢いだったが。

 

もはやだれにも止められない勢いが在った!

 

「あ、履くのはサンダルでいいか?」

 

まぁ、そんな事は無く普通に止まるのだが。そして、レフィーヤは言われるままにサンダルを履いた。別にこれと言って考えていない。勢いってすごいですね。

 

そして再び始まる押して押されて歩かされ。そして、色々と視線を感じるレフィーヤは、深く考えない様にし、現実逃避のように空を見上げ。

 

「―――――――――――――――ッ?!」

 

何かが有る事に気が付いた。

 

其れが何なのか分からない、分からないが。しかし、如何しようも無く彼女には気に成った。だから、其れに向かって思わず走り出そうとして。

 

「はいストップ。何処に何が在るか、分かってないだろう? 取りあえず、俺に押されるままで居なさいな」

 

ローウェンがそう言った。確かに、その通りだ。この街がどの様な街なのか知らない。何処に、何が在るのか知らない。衝動の儘に走り出しても、迷子に為るのが目に見えている。だから、言われるままに。

 

「自分で歩きますから」

「あ、そう?」

 

流石に、背を押され続けると言うのは……いやだったようだ。

 

 

 

 

 

 

目を見開いていた。

 

「よっす」

「ん? おぉーローウェンか。如何した? 迷宮にって感じの恰好でも無いな。って事は、其方の可愛らしいお嬢さん関係か?」

「そうだよ。此処が一番見やすいかと思ってなー」

 

ローウェンが、すぐ横で誰かと会話している。しかし、今のレフィーヤには届いていない。唯、目に映る其れに、フラフラと引き寄せられるように進んで行く。行き過ぎると危ないぞと、声を掛けられた気がするが、此れも届いていない。

 

「此処が何処かって、聞かれたからな。ちゃんと答えておこうかと思ってな」

 

レフィーヤは、見入っていた。

 

「此処は絶景の街、アスラーガ」

 

レフィーヤは、圧倒されていた。

 

「良い所とか特徴とか、まぁ、色々あるが。まずは此れだと言うのが、目の前の」

 

そう、目に映り込むそれに。

 

威風堂々という言葉がこれほど似合うものは無い。

 

空を覆ってしまうのではと思わせるほどの――――――美しき巨木。

 

「琥珀色の世界樹だ」



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第四話

ゆっくりと、息を吐く。苦しさを感じたからだ。レフィーヤ自身、呼吸を忘れていたのかと、漸く自覚した。それ程まで目に映る巨木に、琥珀色の世界所に見入っていたと言う事だろう。

 

深く息を吸って、吐く。

 

「もう良いか?」

 

声を掛けられ、その事に驚いて肩を揺らしながら見る。ローウェンが、何故か楽しそうに笑みを浮かべながら見ていた。呼吸と一緒に、彼が、いや彼に此処へ連れて来てもらって居た事を思い出し、少しだけ恥ずかしく思う彼女。はいと、短く肯定の言葉と共に頷いた。

 

「滅茶苦茶見入ってたな。まぁ、分からなくも無いけど」

 

言いながら、ローウェン自身も世界樹へと視線を向ける。つられる様に、レフィーヤも再び。

 

やはり、凄い。そう凄いのだ。他に感想が在るとすれば綺麗だろうか?

 

いや、いいや。やはり違うだろう。レフィーヤは思うのだ。凄いと、唯それだけを。

 

「あの世界樹にはな、色々と噂があるんだよ」

 

まるで語る様に彼は口にした。噂とは?

 

疑問に思い、レフィーヤは彼を見る。

 

「その噂って言うのは、まぁ、本当に色々でな。その麓には楽園へと繋がる道があるだとか。将又、不老不死に到る秘密があるだとか。もっとシンプルに、幾ら世代を重ねようと使い切れない様な財宝が眠っているだとか。本当に色々だ」

 

実際は如何なのか知らないが、そうローウェンは世界樹を見つめながら口にする。

 

「そう、知らない、分からないんだよな。寧ろ、分かってる事の方が少ない。分からん分からん。あぁ、本当に分からない事が多すぎて嫌に成るよ。まるで」

 

そうまるで。彼は、レフィーヤを見る。

 

「今の君の状況みたいだろう?」

 

そう、かも知れないとレフィーヤは思う。分からない、分からない、確かに分からない。自分が何故此処に居るのか知らない。何時の間に居たのか分からない。

 

知らない、分からない。

 

「世界樹が分からない、ウィリディスも分からない。分からない・・・・・の、だが、だ。面白い事にな、其れを解き明かす術が在るんだよ。世界樹に関してだけどな」

「……え?」

「あ、今驚いたな?」

 

言いながら可笑しそうに笑うローウェン。それが何と無く気に入らなかったので、レフィーヤは睨んでみる。怖い怖いと、彼はおどけた様にして見せてから言葉を続けた。

 

「迷宮と呼ばれる場所がある」

 

スッと、手を動かして。しかし、何処を差すと言う訳でも無く、彷徨わせて。 

 

「如何いう訳かは知らんが、あの世界樹の近く・・・と言うには聊か距離があるかも知れないが。其処に不思議な場所が幾つも存在する。其処を迷宮と呼んで居るんだ。さて、何が不思議だと思う?」

 

問い掛ける様に、レフィーヤを見る。彼女は少し考える様な仕草をして。そして、首を振る。

 

「分かりません」

「凄い素直だねほんと。まぁ、仕方ないとも。と言うより正解されたら俺が困る。因みにその正解は、出入りする度に構造が変化する、と言うものだ。階層数自体は変わらないんだがな……多分」

「はぁ?!」

 

自分の事ながら、変な声が出たと思うレフィーヤ。しかしだ、仕方が無いだろうと思う。

 

出入りする度に構造が変化するって何だ?

 

意味が分からないにしても度が過ぎる。そんなもの、彼女が知る其れでも無かった筈だ……多分。そうで在って欲しいと、レフィーヤは思った。

 

返って来る答えが何と無く想像できるが、一応、問い掛ける。

 

「あの、如何してなのかというのは?」

「当然だが、世界樹と同じだ」

 

やっぱりと思わざるを得ない。まぁ、何故なのかというのを理解して居たらそれはそれで困るのだが。説明されても、という意味でだ。

 

「でだ、話が変わる・・・と言う程でないが。そう言った世界樹の周りにある迷宮……多くの人々は其の儘に世界樹の迷宮と呼ぶ其処に、当然ながら挑む者達がいる。其のモノ達は、挑む理由は様々であれど、皆が皆、こう呼ばれる」

 

 

――――――――冒険者と。

 

驚いた様に、レフィーヤは彼を見る。冒険者、その言葉は彼女もよく知るものだったから。彼女も、そうだったから。 

 

「因みに、そう呼ばれる理由は単純に冒険する者だからだな。まぁ、言うまでも無いか」

 

しかし、違った。

 

レフィーヤの知る其れとは違った。もしも、彼女の知る其れだったならば、冒険をする者と言うよりは、そう、見初められた者と言う方が正しいのだから。

 

「さっきも言ったが、冒険者が迷宮に挑む理由は様々だ。世界樹の噂を聞きつけてとか、他にも強くなりたいとか其処でしか取れない素材が欲しいとか、果ては暇つぶしなんて奴もいる」

 

やってる事は、変わらないのだろう。流石に暇つぶしで、というのは分からないが。

 

「あとは、そうだな……分からないから、知りたいから挑む、何て奴も居るだろうな」

 

その言葉に、何故彼が自分を此処に連れてきたのか、レフィーヤは分かった気がした。

 

「何故迷宮は構造が変わるのか知りたい。何故世界樹の周りにそんな物が在るのか知りたい。世界樹に纏わる噂が本当か知りたい。そもそも、世界樹とは何なのか知りたい」

 

「まぁ、詰りは何が言いたいのかと言えば」

 

 

 

 

 

 

 

「ウィリディス、君―――――――――――――冒険者に成って見ないか?」

 

思っていた通りの言葉を、ローウェンは笑みを浮かべながら口にした。



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第五話

言葉が出て来なかった。レフィーヤは何と答えれば良いのか、分からなかった。

 

既に、冒険者だと言えば良いのか?

 

それとも、何も言わずに頷けばよかったのか?

 

或は、彼から冒険者に関しての事をもっと知る為に問い掛ければ良いのか?

 

幾つかの言葉、行動が彼女の脳裏に浮かんでは消えて。嗚呼、しかし如何しても消える事無くこびりついた言葉が…一つ。

 

――――――――無理だ。

 

否定の言葉。何故、その言葉が消える事無くあり続けるのか。如何して、如何してと考えて。僅かに痛みを感じた気がした。ハッとする。今までは忘れていた。何か別の事に集中していた、或は混乱してたからか。だから忘れていて。そして言葉の意味が、分かった気がした。

 

繋がっていたかのように思い出されるのは、あの蝶の姿。ローウェンが不思議の迷宮と言った場所で遭遇した大きな・・・しかし、唯の蝶。何度思い返そうと、脅威に成る様な存在では無かった……筈だった。

 

躱せるはずだった……なのに吹き飛ばされた。

 

耐えられる筈だった……なのに気絶する程の痛みを感じた。

 

冒険者だったのに、神に認められて居たのに。なのに、まるで唯の人のように体が上手く動かずに、吹き飛ばされて痛みで気絶して。まるで、其れはまるで。大切な何かが失われた様な。

 

嗚呼、言葉が零れる。分かってしまった。そういう事なのかと。できる事なら、否定したかった。だが、不思議と、そうなのだと確信してしまった。今の、レフィーヤには――――――

 

「迷ってるのか?」

 

掛けられた言葉、其れは問いで。的外れなモノである様にレフィーヤは感じたが、傍から見れば悩んでいるように見えたのかも知れないと、まるで他人事の様に感じた。

 

「うーん。冒険者気質だから直ぐに食いつくと思ったんだがなー」

「いや冒険者気質って何ですかそれ?」

 

思わず問い掛けてしまった。いや、仕方が無いだろうと。才能があるとか、そういうのではなく気質とは。

 

「ん? いやだって。見て感動してたし、聞いて楽しそうだったからな。もう、これは冒険者と言う他無いだろうって感じだ」

「―――――――は?」

 

首を傾げた。見て感動していた、というのは分かる。世界樹を見て、そして実際に感動と言う他無い感情が駆け巡っていたのを自覚していたからだ。しかし、聞いて楽しそうだったとは、如何いう事なのか?

 

そう、疑問に思うレフィーヤに、意外そうにローウェンは言った。

 

「あれ? 自覚無しだったか。君、迷宮の話を聞いた時、滅茶苦茶楽しそうにと言うか、嬉しそうに笑ってたぞ?」

「わら……え?」

 

口元に手を当てる。笑っては、いなかった、そう今は。しかしだ。本当に、本当に自身は迷宮の話を聞いた時に笑っていたのか?

 

もし、仮にそうだとしたら……何故?

 

「あー……さっき、冒険者が迷宮に挑む理由は色々あるって言っただろう?」

 

その言葉には、頷く。大体変わらないと思った其れだ。

 

「でもぶっちゃけ、其れって少数派なんだよ」

「はいッ?!」

 

レフィーヤも驚くまさかの言葉である。え、少数派なの!? 思わず目を見開いてしまった彼女に。ローウェンは楽しそうに笑ってから。

 

「そう、割と少ないんだよ。そう言ったちゃんとした理由を持って迷宮に向かうやつって。じゃあ何で迷宮に挑むのか? そう思ったなら、君は考え過ぎだ。単純に冒険者が、冒険者だから挑んでいるんだよ」

 

まぁ、詰まりはと言葉を置いて。

 

「唯、冒険がしたいから……其れだけだ」

 

 

 

「それ…だけ?」

「嗚呼、其れだけだ。まぁ、流石に目的を持っている奴が少数派って言うのは言い過ぎかもしれないが……結局は、其処に行き付くんだよ」

 

何だそれは、そうレフィーヤは思わずにはいられなかった。迷宮、迷宮だ。もし知っているのと、そう変わらないのであれば間違いなく危険な場所だ。未知のモンスターに、天然のトラップ。自分よりも弱い物しかいないと思ったなら其れは間違いで。油断すれば、慢心すれば死ぬ。それがどれだけ強い者であろうと。それが、迷宮。それが、ダンジョンと言うものだ。

 

其れに、冒険したい。唯、それだけの理由で挑む?

 

余りに其れは、馬鹿と言うやつでは無いのか?

 

 

レフィーヤはそう思い、思い。しかし、否定できなかった。

 

 

冒険、そう冒険だ。行った所の無い場所に向かう。誰も知らない素材を手にする。前人未到の秘境に足を踏み入れる。圧倒的なまでに強い魔物と相対す。

 

それが、どれだけ危険な事なのか。それが、それだけ困難で険しい道のりであるのか。間違いなく、大半は半ばで朽ち果てる事だろう。

 

冒険者は…冒険してはいけない。浮かぶ言葉は、何度も良い聞かされてきた言葉。それは正しく、間違いなどで在る筈が無い言葉。命は落としてては、全てが零れ落ちるのだから。

 

だから、間違ってるのは自分だ。馬鹿なのは自分だとレフィーヤは自覚した。

 

何故なら、嗚呼何故ならば!!

思い浮かべたそれに!!

 

冒険に!!

 

挑戦に!!

 

心躍らずにはいられないのだから!!

 

 

気が付けば、浮かぶ言葉が綺麗に無くなり一つの言葉が浮かんでいた。間違っていると思っている。馬鹿だとも思っている。なのに、嗚呼、なのに。

 

冒険したい、そう思っていた。

 

変な笑い声が零れる。まさか、自分が此処まで馬鹿だったとはとレフィーヤは笑って。しかし、嫌では無い事に終わっているなと思う。そして納得した。成程、冒険者気質とはそういう事かと。詰りそれは、冒険を楽しめるかどうか、という事なのだろう。レフィーヤは思う。なら自身はやはりローウェンの言う通りなのだろう。

 

迷い?

あるに決まっている。

 

心配?

無いと思っているのか?

 

溢れているとも、満ちているとも。少し気を抜けば、底なし沼のように沈んで行ってしまいそうな程だ。

 

けれど、レフィーヤがローウェンに向かって言う言葉は決まっている。

 

 

「さっき、冒険者に成らないかって……言いましたよね?」

「嗚呼、言ったな。それで、如何する?」

 

問い掛けに、レフィーヤは笑みを浮かべて答えた。

 

「私は、とっくに冒険者ですよ!!」

「そうか、そうか!! 此れは失礼した」

 

では、歓迎の言葉を送ろう!

 

「アスラーガへようこそ新たなる迷宮に挑みし冒険者よ!! 存分に、そう存分に堪能したまえよ!! 冒険をな!!」

 

 

 

目的は変わらない。何故、如何して。何が在ったのか、如何して此処に居るのか。それを解き明かす事だ。

 

けれど、だ。

 

世界樹を麓から見上げてみたいと思う位は良いだろうと、レフィーヤは静かに思う。

 

 

 



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第六話

「と言う訳で冒険者登録よろしくギルド長」

「いや如何いう訳だ?」

 

ローウェンにギルド長と呼ばれた人物は、当然ながら突然の事に困惑しながら言葉を返す。まぁ、そうだろうなとレフィーヤは思う。行き成り来たかと思えば何の説明も無く言われたのだ。困惑するのも仕方が無いだろう。

 

と、其処でギルド長は彼女を見る。今気が付いたとでも言わんばかりの表情をしているが、これは行き成り現れて色々言ったローウェンの所為だと、彼女は思う事にした。

 

さっと、視線を走らせたギルド長。やがて、成程と呟いた。

 

「何を言っているのかと思えば、彼女の事か」

「その通り! やはり察するのが早いギルド長。嫌いじゃ無いよ!!」

「別に男に好かれたいとは思っていない……仲間以外にはな」

「渋いねぇ!! だがその通りだな!!」

 

ローウェンの声が大きい所為か、何人か冒険者と思われる人物達が視線をよこし、そして渋いと言う発言には頷いていた……主に男性が。

 

「さて、言うのが遅くなったが。ようこそ冒険者よ。私がこの施設をあずかるギルド長だ……尤も、其れに関しては先程奴が大声で叫んでいたから言う必要は無いだろうがな」

「ごめんね!!」

 

この人は一々茶々を入れなければ気が済まないのだろうか?

と言うかテンションが以上に高い気がするのだが?

 

訝しげに、レフィーヤは見る……と、何故か照れる様に頭を掻いた。何故だ。

 

「ふざけるのも良いが、続けても良いかね?」

「あ、はい。すみません……何で私が謝ってるんですか?」

「其れは知らん。では話を続けるが……いや、其の前に何処まで奴から聞いたのか言ってもらえるだろうか?」

 

何処まで、というのは何処まで言えば良いのだろうか?

 

何と無く疑問に思いながら言葉にする。世界樹の事に、迷宮の事。あとは此処、冒険者ギルドに関して。世界樹を見に行った時と同じ様に、何故か背を押されながら説明された。この街、アスラーガに滞在する冒険者を管理している施設で在り。冒険するならそこで登録すべしと。

 

「其処まで説明されて居るなら、後は登録だけで良いだろう。では早速、君の名前と職業をこの冒険者登録台帳に記載してもらいたい」

 

言いながら、台帳を差し出すギルド長。しかし、レフィーヤは少し困惑した。名前は分かる、分かるのだが。職業とは?と、何かを察した様にギルド長は頷いた。

 

「成程、初心者と言う事か」

 

初心者とは?

 

いや、流石にレフィーヤにも分かる。其の儘の意味だろう。その言葉に思う所はあるけれど、しかしその通りなので、彼女は頷いて見せた。

 

「ならば、先ずはどの様な職業が在るのかを教える必要が在るが……お前は教えなかったのか?」

「流石にねぇー」

 

ギルド長に視線を向けられた彼は、肩を竦めた。なぜ教えなかったのかと。レフィーヤは彼を見る。すると。

 

「因みに、俺は遠距離からの攻撃や補助を行う事が出切る銃を使うガンナーという職業だ……が、ガンナーは選ばない方が良い」

 

これなと、何気なく棒のような、筒の様なモノを見せる。見た事が無い、不思議な武器。だが、それ以上に不思議なのは、何故勧めて来ないのかと言う事だ。

 

普通、と言う訳では無いが、この様な場合は自身の職業を勧めるのではないのだろうかとレフィーヤは思う。実際、彼と同じガンナーと思われる人たちは眉を顰めている。まるで、よく無いものであるかの様な物言いだったからだろう。そんな視線を感じながら、しかし彼は何でもないかのように肩を竦めて、こういった。

 

「ガンナーはな……金が掛かるんだ」

 

彼の目が死んでいた。

 

とても世知辛い発言。同時に、見ていたガンナーと思われる人たちも首が飛んで行きそうな勢いで視線を逸らしていた。レフィーヤはとても悲しい気持ちになった。

 

「う……む、確かに。その様な観点から見ればガンナーは良いとは言えないか」

「因みに俺のお勧めは一番金が掛からないルーンマスターだ。杖さえ用意すれば後は自力で何とかなるからな! 主に整備とかで金を取られない!!」

「その話題は周りの冒険者のモチベーションに関わるから止めろ」

 

其れって実際に金策で悩んでいるからだろうか?

 

何気なく、辺りを見渡すレフィーヤ。何故か、明るいのに暗くなっていた、雰囲気的な意味で。

 

「しかし、ふむ。ルーンマスターか。少々、難しいのではないか?」

「変な癖とかが付いてないなら逆に楽じゃないかな?」

「む、一理ある」

「あの、話が凄い勢いで決まっている気がするんですが?」

 

それもレフィーヤ自身の事を置去りにして、だ。せめて、ちゃんと説明してほしいと言うのが彼女の意見だ。そもそもルーンマスターって何ぞ?!

 

「む、すまない。冒険者自身の行く末。確かに、私達がとやかく言うのは間違っているな」

「まぁ、ルーンマスターがお勧めなのは変わらんがね。因みに、ルーンマスターは……大雑把に言えば炎と氷と雷の三属性をメインに遠距離攻撃をする職業だな。特徴は敵の弱点を突きやすいと言う事と金が他の職業と違って其処まで掛からない事だ」

「お前は又そうやって」

 

「ルーンマスターでお願いします!!」

 

「お、おう?」

「むぅ、随分と……いや、君がそう言うなら其れで良いのだが」

 

食い気味に答えたレフィーヤに、少しだけ驚いた様子の二人。だが、彼女はそれ処でなく。興奮した様子であると言えた。

 

ルーンマスター。

 

ローウェンの大雑把な説明だけれど、しかし、どんな物なのかは彼女にはよく分かった。詰り、魔法使いの様なものなのだろうと。そして、彼女は其れであった。天職、そう呼べる物が在ったならば其れだろう。

 

一瞬、思ってるのと違ったらどうしようと思ったが、其れは其れだと気にし無い事にしたレフィーヤだった。

 

少し待てと言い、何処かに向かうギルド長。言った通り、少しだけ待てば直ぐに戻ってきた。分厚い本を持って。何だろうかと疑問に思いながら、手渡された其れの表紙を見る。

 

書かれていたのは、『ルーンマスターを目指すなら』という文字だった。其の儘の意味の本だろう。詰り、初心者ルーンマスターの為の本と言う事だ。マスターなのに初心者ってどういうことだ?

 

「へぇ、こんなのあるんだ」

「何時だったか、一人のルーンマスターが広める為にと書き記して置いて行ったものだ。まぁ、読んで損は無いだろうと思ってな」

 

其れは技術を広める為にと言うやつなのだろう。そうそう出来る事では無い。何気に凄い物では無いのかと思いながら、本を開いて。

 

『ボッと成るのを持ってグッてすればボワッするからビュンって成る様にヒュンとする』

 

静かに閉じた。あれ? 裏表逆だったなかな? そう思いながら、反対側から本を開けば。

 

『最終的にはヌワァっとする!!』

 

「如何いう事だオラァ―――――――――!!!!!」

 

叫びと共に本を叩き付けた。

 

あれ? そう言えばなんで文字が読めるんだろうとか疑問に思ってたのに口調と一緒に何処か彼方に吹っ飛んで行った。

 

でも仕方が無いよね、だって意味が分からないし。まだレフィーヤに関わる事を解き明かす方が簡単だろう。こういうのはフィーリングが超大事だから、最初に解読できないと一生無理な場合が多いからね。

 

「おう?! え、如何した? 怒る様な事でも書いてあったのか?」

「むぅ……そう言えば、此れを読んだルーンマスターは皆、この様な反応をしていたな」

「そんなの読ませたのか?」

 

如何すれば良いのか、レフィーヤは悩んだ!

 

もしかしたら、此の侭ルーンマスターには成れないのかも知れないと。しかし、救いは確かに在った。

 

「少し良いだろうか?」

 

問い掛ける様な言葉。何だと視線を向ければ、一人の男性が立っていた。

 

「突然、申し訳ない。まず名乗ろう。私はホロン。職業はルーンマスター」

 

目を見開く。ここで、まさかの登場。しかし、何故ここで彼が話し掛けてきたのだろうかと。

 

「先程の会話は…その、行動を鑑みるに彼女はルーンマスターを目指して居るとみて良いのかね?」

「まぁ、彼女自身そう言ったな」

「ならば、私が彼女にルーンマスターとして必要な事を、印術を教えよう。勿論、彼女が良ければだが」

 

意味が分からなかった。いや、非情に幸運な事に、師匠と言える人物が向こうからやって来てくれたと言うのは、分かった。しかし、何故その様な事をしようと言うのかがレフィーヤには分からなかった。そして、そんな彼女を見て、ふっと微笑みを浮かべ。

 

「なに、大した理由では無い。唯、誓っていただけだ。そう……この書物を読んで頭を抱えてしまったものが居るなら手助けしようと、な」

 

その姿は酷く淡くて。

 

「私も」

「うん?」

 

 

 

「私も、そうします」

「……ふ、そうか」

 

後にローウェンは語る。修練の場に向かう二人の背中は…何故か煤けて見えたそうな。



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第七話

風が頬を撫でる様に吹き、纏めた髪を揺らす。少しだけ、譲られた杖を持つ手が震える。それは緊張からか、それとも。

 

「さてと。じゃ、行こうかね」

 

何気無く、そして自然体で在るローウェンが銃と呼んだ武器を軽く手で持ちながらそう言い。

 

「――――――――はいッ!!」

 

レフィーヤは強く答えた。

 

二人が今居るのは場所、其処は迷宮。不思議の迷宮。

 

 

 

 

 

 

少し戻ろう。

 

それはレフィーヤがホロンと名乗るルーンマスターから基礎を教えられ、そしてそれが終わった処まで。意外な事に、其れは始まってから凡そ一時間程でしかなかった。 余りに短いと言える、だが、試しにとレフィーヤが教えられたとおりにして見れば、ちゃんと行う事ができたのだ。これには、少々の戸惑いを彼女は見せた。余りに簡単すぎたからだ。その様子を見て、ホロンは笑みを浮かべ。

 

「君のような反応は良く見る。驚く程、あっさり終わってしまったとね。まぁ、仕方の無い事だ。印術は…いや、印術に限らず其れに近しい職業はとても難しく、習得に時間が掛かると思われている」

 

だが、そう否定する様に口にする。

 

「難しい様に見えても、やはり技術でしかない。使われなければ意味が無いからな。覚えやすい様に、使いやすい様に調整されているんだよ。だからまぁ、発動するだけならば必要な物を用意すれば使えてしまう」

 

使いこなせるかどうかは別だが。そう呟く様に口にする。何と無く、彼女にも分かる様な気がした。変わらないのだ本当に。他の、武器と呼ばれる物と。剣を振るうだけならば、剣を持っていれば出来るのと同じ。そして、此れも重要なのも変わらないのだろう。

 

詰り、経験だ。

 

「うむ、如何やら分かっている様だ。そう、使える事と使いこなす事はまるで違う。しかし使いこなすために必要な経験、練度と呼ばれる類の物は…私が教えられるモノでは無い。人にはそれぞれ癖が有るからな。私に適している事が君に適しているとは限らない。尤も、それでも参考にする程度なら構わんだろうが…それはある程度経験を積んでからの方が良いだろう」

 

と言う訳でと、ホロンはレフィーヤを見ながら。

 

「迷宮攻略をして見るのが一番だろう」

「行き成り難易度高すぎませんか?」

 

基礎を教わって直ぐなのですが?

余りに無茶ぶりとしか思えない様な言葉に、レフィーヤは思わず口を出してしまう、だが。ホロンは可笑し気に笑った。

 

「いや、まさかだが未知の、誰も攻略した事の無い様な迷宮に挑めと言う訳では無い。簡単で、油断しなければ傷無く攻略できる所があるのだよ。其れこそ、訓練場として使われる位にね」

「あ、成程」

「だが、それでも迷宮は迷宮、油断すれば傷つくし。命とて落しかねない。そのような場所である事に変わりない。まぁ、だからこそ、訓練に成ると言えなくも無いのだが」

 

死にかねない場所を訓練場替わりに使っているのかと、其れは大丈夫なのかと思うレフィーヤ。だがまぁ、そんな物かと、一人納得した。言ってしまえば、その程度で立ち止まる様なら、冒険者などやっていけないのだろうから。

 

「と言う訳で…嗚呼、そうだ。短き間とは言え師であった私から提案なのだが」

「なんでしょう?」

「迷宮の攻略は彼と、ローウェンと共に行ってみてはどうだろう?」

 

なんで? そう疑問に思う。

 

いや、別に嫌と言う訳では無い。無いのだが、何故勧めてきたのかがレフィーヤには分からなかった。

 

「まぁ、理由としては彼がとても上手いからだよ。ルーンマスターは基本的に距離を取って戦う。ガンナーもまた同じ。そして、単純な立ち回り等と言った戦闘技術に関しては、彼から学び取るのが一番だと私が思ったからだ。尤も、如何するのかは君達が決める事だが。では、私は行くとしよう。縁が有ればまた会おう」

 

そう言って、去って行く。その後ろ姿を見送りながら考える。ホロンの提案だが、如何するかと。いや、先の通り、別に自身は嫌と言う訳ではない。無いのだが、如何なのだろうと考えてしまう。まぁ、一人で考えていても仕方が無いかと、軽く首を振りながら。取り敢えず、聞いて見るだけ聞いて見る事にして。

 

「迷宮に行きたいのですが、一緒に行きませんか?」

「最初から其の積り!!」

 

いい笑顔でサムズアップしていた。 

 

 

 

 

 

 

そして、迷宮へと至る。

 

迷宮を進む二人は、しかしのんびりした様子だった。最初は肩に力が入っていたレフィーヤだったが、今は寧ろぬけすぎて疑惑の視線をローウェンに向けていた。

 

ここは本当に迷宮なのかと。それを受けて、やはり楽しそうに笑った。

 

「迷宮と言っても訓練場替わり。まぁ、モンスターが出るから危険だが、そんな囲まれる程湧いて出る様な場所じゃ無いんだよ」

「そう……ですか。そう言えば、そんな様な事をホロンさんも言ってました」

「まぁ、更に言えば初心者が対処できない様な量が湧かないように間引きもしてるんだけどなー」

 

そんな事をしているのかと思ったが、其の位はして当然かと思い直す。幾ら危険とは言え訓練場。命を落としかねない程度なら未だしも確実に死ぬような場所では使えないだろうから。

 

そう考えている時だ。

 

『――――――ギィ!!』

 

声、というよりは音が聞えた。聞いた事が在る音とは少し違う。だが、それでも分かった。モンスターが現れたのだと。

 

音の聞こえた方を向く。現れたのは、大きな飛蝗のようなモノ。此処に来るまでの間に聞いた出現するモンスター。覚え間違いが無ければ、グラスイーターと呼ばれる其れだ。

 

身構えるレフィーヤに、抑える様にローウェンは手を軽く振る。自分がやると、そういう意味なのだろう。彼女は、緊張を残しながら少しだけ下がり。

 

その直後、グラスイーターはローウェンに飛び掛かる様に向かったのだ!!

 

それは、レフィーヤが思っていたよりも早く驚く。そしてローウェンはと言えば、何でも無いかのように脱力した儘、スッと横に避ける。グラスイーターは、先程までローウェンが立っていた場所に着地する。 

 

そして、そして。

 

ゆるりと、ローウェンは銃を構え。再び、飛び掛かる為に向きを変えたグラスイーターに向かって。

 

 

 

銃で殴り掛かった。

 

 

 

 

「えぇぇええええええええええッ!?!??」

 

直撃して吹き飛ぶグラスイーター。少しの間痙攣する様に震え動かなくなるのを見てレフィーヤは叫びながら思う。聞いていたのと違うと。

 



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第八話

何故殴る、何故殴った。可笑しい、銃と言う武器は遠距離から攻撃をする為の物では無かったのか?

 

少し混乱しながら、レフィーヤはローウェンを見る。彼はその視線に、肩を竦めて。

 

「言っただろう?……金が掛かるってな」

 

だから必要でないなら使わないと、彼は言った。その目はやはり…死んでいた。レフィーヤは天を仰ぐ。そして思うのだ。世知辛すぎると。

 

 

 

「まぁ、他にも理由は有るんだが…そこはちゃんと見たら分かる位、当然の事だからな。取りあえず言わないでおこう」

 

頷きながら言って、再び彼は歩き出す。言わないのかと思わなくも無いレフィーヤだが、教えてくれと言った訳でも無いのだから其れもそうかと、しかし何と無く不満気だった。

 

と、突然ローウェンが立ち止まって振り返る。何事かと彼女も止まれば、彼は指さした。

 

「因みに、次戦うのはお前だから」

「私…いえ、そうですよね」

 

その通りだ。此の侭全部ローウェンに任せてしまっては此処に来た意味が無い。戦わなければ。と、ふと気に成る事が在るレフィーヤ。

 

「…今、私の事お前って呼びましたけど、ちょっと前までもう少し丁寧じゃありませんでしたか?」

「え? 同類で在る冒険者相手に気を遣う訳ないじゃん」

 

何言ってんの?と、そう言いたげにローウェンは首を傾げた。嗚呼、レフィーヤは思った。この人割と畜生の部類なのでは?と。もしかしたら冒険者全体が大体こんな感じなのかも知れないが…其れでも彼が容赦、というよりは遠慮が無いのだろう。いや、別にお前呼びが嫌では無いのだが何とも言い難いレフィーヤだった。

 

と、其の時だ。ローウェンが何かを見つけた様に小さく声を零した。その何かは、考えるまでも無いのだろう。何せ、彼が退ける様に横に動いたのだから。それが意味するのは、お前の出番だという事だろう。

 

杖を持つ手が震えるのを感じる。だが、それを抑える様に手を重ねて。深く息を吸って…吐いた。大丈夫だと自身に言い聞かせて。一歩前に進み、敵を目視する。

 

 

其処には、蝶が居た。

 

 

体に痛みを感じた気がした。

 

もちろん、気のせいだろう。迷宮に来る前にちゃんと治療を施され、痛みや違和感が無い事を確認したのだから。ならば、そうならば。そう感じたのは。

 

恐怖からだろう。

 

止めた筈の震えを感じる。目の前の敵は強くない、強くない筈なのに。如何する事も出来ない様な化物に見えてしまって。

 

「避けろ」

 

反応できたのは、それに慣れていたからだろう。言葉を聞いて動く事に。だが、体が思った様に動かなくて蝶の突進が掠る。だが、其処では無い。何時の間にこんなに近くにまで来ていたのかとレフィーヤは驚き。

 

『――――――――ギッ!!』

 

しかし、暇など与えないと言わんばかりに蝶は方向転換。攻め立てる様に突進を続ける。

 

頭では理解できている。目の前の蝶は弱い。弱いのだと。それこそ、レフィーヤが習った印術を当てれば終わると分かる程に。けれど、けれど。それが出来ない。

 

最初に、一瞬とは言え棒立ち状態に成ってしまったのが悪かった。その結果が蝶の接近を許し。攻め立てられてしまっているのだから。愕然としてしまいそうな程、反応が鈍い体を何とか動かして、突進を回避するのに手いっぱいで、攻撃する暇がない。如何すれば良い、如何すれば良いのか。

 

いや、分かっている。距離を取ればいい。しかし、其れはどうやって?。

 

今までの経験、しかし、其れを何とか思い返しても。状況の打破に繋がる物は無かった。状況が違いすぎるから。こんな、敵に接近されるのはそうそう無かった。魔法使いとして一人で挑むなどと言うのは…皆無では無いだろうか?。

 

嗚呼、だから、だから如何すれば良いのか分からなくて。

 

 

「さっき言ったよなぁ。ちゃんと見たら分かるって」

 

 

不思議な程、ローウェンの言葉がすんなりと思考に馴染む。そして、まわり始める。

 

見たら分かるとは如何いう事なのか?

見る、見る?

何を、ローウェンを?

行き成り、敵に殴り掛かる様な行動を見て、何が分かるというのか。

それに一体、何の意味が在るのか考えて、思い浮かんだのは先程のローウェンがした行動だった。

 

 

「―――――――ヤァッ!!」

『―――――――――――ギッ!?』

 

 

突進する蝶に向かって、レフィーヤは杖を横に薙ぐ様に振るう。しかし、驚いた様に蝶は停止した為に、当たらない。

 

けれど、止まった。それは分かり易い隙だ。

 

急いで、距離を取る。その様子に、威嚇する様に蝶は激しく羽ばく。だが、杖を警戒しているのか、近づいてこない。  

 

嗚呼、そうかと呼吸を整えながらレフィーヤは確りと理解する。ローウェンの行動。敵を殴るというのは、接近された際の対処法だったという事かと。何だと、笑ってしまいそうになる。本当に彼の言った通りだ。ちゃんと見たら分かる事だ。当然のこと過ぎて忘れてしまっていた。 

 

今までが恵まれていたのだと、レフィーヤは再認識した。

 

落ち着く。呼吸は、整った。しびれを切らした蝶を杖を振り回してけん制して。また、ローウェンの言葉を思い出す。 

 

ちゃんと見たら分かる。

 

だから見る。今度は目の前の蝶を。シンリンチョウと呼ばれる其れを。見て、見て、そして気が付いた。

 

とても弱いと。いや、分かっていた。だが心の片隅で、あれは自分にはどうしようもない化物だと、そう思っていた部分が在った。だから、必死に避ける事しか出来なかった。

 

だが、如何だ?

 

実際は、当たっても居ないのに。杖を振り回すだけで近づいてこようとしないでは無いか。いや、いいや。それだけでは無いだろうレフィーヤ。

 

思い出して見ればどうだ。奴の攻撃、突進は如何だった?

 

当たった其れは、痛かった。痛かったが、何だ当然の事じゃ無いか。そう、攻撃が当たって痛いのは当然の事だ。

 

敵は恐ろしい、死ぬは怖い、痛いのは嫌だ。

 

けれど、嗚呼けれど。だからこそ単純な事だった。レフィーヤが恐れていたのは、目の前の敵では無かったという事だ。 

 

震える理由は在る。恐れる理由は在る。

 

だが。

 

止まる理由は無い。挑まぬ理由も無く。

 

何よりも。

 

 

打倒できないと決めつける理由も―――――――――在りはしない!!

 

 

 

杖を振るう。力は駆け抜け、刻まれた印を煌かせる。何かが抜けるような疲労感が蝕む、しかし、だから何だというのか。 

 

廻せ、廻せ。印を示せ。輝けるそれは、爆炎を示すモノ!

 

何かを感じ取った蝶は慌てたように突進を繰り出す。しかし、遅い。遅すぎる。何故ならば既に示された。ならば後は解き放つだけなのだから!!!!

 

 

「はあぁああああああああああああああああああ―――――――――――――ッ!!!」

 

 

巻き起こるは爆炎。蝶に、シンリンチョウに防ぐ術など無く、欠片も残さず爆ぜ消えて。

 

そして、そして―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

爆炎は……迷宮の壁を、完膚無きまでに破壊した。

 

 



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第九話

「申し訳ありませんでした!!!!」

 

冒険者ギルドに響き渡る謝罪の言葉。何事かと、居合わせた冒険者が視線を向けると。

 

其処に在ったのは、平身低頭。全てを投げ出し、相手に身を委ねる覚悟を思わせる姿。おぉ、其れは正しく彼の果て、極東に伝わるという黄金の型。

 

即ち土下座をしているレフィーヤの姿だった。

 

如何でも良い事だが、彼女は土下座と言う存在を知りはしない。にも拘らず其れを行って見せた事に、ある意味で才能を感じさせる。本当に要らない才能だが。

 

「う。…むぅ」

 

さて、その土下座をされている人物であるギルド長。彼は現在大変困っていた。

 

それはそうだろう。何せ、迷宮に向かった冒険者が、帰って来たと同時にその様な事を行ってきたのだから。流石に、状況が呑み込めない。視線を、彼女と同行したローウェンへと向ける。

 

「なに、唯単にウィリディスが張り切り過ぎて迷宮の人工壁を壊してしまった、それだけの事だ」

「何?」

「本当だぞ?。まぁ、そんな行動に出た理由ならあれだ。ぶっ壊した直後に其れの存在と意味を教えたから…あれだな、責任でも感じてるんだろう」

「そういう事か」

 

視線が、再びレフィーヤへと向かう。それを感じて、レフィーヤは静かに震えた。完全にやらかしてしまった。確実に怒られる様な事をしてしまった。他人なら笑い話で済む。関係ない冒険者なら、人工壁の役割を考えれば、少し警戒すれば問題ないだろう。しかし、レフィーヤは当事者である。はっきり言って怒られるで済む話では無いだろう。

 

しかし。

 

「そう、気に病む事は無い。君は悪くないのだからな」

 

意外な程、ギルド長は優しくレフィーヤに語りかけた。驚いた様に顔を上げてみれば。言葉と同じ様に、優し気に笑みを浮かべていた。如何してなのかと、彼女は疑問に思い。それに答える様にローウェンは口にした。

 

「ギルド長の言う通りだな。ウィリディス、お前は悪くないぞ? というか悪いと言えるの耐えられずに壊れた人工壁と……こいつだな」

「正直に言わせて貰おう、私は何故縛られえているのだ?」

 

疑問の言葉を口にしたのは、レフィーヤにルーンマスターとしての基本的な知識と技術を授け、そして現在簀巻き状態でローウェンに座られているホロンだった。いや、寧ろ何で彼がと疑問に思うのだが。色々な意味で。

 

「いやねぇ、何故かさぁ、ウィリディスの持ってた杖がさぁ、爆炎の印術を放ちやすい様にカスタムされてたんだよねぇ」

「…………あッ」

「いやほんとさぁ!! なんでだろうなぁ?! なんでルーンマスターに成ったばかりのウィリディスがそんな一点物もってんだろなぁ?! ……で、何か言う事は?」

「いや、その・・・・あれだ、短い間とは言え、おしえごで在る事に変わり無い訳で? その、師としてそのぉ、何も与えないのも如何なのかと思った訳で。あのー、それでふと、初心者ならば彼女は杖を持っていないという事に思い至った訳で……だから、な?」

「持ってたのを譲ったと」

「そうなる」

「……成程、ギルド長?」

 

 

「吊るせ」

「うっす」

 

ホロンを引きずる様にローウェンは連れて行く……吊るしに。当然の様に抵抗する訳で。

 

「ちょっと待とうか?! まだ話し合いができると思うのだ・・・・おい、何故カースメーカーを集めている。流石にそれは可笑しいだろう?!いや、待て、待ってくれ!!吊るすならせめて普通に吊るしてくれ頼む!!いや、止め、や、やめろぉぉぉおおおおおお―――――――――ッ!!」

 

まぁ、これまた当然…無駄なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

暫くすると、やり遂げたぜ!と、顔に書かれている様に見える程いい笑顔を浮かべたローウェンが戻ってきた。心の底から清々しそうであった。

 

「さて、悪は去ったとして……如何しようかウィリディスの事」

「そうだな」

 

如何しようとはどういう事だ?!

 

まさか自身も吊るされるのか、やはり許されていなかったのかと戦々恐々のレフィーヤ。しかし、その様子に少し可笑し気に笑みを浮かべながらローウェンが否定する。

 

「いや、違う違う。お前が考えて居る様な事では無いぞ。冒険者としてのお前を如何しようかって話だよ」

「うむ」

「え? 冒険者としてって、それって如何いう?」

「あぁー…冒険者は大体が数人で組んで行動するのが定番だ。で、如何しようかって成ったのはだ。杖の事とか、そう言うのを置いといたとしてもお前の放った印術が強い事が問題なんだよ」

「……はい?」

 

強いのが問題? それは如何いう事なのか。問い掛けようとして、気が付く。火力が強すぎて出て来る問題。それに覚えがあるからだ。

 

「…誤射?」

「そう。と言っても、それなりの腕が在る冒険者なら余裕で避けられるから問題ないんだが。当然ながらそのそれなりに腕の在る冒険者と言うのは多い訳じゃ無いからなー」

「まぁ、其れに関しては問題と言える様な物では無い。全て解決する術が既に用意されてるからな」

 

と、断言して見せるギルド長。それは如何いう事なのかとギルド長を見ると、彼はローウェンの事を見ていた。

 

「と言う訳だ。頼めるかローウェン」

「良いよ! 元から其の積りだったしな」

「やはりか」

「はぁ?!」

 

変な声出してばかりだなぁ、そうレフィーヤは思って。いやいやそうでは無いと正気に戻る。元から其の積りだったとは、いったい。

 

「えっと?」

「詰り、あれだ。お前の事を冒険者に誘ったのはギルド……仲間に誘おうと思ってたから、って事だ」

「最初から?」

「正確には色々問い掛けられた辺りからだな」

「……何でですか?」

 

分からない、何故その様な事を?

 

ローウェンは、楽し気に笑みを浮かべ。

 

「面白そうだったし!!」

「そんな理由?!」

 

それだけ、其れだけなのかと困惑を通り越して混乱するレフィーヤに。さらに笑みを深める。

 

「いや、だってな? お前は訳も分からず、訳も分からない状況に陥っている! そしてそれを解き明かすと決めただろう? だというのに興味を持たなかったら冒険者として間違っているだろう。ぜひとも関わりたいとな!!」

「そ、れは」 

 

「まぁ、正直言っていい加減仲間でも作らないと厳しくなってきたからというのもあるんだがな。主に金銭面で」

 

大抵の事は出来るんだがなぁ、金さえあればと呟く姿に。その瞬間彼女は思う。だから世知辛い話は止めてくれと!! しかし、言った事に嘘はないだろう。面白そうだからと助けて、その上で仲間に誘ったというのは。

 

「と言う訳でぜひとも俺の仲間に成って欲しい。そして冒険を、謎解きを楽しもうじゃないか。そう存分にな!!」

 

言って手を差し伸べる。これは、其の積りが在るならば取れ。そう言う事なのだろう。

 

「……もし、嫌だと拒否したらどうしますか?」

 

ふと浮かんだ疑問を口にする。

 

「ん? あー、それはそれで構わんぞ?選ぶのは自由だしな。尤も、ギルド長に頼まれたからな、最低限の面倒は見るが」

 

何でも無いかのように口にする。選ぶ権利を与えられたレフィーヤは。

 

「まぁ拒否されたら宿代とか治療費だとかを請求するがな……利子込々で」

「よろしくお願いします!!!」

「よろしくぅッ!!!」

 

パァン、っと景気よく音が響く程勢いよく彼の手を取ったレフィーヤ。別に脅しの様な言葉に屈した訳では無い。断じてない。ただちょっと、金銭が絡んだ瞬間のローウェンの目が怖いと思っただけだった。 



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第十話

「――――――疲れた」

 

旅籠かすみ屋に在るローウェンが借りた一室。其処に敷かれていた布団に倒れ込んだレフィーヤの一言。その言葉の通り、体は疲れを此れでもかと蓄積していた。

 

仲間に成らないかと誘われて、それに頷いた後の事。

 

「じゃ他にも仲間候補を探すか!!」

 

そう言ったローウェンに冒険者ギルド内だけでは無く、町中を引きずり回される様に連れて歩かされたからだ。尤も、自身の案内も兼ねているのだろうと何と無くだが思ってはいたが。そうで無ければ施設に関しての説明など挟まないだろう。

 

関係無い事だが無残な状態で吊るされた白目を剥くホロンの様なボロ雑巾が見えた気がしたがレフィーヤは華麗にスルーした。

 

ふと、目に映った手に意識を向ける。何気なく拳を作り力を籠める。震える拳を見て、ふっと力を抜いて。溜息を一つ。

 

寝返りを打って天井を見て、今度は天井に向けて手を伸ばし開いて閉じてと繰り返す。少しすれば、伸ばしてられ無い程の疲労を彼女は感じ、疲れに逆らう事無く下ろす。別に鍛える為に行っていた訳では無いからそれでも構わない。ではなぜその様な事を行ったかと言えば・・・確認の為。

 

ずっと、ずっと。異常としか言えない状況の中で色々と流されながらも、出来る限り考えない様にしていた事。ふいに過るそれが本当は如何なのか確認する為の行い。

 

いいや、確認するまでも無く。

 

考えない様にしていただけでレフィーヤはそうなのだろうと確信していた。して、しまっていた。疑問として在ったのは、最初、そう本当に最初の時だけだ。気が付けば不思議の迷宮に居て、そしてシンリンチョウに突き飛ばされた時だけ。それ以来は、彼女はずっと分かっていた。唯、認めたくなかっただけで。

 

けれど、否定できる要素が無かった。なのに、そうなのだと見せつける様に肯定する要素が現れる。もう、認めるしかないのだ。

 

「……あぁ、やっぱり」

 

 

レフィーヤ・ウィリディスは……神の恩恵を失ったのだと。

 

 

 

神の恩恵、其れは彼女が居た場所で冒険者を名乗るのに必須の物で在り、其れを与えられて無いものは如何叫ぼうが否と切り捨てられるモノ。理由は、恩恵の在る無しでは、強さが天と地ほど違うからだ。どれだけ鍛えた者だろうと、恩恵を与えられたばかりの少年よりも弱い等と云う事に成立する程だ。そんな、人生を左右するだろう恩恵を失ったレフィーヤは。

 

しかし、自身も意外な程冷静に、そしてすんなりと受け入れていた。はてと、疑問に思う程だ。どうしてだろうかと、彼女は考える。思い至る事が、一つ。

 

恩恵が失われている事を察しながら、最初に何も出来ずに吹き飛ばされてしまったシンリンチョウに勝ててしまった。理由としては、其れだろう。

 

詰りは、恩恵が失っては如何しようも出来ないと思っている傍らで、如何にかなるかもしれないと思ったからこそ。その割にすんなりと受け入れられたのだろうと。

 

「―――――――――ふふ」

 

笑みがこぼれた。そう勝てた、勝てたのだと改めて実感する。倒して直ぐは、いや、それからしばらくは大切な役割がある壁を壊してしまった事への責任感から、あまり考えていなかったが。勝てたのだ。

 

恩恵を失って唯の人と言える状態で。改めて考えると無謀だったかもしれないと頭の片隅で思うが。そうでも無いのだろう。何せ、此処の冒険者たちは、其れを平然と行っているのだから。寧ろ、もっと強い敵、モンスターと戦っているのだろう。あのシンリンチョウが一番強い等と言う事はあるまいし。

 

シンリンチョウは、きっと自身の知るモンスターで例えればゴブリンなのだろう。下から数えた方が早い位だろうそれ。

 

けれど彼女は勝てた事が嬉しかった。そう思って、そこでちゃんと理解した気がした。

 

すんなりと受け入れられたのは勝てたから、如何にか出来るかもしれない思ったでは、正しくはなかった。勝てたから、如何にか出来るのだと、自信が付いた。

 

恩恵が無くても進んで行けると。

 

きっとこれが、正しいのだろう。要は、自信が付いたという事だ。恩恵が無くても進んで行けると思っている等と憧れのあの人や、頼れる仲間たちが聞いたら、笑うだろうか。いやきっと、喜んでくれるだろう、寧ろ憧れの人なら食いつく様に如何したらと問い掛けてきそうだと。そう思ってしまうのは単純だろうかと思った。

 

いや、いいや。単純なのはレフィーヤでは無く自信のつけ方の方だろう。時間の長さなど関係ない。行動して、成し遂げる。それだけでいいのだから。だから、自分は別に簡単な思考回路をしていないのだと思う事にしたレフィーヤは満足げに頷いた。

 

嗚呼、瞼が酷く重い。疲れからの眠気に耐えるのも限界と言う事だろう。まだ、考えたい事は彼女には在ったが。しかし、眠気に逆らう事無く瞼を閉じた。

 

「お休みなさい」

 

誰に対して口にした言葉だろうか。それはあこがれの人か、それとも……一人の冒険者に向けてか。何方もこの場には居ないのだったと、小さく微笑んだ。

 

 

レフィーヤは願う。次の目覚めが見慣れた自室で在る事を。 

 

しかし同時に、此の侭新しい朝を迎える事にほんの少しだけ期待しながら、彼女は眠りに落ちた。



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第十一話

目が覚める。レフィーヤの瞳に映り込んだのは寝る前に見た天井に。当然それは、見慣れた自室のそれでは無い。

 

夢では無かった、或は戻っていなかった事に落胆し、けれど少しだけ嬉しく思ってしまって。

 

「おぉおおおおおおはようウィリディス!!いや、いいや違うか!!お前と俺は既に、共に道を歩む仲間。なら、此処は一つ名前呼びの方が良いかな!!と言う訳でだ、改めておはようレフィーヤ!!清々しい朝だ!!みろ、鳥も気持ち良さそうに飛んでいるぞ!!」

 

そう言ったモノを全て、一切合切、余す事無くローウェンに吹っ飛ばされたのであった。

 

「……おはようございます。其れで、何か用ですか?」

「仲間に会いに来るのに理由は要らない! というのは冗談でだ。服を届けにきた」

「服?」

「そう服。ルーンマスターの服だ……あぁ、そう言えば良い忘れてたか。冒険者は一目で見分けられる様に、服が職業別で大体統一されているんだよ。因みに大体って言うのはあれだ、防具とかそういったの関係だな。と言う訳で届けたから。じゃ、冒険者ギルドで待ってるから!!」

 

言って、服を置いて部屋から出て行くローウェン。嵐の様だと思ったレフィーヤは間違っていない。

 

少し唖然とした様子だったが、気を取り直すレフィーヤ。ローウェンの置いて行った服を手に取って見る。

 

見た目は、確かにホロンの着ていた其れとよく似ている。いや、さっきの言葉から考えれば、女性用であるか男性用であるか程度の違いしかないのだろう。性能面は、恐らくこちらの方が劣っているだろうが。初心者にそんな高性能の物を渡したりはしないだろう、昨日酷い目に在ったばかりであるし。まぁ、可愛いデザインで良かったとレフィーヤは思った。

 

尤も、着てみたらとんでもなく暑くて直ぐに脱ぎたくなったのだが。

 

 

 

 

レフィーヤは消耗していた。

 

それはもう、死ぬ間際で在った。息が荒く、汗も止まらない。どんどんと体力を奪われていく感覚に、しかし何もすることが出来ず。唯、唯、黙々と歩き続けて。其処に辿り着く。

 

見覚えのある姿が二つ。嗚呼、ローウェンとギルド長だ。二人は彼女に気が付いた。何か、驚いたような表情を浮かべているが、関係ない。今、レフィーヤが口にすべき言葉は一つだけだ。

 

「水……下さい」

「レフィーヤが死に掛けてる?!」

 

その暑さは命に到るものだった。

 

 

其の後、ぐったりしながら水を飲んでいる彼女を見かけた通りすがりの女性ルーンマスターが火球と氷槍の印術を応用した温度調整を服に施してくれた為、地獄のような暑さから解き放たれた。思わず女神と崇めそうになったが間違っていないだろう。若しもオラリオだったならば改宗待ったなしだろう。

 

「いやぁ、すまん。ルーンマスターの奴らは大体平気な顔してるから思い至らなかった。普通に考えれば暑いよなその格好」

 

と、申し訳なさそうに頭を下げて謝罪するローウェン。基本的に人は良いのだろうか。テンションが高かったり金が関わたたりしなければ。

 

「いえ、気にしてませんから。いやまぁ、死ぬかとは思いましたけど。此れも経験だと思う事にしますので」

「そう言ってくれると助かるな」

 

そう、ローウェンに言いながらもレフィーヤは思った。でも経験を活かす機会は出来れば無いと嬉しいなぁ、と。仕方ない事だ。死にそうな程暑いのは、誰だって嫌だろう。

 

「あぁ……さて、色々あったが。本題だ。まぁ、やる事は昨日と同じで仲間候補を探す事…なんだが」

「だがって、どうしたんですか?」

「なんかまたギルド長に頼まれた」

 

言いながら、横目でギルド長を見るローウェン。つられる様に彼女も視線を向ける。先程の彼と同じ様に若干申し訳無い様な表情を浮かべていた。如何したというのか? 首を傾げて、そう言えば朧げに先程二人が何かを話しているのが見えた様な気がと思う。本当におぼろげであるが、死にかけてたから仕方が無い。

 

「すまない」

「いや別に謝る様な事じゃ無いだろう? 唯単に俺達に冒険者の紹介しただけなんだから」

「紹介?」

「そう、なんか来たら行き成り声掛けられてな。もし良かったらって言われたんだよ。まぁ、その紹介された奴はまだ来てないらしいが」

「それは…確かに、謝る様な事では無いです、よね?」

「間違いなくな」

 

なら、何故謝罪したのか。若しかして、問題児と言える様な人物なのだろうか?と、そう疑問に思うと、察したのかギルド長は口を開いて、否定した。

 

「いや、問題があると言う訳では無い。性格、技量、共に問題ないと言えるパラディンの男性だ」

「なら、尚の事なんで謝ったし」

 

レフィーヤも頷く。寧ろ、優良と言えるのでは?と、其処まで思ってふと気が付く。性格と技量に問題ない。なら、後問題に成る様なものといえば。

 

「その……とてもすごいぞ?」

 

主にキャラが。

 

 

 

 

 

 

 

暫くすると、それは現れた。

 

「あらギルド長。この二人があたしのお仲間かしら? もぉおおおおお!! 嫌に成るくらい素敵じゃないの?! 可愛らしい女の子にカッコいい男! もうギルド長ったらあたしの事興奮させまくって殺す気なのかしら?!!!!!?」

 

「確かに凄いな」

「凄いですね」

 

主にキャラが。

 



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第十二話

「あら失礼、自己紹介がまだだったわね。あたしはコバックって言うの。職業は見て分かるだろうけどパラディンよ。腕前に関しては幾ら口で言おうと見てもらうまでは判断できないでしょうから置いて置くわね。けど、あたしを仲間にした事を後悔なんてさせないから大丈夫よ。ちゃんと信頼してね?」

 

言葉に詰まるレフィーヤ、普通の自己紹介。しかし、最初の衝撃が凄すぎたのか。その事にとても違和感を感じて。

 

「あ、興味ないかも知れないけど、趣味は筋トレよ」

「男らしい趣味ですね」

 

言ってハッとする。言ってはいけない事を言ってしまったような感覚だ。若しかして、怒らせてしまったかと視線を向けると。

 

「? 筋トレに男らしいとかってあるのかしら?」

 

首を傾げていた。呟いてる事も尤もである。筋トレに差別など必要無いのだから!!

 

しかし、何かおかしいと感じたレフィーヤ。なんか思ってた反応と違うというか。横目でローウェンを見る。彼はどの様な反応を示しているのか。彼も首を傾げていた。何故彼まで首を傾げているのか、気に成った彼女は問い掛ける。

 

「如何したんですか?」

「いや、ギルド長が頼むほどの奴か?って思ってな」

「そうだと私は思いますよ?」

 

色々と違和感は在れど。キャラ濃いし。反応に困るし。しかしローウェンは何でも無いかのように言った。

 

「でも別に問題ないよな?」

「いや……いや、無いですけど。あれ?」

 

首を傾げる。確かに、その通りだ。よくよく考えれば、驚いてたせいかおかしく感じていたけれど別に自己紹介が変と言う訳では無かった。寧ろ普通、其れよりも確固たる自信を垣間見れる物だった。付け足される様に言われた趣味に関してもそうだ。筋トレ悪くない。では、何故?

 

「あら、なんで二人して首を傾げてるのかしら?」

「いやちょっとな。所で何でギルド長が紹介するなんて事に成ったんだ? そうある事じゃないだろう」

「それがあたしも分からないのよ。いえ、嬉しいは嬉しいのだけれどね? あぁ、そう言えば」

「なんだ?」

「良いわよねぇギルド長」

 

危ぶまれてるのでは其れは?

 

うっとりとした表情を浮かべるコバック。しかし、又も違和感。何か、違う。一体何がと、其処でふと気が付く。あの視線を何か既知感がある。そう・・・・よくあのような視線を。そこで気が付いた。

 

「あの、良いというのは如何いう風に?」

「如何いうって、そうね。渋くてすてきじゃない? 男からしても素敵な大人って感じでしょう? あたしもあんな風に渋く年を取りたいものだわぁ」

「あぁ……成程そう言う事か」

 

理解した様にローウェンは呟く。そして、レフィーヤもまた理解していた。ギルド長が言っていた通りだ。性格に問題は無いだろう。しっかりと自己紹介しているのだから、酷い者ならそんなことしない。技量に関しては、コバックの言う通り見てみない事には分からないだろうが、しかし自信があるのもまた言葉通りなのだろう。では、何が問題なのか。それは。

 

とても勘違いされやすいという事だ。

 

「いやでも仕方ないと言えなくも無いよな」

 

言葉足らずの部分が在り。それ以前に口調からしてある程度は関わらなければ確実に勘違いする事だろう。主に、心が乙女な感じの人と。コバックはそう言う訳では無い様だが。

 

「関係無い事訊くが、好みはどんな感じだ?」

「食べ物のって意味なら辛いの全般ね。異性のって意味なら年上が良いわね、知的で自分にも他人にも厳しくて、けど気を許せる相手にはとことん甘えちゃう様な女性とかだったら最高ね」

 

まぁ、普通の男性だねと。そう思いながらレフィーヤは思考を少しずらして聞かなかった事にした。色々言う所なのだろうが、彼女自身色々と疲れてしまっていて如何でも良くなり始めていた。しかし、男性にとってあれは普通なのだろうか?

 

如何でも良い事かと頭からその疑問を振り払った。

 

「そうかぁ……うん。まぁ、取り敢えず面白そうだし歓迎しようコバックよ!! あ、言い忘れてた、俺はローウェンと言う。見たら分かるだろうが職業はガンナーだ。っで、こっちのが」

「あ、レフィーヤ・ウィリディスです」

「これまた見て分かる通りルーンマスターだ。尤も、レフィーヤはまだ初心者だがな。戦闘時にはそこら辺を留意してくれ」

「あらそうなの。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 

差し出された手を握る。ここら辺も麻痺してるなぁ、なんて思うレフィーヤだった。

 

「じゃあ、ギルド長に報告するか」

「あ、其の前に聞きたいのだけれど。貴方達は何処を拠点にしているのかしら? 仲間なら余り離れて居ると不便でしょうし、何らならあたし場所移すわよ?」

「む、其処までは。と言いたいが間違ってもいないな。今はかすみ屋で部屋を借りているから……あぁ、そうだ。俺と同じ部屋の方が色々と楽かもな」

「あらそう? でも……そうね。部屋を新しく一つ借りるよりは金銭的にはその方が良いかしらねぇ。でも貴方は良いの?」

「金は超大事だから全然構わん、そこそこ広いしな。じゃあそう言う事で、取り敢えず荷物を運ぶだけにとどめて置いてくれ。戻ったらちゃんとその辺の話をするから」

「よろしくお願いするわ」

「あの……私、一部屋丸々借りてもらってるんですけど」

「そこは良いんだよ。正直、お前が寝起きしてる場所は其処まで良い部屋では無いからな。其処まで金が掛かってる訳じゃ無いから気にするな」

「良い部屋じゃなかったんだ」

 

あんなに居心地が良いのにと零せば。ローウェンは肩を竦めた。

 

「あの部屋、出入り口から遠いだろう? 何も持ってない状態なら兎も角、ちゃんと準備してとか、或は複数で移動って場合だと少し不便でな。冒険者には不人気なんだよ」

「成程」

 

立地的な意味で良いとは言えないという事か。それは、確かに在るだろう。出入り口から遠いとなると、武器やら鎧やらなどと言ったモノを考えれば、かなり大変だろう。と、ふとローウェンはどの様な部屋を借りているのだろうかとレフィーヤは思った、ので。

 

「ローウェンさんはどんな部屋借りてるんですか?」

「呼び捨てで良いぞ?あと、部屋に関してはそこそこのだな。ガンナーは他の職業と違って色々と物が必要だから置いとく為の物置部屋付きの広めの部屋」

「へぇー」

「まぁ、それもガンナーの金が掛かる所なんだよなぁ」

「結構良さそうな部屋ね。けど、尚の事本当に良いのかしら、あたし、結構場所取るわよ?」

「良いって言ってるだろう? 何度も言わせるな」

「あら、ごめんなさい」

「別に気にしていないよ。っと、取り敢えずの話はこの辺で良いだろう」

 

軽く手を鳴らして、そして広げる。

 

「じゃあ改めて言って於くか。よろしくコバック」

 

彼はとても楽し気に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば如何してそんな口調なんだ?」

「喋り易いからだけど?」

「え? 其れだけなんですか」

「其れ以外何が在るのよ?」

 

色々ある気がすると思ったレフィーヤは間違っていない。



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第十三話

コバックを受け入れるとギルド長に伝え、サラリと手続きを済ませる。それを確認したコバックは荷物を取りに行くと言って冒険者ギルドから出て行った。次に会うのは、かすみ屋でだろう。きっと今夜あたりだ。

 

「改めて言おう、すまないな」

「いやだから謝る様な事じゃ無いから。まぁ、面食らったのは確かだけど」

「それでもだ」

「あっそう。しかしあいつ凄いな。ああ云うのを天然って言うのかね?」

「かも知れませんね」

 

ローウェンの呟きにレフィーヤは同意する様に頷いた。まぁ、何と無く違うような気もするが、間違ってはいないだろう。多分としか言いようが無いが。

 

「そう言えば、なんで紹介したんですか?」

「そりゃあ、勘違いされるからだろう」

「でもそれだけですよね?」

「いや、まぁ大袈裟な類の勘違いをする様な事は無いがな。仲間として行動知れば直ぐに消える類いの物だし。だが、勘違いが無くなる前に、それが思わぬ落とし穴に成るって場合は割と多いんだよ」

「そ…れは」

 

否定できない。冒険とは、命を懸けるもの。どんな些細な事が命に到る傷に繋がるのか分からない。だから、その要因に成り得る物は少ない方が良い。そういう例え気にする様な事で無いと思えるような勘違いでもだ。それが無い様に、ギルド長はローウェンに、或はコバックにローウェンを紹介したのだろう。というか、任せられる程凄い人物なのかと思ってしまったレフィーヤで在った。

 

と、ふとした疑問。なら本当に何故、ギルド長は謝っているのだろうかと。視線をローウェンに向ける。何だと言いたげに少し首を傾げて、納得した様に頷いた。

 

「紹介した、という事が申し訳ないと思ってるんだろ。ギルド長として冒険者に、其々のギルドに過剰に関わる様な行いをしてしまったってな。まぁ、何回も同じような事してるんだけどなこの人は」

 

それは、詰りギルド長がとてもいい人と言う事なのだろうか?

 

改めて、ギルド長に視線を向けると、少し気恥しそうに頬を掻いていた。その姿にちょっと不思議な感情が芽生えるのを気がした。ああ、そうか此れが神の言っていた萌えと言う感情か?!

 

少しだけ大人になった気がしたレフィーヤであった。もちろん、駄目な方であるとは自覚しているが。

 

「まぁ、ギルド長は何時も通りって事で。さてと、パーティー的に考えて。取り敢えずあと一人は欲しいな。出来れば、治療ができるメディック……だと、後衛が三人に成るから止めておいた方が、いや回復に集中できる奴がいないのは其れこそ拙いか。ならやっぱりメディック。次点で万能なフーライって所か」

 

呟く様に、ローウェンから言葉が零れる。他にも仲間を探す様だ。メディックに、フーライ。確か、メディックは医術師でフーライは・・・何だったかと思い出そうとするレフィーヤ。そう、そうたしか。個人で冒険する様な人物に向いている、とかなんとか説明された様な気がする。街を歩き回りながらの説明だったから、というのは言い訳だろうかと彼女は思った。覚えられる人ならそれで充分なのだろうから。

 

と、気合を入れ直してからローウェンを横目で見る。まだ、唸りながら悩んでいた。

 

「ふむ、補助ならばダンサー、というのも良いのではないか?」

「ダンサー、ダンサーか。確かに、ピッタリではあるんだがなぁ」

「何か問題でもあるのか?」

「いや単純に、メディックとフーライなら腕の良い知り合いがいてな」

「成程、確かに其れならば其方の方が良いと思うのは当然か」

「でも、迷宮に挑むとなると四人が限界だしなぁ、って悩んでる」

 

四人が限界? それは如何いう事だろうかと疑問に思い、直ぐに思い至った。レフィーヤが昨日挑んだ不思議の迷宮。其処はお世辞にも広いとは言い難かった。通路は二人同時に通ろうとすれば、余程小さく無ければつっかえてしまいそうだった。さらに部屋の様な場所も、広いと言えば広いが戦闘をする事を考えると狭いとしか言いようが無い。

 

パーティーで迷宮に挑む際、互いに邪魔に成らないようにする為に。同時に行けるのは四人が限界と言う事だろう。大人数で戦う為の場所を整えたなら話は別だろうが。

 

「あぁ、なんかもう悩むのがしんどくなってきたな。先に出くわした方を勧誘するか」

「其れで良いのか?」

「いや、ぶっちゃけ何方を選んでも問題ないしな。後はもう時の運と言う事で」

「…まぁ、其れも大事なのかもしれないが」

「と言う訳でどっちかこいやぁ!!」

 

其れで良いのか、いいや良いのか。唯単に縁と運を頼りにしているだけなのだから。ローウェンがどちらが入っても構わないというならば、大丈夫なのだろう……多分。それよりも問題なのは彼の言った二人の内、先に在った方を勧誘すると言った。しかし何時であるか分からない。なのにローウェンは待つ積りで居る様で。運が悪ければ、とんでもなく時間が掛かってしまうのでは?

 

「あ、来た」

「えぇ?!」

 

如何やら相当運が良い様だ。思わず驚きの声を上げてしまったレフィーヤは。しかし、反射的にどの様な人物なのか確認しようと、ローウェンの視線の先を見て。

 

其処には居た人は、ゆっくりと誰かを探す様な仕草をしながら歩いていた。ローウェンがその人物に向かって歩いて行くのを見ながら。似ていると、レフィーヤは思った。

 

そう似ていたのだ。レフィーヤの所属していたファミリアと呼ばれる組織の、団長に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身長的な意味で。



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第十四話

「と言う訳で、ギルド設立を祝って酒飲むかッ!!」

「イィエエエエエエエエエエエアァアアアアアアアッ!!」

「お酒、其れはあたしを惑わす魅惑の飲料。勿論飲むわよ!!」

「なんですかこのテンション?」

 

夜、かすみ屋の一室。ローウェンが借りて寝泊まりしている部屋に、彼等は集まっていた。酒を持って。

 

「何故かって? 酒を飲むからだよ!!」

「ホオォオオオオオオオオオオオ……ホッホォォオオオオオオ!!」

「レフィーヤちゃん、お酒を飲むときはね、取り繕っちゃ駄目なのよ。全てを曝け出すのよ!!」

 

そう言われても、と思いながら見る。

ローウェンは酒の注がれたグラスを傾けてゆっくりと飲んでいる……何故か逆立ちししながら。

コバックを見る。彼もグラスに注がれた其れを、飲んでいる……何故かグラスの底の部分をかち割って。 

そして最後の一人、先程から奇声を上げながら、しかし飲み方だけはいたって普通な男性。

 

メディックの……ハインリヒと名乗った人物。

 

やっぱり似ている、いやそう言えるのは身長だけなのだが。それにしたって、若干彼の方が低い様に思える。しかし、立派な成人なのだとか。それを聞いてレフィーヤは益々似ていると思った。団長、いや彼の種族、パルゥムに。 

 

と、見られている事に気が付いたハインリヒ。ふっと、笑みを浮かべて。

 

「何だい? 僕に一目惚れでもしたのかい?」

 

白い歯では無く眼鏡を煌かせながらそう言った。

 

「え、酔いが回りましたか?」

「おいおい、ハインリヒ。お前寝るの早過ぎじゃね?」

「あら彼寝てるの? 布団用意しなきゃ」

 

「ぼろクソだね! あとローウェンが言ったのはそういう意味じゃ無いから布団出そうとしないで。僕まだ酒飲みたいよ」

 

あらそうなの? と、言いながら布団を戻すコバック。大丈夫なのだろうか彼は。

 

「まぁ、冗談は置いといて」

「寝言な」

「五月蠅いわい。君が僕の事を見てしまうのは仕方ない事だ。あ、自惚れとか勘違いだとかそう言うのは言わなくていいから。まさかこんな所でブラニー族を見る事に成るとはって君は思ったんだろう? 実際、僕も驚いたから。まさか、アルカディア以外でルナリア族を見るとは思わなかったから」

 

ハインリヒから零れる言葉。ブラニー、ルナリア、そしてアルカディア。それも、聞いた事の無い言葉だった。それを聞き、彼女は思う。

 

「えッ……レフィーヤ、お前ルナリアだったのか?!」

 

何故ローウェンが驚いているのかと。え、此処って彼女自身が驚いて落胆成り、何かしらの変化が出る所じゃないのかとレフィーヤ自身、何を考えているのだと片隅で思いつつも、しかし何で驚いているのかが気に成り過ぎた。

 

「何で驚いてるんですか」

「というかローウェン。君、ルナリアを……いや、若しかしてアルカディア独特の種族に関して知っているのか?」

「あぁ、知ってる……し、ってる? まぁ知ってる。あと、セリアンって何か動物みたいな耳してる奴等が居るんだろう? あ、あとアースランだっけ?」

「やっぱり知ってたのか。けど、なら尚更なんで驚いたんだい? 彼女の事、知ってたんだろう?」

「いやまぁ、うん。耳に関してはちょっと違うなぁとか思ってたけども、それもまぁ、レフィーヤの不思議の一つなのかなぁって、思っててな。しかし、そうかぁ、ルナリアだったかぁ……あぁー、そう言う事かぁ」

 

何故か、顔を手で覆って納得したかの様に呟く。一人で納得されても全く分からない。如何いう事なのか説明してもらう為に、口を開こうとして。だが、ローウェンが先に言葉にする。

 

「いやな。そのアルカディアについて色々と教えてくれた奴がいてな。あ、冒険者ギルドで言ったフーライの知合いな? っで、そいつの種族関係の説明が……何というかあれだったんだよ」

「あれ?というのは。まさか全く見当違いな事を教えられていたと?」

「いや、間違ってはいないぞ。だって、あいつはルナリア族の特徴は」

 

 

『とんがってるでござるよ』

 

 

「って言ってたしな」

「ちょっと待って下さい」

「と、とん……え? とんがってる?」

「……あぁ、耳の事言ってるのね」

 

耳、確かに……とんがっている。確かに、特徴と言えば一番の特徴だろう。しかしなんか違う。あとござるって何だ!?

 

「……因みに、他のに関しては何て?」

「他か? そうだなセリアンはもふもふで、ブラニーは丸いって言ってたな」

「まる?! 丸い、か。何だろう、いや確かに、若干丸みを帯びては要るけども……チビって言われた時よりショックなんだが」

 

丸いか、そうかぁ。そう何度も呟くハインリヒ。確かに、レフィーヤから見ても、若干丸みを帯びている、子供的な物だが。そして、それを口にする事無く心の奥に仕舞い込んだ。

 

微妙な空気が漂う中、彼は静かに酒を口にする。

 

 

 

 

 

そして。

 

「黄昏の時に天より堕ちる熾天使の嘲笑……なんてどうだろうか?!」

「いえ、此処はもっとこう人々を引き付けてやまない感じに。詰り、アイズさん見つめ隊以外ありません!!」

「ボーイミーツガールって素敵よね」

「金が欲しい」

 

その空気が払拭された時、残ったのは混沌だった。

 

因みに、レフィーヤとハインリヒが言い合ってるのはギルド名の候補だという。当然だが後の二人の呟きは関係ない。明らかに普段ならば頭を抱える様な言葉が飛び交っている。彼等は…酔っていた。

 

「なぁああにが、熾天使ですか! そんな物よりもアイズさんの方が一兆倍は尊いですよ」

「なにおう?! 熾天使良いだろうかっこよくて、堕天使の次ぐらいい良いだろう?! というかアイズって誰だ?!」

「人類の宝でしゅ!」

「恋人がほしいは、最初は冷たくて……でも何時の間にか甘えてくれるようになる。そんな恋人が」

「なんでこんな金が無いんだろう?」

 

言い合う二人に、呟く二人。もはやこの場を如何にか出来るものは居はしない。かと、思われたのだがそうでも無い様だ。

 

ふと、何気なく辺りを見渡したローウェン。暫く続けてから、視線をレフィーヤに向けた。

 

「そろそろ、部屋に戻って寝た方が良いぞレフィーヤ」

「はぁ? いまさら何言ってるんですす?! まだアイズさんの良い所をぜーんぜんいってますんよ!!」

「いや、口調が可笑しな事に成ってるから。と言う訳で行くぞー」

「なんですか、なんでひぱてるんですか。私は子供じゃないでんよ」

「じゃあ、レフィーヤおいて来るから、適当に片づけといてくれ」

「はぁーい。いってらっしゃいね」

「熾天使…熾天使駄目か? じゃあ座天使?」

 

悩みながら呟くハインリヒを無視して、ローウェンは廊下に出て行く。レフィーヤを引きずりながら。

 

「其れでですね、アイズさんはですねぇー。かっこよくですねぇ……きいてますかぁ?」

「聞いてるよぉ、かっこよくて綺麗で強い、パーフェクト冒険者アイズの伝説ならちゃんと聞いてるぞぉ」

「聞いて無いじゃないですか!!」

「え? 何故に聞いて無い判定?」

「一番重要な、とても頑張れる人ってとここが抜けてます」

「其れ聞いて無い」

「アイズさんはですねぇ、とっても頑張る人でですね。どんどん強くなって綺麗なってかっこよくなってそれでですね」

 

 

 

 

 

 

「きっともう、ずっと遠い場所まで行っちゃってます。私が如何やっても届かない様な場所まで」

 

嗚呼、と声がレフィーヤから零れ落ちる。なにを見るでもなく視線を彷徨わせて。

 

「私は置いて行かれちゃうんです………嫌だなぁ」

 

とても、悲し気に。そしてそれ以上に寂し気に言葉にして。

 

 

 

「そいっ!!」

「キャパ?!」

 

ローウェンに物理的に気絶させられた。

 

脱力し、見事に落ちた事を確認して、やり切った様に息を吐いたローウェン。

 

「これは、大変な冒険になりそうだねぇ」

 

そう呟きながら、廊下を歩いて行った。当然、レフィーヤを引き摺りながら。

 

 



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第十五話

光が見えた。遠く、遠く、遥か彼方に。

 

手を伸ばす。届きはしない。手を伸ばす。 届きはしない。

 

多くのモノが、光に向かって行く。けれど、届かない。

 

唯一人、此処には唯一人しかない。

 

あぁ、待って。待って下さい。置いてかないで、置いてかないで。

 

光は更に彼方を目指す。遠ざかる、遠ざかっていく。

 

待って、待って。あぁ、置いてかないで。

 

私、私は貴女と。いえ、いいえ違う。わたし、わたしはあなたを。

 

 

あなたを許しはしないッ!!

 

 

 

 

『さぁ、目覚めの時間ですよレフィーヤ』

 

 

 

「――――――――――なにあの夢」

 

最悪の目覚めだった。

 

どんな夢だったのかレフィーヤは憶えていない。いないが、其れは正しく悪夢であった。なにか、そう何か大切な物を貶める様な、そんな悪夢だった気がして。あぁ、それ処では無いと思い知る。 

 

「…おぁあああっっ」

 

頭痛に吐き気。其れ即ち、二日酔いの地獄である。

 

 

 

 

「昨日言いに行くの忘れてたからマガンの所に行って報告しに行こうと思う。ギルド設立したぜってな。と言う訳で行くぞぉ!!」

「おぉ!!」

「お弁当必要かしら?」

「逆に訊くが如何して必要だと思ったし」

「え?」

「え?」

「……あ、ダーナさんが走ってる」

 

コントの様な会話を、しかしレフィーヤは一切聞いていなかった。考え事をしているからだ。それは、あの悪夢の事で。

 

「ん? 如何したのかなそんな顔を顰めて?」

「いえ、この薬何でできてるんだろうなと思っただけです」

 

では無かった。手に持つのは今まさに話しかけてきたハインリヒから譲られたモノ。二日酔いに聞く薬だと。余りにも辛かったレフィーヤは手渡された物を迷う事無く飲み干す…前にスッと不快感が失われた。余りに唐突で声も出ず、確認する様に薬を薬を見れば四分の一も減っていない薬が目に入った。

 

効きすぎて如何いうものなのか気に成ってしまうやつである。

 

「あぁ、其れに関しては深く考えない方が良いよ」

「え、なんでですか?」

 

何か、こう。とても人に言えない様な何かが入っているとか?と、そう思ってしまったレフィーヤに、ハインリヒは苦笑いしながら。

 

「いや、単純に。ブラニー族秘伝の製法で創った物だから。教えても分からないって言うのが教えない理由だよ。まぁ、君がメディックだったならそれなりに分かるだろうけどね」

 

詰り、どの様なものなのかを理解するには専門的な知識が必要になるという事だろう。それならば確かに、考えるだけ無駄だろう。

 

「そう言う事なら」

「うん。あ、でももしだけどメディック……とは言わずに薬関係に興味が出て深く知りたいと言うなら何時でも聞きに来ると言いよ。歓迎するから」

 

優し気に微笑んでハインリヒは言う。とても、いい人だとレフィーヤは思う。

 

「何をしているか二人とも、そんなにゆっくり歩いていると日が暮れてしまうぞよ?!」

「何ですかその喋り方?」

「あら日が暮れちゃうの? やっぱりお弁当必要かしら」

「いやいや、本気でそうなるとはローウェンも思ってないから。だから宿に戻ろうとしないでくれるかな?」

 

またコントを始める三人。かと思えば直ぐにローウェンが手を鳴らす。

 

「此の侭続けると本当に日が暮れそうだからさっさと行くぞ」

「はい」

「了解」

「分かったわ」

 

皆が頷くと、彼も満足げに頷いて歩きだす。

 

「あ、結局。アイズさんを見つめ隊と黄昏の時に天より堕ちる熾天使の嘲笑と、どっちをギルド名にする積りなんだ?」

「ゴベェッ!?」

「ぐあぁあああああああああああああああああああああああ?!」

「ちょっと二人とも如何したのよ?!」

 

心配する様な言葉が聞えたがそれ処では無い。痛いとかそういう領域を飛び越えて致命傷を心に叩きこむ一撃が二人を襲う。だからお願い。座天使の方が良かったかとか言わないで下さいと、レフィーヤは今にも吐血しそうなハインリヒと楽し気に笑うローウェンを見ながら思った。あと性格悪いとも。

 

 

 

ギルド名を普通の物にしてくれと頼み込みながら、歩き。程無くして目的の場所に到着する。其処を見て、はてとレフィーヤは首を傾げた。

 

「此処って、確かマガンさんの家ですよね。あの…街の代表者の。なんでここに?」

「そう言う時点で話聞いて無かったって分かるなぁ。ちゃんと、報告、って言うのは流石に硬いか? まぁ、そんな感じの事をしに行くってちゃんと言ったんだけどなぁ」

「うッ……すみません」

「良いよ気にしてないから」

「しかしここは相変わらず景色が良いよね」

 

確かにと、レフィーヤは頷いた。ハインリヒの呟きの通りだと。此処、マガンの家はとても景色が良い。特に、世界樹が良く見えるのが良い。気球艇乗り場よりもよく見えるのでは無いだろうか? と、ローウェンが何かに気が付いた。

 

「あれ、ダーナ社長が居る」

「ん? あ、本当だ。如何したのだろうか?」

「マガンと話してる……と言うには一方的な気がするが。取りあえずマガンに言う序でに如何したのか聞くか」

 

ちょっと待っててくれと言い、ローウェンは話し合う二人に近づいて行く。

 

「ダーナ社長……若しかしてダーナ直売店の?」

「そうだよ。因みに、エリザベスさんの父親だからね」

「へぇー……へぇ?!」

 

思わずダーナと言う男性を二度見する。そうなるよねとハインリヒも頷いた。しかしそれ処ではない。彼の言ったエリザベスとは、ダーナ直売店を紹介された際に知り合った女性、いや少女と言うべき人だ。容姿や恰好、立ち振る舞いなど見るからにお嬢様と言う人なのだが。もう一度、ダーナを見る。

 

はっきり言って。

 

「相変わらず似てないわよねダーナ社長とエリザベスちゃんって」

「いっ?!」

 

言っちゃったよこの人と、コバックを見る。けれどその言った本人は何故驚いているのかと首を傾げている。

 

「何で驚いてるのよ?」

「いや、似てないって言っちゃったので」

「母親に似てるなら父親の面影が薄いのも仕方が無いじゃないの?」

「あ、そういう」

 

なら最初からそう言えばよかったのではと、そう思っていると。では頼むんだなと口にして横をすり抜ける様に去って行くダーナと、三人に向かってローウェンが歩いて来るのが見えた。

 

「如何したんですか?」

「ん? あぁ、何でも第二迷宮ある採掘場に怪物が出たそうでな。其れの討伐ミッションに関して話し合いしてたんだよ」

「あら……其処にローウェンが混ざって話をしてたって事は」

 

コバックの言葉に、ローウェンは楽し気に笑みを浮かべて言った。

 

「ミッションを受けてきた。と言う訳で早急に準備をして出るぞ。ギルド・フロンティアの初めての冒険は怪物退治だ」

 

 

 

 

 

 

 

「ギルド名は普通だ…良かったッ!!」

「ありがとう…使わないでくれて本当にありがとう!!」

 

「まぁ、其れに関してはネタとして忘れた頃にこねくり回すけどな」

 

二人は膝から崩れ落ちた。



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第十六話

第二迷宮に出現した怪物を退治せよ。

 

そんなミッションを果たすべく彼等、ギルド・フロンティアはかすみ屋に戻り準備を整えるのであった。尤も、レフィーヤは此れと言って荷物が在る訳でも無いの手持ち無沙汰の様子。と、荷物を取ってきたローウェンが何やらかすみ屋の女将であるかすみと会話しているのが見えた。どんな話をと近づいてみる。

 

「と言う訳で言って来るから、何時も通りでお願いします」

「はい、お気をつけて。荷物の方は出来る限り管理させていただきますので」

「本当に何時も通りの返事だな。まぁ、その方が良いのだけれど」

 

如何やら、丁度会話が終わったようで。振り返る様にして、レフィーヤが近くに来ている事に今。

 

「で、何の用だ?」

 

では無く普通に気が付いて居た様だ。なんでそんなにあっさりと気が付いたのかと思わなくも無いが。取り敢えずそれは置いて置き、問い掛ける。

 

「何を話していたんですか?」

「ん? あぁ、駄目だった時の事を少しな」

「駄目? 駄目って……若しかして」

「考えておかない方が可笑しいだろう? まぁ、其の積りは無いが、万が一そうなったら俺の集めて保管してもらってる素材やらなんやらは売ってしまって構わないって事を言ってたんだよ。宿関係に使うか、或は街に寄付するかしてくれってな。ま、女将は其の積りは皆無らしいけど」

 

言いながら肩を竦めるのを見て。レフィーヤは女将を見る。すると、微笑みながら。

 

「ええ、何時までも無事を祈り、当宿に戻ってきます事を願っておりますので。そうですね、願掛けの様なものですよ。駄目だった時にする様に頼まれた事をしない、だからまだ生きている…なんて」

 

不謹慎と思われても仕方のない事ですが、と。これには、レフィーヤは驚きしかない。まさかそんな事をと。ファミリア、仲間なら兎も角、宿の女将がそう言うとはと。オラリオの宿を詳しく知っている訳では無いから偏見でしかないかも知れないが。それでも驚きを隠せなかった。

 

「わたくし、いえ、わたくしたちこの街に住まう人たちは皆様に、冒険者の方々に助けられて此処に居ます。ですから、無事を祈り続ける事位はと、そう思っております」

 

流石に、分かり易かったのか、女将はレフィーヤにそう言った。と、何かを思い出した様に、少し失礼しますと言って、何処かに行き。そして言葉の通り少しと言える時間を待てば戻ってきた。

 

「言い忘れておりましたが、当宿にご宿泊いただく冒険者に武運長久を祈り、特典をご用意させていただいておりまして。貴女にはお渡ししておりませんでしたので。どうぞ、お納めください」

 

レフィーヤは差し出された物を見て、そして固まった。それは、何処から如何見ても。

 

「イト?」

「はい。アリアドネの糸と言います。使用する事に因って迷宮から安全に帰還する事の出来るアイテムです」

「アリアドネの……イト?」

「糸だぞ。まぁ、困惑するのも分かる。正直、なんでこれを使うと安全に帰れるのか全く分からんしな。あ、因みに使い方は端っこを持ってから伸ばす様にぶん投げる・・・・いや本当になんでだろうな?」

 

なんだその謎アイテムは、思いながらレフィーヤはアリアドネの糸を見る。やはり、糸、唯の糸。けれど説明の通りなら、謎の効果で帰還できるらしい。それが・・・三つ。

 

こんなに必要なのだろうかと首を傾げて。

 

「冒険には一つあれば十分かも知れません、ですが」

「いや必要だろ」

「そうね、アリアドネの糸の最低数は一つじゃないわ。二つよ」

「そしてそこからさらに念を入れて一つ持つ。此れが冒険者の鉄則」

「と、冒険者の皆さまはおっしゃられますので、三つ程用意させていただいております」

「はぁ」

 

そう言ったローウェンに、準備を終えたらしい二人が同意する。なんでと、思うのは普通の事である。いや、若しも無くしたり、使い物にならなく成ったりしたらと、そう言った事を考えれば普通の事だが。それにしては少々、その熱がこもっているというか。若干の恨みと言うか。そう言った物が感じられた。

 

「まぁ、レフィーヤが分からないのは仕方ない事だから、まだ気にする必要は無い。そう、まだな」

「そうね」

「いずれは修羅と成る事が分かり切っているとは言え、流石にね」

「えぇ?」

 

決定事項なのか。と、レフィーヤが思って。しかしと、糸を改めて見る。まさか、こんな風にあの夢と、昔の記憶と繋がるとは。思ってもみなかったレフィーヤだった。

 

尚、暫く後にこれを使えば戻れるのではと思って試して見たが駄目だったそうな。

 

 

さて、と、声が聞こえた。顔を上げるとローウェンが軽くメンバーを見てから口を開く。

 

「準備は?」

「大丈夫よ」

「問題なし」

「ん、レフィーヤは?」

「え?…あ、大丈夫です!!」

「なら良い。そんじゃ……」

 

 

「行くかね、怪物退治に」

 

 

 

 

 

 

そして気宮廷乗り場にて。

 

「第一迷宮でどこかの冒険者が人工壁を壊したらしい」

「……みたいですね」

「その所為で、構造が変わった上にフロアの地形が変わり、更には罠も発生したそうだ」

「……らしいですね」

「大変困ってる事だろうな。と言う訳でちゃんと加減を出来る様にならないとなレフィーヤ」

「…はい、頑張ります」



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第十七話

第二迷宮。翠玉ノ華段と呼ばれるそこは美しく輝く地下水で満たされた石灰棚で発見された場所だ。そして、石灰岩の採掘場として利用されているとは言え迷宮。そして、当然の様に現れるモンスターは第一迷宮の其れよりも強力であるの、だが。

 

「はい」

「ほいほい」

「よいしょっと」

 

驚く程、簡単だった。

 

いや其れは正確ではない。そう、別に第二迷宮が思ったよりも簡単だった訳では無く、単純に仲間が思っていた以上に凄かった。それだけの事だ。

 

「ヤンマ」

「はいはーい」

 

短く、モンスターの種類と接近を告げるローウェン。それに軽くコバックが返す。何時の間にか驚く程接近していたトンボの様なモンスター。モリヤンマの突進を盾で軽く流し。

 

「よい―――――しょ!!」

 

其の儘踏み込み、かちあげる様にシールドバッシュ。衝撃から、モリヤンマは飛んでいる時とは違う浮遊感に襲われた事だろう。尤もそれを感じている時間は長くはないが。

 

―――――――――タンッ。

 

銃声。放たれた銃弾は、驚く程正確にモリヤンマの羽根の付け根を撃ち抜き、羽根は宙を舞う。行き成り、羽根が一枚失われ、安定感を失うモリヤンマ。それでも、何とか距離を取ろうとするそれにコバックは更に踏み込んで、一閃。それでおしまいだ。

 

「んー、やっぱり良い腕してるなぁ。仲間にして大正解だったぜ!!」

 

と、コバックを称賛する様に言葉し、同時に背後に現れたシャインバードを視線を向ける事無く頭部を撃ち抜くローウェン。如何いう事なのかと。

 

「良いね優秀なパラディンって、治療が必要な人が減るし、本当に楽でいい」

 

そう、何度も頷く森ネズミを手にした槌で叩き潰したハインリヒ。槌にくっ付いているモノを取って欲しい。

 

「ふふん。言ったでしょう? 後悔させないってね、有言実行って事よ。あ、でもハインリヒちゃんは其の時居なかったのよね」

 

なんて、コバックはボールアニマルの突進を受け止め、其の儘上から盾で押し潰してから言った。盾って武器だっけ。

 

やる事が無いと、レフィーヤは思った。

 

だが其れ以上に彼等の連携の淀みなさに驚いた。まるでずっと一緒に戦い続けてきたかの様だったのだ。どのようなモンスターがどの様な時に現れようと、個人でできるならばさらりと対処し、苦手とするモンスターが出れば短く言葉を交わして協力して速やかに排除した。もう一度言おう、レフィーヤはやる事が無かった。しかし、其れは今はという意味で。

 

「! 爆弾カズラよ!」

「レフィーヤァ!!」

「ウェ?! は、はい、行きます!!」

 

声に驚きながらも、印術を用意する。その印は、氷槍。驚く程簡単に生み出された氷の槍を、杖を振るい打ち放つ。目標は、風船の様な植物のモンスターの爆弾カズラ。揺蕩うようにゆっくりと近づいて来るそれに向かって氷の槍は風を切る様に突き進み、爆弾カズラに大きな穴をあける様に貫いた。衝撃からか幾らか後方に向かって跳ねる様に転がり、やがて止まった。

 

「……大丈夫そうね」

「あぁ、焦るわぁ。しかしレフィーヤの印術の威力が高くて助かったわ、いや本当に」

「そうだね。まさかローウェンの弾丸が貫通して其の儘突っ込んでくるとは思ってなかったしね」

「いや、それに関しては…何というか。植物系のって何処を撃てば止まるんだって話で」

「でも、属性弾が在った筈よねガンナーって」

「あれな…あれ幾らすると思う? 冒険者値段で五百enだぞ?」

「あぁー…それはー、うん」

「必要な時以外は使えないわね」

「だろう?」

 

そんな会話を聞きながら、ふぅっ、とレフィーヤは息を吐いた。

 

今、自身が倒したモンスターの死骸を見る。爆弾カズラと呼ばれた其れ。最初に現れた時は、ローウェンが対処した。したのだが、先程の会話の通り、放たれた其れは貫通したにも拘らず、接近。爆弾の名に恥じぬ自爆を見せつけてくれた。幸い、レフィーヤ等後衛では無くコバックに対してであった為に被害は最小限で在ったが。 

 

「取りあえずモンスターは居なそうだから先に進むぞ」

 

そう言ったローウェンに向かって視線を向けて頷き。それを見て歩きだす彼等に付いて行くように彼女も又歩きだした。

 

 

さて、どれ程時間が経っただろうか。いいや、その様に言う必要が在る程経過してはいないかも知れない。

 

最初に気が付いたのは、やはりローウェンで在った。ふいに顔を顰めて、何かを探す様な仕草をしはじめたのだ。

 

「どうかした?」

 

何かを探して居るローウェンに気が付いたハインリヒは、壁に叩き付けたベノムスパイダーを見ながら問い掛ける。いや、と短く答えてからそう言えばと。

 

「たしか此処って、七階層以上が発生した事無かったよな?」

「ん? あぁ、そう言えばそうだね」

「其れが如何したのよ?」

「っで、今居るのが」

「……六階層ですね」

 

そう言う事かと、レフィーヤは気が付き。同時にもう一つ気が付く。何か、音がする事に。モンスターが近づいて来る音よりも、もっと重い音が。それは巨大な何かが大地を踏み締めている様な。

 

「此処に来るまで、怪物と言える様な奴は居なかったわよね」

「って事は……あぁ、そういう」

「だろうねぇ」

「じゃあやっぱりこの音って」

「下の方から響いてる感じだから。まぁ、間違いないと思って良いだろうな」

 

言いながら、音に近づく様に歩みを進める。しばらくすれば下へと続く階段が在り。そして音は、振動を伴って伝わってきている。レフィーヤは思わず息を呑み。

 

「じゃあ、行きますか」

 

それでも、進み行くと彼等と共に。

 

レフィーヤは足を踏み出した。 

 

 



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第十八話

水が流れていく音がする。降りた先に在ったのは、広場。水を湛えたその場にポツンとあった。しかし、それだけだった。

 

怪物と言える様なものは……居ない。

 

「居ませんね」

「そうね」

 

何処かに隠れて居るのだろうか。しかし、そんな場所はある様にはと、レフィーヤは気が付く。隠れる場所はある、其れも二つ。それは、何処かに流れていく水の中で。二つ目は、今まさにローウェンが見つめている場所、其れ即ち。

 

「いや、来るぞ」

 

天井だ。

 

ローウェンの言葉の直後だ。それが落ちて来たのは。ズンッ!、と重い音と振動を辺りに撒き散らしなが、眼前に現れたのは、石灰の魔人。その巨躯、その剛腕は唯それだけで死を意識させる。あんなもので殴られれば死んでしまうと。不気味な、まるで笑みを浮かべているかのようなその顔を上げ、彼等を見る。 

 

石灰の魔人は威嚇する様に、或は自らの力を誇示するかのように腕を突き出し。

 

 

「あ、撃たせてくれんの? ありがとう」

 

――――タンッ!!

 

ローウェンの目にもとまらぬ早打ちに因って放たれた弾丸が魔人の剛腕を撃ち抜いた。え?、と声を漏らしたのはレフィーヤ。僅かとはいえ、目の前の魔人の脅威に飲まれていた彼女は、しかし平然と攻撃を仕掛けたローウェンに驚いた。

 

しかし、そうだったのは彼女だけだった。

 

コバックが前に出る。態とらしく音を響かせながら接近する彼に、石灰の魔人を迎撃する様に腕を振り上げ。ようとして失敗する。左腕、ローウェンに撃ち抜かれた左腕が動かずにだらりと力なく垂れている。動かない事に驚いたかのように体を震わせながら、動かす事の出来る右腕を振り上げる。

 

魔人の行動を見たコバックは、しかし接近を止める事無くさらに踏み込み。 振り下ろされた剛腕を軽く横にずれる様に回避した。左腕が動けば当たっていただろう位置に彼は居る。その事に憤慨する様に体を震わせ、動かぬ腕を無理やり薙ぎ払うように動かした。それは力が入らぬゆえか、鞭を彷彿とさせるしなりを見せコバックに迫る。

 

が、しかしだ。

 

「フゥ―――――――――ハッ!!」

 

その程度、耐えられなければパラディンに非ず。さらに言えば、コバックは熟練のと付けても良い技量を持つ。ならば、行う其れは耐えるのではなく――――――――流す。

 

激しい音、しかし力が入ってないとはその剛腕から放たれた物を受けた音とは思えぬ程、軽い。受けたコバックは動かず、しかし剛腕は振り抜かれていた。

 

思わず、体勢を崩しながら顔の様な部分を傾げる魔人に、肉薄する影在り。ハインリヒだ。

 

彼はメディック。本来ならば後方で待機し、負傷者が出たならば急ぎ治療するモノだ。だが、しかしそれは決して前へ出ない様な職業では無い。逆だろう。そう、負傷者在れば前へ、それがメディックで在り。

 

そして、彼等の持つ槌は決して飾り物では無い!!

 

「シャァッ!!」

 

眼前の魔人の剛腕にも引けを取らぬ豪快なスイング。小柄な体躯から放たれたとはとても思えぬそれが意識を完全にコバックに向けていた魔人の右足に直撃する!!

 

『―――――――――――ッ?!』

 

衝撃、堪らず膝をつく魔人。視線をハインリヒに向け、剛腕を振るう。それを軽く躱して後方へ下がる。させるかと追いすがろうとする魔人。しかし、弾丸が穿ち、バランスを崩し立ち止まる。それを見逃す事無くコバックがさらに崩しにかかる。

 

其れを、レフィーヤは見ていた。余りに、展開が早い。如何すれば良いのか。指示が無く、どう動けばいいのか。あぁ、もう少しちゃんと考えて行動しておけばよかったと僅かに後悔。そして思い出すのは、尊敬する人達との経験・・・では無く、ローウェンの言葉。

 

それは第二迷宮に挑む少し前の事。思い出した様にレフィーヤに向かって言ったのだ。

 

『あぁ、そうそう。今の内に言って於くから』

『何をですか?』

『お前にやって欲しい二つの事』

 

思い出す、彼はなんと言っていたのか。しかし、其れは大した事では無かった筈だ。

 

『と言っても難しい事じゃ無いから。唯単に、印術を使うときはちゃんと宣言してから使ってくれってだけだ。そうじゃ無いと流石に対処できんからな』

 

そう、そうだ。そんな単純で、当たり前の事をしろと言われ。少しだけムッとしながらも言われた通りに言葉にしながら此処まで来た。そう、言われた通りにしてきただけだ。

 

息を、吸ってから吐いた。

 

『あ、ぶっちゃけ連携とかそう言うのは気にしなくていいから。まだそこまで求めてないし』

 

余計なお世話だと思いながら、息を吸って吐く。

 

『だから取り敢えず、言われた通りにしてくれんなら…まぁ、好きにすれば良い。冒険者たるもの自分で考えなくてはな……あれ?、何か言ってる事矛盾してね?』

 

聞かれても困ると思いながら、息を吸って吐いた。

 

そう、そうだ。言われた通りにしたならば好きにして良いと。ならば、ならば考えて。息を吸って――――

 

「―――――――――行きます!!」

 

声を響かせながら杖を振るう。

 

示される印は火球。 輝きを放つ。熱を生む。掌に乗る程度の其れは、しかしどんどんと輝きを、熱を高めていく。明らかに、初心者の領域でない其れを脅威と看做す事がで出来ない程、魔人は愚かでは無い。

 

その火球を見るや否や接近していたコバックを無視して腕を突き出す。駆けだす事が無かったのは、単純に間に合わないと判断したからだろう。ならば、何故腕を突き出すのか。それこそが彼の魔人の対処法だからだ。

 

音を響かせ、何かが放たれる。恐怖を煽る音と速度、距離を置いていたハインリヒが其れが琥珀で在る事に気が付くが。しかいだからと言って対処できる訳では無い。

 

自身に迫る人ほどの大きさに思える琥珀に、しかしレフィーヤは動く事無く術を練る。躱そうとしない、防ごうとしない。それは、何故か。あぁ、頭の片隅で思い出すのはローウェンの言葉。

 

『で、もう一つの言って於く事はこれまた、単純な事だ』

 

 

 

 

『取り敢えず、俺達の事を信じる。な、当然の事だろう』

 

迫る琥珀、しかし何もしない。何故ならば、既に対処は為されているのだから

 

 

――――――タンッ!

 

 

銃声が一つ。迫る琥珀の風を切る音に紛れる様に響いて。そのほぼ同時か。高速で迫っていた琥珀が―――逸れた。地面に落ち、それでも止まる事無く削る様にレフィーヤの横を過ぎる琥珀。しかし、一瞥もくれず。唯、言葉の通り。宣言し、彼等を信じて。

 

 

 

 

彼女は印術を放った。決して速いとは言えない其れが、外れるとは欠片も思っていなかった。何せ、彼等が居るのだから。

 

魔人は動く、当たれば死に至るだろうそれから逃れようと動き。

 

「ちょっと動かないで居ようかぁ」

 

弾丸が放たれる。それは寸分の狂いも無く魔人の右足を撃ち抜き、一時的に行動を不可能にする。

 

「はい詰み」

 

火球の印術が――――魔人を焼く。

 

足掻く、身を焼かれながらも暴れ回り、彼等に近づこうとその腕を動かす。

 

「あの状態でも動くのか」

「本当、モンスターって凄いわよね」

 

何時の間にか近くに居た二人。本当に、何時の間にかで在った。特にコバック、さっきまで魔人の目の前に居たのに。と、一際大きな音が響く 見れば、魔人が立ち上がろうとその剛腕を突き立てていた。全身を焼かれながら、それでも立ち上がろうとしていた。まさかまだと、レフィーヤが思うのとほぼ同時。

 

「言っただろう、詰みだってな」

 

――――――タンッ

 

銃声が響く。放たれた弾丸は外しようも無く、魔人を撃ち抜いた。魔人は音を響かせながら―――――――――崩れ落ちた。

 

 

「怪物退治……完了」



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第十九話

「ミッション達成達成したので」

「したので?」

 

レフィーヤの問い掛け、それにローウェン頷いて……手にした其れを、酒を掲げた。

 

「酒を飲みます!!」

「ひゃっはぁああああああああああああぁぁ―――――――――!!!!」

「冒険の後のお酒って格別よね」

「今日も飲むんですか…そうですか」

 

げんなりとしたレフィーヤなど知らぬと言わんばかりにはしゃぐ三人。いや、それだけでは無い。何時の間にか人が集まってお祭り騒ぎに発展していた。いや人多いな。

 

今居るのはかすみ屋の一室……では無く。琥珀亭と言う食堂だ。ミッションの達成を報告した後、どうせだからと其の儘やってきたのだ。 

 

「いやぁしかし……あいつ予測よりも強くなかったな」

「まぁ、強いとは言い難かったわね」

「え?」

 

今何と言ったのか、レフィーヤには一瞬だけ理解できなかった。

 

強くなかった。あれが?

あの巨人の如き体を誇る石灰の魔人が?

 

いや、それは無いだろうと思ってしまう。今思い出してもその恐ろしさ。…。恐ろしさは、その。

 

「あれ? ボコボコにやられてる姿しか思い出せない?!」

「あっはっはっは!! まぁ、対処できない様な行動は一つも無かったしな! そもそも俺の初撃が当たった時点でもう勝ち負けは決まってた様なものだったしな」

「そうね。完全にパターンに組み込むことが出来てたしね」

 

それ、自分が印術を叩き込む必要が無かったという事なのかと一瞬思って、其れを察したのか、否定する様に手を振りながら口にした。

 

「今自分のやった事が意味無いとか思っただろう?それ、完全に間違いだから」

「でも」

「まぁ、ぶっちゃけると別にレフィーヤが印術を叩き込まなくても如何にか出来る状態にはなってたな」

「えぇ」

「けど、そんな物は何が切っ掛けで崩れるのかも分からんものだ。だからさっさと止めを刺せるなら、そうした方が良いだろう?」

「そうだね。今回のがあんなに上手くいったのは相手が余裕ぶっこいて威嚇行動……だったのかな?そんな事をやってたからだしね。あと、考えれば分かる事だけど上から落ちて来る時に誰かを踏み潰す積りだったら……まぁ、死なないまでも確実に体制が崩れてただろうしね。もっと消耗してたのだろうね、其れこそ酒盛りなんてしないで速攻で宿に帰って寝る位には」

 

一瞬、背筋に冷たいものがはしる。そうだ、その通りだ。若しもあの魔人が潰す積りだったなら、若しもレフィーヤが狙われたなら、避けられていたかは分からない。その場合は他の誰かが助けてくれていただろうが、あとはハインリヒが言っていた通りだ。

 

「そうだな、強くなかったというよりも……馬鹿だった。ていうのが正しいか」

「自分最強とでも思ってたんじゃないかな?まぁ、おかげで楽だったから良いけど」

「そうだな。弾丸がかなり節約できた」

「第二迷宮のモンスターと見れば…強い方なんだけどね」

 

そう言って頷く彼等にふと、レフィーヤは思った事が一つ。普通、と言う訳では無いがオラリオでならよく聞く其れは、彼等は思っていないのだろうかと。だから、問い掛けた。

 

「自分たちの方が強かったからとか……そういう風には思わないんですか?」

 

彼等は一瞬、ポカンとした表情を浮かべてから……酷く懐かしいものを見る様な視線をレフィーヤに向けた。

 

「あぁ……すごくよく聞くやつだな」

「そうねぇ、誰でも一度は通る道よね。強いから勝てるって思うのは。まぁ、レフィーヤちゃんはちょっと早い気がするけど」

「いやいや、此れに早い遅いは無いからね。それに今回ので思ったけど、レフィーヤはちゃんとした実力を持っている様に見えたしね。まぁ、初心者にしてはだけど」

「思ってた反応と違う」

 

こう、当たり前だろうと返されるか。若しくは大笑いされるかのどちらかだと思っていたレフィーヤは、唯困惑した。

 

なんだその視線は。

 

「いやぁ、な?本当に誰でも通る道だからな、それって言うのは」

「そして自分よりも弱いと思った敵に殺されかけるまでがセットだね」

「まぁ其の儘、更におまけでご臨終…ていうのも良く在るけどねー」

「あぁー……敵が毒を持ってたらそうなる事が多いな」

「毒はねぇ。ちゃんと対処しないと其れこそ何も出来ずだからね。自分強いと思ってる状態だと、其の前に倒せばいいとか考えるのも居るから、ご臨終が多い事多い事」

 

そう、ぞっとする様な事をよくある事だと彼等は言う。オラリオでは聞かなかった類の話で、それ以上に在り得ないと笑われかねない事だ。

 

けれど、冒険者ならば絶対に否定してはいけない事だ。何故ならば、彼らが言っている事を単純にしてしまえば……強くても死ぬ時は死ぬ。唯それだけなのだから。

 

「と言うか、強いから勝っただと自分よりも強いの出てきたら負けるって事だよな」

「そうねぇ。其れに強くなったからと言って敵が弱くなる訳でも無いしねぇ」

「そもそもが、強い弱いで測れない奴も居るからね。さっき言った、毒を持ってる奴とか」

「いや、強いから勝つ理論なら強いんじゃないか?」

「あぁー、そっかぁ」

 

ぼろくそ言っている。だが、全て事実だ。だがオラリオでは在り得ないと切り捨てられかねない事だった。強ければ勝って生き残り、弱ければ負けて死ぬ。だから、冒険者の大半は強く成る為に鍛え、迷宮に挑む。それが常識だ。それだけでは、無い筈なのに。

 

ローウェンと視線が重なる。すると彼は、少しだけ笑ってから言った。

 

「あぁ……別に自分が強いと思うのは良いんだよ。自信、まぁそう言った類いだと言えなくもないからな」

 

ただ、と呟く様に口にしてから手の中のガラスを揺らし。

 

「相手を自分よりも弱い、何て事は絶対に考えるなよ?」

 

一気に、グラスの中の酒を飲み干した。

 

 

 

 

 

「無駄に、死が近づくからな」



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第二十話

唐突にローウェンが呟いた。

 

「そう言えばそろそろ半年か」

「何がですか?」

「俺がアスラーガに来て半年経つって事だよ。これ言わなくちゃ分らん事かレフィーヤ?」

「すみません」

「いや謝る事じゃ無いだろう」

 

言って、彼は弾の整理を始める。それを見ながら、レフィーヤもまた思い、呟いた。

 

「……もう一週間か」

 

第二迷宮であの魔人を、後に成って剛腕の石灰魔人と言う其の儘な名前が付けられた怪物を討伐してから、それだけの時間が過ぎた。

 

それをもう一週間というのか、まだ一週間と言うべきかレフィーヤには分からなかった。

 

そんな長いようで短くも感じる一週間。レフィーヤ、いやギルド・フロンティアは第二迷宮に何度か赴いた。それは、またあの石灰魔人が現れるかもしれないからと依頼を受けたからだ。尤も、最初の一体以来は現れていないから、そろそろ良いだろうと終わったのが・・・昨日の夜だ。

 

「金が貰える上に連携の修練に成ると、良い事尽くしな依頼だったな!! 所長から弾も値引きするからって言質とったし」

 

言いながら弾を買いに行ったローウェンはあれ、モンスターかなと思う程邪悪な笑顔を浮かべていたのだった。

 

買い込んだのであろう弾の整理に没頭するローウェンから視線を外して窓から世界樹を眺める。遠いが、しかし相変わらず凄い存在感を醸し出している。

 

息を吐く。 

 

依頼を終えたばかりだからと言って今日は迷宮には行かないとローウェンは言っていた。休むのは大事だと。しかし、しかしだ。

 

レフィーヤは思った。やる事が無いと。

 

いいや、印術の訓練だとか。或は、買い物だとかそう言った出来る事はあるのだが。まぁ、思い付くモノは全部行ってしまったのだ。もう少し訓練してこようかなと考えて、いやこれ以上は疲れるだけで身にならないと言われたんだったと思い出す。だからこうして自室に戻るのもなんだったからローウェンの部屋に来たんだったと。けれど、本当にやることが無くて。

 

駄目になりそうだと感じ、立ち上がる。

 

「出かけてきますね」

「ちゃんと気晴らしに成ると良いな」

 

更にと告げられた言葉を聞いて、レフィーヤは外へ向かって歩いて行った。

 

 

 

随分慣れた物だとアスラーガの街を歩きながら眺める。

 

オラリオ程では無いが、それでも十分すぎる活気にあふれていた。そこで一週間だ。大半は迷宮でモンスターと戯れていたりしたが、それでも一週間この街に居るのだ。慣れもするだろう。唯、慣れる事の出来ない事も在る訳で。

 

「あ! みみながのおねーちゃんだ!」

「ほんとだ、きょうもみみなげーよな!!」

「どうしておみみながいの?」

「どうでもいいからみみさわらせおらー!!」

 

そう色々と声を重ねながらワラワラとレフィーヤに群がって来たのは子供たち。何故か分からないが、酷くなつかれたのか、見付けると直ぐにこの様に集まって来るようになったのだ。いや、其れはいい。別にレフィーヤは子供が嫌いと言う訳では無い。無い、のだが。

 

「なぁなぁみみながおねーちゃん!!」

「ちがうよみみながじゃなくてれふーあだよ、れふーあおねーちゃん」

「あれ?、ぐりふぃすじゃなかったっけ?」

「どっちでもいいからみみさわらせろおらー!!」

 

「うん、レフィーヤ・ウィリディスだからね」

 

こう、反応に困る名前の間違い方をされるのだ。まぁ、子供だから仕方ないと言えなくもないが。あと耳を触りたいからって登ろうとしないで苦しいからとレフィーヤは思った。と、其の時だ。子供の一人が何かに気が付いたように指差して。

 

「さらせんせー!!」

「なぬぅ?!、ほんとだ!!」

「さらおねーちゃんはなしきかせてぇー!」

「みみぃぃいいいいいいいいい!!!!!」

 

叫ぶ様に掛けていく子供が向かうのは一人の女性、迷宮を研究しているというサラ・シュタインと言う学者だ。そう言えば話した事無かったなと思い、レフィーヤは近づく。あと、叫ばないでほしい。ある意味モンスターより怖いから。

 

「こんにちは」

「あら?、こんにちは。貴女は……確かギルド・フロンティアの」

「レフィーヤ、レフィーヤ・ウィリディスです」

「そう、話すのは初めてですよね。迷宮考古学者のサラ・シュタインです」

 

言いながら握手交わし。そして急いでるからと申し訳なさそうに子供たちに謝った。えぇーっと不満気に言った子供たちは、けれど仕方ないと歩いて行った。 随分と聞き分けの良い子供たちだ。なお、恐怖を感じさせるほど耳に執着していた子は、女の子に引き摺られていった。強い。

 

と、急ぎ何処かに行こうとするサラ。ふと、どの様な用事なのか疑問に思ったレフィーヤ。

 

「これから何処かに?」

「ええ、迷宮の調査と、クエストを出しに」

「クエストですか?」

 

クエスト、詰まりは依頼だ。何だろうか。迷宮に行くようだから護衛を探す為にと言うのが妥当か。いや、クエストを出した後、直ぐに向かう様子だから其れとは少し違うのかも知れない。 

 

「ええ、何時だったか第一迷宮の人工壁が壊れてしまったそうなので。其の修繕と実験を兼ねての砦建設の手伝いを冒険者に頼もうかとおもいま」

「そのクエスト、ぜひ受けさせて下さい!!!」

「え? あ、じゃあ、よろしくお願いします」

「任せて下さい!!」

 

思わず叫んでいた。何というかもう、運命を感じたレフィーヤだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しして。

 

「今日、休みだって言ったよな?」

「すみませんでした!!」

「うん、別に謝らなくても良いけどさ。せめて俺とかに相談してから決める様にしような」

 

そんな会話と土下座する少女が目撃されたとかなんとか。



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第二十一話

第一迷宮、不思議の迷宮。

 

其処に、レフィーヤとローウェンの二人、そして十数人の人達がいた。何をしているのかと言えば、レフィーヤが反射的に受けてしまったクエスト、砦の建設だ。といっても、実際に其れを行っている訳では無く、建設の為に訪れている人達の護衛をしている様なものだ。しかし、其れでさえも。

 

「なんか、あの人達。グラスイーターをハンマーで殴り倒してませんか?」

「してるな」

「森ネズミなんて恐れ戦いて逃げ回ってますし……あ、投げた釘がシンリンチョウに刺さった」

「そうだなぁー」

「……おかしくないですか?」

 

主に戦闘能力が。これ、冒険者必要なのかと疑問に思う程、彼等は強かった。でも一般人らしい、元冒険者でも無いという。如何いう事なのか。

 

「あのな。お前が居た場所は知らんが。ここいら一帯は何時モンスターが襲ってくるか分からんのだよ」

「そう言えば、少し前、街中をシンリンチョウが飛んでましたね」

「そう、そんな感じで迷い込んでくるんだよ。そして、それは決してシンリンチョウとかそう言った比較的脅威でない部類に入るやつだけって訳では無いのは分かるだろう。まぁ、要するにある程度の戦えなきゃ生きてけないだろ、って事だ」

「それは……はい」

 

その通りだ、当然の事と言える。其の当然の事がオラリオでは、いいや。オラリオ以外の場所でも出来ていなかった事を思い出した。だって、神に気に入られて恩恵を得なければいけなかったから。そうで無ければ、そんな事は碌に出来ないというのが常識だった。そんな実力は得られないというのが常識になっていたから。

 

だから驚いた。平然と、冒険者で無い人たちがモンスターを倒している事に。そして疑問に思った。

 

「これ……私達必要なんですか?」

「依頼受けといて何言ってんだと言いたいが、まぁ分からなくもないというか普段なら要らんだろうな。頼むとしても、もっと冒険者に成ったばかりの奴らだろうな……あ、そう言う意味じゃお前もそうか」

「ならなんで貴方も居るんですか?」

「お前が勝手に受けたから……って訳じゃ無くてな。第二迷宮の件だよ」

「第二?……あ、石灰魔人」

「そうだ、あれは突然現れたらしいからな。若しかしたらって事だ。あの教授も、そう考えて依頼を出そうとしてた訳みたいだしな教授は」

「そっか……なら私が受けたのは」

「迷惑とか間違いとそう言う事は無いぞ。俺がついて来たし。実力って意味なら、此れでもアスラーガに居る冒険者の中でもトップクラスに凄いんだぞ俺って」

 

其れは何と無くだが分かっていたレフィーヤ。何というか、向けられる視線が違うのだ。こう、憧れと言うか畏怖と言うか。そんな念を感じるのだ、彼に向けられる視線には。

 

ただ、キチガイを見る様なものや、憐れむ様な視線も混じっているのは……仕方が無いのかも知れない。

 

「そう言えば、ハインリヒさんとコバックさんは?」

「ハインリヒは薬の調合。コバックは武具を整備に出してたからな。来れる状態じゃ無かったって事だ」

「すみません」

「だから謝る必要は無いんだよ。次、気を付ければな」

「そうだぞレフィーヤ君。過ちを犯したならば其れから学び次に繋げればいいんだ」

「はい……ところで何でホロンさんが居るんですか?」

 

「暇そうだったから引き摺ってきた」

「暇だったので引き摺られてきた」

「あ、そうですか」

 

理由が……酷い!!

 

そんな理由で連れてきたローウェンも、全く抵抗しなかったと分かってしまうホロンもだ。あれなのか、冒険者とは性格があれな感じで無いと駄目なのかと。そして、もう一つ疑問に思う事が在った。

 

「あと……そこでかすみさんから貰ったお弁当食べてる女の人、誰ですか?」

「ぬん?」

「は?……って、ぉう?! お前何時から居たんだよ?」

 

気が付いていなかったのか、驚いた様に飛び退くローウェン。誰なのか知っている様で、少しげんなりとしている。そして如何したのかと首を傾げる女性。いや、本当に誰だ。

 

「あぁー此奴、此奴なぁ。知り合いのござる」

「ござるににござる。以後お見知りおきを」

「……は?」

 

なんて?

ござる?

 

いや、何時だったか、そう最初に酒を飲んだ日に行っていた、フーライの知り合いだったか、恐らく彼女がそうなのだろう。だが。

 

「え、ござ……ござる?」

「ござる」

「ござる……それで名前は?」

「ござるににござる」

「いやだから」

「此奴の名前、ゴザルニだぞ」

「えぇ?」

 

色々と訊きたい事が在った。あったのだが、そう言ったもの全て押しのけて一つの疑問が浮上する。それは失礼な問いであるだろう。しかし、それでも聞かず位にはいられない!!。

 

「その、口調……如何したんですか?」

「気が付いたらこうなっていた故、拙者にも分からないで御座る」

「自分の口調に関して如何思ってるんですか?」

「まぁ、おかしくはあるでござろうな。尤も、直そうとすると何故か師匠に両断されるイメージが浮かび怖くてできないのでござるが」

「そッ――――――?!」

 

それはその師匠が原因なのではと、思わず言いそうになって止めた。

 

確認する様にローウェンを見る。諦めろというように、首を振っていた。あと、ホロンがよく分からないポージングをしているのだが何だあれは。なんて如何でも良い事を考えているとローウェンが、あっと呟いた。

 

「終わったみたいだな」

「そうか、では軽く確認してから帰るしよう」

「でござるなぁ」

「所で結局お前はなんで此処に居たんだ?」

「食料が尽きた故、恵んで貰えないかと思って立ち寄ったのでござる。よく考えれば木の実でも良かったし狩りをすればよかったのでござるがな。流石に第三迷宮から徒歩でアスラーガを目指すと疲れで思考がに鈍ってしまうのでがざるな」

「うん、弁当を勝手に食った事とかそう言うのがぶっ飛ぶような発言だなと言うか馬鹿かお前は」

「知ってるでござる。直せぬ事も」

「救いようが無いな。っと、砦は問題はなさそうだな」

「うむ、では帰るとしようか」

「ござるな」

「あ、弁当食った事は許さないから」

「ござッ?!」

 

酷い会話をしながら、迷宮の外に向かう三人。それに付いて行きながらふと、レフィーヤは思った。こんな物々しい砦、なんで作ったんだろうかと。

 

「あれ、若しかして私の所為?」

 

そう思った瞬間。とても気分が重くなったのは言うまでもない。重い足取りでレフィーヤは三人と一緒にアスラーガに帰還し。

 

「教授が迷宮に取り残された?」

 

聞かされたそれは、間違いなく緊急事態だった。



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第二十二話

「と、言う訳で。さっくり準備したら駆け足で第三迷宮に教授の救出に向かうから留守番よろしく」

「分かったわ。気を付けてね」

「あれで分かったんですか?」

 

いや、重要な事は言っている。言っているが何故留守番なのかとか、そう思わないのだろうかとレフィーヤはコバックを見る。すると申し訳なさそうに視線を逸らした。

 

「今ね。私、装備がサブの物しか無いのよ」

「それは……なにか問題が?」

「何時もならそれでも問題無いんだがな。今回はな」

 

言いながら、準備を軽く銃を見るローウェン。続ける様に言葉にする。

 

「教授の護衛をしていた冒険者曰く、行き成り襲い掛かって来たのは見た事も無い怪物だった……との事だ」

「それって、この前の石灰魔人みたいな?」

「そうだ。そして、そんなどんな事をしてくるか分からん奴に。サブの武具でも問題ないだろう……なんて考えるのは余りに危険で、相手の事を舐めてるとしか言いようが無いだろう?」

「それは……はい」

「まぁ、急だったから仕方ないと言えなくもないが。其れでも、この際だからってメインの武具を全部整備に出すのは馬鹿のする事だよな」

「申し訳ないわぁ」

 

頭を下げるコバック。別に謝らなくてもと言いたいが、しかしローウェンの言っている事は正しいので口をつむぐ。と、そういえば一人姿が見えない事にレフィーヤは気が付いた。そう、ハインリヒだ。

 

「ハインリヒさんは如何したんですか?」

「気分転換に外へ出た途端、子供たちに見つかって連れ去れたわ」

「成程……じゃあ駄目ですね」

「でしょうね」

 

子供は元気だからね。冒険者とは言え無事とは言えないだろう。仮に、運よくそうだとしても疲れ果て、とてもでは無いが迷宮に行ける状態では無いだろうから。

 

「ま、取り敢えずそれはそれで仕方ないだろう。都合が良い事に腕の良い冒険者を二人程連れて行けそうだからな」

「腕の良い?」

 

その事言葉にレフィーヤは見る。

 

「こうか?いや、こうだろうか?」

「弁当がほしいのでござる」

 

首を傾げながらよく分からないポージングをしているホロン。女将であるかすみに弁当を強請るゴザルニ。

 

……腕の良い冒険者?

 

とてもでは無いがそうは見えない 一人は印術を教えて貰った人物なのだが、そう思ってしまったのだから仕方がないだろう。

 

「まぁ、色々とあれな気がするだろうが今は気にするな」

「ローウェンさん」

「と言うか冒険者なんて馬鹿か畜生しか居ないからな?」

「凄く聞きたくなかったです」

 

何だそれは。ここら辺の冒険者とはそんなにも得体の知れない何かなのか?

 

あと言い方が。それだとアイズさんも馬鹿か畜生の何方かだと言っている様に聞こえるじゃないかと苛立ちを覚えて。

 

「いや、命の危険が在るって分かってるのに飛び込む時点で馬鹿としか言いようが無いだろう」

「――――ぐッ?!」

 

其れに関しては正しい、正しいが認めてはいけない!! 

 

「おぉ、おおぉぉおおおお!! 成程こうなのだな!!」

「一つではござらぬ……六つでござる!!」

 

丸くなりながら絶叫を上げるホロン。弁当を一つ持ちながら更に要求するゴザルニ。その二人が、レフィーネの視界に入った。

 

そして思う。

 

オラリオの冒険者とは…色々な意味で違うなと。比べるという行為が如何に無意味なのかを悟ったレフィーヤだった。あとこの二人と一緒で大丈夫なのだろうかとも。というかホロン、貴方何やってるの?

 

「良ーし。ホロンが何に納得したのかは知らんが準備は出来たな、と言う訳で行くぞー。あ、因みに拒否権無いから」

「む、そうか。ならば行こう。因みに、あの恰好が一番疲れないと気が付いただけだからな?変な風に覚醒した訳では無いからな?」

「弁当の事を許してくれるでござるか?」

「手伝うならな」

「では参るとするでござる」

「ただし今さっき俺の金で弁当を貰った事に関しては許さん」

「ござー……しょんぼりにござる」

「え、俺可笑しい事言ったか?」

「いや、普通だろう」

「ですね」

「ござー」

 

寧ろ何故そんな事をしたのかと思わずにはいられないレフィーヤだった。というか、勝手に金を使ったのに許されると何で思ったのかと。

 

「あ、先に言って於くが連携とかそう言うのは其処まで深く考えるなよ?やるべき事をすれば良いだけだし、ややこしくなるからな」

 

何を言っているのだこの人は?

 

それで良いのだろうかとと言いたくなる言葉に。しかし二人は其れもそうかと頷いた。何故、何に納得したのだ。と、ローウェンが軽く頭に触れて語りかける。

 

「疑問に思うのは仕方が無いが。今回はそこまで時間が在る訳では無いからな。実際に見て自分で考えてくれ」

「で、ござるな。実際に見ない事には分からないものでござる。食べてみないと美味しいかどうか分からないのと一緒で」

「うむ、ゴザルニ君の言っている事は正しいな。聞いて学ぶも良いが、見て学ぶのは基本だからな。まぁ、美味しい云々は、人に因るが」

 

言うだけ言って、彼等は荷物を持って外に出る。慌てて追いかけるレフィーヤ。先程の言葉がどの様な意味なのか考えながら。三人が立ち止まって居る事に気が付いた。急いでいるのではなかったのかと思って、何かを見ている事に気が付いた。何だろうかと見れば其処には。

 

「―――――――――……」

「ぉう」

 

倒れ伏すハインリヒが居た。

 

「……うん。まぁ無視!!」

「死体みたいな冒険者が見えたがそんな事は無かった」

「安らかに眠れ…でござる」

「きっとコバックさんが拾ってくれますよね」

 

彼等は何も見てない。

だって急いでいるのだから。

そうして彼は駆けていく。

サラ教授の救助の為に。

 

第三迷宮へ向かって。

 

 



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第二十三話

第三迷宮、清冽ノ渓流と呼ばれる竹林の谷間を縫う渓流で発見されたそこは。いつもならば痛い程の冷たさを湛えた水が流れている筈なのに、今は湯気が立ち生き物が住めそうに無い程の高温となっている。が、今の彼等にはそんな事は関係ない。重要なのはどれだけ早く、サラ教授の居る最下層に向かい、そして其処に居る可能性の高い怪物を排除するかだ。

 

故に彼等は走っていた。

 

「しかしあっついなここ。おい渓流どうした渓流、冷たさ如何したよ渓流」

「言っても仕方が無いでござるよ。前に来た時よりも熱くなっている位でござるしな」

「ふむ、よくよく考えたら異常な事態だな。もしや、此度の怪物もそれが原因か?」

「在り得なくはなさそうだな」

「寧ろ有力にござる?」

「だろう? 詰り思い至ってしまった私は天才と言う事か」

「死ね」

「介錯は任せるでござる」

「手心は無いのかな?」

 

「「無い」」

 

「えぇー」

「ま、おふざけは置いといて大丈夫かレフィーヤ?」

 

気遣う様なローウェンの言葉。しかし、それに返事を返す事は出来なかった。追い掛けるのが精一杯だからだ。先程の会話も、まさに走りながら彼等が行っていた事。いや、いいや。それだけならば体力が在れば出来なくは無い事だ。オラリオならば、その程度容易いと言う冒険者は山ほど居るだろう。けれど、彼等は唯走っている訳では無い。彼は全力疾走しているのだ。

 

それも、戦闘を行いながら。

 

前方にひっかきモグラ。ローウェンが弾丸を放つ。弾丸は、予め定められたかのように投げられた石を射ち落す。唖然とした、否、してしまったひっかきモグラはゴザルニの刃に因って両断される。

横に居た噛みつき草が蔦を伸ばし、直後にゴザルニに切り落とされて火球で焼かれた。

後方よりベノムスパイダーが糸を吐くも、届く前にホロンに焼かれ弾丸がベノムスパイダーを貫く。

 

けれどそれだけでは無い、それだけでは無いのだ。彼等は止まらない。一切速度を落とす事無く、しかし常に陣形と呼ぶものを変えている。前に出て横に避け後ろに下がる。それが繰り返されているのだ。

 

レフィーヤを中心に。まるで、守っているかのように。

 

悔しかった。嗚呼、悔しいとも。唯、守られながら付いて行くのに精一杯な事が悔しくてならないレフィーヤ。しかし、しかしだ。それ以上に貴方達何やってるのと言いたい。

 

「いやぁ、やっぱり一寸きつかったかね?」

「最近冒険者に成ったばかりならば仕方ない事だろう。尤も、付いて着ている時点で十分な実力はある様だが」

「で…ござる……な」

 

ローウェンは何故後ろを向きながら走っているのか。

ホロンは何故ポージングしながら走っているのか。

ゴザルニは何故弁当を食べながら走っているのか。

と言うか今気が付いたが何で走っているのに音がしないのか。

 

「いや待て、なんで弁当食ってんだよお前」

「空腹故」

「お前……お前ッ!」

「流石に嘘でござるよ。唯単に食べたかったから食べてるだけでござる」

「悪化している気がするのだが?」

 

間違いなく悪化している。そんな馬鹿みたいな事をしながらも疾走し敵を排除していく。やはり音は殆ど聞えない。お陰でレフィーネの足音が酷く大きく聞こえる。

 

若しかしてモンスターが襲って来てるのって自分の所為かと思いながら彼等の動きを見て、レフィーヤは気が付いた。連携は考えなくていいと言っていた意味に。彼等は連携など欠片もしていない事に。しているのは押し付け合いと奪い合いだ。得意な敵を他の二人から奪って狩り、苦手な敵を押し付けて狩る。それでも、問題が無いのはちゃんと理解しているからだ。

 

誰が、何を得意として苦手としているのかを。

 

確かに此れならば連携を深く考える必要等ないだろう。やるべき事を理解しているのだから。

 

「ふむ、しかし相当辛そうだ。此の侭では危ないだろうが……いかに?」

「どっちにしろ最下層直前で休憩いれるから」

「ならば大丈夫か」

 

するりレフィーヤの横に出たホロンは納得した様に頷く。そんな彼の周囲を氷槍と火球が旋回していた。

どうやっているんだ其れは。

なんで発動した印術が周りを旋回するなんて事に成るんだ。

どうやったらモンスターを貫いた氷槍を砕く事無く元の場所に戻す事が出来るんだ。

 

何時か、自分もそれが出来る様に成るのか。

 

そう考えていると階段が見えた。置いて行かれないように、重く感じる足を動かし更に早く前へ。

 

「いや何処行くんだよ」

「ぬぇへぇッ!?!」

 

首が絞めつけられる。

 

誰かに、服の襟を掴まれたから。何事かと急ぎ確認するとローウェンが掴んでいた。何をするのかと言おうとして、酷く生臭い匂いが鼻に付く。そして音。水の流れる音がする。そこで漸く気が付いた。この階段の先は最下層なのだと。そして自分が其処に突っ込もうとしていた事に。

 

疲れて、思考が鈍っている状態で。

 

血の気が引く。この先に怪物が居たとするならば。レフィーヤは死んでいただろう。或はもし、運が良かったとしても無事ではいられない。そしてそれは、まず間違いなく彼等の足かせとなるだろう。

 

「あ……すみ――――ません」

「謝る前に呼吸を整え様な? それから謝らなくてもいいから」

「寧ろ、ちゃんと付いて来れた事が驚きだ」

「気合入ってるでござるな」

 

そんな言葉を聞きながら深呼吸。ゴザルニから差し出された水を口に含む。少しだけ疲れが取れたのか、落ち着いてきた。それを見てローウェンが頷き。

 

「じゃあ、レフィーヤ。言って於くが今回は、と言うか今回もお前が最大火力だから削り切る際は頼むぞ」

「あ、はい。わかり、え?」

 

最大火力?

 

如何いう事かと問い掛けようとして、ホロンに肩を叩かれた。如何したのかと見れば、彼は言った。

 

「深く考えず、行けると思った時に思いっきり印術を叩き込めばいい。其れだけの事だ」

 

そんな、単純な事をだ。それだけでいいのかと思わなくもないが、それ以外の事が出来るとは言えないレフィーヤは黙って頷いた。

 

そんな、僅かな休憩を経て、彼等は最下層へ。 



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第二十四話

其処は既知感を覚える様な場所だった。

 

そう、石灰魔人と戦った場所によく似ていた。流れる水を見て、或いはここはあそこと繋がっているのか等と考えて。思考を切り替える。ここは最下層だ。何時、怪物に襲われてもおかしくはないと、警戒する様にレフィーヤは見渡す。姿は、見えない。ならば上かと見上げるも、居ない。

 

「いやぁ、怖いね」

「でござるな」

 

軽口を言いながらも、警戒を怠らないローウェンとゴザルニ。何時、何処から来ても対処できるようにしている。それでも思ってしまう。よくそんな風にして居られるなと。

 

こんなにも敵意に満ちている場所で。

 

と、背後から水が弾ける様な音が響く。後ろからと振り向こうとして。それよりも早く襟を掴まれ引っ張られる。思わず、声を漏らしながら如何したのかと問い掛けようとして。

 

先程まで居た場所を巨大な氷塊が音を立てて通り過ぎる。

 

「――――は?」

 

間抜けな声。しかし、それ処では無い。再び水が弾ける。

 

見えたのは巨体。魚の様な、蜥蜴の様な歪な姿の怪物。それが、回転し氷の塊を散弾のように撒き散らしながら飛び込んできた。

 

「殺意高くね?」

 

驚いた様にローウェンは声を上げながらもレフィーヤを庇う様に前に立ち、的確に向かってくる塊を射ち落し。同時に視線を走らせ他の二人が無事であることを確認する。

 

奇襲する様に襲い掛かって来た怪物、魚蜥蜴とでも呼ぶべきそれは。しかし地面に着地すると其の儘止まる事無くゴザルニに向かって突進を仕掛ける。それを冷静に見て、動く。するりと横に避け同時に刃で撫でる様に斬る。

 

痛みから苦悶の声を上げる魚蜥蜴、けれど止まらない。

 

目の前に誰も居ないと言うのに突き進む。その先に在るのは水面だけだ。けれど、それこそが目的なのだと気が付くの容易だった。

 

「また水の中に?!」

 

思わずレフィーヤは叫ぶ。そうなったならば、面倒処の話ではない。一方的に攻撃されかねないのだから。だから、だから。そんな事を許す筈が無い。

 

「おっと、通行止めだ」

 

ホロンの声と同時、氷の壁が生まれ阻む。突然現れたそれに止まる事も出来ずに衝突。其の儘砕き、しかし体勢を崩して魚蜥蜴は転倒した。それを見て好機と前へ踏み出すゴザルニ。 

 

そして、その状況を危険だと感じたのか尻尾を乱雑に振るう魚蜥蜴。狙いなど定めていない荒れ狂う尻尾が、しかしゴザルニに迫り。それでも止まる事無く一歩前へ踏み出す。

 

――――――タンッ!

 

銃声、放たれた弾丸に因って逸らされた尻尾に向かって刃を振るう!!

 

『―――――――――――――――――――――ッ!!』

 

激痛。故に叫び声を上げ、その場で回転する様に暴れる魚蜥蜴。これには流石にとゴザルニは距離を取る。暴れているがしかし距離を取れば隙と言える、故に今かと印術を放とうとし、其れを弾丸を放ちながら手で制すローウェン。まだだ、と言う事なのだろうか。

 

体勢を整え、四人を睨みつける魚蜥蜴。それは威嚇からの行動では無く、何をされても行動できるようにと言う警戒からのものだ。

 

明らかに、敵として見ている。

 

さて如何したものかと考えていると、動く影在り。ホロンだ。彼は視線を三人に軽く向けるとするりと前に出た。何をする気かと力を籠める魚蜥蜴にふっと笑みを浮かべて。

 

腕を交差し。

高々と掲げ。

膝は緩く曲げられる。

そして、そして。 

きわめて真剣な表情で。

 

「ニャァァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

絶叫した。 何故か・・・・した。

 

「は?」

 

気の抜けた声がレフィーヤから零れる。しかし仕方が無いだろう。それ程に突拍子も無く、意味の分からない行動だったのだから。現に、警戒していた魚蜥蜴さえも唖然と口を開けており。

 

 

 

 

「はい終わりが見えましたっと」

 

其処に、弾丸が叩き込まれ刃は振るわれる。

 

口を撃ち抜かれた故に、否、そうで無くとも叫ぶ事も出来ぬ痛み。突然感じたそれに、魚蜥蜴は唯その場で暴れる様に動くしか出来ず。

 

「魚?……の様だから此れかな」

 

其の雷撃を避ける事等出来はしない。暴れる魚蜥蜴に雷撃が直撃する。今までの攻撃よりも効いているように見える。魚だからか?

 

未だ暴れながら、しかし魚蜥蜴は理解した。彼等には勝てないのだと理解した。だから、する事は一つ。

 

視線が彷徨い、そして一点に集中する。

 

その先には、ローウェンに守られる様に立っているレフィーヤ。吼える魚蜥蜴。叩き込まれる銃弾など気に成らないと二人に、いやレフィーヤに向かって突進する。あの時のように、冒険者に守られた無力な女性を狙った様に。 

 

しかし、守られてはいるけれど。レフィーヤ・ウィリディスは決して無力では無い!!

 

印は既に記されている。それはホロンの放ったモノと同じ雷撃。しかし、其れでは足りないと。

 

もっと強く、強く、さらに強くと!!

 

痛い程の輝きを放つそれに危険と判断した魚蜥蜴は攻撃の為でなく逃走の為に走り続ける。二人の横を通り過ぎる様に突撃し。

 

「通行止めだと言っただろう?」

 

眼前に氷の壁。其処から、同じ。止まる事が出来ずに衝突し、転倒した。それが致命的だった。そんな状態では、レフィーヤの一撃を躱す事等出来ないのだから。

 

「行きますッ!!」

 

言葉と共に放たれる雷撃。足掻く様に暴れるだけの魚蜥蜴に……直撃する。ビクリと大きく震える。そして力なく魚蜥蜴は倒れて。

 

 

『モォォァアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!』

 

 

まだだと叫び声を上げる。力の入らない体を無理やり動かす。驚くレフィーヤの声。瀕死の魚蜥蜴が行うのは逃走。勝てない、勝てないと分かったのだ。だから、逃げるのだと。生きるのだと。

 

其の意志だけで、奴は動いていた!

 

逃げようとする魚蜥蜴に、思わず如何するべきかとローウェンを見て。何でも無いかのように手を振られた。まるで、もう終っているかの様に。

 

――――――パシャリと、水の跳ねる音が聞えた。

 

「むぅ、止めを奪う様で少々心苦しくはあるでござるが」

 

水に飛び込もうと飛んだ魚蜥蜴が見たのは―――――水面に立つゴザルニ。

 

 

「なんにせよ――――――斬り捨て御免」

 

 

閃が走る。刃は振るわれ二つに裂ける。

 

それは正しく……一刀両断。

 

命尽きた魚蜥蜴は、水底へと沈む。

 

 

「ござ?!沈んでしまったでござる!!」

「いやだからどうした」

「素材が取れない事に関して気にしているのでは?」

「いや、食べようと思ってたのでござる」

「えぇー……」



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第二十五話

其の後、彼等が魚蜥蜴を倒したから大丈夫と判断したのか。何処からともなくひょっこり現れたサラ教授を連れ無事にアスラーガへと帰還した。これを以てミッションは達成…けれど。

 

「―――――はぁ」

 

街を彷徨いながら、レフィーヤは酷く重い溜息を吐いていた。気分は、最悪と言っても良い。それは自分自身が情けなくて仕方が無いからだ。

 

「また……駄目だったなぁ」

 

呟かれた言葉。そう、そうなのだ。剛腕の石灰魔人も、紅蓮の魚蜥蜴と名付けられたそれも。レフィーヤが戦った怪物二匹は、しかし自身が居る意味が在ったのだろうかと疑問に思ってしまうのだ。きっと、其れを彼等に言えば極めて正しい言葉が返って来る事だろう。前、言っていた通りに。

 

けれど駄目だ。

 

今回は駄目だ。あの戦いは、自分が居る意味が見いだせなかった。いいや、それ処では無い。唯単に、足手まといとして其処に居ただけでは無いかと。そう、レフィーヤは思わずにはいられなかった。結局、行った事は最後の方で印術を一発叩き込んだだけでは無いか。

 

威力が高い?

 

だから如何した。敵を、モンスターを倒す事が出来ずに危うく逃がす所だったではないか。

 

ローウェンは最大火力だと言っていたが、如何考えてもゴザルニの方が……いや、あれはジャンル違いだから良いかとレフィーヤは思った。

 

弱ってたとは言え何で両断できるんだ。

というか何で水面に立ってるんだおかしいだろうと。

 

どうやったのかと問い掛けてみたが。技術でござる、と一言。なんと返したらいいのか分からない類の物だった。 

 

「……はぁ」

 

また溜息。

 

切り替えようと考える。何故、倒せなかったのだろうかと。あの時の一撃は間違いなく今放つ事の出来る最高の物だった。消耗していた怪物に止めととなる一撃だと自負できたほどだ。

 

それで倒せなかったからこうも落ち込んでいるのだが。

 

まだ使い始めて一週間と少ししか経っていないから仕方が無いと、頭の隅を過る。それは、仕方が無いと言えば仕方が無いだろう。けれど、いやだからこそ自己嫌悪に陥る。そんな事を考えながら一瞬とは言え比べたのだ、自分とホロンを。どれだけ馬鹿げた事なのかと理解しながら。

 

彼に比べて自分はと考えてしまった。比べてはいけないのに、比べようが無いのに。と、其処で彼にある事を言われた事を思い出す

 

「そうだ。私から君に一言送ろう。『君はもう出来るだろう』とね」

 

それが何かを察したかのように、去り際にホロンが残していった言葉。尤もその時点では滑る様に去って行った事になんでだと疑問で頭が一杯だったので其処まで考えていなかったが。出来るとは、如何いう事だろう。なにが出来るというのか。

 

ホロンの様な働きがと言う事か?

 

「あ、みみだ」

 

馬鹿馬鹿しい。 

 

「みみ、みみさわらせろ!!」

 

出来る訳が無いだろう。

 

「みみー!!。みみみみ――――――!!!!!」

 

こんな未熟って。

 

「いっ―――――――たたたたた?!。痛い痛い耳が痛い!!」

 

痛み、突然の其れは耳が潰されるのでは思う様なもの。そして同時に、背中の重さ。それから察するに、原因はあの耳に異様な程執着していた子供だろう。

 

「は、これは?!」

「いやこれはじゃ無くて耳引っ張らないで」

「このみみおちこんでるみみだぞ!?どうしたみみのねーちゃん!!」

「え、なにそれ怖い」

 

確かに落ち込んではいた、いたが何で耳を引っ張ったら分かるんだ。今までの経験にない意味の分からなさだった。

 

アスラーガって魔境なの?

 

「なにかなやんでるのか?おしえろぉー!そしてそんなものすててしまえ!!」

「凄い事言ってるこの子?!」

「がっかりみみはよくないぞ!!うきうきみみがいいんだぞ!だからいえー!!」

「いやよくわかいっ――――たい?!わ、分かったから。言うから引っ張らないで!」

「ならはやくいえい!」

 

理不尽だと思ったレフィーヤは悪くない。

 

 

 

 

 

 

「ぼうけんしゃになれないんじゃないかってなやんでだわけか」

「違うけど?」

 

出来る限り分かり易く説明したのにどうしてそんな結論に至ったのかさっぱりなレフィーヤ。子供の考えって摩訶不思議。そしてその子供はと言えば、そんな事等知らんと言わんばかりに続けた。

 

「だいじょうぶだぞみみ!!」

「せめてねーちゃんってつけて欲しいかな」

「まえにこるぼのにーちゃんがいってたぞ!」

「うん、誰?」

「だからきにするな!」

「いや、そこは言ってくれないと分からないんだけど?」

 

 

「ぼうけんしゃにひつようなのは『いっぽまえにあしをふみだすこと』だっていってたからな!!」

 

 

一瞬、息が詰まる。子供の、少年の口にした言葉どの様な意味なのか理解したから。

 

「そ、れは」

「だからふかくかんがえなくてもいいぞみみ!!まえにでるなんてだれにでもできることだからな」

 

そう言って、笑みを浮かべながら深く頷いた。言いたい事は言い終わった様で。

 

「じゃあなみみ!!つぎはうきうきなみみをさわらせてくれ!!」

 

手を振り、ふはははと笑い声を上げながら去って行く少年。その後ろ姿を見ている事しか出来なくて。

 

 

「ジャッ!!」

「グルピョッ?!」

 

 

だから、その芸術的なボディブローが叩き込まれる瞬間を目にした。

 

崩れ落ちる少年、しかしそれに一瞥もくれる事無くボディブローを放った存在、少女はレフィーヤを見て。

 

「ごめいわくをおかけしまた」

 

ぺこりと頭を下げて、少年を引き摺って行った。やはり、アスラーガは魔境なのか。

 

なんだか、自分が何を考えていたのか忘れてします程のインパクトだった。けれど、言葉は憶えている。

 

「……一歩前に足を踏み出す事、か」

 

それが、どれ程難しい事なのか。レフィーヤは知っている。

 



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第二十六話

一歩前に足を踏み出す。

 

それは誰にでも出来る事で、しかし実際に出来るものは少ない事。果たし、レフィーヤは其れが出来ているか、分からなかった。

 

「ので、如何なのか訊きに来ました」

「訊かれても困るわよ」

 

鎧を磨きながらコバックはそう返す。その通りだろうと思う。行き成りそんな事を訊かれても困るのは当然だろうと。けれど、それでも気に成ってしまうのだ。

 

「いえ、コバックさんは如何思っているのかを言ってくれるだけでいいんです」

「って言われてもねぇ」

 

うーん、と悩む様に唸る。何と言えば良いのか考えて、考えて。そして。

 

「それ、あたしよりもローウェンちゃんに聞くべき事よね?」

 

一番最初にあったんでしょう?と、そんな言葉が返ってきた。その通りと思うが、同時に如何なのだろうとも考える。

 

「いえそこまで、知り合ってからの時間に違いはありませんよ?」

 

たったの一日。それだけの違いしかない……のだが。

 

「でも、そう言うの関係なしに。的確に言ってくれそうよね彼って」

「それは、分かります」

「偶に同じ生き物なのか疑いたくなる時あるよね。彼に限らず最上位に位置する冒険者は」

「あ、お帰りなさいハインリヒちゃん。今日は捕まらなかったのね?」

「全力で逃げてきたからね」

 

言いながら、それでも疲れを感じさせるハインリヒ。彼の言っていた事、それはレフィーヤも同意見だ。正直、何度も思った事だから ローウェンだけでなく、恐らく同じ様な領域だろうホロンやゴザルニ、後ゴザルニとかゴザルニは、同じ生き物とは思えない。仁王立ちしたまま滑って去って行ったり水面に立ってたり。

 

あれ、二人と比べるとローウェンはそれ程でも無い?

 

「錯乱している様だから言わせて貰うよ? 見る事無く動くモンスターの急所を撃ち抜くとか普通出来ないから」

「――――――――はッ?! 確かに!!」

 

言われて、よくよく考えればその通りだ。なんで出来るんだあんな事。

 

訊けば答えてくれるだろうか……いや、訊いたところで技術の一言が返って来るだけだろう。確証が在る訳では無いが凄く想像に容易い。と、そこまで考えてレフィーヤはハッとする。

 

「そういえば何の話してたんでしたっけ?」

「それ貴女が言うの?」

「ん?トップクラスの奴らがどれ程人として大切な物を投げ捨てているのかと言う話じゃなかったのか?」

「違いますよ」

 

投げ捨てている事に関しては否定しない。だってそう思ってるし。

 

「レフィーヤちゃんは前に一歩踏み出せてるかどうか、其れをあたしに訊いて来たんでしょう?」

「……あ、そう言えばそうでした」

「レフィーヤちゃん大丈夫?」

 

心配する様に、声を掛けられる。自分でも大丈夫だろうかと思うから、詰り大丈夫でないという事だ。

 

「ま、直ぐに忘れるって事はそれ程気にしていないって事だろう」

「あらローウェンちゃん」

「御帰りー。何処行ってたの?」

「ちょっと代表殿とお話にな」

「またミッション?」

「そうともいう。いやぁ……楽しくて良いね!!」

 

心底楽しそうに笑う。ミッションは大体、緊急事態で在ったり。誰かの命が掛かっていたりするものだ。それを楽しいで済ませるとは。やっぱり一寸あれな気がする。

 

まぁ、其れは其れとしてと取りあえず問い掛けることにしたレフィーヤは口を開く。

 

「因みに、貴方は如何思いますか?」

「前に進めているか如何か的なあれか?」

「……まぁ、大体そんな感じの」

「そうだな。逆にもしも進めて無いと思ってるならお前の中で一歩前に出る事に対しての難易度が高すぎてドン引きする」

「なんで?!」

 

其処までの事なのかと。一歩前に出るのはとても難しい事じゃ無いかと。

 

「お前の中では、冒険者に成るのは一歩に含まれないのか?」

 

そう考えたのに、一言で潰された。

 

あぁ、嗚呼そうだろう。そうだったのだと思い出した。それがどれ程勇気が必要で在るのかを。オラリオでもアスラーガでも変わらずだ。それが一歩と言わないならば、確かに彼の言う通りだ。難易度が高すぎる。

 

「はいじゃあ下らない思考は放り出して話するぞー」

「下らないは流石に言い過ぎじゃ無いかしら?」

「馬鹿野郎、その程度の事を放り捨てられなければ高位冒険者にはなれんぞ。この馬鹿野郎。この馬鹿野郎!!」

「三回も言う事無いじゃない?!」

 

「でも武器や防具を全部整備に出したりしてましたよね?」

 

「それは申し訳ないと思ってるわよ?!というか、え? レフィーヤちゃんも責めるの?! ハインリヒちゃん助けて!!」

「僕、子供たちに連れ去られるのを笑顔で見送った事恨んでるから」

「それ今言うの?!」

「おい、コバックおい」

 

ここにきてまさかの事実。思い出して見ればそうだ。連れ去られていった、そう言ったのだからその場面を見ていても可笑しくないだろう。

 

「判決は?」

「有罪、吊るすぞ」

「待ってお願い?!」

「・・・仕方ない。言いたい事が在るなら聞いてやろう」

「ありがとう!」

 

「と言う訳でコバックが話してる間にカースメーカー呼んで来いレフィーヤ」

 

「分かりました」

「申し訳ございませんでしたッ!!!」

 

コバックに因る渾身の土下座。精一杯の謝罪の意が込められたそれを見てローウェンは微笑み。

 

「其処まで言うなら……カースメーカーは勘弁してやろう」

「あ、ですよね」

 

コバックを吊るしたため、ミッションに関わる話は翌日に持ち越されましたとさ。

 

 

 

 

 

「あ、もう一つ聞いて良いですか?」

「何だ?」

「如何やったらモンスターをちゃんと倒せますか?」

「死ぬまで攻撃を叩き込め」

「……其れだけ?」

「其れだけ」

 

其れだけらしい。



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第二十七話

「さてと」

 

音を立てて手を叩くローウェン。そんな彼が、いいや彼等、ギルド・フロンティアが居るのは第四迷宮・逢魔の樹海前。風に揺られる葉の音と香りが心地よい場に立っていた。

 

「と言う訳で、ミッション・第四迷宮の最下層を調査せよ。張り切っていくぞー」

「おー……と、言いたいんですけど。どういう事ですか?」

「そのままの意味だぞ?」

「いえ、そうじゃ無くてもっと詳しく説明してほしいのですけど」

「詳しくねー……うーん。剛腕の石灰魔人居ただろう?」

「居ましたね」

 

忘れる訳が無い。あれだけ恐ろしく、そして呆気なく終わった、終わってしまった怪物の事を。

 

「紅蓮の魚蜥蜴いたじゃん?」

「居ましたね」

 

少し前に、怪物よりも尚恐ろしい冒険者が居るのだと思い知らされたそれは。何と言うか忘れようが無いだろう。

 

「で、その二体とも最下層に居たじゃん?」

「……詰り、第四迷宮の最下層にもそれが居るのではないかと思われるから調査をする様に、って事ですか?」

「正解」

「なら最初からそう言ってくださいよ」

「でも間違ってなかっただろう?」

 

言葉に詰まる、その通りだからだ。でも、もう少しちゃんと言ってくれてもいい気がする。のだが、そう言えばちゃんと考えれば分かる事だと返されそうだ。直ぐに想像できたから間違いない。

 

「でだ、もしも最下層に居るならばそいつの退治。居なくても、琥珀が無いかどうかを調べる。そう言うミッションだ」

「成程……いえ、なんで琥珀なんですか?」

「………」

「なんで黙るんですか?」

 

「いや、お前が話を聞いて無かったと分かったからどうしてくれようかと考えてた」

「なんで?!」

 

何を聞いていなかったというのか。何処かで話を聞き逃していたのだろうか?

 

彼の言い方からしてとても重要な事なのだったのだろう。しかし、一体何時?

 

「まぁ、レフィーヤが話を聞いていなかったとしても取り敢えず今は良いか。そんな事は後だ。もっと重要な事がある」

「重要な事?」

 

それ何だろうか。疑問に思う、同じ様になんで他の二人は黙っているのだろうかとも。いや、本当に何で?

 

チラリと、横目で見る。

 

見えたのは、真剣な表情を浮かべる二人。昨日、ふざけていた時の顔とは明らかに違う。これは自分の方が可笑しいのかも知れないと思えてしまう。

 

まぁ、後で聞いて見たら。レフィーヤが訊いてくれるみたいだから黙っていただけらしいが。

 

何せよ疑問に思った、気に成ってしまったから。彼女は問い掛けた。

 

「それで、重要な事って何ですか?」

「この迷宮にはD.O.Eが発生する……との事だ」

「D.O.E?」

 

何だそれは?

 

そんな疑問が浮かび。けれど、これまでに程表情が引き締まっている事に気が付いた。或は、先の二体の怪物と相対した時以上かもしれない。

 

「レフィーヤが知らんのは仕方ないとして。二人はどの位知ってる?」

「そう言うのが居るって言うのは聞いてたわ。確か、一年前にアスラーガの街に大打撃を与えたモンスターだとか」

「知ってるって程じゃないけどね。あれでしょ?何で倒せたのかが全く分からなかったって言う」

「あら、そうなの?」

「そうらしいよ」

 

ここで問い掛けられたから口を開く二人。互いにしている事を言い。しかし、其処で止まる。たいして知っている訳では無い様だ。

 

「うん。大体そんな感じと言うか、それだけなんだよな」

「はい?」

「現状におけるD.O.Eに関する情報。いや、後職業は関係ないとか言われてたような気がするな」

「それは……えっと、どういう?」

「詰り、よく分からんと言う事だ!!」

「大丈夫なんですかそれ?」

 

いや、言って於いて何だが大丈夫では無いだろう。寧ろ何を持ってそれで大丈夫だと言うのか。そう思い、けれど。

 

「居ると分かっていて倒せるとも分かってる。これで十分だろう」

 

そう、彼は言った。其れ以上は必要無いとでもいう様に。

 

「ただまぁ、そうだな」

 

呟く様に、銃を軽く撫でながら彼は続けて口にする。

 

「行き成りそれと戦えとは言わんよ。と言うか戦うな」

「え?」

「ちょっと、それどういう事よ」

「出会ったら逃げろ…と言う事かな?」

 

「いや、俺がやるから」

 

「……それこそ、大丈夫なんですか?」

 

ほぼ、未知の敵と言ってもよいだろうD.O.Eと言うモンスター。其れを相手に、ローウェンは一人で相対すると言っている。それは、如何しようも無い程、無謀な行為に思えてならない。それは、他の二人も同じようで顔を顰めている。

 

「……レフィーヤちゃんの言う通りよ。流石に其れは危険すぎるんじゃないかしら?」

「金は大丈夫なの?」

 

心配する様に言葉にするコバックと、少し違う事を口にするハインリヒ。確かにそうだ。何時も帳面とにらめっこしてるローウェンだ。未知の敵と相対して……その、幾ら割引してもらったとはいえ、金銭面的に大丈夫なのかと。

 

ローウェンは、ふっと笑みを浮かべて。背負っているリュックサックを軽く叩いた。

 

「今回の代表殿は太っ腹でな。銃弾の費用を肩代わりしてくれたんだよ」

 

だから遠慮無しでいけると。楽し気に口にする。若しかしてだが、金銭的に気にしなくていいから戦いたいと言っているのだろうか?

 

……十分あり得る気がする。

 

「あぁ、そうそう。一応言って於くが別にお前達が力不足だからとかそう言う事じゃ無いからな?」

 

念を押す様に、彼は三人を見ながらそう言った。別に、そんな事は思っていない。と言うか、もしも彼がそんな事を思ってたなら直ぐに口にしてるだろう。うん、してる事だろう。

 

「なら何でですか?」

「好きなだけ銃弾ばら撒けるから」

「えぇー……?」

「ただ、それだけじゃないぞ?」

 

「ここらで、初心者と中堅冒険者であるお前達三人にちゃんと見せておこうかと思ってな」

 

彼は、三人を見ながら笑みを浮かべて口にする。

 

「最上位の冒険者、その本気を・・・な」

 



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第二十八話

第四迷宮に足を踏み入れた四人を待ち受けていたのは、痛い程の静寂と吐き気を催す程の敵意。レフィーヤは思わず口を押え、コバックとハインリヒでさえ緊張が滲み出ている。のだが。

 

ローウェンだけが、鼻歌を歌いながら平然と進んで行く。

 

ってちょっと待って。なんでそんな平然としているのかと。其れが気に成って仕方が無いレフィーヤ。D.O.Eと言う未知のモンスターが何時現れるのか分からないのに。なんでと。だから警戒しながらも訊いてみる事にした。

 

「そんな風にどんどん進んで大丈夫なんですか?」

「D.O.Eが何時現れるか分からないのに……て、意味で訊いてるなら大丈夫と答えよう」

「…なんでそんなはっきり」

「理由はあってな、今見せられるぞ」

 

ほらと、片手間のように通路から現れた軍隊バチを撃ち抜きながら見せる様に差し出した。それは黄色の光を湛えた円形の不思議な物体だった。

 

「なんですかこれ?」

「D.O.Eは特殊なモンスターであると分かっているのだからならば何かしらの方法で探す事が出来るのではないかと言う考えから開発されたD.O.Eの接近を色で知る事の出来るアイテム。D.O.Eレーダーだ!!」

「…そうですか」

 

レフィーヤは反応に困った。

 

便利であるのはそうだろう。確かに、そんな物が在るならどんどん進む事も出来るだろう。何せ、近くに居ないと分かるのだから。けれど、けれどだ。其れ以上に思った事が一つあり、口から出る言葉である。

 

「そんな物がある事を何で教えてくれなかったんですか?」

「いや、D.O.Eってよく分からんモンスターだって何度も言ってるだろ?」

「そうですね」

「つまりは、だ」

 

言葉を区切り、ふらりと現れた森ウサギの頭部を一瞥もくれず撃ち抜きながら言った。

 

「よく分からん方法でよく分からん内に目の前に現れるかもしれないだろう?」

「それは無いでしょう、流石に」

「よく分からん事態に巻き込まれたのかよく分からんが気が付いたら第一迷宮に居たお前が言うのかそれ?」

「すみませんでした」

 

其れを言われてはお終いだ。言い返せない、だって下手したらD.O.E等よりもよっぽど摩訶不思議なのだから。若しかしたら世界一不思議な存在かも知れないレフィーヤだった。

 

けれど、それで黙るのは彼女だけ。他の二人が何とか言ってくれるかもしれないと視線を向ける。

 

「あぁー…在り得なくも無いわね」

「ま、そう言うの関係なしに。其れがちゃんと機能してるのかどうか実際に僕たちが試した訳じゃ無いから警戒するのは当然だと思うけどね」

 

何故か頷き納得するコバックと真面目に語るハインリヒ。おい、ハインリヒは兎も角コバックは何故納得してるのか。納得する要素在るのか。在るなら教えてくれと口を開く。

 

「なんでコバックさんは納得してるんですか?」

「いや、だってね。実際、ローウェンちゃんが言ったようなことが出来る物を知ってる訳だしねぇ?」

「あれか」

「そう、あれよ」

「なんですかあれって?」

 

「「アリアドネの糸」」

 

「んぬぅッ」

 

変な声が出たが気にする事が出来なかった。そう確かにそうだ。レフィーヤよりもよく分からない謎アイテム筆頭、アリアドネの糸。其れを出されたら、いや、それがある事を知っていたら若しもを考えないのは可笑しいだろうと。そう思えてしまう。未だに、なんであんな風に端っこを持って投げるだけで無事に帰れるのか分かってないらしい。なんでだろう、不思議だね。

 

まぁ、何にせよ。

 

「別に言わなかった理由では無いですよね」

「ぶっちゃけるとハインリヒが言った通りなんだよな。これ、ちゃんと言われた通りの機能あるか分からんし」

「…こう、試すとかしなかったんですか?」

「と言うか、それも含めてのミッションみたいな感じだしな。まぁ実際迷宮に入って、説明された通りみたいだったし、なら教えても良いかと……お、階段じゃん」

 

ま、普通の事だなと。呟きながらトノサマカエルを撃ち抜いてから降りていく。其れを見て確かにと思いながら。同時に。だから何で見もせずに撃ち抜けるんだ、と急所を撃ち抜かれて即死したトノサマカエルをチラリと見てから。続く様に階段を降りた。

 

 

 

その、直後だった。

 

 

 

歩みが止まる。唯、何処からともなく感じた何かの圧に心が敗北した気がした。気が付けば膝から崩れ落ちようとしており、慌ててハインリヒが受け止める。そんな彼の表情も、酷く硬かった様に思える。コバックはと、少しだが息が荒くなっている事を自覚しながらも視線を巡らせて、臨戦態勢の彼を目にした。やはり、此れはレフィーヤは気のせいと言う訳では無い様だ。ローウェンはと、探せば。

 

「ほぉ――――本当にD.O.Eが―――――近くに来ると――――赤くなるんだな……このパン美味いな」

 

パン食べてた。

 

「ていやいやいや、なんでこんな状況でパン食べてるんですかというかよく食べられますね!?」

「え、腹減った状態ではははいはふ……ん、無いだろう?」

「飲み込んでから喋ってください……取りあえずキチガイって凄いって事にしておきます」

「遠慮が無くなって来たな。俺に似てきたな!!」

「ゲパァッ?!」

「しっかりしてレフィーヤちゃん、傷はまだ浅いわ!!」

「ローウェン、苦しんでいる仲間に止めを刺そうとするのは良くない」

 

「解せぬ」

 

確実に何かが、D.O.Eが近づいて来て居るだろうに。空気がすっかり緩んでしまっている。よく言えば緊張が解けたとでも言えばよいだろうか。何にせよ、先程まで死にそうだったレフィーヤは、別の意味で死に掛けたが問題なさそうだ。

 

だから、ローウェンは彼女から視線を外し前を見る。そこから現れたそれに向かって。

 

「じゃあ、やりますかね」

 

銃を、構えた。



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第二十九話

ゆっくりと通路から現れたそれは、鹿だった。

 

尤も、普通の等とは口が裂けても言えそうにはないだろう。何故ならば、生き物なのかと疑いたくなる様な圧力を感じるからだ。それは敵意か、殺意か、それとも悪意か。いいや、そのどれでも無く全てだろう。敵意も、殺意も、悪意も。

 

全てを集め煮詰めたかのようなそれは―――――怨讐。

 

「あれが……D.O.Eッ?!」

 

想像以上だった。石灰魔人や魚蜥蜴に比べれば其処まででは無いだろうなどと頭の片隅で思っていたレフィーヤは戦慄していた。あんなにも恐ろしいモンスターをレフィーヤは知らない。

 

そして、恐ろしき角を持つ鹿は、彼等を見て。ゆるりと口を開き。

 

 

三発の銃弾に撃ち抜かれた。

 

 

「……ん?」

 

 

一瞬、見間違いかと思い見直すレフィーヤ。見えたのは、僅かに傷ついた角鹿。鬱陶しいと言わんばかりに揺らしている体には……既に治りかけの傷が三つ。そう、三つである。其れを行ったローウェンを見ると。何かを確認する様に銃を弄りながら。

 

「不自然に硬いなぁ、やっぱ何かしらのからくりが在るって感じかね」

 

 

―――――タンッ

 

 

銃声、撃ち放たれた弾丸が両目を抉り喉を叩く。角鹿の悲鳴にも似た叫びが、しかし喉に浅いとはいえ傷があるからか、響く事無く掠れる様に耳に届く。そしてやはり、弾丸は三つ。

 

「うわぁ、眼球も治んのかよ」

 

やだねぇ、なんて呟きながら続けて発砲。当然の様に放たれる三発の弾丸は、先程と同じ場所に狂いなく叩き込まれ。

 

色が咲き誇る。それは炎、氷、雷。何時だったか言っていた属性弾と言う言うものか。

 

初めて見るそれに興味を惹かれるけれど。しかし、それでも少しの傷のみで平然としている角鹿は、脅威と言う他無いだろう。普通なら一撃でも食らえば死にかねない場所に何発も叩き込まれているのに。それは嘶きを掠れさせながらもローウェンを治りかけの瞳で睨み付け、彼に向かって駆けだす。

 

「誰が歩いて良いと言ったかなぁ?!」

 

直後に銃弾が前足の両関節を撃ち抜き崩れる様に転がった。序でのように喉も撃ち抜かれており、声を発する事も出来ず、立ち上がろうと足掻く。その姿を見ながら、ある事に気が付いて。

 

「あぁー、成程そう言う事か」

 

ローウェンも又、気が付いた様だ。傷が、先程までのよりも深いという事に。いや、恐らくはレフィーヤが気が付いた事よりももっと、より詳しく。それこそ、何故今までの弾丸が通らなかったのかまで理解しているのだろう。だから、彼は語り始める。

 

「どうやら、D.O.Eは…と言うにはまだ一体しかだから何とも言えんが。取りあえず目の前の鹿に限れば、あの不自然な防御力というか回復量というかは何処かしらに不調が出れば無くせる様だな。不調を取り除く為に其方に気が向くからかね?」

 

なんて、首を傾げながら立ち上がった角鹿の関節を撃ち抜き再び転ばせる。

 

「倒せたのに職業は関係ないって言われるわなこんなんじゃ。俺みたいに関節ぶち抜いたり…あと毒とか呪いでもいけるのかね? そう言った類いが無ければ碌にダメージ通らなないんだからな」

 

傍から見れば、熟練冒険者の攻撃が通らず。なのに初心者なら通り、かと思えば駄目になる。そんな光景が在ったのだろう。確かに、意味が分からないという事になっても仕方が無いだろう。

 

と、何度も転ばされる角鹿が大きくその体を震わせる。疑問に思うよりも早く、琥珀色の何かが角鹿から宙を舞ったのだ。それが何であるのかは分からないが、なんの効果があるのかは直ぐに分かった。惹かれる様に複数のモンスターが、角鹿に向かって集まっているからだ。

 

流石に、これは不味いのではと杖を構えて。

 

 

――――タタンッ

 

 

全てのモンスターが、急所に弱点と成る属性弾を叩き込まれ射ち落された。視界に収める事無く当然の様に、いや、角鹿の関節を撃ち抜きながらついでにモンスターを倒したのだ。

 

「モンスターを呼び寄せる…か。此奴の固有の物なのか、それともD.O.Eは皆出来るのか。何方にせよ面倒である事に変わりは無いか」

 

さて、と呟く様に言葉にして角鹿を見る。何度も関節を撃ち抜かれ倒れている姿を。最初に見た時に感じた恐ろしさを、レフィーヤは感じられなかった。それは、角鹿が弱っているからなどでは無く。

 

余りにも、ローウェンが圧倒的だったから。

 

「そろそろ止めを刺すかね。此れ以上は危なそうだし」

 

立ち上がろうと足掻く角鹿に、改めて銃を向ける。其れを見てか、更に激しく動く。きっと理解したのだろう。此の侭で殺されるのだと。けれど、尽きることが無かった、嗚呼そうだ。違った、魚蜥蜴の時とは違った。目の前の敵は、逃げる事等考えていなかった。

 

足掻くのは、眼前のローウェンを殺そうと言う意志の元。

 

 

「それじゃ、お休み」

 

けれど、高位冒険者には……殺意の刃は届かない。

 

引き金は引かれ、銃弾は放たれる。立とうと、避けようと、殺そうと暴れる角鹿、その頭部に。そう動くのだと知っていたかのように、吸い込まれる様に。

 

 

弾丸が―――――撃ち込まれた。

 

 

大きく体を震わせた角鹿はやがて、地にその体を横たわらせた。もう、動く事は・・・無い。

 

「いやぁ、とても強い敵だったな。ま、運は相当悪かったみたいだけどな」

 

ローウェンは笑みを浮かべながら、三人を見て。口にする

 

「と言う事で、見てたか?」

 

これが。

 

「最上位冒険者の本気と言うやつだよ。お前達が……目指すべき場所だ」

 

そう、彼等に向かって。遥か先を示し。

 

「いえ、人間やめたくないんですけど?」

「其処まで行ったらお終いよね」

「どんな外法に手を出したんだ君は」

 

「解せぬ」

 

 

 



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第三十話

ローウェンに因るD.O.Eとの戦闘、いや蹂躙が終わり。さらに奥に、深くへと足を進める一行。だが、ローウェンは。

 

「なんかさぁー、幾らなんでもあの言い方は酷くないですかねぇー?」

 

完全に拗ねていた。其れはもう、膝を抱えて地面にのの字を書き始める程に。まぁ、そんな状態なのに普通に歩いてるレフィーヤ達に置いてかれる事無くついて来るは、其の儘の態勢でモンスターの急所を撃ち抜いているのだから。やっぱり人間やめていると思ってしまうレフィーヤだった。

 

そう言えばと、何と無くでしかないが先程のD.O.Eとの戦闘を見て思た事を口にする。

 

「もしかしてですけど手を抜きましたか?」

「何でそんな事しなきゃいけないんだよ」

 

何を言ってい居るんだ此奴はと言う感じの視線をローウェンから向けられるが、直ぐに気が付いたように頷いた。

 

「あぁ、あれか。俺がD.O.Eを嬲ってたからそう思ったのか」

「あ、嬲ってたんですね」

「そうだぞ。でも別にあれは手を抜いたとか、遊んでたとかそう言うのじゃないからな?」

「調べてた…だろう?」

「正解だ。飴舐める?」

「貰うー」

 

取り出された飴を舐めるハインリヒを見て、彼の言った言葉にそう言う事かと納得した。必要以上に痛めつけている様に見えて、だから手を抜いているのか最悪D.O.Eで遊ぶという完全に人外認定する他無い事をやっているのかと思ってしまったが。調べる為にやっていたというならそうなるだろう。

 

あの敵が、どの様な行動を取り、どの様な事が出来るのか。其れを知るのは、とても大切な事だから。まぁ、それにしては一方的過ぎて分からない事が多い気がするが。距離を取って戦うのが主なガンナーであるローウェンにそんな事を言っても馬鹿かお前はと言われると分かり切っているので、レフィーヤはそっと言葉を仕舞い込んだ。

 

「でも、D.O.Eを一方的に嬲れる時点で人間とは認めがたいのでその辺は訂正しませんからね?」

「レフィーヤ、お前もさらっと毒吐く様になったな……まぁ、別に訂正する必要は無いけどな」

「え、認めるんですか?」

「尤も訂正しないともれなくお前も最終的に人外に成るって事だがな」

「いや、流石にあんな事出来るようになるとは思えませんので」

 

神様から再び恩恵を与えられれば分からないけれど。そうで無ければ出来る様に成るとはとてもでは無いがレフィーヤには思えなかった。と言うか、流石にあそこまで行きたくないというのも本音である。憧れのあの人が聞いたら憤慨するかもしれないなぁ、なんて如何でも良い事を考えながら近づいてきたフォレストバットを杖で叩き落としてから火球で燃やす。そしてレフィーヤは歩き、あっと声を出して止まった。

 

其れを、微笑ましく見つめるローウェン。

 

「そうか、為らないか…だと良いな」

「あの、止めて下さい。そんな目で見ないでください。私自身、さっきのが出来てしまった事に愕然としてるんですから。出来るだけ考えない様にしてるんですから止めて下さい!!」

「でも冒険者として成長したなら祝うの当然だろう?」

 

だからと口にしてから。

 

「おめでとうレフィーヤ」

「立派になったわねレフィーヤちゃん」

「人外への第一歩おめでとう」

 

「「「心から祝福するぞ」」」

 

「まぁ、僕は人外に成りたくないけどね」

「あたしも」

 

レフィーヤは思った。此奴ら燃やしてやろうかと。気が付けば杖を構えていたが別に構わない気がした。尤も、ローウェンにはどうやっても当てられる気がしないので対象はコバックとハインリヒの二人だが。まぁその二人も避ける成り防ぐ成りするだろうから徒労に終わるだろう。

 

と、そんな物騒な事を考えているレフィーヤの肩をローウェンは優しく叩いた。如何したのかと見れば、さっきと変わらず微笑みながら。

 

「俺みたいになればあの二人をぶちのめせるぞ?」

「何言ってるんですかこの馬鹿は」

 

なんて言いつつも、今この場でその領域に到達できるならば。そんな事を思ってしまうレフィーヤだった。怒りは人を人外へと押し上げるらしい。無理だから否定したけど。いやまてよ、ホロンはもう出来ると言っていた。詰り今ここで人外に成りたくないという感情を捨てれば出来るのか?

 

そんな薄暗い情念に惑わされそうになり、慌てて振り払う様に頭を振る。けれど苛立ちを覚えた事に変わりは無いので、最下層に怪物が居たならそれに叩き込もうと密かに思うのだった。

 

「さて…確か今は十四階だったよな?」

「ん、ああ、そうだね」

「なら最下層は十五階か。確り体制を整えてから行くぞー」

「いやなんで分かるんですか?」

「音」

 

そう言ったローウェン。試しに、レフィーヤも耳を澄ます。聞えて来るのは、水の流れる音。それは、此処までの階層で聞いて無かったもので。詰り、この下には、水が流れているという事なのだろう。

 

そして、今までの最下層の事を考えると。確かに、そう判断するのが妥当だろう。ならば当然、此処から下に降りたなら其処には。

 

「居るのかは分からんが、居ないと考えて行動するのは其れこそ馬鹿のする事だよな」

 

言いながら、見渡す。其々がそれぞれ素早く確認をする。武器に問題は無いか見たり。アイテムの位置を調整したり。杖を握り直したり。其々がそれぞれの事を行い……頷いた。

 

じゃあと、ローウェンは呟いて。

 

 

最下層へと向かう。

 



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第三十一話

それは何処に隠れることも無く其処に居た。背に朱色の樹木を宿した甲虫は、樹木をゆっくりと揺らして彼等の方を向く。まるで見定める様にその瞳を蠢かし。

 

 

火球を叩き込まれた。

 

 

「…えーっと、レフィーヤちゃん?」

 

駆けだそうとしていたコバックが、レフィーヤに言葉を掛ける。彼女は、何でも無いかのように。

 

「隙だらけだったので」

 

良い笑顔でそう言った。其れを見て、えぇっと呟きながら汗を垂らすハインリヒ。此れは完全、きてる。何がとは言わないが。

 

「まぁ、レフィーヤの言ってる事は間違ってないわな」

 

言いながら、銃弾を放つローウェン。全く動じていない。

 

「と言うか速く動け、相手はもう戦う気満々だぞ?」

 

撃ちながら指さす。見れば、甲虫は体を揺らし何かを撒き散らす。明らかに、体にいいものとは思えない。毒、なのだろうそれは広がり、警戒する様に彼等は下がる。毒で無かったとしても、態々突っ込むような事はしない。馬鹿ではあるまいし。

 

「しかし硬いな。D.O.Eのと違って普通に硬い。ダメージが通ってる気がしない」

 

関節を撃っているのに少しだけよろめくだけで転ぶ様子の無い甲虫に、ローウェンは呟いた。確かに、先程火球を叩き込んだ時も頭を振りはしたが其れ以上に効いている様子は無かった。

 

「ま、それに関しては確かめながらって事よね」

 

前に出るコバック。突き出された角を盾でながしながら剣で切り裂く。それは銃弾や火球よりも効いている様に見えて。しかし。

 

「弱点って訳じゃなさそうだな」

 

そう、傷が浅い。確かに、比べればマシだが決定打に成り得る物では無かった。と甲虫が体を揺すり、再び撒き散らす。

 

慌てて下がるコバックは、しかし酷く足元がおぼつかない。まるで、酔っぱらって居る様な、或は眠気と戦って居る様な。

 

ハインリヒが動く。素早く鞄から薬を取り出しコバックに向かって投げる。今にも崩れ落ちそうな彼に薬がぶつかり、甲高い音を立てて割れる。直後、足取りは確かなものとなり、踏み潰さんとする甲虫の足を躱す。

 

「如何やら、あの…花粉? は、吸った相手を眠らせる効果があるみたいだね」

 

冷静に考察するハインリヒ。それはある意味で毒よりも厄介なモノだった。眠ってしまったなら、どれだけの手練だろうと無防備をさらす事に成るのだから。だから。

 

「なら近づかないでやるぞ」

 

言葉と共に銃弾を放つ。打ち出された三発の銃弾は狂いなく同じ足の関節を撃ち抜く。此れには堪らず甲虫も揺らぐ。が、其れだけ。動きを止めるまでには至らず。

 

それでも印術を叩き込むだけの隙にはなった。

 

放たれる其れは氷槍。其れは真っ直ぐに甲虫の顔面に向かい、弾かれた。単純な甲殻の硬さによってである。火球よりも効いている様子は無い。思わず舌打ちをしたくなるが。甲虫が身を震わせるのを見て、もしもと考えて後ろに下がる。しかし、今回は花粉が巻かれる事は無かった。代わりに、守るかのように軍隊バチが現れ。

 

「お前も呼ぶんかい。面倒だな、おい」

 

ローウェンが全て射ち落す。此れには流石に驚いた様に体を甲虫は揺らす。脅威だと認識したのだろう。さらに激しき体を揺らし、花粉をばら撒く。しかし、吸う様な事は無い。息を止め、素早く距離を取る。唯それだけで対処できるのだから、油断しなければそこまで脅威には成り得ない。が、こうも思う様に近づけないと苛立ちも積もると言うモノ。唯でさえ決定打と成り得る攻撃が出来ないのだから、尚更だ。

 

だから、レフィーヤは火球を放つ。其れを受け、鬱陶しいと言わんばかりに体を揺らす甲虫を見て、又は放つ。

 

ローウェンに言われた事。敵を倒すまで攻撃をし続ける。実の事を言えば、出来無いと心の何処かで思っていた。だって、レフィーヤの知る魔法は連射出来る様な物では無かったから。ここぞというときに、放つ物だったから。だから、目一杯力を込めて放っていたのだが、間違っていた。当然だろう、魔法と印術は違う。

 

だから放つ。何度も、何度も。印術は連射が出来るのだから。

 

流石に、拙いと思ったのか体を震わし軍隊バチを呼び寄せる甲虫。レフィーヤに襲い掛かる様に向かい、ローウェンに射ち落される。

 

其れを横目に、火球を放つ。

 

硬い、だから如何した。耐性が在る、だから如何した。関係無いと叩き込む。悲鳴が上がる、苦痛を感じているのだろう。だから叩き込む。だって、まだ倒せて無いから。甲虫が倒れ込む、限界が近い様だ。だから叩き込む。もう少しだから。足掻いていた甲虫が動かなくなる。もう、瀕死だ。

 

だから、火球を叩き込んだ。

 

少しの間、様子を見て。動かない事を確認すると、ふっと息を吐き。

 

「倒せました!!」

 

笑顔でそう言った。なんでか、ハインリヒとコバックの表情が引き攣ってるが、ローウェンは良い笑顔でレフィーヤの肩を叩く。

 

「いや、うん。よくやったじゃん。今回はレフィーヤがいなかったら確実に面倒な事に成ってたは。具体的に弾が無くなってただろうからな。いや良かった」

 

褒めている積り、なのだろうか。嫌では無い、寧ろ嬉しいと言えるだろう。だから、胸を張って見る。ローウェンは楽しそうだ。

 

「さてじゃ、ミッションをこなしますかね」

「え?」

「え、じゃないから。倒すのが目的じゃ無いからな?調査が目的だからな?」

 

そうだった、すっかり忘れていた。目的を忘れるなんてと思わなくも無いが。取り敢えず良いかと切り替えて。

 

「じゃあ、何か無いか探すぞー」

 

その言葉に頷いて、各々が探す様に動き出し。

 

 

 

 

巨大な琥珀を、其の内の影を見る。

 



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第三十二話

「いやぁ、非情に面倒な事に成りそうでワクワクが止まらんな!!」

「あれを見ての感想がそれですか」

「でも実際面白そうだろう?」

 

流石にそれはと、かすみ屋の一室に敷かれた布団に寝転がっているローウェンを見ながら思う。そう、流石に巨大な琥珀の中に在ったものを、D.O.Eを見てそんな風に思う事は出来そうなかった。

 

第四迷宮の最下層、其処から帰還する途中、ローウェンは語った。最下層の怪物と琥珀の関係を。まだ、推測の域でしかないがと口にしたが、しかし。在り得ない事では無いとも。

 

「まぁ、詳しい事はサラ教授とか代表殿が考えるだろうから。俺達はダラダラしてようぜー…て感じで行こう」

「良いんですか其れで?」

「良いんだよ。俺達働き過ぎじゃね?って思わなくも無いし?だから次が来るまではお休みって事だ」

「次・・・・ですか」

「そ、もしもまた迷宮調査する場合は俺達がやる事に成るだろうからな。と言うか俺達以外がやる事に成ったらたたきん”ッ!!……ちょっと相談して譲ってもらう事に成るだろうしな」

「叩きのめすって言おうとしませんでしたか?」

「そう聞えたか。なら言い直すとしよう。俺達以外がミッションを請け負うものなら叩きのめしてでも奪い取る!!」

「そっち?!」

 

そう言うのは普通言い訳の方では無いのかと、本音の方を口にするのはどうなのかと。というかやっぱり叩きのめす積りだったのかと。実際にやりそうなローウェンに、レフィーヤは少しだけ戦慄した。

 

「あぁー……あ、そう言えば貴方が倒したD.O.Eって前に街を襲ったのと違うみたいなことを言ってましたけど」

 

話題を変える様に、疑問に思っていた事を口にする。

 

「ん、その事か。確かに、俺が聞いてたのは鹿みたいなやつでは無かったな」

「なら、他にも居るって事ですよね?」

 

大丈夫なのだろうかと、問い掛けようとして。気にする事では無いと言いたげにローウェンは手を振る。

 

「キチガイ共がヒャッハァーしながら第四迷宮に突っ込んでったらしいから他にD.O.Eが居たとしても大丈夫だろう」

「あ、そうですか」

 

なら大丈夫だなと、思ってしまった。一人でD.O.Eを嬲る事の出来るキチガイにキチガイと呼ばれる様な冒険者だ。きっと、そうきっとそのキチガイ達も一人でD.O.Eを苛め抜く実力があるのだろう。そもそも、勝てない様な実力の者を其処に送るとも考え辛いし。

 

「まぁ、と言う訳でやる事無いから休暇な休暇。俺寝るからお休み」

「あ、はい。おやすみなさい」

「お前もしっかり休めよー」

 

そう言って、ピクリとも動かなくなるローウェン。正直に言って生きているのかと疑問に思う程微動だにしていない。一応と確認すると、寝息はちゃんとある。詰り寝ているだけ。寝るのが早いなと思いながら。さて、休暇だと言われてどうしようかと考えて。

 

 

 

 

 

 

「特に思いつかなかった訳でして」

「ほへえへっはほほほほひひははへへほはふは」

「あの、飲み込んでから喋ってください」

「はほ……んぐ、それで拙者の所に来た訳でござるか」

「はい」

 

飲み込まずに喋らなきゃいけない決まりでもあるのだろうかと思いながら、レフィーヤは彼女の、ゴザルニの言葉に頷いた。そう、言った通りだ。休暇、休み。さて如何しようかと考えては見たものの、此れと言ってやりたい事は思い至らず、なら普通に休むかと部屋に戻ったものの眠れず、そう言えばまだ昼だったと思い出し、ならばと外に出て、街をふらついていたら彼女を見つけて今に至ると言う訳だ。

 

途中、子供の波に攫われるハインリヒを見つけたが蛇足なので笑顔で見なかった事にした。ゴザルニは爆笑していたが。

 

「しかし、休みに何をしたらいいのか分からないとは。また困った悩みでござるな」

「それは……はい」

 

オラリオに居た時はそうでは無かった。鍛錬してるアイズさんを眺めたり、決死の覚悟でアイズさんを誘って買い物に出たり、じゃが丸くんなる食べ物を幸せそうに食べるアイズさんを見たりって……あれ?

 

「アイズさん関係しか……無い?!」

「そのアイズさんが誰なのかは分からないけれど碌な事では無いと察したでござる」

 

否定、出来なかった。傍から見れば間違いなくストーカーの其れだったから。でも、仕方ないじゃいないか。アイズさんって尊いんだもん!!神様だってせやなって強く頷いてくれることだろう。まぁ、同類と思われたくはないが。

 

「ぬん。詰りあれでござるか。その、アイズさんが居ないからどうやって休暇を過ごせばいいのか分からなくなってしまったと」

「それは、そう……何でしょうか?」

 

いや、多分そうなのだろう。自分でも如何かと思う理由だ。オラリオに戻ったら少しは自重しようと思うレフィーヤ。その腕を、掴むゴザルニ。

 

「え?」

「なら取りあえず、拙者と一緒に食事にいくでござる」

「は?」

「休みに知り合いと食事に行くなんてよくある事でござろう?」

「それは、そうですけど」

「だから一緒に食事を楽しむでござる……吐くまで」

「吐くまで?!」

 

其れは嫌だと首を振るも、引き摺られる様に連れて行かれるレフィーヤ。

 

「尤も、好きなだけ食べられるというのはある意味幸福な事なのだろうと私は思ったのだった」

 

「え、誰ですかあの人?」

「ござ?あぁ、カースメーカーのポシェ殿でござるな。幸せな人を見るのが好きで不幸そうな人を見ると呪い殺してでも幸せにしようとする何とも捻くれたキチガイでござる」

「えぇ……?」

「貴女にキチガイと言われたくはないけれど、でもうん私も暇だから付いて行く」

「では三人で吐くまで食べるでござるー」

「いえ、其処まで食べたくは無いんですけど?あの、ちょっとー?」

 

引き摺られていくレフィーヤ。その後、琥珀軒のテーブルで死んだように倒れ伏している姿が目撃されたという。



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第三十三話

「――――――――――――――くッ……はッ」

 

レフィーヤが冒険とは関係ない事で死に掛けてから三日。彼女は印術の修練をしたり、ダーナ直売店で買い物をしたり、また一緒に食事しようでござるーと言って追い掛けてくるゴザルニから全力で逃げて、結局捕まって死に掛けたりしていた。そんなレフィーヤが居るのは、ローウェンの借りている部屋。更に正確に云えば、その端っこ。其処で、掛布団に包まって震えていた。何度目かの死を覚悟して。何故、その様な事の成っているのかと言えば。

 

「は…はははははははははははははははははははははは――――――――ッ!!!」

 

笑っているのだ、ローウェンが。爆笑と言う領域を超えて。あれ、部屋が揺れてるぞなんて感じる程、声を響かせている。其れはもう、凄まじい笑顔で、何処かで聞いた様な気がする程度のものでしかない、笑顔とは本来攻撃的な物である的事が頭を過ぎ去っていく。全くもってその通りである。

 

と言うかこんな状況でも気にせずに黙々と準備できるコバックとハインリヒは素直に凄いと思い。あ、違うと気が付いた。あれは気にしてない訳じゃない、準備に集中する事に因って全力で気を逸らしているんだと。本当の意味で気にしていないのは畳の上で寝転がりながらせんべいと言う菓子を貪っているホロンだけだ・・・・・何でホロン居るの?

 

「いや、大惨事になるだろうからと思ってな。若しも暴走した場合は止める者が必要だろう?」

 

そう言って、何気にレフィーヤの考えた事を読んだ上でホロンは答えた。暴走した場合って、なら止めてよ思い。最悪な事にまだこれはその領域では無いから動いていないのかと思い至ってしまった。でも怖いから如何にかして欲しいと視線を向けると、仕方ないと言いたげに肩を竦めて。

 

「それ以上続けると出発が遅れるのではないかな?」

「それもそうだな」

 

ピタッと止まった。え、其れで止まるのと思い、驚く程にあっさりと。こんなに簡単ならもっと早く止めても良かったのではと思ってホロンを見ると、詰まらなそうに出て行くところだった。それだけで悟る。面白そうだから止めなかったのだなと。そしてレフィーヤは誓うのだ、何時かしばく。

 

「あぁ……さて、少しあらぶってしまった。すまんな」

 

少しでは無いと思ったが口に出さない。だって、レフィーヤは賢い子だから。

 

「いえ、あれは少しってレベルじゃなかピョッ」

「コバァアアアアアアアック?!」

「さて、話の腰を折るアホは取り敢えず黙らせるとして」

 

目にも止まらぬ速度で繰り出された拳が腹部に突き刺さり崩れ落ちるコバック。思わず叫ぶハインリヒだが、そんな物は知らんとばかりに話を続け・・・様として。

 

「まぁ、黙ったままだと話が進まないから起きろオラァ!!」

「ゴロッポォ……は?! ここは、あぁ、此処が彼の地獄って奴なのね。鬼が見えるわ」

「いや、違う。違うんだコバック。鬼はいるが此処は現世と言う地獄なんだ……!!」

「はい、茶番此処まで。真面目に行くぞー」

 

あ、はいと。そう言って姿勢を正して表情を引き締める二人、切り替えが早いと感心すべきなのか。あれがおふざけなのかと呆れればいいのか。取りあえず、レフィーヤも何時か一緒にふざけてみたいと思った、主に殴る的な意味で。

 

「じゃ、改めて説明をするが。俺が此処まで喜んでいる理由はな…迷宮だ」

 

知ってる。

 

「しかしだ。唯の迷宮じゃなく、つい最近発見されたばかりのものだ。それが何を意味するかと言えば」

 

再び、笑い声を響かせそうな程に笑みを深めてから言葉にする。

 

「未知、未知の冒険だ!!それが今回の第五迷宮を調査せよというミッションにはある!!これで心躍らない方が可笑しいだろう!?……あぁ、出来れば見付ける所から俺がやりたかったなぁー」

 

と言い、調子を下げるローウェン。そう言えばと、見付かっていなかった其れを誰が見付けたのだろうと疑問に思う。

 

「で、その第五迷宮は誰が見付けたんですか?」

「あ?あぁ、リズリーっている迷宮内で店開いてる女性だよ」

「リズリー……さん、ですか。私が会った事は?」

「無いだろうな、と言うか会った事あるなら忘れんだろう。あんな鞭持った危なそうな女の事は」

 

誰だ其れ。鞭持ったって、迷宮内だから其れを持っているのではと思うが、もしも普段から其れを持ち歩いているなら確かに危なそうだ。冒険者?ある意味危険物だから。

 

「まぁ、情報が貰えるってのはありがたい事だ、が……全て知る事が出来るって事は無いだろう」

 

真剣な表情で、ローウェンは語る。

 

「今迄みたいに、ある程度情報が揃ってる状態で挑むのとはわけが違う。何が居て、何が居ないのか。何が必要で、何が不要なのか。さっぱりだ。しいて言えば場所が雪山だからそこら辺の準備が重要だって分かる程度だ。あ、後当然だが」

 

「D.O.Eが出ると考えて置く事」

 

分かったなと、見渡す。其れは、問われるまでも無い事だろうと、彼等は頷いた。其れを見てローウェンはとても満足そうに話しを続ける。

 

「ホロンは遅れると言ったが、出発は明日の予定だ。今日一日は出来る限りの準備をして、しっかり休んでくれ。以上」

 

じゃ解散と手を叩き。各々が動き出すのを見て、ローウェンは頷いて呟いた。

 

「楽しみだね」



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第三十四話

第五迷宮、氷晶ヶ岳。真冬にも拘らず真夏の如き暑さに悩まされるアスラーガや他迷宮と違い、此処だけは変わらず氷に閉ざされており。詰りは一言で云うと。

 

「くっそ寒いな!!」

 

其れに尽きる。暖かそうな恰好をしているローウェンや、同じく温かい上に印術の応用で寒さを遮れるように成っているレフィーヤは兎も角。ハインリヒとコバックは少し震えている。其れでも問題なく動いているのは流石の一言であるが。あと、特徴と言うにはに少し違うだろうが。

 

「強くなってるなモンスター」

 

と、突進してきた大イノシシの頭部を二発の弾丸で撃ち抜いて仕留めたローウェンが呟く。いや、今までと変わらず

やっておいて何を言っているのかと思って、違う事に気が付く。二発、そう二発だ。モンスターを仕留めるのに彼が撃った弾の数。今までは一発だったのに。小さいようで、大きな違い。

 

「でも本当に、強いわね。気を抜くと抜かれそうになるわ」

「要するに何時も通りなら問題ないと」

「そう言う事」

 

他のモンスターの処理を終えたコバックとハインリヒが続く様に口を開く。やはり、彼等も同じように思って居た様だ。

 

「でも、なんで此処まで強いのかしらね?」

「環境故では?」

「あぁ、此処まで寒ければそれに耐えられるように強くなりますよね」

 

下手なモンスターでは寒さにやられてしまいそうな第五迷宮。結果的に生き残ったのは強いモンスターだけだった。十分あり得る事だった。

 

「ま、それが正解だろうと間違いだろうとモンスターが強い事に変わりないけどな。後、レフィーヤはもっと燃やせるか?」

「いやもっとと言われましても」

 

既に結構な数を火球で燃やしている。其れなのに更にやれというのかと。でも言いたい事は分かる。レフィーヤ以外ではここのモンスターを倒すのに時間が掛かってしまうのだ。強さもそうだが、それ以上に寒さで。ローウェンはほぼ変わらず戦って見せているが、しかし倒すのに必要な数が増えた為に余り使いすぎると持たないのだろう。

 

「まぁ、出来る限りって感じですかね」

「そうかい、じゃあ無理が無い程度にだな。と言う訳で俺が一発ぶち込んで動き止めるから頼むわ」

「分かりました」

 

と、爆発カズラに似た、言うなれば氷爆カズラを火球で燃やして頷く。其れはもう念入りに。爆発されたら溜まった物では無い。其れをされて酷い目に在った訳だし。ダメージよりも寒さ的に。

 

と、吐息を白く染めながらローウェンが辺りを見渡す。何かを探す様に。

 

「如何かした?」

「いや、静かだなぁ……と」

「騒がしい位だと思うけど」

 

ハインリヒの問い掛けに、そう答えたローウェン。思わずと言った様に返した彼の言う通りだと思う。ふらふらとモンスターが現れては戦闘しを繰り返して。静か、とは言い難い。なのに、ローウェンは静かだという。其れが意味するのは。

 

「やだねぇ、殺気やら敵意やらを隠すのが得意な敵って。あぁーやだやだ」

 

何処に居るのか分かり辛いと、現れた跳獣の足を撃ち抜きながら呟いた。そう言う事かと止めを刺しながら思う。確かに、そう言う考えてみれば、静かだ。今までで一番と言って良い。尤も他の迷宮ではモンスター達は隠そうなどという積りが皆無であったように思えるが。

 

だがそんな事は如何でも良い、重要なのはモンスターがそう言った物を隠そうとしている事だ。

 

「確かにそうね。ローウェンちゃん程気にしてはいなかったけど、言われてみれば」

「と言うか、今まで戦ってきたモンスターも僕たちが移動してるから遭遇している……って感じだね」

「まぁ、動いているんですから其れは仕方が無いですよ。問題は」

「何で隠しているのかよね」

 

そう、何故隠しているのか。或は潜んでいると言ってもいい。其れを行う理由は。

 

「ま、狩りか逃げかの何方かだろうな」

「狩りか……逃げる為、ですか」

「こんな環境だからな、餌に恵まれないからそうやって息を潜めて居るって言うのが理由としてあるだろう」

「成程ね、なら逃げっているのは」

「分かった上で訊いてるな?まぁ良いけど。絶対に勝てない相手をやり過ごす為にだよ。というか、それ以外あるか?」

 

警戒しながら問い掛ける様に言葉にするローウェンに、首を振る。其れ以外は思いつかないと。ならと更に考える。狩りならばすぐだ、襲い掛かってきているのがこれ以上ない証明だろう。ならば、逃げる為に潜んでいるとするならば。一体何から?

 

此れも分かり切っている。

 

「…完全に居るな、D.O.E」

「やっぱり、ですか」

「D.O.Eレーダー反応してるしな。ほら真っ赤」

「早く言ってくださいよ」

「お前、取り出すのどんだけ面倒なのか分かってる?戦闘がきっちり終わって一息つかないと出せたもんじゃないぞ。この第五迷宮ではだけど」

 

其れを言われると言い返せない。皆、邪魔にならない程度にとはいえ着込んでいる。懐に入れてあるそれが何時もよりも取り出しずらいのは仕方のない事だ。戦闘中なら尚の事だ。そして彼等の事を餌と認識したモンスター達が引っ切り無しに襲い掛かっている為に、確認する暇が無かったのだろう。

 

それでももっと早く言ってほしかった。真っ赤って次の階層で遭遇しかねないじゃないかと。レフィーヤは発見した階段を見ながら思う。

 

「ま、元より警戒してたんだ。居ると分かっただけ重畳って事で……いくぞ」

 

言って見渡し、問題無いと頷き返されたのを見て階段に向かい。

 

 

 

 

 

其れを破壊して現れたなにかに吹き飛ばされた。

 

 



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第三十五話

運が悪かった、唯それだけの事。降りようとした際に偶々下の階に其れが居て、偶々それが上へ向かうのと重なってしまった。そう、偶々だ。だから、運が悪かったのだ。

 

レフィーヤはそれが酷くゆっくりに見えた。舞う雪に土、崩れていく地面。現れた蟷螂の様な怪物。そして、吹き飛ばされていく……ローウェン。

 

あぁ、彼は空も飛べるのか、何て的外れな事を考えて。

 

「止まるな動けッ!!」

 

怒声。ハインリヒから放たれた其れが、急速にレフィーヤを現実に引き戻す。今、どの様な状況なのか、現れたのは恐らくD.O.Eだ。それが階段を破壊して現れてそして、ローウェンを吹き飛ばしたのだ。彼は空など飛べないのだから。心配は、ある。けれど彼の事だ。何でも無いかのように直ぐに銃声を響かせて現れる事だろう。

 

 

と、そう思っていたのに。

 

 

響かない、現れない。思ったよりも遠くに飛ばされてしまったのだろうか。それとも身を隠して隙を窺っているのだろうか。或は、もしかして…動けない状態なのか?

 

いや在り得ないだろう。あのローウェンがそんな状態に成るなんてとてもでは無いが考えられない。ならばやはり前の二つどちらか、遠いのか窺っているのかだ。でも、あぁ、でも。もしも動けない状況なのだとしたら助けなければ。だから、レフィーヤは動こうとして。

 

「だから動けと言っているだろうッ!!」

 

ハインリヒのタックルを食らう。二人とも、転がる様に倒れて、何をするのかと怒鳴る…積りだった。見えたのは、何かを振り抜いた様な恰好の蟷螂、考えずとも其れが何をしたのか分かる。その巨大な鎌を振ったのだろう。レフィーヤを刈り取る為に。

 

ぞっとする。もしもハインリヒがタックルしてくれていなければ、体が二つに分かれていたのかも知れないのだから。お礼を言うべきかと、口にしようとして。頭から雪に突っ込んでいたハインリヒが跳ね起き。

 

「良し、二人は出来る限り時間を稼いでほしい。僕はローウェンを見てくる」

 

そう言って走り出す。漸く冷静でなかった事にレフィーヤは気が付く。そうだ、何かがあったにしても自分が言っても何も出来ないだろうと。いいや、メディカと言うポーションの様な薬が有るから出来ないと言う訳では無いが、メディックである彼の方が良いだろう。

 

ならば言われた通り時間を稼ぐと立ち上がり睨む様に視線を向けて、全力で伏せる。

 

直後に頭上で風切り音。横薙ぎに振るわれた鎌が通り過ぎる音。冷や汗処でなく、さっきから最悪が頭から離れてくれない。あんなものが振り回されているのに前に出て盾で受けているコバックは凄い。

 

でも何もしない訳には居なかないし此の侭、動かないと刈ってくれと言っているようなものなので走り出し、火球を放つ。

 

直撃し、爆ぜる。

 

しかし、鬱陶しげに体を揺するだけ。やはり効かなかった。分かり切っている事だが、凄まじいなと思わずにはいられない。こんなものを、彼は一人で倒したのかと。まぁ、あの時のはもっと小さかったけれど。

 

だが、仕方が無いし構わない。別に倒す積りでやっている訳では無い。だから、続けて放つ。出来る限り敵の意識がコバック一人に行き過ぎない様に、けれど、完全にこちらを見ない程度に。上手くできているかは分からないけれど、コバックがフォローしてくれている。

 

少しだけ、余裕ができる。さて、ハインリヒの方はあとどの程度掛かるのだろうかと考えて。

 

 

――――――――――――――ッ!!

 

 

甲高い音が響いた、いや、轟いた。

 

それは物理的な衝撃を持ってレフィーヤとコバックは吹き飛ばす。何事かと体勢を整えながら見ると、蟷螂は羽根を激しく振るわせていた。あれに因って音を出しているのだろう。何とかしたい、だが余りの音量に耳を塞ぎこれ以上に吹き飛ばされない様に踏ん張るのが背一杯だった。

 

やがて音は止み、蟷螂は体を揺すりながらゆっくりとレフィーヤを見る。少し攻撃し過ぎたかと、距離を取り。牽制に火球を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事が出来なかった。

 

「―――――――ぇ?」

 

声が掠れて上手く出ない。だが、そんな事は如何でも良い、眼中にない。火球が、印術が放てなかったのが問題だ。

 

杖を振るう…でない。

印を刻む…でない。

 

でない、でない、いいや、出来ない。印術が―――――――使えない。

 

 

なんで?

 

 

近づいて来る蟷螂は見えない、唯疑問に思いながら杖を振る。なんで、なんで。さっきまで使えたのに。なんで使えないのかと。まるで、そうまるで。全部、夢幻だったみたいじゃないか。

 

 

 

―――――なにか、壊れた気がした。

 

 

 

力が抜けて杖を落とす

そうか、夢かと蟷螂を見ながら思う

なら、ここで

ここで、あれに刈られたならば

きっと夢から覚めるのだろうなと

身を委ねて

 

 

眼前に何かが立ち塞がり、共に吹き飛ばされる。

 

 

痛い。そう感じ、吹き飛ばされたのかと思う。なんで?何もしていなかったのだから、あんな巨大な鎌が振るわれたなら痛いと思う事すら可笑しいだろうと、視線を彷徨わせて。コバックが倒れ伏しているのを見つけた。

 

あぁ、彼に守られた事に気が付いた。でも、なんで守ったのだろうかと疑問に思ってしまった。だって、夢なのだから。

 

夢、夢、夢……目が覚めれば消える。

 

現実では無い。だから、そんな無理に立ち上がる必要なんてない。盾も無いのに前に出ようとしなくてもいい。だから、だから。こんな何も出来ない自分を。

 

「守ろうとしないでください」

 

「断る」

 

振るわれる、巨大な鎌が。コバックは其れでも前に出る。盾も無く、武器も無い。あぁ、死んでしまうのだなと他人事の様に思いながら。

 

コバックを押し退ける様に前に出る。

 

突然の事に、体勢を崩したコバックが何かを言っているが気にしない。だって夢だから。あぁいや、夢だからこそこんな事が出来たのかと、少しだけ可笑しくなりながら。

 

随分と長い夢だったなと思いながら見た、迫る鎌を。

 

 

 

 

 

―――――――――ダンッ!!

 

 

それが、銃声と共に弾かれるのを。

 

「しゃぁおらぁ!! 生きてるかお前らぁっ!!!!」

 

大声、其れはローウェンのものだった。思わず、唖然とレフィーヤは立ち尽くして彼を見る。

 

「え、あ……無事、で?」

「無事? 無事に見えんのかよ?! こちとらコートはばっさりいかれるは、その所為で弾は散らばるは、その散らばった弾が背中にぶっ刺さるはで三重苦にだぞおいこら何処が無事だこら。碌に戦えない状態だぞ今の俺は」

 

止まる事の無い言葉を垂れ流しながらも蟷螂はきっちり動けなくするローウェン。其れをしっかり確認すると。

 

「良し逃げるぞ」

「え?」

「えじゃねぇよ。言っただろ弾の大半が散らばったって。とてもじゃ無いが戦える状態じゃ無いって言ったよね俺?流石にこんな状況じゃ無理だからね?それとも物理でやれってか?殴り掛かれとでもいうのかお前は?!」

「い、いえ。言いません!」

「じゃ帰るぞって事でハインリヒ!!」

「こっちは大丈夫だ!!」

「はい撤収!!」

 

言葉と共に、ローウェンは何かを叩き付け。

 

 

 

気が付けば、彼女達はアスラーガに居た。

 

あぁ、これがアリアドネの糸なのかと、レフィーヤは不思議に思いながら。

 

 

 

 

意識を手放した。



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第三十六話

――――――帰りたい?

 

そう、声が聞えた気がした。問いの答えは考えるまでも無い、帰りたいに決まっている。

 

――――――帰りたい?

 

問い掛けに、何処を向けてと言う訳では無いが頷いた。

 

――――――なら、帰ろう?

 

手を伸ばされた気がして、それを取れば若しかしたら。

 

――――――帰ろう?

 

レフィーヤは、手を伸ばして。

 

 

「おはようございます!!」

「ゴボロォッ!?」

 

文字通り叩き起こされた。

 

 

 

「いった、え……?いや、え? なに?」

「眠ってたから起こしただけだぞ?踵落としで」

 

何故起こすという行為で踵落としをしたのかと訊きたいレフィーヤは、しかし目に映る人物、ローウェンを見て。あぁ、そうかと思いながら布団に再び倒れる様に寝転がる。

 

「二度寝か……今度はどうされたい?」

「……出来れば静かにしてほしいです」

「そうか、なら歌うか」

「なんで?」

 

思考回路がおかしい。なぜそうなるのかと。

 

「それで」

「なんだ、リクエストでもあるのか?」

「ないです」

「そうか」

「何の用ですか?」

 

問い掛ける。本当に、起こしに来ただけとは思えなかったから。

 

「起こしに来ただけだが?」

 

だけだった。

 

気が抜ける。なんだそれはと思うと同時に、そんな人だったなと改める。寝転がりながら、仕方ないと呟きながら出て行こうとするローウェンを見て、呼び止める。

 

「ローウェンさん」

「今度はなんだ?」

 

「私…もう無理です」

 

 

 

「無理……ねぇ? それだけじゃ分からんな、詳しく話してくれ」

「もう冒険できないって事ですよ」

 

言って、あぁその通りだと自分で思う。もう、レフィーヤは冒険できないのだと。前に進む事が出来ないのだと。

 

「それは、何故だ?」

「だって、進めませんから」

 

何故、何故レフィーヤは前に進めないのか。それは、誤魔化していた事。

 

「恩恵が無いんですよ? 無理ですよ」

 

思ってた事、でも大丈夫だと思ってた事。印術が使えれば、彼等が居れば大丈夫だと。勝てたのだから、前に足を踏み出せたのだから。だから大丈夫だと考えてた。

 

でも、無理だともずっと思ってた。

 

印術が使えようと、彼等が居ようと、勝てようと、前に足を踏み出そうと。恩恵が無いレフィーヤと言う存在は、何も為せないと、ずっと思ってた。

 

「そんな私は、何も出来ませんよ」

 

第五迷宮で、D.O.Eと出くわした時を思い出す。何も出来ずに突っ立って、コバックを殺し掛けたのを。

 

「しかも……ですよ。あの時、私はこれは夢だからって死のうとしてたんですよ?」

 

違う、それは正しくない。今だって起きた時、ローウェンが目の前に居て。あぁ、まだ夢の中かと思ったのだから。レフィーヤはここ、夢なのだと信じたいのだ。今も。ずっと。

 

「そんな私なんて、居ない方が良いんですよ」

 

だから、彼女は。

 

「だから、私はもう冒険は・・・・無理です」

 

そう、言いきって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっそ」

 

じゃあそう言う事でと言いながら、普通には部屋から出て行った。

 

「ちょっと待って下さいよ普通そこで出て行きますか?」

「俺はする」

 

思わず、駆けだして手を掴むレフィーヤ。流石に冷たすぎると思いつつ、まぁですよねと思っている自分も居た。これがローウェンクオリティかと。

 

「え、ていうか何? なんて言ってほしかったの?」

「いやそれは」

「別に慰めてほしかったとか励まして欲しかったりとかする訳じゃ無いだろう?」

「それは……その」

 

口篭もる、何と言ったらいいのか分からなくて。

 

「そして怒られたら殺意湧くだろ?」

「そうですね」

 

即答だった。考えただけでもありったけの殺意と憎悪と八つ当たり精神を込めた火球を叩き込みたくなる。と、そんなレフィーヤを見て、ローウェンは笑う。なんだ火球ぶち込むぞと思いながら彼を見る。

 

「そう怖い顔で睨むな。別に俺は理由も無くお前に何も言わなかった訳じゃないぞ?単純に、必要無いから言わなかっただけだ」

「必要……無い?」

 

何を言っているのか、分からなかった。一体、ローウェンは何を言っているんだ。

 

「無理だって言うなら別に構わんよ。無理強いはしない。元より、挑むかどうかを決めるのは本人だけだ」

 

だからと、言葉を置いて。

 

「お前が無理だと思った。だから言って、俺が其れを受け入れた」

 

其れで良いだろうと、彼は言う。その通りだ。その通りなのだが、その・・・説得成りなんなりも全くされないと、それはそれで、複雑な気持ちに成るレフィーヤ。そんな彼女に、やはり彼は笑って。

 

「尤も、お前の場合は少し違うかもしれないがな」

「違う?」

 

何が違うというのか。問い掛けようとして、彼は肩を竦めて言う積りは無いと口にする。

 

「まぁ、でも。そうだな、敢えてヒントを言うなら、それは前にも言った事だな」

「前にって……何を?」

 

「お前は冒険者気質だから」

 

「…え、それが、ヒントですか?」

「そうだぞ、ていうか答えだな、これ。と言う訳で俺は行くぞ」

 

じゃ、っと彼は音を立てながら廊下を歩いて行く。いつも以上に意味が分からず、レフィーヤは立ち尽くす。ヒントで答えだという、冒険者気質だからって・・・如何いう事だと。

 

廊下を歩くローウェンの背を見ながら。

 

 

 

 

 

「さて、レフィーヤはどれだけ諦めていられるかね」

 

そんな呟きが、聞こえた気がした。



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第三十七話

ふらりと、外に出る。

 

途中、そう言えばと気に成ってローウェン達の部屋により貴方たちは出ないのかと問い掛けた。其れに対して彼等は言った。

 

「弾の補給が先」

「盾が無いから無理ね」

 

確かに、それでは冒険に出ようがない。少しだけ、コバックに申し訳ない気持ちになりながらそうですかと言って部屋を出た。

 

 

 

やはり、やることが無い。何時もなら何て何度も考えた事。買い物と言う気分でも無いレフィーヤは彷徨う様に歩き気球艇乗り場に辿り着く。

 

他の場所よりも高所に作られている其処は、しかし世界樹を見るという意味では其処まででは無かった。建物に遮られるからだ。何故、ローウェンは最初に態々こんな場所まで遠回りしてここに連れてきたのだろうかと疑問に思ったが、特に意味はなさそうだなと思ってしまった。なんとなくと、そう答える彼の姿が容易に想像できる。

 

そんな場所だが、別に景色が嫌いと言う訳では無い、寧ろ逆だ。レフィーヤは其処から見る眺めが好きだ。アスラーガの街が良く見えるから。

 

何気無く、柵に腰掛けながら街を眺める。住人達が今日も元気に動いて回っている。一年前に悲劇に見舞われたとは思えない程に。

 

「……強いなぁ」

 

呟く。そう、彼等は強いのだ。悲劇に見舞われようと、それでも此処まで歩き続けられる程に。自分には無理だと、思う。

 

視線を移す。街から、世界樹へと。見辛いと言っても他の場所と比べればと言うだけで、ちゃんと見える其れは。変わらず其の威容を見せつけている。

 

と、振り払う様に頭を振って。とん、と柵から降りる。余り世界樹を見ていると考えない様にしている事が頭を過ってしまう。それは、よく無い事だと出来るだけ世界樹を見ない様にし乍ら歩いて行く。

 

 

さて、如何したものかと彷徨う。ダーナ直売店にでも行くか、いいや、あそこは冒険者関係の物が多く置いて在る。今のレフィーヤが見ても面白くはないだろう。ならば琥珀軒にでも行くかと考えて。

 

「ごっざごっざごっざござー♪」

 

よく分からない事を口にしながら機嫌よさげにゴザルニが向かって行ったのが見えたので瞬間その考えは消え失せた。少し、相談してみようかとも思ったが最終的にどうなるのか目に見えているし。

 

ならばどこに行くか。他に主だった場所と言えば冒険者ギルドか、そう言えばサラ教授の研究所も言って良いみたいなことを言っていた事を思い出す。けれど、その二つは駄目だ。言っても意味が無い、というか世界樹を見るよりももっと其れを考えてしまう。だから駄目だ。

 

いよいよ以て、行く所が無い。細かな場所は見ていないが、やはりそんな気分に成れず。かすみ屋に戻ろうとしていた時に。

 

「おや、君か。元気かね?」

 

と、声を掛けられた。声からしてホロンだろうと思いながら振り返り。高速回転している彼が目に入った。何故回っているのかとか、思わなくも無いが。

 

「元気……では無いですね」

「確か、第五迷宮の調査に行って不測の事態に陥り緊急帰還したのだったな」

「…はい」

「そうか、まぁ冒険は最終的には運が付きまとう。故に、其処まで気にしても仕方が無い事だと言って於こう」

 

ではと言って、やっぱり回転しながら去って行くホロン。何故、回っていたのか聞きそびれた。たいした意味はなさそうだけれど。

 

「それでも、如何でも良い事を考えて少しだけ元気が出たのではと思う私だった」

「……本当に貴女達は急に出て来ますよね」

 

何時の間にか、レフィーヤの背後に居たのはカースメーカーのポシェ。彼女は、否定するかのように頭を振った。

 

「そうでも無い」

「いやでも」

「私は貴女の後ろにずっと居たし」

「何時から!?」

 

「ローウェン達に問い掛けた時から」

 

「最初からじゃないですか?!」

「うん」

 

うん、じゃ無くてだ。何故そんな事をしたのかと。ていうか、今までずっと無言で背後に立ってたって事なのか。怖いからやめてほしい。

 

「貴女、今不幸でしょう?」

「え、いえ別に不幸って訳じゃ」

「貴女、今不幸でしょう?」

「あの、だから」

「貴女、今不幸でしょう?」

「……そうですね」

 

同意する、そうしなければ話が進まないから。すると、目に見えて悍ましいオーラを垂れ流すポシェ。思わず、一歩後ろに下がってしまうレフィーヤ。思い出したのはゴザルニの言っていた言葉。

 

「何で不幸なの?」

「…其れを言ったらどうなるんですか?」

「原因を呪う。幸せになるまで呪う。何だろうと呪う。とにかく呪う。不幸等、この世界には、うん不要だから」

 

幸せになるまで呪うって何だ。誤字か、誤字なのか。祝うの間違いなのでは無いだろうか。いや、今の彼女の雰囲気を見るに間違いなく呪うだろう。

 

こんな状態のポシェに、不幸な理由は自分にあるなんて言ったらどうなるだろうか。いや間違いなく呪われる。幸せになるまで呪われる。一言で云って怖い。呪いに因る幸せの押し売り怖い。

 

何と言ったらいいのか、悩むレフィーヤと、それを酷く暗い表情で見つめるポシェ。やめてほしい。せめてもっと光の湛えた瞳で見つめて欲しいと思って。

 

 

空気が変わった事を肌で感じた。

 

 

顔を上げる。何か、決定的な何かが変わった。其れはまるで、敵と遭遇した瞬間の様な。そう思っているレフィーヤよりも、当然の様に早く動き出すのはポシェだ。一目散に、目的地が分かっているかの様に彼女は走り出す。向かうのは、琥珀軒方面。其処で、何かが起こっているのだろうか。

 

行かない方が良い、そう思う、思っている。けれど、足は自然と彼女の後を追う様に動いていた。

 

駄目だ。

駄目だ。

駄目だと、思いながらも止まる事が出来ずに。

 

 

そして彼女は、街を破壊する花の怪物を見る。

 



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第三十八話

悲鳴が聞こえる。酷い異臭が鼻に付く。其処だけが、正しく真冬の様に肌寒い。其の全てが、レフィーヤの瞳に映っている怪物の仕業だ。

 

見れば酷くボロボロなゴザルニが戦っている。攻撃でも受けてしまったのだろうか。駆け付けたポシェも、戦いに加わろうとしている。そう言えば、カースメーカーはどんな戦い方をするのか知らなかった、何て他人事の様に考えながら。

 

レフィーヤは動けなかった。

 

何で、こんな場所に来たのか。それは彼女自身にも分からなかった。何も出来ないと思いながら、邪魔でしかないだろうと思いながら、なんで。

 

実際、暴れている花の怪物を目の前にして、動けていないじゃないかと。

 

振るえている事を自覚している。怖いと、敵が怖い。恩恵が無い自分は、いいや彼等も無駄な行いをしていると思ってしまっている。神の居ない、神に見捨てられた世界で何を足掻いているのかと。

 

それが侮辱であると分かっていながら、いや、分かっているから口に出していないのかも知れない。自分が、真っ先に諦めてしまったから。

 

映る花の怪物の動きが、目に見えて鈍くなる。なにがと、考える前に視線が暴れ狂う蔦から逃れる様に動いているポシェに向かう。恐らく、彼女がやったのだろうと辺りを付けて。

 

 

怪物から、悲鳴の如き甲高い音が響く。

 

 

不快と言う他無い音は、心を掻き毟るかのようにレフィーヤの耳にも届く。あぁ、この感覚を彼女は知っている。あの蟷螂の時と同じだ。何も出来なくなった時と。

 

ポシェの動きが鈍る。何か、確かめる様に口を開き、閉じた。先程まで、ずっと何かを呟いている様に見えたのにそれを、いや其れが出来なくなっているように思える。

 

花の怪物は頭部を振るわせて毒々しい花粉の様なものをまき散らす、あれはあの朱に染まる宿り木と名付けられたものが使っていた物と同じ。注意を呼びかけようとして・・・声が出ない。

 

明らかに危険であると分かる其れを避ける様に下がるゴザルニを見ながら、声を出す事も出来ないのかと愕然とする。

 

なんだこれは?

本当に何の為に此処に居るんだ私は?

 

愕然と、唯立ち尽くす事しか出来ない彼女は。

 

「レフィーヤ殿!?」

 

吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

――――――……

 

意識が遠のく中、声が聞えた気がした。

 

――――――…帰りたい?

 

声、其れは前と同じ事を問い掛けて、彼女は其れに頷いた。

 

――――――…帰ろう?

 

また、手を差し伸べられる。あの時と同じで、其れを取れば帰れるかも知れないと思えてくる。いや、若しかしたら本当に帰れるかも知れない。だから、彼女は手を伸ばし・・・・・しかし、躊躇う。

 

なにか、何かが彼女の中で引っかかっている。ここで手を取れば、帰れば後悔すると。

 

なんで、なんで後悔すると言うのか。何に後悔するというのか。帰りたい、帰りたいからあんなに必死になって迷宮に行ってたんだろうと。必死に、必死に手を取ろうとする彼女はしかし、反するかのように取る事が出来ない。

 

そんなレフィーヤの手を差し伸べた手で包む様に触れられた気がした。

 

――――――…帰ろう

 

優しく、しかし力強く手を掴むそれは。

 

――――――貴女が帰るべき場所へ

 

語りかける、酷く優しくまるで諭すかのように。

 

――――――そうすればもう

 

そして、レフィーヤは手を引かれて

 

――――――無力ではないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ”?」

 

その手を握り潰した。

 

――――――ッ?!

 

驚いた様に声が遠退く。自分でも少し驚いている。主に、自分はあんな声が出るのかと。

 

――――――……どうして?

 

声が問い掛ける、何故。その様な事をしたのかと。あのまま、手を引かれていけば、帰れたのにと。其れに対してレフィーヤは、少しだけ視線を彷徨わせて、何も見えないなと思いながら。

 

「なんか…ムカついたので」

 

言ってローウェンみたいな事言ってるなぁ、と思いながら声を探す。そう言えば何処から聞えて来ているのだろうかと。

 

――――――…どうして?

 

再びの問い掛け。どうして、そう思うのかという事だろう。そう言えば何故だろうと考えて。

 

「なんであなたにわたしの事を弱いだとか、無力だとか言われなくちゃいけないんですか」

 

そう、それだ。最初、夢だと思った。次に語り掛けてきたのは自分だと思った。自分が、自分自身にそう言っているのだと。けれど確信した、無力だと言われて理解した。この声は、夢でも無ければ、自分の本心でも無い別の誰かだと。だって、そうだ。

 

「私が帰りたい理由は、そんなのとは違う」

 

断じて

断じて

 

断じてッ!!

 

「力を…恩恵を取り戻す為なんかじゃ無いッ!!」

 

あの人に、あの人達にまた会う為だ。

 

 

 

 

――――――どうして?

 

問い掛けてくる、レフィーヤは振り払う。

 

――――――帰れるのに

 

其れは事実なのだろう、けれどレフィーヤは振り払う。

 

――――――帰れるのに

 

――――――帰れるのに

 

――――――帰れるのに!

 

――――――帰れるのに……ッ!!

 

 

――――――どうして!?

 

「帰れる訳無いでしょう」

 

否定する、レフィーヤは声を否定する。帰る積りが無いのではなく、帰れないと。だって、だって。

 

「友達が戦ってるのに私だけ逃げた…なんてことしたら、胸張ってあの人達の所に帰れないでしょう」

 

それに

 

「まだ、冒険の途中ですから」

 

 

だから彼女は声を振り払う。

 

絶叫、悲鳴のようにすら聞こえる其れは、淀んだ怨讐がへばり付いていた。けれど、そんな事は知らない。だから如何したと振り払う。問い掛け続ける声も、怒鳴り散らす声も。

 

全部

全部

全部

 

振り払って。最後に小さな光が残った。これが最後かなと思いながら、しかしこれは今までのと違う気がして耳を傾ける。

 

 

『力は必要ですか?』

 

 

問い掛けてくる。あぁ、そうかと思い至る。見た時から何かに似ていると思っていたが。

 

神に似ているのだ。それは在り方か、それとも力か。彼女には分からなかった。分からなかったけれど。彼女はその問い掛けに。

 

「いいえ、必要ありません」

 

そう答えた。どうしてと、光は問い掛ける。此処で頷けば、きっと恩恵の様なものを得られるだろうと彼女自身思いながら、しかし、しっかりと答えた。

 

「戦う力が無くても、勝利する術があります。それに……仲間も居ますので」

 

言葉に、光は可笑し気に瞬いて…消えた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、レフィーヤ・ウィリディスは覚醒する。

 



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第三十九話

「いった」

 

呟きながら瓦礫から這い出る。なんだか、今日の目覚めは痛がってばかりだなと思いながら確認する様に自分を見る。思ったよりもダメージは少ない。衣服は汚れているが破れておらず、動けなくなるほどの痛みでも無かった。

 

氷槍の印術を応用した壁で、防御したからだ。

 

本当に、印術は便利だなと思いながら。無意識の内にそんな事が出来てしまった自分自身が可笑しくって、笑う。これは、もう人間と呼んで良いのだろうかと。出来れば人外だとは思いたくはないが、ホロンの言っていた通り出来てしまったのだから仕方ない。

 

だから八つ当たり精神を込めた火球を放つ。

 

完全に不意を突かれた花の怪物は、避ける事等出来ずに直撃する。爆ぜる火、上がる絶叫。そう言えば何処から声を出してるのだろうかと疑問に思いながら。乱暴に振るわれ、しかしレフィーヤを狙った一撃を躱しながら下がる。

其れを見て、追撃と蔦を振るい。それが切り落とされる。

 

「ぬん、レフィーヤ殿は大丈夫そうでござるな」

 

目の前に着地して、チラリと彼女を見たゴザルニは再び前に出る。其れを見るや、直ぐに頭部を振るわせる花の怪物。彼女を近づけては危険だと理解しているのだろう。毒の花粉を壁代わりに撒き散らす。その一手は確かにゴザルニの足を止めることに成功し。

 

「思ってましたけどそれ、よく燃えそうですよね」

 

パチリと、レフィーヤは指を鳴らした。直後の轟音、そして悲鳴。撒き散らした花粉が火薬代わりと為り爆ぜて、怪物自身を焼く。思ったよりも威力が出た事に驚いて、しかし顔を顰めた。思った所に印術が向かわないからだ。

 

敵が大きいから、今の所は外さずに済んでいるけれど。しかし此れでは何時誤射してしまっても可笑しくない。それ程までに、精度が酷い。そうなっている理由は、杖が無いからだ。彼女自身、まさかここまで違いが出るとは、そう思いながらも、気を付けながら火球を放とうとして。

 

「これ、使って」

 

声と同時に、何かが向かって来る。反射的に、其れを掴み取って何かと見れば。其れは杖だった。声のした方を見る、其処には怪物に向かって呪詛を口にしながらもレフィーヤにサムズアップするポシェの姿が。少し、可笑しいと思いながらも放つ。

 

投げ渡された杖は、とても扱いにくかった。当然だろう、カースメーカーであるポシェが使う為に調整された物なのだから、ルーンマスターのレフィーヤが使い難くても当然だ。其れでも誤射し無い様に気を使えるくらいにはなるので、火球を連射する。

 

放たれた其れは、全てが当たった訳では無いが。しかし、それでも苦痛だと言わんばかりに怪物は身悶える。レフィーヤを危険だと排除したいがゴザルニがその度に邪魔をし、其れを無視しても彼女自身に攻撃を避けられる。故に怪物がとる行動は彼女達が回避できないもの。

 

花の中心に在る歪な口の様な者が開く。何かをする積りかとレフィーヤは身構えて。冷気が吐き出されるのを見る。

 

それは、印術に因る耐寒を貫きレフィーヤの動きを鈍らせる。痛みすら感じる冷気に、如何するべきかと考えて視線を走らせる。ゴザルニとポシェは問題なく動いている。自分だけかと思いながらも、仕方ないと防ぐのではなく、温度を上げる事でやり過ごす。強引な方法だが、少し熱く感じるだけで問題なし。

 

冷気も効果が無いと判断したのか、花の怪物は震わせながら口を開く。其処から放たれるのは何であるのか。よく分からない甲高い声か、或は刺す様な冷気か。それともまだ見ぬ何かが。何れにせよ。

 

「もうやらせんでござるよ」

 

刃が走る。行動を起こす前に潰す様に切り落とす。絶叫。まさか何もせずにただ待っているとでも思っていたのか。だとすればそう思ったままで居て欲しい。隙だらけで実に狙いやすいから。

 

「死ね、死ね、死ね死ね死ね! 不幸をまき散らす貴様はさっさと死ねぇ!!」

 

ポシェの呪言が花の怪物を蝕む。それは毒で在り睡魔で在り、呪縛である。目に見えて動きが鈍る。其れを見て、如何するかと思考する。それは何を叩き込むかという悩み。火球でも良いが、それでは倒すまでに些か時間が掛かり過ぎるのではと。なので、もっと火力の高いものを叩き込む。

 

印す。それは火球。其れに火球を重ねれば即ち炎。示される印は爆炎の物。かつて期せずして放った其れを、今度は自らの意思で放つのだ。現れたるそれは驚きべき熱量を宿しながら其処に在る。一瞬だけ、此れを放っていいのだろうかと頭を過る。が、そんな事は知らんと撃ち放つ。怪物を倒せない方が問題だから。

 

見れば危険と分かる其れが花の怪物に迫り、何とか避けようとその身を捩る。が駄目。刃が、呪縛が、動きを封じてしまっている。故に、故に。爆炎は炸裂する。響き渡る悲鳴。其れだけで命へ至る一撃であったと確信できるほどに、悲痛なモノ。

 

なの、だが。叫べるならば・・・死んでいない。だから。

 

「もう……一撃!!」

 

示し、輝き、そして……放つ!!

 

 

「もぉぉえろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

爆炎が、飲み込む。後に残る物はなにもない。

 



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第四十話

疲れた、そう呟きながら倒れる様に地面に寝転がるレフィーヤ。背中に石かなにかが刺さって若干痛いが。気にしない。そんな事よりも疲れた眠い。でも寝れない。なんでか、とても気分が良いからだ。遠慮なく印術をぶっ放したからだろうか。

 

「あ、もう終ったのか」

 

よく聞く声。確認するまでも無いが一応はと、顔を動かして見る。其処に居たのは、やっぱりローウェンだった。彼はよいしょと呟きながら、ゴトリと何か重そうなものを置いていた。

 

「それはなんでござるか?」

「大砲」

 

はてと首を傾げて問い掛けたゴザルニに、何でも無いかのようにローウェンは答えて。彼女は固まった。大砲、レフィーヤは聞いたことが無いが、ゴザルニが固まる様な何かなのだろう。其れこそ、普通使える様な物では無いとか。

 

「え……え?大砲? なんで大砲でござる?」

「いや、D.O.Eが現れたって言ってたからな。八つ当たり的な意味ぶち込もうかと思って埃被ってたこれを引っ張り出した……んだが、やっぱり止めとくべきだったかね」

「いやなんで大砲でござるか? というか、うてるのでござるかこれ?」

「ガンナーの嗜みだ。誰だって撃てる」

「貴方と同じ様な恰好した人が全力で首振ってますけど?」

 

ほらと、寝転んだまま指差す。ローウェンが視線を向けると、其処には確かに全力で否定する様に首を振るガンナーの少女の姿が。其れをみて、ふっと息を吐いてから肩を竦めて。

 

――――――ゴリッ

 

「撃てるよな?」

「えぅ、あ、撃て…ます」

「よろしい」

 

「脅しましたね」

「脅したでござるな」

 

そんな二人の言葉に、ローウェンはふっと笑みを浮かべて。

 

「いや、こいつはまじで撃てるからな? しかしもそれを主要武器にしてるキチガイだから」

「敵を木端微塵にするのって最高に気持ちがいいですよ?」

 

よいしょと背中からローウェンの持っていた物よりも少し厳つい大砲を取り出す少女。言っている事が物騒すぎる。というか、ならさっきのは茶番なのかと。それにしても。

 

「ガンナーってキチガイしか居ないんですか?」

「態々、大砲を持ち歩けるように改良してまで使ってる時点でキチガイでござるからなぁ。否定できぬでござる」

 

「解せぬ」

「駄目ですローウェン。めげちゃ駄目! もっとみんなに浪漫を分からせるべきですッ!!」

「いやでも大砲をメインに使ってるお前はまじでキチガイの極みだと俺も思うわ」

 

「憶えてろ下さい畜生――――――ッ!!」

 

うぉおおー、っと叫びながらどこかに去って行く少女。そう言えば彼女は誰だったのだろうかと、ローウェンを見る。

 

「あ、あいつはクルミって言ってな。趣味が大砲で敵を粉々にする事と大砲本体で叩き潰す事とか言うキチガイを通り越して完全に危ない奴だ。敵味方関係なく撃ち込んでくるから迷宮で遭遇したら気を付けろよ?」

「分かりました、気を付けます」

「そこまでのキチガイはあまり見ないでござるな……近くに居るでござるが」

「俺の事言ってんの?」

「に、ござる」

「飲み物飲みやすい様に喉に穴開けてやろうか?」

「申し訳ないでござる」

 

またふざけてる、何て思いながら見上げていると。ふいに、ローウェンがレフィーヤを見てそう言えばと呟いた。

 

「お前あれだな」

「なんですか?」

「一日持たなかったな」

「んぐぅっ?!」

 

そう言えばそうだった。今朝、もう無理だとか。冒険できない戦えない。そんな事をローウェンに向かって言っていたのだ。言って於いて此れだ。無理とは一体何だったのか。其処で思い出す。結局、あの時ローウェンが言っていた事は何だったのかと。

 

「あれどういう意味だったんですか?」

「あ、あれ?……あぁ、あれか。あれなぁ、え、分からない?」

「はい」

「考えれば直ぐ分かる事なんだがな」

「でも分かりません」

 

そっかぁ、なんて呟きながら頭部を掻く彼は、レフィーヤを見ながら言った。

 

「お前さ、冒険者が冒険をする事を諦められると思うか?」

「無理でしょう」

 

冒険を諦める様なのは冒険者とは言え無いと。思わず即答してしまい、吹き出す様に笑う。同時に納得する。あぁ、成程確かにと。彼は、見抜いていたという事か。無理だなんだと言って於きながら。欠片も冒険する事を諦められていなかった事に。

 

「時にレフィーヤ、俺は興味深い事を聞いたのだよ」

「と、言いますと?」

「今回、街を襲ったD.O.E。それは第五迷宮から現れたそうで」

「ほうほう」

「なんでも、それが現れる前に、一階層に作られた砦を別のD.O.Eが破壊してしまった所為らしい」

「成程」

 

「そしてその破壊D.O.Eは…蟷螂の様な姿だったそうだ」

 

「……へぇ」

「興味深いだろう?」

 

えぇとても、と呟く。詰りは今回の出来事はその蟷螂の所為。前回の迷宮探索が失敗したのも蟷螂の所為。要するに全部蟷螂の所為。

 

「いやぁ……許せんよなぁ」

「許せませんね」

「放置できないよなぁー?」

「できませんね」

 

「と言う訳で、行けるか?」

「当然でしょう」

 

宜しいと、彼は笑いながら言った。其れを見ながらレフィーヤは立ち上がる。直ぐに向かう、何て事はしない。流石に。唯単に、いい加減ちゃんとした場所で休みたいと思っただけだ。其れに、やる事も在る。

 

「取り敢えず、コバックさんに謝らないといけませんね」

「土下座は止めとけよ? あれ結構困るから」

「本当ですか? 分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ困らせたい時にだけやる事にします」

「そうしとけ」

 



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第四十一話

弾丸の補充、完了。盾の新調、完了。薬の調合、完了。ホロンから杖の強だ・・・入手、完了。謝罪もすでに済ませて、土下座もなんの関係の無い時に人目の多い所でやった。詰り、準備完了。

 

故に再びの第五迷宮。

 

「……っあぁ、温かい」

 

で。のんびりとスープを飲んでいた。

 

「いやぁ、ハインリヒさんって料理上手ですねー」

「まぁ、調薬とそこまでの違いは無いからね。其れなりにって感じだよ」

「でも凄いわよ本当に、あたしがやっても何故か炭にしかならないのに」

「それ火力の問題…いや、だけじゃないな」

 

そんな会話をしている彼等が居るのは第五迷宮に造られた砦の中だ。何故、と問われたならば。待っているからだ。何処に居るのかが分からないD.O.Eが現れるのを。

 

「あとどの位ですかね?」

「まだ黄色だな。近づいては来てるがまだ遠いな」

「そうですか……あ、おかわりお願いします」

「はい」

「どうも」

 

暖かなスープを飲みながら、見渡す。見えるのは何時もの三人…だけでは無い。

 

「寒いとポーズの切れが悪くなるな」

「と言うか何でポーズとるのでござるか?」

「趣味だ」

「そうでござるか」

「彼は何時でも幸せそう……うん良い事、実に良い事」

「ポシェ殿もぶれないでござるな」

 

と言っているのはホロンにゴザルニ、そしてポシェの三人。その近くに布の塊の様な状態で寒さに耐えながら震えている人が一人。詰り、今この砦内部には八人の冒険者がいるのだ。

 

「多いですよね」

「そうだな、砦でも無い限りはとてもじゃ無いが碌に戦えたもんじゃない人数だな」

「色んな意味で大丈夫なんですか?」

「対D.O.Eと言う意味では大丈夫だ。其れ以外は知らん。若しかしたら砦が壊れるかもしれんがな」

「大丈夫じゃないですよねそれ」

「だな」

 

まぁ、気にしてはいないが。そもそも、D.O.Eの進行を阻めばその際に壊れてしまうものだ。そうなる事が前提で造られているのだから気にしても仕方ないとも言えるが。

 

何気なく、視線を布に包まった人物に向ける。やはり、震えている。それは寒さ故かそれとも。立ち上がり近づく。

 

「大丈夫ですか?」

「んぇ?!」

 

ビクリと震え、布から顔を出す。それは少女だった。少し見えた彼女の装束は確かダンサーの物で、その……とても寒そうだった。

 

「…寒そうですね」

「とても寒い、あたしは戦う前に凍って死ぬんだ」

「…あの、若し良ければ寒さを何とかしましょうか」

「?!出来るの?」

「まぁ、それなりにですが」

「お願い!!」

 

それじゃあと、言葉を置いてから印術を発動する。前に見た、火球と氷槍の応用。寒さと暑さを防ぐ為の物を彼女に。すると、驚いた様な表情を浮かべて、確かめる様に布を取り払い……また包まる。

 

「やっぱり寒い!!」

「服があれですからね」

 

肌が出てれば寒い事に変わりは無いのだった。其れでもかなりましに成ったのか、布から顔を出したまま少女はレフィーヤに向かって礼を述べる。

 

「ありがとう、お蔭で死なずに済みそうだよ!」

「どういたしまして」

「あ、そう言えば自己紹介がまだだった。あたし、ノココ。ダンサーしてるから宜しく!!」

「レフィーヤ・ウィリディスです。見て分かるでしょうけど、ルーンマスターです」

「そして私はホロン」

「ゴザルニにござる」

「ポシェだよ」

「そっちは知ってるから」

 

何時の間にか、レフィーヤの背後でポーズを決めていた三人。あれ、そう言えばと見渡す、けれど探している人物はいなかった。それを見て、ローウェンが問い掛ける。

 

「どうした?」

「いえ、クルミさんはどうしたのかなって。居るのかと思ってたので」

「簀巻きにして吊るしてきたから居ないぞ」

「なんでそんな事」

「言っただろう、あいつ敵味方関係無いって。というかあいつにとって敵って言うのは目の前に立ってる奴の事だから。連れてきたら大惨事どころの話じゃ無くなるからな」

「なら仕方ないですね」

 

想像以上に危険人物だったクルミ。なんで冒険者してるんだ。冒険したいからか。

 

「え?クルミってガンナーのクルミの事?」

「そうですけど?」

「人外ガンナーフォーの一人である。あのクルミ? え、居るのあのキチガイ?」

「人外ガンナーフォー? なんですかそれ」

「人外じみた行動や技術を保有してるガンナー四人の事だよ」

 

皆の視線が、自然とローウェンへと集まる。最も身近な人外かと言いたくなる技量を誇っているガンナーだからだ。視線をノココに戻し、問い掛ける。

 

「因みに、クルミさん以外の、他三人の名前って知ってますか?」

「知ってるよ。隣町で暴れてるモンスターを狙撃したコルボに、悍ましい程の早打ちに因る連射を得意とするライシュッツ、あと」

 

「九体のモンスターの急所を一発の弾丸で撃ち抜いたとか言うローウェンだね」

 

「だそうですよ人外」

「そんな事してたのね人外」

「僕もびっくりだよ人外」

「そんな事出来るのに拙者の事をキチガイと言ってたのでござるかこの人外」

「少しショックだぞ、人外」

「やはりキチガイだったか、この人外」

 

「まぁ、落ち着け。彼女の言った事は正しくない」

「なら、実際はどうだったんですか?」

「弾丸を弾丸で弾いた上で十六匹、詰り一発で撃ち抜いたのは八匹だ」

「いや増えてる」

 

結果的には増えてる。正しくないってそういう、いや確かにそうだけど違うだろうと。言おうとして、はいと彼は手を叩いた。

 

「おふざけ此処まで、これを見ろ」

 

そう言って、掲げて見せたのはD.O.Eレーダーで。その色は、赤。意味するのは敵が近いという事。緩んでいた空気が引き締まる。

 

「鍋片づけたか?」

「うん」

「武器防具に道具」

「問題なし」

「作戦」

「好きにやれ」

 

「宜しい、ならやるぞ」

 

その言葉の後か前か。砦の底を、突き破る様に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイスシザーズと名付けられた其れを呪縛し切り落とし燃やし尽くす。

 

「は……え?」

 

唖然とした様子のノココは気にせずに、動く事の出来なくなったアイスシザーズに向かって。ローウェンは銃をくるりと回してから突き付けた。

 

「ま、分かってればこんなもんかね」

 

命を、撃ち抜く。



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第四十二話

「では帰るとしようか」

 

そう言って、放心しているノココを引きずる様にして帰っていく四人を見送り、ギルド・フロンティア一行は第五迷宮の奥へと足を進める。

 

アイスシザーズ?どの様な行動をしてくるのか知っている上に来ると分かっていたんだから瞬殺できない方が可笑しい。冒険者にとって危険なのは強い敵では無い、不意打ちと未知こそ敵である。

 

「よく見えん」

 

詰り暗く、前が良く見えなく成っている現状はとても危険と言う事だ。其れは夜になったからでは無く、単純にそうなる程に深い場所を進んでいるという事だ。

 

「でも、本当にこれは困りますね」

「お陰でモンスターの発見が遅れてしまうぞ全く」

「それでも変わらず急所を撃ち抜くんですね」

 

直ぐ近くにまで近づかなければよく見えないのに、命中率が変わらないローウェン。変わったのは発見が少し遅れた程度だ。尤も視線を向ける事無く撃ち抜いているから完全に誤差でしかないが。

 

「本当に、どんな腕してるんですか」

「ガンナーならば当てて当然だ。寧ろガンナーは当てない方が難しい、仲間に的な意味で」

「そっち?」

 

いやそうだけども、確かに誤射しないというのは動き回っているのだから難しいだろうけれども。レフィーヤ自身、誤射無くやっていけているのは他の三人の腕がいいからであると分かっている。まぁ、それでもローウェンの技術はずば抜けているが。

 

そんな彼がイノシシを撃ち抜くのを見ながらふと、思う。どうやってあそこまでの技術を得たのだろうと。問いかけはしない。した所で努力したからとか、そんな感じのとても単純な答えが返ってきそうだと思ったからだ。

 

後にふとした瞬間に問い掛けた処、その方が楽そうだから練習したと返ってきた。やはり人外か。

 

「それにしても深いわねこの迷宮」

「そうでなければ面白く無いと思うが?」

「ローウェンは冒険と言うだけで弾けるよね。もっと自重しない?」

「モンスターを全部俺が片づけてない時点で自重してる」

「出来るんですか?」

「弾を残す事を考えなければ。詰り最下層辺りでは俺は足手まといになるという事だがな」

 

駄目じゃん。そう思ったレフィーヤは悪くなく。だから自重してるのかとも思ったが、それは当然の事で。冒険がしたくてしたくて、若しも出来なければ暴走しそうなローウェンが、その辺りを考えていない訳が無い……よくよく考えれば何が起こるのか分からないのが冒険で。其れをしているのに弾を使い切らずに居られる何て事が出来る。これて相当の人外技なのでは?

 

帳面と睨めっこするのが秘訣なのだろうかと、ローウェンを見る。

 

「なんだ」

 

問い掛ける様に彼は言う。いえ、と小さく呟いて視線を彼から外した。別にそんな事は無いなと思いながら。帳面と睨めっこするだけで出来る様に成るなら世の中人外で溢れている事に……いや結構居たな人外。知ってるだけでも五人以上いる。なんだこれ世紀末かと、いや世紀末って何だ?

 

何故か思考を横切って行った謎の言葉に首を傾げながら氷爆カズラを燃やす。灰に成っていく其れを見ながら、最近あまり意識せずに動ける様になったなと、しみじみと思う。これ、オラリオでもとても強い部類に入るのではないだろうか・・・いや、そうでも無いか。ボコられる姿しか想像できないレフィーヤ。まだ練度が足りない。

 

そして非常に悔しいが負けるイメージが出来ないローウェンは本当に人外だと思う。いや勝てても居ないけど。気が付いてないだけで恩恵得て居たりしないのかな彼はと、未だに疑っているレフィーヤだった。

 

息を吐く。

 

白く染まる其れを見ながら、色々と脱線が過ぎるたなと思う。忘れてはいないが迷宮の中。余り考え込み過ぎるのは危険だろう。

 

「あとどの位ですかね?」

「何とも言えんな。経験則的にはそろそろだが…不思議の迷宮が不思議過ぎてそう言うのをぶっちぎって相当深くまで続いてる可能性が在るしな」

「いや流石にそれは」

「想定出来なかったなら兎も角、想定しないのは馬鹿と愚か者だけだぞ。まぁ、馬鹿の中には勘で行動してるタイプが居るから何とも言えんが……愚か者にはなりたくないだろう?」

「肝に銘じておきます」

 

しかし困った。何時最下層に辿り着くのか分からないというのは思っていた以上に辛い。体力的に、という意味でだ。精神的には非常に楽しんでいるのだが、流石に疲れてくる。迷宮深くだというのに吹雪いている事も一因だろう。そうで無ければもう少し余裕が在る。出来れば休憩したいところだが。

 

 

『――――――――――――ッ!!』

 

身構える。何処からか響いた声、咆哮。まるで存在を主張する様に響く其れは、下からの響く。薄暗い中、若しかしたらと探せば、下へと続く階段。あぁ、詰りこれはそう言う事だろう。ローウェンはゆっくりと三人を見る。

 

「という事でだ。分かっているだろうがこの下は……あぁー、今いるのは十八階だよな」

「そう、詰り次は十九」

「ありがと、そんな訳で十九階が最下層だと馬鹿が教えてくれた」

「なんで吼えちゃったのかしらね?」

「それはもう、馬鹿だからじゃないですか?」

「俺最強とでも思ってるんだろう」

 

ふっと、息を吐く。

 

「慢心は無いな?」

「馬鹿だとしても未知である事に変わり無いしね」

「余裕は在るか?」

「少し休めば体力的にも万全です」

「なら、休憩を挟んだ上で」

「突撃ね」

「準備万端……とはガンナー故に如何したって言えんが」

 

 

「ま、下に居る馬鹿に冒険者ってものを教えてやるとしようか」



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第四十三話

最下層。それは、彼等の眼前に降り立つ様に現れた。青い炎を揺らめかせながら纏う白虎。彼等を睨みつける様に見た白虎は、大きく息を吸い。

 

「せんせー」

「よっこいっしょっと」

 

火球と弾丸を叩き込まれる。小さく悲鳴を上げて、距離を取る様に下がる白虎。其れを見ながら、はてとレフィーヤは僅かに首を傾げ、動きながら呟いた。

 

「炎纏って居る割に結構通った感じがしますね」

「体温を高く保つための物でしかないとか、そんな所じゃないか?よく分からんが。此処はそうでも無いが上は寒いし」

「成程」

 

白虎は飛び掛かる様にレフィーヤに迫る、動いているとは言え会話しているから隙だらけだと判断したのだろう。あえてそうしているのだ気が付かずに。

 

「せい―――やっと!!」

 

ハインリヒのフルスイング。極めて重い其の一撃が白虎の側面に叩き込まれる。飛び掛かる様に動いて居た為か、踏ん張る事など出来ずに、小さな彼が巨大な怪物を吹き飛ばすというアンバランスな光景を見る事に成った。

 

それでも直ぐに体勢を整える様に立ち上がる白虎は、しかしその足取りはおぼつかない。余程先程の一撃が効いているのだろう。だからと言って手を緩めるような事はせずに、攻め立てる様に氷槍と雷撃が飛ぶ。しかし。

 

「これは効かない、と」

 

氷槍は白虎の纏う炎が溶かし、雷撃は効いている様子は無い。ならば必然的に、放つのは火に限定される。其れにしたって、見た目よりは通ると言うだけで弱点と言う程では無いのだが。

 

まぁ、倒れるまで続ければいいかと、火球を二つ放つ。

 

白虎に向かうそれは、しかし駆ける様に動いたために一発は外れてしまう。いや、それよりも問題は白虎が動き続けている事か。

 

走って、走って。駆けて、駆けて。決して広いとは言い難い最下層を白虎は縦横無尽に駆けまわる。こうも動かれてはレフィーヤは火球を当てる事など出来ず。

 

「動きすぎ」

 

しかしローウェンは其れでも当てていく。悍ましい程の精度でそう動くのだと知っていたかの様に、放たれた弾丸が白虎の前足の関節を撃ち抜く。

 

堪らず、悲鳴を上げながら崩れ落ちる白虎、駆けまわっている最中に撃ち抜かれた故か、滑る様に転がり壁に激突する。

 

その様を見て、あぁ終わったなと思いながらも。レフィーヤは爆炎を放つ。激しく燃え盛る炎は、白虎の纏う青い炎すら飲み込んで火力を増し焼いていく。

 

響き渡る悲鳴。ここにきて漸く白虎は気が付いた。足を撃ち抜かれ動けず、その身を焼かれて命を零しながら漸く気が付く。彼等には勝てないのだと。しかし、あぁ、しかしだ。それはあまりに遅すぎた。

燃え盛る炎に焼かれながら白虎が見たのは、槌を振りかぶるハインリヒの姿だった。

 

重く鈍い音が最下層に響き渡る。

 

 

 

 

 

頭部にハインリヒの一撃を受け、動かなくなった白虎。若しかしたらまだ、と考えてハインリヒは下がり、変わる様にゆっくりと確認の為に近づくコバックに、問い掛ける様にローウェンは声を掛ける。

 

「どうだ?」

「んー……大丈夫そうね」

「そりゃよかった。しかし、今までで一番楽だったな」

「随分動き回ってたわね。お陰であたしやる事無かったわ」

「久しぶりに大物を叩き潰したなぁ……すっきりした」

「ハインリヒさん?」

 

何やら危ない言葉が聞えて思わずハインリヒを見るレフィーヤ。しかし、彼は視線を彼女に向けようとはせずに、黙々と槌に付いた汚れを拭っていた。少し、危ない表情を浮かべながら。レフィーヤは、見なかった事にした。

 

さて、とローウェンは呟きながら最下層の奥へと向かう。そう言えば最下層の調査がミッションの内容だったなと思い出しながら後に続く。

 

「あぁー…これは、あれだな」

「流れてきてますね」

 

そう、流れて来て、そして流れていく。目の前で、地下水の溜まっている場所に巨大な琥珀が。見れば、D.O.Eらしき影も見える。それが何個もだ。

 

「此処じゃあ無いみたいね」

 

D.O.Eが閉じ込められている琥珀は、氷晶ヶ岳からでは無く、別の何処かから流れてきていると。ここがそうだと思っていたから、当てが外れたという事だ。

 

「でもここ以外に場所なんて無いわよね?」

「いや、一か所あるだろう。というか此処で無いならあそこ以外無いだろう」

「あそこ?」

「……なぁ、コバック。お前は馬鹿だな」

「行き成り罵倒された?!」

 

いや仕方ないだろうと。流石にレフィーヤも分かる。ここ、氷晶ヶ岳から流れてきていた訳では無いのなら。其処より更に奥にある場所からと言う事に成る。そして、その場所は間違いなく。

 

「世界樹…ですね」

「正解。という事だコバック」

「全然わからなかったわ」

「やべぇ、お前どんな思考してんだよ。逆に気に成って来たわ」

「頭を割る気なの!?」

「発想が怖いわ。なんで仲間の頭かち割らないといけないんだよ」

 

そんな会話を聞き、確かに怖いと思いながら。何か無いかと各々が探す。尤も、此れと言ったモノが見つかるとも思っていないが。

 

「あら、何かしらこれ。板?……これ板よね?」

「板?……板だな。唯の板では無いが」

「そうなの?」

「何処を如何見たら唯の板に見えるんだよ此れが」

 

困惑したようなローウェンの声に、如何したのかと近寄り、何かを持っているのに気が付く。はて、何を持っているのだろうかと、覗き込んで見れば。

 

それは、七つの琥珀の嵌め込まれた装飾板だった。

 

 

「……え、これをどう見たら唯の板だって思えるんですか?」

「だよな、明らかに唯の板じゃないよな。琥珀とか嵌め込まれてるし」

「あら、其れ琥珀だったの?」

「気づいて無かったのかよ?!」

「えぇー…?」

 

レフィーヤは、コバックが分からなくなった。

 



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第四十四話

第五迷宮の最下層にて、更に奥から琥珀が流れて来ている事。そして、人の手に依って作られただろう装飾板。其れを手にギルド・フロンティア一行はアスラーガへと帰還した。

 

帰ってすぐに、しっかり休めよと、そう言ってローウェンは装飾板を手に歩いて行った。恐らくマガンの家か、サラ教授の研究所だろう。彼は、あの板から何を読み取ったのだろうか。あ、と呟いてからとてもいい笑顔を浮かべていたから、きっと冒険に関わる事だろうが。其れ以外思いつかないし。

 

と、そんな事を考えるレフィーヤは今、第二迷宮に居る。

 

ふぅ、と息を吐く。思いだすのは初めて第二迷宮に訪れた時。なんか、何時の間にか来る事に成ってたな、いや仲間に成ると言ったのだから当然だけど。改めて考えると、色々と手一杯だったなと気が付いた。冒険に付いて行ったのも、言い訳の様なもんだったし。或は、誤魔化していたのかも知れない。

 

勿体ない事したなと思ってしまったレフィーヤはもう駄目だな自分は、と思う。

 

けど、仕方が無い。だって勿体ないし。折角の冒険だったのに楽しまなかったのは駄目だ、本当に勿体ない。過去に戻れるなら殴って気絶させてから代わりに楽しむのに。まじで勿体ない。迷宮攻略は一回しか出来ない・・・のだろうか。まぁ、初めてのと付ければ攻略に次なんて無いから勿体ない事に変わりないが。

 

ふらりと現れたシンリンチョウを叩き落としながら見渡す。

 

気が付く、そう言えば一人で来るの初めてだと。最初の時は少し違うので除外するが…やはり、初めてだ。なのに、意外と余裕が在るなとレフィーヤは思う。慢心や油断では無く余裕、此れ大事。モンスターを如何にか出来るのは対処できてるから、不意を突かれれば死ぬ。そんな事を考えながら森ネズミを燃やして先に進む。

 

やはり、吹っ切れたからだろうか。ちゃんとやり通すと。冒険者として冒険をするのだと。そんな、心構えの問題なのかもしれない。

 

 

少し休憩を兼ねて地図を見る。その割に深い所まで来てしまったなと思う。

 

何故、彼女が第二迷宮に居るのか。理由は依頼だから、と言うやつだ。詳しく言うならば、ホロンに話し掛けられたのが切っ掛けか。

 

「そろそろ、始原の印術を憶えても良いだろうな」

 

そう言って、第二迷宮に一人で向かい、そこに生息するボールアニマルを三匹討伐する様に依頼されたのだ。なんでボールアニマルなのかと疑問に思い問い掛けたが。

 

「一応の確認だ。ちゃんと扱えるだけの技術を持っているのかを、だ。ボールアニマルが対象なのはちょうどいいからだよ」

 

との事らしい。教わらないと言う選択肢は無かった。それに、一応は依頼なので報酬も出る。面倒であると言う事を除けばデメリットも無いというかメリットばかりだ。だからレフィーヤは依頼を受けて此処に居た。

 

そして、その依頼に関してだが。レフィーヤは順調に二匹を倒し、そして今。

 

「…居ない」

 

必死に探していた。でも見つからない。下へ上へといったり来たりしてるのに見つからない。後一匹なのに、後一匹なのにだ!!

 

前に怪物退治の為に来た時はどんどん出てきたのに、何故こういう時に限って現れないのかと。苛立ちを発散する様に放たれた火球がベノムスパイダーを焼く。炎を消そうと暴れ回り、暫くして崩れ落ちたのを見て虚しさを感じる。やはり、八つ当たりは良くないのかも知れない。

 

「吊るす方が良いなこれなら」

 

吊るされる様な人は相応の理由が在るので嬲る様にしても誰も文句文句言わないし、寧ろもっとやれと言われる位だ。そう思いながらうんうんと頷き、街に帰ったら誰か吊るされて無いかなぁと呟く歩くレフィーヤ。完全にオラリオの冒険者としては道を踏み外す処かトリプルアクセル決めながら別の路線に行ってしまっている事に気が付いていない。

 

 

そして一時間後。

 

 

「くそがっ!!」

 

言葉が荒れているが仕方のない事。見つからないのが悪いのだから、詰り出て来ないボールアニマルが悪いのだから。良くないとか思って於いて速攻で爆発カズラに八つ当たりの氷槍を叩き込んだとしても、それでもレフィーヤは悪くない。

 

全部ボールアニマルが悪いんだ!!

 

想定よりも遥かに時間が掛かっている事に若干の焦りを感じながら、改めて地図を見る。若しかしたら出やすい階層とかがあるかも知れないと。すっかり埋めきってしまった地図を。

 

「…………」

 

なんとなく、無言で地図を見つめるレフィーヤ。アリの巣構造の、幾ら浅くとも埋めるのはそうたやすい事では無いそれが、しかし綺麗に埋まっている地図を。

 

これ、全部自分で歩いて埋めたのかと思い。

 

「………んふ」

 

変な笑い声が漏れた。何と言って良いのか分からないが、しかし嫌では無い感情が湧いて出てくる。新しい扉を開くとはこういう事かと、成程理解しましたよ神様。何て思い自らの主神に念を送るレフィーヤ。

 

それ、あかんやつやって聞えた気がするが気のせいだろう。

 

今ならボールアニマルの事も許せそうだ、爆炎の印術を叩き込むだけで。そう思いながらレフィーヤはスキップしながら再び探し始めるのであった。

 

そして、第二迷宮にある一つの大部屋の広さがちょっと広がったと言う。



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第四十五話

第五迷宮を攻略してから何時の間にか二日が過ぎた。実は装飾板を捨てようとしてた事が発覚したコバックを吊るしたり。勝手に依頼を受けた上に、休めと言われたのに速攻で迷宮に向かったレフィーヤが吊るされたりと。そんな事をしたりされたりしていたから、本当にあっという間だ。

 

初めて吊るされたレフィーヤだがよい物では無かったと言う。後、爆笑してたゴザルニを何時か吊るすとも言っていたそうな。

 

さて、色々あったが無事に自由を取り戻したレフィーヤは今何をしているかと言えば。荷物の整理だ。冒険に向かう為の準備と言う事だ。別に、ローウェンに冒険に行くぞと言われた訳でも無く、依頼を受けて此れから向かう訳でも無いが。

 

何故そんな事をしているかと言えば、見てしまったからだ。あと聞いてしまったのだ。ローウェンの高笑いを。気球艇乗り場に向かって全力疾走する彼の姿を。そして思ったのだ。

 

あ、これは次の探索は直ぐだな。きっと、帰ってきたら高らかに言うのだろう。冒険の時間だ、と。

 

迷宮探索、詰りは冒険に必要な物そうで無いものとを分けた上でよく使う物とそうで無いもの、後はいざと云う時に使う物とを分けてから鞄に入れていく。メディカにアムリタ、テリアカΩも忘れずに。

 

「……そういえオメガって何だろう?」

 

ふとした疑問、分かった所でなにかあると言う訳では無いが。どうしても気に成る類いの物だ。後で訊こうと思いながら、他の道具も入れていく。

 

と、ある物が目に付く。其れは巻物だ。そう言えば、ポシェに渡されていたなと手に取った。なんでも、この巻物に書いてある事を読み上げるだけで呪言が使えるらしい。聞いた時は便利なものだと思うと同時に、こんなものを作ってカースメーカーの人達は大丈夫なのかと心配した。尤も、それに関しては巻物は一回使えばそれでお終いな消耗品であると教えられた。あと、性能も可成り劣化してしまっているとも。

 

後に、同じ様に印術を石に刻んで誰でも使える様にした物も在ると知ったレフィーヤは、其れを見せてもらったが確かに威力が低かった。いやそもそも、消耗品と冒険者を比べるだけ無駄であると言う事か。

 

まぁ、使うかどうかは分からないが。いや、分からないから余裕が在るなら持って行くとしよう。そう考えながら取り敢えず置いて置く。と、其処で在る事を思う。

 

食料如何しようかと。

 

 

 

「と言う事で訊きに来ました」

「いや何を?」

「そう言えば食料は何処で調達してるのか知らないなと」

「女将さんから貰うか、ダーナ直売店で買うかだな」

「あぁ、そう言えば売ってましたね」

 

あの時は便利だなと思うだけだったが、改めて考えると流石に色々置いて置き過ぎじゃないだろうか。下着とかも売ってたし。いや、どれも冒険に必要な物だと言うのは分かっているのだが。もう少し、他の店に任せるとかしないのだろうか?

 

「そこら辺どうなんですか?」

「だから何を??ちゃんと言ってくれないと分からないのだが?」

「ダーナ直売店色々と商品置きすぎですけど大丈夫なんですか?」

「あの店、殆ど冒険者専用みたいなところあるからな」

「他の店は大丈夫なんですか?」

「お前は保存に適した物と、単純に美味しい料理とが同じ物であると思うのか」

「あぁー…成程。考えてみれば当然の事ですね」

 

あれを極めればそれが疎かになる。そんな当然の事で。ダーナ直売店に関して言えば、あの店が冒険者を対象とした商売をしているから商品が豊富であると言う事だ。食料が必要、武具が必要、薬が必要と。冒険には必要な物が沢山ある。

 

けど、単純な美味しさで比べたら琥珀軒の料理には勝てないと。

 

「考えてみればって……お前分かってただろ?」

「はい」

 

何処で食料をと言う疑問に関してもダーナ直売店だろうなと思っていたし、というか女将から弁当を渡されている所を見ている。その後の問い掛けに関しては訊くまでも無いと言った状態だった。なら何故聞いたのか。確認の為に訊いたらいけないのかと。

 

と、そう言えばと見渡す。確認の為にローウェンの部屋に来た訳だが、目当ての人物が居らずに何故かいたハインリヒに聞く事に成ったが。その目当てだった人物、コバックはどうしたのだろうかと。

 

「何処行ったんですか?」

「ローウェンは爆笑しながら疾走してった」

「其れは知ってます」

「コバックはダーナ直売店の鍛冶の所、武具の点検をしてもらうとか何とか言ってな」

「……全部ですか?」

「全部だ」

 

「吊るします?」

「吊るさない、今回はあれだからな。直ぐに出る事は無いって分かってるから」

「爆笑してましたしね」

「爆笑してたからな」

「ただいまー」

「御帰り」

「お帰りなさい」

 

あら、レフィーヤちゃんと。戻ってきたコバックは嬉しげに言う。何の用かと。既に用事は済んでいる告げたのだが。まぁ、戻るのもなんだと、其の儘居座る事にしたようで、座り込む。座布団っていいよね。

 

「で、どの位掛かるって?」

「明日には済むそうよ」

「そりゃよかった」

 

 

なんて、会話を聞きながら置いて在る茶菓子を口にする。

 

 

そして、夕暮れ時にて。

 

「お前ら喜べ!!」

 

スパンと音を立てて襖を開き、現れるローウェン。何事かと、準備を終えてゆったりと休んでいた三人は彼を見て、其れを見ながらとても楽しそうに口にする。

 

「冒険の時間だ!!」

 

レフィーヤの予測は、当たった。



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第四十六話

第五迷宮の最下層で見つかった装飾板、それに嵌め込まれていた琥珀は。迷宮の位置を示した物であったそうだ。

 

そして、その示された場所に。第六迷宮、迅雷風列渓谷を突き進む。目的は、恐らくこの最下層の地下水だまりからいく事が出来るだろう、世界樹の麓。そこへ、辿り着く事。まさか、何となしに考えた目的の一つの達成が手に届くところまで来るとは、少し感慨深いものだとレフィーヤは思い、それ以上に、世界樹を間近で見られるかもしれないと興奮していた。

 

だから、一寸進むのが速くても仕方のない事。そして問題も無い。

 

何故なら皆、進むのが速いから。何だかんだで、全員楽しみなのだ。だって世界樹。オラリオに於ける神か、若しくはバベル等といったものに近いのだから。何も感じないのは可笑しいだろう。あのローウェンだって。

 

「………」

 

無言で、しかし何かを堪える様に笑顔を浮かべながら向かって来るフクロウを射ち落しているのだから…いや、何時もの事か。

 

と、落ちていくフクロウを見てそう言えばと疑問に思う。

 

「ここ…壁無いですけど、どうなっているんでしょうか?」

 

そう、壁が無いのだ。道、部屋など地面は確りあるのに縁まで行くと下が丸見え。真っ直ぐ見ればずっと向こうまで見えるなんて状態。これ、どうやって迷宮自体を支えているのだろうか。今までの迷宮の中で一番謎、いや不思議な迷宮だ。如何なのだろうかと、ローウェンを見ると。

 

凄く…苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 

「お前、俺が考えない様にしてた事を聞いて来るなよ」

「と言う事は」

「分かる訳ないだろう。あぁー……あれだ、浮いてでも居るんじゃないか? それで納得しとけ」

 

かなり雑な答えだが、正しいものなど分からないのだから取り敢えず、言われた通り納得する。尤も、其れを知る事を諦めた訳では無いが。探究心は冒険者たる者持っていなければね!!

 

「んー、あらー」

「どうした馬鹿? まるでコバックみたいに呆けて」

「馬鹿とあたしの名前逆じゃないかしら?」

「間違ってはいない」

「だね」

「否定はできないですね」

「ちょっとあたしに対して辛辣過ぎない?」

「ならもう少し馬鹿と言いたくなるような行動を控えろ」

 

あの装飾板を捨てようとしていたと言う事実は未だに信じられない。まぁ、未遂で在ったし吊るされたのだから済んだ話だが。

 

「で、何か気に成る事でも在るのか?」

「それねぇ、なんか……ねぇ?」

「言えよ」

「モンスター、少なくないかしら」

 

その言葉につられた様に辺りを見渡す。壁が無い為に大変、見やすいこの第六迷宮。だが、しかしコバックの言う通りだ。よく見えるからこそ、モンスターの少なさが目立つ。偶に、フクロウが飛んでくる位で、後は進んでいて偶々出くわした程度のもの。攻略としては楽で、調査としては今一で、冒険としては物足りない感じだ。

 

「第五迷宮の時と同じ……って感じでは無いですよね」

「あそこ程ギラギラした感じないものね」

「ギラギラって……いえ分かりますけど」

 

コバックの表現に首を傾げながらも同意する。何というか、息を潜めて隠れて居るのは変わらないのだが、如何も必死と言うか。出くわしたモンスターにしても、襲ってくるのだがまるで錯乱しているかのようで。

 

まるで、何かを恐れている様で。

 

「……これ詰り」

「まぁ、十中八九居るだろうなD.O.E」

「やっぱりですか」

「まぁ、それにしたって少し過剰すぎる気がするけどな」

 

そんあローウェンの言葉もその通りだとレフィーヤは思った。D.O.Eが現れるから、それを恐れている。けれど、それは第五迷宮も同じな訳で。一体、なんの違いがあると言うのか。

 

「何にせよだ。必要以上に気にしても失敗に繋がり兼ねないからな。取りあえず忘れず、警戒しておく位が良いだろう」

「そうね。考えても分からないんじゃ仕方ないものね」

「と言う訳で行くぞー」

 

そう言いながら、フクロウに銃口を向ける彼は。しかし驚く事に成る。フクロウが逃げたのだ。

 

「……逃げたな」

「逃げましたね」

「やだ、ローウェンちゃんったらついにモンスターに逃げられる領域に行っちゃったの?ちょっと不憫」

「コバック、お前若しかして吊るされたくて言ってるのか?」

「なんで?!」

「精神を逆なでするの好きだな」

「え、魚が出るってどういう事?」

「いやどんな聞き間違え方してんの」

 

逆に気に成る様な間違い方をするコバック。本当に如何為っているのだろうかと。まぁ、今考える事では無いかと。考えるべきなのは、如何してフクロウが逃げたのかだ。まさか本当にローウェンが恐ろしくて逃げた訳ではあるまいし。逃げなくてはいけない様な何かが近づいていると考えるのが妥当だ。詰りは。

 

「近づいて来てるって事か」

「ローウェンさん、レーダーは?」

「赤いぞ」

「なら其れかしらね」

 

D.O.Eが近づいて来て居る。其れが分かれば自然と空気が張り詰めると言うモノ。何時、出くわしてもいい様に、警戒しながらしかしどの様にでも動けるように余裕を持って進んで行く彼等。

 

 

 

 

 

 

直後、弾かれる様に散開する。それは感覚、背筋を走る悪寒とでもいうべき其れが、考える前に彼等を動かしていた。

 

そして、その行動が間違いで無いと天井を破壊して現れた其れが証明した。

 

「……此れはちょっと洒落に成らないんじゃないか?」

 

そう言ったローウェンの表情はしかし、酷く硬いものだった。確かにと、同意する様に頷きたいが、目の前のそれから、巨大な恐鳥から目を離す事が出来ない。

 

恐鳥は、埃を掃う様に翼をばさりと羽ばたかせる。其れだけ巻き起こる風に態勢を崩しそうになるのを抑える。その見開かれた瞳が、彼等を捉えて。

 

『アァアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――っ!!』

 

咆哮、翼を動かしふわりと宙に舞い。

 

 

それは、恐鳥は稲妻の如く彼等に襲い掛かった!!



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第四十七話

走る。

 

「ちょっと落ち着いうぉ?!」

「ローウェンさんが転んですぐ起きた?!」

 

走る。

 

「しんどい……ただただしんどい」

「言ってないで走れよボケ!」

 

走る。

 

「わっぷ―――――とぉわわ、落ちる落ちる!?」

「レフィーヤ―――――――ッ?!」

 

走る。

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ?! このままだと死ぬわよ本当に!!!」

「分かり切ってるからそんな事!!」

 

彼等は走る、前に向かって、下へ向かって。

 

 

『アァアァアアアアアアアアアアア―――――――っ!!』

 

 

襲い来る恐鳥から全力で逃走する。

 

彼等がそうする事を選んだ理由は単純だ。まずは不意を突かれた事。そしてそれ以上に場所が悪かった。下手に動けば足を踏み外して最下層まで真っ逆さま、何て事が在り得る。そんな場所で、しかも恐鳥が羽ばたく度に起こる風によって体勢を崩され、吹き飛ばされるなんて事も在り得る。更には恐慌状態のモンスターまで現れる始末。

 

要する、こんな場所で戦えるか!! という事だ。

 

では何故逃げるのに下へと向かっているのか。上に向かっても落下の危険性が増すだけだからだ。既に彼等はそこそこ深い所まで進んでしまっているから、上に逃げても外まで出るのに時間が掛かると言うのも在るし、もし万が一にも恐鳥が外まで追いかけてきたら目も当てられない。

 

アリアドネの糸に関しては使っている余裕が無いと言うのが理由だ。一応と言う訳では無いが、試したのだが吹き飛ばされそうに成った故に。

 

だから彼等は下へ、最下層に向かって突き進むのだ。なに、もしそこに別の怪物が居ても気にするな。上手くやれば同士討ちさせられそうだし。ちゃんとした足場が在れば戦える。勝てるとは言わないが。

 

尤も、今まさに天井をぶち抜きながら追いかけてきている恐鳥こそが最下層に居るかもしれないと考えていた怪物なのだろうが。寧ろこれ以外に何か居たら困る。最下層に居るのは迷宮の主だと言う話だし。其れだとこれ以上の何かが居る事に成ってしまうのだから。

 

「まじで落ち着けよ。もう少し理性的に動こうぜおい。そんな動き回ったら疲れるだろう? だから止まって的になれよ畜生がッ!!」

「言いつつ一発も外さないローウェンさん本当に人外」

「だが元気なのは確かだ。眼球撃ち抜かれたのに一切止まらないし」

「と言うか頭撃ち抜かれてるのに何で動けるのかしら」

 

「頭に何も入ってないんじゃないですか?……コバックさんみたいに」

「だな、コバックみたいに」

「コバックみたいと言う所に全力で同意」

 

「酷いッ!」

 

危機的状況なのに、余裕であるかの様に会話を交わす四人。実際、余裕が在るあるかどうかで言えば余裕を持とうとしていると言うのが正しい。戦わずに、逃げる。難しい事だが、彼等は其れが出来ている。しかしそれもちょっとしたミスで、或はアクシデントで崩れ去る物。だから、余裕を持とうとふざけた様な会話をする。そう言う場面かと言いたくなるが。其れでもする。

 

余裕がなくなる方が危険だからだ。

 

「最下層まで後何階だよ。というか今何階だよ?!」

「数え間違えて無ければ二十四階」

「数えてたのかよ、ハインリヒすげぇな?!」

「しんどさを紛らわせるためにやってただけだよ」

 

それでも凄いと思うレフィーヤ。彼女にはそんな事をする余裕は無いのだから。精々、恐鳥に向かって火球を叩き込む程度だ。火球を叩き込むと混乱するのか明後日の方向に突っ込む事が在るからだ。尚、雷撃を叩き込んだ時の惨状は酷いものだったので思い出したくはない。なんだ、加速するとか馬鹿じゃないのかと心の中で罵る。けれどそれではスッキリしない。

 

「馬鹿なんですか!」

「なんであたし罵られたの?」

 

なので、心の中で止めずに実際に口に出したら何故かコバックが反応した。そうか、馬鹿だと言われたら自分の事かと思ったのか。そうか・・・・自覚在ったのか。少し、悲しくなったレフィーヤだった。

 

「はい馬鹿が馬鹿だと自覚してた事が発覚したのは良いから足を動かせ!!」

「酷くないかしら!?」

「だったら反応するなよ!!」

「ごもっとも!」

 

納得する様に頷いくコバック。しかしローウェン。もっと足を動かせと言っているがこれ以上は無理だとレフィーヤは思う。あぁ、こんな事ならホロンにでもあの謎の滑る様な移動方を教わって置けば良かったと思う。始原の印術なんかよりも便利そうだし。

 

けれど、知らない出来ない事を今考えても仕方のない事だ。だからもっとと言うのは無理だが、止まる事の無い様に足を動かし続ける。事が出来なかった。止まらざるおえない事態が発生したからだ。

 

眼前に、ラフレシアと名付けられた街を襲ったモンスターを思わせる存在が一匹。それは、詰り。

 

 

D.O.Eと接触を意味している。

 

 

拙い、等と云う範疇の事では無い。落ちてしまいかねないような場所で迷宮の主と思われる恐鳥と、D.O.Eとの挟み撃ち。完全に終わったと言いたくなる様な状況だ。

 

普通ならば。

 

「D.O.E。詰り敵。其れも強力な敵!!」

「元気溌剌な鳥とも戦えそうな敵ですね!!」

「ならばやる事は一つね」

「壁にしよう」

 

再び走り出す。眼前のD.O.Eに向かって。ラフレシアと同じく、花の怪物は彼等を見つけるや否やその蔦を彼等に叩き付ける様に振るう。其れを余裕、とは言い難いがそれでも躱して更に前へ。荒ぶる花の怪物の攻撃を潜り抜け。すり抜けていく。そして、恐鳥は彼等を追い掛けて向かって来て居る。まるでD.O.E等眼中に無いかのように。であるならば当然。

 

激突する。

 

轟音、恐鳥は地に落ち花の怪物はその身を引き千切られる。恐鳥に関しては分からないが、花の怪物に関しては致命傷なのではと思わせる惨状だ。

 

だが、彼等にとっては何方も敵だ。そして、今は思っていたよりも傷が浅い様に見える恐鳥はしかし、花の怪物の蔦が絡まり思う様に動けずにいる。いや、あれは花の怪物が恐鳥に向かって攻撃しているのだろう。詰り互いに敵対し合っていると言う事に成る。あるならばやる事は一つ。

 

下へ向かって走る。幾らD.O.Eとて、あのような状態でどれだけ持つか分からない。だから、出来るだけ下へ下へと突き進み。

 

二十五階を走り抜け。最下層へと転がり込んだ。



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第四十八話

其処は、見慣れたと言って良い場所だった。詰り何時もの地下水だまりだ。

 

「……あぁ、ここ最下層?本当に最下層?」

「地面があるし壁もある。詰り最下層」

「地下水が溜まっているからとかそう言う判断では無いんですね。全力で同意しますが」

「壁があるのってこんなに素敵な事だったのね」

 

そう言えって、漸く一息入れ彼等。しかし、それが限界だった。

 

バサリと、音が響く。其れだけで、分かった。突風、引き飛ばされない様に堪える彼らの前に、それは音を立てて降り立つ。最初から見れば、可成り消耗しているが、しかし未だに脅威は健在の恐鳥は威嚇する様に翼を広げて。

 

『アァァアアアアアアアアア―――――――ッ!!』

 

 

 

 

「うるせぇ」

 

ローウェンが嘴を撃ち、砕く。走る激痛に思わず蹈鞴を踏む恐鳥。しかし。

 

「俺達が勝てないから逃げてたとでも思ってたのだろうが、違うからな?」

 

彼の言葉を聞くか否か、分からないが翼を羽ばたかせて飛び立つ。

 

その、前に。

 

其の両翼をコバックが切り裂きハインリヒが叩き折る。またも、絶叫。もはや翼は使い物にならない。飛ぶことが出来ない。

 

「あの場所だと満足に戦えない。だから俺達はお前から逃げると言う選択をした。ちゃんと…戦える場所までな」

 

暴れる様に、だが語るローウェンに向かって猛進する恐鳥。しかし、放たれた氷槍が恐鳥の脚部を貫き、崩れる様に地面に突っ込む。。

 

「既に、どの様な行動をするのか知っている。その上でD.O.Eと衝突した事によって消耗までしている」

 

詰りはと、そんな呟きを零しながらクルリと見せ付ける様に足掻き、しかし動く事の出来ない恐鳥に向かって銃を回して、突き付ける。

 

「もう、負ける要素が無いんだよな。残念だったな」

 

銃弾が、撃ち込まれた。

 

 

「あ、追撃しときますね」

 

序に爆炎も。

 

 

 

 

「いやぁ、今回のは強敵だったな!!」

「ですね」

「もうやりたくないわね」

「でも本当に強敵だったよ」

 

「崖は」

 

ハインリヒの呟きに同意する様に頷く三人。本当にそうだ。崖が在ると言うだけであそこまで不利な状況に追い込まれるとは。案外、オラリオにある迷宮の攻略が進まないのはモンスターが強い以上に其れが原因なのかもしれない。いや、そんな訳無いか。

 

けれど、改めて考えると不思議だ。モンスターは強かった。けれど、それを言ったら冒険者達だって強い。負けずに、ちゃんと戦える程に。なのに、何故なのかと。神の居ない、なのにちゃんと勝利へとたどり着く事が出来るのだ。なのに、神が居りその恩恵を得られ、強くなれると言う圧倒的なアドバンテージが在り、レフィーヤの記憶が正しければ神々が降り立ってから相当の月日が経っている筈なのに。

 

どうして、迷宮は攻略されていないのか?

 

いや、そもそも。

 

壁からモンスターが生れる様な場所であるあそこは、本当に迷宮なのか?

 

 

ふっと息を吐く。此れ以上は考えても仕方が無いと首を振る。考えても分かりようの無い事なのだから。だが、不思議だ。考えれば考える程、オラリオに在るあの場所は、迷宮とは掛け離れた物である様に思えてくる。というか普通に考えて壁からモンスターが生まれるって何だ。可笑しいだろうと。今居る第六迷宮並みに可笑しいだろうと。

 

「どうした?」

 

また、考え込んでしまっているとローウェンが覗き込んでくる。いえ、と言って。何なら彼に言ってみようかと思って口を開き、止めた。確かに彼なら見たり行ったりしてなくとも、それなりに考えて納得できる事を言うだろう。が、今聞く事では無い。また今度、ふとした瞬間に思い出したなら訊いてみようとレフィーヤ思い。

 

「ちょっと世界の不思議について考えてました」

「なんだそれ滅茶苦茶面白そうだな」

 

凄い勢いで食いついて来たがこれを華麗に無視。恐鳥がちゃんと倒せているかを確認していた二人を見る。

 

「どうでした?」

「逆に訊くけれど、追い打ちまでやっておいて、あの状態のあれが耐えられると思う?」

「いえ、思わなかったから撃ち込んだので」

「だろうな」

 

同意するハインリヒ。取りあえず、脅威は去ったと言える。ならば、あとはミッション達成を目指すだけ。世界の不思議って何だと呟いていたローウェンも、何時の間にか最下層の奥の方まで行っていた。

 

「じゃあ、地下水と琥珀が流れてくる方に向かって行くか」

「……そう言えばどうやって行くんですか?」

「それは大丈夫だ。持ち運べるくらい軽量化された小型のボートが在る」

「あぁ、背負ってる大きな荷物って其れだったんですか。てっきり大量の弾丸かと思ってました」

「…あぁ、それもあって逃げる事にしたのか」

「万が一、壊れたら面倒だものね」

 

成程と、ローウェンが浮かべた其れを見る。小型の名に恥じない小ささだ。確かに此れなら持ち運ぶことが出来るだろう。だが、そう何個も運べる物でも無い。壊されたら取りに戻らなければいけなくなっていたと言う事だ。其れも在って戦い辛さも相まって逃走する事に決めたのだろう。

 

所で、だ。

 

「これ、四人乗れます?」

「乗れるかじゃない、乗るんだ」

「ギリギリそうね」

「僕が小さくて助かったね!!」

「…言ってて悲しくない?」

「うん」

 

そうかと、呟きながらボートに乗るローウェン。続く様にレフィーヤが乗り。じゃあと言ったコバックが何故かハインリヒへと向かって言って。

 

「こうすれば解決よね」

 

ひょいっと、ハインリヒを肩車した。

 

「……おい、コバックおい」

「コバックさん其れはちょっと」

「なんでそんな表情されてるの?!」

「そう言ってるが如何だハインリヒ?」

 

「…死にたい」

 

「ハインリヒちゃん?!」

「取り敢えず降ろしてやれ」

 

仕方ないと言った様子で降ろすコバック。そしてしばらくの間、顔を覆いながら微動だにしないハインリヒを乗せて、空気的には沈んでいるが彼等は水脈を遡る。

 

他愛無い会話をしたり、未だに若干落ち込んでいるハインリヒを励ましながら暫く進んでいると行く手に光が見えた。如何やら出口、目的地が近い様だ。故に彼等は光に向かってボートを進めて。

 

 

そこに、辿り着いた。

 



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第四十九話

其処は、琥珀の色に染まっていた。

 

其の巨樹は、風に葉を揺らし陽光を受け輝きを放っている。巨樹を中心とした湖とて、巨樹を映し琥珀を宿している。あぁ、そうだ。其れは正しく美しいと言う他無い其れを、絶景と言い表そう。

 

見て、唖然とした様に、しかし魅入られ目を奪われるレフィーヤは。

 

「凄い目が痛いな」

 

ローウェンの言葉に、台無しだよと思わずにはいられなかった。いや、そうだけども。確かに水面とか色々と光が乱反射している所為か目が痛くはあるけれども。でも、でも!!

 

「もうちょっとこう……他に言う事無いんですか?」

「いや、なんか気が抜ける様な言って於かないとずっと呆けてそうだったし」

 

其れに関しては、反論できない。レフィーヤはずっと見て居たいと思ってしまっていたのだから。若しかしたら、彼がそう言う事を言ってくれなけば本当にそうなっていたかも知れない。

と、そう言えばと思う。

 

「ローウェンさんは良く大丈夫でしたね」

 

何故、彼は魅入られなかったのだろう。コバックやハインリヒでさえ目を奪われていたと言うのに。

 

「いや、確かに綺麗だし感動はするが其れ以上にここまで来たぜ!!って感じの満足感とどんな物が在るのだろうかと言う期待の方が大きくてな」

「本当に冒険大好きですね」

「此れでも堪能してるんだぞ?誰も見た事の無い美しい景色を目にする。これも、冒険の醍醐味だからな」

 

要するに、彼はこの景色を見てはいたが魅入られていなかったと言う事だろう。よくそんな事出来るな。美の女神とかの魅了も平然と退けそうな彼に慄くレフィーヤ。如何いう精神してたらそんな事が出来るのだろうか、不思議だ。

 

「じゃ、調査の為に世界樹まで…と言いたいが取り敢えず岸にボートを着けるぞー」

「世界樹まで行かないんですね」

「絶対に何かあるだろうけど、他の場所に何も無かったら行く感じで」

「そうですか」

 

行くぞと口にしながらボートを漕ぎ世界樹から離れていく。そう言えばと、世界樹をレフィーヤは改めて見る。真下から見上げるのは、もう少しお預けかと肩を竦めた。

 

 

陸へ上がり、これまた世界樹と同じ様に琥珀色に染まっている森を彼等は捜索する。なにか、無いだろうかと。根気よく探す気でいた彼等は、しかしあっさり其れを見つけた。

 

「…琥珀だな」

「ですね」

「凄い量ね」

「本当にな」

 

若干、げんなりとした様子の彼等の目の前に在るのは琥珀。それも巨大で、内にモンスターの影が見える。幾つかは見た事の無いものであるが、見知った物も多い。要するにこれは、D.O.Eだ。間違いなく、此処から他の迷宮に流れているのだろう。しかし。

 

「結構、森の奥ですよねここ」

「奥と言う程では無いが、まぁ湖からは距離があるな」

「どうやって流れたんでしょうか?」

「そうだな、考えられるのは流れていたのは湖に近くて流れやすい場所に在ったから。あとは悪い方に考えれば」

「誰かが流したから」

 

そうだなと、ハインリヒの言葉にローウェンは頷いた。しかし、偶々流れてしまったらな兎も角。若しもそうであったとしたなら、そんな事をしたのかと言う怒りよりも、何故と言う疑問が強い。まるで、意味が分からない。如何思うのかとローウェンに視線を向けるも、肩を竦めて首を振る。流石に其処までは分からない様だ。

なら、此れ以上は考えても仕方が無いのかも知れない。釈然としないが。

 

「取り敢えず、D.O.Eは此処から流れて来ていたって事で確定だな。まぁ、他に埋もれてたりとかそう言うのは在りそうだが」

 

もう少し何か無いか探すかと、呟きながら歩くローウェンに付いて行く。そして暫く進むと森を抜けて。

 

そこには、小さな集落が在った。

 

「……え、こんな所に誰かが住んでいるんですか」

「住んでいた、かも知れないわよ?」

「何方にせよ、随分とまぁ、凄い所にって感じだな。目とか大丈夫なのかね?」

「ずっと住んでたら何かしら影響が出そうな場所ではあるね」

 

なんて、思い思いの事を呟きながら、家屋を一軒一軒調べる。だが、しかしと言うか案の定と言うべきか。人の姿は無い。状態を見るに昔と言う程では無いが、人が住まなくなってそれなりに時間が経っていそうだ。と、其の時だ。

 

「あら? なんで此処にだけ石があるのかしら」

「は?、なんで石に反応・・・・いや、石だけど。確かに石だけどこれ石碑」

「え、石碑なの此れ?」

「お前は何で重要そうなものを見つけては唯の板だの石だのと判断するんだよ」

 

頭に手をやりながら愚痴る様に言葉にするローウェン。また、コバックが何かを見つけたのかと近寄って見る。其処に在ったのは、確かに石碑だ。なんでこれが唯の石だと思ったのか、文字が書いて在るのに。そんな事を考えながら、記されている其れを読む。

 

「『鎮守の民ナターシャ、ここに眠る』ですか・・・・って事は」

「墓だな」

「お墓だったのね…引っこ抜かなくてよかった」

「お前吊るされるの本当に好きだな」

「好きじゃないわよ!!」

「君達何やってるの?」

「いや、コバックが訳分らんなって話をしてただけ」

「吊るされるのが好きなんですねとも言いましたね」

「だから好きじゃないわよ!!」

「成程」

 

理解した様に頷き、すっと視線を彼等から石碑に移すハインリヒ。

 

「石碑…書いてある事からして墓標か」

「そう考えるのが妥当だな。唯の石では無く」

「そうですね。唯の石では無いですね」

「貴方たち、あたしの事を虐めて楽しい?」

 

「「凄く!!」」

 

「はっきりと言ったわね?!」

「で、ふざけるのはこの位して何か在ったか?」

「そうだね、樹海磁軸とモンスターの物だと思われる骸。その二つくらいだね」

「そうか」

 

モンスターの骸。見てはいないが、若しかしたらD.O.Eの物かもしれない。この集落を襲って、退治されたのか。其れとも。

 

「そう言えば樹海磁軸って何なんでしょうかね?」

「アリアドネの糸と関係があるかも知れない物とは言われてるな」

「詰りよく分かってないと言う事ですか」

 

言いながら、何度も使っている其れを思い浮かべる、不思議な光を放つ柱の様な其れは。これがオラリオの迷宮にもあったらなぁ、なんて事を何度考えた事か。

 

「ま、取り敢えずこれで帰りが楽できる様だし。もう少し探索するか」

「そうですね」

「集落があったんだし誰か居るかも知れないものね」

「いや、流石にそれは」

 

ない、とは言わない。可能性は低いが其れを否定しては冒険者として失格だ。と、其処まで考えてそう言えば知らない言葉が在った事を思い出す。

 

「ローウェンさん、鎮守の民って何だと思いますか?」

「訊く前に取り敢えずどんなものなのかを自分で考えろよ」

「いえ、それは文字通り、何かを鎮めて守っていた民。という感じでしか無いですね」

「其処まで考えたならもう少しだろう。鎮めるに関しては何とも言えんが。ほら、ここらへんで守る様な対象に成るのは何だ?」

「……世界樹?」

「まぁ、多分だがな」

 

正しくは分からんから教授にでも報告するか。そう言って、再び探しに歩きだす。確かにそう考えるのが正しいだろう。しかし、守ると言うのは分かる。なら、本当に何を鎮めるのだろうか。それも世界樹なのか。或は別の何かなのか。

 

考えながら、しかし答えなど分からないまま暫く探索を続けるが誰も居らず。これ以上何か得られる様なモノも無いと判断して。

 

彼等は街へと帰還した。

 

 

 

 

そして世界樹を間近で見てなかった事を思い出したレフィーヤは膝から崩れ落ちたと言う。



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第五十話

レフィーヤは唖然していた。

 

 

それはアスラーガに帰還してミッション達成を報告した時の事。第六迷宮の先、世界樹の麓に在ったものを説明した。琥珀色の森、其処に在ったD.O.Eを閉じ込めた幾つもの琥珀。最早誰も居ない村、其処に在った石碑に記された、鎮守の民と言う言葉。分かった事を代表で在るマガンとサラ教授に報告して。

 

そして、教授より語られたのは神籬と焔人、その盟約の物語。正しくそれは神話と言うにふさわしいものであった。

 

まじか。話を聞いたレフィーヤの頭に最初に浮かんだ言葉がそれだ。ある意味でアスラーガに居る人たちの誰よりも神話、いや神と言うものを知っている彼女は、だからこそ困惑して。

 

あそこって神話に語られる様な場所だったの?! と。

 

そう思わずにいられなかった。というか余りに話の規模が凄すぎて訳が分からない。更に言えばそんな所に辿り着いていた事に対しての興奮と満足感とか、先に其れを知りたかったなと言う残念に思う気持ちとそんな神話が在るなら読んでおけばよかったと言う後悔と。もう、レフィーヤの心の中は混沌の極みである。

 

其処に追い打ちをかける様に突然のダーナ社長である。

 

何とかして直接調査できないかとサラ教授が悩んでいた時に現れたその人は言った。なんでも迅雷風列峡谷を超えて世界樹の麓まで行く事の出来る新型気球艇が完成し、無事に運行が出来る状態に在るとか何とか。

 

おい、ちょっと待てと。そんな物を作っていて、しかもちょっと待っていればそれに乗って世界樹まで行けていたと言う事か?

 

いや、飽く迄ミッションは第六迷宮の調査も兼ねていたからそれではいけないのだが。でも釈然としないレフィーヤ。他の二人も同じような表情をしている。まぁ、ローウェンだけは便利そうだなと呟いただけだが。彼はあれだから、調査や世界樹まで辿り着くのは自力でこそとか考えているだろう。

 

レフィーヤ自身、そんなの面白く無いと思ってしまっている所が在る訳だし。

 

さて、そんな訳で世界樹まで第六迷宮を走破する必要も無く行くことが出来る様になったためか、今からでも世界樹の麓に向かいたいと発言したサラ教授。其れはいい、当然の発言と言えるだろう。だが何故マガンとギルド長が同行する事に成ったのか、まるで分からない。代表でしょう貴方は、ギルド長でしょう貴方は。要するに街の偉い人でしょう貴方たちは。なにさらっと危険が何処に潜んでいるのか分からない場所に行こうとしているのかと。というか、二人同時に出て街は大丈夫なのかと。

 

あぁ……いやまぁ、何か在っても冒険者がさらりと解決してしまいそうではあるが。

 

二人に関しては、ローウェンが別に良いと言ったために同行する事に成った。のだが、なんでそこで彼がそう言ったのだろうか。関係ないだろうと・・・そうレフィーヤは思っていた。

 

気付けば彼女は空の上。

 

あの、さっき戻ったばかりなんですがとか思ったり。またあの景色が見られるぞやったぁなんて思ったり。今度はちゃんと間近で見なければとか思ったり。やっぱり色々と頭の中がごちゃごちゃしている、いや、いたと言うのが正しい。

 

 

目に入った景色に彼女は開いた口を閉じる事が出来ずにいた。其れは誰も彼も同じで、あのローウェンでさえ驚いた様子だった。やはり、見える物が違うのだ。下から見上げるようにするのと、上から見下ろすようにするのとでは。世界樹よりも高いと言う訳では無いが、それでも湖は良く見える。

 

その水底に在る、無数の琥珀が。

 

「もしかして……あれ全部、D.O.E?」

 

そう呟いたのは、誰だったか。分からないが、そうであってほしくないと言う気持ちが込められていたのがよく分かった。レフィーヤとて、同じだから。けれど。

 

「間違いなくD.O.E入りの琥珀だろうな」

 

そう、ローウェンが断言した。在り得ないと否定する事が、どれだけ危険なのかを知っているから。もはや、気球艇に乗る物に、世界樹の美しさに目を向けられる者は居なかった。

 

 

 

 

世界樹の麓、琥珀の森を抜けた先にある廃村。そこの調査の結果。此処こそが語られた場所、盟約の地で在るとサラ教授は断言した。更に驚く事と言えばあの石碑、何とそれはランディ教授、サラ教授の師である人物が印した物であるとか。こんな場所まで来るとは、何者なのか。

 

内心、自分たちが初めてと言う訳では無いのかと残念に思ってたりするが、よく考えれば此処に住んでいた人が居るのだから当然かと思う事にした。

 

避難がどうとかなんとか会話しているマガンとギルド長を横目で見てから、さてとレフィーヤはローウェンを見る。

 

「それで、どうします?」

「大量の琥珀、D.O.Eの事を言えば手段は…まぁ、無い訳でも無いかも知れない」

「と、言いますと?」

「迷宮、あと一つ在ると思われる其れが鍵だと俺は思ってる」

「そう言えば、装飾板には琥珀が七つでしたっけ」

「それが迷宮を示して居るなら間違いなく在るだろうな。だが」

「どうしたんですか?」

「装飾板に嵌め込まれてた琥珀の位置が問題なんだよな」

「位置?」

 

思い出して見る。だが、別に可笑しな所に嵌っていた様には彼女は思えなかった。

 

「あれ、世界樹と思われる絵のどのあたりに嵌ってたか覚えてるか?」

「何処って確か絵の根っこの……あぁ」

 

世界樹を見る。より正確には下。最早人が触れられぬほどの熱を持った湖に沈んでいる根本を。

 

「最初に来た時、世界樹を調べれば確実になにか在るとか言ってましたけど」

「ぶっちゃけ、ああなってるの見た時点で駄目だなって判断した」

「成程」

 

装飾板の通りなら、迷宮の入り口はきっと根元だ。沈んでるから入れないけど。

 

「……どうしましょうか」

「俺じゃぁどうしようもないのは確かだな」

「私も無理ですね」

 

思わず、溜息を吐きたくなるレフィーヤ。拙い処の話では無いのでは無い。だが、それで諦める様な事は無い。如何しようも無いと言いつつも、ローウェンは何か手は無いかとまだ思考しているのが分かった。だからレフィーヤも出来る事は無いだろうかと考えようとして。

 

 

 

少女の声を聞いた。



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第五十一話

何時の間に居たのか、声のする方に見れば其処には少女が一人。サラ教授が預かっているサーシャと言う少女が。しかし、尋常ではない様子。

 

不意に、口を開き少女サーシャは語る。その体を借りた、鎮守の民ナターシャは語る。

 

それは、盟約に隠された謀。深き底に届く琥珀の光の意味。憎悪を留めんと鎮守の民が施した封印が破られようとしていると語る。復讐を果たさんとする、神話に語られし焔人ムスペルに因って。

 

最後に彼女が口にしたのは、封印を解く為に必要な事。唯、祈らせなさいと告げ、姿は消えた。突然の事に驚く彼等は、湖の縁で辺りを見渡しているサーシャを見つける。

 

そして、言葉が正しかったことが証明された。それは祈り、とも言えない少女の願い事。唯の言葉と言える様なそれは。しかし響くと同時に、音を立てて変化が訪れる。湖から水が引いて行くのだ。

 

暫くの後に全ての水が失せ、現れたのは無数のD.O.Eを閉じ込めた琥珀と世界樹の根の下の更に其処へと続く石階段。

 

きっと、降りた先にこそあるのだろう。彼女の語った場所。第七の迷宮、火焔郷ムスペルが。

 

しかし、彼女の語った事が全て事実かは分からない。語っていた様に火焔郷ムスペルへの入り口は其処に在る。だが、ムスペルが本当に存在するのか、ムスペルを打倒すれば本当にD.O.Eは消え失せるのか。分からない。だが、其れは全て、眼前の迷宮を踏破すれば分かる事。そもそも、迷宮を前にして挑まない尚、冒険者ならば在り得ない。

 

「取り敢えず、冒険の準備をするかね」

 

楽し気に口にしたのはローウェン。驚いた様に、サラ教授が彼を見る。それに彼は笑みを返すのみ。まるで、任せろと言わんばかりに。其れを見て、マガンは頷き。

 

 

 

ミッションが出された、第七迷宮火焔郷ムスペル踏破せよと。

 

 

 

帰還した二人を迎えた残っていたコバックとハインリヒが見たのは、とんでもなく機嫌の良いローウェンと何かを堪える様に唇を噛むレフィーヤだった。一体、如何したのかと驚き、問い掛けようとしてローウェンに止められる。大した事では無いと、其れよりも話があると。そう言って、レフィーヤに先に部屋に戻っておけと促した。それに従って彼女は急ぎ足で部屋へと向かい駆けこんだ。

 

そして、ずっと、ずっと思っていた事を叩き付ける様に吐き出した。

 

「口寄せって何なのそれぇッ?!」

 

敷かれた布団を叩きながらそう言った。ムスペルだの、第七迷宮だの、色々とあるのだが彼女からすればまずそれだった。

 

え、死んだ人の魂を乗り移らせて語らせるって何?怖いんだけど、そんな事を当たり前のように受け入れてるけど有名なの、誰でも出来る技術なの?巫術とか言ってたからそうなんだろうなぁ、なんて。いや無いわ、色んな意味で無いわと首を振って否定したくなるレフィーヤだが、そう言うものもあるのかへぇ、と言った感じに納得してしまっている自分が居る事に愕然とするしかない。

 

アスラーガ、いやこの世界は間違いなく魔境だ。オラリオなど比べるまでも無くだ。そしてオラリオと同じ世界で在って欲しくないと切に願うレフィーヤだった。

 

ふぅっ、と一通り言いようの無い感情を布団に叩き込んでから一息つくレフィーヤ。そして湧き上がってくるのは、喜びによる興奮だ。

 

多分、いや絶対にミッションを受けるのは、自分達だと確信しているから。自分はこれから準備を済ませて挑むのだ。第七迷宮へと、其処に居るだろう神話に語られる様な存在へと。

 

そんな所に挑むと言うのにワクワクしているレフィーヤはもう、如何しようも無い。彼の言っていた通り生粋の冒険者だ。

 

心情を表す様に布団の上で足をばたつかせる。若しかしたら今夜は眠れないかも知れない。まぁ、夜になれば疲れからぐっすりだろうが。

 

「おぉ、暴れてるなお前」

「あ、ローウェンさん」

 

声に顔を上げて、部屋に訪れたローウェンを見る。何の様なのかと、いや問うまでも無いか。絶対に第七迷宮の話だ。

 

「それで、如何する事に成りましたか?」

「取り敢えず、挑むのは余裕が在れば一週間後、そうで無ければ三日後だな」

「あ、明日じゃ無いんですね」

「今、自分がどれだけ馬鹿みたいな事言ってるかは」

「分かった上で言ってます」

「ならよし、吊るすのは止めておいてやろう」

「ははー、有り難き幸せ」

 

平伏す様に頭を下げてから。ならと呟いた。

 

「今日はゆっくりたっぷり眠るとしますね」

「眠れそうにないのにか?」

「何でそう思いますか?」

「俺がそうだから」

「貴方と比べられる私って」

「じゃあ違うのか?」

「大正解です」

「そりゃあ良かった」

 

言って、笑う。そんなおふざけをしてから、しっかり休めよと言って部屋を出て行こうとして、足を止めるローウェン。まだ、何か在るのだろうかと首を傾げて。

 

「分かると言いな」

 

そう告げて部屋を出た彼を見送る。言葉の意味は、そう言う事だろう。何故、何故と多く在るレフィーヤの謎。鍵を握っているだろうと思っていた世界樹。その下、封印されしかし底より現れようとしているムスペル。そうか、若しかしたら、ムスペルが関わって居るのかも知れない。

 

其処まで考えて、此れ以上の事を考えるのは止めておこうと首を振る。考えても良いが結局は今分からない事に変わりなし、其れなのに考え続ければ気分が落ち込んでしまいそうだから。出来れば、眠る時の気分はいい方が良い。

 

だから、彼女は気分転換にお風呂に向かった。きっと、疲れと余計な考えを綺麗に流してくれて気持ちよく眠れるだろう。



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第五十二話

光陰矢の如し、なんて言葉があるらしいと聞いた事が在る様なそうでも無い様な。ただ、時が過ぎるのは速いと言う意味が在るらしいそれは、その通りだと思うレフィーヤ。

 

世界樹の麓での出来事から、三日。そして余裕と言うものは街に余りない現状。今日が、その日だ。

 

軽く体を動かして調子を確かめる。痛みを感じる様な場所は無く、また疲れも感じない。一応はと荷物の中身を確認する。入っている物の種類と位置、どれも良し。問題なし、詰り万全だ。チラリとローウェンを見る。彼も又、荷物を背負い直しているところだ。そう言えばあれだけの荷物を背負って重くないのだろうか思うレフィーヤ、まぁ何でも無いかのように動き回っているのだから大丈夫なのだろう。取りあえずいうべき事は。

 

「ローウェンさん」

「問題は?」

「ありません」

「そうか、コバック?」

「大丈夫よ」

「ハインリヒ?」

「同じく」

「ならよし」

 

言葉に頷くながら彼は見る。世界樹の根の下へと続く石階段を。

 

「じゃあ」

「はい」

「そうね」

「うん」

 

「行きますか」

 

彼等、ギルドフロンティアは第七迷宮火焔郷ムスペルへと挑む。

 

 

 

 

彼等の挑む第七迷宮、そこがどの様な場所なのか。其れを一言で表すならば。

 

「……暑い」

 

そんなコバックの呟き通りだろう。そう、火焔と言う言葉の通り、とても暑いのだ。其れこそ歩いているだけで肌が焼けそうになる程。印術を使ってある程度緩和しているレフィーヤでさえ汗が止まらず、肌を露出している場所がひりひりとした痛みを感じている。それでも、鎧姿のコバックに比べれば遥かにましだろうが。

 

「おっと」

 

レフィーヤの目の前で軽やかに横に動くローウェン。直後、其れまで居た場所から紅い何かが噴き出す。飛び散る其れを避けながら、またかと視線を向ける。噴出した其れは、溶岩だった。考えるまでも無く、触れたらそれまでな熱を持つだろうそれが恐ろしい事にそこら中から噴き出し、他の迷宮なら水が溜まって居るだろう場所を流れているのだ。

 

断言しよう、レフィーヤが知っている中で一番殺意が高い迷宮だと。オラリオの迷宮に関しては、其処まで分かっている訳では無いので除外。もしかしたら知らないだけでとんでもない場所があるかも知れないし。

 

そんな事を考えながら、現れた獅子に氷槍を放ち、顔を顰める。

 

いや別に、効かない訳では無いのだ。寧ろ、この迷宮に現れるモンスターの大半によく効いていると言える。問題は、威力が低く成ってしまっている事だ。何故、いや考えれば分かる事だ。氷槍が溶けてしまうのだ、モンスターに直撃する前に。迷宮の暑さに因って。お陰で、ある程度近づかなければならない。危険が倍増してしまうとしても、そうしなければ碌に戦えない。いや、雷撃を放つと言う選択肢もあるのだが。やはり、氷槍に比べるといまいち通りが悪い。尚、火球に関しては語るに及ばずと言った所だ。

 

他にも単純にモンスターが他の迷宮と比べて強いと言う事と。後は、そうかなり眩しい。

 

「目が痛い。命中率下がりそう」

 

そう言いながら襲い来る蜂の羽根を二発の弾丸で撃ち抜き、堪える事無く落ちていく蜂の頭部を撃ち抜くローウェン。命中率が下がるって冗談っで言ってるのだろうか?けれど、言ってる事に間違いはない。其処彼処に流れ噴出している溶岩が熱いだけでなく、目に痛みが走る程の光を放っている。直視し続けたら視力が落ちてしまいそうだ。お陰で深い所まで潜っているのに暗さを其処まで・・・いや、暗い所と明るい所との差が激しすぎて更に見辛く成っているだけか。

 

「……」

 

急に、ローウェンが立ち止まる。別に通れないと言う訳でもないのにだ。如何したのかと見れば、顔を顰めている。

 

「なぁ、ハインリヒ」

「ん?」

「今居るの二十階だよな?」

「うん、数え間違いで無ければだけど。サクサク進めてるね」

「だよな」

 

同意する様に頷く彼の表情は、しかし変わらない。なにか、気に成る事でも在るのだろうか。と、懐に手を入れ何かを取り出すローウェン。それは、D.O.Eレーダーだった。其れを見て、更に顔を険しいものへと。其れを見てと言う事は。

 

「D.O.Eが近くに来てるんですか?」

「いや、全然」

 

ズッコケそうになった。ならなんでそんな表情を浮かべているんだ。そう思うと、溜息一つ付いてD.O.Eレーダーをレフィーヤへ向かって投げた。少し驚きながらも飛んできたそれを受け取って、見てみると。

 

「……ん?」

 

首を傾げた。レーダーに灯る色が無かったのだ。赤色でも黄色でも青色でも無く、無色。其れが表している事は詰り。

 

「D.O.Eが居ない?」

「近くに居ないだけなのか、それともこの迷宮に居ないのかは分からんがな」

 

それは、おかしいのではないだろうか。いや、しかし。

 

「偶々…ですかね?」

「鎮守の民の言ってる事が正しいと仮定したとして、D.O.Eを生み出した存在が居るのに偶々…ねぇ」

「普通、無いわね」

 

なら、何故。何故D.O.Eが居ない。或は、レーダーに反応しない様な個体が居るのか。可能性としては在り得る寧ろ、いないと考えるよりもその方が良いだろう。

 

だから、彼等は油断する事無く降りていく。

 

 

下へ。

 

下へ。

 

下へ。

 

 

そして、遂にモンスターの姿も…消えた。

 

残るのは、其処に居る事すら苦痛な程のモンスターすら耐えられぬ熱と漂う憎悪。

 

「如何思う?」

「そう、ですね」

 

呼吸をする。熱を印術で緩和しながらしかし、肺が焼かれる様な苦痛を感じながらも。それでも言葉にする

 

「居ると思います」

「だよな」

 

彼等の眼前には階段。其処から余りに重く深い憎しみが感じられる。其れこそ、一瞬とは言え暑さを忘れ去る程に。

 

「何故D.O.Eが居なかったのかは分からんが、取り敢えずこの下には確かに居ると分かった訳だが」

 

言って、彼は三人を見る。この先に待つ其れを思い浮かべながら。しかしその視線は、本当に行くのかと問い掛けている様で。けれどあぁ、其れを彼が語らず、問い掛けないのは分かり切っているからだ。答えなど、こんな所まで来た時点で分かり切っている。

 

此処まで来て挑まない等、冒険者ならば在り得ない。だから、彼は小さく笑みを浮かべながら呟く様に、しかしはっきりとこう言った。

 

 

さぁ、行くぞ。

 

ギルド・フロンティアは地獄へと足を踏み入れる。



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第五十三話

そこは正しく地獄だった。

 

紅い稲妻が走り、立てる場所はあるがしかし壁と成る様な物は無く。縁より覗き見れば奈落を思わせるほど深く、けれど底にある膨大な溶岩が確かに光を発し存在を見せつけている。熱は余りに暑く、熱く。其れだけで命を脅かす。だが、其れを気にしている余裕が、レフィーヤには無かった。

 

一つの上の階に居た時から感じていたその余りに暗い感情、憎悪が比べようも無い程強く、重く圧し掛かってくる。息が詰まる程に。

 

紛らわせるように見渡す。まず間違いなく居るのだと確信できる程の存在感を感じる。しかし、姿は見えない。何処かに隠れて居るのか。そう思い考えて、隠れられそうな場所は、いや、一つしか無かった。

 

反射的に、出来る限り陸地の中心部へと向かう。嫌な予感がするから。他の三人も同じで、寧ろレフィーヤよりも早く其処にたどりついていた。

 

そして、暫しの沈黙。コポリゴポリと溶岩の蠢き弾ける音が響いて。

 

音が変わる、何かが溶岩を進み突き破る音。響き、揺らす。堪えなければ立っていられ無い程の揺れに、しかし彼等は一切前から視線を逸らさない。

 

そして、その姿を見る。

 

紅い、朱い、赤いそれは、殻を破るかの如く開かれた。女性を思わせるその姿はしかし、余りに怨念に復讐に染まり切っていた。

 

「あれが――――――――ムスペル」

 

誰の呟きだったか。其れを聞いて、まるで誰が呟いたのかと探すかのようにムスペルは彼等へと視線を向けて。

 

 

―――――――タンッ!!

 

 

銃弾が叩き込まれ僅かに仰け反った。

 

「・・・・・えぇ」

 

思わず其れをやったであろう彼を、ローウェンを見る。すると、何でも無いかのように肩を竦めて。

 

「やる事は変わらん」

 

言いながら続けざまに弾丸を放つその姿が今までで一番頼もしかった。そして、あぁそうだ。その通りだとレフィーヤは頷いた。変わらない、そうやる事は変わらないのだ。眼前に居る存在が神話に語られるものであろうとも。

 

ただ、ただ。敵を打倒するのみ!!

 

レフィーヤは杖を構える。今までの強張りが嘘のように。しっかりとした余裕を取り戻している。見れば、コバックが前へと向かい。ハインリヒは仲間に異常は無いかと視線を走らせる。なんだ、戸惑っていたのは自分だけかと、少しだけ恥ずかしくなる。だが、恥じ入るのは後だ。今は、唯前を向いて相対するのみ。

 

闘志を漲らせながらムスペルを睨む様に見る。其れを受け、ムスペルも又動き出す。高々とその両腕を掲げ、それに呼応する様に地面を突き破り姿を現すのは怨念の手底と復讐の下僕。そして、彼等を貫く敵意。ムスペルもまた、彼等を敵と認識したのだろう。ならば、話は早い。

 

 

戦いの始まりだ。

 

 

 

ムスペルの腕が振るわれる。女性的なその腕はしかし、人間など塵の如く吹き飛ばす事の出来るもの。幸いに速いと言える程でない。余裕を持って動けば躱せる。

 

「ぐっ――――…!!」

 

しかし、生じる風圧までは躱せない。唯、腕が振るわれるだけで巻き起こるそれは、溶岩の熱を含み彼等を蝕んでいく。

 

如何したものかと考えながら視線を走らせる。ローウェンは相変わらず的確にムスペルの頭部に弾丸を叩き込んでいる。その所為か、一番狙われているが。取りあえずは問題ないだろう。次に視界に入るにはハインリヒ。これは、しかしムスペルの攻撃に巻き込まれない様に動き、其れ以外はすべて治療する事に専念している。そして、コバックだ。彼が一番まずい。ムスペルが腕を振るう際に発生する熱風を受け乍ら、手底と下僕を相手取っているのだから。

 

思わず、歯を食い縛る。出来る事なら、彼のフォローをしたい。しかし、出来ない。出来ないのだ。

 

叩き付ける様に腕を振るうムスペル。地面が砕け、飛び散る礫は当然の様に熱せられ。顔面を守る様に交差した腕に当たり、衣服越しに肌を焼く。痛みに耐えながら、反射的に氷槍の印術を放つ。しかし。

 

「…駄目か」

 

それは、ムスペルへ向かう処か、あまりの熱に形を成した瞬間に溶け落ちてしまう。攻撃どころでは無い。ならばと、火球はこんな場所だから耐性があるだろうと思い雷撃を下僕に向かって放ちはした。

 

しかし、復讐の下僕は直撃したにも拘らずレフィーヤには一瞥もくれずコバックへと鋭く舌を振るう。

 

相手にされていない。単純に脅威だと思われていないからだ。

 

如何すれば良いのか、振るわれ巻き起こる熱風から顔を守りながら考える。方法は、ある。上位の印術が存在するのは火球だけでは無い。雷撃も、氷槍にもまた存在する。

 

しかし、と視線をコバックへと向ける。コバックと手底と下僕は余りに近い。距離を取った瞬間に他の三人の所に向かいかねない。だから受け、抑え続ける為にそうする他無いのだろう。だが、そんな状況だからこそレフィーヤは強力な印術を放つ事が出来ずにいた。間違いなく巻き込んでしまうから。ならば如何するべきか。

 

此処で、一度レフィーヤは考えなおして単純にする。

 

自身に問い掛ける、自分がすべき事を。それは強力な一撃を叩き込む事。

 

自身に問い掛ける、仲間を巻きこまずに叩き込むにはどうすればいいのか。巻き込まない位置に居る敵を攻撃すれば良い。

 

ならば、その巻き込まない位置に居る敵とは―――――――答えが見えた。

 

「ローウェンさん!!」

 

印術を記しながら叫ぶ。視線を向ける事無く、しかし名を呼ばれたローウェンは頷き。コバックへ、その周りに居る手底と下僕へと視線を向ける。

 

其れを、油断と見たか、隙ととらえたのか。ムスペルは腕を振るう。見るからに協力、掠るだけでも危険だと分かる其れは。他の者からすれば隙だらけだった。

 

「いけぇッ!!」

 

放たれる其れは凍れる牙。本来であれば、強力な牙は仲間に当たらない様に気にしなければいけないものだ。しかし、ここは地獄。命を削る熱は凍牙すら溶かし弱めてしまう。

 

だが、其れでも牙は…確かに届いた。僅かだが威力を削られた凍牙は、しかししっかりとムスペルの胴体を貫く。

 

『―――――――オォォオオオオオッ?!』

 

響き渡る悲鳴。今まで以上の痛みに悶え、乱雑に腕を振るう。其れを辛うじて交わしながら。背筋に冷たいものが流れる。

 

ムスペルの敵意が、レフィーヤへと向いて居る。余りに其れは恐ろしく。こんな状態でローウェンは戦い続けていたのかと戦慄する。だが、そう成ってしまったからには仕方が無い。今、彼女のすべき事は、ローウェンとコバックが手底と下僕を倒すまでムスペルの相手をする事。ほんの少し、自分がそっちに行けばよかったと後悔した。

 

『オォオオオオオオオオオ―――――――――――ッ!!』

 

ムスペルの絶叫が響く。ギリギリと空間を揺らすその声に耐えながら。さて踏ん張りどころだと前を向いて。

 

「ちょっと嘘でしょ!?」

 

コバックの悲鳴の様な叫びに、思わず其方を向いてしまい。

 

また、後悔。

 

 

「―――――は?」

 

コバックが見たものをレフィーヤも見た。それは、怨念の手底が掲げる様に生み出した物。

 

それは琥珀だった。巨大と言える生み出された琥珀の内には影が一つ。それは、間違いなく。

 

「――――――――D.O.E」

 

言葉を肯定する様に琥珀は砕け、解き放たれた。

 



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第五十四話

解き放たれたD.O.Eの咆哮が響く。

 

これは、あんまりでは無いだろうか。思わず力が向けそうになる膝を無理やり踏ん張って叩き付けられた腕を避けて凍牙を放つ。まだムスペルは彼女を狙っている様だ。

 

コバック達の方へ向かわなくてよかったと思えば良いのか。其れともまだ狙われている事に肝を冷やせばいいのか。分からないが、何方にせよ変わりは無いだろう。薙ぐ様に何度も、何度も振るわれる腕を掻い潜りながら、危険だと分かっていても気に成ってしまい視線を少しだけ向ける。

 

丁度、ローウェンが大量の弾丸を叩き込んで手底を倒した所だった。倒すの速くない?なんて思いながら、しかしこれで漸く一匹かと思う。尤も、視界に映るD.O.Eが三匹も居たので増えてしまっているのだが。

 

如何すれば良いのか。この絶望的状況。如何すれば打破出来るのか。

 

考えて、そして――――僅かにローウェンと視線が交わる。唯それだけで、彼が何を言いたいのかが分かった。

 

一人でD.O.E三体の相手をするからその間ムスペルを押さえろ。そう、言いたいのだろう。

 

駄目だと、レフィーヤは思う。幾らローウェンが凄いと言っても、あのD.O.Eを三体も、それもこんな唯居るだけで命を蝕まれる様な場所で相対するなんて。危険、等と云う領域では無い。無茶、無謀と言うものだ。

 

其れに、レフィーヤにムスペルを押さえろと言うのも無茶と言って良い。今は何とか避けれているが。疲労すれば動きが鈍る。そうなれば、避ける事など出来ずに、叩き潰さるか、吹き飛ばされて終るだろう。それは、決して遠い未来の話では無く、今にでも起きえる事だ。そうなれば、ムスペルは他の三人へと向かうだろう。きっと、ローウェンが真っ先に狙われる。なのに任せると、そう言いたいのか。

 

無理だと叫びたいのに、気が付けばレフィーヤは頷いていた。

 

信用されている、信頼されている。耐えられると、抑えられると、レフィーヤなら出来るとまるで語っている様に彼女には思えたから。あぁ、そうだ。思っただけだ若しかしたら違うかもしれない。けれど。

 

「頼んだぞ」

 

肯定する様に、ローウェンは言葉にしてD.O.Eへと向き直る。もう、やるしかない。絶望的状況。ハインリヒの助けが貰えるだろうが、其れだけ。ムスペルの攻撃を受け、避け続けなければいけない。

 

けれど、不思議とレフィーヤには出来る気がした。自然と、笑みが浮かぶ。

仲間に信じてもらえるのが此処まで嬉しいとは。

仲間に頼られる事がこんなにも誇らしいとは!!

 

「さて、それじゃあ」

 

言いながら、突き出される腕を避けながら呟く。

 

 

「やりますか」

 

 

腕が振るわれたならば避け。その翼に因って熱風を生み出すならば耐える。全て紙一重と言える、けれどそれでも。明確に隙だと思える物を見つけたならば、これでもかと力を込めた凍牙を叩き込む。

 

何時、疲れ果て動けなくなるかも分からない。何時、僅かなミスで吹き飛ばされるかも分からない。酷い疲れが体の重しと成っているのを感じながら。

 

けれど、レフィーヤと言う少女が自分でも驚く程、絶好調だった。

 

動きが見える。今まで以上に力が入り。印術の威力も増していく。重しと成っている筈の疲れすら心地よく。オラリオに居た時、恩恵を得ていた時以上に思った通りに動く事が出来る。

 

余りに気分が良くて笑みを抑えることが出来ない。

 

それでも、それが長続きするとは思っていないレフィーヤは仲間を見る。コバックは下僕を抑え、ハインリヒは何時でも動けるように構えている。驚くのは何時の間にか三体のD.O.Eの内の二体を既に倒してしまっているローウェンだ。やはり、彼は可笑しいなと笑みを深める。

 

其の時、いつも以上に良く見えているレフィーヤは、復讐の下僕が何かを仕様としているのを察知する。まるで、大きく息を吸い込むかのような動作だ。何をする積りなのか。どの様な事でも対処できる様にと動き、身構えて。

 

『アアァァアァアァアアアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!』

 

復讐の下僕の咆哮が響く。それは衝撃波と成って彼等へと襲い掛かる。想像以上の衝撃に、身構えていたレフィーヤも蹈鞴を踏んでしまい、直後に視界が歪む。自分が立っているのかも分からない状態に。しかし、強い悪寒に反射的に体を動かそうとする。その直前の事。

 

――――カシャン。

 

ガラスの割れる音。同時に、頭部に感じる僅かな痛み。あぁ、何かをぶつけられたのかと気が付いて。

 

視界が晴れる。

 

今まさに、突き出された腕をギリギリの所で躱す。其れでも、熱風に堪える事が出来ずに転がる様に吹き飛ばされて。しかし、しっかりと土を踏み締めて態勢を整える。

 

髪が湿っているが、今は気にせず。何故なのかなんて考えるまでも無い。だって、サムズアップするハインリヒが見えたのだから。

 

叫びが聞こえる、それは復讐の下僕のもので。しかし先程とは違い悲痛なモノ。見れば、復讐の下僕が崩れ落ちる所だった。ローウェンが見えるので、きっと三体のD.O.Eを倒した彼がやったのだろう。

 

此れで、残るはムスペルだけだ。

 

思い乍ら視線を向けて。

 

ムスペルが、その腕で虚空を薙ぐのが見えた。何をしているのか、其れは考える間も無い程に、直ぐに分かった。僅かな衝撃が彼等を襲う。けれど、其れは復讐の下僕の放った方向に比べれば痛みは少なく、けれど後に起こった其れは、その比では無かった。

 

「――――――――ッ! 引き寄せられてる?!」

 

足に力を込めながら、自分に起こっているそれを思わず叫んだ。そう、引きよされていくのだ。投げた物が地面に向かって落ちていくように、彼等はムスペルに向かって。

 

だが、其処では無い。危険なのはそこでは無い。ムスペルに向かうだけならば良い。危険では在るが、其れだけならば。問題は、いる場所だ。ムスペルが居る場所は、溶岩の中なのだ。

 

詰り、此のまま引き良さられたなら彼等は、溶岩の中に叩き込まれる。

 

「ま……ずい!!」

 

幾ら印術で暑さを、熱さを和らげようと溶岩の中に入って大丈夫なんて事は無い。故に、何とか堪えなければならない。成らないのに。

 

ムスペルが、腕を薙ぎ払わんと動いているのが見えた。

 

留まろうと踏ん張るのが精一杯の状況で、それを避ける術は無かった。ならば、如何しようも無いのか。其れを考える前に、レフィーヤの視界に映ったのは。

 

ムスペルに向かって全力疾走するローウェンの姿だった。

 

「ローウェンッ?!!」

 

悲鳴の様なその言葉に、しかしローウェンは一瞥もくれずに、走り続ける。

 

走って。

 

走って。

 

走って。

 

そして、跳んだ。

 

 

「――――――――ちょ?!」

 

驚き、思わず零れた言葉。それを聞きながら、彼は引き寄せられる勢いと疾走した勢いの全てを乗せて。

 

「オラァ!!」

 

全力で、ムスペルへと蹴りを叩き込んだ!!

 

余りに型破りな行動。耐えるのではなく利用すると言うそれは、思考に空白を生むには十分だった。それはムスペルとて同じで。

 

「レフィーヤッ!!」

 

けれど、彼の叫びに動き出す。反射的に、しかし思い描く通りに動き、そして見る。映るのは、予想外の攻撃に態勢を崩しているムスペル。その所為なのか、吹き寄せる力が消え失せていた。其れは詰り。

 

ムスペルにとって、致命的な隙を生んだ事に成る。

 

杖が走り、思考が廻る。如何すれば良いのか、如何するべきなのか。

放つべき攻撃は何か?

凍牙の印術を放つべきか?

いいや、いや、違う。其れでは無い。

幾ら力を籠めようと、威力が弱まってしまう事を防げない攻撃では駄目だ。ならば、ならば如何するのか。

 

「強力で、衰える事の無い一撃をッ!!」

 

レフィーヤは知っている。其れを教わっているのだから。故に、示す。

それは火では無く。

それは雷でも無く。

それは氷でも無い。

 

そうそれは、無。

 

ルーンマスターの始まり、示したるその印はこう呼ばれた。

 

『始原の印術』と。

 

示された始まりは……ムスペルを捉える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、レフィーヤの意識は途絶えた。

 



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第五十五話

声が聞えた気がした。問い掛ける様な声が。

 

――――――……?

 

その問い掛けに、自分は迷う事無く胸を張って。

 

「――――――――――」

 

答えたその瞬間、意識は浮上する。

 

 

 

 

 

 

目覚めて、視界に入ってきたのは天井。もはや見慣れたそれはかすみ屋のもの。そして居るのはもちろん、レフィーヤが寝泊まりしている部屋だった。

 

「――――……あぁ」

 

なんだか、憶えがある。なんだろう、前にも同じような事が在った。そうたしか。

 

「あ、おはよう」

 

部屋に入ってくるローウェンを見て、思い出す。最初の時とよく似ていると。思い出して、納得して…思わず笑ってしまう。

 

「え、何で俺笑われてんだ?」

「あ、いえ別に貴方が何かした訳じゃ無くて。その、なんだが初めての時と比べて私は随分変わったなぁ…なんて思ったら、ふふ。可笑しくって」

「あぁ、確かにな。俺からすれば成長だが。前のお前が見たら嘆き苦しむかもしれないな」

「そうですね。きっと『こんなの私じゃない!!』……なんて叫びますよ」

「そうか?」

「えぇ、自分の事ですから」

 

率先して吊るされた人間を棒で突く様な自分なんて、凄く嫌だろうから。とても楽しいが、それは今だからだし。

と、其処で漸くある事を思い出した。

 

「そういえば」

「あぁ、お前が気絶した後の事か」

 

察した様に、ローウェンは言葉にする。肯定する様に頷いて。教えてほしいと言葉にする。

 

「そうだな、取り敢えず一番最初に言うべきなのは」

「なんですか」

「蹴りかました後の俺が地面に背中を強打したって事を言って於こう」

「何ですかそれ」

 

凄く見たかった。

 

「まぁ、そんな如何でも良い事は言いとして。重要で、本当に訊きたい事はムスペルの事だろう?」

「えぇ、はい」

 

ローウェンが叩き付けられた話も大変、気に成りはするが。それは置いておこう。

 

「此処に俺達が居る…って事で結果的に如何為ったのかは分かるだろうが。ムスペルはお前の放った一撃で溶岩の中に崩れ落ちる様に沈んで行ったよ」

「……それ、倒せたんですか?」

「さぁ? その後、溶岩が凄い勢いで吹き出し始めたからな。そうで無くても溶岩の中に沈まれたら確認のしようが無いし」

「そう、ですね」

 

その通りだ。溶岩の中にまで調べに行ける訳が無い。一瞬だけ、いやローウェンなら行けるのでは? なんと思ったがそんな事は無かった。

 

「って、ちょっと待って下さい。溶岩が噴出した?」

「そうだぞ」

 

言って、窓へと近づいて行き、開く。其処からは世界樹が見えて。序でに、黒煙が上がっているのも見えた。

 

「え、燃えてる?」

「煙が上がってるからな。まぁ、世界樹がそうなのか、それとも周りに在った森がそうなのかは分からんがな」

 

大した事で無い様に呟く彼に、何とかしないのかと問い掛けると。

 

「いや、あれは如何しようも無いだろう。水の代わりに溶岩溜まってんだぞ?」

 

確かに、其れは如何しようも無い。印術である程度緩和できるのでは、何て考えてみたが。その程度、試していない訳が無い。きっと駄目だったのだろう。

 

「ま、見た感じ世界樹は燃えてないみたいだから取り敢えず大丈夫だろう……しかし何で燃えて無いんだ?」

「そうですね」

「あと、気絶したお前を溶岩から逃げながら担いでたの俺だからな。平伏して感謝しろ」

「ははぁー」

「ふはは、良きに計らえー……此れは、なんか違うな」

 

なんだろう、何ていうのが正しいのだろう。そんな事を呟きながら考え込むローウェン。まぁ、そんな事はレフィーヤには関係ないの気に成る事を問い掛ける。

 

「ハインリヒさんとコバックさんは?」

「コバックは寝込んでハインリヒはその治療をしてる所だ」

「え、それって」

「死んでないから気にする程では無い。と言っても、流石に二体のモンスターを同時に抑えてた訳だからな。俺達みたいに避けてって訳じゃ無いからやっぱり、酷いもんではあったな」

 

それでも、生きてるから大丈夫と彼は言った。それに、レフィーヤは静かに頷いた。傷ついていたとしても、それでも生きていれば、うん、大丈夫だ。前に進める。

 

「…そう言えば」

 

何かを思い出した様に、ローウェンは呟いた。

 

「結局、分からなかったな」

「?……何がですか」

「レフィーヤ関係の事」

「……あぁ、そう言えば。そうですね」

 

若しかしたら、ムスペルに因って此処に引き込まれたのではと思っていた。実際、よく分からない引き寄せる攻撃してきたし。けれど、それだけだ。倒したけれど、何も変わらず分からないまま。尤も、仮に引き寄せたのがムスペルだったとしても、倒したからと言っても戻れない。なんて、当然な事なのかもしれない。それに。

 

「まぁ、分からなかったなら別に、それはそれでいいですよ」

「随分とさっぱりしてるな。もう少しこう、悔しがるなりがっかりすると」

「そうですね」

 

ぱたりと、布団に倒れ込みながら考えて。否定する様に首を振る。

 

「そう言うのは…ないですね」

「そうか」

「そうですよ。だって」

 

なんだと、問い掛けてくるローウェンに、楽し気に笑みを浮かべながらレフィーヤは答えた。

 

「分からないなら、分かるまで冒険すれば良いだけですし」

 

どうせ。

 

「貴方ならそうするでしょう?」

 

逆に、問い掛ける様に言葉にすると。暫しの沈黙、そして……笑い声を響かせた。

 

「確かに!! あぁ、その通りだ!! 寧ろ、分からなかったからこそ心が躍ると言うものだ!!」

「でしょう?」

「全く、あぁ全く! お前は……度し難いほどの冒険者だな!!」

「なんですか、それ」

「俺も分からん」

 

笑いすぎたのか、少し噎せて。しかし笑みは浮かべ続ける。

 

「先に言って於くが、嫌だと言っても付いて行くからな?」

「分かってますよ。一人よりも二人、二人よりも三人四人。多い方が楽しいですし」

「辛いとか難しいでは無く楽しいからときたか。いや、本当にいい理由だ」

 

言って、息を整える。

 

「取り敢えず、長い付き合いになりそうだな」

「案外、直ぐにお別れするかも知れませんよ?」

「いや、無いな…とも言えんな。お前は行き成り第一迷宮に飛ばされた訳だし。何が切っ掛けで何処に飛ばされるのかも分からないしな」

「あぁ、そうでした」

「だが、まぁ」

「そうです」

 

『それはそれで面白い』

 

声が重なる。やはり同じ事を考えていた。それが可笑しくって、また笑う。

 

ふと、何か思いついた様にローウェンはレフィーヤを見て問い掛けた。

 

「なぁ、レフィーヤ」

「何ですか?」

「お前は何で冒険するんだ?」

 

その言葉に、夢を思い出す。夢の中での声の問い掛けを。

 

声は問う。何故なのかと問う。

 

帰れるのに。

帰れたのに。

どうしてと。

 

どうしてなのかとレフィーヤは考えた。それは仲間が戦っているからでは無い。それは冒険を投げ出さない為では無い。

 

もっと単純な事だと気が付いて。だから起き上がってから、彼女は胸を張って答えるのだ。

 

 

 

「冒険がしたいからですよ」

 

 

 

琥珀色の世界樹は枝葉を揺らす。其れはまるで救ってくれた彼等に感謝している様であったり。

 

或は、一人の少女を祝福している様にも見えたそうだ。

 



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暁の上帝と交わる意思
第五十六話


「……あぁ」

 

気の抜けた声を零すローウェン。見れると、だらけ切った彼の姿が見える。

 

「どうしたんですか?そんなだらけて」

「厭きた」

「いや厭きたって」

「暇つぶしに読書してたが、読み終わってな。流石に限界だよこれ」

「そうは言ってもですね」

 

ちらりと、今彼等の乗っている馬車の外を見る。其処から、其れなりの数の馬車がある事が確認出来た。まだ、進むには時間が掛かりそうだ。

 

「……気球艇の方が楽だったかなぁ」

「あれ、世界樹が近すぎて駄目なんじゃありませんでしたっけ?」

「詳しくは知らん。だから分からん」

「そうですか」

 

溜息を吐くローウェンを見ながら。ふと、他の二人は如何しているのだろうかと視線を向ける。

 

「あ、寝てる」

「やる事無いからな、こういう時場所を取らないハインリヒが羨ましい」

「それ、言ったら怒りませんか?」

「あいつが寝る前に自分で言ってた事だぞ?」

 

ハインリヒは相変わらず自虐が凄いものだ。しかしそんな事を言っていたのか。レフィーヤは読書に集中していたから聞き逃してしまったようだ。

 

「…魘されてますね、ハインリヒさん」

「コバックに腹を枕にされてるからな。そりゃあ、辛いだろうよ」

「なんで枕にしてるんですかね」

「丁度良かったからじゃね?」

 

その言葉に改めて見る。気持ち良さそうにとても場所を取って寝ているコバックと、魘されているハインリヒ。きっと悪夢に悩まされているのだろう。

 

「……あぁ、良し。決めた」

「なにをですか?」

「歩いて行こう」

「は?」

 

何を言ってるんだ彼は。歩いて行くと言ったか。荷物とか結構な量あるが如何するんだと。視線を向けると、サムズアップをするローウェン。

 

「ハインリヒが居るから大丈夫」

「寝てますけど?」

「何時か起きる」

「起こさないんですね」

「いや、起こすのはな」

 

言って、ハインリヒを見る。釣られるように見ると、ハインリヒがついには唸り始めていた。とても苦しそうで。

 

「…気持ちよく眠っているコバックを起こす事になるから寝かせて置いてやろう!!」

「ですね!!」

 

別に、魘されている事が愉快だからとかそう言う事では無いと。自分自身に言い聞かせる。本当なんだからね。まぁ、いい加減嫌に成って来たと言うのはレフィーヤとて同じだ。だから付いて行く事にした。

 

「と言う訳だから」

 

そう言って荷台から出るローウェン。続く様に出れば、その際に御者からえ?って声が聞えたが気にしない。ちゃんと仕事しなかったらどうなるか分かってるだろうなとか脅しの様な言葉がローウェンから聞えたがきっと気のせいだろう。御者って大変だよねぇー、何て他人事みたいに考えながら彼に付いて行く。

 

ふわりと、心地の良い風が髪を揺らす。そういえばアスラーガでの風はそうでも無かったな思う。尤もそれは、異常に気温が上昇してしまっていたからなのだが。

 

行き交う人を避けながら、歩く。ここも随分と人が行き交う様だ。まぁ、見る限りは断崖絶壁、そんな場所にある街に、唯一行き来できるのが今歩いている橋だけなのだろうから。仕方ないと言う他無いのだろう。

 

と、何時の間にか先に歩いていった筈のローウェンが立ち止まって居るのが見える。如何したのかと近寄って見れば、理由が分かった。馬車が止まっていた理由も。

 

「倒れてますね」

「だな」

 

どういう訳か。馬車が倒れていた。橋のど真ん中に。どうしてこのような事にと少し視線を彷徨わせるがよく分からない。車輪が外れてしまった、にしては見事に横倒し状態だ。まぁ、何が在ったにせよ、これは馬車の持ち主は不運だなと、これまた他人事の様に……いや、他人事だったか。其れの所為でずいぶん待たされてしまいはしたけれど。暇だっただけで其処まで気にしてはいない。勿論、レフィーヤは、だけれども。

 

まぁ、こんな状態なら進めないのも仕方が無いかと。先に行きますよと口にして歩く。如何やら、ローウェンは馬車の事をもう少し見ている様だ。何か気に成る事でも在るのだろうか?

 

彼が普段、考えている事はよく分からない。分かるのはお金の事を考えている事が多い位のものだ。後は、冒険している時は何を考えているのかがよく分かるが、それは普段の…とは言い難いだろう。

 

ふと、何気なく空を見上げる。

 

「……あ」

 

立ち止まる。そう言えば、其れが見えていた事を思い出して。まぁ、街中からでも幾らでも見られるが、少しは見え方も変わるだろうから。街に入る前に見ておこうかと思い、それに目を向ける。

 

その世界樹へと。

 

「…やっぱり、凄いなぁ」

 

アスラーガの世界樹と違って色自体は普通だが、何だろう。目の前の其れの方が凄いように思えるのは何故だろう。距離が近いからだろうか?

 

ふむと、思い出して見る。それは、あの迷宮へと足を踏み入れる前に世界樹を見上げた時の光景を。そして、うんと頷いて。

 

「どっちも凄い」

 

そう結論を出した。比べようが無かったとも言うが。さてと、再び歩きだす。この街、あの世界樹ではどの様な冒険が待っているのだろうかと胸を躍らせながら。

 

彼女はその街へ、ハイ・ラガード公国へと歩みを進めた。



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第五十七話

ハイ・ラガード公国へと到着したギルド・フロンティア一行。そんな彼らが今居る場所はフロースの宿と呼ばれる冒険者向けの宿屋だ。

 

「酷過ぎると思うんだけどな」

 

そんな宿に在る食堂の一角。テーブルを囲む彼等の内の一人、ハインリヒが愚痴の様に呟いた。レフィーヤは如何したのかと首を傾げる。

 

「いや、私分かりませんよ?みたいな顔してるけど分かってるだろう?もう、分かってますって気付いてほしいみたいに視線が泳いでるからね?」

「じゃあ言います。馬車の荷台にで貴方たちを寝かせたままにしたのはずばりコバックさんが気持ち良さそうに寝ていたからです」

「あらそうなの。ありがとう」

「違うだろう!!」

 

勢いよくテーブルを叩くハインリヒ。勢いが良すぎて椅子が揺れて倒れそうになっている。子供用の椅子って倒れにくい様に創られてる筈なのになぁ。なんて考えながらシチューを口に運ぶ。

 

「美味しい」

「それに関しては同意見だけども…っ!!」

 

話がずれていくと嘆くハインリヒ。しかしそんな事よりも美味しいとレフィーヤが呟いた際に嬉しそうに胸を張った少女がとても気に成る、だって可愛いから。宿の女将の娘だろうか?いるとか何とか言っていた様な気がしたし。

 

「おーい、君ー。話聞いてくれないかなー?」

「ワタシ、チャント、キイテル」

「…そっか、なら訊くけど。どうして僕の事を馬車に放置したのかな? 苦しんでたよね僕? 唸ってたよね僕?」

「ん?」

「その分かりません見たいな表情を浮かべないでほしいな! 起きてたからね?! がっつり起きて楽しそうに言い訳じみた事を言ってるの見てたからね!!」

「え、そうだったんですか」

 

起きていた事には気が付かなかったレフィーヤ。目を閉じてたし。てっきり普通に魘されているだけだと思っていたのだ。だから、意外だった。

 

「起きてたなら普通に逃げればよかったのでは?」

「お前、枕がわりにされた事在るか? 無いだろう? あれな、動けないぞ? 荷台の中が狭いのも相まってな」

「あぁ…成程」

 

其れで唸っていたのか。助けを求めて。普通に声に出せばよかったのに。その場合でもやってる事は変わらなかったかもしれないけれど。

 

「でもハインリヒちゃんの抱き心地かなり良かったわよ」

 

空気が死んだ。他のテーブルに座っていた冒険者と思われる人たちが若干距離を取った様に見える、主に男性が。そして、名を口に出されたハインリヒは笑っていた……泣きながら、笑っていた。

 

「…なぁ、分かるかレフィーヤ?枕替わりに頭を腹に乗せられてな、苦しい思いしてな。その後何を思ったのか抱き枕にされたんだよ僕は。鎧を着こんだ男にだよ?嫌に成るよ本当に。さっきのだって慰める積りだ言ったのは分かるよ。けどさ、もう…もう僕は駄目だ」

「ちょっと、如何してそんなに嘆いてるのよ」

「うるせぇ吊るすぞくそが」

「何で罵られてるのあたし?」

「コバックさんですし」

「あたしだからってどういう事?!」

 

何故だと今にも叫びそうなコバックを無視してハインリヒを慰める。今回は、謝らなければいけない事が起こってしまっていたようだ。すべき事はする。これ冒険者の基本。謝罪だって例外では無いのだ。

 

ただちょっと待っててほしい。何の話をしているのか分かっていないのか首を傾げている女将の娘と思われる少女が可愛すぎて目が離せないので謝罪はもう少し待ってほしい。

 

「なにやってんだお前等は?」

 

そんな声に、あっと言いながら見る。

 

「戻ったぞー」

「お帰りなさいローウェンさん」

「お帰りなさい」

「お帰り」

 

ただいまー、何て言いながら同じテーブルの開いている場所に座るローウェン。先程まで悩んで居たり嘆いていたり慰めていたのが嘘であるかのように、スッと姿勢を正して食事を再開する。

 

え?なんて驚いたような声が何処からか聞えたが、この程度で驚くとは練度が足りんなとふっと笑う。

 

「で、結局何が在ったんだ?」

「コバックが馬鹿だなって話してただけ」

「天然炸裂って感じでした」

「成程、じゃあ後で吊るしとかないとな」

「吊るす事確定なの? まぁ、良いけど」

 

良いのかよとかまた聞えた気がした。如何やらハイ・ラガードの冒険者は可成り練度が低いらしい。これは今まで世界樹が踏破されていないのも仕方ない事だと思うレフィーヤだった。

 

いや、アスラーガが魔境だっただけかと直ぐに思い直したけれど。

 

「それで登録は終わりましたか?」

「さっくり終わらせてきた。ミッションをやれって言われたけど」

「行き成りですね」

 

なんで冒険者ギルドに登録に行ってそうなるんだとローウェンを見る。其れを受けて、それがなと呟いた。

 

「なんでも、世界樹の中に在る迷宮を探索するにはハイ・ラガード公国の民でなくちゃいけないそうでな」

「え、何で?」

「知らん。で、その国民に成る為の試験をミッションとして出してるらしい」

「それで、ミッションを請けたと」

「そうなるなー。ま、そんな難しい事じゃ無いけどな迷宮の一階の地図を書いて来いって内容だったし」

 

思わず立ち上がりそうになった。まじでか、なんて言葉も零れる。地図書ける上にそれで迷宮探索の許可が得られるなんて。レフィーヤのハイ・ラガードへの好感度が爆上がりしている。

 

最高じゃないかハイ・ラガード公国!!

 

「まぁ、迷宮に行くのは二日後だけどな」

「えぇー……明日じゃ無くてですか?」

「明日は街を見て周るからな」

「そうですか……今日じゃなくてですか?」

「今日はこの街に来たばかりだから休む。というか今の状況で迷宮になんていったらお前…あれだぞ」

「なんですか?」

 

「テンション上がり過ぎて許可とか関係なく迷宮攻略をやっちゃうだろうが」

「成程、確かに」

 

なら仕方が無いと頷く。そうなる事が目に見えている。寧ろ、何故そうなると考えなかったのかと自分自身不思議になる位だ。

 

お預けかと、少し残念に思いながら。それでもこの街はどんな店があり、どんな物が在り、そしてどんな人が居るのか。楽しみだと、冷めてしまったシチューを口に運びながら思うレフィーヤだった。

 

 

 

 

 

 

 

「?!……このシチュー、冷めても美味しい!!」

「まじかよ」



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第五十八話

風に揺られ擦れ合う枝葉の音。草木の香りがレフィーヤには何とも心地よく。すっと、深く息を吸い込んだ。

 

彼等が居るのは世界樹の迷宮、其の一階層だ。確か古跡の樹海と呼ばれていた筈だ。ふむと、見渡す。樹海の呼び名に違わぬ木々の密集度。獣道と呼ぶべきものが無ければ迷い込んで其のまま出て来れなく成ってしまいそうだ。

 

そう思いながらふっと息を吐いた。そして、落ち付いた様子で見る。あぁー……なんて気の抜けた声を出しているローウェン、の、眼前で倒れ伏している鹿を。当然の様に事切れている。

 

ふと、視線を感じて振り返るレフィーヤ。そこには呆れた様子のハインリヒと辺りを見渡しているコバックが居た。そして、溜息を吐いてからハインリヒは二人に対して言った。

 

「で、どうだった?」

「あぁ…強かったぞ」

「一階のモンスターとは思えない強さで吃驚はしましたね、この鹿」

「F.O.Eって呼ばれてるらしいぞ、それ。アスラーガでのD.O.Eみたいなものだな。冒険者の間では壁扱いされてるみたいだね」

「あぁ、成程」

「戦ってみた感じあれほど厄介では無いけどな。見た目殆ど同じなのに」

 

若しくは古代種だったD.O.Eが琥珀に閉じ込められることなく普通に繁殖したのがF.O.Eなのかも。なんてレフィーヤは考えてみたり。

 

と、そう言えば何で彼は呆れた様子なのだろうか。冒険者の間で壁扱いされているF.O.Eを二人で倒してしまったからだろうか。正直言ってD.O.Eの方が厄介さという点では上だった。状態異常にしなくても攻撃が普通に通るし

 

しかしと、言いながら見る。そこには先程倒した鹿と同種が数体程、獣道を徘徊しているのが見える。D.O.Eと違ってかなり数が居る様だ。下手に動けば、複数体のF.O.Eを同時に相手にしなければいけない事態に成りかねない。

 

「必要でないなら避けていった方が良さそうだな」

「ですね」

 

頷きながら鹿を改めて見る。F.O.E、此れからの冒険できっと幾度と無く立ち塞がるだろう存在。一々戦っていては切りがない。そう思いながら見つめて。

 

「…解体して鹿肉を女将さんに渡せば料理してくれますかね?」

「考えがゴザルニに似てきたなお前。まぁ、同意だが」

「え、美味しそうだから倒したんじゃないの?」

「コバック…お前、元気に跳ね回る鹿を見て美味しそうって感想出て来るか?」

「美味しそうだったじゃないのよ」

 

あっそう。そう言う他無い。コバックがどんなことを思い考えているのはローウェン以上に分からないから。違う事を考えようと書いている途中だった地図を見る。が、顔を顰める事に成った。

 

「如何した?」

 

何か在ったのかと問い掛けてくるローウェンに、いえっと言葉を置いてから。

 

「何故か地図に違和感が在るな…って思ったんですか」

「違和感ねぇ」

 

スッとレフィーヤの手から地図を取り眺めるローウェン。ふむ、なんて呟きながら暫くすると。

 

「単純に完成してないからじゃないか?」

「完成してない……?」

 

其れはおかしいと思うレフィーヤ。だって、既にこの階で行ける所は全て行った筈だと。其処で、思い至った。

 

「あ、あぁ。二階から降り…」成程」

「そう、二階から降りなければ行けない場所が在るのは別に不思議な事では無いからな。お前の感じた違和感は、二階に足を踏み入れてないのにこれで完成って事にしたからじゃないか?……まぁ、違和感を感じるとかちょっとあれだけどな」

 

あれとは何だと思いながら、返された地図を見る。完成したと思っていたそれは実は未完成。成程、違和感も感じると言うものだ。しかし、オラリオの迷宮も、不思議の迷宮もそれぞれ描き方が違うとは。地図とは本当に奥深いものだ。

 

だからこそ綺麗に仕上がったならばそれこそ、その瞬間を思い浮かべるだけで身震いしてしまう程だ。達成感とか凄いだろうな、そう思いをはせるレフィーヤは、ふいに上を見上げてそういえばと呟いた。

 

「この上に在るって話でしたよね」

「ん?…あぁ、あの空に浮かぶ城の事か」

「です」

「いや、在るかどうかは分からないんじゃかな?それを確かめる為にハイ・ラガードは冒険者を集めた訳だし」

「でもランディ教授の書籍には在ると書かれてませんでしたっけ?」

「いや、飽く迄その城に関する伝承と実在しても可笑しくないって書いてあっただけだぞ」

「あぁ、そうでしたね」

「と言うか、実在すると判明してるならここ来てないだろう。ランディ教授の本を頼りにするなら辺境、エトリアか。後はアルカディアだな」

「それもそうですね」

 

確かに、分かっているならここに来たりはしないかと頷いた。そうだったなら世界樹が在るとしてもここには着ていなかったかもしれない。

 

「尤も誰もそこに辿り着いたことが無いとかだったら喜んで踏破するけどな!!」

 

その言葉に頷き強く同意するレフィーヤ。其処に在るのに誰一人として辿り着く事の出来ない空の城。そこに初めて足を踏み入れるなんてそれはもう……最高じゃ無いかと思うレフィーヤ。

 

と、なにやら唸るコバックが見えた。如何したのかと問い掛けてみれば。

 

「いえねぇ、空飛んでるなら…如何やって其処に行けば良いのかしら。って思ってたのよ」

 

少しだけ、沈黙。いや世界樹の頂からそこへ至る道があるとか書いて在った様な言って居た様な、いやそれが本当かどうか確かめる為に冒険者集めてたんだっけー。なんて、思い乍らローウェンを見ると。彼は、静かに頷きながら答えた。

 

「其の時に成ったら考えよう」

 

頷くしか……無かった。実際、其れ以外に手は無いし。気球艇? それで如何にかなるならとっくの昔に在るか無いか位は判明してるだろうと。

 

何とも、微妙な空気に包まれながらも。彼等は街に帰還した。

 

 

 

 

尚、ミッションはしっかり、そしてあっさり達成したギルド・フロンティアだった。

 



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第五十九話

街に戻り、ラガード公宮と呼ばれる場所に居る大臣にミッション達成の報告をしたギルド・フロンティア一行。無事、ハイ・ラガードの民と認められ迷宮へと挑戦する権利を得た。

 

何故か、大臣にはとても驚かれたが。なんでも地図は一階の指定された部分を描いて来ればそれで良かったそうだ。大抵の冒険者は一階を全て描こうとするらしいがその大半がF.O.Eを見て諦めたり、若しくはそれを避けながら描くそうで。と言う訳でF.O.Eをぶちのめして一階の地図を描いてきたのは彼等が初めてらしい。

 

さて、そんなこんなで漸くスタートラインに辿り着く事が出来た彼等は早速迷宮へと向かう。

 

何てことは無く宿屋でゆっくりと休んだ翌日、詰り今日なのだが。レフィーヤは街を散策していた。二日前にもある程度はしたが、それは位置などの確認程度でしか無く。また、冒険をするのに重要と言える場所しか探して居なかったから。今日はそう言うのとは関係の無い個人的な散歩の様な物だ。さてと、視線を彷徨わせる。

 

今、彼女が居るのはハイ・ラガード公国の西区。なんでもここは学生街だから若者が多く、他にも術士が集まっている場所だと。フロースの宿の女将、ハンナから聞いたのだ。面白そうだし、何よりなにか参考に出来るものが在るかも知れないとレフィーヤは訪れたのだ。

 

訪れてみた感想はと言えば、意外と店が多いといった所だろう。いや学生が多いのだから可笑しくは無いのだが。

 

それにしても、と移動しながら思う。少し見過ぎでは無いだろうかと。

 

ハイ・ラガードの街に入った時から感じてはいたが、この区画では更に増えた様に思える。そんなに珍しいのだろうかと耳を少しだけ撫でる。少しざわついたような気がしたがこれを無視。そう言えば珍しいとハインリヒが言っていたなと思い出しながら歩く。気にする事でも無い。

 

さて、お目当ての建物はどれだったかと教えられた場所を思い出しながら彷徨う。意外と入り組んでいる。慣れていない人だと迷ってしまいそうな程だ。まぁ、迷宮ほどでは無いのでレフィーヤは迷う事等無いのだが。

 

と、目当ての建物が視界に映る。あ、あそこかと思いながらも立ち止まり。

 

―――――ドンッ

 

と、背中に軽い衝撃が走る。一瞬、倒れそうになるのを堪えて何事かと後ろを見ると。唖然とした少女が尻餅をついていた。どうやら、彼女がぶつかってきたのだろう。いや、驚いている様に見える所からぶつかってしまった、と言うのが正しいだろうが。

 

「大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫」

 

まぁ何方にせよ。確認の為に突然立ち止まってしまったレフィーヤも悪いと言えば悪いので、手を差し出す。少女は手を取りながらずれてしまっていた眼鏡の位置を直して。軽く服を叩いてからレフィーヤを見る。それはもう、じっと凝視する。

 

「あの……どうしたんですか?」

「耳」

「耳、あぁ成程」

 

少女も又、特徴的な耳が気に成るのだろう。ふと、もしかして耳に関して知りたいから態とぶつかってきたのかと少しだけ思ったけれど。

 

「耳…変」

「へッ――――?!」

 

言葉がぐさりと音を立てて心に刺さった気がした。いや、確実に刺さった。とても痛いから。此処まで痛いのはローウェンに自分に似てきたと言われて以来だ。しかし、其れはそうとしても良くない。目の前の少女の口が良くない。此れは注意しなければいけない。

 

「えー…と。そう言う事は思っても口に出しちゃ駄目だと思いますよ?」

「うん、良く言われる」

「言われるなら気を付けましょう?眼鏡かち割られたくなかったら」

 

言いながら思い浮かべたのはアスラーガの冒険者達。まず間違いなく彼等ならばかち割っていただろう。若しくは吊るす。

 

「……ぇ」

 

一歩、後ろに下がる少女。何故か驚いている、と言うか怯えている様に見える。どうやら、殴られると思ったのだろう。否定する様に言葉にする。

 

「いえ、殴りませんから大丈夫ですよ」

「本当?」

「はい…まぁ、仲間が同じ事言ったら顔面を陥没させる積りで殴りますけどね」

「…え」

 

更に一歩下がる。殴らないと言ったのに。それとも仲間を殴ると言ったからだろうか。氷漬けにされないだけましだと思うのだが。まぁ、アスラーガでそれをやっても暑かったからか喜ばれたけれども。

 

「取り敢えず気をつけてくださいね?」

「え、あ、うん。クロエ、気を付ける」

 

クロエとは名前だろうか。一人称が名前とは。偶に居たけど、一瞬だが何故行き成り自己紹介したのかと思う事が少しだけ在る。

 

なんて考えていると、恐らくクロエと言う名前の少女はバイバイと言いながら手を振って去って行った。早足で。酷く怖がらせてしまったなと思いながら、ふと、先程まで感じていた視線が感じられない事に気が付き、見渡す。其処に居た何人かに視線を向けると凄い勢いで顔を逸らした。なんか、触れてはいけない何かと思われている様に感じた。

 

まぁ、鬱陶しくないから良いかと改めて歩き出す。先程、見付けたその建物へ向かって。

 

目の前まで辿り着く。ふむと、立て看板を見て頷く。確かにここだと。さてどんな知識があるだろう、どんな技術が在るだろうかと胸を躍らせつつ。扉を叩き、どうぞと言う声に従って。

 

錬金術師互助組合へと足を踏み入れた。

 

 



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第六十話

満足気に宿へと戻ったレフィーヤ。素晴らしき一日の話を仲間たちにして、叱られたレフィーヤ。

 

キチガイ冒険者への対応と同じ事を一般冒険者にしてはいけないと。普通に尤もな事を言われたのだった。彼女は思う。そうか、あの対応の仕方はキチガイ限定のものだったのかと。しかし、その言い分だと自分達がキチガイと言う事に成るが、それで良いのかと問い掛けたら。

 

「否定してもキチガイである事に変わり無いしな。普通の冒険者は仲間を吊るさないし」

 

と、言った。確かにと頷き。あれ、てことは自分もキチガイなのではなんてレフィーヤは考えてなんていない。

 

そして、ふと思い出し気が付く。キチガイにたいしての対応で大半の冒険者に、と言うか一般市民に接しても問題なかったアスラーガは……そこで、考えるのを止めた。其れ以上は考えてはいけないのだ。

 

キチガイ冒険者と一般冒険者は別物だと言う当たり前の事を思い出せたレフィーヤは夜、ぐっすりと眠り。翌日には疲れは抜け、気が付いてしまった余計な事を忘れた清々しい朝に絶好調の様子。荷物の確認も済ませて。同じく準備万端な仲間と共に。

 

「さてと、じゃあ」

 

いざ、世界樹の迷宮へ。

 

「行く前に食事だな」

「ですね。あ、私カレーでお願いします」

「レフィーヤちゃんたら朝からがっつり行くわね。あたしステーキ丼で」

「コバックには言われたくはないだろうね」

 

行かずにテーブルに付き各々、好きな様に頼んでいく。朝食は大事だとみんな知ってる事。

 

 

 

食事を済ませて、少しだけ休憩を挟んでから今度こそ迷宮へと向かい、探索に乗り出すギルド・フロンティア一行。さらりと最初の地図を描いていた時に見つけた通り道を抜けて二階へと歩を進める。

 

そして。

 

「何だろうなこれ」

「さぁ?」

 

ローウェンの呟きに。首を傾げて見せることしかできなかった。実際、分からないからだ。目の前の其れが。強暴で凶悪。そういう言葉が当て嵌まりそうなモンスター、F.O.Eが。

 

落とし穴にはまってもがいている。

 

「・・・・・此処のモンスターは馬鹿なのか?」

「此れを見る限りは否定できないわね」

 

コバックの言葉を聞きながら改めてモンスター、確か駆け寄る襲撃者と呼ばれるそれを。彼等を見つけるや否や呼び名の通り駆け寄って、何もしていないのに穴に落っこちたそれを。

 

「警戒心は皆無ですね、間違いなく」

「最初に出くわした時も突っ込んで来ただけだしな」

 

そしてコバックが防ぎローウェンが撃ち抜きレフィーヤが氷槍で貫いて終わった。此れで終わりなのかと思う位あっさりと。

 

「強いは強いんだけどな…馬鹿、いやコバックだけど」

「そうですね、ば、いえコバックさんみたいですけど」

「冒険者に壁の言われるのも納得は出来る強さだね。馬鹿、違ったコバックだけど」

「ねぇ、若しかして馬鹿って言葉の代わりにあたしの名前使ってる?」

 

『うん』

 

なんで?!と声を荒げるコバックを無視して這い上がってきそうだった駆け寄る襲撃者の頭蓋を氷槍で貫く。そう、強い事には強いのだ。一般冒険者からすれば避けて通る他無い程に。

 

尤も、一般とは違う道を爆走しているキチガイと言われる様な冒険者からすれば倒すのはそう難しい事では無い。強いだけなのだから。寧ろそういったものよりも賢いものの方が危険だ。まさに今、まるで観察する様に彼等の事を物陰から見ているモンスターの様な存在の方が。

 

まぁ、其処に居ると分かっていて放置などせず、逃げられる前にローウェンが仕留めたのだが。

 

「しかし、やはりと言うか数が多いな」

「これで四体目ですもんね」

「今の所は別々に動いているみたいだが、纏まって動く事は無い…なんて考えるは無しだな」

「一体なら問題なくても二体以上なら危険よね」

「それは此奴に限った事ではなけどな」

 

言いながら有益そうな物を剥ぎつつ。さてと、前を見る。

 

「サクッと次の階目指しますかね」

「あ、ちょっと待って下さい」

 

そう、止めるレフィーヤ。如何したのかとローウェンが見るので。これ、といいながら地図を見せる。

 

「ここ、まだ行ってませんよ」

「あぁ、そう言えば分かれ道だったな……行くか」

「えぇ、そうです。えぇはい、そうですよ。此処だけ描かずに次の階に行くなんて本当に許されない事ですからね」

 

言いながら来た道を引き返すレフィーヤ。それを見て、やれやれと言った様子で肩を竦めるローウェン達が続く。

 

 

そして、ちょっとした広場と成っている小部屋で。其れは現れた。

 

 

サラリと、小部屋を地図に描き記したレフィーヤ。さてこれで大丈夫かなと確認してから。其れでは先に進もうかと、ローウェン達に声を掛け様として。

 

カサリと、茂みが揺れた事に気が付く。

 

何か居る。油断なく彼等は構え、備える。今の所は敵意と言うものは感じられないが。それでも警戒しない理由にはならない。いつ、行き成り襲い掛かられても良い様に、音のした場所を。同時に周辺にも気を配りながら。現れたそれを見た。

 

其れはふわふわとした尻尾が特徴的な小動物。名前は。

 

「…栗鼠ですね」

「栗鼠か。良し殺そう」

「殺意高くないですか?」

「動かないでレフィーヤちゃん。直ぐに仕留めるから!!」

「殺意高すぎませんか??」

「僕は逃げられても直ぐに叩き潰せるように構えておこう」

「栗鼠に親でも殺されたんですか??」

 

それはなと、口にしたローウェンが固まる。如何したかと彼を見ると、何やら彼の視線が自分の鞄に向かっている。鞄がどうしたのだろうかと思い、気が付く。何故か、鞄が動いている事に。何事かと鞄を見る。其処には何故か鞄から出てきた栗鼠が首を傾げていた。

 

アリアドネの糸を持った栗鼠が。

 

余りに予想外の事に固まるレフィーヤ。いや、其れだけでなく三人もまた、何時の間にか出し抜かれていた事に驚いている。そんな彼等の事等知らんと言わんばかりに鞄から飛び降りた栗鼠は、其のまま茂みに向かって走り去っていった。

 

暫くの間、固まった儘だったレフィーヤ。ふっと力を向く様に息を吐き。やれやれと首を振りながら肩を竦めて見せた。

 

そして満面の笑みを浮かべて。

 

「栗鼠の丸焼きって美味しいんですかね?」

 

その言葉には、途轍もない怒りが籠っていたそうだ。



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第六十一話

栗鼠への殺意に目覚めたレフィーヤ。だとしても奪われたアリアドネの糸が返って来る事は無く。夜も近い事から仕方なく街に帰還する、何てことは無くそのまま探索を続ける。だって、アリアドネの糸は複数持っているし、そもそもレフィーヤ以外も持っているのだから。

 

「アスラーガのかすみ屋で言ってた事ってあれ対策だったんですね」

 

そう、思い出しながら呟いた。確かに、あんな事が起こり得るなら複数持っていなければならないだろう。嵩張ってしまうから一つで良いなんて考えてたのが間違いだったと。

 

ふっと、息を吐きながら空を見る。星空の広がる空を。

 

「……あれ、此処って世界樹の中ですよね?」

「いや知らん。ここが世界樹の中に在る空洞なのかそうじゃ無いのかはまるで分からん」

「そうですか。不思議具合ではそう変わりありませんね。アスラーガの世界樹と」

「寧ろ不思議じゃない世界樹とか逆に気に成るんだが?」

 

確かにと頷く。不思議でない、何の謎も無い世界樹とは何なのだろうか。考えれば考える程わからなくなる。

 

「あるかどうか分からない事はあまり考えない方が良いんじゃないかな?」

「其の分からん事に挑んでる冒険者の言葉とは思えんなハインリヒ」

「なら訂正しよう。答え合わせが出来そうに無い事は考えない方が良いんじゃないかな?」

「んー…其れなら問題ないのか?」

 

言いながら視線を向けてくるローウェン。正直、困る。知らんと言いたい。ので、敢えて何も言わずに視線をコバックに向けてみる。サンドイッチを食べているコバックに。

 

「あら?如何したのレフィーヤちゃん、若しかしてこれ食べたいの?カレーのサンドイッチ」

「いえ、そういうわカレー?!」

「貴女が今朝食べてるの見て食べたくなっちゃってね、お弁当にして貰ったのよ。それにしても凄い反応ね。そんなにカレー好きなの?」

 

そうじゃ無いと思いながらもはいと渡されたそれを見る。カレーがパンに挟まれたそれを。その・・・所々からカレーが零れていてとても手がべたつく。

 

「これ…え、これハンナさんに頼んだんですか?」

「そうよ」

「なにかこう…言われませんでしたか?」

「あぁー…そう言えば本当に良いのかって何度も訊かれたわね」

 

なんでだったのかしらと呟く彼に、レフィーヤは笑顔を浮かべてこう言った。

 

「不思議ですね」

 

そう、言うしか無かった。そして渡された其れを……普通に返した。

 

 

 

 

「世界樹よりもコバックさんが分からない」

「否定はできん」

 

言いながら頷くローウェン。彼にも何故パンでカレーを挟んだ其れを、弁当として持って来てしまったのか分からないらしい。と言うか、なんで今食べてたのだろうか。そう思って訊いたら。

 

「昼よりも夜の方が美味しいじゃない」

「あ、そうですか」

 

レフィーヤは、考えるのを止めた。

 

「…あぁ。しかしあれだね」

 

切り替える様にハインリヒが呟く。

 

「やはりと言うか、アスラーガの付近の迷宮と比べると随分と違うね」

「だな。まぁ、何方かと言えばあそこの迷宮は可笑しいんだけどな」

「上り下りするだけで形変わってましたもんね」

「あれに比べればまだ探索しやすいな。流石に広さと言う意味ではこっちの方が上だが」

 

確かにと頷いた。二階を探索している間に日が傾いてしまう程度には広い。と言っても、他の二日ほどかけてF.O.Eを避けながら進んでいる冒険者に比べればかなり順調に進んでいるのだが。

 

探索に時間が掛かると、如何したって無理が出る。道具の消耗とか。そう言った理由で。

 

そう言えばローウェンはまだ大丈夫なのだろうかと見ると。察したのかクルリと銃を回して見せた。まだ大丈夫なのだろう。

 

「ま、何時間でも探索し続けるのは無理だから気を見て戻るかね」

 

言いながら歩いて行く彼に。そうですねと同意しながら付いて行く。無理はするものでは無いしと。しかし。

 

「コバックさん何時まで、と言うか其れだけ持ってるんですかそのサンドイッチ」

「それで三つ目だよな?」

「四つよ」

「そっか……え、四つ?」

「そう、貴方達も食べるかと思って」

「…次からは食べるかどうか訊いてからにしてくれ」

「分かったわ」

 

なんて会話をしていると、視界に映るものが在る。何だろうかと目を凝らすと。それは、人だった。

 

「冒険者でしょうか?」

「いや、結構な頻度で国の衛視が迷宮に入ってるって話だから其れの可能性も在るぞ?」

「他にも賊とかも在り得るね」

「え、入るんですか賊」

「居るぞ、モンスターを利用して冒険者から道具やら武具やらを奪い取ろうとする奴が」

「えぇ」

 

本当なのかと疑問に思い、いや在り得ない事ではないと思い直す。オラリオの迷宮でも、同じ様な存在がいる事を思い出したからだ。

 

さてと、人影を改めて見る。それがどんな人物なのか。危険な者で在ったとしても対応できるようにと警戒しながら近づき。

 

「ん? あぁ、冒険者か。こんな夜遅くまで探索とは。頑張る物だな」

 

見覚えのある鎧。人影は国の衛視であった。と言っても警戒は続けるのだが。若しかしたら身に付けている鎧は奪ったモノかも知れないからだ。だからと言って即座に敵対するような事はせずに、ローウェンは気軽気に会話する。

 

「頑張る、と言う程じゃ無いけれどな。この程度なら問題ないと判断して進んでいる訳だし」

「そうか。まぁ無理をしていないなら問題ない。幾ら、先日キマイラが討伐されたからと言って…いや、だからこそモンスターが活発に動き回っているからな。十分、気を付けた方が良い」

「其の忠告、ありがた……なんて?」

「?気を付ける様に」

「そうじゃ無く、え?キマイラって、第一階層の主の?え、倒されたの?」

「あぁ、その事か。そうだ、確か…ミズガルズの調査隊と、ベオウルフだったな。その二つのギルドに因って討伐されたんだよ。えぇっと、確か三日ほど前だったか」

「まじかぁー」

 

驚愕の事実が発覚。第一階層の主、討伐済み。



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第六十二話

「いやまぁ、可能性としては十分あり得る事だけどさぁ。寧ろ起こらない方が可笑しいのは分かってんだけどさぁ」

 

言って深い溜息を吐くローウェン。目に見えて落ち込んでいる。

 

「でもそういうのは俺がやりたかったなぁ」

「達、とは言わないんですね」

「俺はそうだとしてもお前達がそうとは限らんしな」

「そうですね。まぁ、悔しいは悔しいですけど」

 

キマイラと呼ばれる第一階層の主。それが打ち倒されたのは三日前だと衛視は言った。色々と訊いて周った際には丁度まだ知られていなかったのだろう。だから知り得なかった。

 

知ってたとしてもやる事が変わる訳では無いが。

 

「恨んだりは…流石にしないですよね」

「当たり前だろう。所詮、早い者勝ちだし。恨むなら遅かった自分を恨むよ。まぁ八つ当たりはするけど」

「八つ当たりはするんですね」

 

というかと、呟きながら前を見る。其処にはF.O.E、駆け寄る襲撃者二体とその色違いのモンスター。確か残酷なる蹂躙者と呼ばれているものが。

 

綺麗に横一列に並んだ状態で落とし穴にはまっていた。

 

「さっきから這い出ようとする度に叩き落としてるのって八つ当たりですか?」

「そうだ。只々、弾を消費するだけの極めて無駄な行為だ」

「ならやめましょうよ」

「じゃあ止め頼む」

「はーい」

 

よいしょという掛け声と共に生み出すのは三つの氷槍。其れを、落とし穴から出ようとしている三匹の上から落とす。

 

響き渡る表現の出来ない生々しい音と断末魔。思った以上の惨状に、固まるレフィーヤ。

 

「いやぁ、楽でいいですね」

 

なんて事になる少女はもう居ない。其処に居るのは平然と楽できたことを喜ぶ冒険者だけだ。落とし穴の中がとんでもない事に成っているが一切気にしない。

 

「終わったかなー?」

「おぉー、終わったぞー」

「じゃあどうする。進む?それとも帰る?」

 

問い掛けに、ローウェンは気の抜けた様な声を零しながら鞄を探る。どれだけ弾が残っているのかを確認しているのだろう。

 

「弾的には問題ないな。体力もまだ大丈夫。で、お前達は如何だ?」

「僕は問題ないよ」

「私も大丈夫です」

 

定期的に挟んだ休憩時に睡眠をとっていたし、と思いながら告げる。そうかと呟くローウェンは視線をコバックに向ける。

 

「で、コバックは……何やってんだ?」

「え?……ちょっとした運動だけど」

「なんで今運動してんだよとか思うが、其れはいい。其れは良いんだが…お前の持ってるのは何だ?」

「何って、見れば分かるでしょう?」

 

言いながら、スッとぐるぐると回していた其れを見せる。それは、何処から如何見ても。

 

ボールアニマルだった。

 

「…何処からそれ捕まえてきたんだよ」

「うろうろしてたのよ。丁度良さげだったから捕まえたの」

「そうか」

「もう良くって言うなら放すわね」

「ちょっと待って下さい」

 

ボールアニマルを地面に降ろそうとするコバックを止めるレフィーヤ。如何したのかと視線が集まるが意に介さず告げる。

 

「渡してもらっていいですか?」

「え、良いけど。レフィーヤちゃんも運動したいの?」

「そうですね。走りながら激しく地面に叩き付ける様にすれば気持ちのいい汗が流せそうですね」

「其れは確かに気持ち良さそうね。ボールアニマルでする必要は無いけれど」

「貴方が言いますか、それを。でも、えぇ気分は最高でしょうね。えぇ、本当に」

 

「あれ、放置しても良いの?」

「さっきまで八つ当たりしてた俺に何と言えと?」

 

其れもそうかと呟きながらハインリヒはレフィーヤを見る。ボールアニマルを受け取った彼女は、其れはもう良い笑顔を浮かべている少女を。そして、ちょっと休憩時間が伸びたそうだ。

 

 

 

「スッキリした……!」

「じゃあ先に進むって事で良いのか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 

言いながら先に進もうとしているローウェンの元へ駆け寄る。因みに、ボールアニマルはきっちり仕留められたそうだ。可哀想とは言ってはいけない。

 

今、敵対してなくても後々どうなるのか分からないからだ。そこの所、一切容赦ない冒険者達だった。まぁ、報復として襲い掛かってきたら容赦なく灰になってもらうのだが。

 

「次やるときはもう少し時間を掛けないようにな」

「それは、すみません」

「まぁ、其処まで気にしてないけどな」

 

だろうと、コバックとハインリヒに問い掛ける様に口にする。

 

「そうだね」

「……」

 

「コバック?」

「んぁ?!え……あぁ、何かしら?」

「お前寝てたな?」

「え、あ、え。そう、ね」

「そうか……寝るならちゃんと言ってからにしてくれ。困るから」

「…はい」

 

縮こまるコバック。またお前はと言いたげな視線に、申し訳なく思っているのだろう。

 

「じゃあ行くぞー」

「はーい」

「りょうかーい」

「しゅっぱーつ」

 

しかし、さらりと切り替えられるのがちょっとあれな冒険者達。先程まで休んでいたにしてもちょっと元気ぎないかと一般冒険者に言われそうな程だ。

 

尤も、本当に疲れていないのかと言えばそう言う訳でも無いが、不思議の迷宮の様に時間の経過がよく分からず。街に帰って初めて一週間近くたっていた事に気が付く。みたいな感覚がおかしく成る様なことが無いだけかなり楽だと。詰り。

 

夜だって分かるの、良いね!! って事だ。

 

そんな迷宮探索にたいして色々と麻痺してしまっている事を思いながら、彼等は意気揚々と四階へと向かう。



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第六十三話

「そんな訳で」

 

言葉を置き、お茶で口を潤しながら続ける。

 

「そのままノリと勢いに身を任せて第一階層を突破した訳です」

「うーん。色々と可笑しいね」

 

なんて、言われたレフィーヤ。迷宮探索から帰ってきた翌日。彼女が居るのは公国西区にある錬金術師互助組合の一室。そこで冒険の話をしていた。のんびりとお茶を飲みお菓子を口にしながら。

 

「可笑しいですかね?」

「可笑しい、取りあえず第一階層はそんなに簡単に突破できる場所じゃ無いよねあそこは」

「でも、出てくるモンスターに関して可成り情報が集まってましたし。あと、馬鹿でしたし」

「いや、馬鹿だとしても強いよね」

「そこは、強いけど馬鹿って言うのが合ってると思いますよクロさん」

 

いや、其れでも可笑しいだろうと呟くクロと呼ばれた男性。彼はアルケミストと呼ばれる戦闘時にはルーンマスターと似通った役割を持つ職業についており。今居る施設に専用の部屋が用意されている。因みに迷宮探索よりもどうすればより術式が使いやすくなるか、色々と思考錯誤する方が主だった迷宮に向かう理由、だそうだ。

 

「あと、四階と五階の話はどうしてしないんだ?」

「やってる事変わらないからですよ。こっちに襲い掛かって来る奴は喜んで叩き潰してそうで無いなら無視したり偶にコバックさんが捕まえてきたり」

「君の仲間は、と言うかそのコバックと言う人物はよく分からないな」

「コバックさんに関しては私もよく分からないんですよね。蝙蝠捕まえようとしてましたしね」

「そんな事までしようと…蝙蝠? 私の記憶に間違いが無ければ第一階層に居る蝙蝠はF.O.Eなのでは?」

「あぁ、そう言えば嗅ぎまわる大飛鼠とか呼ばれてるみたいですねあれ。改めて考えると確かに鼠っぽいですよね、あれ」

「それに関しては分からなくも無いが。え、捕まえたの?」

「ようとした、ですよ。詰り捕まえられなかったんですよ」

「そうか。戦いには?」

「なりませんでしたよ」

 

言って思い出す、あの光景を。

 

「そりゃまぁ、幾らF.O.Eと呼ばれる存在でも行き成り鎧姿の男性に飛び乗られそうに成ったら逃げますよねって話です」

「……なんでそんな事をしたんだか」

「曰く、あんなに大きければ乗っかっても大丈夫なのか気に成ったからだそうですよ」

 

まさか、確かに乗れそうだなと呟いたローウェンもそんな事をするとは思っていなかっただろう。さらに後に訊いてみたら、其れで飛べたのなら空飛ぶ城にも問題なく行けるかもしれないと思ったからだそうだ。

 

「まぁ、でも全滅しかねない事態は引き起こしてませんからね。今の所は」

「いや、F.O.Eに飛び乗ろうとするのは十分全滅の危機だと思うのだが?」

「えぇ、そうですね。だから今日はコバックさんを吊るしてるんですよ」

「そうか、本当に吊るすのか」

 

言いながらドン引きした様子のクロ。いやしかしだ。

 

「言って於きますけど貴方も大概ですよね?」

「何故だ。私は普通のアルケミストだろう」

「普通のアルケミストは迷宮を焼き払いそうに成ったりはしないですよね」

「それは…あれだ。思ったより火力が出たと言うか。詰り、望んでそれをした訳では」

「燃え盛る炎を見ながら狂喜乱舞してたそうじゃ無いですか」

「何故知っている!?」

「何故って」

 

消火目的で踏み入った衛視が見付けたからだけど。そして逃がそうとしたら暴れ、取り押さえようとしたら術をぶっ放したからでしょうと。そんな事をすれば話も広がるだろうと。

 

「むぅ、次は気を付けなければ」

「次って、何かやらかす積りですか?」

「やらかす積りは無い!!が、結果的にそうなるかも知れないと言うだけの事だ」

 

レフィーヤは思う。あ、これはやらかすなと。

 

「やらないって選択肢は無いんですか?」

「ない」

「はっきり言いますね」

 

どうしてなのかと問えば。だってと言って。

 

「新しい知識を得られたのだ。色々と試さない方が可笑しいだろう?」

「あぁ……成程」

 

詰り技術提供してしまった自分の所為かとレフィーヤは、ほんの少しだけ申し訳なく思う。まぁ、一方的にアルケミストの技術と知識を教えて貰うのは失礼だったから、仕方ないよね。

 

「しかし、便利そうですよね」

「む?何がだ」

「あの圧縮……なんでしたっけ?」

「圧縮錬金術の事かね」

「そう、それです」

 

大規模の術を圧縮し、凡そ一匹分の範囲まで狭まるがその分威力を上げると言う技術。範囲が狭まるのはデメリットだとか言っていたが。仲間への誤射してしまう可能性が低くなるのだからメリットしか無いだろうとレフィーヤは思う。

 

「私からすれば専用の器具が無くても使う事の出来る印術も素晴らしいと思うけれどな」

「あぁ、そう言えばなんか必要だって言ってましたね」

「これだな」

 

言いながら取り出したのは、厳つい手の形をした道具。

 

「此れが無ければ碌に制御が出来ないんだよ」

「使えないって訳じゃ無いんですね」

「小型化したものを持っているからな。と言っても、威力はお察し程度しかだせないが」

「成程」

「だからと言って印術の方が優れているのか…なんて、不毛な話はしないけれどな」

「一長一短って感じですからね」

「そうだね」

 

何方も優れてている部分があり、劣っている部分がある。そんな当然の話。尤も、劣っている部分を埋めることが出来るのが技術なのだが。

 

と、其の時レフィーヤがそういえばと言葉を漏らした

 

「如何かしたかね?」

「あぁ、いえ。大した事じゃ無いんですよ」

「そうか……逆に気に成るな」

「と言われましても、なんでここの迷宮に居るモンスターは馬鹿ばかりなんだろうなぁ、って」

「え、いや其処まででは無いと思うが」

「いえいえ、十分すぎる程馬鹿ですって。同じ事しかしませんし、全然学習しませんし」

 

まるで。

 

「それしか出来ない様に作られたみたいですよ、本当に」

 

まぁ、流石に無いかと。少女は笑いながらお茶を口にする。

 



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第六十四話

それはおとぎ話。

 

曰く、空飛ぶ城には樹海を管理する者がいると。人々は其のものを、天の支配者と呼んだ。天の支配者とその眷属は地上にて死した後の魂を集め、そして・・・永遠の命を与える。

 

「ていう話があるらしいですよ」

「へぇ…それで?」

「と言いますと?」

 

問い掛けに返す様に首を傾げながらレフィーヤはローウェンを見る。

 

「まずは自分の意見を言ってほしんだが?」

「そう言う事なら、そうですね。個人的には居ると思ってます、天の支配者」

「それも訊いておくが、何故そう思った」

「モンスターが余りに同じ事ばかりするからですよ」

 

ちょっと気に成ったのでと言いながら、とある資料を取り出したレフィーヤ。ローウェンは手渡された其れを見て呟く

 

「モンスターの行動を纏めた物か」

「です。と言っても、知り合いがまとめて居た物を借りただけなんですけどね」

「その知り合い凄いな」

「キチガイですけどね」

「なんだキチガイか」

 

キチガイなら此れぐらいはできそうだしと言いながら、さらりと目を通す。

 

「二階層まで。割ときっちり行動パターンが書かれてるな」

「で、其れを見て分かると思いますけど」

「全く同じ行動を、全く同じ範囲で行ってるな。特にF.O.Eが」

「第一階層のF.O.Eと変わらず、ですよ」

 

第一階層の時は、いやまぁ馬鹿だなで済ませていたが。その先も同じ様なものばかりと成ると流石に可笑しい。

 

「いやまぁ、第一階層の時点で相当可笑しかったけどな」

「全く学習しませんでしたからねー。あの追跡者」

 

最終的に何回落ちれば学習するのか試したりもした。結果、落とし穴が死因となった。

 

「で、そんな事に成るとしたらそれこそとんでもない馬鹿か。後は、誰かがそう言う風に調教したかの何方かだと思ったわけです。それで」

「それっぽいのは無いかと調べた結果が、さっき言ったおとぎ話か」

「それっぽくないですか」

「確かになー」

 

言って、少し考えるような仕草をしてから。

 

「まぁ、正解かどうかは分からないけどな」

「ですよねー」

「だが、俺は其処まで間違ってないと思うぞ」

「そうですか?」

「勘だがな」

「勘ですか……人外の勘、凄く当たりそう」

「おい」

 

睨まれたので視線を逸らすレフィーヤ。でも実際凄く当たりそうだし。間違ってはいないと思う。

 

「しかし、仮にそうだとしたとしてだ。なんでこんな事してんだろうな」

「さぁ? 番犬替わりとかですかね?」

「それなら、もう少し優秀でも良いんじゃないか?」

「それはほら。キチガイには勝てなかったと言う事で」

「その言い方だとお前もキチガイだと言う事に成るが良いのか?」

「あっ……今の無しで」

「そうかい」

 

当たっている事が前提の話に成るが。何故、そんな事をしているのだろうかと。そう思いながら何気なく資料を眺めるローウェンを見て。ふと、思い付く。

 

「研究材料集めとか。そう言う奴ですかね」

「は?」

「いえ、ですから。こう、おとぎ話でも魂を集める的な事を言ってるじゃないですか?」

「あぁ、そう言えばそうだな…成程、詰り話に出てくる眷属の部分にF.O.Eを当て嵌めた訳か」

「そうです。なんか、どんどんそれっぽくなってきましたね」

「だが、研究云々は何処から湧いて出たんだよ。かなり唐突だったけど」

「それはあれですよ。その資料を作った私の知り合いがそう言うタイプの人だったので」

「へぇ……いやお前其れ唯のキチガイだから付き合い方は気を付けろよ?」

「いや、違いが分からないです」

 

え、キチガイって唯のとかそう言う種類があるんですかと。衝撃で在るが全く知りたくなかった事実であった。

 

「何か違うんですか?」

「違い、違いか。なんて言ったらいいだろうな」

 

うーん、と悩むローウェン。暫くすると視線をレフィーヤに向けて。

 

「同類にしか被害を出さないのがキチガイ冒険者。そう言うの関係なく被害を出すのが唯のキチガイ」

「あぁー…成程」

 

頷きながら思い出す知り合いの、クロの所業。第一階層のバーニング。不特定多数に被害を及ぼし。後に調べてみたら街に被害が及びそうになっていたそうだ。まごう事無きキチガイである。確かに、別物だ。

 

「まぁ、そう言う類いの奴は付き合い方を間違えなければ有益なんだがな」

「因みに間違えるとどうなるんですか?」

「そいつが死因に成る」

「ひぇ」

 

言われた通り、付き合い方をちゃんと考えておいた方が良さそうだとレフィーヤは思ったのだった。因みに有益と言う点に関しては同意だが。資料とても分かり易いし。

 

「ま、情報に関してはちゃんと感謝しておくんだな。お陰で第二階層の攻略は随分と楽になりそうだ」

「間違って無ければですけどね」

「其処はもう、直接確認するしかないだろう」

 

言いながら、椅子から立ち上がるローウェン。何処に行くのだろうかと思うと。彼は察したのか、少し呆れた様な顔を浮かべて。

 

「夕食を食べに行くんだよ」

「あ、え?もう夜ですか?」

「気が付いて無かったのかよ」

「全然」

「…まぁ、取り敢えず行くぞ」

「はい」

 

部屋から出る彼に付いて行くレフィーヤ。流石に、言われるまで気がつかなかったのは、拙い気がした。と言っても夕食を食べ逃すようなことはしないで済みそうだが、ローウェンの御蔭で。重要なのは夜になった事に気が付かなかった事では無くそれ。ちゃんと食べて、疲れを残さない様に休む事が出来れば問題ない。

 

明日にはまた、迷宮へと挑むのだから。

 

 

 



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第六十五話

世界樹の迷宮、第二階層・常緋ノ樹林。

 

その名の通り、移ろう事無く緋に染まり続ける葉が美しい階層。そんな場所を彼等、ギルド・フロンティアは進み行き。

 

「おぉ、本当に回るな」

「凄い勢いだね」

「確かに、あの勢いの儘突撃されたら無事では済まないわね」

 

F.O.Eを虐めていた。いや、そうは言っても別に虐めている訳では無く、そう見えるだけで。行っているのは確認だ。調べた情報が本当に合っているのかを。

 

それでも虐められていると言っても間違いで無い状態に成っているF.O.E。螺旋の水泡樹と名付けられているそのモンスターは。物理的な攻撃を受けるとその勢いを利用するのか回転し、其の儘突撃してくると言う。

 

で、それが本当かどうか確かめる為に攻撃したのだが、何時の間にか何処まで回転が速く為るのかを確かめようと攻撃を浴びせられている。

 

「まぁ、ふざけてやっているわけじゃないんですけどね」

「突撃をさせない為に攻撃し続けてる訳だしな」

「態々、痛い思いはしたくないですしね……あ、木にぶつかった」

「で、そのまま倒れると。限界かね?」

「ちょっと確認してくるわね」

「頼む」

 

近づいて行くコバックを、若しもの時は何時でも助けられるように構えながら、そう言えばと口にする。

 

「此処にもありましたね。樹海磁軸」

「あれなぁ。本当に世界樹が近くに在る所だと何故かあるよな」

「あれですかね、天の支配者が行き来が楽になる様に設置したとか」

「成程と思ったが他の迷宮に在るのはなんでだよ」

「え、それは……ほら。管理者は一人じゃないって事で」

「迷宮の?」

「迷宮の」

「ふーん、と言う事はアスラーガ近く迷宮に在るのは守鎮の民が作ったんかね」

「…確かに。、集落内にもありましたしねあれ」

 

そう考えれば在り得ない事でも無いかも知れない。まぁ、世界樹の謎の一つである樹海磁軸の事実が楽だから設置したなんて事だったなら。仕方ないとは思うが……なんか、嫌だ。

 

と、如何でも良い事を考えていると。コバックが軽く手を振っているのが見える。如何やら問題無い様だ。

 

「さて、じゃあ。次だな」

「次?まだ何かするんですか?」

「いや、お前が持ってきた資料に面白い事が書いてあったからな。其れもと思ってな」

「成程…しかし、面白い事ですか」

 

そんなもの有っただろうかとレフィーヤは首を傾げる。自分が読んだ時はそんなのは無かったと思うがと。

 

「あれだ、F.O.Eは特定の行動を同じ場所で繰り返すって書いてたった少し前だ」

「少し前ですか?」

 

と言うと、確か敵対するかしないかと言った事が書いて在った様な。

 

「ま、取り敢えず試す為に探すか」

「また?流石に試す為だけに戦うのはどうかと思うのだだけれど?」

「いや、今回は情報が正しければ戦わないから」

「されなら先にそっちを試せばよかったんじゃないの?」

 

と、言ったのはコバック。何気なく呟かれた其れは。確かにと頷くしかないものだった。尤も。

 

「過ぎた事は気にしても仕方ないから」

「誤魔化した?」

「誤魔化しましたね」

「確実に誤魔化したわね」

「うるせぇよ、と言うかコバックはコバックでさっさとそう言えよ」

「いえ、てっきり試し打ちがしたいのかと思ったのよ、あたし」

 

「いえ、はっきりと言ってましたよね。確認をするって」

「言ってたね」

 

「えッ?」

「え?」

「え?」

 

シンッと、静まり返る。そして、コバックの頬を汗が伝う。恐る恐ると言った様子で彼は問い掛けた。

 

「えっと、何時?」

「朝食後の休憩時」

「あぁ……成程」

「おい」

「ちょ、ちょっと別の事に意識が行ってただけよ! 決して聞く積りが無くて聞かなかった訳じゃ無いわ!!」

「若しも聞く積りが無かったとかだったらお前の頭蓋を撃ち抜いている所だよ。何だったら今から増やしてやろうか? 耳の穴」

「怖いわよ!!」

 

だったらちゃんと話聞けば良いのにと銃口で頭をぐりぐりとされるコバックを見ながら、そう思ったレフィーヤであった。因みに、何に気を取られていたのか後に訊いてみたら

 

「女将さんの娘が一生懸命皿を片付けててね。体が強くないって話なのに偉いわねぇって、思い乍ら見てたのよ」

 

その言葉に、ふむとレフィーヤは考えた。そう、とても単純に。仲間である自分の視点から出なく、第三者からの視点で。すると何と言う事か。

 

単純に見て取れる絵面は少女の事を見つめる男性。詰り、完全にあれな事と思われても仕方ない。事案と言うやつだ。

 

と、其の時だ。

 

「あ」

 

そんなハインリヒから呟きが聞えた。如何したのかと見れば、あれと指さす。その方を見ると、ふわふわと揺蕩う様に進むF.O.E。螺旋の水泡樹が居た。しかも二体。

 

「おぉ、居た居た。じゃ取り敢えずコバックへの折檻は帰ってからするとしてさっくり試すか」

「逃れられないわよね」

「別に良いぞ逃げたければ逃げても、その場合全力で追い立てるが」

「吊るされた方がマシねそれは」

 

元からあたしが悪いのだしねと。そう言いながら諦めた様に肩を落とすコバック。その様子を見ながら、さて、ローウェンは何を試すのかと考えながら後に続き。

 

螺旋の水泡樹の揺蕩う場所の一歩手前で止まった。

 

何故止まるのかと疑問に思いつつも、同じ様に止まり。目の前に螺旋の水泡樹が現れる。反射的に杖を構える、が螺旋の水泡樹は彼等など知らんと言わんばかりにふわふわと揺蕩う様に去って行った。

 

彼等は、すぐ横に居たのに。

 

「………えぇ」

「…うん、あれだな。見えてないのかね?」

「その割には攻撃したらきっちり向かってきたわよね。あたし達移動しながらだったのに」

「…そう言えば攻撃するまで全く反応なかったね」

「そうだったな」

 

何気ない様子で、前へ出るローウェン。そのまま、二匹の螺旋の水泡樹の間をするりと抜けていく。が、やはり無反応。同じ様に三人も続くもやはり同じ。殺意や敵意も滲ませていたのに無反応。

 

そのまま、何も言わずに黙々と進み、やはり同じような事、同じ場所を揺蕩うだけの螺旋の水泡樹を無視して進み、七階に足を踏み入れて。ポツリと呟いた。

 

「いや、流石に生物として可笑しいだろ」

 

その通りだと、レフィーヤは思った。



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第六十六話

一歩前に出て…戻る。

 

眼前で炎が盛る。

 

「おぉー」

 

一歩前に出て…戻る。

 

眼前で炎が盛る。

 

「おぉー」

「やっぱり」

 

一歩前に出て…戻る。

 

眼前で炎が盛る。

 

「おぉー」

「同じ事しかしませんね」

 

言いながらレフィーヤが見るのは今まさに炎を吐き出しているモンスター、F.O.Eの一体であるベビーサラマンダーと呼ばれるものだ。

 

なんでも、目の前に現れたものを燃やそうとするらしいの、しかも少しでも目の前から外れると狙って来ないとか。試して見た処それは事実であった。のだが、其処でふと疑問に思った事を口にしたのだ。

 

「これ、どの位繰り返したら学習して狙ってくるように成るんですかね?」

 

分からないなら試して見ようと初めて今に至る。そしてレフィーヤは愕然としていた。

 

「三十回も繰り返してるのに全く変わらないって…可笑しいでしょう」

「こっちに近づいてもこないしな」

「あと、地味に思ってたのだけれど」

「何ですか?」

「燃えてるのに燃えてない草って可笑しくないかしら?」

「……そう言えばそうですね」

 

頭の悪い事を言っている様に思えるが、事実として地面に生える草はベビーサラマンダーの吐く炎に因って燃え、しかし灰になる事無く其処に在り続けているのだ。とんでもない耐火性能である。ずっと燃やされ続けて強くなったのだろうか。それとも、元からその様に作られているのか。

 

「まぁ、取り敢えず。やっぱりF.O.Eは生物として可笑しいのは間違いないですね」

「そうだね…で、ローウェンは何時まで其れをやってる積りなんだい?」

「彼奴が疲れ果てるまで」

「て、事はもうやめるって事よね」

 

そんなコバックの言葉に、改めてベビーサラマンダーを見ると、へたり込んでいる姿が見える。何気なく前に進み出てみるも、炎を吐いてこない。完全に疲れ果ててしまっている様だ。

 

「……レフィーヤ、止め頼む」

「あ、はーい」

 

そしていつもの。これ見よがしに目の前で氷槍を作って見せる。が、やはりなんの反応する元気は無いようで。そのまま、どうせだからと大きく強くと作った氷槍を、態々真上まで移動させて。

 

「そい」

 

頭部に落す。音を立てて勢いよく地面にめり込むベビーサラマンダー。ビクリとその体を大きく振るわせて、動きを止めた。

 

「…良し」

「態々真上から落とす意味は?」

「特にないです」

 

普通に放っても威力はあると自負している。というか其れで駄目でもいけるまで叩き込めばいい。動けないのだから的でしか無いし。詰り、本当に意味が在る訳では無い。いや、如いて言えば一撃だけで良いから楽、だからと言った所か。

 

「…そう言えば」

 

ふと、そんな事を呟きながら何かを探す様に辺りを見渡すレフィーヤ。

 

「なんか、モンスター全然居ませんね」

「ん?……そう言えばそうだね。考えてみれば、あんな風にベビーサラマンダーで遊んでたのに一匹も現れないのは可笑しいな」

「あ、遊んでた判定なんですね」

「傍から見れば遊んでた、或はふざけてたようにしか見えないだろうあれは?」

 

レフィーヤは確かにと頷く。と、話がずれてしまったと戻す様に言葉にする。

 

「で、結局何で出て来なかったんですかね?」

「強い事は確かなF.O.E相手にあんなことをしてたからモンスターにやべぇ奴だって思われちゃったのかしら?」

「間違って無い様に思えるな」

「でしょう?あ、これベビーサラマンダーから採れたものね」

「あ、私が持っておきます」

「お願いするわね」

 

コバックから受け取った物を仕舞いつつ、ふと思い出した事を口にした。

 

「もしかして六階で殺気放ったから逃げたとか?」

「……あぁ、ありそう」

「よっぽどの馬鹿でない限りは突っ込んでは来ないわよね、それなら」

 

まぁ、流石にモンスターが全く出て来なく成る様な事は無いかと。軽く笑って。

 

「…無いですよね。流石に」

「僕は経験に無いかな」

「あたしもよ」

 

確認する様にそれぞれ言って、そして視線を何故か上を見つめているローウェンに向けた。

 

「で、ローウェンは如何ですか?」

「あるぞ」

「あるの?!」

 

人外凄い。思わずそんな言葉が過る。流石に殺気だけでモンスターが逃げ出すなんてことはオラリオでも……多分無かった。そう、多分。

 

それは置いて置くとして。

 

「何で上なんか見てるんですか?」

「いや、居るなぁ…って思ってな」

「はい?」

 

何が?と首を傾げるレフィーヤ。一体何を見つけたのかと彼女も、更にコバックやハインリヒも上を見る。が、しかし。別に此れと言ったモノは見当たらない。視線をローウェンに向ける。

 

「で、何が居るんですか?」

「知り合い」

「知り合いですか……はい?」

 

知り合いと今言ったかと思わずローウェンを二度見するレフィーヤ。彼は、面倒だと言わんばかりに顔を顰め乍ら頭を掻く。

 

「お前達が気にしても仕方ない事だ。取りあえずサクッと進むぞ。F.O.Eに気を付けながら進めば全く戦闘する事無く行けるだろうし」

「え、それって」

「モンスターは出て来ないって事だ」

「……何で分かるんですか?」

「いや、なんでって言われてもな」

 

少し、言葉を選ぶ様に間を置いて。

 

「生物的に終わってる奴でも無い限りは…死にたくないのは当然だろう?」

「それって」

 

其れって詰り。今現在、モンスター達が出たら死ぬと思う様な状態と言う事なのかと。思ったが口に出して言えなかったレフィーヤだった。

 

「居ると分かってればF.O.Eで…いや、言っても仕方ないか」

 

そう、鞄の中を確認しながら。

 

「出来れば、あの爺さんに消耗した状態で会いたくないんだけどな」

 

殺し合いに成るだろうしと、独り言のように彼は呟いた。



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第六十七話

ローウェンの言葉の通り、進めど進めどモンスターの姿は、唯同じ事を繰り返すF.O.Eのみ。其れ以外は、一切ない。

 

そしてローウェンはと言えば、強力と言っても脅威とは言えないF.O.Eを避ける様に進んでいた。此れ以上消耗しない様に。そんな彼を無視しで態々F.O.Eの相手をする様な理由などない三人も同じように動く。

 

F.O.Eの動く音と、自分たちが歩む音以外の無い第二階層。明確な変化を感じ取れたのは、十階に到達した時だ。

 

情報に因れば、炎の魔人と呼ばれる第二階層の主である強大なモンスターが居る階。その情報が正しいのだと理解出来る程の存在感と。其れを塗り潰す様に感じる何者かの意思。其れは殺気か、敵意か。或は・・・覚悟とでも呼ぶべきもの。

 

分かる事は、主以上に脅威と言える何者かが、ローウェンの知り合いだと言う人物が居ると言う事。

 

思わず息を呑むレフィーヤ。ローウェンの知り合いと言う時点で相当な人物であるとは思っていたが、想像以上で在った。それでも、気にしていないかのようにローウェンが進むのを見て、彼女も進む。同じくモンスターの居ない十階を。

 

それにしてもと、納得する。確かにこの様な状態ならば、真面なモンスターは出て来れないだろう。

 

途中、ベビーサラマンダーに焼かれる螺旋の水泡樹が見えるも、彼等は気を向けない。黙々と、黙々と歩みを進めて。

 

二つの人影を見た。

 

何方も黒衣を纏って居る。と、内の一人が彼等に、今、気が付いた様に振り返る。恰好を見るにドクトルマグスと思われる少女が口を開き。

 

「あら、君たち……って、爺?」

 

その横をするりと抜ける様に前へ出た人物にたいして訝し気に見つめる。爺と呼ばれたガンナーの男性は少女の言葉に耳を貸す事無く、彼等に向かって。いいや、彼に、ローウェンに向かって歩んでいく。

 

そして、それはローウェンも同じ事。彼等は何も語らず、互いに歩み寄り。手の届く距離まで近づき。

 

 

『死ねぇ!!』

 

 

殴り合いを始めた。

 

「え、ちょ、じい、え?? えぇえええええええええええええええ?!」

 

驚きと困惑から声を出す少女。其れを横目に、彼等はその殴り合いを見て、また驚いた様に口にする。

 

「凄い、二人も避けながら相手に攻撃してますよ」

「あれだけ激しく動いてるのに、拳を全て見切っているのかしら」

「先読みまで考えればとんでもないハイレベルな殴り合いだね」

 

「言う事それだけなの?!」

 

思わずと言った様子で叫ぶ少女。其れを聞いてレフィーヤは彼女の方を向いて。

 

「いえだって、まだ撃ち合い始めた訳じゃ無いですし」

「そうね、まだ序の口よこんなの」

「うんうん」

 

「頭おかしいわよ君達?! あぁもぉー!! ストップ! 二人とも止めなさい!!」

 

えぇー、止めちゃうのー? なんて呟きながら止めようとする少女をさらに止める様な真似はしない。正直、止めてもらわないと話が進まないし。別に、頭が可笑しいと言われてショックを受けた訳では無い。断じてだ。

 

間に入られた二人はと言えば、仕方ないと言った様子で距離を取る。なので、レフィーヤは近づく。

 

「ちょっと爺。如何したのよ行き成り」

「申し訳ございません。少々懐かしいクソガキのが見えたもので、陥没させてやろうかと」

「かんぼ?!」

「ボケ老人がはしゃいでんじゃねぇよ」

 

「あ”? ぶちのめすぞクソガキ」

「は? やれるとおもってるのかボケ老人風情が」

「だから止めなさいって言ってるでしょう!!」

 

全くと、頭が痛いと言わんばかりに手で押さえながら。其れを見ながらふと思った事を口にするレフィーヤ。

 

「それで貴方達なんて言うんですか?」

「知らないで絡んで来たの?!」

「いえ、ローウェンさんは彼の事を知っているみたいですが、少なくとも私はさっぱりです」

「えぇ…」

 

唖然とした様に声を零す少女、しかし少しすれば気を取り直して口にする。

 

「なら、名乗ってあげる。あたしはアーテリンデ。それで」

 

言いながら、アーテリンデと名乗った少女は爺と呼ぶ男性の方を向き。ローウェンに向かって中指を立てている姿を目にする。

 

「って、何してるのよ!?」

「申し訳ございませんお嬢様。全てクソガキが悪いのです」

「止めなさいって言ってるでしょう!! あぁもう……はぁ、それで彼があたしの仲間のライシュッツよ」

「他人に紹介をさせて置いて何も言わない爺がいるらしい」

「首をへし折る」

「だ・か・ら! 止めなさいって何度言わせるの!!」

 

まるで叫ぶ様に言うアーテリンデ。しかし、三人はそれどころでは無い。今、アーテリンデが言った男性の名前。それは聞き覚えの在る物で、深く印象に残っている者だったから。思わず、零す様に呟いた。

 

「ライシュッツって…あの」

「え?…えぇ、そうよ。流石に、君達も知って居る様ね」

 

頷くアーテリンデ。やはりかと震える。まさか、この様な場所で出会う事の成ろうとはと。あの。

 

「人外ガンナーの一人であるライシュッツと出会うとは」

「そう、じんが――――えッ、じ、人外? なにそれ??」

 

魔弾の銃士じゃなくて? と、首を傾げるアーテリンデ。それを見る事無く視線をローウェンへと向ける。頭を突き合わせてゴリゴリと嫌な音を響かせている二人を見る。殺し合いに成ると言っていたが、大丈夫なのだろうかと。

 

そう、思っていると。ローウェンはふっと息を吐いて、離れる。

 

「変わらんなあんたは」

「お主もな」

 

先程までの行為など無かったと言わんばかりの様子。余りの変わり様に付いていけないと言った様子のアーテリンデ。だが、レフィーヤは勿論他の二人にも分かった。戦意が高まっていると。

 

「……で?」

「なんだ」

「言わなきゃ分からんほど耄碌したのか」

 

先程までのは唯の戯れだと思わせる程の圧。発しながら、しかし仕方ないと言わんばかりに息を吐いて。

 

「あんた、何してんだ?」

「それは」

 

「なにも…してないよな?」

 

答えようとしたアーテリンデの言葉を押し退けて、彼は断言した。其れに、少しムッとした様子のアーテリンデと、何も言わむライシュッツ。

 

「あぁ」

 

その様子に、言葉が零れる。まるで、耐えがたいと言わんばかりに。

 

「気にくわんな。本当に気にくわん」

「ならば……何する」

「言わなきゃ…分からんか?」

「…いいや」

 

否定する様に口にしてライシュッツは銃を、ローウェンへと向ける。

 

「爺、何を?!」

「申し訳ございませんお嬢様。必ず辿り着きます」

「―――――――ッ?!」

「今ここで」

 

 

「殺さなければ」

 

 

アーテリンデは悲痛な表情を浮かべながらも、ならばと武器を構えようとしてライシュッツに下がる様に手で示される。思わずと言った様子でライシュッツを見るが。しかし、最後には下がって行った。

 

その行動、その言葉に、ローウェンは静かに手で顔を覆いながら呟く様に口にする。

 

「あんたが何でそんな事にしてるのかは知らん…が」

 

そして。

 

「倒させてもらう。冒険者としてな」

 

銃を抜いた。



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第六十八話

―――銃声が響く

 

其れは如何なんだと思う事は多々あれど。それでも、レフィーヤはローウェンと言う冒険者を尊敬できる人物だと思っている。キチガイだけど。

 

―――銃声が響く

 

けれど、どうしてもふと思ってしまう事があった。オラリオに居る恩恵を得た冒険者に比べるとやはり劣るだろうな、なんて。決まってその後、キチガイさでは勝っているなと思うのだが。

 

―――銃声が響く

 

あぁそう言えばと。今更ながら思い出す。本気で戦う彼を見た事はあるが、一切残弾数を気にせずに全力で戦う彼を見た事無かったなと。

 

―――銃声が響く

 

そんな事を目の前の異常な光景を目にしながら、他人事の様に思っていた。

 

 

 

「なによこれ」

 

唖然とした様子で、アーテリンデが呟いた。最早震える事すら出来ない少女はしかし、それを留める事が出来なかったのだろう。そして、その言葉は唯二人を除いた全員が抱いた言葉だ。

 

他の二人はどんな顔をしているのだろうか。そんな事を片隅で思うも、視線を外す事が出来ない。一歩も動かずに。しかし。

 

自らに向かって来る弾丸を全て射ち落し続けている二人から。

 

―――銃声が響く

 

それはライシュッツの二丁拳銃から弾丸が放たれる。その音は二、放たれた弾丸は…十二。

 

―――銃声が響く

 

それはローウェンが弾丸を撃ち放つ。音は一、放たれた弾丸は三。そして、弾丸が弾丸を弾く音が連続する。

 

もはや疑問しかない。はてと、自分は何方に驚けば良いのか。一瞬にして十二発もほぼ同時に撃ち放ったライシュッツに驚けば良いのか。其れとも、その放たれた弾丸をたったの三発で全て射ち落したローウェンに驚けば良いのか。

 

と、其の時。ふっと音が止む。二人が動きを止めて、ゆっくりとした動作でほぐす様に肩を回したり弾を込めたり。小休止とうべきか。其れとも準備運動が終わったとでもいうべきか。

 

変わらず、二人から視線をさらす事が出来ない。もし今、モンスターに襲われればひとたまりも無いだろう。その事に気が付いていても、無理だった。やはりゆっくりとした動作で動く彼等を見て、見て。そして。

 

何時の間にか、音も無く二人は駆けだしていた。

 

 

「…え、走って」

「追うぞ」

「はい」

 

やはり、唖然としているアーテリンデ。其れを置去りにするのは申し訳ないが一瞬たりとも見逃せないと、彼等は二人を追う様に駆ける。近づき過ぎれば危険だから、一定の距離を保ちつつ。駆ける二人を見る。

 

速い訳では無い、だが、油断すると見失いそうになる。なんだあれはと、呆れるしかない。どんな走り方をすればそんな事になるのかと。

 

当然の様に、駆ける音の無い二人。響くのは唯、銃声のみ。

 

一手先、二手先、三手先を読んで動く。

 

一歩先、二歩先、三歩先を考えて撃つ。

 

するとどうだ。互いに其れを行っているからか、撃ち放たれた弾丸はまるで吸い込まれる様に相手に向かって行き、しかし同じ期吸い寄せられたかのような相手の弾丸によって弾かれる。

 

そんな光景が、続く、続く、続き。不意にライシュッツの放つ弾丸の一発が、見当違いの方向へと向かって行く。外したのかと、思いながらも視線を二人に向け続けていると。

 

とんっと、軽やかにローウェンが前に出た。直後、先程まで彼の居た場所で炎が躍る。ぎょっとするレフィーヤ。一体何がと思うよりも前に、答えの方からやってきた。

 

怒り猛るベビーサラマンダー。眼前に現れたもののみを焼き払うだけであった其れが、猪突猛進と言う言葉が似合う程の突撃を見せている。向かうのはローウェン。其れは近くに居たと言うだけの事。そして、それにローウェンは視線を向ける事無く関節を撃ち抜く。勢いよく転がるベビーサラマンダー。何が起きたのか分からないと言った様子だが、するりと動いたローウェンによって。弾丸を防ぐ盾として利用される。

 

沈黙するベビーサラマンダー。そして、何も無かったと言わんばかりに撃ち合いながら駆け抜けていく二人。F.O.Eが一瞬にして倒された事もそうだが。其れ以上にF.O.Eですら戦闘に利用してしまうと言う狂気じみた行動に戦慄が走る。

 

 

けれど、それが一度だけの物で在る等誰も思わわず。またそれは正しい。

 

 

弾丸が放たれる。すると螺旋の水泡樹が回転しながらローウェンへと向かい。其れを迎撃する様に放たれた弾丸が何故かライシュッツを狙う様に向かっていった。

 

弾丸が放たれる。すると襲い掛かろうと躍り出た樹海の炎王と呼ばれるF.O.Eはしかし、ライシュッツに因って四肢を撃ち抜かれ盾として利用される。

 

弾丸が放たれる。すると迎え撃つ覇王樹と名付けられているF.O.Eはしかし…茨に叩き込まれてへたり込んだ。

 

 

F.O.Eが居れば利用し、しかし確実に止めを刺しながら突き進む二人。しかし、頭の片隅で、何かを忘れている気がしてならないレフィーヤ。そう、とても大事な事で忘れてはいけないようなことが。

 

「待って――――――止まりなさい!!」

 

と、声が聞えた。アーテリンデの声が。急いで追い掛けてきたのか息は荒く、しかしそれを無視するかのように切羽詰まった声を出す。

 

「それ――――以上進んだら駄目!!」

 

何故、駄目なのか。そう思って…思い出す。今居る階、十階にはあれがいる事を。

 

第二階層の主が居る事を。

 

止まる様に叫ぶアーテリンデ。しかし言葉が届いていないのか、其れとも無視しているのか。尚も、撃ち合いながら駆け抜ける二人。彼女の様子から察するに主の居る場所まで近いのだろう。このままでは流石拙いとレフィーヤも又声を出そうとして。既に遅いと言う事に気が付いた。

 

撃ち合う二人は、扉を突き破る様に突破する。追う様に彼等も又駆け込むと、其れの姿を目にした。

 

第二階層の主・炎の魔人。魔人と言う言葉に偽りは無いのだと思わせる其の威容。まるで生贄が現れたかと言わんばかりに傲慢に彼等の事を見下す様に視線を向けて。

 

「邪魔だ」

「どっかいってろ」

 

二人の人外の放つ弾丸に因って、一瞬にして崩れ落ちた。

 

 



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第六十九話

止まる。

 

音を響かせ、迷宮を揺るがしながら倒れる炎の魔人に一瞥もくれる事無く。互いに、にらみ合う様に銃口を向けながら。ローウェンは、ふっと息を吐いて言葉にする。

 

「やはり、変わってないなあんたは」

 

ライシュッツに向かって。だからこそ分からないと。

 

「何故、迷宮を踏破していない?」

 

あんたなら、出来ないような事では無いだろう?と、そう問い掛ける様に投げかけて。ライシュッツは、無言を返す。

 

「ハイ・ラガードのトップギルド、エスバット。そこにあんたが居ると言う事は知っていた。なのに迷宮が未踏破なのは、あんたが探索に出ていないのか、それとも何かしらの理由で戦えない状況に成っているのかだと思ったんだが」

 

しかし、何て呟きながら撃つ。当然の様にそれは、ライシュッツによって射ち落される。

 

「別に、訛っている訳で無い。探索に出ていないと言う訳でも無いよなあんた」

「さて、依頼を受けて此処に居ただけやもしれんぞ」

「十五階まで行ったの、あんたたちだけだよな。少なくとも情報として残ってるのは」

「む」

「言ってしまえばあんたたちエスバットが最前線とと言った所か。しかし」

 

「其処止まりでだ」

 

チラリと、アーテリンデの事を横目で見て。視線を戻す。

 

「改めて訊くぞ。あんた……何してんだ?」

「………」

 

沈黙、しかしそれは思考している故の物で。ライシュッツの息を吐いた。

 

「お主の言った通りだ。何も、してなどいない」

「爺……?」

「敢えて言うならば唯、馬鹿なおいぼれが馬鹿な事をしでかしただけだ」

「爺、貴方何を言って!?」

 

思わずと言った様に前へ出ようとするアーテリンデ。しかしライシュッツの視線を受けて止まる。

 

「…何が在った」

「言わねば分からないか?」

「何て言うって事は調べられる範囲の情報で答えが分かると言う事か」

 

言って、少し考える様な仕草をして。

 

「……あぁ、成程」

「理解早過ぎませんか?」

 

余りにさらりと答えに行き付いた様子のローウェンに、何時もの様に口に出してしまう。視線が自分に向けられるのを感じて、何とも居心地が悪いものだと思うレフィーヤ。そんな彼女を見て、彼は可笑しそうに笑って。

 

「お前が分かる範囲でも答えに近い所まで…いや、辿り着いてるな。もうちょっとこじ付け必要だが」

「え、それって」

 

辿り着いていると言った。其れは詰り。

 

「天の支配者?」

「ほう、流石は彼奴の仲間なだけは在るな」

 

そんな事を口にするライシュッツ。其れを聞きながら、更に思考する。ローウェンの言ったこじ付け。それは、詰り迷宮の情報とハイ・ラガードのおとぎ話をかと思い。知っている情報でこじ付けが、当て嵌める事が出来るものは……あると思い至る。

 

「確か、炎の魔人は倒されても幾らかの時が経つとまた現れる。っで在ってますよね?」

「そうだな」

「それで」

 

こじ付けるとするなら。

 

「おとぎ話に出てくる不死。其れを与えられた何者かがそれ?」

「正解だ」

 

称賛する様にライシュッツは言った。そして、補足する様にローウェンもまた口を開く。

 

「そして、お前が知らないだろう情報。エスバットに関するものだが。元々は四人だったそうだ」

「四人?」

 

視線を向ける。何時の間にか、構えを解いていたライシュッツと、顔を歪めるアーテリンデ。その、二人しか居ない。それが意味することは。

 

「何が在ったか知らんが、恐らくは此処に居ない二人、或はその内の一人が」

「天の支配者によって不死と成った」

 

そう、答える様にライシュッツは口にする。当然と、炎の魔人を見ながら。

 

「彼奴の様に、化物としてな」

「爺!!」

「もう、終りですアーテリンデお嬢様」

 

叫ぶ少女に、諭す様に言葉にするライシュッツ。

 

「なにが、何が終わりだと言うの!? まだ――――――」

「既に囲まれております」

「…え?」

 

言葉に驚き、ハッとした様子で視線を走らせると、左右と後ろを三人によって塞がれている事に気が付いた。何時の間に、そう呟くアーテリンデに。レフィーヤは静かに言葉を口にする。

 

「……気が付いて無かったんですか?」

「寧ろ何で放置されると思ってたのよ?」

「普通、戦闘している奴の仲間を放置する訳無いよね?」

「だからといってサラッと包囲するお前らも如何なんだよ?」

 

キチガイだな。なんてローウェンは言う。如何してそんな事を言葉にできるのだとレフィーヤは思わずにはいられない。いや違ったなと首を振って改める、彼は人外だったかと。

 

状況を理解し、其れでもと巫剣を構えようとして。小さな氷の礫によって手から弾き飛ばされる。唖然とした様に、跳んで来た方向。其処に何でも無いかのように佇むレフィーヤをアーテリンデは見る。そしてその視線を受けた彼女はと言えば。

 

なんとなく何かしそうだから氷飛ばしたら武器を弾き飛ばせてしまった。なんて思いながら成長を喜べばいいのか、それともキチガイじみてきている事を嘆けば良いのか、悩んだ。

 

そんな悩むレフィーヤを見て、愉快そうに笑いながら。さてと、ローウェンは改めてライシュッツを見る。

 

「それで、結局は何が在った?」

「言った筈だが?」

 

そう言うライシュッツに、否定する様にローウェンは首を振る。

 

「結局、あんたがなんで何もしなかったのか、何をしでかしたのか。言ってないよな」

「老いぼれの古傷を抉るか?」

「あぁ、喜んで」

「そうか、いやそうだろうな。お主がそうだったなら、私とてそうしているだろうしな。尤も先程言った通り」

 

ならば、良いだろうと。彼は胸に手をやり、目を閉じて。そして…語る。

 

「馬鹿が馬鹿をしでかしただけの話だがな」



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第七十話

「始まりと言えるのは、友に素晴らしいものを見せてやると言われたあの時か」

 

懐かしそうに、遠くへと視線を向けながらライシュッツは口にする。

 

「はて、素晴らしいものとは何だと。冒険者である私に対してはっきりとそう言ってのけたのでな。つい気に成って付いて行ってみれば、其処に在ったのは。居たのは一人の子供だった。これはどういう事なのかと思いながら見れば、してやったりと言った様子でこういったのだ」

 

『子供と言う宝だ。素晴らしいだろう?』

 

「いや、本当に驚いたものだ。だから思わず口に出たのだ。何処から攫ってきたのかとな。直後、憤慨したのをよく覚えている」

 

怒って当然の事を言ったのだと、可笑し気に笑む。さらに、続く。

 

「それから、友とで会うたびに当然子供とも、少女とも出会う事に成った。案外良いものだぞ?友の子だと言うのを鑑みても、会うたびに子供が成長しているのを見るのは」

 

そういう経験は在るかと問い掛ける様にローウェンを見る。分かり切っている事だろうと言いたげに彼は首を振った。

 

「懐いてくれたからなのかは分からないが、酷く愛らしくてな。せがまれて侍従の真似事をしたりしたものだ」

「それは今でもしているだろう」

「あぁそうだな……そうだったな」

 

本当にボケてしまったなと、また笑う。

 

「幾度も、幾度も友の元に訪れた。その度に冒険の話をして、目を輝かせるその様を楽しんだものだよ。そして、どれだけの時間が経ったときだったか、友がまた素晴らしいものを見せてやると言ってきたのだ。如何いう事か分かるだろう?」

 

視線が、自然と彼女へと。アーテリンデへと向かう。そうだと、ライシュッツは頷いた。

 

「二人目の宝だと子供、いや赤子と言う方が正しいか。見せてきたのだ」

 

驚いたよと呟く。

 

「二人目が生まれた事では無く赤子を見ていた少女が言った言葉に驚かされた。さて、何と言ったと思う?」

 

視線を巡らせる。けれど、別に答えを求めて居る様には見えなくて、沈黙を返せば大きく頷いた。

 

「この子をちゃんと守れるだろうかと、そう言ってきたのだ。子供がだ、驚くだろう?」

 

だから、つい問い掛けてしまったと零す。

 

「何故、守る積りでいるのかとな。するとどうだ。幾ら凄い冒険者でも二人は守れないかも知れない、だからこの子はあたしが守って、あたしはあなたに守ってもらうのだと言ったのだ」

「それはまた何とも、子供らしくないのか、らしいのか」

「だから、言ってやったのだ。私を舐めるなよ、何人だろうと守って見せるとな。其れはもう、嬉しそうにはしゃいだものだ。全く本当に」

 

「守れぬ約束などするべきでないのにな」

 

「さて、そんな事を宣言してから時が過ぎ、少女達が健やかに成長していくのを見ていたのだが。ある時、言ったのだよ。冒険者に成りたいとな」

「憧れからから…か」

「そうだ、あの時ほど焦った事等ないよ。私の様になりたいなどと言われたのだからな」

「そう言えば、爺は止めておく様に言ってたわね」

 

今、思い出したと言った様に呟くアーテリンデ。

 

「やっぱり、貴方は成って欲しくなかったのね。冒険者に」

「いや、其れは無い」

「何で貴方が断言するのよ」

 

思わずと言った様子で答えたローウェンをアーテリンデは見る。不快と言うよりは、唯疑問に思っての言葉に見える。

 

「この爺さんが言ったのは、冒険者の部分で無く。爺さんの様になりたいって部分だ」

「え?」

「流石、よく分かっているな」

「優れた冒険者の様になりたいと思うの、可笑しい事では無いですよね?」

 

首を傾げながら言葉にするレフィーヤ。其れを可笑し気に見ながらライシュッツは答えた。

 

「何故、友の子が。自らも愛おしく思っている子が。化物などと誹られても良い等と思うか?」

「それ…は」

「少なくとも、私は嫌だった。だから如何したものかと考えて、馬鹿な事を思い付いてしまったのだよ」

「なによ、何を思い付いて、何をしたっていうのよ」

「お前の事を見れば大体は分かるな」

「なにがよ?!」

 

「手加減した」

 

だろう? と、ローウェンは視線を言葉に絶句しているアーテリンデから、ライシュッツへと向けて。彼は静かに頷いた。

 

「私の様になれば化物と誹られる。ならば、私が化物では無く、極々一般的な冒険者として振舞えば良い。そう思い付き、実行した。していたのだよ」

「それは、やったら駄目でしょう」

 

思わず、言葉を零すレフィーヤ。視線を自分に集まるのを感じて、しまったと思い。

 

「その通りだ」

 

ライシュッツは、大きく頷いた。間違っているのは自分だと認める様に。

 

「手を抜く事が正しい訳が無い、にも拘らず其の儘だった。この迷宮では、それで上手くいってしまっていたからだ…そう考えると、慢心して油断までしていたと言う事か」

 

何処までも愚かしいなと、自らに向かって彼は口にする。

 

「その結果、約束を破る事と成った」

「守れなかった、と言う事か」

「そうだ。手を抜き、慢心し、油断していた私は。唯一つを残して全て零してしまった」

 

ふと気が付くレフィーヤ。彼の手が、震えている事に。

 

「そこで漸くだ。自分がどれ程愚かしい事をしていたのかと自覚したのは。遅いにも程があるだろう?」

 

彼はローウェンを見る。

 

「お主は、言ったな。ぼけ老人と。全くもってその通りだ。もう、如何しようも無い程ボケていたのだ。公国最強のギルド。魔弾の銃士。そんな聞えの良い言葉に悦に浸るほどにな」

「それで、現実を見せられたあんたは何もしなかった…なんて事は無いだろう?」

「当然だ」

 

言わずとも分かるだろうと言いながらも、尚も言葉にする。

 

「最も許せぬものが自身だとしても、死を齎したものを許せる訳が無い。死を歪めたものを許せる筈が無い!!」

 

硬く握られた手は、血を流す。

 

「死を齎したモノはこの手で撃ち殺してやった。死を歪めたものも風穴を開けんとした」

 

握り締められた手から力が抜ける。

 

「…そう、しようとしたのだ」

「だが、出来なかったと?」

「十五階に、彼女が居たのだ」

 

それは、天の支配者によって、歪まされた少女の事だろう。

 

「いや、いいや。其れだけならば良かった。唯の化物と成り果てただけならば、私は容赦なく撃ち抜いていただろう。初めて目にした時は、其の積りだったからな」

 

え?と、驚いた様に声をアーテリンデは声を出し。其れを耳にしながら、だがと呟いた。

 

「何もして来なかったのだ」

「なにも?」

「そう、何もだ。唯私を見て…笑みを浮かべるだけだった」

 

油断か、慢心か。それは分からないが行動せずにただそこにあるだけ。隙だらけで、きっとライシュッツならば其の儘何もさせずに勝利する事が出来るだろう。出来たのだろう。

 

だが、しかし。

 

「どうしてだか、重なってしまったの。異形でしかないもの笑みと少女の、マルガレーテの笑みがな」

 

そしたら駄目だったと零す。

 

「撃てなかったか」

「そう、どうしてもだ。敵ならばそうで無いのにな。敵ならば撃てた。だが、何もして来ない彼女の事を敵と思えなかった」

 

「だから、叫んでしまったよ。自らを傷つけろとな」

 

「…は?」

「どうだ、馬鹿だろう? だが、其れでも私は叫ばずにはいられなかった。天の支配者に銃弾を撃ち込む為には、門番として其処に在る彼女を排さなければいけない。排する為に、彼女は敵でなければいけない」

「だから攻撃しろと、いえ、敵対しろと叫んだわけですか?」

「そうだ。尤も、それでも何もして来なかったがな。もしも、それが天の支配者の罠だとしたら私は見事に嵌ってしまった事に成るな」

 

結局、逃げる様に去ったのだからと。自分の愚かさを、笑う。

 

「如何したらいいのか。唯悩む事しか出来なかった、しなかった私にお嬢様がある時言ったのだ。彼女を冒険者から守ろう…とな」

「…つまり、十五階よりも先に到達した冒険者が居ないのは」

「我らが、いや、私が殺してきたからだ。アーテリンデの様に優しかったマルガレーテを傷付けぬ為に、傷付けさせぬ為に…等と言う事では無く。唯、その言葉に縋る為に」

 

どうだと、投げ掛ける様に彼はローウェンに向かって言葉にする。

 

「これが人として道を外れ、冒険者である事を止めた老害が馬鹿をしでかした話だ」

「…成程」

 

納得したと言った様子で頷いた彼は、静かに口を開いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからわざと負けたのか」

 

信じられ無い事を口にした。



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第七十一話

「…え?」

 

そう零したのは誰だったのか。レフィーヤには分からないが、若しかしたら自分かも知れないと思う程度には驚いていた。今、ローウェンは何と言ったのかと。確認する様に、恐る恐る口にする。

 

「今、その。わざと負けたって言いませんでしたか?」

「言った」

「えー…この人が?」

「そうだ」

「と言うか勝った負けたってもう決まってたんですか?」

「分からないまま包囲してたのか?」

「分からなかったから邪魔されない様に包囲してました」

「そうか、ありがとう」

「あ、どうも」

 

いやじゃなくてと。自分自身にそんな事を言いながら、改めて訊き直す。

 

「どうしてわざと負けたなんて思ったんですか?」

「戦い方見ればわかるだろうそんなのは」

「さっぱりですが??」

 

寧ろ何をして、何が起きたのか。全く分からなかったレフィーヤ。そんな彼女を少し呆れた様子で見るローウェン。

 

「ガンナーの弱点は何か分かるだろう?」

「弱点ですか、そうですね。ぱっと思い付くのはローウェンさんが何時も……あ」

「で、さっきの戦い。この爺さんは派手に弾をばら撒いてたが、それをすればどうなるのかは言わなくても分かるだろう?」

 

銃弾の消耗がえげつない事に成る。其れこそ、冒険など碌に出来ない位には。

 

「普通の、と言うか俺の知ってる爺さんなら最初の撃ち合いの時点で風穴開ける積りで撃ち込んで来てたはずだしな。中・長期戦に成ったら消耗が激しい戦い方をする爺さんの方が不利なのは分かり切ってる事だし、なのに」

「それに移行したから。それで、わざと負けたと?」

「そうだ…と言うか、弾幕が薄かったから隠す気が皆無だったし」

「あれで薄い……基準が可笑しいですよ?」

「だが、事実だ。構えを解いたその証拠。弾も尽きてるだろうし」

「それ、分かる事なんですか?」

「大体な」

 

さらりとローウェンの口にした言葉に戦慄するレフィーヤ。だが、そんな事は如何でも良いと言いたげに彼は静かに笑みを浮かべたライシュッツへと視線を向ける。

 

「間違ってないだろう?」

「そうだな。わざと負けたと言うのも…弾丸が尽きている事もな」

 

認めた。その事に驚きつつ、どうしてそんな事をしたのかと、レフィーヤは問い掛けようとした。しかし、其れよりも早く言葉が響く。

 

「…なんで?」

 

その呟きの様な声は。しかしはっきりと彼等に届き、視線を言葉にした少女に。アーテリンデへと向けた。

 

「何でそんな事をしたのよ」

「それは……」

「俺達を先に進ませて、天の支配者を代わりに倒させようとしたから」

 

だろうと、問い掛ける様に彼は静かに頷いた。

 

「自分達では倒せない処か傷付ける事すら出来ない。如何したらいいのか分からなかったのは本当だが。如何にか出来そうな俺達が現れて、それで決めたな?」

「…そうだ、お主ならば間違いなく辿り着くだろう?」

「それに関しては其の積りだと言う他無い…しかし性格が悪い所も変わらんな。そのくせ、仲間への配慮はまでしているときた」

「其処まで見抜いていたか」

 

レフィーヤには彼等が何を言ってるのか訳が分からない、配慮ってどういうことだと。配慮も何も無いだろう。そう思いながらレフィーヤはローウェンを見ると、やれやれと言った様子で口にする。

 

「俺、ライシュッツと言う冒険者には襲われたがアーテリンデと言う冒険者には襲われて無いぞ?」

「…それが?」

「更に言えば、アーテリンデがさっき武器を構えようとしたのは仲間が危険だからって理由が在る。詰り可笑しな事では無い」

「そう、ですね」

「で、襲われたからとライシュッツを公国に突き出したとする。当然の様に事情を聴くだろうが…若しもその時に第三階層でしてきたことを告白したらどうなるだろうな?目撃者がいなくて、自分の都合の良い様に口にできる状況で」

 

まぁ想像でしかないがと言葉を置いてから。

 

「裁かれるだろうなライシュッツだけ。アーテリンデなんていう冒険者が何を言っても、仲間を庇う為に言っている様にしか聞こえんだろうし。というか、そんな風にしか聞こえない様に色々仕込むだろうしなこの爺さんは」

 

彼は言葉を聞いて。そして。

 

「なによそれ」

 

アーテリンデの声が響く。

 

「全部、計算通りって事?」

「まぁ、大体は。って所じゃ無いか?」

 

肩を竦め乍ら言う彼を見て、視線をライシュッツへと向ける。

 

「そう…なの?」

 

問い掛ける。出来れば、そうで在って欲しくないと、そう分かる程に願いながら・・・・けれど。

 

「はい」

 

彼は静かに、だが確かに頷いた。

 

「お嬢様、貴女は唯家族を失ってしまっただけの少女。咎を受ける必要等、欠片も御座いません」

「だから、全部…貴方が」

「罪の重さなど、この老いぼれは分からぬ程背負ってきました故」

 

覚悟はできていると、そう宣言するライシュッツ。

 

その言葉を聞いたアーテリンデは……笑った。声を出して笑った。其れは決して愉快だからでは無く、寧ろ逆で。不快だからこそ彼女は笑っていた。

 

「ねぇ、爺。約束は、守るって言ったのは嘘なの?」

「…私にはお嬢様、貴女を守る事等、その権利など在りません」

「そう。なら…もう駄目ね」

 

駄目とはどういう事なのか、そう問い掛けようとしたライシュッツへとアーテリンデは近づき。

 

「お嬢さ―――――――ッ?!」

「ふざけるんじゃないわよライシュッツ!!」

 

彼が何かを口にする前に、その胸倉を勢いよく掴み上げた。

 

「なに勝手一人で終らせようとしてるのよ。なに勝手に一人でいこうとしてるのよ。なに勝手に一人で決めてるのよッ!!」

「……お嬢様」

「いえ、いいえ!! 其処じゃ無い!! あたしが一番許せないと思ってる事はッ!!」

 

「貴方が約束を破ろうとしてる事よッ!!」

 

「それは、しかし」

「守れなかったとでもいう積りなの?! ふざけるんじゃないわよ、まるで違うでしょ!! 守れなったのと、自分から破るのは!!」

 

叫び声が響く、少女から言葉が雫と一緒に零れていく。

 

「手を抜いていた事も、慢心してた事も、油断してた事も。其れに比べたらたいしたことじゃないわよ!!」

「ッ?! アーテリンデ、それは!」

「守ってよ!!」

 

叫ぶ、叫ぶ。如何しようも無く、止める事も出来ずに溢れて出てくる。

 

「約束したんでしょ?! 守るって言ったんでしょう!! 守れなかったとかそんな事は如何でも良いのよ!! 嘘にしないでよ!!」

 

きっと彼女自身何を言っているのか分からないのだろう。けれど、だから止まらない。思った事が、言葉と成って。

 

「嘘吐きに成らないでよ!! 嘘吐きに……させないでよ! 貴方は、貴方はあたしの―――――」

 

静かに、零れ落ちた。

 

 

「あたし達の憧れた冒険者でしょうッ!」

 

 

アーテリンデは、少女は膝から頽れる。まだ、言いたい事は沢山在ると口を動かして。けれど嗚咽だけが零れて、雫は流れ続けている。

 

彼は、ライシュッツは少女を抱き留めながら静かに口を開いて。唯、一言だけ口にした。

 

「また…間違えてしまったか」

「そうだな」

 

呟きに同意する様に、ローウェンは頷いた。ライシュッツから視線を向けられた彼は告げる。

 

「仲間を蔑ろにしてしまったあんたは…明らかに間違えた」

「そうか……あぁ、そうだったな」

 

そんな当然の事も忘れていたのか。その言葉は葉の揺れる音に混ざり、溶けて消えていった。

 



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第七十二話

どれだけの時間が経っただろう。ハッとした様にアーテリンデはライシュッツから離れ。表情を取り繕う。少々頬を染めているのはご愛敬かと思う事にしたレフィーヤ。

 

「落ち着いたか?」

「…えぇ」

「そりゃよかった」

 

そう言ってから、それでと言葉にするローウェン。

 

「如何するんだ?」

「どうって」

「いやまぁ、色々と葛藤なら何やらがあったのは分かるが。やらかした事が事だしな」

 

アーテリンデの表情が曇る。そう、確かにその通りだ。言っていた事が正しいなら冒険者が第三階層よりも先に行けなかったのは彼等が邪魔していたから。冒険者が冒険者を襲うなど、そんな事……レフィーヤ、は、首を傾げた。

 

「有り触れた事な気がするのは私だけですかね?」

「え?」

「レフィーヤ、アスラーガでは割と良く在った事だがハイ・ラガードでは一度も無いだろう?」

「そう言えばそうでしたね」

 

つい思った事が零れてしまったレフィーヤにローウェンは言う。確かにと頷きながらアスラーガでの日常を、ドン引きしているアーテリンデを横目で見なが思い出した。本当に、酷い日常だったと。

 

「けど、襲われたって事に関しては僕もそう思う所は無いよ。あくまでも僕の意見だけど」

「え?」

「そうね、死んだわけでも無いし。此れまでの犠牲者は確かに残念だけど所詮、赤の他人だものね」

「……え?」

 

思わずと言った様に一歩下がるアーテリンデ。流石に、レフィーヤでさえ彼等の発言は如何かと思っているのだから慣れて無さそうな彼女がそうなっても仕方ないかと思い、ローウェンを見る。

 

「でも、ローウェンさん可成り不機嫌でしたよね。何が気に入らなかったんですか?」

「自分が進まないくせに他人の足を引っ張ってる事がとても気に入らなかった」

「あぁ、確かにそれは不快ですね」

 

「今更だけど、言う事が其れで良いの?」

 

「全く問題ない」

 

だろう?と、確認する様に視線を向けるローウェン。実際、悪い事ではあるとは思うが、だから如何したと言った感じなので頷き。ふと、オラリオでの日々を思い出して。あれ、今の私ただのキチガイじゃない?なんて思ってしまって一瞬悩むも関係無い事かと切り替える。

 

「と言う訳で、爺さんの計画は俺達が突き出さなければ破綻すると言う根本的に在れな理由でおじゃんと成りました、詰り……ざまぁ!!」

「此処でも煽りますか」

「気に入らないのは変わらなシネ!!」

 

そうですかと言いながら、最後の方が若干発音が可笑しい事は全く気にしないレフィーヤ。

 

「だがまぁ、ハイ・ラガードに於いての犯罪を犯した事には変わりないの。のだがぁ!!さっきも言った様に別に気にしていないので突き出したりはしないと言う事…でいいか?」

「良いんじゃない?」

「否定する理由も無いわね」

「神様は言いました『バレなければ犯罪やないんやで?』と…詰りあなた達は犯罪など犯していないのです!!」

「まじかよ、神様めっちゃ良い事言ってんだな」

「正しく金言と言うやつか」

「心に染み渡るわね」

 

「君達可笑しいわよ」

「此れが冒険者だ」

「色々と壊れるからはっきりと言わないで…爺も笑わないの!!」

「いえ、申し訳ございません。懐かしかったもので」

 

可笑しそうに笑うライシュッツ。先程までとは、雰囲気が違う。ふと、気に成る事が在ると言った様子で彼はローウェンに問い掛ける。

 

「しかし、其れだけと言う訳では無いだろう?」

「ん?そうだなー…凄い個人的な理由は在るぞ」

「ほう、それは何だ?」

「言わなきゃ駄目かそれ。結構恥ずかしい理由なんだが?」

「老いぼれの古傷を抉ったお主が言うか。癒えぬ傷を負ったこの老いぼれは今にも命尽きそうだと言うのに」

「ほら、ローウェンさん何やってるんですか。謝る代わりに行ったらどうですか。老人虐待の償いをしなくては!!」

「なに、彼の言った言葉程辛くは無い。ため込む方が悪いだろう?だからさっさと言えば良い」

「お前等ノリノリだな」

 

「いえ、そんな事よりまず彼の傷を治療する方が先じゃない?」

「………」

 

僅かな間、沈黙。そうだけどそうじゃ無い発言をしたコバックに視線が集まる。そして。

 

「さぁ早く!!」

「このままじゃぽっくり言っちゃいますよこの人」

「冥土の土産としたい。老いぼれの願い。最後に聞いてくれんか」

 

無視して続ける。えぇ、と呟くコバックや。なにこれと言った様子のアーテリンデを。そんな彼等を見て、仕方ないと言った様に彼は言った。

 

「ほとんど同じだよ」

「なに?」

「俺も、あんたに自ら約束を破る様な奴に成って欲しくなかった」

 

其れだけだと、視線を逸らす。酷く恥ずかし気で。思った事が零れた。

 

「人外でも思う所があったんですね」

「お前の瞳は節穴だな。塞いでやろう」

「言いながら銃口を押し付けようとしないでくれませんか?」

 

「…やっぱり可笑しいわよ、さっきまで戦ってたのに」

「切り替えが速いのは冒険者として当然だろう!!」

「早過ぎるし、なんで叫びのよ?!」

 

そんな事を言うアーテリンデに、てへっと言いながらをする舌を出すハインリヒ。だが、其の通りだ。戦って勝敗が出たならば切り替える。其れが出来なければ只管疲れてしまうだけなのだから。そう、レフィーヤはアスラーガで学んだ。

 

ローウェンは軽く手を鳴らす。

 

如何したのかと意識を向けると。重要な事がまだあると言って彼はライシュッツへと視線を向けた。

 

「結局、あんたが俺達にさせようとしてた事に関してまだ決まってないよな」

「やらせようとしてた事?」

「天の支配者まじぶちのめせってやつ」

「あぁー…そうでしたね」

 

わざと負けて、今までの清算を点けつつ。目的を果たす。そんな一石投じて二鳥を落とそうとするような計画を立てていたのだったと、思い出しながらライシュッツを見る。

 

「はっきりと言おう。此の侭進んであんたの目的が可能のが非常に気に入らない」

「凄く個人的ですね」

「黙っとれ。と言う事で思惑に乗るのはとても嫌だ。しかしだからと言って諦めるのは死ぬほどいやだ」

「どっちなのそれ?」

「どっちも嫌と言う事だ。なので納得できる何かしらを提示しろ!!」

「凄い事言ってますよ?」

 

が、確かにと思う自身も居るレフィーヤ。誰かに利用されるのは面白く無いのは一緒だ。例えそれが切実なものであっても。いや、其れの方が自分でやれよと思う。だって相手はライシュッツと言う人外なのだから、きっとちょっとしたきっかけがあればその人外性をいかんなく発揮して走破する事…って、走破されたらだけだと思い直す。

 

一番に迷宮の踏破するのは自分たちなのだからと。

 

それで、あんな無茶な事を口にしたのかと見る。が、彼は別に無茶でも何でも無いと言った様子だ。如何いう事なのか。

 

ライシュッツは少し考え込む様な仕草をして。アーテリンデに小さく止めなさいと言われる。

 

「お嬢様?」

「貴方、また一人で決めようとしたわね?」

「…申し訳ございません」

「良いわよ別に、勝手に始めたりして無いんだから。でも、今回はあたしがやるわよ?貴方、考える様な素振りまで見せたし」

「それは、如何いう?」

「考えすぎって事よ」

 

言って、視線をローウェンへと向けて。

 

「貴方、確か名前は」

「ローウェンだ」

「そう、ならローウェン。貴方達、依頼をしたいのだけれど」

「ほう?」

 

楽し気に、彼は笑う。同時に、成程と頷いてしまった。其れなら確かにと。

 

「内容は?」

「天の支配者の打倒…で、如何かしら?」

「ふむ。途中、必ず君の姉を倒す事に、傷付ける事に成るが…良いのかな?」

「えぇ、構わないわ。あたしが耐えられなかったのは…ずっと傷ついて傷付けて、そんな事を繰り返してしまう事だから。だから、此れは終わらせる為」

「成程…成程」

 

チラリと視線を他の三人へと向ける。何かを確認する様に。いや、何かでは無く、受けるか否かと問うているのだ。けれど、あぁそうだったと言わんばかりに忘れていたと口にした。

 

「その依頼を完遂したなら。果たして報酬は如何する積りなのか」

「…そうね」

 

少し考えるような仕草をして、一言。

 

「君達が伝説と成る…じゃあ、不満かしら?」

 

顎が外れたのかと思う勢いで下がった。完全に予想外で。けれど、此れ以上無い程魅力的な報酬で。思わず笑みを浮かべながらローウェンを見る。

 

「伝説に成る、大いに結構!! 寧ろ最高の報酬だ!! しかし、一人で決める訳にはいかない。果たして俺の仲間は如何なのか」

 

なぁ? っと呟き。またも、確認する様に。けれど先程以上の笑みを浮かべながら如何するかと問い掛けた。何気なくレフィーヤは視線をコバックとハインリヒへと向けると、彼等も又楽しそうに笑っている。それは、詰り彼等も又同じと言う事か。ならばして見せるのは一つ。はっきりと頷いて見せるのみ。

 

「仲間全員の賛成…と言う訳で、だ」

 

笑うローウェンは、いやギルド・フロンティアはエスバットへと視線を向けて。はっきりと宣言した。

 

「その依頼、確かに請け負った!!」

 

 

 



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第七十三話

死に掛けていた。

 

レフィーヤの眼前で、一人の男性が。ローウェンが死に掛けていた。目は何も映して居ないのではと思わせる程に虚ろで、その体は酷く振るえていた。その口からは現実を否定したいと言う気持ちが溢れ出ており、しかし覆す事の出来ない事実であると示すものがある。彼は、静かに膝から崩れ落ちて倒れ伏す。

 

慌てて駆け寄るコバックを見ながら、しかし既に手遅れだとレフィーヤには分かった、分かってしまった。あのエスバットとの、ライシュッツとの戦いが致命的だったのだと理解してしまった。

 

だから死にかけている、いや既に死んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

財布の中身が。

 

 

 

「ちょっと金稼いでくる」

 

その間、休むなり情報収集なりやっといてくれ。そう言って街を掛けていったローウェンの酷く煤けた背中を見送って三日目。早々に第三階層に関しての情報を集めてしまったレフィーヤはとても暇を持て余していた。

 

まさか、此処まで第三階層の情報が少ないとはと驚きながらもさらりと纏めて一日。他にも何か無いかと西区に赴き燃え上がる錬金術師互助組合と笑いながら踊り狂うクロを見て回れ右して宿に帰ってだらけた一日を送って二日。

 

そして三日目の今日、本当にやることが無くて心が死にそうだと思ったレフィーヤは外に出る事にした。此れと言って用事も無い、唯の散策。若しかしたら何か面白いものがあるかも知れないからと思ったから。

 

善は急げと言う事で少し出て来ると伝える為にハインリヒの部屋へと向かい。ふと、何やら騒がしい事に気が付く。何事かと窓から外を見ると。

 

吊るされたコバックが燻されて居た。近くで燻しているハインリヒも見える。また何かしたのかと思いながら、彼等の元へと向かう。

 

 

 

出掛ける事を伝え、序での様に氷の礫をコバックに叩き付けたレフィーヤは今、南区に居る。主に冒険者関係の人が多く集まるその地区は、しかし余り探索していない事を思い出したから訪れたのだ。

 

確か、ソードマンやガンナーに関する施設も此処に在ったなと思いながら彷徨う。少し視線を感じるが、耳にと言うよりは格好に向いて居る様に思う。其処まで珍しいだろうかと首を捻り、よくよく考えればここでは属性関係の職はアルケミストが主流でルーンマスターは殆ど、と言うか自分以外見ていない事を思い出す。

 

若しかして西区で視線が集まっていたのは其れが原因だったのだろうかなんて。十分あり得る事だなと思いながら歩く。

 

さて、何か面白い店は無いだろうかと見渡す。近くに見えるのは冒険者支援センターと言う施設。確か、その名の通り冒険者を支援するのを目的とした施設だったかと思いつつ、そう言えば入ったことが無かったなと近づいて行って。

 

「ん?……あ、レフィーヤちゃんですか?」

 

施設から出てきた人物に話し掛けられて。その人物はレフィーヤの名前を知っている事から分かる通り、彼女も又女性を知っている。

 

金髪で、暖かそうなコートを着たガンナーの少女。一瞬、まさかと思い。次に何故ここ居るのかと思い、最後に人違いであってくれとよく見て。その背に背負われている物を見て間違いないと絶望しながら確信し。

 

レフィーヤは背を向けて全力で逃走した。

 

ちょっと?! なんて声が聞えたが気にしている余裕は無い、彼女は、彼女だけは関わってはいけないのだから。

 

けれど、あぁけれど。彼女が彼女であるが故に。見つかった時点で既に手遅れだとレフィーヤは知っている。

 

「もう、行き成り逃げる事は無いじゃないですか!!」

 

なんて声が直ぐ近くから聞える。間違いなく死神の声だ。何時の間になんて思いながらもしかし、しかしだ。振り返れらなければどうなるのかを知っているレフィーヤは仕方なくゆっくりと止まり、振り返る。

 

持ち運べるように改良された大砲を背負っている彼女が見えた。

 

「あぁー……お久しぶりですクルミさん」

「はいお久しぶりです!! どうです? 再会を祝って祝砲でも」

「いえ、結構です」

「そうですか? でも行き成り逃げるのは酷いと思いますよ? 思わず撃っちゃう所でしたよ?」

「思わずで撃っていい物では無いですよねそれ?」

「流石に冗談ですよ!! 撃つ積りだったらもう撃ってますし!!」

「あ、そうですか」

 

いや駄目だろうと思うが、言っても無駄だと悟っているレフィーヤは彼女を、ガンナー・クルミを見る。

 

「それで、何で此処に居るんですか?」

「何でって唯の里帰りですよ」

「ここの出身だったんですか?!」

「はい、ゴザルニちゃんが帰るって言ってるのを聞いて。そう言えば帰ってないなぁって思ったので、帰ってきました!!」

 

なんて事だと頭を抱えそうになるレフィーヤ。何故、彼女なのかと。他にもっと居ただろうと。カースメーカーのポシェとかなら良かったのになぁ。と切実に思い、今からでも入れ替わってくださいと神に祈る。

 

『無理や』

 

声が聞えた気がする。幻聴であるとは分かっているが、それでもなぜ今だと。思わず自らの信仰する神を何時か八つ当たりしてやると誓うレフィーヤ。

 

と、其の時。

 

「あッ」

 

そんな声をクルミが零す。如何したのかと見ると、視線がレフィーヤの後ろに向かっている事に気が付く。何か見つけたのかと後ろに振り返ると。

 

「あら、奇遇ね」

 

と、言って手を振っているアーテリンデと、顔を覆いながら天を仰ぎ見るライシュッツ。ギルド・エスバット二人が居た。

 

「ライシュッツ爺様お久しぶりですー!!」

 

と、元気よく良い笑顔で手を振るクルミ。知り合いなのと彼に確認を取る様に見るアーテリンデに対して彼はゆっくりと前を見て。レフィーヤと視線が重なる。

 

その瞳は、第二階層で出会った時以上に真剣なもので。何を思っているのか手に取る様に分かった。それは。

 

 

―――――――町が滅びるかもしれない、と。

 

 

そう、思っている瞳だと。レフィーヤは確信していた。

 

いや本当に。

 

「どうしよ…?」

 

零れた言葉が、喧騒に呑まれるのを感じながらライシュッツに向かって行くクルミを見ながら思うレフィーヤだった。



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第七十四話

「それにしてもこんな所で会うとは思ってませんでしたよ。運命を感じますね!!」

「出来れば会いたくは無かったがな」

「またまたぁー!!」

「本音なのだが」

 

「ねぇ、なんで爺はあんなに嫌そうにあの子の対応してるの? というかあの子誰?」

「関わりたくないからとしか言いようが無いですね。あと、誰なのかと言えば、ガンナーのクルミさんです」

「いや、誰?」

「そうですね」

 

何と言えば良いのか、さてと考えていると周囲がざわつく音が聞えた。はて、何事かと見れば其処には。臨戦態勢のライシュッツとクルミの姿が。なんでそんな事のに成っているのかと驚いているアーテリンデに向かって、クルミを指差しながらレフィーヤは言った

 

「あんな感じで対応しないと死ぬかもしれない人です」

「危険人物じゃないの!?」

「そうですよ。前に居た街でも転んだのを見られたから恥ずかしいと言う理由で襲い掛かられた事在りますし」

「なんであんなの街に入れてるのよ!!」

「正しい判断だと思いますけどね」

「なんで?!」

 

発言の意味が分からないとレフィーヤを見るアーテリンデ。いやだってと言葉を置いてから。

 

「入れなかったら確実に暴れますよ?…あの人は」

 

ある意味、質が悪いと言えるのは周りへの配慮が出来ると言う事だ。城門と入れないと判断した人物だけを死なない程度に吹き飛ばして、其れ以外には一切被害を出さないのだクルミと言うキチガイは。大砲なんて使ってるのに。

 

「え、いやそれは流石に」

「確実にやるだろうな」

「幾らなんでも酷くないですか?! 拗ねますよもう!!」

「ならば砲門をこちらに向けるのを止めろ」

「あらうっかり」

 

ごめんなさいと言いながら大砲を担ぎ上げるクルミ。其れを見て、恐れ戦いていた周囲の人達が少しだけ緊張を和らげるのをレフィーヤは感じた。当然、隣に居るアーテリンデも。だが、クルミの事を知っているレフィーヤとライシュッツは分かっている。あれは構えを解いた訳では無く、単純に叩きつけやすい様に担いだだけなのだと。

 

「だが、疑問では在る。誰がのお主の事を入れた?」

「ギルド長が入れてくれましたよ?」

「彼女が?」

「はい、『下手に関わらずに好きな様にさせた方が良い』なんて言いながらです…よく考えたら結構失礼な事言われてませんか、あたし??」

「いや、そうでも無いだろう」

「ですかね」

 

相槌を返しながらも心の中で思う事はきっとレフィーヤと同じだろう。ギルド長の判断に感謝と。キチガイに対しての正しい対処をありがとう。今度会ったら全力で感謝の言葉をを言おうと決めたレフィーヤだった。

 

「あぁ、それでええっと…クルミだっけ。貴女は何がしたいのよ?」

「ちょっと、その口調如何かと思いますよ?」

「口調?!」

「年上だからと言って敬語で話せとは言いませんけど、それでも少しは気にした方が良いと思いますよ!!」

「いえ、如何見ても年下じゃない」

 

「え、二十七歳以上だったんですか?! 見た目にそぐわないと言いますか」

 

「ちょっと待って下さい」

「はい?」

「二十七歳以上って…え、クルミさん若しかして二十六歳?」

「いやですねもう!! 女性の年齢を暴露なんて酷い事しますね!!…あ、でもさっきの言い方だと直ぐにわかっちゃいますよね。またもうっかり!!」

 

てへっと言いながら舌を出すクルミ。だが其れを見て反応する余裕は無かった。まさかの年上であったと言う衝撃的事実に思考が吹っ飛んで真っ白だ。

 

「え、年上だったの…?」

「もしかして気が付いてませんでした? なら許しちゃいます!! 若く見られてうれしくない女性なんて居ませんからね!!」

 

そんな嬉しそうなクルミを見ながら漸く真面な思考を取り戻したレフィーヤ。同時にこれ以上齢関わる話は止めた方が良いなと思った。大した理由では無く、唯そう思っただけだ。故に話題を変える、いや戻す様に言葉にする。

 

「それで、本当に此れから如何する積りなんですか?」

「ん? あぁ、そうですね。久しぶりに親の元気な姿も見れましたし。また旅に出るのもいいですけど。なんだかんだ言って久しぶりですからね。暫くは滞在しますよ」

「そうですか」

 

いや旅に出ろよ、なんて思ったレフィーヤは悪くない。きっと周りに居る全員が思った事だから。しかし、だからと言ってここはアスラーガ程の魔境では無い。ハイ・ラガードではちゃんと衛視が仕事をしているのだから下手をすれば捕まってしまうかもしれないし、もしそうなったら・・・・そうなったら。

 

「一つ聞いて良いですか?」

「何ですかレフィーヤちゃん?」

「若しも、衛視に捕まったらどうしますか」

「捕まったらッて其れは勿論抵抗しますよ。捕まりたくなんてありませんし…あ、若しかして被害が出る事気にしてますか?大丈夫ですよ、流石に故郷で在るこの街を敵に回す程……うーん」

「…如何かしましたか?」

「あ、いえ大した事では無いんですけど」

 

「国墜としって、とってもロマンあふれる言葉だなって思っただけなのでー」

 

瞬間、レフィーヤの脳裏に藪蛇と言う言葉が過った。神が言っていた言葉でどの様な意味なのかはよく分かっていないが、それでも過ったと言う事はこの状況に合った言葉なのだろうと。逃げ出したくなりながらも思った。

 

と、其の時だ

 

「お主、今暇か?」

「え、まぁそうですね」

 

そんな言葉をライシュッツが口にして、クルミは答えた。どうしてその様な事を言ったのか、少し不思議に思っていると、彼は続けて言葉にする。

 

「ならば少し依頼を手伝ってくれ」

「依頼をですか?」

「正確にはミッションの方が正しいか。少々第二階層に用があってな」

「え、ちょっと爺それって」

「出来るだけ、失敗の確率は下げておきたいのでな。お主が良ければ付いて着てくれんか?」

「良いですよ! 冒険大好きですから!!」

 

やったぁと、言いながら喜んで提案を受け入れるクルミ。其れを見て、ライシュッツが何の積りで其れを提案したのかを悟った。

 

街中で放し飼いでは危険だから、迷宮に連れ出す積りなのだと。

 

成程、其処ならば何か在っても被害は少なくて済む。此れ以上ない対処だろう。それでも、街の危険が皆無になった訳では無いが。滞在期間中の全てを街で過ごされるよりはマシだろう。尤も、冒険した時間だけ滞在時間が伸びてしまったら・・・いや、其れでも冒険で暴れれば幾らかはましかと。そう思いながら頷いて。

 

ガッと手を掴まれた。

 

えっ? と声を零しながら見ると、笑顔を浮かべたクルミが手を掴んでいた。どうしてだと、視線で訴えかけると。彼女は首を傾げてこう言った。

 

「ライシュッツ爺様が言ったじゃないですか。少しでも失敗の確率は減らしておきたいって」

「…私、関係ないですよね?」

「同じ冒険者じゃないですか!!」

「広すぎませんか??」

 

言って、縋る様にエスバットの二人を見る。アーテリンデは驚いた表情を浮かべ、ライシュッツは全てを諦めたかのような表情をしていた。其れを見た瞬間か、或は、クルミが同じ冒険者と言った瞬間に一気に人が居なくなったのを見た時にか。あぁ、もう駄目なのだと悟る。しかし、其れでも若しかしたらと言葉を口にした。

 

「……せめて、仲間と相談させてください」

 



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第七十五話

「其れは行った方が良いぞ」

「何でですか?」

「俺も同じ様な事に成った事が在ってな」

「そうなんですか」

「断ったらこれ幸いと敵認定して襲い掛かって来たんだよ、あのキチガイ」

「ミッション頑張ってきますね!!」

 

 

そしてレフィーヤは今、クルミとエスバットの二人と一緒に八階にいた。ここに住処があるサラマンドラから採れる素材。通称火トカゲの羽毛の採取がミッションの内容だと言う。なんでも、ミズガルズ図書館の調査隊が其れを採取して来てくれていたようだが。

 

何処かの馬鹿が保管庫をバーニングした為、紛失してしまったそうだ。

 

調査隊にはちゃんとした目的があり、序でであった最初は兎も角もう一度というのは頼みにくかったそうだ。なので、改めて入手して来て欲しいとエスバットは頼まれたとの事らしい。

 

「って、誰ですかその保管庫燃やした人って」

「公国で働いている研究員の一人よ。なんでも、研究して居たら勢い余って保管庫を燃やしてしまったらしいのよ」

「勢い余ったって」

「でもって、もっと問題になったのは、それに便乗した頭のいかれた研究員が火を点けて回った事。お陰で大混乱だったのよ?」

「凄い事に成ってたんですね……その研究員の中にクロって人居ますか?」

「いえ、居なかったと思うけど?…ちょっと待ってクロってもしかして頭が逝ってるアルケミストで有名なあのクロの事??」

「多分そうだと思いますけど」

「また何かやらかしたの?!」

「錬金術師互助組合がバーニングしただけだですよ? まぁ、本当にそれをあの人がしたかは分かりませんけど、前科在りますし…あ、これですか?」

「それだけじゃないわよ全く」

 

そう言いながら、レフィーヤがこれと差し出した物を確認するアーテリンデ。

 

「うん、間違いなく火トカゲの羽毛ね」

「じゃあこれを届ければミッション達成ですね」

「そうね」

「あ、見付かりましたか??」

 

そう声を掛けるクルミにアーテリンデは頷いて帰した。

 

「えぇ、お蔭さまで」

「そんな風に言う必要なんてないですよもう。あたしがやった事なんてサラマンドラの前足一本吹っ飛ばしただけなんですから!!」

「そう言葉にされると…異常さが際立つわね」

 

言いながらアーテリンデが視線を向けるのはサラマンドラ…の死体だ。見るも無残な状態と成ってしまったサラマンドラに一体何が在ったのかと言えば。

 

「炎吐いて来るとはけしからんですね。ひき肉にしてヒィイイヤッハァァアアア――――ッ!!」

 

レフィーヤ達の事を見つけたサラマンドラがブレスを吐いた事に反応してクルミがそう叫びながら突っ込んで行ったのが切っ掛けだった。

 

普通に考えて勝手に動かれたらとても拙いのだが。どの様に動くのか逆に分かり易い彼女。当然予測済みで。戸惑ったりせずに動くレフィーヤとライシュッツの二人。少し驚いてしまったアーテリンデが遅れた位だ。

 

尤も、その少しの間が彼女に何もさせずに終わったのだが。

 

サラマンドラとの戦いは、長く説明する様なことでは無い。再びブレスを吐こうとしたサラマンドラの顔面をライシュッツが撃ち抜き、蹈鞴を踏んだ所でクルミが接近して零距離から大砲をぶちかましたのだ。結果、吹き飛ばすとまでは行かなかったものの、それでも動けなくなる程のダメージを負ったサラマンドラは崩れ落ち、其処にレフィーヤが印術を頭部に叩き込む。

 

あとは死ぬまで其れの繰り返し。そうして出来上がったのは前足が一本無い頭の潰れたサラマンドラの死体である。

 

確かに、止めを刺したのはレフィーヤであったが。何もさせずに完封できたのはライシュッツとクルミが異常だったからに過ぎない。動け無い相手に当てる等、出来て当然なのだから。本当に、人外の名に恥じないなとレフィーヤは思い、ふと疑問に過る。

 

「そう言えばクルミさんって何が目的で冒険しているんですか?」

「伝説の武器を探しているのです」

「え、なによそれ」

「古文書に書かれていたんですよ。遥か昔に作られた究極の破壊兵器、どの様な盾を用いてもそれに砕けないものは無かったとか」

「すっごい物騒ですね」

「其れを知ったあたしは、何時の日か其れを手にする事を願って冒険をしているのです。古代より在り続ける世界樹とその迷宮。其処にならあるかも知れないと言うのが迷宮に挑む理由です」

 

何時か必ずと、誓いを立てるかのようにクルミは呟いた。それを聞いてレフィーヤは。

 

「そうですか、見付かるといいですね」

 

絶対に手に入れません様にと願いながら、そんな心にもない言葉を口にするのだった。

 

「…手に入れたらその大砲如何するのよ?」

「え、勿論使いますよ? 二刀流。素晴らしき浪漫じゃないですか!! ライシュッツ爺様みたいでカッコいい!!」

「私のをお主の破滅的な物と同じにしないで欲しいのだが」

 

全くだと頷きながら、サラマンドラから素材採取をしていたライシュッツを見る。と、何かをレフィーヤに差し出してきた。いや、何かでは無くサラマンドラから採れた素材なのだが。

 

「…何ですか?」

「持って行け」

「え、良いんですか?」

「構わん。此度は完全にお主の事を巻きこんでしまった故な。この位は当然の事だ」

「うーん、なら遠慮なく」

 

言って受け取るレフィーヤは、あれもしかして荷物持ちにされた?なんて思ったが気にしない事にした。

 

三人を見渡して、良しと呟いたアーテリンデが言う。

 

「それじゃあ、戻るとしましょうか」

「はッ」

「分かりました」

「ごーばっくほーむですね!!」

「なにそれ?」

 

疑問の言葉を口にしながらも歩いて行く。しかしふと、何か在ったのかアーテリンデは速度を落としてレフィーヤの横へ。そして問い掛けてくる。

 

「爺から聞いたのだけれど、冒険者って種類があるんですってね」

「それってもしかして一般、キチガイ、人外の三種類の事ですか?」

「そうそれ。なんでもあたしは一般で貴女はキチガイ、爺は人外だとか」

「キチガイ呼ばわりは遺憾ではありますが、まぁそう言う事ですかね」

「でも、今一違いが分からないよね。分かり易い違いってある?」

 

成程、そう言う事かと頷いて、考える様な仕草を少ししてから、口を開く。

 

「アーテリンデさんは、F.O.Eの事如何思います?」

「F.O.E? そうね、強くて油断ならない普通のモンスターとは一線を画す相手って所かしら」

「それが一般的な考えで、キチガイと呼ばれる冒険者は強いけど馬鹿だから楽、っていう感じです」

「…なにそれ?」

「でも実際そうですよ? 同じような行動しかしてきませんし」

「そう言うって事はやっぱり貴女も」

「聞えませんね」

「…なら人外は?」

「聞けば良いじゃないですか」

 

言って、レフィーヤは前を歩く二人に対して問い掛ける様に声を出す。

 

「ライシュッツさん、クルミさん」

「む?」

「なんですか??」

「F.O.Eの事如何思ってますか?」

 

『便利』

 

「…と、言うのが人外です」

「ちょっと意味が分からないわね」

「私も同じです」

 

頭が痛いと言った様子で額に手を当てるアーテリンデ。それも仕方ない事だと、レフィーヤは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、帰還した後にローウェンに同じ質問をした所。

 

「硬くて強いのに馬鹿だから盾にも武器にもなって便利」

「そうですか」

 

より詳しく言ってくれました。

 



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第七十六話

雪を踏み締める。降り積もったそれに足跡を残しながら、何気なく辺りを見渡す。今、ギルド・フロンティア一行が居るのは第三階層六花氷樹海。寂しさを感じる程に生き物たちの気配の希薄なそこは。それでも、美しいと言えるだろう階層である事に変わりない。が、其れを見てレフィーヤはなんとも微妙な表情を浮かべていた。

 

「雪…嫌な事を思い出しますね」

「氷晶ヶ岳での事?まぁ、確かに嫌な思い出なのは確かだろうね。君、死に掛けたからね」

「それだけじゃ無くて迷惑も掛けてしまいましたからね私。今度はそんな事の無い様にしないと」

 

そう、自らに誓う様に呟いてから。それでとハインリヒに問い掛ける。

 

「なんでローウェンさんもあんな微妙な表情を浮かべているんですか?」

「ほら、レフィーヤが貰って来た素材。あれを売った際の資金でこうやってまた問題なく冒険で来ている訳だけど」

「もしかしてライシュッツさんからの施しだから嫌だみたいな…そう言うやつですか?」

「らしい、お金に罪は無いって言ってたけどね」

「罪…罪って」

 

それにしても、そんなに嫌だったのかとレフィーヤは思わずローウェンを見る。警戒しているコバックの横で同じ様にみえて、しかし特に警戒している様子で無い彼を。すると、視線を向けられている事に気が付いた彼は振り返り、如何したのかと言葉にした。

 

「何かあったか?」

「いえ、そう言う訳ではありませんが…そんなに嫌ですか?」

「何が…と、訊くまでも無いか。爺さんから、お前が受け取った素材の事だろう?」

「はい」

「嫌って訳じゃ無い。大変良い値段で売れたし、その金を使って良いと言ったお前には感謝しかない。そして金に罪は無い」

「だから罪って」

「だが、なんかな。あの爺さんから受け取ったって言うのがな。どうも嫌な事を思い出してな」

「嫌な事?」

「昔、金欠で悩んでいた時にな。地面に金をぶちまけて這いつくばりながら拾うなら其れをくれてやる、何て言われてなー……自分が金を持ってるからってふざけた事言いやがって。やべぇ、思い出したら頭蓋に弾丸ぶち込みたくなってきた」

 

殺気を滲ませるローウェン。そんな事をしていたのかとライシュッツに対してやはりキチガイなのかと改めて認識したレフィーヤは、さてと歩く。喋りながらも歩き続けている彼等に続く様に。

 

F.O.E。潜伏の白狼と呼ばれるモンスターの真横を。

 

堂々と喋ったり、あんな殺気を滲ませながら歩いているのに何で襲い掛かって来ないのだろうか。なんて、此れまでにも何度となく疑問に思った事を考えながらローウェンへ視線を向ける。彼は油断も慢心もせずに何時襲い掛かって来ても大丈夫な様に構えている。

 

なので、先手を取って燃やす事にしたレフィーヤ。

 

潜伏の白狼へと放たれた印術が焼く。驚いた様に、苦痛の叫びを上げる白狼。視線をレフィーヤへと向けて。ローウェン銃弾を放つ。いつもの様に、しかし何度見ても驚く程精密なその一撃は眼球へと吸い込まれる様に向かって行き、貫いた。

 

一瞬、僅かに仰け反った白狼は、其の儘崩れ落る。今だその体を炎が焼いているというのに微動だにしない。事切れているのだろうか。一応、確認をする。と、其の時だ。

 

「…ちょっと美味しそうね」

「何言っているんですかゴザルニさんじゃあるまいし。頭大丈夫ですか?」

「薬飲む?記憶が吹っ飛ぶけどかなり効くよ?記憶吹っ飛ぶけど」

「寧ろ頭を取り換えるべきじゃないか?」

「酷くないかしら?!」

「行き成り変な事を言うお前が悪い」

「と言うか、なんでそんな事を言ったんですか?」

「いえ、今朝食べたお肉を思い出してね。そしたらなんだか美味しそうに見えてきたのよ」

「料理と比べるとか…本当に大丈夫かお前」

「大丈夫に決まってるでしょう?!」

 

いや、大丈夫じゃないだろうと思うレフィーヤ。可笑しな発言が多いコバックが心配になる。本当に薬飲んだ方が良いのではないかと思う程度には。悪意では無く、純粋な善意でだ。

 

それでもコバックだしと納得出来てしまうのは何故だろう、なんて事を考えなが改めて焼けた白狼の死体を見る。真っ白な毛並みは見るも無残に燃え尽きている。はっきり言って美味しそうなんて感想は出てこない。

 

と、其の時だ。ガサリッと音が響く。モンスターかと構える。音のした方向を見ながらも周囲への警戒を怠らない。幾らF.O.Eが馬鹿だとしても襲ってくるかもしれないからだ。しかも、潜伏の白狼はその名の通り、潜伏する。その白い毛が保護色と成って大変見付けにくいのだ。尤も、此方の事を見つけると敵意と殺意を垂れ流しにして迫って来るのでとても分かり易いのだが。

 

少しの間を置いて、物陰から現れる。それは雪の塊、確かスノーゴーストとなずけられていた筈のモンスターだ。しかし、敵意を感じられない。何か目的でもあるのだろうか、ジッと彼等の事を見つめている。

 

唯、見つめるだけでそれ以外に行動を起こさないスノーゴースト。ならば先手を取るべきかと印術を放とうとして。スノーゴーストが動く。ゆっくりと、其れでいてキレ良く。見るも鮮やかな無駄のない動きでスノーゴーストは地面に手を付け。

 

 

彼等に向かって平伏した。

 

 

「えぇー」

 

思わず声が零れた。如何いう事なんだとローウェンを見ると、彼も又如何しようと思っている様に見えた。というか、みんな同じ表情だった。

 

本当に、如何いう事なんだと改めて見ると。微かに震えている事に気が付く。それはどうしてなのかは…分かる。とても怯えているのだ。何故怯えているのか。ローウェンが殺気を滲ませたからかと辺りを点けて。

 

何気なく視線をスノーゴーストが現れた場所を見ると、何体も同じモンスターが居るのが見えた。これまた同じく、酷く怯えながら。其れを見るに、目の前の個体は代表として命乞いをする為に出てきた。と言う事なのだろうか。

 

とても賢いのだなと遠くへと視線を向けながらレフィーヤはローウェンに問い掛ける。

 

「…如何します」

「あぁ……まぁ、良いんじゃないか?」

「倒しておいた方が安全と言えば安全ですけど?」

「それはそうだが、そう言う気分になれない」

「…ですね」

「襲ってきたら粉砕するって事で」

「分かりました」

 

粉砕と言う言葉が如何いう意味なのか分かったのか、ビクリとその身を震わせるスノーゴーストを見ながら頷き。進んで行く。

 

スノーゴーストの事を通り過ぎ、暫くしてから何と無く視線を向け、見てみたら。喜びを分かち合う様に集まるスノーゴースト達が居たと言う。

 

 



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第七十七話

くるくると。

 

くるくると。

 

回る、回る。レフィーヤは回る。意味も無く、しかしそれでも止まらず回り続ける。あぁ、そんな言葉を零しながら動き続ける景色を見て、仲間たちに向かって言葉を発する。

 

「止まらないので助けてくださーい」

「杖を床にぶっさせ」

「なるほどー」

 

言葉の通りに杖を突きさして止まるレフィーヤ。未だに映る景色が回っているからか気分が悪い。何故この様なひどいひどい目に遭わなければいけないのだと。凍った床を滑りながら進む仲間たちを見んながら思う。因みにコバックは転けて腰を強打していた。

 

 

「あぁー…気持ち悪い」

「あんな勢いで回るからだろ」

「回りたくて回った訳じゃ無いですよ」

「知ってる。寧ろ回りたくて回ったなんて言ったらコバックみたいだと言う所だぞ」

「あ、凄く心を抉る言葉」

 

あれと同じか、視線を腰を抑えながら老人の様に震えているハインリヒに治療されているコバックへと向ける。若しかしたらと考えて、レフィーヤは酷く落ち込んだ。

 

「…出来れば言われたくないですね、本当に」

「なら気を付けるんだな」

「分かりました」

 

今度はちゃんと気を付けながら滑ろうと思いながら、其れは其れとして腕を組んで微動だにする事無く滑って行ったローウェンはローウェンで如何なんだろうと思わなくも無い。如何やったらあんな風に滑れるのだろうか。

 

「で、コバックはどうだ?」

「脂汗が出る程度よ」

「詰り相当きてると」

「そうなるね」

「ならまぁ、休憩いれるか」

「分かりました」

「なら準備しようか」

「ごめんなさいね」

「レフィーヤにも言ったが、気を付けろよ?」

「本当にごめんなさいね」

 

改めて、謝罪の言葉を口にするコバック。

 

「こんな事に成るならジャンプしようなんて思わなければよかったわ」

 

「良し、この馬鹿を置いて先に行くぞ」

「了解」

「張り切っていきましょう」

「待って置いてかないで!!」

 

言いながら腰を気にしつつ必死に縋るコバック。まぁ、置いて行くと言うのは流石に冗談なのだが。馬鹿みたいな事をするのは何時もの事だし。しかし転んだ訳では無かったのかと思うレフィーヤだった。

 

「取り敢えず燃やせるものを探してくるか」

「いってらっしゃい」

「気を付けてね」

「おぉー」

 

そう言って歩いて行くローウェン。は、しかしふとある事に気が付いたかのように立ち止まった。如何したのだろうかと、彼の視線の先を見る。そこには先程滑っていた氷の床がある。少し考える仕草をしてから引き返してくるローウェン。本当に如何したのだろうと首を傾げるレフィーヤに、彼は言葉を口にした。

 

「あの氷の床の上にF.O.E居ただろ?」

「あぁ、居ましたね」

 

確か、青嵐の粘塊と言う名前のF.O.E。酷く滑る氷の上でも好きな様に動き回っていた其れを見つけた時、思わず何だあれはと言ってしまったものだと思い出す。それを撃破した際に出来てしまった出っ張りの所為で回転する事になったのも。

 

「で、其れが如何したんですか」

「あれ、よく燃えたよな」

「燃えましたね…凄く燃えましたね」

 

ローウェンが何を言いたいのか理解したレフィーヤ。詰り、青嵐の粘塊を燃料がわりにしようとしているのだと。しかし、流石にF.O.Eを燃料扱いは如何なんだと思いつつも。

 

「流石に生きた儘は難しくないですか?」

「燃やしてからでも良いだろ」

「ですかね」

 

よいしょと立ち上がるレフィーヤ。使えるモノは使わなければ損だよね、なんて事を思いつつローウェンと一緒にF.O.Eを探しに歩きだした。

 

少しした後、燃料がわりに使われた哀れなF.O.Eが居たとか何とか。

 

 

 

「復・活!!」

 

そう言いながらまるでどこぞのキチガイルーンマスターの様にポーズを決めるコバックを。その様子を何を馬鹿な事をしているのだと言う様な視線で彼等は見て…居なかった。と言うかコバックもまた、彼等と同じものを見ていた。

 

「…で、あれ何かしらね?」

「ビックスノーが殴り合ってる」

「だから何であんな事に成ってるのよ」

「知らん」

 

はっきりと言葉にするローウェン。だがその通りなのだ。休憩している時にビックスノーと呼ばれるモンスターが現れて襲い掛かって来るのかと思ったらその真横から新たに現れた別のビックスノーが殴り飛ばしたのだ。

 

そのまま殴り合いに発展し今に至る。

 

「いや、本当に何でこんなことに成ってるんだろうな?」

「なんででしょうねー?」

 

首を傾げずにはいられない。考えれば考える程、訳が分からない。別に同士討ちする様な生態は持っていなかった筈だがとビックスノーの情報を思い返し。あ、っと声を零した。

 

「如何した、何か分かったか?」

「いえ、そう言う訳じゃないんですけど。ただですね」

「なんだ?」

「ビックスノーは複数のスノーゴーストが合体すると生まれる…みたいな情報がありまして」

「……あぁ、もしかして」

 

視線を殴り合っているビックスノー、その内の一体。横から殴り飛ばした個体を見る。何故か、目の前の殴り合っている相手にでは無く。彼等に意識が向いて居る様に思えた。と言うか彼等の事を横目で見る度に震えている、恐怖的な意味で。

 

「あの時のか」

「かも知れませんね」

「じゃあ、殴り飛ばしたのは」

「お前が襲ったら俺達も粉砕対象になるかもしれないだろうボケが!!…って感じですかね」

「多分な」

 

またも、微妙な表情を浮かべるローウェン。きっと自分も同じ顔をしているのだろうなと思いつつ。相手を吹き飛ばし、其れを以て勝利としたビックスノーが腕を振り上げ喜ぶのをただ黙って見ていた。

 



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第七十八話

「なんか、凄いな第三階層」

「第三階層がと言うよりはビックスノーがって感じですけど」

「そこそこの頻度で現れて、その度にモンスターを処理してったからな彼奴。弾とか色々と節約できたから良いけど」

 

お陰でと言いながらローウェンは前を。

 

「あいつを容赦なく吹っ飛ばせる」

 

敵を前にして唯微笑むばかりのモンスター、第三階層の主・スキュレーを見た。

 

 

 

「しかし、本当にあっちから攻撃してこないんだな」

「明らかに敵なんですけどね私達」

 

言いながら小さめの樽をスキュレーに向かって蹴り転がしていくローウェンに頷きながらレフィーヤは言う。

 

「やっぱり、どこか壊れてますねここのモンスター達は……生物として」

「天の支配者にはそういう趣味でもあるのかね。あとレフィーヤ」

「なんですか?」

「スノーゴースト」

「あれは…って、よく考えたらあれって生物ですか?」

「動物ではあるな」

「動く物って意味ならそうですね」

 

凄いあれな気がするレフィーヤだった。主に動く物であるスノーゴースト達よりも生存本能が低い他モンスターが。

 

「ま、ぶっちゃけ倒すの滅茶苦茶楽だから良いんだけどな。F.O.Eは無駄に硬くて弾を無駄に消費するから余り相手にしたくないけど」

「そうですね。唯でさえ今のローウェンさん、金欠ですし」

「これを用意した所為でさらにな」

 

言って、さらに小さな樽を蹴り転がす。床が良く滑る氷で覆われている為か、止まる事無くスキュレーへ向かって行き、軽く当たって止まる。反応が無い処を見ると攻撃だとは思われて居ない様だ。変わらず、微笑みを浮かべている。

 

「それにしても」

「どうした?」

「スキュレーの人みたいな部分あるじゃないですか」

「みたいって…まぁ、あるな」

「無駄に美人ですよね」

「否定はしない、色はあれだがな」

「でも、アーテリンデさんとはあまり似てませんよね」

「ふむ、それも否定しない」

「単純に似て無かったのか、それとも変えられたのか」

「似て無かったって訳では無いみたいだぞ?似ていると言う程では無かったらしいが」

「そうなんですか」

 

父と母、何方に似たかによって変わるし可笑しくは無いかと思いつつ続ける。

 

「もしも、天の支配者が見た目を変えていたのだとすればあれですよね」

「あれって何だよ」

「あれが天の支配者の好みの容姿と言う事に成りませんか?」

「好み……」

 

視線を転がっていく樽から上へ。具体的にスキュレーの人の様な部分を見る。そして成程と頷きながら呟いた。

 

「結構な趣味をお持ちなようで」

「悪趣味ですけどね」

「そうだな…成程、あのモンスター死ぬ事の無い存在。詰り自分が死ぬまでずっと愛でる事が出来ると言う算段か」

「頭の良い馬鹿ですね天の支配者は。趣味に全力とは」

「巻き込まれた奴はたまったもんじゃないけどな」

「ですね」

 

そんなくだらない話を続ける。そんな話でも続けなければ気分が悪く成ってしまうから。

 

「終わった?」

 

そう、問い掛けてきたハインリヒにローウェンは頷いてかえす。

 

「持ってきたのは全部スキュレーの傍だ」

「じゃあ、こっちもよろしく」

「自分でやれよ」

「ローウェンがやった方が確実だろう?」

「それはそうなんだがな」

 

なんて言いながらも、ハインリヒに渡された箱を氷の上を滑らせてスキュレーの傍まで移動させる。それは絶妙な加減でローウェンが蹴り寄せた樽に当たる事無く止まった。

 

「流石の精密さだね」

「この程度出来なきゃガンナーなんてやってられんからな。金銭的な意味で」

「知ってる」

「まだぁ?流石にあたし暇なんだけど」

「とか言いながら警戒を怠らない辺りちゃんと冒険者だよな。コバックだけど」

「ねぇ、今如何いう意味であたしの名前言ったの?ねぇ」

「馬鹿と言う意味で」

「はっきり言われると傷付くのよ?!」

 

また何時ものかと思いながらも手を動かし続ける。思う様にいっていないが。

 

「で、レフィーヤは随分時間かかってるな。そんな複雑じゃないって言ってなかったか?」

「複雑では無いんですけどね。刻んだ端から雪が積もって台無しになるんですよ」

「あぁ、成程」

「で、其れの対策が今終わったのであとはこうこうこうのこうで」

 

終わりと言いながら杖を持ち直す。軽く雪を掃いながら確認して、ちゃんと出来たとレフィーヤは彼等に頷いてみせた。

 

「ばっちりです」

「そうか、一応確認するが巻きこんだりは?」

「これ自体は大丈夫ですけど、流石にあれを含めるとどうなるのかは分かりませんね」

「それに関しては仕方ないから」

「そうですね」

 

「じゃあ、始めます」

 

言って、印を廻す。今まで使って来た使いやすさを重視したものでは無く、威力を重視した印を。念入りにある事を、憧れであり目指すべきものを思い出しながら、其れに近づけようと描いた印は問題なくその役目を果たさんと輝きを放つ。

 

そこで、漸くスキュレーが動き出す。レフィーヤの描いた印の輝きが彼女の危機感でも煽ったのだろうか。随分とおそまつな危機感だなと、彼等は笑う。

 

「今更動いてもな」

 

そう呟くローウェン。と其の時、氷を突き破って現れるそれはルインクリーパーと呼ばれる触手。彼等の攻撃を止めようとしているのだろうか。だが、遅い。ローウェンの言葉の通り、遅すぎる。何故ならばレフィーヤは既に印術を完成させた後で在り、唯放てばよいだけなのだから。

 

「劫火の大印術」

 

放たれた炎はルインクリーパーを消し飛ばしスキュレーを飲み込んで。樽や箱に、それに詰め込まれた火薬と爆薬を糧として。

 

 

眼前を白で覆いつくした。

 

 

一瞬の空白。音も色も無い世界が広がり。直後に激痛。音を言葉に出来ず呻き声が零れる。暫くして、痛みが治まり。戻ってきた音と色に、自分が先程まで居た場所から随分と移動している事に気が付く。なにがどうなったのかと確認する様に未だに光が瞬く視界に映り込んだ光景に。レフィーヤは絶句した。

 

眼前に居た筈のスキュレーの姿が無く、唯クレーターだけが残されていた。

 

「あぁー……」

 

のそりと、雪の中から這い出てきたローウェンはその光景を見て、暫し考える様な仕草をしてから。

 

呟いた。

 

「…これやっちゃ駄目なやつだ」

「そうですね」



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第七十九話

街に帰還した。そして大臣に一瞬世界樹が揺れたのだが何か知らないかと訊かれ。説明したらドン引きされながらも怒られたギルド・フロンティア一行。もうやるなと何度も言われたのだった。

 

しかし、相手が攻撃してこず更にはその場から動く事も無い。そして床が氷で覆われている所為で思った様に動く事が出来ないのだから距離をとって火力で吹っ飛ばすと言うのは当然の事では無いだろうかと、発案者であるレフィーヤは思った。

 

まぁ、流石にあそこまで威力が出るとは思わなかったので。若しも次があるとするなら流石に火薬や爆薬は止めておこう。そんな風に思いながら、火力の特化した印術を持ち運べるように布に印しているレフィーヤだった。

 

 

 

さて、冒険の後にあるもの。それは休暇である。

 

しかも今回は割と長めの一週間だ。何故、そんなに休暇を取るのかと言えば、スキュレーを倒した際の爆発。あれが結構なダメージを装備に与えていたのだ。フルメンテナンスである、主にコバックが。ルインクリーパーが現れた際に反射的に守ろうと前に出ようとした所為か、一番、酷い状態だった。

 

尚、其れに関しては素直にレフィーヤは謝っておいた。問題ないと笑って流されたけれど、何とも心の広いものだ。コバックなのに。いや、コバックだからか。

 

と、またくだらない方向に思考が持って行かれているのに気が付くが、まぁ其れでも良いかと思うレフィーヤはさて今日はどう過ごすかと考えながら。取りあえず外に出るかと足を動かし。

 

「…何やってるんですか?」

 

キチガイがキチガイを吊るしている場面に遭遇した。分かる様に詳しく言うとローウェンと言う人外系キチガイがクロと言う純正のキチガイを吊るしている。そしてレフィーヤに問い掛けられたローウェンは大した事では無いと言った。

 

「唯ちょっとギルド長に頼まれたから折檻してるだけだから」

「成程」

「だが流石に吊るすのは酷いんじゃないか?ん?そう思わないか?だから降ろして」

 

「で、何したんですか?」

「ちょっと施設を吹っ飛ばしただけだ」

 

「取り敢えず石投げときますね」

「ちょ?! 流れる様に投げつけてこようとしないでくれないか? というか慣れてるな君?!」

「えぇ、よく的が吊るされるので」

「君もキチガイなのか?! えぇ!!?」

「キチガイにキチガイって言われるのちょっと」

 

いや、かなり傷つくレフィーヤ。自分は、自分はキチガイでは無いと言い聞かせながらローウェンを見る。

 

「それにしてもなんでローウェンさんがギルド長に頼まれたんですか?」

「降ろしてー」

「いやな、キチガイの対処はキチガイにさせるのが一番だって言って頼まれた」

「聞いてー」

「ギルド長…凄くよく分かってますね」

「ちょっとー」

「流石にクルミの対処は断ったがな…金がいくらあっても足りんし」

「ですねー」

「無視しないでくれないかね?」

 

何か雑音が聞えるが気のせいだと会話を続ける。

 

「あ、そうだ。私、ちょっと出かけてきますね」

「何時ものか、クルミに出くわさない様に気を付けろよ?」

「それはもう、全力で」

「それでも見つかる時は見つかるんだけどな」

「そんな事言わないで下さいよ」

 

出掛けたくなくなってきてしまうじゃ無いか、そう思うレフィーヤ。仕方の無い事だ、自ら厄災に突っ込んでいくような馬鹿では彼女は……いや、冒険者は、と言うか自分は大体似たような事処では無いレベルの災厄に突っ込んで挑んでいた事に気が付いてしまった。詰り、自分は馬鹿だったのかと愕然とするレフィーヤ。一瞬だけだけども。何故ならその災厄に勝利しているのだから!!

 

まぁ、馬鹿である事に変わりないが。それはそれと言う事で。

 

「因みに、ローウェンさんの今日の予定は?」

「あれを吊るし終わったから……ラガード公宮に少しな」

「この前の事でまだ何かあるんですか?」

「いや別件らしいぞ? まぁ、あれだしな。俺達、第四階層到達者だし。其れ関係だろう」

「あぁ、確かに」

「もしかしたらミッションの話になるかもな」

「在り得る」

 

と言うか其れだろうと内心思っているレフィーヤ。これは何時もより早めに帰って来るべきかと予定組んでいく。色々と歩き回る積りだったが、近場の散策だけにしようと。序でに買い物も済ませておこうと思いながら。

 

「まぁ、取り敢えず行ってきますね」

「おう、いってらっしゃい」

「降ろしててくれないかね?」

「あ、そうですね。別に良いですよ」

「本当かね! ならよろし――――――」

「じゃあ、火球で貴方事燃やしますね」

「いやぁ!! 吊るされて居るのって良いなぁ!! 最高だよ! 暫くは此の侭で良いかな!! と言う訳で存分に散歩を楽しんでくるといい!!」

「クロさん凄く分かり易いですね」

 

最近ではコバックに脅す様に言ってもそんな事をしないと分かられてしまったから反応が薄いので。とても懐かしく思う。と、そんな風にしんみりとしているとローウェンが何かを思い出した様に声を出す。

 

「あぁ、そう言えば。レフィーヤ、出掛けるならいい場所があるぞ」

「はい?何処ですか?」

「料理店なんだがな…雰囲気はちょっと棘を感じるが味は良かったから行って損は無いと思うぞ?名前以外は本当にいい店だから、名前以外は」

「何ですか其れ」

 

念を押す様に二回も言うとは。そんなにひどい店名なのだろうか?気に成ってしまうでは無いかと問い掛ける。

 

「で、どんな店名なんですか?」

「それはな」

 

言って、間を置き口にする。

 

 

 

 

 

 

 

「栗鼠の喫茶店」

 

瞬間、レフィーヤから殺意が溢れ出す。

 



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第八十話

「ここですね」

 

そう言って睨み付ける様に眼前の店を、栗鼠の喫茶店を見る。手作り感満載の看板には…多分栗鼠、だと思われる絵が描かれている。いや、栗鼠か? と思わず殺意も失せて首を傾げてしまう程だ。

 

なんだか気が抜けてしまったなと溜息を吐く。そうしてから改めて見るととても良い店であると思える。汚れも目立つところには無いし。まぁ、目立たない所まで汚れを探したら分からないが、そんな粗探しの様な事をしようなどとは欠片も思わない。

 

なんにせよ、気が抜けてよかったとレフィーヤは思う。確かに名前はあれだが、どうせ食事するなら落ち着いて食べたい。ある意味、看板の・・・・栗鼠?の絵に感謝しつつ店内に入り。

 

視界に入り込んだ栗鼠の置物に殺意が再びあふれ出す。

 

「いらっしゃ…なんだまたか?」

「またかって何ですか」

 

ここに来るのは初めてなのだが。そう首を傾げ、殺気を抑えて恐らく店主と思われる女性を見る。彼女は、軽く肩を竦め乍ら言葉を返す。

 

「店に来る冒険者の客が如何も殺気立っていてな。まぁ、来てくれるぶんにはありがたいのだが」

「あぁ、成程」

 

それなら確かにまたかと言われても仕方が無い。レフィーヤも殺意を漲らせていたのだから。しかし、またかと言うわりには店主の顔色が優れない様に見える。そんな風に言う程何度も殺気立った冒険者が来店していたのなら少しくらい慣れていても良いと思うレフィーヤは改めて首を傾げる。若しかして自分の殺気他の冒険者よりも凄かったとか?なんて考えて……出来る限り忘れようとした。決してキチガイでは無いと自分に言い聞かせながら。

 

さてと、カウンター席に座るレフィーヤ。其れを見て少し気を取り直す様に頭を振ってから近づく店主。何にするかと問い掛けられた。

 

「そうですね」

 

メニューに目を通す。喫茶店と言うわりには…いや、ローウェンが料理店と言っていたからそう言ったご飯系の種類が多いのは普通の事かと。成程、そう言う意味でも名前があれと言う事なのかと納得する。

 

しかし、此処まで種類が多いと少し迷うなと思いつつ眺めて…其れに目を奪われる。若しかしたら運命なのではと思う程、スッと視界の中に入り込んで来たその料理の名は。

 

『ジビエカレーライス』

 

最近、カレーに嵌っているレフィーヤ。とても食べてみたい。いや、しかし待てと自制する。今朝もフロースの宿でカレーを食べたじゃ無いかと。流石に一日に朝昼と二回連続でカレーは如何なんだと。しかしとても食べてみたいレフィーヤ。取りあえず、落ち着く為に飲み物でもとおススメのハイラガコーヒーを頼む。

 

暫くしてから出されたハイラガコーヒーを口に含む。苦い、だが良い。此れでこそコーヒーだ。其れでも普通のコーヒーと何か違う様な気がして微かに首を傾げるレフィーヤ。だが、落ち着く事が出来たとカップを置いて注文する。

 

「ジビエカレーライスお願いします」

 

食欲が理性を突き破った瞬間だった。

 

 

 

「どうぞ」

 

と、そんな声を聞きながらしかし視線は眼前の料理、ジビエカレーライスへと注がれていた。見た目は勿論カレーライスだ。しかし、一体フロースの宿で出されている物とどう違うのだろうかと考えつつレフィーヤはスプーンを手を伸ばす。

 

其の前に、帽子を取り横に於く。そのまま流れる様に長い髪を纏める。最近は余りやっていないが、オラリオに居た時は朝の一番でやっていた作業だ、手慣れた物である。

 

さて、そうやって髪の毛が邪魔にならない様にしてからスプーンに手を伸ばす。ので無くコップに手を伸ばし、スッと水を口に含む。口の中に残ったハイラガコーヒーの風味を洗い流す様に飲み込んだ。

 

そうして漸くスプーンを手に取り、カレーライスを掬う。上手い事カレーとライスとのバランスの取れた掬い方が出来たと内心で少し嬉しく思いながら……口の中へと。

 

そして、そして。

 

「…あぁ、そう言う事ですか」

 

レフィーヤは結論に至った。

 

 

 

「またどうぞー」

 

そんな声を聞きながら、酷く久しぶりに思える外へ。何気なく空を見上げる。其処には、葉を茂らせ揺らす世界樹の姿が。やはり、凄い物だなと思いながらフロースの宿に向かって歩いて行く。

 

暫く歩けば、見慣れた宿が見えてくる。最近、宿を見ると帰ってきたと思うようになったなと気が付き、可笑しくて微笑む。

 

「あら、レフィーヤちゃんお帰り」

「ただいまです」

 

そう、宿から出てきたコバックに言葉を返す。と、何故かコバックが首を傾げている。何か気に成る事でも在るのだろうか?或は、何時もの様に馬鹿げた事でも考えているのだろうか。まぁ、何方でも良い、何故なら今のレフィーヤはとても機嫌が良いのだから。故に敢えて彼女から問い掛けた。

 

「如何かしましたかコバックさん? なにか、気に成る事でも? 私で良ければ聞きますよ」

「あぁ、いえ大した事では無いのだけれど」

「いえいえ、遠慮なくどうぞ」

「レフィーヤちゃん、やたらと機嫌がいいみたいだけどどうかしたの?」

 

何だそんな事かと少し拍子抜け。けれど、けれども。とても機嫌の良いレフィーヤは気にせず答える。其れこそ大した事ではないのだけれどと言葉を置いてから。

 

「少し……答えを得ただけなので」

「え…何よそれ」

 

何か聞えたが耳に入って来ない。そう、そうだ。レフィーヤは今日、答えに到ったのだ。即ちそれは。

 

 

 

 

 

「辛さの中の旨味……故に辛味!!」

「何を言ってるのレフィーヤちゃん? レフィーヤちゃーん?」



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第八十一話

視界に広がる美しき花々。風も無いと言うのに舞い散り続ける中。ギルド・フロンティア一行は、ある存在と相対していた。それは、翼の生えた人であって人で無きモノ。それは、彼等を見ながら小さく呟いた。

 

「全能なる星は、我らに如何なる業を定めるのか……」

 

その呟きの意味は分からない。そしてそれもまた、意に介す事無く翼を広げ空へと飛び立った。更なる言葉を残して。

 

「父なる太陽、母なる月よ。この土の民に、新たな生命の祝福を」

 

やがて、姿の見えなく成った。暫くの間、消えていった方向を見つめ、不意にローウェンが呟いた。

 

「反射的に頭蓋を撃ち抜きそうになった」

「私もです」

 

そんなよく分からない邂逅から始まる。第四階層の探索だった。そして、翼の生えた者は、未だどれだけ危険であったのかを知らない。

 

 

 

「あいつ何が言いたかったんだろうな?」

「さっぱりだね」

 

言いながらハインリヒは地面に落ちた花弁を手に取る。此れと言って意味の無い行為だ。尤も、それを咎めるのはもっと意味の無い事だが。

 

「意味深な言葉ではありましたね」

「そうだなー。如何いう意味で言ったのだか……まぁ、取り敢えず進むか」

「ですね」

 

今考えても仕方ない事。ローウェンの言葉通り。第四階層、桜の立橋を進み行く。

 

辺りを警戒しながら、ふとローウェンに問い掛ける。

 

「そう言えばこの前公宮に行ったじゃないですか」

「行ったな」

「戻ってきてミッションでは無いって言ってましたけど。結局どんな話してたんですか?」

「頼まれごと」

「…ミッションで無く?」

「ミッションで無く」

 

なら何の話をしてきたんだと。其処ら辺の情報共有が出来てないぞと、しっかり説明して欲しいレフィーヤ。その視線にさてと呟きながらローウェンは言葉にする。

 

「と言ってもな、空に浮かぶ城に関して何かは分かったら知らせて欲しいと頼まれただけだし」

「それにしてはあの時随分と返ってくるまでに時間が掛かっていたようでしたけど?」

「伝承とかそう言った物を片っ端から聞いてたからな。それは時間かかるだろう」

「……それは教えてくれないんですね」

「ぶっちゃけ纏めるのとかに時間かかり過ぎて説明できるような状態じゃ無かったしな。分かった事にしても確証無しで直接確かめなければいけない状態だったし」

「…若しかして、それで少し早めにここに来たんですか?」

「攻略と言うよりは調査目的でな」

「なんで言ってくれなかったんですか?」

「言ったぞ?お前が聞いて無かっただけだろ」

 

そんなはずは無いと思い返す。やはり、其れらしい事は言っていない。と言う事は彼が説明を怠ったのに言い訳していると云事だ。なんかカレー食べてる時に何か言っていたような気がするがきっとそうだ。レフィーヤは悪くないのだと言い聞かせる。

 

「いや、言ってたよ?」

「言ってたわよ?」

「コバックさんまで聞いていた?!」

「あたしまでってどういう事よ」

「しかし…くッ!! ハインリヒさんが聞いたと言うなら確かに言ったのでしょうね」

「あたしは?」

「なら、認めるしかありませんね。ごめんなさい」

「ねぇ、あたしは??」

 

何か聞えるが華麗に無視しながら素直に謝るレフィーヤ。カレーに集中していたせいで聞き逃したのだからどう考えても自分が悪いのだから。だからと言ってカレーに、いや辛さへの探求は止めないが。

 

何故ならそれは冒険なのだから!!

 

「ま、気にしてないから。お前も今度気を付ければ其れで良い」

「分かりました」

「おっし、切り替えていくぞー。と言ってもメインの情報確認は済んだんだけどな」

「え、そうなんですか?」

「翼人が居るって確認出来たし」

「翼…人?それって伝承関連の事ですか?」

「そうだぞ」

 

言って、少し思い出す様に視線を彷徨わせてから、確かと呟いて言葉にする。

 

「天の城、天の支配者は人ならざる人、天を自由に飛ぶ従者を生み出した。それは翼をもつ、翼人…あぁ、えっと。人であって、いやあり? どっちでも良いか其処は。で何処まで言ったっけ?」

「それは翼をもつ翼人って所までだね」

「ありがと、でその後が。人であって、人でない異形の種族。彼等は天空への道を守護し……えぇ、また天空への道を知る唯一の種。空に戻りたくば、その翼を借りよ…で、ちょっと待って。確かこの後がとても重要な事だったからきちんと思い出すから」

「分かりました」

「それで、えぇっと、それで。そう、そうだ。必要な言葉は一つ。太古の盟約に基づき上帝の言葉を告げる。我らを空、いや天だっけな?への道を開け…違うな。なんだっけ?」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、流石に全部を一気に憶えられなかったか…いや、あぁ思い出した」

「あら、それは」

「コバックさん黙って」

「酷い」

 

と言いながら落ち込むコバックを横目に。レフィーヤは言葉を待つ。

 

「太古の盟約に基づき上帝の言葉を告げる。我らに天への帰り道を示せ……あれ、やっぱなんか違うな??」

 

違うのかよと思ったレフィーヤは悪くないと思う。いやまぁ、だからと言ってローウェンが悪い訳では無いけれど。

 

「如何する。戻るかい? 今回は軽い調査目的だったからそれでも別に構わないけど?」

「あぁー…そうするか。なんか微妙な間違いをしてる気がして気分が悪いんだよな」

「其れ分かるわ。鎧とかで変なところに汚れがついてなかなか取れない事にイライラするのと似てるわよね」

「それもなんか違くないか?」

 

少しずれた事を言葉にするコバック。完全に間違った事を言っている訳でも無いから指摘し辛いが。何にせよ、取り敢えず今回は街に変える方向でまとまった様だ。

 

「帰るなら早く帰りましょうよ。なんか嫌な事を思い出すんですよ、この階層」

「そんな事ばかりだね。まぁ、否定はしないけど。下が丸見えだからね」

 

第六迷宮は悪夢だったねと呟きながら、床の無い部分から下を覗き込むハインリヒ。そんな事をして大丈夫なのかと声を掛けようとして。

 

 

強烈な揺れが彼等を襲う。

 

 

「うぉ?! 何んじゃこれ?!」

「じ、じじ、地震ですか?!」

「ちょ、やば、落ちる落ちる落ちる!!」

「ハインリヒちゃん!!」

 

立っていられ無くなる程の揺れに、床の無い場所から落ちそうになっているハインリヒへと一番近くに居たコバックが手を伸ばし。そして。

 

「――――――――――あッ」

 

無情にも、上から下へと・・・・落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の眼鏡ぇぇぇええええええええええええええええええ――――ッ!!??」

 

ハインリヒのそれは、遠く、遠くの地へと落ちて行き。耳にも届かぬ儚い音を響かせた。



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第八十二話

「ハインリヒさーん」

 

名前を呼びながら扉を叩く。しかし反応は無い。

 

「出て来ないか」

「ですね」

 

フロースの宿にある一室。ハインリヒが利用しているその部屋の前でレフィーヤはローウェンに向かって肩を竦めてみせた。反応が無いと。

 

第四階層での悲劇の後。酷く落ち込んでいたハインリヒは街に帰還してフロースの宿に到着するや否や部屋に籠ってしまったのだ。

 

が、其れだけなら傷心しているからと言うだけで済むかもしれないが。何故か、何かを削る音が部屋から微かに響いているのだ。お陰で少し気に成って眠りが浅く成ってしまったと少しだけ不機嫌なレフィーヤだった。

 

「で、何してるんですかねハインリヒさんは?」

「知らん。音だけじゃ、硬いもので在るくらいしか分からん」

「あ、其れは分かるんですね」

 

凄いなと思うレフィーヤ。削る音の違いなんて分からないと思いながら、音に耳を傾けてみる。が、やはりよく分からない。

 

「取り敢えず、入るか」

「鍵は如何するんですか?」

「おっと、こんな所に合鍵が」

「何でそんな物を持ってるんですか」

「借りたからだよ」

 

まさか奪ったとでも思ったのか。そう言ったローウェンから視線を逸らす。実は少し思っていたとは言えないレフィーヤ。まぁ、逸らした時点で彼は思ったのだと分かっただろうが。まったくと呟きながら鍵を開けて。

 

「入るぞー」

 

そう言って扉を開く。そして視界に飛び込んできたのは。

 

「駄目だなずれてるな合ってないな作らなきゃ削らなきゃ僕の眼鏡作らなきゃあった眼鏡を作らなきゃ作らなきゃ削らなきゃどうしてもずれてる眼鏡じゃだめだから削らなきゃ作らなきゃ駄目だずれてるから合った眼鏡を作らなきゃだから削らなきゃレンズを作らなきゃ眼鏡は出来ないから削らなきゃ――――――――――――……」

 

よく分からない事を呟きながらガラスの塊を削り続けるハインリヒが居た。思っていたよりも酷い光景に固まるレフィーヤと、どう動こうかと考えているローウェン。その二人の事等気が付いて居ないかの様に削り続けるハインリヒが不意にその手を止める。気が付いたのかと思うレフィーヤだったが、如何やら違う様で。ゆっくりと予備の物と思われる眼鏡を取って横に置いてから、ガラスの塊を目元へと持って行き。

 

「ぁぁああぁあぁあああぁあぁ―――――――――――――…」

 

寒気すら感じる程重い呻き声を上げて、再び呟きながらガラスを削り始めた。

 

其れを見て、ローウェンはふっと息を吐いてから扉を優しく締めた。そして視線をレフィーヤへと向けて。

 

「…眼鏡、何とかしないと駄目だな。あれは」

「ですね」

 

今日一日の予定が決まった瞬間である。

 

 

 

そして時がたち夕暮れにて。

 

「見つからん」

「全然居ませんでしたね」

 

見付からず。

 

 

 

「で、如何しますか?」

 

と、道を歩きながらレフィーヤはローウェンに問い掛ける。そうだなと言って、少し考える様な仕草をしてから。

 

「冒険者用で無いなら眼鏡作ってる場所もあったんだがな」

「でもそれじゃ駄目だって言ってましたよね」

「逆に訊くがあの状態のハインリヒを連れてくのか?あそこに?」

「あ、駄目ですね」

 

作って貰う処の話では無いなと悟る。ドン引きされて。

 

「しかし、眼鏡かけてたのに何であんな事に成ってたんですかね」

 

度が合っていないとかずれているとか呟いていたが、あそこまで落ち込む物なのだろうかと疑問に思うレフィーヤに、気が付いて無かったのかとローウェンは言う。

 

「あいつの付けてた眼鏡、休暇用のものだぞ」

「休暇用とかそんな物も在るんだすか?!」

「あるぞ」

 

驚きの事実である。

 

「序でに、冒険用の眼鏡もちゃんと複数用意していた筈だ」

「なら、尚更なんであんな惨状に」

「割れてたからだろ」

 

地震で。その言葉に、今朝見た光景が浮かぶ。そう言えば幾つも眼鏡が転がっていたなと思い出す。全部割れていたけど。

 

「運悪くぶつかり合ったのかもな。要するに予備の物まで全滅だったから嗚呼成ったんだろ」

「悲惨」

 

その一言しか浮かばない。余りにも運が悪すぎるのではないだろうか。と、頭に過る疑問。

 

「普段から持ち歩いてる予備とか無かったんですかね?」

 

其れあったなら、大丈夫だったのではと思い。やれやれとローウェンは答えた。

 

「迷宮から帰るとき、ハインリヒは如何だった?」

「……えっと、確か」

 

思い返す。記憶が正しければ、掛けていた筈だ……罅割れた眼鏡を。

 

「あ、駄目ですね」

「と言うかな。其れが無事だったなら、あそこまで酷くはならないだろ」

「それもそうですね」

 

なんとも根本的な事を忘れて居たなと、レフィーヤは思いながら笑う。決して現実逃避では無い。決してだ。

 

「けど…本当に如何しますか?」

「如何する、如何するかー」

 

声を零しながら視線を彷徨わせるローウェン。と、不意に視線がレフィーヤに向かい、暫くしてから考える様な仕草をしてから。

 

「キチガイなら作れる奴が居ても可笑しくないか」

「ちょっと待って下さい。なんで私の事見てそんな事言うんですか」

 

なんだか自分がキチガイであると言われているみたいではないかと言葉にする。が、そんなものは知らんと言わんばかりに彼は言葉を続ける。

 

「で、作れそうなキチガイと言ったら誰が居るか」

「答える積もりありませんね?」

「当たり前だろう」

「ですよね」

 

知ってたとため息交じりに呟いた。と、其の時だ。

 

「あ」

 

ローウェンが声を零す。何かを見つけたのかと視線を追っていくと。

 

「あ」

「ん?何かね?」

 

キチガイ、と云う名のクロが歩いていた。彼は見られている事に気が付き、二人を見つけて問いの声を投げかけてきた。其れに対して、レフィーヤは問いを投げ返す。

 

「クロさん」

「何かね」

「眼鏡作れますか?」

「眼鏡?…まぁ、作れるが」

「作れるんですか」

 

やっぱりキチガイって凄いなと思う、レフィーヤだった。



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第八十三話

「じゃあ、よろしく」

「任されたぁー…」

 

そう言いながら、視線が彷徨い続けているハインリヒに引き摺られていくクロを見送るローウェンとレフィーヤの二人。如何にかなると言ったとたんにこれだと、若干の呆れ交じりの溜息を吐く。

 

クロは眼鏡が完成させるのに一週間ほどだと言っていた。其れもあくまで下手に拘らなければという事なので、もっと掛かるかも知れない。が、クロと言うキチガイが言った通りの日数で完成できないとは欠片も思っていないレフィーヤ。だって、ハインリヒと言う現在ぶっ壊れてしまっているキチガイが一緒に居るのだから……そう考えると言った通りに完成しなかったら彼はどうなってしまうのだろうか。少し気に成るが取り敢えず、考えない様にする。

 

「しかし一週間ですか」

「思わぬ足止めだな。まぁ、此ればかりは運が悪かったと言う他無いが」

「そう言えば、あの時の揺れって何だったんですかね?」

「ギンヌンガ辺りが中心らしい、と言う事位しか分からなかったからな」

「ギンヌンガ?」

 

それは、確かハイ・ラガード近くの亀裂。其処に在る遺跡の名前だった筈。そこからあの激しい揺れが発生したと言うのか。

 

「何か、あったんですかね?」

「さてな。若しかしたらミズガルズの調査隊なら何か知ってるかもな」

「調査隊なら? 何でですか?」

「最近探索してるらしいからな…案外、調査隊が揺れの原因だったりしてな」

「それは、無いでしょう。人間があの揺れを起こせるとは思えませんし」

「切っ掛けに成っただけかもしれんぞ?」

「あぁ、その可能性が在りましたね」

 

言いながら、笑い合う二人。都合の良い事につい最近、世界樹を揺らした事を綺麗に脳内から消しながら笑う。

 

「さて、一週間如何しますか」

「普通に情報整理」

「私が手伝う事前提ですか?」

「だと俺が楽だから嬉しい」

「まぁ、二人でやった方が早いでしょうからね。手伝います」

「レフィーヤは優しいなー」

「それ程でも在ります」

「あるって言っちゃうのかよ」

 

そんな他愛も無い会話をしながら宿へとお戻っていく二人、だが不意にレフィーヤの足が止まる。如何したのかとローウェンが問い掛けると。

 

「いえ、どうせだから食事に行こうかなと思いまして」

「宿で無くか?」

「はい。この前、紹介してもらった。あの店にでも行こうかと」

「あぁ、あそこか」

 

呟きながら頷くローウェン。二人とも店名を口にはしない。だって、絶対に許されない存在の名前が入っているのだから、口にしたら近くに居る冒険者たちが殺気立ってしまう。

 

「なら俺も行くか。まえちょっと気に成るのがあったし」

「そうなんですか、なら行きましょう」

「そうだな」

「では行きましょうか。永劫にも思える螺旋階段の果てに在る辛さと美味さの極致を垣間見る為の探求へと」

「そう……何言ってんだお前?」

 

 

 

扉を開け、ベルの音を響かせる。

 

「いらっしゃい」

 

店主の言葉を聞きながら見渡す。何処か空いている席は無いかと探し、カウンター席が目に付く。あそこで良いかと視線をローウェンに向けて、カウンター席を指さす。彼は頷いてみせた。

 

前回と違い、殺気立っていなかったからか。此れと言った反応を見せない店主の目の前の席に着く。無論、此れと言って意味は無い。

 

「何にする?」

 

もう少し愛想よくすればいいのにと思いつつ、メニューに目を通す。またカレーでも頼もうかと思い、駄目だと首を振る。

 

「幾らカレーが数多の探究者を生み出した始まりへと至る道しるべで在るとしても、しかし、だからこそ始まりに何時までも縋っていては駄目ですね」

「お前何言ってんだ?…あ、樹海パエリアを頼む」

「はいよ」

 

何か言いながらさらりと注文するローウェンを横目で見てから、メニューに視線を戻す。如何するかと悩みながら何か無いかと眺めて居ると。ある料理が視界に飛び込む。だが、其れは今のレフィーヤにはまだ早いと直ぐに理解できるモノであった。しかし、しかしだ。

 

「だからと言って、挑まない理由には成らない…そうですよね」

「さっきから何言ってるんだよお前は??」

 

覚悟を決めた様に頷き、レフィーヤはその料理を注文する。

 

「麻辣獄火鍋を一つ、お願いします」

 

店の中が空気が変わった。

 

 

 

コトリと音を立てながら置かれた其れは、まるで彼の火焔郷ムスペルを彷彿とさせる程に煮えたぎる紅だった。立ち上る湯気が鼻と瞳を刺激する。涙が溢れてきそうになるのを堪えつつ。水を一口。そして……口にする。

 

直後、レフィーヤの瞳から涙が溢れ出た。

 

「…如何したんだよお前」

 

何時の間にか席を移動していたローウェンがそう言ってくる。心配させてしまったのだろうか。申し訳なく思いながら答える。

 

「いえ、唯少し……悔しくて」

「え、悔しい?」

「はい。この料理を食べて、唯辛いとしか思えない私が、美味しさを見つけられない私自身が惨めで、悔しく」

「お前何言ってるんだ?」

 

困惑したようなローウェンの言葉を聞きながら、食べ続ける。ただただ辛いと、辛いとしか思えない料理を食べ続ける。涙を流し続け、ある事を誓いながら。

 

「必ず……辛さに磨かれた旨味を見つける。必ず!!」

「だから何言ってるんだよお前?」

 

負けを認め、其れでも何れはと示す様に、レフィーヤは麻辣獄火鍋を完食した。

 

 

 

栗鼠の喫茶店からフロースの宿へと向かう道。其処をゆっくりと歩きながら、しかしレフィーヤは決意に燃える。改めて考え思い至ったのだ。あの時は悔しくてたまらなかったが、挑むべき壁が高いなら。目指す場所が遠いなら。だからこそ挑む価値が有るのだと。故に涙している暇など無い。悔しさを糧として、レフィーヤは進むのだ。

 

と、そんなレフィーヤに対してローウェンは口を開く。

 

「なぁ、レフィーヤ」

「何ですか?」

「お前さ」

「はい」

「自分がキチガイとしか思えない様な言ってるの気が付いてるか?」

「え?」

 

今何と言ったのかレフィーヤには分からなかった。いや違う、理解を拒んだのだ。自分が、キチガイの様な言動をしていたと。そう彼が言ったのを理解したくなかった。

 

「そん、な事は、無いです……よ?」

「いや、在る。完全にキチガイの其れだったぞ? 食事中のお前」

「なんと」

 

探究していた時の自分が、挑んで居た時の自分が、そして敗北した時の自分が。キチガイだと、そうローウェンは言った。

 

「…確かに、そうかも知れませんね」

 

思い返すと、明らかに正常とは言えない事を口走っている。一般人が理解できない類の言葉を。

 

「…ローウェンさん」

「なんだ?」

 

レフィーヤは問い掛ける。

 

「私って…キチガイなんですかね?」

「一般人からしたら確実に」

「…そうですか」

 

否定の言葉は出ない。そうか、そう言う事だったのかと理解する。ローウェンが前言っていた、否定しようがしまいが、変わらないと言う意味を。

 

「ローウェンさん」

 

若しかしたら、今からでも止めれば、或は我慢すればまだ大丈夫かも知れない。駄目かもしれないが、そうしなければ、自分がそうである事を認める事に成る。

 

「…何だ?」

 

だから、彼女はその言葉を口にする。

 

「探求を、挑戦を止める位なら私はキチガイで良い…ッ!!」

 

そうだ、そうなのだ。今ここで止めるのは、止まるのは敗北どころでは無い。恐れをなして逃走するのと変わらない。それは、嫌だ。駄目だ。認められない。

 

故に彼女は受け入れた。吹っ切れたとも言えるだろう。今まで、自分は違うと否定してきた事を受け入れたのだから。

 

その言葉に、意思に、ローウェンは言葉を返す。

 

「そうか」

 

彼は、ふっと浮かべた笑みは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前本当に意味分からん事で吹っ切れたな」

 

酷く、呆れた様であった。



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第八十四話

「おはようございます」

 

誰が居ると言う訳でも無いが、レフィーヤは窓から外に向かってそう言葉にする。言ってしまえば独り言の様なものだが。そんな事は如何でも良い。重要なのは、目覚めがとてもよく、清々しい朝を迎える事が出来たと言う事の方が大切だ。

 

しかし驚く程に気分が良い。何か、つっかえが取れた様な。よく分からないからこその不快感が根元から失せたかのようだ。まぁ、兎に角、とても気分が良いと言う事だ。部屋から出る際にスキップでもしてしまいそうな程に。

 

しかし、自分でも何故こんなにも気分が良いのか分からないのも確か。だからレフィーヤは、なにかあっただろうかと思い返し。此れだと言える物は、否定していた事を受け入れた事位かと思う。けれど、其れだけで此処まで為るのだろうかと更に疑問に思う、が今は如何でも良い事かと。彼女は朝食をとる為に、食堂へと向かう。

 

「おはようございます」

「あら、おはようレフィーヤちゃん」

 

如何やらコバックの方が早かった様だ。席について料理を待っている様子。挨拶をしながら同じテーブルの席につき、カレーを頼む。

 

「またカレーなのね」

「ええ、何か問題でもありますか?」

「いえ全く。唯、最近カレーが多いなって思っただけよ」

「そう…ですね」

 

思い返してみると、確かにカレーを頼んでばかりだ。よくもまぁ、飽きないものだと自分の事ながら思う。まぁ何度も頼む理由は、宿で食べられる辛い料理がカレーしか無いからなのだが。と、おまたせしましたと言う声と共にカレーがテーブルに置かれる。

 

「あら、もうきたの。やっぱり早いわね」

「それもカレーの良さの一つですね」

「そうねぇ」

「まぁ、一番は辛さと美味さの織りなす素晴らしき旋律なんですけどね」

「何言ってるのレフィーヤちゃん?」

 

心底分からない様子のコバックに、分からないなら其れで良いと言いながら水を少し飲んでから食べ始める。分かる人には分かる。ただ、其れだけで良いのだ。

 

「ローウェンさんは?」

「知りたい事が在るからってサンドイッチ片手にもう出たわよ」

「早いですねあの人は。ハインリヒさんは…まだ戻って来てませんよね」

「勿論」

 

でしょうねと呟く。寧ろ、あの状態のハインリヒが戻って来て居たら驚くところだ。眼鏡が完成するまでへばり付いて居そうな状態だったし。

 

「コバックさんは今日どうしますか?」

「そうねー、此れと言って予定は無いから…街中を散歩でもしようかしら」

「成程」

「レフィーヤちゃんは如何する積りなの?」

「私ですか?…そうですね」

 

考える。今日一日如何過ごすのかを。またあの店に行くのも良いし。新たな店でも探して見ても良い。何方にせよ有意義な一日が過ごせるだろう。が、しかし。レフィーヤはやる事が在るのを思い出した。

 

「そう言えばまだ印術の調整が終わって無かったんでした」

「印術? それってこの前スキュレーに対して使った奴?」

「はい、其れを持ち運べるように布に印した物です。劫火のはもう大丈夫なんですけど。あと二つ程、吹雪と天雷のがまだ調整が途中なんですよ」

 

正確には使えない訳では無いが。味方を巻きこんでしまうかもしれないので調整が必要なのだ。

 

「そっか。なら今日はそれをすると言う事なの?」

「そうですね。今日である必要は無いですけど。もしまた必要になるかも分かりませんし。早めに完成させておかないと」

 

そうと決まればさっさとやってしまおうと、カレーを食べきりスプーンを置く。それではとコバックに向かって言いながら立ち上がり、部屋に向かう。

 

と、そう言えばと思う。結局、食べている間に料理は来なかったがコバックは何を頼んだのだろうか。其れとも唯休んでいただけなのだろうかと考えて。

 

「お待たせしたした」

「別に良いわよ。それにしても……やっぱり美味しそうね」

 

そんな会話が聞こえて、今来たのかと視線を向けると其処には。

 

豚の丸焼きがテーブルの上に。朝から其れを食べるのかと。レフィーヤは驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

書き印し。

描き印し。

いいや正しくは縫い印すか。

 

なんて事を考えながら、地道に布に印術を縫っていく。普通に、書くか描けば良かったなと思いながらも。縫い縫い、縫い続ける。なんで自分は印術を縫い付けようと思ったのだろうか。そうだ、書くよりも、或は描くよりも丈夫で良いものが出来るかもしれないと思い付いてやり始めたのだったと思い出す。

 

「…過去に戻れるなら自分を殴りたい」

 

まぁ出来ないけどと。縫い続ける。と、ドアを叩く音。誰か来たのかとさっと広げていた道具をしまってからドアへと向かい、開ける。

 

「どなたですかー…ってローウェンさんですか。如何したんですか?」

 

訪ねてきたのはローウェンだった。何か用かと尋ねると。大した事では無いがと口にした。

 

「部屋に籠っていると聞いてな。まさかお前もハインリヒみたいになったのかと思って確認しに来ただけだ」

「あ、そうでしたか…でも、そんなに籠っては居ないですよ?」

「朝から夕方ずっとなら十分籠ってるって」

「あぁ、それはそうですねって夕方?!」

 

慌てて窓から外を見る。言葉の通り、夕方だった。作業に集中していたからか、或は辛すぎて現実逃避していたからか。全く気が付かなかったレフィーヤは、酷く落ち込んだ。

 

「なんだろう。凄く、一日を無駄にした気がする」

「あぁ、分かるぞその気持ち。俺も銃弾の数を数えて一日が終わった時に同じ様な気持ちになったからな」

 

重要な事で、決して無駄では無いのだが。それでも、損をした気分に成る。それが、地道な作業の繰り返しと言うモノ。いや、同じ事だけをして一日を過ごしたからかと思うレフィーヤだった。

 

「……ん?」

 

と、何かに気が付いた様子のローウェン。如何かしたのかと首を傾げるレフィーヤにも、それは届く。

 

「笑い声?」

「だな」

 

誰かの笑う声が耳に届く。相当、大きな声で笑っているのか。かなり響いている。若しかしたら思っているよりも距離があるのかも知れない。

 

はて、何だろうか。誰が笑っているのか、気に成る二人は外に出てみる事にした。そして、笑い声の響く方へと向かうと、其処に居たのは。

 

「……ハインリヒだな」

「ハインリヒさんですね」

 

笑っていたのはハインリヒだった。暫くは帰ってこないだろうと思っていた彼が真っ直ぐフロースの宿へと向かって歩いている事も意外だが。其れ以上に何故ああも機嫌が良さそうなのか。と言うか何であんなに笑っているのか。二人は互いに視線を向けてから、ハインリヒへと近づいて行く。

 

「おーい」

「ハインリヒさーん」

「ん、んん?? おぉ!! ロー!! ウェンにレッフィー!! ヤじゃ無いか。如何かしたのかい!?」

「お前こそ如何した??」

 

主にテンションが異常である事に関して訊きたい。そう呟いたローウェンにハインリヒは意味有り気に、やっぱり笑い声を響かせながら言葉にする。如何でも良いがちょっと声を如何にかして欲しい、近所迷惑だから。

 

「訊くか、聴くかい? 聞くのかい?! ならば答えて上げよう。だって僕だから」

「……で、如何したんだ?」

「め・が・ね・が!! 出来たんだよ!! いやぁ、凄いね彼!! 軽く毒薬をチラつかせながら早くと急かしただけで完全完璧に仕上げてくれたよ!! それも三つも!!」

 

ヤッタァー!! そう喜びを露にするハインリヒ。そんな様子の彼を見ながら、とても苦労したのだろうなとクロを思う。

 

「彼ならいける、出来る!! こんな見事な眼鏡初めてだよ!!」

「そうか、よかったな」

「あぁ、本当に見事、素晴らしい!! ほかの眼鏡が出来上がるのが楽しみでならないよ!!」

「え、クロさんにまだ作ってもらうんですか?」

「勿論!! 最低でも二十個は欲しいからね!! もっと頑張って貰わないと!! まぁ、僕は眠くなったからこうやって帰ってきたわけだけどね!!」

「…そうか、ゆっくり休めよ」

「言われずともだよ!!」

 

それではと、笑い声を響かせながら歩いて行くハインリヒを見送った二人は、ふっと息を吐いて。

 

「…レフィーヤ」

「何ですか」

「謝罪しに行くか」

「……ですね」



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第八十五話

再びの第四階層。其処を歩む彼等。その内の一人であるハインリヒは。

 

「…死にたい」

 

酷く嘆いていた。

 

「お前何時まで引きずるんだよ」

「だってー……」

「まぁ、死にたくなる気持ちは分からなくも無いですけどね。別人なのかと疑ったくらいですし」

「そうね。あたし、ハインリヒちゃんがあんなにはしゃいでるの初めて見たわ」

「忘れろよ」

 

懇願する様に、醜態を忘れてくれと口にするハインリヒ。確かに、よく分からないテンションで街中を笑い声を響かせながら歩いていたと言うのは。忘れたい事だし、忘れて欲しい事だろう。なので。

 

「大丈夫ですよハインリヒさん」

 

そっと、レフィーヤは優しく彼の肩に手を置く。仲間が苦しんでいる、悲しんでいる。ならば、すべき事は一つだけ。

 

「ちゃんと忘れますから」

「レフィーヤ、君は……ッ」

 

 

「忘れた頃に…弄った方が楽しいですからね」

「君はそんなに畜生だったか?!」

 

心底驚いたと言った様子のハインリヒ。自分でもかなりあれな事を言っている自覚はある。有るのだが、その驚いている表情を見た瞬間、何とも言い難い感情が生まれるのを認識し。あぁ、もう駄目な所に居るんだなと察した。と、頭に軽い衝撃、痛いと言う程では無い其れに、無い事かと視線を向けると。呆れた様子のローウェンが居た。

 

「お前、何馬鹿な言ってるんだよ」

「…馬鹿な事ですかね?」

「相当な」

「むぅ」

「おぉ、いいぞローウェン。やっぱり君は」

 

「そんな事を言ったら弄る時に効果半減するだろう」

「畜生だな!でも、知ってたよそんな事!!」

 

絶望したと言わんばかりに膝をつき、しかし溢れ出す感情を叩き付ける様に地面を殴るハインリヒ。そんな彼に話し掛けるコバック。

 

「ハインリ」

「君は黙ってろコバック!! 無自覚に傷を抉る君が一番、一番酷いんだからな!!」

「酷い!?」

 

が、駄目。話しかける前に言葉を叩き付けられたコバックは酷く傷ついた様子。其れを見たレフィーヤはと言えば。

 

「いけませんね、此れはいけませんよ。そう思いませんかローウェンさん?」

「確かになぁー。此れはいけないなぁー。仲間を罵倒するとかいけないなぁー」

「どの口が言うのか!!」

「この口」

「寧ろ其れ以外無いですよね? 大丈夫ですかハインリヒさん」

「あぁああぁああああああ!! もうそう言うのは良いから!!」

 

「じゃあ進むか」

「ですね」

「でも叫ぶのは如何なのよ? モンスター寄ってきたらどうするのよ?」

「おふざけが長いのが悪いと思います!!」

 

その言葉は否定しないレフィーヤ。と言うか出来ないと言う方が正しいだろう。だってその通りだし。

 

「うむ、おふざけが長く成ってしまうのは良くないな。気を付けるか」

「それでも長くなるんでしょうけどね」

「それな」

「そうね」

「だろうね」

 

その通りだと頷く彼等を見て、其れで良いのかと疑問が過り、まぁ良いかと直ぐ消える。戦闘中でも無いならリラックスできるし…特定の誰かはとても疲れるが。

 

尤も、その特定の誰か。もとい弄られ役に成る様な人は何かしらをやらかして居るのだが。迷宮を攻略中なのに落ち込んだままだった今回のハインリヒの様に。尚、関係無い事だが一番弄られて居るのはコバックだったりする。

 

「…あ」

 

と、何かに気が付き声を零すローウェン。如何したのかと視線を向けられ、あれと言いながら指さした。そこには。

 

「…あ、軍隊バチだ」

「あ、本当ね」

「へぇ、あれ此処に居るんだぁー」

 

何だぁとても懐かしく思えてならないモンスターの姿に。意外そうに言葉が零れる。実際、意外と言えば意外だったから。

 

「あそこ特有のモンスターじゃ無かったんですね」

「いや、ボールアニマルととか、結構居たじゃん。アスラーガ周辺の迷宮に現れたのと同じモンスター」

「そう言えばそうでしたね」

 

言われてみればその通りだった。のだが、なら何で言葉を零したのだろうか。気に成ったので視線を軍隊バチから逸らす事無く見続けながら問い掛ける。と、ローウェンは何でも無いかのように答えた。

 

「いや、軍隊バチがこんなに迷宮の奥の方に生息してる事が意外でな」

「奥…そう言えばアスラーガの方では割と近かったですもんね」

 

確か第四迷宮だったかと思い出しなだら。気が付いた。

 

「第四迷宮と第四階層」

「…どっちも四だな」

「軍隊バチは四が好き?……何ですかねローウェンさん」

「訊かれても困るんだが」

 

だろうなと頷くしかない。自分でも答えられない事を聞いてしまったなと思ったし。それでもつい言葉に成ってしまったのだ、許してくれと心の中で思うレフィーヤだった。そう、心の中でだ、言葉にはしない。だって、別に謝る様な事では無いし。

 

「で、如何しますか。倒しますか?」

「あぁ…いや、あれを倒した結果あれの仲間がわんさか襲い掛かって来るかもしれないから放置で」

「分かりました」

 

確かにそれは面倒だと、そうなった場合を考えて顔を顰める。厄介事は少ないに越した事は無い。

 

「しかし」

「どうしたんですか?」

「いや、少し気に成る事が在ってな」

 

其れは一体何だろうと首を傾げながら問い掛けると、ローウェンは答えた。

 

「なんか、翼人の気配を感じないなと思っただけだ」

 



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第八十六話

「相変わらずF.O.Eは馬鹿しかいないな」

「それか目が見えてないかですね」

「なら、なんであたし達の事を見つけられるのかしらね??」

「臭いとかで判断してるとか?」

 

なんて会話をしながら落ちていくF.O.Eを眺めるギルド・フロンティア一行。

 

「…まぁ、楽だから良いけどな!!」

「そうだね。道具を消耗せずに済むというのはとても良い事だからね」

「その代わり違う意味で面倒ですけどね」

「あぁー、確かにそうね」

 

襲って来る奴とそうで無い奴。違いは在れど、気が付いて居ない時は、いや気が付いたとしても同じ行動しかしないF.O.E。何が面倒かと言えば、下手すれば何処までも追い掛けてきたりすることだ。先程、落ちていた蛙型のF.O.Eの様に。何かしら、追えない状態にでも成らない限りは。

 

「面倒と言うよりは鬱陶しいって感じだけどな」

 

その言葉に確かにと頷きながら更に上の階層へと向かう。

 

 

 

なんとなく、レフィーヤは辺りを見渡す。これと言って何かを見つけた訳では無いがふむと声を零した。其れが聞えたのか、ローウェンは振り返り訪ねてくる。

 

「どうした?」

「いえ、大した事じゃ無いんですよ。改めて見たら第四階層って綺麗な場所だなって思っただけなので」

「あぁー、まぁ確かにな。今まで見てきた迷宮の中でも群を抜いて…って程じゃないかも知れないが、それでもかなりいい景色だな。空も近いし、ある意味床が無い部分があるのも神秘的で実に良い」

「その所為で酷い目に在ったけどね」

「あれは覗き込んでたお前が悪い」

「そう言われると言い返せないッ!!」

 

でも言って欲しくないと身悶えるハインリヒ。まぁ、何が悪いのかと言えばハインリヒがと言うよりは彼の運が悪かったと言うべきなのだろうが。あとは間が。地震が起こるなんて思っていなかっただろうし。

 

「そう言えば風も無いのに花弁が落ち続けてるけど…なんで無く成らないのかしら?」

「気に成ってたけど気にしない様にしてた事を言わないで下さいよコバックさん。凍らせますよ?」

「凄く怖い事言わないでほしいわ」

 

仕方ないじゃ無いかとレフィーヤは思う。だって考え出したら泥沼にはまった様に思考から抜けだせなくなりそうなのだから。

 

「単純に天の支配者がそう言う風に創ったってだけかもしれんがな」

「成程……天の支配者すごく便利」

「大体は天の支配者の所為で話が済むしな。面倒くさい時は重宝しそうだな」

 

何か在ったら天の支配者の所為。やはり便利だとレフィーヤは頷きながら思う。まぁ、ハイ・ラガート公国でしか通用しないだろうけど。他の場所じゃ誰?で終ってしまいそうだし。

 

「まぁ、分からない事の答えが知りたいなら知ってそうな奴に聞くのが一番だけどな」

「知ってそうな人って誰ですか」

「いや、人であるかは知らん」

「え?じゃあ、其れって何ですか?」

「天の支配者」

「わぁ、凄い便利」

 

なんにでも使えるな天の支配者。なんて思いながらもまぁ、確かにと思う他無い。だって、こんな謎の花の木を。若しかしたら世界樹の迷宮その物を作ったかも知れない存在なのだから。そりゃあ、天の支配者に聞くのが一番だろう。答えてくれるかは分からないけれど…って。

 

「答えてくれるか分かりませんよねそれ」

「そしたらあれだ、あれ」

「何ですかあれって」

「資料を奪う」

「…その資料が無かったらどうしますか?」

「ぶちのめしてから訊く」

「暴力ですか」

「暴力だな」

「……成程」

 

理解したと頷きながらレフィーヤは笑みを浮かべて思った事を口にした。

 

「一番便利なのは…暴力なんですね」

「一般からしたら非常にあれだが、真理ではあるよな」

「物騒極まりないけど否定はしない」

「結局それが一番なのね」

 

全員の意見が一致した。そして、それとは関係なく彼等は歩み続ける。途中、突っ込んで来た鳥型のモンスター…と言うには馬鹿なのでF.O.Eだろうそれを射ち落したりしながら。

 

「しかし本当に出て来ないな翼人」

「あぁ、そう言えばそうですね。何か在ったんでしょうか?」

「…ミズガルズの調査隊が関係してんのかね?」

「なんで其れが出てきたんですか?」

「いや、公宮で調査隊が第四階層の探索に出たって話聞いたからだが?」

「その…聞いて無いですよ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「無いです…ですよね?」

 

本当に言って居ないのか分からなくなったので確認する様に視線をコバックとハインリヒに向ける。するとレフィーヤに同意する様に頷いてみせた。まぁ、ちょっと前まであれな状態だったハインリヒとコバックなコバックだから余り当てには成らないが。其れを見たローウェンは少し考えるような仕草をしてから、謝罪の言葉を口にした。

 

「あぁー…すまん。確かに言ってなかったな」

 

如何やらレフィーヤは間違っていなかった様だ。まぁ、調査隊の事を言われてもへぇ、と言った感じにしか返さなかっただろうが。確かに先に進まれて居るのは悔しいが、冒険をしていれば良く在る事だ。要するに其処まで重要な情報では無いと言える物だ。だから彼も言わなかったのだろう。

 

「しかし、私達より先に進んでいるとは。やりますね」

「まぁ、割と足止め食らってたけどな」

「それに関しては申し訳ない」

 

心底、申し訳ないと言った様子のハインリヒに気にするなとローウェンは軽く手を振って見せて。

 

「反省してんなら戻ったらなんか奢れ。それで帳消しな」

「…分かった。財布の紐を緩めておくよ」

「と言う事で滅茶苦茶高いものを頼めよ二人とも」

「辛い物を食べましょう」

「フルコースね」

「欠片も容赦ないね君達は!!」

 

財布が軽く成ってしまうと嘆く彼を見ながら軽く笑み。階段を昇り次の階へと足を踏み入れ。

 

「…あ」

「どうしたんですか?」

 

先を歩いていたローウェンが声を零す、何事かと彼の見ている方を見てみると。

 

「…あ」

 

そこには、冒険者たちの姿が。きっと、彼等こそが。

 

「ミズガルズ図書館の調査隊……か」

 

思ったよりも早く、出くわした。



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第八十七話

まだ気が付いて無い様子のミズガルズの調査隊。さて、これは声を掛けた方が良いのかとローウェンに確認しようとして。調査隊の内の一人、恰好からしてドクトルマグスと思われる少女が彼等に視線を向けてきた。気が付いたかなと思いつつ、何やら少女に見覚えのあるレフィーヤは、何処かで会ったか、或は見た事でも在っただろうかと思い出そうとして。少女が、あっと言葉を零してからレフィーヤを見て。

 

「ひッ…?!」

 

さっとパラディンと思われる男性の影に隠れてしまった。其れを見て少しだけショックを受けるレフィーヤだった。

 

「…今、思いっきりお前の事見て隠れたよな。お前何したんだよレフィーヤ」

「え、いや。此れと言って何かした憶えは無いんですけど」

 

憶えてないだけで何かしてしまったのだろうかと考え。しかしさっぱりだと首を傾げる。

 

そして少女が切っ掛けと成り、視線を向けてくる調査隊の面々。しかし気が付くの遅いな。自分達がモンスターだったら死んでたぞと彼女は思う。

 

「うぉ、冒険者だ!?」

「なんで驚いてんだあいつ?」

 

在り得ないものでも見た。そんな様子のレンジャーの青年・・・と言うには少し若いか、少年に心底分からない様子のローウェン。まぁ、なんで冒険者が迷宮に居る事に驚いているのかは本当に分からないが。

 

「フラヴィオ。冒険者が迷宮に居るのは驚くような事じゃ無いだろう」

「え、其れはそうだけど…って、いやいやそうじゃ無くてだな」

 

フラヴィオと呼ばれたレンジャーの少年は、褐色の……多分、ソードマンだと思われる少年に言葉を発する。しかし、本当に褐色の彼は服装が普通のと違う所為で職業が分かり難い。剣を持っているから辛うじてそうなのかなと思える程度だ。

 

「で、そのこはなんでそんなに怯えているのかな?」

 

話を変える様にハインリヒがドクトルマグスの少女に隠れられているパラディンの男性に問い掛ける。しかし彼はさっぱりだと言いたげに首を振る。

 

「って、訊かれてるが。如何したんだ?」

「…眼鏡」

「ん??眼鏡がどうした」

 

ぼそりと呟かれた言葉に、何故その言葉を言ったのかと更に問い掛ける男性に、小さな声で少女は答えた。

 

「眼鏡…割られる」

「眼鏡、割る?……あ、あの時の」

 

思い出した。初めて錬金術師互助組合に向かった際にぶつかった少女。確か、クロエと言う名前だった筈だと思い出しながら。

 

「レフィーヤ…君はそんなにも恐ろしい事をあんな少女にやったのか?!」

「やってませんからね」

「ぐッ。僕は恐ろしい。震えが止まらない程に君に対して恐怖している。まさか君が畜生を通り越して外道であったなんてッ!!」

「だからやってませんからね」

「だが!! それでも僕は屈しない! 少女の眼鏡を、命を守る為に…僕は、僕は!! 君と戦おう!!」

「だからやってないって言ってるでしょう!! ただ単に口にする事を考えないと眼鏡が割られるかも知れませんよって注意しただけですよ!!」

 

「知ってる」

「知ってる事を知ってます」

 

いえーい、と気の抜けた声を出しながら特に意味は無いがハイタッチするレフィーヤとハインリヒ。そんな二人の会話の落差に困惑気味の調査隊。その様子にローウェンはまぁ、仕方ない事だと苦笑した。

 

「取り敢えず、名乗っておくか。と言う訳で端から」

「コバックよ」

「ハインリヒだよ」

「レフィーヤですよ」

「そして俺がローウェンだ」

「ローウェンさん」

「なんだレフィーヤ」

「最後によって付けましょうよ」

「何でだよ」

「其れで良いんですよ」

「まじかよ」

「マジですよ」

 

「はい、ふざけるの此処まで」

 

パチンと手を鳴らすローウェンに合わせて黙る三人。そしてやっぱりその様子に困惑している調査隊で。

 

「これはご丁寧に。私はアリアンナと申します」

 

そう言って頭を下げながら名乗るのはプリンセス…とは少し見た目が違うが恐らくそうなのだろう少女だった。そしてその行動に驚いているのは他の調査隊だった。

 

「ちょ、なんで普通に返してんだよ?!」

「自己紹介にはちゃんと返すべきでしょう?」

「そうだけどそうじゃ無いだろう!!」

 

叫ぶフラヴィオと何かおかしなことでも言っただろうかと首を傾げるアリアンナ。そのちょっとしたやり取りで分かる事はフラヴィオと言う少年が苦労している事と、アリアンナという少女が何処と無くコバックと似ている事だろう。それはローウェンも思ったのか、何気ない動きでコバックの前に立つ。二人に会話をさせない様に。

 

と、そう思ったのだが。

 

彼の意識が調査隊の彼等に向いて居ない事にレフィーヤは気が付いた。ならば何をと思い探ってみると。気配が一つ。

 

「ローウェンさん、あれって」

「まぁ、だろうな」

「何言ってるんだ?」

 

首を傾げ、訝し気にフラヴィオは問い掛けてくる。どうやら気が付いて居ない様だ。

 

「で、如何しますか?」

「如何するも何も、襲って来なければ話をする。それだけだ」

「だから、さっきから何の話を」

 

「と言う事で、だ」

 

投げ掛けられる言葉を敢えて無視しながら、ローウェンは視線を向ける。気配を感じる…空に向かって。

 

「話が在るなら降りてきたらどうだ?」

 

 

バサリと羽ばたく音が響いた。



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第八十八話

現れた翼人。前に見たものとは違い多くの飾りを身に付けた彼は、其れだけで高貴な身分の者で在ると分かる。そんな彼はギルド・フロンティアとミズガルズの調査隊に、こう告げた。

 

此処より先、進みたければ証を示せと。

 

彼の言った言葉をそのままと言う訳では無いが。概ねその様な意味の事を口にしていた。証、確か彼はいにしえの飾りと言っていた物。そんな物、レフィーヤは持ってなどいないし処か存在すら知らない。さて如何したものかと思ったのだが。

 

まぁ、レフィーヤが持っていなくてもローウェンは持っていたのだが。

 

「何て言うか…あんた達準備万端だな」

「いや、そっちの方が準備不足だっただけだろ」

「ぐッ! いやでも流石に」

「流石にも何も、ハイ・ラガートの伝承とかきっちり調べとけば分かる事だからな? 確かに、王家や貴族だとかしか知らないものとかは在ったが、第四階層を攻略したいからって言ったら教えてくれたからな?」

「そ、それは」

「あちゃー。其れを言われたらこっちの落ち度だと認めるしかないね、ほんと」

 

そう言って、降参だとでも言いたげに両腕を上げるパラディンの男性。他の人と違って随分潔いものだと視線を向ける。

 

「ん? 何だ」

「いえ、随分あっさりだなと思っただけです」

「だってねぇ? 実際、それを怠った訳だし? と言うか、結果的にあんたらが進めたから俺達も進めた訳だしな」

 

とやかく言わずに認めるが吉だ。そう言って彼は笑みを浮かべた。なんでだろうか、見た目以上に、達観していると言うか、老成していると言うか。年不相応な貫禄がある人だなとレフィーヤは思う。

 

「…若しかして、そう言う事なのか?」

 

ポツリと、言葉を零す褐色の少年。何がそう言う事なのかと視線を向ける・・・と言う事はしないが意識を少しだけ彼に傾けはする。

 

「そう言う事って、何がだよ」

「翼人達が争ったていう、その理由」

「それって、確かあの時のあれか?」

「嗚呼」

「それの何がそう言う事なんだよ?」

「多分だが、あの人達が関係しているんじゃないのか?」

「え、そうなのか!?」

「なんの話だよ」

 

彼の言葉に、驚いた様子で問い掛けてくるフラヴィオ。其れに対して更に問いを返すローウェン。まぁ、本当に何の話なのか分からないのだから仕方が無い事だ。と言うか、此れまで現れなかったのって何かと争ってたからなのか。

 

「それで如何いう事なんだ?」

「十八階で翼人に出会ったんだ」

「へぇ」

「で、其の時出てきた奴らが何故かボロボロだったんだよ」

「何故に?」

「其れがな。なんでも正しさが如何たらと言ってたんだよ。分からないだろう?」

「いや、正しさが如何たらって言われても。流石にそれだけじゃ……あぁ、若しかして」

「分かったのか?!」

「正しいか分からんな。一つ訊くが、其の十八階で…えぇ、合言葉でも言えみたいな事言われたか?」

「え、よく分かったな。言われたよそれ」

「なら間違いないなぁー…え、そんな理由で争ったのかよあいつ等」

 

えぇ…っと呆れた様子のローウェン。一体どういうことなのか、レフィーヤは問い掛けると。大した事では無いと彼は答えた。

 

「最初に第四階層に来た時、俺が伝承を言っただろう?」

「あぁ、あの微妙に間違ってた」

「そうそれだ。其れで、その微妙に間違ってたていうのが争いの原因」

「…は?」

「要するに、あまりに微妙な間違いすぎて翼人の中であってるのかあってないのかあ。そう言う感じで意見が分かれたんだろう」

「え、それで争いになったと?」

「多分でしかないけどな」

「え、でも…えぇ?」

 

もしもそうだとしたら、其れで良いのか翼人。そう思わずにはいられないレフィーヤ。確かに、其れに思い至ったらな呆れもするだろう。実に下らない理由なのだから。まぁ、彼等からすれば重要な事なのだろうが。伝承が微妙に間違っている、或は変わっているかも知れない等。其れこそ困惑する他無いだろうし。

 

「でも、其れだけだと流石にボロボロになるまで争う事は無いんじゃないですか?」

「そうだな、其れだけなら言い争って終わるだろう。が、其れをきっかけとして不満だとかが吹きだせば大乱闘に直ぐ発展するぞ」

「あぁ、確かに」

 

其れならボロボロと言うのも納得だ。そうなると尚の事在り得ない事ではに無いなと思えてくる。同時に、其れで良いのかとも。

 

 

と、不意にローウェンが立ち止まる。

 

如何したのかと、問い掛ける。其の前にレフィーヤも又気が付く。如何やらハインリヒとコバックも又気が付いて居る様だ。

 

「…如何したんだ?」

 

如何やらミズガルズの調査隊の面々は気が付いて居ない・・・いや、一人だけ。パラディンの男性は辺りを警戒している。何処から、と言うのは分からない様だが、気が付いてはいる様だ。

 

「…恐らく、あいつが。カナーンが言っていた奴だよな」

 

そう言葉にするローウェンに頷いてみせながら。あの翼人、カナーンと名乗った彼の言っていた事を思い出す。空の城へと至る道に、それが居るのだと。

 

「でしょうね」

「感じから云って…其れが妥当だろうね」

「ていう事は、またあたし役立たずね」

「だな、役立たず」

「きっといいことありますって役立たず」

「元気だしなよ役立たず」

「棘が凄い刺さってるわよ?! 言葉の棘が!!」

 

「いやだからどうしたんだよ?!」

 

声を張り上げるフラヴィオ。それに、仕方ないと言いたげにおふざけを止めて視線を彼に、では無く、別の方向へと向けた。

 

「いや、唯…来るぞ」

「は? 何が――――」

 

言葉が途切れる。それは突風が彼等を襲ったからだ。思わずと言った様子で顔を守り、踏ん張るミズガルズの調査隊。その様子が何か懐かしいなと思いながら、突風対策を施して於いたギルド・フロンティアの一行は。突風へと、いやそれを巻き起こした存在へと視線を向けた。

 

「あれが…天空の女王か」

 

二十階の中心。そこで羽ばたき、滞空する一体の強大な魔物。それは彼等の事に気が付いて居るのか視線を向け、しかし何もせずにただ笑う。地を歩むさまが無様であると。そう思っているかの様に。其れをみたレフィーヤは、ポツリと呟いた。

 

「余裕ですね」

「だな」

「はぁ?! 何言ってんだよ! と言うか何が余裕なんだよ?!」

 

魔物の強大さに当てられていた様子のフラヴィオは、しかし二人の言葉に驚きを露にし乍ら叫ぶ。その叫びに、言葉では無く行動で返す。

 

よいしょと、掛け声を出しながら鞄からを取り出した石を天空の女王へと向かって投げる。尤も、当てる積りは無いが。だから、投げた石は女王の滞空する真下辺りに落ちて、軽く転がる。

 

「位置的には…問題ないですね」

「こっちも良いぞ」

「なら、これで」

 

終わりですねと、パンと手を叩き印術を発動する。投げ込んだ石に刻まれた其れを。

 

発生するのは氷槍。しかしそれは攻撃目的の物では無い。唯、真上に向かってそこそこの大きくて頑丈な氷を生み出すだけのもの。よく壁がわりに使う其れを、拘束具として利用する。

 

突然、氷で足を地面に繋ぎ止められた女王は驚いた様に羽ばたき、視線を下へと向けて。翼を銃弾で貫かれた。的確に、弾丸が通り。また羽ばたきを阻害できる場所を貫いたのはローウェン。彼は、地面に堕ちる女王を見ながら。

 

「まぁ、奇襲をして来ないからそうなるんだよ」

 

そう口にした。

 

しかし、女王はまだ死んでいない。地面に叩き付けられて。其処で初めて彼等に向かって敵意を向ける。余りにも、遅すぎるのだが。

 

「早速使う事に成るとは思ってませんでしたよ、いや本当に」

「実験だと思えば良いだろう」

「ですかね」

 

そんな女王尚、既に眼中で無いと言わんばかりに会話する二人。そして、レフィーヤは徐に鞄に手を入れて一枚の布を取り出した。

 

「まぁ、巻き込みようが無いですからね」

 

布に刻まれし印。それは、吹雪を巻き起こす大印術…を、改良したもの。生み出される物は吹雪では無く、其れすら遮るだろう強大な氷塊。

 

女王の真上に生み出された氷塊は、一切の遮りも無い故に当然の様に。

 

 

女王を押し潰した。

 

 

「ほら」

 

終わったかどうかを確認する為に、床代わりの氷を張りながら視線を唖然としてるフラヴィオ、いやミズガルズの調査隊へと向けて言葉にする。

 

「余裕だったでしょう?」



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第八十九話

さっくり天空の女王、後にハルピュイアと名付けられたモンスターを倒したギルド・フロンティア一行、と言うかレフィーヤとローウェンの二人。しっかりと確認を終えた後に現れたカナーンに感謝の言葉を送られた。

 

何故かドン引きしていたが。まぁ其れに関してはミズガルズの調査隊も変わらないのだが……いや一人だけ。アリアンナだけが素直に凄いと目を輝かせていたのをよく覚えている。やはり彼女はちょっとあれな感じがする。

 

そて、そんなこんなで天の支配者の居城へと至る道に辿り着いた彼等は今…ハイ・ラガートの街に帰還していた。いきなり行ったりはしない。だって疲れてるし。そう言う事でフロースの宿でしっかりと休息した一行。其々が其々の予定に合わせて予定動き出す。

 

ローウェンは報告と改めて調べ事をする為に公宮へ向かい、コバックは装備の整備、ハインリヒは古くなった薬の破棄と材料を買いに外へ。そしてレフィーヤはと言えばあと一枚ほど残っている大印術を手軽に使える様にする為の布製作・・・・なのだが、どうにも気乗りせず何と無く食堂でボーっとしていた。ら、である。

 

「いやぁ、貴方達もこの宿に泊まってたんですね。今まで出会わなかったのが不思議なくらいですよ」

「……そうだな」

「何ですか其の間は?」

 

何故そこまで間が出来るのかと。まさかまだハルピュイアの時の事を引きずっているのか?切り替えが不十分だなと思いながら目の前に座る二人。ミズガルズの調査隊のフラヴィオとパラディンの男性へと視線を向ける。そう、驚く事に彼等もフロースの宿に泊まっていたのだ。本当に、先程言った通り今まで出会わなかったのが不思議に思えてならない。

 

「あぁー…失敗したかね。こんな事なら宿の食堂なんて覗かなきゃよかったぜ」

「失敗とは失礼ですね。まぁ、貴方達にとって現状が思っていた物と違うならそうでしょうけども」

「正しくってやつだ。俺たちの予定では此処でさっさと朝食を済ませて外に出ようとしてたわけだからな」

「あ、そうでしたか。それは私が悪いですね。お詫びと言っては何ですが朝食代は私が出しますよ」

「ほんとかい? いや悪いねー」

「お、おいおっさん?」

「いいからいいから。ここはお嬢ちゃんの言葉に甘えようじゃないの」

「お嬢ちゃんじゃ無くてレフィーヤ・ウィリディスですよ、私は」

「お、そうかい。そう言えば名乗って無かったな、ベルトランだ。まぁ、宜しく」

 

さてと、じゃあ何を頼もうかなとメニューを覗き込むベルトランと名乗った彼。なんかうまい事意識をずらされちゃったなと思いながらレフィーヤは見る。正直言って、彼があんな風に言葉にしなければもっとフラヴィオに色々と言葉を投げかける積りだったし。フラヴィオでは対応できないと判断したのか意識を自分に向けさせてさっさと離れられるように話を切り上げた上で食事まで奢らせるとは……年の功と言うやつか。

 

まぁ、そう言ったのは自分なのだが。と、ベルトランの視線がメニューからレフィーヤへと移る。

 

「そういや、あんたは良くここを利用するのか?」

「此処ですか? そうですね、朝食は大体ここで済ませますね」

「なら、ここのお勧めを」

「カレーですね」

 

食い気味に言ってしまったからか、少し驚いた様子のベルトラン。しかしお勧めはと訊かれたらカレーと答える他無いだろう。だってカレーは美味しいのだから、辛さと美味さの調和もばっちりだし。

 

「そうカレー。カレーこそがこの宿一の辛味を持つ料理。食べなければ損ですよ」

「お、おぉ。そうかい」

「…辛ければ美味いってもんじゃないだろう」

 

「は?」

 

随分と低い声が出たがそんな事は如何でも良い。今、彼は…フラヴィオは何と言ったのか。

 

視線を彼に向ける。彼は口が滑ってしまったと言った様子で、その隣に座っているベルトランもまた、あちゃーっと言いながら額に手を当てていた。いや、どんな様子なのかは如何でも良い。重要なのは先程の発言だ。

 

「……今、何て言いましたか?」

「え、いや、あの。違うくて」

「あ?」

「……辛ければ美味いって訳じゃ無いって、その…言いまし、た」

 

どんどん声が小さく成っていく。しかし、再び言葉にされたそれは正しく。あぁ、何と言う事だとレフィーヤは体を震わせた。内から感情が溢れ出しましそうだと堪える様に顔を伏せて。いや、あぁいやそうだ。堪える必要等ないのだ。その感情に身を任せればいい。

 

そしてレフィーヤは抑える事を止めて、勢いよく顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その通りです!!」

「はい?」

 

唖然とした様子のフラヴィオ。しかしそんな事は如何でも良い。重要なのは先程の言葉。レフィーヤ自身が思い至った答えを、彼も持っていると言う事だけだ。

 

「そうなんですよ、そうなんですよね!! 辛ければ良いって訳じゃ無いんですよね!! 辛くて辛くて辛くて!! けれどしっかりとした美味しさを持っている! だからこその辛味なんですよね!!」

「お、おう」

「其れは正しく!! 無限か有限か分からず、しかしだからこそ何処までも続く無限螺旋の最果て!! 辛さは美味さを磨き、上手さは辛さを引き立てるデュエットの如く!! どちらかが欠けても至れぬ究極!! 本当に……あぁッ!!」

 

笑みが浮かぶのを抑えられない。まさか同じ辛味の求道者がこんなにも近くに居たとは。勢いよく立ち上がり、其の儘近づき、手を取る。さっきから呆気に取られいるフラヴィオの手を。

 

「とことん語らいましょう!!」

「語らうなアホ」

 

不意に言葉が聞え。直後に衝撃。突然の事に耐える事も出来ず意識が暗く沈んで行き。最後に見たのはあきれ顔のローウェンだった。

 



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第九十話

眼前に光が揺蕩っていた。

 

はて、此処は何処だろうかと疑問に思い、あぁ夢かと納得して頷いた。何故急に夢だと分かったのか少しだけ疑問に思うが、其処まで深く考える事でも無い。

 

辺りを見渡す。何処まで続くのではと思う程広大な草原に、沢山の光が在った。不思議な事にその光は、酷く懐かしいものに思えて。何処かで見たのか、或は。ふむと首を傾げながら考えていると、光が慌ただしく動き始める。危険を知らせるかのように激しく点滅しながら。なにか在ったのだろう。若しかしたら天敵と言えるモンスターでも現れたのかも知れないと思うレフィーヤ。

 

 

強烈な悪寒に襲われる。

 

 

瞬間理解する。如何しようもない何かが現れようとしていると。所詮は夢の中の出来事、等と楽観視する事は出来ない。此れから起こる出来事は、現実に影響を及ぼしかねないものだと、レフィーヤは理解した。

 

同時に、既に遅いと言う事も。

 

影が覆う。それが何であるのかを見てはいけない。そう思いながらしかし、レフィーヤは反射的に空へと視線を走らせて。

 

 

 

 

 

激痛と共に意識が覚醒する。

 

「エボルシャ?!」

「うぉ!なんだ行き成り?!」

「起きたか」

「なんでそんなに平然としてんだよ!!」

 

視界に入り込んできたのは驚いているフラヴィオと何時も通りのローウェン。彼の言葉から考えるに、目が覚めたのだろう。余り実感がもてないが。

 

「……あぁ」

「随分調子が悪そうだな。大丈夫か?」

「後頭部ぶん殴った本人が何言ってるんだよ」

「ちょっと大丈夫じゃないです。酷い夢を見たせいで気分が悪いです」

「夢?」

「夢ですね」

「気絶しても夢って見るもんなのか?」

「……さぁ? でも実際見ましたし」

「それもそうか」

「なぁおっさん、俺が可笑しいのか?」

「可笑しくないから自信持て」

 

軽く頭を振り、差し出された水を飲む。幾らかマシになったが、それでも不快感がへばり付いている。何かしら気分転換に、そう具体的に栗鼠の喫茶店で火鍋でも食べなければ拭えないものだろう。

 

「どの位気絶してましたか?」

「十数秒」

「戦闘中なら死んでますね」

「一人ならな」

「それはそうですけどね。改良しないといけませんね。と言うか体痛い!!」

「床に思いっきり倒れ込んでたからな」

「それだけじゃ無くて死なない程度の電流で無理やり意識覚醒させたので其れの所為も在って相当痛いです」

「お前そんなの使ってるのかよ」

 

言いながら呆れた様子のローウェン。まぁ、実際今回が初めての使用なのでこれが如何しようも無い欠陥術で在る事がここで分かったのだ。ある意味、ぶっつけ本番での使用に成らなくてよかったと思うべきだろう。下手すれば、此れの所為で自分に止めを刺してしまいそうだ。他の方法を考えなければ。

 

「あぁ……えっと、大丈夫か?」

「え、あぁはい。大丈夫ですよ。ほら、死んでないでしょう?」

「そこ?!」

「何処? まぁ、良いですけど。それにしても何で申し訳無さそうにしてるんですか?」

「あ、いや、それはその。なんか俺が言った言葉の所為で思いっきり殴られる事に成ったから、その…申し訳ないと言うか」

「…あぁ、その事ですか」

 

一瞬、そんな事かとレフィーヤは思った。大した事では無いと。

 

「完全に私が悪いんですから気にしなくてもいいですよ」

「え、いやだけど」

「貴方の言葉に過剰に反応して、勝手に暴走したのが私です。だから私加害者、貴方被害者。其れで良いんですよ」

 

冷静になって考えれば、辛ければいい手もんじゃ無いと。そう言ったからと言って自分と同じとは限らないと言う当然の事に行き付いたレフィーヤ。そう思って、言葉にしただけなのだろう。だから、自分が悪いのだが。其れでも納得できていない様子のフラヴィオにベルトランが肩に手を置きながら言葉にする。

 

「気にするなって言ってんだから、そうすりゃ良いんだよ。寧ろ、気にしすぎたらそっちの方が悪いぞ」

「そう、なのか?」

「そんなもんだ」

「…そうか」

 

 

そう言ってフラヴィオは肩から力を抜いた。本当に気にし過ぎでは無いだろうかと思うのは、自分が可笑しいからなのだろうか。そんな事を真剣に悩み、数秒後にまぁ切り替えが速いのはいい事かと思う事にしたレフィーヤだった。と言う事で気に成っていた事を問い掛けようとローウェンに視線を向ける。

 

「で、ラガード公宮に行くって言ってたローウェンは何で居るんですか?」

「忘れ物取りに来ただけだよ」

「凄い単純な理由だったんですね」

「そうだぞ、数分在れば済む用事だったのにアホが馬鹿みたいに絡んでるから時間食ってるけどな」

「すみませんでした!!」

 

キレの良い謝罪。なんだか随分と頭を下げ慣れてしまったなと頭の片隅で思うレフィーヤだった。

 

「まぁ、俺は其れで良いとして。二人に関してはちゃんとしろよ?」

「それは勿論」

「いやいや、大丈夫だぞ」

「は?」

「何せもう、朝食をおごってもらう約束をしているもんでね」

「そうなのか?」

 

そう言えばそうだったと、ついさっきの事なのに忘れていたレフィーヤ。

 

「…あんたたちは其れで良いのか?」

「おう、其れで良い。だよなフラヴィオ?」

「え、あ、あぁ俺も其れで良い」

「と言う事で此れでしまいだ。と言うか寧ろ謝るべきは俺達じゃ無くて女将さんにじゃ無いか?」

「確かに」

「あぁー……ちゃんと謝らないと」

 

可成り騒いでしまったし。迷惑かけたのは間違いない。朝食を奢ったら謝りに行こうと思って、不意に頭を過った事が気に成り、ローウェンに問い掛ける。

 

「ローウェンさん、ちょっと良いですか?気に成る事が在るんですけど」

「なんだ気に成る事って」

「いえ、さっき見た夢の事なんですけど」

「夢の事訊かれても困るんだが」

「それはそうでしょうけど、気に成る単語…と言うか言葉と言うか、名前? が在ったんですよ。若しかしたら知ってるんじゃないかなぁって思って」

「知らん」

「せめて聞いて下さいよ」

「じゃあ、何だ?言ってみろ」

「えっとですね」

 

言いながら、思い返す。既に朧げに成った其れを。結局、夢で見る事の出来なかった影の正体。強大であり邪悪であると言う事以外に、一つだけ。多く揺蕩う光が声でない言葉が告げていた在る言葉。其れを口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星を喰らうものって…知ってます?」

「知らん」

「ばっさりですね」



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第九十一話

軽く鞄を揺らしながら中身を改めて確認。必要な物は全て揃っていると。まぁ、今更、此処で確認してもしょうがないのだがとレフィーヤは視線を前に、天へと至る為の道を見る。まるで樹海磁軸みたいだなと思いながら、軽く肩を回してからローウェンへと視線を向ける。大丈夫だと知らせる様に。其れを感じてか、彼は軽く見渡してから頷いて。

 

「じゃあ、空の上に向かいますかね」

 

一歩、足を踏み出した。

 

 

 

そこは空に浮かぶ巨大な建造物。現実であるのかを疑う光景の中に彼らは立つ。

 

「本当に飛んでますね、これ」

「何かが支えてるって感じでも無いしな」

「と言うか地味にどうやって此処まであたし達を運んだのか気に成るわね」

「そこはあれだろ、あれ。樹海磁軸とか、そう言ったものと同じじゃ無いか?」

「あぁ、在り得そう」

 

何の、何時もと変わらぬ様子の彼等は流石と言うべきか、否か。ただ、緊張してしまっているよりは良いのかも知れない。油断も慢心もしていないのだから。

 

「あ、あれ。樹海磁軸じゃないですか?」

「あぁー……みたいだな」

「と言う事は戻れるって事だね。いやぁ、良かった」

「本当ですね」

 

若しかしたら帰れないかも知れないと思っていたので、良かったと息を吐くレフィーヤ。冒険者の嗜みとしてアリアドネの糸を複数持っているが、使えないかも知れないと思っていたし。

 

と、其の時だ。

 

『…天の御座、我が居城に訪れたるは何者か?』

 

吹き荒ぶ風の音が鳴り響く中でも聞こえるその言葉は。音では無い何かなのだろうとレフィーヤは思う。声は、なお響く。

 

『此処は天の主。オーバーロードたる我が英知を込めて築いた場所。許可なく立ち入る事は許されぬ』

 

それは拒絶の言葉なのだろうか。しかしそれにしては込められた感情は。

 

視線をローウェンへと向ける。如何するのかと。下手な事を答えたらどうなるのか分からない。若しかしたら今立っている床が抜けて其の儘下へと真っ逆さま、何て事も在り得ない事では無い。と、そんな事を考えているとローウェンは大した事では無いと肩を竦め乍ら言葉にする。

 

「別に許可は必要無いだろう天の支配者」

『……なに?』

 

彼の言葉に天の支配者、オーバーロードは訝し気に声を零す。一体何を言ってるのかと問い掛け掛ける様に。対し彼はそんな事も分からないのかと言いたげな表情を浮かべながら。

 

「あんたの事ぶっ飛ばしに来たんだから」

『―――――――――――――――――――――』

 

沈黙。絶句しているのだろうか?というかそんな事言って良いのかと一瞬思い。其れで良いのかと頷いた。そして何が起こっても対応出来るように身構えながら反応を待ち。声が響く。

 

 

『ハッハハハハハハハハハハハ――――――――――――ッ!!』

 

 

それは笑い声。愉快でならないと、堪え切れないと響き渡らせる。そして、オーバーロードは納得した様子で言葉を響かせる。

 

『成程。汝らは反逆者であるか、挑戦者で在るか!! ならば許可など不要で在ろう! いや、否。許しを乞う等、無粋極まる事であろう!!』

 

笑う、笑う。楽し気に、嬉し気に笑う。何が其処まで気に入ったのだろうか。レフィーヤには分からない、分からないが。取りあえず落とされると言う事はなさそうだ。と、そう思いたい。

 

『であるならば言葉を交わすもまた無粋か。我は唯、座して待つのみ……』

 

そうして声は徐々に薄れ。やがて消える。

 

「あ、ちょっと待った」

『…何だ?』

 

その直前に、待ったを掛けたのはローウェン。其れに少しだけ機嫌を悪くした様子のオーバーロードはしかし、それでも何を言うのかと意識を傾けているのが分かる。

 

「いや、此れが無粋な事であると言うのは分かっている。分かっているが、それでも大いに結構。高々その程度で、とても重要な事を訂正する事が出来るならな」

『ほぉ? 我が、過ちを口にしたと?』

「その通りだ。そして其れは呼び方だ」

 

その言葉に。あぁ、成程と納得し、同時に訂正しなければいけない事でも在ると理解する。例え、無粋と言われようともだ。此ればかりは、何が在っても変える訳にはいかない。間違えられて儘でいる訳には、いかない。

 

「俺、いや俺達はな。反逆者と言うのは正しくない、更に言えば挑戦者と言うのも少し違う。正しくない」

『ならば。汝らは己を何と呼ぶ?』

 

決まっていると、ローウェンは視線を走らせる。それに答える様にレフィーヤは頷いてみせた。コバックもハインリヒも又同じだ。それが、違うなどという事はありはしない。彼は、笑みを浮かべながら、言葉にする。

 

求め。歩み。挑む者達の示す名を告げる。

 

「俺達は……冒険者だッ!」

『そうか…そうか!!ならば来るが良い冒険者よ!!』

 

オーバーロードは声を響かせる。挑発する様に、しかしなにかを期待しているかの様に。

 

『汝らに我の示す道は無く。故に汝らは己で超えよ。我が英知を超えよ。苦難を超えよ。絶望を超えよ。』

 

そして。

 

『我が元へと。天へと至れ。頂へと至れ。果てへと至れ。其処にこそ…汝らの求めるものは在ると知れ』

 

 

 

 

 

「言われるまでも無い!!」

 

そうだ、そうだとも。その通りだとも!!

 

「えぇ、えぇ本当に。貴方の英知も、苦難絶望。そんなもの……全部踏み潰して貴方の所まで行ってあげます」

「あと、言って於くけど。別に求める物が無くたって良いよ、オーバーロード。僕たちは至るべき場所など求めて居ませんし。何より、今最も求めているものは…最高の報酬は、貴方の先に在ると既に知っているからね」

「まぁ、財宝が在るなら在るで貰っていくけどね」

「それな」

 

笑いが零れる。何時も通りの笑いが。

 

「まぁ、と言う事でだ」

 

笑みを浮かべた儘、大胆不敵に宣言する。

 

「行くぞオーバーロード。座してる暇も無い位に直ぐ、辿り着いて……そのまま踏み越えていってやる」

 







何故かは分からない。分からないが……その言葉に、確かに歓喜していた。


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第九十二話

彼等が突き進むは天の支配者たるオーバーロードが居城。其処を一言で言い表すなら。

 

「殺意高!!」

 

余りに常識はずれな目の前の光景、この場所の難易度。思わずと言った様子でローウェンは声を上げた。

 

「同意する他無いですねていうか何ですか本当にこれ?!」

「モンスターが連携して僕たちに襲い掛かって来るとは。今までのとは違った意味でモンスターとして可笑しい!!」

「普通別モンスターの特攻を補助したりとかしないものねぇえええええええええ?! 危ないわねほんとに!!」

 

あらゆるモンスターが、あらゆる仕掛けが。彼等に襲い掛かる。今までの迷宮は唯の娯楽でしか無かったのだと言わんばかりに四方八方より殺意が降りかかる。

 

だが、しかし。

 

「まぁ、だから如何したって話だけどな」

 

モンスターの咆哮を掻き消す様に銃声を響かせる。

 

「殺意が高いのは認める。モンスターが連携して襲い掛かって来るとかまじで予想外だったし」

「そこは認めるのね」

「偽ってもしょうがない事だからな」

 

だがまぁ、そう言葉を零す。襲い来るモンスター達へと睨む様に視線を向け乍ら。

 

「此処ほど戦いやすい場所はぶっちゃけ初めてだ」

「まぁ、そうですね。暑くも無ければ寒くも無いですからね」

「雪とか溶岩とか無いものね。お陰で思う様に動けるわ」

「更には床は在るし壁まで在る。落ちないって最高!!」

 

立ち止まる事無く、走り続けながらも彼等は言葉にする。そう、思い返せばその通りだ。確かに殺意の高さ、難易度の高さはすさまじいだろう。だが、其れでも言葉にするのだ。だから如何したと。

 

雪に足を取られることが無い。

一歩踏み外せば底の底まで堕ちるなんてことも無い。

突然地面から溶岩が噴き出すなんてことも無い。

寒さに悴み、暑さに焼かれる事も無い。

 

「お陰でモンスターとトラップにだけ気を付ければ良いとか……楽で良いね!!」

「その二つの対処は楽では無いですけどね。まぁ否定はしませんけど」

 

実際、その通りだとレフィーヤも思っているから。モンスターにしろトラップにしろ。来る方向は大体決まっているし。そもそも、全てを一人で対応している訳では無いのだから楽と言えば楽なのだ。まぁ、モンスターとか凄く強いし、トラップも即死しかねないものばかりだけど。

 

「油断や慢心でもしてなければ如何とでも為る親切設計!! 割と真面目に住み心地よさそうだよな此処」

「私、モンスターだらけのトラップだらけな場所に住みたくないんですけど」

「それは俺も思う」

「でも此処って天の支配者の自宅なのよね」

「じ、自宅?」

 

思わず視線を向けそうになるのを堪えるレフィーヤ。またコバックが合っているが何かが違う事を言っているぞと思いながら。ローウェンがコバックに言葉を向けるのを訊く。

 

「いや、コバック。自宅は無いだろう自宅は」

「え、此処って自宅じゃないの?」

「そう言う意味じゃ無くてな。もうちょっと言葉を選べよ」

「?此処って自宅じゃないとか?」

「いや、まぁ……間違ってはいない、な。うん」

「なら良いじゃない。それにしても」

「今度は何だ」

「こんなモンスターやトラップがいっぱいな場所に良く住んでいるわよね天の支配者。素直に凄いと思うわ」

 

その言葉に、レフィーヤは堪え切れず噴出した。本当に、予想外な事をコバックが口にしたからだ。

 

「おま、え。お前、それ…それは、それは流石に無いわッ!!」

「いや、確かに凄いと言えば凄いですけど…それはッ!!」

「ハッハハハハハ!! まさか天の支配者であるオーバーロードも、こんな所に住んでるなんてすごいですね!! なんて言われるとは思ってなかっただろうね!!」

「なんで笑うのよ?!」

 

それは貴方が言った事が面白かったからだと、そう言いたいレフィーヤだったが敢えて言わない事にした。別に指摘しても何かが変わる訳でもないしと。

 

何にせよ面白いことに変わりは無いと笑い、しかし止まる事無く駆け抜ける。

 

非緋色の剣兵を打ち砕き。

漆黒の魔騎士を押し潰し。

雪崩れ込むモンスターを吹き飛ばし。

 

尚も前へ、前へと。先へ、先へと駆けていく。彼等が止まる事はもはや。

 

「ストップ。何か居る」

 

強大な敵を前にした時のみだ。

 

「……みたいですね」

 

同意する様に頷くレフィーヤ。二十三階に足を踏み入れるのと同時に感じた存在感。尋常ならざる敵が此処には居るのだと嫌でも理解出来た。

 

「まぁ、だとしても行くんですけどね」

「流石に、ちょっと休憩いれるけどな」

「走りっぱなしの後で戦うのはちょっと勘弁してほしい威圧を放ってるわね」

「と言う訳で、はい水」

 

ありがとうございますと、軽く調子を整えながら差し出された水を飲む。ちょっと前まではこんな風に走ってたら疲れ果ててたのに、随分と慣れたものだなと思うレフィーヤ。

 

「……はぁ、行くか」

「はーい」

「分かったわ」

「いいよー」

 

さっと、取り出していた物しまって再び歩きだすギルド・フロンティア一行。先程までと違って、ゆっくりとした足取りで。

 

二十三階。其処は不自然な程モンスターの影が見られなかった。居るのは、と言うか在るのは自爆する為に彼等に突撃するトラップの様な物だけだ。しかし、其れだけと言う事は決して良い事では無い。モンスターが居ないのは元よりこの階に配置されて居ないからかも知れないからだ。単純に、多くのモンスターよりも尚強力な何かが居るから。

 

そして、其れは正しかったと証明された。

 

「これまた、凄いのが居るな」

 

それは猛牛を思わせるモンスター。巨大なその角は武器として振るわれ、直撃すれば致命傷は避けられ無いと理解するには十分すぎるものだった。

 

「しかし、あいつも何もして来ないんだな」

「みたいですね」

 

そんな事を自爆兵器を射ち落しながら言うローウェンにレフィーヤは同意する。まるで、此方から仕掛けてくるのを待っているかのように。

 

「……で、如何するのかな?」

「さっきから向かって来てる自爆兵器でも集めてからぶつけますか?」

「あぁ、其れでも良いんだが……ふむ」

「如何かしたの?」

 

何か考えるような仕草をするローウェン。何時もなら速攻で先ほど挙げた事を行っているだろうに。

 

「レフィーヤ。俺達全部超えていくって言ったよな?」

「え、まぁ大体そんな様な事言いましたね」

「いや、別にあるもんを利用するのは悪い事じゃ無いし当然の事だ。事なんだが」

「だからなんですか?」

 

「これ見よがしに利用して倒して見せろって感じに用意されてるの使うのって……ムカつかないか?」

「……は?」

 

何を言ってるんだこの人外はと思ったレフィーヤは悪くない。自分で在る物を利用するのは悪くないと言ってるのにムカつくと、そう言ってるのか?まさかそんな理由で利用しないなんて事を言おうとしているのではないだろうかと。流石に其れはと思いつつ、同じ様に考えて……考えて。

 

イラっとしたレフィーヤ。

 

「あ、確かに。これ駄目なやつですね」

「普通にやっても倒せないだろうからって用意してやった……って感じだね。なめてんのかオーバーロード」

「そう考えるとそうねぇー。と言うか掌の上って感じでいやねこれ」

「だろう?」

「でもまぁ、其れは其れとしても使えるモノを使わないのは馬鹿のする事じゃ無いかな?」

 

と、当然の事を言葉にするハインリヒ。しかし彼の表情を見るに、思っている事と言っている事が違う様に見える。何かきっかけが在れば、その馬鹿のする事を行いそうな、そんな表情を浮かべている。詰り笑っているのだ。と、その切っ掛けと成る言葉をローウェン口にする。

 

「お前何言ってんだ」

「と言うと?」

 

「冒険者なんて馬鹿しか居ないだろ」

 

あ、確かに。と思わず頷いてしまったレフィーヤ。他の二人も同じような感じで。

 

「成程、馬鹿が馬鹿な事をするのはなんら可笑しな事では無いね」

「だろう」

「じゃあ、行く?」

「あぁ……で、良いよな?」

「えぇ、勿論」

「同じく」

「良し、それなら」

 

呟く様に、声を零しながら片手で銃をクルリと回し、構える。

 

「踏み潰していくぞ」





物ともせず…か。いや、其れでこそ。

さぁ、冒険者よ。我へと至らんとする者の最大の障壁。如何に超えるのか。

…見せてもらおう。


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第九十三話

最初に動き放つのはレフィーヤ。慣れた手つきで鞄から一枚の布を取り出し、刻まれた印術を輝かせる。

 

生み出されるは氷塊。圧倒的と言える程の質量を誇る其れを、容赦なく眼前の猛牛に叩きつける。空の城が微かに揺れるのを感じながら、一切視線を外す事など無い。あの程度で終るとは欠片も思っていないのだから。

 

直後に轟音。響き渡るは先の一撃の揺れすら覆す極大の咆哮。物理的な衝撃と成って彼等を襲う。思わず蹈鞴を踏みそうになるのを堪え、改めて見る。

 

「うわぁ、平然としてる」

「あれが直撃して角一本しか折れて無いんですか…ちょっとショックですね」

「いや、直撃はしてないな。角で防ぐような動きしてたし」

「そうね。角しか折れなかった、と言うよりは角を犠牲にして攻撃を防いだって所かしら」

「防いだって事は危険と判断したって事か。やはりレフィーヤの火力は凄いな」

「いえ、そう言われると照れはしますが何で分かったんですかそんな事」

 

「あたし、専門みたいなものだし」

「見えたから」

「コバックさんはともかくローウェンさんは何時も通りですね」

 

見えたからってどういう事だ。あの一瞬を目視したとかどんな目をしているのかと思わざるを得ない。コバックの方がまだ理解できる事を言っている。いや、其れでも十分凄いのだが。

 

と、そんな事を語らう彼等へと猛牛は睨む様に視線を向ける。それには溢れんばかりの敵意が、殺意が込められていた。排除すべき者と判断されたと見て良いだろう。

 

「まぁ、俺達の事は如何でも良い。あの一瞬でああ防ぐなんて真似をした強敵が…来るぞ」

 

ローウェンの言葉を掻き消す様に、再び咆哮は放たれる。猛牛は揺れる程力強く床を踏み締め、腐り果てた吐息をまき散らしながら視界に映る彼等に向かって突撃する。

 

それは王者の如き猛進。掠れば其れだけで体が原形を留めぬ程砕けようそれに、彼等は散開する。

 

標的が四方に別れるのを目にした猛牛は、さて誰を狙うのかと思いながらレフィーヤは方向転換の際にするであろう減速に合わせて攻撃を叩き込もうとして。其の儘、誰も居ないにもかかわらず直進する猛牛。何をする積りなのかと警戒しつつ視線を逸らす事無く見続け。猛牛が壁へと激突し。

 

壁を破壊しながらも角を滑らせるようにして一切減速する事無く方向転換した。

 

「はぁ?!」

 

そんな事出来るのかと驚きの声を上げるが、それ処では無い。方向転換に成功した猛牛は其の儘、視線の先に居る存在、ハインリヒへと向かって行く。標的としてはもっとも小さい此れを狙ったのは単純に方向転換した際に視界に映り込んだからか。其れとも彼が回復を担っているから。何方にせよ、突進を受けては一溜りも無い。

何かしらの援護を送ろうかと思い、止める。彼が、ハインリヒが大丈夫だと手で示しているからだ。

 

猛牛が頭を下げる。目標であるハインリヒが小さい故に当たりやすい様にだろう。巨大な角が床を削りながら迫るのを見たハインリヒは逃走する様に掛けだした。猛牛に向かって。そして。

 

「はぁ!!」

 

角が折れていた故に出来た隙間に、体を潜り込ませる様にして突進を掻い潜る。

 

「ハインリヒさん!!」

「大丈夫問題ないけど問題在り!!」

「如何いう事だ!」

 

確かめるように叫んだレフィーヤに対して、返しながら真逆の事を口に知る。其れはどういう事なのかと思っていると、視界の片隅に映るハインリヒが何かを飲んでいるのが見える。それはレフィーヤの記憶が正しければ…解毒薬。

 

「あいつの息、毒性ありだ! 下手すると毒で死ぬ!」

「まじかめんどくさいなまじで!!」

「本当にね!!」

 

叫ぶ様に言葉にする二人。しかし面倒などという話では無い。近づけば毒に成る等、厄介極まると言うものだ。突進を避けても吐き出される息は避け様が無いのだから。あるいは息を止めれば何とかなるかも知れないが、しかしそれにも限界があり、若しかすればやがて毒の息が辺りに充満してしまうかもしれない。そう成ってしまえば…もう、如何しようも無い。

 

「でも速攻で終らせるにはぁッ!!」

 

自分に向かって来る猛牛の突撃を叫びながら角に当たらぬ様にし乍らすれ違う様に避けるレフィーヤ。直後に襲う不快感。反射的に鞄に手を伸ばし、ハインリヒから渡されていた解毒薬を一気に煽る。

 

「ハァ!! あの突進何とかしないといけませんよ?! と言うか解毒薬が不味い!!」

「不味いのは仕方ないと思って!! でも同感だから改善はしよう! で、如何するローウェン!?」

「そうだな」

 

猛牛の突進を最低限の動きで躱しつつ思案するローウェン。というかさっきの避け方は何だと気に成って仕方が無いレフィーヤ。そんな彼女は如何でも良いとして、彼はコバックに叫ぶ様に問い掛けた。

 

「コバック!! 潜り込めるか?!」

「隙間が在ればね!!」

「なら良し! ハインリヒ!!」

「何かな?!」

 

 

「あれ飛ばすぞ!!」

「あれを?!」

 

驚いた様に指差すハインリヒ。聞き間違いで無ければ飛ばすと言っていた様に聞こえたが。

 

「そうだ!! と言う事で準備しとけレフィーヤ!!」

 

間違ってなかったらしい。いやいや流石にそれは無理だろうとレフィーヤは思う。

 

なんて事は無い。彼がすると言った。ならば出来るのだろうと言葉の通り準備を始める。何を使うべきかと思考し、瞬時に決める。

 

「大丈夫です!!」

「なら良し!行くぞ!!」

「了解!!」

「同じく!!」

 

彼等は僅かに視線を交わす。其れだけで何を、どの様に行おうとしているのかを読み取り。頷きながら動く。

 

止まる事無き猛進。進み続ける猛牛の目の前に立つのはコバック。彼は深く息を吸っては吐き、呼吸を整えて盾を構える。

 

其れをみた猛牛は、しかし止まらない。明らかに何かをする積りだと理解してもなお。それは止まればその瞬間餌食になると理解している為。故に、緩める事無く。尚強く蹴り進む。尚速く突き進む。何であろうと全て砕いてみせると咆哮を響かせながら角を構えてコバックへと突き進む。

 

 

猛牛の両眼を、正確無比の銃弾が穿つ。

 

 

突然の事、失われる視界と走る激痛、衝撃。思わずと言った様子に僅かに顔を上げ、しかしそれでも突撃を止めぬところは流石と言う他無い。

 

しかし、その僅かに顔を上げられたことによって生まれた隙間こそ致命へと至る。

 

「――――――――――フッ!!」

 

軽く息を吐きながら盾を用いて突進を受け乍ら滑らせて潜り込む。そしてその様を見て、いや見る前に駆けだす、猛牛の前へと。失敗しないとは思わず、しかし成功させると信じていた故に。だからこそ、恐れる事無く駆け、力いっぱい飛び、構える。

 

「せー!!」

「ので!!」

 

声を合わせて。

 

「よいしょぉー!!」

「おらぁ!!」

 

盾を、槌を叩き込む。

 

強烈な衝撃。胴体に叩き込まれたコバックのシールドバッシュが浮かし。ハインリヒの槌の一撃は頭部へと叩き込まれ。そして。

 

突進の勢いのままに、猛牛は一回転し宙へと舞う。

 

「レフィーヤ!!」

「ばっちりです!!」

 

叫びに答える様に、レフィーヤは印を輝かせる。生み出すのは巨大な氷。しかしそれは質量を持って叩き付けるものでなく、鋭い如何なるものも貫かんとする巨大な槍。猛牛が落ちるであろう場所を予測して生み出されたそれは。

 

「いけぇええええええええええ!!」

 

猛牛を・・・貫いた。




おぉ、おぉ!!

ジャガーノートさえも容易く屠るとは……ふ、ふは。

ふはははははははははは―――――――ッ!!

あぁ速く、早く。我が元へと来い冒険者よ。




そして、我を―――――――――ッ。


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第九十四話

見事、強大なモンスターである猛牛。後に名をジャガーノートと言う事を知る事に成ったそれ撃破したギルド・フロンティア一行は、愚痴の様なものを呟いていた。

 

「あぁー……強かった、其れ以上に面倒だったけど。お陰で割と疲れた」

「わり…と? あたし、結構疲れたわよ?」

「それはあんなことすれば疲れるでしょう普通。其れこそ立てない位に……なのに結構程度なんですね疲れたの。私は凄く疲れましたよ」

「何ていうわりには、何時も通り走ってたよね君」

「其の位の余裕は在りましたからね」

「詰り全く問題ないと言う事だな」

「そうですね」

 

そう、頷くレフィーヤ。だが別に疲れたと言う言葉は嘘では無い。ただ、それでも走れた。と言う唯それだけの事なのだから。

 

「で、ここ。多分そうですよね」

「まぁ、多分……と言うには少し、分かり易過ぎるけどな」

 

彼等が居るのは、二十五階。今まで潜り抜けてきたものとは違う扉の前で、少しの休憩をしていた。扉の向こう側。圧倒的な存在感を感じながら、それでも力を抜きリラックスしていた。

 

「でも、警戒しなくていいんですか? 全員休んだらモンスターとかの対処が大変じゃないですか」

「まぁ、大変だろうな。襲って来たなら」

「詰り、来ないと?」

「実際、来てないだろう? 今までなら容赦なく途切れなく襲い掛かって来てたモンスター達が」

「……そう言えばそうですね」

 

言われて、気配を探ってみるが一切感じられない。辺りにモンスターが居ないのだろう。だが、それは何故?

 

「ま、万全の状態…と言うのは無理でもちゃんとした状態での俺達と戦いたいんだろうな」

「……オーバーロードが、ですか?」

「あぁ、何故かは知らんがな。酷く、俺達との戦いを渇望している様だ。若しかしたら此処で帰っても許容するかもしれないぞ? 俺達が準備の為に戻ったのだと理解をしめすだろうな」

 

まぁ、しないけどと言いながらハインリヒの用意したお茶を飲むローウェン。レフィーヤは視線を扉へと向け、其の先にいるだろう天の支配者たるオーバーロードが何を思うのかを少しだけ考える。相対していないから、本当に想像でしかないが、しかし語りかけてきた彼の言葉は。歓喜に満ちていた様に思えた。今から倒しに行くと言ったにも関わらずだ。まるで倒される事を望んでいるかの様に。

 

「うーん?」

 

と、そんな二人に近づいて来るのはコバック。彼は何故か首を傾げて何かを考えている様子。当然、気に成る。

 

「如何したんですか?」

「えぇ、ちょっとねぇ。何故か扉がうんともすんとも言わないのよ」

「……お前先に行こうとしたのか?」

「そんな事しないわよ! ただ、今までのと違って豪華だなと思って少し近づいたら、なんか今までのと違って光って無かったのよ。だから何か変だと思って近づいてみたら」

「反応しなかったと?」

「そう、今までは近づいただけで開いてたのにね」

 

それは本当の事なのかと立ち上がり扉へと近づく。しかし、コバックの言う通り反応を示さない。手で触れたとしてもだ。まるで来ることを拒んでいるかの様に。

 

「……戦いたいのか、そうじゃ無いのか。どっちなんですかね?」

「ちゃんと休むまで来るなって事なのか…或は」

「或は?」

「単純に、来るのを望んでいるのは俺達だけじゃないとか……かね?」

「は? それって……あ、いえ成程」

 

どういう事なのかと問い掛けようとして止める。気が付いたから。恐らく、と言うか確実にコバックも、ハインリヒも気が付いて居る。自分達の居る場所へと向かって来て居る気配がある事に。

 

「敵意は感じないからモンスターでは無いね」

「そうですね。其れなりの速さで移動してるから……走ってるんでしょうか?」

「それで数が…五、位かしらね?」

「まぁ、大体の正体と言うかは分かるな」

 

その言葉にふむと考えるレフィーヤ。自分達、と言うよりはこの城の城主たるオーバーロードの元へと向かう、五つほどの敵意の無い気配。それで分かると言う事は、レフィーヤ自身、知っているもののなかのどれか、或は誰かと言う事に成るのではと考えて。成程と頷いてから、気配の向かって来る方向へと視線を向けて。現れたそれ、彼等を見る。

 

「うぉ?! 本当に居た!!」

「やっぱりお前達か、調査隊」

 

そんな驚きの声を上げるフラヴィオと、同じ様な表情を浮かべている調査隊の面々。自分達が居る事がおかしいのだろうかと一瞬思いつつも。しかしそれ以上に気に成る事が在ったので言葉にする。

 

「此処まで来るの凄く早かったですね。モンスターとかトラップとか、あんなに沢山だったのに」

「いや、ここに来るまでの道中そんなの無かったぞ?」

「え?」

「モンスターの死体とかぶっ壊されたトラップの残骸なら沢山、其れこそ厭きる程見てきたけどな」

「……あぁ」

 

詰り、一切障害に成る様な物と鉢合わせる事無く走り続けていたから。同じく走っていたとはいえモンスターと戦い、トラップを破壊しながら進んだ自分達に追いついたのかと理解する。いや、だとしても十分早いのだが。

 

「あ、あの!! 貴方達はオーバーロード様にどの様なご用件が在るのですか?!」

 

と、レフィーヤが如何でも良い事を考えているとアリアンナが声を響かせて問い掛ける。

 

「どの様なって……ぶっ飛ばしに来たんだけど」

「ぶっ飛ばし?! あの、聖杯だっけを求めてじゃ無くてか?」

「聖杯?……あぁ、大臣やら公女が言ってたやつだな。それはぶっ飛ばした後でも良いんじゃないか?」

「いやいやいや、其れは駄目だろ!」

「私達は、オーバーロード様のお力を借りる為に此処まで来たのです。その、倒されてしまいますと」

「そう言われても」

 

普通に困る。確かに彼等には彼等の事情があるのだろうが、別に自分達が気にしなくちゃいけないなんて事は無いのだから。

 

「ふーん…なら話すだけでも先にするか?」

「宜しいのですか?!」

「え、良いんですか?」

「今すぐぶっ飛ばすか、ちょっと後にぶっ飛ばすかの違いでしか無いからな」

「……確かに」

 

言われてみればその通りだ。調査隊の彼等の事情が如何にかなるなら、其れをしてからの方が良いだろう。別に倒す順番なんて気にしてないし。先に踏破されるのは嫌だけれども。

 

「まぁ、俺達も一緒に向かいはするけどな」

「え?帰らないんですか?」

「向こうが招いてるみたいだしな」

 

言って、指差すローウェン。視線を向けると、先程まで無かった光が扉に灯っていた。

 

「天の支配者は、調査隊と一緒に来いと言っている様だ」

「……みたいですね」

「と言う事で、其れでも構わないなら良いが・・・如何する?」

「それは」

「はい!ぜひよろしくお願いします」

 

何かを言おうとした少年に被せるように声を響かせるアリアンナ。直ぐにハッとした様子で謝罪していた。

その様子に笑みを浮かべながら。

 

「じゃあそう言う事で…休憩してから入るか?」

「いや、大丈夫だ」

「そうかい、なら」

 

言って、扉へと近づくローウェン。

 

「ご対面といこうじゃ無いか」







何たる事か。求めしものが二つも現れようとは。

此れならば、何方にせよ我が願いは成就する。

ふ、ふははははは。




さぁ、来るが良い。


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第九十五話

「な、なんだこれ……?!」

 

驚いた様に声を上げるフラヴィオ。視線の先、映る其れは卵型のなにか。余りに不可思議なそれに、唯ただ困惑するしかないミズガルズの調査隊。しかし、ギルド・フロンティアは、少しだけ見覚えが在った。いや、と言っても唯形が似通っているよ言うだけなのだが、しかしそれでも思い出すには十分だった。

 

「……なんか、ムスペルに似てますね」

「確かにちょっと似てるかもな。現れて直ぐの翼で身を隠してた時の状態のにはだけど」

 

何か関係あるのだろうかと、眼前の不可思議な物体を。いいや、彼等は既に理解している。目の前に佇むそれこそ、天の支配者たるオーバーロードであるのだと。

 

そして彼は、静かに声を響かせた。

 

『幾百、幾千の時が流れたか』

 

響き渡る声に、驚いた様に視線を彷徨わせる調査隊。そして漸く、目の前に佇む物こそがそうであるのだと気が付いたのか、しかしそれでも信じられないと言った様子を隠そうともせずに、視線を向ける。

 

『待った、待ち続けたのだ……この瞬間を。汝らが訪れる今、この時を!!』

 

圧倒的な存在感に、気を抜けば押し潰されると錯覚するほど。今まで相対してきたモノは、明らかに違う。誰かが、息を呑む音が聞えた。

 

「貴方が…貴方様が、オーバーロード様なのですね」

『如何にも、我こそが天の支配者たるオーバーロードなり』

 

絞り出す様にアリアンナが響かせた言葉に、オーバーロードは答えた。己こそがそうなのだと。

 

「……話すなら早く話してくれないかね?」

「いや、そう言われてもって何か食ってる?! この状況で?!」

「コバァアアアアアック!!」

「あたしじゃないわよ!」

「すみません私です」

「レフィーヤかよ?! 何で食ってんだよ」

「小腹が空いたので」

「なら仕方ない」

「納得するのかよ?!」

 

と驚きの声を上げるフラヴィオ。なんだか驚いてばかりだな彼はと思いながら、休憩中に食べようと思っててしかし食べ損ねた饅頭なるお菓子を口に放り込む。甘くておいしい、辛味とは違った良さがある…まぁ、当然の事だが。

 

緊張がゆるんでしまったが、しかし。オーバーロードの笑い声が響く。愉快で堪らないと言った様に。

 

『怯まず、臆さずか。いいや、そうで無ければ我を打倒する等。我を超える等と言う不敵は口にせぬか』

「レフィーヤに関しては気が抜けすぎな気がするがな」

「申し訳ないです」

 

悪いと分かっているから謝るレフィーヤ。尤も、気にしている様子は無いが。調査隊以外は。と、緊張が緩んだからか、それとも少しばかりとはいえ、時間が在ったからか。アリアンナが覚悟を決めた様子で口を開く。

 

「オーバーロード様、聞いて下さい!!」

 

そして言葉と成ったのは世界の危機。遥か地の底。ギンヌンガの奥にて封じられし禍。其れが解き放たれようとしている事。禍を如何にかする為にはオーバーロードの、彼の持つ力が必要である事。

 

「そんな事に成ってたのか…流石に知らなかったな」

「と言うかまたですか? また世界規模の危機なんですか?」

 

いや、アスラーガでのあれは世界規模であるかは微妙な処だったが…まぁ、あのあたり周辺は間違いなく地獄の如くなっていただろうが。

 

『ふむ……成程』

 

少しだけ、思案する様に言葉を零すオーバーロード。彼は、続けて言葉にする。

 

『確かに、我が英知。諸王の聖杯の力が在れば、禍を退ける事は出来よう』

「では!!」

 

『だが、しかし』

 

オーバーロードの言葉が、重く彼等へと届く。

 

『それは、汝らがすべき事であるかは…別である』

「そ、それはどういう」

『我が、為してやろうと言っている』

 

驚く事をオーバーロードは口にした。まさか、禍を退ける事を自ら行おうと、そう言葉にしたのだ。これに驚かずにはいられない。調査隊も、ギルド・フロンティアも。しかし、後に浮かぶ表情は、別。

 

言葉を理解し明るい表情を浮かべる者達と、険しい表情を浮かべる者とで、分かれた。それは、オーバーロードから発せられるそれに気が付いたか否かの違いで在り。

 

『故に、彼女の研究成果を。ファフニールの騎士を、我の贄とせよ』

 

続く言葉が、本当の意味での理解を齎した。え?っと言葉にしたのは誰か。分からないし、如何でも良い事だ。

 

『ファフニールの力は、彼女の意思は我と共に永劫と成る。其れを以て、我は超越へと至り…全ての救済をしよう』

 

調査隊の面々の表情が変わる。それは酷く険しいものであったり、青ざめたものであったり。しかし、其の内の意思は、皆同じだ。

 

「駄目です!!」

 

否定の言葉が響く。仲間を犠牲にする等、する訳が無いとアリアンナは少年の腕をつかみながら宣言する。少し戸惑った様に見えた彼も又、頷いてみせた。

 

此処で終って成る物かと。

 

「ま、あいつ自身は少し迷ったみたいだけどな」

 

呟きながら、前へと歩み出るローウェン。そんな彼に続くレフィーヤ達。視線が、彼等に集まり。オーバーロードは、嬉し気にその身を揺らした。

 

『漸くか』

「そうだな。で、対話は交渉決裂で終った……と言う事で良いのかなオーバーロード?」

『然り』

「しかし、断られたにしては随分と嬉しそうだなお前」

 

『それもまた然り。正しく歓喜している故に!!』

 

オーバーロードに光が走る。

 

『対話の終わり。しかしそれは幕引きに非ず。今からこそ、開幕である』

「戦いの…な」

『然り!!』

 

威圧が膨れ上がる。

 

『そして、拒絶され様とも止まらぬ。眼前に救済への道が在るのだから!!』

 

調査隊が武器を構え、視線を向ける。自分達も戦うと宣言する様に。

 

『故にこそ、拒むなら示せ! 言葉を否としないならば挑め!!』

 

ゆっくりと、オーバーロードは空へと向かって行き…天井は廃された。

 

『汝らの結末。世界に刻まれたる結果は二つ』

 

風が吹き荒ぶ天空。其処に佇む様に静止したオーバーロードは、真の姿を晒す。

 

『それは我に屈し、我が救済の礎となるか』

 

殻は破られた、露になった姿は威風堂々。圧倒的な支配者である事を知らしめる。

 

『我を超え、汝ら自身の道を刻むか』

 

彼はゆっくりと両の手を天へと掲げ、振り下ろした。

 

『さぁ、冒険者達よ。汝らの力が、汝らの願いが、汝らの意思が。我が英知、我が悲願、我が救済を超えるのだと……示して見せよ!!』



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第九十六話

『行くぞ』

 

声が響くが先か、彼が動くが先か。その翼を腕の如く自在に操り叩きつけるオーバーロード。そして遅れる様に衝撃が彼等を吹き飛ばし、床は撓み城が揺らぐ。

 

「ちょ?! 城が凄い揺れてる!! 自分の城なのにそんな事して良いんですか?!」

『是である。何せ、終りには必要無くなっている故な』

「詰り壊れる事とか気にせず暴れるって事かよ!」

『然り!!』

 

翼が、翼腕で薙ぎ、同時に両の手に持つ炎の如く揺らめく光の剣を振るう。それはオーバーロードの言葉の通り、一切城の事を気にしていない攻撃。瞬く間に、壊れていく。崩れていく。

 

「不味いね、これ。その内城が落ちるんじゃないのこれ?」

「在り得るわね」

 

ハインリヒの呟きに、飛び交う瓦礫を盾で受け流しながら肯定する。言葉にしてはいないがレフィーヤもまた同じ。だってすでに下の階層が所々見えてしまっている様な状態だし。猛牛の時と同じで、できる限り早く終わらせなければいけない戦い。なのだが、しかし。

 

甲高い音が響く、それは攻撃が弾かれた音。しかも、ローウェンの銃弾だ。

 

「硬すぎ! 下手な処に当てると跳ね返るってどんな硬さだよ全く。ふざけんなまじで」

 

なんて文句を言いつつも的確に銃弾が通る場所を撃ち抜いて行く辺り流石である、のだが。それでもやはり、効いている様子は無い。今も、銃弾がポロリと落ちていくのが見える。

 

『如何した冒険者よ。その程度か?』

「そんな訳無いだろボケが! 良し決めた今決めた。お前に止めさすの俺だから。だから他の奴は気を付けろよ。撃ち抜かれたくなかったなら。特に調査隊!!」

「俺達?!」

 

驚きの声を上げてばかりのフラヴィオ。叫びを上げつつも懸命に矢を放っている。虚しい位、軽い音を響かせながら弾かれて落ちていく。

 

「くっそ! 弓矢じゃ駄目なのか?!」

「いや、あれは狙った場所が悪い。もっと比較的柔らかい場所を狙って放てば少しはダメージが通るぞ? ほら、当てろ」

「こんな状況で的確に当てられるかそんな場所に!!」

「脆弱な」

「何で罵られたの俺?!」

 

仕方ない事だ。弱点を的確に狙えなければ遠距離からの攻撃はあまり意味を為さないのだから。まぁ、だとしても罵るのはどうかと思うレフィーヤは。

 

「よいしょ!」

 

火球を放つ。それは真っ直ぐにオーバーロードへと向かって行き、振るわれた光の剣によって両断される。

 

「……やっぱり唯放つだけじゃ駄目みたいです、ねっ!! と」

 

叩き付けられる翼腕を躱し、飛んでくる破片を氷で避けつつ当然の事を再認識する。そして当然の事だからこそ対処は容易い。即ち、避けにくく防ぎにくいものを、避けれず防げない状態にしてから放てばいい。

 

「と言う事でよろしくお願いします!!」

「また無茶言ってくれたけど了解!!」

 

やってやろうじゃ無いかと気合を入れ直すローウェン。其れを見てから準備に取り掛かりつつ、視線を調査隊の方へと向ける。

 

彼等は手堅く戦っている。パラディンが防ぎ、レンジャーが逸らし、プリンセスの号令に合わせて、ソードマンとドクトルマグスが攻め込む。

 

極々標準的な冒険者の戦い方で……少しだけ、辛そうに見えた。

 

「んぐぅッ?!」

 

光の剣を防いだベルトランから呻き声が零れる。強力な攻撃を受けて防いでいるのだ、当然だろう。寧ろ、呻き声だけで済んでいるのだから、彼は相当腕がいい。そうで無ければ一瞬で両断されているのだから。

 

「ベルトラン様?!」

「大丈夫だ! 俺の事より前に集中しろ前に!!」

「は、はい!!」

 

言葉を聞いて直ぐに切り替える事が出来ている。間違いなく、此処まで来るだけの実力は備わっている。備わっているのだが。それでも足りない。

 

『ぬぅんッ!!』

 

全員を薙ぎ払わんと翼腕は振るわれる。其れを、コバックは流す様に逸らして防ぎ、ベルトランは敢えて吹き飛ばされることによって衝撃を逃がす。

 

「準備はぁ?!」

 

オーバーロードの猛撃を避け、流し、受けては耐えるコバックが叫ぶ。

 

「大丈夫です!」

「同じくー!」

「なら行くわよぉ!!」

 

言葉を聞き、気合を込める様に叫びながら光の剣を流して。

 

「よい――――しょぉ!!」

 

腕に向かってシールドバッシュを叩き込む。が、しかしそれはふわりと浮かぶ事によって容易く回避するオーバーロード。

 

其の儘、宙に浮かびつつ翼腕を叩き付けて。

 

「想定通りの予定通りだね」

『なんと?!』

 

その上をハインリヒが駆け上がる。驚きの声を上げつつも、振り落とさんと翼腕を動かす。その行動を阻む様に銃声が響き、関節に叩き込む事によって動きを阻害する。

 

『ふははははははッ!!』

 

笑い声を響かせながら。ならばともう片翼を叩き込む様に振るう。迫る翼腕、其れを目にしながらもハインリヒは進み続ける。

 

此処に居るのはギルド・フロンティアだけではないのだから。

 

 

―――――トンッ、と軽い音が響く。

 

 

見事に関節に突き刺さったそれは僅かに動きを鈍らせ。オーバーロードは驚きの声を上げ視線を彼へと、フラヴィオへと向けた。見られている事を理解しながらも、彼は叫ぶ。

 

「当ててやったぞおらぁ!!」

「お見事ってねぇ!!」

 

それは本当に僅かな間の阻害。直ぐに、矢はへし折れ翼腕は動き出す。ローウェンと違って常に関節に打ち込み続けている訳では無いからだ。しかし、その一瞬こそ求めていた物。

 

「ハァ!!」

 

ハインリヒは飛ぶ、翼腕からオーバーロードの頭部に向かって。防ぐ様に両腕を動かすも、遅い。既に槌は振るわれているのだから。

 

その酷く重い一撃はオーバーロードの巨体を揺らす。そしてハインリヒはよいしょと軽い声を零しながらオーバーロードを蹴り、その勢いを利用して距離を、と言うか落ちていく。

 

其れを見て。いや見る前に既に放っている。それは劫火の大印術。あらゆるものを燃やし尽くす炎は揺らぐオーバーロードへと向かう。

 

『ぬぅ?!』

 

視線を劫火へと向け、避ける様に翼腕を羽ばたかせるオーバーロードは、しかし放たれる銃弾と矢によって阻まれ。劫火が直撃した。

 

軋む音とオーバーロードの叫び声が響き……そして。

 

 

『はぁぁぁぁああああああああああああああああああああ――――――――!!』

 

 

劫火は、握り潰された。

 

「はぁ?!」

 

レフィーヤから言葉が零れる。確かに、あの一撃で終るとは欠片も思っていなかった、居なかったのだが。見る、レフィーヤは見る。オーバーロードを、彼の歪み一つすらないその体を。確かに直撃したのに。なのに。

 

「っち、そう言う事か」

 

何かを理解したローウェンは舌打ちをする。一体、何故無傷などという事に成ったのか、教えてくれと視線を向けて。彼は答えた。

 

「俺達とやってる事は変わらん。単純に」

『然り。ただ、対策をした……其れだけの事。尤も、差は在るがな』

「あぁ、考えておくべきだった!!」

『はっはっはっは』

 

苛立ちを表す様に頭を掻き毟るローウェンと、その様を見ながら愉快だとオーバーロードは笑う。

 

その様子を見ながら、レフィーヤの思考が空回りする。対策されている。と言う事は印術は通用しないと言う事なのかと、ならば如何すれば良いのかと考え、考え、考えて。

 

『しかし、其れでも砕かねば我とて無事では済まなかっただろう。それ程の一撃であった』

 

と、賞賛の言葉がオーバーロードから響く。驚いた様に宙に佇む彼へと視線を向けて。手を天へと向ける姿を目にした。

 

『故に、我も又見せよう。我が英知の炎を。美しき陽光を!!』

 

輝くは揺らめく光の輪。反射的に氷の壁を生み出したレフィーヤは。

 

 

光に吹き飛ばされた。



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第九十七話

「――――――――――――…がッ?!」

 

強い衝撃に、声が零れる。吐き出されてしまった空気を求め息を吸えば、熱が喉を焼く。頭の片隅でまたかと思いつつ、熱への対処をしてから立ち上がりつつ鞄に手を突っ込み薬を取り出して、一気に飲み干す。

 

痛みが引き、一息ついた処で素早く視線を走らせる。コバックとハインリヒが確認する様に立ち上がっている姿がみえる、ではローウェンはと探せば、一人でオーバーロードを相手にしていた。と言ってもローウェンの攻撃は大した痛手にはならない、だから攻撃を躱しつつ意識を自分に向けさせる為に行っているのだろう。

 

と言うかどうやってあの光の奔流を凌いだのだろうか。相変わらず不思議だ。

 

なんて、如何でも良い事を考えながら調査隊を見る。一応立ってはいるが傷が深そうだ。さて、此処からどの様に動こうかと思考を巡らせながらローウェンへと視線を向けようとして、オーバーロードへと駆けていく影を見る。

 

「はぁああああ!!」

 

褐色の少年。そう言えば名前を知らない彼は剣を振るい、オーバーロードへと叩き込む。甲高い音を立てながら、しかし浅いけれど確かに傷を残した。

 

「お、やるねぇ」

「そう言うのはいい。一つ確認したい」

「なんだ?」

 

オーバーロードの攻撃を避けつつ、問い掛ける。

 

「さっきみたいに、俺をオーバーロードの頭部まで連れて行けるか?」

「そうだな、問題があるにはある」

「それは?」

「お前が出来るかどうか」

「出来なければ言わない!」

「なら問題なし!! きっちりあいつの頭蓋に叩き込む為の道を整備してやる!」

 

銃弾を放ち、振るわれた光の剣を軌道を変え、僅かに出来た隙間に体をねじ込むんで避けてから。そう、堂々と宣言した。その言葉に、少年は静かに頷いて。

 

「行くぞ!!」

 

言葉と共に力を解き放つ。

 

「ちょ、えぇ?!」

 

少年の姿が変わる、人から異形へと。刃を思わせる鋭利なその姿にレフィーヤは思わずと言った様子で声を出す。

 

「変身、変身しましたよ今?! まさかあの人が神々の言う変身ヒーローなのですか?!」

「何言ってるんだ君は?」

 

興奮した様子のレフィーヤに向かって、近づいてきたハインリヒが呆れた様子で言葉にする。冷静になったレフィーヤは、如何したのかと見ると。はいこれ、と言って薬を差し出した。そう言えば幾つか薬が割れていたのだったと思い出して、礼を言いながら受け取りながら改めて見る。

 

変身した少年、あの姿こそオーバーロードの言っていたファフニールの力と言うものなのかと。オーバーロードを相手に一歩も引かぬ戦いぶりに納得して。

 

ローウェンが視線を向けてきている事に気が付く。それはまるで問い掛けてきている様で。しかし、彼の浮かべた笑みが如何しようも無い位煽っている見えた。

 

其れを見たレフィーヤは、其れが如何いう意味が込められた視線で在るのかを察し。

 

「……はぁ」

 

溜息を零し、同じく察したハインリヒが離れるのを確認してから行動を以て応える。

 

杖を振るい、印を刻み術とする。生み出されたのは氷槍。三つほど生み出された其れは、高速でオーバーロードへと向かって行く。

 

『ぬぅ』

 

F.O.Eだろうと貫くだろう氷槍は、しかしあっさりと弾かれて砕ける。そしてレフィーヤは効かない事を知っている。故に先程の攻撃は、意識を自分に向ける為の物。先程まで戦っていた二人に一息つく事が出来るようにと。

 

当然、オーバーロードがレフィーヤしか狙わない等と言う事をする訳も無く。光の剣を二人に向かって振るいながら翼腕をレフィーヤに向かって薙ぎ払う様に振るう。

 

其れを氷を生み出し滑らせる逸らす…様に出来ればよかったのだが、容易く砕かれてしまう。しかしそれでも僅かに勢いを殺す事が出来た為に、避ける事にそう苦労はしなかった。氷の欠片が飛んできてぶつかって地味に痛いが。オーバーロードの攻撃が直撃するよりはましだ。

 

さてと、改めてオーバーロードを見ながら、此れで攻撃が二人に集中しているよ言う状況から脱する事が出来たなと思う。ローウェンは兎も角、少年は何処まで耐えられるか分からなかったし、神々曰く変身ヒーローは時間制限ありなのが多いらしいから。さらに、例外の様に言ったローウェンでさえも弾数という制限があるからずっと戦える訳では無い。

 

さてと距離を取りつつ、コバックがオーバーロードへと駆けていくのが見える。が、同時に見たのは再び天高く手を掲げるオーバーロードの姿。

 

『降り注げ』

 

氷の雨が降り注ぐ。レフィーヤの放つそれよりも尚重く鋭いそれは、一人残らず押し潰し貫かんと彼等を襲う。

 

如何するべきか、一瞬の思考。氷の壁を生み出しても駄目だ貫かれるだけ。ならば如何するか、如何防ぐのか、躱すのか。いいや、そうだ。レフィーヤの思い至り、即行動する。

 

走りながら布を取り出す、其れは氷を生み出す為のもの。其れを使って如何するのか。決まっている、氷塊を生み出し。

 

降り注ぐ氷に向かって放つのだ。防げず、躱せないと言うならば砕けばいいのだと。その巨大な氷塊は、降り注ぐ氷の雨を砕きながらオーバーロードに向かって突き進む。

 

『ふんっ!!』

 

両腕と翼腕を使い、氷塊を受け止めるオーバーロード。多くのモンスターを押し潰し砕いてきたそれを難なく受け止めて見せた。が、しかし。その様に動くだろう思い、既に次の行動を行っている。

 

鞄からさらに一枚、布を取り出し記された術を行使する。それは天雷の大印術。本来、何処に、何に落ちるのかを術者本人であるレフィーヤにも分からないもの。故に、今まで他の大印術以上に使われていないかった一撃は、オーバーロードに、彼の持つ氷塊に向かって落ちる。

 

『なに?!』

 

砕ける氷塊、吹き飛ぶ欠片は受け止めていたオーバーロードへと降り注ぐ。と言っても所詮は欠片、確かに一つ一つが大きくは在るがオーバーロードを傷つける程の物では無い。が、時間稼ぎで在り、無駄な行動を取らせるための物であれば十分効果的だ。

 

驚きの声を零すオーバーロードへと向かって疾走するはファフニールの騎士。

 

『させるか!!』

「それ俺も言おうとしてた」

 

接近されては危険だとオーバーロードは氷の欠片を利用する様に吹き飛ばしファフニールの騎士に向かって落とす。しかしそんな事は予測済み。ファフニールの騎士に向かう欠片を一つたりとも残さずローウェンが射ち落す。最早、欠片その物に意思があり、銃弾に向かっているのではと錯覚するほどに精密射撃は、騎士の眼前に道を示す。

 

 

騎士は更に加速し迫る。オーバーロードの思考は加速し、一瞬手を掲げんとし思いとどまる。対策が施されていると理解した故に、だからこそやる事は一つ。叩き潰すのみ。

 

振るうのは、光の剣。翼腕は利用されかねない故に刃を振り下ろす。直撃すれば一溜りも無いその一撃を前に、しかし騎士は更に強く地を蹴り加速する。避けようとなどしない、防ごうともしない。何故ならば、彼にも仲間が居るからだ。

 

「やぁぁあああああああああああ!!」

 

叫び、力強く跳んで手に持つ剣を叩き込むクロエ。それは決して傷を負わせられる様な強力な一撃では無いけれど、僅かに軌道を変える位は出来る一撃だった。

 

光の剣が騎士の直ぐ横の床を切り裂く。それに一瞥もくれず更に騎士は駆ける。

 

もはや、騎士を阻む事は出来ないとオーバーロードは理解し、最善の行動を取る。其れ即ち、回避。自信を脅かす一撃が来るならば、其れの届かぬ場所に行けばよいと、翼腕を羽ばたかせて空へと舞う。

 

それも、予測済みだ。

 

「コバック!!」

「準備万端よ!」

 

ローウェンの言葉に、騎士の眼前にコバックが立つ。其れはまるで阻む様に。彼は、其の儘疾走する騎士を見て、盾を構える。

 

 

 

真上に向かって。

 

 

静かに、頷く騎士。力強く地を蹴り飛んだ彼は其の儘コバックの盾の上へと昇り。

 

「せ――――ので!!」

 

全力で盾を押し、騎士は蹴る。

 

『まさか、此処まで来るか!!』

 

驚きの声を上げつつ、翼腕を振るうオーバーロード。まるで飛翔しているかの様に空を突き進む騎士に迫る。

 

だが、此処まで来て何もしない者などいない。叩き落とさんと振るわれた翼腕に殺到する弾丸、矢、そして氷槍。叩き込まれた其れらは、振るわれた翼腕の勢いを殺し。騎士の進む道とする。

 

『ぉ』

 

一撃が迫る。オーバーロードの命へと至る一撃が。

 

『おぉぉおお』

 

翼腕を駆け上がり、蹴り飛び上がる。腕に備わる刃を振り上げ。

 

『おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――ッ!!』

 

オーバーロードに向かって、振り下ろす!!!

 

 

 

 

 

 

その直前に、力が霧散し、姿が戻る。

 

『言っただろう。対策したと』

 

唖然とする少年を、オーバーロードは更に上へと向かって吹き飛ばしながら言葉を告げる。

 

『まさか、己だけは例外だと思ったか? 否!! 例え情報が不足している故に変わる事を防げずとも、戻す事は出来る!!』

 

両手を天高く掲げ、光が襲う。辛うじて防ぎ、先程と違い引き飛ばされる事は無かったが、少年だけは更に天高く引き飛ばされる。

 

止めを刺さんと翼腕は振るわれる。吹き飛ばされ、今の状態すらつかめていない少年は。しかし、それでも諦めず落ちながらも体を捻り躱し、翼腕を蹴りオーバーロードへと向かう。

 

そして、例え無駄だとしても。其れでもその一撃を。

 

「はぁぁぁああああああああああ――――――ッ!!」

『な…にぃいいいいいい?!』

 

頭部に叩き込んだ。驚愕の声を響かせるオーバーロード。しかし、浅い。突き刺さってはいるが其れだけだ。其れでも確かな傷を残し、更に深くへと突き刺そうと力を籠め。オーバーロードによってその体を掴まれる。

 

『舐めるなぁァァ嗚呼あああああああああ!!』

「ぐッ?!」

 

少年を強引に引きはがし、叩きつけるように落とす。凄まじい勢いで床に叩き付けられた彼は血を吐き、しかしそれでも立ち上がろうと、足掻く。もう、無意味だとしても。

 

そう、最早立とうと意味が無いのだ。まだ戦えると言う意志も。

 

何故ならば、そう何故ならば必要無いからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は確かに言ったよな、オーバーロード」

 

その行動、その光景。酷くゆっくりと動いて見える其れは単純な動作。唯、銃に弾を込めるのみ。しかし、その込められたのは一発の弾丸は唯の弾丸に非ず。それは、そう正しく。

 

「最後の一撃。止めを差すのは……俺だ」

 

 

――――――至高の魔弾なり。

 

 

撃ち放たれた銃弾は、狂いなくオーバーロードの眉間に突き刺さる剣を…撃ち抜いた。



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第九十八話

光が弾け、大地へ向かって降り注ぐ。

 

『ふ…は、はっはっはっはっはっは……―――――――』

 

声、笑い声が響く。オーバーロードの笑う声が。頭部を貫かれた彼は、しかし未だに宙に在る。先程の一撃が、命に到るものであったのか、否か。それは分からないが、しかし既に彼から戦意が感じられない。

 

『そうか、いやそうだったな……あぁ、忘れていた』

 

先程まで吹き荒んでいた風は消え、音の失せた空に呟きが響く。なにかを、思い出したのだろう。きっと、とても大切な事を。

 

視線が、空から彼等へと向かう。

 

『見事だ冒険者よ。汝らの力は、願いは、意思は確かに…我を超えた』

 

敗北を認める言葉。それは同時に彼等の勝利を意味する言葉で在り、しかし誰一人としてその実感は無い・・・・あ、いや一人だけ違う様だが。

 

「言った通り俺が止めだったな」

『そうだな。汝を一番、警戒していたというのに…いや、それでも足りなかったというだけの事か』

 

ギシリと、歪み軋む音を響かせ。オーバーロードは視線をローウェンから、治療の為に少年の元に集まっている調査隊へと向ける。

 

『彼女の研究成果…その集大成。ファフニールの騎士よ。汝は力を得る権利を手にした…故に、問う。力を受け入れるか否かを』

「…それは、如何いう事だ?」

『汝ならば我が英知の結晶たる諸王の聖杯。その力を引き出し、正しく扱えよう』

 

しかしと、オーバーロードは口にする。

 

『それは人を超え、人を捨てると言う事…汝に、人でなくなる覚悟は在るか?』

 

その言葉に、少年は少しだけ迷う様に視線を彷徨わせて、アリアンナを見る。そして、少年は覚悟を決め、頷いてみせた。

 

『…そうか。それでも尚、為したいという意志が在るか。ならば、受け取るが良い』

 

光がオーバーロードから零れ落ち、少年へと流れ込んでいく。その光こそが諸王の聖杯の力であると理解する事は容易かった。やがて光の流れが止まり、其処に居たのは・・・・一見なにも変わらぬ少年。しかし、先程までとは明らかに違うだろう。何せ傷の一切が消えていたのだから。

 

『これで、汝は人を超える力を得た。正しく使えば、禍も…フォレストセルとて滅ぼせよう。正しく使えば、な』

 

少年は、確かめる様に手を握り締める。確かに其処に在るのだと確信したのか彼は頷いてみせた。

 

『……冒険者よ』

 

ハッと、その言葉に少年から視線を外し、オーバーロードを見る。彼は、彼等を見つめていた。

 

『不敵にも我を超えると言った汝らは、確かに成し遂げた。正しく我は汝らの道の半ばに立ち塞がる者でしか無かったのだろう』

「それにしてはめっちゃ強かったけどな……今までで一番だぞ?」

『ふっはっはっは。そうか、そうか。我が尤も強大な敵であったか。其れはいい事を聞いた』

 

嬉しそうに言葉にするオーバーロード。確かにローウェンの言う通りだ。はっきり言って調査隊の面々が居なければ勝てなかっただろうと思う程に、彼は強く、また賢かった。

 

「ま、これから先の先まであんたが一番かは分からんがな」

『然り。先の言葉通り、我は所詮道半ばの障壁でしかない…我を超えるものなど、幾らでも居る』

 

はっきりと宣言するオーバーロード。出来れば考えたくない事だが、当然の事であり。彼が存在すると断言するのだ。居るのだろう、世界の何処かに。天の支配者たるオーバーロードを超える化物が。

 

『あぁ、しかし。天の支配者等と名乗っておきながらこのざまか』

 

自重する様に、彼は笑う。笑う。笑い、そして言葉を響かせる。

 

『だが、悪くない。求めていたものが…確かに其処に在ったのだ。悪い筈が無い』

「求めていた…もの?」

 

其れは一体なんなのか。分からないレフィーヤは言葉を繰り返す。それに、彼は応えた。

 

『然り。我の悲願、それは全人類の救済。終わりと言う悲劇無き、新たな存在へと昇華する事…だった』

 

ゆっくりと、自らの体を軋ませながら天へとその手を伸ばす。

 

『人はまだ、天を目指していた。人はまだ遥か最果てを目指し歩んでいた。人はまだ意思を紡いでいた』

 

雲が失せていき、光は差しこみ。ゆっくりと灰色は、鮮やかな青へと変わっていく。

 

『古き時代を超え、人類が未だ歩んでいるのだ……救済など無くとも、進めるのだと証明されたのだ。我が内には、歓喜が満ちている』

 

力強くその手を握りしめたオーバーロードは、静かに言葉を紡ぐ。

 

『冒険者よ。人々が己の足で歩めるのだと証明せし者よ。何も残せぬ我はしかし、汝らに道を示そう』

「道?」

 

『アルカディアへ向かえ』

 

彼の発した言葉。それはハインリヒの故郷で在る地の名。何故、其処に向かえと言うのか。彼の言葉は続く。

 

『そこに聳えし世界樹を踏破せよ。始まりの闇を超え……回廊へと、至れ。その先にこそ、求めるものは在るだろう』

 

言葉が軋む音と重なる。其処に在り続けたオーバーロードの体が揺らぐ。限界は近いのだろう。其れでも尚、言葉は紡がれる。

 

『ふ、っはははっは。汝らに…道を示すなど、本来は不要な事で…あろうがな』

「いいや、そんな事は無いぞ?」

 

オーバーロードの言葉を否定する様に。ローウェンの言葉は響く。

 

「何せ、どんなに頑張っても迷う時は迷うからな。道を教えて貰えるならそれに越した事は無い」

『そう…か、そうだったか。汝、らに何かを与える事が出来たか。示し、証明して……くれた汝ら、に』

「あぁ、だからさっさと終わってもいいぞ?」

『辛辣よ、な。しかし、まだ終われぬ。我は…ま、だ―――――――』

 

口惜し気にさらに高く、高くへとオーバーロードは手を伸ばす。届かぬ何かを求めるように、手を。雲一つ無い空に向かって。

 

そして、彼の手は空を切り。

 

 

 

 

天の支配者は、地へと落ちていった。











そうだ、まだ終われぬ。

まだ我には……為すべき事が、在る。


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第九十九話

フロースの宿、その一室にて。レフィーヤはベットで寝転がりながら地図を眺めて居た。一階層から五階層まで、しっかりと埋まった地図二十五枚をぼんやりと眺め。

 

「…んふッ」

 

優越感に浸る。辛味を口にした時以外に此処まで気分が良くなる事はそうそうありはしない。其れを超えるのものが在るとするなら、其れこそ迷宮を踏破した時くらいだろう。それ程に気分が良い。やはり、五階層を色々言って、寄り道だと分かりながらも走り回り埋めたかいが在ったと言うものだ。

 

そして其れをしていなければ、調査隊が到着する前にオーバーロードへとギルド・フロンティア一行だけで挑まなければいけない事に成っていたかも知れない、全く世の中どんな行動がいい方向に向かわせるのか分からないものだ。

 

何て思いながら、もしもを考えてげんなりとする。あのオーバーロードに四人で挑むとか悲劇でしかないだろう。まぁ、オーバーロードは調査隊と共に挑まれる事を望んで居た様だし、何方にせよ変わらないかと思い直す。精々、休憩時間が伸びるかどうか程度の違いだろう。

 

と、ドアを叩く音が響く。誰が来たのだろうかと、軽く片付けてからドアを開ける。訪ねてきたのはローウェンだった。挨拶代わりか、片手を上げて見せた彼に何か用なのかと良い掛けるように口にすれば。

 

「いや、暇だったからだが?」

 

言いながら椅子に座るローウェン。そんな理由で来たのかと少しだけ呆れ。まぁ、別に良いけどと再びベットに転がる。

 

「……地図見てたのか?」

 

彼の視線が綺麗に重ねられた地図に向いて居る。一瞬で何をしていたのか把握するとは、流石人外と思いつつ。まぁ、机の上に置いて在れば気が付くだろうし否定する事でも無いので頷く。

 

「其れを見ながら優越感に浸ってました」

「なんで優越感なんだよ」

「それは、ほら。こんなに複雑で難しい迷宮なのに踏破したんだなって思うと…嬉しくありません?」

「まぁ、嬉しいが地図見ながら笑いはしないな流石に」

「何故笑っていた事を知っているのですか?!」

「完成した地図見る時、お前何時も笑ってるぞ…結構あれな感じで」

 

その言葉に、頭を抱えてしまうレフィーヤ。そして。

 

「いや、そこまで気にする事でも無いですね」

「あぁ、まぁ極端な話笑ってるだけだしな」

「別に誰かに迷惑かけてる訳でも無いですしね」

「笑ってるだけだからな」

 

ならば何も問題は無いと頷く。其れをローウェンは呆れた様子で見ていた。其れで良いのかと言いたげに。いや、此れで良いのだと、敢えて口に出さず心の中だけに留める。

 

話を変えるように、気に成っていた事を口に出す。

 

「そう言えば良かったんですか?」

「何が?」

「オーバーロードとの戦いの後の話です」

「素材の話か?」

「はい、あっさり渡してましたけど。あ、いやまぁ別に不満が在ったとか無いんですけど……売ったらお金になっただろうにって思いまして」

「なら別に良いだろ。誰も欲しがってなかったんなら別に渡したって」

「それはそうですけど」

「それに調査隊が居たから勝てたって感じの所は在ったしな。ちゃんとお礼しておかないと。尤も、気にしなくていいなんて言われたがな」

「言ってましたね……ところでローウェンさん」

「なんだ?」

 

寝転がった儘、視線をローウェンに向けた問い掛ける。

 

「貴方、オーバーロードに突き刺さってた剣を利用しましたけど……剣、如何為ったんですか?」

「気にしなくて良いって言ったんだから気にしなくていいんだよ」

 

言いながらも視線を一切レフィーヤに向けようとしないローウェン。其れを見て理解する。

 

詰り、あの時素材を譲ったのは、剣を利用した結果どっかに言っちゃったけど素材上げるから許してくれ…と言う事だったのだろう。まぁ、確かにオーバーロードの素材を売った金額よりも剣を弁償する方が高くなりそうだし、そう考えると彼の行動も納得だ。あと、思う事といえば、気にしなくて良いと言うのはそういう意味でった訳じゃ無いと思うという事だけだ。

 

そして、調査隊が気にする事でレフィーヤが気にする事では無いと言うのは紛れも無い事実である。

 

と言う事で、気にしない事にしたレフィーヤは起き上がり再び眺めようと地図へと手を伸ばし。

 

「おーい。居るかーい?」

 

と言う声と同時にドアを叩く音が響く。声から判断するにハインリヒだろう。一体何の様なんだとドアへと向かい開ける。

 

「何ですか?」

「ローウェンは居るかい?」

 

どうやら彼はローウェンに用が在った様だ。きっと、部屋を訪ねても居なかったから来たのだろう。

 

「なんだ?」

 

ハインリヒの言葉に、椅子に座ったままローウェンが問い掛ける。彼の姿を見て、ハインリヒは鞄に手を入れて。

 

「パン貰ったんだけど食べるかい?」

「貰う」

「あ、私も貰っていいですか?」

「良いとも」

 

差し出されたパンはほんのりと温かく柔らかい。これは美味しそうだなと思いながら、ふと頭に過る。これ、コバックも来るのではないだろうかと。

 

「あら、みんなお揃いね」

 

案の定である。扉を閉めようとしたらひょっこりと現れて、部屋の中を覗き見ながらそう言った。

 

「コバックさんも何か用ですか?」

「俺にか?」

「それとも僕に?」

「しいて言えば皆にかしらね」

「と言いますと?」

 

「調査隊、出発したらしいわよ」

「ほぉ?」

 

楽し気に、ローウェンは問い掛ける。

 

「何処に?」

「聞いた話ではギンヌンガ方面らしいわよ」

「ほほぉ、ギンヌンガねぇ。あの、世界を滅ぼしかねない禍が居るとか言ってたギンヌンガにか」

 

成程成程と頷いてから、彼は三人に視線を向ける。

 

「さて、如何しようか?」

「訊く必要在りますかそれ?」

「言葉にするまでも無いよね、それ」

「其の積りが無ければ聞いてこないし言いもしないわよ」

「だよなぁ!!」

 

ローウェンは勢いよく立ち上がり、そして言葉にする。

 

「それじぁ迷宮へ挑みに行くとするかね」

 











永劫を断ち、滅びを鎮めた……あと、一つ。

残るは、因果のみ


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第百話

ギンヌンガ遺跡、其処より至れる深き地の底に。邪悪なる禍の咆哮は響き渡る。

 

彼の禍、フォレストセルの眼前に倒れ伏すのは、傷だらけで動く事も叶わないミズガルズの調査隊。皆が皆、今にも力が尽きようとしていた。しかし、それでも動くものが二人。

 

一人は少女。自らで巻きこんでしまった少年を、仲間たちを救わんと這いずりながらも禍へと向かう。

 

一人は少年。自らを犠牲にしようとしている少女を止めんと叫ぶ。

 

伸ばされた手は、しかし少女の叫びに止められる。唯、涙を流しながら謝り続ける少女の声に。溢れ出る自分の所為だと、己自身を攻め立てる言葉に。自らの過去を、出会いを否定する言葉に。少年は静かに、そして、優しく少女の手を取る。

 

もはや、人のものでなくなったその手を、少女は握り返す。涙を留める事の出来ない少女に向けるのは、少年の思い、感謝の言葉だった。

 

ただ、一言……ありがとう、と。

 

少女は、更に強く少年の手を握る。此れから彼が何をしようとしているのかを察したかのように。それでも、変わらない、曲がらない。自らが為すべき事、いいや、したいと願う事の為に。自らの内に渦巻く力に身を任せ。

 

そして……少年は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょっと失礼しますね」

 

禍に巨大な氷塊が直撃する瞬間を目撃した。

 

「……え?」

 

遅れて気が付いた少女、アリアンナは驚き唖然とした様子で言葉を零す。そして、声を聞いた。

 

「あれ? なんかあれなタイミングでしたかね」

「いや、在る意味良かったんじゃ無いか?」

「そうねぇ、何だだか自己犠牲精神が爆発してるように見えるものね」

「あのままじゃ一人で突っ込んで行きそうな雰囲気だったし。詰りなんの問題も無いと言う事だ」

「そうですね。と言う事でもう一回どーん!!」

 

二つ目の氷塊が叩き込まれ、絶叫を響かせるフォレストセル。やはり物理的に重くてでかい物は便利だなと思いながら頷くレフィーヤは序でにもう一つ程、叩き込んでから視線を二人に向けて問い掛ける。

 

「…で、あれが禍で良いんですよね?」

「分からないのにあんなことをしたのか?!」

「いやまぁ、一目で。あ、あいつだな。とは思いましたけど…ほら、一応確認しておかないと」

 

ね? と首を傾げて見せたレフィーヤに、脱力した様に肩を落とす少年。そんな可笑しな事を言っただろうかと思いつつ、アリアンナを見る。今にも泣きそうな顔をしながら肩を震わせる少女を。

 

「な、なんで…関係なんて無いのに」

「その通り!! なんの関係も無い!!」

 

言葉に、はっきりと宣言する様にローウェンは肯定の言葉を口にする。

 

「あんたらの手助けに来たとか。世界を救いにきたとか。そう言った意味で来た訳では断じてない!!」

「なら、なんで」

「え、其れを訊くか? そんな分かり切った事を、冒険者である俺達に」

 

心底呆れた様子でローウェンは言う、当然の事を彼は言う。

 

「俺達は冒険しに来た」

 

その言葉に、開いた口が塞がらない二人。そんな理由でと言った所だろうか。此れ以上の理由なんて無いだろうに。

 

「まぁ、驚くならそれはそれ。あんた等にとってそうなんだろうな。俺達にとっては一番の行動理由ってだけだし」

「まぁ、其れが理由に出来ない人は冒険者として如何なんだろう? とは思いますけどね…今回は少し変わっちゃいましたけど」

「それは言っちゃいけないな。そして、随分と言う様になったなレフィーヤ」

「ローウェンさん達の仲間ですから」

「それはそうか!!」

 

レフィーヤの言葉に、ローウェンは笑い、前へと歩み出る。二人に近づく様に。

 

「まぁ、取り敢えず休んどきな。後の事は任せときゃいい」

「それはっ!!」

「どうしても自分でって言うなら逆に休んだ方が良いだろ。冒険者は持ちつ持たれつ、利用できるモノは何でも使うのが基本だ。まぁ、あんたらが動けるようになるまで在れがもつとは思えないけどな」

 

言いつつ、レフィーヤの氷塊の所為で思う様に動けないでいるフォレストセルを見る。

 

「と言う訳でゆったりと寛いでいると言い」

「でも、それでも駄目です。あれは、禍は」

「復活する……だろ?」

 

目を見開くアリアンナ。どうしてその事を知っているのかと驚愕を露にする。だがまぁ、仕方ない事だ。レフィーヤとて其れを知った時は思わずまじか・・・・と呟いてしまったのだから。

 

「それを知っているなら」

「対処できるものだと判断した、其れだけの事だろう。或は何かしらの方法が在るのだろうな」

 

それが如何いうものなのか、レフィーヤは知らない。しかし、それでも成し遂げるだろうと言う確信は…在った。

 

「ローウェン」

「ん? あぁ、そろそろ動き出すか」

 

ハインリヒの言葉に、視線を向けるローウェン。瞳に映るのは、圧し掛かっていた氷塊を押し退けて動き出そうとしているフォレストセルの姿。酷く敵意を漲らせ、怒りを露にしている。完全に、ギルド・フロンティアの事を敵として見ている。

 

「もう一回やっておきますか?」

「いや、もういいだろ。時間稼ぎと言う意味では十分だったし」

「そうですかね?」

「そうだぞ。動けるようになったみたいだしな」

 

その言葉に、ハッとしたアリアンナは仲間たちへと視線を向ける。其処には、辛うじてでは在るが立ち上がろうとしている姿が見えた。酷いけがではあったが、ハインリヒの治療の御蔭で動ける程度には持ち直した様だ。

 

「よし、じゃあ下がるとするかね」

「そうですね」

 

と言いながら部屋の隅へと向かうギルド・フロンティア。何が如何いう事なのか、先程までいっていた事としている事が違いすぎてアリアンナは困惑していた。

 

「あの……一体、なにを?」

「何と言われてもねぇ。情け容赦ない俺達でも空気を読もうとすれば読める。あれを倒すべき存在は俺達じゃないから譲る、其れだけの話で」

 

言って、視線を少年へと向けて。ローウェンはふっと笑みを浮かべて。

 

「だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『然り』

 

地、深きこの場を覆う天井が吹き飛び、崩れ落ちていく。決して在る筈も無かった光が差し込み、フォレストセルの絶叫が響き渡る。

 

『まずは我の様な壊れかけの古き害悪の願いを聞き届けてくれたことに、感謝を』

 

響く言葉に、思わず見上げるアリアンナ。そして見たのは、光の中ゆっくりと降りてくる一つの影。

 

『故にこそ、最後の清算を。為すべき事を果たそう』

 

その姿は酷く傷ついていた。顔は欠け、翼腕は片翼と成り胸部は大きく抉れている。

 

『フォレストセル。救済の果てに生れ出た歪なる因果よ』

 

しかしそれでも、彼は確かに世界に示す。

 

『今こそが、終りの時だ』

 

天の支配者たる上帝・オーバーロード、此処に在り。

 



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第百一話

『おぉぉおおおおおおおおおおおお―――――――ッ!!』

 

咆哮が響き渡る。オーバーロードの咆哮が。フォレストセルの絶叫を掻き消す様に世界を揺るがす。

 

罅割れ、今にも崩れそうな程傷ついているその腕はしかし、揺らめく光の剣を話す事無く力強く振るう。それは、彼等と戦った時よりも尚鋭く思える。それを、鈍重なフォレストセルが躱せる訳も無く直撃し。一撃でフォレストセルの触腕を斬り飛ばす。

 

絶叫に次ぐ絶叫。いや、フォレストセルより響くのは悲鳴。唯一撃、其れでけで奴は理解した。映り込むその存在は、自身を終わらせる存在だと。

 

苦痛からか、或はただの狂乱か。フォレストセルは乱雑にその触腕を振るい、雷を、氷を、炎をばら撒く。狙いを定めた訳では無いその攻撃を、しかしオーバーロードは一切躱そうとせずに、其の身を削りながらなお突撃する。

 

いや、いいや違う。避けないのではないのだと理解した。避けられないのだと理解した。

 

光の剣を振るったその腕が、光と成って消えていくのが見えたから。其れだけでは無い、オーバーロードの全身に刻まれた傷から、光が零れ消えていく。オーバーロードが、崩れていく。

 

戦える状態では無い。一つ、一つの行動がオーバーロード自身の終わりへと加速させていく。しかし、それでも彼は止まらない。尚激しく、なお強く手の中の剣を振るう。

 

フォレストセルは、其処で漸くその存在が息絶えようとしている事に気が付く。故にか、彼に激しい攻勢を掛ける。

 

きり飛ばされた触腕の代わりを新たに生やし、薙ぐ様に振るう。それは避ける事の出来ないオーバーロードの身に直撃し、その足を吹き飛ばし光に返す。

 

それをオーバーロードは消えゆく己の足を一瞥もせず、ただ雄叫び。剣を、翼腕を振るう。さらに早く、重く、鋭く、強く!!

 

先に動きが鈍るのはフォレストセル。余りの激しいその攻撃に、徐々に、徐々にと其の身をオーバーロードと同様に削られていく。もはやその戦いは何方が勝つかで終わるモノでは無い。何方が先に負けるのかで決まる闘いだ。

 

「……どうして」

 

全てを賭け、ただ終わらせることに全霊を尽くすその姿に、ポツリとアリアンナから言葉が零れた。

 

「どうして…其処まで」

『行った筈だ。清算だと』

 

答えを求めていないその言葉に、オーバーロードは答える。言葉を発するだけでも崩れていくと言うのに、それでも彼は少女達に言葉を響かせる。

 

『これは、一つの救済より生れ出た災禍。未来に残すべきでない……過去の罪』

 

翼腕が吹き飛び、光と成り散り消える。振るわれた剣は大きく切り裂く。

 

『我の生みだした魔人と、作り変えた者達……冒険者達と同じ。我が過ち』

 

光の剣が砕かれる。ならばとオーバーロードはその手で触腕を掴み引き千切る。

 

『後悔は無い、在る訳が無い。しかしそれでも過ちであった事は覆す事は出来ない』

 

砕けていく、砕けていく、天の支配者は砕けていく。

 

『故にこそ、我が終わらせる!! 我が過ち、我が罪。決して未来へと歩む者達に背負わせる訳にはいなかない!!』

 

崩れていく、崩れていく、上帝は崩れていく。

 

『いや、違う。取り繕うのを止めよう。今を生きる者達が未来を示したのだ。先に生きた我が、過去より長き時を経た我が。為すべき事を為さずして過ちを、罪を背負わせたまま……終われるものかぁあああああああああ!!』

 

消えていく、消えていく、オーバーロードは消えていく。

 

しかし、それでも彼は戦うのだ。

 

『永劫を断ち、滅びを鎮めた! あとは汝を、歪なる因果を終わらせるのみ。そして!!』

 

オーバーロードは静かに、視線を…少年へと向けた。

 

『我は…聖杯と共に消えよう』

 

 

 

その言葉の直後だった。光が、少年から光が弾けた。驚きの声を上げる少年は自らの姿が変わっている事に、元に戻っている事に気が付き、その光が何であるのかを理解した。諸王の聖杯の力であるのだと。

 

「これは?!…オーバーロード!!」

『諸王の聖杯。過ちであるこの力を汝に託す積りなど…欠片も在りはしなかったとも』

 

光が、諸王の聖杯の力がオーバーロードへと流れ込んでいく。そして、彼の崩壊は加速する。

 

「オーバーロード様?!」

『元より、壊れかけの我が耐えられるものでは無い。過ぎたる力は身を滅ぼすは道理よ』

 

寧ろ、都合が良いと彼は笑う。

 

『ファフニールの騎士よ。我は汝に言ったな。正しく使えばと。その点で言えば…汝は誤った』

「なに?」

 

其れはどういう事だと、オーバーロードの言葉に思わず問い掛ける少年に、彼は優しく答えた。

 

『汝の力は、滅ぼす為に在るのではなく。また守る為でも、救う為等と言う大それたことの為に在る訳ではないからだ』

 

ならば、何の為にその力は在るかの。大した事では無いと彼は言う。彼は唯、そう唯。

 

『その手で掴んだものを離さぬためにこそ在る』

 

言葉を、紡ぐ。

 

『故にこそファフニールの騎士よ。いや、唯仲間を思う騎士よ。人として生きよ。汝に永劫など…不要なのだから』

 

光の奔流が、溢れ出した。

 

 

 

 

『さぁ、終わらせよう!!』

 

オーバーロードがフォレストセルへと突撃する。其の威容に慄き、近づけまいと新たに生やした触腕を振るおうとして。動かない事に気が付く。

 

『無駄だ。最早、汝に何もさせん。既に終わりは、我が同類たる者が生み出したものが既に打ち込んだのだから』

 

急速に、フォレストセルの体が硬化していく。それは激痛を伴うのか、或は動けなく成って行く事への恐怖か、フォレストセルの叫びが響き、限界までその身を動かす。

 

『ぬぅ?!』

 

振るわれた触腕をその身に受け、勢いを殺されるオーバーロード。そしてフォレストセルはその身に力を溜めた。明らかに、何かをしようとしている、今のオーバーロードと、彼等全員を巻きこむ程の何かを。それを、オーバーロードに止める術は無い、無論調査隊にもだ。だから、彼等は唯見ている事しか出来ず、オーバーロードは間に合わぬとしてもその身を晒す様に前へと出る。

 

そして、フォレストセルから力が解き放たれる。

 

 

その直前に、一発の銃弾がフォレストセルを貫いた。

 

 

それはオーバーロードで無く、調査隊でも無い。

 

「申し訳ないが、少しだけ手を出させてもらったぞ?」

 

ギルド・フロンティアの、ローウェンの一撃。

 

一瞬の隙。思わぬ攻撃によって生まれたその一瞬がオーバーロードを辿り着かせた。彼は、其の儘フォレストセルをその砕ける間際の両腕で浮かんだ。

 

『感謝する』

「良いよ別に。寧ろあのまま何もしない方が目的を考えれば可笑しいしな」

 

オーバーロードの言葉に、ローウェンはそう返す。目的、そう目的だ。ギルド・フロンティアの目的。もとは冒険の為に訪れ、序でにフォレストセルを打倒する積りだった彼等の目的が、向かう途中にオーバーロードと出会った事によって変わったのだ。そう、其の目的とは。

 

「あんたの最後を見届けさせてもらぞオーバーロード」

 

長き時を生き、挑み続けた彼の最後を…看取る事。その言葉に、彼は。オーバーロードは笑う。ならばと声を響かせる。

 

『無様な最後は……晒せんよなぁ!!』

 

フォレストセルを掴むその両腕に力が籠り、光が溢れ出る。それは彼の崩壊を意味し、だがその力に衰えが無い事を表していた。

 

『おぉぉ』

 

溢れ出た光が、しかし消える事無く其処に在り続ける。諸王の聖杯の力が、壊れかけのオーバーロードを繋ぎ止める。

 

『おおぉぉぉおおおお』

 

オーバーロードが、光を纏い形作る。失われた翼腕を形作る。そして。

 

『おぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおおお―――――――――ッ!!』

 

フォレストセルを…持ち上げた。

 

地面に亀裂が走り、崩れ壊れていく。しかし不思議な事に、彼等の立つ場は変わる事無く其処に在り続けた。

 

響き渡るのはフォレストセルの悲鳴。己と、源たる存在と切り離された事を理解した。故に戻ろうとする、下へと、世界樹へと。

 

しかし、其れをオーバーロードが許す筈も無く。彼は、その光の翼を大きく羽ばたかせ、空へと向かう。

 

 

 

『苦難、過ち、挫折』

 

光が昇る。上へ、上へと昇っていく。

 

『多くの遠回りをした。しかし、それでも確かに歩んできたのだ。我も、そして人類も』

 

彼は、地に落ちた天の支配者は…再び空へと昇る。

 

『忘れるな人類よ。絶望が立ち塞がり、暗闇が在ろうと汝らの歩む道は…途切れる事無く続いているのだと。前へと歩むことが出来るのだと!!』

 

暁に染まる空を、上帝は昇る。

 

『それでも心折れんとするならば。我が今ここに示そう!!』

 

そして、そして。

 

『我が名はオーバーロード!!』

 

 

 

 

 

『汝らの未来を証明する者なり!!』

 

空に…星が流れた。

 







汝らの歩む道に、光あれ。


そして叶うならば願わせてもらおう、汝が本当の意味で歩みだす事が出来るように。







『エルフ』の少女よ。


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第百二話

「…よく、此処が分かったものだな」
「少し調べて、考えてとすれば直ぐ分かる事だろう」
「そう言えるのは私達の様なごく少数なのだがな…それで、何の様だ?」
「あんたにようが在って来た訳じゃ無い」
「ならば」
「唯の墓参りだだ。此処なんだろう? 冒険者が終わった場所は?」
「…そうだ、な」
「ほら、花。正確な位置までは分からんからあんたが手向けてくれ」
「すまない」
「良いよ別に」

「改めて、感謝する。終わらせてくれたことを」
「気にするな。依頼をこなしただけだし。俺の目的を達成する為にも必要な事だっただけだ」
「目的?」
「そう、いやまさかとは思うが」

「俺が勝ちを譲られて、それで満足するとでも思ったのか?」

「いや、いいや。そんな難しい男では無いだろうおぬしは」
「簡単かね? いや簡単か」
「あぁ、簡単だとも。ただ己で為したいと思う事は分かり易過ぎる……しかし」

「まさかと思うが、私から容易く勝ちを奪えるとは思っていないだろうなローウェン」
「おいおい、なんで勝ちがあんたの所に在るみたいな言い方してるんだライシュッツ?」

「はっはっは」
「ふっふっふ」

「ならば証明してみせようか? 弾丸をぶち込んでな」
「風穴を開けられるのはあんたなのによく言うよ」

「此れ以上の言葉は」
「不要。しかし敢えて口にするならば」

「この勝負」
「勝つのは」


「あ た し で す !!」
「え、ちょクル―――――――」


その日、世界樹が揺れた。




雲一つなく、綺麗な色を見せる空。其れを覆う様に堂々と聳える世界樹をレフィーヤは何をする訳でも無く、只々ボーっと眺めて居た。余りにも、暇だったから。

 

コバックとハインリヒは荷物を運んでおり、ローウェンは少し用事があると朝早くに出かけていったので居ない。こんなに暇になるなら、付いて行けばよかったかもしれないと。基本的に荷物が少ないレフィーヤは思いながら欠伸を一つ。

 

「…あぁー」

 

気の抜けた声が零れる。止めようとすれば止められるが、そんな気分でも無く只管口から垂れ流す。何か、する事でも無いだろうかと考えながら。そして。

 

「……もう一回くらい食べてこようかな」

 

と、言いながら思い出すの栗鼠の喫茶店で食べた料理。あの辛くて美味しい素晴らしき料理をもう一度と思い。いや、流石に其処まで空腹では無いし時間も無いかと思う。

 

ふと視界の端に映り込む人影。確認する様に視線を向ける。ハインリヒが荷物を持って向かってきたいた。彼は、座っているレフィーヤを見て驚いた様に言葉にする。

 

「まだここに居たんだ。一度、宿に戻ればいいのに」

「一応、荷物を見てなきゃですからね」

「それはそうだけど、態々君がする必要も無いんじゃないかな?」

「クルミさんが居るこの街で他人に頼むんですか?」

「ごめん、僕が間違ってた」

 

どうやらハインリヒはその場のノリで家屋を吹っ飛ばすような人物が街に滞在していると言う事を忘れて居た様だ。

 

と、そう言えばと疑問に思っていた事を問い掛ける様に口にする。

 

「そう言えばハインリヒさん。アルカディアってどんな場所ですか?」

「どんなって……あぁ、いやそうか。君は微妙に違うんだっけ。なら分からないのも無理は無いか」

 

そうだねと、荷物を置いてから考える仕草をして。

 

「変わらないかな」

「変わらないんですか?」

「そう、世界樹が在って、それを中心に人類は栄えている。尤もハイ・ラガードやアスラーガと違って世界樹に挑む事は禁止されてたけどね」

 

今は知らないけど。そう肩を竦め乍ら答えた。そして後はそうだねと言葉を続ける。

 

「遠い。とても遠い」

「とてもって…どの位ですか?」

「取り敢えず、厭きる程に海を眺める事ができるよ」

「あぁ、そうですか……流石に、其処までは嫌ですね」

「まぁ、其れでも最近はアーモロードでかなりいい船が行き交ってるらしいからね。僕の時よりは満喫せざるおえない時間も短く済むだろうね」

「アーモロード?」

「端的に言えば港町だよ。いや規模的に都、そう海の都と呼ぶに相応しいかな」

「海の都」

 

何とも魅力的な言葉が出てきたものだとレフィーヤは思う。

 

「…迷宮とかは?」

「幾つか海に沈んで居るのが見つかるらしいね。若しかしたら、処でなく確実に誰も見た事の無い遺跡が在るね」

「おぉ!!」

「其れを抜きにしても色んな土地から人が海を越えてやってくるからね。かなり面白い街だよ」

「それはぜひ探検しなければいけませんね」

 

そう決意するレフィーヤに、ハインリヒは笑みを浮かべ。

 

「あら、まだローウェンちゃんは居ないの?」

 

そう言いながらコバックが歩いていきた。

 

「あ、コバックさん。そうですね、ローウェンさんは…まだ来てませんね」

「朝出掛けたっ切りなの? 本当に何処に言ったのかしらね」

「ローウェンなら迷宮に向かったよ」

「は? え、如何いう事ですかそれ?」

「一体何の用があって一人で向かったのよそんな場所に」

「それは」

 

「唯の野暮用だ。気にする事じゃ無い」

 

答えようとしたハインリヒの言葉を遮る様に響く声。それがローウェンの物だと直ぐに気が付いたレフィーヤは声のする方へと視線を向ける。

 

「あ、ロー……あの、ローウェンさん」

「何だレフィーヤ?」

「なんでそんなにボロボロなんですか?」

「爺に喧嘩売ったらキチガイに乱入されて最終的に殴り合って来ただけだから気にするな」

「だけじゃないですよねそれ?!」

 

その言葉が誰を指しているのかを理解した故に。とんでもない大惨事しか想像できないレフィーヤは思わず驚き、悲鳴を堪え言葉にする。

 

「だけだよ、所詮おふざけだ。殺す気であっても死ぬような事態にはならん……まぁ、ちょっと迷宮の一角が吹っ飛んだけどな。主にキチガイの所為で」

「いや、それやっぱりだけじゃないですよ」

「だから良いんだよそんな事は…で、準備は?」

「出来てるわ。後はローウェンちゃんが来るだけって状態だったわよ」

「と言う事は結構待たせたって事か、悪いな」

「待ってたのは直ぐにやる事が終わってしまってたレフィーヤ位だけどね。僕とコバックは物が多いからさっきまで運んでたし」

「成程…一応、謝っておこうか?」

「良いですよそんなのは。此処で待ってたのは…まぁ、ローウェンさんの言うキチガイ対策で居ただけですし。暇だったの確かですけど勝手にした事ですから」

「そうか、ならそう言う事で」

 

ローウェンは、視線を動かして三人を見る。

 

「面倒な事に成る前にさっさと行くかね」

「そうしよう」

「でも良かったんですか本当に」

「レフィーヤちゃん、考えてみなさいよ。貴族になって平和に暮らすのと冒険を続けるの…どっちの方が良い?」

「あ、すみません。当然の事を訊いてしまいましたね」

「まぁ、冒険させてもらえたとしても面倒事である事に変わり無いからな。目指す場所が既に定まってるんだから此処に何時までも居る理由は無いだろう。ちゃんと挨拶もしてきたしな」

「詰りなんの憂いも無く、と言うやつですね」

「そういう事で、行くぞ」

 

言葉にし、視線を向けてくるローウェンにレフィーヤは大きく頷く。コバックも、ハインリヒとてそうだ。最早見るまでも無いだろう。そしてローウェンは楽しそうに笑みを浮かべて。

 

「目指すは新天地・アルカディアだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ僕的には帰郷なんだけどね」

「其れ言っちゃいけないだろうハインリヒよ」

「そう・・・・あ」

「如何したんですかコバックさん」

「またくだらない事でも思い付いたか?」

「いえ、唯」

「唯?」

 

「調査隊の褐色の子……名前訊き忘れたなぁーって」

 

『…あ』

 

何とも緩んでしまった空気の中で、彼等は旅立つ。新たなる冒険へと歩み出す。

 

其処に在るのだと証明された道の……その先を目指して。











深き底、ギンヌンガ遺跡で在った場所より至れるその場所。そこに一つの動く影が在る。

酷く淡い、朽ちかけの存在は光に誘われる様に歩を進める。そして光の元へとたどり着く。

それはただ静かに上を、空を眺めて。静かに崩れ落ちる。最早動く事の出来ないだろうそれは。

何かを言葉を口にしようとして失敗する。もはや、言葉を残す事も出来ないのかと悔やみ。

そして。

『良い、口にせずとも伝わる』

動く事の出来ないそれは、しかし驚きにその身を震わせる。

『これ口にする権利は無いと知っている。しかし、それでもこの言葉を送ろう』

嘗ての主、仲間。威厳あるその言葉は、都合の良い幻聴でしかないのかは分からない。

しかし、それでも。

『―――――――大儀であった』

黒の護り手と呼ばれた存在は……確かに救われたのだ。



それは遠き日か。それとも近き日か。分かりはしない。だが、しかし。

いつの日か、その光に照らされた深き底に人々が再び訪れたならば、見る事だろう。

嘗て、禍を封じていたその場所に。


二つの杯が……寄り添う様に、そこにある光景を。



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星へ至る回廊と少女の選択
第百三話


さらりと風に髪を靡かせながら、レフィーヤは目の前の光景に目を輝かせた。

 

「おぉー…賑わってますね」

「それはそうだよ、アルカディア最大の街、いや都だからね…まぁ、それでも僕がまだ居た頃と比べると賑わいは段違いだけどね」

 

そう胸を張って言うハインリヒに、成程と頷きながら改めて見渡す。アルカディア最大の都、アイオリスの街並みを。

 

「あぁ、凄い。なんかこう…感動しますね」

「それなりに長い事船旅だったしな」

「でも別に嫌いって訳じゃ無いんですよ。暫くは海は遠慮したいだけで」

「よっぽどここの迷宮が簡単でも無い限りは暫く海から離れられるだろうな。まぁ、あのオーバーロードが言う世界樹とその迷宮だしな。そんな事は有り得ないだろうがな」

「ハイ・ラガード……F.O.E。雑魚過ぎる生存本能」

「その話はするな」

 

思い出して見ればかなり簡単な部類に入ってしまうハイ・ラガードに在った迷宮。ちゃんとしてたのは第一階層とオーバーロードの居城位だったのだから。ライシュッツ達が立ち塞がっていなければギルド・フロンティアが到着する前に踏破されていても・・・・いや、それをするには余りにオーバーロードと言う壁が厚すぎるだろうが。

 

「ここの迷宮はもっとこう…殺意と言うかに満ちていると良いんだがな」

「其処までは流石にあれですけどね」

「でも見つけたら襲って来るなり、或は逃げるなり。そう言った当然の事はして欲しいかな僕的には」

「あれ、ハインリヒさんは…って、そう言えば此処の迷宮はいっちゃいけなかったんでしたっけ?」

「うん。まぁ、何が在ったのかは知らないけど。大々的に宣言したみたいだけどね」

「樹海を、世界樹の迷宮を踏破せよでしたっけ?」

 

レフィーヤからすれば有り難いが、しかし同時に何故という疑問も過る。ハインリヒの言っていた事が間違った事でない限りは、アルカディアに住まう人々にとって信仰の対象である筈なのに。やはり何かしらの理由でも在るのだろうか。ハイ・ラガードがそうであったように。いや、むしろそうで無ければ世界樹を踏破せよ等と言いはしないかとレフィーヤは思う……アスラーガはなんか、ちょっと違った気がするけど。

 

「ま、取り敢えず冒険者ギルドに行ってから街の散策だな。迷宮はその後で」

「そうですね」

「と言う事で…って、そう言えばさっきからコバックが黙ってるけど、どうし何食べてるの君?」

「そこの露店で売ってた串焼きだけど?」

「…なんで食ってんだよ」

「おいしそうだったから…まぁ、何と無く微妙なんだけどね」

「店主の前で言うなよそんな事」

 

一気に空気が緩む。何とも言えない表情を浮かべながらハインリヒとコバックは宿探しへと向かい、レフィーヤとローウェンは冒険者ギルドへと向かう。

 

そして。

 

 

 

 

「ローウェンさん、なんか凄く煽られたんですけど…凍らせていいですか?」

「…え?」

「駄目だからな」

「そうですか…じゃぁ床を滑りやすい様に凍らせますね」

「…え?」

「そうしとけ」

「許すのか?!」

 

「煽ったあんたが悪いし」

「お前達の事を言った訳では無い!!」

 

『知ってる』

「何なんだお前達は?!」

「え、ギルド・フロンティアだけど」

「そういう意味では無いが…あぁ、全く」

 

手を頭にやり痛みを堪える様な仕草をする。恐らくギルド長らしき人物、声色からして男性だと思われる彼はしかし先程のやり取りに対しての反応からして慣れていないと言う事かと察しながらスッと姿勢を正し目的を告げる。

 

「と言う訳で、登録しに来た。よろしく頼むギルド長」

「お、おぉ。急にまともに…いや、分かった。やっておこう」

「よろしくお願いしまう」

「あぁ、任された…全く、やつと同じ部類のが増えるのか」

 

と、うんざり様子で歩いて行くギルド長。彼の呟きを、聞き流すなんて事はしないレフィーヤ達。そして思う。

 

「…居るんだな此処にも」

「みたいですね」

「大変そうだな。反応からしてとても面倒な奴なんだろうな」

「神様が言ってた言葉の中にブーメランと言うものがありましてね」

「なんで狩猟道具の名前が出て来るんだよ?」

「投げて戻って来るかららしいですよ」

「そして俺に当たると。成程そういう事か」

 

使える場面に出くわすと、確かにその通りだと納得せざるおえない神々の言葉。凄く便利だなと思いつつ。恐らく居るのであろう、自分達と同じ様な冒険者は誰だろうかと考え、思い出す。

 

「そう言えばクルミさんが言ってましたね。ゴザルニさんが帰郷するとかしたと」

「成程、と言う事は…いや、あいつでは無いな」

「そうなんですか?」

「あいつは其処ら辺分かってるし。何より食い物があればそれで満足する奴だしな」

「あぁ、そう言えばそうでしたね」

 

そう言えばそうだったと、レフィーヤは思う。自分とはまた違う、食の探究者であったことを。

 

「お前変な事考えなかったか?」

「変な事とは失礼な。まぁ別に良いですけど」

「そうか、さて如何するか。ハインリヒ達と合流しても良いが、何だったらゴザルニでも探すか? まだ居るかは知らんが」

「そう、ですね」

「尤も、探すまでも無いんだがな」

「はい?」

 

其れはどういう事かと首を傾げて、ふと耳に届く叫び声。耳を澄ませてみれば、それはとても特徴的な物だった。具体的に言えばござるござる言っていた。間違いなく彼女だなと思い。

 

「駄目でござる斬っては駄目でござる後生でござる止めるでござる師匠!!」

「なにを言ってるのゴザルニ。わたくしは敵でもない人を斬る程落ちぶれてはいないわ」

「なら刀を収めるでござる!!」

「もう、大丈夫だって言ってるでしょう? 唯ちょっと、強そうな人の前で素振りしようとしてるだけよ? 若し仮に当たったとしても事故だから…あ、でも反撃されたら其れはもう敵よね? 斬っても大丈夫よね。問題ないわよね。よし、周りに人が居る事を忘れる位集中して素振りを始めましょう!!」

「全員逃げるでござるー!!」

 

叫び声を聞き、レフィーヤは静かにローウェンを見る。そして彼も又レフィーヤを見るように顔を動かしており。視線が重なる、そして無言のまま頷いて。

 

「ハインリヒ達と合流しよう」

「そうですね」

 

二人は何も聞かなかった。そう言う事に、した。



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第百四話

明らかにやばいのが居ると分かった時点で速やかに冒険者ギルドから立ち去りハインリヒ達と合流しようとしたレフィーヤとローウェンだったが戻ってきたギルド長に呼び止められある事を伝えられる。

 

なんでも冒険者として迷宮探索の許可を得るにはアルカディア評議会でミッションを請け、それをこなさなければいけないとの事。

 

要するにハイ・ラガードの時と同じかと思いながら、その評議会は何処なのかを訊く。それは叫び声が聞こえる方とは反対であった…反対であった!!

 

「良し、さっさと行くぞ」

「そうですね。絡まれる前に」

 

言って、二人は勢いよく冒険者ギルドを後にした…窓から。

 

「…なんで窓から出て行ったんだ?」

「師匠! し、師匠?! あ、あぁー、ししょー?!」

「あふふふふふふふふふ――――――…!!」

「…あ」

 

街を駆け抜け乍らレフィーヤは思う。開幕煽ってきたんだし、つらい目に在っても仕方ないよねと更に速度を上げて評議会へと向かう。

 

 

面倒事を避け、評議会へとたどり着いたレフィーヤとローウェンはさらりとミッションを請ける。内容はハイ・ラガードの時とほぼ同じなようだ。流石に土を持ってこいとは言われなかったが。しかし、行き成り地図を書けと言うのは世界共通なのだろうか。全く素晴らしい文化だとレフィーヤは思い。

 

 

今現在、ハイ・ラガードやアーモロードが酷く恋しくなっていたと言うか戻りたいと願っていた。

 

 

何が在ったかと言えば、時々聞える悲鳴を避け。何事も無くハインリヒ達と合流した二人。そのまま宿へと向かったのだ。

 

到着したジェネッタの宿で荷物を置き。軽く食事を済ませてから迷宮へミッションをこなす為に行こうかと言う話に成ったのだが、そうだが。

 

「…なん、でしょうねこれ。いや、美味しんですけどね。こう、何というか」

「微妙なのよね、いえ確かに美味しいのだけれど」

「まぁ、よく言えば素材の味が良く出ていると言った所だな。別に嫌いでは無い」

「そうそう此の感じ。あぁ、懐かしいな。帰ってきたって感じだなぁ」

 

そう、戻りたいと思った理由。それは料理が何とも言い難い感じだったから。彼等の言う通り不味い訳では無い、寧ろ美味しい。美味しいのだが…何かが足りない。そんな感じの料理なのだ。

 

懐かしそうにスープを口にするハインリヒに、表情が死に掛けているレフィーヤは問い掛けた。

 

「アルカディアって此れが普通なんですか?」

「そうだね。元の材料が良い御蔭なのか、其処まで工夫しなくてもそれなりに美味しく出来ちゃうからね。どうしてもね」

「よく耐えられますね」

「昔は此れでも大丈夫だったんだけどね、此れしか無かったし。今思うとアルカディアを出て一番衝撃だったのは料理の味の濃さだったな…あ、やばいコンソメスープ飲みたくなってきた」

 

言いながらもスープを口に運ぶハインリヒ。見ながら、レフィーヤもサンドイッチを口にする。やはり美味しいのだが物足りない。切に思う、卵にもう少し濃い目の味付けをしてくれと。そしてメニューにカレーが無いのは間違いであってくれと。

 

「え、いやでも嘘でしょう? カレーが無いとか、スパイスが無いとか、辛味が無いとか…え、嘘でしょう? 私死んじゃいますよ?」

「時にレフィーヤ、聞いてくれ」

「何ですかハインリヒさん?」

「アルカディアを出た人は大体食に目覚める。作る側にしろ、食べる側にしろ…そういう事だ」

「ローウェンさん、今からでも戻りましょう? アーモロードで未発見の遺跡でも探しましょうよ?」

「海は暫くはいいって言っていたやつの発言とは思えないな」

「だって……だってぇぇ!!」

 

涙が零れそうになるレフィーヤ。まさかここまで食べたのに満たされないと言う事が辛いとは思っていなかった。

レフィーヤの体が、心が、魂が辛味を渇望している。もう塩辛いでも良いからと。

 

そんなレフィーヤにローウェンは呆れた様に息を吐いてから、ハインリヒを指差した。

 

「さっきハインリヒが言ってただろう。アルカディアから出た奴は食に目覚めるって」

「はい。食べるか作るかは違うらしいですね」

「で、こいつは食べるでは無く作る方に目覚めた奴だぞ」

「はッ!?」

 

バッと音が聞こえる程の勢いで視線をローウェンからハインリヒに向ける。スープを飲み終わったのだろう彼はスプーンを置きながら。

 

「流石にハイ・ラガードでの比べればあれだけど。一応、アルカディアにある材料でもカレーは作れるよ」

「……ハインリヒ様ってもしかして神様?」

「様?! と言うか神様って、違うからね」

「そうですね。神様であるかどうかなんてどうでも良い事ですね。やばい、今凄く信仰したい」

「そこまで?!」

 

そんなハインリヒの言葉が聞えたが如何でも良い。あと何故か、なんでやと言う声も聞こえた気がするが幻聴だ。今重要なのは、ハインリヒがカレーを、辛くて美味しい料理を作れると言う事だ。

 

其れだけで、レフィーヤの全てが救われた様な気がした。あぁ、今ならばムスペルだろうがフォレストセルだろうが単騎で勝利できそうだ。オーバーロード? あの人は無理。

 

そんあ如何でも良い事を考えながら、如何にか落ち着こうと深く息を吸っては吐いて、そして。

 

「…あ」

 

なんか聞いた事の在る声が耳に届き、一気に冷静になるレフィーヤ。きっと表情も消え失せている事だろう。目の前に座るローウェンの様に。

 

現実から逃れる事は出来ないので視線を声の聞こえた方へと向ける。出来れば違って欲しい思い乍ら。まぁ、そんな事は無いのだが。

 

案の定と言うか、其処に立っていたのは見た事の在る人物。と言うかゴザルニだった。アスラーガに居た時に比べてかなりやつれている様に見えるが、其処では無い。見るべきなのは彼女では無くその隣に立つ女性だ。

 

着物と言った筈の衣服を見事に着こなしている黒髪を短めに切り揃えている女性の方が問題だ。具体的に何が問題なのかと言えば、可成り美人で在ると言って良い筈のその顔に浮かべてはいけない表情を浮かべているからだ、恍惚とした笑みを浮かべているからだ。それを浮かべながら涎を垂らし、その体を震わせながら手に持っている刀を今にも抜き放ちそうなのだ。

 

そして何よりも恐ろしいのが女性が切り殺したいと小さく、しかしずっと呟いている事。今まで経験したことの無い恐怖をレフィーヤを襲っていた。出来れば経験したくない類の其れが。

 

と、急に女性は浮かべている笑みを柔らかなものへと変える。先程まで浮かべていたのが幻覚で在ったのではと思う程、淡い笑みを。其れを見て恐る恐ると言った様子で、ゴザルニが問い掛けた。

 

「あの、師匠?」

「わたくしは駄目ね、ゴザルニ」

「え、あの其れは確かに否定はできないでござるが」

「そう、そうなのよ。わたくしね、此れでも我慢してきたのよ。今まで見た事の無い技術を前にして、其れでも切り掛からない様にって。そんな事をしては唯の犯罪者だもの」

「今までのあれで我慢してたのでござるか?」

「そうよ。でも、でもね。もう無理だわ。だってこんなに強そうな人達が居るなら。もう…もう」

「待つござる師匠。流石に無理でござるよ師匠」

「無理なのは切り掛からずにいる事でしょひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」

「師匠?!」

 

言いながら先程以上にやばい表情を浮かべ、更にやばい笑い声を響かせながら刀を抜く女性。そしてそのまま彼等に向かって切り掛かる。

 

 

 

なんて事をされたら危ないので刀を抜いた時点で四人で囲んでボコボコにしてから簀巻きにして吊るした。勿論、女将なのだろう女性に許可を取ってから。

 

因みに殴られている最中の女性が恍惚とした笑みを浮かべていた気がするが、気のせいだとレフィーヤは思う事にした。



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第百五話

「本当はこんなに長居する積りは無かったのでござるよ。軽く親と知り合いの顔を見たらまた出る積りだったのでござる」

「其の時はまだ世界樹には挑んじゃな行けなかったんですか?」

「いや、帰ってきた時にはもう御触れは出てたでござる」

「なのに挑もうとしなかったんですか?」

「確かに世界樹は魅力的ではあるでござるが…食事が」

「……あぁ、成程」

「もう何というか、只管に辛くて。だからさっさと出立しようとしたのでござるが。港に付いたら丁度師匠が居て…それ其の儘引きずられる様にアイオリスまで連れて来られて。それからもう、暴走しそうになる師匠を止めたり、往来のど真ん中で抜身の刀を使って素振りしようとするの止めたり、喧嘩に突っ込んで行って殴られようとするのを止めたり…ただ、ただ辛かったでござる」

「ゴザルニさんっ!!」

 

涙が溢れ出て止まらない。思い浮かべるだけでもその辛さが分かる。それが想像以上の辛さであるのだろう事も。と言うかずっとここの料理を食べ続けるとか辛いどころでは無いだろうとレフィーヤは思い、なお涙が溢れだしそうになる。

 

「私は、私は貴女がどれ程辛い目に在って来たのかは想像する事しか出来ません。それでも、今は慰めさせて下さい」

「レフィーア殿」

「レフィーヤです」

「あ、これは失礼」

 

そんな会話をする二人を眺めながらローウェンはゆっくりとお茶を飲みつつ、上へと視線を向けて。

 

「で、そんな風に負担を掛けまくってたあんたは何か言う事在るか?」

「吊るしてくれてありがとう!!」

「まじで駄目なやつだこいつ」

 

吊るされたまま笑顔で礼を口にする女性に、ローウェンは思わず頭を抱えた。

 

 

 

此れ以上吊るしていても店的に害しか無いと言う事で降ろされた女性。若干不機嫌そうに簀巻きにされたまま、体を揺らした。

 

「もう少し吊るしていても良いのに」

「流石にこれ以上は店に客が寄り付かなく成るだろ」

「え? 人が吊るされた程度でお客様が来なくなるの…いやまさかぁ」

「いや、普通に来なくなるからな?」

 

そう言えばハイ・ラガードでも、フロースの宿でコバックを吊るしたら人が来なくなったなとレフィーヤは思い出す。凡そ一週間くらい。

 

「むぅ、前から思ってたけどアルカディアの冒険者は軟弱すぎる。目の前で素振りしてても飛び込んでこないし」

「それ、抜身の刀でしたのか?」

「えぇ」

「それで突っ込んでくるのは馬鹿かキチガイ位だろ」

「だからわたくし、馬鹿かキチガイを求めているの。主に戦う為に!!」

「あっそ」

 

投げやりな言葉を口にしはじめるローウェン。そんな彼の様子などお構いなしに女性はそう言えばと言葉にする。

 

「まだ自己紹介してなかった! と言う訳で名乗りましょう。わたくし、ミカエと申します。趣味は殺し合う事。好きな事は斬る事と斬られる事。将来の夢はとても強い殿方と全身全霊で殺し合った上で負けて、そして屈服して何時までも仲睦まじく居る事。そして出来れば姑にいびられたい。そんなわたくしですがどうぞよろしくお願いします」

「ここまでよろしくしたくない奴は生まれて始めてだぞおい」

 

確かにとローウェンの言葉に同意しつつ、さて如何するかと考えているとコバックが言葉にする。自己紹介を。

 

「自己紹介されたなら名乗らないと失礼ね。あたしはコバック、趣味は筋トレ。将来の夢は綺麗なお嫁さんを貰う事かしらね」

「まぁ、それはそれは。もしなんでしたら立候補しても?」

「え、貴女はちょっと」

「ゴファ?!」

「え、え?! なんで血を吐いたのよ?!」

「コバック、お前凄いな」

「なんで?!」

 

サラリと心を抉る言葉を口にするコバック。普通に考えてコバックに注意すべき発言なのだが、不思議な事に相手がミカエと言うだけで別に良いかと思えてならない。

 

「え、なんでわたくし振られたみたいな感じになってるの?」

「まぁ、コバックさんですから。あ、私はレフィーヤ。レフィーヤ・ウィリディスです。ハンカチどうぞ」

「あら、ありがとう。よろしくねレフィーヤさん」

「出来れば宜しくしたくないです」

「凄く直球で言って来るわね。正直、少し気持ちいい」

 

言いながら笑みを浮かべるミカエに、スッと視線をローウェンへと向けて。

 

「…この人無敵なんですか?」

「ある意味な」

 

そう言ってから溜息を吐いて。そして口にする。

 

「まぁ、名乗らないままって言うのはあれだしな。ローウェンだ。出来れば宜しくしたくない」

「貴方も容赦ないですね…良いぃッ!!」

「見ろレフィーヤ、鳥肌が立ってるぞ」

「わぁ、凄いですね。ローウェンさんが此処まで成るのって初めてじゃないですか?」

「そうだな。っと忘れる所だった。今厨房に行ってるのがハインリヒだ」

 

と、指差しながら言うローウェン。その言葉に成程と頷きながら覗き込む様に視線を向けて、倒れ込む。そう言えば簀巻きの儘だったなと倒れたミカエを見て。

 

「はッ?! ゴザルニ、貴女この人達の仲間に入れて貰いなさい」

「はい?」

 

この人は何を言っているのだろうかとレフィーヤは思わずにはいられなかった。

 

「…その、何故でござる?」

「だってこの人達はこれから迷宮に挑むのでしょう? なら其れに付いて行けば強くなれること間違いないし!! わたくしよりもずっと強いお人も居るのだし」

「まぁ、それはそうかも知れないでござるが」

「そして強くなった貴女がわたくしの事をズタズタのボロボロのボロ雑巾状態まで痛めつけるの!! あぁ、考えただけで良いぃ!!」

「…何度も言ってた自分の事を斬り殺せる位強く為れって」

「本気の本気よ!!」

「おぉ……何というっ」

 

とんでもない衝撃がゴザルニに走る。まさか冗談と言うか激励の様な物だと思っていた言葉が其の儘の意味だったとは。そうゴザルニは思いながら。

 

「いや、でもローウェン殿達が良いとは限らないでござるし」

「え、別に良いぞ? 知り合いを拒絶する程懐は狭くないからな」

「そうですね。ゴザルニさんなら私も大丈夫ですよ」

「あたしも」

「軽すぎないでござるか?!」

 

驚きの声を上げるゴザルニ。もう少し難色を示されると思っていたのだろう。でも、実際そこまで強く拒絶する様な事では無いし。ミカエだったならもう少し考えるけど。

 

「戻ったよ…って何事?」

「ハインリヒ殿!!」

 

そんな時丁度戻ってきたハインリヒに光明を見たのか。ゴザルニは目を輝かせる。

 

「ゴザルニが仲間になるそうだぞ」

「あ、そうなの? これからよろしくね」

「軽い!? 圧倒的に軽い! 臨時のとかでは無いのでござるよ?! そんな簡単に決めて良いのでござるか?!」

「お前は嫌なのか?」

「いやそう言う訳ではござらぬ。ただ、拙者は」

 

「取り敢えずコンソメスープを冷める前に飲まない?」

「奴隷扱いされても良いので恵んで下さい」

「奴隷?!」

 

気が付けばハインリヒの前に這いつくばるゴザルニ。先程まで色々と言っていた人物と同じとは思えない。と、そのまま彼女はハッと気が付いたかのように一気に顔を上げて目を見開く。

 

「仲間になればいつでも食べられるのでは?」

「え、まぁそうだね」

「よろしくお願いするでござる!!!」

「え、あ、うん。よろしく」

 

そうして、ゴザルニが仲間になった。



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第百六話

風に揺れる葉の音、水の投げれる音。其れが何とも心地よいその場所はアルカディアの世界樹。その迷宮の第一階層、鎮守の樹海と呼ばれる場所だ。

 

モンスターも現れる危険な場所で、同時に多くの冒険者を受け入れてきただろうその階層を彼等は、ギルド・フロンティアはなんかその場の勢いで新たに仲間としたゴザルニと共に歩き進んでいた。ミッションと成っている地図を書きながら。

 

「それにしてもお前の師匠は何か…あれだったな」

「それでも普段はもう少し真面なのでござるがな。精々素振りしてると自分から当たりに突っ込んでくる位でござるし」

「………そうか」

「如何いう訳か、あんな風に人切り紛いに成る事が在るのでござるよ。まぁ、ローウェン殿達がしたようにボコボコにされると落ち着くのでござるが」

「お前其れ」

「あ、別に分かっても言わなくても良いでござるよ? 拙者、出来る限り考えない様にしているだけでござる故」

 

詰り現実逃避。いや自分の事を守っているだけかとレフィーヤは前を歩く二人を見ながら思う。泥道を足を寄られる事無く平然と歩いて行く二人を。

 

「…なんで普通に歩けてるんですかね?」

「レフィーヤちゃん如何したの? やっぱり辛い?」

「あ、いえそういう訳では無いですよ。この程度で疲れたりはしませんよ」

 

後ろから心配する様に声を掛けるコバックにそう返しながら、前の二人の様に歩けないレフィーヤはせっせと泥道を凍らせて歩いて行く。

 

「そう言えばコバックさんは兎も角ハインリヒさんはあの二人みたいに歩けないんですか?」

「一応歩けるけど二人みたいにずっとは無理かなぁ。もし何かあったら薬類が全部だめに成っちゃうから出来れば避けたいし」

「あぁ、まぁその通りですね」

 

当然蓋はしてあるのだが。若しもと考えれば当然の事だなとレフィーヤは思いながらどんどん進んで行く二人を追い掛けるように少し急ぎ気味に凍らせていく。

 

 

そして後にその光景を見た衛視は。平然と泥道の上を歩くとんでも人間と可成りの範囲を凍らせたのに平然としてる少女が居たと語ったそうな。

 

 

さて、そんな事を衛視に思われていたとしても如何でも良い彼等は其の儘何事も無く時々現れるモンスターを処理して難なく求められた物の一つである世界樹の根を確保した。

 

「此れであとは、地図書き上げて土を手に入れれば良いのか」

「ですね」

「随分と簡単でござるな」

「お前はやらなかったのか?」

「ござるな。そもそもさっさとまた旅に出る積りでござったし。師匠に出くわしてからは暴走一歩手前状態の師匠を止めるので手一杯でござったし」

「あぁ、その…お疲れ」

「その言葉が心に染みるでござるな」

「ミッション終わったら何か作ってあげようか?」

「まことにござるか?! それなら」

「カレーをお願いします」

「分かったカレーだねってレフィーヤ?」

「私、とても、辛い、食べたい、です」

「何で片言? いやでも」

「カレー…いいでござるな!! 久しぶりにあのスパイスの効いた料理が食べたいでござる」

「え、そう? なら作るけど」

「やったぁーでござる」

「シャァアッ!!」

「なんでレフィーヤの方が喜んでるんだよ」

 

其れはもう、辛い物が食べられるからに決まっているだろうと視線で訴えかける。何故言葉にしないのかと言えば何と無くである。問題なく伝わるのだからそれでも良いだろう。

 

と、其の時コバックが何かに気が付く。

 

「あら、あれ何かしら?」

「何が?」

 

あれ、と言いながら指差した方を見ると何か光る物が見える。其れが何であるのかはレフィーヤには分からない。

 

「銅貨だなあれ」

 

まぁ、レフィーヤには分からなくてもローウェンには分かる様だが。相変わらず目が良いなと思うレフィーヤだった。

 

「で、それ如何しますか?」

「銅貨ねぇ…山都銅貨かな? 今でも使われてる奴……ゴザルニ、今でも使われてる?」

「使われてるでござるな」

「と言う事で使われてる銅貨だね。正直、拾う必要は無いと思うけど」

「馬鹿お前、金は必要に決まってるだろ。当然拾う」

「のはいいですけど。なんか居ますよね。亀が」

「居るな亀が」

 

まぁ、大した事では無いと気にする事無く銅貨を拾いに向かうローウェン。そんな彼に気が付いたのか亀がゆっくりと顔を上げて。拾おうと伸ばされた彼の手に向かって首を伸ばし噛みつく。

 

その瞬間、伸びてきた亀の頭部を開いている手で掴むことによって止め、銅貨を拾うと手を放し戻ってきた。

 

「やったぜ」

「容赦ないですね、亀相手に」

「容赦しまくりだろ。撃ち抜いてないし」

「それもそうですね」

 

なんて言いながら再び地図を書く為に歩きだす一行。そんな彼等を、唖然と首を伸ばしたまま固まる亀は見つめていたと言う。

 

その少しの後の事。やたらと手ごわい亀に冒険者が出くわす様になったが蛇足である。その亀が其れでも何故か悔し気であった事もまた同じ。

 

 

「お、あそこか」

 

暫く歩いた後。突き当りと言える場所で、掘り返された跡がある場所を発見したローウェン。

 

「と言う事はあそこから土を採取すればそれでミッション達成と言う事でござるか」

「そういう事だな。そう言う事でさっさと土を採取するぞゴザルニ」

「了解でござる」

 

ローウェンの言葉に、頷きながらハインリヒに木の実を手果たしたゴザルニは彼と一緒に掘り返された跡の在る場所まで歩いて行く。

 

二人とも武器を構えながら。そして。

 

「ほい」

「よいしょ」

 

地面に向かって刀を突き刺し、銃弾を放つ。どうしてそんな事をするのか等とは聞かない。そこにモンスターが潜んでいたのだと分かっていたから。

 

しっかりと仕留めた事を確認してから軽く辺りを見渡して、ローウェンは土を袋に詰めた。

 

「…良し、戻るか」

「はーい」

 

なんなくミッション達成となりましたとさ。まぁ、街に帰って報告するまではそうでは無いのだけれども。と言っても急いでる訳でも無いので、ゆっくりと歩いて帰っていくギルド・フロンティア一行であった。










街に向かって帰還する為に歩いて行く五人の背中を眺める人影が一つ。

その影はたいして疲れている様子の無い冒険者たちの背中を見ながら。

ふむと呟きながら頷いた。


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第百七話

サラリとしたそれを匙で掬い、口へと運ぶ。ゆっくりとよく噛んで味わう。久しぶりに味わうのであろう隣に座るゴザルニはその瞳から涙を零しそうだ。忙しなく口へと運ぶのを見て、よくもまぁそんな勢いで食べられるものだと思いつつ、味わった其れを呑み込み。レフィーヤは一言、自分の仲間であるハインリヒに向かって口にする。

 

「まだまだですね」

「作らせて於いて言う事が其れなの?」

 

どうかと思いはしたが留める事が出来なかったレフィーヤは、もう作らなくても良いんだよと言われて見事な土下座を決めるのであった。

 

 

 

「あぁ、至福でござる」

 

言いながら満足気に水を飲むゴザルニ。かなりの量を食べていたが大丈夫なのだろうかと思わなくもないレフィーヤだが、そう言えばアスラーガに居た時はもっと食べてたなと思い出す。

 

「何というか、もう犬扱いされても良い気がするでござる」

「なんか凄い事さらっと言いますよねゴザルニさん」

「それくらい苦痛で、そしてハインリヒ殿の料理に救われたのだと思ていただければ嬉しいでござる。」

 

そう言われるよ頷くしか無しレフィーヤだった。と、そう言えばとゴザルニが見渡す。

 

「ローウェン殿とコバック殿は何処に? 拙者、料理に夢中だった故何か言っていても聞いて居なかったかもしれないのでござる」

「ローウェンさんは評議会にミッション達成の報告と序でにそこで情報収集。コバックさんは市場の方に行きましたよ。武具の整備を任せられる人を探しに行くとか言ってましたね」

「成程、何方も重要な事でござるな」

「そうだね、怠れば命にかかわる事だ」

「あ、戻ったんですか。思ってたより早かったですね」

「専用の洗い場が在ったからね。とても役立ったよ」

「へぇ、そんなのもあるんですね」

 

流石、アルカディア。ハインリヒさんの故郷のある土地。まぁ其の位無いと共存は難しいのかな、なんて思ったり。

 

「それで、満足してくれたかな?」

「満たされたでござる」

「そうですね」

「まだまだだって言った人の言葉とは思えないね」

「それはあれですよ。本音が漏れたと言うか」

「寧ろそっちの方が駄目だよね其れ」

「ですね」

 

もう少し我慢を覚えるべきだろうかと悩むレフィーヤを横目に、二人は会話を楽しむ。

 

「してハインリヒ殿。此れから如何する積りなのでござるか?」

「僕? 僕はそうだね…うん、僕もコバックと同じ様に市場に行こうかな。色々と買っておきたい物もあるし。知り合いと改めて話をしておきたいしね」

「ぬん? 知り合いが居たのでござるか?」

「うん、セリクって言う商人でね。軽く位にしか話せなかったからちゃんと話をしておきたくてね。ロダンやシュバルツがどうしてるのか訊きたいし」

「成程でござるな」

「そういえばゴザルニの口調は何でそんなのなんだっけ?」

「言ってなかったでござるか? あぁ、いや師匠が近くに居たから改めて訊く訳でござるか…しかし確かに今考えると謎でござるな。何故、拙者はこのような口調に」

 

「え、可愛いでしょうその口調?」

 

そう、首を傾げていたゴザルニに対して、何時の間にか居たミカエは口にした。

 

「……其れだけでござるか?」

「それだけ」

「え、それじゃあ」

「切り殺すぞ」

「まだいってないでござる」

 

一瞬で表情が抜け落ちたミカエに、思わず涙目に成るゴザルニ。

 

「でも可愛いって思うなら自分で言えば良いじゃないですか」

「駄目よ。わたくしには合わないもの」

「そうなんですか?」

「そうよ。拙者がこの様に言った所で愛らしさの欠片も御座らぬ故に」

「わぁお」

 

確かに、可愛いとは言い難い感じになっている。凛々しくは在るのだが……うん、合いすぎてて逆に合ってないと言うか。

 

「ね? 可愛くないでしょう?」

「そう、ですね。可愛いとは言い難いですね」

「だから、その口調でも可愛いゴザルニに言わせてるの」

「と言うか師匠はどうやって拙者をこのような口調にしたのでござるか?」

 

「どうやってって。寝てる間に只管ゴザルニは拙者でござるって耳元で言い続けただけだけど」

「あの時の悪夢は師匠の所為でござったのか?!」

「あら、悪夢見ちゃってたの? それはごめんなさいね」

「謝るなら」

「切り落とすぞ」

「何処をでござるか?!」

「え、何処って」

 

ミカエの視線が、スッと上へと向かう。頭の上に在る耳へと。

 

「耳、耳を切り落とすのでござるか?!」

「いやねぇ、そんな事はしないわよ!! 精々、毛が無くなるまで剃り落とす程度よ」

「十分を恐ろしいでござるよ!!」

 

涙目になりながら耳を庇う様に抑えるゴザルニ。不覚にも、その様子に少し可愛いと思ってしまった。でもこのまま話を続けるとあれなのでと言う事で。話を変えるように、気になっていた事を口にする。

 

「そう言えば、あれなんだったんですかね」

「あれ? あれって何?」

「あ、ミカエさんは多分分からないです。今日迷宮行っていた時の事なので」

「そうなの。なら確かに分からないわね」

「迷宮内で…何か在ったっけ?」

「ありましたよ。其れもずっと」

「ずっと?……あぁ、若しかして」

「成程、確かに良く分からない事ではあるでござるな」

「でしょう?」

 

納得したと言いたげに頷くハインリヒと同意するゴザルニ。

 

「結局、誰が私達の事見てたんですかね?」

「迷宮に入った直後からだったね、確か」

「言う通り、ずっと見られていたでござるからな」

 

見続けた割には姿を見せる事の無かった視線の主。気に成ってしまうのは仕方の無い事だろう。しかしまぁ。

 

「今考えても分からないんですけどね」

「情報が足りないからね」

「迷宮を進めば分かる事、なのかもしれないでござるからな」

「成程、ずっと見られてたと……貴方達ってモテモテなの?」

 

かも知れないとレフィーヤ達は笑い、ゆっくりと休みを堪能するのであった。

 

モンスターとは違う敵意の無い視線が何であったのかを考えながら。



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第百八話

凡そ三日の休みの後。彼等は迷宮へと足を踏み入れた。探索し、踏破する為に。そして彼等は今。

 

「そう言う訳で如何思いますかローウェンさん」

「如何いう事だよ」

「いえ、ミッションをこなす為に一階に行った時にずっと視線を感じてたじゃないですか」

「まぁ、見られてたな」

「それに関して如何思いますか?」

「如何、と言われてもな…取りあえず言える事は」

 

そう言いながらローウェンは視線をレフィーヤから外し。

 

「此奴では無いな」

「ですかね」

 

五人に囲まれて腰が抜けている少女へと向けた。

 

「え、なにこれ。私なんで囲まれてるの? え、なんで?」

「申し訳ないな。冒険者に襲われる事が良く在ったんでな。其処ら辺、少し神経質なんだよ」

「冒険者に…いや私違うよ?! 襲う気なんてこれっぽちも無いからね!! 此処に居たのだって新しい冒険者さんの事を見たいなって思ったから待ってただけだし!!」

「知ってる。が、取り敢えず無力化しておいただけだ」

「この人達怖い!!」

 

涙目に成りながら叫ぶ少女。少し可哀想になってきたレフィーヤは、それでも一切警戒を緩める事無く見る。なにか見覚えが在る様なと思いながら。はて、何処かで会ったのだろうかと思い出そうとして。一人の人物の顔が浮かぶ。

 

「あ、今思ったんですけど。この人なんだかポシェさんに似てませんか?」

「は? いや、似てないだろう」

「そうですかね?」

「寧ろ何処に似てる要素があるんだよ。あの不幸な人間を呪い殺してでも幸せにしようとする奴と」

「え、なにそれどういう事なの? よく分からない」

「知り合いの事だから気にするな」

 

気にしても仕方が無いともいうが。しかし似て無いと言われたかと改めて見る。似ていると思うのだけれどなとレフィーヤは肌を見ながら思う……が、更によく考えれば似ている要素が血色が悪い事位しか無いと思い改める。

 

要するに全然似て無かった。

 

「まぁ、取り敢えず害に成る様な事はなさそうだな」

「当たり前だよ。と言うか無理だよ。何時の間にか囲って居た上に武器まで取り上げられちゃってるし。あっという間にそんな事が出来る人に喧嘩売るなんて馬鹿でしかないよ」

「と言う事はミカエは紛れもない馬鹿と言う事だな」

「道理でござるな」

「ミカエ? それってもしかしてあの狂人ミカエの事。え、あの狂人に襲われたの?! よく無事だったね」

 

「まぁ、確かに腕は可成りいい方だしな。クルミ程じゃないけど」

「そうですね。危険と言う意味ではかなりのものですしねミカエさんは。クルミさん程じゃないですけど」

「切り掛かって来るとか頭が可笑しいと言わざるおえないしね。一軒家を吹き飛ばすクルミ程じゃないけど」

「そう考えると、クルミちゃん程では無いけどそんな風に言われるのも仕方ない事よね」

「で、ござるな。流石にあのクルミ殿と比べるのはあれでござるが」

 

「待って、ちょっと待ってクルミって人誰? 誰なの?!」

 

驚いた様に問い掛けてくる少女に、クルミが如何いう人なのかと考えて。

 

「街を滅ぼせる女だな」

「危険って領域じゃ無いよその人!!」

 

いやまぁ、確かにその通りなのだが、クルミはその積りはないだろうし大丈夫だろうと、そう思っている事しか出来ないし。気にしてもどうしようもない。

 

「まぁ、関係ない話は此処までとして。立てるか?」

「あ、うん大丈夫」

「はいこれ。あ、そう言えば名乗ってませんでしたね。私はルーンマスターのレフィーヤ・ウィリディスです」

「え、あ。私はリリ、ネクロマンサーだよ。それにしてもルーンマスター?」

「此処とは別の地方での職ですよ。アルカディアでは…ウォーロック、が近いですかね」

「あ、成程そういう事なのね……別地方って事はさっき言ってたクルミって人は」

「アルカディアには居ない。多分、きっと。伝承に語られる巨人を吹っ飛ばしに行くとか言ってたし……巨人に関する伝承は無いよなここ?」

「無かったと、思うよ。確か…うん、ルナリアには無かったよ。うん」

 

言いながら、視線をハインリヒとゴザルニに向ける。其れが意味しているのはセリアン族とブラニー族の方は如何なのかと言う事だろう。其れを理解した二人は首を振る。

 

「なら、取り敢えずクルミが来る事は暫くは無いだろうな。暫くは」

「そっか、よかったぁ。あ、そうそう言う必要は無いだろうけどこの二階は一階と比べてかなり危険だから気お付けてね。必要無いだろうけど」

「そうか、ありがとう。と、色々としてしまったからな、一応お詫びとしてこれでも渡して於くよ」

「あ、ありがとう……アリアドネの糸と、ネクタルかな? 有り難く受け取っておくよ」

 

そう言ってリリは嬉し気に手を振りながら、割と早足で去って行った。やはり怖がらせてしまったのだろう。まぁ、あの程度で怖がってたのだとしたら冒険者としては軟弱だなと思わなくもないが。

 

「さて、行くかね」

「そうですね、ってそう言えば何であの人が見ていた訳じゃ無いって断言したんですか?」

「気が付いて無かったのか? あいつがへたり込んでいる間も見られてたぞ?」

「…あぁ、なんか感じてた違和感は其れでしたか」

「まだまだ未熟だな」

「ローウェンさんと比べられても嫌ですけどね」

 

そんな話をして。リリが去って行くのを見てから彼等は再び歩きだす。進んだ先に強力なモンスターが。F.O.Eが居る事を理解しながらも、歩き進む。

 

そして彼等は、其れと出くわす。



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第百九話

芋虫だった。けれど普通の芋虫では無かった。普通のと言うには余りに巨大で、また強力過ぎるだろう。他のモンスターとは明らかに強さの領域が違うそのモンスターは、間違いなくF.O.E。並の冒険者ならば磨り潰せるだろう這い回る毒蟲と名付けられているそれは、ゆっくりと視線を自らを見ている彼等、ギルド・フロンティア一行へと向け。そして。

 

森の中に飛び込んだ。

 

「……は?」

 

想定外のF.O.Eの行動。思わずと言った様子で言葉が零れたのはレフィーヤだった。まぁ、まさかF.O.Eがその様な行動をするとは思わないだろうから仕方ないと言えば仕方ないのだが。F.O.Eとしてでは無く、唯のモンスターとして案が得れば、その行動の意味が直ぐ分かる。

 

「もしかして逃げたんですかね?」

「いや、隠れたって言った方が正しいだろうな。ほら、顔をだして覗き込んでるし」

「まぁ、慣れて無いからなのか全く隠れられてないけどね」

「ちょっと可愛いわね」

「そう…でござるか?」

「え? 可愛くないかしら?」

「よく分からんでござる」

 

なんて会話を、木の陰から覗き見ている這い回る毒蟲を見ながらして。如何しようかと視線を交わし。

 

「まぁ、襲って来ないなら放置で良いだろう。襲って来なければ」

「ですね。依頼でって時は別ですけど。態々疲れる為に戦うのは良くないですしね」

「と言う事で気にせず進むぞ」

 

おー、なんてローウェンの言葉に返しながら這い回る毒蟲の退いた道を歩いて行く。途中に居た他の奴にも同じような行動を取られながら。

 

 

そんな事が在った二階を経て三階へ。その階を少し進んだ所で、レフィーヤは気の抜けた声を零しながら言葉を口にする。

 

「あぁー……何というか、ここの迷宮に居るF.O.E。やっぱりと言いますかハイ・ラガードの世界樹に居たのとかなり違いますね」

「確かに、あそこのほど馬鹿では無いな。オーバーロードの城は除くが」

「あそこは桁外れでしたし…そもそもあれらって生物だったんですか?」

「いや、明らかに違うだろう」

「ですよね」

 

考えるまでも無いかとレフィーヤは思う。

 

「けどまぁ、確かに世界樹に居たF.O.Eに比べて此処の奴の方が生存本能と言うか、闘争心と言うかはしっかりしてるな。まさか行き成り隠れられるとは思ってなかったが、生物としては普通の事だしな」

「地味にF.O.Eに勝てない相手だって認識された事に関して一言」

「特に」

「そうですか」

「まぁ、敢えて言うなら賢いな、位のものだろうな。倒す為の手段を用意はしてたが戦わない事に越した事は無いし」

 

そのローウェンの言葉にそうですねとレフィーヤは頷いてみせる。確かに彼の言う通り、幾つか手段と言うかを用意している、が戦わない事に越した事は無いのは当然だろう。それに、用意した手段が本当に通用するか分からないし……そう考えると余裕が在るうちに戦って確かめるのも悪い事では無い様に思えてくる。

 

「で、ハイ・ラガードのF.O.Eみたいに色々と欠落している訳でも無いんですよね此処のF.O.Eは」

「だな」

「それなのに」

 

言いながら視線を向けて見るのはゴザルニによって丁度、首を刎ねられた三階に住まうF.O.E。確か猛る梟獣と名付けられていた筈のモンスターを見る。

 

「喧嘩売って来るんですね」

「寧ろそうだからこそだろうな。縄張り争いとそう変わらんし」

「あ、あぁ成程そういう事ですか」

 

其れなら行き成り正面から来たのも分かる。詰り其れが猛る梟獣と言うF.O.Eの生物としての特性と言う事なのだろう。しかし、と言う事はやはりあれなのだろうか。自分の領域が奪われかねないと危惧されたのか、ギルド・フロンティアは。F.O.E達に隠れられたり危惧されたりする領域なのかと、少し思う所は在る。

 

まぁ、ハイ・ラガードに付く前だったら盛大に落ち込んでいただろうなと如何でも良い事を思うレフィーヤだった。

 

「ん?」

「如何した?」

「あ、いえ少し違和感を感じただけなので」

 

正確に如何いう事なのかと説明できないのでそう言う他無い。其れを察したのか、そうかとローウェンは言って。きちんと止めが差せているかどうかの確認し、周囲を軽く見渡してから再び歩きだす。

 

本当に何なんだったんだろうかと、今も感じる視線のとは違う違和感に首を傾げ、考えようとして止めた。今は迷宮内。そんな場所で考え事をしながら進むなんて危険すぎると思ったからだ。

 

ふと視界の端に映り込んだ物に気が付く。

 

「あ、ありましたよゴーレム」

「まじか……本当だ」

「ローウェンさんよりも先に見つけてやりましたよ」

「初めて先に見付けられてしまった」

 

ぐわぁ、と胸を抑える様な仕草をするローウェンを見て、少しだけ嬉しく思うレフィーヤ。まぁ、だから何だと思いながら周囲を警戒しつつゴーレムへと近づき、大丈夫な事を確認してから軽く触れた。

 

直後、ゴーレムは倒れ込んだ。其れと同時になにかが動く音と振動が伝わってくる。

 

「…これで、あぁ近くに変化が無いって事は少し離れた場所ですかね? に道が出来た、と考えて良いんですよね」

「二階の時と同じならな」

「それにしても色々と大丈夫なのかしらね此れ。随分あれだけど」

「聞いた話を考えるに、可成り時間が経過してるようだからな。だから此処まであれな状態に成ってるんだろう」

 

先程、触れて簡単に倒れたゴーレム。実は世界樹を守る為に作られた結界らしい。コバックの言う通り、確かに触れるだけで良いのなら結界としては如何なのかと思うが。ローウェンの言う通りでもある。かなりの年月が経過してるのだ。劣化位はしているだろうと。

 

因みに、この触れれば良いと言う事に気が付いたのはレフィーヤである。正確には石板に書かれていたヒントと思わしき物を読み取ったのがレフィーヤなのだ。と言っても、途切れ途切れでしか分からなかったが。それでもゴーレム、幻、触れると重要な言葉が分かったので良かったと言うべきだろう。

 

「さて、じゃあ行くかね。ゴーレム探しながら」

「そうですね。あ、次も私が見付けちゃいますからね」

「言ったな? 良し本気出すか」

「止めて下さい、本気で探されたら先に見付けるとか無理ですからね」

 

本気出されたら勝負に成らない。此れは基本だ。それでもやる気なローウェンにレフィーヤは肩を落としながらそれでもと思いながら視線を巡らせながら先へと進む。

 

勿論、ローウェンより先に見付ける事は出来なかった。

 



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第百十話

ゴーレムを探して行ったり来たり、あちらへこちらへ。進んで見たり戻ってみたり。そんな面倒な事だが、しかしそれを楽しみながら繰り返して漸く四階へと続く階段を見つけ出したギルド・フロンティア。

 

彼等は今、街に帰還していた。

 

どうしてかと言うと、評議会から三階まで到達したら一回戻って来て欲しいと言われていたからだ。だから三階に到達した時点で帰っても良かったのだが。まぁでも、どうせ来たのだからいける所まで行こうぜ!!

 

なんてノリで三階の地図を完成させてから帰還したのだ。そんな感じで出来た三階までの完璧な地図を評議会に提出。何故かドン引きされたりはしたが。それでも優秀だと判断されたからか、あるミッションを請ける事が出来たので。

 

「あぁ、ベットが心地良い」

 

借りているジェネッタの宿の一室でレフィーヤはだらけていた。何故、直ぐに迷宮に向かわないのか。理由は簡単だ。単純に休めるのに休まずに向かうなんて馬鹿のする事だからだ。幾ら定期的に休憩を入れていると言っても迷宮内でしっかり休む事は出来ない。結果、僅かでも疲れが溜まっていくのは当然だ。

 

だから街に戻ったら最低でも二日は休む。此れはギルド・フロンティアの決まりの様な物だ。まぁ、緊急時はその限りでは無いが。

 

気の抜けた声を零しながら、視線を椅子に座りながら本を読んでいるゴザルニへと向ける。

 

「…ゴザルニさんって本読むんですね」

「で、ござるな。割と好きな方でござるな。しかし何故その様な事を言ったでござる?」

「いえ、なんか読まなそうだなと。というか読め無さそうだと思ってました」

「酷い言い様でござるな…え、拙者の事をそう思ってたのでござるか?」

「正直言って」

「本当に酷いでござるな?! これでも親とかと比べても拙者の方が頭が良いのでござるよ」

「ゴザルニさんが?」

「にござる」

「……それって」

「あ、言わなくていいでござる。拙者の家の者は頭が非常にあれだという事は理解しているのでござる」

「またそれですか…因みにですけど、どんな感じなんですか?」

「どんなと言われるとそうでござるな」

 

と、問い掛けるレフィーヤに彼女は少し考えるような仕草をしてから言葉を口にした。

 

「世界樹の迷宮に挑んで何も出来ずに帰るような者達でござる」

「帰ったって。え? 帰った?」

「にござる」

「若しかしてあれが分からなかったんですか?」

 

あれ、とは結界の要となるゴーレムの事だ。ヒントとなる文字が読めなかったにしても冒険者ならば分かる程にあからさまなゴーレムが在ったのに。其れなのに分からなかったというのかと。

 

いや其れとも単純にモンスターに勝てなかったのかとレフィーヤは思う。と、そんな彼女の思った事を察したのか静かに首を振るゴザルニ。

 

「二階へと続く階段を見つけられずに迷って気が付いたら街に居たそうでござる」

「いやなんでそんな事に?」

「曰く、前に進めば上に行けると思った。だから道とか関係なしに直進して、結果迷子に成ってそして街に戻っていたそうでござる」

「それ、寧ろよく戻れましたね」

「何でも布の導きが在ったとか何とか」

「布…え、布?」

「にござる。話を聞いても動く布に導かれたから助かったとしか言わなかったでござるな。まぁ、普通に全身を覆うタイプの服を着た冒険者に助けられたのでござろうな」

「あぁ、確かに在り得そうですね」

 

そう言う冒険者は普通にいるし。まぁ、ぱっと見てどの様な役目を果たせるのか分かり難いから余り進められる様な事では無いが……昔はそうでは無かったのかもしれな。可笑しな事では無いのは確かだ。

 

「因み、まだ迷宮攻略を諦めてはいないそうでござる。今度はちゃんと登ると言ってたでござるよ」

「へぇ……何処をですか」

「木」

「だと思いましたよ」

 

本当に思った通りだった。悪い方に。

 

「あぁ、何と言うか。あれですね」

「まぁ、先程の話を聞けばそう思うでござろうな。実際そうでござるし。拙者が色々と教わって育ったからこうして本を読めているだけでござるからな。そう考えると本が読めないと思われても仕方が無いでござるな」

「え、教わった?」

「にござる。拙者の家と交流がある人達の中に勉強を教えてくれた人が居た。其れだけの事でござる」

「あぁ、成程」

 

言いながら頷くレフィーヤは、しみじみと呟かれたゴザルニの言葉を耳にした。

 

「今でも思い出せるでござるな。本の読み方を教えて欲しいと言ったら号泣された時の事を」

「号泣?! なんでですか?」

「なんでも、教えて欲しいなんて事を言う子が居た事に感動して思わず涙を流してしまったそうでござる」

「おぉ……え、もうそういう?」

「にござる」

「何というか…大丈夫なんですか?」

「基本的に、強いから生きていくのは大丈夫なんでござるよ。他の人達も手助けしてくれるでござるし。あれでござるが、本当に…あれでござるが」

 

深く、そして重い溜息を吐くゴザルニ。そんな彼女を見ながらふとレフィーヤは思う。

 

そんな人たちの中でも割と真面だったゴザルニは、多分振り回されたのだろうと。何と無く、アルカディアを出た理由を察し、出た先でミカエと言う人物の捕まったのかと涙が零れそうになるのを何とか堪えて。

 

「苦労、してるんですね」

「そう言ってくれるだけでもうれしいでござるよ」

 

そう、ゴザルニは笑顔を浮かべた。とても儚い笑顔を。



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第百十一話

アルカディア評議会からのミッション。それは第一階層にある結界を解除する事。なんでも第二階層に至る為の道をゴーレムの群れが阻んでいる。ルナリア族の張った結界と関係しているとの事だが、まぁ詳しい事は分からないらしい。取りあえずゴーレムを退ければミッション達成扱いらしい。随分雑だなと思わなくもないレフィーヤだった。

 

「まぁ分かり易いのはいい事だな」

「それもそうですね」

 

ローウェンの言う通りだと頷きながら、レフィーヤは迷宮を歩き進む。彼等が居るのは五階。休んで疲れを抜いた彼等は迷宮へ、今回で第一階層を超えて第二階層に辿り着く積りで足を踏み入れた。

 

そうして、と言う訳では無いが四階のF.O.Eと相対する事も無かったからか、難無く進み現在の五階へとたどり着いたのだ。評議会の言うゴーレムの群れが居るという五階に。

 

まぁ、其れは其れとして。

 

「中々に面白いことが起こってるな」

「余り見ない…と言うか初めてですかね?」

「アスラーガの所の第六迷宮で同じ様な事が起こった、と言うか起こしたけど見てた訳じゃ無いしな。そういう意味でなら初めてだな」

「まぁ、よく考えれば起こらない方が可笑しいですよね。F.O.Eの縄張り争い」

 

そう、彼等の視線の先で起こって居るのは縄張り争い、と思われる戦い。どうしてそんな事に成ったのかは分からないが、猛る梟獣と紅鉄の蜊蛄と名付けられているザリガニの様なF.O.Eが戦って居る事は間違いない。

 

「見た所、紅鉄の蜊蛄の方が優勢か」

「でござるな。どうするでござるか?」

「終わるまで待てばいいだろう。今の状態の二匹に突っ込んでも面倒でしか無い。流石にF.O.Eを二体同時に相手したくない」

「手負いでござるがな」

「逆に手負いだから嫌なんだよ。何するか分からんしな」

「道理でござる」

 

そう言いながら頷くゴザルニを見ながらレフィーヤが思い出すのはオーバーロードの居城。F.O.Eと言うべきモンスターが捨て身で複数同時に連携しながら襲い掛かって来るという地獄めいた光景。駆け抜けて居なければ確実に今ここには居なかっただろうそれを思い出して。

 

「まぁ、あそこと比べるのは可笑しいですよね」

「何処の事だと訊くところだろうが何と無く分かるから言わせて貰おう。それな」

 

なんて話をしている間に。猛る梟獣の剛腕から繰り出された一撃を受けながらもその頭部を挟み込んだ紅鉄の蜊蛄が其の儘地面に叩き付けた。そして猛る梟獣はその体をビクリと振るわせて動かなくなる。如何やら勝ったのは紅鉄の蜊蛄の方の様だ。

 

紅鉄の蜊蛄は勝鬨を上げるようにその両腕を振り上げて。

 

レフィーヤの放った天雷が直撃する。猛る梟獣との戦いで既にかなりの消耗をしていた紅鉄の蜊蛄はそのまま固まり、猛る梟獣と折り重なる様に倒れ伏した。

 

無言で二匹に近づくゴザルニ。事切れていると確認して。

 

「容赦の欠片も無くなったでござるなレフィーヤ殿」

「する必要性が無いですからね」

 

まぁ、自分でも変わったなとは思うレフィーヤだった。

 

 

 

「そろそろだな」

 

暫く進んだ所で、不意にローウェンが呟く。そろそろとは如何いう意味なのか。それは聞かずとも分かる。

 

「そうですね。地図もぐるっと周って残るのは中央だけって感じになってますし」

「存在感も増してるしな」

 

そう、彼の言う通りなのだ。此処に居るぞと主張するかのように感じる無視する事の出来ないその存在感。それが増している、いや近づいているとでもいうべきか。まぁ、何方でも良い。重要なのはもうすぐミッションに指定された相手であるゴーレムと戦う事に成るという事だ。

 

「しかしゴーレムかぁ、硬いんだろうなぁ。あぁ嫌だ。硬い奴は正直苦手だよ全く」

「おや、意外でござるな。ローウェン殿が苦手とするものが在ろうとは」

「基本的に弾丸が通らない奴は苦手だよ俺は。金が掛かって仕方ないからな」

「倒せないとは言わないのでござるな」

「倒せるからな。代償に俺の財布がとても軽くなるが」

「世知辛いでござる」

 

想像してしまったのか、涙を堪える様な仕草をするゴザルニと思い出したのか若干煤けて見えるローウェン。まぁ、世知辛いというのは同意するが。しかしだ。

 

「ライシュッツさんやクルミさんの相手をするよりは安く済みますよね」

「当然だろう。あいつ等の相手をすると弾丸全部吐き出さざるおえないしな。真面目に冒険出来なくなるからやり合いたくない」

 

それでも敵として立ち塞がれば戦うのだがと零すローウェン。レフィーヤも出来れば戦って欲しく無いものだと思う。涙目でお金を稼ぐために走り回る彼を見たくないから。まぁ、金稼ぎせずに済むなんて事は在り得ないだろうが。それこそ全てが無料にでも成らない限りは。

 

と、彼等は扉の前に辿り着く。その先からは感じる圧を思うに。間違いなく居るのだろう。ローウェンは確認する様に軽く見渡して声を掛ける。

 

「…あぁ、さて調子はどうだ?」

「全く問題ないですね」

「同じくー」

「拙者の刃は震える程飢えているでござる」

「あたしも大丈夫よ」

「ならばよし」

 

言って扉を開けて、足を踏み入れた。



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第百十二話

扉を抜けた先。其処に広場があり、しかし評議会の言っていたゴーレムの群れは見当たらない。何処かに行っているのだろうかと視線を巡らせながらレフィーヤは思っていると、不意に音が響く。何事かと音の方へと視線を向ければ。

 

小さなゴーレムがゴザルニに串刺しにされていた。

 

「え、如何いう事ですかそれ?」

「急に動き出したので吃驚して反射的に貫いてしまったのでござる」

 

そう言いながら、よいしょと小さなゴーレムを両断して軽く刀を揺らすゴザルニ。というか石で出来ている筈のゴーレムを何で平然と斬っているのだろうかと今更ながらレフィーヤは思いながらもすぐさま振り払う。

 

そこら中から小さなゴーレムが集まり始めたからだ。

 

「…結構多いわね」

 

コバックの言う通り。一体何処に居たんだと疑問に思う程のゴーレムが眼前の広場に集まっている。そして何を思ったのか重なり合い始めたのだ。いや違う、重なっているというよりも合体していると言った方が正しいかも知れないが。

 

「まぁ、気にする程の事では無いですね」

 

そう言葉にするが速いか否か、淀みなく取り出した印を刻んだ布を輝かせて術を発動する。それは何時もの氷塊。それを何時もの様に集まるゴーレムへ向かって落とす。

 

迫る氷塊に、驚いた様に視線を向けるゴーレム達は慌てて散開するも遅いと言わんばかりに押し潰し重い音を響かせながら広場を揺らす。しかしそれを見たレフィーヤは思わず舌打ちを零す。想定よりも潰せた数が少なかったからだ。やはり氷塊は便利だが気付かれやすいのが難点だなと思いながら氷槍を生み出して放つ。

 

流石に不意を突いた先程と違い、けれど慌ただしく体を動かして回避するゴーレム達。けれど当たらないのは想定の内。放った目的は先程行おうとしていた合体の様な物を防ぐ事なのだから。

 

小さなゴーレム達が離れてしまって居る事に気が付き、慌てて近づこうと動くゴーレムをローウェンが的確に撃ち抜いて行く。しかし、いや、やはりと言うべきか浅い。動きを止める事は出来ても其れ以上には成っていない様だ。

 

其れを見てやはりかと呟きながら二発同時に撃ちこんで仕留めていくローウェン。そんな彼の放つ弾丸、自分に当たる等と思う事無くゴザルニは踏み込み、蹈鞴を踏んでいたゴーレムを容赦なく両断してく。

 

「なんか変ですね」

 

蹂躙と言っても過言では無い一方的な展開。正直言って冒険者の道を阻むほどの存在である様にレフィーヤは思えなかった。或は先程合体しようとしていた事を考えるに、其れを許してしまったからなのだろうかと思いながら。

 

 

突然、背筋に走る悪寒。

 

 

それに逆らう事無く前に向かって飛んだ。直後だ、先程まで居た場所から酷く重い何かが叩き付けられる音が響き揺れば届いたのは。

 

慌てず、しかし急いで体制を立て直し視線を向けると、其処に居たのは余りにも歪な物体だった。下半身しかない石像、いやゴーレムが地面から足を引き抜いていた。所々に小さなゴーレムを思わせる部分がある事から、きっとあれが合体した際の姿なのだろうと思い、上半身も在るのだろうな警戒しつつも再び踏み潰さんと接近してくる其れを見る。

 

さて如何したものかと思考を巡らせながらサッと視線を向けて他の四人を見る。ハインリヒは距離を取りしかし何時でも援護が出来る位置に居る。ローウェンも同じく。ゴザルニは前にで小さなゴーレムの相手をしている。そしてコバックはと言えば。

 

「良し」

 

小さく呟き、すべき行動を定める。其れは回避では無く攻撃。敢えて動く事無く見せ付ける様に鞄から布を取り出す。それを見て…見て? なのかは分からないがさらに力強く地面を蹴り。

 

足を滑らせて転倒した。

 

偶然の事では無い。レフィーヤが地面を綺麗に凍らせたから起こった事だ。まぁそれでもあそこまで綺麗に転ぶとは思ってなかったなと思うレフィーヤ。

 

を、覆う様に影が差す。視線を向けると、恐らくゴーレムの上半身と思われる物が両腕を振り上げていた。こんな大きな物が何処から来たのだろうかと、目の前の光景を見ながら考える彼女に向かって振り下ろされた。

 

両腕を弾丸撃ち抜き勢いを殺し、コバックが滑り込む様にレフィーヤの前に出てその一撃を逸らす。

 

「っと、少し遅れちゃったわね。ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です」

 

避ける準備も防ぐ準備も万全だったのでと小さく呟くレフィーヤに、コバックは笑みを浮かべながら体制を崩しているゴーレムの上半身に思いっきり盾を叩きつける。凍った地面の上に居るゴーレムを、だ。

 

結果は言わずともといった所か。これまた綺麗に氷の上を滑るゴーレム。さらに駄目押しだとレフィーヤの氷槍を叩き込まれ加速して、立ち上がろうとしていた下半身と衝突する。

 

「あっ」

 

思わずレフィーヤの口から声が零れる。目の前の光景にやってしまったかもしれないと思ったからだ。

 

ゴーレムの上と下とが合わさる。それでも歪であると言わざるその体を、ゴーレムは動かす。何かされる前に動くべきかと一瞬考えて。

 

「大丈夫だぞ」

 

そう、最後の小さなゴーレムを撃ち抜いたローウェンが言葉にする。何が大丈夫なのか、それは眼前の光景が示している。

 

「ゴザルニは氷の上でも普通に動ける」

「ローウェン殿もでござるがな。何はともあれ」

 

何かをする積りなのか光を放ち始めたゴーレムが声のする後ろへと振り返る。そして見る事に成ったのは酷く滑りやすい氷の上を疾走するゴザルニの姿。彼女は其の儘力強く跳び上がり。

 

「斬り捨て御免」

 

上と下とが合わさったゴーレムを左右に両断した。

 

 



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第百十三話

アイオリスへと帰還したギルド・フロンティア一行は評議会にゴーレムの退け、結界を解くことに成功したと報告しこれを持ってミッション達成。

 

突然ではあるがレフィーヤには趣味がある。いやあると言うよりはできたと言うべきか。趣味と言えるほど担ったのはつい最近の事なのだから。

 

さて、その趣味とはなんであるのか。刺繍である。と言っても唯の刺繍ではなくある印術を縫い込むのだが、先程もいったように最近は必要だからと言う事以外の理由で其を行うようになっているのだ。

 

「…うーん」

 

確認するように布を広げて見る。

 

「まだ分かり易すぎますかね」

 

言いながらさて何処に手を加えるかと考える。目立つ、と言うのは印術の事だ。発動するだけならば別に目立とうがそうでなかろうが関係ないのだが、何処まで目立たせること無く、しかし発動事態には問題なく出来るかということにレフィーヤは凝っているのだ。自分でも無駄なことだなと思いながらも、暇なときはついついやってしまう。

 

そんな彼女のいる部屋のドアを叩く音が響く。誰が訪ねて来たのだろうかと少し考えて、あぁもしかしたらと辺りを付けつつドアを開く。

 

「や、レフィーヤ。今は大丈夫かな」

 

ドアの前に立っていたのはハインリヒだった。何故、彼が。何ようで訪ねてきたのかは、分かっている。

 

「大丈夫ですよ。と言うか大丈夫じゃなかったら頼んだりしませんよ」

「それもそうか。なら、って訳じゃないけど、はいこれ。頼まれてた物だよ」

「おぉ、ありがとうございます」

 

差し出された物を感謝の言葉を口にしながら受けとるレフィーヤ。そう、ハインリヒが訪ねてきた、と言うのは正しいかは分からないが。レフィーヤの元に来たのは出掛けようとしていたハインリヒに彼女が次いでに買ってきてほしいものがあると頼んでいたからだ。

 

自分で買いにいっても良かったのだが、何処に良いものが売っているのか分からないレフィーヤは知っているハインリヒに頼んだ方が良いと判断したからだ。

 

「じゃあちょっと失礼して」

 

そう言いながら買ってきてもらった物を確認するために取り出して、広げる。それは布。何の為に使うのかは、分かりきっている事だろう。しかし、その布を見て、頼んだレフィーヤは意外そうと言うべきか、単純に驚いていると言っても言い表情を浮かべた。

 

「あれ、なんか想像よりも良いの買ってきましたね」

 

そう、彼女の言う通り。ハインリヒが買ってきたそれは、先程まで彼女が印術を施していた布よりも品質が数段上の物なのだ。はっきり言って此処まで言い布である必要はない。雑に扱っても破れない程度の強度が在れば其で良かったのだが。そう思いながら視線をハインリヒへと向けると。

 

「丁度良いのがそれしかなかったんだよ」

「あぁ成程。でもお金は大丈夫でしたか?」

 

と、渡したお金では間違いなく足りなかっただろうなと思いつつレフィーヤは問いかけると。彼はフッと笑みを浮かべて。

 

「大丈夫、足りなかったけど足りるようにしたから」

「あぁー…それってつまり」

「値切った」

「やっぱり」

 

かなりの金額やられたのだろうなと心の中で冥福を祈りつつ、まぁ其れはそれとして良い布が手に入ってご満悦なレフィーヤ。さて、どの印術を施そうかなと考えて。でもと一瞬、脳裏に過る。

 

「戦闘用に使うのはちょっと勿体ない気もしますね」

「じゃあ使わないとか? それならそれでも僕は良いけど、そうしたら予備を作る為の布はどうする? 何だったらまた僕が行ってきても良いけど?」

「流石にそれは申し訳ないですよ。これはこれで少し試してみたいことが在りますし、それ用に使わせてもらいます」

 

試すと言うのは、印術であると分かりにくく施してみる事だ。今の所はこれといった意味があるわけではないが、まぁ損なことはどうでも良いだろう。所詮は趣味なのだから

 

「なら予備のはどうするんだい?」

「あぁー…そうですね。本当の意味で消耗品として割り切るならかなりあれな布でも良いんですけど」

「それはやめておいた方がいいよ。冒険用の物を妥協はしちゃいけない」

「ですよね」

 

全くもってその通りだ。適当な物を使用した物がいざという時に使えなければ酷い目にあう、等と言う処ではなく命に関わる。其れならばやはりこれを使うべきかと視線を向けて。でも、先程言った様にこれを使って試してみたいレフィーヤは悩み。

 

「……やっぱり違うの買いに行った方がいいですかね?」

「そうだね」

「じゃあ行ってきますね」

「一緒に行こうか?」

「さっきも言いましたけど流石に申し訳ないですよそれは」

「でも僕が一緒なら値引き出来るよ」

「あぁ、それは」

 

ハインリヒの言葉に、脳裏を過ぎるのはローウェンの姿。想像でしかない彼はしかし、サムズアップしながらこう言った。安くすむなら其れで良し、と。

 

「想像の中のローウェンさんが安ければ良いって言ったのでお願いします」

「あぁ、確かにローウェンなら言うね。間違いなく」

「正直、想像するまでも無かったかもしれませんね」

「全くだ」

「と、じゃあ直ぐに出掛ける準備しちゃいますね」

「なら食堂で待ってるよ」

「分かりました」

 

それじゃ、と部屋を出るハインリヒを見送り。レフィーヤもサッと片付けた後に必要なものを持って部屋を出た。



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第百十四話

アイオリスの大市。多くの商人の声が響き、多くの人々が行き交うその場所の一角。軽く探した結果、丁度いい布が売っているのを見つけたレフィーヤが見ているのは。

 

「ハインリヒ、出来れば友達のままでいたいんだよねおいらは」

「奇遇だねセリク。僕もそう思っていた処だよ」

「本当かい? それは確かに奇遇だね」

「仲が良いって証明されてしまったね」

「まったくだ!!」

 

「と言う訳でもっと削れるよね?」

「これも買ってくれるなら良いけど?」

 

ハインリヒはブラニーの商人、セリクという男性と笑顔でそんな会話を繰り広げている光景。とてもいい笑顔を浮かべながら。しかしレフィーヤの背に冷や汗が流れる程度には恐ろしい。下手すればそこらのモンスターと戦っている時よりも。

 

「そういえば眼鏡変えたんだね」

「気が付いてたんだ」

「勿論だよ。寧ろそういった細かいところに気が付いていないとでも思ったのかい?」

「無いね」

「だろう? と言う訳でってことでは無いけど。眼鏡を拭くのに便利そうな布があるんだけど要るかい?」

「買わせようってことかな?」

「まさか?! そこまでしないよ。このくらいならただであげるよ。だってほら、友達だし?」

「……そうだね。まぁ、貰えるものは貰っておくよ」

 

そう言いながら、はいと差し出された布を受け取るハインリヒ。変わらず笑顔だがレフィーヤは今にも舌打ちしそうな雰囲気であることが分かった。

 

なんでそんな事になって居るのかは分からないが。

 

「しかし、なんだって布を欲しがってるのさ?」

「それ客である僕に聞くこと?」

「ではないけど、ほら友人としては気になってね」

「まぁ、隠すことでもないけど。僕の仲間の…あぁ、後ろの方で容赦なく買わせようとしてる君に怯えている女性、いや少女かな? どっちが適切かな…どう思う?」

「え、いや聞かれても困ります」

「まぁ、だよね。それでこの子が色々と冒険に役立つものを作っていてね。その材料として布が必要なんだよ」

「ふーん、成程ね。それって消耗品なのかい?」

「消耗品……なのかな。詳しくは僕には分からないけど」

「間違いなく消耗品ですよ。所詮、布ですし。どんなに頑丈でも破れてしまうものですし」

「成程。つまり量があって困ることではないのかな?」

「それは、そうですね」

 

レフィーヤが頷いて見せると、セリクは少しだけ考えるような仕草をしてから、笑顔を浮かべて頷いた。

 

「良し!! そういう事なら少し無理してあげよう。えっと、確かこの布でよかったんだよね?」

「え……そうですね」

「じゃあ、これを……うん、この値段でどうかな?」

「はい?」

 

思わず変な声が出るレフィーヤ。それも仕方の無い事だった。何せ提示された金額が先ほどまで言っていた時のものよりかなり安かったのだから。これは、大丈夫なのだろうとか視線をハインリヒに向ける。その前に彼は動き出していた。

 

「どう言う積りなのか聞いてもいいかな?」

「商人であるおいらにそれを聞くのかい?」

「だからこそ気になってね」

「なら言っておこうかな。さっきのハインリヒと同じで隠すことでもなく、いや寧ろ言ったほうがいい類か。だから言うけど単純に君たちのことを優秀な冒険者だと思ったからこそだよ」

「…成程、しかし必ずと言う訳じゃないよ? ほかの仲間と話をしてからじゃないと」

「其れは勿論。だけど、これだけはちゃんと伝えておいてくれ。おいらは君たちに対して必要なものをできる限り安く提供する事ができると」

「…最初からこれを狙ってたね?」

「いやいや流石にそんな事はないけどね。まぁ、途中からはって感じかな?」

「はぁ、相変わらず抜け目ないね」

「君こそ、相変わらず容赦ないよね。おいらだったから良かったものの、そうでなければ泣くことになってただろうね」

「実際、泣かせたからね」

「…あぁもしかして角の所の?」

「そう」

「うぁ、今度飲み物でも奢ってあげよ」

「良い感じに?」

「良い感じに」

 

言って楽しそうに笑いあいながら、先ほど提示された金額を差し出して布を唖然としているレフィーヤに渡して、それじゃあと別れを告げてから歩き出すハインリヒ。どんどん離れていく彼を慌てて追いかけるレフィーヤ。追いついたと同時に、彼に問いかけた。

 

「で、さっきのどういう事なんですか?」

「セリクの目的の事かな?」

「えぇはい。私にはよく分からなかったんですが」

「難しく考えすぎだね。もっと単純に商人の目的を考えればいい」

「目的? お金を稼ぐことですか?」

 

まぁ間違ってはいないねと言いながら。

 

「さっき彼が言っていたように最初からって訳ではないようだけど。途中から僕たちに店を利用してもらう事を考えてたみたいだね」

「私たちにですか? いやまぁ確かに色々と消耗品を買い込みはしますけど」

「違う違う。そっちじゃないよ。売る方じゃなくて買う方だよ」

「買う?」

 

自分たちではなく商人であるセリクの方が。と言う事なのだろうか。そう考えて、成程と頷いた。

 

「さっきの優秀な冒険者って言うのはそういうことですか」

「だろうね。まぁ商人からすれば迷宮からとれる貴重な素材を手に入れられるならそっちの方が儲けが出るって事なんだろうね。僕には良く分からないけど」

「ブラニー族は商人が多いって聞きましたけど」

「多いってだけでそれだけじゃないってだけのことだよ。僕みたいにね。値切りだって色々と入用に成る事が多いから覚えただけだしね」

「成程」

「まぁ、取り合えず君は目的の物が安く手に入ったことを喜んでいればいいんだよ」

 

その言葉に、そうですねと頷きながら二人は歩く。ジェネッタの宿に向かって。



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第百十五話

アルカディアに聳える世界樹。そこにありし迷宮の第二階層。奇岩の山道と名付けられたその場所に乱立する奇妙な岩を背に、ギルド・フロンティアは遥か遠くの果てまで見えているのではと思うほどの景色を、なぜか横一列に並びながら眺めていた。

 

「二階層にしては結構高い場所にあるな」

「そうね。まぁ、アスラーガの世界樹は上ったわけじゃないし。ハイ・ラガードの世界樹の時はこんな風に見えたりはしなかったから分からないけど」

「迷宮、高い、落ちる、割れる、眼鏡…う、頭が!?」

「ハインリヒ殿は如何したのでござるか?」

「ちょっと、嫌な事を思い出しただけですよ」

 

あれは悲劇でしかなかったなと思い出しながら景色を眺めるレフィーヤ。まぁ、あの時のことに関しては本当に運が悪かっただけなので、話しても仕方ない事だ。というか下手するとハインリヒの闇が露になって冒険処ではなくなってしまうかもしれない。

 

狂ったように呟きながらガラスを磨く彼の姿など、もう見たくはないし。

 

「…あれだな」

 

何気なく、呟くローウェン。一体如何したのかと視線を向けると。

 

「やっぱり冒険って良いよなぁ」

「ですね」

 

全くもってその通りだと頷くレフィーヤ。他の三人も同じように頷く。ちなみに否定などするわけもない。基本的にここにいる全員が冒険に嵌まり込んでいるある意味で駄目な存在なのだから。

 

さて、どれほど景色を眺めていたか。ふっと、ローウェンは息を吐き。

 

「それで、さっきから俺達の事を見てるのは誰だ?」

「…気が付いていたのか」

「寧ろ気が付かないとでも思って居たのか?」

「そんなに分かりやすかったか?」

 

そうかと言いながら、岩の陰から歩きながら出てくる人物。恰好や背負っている武器と共われる鎌見るに、リーパーなのであろう少女が、視線をギルド・フロンティアへと向ける。

 

「ふむ……で、誰だ?」

「俺を知らないのか。これでも街では名を知れてると思ていたんだがな」

「名前は知っていても見たことがなければ判断できんだろう。そこまで分かり易い特徴があるわけでもないし」

「む、それもそうか」

 

なら仕方ないかと呟いて。

 

「なら名乗ろう。俺はソロル……死神だ」

「え?」

 

ソロルと名乗った少女に、なぜかコバックが驚いたように声を上げる。一体どうしたというのか、可笑しなことは言っていないはずだ。まぁ、リーパーではなく死神と名乗るは珍しいかもしれないが。と、そこまで考えて不意に嫌な予感がするレフィーヤ。それはローウェンとハインリヒも同じなようで。止めようと動き初めて、その前に彼は言葉にした。

 

「死神なの?」

「そういっただろう」

「人に見えるけど」

「? 当然だ、俺は紛れもなくアースランなのだから」

「でも死神なのよね?」

「何を言っているんだ?」

「え。死神って神様の事よね?」

「そうだな、確かに死神は……まさか」

 

ハッとした様に驚きの表情を浮かべるソロルに、コバックは言葉にする。

 

「貴女…神様なのね」

「俺は、神だったのか?!」

「はいちょっと離れようようかぁ!!」

 

ハインリヒが力強くコバックを引っ張りソロルから引き離す。それを見てからスルリと前に出たレフィーヤ。

 

「あの、ソロルさん。少し落ち着きましょう? 違うでしょう、さっき自分で言ってたじゃないですかアースランだって」

「それは、そうだな」

「ね? 神様じゃないでしょう? 死神っていうのも、リーパーの事でしょう? コバックさん…あ、さっきバカみたいなことを言っていた人の事なんですけど、あの人の言葉に惑わされちゃいけませんよ」

「に、ござるな。あ、名乗ってなかったでござるな。ゴザルニにござる」

「ござ…ござ?」

「ちょっと黙ってましょうね!!」

 

別に悪いと言う訳ではないが錯乱しているのではと言いたくなる状態のソロルにさらにややこしいござる分を投入してはいけないとレフィーヤは思うのだった。これでソロルがござるなどと言い始めたならばミカエくらいしか喜ばないだろう。阻止せねばならない。

 

「まぁ、自己紹介はもう少し落ち着いてからでいいですよね」

「わかったでござる」

「俺もそれでいいでござる」

「それならってうつってる?!」

 

影響を受けすぎではないだろうかと思わずにはいられない。もっとも影響力が、というかキャラが二人の濃すぎるのがいけないのかもしれないが。

 

「落ち着きましょう? とりあえず落ち着きましょう?!」

「レフィーヤ殿、力を入れすぎでござる。ソロル殿の肩がみしみし言ってるでござる。というか拙者のござるはうつるのでござるか。まったくもってござるとは難解でござるな。いやそもそもござるとはなんでござろうか。ござる、ござる、ござる。いっても分からないでござるな」

「ご、ござ? ござざ??」

「ゴザルニさぁーーーん?!」

 

何故、今その言葉を連続で口にするのか。もしかしてござるという口調を広めようとしているのかと、思わず叫ぶレフィーヤ。

 

そして。

 

 

「はい、おふざけ終了」

「あ、はーい」

「そしてギルド・フロンティアメンバーの自己紹介」

「レフィーヤ・ウィリディスです」

「コバックよ」

「ハインリヒだよ」

「ゴザルニにござる」

「ローウェンだ。よろしく」

 

そう、笑顔で言葉にする五人を見て、唖然としたように口を開けっ放しにするソロル。その様子に、満足げにローウェンは頷き。

 

「じゃあ、探索と行こうじゃないか」

「はーい」

「でござるな」

「そういえばまだ視線を感じるから彼女でもなかったみたいだね」

「みたいねぇ。本当に誰が見てるのかしら」

「知らんが、そのうち出てくるだろう。敵としてかは分からんが」

「その時に成ってのお楽しみですねぇ」

 

そんな会話をしながら探索のために歩いていくギルド・フロンティア一行。そんな彼等を見て、ソロルは小さく呟いた。

 

「………どういう事でござる?」

 

なお、ござる口調が抜けるのに数日掛かったそうだ。








奇岩の陰。そこにある人影は。

「フロンティア……か」

風にローブを揺らしながら、確かめるように呟いて。

小さく頷いた。


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第百十六話

殺意が嵐の如く吹き荒び、狂笑は響き渡る。ただ、風の吹く音だけが響いていた第二階層に歓喜が満ちていた。あぁ、この時をずっと待っていたのだとレフィーヤは壊れたように笑い声を響かせながら厄災の如く猛威を振るい、眼前の敵へと印術を容赦なく放ち灰に変えていく。

 

他の仲間は如何しているのだろうか。いや、いいやと首を僅かに振る。見るまでもないだろう。そうでなければ自分に向けられているわけでもないのに痛い程の殺意を感じることもないだろう。だから、レフィーヤも変わらず、さらに笑みを深めて、さらに灰に変えようと印術を行使する。

 

「しねぇえ!!」

 

栗鼠に向かって。

 

 

暫くの後、嵐が過ぎ去った第二階層。そこで体を解す様に伸ばしたローウェンが言葉をこぼす。

 

「あぁぁあ……お前らは落ち着いたか?」

「取り合えず」

「あたしもよ」

「すっごい汚れちゃったよ」

「水浴びしたいでござる」

 

そんな会話をしながらレフィーヤは何気なく辺りを見渡す。あるのは大量の栗鼠の、正確には稲妻リスと名付けられていた筈のモンスターの死体。

 

「それにしてもここは凄いわね、こんなに栗鼠が居るなんて」

「まぁ、途中から逃げ出したのを追い回してたからね」

「…張り切りすぎたわね」

「今度は気を付けないといけないね」 

 

まぁ、次があるならその時も同じ様な事になるだろうが。何時もすぐに逃げてしまう栗鼠が敵意を持って襲い掛かってくるのだ、それはもう殲滅するしかないだろう。

 

「じゃあ、少し休憩…の前に移動するか。ここでは流石に休めそうにない」

「そうですね」

 

自分たちがやった事とはいえ、こんな場所では落ち着いて休むことなどできない。匂いにつられてモンスターが何時現れるのかもわからないし。まぁ、あれだけの殺気を撒き散らしていたのだから早々は現れないだろうけど。強いモンスター以外は。

 

其れは流石に避けたいので足早に場所を移動するギルド・フロンティア一行だった。

 

 

 

「なんか思ったよりも少ないね」

「何がですか?」

 

休憩中、ボソリとそんな事を呟いたハインリヒにレフィーヤは問いかける。いや大したことはないんだけどと言い。

 

「落ちそうな場所がだよ」

「……あぁ、そうですね」

 

はいと手渡された水を受け取り、軽く口を注ぎながら思い出し、確かにと頷く。六階に辿り着いた時はそうなのだと思って居たのだが、上に上がってみると壁となる岩で囲まれていた。

 

「悪い事ではないですよね」

「まったくもってその通りだよ。だから、よかったという感情を込めて言ったのさ」

「成程」

 

そういう事かと納得しつつ、コップを返すレフィーヤは、ふと気になり手のひらを眺める。その様子に、ハインリヒは問いかける。

 

「調子でも悪いのかい?」

「あぁ、いえそういう訳じゃないんですけど……いえ、そうですね。何となく違和感があるというか」

「ちょっと診てもいいかい?」

「じゃあお願いします」

 

何かあってからでは困るので、その言葉に素直に従うレフィーヤ。そんな彼女を軽く診るハインリヒは、しかし首を傾げた。

 

「これと言って悪い訳じゃなさそうだね。まぁ、迷宮内だからそこまで詳しく診れた訳じゃないけど」

「まぁ、そうだろうなとは思ってましたよ」

 

調子が悪いのではなく、違和感を感じるだけなのだ。それはかなりの違いがあり、しかし放置すれば致命的なミスを犯しかねないもの。レフィーヤとしても何とかしたいのだが。

 

「疲れてるから、と言う訳でもないんだろう?」

「あ、ローウェン」

「もしかして気が付いてました?」

「時々確かめる等に動いてたからな。割とすぐに気が付けたぞ」

「相変わらずさらっと凄い事言いますね」

 

自分でもは何となく違和感があるといった程度でしか無いのに、さらりと気が付いていたというローウェンに何度目かもわからない戦慄を覚えつつも、どうせだからとレフィーヤは問いかける。

 

「で、ローウェンさんは如何思いますか?」

「一言。そこまで分かるわけないだろう」

「ですよね」

 

全くもってその通りだ。というか分かってたなら問いかけるように言葉にせずに、すぐに言ってくるだろう。冒険に関わってくることだし。

 

「まぁ、取り合えず詳しく分かるまでは何時もよりも余裕をもって進むしかないだろう」

「そう、ですね」

「その割にはさっきはっちゃけたけどね」

「それはほら、相手が栗鼠で。なんの憂いもなく恨みを晴らすことが出来た訳ですから」

 

寧ろ、あの時に戦うなとか言われる方が嫌だ。あんな祭りに参加してはいけないとか拷問でしかない。

 

と、その時だ。

 

「あ?」

「ん?」

「おや?」

 

揺れたのだ。ハイ・ラガードの時と比べると微かにでしかないが。それでも揺れていると認識できる程度に。それに、それだけではない。

 

「何か聞こえるでござるな」

「何かが暴れてるのかしらね?」

 

言いながら近づいてくるゴザルニとコバック。見れば、二人ともいつでも臨戦態勢である。

 

「ふむ……上からだな」

「と言う事は八階か。そこで七階にまで揺れや音を届かせるような何かが暴れていると」

「そうなるな。さてどうするか」

 

少し考えるような仕草をしてから、視線をレフィーヤへと向けるローウェン。大丈夫かと問いかけているようで。それに対してレフィーヤは大丈夫だと頷いて見せた。

 

「…無理はするなよ?」

「分かってます」

「なら良い。と言う事で軽く確認しに行くか」

 

言いながら、彼は歩き出し、それに四人も続く。八階で暴れる何かを確かめるために。

 

 

そして彼らが目にしたのは余りに巨大なモンスターの姿。

 

 

 

「あ、ゴザルニ? ゴザルニじゃないか!! 久しぶり、久しぶり? 久しぶりか? 分からんけど良いよなぁ!!」

「おじさぁぁぁ―――――――ん?!」

 

と、其れに追い掛け回されている……一人のバカだった



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第百十七話

「え、何? どういう事なの?! 意味わかんないんだけど?!」

 

そんな風に声を荒げるゴザルニ。口調が変わっていることからどれほど混乱しているのかが分かる。けれどそれも仕方の無い事だろう。

 

なにせ先ほどの言葉が正ならば叔父が、なぜか第二階層に居て、これまた何故か強大なモンスターに追い掛け回されているのだ。なぜ、という部分がなぜなのか理解できたとしても混乱するなというのは難しい事だろう。

 

そんな風に取り乱し、思わずといったように手を頭にやってしまったゴザルニは。

 

 

すでに駆け出していた。

 

 

素早く、音を消し気配を断つ。暴れまわる強大なモンスター。山かと見紛うほどに巨大な象に向かっていた。けれどそれは別に叔父を助ける為にではない。ただ、視線を巨象に向けた瞬間に理解したからだ。

 

あれは倒さなければいけない敵だと。

 

ゆえに混乱しながらもそれを置き去りにして冒険者としてすべき事をする為にゴザルニは。いいやギルド・フロンティア全員が動き出していた。

 

「おぉ?! ゴザげほっ! とてもおほぉ……速い、なぁ!!」

 

ゴザルニはそんなバカみたいなことを苦し気に咽ながら叫ぶ叔父の横をスルリと抜ける。間近迄迫られた巨象はしかし、気が付いていないのか。それとも諸共に踏みつぶせばよいとでも思ったのか振り上げられたその巨体に見合った前足は。

 

レフィーヤの生み出した巨大な氷柱によって阻まれる。突然のことに驚いたようにその体を震わせる巨象は、しかしだからどうしたと咆哮を轟かせながら氷柱を踏み砕く。止めることができていたのは一瞬だけ。

 

けれど、その一瞬があれば氷柱を駆け上がり巨象に到達するなどゴザルニには造作もない事。故に、巨象が目にしたのは自身の瞳に向かって刃を突き立てんとするゴザルニの姿だった。

 

第二階層を揺るがすほどの声、悲鳴が響き渡る。振り下ろさんとしていた足はしかし、瞳を貫かれた故に猛威を振るうことなく、ただ態勢を崩すのみとなった。

 

巨体が崩れ落ちる。倒れただけであるというのに立っていられない程の揺れを引き起こす。が、しかし。たかがその程度で動きを止めることなどありはしない。なぜならばすでに対策済みだからだ。だからと言って何かができると言う訳ではないが。何せ、走る激痛と倒れた事でパニックになっている巨象は激しく暴れ、足掻いている。近づけば無事では済まないだろう。

 

故に、レフィーヤの印術とローウェンの銃弾が殺到する。

 

炎が、氷が、雷が巨象へと降り注ぎ。弾丸は正確に貫かれた瞳をさらに抉る。そして、直後に自身の感覚に従いその場から飛び退き叩きつけられた鼻を避ける。

 

巨大である故に、ただそれだけで生み出された吹き飛ばされそうな突風をやり過ごす。視線を巨象に向ければ今まさに起き上がろうとしているところだ。

 

「…思ったよりも効いてませんね」

「硬い訳ではなく只管にでかい所為で効きにくい、か。面倒だな」

「けど」

「勿論、倒せない存在じゃない、っと。コバック!!」

「何かしら?」

「あれの攻撃流せるか?」

「流石に無理ね」

 

迷うことなくそう答えるコバックに、まぁだろうなと呟きながら視線をさっと巡らせて。

 

「で、お前は大丈夫なのか?」

「そうでなければここにいませんよ」

 

違和感を感じたらなすぐ邪魔にならない場所まで退く積りだしと考えながら言葉にし、それを聞いたローウェンは頷いたのみながら、鞄から手袋を取り出し身に着ける。

 

「じゃあ、いつも通りだ」

「ですね」

 

直後に殺意の波が押し寄せる。それは残された巨象の瞳からあふれ出たもの。彼らの事を敵だと判断したという事だろう。意識の全てが向いている。だからこそやり易いと言えなくもないし。

 

何よりも遅すぎる。すでに行動は終えている。

 

残った瞳に向かって放たれた弾丸は突き進む。巨象からすれば塵のような物でしかないそれを、しかししっかりとその瞳は捉え、別の場所に当たるようにその巨体を僅かに動かす。避けられないと理解しているからか、出来るだけダメージが少なくなる様に動いているのだと見てわかる。そしてその程度の動き、ローウェンが見切れないはずもなし。

 

弾丸は、巨象が自ら当たりに行ったかのように瞳を撃ちぬいた。

 

二度目の悲鳴。不意を突いた故の最初の一撃と違い、ただ技量のみをもって瞳を穿つ。しかし巨象は悲鳴を響かせるのみ。その巨体ゆえの強靭さか撃ち抜かれてなお光を映しこんでいる瞳は確かにローウェンを映す。

 

あれが怨敵なのかと咆哮を轟かせながら踏みつぶさんと突撃する。けれど、それは余りにも鈍重だった。

 

いけないなと思いつつも、しかし過去のそれと比べて脅威と言えないその突進に合わせるようにレフィーヤは印術を行使する。輝ける印が示すは天の雷。三種の術を放った際に一番効いている様に思えた故の選択。

 

尤もその一撃で止めを刺せるとは流石に印術の威力に自信を持っているレフィーヤとて断言することはできない。普通ならば。

 

ガチリと噛み合う音が響く。それはレフィーヤの身に着けた手袋から響く音。それが何を意味しているのか当然レフィーヤは知っている。故に、躊躇いもなく準備が完了した手袋に施した印術を。

 

印術で再現した圧縮錬金術を行使する。

 

走る雷。光が瞬き巨象の体を抉る。今までの比ではない激痛と零れ落ちていく命の感覚。巨象はその体を大きく震わせて崩れ落ちる。それでも勢いは失われず地面を揺るがし削りながら突き進み。彼らの眼前で止まる。そして、驚くことに体を、そして頭部を抉られたというのに未だ生きており立ち上がろうと足掻いている。だが、それだけだ。

 

零れていく命を留める事など出来ずに。微かにその体を震わせた巨象は、第二階層を震わせながら……息絶えた。



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第百十八話

巨象を打倒したギルド・フロンティア。しかし流石にこのまま進むのはどうなのかと言う事で一度街に帰還していた。そして。

 

「このバカがぁああぁぁぁあああぁぁあああ――――――――っ!!」

 

怒声がアイオリスの街に響き渡る。近くにいた人たちは驚いて振り返り、叫んだ存在の表情を見て慌てて離れていく。

 

そんな風にさっさと離れてしまいたいなと思いながらも、間近で怒声を聞いてしまったゆえに、酷い耳鳴りに苛まれながらレフィーヤは視線を向ける。そこにはちょっと人としてどうなのだろうかと思う表情を浮かべてしまっているセリアンの老婆がゴザルニの叔父を怒鳴り散らしている。

 

「あんたはまたバカなことをして人様に迷惑を掛けよってからに!!」

「いやミル婆、別に迷惑は掛けてないぞ?」

「黙れ!!」

 

拳を頭に叩き込み、陥没してしまうのではと思うほど鈍く重い音を響かせる。なんか凄い事になったなと思いながら、視線を横に居るゴザルニに向けて尋ねる。

 

「で、あの人誰ですか?」

「ぬん? あぁ、ミルンル婆様でござるな。拙者に色々と教えてくれた人でござるよ」

「もしかして泣いた人ですか?」

「にござる」

「成程」

 

改めてミルンルというセリアンの老婆を見る。元がどんな顔なのか分からない程怒っているので判断に困るレフィーヤだった。

 

「そもそもあんたはなんだって第二階層に居たんだい全く」

 

ふぅと少し落ち着くためか、息を深く吐き。疑問に思っていただろう事をそれなりに大きさのある石を抱かされている叔父に問いかける。と、彼は笑顔で答えた。

 

「木をな! 登ったらあそこに居たんだ!!」

「……木? ちょっとあんたまさか」

「そうだぞ! 初めて世界樹を攀じ登ったが割と昇りやすかったぞ!!」

「あんた。本当にそれをやったのかい」

 

頭が痛いと言いたげに手で押さえるミルンル。まぁ、流石に迷宮ではなく世界樹そのものを登るとは口にしていたとしてもするとは思わないだろう。幾ら馬鹿でも。

 

「拙者も流石にと信じていたかったでござる」

「呼んだかゴザルニ?!」

「ないでござる」

「そうか、呼んでないのか……で、何の用なんだゴザルニ?!」

「だから呼んでないでござる」

「そうか……でぼろしゃ?!」

 

再び響き渡る鈍い音。やっぱり痛そうだなと思いながら。

 

「そういえば何で反応したんですかね?」

「其れは叔父上の名前がセシャンだからでござる」

「…せっしゃ?」

「否、セシャン」

「うわぁ、言っていい事ではないでしょうけど紛らわしい」

「まぁ、これに関しては拙者が悪いのでござるがな」

「呼んだか?」

「呼んでないっていうか何で名前言った時に反応せずに今反応するのよ?!」

「あ、口調」

「おっと、これは失敬」

 

危ない危ないと言いながら口元に手をやるゴザルニは。

 

「あら残念」

 

何処からともなく現れた抜刀済みのミカエの言葉を聞き、顔から血の気が引く。しばらく、ミカエは彼女の周りを歩き回り。何処かへと歩き去った。

 

「大丈夫だったかいゴザルニ?」

 

と、それを見てから近づいてくるミルンル。そんな風に聞くなら絡まれている時点で割って入ってもよかったのではと思うレフィーヤ。まぁ、好き好んでキチガイに関わろうとする人物はそう相違ないだろうが。

 

「問題ないでござる」

「そうかい? なら良いんだけど…あたしが如何にかできれば良かったんだけどねぇ」

「そこまでは望んでいないでござるし。師匠を如何にかできるのはローウェン殿位でござるよ」

「そうなのかい…え、あの狂人を何とか出来る奴がいるのかい?!」

「まぁ、一人でという意味でならそうでござるな。一応、二人でならば拙者も師匠を何とか出来るでござるが」

「はぁ、世界っていうのはやっぱり広い…え? 出来るの?」

「言ったように二人いればでござるが」

 

逆に言えば人外でもなければキチガイが二人係でなければ抑えられないという事なのだがと考えつつ。そういえばセシャンは如何したのだろうかと視線を向けると。頭の上に石を乗せられていた。

 

とても辛そうだと思いつつも、気になっていた事を訊く為に近づく。

 

「あのセシャンさん。ゴザルニさんの仲間のレフィーヤ……あぁ、と言うものなんでが。一つ訊いていいですか?」

「ん? あ? え? あぁ、ゴザ、レフ……ん? まぁいいなんだ?!」

 

なんであんな困惑したような声を零したのだろうかと少し疑問を覚えながら。まぁ、多分気にしても無駄な事なのだろうなと思いながら問いかける。

 

「なんであの巨象に追い回されてたんですか?」

「巨象? まさかあのオリファントの事かい?!」

「え、あぁらしいですね」

 

確かそのような名前だったなと思い出しながら驚いたように視線を向けるミルンルに頷いて見せる。

 

「よく無事だったねあんたたち」

「まぁ、確かに強かったといえば強かったんでしょうね。大きくて遅かったからいい的でしたけど」

「でござるな。そこまで硬い訳でもなかったでござるし」

「オーバーロードと比べるとどうしても見劣りするんですよねぇ」

「オーバーロードとはあれでござるか? ローウェン殿に自分たちだけでは勝てなかたったと言わしめたあの?」

「ですね」

 

いやぁ流石に死ぬかと思ったと口にするレフィーヤ。何故か、ミルンルにドン引きされたが気にしない。

 

「まぁ、それは置いておくとしてですよ。何でですか?」

「何がだ?」

「……巨象、オリファントに襲われていた理由ですよ」

「おぉそれかぁ! それなぁ、それはなぁ。危なそうだったから岩の上を歩いていたんだがなぁ! 足を滑らせてなぁ! 危なそうだったからなぁ! 掴もうとしたらおり・・・オリファ? とかいうやつの毛を掴んでなぁ!! 抜いてしまったのだ!! いやぁ、背中は痛いし追い掛け回されるしで散々だったぞ!!」

 

と、大きな声で笑い声を響かせるセシャン。その様子、そして言葉に静かにレフィーヤは首を振り。

 

「駄目ですね」

「知ってるでござる」

 

自分に手に負えるものではないなと悟ったレフィーヤは、よろしくお願いしますとまたも恐ろしい表情を浮かべているミルンルに任せてその場を後にした。

 

 

暫く歩いていると、アイオリスの街に再び怒声が響き渡った。



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第百十九話

ゴザルニの叔父であるセシャンを何故か街に居た…というか恐らくセシャンの事を探しに来ていたのだろうミルンルに押し付けたレフィーヤとゴザルニ。これ以上の面倒ごとはごめんだと早足でジェネッタの宿へと帰還した。

 

そしてそのままレフィーヤは部屋へと直行、適当に鞄を中の物が壊れないように気を付けつつ置き。ベットへと座り込む。

 

その直後に、扉を叩くことなくローウェンが部屋へと入ってきた。

 

「よ、戻ったか」

「私とゴザルニさんを置いて何処かに逃げたローウェンさんじゃないですか」

「面倒になりそうだったからな」

 

若干、棘のある言葉にしかし何でもないかのように平然と返すローウェンに少し機嫌悪げにレフィーヤは口にする。

 

「私も一緒に連れてってくれても良かったじゃないですか」

「ならあえて言うが、明らかに面倒に成るなと分かるのにゴザルニの横から動かなかったお前が悪い」

 

そう言われるとその通りだから言い返せない。もしも冒険中にそんなことになれば命を落としかねないわけで。

 

「まぁそれは良いとして…大丈夫か?」

「それはこれの事ですか?」

 

言いながら手を見せるように掲げるレフィーヤ。その包帯の巻かれた手を。

 

「咄嗟にとは言え守ったから見た目程痛みはありませんよ」

「そうか。で、原因はもう分かったのか? いつの間にか半裸に成ってたレフィーヤよ」

「それ言っちゃいますか??」

 

出来れば言わないでほしかったなと思いつつ考える。

 

実を言えば街に帰還した理由は巨象を倒した際の疲労を気にしてというだけでなく、またセシャンが居たからという訳でもない。レフィーヤの服が半分ほど消滅しており、また手が血まみれだったからだ。

 

先ほど言ったように、それほど痛みを感じていた訳では無かったため。ぱっと見、もう手が使い物になりませんと言われても可笑しくない様な惨状に目を向いたものだ。

 

半裸に成った事に関しては男性陣が一切反応していないことにどうなのだろうかと風が寒いという理由で服を着なおしたレフィーヤは今更ながら思うのだった。女性として終わっている? 今更だ。

 

さてそれは置いておいて原因だ。何故そうなったのかと考えればすぐ思いつく。

 

「やっぱり圧縮錬金術…を印術で再現したものでしょうよね」

「あぁ、あのずっと上手くいかなくて唸ってたやつだろう? 最近になってやっと形になったていう。一応、何回か試して見たから大丈夫だって言ってたよな?」

「そうなんですが。流石に大印術は試してませんでしたからね。若しかしたらとは思ってたから守れたんですけど」

「つまり耐えられずに破裂したと?」

「というよりは、圧縮した印術の威力に、術とそれを施した手袋が耐えられなかったのかもしれませんね」

 

だからと言って手袋は兎も角、服が綺麗に吹き飛んだのは何故なのかとは思う。そんな風になる様に守った訳ではないのに。そういえば服を作っておかないといけないなと思いつつ、ため息一つ。

 

「それなりに時間かけて作ったのがこれなら、あれを再現するのはもっと先の事ですね」

「あれ? あれって……あぁ、アーモロードの」

「はい。ゾディアックのエーテル圧縮の事です」

 

同じく錬金術と同じで圧縮しているのだが、錬金術の方は術を圧縮して言うのに対してエネルギーを圧縮している…らしい。そこまで詳しく学べた訳ではないが、それでもはっきりと言えるのは圧縮錬金術とは違い、術の規模は変わらず威力だけが高まるという点だ。

 

詰まり

 

「再現して暴発した際の被害は洒落にならないだろうな」

「錬金の方も想定より規模と威力が高かったですからね」

 

オリファントが巨大だったからこそ良かったが、そうでなければ間違いなく仲間を巻き込んでしまう威力だ。異常に術の速度も速かったし。まぁ、速度に関しては雷だったからというだけかもしれないが。

 

「取り合えず、暫くは使わない方がいいですよね」

「最低でも原因をしっかり理解したうえで対策を施してからでないとな」

 

威力自体は魅力的だがなと、ローウェンは言いながら。

 

「一応聞いておくが、違和感が原因か?」

「それは、多分ですけど違いますね。流石に強い違和感を感じる状態で使ったりしませんし」

「だよな」

 

そういえば結局、違和感が何なのか分からなかったなと思いつつ、何気なく手を動かし。

 

「あいった」

「おい、怪我してるんだから無理に動かすなよ」

「動かさない分には痛みが余りないのも考え物ですね。忘れちゃいますよ」

「なら思いっきり痛みを感じるようにしてやろうか?」

「結構です」

 

だろうなと言いつつ。それじゃあと部屋から出て行こうとするローウェンは、そういえばと振り返り。

 

「冒険はお前の怪我が治って問題なしなら再開するからな」

「あ、分かりました」

「という訳でサクッと治せよ」

「はーい」

 

なんか返事が伸びるようになったなと思いつつ扉を開けるローウェン。

 

「あら、ローウェンちゃんじゃない」

「おっと、用事があったからさっさと離れた故に面倒ごとに巻き込まれなかったコバックじゃないか」

「どういう事よ其れ」

 

丁度戻ってきたコバックと出くわす。ふざけたようにローウェンから口にされた言葉に首を傾げつつ、そうだったと呟きながらローウェンに言葉を向ける。

 

「評議会が用があるから来て欲しいみたいな事を言ってたわよ?」

「評議会が?」

「えぇ、なんでもあのおっきな象…確かオリファントだったわよね? それを倒したことに関してみたいよ」

「あぁ……まぁ、あの領域のモンスターを倒せば呼ばれもするわな。じゃあちょっと言ってくるか。金を毟り取りに」

「言い方」

 

欲望に忠実だなと、黒い笑みを浮かべるローウェンを見ながら思うレフィーヤ。暇だから自分もついていこうかななんて思う、のだが。

 

「あ、レフィーヤは残れよ。流石に怪我したばかりで余り動き回るのは良くない」

「そう思うなら今度からは面倒ごとの際に助けてくださいねぇ」

「善処しよう」

 

言って、それではと部屋から今度こそ出ていくローウェン。一気に静かになった部屋の中で。小さくため息を吐きながらベットに倒れこみ。

 

「……凄く信用できない言い方しましたねローウェンさんは」

 

其の積りはないなと思いながら、瞼を閉じた。

 



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第百二十話

確かめるように手を動かす。問題なし。確かめるように物を動かす。問題なし。確かめるように偶々居たコバックの腹部に拳を叩き込む。悶絶する彼を見て満足げに頷き。

 

「完治です!!」

「なんであたし殴られたのよ」

「気分…ですかね」

「なら仕方ないわね」

 

納得しながらよいしょと何事もなかったかのように立ち上がるコバック。平然としている事が少し悔しいレフィーヤは心の中でもっと捻りを加えて次こそはちゃんと沈めようと誓う。と、そんな事はどうでもいいのだと早足で食堂へと向かう。

 

目的はハインリヒが作ると言っていた料理である。当然、辛い。とても、とても辛い料理をハインリヒは作ってみると言っていたのだ。これで喜ばなければレフィーヤは自分として終わってしまうと思うほどである。実際、誇張抜きで飛んで喜んだものだ。

 

しかし、残酷な事に食べるならちゃんと怪我が治ってからにするようにと言われてしまったレフィーヤは、気合と技術を総動員して数日で治して見せたのだ。これにはハインリヒはとても驚いていたがそう大したことでは無い。精々食欲ってすげぇ、とでも思って居ればいい。

 

なんて下らない事を考えながら食堂に向かうレフィーヤは素晴らしき香りに気が付く。それだけならばいい香り程度なのだがレフィーヤは幾つものスパイスが織りなす重厚さを感じた。

 

なんという事だ。レフィーヤは震えを抑えることができない。香りだけでもわかるというものだ。いつの間に此処までの物を作れるようになったのだとハインリヒの腕前に驚くほかない。

 

あぁ、どのような存在、料理、辛味が待っているのだろうか。レフィーヤは心躍らせながら食堂へと辿り着き。

 

「ふぃー」

「…あ」

 

そこには、ハインリヒと満足げな表情を浮かべるゴザルニが居た。ただそれだけで、嫌な予感が駆け巡る。恐る恐る視線をハインリヒに向けると。静かに首を振った。

 

それを見て、レフィーヤは視線をゴザルニに向けると、彼女はとても良い笑顔を浮かべながらサムズアップ。

 

「美味しかったでござるよ!!」

「…なる、ほど」

 

小さく呟き、深く息を吐くレフィーヤ。丁度コバックと一緒に来たローウェンに視線を向けて。

 

「吊るしていいですか?」

「許す」

「だろうと思ったから簀巻きにしといたわよ」

「相変わらずすごい手ぎわぼぉ?! 出る、逆流してしまうでござる!」

「それはいけない口を塞いでおくよ」

「やっぱり容赦もぉももおももも?!」

 

悪は裁かれたと、レフィーヤは呟いたとか。因みに許可はちゃんと取った。抜かりなしである。

 

 

 

 

「ヒポグリフ?」

 

作り直して貰った料理を完食し、期待を裏切らないその美味しさに頬を緩めていたレフィーヤは、ローウェンに聞き返した。

 

「それは、あれですか? ミッション的な奴ですか?」

「間違ってはいないな。まぁ、本当はオリファントを如何にかするのをミッションとして出すつもりだったみたいだけどな」

「私たちが倒してしまったと」

「其れに関しては気にして無い処か普通に感謝されて金まで迷うことなく出してくれたぞ?」

「金額は?」

「聞くまでもないだろう」

 

これは相当毟ったなと思うレフィーヤ。評議会は泣いてもいいのではないだろうか。まぁ、関係ないことだけど。

 

「で、そのヒポグリフの話はどういう事なんですか?」

「これから先、問題なく進んでいけるか試す為のものらしいぞ。まぁ、意味はないだろうがって言われたが」

「そんなことはないと思いますけどね」

 

お茶を飲みながら言ったその言葉は。意味がないという事に対してもものだ。きっと、オリファントを倒せる程の冒険者だからといった感じで言ったのだろう。評議会は分かっていないと思わざる負えない。

 

強くても賢くても死ぬときは死ぬ。これ冒険者の基本。

 

「色々と試して確認してっていうのは上の人として基本ですからねぇ」

「上とか下とか関わらずだろう。怠った奴が酷い目に合うのは大抵のものに通ずるからな」

「私ですか?」

「怠ってなくても酷い目にあう。それを人は運が悪いというのだ」

「また一つ賢くなってしまいました」

 

知ってたけど。

 

「ならミッションを請ける事にするが…良いよな?」

「良いよ」

「あたしも」

「お金がもらえる機会が増えますね」

「もっもも」

 

其れならば良しと頷いたローウェンは何気なくナイフを手に取り、ほぼ真上に吊るされているゴザルニに対して投げつける。勢いよく向かっていくそれをゴザルニは軽く揺れることによって縛っている縄だけを切り、そのまま綺麗に落ちて着地した。

 

「もぉも……はぁ。あ、申し訳ないでござるが水を頼めるでござるか?」

「はい、次は独り占めなんてしないでよ?」

「難しいでござるな」

「おい」

「ではレフィーヤ殿に訊くでござるが。目の前に沢山の辛い料理が合ったらどうするでござるか?」

「残したらいけないので出来るだけ味わって食べつくします……はっ?!」

 

なんという事だ。そう考えれば先ほどのゴザルニは何も間違ってなどいなかったじゃないかと。

 

「いや、仲間の分も食い尽くすのは駄目だろう」

「ですよね」

「ござるな」

「そういえば謝罪は?」

「これから、つまり今でござる。申し訳ないでござる」

「同じような事してたでしょうし許します!」

「美味しそうに食べてくれたから許す」

「許されたでござる」

「そうか。なら」

「はい、行きましょうか」

 

冒険者は今日も、迷宮に挑むのだ。

 

 

 

「あ、ちょっと待ってほしいでござる。吐きそうでござうぉ」

 

少し休憩してから。

 



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第百二十一話

ギルド・フロンティアが第二階層で二つほど行った事がある。一つは言わずとも分かるだろうが巨象オリファントの討伐。もう一つは稲妻リスの虐殺である。何方も極々一般的な冒険者ではとてもではないが行えないことだ。では、もしもそれを為したというのならば何が起こるのかと言えば。

 

「モンスターが全然現れませんね」

 

これである。要するに関わったらいけない存在として世界樹の迷宮の第二階層に住まうモンスター達に思われているという事だ。例外とするならば傷ついているからなのか興奮している個体とF.O.Eなのだが、前者は兎も角としてF.O.Eに関しては様子見と言う事なのか、視線を向けるのみで襲い掛かってくるようなことはない。

 

襲われないのは無駄な消耗をしなくて済むため良い事なのだが。

 

「逆に疲れるわね」

「そうですね」

 

精神的なという意味だ。クワガタを捕まえている時や崖の上で咲いている花を見つけた時。他にもハムスターを生け捕りにした時も、常に怯えるような気配を感じているのだ。若しかしたらと警戒を続けているからこそ良く分かり。結果的に先ほどの呟きに繋がったのだ。

 

「…そろそろ休むか?」

「さんせぇー」

「お腹すいたでござる」

「はいはい、すぐ準備するからまずは場所を探すところからね」

「にござるかぁー」

 

あぁー…なんて声を零しながら歩くゴザルニ。そういえば休むごとに何か食べてるなと思いつつ、ハインリヒが言ったように休める場所はないだろうかと進み。

 

「……ここは」

「まぁ、だろうな」

「運が良いのか悪いのか分からないでござるな」

「そうね」

 

見つけたのは扉。しかしその先には休む事のできる場所などないというのは彼らでなくともすぐわかる事だろう。痛い程の敵意と存在感を感じるのだから。

 

「流石にここでは休みたくないねぇ」

「オーバーロードの居る部屋の前でがっつり休んだ俺たちが言えたことじゃないけどな」

「其れはほら、襲い掛かってくる様子無かったですし。ここの、ヒポグリフは何時襲い掛かってくるかわかりませんし」

「警戒しながら休むのは普通の事でござるが。流石に限度があるでござるな」

「じゃあ一回戻るか?」

 

そのローウェンの言葉に、どうするかと一瞬考えて。いいやと首を振って否定する。

 

「無理が在るならともかく今はそうでもないですし。ローウェンさんも銃弾を殆ど消費して無い訳ですし」

「今だったらヒポグリフ蹂躙できるぞ」

「それは知ってます」

 

寧ろ出来ないと言われた方が驚く。銃弾が無くなったなら兎も角十全でそうなのだとしら端的に言って人生が終わるのでは無いのだろうか。まぁ、すでに一回それを乗り越えているわけだが。

 

「あれー?」

「…お前たちは」

 

そんな時だ。背後から声が響いたのは。誰か来たのだろうかと振り向くと、そこに見知った顔の冒険者が二人。ネクロマンサーのリリと、死神・・・ではなくリーパーのソロルが立ていた。

 

「奇遇…という訳でもないですかね」

 

同じ迷宮に挑んでいるのだから出会っても可笑しくはない。それでも割と多いのかもしれないが。

 

「そうだね。それにしても本当にあっという間にここまで来たね。あ、でもここから先は」

「其れに関しては大丈夫だぞ。評議会からミッションも受けてるしな」

「でござるな」

「ござ?!」

 

ゴザルニが一言口にすると、なぜか一歩下がるソロル。如何したのだろうかと少し考え、そういえば口調がうつっていたなと思い出す。そしてそんな彼女の様子に首を傾げながらもリリは彼らに向かって言葉を口にする。

 

「そういう事ならいいんだけど。でも気を付けてね? この先に居るのは本当に、ほんっっとうに強くて危ないモンスターなんだから」

「もっとも、それでも死ぬときは死ぬがな」

「平然と怖いこと言わないでよぉ!!」

 

ボソリと呟かれたローウェンの言葉に若干大げさに思える反応を返すリリ。その様子を見ながら、やぱりいじったらおもしろくなる人だなと。リリだけでなく、その少し前に立っているソロルを見ながらレフィーヤは思う。

 

「?! なんだ、今寒気が」

 

如何やらソロルは勘が鋭いようだ。だからと言って何かあるわけではないが。

 

「…まぁ、精々死なないように頑張るんだな」

「そうするとしよう」

 

油断する気も、慢心する気も皆無だけどねと心の中で思いながら。鞄の中に手を入れえ布を取り出す。それは何なのだろうかと疑問に思ったのかリリが興味深げに視線をレフィーヤに向ける。が、別に説明する必要もないだろうと無視して刻んだ印を優しくなぞり。

 

「レフィーヤ」

「分かってます」

 

ローウェンの言葉に印術を行使する。何かをする積りなのだと察したソロルはまさかと言った様子でリリを庇いつつ後ろに下がり。それを見ながら印術は放たれる。

 

真上から強襲せんと迫っていたモンスターに向かって。

 

「…え?」

「外しました」

 

驚いたように声を零すソロルに気を向ける事無く冷静に事実を口にしながら視線を空へと向ける。そこには歪な姿であるにもかかわらず、悠々と空を舞うモンスターの姿が。

 

「あれがヒポグリフですか」

 

奇襲を仕掛けてこようとするとは分かっているじゃないかと思いつつ、様子を見るように旋回するヒポグリフを見て小さく呟いた。

 

「すごく運が悪いですね」

 

そんなレフィーヤの言葉は銃声によって掻き消される。音にして一回にしか聞こえないそれは、しかしヒポグリフの全ての翼を正確に打ち抜く。なんか数が前よりも増えている。

 

突然の事にバランスを崩しながら落ちていくヒポグリフの全身を、銃弾が容赦なく撃ちぬいた。



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第百二十二話

音が響き渡り土煙が舞う。

 

視界を遮るように広がるそれを見ながらレフィーヤは何があっても対応できるように距離を取りながら何時でも放てるように印術を準備して、土煙を睨むように見る。あるいは土煙を払うべきかとも思ったが、そこまで都合よくできはしないなと改める。

 

そう考えると風ってかなり便利だなと最近思い浮かべることが少なくなっていた憧れの人が頭を浮かび。

 

あれ、アイズさんの顔ってどんなのだっけなと思わず首を傾げてしまった。いや忘れた訳では無い、無いのだが確信が持てない。そういえばこっちに来てから結構な時間が経ったな他人事のように思う。世界規模の災厄も二回程退けてるし。そう考えると逆に憶えているのは凄い事ではないのだろうかと思ってしまったレフィーヤは。

 

晴れていく土煙を見て一瞬で思考が切り替わり意識を集中する。

 

少しすれば土埃は無くなり、見えたのは横たわり動かないヒポグリフ。しかしだからと言って倒せたと安堵したりはしない。死んだふりしているだけかもしれないからだ。故に、ローウェンは軽く目を細めながらゴザルニに確認するように言葉にし、分かったと頷きながら彼女は近づいていく。

 

ヒポグリフはローウェンが見ているなら自分はもう少し周囲に意識を向けようとハインリヒとコバックと一緒になって視線を巡らせる。

 

「あぁー…いってるでござるな。首が」

「まぁ、あれだけの高さから落ちればそうなるだろな。自重もあるし」

 

しばらくすればそうゴザルニが武器でヒポグリフの事を突きながら口にする。同意するように頷きながら言うローウェンとレフィーヤは全く同意見である。どれだけ強かろうと生き物なのだ。何も対策せずに高い所から落ちれば死ぬ。ローウェンが関節どころか急所も余さず撃ち抜いていたのだから余計だろう。

 

「ぬん。間違いなく事切れているでござるな」

 

その言葉に、少しだけ緊張を緩める。

 

「じゃあこれでミッション達成ですかね」

「だな、今回はほとんど俺の手柄だけどな」

「いや、ほぼ万全の君から手柄を奪うとか難しいからね?」

 

そう言いつつも出来ないとは口にしないハインリヒ。それに関してはレフィーヤは同じなのだが。

 

「其れは良いとして、取り合えず終わったから」

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

呼び止める声が響く。何事かと視線を向けるとリリが手を伸ばしながら駆けてきていた。

 

「あの、えっと。いきなりこんなこと言うのは申し訳ないんだけどそのお願いがあって」

「取り合えず落ち着け」

 

興奮気味のリリにローウェンは良いながら視線を後ろ、正確には今こちらに向かって駆けてくるソロルに向ける。

 

「で、こいつは何を言いたいんだ?」

「それは私がこれから!」

「いや、俺が話す。今のお前じゃあ真面に話せそうにないしな」

 

言いながら手で自分の後ろにリリを下がらせるソロル。そして彼女が語ったのは一つの呪いだった。

 

 

 

「あぁ、なんともまぁ…あれな話だな」

「全くだ」

 

呟かれたローウェンの言葉に、その通りだとソロルは頷く。それが少し気に入らなかったのか頬を膨らませて怒っていますと言いたげに腕を振るリリ。正直かわいいとレフィーヤは思った。

 

「しかし話を聞く限りその秘宝が至宝がかを盗んだ奴が第二階層の先、つまり第三階層に居るかもしれないから。もしもこれから進んで見かけたなら教えてほしい…って事だろう?」

「そう…でいいんだよな?」

「そう! お願いします!!」

 

これまでと同様に元気よく頭を下げるリリは、しかしレフィーヤには酷く焦燥しているように見えた。探していた存在を未だに見つけられていないからだろうか。もしもここで頷かなければ、いや例えそうだとしても。

 

「…どうしますか?」

「そうだなぁー」

 

視線をリリへと向けた後に、横目で確認するように四人を見る。同じようにレフィーヤも見て、皆同じように向けている視線を交らわせて、頷いた。

 

「そのくらいは良いと言っていいんだが、一つ問題がある」

「問題って?」

「その秘宝の不死者の指輪を盗んだ…クロウとかいうやつがどんな見た目なのか分からないという事だ」

 

其れでは、見かけたとしても判断できないのでどうしようもない。まさかそれっぽいもの全てを報告するんなんてことをするわけにもいかないのだから。

 

「だからと言ってこんなのです、って聞かされたところでそれって数百年どころじゃない昔から生きてる…生きてる? やつなんでしょ? 姿かたちが変わってても可笑しくはないよね」

「それは…その」

「まぁ、見つける手段がない訳では無いけど」

「?! 本当に!?」

「ここで嘘ついてもただの性悪だろう。良い性格だとは言わないけれども」

 

それは言う必要なかったのではないだろかとレフィーヤは思う。否定はしないけれども。

 

「そ、それってどういう?!」

「気配を追う」

「え……えっと、それで大丈夫なの?」

「居るなら分かる」

「えぇ…?」

 

一歩下がるリリ。確かに出来るだろうけど言ったら引かれると分かり切っているのになぜいうのか。面白いからであるとサムズアップするとローウェンも返してきた。心が通じ合ってる。

 

「と言う訳で…はおかしいかもしれないが聞き入れた。仲間も別に良いようだしな」

「訊いてないのに…いや、やめておこう。感謝する」

 

きっと意味がないと悟ったのか、言葉を言いかけただけに留めて感謝を口にするソロル。しかし話を聞く限りでは彼女はそこまで関係があるとは思えないが。いや、無粋だったかとレフィーヤは思う。

 

「さて、じゃあ…一応依頼になるのか。お、受けたことだし」

「ですね」

「早いに越したことはないでござるからな」

「そうね。まだ余裕あるし」

「反対はしないよ」

 

意気込むように言葉にするギルド・フロンティア一行。その様子にリリは目を輝かせて。

 

 

「帰るぞ」

「はーい」

「帰るの?!」

 

驚いたように言葉にするリリ。そんな彼女に対して何を言っているんだと言いたげに首を振る。確かに余裕はある。そこまで体力にしろ気力にしろ、道具関係も消耗していない。けれど、だ。忘れてはいけないことが一つある。

 

「先に進むのはミッション達成を報告してからだ」



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第百二十三話

ある日の朝、ジェネッタの宿にて。レフィーヤは己の目を疑う光景を目撃した。今見ているのは夢では無いのかと思うほど意味の分からない事だった。あぁ、しかし彼女はすでに夢ではないのだと理解してしまっていた。現実なのだ。目の前の。

 

「ワン! ワンワンワン、ワン!!」

 

牛に向かって犬の様に吠えている宿の女将であるジェネッタは、紛れもなく本物であるのだと。

 

「えっと……何してるんですか?」

「ワン? ワンワンワン!!」

「すみません、人の言葉でお願いします」

「あ、熊語は分かりませんでしたか」

「くっ?!?!」

 

余りに意味が分からないことが多すぎて思考が停止する。真っ白に染まる頭の中に薄っすら浮かぶのは、熊語が正しいとして何でそれを牛に向かって言っているんだ・・・・というどうでもいい事だった。

 

 

 

 

「と言う事があったんですよ」

「またやってたのでござるかジェネッタ殿は」

「また? え、また言いました今?」

 

同じような事を前にもやっていたという事なのか? 出来れば嘘であってほしいのだが。そう思いつつ視線を向けるが、しかしそこに込められたもの理解したうえでゴザルニは首を振る。

 

「鍋に向かってワンワン言っていたのを見たことがあるでござるよ」

「…え、意味が分からないのですが?」

「拙者も分からなかった故、訊いてみたのでござるが…その」

「なんですか?」

「使い続けると意思が宿るという話を聞いたらしく試していたらしいでござる」

「え、意味が分からないんですけど?」

「ござるなぁ」

 

いや、意思が宿っているうんぬんは別にいい、良いのだが何故吠える。犬の様に…熊語? を鍋に向かって。意味が分からな過ぎてレフィーヤはジェネッタが同じ人なのか疑わしくなってしまった。種族は違うけれど。

 

というかそもそも熊語ってなんだ。

 

「知ってますか?」

「知らぬでござる」

「ゴザルニさんだって良く分からないござる口調なのに」

「泣いていいでござるか?」

「え、鳴く?」

「んー? なにか違うでござるな」

 

というか良く分からないというのは否定しないのかと思いつつレフィーヤは首を傾げるゴザルニを見て。ふと、ある事を思い出す。思い出してしまう。

 

「良く分からない口調、言語。そしてさらに良く分からない情報」

「ん、どうしたでござるか?」

「いえ、ちょっとそんな様な事を広めそうな人が居たなと」

「誰でござ……あぁ、確かに」

 

思い至ったのか納得したように頷くゴザルニ。そう、居るのだそんなことをしそうな人物が一人。アイオリスの街で狂人と呼ばれている見た目だけなら美人な内面が壊滅的にとち狂っているのが。

 

「師匠ならあり得るでござるな」

「ゴザルニさんのも確か可愛いからって理由でしたよね?」

「らしいでござるな。同じ理由であっても可笑しくないでござる」

「と言うか、私的にはそうであってほしいですよ。だってそうじゃなかったら…その、ほら。セリアン族がかなりあれな種族だと思ってしまいそうですし」

「酷い偏見だと言いたいでござるが今までレフィーヤ殿が会ってきた人を思えば…うん、否定できないでござるな!!」

 

その言葉は声量だけならばとても元気に思えるだろう。完全に空元気だけれども。それは置いておくとして。

 

「…確認しに行きますか?」

「ござるなぁ。拙者としても思うところあるでござるし…否定する材料が欲しいでござるし」

「決まりですね」

 

神曰く善は急げというらしい。別に他にやることもない二人は早速元凶と思われる存在、ゴザルニの師匠であるミカエを探しに宿を出た。

 

 

 

その凡そ数十分後、二人はあっさりミカエを見つける事ができた。悲鳴が聞こえる方へ向かっただけというとても簡単な事だった。

 

「色々と言いたいことはあるでござるが取り合えず訊きたいことがあるでござる」

「あら、こんな状態にしておいて何を訊くというの?」

「喜んでいるようにしか見えないんですけど」

「何を言っているの? 全く、嬉しいに決まっているでしょう?」

「あ、そうですか」

 

簀巻き状態で道に転がされているミカエの言葉に理解する事を放棄するレフィーヤ。断じて、自分の体を捩りそこらに転がっている石に押し付けて恍惚とした笑みを浮かべているミカエなど見ていない。いないのだ。

 

「ま、まぁそれは置いておくとして良いですか?」

「訊きたい事でしょう? えぇ、良いですよ。こんなにもいい気分にさせてもらったのですから。出来る事ならもっとバッサリといってほしかったのだけれど」

「…ジェネッタさんを知っていますか?」

 

平然と頭の可笑しい発言を何とか流し問いかける。少し考えるように視線を彷徨わせてから思い出したように声を零す。

 

「あの宿の可愛らしい人ね。熊語なんて素敵な言語を使いこなすあの。わたくしも教えてもらいましたけど本当に素晴らしいものですよね。こう、口にするだけで冷たい視線を感じられるところとか」

「あぁー……色んな意味で聞きたくない事が聞こえた気がするでござるぅー」

 

声というよりも音といった方が正しく思えるものを口からこぼしながら耳を塞ぎ、足でミカエをど突く。艶めかしい声が聞こえたがそれを無視して言葉にする。

 

「あの、今教えてもらったって」

「そんなことは言ってないでござるな」

「言ってましたよね? ほら、受け入れましょう? 逃避してても辛いだけですよ?」

「何言ってるでござる? 師匠はそんなことは言ってないでござるよ? おら、そういえ」

「あっ! あ、あふふふふふ。流石ゴザルニね。少ししか経ってないのにこの成長ぶり。わたくしの目に狂いはなかったわ……だからこそ言うの!! わたくし確かに彼女から熊語を教わったと!! だってその方が気持ちよくなれそうだから!!」

「あぁぁあぁああああああああああああああ!!」

「良い、良いわ!! でももっと、もっと責め立てなさいな!!」

 

泣きながら蹴りを叩き込むゴザルニと喜びながらさらに要求するミカエ。そんな二人を見て、レフィーヤは立ち去った。そっとしておいた方がいいと思ったからだ。

 

だからレフィーヤは静かに歩いていく。セリアンはあれなのが多いという事と、ゴザルニも傍から見れば十分すぎる程にあれであると言う事実を心の奥底にしまいながら。

 

 

 

……まぁ、街中であんな事してるのだから意味ないだろうけど。

 



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第百二十四話

「なんか街のど真ん中で泣いてるゴザルニが滅茶苦茶感謝されてたんだけどなんか知ってるか?」

「色々あったんでしょう」

「そうか」

 

部屋でゆっくりと本を読んでいたら現れたローウェンにそう問いかけられたので適当に返すレフィーヤ。勿論、何故そうなったのか大体想像できる。感謝までされているとは思って居なかったが。しかし言う必要がない。はっきり言ってローウェンなのだから大体察しているだろうし。だから訊いただけでそれ以上は口にせず彼はよいしょと椅子に座った。

 

「で、どうだ?」

「さっぱりですね」

 

本を置きながら答える。そういった通り全く分からないのだ。違和感の原因が。

 

「今はこれといって感じないんですけどね」

「ふむ、迷宮内だけって事か?」

「とも限らないですけどね」

 

街中でもあるし、迷宮内でない時もある。法則性がないというか、一定の時間でという訳でもない。本当に意味が分からない。そして分からない以上に困るのが、微妙というところだ。

 

要するに問題ないようなそうでない様なはっきりしないという事。端的に言って非常にイラつく。どっちかにしろと。

 

「俺も割と困ってるんだよな。進むかどうか」

「すみません」

「謝ってもしょうがない事を謝られても困る」

 

それはそうだと下げた頭を戻し、ローウェンを見る。彼はさてと呟きながら腕を組み考えていた。

 

「問題ないと言えば問題ない。しかし良しと気楽に思うのは危険。けれど休んだところで無くなるわけでもなく、休まなかったからといって起こるわけでもない理由の分からない違和感……なんだこれは。お前はどれだけ謎を増やせば気が済むんだ?」

「いや知りませんよそんな事」

 

だよなと頷く彼を見ながら。そういえばそうだなと思い出す。未だにアスラーガの不思議な迷宮に居た理由も分かっていなかったなと。もう世界樹を二つほど踏破しているにも拘らずだ。

 

まぁ、結構前に考えても仕方がないことだと思う事にしたことだけれど。これといった情報も未だに無いのだからそこに変わりはないのだし。

 

そんな事よりも重要なのは、下手すれば冒険に出られないかもしれないという事だ。

 

「で、そこのところどうなんですか?」

「それを悩んでるんだろうが…まぁ、お前的には問題ないと言いたいんだろう?」

「出来れば、ですけどね」

 

そう、出来ればだ。はっきりと大丈夫などと断言はしない。それがどれほど危険な事なのかをしっかり理解しているから。

 

「確かに今の所は索敵にしろ戦闘にしろ問題はなさそうなんだよな。今の所はだが」

「これからどうなるかなんですよねぇ」

 

違和感が無くなるのか、それとも悪化するのか。何度も言うが理由が分からないからこそ、判断できない。

 

「世界樹が原因とかありえますかね?」

「今まで違和感なんてなかったのに? まぁ、此処の世界樹が他と違うかもしれないから違うとは言わんけど。世界樹というよりは世界樹の内。迷宮に居る何かが原因と考える方が自然だろう」

「あぁ、成程。そうですね」

 

その何か。恐らくモンスターが原因ならばそれなりに納得できる。それが近づくと違和感が生じ、離れると無くなる。それならば休む休まない関係ない理由となるだろう。まぁ、それが正しいのだとすれば街中で違和感を感じる時もあるので入り込まれていることになるのだが。というかそもそも。

 

「だったらローウェンさんが気付きますよね」

「良く分からん信頼の仕方をするなよ」

「でも分かるでしょう?」

「それは分からん」

「そうなんですか?」

「そうだろう。俺はただ単に音と気配とで判断してるだけだからな? 音も気配も無ければ流石に見つける事は出来ないからな」

「あぁ、まぁそうですね」

 

寧ろそれで判断してなかったらなにで判断しているんだと。あれか、勘というやつなのか。いやそれが侮れないのは知っているが、そうだったとしたら彼の人外っぷりに磨きがかかるなと、どうでもいい事が浮かぶ。

 

と、ローウェンがそうだなと呟きながら頷いた。結論が出たのだろうか。

 

「分からんことを考えても仕方ないな!!」

「それ言っちゃいますか?」

 

これまでの事全部意味のないものにする発言だと言われても否定できないものだとレフィーヤは思いながら視線を向ける。と、なぜか彼は胸を張りながら言葉にする。

 

「分からないことは取り合えずおいておく。これは冒険の基本だろう。気にしすぎて足元を掬われたらたまったものじゃない」

「それはそうですけど」

「それに不測の事態に対応できないようじゃ冒険者なんてやってられないしな」

 

不測の事態、それはつまりレフィーヤ自身に何かが起こると言う事なのだが。出来れば避けたいのだが。理由が分からないから無理だけど。

 

「それに街に居ても迷宮に居ても変わらないなら、進んだ方が良いだろう」

「…そうですね」

 

あぁ、その通りだと頷く。

 

「あと、原因が迷宮の先に在るかも知れないしな」

「迷宮の先?」

「オーバーロードが言ってただろ? 回廊に至れ、その先にこそ求めるものはあるって」

「…あぁ」

 

言っていた。確かに、あの超越者はそう言っていた。思い出してみれば、ありえない事ではない。求めるものが何であるのかは、分からないが。それが関係していると言えなくもない。世界樹を超えた先に在るだろうそれに迷宮も街中も関係ないだろうし。勿論、多分でしかないが。

 

「其れなら確かに。進むしかないですね」

「だろう。まぁ、要するにやることは変わらんと言う事だ」

 

そう、その通りだ。何も変わらない。謎を解き明かすために迷宮に挑む。つまり。

 

「冒険者として冒険する…それだけですね」

「その通りだ」

 

頷くローウェンはひどく嬉し気に笑みを浮かべていた。

 

 



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第百二十五話

迷宮の第三階層、晦冥ノ墓所と呼ばれるそこは文字通り墓場であり。多くの死者が眠っているのだろう場所。まぁ、眠らず元気に動き回り生者に襲い掛かってくるものがとても多いが。

 

 

さてそんな第三階層だが、そこの情報を集めた時点で心底嫌そうな表情を浮かべた人物が居るのだ。それがだれかといえば意外な事にローウェンだった。大抵の事は平然と熟す彼がなぜその様な事になったかといえば第三階層に出現するモンスターが関係している。

 

第三階層のモンスター。それは言ってしまえば死体である。より正確には骨であったり、意思を持った武器であったりと。言ってしまえばこれといった急所がない、物理的に動けなくなるまで破壊しなければいいけないモンスターがとても多いのだ。詰まり、戦うと必然的に弾丸の消費量も増えるのは必然で。

 

つまり、ローウェン的に第三階層はとても金を消費する場所と言う事だ。

 

「本当に嫌だなここは」

 

なんて愚痴を零しながら銃弾で眼前の弓を構える骨。ボーンアーチャーの腕を撃ち砕き攻撃を防ぐ。何時もならそのまま頭か心臓を撃ち抜いて止めを刺すのだが。相手は骨である。頭を撃っても止まらないし、そもそも心臓がない。

 

そう言う訳でこれ以上の攻撃は無駄と判断したローウェンは視線を別のモンスターへと向ける。では、腕の骨を撃ち砕かれたボーンアーチャーはどうするのかといえば。

 

メディックなのに粉砕するのが大得意なハインリヒの出番である。槌を振り上げ、一気に振り下ろす。それだけで、骨でしかない存在は物理的に動けない程に破壊された。

 

「…はぁ」

「随分動き回りますね今回は」

「じゃないと寧ろ面倒だからね。確実に止めを刺せるのが僕とレフィーヤしかいないし。で、レフィーヤは違和感の件があるんだから、僕が無理のない程度に動くしかないだろう?」

「無理をしてとは言わないんですね」

「当たり前だろう」

 

何を言っているんだといった様子のハインリヒに。まぁ、その通りだなと、燃えながら崩れ落ちていくモンスターを見ながらレフィーヤは思う。無理はしない。これ基本。

 

「それにしても薄暗いでござるな」

「不思議な迷宮の下層程じゃないけどな」

「あぁ、あそこほとんど光が届きませんでしたからね。真っ暗って訳では無かったですけど」

「そりゃ何も見えないって訳じゃなかったが戦い難い事に変わりなかっただろう」

「それを考えるとまだましでござるな」

 

言いながら見渡して頷くゴザルニ。というか所々とはいえ一応日の光が差し込んでいるこの場所と、それがない場所とを比べても仕方がない気がする。

 

「まぁ、暗い云々は抜きにしても気分のいい場所ではないわよね」

「墓だからな」

「骨とか普通に歩き回ってますからね」

 

この場所で気分が良いなんて言う人は性格があれな人か…あ、でもネクロマンサーという職業の人なら若しかしたらなんて思うレフィーヤ。まぁ、そういった職業だからこそ死者への敬意を忘れていないだろうし。気分が良いとは少し違うだろうけど。

 

そうなるとあれな人しか居ないだろうなと思いながら鞄に手を入れて布を取り出し、印術を行使する。そして生み出された、巨大というほどではないがそこそこの大きさの氷を地面から這い出てきた骨の剣士に叩き込む。

 

這い出てきた直後だった為か、反応することも出来ずに潰されて砕ける骨の剣士。そういえば、あれは外道の剣屍という名前のF.O.Eに分類されていたモンスターだったなと調べられた情報を思い出す。確か、酷く足が遅いとあった筈だと。

 

若しかしたら這い出た直後だったからではなく普通に避けられなかっただけかもしれないなとレフィーヤは外道の剣屍の死体…いや、もとより骨なのだからそれは正しくないかもしれないが。兎も角動かなくなったそれを見ながら思う。

 

「それにしてもこの階層は凄いですね。ローウェンさんを殺す気で来てますよ」

「俺だけなのかよ」

「だってそうでしょう?」

 

財布の中身的な意味で。間違いなく殺しに、そうでなくても致命傷を与えに来ている。

 

「否定したいけど否定できないなぁ。金なかったら最終的には戦えなくなるしな俺」

「と言う事はあれですか。ついにモンスターだけでなく迷宮そのものに対策されるほどの存在だと認識されたってことですか。流石ですね」

「誉め言葉ではないなそれ」

「勿論」

 

そもそもというか当然というか、遥か昔から存在しているわけで。もしも対策というものを施しているというならそれは、そうそれは。

 

「…リリさんの言ってたあれですかね?」

「判断できん事を訊くな。まぁ、仮にそうだとしら八つ当たりするだけだが」

「哀れにも寿命は後僅かですね」

 

そんなことを口にする。まぁ多分だけれど、歩き回ってる骨と同じような存在になってそうだし寿命というには少し違う気がする。

 

「なんにせよ。弾の無駄遣いにしかならないから止めに俺が動くことは殆ど無いからな」

「分かりました」

「任せてよ」

「あたしももう少し動けたらいいんだけどねぇ」

「コバック殿はローウェン殿以上に相性の善し悪しが出るでござるからなぁ」

「仕方ない事だとはわかってるんだけどねぇ…前から思ってたけど、武器を変えることも考えた方がいいかしら?」

「若し其の積りならしっかり話し合うからな?」

「それは当然ね」

 

そんな会話をしながら、変わらず彼らは迷宮を進んでいくのだった。

 

 



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第百二十六話

「ここですかね」

「あぁー……もう少し、あっちだな。この情報が正しければだけど」

「其れは言ってはいけませんよ」

 

疑わないのはどうかと思うが、全部疑っていたのでは疲れ果ててしまうのだから。なんて事を考えながらローウェンが指差した位置まで歩いていき、地面を確認する。そこは少しだけ周辺と違う様に見える。人の手がはいっているというか、自然の物とは少し違う。といっても本当に僅かな違いでしかない。それこそ情報を持った上で意識しなければ見逃してしまう程に。

 

「まぁ、何百年も経過してればそうですよねっと」

「寧ろよく違うと分かる違いが残ってたもんだよな。あれか、そういう技術でもあるのかね」

「その技術の意味は?」

「さぁ?」

 

首を傾げるローウェン。まぁ、確かに数百年先まで掘り返した跡が僅かに残るようにする技術とか余りに限定的すぎる。何故その技術を生み出したのかと問いただしたいくらいだと。他の三人が見張る中、掘り返しながら思う。

 

と、其れほど掘っていないのに早々にそれは姿を見せた。

 

「お、これか。えぇ…よいしょ」

「これはぁ…あぁ、鎧ですかね?」

「見た感じはだけどな。案外、盾として使ってたかもしれないぞ」

「これを?」

「これを。まぁ、違うだろうけど」

「ですよね」

 

身を守るという点は同じだけれども。どう見ても盾ではない。まぁでも一応はと確認するように視線を詳しいだろうコバックへと向け。それに気が付いた彼は如何したのかと近づいてくる。

 

「これ、盾ですか?」

「鎧ね」

「ですよね」

「知ってる。何故ならすでに盾を見つけているから」

 

寧ろ鎧まで盾として使ってたらどうなるのかと疑問に思わなくもないレフィーヤ。そして当然の答えを聞いたところでローウェンは慎重に掘り出した古びた鎧をします。

 

さて、何故彼らがこんなことをしているかというと。評議会から依頼されたからだ。遥か昔、戦場であったらしい第三階層に眠る英雄。その遺品である武具を見つけ出し集めて欲しいとの事。

 

この依頼、ミッションは請けても請けなくてもいいと言われたが、軽く話し合った上で請けたので今に至るのだ。理由は単純にお金が貰えるからだ。それ以上に断る理由がなかったからというのもあるが。別にギルド・フロンティアは焦っている訳では無いので寄り道は大丈夫なのだ。

 

「と、これで一つ、二つ、三つで……四つだな」

「なんでちょっと間が空いたのよ」

「鎧の中に兜が入り込んでたからだよ。嘘だけど」

「嘘なんですか」

「正確には鎧が上に乗ってたから見えなかっただな。正直、ヒヤッとした」

「壊れてないわよね?」

「取り合えず大丈夫だ」

 

入れ方の所為でミッション失敗とか冗談にならない類の失敗になってしまう。それでも少しすれば笑い話として酒の席で盛り上がるのだろうけど。キチガイとはそういうものだから。

 

「鎧に兜、盾に……あぁ、これは銃、じゃなくて重砲か」

「装備的にはドラグーンの物ね」

「数百年前にはもうこの類の武器開発されてたんだな。ちょっとびっくり」

「戦争の事を考えると劣化してるかもよ? 今の技術」

「否定は出来んな」

 

戦争が在った所為で技術が失われた。よく考えれば割とありふれている事なのかもしれない。逆にそれが切欠で爆発的に発展することもあるだろうけど。余り、良い発展の仕方とは言いたくない類のものだ。なんて事を考えながら歩いていく。

 

「ん?」

 

不意に、ローウェンが何かに気が付いたように声を零しながら視線をある方向に、下へと続く階段のある方へと向ける。何か、あるいは誰かが来るのだろうかとレフィーヤも同じようにみると、丁度姿が見えた。

 

現れたのはソロル。リリの姿は見えないが、酷く焦っているように見える。何かあったのだろうかと思いながらどうするのかと視線をローウェンに向ける。彼は肩を軽く竦めて、彼女に向かって近づいていく。

 

響く足音にハッと彼らの事を見るソロル。今気が付いたと言わんばかりに驚きの表情を浮かべて、駆け寄ってくる。尋常でない様子に如何したのかと問いかけようとして、その前に彼女が先に口を開く。

 

「お前たちリリを見なかったか?!」

「あいつを? 第三階層という意味でなら見てないぞ」

 

なぁと言葉にするローウェンに頷いて見せる。当然といってはあれだが、三人も同じだ。

 

「そうか。あぁクソ!!」

「取り合えず何があったのか……って聞くまでもないか、リリが居なくなったのか?」

「そうだ! あぁ、そうだよ!! 様子が可笑しかったから宿で休んでろって言ったのに帰ったら居なかったんだよ!! 町中探してもいなくて、だからここに」

「落ち着け。焦っても意味なく命を落とすだけだぞ」

「分かってる!! だけどもしリリがここに居たらあいつは、あいつは馬鹿みたいな事の為に命を捨てようとするに決まってる!!」

「だから」

「分かってると言っただろう! だが落ち着いて何になる! 俺が落ち着けばリリが向こうから顔を出すのか?! それともお前たちが一緒に探してくれるとでもいうのか?! あぁ、そうなら落ち着いてやるよ! なんならお前の望んだとおりの事をしてやるよ!! それでリリが救えるならなぁ!!」

 

「ほぉ?」

 

ギチリと何かが軋む音が聞こえた気がした。それはソロルも同じだったのか、自分が興奮していたとはいえ何を言ったのか、言ってしまったのか理解した。其の事に

 

顔を青くし、けれどそれがどうしたと覚悟を決めたのかしっかりとローウェンを見て、一気に血の気が失せた。

 

仕方ない事だろう。満面の笑みを浮かべたローウェンを間近で見たのだから。

 

「其れは詰まりあれだな。リリの探索、場合によっては救出を手伝うから道具や矢弾などの消耗を補填してくれ。なんて言ったらしてくれるのか?」

「そ、その程度なら」

「そうか、そうか。成程そうか」

 

彼がソロルの肩をまるで逃がさないと言いたげに力強く掴んだまま音が聞こえそうなほどの勢いで視線を四人へと向ける。如何するかと問いかけるように。ここで首を振れば、きっと彼は引き下がる。そしてここで首を振らなければソロルはリリを探すのに手間取るだろうが、酷い傷を負う事になるだろう。主に財布に。

 

けれど、けれどだ。圧力を感じるほどの笑みを浮かべるローウェンを相手に、首を横に振る勇気はレフィーヤには無かった。そしてそれは他の三人も同じなようで。

 

 

 

こうして、第三階層に自重無しの人外が解き放たれた。



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第百二十七話

彷徨えるものが居る。首切りの断罪者と呼ばれるものは己と同じ様にするためか、それともただ恨む故か。手の中の刃を振るい斬首する相手を求めて彷徨い歩く。瞳を失ってなお一人たりとも見逃しはしないと殺意を滾らせる。

 

そんな断罪者の手足が吹き飛ぶ。

 

一瞬の事、僅かに生じていた鎧の罅に寸分の狂いも無く炎の弾丸が撃ち込まれたのだ。しかしそんなことなど断罪者には理解など出来ず、ただ気が付いたら手足を失い、酷くゆっくりと体が地面に向かって落ちていくのを知覚するのみ。或いは瞳が残っていたならば、向かってくる劫火が映りこんでいた事だろう。

 

劫火に呑まれ僅かしか残さず消えた断罪者が居た場所を、地面が焼けている事など気にすることなく疾走するのギルド・フロンティアとコバックに担がれているソロル。

 

現れるモンスター達を蹂躙しながら進む彼らに、ソロルは思わずといった様子で言葉を零す。

 

「なんだこれは」

「なんだって、探索してるんだよ」

「探索、探索? これがか?」

「寧ろそれ以外に何だっていうんだよ」

「いやそれは……なんだ?」

「訊き返すなよ」

 

困惑するソロルに少し呆れを滲ませながら、一瞥もくれる事無く現れたモンスターの手足を撃ち抜いていくローウェン。相変わらず何で見ずに当てられるのか不思議でならないレフィーヤはハインリヒと一緒に動けなくなっているモンスター達に止めを刺していく。勿論、走りながら。

 

「可笑しい。いや強いとは思って居たが。ここのやつらはこんな片手間の様に如何にかできる様な強さではない筈だぞ」

「まぁ、面倒なのはその通りですね」

「面倒?!」

 

止めが自分かハインリヒでないと刺せないなんて面倒と言う他ないだろう。やることが増えて負担になる。もっともその程度ならまだ余裕をもって熟せるのだが。違和感を感じるとか抜きにしても自重なしのローウェンが容赦なく動きを封じてくれるし。

 

なんて考えているうちに次の階へと続く階段が見つかる。確認するように描いた地図を流し見て。

 

「十四階には居ませんでしたね」

「と言う事は必然的にこの上に居ると言う事になるか。一応聞くが、あいつはこの上でも戦える位の術は持ってるんだよな?」

「え、あ、あぁ。勿論だ、そこら辺のモンスターなら囲まれでもしない限りは倒せる」

「囲まれたら?」

「ちゃんと逃げられる」

「なら、何かがあるとすれば。目的の奴と出くわした場合位…と考えていいか?」

「あぁ」

 

頷くソロルにそうかとローウェンは階段を駆け上がりながら言葉にする。

 

「まぁ、流石にここまで来たらもうまだ無事である事を祈るしかないな。十五階に目的の奴が居るし」

「本当か?」

「隠れてないみたいだからな、ここからでもはっきり分かるぞ。十三階のとどっちだか分からなかったから言わなかったけど」

「十三階? おい、其れって」

 

何かを言いかけるソロル。だがそれは閉ざされる。十五階到達した瞬間にそれを感じたからだ。余りに濃い死の気配というものを。

 

「なんだ、これは」

「間違いないねこれは」

「ここに居るぞって主張してますね」

「もうちょっと隠す気とか無いのかしらね?」

「無いからこうなってるのでござろう」

「まぁ、自分最強とか思って隠してないんだろ。それならそうで都合がいいが」

「なんでそんな平然としてられるんだ?!」

 

いやなんでも何もオーバーロードとかフォレストセルとか、あとムスペルとかと比べると大したことないし。なんて言った処で伝わるわけもなし。なんて考えながらコバックがソロルの事を降ろすのを見る。

 

「ここで降ろすのか」

「流石にここからは何時襲われるのか分からないのよ。流石に担いだままじゃ無理が在るしね」

「まぁ、当然だな」

 

頷くソロルが良かったと声を零すのを聞き逃さない。まさか出くわすまで担いだままとでも思って居たのだろうか。

 

「さて、軽く休憩した処で行くぞ」

「わかったでござる」

「休憩? 少し立ち止まっただけな様な」

「急いでんだから息を整える程度で済ませてんだよ。それともがっつり休んでも良いのか?」

「いや……その、助かる」

「ならよし、走るぞ」

 

言葉にするのとほぼ同時に再び駆け出すローウェン。勿論、四人も同じくだ。ソロルが少し遅れたが、ちゃんと付いてきている。少し音は目立つが、気にするほどではない。レフィーヤとて完全に音を消して走れる訳では無いのだから。

 

剣屍を穿ち、幻炎を落とし、断罪者を沈める。変わらず走り続けながら視線を巡らせ、見逃しがないようにしっかりと地図に描き込んでいく。しかし、肝心のリリが居ない。

 

走っても、走っても、走っても。

 

進んでも、進んでも、進んでも。

 

居ない、居ないのだ。ドンドンそれに近づいていると理解できるのに、姿かたちが見えない。いや、いいやもう分かっている。彼女が今どこにいるのか。だから彼らはさらに早くと足を動かしているのだ。間に合うように、出来る限り速く。

 

それでも、酷く時は流れたように思える。死の気配の間近までたどり着くまでに。ローウェンが視線を巡らせる。大丈夫かと問いかけるために。レフィーヤは頷く、自分は大丈夫だと示す様に。しかしと、横目で彼女を見る。

 

酷く青ざめたソロルを。きっと、最悪の事態を考えてしまったのだろう。もう手遅れでは無いのだろうかと。

 

けれど、それでもと彼女は顔を上げて、小さな声で大丈夫だと口にした。

 

「行くぞ」

 

言葉とともに、そこに足を入れた。

 

 

 

 

 

そして、目に映りこんだのは巨大な死者の王と倒れ伏すリリの姿だった。

 



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第百二十八話

「リリ…?」

 

場違いに思える声がソロルの口から零れる。しかしその視線は倒れて動かないリリに向けられており。そして、それが幻でなく、間違いでもないと理解したその瞬間、自身の得物である大鎌へと手を伸ばし。

 

彼女が何かするよりも、それよりも早く動くのは二人。一気に接近するゴザルニとそれをサポートする様に銃弾を放つローウェン。狂いなく撃ち込まれた弾丸はしかし死者の王を僅かに揺らすのみ。しかしそれでも攻撃されたからか、それとも近づいてくるゴザルニを警戒してか、その巨体に見合わぬ軽やかな動きで距離をとる。

 

そして離れたこと等に意識を向ける事無くさらに加速したゴザルニはそのまま、リリを掴み流れるように担いでハインリヒの元まで下がる。

 

「ハインリヒ」

「分かってるよ」

 

口にしながらも手を動かしサラリと状態を確認して応急処置を施していくハインリヒ、とその横で鎌を手に走りだそうとしていたのか前のめりなったまま唖然とした様子で固まるソロルが一人。

 

えぇ、と声を零す彼女を横目にレフィーヤは改めて見るのは、何をするでもなく身構える彼らを見ながら笑い声を響かせる死者の王。

 

隙だらけ、と言う訳では無いが。しかし何故何もしてこないのか分からない。

 

「いやに余裕たっぷりだなおい」

 

流石のローウェンも分からないようで、眉間に皴を作りながら呟く。それが聞こえたのか、僅かに視線をローウェンへと向ける。その視線だけで分かる、明らかに侮っている。

 

が、何故そうなのかが分からない。

 

自分の力に自信があるのか、それとも不死者の指輪とかいうものが在るからこそなのか。分からない、分からないが警戒しないわけにはいかない。

 

そしてやはりか、一番最初にそれに気が付いたのはローウェンだった。死者の王へと向けていた視線を勢いよく下へと向けたのだ。普段であれば致命的と言える隙だが、やはり何もせずただ眺め笑い声を響かせる佇む死者の王。

 

「……あぁ、そういう事か」

 

呟かれる言葉。彼に送れるようにレフィーヤもまた気が付く、地面が揺れていることに。いや違う、さらに正確に言うならば揺らされているのだ、何かによって。そしてもう一つ重要な事がある。その揺れが徐々に大きく、強くなっていることだ。まるで、揺らしている何かが近づいてきているかのように。

 

「来るぞ」

 

地面が吹き飛ぶ。同時に勢いよく黒い煙のようなものが辺りを満たしていく。同様に、敵意と言う圧力も。揺れと音が響く。酷く重い何かが、強大な何かが死者の王の笑い声をかき消すように足音を響かせながら向かってきている。

 

現れた存在に、レフィーヤは思わず息をのんだ。骨の身となった翼、表皮は腐り落ち内臓を覗かせている肉体。どう見た処で死体と言う他ないそれは、しかし驚嘆するほどの生命力を感じさせる。普通ならば在り得ないことだが、それでも可笑しいとは思えない。黒い煙に包まれた中でもしっかりと目に移したその存在。

 

ドラゴンと呼ばれる最強格のモンスターは、死してなお圧倒的な脅威としてそこに居た。

 

翼が機能していないのか、宙を舞うことなく口から腐った息を零しながら自らが生み出した穴から這い出す様に足を踏み出し。

 

大量の銃弾が叩き込まれ、同じように撃ち抜かれ崩された地面と一緒に再び下の階へと落ちて行った。

 

「……は?」

 

さて、その声は誰のものだったのか。それを確認するよりも前に、ローウェンは軽やかに進み出ながら言葉にする。

 

「じゃあ、俺はあっちの相手してくるから。あいつはよろしく」

 

なんて、軽く手を振りながら下へと穴から落ちていく。結構な高さがある気がするが大丈夫なのだろうかと少しレフィーヤは思ったが、まぁ大丈夫かと死者の王へと向き直る。

 

そして死者の王と言えば、呆れた様子で声を響かせた。

 

『愚カナ。ドラゴンゾンビニ一人デ挑ムトハ。余程ノ死ニタガリノ様ダ』

「…あれに同意するのは気に食わないがその通りだ。どれだけ強かろうと流石に」

「まぁ、言っては何だけど弾が尽きたら殆ど出来ることが無くなるものね。ローウェンちゃんは」

「弱点が長期戦闘と金欠ですからねあの人」

「見るからにタフでござろうしな、あのドラゴン」

「長引けば流石にローウェンでも拙いってことだね」

「なんで平然としてるんだお前たちは?!」

 

何故、何故って決まっている。

 

「あれの事、頼まれたでござるからな」

 

なのに、それを達せずに彼の元へと向かったらどうなるか。まぁ普通に考えてドラゴンと死者の王を同時に相手にしなくてはいけないから状況は悪化することになるだろうが。いや、というかそもそもだ。

 

「あの人が負けるとは思えないんですよね」

「普通にドラゴン倒して戻ってきそうよね」

「そして煽ってくるのでござるな」

 

容易に想像できる。出来れば回避したいことだ。だから。

 

「ソロルさん、二人の事をお願いします」

「…大丈夫なのか?」

「えぇ、はい」

 

杖を握り直し印を輝かせる。ゴザルニは刃を抜き、死者の王へと向ける。コバックは前へと踏み出し構える。

 

「ローウェンさんだけではなく。私たちだってギルド・フロンティアなんですから」

「朝飯前でござるな」

「料理によっては凄い時間掛けるものね貴女達」

 

言う必要ない事を口にするコバックに横目で黙っていろと念じながら見る。と、声が響く。

 

『先ホドノ男ヨリモナオ愚カ。コノ死者ノ王タルアンデッドキングニ刃ヲ向ケヨウトハ』

 

音が聞こえる、何かが羽ばたき向かってきている音が。

 

『イイダロウ。モトヨリ我ガ領域ニ許シナク足ヲ踏ミ入レタノダ。平等ニ死ヲ与エヨウ』

 

視線を上へと向ける。そこには巨大な翼が向かってきているのが目に移り込み。

 

「よいしょ」

 

容赦なく放たれた劫火に呑みこまれ叩き落された。

 

『ナッ?!』

「あぁ、すみません。そういうのは結構なので」

 

申し訳なさそうに言葉にしながら満面の笑みを浮かべ言葉を口にし。

 

「王様ならきちんと民の模範として。死人らしく墓の中に戻ってください」

 

欠片も容赦なく劫火を死者の王、アンデッドキングに向かって打ち放った。

 

 



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第百二十九話

『グッオォォォオオァアアアアアアア!!』

 

迫る劫火を前に、アンデッドキングは咆哮を響かせる。呼応する様に死霊が沸き上がり盾となる様に折り重なり劫火とぶつかり、轟音を撒き散らしながら炸裂した。

 

「今、死霊が爆発しましたね」

 

爆弾として使えるのかと確認しながら火球を数発放つ。流石に、焦っていた様子の先ほどと違い視線を鋭く走らせて睨むように見る。すると今度は何処からかボーンアーチャーが、いや少し違う様に見える弓矢を手にした屍が現れて、その肉の無い体を盾にして防ぐ。

 

弾け飛んでいくそれを見ながら、さてどう動いていくかと視線を巡らせながら考えるレフィーヤ。まさかこのまま防戦一方という訳がないと、何をしてくるのかと観察し。新たに現れた屍が、溶けるように消えるのを目にした。

 

自壊したのか、或いはそうなる様にアンデッドキングが何かをしたのか。もしそうしたのだとするならば、次を警戒すべきだろうと身構えて。

 

アンデッドキングの手元へと何かが集まっていることに気が付く。術者でなくともそれが攻撃の為の物であるとすぐに分かる。故に、放たれる前にとゴザルニが動き、複数の屍が彼女に向かって矢を放つ。それを切り捨てながら進むが、僅かとはいえ阻害されてしまった。

 

経験故に、レフィーヤは間に合わない事を理解する。弓を捨て落ちていた折れた剣を片手に突っ込んできた屍を手早く処理しているコバックに視線を僅かに向ける。彼ならば防げないと言う事はないだろうが、見たことのない技を受けてそれで動けなくなっては拙い。だからレフィーヤが術を行使する。

 

術をまるで投げ捨てるかのように放つアンデッドキング。それはしかしレフィーヤの生み出した氷柱とぶつかり合い何かを撒き散らしながら弾けた。詳しくは分からないが、毒性の何かだろうと見てわかる。

 

さてと、それを見てレフィーヤはコバックを見ると。彼もまた視線を向けて頷いて見せた。

 

「なら遠慮なくいきますよ!!」

『ヌッ?!』

 

術を行使し劫火を放つ。即座にそれを感知したアンデッドキングは瞬時に屍と死霊を重ねて防ぐ。どうやら、当たっては危険だと判断されているようだ。実際、それは間違いではなく。これはそう簡単に辺りはしないだろう。

 

まぁ、警戒されているならそれはそれで大いに結構。ただの目くらましでしかないのだから。

 

「足元注意でござるよ」

『ナッ!?』

 

勢いよく駆け抜けながら意識の外に居たゴザルニが一閃。絶叫を上げながらも自らの背後に回った彼女に視線を向けて。

 

「戦いなれてないんですか?」

『?! シマッ‐―――ガァァアアアアアアアアアアア!!』

 

無防備な状態となったアンデッドキングに劫火を叩き込む。吹き飛びながらさらに大きく響く絶叫。其れでも未だに終わらず。怒りを露にし乍らゆっくりと立ち上がるアンデッドキング。

 

を、一気にゴザルニは駆け上がり。勢いよく頭部に刃を突き刺した。

 

 

『キ、サマァァアアアアアアア!!』

「おっと」

 

激高しながら暴れるアンデッドキング。危なげなく離脱したゴザルニを見ながらレフィーヤは小さく呟いた。

 

「中々にタフですね。やっぱり死んでるからなんですかね?」

 

飛んできた矢を杖で叩き落しながらさてどうするかと考えて。とても大切なことを思い出す。

 

『シネェエェエイ!!』

 

考えていた故の僅かな隙に、アンデッドキングは声を轟かせながら術を放つ。先ほどの物よりも速いそれはレフィーヤでは避けられないもの。

 

だが、そもそも避ける必要のないものだ。なぜならばすでに眼前にはコバックが構えているのだから。

 

「そぉーれっと!!」

 

向かってくる術を盾で見事に流して見せた。

 

『馬鹿ナ』

 

まさかこうも鮮やかに流されるとは思って居なかったの、唖然とした様子で固まるアンデッドキング。当然それは先ほどの、誘うためにレフィーヤがわざと見せた隙と違う。故に。

 

確実に、彼女の攻撃が当たる。

 

「アンデッドキング!!」

『?! 貴様ハ!』

 

響く声に、反射的に動く。しかしそれを阻害するように氷が手足を縛る。驚きの声を上げるアンデッドキングの元へと駆け寄るのは多くの死霊を束ね、力へと変えその手の内に持つネクロマンサーの少女。

 

「あなたを――――――倒します!!」

 

リリはアンデッドキングの顔面へと渾身の力を込めて術を…叩き込んだ。

 

『ガ、アァァアアアアアアア――――――――ッ!!』

 

絶叫、悲鳴。いやそれは断末魔であろう響き。音を轟かせながら強烈な爆発はアンデッドキングを呑みこみ、存在感を薄れさせていく。

 

主を失ったからか、崩れ落ちていく屍たち。それを見て終わったのだと崩れ落ちるリリと、慌てて駆け寄るソロル。

 

そんな二人を見ながら、まだ終わっていないかもしれないと警戒を怠らないようにと視線を向けるレフィーヤは。

 

『許サン』

 

憎悪に満ちた、崩れ行くアンデッドキングを見た。

 

『許サン許サンユルサン……絶対ニ、貴様ラダケハユルサン!!』

 

驚愕し固まるリリと庇う様に立つソロル。

 

『キサマ、貴様らキサマ貴様ラヲ、ヲオォォオオォオ』

「喋るならもう少しまともにお願いしまーす」

 

震え、只管に憎しみの言葉を吐き続けるアンデッドキングに劫火を叩き込むレフィーヤ。瀕死を通り越している故にそれが躱せるわけもなく呑みこまれて。

 

 

凄まじい力の奔流を感じ取った。

 

 

「な、なんですかこれ?!」

 

危険だ。それは分かる、だが如何する事も出来ないと理解してしまった。それが全てを捨てたモノであると理解してしまったから。

 

燃え盛る劫火の中、力を吐き出す何かを垣間見る。それは、指輪。

 

「あれ、はまさか不死者の指輪!!?」

 

ルナリア族の秘宝。リリが、その一族が長き時を経て尚、取り換えさんとしたもの。それが輝きを増しながら宙を舞う。

 

『許サヌ。貴様ラヲ許サヌ。コレヲ、秘宝ヲ失ウナド認メヌ。我ノ手ヨリ零レ落チルナラ。諸共ニ滅ボシテクレル!!』

 

誰かが、無いかを叫んだ気がした。光が暴力的な力となって満ち溢れ。逆にレフィーヤの意識がゆっくりと闇へと落ちていくのを感じ取る。そして、何もかもが落ちるその間際、最後に目のしたのは。

 

 

一発の弾丸が、指輪を撃ち抜く光景だった。

 

そして意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐへぇ」

 

頭部に強い衝撃。瞬く視界に、こんな風に術を仕込んだつもりはなかったのにと、如何してこんなことになったのか考えながら起き上がり、今いる場所が第三階層の中で無い事に気が付く。と言うか見慣れない様な、見慣れたような場所だった。

 

目の前にベットがある事から、寝かされていた自分はあそこから落ちたのかと理解して。

 

「………あれ?」

 

気が付いた、いや思い出したのだ。ここがどこであるのかを。しかし、どういう事なのかまだ把握できていない。出来ていないから、レフィーヤは窓から外を見た。

 

外の景色には、世界樹は存在しなかった。しかしそれは当然だろう。彼女が今いるのはアイオリスの街ではなく。

 

 

迷宮都市オラリオなのだから。

 



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第百三十話

迷宮都市オラリオの誇る最強の一角たるロキファミリアが本拠、黄昏の館。多く存在する部屋の内の一つでレフィーヤはベットに座り込み頭を抱えながら唸っていた。

 

「…どういう事なの?」

 

いや考えれば思いつくことではある。いつの間にかアスラーガの迷宮に居たのだから、これまた気が付けば元の場所に戻っている可能性がある事を。だが、しかしだ。もう少しタイミングとかあるだろう。原因が分かっていなかったのだから仕方ないとは言えるが。いや、そんなことはどうでもいい。同じく意味も原因も分からないけど無視することができない事。それは現在レフィーヤが。

 

「服……どこ?」

 

全裸であると言う事だ。これには困惑する他にレフィーヤ。幸いなことに同居人がすでに出た後なようで服を着ていたはずのレフィーヤがなぜか全裸でベットから転げ落ちるというパニック確実な光景を見られることはなかったが。

 

まぁ、全裸である事に変わりないのだから慰めにはならないが。

 

「しかし、何で服だけ?」

 

いや服が無くなったのではなく、服だけが向こうに残された、と言う事なのかもしれない。全くなんて不親切な謎現象なのか。向こうに放り込んだときはちゃんと服と一緒だったのに。

 

まぁしかし、このまま唸っていてもただの痴女でしかない。肌寒いしいい加減服を着るかと思い立ち上がり。

 

「……どこだっけな」

 

見つけるのに少しだけ時間が掛かったそうな

 

 

 

「お、やっほーレフィーヤ!!」

 

廊下を歩いていると背後から声を響く。はて誰だろうかと振り向き。

 

固まった。目に映る人物の名前が出てこない。この、えっと。褐色で天真爛漫と言う言葉がよく似合う様に思える、悲しくなる程に胸のない……ない?

 

「……あ、ティオナさん」

「何その間?」

 

首を傾げるティオナに、大したことでは無いと口にする。実際、嘘はない。

 

「ただ少し名前が記憶から吹っ飛んでただけですから」

「其れ大したことだよ?! 何があったの?」

「だから大したことじゃないんですって。ベットから転がり落ちただけですし。頭から」

「いや、記憶が飛んでる時点で大したことだよそれ」

 

大丈夫かと心配するティオナ。その気持ちが心に染み渡り少しだけ癒されたレフィーヤだった。しかしあんまり心配させすぎるのもどうかと思ったので、確実に納得させる事のできる言葉を口にする。

 

「でも大丈夫ですよ。だってアイズさんは忘れてませんから!!」

「ブレないねレフィーヤ」

 

ならまぁ大丈夫かと納得するティオナに、本当に納得されてほんのり納得いかないレフィーヤ。まぁ、そんなことは良いとしてだ。

 

「アイズさん今どこに居ますか?」

「アイズ? アイズならって今の時間は食堂でしょ、何言ってるの?」

「食堂、成程食堂なら確実に会える。そう絶対に!!」

「何か可笑しいけど。若しかして今日はまだアイズに会ってない?」

「え? まぁ、そうですね」

「まさかそれがって流石に……うん」

 

無い、とは口にしなかった。おい、ティオナと言う人物にとってレフィーヤ・ウィリディスと言うのはどんな人物だと思って居るのかと。流石にアイズに会えていないというだけで調子が可笑しくなるなんて事はない。多分。

 

「まぁ、取り合えず食堂に行こ!! こんなところで徘徊してないでさ」

「ちょ、ティオナさん引っ張らなくても」

「良いから良いから」

 

そう言いながらレフィーヤの手を引いて歩くティオナ。言葉ではそういっているが、内心ではホッと息を吐く。食堂への行き方を忘れていて彷徨っていたレフィーヤからすれば渡りに船というものなのだから。勿論口にはしない。

 

胸がないという事で名前を思い出したと言う事と一緒に、心の奥底にしまい込むレフィーヤだった。

 

 

 

黄昏の館の食堂。そこにはロキファミリアの団員が集い、語らい、食事を楽しんでいる。そんな場所の一角で、レフィーヤは震えていた。

 

「おぉ……アイズさんだ!」

「如何したのレフィーヤ?」

 

何か言っているがそれどころではない。なんというか、懐かしい。久しぶりに見ると凄い美人だ。まぁ、それだけだけれど。

 

其れよりも気になるのが二人の視線だ。何故かレフィーヤがこれから食べようとしているものに注がれている。別に可笑しなものではない筈なのだが。と、ティオナが恐る恐ると言った様子で言葉にする。

 

「あぁー……レフィーヤ。それ、すっごい辛い奴だよね?」

「え、あぁはいそうですけど」

「大丈夫?」

「何がですか?」

 

先ほどと違う意味で心配するように見るティオナとアイズ。何故、辛い料理を食べようとしてそのような視線を向けられなければいけないのか。だからどうしたという話だが。

 

取り合えずそんな視線を無視して匙を取り、一口。あ、なんて零れた声を聴きながらレフィーヤは噛み締めて。固まった。

 

「あぁもう、言わんこっちゃない」

「はい水」

 

やはりかと言わんばかりに額に手を当てるティオナと水を差し出すアイズ。だが、そんな二人に反応を示さないレフィーヤは少ししてからふっと息を吐いて。

 

舌打ちをした。

 

「え?」

「レフィーヤ? 如何したのレフィーヤ?」

「いえ大丈夫でお気になさらず。ただ、辛くすれば良いってもんじゃないぞクソがって思っただけなので」

「本当に大丈夫レフィーヤ? なんか様子が可笑しいけど」

 

大丈夫か? 大丈夫じゃない。こんな辛味を冒涜しているかのような料理を食べて大丈夫なわけがない。今すぐにこれを作った人の所に行ってぶちのめしたいほどにレフィーヤは憤っていた。

 

まぁ、残したらそれ以下になってしまうとレフィーヤは黙々と料理を詰め込んでいく、眉間に皴を作りながら。

 

「レ、レフィー……ヤ?」

「……ちょっと外に出てきます」

 

掛けられた言葉を無視して完食し、立ち上がりながらそう言って足早に食堂から出ていくレフィーヤ。何か聞こえた気がしたが現在のレフィーヤの機嫌は最悪なのでこれもまた無視する。そう、最悪なのだ。美味しくもない辛いだけの料理を食べてしまった所為だろう。気分が悪いのも、言葉にできない不快感を感じるのも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってきた事に酷く落胆してしまったのも、その所為だ。

 

そうでなければ…いけない。



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第百三十一話

「あぁー」

 

晴天と呼ぶにふさわしい空をベンチに座りながら眺め、声を零すレフィーヤ。しかしその心の内は空とはまるで逆の曇天。或いは今、彼女の心を占める感情を言葉にするならば一言。

 

気持ちが悪い、だろう。何がと言えば三つ程。

 

その一、自分の体なのに感覚のズレている事。とても動きにくい。

その二、時折感じる良く分からない視線。覗きだとしたら趣味が悪い。

 

そしてその三、オラリオの真下。ダンジョンのある場所に存在する酷く淀んだ邪悪と言う他ない気配を漂わせる悍ましい何か。吐き気がする程だ。

 

その一とニは別に言い。ズレは調整すればいいだけだし視線は無視すればいい。が、気配が駄目だ。生活を脅かすものだ、吐き気的な意味で。道を行き来している多くの人たちはよく平然としていられるものだと感心してしまう程だ。

 

「……どうしよう」

 

いやどうしようもない。如何にかすることなど出来ない。何かを取り除けばそれで済む話だが、それがとても難しい。

 

まず、気配がダンジョンからするというだけで具体的な位置が分からない。見つけ出すだけでも一苦労どころか数代にわたっての事に成りかねない。

 

そして見つけられた処で倒せないという致命的な事実が存在する。恐らくオラリオに存在する全ファミリアが総出で挑んでも駄目だろう。感じ的に、フォレストセルと同等かそれ以上の厄災だろうし。

 

因みに、駄目だと判断したのは立地的な意味でだ。ダンジョン内の何かが這い出てくるだけでオラリオが壊滅しかねない。なんでダンジョンの真上に街なんて造ったのか。それとも或いは、何かを封じるために造ったのか。とても在り得そうで困る。

 

現状、終わっているのではないだろうか? 助けて上帝。

 

 

 

息を、吐く。

 

「駄目だ。気が滅入りそう。別の事を考えよう」

 

さて何を考えようかと手の中の小さな氷を転がしながら考えて、何気なく視線を氷に向ける。当然、それは転がっていた物ではなく。レフィーヤが作り出したものだ、印術で。

 

「やっぱり、夢……では無い、か」

 

何から何まで夢だったなら印術なんて使えるわけもないだろうし。まぁ、なら全部現実だったのかと言えば、自信がない。ティオナやアイズの反応を見るに、寝て起きて。その程度の時間しかこちらでは経過していないように思えた。向こうで過ごした一年と少し。其れほどの時間が経過していればもっと違った反応をしていただろうし。

 

しかし、一年と少しと考えると半年に一回は世界規模の厄災と相対していたのかと、驚くレフィーヤ。波乱万丈なんてレベルじゃないぞ。

 

と、思考が横にズレたのを修正。夢かどうかを考える。まぁ、個人的には夢ではなく現実であってほしいレフィーヤ。あんなに楽しかった冒険が、全部嘘だったなんて思いたくないから。

 

「……はぁ」

「おっとそこの君! どうかしたのかい?」

 

ため息を吐くレフィーヤに、声がかけられる。突然なんだと視線を向けるとそこには一人の少女が経っていた。小さいけど大きい、ツインテールが特徴的な少女が。しかしティオナや主神であるロキが見たなら怒り狂いそうだなと思う。というかなんだあの紐は。

 

「どうかしたって言われましても。と言うか貴女は?」

「おっとそうだった名乗ってなかったね。僕はヘス、ヘス…ティア、ヘスティアだ!!……あ、これでも神様だよ!!」

「そうですか」

 

言われなくても神であるというのは分かっていた、明らかに他の生物とは違っていたし。まぁ前ほど超越存在とは思えないレフィーヤだった。ぶっちゃけ超越具合ではオーバーロードの方が上な気がする。というかなんで自己紹介であんなに間ができたのか、まるで慣れていないかの様じゃないか。

 

「私はレフィーヤ・ウィリディスです。よろしくお願いします神ヘスティア」

「うん、よろしく!!」

「で、なんで私に話しかけたんですか?」

「其れは君が悩んでるように見えたからさ!」

「そうですか…で、本当は?」

「いやだから」

「言わないと毟りますよ?」

「何を?!」

「なにって……髪を、ですかね」

「髪を毟るって神をも恐れぬ事を!?」

 

慄きながら頭、正確には髪を守る様に手をやるヘスティア。その際凄い揺れてたがそれはどうでもいい事だ。

 

「まぁそれは冗談として」

「じょ、冗談? そうか冗談か。は、はははは……なんで今、嘘ついたのかな?」

「さぁ?」

 

レフィーヤは、どこぞの人外がしたのと同じように満面の笑みを浮かべた。周りから一気に人が離れていくが気にしない。ヘスティアがとても青ざめているが気にしない。

 

「で、本当はどんな目的で話しかけてきたのか…教えてくれますか?」

「イエス、マム!!」

 

見事な敬礼をしながら、彼女は語り始めた。

 

「実は僕、つい最近来たばかりでね。今は知り合いの、へ、あぁー、そうヘパイストス、じゃなくて」

「ヘファイストス様の事ですか?」

「そうヘファイストス!!」

「名前を間違えるのって。え、知り合いで? まさか本当にお互い知ってるだけとか?」

「何を言ってるんだい、ヘパ、じゃなくてヘファイストスと僕は間違いなく神友だとも……そう、僕は思ってるけど」

「悲しくなる言い方ですね。そんな事言っても私が喜ぶだけですよ?」

「そうかって喜ぶのかい?!」

「それはもう」

 

爆笑するところだろう。とは流石に言わずに手で続きを求める。一瞬、何か怯えが見えたが気の所為だろう。

 

「え、あぁ。それで、そういえばまだオラリオの街を探索して無い事に気が付いてね。それで街を歩き回ってたら。何やら悩んでる様子の君が居てね。これは、チャンスなのではって思って」

「何がですか?」

「その、悩み事を聞いて、何とかしてあげればえっと…ファミリア? に入ってもらえるんじゃないかなぁ、って思って話しかけました、はい」

「成程、因みに現在のファミリアの団員数は?」

「居ません」

「…そうですか。まぁ、欲望まみれだったのは良いとしてですね」

「君はさっきから抉る様に言ってくるね? 楽しいのかい?」

「凄く」

「お、おう。あれ、話しかける相手を間違えたかな?」

 

なんて呟きが聞こえた。まぁ、その通りだと言う他ないだろう。

 

「言っておきますけど。私、もうファミリアに所属してますよ」

「え、あぁ、そうなのかい?」

「はい、因みにロキファミリアですよ」

「ロキファミリア、ってオラリオ最強の一角じゃないか?! 君、若しかして凄い?」

「さぁ、何とも言い難いですね」

 

今の自分がどの程度なのか分からないのだからそうとしか言いようがない。

 

「そっかぁ、其れじゃあ確かに無理だね。うん、なら仕方ない」

「えぇ」

「じゃあ何を悩んでいたのか教えてくれるかい?」

「はい?」

 

何を言っているのかと、思いながら見ると。彼女は首を傾げながら言葉にする。

 

「はいって、別に可笑しな事じゃないだろう? それとも、僕がそう言った目的でなく悩みを訊いちゃいけないのかい?」

「そういう、訳じゃないですけど」

「なら吐き出しちゃいなよ。ファミリアに居るからって、なんでも話せる訳じゃないんだろう? だからこんな処で悩んで…あれ、若しかして悩んでなかったとか?」

「あぁ、それは」

 

違う、とは断言できない。悩んでいたと断言も出来ないが。しかし何故、と疑問に思いながら見て。あぁ、成程と理解した。他人でしかないレフィーヤの事を本気で心配しているのだ、目の前の神は。

 

こんな善性の人物は初めてだと、思わず笑みが零れる。まぁ人じゃないけど、それはどうでもいい事だ。何故か浮かべた笑みに反応して震えたが。それはそれ。

 

「まぁ、そういうなら話を聞いて貰ってもいいでしょうか?」

「お? おぉ、良いとも! どんとこいだよ」

「はい。っと、流石にこんな場所ではあれですね。何処か良い場所は」

「其れならあそこだ。あそこが良いよ。教会が良い! やっぱり相談事と言ったら教会だ! さぁ行こう!!」

「なんですかその拘りは?」

 

まぁ、別に嫌と言う訳では無いが。神が教会で人の悩みを聞くとは、いつも通りだった。なんて事を考えながら、スキップしているヘスティアの後を追う様に、レフィーヤは歩く。

 

 



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第百三十二話

「教会! ちょっと荒れてる気がするけど間違いなく教会だ!」

 

外れた場所に立つ教会、そこでヘスティアはそう言いながら喜ぶように跳ねて、そして視線をレフィーヤへと向けて。

 

「それで。…君は何をしてるんだい?」

「お気になさらず、場を整えているだけなので」

「そ、そうなのかい?」

 

はい、と頷きながら手を動かし印を床に削りながら刻んでいく。教会でこんなことしていいのかと一瞬だけ思ったが、出来る限り装飾に見えるようにしているからそれで許してくれ。漂ってくる悍ましい気配を何とかしないと落ち着いて話など出来そうにないのだから。

 

まぁ、気配を遮断するなんて事したことないし、本当に気持ち程度の変化しかないだろうが、何もしないよりはましだ。いざと言うとき爆弾代わりにもなるし。

 

「と、こんなものかな?」

 

さっと確認してから手を軽く叩き術を行使する。すると少しだけましになった・・・気がする。まぁ、こんなものだろうと軽く肩を竦めてから汚れが目立つ椅子へと腰かけた。

 

「はぁー」

「えっと、何をしたんだい? なんか軽くなったというか」

「そうなる様にしたので。まぁ、誤差の範囲ですけどね。気のせいと言われたらそれまでですよ」

「でも、まさかあれの」

「あれ?」

「ああいや何でもないよ!! それよりもほら相談相談!!」

「露骨に逸らしましたね。まぁ良いですけど」

 

後で訊けばいいし、と。さて、それで相談だ。悩み事を言葉にすることだ。しかし悩みとは何だろう。改めて考える。自分は何に悩んでいるのか、何を思って居るのかをレフィーヤは考えて。

 

「……不思議な体験をしたんですよ」

「不思議な?」

 

在った事を、言葉にすることにした。

 

「気が付いたら全く知らない場所で寝ていたんですよ、私」

「気が付いたらって、攫われたってことかい?」

「多分、違うと思います。攫うとかそういうのができる距離じゃないと思いますし」

 

あそこは別の世界です、なんて言われても否定できない場所だったし。

 

「そこでまぁ、色々あったんですよ」

「色々って」

「全部話してたら日が暮れちゃいますし」

 

けど、それだけで済ませるのもあれかと、少しだけ話す。

 

「でもそうですね。ある人に助けられて、冒険しないかと誘われて、技術を身に着けて、仲間を集めて、冒険に出て」

「仲間、っていうのは。ファミリアみたいなものなのかい?」

「ファミリア……ではないですね」

 

どう考えても家族って感じではない。

 

「本当に、色々在ったんですよ。其処にもあった迷宮に挑んだり、街救ったり世界救ったり。旅に出て他の街に行ったり世界救ったり」

「めっちゃ救ってる」

「ですよね」

 

と言っても二回なのだが。それだけとは言えない。寧ろ二回も、と言うのが正しいだろう。

 

「まぁでも、楽しかったですよ。モンスターと戦ったり、景色を眺めたり。一番良かったのはそこに聳える大樹を眺める事でしたけどね」

「大樹?」

「えぇ、世界樹。なんて呼ばれてましたよ」

「世界樹?! 世界樹が在るのかいそこは」

「えぇはい」

 

頷くと、そうかと少し考える様な仕草をするヘスティアに、レフィーヤは少し目を細めてみる。さて何を考えているのかと思いながら、話を続ける。

 

「で、二つほど世界樹とそれに関係する迷宮を踏破しまして」

「さらっととんでもない大偉業を語るね」

「オラリオのダンジョンよりは楽でしたよ」

 

アリアドネの糸とか樹海磁軸とか、オラリオのにはない便利なものが在ったし。仲間がキチガイだったし。まぁ行き来に無駄な時間を取られなかったというだけで難易度と言う意味ではそう変わらないだろうけど。

 

「それでまた新しい場所で冒険してて、それで……気が付いたら戻ってきてたというか。まぁ、良く分からないんですよね」

 

本当に何故だろう。これと言って可笑しなことは無かった筈だが。精々、アンデッドキングが不死者の指輪を爆弾代わりにしようとしたくらいか、いや違う。もう一つ在った。それがそうなのかは分からないがしかし若しかしたら、あの違和感がそうだったのかも知れない。在り得そうだ。

 

「それで?」

「はい?」

「君は何を悩んでたんだい?」

「それは…それ、は」

 

言っていいのだろうか。心の奥。本音とも言えるそれを。関係ないとはいえ、それでも口に出していいの類のものではない。無いのだが。

 

あぁ、けれど。言葉が止まることなく零れ落ちた。

 

「ヘスティア様」

「なんだい?」

「私は此処に、オラリオに戻ってくる事を冒険する理由の一つにしてたんです」

「そうか」

「それで、まぁこの通り戻ってきたわけですが」

「うん」

 

「その時、私。落胆したんですよ」

 

「…え?」

「目的が達成できたことよりも、自分の意志で戻って来れた訳じゃないことに、心底がっかりしたんです」

 

あぁ、酷いものだ。帰って来れたと思わずに、帰ってきてしまったと思うなど。

 

「本当に、何時の間にかひっくり返ってたんですよね。帰るために冒険してたのに・・・あぁ、いや。そうじゃなかったか」

 

帰る為に、それを良い訳みたいに理由にして冒険を楽しんでいた。そう考えると、あぁ。レフィーヤ・ウィリディスと言う少女は。

 

「私は、帰ってきたいなんて思って無かったのかもしれません」

 

最初はどうだっただろうか。もう分からない。

 

「…ここが、オラリオが嫌なのかい?」

「そう言う訳じゃないですよ。オラリオのダンジョンは魅力的ですし」

 

思い浮かべてみる。

 

茶目っ気の強い神に背を押され。頼れる仲間と尊敬している、尊敬していた筈の先輩。彼等と一緒にダンジョンへと挑む。実に良い。けれど、しかし。

 

「それじゃあ駄目なんですよね、私」

 

そも、憶えているオラリオの冒険者とは恩恵を受け、戦い、経験を積み、格上の存在と相対し、勝利し、それを偉業としてレベルが上がって、初めてさらに先へと奥へと進むのだ。

 

 

なんだそれは馬鹿じゃないのか?

 

 

それのどこが冒険なのか。本当にダンジョンに、未知に挑む積りが在るのか。

まさかどんな事が起こっても対応できるように先にレベルを上げていると言う事なのか? 

それとも負けてもレベルが足りなかったからなんて言い訳をする為なのか?

 

それこそ馬鹿の極みではないか。

 

分からないからこその未知だというのに。大体レベルを、神の恩恵をむしり取ることのできるモンスターが現れたらどうする積りなのか。

 

と、そこで深く息を吸って、吐く。随分とズレてしまったから。詰まり結局どういう事かと言えば。

 

「神様頼みのダンジョン探索が、とても気に入らない」

 

そう、現状のオラリオの冒険者は神が手を貸して初めて成り立っているのだ。何かに頼りきりで未知に挑むなんて考えたくもない。

 

しかし、よく考えれば恩恵を毟るとは言わないが無効化できるモンスターが居ても可笑しくは無いのだろうとレフィーヤは思う。ただ単に、まだ人々がそこまでたどり着いていないだけで。

 

言った処で笑われるだけだろうが。

 

「えっと、要するに…あれだ。君はファミリアから抜けたいのかい?」

「いえ全然」

「あ、そうなのか」

「えぇ。それに、恩を仇で返す様な事はしたくないですし」

 

目の前の神、ヘスティア以外には誰にも言っていない。けれ邪魔だと、そう思ってしまった時点で恩知らずと言わざる負えない。けれど、それでもこれ以上多くの恩があるファミリアに、仇を返すのではなく。ちゃんとした恩返しがしたいと思って居る。

 

けれど。

 

「あぁ、でもまた」

 

そう、また気が付けば

 

「あの人たちの居る場所に居たなら……とても、嬉しいですね」

 

また冒険できるのだ、あの仲間たちと。心が躍るというものだ。

 

「そんなことを思ってる時点で恩知らずなんですけどね!」

「そんな事は、ないと思うけど」

「いえ。私が、そう思って居るんです」

「そうか、いやそうだね。それは君が決める事だ」

 

頷きながら、ヘスティアは言う。

 

「これは、僕にはどうしようもない事だね」

「でしょうね」

 

寧ろ、如何にかできたら驚く処の話ではない。

 

「うん、これは君たちが話し合って。君自身が決めるべき事だ」

 

だから、そう言いながら髪を止めるリボンを一つ解き、レフィーヤへと手渡す。

 

「え、あのなんで……は? え、なんで??」

 

何故、これを渡すのかと問いかけようとして、そのリボンが何であるのかを理解しさらに困惑する。だって、そのリボンは。

 

「だから僕は、切っ掛けになるとしよう」

「あの」

「さぁ、レフィーヤ・ウィリディス」

 

言葉にする前に、ヘスティアの手が視界を覆い。

 

「夢を、見るんだ」

 

僅かに感じた神威に、一気に意識が遠のいて。

 

 

 

 

 

何故、アリアドネの糸で編まれたリボンが在るのかを問い掛ける事も出来ずに、意識は途切れた。







「さてじゃあ、僕も行こうかな。確か……あっちか。ロキファミリアの、黄昏の館は」


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第百三十三話

「はぁ、あぁ、辛い。もっと体動かして慣れておくべきだった。思ったよりも近くて助かったよ……ふぅ、っと。あぁ……そこの君、ちょっと良いかい?」
「なんだあんた?……いや、貴女は」
「お、気が付いたのか。なら話が早い」

「ちょっと、ロキに会わせててくれないかな?」







星空が広がっていた。

 

何気なく下を見ると、地面と言えるものは存在せず。宙に浮いているような状態だった。辺りは夜の様に暗く。だからこそ星々の光が美しい。

 

まぁ、つまりどういう事かと言うと。

 

「どういう事なの?」

 

まるで意味が分からないと言う事だ。何故、どうしてこんな事に成ったのか。いや、これまでと違って分かることが一つある。

 

ヘスティアが何かをしたからここに居ると言う事だ。具体的に何をしたのかは分からないが。それだけでも分かると随分と違うものだ。これで三回目と言う事もあってとても落ち着いてられる。

 

落ち着いて居られたからこそ気が付けることもある。例えば、今ここに居るのはレフィーヤだけでは無いと言う事だ。

 

「でしょう?」

『気が付いていましたか』

 

何処からともなく声が響き、ゆっくりと光が集まり始める。それは、確かな意思を感じさせるその光はゆっくりと形を変えて、そして。その姿を見たレフィーヤは目を見開き。

 

「死ねぇええええ!!」

『ほぉああぁあああ?!』

 

反射的に拳を叩き込んでいた。でも仕方ない事なのだ。光が形作った姿が。

 

 

栗鼠、だったのだから。冒険者なら反射的に殺しに行っても仕方の無い事だ。

 

 

「と言う訳で許してください」

『反射的にって……おかしいでしょう』

「冒険者なんてそんなものですよ」

『冒険者怖い』

 

言いながら震える栗鼠。一般人なら可愛いと思うところだが、残念な事にレフィーヤは立派な冒険者、その姿に疑いを持つことしかできない。まぁ、それは良いとして。

 

「それで貴方は…あぁ、何ですか?」

 

かなり失礼な質問ではあるが、間違ってはいないだろう。光から栗鼠になるなんて生物と言っていいのか分からないのだから。

 

『何、わたしが何なのか。そう、ですね。ただ力が意思を持ったもの、としか言いようがありません』

「力が…栗鼠なのに?」

『あぁ、それは長く存在する為の処置です。ただ力の塊のままで居ると徐々に失われて行ってしまい、最後には霧散してしまうので。こうやって何かしらの形を取っているのです。この状態ですと、失われるものよりも得る方が多いので。自爆まがいの事でもしない限りはずっとそこにある事が出来るのです』

「要するに、水が零れないようにコップに入れているのと同じ、なんですかね?」

『大体は、そのような感じです。まぁ、この技術自体はある方の保有していたものを元にしているのですが』

 

成程と頷きながら、改めて見る。どう見ても栗鼠にしか見えないそれを、しかし少し見方を変えれば分かる。ぞっとする程の力が渦巻いている事に。そして、それはとても覚えのあるものだった。まだ、断言ではできないが。

 

ある方というのは気になるが、それは置いておくとして。

 

「それで、此処は何処なんですか?」

『ここですか? ここは宇宙、と言っても伝わらないでしょうし。そうですね、空の上、と言った処でしょうか』

「空の、上」

『えぇはい。生物が存在する事の出来ない場所』

「それ、栗鼠になって大丈夫なんですか?」

『見た目がそうなだけで根本的に力の塊でしかない事に変わり在りませんので』

「私は?」

『肉体の無い、魂だけの貴女には関係の無い話ですよ』

「そうですか……は?」

 

聞き捨てならないというか、聞き間違いであってほしい言葉が聞こえたレフィーヤは言葉にする。

 

「え、魂だけ…なんですか?」

『えぇはい。一応、今は保護されていますが、そこには肉体はありません』

「在り得るんですかそれ」

『割と、魂と肉体とに齟齬があると』

「齟齬…?」

 

まさかやけに動きにくかったのは其れの所為なのかと思い考えていると。

 

『ごめんなさい』

「え、なんで突然謝るんですか」

『わたしの所為だから』

「それって。その、齟齬の事ですか」

『それだけではありません』

 

そして少しの間、言葉にするのか考えている様に見える。が、覚悟を決めたのか、言葉にする。

 

『貴女が、別の星に居たのは…わたしの所為』

「別の星って…いえ、それってまさか」

 

理解出来た訳では無い、だが察した。どういう意味なのかを。

 

「気が付いたらアスラーガの迷宮に居たのって」

『えぇ、はい。わたしの所為です』

「貴方が、私を? なんで?」

『意図した事ではありません。事故のようなものですが、けれど原因は紛れもなくわたしです。わたしが、あなたと繋がりを持ってしまっていたから。あなたは巻き込まれてしまったのです』

「成程」

 

予想外の事が連続しているというのに、レフィーヤは自分でも驚くほど冷静に頷き。

 

「つまりムスペルが悪いって事ですね!!」

 

訂正、全く冷静では無かった。ただアスラーガ近くに居たからと言うだけで完全に八つ当たり気味に名前を上げられたムスペルは。

 

『よく、分かりましたね』

「ぇ?」

 

まさかの正解だった。驚き固まるレフィーヤに、しかし止まらずに語り続ける。

 

『ずっと昔、技術や知識を求めて、わたしがあの星に初めて訪れた際に彼女に、ムスペルに捕まり多くの力を奪われました。その時はあるお方のお陰で助かりましたが、それ以来、星の行き来にある道具が必要に成ってしまいました』

「……うん。それで、その道具と言うのは?」

『アリアドネの糸。使用者の、帰るべき場所への導となる不思議な道具』

「あぁ、あれですか」

 

何となく納得した。しかし、帰るべき場所にという割には試したときにオラリオへと帰れなかったのはどういう事なのかと。

 

『それ以来、戻る為にわたしは場所や、人や物と繋がりを作りより確実に帰れるようにしてきました』

「場所……場所は分かりますけど、人?」

『普通に使うのは必要ないのですが、余り距離が離れすぎると目印も必要に成るのです』

「あぁ…それで私が? でも何故、私なんですか?」

『単純に、相性の問題です』

 

それを言われたらもうどうしようもない。偶々相性が良かったのがレフィーヤだったと。そういう事なのだから。

 

『話を戻します。そうして助かったわたしはこの姿で休養を取った後、星と星とを行き来しながら時折、手にした技術と知識を帰還して報告していました。けれど、ある時何かに引っ張られる感覚を覚えたのです。その時は大したことは無いと思って居たのですが、急に凄まじい勢いであの星に引き寄せられたのです』

「あぁそういえばムスペルはそういった事してきましたね」

 

そこまで強力では無かったけれど、目の前の存在を引き寄せるのにかなりの力を消耗したのだろうか。

 

『えぇはい、そしてなんとか捕まらずに済んだのですが。そこである事に気が付いたのです』

「それって、もしかして」

『貴女が居たのです。それも魂だけの状態で』

「……それ、大丈夫じゃないですよね?」

『えぇはい。放置すれば消滅しかねません。印である貴女がそこ居る事に気が付いたわたしは、このままではいけないとわたし自信の内にある力を元に魂を入れる器、つまり肉体を形作り、納めました。服に関しては流石に無理だったので、少し無理をして元々の体が纏っていた物を取り寄せましたが』

 

全裸だった理由はそれか。というか。

 

「服を出来るなら普通に体を持ってくれば良かっただけなのでは?」

『いえ、先ほども言ったように魂は肉体と齟齬が在れば抜け出てしまう可能性がありますが。そもそも齟齬が起こることなど滅多にありません。なので、体を取り寄せて入れたとしても、齟齬の原因が分からない限りは何らかの拍子に抜け落ちるか分からないのです』

「成程」

 

そう言う割には、自作の体からも抜け落ちていたが。いや、不死者の指輪というとても魂に影響がありそうな物の放つ光を浴びたなと。それが原因か。

 

「オラリオに返したのは貴方なんですか?」

『違います。それに関しましては、いつの間にかそういう風になる様に手が加えられていたとしか』

 

誰がだと思った。一体誰がそんな事を出来るのかと思った。一人出来そうな存在が居るけど。

 

『と、そろそろ大丈夫ですね』

「何がですか?」

『場所の割り出しです。幾ら保護されているといっても何時までもここに居るわけには行きませんので。戻る為に先ほどから行っていたのです』

「あぁ、成程」

『えぇはい。幸いな事に、貴女はアリアドネの糸をお持ちな様で。それを使えば問題なく戻れるでしょう』

「そういえばそうでしたね」

 

魂だけなのに何で持っているのだろうと思って居たが、まぁそれは戻ってからヘスティアに直接聞けばいいだろう。そう、戻ってから。

 

ふと、気になったことを問いかける。

 

「ここって、どこ等辺なんですか?」

『はい?……あぁ、そうですね。丁度、貴女が居た二つの星の中間辺りですね。戻るのには問題ない筈ですよ』

「そうですか……そう、ですか」

 

何気なく手の中のリボンを、アリアドネの糸を見る。そして考える。

 

 

 

帰るべき場所ではなく、自分が帰りたいのは……何処なのだろうかと。

 





「いきなり女神が訪ねてきたちゅうから何事かと思ったら。ドちびかい、なんの用や」
「う、うん。まぁちょっとね。そうか、君かぁ」
「あ?」
「いや、こっちの事だから気にしないで良いよ。何が用かといえば、ちょっとやってほしい事が在ってね」
「やってほしいことぉ? なんでうちがドちびの言う事聞かなあかんねん」
「そう言わずに、君のファミリアの子に関わる事だから」
「あん? うちの子に」
「そうだ。それに、そう難しい事じゃない」


「ただ夢を見るだけだから」
「は?」


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第百三十四話

揺らめくリボンを見ながら、レフィーヤは考える。自分が本当に帰りたい場所は何処なのかを。いや、考えるまでも無いのだろう。けれど、其れを口にしてはいけない。

 

「他にも訊いていいですか?」

『えぇはい、どうぞ』

「向こうの、星? に在る貴方が作った私の体はどうしましたか?」

『そのままですよ。元に戻すこともできますが、いきなり消えたら騒ぎになりますし。尤もそういった事をする前の考えている段階で貴女がまた放り出されたのを認識して急いできたので放置している様な状態ですが』

「そうでしたか」

 

一理あるというか目の前で無かったとしても消えたらどういう反応をするのだろうかと少し考えて。あの人外だったらそれだけで答えに辿り着きそうな凄みが在るな、なんて。未練ばかりかと思わず笑う。

 

『…貴女は戻りたいのですか?』

「どっちにですか」

『それは』

「あぁいえ、言わなくてもいいですよ。自覚してますから」

 

分かっている、分かり切っている。

 

「そうですね。戻りたいですよ。あの人たちの所に」

 

一日も経っていないというのに、こんなにも求めている。優しかったなんて言えない、辛くなかったとも言えない。けれど。

 

「楽しかったですからね」

 

本当の意味で自分で進んでいるのだと思えていた日々。いや、先程の言葉を聞く限り体は少し特別だったのかもしれないが。

 

どうせならもっと凄い感じでも良かったのでは無いだろうかと思わなくもない。毒が効かないとか、身体能力が凄いとか。

 

「どうなんですか?」

『はい?』

「貴方が作った私の体ですよ。もっと凄い感じにできなかったんですか?」

『凄いですよ? 凄い馴染む様にしましたから』

 

そういう事ではない。確かに凄く馴染んでいたけれど、本来の体以上に動きやすかったけれど。

 

『それで、どうしますか?』

「何を、なんて訊くまでもないですよね。戻りますよ、オラリオに」

『良いのですか?』

「構いませんよ。まぁ、確かにあの人たちを一緒に冒険を続けるのはとても、凄く、滅茶苦茶、魅力的ですけど。えぇ、それはもう」

『凄まじい未練を感じますが』

「当たり前でしょう」

『ならば』

 

何故、と言われた。そんなに難しいものでは無い。

 

「だって、オラリオに戻れるか分からないんですよ?」

 

今回の事は偶然だった。けれど次が在るとは限らないし。冒険を続けた処で別の星とかいうあからさまにとんでもない距離があるだろうそこに辿り着けるかと言われれば、否と言う他ないだろう。

 

「人としてあれな感じに成っているとは自覚していますが。ちゃんとした恩返しがしたいんですよ。それに、やっぱり私はあそこが家なんですよ。あの人たちは家族なんですよ」

 

だから。

 

「私が帰るべき場所は、あそこなんですよ」

 

どれだけ惹かれようと、どれだけ未練が在ろうと。それでもとレフィーヤは言葉にして。

 

 

 

「いや、なにあほな事を言っとんねん」

 

 

 

声が聞こえた。反射的に声のする方へと視線を向けると。そこに居たのは。

 

「え、なんで。なんで居るんですか」

 

ファミリアの主神。ロキが、そこに佇んでいた。

 

「なんでって言われても分からんわ。ドちびに良く分からん事されたら何時の間にかや。ほんまに意味が分からん」

 

言いながら頭を掻き深くため息を吐きながら、けどなと言葉を零す。

 

「レフィーヤたんがあほかって言いたなる様な間違え方しとるのは分かったわ」

「何、何を言ってるんですか」

「ええか、レフィーヤ」

 

ゆっくりと近づきロキは、レフィーヤの頬を優しく撫でた。

 

「ファミリアはな、帰るべき場所やないねん。帰って来れる場所なんや」

「帰って?」

「せや。そないな強制する様な場所と違うねん」

「それは」

「なぁ、レフィーヤ」

 

細められた瞼が開き、確かにその瞳はレフィーヤを映し出していた。

 

「うちな、レフィーヤが何をどうしたとか。そういうのは知らんねん。なにも聞かされてないしな」

「…はい、言ってません」

「けどな、何か悩んどるのは見てすぐ分かったわ」

 

これでも神やしな、と。そう言ってロキは笑う。視界の端、栗鼠が僅かに反応したのが見えたが、今は意識の端に追いやっておく。

 

「もう一度言うけどなレフィーヤ。何が在ったのかはさっぱり分からへん。けどな、何かを強制するような事はしたくはないねん」

「ロキ様」

「せやから。教えてくれへんか?」

 

手が動く。頬から肩へと優しく、しかし力強く掴んだ。嘘など言葉にしてくれるなと。

 

「居たい場所が出来たんか?」

「…はい」

「やりたい事が出来たんか?」

「はい」

「諦められへん事なんか?」

「はいっ」

 

なら、と彼女は口にする。

 

「やりたい様にやったらええ」

「それは、でも。私はまだ何も。それに、それだけじゃなくて。体とか、いろいろ」

「このあほ」

 

軽く額を小突くロキ。何をするのかと視線を向けると呆れた様子に息を吐き。

 

「なに諦める為の理由を考えてんねん」

「そ、れは」

「冒険者やろ? なら進むために頭を使わんかい」

 

そうだ、その通りだ。けれど、それでも迷いは振り切れない。だって、思うがままに、望むがままにと言う事は。

 

「…良いんですか?」

「ええよ」

「まだ何も言ってませんよ」

「それでもや」

「酷い事ですよ?」

「それを受け止めるのも神の度量や」

「恩返しできていません」

「無理に返されてもうれしないわ」

「帰って来れないかもしれませんよ?」

「それは確かにさみしいなぁ」

「なら」

 

「でもな。子供が親離れして、嬉しくても寂しいのは当たり前やろ?」

 

「なんですか…それ」

「分からんか」

「分かりませんよ。親になった事なんて、無いんですから」

「せやろな」

「でも、ですよ」

「あぁ」

「本当に、良いんですか」

「何度もいっとるやろ?」

 

そうだ。ちゃんと覚えている。けれど、それでも言葉にしなければと思ったのだ。

 

「恩返しも出来ず、ただお世話になってばかりだった私は、それでも。望んで歩いていいんですか?」

「それが望みなら。喜んで送り出したる」

「そうですか…なら」

 

『あの、一つ良いでしょうか?』

 

と、遮る様に栗鼠は言葉にする。

 

『仮に戻るとしてもですね。一つ問題がありまして。その、体に限界があるのです』

「えぇ、まぁそうでしょうね」

 

その言葉に、当たり前だとレフィーヤは頷く。言っては何だが、先程の言葉から急いで作ったものだと理解できた。どれだけ性能が良くても、そうであるのは道理というもの。

 

そして、栗鼠の言う問題とはその体に戻った処で無理が在ると言う事なのだろう。ならばどうすべきかと考えて。

 

『えぇはい。なので、わたしが何とかしようと思います』

「そうでってはい?」

「いやなんとかってなんやねん。というかどういう事や?」

 

首を傾げるロキを横目に、レフィーヤは問いかける。

 

「何とか出来る事なんですか?」

『えぇはい。作ったものが限界なら元から在るものと掛け合わせれば良いだけですので。詰まり、貴女の元々の体と合わせてしまおうかと』

「それ…大丈夫なんですか?」

『問題在りませんよ。所詮、力の塊でしかありませんし。寧ろ自然な形になるだけかと。何かが起こるとしても、体と魂の繋がりが強くなる程度の変化しかないでしょう』

 

そういう事ではない。先程、服を取り寄せるのに無理をしたと言っていたではないか。体など移したら。

 

『お気になさらず、わたしが勝手にやる事ですから』

 

心を読んだかの様に言葉を響かせる。言葉が出ない、何故そこまでするのか分からない。そして、それに答える様に栗鼠は口にする。

 

『単純な事ですよ。貴女と、彼らの冒険をもっと見てみたい。そんな個人的な理由です。あぁ、言っておきますが、止めろと言われてもやりますからね』

 

その言葉に、何を言っても駄目だなと思い、同時にそれを否定してはいけないとレフィーヤは理解した。自分も同じようなものだから。

 

「なんというか、二人とも凄いですね」

「当たり前や」

『そう言っていただけると嬉しいですね』

 

嬉しそうに言葉にする一人と一匹を見て、自然と笑みがレフィーヤから零れた。その心に雲は欠片もありはしない。

 

ロキが笑う、迷いの晴れた己の子に、試す様に問いかける。

 

「手助けは必要か?」

「いいえ、不要ですとも。何でしたら恩恵だって要らない位です」

「ほぉぉ、言ったな? ならそうしたるわ、精々世間の荒波に揉まれてひぃひぃ言ったらええわ。そんですぐに泣き付いたらええ、親に頼るんはおかしなことや無いしな」

「いえいえそんな。泣き付く為に帰ったりはしませんよ。戻るとしたら老人介護の為ですかね」

「誰が老人や!」

『いえ、人の子からしたら十分すぎる程かと』

「それは言わんでええねん」

 

漫才の様なやり取り、少しの間の後に笑い声が響き、そして。

 

「行くんか?」

「はい、これ以上は…また悩んでしまいそうですし」

「それは拙いわ。ならさっさと行かな」

 

優しい笑みを浮かべながらロキは言葉にし、それに合わせる様に栗鼠の姿が崩れ光となり瞬く。あぁ、これでお別れかと思い、いいや違うと思いなおす。

 

徐々に意識が遠のいていく。しかしそれは暗がりに落ちるのではなく、光に包まれる様で。垣間見たロキの、第二の母の寂しそうな顔で。

 

だから。

 

「ロキ様」

「なんや?」

 

 

 

 

 

 

「行ってきます」

「―――――ッ…おう、元気でな」

 

浮かべられた笑顔。その頬を伝う雫は、きっと悲しいものでは無いのだろう。

 

 

 

 

 




「んぁ?!」
「おはよう。気分はどうだい?」
「あぁ…ドちびか。そやなぁ、良く分からん」
「そうか」
「ちゅうか…さっきのは」
「夢だよ。多くの親が一度は見る夢だ。君だってそうだろう?」
「…せやな。うちかて思い描いたことくらいあるわ」
「其れでどうだい? 子が健やかに育ち巣立っていった感想は」
「めっちゃ寂しい!!」
「断言したね」

「でも、それ以上に…嬉しいねん」

「そうか、其れなら良かったよ」
「あぁなんやこの空気!? ドちび! ちと酒飲むから付き合えや」
「祝う為かな? それともやけ酒?」
「両方や! あと結局誰なんか言わずにおった奴の事も一緒に呑みこんだるわ!!」
「はぁ? 彼女、名乗らなかったのかい?」
「なんやどちび知っとんのかあの栗鼠の事」
「栗鼠? いやまぁ栗鼠云々は置いといても名前は知っているよ」
「なら教えろや!! 気になって仕方ないねん!! うちの子とうち以上に繋がっとどこのだれかの事をぉ!!」
「良いけど、いいお酒を飲ませてくれよ?」
「おぉおぉ持ってげ持ってげ、そして吐けぇ!!」
「吐かないよ全く。で、彼女の名前は」







「フィアナって言うんだよ」
「そうかフィア……ほぉあ!?」


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第百三十五話

蹴り上げられ宙を舞う毛布。ベットの傍らでその様子を唖然としながら眺めるのはハインリヒ。そんな彼が居ることを確認し、だからこそ意味のない何となくでホロンと一緒に考えたポーズを決めながら少女は、目覚めたレフィーヤは響かせるのだ。

 

「私のめぶぁああああぁあぁ?!」

 

苦痛からくる悲鳴を。

 

 

「おっす。体痛めてるのに目が覚めると同時に飛び起きてポーズ決めながら悲鳴を上げた馬鹿は居るかぁ?」

「はーい。体痛めてると知らずに目覚めと同時に飛び起きてポーズ決めた所為で悲鳴を上げた馬鹿はここに居ますよぉー」

「否定しないのか」

「否定できない事ですからね」

 

全く意味も無く飛び起き、これまた意味も無くポーズを取ったのだから。完全に自業自得というやつだ。これで否定ないし反論など出来る筈もない。と、そう告げると入ってくるなり喧嘩を売っているのかと思うような事を言ったローウェンは、そうかと言いながら椅子に座った。

 

「あぁそうそう。はいこれ」

「なんですか?」

「菓子」

「辛いですか?」

「お前菓子にまでそれを求めるのかよ」

「当然でしょう?」

 

袋を受け取り、中身を取り出してみる。焼き菓子だった、どう見ても辛そうではない。まぁだからと言って甘いものが嫌いなどと言う事は無いのだが。なんて思いながら口にして。

 

「…これすっごい口の中の潤いを奪っていくんですけど」

「知ってる。ゴザルニでさえお茶なしでは完食できなかった位だからな」

「そしてその重要な飲み物は?」

「勿論あるぞ」

「やったぁー……あの、これなんかとろみが凄いんですけど」

「ヨーグルトだからな。だが大丈夫だ。ハインリヒが飲める様に手を加えたものだから」

「非常に興味深いですが何故今なのか」

 

飲んでみるとこれが菓子とよく合うのだ、味的な意味では。そしてやはりというかそんなに潤いを齎してはくれなかった。それでも飲まないよりはましだと口にする。当然の様に得られる潤いよりも奪われる方が多い。

 

味は良いのに食べて飲んでが苦痛になるとは思っても見なかったレフィーヤは潤いと一緒に瞳から光が失われていく気がした。と、これでは駄目だと気を紛らわせるために話しかける。

 

「そういえばどうなったんですか?」

「なにがだ?」

「リリさんの事ですよ」

「あぁー……それかぁ。ちょっとなぁ」

「何かしたんですか?」

 

言い淀むローウェンはそう言いながら思い出してみると。そういえばとあちらに戻る前に見た最後の光景を思い出す。不死者の指輪が撃ち抜かれる瞬間を。

 

「…あの、まさか」

「綺麗にぶっ壊したぞ」

「何やってるんですか」

「いやなんか見るからにやばそうだったし。ならぶっ壊した方がいいかと思ってな」

「因みにそれに関してリリさんは?」

「暫く唖然とした後近づいて、綺麗に壊れてることを確認したら爆笑したぞ」

「頭可笑しくなったって事ですか?」

「頭ではないが可笑しくはなったんだろうな。余りにあっさり壊れた事に」

 

本来ならそこまで簡単に壊れるものでは無かったらしい、と彼は言う。なんでもアンデッドキングが殆ど力を消費してしまっていた処に爆弾の様に使おうとしていたから酷く脆く成っていたそうだ。

 

「そう、ですか」

「まぁすぐにお前がやばい位痙攣してるのを見て其れ処ではなくなったけどな」

「どうしてそんな事に?!」

「知らんが、あれの所為だろう」

「なんですか?」

「お前が仕込んでた気絶した時用の術」

「……あぁ」

 

確かに、それな。痙攣しても、可笑しくはない。まさか意識が戻らなかったからずっと発動してたとか、そういう事なのだろうか。それならば幾ら調整したとはいえ痙攣しても可笑しくはない。というか意識が戻らないと発動し続けるとは思って居なかったレフィーヤ。後でちゃんと調べようと決めたのだった。

 

「あぁ、でも。成程、やけに体が痛いのはその所為ですか」

「まぁそれで済んだだけ良かったと思え。リリ曰く、死んでなくちゃ可笑しい状態だったらしいからな」

 

でしょうねと思う。なにせ魂が抜け落ちていたのだから。そりゃあ、死んでなければ可笑しいだろう。そう考えると栗鼠特性の体凄いな。

 

改めて感謝しながら、菓子の最後の一口を呑みこんだ。それを見てかローウェンは何かを取り出して差し出す。

 

今度は何だと手に取り確かめると、お茶だった。最初から出せと思ったのは仕方の無い事だろう。まぁ、潤いを欲している故に飲むけれど。

 

渇きを癒す様にお茶を口に含む、そして口の中が潤いで満ちていくのを感じながらレフィーヤは飲み込んだ。と、そんな彼女の事を見ながらローウェンは小さく呟いた。

 

「……なんかあったかお前?」

「んぇ?!」

 

驚きからお茶を噴き出しそうになるのをなんとか堪えたレフィーヤはローウェンを見る。実際、その何かが在ったからこそ、それを言葉にしたローウェンに戦慄を覚える。

 

「そ、それはなんでそんな風に思ったんですか?」

「なんでと言われてもな。そうだな」

 

言いながら改めてレフィーヤの事を見るローウェン。

 

「落ち着いたというか、地に足が付いたというか。悩みなんて在りませんって顔してるぞお前。ちょっと前まで焦りが在ったのに」

「本当ですか?」

「まぁ、無意識だったろうから分からないのは仕方ないかもしれんがな」

 

肩を竦めるローウェンにそうですかと言って。

 

「そうですね。あぁそうそう、貴方の言う何かですが、在りましたよ」

「ほう? 意識が無かったのにか?」

「意識がなくても意識が在りましたから」

「ふむ……お前の謎関係か」

「そう思いますか?」

「良く分からない事ばかりなんだからその位は可笑しくないだろう」

「ですかね。あぁでも、私の謎関係ですが色々と分かりましたよ? その何かのお陰で」

「そうか…なら、良ければだが後で聞かせてくれ。取り合えず今は休んで調子を取り戻す事だ」

 

じゃあな、と立ち上がり部屋から出ていくローウェン。奴めるようにと気を遣ったのだろうか。その気遣いを菓子の時にしてほしかったなと思いながら、何気なく外を見る。

 

目に映るのは、天高く聳える世界樹。それを見て、レフィーヤは小さく頷いて。

 

「今度はちゃんと、自分で」

 

そう、言葉にするのだった。



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第百三十六話

クルリと回す。手の中の杖を軽やかに。一回二回三回と、流れる様に回す、回す。その行為に何の意味があるのか。ここが街中でなければそれなり以上に意味を持たせられるが、そうでなければ精々確認と練習の二つくらいか。

 

そして今回杖を振り回しているのは確認、自身の状態を見るためのものだ。

 

「んー?」

 

首を捻りながらさらに加速する。回る杖に鋭さが加わる。其れこそ、モンスターを殴り倒すことだ出来る程の勢いを付ける。見事といえる杖裁きだが術者であるレフィーヤがそれを出来る必要があるのか。接近された際に対処法を身に着けるのは術者の嗜みだ。

 

なんて思った処でピタリと止まる。しばらくそのまま動かずにいて、何気なく手を開いては閉じてと繰り返す。さて、調子はというと。

 

絶好調と言った処だろう。

 

ある意味、ローウェンの言っていた地に足が付いたというのは正しかったのだろう。これまでと比べて若干重いように感じるが、しかしだからこそしっくりくるというか。これが元祖レフィーヤボディーと調整された特別製ボディーとの合体ボディー。何をしても違和感が一切なく、動きの一つ一つにキレが在る。

 

生まれて初めての感覚に、何気なくレフィーヤは呟いた。

 

「…今ならローウェンさんに勝てるのでは?」

 

そんな事が頭を過る。いや流石に無理だろうと、あの人外には流石にと思いながらも。しかし。

 

「いや、案外いけるかも」

 

油断とは縁遠い人ではあるが、今のレフィーヤは絶好調。其れこそ生まれてから今の今まで無かったほどにだ。詰まり今こそが最上と言う事。そしてそんな状態のレフィーヤがどこまで出来るのかをローウェンは知らない、レフィーヤ自身もだが。それでも、いけるかもしれないという言葉が浮かぶ。

 

仲間である彼に対してそんな事を考えるのはどうかとは思うが、しかしそれはそれとしても一度は勝ってみたい。と言う事で。良しと呟いて喧嘩を売りに行くことにしたレフィーヤ。クルクルと杖を回しながらローウェンの事を探しに歩き出す。

 

 

そして暫くの後。這いつくばるレフィーヤはコバックに見下ろされていた。

 

「道のど真ん中で何やってるのよ?」

「……あぁ、コバックさんですか。ローウェンさんに襲い掛かったらカウンター貰っちゃいました」

 

何時もの様に近づき、何時もの様にふざけて、そして襲い掛かったはずなのに平然と拳をぶち込んだローウェン。去り際に如何して反応できたのか悶絶しながら絞り出す様に問いかけると。

 

見えたから、と言ったそうな。やはり人外には勝てなかったレフィーヤ。無謀な事をした反省も込めて道のど真ん中で這い蹲っていたのだ。

 

「何でそうなるのよ」

「こう、恥ずかし姿を見せて自分への罰的な意味で?」

「恥ずかしいの?」

「え、全然」

「そこは恥ずかしがりなさいよ」

 

全く恥ずかしいとは思って居ないのだから仕方ないだろう。しいて言えば勝てると思ったことが恥ずかしい。けれど今の状態に関しては敗者には似合いの姿なのでは無いだろうかと。

 

「恥ずかしくないなら罰にならないでしょう」

「それもそうですね」

 

言いながらよいしょと勢いよく立ち上がる。軽く汚れを払いながらコバックに問いかける。

 

「で、コバックさんは如何したんですか?」

「如何したって帰る途中だっただけよ」

「じゃあ質問を変えます。今日何してたんですか?」

 

朝、コバックが宿から出ていくのを見てから今は凡そ三時。その間何をしていたのかと気になったレフィーヤ。

 

「あぁ、そうね。リリちゃんの所に言ってたのよ」

「リリさんの? 何しにですか」

「これを見てもらいに行ったのよ」

 

これねと言いながら見せるのは、盾。何故、盾をそれもネクロマンサーであるリリに見せに行ったのかと疑問に思い、気が付く。新しくなっている事に。

 

「…変えました?」

「というよりは改良かしらね? アンデッドキングの攻撃を逸らせたは良いものの随分痛んじゃってね。どうせだからと思ってそう言ったものも防げるように出来ないかと思って訪ねたのよ」

「へぇ……それでどうなりました?」

 

なんて訊くまでも無いだろう。盾が新しくなったように見えたのがその証拠だ。

 

「性能はどんなもんですか?」

「リリちゃんの術は問題なく捌けたわよ」

「おぉ……私の術も試していいですか?」

「言いながら大印術用の布を取り出すのはやめてちょうだい」

「えぇ…氷でも?」

「物理的質量はもっと駄目よ。街が壊れるじゃないのよ」

 

確かにそうだと、周りへの被害を考えて布をしますレフィーヤ。彼女は配慮が出来るキチガイなのだ。しかし、何気に街への被害云々とは言ったが防げないとは言わないコバック。流石と思うと同時に、少し悔しくなる。

 

「こうなると二つの圧縮術の完成を急がなければ」

「なんでさっきの話からそうなるの? まさかとは思うけど打ち込んだりはしないわよね?」

「するわけないでしょう」

 

そんなことしたらキチガイでは無く、唯の人でなしではないか。目指すところが人外であってもそう言った方向には行きたくはない。

 

「まぁ、実際そこら辺を確認しておかないといけないのは確かだものね。手伝ってもらえるかしら?」

「言われるまでもないですよ」

「ありがとうね……あ、でもちゃんと加減はしてよね?」

 

其れは勿論だと頷きながら、二人そろって歩き出す。他の仲間たちが居るだろう宿屋に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

そしてジェネッタの宿にて。

 

「で、何か言う事は?」

「魔が差しました。反省していますが後悔はしていません!!」

「じゃあ吊るすわ」

「来いやぁ!!」

 

盾の性能を確かめるのは翌日になったとだけ言っておこう。

 



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第百三十七話

第四階層、虹霓ノ晶洞。美しき結晶が煌めくそこではある問題が発生しており、先を目指して足を踏み入れたギルド・フロンティア一行の歩みを鈍らせていた。さて、その問題というのは。

 

「あ、ありがとうございます」

「いやそういうの良いから、さっさと帰れ」

「はい。その、お気を付けて」

 

言いながら急いで、逃げる様に去っていくのは冒険者、では無く衛兵だった。アリアドネの糸をちゃんと使っているのだろうかと思いながら、ローウェンの深いため息と一緒に零れた声を聴いた。

 

「…これで何人目だ?」

「八人目だね」

「思って居た以上に多いな。バカしかいないのか?」

「それだけ魅力的ってことなんでしょ」

 

これ、と言いながらハインリヒが取り出したのは鉱石。第四階層のそこら中に存在するそれは、しかし貴重なもので在ったらしく。大変高値で取引されるそうだ。

 

そしてそれを求めているのが冒険者だけではない、と言う事だ。

 

「だとしても休みだからって衛兵が採掘に来るのはどうかと思いますけどね」

「ちゃんと休まないと響くものねぇ」

「そこまでお金に困っているのでござろうか?」

「さてな、あいつらの懐具合なんて知らん」

 

全くもってその通りだが少なかったと考えてもこんな所に一人で採掘しに来るとは正気なのかと訊きたくなる。

 

「というか評議会はどうしてるんですか? こんな状況に成っちゃってますけど」

「あぁ、其れに関してはあれだ。対処に困ってるって感じだな」

「と言いますと?」

「誰でも世界樹に挑んでいいとお触れを出したからな。第四階層に行くことを禁止できないんだろう。そんなことすれば非難が凄いだろうしな」

「お金になるものがここで取れると広まってしまってるでござるからな。独占する気なのかと言われるかもしれないでござるなぁ」

「なんというか、面倒ですね」

 

もっと単純に出来ないのかと、アイオリス以上に面倒な所に居たレフィーヤは、いやだからこそ思うのだろう。気分良く冒険させてくれと。

 

「結局の処は、評議会の都合でしか無いって事だな」

「人が死んでからじゃ遅いと思いますけどね」

「その通りだ。そしてそれが成るべくない様に助けたんだろうが。今の評議会に何かあったら冒険に支障が出るし」

「あと、助けないで居ると色々と面倒ですしね」

 

そのまま生きて街に帰り、襲われてたのに助けなかったと言いふらされたらたまったものでは無い。万が一にも、商人にそっぽを向かれたらそれこそ冒険処ではないし。それに、なんだかんだ言って周りに助けられて冒険しているのだ。助けることに何の抵抗もありはしない。

 

「と、そういえばローウェンさんは良いんですか?」

「何が」

「鉱石ですよ。お金になるなら取って損は無いでしょう?」

「まぁ、確かにそうだな。だがなぁ」

「如何したんですか?」

「冒険してる時に採掘しても邪魔にしかならないだろう。荷物を圧迫するし、重くなるし。というかそもそも冒険しに此処に来たのであって、金稼ぎの為に此処に着た訳じゃないしな」

 

冒険する為の金稼ぎであって、金稼ぎの為の冒険では無いと。ローウェンははっきりと言葉にした。と言っても彼は別に金稼ぎ目的が駄目とは思って居ないだろう。ただ単純に、自分はそうではないというだけで。

 

「という訳で第四階層に籠るのはここを攻略した後だ」

「あ、やっぱりですか」

 

まぁ、それはそれとしても冒険する為の金稼ぎはするローウェン。しかし後でなんてしたら価値が下がってしまうのではないだろうか。人が沢山来ているし、かなりの数が出回ってしまっているのではないかと。

 

「そこの所どう思いますかハインリヒさん?」

「大丈夫じゃないかな」

「何故?」

「掘り出されたものが必ずしも良いものとは限らないからだよ。というか大半が質がよろしいものでは無いだろうね。大半の人は十六階で掘ってるし。幾らそこら中に在るといっても、全部質が良いなんてことは無いし」

「あぁ、成程」

 

確かにと頷く。どれだけ量が出回っていようと、質が良ければ売れる。宜しくないものが大半ならば尚の事だろう。其れならば問題なく金策として利用できる筈だ。

 

「なんにせよ、此処を攻略してからの話だ。今は今の事に集中しろ」

「分かりました」

「勿論だ」

 

言いながらも、歩みを止めない彼らは進み。悲鳴を聞いた。

 

「…またですか」

「だな、しかし今回は随分と聞き覚えのある声だな」

「そうだね。なんだか僕の知り合いによく似た声が聞こえたよ」

「そうですね。とてもハインリヒさんの知り合いである商人の声に似ていましたね」

「成程、商人でござるか。確かにそれなら居ても可笑しくないでござるな」

「お金稼ぎに命掛けるものね」

 

ふっと息を吐くローウェンは、ハインリヒへと問い掛ける

 

「因みにハインリヒ。その知り合いは戦えるのか?」

「第二階層ならば問題なく逃げられるね」

「戦えるとは言わないんだな」

「商人としての腕はいいと言っておくよ」

「成程、つまり第四階層では」

「ただの餌」

 

言って、互いを見て。

 

「助けに行くぞ」

「はーい」

「ローウェン、今度買い物するときは容赦しなくていいから」

「言われなくても貸し借りは残さんよ」

 

言いながらも駆けるギルド・フロンティア。助けを求める腕のいい商人の知り合いの元へ向かって。尚、無事に助かった後の彼が違う意味で酷い目にあったのは言うまでもない事だろう。

 

 



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第百三十八話

「あぁぁあああぁあああああああああああ――――――――ッ!!」

 

絶叫が響き渡る。怒りに満ちた叫びを、狂った様に発するのはレフィーヤ。只管に、許せぬと手の中の地図を引き裂きかねない程に吼え。やがて崩れ落ちる様に膝をついた。

 

「一体、どうすればッ!」

「えっと、大丈夫レフィーヤ?」

「大、丈夫?」

 

コバックの言葉を聞き、陽炎の様に揺らめきながら立ち上がるレフィーヤ。そして彼へと向けられた視線は正気とは思えないものだった。

 

「な訳ないでしょう?! どうするんですかこれ! どうやればいいんですかこれ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて」

「落ち着いたら地図が描けるんですかぁ? どうなんですかぁッ?!」

「少なくとも今の状態よりは描けるだろうね」

「ですよね」

 

差し込まれたハインリヒの言葉にすっと冷静さを取り戻すレフィーヤ。全くもってその通りな事を言われてそうならざるおえないというものだ。

 

「まぁでも落ち着いても如何にかできるものでは無いですよねこれ」

「気が付いたらだったからね」

 

と、ため息一つ。さて何がどうしてこんな事に成ったかと言えばハインリヒの言った通りだ。気が付いたら別の場所に居た。と言ってもレフィーヤの時の様にまるで違う場所、と言う事ではないようだ。辺りに水晶が存在することと現れるモンスターを見るに、今いるのはアルカディアの世界樹、その迷宮の第四階層である事に変わりないようだ。

 

問題は地図をどう描いたらいいか分からないと言う事だ。

 

階を上がったのか下がったの、それとも同じ階なのか。同じ階だったとしてどこ等へんなのか分からないのだ。分からないから描けない。

 

「おっと、あぁ居た居た。ちゃんと同じ場所か」

「あ、お帰りなさい」

 

さてと考えていると突然姿を現したローウェンに、しかし当然の様に言葉にする。それを受けてローウェンは頷いて。

 

「で、どうだった?」

「取り合えず、ルールの様なものはあるみたいだな。適当に同じこれのある場所に飛ばされるとかでなくて良かったよ全く」

 

言いながら触れるのは巨大な水晶の柱。それが如何いうものなのかを確認していた最中、突然光を発したかと思えば今いる場所に飛ばされていたのだ。明らかにその巨大な水晶の柱が関係しているのだろうと、ローウェンが確認していたのだ。

 

結果、ローウェンの姿が消えてこうしてまた現れたのだ。

 

「それでそのルールというのは?」

「そうだな、取り合えず。水晶は水晶にある場所に飛ばすといった処か。近づいても反応しない箇所もあるから、単純に飛ばせる方向が決まってるのか。それともその方向に飛ばせる場所、詰まり水晶が無いのか」

「今の所は判断しようがないですね」

「だからと言って流石に考えずって訳にはいかないだろう。この仕掛けがここだけのもの、なんて楽観してたらどれ程足止めを食らうか分かったもんじゃない」

「そうですね」

 

レフィーヤ自身の時と違って分かる事もあるのだから、それで推測もしないのは馬鹿のすることだろう。まぁ、そんな当然の事としてだ。

 

「地図どうしますか?」

「んー…新しいのに描くしかないだろうな。っで、ある程度出来たら重ねてって感じか」

「正確に描くのは無理そうですね」

「無理だろうなぁ」

 

ですよねぇ、と肩を落とすレフィーヤ。これまで綺麗に描けていただけに落胆せずにはいられなかった。しかし、だからと言って引きずる訳にもいかないと切り替えて、今まで描いていた地図を取り合えずしまい新しいものを取りだして描く。水晶の柱についても丁寧に。

 

「と、こんなもんですね」

「良し、なら行くぞ」

「あ、行くでござるか」

「おぉ。でお前は大丈夫かゴザルニ?」

「立ってただけでござるからなぁ」

「そこは警戒してたって言いましょうよ」

 

何もしていないみたいな言い方はどうかと思うレフィーヤ。まぁ、本人からしたら本当にその程度でしかないのかもしれないが。

 

「まぁ、無理してないなら良いんだが」

「にござる。それはそれとして後で菓子が食べたいでござる」

「菓子…菓子? それってあのもの凄い潤いを持っていくあれですか?」

「にござる。あれと飲めるヨーグルトの組み合わせが凄まじく良いのでござる」

「す、すごいですね」

 

あのある意味で拷問の域に達するものを欲するとは、食への意気込みが違うなと思わずにはいられない。まぁ、辛いものに関しては負けるわけには行かないが。

 

何て、考えながら歩く。

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

眼前に、一人の何かが立っていた。

 

視界に収める前、突如として発生した気配に反射的に武器を構える。そしてそのまま術を放とうとするのをローウェンが手で制す。

 

「…成程」

 

目の前の何か、フードで隠されながらも僅かに見える顔から思うに少女と思われる彼女を見て、ローウェンは頷きながら言葉にする。

 

「ずっと俺たちの事を見てたのはあんたか」

 

彼の言葉に肯定する様に頷く少女。そこで漸くレフィーヤも気が付く。今まで感じていた視線を同じもので在ると。しかし、だとしたら何の為に。

 

そう思考するレフィーヤを、いやギルド・フロンティア全員を見ながら少女は言葉にする。

 

「世界樹深くまで足を踏み入れし者よ。汝らは迷い人か? それとも世界樹の伝説を追いここまで来た冒険者か?」

 

問いかける少女。伝説とは何なのか。其れらしい事をレフィーヤは知らない。視線を巡らせて他の仲間を見ても、困惑している様子から同じなようだ。一人を除いて。

 

「そんなもの、言葉にするまでも無いと思うがね」

 

何でもないかのように、ローウェンは答えた。

 

「世界樹という伝説に挑む冒険者だ」

 

言葉を聞いて、少し恥ずかしく思えた。あぁ、全くもってその通りだと。だというのに冒険者であるか否かと問われてはっきりと断言できないとは。幾ら困惑してたにしても恥ずべきことだ。もっと精進せねばと気合を入れなおす。

 

そして、彼の言葉を聞いた少女は、少し驚いたような表情を浮かべた後に、嬉し気に微笑んだ。

 

「そうか…ならば気を付ける事だな。この水晶の樹海の上には恐ろしき竜が生息しているのだから」

 

言って少女はもっとも、と呟く。

 

「汝らには不要な言葉で在ろうがな」

 

まるで、確信ているかのようなその言葉を口にし、姿を消す少女。現れた時もそうだが、気が付いたら消えていた。まるで空気に避けて消えてしまったかのようだ。

 

「…竜か」

「竜って言ってましたね」

「竜、また竜かぁ。ドラゴンゾンビよりも弱いとかないかねぇ」

「さぁ? 相対すれば分かるでしょう。それに」

「そうだな、強いとか弱い関係なく。それでも先へと進むだけだ」

 

脅威がある。そんな事は何時もの事で、其れを乗り越えて今此処に居るのだから。

 



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第百三十九話

振るわれる刃を躱し、印術を叩き込む。守りを固める様な動きを見せるが予定通りだと、真上から頭に氷塊を叩き込む。鈍い骨の砕ける音を響かせ体を震わせて崩れ落ちるモンスター、リザードソードが確かに事切れていることを確認してからふっと息を吐き、見渡して確認する。

 

倒れ伏しているモンスターの姿を見るに、どうやら他の仲間も襲い掛かってきたリザード達を問題なく倒したようだ。まぁ、流石に奇襲された訳でもないならばこんなものかと思い。

 

「で、ハインリヒさんは何時までそうやって眼鏡を押さえいるんですか?」

「安全を保障できるまでだよ」

 

どうやってだと思いながら眼鏡を気にし続けるハインリヒを見る。

 

「あそこまで揺れたら気になりはするよな。前の事を考えると」

「いきなりだったものねぇ。今回も」

 

そう、世界樹が揺れたのだ。ハイ・ラガードの時と同じく、唐突に。もっとも今回は原因がすぐに分かったのだが。ハインリヒが過敏と言っていい程反応してしまい、今の状況だ。其れこそ戦闘時と治療の時以外はずっと眼鏡を手で押さえている。何が何でも落とさないという意思の表れだろう。

 

「まぁ、やる事はしっかりやってるし。これと言って悪い方向にいってる訳でもない。問題ないだろう」

「因みに悪い方向にいったらどうするんですか?」

「冒険処じゃなくなるから気絶させて一回帰る」

「ですよね」

 

思い起こすのはハインリヒの暗黒面。仲間である事を抜きにしても成ってほしくない。そしてローウェンの言う通り、冒険など出来る状態では無いのだ。そういう意味でも、良かったと言いたい。

 

「処で、眼鏡ってそんな簡単に割れるんですか?」

 

確かにハイ・ラガードの時の様に遥か下へと落ちたら割れるし、何かとぶつかり合っても割れるだろう。しかし、此処は別に床が抜けている訳では無いし、ぶつかるのは地面だろう。それで割れるかどうかと訊いてみたら。

 

「時と場合による」

「と言いますと?」

「地面が硬ければ割れやすいのは当然としても、運が悪ければ普通に割れる」

「それは詰まり」

 

そこら中に水晶が存在する第四階層は落としたらとても割れやすい場所と言う事に、成るのだろうか。レフィーヤには分からないけれど。というか結局運任せかと思ったのは、普通の事だろう。仕方ない事だけれども。

 

「まぁ、あれだ。気にしてもしょうがない事でもどうしても気になる、なんて事はよくある事だしな」

「あぁ、そういう」

 

なら仕方ないとレフィーヤは頷く。彼女自身、何となく気になる、なんて事はよくある事だからだ。主に辛味関係的な意味で。

 

「と、またか」

 

そんな事を言いながら立ち止まるローウェンの視線の先に在るのは巨大な水晶の柱。それを見て露骨に顔を顰めるレフィーヤ。

 

「またですか。多すぎませんか?」

「そんなこと知らん」

 

確かにその通り。尤もである。しかしそれ処とは話が別なのだ。先ほどローウェンが言って居たように気になってしょうがないのだ。これで最後であれば気持ちよく地図が描けるのだから。

 

「いい加減、枚数が心もとなくなってきたんですけど」

「だからと言って同じのに描いたらそれはそれで面倒なんだけどな。分かりにくいから」

 

そう、だから地図の数が減っても同じものに描けないのだ。若しかしたら別の階に飛ばされている可能性が在るから。そうだとすれば分かりにくい処の話ではなくなってしまうし。

 

それでも、気分的にはよろしくないのだがと、ため息を吐きながら鞄を探り次のものを探すレフィーヤ。

 

「来たか」

 

その眼前に、前と同じように唐突に現れたのは少女。そしてまたも反射的に攻撃しそうになるのを押さえるレフィーヤ。出来ればもう少し分かり易い登場の仕方をしてほしいと思う。

 

少女はゆるりと手を動かし水晶の柱を指差す。

 

「世界樹の伝説を追う覚悟ありし冒険者よ。この先に、この階層を支配する恐ろしき水晶竜が居る」

 

だが、と少女は言葉を区切り。微かに微笑みを浮かべた。

 

「恐れを抱きながらも、だからこそ勇気をもって歩みだす事の出来る冒険者よ。汝らが脅威を超え、世界樹の頂へと辿り着く事を信じているぞ」

 

その言葉と共に、少女の姿は消え失せる。

 

少女の言葉が嘘か真か。あぁ、いや考えるまでも無いだろう。なぜならばずっと感じていたのだから。二十階に辿り着いた時から、その存在を。

 

視線を仲間へと巡らせる。それぞれが思い思いの表情を浮かべており。全く問題など無かった。ならば、そうやる事は一つ。

 

「行くぞ」

 

ローウェンの言葉に、力強く頷いて。水晶の柱へと近づいた。直後に光に包まれて別の場所へと移される。

 

さて敵は、脅威は、水晶の竜は何処だと視線を巡らせて。

 

 

凄まじい勢いで飛来する水晶の塊が移り込んだ。

 

 

「―――――――――ッ?!」

 

悲鳴をあげる余裕など在る訳も無く、全力でその場から飛び退く。直後の轟音と爆風。何かが崩れる音を聞きながら素早く態勢を整えて状況確認。仲間は、無傷。問題なく避けれたようだ。そして、そのまま視線を動かして、其れを見た。

 

巨大な水晶で出来た歪な翼を持つ竜を。

 

「あぁ、これ水晶壊れてるな」

 

何気なくローウェンが言葉にした通り、水晶の柱が完全に壊れている。そしてさっと見た処、道らしいものは、水晶竜の先にしか無い。それが意味することと言えば。

 

「逃げられないって事だね」

「そうなるな」

 

面倒に成ったと言いながら彼は、彼らは笑う。厳しい状況だからこそ笑うのだ。

 

 

 

そして、竜の咆哮が轟いた。

 

 



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第百四十話

降り注ぐ水晶が迷宮を揺るがす。

 

その速度と質量はレフィーヤの生み出した氷塊を貫くほど。当然、防ぐ事が出来るようなものでは無い。故に躱す、躱し続けて接近しようと駆ける。

 

しかし、それを阻む様に水晶を放っていた竜は大きく息を吸い、薙ぐ様にブレスを放つ。

 

 

水晶に比べれば遅く、また質量も比べるまでも無いだろうが。しかし範囲が広い。どのようなものなのか分からない状態で受ければ即死しかねず、或いは運が良かったとしても戦闘は不可能になるだろう。故に後退して範囲から脱する。

 

が、距離を取らされたことに思わず舌打ちをするレフィーヤ。再び降り注ぎ始めた水晶を躱しつつ、さっと視線を巡らせる。

 

他の四人も今の所は問題なく躱している、がそれでも何時までも続けられる訳では無い。このままではじり貧だと思って居ると、ゴザルニと視線が重なる。それだけで彼女が何を求めているのかを察して、行動する。

 

生み出すのは氷塊。貫かれ砕かれるだろう壁にはならないそれはしかし、逸らす事は出来る。飛来する水晶の真横に氷塊を叩き込む。巨大な物質同士の衝突は凄まじい轟音を撒き散らしながら目的を達成する。

 

作られた道を疾走するのはゴザルニ。しかし水晶竜が何もせずにただ接近させるなどと言う事はしないと先ほど行動をもって証明している。

 

再び深く息を吸いブレスを吐こうとする水晶竜。しかし、その眼前にレフィーヤが氷の柱が作り出す。驚愕する様の目を見開く竜に向かって、柱は折れそのまま倒れて。

 

ブレスによって破壊される。

 

こんなものは脅威にはなり得ないと笑う様にのどを震わせる竜。しかし元よりそれは攻撃だとは思って居ない。ただ少しブレスを逸らせればよかったのだ、ただ少し時間を稼げればよかったのだ。

 

ゴザルニが辿り着く為に。

 

「シャッ!!」

 

鋭い一閃。それは確かに竜の足を切り裂く。響くのは竜の悲鳴。苦痛であると証明するそれに、竜は乱雑に足や尻尾を動かし、下に入り込んだゴザルニを叩き潰そうとする。

 

流石のゴザルニもその様な状況で張り付くことなど出来ずに距離を取る。それを好機と見たのか先ほどまでよりも多く息を吸い込む水晶竜。

 

その眼球を撃ち抜く銃弾。

 

たまらず吸い込んだ息を悲鳴へと変え、僅かに後退する。しかし流石は竜と言うべきかすぐににらむ返す。が、時間にして数秒だとしても接近するには十分だった。

 

幾つもの火球を叩き込む。弾丸と違い狙った場所に当たっている訳では無いが、竜は痛みに耐える様にその身を震わせている。

 

見てわかる程に動きが鈍い竜、ならば更なる斬撃をと踏み込むゴザルニ。

 

「避けろ!」

 

声が響く。反射的にその場から飛び退くゴザルニ。

 

「ゴォ?!」

 

しかし僅かに間に合わず。先ほどまでの遅さが嘘で在ったかの様な動きで前足で振るい吹き飛ばす竜。一回、二回と地面を跳ねる様にして転がった彼女は、しっかりと自分の足で立ち勢いを殺している。風圧で吹き飛ばされただけで直撃はしなかったようだ。

 

それでもすぐにまた前にという訳には行かないようだ。ならばと思考を巡らせ。

 

「レフィーヤちゃん!」

 

見たのは振るわれる鋭き爪。咄嗟に氷を生み出し叩きつけることによって時間を稼ぎ逃れる。

 

だからと言って安堵は出来ない。先ほどと違って速すぎる。目で追えないという訳では無いが、相手が巨大である為に避けるのは一苦労だ。

 

どうしてここまで変わるのかと何か変化はないかと見て、翼や体にあった水晶が小さくなっている事に気が付く。まさかそれで体が軽くなったから動きが速くなったのかと。

 

変化はそれだけではない。明らかに銃弾が効き難くなっている。先ほどまで貫いていたのに、甲高い音を立てて突き刺さるだけ。明らかに硬くなって居る事から小さくなったというよりは体の中にしまい込んだのかもしれない。

 

それが正しいかどうかは分からない。が、しかしもう一つ分かったことが在る。

 

印術がとても効くようになっていると言う事だ。先ほどの爪もただの苦し紛れでしかなかったのに、躱しきれるほどの時間が稼げたのだ。

 

ならば、と印を輝かせる。作りだすは爆炎。放たれた一撃に竜は大げさなほど大きく飛び退いて避ける。それが危険であると判断した動きだ。やはり、先程よりも効くようになっていると考えて間違いは無いのだろう。

 

そのだからこそ自身にとって危険であると判断したのか、竜はレフィーヤの事を睨みつけ。恐ろしい速度で接近し足で薙ぐ。

 

それは先ほどゴザルニが躱しきれなかった一撃。速さで彼女に劣っているレフィーヤでは躱せないのは必然で。

 

「しょ!!」

 

だからこそ、コバックという守りに優れたものが居るのだ。重い音、いくらコバックが凄まじい技量を誇ろうとも防げても防ぎ続けられるわけではない。故にレフィーヤがすぐさま真下から氷の柱を作り出し腕を跳ね上げる。

 

態勢を崩す水晶竜。その視界に飛び込んできたのは、ゴザルニ。両断せんと刃を構える彼女に。竜はその歪な翼を開く。そして瞬くのは七色の光。危険だと見るまでも無く分かる。だがゴザルニは止まらず、さらに加速する。もはや速いか遅いかの勝負。ゴザルニが両断するが速いか、竜がそれを放つが速いか。

 

そして。

 

 

ガチリと噛み合う音が響く。

 

 

直後、青い線が走り片翼を切り落とす。突然の事に一瞬だけ硬直し、そして絶叫を響かせながら何が起こったのかと視線を巡らせる。しかしそれに意味は無い。

 

「それでは」

 

もはや竜の命はその一刀にて。

 

「斬り捨て御免」

 

両断されるのみ。

 



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第百四十一話

崩れ落ち迷宮を揺るがす水晶竜。揺れが収まり、事切れていることを確認して。

 

「あぁ、疲れたでござるぅー!」

 

そう言いながらゴザルニは床に寝転がった。水晶の欠片でもあったのか、呟くように痛いと言葉にするが起き上がろうとはしない。だがそんな事は良いとしても言った事に関してはレフィーヤも同じだ。

 

「割と拙い状況になりましたしたね今回は」

「がっつり奇襲されたしな。ヒポグリフの時と違って」

「しかも逃げられない様にするという二段構え。ちょっと死を覚悟したわね」

「レフィーヤの氷を迎撃してくれてなかったら負けてたかもしれないね」

 

それぞれが思ったことを口にしながら休憩の為のその場に座る。一人、他の四人に比べて攻勢に加わらなかったため、疲労がそこまでではないハインリヒが警戒の為に立ったまま周囲を見渡している。

 

「今までで一番ですかね? あ、ムスペルとかオーバーロードにフォレストセルは除きますけど」

「そうだな。階層を主って意味ではそうなるか。というかお前、世界滅ぼせるような奴となんて言われなくても比べるわけないだろう。オーバーロードに限っては其の内の一体を瀕死の状態で倒してるし」

 

会話をする二人。そして彼らに向かって少し離れた場所で寝転がっていたゴザルニが転がる様に近づいてくる。

 

「そのオーバーロードがとんでもないというのは良いとしてでござるが、これからどうするでござるか? 帰る為の水晶は完全に壊れてるでござるが」

「それなぁ。アリアドネの糸で何とかするしかないだろ」

「いけるでござるか?」

「知らん、流石に俺も帰り道がない状況で使ったことないし」

「で、ござろうなぁ」

 

駄目だったらどうするかと呟きながら鞄を探るローウェン。ふいに、その動きを止める。如何したのかと問い掛けようとして。

 

声を聴いた。

 

「広間の奥へ。その先に巨大な水晶の柱に在る門を開くのだ。それが、汝らを世界樹の頂きへと導くだろう」

 

何処からともなく響く声は少女のもの。何処からなのかと見渡すが、姿は無い。オーバーロードの時も同じような感じだったなと思い出しながら。声と共に気配が薄れて消えたのを確認する。

 

「…どうします?」

「帰れるかどうか分からないんだから行くしかないだろう」

「樹海磁軸が在るといいなぁ」

「それ以前にいきなり襲い掛かられないことを願うばかりね」

「流石に竜の後にまた戦いたくはないでござるかなぁ」

 

全くだと頷きながら立ち上がる。そして視線を広間の奥へと向ける。そこに少女の言葉にした門が在るのだろう。

 

「さて、世界樹の頂きまで間近ですね…二度目ですよね?」

「ハイ・ラガードのが一回目だしな。アスラーガのは頂きというか底だったしな」

「ですね」

 

もっとも、ハイ・ラガードに関しては其の上まで行ってしまったし、此処だってその先を目指している。ならば中間地点でしかないが。

 

水晶の柱が視界に入る。それは巨大と言った少女の言葉の通り、高く天井まで伸びていた。そして、金属製の扉を見つける。何処かで、いや思い出すまでも無い、それは天空にありし彼の居城に在ったものとよく似ていた。

 

視線を交らわせローウェンが無言で扉に振れる。直後、鈍く重い音が響きゆっくりと開いていく。

 

柱の内側に在ったのは道と塔だった。彼等が道を歩み進むごとに光が灯っていく。そして、中央に辿り着こうとしたその瞬間だった。塔から光が瞬く。思わず目を細め、慣れた頃に改めてみると塔に在る扉の様なものがゆっくりと動き開いていくのが見えた。

 

入れと言う事なのだろう。何も言わず、視線を向けてくるローウェンに頷いて見せ。彼等はそこに足を踏み入れ。

 

光が空高く昇っていく。

 

奇妙な浮遊感を感じていた彼らがそれから解き放たれると同時に、眼前の扉が開かれる。到着したと言う事なのだろう。さて、どのようなものが待ち受けているのか。何が在っても反応できる様に杖を構え、ほんの少し感じた手の痛みに顔を顰めつつ外へと歩み出る。

 

 

そこには明るい夜と原初の樹海が広がっていた。

 

 

「これは……凄いですね」

「何時もの事だが、見たことない光景だな」

「本当に何時もの事ですね」

 

無駄口だ。けれど警戒は一切怠っていない。そこに何かが、誰かが歩む音と、語りの言葉が響く。

 

「かつて、赤く荒れ果てた大地に私が訪れた時、この森は生まれた」

 

ゆっくりと近づいてくる言葉と歩む音。

 

「ただ一つの例外を除く、大地を構成する全ての緑は、この小さな原生林から生まれたと言ったら、大地に住まう者たちは信じるだろうか?」

 

間近から言葉が響き歩む音が止む。視線の先には、少女が佇む。

 

「多くの者は笑うだろうが、どこかに信じる者がいると私は思って居る。あぁ、思って居たのだ」

 

少女もまた視線を彼等へと向ける。

 

「幾多の困難を乗り越え、数多の想いをここまで来た君達は信じる……否か」

 

問いかける様に、少女は言葉を投げかける。その返答は、分かり切っている事だ。

 

「其れを信じて挑むのが、いや挑むからこそ冒険者だ」

 

その言葉、答えに。少女は嬉し気に言葉を紡ぐ。

 

「君たちが世界樹に挑み、ここまで来た事に感謝している」

 

あぁ、そして願わくばと、少女は祈る様に口にする。

 

「世界樹の頂きまで到達し、私の願いを叶えて欲しい」



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第百四十二話

祈る様に言葉にした少女は、しかし願いを口にすることなくスッと背後を指差した。視線を向けてみるとそこに在ったのは樹海磁軸。

 

「今は疲れているだろう。今は街に戻り、準備を整えてからにすると良い」

 

そう言って、姿を消す少女。ならばお言葉に甘えてとモンスターを警戒しながら近づき。彼等は無事街へと帰還した。

 

 

 

 

そして、現在レフィーヤが居るのはジェネッタの宿の自室。少し破けた手袋を弄っていた。それに、手には軽く包帯が巻かれていた。しかしそんな事など気にしていないのか、手袋を弄り続けて。ボソリと呟いた。

 

「……やっぱりこれ以下には出来そうにないなぁ」

 

と、零す。そう手袋に刻み込んだ圧縮錬金術を印術で再現したその術は、しかし威力が強すぎて仲間を巻き込みかねない上に一回放つ度に手がボロボロになるという欠点を抱えていた。それを何とか出来なかと試行錯誤。結果、手袋が弾ける事無く、手も少し痛む程度まで抑えることができた。

 

のだが威力は相変わらず馬鹿かと罵りたくなる程、高い。水晶竜の翼を切り落とせるってどんな威力なのかと。

 

「なら、こうして…あぁ、でもそうなると」

 

ブツブツと呟きながら弄るレフィーヤ。如何にか出来ないだろうかと思考を重ね。

 

「おっす、悩んでるかぁ」

「あ、ローウェンさん」

 

いらっしゃいと良いながら部屋に入ってくるローウェンに視線を向ける。扉を叩いたのかどうかは知らないが、別に拒否するようなことも無いので快く迎える。

 

それにしても来ること多すぎないかと頭の隅を過っていったが、まぁ別にいいかとレフィーヤは思う。

 

「で、なんの用ですか?」

「渡してくれって言われたものを持ってきただけだぞ」

 

これ、と言いながらローウェンが差し出したのは一冊の本。それはずっとレフィーヤが求めていた物だった。

 

「其れってウォーロックのですか?!」

「基本的なものでしかないらしいがな」

「其れでも十分ですよ。おぉ、これが。前から頼んでたものですがやっとですか」

「別に門外不出って訳じゃない筈なんだけどな」

「手続きとかあるんでしょう。面倒な事この上ないですよね」

「まぁ、必要な事だがな」

 

そう言って、用は済んだと部屋から出ていくローウェン。その背中に適当に言葉を投げかけながらレフィーヤは本を開く。

 

「これがウォーロックの……あ、圧縮系の術が在る。こっちの方が相性がいいかな。でも今からとなると流石に時間的に…高速詠唱。これは、応用出来るだろうけど態々印術で再現する必要はないかな。でも、在って困るものでは無いし」

 

ううむと唸りながら素早く目を通していくレフィーヤ。不意に手が止まり在る術に目を奪われる。

 

「レビテーション……これいい、凄く良い! ぜひ使えるようになりたい!!」

 

独り言が零れていることなど気にせず、手早く印術で軽く再現して行使してみると。

 

「ごふぅぁ?!」

 

体が跳ね上がり天井に叩きつけられた。そのまま勢いよくベットの上へと落ちるレフィーヤ。微かに呻き声をあげて。

 

「え……レビテーションって、そういう?」

 

予想以上の勢いで叩きつけられた為に痛みよりも驚きが勝っている。軽くとは言え手を抜いたわけではないので、まさか天井まで跳ね上がるとは思って居なかったというか、そもそも飛ぶとは思って居なかった。出力が高すぎたのかと思い今度は丁寧に術を組んでいき印とする。今度は大丈夫だろうと思い、けれど恐る恐るといった様子で行使する。

 

と、何も起こらなかった。

 

「…これ、は?」

 

いや、僅かに違和感がある。まるで薄く目に見えない膜で覆われているような、そんな奇妙な感覚。成功しているのだろう、が。なんというか思って居たのと違うと言う事と、これが正解だとするならなんでさっき跳ね上がったのかという疑問とで、顔を僅かに顰めるレフィーヤ。

 

しかし正解だとしてもちゃんと効果を発揮できるのかは試していないから当然分からない。それにレフィーヤの個人的なものだが、先程の跳ね上がる方が何かと便利なように思えて。

 

「あぁいや。そっちの方を工夫すればいいのか」

 

正しいレビテーションでは無く、間違ったレビテーションを違った形に組み替えて別の術として成立させる。それは難しい事だが。とても楽しい事であるのは間違いない。

 

「さて、なら何が必要に成るか」

 

場所もそうだが、道具も必要だろうと思いつく限りの物を紙に書き込んでいく。その際中、先に本を読み終えて理解を深めてからの方が良いのではと思い、少し手を止めたが。いいや、今は勢いに任せてある程度やってしまうのも悪くは無いかと判断する。

 

丁度、圧縮関係の術で詰まっていたのだ。ウォーロックの本を読むだけでも随分違うが、実際にそれを行ってみた方が気分転換的にも良いだろうと判断したのだ。

 

さてと、あらかた書き終えたレフィーヤは、早速と鞄を手に取り扉へと向かう。うまく良くだろうか、いや上手くやるのだと決意し、扉を開く。

 

 

「四階層突破おめでとうゴザルニ!! お祝いとしてわたくしを斬ってもいいのよ、というか斬りなさい! 或いはわたくしに斬られなさい!!」

「どっちも嫌でござるぅー!!」

 

 

悲鳴と叫びを聞いて、そっと扉を閉じた。やはり、ちゃんと読んで理解してからの方が良いだろうと思いなおしたからだ。決して、今出たら面倒なことに巻き込まれるなと思ったからではない。

 

断じて、無い。

 



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第百四十三話

街の一角に笑い声が響く。近くを通りがかった人たちは何事かと視線を向け、すぐに視線を逸らした。逸らした人々の半数は関わってはいけないと言った表情を浮かべ、残りの半数は何時もの事かと興味を失った様に歩いていく。随分と鍛えられたものだなとレフィーヤは思う。

 

水の上に立ちながら。

 

そう、レフィーヤ・ウィリディスは遂に水の上に立った、立ってしまったのだ。正確に言えば浮いているという方が正しいのだが、それでも結果的には変わりない。

 

本当に気分が良いと笑いながら滑る様に水面をくるくると回りながら進み。落ち着く為に深呼吸を、一回二回。そして、無意識の内に手を頭にやり。

 

「これホロンさんがやってたやつだ」

 

すでに同じようなものが在る事に気が付いた、いや思い出したと言うべきだろう。レフィーヤの師匠というか先生とも言うべき人物が謎の移動方法をしていた事を思い出したのだ。丁度、今のレフィーヤが行ったような滑るような移動を。もっとも、だからと言って水の上を移動できるかは分からないが、出来るだろうなとレフィーヤは思う。だってキチガイだし。

 

しかし、もう在るからと言って無駄だったとは思わない。何事も挑戦というらしいし。行動し、結果となっているのだから無駄ではない。そう、床と天井に何度も叩きつけられたもの、滑る様に横に向かって落ちて扉に叩きつけられたのも、全て無駄ではなかったのだ。

 

何故か瞳から汗が流れ落ちそうになりながら、さてと切り替える様に考える。これをどう戦闘に役立てるかと。

 

「……うん」

 

直ぐには利用できそうにはないというのが結論だ。今だってそれなりに集中しているのだ、戦闘中では上手く使えないだろうから。それでも其の内はという思いもあるので時間が在れば慣れる為に色々と修練を積むかと決めて。

 

「何を頷いているので?」

「うぉ?!」

 

突然の背後からの声に、驚きの余り乙女としてどうなのかと思う声を出してしまったレフィーヤは滑る様にその場から動いてから振り返る。そこに居たのはとても花咲くような笑みを浮かべたミカエが立っていた。

 

やっぱり水の上に立てるのかとか、なにも言わなければ普通の綺麗な人なんだけどなぁ。なんて思いながらすぐに抜ける様に手が刀に触れているミカエに、問いかける。

 

「で、私に何の用ですか?」

「いえ、別に何という訳でもないの。ただちょっとわたくしを斬ってくれる、もしくは斬らせてくれる人探して居たら笑う貴女が居るのが見えてね。何をしているのか気に成って来たの」

「そうですね」

 

過去に戻れるならば笑っている自分を叩きのめして口を縫い塞ぎたいと思うレフィーヤ。しかしもはや遅い。やばいと一言で言い表せるキチガイが目の前に居るのは自業自得なのだ。だから自分の持てる全てで最悪を回避するのだ。

 

と、思って居た。目の前でシャラリと刃を抜き放つミカエを見るまでは。

 

「では斬り合いましょう」

「待って」

「待つ、何故?」

 

分からないと言ったように首を傾げるミカエ。しかし、そんな彼女以上に何故斬り合わなければいけないのかがレフィーヤには分からなかった。というか剣も刀も持っていないのにどうやって斬り合えというのかと。

 

「あ、そっか。貴女は刀を持っていないのでした。これは失敬仕るってやつね。ごめんなさい。じゃあ改めて……殺し合いましょう!!」

「だから何故そのような事をしなければいけないのかと!!」

「だって鍛錬したいでしょう?」

「いや確かにそう…え、なんで?」

 

なんで、そんな事が分かるのかと、驚きながらミカエの事を見る。と、彼女は可笑しそうに口元を隠しながら笑う。

 

「分かり易かったもの。それに、わたくしこれでもゴザルニの師匠なのよ? 悩み事の在るなし位は見抜けるわ」

 

そう言えばそうだったとレフィーヤは思い出す。普段の姿が在れ過ぎて忘れていたが、彼女はゴザルニという冒険者を育てた人物なのだ。しかも、滅茶苦茶強くなった弟子よりも未だに強い。

 

ローウェン程でないにしても十分、とんでもない人だったなと思いながら視線を向ける。何故か恍惚とした笑みを浮かべられた。そんな顔を無視して。

 

「で、だとしても何でですか? 私、貴女とそんなに関わりないですよね?」

「あら。単純にわたくしが関わりたかったから。育ててみたかったからとは思わないの?」

「それならもっと前に行動を起こしてないと可笑しいですよね」

 

正直、そんなに我慢の出来る性格では無かった筈だ、と心の中で呟きながらそう言葉にする。そしてそういわれた彼女はと言えば。

 

「単純に、教える事が無かったのだもの」

「あ、あぁー…まぁ、そうですね」

 

術者と剣士ではあまりに違いすぎる。それでも教え合える事もあるだろうが、そう言った事の大半は仲間に頼んである程度済ませてしまっている。

 

「でも今の貴女はそうじゃないでしょう? 今、必要なのは試す事。その相手にわたくしが成る、いえなりたいから貴女に話しかけた。ではいけませんか?」

「成程」

 

そう言う事だったのかと、頷いて。

 

「因みに本音は?」

「わたくしの事を容赦なく痛めつけてくれないかと思って」

「だろうと思いましたよ!」

 

なんでこう、凄い人って変な処からブレないのだろうか。隠す事では無いからとか思ってはっきりと言葉にするし。けどまぁ、なんだかんだ言いながらも助かる事に変わりない。ので、非常にあれだが手伝ってもらう事にしたレフィーヤ。

 

「…あぁ、じゃあよろしくお願いします」

「はい、お願いされました。ではまずはどのような物なのかをわたくしに教えてくださいな」

「何故?」

「習うよりも慣れろというけれど、習って知ってから試して慣れる方が良いでしょう?」

「そ、その通りですね」

 

思って居たよりも何倍もまともな事を口にしたことに驚きつつも、言われた通りどのような術でどういう風に使う積りなのかを説明する。時々、こうすれば良いのではないかと提案されたりと。当初の予定よりも有意義で、一人でするよりも実りの多い一日となったそうだ。

 

まぁ、その分悲鳴も多かったのだがそれはそれ、必要経費というものだとレフィーヤは思うのだった。

 

 



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第百四十四話

第五階層。少女の語る始まりの場所。それが偽りでないと示すかのように見覚えの無い草木が生い茂る樹海。自然の悪意である罠が、強力なモンスター達が。今までとは一線を画すその場所に足を踏み入れた彼らは今。

 

物理的に浮いていた。

 

「おぉー」

 

驚きの声を上げるのはローウェン。流石の彼も吹き飛ばされた訳でも無く宙に浮くというのは初めてだったのか、楽し気に滑る様に移動している。そんな様子を見ながらレフィーヤは思う。

 

あの努力は何だったのかと。

 

いや、まるで違うのだが。今の状態は第五階層の良く分からない装置の効果に因るもの。それに対してレフィーヤのは誰でも出来るようになる技術。装置が無くともどこだろうと同じような効果を発揮出来るのは間違いなく優れている面である。

 

が、刀を振り回すミカエに追い回され痛い思いをした事を考えると、どうしても渋い顔をしてしまうレフィーヤだった。まぁ、それはそれとしても装置は参考にさせてもらうのだが。

 

「で、どうするか」

 

と、どうやってなのか目の前で止まったローウェンが口にする。さてそれは何の事なのかと視線を向けると。

 

「この状態だと満足に戦えないだろう」

「それは、確かに」

 

改めてに、今の状態を確認するように見る。宙に浮いている自分を。当然、宙に浮いているため踏ん張りなど聞かない、さらには地に足が付いている訳では無いので方向転換も出来はしない。止まるのだって何かにぶつからないといけない程だ。正直言って、戦えないと言った方が良い。

 

「止めますか?」

 

と、視線を装置へと向ける。それに触れれば起動し、また停止する事が出来るのは確認済み。今の状態でなければ進めないなんて場所も在るかも知れないが、それはレフィーヤが何とかすればいいだけの話だ。詰まり、別に今の状態で居続ける必要はないと言う事だ。しかし、ローウェンは否定するように首を振った。

 

「このままでも良いだろう」

「でも戦えませんよ?」

「あれを見ろ」

「あれ?」

 

何の事だと指差された方向を見ると。なんか、イノシシが浮いていた。必死に足をばたつかせながら揺蕩い、木にぶつかって何処かへと滑る様に飛んでいき姿は見えなくなった。

 

「この状態になるのはモンスターも変わらない。詰まりモンスターも戦えるような状態では無いと言う事だ」

「…まぁ、確かに戦わなくても良いならそっちの方が良いですかね。でも」

「なんだ?」

「あの三人はどうしますか」

 

と、視線の先に居る仲間を指差す。ゆっくりではあるが回転して止まれないでいるハインリヒと逆さに成っているコバック。と、地面に立ち続けているゴザルニ。

 

「私は色々あって慣れたから大丈夫ですけど、戦えない処か動けないのは流石に拙いですよ」

「まぁな。慣れてもらうしか無いけどなこればっかりは」

「それはそうですけど……というかゴザルニさん」

「何でござるか?」

「なんで浮いてないんですか」

「地面に足を突き刺しているからでござる」

「其れは見ればわかります」

 

そうではなく何故そうまでして浮こうとしないのかと疑問の思ったのだがと、そう口にする前にゴザルニは口を開いた。

 

「今浮いたら…吐いてしまうでござる」

「また何か食べたんですか」

 

いや確かにそれを前提に考えると今の状態は非常によろしくないのは確かだ。下手すると被害が拡大するかもしれない、被弾的な意味で。如何するかとローウェンに視線を向けると、彼は無言でうなずいた。

 

「取り合えず、ゴザルニが落ち着くまではやめておくか」

「申し訳ないでござる」

 

そう言った彼女の顔は、酷く青ざめていた。

 

 

 

装置を停止し第五階層を歩んで進んでいたギルド・フロンティア一行。ゴザルニの体調も落ち着いた処で再び宙に浮かぶ。

 

「おぉ、これは…新感覚でござるな」

「横に成ってますけど」

「バランスを取るのが難しいのでござるよ」

「あたしは慣れてきたわよ」

「僕はもうちょっと掛かるかなぁ」

「体重が軽いからかしらね?」

「だから平然とそういう事を言わないでくれるかな? 事実だけれども」

 

なんて会話をしつつ、態勢が可笑しな事に成っているがそれでも割と問題なく進んでいる。モンスターと戦わなくて済むというのがとても楽でいい。

 

「っと、危うかったでござる」

 

まぁ、どこからかすっ飛んできたモンスターと衝突しそうになるのは問題と言えば問題なのだが。

 

「これが無ければ良いのでござるがぁ」

「それは欲張りすぎだろう。俺的には節約できるだけで万歳ものだよ、本当に」

「で、ござるか……そういえばローウェン殿」

「なんだ?」

「今の状態で銃を撃ったらどうなるのでござるか」

「すっ飛んでいくぞ」

 

まぁ大したことでは無いが彼は口にするが。それは結構大したことでは無いのだろうかとレフィーヤは思う。

 

「しかしそうだな。残弾数を考えなければ方向転換とかに使えそうだな」

「銃を撃って移動……かっこいいですね」

「只管に金が掛かるけどな」

「あぁ、やっぱりそこですかー」

 

でも、お金を払ってでも見てみたい、銃撃による空中移動。とてもロマン溢れる光景を見れることだろう。まぁ、頼みはしないけれど。

 

なんて考えながらレフィーヤは進んでいく。途中、装置を止めて歩いたり、また浮いたりと繰り返しながら彼らは進んでいると。

 

 

再び、少女が姿を現した。

 



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第百四十五話

「よく、ここまで来てくれた」

 

二十五階へと続く階段、その前に立つ少女は柔らかく微笑みながら彼らを見渡した。

 

「語らねばならない事が在る。しかしその前に、君たちの名を教えてもらえないだろうか?」

 

その言葉に、あぁそういえば名乗っていなかったなと思い出し、レフィーヤは何となくローウェンへと視線を向ける。彼は、肩を竦めてみせ隠すことでも渋る事でもないと呟く。そうれもそうだと頷き、彼らは名を口にする。

 

「レフィーヤ。レフィーヤ・ウィリディスです」

「コバックよ」

「ハインリヒだ」

「ゴザルニにござる」

「ローウェンだ」

「人外の間違いでは?」

「おい」

 

ローウェンが睨む。スッと視線を逸らし何となく口笛を吹いて誤魔化す。そんな二人を見ながら少女は成程と呟き、ゆっくりと彼らの名を確認するように口にする。

 

「レフィーヤ。コバック。ハインリヒ。ゴザルニ。そして……人外か」

「違うからな」

「あぁ、知っているともローウェン」

 

ただの冗談だと、少女は笑いながら言って。改めて、一人一人に視線を向ける。

 

「私は、アルコン。古きよりこの地を見守り、そしてここに来る者を待ち続けた者だ」

 

良いながら少女は、アルコンは彼らから視線を外し、階段を。いや、階段の先を見る。

 

「アースラン、ルナリア、セリアン、ブラニー……それぞれに伝わる伝説の全ては、この地に導く為のもの。そして挑みし者が、導かれし者が世界樹の頂へと辿り着いた時…私の役目は、終わる」

 

だからこそ、彼女は言葉を零しながら再び彼らを見る。

 

「改めて言おう。よく、ここまで来てくれた」

 

 

 

歩く、彼らは歩く。

 

進む、ギルド・フロンティアは進む。

 

一人の少女、アルコンに導かれる様に。

 

「二十五階にある一室。世界樹の頂きに作られたそこに伝説の意味が存在する」

 

小さく零れたその呟きは、それでもしっかりと彼らに届く。

 

「かつて、星を覆いつくしていた赤熱の地獄が過ぎ去りし後。多くの命が育まれようとしていた時、それは現れた」

 

彼女は歩みを止める。その先には一つの扉。今までのと同じように見えて、しかし全く違う。その先からは深く暗い何かが存在している事を理解する。

 

「古きこの星に終わりを振りまいた…死を纏う原初の闇」

 

聞き覚えのある言葉。原初の闇、それはあのオーバーロードの言っていた存在。

 

「水を涸らし、空気を腐らせ、命を散らし滅びの星へと変えた暗黒の化身。人が人として生まれ育つ為に。命が命として生まれ育つ為に、乗り越えなければいけない災厄」

 

アルコンはゆっくりと扉を、世界樹の頂きを。そこに在りし原初の闇を見る。

 

「今この時。多くの生命が生まれアルカディアに、この星に満ちているのは世界樹が豊かな実りを捧げ、その身に闇を封じているからこその事」

 

けれど、それで解決したという訳では無い事を理解している。

 

「闇は未だにそこに在り続けている」

 

指差すのは世界樹の頂き。

 

「大地に住まう者達よ。伝説へと挑みし冒険者よ。原始より生きる闇を乗り越えてほしい。それが汝らへの……君たちへの、私からの願いだ」

 

そう言うと、彼女は道を譲る様に動く。ことは無かった。

 

「けれど、否というならば私は…それでも構わない」

 

その逆。まるで立ちふさがる様に彼等へと向き直り、言葉を彼らに向ける。

 

「恐れているから、などとは言わない。それが君たちへの侮辱に他ならないのだから。けれど、しかし。私の願いは強いるべき事では、無い」

 

乗り越えなければいけない。幾ら世界樹で在ろうとも、永遠では無いのだと彼の地の琥珀色の世界樹が証明してしまって居る。故に、百か千か、それとも逆に明日にも闇が解き放たれてしまうかもしれない。だというのに、だというのにだ。

 

目の前の少女は、アルコンはそれでも示す。

 

「選んでほしい。冒険者よ。己の意志で歩む者達を。誰かの言葉に因ってではなく。何かに因ってでもなく。君達自身で、古き時代に星を滅ぼしかけた存在に挑むか、否かを」

 

視線を唯一人。レフィーヤから逸らす事なく。

 

「この星に生まれ落ちた訳では無い、ただそこに在る君が。この星の未来を左右する戦いに挑むかどうかを。選んでくれレフィーヤ・ウィリディス。迷いの無いように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、いやそんなどうでもいい事言われても困りますし。分かり切ってることを真面目に訊かれても」

「は?」

「―――――――ッ!!」

 

レフィーヤの言葉に、思わずといったように声を零しローウェンは堪え切れず笑う。

 

「どうでも…いい事?」

「そうでしょう?」

「分かり切っていると言うのは」

「其れこそ其のままだぞ、アルコン」

 

困惑しながら問いかける様に言葉にする彼女に、ローウェンは肩を震わせながら言葉にする。

 

「俺たちが何なのかを考えれば、それで分かる事だ」

「君たちが……君、達は」

 

何なのかとアルコンは考えて、そして思い出し。

 

笑った。

 

これまでの微笑みとは違う。大きく声を響かせる。堪え切れないと言わんばかりに腹を抱えて、今にも転げまわりそうな程に。あぁそうだったと彼女は思う。原初の闇が余りに強大で在るが故に余りに馬鹿げた事を口にしてしまったと。彼女は自分が愚かに思えて、一層笑いが止まらない。

 

「あぁ、そうだったな。君たちは……冒険者だったな」

 

そう、そうなのだ。だからこそアルコンの言ったことは見当外れだったのだ。

 

別の星で生まれた命で関係などない。だからどうした。関係あるなしでにここまで来たわけでは無い。相手は星を滅ぼしかけた事のある程強大だ。だからどうした。そんな事で迷うとでも思って居るのか。そして今更だが、彼らがそこまで来たのは。

 

 

ただ、冒険者で在るが故に迷宮を踏破する為だ。

 

 

それを思い出したアルコンは静かに、そして今度こそ道をゆずる様に横に動く。もはや言葉は不要だと彼女は口を閉ざし彼らを見る。

 

そして彼らは、足を踏み出す。原初の闇、星を滅ぼしかけた存在へと挑むために彼らは扉へと近づき。

 

「あ、そうだ」

 

唐突にローウェンが立ち止まった。いきなりの事に思わず態勢を崩しそうになるのを堪えて如何したのかとレフィーヤは見ると。彼の視線は、アルコンに向かって居た。彼女に何か言い忘れたのだろうか。

 

「さっき言った願いだが」

 

視線が彼女からレフィーヤに、仲間に向かう。それだけで、どういう意図なのかを察し。迷うことなく頷いた。だからこそ、彼らは笑みを深めてアルコンにこう告げるのだ。

 

「依頼としてしっかり果たさせてもらうから、報酬はしっかり用意しておく様に」

 

その言葉、彼女は驚いたように目を見開き、優しく微笑んだ。

 

 

「あぁ、必ず」

 

 

さぁ、彼らが行くぞ。

 

原初の闇を超え世界樹の先へと至る為に。

 



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第百四十六話

闇が在った、竜の如き姿をした滅びを齎す闇が。

 

頂きのその上、天より落ちる様に姿を現したのは原初の闇。今まで相対した災いと勝るとも劣らないその闇そのものは、ゆっくりとその身を包む翼を広げ。

 

光の線が走り胸部を貫いた。

 

大きく揺らぐ闇に、さらに叩き込まれる無数の弾丸と術。其れほど硬い訳では無いのか。それらは闇の体を削り、穿ち、吹き飛ばす。それでも二人は、レフィーヤとローウェンは一切止まることなく叩き込み続け。

 

放ち。

放ち。

放ち。

 

ふっと息を吐いて僅かに後退。息を整えながら地に降り立った原初の闇を見る。

 

「……全然気にしてる様子が在りませんね」

 

何かを確認するようにその両手を動かす闇。レフィーヤの言葉通り、叩き込んだ攻撃の数を考えると、其れほど効いているようには見えない。明確に変化が見られたのは最初の一撃だけだ。

 

「はぁ、いやに成るな本当に。これだから明確な急所が無い奴は嫌いだよ」

「そうでも無ければ星を滅ぼしかける事なんて出来ないんでしょうけどね」

「逆にそうだったとしても滅ぼしかけたならそれは其れで嫌だよね」

「いや、そう言うの関係ない嫌でござろうよ普通」

「まぁ、相当その狂人か馬鹿でもない限りは挑まないわよね世界規模の厄災には」

 

そして冒険者である彼らは…最上級の馬鹿である。

 

原初の闇が、視線を彼等へと向け、敵意を漲らせる。ただそれだけで、心が死に絶えかねない圧の暴風となって荒れ狂い。しかし、彼らは闇を見据える。

 

「行くぞ」

 

その一言を合図に、死闘は始まった。

 

 

 

 

吐き出された凍てつく息によって氷に覆われた部屋を疾走する。一瞬たりとも止まってはいけないと彼らは駆けまわる。

 

敵意と共に闇の視線が走る。その先に居るのは、レフィーヤ。闇は明確に彼女を、いや彼女だけを脅威としている。故に、撃ち込まれている弾丸を無視して大きく足を踏み出し、その巨大な手を叩きつける様に振るう。

 

それは水晶竜に比べれば余りに遅い。けれどしかし、その巨体からなる一撃の破壊力は見るまでも無く。避けようともただ余波だけで塵の様に吹き飛ばされてしまうだろう。

 

何もしなければの話だが。

 

撫でる様に纏う衣服に振れ、そこに縫い印した術を行使する。地面より聳える様に生まれ出るには氷槍。其れは闇の一撃とぶつかり合い、しかし闇の振り下ろされた手の勢いは僅かに衰えるのみで止まる事は無く砕きながらレフィーヤに迫る。しかし、そんな事は想定の内。焦ることなくレフィーヤは地を蹴り、改良版レビテーションをもって滑る様に速やかに逃れる。

 

直後の衝撃。地を砕き世界樹を揺るがす。すべてを薙ぎ払うのではと思う程のその余波がレフィーヤだけでなく、全員に襲い掛かる。

 

それでも、レフィーヤ以外は距離が在ったこともあり問題なくやり過ごす。けれど、レフィーヤはそうはいかない。故に、自らにかけていたレビテーションを解き地に足を付け。

 

爆炎を叩き込むことによって衝撃を吹き飛ばす。

 

しかしそれでもすべてをという訳では無く、体を叩く風を堪える様にした耐える・・・事無く、逆に再びレビテーションを使い、衝撃を利用するように一気に距離を取る。

 

そんな彼女の眼前を音を響かせて通り過ぎるのは闇の持つ強靭な尾。

 

受ければ弾け飛ぶこと間違いなしなそれを躱せたのは若しかしたらと思い、利用して距離を取ったからこそだ。いってしまえば運が良かったと言う事。それをちゃんと理解しているレフィーヤに、冷や汗が伝う。

 

「何止まってるんだお前は」

 

大声ではないがはっきりと声が届く。それを聞いたレフィーヤは言われるまでも無いと再び駆け乍ら術を放つ。しかし、やはりと言うべきかその一切を意に介することなく原初の闇はレフィーヤに向かって突き進む。

 

レフィーヤを、正確にはレフィーヤだけを脅威と見なしているのだから当然だろう。そしてこれもまた当然だが、そんな分かり易い隙を見逃す様な者は、此処には居ない。

 

 

剣閃は煌めき、銃弾が穿つ。

 

 

ゴザルニの振るった刃は足に在る最も小さな指を切り落とす。それには溜まらず足を止め、欠損の無い足に力を籠める原初の闇。そこに叩きかける様に撃ち込まれた銃弾が炎となって爆ぜる。

 

今までとは違う、その衝撃に力を込めていた故に崩れ落ちる様に態勢を崩す闇。地に手を突きそれを倒れる事を防ごうとする。しかしそれもまた想定内で在るからこそ、レフィーヤはすでに行動を終えていた。

 

突き出された手を頑丈に作られた巨大な氷が貫く。

 

それは二度目の揺らぎ。さらに頭部も貫かんと新たに作り出された柱を手を貫いている氷をへし折りながら避ける原初の闇。そして轟音と振動。その巨体が頂きに崩れ落ちる。

 

僅かに足を取られながらもすぐに立て直し。さらに術を巻きあがる土煙の内に在るだろう原初の闇に叩き込む。あの程度で終わったなどと楽観視するわけには行かないからだ。気を抜いていいのは、確実な勝利を手にした時だけなのだから。どんな事でも対処できるようにと止まる事無く構え、晴れていく土煙を見据える。

 

 

 

 

 

そして、命を蝕む瘴気が解き放たれた。

 

 



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第百四十七話

零れ落ちていく。

零れ落ちていく。

 

命が零れ落ちていく。

 

息をする度に体が内から腐り果てていくのような苦痛が襲う。声を零す事すらできぬ程のその痛みは、間違いなく死へと向かっていくものだった。

 

死、そう死ぬのだ。先ほどまでの攻撃と違い、頂きを満たし犯すその瘴気は防ぎようがない。精々、息を止めれば蝕まれる勢いが少しはましになる程度。けれど、生き物が、呼吸をしないのは其れこそ死に至るだろう。

 

覆しようのない死、けれど何もせずに受け入れるなんて事は・・・在りはしない。

 

鞄から取り出した瓶を蓋を開けるのも面倒だと叩き割って頭から入っていた薬を被る。破片に因って出来た傷から流れ出る血が瘴気に因って泡立ち不快感を生むが気にしない。薬のお陰か先程よりは幾分楽になったのだから。もっとも所詮は焼け石に水。僅かに生の時間を伸ばしただけだろう。

 

ならばどうするか、決まっている。終わる前に勝利するまでの事。

 

故にかレフィーヤは、いや彼ら全員は一気に前へと踏み出し距離を詰める。様子見をしながら隙を見つけて攻撃する、なんて事をしていたのでは間に合わない。だから一気に決める。

 

原初の闇の放つ雷を纏う絶叫が轟く。瘴気を伝う様に広がるその雷を、レフィーヤは氷の盾を砕かれながらもやり過ごし、コバックは自らの後ろに居るハインリヒは守る様に流し、ゴザルニは斬り落とし、それらによって生まれた乱れにローウェンはその身をねじ込む様にしてさらに突き進む。

 

あぁ、あの二人はいつも通りだなと思いながらレビテーションを駆使して近づき、術を放つ。それを大げさに動き躱す闇。先ほどまでと違い、受けようとはしない。思って居たよりも消耗しているのかもしれない。

 

しかしだとしてもその動きに衰えは無い。振るわれるのは両腕と両翼。これまでの攻撃よりも速い其れを避けるには近すぎる。であるなら行うのは当然、防御。作り出される巨大な氷塊、けれどそれで止められるとは思って居ない。所詮、時間稼ぎだ。彼が辿り着く為のだ。

 

「――――――ふッ」

 

駆けこんできたコバックが短く息を吐き、振るわれた腕、その先に在る鋭き爪を受け、上に向かって流す。それでも、余りの威力に完全ではない。そこにさらに飛ぶように現れたのはハインリヒ。軽やかに、それでいて重い一撃を真下から叩きつける。僅かに軌道が変わり躱せるだけの隙間が生まれる。そこに向かって、レフィーヤは二人を掴みレビテーションをかけて文字通り滑り込む様に体を捩じり込んで躱す。

 

原初の闇の視線が走る。そこに宿る敵意は、殺意は彼ら全員に平等に向けられている。

 

放たれた銃弾が瞳を抉る。血潮の代わりに噴き出すの瘴気。さらに濃く、そして強く瘴気は彼らを蝕む。

 

ブチリと何かが千切れる音をレフィーヤは聞く。それが何のなのかは分からない、けれど瞳から何かが流れて、瘴気に因って泡立つのを感じる。

 

死が近い、死が近い。移る色が変わる。まるで死神が手招いている様に見えて。

 

「邪魔ッ!!」

 

その幻を砕き吹き飛ばす術を放ち現実を瞳に移す。迫る剛腕を歯を食いしばり血を流しながら術を行使し叩きつけて逸らす。あぁ、また闇から瘴気が噴き出した。

 

けれど、だからどうした。

 

氷の柱を作り出す。原初の闇を真下から押し上げる。それは僅かに闇の巨体を浮かせ、しかし耐えきれずへし折れる。その柱を駆け上がるのは、ゴザルニ。

 

その姿を視界に映した瞬間、闇は其の翼を羽ばたかせ天へと逃れる様に動く。けれど、それは隙だった。翼に殺到する弾丸と印術。関節は穿たれ、走る線は翼膜を吹き飛ばす。

 

片翼が機能を失う。故に悲鳴の如き音を響かせながら墜落してくる原初の闇。其のままでは押しつぶされてしまう。けれど、ゴザルニは止まることなく疾走し、力強く柱を蹴り跳躍。

 

「―――――――ハァッ」

 

走る剣閃。それは原初の闇の頭部を切り裂く。傷から瘴気を噴き出しながらその身を大きく震わせて地に落ちる原初の闇。力無く落ちてくるゴザルニを、レフィーヤは滑る様に近づき彼女にレビテーションを掛けてから受け止める。それでも、速度を殺しきることができずに少し足を痛めたが、それは其れ。動く事に支障はない。

 

視線を原初の闇から逸らす事無くゴザルニを降ろすレフィーヤは、それでもちゃんと受け止められた事にふっと息を吐き。そして気が付く。今まで在った命を蝕まれる感覚が無い事に。

 

瘴気が消えたのか、それとも効果を失ったのか。或いはと、考えて。最悪と言っていい予想が当たった。

 

瘴気が、原初の闇の元へと集っている。その体から噴き出るものでさえも集め、取り込みその口から黒い炎を零れ落としている。

 

何であるのかを考えるまでも無く、其れは必殺のもの。避ける事はおろか防ぐ事も出来ないだろう。放たれた瞬間、彼らは終わる。

 

けれど、それでもレフィーヤは笑う。終わりが目前で在ろうとも笑う。なぜならばそう、すでに勝利という終わりが目の前に在るのだから。

 

「原初の闇。語られた通り世界を、星を滅ぼしかけたのも頷ける強大さだ」

 

声が響く。ローウェンの声が。彼は、見たことも無い程ボロボロでありながら、何時もの調子で何時もと違う銃に弾を込めた。

 

「はっきり言って想像以上だったよ」

 

込められた弾は、かつて放たれた至高の魔弾……ではない。

 

「だが、それでも」

 

それは気まぐれから作り出されたもの。なんでもない、印石というものと同じ原理で銃弾にも出来るのではないかと実験ついでに、始原の印術を刻んだもの。しかし、それは余りに威力が高すぎて銃が吹き飛ぶという結果を残した。故に、そうそう使われる事は無いだろうと口にされた魔弾。

 

 

それが今。印を輝かせ、銃を吹き飛ばしながら放たれた。

 

「勝つのは俺達だ」

 

放たれたその一撃は、零れる黒炎を貫き頭部へ叩き込まれ。

 

 

消し飛ばした。

 

 



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第百四十八話

「良いか?」

「あ、待ってまだ注いでない」

「ねぇ、なんかコップが多いわよ」

「それは拙者が色々と飲み物を混ぜてみようと思って持ってきたやつでござるな」

「挑戦心の塊ですね。冒険者らしいといえばらしいですけど」

「はい取り合えず静かに……ハインリヒ注ぎ終わったか?」

「大丈夫だよ」

「そうか、じゃあ世界樹踏破を祝って」

 

 

『乾杯ッ!!』

 

 

ジェネッタの宿の食堂。そこに響くのは笑い声と、少しの悲鳴。中心に居るのは勿論ギルド・フロンティア一行。所々に包帯が見えているが、それでも確かにそこに居た。

 

原初の闇を乗り越えたからこそそこに居た。

 

「――――――ッあぁ!! うん、やっぱり美味しいわね」

「だねぇ。踏破した後に飲むお酒が一番だね本当に」

「………………」

「あの、ゴザルニさん。食べ物ちゃんと残しておいてくださいよ? あと、ローウェンさんは如何してお酒を瓶で持ってるんですか?」

「飲みにくいからだよ」

 

この状態だしなと、包帯で動かしようがない状態の利き腕を見せる。そういえばそうだったなと頷きながら酒を流し込む。まぁ、手の中であんな爆発もどきが在ったのにそれだけで済んだことはある意味異常なのだが。そんな事に成ったのに当然の様に弾丸を命中させたのも同じく。まぁ其れに関しては何時もの事だが。

 

「というか、飲み始めておいてなんですけど。ここでやってよかったんですか? 酒場もあるのに」

「良かったというか、使ってくれって言われたから使ってるんだよここを」

「え、誰に?」

「ジェネッタ」

「宣伝材料にでもしようって魂胆なのかね。すっごい無駄な事だけど」

「逆に客足が遠退きそうよね」

「そうでもないかもですよね? 結構、この街の人たちも調教されてきてるみたいですし」

「言い方…まぁ、間違ってはいないけれど」

 

そこで否定しないのかとレフィーヤは思った、が口には出さない。正しく、この街はキチガイに因って調教され強く育ったのだから。まぁ、自分で言っておいて否定しないのかなんて言う積りが無いというのが一番の理由なのだが。

 

「しかし、ジェネッタは良いとしてもその妹が良く許したね」

「そういえばそうね……よく考えたら名前知らないのよね、何時も忙しそうで聞く暇なかったし」

「まぁ、名前に関してあれとしても別に良いって言ってたぞ」

「いっては何ですが、何故?」

「金払ったから」

「おぅ、金銭」

 

そりゃ確かに良しとするだろうなと思わずうなずいてしまった。たまにだが宿の金を勝手に使ってしまう姉とやばい程あれな姉の所為で子供としては涙を誘うくらい大人びた子だったし、ちゃんとお金を払って周りに迷惑を掛けない様にすればそりゃそうだろうと。

 

まぁ、それはそうとしても気に成る事が一つできたので、酒を瓶から直接飲んでいるローウェンに問いかける。

 

「そのお金はどうしたんですか?」

「普通に払ったぞ」

「…その、大丈夫なんですか?」

「弾代と予備の銃を買った金額と比べれば大したことない……いや、ほんとはした金だから。いやマジで、自棄になってないから。うん十万消し飛んだだけで自棄になる訳ないし、まじで…まじで! は、はは、ははははははははははははははッ!!………あぁ、あれなんだろう飲みすぎたか? 視界がぼやけてよく見えない」

 

小さく呟いた後にまたも乾いた笑い声を響かせながら酒を飲むローウェン。思わずレフィーヤは目を背けた。なんかもう悲しくて。

 

「まぁ俺の財布が寂しいのは何時もの事なんだがな」

「自分で言いますか?」

「自分の事だから言うんだよ」

 

其れもそうかと思いながら近くに在ったサンドイッチを手に取り口にする。心地の良い辛味にやっぱり辛さは良いなと思うレフィーヤ。

 

ふと、今する様な話ではないがどうするのかと疑問に思った事を口にする。

 

「アルコンさんのお願いというか依頼というかはどうしますか?」

 

それは原初の闇を打倒した直後。冗談抜きで死に掛けていたいた彼らの元に彼女、アルコンが現れさらりと治療を施し、感謝と彼らへの称賛を言葉にした後、彼女が口にしたのだ。

 

もしよければ未知へと挑まないかと。

 

「俺は行くぞ」

「あたしも」

「僕もかなぁー」

「拙者は流石に家族と別れを済ませたいでござるなぁ」

「じゃあゴザルニさんのが済んだらって事ですか?」

「そうなるな」

 

と、ゴザルニ以外即答する。話を聞く限り、海の向こうどころでなく本当に今いるのとは違う星、世界へと旅立つ事になるというのに。もう少し迷っても良かったのではないのだろうかと、彼らと全く同じ意見のレフィーヤは思う。

 

星の外へと至る。全く心躍るじゃないかと。

 

そこにはあの時と同じ景色が広がっているのだろうかと思いをはせながら、楽しみだと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。アルコンと言えば、あれだったね」

「なんです?」

「凄い光ってたよね」

「あぁ……そう、ですね」

 

 

心底どうでもいい事を口にするハインリヒ。どうやってなのかとかそう言った疑問なら兎も角、そんなはいそうですねとしか返せない事を口にされても困るレフィーヤだった。

 



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第百四十九話

さてと、レフィーヤは鞄の位置を直しながら歩く。そこは世界樹の頂き、原初の闇の在った場所。未だにその影響が抜けていないのか薄暗いその部屋の先を目指して。

 

「しかし本当に良いのかしら?」

「何が」

「いつも通りでよ」

「荷物がって事ですか?」

 

確かに、持ってきたものは何時も冒険に出る時とそう変わりない。精々着替え用の衣服や食料が多い程度だ。コバックの言葉も分かる。けれど、それに対してローウェンは言う。

 

「と言ってもこれ以上は持てんだろう。動きの邪魔になる」

「それはそうだけど。これから全く違う場所を目指しているのにって思うとね」

「逆だろう、新しい所だから殆ど荷物を持ち込んでないんだろうが」

「というと?」

「ぶっちゃけ意味がないかもしれないからだ。特に金」

「あぁ、それでかなりの量のお金を使ってたのでござるか」

「使えなくなるかもしれないものを残しておいても意味ないからな。使える処で使った。其れだけだ」

「その割に物は多くないですよね」

「言うな、其れは言うなまじで。俺だって出来ればもっと銃弾を持ってきたかったよ、ほんとに」

 

けれど、先程言ったように今以上に持ち歩くと動きが阻害されてしまうと。何かする度に消費するのは辛いものだなと、いつも通り思うのだった。

 

「しかしだとしても大丈夫なのかい? これから行く場所は全くの未知、星の外だと言うじゃないか。どれだけの道具をそろえようと足りるとは思えないが」

「其れに関しては行ってみない分からんが。まぁ、場合に因っては戻る事も考える、それだけの事だ」

「あぁ、そう言えば途中までならアリアドネの糸が使えると言ってたでござるな」

 

しかしそうなるとかなりの量のお金を使ってしまったローウェンはとても拙いのではないかと思わなくもないレフィーヤ。まぁ、彼の事だからそこをちゃんと考えて残しているだろう。まぁ、もともと彼の消費する要素は弾と宿代くらいなので大量に買い込んだだろうから弾の代金を考える必要が無いから必要な金銭はかなり少ないのだが。

 

 

部屋の奥、扉へと到着した彼らは迷いなく開く。差し込む光は酷く眩しく目を細め、そしてその先に在るものを見る。

 

そこに佇むのは一人の少女、アルコン。そしてその視線の先に在るのは光の渦。思わず何だあれはと見つめるレフィーヤ。他の四人もまた興味深げにその渦を見る。

 

と、そこで今気が付いたかのように振り返るアルコン。彼女は彼らの事を見て、ふむと呟いてから言葉にする。

 

「あぁ、来てくれたのか」

「勿論、というかあんなこと言われてこないとでも思ったのか? 俺たちは冒険者だぞ?」

「それもそうか」

 

と、頷くアルコン。そして改めて彼らの事を見渡して。

 

「では確認として改めて言おう。君たちに頼みたいのは私の護衛だ」

「別の星、新天地に至るまでの間だったよな」

「そうだ。母星との連絡が途絶え、航路はあれど船が無い。ならば星に行くには危険だろうとその航路を航路徒歩で進まなければいけない。だからこその願い、いや依頼だ。何分、私には戦う術がないのでな」

 

まぁ、その術が在るならば頼まないだろう。けれどそれを自覚しているならば何かしら憶えても良いようにおもえるが、まぁ何かしらの理由が在るのだろうとレフィーヤは思う。例えば、原初の闇関係の事で手一杯でそれどころでなかったとか。

 

「そして、其の依頼の報酬は」

「その新たなる地での、冒険…だろう」

「そうだ。不満は」

「在ると思うか?」

 

そもそも在ったならここに来ていない。なんというか彼女は聞く必要の無い事をよく言葉にする。勿論、悪い事だなんて思わないが、確認は大事だ。

 

「さて、では行こうか。準備は出来ているのだろう?」

「あぁ……それにしても」

「なんだ、私に何か言いたいことでもあるのか?」

「随分と楽しそうだと思ってな」

「ふむ、そう見えるか? いや、そうだろうな。その通りなのだから」

 

そう言ってアルコンは笑う。その表情はよく見るものだった。そう、自分たちが浮かべるそれと同じもの。それは詰まり。

 

「アルコンさん、いつから冒険者になったんですか?」

「しいて言うならば昔からか、何せ星から星へと渡り歩いてきたのだから」

「おっと、では大先輩か」

「だが経験で言えば君達には及ばないさ。何せ、自らの足で航路を進むのは初めてだからな」

「だからこそ」

「胸躍る、と言う事だ」

「生粋だな」

「お互いな」

 

アルコンの視線が、光の渦へと向かう。つられる様に彼等もまたそれを見る。

 

「…あの先か」

「そうだ。身を投じれば、目指す場所へと至る為の道へと至る」

「また謎技術だな。樹海磁軸と同じような物か?」

「そう違いは無いのは確かだ。ただ、行き先が完全に固定されているというだけでな」

「ほぉ……もしかしてアリアドネの糸とか樹海磁軸とかがどういうものなのか説明できたりするのか?」

「樹海に磁軸に関してはそうだな、説明に相当の時間を必要とするが。アリアドネの糸に関しては知らない」

「知らないのか」

「残念ながらな。それで、樹海磁軸の説明でも聞くか?」

「いや、自分で解明するさ」

「それでこそだな」

 

さてと、彼女は言葉にする。

 

「この先は世界樹の理の届かない領域。巣くうものはみな強大。細心の注意を払い進まねば、命を落とすことだろう……君たちは、言う必要の無い事だろうがな」

 

言って、アルコンは彼らを見渡し。足を踏み出す。

 

「行こう。新たなる星に向かって」

 

そして彼らは、光へと身を投じた。



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第百五十話

「そうして私たちは空の上、星と星とを繋ぐ航路へと足を踏み入れた訳です」

 

夜、星々の輝く時間。レフィーヤは、今までの冒険を目の前の少年に語っていた。本当は暇つぶし程度の積りが思ったよりも少年が楽しそうに、そして目を輝かせながら夢中になっているものだからついその気に成ってしまっていた。

 

「何やってんだ?」

「あ、ローウェンさん。もう交代でしたっけ?」

「いや、ちょっと用が在っただけだ」

「そうですか」

「で、何やってんだ?」

「あぁ、今までの冒険の話をしてたんですよ。詰まり…昔語り?」

「昔って程でもないだろ」

「其れもそうですね」

 

頷きながら、レフィーヤは目の前に座る。興奮して今にも叫びそうで、けれど夜だからか我慢していると分かる少年を見る。

 

「思ったよりも楽しいですよ。すっごい良い反応返してくれますし」

「あぁ、そう言えば冒険譚をよく読んでたらしいな。祖父作のらしいけど」

「でも、でたらめでは無かったですよね」

「俺からは何とも」

 

そこまで詳しくないのでねと、ローウェンは肩を竦める。まぁそれも当然なのだが。と、そこで漸く落ち着いてきたのか、しかしそれでも未だに目を輝かせながら少年は言葉にする。

 

「あの、あの! それでその、航路での冒険はどうだったんですか?!」

「あ、あぁ………あそこ、あそこでのは、そのなんというか」

「これと言って無かったぞ」

「え?」

 

そうローウェンの言う通り、これと言って語るようなことが無いのだ航路に関しては。いや確かにモンスターは強力だったが、其れは何時もの事だし。探索も上にいったり下にいったりと繰り返してばかりで語るのがとても面倒だ。あとはそう、航路の一部が消滅していて遠回りしなくてはいけなくなった程度の事しかなかった。

 

要するに聞く側も語る側もそこまで楽しめるものでは無いのだ。いや、少年ならば楽しめるかもしれないが。

 

「そう、何ですか?」

「ですね。これと言って主と言えるようなモンスターもいませんでしたし」

「楽しかったは楽しかったけどな。語るとしたら面白くないだけで」

「そうですね。語るには面白くないですね」

 

というか、すぐに語り終わってしまう。歩きながらモンスターを撃退していた。以上である。山も谷も皆無だった。

 

「そうですか。そういう事もあるんですね」

「世界樹付近以外は大したことは余り起こらないからな」

「そうなんですか?!」

「なんで驚いてんだよ。おい、レフィーヤなに吹き込んだんだよ」

「別に普通の事ですよ。侵入したF.O.Eを囲んでボコボコにした後、吊るし上げて火炙りにしていたら周りで踊り始めた一般住民たちの話とか」

「あぁ、在ったなそんな街。流石にどうかと思ったけどな」

「笑いながら参加しましたけどね」

「だな」

 

あれは楽しかったなぁ、なんて思い起こす。なんか少年の表情が引きつっているが仕方ない事だ。だって彼は一般人だし。まだ、だけれど。

 

それにしても、と。夜空を見上げながら思い、呟く。

 

「まさかって思いましたよ本当に」

「何の話だ?」

「ここがどんな場所か知った時ですよ」

「あぁ、なんか凄い表情してたなお前」

「そりゃそうでしょ。全く未知の場所かと思ったら知ってる人が居たんですから。驚かない方が可笑しいでしょう」

「まじかぁ!! って叫んだしなお前」

「オーバーロードの言葉を思い出して、其れってそういう事だったの?! ってなりましたからね……改めて考えるとオーバーロード知ってたって事ですよね」

「相変わらずオーバーロードがやばい」

 

何時まで経っても勝てる気がしないというかどうやったら勝てるのかと逆に訊きたくなる位だ。

 

「あの、一つ訊いても良いですか?」

「はい?」

 

と、少年が口を開く。訊きたい事、さてそれはなんだろうかと思いながら、視線で軽く確認するようにローウェンを見ると別に良いようだ。だから少年を見ながらレフィーヤは先を促す。

 

「どうやったらレフィーヤさん達みたいに英雄に成れますか?」

「英雄じゃなくて冒険者なんですけど」

「まぁ、やってきたことを考えるとそう言えれても可笑しくは無いのかもしれないが」

 

三回程世界の滅びを何とかしてるしねとレフィーヤは思う。が、少年の問いははっきり言って訊かれても困る事だ。

 

「もう一度言っておきますけど、私たちは冒険者です。英雄では在りません」

「でも」

「貴方はそうだと思って居る、って事でしょう?」

「はい!!」

「はぁ、じゃあ言いますけど」

「はい!!」

「私には分かりません」

 

そう答える他なかった。実際、分からないし、英雄のなり方なんて。

 

「そう、ですか」

「えぇ、申し訳ないとは全く思って居ませんけど一応謝っておきます。ごめんなさい」

「え、えぇー??」

「けど、そうですね。英雄にはっていうのは分かりませんけど。一つだけ言える事は在りますよ」

「なんですか?」

 

首を傾げる少年。なんだか可愛らしい其の仕草に、少し笑みを浮かべながら言葉にする。

 

「貴方は、故郷を飛び出して私たちに付いてきました」

「はい。その、迷惑だとは思って居ますけど」

「別にそんな事は無いから良いですよ。そして重要なのはそこです」

「え、そこって飛び出した事ですか?」

「そう、飛び出した。言い方は悪いですけど、まぁその通りだから我慢してください」

「……はい」

 

と、縮こまってしまう少年。やってはいけない事をしてしまったと思って居るのだろう。けれど。

 

「それを気にする必要は無いんですよ」

「え?」

「だって、ずっと同じ場所に居たら出来る事はたかが知れてますし」

 

そう言う意味では。

 

「私たちに付いてくるって、選択して行動した貴方はとても凄いですよ」

「凄い?」

「えぇ、案外少ないですからね。それが出来る人は」

 

レフィーヤは微笑みを浮かべながら言葉にする。

 

「貴方は英雄を目指して歩み進む事の出来る冒険者であると、貴方の思う英雄である冒険者の先輩の私が保証してあげますよ」

「レフィーヤさん」

「だから貴方は貴方の思うままに、ですよ。分かりましたか?」

「はい、はい!!」

「よろしい、さぁそろそろ寝た方が良いですよ?」

「分かりましたおやすみなさい」

「はい、おやすみなさい。で、ローウェンさんはっていない」

 

まぁ、まだ交代の時間じゃなかったしなと思いながら。もう一度、夜空を見上げる。さてまた暇な時間の始まりだ。警戒を怠ることなく、どうやって暇をつぶそうかと思い。考えてみる事にした。

 

一つ、これからの冒険の事。

 

一つ、それは少年がどの様な冒険をするのかを。

 

案外、悪くないかもしれない。考えただけでも心が躍るというものだ。あぁでは考えよう、思い浮かべよう。この知っているど何も知らなかった星で紡がれる二つのこれからを。

 

ギルド・フロンティアと、ベル・クラネル少年の冒険を。

 

 

 

 

 

「しかし、思ったより早い帰郷になったなぁ」

 

そんな呟きが、小さく響き溶ける様に消えた。

 



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星海の来訪者と神々の願い
第百五十一話


それはずっと昔の話。
世界にその穴が生まれた直後の事だ。
その災厄は現れた。

多くの命が失われた。
余りに傷つき過ぎていた僕達には抗う事が出来なかった。

けれど、それでも僕たちは諦めなかった。
だからそれを封じることができた。

その事実を、皆は忘れてしまったけれど。

だって彼らは……神様に成ってしまったのだから。



天高く聳えし塔、名をバベルとするそれを象徴とする街、オラリオ。

 

世界で唯一、ダンジョンと呼ばれるものが存在するそこに、ギルド・フロンティア一行は居た。目的は当然、ダンジョン。もっとも細かいところまで行くと色々と在るのだが、やはり大きな目的は其れだろう。

 

遥か昔から、多くの者たちが挑み。それでも未だ踏破したものは存在しないそこへと至らんとする彼らは今。

 

「……あぁ」

 

ぐったりしていた。それもう、見るからに体調不良だと分かるほどに、ベンチにうなだれていた。

 

「レフィーヤぁー」

「なんですかぁ」

「君、よくこんな場所で暮らせてたね」

「自分でもびっくりですよ」

 

空気が淀んでいる。悍ましい気配が精神を蝕む。前に、事故の様な形で戻ってきた時も感じたが、今はもっと酷い。そう言ったものをちゃんと感じ取れるほどに成長したと喜べばいいのか、感じ取ってしまう事を嘆けば良いのか。まぁ、どちらでもいい事だ。気分が悪すぎて、其れ処ではないし。思う事と言えばやっぱりオラリオの住人って凄いな程度のものだ。勿論、いい意味では無いが。

 

「そういえば良いのでござるかぁ?」

「何がですか?」

 

ぐったりしながらそう言葉にすると、同じくぐったりとしたゴザルニは言う。

 

「えっと、えっと、ろ、ロキ? ファミリアでござったか。そこに向かわなくていいのでござるか?」

「あ、あぁー…そうですねぇ。行きたいは行きたいですけどぉ」

「けど何でござるか?」

「今の状態で行きたくないですねぇー」

 

弱り切っている状態では行きたくない。そんな姿をロキに、二人目の母に見せたくはない。出来るだけ早くという気持ちはあるが、そちらの方が強いのだ。心配させたくないと。

 

「複雑でござるなぁ」

「ゴザルニさんだって分かるでしょう?」

「拙者の親の事を考えるでござる」

「……あぁ、そうでしたね」

「因みに同じ状況だと味付けのされていない焼きすぎな肉を突っ込まれるだけでござる」

「どうしてそうなる」

 

余りの発言に口調が可笑しくなるレフィーヤ。そして通りすがりの神が見事な二度見を炸裂させていた。嘘であるかどうかが分かるからこその衝撃と言った処か。

 

「肉を食べれば治るとでも思ってるんですか?」

「知らないでござる。ただ言える事は腹痛の時に詰め込まれると死ぬほど辛いと言う事でござるな」

「その、よく食べる事が嫌いになりませんでしたね」

「だからこそと言った感じでござるな」

 

そんなものかと思いながら、脱力。やはり不快感がやばい。このまま死んでしまうのではと思う程だ。気分転換に何かしたいが、これと言ってやる事がない。今の状態で辛い物を食べても戻してしまいそうだし。

 

「……ローウェンさんはまだ戻ってこないんですかぁ?」

「来ないねぇ」

「まぁ、鍛冶屋に行くだけなら兎も角、色々と話をしなければいけないのでござるから拙者達よりも時間が掛かるのは当然でござる」

「そうなんですけど……あぁ、駄目だこの街から去ってしまいたい。けど」

「けど」

「ダンジョンにも行きたいです!!」

「正直でござるなぁ」

「隠す事じゃないですからね」

 

挑みたいと思うのは冒険者として普通の事なのだから。

 

「そういえばさっきからコバックさんなにも喋ってませんけど?」

「寝てるぞ」

「うわぁ、すごぉい」

 

よく寝られるなと、立ったままで。コバックだからと言えばそれまでなのだが。

 

「あ」

 

と、遠目に歩きながら近づいてくる人物を見る。それは勿論、ローウェンだ。彼はいつもと変わらない様子で、けれどよく見れば落ち込んでいるようだ。また駄目だったようだ。

 

「お帰りなさい。駄目でしたか」

「駄目だったなぁ」

「そろそろ数的に拙いんじゃないの?」

「そうなんだが、だからと言って質を捨てるわけにもいかんだろう。下手な物を使うくらいなら弓矢の方が何倍もましだ」

「…弓矢使えるんでしたっけ?」

「ガンナー嗜みだ」

 

ガンナーとは一体。ちょっと良く分からなくなったレフィーヤは軽く頭を振ってから、重要な事を問いかける。

 

「ダンジョンの方はどうしますか?」

「そうだな。少しどころでなく空気が悪すぎるし、本格的と言うのは止めといた方が良いだろうな」

「後回しですか。まぁ妥当と言えますかね。休みが休みになりそうにないですし」

「あぁ」

「けど、だからと言ってダンジョンに向かわないなんて事は無いですよね?」

「おいおい。お前は何を言ってるんだ? そんなの当然、行くに決まってるだろう。まぁ軽く確認程度だけどな」

「そうですか。其れで何時?」

「そうだな……問題が無ければこれからなんだが」

 

さてとローウェンは笑い、見る。そして、これからという一言を聞いてカチリと切り替わり、顔色も変わる。先ほどまで死にそうだった人物と同じとは思えない笑みが浮かぶ。だらけていたゴザルニも、ハインリヒもそうで。眠っていたコバックも何時の間にか起きていた。

 

さてと、軽く腕を動かしながら確認する。

 

「じゃあこれからですね」

「あぁ。それと、そうだな色々と知っているだろう…あぁ、サポーターだっけ? も、雇った方が良いか」

「おや、私でも案内できたかもしれませんよ?」

「数年前の情報を頼りにか?」

「おっとこれは失礼。余り意味がなさそうですね」

 

情報の鮮度はとても大事だ。そういう意味ではサポーターというのはとても良い。知って居る事は多いだろう。勿論、上層と言われる場所に関してはだろうが。流石に、下層や深層の情報を求めるのは酷というものだから。

 

「で、どこで探しますか?」

「バベルの前」

「あそこですか、確かにあそこが良いでしょうね」

「だろう? さて、という訳で行くが…大丈夫か?」

 

確認するように言葉にするローウェンに向かって皆、頷いて見せる。不快感がある事に変わりないが、その程度如何にかするのが冒険者だ。休むと言う事が阻害されても、冒険そのものに支障など全くない。

 

時折感じる視線を掻い潜りながら彼の言うサポーターを探しに彼らはバベルに向かって歩き出す。

 

 



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第百五十二話

バベルの前。其処はバベルの内にある店舗に用が在る者や、ダンジョンへと挑む冒険者たち。或いはただの通行人など、多くの人々が行き交っていた。

 

その様子を横目で見てからレフィーヤがローウェンが見つけた、というか捕獲したサポーターを見る。

 

犬の様な耳の生えたとても小さな少女。特徴というか目を奪われるのは巨大な鞄だろう。よく背負えるなと思いながら、もしもそれに荷物を積めてなお動けるならこれ以上は無い、と取り合えず話を聞こうと無駄の一切を廃した音の無い疾走に因って一瞬にして連れてきたのだ。

 

まぁ、其の所為でとても怯えているのだが。

 

「あ、あの?」

「取り合えず、名前を聞いても良いか?」

「ひッ!? あ、え、リ、リリルカ…アーデです」

「そこまで怯える必要は無いぞ。これと言って何か害するような事をする積りは無いから…今は」

「今?! い、今はって言いませんでしたか?!」

「おっと口が滑った。なに、気にすることは無い」

「気にしますよ!!」

 

この世の終わりの様に顔を青くする少女、リリルカ。まぁあんな言い方されたら大抵の人はそうなるだろうなとは思う。因みに、レフィーヤはその大抵から外れる。

 

「まぁ、さっきのは冗談としてだ。単純に君を雇いたいだけだ」

「や、雇いたい? リリをですか?」

「そう、いやぁ見た瞬間これだって思ったね。因みに報酬はちゃんと用意するから大丈夫だぞ」

「え、あの、え?」

「まぁ困惑するのは当然ですけど、言ってることは本当ですよ」

「は、はぁ」

「だから気にせず思う様にすればいいんですよパルゥムのリリルカさん」

 

そう言葉にした瞬間、リリルカの表情が酷く引きつった。何を言って居るのかと言おうとしたのか口を開き、レフィーヤ達に囲まれている事に気が付いた表情が死んだ。

 

「あぁ、そうですか。リリはここで終わるのですね」

「勝手に諦めるのは良いが取り合えず雇われるかどうかを決めてほしいんだが?」

「煮るなり焼くなり好きにしてください」

「ちょっとあれな状態だが……まぁ、良いだろう。今回はただの確認だし」

 

そう言いながら、バベルに向かって。その下に在るダンジョンに向かって歩き出す。それに付いていくレフィーヤ達。リリルカの表情は変わらず死んでいるがまぁ気にすることでもない。油断や慢心という訳では無いが、さっき言ったように確認だ。今の状態なら嘘など言わないだろうし寧ろ好都合かもしれない。

 

「あぁ、そうだ名乗り忘れてたな。俺はローウェンだ。人外呼ばわりされているかわいそうな男だよ」

「レフィーヤ・ウィリディスです。ローウェンさんの事を人外呼ばわりしてる女です」

「ゴザルニでござる。そしてレフィーヤ殿と同じくでござる」

「コバックよ。レフィーヤと同じく人外予備してる男だよ」

「ハインリヒだよ。さらに同じく」

「あれ、俺いじめられてない?」

 

なんて、ふざけながら強まる不快感を踏みつぶす。この程度で止められると思うなよと宣言するように、変わらず五つの笑みと無表情一つは、ダンジョンへと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、彼らは全力でダンジョンから逃走した。

 

「ちょ、ちょちょ、ちょぉぉおおおおお?!」

 

コバックに担がれたリリルカが叫び声をあげている。けれどそれを気にしている余裕がなかった。

 

「やばいやばいやばいやばいッ!!」

「あれは無いでござる。流石に無謀でござる」

「想像以上では在ったな。まじで」

「洒落に成らないのは確かね」

「私に、あれの中に入ってたんですか?! うわぁ、うわぁぁあ――――――ッ!!」

 

阿鼻叫喚。皆が皆、冷や汗を流しながらオラリオを駆け抜ける。理解してしまったから止まらず走る。

 

ダンジョンが何であるのか。

オラリオが何の為に在るのか。

 

そして、それが前にレフィーヤが思った事以上で在った。万全だったならばいい、其れならばまだ対処できるだろう。伊達に滅びそのものを乗り越えていない。けれど今は駄目だ。万全とは言ってはいけない。そんな状況で在れと相対する可能性など在ってはならない。

 

だからこそ彼らはオラリオから出来る限り離れるために走っていた。

 

人たちの意識から逃れる様に走りながら、顔色が優れない、処でなく死相が浮かびそうな程のレフィーヤは思う。それは今まで自分が、自分たちがどれだけ馬鹿げた事をしていたのかと。出来る事ならファミリアの人たちにも伝えたい。

 

けれど駄目だ。主神であるロキならば良いだろう。嘘で在るかどうかを分かる彼女ならば問題ない。だが、冒険者たちは駄目だ、無理だ。ロキが言っても、如何こうなるとは思えない。

 

神がなんと言おうと、団長がどれだけ優秀でも、団員がどれだけ素晴らしくても、ファミリアが組織で在るからこそオラリオからそう簡単には動けない。オラリオ最強とまで言われるロキファミリアであるからこそ、事実だとしても逃げられない。

 

なんと言う事かと歯を食いしばりながら、それでも走る。ここに居ては駄目だという冒険者としての経験に従って。

 

遠く、遠くへと逃げていく。

 

オラリオから。

ダンジョンから。

 

人々に、神々に、命ある者たちに。

 

 

 

 

ダンジョンと呼ばれている……モンスターから逃れる為に。



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第百五十三話

オラリオのダンジョン。その事実を前に、逃走を選択したギルド・フロンティア一行。

 

「ぶっちゃけ無理だなあれは」

「そうねぇ」

「勝つ負けるとかそういう以前に戦いが成立しませんもんね」

「そこにモンスターがずっと湧いて出るって話だかしねぇ」

「まぁ、そうでござるなぁ」

 

『今の所は』

 

当然の様に諦める積り皆無な彼らはオラリオという街の外に居た。

 

「まぁ、ダンジョン、というかモンスター……モンスター? あれはモンスターで良いのか?」

「ダンジョンそのものだものね。ちょっと同じ扱いで良いのか迷うわよね」

「そうでなくてもでかすぎるしねぇ」

「あ、でも改めて考えるとダンジョンそのものとは限らないですよね。一階だけとか…その、だといいなぁ思いますはい」

「願望じゃねぇか」

「その通りですが何か?」

 

別に悪い事じゃないだろう。それを迷宮内に持ち込んだりしないし。それをローウェンも理解しているからこそおすかと呟くだけで終わらせる。そして改めてこれからどうするのかを話し合う。

 

「取り合えず、俺の銃弾事情を何とかしないといけないんだよなぁ。あそこ、というかあれに挑むとしたら」

「だとしても焼け石に水な気もしますが」

「現実を突き付けてくるなお前は。その通りなんだがな」

「急所がどこなのかさっぱりだものね」

「というか何処攻撃したら当たるんだよ。壁か?」

「割と魔法で吹っ飛ばしてましたけどこれと言って反応無かったような気もしますからそれは無いかと」

「そうか、と言う事は壁の奥に居るのか。それとも単純にその程度じゃかすり傷とも思って居ないのか。さてそれを踏まえて考えると…どうしようか」

「そうですねぇ」

 

さて、じゃあどうしようかとああでもないこうでもないと話し合い、そう言えばと思い出した様に視線を向けるのは、コバックが攫ってきてしまったリリルカだ。

 

「…あぁ、如何しますか?」

「如何するって戻すわけにもいかんだろう。誘拐じみた事したわけだし…コバックが」

「あたし!?」

「いや普通にそうだろ。ダンジョンから出る時にって言うなら兎も角、ここまで連れてきた時点で駄目だろ」

「ですね。あ、すみません離れてもらえますか? 共犯と思われたくないので」

「酷い!」

 

そう言われても実際そうなのだからしょうがないだろう。オラリオから連れ出した時点で完全に誘拐だし。無駄に気配を断ち視線から逃れながら街を出たからそれを見た人はどれだけいるかは分からないが、戻れそうにない。

 

詰まり完全にコバックが戦犯である。お陰でオラリオに戻れなくなってしまった。まぁ、戻りたいような場所では無いけど、ロキファミリア以外。

 

さて、其れは置いておくとしてリリルカの事だ。何故、なんて言うまでも無いだろうが状況に付いていけず呆けた様に空を見上げている彼女を如何するのかだが。

 

「…雇い続けるか」

「良いんですか? いやまぁ、此処までコバックさんが、そうコバックさんが連れてきてしまったとはいえそこまですると流石に厳しいのでは? 金銭的に」

「二回言わなくても」

「まぁ、金については如何にかすればいいだけだしな」

「其れはそうですか。雇っても別に良い事ないですよね?」

 

ダンジョンという巨大モンスターにすぐに挑むことは無くなったゆえに、其れに関しての情報。というかそうであると分かった時点でそこまでの意味が在るのか分からなくなったそれを知っても意味がないのではとレフィーヤは思いながら言葉にして。

 

「いや、あれ関係だ」

「あれ? って……あぁ、成程。確かにあれの事を考える悪い事では無いですね」

「だろ? ハインリヒが問題なく動けるようになるしな」

「でも流石にその問題は解決してるのでは?」

「あいつがそれをするか??」

「……無理ですね」

 

思い浮かんだ姿に、重く深いため息を吐きながらそう言葉にする。あの変態がそんな気の利いたことをするわけがないと。

 

「と言う事で雇い続ける事にしたしたから。いわゆる長期雇用ってやつだな」

「はぁ…そうですか」

「ふむ、嫌か?」

「いえ……そういう、訳では」

「何ならちょっと手間だが今からでもオラリオに」

 

「やめてください!!」

 

リリルカの絶叫が響く。唐突なそれに驚きつつ、それがまるで悲鳴の様に聞こえた。だからこそ、ローウェンは軽く確認するように視線を向けてレフィーヤに向けてから。顔の青ざめた震えるリリルカを見る。

 

「まぁ、そう言う事ならオラリオにっていうのはやめておくとしよう。だが雇われるかどうかに関してはちゃんと答えてくれないと困るんだが」

「……よろしく、お願いします」

「はい、よろしく」

 

と、軽く握手する。と言っても傍から見れば無理やり手を取っている様に見えるのだが。まぁ震えている所為でというのもあるが。

 

「良し、良い感じの人材も入った事だし。一度確認がてらあそこ行くか」

「寧ろ拠点にしても良いのでは?」

「あぁ……そうだな、まぁそこら辺はちゃんと話し合ってからだな」

「あの、あそこってどこですか?」

 

と、相変わらず顔は青ざめているリリルカが問いかける。まぁ分からないのは当然かと思いながらレフィーヤが答えた。

 

 

「ラキアですよ」



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第百五十四話

ラキア王国。アレスという神を信仰するファミリアであり、非常に肥沃な大地を有する緑豊かな国で在る。主神の気性故に軍事国家としての側面を持つその国の王都は、それはそれは立派な王城と城下町が存在する。

 

の、だが。

 

「………あの」

「なんですかリリルカさん?」

「その、訊きたいことが在るのですが」

 

そう、控えめに居ながらリリルカは遠くからでもよく見える王城を指差した。

 

「何で城から煙が上がってるんですか?」

「どこかの変態がやらかしたんだと思いますよ」

「…なんで城の一部が崩れ落ちてるんですか?」

「どこかの変態が吹っ飛ばしたんだと思いますよ」

 

実際、変態がなにかを吹っ飛ばすのは何時もの事だ。と、言葉にすればリリルカは頬を引きつらせて、視線を城から街へと向ける。

 

「その、なんか街も色々と可笑しいように思えるのですが」

「可笑しい?」

 

何がだろうと、レフィーヤも見渡す。見えるのは道を歩いている住民と巡回しているのだろう衛兵。それに以外にはヒャッハーしながら道を滑る様に移動している冒険者位しかいない。

 

ふむと、冒険者が止まれずに樽に突っ込んだのを見てから、視線をリリルカに向けて。

 

「いつも通りですよ」

「これが?!」

「そうですよ……あ、でも」

 

改めて見渡して、ある事に気が付く。

 

「冒険者は増えましたね」

「それ、どうやって判断してるんですか?」

「服見れば分かるでしょう」

「いえ、分かるでしょうって言われても」

 

分からないと言いたげに見渡すリリルカ。そして樽の残骸から這い出てきた冒険者を見てから暫くすると、あっと気が付いたように声を零す。

 

「レフィーヤ様が着ているのと似てますね」

「様? まぁ良いけど。で、服が似ているっていうのはその通りなんですよ。理由としては冒険者である事と、役割が分かり易いようにというものですね」

「成程…オラリオではそういうのは無かったと思いますけど」

「まぁ、あそこはファミリアで区切りが出来てますからね。そこまで気にする必要が無いのは確かですから」

 

ラキアにしても今までそれを必要としてなかったのは単純に冒険者で無かったというだけだし。

 

「そうなんですか」

 

と、何とか納得しようとしているのか何度も頷くリリルカ。そして改めてラキアの城下町を見渡して。

 

「…思ってたよりも、活気が在るんですね」

「オラリオに負け続けな割にはって事ですか?」

「あ、そう言う訳では」

「別に否定する必要は無いですよ。ぶっちゃけその通りだったので」

「え、えぇ?」

「ここに最初に来た時はなんというか、疲れ果ててるって感じでしたし」

「そうなんですか?」

「えぇ、勝った負けた関係なく戦うのって疲れますし。それの大規模版である戦争が疲れないなんて事は在りませんし。負けたらそれこそ精神的にきますからね」

 

そこに加えてラキアの主神が勝てなくても勝つまで戦えばいいのだ的な思想をしているのは、団長である国王も只管に神の言葉にうなずく事しかしなかった。だから、どれだけ疲れていようと戦い続けなければいけない、其れなのに全く勝てない。結果、どうなるのかは考えなくても分かるというものだ。

 

「それなら何で」

「さぁ? 私には理由なんて分かりませんよ。いや本当に、なんでこうなったのか」

「……何かしたんですか?」

「何故そんな疑うような視線を向けてくるのか。まぁ、でも何かという意味では確かに技術指南的な事はしましたね」

「技術?」

「えぇ。神の恩恵を必要としない、人が人のまま戦えるようになる技術ですよ。リリルカさんだって覚えれば使えるようになりますよ? そういうものですから」

「そんなものを知ったならすぐにオラリオに攻めてきそうなものですが」

「なんででしょうねぇー。私はただ言われた通り技術を教えた以外には冒険者としての魂に火を付けただけなんですけどねぇー。そしたら何故かヒャッハーする人が増えましたけどねぇー。なんででしょうねぇー」

「其れが原因でしょう。明らかにそれが原因でしょう!!」

「知ってますけど?」

 

その程度の事も理解できない程頭が悪い訳ないだろうと、レフィーヤはリリルカに言う。すると彼女は小さな体を震わせてから、肩を落とした。

 

「なんか、もう言うだけ無駄な気がしてきました」

「その通りです。理解が速くて結構」

「…そうですか」

 

酷く疲れた様子のリリルカ。その疲労の原因は勿論自分で在るのだと理解しているのでレフィーヤは申し訳なく思って……まぁ、居ないのだが。自分たちとの関わり方を教えているのだ、疲れるのはしょうがないと言えるだろう。

 

「それで、どこに向かっているのですか?」

「あぁ言ってませんでしたっけ? 変態の所ですよ」

「そうですか、変態の変態?!」

 

驚いたように立ち止まり大きな声で言葉にするリリルカ。そんな変態なんて大声で言って恥ずかしくないのだろうか。いや恥ずかしいのだろう、顔真っ赤だし。

 

「す、すみません。それその、変態というのは間違いですよね?」

「間違いじゃないですよ? どこからどう見ても変態で変人なキチガイですから」

「悪化した?!」

「まぁ、そう言いたくなりますよね。でも腕は確かなんですよね困った事に」

 

変態で変人でキチガイだからこそともいえるのだが。如何しても色々と投げ捨てた人は優秀に成ってしまうのだ。とてもあれだが。

 

「え、あのリリが一緒である必要は」

「残念でしょうけど在るんですよねこれが」

「そんな」

 

恥ずかしさから赤くしていた顔が青くなっていく。そんなに会うのが嫌なのかと。いやまぁ、そうだろうなとは思うけど。

 

「取り合えず、さっき貴女が言ったように何を言っても無駄ですから何を言われても適当に聞き流しておけばいいですよ」

「そうしないとどうなるんですか?」

「長時間拘束されるか……染まります」

「そま、染まる?」

「変態に成ると言う事ですよ」

「分かりました無視します」

「其れで良いと言っておきましょう」

 

まぁ、出来ないと思うけれど。あのキャラの濃さを無視できるとはとてもできないしと思いながらも口に出さず。目的の場所。ラキアの大工房に向かうのだった。



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第百五十五話

ラキアの大工房。それは在るものを造る為に必要な物と者が集められた文字通りの大きな工房だ。其処では日夜問わず職人たちが試行錯誤に励み、より良き物を作り出さんとしているそこは。

 

 

別名、変態の巣である。

 

 

「ここは相変わらずですねぇ」

「あの、え、あのここ」

「あぁ、そこら中から奇声が聞こえるのは気にしては駄目ですよ」

 

まぁ、出来ればとしか言いようがないがと思いながら、柱に頭を叩きつけているパルゥムの女性が見えたが無視しながらどんどん進んでいく。そしてその姿を見て悲鳴をあげそうになっていたリリルカも付いてくる、涙目で。

 

「怖い、此処怖いです」

「煮詰めた狂気にキチガイと変態を漬け込んでいるような場所ですからねここは」

「ここもレフィーヤさまが?」

「流石に違いますよ。私が、というか私たちがしたのは国のトップに変態を押し付け、もとい紹介しただけです」

 

詰まり、他の奴らは速攻で染まったか勝手に集まってきたと言う事だ。というか前訪れた時よりもかなり人が増えている。なんという事だ、恐ろしいを通り越して悍ましいなと、レフィーヤは楽し気に笑いながら思う。

 

「お? おぉ、ウィリディス氏ではないですかー。おひさしゅう!!」

 

と、工房の奥から声を響かせながら近づいてくる人物が一人。思ったよりも速く気が付いたなと思いながら視線を向けて、レフィーヤは固まった。如何したのかと背に隠れていたリリルカも顔を出し、固まった。

 

そんな二人など知らないと言わんばかりに笑顔を浮かべながら美しい金色の長髪を……右半分からのみ生やしたエルフが走り寄ってくる。

 

「えぇ、久しぶりです。と言っても数か月程度しか経ってませんけどね」

「いやいや、数か月でも十分久しぶりと言うべき時間の流れでしょうて」

「そうですかね?」

「はい!! して、此処に来たと言う事はあれですね」

「はい」

「やはり!! では早速見ていただきましょうか!」

 

こちらへと促され歩いていくレフィーヤに驚いたように視線を向けるリリルカ。あの頭に関して何も言わないのかと言いたげだ。だが、其れに関しては無視しろとしか言えない。

 

「と、そう言えばそちらのお嬢さんは初めましてですな。エヴィー・ショートと申します」

「えぁ?! あ、リリルカ・アーデです」

 

宜しくとリリルカに向かって言葉にするエヴィー。宜しくしたくないと彼女の顔に出ているが完全に無視である。そして暫く歩いていると、扉に辿り着く。

 

「さ、この中ですよ」

「ちゃんと直ってるんでしょうね?」

「勿論!」

 

心底楽しそうに笑いながら扉を開くエヴィー。さてそこには何が在るのだろうかと、震えながらも少しの好奇心からリリルカは覗き込む。

 

「……なんですかこれ?」

「あぁ、これですか? これはですね」

 

そこに在ったのは。

 

 

「気球艇って言うんですよ」

 

 

「気球……艇」

「えぇ、因みにこれ、空を飛べるんですよ」

「空を?……これが」

 

信じられないと言った様子のリリルカは、ふらりと気球艇に近づいていく。余り近づきすぎては危険ではないのかと視線をエヴィーに向けると、大丈夫だと言わんばかりにサムズアップ。まぁ、そう言う事ならと、自身も確認の為に、近づく。

 

「……大きい」

「そうですね。尤も、冒険をする為にていうだけなら大きすぎるくらいなんですけどね。有効活用為しますけど」

「冒険、冒険? これを使ってですか?」

「使ってというより乗ってという方が正しいんですけどね」

「これで……何処までですか?」

「しいて言えば、何処までも……ですかね」

 

その言葉に、リリルカは呆けたように気球艇を見上げた。しかしレフィーヤは見逃さなかった、彼女の瞳が、少しとは言え、冒険という言葉と、何処までもという言葉に反応し輝いたのを。成程とレフィーヤは頷いた。彼女もまたそうなのだろうと。

 

「…それで、これがどうしてリリと関係しているのですか?」

「あぁ、それはですね。まぁ、若しかしたら関係なくなるかもしれませんけどね」

「え?」

「取り合えず確認してですね。エヴィーさん、乗っても大丈夫ですよね?」

「何の問題も無いとも!!」

「と言う事なので、行きますよ」

「は、はい」

 

慌てて、しかし何処か楽し気に専用の梯子を使って上に上がる二人。もっとこう、行き来が楽になる様にしないのかと思わなくも無いが、それはそれ。なんの問題も無く上がる事が出来た。

 

そして、重要なそれを確認に向かい。手で顔を覆った。

 

「あの、これはなんですか?」

「あぁ、これはですね。舵輪、舵輪? で良いんだっけな? まぁ、気球艇を操縦するための物だと思えばいいですよ」

「そうですか。凄い重要な物なんですね」

「凄い重要な物ですよ」

「………小さくないですか?」

「小さいですよ、パルゥム位しか真面に扱えない程に」

「…あ、若しかしてリリがその、雇われたのって」

「そうですよ」

 

何故そうなったかと言えば変態が馬鹿だったからと言う他ない。ちゃんと要望通りに仕事してくれるアスラーガやハイ・ラガード、アイオリスの技術者を見習ってほしいものだ。まぁ、エヴィーは研究者よりなのだが。

 

「ハインリヒさんでも操縦は出来るんですけどね。どうしてもそれに手一杯に成っちゃうので。前々から誰かをって話はしてたんですよ」

「それで…でも」

「操縦なんてしたことない、って言いたいんでしょう?」

「……はい」

「逆に訊きますけど、操縦したことのある人ってどれだけいると思ってるんですか? はっきり言ってハインリヒさん以外居ませんよ?」

「それは、だとしても」

「と言うかですね」

 

リリルカの両肩に手を置く。

 

「貴女はもう私たちに雇われました。だから、ちゃんと仕事してください」

「その仕事がちゃんと出来ないですよ」

「やってもいないのにそんなこと言わない。それに仮にできなかったとしても」

「しても、何ですか」

 

「操縦できるようにするので大丈夫です」

 

「それリリが大丈夫な要素全然ですよね!?」

「まぁまぁまぁ、気にしない気にしない」

「しますよ!」

「じゃあ嫌なんですか? これを操縦して空に出るのが」

「それは、その。出てはみたいですけど」

「なら其れで良いじゃないですか」

「でも」

「良いですかリリルカさん」

 

言い聞かせる様に、しっかりとリリルカの瞳を見ながら、レフィーヤは言葉にする。

 

「貴女が何に縛られ、苛まれているのかは知りません。話してもらってませんし」

「……言っても、分かりませんよ」

「えぇ、その通りでしょう。ですが、一つだけ言える事が在ります。其れこそ断言できます」

「何を、ですか?」

 

「今なら貴女は、自由に成れるって事ですよ」

 

「自由?」

「そうです。でも今の貴女はまだ自由では在りません。何故だか分かりますか?」

「……いいえ」

「其れはですね……私も分かりません!!」

 

勢いよくズッコケるリリルカ。そして言葉にされるまでも無く、表情を見れば察することができる彼女の思った事。即ち、分からないのかよ!! である。

 

「別に可笑しなことじゃないでしょう? 私、貴女では無いんですから」

「それはそうですけど、えぇー?」

 

なんだか気の抜けた声を零すリリルカ。空気が一気に変わってしまいついていけないのだろう。まぁ、そうなる様にしたのだが。でも、分からないのは本当だ。レフィーヤはローウェンでもミカエでもないのだから。

 

「まぁ、あれですよ。貴女自身、その理由が分からないなら取り合えず操縦するしないは置いておくとして、一度空を飛んでみると良いですよ?」

「空をですか?」

「えぇ、それだけでも随分違いますから」

 

ふっと、笑みをレフィーヤは浮かべる。

 

「きっと、前に一歩踏み出せると思いますよ?」

 



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第百五十六話

涼やかな風が頬を撫でる様に吹き抜ける。

 

やはり気持ちが良いものだなと思いながら、少しだけ乱れた髪を整える。

 

「すみません、私が勝手に空になんて約束しちゃって」

「別に構わんよ。こっちはこっちで気球艇の確認と依頼関係で出る積りだったしな。次いでというやつだ、それでちゃんと雇えるなら何の問題も無いだろう」

「ですかね」

 

視線を、じっと景色を見つめるリリルカに向ける。さて、何を思って居る事かと考えながら今は話しかけない方が良いかと改めてローウェンを見る。

 

「で、其の依頼ってどんなものですか?」

「ある植物を取ってきてほしい、という内容だ」

「植物ですか」

「そう、なんでも気球艇関連で必要らしいぞ」

「植物が?……それを何故私たちに?」

「単純に速いからだ。現状、まともに気球艇を扱える俺達だけだし」

「と言うか動く気球艇ってこれ以外在りましたっけ?」

「聞く限りでは幾つかあったって話だな」

「過去形なんですね」

「今は無いらしいからな。変態どもが改造しようとして吹っ飛んだらしい」

「本当に自由ですよねあの人たち」

「ある意味冒険者よりもな」

 

どうやったら自重させられるのかとラキアの偉い人たちは頭を痛めながら考えている事だろう。実際、逆で自重させない方が安全なのだが、まぁ言っても無駄だろう。偉い人が自重させずに好き勝手させるなんて選択できるわけもないし。

 

「因みに、速いからって言うなら急がなくちゃいけない理由があるんですよね?」

「それはな、それを求めてるのが変態どもだっていうのが理由だ」

「……あぁ、若しかして」

「城が壊れてたのはそれが原因らしい、だから出来る限り早くとの事だ」

 

其れなら仕方ないと頷きながら、さてと考える。

 

「その植物探してる間、リリルカさんは如何しますか?」

「気球艇に残ってもらう積りだ。ゴザルニも残るって言ってたしな」

「そういえば言ってましたね」

「あぁ、それにリリルカをって言うのもあるが気球艇を見てるやつも必要だしな。コバックやハインリヒよりはいいだろう」

「私は下手すると気球艇を吹っ飛ばしちゃいますからね」

「で、俺が残らないのは弾の良し悪しを確認したいから。そこまで劣悪って訳では無いんだがどうにも使っても無いと流石に正確には分からんしな」

「成程、それは確かに必要な事ですね」

「まぁ、そう言うの抜きにしてもさっき言ったようにゴザルニが残るって言ったからじゃあそれでってなったんだけどな」

 

確かにそうだったなと頷く。否定する要素も無かったからサクッと決まりすぎて忘れていた。と、そこでふと思いつく。

 

「それでも、もしもの時ハインリヒさんが気球艇に居なくて大丈夫なんですか?」

「……あぁ確かに真面に動かせるの今の所ハインリヒだけだしな」

「でしょう?」

「ふむ、確かゴザルニも動かし方自体は知ってたはず、だが」

「流石にその大きさのは動かしたことないでござるよ?」

 

と、正直に答えるゴザルニ。其れはそうだろうなと思いつつ、ならどうするのかと視線をローウェンに向ける。彼は少し考える仕草をしてから、ハインリヒを一瞥。それを見逃す事無く反応したハインリヒは、意図を読み取り頷いた。

 

「ま、直したばかりのをまた壊されても困るしな。今回は取り合えずハインリヒにも残ってもらうか」

「という訳で留守番させてもらうよ」

「なら拙者は如何するでござるか?」

「一応って事で」

「承知でござる」

 

こんな処かと、話が纏まる。出発前にある程度決めてたものから少しずれたがその程度、想定の範囲内だ。では改めてとローウェンに語り掛ける。

 

「それでその植物が取れるのは何処なんですか?」

「あぁそういえば言ってなかったか、ちょっと待ってろ」

 

と言いながら懐から地図を取り出すローウェン。それを軽く見てから床に置き、指差す。

 

「ここだな」

「えっと……あぁ、あそこの森ですか」

「森というには規模が小さいがな」

「へぇ、あそこで取れるんですか」

「らしいぞ。まぁ、正確な場所の情報も貰ってるから、すぐ終わるだろ。情報が正しければ在る場所は割と近いしな」

 

気球艇での移動ならばラキアから遠いという程でなく近い訳でもないその森。しっかりとと言っては何だがモンスターも発生する。確認などをするには丁度良いだろう。

 

「しかしあそこって事はもうそろそろ着いても……あぁ、やっぱりもう見えますね」

「降りる準備は?」

「それは何時でも大丈夫なようにしてあります」

「そうか、コバックは?」

「問題ないわよぉー」

 

と、少し離れた場所から声を響かせるコバック。後はと視線をハインリヒに向ける。

 

「流石に今の状態で準備は無理か」

「私が最低限の準備をしておきますねぇ」

「ごめんねー」

「謝るなら、ちゃんと降ろしてくださいねー」

「はいはーい。ちゃんと降ろしますよーっと」

 

そんなふざけている様に思える言葉を返しながら、けれどふざけてなどいないと長い付き合いから理解しているレフィーヤはならと、分かる範囲で準備をするのだった。

 

 



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第百五十七話

「あの、ハインリヒ様」
「様? まぁ良いけど何かな?」
「少し、教えてほしい事が在りまして」
「教えて?……あぁ、いやそうか。うん、構わないよ」
「なんでござる? 何かを教えるなら拙者も手伝った方が良いでござるか? こう、モツ抜きの仕方など有用でござるよ?」
「モッ?!」
「ゴザルニ、黙っててくれないと食事抜くよ?」
「なんと、では黙ってるでござる」
「全く……っと、じゃあ取り合えず基本的な部分から行こうか」
「はい、よろしくお願いします」


彼等が歩き進むのは森の中。ふっと息を吐き、何気なく見渡しながらレフィーヤは呟く。

 

「やっぱり森っていいですよね」

「如何したいきなり」

「いえふと思ったんですよね。こう、すっきりするというか。気持ちが落ち着くというか」

「モンスターを吊るし上げながら言う事じゃないよなそれ」

 

確かにと言う他ない。森がいくら良くてもモンスターから流れる血の匂いの所為で台無しだ。

 

「まぁ、それは其れとして前から思ってたんですけど」

「何をだ?」

「ややこしくないですか?」

 

と、モンスターから素材に成るものを剥ぎ取りつつ言葉にする。

 

「ほら、モンスターと言っても種類が在るじゃないですか」

「そうだな」

「そういえばそうね。魔石だとかいうのが在るのもモンスターならそれもモンスターだものね」

「正確にはただの動物なんだけどな」

「動物である事は認めますけどただのと言うのは抵抗が在りますね」

 

言いながら見るのは吊るし上げた巨大なサソリ。少しどころでなく、見るからにただの動物ではない。というかサソリって動物だっけかと疑問に思いながらまぁ、良いかと首を振る。

 

「そもそも、モンスターをぶちのめして魔石を貪るような生き物をただの動物と言っていいのか分からないんですけど。それになんとも言いますか、初めて見た時にこう言葉にしにくい感情がですね」

 

オラリオのダンジョン以外のモンスターは脆弱である。その理由とは何か。モンスターがモンスターみたいな生き物たちの餌にされていたからさ。なんて、知ったときは愕然としたものだ。主に、凄い存在感を放つ生き物たちに今まで気が付かなかった事に。

 

「でも考えれば普通の事ですよね。モンスターはほぼ際限なく湧いて出ますし」

「その魔石とかいうのが餌代わりに成るならそうだろうな。まぁ、そうだったから襲ってるんだろうが」

「弱肉強食ね……でも魔石の方のモンスターは倒すと灰みたいなのになっちゃうし。この場合、弱石強食なのかしら?」

「それはとてつもなくどうでもいい事だな」

「そしてとても間違ってる気がしますね」

「そうかしら?」

 

可笑しいわねと首を傾げるコバックを横目にもう素材に成るような部位は無いかと確認してからモンスターじみた生き物の死骸を降ろす。

 

「はぁ……っと、目的のものが群生してる場所まであとどれ位ですか」

「もうすぐだな」

「なら行きましょうか」

 

そう言ってから、匂いに誘われて他のモンスターなどが近寄ってくる前に先に進む。と、匂いと言えばと先ほど、森に入ってから暫くして思った事を口にする。

 

「それにしても随分血の匂いが濃いですね」

「確かにな。動物同士、モンスター同士がっていう割には少し濃すぎる気もするな」

「誰か居るって事かしらね。でもここまで匂いがばら撒かれる様な事をする人っているのかしら?」

「まぁ、そんな事してもモンスターが集まってくるだけですしね」

 

度を越えれば逆に寄って来なくなるが、魔石の方のモンスターはそんな事お構いなしで突っ込んでくるから威嚇としての意味は無い。外で無ければ間違いなく自殺の様なものだとだと言われる行為だ。

 

さて、それを行っている人物が居るとしたら一体何の目的が在ってなのか。そうでなくモンスターだった場合は、そこまで出来る程協力出ると言う事なのだろう。何方にせよ、いつも通り油断なく進む三人。

 

「しかし、濃い血の匂いか」

「どうかしましたか?」

「いや、少しな。若しかしたら知り合いかも知れないと思っただけだ」

「こんな事する人知ってるんですか?」

「戦闘方法的にどうしてもこうなる奴は知ってる」

「そうなんですか」

「まぁ、教えたらそうなったっていうのが正しいんだが」

「ローウェンさんが元凶ですか」

「違う、俺が教えたのは弱点の見抜き方だ。そこにゴザルニが効率よく攻撃する方法を教えたからな。だから俺だけでなくゴザルニも原因だ」

「自分の所為では無いとは言わないんですね」

「まぁ、偽るような事でもないしな」

 

そうですかと言いながら、何かをローウェンとゴザルニが技術を教える様な相手がいただろうかと考えて、あっと声を零す。そういえば居たと、そして自分も自分の足で冒険をしたいと分かれたあの少年が。

 

「え、ちょっと待ってください。確かに色々と教えてるなぁとは思ってましたけど。え? そんなあれな感じに成っちゃったんですか彼?」

「さっき言ったように極々基本的な事しか教えてないからな? 俺は」

「いやまぁ、そうですけど」

 

見抜き方にしろ、攻撃の仕方にしろ彼の言った通り基本だ。レフィーヤだって出来る。だが、こんな血の匂いをぶちまける様な事にはならない。ならない筈なのだが。

 

「どうしてそんな事に成ったのか」

「俺にも分からん」

 

でも、仮にそうなってたとしてもここに居るとは限らないし。なんて考えながら進み。

 

「あら?」

「ん?」

「これは」

 

そう遠くない場所から響き届く音。それはよく聞く音。言って知ませんば戦闘音と呼ばれるものだ。詰まり、誰かが戦っていると言う事。

 

「……どうしますか?」

「如何するも何も行くしかないぞ。音のする方が生えてる場所の方向だし」

「そうですか」

「じゃあいくぞー」

 

まぁ、仕方ないと自分に言い聞かせながら進む。徐々に大きくなる音と、より濃くなる血の香り。そして、開けた場所に彼らが辿り着くと同時に瞳に映り込んだのは。

 

 

笑顔を浮かべ、狒々の背に腕を突き刺し、噴き出る血を全身に浴びながら骨を引き抜く。

 

ベル・クラネルの姿だった。

 

 



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第百五十八話

崩れ落ちる狒々と笑い声を響かせるベル。それを見て、ローウェンはふむと呟きながら頷き。

 

「改めて見ると、あれだな」

「なんです?」

「凄いやらかした気がする」

「でしょうね」

 

なんと言う事か、あんなに純粋だったベル・クラネル少年は今や立派なキチガイへと進化してしまった。いや、ここはあえて変態と言うべきか。あの時の冒険の話に瞳を輝かせていた白い兎さんはもういないのだ。居るのは血に濡れた冒険者だけだ。

 

「はぁ………あれ? ローウェンさん?! レフィーヤさんにコバックさんまで?! こんな所で奇遇ですね!」

 

と、嬉し気に手を振りながら駆け寄ってくるベル。満面の笑みを浮かべとても嬉しそうなのは見れば分かる事。なのだが、手にした抜きたての骨と全身から滴り落ちる返り血の所為でなんか色々と台無しである。

 

まぁ、その程度で怯む様なら冒険者などやっていないが。

 

「あぁ、久しぶりだなベル。数か月ぶりか?」

「ハインリヒさんだったら正確な時間を憶えてそうですよね」

「ハインリヒちゃんならそうね。まぁそれは良いとしても、そのあれね。随分と立派になったわね」

 

冒険者的な意味で、とコバックは言う。本当に立派に成ったものだ。見るに、事切れている狒々はF.O.Eと言えるほどの強さを保有しているだろう。それを一人で倒すとは、祖父が見たら間違いなく泣く事だろう。いい意味でとは言わないが。

 

もっともベルは言葉をそのまま受け取ったのか恥ずかしそうに頬を掻く。血濡れな所為で少々あれな音がするが気にしてはいけない。

 

「それにしても本当に奇遇ですよね。ベル君は何でここに?」

「あ、其れはですね。少し護衛を頼まれたので、それで」

「護衛ですか。それでその護衛対象は?」

「少し隠れてもらってます」

「成程、今出てきたあいつがそうと言う事か」

 

そう言葉にするローウェン。釣られるようにレフィーヤもまた音のする方を見て、そこに居た人物を。いや、正しくは神物をみて顔を顰めた。

 

「そうですか。貴方でしたか」

「そう露骨に嫌そうな顔をされると俺でも傷つくんだけどなぁ?」

「そりゃあもう、嫌ですからね」

「嘘でない事がとても傷つくな! ベル君、慰めておくれ」

「分かりました! 血濡れでよければ!!」

「あ、ごめんやっぱなしで」

 

なんて茶番を挟みつつ、レフィーヤは深く、そして重くため息を吐いてから。

 

「まぁ、嫌は嫌ですけどとやかく言う積りは在りませんから」

「うーん、嫌という部分が嘘であってほしかったけど、まぁいいか」

 

そう言いながら彼は、神ヘルメスは苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

思わぬ処で思わぬ人物たちと再会した彼らは、さっさと目的のものを集めて気球艇へと戻った。

 

そして、今。

 

「良い、実に良い!! あぁ、風が本当に気持ちいい。噂程度には聞いていたがまさか本当に気球が完成していたとは驚きだ!!」

 

身を乗り出す勢いで燥ぐヘルメス。戻る道中付いてきていたヘルメスは気球艇を見るや否やその瞳を輝かせて乗せてくれと頼んできたのだ。それに対してローウェンは一言口にしたのだ。

 

「金払うなら良いぞ」

 

そして一瞬も迷うことなく頷いたヘルメスはこうして気球艇の上に居るのだ。ベルも同じようにだ。まぁ彼に関しては特別料金で乗せてあげているのだが。無料では無いというのが重要だ。

 

其の内落ちるのではと思いながら、さてと視線を横に向けて。今現在、ハインリヒに見守られながら操縦しているリリルカを見る。

 

「それで、どうですか空を飛ぶ気分は?」

「……まだ、なんとも」

「そうですか」

 

その割には真剣だなと、思いつつも言葉にはしない。だって操縦はとても集中しなければいけないものだから。

 

「でも、そうですね。今までとは比べようも無い位……気分は良いです」

「…そうですか」

「はい、今までが悪すぎたっていうのもあるんだと思いますけど」

 

と、可笑し気に笑う。今まで見せなかった笑顔を。

 

「…レフィーヤ様」

「なんですか?」

「リリは変われるでしょうか?」

「貴女次第でしょうね」

「そうですか」

 

視線を前から逸らす事無く、時々ハインリヒに助けられながら空を進む気球艇。暫く、黙っていたリリルカが言葉を口にする。

 

「リリの事を雇いたいって言って居ましたよね」

「えぇ」

「その話を改めてしてもらっていいですか?」

「改めてですか? 今のまま頷くだけで即採用でもいいと思いますけど」

「リリは、ちゃんと話を聞いて、ちゃんと自分で選びたいって思ったんです・・・・・駄目でしょうか?」

「成程、それは良い事ですね。流されて頷くよりはずっと」

 

自分で選ぶ、それが一つの自由で在るとは口にしない。それが、そうであると認識した時点で初めて自由となるのだから。自分自身で気が付くべきことなのだ。

 

だが、それはそれとしてだ。

 

「もし、ですけど。そうなった時はよろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそ」

 

なんとも気分が良いものだと、レフィーヤは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして気球艇の一角にて。

 

「あ、そうだゴザルニさん!!」

「ぬん? どうしたでござるかベル殿」

「僕、遂に背骨が綺麗に引っこ抜けるようになったんですよ!!」

「なんと、真でござるか!?」

「はい!……でも、まだゴザルニさんがやって居たように心臓までは抜きとれなくて」

「なに、気にする事は無いでござる。何事も精進在るのみでござるが、出来るようになったことは素直に喜ぶべきでござる。そうでなければ長続きしないでござるしな」

「そう、ですか」

「に、ござる。だから、拙者が褒めるでござるよ。良く出来るようになったでござるな」

「――――――ッ!! はい、はい!! 頑張りました!!」

「まことによいでござるな。でも先ほど言ったように精進在るのみ。足を止めればそれまででござるよ」

「分かりました!!」

「うんうん。素直でとても良いでござるな!! はっはっはっはっは!!」

 

なんて高笑いが響く。

 

「成程、お前か」

「ござ?」

「帰ったら吊るしましょう」

「ござ?!」



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第百五十九話

ラキア王国、王都城下町。そこにある多くの人々が行き交う道を歩くのはレフィーヤとヘルメスの二人。

 

「いやぁ、やっぱりあっという間だったな。やはり空を飛ぶと速い速い!」

「まぁ、気球艇に乗ってるのに歩きよりも遅かったら色々と問題だとは思いますけどね。其れこそ利点がそこまで疲れないって言う事だけに成りますよ」

「それでもアレスからすればこれ以上ない利点だろうね」

「其れは言ってましたね。疲れの無い兵士が空から襲い掛かるだけでオラリオに勝利できるとか何とか」

「勝てるかは分からないにしてもかなり危ういだろうね。しかしだからこそ分からない」

「何がですか?」

「あのアレスが、何故気球艇を開発できたのに攻めてこないのかと言う事だ」

 

あぁそう言う事かと頷きながら、それはとレフィーヤは答えた。

 

「その気球艇を作ってる人材が変態すぎて色々とやらかすから戦争どころじゃないからですよ」

「あぁ、そう言えば城が壊れてたりしたな」

「えぇ、それを修繕したら今度は別の場所を吹き飛ばし。それを直し終えたと思ったら出来上がった気球艇をさらに弄ってぶっ壊しと。そんな事を繰り返すものですから戦争どころではないみたいですね」

「……今、俺は初めてアレス相手に哀れんだかもしれない」

「それだけじゃなくさらにあれな事に成ってますからね。今となって神アレスはとても酒臭い事に成ってますよ? やけ酒的な意味で」

「そ、そうか。まぁ納得と言えば納得だな」

 

と、言葉にするヘルメスの視線の先には何かをやらかしたのか吊るされている冒険者の姿が見えた。時々、一般の通行人に落ちている棒で突かれている。

 

「一体、何時からここは世紀末に成ったのやら」

「何ですか其れ」

「いやこっちの話だ、気にしないでくれ。しかし、先程の話を聞いて疑問に思ったのだが」

「何がですか?」

「君たちの気球艇はよく無事だったなと」

「あぁ、しっかり動くならある程度は好きに弄っていいって言ってあるんですよ」

「それは大丈夫なのか?!」

「変に色々と縛るよりはずっと。あれをしてあれをするな、みたいな事を言うと反発はしませんけど良く分からない方向に暴走するので、その過程で色々と被害出るんですよね」

「そうなのか」

「そうなんですよ。まぁ、好きにさせるとは言ってもある程度は注文するんですけどな、守られることは殆どありませんけど」

「あぁ、もしかしてだが」

「はい、其の所為でパルゥム位しか操縦できない気球艇のままなんですよね」

「成程ねぇ、それでパルゥムの子を連れていたのか」

「まだ正式にって訳じゃないですけどね」

 

多分、すぐにも加わるだろうけど。さらに言えば雇うという形にしているが、望めばギルドに入ってもらっても良いような気もする。断る理由もないし。

 

「とはいえ、そうなったとしても解決しなくちゃいけない問題もあるんですけどね」

「と言うのは?」

「どうやって守るかって事ですよ」

「ふむ、確かに気球艇が何かに狙われて壊されたらそれまでだからね」

「えぇ、はい。リリルカさんにもある程度自衛の為の手段を教える積りでは在りますけど。其れだけでは足りない場合も考えておかないとですしね」

「自衛の手段……ねぇ。恩恵を得ていない君たちがかい?」

「何だったら今、証明がてら何かしてあげましょうか? 勿論、貴方に対してですが」

「いやいや、結構だ。恩景に関してはただ単に確認しただけの事だ。しかし」

 

と、レフィーヤの事を見るヘルメス。そして納得したように頷いて。

 

「やはり、ベル・クラネルの言っていた英雄とは君たちの事だった訳か」

「英雄ではなく冒険者なんですが」

「その返し、正しくだ。うーん、成程君たちがねぇ」

「そんな意外ですかね?」

「あぁ、何時だったか会った時はそんな話をしてくれなかったしね」

「あの時は衝撃が凄すぎてそれどころでは無かったので。お陰で貴方の事が嫌いになりましたよ神ヘルメス」

「可笑しいな、やっぱり嘘をついていない。何時からバグったのかな俺は?」

「バグ? まぁ、でも可笑しくは無いですよ。嘘ついてませんから」

「そうかぁ、悲しいなぁ!!」

 

なんて言いつつも笑顔を浮かべるヘルメス。欠片も悲しそうではない。なんて会話をしていたからか、目的の場所である外へと繋がる門が見える。

 

「と、もうか。やっぱり楽しく話しながらだと時間の流れが速いね」

「楽しい?」

「そこは嘘でもそうですねと言っていいんだよ? 俺の心がその方が傷つかない」

「じゃあ言っておきます。別にそうでもなかったと」

「ぐっは?! 傷つくなぁ、なんでそんなに俺の事嫌うのかな?」

「え、どうでも良くないですか?」

「容赦なく抉るね!?」

「まぁ、そう言う訳で気に成る事が在るんですが」

「流すの?! まぁ、仕方ない。で、なにかな?」

 

胸元を押さえながら、しかしやっぱり笑うヘルメス。まぁどんな表情を浮かべていても変わらないとレフィーヤは言葉にする。

 

「じゃあ訊きますけど。ベル君に関しては良かったんですか?」

「あぁ、其れに関しては良いんだよ。もとよりラキアの王都までの護衛だったし」

「と言う事は、私たちが仕事を横取りしてしまったと言う事ですか。追加料金貰っていいですか?」

「そこは申し訳なく思うところじゃないのかい?!」

「え、乗せてって頼んだの貴方と彼じゃないですか。何言ってるんですか?」

 

まぁ護衛の対象をより安全に、そして速く目的の場所まで送り届けるという目的を考えれば間違った判断ではないのだが。

 

「ぬー、払わなきゃダメか?」

「別にどちらでもいいですけど。良かったですねローウェンさんじゃなくて」

「彼だと如何なっていたんだ」

「財布の中身がほぼ無くなる思っていただければ」

「怖いな!?」

 

それはそうだろう。誰だって財布の中身が無くなるのは怖いだろう。人も神も関係ない事だ、それは。人外だって怖がるし。

 

と、そういえばと確認しなければいけないことが在るんだったとレフィーヤは思い出す。

 

「神ヘルメス」

「何かな?」

「これから向かうのはオラリオですか?」

「うん? 確かにそうだが」

「なら気を付ける事ですね」

「何を?」

「ダンジョンですよ。あれ、巨大なモンスターですからね?」

「――――――――――――――――………嘘、では無いみたいだな」

 

そうか、と小さく呟いてこれまで浮かべていた表情が消える。しかしそれも一瞬の事で。すぐにまた笑みが浮かぶ。

 

「成程、突如として発生した巨大な穴の正体はそういうものだったのか。意外な所で神々も知らぬ事実が明かされてしまったものだ。君たちが恩恵を得ていたら間違いなくレベルアップしていただろう偉業だ」

「あ、そうですか」

「軽くないかい?」

「偉業でも何でもないですから。そのモンスターを叩きのめしたわけでもないですし」

「それをしたら偉業どころではないが……しかし、ふむ。そうなるとオラリオも安全とは言えないか」

 

ならば、如何するかとヘルメスは考える様な仕草をして。

 

「うん、うん。そうだな、そうしよう」

「何をですか?」

「いやなにこちらの話だ。っと、そうだ。ありがとう、そんな重要な事を教えてくれて」

「別に重要でもないですよね。いやまぁ、今まで誰も気が付かなかった事を考えるとそうなるのかもしれませんけど」

「あぁ、そうだ。さっきも言ったがこれは偉業となる事だ。だからそれに為した君たちに対する何かを俺もしたいと思う」

「いや何かって」

「それはその時が来てからのお楽しみだ!」

 

では、急ぐとしようと。彼は駆け足気味に王都の外へと向かっていく。それを見ながら、レフィーヤは思うのだ。あ、これ若しかしてやらかしたかな……と。

 

まぁ、もうしょうがないと割り切ってしまおうと首を振り、仲間の居るであろう宿に向かって歩き出すのだった。

 



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第百六十話

「…よし、賛美しろ!!」

「イエェェ――――ッ!!」

「見事、実に見事!!」

「これ以上内でござるな!!」

「はっはっはっはっはっは!!」

 

「え、何ですかこれ? 何なんですかこれ?!」

「歓迎会だが?」

「これが?!」

 

人影の少ない酒場の中で叫ぶ様に声を響かせる手に果汁水を持ったリリルカ。まぁ、そうなるのも仕方ない。コバックはスクワットをしてるしハインリヒは三転倒立してる。ゴザルニに至っては吊るされたまますさまじい勢いで回転しているのだ。真面と言えるのは瓶の底を綺麗に切り落としているローウェン位だろう。一言で言うなら混沌だなとレフィーヤは瓶でジャグリングしながら思うのだった。

 

「まぁ、一回落ち着くか」

「はーい」

 

そう言われたならそうするだけだと瓶を落とさない様にキャッチしてからテーブルの上に置く。そしてそのまま席に座ると、続くようにコバックとハインリヒも座るのが目に映る。因みに視界の端では吊るされたゴザルニが止まれずに周り続けていた。まぁ、そんな事はどうでもいい事なのだが。

 

「という訳でリリルカ・アーデが正式に雇われてくれる事になった。はい拍手」

 

そして控えめに広がる手を叩く音。先ほどとは打って変わった彼らにリリルカは戸惑いを隠せない様だ。落ち着くように言われたからそうしているだけなのだが。

 

「じゃあ歓迎会のついでに報告会と行こうか」

「あ、その前に飲み物貰っていいでござるか?」

「はいどうぞ」

 

要求に答えて目の前に置いておいた中身入りの瓶を軽く吊るされたままのゴザルニに向かって投げる。彼女はかたじけないと短く告げると、口でキャッチしそのまま上を向くことによって流し込んでいく。相変わらず顎と歯の強さが尋常じゃないなと思いながらローウェンに向き直る。

 

「では私から。神ヘルメスを見送りした際にやらかしたかもしれません」

「何したんだよ」

「別に大したことじゃないですよ。ただダンジョンがモンスターだって言っただけですし。まぁそしたら露骨な反応が見られたので」

「成程……どうしようもない系の奴だな。取り合えず何かしらやらかされるまで放置しかないだろそれ」

「ですね」

「じゃあ僕からも一つ。やっとこれまでと同じくらいの効果を持つ薬が出来たよ」

「物が全然違うのに割と早かったな」

「頑張ったからね。と言う事でそこら辺の憂いは無くなったと思ってくれていいよ」

「そうかそうか。で、コバックとゴザルニは?」

「あたしは特にこれと言ってないわね」

「へっはほへほはふ」

「そうか」

「え、なんて言ったか分かるんですか?」

 

なんて相変わらず困惑気味に言葉にしながらレフィーヤを見るリリルカ。そんな彼女に対して頷いて返す。寧ろ分からない訳が無いと。そんなこと言われても彼女は困るだろうが。

 

「無いなら無いで良いとしてだ。俺からも言いたいことが在る」

 

とても真剣なローウェン。一体、何を言おうというのか、視線とレフィーヤの気も引き締まる。さて、何が在ったのかと視線と一緒に耳も傾けて。

 

 

「冒険がしたいッ!!」

 

 

相変わらずな事を口にした。

 

「ぶっちゃけもう無理! 未知へと挑みたいし強敵と相対して勝利したい!! そしてその先に在るものへと至りたい!! 端的に言えば冒険がしたい!!」

「まぁ、ダンジョンがあれだった所為で冒険と呼べるような事殆ど出来てませんしね」

 

採取に言った森も知っているし知られている場所だ。危険性もそこまででは無いF.O.Eみたいなの居たけど、其れだけだ。確かにこれでは冒険に全てを掛けているローウェンが叫びたくなるのも分かる。

 

「という訳で依頼の話をしよう」

「ほほぉ」

 

何がという訳なのかと、なんて事は聞かない。だってそう言う事だから。今は其れよりも依頼だ。その内容はどのような物だろうかと、地図を取り出したローウェンの指差した場所を見る。

 

「ここにそれなりの大きさの森が在る」

「ですね」

「伐採に利用されてる場所だな」

「そして、最近行方不明者が増えてる場所だね」

 

と、ハインリヒが言葉にする。そう、確かにその話はよく聞く。木材を伐採に言った兵士たちが帰ってこないらしい、と。

 

「と言う事は、今回の依頼は」

「その行方不明になった兵士の捜索、及び原因の排除だな」

「ふむ、そうなると出来るだけ急いだほうが良さそうですね」

 

もしも行方が知れなくなった兵士が生きていたなら、時間を掛けるほどにその命は零れ落ちていくことだろう。そういう意味でも気球艇での移動が出来る自分たちに声がかけられたのかと。そう思いながらレフィーヤは気に成ったことを口にする。

 

「で、その話が植物採取の依頼よりも後だったのは何故ですか?」

「単純に、あの時はラキアの兵士がもう調査捜索に向かってたからだな」

「其れなら納得ですね。で、その兵士たちが何事かあった上で帰還したことによって」

「今回の依頼に繋がる訳だ。さらに言えばその何事かは、恐らく原因と思われるもの、いやモンスターの所為って訳だ」

「それで原因究明でなく、排除な訳ですか」

「そうだ、が。俺的に重要なのはそこじゃない」

「と言いますと?」

 

「森の奥で遺跡らしきものを見たらしい」

 

その言葉に、自然と笑みが浮かぶのをレフィーヤは自覚した。

 

「……それって」

「其れらしいものが発見された事は今まで無かったそうだ」

「成程成程、詰まりまだ良く分からないと言う事で良いのかな?」

「そう考えても良いだろう。あぁ、全く変態どもの扱い方はまだまだなのに俺たちの乗せ方は分かってきたじゃないか本当に」

 

良いながら、ローウェンは笑い。

 

「で、この依頼だが……如何する?」

 

如何するのか、そんなものは決まっているだろう。

 

「勿論、受けましょう」

「僕も少し冒険したいと思ってたところだしね」

「同じくね」

「兵士を襲う何かとの対決、心躍るでござるな」

 

冒険者が、冒険を否とするなど、在り得ないだろう。さぁさぁ、冒険に出かけるとしようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

「え? あの、え?」

 

困惑するリリルカを引きずる様に連れて行きながら。

 

 



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第百六十一話

木々生い茂るその森の浅い場所、そこでギルド・フロンティア一行は驚いた様子でそれを見ていた。今まで色々な場所を巡ってきた彼らだが、それでも驚かずにはいられないものが眼前に在ったのだ。

 

「……これ、樹海磁軸ですよね?」

「見間違でなければな。まぁこれを見間違いようがないが」

 

そうですよねと、レフィーヤは頷きながら渦巻く光の柱を、樹海磁軸を見上げる。まさか、これが在るとは思って居なかった。というか今まで目にすることが無かったから無いのだとばかり思って居たのだ。

 

そして、それを見ながらレフィーヤが思い起こすのはアルコンから聞いた話。

 

「確か樹海磁軸って分かり易い目印が必要だって話ですよね」

「大体そんな話だったな。詳しくは全く分からなかったが」

「さっぱりでしたね」

 

それでも重要な部分はある程度憶えている。先ほど言ったように磁軸を設置利用するには分かり易い目印が必要で在ると言う事、そしてその目印に最適な物が・・・世界樹で在ると言う事。

 

「在るんですかね、世界樹」

「さてな、別に世界樹で無ければいけないなんて事は言って居なかったと思うが」

「でも、これが在るならまず間違いなく在るとは言ってたよね」

「そうだな、確かにそう言ってたな・・・・と言う事は」

「ある、と思って行動した方が良いですよね」

「だな」

 

しかし、だとしたら不思議に思えるのは今まで世界樹などという目立つ物を見つけられなかった事だ。若しかしてもう無いのかと思い、いや或いは隠されているのかもしれない。そう思考し、ローウェンがレフィーヤの頭を軽く叩く。その衝撃のお陰で深く考えてしまっていたことを自覚する。

 

「あぁ、すみません。ありがとうございます」

「気にするな」

 

言いながら軽く手を振り、空いている手で地図を取り出すローウェン。現地の状態と地図とを比べているのだろう。正直、自分がそれをやりたかったと思うレフィーヤ。まぁ、考え事してた所為で遅れたのがいけないのだと言い聞かせて堪える。

 

「……ちょっと変わってるな」

「どこがですか?」

「ここ、地図が正しければ通れる道が在るはずなんだが」

 

と、指を地図から外し、そこを差す。複数の倒木が重なる様にして壁の如く在る場所を。

 

「あぁ、あそこ普通に使える道だったんですか。てっきり何かしらの理由が在って使えない様にしたのかと」

「明らかに人の手でされたって感じでは無いけどね」

「力技でって感じよね」

「適当にそこら辺に生えてるのをへし折っておいたって感じだな」

「…で、如何しますか?」

「そうだなぁ」

 

と、またも地図を覗き込んで。

 

「まぁ、無理してまで通る必要があるって訳でも無いな。幾らある程度急ぎとは言え、それが過ぎれば碌な事に成らんし」

「ちゃんと見て回らないと見つかりませんしね。見逃しは駄目ってやつですよ」

「探す様に言われてるしな」

「という訳で地図を! さぁ地図を私に! さぁさぁさぁ! 私に!」

「必死だなおい」

「勿論ですよ! 地図を描くのは辛い物を食べる事の次に好きなのですから」

「あっそ、まぁ駄目という理由も無いから良いが」

「ひゃっほい!!」

「あ、因みにだが」

「なんですか?」

 

「冒険は?」

「一番に決まってるでしょう」

 

何を分かり切っていることを訊くのかと思わずローウェンを見る、と彼は笑っていた。

 

「本当に、どうしようもないなおい」

「どうしようもない人のトップが言えた事じゃないですよね」

「そうだな」

 

頷きながら地図をレフィーヤに投げるローウェン。軽く受け取りつつさてと、何の問題も無く進む事の出来る道を見る。

 

「獣道だな殆ど」

「モンスターとモンスターに気を付け乍らでござるな」

「分かりにく!」

「やっぱり、ちゃんとした区別がつくようにしたいねぇ」

「そういえばラキアの兵士が魔石を持ってない方のモンスターの事魔獣って呼んでたわよ」

「じゃあそれで、違和感凄いが取り合えずそれで」

「……ふと思ったんですが」

「なんだ?」

 

「どっちもモンスターである事変わりないですよね?」

 

魔石が在るかどうか、それだけの違いだ。其れにしたって急所をぶち抜くという意味では変わらない。そしてそれを聞いたローウェンは、ふむと少し考える様な仕草をしてから。

 

「はい、この話終了。行くぞ」

「でござるな」

「無駄な時間の使い方をしてしまった」

「急ぎましょうか」

「そうですね。誰かに遺跡を探検されてしまう前に」

「うん、本音は口にしない方が良いんじゃないかなレフィーヤ?」

「おっとうっかり」

 

気を付けなければと思いつつ、一応行方不明の兵士に関しても忘れてはいない。重要度で言えばそちらの方が上なのだから。でも気に成ってしまうのは仕方ないじゃないか、冒険者なんだから。

 

「それじゃあ、これ以上レフィーヤの本音が零れる前にさっさと依頼を済ませるぞ」

「出来る限り地図を埋めながらですからね」

「まぁ、あれだけどね」

「なんでござるか?」

「その元凶を先に潰してしまった方がゆっくり地図を埋められる気がするんだけどね」

「それは確かにそうね」

「と言う事だが、如何する?」

 

そう問いかけられて、レフィーヤはふっと微笑み。

 

「速攻で見つけ出してぶちのめしましょう」

 

勿論、慢心も油断も抜きでだ。レフィーヤは今、地図を描くのだと燃えていた。

 



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第百六十二話

断末魔が響き渡る。その巨体に見合ったと言える音と振動を撒き散らしながらそれは崩れ落ちる。しっかりと事切れているかを確認して、レフィーヤはふっと息を吐き、視線をローウェンへと向けて言葉にする。

 

「確か、探しに訪れた兵士が襲われたのは熊だって話でしたよね」

「だな」

「これ熊ですよね」

「そうだな」

 

横たわる息をしていない巨大な熊。これに捜索に訪れた兵士を襲ったなのかも知れない。断言は絶対に出来ないが。それがなぜかと言えば。

 

「……で、この熊と同種これで何体目でしたっけ?」

「八体だな」

「多いですよね」

「そうだな。だがそれ以上に殺意がやばい」

 

そう、殺意だ。敵意とかでなく殺意が森に満ちている。本当にただ殺すために襲い掛かってきている。普通、とは言えない。

 

「……なにか在ったんですかね?」

「そうだな、こっち側が何かしたのか、あっちの方で何かあったのか」

「あったと言えばそうですね」

 

主に、変態の所為で大量に木材が必要に成ったとか。

 

「もしかしてその所為で生息域とぶつかったとか?」

「だとしても殺すために襲い掛かってくるのは少しおかしくないかしら?」

「あぁ、そうですね」

 

今まで被害は愚か目撃情報まで殆どなかったのがこの熊だ。相当奥にテリトリーが在るのだろう。そしてテリトリーを犯されたからと言ってそこから出てきて森の浅い場所で殺しまわる意味が分からない。というか無い。

 

確かに、最近結構な量の木を伐採しているが。それでも気にしながらだ。無秩序に伐採を行っても結果的に悪い方向にしか行かないことを人はしっかりと理解しているのだから。それを無視して色々と言ってきそうな神も今は酒浸りである。

 

「全く関係ない可能性もあるよね」

「生存競争に負けてテリトリーから追い出されたとかでござるか」

「いやまぁ、だとしても殺し目的で熊が人を襲うのは可笑しいか」

「で、ござるかぁ」

 

では結局、熊たちの殺意が高い理由は何なのか。断言できることは無いが。

 

「……煽ってるやつがいるな」

「やっぱりですか」

「それ以外ないだろう。あんな意味の分からない殺意の抱き方は」

「そうですけど」

 

面倒な事に成ったと思うレフィーヤ。仮に、もしその煽っているのが人間であったなら、其れこそ国関係の問題になりかねない。

 

「まぁ、まだ分からんけどな。単純に虫の居所が悪くて八つ当たりで襲ってるのかもしれないし」

「…そうだったとして、その場合どうしたら依頼達成に成るんですか?」

「害に成らない程度に数を減らすしかないだろう」

「一番面倒な奴じゃないですか」

「だなぁ、栗鼠でも無ければそうそう絶滅まで殺してやるぜって気分にはならないしな」

 

と、言葉にしながら木々の陰から飛び出してきた熊に向かって銃弾を叩き込むローウェン。関節を撃ち抜かれ血を流す、けれど熊は殺意を押さえる事無く逆に漲らせて。

 

 

倒木を破壊して逃走を始めた。

 

 

「……逃げたな」

「逃げましたね」

「殺意振りまきながら逃げたね」

「自然では無いわね」

「と言うか自分はここだぞって叫びながら逃げてる様にしか思えないでござるな」

 

視線を交らわせて、そして予測を口にする。

 

「罠だな」

「罠ですね」

「どう考えても罠だね」

「まぁ、罠よねぇ」

「それ以外だったら逆に驚きでござる」

 

そう、考えるまでも無く罠なのだ。そうでなければそんなここに居ると主張する様に殺気をばら撒き乍ら逃げる訳がない。というかあんなに殺意に満ちているのに逃げるとか可笑しい。

 

だが、お陰で分かったことが在る。

 

「やっぱり煽ってるやつがいたな。それも熊に命令できるやつ」

「長というか主というかですね」

「そうでなければ、あんな行動するとは思えないしな」

 

そうローウェンは言って、軽く息を吐いてから。

 

「一番楽に終わりそうなやつで良かった」

「運が良ければその長を潰せばそれで終わりだしね」

「次の奴が同じ様な奴でもない限りはな」

「そこはもう、祈るしかないでしょ」

「まぁ、そうだな。駄目だったら駄目だったでその時はその時だな」

 

依頼されたら達成するだけだと言ってから、さてとローウェンは軽く見渡してから問いかける。

 

「じゃあ、罠に飛び込む事に賛成の人、挙手」

 

全員、勢いよく手を挙げた。下手な事をして逃げられたらそれこそ事だ。ならばあえて真正面から行き。そして叩き潰してしまう方が良いだろう。うまくいけば次の長、若しくは主に喧嘩を売るのは得策では無いと判断させられるだろう、という意図もある。

 

彼は再び視線を巡らせてからゴザルニを見て。そして彼女は頷き言葉にする。

 

「ではそう言う事で、でござるな」

「良し、じゃあ突っ込むぞ」

 

その言葉と共に彼らは、見失わない様になのか立ち止まり殺気を零す熊に向かって態と音を響かせながら駆ける。それに反応した熊は再び逃げ始める。さて、どのような罠が在るか。これこそ何処かの神が言って居た鬼が出るか蛇が出るかというやつかと思いながら、駆け抜けて。

 

熊が立ち止まった場所に、殺意に満ちた広場に四人は飛び込んだ。



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第百六十三話

広場に佇むのは三体。うち二体は先ほどここまで彼らを誘導した熊とそこまでの差異は無い。普通の熊よりも巨大な体と、血を思わせる赤い体毛、木々を容易に破壊する事の出来る剛腕と鋭利な爪。脅威である断言できるだろう。

 

だが、需要なのは中央に陣取るその二体よりも一回り大きな熊だ。より濃い赤の毛を持つその熊の表情は、酷く歪んでいる様に見えて。

 

だからレフィーヤは理解した。あの個体には人を襲う理由など無いのだと。

 

人の味ではなく、人殺しを憶えてしまったのだ。生きるために殺すのではなく、殺すために生きているのだ。故に、あの熊は絶対逃がしてはいけない。もしそうなればどれだけの被害が出るのか分からないから。或いは、若しかしてでしかないが、その対象が人以外に向けられる可能性もあるから。

 

だから油断も無く慢心も無く、本気で殺す事だけを考えている目の前の獣を確実に屠らなければいけない。

 

音が響く。此処に居ると主張するようにそれを響かせながら。彼等の居る場所から少しだけズレた位置から少しだけ遅れて殺気を隠す事無くゴザルニは広場に飛び込んでくる。

 

それに素早く反応する三体。二体は警戒を露にし、獣は獲物が増えたとでも言いたげに歪な笑みを浮かべ。

 

 

眼球を銃弾が貫く。

 

 

絶叫が広場を揺るがす。突然の激痛を失われる光。そして、続けざまに放たれた四発の銃弾が従僕の如く控えていた二体の内の一体に四発の弾丸が頭部と胸部に叩き込まれ、崩れ落ちる様に倒れる。

 

弾かれるように視線を向ける害獣。釣られるて残った一体も視線を向けて、氷塊に叩き潰される。

 

一瞬、そう瞬く間もなく一瞬で三体から一体に。それを理解したのか害獣は咆哮を響かせて。その剛腕でローウェンによって撃ち抜かれた熊の死体を掴み、投げつける。

 

凄まじい勢いで向かってくるそれをコバックが防ぎ流して、地面を揺らしながら迫りくるの獣を見る。想像よりも速い。

 

が、すでに駆け出しているゴザルニの方が速い。接近してる彼女を目にした獣は止まることなくその剛腕を振るう。その直前に放たれた銃弾が関節を撃ち抜く。けれどそれがどうしたと咆哮しながらそのまま振り下ろし。

 

「ござ、ると」

 

僅かに速度が落ちたからこそ、一気に加速したゴザルニはまたの下を潜り抜けて躱し、ついでの様に足に向かって刃を振るう。

 

だが、浅い。飽くまで序ででしかなく、躱すことが目的だったからこそだろう。故に、その獣は痛みを感じながらも止まることなく突き進む。背後にゴザルニが居る事など関係なしに。

 

何をする積りなのか、それを考えながらレフィーヤは印術を放つ。

しかし、止まらない。

 

銃声が響き、直後に残っていた眼球が弾ける。

なのに、止まらない

 

止まらず、止まらず、目も見えないのにそれでも真っすぐ突き進む。このままでは危ないと判断した彼らは冷静に、それでも急いでその場から動き、さて誰を狙うのかと視線を向け。

 

 

獣は、そのまま通り過ぎた。

 

 

何故通り過ぎるのか、まさか逃げる積りなのかと思い獣の向かう方を見ると。

 

「――――…あっ」

 

そこには、先程獣が投げた死体が転がっていた。そして獣は、それをまた掴み取り。一気に持ち上げて獣に向かって走っていたゴザルニへと叩きつける様に振り下ろした。

 

「ちょ!?」

 

流石に驚いたのか、これを零しながら急いで後退するゴザルニ。地面に叩きつけられたそれを見つつ、態勢を整えてから呟く。

 

「それ、武器にするでござるかぁ」

「殺意やばくない?」

 

確かにレフィーヤも頷く。絶対に殺してやるという意思が伝わってくる。死体を振り回しながら迫る獣と風圧と一緒に。

 

だが、拙い事に成ったと言えるだろう。既に相当傷ついて後少しと言った処だが、乱雑に振り回されるそれはかなり危険だ。軌道が分かり辛く避けにくいからだ。

 

ならば大印術で一気に決めるかと思い、それは駄目かと首を振る。それは森への被害が大きい問いのもあるが、単純に近すぎて巻き込まれてしまうから。地面を凍らせて転ばせるのもまた同じ。

 

向かってきている間に仕留められなかったのが悪かったかと思いながら、牽制代わりに印術を放つ。やはり、直撃しても止まることなく荒れ狂う。

 

目も見えないのに、いや見えないからこそ脅威と成っている。適当というのはとても危ないのだ。

 

さて如何するべきかと考えながら一瞬だけローウェンを見る。と、何故か彼は攻撃をしていなかった。弾が切れたのか、それとも惜しんでいるのか。何方にせよ手助けが必要だろうかと思い、彼が避ける事に集中していることに気が付いた。

 

何故なのかを考える。攻撃せずに避ける事だけをしていてはただ危険なだけなのではと思いつつ、視線を未だに死体を振り回しながらどうやってか彼らに向かってくる・・・・・血を撒き散らす獣を見る。

 

あぁそう言う事かと理解してレフィーヤもまた避ける事に集中する。

 

何の事は無い、獣は確かに暴れまわっているがもうすでに瀕死なのだ。其れこそこのまま暴れさせていればそれだけで息絶えるほどに。故に、何もしない、振り回される死体によって木々がなぎ倒されていくのを横目に、ただ躱してその時を待つ。

 

 

訳がない。

 

 

僅かに動きが鈍る。それを見逃す事無く素早くローウェンは銃弾を撃ち放ち、その鋭い爪と指を吹き飛ばす。それにより、振り回されていた死体は勢いよく獣の腕から離れ何処かへと飛んでいく。急に持っていた物が失われたことに気が付いのか、獣は一瞬だけその動きを止めて。

 

「では、首切りでござるな」

 

隙が作られると確信していた故に踏み込んだゴザルニによって、首を切り落とされた。

 



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第百六十四話

獣を討伐した事によってか、急速に森から殺気が薄れていくのを感じながら首を切り落とされた獣を見る。

 

「動物にも居るんですね。頭のおかしいやつって」

「同じ生き物だかな」

「範囲が広すぎる気もするけど、取り合えずこれで依頼は達成かな?」

「行方不明者の捜索も一応依頼の内に入るのだが・・・・居なかったしな」

「そもそも、あれが人を生かしたままにするとは思えないんですが」

「そうだな。さてじゃあ……うん」

 

少し考える仕草をしてから、ローウェンは肩を竦める。

 

「見つからなかったと言う他ないだろう。元凶と思われるのも討伐したし、文句は無いだろう。というか人探しするには数が足りないよな」

「まぁ、生きてたとしたら一か所に留まるか、動き回りますからね」

「で、どちらなのか分からないのだからやっぱり人手が居ると」

「仕方ないですね」

「あぁ、仕方ない事だ」

「じゃあ」

「遺跡調べてから帰るぞ」

 

思わずガッツポーズをしたレフィーヤは悪くないだろう。ずっとそれを楽しみにしていたのだから。行方不明者が行方不明のままであるのだから喜んでいる場合では無いのだが。見つからないものは仕方ない。そこら辺は割り切らなければいけないのだ。

 

「では遺跡に向かいましょうか。見たという場所はこの奥ですか?」

 

と、レフィーヤが指差すのは三体のモンスターが居た場所の奥、獣道であるが続いている様に見える。

 

「いや、地図に大体の場所が描かれていた筈だが」

「あ、そうでしたか。では確認を」

 

自ら描いた地図でなく、渡された地図を広げてみる。さてと視線を滑らせてそれらしきマークを見つける。それと、自分の地図とを重ねて。

 

「成程」

「どこ等へんだった?」

「奥じゃなくて、もう少し手前ですね」

「よく考えたら、兵士がここまで奥に来たとは言ってないものね」

「まぁ、此処まで来てそのうえで在れと出くわしてたなら依頼に捜索を加えたりしないだろうからね」

「どうしますか。戻って遺跡に行きますか? それとも」

「…一回奥を見ておくか、仕方ないと言ってもちゃん奥が在ったけど見ませんでしたが見つかりませんでしたなんて言う訳にはいかないしな」

「其れもそうですね」

 

地図を仕舞いつつ、ローウェンの言った当然の事に頷いて見せる。幾ら遺跡に速く行きたいからといってしていい事としてはいけないことが在るのだ。必要なら自重できる、それが冒険者である。ただし依頼関係に限るが。

 

そして奥へと踏み込んだ結果、報告すべき内容が決まった。

 

 

 

嫌な事実を報告しなければいけなくなった彼らは、しかし速攻で切り替えて遺跡へと向かっていた。獣道を進みながら。

 

「あとどの位だ?」

「あぁ……ここら辺ですね」

「成程」

「でもそれらしいものは無いですね、といっても大まかなというだけですからそこに着いたらって訳では無いんでしょうけどね」

「というかこんな道と言えるのか分からないのも地図に描き込んでくのね」

「当たり前でしょう」

 

通れる場所が在る、ならばそれを描き込んでいかなければ完全な地図とは口が裂けても言えない。だが、それは其れとしても、普通なら描き込むようなものでは無いのも確か。だから、今まで遺跡は発見されなかったのかもしれない。其れこそ道など関係なく我武者羅に逃げ回りしない限りは。なんて事を考えていると、少しだけ開けた場所に辿り着き。

 

そこに、朽ち果てている建造物が在るのが目に映る。

 

「おぉ、遺跡だ」

「ですね」

「これは、かなり古いんじゃないかなってこれは」

 

と、近づいて気を付け乍ら軽く撫でる様にそれに触れるハインリヒは、ある事に気が付く。

 

「えっと……絵かなこれは?」

「絵ですか」

 

はて、どんなものが描いてあるのかとレフィーヤも近づいてそれを見る。かなり風化してるた為か、殆どどの様な物なのか判断できるような状態では無いが。一つだけ、しっかりと見る事の出来るものが在った、それは。

 

「……なんですかねこれ。太陽?」

「え、タコじゃないかしら?」

「なんでこれ見てタコなんだよ」

 

そうコバックに対して疑問の言葉を口にするローウェン。その疑問も尤もだと、描かれているそれを改めて見る。円形に幾つもの何かが飛び出ている絵。いやまぁ、見ようによってはタコに見えなくも無いが。正直先ほどレフィーヤ自身が言った太陽の方がそれっぽい気がする。

 

さてと、そんなに可笑しなことを言っただろうかと首を傾げながら別の場所に向かうコバックを横目に、これがどの様な意味を持つのかを考える。

 

「信仰的な意味でしょうか?」

「妥当といえば妥当だが、なんか違う気がするな」

「何故?」

「勘」

「なら仕方ない」

 

といっても所詮は勘だ。断言する積りは無いのだろう。それを言ったらレフィーヤの言った事もそうなのだが。

 

「他に何か、そう伝えたい事とかなら……厄災?」

「日照りの恐怖とか?」

「或いは、何か襲われたとかだな」

「なにか、ですか」

 

その言葉に、それが何かであることを前提に見る。

 

「…タコですね」

「あぁ、タコだな」

「タコかぁ」

「そういえばタコ焼きなる食べ物が在ると聞いた事あるでござる」

「唐突に食べ物の話振りますね」

「ぬん? 食べ物の話では無かったのでござるか?」

「違いますよ。で、ゴザルニさんは何か見つけましたか」

「拙者はこれといって」

「そうか」

「ただ何かを放り捨てようとしてたコバック殿からこれを奪い取って来ただけでござる」

「良くやった」

「素晴らしい働きですね」

「帰ったらタコ焼き作ってあげるよ。材料が在ればだけど」

「やったぁーでござる」

 

腕をあげて喜びを表現した後手に持っていたそれをローウェンに渡すゴザルニ。涎が零れている事からすでに頭の中はタコ焼き一色なのだろう。材料が無かったら作れないのに。

 

まぁ、それは其れとして果たしてコバックは何を見つけたのだろかとローウェンの手の中に在るそれを覗き込むと。

 

 

それは綺麗な緑色の石板だった。

 

 

 



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第百六十五話

「だから捨てようとなんてしてないわよ」

「じゃあ何で投げようとしたんだよ」

「それはあれよ。瓦礫が凄い事に成ってたからそれをどかしてたのよ。でも、近くに置いておいたら邪魔になるじゃない? だから遠くにと思って」

「これを?」

「それを」

「……その時、これが石板だと気づいていたから?」

「其れは勿論」

「勿論?」

「……ごめんなさい気付いてなかったわ」

「だろうな」

 

短く口にするとローウェンは軽く視線をレフィーヤ達に向けてくる。それに対して頷いてみぜると、彼は口を開く。

 

「帰ったら覚悟しておけよ」

「また吊るされるのね」

「いや引きずる」

「引きずる?!」

「だって二度目だし」

 

これが大した事でないならまだしも、明らかに重要な事だったからだ。というか前も思ったが何でこんなあからさまな物を見てそうだと判断しないのか。普段は大丈夫なのにこういう時だけ節穴に成るコバックの目が不思議でならない。

 

「と、もう少しで」

「なんて言ってる間にも見えましたよ。樹海磁軸」

「やっぱりアリアドネの糸が使えないと不便だよな」

 

なんて愚痴を零すローウェン。といっても使えないの意味が違う。効果を発揮しないのではなく、貴重に成ってしまってそう気軽に使えなくなってしまったという意味だ。ラキアでは糸が売っていないし。もしもの時無くて使えないでは話にならないので、普通に戻って来たのだ。

 

なお樹海磁軸に関しては気球艇で行き来している為、利用する機会は糸以上に減るだろう。そもそもラキアにちゃんと帰れるかも分からないし。まぁ何にせよもうすぐ森の外かとレフィーヤは軽く息を吐いて。

 

奇襲を仕掛けてきたモンスターに視線を向ける事無く火球で焼き払った。

 

燃え盛り灰となっていくモンスターを一瞥し、再び息を吐く。出来れば面倒だからこれ以上出て来ないで欲しいと願いながら。

 

そしてそれが神か何かに通じたのか、気球艇まで襲われる事無く辿り着くことができた。だから心の中で神を思い浮かべながら感謝する。第二の母であるロキに。後序でに浮かんできたラキアの主神には腹パンを叩き込んでおいた。これといって意味は無いが。

 

「あ、おーい!!」

 

なんて下らないことを考えていると気球艇から声が響く。視線を向けると気球艇の上から手を振っている人影が見える。今回の為に雇ったベル・クラネルだ。リリルカの護衛を如何するかという話をした時にまだ街に居る事を思い出して話を持ち掛けた結果、快く引き受けてくれたのだ。

 

正直、討伐や探索の方をやりたがるのではと思ったが、そう言うのは自力でと断ったのだ。なんという冒険者精神か。立派に成ったものだと……何故かまたも血まみれなベルを見ながら思うレフィーヤだった。

 

「ふむ、ここも襲われたみたいだね」

 

小さく呟くハインリヒ。その言葉を聞いて視線をベルから外して辺りを見渡すと、確かになん体かの熊が見える。全部、背骨を引っこ抜かれて死んでいるが。どうやら複数同時に襲われたわけではない様だ。仮にそうだとしたら、今のベルでは気球艇を傷一つ付ける事無く守る、などと言う事は出来なかっただろうし。

 

運も良いのだなと、冒険者としては羨ましい限りな素養を持っているだろう彼を再び見て、いい加減返り血を気球艇に撒き散らすのをやめて欲しい思うのだった。

 

「ぱっと見は大丈夫だな」

「はい! 頑張りました!!」

「成程、報酬は色を付けるべきかな?」

「ローウェンがそんなことを言うとは」

「槍でも振るのかしら?」

「氷の槍でも降らしますか? 或いはメテオ」

「おい、お前らおい」

 

なんておふざけを挟みつつ、軽く確認した後に気球艇に乗り込む一行。そして目に映ったのは。

 

「……なんでリリルカさんがあんな縮こまってるんですか?」

「さぁ?」

「なんかやたらと顔が青褪めてるけど」

「そういえばそうですね」

「何時からだ?」

「何時からと言われても、そうですね……あ、背骨が綺麗に抜けたからそれを見せてからですかね」

 

それだよ、とは口にしない。思ったが口にしない。何故かって、勿論今言っても仕方ないからだ。というかそれなりに疲れているからというのもある。こういったことに関してはちゃんと丁寧に時間を掛けて教えなければいけないからだ。詰まり街に帰ってからと言う事だ。早く気球艇を洗いたいし。

 

兎も角、今はリリルカだ。

 

「あぁっと、大丈夫ですか?」

「………レフィーヤさま」

「なんですか?」

「オラリオの冒険者は酷い人ばかりでした」

「まぁ、否定はしません」

 

実際、上位だろうと酷いのは酷いのがファミリアであり冒険者だ。ロキファミリアは当然そのような事は無いが、多分。

 

「でも……ここまで頭は可笑しくなかったと思います」

「でしょうね」

 

寧ろオラリオの冒険者の大半がキチガイだったなら、と一瞬考えて。取り合えずバベルは吹き飛ぶだろうなと思うのだった。

 

「まぁ取り合えず訊きますけど、操縦は出来ますか? 無理ならハインリヒさんに言いますけど」

「いえ、大丈夫です。リリは、ちゃんと出来ます」

「ふむ」

 

未だに顔の青いリリルカを見る。

 

「本当に大丈夫ですか?」

「だから大丈夫です、変わる必要だって」

「因みにリリルカさんは自分から休むのと、簀巻きにされて吊るされた状態で休むのとどちらが良いですか? あ、吊るされてもちゃんと休めますよ。すぐに気絶できると思うので」

「やっぱり無理はいけませんよね。リリはちゃんと休めます」

 

リリは賢いと言い聞かせる様に立ち上がると休むために歩いて行く、と不意に彼女は立ち止まりそう言えばと問い掛けた。

 

「確か依頼の中に兵士の捜索も含まれていた筈でしたが」

「残念ながら見つかりませんでしたよ」

「そうでしたか」

 

短く呟くとリリルカは歩いて行った。そう兵士は見つからなかったのだ。

 

レフィーヤはしまっておいた折れ潰された装備品と思われる血濡れたそれを何気なく取り出しす。微かに見て取れるラキア王国の兵士である事を証明する印の刻まれた其れを、静かに眺めてから再びしまった。

 



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第百六十六話

ラキアに帰還した一行が森で在った事を報告してから凡そ一週間は経過したある日の事だ。

 

「は? 依頼?」

「そう! その通りなのですレフィーヤ氏!!」

 

ギルド・フロンティアが部屋を借りている宿の食堂にそのような言葉が響く。口にしているのは何故か半分だけ残っていた髪の毛を縦ロールにしているエヴィー・ショートという変態エルフである。

 

「依頼って言われても。今私しかいないんですけど……まぁ、取り合えず話は聞きますから座ってください」

「感謝!!」

 

言いながら椅子を勢い良く引き宙返りしてから座るエヴィー。何故、宙返りしたのか。問いかけた処で大した答えは返ってこないと知っているのでレフィーヤは話を続ける。

 

「で、依頼の内容ですが。詳しく訊いても?」

「もぉちろん!! そなわけでこれを見てくれるかねレフィーヤ氏!!」

 

と、勢いよく手を動かして……縦ロールに突っ込み地図らしきものを取り出すエヴィー。何故そこにしまったのか、それも訊かずに広げられたそれを覗き込み彼の指差した部分を見る。

 

「…森ですね」

「そうですとも!! ですがただの森では在りません!!」

「と言いますと?」

「エルフが住んでいる森なのです!!」

「はぁ、それで?」

「反応が鈍いですぞぉ!!」

「言われましても」

 

森にエルフが住んでいるのは別にそう珍しい事では無い処か割と普通なのではと思うレフィーヤ。だがと、思う事もある。はて、この森にエルフが住んでいるなどという話を聞いた事が無いからだ。

 

「では飛び切りの情報をお伝えしましょう!!」

「わーたのしみですねー」

 

嘘ではない、ただ少し面倒に成っているだけだ。

 

「なんとこの森に住まうエルフは!! 結構前からこの森に住んで居るのです!!」

「…………で?」

「視線が冷たい!! でもこのエヴィー。挫けませんよ」

「そうですか」

「でも気に成りませんか? 何故、この森に住み続けるのか。まるで何かがある様では在りませんか」

「ほぉ?」

 

少し、処ではなくかなり興味深い。だが確かにそう言われてから見れば、そうだ。山に囲まれた深い森。モンスターもいるだろう事を考えると、住みやすい場所というよりは守り易い場所と言えるだろう。まぁ、モンスターにその何かが壊されるという可能性を考えなければだが、それも環境さえ整って居れば問題ないだろう。

 

「否定は出来ませんね」

「でしょう?」

「ですが確信は無い、違いますか?」

「ごもっともです。なのでもう一つ面白い情報を零すとしましょう」

 

耳を傾ける。彼はレフィーヤの事を、いや彼女から話を聞くだろうギルド・フロンティアの全員を乗せる積りなのだと理解したからだ。

 

「実はここ、先程言ったエルフが住んでいると言う事以外よく分かっていないんですよね」

「ほぉ? それで」

「かといってそれは別にそのエルフが排除しているからという訳でなく森が天然の迷宮の様なものに成っているからでしてね」

「成程成程。それは詰まり?」

「言ってもよろしいので?」

「どうぞ」

 

ではと、エヴィーは少し間を置いてから。

 

「この森には未知が溢れているのです!!」

「実に魅力的じゃないか。冒険のし甲斐が在りそうだ」

 

そう言葉にするのは何時の間にか隣に座っていたローウェンだった。全く気が付く事の出来なかったレフィーヤ、やはり人外だなと一瞬だけ思って、未知という言葉の魅力に抗えず消えてなくなる。

 

「では改めて話を聞こうか。どうせ俺が来るのを待ってたのだろう?」

「お分かりで?」

「ぶっちゃけそう言った類の話をされて一番食いつくの俺だし」

 

ですよねと言葉にすることなく頷く。今まさに未知という言葉を聞いて飛びついた訳だし。まぁ、冒険者ならみんな同じような反応するよね、というのがレフィーヤの感想である。オラリオの冒険者はどうかは知らないが。

 

「では改めて依頼の内容を。と言いましても単純な事ですよ。ここに住まうエルフを探して、少し木々を分けてもらえないか交渉してほしいのですよ」

「交渉、しかし木か……ここのは特別と言う事か」

「えぇ、はい。昔森を調べようとした者たちが結局何も発見できずに帰還した際にこれだけでもと持ち帰った枝が大変良質な魔力を帯びているものだったそうで。魔力を帯びたそれは杖にするにはこれ以上ないもの。それが在ると知ったこのエヴィー!! ふとこれを使えば気球艇をより良き物にすることができるのではと思ったのです!!」

「それで、依頼をしに来たと」

「はい!!」

 

瞳を輝かせながらはっきりと言葉にするエヴィー。既に顔に木を弄りたい気球艇を改良したいと書いてある。なんとも分かり易い事でと思うが、まぁ分かり易いのはこちらも同じなのだが。

 

「成程、未知が在りその上で気球艇も良くなるかもしれないと。確かに断る様な事では無いな」

「でしょう?」

「まぁ、一応話し合ってからだけどな」

「そうですね」

「だがそれは其れとして一つ問題が在る」

「問題?」

「リリルカの護衛」

「あぁ……そういえばベル君はもう出ちゃったんですよね」

 

ちょっと北まで行ってくると笑顔で走り去って行ったベル・クラネルの背中を思い出しつつ呟く。彼が居ないとなると考えなければいけない。

 

それを解決しない事には向かう事は控えた方が良いだろう。未知といっていい場所なのだからなおさらだ。何とかしないといけないと思って居たことが早々に立ちふさがったなと思いながらさてと冒険者たちを思い出しながら如何したものかと考え。

 

 

 

 

 

 

「話は聞いたぞ!!」

 

解決方法が自分からやって来た。



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第百六十七話

勢いよく声を響かせながら現れたその人物を見ると、レフィーヤは目を丸くした。何でという疑問が頭に浮かび、自然とその人物の、いや神物の名前を口にした。顔を顰め乍ら。

 

「神ヘルメスじゃないですか」

「うん、さっきの驚いた顔は良かったけどすぐに顰められて凄いショックを受けてしまったな!!」

 

とてもそうには見えないのだが、とは口にしない。面倒ごとにしかならないし。それ以上に気に成る事が在ったから。

 

「オラリオに向かったんじゃないんですか?」

 

その筈だったのだがと確かめる様に思い出しながら口にすると。彼は笑みを浮かべながら答えた。

 

「あぁ、勿論向かい。そしてすぐにここに戻って来たのさ。文字通りとんぼ返りってやつだ」

「どうやってですか?」

 

そんな簡単に行き来が出来る距離では無かった筈なのだが。気球艇でも無ければ。

 

「彼女に背負われてきた!!」

 

と、良い笑顔でゴミの様な発言をするヘルメス。彼女という言葉に、視線を彼の後ろ。正確にはそこに立っている人物を見る。マントを羽織り、眼鏡をかけた……表情の死に絶えている女性を。

 

どんな事させたらあんな事に成るのか。まさか走らせてきたのか、オラリオからラキアまで。苦行どころではない。眼鏡が割れた時のハインリヒや金が無くなった時のローウェンみたいな顔をしてるじゃないかとレフィーヤは思った。

 

「……まぁ、取り合えずそれは良いとして何の用だ?」

「何となくでもわかってるんだろう?」

「そうだな。まるで待ってたかのような登場の仕方したしな」

「実際待ってたからね」

「待ってたのかよ」

「ばっちりね。二日ほど待ったよ」

 

待ちすぎでは無いだろうかそれは。神というのは暇なのだろうか、いや割と暇そうだったなとレフィーヤは思う。団員にちょっかい掛けたり酒飲んだりちょっかい掛けたりだったし。まぁ、仕事はしてるのだろうが、多分。

 

「それじゃああんまり引っ張っても仕方ないからね。要件を言うとしよう」

「早くしろよ」

「話の遅い神ですね。神から髪を奪いますよ」

「面倒くさいお人なのですね」

「それ、お前が言えたことじゃないよな」

 

全くだとエヴィーを見ながら頷く。ぶっちゃけヘルメス以上に面倒くさいというのに。と、そんな事を思って居ると音が聞こえる。何事かと視線を向けると、膝から崩れ落ちているヘルメスが見えた。どうやら先ほどの言葉の刃が結構深く心を抉ったようだ。

 

これには女性もニッコリ。とても暗く歪んだ笑みだが。

 

でも落ち込まれてると話が進まないから面倒くさい。かといって無視するとそれは其れで面倒だ。ならばどうするかと思い、レフィーヤは立ち上がり。

 

「よいしょと」

「うぉ?!」

 

流れる様にヘルメスの上に座った。とても豪華な椅子だなと思いながら。

 

「……え?」

 

女性が呆けたような声を零す。だがそんなこと知った事では無いと言わんばかりにローウェンが問いかける。

 

「座り心地は?」

「あぁー……微妙ですかね」

「良いでも悪いでも微妙ときたか」

「ぐぉおお!」

 

そうかぁ、なんて呟きながら当然の様にレフィーヤと同じように腰かけるローウェン。女性がえぇ、と声を零した気がするがヘルメスの呻き声の所為で聞こえなかった事にして、視線をエヴィーに向ける。すると彼は満面の笑みを浮かべながらサムズアップして。

 

「飛べばいいのですよね!!」

「何故そうなった」

 

本当に何故だ。余りに意味の分からないその発言と思考に思わずといった様に言葉を零す。だがすでに遅いと言った処か、エヴィーは何時の間にか距離を取っており、勢いよく走りだした。

 

あ、これは駄目だなと思いながら立ち上がる。ローウェンも同じように立ち上がって少し歩き。

 

「ほぉおおおぼぉふぁ?!」

「ぐわぁああ?!」

 

足を引っかけた。飛び込まれたら流石にヘルメスも無事では済まないと思ったからだ。話もちゃんと聞いてないし。まぁ、結局転がったエヴィーに巻き込まれたのだが。潰されるよりはましだろうと言う事で。

 

「だから許してくださいね」

「杖で突きながら言う事じゃないと思うけどなッ!!」

「あ、すみません。わざとです」

「だろうと思ったよ!!」

 

なんて言いながらも楽しそうに笑っている。そういう趣味なのだろうか。とう、なんて声を上げながら立ち上がったヘルメスを見ながらレフィーヤは思った。

 

「それじゃいい加減話をするとしよう!!」

「どうぞ」

「先ほど、リリルカ君の護衛がどうのと言っていたね」

「まぁ、確かに」

「そして今、ベル君は居ないと」

「ですね」

「そしてこんな所に丁度良く高レベル冒険者が居る」

「………は?」

 

女性がまたも呆けた様な顔をしながら言葉を零す。が、ヘルメスは止まらない。

 

「とても重要な事を教えてくれた礼だ。彼女の事は好きに使ってくれて結構だ!!……あ、そう言う意味では無いから」

「え、ちょ、え?」

「ではさらばだ!!」

「は?……はぁぁああああ?!」

「はっはっはっはっは!!」

「ちょっとってはっや!?」

 

叫び声を響かせながら走り去っていくヘルメスに向かって手を伸ばす女性。しかしとある冒険者から走り方を教わっていたらしいヘルメスの無駄のない異様に速い疾走は、すぐにその姿を見えなくした。

 

そして手を伸ばしたまま固まる女性だけが彼らの前に残されたのだった。

 



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第百六十八話

「色々と思うところは在りましたけど別に、嫌いだった訳じゃないんですよ」

「はい」

「なんだかんだ言っても、神様ですし。まぁ仕方ないかって思ってたんですよ」

「はい」

「今回もまた気まぐれか程度にしか思ってませんでした」

「はい」

「そりゃあ、背中に引っ付かれて何日も走らされた事には憤りを感じていましたよ」

「はい」

「でも、でもですよ」

「はい」

「これは、あんまりじゃないですかねぇ?」

 

思うだけでも駄目なのか、なんて気球艇の上で愚痴を垂れ流すのはアスフィ・アル・アンドロメダと名乗った女性。哀れにも神というよりはゴミで在るヘルメスに生贄として差し出された人物である。

 

どうして気球艇に彼女が乗っているかといえば、単純にギルド・フロンティアがリリルカの護衛を頼んだからだ、正確にはレフィーヤが、だが。されでは、何故彼女に頼むことになったのか。其れも単純。ヘルメスがどうしようもなくゴミだったというだけだ。

 

ヘルメスが走り去った後、暫く唖然としていたアスフィは、ハッとしてから追いかけ始めた。それを見て取り合えず追いかける事にした三人。決して面白そうだからなどと思ったわけでは無い。そして、彼らが見る事に成ったのはは恐らく部屋を借りていたのだろう宿の中で膝から崩れ落ちていたアスフィの姿。

 

持ってきていた物の大半をヘルメスが持ち去っていった後だったとの事。そして悲しい事に今のアスフィどういう訳かお金をヘルメスに渡していたそうで、無一文に成ってしまったと言う事。一応、他の団員もラキアに向かっているそうだが、それでも数日はかかるとの事。

 

ならばどうすればいいのかと、怒りとか憎しみとか通り越して只管に虚無へと意識を放り出していたアスフィに先ほど言った通り護衛を頼んだのだ。

 

因みに宿代と食事代、そして装備を整えるのも必要経費として払っている、コバックが。

 

「結構、懐が寂しくなっちゃたわねぇ」

「俺よりか?」

「ちょっとガンナーと比べられるのは嫌かしらねぇ」

 

なんて会話を耳にしながら只管、愚痴に相槌を打つ。必要ないかもしれないが、、彼女の状態的にやった方が良いだろうと思ったからだ。

 

「……冒険者もそうだけど、神様の方がクソなんですね。リリはまた一つ賢くなれました。今度会ったら気球艇で押しつぶしましょう」

 

とても物騒な呟きが聞こえたが無視。全くもってその通りだと言えてしまうから無視だ。勿論、ロキは違うと思って居る、少しだけ。あと、勝手に気球艇を殺神の為に使わないで欲しい。

 

というかそんな事が出来るのかとハインリヒに視線を向けると、笑顔で頷かれたレフィーヤ。そうか、もうそんな細かい操縦が出来るの様になったのかと、褒める様にリリルカに向かってサムズアップをする、と彼女もまたサムズアップし。

 

ひっくり返した。

 

まさかの返しに驚くレフィーヤ。そこまで逞しくなっていたのかと喜ばしくて笑顔が浮かんでしまう。良かったね、リリルカ・アーデ。

 

「なんでしょうか。今凄く嫌な事を考えられたの様な」

「気にしなくてもいいんじゃない? 大体の事は分かるけど、逃れられない事だし」

「嫌なんですが? 凄く嫌なんですが!?」

「それはそうとして、操縦すると時は?」

「慣れてないなら集中する」

 

と、指摘されるとすぐに向き直る。本当にまじめだなとレフィーヤは思う。

 

「そう、まるで私の様に」

「何がでござるか?」

「私って真面目だなぁって話ですよ。冒険関係に関しては」

「そうでござるなぁ、ローウェン殿ほどではないでござるが」

「いや、ローウェンさんと比べられても」

 

困るというか、まぁ困るとレフィーヤは思う。自分も冒険に全てを捧げている様なものだが、その。ローウェンはそこからさらにおかしな所までかっとんでいる人物なのだから比べられても困るとしか言いようがないのだ。

 

「まぁ、其れは置いておくとしてでござるな。あとどの位でござるか?」

「あぁ、そうですね。ちょっと確認します」

「後ですね、それでですね。聞いてますか?」

「はい」

 

アスフィの未だに繰り返されている同じ内容の愚痴に対して相槌を打ちながら地図を取り出して目を通し、立ち上がって見渡す。さらにそこから調べた情報や聞いた話などと照らし合わせて。

 

「・・・・あそこを超えたら見えてくると思いますよ」

「思うでござるか」

「えぇ、断言できる程に情報が集まったじゃないですし。そもそも地上からの景色と上からの景色は違いすぎますから」

「まぁ、間違った方向では無いのは確かでしょうね。ローウェンさんが何も言いませんし」

「で、ござるか」

 

なんにせよそろそろ準備、または確認し始めるべきかと立ち上がる。アスフィに服を掴まれたが無言で笑顔を向けたら反してくれたので大丈夫。しかし、何故震えているのだろう。

 

ただ、冒険の邪魔するならぶちのめすぞという意思を視線に乗せただけなのだから震える意味が分からない。と言う事にレフィーヤはしておくのだった。

 

「見えたぞ」

 

そんなローウェンの言葉が、確認を終えたレフィーヤの耳に届く。それではと、レフィーヤもそれを見るために歩き、風で帽子が飛ばされない様にしながら眼下に広がる、深い霧に覆われた森を見る。



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第百六十九話

その森に足を踏み入れたギルド・フロンティア。彼等が思うのは、想定していた以上に霧が深いという事だった。

 

「前が凄い見辛いですね」

「で、ござるなぁ」

「離れたらすぐはぐれちゃいそうだね」

「こんな状態なら調査に来た人たちが無理だったのも仕方ない気がしますね」

「強さ云々でどうにかなる事でもないしな」

 

その通りだなと頷くレフィーヤ。レベルが高くても霧はどうにもできないだろうし。いや、若しかしたら魔法で吹き飛ばす事も出来なくはないかもしれない、風とかで。まぁそんな事していたら魔力が尽きて死に掛ける事に成るだろうけど。

 

「そもそも魔法でも出来るかは微妙ですしね」

「そうなの?」

「あ、声出てました? えぇ、はい。この霧、微妙にではありますけど魔力含んでますし」

「成程、霧から感じる違和感は其れか」

 

さらりと呟くローウェン。ガンナーなのに何故そこそこの技術や知識が無ければ感知できないだろうそれに気が付いているのかと。人外だからといったらそれで終わるのだが。いや、そもそも技術にしろ知識にしろかなりのものだから当たり前と言えるのかもしれないが。

 

「詰まりレフィーヤ殿が霧を吹き飛ばすというのは」

「やらない方が良いと私は思いますよ」

 

見辛いというだけで見えないという訳でも無いし。この環境に適応したモンスター達の音はかなり分かり難いがそれだけだ。平然とローウェンは急所撃ち抜いているから問題ないだろう。まぁ、彼に関しては元から見ずに当てられるのだから例外みたいなものだが。

 

いや、そもそも全員同じような事出来るのだったと思い出すレフィーヤ。本当に霧を取り除く意味がなくなったかもしれない。一つだけ問題はあるが。

 

さて、その問題はと言うと。

 

「……この森のエルフは何処に居るんですかね?」

「知らん。寧ろお前の方が詳しいだろう」

「まぁ、レフィーヤ殿はエルフでござるからな」

「いや知りませんよ」

 

確かに種族は同じかもしれないがエルフの事なら何でも知っている訳では当然だが無い。一度も訪れていない処か存在するら知らなかったのだから尚の事だ。

 

「地道に探すしか無いって事ね」

「まぁ、こんな場所ですから何かしらの目印は在ると思いますけど」

「その目印がどの様な物か分からないからどうしようもないと」

「ですね。術関係ならある程度判断できなくも無いんですけど」

 

魔力を含んだ霧の所為でそう言った視点で見るのがとても大変なのだが。霧自体が何かしらの術で生み出されているという可能性を考えると、かなり見つけるのは困難だろうが。いや、普通にというのはどうかと思うが目印は術とは関係ないものを使うかもしれない。なんて考えながら視線を巡らせてそれらしいものは無いか探す。

 

が、これといったものは見当たらない。

 

「そもそも、完全に通り道を憶えているから目印は必要ないとかだったら面倒処の話では無いよね」

「そうなったらもう足跡探すしかないだろう」

「木の上を移動してたら?」

「だとしても何かしら残るだろ」

 

言いながら現れた敵意を持つ気配に向かって淀みなく発砲。容赦なく穿たれたモンスターが崩れ落ちる音がする。

 

「じゃあ、探しますか」

「探してもらいながらな」

 

自分たちだけでというには森は広すぎる。ならばどうするかといえば先ほどローウェンが言った通りだ。慣れてないなら慣れてるやつらにみつけて貰えばいいという単純な事だ。相手がどうしようもない類のものでもない限りはこれに限る。楽できるしとレフィーヤは頷きながら思うのだ。

 

「木でも切り倒すでござるか?」

「其れ完全に敵対行為ですから」

「怒られるでござるか?」

「というか即攻撃されると思いますよ」

 

必要だからというならまだしも、唯見つけてほしいからなんて理由でそんなことすれば敵対するに決まっている。エルフとか関係なしにだ。

 

「で、ござるか。いやござるな」

「というかそれを気にして火球を使わない様にしてるんですからね私は」

「その割に氷がちょくちょく木を貫いてるけどな」

「霧が悪いの無罪です」

 

まぁ無罪かどうかは置いておくとしても、実際霧が濃い所為でモンスターが避けたと思ったらその真後ろに木があって止める前にぶつかってしまう、なんて事が在るので霧が悪いというのは間違いではない、筈だ。命中率もかなり悪いし。

 

「で、なにか在った?」

「あたしはこれといって見てないわね」

「本当ですか?」

「また大したものじゃないとか判断して無いだろうね?」

「流石にそれは無いわよ。ついこの間の失敗をそんな直ぐ繰り返すほどあたしは愚かでは無いわよ」

「すぐでなければ繰り返すんですか」

「否定できることではないでしょう」

 

まぁ、其れはそうかとレフィーヤは頷いて。

 

 

全員が一斉に同じ方向へと視線を走らせる。

 

 

気配、そこに何かいる。これまでとは違い敵意を持っていない、けれど見定める様に視線を向けている何かが。エルフだろうかと、視線をローウェンへと向ける。すると彼は静かに頷いてから。

 

「敵意がないなら出てきてくれないかね?」

 

そう、語り掛ける。はっきり言って友好的とは言い難い言葉ではあるが、しかし以外にも此処に居ると伝える様に音を響かせながら姿を現した。

 

ごく一般的なエルフよりも青白いと言える肌をした人物が。敵意は無いと言いたげに武器を持たずにその身をさらす。

 

「……俺たちに何か用か?」

「その前に聞かせてくれ旅人よ」

「旅人、どちらかといえば冒険者なんだが」

「では冒険者よ。汝らの中に傷の手当てができる者はいるか?」

 

ふむと、考える仕草をしてから軽く視線を交らわせて、ハインリヒが手をあげる。すると安堵したような、或いは救われたとでも言いたげに表情を和らげ、それをすぐに引き締めて言葉にする。

 

「礼を失するのを承知で頼みたいことが在る」

「……なんだ?」

 

 

「我らを助けてほしい」



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第百七十話

現れたエルフ、後にコーロと名乗った女性に案内された辿り着いたその場所には何処かアスラーガに在るかすみ屋を思わせる造りをした建物があった。けれど、其れよりも先に瞳に映り込んできたのは多くの怪我人だった。

 

「これは酷いね」

 

そう小さく呟くと同時にハインリヒは走りだし怪我人に近づいていく。そしてさっと状態を診ると治療が必要な物とそうでないものとを分けて手早く治療を施していく。途中、自分は大丈夫だと叫ぶ人を脅しつつ。

 

相変わらず手際が良いものだと思いながら、改めて視線を巡らせる。人たちに目がいったが建物もかなり傷ついている。間違いなく、戦闘行為が在ったのだろう。

 

だが、と思いつつよく観察するために建物に近づく。そして軽く撫でながら刻まれた傷を見ると。どうにも可笑しい、それはモンスターに付けられたものとは少し違う様に見えるのだ。

 

「……これは」

「どうかしたのか?」

「あぁ、コーロさん。怪我人は」

「問題ない、ハインリヒ殿の腕がとても良いのでな。もう暫くはここを守れるだろう」

「そうですか……それで」

「何が在ったのか、訊きたいのだろう?」

「えぇ、はい」

「今、ローウェン殿が長より詳しい話を聞いている処だが」

「貴女からも私は訊きたいですね。色々な人から集めてこそ正しい情報というのは見えてくるので」

「そういうものなのか?」

「えぇ、といってもかなり面倒な事ではありますが」

「そうか、では我でよければ語ろう」

 

と、少し思い出そうとするような仕草をしてから、彼女は口を開く。

 

「あれは一月ほど前の事だったな。我らが聖地にて儀式を執り行っていた時、それは唐突に地面から湧き出てきたのだ」

「湧き出て、ですか」

「そうだ」

 

と言う事は魔石の方のモンスターと言う事だろうかと考えながら話の続きを求める。

 

「それは影の如く揺らぎ、不確かなもので在ったが鋭く強い敵意を我らに向けてきたのだ。見るにそれは邪悪なもの。故に我らは聖地より追い出さんとしたのだが」

「駄目だった、と?」

「恥ずべき事だがな。我らの剣も、矢も奴には効かずすり抜けたのだ」

「すり抜けた、ですか」

 

それは、面倒だなと思いつつ耳を傾ける。

 

「唯一、術理のみが奴を傷つけたのだが。もともと術師は儀式を執り行っていた故に疲労していたのが災いした。奴を倒しきる事ができなかったのだ」

「それで仕方なくここまで逃げてきたと」

「あぁ、今度こそ聖地より追い出す為にな。しかし……しかし」

「何が在ったんですか?」

「増えたのだ」

「新しく現れたと言う事ですか」

「いや、増えたのだ」

 

いやではなく、そう言う事では無いのか。魔石の方のモンスターはどんどん生えてくるのだから。いや、しかしそうだったなら最初からそういうかと思い、視線を向けてもっと詳しくと言葉にする。

 

「奴はその身を震わせたかと思うと、影から新たな影が現れたのだ」

「それは……生まれたではなく」

 

何かしらの特性の因る増殖、と言う事なのだろうか。

 

「その新しく出てきた影は倒せましたか?」

「あぁ、奴に比べれば容易く術理に因って溶け落ちた。尤も、変わらず剣も矢もすり抜けてしまったがな」

「成程」

「しかし」

「何度も、何度も現れた……でしょう?」

「そうだ。幾ら倒そうとも際限なく影より奴らは姿を現したのだ」

 

そうだとしたら、確かにここがこうもボロボロになる訳だ。下手すれば自分たちよりも圧倒的に数が多いモンスターが何度も攻めて来るのだから。自分たちに頼まなければ治療が間に合わなくなっても可笑しくはないとレフィーヤはそこで納得したように頷く。

 

「どうしてそんな事が出来るのか……なんて、分かってたら倒してますよね」

「その通りだ。何一つ、分かりはしなかった。何故、剣も矢もすり抜けるのか。何故、奴が増えるのか。その一切な」

「そうですか。話を聞かせてくれてありがとうございます」

「いや、礼を言われる事では無い」

 

なんて言葉を聞きながら、情報を頭の中で纏める。地面から湧き出た恐らく魔石の方のモンスター。それは剣も矢もすり抜けるのに、何故かエルフたちに傷を負わせることが出来る。有効な攻撃手段が今の所、魔法等といった唯のものしか確認できておらず。どうやってか増殖までする。恐らく、まだまだ知らないことが在るだろうからもっと凶悪なのだろうと想定する。

 

レフィーヤは思う。これオラリオで出てきたら壊滅するのではないだろうかと。其れほど凶悪なのだ。まぁ、魔法使いがここと比べようもない程多いからそんな事は無いかもしれないが。

 

「レフィーヤ」

「あ、ローウェンさん。話は終わりましたか?」

「あぁ、そっちは?」

「こっちもですよ」

 

と、軽く手を振りながら近づいてくるローウェンに対してそう返す。解す様に肩を回す彼に、レフィーヤは問いかける。

 

「で、どう思いますか?」

「大体、如何いう奴かは分かった」

「早くないですか?」

「其れらしいのがそこら中に落ちてたからな」

「落ちてた?」

「あぁ、ここに攻めてきてたなら何かしら残ってるのではと思ってな。軽く探したらすぐ見つかったぞ。まぁ、見つけづらいのは確かだが」

「何がですか?」

「これ」

 

と、ローウェンは手を開いた状態で出して見せる。しかし、これといったものは無いように見えて。あっ、とそれに気が付いた。

 

彼の手の中に、割れている極小の魔石がある事に。



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第百七十一話

「詰まり攻撃はすり抜けたのではなく、単純に当たらなかったというだけなのでござるか」

「大体そんな感じだろうな。そうでなければ一方的に攻撃される訳ないしな」

「でもまぁ、すり抜けたと思っても仕方ないですよこれじゃあ」

 

そう、言って手の中に在る魔石を見る。目を凝らすという程では無いが注意して見なければ分からない程小さなそれを。これを狙って攻撃するのは相当難しいだろうなとレフィーヤは思う。まぁ、ローウェンは除くが。

 

「で、増える事に関してはどうやってだと思いますか?」

「知らん」

「ですよね」

「流石にそれはな。一番最初に出てきたモンスターを見てみない事にはな。どうにも、それ以外は増えないとか言ってたしな」

「聞いた話なら、ですけどね」

「やらなかっただけという可能性もあるでござるからなぁ」

 

おこなってこなかった出来ないのだと考えるのは余りに危険だ。出来ると考えておいた方が良いだろう。

 

「しかし、魔石のモンスターもまた面倒なのが居るんだな」

「私も吃驚しましたよ」

「と言う事はオラリオの迷宮にはこれと同じようなモンスターは居なかったと言う事でござるか?」

「知ってる範囲では、ですけどね」

「どこまで続いているのかも分かってない……と言う事に成ってるらしいな」

「えぇ、そう言う事に成っていますね」

「隠してる可能性が無きにしも非ずという奴でござるからなぁ」

「まぁ、本当に知られてない可能性の方が高いといえば高いんですけどね」

 

神と名乗ってる割に色々とあれだしと、思い出しながらレフィーヤは思う。と、何やらコーロが何とも言えない表情で見つめていることに気が付く。

 

「如何したんですか?」

「いや、これから戦いに赴くというのに変わらないのだなと、そう思っただけだ」

「油断も慢心もしてませんよ?」

「それは先程の動きを見れば分かる」

「先程……あぁ、あの会話しながらモンスターをローウェンさんが撃ち抜いた時の事ですか」

「そうだ」

「流石に彼はちょっと別物というか。会話しながら見向きもせずに急所を撃ち抜くのは私にはできませんよ」

「拙者もでござるな」

「見ないで攻撃が出来ない訳では無いけどな」

「そうですね」

 

出来るとかなり楽なのだとレフィーヤは頷く。相手が勝手に奇襲が成功すると思ってくれるからかとても当たり易く成るので便利なのでよくやるのだ、見ずに攻撃を。

 

「……冒険者というのは皆そうなのか? 聞いた話と随分違うが」

「どうなんでしょうね? まぁ、私達みたいなのはオラリオでは異端でしょうね」

 

恩恵を得ていないし。寧ろ冒険者として認められないかもしれない。

 

「ところで、聞いた話というのはどういう事ですか? 誰かあの村に訪れるんですか?」

「あぁ、時々であるが巨躯の男が聖地を見に来るのだ。其のついでにという訳では無いが外の様子などを訪ねるのだ」

「成程」

 

それで問題なく共通語を話せたのかとレフィーヤは納得する。自分たちが最初で無かったのは少しどころでなく残念だが、言葉が通じたので幸いとしておこう。悔しいがそう言う事にしておこう。

 

「しかし、そうか。話に聞く冒険者とは汝らは違うのか」

「ですね」

 

まぁ、自分達みたいな冒険者が基本となったらそれこそアスラーガである。一日十人は吊るされている冒険者を見る事に成るあの魔境の如くなるのは必然となるだろう。まぁ、今拠点にしているラキア王国は絶賛そこに向かって爆走中なのだが。

 

「ところで、良かったのか?」

「何がだ?」

「コバック殿とハインリヒ殿を置いてきてだ。油断も慢心もしていないのは分かったが、単純に戦力が少なすぎるのではないだろうか? 我を含めても四人。我らが束に成って敵わなかった影にたったこれだけで勝てるとはおもえない」

「其れに関しては大丈夫だ」

「……何か策が在るのか?」

「まぁ、策と言う程のものでは無いんですけどね」

 

情報が少なすぎて余り細かい策を考えてもしょうがないというのもあって、とても単純な物に成ったのだとレフィーヤは語る。

 

「そ、そうか」

「で、なんであの二人を置いてきたかといえばハインリヒは治療してコバックはもしもの時の為にって事だな」

「そうか……感謝する」

「必要ない。ぶっちゃけ人が多くても邪魔なだけっていうのもあったしな」

「はっきり言うな」

 

さらに言うとゴザルニも別に来る必要が無かったりするが、村に居てもこれといってやる事が無いという理由でついてきたのだ。

 

と、コーロの足が止まる。そして彼女の視線の先に在るのは、何かを囲う様に存在する壁と一つの門。その先が、彼女の言っていた聖地なのだろう。

 

「……良いのか?」

「それはどういう意味でだ」

「これは、我らの問題だというのに、汝らに託してしまって」

「自責の念ってやつか」

「……あぁ」

「なら気にするな」

「どうせ、は? とか声零すことに成るだろうしな」

「何故だ」

「あ、このコートを着といてくださいね」

「何故だ」

 

コートを手渡され、そう零された声を聞き流しながら、門を開く。目に移り込むのは大量の影が揺らめき蠢く光景。そしてその中心にまるでドレスを纏っているかのような一回り大きな影が一つ。

 

それは女王の如く影を侍らせながら、ゆっくりと彼らに向かって視線を向けて。

 

 

 

 

 

 

「吹雪の大印術」

 

一瞬にして、氷像と化した。

 



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第百七十二話

ふっと、吐いた息が白く染まる。聖地と呼ばれて居た場所が氷と雪に覆われる。それの光景を見て、そう言えばこの術を元の形で行使するのは初めてだなと思いながら、軽やかに手の中の杖を回し、振るう。

 

振るわれた杖に呼応するように、ピシりとひび割れる音が響く。それは氷像と化した影達から響き音。それは徐々に、徐々に。大きく、多くなっていき。やがて、全て崩れ落ちた。

 

「……気配は無いな」

「これで全滅でござるか」

「どこか別の場所に居る個体は居るでしょうけどね」

 

分かる範囲では、聖地内にはもうモンスターは居ない様だ。しかし一撃で終わるとは。楽できたと喜ぶべきか、或いは呆気なさすぎると思うべきなのか。まぁ、楽できたならそれに越したことは無いかとレフィーヤは思う事にして。

 

口を開けたまま固まっているコーロを見る。彼女はまだ何か起こったのか理解する事が出来ていないのか、ゆっくりと首を傾げると。

 

「…は?」

 

ローウェンが言った通りの言葉を零す。

 

「おわ…り? え? なんで?」

「別に可笑しな事では無いですよ。寧ろとても単純」

 

と、落ちている魔石を探し、丁寧に踏み砕きながらそうレフィーヤが言葉にすると。コーロどういう事なのかと視線を向ける。だから、彼女は答える。

 

「私の得意な事があのモンスター達の弱点だった。それだけの事です」

「……それだけ?」

「それだけです」

「…それ、だけ」

「というか、聖地だか祭壇だかの状態見なくていいのか?」

「は! そうだった!!」

 

漸く正気に戻ったのか、急いで駆け出すコーロ。向かうのは先程まで大量に影存在したせいでよく見えなかった祭壇。パッと見ただけでもかなり壊れている事が分かるのだが。

 

「…そもそも、何でここに現れたのでござろうか?」

「さぁ、俺は知らん。レフィーヤはどう思う?」

「あぁ、そうですね。単純に人が居たからとかでは無いですかね?」

 

現れた時にはこの場所で儀式をしていたと言っていたし。

 

「より人が多く居る村でなくでござるか」

「えぇ。魔石のモンスターって案外馬鹿というか、取り合えず近い方に向かう事が多いですからね。まぁ多いというだけで確実では無いですけど」

「そんな事確かに本にも書かれてたでござるが。少ない方が確実だからという理由……では無いのでござるか?」

「どうなんでしょうね? ただ近ければ多い少ない関係なく襲ってきますね」

 

改めて考えると本当に謎の生態だなとレフィーヤは思う。ハイ・ラガードの世界樹に居たF.O.Eなみに意味が分からない。いや、そう考えるともしかして魔石のモンスターもあれらと同じで何かに造られた存在なのかもしれない、なんて思いながら魔石が在るかどうかを確認するように見渡す。

 

「もう、在りませんかね」

「取り合えずこれで最後だな」

 

と、言いながらローウェンが軽く放り投げてきたそれをつかみ取る。何なのかと見てみると、先程まで踏み砕いていた魔石よりも一回り程大きく、標準的な魔石よりも小さい魔石。恐らく、あの女王の様な姿をした大きめの影の魔石なのだろう。

 

「こう見ると普通のと変わり在りませんね」

「そうだな」

「……どうやって増えたんですかね?」

 

やはり、スキル的な何かなのだろうか。それをモンスターが保有しているかどうかは知らないが。

 

「詳しい所は分からんが、取り合えず分かったのは」

「分かったのは?」

「あの大きめの個体は体の中に複数の魔石を持っていたと言う事だな。転がってたし」

「……つまりそれって、モンスターが増えたというより」

「まぁ、生んだ、或いは造ったっていう方が正しいと言えば正しいかもな」

「モンスターを生むモンスターですか」

 

面倒や厄介という領域の話では無いなと思いながら、上に向かって魔石を投げて火球で燃やす。

 

「……あ、研究の為に持ち帰った方が良かったですかね?」

「いや、間違った判断では無いだろう」

「そうですか」

 

其れなら良いかと思い、さてと視線を霧の所為でよく見えない空から祭壇へと向ける。

 

「あそこ、見ても良いんですかね?」

「さぁ? 拙者には判断しかねるでござる」

「何言ってるんだお前らは」

「と言いますと?」

「良いも悪いは取り合えずおいておくとしても、確認しに行ってるコーロの様子を見に行くべきだろう」

「……あぁ、成程。其れもそうですね。そしてその時色々と見てしまっても仕方ない事ですよね」

「でござるな。ついでに手伝いをするならば触れてしまうのも必然でござるからな」

「という訳で行くぞぉー」

 

さぁ、張り切って手伝おうかと祭壇に向かった三人は、すぐにその足を止める事に成った。それは祭壇に描かれていたものを見たからだ。

 

「…またこれか」

「ですね」

「黒い……なんでござろうかこれは」

「太陽かタコ」

「多分ですけどね」

 

それは、以前森の中に見つけた遺跡にも描かれていた黒いなにか。これが在ると言う事はここのものもあの場所と近しいものなのだろうかと考えていると、声が届く。

 

「何をしているのだ?」

 

そう問いかけてきたのはコーロ。どうやら確認を終えてしまったらしい。祭壇を調べる機会が失われてしまったかもしれないが、其れはそれで仕方ないと素早く切り替える。丁度良く、目の前の絵に関して知っていそうな人物が居るのだから、訊かないでおく理由が無い。

 

「これは何だ?」

「これ?……あぁ昏き禍の神の事か」

「昏き禍の……神?」

 

これが神なのかと、改めて見てみる。が、どうにもそうであるように見えない、絵である事を含めてもだ。

 

「曰く、それは大地に降り立ちて世界に禍を齎したもの。との事だ」

「へぇー、禍を世界にねぇ」

「……またですか」

「これで四度目だな」

「拙者はニ回目でござる」

「なんの事だ?」

「こっちの話だ」

 

言った処で意味の無い事だしと思いながら軽く手を振る。それを見ながらそうかと言葉にして。

 

「それで、その話。というか伝承には続きは在るのか?」

「続きか? あぁ、在るとも。といっても完全な形で残っているわけでは無いがな」

「そうか。まぁ、それでも良いから聞かせてくれ」

「分かった。では村に戻ってから語るとしよう」

 

 

 

「昏き禍の神と楽園の守護者たる巨人の伝承を」

 

 



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第百七十三話

かつて、彼の地に空より現われた昏き神は世界に多くの禍を齎した。

 

数多の命を呑み、その恐怖を糧とした神は。

 

しかし、楽園を守護せんとする巨人と相対し。

 

深き深き地の底へと封じられた。

 

巨人は奪われた地に命を与え、眠りについた。

 

生まれ出た新たなる命は。

 

深き深き地の底へと続く穴に蓋をした。

 

 

 

 

 

「やっぱり昏き禍の神ってオラリオの迷宮のあれですよねぇ」

 

なんて、レフィーヤは呟きながら気球艇の上から辺りを眺める。そう、どう考えても。などとは言う積りは無いが。高確率でそうなのだろうと思って居る。他に当てはまりそうな場所ないし、今の所はだが。

 

そして、そうだったとするならば。それを巨大な穴に封じたとかいう巨人も存在するわけで。レフィーヤ的には、其の巨人もかなりあれな存在で在る気がしていた。

 

今までの経験的な意味で。

 

まぁ、だからと言ってそうだと決めつける積りは無いレフィーヤは、さてと切り替える様に体を解す様に動かしてから視線をぐったりしながら何かを呟いているアスフィに向けた。一体、何を呟いているのかと思い少し近づいてみると。

 

「おかしい、モンスターがこんなに強いなんておかしい。あれ、ここ外? ダンジョンとそんなに変わらないけど……外? 外ってなんだっけ? ダンジョンの中が強くて外も強くて…あれ?」

 

どうやら思考が迷子に成ってしまって帰って来れていない様だ。しかし下手に弄っても駄目だろうなと触れないで置くことにしたレフィーヤは其のまま横を通り過ぎて、操縦しているリリルカの横に座る。

 

「何の用ですか?」

「いえ、見張りもローウェンさん達がしてるのでとても暇だったので。これと言って意味も無くここに座ってます。色々と話しかけるかもしれませんが反応してくれると嬉しいです」

「じゃあ超適当に返します」

「キチガイへの対処がちゃんと出来てますね」

「嫌でもかかわる事に成りますからね」

「それは良かった」

 

自分でキチガイとかいうのか、なんて返さない当たり本当に慣れてきたのだなとレフィーヤは思う。まぁ、だからどうしたと操縦の邪魔にならない程度に喋りだす。

 

「いやぁ、今回もとても良い冒険が出来ましたよ」

「そうですか」

「初めての場所に訪れて、そこで耳にしたことの無い話に耳を傾ける。未知に挑む事や強敵と戦う事とはまた違った良さが在りますよね」

「そうですね」

「住んでた人たちと交渉して木材をもらえる様にしましたし。ちゃんと依頼を達成したから帰れば報酬が貰える。冒険出来る上にお金まで貰えるって最高じゃないですか?」

「そうですね」

「まぁ、お金は一瞬で吹っ飛んでいくんですけどね」

「辛い」

「ですねぇ」

 

今回は特にハインリヒが辛い。かなりの量の薬を使ってしまったから材料やらなにやらと色々と入用に成るだろうから。かなり金が吹っ飛んでいくだろうなと思う。まぁ、仕方ない事だけれど。冒険は金が掛かるものなのだから。

 

「…もしかしてですけど」

「なんですか?」

「冒険するときは何時も何かしらの依頼を受けているんですか?」

「そうですよ。当たり前じゃないですか」

「そこはオラリオを変わらず、世知辛いのですね」

「まぁ、私なんてまだましな方なんですけどね」

 

ローウェンなんかと比べると、だけれど。彼の表情が死に絶える度に術者で良かったと思うのだ。基本的に金を使わないし。

 

「そう言えばあれは?」

「あれ?」

「あの赤い」

「あぁ、石板ですか」

「それです。結局あれ何なんですか?」

「さぁ? ただ祭壇に祭られていた、そしてあの森に住んでいる人たちが守っていた物という事位しか分かりませんでしたし。これと言って説明が出来ないですね」

「……守られていた物なのに持って来たんですか?」

「渡されたんですよ」

 

今回は運よく無事だったが。もしも再びあの影が姿を現したなら守り通す事は難しいからという理由で渡されたのだ。断じて奪ったわけでは無い。冒険者は基本的に強盗では無いのだ。なお、絶対ではない。

 

「でもこれに関して分かったこともありますね」

「なんですか?」

「これは全部で四つあると言う事ですよ」

「四つですか」

「えぇ、詰まりあと二つあると言う事ですね。変態どものおもちゃが」

「え?」

「あ、知りませんでしたか。最初に見つけた緑色の石板は変態たちに預けられて調べられているんですよ」

「それ大丈夫なんですか?」

「さぁ? 壊さなければ其れで良いといっては置きましたから取りあえずは大丈夫だと思いますけど」

 

まぁ、見るからに重要な物なのだから言わなくても壊さない様に気を遣っているだろうけど。複数在ると知ったらどうなるか分からないので言っておいて正解だったのだろう。四枚在るなら一枚や二枚は壊しても大丈夫だな、なんて言いだしかねないし。

 

全く変態は困ったものだと息を吐いてから何気なく視線をリリルカに向けてから、言葉にする。

 

「そう言えばなんだかんだでしっかり返してくれてますけど、操縦は大丈夫なんですか」

「…………」

「あ、黙った」

 

どうやら集中する様だ。流石にこれ以上話しかけるのはやめておいた方が良いだろうと、立ち上がってから景色を見る。暫くはそれを楽しむかと思いながら。

 

 

 

 

 

「外が内で内が外でモンスターがモンスターじゃなくて魔石無くてあって……あれぇ?」

「あ、まだ戻ってきて無かったんですね」

 

結局彼女が正気に戻るのは帰ってからだったという。

 

 



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第百七十四話

飛んでいく、飛んでいく。

 

くるくると回りながら飛んでいく。

 

綺麗に弧を描いて落ちていく。

 

人が、いいや神が。神ヘルメスが頭から落ちていく。

 

何故、そのような事に成ったのか。彼に恩恵を得ている筈のアスフィに殴られたからだ。ではなぜ殴られたのか。それは正気に戻った彼女が笑顔で出迎えた彼を問い詰めたからだ。何故道具を持って行ったのかを、何故金を置いていかなかったのかと。それに対して彼は言ったのだ、道具に関しては自分が必要だったからと。そして金に関しては一言。

 

「俺が持ってるって事忘れてた」

 

なんて、てへッと舌を出しながら言葉にした直後にアスフィの拳が唸りをあげた。そして芸術的な神の飛翔と降臨を目にしたレフィーヤは少し得した気分で、歩いていくのだった。勿論、ヘルメスと殺意を漲らせているアスフィを放置してだ。

 

関わりたくないのもあるが、やる事が在るからだ。石板を調べている人物の元まで持っていくという。正直な所、とても行きたくはないが仕方ない事なのだ。ローウェンはエヴィーの元に報告に、ハインリヒは薬の材料を調達しに行っており、コバックはその荷物持ちとしてついていってしまった。

 

そしてゴザルニは逃げた。

 

確かに変態と会うのは遠慮したのは分かるがその健脚っぷりを見せつけなくても良かったのではとレフィーヤは思わなくもない。だがまぁ、逃げられてしまったものはしょうがないと、仕方なく変態の元へと石板を届けに向かうのだ。

 

「じゃあ行きましょうか」

「……え?」

 

リリルカと一緒に。一瞬なんの事なのか分からなかったのか唖然とし、そしてすぐに全力で抵抗を始めるも、そんなものは関係ないと言わんばかりにレフィーヤは引きずる様にして変態の元へと向かうのだった。

 

 

そして。

 

 

「けぇえ―――ッ!! クエッケケケケッケケェェエエエエエエイイィイイエエエアァッ!! ほ……ひゃあ――――ははははははははははははッ!!」

 

眼前で狂気がばら撒かれている。

 

パルゥムの女性が頭を柱に叩きつけながら流れ出る血を撒き散らしている。器用な事に手にしている石板を一切汚す事無くだ。どうやったらそんな事が出来るのだろうかと思いつつ。何時に成ったら終わるのだろうかと凄い勢いで振るえるリリルカにしがみつかれながら遠くを見つめる。

 

「――――――――………はぁ」

 

暫くすると、落ち着いたのかは分からないが勢いよく石板を掲げた後に深くゆっくりと息を吐いて、動きを止める。そして掲げていたそれを降ろし、石板を奇跡的に壊れていなかった机の上に置き、二人に向き直る。

 

「失礼、少々興奮しすぎたね。申し訳ない」

「そう思うんだったら次からは気を付けてくださいね」

「無理」

「あ、そうですか」

 

断言されて思わずそう返すレフィーヤ。いや、断言するところじゃないだろうと思ったりもしたが、まぁそれはそれだ。変態に求める事では無い。だから、さっさと本題に入る。

 

「まぁ、何にせよ。今回のもお願いしますよ」

「任された。いやぁ、これで漸く壊しても大丈夫になった訳か。腕が成るね」

「駄目ですからね」

「えぇー」

「えぇーじゃなくてですね」

「中に何か在るかも知れないにぃ??」

「だとしてもですよ」

 

やっぱり、壊そうといったかと思いつつ、それでも思いとどまってくれた事にホッと息を吐く。

 

「……あの」

「おや、リリルカさん。復帰しましたか」

「この人はもしかして、コットン様ですか?」

「良く知ってましたね」

「…あのコットン様ですか?」

「えぇ、あの変態の巣窟と名高い大工房所属の人間の中でも一番頭可笑しいと言われているあのコットンさんです」

「色々と酷い言われよう」

「言われても仕方ないような事してるからしょうがないでしょう?」

「と言っても、思い当たる事は無いのだが」

「逆立ちして髪の毛で床掃除するのは明らかに頭可笑しいでしょう」

「気分転換も兼ねていて中々良いと思うのだが」

 

何処がだよ、とは言わない。そんなこと言ったら基本的に説明が大好きな変態どもは其れはもう事細かに話してくれることだろうから、其れこそ日が暮れるまで。

 

流石にそこまで暇ではないので、本題に入る。まぁ、其の本題もかなり時間を奪われるだろうが。

 

「で、其れに関して何か分かりましたか?」

「あぁ、それ聞く? 聞いちゃう? 衝撃的事実知っちゃう?」

「と言う事は何か分かったんですか?」

「うん、本当に衝撃的な事がね」

 

と、視線を石板から離して彼女は、コットンは改めて二人を見て。

 

「ぶっちゃけ分からないんだよね」

「分からないんですか」

「うん、全然」

「そうですか。それは確かに衝撃的ですね」

「いえ、分からないことが何で衝撃的なんですか?」

 

と、恐る恐ると言った様子で首を傾げながらリリルカが問いかける。確かにそう思うだろうが。

 

「よく考えてください。これだけ道具や人が集まってるのに何も分からないのはどう考えても可笑しいでしょう?」

「そう言う、ものですかね?」

「まぁ、しっくりこないかもしれませんけどね」

「調べたり試したりってする立場の人間からすればこれ以上ないんだけどね」

「どっちの意味でですか?」

「両方」

「そうですか」

「ま、壊しちゃ駄目っていうのは正直、本当に、心底残念だけど。この形をしている事に意味が在る物だろうからね。このままゆっくり調べていくとするよ」

「そう言う事でよろしくお願いします」

「任された」

 

と、コットンは頷きながら笑顔でサムズアップして。

 

 

勢いよく倒れた。

 

 

そして二人は、笑顔を浮かべた白目をむいている血濡れの彼女の事を見て呟いた。

 

「まぁ、あれだけ血を流してれば倒れもしますよね」

「もしかしてですけど、途中から落ち着いたのって」

「かも知れませんね。まぁ、と取りあえず」

 

治療をしましょうかと。そう呟くとリリルカは静かに、頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「流石に怪我人を放置はしないんですね」

「其れをしたらキチガイでなく外道の人でなしですからね」

「そうです、ね……そうでなくて良かったですよ、本当に」



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第百七十五話

唐突であるが、レフィーヤ・ウィリディスはとても暇であった。端的に言ってやる事がない。だから、思い付きで色々な人から話を聞いて情報収集でもしてみる事にしたのだ。内容は、何かとても古いものを知らないだろうか、だ。

 

歩いていた一般エルフに尋ねる。

 

「古いもの? 王家はそれにあたるのでは?」

「あぁ、そうですね」

 

若しかしたらまだ知っているのではと変態のエルフに尋ねる。

 

「申し訳ないがこの前の森の事以外は知らないのだよレフィーヤ氏」

「其れよりもなんで髪の毛が虹色なんですか」

「寝てたらふと思ったのですよ。そうだ、髪を染めるのだと」

「それで何故虹色に成るのかと。あ、別に言わなくても結構なので」

 

序でに変態パルゥムに尋ねる。

 

「ニャァアアアアアア!! ニャァ? ニャ、ニャガ、ガガガガガガガガガガ、ガォオオオオオ!」

「あ、駄目ですねこれは」

 

仕方なく外に出て、偶然見かけた巡回中の新兵に尋ねる。

 

「申し訳ありません、これと言っては」

「そうですか」

 

少しう歩き回ってからよく訓練された兵士に尋ねる。

 

「それならアレス様でも締め上げて聞いてみれば良いと思うぞ。ほら、神様って基本古いし」

「その手が在りましたから」

 

意気揚々と城に向かい自室で酒を浴びる様に飲んでいた神に尋ねる。

 

「知らん」

「そうですか」

「だからさっさと帰れキチガイが!!」

 

追い出されてしまったので帰ろうとしていた処に最近疲労が抜けてきた王子が通りかかったので尋ねる。

 

「私は知らないが城の書庫で調べれば何かしら分かるのではないか?」

「あぁ、その手が在りましたね。所で」

「当然、利用してもらって結構だ」

「ありがとうございます。それでは」

「良い冒険が出来ると良いな」

 

そんな事を言われながら歩いて書庫へとレフィーヤは向かい。

 

 

一週間の時が流れる。

 

 

「とまぁ、そんな感じで調べてた訳ですよ」

「成程、昼間姿を見かけなかったのはそう言う事か。で、なにか分かったか?」

「えぇまぁ」

「ほほぉ」

 

と、レフィーヤがテーブルの上に広げた資料を身を乗り出しながら眺めるローウェンは興味深げに呟いた。

 

「ドワーフがかつて利用していた洞窟……か」

「えぇ、正しければ神々が降り立つまでは鉱石などを掘り出すために利用されていたらしいですよ」

「それが使われなくなったのは鉱石が取れなくなったからか、或いはそこよりも効率の良い場所が見つかったからか」

「多分後者だと思いますよ。ほら、オラリオの迷宮って鉱石も取れますし」

「成程、それなら確かにすぐでないにしても使われなくなるのも可笑しくはないか」

「だと私は思ってます」

 

だからと言ってそこに石板が在るかどうかは分からないのだが。在り得ない事では無いとレフィーヤは考えていた。あと単純に行ってみたいとも。あと。

 

「とてもいい冒険の出来そうな場所だと思いまして」

「まぁ、行ってみたい場所で在る事は確かだな。ところで」

「あ、他の調べたものを纏めたのはこれです」

「あぁ、ありがとう」

「しかしなんというか」

「何がだ?」

「いえ、ローウェンさんならそう言ったことをもう調べると思ったので」

 

実際、調べてる途中にあれ、これ若しかして二度手間に成るのでは、なんて思ったものだ。まぁ、途中で投げ出すのもあれだったのでそのまま続けたわけだが。

 

「調べたかったは調べたかったな」

「と言う事は調べられなかったと」

「其れ処じゃなかったしな」

「あぁー……そうでしたね。確かに色々と問題だらけでしたしね」

 

弾丸とか弾丸とか、あとは弾丸とかの問題の事だ。確かにそれなら調べるどころでは無かっただろう。冒険したいのに弾不足で出来ない。そこに調べて魅力的な場所が在るなどと知ってしまえば、発狂もので在る。それが分かっていたから自重していたという訳か。

 

「……なんかそれっぽい場所は他に無いな」

「そうなんですよ。大体調べつくされてたりするんですよね」

「隠し扉とかでもない限りはこれと言った発見は無いだろうな」

「だと私も思ったわけですよ。それに対してこの洞窟は」

「未だに最奥まで足を踏み入れたものは居ないらしいな、これが正しければ」

「えぇ、正しければですけど」

「モンスターは出るし、入り組んでいて天然の迷宮と化していると。なんだこれ最高かよ」

「でしょう? そりゃ在るかも知れない隠し扉とか隠し道とかもとても興味深いですけど。私的にこっちの方が好みなんですよね」

「分かる、凄い分かるぞレフィーヤ。ぶっちゃけ俺はもうここにすぐ行きたい」

「私もです」

 

準備も何も出来てないので無理なのだが。

 

「まぁ、魅力的と言うだけで石板も何もないかもしれませんけどね」

「石板なくても冒険出来ればそれで良いだろう。寧ろ石板とかついでだし」

「確かにそうですね」

 

もしも一般人が聞いてたらそれは可笑しいと良いそうな会話だが、そんな事は一切ない。冒険者なのだから積極的に危険を冒しに行くのである。恐れるべきは金欠の所為で冒険が出来なくなる事だけだ。

 

「さてじゃあ、あいつらが戻ってきたら話し合うか。どうなるかは分かり切ってるけど」

「そうですね」

 

寧ろ、駄目だとか嫌だとか言う事が在るのだろうか? いやリリルカやアスフィならそう言うかもしれないが。まぁ、それは其れだ。そうなったらその時考えようと、レフィーヤは思う。

 

 

 

 

「行こう」

「そうね、行きましょう」

「わくわくでござるな」

 

そしてやっぱり思った通りなったのでしたとさ。因みにリリルカとアスフィも同意した。若干やけくそに見えたが気のせいだと言う事で。

 



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第百七十六話

洞窟、それは多くの物語に於ける冒険の舞台。

 

洞窟、それは冒険者を狂わせる魅惑の場所。

 

洞窟、それは未知の宝庫。

 

そんな素晴らしき場に足を踏み入れた彼らは息を吐きながら呟くのだ。

 

「暑くない?」

「えぇ、確実に」

「外では雪が降り積もっているのにねぇー……可笑しいわよねこれ?」

 

そう、可笑しい。外よりも若干、暖かい程度ならばまだ分かる。だが、汗が流れる程暑いというのは異常だ。明らかに自然ではない。確実に、とは言い難いがそれでも何かあるのではと思える。

 

「樹海磁軸も在りましたし。これは……当たりですかね?」

「まだわからんけどな。暑さに関してはそう言ったことが出来るモンスターが居るってだけかも知れん」

「そうですね」

「まぁ、そんなのが居るならそれは其れで外れでは無いがな」

「全くもってその通りですね」

 

何方にせよ損にはならない。というか冒険できる時点で損では無いのだが。そんなのはいつも通りだから良いとして。取り合えず今すべきことは。

 

「なんでこんなに暑いのはを調べる事からですかね」

「そうだな」

 

世界樹の迷宮でなければ不自然で在るのにはちゃんとした理由が在る。それを見つけ出す事が必要だろうとレフィーヤは思い、ローウェンもまた頷いて見せた。

 

流石に、この暑さは嫌なるからだ、それでもムスペルよりはましなのだが。それでも不快である事に変わりない。早く原因を見つけて何かしらで対処したいものだとレフィーヤは思い、割とすぐに見つかった。

 

のだが、彼らは反応に困っていた。その原因が、良く分からないなにかだったから。微妙な顔をしながらローウェンが指差して言葉にする。

 

「あれ……なんだと思う」

「さぁ?」

「まぁ、だよな」

 

と、頷くローウェンを見てから、レフィーヤはそれに視線を向ける。周囲が歪んで見えるほどの熱を発している何かを。

 

「…取り合えず、あれだと俺は思うんだが」

「私もそうだと思います、あからさまですし」

「僕も同じく」

「そうね」

「そうでなかったらちょっとあれでござるしな」

 

なんていうゴザルニの言葉に、確かにと思いながら頷く。あんなあからさまな物が実は違いました、なんてなったならあれは本当になんなんだと成る事間違いなしだ。

 

「如何する? 壊す?」

「そうだな。放置するって選択は無いな。先進めないし」

「そうですね。あれの奥だけですしね、まだ探索して無いの」

 

地図を埋めたから分かるのだ。あれがどうしても先に進むのに邪魔なのだと。若しかしたら爆発するかもしれないからという理由で少し様子見をしている訳だが。

 

「…それで、どうやって壊しますか?」

「レフィーヤ。氷を叩き込め」

「まぁ、そうですよね」

 

熱を発しているから氷をぶつける。安易だが外れる事が少ない選択肢だ。まぁ、ムスペルとかそういった領域になると無意味だけど。

 

なんて事を考えながら氷槍を作り出して熱を発している何かに向かって放つ。動いてないものを外す様な事もなく直撃。すると意外というか、思っていた以上に簡単に音を響かせながら砕け散った。

 

それでももしもを考えてゆっくりと警戒しながら近づき、それが何なのかを確認する。

 

「…鱗、かな?」

「みたいだな」

「と、言う事はこの暑さはモンスターに因るもの、と言う事ですかね?」

「まだ断言は出来んがな。可能性としては高い」

 

しかしそうなると、洞窟内だけとはいえ環境に影響を出すほどのモンスターが居ると言う事に成る訳だが、いやそれに特化しているだけの可能性もあるかとレフィーヤは思いながら砕けた鱗を手にとって見る。意外と手触りが良い。

 

「まぁ、暑さが分かってない事から元凶がこの鱗でないのか、それともこれの持ち主であるモンスターが居るからか、或いは鱗がまだ沢山あるからか、だな」

「面倒なのはこれが原因で無い事ですかね」

「これじゃないとなると探し直さないとだからね」

「ある意味一番楽なのはモンスターが居るからって理由だな。それをぶちのめせば解決だし」

「で、嫌なのは」

「たくさんあった場合だな。探すのが面倒処の話ではなくなるし」

「まぁ、最初と最後に関しては最悪無視して進まなければいけなくなるでござるからなぁ」

「本当に最悪ですよね、それ」

 

地図も綺麗に埋める事が出来ないだろうから、気分も悪くなるというものだ。飽くまでも、そうだった場合はだが。

 

「そうでなかった場合は兎も角、沢山ある場合は分かり易い所に在ったならそれで解決なんだがな」

「運任せですね、或いはそのモンスターの生態次第」

「そうだな。だから自分が幸運である事を願いながら進むんだな」

「そうします」

 

大げさにどうかお願いしますと言いながら、彼等は先へと進む。元凶のモンスターが何時現れても良いようにと警戒しながら、さらに奥へと。

 

そして、それを見つけた。

 

「これは、凄いですね」

「うーん、結構壊れてなのか欠けてる部分もあるみたいだけどねぇ」

「それは仕方ない事でござろう。長い事を放置されていたようでござるしな」

「モンスターが居る事を考えると、寧ろここまで残ってる事に驚くべきだろうな」

「そうだね。いや、驚くというよりは喜ぶべきかな? ここまでのものが見れた事に」

 

そう、言葉にする彼らの目の前に在るのは、巨大な壁画だった。

 



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第百七十七話

幾つもの柱が立ち並ぶ広場で、頬を伝う様に落ちていく汗を拭いながらレフィーヤは目の前の壁画を見る。一目見ただけでそれが古きもので在り、また計り知れない価値が在るだろう事が伺えるそれは。

 

「……今までのとは違いますね」

「あの昏き禍の神とか言われてるのは描かれてないしな」

「欠けた部分に在ったとかじゃない?」

「それにしても雰囲気というかが違いすぎる様な」

 

そう、そうなのだ。今までの遺跡に在ったものとは明らかに違う。今までのそれが伝承を伝え残そうとするためのものならば、目の前の壁画は。多くの人々と何か渦の様なものが描かれている。昏き禍の神を示すだろう、黒い太陽の如きそれは描かれていない。

 

「昏き禍の神とか、巨人とかとは関係ない感じですかね」

「こっちの方が平和そうだしな」

「あ、ほら。あっちの方のは手を取り合ってる」

「本当ですね。これは、あれですかね。嘗ては様々な種族が手を取り合って暮らして居たって事なんでしょうかね?」

「そこまでは分からんが、まぁ見た感じはそうだろうな」

 

さっと、壁画全体に目を通す。巨大であるゆえにそこまで詳しく見ることが出来ず、またレフィーヤは専門家では無いから分からないことだらけだが。

 

「なんか、表情が分かるのは全部笑ってますね」

「幸せそうだな」

 

まるで楽園に住んでいるかの様だ。そうでなければ皆が皆幸せなどと言う事が在るとは思えない。と、そこで不意に引っかかる。はて何がだと思いだそうと呟く。

 

「笑って、違う。幸せ? これでもない。じゃあ……楽園? 楽園、どこかで」

「如何したいきなり」

「あ、いえ楽園っていうのがどうも引っかかって」

「なんで楽園とかいうのが出てきたんだよ」

「その、なんかみんな笑ってるから楽園にでも住んでいるのかって思って」

「成程、しかし確かに言い得て妙というか。そこで楽園を出すとはお前は凄いな」

「言われましてもね、まだ何が引っかかるのか思い出せずですよ」

「なら言ってやろうか?」

「お願いします」

「楽園の守護者」

「……あぁ、そう言えば巨人はそんな風に言われてましたね!!」

 

成程そうかと思わず手を叩くレフィーヤ。通りで引っかかる訳だと。

 

「しかし、もしもですけどそうだとしたら」

「案外これも関係してるのか。或いは、其れよりも前のものなのかもしれないな」

「前……それって」

「昏き禍の神が世界に現れるよりも前」

「それって、とんでもないのでは?」

「まぁ、そうだな」

「……大発見?」

「間違いなく」

 

しばしの沈黙、他の場所から見る為に離れた他の三人の声が酷く遠くに在る様に思えて。しかし一気に何処かに行って居た意識が戻ってくる。気に成る事が在るからだ。

 

「いえ、おかしいですよね」

「こんな浅い場所に在ったのに、他の奴らが見つけられてなかった事が、か?」

「えぇ、はい。割と処でなく分かり易い場所に在りましたし。これが神々が降り立つより前に在ったという其れよりもさらに前のものだとしたら。ここはドワーフたちに利用されていたんですから見つけられない方が可笑しいでしょう」

「まぁそうだな。だが案外簡単にそれに関しては説明が付くかも知れんぞ?」

「そうでしょうか」

「あぁ、単純にこの洞窟が長い事放置されたからここに繋がったとか。或いはモンスターが何かしらしたとか」

「あぁ。そう、ですよね。もともとここは繋がっていなかった可能性が在りましたね。うわぁ、そんな事も思いつかなかったのか私」

「大発見という事実に目がくらんだなレフィーヤ。まだまだだな」

「言い返せない! 凄く悔しい!!」

 

何時もならすぐ思い至るだろう事だっただけに、それはかなり強いものだった。だからこそ次こそはと思うのだが。

 

「……なんか、こう。あれですね」

「なんだ?」

「大発見出来た殊に叫び声をあげて喜びたいけど、流石に洞窟内でそんな事をするわけには行かないから。こう、何とも言えない気持ちにさせられるというか」

「そういう時はな、冒険が終わってから爆発させればいいんだよ」

「成程」

 

まぁ、其れに関しても考えれば分かる事なのだが。どうにも思って居る以上に自分は興奮しているようだとレフィーヤは思う。だから、一度落ち着く為に深く息を吸ってから、吐いた。

 

幾分、落ち着くことが出来たなとレフィーヤは思いながら改めて壁画を見て。最初に目にした時から思って居た疑問を口にする。

 

「あの渦みたいなのって何なんでしょうね?」

「さっきも言ったがそこまでは分からん。他のと違ってこれかも知れないというのもこれと言ってないしな」

「そうですか」

「光じゃないかしら?」

「あ、コバックさん」

 

と、そこに横から言葉を響かせるコバック。見れば、ゴザルニとハインリヒもこちらに向かってきている。見終わったのだろうかと思いつつ、先程彼の言った言葉を繰り返す。

 

「光、ですか」

「あぁ、確かにそう見えなくも無いな」

「でしょう? こう、あたしたち幸せでキラキラ!! みたいなのを表現してるとか、無いかしら?」

「流石にそれは無いだろう。というかそうだったら嫌なんだが。どんな表現の仕方だよそれ」

「嫌かしらね? 結構、こう可愛いと思うのだけれど」

「可愛い?……駄目だ分からん」

「酷くないからし? ねぇ、ハインリヒちゃんは」

「ごめん」

「即答?!」

「腹切りでござる?」

「なんでよ!?!」

 

そんなおふざけを聞きながら、レフィーヤは考える。光、光。そう光だ。確かにそう見える。だが、それは決して幸福であることを示すためのものでは無いと彼女には思えた。

 

そして、レフィーヤは知っている。命を持つ光を。

 

「いえ、でも」

「また何か引っかかるのか?」

「えぇ。でも、もう少し纏めたいというか……すみません、話すのはそのあとで良いですか?」

「あぁ、構わんよ。焦らず納得できるまで考えると言い。帰ってからな!!」

「あぁ、其れもそうですね」

 

まだ、洞窟内をここまで暑くしている元凶であると思われるモンスターを見つけていなかったし、それ以前に奥の奥まで行っていないのだった。思わぬ大発見にそこまで抜け落ちていたかと恥じる。

 

「じゃあ行きますか?」

「そうだな。丁度いい休憩にもなったし、そろそろ行くか。余り時間を掛けるとリリルカとアスフィがやばい事に成りそうだし」

「あぁ……外、寒いですもんね」

 

一応、其れに関しての対策はしてあるがそこまで長持ちするものでは無いのだ。早めに戻った方が良い事に変わりはない。

 

取り合えず忘れない様にと気に成った事などを軽く書き留めてから。奥へ向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

何気なく触れた、まるで抉られたように欠けているそこには、何が描かれていたのだろうかと思いながら。



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第百七十八話

「よいしょっと」

 

掛け声とともに放たれた氷槍が鱗を貫き砕く。さてこれで幾つの鱗を砕いただろうかと思いながら、ちゃんと処理できているかを確認する。

 

「そう言えばこれって何かに利用できたりしませんかね?」

「料理とかには使えそうでござるな」

「そこはせめて耐寒用と、そういったのを言いましょうよゴザルニさん」

 

まぁ彼女らしいと言えばらしいのだろうが。しかし、言う事も一理あるだろう。態々火を起こさなくても物が焼けるかもしれないのだから。そうなったらかなり便利なのではないだろうか。

 

「……試して見る価値はあるかもしれませんね」

「で、ござろう? 取り合えず、一枚ほど壊さずに確保を」

「あれをですか?」

「…無理でござろうか?」

「ちょっと処でなく難しいですね」

 

割と壊れやすいと言う事と大きさ的な問題もあるしと付け加える様に言葉にしながらそこら辺に散らばっている欠片を一つ手に取る。

 

「取り合えずこれが使えるかどうかを試すところからですかね」

「詰まり燃やしてみるという事でござるな」

「まぁ、そうなると今までとそう変わりませんけどね」

 

燃料として利用出来るならそれはそれで使い勝手が良さそうではあるが。程度にもよるけれど。

 

「じゃあ頼むでござるよ」

「え、今ですか? 今ここでですか?」

「駄目でござろうか」

「流石にモンスターに何時襲われるかも分からない場所でそう言ったことはやりたくないですかね」

「ぬん、その通りでござるな。ならば仕方なしでござる」

「まぁ、これを持ち帰るとしたら試すのは私では無いですけどね」

「ぬん?……あぁ、彼らでござるか」

「えぇ、あの人達は変態ですけど、いえだからこそ腕が良いですからね」

 

燃料に成らなくても何かしらを作り出してしまいそうな高位冒険者とはまた違った凄みを感じるのだ、あの変態たちからは。

 

「変態たちがはしゃぐ姿が目に浮かびますね」

「城が吹き飛ぶ光景もでござるな」

 

まぁその通りだろうなと頷く。これを持ち帰った結果、またラキアが酷い事に成るだろうが、しかしそれはそれと言う事で。気にする事では無い。冒険者は変態を押さえる為に存在する訳では無いのだから。そうレフィーヤは思いながら周辺に在る手ごろな欠片を集めてしまう。

 

「この位ですかね」

「レフィーヤ殿」

「なんですか?」

「一回で良いから壊れていないもので調理してみるというのは?」

「ハインリヒさんに提案してみては? ごはん食べられなくなっても知りませんけど」

「……ぬぅ」

「滅茶苦茶悩んでますね」

 

何故そこまで悩むのかと疑問に思い、問いかけてみると。

 

「あれで作った料理はおいしいか気に成ったのでござる」

「いつも通りですねゴザルニさんは」

 

そのブレなさ、見習いたいものだとレフィーヤは思う。と、何やら鈍い音が響き、何事かと視線を響いた方へと向けると。

 

「…なんですか其れ?」

 

ローウェンとハインリヒが、何か硬そうな物を弄っていた。岩の様なものに一瞬見えたが、どうやら違う様で。ならばそれは何のなのかと問い掛けたら、ローウェンがこう返した。

 

「亀の甲羅、と思われるものだな」

「甲羅ですか。まぁ確かにそれらしいと言えばらしいですけど……居ましたっけ、亀?」

「居なかったね、これにしたってそこら辺に転がってるのを見つけただけだし」

「ですか」

 

見るに、かなりの大きさの甲羅だ。しかも所々何かに砕かれたような跡が見える事から、本当はもっと大きいのかもしれない。そんな巨大な亀が居たならば、忘れる筈がない処か戦闘に成らない訳がない。

 

「…結構、経ってるように見えますね」

「そうだね。骨も探せば見つかるかも知れないかな」

「それは取り合えずおいておくとして、レフィーヤ」

「終わってますよ。見える範囲ではですけど」

 

ほらと軽く指差すのは先程まで鱗を壊して回っていた広間の様な場所。幾つもの欠片が散乱しているのが見え、それを集めて回っているゴザルニの姿もまた目に映る。

 

「…なんであいつはあれを集めてるんだ?」

「なんか、あれを使った料理を食べてみたいとか」

「え、あの鱗を食べるの? 流石にそれを使った料理はパッとは思いつかないかなぁ」

「そうでは無く、道具として利用した場合らしいですよ…多分」

 

そんな感じの事言ってたし、いや心の中までは分からないから断言は出来ないが。でもそう思ってそうだなとレフィーヤはゴザルニを見る。

 

「しかしあれだな。居ないな」

「そうだねぇ」

「確かに居ませんでしたね。鱗の持ち主」

「いける場所はここまで、何だよね?」

「私が地図を描き間違えてなければですけど」

 

と、地図を取り出して広げてみる。二人もまた覗き込む様に視線を走らせる。

 

「…うん、憶えてる範囲では間違いはないね」

「ですよね」

「と言う事は、此処が最奥であると言う事か。或いは、あの壁画の時とは逆かだな」

「逆?……あぁ、成程。通れた場所が何らかの理由で通れなくなった、と言う事ですか」

「そう言う事だ。其れならまぁ、あの鱗の奴がいなかったりするのも説明が付くだろ」

「単純に、此処を住処にしてたけど…そうだね、落石とかが在って、それが原因で移動したのか。若しくは其れの所為で外に出られず閉じ込められているか」

「です、か」

 

と言う事は、今まで壊してきたのはかなり前からそこに在るという事に成るか。或いは前の住処の様子を見に来た際のものなのか。まぁ、状態から見るに後者である可能性の方が高いが。どちらにせよ今いないならそれは其れで良いだろう。確かに気に成りはするが、それだけの為に待つという訳には流石にいかないし。

 

「どうしますか?」

「そうだな……戻るか」

「まぁ、それが妥当かね。無理するような時でもないし」

「せめてどこ等へんが道だったのかとかが分かればまた違ったんだがな」

「流石にそこまで詳しいのは在りませんでしたからね、資料にも」

 

まぁ、在ったとしても何処まで参考に出来るかは分からなかっただろうが。

 

「なら、帰ると言う事で良いか」

「私は其れで良いですよ」

「僕も」

「という訳だが、ゴザルニとコバックはぁ?」

「あたしは其れで良いわよぉ」

「同じくでござるぅ」

 

と、ローウェンの問いに見張りをしていたコバックは同意し、ゴザルニは大量の欠片を鞄に詰め込みながら答えた。流石に多すぎではと思わなくも無いが、それでもまぁ、戦いに支障が出ない範囲の様なので気にせず、通ってきた道を引き返す。

 

一応だが、確認しながら。やっぱりというかそれらしいものは見つけられなかったが。



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第百七十九話

それは、ラキア王国に在る宿の一室での他愛もない、唯会話と遊び。

 

「そういえば、結局この前のはどうだったんですか?」

「この前のって、洞窟に行った時の事ですか?」

「はい」

 

カードを置きながらそうリリルカが言葉にする。それに対してレフィーヤはアスフィの手の中に在るカードを選び取りながら少し考える。

 

「それって、どういう意味でですか? 成功したとかそう言ったことですか? それとも、単純に利益的な事ですか?」

「あぁー……両方ですかね」

「それは壁画を見つけられた時点で大成功ですよ」

「それは、そうかもしれませんけど。利益的には」

「変態たちから結構な額を貰ったので損得で言えば得をしましたね。間違いなく」

「え、そうだったんですか?」

「知りませんでしたか。えぇそうなんですよ。壁画に関しては学者から、鱗の欠片や亀の甲羅は研究者とかから貰ってるんですよ。其れこそローウェンさんが小躍りするくらいには」

 

暫くは、と付くがそれでも金策に走らずとも冒険が出来る。冒険に全てを捧げている者にとってこれ以上ないだろう。体調を整えればすぐにでもまた冒険に向かえるのだから。

 

「という訳で誰もが満足できる最高の結果となった訳ですよ」

「あの、石板とかが見つからなかったのにですか」

「そうですよ」

「あれを探しに行ったんですよね?」

「いえ、冒険をしに行ったんです。それは見つかったらいいな程度のものでしか在りませんでしたよ」

「そ、其れで良いんですか?」

「えぇはい。寧ろ問題が在るとでも?」

 

別に誰かが探し求めているという訳でも無いのだから。絶対に見つけ出さなければいけないというものでもない。いやしいて言えば変態が求めているかとレフィーヤは思う。まぁ、その変態も今はそれどころでは無いだろうが。そう考えると、ある意味で変態の被害も減るから其れ関係も悪い事などでは無いのだろう。本当に良い事ずくめだなと力強く頷き。

 

「あ、上がりですね」

「またですか?!」

「これで何回目ですか?! 始めてからずっと私達二人で最下位争いしているんですけど!!」

「弱いのが悪いと思います」

「分かり易すぎるのでござるよ。もう少し隠す事を憶えるべきでござるな。そんな事ではモンスターにすぐ気が付けれてしまうでござるよ」

 

モンスターうんぬんは置いておくとしても分かり易いのは確かだ。アスフィは僅かに眉が動くし、リリルカはカードを少し動かしてしまう。そんな事では分かってくださいと主張している様なものだとレフィーヤは思う。

 

「で、まだ終わらないんですか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。ここはとても重要なんですよ! ここで勝敗が決するんですよ!!」

「取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ」

「アスフィ様呟くのやめてください、怖いです」

「精神的に追い詰めるのは基本でござるな」

「まぁ、その程度で揺らぐほどリリルカさんもやわでは在りませんけどね」

「そこまで逞しくなった覚えは無いです!」

 

なんて叫びつつアスフィの意識が一瞬すでに上がっている二人に向いた瞬間、カードを引く。狙うのは二枚在る内の右側。あ、と呟くももう遅い。

 

「シャッ!!」

「まけ…た」

 

テーブルにカードを叩きつけ力強くガッツポーズするリリルカとジョーカーのカードを床に落としながら崩れ落ちるアスフィ。

 

「そんなに負けるのが嫌ですか」

「正確には負けるのが嫌なのではなく、負け続けるのが嫌なんですよ」

「それでそこまで白熱するわけでござるか。まぁ、拙者もレフィーヤ殿に負けたくないというのは在るでござるから分かるでござるよ」

「出来れば勝ちたいですからね」

「そしてその戦いに巻き込まれた結果の恐ろしい程の敗北がリリたちに積み重なる訳ですよ」

「協力してやりますか?」

「協力?……ババ抜きって協力出来ましたっけ?」

「やろうと思えばやれると思いますよ?」

 

流石に、やってみないと分からないが。

 

「……って言ってますけど? どうしますか」

「それを先程負かした私に対して訊きますか? まぁ、別に良いですけど」

「あ、良いんですか」

「当然でしょう? 一回で良いから貴女達に勝ちたいのですから」

「同じく」

「と言う事は」

「えぇ」

 

頷きながら僅かに近づく二人。作戦でも立てるのだろうか。だとするならば油断など出来ようもない、ので

 

「本気でやれるという事ですか」

「昂るでござるな」

「やっぱりこのまま平等で行きましょう? ほら、二対一対一なんてこう、卑怯ですし? そう思いませんかアスフィ様」

「そうですね。やはり遊びは平等であるべきですよね」

「凄い勢いで離れましたね」

 

なんて、そんな事を言いながらカードを集めていると扉を叩く音が聞こえる。誰かが訪ねてきたのかと立ち上がり向かう。敵意が無い事を確認してから開くと、そこにはハインリヒが立っていて。

 

「やぁ、今大丈夫かな?」

「えぇ、女子会をしていただけなので」

「女子会? まぁ、いいや。はいこれ。レフィーヤ宛の手紙」

「手紙ですか。なんか珍しいですね」

 

サラリと印術を用いて安全で在るかを確認してから、さて誰からだろうかと記しされている名前を見て。思わず固まった。その様子に如何したのかと他の三人も立ち上がり、覗き込む。するとゴザルニは首を傾げ。アスフィとリリルカもまた固まった。

 

しかし、それも仕方ない事だ。何故ならば手紙にはフィン・ディナムと。ロキファミリアの団長、勇者と名高きパルゥムの名が記されていたのだから。

 

 



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第百八十話

食堂の一角、そこで出かけていたまだ帰ってきていないコバック以外の全員が揃っていた。

 

「あぁー……どう判断すればいいのか困るなこれは」

「ですよね」

 

そうフィン・ディナムという名が記された手紙を読んで呟くローウェンにその通りだとレフィーヤは頷く。だから、さてどうしようかと考えようとした時に、丁度コバックが帰ってきた。驚いたような表情を浮かべながら。

 

「……どういう状況なのよ、これ?」

「あ、コバックさん。お帰りなさい」

「ただいま、で何か在ったのかしら?」

「手紙が来たんですよ」

「手紙? 誰に?」

「私に」

「なら何でこんなみんな集まって首を傾げてるのよ」

「読めば分かるぞ」

「読めばって…良いの?」

「どうぞ、その方が絶対に楽ですし」

「なら失礼するわね」

 

と、差し出された手紙に視線を走らせるコバック。そして暫くしてから読み終わったのか手紙から視線を外し。微妙な表情を浮かべる。

 

「……どうなのよこれ」

「まぁ、そうなりますよね」

 

そう言いながら、テーブルの上に置かれた手紙を改めて読む。そこに書かれているのはいってしまえば依頼の様なものだったのだ。

 

内容は、遥か昔にパルゥムが造り出したという遺跡の探索をして欲しいとの事だ。なんでも、太古の人々が造り上げた何かの所為で行くことの出来ない最奥にて守られている物があるらしく、出来る事ならそれを見つけて取ってきて欲しいとの事。遺跡内に在ると言っても、もはや風化していく一方の場所に放置も同然の状態であるよりはその方が良いだろうからとの事。ご丁寧に大まかな遺跡の位置まで描いてある。

 

が、はっきり言って滅茶苦茶怪しい。

 

「こんな事する人では無かったと思うんですけどねぇ」

「お前が憶えてるフィン・ディナムはどんな奴なんだ?」

「そうですね。少なくとも、団長という立場からそうホイホイ動き回れる人では在りませんでしたけど、こんな風に依頼を手紙で伝えるなんて事はしませんね。誰かしらにでも頼んで伝えさせると思いますよ?」

 

例えば、同じくロキファミリア所属のティオネ・ヒリュテとか。彼女ならばフィン・ディナムという人物の頼みなら割と何でも嬉々として熟しそうだから。何故なのかは、無粋だから言わないけれど。

 

「そもそも。あの人がその手の事を他の人に任せるとも思えませんし。こういう事は自分でする人の筈ですよ、私の記憶が正しければですけど」

「成程ね」

「まぁだからと言ってこれは偽物だぁー……なんて馬鹿みたいな事は言いませんけど」

「本物だとも言わないんだろう?」

「判断できませんからねぇ」

 

それをする方法が無い訳では無いが。ただオラリオに居るだろうフィン・ディナムに直接訊きに行けばいい、それだけで答えが分かる。気球艇で移動すればあっという間に到着できるのだから手間では無い。無いのだが。

 

「でも、あんまり関係ないですよねぇ」

「だな」

「何がですか?」

「これを書いて送って来たのがフィン・ディナムとかいう人物で在るかどうかだよ。ぶっちゃけどっちでもいいが」

「いえ、明らかに重要じゃないですか」

「そうでもないですよ? 偽物だろうとそうでなかろうと結局行くんですから」

「……何処に?」

「これに書かれてる遺跡にですよ。何言ってるんですか」

 

地図を取り出し、手紙に記されている位置とを照らし合わせながら視線を走らせそう答える。するとアスフィは、いや彼女だけではなくリリルカもまた顔を引きつらせる。

 

「あの、もしもそれが偽物だった場合はどうなるのかって考えないんですか?」

「勿論考えますよ」

「例えば?」

「分かり易いのは罠ですかね。遺跡のある程度奥まで行ったらこれを書いて送ってきた人、まぁその場合人たちに成るでしょうけど。に襲われるなんて事も在り得るでしょうね」

「危ないですよね、それ。絶対」

「でしょうね、命の危機でしょうね。いやぁ本当に……クワクしますね!!」

 

そう言葉にした瞬間、キチガイを見る様な視線を向けるアスフィ。尤も、そんなものには慣れ切っているレフィーヤには一切効きはしないのだが。

 

「まぁ、罠でなく単純にこの神殿の奥で守られてるものが欲しいだけっていう可能性もあるけどね。自分では取りに行けないから」

「案外本当に、えっと……フィン・ディナムという人が書いたとか」

「そうですね。書いてある内容自体はおかしな事では無いですからね」

 

これを本当にあの団長が書いたのかと疑わしい事を除けば、在り得ない事では無い。

 

「まぁ、最終的に重要なのはここに書かれてる事が本当かどうかなんだけどな」

「…それって遺跡が在るかどうかって事ですよね?」

「その通りだリリルカ・アーデ」

「なんでフルネーム?」

 

それは正しい事を言ったからだとレフィーヤは思う。思うだけで口にはしないが、面倒だし。

 

「まぁ、いくら今懐に余裕が在ると言っても無駄遣い出来るほどでは無いからな。出来る限り調べてからだろうな行くのは」

「じゃあいつも通りですね。私また城に行ってきますよ」

「あ、それならあたしも」

「コバックさんはちょっと」

「何でよ」

「分かり切ってるだろ」

「拙者は如何するでござるかなぁ」

「あ、僕の手伝いしてもらっていいかな?」

「ぬん、承ったでござる」

「じゃあこれとこれとを買ってきて欲しいんだけど」

「ねぇ、何であたし拒否されたのよ」

「……こんなに怪しいのに、本当に行くんですね」

 

『寧ろ行かないとでも?』

 

声が重なる。思わずレフィーヤはサムズアップすると、彼らもまたしていた。心が通じ合っている。そして、そんな様子を見たアスフィは小さく呟いた。

 

「ですよね」



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第百八十一話

正しく晴天。何処まで広がる青い空を悠々と進む気球艇。其れに乗りながら、危険が無いかと視線を走らせるレフィーヤ。と、その横で唯々景色を眺め続けているアスフィ。その顔は、目的地にまだ着いていないというのに疲れ切っていた。一体、何が在ったというのか、レフィーヤは気に成った、そんな状態で護衛としての仕事を熟せるのだろうかと。だから、問いかけてみる事にした。

 

「なにか在ったんですか?」

 

その言葉に反応してか、ゆっくりと視線をレフィーヤに向けるアスフィ。暫くは無言で見つめて、口を開いた。

 

「……レフィーヤさんは、恩恵を得ていないそうですね」

「えぇ。まぁ正確には捨てたっていうのが正しいですけど……捨てただと言い方が悪いですね」

 

ならば何といえば良いかと考えるレフィーヤ。そんな彼女を見ながらアスフィは小さく呟いた。

 

「……常識って何だったんですかね」

「本当にどうしたんですか?」

 

いきなりそんな事を言い出して。まるで病んでいる様ではないかと視線を向ける。すると、乾いた笑みを浮かべながら、アスフィは景色を眺めて。

 

「私の持ってきたものがヘルメス様に持っていかれたっていうのは知ってますよね」

「えぇ、見てましたし」

 

崩れ落ちる瞬間を。

 

「その中に特別なことが出来るものもありましてね。姿を消したり、空を飛べたり」

「そう言えばそんな道具が在りましたね」

「それ、私が作ったんですよ」

「へぇ」

「……反応が薄いですね。まぁ、私みたいなのが作ったものなんて興味ないですよね」

「いや反応に困っただけなんですけど」

「でしょうね、えぇでしょうね。私みたいな三流の言葉なんて困って当然ですよね」

 

レフィーヤは静かに思った。これやばい状態なんじゃないかと。さてそうなると下手な事は言えないなと考えを巡らせて。言葉にするよりも早くアスフィの口が開いた。

 

「ラキアの大工房、在るじゃないですか」

「え、あぁはい」

「持っていかれ分を補う為に、あそこの一角を借りて道具制作をしたんですよ」

「……あそこの一角を借りたんですか? あの変態の巣窟を」

「えぇ、本当に。何様だって話ですよね」

 

少し、どうしてこんな事に成ったのか分かった気がしたレフィーヤは、しかしまだだと話に耳を傾ける。

 

「まぁ、設備も素材もオラリオに居た時以上のものが揃ってましたし。三流どころか素人同然の私でもそれなりのゴミが出来上がりましてね。えぇ、本当に今までで一番のゴミでしたよ」

「いやゴミって」

「そしたらですね。何を思ったのか工房に居た人たちがですね。其のごみをですねぇ、持って行ってしまいましてねぇ。そしたらですねぇ」

「良いですから、言わなくていいですから」

 

駄目だ、聞いてはいけないし言わせてもいけない事だとレフィーヤは察した。だからそう言った。けれど彼女は止まらず言葉にした。

 

「なんか、沢山、作られちゃいましてね。私の作ったのより、性能が良いのを。沢山。いままでいちばんよりすごいの、たくさん」

「うわぁ」

「笑いながら沢山作って、それを壊して。また作って今度は爆破して、作って刻んで作って凍らして作って埋めて作って食べて、作って作………って」

 

俯き肩を震わせるアスフィ。あぁ、これは駄目だなと理解したレフィーヤはそっと視線を彼女から外し、一瞬彼女の後ろを見てから耳を塞いだ。直後、彼女は勢いよく顔をあげて・・・吼えた。

 

「なんなんですか?! 何なんですかあの人たちは?! なんで平然とあんなことが出来るんですか可笑しいんじゃないですか?!」

「まぁ、頭は可笑しいでしょうね」

「でしょうね、えぇでしょうねぇ!! そうでなければあんなとち狂ってる事なんて出来ないでしょうからねぇ!! 本当にねぇ!! でもですよ?! 訊いてみたら恩恵を得てないそうじゃないですか?! 如何いう事ですか、どういう事なんですか?! なんでそれなのに私より良いものを作れるってどういう事ですか?! 頭だけじゃなくて存在も可笑しいとしか言いようがないじゃないですか!!」

「どうなんでしょうね」

「非常識側の貴女が言うな!!」

「えぇー・・・一応、恩恵を得てはいましたけど」

「でも今は無いんですよね」

「そうですね」

「別に何かしてしまったからとか、神がいなくなったとかではなく」

「自分でそうなる様に選びましたね」

「変わらない処かもっと質が悪いでしょうがっ!!」

 

やっぱり駄目だったなと荒げられている言葉を聞きながら見張りを熟しつつそう思う。まぁ、何時かそうなるかなとは思って居たのは確かだ。尤も、もっと早くにそうなると思って居たのだが、例えば森に行ったときとか。だが、思った以上に我慢強かったのか、案外時間が掛かったものだなとレフィーヤは思う。

 

「聞いてますか?! いえ聞いてなくても別に良いですよ! ですから私も勝手に喋らせてもらいまずんっ?!」

「あ」

 

留まる事を知らないと言わんばかりに言葉を吐き出そうとしていたアスフィが崩れ落ちる。そんな彼女をレフィーヤは気球艇から落ちない様にと受け止めて床に寝かし、恐らく彼女の事を気絶させたのであろう少し前から居たローウェンに視線を向けて。肩を竦め、言葉にする。

 

「変態って怖いですね」

「そうだな」

 

全部、変態の所為という事にした。



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第百八十二話

空を見上げる、天井が崩れ落ちていた故に見える青い空を。降り注ぐ日の光を浴びながら、何気なく深く息を吸う。感じるのは埃っぽさと、濃い植物の香り。少し咽そうになりながらも、笑みを浮かべる。

 

「あぁー……良い」

「そうだな、最高だな」

「やっぱり世界には冒険以上の事なんてないんでしょうね」

「なに当然な事言ってるんだよ」

「其れもそうでしたね」

 

と、笑い声を響かせる二人。それに驚いたのか、ネズミの様なそうでない様な生き物が小さく震えてから何処かへと逃げ去っていく。やっぱり小さいと色んな所に入り込めるんだなと思いながら、見渡す。

 

所々に植物が生え、壁が崩れているのか道、いや廊下と言うべきだろう場所を塞いでいたり。やはりというか長い事人が訪れていなかったのだろうなと分かる。それにしては状態が良いが。

 

しかし、とレフィーヤは見渡してから思う。そう、思って居たよりも。

 

「モンスターが居ませんね」

「そうだな。遺跡に入ってから出くわしたのは……確か三回位だったか?」

「どうでしたっけハインリヒさん」

「ん、三回で在ってるよ」

「そうですか、で貴方は何で蔦を取ってるんですか?」

「あぁ、これね。これ薬に成るんだよ。傷薬にね」

「へぇ、知りませんでしたよ」

 

普通の蔦にしか見えないが特別な物なのだろうか。或いは蔦全般にはそう言った効果が在るのか。やはり、知らない事というのは沢山ある。だからこその冒険なのだが。

 

「それで、ハインリヒさんは如何思いますか?」

「モンスターの少なさに関してかな?」

「えぇ」

「そうだねぇ。確かに、そんなに住みにくいような場所では無いし、餌が少ないという訳では無い。魔石のモンスターなんて場所を選ばないしね」

「そう言えばこれまで出くわした三回全部魔石持ちでしたね」

「あぁ、そう言えばそうだったね」

 

普通の、というのは一般的には少し違うかもしれないが生物のモンスターとは一度も出くわしていないと言う事に成るのかと気が付き、レフィーヤは思う。それはおかしいのでは。

 

「まぁ、奥の方には居るのかもしれないし、ただ単に出くわしてないだけで居るかもしれないけどね」

「其れにしては気配があれですけどね」

「少ないね、それも僅かに感じるのもかなり小型で襲ってくる様子の無いものばかりだったし」

「……なんででしょうね」

「何でだろうね」

「そう不思議な事では無いというか、そもそも悩むような事でもないぞ」

「え?」

 

そうなのかと、言葉にしたローウェンを見るレフィーヤ。すると、彼は肩を竦めながら答えた。

 

「手紙」

「手紙って、フィンさんが書いたかもしれない手紙ですか?」

「そう、其れに書いてあっただろう? 古代人の造った何かの所為でって」

「書いてありましたね……あぁ、若しかして」

「其れの所為でモンスターも住み着いてないのかもしれないな」

「私、壁かなんかだと思ってましたよ」

「まぁ、オーバーロードの所の奴、とまではいわないがそれに似た何かが居る可能性は十分あり得るよな、断言はしないが」

「確かにそうですね」

 

頷きながら、他に何か忘れているものは無かっただろうかと思い出そうとして。ふと思う。

 

「本当にあの人が書いたものかも知れませんねあれ」

「何で今そう思った」

「いや、だって単純に此処もの凄く遠いじゃないですか」

「まぁ、気球艇で四日掛かるしな。途中に谷とか森とかが在った事を考えると徒歩の場合は結構な時間が掛かるだろうな」

「でしょう?」

 

まぁ、だからと言って確定するわけでは無いが。

 

「お話し中悪いのだけどちょっと良いかしら?」

「如何した」

「何か見つけでもしましたか?」

「えぇ、そうなのよ。少し気に成るのが在ってね」

「気に成るのねぇ」

「まぁ、コバックさんが見つけてそう判断するって事は小物系では無いのは確かですね」

「そうだね」

「何故そう力強く言われちゃうなのかしらね」

「今までの行いですよ」

 

と、言うとコバックは肩を落としながら指差す。その先を見るとゴザルニが居て、其の近くに何か石像の様な物が見える。あれは何だろうかと近づいて確認するように触れると。

 

「…これ、は」

「鋼鉄で出来てるなこれ」

「それだけじゃないでござるよ。ここ、なにか動いたような跡が在るでござろう?」

「やけに埃も少ないですね。と言う事は」

「これがあれか。手紙に書いてあった奴、かも知れないな」

 

古代人が造り出した何か、確かにそう書かれても可笑しくはない代物だった。鋼鉄で出来た犬、若しくは狼の様なそれが動くのだとすれば、そう表現する他ないだろう。彼等の様に似たようなものを見たことが在ったりしなければ。

 

「って、ゴザルニさんは見たことありましたっけ?」

「似たような物なら在るでござるよ。アスラーガ近くの迷宮に現れたでござるからな、鋼鉄なのに動き回るモンスター。いや、D.O.Eでござったか」

「あぁ、そう言えば居たなこんなような奴」

「なんだっけ。冷徹な監視者だっけ?」

「居たわねそんなの、確かあの鉄球をぶら下げてたやつよね」

「そうそう」

「で、ござるな……あぁ、丁度あんな感じ、の」

 

と、言いかけて止まり、武器に手を掛けるゴザルニ。その様子を見てそれぞれが戦闘態勢に入りながら如何したのかと視線の先を見ると、植物が在る所為か分かり難いが先程言った冷徹の監視者によく似たものが転がっていた。

 

一見、壊れ切っている様にしか見えないそれは、しかし突然頭部がくるりと回る。それを見た瞬間にゴザルニは地面を勢いよく蹴り加速して抜刀。何かをされる前に容赦なくそれを両断した。

 

 

直後、甲高い悲鳴の如き音が遺跡に響き渡った。

 



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第百八十三話

耳障りな音が響く。其れはゴザルニが両断したはずのそれから、ではなく其の脇に在る道の先から。弾かれる様にゴザルニが視線を向けるのとほぼ同時、道の先から冷徹な監視者の如きそれ鉄球を振り回しながら彼女に迫る。

 

それを見たゴザルニは回避、ではなく前進。避けようという意志すら感じないそれは。

 

「ほっと」

 

コバックがすでに駆け寄っていたからこそだ。凄まじい勢いで振るわれた鉄球を真横から盾で殴りつける様にして弾き。そんなコバックの脇をするりと抜け、さらに踏み込みもう一つの鉄球を放とうとする監視者に向かって刃を振るい両断。すると瞳を思わせる光が消え、同時に悲鳴の様な音が止み崩れ落ちる音が響く。

 

動かなくなったことを確認しているゴザルニを見ながら、さて先ほどの音は何か意味が在るのだろうかと考える。ただの威嚇なのか、それとも。

 

「あぁ、そう言う感じか」

 

不意に、ローウェンがそう呟く。如何いう意味なのかと問い掛けようとして、何かが動く音。それにレフィーヤが反応するよりも早くローウェンは銃をくるりと回してから、発砲。銃弾は真っすぐ狂いなく突き進み。

 

今まさに動き出そうとしていた鋼鉄の狼に直撃する。勢いよく頭部が跳ね上がるが、しかし致命傷とはならなかったようですぐに態勢を立て直し睨みつける様に視線を向けて、氷塊に叩き潰された。

 

「…さっきの音って、あれを動かすためのものですかね」

「感じからしてそうだな」

「成程、確かにこれは挟み撃ちされかねませんね。ちゃんと探しておかないと」

「或いは、あの音を鳴らされる前に潰すかだが、絶対に出来るとは言い難いしな、それが妥当だろう」

 

ローウェンの言葉に頷きながら杖を握りなおす。それは気合を入れなおす為、ではなく単純に。

 

まだ戦闘が終わっていないからだ。

 

「問題は、あの音が何処まで響いたのかだな」

「かなりの数聞こえますからね」

 

それは走る音、鋼鉄の何かが走る音。それが何を示すのかを単純に考えれば、先程の鋼鉄の狼だろう。

 

「一、ニ、三……いや四、四体か」

「聞こえてないだけでまだいるかもしれないね」

「モンスターが居なかった理由が良く分かりましたね」

 

奥にいけないと書かれる訳だ。高位冒険者ならば無理では無いだろうが、態々此処までくるとも思えないし。というか来れると思えない、オラリオの高位冒険者は何かと面倒ごとが多いから。

 

さてと、思考を切り替える。何処から来るのかと視線を走らせながら音を聞き分ける。

 

「前からは二体ですかね」

「後ろからは一体かな」

「で、もう一体は」

 

言いながらローウェンがその場で跳ぶ、直後床を吹き飛ばしながら姿を現す鋼鉄の狼。それは彼の足を噛みちぎろうと激しく刃の如き歯を向く、がしかし跳んだ彼には届かず。鋼鉄の狼もまた跳んでいた故にローウェンの放った銃弾を避ける事も防ぐ事も出来ずに直撃、激しい音を立てながら瓦礫と共に下の階へと落ちて行った。

 

「ほいっと」

 

無事だった床にローウェンが着地したのを見ながら、一応はと氷塊を下の階へと叩き落してから後ろへと視線を向ける。そこには少し離れているが走りながら向かってくる鋼鉄の狼の姿が見えた。

 

前から来ていたのが見えた二体に関してはゴザルニとコバックが対応するだろう。だからレフィーヤはもしもを考えて出来る限り早く背後から近づいてくる鋼鉄の狼を排除するために印術を行使する。

 

一瞬、思考を巡らせる。放つべき術は何かを。そうして放つのは氷槍。放たれた二本の氷の槍は真っすぐ鋼鉄の狼に向かって突き進み、力強く跳ばれた故に当たることなく床を砕くのみで終わる。

 

が、予定通りなので焦りはしない。再び放たれる氷の槍。先程、空中での回避が出来ないことを理解した故に放たれたその一撃は鋼鉄の狼を容赦なく貫き。おまけとばかりに放たれた雷撃が走り直撃する。貫かれた際の衝撃からか、先程砕かれた床から下へと落ちていく。

 

倒したか否かを確認すべきだが、その前に前から来た二体はどうなったかと視線を向けると、丁度二体目をローウェンが撃ち抜いた処だった。

 

それを見て、崩れ落ちた際の音が収まってから耳を澄ませる。まだ他に向かってきているものは居ないかと探る様に。

 

「…取り合えず、居ないみたいですね」

「音だけで判断するならだがな」

「でもそれ以外に判断する手段今の所無いですよね。さっきのこれと言って気配らしいの感じませんでしたし」

「そうだな。一応、殺意や敵意は在るみたいだが凄い分かり難いしな」

「あ、あったんですか。殺意と敵意」

 

自分は気が付かなかったなとレフィーヤは思いながらローウェンを見る。しかし彼が分かり難いというと言う事はそうとう希薄と言う事なのだろう。そこら辺は殺意も敵意もこれでもかとばら撒いていたオーバーロードの居城にいたものとは違うのだろう。あそこと比べるのは間違っているだろうが。

 

「さて、と」

 

ローウェンに因って四肢を撃ち抜かれ頭部を貫かれた鋼鉄の狼へと近づき、撫でる様に触れる。それから鋼鉄の冷たさを感じて、先程まで動いていたとは思えない。

 

「…これ、どれだけ居るんですかね?」

「分からん」

「まぁ、ですよね」

「だが分かる事は在るぞ」

「なんですか?」

「こいつはとても面倒だと言う事だ」

「…そうですね」

 

どれだけいるのか分からず、下手すれば囲まれた状態に一気に陥りかねないのだから。壊れているのかそうでないのかを見分けるのが難しいという意味でも、その通りだと頷くほかない。

 

「冷徹な監視者みたいなのが音を鳴らしたら動きだしましたよね」

「そうだな。それが条件だとするなら回避することは出来るな。という訳で出来る限り気が付かれない様に進むぞ。このままじゃ弾丸が足りなくなるかもしれないしな」

「そうだね。どれだけいるのか分からない状態じゃ喧嘩を売っても疲れるだけだしね」

「ですね」

 

頷きながらレフィーヤは前を見ながら思う。相変わらず冒険とは一筋縄ではいかなものだと。まぁ、それもまた醍醐味と言えるのだが。

 

何事もなく済んでしまう冒険というのは、少し味気ないものなのだから。



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第百八十四話

「無理だったな避けながら進むの」

「結局片っ端から戦う羽目になりましたね」

 

想像以上の数にそれも叶わず戦い続ける事となってしまった故の二人の呟きに対して、肩を竦めながらハインリヒは言葉にする。

 

「まぁでも仕方ないんじゃない? 部屋の中に四体同時に居たりしたからねぇ」

「他に進める場所が無くて仕方なく突っ込んだわよねあの時は」

「他にも壊れている監視者もどきの下から出てきたりしたでござるしな」

 

何処にいるのか動いていなければ分かり難い、動いていなくても壊れているのかいないのか分かり難いしよく分からない処から現れたりする。天井から振ってきたりとか。その上で数がとても多い、とにかく多い。これでは避けながら進むというのは無理だろう。

 

幸いな事にといって良いか分からないが、D.O.E程強力でない故に倒す事自体は容易である。普通に攻撃しただけで倒せるし。

 

「もっと少なければ良かったんだけどね」

「若しくは分かり易ければだな。せめて動いてくれ」

「動いてないのは本当に分かりませんよね」

「狼みたいなのはもっと多いしね」

「あぁ、装飾代わりに置かれてるのではと思う程いますよね、あれ」

 

大半は壊れている様で動かなかったが、それでも六体から八体くらいは襲い掛かってくる。動き始めに数を減らせることを考えれば戦う事に成るのは三体から六体程なのだか、多い事に変わりはない。

 

「ローウェンさん、弾丸は」

「気にしながら戦ったからな。そこまででは無いな。まぁ、それでも何時もより多く減ったことに変わりないが」

「硬いですからね、あれ」

「で、ござるな。其の所為で拙者の刀もかなり消耗しているでござるよ」

 

まぁ、普通ならとっくに折れていても可笑しくないし弾丸が尽きているだろうがそこら辺は何時もの事なので言葉にしない。

 

「さて、取り合えずまだ戦うのに問題が在る訳では無いとしてだ。結構奥まで来たが、書いてあった祭られているものがまだ見つからないんだよな」

「まだ先が在りますからね。置いとくとしたら最奥でしょうから。まぁ、例外はありますけど」

「もっと奥、詰まりもっとあの監視者みたいなのとか狼みたいなのが居る?」

 

嫌な事を言葉にするハインリヒ。流石にそれはやめて欲しいとレフィーヤは願う。まぁ、無理だろうけど。

 

「まぁ、そうでない事を祈りながら先に進むか」

「そうですね。祈るだけならお金は掛かりませんからね、とりあえずは」

「でも、何に祈るのよ」

「……神様とか?」

「神…俺の知ってる神を名乗る奴って二人だけなんだが」

「どっちもかなりあれでござるな」

「いや、あの…真面な人、いえ神も居ますから」

 

例えばヘスティアとか、色々と不思議なというか気に成る事の多い神だったがそれでもかなりまともに思えたし。ロキ? あの神はあれな所が多いからちょっと、セクハラされたしとレフィーヤは思う。

 

というか、今更が本当にヘスティアは謎が多い。何でアリアドネの糸を持っていたのだろうかとか。まぁ今考える事では無いが。

 

「まぁ、そこら辺は適当にと言う事でだ。行くぞ」

「分かりました」

 

手軌道で良いのだろうかと思いつつも、歩く。

 

「……なんか広い所に出たな」

「そうですね、見える範囲に先に進む道は在りませんね」

「詰まり?」

「地図的には他にいける場所が無かったのでここが一番奥ですね」

「滅茶苦茶近かったな」

 

割とあっさりそこに辿り着いたというか先程まで休んでいた場所が最奥の手前だったと言う事だ。他に、見つけてないだけで道は在るかも知れないが、なんか分かり易かった。

 

「あ、ほら壁に絵が描いてありますよ。あと天井に居る石像」

「見える範囲に描いてあるのは…昏い禍の神と巨人の絵だな。あとでかい石像」

「これまでのと違って随分と状態が良いね。それに凄く動きそうな石像」

「色々と分かるかも知れないわね、巨人がどこで眠りについたのかとか。其れと落ちてきそうな石像」

「ぬん、見るでござる。一番奥に何か祭壇の様なものが在るでござるよ。あとそれを守る様に在る石像」

 

沢山、見るべき部分が在るのだろう。謎だった事が多く解き明かされることだろう。だけれど、それ以上にこれでもかと存在を主張してくる天井の巨大な石像に視線を向けてしまうのだ。

 

「…やっぱり動きますよねあれ」

「だろうな。何処まで近づいたら動くのかは分からんが」

「あ、よく見たら壁画とかと床の間に結構な溝が在る。あの石像が壊さない様にって配慮されてるみたいだよ」

「でも何か物を投げたら壊れるわね」

「守る事が役目ならそう言ったことはしないんじゃないかな…多分」

「というか長い事放置されていた事を考えると真面に動くか分からないでござるな。まぁ動かないと考えるのは馬鹿でござるが」

 

そう言葉にするゴザルニに頷いて見せる。だって分かり易いし、というか少し動いたし。

 

「見てますね」

「見てるな」

「見てるね」

「見てるわね」

「見てるでござるな」

 

さてどうしようかと視線を走らせて他の仲間を見るレフィーヤ。恐らく、今いる場所よりも前に踏み出せば石像は動き出し襲い掛かってくることだろう。まぁ、如何するかなんて分かり切っている事だが。

 

彼等は、だからどうしたと前に踏み出す。脅威が在るからといって歩みを止める様では冒険者とは呼べないのだから。

 

そして、それは落ちてきた。

 



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第百八十五話

揺らぐ、巨大な石像が降り立ち大地そのものが揺らいでいると錯覚する程。回る、石像の頭部が、上半身が、拳が音を立てて回り。

 

氷塊を叩きつける。

 

轟音が響く。極めて重く硬いそれを受けた石像は蹈鞴を踏む。が、それだけだ。倒れる事無くすぐに態勢を整えるだろう。だから畳み掛ける。

 

タタンッと軽やかにゴザルニは走る。倒れぬようにと支えている右足に刃を振るう。そして音。彼女は顔を顰め乍ら床を砕きながら膝を付く石像から距離を取る。

 

「あのもどきや狼よりも硬いでござるな」

「みたいだな」

 

そう言いながら構え直すゴザルニに対して、銃弾を放ちつつローウェンは同意する。そして彼もまた、音を立てて弾かれる銃弾を見て顔を顰めていた。

 

「関節を使って回転してるせいか当たっても弾かれるな。もう少しタイミングを考えなければいけないな」

「タイミングが合えば弾かれないんですか?」

「そうだな」

 

あぁ、彼は相変わらずだなと思いながら炎や雷、氷を放ちどれが一番効くのかを調べる。

 

「これといって効くのは在りませんね。これなら氷叩き込んだ方良いか。という訳なので!」

「了解でござる、破片に気を付けるでござるよ」

 

気軽に答えながらゴザルニが態勢を整えた石像に再び接近する。音を響かせながら回り、視線を彼女に向け腕を大きく振りかぶり、勢いよく突き出す。其れは特別なものでは無いただの殴打。しかしだからこそ脅威と言えるそれは。銃声が響き、腕で炸裂。勢いよく軌道を変えゴザルニの脇に突き刺さり再び揺るがす。

 

「おっと、これは好都合でござるな」

 

嬉し気にゴザルニは言葉にすると同時に方向転換、少し戻ると床から引き抜こうとされている石像の腕に足を掛け、一気に駆け上がる。

 

「では取り合えずッ?!」

 

頭部に向かって刃を振るおうとしていたゴザルニが言葉を止め、勢いよく飛ぶ。その直後、石像が回る。上半身が勢いよく回る。彼女の事を振り落とそうとするための行動にしては攻撃的すぎる、いや違う。それは間違いなく攻撃だ。

 

もはや小さな竜巻となった石像は留まる事無く回る、回る、石像は動き回る。角度を変え、床を削り砕きながら誰をと狙うことなく乱雑に両腕を上半身と共に振るう。

 

「近づけそうに在りませんねこれは」

「そうだな」

 

飛び散る、それだけで脅威と成る破片を避け防ぎながら呟き、術を放つ。真っすぐ石像に向かったそれは、しかし竜巻に砕かれて消える。

 

これでは近づけない処か攻撃も当たらないなと、平然と弾丸を弾かれる事無く叩き込んでいくローウェンを見ながら、さて如何したものかと考えて。攻撃で無ければ良いのかと術を行使する。

 

造り出すのは氷の柱、場所は動き回っている石像の足の下。タイミングを見計らって、一気に押し上げる。

 

態勢を崩す石像。しかしそれでもと足に力を込めて柱を踏み砕く。動きを止める事が出来たのは一瞬のみ。だがその一瞬があれが二人程潜り込むには十分と言える。

 

「せーので」

「ござる」

 

軽く音を立てながら飛ぶのはゴザルニとハインリヒ。二人は勢いよく氷の柱を踏み砕いたばかりの足に向かって刃を、そして槌を振るう。

 

衝撃、そして音。振るわれた刃が傷を刻み、叩きつけられた槌がへし折る。

 

片足を失った石像は立って居る事が出来ずに崩れ落ち、回転を維持することが出来ずに止まり、倒れぬようにと手をつく。その場所を予測して氷を利用して角度を作り容赦なく滑らせて転倒させる。

 

動きを止めた石像に殺到する印術と弾丸が削り砕き、貫く。そして振るわれる刃が切り刻む。

 

音が響き、頭部が回る回る。そして変わるのは面と色。青く染まったその面と、それはまるで連動していると主張しているかのように石像の体にも青い光を灯し。

 

だからどうしたと氷塊が石像を叩き潰し行動を封じる。

 

若しかしたら、その色に意味が在るのかもしれない。例えば、青という色から想像するに、氷や水などと言ったものに耐性が出来ているかもしれない。が、だからと言って氷の重さまでは軽減は出来なかったようで、氷塊の下で足掻き、何とか這い出ようとしている。その動きもローウェンの放つ銃弾が阻害している。

 

石像の流れは断った。あとは出来る限り蹂躙するのみ。

 

氷塊に当たって壊れてしまわない様に術を放ちさらに石像を削る。目まぐるしく回る頭部。やはりあの動きには意味が在るのだろうと思いながら、それが正しいかは分からないが、それでも出来る限りタイミングを計り、術を選びながら叩き込む。

 

石像の動きが鈍っていく。限界が近いのだろう。だが油断はしない。最後の瞬間まで何をしてくるのか分からないからだ。そうして、視線を走らせ。動けない状態で何かをしてくるかもしれないと警戒する。

 

如何すればいいのかと迷っているかの様に石像の頭部が回る、回って回って回って。ゴトリッと音を立てて落ちた。

 

「―――――――は?」

 

想定の斜め上の事態に思わず気の抜けた声が零れるレフィーヤ。だが、目の前で落ちた頭部が壊れてそうなった訳では無いとレフィーヤは理解して。

 

その直後、光を放ち頭部が爆発した。

 



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第百八十六話

煙が立ち昇り、瓦礫が散らばる部屋の中。声が響く。

 

「…問題ない奴は声出せー」

「大丈夫でーす」

「同じくー」

「あたしもー」

「ござるー」

「良し、全員大丈夫だな」

 

そう言葉にし何事も無かったように埃を払うレフィーヤ。視線を走らせれば、無傷な仲間たちの姿が見える。石像の頭部が爆発したというのに、何故なのかと言えば。単純にレフィーヤが防いだからだ。爆発したのとほぼ同時に、頭部を氷で包むことで。

 

衝撃で少し氷の破片が飛び散ったが、それでも爆発を躱したり防いだりするよりは容易だった故に無傷。それだけの事だ。

 

「自爆しましたね」

「したな」

「体の方はもう動いてないね。頭が動かしてたって事かな」

「やっぱり大きな人工物は爆発するものなのね。エヴィーちゃんの言う通りだったわ。次からもっと気を付けないと」

「気を付ける事に関しては同意でござるが。エヴィー殿がまた変な事を言って居たのでござるか」

 

なんて会話をしながら、一応、石像の体をさらに砕く。

 

「この位で大丈夫ですかね?」

「まぁ、粉微塵が一番だが流石にそこまですると時間が掛かるしな。別に良いだろう」

「それじゃあ」

「目的の物を見に行くとするかね」

 

その言葉を待っていたとレフィーヤは祭壇らしきものへ向かって歩き出す。勿論、罠などと言った類が無いかを警戒、確認する事は怠らない。

 

そうして辿り着いたそこには、やはりと言うべきだろう。見覚えのある物が存在した。

 

「やっぱり石板ですね」

「そうだね……しかし紫色、で良いのかなこれ?」

「そう見えますけど、それがどうかしましたか?」

「緑に赤だったから、青か黄色かなって思ってたんだけど」

「あぁ、何となく分かるようなそうでない様な」

「いやまぁ、そうでなければいけない訳でも無いけどさぁ、なんかこうしっくりこないというか」

 

言っても仕方ない事だけどねと、ハインリヒは肩を竦める。

 

「で、手紙に書いてあったものはこれの事…で良いのかな?」

「だと私は思いますよ。これ以外それっぽいの在りませんし」

 

隠し部屋とか道とか、そう言ったものが在ったなら話は別だが。

 

「取り合えず、これを持ち帰る事にしましょうか。違ったとしても詳しく書かなかったのが悪いんですし」

「まぁ、これ以外だったとしたらじゃあ何なんだよって話だしね」

「文句が出る前に疑問が湧きますね」

 

なんて言いながら罠が仕掛けられていないかを確認してから石板を祭壇から慎重に取り外す。

 

「これで三枚目ですね」

「だね。あと一枚で揃う事に成るのか」

「なんかこう、楽しみですね」

「そうだね」

 

四枚揃うと何が起こるのか。それが良くない事なのか、良い事なのかは分からないが。そんな事を気にしていたら冒険者などやってられないので取り合えず気にしない事にしたレフィーヤは石板を鞄に仕舞いつつ、壁画を眺めているローウェンに語り掛ける。

 

「こっちは良いですよ」

「ん? あぁ、そうか」

「で、ローウェンさんの方は何か分かりましたか?」

「興味深いのは在るな」

 

言って、ローウェンは指差す。その先へとレフィーヤは視線を向けると。

 

「あれは、顔? ですか」

「で、その周りに四つの何かを持ってる人らしきものが描かれてるな」

「四つって事は石板ですかね?」

「多分な」

 

絵をよく見る。顔を囲う様に石板と思われるものを持つ四人、いや四つの種族かも知れない。そうだと分かる特徴が描かれてるし、耳とか。

 

「しかし顔ですか……もしかしてあれって巨人ですか?」

「まぁ、断言は出来んがな」

「ですよね」

 

さてだとすると石板は巨人とどのような関係が在るのかと考える。と、不意にローウェンが軽く首を傾げてから、指を絵に向けてからゆっくりと動かし、レフィーヤに手を差し出した。

 

「…レフィーヤ、地図を出してくれ」

「地図ですか? それはここのですか?」

「いや、もっと広いのだな」

「分かりました」

 

懐から自作の世界地図を取り出して渡すレフィーヤ。それを受け取るとローウェンは広げ視線を走らせる。

 

「……あぁ、成程」

「何か分かりましたか?」

「四枚目の石板が在りそうな場所と巨人が眠ってそうな場所がな」

「…断言は?」

「出来ん」

「因みに、それは」

「地図とあの絵を見比べれば分かるぞ」

 

そう言いながらローウェンは地図を軽く畳んでからレフィーヤに返す。それを受け取って広げて視線を走らせてから絵を見る。見比べればと言うからには何かしらの関係が在るのだろう。ならばと石板が在った場所に視線を向けて。気が付く。

 

「…割と重なりますね。位置が」

「大体だけどな」

「まぁ、絵にしろこの地図にしろ完全とは言い難いですからね」

 

そう丁度、三枚の石板が在った場所と、絵に描かれている三枚の石板と思われるものとが重なるのだ。先程言ったように完全にとは言い難いが、それでも偶然と言うには出来過ぎている位だ。

 

そして、もしもこの絵が位置を表しているのだとすれば。レフィーヤはそう思い、指を走らせる。

 

「ここ等へんに四枚目が在るって事ですかね」

「恐らくな、そして」

「この中心に、巨人がって事ですか」

 

正しいかどうかは、当然だが分からない。そうであると断言出来はしない。けれど、行動するには十分だ。次の向かう先が決まったと言えるだろう。

 

しかし、そうだとするなら。そう思いながら地図を撫でて、言葉にする。

 

「この前の洞窟。見当はずれでしたね」

 

位置がほぼ逆だった前回の洞窟。まぁ、間違っていたとしても色々と発見できたのだから気にする様な事では無い・・・無いのだが。

 

「…取り合えず、帰るか」

「………そうですね」

 

それでも、ゆっくり休みたい気分なレフィーヤなのだった。

 

 



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第百八十七話

転がる。

 

「あの洞窟はですね。結構自信が在ったんですよ」

「はぁ」

 

ベットの上で転がる。

 

「まぁ、実際大発見が在った訳で」

「そうですね」

 

宿屋の一室に在るベットの上で転がる。

 

「でも、石板とは何の関係も無かったかも知れない訳ですよ。詰まりなんて言いたいかといえばですね」

 

ベットの上で毛布にくるまって転がっていたレフィーヤが止まり、リリルカを見ながら言葉にする。

 

「かなりショックだったわけですよ」

「だからどうしたと言わせてもらいますね」

「随分辛辣になりましたね。私、嬉しいですよ」

「レフィーヤ様は変態だったのですか?」

「キチガイで在るかも知れませんけど変態では無いと思いますよ」

「キチガイでは在るんですか」

「仲間をヒャッハーって叫びながら嬉々として吊るしたり引きずり回す様な人物がキチガイでないと?」

「間違いなくキチガイですね」

「でしょう?」

 

まぁ、流石に理由もなくそんな事はしないが。理由なしにしたらキチガイでは無くただの危ない人である。いや一般人的には理由が在ったとしても吊るしたり引きずり回すのは十分危ない人扱いなのだけれど。

 

「で、何時まで毛布の中に居るんですか?」

「この羞恥が消え失せるまでですよ……いやまぁはっきり言ってそこまで気にしてませんけど」

「じゃあ何でくるまってるんですか?」

「気分ですけど」

「あ、そうですか」

 

寝て起きた時点でもう気になどしていなかったのだ。まぁ、其のあとも何となくで気にして落ち込んでますよ的な空気を出していたけど。結局引っ掛かったのはアスフィだけだった。目の前に居るリリルカはさほど気にしていた様子も無かったし。

 

「で、そこの所どうなんですか?」

「何がですか」

「私が落ち込んでいたのを見てなにか思うところありましたか?」

「キチガイにも人の心ってあるんだなって思ってました」

「問いに刃を返すとは」

 

本当に逞しくなってと、小動物の様に震えていた過去のリリルカを思い出して涙が零れる。普通なら嘆く処だがレフィーヤは心の底から喜んでいるのだった。

 

「おめでとうございますリリルカさん。貴女もまたキチガイへの第一歩を踏み出しましたよ」

「全力で後戻りしたいんですけど」

「残念ながら道ではなく崖に向かっての一歩なので、あとは転げ落ちるだけですよ」

「成程、これが絶望ですか。知りたくも無い事を知ってしまった気分です」

「まぁ、最初は私も同じ様な感じでしたし。すぐ開き直れますよ」

「死力を尽くしてしがみついてやりますよ」

 

と言って居るが、吊るされた冒険者を見て何時もの事かと呟き、変態の奇声に全く動じなくなった時点で手遅れなきがしなくもないレフィーヤ。まぁ、言わないけど。別に面白そうだからなんて理由では断じてない。

 

誰だって通る道なのだ。微笑みを浮かべながら見守るとしようと、優しい視線をリリルカに向ける。

 

「その目を止めてくれませんか? 林檎叩きつけますよ?」

「食べ物を粗末にするのはどうかと思いますけど」

「…それもそうですね」

 

と、手に持った林檎をテーブルの上に置いて、林檎が乗っていた皿をちらりと見てから。

 

「お皿はいりますか」

「壊れたら自腹ですよ?」

「其れは良くないですね。無駄な出費は控えるべきですし」

 

どうやら何かを叩きつけるのは諦めたようだ。金は大事だから当然だが。まぁ、一線を越えちゃった人たちなら平然と壊さなければ大丈夫と絶妙な力加減で叩き込んでくるのだが。リリルカはそこまで到達するのは何時に成るだろうか。

 

「今、何か嫌な事を考えませんでしたか?」

「別に考えてませんよ」

「…本当ですか?」

「えぇ」

 

本当の事だ。レフィーヤは自分にとって嫌な事など全く考えていないのだから。なんて思いながら、紙の束を見ながら唸るリリルカを見る。

 

「なんですか其れ」

「前にハインリヒ様に書いて貰った気球艇の関する事を纏めた物です。読み返してるんですよ」

「へぇ」

 

随分と熱心な事だ。状態から見て相当な回数読んでいるだろう。基本を忘れないのは良い事だとレフィーヤは頷きながらベットの上から降りる。

 

「もう良いのですか?」

「えぇ、飽きましたし」

「そうですか。其れで何処に出かけるのですか?」

「ちょっと工房まで」

「巣窟までですか?」

 

言い方。何故通称の方を口にするのか。いや、其の方が印象深いからだろうけど。

 

「何か用事でもあるんですか?」

「そうですね。しいて言えば話をしにですかね。色々と参考に成る事が多いですし」

「変態ばかりなのにですか?」

「だからですよ。技術や発想は凄いですからねあの人たちは」

 

その分、被害も凄いのだが。其れに関しては変態を自重なしで動かしている代償の様なものだから諦める他ない。なんて思いながら、サッと出かける準備をして扉の開き。

 

「ではちょっと行ってきます」

「行ってらっしゃいです」

 

そう言って、外に出た。

 

 

 

 

直後に戻る。

 

「いや、此処私の部屋なんですけど」

「え、居ちゃ駄目なんですか?」

「自分の部屋で読んでくださいよ。若しくは食堂」

「レフィーヤ様の部屋が一番居心地良いのですが」

「勝ち取りましたからね」

「そうですか…で、駄目なんですか?」

「…帰ってくるまでいてくれるなら良いですよ?」

「やったー」

 

なんて声を零すリリルカに、仕方ないかと肩を竦めてから改めてそこに出た。

 



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第百八十八話

「相変わらずここは狂気で溢れてますね」

 

そう呟きながらレフィーヤは奇声を上げながら転げまわっていたり斧を振り回してたり翼みたいなのが生えた靴を履きながら凄い勢いで吹っ飛んでいく人達の横を抜けながら大工房を進む。

 

「あ、すみません。エヴィーさんは何処に居ますか?」

「おう、エヴィーなら何時もの場所だぞ」

「何時ものと言う事は気球艇の所ですか。分かりました、ありがとうございます」

「良いって事よぉー」

 

と笑いながらサムズアップし、ボールの様に蹴り転がされていく男性に頭を下げてから、その何時もの場所へと向かう。

 

「―――――あっ」

「ん?」

 

と、其の途中。何か声が聞こえそちらを向くと、何かを背負っているアスフィが居た。まぁ、彼女が大工房に居るのは別に可笑しな事では無い、話を聞いた限りでは彼女もまた技術者なのだから。

 

おかしいのはレフィーヤが振り返った瞬間、視線を逸らした事位だ。

 

ふむと、頷きながらレフィーヤは何気なくアスフィの前に立ち、見つめる。これと言って意味が在る訳では無いがそれでも見つめ、そして問いかける。

 

「……その背負ってるものは何ですか?」

「…私の作った道具ですが」

「そうでしたか、成程……運ぶのでしたら手伝いますが?」

「いえ、結構です。自分のものくらいは自分で運びますので」

「分かりました。じゃあ気を付けてくださいね。足元とかに」

「転ばない様にって事ですか。えぇ、十分に気を付けますぅ?!」

 

言いながら歩き出したアスフィが勢いよくひっくり返る。注意するように言ったばかりなのに転ぶとは、もっと注意すべきでは無いだろうかとレフィーヤは、彼女の足元に何故か在った氷を踏み砕いてから、近づいて。

 

アスフィが背負っていた物から転がり出た石板を手に取る。

 

「へぇ、驚きましたよ。これってアスフィさんが作ったものだったんですかぁ。凄いですねぇ、色々と教わりたいですよ本当にぃ」

 

と、石板を軽く揺らしながら言葉にしアスフィを見る。何故か、そう何故か酷く汗を流している彼女を。

 

「……で、なんでこれを持って行こうとしてたんですか? しかも三枚全部」

「そ、れは」

 

「俺が頼んだからだよ」

 

声が響く。聞き覚えのある声だ。だからレフィーヤは露骨に顔を顰め乍ら声の発した人物、いや神物を見る。

 

「まぁ、そんな事だろうと思ってましたよ。神ヘルメス」

「やっぱり分かっていたか」

「寧ろ分からないとでも思いましたか?」

「いいや、それは無いだろうね」

 

笑いながらそう言うヘルメスは、其のまま手を伸ばす。

 

「で、出来ればだけどそれを渡してくれないだろうか?」

「お断りします」

「だよねー」

 

と、伸ばした手を軽く揺らしながらなら如何し様かと視線を巡らせ、ため息。

 

「あぁ、アスフィがもっとうまくやってくれればこんなことに成らなかったんだけどなぁ」

「な! わ、私の所為ですか?!」

「いや、ハデス・ヘルムを使って姿を隠して居ればこうも簡単に気が付かれることは無かっただろう?」

「其れを! 新しく作ったものを含めて! 持って行ったのは! 貴方でしょう!!」

「おっと、そう言えばそうだった」

 

なんて言いながらヘルメスは手を動かし。両腕とも凍り付いた。

 

「て、ちょっと?! まさかのなんだが。え、いきなり?」

 

確認するように視線をレフィーヤに向けるヘルメス。対しレフィーヤはと言えば手に持っていた杖で肩を叩きつつ、鼻で笑う。

 

「窃盗するように命じた犯罪者が何を喚きますか」

「ぐッ! 確かにそう言われると言い返せないというか真っ当な事をしている様に思える!!」

「真っ当な行いですからね。という訳で追加入りまぁす」

「あぁ、待って待って待って足は駄目だ転ぶ転ぶころぶへぇ?!」

 

顔から盛大に床に倒れ込むヘルメス。それを見てか周りから変態が集まり彼の事を弄り始めるのを見ながら、何故と疑問に思った事を考える。

 

そもそも、今アスフィに石板を盗ませようとしたのか。いや、ヘルメスが石板を求めていたのだとすれば盗ませようとしたのはおかしな事では無い。それが、四枚中の三枚しかないと言う事を考えなければだ。普通、という訳では無いが、そう言ったことをさせるなら全部集まってからでは無いのかと。其れなのに今盗ませようとした理由を考えて。

 

「……神ヘルメス」

「な、なんだい?! ちょ、やめて。ペンキで色を付けようとしないでくれ!」

「四枚目の石板、持ってるでしょう?」

 

変態たちの動きが止まる。立ち上がって埃を掃っていたアスフィもだ。そして、ヘルメスはと言えば、目を細めて笑う。

 

「良く分かったね」

「そうだとしても可笑しくないですからね。最初の石板みたいに守られていない状態なら野生のモンスターに気を付ければ手に入れる事自体は出来るでしょうからね。アスフィさんが作った道具を貴方が持って居たらなもっと簡単でしょうし」

「本当に良く分かったねそこまで、まぁその通りだよ」

「…持って行ったのて嫌がらせじゃなかったんですね」

 

意外そうにヘルメスの事を見るアスフィ。流石にその言い方はどうなのだろうと口に出さずレフィーヤは彼を見続けて。

 

「で、アスフィさんに盗ませようとした意味は何ですか」

「あぁ、それに関しては俺は俺でやっておきたいことが在ったからだよ。まぁ、アスフィが思ったよりも早く見つかった所為で中途半端だけどね」

「へぇ、其れって時間稼ぎしている様に見えるのと関係ありますよね」

「あ、そこ気が付くのかい? 怖いなぁ。やっぱり間違いでは無かったかな」

「早く喋らないと氷で落ち潰しますよ」

 

と、綺麗な箱型の氷を作り出すレフィーヤ。それを見て、怖い怖いと言いながらヘルメスは笑う。

 

「怖いな。もう少し穏便な脅し方は出来ないのかな?」

「脅しに穏便も何も無いでしょう」

「其れもそうだね……所でレフィーヤ・ウィリディス、一つ訊いても良いかな?」

「なんですか。さっさと話してくれません?」

 

急かすレフィーヤの言葉に、ヘルメスは変わらず笑みを浮かべ。そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「爆発オチって知ってるかい?」

 

大工房が爆炎に飲み込まれた。



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第百八十九話

炎が躍り、大工房が衝撃を撒き散らしながら崩れていく。もはや一つの厄災となっているその崩壊から逃れる様に、燃え盛り崩れていく天井を突き破りながら空へと昇りを何処かへ向かって駆けて行った姿の見えない何かに気が付いた者はごく僅かでしか無かった。

 

大半の者は大工房が燃えながら崩れ落ち、そして一瞬にして全てが凍りつく瞬間を目にした。

 

誰かが唖然とした様子で、声を零したりしている間にも動きが在る。先ほどまで音を立てて燃えていた筈の天井の一部が吹き飛び。

 

 

「ヘェェルゥメェェスゥゥゥウウウウウウウウウウウウウ――――――ッ!!」

 

 

空に向かって伸びる氷の柱の上でレフィーヤは咆哮を轟かせる。全裸で。

 

所々に焼けたような跡がある事など気にも留めず視線を走らせ探すレフィーヤ。しかしそれらしい影が見えない。それでもと暫くは探し続け、やがて大きく息を吸って吐き。乱暴に頭を掻きむしってから柱から降りた。

 

レビテーションを用いて何事もなく着地したレフィーヤが見たのは多くのもう動く事の無い人だったもの。

 

「こ、壊れて、壊されてる、こ、こわここおここここここここここおおおこここっこッ!!」

「ああぁ、作りかけが、食いかけが、全部全部無くなってしまったぁ・・・ッ!!」

「ニャヤアアァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

ではなく、発狂している変態たちだった。全裸の。

 

彼らは皆、慌ただしく動き回り被害のほどを調べて回っていた。詳しい所は分からないレフィーヤだが、それでも相当なのだと言う事はよく分かった。多くの物が爆発の衝撃で吹き飛び、そうでなくても炎に飲まれて燃えてしまったのだろうから。

 

「と、私も確認しないと」

 

そう呟きながら、急ぎ足でそこへと向かうレフィーヤ。もはや壁としての役割を為していない邪魔なだけのそれを迷く事無く破壊して、気球艇の在るはずの場所に踏み込み。

 

半壊している気球艇とその近くで膝を付いているエヴィーを見つけた。

 

「エヴィーさん、無事でしたか」

「ぶ、じ?」

 

レフィーヤが声を掛けると、エヴィーは小さく呟きながら揺らめく様に振り返り、感情がただ一つを残して抜け落ちてしまっている瞳を向けた。

 

「いえ、いいえ。無事では在りませんレフィーヤ氏。どう見ても重症です。致命傷です。気球艇が、心血注いで作り上げたものが、このような状態に成ったというのに無事などと言えるはずが在りません」

 

一つだけ残った感情が煮詰められていくのがレフィーヤには分かった。恐らくエヴィー自身も感じているだろう。

 

「…レフィーヤ氏、これをやったのは誰なのですか?」

「ヘルメスです」

「そうですか、神がこのような事を」

 

半壊している気球艇を眺めて。

 

「レフィーヤ氏、あぁレフィーヤ氏。その邪神は今どこに?」

「天井を突き破って何処かに行きましたよ。恐らくですが、巨人が眠る場所に向かったのだと思います」

「そう、ですか……そうですか」

 

そう、呟いて。彼は笑った。笑いでもしなければ、怒りでどうにかなってしまいそうだと分かっているから笑い続けて。それは伝染し、大工房で在った場所全体に満たしていく。変態と呼ばれている狂人達が皆が皆笑っている。

 

そして、勢いよく立ち上がり。

 

「四日」

「はい?」

「四日ください。気球艇を直し、いえこの工房に居る同士諸君たちの手を借りて更なる強化改良を加えて進化させてみせますので」

「そうですか」

「ですから、どうか。気球艇を、いえこの楽園を壊した邪神をボコボコにしてください!!」

 

そう宣言すると高々と手を掲げて、叫ぶ。

 

「という訳でやるぞおらぁああああああああああああああああああああっ!!」

 

『ヒャッハァァあああア―――――――――――ッ!!』

 

壁だったものを突き破りながら無事だったのだろう道具や材料を抱えて気球艇に突撃していく変態たち。今までにない程の勢いで足場を組んでいく彼らを見て、もうどうあっても止まらないだろうなと思いながら、エヴィーの言葉、依頼と言えるそれをローウェン達に伝えるために、宿に向かう事にしたレフィーヤは歩き出し。

 

あ、と呟きながら。方向を変えてそこそこ大きな氷に近づいて、杖で叩き割って手を突っ込み。中に居たアスフィを引きずり出した。

 

「え、え?」

「ほら、行きますよ」

「は、え?」

 

混乱しているアスフィ。しかしだからどうしたと言わんばかりに引きずりながら今度こそ宿に向かうレフィーヤ。そんな彼女に向かって、アスフィは声を震わせながら言葉にする。

 

「ど、どうしてですか?」

「守った事に関してですか? 言っておきますけど、私は仲間を放置して自分だけ助かろうなんて思う程人でなしでは在りませんから」

「仲間? いえでも、私は」

「仲間でないとか言わせませんからね。あと盗もうとした事を別に気にしなくても良いですよ。なんだかんだで、神の言う事に逆らえる人なんて殆ど居ませんから。いやまぁ、此処はその割に居ますけどね。今回の事に関してもそうです。あれはあの神が勝手にやった事で貴女は関係在りませんから」

 

そう言って、あぁでもと言葉を零す。

 

「確かに、そうしようとしたことに変わり在りませんからね。暫くはただ働き同然に成る事は覚悟する事ですね」

「…良いのですか?」

「まぁ、そこら辺はちゃんと話し合って決める事ですけどね」

 

先程まで爆発に飲まれ、炎に焼かれていたとは思えない程に、堂々と道をアスフィを引きずりながら歩くレフィーヤは言う。それを聞いたアスフィは少し迷う様に視線を揺らし、静かに頷いた。

 



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第百九十話

ヘルメスが石板を持ち去ってから三日程経過した。レフィーヤはこれと言って意味が在る訳でも無く、すでに直っているのではと思える気球艇が頭が可笑しくなりそうなほど数が居る変態たちに因って改造されていく様子を手摺を椅子代わりにしながら眺めていた。

 

「言っていたのより早く終わりそうだなぁ」

「だろうな」

「あ、ローウェンさん」

 

何気なく零れた言葉にそう返すローウェン。振り返り、ゆっくりと近づいてくる彼を見て。

 

「で、どうしてそうも断言出来たんですか?」

「単純に人が多いからだな。しかもこれと言った無駄が出てないし」

「無駄に関しては分かりますけど、人が多いのは前からですよね」

 

ヘルメスの起こした爆発の被害者は居なかったはずだと思い起こしながら言葉にすると、彼はそう言う事では無いと軽く首を振る。

 

「あの基本的に一緒に居るだけで共同作業なんぞ知らんと言わんばかりに好き勝手しまくる変態たちが一つの事に全力で周りと助け助けられなんてしてればそりゃ・・・・な?」

「あぁ、そうですね確かに」

 

そう言われればその通りだと頷き。

 

「…あの、じゃあそのとんでもない事に巻き込まれてる気球艇は一体どうなってしまうのでしょうか」

「さぁ? あぁ、だが一つだけ言える事が在るな」

「なんですか?」

「形が変わらなかったら奇跡だ」

「ですよね」

 

一応、そこら辺言っておいた方が良いだろうかと考える。余り形などを変えられると使い勝手的な意味で困るのだが。

 

まぁ、考えても仕方ない事。変態がそこら辺を考えていてくれる事を願うしかない現状、出来ることなどないのだから。故に、視線を気球艇とそれに纏わりついている変態たちからローウェンへと向ける。

 

「それで、アスフィは如何したんですか?」

「今日も元気に吊るされてるぞ」

「それって元気だと言えるんですかね」

「間違いなくな。ここに宿を出た時だってリリルカに突かれながら声を張り上げてたしな」

「アスフィさんの事以上にリリルカさんが遂にそれをやる様に成った訳ですか」

 

しがみつくと言っていた筈なのだが。自分から谷底に向かってダイブしている様にしか思えない。

 

「まぁでも思っていたよりは引きずってないみたいですね」

 

ヘルメスに殺されそうに成ったというのに。

 

「…そこら辺どう思いますか?」

「せめてちゃんと言え」

「ヘルメスがアスフィさんを巻き込んだ事に関してですよ」

「邪魔される可能性を出来る限り無くしたかったと思えば分かるだろ?」

「……あぁ、空を飛ぶ靴ですか」

 

確かに、それがあれば間違いなく追いかけていただろう。それを考えれば、可笑しな事では無い。ないが。もしもそうだとすれば最初から。

 

「…あぁ、気が滅入りますね」

「キチガイとか変態とはまた違った類の奴だったみたいだしな。ある意味、一番何をしでかすか分からんからなぁ。何をしてでもって感じで」

「その結果、変態とキチガイを敵に回したわけですけどね」

「ヘルメス的には、巨人を起こせれば勝ちなのかもしれないからな。別にそうなっても構わないと判断したんだろ。ほんの数日、俺達よりも早く辿り着く為の時間が稼げれば、それで」

「と言う事はもう私たちは負けている様なものだという訳ですか」

 

それは、とても気に入らないとレフィーヤは目を細めると。ローウェンは否定するように言葉にする。

 

「いや、負けてはいないだろ。そもそも勝ち負けの基準と言うかが違うし」

「基準?」

「ヘルメスの目的が巨人を起こす事だったとしても。俺たちの目的はそれを阻止する事では無いだろ」

「あぁ、成程。其れなら確かに負けてませんね。いやそもそも勝ち負けの話になりませんね」

「だろう? 結局は、巨人が目覚めても依頼された通りにヘルメスをボコボコにすれば其れで俺たちにとっては勝ちに成る訳だからな」

「そうですね」

 

と、頷いてから。まぁそれはそれとしてもだと、彼は小さく呟いた。

 

「なんか、あいつの思い通りっていうのは……ムカつくな」

「えぇ、本当に。気に入りませんね」

 

気球艇を壊された、石板を持って行った。それらは結局の処は同じ。彼等の冒険を邪魔したという意味では全く同じだ。許される事では無い。

 

「時にレフィーヤ」

「なんですか?」

「もしもヘルメスをボコボコにしようとした際に間違って巨人に被害が出ても仕方ない事だとは思わないか?」

「其れは勿論、仕方ない事ですよ。戦えば被害が出るのは当然ですからね。それも巨人なんていわれるほど巨大なら、其れこそ巻き込まない方が難しいかと」

「だよな」

「ですね」

 

笑みを浮かべ、声を響かせる二人。

 

「まぁ、もしも巨人が起きて動き出してたらそれどころじゃないだろうけどな」

「どの位大きいんですかね、巨人って」

「世界樹位だったらもう、手出しが出来んぞ。いや本当に」

「流石にそれは……その、無いと願いたいですね」

 

せめてフォレストセル位の大きさで頼みますとレフィーヤ誰に向かってという訳でも無く祈る。せめてうちに、と何か聞こえた気がするが無視。幻聴は良くないなと思い手摺からよいしょと降りて。

 

「そろそろ私は帰りますけど、ローウェンさんは?」

「あれを確かめてからだな」

「あれ?」

 

それは何なのか、いや訊くまでも無い。今の状況で在れと言ったら一つしかない。そう思ったのと同時に、大音量の歓声が響き揺るがす。それを聞いて思わず耳を塞ぎながら。

 

「終わったんですか」

 

そう呟いたレフィーヤは新たな姿を手に入れた気球艇を見た。

 



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第百九十一話

「……いやぁ、何と言いますか」

 

今まで以上に力強く、そして速く空を突き進む気球艇。なんでここまで性能が上がっているのかは変態たちの専門用語という謎の言語が脳内を犯してきた所為で印術が利用されていると言う事以外は分からない。もう少し時間に余裕があればある程度自力で調べられるのだが。

 

まぁ、速くなったのなら其れで良いじゃないかとレフィーヤは思いながら横に居るローウェンに向かって話しかける。

 

「思っていたより変わってませんね。見た目以外は」

「変に弄られなかったのは良かったと言うべきだろ」

「中の構造が全く違ったら困るどころじゃ無かったでしょうしね」

「そうしたら出発が遅れてたかもな」

「ですよね」

 

案外、そこら辺を考えていたのかもしれない。大工房を破壊された事に対して変態たちは怒り心頭と言った様子だったし。少しでも早くボコボコにしてくれと言う事なのだろうか。

 

「だからと言って舵輪までパルゥム専用のままっていうのはどうかと思いますけどね。いえ、お陰で動かせてるリリが言えた事では在りませんけど」

「そうですか。所で動かしてみた感じどうですか?」

「そうですね。かなりいい感じですよ。まぁ、良すぎて少し気を遣いますけどね」

「まぁ、そこら辺は仕方ない事ですよ。慣れるしかありませんし」

 

新しいというのはどうしても前のものと比べてしまうのだから。幾ら良いものであったとしても慣れというものが在るし。

 

「取り合えず問題は無いと言う事ですか」

「そうなりますね」

 

と、頷いて見せたリリルカ。其れならば良いと、見張りをしているローウェンの横から動き。今回もまた景色を眺めているアスフィに近づいて語り掛ける。

 

「それで、アスフィさんは本当に良かったんですか?」

「……えぇ、はい」

「そうですか」

「寧ろ、それは私の方が訊きたい事なのですが」

「なら今から降りますか? かなり熱い地面との抱擁が出来ますよ。あ、でもアスフィさんはあの靴を持ってるから大丈夫なのか。なら何の憂いもなく降りられますね」

「いえ降りませんから」

 

そっかぁ、気の抜けた声を零しつつ彼女と同じように景色を眺めてみる。と、暫くしてから彼女は小さく言葉を零した。

 

「…本当に良いんですか?」

「そう言ったじゃないですか、私も。ローウェンさん達だって」

「でも、何も訊いてきませんでしたよね」

「訊いて欲しいなら今からでも訊きますよ? 其れはもう容赦なく傷口を抉る様にネチネチと」

「それは、嫌ですね」

 

自分だってそんな事やりたくないとレフィーヤは思う。やるならもっとバッサリといく方が好みなのだからと。陰湿なやり方はなんというか、やっていていら立ちを憶えるし。

 

「まぁ、そう言う訳で無理に聞き出そうなんて趣味の悪い事をする積りは無いので」

「また、何かしでかすかもしれないのにですか?」

「その時はそうですね。もう仕方ないからヘルメスごと、こう巻き込む感じで大印術をぶち込む感じで」

「それ、私死にませんか?」

「大丈夫ですよ、直撃しなければ」

「直撃すれば?」

「死にます、多分」

「多分?」

「高レベルの冒険者に叩き込んだ事なんてありませんし」

 

いやまぁ、そんな経験あったら拙いのだが。だが実際どうなのだろうか。印術の威力と高レベル冒険者の耐久力、一体何方が上なのか。実に浪漫溢れる疑問である。

 

「まぁ取り合えずそれは実際にやってみないと分からない事ですし置いておくとして」

「出来れば起きてほしくない事ですね」

「其れに関しては同意します」

 

寧ろ望んでそんな事をしたらキチガイでは無くただの狂人である。危ない人である。まぁ、機会が訪れたら迷いなくやるだろうけど。だって気に成るし。

 

「……ヘルメス様は」

 

なんて考えているレフィーヤに、アスフィの呟きが届く。

 

「何をする積りなのでしょうかね」

「分かりませんよ」

 

爆破して、盗み出して、犠牲にしようとして。そこまでして何故、なんて事は分かりはしない。其れこそ直接、問いただしでもしなければだ。

 

「何なら訊いてみますか? 本人、いえ本神に」

「ついていって、ですか?」

「えぇ……いえまぁ流石にちゃんと話し合ってじゃないといけませんけどね」

「やらかすかもしれないのにですか?」

「その話はさっきしたでしょう」

「…気球艇の守りは如何するんですか」

「其れに関しては、リリルカさんの気合で何とかしてもらうと言う事で」

「さりげなく無茶ぶりしないでくれませんかー?」

 

なんてリリルカの声が聞こえる。流石に無茶だったか、なら如何し様かと考えていると。

 

「流石にという訳では在りませんが、止めておきます」

「…ふむ」

 

アスフィを見る。気が付いてるか分からない、分からないが。彼女は微かに震えていた。其れは何故なのかは、言うのは良い事とは言い難いだろう。だからレフィーヤは見なかった事にした。

 

「まぁ、そう言うなら」

「申し訳ありません」

「謝る事では無いでしょう」

 

行くか行かないかを決めるのは彼女自身が決める事なのだから。とやかく言う事では無い。

 

「それじゃあリリルカさんと気球艇の事を頼みますよ」

「はい」

 

そう言葉にしながら頷くアスフィ。それを見て、少し思うところは在るが仕方ないかと肩を竦めながらレフィーヤは思い。

 

「まぁ、私たちの向かってる場所が間違ってたら色々と台無しなんですけどね!!」

「それを今言いますか?」

 



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第百九十二話

カツリッと音が響く。これと言って意識してい訳でも無い事と音の無いその場所で在った事とが重なったからこそ思って居た以上に大きく響く。反射的に杖を構え辺りを見渡す。敵意を持つものの姿は見えず、また向かってくる気配も無いのを確認してからレフィーヤは構えを解き、改めて見渡す。

 

嘗て栄華を極めたのだろうそこは、もはやそうであったという過去に思いをはせる事しかできない廃都を。

 

「……何もなかったという事態は避けられましたね」

「だからと言ってここに巨人とかヘルメスが居るとは限らないけどな」

「そう何ですよね。大まかにここ等辺じゃないか程度でしかありませんでしたしね」

 

此処には廃都しかない。なんて事になったらまた探し直しだ。ただでさえ時間が経過してるのだからヘルメスが巨人を起こしてしまうかもしれない。別にだからどうしたと言ってしまえなくも無いが、単純に彼の思い通りに成るのが気に入らないので阻止したいとレフィーヤは個人的に思って居た。冒険の邪魔をしといて思い通りに成ると思うなと。

 

「まぁ、其の為にまずは探さないと何ですけどね」

「どうしたのいきなり」

「いえ、ただヘルメスをボコボコにする為に気合を入れなおしただけですので」

「そっか。っと、また広い場所に出たね」

 

そう言葉にするハインリヒの視線の先には広場。気球艇から見た景色と照らし合わせると、かなり中央に近い場所の筈。

 

「何かあるとしたら何か目立つ建物か」

「中央付近、ですよね」

「まぁ、細かい所を見て回ってたら時間が幾らあっても足りないしね。結構此処広いし」

「ですね。あぁ、もっとゆっくり見て回りたかった」

「それは僕も同じだよ」

「俺もだな」

「あたしもぉ」

「拙者も同じくでござるな」

 

どうやらまたも心が一つに成ったようだ。

 

「あぁー……何か在りましたかぁ?」

「いや、とくには」

「噴水だったかもしれない何かならあるわよ」

「これと言って隠し道的なのも無いね」

「と言うか隠せそうな場所が無いでござるな」

「同じように、ヘルメスのものだと思える様な痕跡も在りませんしね」

「まぁ、空飛べるなら降りて都の中を歩いて向かうなんて事はしないよな。そうする必要性でもない限りは」

「だろうね、少なくとも直前までは降りないだろうね」

 

そうなると見つけるのはかなり難しいのではと思って居ると、ポツリと小さくコバックが言葉を零す。

 

「そう言えば、巨人ってどの位大きいのかしらね」

「え? いや、巨人っていう位だし。かなり大きいんじゃないかな?」

「伝承と言うかではオラリオの下に居るあれを封じ込めたみたいに語られてましたし。それ位は在るのでは?」

「まぁ、オラリオのもかも知れないでしかないがな。まぁ、そう考えておくのが妥当だろうな」

「その割には、其れらしいのは気球艇に乗っている時に見ても無かったでござるがな」

「それは単純にここ等辺では無いか、或いは隠されてるかのどちらかだろ」

「そうだね。で、其の巨人と言われるほどのが隠されてると、と言うか隠せるとしたら……下?」

「オラリオと同じ感じでですか」

「まぁだろうな」

 

言ってみれば当然の事だった。巨人なんかが見てわかる様ならばもっと周知されていても可笑しくは無いのだから。幾ら神々の大半がオラリオにしか興味がないとはいえ、放置するとは思えない。それを考えれば見つからない場所、先程ハインリヒが言ったように下、さらに言えば地面の下にと言うのが妥当だろう。間違って居なければ。

 

と、事まで考えてふと思った事が一つ。

 

「…もしもここが巨人の眠ってる場所だったとして、その場合地面の下に居る可能性が高い訳ですよね」

「そうだな」

「で、それをヘルメスが起こそうとしてるわけですよね」

「推測が正しければだけどな」

「で、もしもヘルメスが巨人を起こしたとして、それが動いたとしたら」

「あぁー……まぁ、今経ってる場所が無事である保証は無いな」

 

考えてみる。もしもヘルメスが起こした巨人が今経っている場所、詰まり廃都の真下で眠っていたら。それが起きて、外に向かって這い上がって来たとする。まぁ間違いなくここは崩れ落ちる事だろう。そしてそれに巻き込まれれば、流石に死ぬ。耐久度などと言う都合の良いものは武具にはあれど体には無いのだ、恩恵もちと違って。

 

「…もっと急ぐべきですかね」

「どこにだよ」

「巨人の所とかですかね?」

「どこか分からないのにか」

 

その通りだ。急いだ方が良いのではなんて言ったが、そもそも何処に向かってだという話に成ってしまう。せめてという訳では無いが、何か分かり易く。ここに巨人が存在するか、ヘルメスが居るというのが分かればいいのだがと思い。

 

 

「なんか、其れっぽいというかこれって明らかにそうだよな」

「です、ね」

 

 

それっぽいのを見つけてしまった、割とあっさり。

 

「……在るな、階段が」

「周りが凄い壊れてて見辛いですけど、在りますね」

「うん、壊れてからそこまで時間が経っているって感じでは無いね。最近かな? 詳しくは分からないけど」

「じゃあ、ここかしらね?」

「其れにしてはあからさま過ぎはしないでござるか?」

「惑わすためにって可能性は、まぁ在り得る。が、違うだろうな」

「まぁ、単純に隠しようが無いですしね、これ」

 

良いながら見る。気球艇から見えた巨大な建造物が在ったであろう場所の一角に在る床が大きく窪む様に崩れているのを。

 

「……下に降りる為に道を作ったら連鎖的に崩れたとかかしら?」

「普通に開けたらこうなったって可能性もありますよ」

「かなりの月日が経過してるようだしな」

「まぁ、何にせよ。こんな事に成っちゃ隠しようがないよね。そんな事をしようとしたら時間と材料と技術が必要に成るし」

「直してまで隠すくらいならさっさと先に進んで起こすでござるな、拙者なら」

「だろうな」

 

さてと、地下深くまで続いているのだろう階段を見て。其れじゃあとローウェンは言葉を口にする。

 

「行くか。居るかどうか、正しかったのかどうかを確かめにな」

 

 



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第百九十三話

隠されていたのかもしれない階段を下りた先に在ったのはもう一つの朽ちた都だった場所。先程まで歩いていた都よりも更に古く、だというのに残っている建造物はしっかりと形を保っている。しかしそれらは彼らの見ていなかった。

 

余りに巨大な人の顔に目を奪われていたから。

 

「…え? でかくない?」

「いやまぁ巨人ていう位だし、可笑しくはない。いややっぱりでかいな」

「完全に想像以上だったんですけど」

「顔しかみえてないのに世界樹を思わせる大きさでござるな」

「というか、これが動き回るの?」

 

そんなコバックの言葉に、想像してみる。目の前に存在する顔しか見えない巨人が、それに見合った大きさの体を持っていたとして、それが動き回る光景を。

 

「……なんか、オーバーロードとは違った意味でどうしようもないですね」

「大砲なら、いや豆鉄砲である事に変わりないか」

「レフィーヤの印術なら若しかしたらッて感じかな?」

 

そう言われても自信はないレフィーヤ。思って居た以上に事態が深刻で在ると理解した彼らはそれでも焦らず周囲への警戒を怠ることなく、しかし巨人に向かって駆ける。

 

 

「やぁ、待ってたよ」

 

 

その直前に、声が響いた。反射的に放たれる術と弾丸。それらはゆっくりと物陰現れた人影に直撃し、何事も無かったかのように、非難するように言葉にする。

 

「酷いな。これと言って敵意の無い俺に対して容赦なく攻撃してくるなんて」

「ヘルメス……ですよね?」

「もう神とは呼んでくれないのか。まぁ、そうなっても仕方ない事をしたし……今の状態を思えばそれも当然の事だな」

 

と、軽く左目を覆う、いやそこから生えている植物をヘルメスは撫でる。

 

「何がどうしたらそうなるんだよ」

「はっはは、いや別に大したことは起きていないよ。巨人を起こした際に影響を進んで受けたからにすぎないよ」

「進んで?」

 

如何いう事なのか、何故そのような事を。

 

「あぁ、また疑問に思って居る様だ。何それも単純な事だ。必要だったからに過ぎないんだよ」

 

大地が揺れる。それが意味することは、分かり切っている。

 

「良くある話だろう。大いなるものを動かす為にその身を捧げる、なんて事は」

「その捧げられる立場の奴が良く言う」

「そうだね、あぁそうだった。俺は、そう呼ばれていたんだったな」

 

揺れが激しくなっていく一方で、眼前の神と呼ばれた男に、ヘルメスに変化が現れる。攻撃を受けた故に、流れ出ていた血が、光となって宙を揺蕩い、巨人に向かっていった。

 

「さて、こうして楽しい会話をしていられるのも後どれ位かな?」

「時間稼ぎか」

「そうだ。そしてそうじゃない。何方でも良いんだ。もう、済んでいるのだから」

 

揺れが続く。それでも揺らぐことなくヘルメスは笑みを浮かべ、その体から生えている植物が蠢き、侵食していく。

 

「すでに繋がりは出来ているからね。このままでも俺と言う存在は巨人に取り込まれ…仮に君たちに殺されたとしても、天に帰る事無く巨人へと注がれる」

「……あぁ、確かにそれならもうどうしようもないな」

 

巨人の目覚めを止める事が出来ない。彼の言葉が正しければだが、そうでは無いだろうとレフィーヤには確信が出来た。そう思った事を察したのかヘルメスは深く笑みを浮かべながら頷いて。

 

「さて、それじゃあ最後の目的を果たすとしようか」

「最後の、目的?」

「あぁ、その為に今もこうして消えてしまわない様にしながら君たちの、いや君の前に立っているのだから」

 

まだ何か、する積りなのかと杖を握りなおす。そして、意識を彼に向けると。

 

「ありがとうレフィーヤ・ウィリディス」

 

と、感謝の言葉を口にした。それは、どういう事なのかとレフィーヤが思うよりも先に彼は続けた。

 

「君だ、君のお陰で俺は今こうしてここに立って、そして巨人を目覚めさせることが出来た」

「…私、貴方に何かしましたっけ?」

「憶えていないかい? だが仕方ない事だ。何せ君からすればちょっとしたミス、或いは世間話程度でしかなかっただろうからね」

 

だが、と彼はすでに動かぬ体の代わりに残った右目を動かし、語る。

 

「君のお陰で俺は思い出すことが出来たんだ。忘れていた、憎むべき相手。俺が俺としてこの世界に人の形を取った理由を。滅ぼすべき相手を思い出す事が出来たのだから。感謝しない方が可笑しい!!」

 

笑みが深まる。そして、彼が何を言って居るのかをレフィーヤは理解し、自分がやらかしたことを思い出した。

 

「ありがとう、ありがとうレフィーヤ・ウィリディス!! 君があの時、オラリオの存在する意味を思い出させてくれていなければ俺は未だに自分でも意味の分からない放浪を続けていた事だろう!!」

 

笑う、笑う、笑う。

 

ヘルメスが笑い、崩れ落ちていく音すら呑み込んで高らかに響かせる。

 

「あぁそうだ!! その為に俺は人の形を持ったのだ! この世界に、星に一つの生命として在ったのだ! ただ只管にあれを滅ぼし、終わらせる為に俺は生きてきた!! おぉ、おぉ!! 故にこそ巨人よ!! 生み出された意味、本懐を遂げる時が来た!!」

 

 

――――――さぁ、巨人よ 昏き禍を滅ぼせ

 

 

その言葉と共に、彼は植物に飲み込まれた。残ったのは一つの人を思わせる植物と、壁を破壊しながら腕を振り上げ大地を突き破り這い上がらんとする巨人。

 

天井が崩壊し光が差し込んできたのを見ながらレフィーヤは思わずと言った様に手で顔を覆った。

 

「…まさかあのやらかしがここまで影響してくるとは思ってませんでしたよ、私」

「そうだな。流石に俺も思ってなかった」

「と言うか、此処までのを完全に予測出来てたら未来予知よね」

「まぁ、だね。凄く面白くなさそう」

「でござるな。冒険のし甲斐が無くなりそうでござる」

 

なんて、どんどん崩れ落ちてくる瓦礫に目を向けらながら言葉にし。

 

「……取り合えず、如何しますか?」

「巻き込まれない様に動きながら祈れ」

「ですよね」

 

咆哮が響き渡り、巨人が解き放たれた。

 



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第百九十四話

狼煙を上げる。レフィーヤが作った氷で出来た足場の上で、壊れたり溶けたりしない様にし乍ら少し工夫して分かり易いように色を付けたそれを。

 

「……まさか自分から肩車をされに行くことに成るとは思ってなかったよ」

「そうしなかったら誰かは落ちてたけどな」

「分かってるよ」

「それにしてもレフィーヤちゃんは本当に何でもできるわよね」

「私がと言うよりは氷がなんにでも利用できるんですよ。いや本当に、氷って最高ですよね。氷万歳。ロキ様よりも氷を信仰したい」

「そのロキと言う人物が、いや神でござるか? とにかく泣いてそうでござるな」

 

そうだろうなとレフィーヤも思う。うち氷以下かいな?! なんて叫んでいる姿が容易に想像できる。

 

「……あ、来た」

 

そう言葉にしたのはコバックに肩車されている表情が死に絶えそうになっているハインリヒ。彼は空を見ながら指差す。その先にはゆっくりと向かってくる気球艇。

 

気球艇は其のまま彼らのほぼ真上で止まり、そして縄梯子を投げおろす。

 

「やっぱりもしもの時の備えは大切だな」

「で、ござるな」

 

なんて言いながら縄梯子を駆け上がるローウェンとゴザルニ。相変わらずすごい動きするなと思いながら、普通に縄梯子を登っていくコバックとハインリヒを見ながら思い。その二人を登り切ったのを確認してからレフィーヤは揺れていた縄梯子を掴み。

 

レビテーションを行使して一気に跳ね上がり気球艇に縄梯子ごと乗り込んだ。

 

「おかえりー」

「ただいまでーす」

「変な乗り方しないでもらえますか?」

 

変なとは失礼なと思いながらも普通でない乗り方である事は自覚していたので言葉にはしないレフィーヤ。縄梯子を綺麗に纏めてから、言葉にする。

 

「で、地面を巨人が突き破って出て言った筈ですが、どうなりましたか?」

「見た方が速いですよ」

「ならそうしますね」

 

縄梯子を邪魔にならない場所に置いてから外を見渡す。積りで目を向けたのだが。

 

「お、おぉぅ」

 

変な声が零れた。しかしそれも仕方ない事だ。何せ、巨人が歩いていたのだから。一歩踏み出すごとに山を潰し平原を窪ませ、大地に崖を生み出しながら。ちょっと、規模が可笑しい。

 

「いやまぁ、顔を見ただけでも大きいとは思いましたけど・・・・もう巨人どころじゃ無いですよねあれ」

「だとしても巨人としか言いようが無いけどな。世界樹と比べられる程の大きさなのは流石に…こう、反応に困るが」

「比べる…どっちの方が大きいのかしらね?」

「いやそんな訊かれても困るんだが」

「夜空を見上げながらあの星とあの星はどっちの方が遠いのかなんて訊くのと同じ様なものだしね」

「今、気にすべき事はその世界樹の如き巨人が歩いて居る事でござるしな」

 

その通りだと思うレフィーヤ。そしてそんな会話をしながら動き回っている彼らに向かってリリルカは問いかける。

 

「で、如何しますか?」

「全速力で追え」

「そう言うと思ってましたよ。という訳で面舵…いや取り舵? とにかくいっぱーい!!」

 

やれやれと肩を竦めてからやけくそ気味にリリルカは叫んで舵輪を回す。

 

「良し、準備出来たよ」

「と言うかこれを三日で作った、信じられないでござるな。流石変態とと言った処でござるか」

「正確には作っている途中だったものを完成させたっていうのが正しいみたいですけどね」

 

それでも、凄い事なのだがとすぐにでも使える様に準備されたそれを。大砲を撫で、そう言えばと思い言葉にする。

 

「これってちゃんと使えるんですよね?」

「使えるぞ。試して見たし」

「それって一発撃っただけですよね」

「一発撃てば分かるだろ。音と、弾が飛んでく様子を見れば」

「…ガンナーなら?」

「ガンナーなら」

「相変わらずガンナーの敷居がとんでもなく高い」

 

いや知っているガンナーは確かにみんな出来そうだけど。まぁ、全員キチガイだし人外も含まれるのだが。思い出してみて、全く参考に成らないとレフィーヤは思った。

 

「で、一番重要な事ですけど。これってあれに効くんですか?」

「まぁ、効かんだろうな」

「あ、やっぱりですか」

「其れはそうだろう。大きさが違いすぎるだろう」

「ですよねぇー」

 

と、言いながら軽く杖を撫でるレフィーヤ。正直、あそこまで大きいと印術も効くか分からない。いや、一つだけ確実に効くと言えるものが在るが、どうにも命中率が悪い。威力が威力だけに下手すると巻き込まれるし。

 

それでもと若しかしたらと杖を構えて、止めた。幾ら距離が在るから巻き込まれる必要が無いと言ってもその所為で唯でさえ当たりにくい術が命中する訳がない。ただの環境破壊に成ってしまう。それは流石に望むところでは無いなと横目で彼女を見つつ思う。

 

「取り合えず近づくまで待つしか在りませんね」

「そうだな。流石にこの距離だと大砲も届かないしな。届かなければ当たりようがない」

「こう、人外ガンナーのパワー的な何かで飛距離と威力を上げたりとかは?」

「人外パワーとかは知らんが方法がない訳では無い」

「え、そうなんですか?」

「大砲と砲弾にお前の印術を施す」

「成程、其れなら確かに行けるかもしれませんね」

「だろう?」

 

まぁ、それをするには圧倒的に時間が足りない訳だが。あと、それに大砲自体が耐えられるかも分からないというのが問題だ。結局の所、出来る事が限られている現状に、それでもと思いながらその僅かな出来る事をやる事にしたレフィーヤは。

 

静かに、崩れ落ち完全に姿を消した廃都を見つめるアスフィから視線を外した。

 

 



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第百九十五話

走る、走る、気球艇が空を走り進む。巨人に向かって、突き進む。

 

だが、しかし。

 

一日、一日だ。巨人が目覚め歩みだし、其の後追い気球艇が空を進んだ時間。しかし、だというのに彼らは未だに何も出来ていなかった。

 

「追いつけませんね」

 

そう、砲弾に術を刻みながら呟き。距離が縮まらない巨人を見る。巨人の動きは速い訳では無い、だが追いつけない。それは単純な規模の違い。幾ら気球艇が速かろうと、巨人はただ一歩、足を踏み出すだけで山を越えてしまう。

 

「正直離されていないだけまだいい方なのかもしれないな」

「だとしてもこれじゃあ本当に何も出来ずに終わりますけど」

「オラリオがな。まぁ、流石にオラリオに居る奴らが何もせずにただ吹き飛ばされるなんて事は無いだろうが…無いよな?」

「無いですよ。こんな分かり易い脅威に対して何もしない様な人たちじゃないですよ」

 

何かができるとは言わないけど。まぁ、それは良いとして、レフィーヤは考える。これは本当に出来る事が無いのではないかと。或いは一か八か術を放つか、それとも壊れる事前提で大砲を術で強化するか。やるとしたら前者だろう。当たらなければ環境破壊だが、そんな事気にしている処では無い、と言うか今まさに巨人に因って破壊されてるし。

 

まぁ、何故か巨人が通った後は緑が生い茂っているが、とてもでは無いが自然な物とは思えない。だから気にしなくても良いかとレフィーヤは杖を構えようとして。

 

「レフィーヤさん」

 

声が届く。杖を持つ手から軽く力を抜き、意味も無く揺らしながら振り返り声を掛けてきた彼女を、アスフィを見る。

 

「なんですか?」

「今訊く事では無いというのは分かっているのですが。でも」

「いえ別に良いですよ。決心が付いのたのが今で、今を逃すともう訊けないかもしれないから声を掛けたんでしょう?」

「そこまで分かっていましたか」

「分かり易かったので」

「…そんなにですか」

「だから誰も貴女に何も言わなかったですよ」

「そう、でしたか。いえ、すみません。気を遣わせてしまって」

「お気になさらず。面倒そうだったから無視してただけっていうのもあるので」

「そ、そうですか」

 

少し困ったように苦笑を浮かべて。

 

「…ヘルメス様は」

「死にましたよ」

「……はっきり言いますね」

「何となくでも分かっていたんでしょう?」

「それは、えぇその通りです。何か、繋がりの様なものが失われたように感じましたから。それでも若しかしたらって思って、今の今まで訊けませんでしたけど」

 

言いながら、アスフィは静かに息を吐いて。巨人を見る。

 

「ヘルメス様は、あれを目覚めさせるために死んだのですか?」

「はい」

「……それを、貴方たちは止めようとしているのですよね」

「はい」

「…そうですか」

「それで、どうしますか?」

「どう、と言われても困ります」

「邪魔しますか? ヘルメスの願いを叶える為に目覚めさせた巨人を止めようとしている私たちを。それとも手伝いますか?」

「それ、は」

「悩みますか。まぁ、仕方ない事ではあるんでしょうけど」

 

レフィーヤはアスフィを見る。鋭く、射貫く様に。

 

「冒険者なら決断してください。神の願いの為に世界を滅ぼすか、或いは裏切ってでも救うかを」

「……なんですか、可笑しいでしょう。冒険者関係ないですよ」

「関係在るなし、其れこそ関係ないですよ。冒険者は危険を冒す者ですよ。結果的に世界の危機に出くわすなんて日常茶飯事ですよ」

「そんな日常嫌なんですけど」

「そんな事はどうでもいいですから、それで如何するんですか?」

「いやどうでも良くはないと思いますけど」

「如何でもいいんですよ……あ、そう言えば言い忘れてましたけど」

「何ですか?」

「別に巨人を止めてもヘルメスの願いを叶える事は出来ますよ」

「…はい?」

 

何を言っているのかと目を丸くしながら声を零すアスフィ。まぁそんな反応しても仕方ない事かと思いながら。

 

「確かにあの巨人を使った方が可能性と言う意味では高いとは私も思いますけどね」

「……あの、ちょっと意味が」

「そのままの意味ですけど」

「そのままだとしても意味が分からないんですよ!!」

「ヘルメスはオラリオの下に居る奴を倒す、いえ滅ぼす為に伝承に於いて迷宮にそれを封じ込めたという巨人を起こしたんですよ。だからオラリオのある方向に向かって歩いているでしょう?」

「初めて知りましたよそんな事!!」

「あ、ヘルメスは言ってなかったんですね」

 

それは大工房を爆破する際に巻き込む積りだったからなのか、それとも逆に。いや考えても仕方ない事かと思い。

 

「まぁ、それも巨人を止めようとしている理由の一つなんですけどね」

「…それは、どういう事なんですか?」

「あのですね、私たちはオラリオの下に何か居るって知っていた訳ですよ」

「そう言えば、そんな事言って居ましたね」

「其れでですね。それを絶対に倒してやるって誓ったわけですよ」

「…あの、それで?」

「まぁ、詰まりですね」

 

ふっと、笑みを浮かべて。

 

「得物の横取りは、駄目ですよね」

「そんな理由?!」

「そんなとは失礼ですね」

 

まぁ、狙っていたという意味ではヘルメスの方がはるか昔からなのだろうがそんな事は関係ない。

 

「で、改めて訊きますけど如何しますか? 邪魔しますか、それとも私たちを手伝って序でにヘルメスの願いも叶えますか?」

「…その言い方は、卑怯だと思います」

「そうですかね? まぁ、実は貴女に拒否権は在りませんけど」

「え? そ、それは何故?!」

「だって言ってたじゃないですか。好きなように使ってくれって」

「…あ」

「忘れてましたね? まぁ、そう言う事ですよ」

「もう、あぁもう!!」

 

頭を掻きむしるアスフィ。しかし暫くするとやけくそ気味に叫んだ。

 

「分かりました、分かりましたよ!! 手伝いますよ!!」

「其れは良かった」

「その代わりと言っては何ですかちゃんとヘルメス様の願いを叶えてくださいよ!?」

「元から其の積りですよ。まぁ、序でにって感じでは在りますけど」

「もう其れでも良いですよ!!」

 

地団駄でもしそうな勢いだが、何とか堪えた様子のアスフィ。それを見ていたローウェンが小さく呟いた。

 

「……これがツンデレってやつか」

「なんか違うような気がしますけどね」

「うるさい!!」

 

怒られてしまったと、お互いに肩を竦める。と言うかなんでツンデレなんて言葉をローウェンが知っているのかと気に成るレフィーヤだが、取り合えずそれを置いておき、言葉にする。

 

「じゃあ最初に訊いておきますけど、あの空を飛べる靴…えっと名前は」

「タラリアの事ですか?」

「あぁそう其れです。それを持って、と言うか履いてますか?」

「えぇ、はい。履いてますが」

「なら良かった。これで考えていたことが出来そうです」

「考えてたこと?」

「はい。ローウェンさん!」

「なんだ」

「一気に近づく事が出来そうですよ」

「と言うと?」

 

そう言いながらも、すでに検討が付いているのか動き出していた。他の三人も同じで、それでも分かっていない二人の為に、レフィーヤは声を響かせる。

 

 

 

「巨人に向かって気球艇を吹っ飛ばします」

 



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第百九十六話

気球艇を吹っ飛ばす為に必要な事。それはレビテーションである。ただし唯のレビテーションでは無く、それを印術で再現しようと試行錯誤していた際の失敗の内の一つである。成功したら少し浮くことが出来る其れの失敗とは何が起きるのかと言えば。言った通り、気球艇は吹っ飛んだ。いや違う、より正確に言うならば。

 

巨人に向かって落ちる。

 

「あぁあぁああぁああああああああああああああああああああああ―――――ッ!!」

 

悲鳴をあげていた、泣いていた、文字通り巨人に向かって落ちていく気球艇に必死にしがみつきながら。アスフィは叫んでいた。

 

「落ちる! 死ぬ! 落ちて死ぬ! レフィーヤさんに殺されて死ぬ!!」

「殺しませんし落ちませんよ。ちゃんと縄で体と気球艇を繋いであるんですから」

「死なないとは言ってくれないんですね!!」

「お隣さんですし」

「引っ越したいのですが!!」

「無理です」

「知ってますよぉおおおおおおおおッ!!」

 

と、叫ぶアスフィから視線を外し、凄い勢いで接近している巨人を見る。

 

「思ったより速度が出てますね」

「だなこれならもう少しで攻撃範囲内だ」

「其れは良かった。という訳でアスフィさんも準備お願いしますね」

「お願いされても無理が在るのですが?! と言うか何で平然と立ってられるんですかこの状況で!?」

「技術」

「吹っ飛ばす前に足の裏を凍らせて床にくっつけただけですよ」

「どっちも普通じゃない!!」

「そんな事無いと思いますけど」

 

ローウェンが普通じゃないというのは分かるが、レフィーヤがやって居る事はそう変な事では無いのだから。まぁ、出来る人がどれくらい居るかとで言えば、少ないとだけ。

 

「はい、無駄話はここまでにして。合図したらお願いしますねアスフィさん。出来る限り負担を減らせるように頑張りますから」

「本当にやらなくてはいけないんですか?!」

「えぇはい。何せ今使っている術は止まる事は出来ても減速は出来ないものでして」

「止まればいいじゃないですか!」

「止まったら離されてしまうでしょう」

「其れはそうですけど!?」

「あ、今ですね。お願いします」

「――――――――――ッ?!?!! あぁもう!!」

 

そう叫ぶように言葉にしながら勢いよく気球艇から飛び出すアスフィ。そして気球艇と自分とを繋いでいる縄を掴み、一気に引っ張った。合わせる様にレフィーヤも術を行使する。

 

ギシリッと軋む音を響かせながら速度が落ちる。少し上に向かって気球艇が跳ねるが、其れも想定の範囲内。だからこそ、気球艇は今、巨人の頭部の真横に在る。

 

「寝覚めの挨拶がまだだったな、という訳でおはよう!!」

 

放たれた砲弾が直撃する。衝撃は走り気球艇を微かに揺らし、巨人もまた揺らぐ。効いている、訳では無くただ片足を上げていた処の砲撃だったからそうなっただけだろう。

 

それを理解しているからこそローウェンは止まらず動く。軽やかに気球艇が斜めになっている事など関係ないと言わんばかりに走り、大砲を放っていく。

 

連続する音と衝撃、それは僅かに揺らいでいた巨人を一歩後ろに下がらせ、視線を気球艇へと向けさせた。

 

「リリルカぁぁああああああっ!!」

「もう動かしてますよ!!」

 

巨人の腕が動き、振り上げられる。ただ一つ、攻撃とも言えない様なその動きはしかし直撃すれば間違いなく気球艇は耐えられずに砕け散る事だろう。その上に乗っている彼ら諸共に。

 

だからこそリリルカは取り舵か或いは面舵かも分からなくなりながら全力で廻し気球艇を動かす。後ろの方から聞こえる悲鳴を無視して。

 

振り上げられた腕が掠める様に横を過ぎる。ただそれだけで発生した暴風が気球艇を揺るがしあらぬ方向へと吹き飛ばす。

 

「いやぁああああああああああ?! しぬぅ、本当にしぬぅ?!」

「叫べてる内は大丈夫でござるよ!」

 

悲鳴をあげるアスフィに対してそう言いながら砲弾を装填するゴザルニには、しかし冷や汗を流していた。それは先程の巨人の行動に対して脅威を憶えたからではない。もっと致命的な事を見たからだ。

 

 

巨人が走り出した瞬間を。

 

 

「あいつ走れるのかよ!?」

「予想してた中では最悪に近い其れでござるな!」

「僕たちを排除するのではなく無視することにしたって事か、いや本当に最悪だね!? 出来る事が一気に無くなった!!」

「ちょっと如何するのよ?!」

「もう一回気球艇を吹っ飛ばしますか!?」

「そうするしかないというかさっさとしろ追いつけない処じゃないぞ! ハインリヒはリリルカと変われ! ゴザルニはリリルカが落ちない様にそこら辺に縄で繋いどけ! コバックはアスフィを回収!!」

 

言葉にされるのと同時に行動しすぐさま完了。そして先程よりも速い、気球艇の事や乗っている者たちの事を一切考えていない加速をして一気に巨人へと向かう。

 

だが、追いつけない。いや離されていく。

 

「はっや!? 全然追いつけないんですけど!」

「もっと加速できないのでごるか?!」

「流石にこれ以上は無理ですよ!!」

「け、けけけけしけしきがががすごすすすごいいいいぃいいきおいでながががが?!」

「無理に喋るなリリルカ、死ぬぞ!」

「なんなんなでしゃべえべべべっべ?!」

「だから喋るなって言ってるだろ! あと喋れてるのはただの技術だ気にするな!」

「ぼんばぁあぁああああ?!」

「なんで今ボンバーなのよ?!」

 

いや、きっとどんな技術だと言いたかったのではないかとレフィーヤは思いながらも視線を巨人から外す事無く睨むように見る。

 

 

直後に気球艇は巨人の真横を通り過ぎて行った。

 

 

「はぁ?!」

「おいレフィーヤ止めろ!!」

「分かってますよ!!」

 

気球艇が停止する。勢いよく揺さぶられ、荷物が酷い事に成っているがそんなことを気にしている余裕はない。そんな事よりも今は。

 

何故、巨人が止まったのかという事の方が重要だ。

 

いや何故等と考えるまでも無い。巨人が止まる理由など一つしか思いつかないのだから。故にレフィーヤが見るのは巨人ではなく、その視線が向けられている方向。酷くぎこちないと自覚できる動きで視線を向けて見る。

 

 

 

遠く、しかし確かに瞳に映り込むオラリオを。



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第百九十七話

「ちょっと、いくら何でも見えるの早くないですか?!」

「いや可笑しな事では無いだろ。何せ気球艇を吹っ飛ばしたりしたしな。あと単純に何時もよりも飛んでる場所が高いし、見えても可笑しくはないだろ」

「そうでした」

「其れよりも何で巨人が止まったかだ。オラリオが見えたなら速くなるなら兎も角何で止まったのかが分からん」

「ここから攻撃する積りだからとかじゃないの?」

「この距離から攻撃する手段が在るなら流石にどうしようもないでござるな」

「そうよね、あとはあれに反応したとか?」

「あれってなんだよ」

「あれよ」

 

と、軽く指差すコバック。その方向を見ると。

 

「なんかすごい量の人だな。若しかしてあれ全部オラリオに居る冒険者か?」

「多分、いえきっとそうです」

 

人、人、人。遠く分かり難いが、レフィーヤには彼らが皆、冒険者であると分かった。何故、彼らが在の様に集って居るのかは、考えるまでも無い。巨人と言う脅威に立ち向かう為だろう。

 

「うわぁ、なんか本当に凄い人ですね。オラリオにあんなに居たんですね」

「いや量に関してはもう良いから。巨人はあれに反応して止まったって事で良いのかな?」

「いや、多分というか違ったみたいだぞ」

 

そうローウェンは巨人を見ながら言葉にする。如何したのかと言葉に釣られてレフィーヤもまた視線を戻すと、巨人は近くに在った山に向かって手を伸ばしていた。

 

「え、ちょっとまさかですけど」

 

まさかと想像してしまいレフィーヤの顔が引き攣る。酷く珍しい事にローウェンもまた顔を引き攣らせていた、と言うか全員そうなっていた。きっと遠くに集って居る冒険者たちも同じだろう。

 

そんな彼ら等気にも留めず巨人は其のまま山の麓部分に腕を突き刺し、引っこ抜いた。そして、そうしてそのまま巨人はそれを持ったまま。

 

「動かないとは余裕だな、おい」

 

砲撃が直撃する。

 

「よく考えるまでも無く動かないなら的でしかないぞ、おい」

「はいどんどん叩き込んでいきましょうねぇ」

「これ撃てるでござるよ」

「もう少し近づくかい?」

「じゃあ術の届く所までお願いします」

 

音と衝撃が連続する。絶え間ない砲撃は的確に山を掴んでいる巨人の指に叩き込まれていく。だがしかし、それでも巨人は止まらない。山落とさぬようにか指を食い込ませ勢いよく振り上げて…投げた。

 

飛んでいく、山が飛んでいく。オラリオに向かって飛んでいく。情け容赦なく無慈悲にオラリオを、迷宮を押しつぶさんと飛んでいき。

 

 

真横から巨大な氷塊が叩き込まれる。

 

 

軌道がズレる。オラリオへと向かっていたそれは掠める様に城壁を吹き飛ばしながら転がり、大地を揺るがして停止する。それを見て、氷塊を叩き込んだレフィーヤは力強く腕を振り上げた。

 

「しゃあっ!!」

「あの大きさだと飛んでても当たるか」

「何と言いますか凄いですね。あ、変わりますハインリヒ様」

「あれリリルカ。変わるのは良いけど落ちない様に縄で縛られてなかったっけ?」

「縄抜けしただけのなのでお気になさらず」

「そっか、じゃあよろしくね」

「はい」

 

「いや色々と可笑しくないですか?!」

『いや全然』

 

声が重なる。どうやら本格的にリリルカも仲間入りした様だ。心の中で拍手しながら思う。ようこそキチガイの世界へと。

 

何て事をしている間にも巨人は動く。大きく腕を振り上げ足を踏みだす。オラリオへと接近する積りなのだろう。それを見て、何もしない訳が無いと砲撃と術を叩き込む。

 

が、しかし。いや、やはりと言うべきか巨人は止まらない。僅かに揺らぐことはあれど、歩みを阻むには至らない。

 

近づいていく。

近づいていく。

オラリオへと近づいていく。

 

遠くで在ったはずの冒険者が間近である場所まで足が伸びる。それと同時に激しく光が瞬き、無数の術が放たれて巨人へと向かう。

 

だが、止まらない。直撃しようとお構いなしに突き進み、これらを跨いで先へと向かう。

 

潰すのではなく、巨人だからこそ出来るそれに思わず声が零れそうになる。だがそんな事をしている暇はない。何せ巨人はすでにオラリオの目前だ。今からでは幾ら気球艇を吹き飛ばそうとも間に合わない。

 

巨人は辿り着く。オラリオに辿り着いてしまう。故に巨人は動く、進むのではなく壊す為に。腕を振り上げてオラリオに向かって、いやその下に在る迷宮に、そこに居る禍に向かって…振り下ろす。

 

音、音、音。

 

壊れていく音。

吹き飛んでいく音。

崩れていく音。

 

街が、多くの人々が日々を過ごしていただろう街が。多くの冒険者が挑んでいただろう迷宮が。壊れて、吹き飛んで、崩れていく。象徴の如く聳えていたバベルが、崩壊していく。

 

それを彼らは、人々は、冒険者たちは見ていた。見ている事しかできなかった。今まで自分たちが居た場所が失われていく光景を、止まらないとさらに腕を振り上げる巨人を。

 

 

 

そして、地面を突き破り這い出てきた何かを。

 

 

 

「――――――――――――――え?」

 

それは、誰の声だったのか。きっとリリルカだろう。アスフィはそれを見た瞬間に膝から崩れ落ちてしまったから。

 

あぁ、空気が死に絶えていくのをレフィーヤは感じていた。

 

這い出てくる、蠢いている。あれだけどうしようもないと思って居た巨人が、捕食されているかの様に絡めとられていく。世界樹の如き巨体を持つ巨人よりも、なお巨大なそれに。

 

「な、に……あれ」

 

声を震わせながら酷く青ざめたアスフィが、絞り出す様に言葉にする。あれが何なのか。それを彼らは知っている。

 

「……あれが、ヘルメスが巨人を叩き起こしてまで倒そうとした存在」

 

震えてはいなくても自分の声が硬く、緊張している事を自覚しながらその語られる名を告げる。

 

 

 

―――――『昏き禍の神』と。

 



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第百九十八話

終末を思わせる光景だった。

 

巨人が咆哮を轟かせながら自らを締め上げる昏き禍の無数にある触手を掴み取り引きちぎり、昏き禍はそれを気にも留めずさらに強く蠢き纏わりつく。大地を揺るがし、削り、崩しながら。

 

悲鳴を上げ逃げ惑う人達が居る。

その場に崩れ落ちる人達を居る。

抗う様に剣を構える人達が居る。

 

そして皆一様に、目の前の終末に何も出来ずにいた。そんな多くの人々をレフィーヤは気球艇の上から見て。

 

「なんか思っていたよりかなり大きいですね」

 

いなかった。その視線はそらされる事無く、巨人と昏き禍へと向けられていた。

 

 

「世界樹位大きい巨人よりも大きいとは流石に思っていませんでしたよ」

「感覚が可笑しく成るな」

「しかし、あれが昏き禍の神か……雰囲気的にはフォレストセルと似ている、かな?」

「そう、ね。確かにそう言われればそうね」

「そのフォレストセルは聞いただけでござるから分からないでござるが。あれと似ているというだけで聞いただけよりもやばさが良く分かるでござるな」

「と言うかあれと似ているのが存在しているという事にリリは戦慄を隠すことが出来ません」

「あれ? リリルカさん大丈夫なんですか? さっきまであんな青ざめてたのに」

「ちょっと吐いて来たのでもう大丈夫です。何時でも動かせますよ」

「いやぁ、強くなったねぇリリルカも」

 

そんな会話をしている彼らをアスフィは見る。そして何か言葉にしようとしているのか口を動かしているが、ただ歯と歯がぶつかり合う音だけが響く。酷く震えている故に、言葉を口にすることも出来ないのだろう。だが、何を言いたいのかは何となくレフィーヤは理解した。だから言葉にする。

 

「言ったでしょう? 日常茶飯事だって。あの程度、は流石に言い過ぎですが狼狽えていては今ここに私たちは居ませんよ」

 

彼女が震えたまま、首を振った。普通じゃないとでも言いたげに。

 

「…あぁ、リリルカさん。そんなに可笑しな事ですかね?」

「まぁ普通では無いでしょうね。あれを見て正気で居られるのは」

「瘴気の中で戦った事が在りますからね」

「は?」

「すみません、忘れてください」

 

血迷った事を口にしてしまったとレフィーヤは深く後悔した。具体的にローウェンやハインリヒが嬉しそうに笑みを浮かべているのを見たから。絶対に弄られる。

 

まぁ、今は関係ないから置いておくとする。

 

「で、如何しますか? 今から近づきますか?」

「いや流石に今は無理だな。確実に巻き込まれるし」

「でも、だからと言って何もしないという訳にもいかないでござるな」

「いえ、今は何もしない方が良いと思いますよ」

「それは何故?」

「なんかこう、囁いたというか」

「誰が?」

 

『わたしが、ですね』

 

あっ、と言う声が零れた。視線が巨人と昏き禍から外れて、目の前に現れた物に注がれる。ふわりと宙を舞う、光に。

 

「貴方は」

『えぇ、はい。お久しぶりです。と言っても、ずっと見てはいましたが』

 

そう、言葉にしながら光は確かな形を作り、そして笑みを浮かべた。栗鼠の姿で。

 

 

そして殺意の乗った攻撃が殺到した。

 

 

『死ぬかと思いました』

「まぁ、前に私に殺されかけたのにまたその姿に成ったのが悪いですから」

『それは、そうですね。確かにわたしが注意すべき事でした』

「次が在れば気を付けてくださいね」

 

そうします、なんて頷く栗鼠を見ながら、ローウェンは言葉にする。

 

「っで、このとても憎たらしい姿をしてるこいつ、こいつ? と言うかこれ? が、レフィーヤの言ってたやつか」

「えぇ、この人…では無いですけど。が私を貴方たちの所に返してくれた恩人です。人じゃないけど」

 

色んな意味で人ではない彼、いや彼女かも知れないが。

 

「で、今の状況で何もするなと言うのはどういう事なんですか?」

『それは単純な事です。ただ待つ。それだけの事なのですから』

「待てば今の状況が良いものに変わると?」

『えぇ、はい。あと少しで集まりますので』

「集まるって」

 

如何いう事なのかと、そう問いかけようとした。だがそれは空をも揺るがす絶叫、悲鳴に因ってかき消される。弾かれる様に、視線を向ける。

 

そして見たのは、腕を引きちぎられ様としている巨人の姿だった。もはや力など入らないだろうに、それでもと千切れかけているその腕を使って少しでも多くと触手を掴み取ろうとする。だが、駄目だ。既にもうどうしようもない程に終わっている。その腕にはもはや、昏き禍を掴む力など残っていない。

 

腕が千切れ落ちた。血の様な何かが滴り落ち、大地に緑を齎すと同時に腐り落ちていく。あぁ巨人が崩れ落ちていく。その瞳から血の如きそれを流しながら。

 

腐っていく、腐っていく。星が腐っていく。終わっていく。人々の恐怖をと共に、巨人を昏き禍は呑み込んでいく。不快な、笑い声の様な音を響かせながら。

 

それを、彼らは見ていた。栗鼠の姿をした意思を持つ光の言葉の通りに。見ていた、いいや見たのだ。言葉の意味を示すその光景を。

 

 

『あぁ良かった。ちゃんと皆…間に合った』

 

 

無数の光が、空から降り注ぐ光景を。

 

 

 



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第百九十九話

揺れる、揺れる。光が降り注ぐ。栗鼠の形が崩れ光に戻りながら揺蕩う。酷く淡く瞬く。次の瞬間には消えてしまうのではないかと思う程弱く。

 

『遥か昔、わたし達は何もできなかった。空より訪れた災厄を前に、唯震える祈る事しかできなかった』

 

悲し気に揺れる。恐れる様に瞬く。懺悔する様に言葉を響かせる。

 

『昏き禍が降り立った時、わたし達は過ちを犯した。恐れながら、狂ってしまった。多くの同胞が争ってしまった。あなたを歪な姿へと変えさせてしまった』

 

光が集い、廻り、消える。崩れて消える。

 

『それでも諦める事が出来なかった。過ちを積み重ねたとしても、それでもわたし達は取り戻したかった』

 

消える、消える、消える。光たちが崩れて消えていく。それでも巨人へと集う。其れはまるで空を覆う大樹の枝葉の如く。

 

『争いが在った、悲しい事も在った。それでも笑う事の出来た、縛られることの無かった自由な世界を』

 

あぁ崩れていく、光が。意思が光から薄れてくのを彼女は感じていた。とても近く、そして繋がっていたから彼女には分かった。

 

『奪われて、試されて、また過ちを犯して、だけど…それが今に繋がって』

 

瞳が在ったならば、きっと彼らを見ていただろう。けれどもはや崩れ消えゆくだけの光は、それでも言葉を響かせる。

 

『これ、は。わたし達からの、願い。いえ、いいえ。あなた達への、依頼』

 

悲鳴が聞こえる。巨人が軋み、ひび割れる音が響く。けれど、掠れ消えかけの言葉は、それでも彼らに届く。

 

『終わらせて、ください。神々も、人々も、禍に縛られる、事の無い世界、に、する為に。自由を』

 

光が零れ落ちていく、まるで涙の様に雫となって大地に向かって落ちて消えて。

 

『渡せるものなんて、無い。あぁ、依頼なん、て。そんな事言えないのに、でもわたし達は』

「いいや、報酬ならちゃんとあるだろう」

 

途切れ途切れ言葉を遮る様にローウェンの言葉が響く。否定するように、自分たちが得るものが無いんなんて事は、無いのだと言葉にする。あぁ、そうだ。その通りだとレフィーヤもまた、彼ら同じように頷きながら、笑う。

 

「そうですね。確かに、とても魅力的な報酬が在りますね」

「命を懸ける価値が在る位ね」

「滾るでござるな」

「本当にね」

 

体を解す様に動かす。皆やる気に満ちている。だが、消えかけの崩れていく光は、困惑しながら言葉を響かせる。

 

『い、いえ。わたし達、は。あなた達が求める様なもの、は』

「何度も言わせるな。確かに、昏き禍を超えた先に俺たちが求めるものを、お前たちは用意しているじゃないか」

『それ、は……?』

 

何なのかと、光は問いかけた。あぁ本当に分からないのだなと思いながら、ローウェンを見る。彼は、とても嬉しそうに笑いながら、わざとらしく腕を広げて…答えた。

 

「自由が、在るんだろう? 冒険者にとって喉から手が出る程欲しいものじゃないか。それが、報酬として相応しくない訳が無いだろう」

 

その言葉を聞いて、光が微かに震える。そして…笑った。忘れていたと響かせながら、あぁ光を零す。それが自らの命の欠片で在ることなど、気にすることなく響かせる。

 

『あぁ――――――あぁ、そう、でした。あなた達、は…そうなの、でしたね』

 

だから、だからこそ。

 

『あなた達は、迷う事なく進む事が出来るのかもしれませんね』

 

途切れず、光は言葉を紡ぐ。崩れていた光が確かな輝きを放つ。迷いなく、曇りなく。真っすぐ巨人へと向かう。

 

『今、この瞬間。そこに立っているのがあなた達で良かった』

 

意志ある光は、光たちは消えた。後に残るのは、ひび割れた巨人と蠢く昏き禍。そして、響く声。

 

『これが、償いになどならない事は分かっている』

『それでも、わたし達に出来る事はこれしかない』

『歪めてしまったあなたに出来る、唯一の事』

『あなたがそれを望んでいなかったとしても、わたし達はそれを望みます』

『あなたの、正しき姿を』

 

声が重なる、幾重にも幾重にも。重なり合い、響き合う。世界に届く。全ての命在る者たちへと届く。

 

続けざまに音が響く。巨人から音が響く。壊れる音で無く。変わる音が、いいや戻る音が。広がっていく、ちぎられた腕から、空を覆う様に枝葉が広がる。崩れ落ちようとしていた足を支える様に根が伸び大地を支える。

 

支え、覆う。まるで世界樹の様に。

 

昏き禍から悲鳴が響く。絡みつき、締め上げていた無数の触手を腕で在った枝葉が、足で在った根が、体で在った幹が封じる様に抑え込む。

 

ミシリッと巨人であった世界樹から軋む音が響く。逃れ出ようと昏き禍は足掻き、強く強く大地ごと世界樹を揺るがす。それでも、逃しはしないと伸び支え、広がり覆う。

 

昏き禍から瘴気の如き何かがあふれ出る。中心が開く、まるで悪魔の如き姿を晒し、力が集っていく。世界樹を破壊しようとしているのだろう。このままでは、唯抑える事しか出来ない世界樹は、砕け、壊れ、折れてしまう事だろう。

 

 

彼らが居なければ。

 

 

一発の砲撃が放たれる。それは狂いなく昏き禍の力が集う場所へと叩き込まれ。そして光を放ち炸裂する。再びの悲鳴。それは意識の外からの攻撃で在ったからこそのもの。ただの砲撃が効きはしないことなど彼らはよく分かっている。

 

だから、彼らは降り立つ。新たなる世界樹の頂きに音を響かせ気球艇から降り立つのだ。

 

「いやぁ、まさか気球艇から直接頂に降りる事が出来るとは思ってませんでしたよ」

「まぁ、今までの世界樹は直接行くには色々と問題が在ったしな」

「オーバーロードとか、原初の闇とかだね」

「そもそもアルカディアの世界樹の頂きはちょっとあれだったものね」

「そう言う意味ではとても貴重な体験でござるな」

 

封じられていたとしても、世界を滅ぼす事の出来る昏き禍を前に、彼らは変わらずいつも通り言葉を響かせる。その、緊張をした様子の無い、無謀な行いをしようとする愚か者で在る様に見える彼ら。なのに、其れなのに。怯え心折れてしまった彼女は、アスフィはそれでも自らの足で立ち禍へと挑まんとする彼らの姿に、思うのだ。

 

 

あぁ、彼らはまるで―――――――

 

 

「それじゃあ…行くぞ」

 

 

――――――まるで、英雄の様だと。



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第二百話

無数に存在する昏き禍の瞳が蠢き、彼らを捉える。明確な敵意が、殺意が、悪意が宿る視線を向ける。あぁ目の前の存在は滅ぼすべき敵なのだと、不敵に笑みを浮かべる彼らに咆哮を轟かせながら新たに触手を生み出し振るう。

 

それは世界樹に封じられないようにか、巨人と相対していた時に振るっていた物とは比べようも無い大きさで在った、だがそれでも彼らを羽虫の如く叩き潰すには十分すぎる程、巨大で在った。

 

だが、その程度ならば彼らにとって日常茶飯事で在る。

 

軽やかに駆ける。巨大であったとしても速くはない。だから、彼らは避けられる。触手が叩きつけられ飛び散る破片を軽く叩き落としながらゴザルニが加速して前に出る。瞳が蠢き、彼女を捉える。と同時に瞳に術と弾丸が叩き込まれる。

 

不快な音を響かせながらその身を捩り、淀んだ血潮を撒き散らす。ただそれだけでもあらゆる命を腐らせていくだろうその劇毒は、しかし彼女は掠りもせずに一気に踏み込む。

 

新たな触手が振るわれる。自らに当たることなど全く気にすることなく乱雑に、世界樹ごと叩き潰してやると言わんばかりに振り回す。其の全てに弾丸が撃ち込まれ、爆ぜる。叫びに次ぐ叫び。それは衝撃となって彼らに襲い掛かり、けれど足止めにもならない。

 

ゴザルニが駆ける。広がる枝葉を蹴り跳ねる。昏き禍に向かって刃を振るう。

 

「――――チッ!」

 

確かに彼女の刃は切り裂いた。だが舌打ちが零れるほどに浅い。いや、いいや違う。それは昏き禍が巨大で在るからこそそう思わずにはいられないのだ。確かな痛みを感じてか、暴れ悶えている。

 

しかし、潰した筈の瞳が蠢き、新たな瞳が現れるのを見ると効いている筈なのに、まるでそれが実感できない。これが焼け石に水と言うやつかとレフィーヤは思う。

 

瞳が廻り蠢く。それは誰を捉えているのか。全員か、それとも誰も見ていないのか。瞳が一斉に動き、彼らを捉える。其れと同時にゴポリッと不快な音を響かせながら、淀んだ灼熱が零れる。

 

なにかする積りかと、レフィーヤは術を行使する。放たれたのは氷塊。巨大な其れはしかし昏き禍と比べてしまえば酷く小さく見える。それでも行動を阻害するには十分な其れは灼熱を放とうとしていた昏き禍へ叩き込まれる。

 

灼熱が昏き禍の間近で爆ぜる。それは自らの体を焼き溶かす。まさか自分が生み出したそれに焼かれるとは思って居なかったのか、今まで以上に暴れ狂う昏き禍。

 

乱雑に振るわれる触手を術を行使しながら掻い潜る。的確に自分に向かって来る触手に術を叩き込み軌道を変えながら進む。

 

「おうッ?!」

 

だが、世界樹が揺らぐ。突然の事に僅かに足を取られ、即座に立て直す。そして揺れの原因を考えて、すぐに思い至る。いいや、考えるまでも無かったのだ。世界樹は今昏き禍を抑え込んでおり、其れから逃れようと昏き禍が暴れているのだ。寧ろ今まで揺れなかったのが可笑しいと言える。

 

時間が無いかもしれない。そう頭に過る。だからと言って焦れば致命的な隙を晒してしまうかもしれない。だがか、変わらず。確認するように視線を走らせる。何をすべきか、何が出来るのかを思考しながら仲間を見る。

 

視線が交わるのは一瞬、だがそれだけで十分だった。

 

動き出す。術を行使しながら見る、見る。その瞬間を見逃さないといつでも放てる様にし乍ら見るのだ。複数の触手が動く。動き回る彼ら全員に向かって振り下ろされる。先程よりも苛烈に、執拗に追い回す様に振るわれる。

 

連続する衝撃と揺れに足を取られない様に注意しながら、レフィーヤは走る。何時でもその術を放てる様にし乍ら、術を叩き込んでいく。

 

咆哮が響き渡り、揺れが強まる。何かがしたから来る。そう理解すると同時に飛ぶようにその場から動く。直後、先程までレフィーヤが立っていた場所から触手が世界樹を突き破りながら姿を現す。

 

同時に、揺れる。世界樹が軋む。その音はまるで悲鳴のようで。さっと視線を走らる、目の見える場所に変化はない、だが限界は近いかもしれない。何時、世界樹が割れ折れてしまうかも分からない。流石に拙いかと術を行使して。

 

 

砲撃が昏き禍に叩き込まれた。

 

 

「これ、は!」

 

視線が走る。空を飛ぶ気球艇にを見る。あぁ、きっと彼女たちがそれを放ったのだろう。効いたか否かはどうでもいい。彼女たちが撃ち放ったことに事意味が在る。

 

昏き禍の瞳が蠢き、一斉に気球艇を捉える。今まで意識すらしていなかっただろうそれに明確な敵意が向く。そしてバチリッと弾ける音。瞬く、走る、閃光が飛ぶ。直撃せずとも掠ればそれで消し飛んでしまうと思えるほどの力が昏き禍から放たれようとしている。今度は遮られぬ様に、執拗に触手を振るいながら。見せつける様に淀んだ稲妻を走らせている。

 

―――音が響く。

 

閃光が強まる。何時放たれても可笑しくはない。

 

―――音が近づく。

 

振るわれる触手を避け、或いは術を叩き込みながら、その様子をレフィーヤは見ていた。

 

―――音が震わせる。

 

今ならば術を行使すれば防げるだろう。だが、彼女は触手に向けてのみ術を放つ。それは、何故か。あぁなんてことは無い単純な理由だ。既に、術は放たれているからだ。その術の名は。

 

『メテオ』

 

小さな星が昏き禍に直撃し―――――音が、炸裂する。



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第二百一話

吹き飛ぶ。昏き禍の攻撃ででは無くレフィーヤ自身が放った術の余波で氷で作った壁ごと吹き飛ばされる。所々に痛みを感じながらもう少し自重すべきだったかと思いながら立ち上がり、目にしたのは。

 

「……やっぱり生きてましたか」

 

大きく抉れ、汚れ切った血潮を撒き散らしながらも、それでも確かに生きている昏き禍だった。

 

「出来ればあれで終わっていて欲しかったんですがね」

「期待とは淡いものだな」

 

なんてローウェンの言葉を聞きながら、すでに抉られた部分が盛り上がり治り始めている昏き禍を見る。思って居たよりも治りが速い。だが、それでも遅い。最初よりも確実に。それが意味しているのは、昏き禍も消耗していると言う事だ。先程よりも動きが鈍く、世界樹の揺れも弱っている事から間違いないだろう。

 

あぁそれでも、残っている瞳が蠢き彼らを捉える。そこには衰える事の無い殺意が、敵意が籠っている。いいや、それは先程よりも濃く、強くなっている様にすら思える。

 

油断ならない、では済まないだろう。寧ろこれからが本番であると思うべきだろう。

 

そう思いながら油断なく杖を握りなおして構える。そして昏き禍は絞り出す様に血潮を撒き散らしながら咆哮を轟かせ。

 

ゴポリッと音を響かせながら血が湧き立つ。形が生まれる、形が作られていく。それはよく知っている姿をしていた。モンスターの姿をしていた。

 

湧き立つ、たった一滴から何体も。叫びが響く。生まれ出たモンスター達の叫びが、産声が世界に響き渡る。

 

レフィーヤは顔が引き攣るのを自覚する。オラリオの迷宮の特性を考えれば在り得ない事では無いと思って居た。いたが、想像以上だった。いいや異常だった。それは数だけではない、多くの冒険者に弱いと認識されている筈のゴブリンが、まるでF.O.Eの如き圧を放っている。

 

如何するのかとレフィーヤはローウェンを見る。と同時に彼は銃弾を放つ。それは真っすぐ生まれたばかりのモンスターに叩き込まれ、灰の如く崩れ落ちる。

 

「…取り合えず、弱点が変わってるってことは無いみたいだな」

「と言う事は、胸部と頭部を吹き飛ばせば何とかなると言う事か」

「だな。まぁ問題は数が多い事と」

 

言いながら動き、振り下ろされた触手を躱すローウェン。視線の先には、叩き潰されたモンスター。

 

「昏き禍と同時に相手取る必要があるって事だな。ムスペルの時と違って環境自体が殺しに来てないだけましか、いや、数が多いからそう変わらんか」

「モンスターが連携して殺しに来るのも懐かしいね。オーバーロードの居城以来だ」

「ぶっちゃけかなりきついわよね」

「そうですね。かなり拙いですね」

「で、ござるな。特に拙者はそのムスペルもオーバーロードの居城も未経験でござるからさらに辛いでござる」

 

それを知ってか知らずか、昏き禍はモンスターを生み出し続ける。世界樹の頂きからあふれ出す勢いで。動く事の出来る範囲が失われていく。モンスターを倒しても、すぐに生まれ出る。四方八方を囲まれるのは必然だった。

 

逃れる場所などない彼らに向かって触手が振り下ろされる。それは間違いなく絶体絶命。

 

 

だが、その程度彼らは幾度となく乗り越えてきた。

 

 

氷の柱が触手を貫き縫い留める。響き渡る悲鳴を聞きながら、一気に柱を彼らは駆けあがる。柱が砕かれる、だが彼らは止まらない。この程度で止まる訳がない。

 

所狭しと蠢くモンスター達に向かって落下する。このまま落ちればすりつぶされて終わる事だろう。だからレフィーヤは術を行使し自分の真下に氷塊を作り出し。モンスター達を叩き潰すと同時に足場として一気に掛ける。

 

触手が彼らを貫かんと迫る。だがそれは酷く鈍重だ。先程までの脅威は在りはしない。故にコバックが強く強く盾を叩き込み強引に軌道を変える。ゴポリッと弾かれた触手から滴り落ち血からモンスターが生まれ出る。と同時にハインリヒの振るう槌に因って頭部をへし折られ崩れる。

 

昏き禍の絶叫が、穢れた冷気と共に放たれる。自らが生み出したモンスターを巻き込み氷像に変えながら襲い掛かり。

 

突き破る。

 

その程度、想定の範囲内だと。印術を輝かせながら彼らは突き進む。モンスターが凍りついた故に、阻まれる事無く加速する。

 

氷の砕ける音。昏き禍が氷像を砕きながら触手を持って薙ぎ払わんと振るう。それでも駆け続ける彼らから一歩前に、彼女は踏み込む。

 

線が走る、閃が奔る。ゴザルニの刃が駆けて煌めき両断する。

 

宙を舞い、新たに生み出されたモンスターを吹き飛ばしながら転がり落ちていく触手。昏き禍の瞳が蠢く。ゴポリッと音が響く。傷口から熱を零しながら彼らに向かって放たんとする。それを阻む様に響く砲撃の音。着弾は直後。巨大であるゆえに外し様の無いそれはまさに灼熱を放たんとしていた昏き禍に叩き込まれる。

 

時間のずれは僅かに一瞬。だがそれだけあれば灼熱を阻むことなど造作も無い事。レフィーヤの放つ天雷が昏き禍を貫く。集って居た熱が悲鳴と共に霧散する。だが、唯蹂躙の如く攻撃されているだけは当然ない。

 

瞳が蠢き気球艇を捉える。同時に今まで以上の揺れが走り、砕ける音が響く。気球艇に襲い掛かるは世界樹に封じられていた、しかし今解き放たれた巨大な触手。無数にある内の一本。だがそれだけでも気球艇を落とすには十分すぎるというもの。空を裂き雲を吹き飛ばしながら気球艇を掠める。驚くべきリリルカの技量に因って直撃を避けたが、しかし気球艇は耐えることが出来ずに砕けながら落ちる。落ちていく。いいや落ちてくる。

 

昏き禍に向かって落ちてくる。

 

「ただで落ちると思うなぁアアアアアアアアアアッ!!」

 

自らの内に在る恐怖を吹き飛ばす様にリリルカの叫びが響き、気球艇が昏き禍に直撃する。気球艇が弾け飛び、それだけの質量が叩き込まれた昏き禍が揺らぐ。其れは間違いなく、隙だった。

 

跳ぶ、跳ぶ、ローウェンが跳ぶ。散らばり落ちていく気球艇の破片を蹴りながら進み。それを掴み取る。

 

空中である事など気にせず彼は構える。目標の昏き禍は未だ揺らぎ動けずにいる。外し様がない。ローウェンは深く笑みを浮かべながら手にしたそれを、大砲を撃ち放つ。反動に因って吹き飛びながらも、しかし放たれた其れは狂いなく昏き禍へと着弾し、大きく抉る。

 

だがまだだ。まだ昏き禍は生きている。動いている。終わっていない。昏き禍の瞳が蠢き見るのは一人の少女。印術を廻らせるレフィーヤ。カチリッと噛み合う音が響く。昏き禍からバチリッと音が弾ける。走るは淀んだ稲妻。輝くは始原の印。

 

 

そして、放たれ相手を貫いたのは……始原の印術。

 

 

集い放たれようとしていた稲妻が弾ける。最後の一つとなった瞳が蠢き、蠢き、止まる。それは虚空を映し。やがて暗く、昏く染まり落ち……崩れ落ちた。

 

 



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第二百二話

昏き禍の体が崩れいく。

 

風が吹く。昏き禍が灰の如く散っていくのを髪を揺らしながらレフィーヤは見て。視線を辺りに散らばる気球艇の破片に向ける。近くに落ちていたそれを拾いながら、言葉を零す。

 

「まさか捨て身であんなことするとは思って居ませんでしたよ、流石に」

「お陰でって言えるだけに、言葉にしがたいわね」

「取り合えず巻き込まれたアスフィが少しかわいそうだね」

「まぁ、あぁも見事に突っ込めばただでは済まないでござろうからな」

「紛れも無くあの二人は仲間だった。せめて安らかに眠れ」

 

「いや、なに死んでる前提で話を進めてるんですか」

 

『何となく』

「やっぱりですか、後で一発ずつ殴らせてくださいね」

「やはり良く分かりません」

 

なんて言いながらゆっくりと空から宙を蹴る様にして降りてくるアスフィ。と、そんな彼女に抱えられているリリルカ。衝突する直前に彼女に因って救い出された居たようだ、というかその瞬間を見ていたので最初から知っていたのだが。そうでなければ流石に先程の様な会話をしたりはしない。

 

「…あっ」

「え、あって何ですか?」

「すみませんリリルカさん。もう限界です」

「いえ限界ってぇえええええええええええええええええ?!」

 

ズルリとアスフィの手から滑り落ちるリリルカ。酷く痛々しい音を響かせて落ちた。そこまで高くは無かったが、大丈夫だろうかと見に行くと、寝転がったまま額に青筋を浮かべ空に居るアスフィに向かって笑顔を向けていた。

 

「いえまぁ、確かに大砲の弾を込めて撃ってとしていましたし、気球艇を引っ張ったりもして疲れていると言う事を考えれば仕方ない事だとは分かります、えぇ分かっていますとも」

「けど?」

「其れとこれとは話が別ってやつですね」

 

小さな声で許さないと零すリリルカから視線を外し、丁度降りてきたアスフィを見る。

 

「お疲れさまでした」

「はい、疲れました……それにしても」

 

アスフィの視線が、崩れ落ち散っていく昏き禍へと向けられる。

 

「死んでいる、のですよね」

「えぇ確かに事切れていますよ」

「そうです…か」

 

視線が彷徨う。そうしてから彼女は、レフィーヤを見て。

 

「正直に言いますと、倒せるとは思って居ませんでした。いいえ、倒せる存在だと思えませんでした」

「それは、まぁ仕方ない事ですよ」

 

世界を揺るがすほどの巨体と、命を腐らせていく吐息、極めつけに無尽蔵に生み出されるモンスター。何処の神話の怪物だと言いたくなるような存在だったのだから。寧ろ、よく大砲を撃つなんて援護が出来たものだと思う程だとレフィーヤはアスフィを見て、色々と在ったのだろうと思い、訊かないでおく事にした。幾ら冒険者が未知を求めるとは言っても、その位の自重は出来る。

 

なんて思いながら視線を巡らせて。目の前を光が横切る。

 

「…これって」

 

いいや、これと言う言い方は正しくはないだろう。その光は間違いなく、意志在りしものなのだから。

 

手を伸ばし、しかし止める。目の前の光から感じる意志が酷く希薄で在ったから。今にも消えて無くなって仕舞いそうな程に。存在を保つための力を巨人に、世界樹に捧げたのだから当然と言えるかもしれないが。

 

光が、光たちが世界樹から溢れ出す。それは皆希薄であるが、しかしそれでも確かにそこに在り続けている。死んでいない、終わっていない。

 

まだ光たちは、生きている。

 

助からないと思って居たのに、どうしてと思いながら声を聴く。聞き覚えの在る笑い声を。視線が向く。レフィーヤだけではない、皆が笑う光を見た。

 

光の見分間けがつくわけではない。だが、その光は何故か見覚えがあって。アスフィが声を震わせながら言葉にする。まさかと呟きながら、光の名を零す。

 

「…ヘルメス、様?」

『―――――あぁ、分かるのか。流石と言うべきかな、アスフィ』

 

驚愕する。光たちがそうであったから可能性としては無い訳では無いだろうが。それでも驚いてしまう。まさか彼もまた終わっていなかったとはと。そう思って居る事を察したのか、静かに笑いながら言葉を響かせる。

 

『驚いているのかい? いいや、当然だ。俺自身驚いているのだから。まさか世界樹そのものに生かされるとは思っても見なかったのだからな』

「生かされた?」

 

如何いう事だと、レフィーヤは彼を見る。やはり彼は笑いながら答えた。

 

『詳しくは分かりはしないよ。俺は世界樹ではないからな。だが、死んではならないと言われた気がしたんだ。あぁ気のせいかも知れないが、こうしてここに居る事を考えれば、きっとそうでは無いのだろうな』

 

光が溢れていく。枝に茂る葉が全て光で出来ていると思えてしまう程に。

 

『何故、そのような事を巨人が、世界樹が思ったのかは分からない。だが、俺がここにこうして今も意識を保ったままで居られる意味は分かっている。伝えるべき言葉を俺は憶えている。世界樹だけじゃない。俺達の、人々に神と言われた俺たち全員の言葉を』

 

揺らめき、揺蕩いながら光が昇っていく。雨の如く降り注いだ光が空に向かって。

 

『だから、またこの言葉を言わせてもらうよ』

 

光が揺らぐ。消えてしまいそうなほど淡く瞬きながら。言葉が重なり響く。

 

 

―――――ありがとう、と。

 

 

こうして、遥か昔より続く神々の願いが漸く・・・・叶ったのだった。

 



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第二百三話

「とまぁそんな感じで」

 

カチャリとお茶を手に取り、一口。ふっと一息入れて、置きながらレフィーヤは目の前に座る少女に向かって言葉にする。

 

「色々と在っりましたが、だからこその大冒険だった訳ですよ」

「成程」

「まぁ本当に大変だったのはその後だったんですけどね」

「ふむ? それはどういう事か」

「ほら、気球艇が壊れてしまいましたからね。なのに私たちが居たのは」

「世界樹の頂き。確かにそれは大変だ」

「食料や予備の薬はぐちゃぐちゃでしたし、なんか隙間に落ちてたのか無傷なモンスターが現れたりしましたからね。正直、変態たちが造ったもう一隻の気球艇が来てくれなかったら死んでたところですよ」

「冒険者にとっての大敵は飢えで在るというのは昔から変わりはしない。幾度となくそれが原因で倒れる冒険者を見てきたものだ」

 

見ていて気持ちの良いもので無かったと、少女は言いながら菓子を頬張る。表情には出ていないが、少しだけ嬉し気である。

 

「…ん、それで。ヘルメスの名で呼ばれし存在はどうなった?」

「あぁ、ありがとうって言った後何処かにふらっと飛んでいっちゃいましたよ。意識がしっかりしてたとしても疲労困憊である事に変わり在りませんでしたからね。何処かで休んでるんじゃないですかね」

「そうか」

 

と、少女はフードを揺らしながら言葉にする。そんな少女を見て。気に成っていた事をレフィーヤは問いかける。

 

「そう言えばあなたは何をしてたんですか?」

「何を、と問われればそうだな。準備、と言っておこう」

「準備って……昏き禍に関係ある事ですよねそれ」

「その通りだ。尤も、無意味になってしまったが。私からすれば、ヘルメスと呼ばれし存在があの様な事をするとは思って居なかった」

「予定では巨人は目覚める筈がなかったと?」

「いいや、最終的には目覚めて貰う積りだった。巨人が、世界樹の姿が変じたものであったのだから」

「そうですか。で、巨人が目覚めた後に姿を見せなかったのは?」

「見せて如何する。私は戦う術が皆無で在ると知っているだろう」

「其れもそうですね」

 

確かに、邪魔にしかならないだろう。流石に巨人や昏き禍と相対している時に彼女の事を気にかけながら、なんて事は難しい。出来ないとは言わないけれど。

 

「それで、私達が巨人や昏き禍と戦って居る時に貴女は何をしてたんですか?」

「している事前提か。若しかしたら何もせずにただ見ていただけかも知れないのに」

「貴女が何もせずになんて事は無いでしょう」

「言い切るか。だが確かに、何かしていたかと問われればしていたと答えるべきだろう」

「やっぱりですか…で、何をしていたんですか?」

「大したことはしていないとも。先程言った様に、巨人の目覚めは想定がだった。だからしていたというよりは、出来た事と言うべきだろう。それとて、精々が迷子になりそうだったものがちゃんと目的地にたどり着けるように道を整えて、目印として看板を立てた程度だ」

「結構大した事ですよね、それ」

 

其のままの意味で受け取っても、道を整えるって結構処でなく大変な事だろうに。そう言うと、其れもそうかと少女は軽く肩を竦めてみせる。

 

「処で確認という訳では無いのですか」

「ふむ?」

「アリアドネの糸、在るじゃないですか」

「確かに」

「で、確かですけど。其れで長距離を移動する為には、何かしらの目印が必要なんですよね」

「その通りだ。進む先に糸が結ばれていなければただ迷うだけなのだから。それは当然の事」

「で、あの時凄い沢山の光があの場所に集った訳ですが。あれ、貴女が何かしましたね?」

「さて、どうだろうか。取り合えず言えることは彼らが無事に間に合った。其れだけが重要であり。私が何かしたのかはどうでも良い事だとも」

「…それもそうですね」

 

確かにと、頷き。そう言う事にしておく事にしたレフィーヤは、お茶を口に含み楽しみながら、目の前の少女を改めて見る。

 

「これからどうするんですか?」

「ふむ? と、言うと」

「取り合えず、分かり易い星を蝕んでいた存在を打倒した訳ですけど」

「其の事か。確かに、他に分かる範囲には居ない事からもう少し探し居なければまた別の星へ旅立つ。と言うのが正しいのだろうが。今回は居なかったとしてももう少しこの星に残るつもりだ」

「へぇ、以外という訳では無いですけど。その理由は?」

「なに、前の星では待ち続けたのだ。この星を少しぐらい楽しんでも罰は当たらないだろうと思っただけの事だ。ただの休暇なのだから」

「休暇ですか。確かに、休むだけで罰が当たったりしたらたまったものでは在りませんね」

「だろう。あぁ、それにあと一つ理由が在る」

「と、言いますと?」

「君達の歩む姿を見ていたいから。と、言った処か」

「そうですか…楽しんでもらえてますか?」

「勿論」

「其れは良かった」

 

そう呟くと一気にお茶を飲み干して、立ち上がる。

 

「そう言う事なら、精々愉快な冒険譚に成る様に気を付けるとしますよ」

「気を付けない方が面白いかもしれないぞ?」

「それは言ってはいけませんよ…それじゃあ、私はこれで」

「あぁ、久しぶりに話が出来て楽しかったと言っておこう」

 

少女が微かに微笑み。軽く手を振る。

 

「それではなレフィーヤ。また何処かで出会ったならば、その時もこうして楽しもう」

「えぇ、そうしましょう。それじゃあその時が来るのを楽しみにしていますよ・・・アルコンさん」

 

そう言うと同時にふっと目の前からローブ姿の少女、アルコンの姿が消える。相変わらず良く分からない技術だなと思いながら、立ち上がり。丁度準備を終えたローウェン達が声を掛けてくる。

 

「もう良いのか?」

「えぇ、丁度終わった処です」

「そうか、しかしいきなり訪ねてくるとは思ってなかったな、流石に」

「ですね。まぁ別に嫌な事では無いですけどね」

「確かにな。まぁ、準備とかの関係でお前以外は話が出来なかったけどな」

「それは仕方ないですよ。ローウェンさん達が遅いんじゃなく、私の準備が速く終わりすぎただけですし」

「だとしても、と言う奴だな。次の時はちゃんと楽しめる様にしないとな」

 

言いながらローウェンが乗り込むのは新しく造られた気球艇。何気なくこれから自分たちを乗せて空を飛ぶそれを撫でて、ローウェンに続く様にレフィーヤもまた乗り込んだ。

 

気球艇が空へと舞い上がる。多くの人たちが行き交う道を上から見る。ここも結構長い事いた物だなと、ラキア王国を見下ろす。また何時でも来れると、視線を前に向ける。これから目指す場所。

 

一つの冒険が終わった、だからこそ新たな冒険を目指して。気球艇は進む。良く知っている、けれどよく知らない乗っている新しい街に向かって。

 

その街を見守る様に聳える、世界樹に向かって。

 

 

気球艇は、空を進み行く。

 



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最果ての世界樹と英雄達の軌跡
第二百四話


迷宮都市オラリオと言う街が在った、其の呼び名の通り迷宮と共に在ったその街は。迷宮と共に失われた。

 

そう、すでに存在しないのだ。神々とその眷族たる冒険者たちに因って栄えたオラリオという街は巨人に因って壊され昏き禍に因って跡形も残さず砕かれた。そしてモンスターが際限なく産み落とされ良質な素材が手に入った迷宮と呼ばれた場所はその親とも言うべき昏き禍が打倒されたことに因って失われた。

 

そんな自らの居場所と、迷宮を失った冒険者達から気力が失われているように見えた。いや或いは単純に、巨人や昏き禍と言う極大の災厄を前にして心が折れてしまったのかもしれない。

 

そしてそれは巨人が見えた時点で避難していた一般人と呼ばれる人々とて例外でなく。酷い者は心を病んでしまったそうだ。

 

が、しかし。割とすぐに立ち直り、今も目の前で道を行き交いながら新たな居場所である街を造り上げたのだった。

 

冒険者達には未だに何処から表情に影が在るというに、彼らは弾けんばかりの笑みを浮かべながらせわしなく動き回り働いている姿を、何故か真っ先に完成した上で営業している喫茶店から眺める。その様子に、元気が良いなとレフィーヤは思い、横に座っているリリルカの呟きを聞いた。

 

「全く、オラリオの冒険者は情けないですね」

「それは流言い過ぎですよ。巨人とか昏き禍とかの所為で自信とかそう言ったものが粉砕された人がかなりいるみたいですからね」

「ですが」

「あ、私達の事を出すのは駄目ですよ? ある意味、私達は慣れていましたから」

「あれに慣れるってどういう事ですか頭可笑しいですよ」

「まぁ否定はしません。と言うか出来ませんね」

 

まぁ可笑しさで言えば昏き禍を見たのに一回吐いただけで大丈夫だったリリルカも相当のものなのだが。それを彼女も理解しているのか言葉にしない。よく神が言って居たブーメランと言う奴に成るからだろう。もう手遅れ感はあるが。

 

「それにしても」

 

そう呟きながらリリルカは改めて道を行き交う人たちを見る。

 

「一般人と呼ばれる人たちがあんなに強いとは思って居ませんでした」

「種類が違うだけですからね。冒険者で無いから弱い、なんて言うのは傲慢だと思いますよ。まぁ今回のは少し特殊ですけど」

「そうなんですか?」

「えぇ、一周しちゃうんですよ。こう、心が折れるとか折れないとかじゃなく、まぁあんなのに襲われたんだから仕方ないかって感じで」

「諦めるって事ですか?」

「そうですね、案外冒険者にも必要な物だったりするんですよね、諦めるって事は。そうでなければ無駄な消耗をする事に成りますし」

「因みにですが、レフィーヤ様は?」

「基本的に諦めずに爆走してますね」

 

それこそ食料などと言った消耗品が無くなりそうにならない限りは諦めることなどない。それ以外では基本的に、例え絶望的なほど差が存在する強敵だろうが難解で在り突破不可能なのではと思える様な致死性の罠が在ろうと諦める理由にはなりはしない。

 

「やはりキチガイはキチガイだと言う事ですか」

「まぁ、普通の人と比べられない程度の場所に居るとは自分でも思いますよ。ローウェンさんほど人を止めてはいませんけど」

 

最近、人外さに磨きがかかっているローウェン。一体彼は何処まで行ってしまうのだろうかと。順調に彼の後を追うレフィーヤは思うのだった。

 

「……でもやっぱりおかしいですよね」

「何がですか?」

「冒険者様の事ですよ。幾らレフィーヤ様の言う通りだとしても、度が過ぎると言いますか」

「それは、まぁ否定はしません」

 

確かに、幾ら心が折れた人が居ると言っても全員がそう言う訳では無い。だというのに、目に入る冒険者は皆変わらず同じように暗い顔をしている。それは、漸く帰る事の出来たロキファミリアの館・・・として一時的に使われている場所に居た団員達もそうだった。其れこそ高レベルの冒険者までもだ。そんな雰囲気の所為でという訳では無いが、ちゃんと会って話が出来たのがロキただ一人だった。

 

そのロキ自身も何が起こったのかを言いたくはない様子だったので訊く事はしなかったが。

 

「まぁ、理由が在るなし関係なく私達が出来る事なんてそう多くは無いんですから、気にするだけ無駄ですよ」

「そうでしょうか?」

「えぇ、悩んでも仕方ない事はさっさと悩むことを諦めてしまった方が楽ですよ?」

「ここでそれが来るのですか」

「あ、此処だなって思ったものでして」

「確かにそうかもしれませんけど」

 

何て言いながら微笑んで。見覚えのある姿が見えて声が零れる。

 

「あ、ローウェンさん」

「ん? あぁ、レフィーヤとリリルカか。なにをしてる…のかは見れば分かるな」

「喫茶店でお茶しながらレフィーヤ様とせわしなく動き回る人たちを見て笑って居ました」

「言い方に悪意が溢れてますね。まぁそれは何時もの事として、ローウェンさんはこれからどこに? 宿に、と言うには方向が違う見たいですけど」

「少し呼ばれてな。これからギルドに行く処だ」

「あぁ、それでですか」

 

確かにギルドに行くならば喫茶店の在る道を通るのが一番早いかと頷き。そうだと言葉を口にする。

 

「あ私もギルドに付いていっても良いですか?」

「別に構わないぞ」

「ありがとうございます。ではリリルカさん、そう言う事なので」

「分かりました。じゃあリリはここでもう少し動き回る人や暗い顔をした冒険者様を眺めながら意味深に笑みを浮かべるという無駄な作業を続けますね」

「本当に無駄ですね」

 

これと言って意味も無く満足できるかどうかもよく分からない、作業と言っていいのかも分からない行動だ。まぁ、したいというならばそれはそれで良いのだろう。程々にとリリルカに言いつつ、自分の分の代金を彼女に手渡し、外へ出てローウェンと共にギルドに向かって。

 

オラリオと言う名を受け継いだ、新たに世界樹を象徴としたその街を二人は歩いていく。



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第二百五話

ギルド、多くの冒険者が利用し、そして彼らだけでなく様々な人々が訪れるその場所は当然街の中心部…なるはずだった。街が広がっていく中、何時の間にか中心からズレてしまい微妙に使い勝手が悪い位置に成ってしまった最近場所を移すかどうかと話し合われている施設の中をレフィーヤとローウェンは進む。

 

相変わらず職員は忙しそうだなと思いながら横を通っていきローウェンを呼んだというその人物、いや神物が二人に気が付き、手を振りながら声を響かせた。

 

「やぁ、待ってたよローウェン君…っと、レフィーヤ君も来たのか」

「拙かったでしょうか? それなら今からでもバク転しながら帰りますが」

「いやいやそんな事は無いよ! 単純に来るのはローウェン君だけだと思っていたから驚いただけ。しかし…うん。相変わらずだね」

「貴女も相変わらず疲れ切った顔してますね。まだ仕事が落ち着かないんですか? 神ヘスティア」

 

そんなレフィーヤの言葉に、全くとだと言いながら軽く手を振る。その瞳から瞳を消しながら。

 

「いや本当に、何時に成ったら終わるんだろう? 仕事をやってもやってもやっても終わらないんだけど」

「前から思って居たんですが、そんなに多いんですか?」

「多いのは勿論そうだけど。それ以上に増えるのが速いんだよ。あの中二病共がどんどん増やしてくんだよ」

「それって押し付けられてるとかですか?」

「そうなんだよ。あいつに今のギルド長だか町長だかの立場と言うかを押し付けられた時と同じでね。何が面倒くさいからやりたくないだよ全く。あいつはあいつで役目は終わったとか言ってどっか行っちゃうしさ」

「あいつとは?」

「え、あぁいや分からないのは当然か。えぇっと確か君たちに……そうウラノスとかって呼ばれた筈」

「前のギルドのトップだった神じゃないですか」

「そうなんだよ。いやまぁ、あいつに関しては別に良いんだけどさ。ずっと籠って禍が出て来ないか監視してたわけだし。そう言う意味では確かに役目は終わったんだろうけどさ。ちゃんと引き継ぎとか、その他もろもろの作業をちゃんとしておいてほしかったなって、思うのはおかしい事なのかな?」

 

そう、ヘスティアは疲れたように笑い、一纏めにしてある髪を揺らす。

 

「なんで僕がこんなに苦労しなくちゃいけないんだろう。知識を集めて帰ってきてみれば知り合いが全員神を名乗ってたり僕もそれに倣わなくちゃいけなかったり。今の状態も含めてなんか不幸過ぎない?」

「まぁそれに関しては俺たちが言えることは無いな。だから本題に入ってくれないか? 別に愚痴を言う為に俺を呼んだんじゃないんだろう?」

「っと、ごめんね。確かにその通りだ」

 

と言いながらそれじゃあと言葉にする。

 

「君、と言うか君たちに頼みたい事。まぁ詰まり依頼が在るんだよ」

「どの様な?」

「オラリオの跡地というか、まぁそこに大穴が在るだろう?」

「在るな」

 

昏き禍が、迷宮がそっくりそのまま消え失せてしまった故に残った大穴。前の様に塞ぐか塞がないかで何度も話し合いが行われてきた場所であるが、そこがどうかしたのだろうかと思いながら、耳を傾ける。

 

「そこにさ、在ったんだよ」

「何がだ?」

「迷宮、ダンジョンがだよ」

「なんと」

 

それはそれは、とても愉快で最高でなんとも魅力的な事がヘスティアの口から零れた。迷宮、ダンジョンが大穴に存在していたと。聞き間違いでなければそう聞こえたのだがとレフィーヤは確かめる様に彼女の事を見る、とヘスティアは頷いて見せた。

 

「まぁ、正確には迷宮らしきものが存在していた、だけどね」

「成程な。それが広まってないと言う事は本当に最近見つかったばかりだと言う事か」

「その通りだよ。で、さっき言った依頼は当然、それに関係している。まぁ端的に言えば地図を描いてきてほしんだよ」

「地図ですと?!」

「うぉ?! 何だいレフィーヤ君。いきなり叫んで」

「気にするな。ただの病気みたいなものだから」

 

病気とは失礼だなと思いながらレフィーヤはローウェンを見る。まぁ見るだけだが。実際そう言われても仕方ない所は在るから否定できないしと。

 

「まぁそう言う事な良いけど。いや良くないけども。気にしない方向で行くとしようか」

「そうしてくれ」

「だから詳しく、さぁ詳しく聞かせてください地図書かせて下さい辛いもの食べたい」

「もうただの願望を言葉にしてるねレフィーヤ君」

「気にするな」

「お、おう。じゃあ改めて言うけど。その迷宮らしき場所の地図を描いて来て欲しい理由は単純に比べる為だよ」

「前の迷宮と、そのらしきものとを比べる為にか?」

「うん。崩れずに残っていただけの場所なのか。それとも全く違う別の何かなのか。それをはっきりさせておきたいんだよ」

「まぁ、当然の事と言えるか」

 

確かにとレフィーヤは頷く。其の見つかった場所がただの残骸なのか、新しいものなのかで随分と対応が変わってくる事だろう。其れこそ大騒ぎに成り得る。つい最近、その迷宮からとんでもないものが這い出てきて色々なものに傷を残したばかりだし。

 

「まぁ、依頼の内容はこんな所かな」

「ふむ、まぁ気に成る所もあるがそれに関しては取り合えずおいておくとして、受けるかどうかはちゃんと話し合ってだな」

「ですね」

「と言う訳で、少し話し合って来るから。返事はそれからで」

「分かったよ。まぁ何となく返答は予想できるけど」

「ならその通りになると思うぞ。俺が思う予測と同じならだがな」

 

そうかい言いながら手を振るヘスティアに見送られながら二人はギルドから出て仲間の居る宿へと帰る。そして彼らに依頼の話をして如何するかと問い掛けて。返ってきた答えは、勿論予想通りのものだった。

 



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第二百六話

「確かに迷宮っぽいですねここは」

「だな」

 

そう、言葉にローウェンが軽く壁を撫でながら見渡す。そこはヘスティアの言って居た迷宮と思われる場所。今まで見つからなかったのが頷ける程分かり難く、また入り難い場所に在るそこで、ゆっくりと歩いて回りながらレフィーヤは地図を記していた。

 

「ふむ…流石に全く同じってことは無いですね。それでもまぁ、似通った部分は多いですねここ」

「そうだな。と言ってもそこまで詳しくは無いがな」

「仕方ないですよ。オラリオに在った迷宮に入ったのが一回だけで、しかも一瞬だったんですから」

 

その言葉に、そうなんだがなと言ってさてと呟く。

 

「どう思う?」

「別のもので在るかどうかは判断しかねますが。取り合えず、前の迷宮みたいに無尽蔵にモンスターが湧いて出るってことは無いみたいですね」

「そこは流石にな。昏き禍が居なくなった訳だし」

「まぁ、そうだったとしたら色んな意味で困った事に成ってた所ですね」

 

ヘスティアの仕事量的な意味で

 

「取り合えず、地図にしてみた感じ、そこまで重なりはしませんから。そうですね…崩れずに残っていた場所、と言うよりは崩れた結果入り込める様に成った場所と言った感じですかね」

「成程。其れならまぁ納得だ」

「新しいかどうか分からないなんて事に成ったことに関してですか」

「流石に、オラリオで何度も迷宮に挑んでたやつらが判断できないっていうのはおかしいと思って居たんでな」

「まぁ、アスラーガの不思議な迷宮みたいに形がその度に変わるなんて事は在りませんでしたからね」

 

今まで挑んでた場所と同じだけど違う場所だったというなら、まぁそうなるのも仕方の無い事だ。発見した人はそれはもう大変だったことだろう。とても妬ましい。出来れば自分たちが見つけたかったっとゆっくり休んでいたレフィーヤは思う。

 

「思っても仕方ない事ですけどね」

「何が?」

「くだらない事ですよ」

「っか、程々にね」

「分かってますよ」

 

そんな事よりも冒険して地図を描く事の方が重要なのだから、其の事に考えるのは一瞬だ。ふっと、息を吐き瞬時に切り替えたレフィーヤは地図を一旦鞄に仕舞い、杖を構える。

 

「そこまで多くは無いですけど。やっぱりモンスターが居ますね」

「都合が良いと言えば良いからな。住み着くのはまぁ当然だろうな」

「ですよね」

 

なんて、良いながら曲がり角からモンスターが顔を出すのと同時に、術を放ち貫く。声を響かせる事無くモンスターは即死する。そして、消える事無く残ったモンスターに近づく。

 

「消えない、と言う事は魔石の方ではないみたいですね」

「そうだな。しかし、昏き禍があの魔石の方のを生み出してたみたいだが、居なくなったりはしなかったな」

「あぁー……そう言えばそうですね」

「まぁ、親が居なくなったからと言って子供まで居なくなるなんて事は無いって事なんでしょ」

「そう言われると当然の事の様に思えますね」

「まぁ親が居なくなったのだから、いや子が親に成ってとなるだけでござるか」

「あれでも一応、生き物だからね」

「自己増殖と言うかが出来るモンスターも居たしな」

「いましたねそんなの」

 

今この時、ローウェンが言うまで忘れていたが。真面に戦わなかったからか印象が薄いから仕方ないのだが、正面から戦えば苦戦を強いられた事だろうが。相性とは怖いものだとレフィーヤは今更ながら思う。

 

「で、モンスターの強さに関しては」

「そう変わり在りませんね。いえ、しいて言えば中間位ですかね? ある意味、一番面倒な感じですよ」

「そこそこ強くて、そこそこ賢いと言う事か」

「その割には警戒することなく出てきたわよね」

「警戒はしてたと思いますよ。ただ安易に顔を出したからああなっただけで」

「警戒心が無いというよりは慣れてないって感じかな?」

「そこら辺も中間位なんだな。外程の警戒心は無いが。話に聞いたオラリオのモンスター程無警戒と言う訳では無いと」

「良く分かりませんね」

 

何故、そんな事に成ったのか。とても興味深いが、それはそれ。取り合えず依頼を熟してしまうかと地図を取り出して、歩き出す。取り合えず確認しなければいけない事もあるし。

 

「確か、そこまでしっかり調べられてないって話ですよね」

「あぁ、もし調べられてるんだったら俺達に依頼なんて来ないしな」

「ですね。なら地図を描きながら」

「下に続く道が在るかを探すぞ」

 

と、銃を弄りながらローウェンは言う。そう言えば最近銃弾が在る程度量産できるようになったらしいが、質的にはそうなのだろうか。ラキアから訪れた変態が関わっているらしいし、彼も何も言って居ない事から問題ないのかもしれないが。

 

なんて、思って居る間にもそれを見つけた。

 

「あぁ……これは階段、って感じでは無いが下には続いてそうだな」

「ですね。これは報告しないといけませんね」

「そして依頼として出された其れを受けて俺たちが一番乗りか」

「其れはもう。そうでなければ全力で悔しがりますよ」

 

流石にそれをした相手に八つ当たりはしないが。まぁ称賛しつつねちねちと嫌味を言うかもしれないが。

 

「地図は?」

「取り合えず、今行ける処は描き終えたと思いますよ?」

「ならこれで依頼は完遂と言う事で良いか」

「はい、それじゃあ」

「帰るぞ」

 

少し、先に進みたいという誘惑を振り切り、彼らは帰路へと付いた。

 

 



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第二百七話

「と言う感じでした」

「うむぅ……」

 

レフィーヤの言葉を聞いて、ヘスティアは唸る、眉間に皴を寄せながら。数日前よりも目の下の隈が濃くなっている彼女は如何したものかと頭を抱えた。

 

「なんか…ある意味で一番判断に困るね、これ」

「まぁ、だろうな」

「新しいと言えば新しいけど、いやこの場合はどうなんだろう。適当な言葉が浮かばない」

「だが迷宮である事には変わりないぞ?」

「だから悩んでるんだよ……下に続く道が在ったていうのが問題なんだよなぁ」

「何処まで続いてるのかは分からないけどな」

「途中で途切れてましたっていうなら良いんだけどね。あぁ、その場合でも面倒な事に成りかねない。本当に面倒くさい」

 

乱暴に頭を掻きむしり、酷く重いため息を一つ。そして、疲れていると主張する顔をローウェンとその横に立っていたレフィーヤを見て。

 

「まぁ、そこら辺はまた今度って事で。取り合えず報酬だね」

 

はいこれと差し出された其れを受け取り、確認するレフィーヤ。それに間違いがないことを確認するとローウェンを見て頷いてみせた。

 

「大丈夫です」

「そうか。じゃあこれ以上居ても意味ないだろうからさっさと帰るか」

「そうしましょう。神ヘスティアも忙しいでしょうし」

「ははは。なんか悪いね」

「お気になさらず。と言っても気にするなら本格的に迷宮探索をすることに成ったらその依頼は真っ先に私達にお願いしますね」

「ちゃっかりというかがっつりだね。でもまぁ分かったよ。出来れば、って付くけどね」

「それで十分だ」

 

そう言って、ギルドから出る二人。何気なく、レフィーヤはローウェンを見る。

 

「それでこれからどうしますか?」

「俺は宿に帰る積りだ。銃弾の整理したいしな。レフィーヤは如何する?」

「私は、そうですね。少し街を散策してから帰りますよ。夕食までには帰りますので」

「そうか。それじゃあな」

「はい」

 

と、ローウェンと別れてレフィーヤは街を歩きゆく。機嫌良さげに鼻歌なんて響かせながら。さて如何し様かと考えながら行き交う人々を躱しながら歩く。

 

取り合えず、消耗した物を買っておいて、其の後は如何し様かと思いながらなにか良いものは無いだろうかと見渡す。未だに建てている途中と言った様子の建物が目立つが、それでも随分と進んだものだと別に意味が在る訳では無いが少し嬉しくなる。

 

さてどんなものが出来るのだろうかと思いはせる。見つかった迷宮といい、楽しみが多いものだと笑みが浮かび。

 

 

「……ん?」

 

 

ふと、脇道に意識が向く。少し薄暗い様に思えるその道に、何かが在ると冒険者としての勘が言っている。だが同時にそこに踏み込めば後悔する事に成るような気もレフィーヤはしていた。

 

が、ここで見に行かないのはそれこそ後悔することに成るだろうと思いレフィーヤは迷いなく踏み込み。道に転がって寝ている人を見つけた。

 

いやそれだけならいい。別に珍しいものでも何でもない。寝ていた人物がキチガイに見つかって転がされるまでが一纏めで最近よく見る光景だ。だが、その人物が問題だった。

 

思わずと言った様に手で顔を覆い、その人物の名を呟いた。

 

「何やってるんですかベートさん」

 

そう間違いなくロキファミリアが誇る高位冒険者の一人で在るベート・ローガその人が、脇道に転がり寝ていたのだ。深くため息を吐き、近づく。そして濃い酒の匂いに顔を顰める。見れば酒瓶が転がっていた、当然中身は残っていない。匂いの濃さから、飲んだのは一本だけと言う事は無いだろう。其れこそ酔いつぶれるほど飲んだに違いない。

 

罵倒紛いの言葉を叩きつけられた事をが在るだけに思う所は在る。が、いやだからこそか、そのような醜態としか言いようのない姿をレフィーヤは見たくはなかった。だからロキファミリアの元を訪れた際もはっきり言って酷い状態だった彼らに話しかけなかったのだが。

 

さてと、このままの状態で放置するわけにもいかないとレフィーヤは近づいて手を伸ばして、背負う。思って居たとおりの重さに少し態勢を崩しそうになるが、倒れる事無く歩き出そうとして、ふとこの光景も十分醜態なのではと思えてならない。寧ろ、道で寝ているよりよっぽどなのではと思って居ると、ベートが微かに呻き、動く。

 

「……てめぇ、は」

「あ、起きましたか」

「レフィーヤ、か?」

「はい、レフィーヤ・ウィリディスですよー」

 

確認するように零された声に返す。酒を飲んだ故か憶えている声とは違うが、不機嫌そうであるところは変わらずだった。そして彼は、今自分がどの様な状態なのかを理解すると眉間に皴を寄せ、舌打ち。

 

「……おい、降ろせ」

「分かりました」

「あ?――――――――いてぇ?!」

 

手を放し、勢いよく落ちてベートは頭を打つ。とてもいい音が響き、彼は悶える。何をするのかとレフィーヤを睨みながら。

 

「すみませんベートさん、わざとです」

「わざとなのかよッ!」

 

ふざけるなと言葉にしてさらに強く彼は睨みつけ。再び舌打ちを響かせて立ち上がり、歩き出した。酷く覚束無い足取りで。

 

「ベートさん」

「うるせぇ」

 

そう、短く呟くだけで彼はそれ以上は口にしようとはしなかった。その言葉は、その姿はまるで。いや、いいやこれ以上は駄目だとレフィーヤは首を振る。それ以上は考えるだけでも駄目だ。けど、それでもレフィーヤは彼のそんな姿を見たくはなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、気絶させて連れてきちゃいました」

「どうしてそうなったのでござる?」

「その場の勢い………ですかね」

「えぇー……?」

 

 

なんて会話をしている二人の視線の先には、白目を向いて倒れているベートの姿が在った。

 

 



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第二百八話

さてと、レフィーヤは白目を向いて気絶しているベートと見て、呟く。

 

「どうしましょうか?」

「言われても困るでござる。と言うか何かしらの手段が在るから気絶させてまで連れてきたのではないのでござるか?」

「いえ、なにか助言でももらえないかなって思ってました。と言う訳でお願いします」

「拙者でござるか? そんないきなり言われても」

「美味しいものを奢りますから」

「拙者に任せるでござる! と言っても、割と単純な事で解決できると思うでござるよ。まぁ場合にもよるでござるが」

「本当ですか?」

 

それはどのような方法なのかと、そうと問い掛けようとしたその時だ。呻き声、視線がゴザルニからベートへと向く。丁度目を覚ました彼を見る。

 

「いてぇ……何が」

「と言う訳でござるよベート殿」

「………あ?」

 

目が覚めたベートの耳に届くのは鳥の鳴き声では無くござるだった。流石の彼も唐突過ぎて意味が分からないと眉間に皴を作っている。

 

「何言ってんだというか誰だてめぇ」

「ゴザルニにござる」

「馬鹿にしてんのか、あぁ?」

「其れがしてないんですよね」

「……レフィーヤか」

「はい、貴方の後頭部に氷を叩きつけて気絶させた上で此処まで連れてきたレフィーヤですよ」

「殺す気かよてめぇ?!」

「そんな訳ないでしょう」

 

其の積りだったら槍を叩き込んでるし、なんて事は流石に言葉にはしない。

 

「チッ……それで、なんの積りだ」

「冷たいですね。ちょっと燃えてみますか?」

「なんでだよ」

「あ、コロッケ食べたいでござる」

「いやだからなんでだよ?! コロッケ何処から出てきたんだよ何の関係も無いだろうが!」

「コロッケを作る際に火を使うじゃないですか何言ってるんですかベートさんは」

「意味わかんねぇよ、何でそこに飛んだのか見当もつかねぇよ」

「冒険者としてそれはどうかと思いますよこのツンデレ!」

「誰がツンデレだ!」

「え、自分の事も分からなくなってしまっているなんて」

「舐めてんのかてめぇ、いや舐めてるだろうおい」

「失礼ですね、そんな性癖は在りませんよ?」

「て、めぇ……はッ!!」

 

青筋が浮かび、睨みつける様にベートはレフィーヤを見て。歯を食いしばる様にし乍ら舌打ちを響かせる。それを見たレフィーヤは目を細め。思う事は一つ。

 

気に入らない、と言う事だけ。

 

何を堪えるかのようなその姿が。言い訳をするかのようなその舌打ちが。何よりも諦めているとすぐわかる程に濁ったその瞳が、レフィーヤには気に入らなかった。

 

「……で、何の積りだ」

「なんのと言われると気に入らなかったから連れてきただけですけど」

「随分な事をいうじゃねぇか、えぇ?」

 

そう睨むように見ながら言葉にするベート。

 

「なんと言いますか。一体何が在ったらそうなるんですか、ベートさん」

「何、ふざけた事言ってだよ、まさか知らないとは……いや、逃げ出したてめぇには関係ない事だったな」

「逃げ出した、ですか」

 

そう言えば彼らからすれば突然姿を消した様な物かとレフィーヤは思う。まぁ実際はどうなのかは知らないが。ちゃんとロキと話をした時に自分の事だけではなくその後の事を聞いておけばよかったな、と今更だが悔やむ。が、そこは別に重要ではない。そう重要なのは関係ないという言葉だ。

 

逃げたという言葉からロキファミリアで無いのだから関係ないと言いたいのか、或いは。そこまで考えて、気に成っていた事を言葉にする。思い至った事を確認するように。

 

「……ベートさん」

「なんだ、何か言い返そうっていうのか?」

「貴方、弱くなりましたよね」

 

酷く、ベートの顔が歪む。明らかに怒りが露に成っている。けれど、それを言葉にすることなくさらに強く鋭くレフィーヤを睨むだけ。その行動から間違いでは無いのだと、彼女は理解した。やはりだったかと思いながら。

 

そうでなければ、何も出来ずに気絶させられるなんて事に成る訳がないし。

 

「恩恵の喪失、では無くレベルかステータスが下がったって所ですかね」

「……なんでそう思うんだよ」

「だってそうでなければ氷の塊で頭を殴られたら死ぬじゃないですか」

「やっぱり殺す気だっただろうてめぇ」

「だからそんな訳ないって言ってるでしょう」

 

正直、かなり簡単に気絶させられてしまった事に驚き戸惑ったものだと、零す。

 

しかし、そうだとすればロキファミリアの元を訪れた際の光景にも納得できるというものだ。無理に笑みを浮かべている人たちや、何処か無理をしている様子の人たち。そして、あんなに綺麗だったのに酷く淀み、汚れてしまって居た金色にも。

 

そして、同時に理解したのは自分にはどうしようもないと言う事だ。失った彼らに、自らそれを捨てたレフィーヤが言葉にする事など出来ない。その様な権利が在るとは、レフィーヤには思えなかった。

 

「どうやら、レフィーヤ殿にはどうしようもない事で在る様でござるな」

 

そう、耳を傾けていたゴザルニは言葉にして。

 

「それじゃあ、拙者と戦おうではないかでござる」

「いやだからなんでだよ」

 

ベートの視線がレフィーヤからゴザルニに移る。余りに唐突で思わずと言った様子で。そして、レフィーヤもまた同じでどういう事なのかと視線を向ける。

 

「あぁいや、先程も言ったでござるが。別に難しい事でなく単純な事なのでござるよ。解決方法は。まぁレフィーヤ殿がするには今回は少し無理が在る様でござるが」

「……てめぇと戦うと何が在るってんだよ」

「そう変な事では無いでござるよ。そう唯」

 

ゴザルニの視線がベートへと向けられて、言葉にする。

 

「ベート殿に冒険者と言うものを教えるだけでござる故」

 

そう、笑顔を浮かべるゴザルニに言われたベートは、笑った。堪え切れないと言った様子で、怒りと共に笑い声を吐き出した。揺らめく様に彼は立ち上がり、ゴザルニを見下ろす。

 

「随分な事言うじゃねぇか、雑魚の分際でよ」

 

今までとは違い明確な敵意が彼の視線に籠る。けれど、そんな事は大したことは無いといった様子でゴザルニは流し、言葉にする。

 

「それで、戦うでござるか?」

 

浮かべられた笑みに、彼が返す言葉は…分かり切っていた。

 

 



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第二百九話

語る、ゴザルニは語る。

 

「そも、冒険者とは挑むものでござる。危険を冒す者でござる」

 

何でもないかのように、風に揺れた髪を整えながら言葉にする。

 

「当然、挑む相手が自分よりも弱いという事もあるでござろうが。大半は自分よりも強く、また未知の存在でござる。何をしてくるのか全く分からないでござる。それと相対するのが半ば日常となるのが冒険者でござる」

 

まぁ程度はあるけれど、と小さく呟いてから。彼女は続ける。

 

「その中には、敵を弱体化させることに特化しているものが居ない、と断言するのは愚かでござる。或いは怠惰でござる。すべき事を行っていると言う事でござるからな」

 

彼らからすれば当然の事であり、或いは彼らにとって考えない様にしていた事、しかしあっさりと響かせる。

 

「いや、別に弱体化だとかでなくてもいいでござるな。例えば、毒でござる。耐性があるから大丈夫などと思って居たりはしなかったでござるか? 或いは薬が在るから大丈夫だとか、思った事は在るでござるか?」

 

或いは、オラリオに居た冒険者の大半が思って居たかもしれない事を彼女は口にして。

 

「だとすれば馬鹿でござるよ。まさかでござるが成長し強くなるのは恩恵を得ている自分たちだけだと思って居るのであれば本当にただの馬鹿でござるよ。言いたくはないでござるが」

 

否定する。勿論、必ずしもそうだとは彼女とて思って居ない。けれど、心の片隅にすらその考えが無かったかと問われれば、きっと言葉に詰まる者は沢山いるだろう。

 

「ある意味で恩恵の弊害と言えるかもしれないでござるな。ある程度、容易く強くなれる故に、それ以外の選択肢がある事を忘れてしまって居るでござる。ただ強く成れば先に進めると勘違いしてしまって居るでござる。それが無ければ強くなれないと勘違いしてしまって居るでござる」

 

他に幾らでも方法が在るというのに、分かり易かったからこそそれ以外に目を向ける事が出来なくなっていた。

 

「そんな事は全くないのでござるがな」

 

そうだ、強くなる方法も、先に進む方法も。いっぱいある、神々の手を借りずとも、だ。

 

「そもそも、強ければ勝てて弱ければ負けるというのも可笑しいでござるな。もし本当にそうなのだとしたら冒険者の大半は死んでいるでござるな。自分よりも強いモンスター達にすり潰されて、しかし」

 

けれど、そうなっていないのは単純だ。

 

 

「弱肉強食。それを笑顔で踏み越えていくのが冒険者でござろう?」

 

 

だからこそレフィーヤの眼前では、ゴザルニの前でベートは膝を付いていた。

 

確かに、ベートは弱くなったのだろう。レベルか或いはステータスか、どちらかなのか何方もなのかは分からないが確実に低下しているのだろう。けれど、それでもレフィーヤの時と違って彼は恩恵を失ってなどいないのだろう。それは、動きを見れば分かる事だ。言い方は悪いが人間離れした動きをしていたのだからそこは間違いない。

 

が、其れだけだと言えるだろう。

 

自分よりも強いものとばかり戦ってきた彼らは当然の様にベートにも余裕は在っても油断なく相対した。其れこそ原初の闇や昏き禍と相対した時と同じように。

 

その結果が目の前で関節を外され戦えなくなっているベートだ。色々な意味で酷いと言う他ない。そもそも、幾らベートが強かろうと、ゴザルニは世界規模の禍を文字通り笑顔で乗り越えてきた冒険者の一人で在るのだ。言ってしまえば、ジャイアントキリングのプロと言ったような存在なのだ。強いだけでは勝つことが出来る程、彼女は甘くはない。

 

ギシリと軋む音がした。それはベートから響く音。歯が砕けるのではと思う程に噛み締め、血が滴り落ちるほどに力を込めて手を握りしめていた。そしてその瞳に宿るのは、唯一つ。

 

怒りだ。

 

自らを負かしたゴザルニに対してではなく、自分に対して怒りを抱いていた。負けたからではない、どうしようもなく腑抜けていた事に対してだ。

 

「好き勝手言ってくれるじゃねぇか…ッ!」

 

ゴキリッと鈍い音を響かせて、彼は無理やり外された関節を嵌め直す。相当の痛みを感じているだろうに、彼の表情は変わらず怒りに満ちていた。まるで、それだけでは足りないと言った様に。

 

「だが認めてやる。てめぇは雑魚だ。だがそれでも俺よりも上だと認めてやる」

「光栄でござるな」

「舐めてんのかてめぇ」

「自分よりも強いものに認められるのは嬉しい事でござろう?」

 

それは本心からの言葉なのだろう。けれど、火に油でしかない。故に勢いよく燃え上がり、だが呑み込んだ。彼はそれを吐き出さずに内に秘めた、それを行えばただの恥の上塗りでしかないと思ったからだろう。

 

「…チッ」

 

小さく、舌打ち。それは抑えきれなかったそれが零れた物だろう。けれど、それは先程までの物とは違ったもので在る様に思えた。

 

彼は、二人に背を向けて歩き出す。その行為がどの様な意味で在るのかを理解しながら。

 

「良いのでござるか?」

「……あぁ」

 

問われ、足を止めそう言葉を零す。それは間違いなく、自らの敗北を認める言葉だった。けれど、諦めの言葉では、無かった。

 

「すぐだ」

「ぬん?」

「てめぇら如きに出来た事だ。すぐに超えてやるッ!」

 

ただそれだけを言葉にして彼は歩き去っていった。酷く、瞳をぎらつかせ乍ら。それは、レフィーヤの良く知っているものだった。

 

 

 

 

ベートの姿が見えなくなって暫くの間、二人は佇み。そして軽くゴザルニは息を吐いて、レフィーヤを見る。

 

「とまぁ、ベート殿の様な人物はあんな感じで煽ってしまえばそれで勝手に立ち直るのでござるよ」

「成程。私には出来そうにないですね」

「で、ござろうな。そもそも自分が認めがたい事を認めさせるためにある程度圧倒できないと駄目でござるからな。あぁ、それにしても説教みたいで疲れるでござるな。自分でも不快になるでござる。全く拙者は何様だと言いたいでござるな」

「すみません」

「そう言うなら、ちゃんと美味しいものを頼むでござるよ」

「其れは勿論ですよ。まぁ少し後に成るかもですが」

「なにか用でもあるのでござるか?」

「えぇ、はい。在るというか出来たというかですかね」

「で、ござるか。してそれはどのようなものでござるか?」

「そうですね。大したことでは在りませんよ」

 

 

 

 

「ちょっと神様の所に行ってくるだけですから」

 

レフィーヤは笑顔でそう言って。目的の場所に向かって歩き出した。

 



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第二百十話

レフィーヤは疑問に思って居た。

 

そもそもどうしてレベルやステータスが低下するなんて事が起こったのかと。それを知る為にレフィーヤは神の元へと向かって居た。

 

が、しかし問題が在った。

 

どうしてそうなったのかと言う理由が分からないかもしれないと言う事だ。超越存在と呼ばれている神々だが、別に全知でも全能でもない様だし。まぁ答えられそうな人物、というか存在をレフィーヤは二人程知っているのだが。

 

一人はアルコン。彼女ならばとレフィーヤは思って居る。とはいえ、知らないかもしれないのは変わらない、がそれでも手掛かりに成る様な事を知っていても可笑しくはない。まぁ、アルコンに訊く為にはまず彼女の事を探して見つけなくてはいけないのだが。

 

そしてもう一人は今向かって居る場所に居るヘスティア。現在のオラリオで唯一、しっかりと過去というか昏き禍の事を憶えていた人物、いや神物だ。さらに言えばアリアドネの糸で出来たリボンを持ってたり、神と呼ばれると何とも言えない表情を浮かべる大変面白い神。尤も彼女に関しても知っているかもしれない程度だと言う事ととても忙しい事が問題だ。

 

これと言った理由が無ければ会えないかもしれない位、仕事が山と化している。其れこそ彼女の死因は過労死に成るだろうと思わせるほどだ。いや逆にそれを防ぐために積極的に合わせてくれたり、はしないだろう。そこまで余裕ないだろうし。

 

そんな訳で、もう少し落ち着いてからならばともかく、今のとても処でなく忙しいヘスティアに会う為には相応の理由が必要なので。

 

「其れで…連れてきたのか」

「はい」

「せやで」

 

ロキファミリアの主神で在るロキと共にギルドに訪れたレフィーヤだった。幾ら忙しくても神が訪ねて来たとなれば対応しなければいけないだろうと思った故の行動だ。勿論、ロキも乗り気だった。やはりと言うか、理由を知らなかったから。

 

「いやまぁ、何時来ても良い様にはしてたけどさ。そっかぁ、君が連れてきたのかぁ」

「なんやドちび、不満でも在るんかいな?」

「別にぃ? ただ君達ってそうやって何かきっかけが無ければ来れない様な奴だったんだって思っただけだよ」

「えらい棘が在る言い方やな」

「まぁ、このヘタレが! って思ってたからね」

「なんという事ですか、ヘタレだったんですかこのヘタレ!!」

「なんでレフィーヤにまで罵られてるんうち?」

「ヘタレだからだよ」

「ヘタレだからですよ」

「…うち、泣いてもええ?」

「駄目に決まってるでしょう」

「駄目なんかい!?」

 

えぇー! と驚きの声を上げるロキから視線を外し、ヘスティアを見る。

 

「それで、何時来ても良い様になんて言うって事は、知っているんですか?」

「レベルダウンの原因の事かい?」

「えぇ」

「っと、せや。はよ教え、序でに妙に力が入らない事に関してもな」

「急かさなくても教えるよ全く。まぁ、原因は昏き禍けどね」

「あぁ、やっぱりですか」

「タイミング的にそうやろな」

「で、どうしてそうなったかと言うとだね、断言が出来る訳では無いんだけど。多分、昏き禍が恐怖心を糧として居る事が関係あると思うんだ」

「恐怖心、ですか」

「そうだ。奴に対して恐怖するとそれを昏き禍は食らい力を増すんだ」

「で、それと恩恵とがどないな関係が在るっていうんや」

「僕たちは見た目は人だけど根本はエネルギーに意志が宿っただけの存在だ。そして恩恵はそんな僕たちの命、いや体かな? そう言っても良いエネルギーを少しだけ貸し与える事で成り立っているんだ。影響が出ない範囲でね。それを踏まえた上で考えれば分かる事だよ」

 

その言葉にレフィーヤは考え。すぐに答えに辿り着いた。

 

「…恐怖心と一緒にエネルギーも一緒に奪われたと言う事ですか?」

「うん、そう言う事だ。と言ってもさっき言った通り断言できることじゃないけどね。しっかりと確認するには誰かが犠牲にならなくちゃいけなかったし。そもそも、そんな事をしたら昏き禍が強くなっちゃうからね」

「まぁそれは仕方がない事では在るというのは分かりますが。えっと、詰まりレベルが低下する様な事態が発生したのは」

 

 

「単純に、レベルを維持できるだけのエネルギーが無いからだね」

 

 

それが、本当だとしら。

 

「…どうしようもないですね」

「時間しか解決してくれない問題だからねぇ」

「妙に力が入らないのってそういう事かい」

 

その話を広めないのも分かるというものだ。

 

「まぁ、そう言う理由もあって冒険者の引き起こす問題の四割くらいは如何し様かって頭を抱える羽目に成ってるんだよね」

「あぁー、レベルダウンが原因やったとすると……せやなぁ」

「まぁ、仕事の大半は自称神である君達が押し付けてきた奴なんだけどね」

「いやうちは割かしちゃんとやってるやろ」

「ちゃんと……はっ!」

「鼻で笑われた」

「ちゃんとって言いたいんだったら道端でセクハラをするのをやめてからにして欲しいものだね。苦情が凄いんだよ苦情が! と言うか何でうちに来るんだよ君の所で処理しろよ!!」

「いや、それは、あれやから。うちのおかんがその、あれやん」

「そんな事僕が知るか!!」

 

なんて事を言い合う二人。それを聞きながらレフィーヤはふと、思いついた事が一つ。それがうまくいったならと想像し、思わず笑みを浮かべた。

 

「まぁ、神様が色々としでかして居る事に関しては置いておくとして。私としても冒険者の問題はなんとかしたいんですよね。同業者が問題を起こすと私達にも結構影響が出てしまいますし」

「あぁー、そうだね。でも」

「どうしようもないのは分かってますよ。何度もいってますし。あぁ、こう何かあればいいんですけどね。迷宮みたいなのとか」

「……ん? レフィーヤ君?」

「まぁ、確かにそうやな。迷宮、ダンジョンが残ってればそれに意識を向けさせる事も出来たやろな。言うても仕方ない事やけど」

「そうです。でも思っちゃうでしょう? あったらなぁって」

「せやなぁ」

「え、いや、レフィーヤ君?………あ、あぁー。そう言う事か、そう言う事かいレフィーヤ君」

「えぇはい」

「は?」

 

如何いう事なのかと首を傾げるロキを横目に、ヘスティアはレフィーヤが如何いう意図でそう言葉にしたのかを察し、呻く様に声を零す。

 

「いや、まぁうん。それが一番手っ取り早いと言えばそうなんだろうけどさ。あぁー……うん、もうちょっと時間が欲しいかな。しっかり話合わないといけないし……うん、せめて三日くらい」

「別に急かすつもりは在りませんよ。其の所為で報酬が用意できないなんて事に成ったら大変ですし。私達もちゃんと話をする必要が在りますからね。まぁ分かり切ってますけど」

「そこら辺はちゃんとしてるんだよねっていうか毟り取る積りなのかい君は。いやまぁ、そうなるだろうけど……取り合えず、うん、そう言う事で」

「はい、期待して待ってますね」

「そうかい……はぁ、まだ一日経ってないよね。君たちが報告してから。しかも今度って言ったはずなんだけど」

「そうですね」

「……ははッ」

 

乾いた笑みを浮かべ、さて如何し様かと考え始めるヘスティアを見てレフィーヤは満面の笑みを浮かべていた。これからの事を考えて、胸躍らせながら。

 

 

 

 

 

「……いやどういう事やねん」

 

そして首を傾げるばかりなロキの声が、響いたという

 



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第二百十一話

くるりと杖を回しながら、何気なく思う。

 

「流石に強引過ぎましたかね」

「依頼の話が?」

「えぇ、はい」

「まぁ確かに少しどうかと思う所は在るな。だが敢えて言うとあれだな、良くやった」

「其れほどでも」

 

在ると思います、なんて思いながら杖を握り直し、仲間達を見る。それぞれがそれぞれ、準備万端で。だからローウェンも頷いて見せた。

 

彼らは笑顔で迷宮に足を踏み入れた。

 

 

 

地図を見て、辺りを見渡してまた地図を見て。ふっと一息入れてから改めて見渡してから一言レフィーヤは呟いた。

 

「ここは違うみたいですね」

「違う? なにが」

「アスラーガ近くに在った迷宮とはって事ですよ」

「あぁー…そうだね、構造とか変わってないしね」

「えぇ、其の事が少し残念なような、そうでない様なって感じなんですよね。まぁ、あれと同じだったら困った事に成ってたでしょうけどね」

 

主に恩恵持ちのオラリオの迷宮に潜っていた冒険者たちが。何だこれはと困惑する事間違いなしだろう。レフィーヤがそうだった様に。

 

まぁ現在のレフィーヤはまたあの良く分からない不思議な迷宮に挑みたいと思って居たりするのだが。

 

「まぁ取り合えず地図が嵩張る様な事に成らずに済みそうで良かったと思っておきます」

「アルカディアの四階層みたいなあれか」

「あの忌々しい階層の事を思い出させないでくださいよ」

「あれ、レフィーヤ未だにあそこの事を引きずってたのかい?」

「ハインリヒさんがハイ・ラガードの四階層の事を未だに引きずってるのと同じですよ」

「そうか、なら仕方ないね」

 

と、同意するように頷いたハインリヒの表情はその時の事を思い出してか、当然の様に死に絶えていた。多分、自分もそんな感じなのだろうなと、レフィーヤは思った。

 

「まぁ、其れは置いておくとして。何処まで続いてると思いますか?」

「そうだな。個人的にはかなり深くまでと思ってるぞ」

「ほほぉー……勘ですか?」

「正解」

 

と、何でもないかのように口にするローウェン。だが実際その通りに成りそうなのが彼の凄い所。伊達に人外と呼ばれてはいない。まぁ、これで凄く浅かったら全力弄り倒しながら笑い飛ばすつもりなレフィーヤだったりする。

 

なんて思いながら上から落ちてきたモンスターを杖で殴り飛ばしてから術を叩き込み。言葉にする。

 

「そう言えば依頼の事なんですけど」

「あぁ、迷宮が何処まで続いているのか調べて来いってやつだろう」

「其れの、かなり深くまで続いている様なら目印に成る何かを見つけてきて欲しいってやつですけど。目印ってあれですよね。樹海磁軸で良いだろうって成ったじゃないですか」

「あればだがな」

「そう、其れに関してなんですけど。樹海磁軸以外に目印に成る様なものって、在りますかね?」

「知らん。其れこそ、話した通りその時に成って見て考えるしかないだろう」

「まぁ、そうなんですけど」

 

そう言葉にしながら息を吐く。

 

「やっぱり強引に事を進めたのが良くなかったんですかね。そうでなければこう、ふわって感じの依頼には……いえ、そう変わりは無かったかも知れませんね」

「だろうな。見つかったばかりの迷宮なんてそんなものだしな」

「ですよね。なんかこう、情報が殆どないというか、或いは当てにできない感じがして」

「楽しいだろう?」

「それはもう、凄く」

 

アスラーガの第五、第六迷宮を思い出すなとレフィーヤは思う。何とも言えない手探りをしている感覚が堪らないのだとレフィーヤは笑顔を浮かべる。まぁ、訪れる度に構造が変わるアスラーガ付近の迷宮とは少し感覚としては違うのだが。楽しい事に変わりはない。

 

「まぁ、でもちゃんと依頼を熟せるかどうかって思いはしますけどね」

「其れに関しては開き直するか無いだろう。無かったら無かったって報告するしかないんだし」

「……それもそうですね」

 

あぁ、確かにと頷きながら悩む事では無かったなとレフィーヤは思う。

 

「と言う事は後はもう冒険を楽しむだけですね!」

「そうだな」

 

ふっと笑みを浮かべながら下へ続く道を下りていくローウェンとそれに付いていく彼ら。さてと、この下はどうなっているのだろうかと余裕を持ちながら警戒しつつ降り。

 

「取り合えず変わらないみたいだな」

 

迷宮の二階部分は一階とそう変わらず、洞窟を思わせる場所のままだった。

 

「やっぱり前のオラリオの迷宮と変わらず、って考えるのは早計ですよね」

「まぁ、モンスターとか罠とかがどうなってるのか分からないしな」

「そう言えば前の迷宮にはこう、殺意に塗れた罠って在った覚えが無いんですよね。私が知らないだけかも知れませんけど」

「迷宮の悪意とかいう奴か。まぁ、だがそれに関しては昏き禍が恐怖心を食らうとかいうのを考えるとそうだとしても納得できるけどな」

「……詰まり、じわじわとなぶって少しづつ食らって居たと?」

「かも知れないってだけだがな」

「性格が悪いですね昏き禍」

「お前には言われたくないだろうがな」

「ローウェンさんにもでしょうけどね」

「違いないな」

「全くですね」

 

自分の性格が良いとは欠片も思って居ない二人。ある意味、イイ性格しているともいえるが。なんて、思った直後に歩みを止める。レフィーヤだけでなく、全員ががだ。それは気が付いたから、今までの敵よりも強大な何かが居る事に。

 

「……F.O.E、って感じのなにかが居ますね」

「だな。凄い主張してるな。此処に居るぞって感じで」

「まぁいるかもしれないとは思ってたけどね」

「で、ござるな。しかし、一気に迷宮らしくなった気がするでござるな」

「確かにそうね。今までのにも居たものね」

 

だが、彼らは取り乱さない。先程と変わりなく余裕を持ちながらも油断なく武器を構え。進んだ先に居るだろうそれに向かって歩み、見る。

 

そして、そこに居たのは…蟻だった。

 

 



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第二百十二話

「蟻だな」

「蟻ですね」

「どう見ても蟻だね。あぁ、そう言えば前のオラリオの迷宮にも蟻のモンスター、確かキラーアントだっけ? が居たらしいけど、あれがそうなのかな?」

「いや確かにキラーアントっていう名前のモンスターは居ましたけど」

 

言いながら、改めて見る。そして思った事を隠さずに言葉にした。

 

「あんな大きくは無かった気がします」

「まぁ、お前よりも二回り程でかいしな。あの大きさが普通だったならそう書かれてただろうしな」

「と言うかよく見たら見た目が結構違いますね、あれ」

「キラーアントがただでかくなっただけ。と言うのとは違うかもしれないって事か」

「別種なのか、それとも進化したのか分かりませんけどね。何方にせよ、気軽に手を出さない方が良さそうですね。特性と言うかがキラーアントと同じだったら面倒どころじゃ無いですし」

「あぁ、仲間を呼ぶんだったか。だとしたら確かにそうだな」

「まるでD.O.Eでござるな」

「そう言えばあいつ等も同じような事出来たな」

「呼んだというか寄って来たって感じでしたけどね。で、如何しますか?」

「そうだな」

 

と、言いながら蟻を見る。気が付いていないのか、それとも気にしていないのか変わらずゆったりと歩いている蟻を。

 

「……襲ってくる様子がないから無視で」

「虫だけにって事ね」

 

なにか馬鹿な事をコバックが言ったがそれも無視して、彼らは先へと進んでいく。下を目指して歩んでいく。

 

 

 

積りだった。

 

 

 

ギチリッと不快な音が響く、連続する。それはレフィーヤの想像が正しければ警戒音と呼ばれる類の物で在るはずで、その音は蟻から響いた様に思えた。だから彼女は、いや彼等は振り返り武器を構え見据える。視線の先には当然、巨大な蟻。だが、しかし。

 

「…敵意が私達に向いてませんね」

 

そう、まるでここではない何処かにこそ敵が居ると言わんばかりに敵意を彼らではない何処かに向け乍らその身を震わせている蟻。そして、音を響かせながら走り去っていく。

 

彼らは蟻の姿が見えなくなっても警戒を続け。そして暫くしたのちに力を抜き、構えを解く。

 

「何かが在ったんだろうな」

「みたいですね…さっきのってキラーアントのあれ、で良いのでしょうかね?」

「まぁ明らかに、っていうのは言い過ぎか。多分そうだろうな」

 

だとするならば、此処ではない何処かに居た蟻の同種に何かが在ったと言う事だろう。

 

「何が在ったんでしょうね」

「さてな。恐らく何かが在ったんだろう、程度の事しか言えないな。ただ」

「なんですか?」

「進んでいけばその何かと遭遇する可能性が在るっていうのは考慮しておかないといけないな」

 

それはそうだとレフィーヤは頷く。ここでまぁ大丈夫だろうなどと考えるのはただの油断で慢心だ。一気に死に近づくだろうし、そう考える時点で冒険者として終わると思っていい。冒険とはそんな甘いものでは無いのだから。

 

だからこそ楽しいと言えるのだけれど。

 

「それじゃあ、今度こそ進むか。なにかあったらすぐにだぞ」

「分かってますよ」

「言われなくとも」

「なら良し」

 

スッと目を細めて頷きながらローウェンはそう言うと、歩みだす。今まで以上に辺りに鋭い視線を巡らせながら。それに続くレフィーヤ達もまた同じで、その何かを見逃さない様にと。そして、すぐに異変と呼べる事が起きている事に気が付いた。

 

モンスターが居ないのだ。一匹たりとも。

 

「…ローウェンさん」

「隠れてるな。感じからして強い敵から逃れる為って処か」

「やっぱりですか」

「さっきの奴、かしらね」

「そう考えるのが妥当だな」

 

言いながら先に進む。やはり、モンスター達は息を潜め姿を見せようとしない。ただ、何処か、奥へと向かって進む蟻のモンスター以外は。

 

その様子から、今も何かが起こっている。いや違う、何かに襲われていると言った方が良いかもしれない。痛い程の敵意か、或いは闘志とでも言えばよいだろう、それを感じたのだから。

 

「下からだな」

 

何気なく呟かれた言葉に、レフィーヤは静かに頷いた。そしてやはりかと思う。このまま下に向かえば、間違いなくそれと遭遇するに事に成ると。

 

だが、迷うことは無い。恐れはしても止まることは無い。何時もの事だと思いはすれど油断など無く。軽く視線を交らわせ、頷いて進む。モンスターの姿の無いその階を。

 

どの位進んだだろうか。変化が一つ。それは音だ、音が聞こえるのだ。

 

それは何かが叫ぶ音。

何かが擦れる音。

何かが潰れる音。

何かと何かが戦う音。

 

鼻を擽る独特の香り、それは何だったかとレフィーヤは思い出そうとして、蟻の体液の其れだったかなと首を捻る。やはりそこまでちゃんと覚えてはいないかと、思いながらローウェンを見る。

 

「さてこの先で何かが、と言うか蟻が何かに襲われてるって感じですかね?」

「まぁ、だろうな。流石に、これでただ事故が起こっているだけですとは言えんよな。聞こえるの明らかに戦闘音だし」

「それの音が今まさに聞こえなくなった訳ですけど。如何しますか?」

「そんな分かり切ってる事を態々訊くのか?」

「そうですね」

 

その通りだと頷いて、彼らは迷いなくそこへと踏み込んだ。

 

 

 



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第二百十三話

そこは血に塗れていた。恐らく蟻たちの巣であっただろう場所はその蟻たちの体液に沈んでいた。無数と言える程に大量の蟻たちの死骸の中心に一回り程大きな、そう女王蟻と呼ぶに相応しいだろう蟻が。

 

貪られていた。

 

女王蟻に匹敵する程の大きさを持つ、狼。それが音を立てて殻を噛み砕き食らっていた。その体には無数の傷跡が目立ち、つい先ほどまで激闘が続いていたという証明と成っている。

 

視線を走らせる。今、この場に居るのは巨狼を含めて、三体。其の全てが消耗が激しいからか、彼らに気が付く事無く蟻を貪っている。

 

さて、如何したものかと考える…よりも早く動くのは二人。ゴザルニは駆け、ローウェンが銃弾を放った。明確な隙が在るのだから、それを逃す訳が無いのだと言わんばかりの速攻を掛ける。

 

銃声が響くと同時に、何が起きたのかと顔を上げるよりも早く狼たちはその場を飛び退いた。モンスターとは思えない、その動きはしかしローウェンからすれば想定の範囲内でしか無く。飛び退き着地すると同時に狼を打ち貫く。

 

だが、死んでいない。三頭の内一体は眼球を撃ち抜かれ、今にも事切れようとしているがそれでも生きており、敵意の籠った視線を彼らに向けている。

 

 

ので、容赦なく氷塊を叩き込み止めを刺す。

 

 

断末魔も無く潰れる狼、しかしそれに一瞥もくれる事無く巨狼は吼え、一気に加速して踏み込んできたゴザルニに向かって牙をむく。

 

「っと」

 

想像以上に速い。傷つき消耗しているとは思えない程だ。故に彼女は牙から逃れる様に軽やかに動き、刃を振るう。血が舞う。けれど悲鳴を上げる事無く、巨狼は冷静に距離を…取らない。

 

短く吼えると残った一体の狼が大きく動き、逃走を始める。と、同時に頭蓋が撃ち抜かれ崩れ落ちる。

 

それを見てか、それは分からない。けれど確かに怒りを込めた唸り声を上げながら執拗にゴザルニを責め立てる。下手に下がればそれでお終いだと言わんばかりに。

 

牙と爪とがゴザルニに襲い掛かる。けれど、動きが鈍い。ゴザルニでなくとも危なげなく躱せる程に。やはり消耗しきっている。どうしようもない程に。

 

爪が振るわれると同時にゴザルニの刃が走る。それは容赦なく巨狼の前足を断つ。

 

今度こそ、悲鳴の如き声が響く。けれど、それでもまだだと振りぬいた直後のゴザルニを噛み砕かんと牙をむき。

 

 

真下から作り出された氷の柱に貫かれた。

 

 

柱に貫かれたまま力無く項垂れる巨狼。そっとゴザルニは触れ、事切れている事を確認して、頷いて見せた。

 

「他には…居なさそうですね」

「もっと居たんだろうがな。恐らくは蟻との戦いで数が減ってあの状態だったんだろう」

 

そう言いながら改めてローウェンは見渡す。同じようにレフィーヤも見ると、先程倒したのとは違う、狼の死体が幾つも見える。噛み千切られた様な跡が見える事から、蟻と戦って居たのは間違いないだろう。

 

サッと死体の数を数える。見える範囲では、蟻の四分の一に届くか届かないか程度の数しかない。いやこれは狼の数が少ないのではなく、蟻の数が多いのかとレフィーヤは思いながら頷き。気が付き、思った事を口にする。

 

「ローウェンさん」

「なんだ?」

「狼の毛色、緑色…ですかね?」

「みたいだな。蟻の体液でかなり分かりずらいが」

「ですね」

「爪もかなり鋭いし長いな。走るのに不便そうだって思う位」

「石やら岩やらしかない洞窟の中を動き回るのには向いてなさそうですね」

「だな」

 

ふむ、とローウェンは軽く考える様な仕草をしてから、言葉にする。

 

「やはり、縄張り争いか」

「この場合、攻めてきたのが狼って感じですかね」

「蟻に比べて狼の感じが洞窟暮らしって感じでは無いからな。恐らくはだが」

「それで狼がここまでくる間に居なかったのは」

「ここで戦って居たからか」

「或いは下からやって来たかだね」

 

と、辺りに危険がないか見て回っていたハインリヒが近づきながら言葉にした。その通りだなと頷きながら、さてとさらに考える。

 

「…下から来たのだとしたら、その理由は」

「エサ不足か、或いはあの狼がしたことと同じだな」

「何かに追いやられたと言う事か」

 

だと、したら。

 

「あの狼を追い払えるだけの何かが下に居るって事ですか」

 

言いながら、さらに奥へ。さらに下へと続いている道を見る。

 

「それはなんと言いますか。非常に楽しみですね!」

「迷宮の底へと至らんとする冒険者たちの前に立ちはだかる強敵。うん、物語的だけど非常に良い」

「まぁぶっちゃけ、いつも通りでは在るけどな」

「迷宮ですかね」

「迷宮だからね」

 

その通りだと頷きながら、近づいてくるコバックとゴザルニを見て。如何しますかとレフィーヤはローウェンに問いかける。と言っても、帰ってくる言葉は分かり切っているのだが。

 

「当然、進むさ。まだ、依頼にあった目印に成るものが無かったというには早いからな」

 

そう言葉にするローウェンに、レフィーヤも思わず笑みを浮かべてしまう。確かにと頷いて見せる。

 

「それはよくありませんね。無理は駄目ですけど、最善は尽くさないと」

「だろう? まぁそれらしいものが在ったら帰るけどな」

 

と言う訳でと軽く見渡して、それぞれが同意を示す様に頷いたのを見て。彼は、彼らはさらに奥へと向かって歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、しかし。

 

「あ、樹海磁軸」

 

下りてすぐにそれを見つけたのでさっさと帰還するので在った。

 



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第二百十四話

「うぉぉぁあああぁああぁああ……――――――――」

 

もはや見慣れた、疲れた表情を浮かべて項垂れるヘスティア。彼女はハインリヒからの話を聞いて椅子の背もたれに寄りかかり、視線を彷徨わせてから言葉にする。

 

「まぁ、うん。確かに樹海磁軸は目印としてはこの上ないものではある。そこに関しては文句はないよ」

「そうですか」

「うん、まぁうん。それで、その蟻? キラーアントでは無いとか言ってたけど。其れってどれくらいの脅威なのさ」

「どれくらいと言われても、僕には判断できないかな。レフィーヤ、君は何かこう彼女に分かり易く言える?」

「そうですね」

 

と、少し考える。分かり易くと言えばやはりレベルだろう。そう思い、考えて。言葉にする。

 

「レベル2の冒険者なら油断しなければ大丈夫だと思いますよ」

「へぇーレベル2かぁー、そっかぁー……因みにレベル1だった場合は?」

「死にます」

「そっかー死ぬのかぁー……因みにだけど」

「なんですか?」

「さっきのレベル2なら大丈夫って、何が大丈夫なんだい?」

「其のままの意味ですが」

「……そっか」

 

ふぅ…っと深くヘスティアは息を吐き、言葉を口にする。

 

「今現在オラリオに居る冒険者の最高レベルは幾つだか知ってるかい?」

「知りませんけど」

「まぁ、だろうね。弱体化したという事実をそう好き好んで言いふらす様な事はしないだろうからね、普通」

「でしょうね。それで、どの位なんですか?」

「……4だ」

「4?」

「そう、レベル4。それが現在の最高レベルだ」

「はっきり言いますね」

「まぁね」

 

と言う事は、何かしらそう言えるだけのものが在ると言う事なのだろう。例えば最高位、いや最強の冒険者がそうなのだとか…いやまぁ、取り合えずそれは良いとして。仮にレベル4が最高だとしたら、それ以下は一体どれだけ居るのだろうかというのが重要だ。

 

「で、レベル1の冒険者はどの位居るんですか?」

「そんな事を把握出来てる訳が無いだろう馬鹿か君は」

「罵られるほどですか? いやですね」

 

よく考えればその通りだ。ただでさえ冒険者の大半がレベル1で、それがさらに増えた上に仕事仕事仕事の仕事三昧で時間も無い、挙句そうなったという事を進んで伝えに来るようなもの好きなんてレベルでない人が居る訳も無く。そう考えれば、本当に訊く必要のない問いだったなと、レフィーヤは頷いた。

 

「と言うか今更ですけどよく知ることが出来ましたね」

「え?……あぁ、レベルダウンの事かい。其れに関しては親切に……親切、か? まぁ、そんな感じで教えてくれた人が二人程いてね。尤も、本当に善意で伝えてくれたのは一人な気がするけどね」

「へぇー、二人も居たんですか……因みにですけど」

「流石に教えないからね?」

「それは残念です。まぁ、二人の内一人は何となく想像付きますけど」

「そうなのかい?」

 

その言葉に頷いて見せた。本当に想像だけなのだが。しかしその通りだったなら先ほどのヘスティアの発言も確かにと思える。何でそんなことするのか本当に分からないから。

 

「で、レフィーヤ。その誰かは一体誰なのかな? 僕も知ってたりする?」

「しますよ。ほらあの人、と言うか神ですよ。あのねちっこい視線を向けてくる痴女みたいな恰好してる」

「痴女みたいなって……あぁ、彼女か」

「ちょっと待ってもらってもいいかな?」

「なんですか?」

 

と、首を傾げながら視線を向ける。表情が死に絶えているヘスティアに。

 

「その、あれだ。もしも間違えてたらあれだからね、いろんな意味で。一応、その想像してる人物、いや神物か。が誰なのか教えてくれないかな?」

「神フレイアですけど」

「………そっかー、本当にあれだね。相変わらず色んな意味で凄いね、いや本当に!」

 

やけくそ気味にそう叫ぶヘスティア。反応を見るにどうやら間違って居なかったようだ。中々冴え渡っているのではと特に意味の無いポーズを取りながらレフィーヤは思うのだった。

 

「いやしかし痴女、痴女って」

「いえ、どう考えても痴女じゃないですか」

 

と言うかあんな自分たちを欲情しきった顔を浮かべながら見つめてくるのだから痴女以外の言葉では言い表し様が無いだろうとレフィーヤは思う。まぁそんな事をヘスティアが知る訳も無いのだが。正直、余り関わりたくないというのが本音だ。

 

「まぁ、そんな事はどうでもいいとして」

「如何でもって、いやまぁ確かに関係は無いかもしれないけど」

「でしょう? 重要なのは、迷宮の事をこれからどうするかって事ですよ」

「それは、それはなぁー…取り合えず話し合わなければいけない事では在るから何とも言えないのは、まぁ分かるだろう?」

「其れは勿論」

「だからこれは個人的な言葉でしかないけど。皆に教えたいと思って居るんだ」

「そうなんですか?」

「うん」

 

頷くヘスティアは、窓から見える景色を見ながら言葉にする。

 

「だって、嫌だろう? 冒険者が、冒険出来なくて落ちぶれていくなんて」

「確かに、そうですね」

「まぁ、自分で冒険をする場所ぐらい探せって話だけどね」

「それは本当にそうですよね。何も冒険の舞台は迷宮だけじゃないのにそれが無くなったらもう出来る事が無いみたいな空気に成るのは本当にどうかと思いますよ」

「何度も言うけど、本当に色んな意味であれだよね、君達は」

 

苦笑を浮かべるヘスティア。そしてはてと首を傾げて、彼女は問いかけた。

 

「そう言えば良いのかい?」

「何がですか」

「迷宮の事を広めてさ。独占、と言う訳じゃないけど、今の所挑んでいるのは君達だけなんだから、其のまま広めない方が邪魔される事無く冒険出来るだろうに」

「あぁ、そんな事ですか。良いんですよ広めても」

「寧ろ、広めて貰わないと駄目だ。うん、駄目だね」

「それは何故なんだい?」

 

何故って、其れは勿論とレフィーヤは言葉にする。

 

 

「競う相手が居た方が、面白いからですよ」

 

 

そう、ヘスティアに向かって笑顔を浮かべながら告げたのだ。それを聞いた彼女はポカンと唖然としたように口を開けて、そして困った様、けれど楽し気に…笑ったのだった。



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第二百十五話

一週間。それを長いと感じるか短いと感じるかは人それぞれで在り、そもそも状況に因って変わる事も良くある事だ。だが、よほど忙しかったりしない限りはどうしてもやる事の無い、言ってしまえば暇な時間が生まれてしまう訳で。

 

「それでさて如何し様かって考えてたら丁度ベートさんを見かけた訳ですよ」

「……詰まり何が言いてぇ」

「暇つぶしに付き合えくださいおらぁ!……って事ですよ」

「喧嘩撃ってんのかおい」

「何言ってるんですか。その通りに決まってるでしょう」

「てめぇはよぉ……ッ!!」

「あ、蹴ります? 蹴っちゃいます? 挑発に乗って蹴っちゃいますか?」

「ぐッ…! てめぇほんっと性格悪くなったなおい!」

「あ、分かります?」

「分からねぇ訳ねぇだろ!」

 

ですよねと言いながらレフィーヤは頷いた。だって分かる様に言っているのだしと。

 

「で、どうですか? イライラしてますか? 殴りたいですか?」

「あぁ、今すぐ蹴り殺したいくらいにはな!!」

「ならば良しですよ」

「なにがだよ!」

「だってイライラを溜め込んでも碌な事にはならないでしょう? それならせめてそれを何かに向けることが出来れば随分と楽だとは思いませんか?」

「…てめぇ」

「まぁ、あんな状況じゃ溜め込むのも仕方ないとも言えますけどね。無駄な事してるな見たいな視線を向けられちゃ鍛錬にも身が入らないのも仕方ないですよ、鬱陶しいですし」

 

ベートの表情が歪む。恐らく街中を歩いていたのはロキファミリアの居心地が、と言うか向けられる視線が嫌でと言うものなのだろう、と勝手に思ってみるレフィーヤ。

 

「じゃあ美味しいものを食べに行きましょうか」

「なんでだよ?!」

「え? だってイライラ解消、と言うかあれですよ気分転換したい時は美味しいものを食べるに限るでしょう? 若しくは術を自重なしの全力ぶっぱとか」

 

で、ベートはそう言うのに向いている術は憶えていなかった筈だから必然的に美味しいものを食べに行く事に成るのだとレフィーヤは言う。

 

「あ、術を全力で放ちたいんですか? 良いですよ、一時間ほどあれば基本的な術は使える様になりますし。ある意味でそっちの方が良いかもしれませんね。楽しいですよ、周りに一切遠慮なしで放つ術って」

「いやしねぇから」

「そうですか、それじゃあ食べに行きましょうか。当然、私の奢りで」

「…奢らされるのかと思ったんだが」

「やだなぁ、其れやったらもはや性格が悪いんじゃなくてただの嫌な奴じゃないですか」

「分からねぇ…」

「さてと、それじゃあ行きましょうか。最近いい店を見つけたんですよ。こう、貴様に勝てるかな? って挑発する様に笑みを浮かべながら料理を出してくる店主が居る店なんですけど」

「どんな店だよ」

 

そう言いながら溜息を吐き、意気揚々と歩いていくレフィーヤに仕方がないと言った様子で、そして少し疲れたような表情を浮かべながらベートは付いていく。

 

 

そして今、彼は泣いていた。

 

 

鼻水は詰り垂れ、咽ては餌付いている。あぁ、此処こそが地獄なのかと彼はきっと思って居る事だろう。声が酷く掠れている。けれどそれでも彼は声を縛りだして問いかける。

 

「んだよ、ぞれ?!」

「鍋ですけど」

 

可笑しな事を言うものだと、レフィーヤは思いながらそう返す。どう見ても鍋ではないかと。

 

「な…べ?」

 

震えながらレフィーヤの眼前に在る個人用の小さなそれを彼は見る。釣られる様に彼女もまた見る。ゴポゴポと溶岩の如く弾け煮えたぎるそれを。

 

「じってるのどぢげぇぞ……ッ!!」

「それはまぁ、そうでしょうね。特別な激辛鍋ですから」

「ぞんなレベルじゃねぇぞごれ!?」

 

そこまで言う程だろうかと思い、よく考えたら慣れてない人や鼻がよかったりする人からしたら其れこそ拷問でしか無いのではないかと今、気が付いた。忘れていたともいう。

 

「あぁー、すみません。完全に私のミスですね……取り合えず、離れます?」

 

そう言葉にすると彼は音を立てて立ち上がり勢いよく離れていく、其れこそ限界まで。店の外に、というか言われるまで動かなかったのはプライドの問題なのだろうか。こう、引いたら負けみたいな。

 

完全に失敗したなと思いながらも、レフィーヤは次の瞬間にはその事を意識から追い出した。そして見るのは眼前に在る鍋と、不敵な笑みを浮かべている店主のみ。そして何時の日だったか、敗北を突き付けられたあの鍋を思わせるそれに。レフィーヤは今、挑む。

 

 

 

涼やかな風が心地よく頬を撫で、通り抜けていくのをレフィーヤは感じ、目を細める。そして、しっかりと視線をげっそりとしていたベートへと向けて、頭尾下げた

 

「その、本当にすみませんでした。よく考えなくても好みの問題が在ったのに」

「いや、好みとかってレベルの問題じゃねぇだろあれ。ただの劇物だったじゃねぇか」

「劇物とは失礼ですね。いえまぁ一般の人からすればそうなのかもしれませんけど美味しいんですよ? こう、辛さがまるで熟練の鍛冶師の振るう槌の如く舌と脳を揺さぶる程の強い衝撃を与えてきてですね。そしてですね、それを超えた先にですね、鍛え抜かれた剣の如き食材の旨味がさながら達人の振るう剣劇の様に迫ってくるんですよ」

「いや分かんねぇよ」

「む、ベートさんもですか。なんか皆そう言うんですよね」

「だろうな、其れに関しては全力で同意してやるよ」

 

そう力強く言葉にするベートに、やはり同士はそう多くは無いのかとレフィーヤは思ったのだ。まぁそれは其れで仕方ない事だと思い。さてと言葉にする。

 

「で、あぁー……一応訊きますけど、気分転換に成りましたかね?」

「成ったと思ってんのか、おい? ただひでぇ目にあっただけじゃねぇかよ」

「ですよねー」

「…あぁー、ただまぁ。あれだ」

「はい?」

「苛立ちは何処かに行ったのは確かだな」

「………ベートさん」

「んだよ」

 

これは言うべきかはレフィーヤには分からない事だ。だが言わなければいけないと心の中のロキが言って居る。何処からか言ってへんけど!? なんて聞こえた気がしたが、気のせいだろうからと無視して、レフィーヤははっきりと口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう事言うからツンデレって言われるんですよ?」

「うるせぇ!!」

 



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第二百十六話

「新たなダンジョンが見つかった」

 

それは多くの人々にとって突然の事だった。街のほぼ中心に存在する少しだけ高い場所に存在する世界樹のよく見える広場。そこにギルドの職員が集まり、そこの新たな長に無理やりされたヘスティアが用意された壇上の上に立ったかと思えば、そう口にしたのだ。

 

「それは今までと同じものなのか、そうでないのか。どのようなモンスターが現れるのか、どの様なトラップが存在するのか、何処まで続いているのか。まるで分からない…未知のダンジョンだ」

 

ギルド職員が何かをしているのをかぎつけてか集まっていた人が、神々が驚きに目を見開き、そしてその多くが顔を蒼褪めさせた。それが、どうしてなのかをヘスティアは理解しながら、それでも街全体に響かせんとする程、声を張り響かせる。

 

「この事実をこうして口にして居るのは、君達冒険者に聞いて欲しかったからだ。そして、在る依頼を出す為でもある。それはダンジョンの調査、探索…では無く、踏破を目的としたものだ」

 

彼女は見渡す、何時の間にか集まってきていた人々を。冒険者を見る。

 

「勿論、これは強制ではない。何せ三大を超えるほどの超高難易度であるとはっきりと断言できるからだ。故に、君達はこの依頼を受けても良いし、受けなくても良い。全て、君達の意志で決めてくれ」

 

あぁ、けれどとヘスティアは忘れていたと言わんばかりに口にする。

 

「仮に依頼を受けなかったとしても。君たちは思うがままにダンジョンに挑むと良い」

 

え…? と言う声が零れた。それが誰からのものだったのかは、ヘスティアにも分からないが、それでもどうしてなのかは分かった。

 

「そう、望むのだとすれば遠慮することは無い。依頼を達成する為にではなくとも良いんだ。失われたものを取り戻す為でもいいし、強く成る為でもいい、或いは単純に富の為にと言うのでも大いに結構だ。まぁ、詰りはだ。依頼なんてものは、理由の一つに過ぎないんだよ」

 

だからと、ヘスティアはその両腕を広げて。

 

「望むならば、求めるなら挑め! それが在るかどうかを、自分の目で確かめる為に! 人の子等、冒険者達よ、その新たなるオラリオの……いや」

 

街全体に届けと声を張り上げる。

 

「冒険者達よ、世界樹の迷宮に挑め!!」

 

大樹を見上げながら、言葉を響かせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

が、しかしだ。

 

「なんて言われた割に動きが鈍いですよね」

「そうだな。喜び勇んで突っ込んでいったのはかなり少数だったみたいだな」

「其の内に一人に見覚えのある白髪の少年が居たけど。彼この街に居たんだね。今まで出会わなかったから気が付かなかったよ」

「しかしまた街が汚れるでござるな、血で」

「そう言えば何で彼何時もすぐに血を落とさないのかしらね? どう思う?」

「知らん」

「そうとしか言いよう無いですよね。本人にでも聞かないと」

 

なんていつも通りな会話を準備を進めながらする彼等。そして言った通り以外な程…と言う訳では無いが迷宮に向かった冒険者の数は多くは無かった。全体の五分の一に届か居ない程度でしかない。尤も、恐らくはと付くが。

 

いや或いは逆に、五分の一も言われてすぐに向かったと言うべきか。思わずレフィーヤもニッコリと笑みが浮かんでしまうというものだ。競える相手が多い事がとても嬉しいのだと。当然だが、その中の一人としてベートの姿が見えたのが良かった。

 

そして、金色の彼女も。

 

「まぁ、だとしてもやる事は変わりないんですけどね」

「寧ろ何が在ったら変わる事に成るんだろうね、特にローウェンとか……所で何でいきなりそんな事を言ったのかな?」

「ただの独り言ですけど?」

「あぁ、そうだったのか。なら反応する必要も無かったか」

「でも反応してくれると」

「嬉しい」

 

そう言い合ってから、無言で見つめ合ってからレフィーヤは腕を動かし、ハインリヒとはハイタッチ。やはり心が通じ合って居る。

 

「で、どの位の人が追いついてくるとレフィーヤは思う?」

「そうですね。ロキファミリアの皆さんとかはかなり来ると思いますよ、まぁ多分ですけど」

「多分なのかい」

「ぶっちゃけ今のあの人たちの事、そこまで詳しくないですし。まぁ、ベートさんは来ると思いますけどね。プライド的な意味でも。負けたままで居るとは思いませんし。ねぇゴザルニさん」

「負ける積りは無いでござるがな」

「同じく。あとはそうですね……まぁ、あの人でしょうね」

「あの人とは?」

「それはですね」

 

「アイズとかいう奴だろう?」

 

そう、ローウェンは言葉にした。レフィーヤは視線を彼に向ける。

 

「よく言おうとしてた人が分かりましたね」

「寧ろ分からないとでも思ったのかレフィーヤ……いや違ったな」

「何が違うんですか?」

「違うだろう、なぁ? アイズさん見つめ隊のレフィーヤ・ウィリディス」

「ゴバァ―――ッ?!」

 

何かが込み上げてきて吐いた。若しかしたら血かも知れない。其れほどの苦痛がレフィーヤの胸を貫いた。そして思うの、今それを持ち出すのかと。

 

「何故…今、それを」

「いや、今言ったら中々楽しい事に成りそうだったからな。丁度、忘れているだろうと思ったしな」

 

その通りで完全に忘れていた。言われなければ思い出さなかっただろう程に。なんと言う事か、そんな所まで的確なのか彼はと戦慄する。まぁいつも通りではあるが。

 

それでも苦しい事に変わりはないと悶える。しっかりと準備を終わらせてから。

 

「っと、これで大丈夫でござるか?」

「問題ないわよ、わたしは」

「気球艇も何時でも出せますよ」

「らしいぞ」

「あ、そうですか」

 

そうとなればと、レフィーヤは何事も無かったように立ち上がり、其れっぽく着色してあるだけの水を拭ってから気球艇に乗り込んだ。

 

向かう先は当然、世界樹の迷宮だ。

 



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第二百十七話

彼らが進むは大木の生い茂る階層。世界樹と比べてしまったらあれだが、それでも十分すぎる程巨大な其れは、彼らの進む道を暗く影を落としていた。

 

尤もその程度で彼らの歩みが止められるわけでは無いが。

 

ふと、何気なく上を見るローウェン。どうかしたのかとレフィーヤが見ると、大したことでは無いと言いたげに腕を振って。

 

「いやなに、あの時の狼は恐らくこの階層に生息してたんだろうなって思っただけだ」

「と言いますと」

「木の上にそれらしい傷が見えたから」

「傷ですか」

「そうだ。縄張りの主張の為のものか、それとも単純に移動する際に出来ただけのものか。まぁ恐らくでしかないがが移動した際に出来た物だろうな」

「あぁ、成程。あの爪はしっかり木に食い込ませるためのものだったって事ですか」

「何度も言うが多分でしかないがな」

 

まぁ、実際に見た訳では無いのだからそれは仕方ない事だと思いながらレフィーヤもまた巨木を見上げて、ふと思った事を口にする。

 

「あの狼って木の上で過ごしてたんですか?」

「そんなものさっきの以上に知る訳ないだろう」

「ですよね」

 

在り得ない事では無いだろうが。しかしやっぱり断言は出来ない。何時もの事だが、やはりはっきりしないというのは何とも、引っかかるというか微妙な気持ちに成るものだとレフィーヤは思いながら、落ちてきたモンスターを躱し術で貫く。

 

「まぁ、こんな感じであの狼が上から襲い掛かってくるかも知れないって思っておいた方が良いでしょうけどね」

「其れはそうだな。だが、そいつは襲い掛かって来たというよりはただ単に落ちてきただけだと思うぞ」

「敵意とか無かったですもんね」

 

だとしても危険である事に変わりないが、寧ろ下手な奇襲よりも危険かもしれない。

 

「しかしあれだね。こう、前の階層との差が激しい所とか実に迷宮らしいよね。前のオラリオのダンジョンだっけかもこんな感じなんだっけ?」

「間違ってはいませんけど、そこまで急激な変化では無かった筈ですよ? よく覚えてませんけど」

「断言はしないんだ。まぁ、仕方ない事だけど」

「そうだな。調べようにも資料とか諸々はかなりと言うかほぼ全部この前ので紛失し様だしな。今あるのは記憶頼りの物でしか無いから確実とは言えないし」

 

だから仕方ない事だ、と彼は肩を竦めながら言った。

 

「まぁ、最低限。前のと違うか違わないかが判断出来れば依頼的には問題ないだろう」

「そうですね」

 

と言うかそこの判断がつかなかったら、そもそも依頼を受けていなかったかも知れないしとレフィーヤは思う。達成できないものを受けるほど阿呆では無いのだ。

 

何て、恐らくモンスターの物だろう視線を感じながら彼らは進む。

 

 

 

その眼前に、ズルリッと何かが這い出てきた。

 

 

「…なんだ?」

 

それが何であるのかを彼らは知らない。分かる事と言えばそれが無言で敵意を、いや憎しみの籠った視線を向けてきている事位だ。反射的に杖を構えるが、しかしローウェンに視線で止められ、何もせずにただそれを見る。

 

全身をローブで覆い隠しているそれはゆっくりと視線を動かし。そして、暗く重い声を響かせた。

 

『―――――まだ、駄目だ』

 

ただ一言。それだけを言うと僅かにローブを揺らし、それの姿は溶ける様に消えた。そうして何かが消えてから暫くの間は辺りの警戒を続け、何もないことを確認してから言葉にする。

 

「なんだったんですかね、あれ」

「さてな。少なくとも、友好的では無かったのは確かだろう」

「あれだけの敵意やら憎悪やらを乗せた視線を向けられれば誰だって分かる事でしょう、それは。で、ですよ、何か他に分かった事ありますか? 私は特に在りませんけど」

「そうだな……何となく、魚っぽかったな」

「魚ですか?」

「あぁ、と言ってもさっきローブが揺れた時にチラッと見えただけだがな」

「揺れたって、本当に一瞬じゃないですか。相変わらずですね」

「それはどういう意味でなのかは取り合えずおいて置いといてやろう」

「ありがとうございます」

「しかし魚っぽいというのは確かにそうかもしれないでござるな。其れらしい臭いがしたでござるし」

「え? 臭いって……生臭い感じの?」

「よく言えば磯の香的なものでござるが、まぁそうでござるな」

 

それは、よく言う必要が在るのだろうかと思ったが、取り合えず気にせず考える。

 

「……ここで魚っていうのも可笑しいですよね?」

「まぁ、森だしな。それも水辺が見当たらないし」

「磯、と言うものからかけ離れてるでござるな」

「因みに、其れっぽい所は前のオラリオのダンジョンには?」

「えぇーっとですね……あぁ、在りましたよ。名前までは憶えてませんけど」

「と言う事は、さっきの溶ける様に消えた事を考えるに、そこからここに来たって事に成るのかね……態々俺たちに会いに、と言うか見にか」

「態々?」

「態々」

 

一体どんな意味が在るというのか。それを先程の何かが言った言葉から考える。

 

「駄目だって言ってましたよね。あれは、あれですかね。まだ勝てないから駄目だって事なんですかね」

「或いは、ここから先に進んでも死ぬだけだから帰れって意味かも知れんぞ? まぁ、流石に無いだろうが」

「そうですね。そうだとしたらあんな視線向けてきませんもんね」

 

まぁ、取り合えず如何するのかと言えばだ。

 

「放置だな。出来ることないし」

「ですね」

 

そうしてサクッと切り替えて、彼らは進むのだった。



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第二百十八話

特にこれと言ったことも無く十階までたどり着いてしまったギルド・フロンティア一行。

 

調子を確かめる様に振るい、杖を軽く撫でながらふとレフィーヤはそう言えば聞き忘れていた事が在ったなと思い出した。なので、サッと汗を拭ってから銃声を響かせるローウェンに向かって問いかけた。

 

「そう言えばなんであの時、あの良く分からない魚っぽいらしい何かが出てきた時に私を止めたんですか?」

「ん? あぁそう言えば言ってなかったか。しかしそれ今訊くか?」

「まぁ、今である必要は在りませんけど。妙に気に成りましてね」

「そうか。しかし止めた理由か……なんか、あれだったんだよな」

「あれ、とは?」

 

如何いう事なのかと、レフィーヤは首を傾げ僅かに視線を向けて見る。彼はふむと銃を放ちながら少し考える仕草をしてから口を開いた。

 

「あいつの状態が……あぁ、言い表しにくいがそうだな。追い詰められた草食動物みたいなとでも言えばいいか。そんな感じの状態だと思ったんでな、そんな奴に下手に手を出せば碌な事にはならないだろうから止めた」

「成程、確かにそれは危ないですね」

 

もしも自爆とかされたら困る処ではないしと、何となしにレフィーヤは爆弾カズラや何時ぞやの石像を思い出す。そう言った類のものは命を捨てる事を前提で在るから、止める事が容易ではないから質が悪いのだとレフィーヤは思わずと言った様子で顔を顰めた。

 

それを考えれば確かに手を出さなかったのは正しいのだろう。自爆しなかったとしても、追い詰められて決死の覚悟での反撃と言うのはとても恐ろしいのだから。

 

因みに、どうしてそう思ったのかは聞かない。そう大した理由が在る訳では無いと察したからだ。多分、勘とか経験則とかそう言った当たりのだ。

 

「他に訊きたいことは?」

「とくには無いですね」

 

と、言いながら手の中で軽く杖を回しながら見る。

 

その瞳に映すは恐ろしき妖花。巨大な花に身をゆだねていた美しき人型は香りを纏い。しかし其の全ては命を蝕むもので在った。微笑みを称えた人型の吐息は、鮮やかな花弁より香るそれは惑わし誘い正気を奪う。伸び揺れる蔦は人の体など容易く砕き、絞め殺すことが出来るだろう。そんな十階の中央で遭遇した強力で凶悪な階層の主と呼ぶに相応しいその妖花は。

 

 

今、炎に焼かれ絶叫を上げていた。

 

 

「花って叫べるんですね、ちょっと吃驚……いや、同じ様なのは結構居たような気もしますね。と言う事は別に珍しくはないんですかね」

「知らん」

 

なんて少しずれた事を言いながら、ローウェンの一撃に因って顔の上半分が吹き飛ばされた妖花は苦しみから逃れようと蔦を乱雑に振るい、しかしその全てが彼らに届く前に撃ち落されていくのをレフィーヤは眺め。次の瞬間勢いよくその場から飛び退く。

 

直後に、先程までいた場所を突き破り姿を現すのは妖花の根。蔦に劣らず凶悪なそれは、しかしレフィーヤに因って叩き込まれた炎に飲まれ崩れていく。

 

為す事の全てが阻まれ、唯その身を削られて行くばかり。蹂躙と呼ぶべきその光景が広がる理由は、妖花が彼らよりも弱かったから……では無い。

 

ただ、彼らの予想を上回る事が無かったからに過ぎない。

 

蔦や根による攻撃は強力である事は確かだが、似たような攻撃をしてくる妖花以上に強大で凶悪な存在と戦い乗り越えた事の在る彼らにとっては対処はそう難しいものでは無かった。

 

そして妖花の毒に関しては運が悪かったという他ないだろう。勿論、妖花の方が。彼等の持ち歩いている薬で解毒可能なものだったのだから。そして、毒を使うと分かった時点で彼等は速攻で倒す為に全力で攻撃を叩き込んだのだ。毒を奇襲と同程度かそれ以上に危険だと思って居るから。

 

後はそう、燃えるのが悪い。

 

そう言う事もあって現在の惨劇である。もはや根を使った攻撃すら出来ずに絶叫する妖花の姿に流石のレフィーヤも憐れみを憶える。

 

「まだ叫べるみたいなんで追加行きますね」

「頼む」

 

なんてことは無く、事切れるその瞬間まで徹底的に攻撃を叩き込む。油断などありはしない。

 

さてどれ程の時間が経過したか。其れほどでは無いだろうなとレフィーヤは思いながら灰、或いは炭と化した妖花を見る。

 

まぁ、こんなのが居たらあの巨狼達が逃げるのも仕方がないだろうなとフィーヤは所々に落ちているあの時の狼と同種のものと思われる骨を見て思うのだ。蔦だけでも面倒なのに何時何処から襲い掛かってくるかとても分かり辛い根に毒まで撒き散らすのだから。そう考えながら納得したように頷く。

 

さてとレフィーヤは視線を妖花だったものから外し辺りを見渡す。他にモンスターは来ていないかと探り、近づいてくる敵意を持ったものが居ない事を確認してから。

 

敵意を持たない何かが居る方向へと視線を向けた。

 

向けられるまるで見定めるかのような視線を受けながら、如何するのかと横目で同じ方向に視線を向けているローウェンを見る。すると彼は軽く息を吐いて言葉を口にした。

 

「用が在るなら出てきたらどうだ?」

 

その言葉に、何かが動く。ゆっくりとだがしかし止まることなく。

 

 

離れていった。

 

 

「………来ないのかよ」

 

そんなローウェンの呟きが、辺りに響いたのだった。

 



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第二百十九話

それは雲一つない晴れの日の事。レフィーヤが今いるのは気持ちの良い風が吹き込む部屋。では無くギルドだった。とある理由、というか依頼に関して話が在ったから訪れているのだが。

 

「無理ですね。今回の依頼を私は受ける事は出来ません」

 

と、ギルド長であるヘスティアに向かってそう口にした。

 

「…随分とはっきりと言うね」

「そう言われましてもね。無理なものは無理ですから」

「いやまぁ、そう何だろうけどさぁ」

 

いやでもと、そう少し困ったような表情を浮かべるヘスティアに対して彼女は肩を竦めながら言葉にする。

 

「理由は、勿論聞きますよね」

「当然だとも」

「単純に依頼の内容が問題だからですよ」

 

内容が? と首を傾げるヘスティアを見ながらレフィーヤは自分がギルドに足を運ぶ事となった彼女個人に対しての依頼の内容を改めて思い出しながらそう言った。同じように思い返していただろうヘスティアは少し考える仕草をする。

 

「どこか可笑しな…いや拙い所でもあったのかい?」

「無かったら断りませんよ。あと言っておきますけど別に術を広めたくないからとかいう理由ではないので。寧ろ積極的に広めてます。ラキアでもすでにかなりの人に教えてますからね……と言うかそれを知ったから私に依頼を出したんでしょう?」

「うん、その通りだよ。その通りだからなんで断られたんだって一瞬だけど思ったんだよね」

「でしょうね。じゃあ…と言うのも可笑しいですかね? まぁそれは置いておくとして私の術、印術の特徴がどの様なものか知ってますか?」

「印術の……特徴?」

 

そうですと、何気なく人差し指を立てながら言葉を続ける。

 

「印術の特徴はですね。簡単な事です」

「簡単……何とも、分かり易い特徴だね」

「はい。私は他にも幾つか術理を学んでますが、印術よりも簡単な術は知りません。極端な話、印を憶えてそれを書ける様になればそれだけで使うだけなら出来てしまいますし」

「成程、それは……」

 

言葉が止まり、ヘスティアの視線が泳ぐ。暫くした後に改めて彼女はレフィーヤを見て。

 

「それはとても危ないのでは?」

「危ないですよ。使いこなせなくたって子供でも火事を起こせてしまえるように成る訳ですから。と言う訳で改めて私への依頼の内容を思い返してください」

「……あぁ、成程。そこが問題だったと言う事か」

「はい」

 

そう、ヘスティアからレフィーヤへの依頼、その内容。分かり易く言えばそれは彼女の知る術に関する技術や知識を広めやすい様に紙などに書き出して欲しいというもの。本当は少し違うかもしれないが広めて欲しい、と言うよりは残して欲しいという内容である事に変わりないのはヘスティアの反応を見ればわかる事。だから彼女はもう一度はっきりと言葉にする。

 

「だから、依頼を受ける事は出来ません。そんな書き写すだけで増えていく危険物なんて残すつもりは在りませんから。まぁ、ずっと私が管理して見せる相手も選んで良いって言うんでしたら話は別ですけど」

「それは書いてもらう意味がないよね」

「私が死んだ後には意味が出て来るんじゃないですか?」

「管理者が居ない危険物としてのかい?」

「さぁ? 流石に私が死んだ後の事は分かりませんよ」

 

想像は出来ますけど、なんて呟けばヘスティアは何とも言い難い笑みを浮かべた。きっと同じ所に考えが行きついたのだろうとレフィーヤは思う。詰まりろくでもないと言う事だ。

 

しかしと、口に出す事無く思う。実の所、先程言った危険性を皆無にする方法がある事をレフィーヤは知っている。と言うか見たことが在るのだその現物を。だが、やはり駄目だなと思う。あれはただの怪文書でしかない。危険性がない理由が理解できないからと言うものなのだから、そんなものを作り残した処でやはり依頼の達成にはならないだろう。

 

ただ術者達を苛立たせるゴミが増えるだけだ。

 

「それにしても大丈夫なのかい?」

 

そんな事を考えているレフィーヤにヘスティアはそう言葉にする。大丈夫とはどういうことかと視線を彼女へと向け乍ら思い。あぁ成程と頷いて見せた。

 

「ラキアで印術を広めた事ですか」

「うん、其の事だよ。言っては何だけど…その、あの国の主神が相当あれだろう?」

「まぁ分からなくも無いですけど取り合えず大丈夫だと思いますよ? 危険性とかは物理的に叩き込みましたし、意識も出来る限り逸らしましたし。やはり冒険者だと簡単ですよね」

「冒険者だとって」

「冒険の舞台が迷宮だけでは無いって教えただけですよ」

 

そう、大したことでは無かったと言わんばかりにレフィーヤは言葉にする。

 

「伝承とかお伽噺とか。そう言った興味深いものが軽く調べただけでもかなりありましたからね」

「へぇー…例えばどんなのだい?」

「例えばですか? そうですね、ある程度信憑性と言いますか、在り得そうだなと思ったのを上げますと」

 

少し思い出す様な仕草をしてからレフィーヤは口を開いた。

 

「例えば天へと至る事の出来る柱の話とか、邪竜に挑んだ偉大なる三と英雄の話。他にも悍ましき神を封じる為にその身を贄とした少女の話とかも在りましたね」

「あぁ…それは」

「在り得そうでしょう? まぁ、天へと至る柱に関しては何となくどういうものなのか分かりますし、邪竜の話も想像できます。因みに今個人的に気に成ってるのは少女の話ですね。何せ最近、その悍ましき神と言うものに当て嵌まりそうな存在と相対した訳ですし」

「それは……うん、そうだね」

「でしょう? あぁ、あとですね」

「まだ在るのかい?」

「そうですね。と言っても気に成っているのはこれで最後ですが」

 

そう言って、それはと少しだけ間を置いてから口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星を喰らうものって言うんですよ」

 

瞬間、空間が軋むのをレフィーヤは感じた。

 



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第二百二十話

「…何で君が知っているのか、なんて事は訊くまでも無い事だね」

 

「何時かはそれを知るだろうとは思って居たよ」

 

「其れに関して僕に訊きに来るかもしれないともね」

 

「でも、ごめんよ」

 

「それの、あれの事を君に話すことは出来ないんだ」

 

「君に何か不足が在るからとか、そう言うんじゃないんだ」

 

「ただ、そう唯僕が臆病なだけなんだ」

 

「あれの事を口に出すことも、思い出す事すら恐ろしくて」

 

「だからごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って言われちゃいましてね」

 

なんて、食堂で寛いでいたゴザルニと一緒にギルドから帰ってくる際に寄り道して買ってきた菓子を口にしつつ在った事を話すレフィーヤ。

 

「そ、れは……その、あれでござるな」

「えぇ、一目であぁこれは無理だなって分かりましたよ。幸いと言いますか、一番知りたかった事はある程度分かりましたからその話は早々に切り上げて帰ってきた訳なんですけどね」

「寄り道しながらでござるか?」

「寄り道しながらですね。これ美味しいでしょう?」

「で、ござるな」

 

と菓子を一口。サクサクと心地よい食感と優しい甘さを楽しむ二人。

 

「因みに知りたかった事とは何でござる?」

「んふぇ?」

 

変な声が漏れるレフィーヤ。少し待って欲しいと手で制してから、口の中に残っていた分を呑み込んで。置いておいたお茶で一息。

 

「……はぁ。で、知りたかった事は勿論、星を喰らうものに関してですよ。正確にはそれが空想の存在なのか、それとも実在する存在なのかを知りたかったんですよね」

「成程、それでレフィーヤ殿はどっちだと判断したのでござるか?」

「実在する存在でしょうね。神ヘスティアの言い方や反応からして確かに実在するんだと確信しましたから。まぁやっぱりと言うか、やばい存在みたいですけど」

 

お茶を一口。そして少しの間。やはり今日はいい天気だなと思いながら外を眺めるレフィーヤに対して、ゴザルニはしかしと言葉を向けた。

 

「しかし、あの星を喰らうものがでござるか」

「ん? あの、なんて随分な言い方ですね?」

「いやいや、レフィーヤ殿が知っている以上の事は知らないでござるよ」

「なら何を持ってあのなんですかね」

「ただ単に、星を喰らうものと言う話の内容を思い出しただけでござる」

「……あぁ、あれをですか」

「ござる」

 

二人して少しだけ遠くの景色へと視線を向け乍ら、それでも思い出してしまう星を喰らうものと言う話の内容。それは、こういうものだ。

 

 

 『ある日、災い落ちてきた』

 

 『落ちた災い、星喰らう』

 

 『大地貪り、海呑んだ』

 

 『多くの命、食われて消えて』

 

 『だからやさしい大樹は悲しんで』

 

 『災い止めんとその身に封じ』

 

 『やさしい大樹は空へと消えた』

 

 『二つの欠片を残して空へと消えた』

 

 『そして残るは少しの命と光と二つの欠片』

 

 『後は全部、食われて消えた』

 

 

と言う内容を二人は思い返して、ポツリと言葉を零した。

 

「何度、考えても……子守歌って感じじゃないですよね」

「しかし、子守歌集に記されていたのでござろう?」

「最後の方に申し訳程度にですけどね。あれを作った人も子守歌としてはどうなんだろうって思ったに違いありませんよ」

「子供の心に深い傷を残しそうな内容でござるからな」

 

言って、少し視線を感じつつもそれを無視する。きっと心に傷が出来る子守歌とは? と疑問に思った誰かが見てきているのだろうと思いながら。

 

「…もしもの話でしかないんですけど」

「何でござるか?」

「もしも、子守歌の内容が本当だとしたら…この星って」

「滅びかけたって事でござろうな」

 

或いはかけたのではなく、滅びたのだと言うべきなのかもしれない。

 

「つまりあれですよね。間違いなく原初の闇や昏き禍と同等の存在って事ですよね」

「まぁ、以上である事は在っても以下である事は無いと考えておくべきでござろうな」

「ですよね。救い、とは少し違いますけど内容通りなら封じられた上でこの星には居ないと言う事に成るって事ぐらいですかね」

「それでも場合に因っては相対する事に成るでござろうがな」

「止めてくださいよ。ただでさえそう言った存在と相対する機会が凄く多いんですから」

「しかしレフィーヤ殿。正直少し想像して心が躍ったでござる」

「いや確かに私だって一瞬だけですがそうでしたけど、原初の闇や昏き禍ともう一度戦うようなものですからね? 昏き禍の時は世界樹の助けが在ったから良かったですが原初の闇みたいな戦いとか御免なんですけど」

「それは確かでござるな。拙者もあの体内から腐っていくような感覚はもう味わいたくないでござる」

「寧ろあれを自分から味わいたいなんて言う人なんて……あ、ごめんなさい」

「何故謝るでござる? 何故拙者から視線を逸らすのでござる? 説明してほしいのでござるが? ござるが?」

 

其れは勿論、一人だけ実際にそんな様な事を良いそうな大変あれな性癖を持っている戦闘狂をゴザルニを見て思い出したからです。なんて事はレフィーヤは言わない、言うまでも無い。何せ彼女はレフィーヤが思った事を理解しているから、だから少しだけ涙目に成っているのだろうし。

 

「大丈夫ですよ。あの人はこの街どころかこの星に居ませんからこちらから向かわない限りは出会う事は在りませんとよ……多分」

「そこは断言してほしかったのでござるが?!」

「だって私達がこうしてここに居る時点であの人も同じ様に訪れる事が出来る可能性が在る訳ですし」

「出来れば否定したいけど冒険者として否定できない事言わないで欲しいのでござるが?!」

 

そんな悲鳴にも似た言葉を聞きながらし。まぁ、実際は自分達にはアルコンと言う案内役と言って良い存在がいた事を考えればさらに此処まで来れる可能性は低くなるのだがと思いながら悶えるゴザルニを見つつレフィーヤはお茶を飲むだった。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、どれだけ絶望的だろうとそれを乗り越えて行くのが冒険者なんですけどね」

「確かにその通りでござるが今そう言う事言わないで欲しいのでござる!!」



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第二百二十一話

レフィーヤは眼前の音を轟かせる巨大な滝を見ながら糸を垂らす。何をしているかと言えば釣りだ。そう今、レフィーヤは釣りをしているのだ。

 

 

ダンジョンの中で。

 

 

普通に考えれば危険極まりない行為かもしれないが、割とよくする事だったりする。何せ冒険者にとってモンスターよりも分厚く、そして高く聳える壁として立ちはだかる食料の問題を解決するた為の手段の一つなのだから。寧ろ冒険者なのにそう言った行為、詰り釣りや狩り等をしていない方が可笑しい位だ。尚、オラリオの冒険者は色々と特殊だったので除く。

 

さて、そんな理由からすっかり使い慣れた釣り竿を軽く揺らしながらレフィーヤは一言呟いた。

 

「全然釣れない」

「ほんとだねぇー」

 

なんて声に軽く横目で見てみると、よいしょと言いながらすぐ隣に丁度ハインリヒが座る所だった。

 

「何時もならもうニ匹位は釣れてるよね」

「まぁ、そうですね……ローウェンさんやゴザルニさんはもっと凄いですけどね」

「泳いでる魚に針を引っかけて釣り上げるあの二人と比べるのはちょっと違うんじゃないかなぁ?」

 

ですよねと言いながら、そもそもあれは釣りと言って良いのだろうかとふと思ってしまうレフィーヤだったりする。まぁ、それは良いとしてとレフィーヤは軽く息を吐いてから言葉にする。

 

「それにしても本当に釣れませんね」

「そうだねぇー」

「釣る積りも無いのに何言ってるんだよ」

「あ、ローウェンさん」

 

と、振り返りながらどうもと軽く手を振る。自分達が今どこに居るのかを忘れているのかと言いたくなる程に気の抜けている彼女だが、特にそれを指摘することなくローウェンは手を振り返した。

 

「で、釣る積りが無いって言うのは流石に酷くないですか?」

「餌を付けてから言え」

「え、付けてますよ。ほら」

 

と軽く引き上げてローウェンに見せる。糸の先に括りつけられた印石を。

 

「……それは餌と言って良いのか?」

「さぁ?」

「おい」

 

なんて言われて、ふざけるのはここまでにしましょうかと呟きながらレフィーヤは釣り竿を脇に置いた。印石を付けたまま。

 

「あ、付けたままにするんだ。訊くまでも無い事だけど、危なくは無いのかな?」

「付けたままだと危ない物なんて使う訳ないでしょう。それで、どうでしたローウェンさん?」

「あぁ、どうだったかと聞かれればそうだな。探索がただの散歩に成った」

 

と肩を竦めながら口にするローウェン。散歩、というダンジョンに似つかわしくない言葉に、しかしレフィーヤはやっぱりとでも言いたげな表情を浮かべた。

 

「と言う事はギルドが言って居た通り」

「全くモンスターが居なかったな。姿形処か気配まで無かったぞ」

「気配まで…か。うん、流石におかしいねそれは」

「モンスターが出て来ないというのではなく居ないというのは確かにおかしいですね、いえ寧ろ異常と言って良いのでは?」

「まぁ、そう判断したからミッションに成ってるんだろうがな」

 

そう、ミッションだ。彼らが迷宮に訪れた理由の一つ。内容は単純で、迷宮内からモンスターの姿が見えないと冒険者から報告が在ったから詳しく調査してきて欲しいというものだ。

 

「で、ローウェンさんは如何思うんですか? 因みに私は何かが居るからだと思ってますけど」

 

そう彼女が思ったのは第一、二階層ともに其れが起こっていたからと言うのも理由の一つだ。突然の来訪者、或いは侵略者に因ってそこに住んでいた存在が蹂躙される。それは別に珍しい事では無い。特に、急激な環境の変化が在ったのだから尚の事。一二階層のそれもそれが理由だろうしとレフィーヤは思う。

 

そしてその言葉に対してローウェンは頷いて見せた。

 

「まぁ、其の可能性は高いだろうな。尤もだとしたら問題になるのは、じゃあ一体何が居るのかって事なんだがな。其れこそモンスターが居なくなるなんて事が起こる様な奴が居るって事に成る訳だし」

「其れって考えなくても相当やばい奴ですよね」

「モンスターが一切姿を見せず逃げ隠れてしまって居るか。或いはそれに全部食われてしまったかもしれない訳だしね。何方にしてもやばい事に変わりないけど後者だった場合は」

「やばいというか拙い処じゃない…ですよね」

 

もしも居るとしたら最低でもドラゴンの様な災害と言って良い領域のモンスターで在ると考えるべきであり、最悪なら昏き禍と同格なんて事も在り得なくはない。居なくなったからこそ穴を埋める様に引き寄せられた…なんて想像がレフィーヤの頭を過る。

 

詰まる所はどういう事かと言えば。

 

「下手すればまた世界の危機だな」

「また、ですかぁ」

「と言っても、まだかもしれないでしか無いけどね」

 

確かにとハインリヒの言葉に頷きながら、しかしレフィーヤの頭の中では今までに遭遇してきた世界の危機と言えるそれが駆け巡っていた。だがそう、幾らその世界の危機に幾度となく遭遇しているからと言って今回もそうであるとは限らない。そもそも、少し離れた所を調べているゴザルニとコバックの話を聞いて居ないのだからそうなのだと決めつけるのは良くない事だ。

 

「取り合えずこれ以上はゴザルニさん達が戻ってきてからにしましょうか」

「まぁそうだな」

「と言う訳で」

 

解す様に軽く腕を振りながら、視線を巡らせ。第二階層の時に自分たちを観察するように見ていたのだろう存在へと向ける。

 

「貴方の話を聞くのもその時で良いですよね?」

 

レフィーヤが問いかける様に言葉を口にする。それを肯定する様に軋む音を響かせながら姿を現したのはローブ姿を纏った巨躯の老人。いや、老神だった。

 

ゆっくりと、やはり軋む音を響かせながら彼らを見下ろす彼の姿を見て。レフィーヤは素早く思考を巡らせ、そして彼の名へと思い至る。

 

「あぁ、成程。貴方でしたか――――――神ウラノス」

 

其れこそが眼前に佇む、ギルドの長で在った神の名だ。

 



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第二百二十二話

静かだなとレフィーヤは思いながら眼前の男性、神ウラノスを眺める。

 

尤も近場に川が在り、少し離れた所に滝が在るのだから静かと言う状況には程遠いのだが。やはりモンスターの気配、視線が無いと随分と違う。まるで今いる場所が迷宮では無いと錯覚しそうになる程だ。

 

「いや今現在絶賛モンスター達が人類を襲うというお仕事を休業中ならある意味では外よりも安全なのでは?」

「何とち狂った事言ってるんだよお前は」

 

呟きを聞いていたローウェンにそう言われた。若干呆れを滲ませているのは文字通り呆れているから、では無くそうしたら面白そうだからである。詰まりおふざけだ。

 

本当に迷宮の方が安全などと考えている訳が無い。と言うか正直な所完全に安全と言える場所などないだろうなと今更だが思う。現在のオラリオだってすでに三回程度はモンスター達の襲撃にあっているのだから。

 

尤も全盛期ほどでないにしろかなりの数の冒険者が居るのだから問題なく撃退できたのだが。寧ろモンスター達よりも頭がとてもあれな変態たちに因る被害の方が酷かったりするのはが愛嬌だとレフィーヤは思う事にした。

 

なんて下らない事を武器を構えながら考えていると、ウラノスとローウェンがほぼ同時に視線を動かし、同じ方向を見る。

 

何を見ているのか、なんて考えるまでも無く。同じようにレフィーヤも視線を動かし、やっぱり思った通りにそこに居たコバックとゴザルニの姿を見る。

 

戻ってきた二人。そして見知らぬ巨躯の男性で在るウラノスをさり気無く警戒しながら、なんて事も無いように首を傾げながらゴザルニはローウェンに語り掛けた。

 

「どういう状況でござる?」

 

その問いにさてなんと答えるべきかと一瞬考えて、しかし考えが纏まる前に佇んでいたウラノスが呟いた。

 

「…揃ったか」

 

まるで確認するかのようなその一言に、彼らは言葉では無くサッと視線を交らわせる事に因って意思疎通。そして肯定する様にローウェンが頷いて見せた。ウラノスは小さく、そうかと呟くと軋む音を響かせながら歩き始めた。

 

まるで付いて来いと言わんばかりに迷いなくだ。

 

ゆっくりと軋む音を響かせながら歩いていくウラノスの背を見ながらさて如何するかと考える…事無くレフィーヤは、いや彼女だけでなく全員が後を追う様に歩き出す。

 

当然だが罠である事は考えている。相手が神であっても目的を口にしていないのだから十分にあり得るのだから。けれどそれでも彼らは迷いなく付いていくのは罠が在るかも知れないからと歩みを止めては何時までも先に進めないと知っているから。

 

冒険者は時に自ら危険へと飛び込み、それを持てる全てを駆使して踏み越えていく事が必要なのだから。

 

そして今はそうやって行動した方が良いだろうと判断しただけの事。尤も、どちらにせよ進むのだ。違いと言えば案内人が居るか居ないかの違いでしかない。

 

しかしと、レフィーヤは思いながらウラノスを見る。

 

神ウラノス、元ギルド長にして現ギルド長であるヘスティア曰く、ずっと昏き禍を監視し続けていた神物。そしてきっと、自分達が知らない事を知っているだろう存在。

 

同じような事していたアルコンがそうだったしとレフィーヤが考えていると、ローウェンが彼に向かって語り掛けた。

 

「しかしまぁ、見た処では在るが随分と無理している様だが大丈夫か?」

「そう言えばずっと軋む音がしてるしね。何だったら僕が見てあげようか? まぁ、意味ないだろうけど」

 

そう少し前に歩み出て労わる様にハインリヒが口にする。言った通り、本当に意味が無い事だろうがそれでも何もしないよりはマシだろうと。けれど。

 

「そなたらが気にする事では無い」

 

そう一蹴される。ならば仕方ないかとハインリヒは肩を竦めて下がった。ローウェンはローウェンでまぁだろうなと言った様子で軽く首を振った。

 

「ま、こんな場所まで来れるんだから余計なお世話だったのは確かか」

「………」

 

軋む音が響く。ウラノスは語らず歩き続ける。この様子では何故この第三階層に居るのか、或いはどうやってここまで来たのかなどと言った疑問を問いかけても答えてくれそうにないなとレフィーヤは思う。

 

少し方法を変えてみようかなとレフィーヤは思う。例えば煽って見るとか、或いは関係が在りそうなことを意味ありげに口走って見たりとか、なんて考えたのは一瞬だけ。すぐにそれは駄目だなと思いなおす。

 

何時もならしていたかもしれないが今は、彼にはそれはしてはいけない。何故なら彼からは、神ウラノスからあの上帝に、そうあの天の支配者たる超越者オーバーロードに近い何かを感じたのだ。

 

と言っても流石に、上帝と同等などと言う事は無い。彼に比べれば目の前を歩いているウラノスのそれは消えかけの蝋燭の火の様なものだ。

 

尤も、だからと言って警戒しない理由にはならないのだが。なんて当然の事を再確認するレフィーヤの視界に、下へと続く階段が入り込んだ。神ウラノスがそちらへ向かって居る事から目的地は今いる場所よりも下なのだろう。

 

まぁ、今いる階は調べたのだから隠し通路でもない限りは当然の事か、と言うか下の階から少し変では在るがそれらしい気配がするからやはりと言った様子で迷いなく、そして彼等に一切配慮する事無く無言で降りていくウラノスを追って、彼らもまた階段を下りていく。

 

 

 

そして。

 

「………なにこれ?」

 

下りた直後に彼らが目にしたのは、巨大な何かとしか言いようのないモノだった。

 



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第二百二十三話

何かが、彼らの瞳に映る巨大な何かが在った。獣の様な、植物の様な、無機物の様な、モンスターの様な、そして人間の様な…そんな何かが。

 

死臭がする。それは死んでいた。いや死に掛けていた。いいや、死ねないでいた。死にかけで在りながらそれでも確かに感じる強大さが死へと至ることなくそれの命を留めていた。

 

だがそれだけで、唯強大で在るというだけで訪れる結果が変わることは無いだろうとレフィーヤには、いや彼らには分かった。

 

どれだけ量が在ろうと、或いは新たに注ぎ込もうと其の器には塞ぎようのない穴が存在するのだから。

 

だから、近く死に絶えるという結果が訪れるのを覆す事は出来ない。例え、誰かが手を尽くしたとしても、血肉が溶け落ち、命が零れていくのを留める事は出来ないだろう。

 

しかし例外としてその命を留める事が出来る存在が居るとするならば、それは…神、と呼ばれる存在ならば出来ない事も無いかも知れない。

 

だからレフィーヤの視線は彼へと、神ウラノスへと向けられる。命が零れ落ちていくそれを、哀れむ様に見つめる彼を。一体、何が目的なのかと考えながら。

 

 

ウラノスが僅かに体を揺らし、ギシリと軋む音を響かせる。

 

 

「…昏き禍がこの星に現れ、今に至るまでに千を超える時が流れた」

 

そして、視線を動かす事無く語る。彼らに向けて、何よりなにかに向けて語り掛ける。

 

「昏き禍は正しく災厄であり、怨敵で在り、打ち倒さねばならない存在であった」

 

だが、しかしと彼は小さく口にする。

 

「だとしても我々、星に住まうものが団結しようと封じるのが限界であった程の強大さは、少なくないモノたちを狂わせるには十分だった」

 

狂わせる、その言葉を聞いてレフィーヤは頭の片隅に在った言葉が強く浮かび、自然と口から零れ落ちた。

 

「…闇派閥」

「然り。狂い、魅入られ、そして禍の眷族へと落ちたモノたちを我々はそう呼んだ」

 

ゆっくりと、しかし確かに頷いて見せた彼はなお語る。

 

「在るものはただ破壊を振りまき、在るものはその身だけでなく魂までも捧げ異形へと落ちた。星に生まれ、大樹と共に育ち生きてきたモノたちが、星を蝕む禍を主と呼んだのだ。それを……我々は許す事が出来なかった」

 

故に、戦い続けてきたのだと。ずっと、ずっと。元凶すら何だったのか、多くのもの達が忘れ去ってしまう程長い間、ずっと。終わりなど無いのではないかと思う程に。

 

けれど、そうけれど。

 

「それも、真の意味で終わったのだ。いや、いいや……終わらせたのだ。他でもない汝らが」

「俺たちが昏き禍を倒したから、か」

「然り。禍は崩れ落ち、眷族となったもの達の力は、命は自然へと変える様に消えていった」

 

そう、と小さく呟いた。

 

「消えていく、筈だったのだ」

「筈、って言う事はまだ残っていると言う事か」

「然り。そして、それこそが」

「……これって、事なんですか」

 

目の前の何かに視線を向けて、そう言葉にする。彼は静かに頷いた。

 

「力を失い消えていく中、しかしそれでもと叫び悍ましきを超える所業の末。昏き禍の眷族へと堕ちたもの達の…成れの果てだ」

 

改めて、それを見る。ウラノスが成れの果てだと言ったそれを。

 

「…悍ましきを超えるとか言いましたけど、一体何をしたらこんな事に成るんですか」

「いやそんな難しい事じゃないだろう」

「そうですか?」

「そうだろう。今起きてる異常事態の事を考えればな」

 

異常事態、と言えばそう確かとレフィーヤはほんの少しだけ忘れていたミッションの事を思い返す。不自然を超えて異常な程に姿を見せないモンスター達。目に映る巨大なウラノスの言う成れの果て。それを繋げるとすれば。

 

「……食べた、って事ですか」

 

それは確信をもって口にしたわけでは無い。飽くまで可能性の一つとして、それを確認するようにウラノスに向けられた言葉だった。そして彼はただ然りと呟いた。

 

「死を恐れてか、力を失わぬ為か、或いはまた別の理由か。自らの意志で昏き禍の眷族で在ったもの達は、互いを食らい合った」

 

少しずつゆっくりと、酷く重い言葉が続く。

 

「最後に残った唯一の眷族はしかしそれでも足りぬと昏き禍の子等を喰らった。昏き禍より生まれ、しかし確かな理性を持っていた新たな命たちも呑み込んだ。限界を超え、意思が希薄になって尚も、貪る事を止めなかった」

 

あぁ、成程とレフィーヤは思う。確かにそれを言い表す言葉は成れの果てのほかに在りはしないだろうと。しかしと新たな疑問が生まれもした。死なぬ為にしろ、力を失わぬにしろ。何故、文字通り身も心も破綻する程に食らい続けたのかと。

 

其れは何故かとレフィーヤが問いかければ、ウラノスは一言分からないと返した。

 

「何か、追い詰められたかのように、或いは死に急いでるかの様に。モンスター達の反撃を受けながらもそれでも食らい続けていた。それを私は見続けたが、しかしそうなった理由など語らうこと等無かった私は知り得ない事だ」

「それはまぁ、その通りですね」

 

訊く必要の無い事を訊いてしまったかとレフィーヤは思いながら改めて問いかける。本命、とでも言えばよいのだろうその問いを。

 

「それで、なんの目的で私達をここまで案内したんですか?」

 

言って、しかし恐らくはとウラノスの目的はこうだろうと思い浮かべる。彼の口にしたあの言葉に込められたものを感じ取ったから。

 

「…このものが、死ぬ事を覆すことは出来ない。だがそれでも、食らいすぎた。呑み込み過ぎた。貪りすぎた。其れこそ、死にきる事ができぬ程に」

 

彼は言った。闇派閥と呼ばれたもの達は昏き禍を主とした裏切り者で在ると。それは許される事では無いと。そう彼は未だに、許せていないのだ。

 

「故に、殺してやってくれ」

 

滅びに瀕して尚、昏き禍に同胞が縛られている事が、許せないで居るのだ。

 

「もう、狂う事が無いように。苦しむことが無いように。遠ざかってしまった終わりを」

 

ギシリと、軋む音がする。それはウラノスの体か響く音か、それとも。いいやそれ以上は考える必要は無いと軽く頭を振り、ローウェンを見る。

 

彼は頷いて答えた。

 

「元より俺達はダンジョンで発生した異常事態の原因究明と、可能であれば解決する為にここに来たわけだからな……それを理由が一つ増えたとしても何の問題も無いだろう」

 

あぁ全くもってその通りだとレフィーヤは火を灯した。

 

 

燃えていく。

 

成れの果てが、命であったものが燃えていく。

 

壊れかけていた故か、或いはそれを望んでいたのか。静かに、だが余すことなくその身を炎に飲まれていく。灰も残ることなく火の内に消えていく。

 

その光景を、ウラノスは静かに見つめた。

 

 

ギシリと、軋む音を響かせて。

 

 



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第二百二十四話

それはダンジョンから帰還して少しした後の事。とある大通りから少し外れた場所にある普通の食事処にて、程々に居る客がそれぞれに食事や知り合いとの会話を楽しんでいる中で彼女も、レフィーヤも彼らと変らず食事を在る人物、いや神物と共にしていた。

 

「ぅうぉおおぉお――ぅ……」

 

ふと呻き声がレフィーヤの耳に届く。彼女は手に持っている匙を置き、口元を拭きながら横目で声のする方向へと視線を向ける。と、そこには顔を覆う様にし乍ら天井を見上げているロキの姿が在った。何故そのような事に成停るのだろうか、等と疑問に思う事は無い。そもそもがそうなる原因が彼女自身なのだから。

 

そして何をしたかと言えば単にダンジョンで在った事を、知った事をロキに話しただけ。

 

そう、話しただけなのだが。ロキが、いやある程度真面な神が聞けば今の彼女の様になるだろうとレフィーヤは思って居た。なのにロキにそれを話した理由はそれを知らない、或いは忘れたままで居る事は良くないだろと思ったから。

 

あと単純に色々と弄るのに使えそうだと判断したから。

 

「で、話を聞いた感想は聞かせて貰っても良いですか? 天界のトリックスターを自称するロキ様」

「…いや、いやなレフィーヤたん。ちゃうねん」

「何が違うんですか? 忘れていただけなら兎も角色々とやらかしてたロキ様」

「言葉の刃が半端ないんやけど?!」

「そうでもないと思いますけど、まぁ神ウラノスの数少ない協力者で在ったらしい神ゼウスや神ヘラをオラリオから追い出してしまったロキ様がそう思うんならそうなのかもしれませんけど」

「……レフィーヤたん、一つ訊いてもええか?」

「良いですけど、何ですか? よく仕事をほっぽり出してリヴェリア様や神ヘスティアに迷惑をかけているロキ様」

「うちの事虐めてそんな楽しいんか?」

 

「とっても!」

 

「良い笑顔とサムズアップ付きではっきりと言わんでもええやん!? なんやねん?! うちなんかしたんか!?」

「セクハラとか……ですかね?」

 

静寂。一瞬では在るが二人だけでなく彼女たちの居る場所、詰まり店内から喧騒が失せる。何気なく横目で少し離れた所に立っていた店長を見ると、其れはそうだと言わんばかりに頷いている姿が見えた。

 

少し声を震わせながら、ロキは言葉にする。

 

「それは、あれやん? こう、あれやん? スキンシップちゅうあれやん?」

「なんか同じような雑な言い訳聞いた事ありますね…まぁ、良いですよ。特別に許してあげますよ」

「ほんまか?!」

「えぇ、と言う訳でちょっと外に行きましょうか。大丈夫、軽く術の練習するだけですから。若しかしたら制御から外れてロキ様に直撃するかもしれませんけどそれはもう事故と言うか偶然なので気にしない方向で」

「許す気皆無やんけ!」

 

「はい!」

 

「良い声とサムズアップ!! なんやねんほんまもうー…うちな、あれなんやで? レフィーヤたんに食事に誘われてめっちゃ嬉しかったんやで?」

「私も嬉しいですよ、思った通りの反応してくれて。ダンジョンから帰ってすぐにロキ様の所に行って誘った甲斐が在るというものですよ」

「最初から其れ目的だったんかい!」

 

なにか、口から言葉に成らない音を零しながら頭を掻きむしるロキ。暫くした後力尽きたように机に突っ伏してしまった。

 

「レフィーヤたん」

「なんですか?」

「何が在ったらそこまで性格が悪くなるんや?」

「そんな悪いですかね?」

「いやいや相当なもんやで」

「そうですか…しかし何が在ったらですか」

 

その言葉を何度か口にしながら考える。確かに今と昔とではかなり変わったというのは自覚が在る。悪くなったか否かは置いておくとしてもだ。さてと、色々と思い出して見て。何気ない様子で口を開いた。

 

「私って少し前まで別の世界、と言うか星に居たじゃないですか」

「え、あ、そやな」

「で、当然常識とか色々と違って居た訳で」

「…なんか想像付いてもうたけど、それで?」

「種族のとか故郷のとか、後ファミリアとかでの常識とかを一回全部引っぺがした上であっちでの常識とかノリとかに合わせたらこうなったって感じですかね」

 

思い返してみて思うのは、そんな劇的な事が在って変わったと言う事では無いなと言う答えにレフィーヤは思い至ったのだった。そしてその言葉を聞いたロキは小さく言葉を零す。

 

「…あのな、これだけは言っちゃあかん事やって分かってるんやけどな。それでも一回だけ言わせてや」

「何ですか?」

「可愛らしかった頃のレフィーヤたんに戻って!」

「嫌ですよぶちのめしますよ」

「ならせめてその辛辣すぎる言葉を何とかしてーや!」

「セクハラ止めるなら良いですよ」

 

「………………」

「なぜ黙るです?」

 

そう、思わず声が零れるレフィーヤ。するとロキはサッと勢いよく視線を逸らした。ついでに話を逸らす為か語りだした。

 

「いやぁ! しかしあれやんか、レフィーヤたんはその、うちに構ってるほど暇では無いんやろ?! こう、あれやん? 色んな所から依頼とかが舞い込んできてたりとか?」

「何でロキ様はセクハラの話になると雑になるんですか? でもまぁ、暇では無いって言うのは確かでしょうね。でもそれってロキ様だってそうでしょう?」

「いや別に忙しくは無いで?……あ、いや別にドちびに押し付けとるからとかやなくてやで? ほんまやで?」

「あぁいえ、そう言う意味では無くで――――――――」

 

 

「レフィーヤさん!!」

「あん?」

「はい?」

 

言葉が言葉に遮られる。そして声が響くとほぼ同時に二人から零れた声をまたも遮りかき消す様に勢いよくドアが開かれる。

 

一体なんだと視線を向けた先に居たのは一人の男性、いや少年と言った方が正しい様に思える人が立っていた。まるで兎を思い起こさせるような柔らかそうな白髪に赤い瞳、しかし兎とはかけ離れた濃い血の匂いを感じさせる少年、ベルはその瞳を輝かせ。

 

 

「僕、本を書こうと思います!!」

 

 

耳が痛くなる程に大きな声で口にした。思わずと言った様に耳を塞ぐロキを横目に、レフィーヤは冷静に答えた。

 

「そ、そうですか」

 

それ以外何と言えば良いのか、彼女には分からなかったそうだ。

 



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第二百二十五話

「其れで―…その、あー」

 

言葉を選ぶレフィーヤ。いや正確には探すと言うべきだろうか。未だ興奮している様子のベルにちゃんと伝わる言葉を。割と力づくで座らせたベルを見て、いや分かり易く問いかければいいかと思い彼女は言葉にした。

 

「なんで本を書こうと思ったんですか?」

「悲劇が在ったからですよ!」

「うーんどういう事なんですかねぇ」

「悲劇が在ったから本を書くって」

 

なんやそれと、呟くロキを横目に。しかし次に何を聞けば良いのか分かったとレフィーヤは続ける。

 

「で、どんな悲劇が在ったんですか?」

「本が無かったんですよ!!」

「いやあるやろ?」

「欲しかった本が無かったとかですか?」

「そうなんですよ! 無かったんですよ!! だから書くんですよ!!」

「いやだからなんでそこから書くなんて事に成るねん」

 

「そんなのレフィーヤさん達の本が無いのが可笑しいから、いえ悲劇だからに決まってるじゃないですかっ!!」

 

「……は?」

「あぁ、そう言う事ですか」

 

何度も何度も力強くテーブルを叩き音を響かせるベル。そして彼の言った言葉に因ってどういう事なのかを理解したレフィーヤは頷いた。そして視界の端でこれも若さかと呟きながら頷いている店長が見えて若さってなんだというとてもどうでもいい疑問が新たに湧いて出てきていたりした。

 

が、まぁそれは取り合えずいいとしてとレフィーヤは口を開く。

 

「詰り私、いえ私達に関して書かれている本が探しても無かったから自分で書いてしまおう…って感じですかね」

「はい!」

「そう言う事やったんか。成程なぁ……なぁレフィーヤたん」

「なんですか?」

「この子何時もこんな感じなんか?」

「そうですねぇ。何時もはもう少し」

 

言いながら思い返して。

 

「もう少し血なまぐさいですかね」

「物騒すぎひん?」

「そうでもないでしょう? 冒険者ならそんな珍しくない事ですし」

「うちの知ってる冒険者とレフィーヤたんの知ってる冒険者とが乖離してる気がしてならん」

「それはそうでしょう」

 

正しく別物ですしと呟くレフィーヤ。しかしそれはベルのテーブルを叩く音にかき消された。何時まで叩いているのだろうと思いながら口を開く。

 

「まぁ、取り合えず話は分かりました。まぁ、書きたいというのなら私は別に構いませんよ」

「ありがとうございます!! これで少しでもレフィーヤさん達の冒険譚を知らないという悲劇を減らす事が出来ます!!」

「うーん、流石に悲劇は言いすぎな気がしますけど……まぁ、頑張ってくださいね」

「頑張ります!! それでは!!」

 

勢いよく、其れこそ椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がるベル。そして其のまま駆け出し。

 

 

「あ、騒がしくしてごめんなさい」

 

 

店長の元まで行き頭を下げ謝罪してから店を後にした。去っていく背中を眺めながらレフィーヤは呟く。

 

「いやぁ、本当に嵐みたいになっちゃいましたねぇベル君は」

「嵐みたいやったちゅうのは同意やけど……普通に謝っていったな」

「迷惑と言います悪い事したと思ったら最低限謝る位はするでしょう、普通」

「いや其れはそうやけど」

「まぁ、迷惑をかけたとも悪い事したとも思わなかったら謝るなんて事絶対にしないでしょうけど」

「そんなことやろうと思ったわ畜生!」

「そう言う意味では騒いで迷惑かけたと思うあたり良い子ですよねベル君」

「……まぁ、それはそうやな。なんや、無性に納得できひんけどな」

「それは其れで良いんじゃないですか?」

 

何て言って。さてと、特に意味も無く手を叩いてからレフィーヤもまた立ち上がる。

 

「それじゃあ私もそろそろ行きますよ。色々やる事ありますし」

「…あ、そうなんか」

「えぇ、依頼関係の準備に。あと調べたい事もありますからね。いえ、調べごとも準備の一つですかね」

 

なんて言いながら店長の元まで向かい。会計を済ませる、前にふとレフィーヤはロキを見て言葉にする。

 

「ロキ様はまだいますか?」

「いやうちももう行くわ」

「そうですか。あ、支払いは済ませちゃいますけど」

「なんや悪いな」

「そう思うなら自分の分は、と言うか私も分も出してくれます?」

「おう、ええで!」

「きゃーろきさますてきー」

「はっはっは、ほんまにそう思うならその棒読みなんとかせいや」

「無理ですね」

「だろうと思ったわ!!」

 

そうやけくそ気味に言葉にするロキと共に店の外へ。暫く、歩く。

 

「…まぁ、あれや。独り立ちした子にあんまりとやかく言うのはええことや無いんやろうけど。頑張れって言う事ぐらいはええよな」

「えぇ、良いと思いますよ。飽くまで個人的にはですけど」

「そうか、なら良かったわ」

「でも頑張れは私からも言える言葉ですからね。例えば仕事の事とか」

「あぁーなんやよく聞こえんなぁー。耳が遠くなってしもうたんかぁー?」

「だからわざとらしいですよ」

 

分かれ道。ロキが向かう方向とレフィーヤの向かう方向は違う。だからレフィーヤは口を開いて言葉を口にした。

 

「それじゃあ、ここ等辺で」

「あぁ…また今度な」

「…えぇ、また機会が在れば」

 

そして彼女は前を向く。

 

動かずにじっと彼女の去り行く背を見るロキの視線を受けながら、それでも止まらず。自分の目指す場所に向かってレフィーヤは、歩き続ける。



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第二百二十六話

思い起こすのは成れの果てを終わらせた時の事。成れの果ての全てが灰へと還り、ウラノスはそれを静かに見つめていた。そしてゆっくりと彼は口を開いたのだ。

 

『…一つ、依頼がある』

 

と、視線を灰から外し彼らに向けて口にした。依頼、それを拒否するか如何か。それは内容を聞いてからだとローウェンは無言で続きを促した。

 

『私を、最下層まで連れて行ってくれ』

 

己ではもう、そこまでたどり着けないからと。彼は血がにじむのではと思う程に、その手に力を込め乍ら言葉にしたのだ。

 

如何して最下層に行こうとしているのかとか、色々と気に成る事は在った。だがローウェンは小さく、さてと言葉を零してから仲間に問いかける様に言葉にした。

 

『一応って訳じゃないが、断る理由が思い浮かんだ奴は居るか?』

 

無言である。全員が笑いながら言葉にしない。当然だ。依頼を断る理由など無いのだから。故に、彼もまた笑いながらウラノスに言った。其の依頼を請けると。

 

彼は静かに、頭を下げた。

 

それを見ながら軽く肩を回しながらレフィーヤは問いかける。

 

『で、依頼は良いですけど流石にこのまますぐに向かうとか言いませんよね?』

 

食料以外の消耗は殆ど無い、無いがしかし何が在るかも分からないのだからウラノスを守りながら最下層までとなると無理が在ると彼女は思う。それに対してウラノスはいいやと答えた。一旦、街に帰ると。無理が在るのだと彼もちゃんと理解しているからだろう。なんて考えて、そもそもと彼が口にした言葉を聞いた。

 

『ここは最下層まで繋がっていない。故に、一度は帰らねばならない』

『今すぐぶっ壊してやろうかおい』

『何故だ?!』

 

反射的に発せられただろう彼の、ローウェンの言葉にはこれ以上ない程の殺意が宿っていたという。

 

 

 

 

「いや本当に、今思い出してもあの時ほど明確に誰かに対して殺意を抱いた事は在りませんでしたね」

「帰って来るなり物騒な事を言うね、まぁ同意だけど……あ、お帰り」

「はい、ただいまです」

 

言いながらよいしょと持っていた幾つかの本をテーブルの上に置いて一息つくレフィーヤは、何気なく座っていたハインリヒを見て、問いかける。

 

「ハインリヒさんだけですか?」

「うん。ゴザルニとコバックは買い物でローウェンもギルドに行ったっきり帰ってきてないから多分だけど序でに買い物をしてるんだろうね」

「そうでしたか」

「で、帰って来るなりなんでそんな殺意満点だったのかな?」

 

と、問われたレフィーヤは大したことでは無いと言いながら答えた。

 

「いえ、神ウラノスからの依頼の事を思い出してただけなんですよ。まぁ、結果的に殺意も湧き出てしまった訳ですけど」

「そっか、なら仕方ないね」

「正直今からでもぶん殴りに行きたいぐらいですよ」

 

まぁ行きませんけどと零しながら座るレフィーヤ。殺る気に満ちているがそれもある意味で仕方の無い事だ。何せウラノスが言ったことは、やってしまった事は冒険者に対して一番やってはいけない事だった。

 

冒険者が先が無いなどと言われれば怒るのは当然の事なのだから。

 

本当にボコボコにされていても可笑しくなかったのだ。ウラノスは自分たちの寛大さに感謝すべきだとレフィーヤは思いながら本を開く。と、ハインリヒが態々立ち上がり彼女に近寄ってきて覗き込んだ。

 

「なんですか?」

「いや何読んでるのかなって思ってね…しかしこれって」

「えぇ、あれですよ。『悍ましき神と清らかなる神』です」

 

口にしたのは手にしている本の題。成程とハインリヒは頷いてから積まれている本を軽く撫でた。

 

「他のは…『地に沈む少女』に『堕ちてきた闇』、それに『真樹の残し子』か」

 

それは全て、物語の題名。それも村に伝わる伝承や寝物語の類。伝わっていた地域も、伝えていた人種も違うそれらは、しかし共通点が存在した。

 

それは一人の少女が登場し、地の底へと向かいその身を空から落ちてきた何かに対して贄とし鎮めるという結果を迎えるという点だ。

 

対象が悍ましき神で在ったり、闇そのもので在ったり、或いは単純に厄災で在ったりと変ってはいるが、そこは変わることなく確かに残し語られていた。

 

そして彼女たちにとって重要なのは少女が贄と成った事でも、空から落ちてきた何かが鎮められた事でもない。少女が地の底へと向かったという部分だ。

 

 

何せ、彼女たちが向かうのもまた地の底と言うべき場所なのだから。

 

 

勿論、手にして居る本も積まれている本もすでに何度も読んだものだ。けれど向かうのだからと改めて読んで、そして考えようとレフィーヤは思ったから本を開いているのだ。

 

何気なく、軽く文字を撫でる様に触れて。やっぱりと口からこぼす。

 

「この地の底ってどう考えてもダンジョン、其の最下層の事ですよね?」

「それは前から言ってる事だね。ここ等辺で他に地の底なんて言える場所は今の所は知らないし」

「ですね。それにもし本当に地の底に、ダンジョンの最下層にこれに書かれてる少女が向かったのだとすれば…理由としては十分あり得る事ですよね」

「ウラノスが護衛を頼んでまで向かおうとする理由にかな?」

「えぇ、はい」

「まぁ可能性としては十分あり得るだろうね。断言は出来ないけど」

「ですよね。で、考えても分からないけどそこに辿り着けばわかる、って所に行きつくんですよね」

「大体そうだね」

「それでも考えるのを止めるよりは良いんでしょうけどね…ま、取り合えず気に成る事に変わり在りませんし。取り合えず暫くは考えながら読んでいるとしましょうか」

 

少なくともローウェン達が返ってくるまではと言うと、そうかと言ってハインリヒは離れていった。そんな彼を見て何かやる事が在るのだろうと思いながら視線を本へと戻し、再び撫でる。

 

そう、本に記されて居る事が本当かどうかはそこへと至れば分かる事。ウラノスのそこへと向かう理由も、少女が本当に存在したのかも。

 

そして少女と共にそこへと向かったという、ある本では神の分身と。或いは清らかな杖と。或いは光の欠片と。そして或いは『真樹の苗木』と記され語られる存在が何であるのかもダンジョンの最下層、地の底へと至れば分かる事だ。

 

 



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第二百二十七話

『のぉ、■■■よ』
『なんだ?』
『お主、何故そのような老人の姿をしておるのじゃ?』
『…それをお前が言うのか?』
『む、何を言うか。最高にイケイケな感じじゃろ』
『……そうか』
『そう言う事だ。だがお主はそうでは無かろう? そのでかい図体に関しては、まぁお主の器の事を考えれば分かる事だが…別に老人の姿で在る必要は無いだろう? 何か理由があるのか? 儂の様にイケイケな感じに成りたかったとか』
『断じて違う。大した理由などありはしない…ただ』
『ただ、何じゃ?』

『私は、こうなのだそうだ』
『……なんじゃそりゃ』



迷宮は最下層に繋がっていない。そうウラノスは言った。それははっきり言って冒険者たちにとって一番言ってはならない事で、しかしそれでも彼らは罵倒するだけで手を出す様な事はしなかった。

 

さてそれはどうしてかと言えば、本当に其のままの意味で、あのまま進んでもウラノスの目的地にはたどり着けないとちゃんと理解したからだ。

 

だから、迷宮がそこへと繋がっていないと言われても怒り軽く罵倒はすれど手は出さなかったのだ。彼等の感情はウラノスの事情とは関係が無いから。キチガイとよく言われる彼らだが、そこら辺の判断はちゃんと出来るのだ。許すつもりは欠片も無いからもしも、そうもしも彼が何事も無く依頼を終えた後に最下層から街へと還る事が出来たなら容赦なく拳を叩き込もうとレフィーヤは決めていたりする。

 

まぁ、もしもの話でしか無いのだがと。軽く息を吐きながら自分たちが乗ってきたそれを見て呟いた。

 

「しかし、まさかこれがここにもあるとは思ってませんでした」

「ま、確かにそうでござるな」

 

独り言の積りであった言葉に、ゴザルニが返す。視線を彼女へと向ける。

 

「これ、何時だったかアルコンさんが名前言ってましたけど……なんて名前でしたっけ」

「そう言えば言って居たでござるな……確かエスカレーターだったような」

「…それは、違くないですか?」

「ぬん。拙者も言ってから違うと思ったでござる」

「ですよね。でも近い感じではあるんですよね」

「で、ござるな」

「と言う事はエスカレーターに近い感じの名前で……昇降機?」

「……ぬん」

「……その、間違ってはいないと思うんですけど」

「アルコン殿が言って居た名前ではないでござるな。エスカレーターよりも離れたような気がする程でござる」

「ですよね。と言う訳で教えてくださいローウェンさん」

 

「いや待て、俺が知っている前提なのか」

 

言いながら、服についているごみを払う様に手で叩きながら視線を二人へと向けるローウェン。

 

「言っておくが、殆ど利用した事の無い物の名前を憶えているほど俺の頭は優秀じゃないぞ?」

「じゃあこれの名前は何ですか?」

「エレベーター」

「憶えてるじゃないですか」

 

あぁそう言えばそうでござったな、なんて言って居るゴザルニを横目に。思った通りだったローウェンにやっぱりという言うべきか、それとも流石とでも言えば良いのか一瞬迷うレフィーヤ。まぁどちらでも変わらないかと思い、軽く首を振って。

 

術を奔らせる。

 

ほぼ真上に向けて氷槍が放たれた直後、悲鳴。いやそれは断末魔と呼ぶべきものが響き渡り、降り注いできた灰を軽く飛んで躱すレフィーヤ。

 

けれど、綺麗に躱すことが出来ずに、僅かでは在るが灰が服に掛かり汚れてしまう。レフィーヤは浅くため息を吐きながら、ローウェンと同じ様に叩いて落とす。

 

「…これ血とかが降って来るのと灰が降って来るのってどっちの方がましなんでしょうね?」

「いやいや、どっちも嫌でしょそれは」

「まぁ、汚れて喜ぶなんて事は無いですからね」

 

尚、よく分からない例外的人物は何人かいるがと頭の隅でレフィーヤは思うのであった。

 

「それにしても…」

 

サッと灰がちゃんと落ちたか確認しながら意識を辺りに向け、探る。複数の蠢く気配。漂ってくる殺意。指す様な敵意。

 

そして階層を埋め尽くすかのような、悪意。

 

邪悪、と言う言葉が正しくと言うべき淀んだ空気は昏き禍に及ばないまでも、それでも常人ならば。いや少し腕が立つ程度の冒険者であっても悪ければ発狂し、良くても胃の中身を吐き出してしまいかねない程のものだった。

 

はっきり言って、人が居るべき場所では無い。ましてさらに奥へ、さらに下へと進むなど愚か者と言われる事だろう。

 

「じゃあ進むか」

「ですね」

「ござる」

「あ、ちょっと薬の位置ズレた」

「あら大丈夫?」

「………」

 

尤もそんな事など、気にも留めない筋金入りの冒険馬鹿の彼らには関係ない事だが。そして、そんな何時もと変らない調子で進んでいく彼らを無言で見ながらウラノスは軋む音を響かせた。

 

「…何か言いたい事でも在るのかな?」

 

カチャカチャと小さな音を鳴らしながら薬の位置を整えながらハインリヒがウラノスを横目で見ながら問いかける。

 

「…いいや、何も」

「そっか。なら良いけど」

 

これで良しと言いながら軽く鞄に触れるハインリヒ。そして其のまま視線をしっかりとウラノスへと向けた。

 

「てっきり、本当に僕達で大丈夫なのだろうか、なんて心配してるのかと思ったよ」

「…それこそ、在るはずもない事だ。そなたら以上の冒険者など、この星には居ないのだから」

「やだローウェンさん。思って居た以上の評価なんですけど」

「なんでそんな事俺に言ったのか気に成るんだが?」

 

思わずと言った様に、聞き耳を立てていたレフィーヤがローウェンにそう零す。呆れた様子の彼を横目に、何故そこまで高評価なのだろうかと少し考える。

 

が、考えるまでも無く昏き禍を打倒した時点で高評価だとしても可笑しくは無いのだと思ったからだ。それでも自分達以上が居ない、なんて事は思わないが。

 

まぁそれでも一応は納得したと言わんばかりに頷き。気を抜けば喉が干上がりそうになる程の周囲から感じる圧を気合でねじ伏せ、いつも通り余裕を作りつつ。悪意に満ちた迷宮を進む。




―――それはとても古い記憶

『あなたって不思議ね』
『…いきなりなんだというのだ』
『だってそうでしょう? ふわふわのぴかぴかなのに、喋り方がまるでおじいちゃんみたいじゃない』
『…だから何だというのだ?』
『いいえ、大したことじゃないのよ。ただそうね。あなたが人だったらきっと凄いおじいちゃんになるわね!』
『凄いとは…どう凄いというのだ』
『分からないわ! とにかく凄いの!! 例えば大きいとか』
『大…きい?』
『そうよ! 凄いでしょ!』

―――そう言って少女は笑う

―――もう名前も思い出せない

―――けれどそんな何の変哲も無い会話を

―――私は確かに憶えている


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第二百二十八話

『あぁ、やっと終わったのか』

―――眼前で、昏き禍が崩れ消えていく

―――ずっと、ずっと、ずっと

―――待ち望んでいた光景だ

―――もう無理なのだと諦めたくて

―――けれど、それでも諦めたくなかった

―――そんな、奇跡のような光景だ

『…あぁ、そうだ』

―――ふと、思ったのだ

―――迎えに行こうと思ったのだ

―――彼女の事を、暗く深い地の底から

―――彼女の好きだった空の下へ連れ出そうと

―――きっと、いや間違いなく生きてなどいないだろう

―――それでもせめて骸だけでもと



―――そう、思っていたのだ




それは余りに単純かつ、馬鹿としか言えない事だった。

 

そこは悪意に満ちた場所。

そこは敵意に満ちた場所。

そこは殺意に満ちた場所。

 

そこは、迷宮の最下層。

 

そんな尋常ならざる場所で、誰かを守りながら安全に進むにはどうすればよいのか。その疑問、或いは問題とも言うべき思考は、とても単純で、馬鹿としか言いようのない。何よりも暴力的な方法で解決することに彼らはしたのだ。

 

 

即ち、敵が居なければ安全だよねという考えの元に発見したモンスターを片っ端から狩っていくというものだ。

 

 

襲い掛かってくるものも。

隠れているものも。

逃げていくものも。

通りすがっただけのものも。

 

片っ端から、唯そこに居ると確認できたから奇襲して容赦なく魔石を砕き灰に変えていく。気付かれても襲われる前に襲えと首を落としていく。

 

此処が普通の迷宮で、そこに住まうのが普通の生き物たちで在ったなら流石にこんな暴挙をすることは無かっただろうが。しかし最下層で蠢いていた魔物たちにとって運の悪い事にそこは普通では無く、またその魔物たちも生き物とはかけ離れた、どれだけ狩った所で生態系と呼ぶべきものに影響のないのだから彼らは気にしない。

 

だから魔物を狩りつくす。主にレフィーヤとゴザルニの二人が。

 

何故その二人なのか、コバックとハインリヒは兎も角としてローウェンは如何したのかと言えば、唯の弾の節約をしているだけだ。例え、一発で魔物一体を屠れるとしても弾は減っていくことに変わりない。だから余り彼は戦っていないのだ。それでもかなりの数の魔物を狩っているのだが。

 

そして彼らは今、灰の積もった道を歩み行く。何とも気軽に、まるで公園内を散歩しているかの如く。もっとも全力で警戒している状態なのだから散歩、とは言いずらいだろうが。

 

さっと視線を走らせ、気配を探るレフィーヤ。見つけたら即狩って居たからこそなのか、足を踏み入れた時に感じていた気配の大半が失せていた。だから彼女はふっと息を吐いた。

 

もしかしたらレフィーヤに、彼等全員に気付かれる事無く潜んでいる魔物が居るかもしれないが、そんな化け物が居たならもうどうしようもない。出来る事と言えば精々、何時襲われても大丈夫なように身構えておくことくらいだろう。

 

もっとも、そんな事をする必要も無いだろうがとレフィーヤは思う。楽観視しているからでは無い。もっと単純に、彼らが魔物でさえ近寄らないだろう領域に足を踏み入れたからだ。

 

「…なんだこれ?」

 

ウラノスの目的地に向かっている途中、顔を顰め乍らローウェンが辺りを見渡す。

 

目の前には何も無い、唯の道が続いている。何か隠し部屋の様なものがある様子は無く、またモンスターの気配も無い。けれど違った、いや変ったのだ。まるで境界線が存在したかのように。

 

悪意も、殺意も、敵意も、其の全てが消え失せたのだ。

 

静謐、とでも言えばよいだろうか。耳が痛い程、音が失せたそこは迷宮で在ると言う事を忘れそうな程、酷く空気まで澄んでいた。或いはここが世界で一番清らかな場所かもしれないと思えるほどだ。

 

唯一つ、極大の邪気が存在しなければだが。

 

「…成程」

 

居るなと思いながら、小さく呟いた。今まで何度も感じてきた感覚。彼等の進む道、その途中かそれとも終わりにか。それは分からないが間違いなくいるだろうと確信する。

 

問題は、そこに居るのだと確信した存在は果たしてウラノスが目的としているものなのか、それとも立ちふさがっているものなのか分からない事だが。

 

ちらりと、横目でウラノスを見る。彼の表情は変わらず、そして変わらず覚悟が浮かんでいた。例え死んだとしても成し遂げるのだという覚悟が。

 

そして暫しの無言。

 

語る事もなく歩く。先へ、先へと進む事に圧力と邪気が強まっていき、けれどそれに反して空気はより清らかなものへと変っていく。

 

そして辿り着いたのは一つの扉の前。何の変哲もない様で、しかし確かに彼らには分かった。それが内に在るものを逃さぬ様に存在する封印としての役割を持って居る事に。

 

「…感謝する」

 

扉を見つめる彼らに、ウラノスは静かに言葉にしゆっくりと歩み出る。

 

「これで漸く…為す事が出来る」

 

彼らが何かを語る前に、扉を開け放つ。その行動に迷いはない、先に何が待っているのかを知っているから。

 

 

まず、最初に瞳に映り込んだのは…巨大な玉座の如きもの。

 

 

それて、まるで骸で形作られているかの様で、なのにまるで生きているかのように蠢くそれに座するのは一人の少女。いや、贄としてその身を捧げた少女で在ったであろう存在。微笑みを浮かべるその姿だけは人の様に見える、けれどその気配は昏き禍の如く淀んでいた。

 

「■■■■」

 

彼が、ウラノスが言葉を口にする。けれどそれは、レフィーヤにはなんと言って居るのか分からなかった。彼女の知らぬ言葉だったから。けれど、それがどの様なものであったのかは、何となくであるが分かった気がした。きっと少女の名を、口にしたのだろうと。

 

「遅くなって、済まなかったな」

 

あぁ、ギシリと軋む音が響く。今にも崩れ壊れてしまいそうな音が。けれど、それでも彼は止まらない。

 

 

 

 

 

「すぐ、終わらせる」

 

 



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第二百二十九話

「下がっていてくれ」

 

そう、唯一言だけ。彼は、ウラノスは彼らに向かって言葉にする。そして、何かを返す前に彼は堕ちてしまった少女に向かって駆けた。

 

 

いや、飛んだ。

 

 

それが技術によるものでは無いとレフィーヤにも一目でわかった。唯々只管に、脚力と言う技は技でも力技と言う他ないそれに因って、音を響かせ床を踏み砕き撃ちだされた弾丸の如くウラノスは少女へと向かう。

 

堕ちた少女の面が歪む。それは笑っている様で、或いは泣いている様にも見える表情で。ゆらりと腕を無造作に振るう。

 

瞬間、灼熱の炎がウラノスを飲み込んだ。

 

彼らに炎は届かず、けれどその熱が肌を撫でる。ただそれだけで焼けただれてしまいそうなであるのに、彼らは動かない。見つめているのだ、その光景を。炎をでは無い。勢いを衰えさせる事無く炎を突き破り、ローブは燃え尽きその顔を焼かれ。

 

 

そして、鈍く光る鋼を露にしたウラノスを。

 

 

「おォォおおおォッ‼」

 

吼え、軋む鋼の腕を振るわんと鋼の拳に力を籠める。

 

そして、其れとほぼ同時に玉座が蠢く。

 

動き振るわれるのは爪の如き触手。それは堕ちた少女へと迫るウラノスを捉え吹き飛ばす。避ける事も避ける事も出来なかったウラノスが音と衝撃を撒き散らし床に叩きつけられて土煙でその姿が覆われる。

 

何故、避ける事も防ぐ事も出来なかったかと言えば、其れは単純にウラノスがそれを出来るほどの技量も経験も無いからだ。何せ、長く長く存在し続けてきたとはいえ、ウラノスが自ら戦いに赴いた回数等片手で足りる程度でしかない。これで、瞬間的な判断をしろと言う方が無茶と言うものだろう。

 

だから、何も出来ずに攻撃が直撃したのはある意味当然の結果と言えるだろう。

 

けれど、それでも。

 

 

ウラノスは未だ立っている。

 

 

軋む音が響く。見れば、今までよりもウラノスの動きがぎこちなく思える。彼に向かって玉座は蠢き、触手を振るう。彼は揺らめく様にその体を動かし、けれど避けるは出来ずに触手が直撃する。

 

そして、直撃した触手が振り抜かれるその前、その手で掴み…握りつぶした。

 

玉座が苦痛を訴え掛けるかのように震え蠢く。触手が乱雑に振るわれる中、まるで気にして居ないかのように堕ちた少女はゆらりとその手を振るう。

 

そして、光が奔る。

 

僅かな間を置いて、音が轟き衝撃が広がる。深い底に降り注いだ雷は、例えウラノスが戦いに慣れていたとしても避けるのは至難であっただろう程のもの。であるが故に雷は容赦なくウラノスを貫く。

 

軋む音が響く。彼の巨躯が揺らぎ、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 

 

けれど、それでも彼は未だに真っすぐ少女を見据えている。

 

 

彼は動く。止まることなく少女の元へと向かってゆく。堕ちた少女は震え、玉座は接近を拒む様に触手を振るう。迫る触手に、しかし彼は避けもせず防ぎもしない。それは出来ないのだからと言うある意味での開き直りと言うべき行動だ。普通に考えれば、自殺行為でしかない。

 

けれど、彼ならばそれが出来る。

 

例え戦いが不得手で在っても、技術と呼べるものを身に着けて居なくとも。その器は鋼。上帝を思わせる機械仕掛けの巨躯。幾ら、かの超越者には劣ろうとも。

 

それでも、強さの領域が違う。

 

振るわれる触手を、丁寧にけれど強引に握りつぶし引きちぎっていく。少女へと向か道を遮るものを取り除いていく。

 

触手が失われていくごとに少女から声ならぬ悲鳴が零れ、ある意味で優雅さすら感じた動きが乱雑なものへと変っていく。けれど、それによって生み出され降り注ぐ脅威は衰える事無くウラノスへと襲い掛かる。

 

―――軋む音が響く

 

―――歪む音が響く

 

―――軋んで、壊れていく

 

―――歪んで、崩れていく

 

けれど、けれど。

 

 

ウラノスは止まらない。

 

 

ただ只管に堕ちてしまった少女を終わらせるために。

ただ只管に囚われている少女を開放する為に。

 

其れこそが己が真に為すべき事であると定めたが故に、止まらない。

 

『アァ』

 

声、声が響く。堕ちた少女から零れ落ちた声が。それは苦痛に満ちていた。

 

玉座から伸びる最後の触手が落ちる。もはや、今だ立って居る事が不思議でならない程に彼は壊れていた。しかしそれでも、もはや少女へと至る道を塞ぐものは無いのだと。彼は壊れた鋼の器から力を振り絞る。

 

『アァァア』

 

堕ちた少女の揺れる瞳に、鋼が映る。

 

「待たせて、済まなかったな」

 

小さく、けれど優しく語り掛ける様にウラノスは言葉を零す。そして、其の手が少女へと触れた。

 

「もう、終わりにしよう」

 

そして。

 

 

 

 

 

「はいちょっと失礼しますねぇ‼」

 

そんな叫びを聞くと同時に、彼は少女から引きはがされる様に吹き飛ばされた。

 

一体、何が起こったのか。分かる事は、己が少女を終わらせることが出来なかったと言う事だ。他でもない、彼を迷宮の最奥まで連れてきてくれた冒険者の手に因って。

 

何故だと、言葉にすることが出来なかった。

 

いいや、する必要が無かった。

 

 

『アァアァアァアアアァアアァァァァァァアア―――――――――――‼‼』

 

 

堕ちた少女から響き渡る悲鳴を聞きながら、ウラノスは思い出したのだ。

 

―――軋む音が響く

 

いいや、いいや。忘れていた訳では無い。ただ、少女を救う事だけを考えていた故に、思考から抜け落ちていたのだ。

 

―――歪む音が響く

 

もっと、考えるべきだった。思い出すべきであった。底へと向かったのが救うべき少女だけでは無いと言う事を。

 

―――軋み、壊れていく

 

―――歪み、崩れていく

 

あぁ、あぁ奇妙な玉座を飾り立てるかのようにそこにある骸たちが零れ落ちていく。玉座が、いや、いいや。玉座であると思い込んでいたものが蠢き。

 

 

 

―――そして、窮極の生命が花開く

 

 

 



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第二百三十話

それは、清らかであった筈のもの。

 

それは、神聖であった筈のもの。

 

それは、大いなる存在であった筈のもの。

 

過去の人々が真樹と呼び信仰し、今を生きる人々に世界樹と呼ばれ畏怖される存在で在った筈のも。

 

そう、その筈だったのだ。なのに、けれど。それは清らかと言うには、神聖と言うには、大いなる存在と呼ぶには余りにも歪み淀み切っていた。

 

生き物とは此処まで壊れることが出来るものなのかと、思わずレフィーヤが驚くほどに。あぁだが問題はそこでは無い。彼等の眼前で悠々とその巨体を蠢かしている歪んだ世界樹は確かに強大で在るだろう。しかしそれでも今までであって来た同じ、強敵の内の一体として記憶に残る事に成るだろうが、しかし恐れ慄き動けなくなる様な事は無い。

 

そう、彼等ならば…だ。

 

「―――――――あぁ」

 

声が零れ落ちた。

 

他人の心が読めるわけでは無いレフィーヤにも、其れを見るだけで理解出来た。彼、ウラノスの心が折れてしまったのだと。いいや、或いはそうでは無いのかもしれないが。それでも、レフィーヤの印術が直撃して尚、彼の鋼の器は軋みはすれど健在で在る、だというのに彼はただ膝を折り歪んだ世界樹を見上げ続けている。だからこそ、そうで在るのだろうと彼女は思うのだ。

 

何故なのかは、彼女には分からないけれど。

 

歪んだ世界樹がその身を震わせるように蠢き、瞳を開く。何処か人を思わせる瞳を、ウラノスへと向ける。そこで漸く、彼の存在に気が付いたかのように見つめる。

 

そして何気なく、乱雑に。まるで埃を落とそうとするかのようにその触手を蠢かし、彼に向かって振り下ろした。

 

空気を裂き、ただ動くだけで衝撃を伴い彼へと向かっていく。其れの一撃を彼が、彼の鋼の器が耐えられるのか。それは流石に彼らには分からない。分からないから…動くのだ。

 

銃声が響く。

 

放たれたのは一発の銃弾。それはレフィーヤの放つ印術よりも早く、そして精確に恐ろしい速度で振り下ろされている触手を捉え、火炎を撒き散らし。僅かに勢いの衰えた所にすかさずレフィーヤの印術が叩き込まれ、触手を弾き軌道を逸らす。

 

『―――――――――――――――――ッ‼』

 

音、そう音が歪んだ世界樹から響く。まるで悲鳴のような其れはしかし、決して声とは言い難いものだった。けれどその音が声であるかどうかはどうでも良い。重要なのは、歪んだ世界樹が苦痛を訴える様に身もだえていると言う事だ。詰まり、彼等の攻撃が効いていると言う事なのだから。

 

自らを傷つけた存在を探すかのように忙しなく瞳を蠢かし乱雑に、手当たり次第に触手を振り回す。けれど、その程度であればなんの問題も無い。ただ雑に振るわれているだけならば彼らが動くには十分すぎる。

 

コバックがチラリと一瞬ウラノスを見て、すぐに彼の前に守る様に立つ。恐らく、先程の一瞬で後ろに下がってもらうのは無理だろうと判断したからだろう。無理やりと言うのも、重さ的に無理だろうし妥当な判断だろうとレフィーヤも思う。

 

さてと、視線を暴れまわる歪んだ世界樹から外す事無く彼女は軽く肩を解す様に動かす。と、その時だ。

 

「一体…何を」

「え? 何言ってるのよ」

 

思わずといった感じで、視線を逸らす事無くコバックがそう言葉を零す。そして、その言葉にレフィーヤも、いや彼等全員が同意する。本当に何を言って居るのかと。少しだけ、呆れた様子でレフィーヤが口を開いて答えた。

 

「もしかして私達が目の前でやられそうになってるのに助けないなんて事すると思ってたんですか? 流石にそこまで人でなしじゃないですよ」

「そうそう、流石の僕達でもよっぽどの理由が無い限りは見捨てないよ」

 

余裕があればだけど、なんて事を言いながらハインリヒはウラノスの状態をさっと見て、視線で彼らに伝える。自分ではどうする事も出来ないと。まぁ、分かっていた事だった。どう見てもウラノスのそれは薬とかでどうにかなる類のものでは無かったのだから。

 

そもそもがウラノス自身に対して普通の人間、いや生き物に対しての治療をしても意味が無いだろうが。なにせ、体が鋼な訳ですし。

 

「さて、と」

 

言いながら、軽やかに動き乱雑に振り下ろされた触手を躱すローウェン。視線を歪んだ世界樹に向けたまま、言葉をウラノスへと投げかける。

 

「で、如何する? 今回は退くって言うんなら守りながら戻る事もまぁ、出来るが。まぁその場合あれを放置することになるんだがな」

 

その言葉に、ウラノスが僅かに揺れる。彼が何を思って居るのか、レフィーヤには分からない。だがそれは間違いないだろうと思うの、今確かに彼の心は揺れている。折れているがゆえに。コバックとレフィーヤの二人に守られながら、虚ろな視線を歪んだ世界樹へと向け、そして。

 

 

「いや、言い方を変えよう…諦めるか?」

 

 

軋む音が響く。

 

「どんな目的が在ってここまで来たのかは、正直に言って俺達は知らん。ただ何となく、あそこにいた少女を如何にかしたかったんだろうなって思う程度のものでしかない」

 

だからと、軋む音を聞きながら彼は続ける。

 

「あの少女を諦めて戻るって言うなら、先程も言った通りに守りながら街にちゃんと返すと約束しよう。そう、あの状態の少女を放置して、諦めるって言うのならな」

 

軋む音が響く。

 

軋む音が響く。

 

軋む音が響く。

 

軋む音が響く。

 

「さぁ、どうする?」

 

 

 

そして…彼は立ち上がった。

 

 



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第二百三十一話

「――――――――……」

 

声が零れる。歪み軋み、今にも倒れてしまいそうなウラノスから掠れた声が。聞き取れないほどに小さな声が。

 

「――た、し…を」

 

声が言葉に成っていく。震えながらも、掠れながらもしっかりとした意味を持った言葉に。

 

 

「私を」

 

その言葉を、彼らに向けて。

 

 

「私を、連れて行ってくれ」

 

 

それは、如何とでも取れるとても曖昧な言葉。果たしてそれはどの様な意思を持って言葉にされたのか。それはウラノス自身では無い彼らには分からない。

 

いいや、分からないはずが無い。それ以上を言葉にされるまでもない。彼の覚悟を彼らはしっかりと受け取った。故に、言葉では無く行動をもって答える。

 

 

「おォおおぉっぉオオオおぉおぉぁァアアアぁアァァァアアアアアアアアアアアアアアア―――――ッ‼‼」

 

 

ウラノスの絶叫が、いいや方向が轟き迷宮を揺るがす。彼はその鋼で出来た体が軋み歪み、亀裂が走る程に力を籠め、そして。

 

歪んだ世界樹の悍ましい瞳が蠢き彼を捉える。

 

彼の全力が、彼の覚悟が、彼の意思が余りに鮮烈で。だからこそ歪んだ世界樹は恐怖したのだ。理解してしまったのだ。或いは今瞳に捉えた存在は自らを滅ぼしかねないと。だから全力で一切の躊躇なくその凶悪な触手を以て今度こそ砕き終わらせんと蠢き振るう。

 

 

等と言う、致命的な過ちを…歪んだ世界樹は犯した。

 

 

知らなかった。だから無視してしまった。

 

知らなかった。だから視界から外してしまった。

 

そう、歪んだ世界樹は知らなかったのだ。

どれだけ強靭で在ろうと。

どれだけ凶悪で在ろうと。

どれだけ強大で在ろうと。

 

 

自分達を見ていない存在を叩きのめす事等、彼らにとっては余りに容易い事である事を。

 

 

トンッ…と、軽い音が響く。其れが一体なんであるのかは問うまでも無い。誰よりも早く、誰よりも正確に。彼、ローウェンによって叩き込まれたその銃弾は、悍ましき瞳の内にて…爆ぜた。

 

『―――――――――――――ッ⁈』

 

歪んだ世界樹から耳障りな音が響き渡る。苦痛に苛まれ、淀んだ体液を撒き散らしながら瞳を蠢かし。

 

「ほいっと」

 

一本の触手を飛ぶ。軽やかに、元々繋がってなど居なかったのではと思う程に、スルリと歪んだ世界樹から切り離され、音を立てて床へと落ちた。

 

瞳を巡らす。忙しなく、蠢き先程まで瞳に銃弾を叩き込んだ者を探して居た筈が今は触手を切り落としたものを探して居る。

 

だから、自らに迫る氷塊に反応できずに直撃した。

 

『―――――――――――ッ‼‼』

 

絶叫、いいやそれは歪んだ世界樹が響かせる悲鳴。それは余りの苦痛から零れ落ちた音。まるで恐れる様に、近寄るなと威嚇するようにその触手を振り回す。

 

その、前に。銃弾が打ち貫き、刃が斬り飛ばし、氷塊が叩き潰した。

 

彼らの攻撃が、情け容赦なく歪んだ世界樹の行動を阻害し封殺する。一瞬だけれど、しかし隙を彼らに見せてしまった故に、唯蹂躙されていく。抜け出すには余程の理不尽な力でねじ伏せるか、或いは彼等では遠く及ばない程の英知を以て打ち破るしか無いだろう。そして歪んだ世界樹ならば、理不尽と言えるだろう力でねじ伏せる事が出来るだろう。

 

 

ここに居るのが彼らだけだったならばの話だが。

 

 

衝撃が爆ぜ迷宮を揺るがす。余りに暴力的で、唯の人であればただそれだけで肉体が弾け飛んでしまうだろうそれは、しかし歪んだ世界樹によって引き起こされたものでは無い。

 

『―――――――――――ッ!?』

 

悲鳴が止まる事が無い。痛みに次ぐ痛み。そして、衝撃。侵食しているかの様に伸びている根が床から、大地から引きはがされ歪んだ世界樹が吹き飛ばされる。意味が分からないと、理解できないと言わんばかりに音を響かせながら何が起こったのかと治ったばかりの瞳を蠢かし其れを、彼を見る。

 

ウラノスを、見る。

 

彼が行った事は大したことでは無い。ただ、全力で突進しただけだ。技術も何もないそれは、しかし彼がそれを行った結果。文字通り根こそぎ歪んだ世界樹を大地から吹き飛ばし壁へと吹き飛ばして見せたのだ。

 

彼は、勢いをそのままに駆ける。

 

彼らによって力を振るう術を奪われた歪んだ世界樹に向かって。其の内にまるで囚われているかのようにある少女の元まで。もはや声を出すことも出来ぬその身を、動かして。少女に向かって手を伸ばす。

 

 

直後、その場にいた全員が死を幻視する。

 

 

勘、と言うものを通り越して彼らは確信する。これから自分たちは死ぬと。何が起こって、何をされてそうなるのかは分からないが、とにかく自分たちは死ぬ事に成ると。だがそれは何もしなければの話だと彼らは動く。もう遅いと感じながらも、銃弾と印術を叩き込み。吹き飛ばされた故に生まれた距離を塗りつぶす様に走る。迫る死を押し返す為に構える。

 

 

けれど、そんなものは無駄だとあざ笑うかのように。

 

光が、視界を覆い。

 

感覚を消し飛ばし。

 

そして。

 

そ、して―――――――

 

 

 

 

 

 

 

歪んだ世界樹が爆ぜた。

 

 

「―――――はッ?」

 

急速に視界に映る景色が色を取り戻していく。そして思わずと言った様に、零れ落ちる声。こんな事を何度も繰り返し、その度に危険だと分かっているのに。その瞬間だけはどうしても思考に空白が生まれる。何が起こったのか、本当に理解できなかったから。一体、何が起こって理不尽にもほどがある死の押し付けが唐突に失われたのか。その答えが瞳に映り込む。

 

痛みに悶える歪んだ世界樹が移り込む。いいや、違う。そうだ、もう一人いた事に今更気が付いた、思い出した。

 

 

そして、理不尽を払い除けた一人の少女が手を伸ばす。

 

 

それはまるで、ウラノスの手を取ろうとしている様で。いや、いいや。本当はどうであるか、等と言う事はどうでも良い。彼にとってはどうでも良いのだ。ウラノスにとってはただ、自らに向かって手を伸ばしてくれたと言う事こそが、大切なのだ。

 

だから、彼は走る。一瞬でも止まってしまった体を動かし少女の元へと向かって駆ける。

 

『―――――――――――――――――――――――――――ッ‼‼‼‼』

 

けれどそれを阻む様に音が、声が、悲鳴が響き。歪んだ世界樹は不快な音を響かせながら触手を再生させる。無理やりであったのか、更に悍ましく歪な姿を晒す。

 

 

そんな、無駄な足掻きを晒す。

 

 

「結局、どんな関係なのかは分からないでござるが」

 

トンッ、と軽やかな音が聞こえる。

 

「取り合えず、あれでござるな」

 

ウラノスを見て居た筈の悍ましい瞳に、その姿を映す。

 

「男女の仲を邪魔するような魔物は」

 

鈍くも美しい…煌めく剣閃が歪み果てた世界樹に振るわれる。

 

 

 

 

「拙者に斬られて死ね」

 

 

 

 



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第二百三十二話

彼は進む。音を響かせながら。

 

歪み軋む音と共に歩む。急速に朽ちてゆく歪んだ世界樹から零れ落ちた一人の少女の元へ。崩れ落ちる様に膝を付こうとも、その鋼で出来た…けれど今はただ彼自身を縛る重しでしかないその体を引きずりながらも少女の元へ辿り着く。

 

手を伸ばし、酷く優しく少女の頬を撫でる。恐らく変わり果ててしまっていただろうに、けれどそうであったとは思えぬ程静かで存在そのものが淡く消えてしまいそうな少女を慈しむ様に。やっと、手の届いた掛け替えのない宝に触れる様に。その血の通わぬ、しかし心が宿ったその掌で触れる。

 

音が響く。軋み歪み、そして壊れていく音が。彼の体を構築する鋼が零れ落ちていく。それでも、己が崩れて行っているにも拘らず、彼は少女を抱きかかえ立ち上がる。壊れてしまわない様に優しく、壊れた己の腕で傷つけてしまわない様に。

 

そして、一言。小さく彼は言葉を零す。

 

 

――――――ありがとう

 

 

その言葉が、誰に向けてものなのか、それは考えるまでも無い事だった。ギシリッ…と、音を響かせながらウラノスは歩みだす。ただ、地上を目指して。

 

 

そして、あぁそして――――――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「其の後どうなったんですか?」

「さぁ?」

「成程、さぁですか。……え、さぁ?」

「そのまま見送った後に軽く探索して帰って来ただけですからね。その後なんて言われましても困るんですよね」

 

カチャリ、とカップを置き、軽く肩を竦めながらレフィーヤは言う。

 

「…え。追っかけたりとかは?」

「してませんよ、そんな事。と言いますかそもそも帰りはアリアドネの糸ですよ? どう追いかけろって言うんですか」

「じゃあ二人のその後の事は」

「知りませんよ。当然じゃないですか」

 

何でも知っているわけでは無いと、呟きながらケーキを一口。そうして、味や食感を楽しむ彼女を見ながら彼、ベル・クラネルは困ったような表情を浮かべた。

 

「そう、ですよね。けど、如何しましょうか」

「何に対してそんな困ってるんですか?……あ、そう言えば私達の冒険を本にするとか言ってましたね。其れに関係する事ですか?」

「はい、そうなんですよ。はっきり言いますけど、僕って本なんてもの書いた事在りませんでしたからね。と言っても、レフィーヤさん達から聞いた事を文字に書き起こしてるだけなんですけどね」

「あぁ……成程。だから、私が話す様な事は無いって言うと困る訳ですか」

 

とても単純な事で。文字通り書ける事が無いと言う事なのだから。

 

「えぇ、はい。レフィーヤさん達からすれば…その、不快かもしれませんけど」

「いえ別に、そんな事は在りませんよ。変な事を書かれるよりはずっとましですしね」

 

飽くまで私はだけれど、とレフィーヤは呟きながら紅茶を口にする。

 

「そんな、変な事なんて書く訳ないじゃないですか!」

「まぁ、そうですよね。分かって――――…」

 

「そんな事したらレフィーヤさん達の凄さが霞んじゃうでしょう‼」

 

「…はい?」

「あなた達の冒険は、僕みたいなのが手を加えて良いようなものでは無いでしょう‼ あぁ、そもそもがただ書きだすにしても才能の欠片も無い僕では十全には程遠い。何度、何度書いている時に自分自身を呪った事か‼ あぁ昔の僕の馬鹿‼ 興味本位でも、もっと色んな本を読んだり書いたりしておけばこんなことに成らなかったのに‼ あぁでもでも、その程度の事をした位じゃやっぱりあの人たちの冒険を書く事なんて出来る訳ないだろ何ふざけたことを考えてるんだ僕の馬鹿‼」

「お、おぉ……なんと言いますか。相変わらずなのは良いですけど、ちょっと落ち着きましょう?」

「あっはい」

「すっと落ち着きましたね。随分と切り替えが上手くなりましたね」

「いやぁ、頑張りましたから」

 

と、照れくさそうに頬を少しだけ朱に染めながら頭を掻くベル。何とも可愛らしいものだとレフィーヤは思う、まぁ見た目だけなのだが。その実、中身はどうしようもない位終わっているのだから手に負えない。尤も、そんな風にしたのは自分たちなのだが、まぁそれはそれだと思った事をレフィーヤは脇に置く。

 

「あ、そういえば」

「なんですか?」

 

忘れていたと言わんばかりに、言葉を零すベルに彼女は軽く首を傾げながらカップを置く。

 

「いえ、最下層を探索したんですよね? なにか凄い発見とか無かったんですか?」

「あぁ、其の事ですか。何かあったのかと訊かれれば…そうですねぇ」

 

と、視線を彷徨わせ考える様な仕草をするレフィーヤ。

 

「これと言っては、在りませんでしたね」

「あれ、無かったんですか?」

「えぇはい。他の遺跡とかと違って壁画のような物も在りませんでしたし、石像も在りませんでしたね」

「ダンジョンの最下層なのにですか?」

「ダンジョンの最下層ならあの少女と世界樹以外に何かあっても可笑しくは在りませんけど、元々はダンジョンじゃなくて昏き禍を封じる為だけの場所だったみたいですし。それ以外の用途は考えられてなかった、と言いますかそんな余裕がなかったみたいですしね」

「成程、と言う事は本当に何もなかったんですか」

「えぇ、なにも」

 

そう言いながらも、彼女の表情はとても満ち足りている様にベルには見えた。だが、それは当然の事だろう。何せ、彼らは決して宝を探し求めてそこへと目指していたのではない。依頼されたからと言うのは理由の一つに過ぎない。

 

冒険の全てを彼らは求めているのだ。

 

故に、冒険が出来た。依頼を達成できた。強敵を打ち倒した。宝物も何もなかった。其の全てが彼らの心を満たす。そんなどうしようもない位に冒険者なのだから。

 

「でも、とても楽しい冒険でしたよ」

 

と、笑みを浮かべながら言うのだった。



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第二百三十三話

何時もの宿の何時もの部屋。

 

そこにある何時もの椅子に座りながら、レフィーヤは在るものを弄っていた。それは、ウラノスの依頼の報酬。其の内の一つである機械仕掛けのペンダント。彼と同じで何処かかの超越者を思わせるそれは、きっと凄い性能を秘めているのだろう。

 

だから彼女は思う。秘めていないで出てきて欲しいと。

 

「まさかただのペンダントだったり?」

 

なんて、独り言を呟いてからそれは無いなと軽く肩を竦める。本当にただのペンダントでしかないならば、時折酷く濁ったような連続する音、雑音が零れる事もないのだから。

 

とはいっても、結局はそれがどの様な物で在るのか分からない事に変わりはない訳で。はぁ…っと溜息をついて文字通りお手上げだと腕を伸ばす様に振り上げて軽く揺らす。勿論、手の中のペンダントを落とさない様に気を付け乍ら。

 

「これあれですかね。変態たちに預ければ分かるものなんですかね」

 

なんて言葉を口にしながら扉へと視線を向けて。

 

「そこの所どうなんですか?」

「ふむ。止めておくべきだろうな」

 

ですよねと、レフィーヤは零し。するりと扉をすり抜ける様にして部屋へと足を踏み入れたフード姿の少女、アルコンは言葉を続ける。

 

「確かに、彼らの技術や知識は称賛に値する領域では在るがそれは彼らには荷が重いだろう。精々、解体した上で良く分からないという事が分かる程度のものだろう」

「そうですか。で、貴女ならこれどんなのか分かりますか?」

「ふむ。しっかりと見れば」

「じゃあはい」

 

と、彼女が言い終わる前にペンダントを投げ渡すレフィーヤ。一切の躊躇の無い其の行動に彼女は驚くことなくペンダントを掴み取る。そして手の中でクルクルと回しながら暫く眺め弄り、ふむと頷いた。

 

「成程」

「あ、分かりましたか?」

「あぁ、しかし…そうだな」

 

またしても、ふむと呟きながら何かを考えるアルコン。一体如何したのかと軽くレフィーヤは首を傾げ、しかし何か言うことなく、考えがまとまるのを待つ。

 

「…まず、間違いない事はこれがかの超越者によって作り出されたもので在ると言う事だ」

「やっぱりですか」

 

そこに驚きは無い。こんなものを作れるのはレフィーヤが知っている中では彼しか、オーバーロードしかいなかったから。これで彼以外が作り出したものだったとしたなら驚く処だ。あと、しいて言うならばアルコンすら彼の事を超越者と呼んでいる事に少し驚いた事位だろうか。

 

「そしてこれの機能は彼が収集したあらゆる情報を閲覧することが出来ると言う物…だと、思われる。恐らくは、だが」

「断言はしないんですね」

 

無言で頷くアルコン。機能自体は凄まじいの一言で表すほか無い物なのだとレフィーヤも分かった。しかし、何故断言しないのだろうかと言う疑問は当然、生まれる。流石の彼女でもオーバーロードの作ったものを完全に把握する事は出来なかったと言う事なのだろうかと思い。

 

「どうやら、情報を引き出せない状態の様だ。実際に使い確認する事が出来ないからこそそうだとは断言は出来ない」

「あぁ、そう言う理由ですか…原因は分かりますか?」

「それも、恐らくでしか無いが。可能性としてはこれが私にも分からない部分で不調が出ているのか。若しくはそもそもが情報を保管している場所そのものに何かあったか。それとも単純に距離が離れすぎている所為か」

「なんかどれも在り得そうですね」

 

 

ペンダント事態、かなり古い物の様に思えるし。距離が離れすぎているというのも理由としては頷けるものだ。そして何より、ある意味大本と言える場所に何かが在ったかどうかで言えば可能性などと言うどころでは無く、そこで盛大に暴れたから何かしら不具合が在っても何も可笑しくは無い。

 

そして、もしも暴れたのが理由、原因だとしたらただの自業自得ともいえるのでは、とレフィーヤは一瞬浮かんだ考えを頭から追い出した。考えてもしょうがないし。

 

「まぁ、取り合えずこのペンダントは今の所ただの装飾品でしか無いって事ですか?」

「ただのと言うには、聊か強固では在るが…そう言えるだろう」

「強固、ですか。それって大切な物だから壊れない様にって事ですかね」

「恐らく。私はかの超越者では無い故、断言は出来ないが」

「それはまぁ、そうでしょうね」

 

当然の言葉に、其れはそうだと頷いて見せるレフィーヤ。まぁ取り合えず疑問は晴れたとアルコンから手渡されたペンダントを軽く眺めてから、改めて彼女を見る。

 

本題に入る為に。

 

「それで、何か用が在ってここに来たんですよね? それともただ単に知り合いに会いに来ただけとか?」

 

それは其れで嬉しくはあるとレフィーヤは思う。そこまで気安い関係になれたというのはそれなりに喜ばしい事だから。そうでは無いと分かり切っているが。

 

彼女は、何時もの様にふむと言葉を零す。少し考える様に。

 

「何の用でかと言えば依頼が在るからここに来た」

 

だが、と彼女は言葉を口にする。

 

「私では無い。依頼を、助けを求めているのは。私はただその声を聴き、そして君たちに届けに来ただけだ。私の知る、私の尤も信頼する事の出来る冒険者である君たちの元に」

「アルコンさんじゃないって…じゃあ誰が?」

 

問いかけに、彼女は答える。

 

 

 

「世界樹からの、依頼だ」



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第二百三十四話

カリカリカリッ。

 

と、ペンを走らせる音が響く。

 

カリカリカリッ。

 

止まることなく、淀みなく音は続く。

 

 

正し、其れを響かせている人物の、いや神物の表情はどうしようもない位淀んでいた。主に疲労の所為で。今にも彼女、ヘスティアは目の前に積みあがった書類の山をぶちまけ破り捨ててしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

 

そして、そんな様子をゆったりと彼女の執務室に置かれたソファーで寛ぎ乍ら出されたお茶を飲みつつ眺めているレフィーヤは随分と意地の悪い事をしているなと自分のことながら思うのだった。まぁ、別に気にすることじゃないかと直ぐに頭の中から追いやるのだが。

 

不意に、音が止まる。

 

視線をお茶から外し、ヘスティアを見る。彼女は軽く肩を解す様に回しながらレフィーヤへと視線を向けていた。

 

「それで、いきなり僕の所に来て何の用だい? 見ての通り、非常に忙しいんだが。まさか冷やかしに出来たんじゃないんだろうね?」

「まぁ、それはそれで面白そうですけど違いますよ。普通に用が在ってきましたし。と言うかそんな事すると思ってるんですか?」

「割としそうではあると思ってはいるかな」

 

酷いですね、なんて言いながら優雅にお茶をまるで見せつける様に口にする。別に、意味がある訳では無い。酷い事言われたから仕返しにして居る訳では無い、とレフィーヤは誰と言う訳では無いが心の中で思ったのだった。

 

「で、結局何用なんだい?」

「あぁ、其れはですね伝えておいた方が良いかなぁって思った事が出来たので来ただけです」

「僕に伝えておいた方が良い事?……それは、なんだい?」

 

静かに、ヘスティアはそう問いかける。先程までの緩い空気はそこにはない。張り詰めた空気の中で、それでも彼女は変わらぬ様子で言葉にする。

 

「一昨日ですね。私の、いえ正確には私達の知り合いから在る依頼が在りましてね。まぁ、其れも正確にはその人からの依頼では無いんですけどね」

「へぇ、その友人も気に成るけど…じゃあ誰からの依頼なんだい?」

「世界樹からの依頼…らしいですよ」

 

息をのむ音がする。自然と、ヘスティアの視線は外へと、外に聳える世界樹へと向けられる。

 

「あぁ、ここの世界樹では無いらしいですね」

 

そして彼女の頭に浮かびかけた考えをレフィーヤは否定するように言葉を口にする。

 

「なんでも、此処にある以外の世界樹から言葉が届いたそうでしてね。限界だとか、終わらせてくれだとか言って居たらしいですよ。そしてその届いた言葉のうちの一つが」

 

一息置いて、彼女はそれを言葉にする。

 

「星喰らい…だったそうです」

 

カタリッと、ペンの音が響く。けれど、それ以上に音は続くことなく沈黙が広がる。少しの間、ヘスティアは静かに、そして深く息を吸い、そして吐く。

 

「…そっか」

「あぁでも、本当に私や神ヘスティアが思った事様な事が起こっているかは分かりませんよ? 信憑性と言う点では、その友人自身も距離が在りすぎて曖昧だったからそこまででは無いって言ってましたし」

「だとしても行くんだろう?」

 

問いかける様な口調で、彼女は口にする。

 

「きっと世界樹が在るのは世界の果てと言うべき場所なんだろうね…」

「空の上らしいですからな」

「そして、そこに待っているのは星喰。名の通り星を喰らう厄災、化け物と言う他ない存在だ」

「まぁ、戦えば勝てるなんて事は口が裂けても言えないでしょうね」

「だとしても、だ」

 

二人の視線が交わる。しっかりと、逸らされる事無く。

 

「君は、君達は行くんだろう? 本当に、そこにあるかどうかも分からない星喰の封じられた場所。世界の最果てに揺蕩う世界樹を目指して」

 

視線が交わる。そして、確信にも似た何かが彼女の瞳には宿っていた。だから、レフィーヤは迷わずはっきりと答えるのだ。彼女の思った通りであろうその答えを。

 

「勿論ですよ」

 

沈黙は、無かった。想像通りの言葉に、思わずと言った様子でヘスティアは溜息を吐いた。

 

「それは依頼されたから…じゃないよね」

「いえまぁ、依頼されたからと言うのも理由の一つである事は確かですよ」

「理由の一つ、と言う事は…あれかい?」

「えぇはい」

 

軽く頷きながらお茶を飲み。そして口にする。

 

「だって世界の果てですよ? 行かない訳が無いでしょう、そんな楽しそうな場所に」

 

ヘスティアから苦笑が零れる。本当に、仕方が無いと言いたげに。

 

「全く君は、いや君達はかな。本当に分かり易いね。冒険者が此処までどうしようもない存在だと君達と会うまで知らなかったよ」

「自分で言うのは何ですけど。私達って冒険者の中でも結構極まってる方だと思いますから別枠扱いの方が良いですよ?」

「うん、そうさせてもらうよ。冒険者がみんな君達みたいだったら、大変すぎて僕の胃が壊れちゃいそうだしね。まぁ、楽しそうであるとは思うけどね」

「楽しそうなんていうあたり神ヘスティアも相当ですよね」

 

確かにね、と笑みを浮かべながら彼女は紙にペンを走らせる。

 

「はいこれ」

「なんですか?」

「正式に依頼にさせてもらったよ。勿論、相応の報酬も出すつもりさ。あぁ後、僕が知ってる事だけではあるけど星喰らいの情報もまとめておくよ」

「……そんな積りで伝えに来たわけじゃないんですけど」

「うん、知ってる。君達は頭の中が変と言うかあれだけどそこら辺、良識的と言うか善良だからね。本当に、伝えておくべきだと思ったから来たんだろう?」

「言い方があれですが…まぁそうですね」

「言っては何だけどね。僕は君たちの事を信頼してるんだよ。きっと依頼を完遂してくれるってね」

 

だからだと彼女は言う。其れは何故なのかと問う前に、彼女は笑みを浮かべながら口にする。

 

「世界樹を、僕たちの仲間を助けてくれるんだろう? そのくらいのお礼はさせておくれよ」

 

少しの沈黙の後。そう言う事かと…レフィーヤもまた彼女と同じように笑うのだった。

 

「その仲間から終わらせてくれって言われてるんですけど?」

「だとしても、助けてくれる事に変わりないだろう?」

「…まぁ、そうなるでしょうね」

「なら、其れで良いじゃないか」

 

ですかと言いながら、心の中でレフィーヤは強いとか、そう言う意味では無く、彼女には勝てそうにないなと。そう、思うのだった。

 



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第二百三十五話

パラパラと、ヘスティアから渡された星喰らいに関する資料に目を通す。酷く顔を顰め乍ら。

 

「これ、如何しましょう」

 

と、思わず言葉が零れた。ヘスティアから渡された資料に記されていたことが、頭を抱えたくなるような事だったからだ。そして彼女は頭を抱えはしていないが呻いてはいた。

 

「如何したそんなに呻いて」

「あ、ローウェンさん」

 

如何もと言いながら、彼女は部屋に入ってきたローウェンを見る。

 

「何か用ですか?」

「あぁ、用と言うか確認だな。どの程度まで準備は済んだ?」

「あとはもうそこに並べてあるのを仕舞うだけですよ」

 

言いながら、ほらとレフィーヤが軽く指差した方を彼が見ると。言って居た通り、そこには冒険に必要な物が並んでいた。勿論、食料や食料などと言った基本的に時間が経つと使えなくなるものは含まれていないがそれ以外のものは全て確認済みであると彼女は言う。その言葉に、ローウェンはそうかと言いながら何気なく並べてある荷物に近づき、其の内の一つである印石を手に取った。

 

「…これ、割れているみたいだがそれでも大丈夫なのか?」

「え、本当ですかそれ?」

 

椅子から立ち上がり彼に近づく。そしてほれと手渡された印石を確認する。すると確かに、かなり小さくはあるがひび割れていた。

 

「うわぁ、本当だ。何が原因…あぁ、成程深く掘りすぎたのか。と言う事はこれだけ…なんて考えるのは拙いですし、取り合えず印石は全部再確認しないとですねこれ。しかし、やっぱり掘るんじゃなくて筆か何かで書いた方が、いやでもあれはちょっとでも消えるとそれだけで使えなくなるし。うーん」

「で、改めて訊くがどの程度まで準備は済んだんだ?」

「ローウェンさんのお陰でまだまだ全然って状態に成りました。今まさに」

「其れは良かった。俺に感謝しても良いんだぞ?」

「えぇ本当に。ありがとうございます」

 

ひび割れているだけ、等とは口が裂けても言えない。確かに完全に二つに割れてしまいでもしなければ一応使えるが、何時そうなるか分からない事に変わりなく。そしてそれがもしもいざと言う時に起こったならばそれは致命的だ。一応、出発前にする確認の時に気が付くことが出来ただろうが。やはり、速い方が良い事に変わりない。

 

「あぁ、成程そう言う事か」

「はい?」

 

さて材料はあったかなとレフィーヤが思って居るとそんな事をローウェンが零す。一体何のことかと視線を彼に向けると、彼の手の中に星喰らいに関する資料が在った。そう言えば一番最初に資料を見たのは彼だったなと今更レフィーヤは思い出した。

 

「まぁそうだよな。これ見たら唸りたくもなるよな」

「と言う事はローウェンさんもですか?」

「いや唸りはしなかった。が、まじかとは言ったな」

「ですよね」

 

と言いながら確認をしつつ頭の片隅で先程まで見ていた資料の内容を思い出す。それを簡単に、分かり易く言葉で表すならば。

 

強いからやばい。

 

これだけである。ムスペルの時の様に環境が牙をむくでも無く、オーバーロードの様に超越的頭脳と肉体を持つでも無く、フォレストセルの様な不死性を有するでもなく、原初の闇の如く瘴気をばら撒く訳でも無く、昏き禍の如く巨大と言う訳でも無い。

 

光で出来た剣を高速で移動しながら振り回す。これだけでも相当であるがそこに周囲に異常をばら撒く音を発したり、自己回復すらする。もうやばいと言う他ないのだ。そこに加えて喰らった存在の能力だか特性だかを取り込むことが出来るかも知れないとまで書かれている。

 

勿論、単純に強い敵と戦った事はある。オーバーロードの居城に居たジャガーノートなどがそうだと言えるだろう。が、同程度であると考えるべきでは当然無い。何せ相手は星を滅ぼしそして喰らう様な事が出来るという存在なのだ、最低でもオーバーロードや昏き禍などと言った超級の存在であると考えるべきだろう。

 

そんな少ない情報だけでも強大で在り、実際はもっと凄まじいのだろう星喰らいと言う存在を思い浮かべ、レフィーヤは言葉を零し呻きながら思ったのだ。

 

如何すれば、勝てるだろうかと。

 

勿論、勝てないかもしれないとは思った。と言うか勝てる見込みは現状ほぼ皆無だろう、実際に行ってみたら思って居た以上に弱っていたとか、そんな奇跡じみた事が起こらない限りはほぼ確実に負けるとレフィーヤは思った。

 

だがそれは其れとして諦める訳がないし、そんな事を理由に世界樹に向かわないなどと言う選択をするわけがない。相手が強くて勝てそうにないからなどと言う理由で冒険を止めて居たらそもそも冒険者などと名乗ってなどいないのだから。

 

まぁ、何時も乍ら自分は本当にどうしようもない程に馬鹿だなとはレフィーヤは思ったが。

 

さてと、確認を終えた印石を置き別の物を手に取りながらレフィーヤは問う。

 

「で、ローウェンさんは何か思いつきましたか? 星喰らいに関してのあれこれは」

「いや全然」

「……一つもですか? ローウェンさんにしては珍しいと言いますか」

「とは言ってもそもそも情報が古すぎて判断のしようがないだろう」

「あ、それ言っちゃいます?」

「言うだろう、と言うかそう考えるだろう普通。てか合ってたにしても喰ったものの能力とかを再現とかができるんだとしたらそれこそ当てはまらんだろう」

「あぁ、まぁそうですよねー」

「まぁそれでもあらかじめある程度知る事が出来たのはありがたいがな」

「で、結局どうする積りなんですか?」

「いつも通り」

「いつも通り、と言う事は…あれですか」

「あれだな」

 

そう、あれだ。詰まり、今考えても仕方が無いからどんな状況に対応できるように準備を万端にして油断なくゆく。と言う事だ。本当に、いつも通りの事をするだけ。

 

結局、冒険者は最終的にそこに行く着く。出来る事をするだけだと。

 

 

 

 

「…と言うかお前、印石の不備に気が付いてなかったのって」

「言わないでくださいよ。分かってますから」

「星喰らいの対策だとかを考えてて見落としたよなお前」

「だから言わなくても分かってるって言ってるじゃないですか!」

 

本当に、いつもどおりが一番だとレフィーヤは思うのだった。



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第二百三十六話

最果ての世界樹に向かう為に、しかし多くのものであればまず最初に考えなければいけない事が存在する。それその世界樹のある場所が空の上であり、どうやってそこに行くのかと言う事。それだけのようで、しかしそこを目指し挑んだ者達がその生涯をかけて尚、到達することが出来なかった領域。冒険者が其れを目指すと言うだけで愚か者か、現実を知らない大バカ者と呼ばれる事となるだろう一つの挑戦で在り、大冒険と呼ぶべきものなのだ。

 

彼ら以外がそこを目指したならばの話だが。

 

そう、彼らは例外なのだ。其れは何故なのかと問うまでもない。何せ彼らは星と星とを繋ぐ道を通り今の場所に至っているのだ。そう、そうだ。彼らはすでに多くのものが目指したその領域に居たり、そして超えているのだ。

 

だから彼らはそもそもがどうやって辿り着こうかなどと考えていない。知っているから、空の上に到達する方法を、すでに行った事が、通った事が在るから。

 

さらに言えばどうやって世界樹に目指すか、いや探すのかと言う事すら考えるまでも無いのだ。何せその世界樹の声を聴き、大体では在るがその場所を理解している存在が、彼らの友で在るのだから。

 

詰りは彼らが世界樹に到達する為にする必要がある事は世界樹の声を聴いた彼女、アルコンが弄りそして調整した星と星とを繋ぐ道に向かう為の装置を潜り抜けるだけで良いのだ。

 

道中だけで比較するならば今までで一番楽ではないだろうかと言う程だ。尤も、そうしなかった場合は空の上の何処かを揺蕩う世界樹を探さなければいけない訳なのだから其れこそ数十年、いやそれ以上の途方もない年月が掛かり依頼処では無かっただろう。

 

「だとしても流石に味気ないというか、正直面白みは皆無だよね」

 

なんて、ハインリヒの言葉に確かにと嘘偽りのない本心を呟き頷く彼らの佇む場所。そこは暗く、しかし無数の星々の光が照らす星と星とを繋ぐ道。

 

そして眼前にあるは、空の上の更には果てを揺蕩い。しかし今まさに彼らの手の届くところにある見る者に無残で在ると思わせるだろう、枯れ果てた世界樹。いいや或いは、それが世界樹であると認める事が出来ない者もいるかもしれない。

 

限界、と言うアルコンに届けられた言葉が偽りでは無いのだと思い知らされる。

 

「…初めて見るな。ここまでの状態に成ってる世界樹は」

「そうですね。と言いますか、想像しにくかったんですけど、限界まで行った世界樹ってこんな感じなんですね」

「枯れている処を見ると結局は世界樹とて木と言う事なのでござろうな」

 

そう今さらだが、世界樹もその名にある通りの木で在るのだと実感した。もっと別の何かで、朽ちる事が無いのではと思ってしまっていたが、それでも命であることに変わりは無かったのだと。世界樹にも終わりは在るのだと、今更ながら。

 

まぁそれはそれとしてとレフィーヤは世界樹へと向かい歩きながら軽く辺りを見渡し、思った事を口にする。

 

「敵いない処か生き物の気配すらありません」

「そう言えば前に道を通った時もそうだったな」

「まぁ空の上ですしねここ。元々生き物が住んでいなかっただけなんて事も十分あり得ますけどね」

 

と言ってもまぁ、と言葉を零して続ける。

 

「仮にいてもこんな状態の場所に近づきたくはないでしょうけどね」

「それは確かにそうだろうな」

 

空気が重く淀み、そして悍ましく歪んでいた。それの正体が、それの元凶が何であるのかは考えるまでもなく彼らには理解出来た。同時に確信する。やはり考えに間違いはなく、今から挑もうとしている存在は昏き禍に負けず劣らず、正しく星を滅ぼすことのできる厄災なのだと。

 

だからこそ改めて思う。自分達は馬鹿処の話のではない大馬鹿者なのだなと。

 

「ぶっちゃけあれでござるな。こんな瘴気じみた物を垂れ流しにしている様な存在に挑むとか我ながら正気を疑うでござるな」

「上手い事言ったつもりか」

「そんなつもりござらんが?」

「え、なにか上手いかどうかって思うよな事言ったかしら? ちょっと分からなかったのだけれど、どうなのハインリヒちゃん」

「さらっと止めを刺そうとする当たり流石だねコバック、僕には真似できないしそもそも僕も良く分からなかったんだよね。レフィーヤは分かったかい?」

「すみません私も分かりませんでした。と言う訳で懇切丁寧に説明してくれませんか?」

「拙者に死ねと?」

「良し分かった分かり易く説明してやろう」

「ははぁん、あれでござるな? 拙者を殺そうとしてるでござるな?」

 

なんておふざけをして張り詰めて切れてしまいそうだった緊張を無理やり緩め余裕を作る。まだ相対してもいないのに、余裕をなくすなど在ってはならないから。それでは勝つ負ける以前に戦いに成らない。

 

だが、それでも進めば進むほど重く濃く、さらに歪んでゆく。

 

それでも進めば何れ辿り着くもの。いいや、彼らからしても意外な程分かり易く、そしてそこまでの道のりは容易いもので在った。まるで、そこに導かれいたかの様に。いいや、実際導かれたのだろう。

 

朽ち果てようとしている、世界樹そのものに。

 

「……そろそろか」

 

そんな言葉に、彼らは無言で頷いた。気配を感じ取った。いいや、それが気配であると理解した。余りに強大で邪悪に蠢くそれが今から挑もうとしている存在のもので在ると。

 

正確な距離感は分からない。ただそれが居るのだと分かっただけだが、それでも近づいた事に変わりないだろうとレフィーヤは考え。

 

「……ふぅ」

 

思わず、再び張り詰めそうになった精神を緩める様に息を吐く。まだ緊張する時では無い。だから、カタカタと震える手を止め、軽く杖を回し調子を改めて確認する。

 

あぁこれならば大丈夫だとレフィーヤは自分自身に言い聞かせて、そして彼を見る。

 

 

何故か、ハインリヒの事を投げ飛ばしている彼を。

 

 

「―――――――――はっ?」

 

それは誰の口から零れた物だろうか。其れはレフィーヤには分からなかったし、何故ローウェンがそんな行動をしているのかも分からなかった。いいや、何故なのかと考える事もしなかった、出来なかった。

 

視界の中で、何かが爆ぜたから。

 

一瞬の思考の空白の後に自らが吹き飛ばされながら、あぁそうかと漸く理解する。

 

自分達は奇襲を受けたのだと、理解した。

 

 

 

 



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第二百三十七話

痛い。と、最初に彼女が思ったのはそんな一言で表すことのできる言葉だった。

 

吹き飛ばされ、強く強く体を地面に叩きつけられ転げながらも途切れてしまいそうになる意識を気合で繋ぎ留め、何処か他人事の様に感じているはレフィーヤは冷静にこう思う。

 

このままでは死ぬと。

 

そう思ってからは早かった。他人事で在った思考を無理やり現実に引きずり戻し、そして印術を以て氷の壁を作りだし自分自身を叩きつける事に因って無理やり止まる。咳は血に因って湿り体のそこら中からミシミシと嫌な音が聞こえ、呻き声や悲鳴も出ない程の痛みがレフィーヤを苛む。

 

けれど、それを歯を食いしばりながらねじ伏せるて勢いよく跳ねる様に起き上がる。

 

全身を駆け巡る痛みに一瞬意識が跳びかけるが、それを堪えつつ自身の状態を素早く確認する。思う様に動かないが、しかし幸運な事にどこも骨は折れてはいない。尤も、かなり罅は走っている様だが、動けない程では無いというのがレフィーヤの判断だった。

 

あれほどの衝撃だったのにかかわらずこの程度で済んだのは恐らく奇襲を仕掛けてきた何かと自信との間にコバックがいた事と、反射的に氷の壁を作りだす事が出来たからこそだろう。

 

尤も、無事では無いが問題ないと言えるのはそれだけなのだが。

 

「――――――ケホッ」

 

血を含んだ咳を零しながらレフィーヤは乱雑に手の中に在る木の破片を、いや杖で在ったものを払う様に落とす。文字通り粉微塵に砕けてしまったそれはもはや武器としてはどうやっても使いようがない。そして木は木でも世界樹の枝から作ったそれなり以上に頑丈だった杖がこのありさまならと、確認するように手を鞄の中に入れ。

 

思わず、レフィーヤは舌打ちを零した。

 

思った通り最悪な事に鞄の中身が全てゴミに変わっていた。まぁ杖でさえこれなのだから当然なのだがとレフィーヤは思いながらもはや重しでしかない邪魔な中身をぶちまける様にして捨て、気休めでしか無いが鞄に沁み込んでしまっていた薬を絞る様にして口に流し込む。量は少なく味もいつも以上に最悪の一言に尽きるが、幾分楽になった気がする体を動かし、視線を捨てたゴミに成ってしまった道具に向ける。

 

若しかしたら無事だったものも在るかも知れないが、そんな一つ一つ丁寧に確認している余裕があるとは思えないと彼女はすぐに思考を切り替えた。

 

ふっ、と短く息を吐き現実と向き合う様に辺りを見渡す。そして視界に移り込む光景は酷いものだった。

 

まず、道が吹き飛んでいた。いいや、正確に言うならば大穴が開いているというべきだろう。尤もどちらの言い方にせよ道としての役割を果たすことは出来そうにない状態である事に変わりない。だがそれに関してはまだ大したことでは無い、何度か同じような事を経験しているから。驚愕する様な事では無い。

 

そう、世界樹にもまた大穴が開いて居る事に比べれば。

 

幾ら枯れ果て様としていたとしても世界樹を突き破る事が出来るという事実が彼女には衝撃であった。いや正しく言うならば、世界樹を突き破ってきたにも関わらず勢いが衰えることなかった、或いは衰えて尚自分達に壊滅的な打撃を与える事が出来るその存在に、星喰らいと言う存在に対してだろう。甘く見ていた訳では無い、そう思ってはいたがしかし想定以上であったことは確かだろう。

 

「あぁー、ちょっとしんどいわねぇ」

「あ、コバックさん」

 

声に反応し、視線を向けるレフィーヤ。そこには自信と同じようにボロボロで、しかしそれでもしっかりと自身の足で歩くコバックの姿が在った。見ただけならばいつも通りに見える彼に倣い、レフィーヤ自身も無理やり余裕を作り出していつも通りに言葉を口にする。

 

「無事、では無いにしても生きてましたか」

「真っ先に死ぬ様じゃパラディン失格でしょう? まぁ無事では無かった時点で失格かも知れないけどね」

 

ほらと言いながら、彼は自身の利き腕を見せる。骨が折れ力無く垂れている腕を。

 

「痛そうですね」

「痛いわよ凄く。と言う訳で一応聞くけど薬とか無いかしら?」

「文字通りの搾りかすでよければまだあるもしれませんよ」

「と言う事はあたしと同じって事ね」

 

先程彼が腕を見せたのと同じように微妙に湿り気が帯びている鞄を見えると、彼は彼で同じことをしていたようでやはりかと肩を竦めてみせた。

 

「詰りちゃんとした薬を飲むためにはハインリヒちゃんに渡してもらうしか無いって事ね」

「そうなりますけど、ちょっと今ハインリヒさんは手が離せそうにないみたいですけどね」

 

と、軽くレフィーヤが指差した方向にはぐったりと力なく倒れるゴザルニとそんな彼女を治療しているハインリヒの姿が在った。忙しなく手を動かし続ける彼は視線だけを二人に向けると、雑に腕を動かして薬を投げ渡してきた。

 

そう言えば態々近づかなくても良かったのかと、今更自分が結構混乱していたのだなと思いながらそれなりの勢いがついていた薬を受け取り、一気に胃の中に流し込む。

 

流石に腕が折れてしまっているコバックはしょうがないが、レフィーヤはある程度だが痛みが引き、これで問題ないだろうと思いながら今度は治療を受けているゴザルニを見る。

 

少し離れているが瞳だけを動かして二人へと視線を向けてきている事から意識は失っては居ない様だが。咄嗟にレフィーヤが生み出した氷の壁と自身盾とそれを扱う技量でなんとか凌いだコバックと位置的にそんな彼に守られたレフィーヤ。そもそも奇襲から逃れることが出来たハインリヒと違い、防御では無く回避を主軸としていた彼女は先程の一撃で少なくない痛手を負ってしまった様だ。

 

尤もあれだけの威力があったのだ、人の形を保っている時点である程度は躱したようなのだが。それでも治療が終わった所で直ぐに動く事が出来る程では無いだろうとレフィーヤは思う。

 

と言う事はと息を吐きながら辛うじて無事だった微妙に湿っている手袋を嵌め、調子を確かめて整える。視界の端で少し歪んでいるがそれでもまだ使えそうな盾を手にして調子を確かめるコバックを見る。利き腕で無いから少し勝手が違うのかもしれないなんて思いながら。

 

現状、動くことが出来るのはコバックとレフィーヤだけ。先ほどの通りゴザルニは動けずハインリヒはそんな彼女の治療中。

 

そして、ローウェンの姿は…そこには無い

 

けれど、不思議と彼は大丈夫だとレフィーヤは思えたから取り乱すことは無かった。普通に考えればハインリヒを庇った彼は防ぐにしろ躱すにしろ間に合わないだろうという結論に至る。なのに、何故かローウェンなら大丈夫だと思えるのだから仕方ないと思わず笑みが浮かぶ。信頼、とは少し違うかもしれないが悪いものでは無いだろうと。

 

まぁなんにせよ、取り合えず時間稼ぎをすればいいのだから気が楽な物だと、再び投げ渡された薬を湿っている鞄に叩き込み、汗が滲む手を握りしめながらも無理やり余裕を作り出し。道に出来た大穴から這い出る様に姿を現したそれを。

 

星を喰らうものを、見る。

 



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第二百三十八話

星喰い。

 

酷く歪で、何処か飢えを感じさせるその存在はレフィーヤが想定していたよりも速くは無かった。もっとも、それでも普通の魔物とは比べるまでもない程の差はあるが、対応できない程では無かった。

 

ズルリッと、宙を這うかの様に進み迫る星喰い。三本の左腕を動かし、その先に延びる三つの二股の光の剣を振りかぶる。

 

それぞれがそれぞれ異なる動きをする三本と六本。星喰いそのものの動きとは違い、寒気を感じる暇もない程の速度で振るわれる刃を、氷の壁を作りだすと同時に全力でその場から飛んで避ける。

 

即座の体制を整えて、見えたのはそこそこの強度があるはずの氷がスルリと斬られズレ落ちる。

 

今までもあの領域の存在に対して盾としてはそれなりに役立っていた氷が、しかし砕かれるのではなく斬られてしまうというのはそう多くは無い。そしてそんな氷を見て、やはりと言うか直撃すれば命は無い。

 

白い仮面を思わせる顔が蠢きレフィーヤを捉える。ぞっとするようなその視線を彼女に向け乍ら胸部と思われる場所にある良く分からない何かを振るえ。

 

直後、レフィーヤは音の津波に飲み込まれた。

 

特別でも何でもない、唯大きいだけの音。それが一つの凶器として彼女に襲い掛かり吹き飛ばす。だが先程よりはましだと、ふらつき頭が上手く働かないがそれでも衝撃を殺し、態勢を整える。

 

『――――――――――――』

 

なにか音がした気がレフィーヤはした。コバックか誰かが何かを言って居るのかもしれないが、先程吹き飛ぶほどの音を浴びたばかり。耳が上手く機能していない故によく分からない。

 

揺れる視界、しかしレフィーヤは確かにコバックが上手く動けない自分のカバーに動いたのが見えた。

 

歪んだ盾に、折れている利き腕。全身が薬でいくらかマシに成っていたとしても痛みを訴えているだろうその状態にあっても彼の技術は神がかっていた。何度見ても、あれだけは真似できそうに無いと何時もレフィーヤは思うのだ。

 

あの、絶妙に鬱陶しい動きは。

 

着かず離れず、当たりそうで当たらない様に、避けれる位置と避ける事の出来ない距離との見切りは完璧。それでいて注意が自分からそれてしまわない様に敢えて光の剣を盾に掠らせてみせたりもする。

 

あんなにも酷い状態がだ、それを感じさせずにやるべき事をやっている。

 

だからレフィーヤも動く。杖が無い所為で大雑把では在るが術は問題なく発動する。気にすべきはタイミングなのだが、コバックとの一瞬の視線の交差。それだけで事足りる。

 

コバックが大きく飛び退くのと爆炎が星喰いを飲み込むのは筈かな時間差。あと少しでも遅れていれば巻き込んでいただろうし、速すぎれば感づかれていたかもしれないという絶妙なタイミング。長い間共にいた事とコバックの技量があってこその物。

 

さてと、細かく位置と距離を調整しつつ、星喰いを見る。僅かに微かに焼ける音を響かせながら仮面の様な顔を蠢かしている。三本あった左腕の内の一本が失われているのに、まるで気にしている様子が無い。

 

「思ったよりは効いてますね」

 

なんて言葉が零れるが、はっきり言って予想外では在った。今までに戦ってきた存在よりも、脆いと言って位なのだから。先程の術も、精々軽く傷が出来ればいいな程度のものだったのだ。だから、まさか腕が一本吹き飛ぶとは思って居なかったのだ。いい意味で想定外な事だと言えるだろう。

 

目の前で星喰いが蠢きながら新しい腕を生やさなければだが。

 

あぁそう言えば回復するとかなんとか書いてあったなと、そんな事を思い出しながら其のままだったらかなり楽だったのだがやはり都合よくはいかないかと気合を入れなおし、睨むように見る。

 

そんな彼女の視線を受けながらも星喰いはなおその体を震わせ蠢く。怪音を響かせながら、人で言えば足に当たるだろう部分に何かを生やす。

 

それがどの様な物なのか。それを考える暇などないと言わんばかりに光を脚部に在る何かから噴き出し。

 

 

 

 

 

 

気が付けば、視界が回っていた。

 

 

「――――――――――――――ぁっ?」

 

掠れた声がレフィーヤの口から零れる。いや、それ以上の音が出なかったと言うべきか。

 

くるくると、くるくると止まることなくめぐり続ける視界。また吹き飛ばされたのかと思うが、其れにしては衝撃が小さかったような、なんて思うレフィーヤは受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

 

息が詰まるような衝撃、けれどそれは直ぐに何かが抜け落ちていく感覚に飲まれて消えた。不思議な事に痛みは感じず、しかし熱が失われていくのが分かった。はて何が起こったのかと、動かない体の代わりに視線を巡らせて。

 

 

ポツンッと、取り残された自分の下半身を見つけた。

 

 

「――――――――ぁぁ…」

 

成程、と言おうとして息だけがレフィーヤから零れ落ちる。だが分かった。自分は斬られたのだと分かったのだ。そしてそれは疑うまでもなく、致命傷である事も。

 

視界の端で、コバックが何かを叫んでいる。だがそれだけでなんと言って居るのかは分からない。耳が可笑しくなっているのか、単純に聴く力が弱まっているからなのか。そこの判断はレフィーヤには出来なかった。だが、一つ分かった事が在る。

 

『――――――』

 

レフィーヤの首元から零れ落ちた音を垂れ流すそれ、かの超越者が作り出したというペンダント。それが先程からしていた音の正体である事だ。そう言えば硬いらしいから若しかしたら盾代わりになるかも、なんて思って付けてきたのだったと今更彼女は思い出した。

 

『―――は――――故―――をめ―』

 

雑音でしか無かったそれに、言葉が混じる。引き飛ばされたりした衝撃で少し治ったのか。それとも単純な距離の問題か。勿論、彼女には分からない。そも、もう音を上手く聞き取れないでいた。

 

『ファフ―――――を―――て、完――――とする』

 

けれど、だというのに。その言葉だけは。

 

 

 

 

 

『最――に――葉をか―――に、冒険者――に―――残す』

 

彼女は、はっきりと聞いた。



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第二百三十九話

『まずは称賛を送ろう。よくぞ我が書斎に辿り着いたと。汝らは今、世界の真実に尤も近い場所に居る』

 

手を、動かす。今更ながら、片腕が無い事に気が付くが、それでも体を引きずり動く。

 

『我が書斎に至るまで道。それは艱難辛苦に塗れたもので在った事だろう。だが、だからこそ辿り着いたという事実は偉業として記し残される。尤も、このような事を言葉にする必要も無いのだろうがな』

 

血が流れ出るのを少しでも抑えようと術を行使する。あまりうまくいかなかったが、少しの延命位は出来るだろうと彼女のは思い、なお動く。

 

『聴いているのだろう? 我を超えし冒険者よ』

 

視界を動かし、探す。見失ってしまった星喰らいを。そして、見つけた。霞む視界の中で恐らく、時間稼ぎをしているのだろうコバックの姿も。

 

『そう汝らが我の言葉を聞いているのだと、確信している。ただ、そうなのだと思う故に』

 

よく見えなくともとても辛いのだろう事は彼女は分かった。近く限界が来るだろう事も。いやそもそもあの異様な速度で動かれればそれまでなのだ。限界まで行く前に終わってしまう可能性だってある。

 

『はっきり言おう。汝らに対して我が残すべき言葉は無い。汝らは、我を超え、証明した存在なのだから』

 

ならばどうするのか。彼女は、自信がすべきことをするだけだ。もう殆ど目が見えない状態で、しかし外すとは欠片も思う事は無かった。星喰らいの動きは分からずとも仲間の、コバックの動きは見えずとも良く分かるから。

 

『だが同時に。汝らがどこまでも脆弱である事を我は知っている。汝ら以上に、強大な存在が存在する事もだ。或いはその体が血に沈む事も汝らが人で在る限り、逃れる事は出来ない可能性の一つだろう』

 

余りに雑で、歪な氷の槍が放たれる。しっかりと目で見ていたならば、余りの雑さに自分で笑ってしまう事だろう。だが、それでも威力だけは変わらず、そして外す事無く確かに命中した事を、自分に注がれる視線とそこに籠った敵意からレフィーヤは確信した。

 

『だが、其れもまた我が口にするまでもない事柄であると確信している。例え絶望の内だろうとなんの関係も無いだろう』

 

これで、少しとは言えコバックは余裕を作ることが出来るだろう。尤も、自身が死んでしまう事に変わりは無いが。と、ふとそう言えばと朧気に星喰らいはその名に在る様に喰らう事に因って何かしらが会ったようなと、頭の内を過る。もしも喰われてしまったら拙いと思い、それならばいっそ自爆でもしてしまおうかと、術を行使し、そして。

 

 

 

『汝らが、諦めること等無いのだからな』

「あぁ、全くもってその通りだ」

 

 

何かが衝突し何処かへと吹き飛んでいくのと、眼前に良く分からないものが落ちるのをレフィーヤには分かった。勿論、感覚的なものでしかなく目が見えず音が聞こえない今の状態に変わりはない。

 

「ちょっと変な感じするだろうが我慢しろよ?」

 

だから、その言葉も彼女には届くことなく。ただ何となく斬られた場所に何かが当たったような気が彼女はして。

 

 

そして、なんか良く分からない感覚が一気に彼女の肉体を駆け巡った。

 

 

「お、おぇええええ!? な、なな、なんなん?」

 

ゴポリと、喉奥に詰まっていた血反吐が口から噴き出し、同時に奇妙な声が零れる。だがそんな事を気になどレフィーヤはしていなかった。と言うか出来なかった。妙なむず痒さと不快感とは違う感覚。そして思わず視線を向けた結果、見えたのは煙を噴き出している自分の体だった。異常事態過ぎて、目が見える様になっていること等気にしている余裕が無い程だ。

 

「ちょっと待って。待って待って待って、本当に待って。何、私に何したの?!」

「いや薬使っただけだぞ。其れこそどんな状態だろうが問答無用で治る位強力な」

「それ使っても大丈夫!?」

「多分」

「多分なの!?」

「いや渡されただけの薬だしな。エリクサーとか言うのとネクタルを混ぜ合わせたような効果を持つ、位の事しか分からんし」

「いやそれとんでもない代物なのでは?」

 

死んでいなければ大抵の傷は治せるエリクサーと死んだばかりで在れば蘇らせることが出来るとまで言われているネクタル。そんなものを混ぜ合わせたもの、貴重処の話では無い。なんでそんなものを持っているのか。勿論、レフィーヤには分からなかった。が、取り合えずはと混乱しすぎて逆に落ち着きを取り戻したレフィーヤは立ち上がり、調子を確かめる様に体を動かす。

 

そして問題事を確認すると、何故か服が綺麗に成っていてもしもの時の為の予備として取っておくと言って居た筈の少し前まで使っていた銃を手にしてるローウェンへと視線を向け、彼から放り投げられたものを反射的に受け取った。

 

「…杖? しかも私が予備として取っておいた倉庫の奥で埃かぶってる筈のこれをなんでローウェンさんが今持ってたんですか?」

「其れに関しては、薬や俺のこれと同じように渡されたからだな。誰から…って言うのはまぁ言うまでもないだろう?」

「あぁ…そうですね」

 

こんな場所まで来ることが出来る人物などレフィーヤはアルコンと言う少女しか思い当たらなかった。

 

「けど、なんで態々」

「其れに関しては特に詳しき言ってはいなかったが、まぁ少し呟いてたな」

「なんて呟いたんですか?」

 

「倒してくれる事を願っている、との事だ」

 

其れは詰まり、彼女もまた星喰らいに思う所がある、と言う事なのだろうか。と、そうレフィーヤは思い。

 

 

トンッと軽やかに跳び、星喰らいの振るう光の剣を躱す。

 

 

「流石に、二度目は勘弁してほしい所なんですよね」

 

なんて言いながら距離を取りつつ術を放つ。弾ける炎は、しかし星喰らい加速して躱し、そのまま速度を落とす事無く一気にレフィーヤへと接近、再び光の剣を振りかぶり。

 

「確かに、二度も両断される経験などしたくはでござるな」

 

ストンッと、振るわれた刃に因って星喰らいの腕が切り落とされた。

 

星喰らいが仮面の如きその顔を蠢かし視線を自身の腕を切り落とした存在、ゴザルニへと向けるのを見ると同時に、術を行使し生み出した氷塊を叩きつけ吹き飛ばして無理やり距離を作り出す。音を立てて転げていく星喰らいを見ながらも横目で確認するように彼女を見る。

 

「もう大丈夫なんですか?」

「まだ体が軋んでるでござるな。と言う訳でローウェン殿、拙者にもそのとんでも薬を分けて欲しいのでござるが?」

「あ、多分それ殆ど死んでいる様な状態でもない限り効きすぎて体が弾け飛ぶと思うよ」

 

なんて言葉をコバックの治療をしながらハインリヒが口にする。その言葉を受けたゴザルニは一言、迷いなく口にする。

 

「やっぱりいいでござる」

「だろうな。まぁそれは良いとしてコバックはどうだ?」

「折れたままだけど問題ないわよぉー。まぁ盾はちょっとあれだけどね」

「取り合えずパパッと治療したからね。十全では無いのは仕方ないと思って欲しいかな」

「因みに拙者は地味に刀が歪んでて使いにくい事以外は問題ないでござるよ。あ、痛みに関しては気合で何とかするでござる」

「そして私は何故か異様な程疲れてはいますけど大丈夫ですよ」

 

「成程、詰りいつも通りだな。なんの問題も無い」

 

そう、いつも通り。死に掛けたたが、と言うか殆ど死んでいたがそれでもいつも通りまで立て直した。だからここからもいつも通りにかの超越者が言った通りに諦める事無く。

 

 

五人の冒険者は、命懸けで勝ちに行く。

 



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第二百四十話

不快な音が響き渡り地面を揺らしながら罅を走らせ、光が弾けた次の瞬間には星喰らいは眼前にまで迫り光の剣を振るわんとしている。速すぎて目で追うこと等出来ない。

 

だが、しかしそれでも銃声が響けば狂いなく放たれた銃弾は星喰らいを穿っていく。

 

それは目で追えているからでは無い。経験と僅かな観察した結果から導き出したこう星喰らいは動くだろうという予測し銃弾を撃ち放っているのだ。僅かなズレでさえ、引き金を引くまでの僅かな時で修正し、そして命中させていく。正しく人外的腕前を披露するローウェン。

 

だが、其れだけでどうにかなるならば星喰らいはとっくの昔に打ち倒されていた事だろう。

 

銃弾が星喰らいを穿ち、光の剣を腕ごと吹き飛ばす。けれど次の瞬間には新たな腕が、光の剣が文字通り生えてくる。異常な回復能力。傷が刻まれるよりも治る方が速い。いずれは限界が訪れるのかもしれないが、そこに至るよりも先に銃弾が尽きてしまうという結果に至るのは明白。

 

当然それは、ローウェンだけだったならばの話。

 

銃弾を受けながらも無理やり動き、ローウェンへと向かう星喰らい。しかし高速で在るからこそ突然眼前に現れた氷の壁に避ける事出来ずに衝突する。いいや元より気にも留めていなかったのかもしれない。その証拠に、衝突しそのまま壁を砕き、僅かに落ちた速度を取り戻す様に下部にあるなにかに光を蓄え。

 

シャラリと涼やか乍ら鋭い音を響かせながら振るわれたゴザルニの刃が斬り落とす。

 

欠けた状態のままなにかから光が弾けると同時に、凄まじい勢いで星喰らいその場で回転し勢いをそのままに地面に叩きつけられる。その衝撃は地面を揺らすほどで、僅かにゴザルニの足が取られる。

 

その次の瞬間、ずるりと光の剣が異様な動きを見せ彼女の腹を引き裂いた。

 

ゴポリッと口と傷から血が溢れ、中身が零れ落ちる…よりも前にぶん投げられゴザルニに叩きつけられると同時に割れて零れてかかった薬瓶の中身が無理やり致命傷を完治させる。

 

「おぉ―――…!?」

 

ゴザルニは奇妙な声を零しながらも、続けて振るわれる剣を躱し距離を取った。その次の瞬間には地面を力強く蹴り一気に星喰らいへと接近する。

 

白い仮面の如き星喰らいの顔が蠢き視線は自らに向かうゴザルニを捉える。地面を削り割り、銃弾と術を受けながらも態勢を整える様に宙へと戻り、そして剣が振るわれた。彼女との間に一人の人間が割り込んできた事など気にも留めずに。

 

「ふぅ――――――…」

 

光の剣をその歪んだ盾で彼は、コバックは受ける。剣が盾に触れた瞬間、金属音では無い熱に焼かれ溶ける音が盾から響く。一番星喰らいと相対していた時間が長いコバックは当然、その一撃を盾で防ぐ事が出来ない事は分かっていた。このまま剣が振り抜かれれば、ゴザルニと一緒に、先程のレフィーヤと同じか、其れよりも酷い状態に成るのだろうとも。だが同時に、彼は確信していた。触れれば次の瞬間には断ち切られるのだとしても。

 

 

刹那であろうが触れられるならば――――――――逸らす事が出来ると。

 

 

「らぁぁぁ―――ッ‼」

 

軌道がずれる。振り抜いたにも関わらず、未だに眼前の存在が健在である事驚いたかのように、視線をコバックへと星喰らいは向けた。駆けるゴザルニから、視線を逸らしたのだ。

 

当然それは、紛れもない隙だった。

 

地面を蹴り、飛ぶように跳ぶ。まるでローウェンの撃ち放つ弾丸の如く真っすぐに。ただ、刃を振るう。それは技と呼ぶまでもない斬撃。だが、しかし。只管に研ぎ澄まされたその一閃は、極みに近く。

 

故に、音もなく星喰らいを両断する。

 

僅かに、星喰らいの体がずれる。上と下とに分かれてずれて。直後に繋がり傷が塞がり消える。両断されども、未だその星喰らいの命には届いていない。

 

星喰らいの力が集う。何をするのかと、考えるまでもない。最初に、自分達の事をほぼ全滅状態にまで追い込んだ何かをする積りなのだ。

 

はっきり言って二度目は無い。もう一度それを放たれれば、彼らには防ぎようがない。今度こそ全滅してしまうだろう。そう、二度目は無いのだ。

 

彼らが一度受けた攻撃に、何もしない訳が無いのだから。

 

溜め込まれた力が、弾ける前の僅かな間。不意に、星喰らいの眼前に何かが映る。一見、なんの変哲もないただの袋でしかないそれの中身はハインリヒが持っていた物。そう、彼らの中で唯一無傷で在り持っていた道具も無事だったハインリヒが持っていた、ラキアの変態たちが作り出した火薬を丸めてレフィーヤが印石として手を加えて好きな時に爆発するようにした物を詰めるだけ詰めただけの袋。

 

要するに…爆弾である。

 

弾ける。星喰らいと爆弾が弾けて視界を光で覆いつくす。遅れる様に衝撃と音。あらゆるものを根こそぎ吹き飛ばしてしまうのではと思う程のその威力は、星喰らいにも確かな結果を刻んだ。

 

視界に色が戻ると同時に移り込むのは吹き飛んだ地面に仮面の如き顔がひび割れ欠け、その体を抉られた星喰らいの姿。光の剣や下部の何かまで失われているのは爆弾の威力ゆえかそれとも何かの代償か。

 

だがそれはどちらでも良い事。今まさに星喰らいは傷を治す為かこれ以上ない隙を晒している。だから迷いなく、レフィーヤは動いた。

 

杖を振るい印術を刻み、手袋から音が響き印術を術式に巻き込み組み上げ、生み出された術はエーテルと共に圧縮され、三属性の支配者と呼ぶに相応しいその技量を以て形を成す。

 

レフィーヤが生み出されたその術には当然、名は無く。故に彼女はとある神話に語られる杖で在ったり剣で在ったりする武具で在り。そして尊敬し、今もその背を追っているある女性の誇る魔法名を勝手に受け取り、こう名付けた。

 

 

―――――――――レーヴァテイン、と。

 

 

杖を砕き手袋を吹き飛ばしながら放たれる剣の如きその極光が、星を喰らうものを飲み込む。或いは先程の爆発以上の威力を誇るその術に、レフィーヤの腕は拉げ未だ籠る熱に血が蒸発し肉を焼く。痛みも感じることのできない状態、だがしかしその視線は鋭く前へと向けられていた。

 

映るは星喰らい。術が直撃し体の実に半分を消滅させながら、それでも欠損を埋める様に蠢いていた。まだ、生きていた。

 

 

一発の魔弾が、その面を撃ち抜くまでは。

 

 

声も無く、唯一つの弾痕が仮面の如き星喰らいの顔に刻まれた。それは小さなものでしかなく、けれどそれは埋まることなく。急速に星喰らいの敵意が、殺意が、それを覆う程の飢えが消えていく。

 

そして静かに崩れ落ちた。

 

静寂。歓喜の声は無く、余りに静かな終わりに意識が追いつかずレフィーヤは実感が無かった。けれど、目の前で崩れ落ち動かない星喰らいは、間違いなく彼らの勝利の証明であり。

 

 

 

 

最果ての世界樹の下。尤も新しき伝説が、英雄たちの軌跡が…刻まれた瞬間だった。



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エピローグ……?

パタンッ…と本を閉じる音を響かせる。窓を開けていたから入り込んだ風によって少し乱れた髪をまだ少し動かしずらい手を動かして整える。違和感はあるが、気に成る程ではない。そんな事よりも早く訊かねばならない事が在ったから。だから視線を随分と楽し気な笑みを浮かべているローウェンへと向けた。

 

「…で、なんですかこれ?」

「本だよ、俺達の…と言うかお前のしてきた冒険が書かれてる。と言うか読んだんだから分かるだろうそんな事」

「いやまぁそうなんですけど、そうなんですけどそうじゃないんですよ」

「だろうな」

 

やっぱり楽しくて仕方ないと言った様子で彼は笑う。自分が何を訊いているのかを理解した上でそう言って居るのだと分かる。何故かと言えば自分の事でなければ同じ事をしていただろうから。

 

はぁと溜息一つ吐いてから、膝の上にある『英雄たちの軌跡』と言う題名に著者『ベル・クラネル』と書かれた本を軽く撫でながら改めて問いかける。

 

「…で、この本は何処で手に入れたんですか」

「ちょっと前からある本屋からだが?」

「本屋ですか……あぁ、すごい嫌な予感がする。若しかしてあれですか? それって貸本的な奴ですか? いえですよね、そうですよね?」

「ところがお前の嫌な予感的中で普通に売ってたんだよ、これ」

「お、おぉおう…」

 

変な声が出たが仕方がない事。舐めていた訳でも甘く見ていた訳でも無かったのだが。星喰らいとの戦いから一月経ったか経たないか程度の時間しか無かったというの本として書き上げ売り出すとは流石に思って居なかった。ベル・クラネルと言う少年の行動力は想像以上だったと言うべきだろう。でもまぁ、彼だって冒険者なのだからその位の行動力が在っても可笑しくはない。が、しかし行動力だけではどうしようもない事は当然ある。

 

「いや、でもどうやってそんな売れる程の本を用意したんでしょうね」

「そこは知らん。深い所関わってる訳じゃないしな…ただ」

「ただ、なんですか?」

「どこぞの変態や暇を持て余した奴らが手を貸せば出来なくはないだろうな」

「……あぁー、成程」

 

彼らなら、やる。出来る出来ないでは無く、やる。常日頃からヒャッハーと叫びながらその場のノリで変なもんを作り出す変態と、最近神であるか如何かなんてどうでもよくね? と言い出した神たちなら材料とか費用とか時間とか、出来ないの理由になるものを全て潰してやってしまうだろう。手を貸すかどうかも、面白そうなら絶対に手を出すだろうし。貸すでは無く、出すと言う所が重要。

 

しかし、変態に暇人と言うか暇神たちが関わっているならば想像以上の速さで本として完成させられた上で売り出されても可笑しくはない。尤も、あくまでも彼の予測でしかないのだが。まぁ多分合っているだろうが。

 

仕方がない事かと、本が何時の間にか出来上がって売り出されていた事に関してはそう思う事にして。重要な事を問いかける。

 

「で、売れているんですかこれ?」

「結構、処かかなりだな。基本的に娯楽に飢えているんだろうな、人も神も」

「其れに関してはでしょうねと言う他ないですが……お金関係は?」

「俺がそれに関して話をしに行く前にベル・クラネルが持ってきて渡して来たぞ。これでもっと冒険してくださいってな」

「えぇ…いやベル君は、其れで良いんですかね本当に?」

「俺に訊くな」

 

全くもってその通りな事を返されてしまった。しかし冒険譚や英雄譚が大好きすぎて冒険者に成った彼だ。別になにか裏がある訳でも無く、言葉の通りもっと冒険してその話を聞きたいが為にしたのだろう。何時もなら、流石にそんなお金を恵まれる様な事は流石に…多分、恐らく拒否するだろうが今は、そう今だけは貰えるならありがたい事この上ない。何せ幾らお金が在っても足りない状態だからだ。

 

何せ星喰らいとの戦いで武具に道具にと大半の物が駄目になってしまったのだから。

 

自分の使う杖やローブに関してはそこまで大変ではない、材料の枝や布に糸と言ったものはそこまで集めるのに苦労はしないし、それを加工し作るのは自分だ。手間と時間は掛かれどお金は掛からない。が、しかしコバックやゴザルニは違う。手間も時間もお金も掛かる。それ以上に材料が集まらない。勿論、質を妥協すればすぐに集まるが。命に係わる物を妥協する訳も無く。

 

結果。今こうして冒険に出ずゆったりとしているのは休息のためと言うか、それに必要な物が全く揃って居ない所為で冒険に出られないからと言うただそれだけの理由だったりする。

 

さて、と口にしてから問いかける。

 

「それで結局の所、これを態々私に読ませたのはなんでなんですか? 普通に売っているって言うんだったら持ち込むまでも無いと思うんですけど」

「あぁ、それな。しいて言えばあれだ。それ読んでどうだった?」

「如何だったって言われましても」

「冒険したくなっただろ?」

 

言葉に詰まる。正直に言ってしまうなら、その通りだ。今までの冒険を改めて文字と言う形で振り返る。そう言えばそうだったとか、或いはなんか違う様なと首を傾げる事もあったが。結局はあの時の冒険も楽しかったなと言う所に行きつく。

 

まぁ要するに、今滅茶苦茶冒険がしたいという事だ。

 

「そうですね。新しく作った杖の調子も確かめたい所ですし。そう言うのとは関係なく普通に冒険がしたいですね」

「だろうな、俺だってそうだし」

「それで、どうするんですか? もしかして行くんですか冒険に?」

「ぶっちゃけるとその通りだな」

 

思ってたい通りの言葉すぎて、思わず固まる。そして、ふっと息を吐いて。

 

「え、あの。いや冒険に行くの自体は良いんですけど。コバックさんとか、ゴザルニさんはまだ武具が」

「あぁ、其れなんだがな」

「…何かあったんですか?」

「なんかお前が杖の調整してる時だから、少し前だな。に、ゴザルニがいきなり『とても嫌な予感がするでござる。速くこの街から離れる事をお勧めするでござる。と言うか後生でござる』って言いだしてな」

「えぇ、なんですか其れ」

「知らん。虫の知らせか、或いは生存本能じゃないか? まぁ兎も角そんな事言い出したからじゃあレフィーヤを呼んで話し合うかって事に途中までは成ってたんだよ」

「途中まではって何ですか。何かあったんですか?」

「さっきベル・クラネルが金を持って来たって言っただろ? 実は持って来たのそれだけじゃなくてな」

「と言いますと?」

「ここからそれなりに離れた場所にオーベルフェって街があるらしいんだが。なんでもその街の近くに不思議な場所があるらしくてな」

「ほうほう」

 

「なんでも入る度に地形が変わるらしいぞ?」

 

気が付けば、旅立つ準備が出来ていた。だが仕方ない。聞き覚えがある、二回目の始まりであるアスラーガの街を思い出させるような事を言われては、動かない訳が無いのだから。

 

「準備が済むの早いなおい」

「其れはそうでしょう? 私が一番荷物が少ないんですから。と言うか、速いとか言ってますけどどうせローウェンさん達だって準備万端何でしょう?」

「おいおい、何を言って居るんだよお前は。まさかお前に如何するか訊く前にもう行動しているとでもいうのか?」

「はい」

「断言したよ。まぁその通りなんだがな」

 

ぶっちゃけ答えは分かり切ってたしな。なんて言いながら彼は立ち上がり、さてと言葉を零す。

 

「……行くか」

「そうですね」

 

そんな多くの言葉はいらない。ただ一言、其れだけで良い。纏めた荷物を担ぎ、向かうは恐らくすでに待っているのだろう気球艇の下。そして、目指すは新天地。

 

なのだが、その前に。

 

「あ、すみません。ちょっとベル君の所によっても良いですか?」

「は? いや別に良いが。如何したいきなり」

「いえあのですね。彼の書いた本なんですけど、幾つか直して欲しい所がありましてね。題名の英雄の所とか」

「あぁ、まぁ冒険者であって英雄では無いからな」

「でしょう? あと、それ以上に直して欲しいのは最後の所ですね」

「最後?」

「えぇ」

 

だって、納得できない事が書いてあったから。

 

「冒険に終わりって…あると思います?」

「無いな」

「でしょう? だからこの最後の終わりの文字を何とかしてもらいたいなと」

「言いたいことは分かるが、物語の最後を纏めるのに終わり以外でってなんかあるか?」

「そうですね…あ、こんなのはどうですか?」

「どんなのだ」

「其れはですね、私達の――――――――――――――」

 

 

 

冒険者達の物語は、これからも続いてゆく。

 

 

冒険者で――――――あるが故に。



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