食戟の錬金術士 (ソウカ♂)
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至高の料理

 『 ソフィーのアトリエ 』

 

 ここは、北海道の片田舎。

 辺りが自然に囲まれており、地元の人か、この場所に目的があって訪れた者かのどちらかでしか辿り着けないような場所に位置するそれは、ひっそりと構えられた、淡く木の温もりが感じられる店の看板である。

 初めて訪れた者は、ここがどんな店なのか一目見ただけでは分からない。いや、ここが店だと気付かないで素通りする者も少なくないそこは。

 しかし、一度入れば、どんな人物でもずっと通い続けたくなってしまうようなお店である。

 

 さて。どのような店なのか。

 丁度、この場所に訪れた一人の客である“彼”を中心に覗いてみよう。

 

 ◇◇◇

 

 ―薙切仙左衛門

 

 見た目は完全に武闘派ヤクザの爺である。

 一体、この場所に辿り着くまでに何をしていたのだろうか。白髪とも銀髪ともとれる、まだまだ現役の髪の毛の上には黄色く色づくイチョウの葉が一枚、寂しく揺れている。

 そしてやはり特徴的なのは、その服装だろう。季節はすでに秋を迎えているというのに、着物一枚の一張羅という姿は、もはや人間を超えた何かであると言われても不思議ではない。

 そんな“彼”が店のドアに手をかけ、扉を開けたと同時に目にしたものは、山積みにされた本たちと、その本に埋もれている木製のテーブルに椅子である。

 そんな、店としては異様な見た目に臆することなく、“彼”は一言だけ言い放つ。

 

「店主は居らんのか」

 

 その、店内の静けさと声の質で響いたのか、驚くほどに響き渡ったその声は、この店の店主の耳を刺激したようで、奥の扉から、少し慌てたような声で、はーい、少しだけ待ってて下さい!と、少女の可愛らしい声が返ってくる。

 “彼”は、何処で待てば良いのか、再び大きな声を出して聞くと、扉の奥から再び同じ声で、埋もれてるテーブルの奥にカウンターがありますので、そこで席に座って待っていて下さい!と返ってきたのを確認すると、ここ、『ソフィーのアトリエ』の中を見渡した。

 

 そんな中で、本に埋もれるテーブル以上に一際目立つものが、彼の目に飛び込んできた。

 

 それは、大きな釜―――錬金術を嗜む人ならば知っているであろう。そう、あの、どう考えてもどんな所にだって売っていなさそうな、巨大な錬金用の釜である―――だ。

 しかし、“彼”が、これが錬金釜だと思い至るのは到底無話だろう。

 もし、聞かされたとしても、信じるのは到底不可能であろう。

 

 何故なら。そう。

 

 ここは、真理の解明を信仰する、科学至上主義を掲げた時代。言い換えれば、我々が住む、完全なリアルの世界。

 ただ、全世界が少しだけ料理に熱中している、どこにでもある、神様のいない世界なのだから。

 

 そんな世界の住人である“彼”は、店主に言われたとおり、本に埋もれているテーブルを迂回して、店の奥側に位置するカウンターの席に座ると、時間を図っていたかのように、カウンターの奥の扉から15歳程の店主が顔を覗かせた。

 店主が“彼”を認識すると、“彼”の目の前―――普通の店であれば、厨房があるだろうその場所に、店主はいそいそと移動してきた。

 

 そんな店主に、“彼”はこの場所ならではの、至極当然の質問をする。

 すなわち、「ここは、料理店で間違いないだろうか」だ。どうやら“彼”は、この店が料理店であることを知って来たらしい。

 そんな至極当然の質問に、店主である彼女は、実にあっけらかんと、「そうですよ」と答える。

 そして同時に、“彼”のことを知らなかった場合、当たり前のように質問が返ってくる。これまた、“彼”相手だからこその質問ではあるが、きっと店主は、顔を少し青くしながら、怯えた声で質問するだろう。

 すなわち、「ぼ、暴力団はご遠慮頂いているので、お引き取り下さいぃ…」

 であろう。

 

 しかし、この店主はどうだろう。

 怯えるどころか楽しそうに。それはもう、まさにこの年頃の娘のような元気さで、こんな質問を返す。

「メニューを出すまでの時間で値段が変わりますので、どの程度お時間が頂けるか聞きたいのですが」

 と。

 

 “彼”は、あいわかった、と相づちを打ち、自慢の顎髭を撫でて考えること五秒間。

 口をゆっくり開くと、“彼”は言った。

 ――お主が出せる最高の品を頂こう

 そう言い放つ彼は、店主の質問に答えていないにも関わらず、もはや一周回って堂々としている。

 しかし、そんな“彼”を見て、店主は笑顔で言い放つ。

「それでしたら、一週間ほど前に連絡をくれると作れますが…如何にします?一週間待ち続けますか?」

 “彼”を知っている者からすれば、この店主の言葉に冷や汗がリットル単位で出てくる程のものだが、“彼”を知らない者で、かつ腕に覚えのある者ならば、そう答えられるのは当たり前である。

 

 しかし、簡単に“彼”も引き下がる訳にはいかない。

 わざわざ休日を使い、北海道の片田舎に来て店主の本気を見られないで終わるのは、労力にも、プライドにも見合わないものであろう。“彼”がどんな用で此処に訪れたのか、その真意は分からないが、少なくともそれ以上に、店主の実力を見てみたいというオーラが全身から漂ってくる。

 

 

 そんな“彼”と店主が睨み合うこと数秒。

 店主の、根っからのお人好しな性格が起因したのか、はたまた“彼”の睨みがただの恐怖でしかなかったのか。どちらかは分からないが、先に折れたのは店主で、彼女は仕方なく、といった感じで、「では一時間ほどお待ちください」と言い、“彼”の前に、どこから用意したのであろうか。いつの間にやらコップが出現し、なおかつ水がやはりいつの間にか入っていたソレを置くと、カウンターの奥の扉に、いそいそと入っていく。

 

 その様子を見届けた“彼”は、渡された水を取り敢えず一口、と、無防備に、なんの心構えもなく、ソレを口に含んだ。いや、含んでしまった。

 

 “彼”はその瞬間、体中の細胞一つ一つが皆総立ちし、一瞬にして快楽の頂点を突き破る感覚を覚えた。

 なんなんだ、この水は!

 こんなに美味い水、飲んだことがねぇ!

 

 まるで爺だとはとても思えない“彼”らしくもない、ただ美味いという感想。普段ならば、料理コメンテーターも涙目のような感想を言いまくるのだが、今回は違ったようだ。

 たかが水。されど水。

 ここまで“彼”の舌を、喉を、胃を、脳を、そして、体全身を震え上がらせる程に美味しい水は―――いや、美味しい飲食類は、この世には存在しないと言ってもいいだろう。

 その理由は、店主である彼女自身のもつ過去のせいなのだが…いまここでは言及しないでおこう。

 こうして、至高の一品であるただの水を飲んだ“彼”は、その額にいつの間にかついていた大量の汗を拭こうと、着物の裾で拭おうとすると、無意識の内にしていたのだろうか。服がビリビリに破けてしまっているのを確認すると、“彼”は慣れた手つきで鞄の中を漁り、予備に持っていた着物を着るのだった。

 

 “彼”は、この水の作り方や、これから出てくるであろう料理に想いを馳せつつ、鞄のポケットに念のために入れておいた“封筒”が役に立ったと、一人ニヤリと口角を上げた。

 

 ◇◇◇

 

 “彼”が水と死闘を繰り広げて一時間。

 不意に“彼”の鼻が、料理の匂いを捉えた。

 ――これは……甘い匂い…デザートか?

 そう感じたのも束の間。

 扉が急に開き、店主がお盆に何か皿を乗せて持ってくるのを見て、“彼”は否応なしにその料理に期待が膨らむのを感じた。

 

 今はまだ閉じられている料理の皿。

 しかし、その隙間から漏れる至高を思わせる甘い匂いと、皿から感じる途轍もない絶対的なオーラ。

 この二つが“彼”のこれまでの料理人生の中で、空恐ろしいほどに最も輝いて見えたのだ。

 それこそ、先の水然り、である。

 

 “彼”は、これは想定以上だと、口から漏れそうになる唾液をその言葉と共に飲み込むと、恐る恐る、店主にその料理の名を聞いた。

 

「店主、その料理の名はなんと?」

 

 店主は、手に持っていたお皿を“彼”の目の前に置き、皿を開けると同時に質問に答える。

 

「これは、エリクパイといいます。昔、パイ好きのお友達に作り方を教えてもらったんですよ?」

 

 しかし、“彼”は店主の言葉の全てを聞き取ることができなかった。

 

 ――目の前にあるのは、なんなんだ。

 

 “彼”の目の前にある料理――エリクパイ。

 その見た目は、かぼちゃを用意し、上側の芯の部分をくり抜いて、そこに大きい緑色のアポロを刺したような見た目だ。

 しかし、勿論、そのかぼちゃはかぼちゃではなく、緑色のアポロもアポロではない。

 さらに言えば、かぼちゃはかぼちゃのようにゴツゴツしている訳でもザラザラしている訳でもなく、アポロもギザギザではなく、緑色の鮮やかに光るゼリーである。

 決して、色と見ただけではパイには見えないが、パイといえばパイなのだ。決して、謎野菜などでは無いのである。

 

 そんな見た目ではあるものの、それから溢れ出るオーラが食欲を悪魔のように誘う。

 

 “彼”も、その悪魔に負けてしまった一人のようで、では、一口。と言って、早速用意された料理に用意されたフォークで手を付ける。

 

 最初にパイを一口分切り取ろうとフォークを入れると、まず驚かされることは、切り取った所から黄色いハニーシロップが漏れ出してくる所だ。

 未だにパイやゼリーの正体は掴めないものの、ここに来て見た目から分かりやすい物があったのには安堵が隠せないが、先程の水のこともある。

 “彼”は体に一度喝を入れ、次こそは呆然とせずに料理を味わってみせると心に決めると、一口分に切ったパイに漏れ落ちたハニーシロップを絡めてそのまま一思いに食べた――――

 

 

 そして、気がつくと目の前の皿から料理がなくなっていた。

 

 

 ――なに?料理が無くなった…。そんな筈は無い。何処だ、どこにあ……る…?

 

 “彼”の思考は一瞬停止しかけたものの、その心の中の叫びは、まさに彼の心の奥…胃からその答えは返ってくる。

 一度息を吐けば、感じる至高の甘い匂い。

 匂いを嗅げば思い出す、舌で感じた至福の味わい。

 味を確かめれば思い出す、この料理の完成された食感の黄金比。

 脳が。胃が。体が。心が。

 その全てが、料理を食べたことで踊り狂う。

 

 あゝ、必殺料理とは、正しくこのことを言うのだろうか。

 

 “彼”は、至高の水を飲み込み、一万円札と例の封筒をカウンターに置いて、店を後にした。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 この話は、後に世界中の人々から『料理の錬金術士』と呼ばれるようになる、この店の店主―― Sophie Neuenmuller(ソフィー・ノイエンミュラー )が、遠月茶寮料理學園の92期生として入学する前の、ちょっとした前日譚である。

 

 




多分続かない←

今回出てきた料理
・おいしい水
 その名の通り、只のおいしい水。しかし、この水は錬金術士として大成したソフィーによって採取され、品質、特性共に最高の一品となったもの。正しくこれは、一つの至高の料理というべきものである。違うか。違うね。
・エリクパイ
 ロロナのアトリエで登場。
 エリキシル剤×2、小麦粉×2、水×1でぐるぐるーっとすると出来る。
 効果として、おいしく回復・超が発現する。
 死神に鎌で攻撃されても、獣にぐわっと噛みつかれても、これを食べれば一瞬で体力が回復する。
 因みに、特性等は食戟のソーマに合わせて、全て美味しさに還元される模様。
 破壊力大とか、半分クリティカルとか、三重苦とかどうなるんかね。


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編入試験

前回のあとがきのあれは、フリです。


 桜舞い散る春の季節。

 一つのお花見会場にも出来そうな、ここ、遠月學園の編入試験会場で、赤毛の青年が辺りをキョロキョロ見渡しながら、うんざりした様子でぼやく。

 

「広すぎんだろ、ここ…」

 

 心の中で、東京ドーム何個分だよ、とどうでもいい呟きを零しつつ、青年――この世界の主人公であるソーマは、あることに気付く。

 

「そういや、なんでこんなに貴族のボンボンみたいなのが沢山いるんかね」

 

 その疑問は、ごもっともである。

 黒塗りの超高級車に乗って現れたパツキンのイケメン(笑)や、黒服のボディーガードに固められた深窓の令嬢(笑)など、見渡しただけで服を着せた美男美女(笑)だらけ。

 流石にこんな光景を見せられたら、どんな人でも萎縮、または辟易してしまうのは、仕方のないことなのだろう。

 

 

 ソーマは人の流れに身を適度に流されつつ、やってきたのは試験会場。

 父からの言葉――いい料理人になるコツは自分の料理の全てを捧げたいと思えるような。そんな女と出会うことだぜッ。キラッ

 と、少し…いや、かなり脚色しているオヤジの言葉を胸に秘め、会場の門を開く。

 

 その会場に入った途端、彼はやや気後れしてしまう。

 その理由は単純だ。この試験会場を包む異様な空気だろう。

 その疑問を残したまま、時間になったようで試験官らしき人物――15歳くらいだろうか。しかし、それにしては引き締まった体だなと変態思考をするソーマをよそに、軽い自己紹介が行われた。

「本日の編入試験を一任されました薙切えりなと申します」

 やや上から目線の高圧的な態度。ふむ、どこかの貴族令嬢のお嬢様かな?と当たってるけど違う的に当てたような感想を抱きつつ、えりなのすぐ側にいる彼女――秘書の女の子だから、秘書子かな、などと、当たってもいないし外れてもいない名前予想をしたソーマを、これまたよそに、自分の飼い主(?)であるえりな様へと進言する。

 10人単位での集団面接。三品ほどの調理実技等々。

 規範的な試験方法がつらつらと述べられる中で、まさにこの試験会場の長というべき魔王様は、その貫禄をもって、まさかの一言。

 ―下らない…

 そしてすかさず、調理台をここへという一言も忘れない。さすが魔王様修羅様えりな様。

 そんなこんなで運ばれてきた調理台とその上に載せられた食材達。

 特に、その中で目を惹くのは卵だろうか。大量の卵が載っていることから察するに、実技試験は卵料理にする予定なのだろう。

 

 こうして、魔王様による試験が火蓋を切られた。

 

――メインの食材は卵

――一品作りなさい。私の舌をうならせた者にだけ遠月学園への編入を許可します

 

 ソーマは思う。あれ、普通の試験だ。

 要は、美味いと言わせればいいんだろう?

 しかし、最後に放たれた言葉がソーマの首を捻らせる。

 

――なお希望者には今から1分間だけ受験を取りやめ棄権することを認めましょう

 

 なんでだ?

 

 その疑問は、その瞬間起きた人波という津波によって一気に膨れ上がる。

 

『うわァァァァ!!!』

 

 その悲鳴と共に、試験会場からまた一人、また五人、また十人と走って去っていく中で、ソーマは咄嗟に誰かの肩を掴む。

 

「おい待て!なんで逃げんだよ?」

 

 掴んだ相手は、ヒィッと小さく悲鳴を上げるが、早く会場から出たい気持ちからなのか、駆け足で説明する。

 

「あの方……薙切えりなは人類最高の神の舌…ゴッドタンの持ち主なんだよ!紆余曲折あって、彼女の顧客である料理人が山ほどいるんだ!だから、不味いなんて言われたら、店が潰れちまうんだよ!もういいか?いいよな!うわぁぁぁん、ママぁ!!」

 

 

 そうして嵐は過ぎ去り、静けさが立ち込める会場には四人の人影が残る。

 

 そのうちの一人――魔王・えりな様は、秘書子に話しかける。

 

「やっぱり見込みのないグズばかりね。もう今日の予定は消化しましたね?これから私室で新作料理を試します」

 

 その言葉を聞いた秘書子は、ポーカーフェイスを保ったまま…いや、微妙によだれを垂らしながら、心の中で叫ぶ。

 えりな様の新作料理…!!

 そんな顔を目聡く見抜いて、えりなは秘書子――緋沙子に悪魔の囁きをする。

「どうしたの?緋沙子。物欲しそうな顔をして……まさか、私の料理を試食する権利が欲しいの?」 

「あ、ほっ、欲しい…です…」

 

 唐突に始まり、試験会場を百合で満たしたそれに、しかし、水を差す影が二つ。

 

「あのさ~作る料理はなんでもいいの?」

「あのっ、作る料理はなんでもいいんですよね?」

 

 ――何?私に挑む者が二人も?

 えりなは、全員逃げ出すだろうと思っていたが、そんなことはなかったららしい。

 一人だけならまだともかく、それも二人いるなんて。

 

 一人は、赤毛のつんつんした髪が特徴の、どことなくやる気がなさそうな表情をした男。

 そして、もう一人は、季節は一応春ではあるものの、それにしては厚手の淡く青いロングコートを着た、猫のような可愛らしさのある赤茶毛の女の子。

 

 そう感じると同時に、肩に重みを感じたえりなは、肩に手をかけた張本人――ソーマを見る。

 

「いや~料理もしねぇで落とされたらどうしようって思ってさ。はっはっ!」

 

 その、人をからかうような笑いとともにそんなことを宣ったからなのか、それとも自分が敬愛・純愛・恋愛しているえりな様の肩に触れているからなのか、緋沙子はソーマを睨みつけ、まるで江戸時代を描いたドラマの、主人を説明しようとする部下のようにご高説が始まる。

「離れろ!この方をどなたと心得る!中等部首席生徒にして学園の最高意思決定機関遠月十傑評議会の史上最年少メンバー薙切えりな様だ!」

 

 しかし、もうすでに当の本人は目の前のおらず、周囲をざっと探すと、包丁に手を添えて、ほう~こりゃなかなかの業物ですね、などと宣うソーマ。

 

「「ウロウロするな!」」

 

 本日初めてえりなと緋沙子の息が合った瞬間である。

 

「あの~、私、完全に空気なんだけど…」

 

 そう呟いた錬金術士も、いたとかいないとか。

 

 ◇◇◇

 

「で。本当に受ける気なの?」

 

 えりなは目の前に映る害虫――創真とソフィーに冷めた目線を送りながらそう吐き捨てる。

 しかし、二人も負けじと対抗意思を表明する。

 

「受けるよもちろん」「うん、ちゃんと受けるよ」

 

 えりなは、ふっと不敵な笑みを浮かべると、緋沙子に二人のデータを調べるように言う。

 緋沙子は既に調べ終えていたようで、これです、えりな様、と言い資料を見せる。

 そしてえりなは、敢えて声に出して資料を読み出す。

 

「へぇ…。幸平創真。実家は定食屋。見るからに二流の料理人……さては、私の高貴さが分からないのね。

 そして、もう一人がソフィー・ノエインミュラー…「えりな様、ノイエンミュラーです」…コホン。ええっと?実家は北海道の山奥。一応自分で建てた店はあるらしいけど、あまり知られていないみたい……君たち、本当にここに受かる気あるの?」

 

 えりなは片眉を起用に上げて二人に問うと、ソーマは、何食ってもいないのにんなこと言うんだよ…と言い、ソフィーはそれに同調して、そうだそうだーと片腕を上げながらえりなに抗議する。

 

「そ、そこまで言うなら味わって差し上げるわ。」

 

 えりなもここまで言われたら流石に決まりが悪いと思ったのか、腕を組んでやや高圧的に言い放った。

 

 ◇◇◇

 

 二人が各々の料理を作り始めると、空気は一瞬にして謎の緊張につつまれた。

 特に、緊迫感があるという訳でもなく、ただ単純に試験なのだから緊張が走るのは当たり前といえばそうなのだが、それとは違うベクトルの、謎の緊張感が会場に張り詰めている。

 

 えりなは、まず先にソーマの方を見る。

 

 包丁とまな板が当たる音を連続的に響かせるソーマは、ねぎを切り刻んだり、卵を割ったりと、何を作るつもりなのかえりなには全く分からないが、迷いなく丁寧に調理を進める。

 試験官としてからなのか、それともただ単純に疑問に思っただけなのか。

 えりなは、ソーマにその料理が何なのか、また今までと同じように…いや、だんだん崩れてきた魔王様ロールで聞くと、ソーマは、え、まだ分かんないの?ぷぷぷ(笑)などと、ご丁寧に(笑)までつけてえりなをおちょくる。

 

 しかし、聞かれたからには答えないソーマではない。

 彼は自信満々に、自分が作っている料理名をえりなに言う。

 

「 いいぜ、教えてやる。俺の作る料理は 「食事処ゆきひら」裏メニューその8!

 

 

 

 

 

 

ふりかけごはん 」

 

 その瞬間、空気が死んだ。

 

 えりなは思う。

 え、ふりかけって、あのふりかけ?あ、いや、さすがに違うわよね。ええ、そうに違いないわ。だって、ねぇ、あのふりかけをわざわざ試験で作るなんて、頭がどうかしているんだわ。ええ、きっと。いえ、確実に。

 

 緋沙子は思う。

 おい誰かこの空気を何とかしてくれ、と。

 

 しかし、この空気は作り出した張本人から崩される。

 

「何を思っているかは知らないが、俺が作るのは、“『化ける』ふりかけごはん”だ」

 

「ばける?」

 

「ああ。まあ、もう少し時間かかるから、もうちょい待っててくれ」

 

 ソーマはそう言うと、これ以上話すつもりはないという意思表示なのか、料理作りに集中する。

 えりなは、ちょっと…とは言ったものの、反応する素振りも見せないので、仕方なく諦めてもう一人――ソフィーの方を見ると、そこには異様な光景が繰り広げられていた。

 ソーマの方は、まだ料理している事が理解できたが、彼女の方はどうだろうか。

 調理台の上に置かれているのは、化学の実習授業でしか使われないような三角フラスコや色々な大きさのビーカーと試験管。そして、ピペット類やガラス棒など、まるでこれから化学の授業を執り行うかのような様相を呈していた。

 えりなは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 これは、彼――ソーマの比ではない。

 何を作っているのかが謎なのではなく、何をしているかが謎なのだ。意味がわからないと言ってもいい。

 ソフィーはゆっくりと水の入ったビーカーからある部分だけを採るようにピペットで吸い取り、試験管の中に入れるという傍から見れば……いや、どこからどう見ても意味のない行動をするばかりである。

 流石のえりなも堪らなくなったのか、顔から冷や汗を流しながら彼女に何をしているのかを聞く。貴女はいったい、何をしているのかしら?

 しかし、えりなは、彼女の答えには首を傾げることしか出来なかった。

 彼女はこの世界の人には伝わるはずのない答えを言ったのだ。

「今、超クオリティとプロの完成度と品質上昇++を水で特性を合成してるんだよ。ここの水道水は良いね。まさか、品質上昇と品質上昇+を含んでる水だなんて。これは、掛け合わせろと言っているようなものなのさ!この調子なら、直ぐに品質999の水が作れそう!」

 えりなは、つい、はっ?と声を漏らしてしまう。え、何なの?ヒンシツジョウショウ…品質上昇?彼女は何を言っているのかしら。

 しかし、僅かながら錬金術を嗜む者ならば、彼女の言っていることは理解出来るだろう。

 

 錬金術において、最も大事なものは何かと問われれば、間違いなく品質を挙げる人は少なくない。

 実際に品質さえ高ければ、簡単に作れるアイテムも、複雑な技術を駆使して作られるアイテムに匹敵、またはそれを越す効果が期待できるものが多く存在する。

 しかし、錬金術において品質を高くするという行為ほど、単純だが難しい作業行程は存在しないだろう。

 先程のソフィーのように、水の品質を高めることは比較的簡単に出来る。

 蒸留水や錬金粘土といった、単純な行程しか必要とせず、尚且つ作るときに蒸留水なら蒸留水自身を、錬金粘土なら錬金粘土自身を、作る行程で入れられるアイテム同士に、品質上昇という文字通りの効果を持つものと、品質上昇+という、これまた文字通りの効果を持つもの同士をとにかく掛け合わせ続ければ、詳しいことは伏せるが、簡単に品質999のアイテムが作れる。

 ただ、ここからが難しいところで、作る過程において難しいアイテムであればあるほど高品質のアイテムを作るのは難しくなっていくのだが、ここでは詮無きことだろう。

 

 ところで、ソフィーは、一度目の生でとんでも無い錬金術の才能を見せた。

 彼女の師であり、一生の相棒となった稀代の錬金術士であったプラフタが、ソフィーに出会う何百年か前の相棒と共に、その才能をもってして長年をかけて、やっとのことで作り上げた賢者の石を、ソフィーはたった1、2年の錬金術の師事を受けただけで作り上げてしまったのだ。

 そんなソフィーが、死ぬまでずっと錬金術に磨きをかけていったのだ。

 彼女の錬金術のレベルは、神ですらボロクソに出来るほどに昇華された。いや、されてしまったのだ。

 昔は1日2日、長ければ一週間、一ヶ月間という長い間をかけて作っていた品質999の物質も、今では簡単に、それこそ本を読む片手間で作ることが出来るほどになっている。

 勿論、そういう技術だけではなく、調合品のバリエーション、調合スピードや、錬金術士が持つ“スキル”にも磨きがかかり、今のソフィーは、釜なしでも錬金出来るようになっている。

 しかし、彼女は愛着があるのか、なるべく釜で錬金するように心がけてはいるのだが。

 

「よし、それじゃあ、始めようか!」

 

 どうやら、全ての材料の準備が整ったようだ。

 

 調理台には、いつ作られたのか分からないクリーム色の液体と、いつ処理されたのか全く分からない新鮮そうな肉、そして、これまたいつ処理されたのかのか全く分からない野菜と、いくつかの卵が載せられていた。

 すると、ソフィーがロングコートの中から唐突に取り出したのは、片手に収まる大きさの小さなミニチュア錬金釜だ。

 

 きっと、これの正体に察しがついた人もいるだろう。

 

 ソフィーは、エイッと声をあげて地面に投げようとしたが、しかし、手を離す直前に思いとどまる。

 …あれ、ここで錬金釜を出したら、流石に驚かれるよね。

 錬金術の成長とともに精神も成長したソフィーは、白昼堂々錬金釜を出すことはせずに、仕方がなく調理台についているガスコンロに、誰にも気づかれないようにしれっとそれを置く。

 すると、そのミニチュア錬金釜は、その大きさを途端に変える。

 調理台のコンロに合う大きさの釜になったそれは、きっと、誰かに見られたらとんでも無い騒ぎになることは目にみえているのだが、この場にいるのはソフィーを含めて四人。配慮さえすれば、先程の錬金用の色々な道具も、しれっと用意したように見える。彼女は、それを狙っているのだ。

 

 ソフィーは、さらにしれっと釜の中に自分の魔力を液体化して流し、そしてついでにしれっと調理台の上に置いてある材料を釜の中にひょいひょいっと入れていく。

 この作業には慣れたもので、何度も反復して行われたこの行程と、素材を求めてトンデモナイ敵と戦い続けたときに得た素早さと器用さで、一秒をかけずにこの行程は行われた。

 

 そして、ソフィーは鼻歌を歌いながら、用意された料理用の長い箸で釜の中を混ぜ始める。

 ソフィーは、錬金釜ではぐーむぐーるだったけど、これくらいの大きさならくーるくーる、くるくるひょいっかな?と思いながら、時には大きくかき混ぜ、時には細かくかき混ぜる。

 

 えりなは思う。

 片や化けるふりかけごはん。片や何をしているのか全く分からない食べ物。

 なんて日だ!と叫びたくなる衝動を抑えつつ調理が終わるのを待つこと三十分未満。

 

 二人同時に、出来た!の一声を聞いて、安堵の声を漏らすと同時。

 ソフィーから、じゃあ、ソーマさんからどうぞー。と言う声を聞いて、ソーマはオッケーと軽く返事を返す。

 ソーマはえりなの前に行き、「お待ちどおーっ」と言うと、ごはんとそぼろ状の黄色い卵がそれぞれ器に入れたものを置く。

 卵の器の中には、よくよく見ると別のものも入っているみたいだが、えりなはそれに冷めた目を向け、全く食指が動かないわ。などと宣い、一蹴する。

 神の舌とまで呼ばれる味覚を持つ私の食卓には、贅と趣向を凝らした高級品だけが並ぶ。まさに美食の天上界。そこで生きてきた私にこんなものを出すなんて、相当な自信家か馬鹿じゃない限りはいないんじゃないかしら。

 

 そんなことを聞いたソーマは、逆にえりなに冷めた目を向けて、おいおい、何か忘れてないか?と言う。

「俺が作ったのは、化けるふりかけごはんだぜ?」

 ソーマはそう言いながら、卵の入った器を持つ。 ふりかけの真価は白米の上でこそでしょ?と呟き、さて…

 

 ――仕上げだ

 

 その言葉と同時に落ち始めた、ご飯の上にふりかけられる卵と、琥珀色に輝く四角い何か。

 その四角い何かは、ご飯の熱で溶け始め、想像とはかけ離れた、正に化けるふりかけごはんに相応しいものが出来上がった。

 

 えりなは堪らず、「ひと口だけ味見してさしあげます。さっさと器をよこしなさい!」と少し興奮気味に言うと、箸を手に取り早速一口を食べる。

 

 ……ああ、美味しい…っは!

 いけない!私としたことが、審査を忘れて味わってしまった。

 

 えりなはもう一口を食べようとすると、ソーマはすかさずえりなを煽る。

 

「あれ~?二口目いっちゃうのー?一口だけって聞いた気がするけどー(笑)」

「何か文句ありますか!」

「いや、冗談だってば。ゆっくり食いな。…あ、そうだ、ソフィー…でいいんだよな。お前も食ってみるか?」

 

 ソフィーは、おこぼれに預かろうと思っていた事が顔に出てしまったのか、と思い、すかさず顔を触ってみるが、ソーマに何してるんだ?と首を傾げられ、自分の勘違いに気が付き、顔が熱くなるのを感じつつ、じゃあ、貰う。と言って、お椀に乗せて渡された二口分をスプーンでパクりと一口。

 ソーマは、おおぉ、と、その小さい口のどこにあの二口分(自分にとって)が入るんだと驚嘆する。

 ソフィーは、うーん!美味しい!と喜んで、MP回復だー、とよくわからない感想を残すが、ソーマは独特な感性を持っているんだなぁ、と微妙に勘違いをしつつ、素直に喜んでくれたことに喜ぶ。

 そして、ついでにソフィーの作ったものが何なのかを聞くと、ソフィーは、うーん、言うとすれば…うさぎのソフィロースト、かな?と言うのを聞いて、創作料理か…と思うソーマ。昔とってた弟子が作ってたのを見て思いついたんだー。と言うのを聞いて、まさかのこの年で弟子持ちなのか!?と、今日一位二位を争う驚きを感じたが、ソフィーが弟子をとっていたのは、前世でもそうとう昔の話なので、ただの勘違いである。いや、前世で弟子をとった年齢を考えると、同じような反応が返ってくるとは思うが。

 

「コホン。では、次にソフィーの作ったものを審査させて頂きますが、宜しいですね?」

「ええ、どうぞ!」

 

 ソフィーがえりなに渡した皿の上には、五つにぶつ切りされた肉と、その上に卵の黄身でウサギの形を描いた目玉焼きが載せてあり、レタスが肉と肉の間に挟まっている、目でも楽しめる一品があった。

 肉には、クリーム色の液体がかかっており、肉のくどさを感じさせない、どちらかというとサッパリした印象を抱かさせる料理である。

 

 へぇ…見た目といい、香りといい、どちらも美味しそうで、食欲を誘ってくるわね…

 えりなは食べる前にそう評価し、では、頂きます、と、黄身を割ってお肉を一口に食べる。

 

 

 

 途端にえりなは、大量の涙を流した。

 

 

 

 緋沙子の、えりな様!?という叫び声すらも聞こえず、えりなは何も言わずに、次に、次にと食べ進める。

 そして、えりなが気付いたときには、皿の上は空になっていた。

 そして一言。

 ――美味しかったです。

 

 えりなは、今の料理で数々の記憶を思い出した。

 父に英才教育を受けさせられたときに廃棄された食材の数々。相手を踏みつぶし、上へとのし上がっていく自分。自身の行動が招いた孤独。他にも、色々なことを思い出した。自分の忘れたい記憶。忘れていた記憶。覚えていた記憶の全てが思い出され、えりなは気付いたのだ。

 

 自分は勝手に、孤独なんだと感じていた。

 自分は勝手に、誰かを蹴落とさないと生きていけないと思っていた。

 

 自分は勝手に、不幸な少女だと思っていた。

 

 けれど、それは間違いだった。

 

 その不幸と同じくらいに、自分は幸福だったんだ、と気付いた。

 

 いつも私を気にかけてくれる緋沙子。

 いつも私を心配してくれる、周囲の人々。

 私の、料理への採点を心待ちにしてくれる人たち。

 ほかにも、幸福は探せばたくさんあった。

 

 さっきの料理は、それらの記憶を思い出させてくれた。

 そして、隠れた…いや、自分が気付かなかった幸福に気付かさせてくれた。

 

 ――だから、ありがとう。そして、ごちそうさまでした。

 

 

 その後は、正史どおり創真は落とされ、会場の外で夕日と黄昏るのだった。

 

 ◇◇◇

 

 編入式

 

 ◇◇◇

 

 桜舞い落ちる春。

 ここ、遠月學園では、絶賛編入式が行われていた。

 

《……最後に本日より編入する生徒を2名紹介します》

 

 二名…?一人は、ソフィー…もう一人は、他の試験会場で合格したのかしら…。

 えりなは思う。あの時感じたあの味は、今でも忘れることが出来ない。美味しさ、香り、食感、そのどれもが、自分が食べたことのない至高の一品。そして、それ以上に、創り手が秘めた感情があんなにも感じ取れる料理は、初めてだった。

 

 ふふ、また食べてみたいものね。

 

《では、貴方からお願いします》

 

 それに、幸平創真…。あの男は、思い出しただけで腹立たしいわ。いちいちおちょくるし、美味しい料理を出すし、根はしっかりしてるし…ふん、まあいいわ。どうせもう会うことなんてないんだから。あんな男なんて、さっさと忘れて……

 

《えっと幸平創真っていいます。この学園のことは正直踏み台としか思ってないです》

 

 え゛え゛…

 

《思いがけず編入することになったんすけど、客の前に立ったこともない連中に負けるつもりはないっす。

 まあ何が言いたいかというと要するに…入ったからには

 

 てっぺん取るんで》

 

 

「それじゃ、3年間よろしくお願いしま~す」

 

 

 その瞬間、会場は湧き上がる。

 主に、怒気で。

 

――てめぇ!――待てコラァ!――下りてこい!

 

 会場全体から、ソーマに向かってヤジと怒声と物が飛んでくるも、ソーマはとくに何をするでもなくそのまま退場。司会の人が、物は投げないでくださいぃーと泣きそうになりながら留めようとするも、怒りのボルテージはもはやマックス。

 司会の人は、もう止められないと思い、誰かに助けを求めようとしたその時。

 もう一人の転入生がマイクの前に立った瞬間…否、ステージに出てきた瞬間、誰もが息を飲み、そして静まった。

 

 その彼女は、遠月學園の制服を可愛く着こなし、年相応の可愛らしさが感じられるものの、その瞳から感じられる確かな理性と全身から出るオーラが、この場の全てを静まらせた。

 

 風がそよぎ、桜が揺れたとき。彼女は口を開いた。

 

《私の名前は、ソフィー。ソフィー・ノイエンミュラー。私の夢は、世界中の人を笑顔にすること。あくまでも、この学校は私の夢を叶える一つの手段としか考えていません。宜しくお願いしますね?》

 

 そして、誰もが言葉を発することなく、彼女のステージは終わりを告げた。

 誰もがあの瞬間、自分の敗北を悟った。

 見ただけで悟ることができる、圧倒的な力量差。

 それは、偶に見かける遠月十傑から感じられるオーラの比ではない。神の名を冠する者ですら霞むほどのそのオーラは、はたして凡人の彼らにどう映ったのか。

 

 ステージから降りた錬金術士は、こんな言葉を残したそうな。

 英雄降ろしの丸薬を飲んで緊張和らげてて良かった~。あんな人の前で話すのは、初めてだったからねー。




 ソフィーは神も精霊もドラゴンも岩の壁も何でも爆弾で吹き飛ばします。

・クリーム色の謎液
 本当の名前はアプコール。
 いちご×2(植物類)×1(水)×1を混ぜれば完成。
 中身の色は作者の勝手な妄想です。

・ウサギのソフィロースト
 ソフィーの愛弟子であるフィリスの母の手料理。それをフィリスが錬金術で再現したものをソフィーがアレンジしたもの。新鮮な肉、アプコール、植物類、燃料が一つずつで、混ぜるとできます。今回は、卵は燃料として入れられます。果たして卵に燃料成分が入っているのか疑問に思うかもしれませんが、燃料ったら燃料なのです。

・英雄降ろしの丸薬
 今回ソフィーが緊張を和らげるために飲んだアイテム。主に膂力について強化されるアイテムなので、この世界線では、気が強くなる・なんかヤバイオーラが漂うという効果になってもらいました。これを飲めば、貴方も英霊の力を持てるよ!なお、ソフィーが何故これを飲もうとしたのかは不明。
 


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恵がただ絶叫するだけのお話

ぶっちゃけ今回ソフィーは影薄い回です。


 編入式も終わり、会場から各々が自分の教室に帰っていく中、二人の少女が会話をする。

 

「いや~すっごい編入生もいたもんだねぇ」

「でもこの学園で生き残っていくにはあれくらい強気な方がいいのかも」

 

 片方は、オレンジ色の髪をした、小動物のような雰囲気を感じさせる女の子。そしてもう一人は、ワインレッドの髪をした、お姉さん肌がありそうな女の子だ。

 そして、そこにいるべきもう一人に向かって話しかける。

 

「私たちも頑張ろう!ねっ 恵…あれ?」

 

 しかし、目的の人物はいつの間にかいなくなっていたようだ。

 

 ◇◇◇

 

 ……そして、その目的の人物は、会場の端っこに設置してあるパイプ椅子の上で体育座りをして、小さく蹲っていた。

 もうすでに、会場には人っ子一人見つけることが出来ず、すっからかんになっていることもあり、ただでさえ漂う悲壮感が目に見える程に濃く漂っているように見える。

 

 彼女は、はぁ…っとため息一つ。先ほどの言葉を思い出して、もう一度ため息を吐く。

 

『諸君の99%は1%の玉を磨くための捨て石である!』

 

――もうやだ。絶対私が捨て石1等賞だよ…。

 

 考えれば考えるほど自分が惨めに見えて、そんな自分にため息を吐く。

 そんな永遠の負の循環を何度か続けた後、彼女は故郷の皆を思い出す。

 笑顔で送り出してくれた皆。

 私の料理は一番だって言ってくれた皆。

 私の事をここまで大事に育ててくれた皆。

 そんなことを思い出して、気合を入れ直す。

 

 …ううん諦めちゃダメ。みんなの期待に応えるんだ!

 とにかくただでさえ落第ギリギリなんだから、あの編入してきた人みたいに悪目立ちしないように、平穏にいかないと。

 よし!あの編入生には絶対近づかないようにしよう!

 そうとなったら早速行動だ!

 

 恵は嫌な気持ちを振り払うように勢い良く立ち上がると、嫌になるほど晴れ渡る空を見て、よしっと呟くと、急いで自分の次の授業場所にいくのだった。

 

 ◇◇◇

 

 しかし、現実は非情である。

 恵は、講師の言葉で再び悲しみのどん底に落ちるのだった。

 

「今日はこのペアで調理してもらう。…ああ、編入生は初めてだと思うので、三人チームでやってもらうことにするが、異論はないな?」

 

 恵が指定されたペアは、つい先程関わらないようにしようと誓った人だった。

 

 すなわち、ソーマ・ソフィー・恵チームである。

 

(ってうわ~ん!なしてぇ~!?先生、超異論ありですよ~!)

 

 しかし、恵には全くと言っていいほど異論を唱えられる度量はこれっぽっちもないので、心の中で先生を呪いつつ、ただただ蹲ることしか出来なかった。

 

「いや~授業で料理するなんて家庭科の調理実習以来だなぁ」

「確かにそうだねー。私、楽しみだよ。」

 

 な、なんでそんなに楽しく会話しちゃってんのー!周りの視線を見て!お願いしますぅ~!あの、刺すような目線に気づいて~!

 ……ああ、終わった。私の高校一年生、一ヶ月もしない内に終わっちゃった。おじいちゃん、おばあちゃん、私のこと、育ててくれてありがとう~!この不肖田所恵、このあたりでそろそろ生き倒れそうです。ああ、いや、まだ倒れたくありません。もう少しだけ見守ってて下さいぃ~!

 

「何で親の敵のように“人”の字を書いて飲んでんの?」

「こ、これは緊張しないようにって思ってですね…」

 

 ギャーーっっ、話しかけられたぁぁ~!無意識に人の字を描いていたことが仇になった~!!

 ででで、でも、話しかけられたなら、何か言わないと。ええっと、ええっと…。

 

「わ、私、あと1回でも評価E取ったら退学だから…」

 

 うわーっ悲しい!私、自分で言ってて超悲しい!

 なんでこうなっちゃったの?うわーっ!

 

「エリート校って聞いたけどお前みてぇなのもいるのな~」

 

 ぐはっ。し、しぬぅ…。

 

「俺は幸平創真。創真でいいよ。よろしくな!」

 

 ま…周りの視線が刺さるよ。気付いてないのかなこの人…。

 

「あ、私はソフィー。気軽にソフィーって呼んでね?」

 

 ば、ばかぁ…、ホント、胃が痛くて死ぬぅ…死んじゃうぅ…

 

「あ、そうだ、私の名前は田所恵です…覚えてくれなくて結構です…。」

「田所恵…メグメグだね。よろしくね、メグメグ!」

「め、メグメグだけはやめて下さい!」

 

 周りが怨敵を見るような目で三人がコントをしている場面を見ていると、教室の前側からパンパンと二拍の手を叩く音が教室に響く。

 金髪碧眼の美少女…ではなく、金髪碧眼の、若い頃はさぞやモテたであろう男性が、こちら側…主に、ソーマ・ソフィー・恵ペアを見て言う。

 

「さて、お互いに自己紹介は済んだだろうか。おはよう、若きアプランティたちよ」

 

 ソーマは、アブラのティーなどと聴き間違えるが、アプランティである。アプランティとは、フランス語で新人・見習いを表す言葉なのだが、この教室の中で理解できた者は居ないだろう。

 現に、誰もがアプランティの場面で首を傾げそうになるが、気力で傾くのを止めて、そんなことを全く意に介さないソーマとソフィーは、首を傾げるのだった。

 

「私の授業ではAを取れない品は全てEとみなす。覚えておくがいい」

 

 この、二位以下は全て同じ事だと言わんばかりの独裁政治ぶりを発揮する彼は、遠月學園講師・フランス料理専門主任のローラン・シャペル先生だ。

 

 恵は先生をはっきり認識すると、顔が青いを通り越し、白くなりながら自分の不幸さを呪う。

 

「なんか怖そうだなあの先生」

 

 ソーマがそう零すと、恵は自分が感じている緊張を誤魔化すためなのか、細かく説明し始める。

 

「遠月でも特に評価が厳しくて有名な先生なの。去年も、1クラス50人全員に評価Eを出して、うち18人はその授業で退学が決定したんだって。

 それから、付いたあだ名が「笑わない料理人」。彼が笑うときは、地球が滅亡する、なんて噂もあるほどなんだよ!」

 

 本人の前で説明するような内容ではない話も入ってはいたが、地球が滅亡する以外は間違ってもいないので、聞こえていたシャペル先生は、その広い心をもってスルーし、課題を生徒達に伝える。

 

「本日のメニューはブッフ・ブルギニョン。フレンチの定番と言える品だが、一応レシピを白板に記しておく。

 制限時間は2時間。完成した組から出しなさい。

 では始めるとしよう。コマンセ・ア・キュイール(調理開始)!」

 

 

「は?こま切りしたキュウリ入れる?」

「いや、ソーマ君、クマさんはキュウリになる、だよ」

 

 ふ、二人共、何言ってるの…?とにかくやるしかない。それに創真君だって自信ありげだったし料理の腕も…

 恵は、勘違いを加速させる二人をよそに、一抹の希望を彼らに託す。

 

「ブッフ…ブル…何?」

「バッファロー?」

「ひぃ~!創真君、ソフィーちゃん、あの料理作ったこと…」

「いやねぇけど」「うん?ないよー?」

「要は牛すじ煮込みみてぇなもんだろ?レシピ見てくるわ」「じゃあ、私も~」 

 

 しかし、その希望も一瞬で打ち砕かれた。

 やっぱダメかも…

 …ええい!私一人でもしっかりしなきゃ!

 ええっと確か、ブッフ・ブルギニョンの作り方は…

 

 

――マッシュルームはバターで炒めてあとから鍋に…と。

 

――あとは弱火でじっくり煮込むだけ。それじゃあ、お肉も処理しちゃおう。

 

……あと40分で牛肉を取り出す

 

……あと39分で牛肉を取り出す

 

………あと38分で牛肉を取り出す!

 

『田所見ろよ~調味料の種類すげぇよな~』

「って、ソーマ君!あまりうろうろしないで!」

 

 はぁ…。

 …なんか私だけ緊張しててバカみたい。

 

「あっ そうだ!今のうちに盛りつけるお皿を用意しておこう」

 

 恵はソーマの自由奔放な行動で余裕が生まれたのか、調理台から離れて、料理を載せる食器を取りに行く。まだ足取りは不安げだが、緊張は完全に解けたようだ。

 そして、それから数分後。ソーマはレシピや調味料をだいたい物色し終えたのか、調理台に戻ってくると、肉を調理している鍋に何か違和感を覚える。

 ――少しだけ、蓋が外れている…

 

「田所、蓋開けた?」

「開けてないよ。だってまだあと20分は煮込み続けないといけないし…。」

「だよな…一回、開けてみるか」

 

 そう言ってソーマが蓋を開けると、そこには尋常ではない光景が広がっていた。

 肉の上には、明らかに誰かが故意で入れた白い物質が、山のようにぶちまけられていた。

 

「なっ 何この白いの!」

 

 恵がつい叫んでしまうのも悪くないだろう。

 退学か生き残るかを争う瀬戸際の場面で、しっかり作っていた料理が、しかも誰かがやった故意の悪戯で台無しにされたのだ。

 混乱してしまうのも、仕方ないことだろう。

 

 そして、ソフィーは恵の悲鳴ともとれる叫びを聞いて急いで戻ってくると、鍋の中を確認してすぐに事情を聞く。

 

「ソーマ君、恵ちゃん、どうしたの!」

 

 ソーマは躊躇なく白い物体を一つまみし、舐めとると、しょっぱい…これは、塩か。塩を誰かに大量に入れられたみたいだ、と答える。

 

 恵はそれを聞いて、更に絶望した表情を浮かべながら悲鳴をあげる。

 

「どっ どうしよう…この肉もう使えない!」

 

 そして、心からのその叫びは、自分を落ち着かせようと状況分析をし始める。

 

「作り直し…だけど肉を軟らかくして味が染みるまで1時間以上は絶対にかかる…。

 そしてそのあと、ソースになじませるのに30分は煮込まなきゃいけないのに残り時間はあと30分…かといってこんな塩まみれの品を出したら評価Eをもらうのは確実だし…」

 

――ううっ…お母さん…ごめんみんな…もうダメだべ…

 

 そう、恵が退学を覚悟したその時だった。

 

「予備の食材もらってきた。さっ、やろうかね」

「えっ?でももう間に合いっこねぇべし…」

「ふふっ、違うよ恵ちゃん。間に合わないなら、間に合うようにすればいいだけでしょ?」

「そうそう、俺らは学生である前に料理人なんだよな。だから、頼まれた料理は何がなんでも出す!だからよ…

 

 手伝え!」 

 

 ◇◇◇

 

 トットットットットットッ!

 ――田所、頼んだ処理はやったか!

 ――うん、やったよ、ソーマ君!

 ジャラッ…ジュー…

 ――ソフィー、野菜は全部切ってくれたか?

 ――うんっ、全部切ったよ?いやー、それにしても、よくそんなこと思いついたね~?

 

 

 

 白熱する調理台をよそに、ソーマ達の鍋に塩を入れた張本人達は、そこを見て嘲笑う。

 

「あの大口叩いた編入生なんか必死でやってるな」

「まあ何やったってE確定だろ。ハッハ!」

「さて、じゃあ俺らもあとはソースだけだ。さっさと作っちまおうぜ」

「ああ、そうだな。せいぜいアイツらみたいに、必死になってやらないといけない状況にはならないように…」

 

『次 審査お願いしま~す!』

 

!?

「この声は…え、あれ?でも、さっきまであそこで…」

 

『おあがりよ!』

 

 ◇◇◇

 

――おあがりよ!

 

 ソーマはいつもの掛け声とともに、三人の合作である課題料理を出す。

 

「ふむ…軟らかい。フォークが弾むようだ

 そういえば、君たちの組はアクシデントがあったはずだ。どうやって完成を?」

 

 恵は、シャペル先生がアクシデントについて知っていて、敢えて手を出さなかったことにやや不満げになる。

 しかし、今回の料理の功労者は、間違いなくソーマだ。彼が気にしていないのであれば、いちいち口を出すのもおかしいことだと思い、不満を内に引っ込める。

 

 そんな恵の葛藤をよそに、今回の最大の功労者であるソーマが、シャペル先生に、完成にまでこぎつけた経緯を話し出す。

 

「使ったのはハチミツ。煮込む前の肉にもみ込んで下味を付けるときにも加えてみました」

「ふむ…ハチミツにはタンパク質分解酵素プロテアーゼが含まれている。それが硬い牛バラ肉に作用し、短時間で軟らかく仕上げることができたか」

 

 シャペル先生が細かい原理を解説するのをよそに、そんなこと言われても全く理解できない三人は、恵の言から会話が始まる。

 

「そ、そういえば、どうしてハチミツが使えることを知ってたの?」

 

 ああ、そのこと?

 ソーマは昔の自分を思い出しながら、どうしてハチミツに行き着いたのか説明する。

 

「昔料理本を見てたらパイナップルの果汁が肉を軟らかくするって書いてあったんだけど…パイナップルなんて丸ごと買う機会はそうそうねぇからさ。同じように肉を軟らかくするものはないかっていろいろ試したんだよ。

 んで、その時に見つけたのが、ハチミツだったってわけ。

 ハチミツは保存も利くしダントツで使いやすいのさ…まあ食ってみりゃ分かるよ田所も」

 

 そう言われて、ソーマに肉を渡された恵はそのままお肉を一口。 

 

「んっ!?」

 

 恵がそのときに感じたのは、強烈な肉とハチミツの完成されたハーモニー。

 私は、いま、何を食べているのだろう…本当に、お肉なのだろうか。今すぐにでもどうにかなってしまいそうなこの美味しさ。まるで、天上のハチミツの湯の中に浸かって、最高の青空を眺めながら至福の時が過ごせる。そんな味で……!

 

「あああぁぁ!とろけるぅ…とろけちゃう~!」

 

「おおっ!セ・メルヴェイユー!(素晴らしい!)」

 

 この至福の時に抗えなかった二人は、なくなったこの料理の味の余韻をその舌で楽しむ。

 シャペル先生も、この美味しさに堪らず笑顔を零し、素晴らしいの一言とともに、三人に最高評価を与えた。

 

「幸平・ソフィー・田所チームに評価Aを与えよう。ただ…

 

 ――私がAより上を与える権限を持ち合わせていないことが残念でならないがね」

 

 フッとシャペル先生が笑うと、ソーマはいつもの通り、言うだけである。

 

「御粗末!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 各々がA評価、E評価を付けられ、両手を上げて喜ぶ人や両手を頭に乗せて蹲っている人たちがいる中。

 恵は今日お世話になった二人に挨拶をしていた。

 

「………創真君。それに、ソフィーちゃん。あの…改めて、今日はありがとう」

 

 恵にとっては勇気を振り絞って言った言葉。

 だけど、どうやらその勇気は無駄に終わったらしい。

 彼らが見せるのは笑顔。どことなく晴れやかでいて、初めての実習に満足感を得ているようだった。

 

「いいってことよ。これからよろしくな田所」

「私こそ、今日はありがとう!これからもよろしくね、めぐみん!」

 

 それに、彼らだってお世話になったことは同じ事。

 作ったことのない料理を作るのは、どんなに料理に自信があっても難しいことだ。

 もしも、レシピ通り完璧に一回で作れるような人がいれば、それは料理人の誰もが羨む一つの才能だろう。

 その点、彼らにはそんな才能がある訳でもなく、何度も恵に助けてもらっていたのだ。 

 

 こういう反応になるのも、当たり前というものだろう。

 

「そうだな…お近づきのしるしに俺の新作料理食わねぇか?」

「いいの?食べてみたい!」

「あ、めぐみんだけずーるーいー。私もー!」

「どうどう。はい。スルメのハチミツ漬けだよ」

 

 美味しいと思って食べてみた両名。

 しかし、彼女達は一言、言葉を発するのみだった。

 

「まずっ」

 

 後に、恵は語ったという。

 スルメの風味が間違った方向に変貌を遂げ体中をまさぐられるような不味さでした、と。

 

 ◇◇◇

 

 その後

 

 ◇◇◇

 

 名前も何も付いていない、どこかの學園の廊下で、少女の悲痛な叫び声が上がる。

 

『えりな様大変です!シャペル講師の授業を最高評価で通過したそうです!

 

 あの男…幸平創真が!』

 

 その少女が主人に報告した瞬間、主人から可視化出来るくらいの黒いエネルギーが湧き出したのを確認すると、ソッコーで頭を下げる。

 

『わ、私の前でその名を口にしないでくれる?』

『もっ申し訳ありません!』

 

 幸平創真!私の聖域に侵入した唯一の汚点!捨て置くことはできないわ!見てなさい!

 ……今に排除してみせる。必ず!!

 

 ◇◇◇

 

 

 ◇◇◇

 

「あ、そうだ。じゃあ私からもお近づきの印に、ぷにゼリーを…」

 

 そう言って彼女が懐から取り出したのは、適当に作ったぷにゼリー。

 適当と言っても彼女基準になるわけだが、それは置いておこう。

 

 見た目は、ぷにっとしたゼリーだ。ただ。そのゼリーから覗く謎の顔が、食べる人の恐怖と罪悪感を煽る。

 “ぼくを食べちゃうの?”

 恵の耳元で囁かれた幻聴。

 つい、そんな声が聞こえてきそうなゼリーだが、恵は目を瞑りながら、ひと思いに食べる。

 

 後に恵が語ったとき、あれ程美味しいのにあれ程罪悪感が湧いてくる食べ物は、これまでも、そしてこれからも出会わないだろうと言ったとか。




 ソフィーは元々家事が苦手だったものの、前世での長い旅と北海道での一人暮らしで人並み以上に出来るようになった。

・ぷにゼリー
プニプニ玉×2、(水)×2、(中和剤)×1を混ぜると出来上がる。
 なお、プニプニ玉はぷにを倒すとドロップするアイテムで、これの素材としての能力が高いとき、調合をした時に高確率で、“生きている”という効果が発生する。
 「ふふ。まさか僕を食べるつもりなの?」


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ソーマとソフィー、極星寮に入寮します。

 アニメ一話で小説一話分。大体こんなペースです。


 夕焼け。それは、太陽が沈む前に起こり、一日で一番外の景色が変化する瞬間のことだ。

 辺り一面は気づけばオレンジ色に染まり、落ちる夕日を見ていればいつの間にか辺りは真っ暗闇に染まる。

 

 そんな夕焼けを背景に、ゆっくりと地面を踏みしめて、長い道のりを歩く男女二人の影がポツリと浮かび上がる。

 どうやらその二人は、共通の目的地があって進んでいるらしい。

 

 男の方――ソーマは、片手に荷物、もう片方の手に七輪を持ちスルメをかじる、という傍から見れば完全な変態にしか見えない見た目である。しかし、その変態的な見た目とは裏腹に、遠すぎる目的地と広すぎる学校の敷地に、つい、何なんだよこの学校!アホほど広いじゃねぇか!と叫んでしまう。

 哀れソーマ。体力つけろ。

 

 そして、女の方――ソフィーは、愛用の茶色いリュックと自分の体より大きい鞄を背負いながら、腕にカゴをかけて、道端に落ちている葉っぱや木の実、枯れ木や折れた枝は勿論、地面の土や危険な色合いのキノコに、虫やゴミの一つ一つを全てカゴの中に入れていく。

 ただの体力と筋力お化けである。

 しかし、そのカゴは普通のカゴではない。

 ソフィーが怪しまれないようにと作ったものの一つである、完全隠密カゴなのだ。

 このカゴは決して他人の眼では見ることが出来ず、また、機械やセンサーも素通りする。さらにそのカゴは自宅の“コンテナ”という、ソフィーが作り出した異次元の世界に繋がっており、このカゴを通していつでも物の出し入れが可能になっている。

 まさに、某四次元ポケットのようなアイテムである。

 

 ソーマはソフィーを、歩き回り土をいじり木の実を拾って葉っぱを拾う…までの姿しか確認できないので、よくあんなにはしゃぎ回れるな…くらいに考えながら、それにしても…とぼやく。

 

「極星寮…まだ着かねぇのか?」

 

 そう、彼らが目指しているのは、極星寮という名前がついている学生寮。

 二人とも自宅から通えるような距離ではないので、学生寮への入寮を希望していたのだ。

 …いや、正確には、ソフィーに関して言えば距離などあってないようなものではあるが…。

 

「ええっと…この地図によると、半分くらいまで来たみたい。折り返し地点だよ」

「はあ…まじか。腹が減り過ぎてもうスルメだけじゃもたねぇんだが…」

「というか、そのスルメと七輪はどこから?」

 

 ソーマは、腹の虫を抑えようとせず辺りを見渡して、つーかさー、とソフィーに話しかける。

 

「そこかしこに仰々しい建物がめっちゃあるよな~。こんなにあって、全部使ってんのかな?」

 

 そんなソーマの疑問は最もである。

 正確な広さは分からないが、この遠月學園の敷地には色々なものがある。

 中等部、高等部の校舎はもちろんのこと、よく分からない最新式の研究施設が乱立し、動物の飼育場所や植物の育成場所が広くとられている。そしてそれらでは飽き足らず、周辺には広大な自然である山や川、滝があり、それら全てが遠月學園の所有物だという。

 はっきり言って、これを作った人はアタマオカシイとしか思えねぇわ。

 そう考えたソーマは、ならば、と思う。

 

――ということは寮も結構豪華な感じなんじゃね?こりゃ期待していいんじゃなかろうか……!

 

 ◇◇◇

 

 そして、その期待は一瞬にして砕かれる。

 

 ソーマはつい、マジか…と言う。

 ソフィーは、面白そうだねーと言う。

 ソーマはそれを聞いて、それはオカシイと反論する。

 

 彼らの目の前に広がるのは、期待していた超高級な学生寮でも、きらびやかな建物でも何でもない。

 一言で表すのなら、幽霊屋敷、だろう。

 建設された当時なら、綺麗に光り輝いていたであろう石の壁や透明な窓、そして、地面の石畳や屋敷の前の小さな門が、さて、今となってはどうだろうか。

 何処からか絡まってくる謎の植物の蔓。壁際についている苔。地面は荒れに荒れて、本来は人の出入りを妨げる筈の門は、もはやその意味を成さないほどに劣化し、錆びついている。

 さらには日も沈みきり、月明かりで淡く不気味に照らされているのもあり、正に幽霊屋敷としては満点の評価を得られるような様子を呈している。

 

 ああ、確かにソーマにとっては、幽霊屋敷だろう。しかし、ソフィーにとってはどうやら違うらしく、両手を上げて、わーい、やったー!などと喜べる場所のようだった。

 それも当たり前の反応だろう。

 私生活よりも錬金術を優先する人物なのだ。彼女にしてみれば、この場所は…

 ――ここは錬金術の素材の宝庫!間違って釜を爆発させても、掃除のしやすい石材で作られた建物!そして、多少は大きい音を出しても良さそうな、本校舎から離れた自然に囲まれた立地!そして何よりも、ここでなら堂々と錬金術をやってても不思議に思われなさそうだ!

 ああ、ここはヘヴンか!ここまで自分にとって都合の良い場所があるなんて!!

 …と、いうことである。

 

 そして、そのチグハグな二人の片方は意を決して。もう片方はワクワクして、極星寮の扉を叩くのだった。

 

 ◇◇◇

 

 極星寮エントランス

 

 ◇◇◇

 

 

「フンッ、入寮希望の編入生、幸平創真とソフィー・ノイエンミュラーだね?」

 

 心の温度差がある彼らを待ち受けていたのは、ハリネズミのババ…優しい優しい、聖母マリアのような包容力のあるおばあさんだった。

 

「私がここの寮母、大御堂ふみ緒だ。極星のマリア、ふみ緒さんと呼びな」

 

――やべぇ、おかしなとこに来ちまった!

 ソーマは心の中で盛大に突っ込む。

 ただでさえ建物の外観が荒れに荒れまくってるのに、髪まで荒れまくってるババァが寮母だと?ハッ、笑わせてくれるぜ!

 

 心の中で白熱するするソーマだったが、次に紡がれる言葉に冷水を浴びせられた。

 

「それで、あんたらは食材は何を用意したんだい?」

「食材ってなんの?」

「ソーマ君、知らなかったの!?極星寮の入寮腕試しだよ!」

 

 ババ…ふみ緒はため息をはくと、入寮案内と一緒に入寮腕試しについてのプリントも出しただろう?と言って、そのプリントに書いてあることを読み上げる。

 

 一つ!入寮希望者は一食分の料理を作りその味を認められた者のみ入寮が許される。

 一つ!審査は寮長による。

 一つ!食材の持ち込みは自由とする。

 

 って、おい!

 ソーマは堪らず声を荒らげる。

 

「聞いてねぇよ!食材なんて用意してねぇし」

「じゃあ不戦敗だね。腕を見ずには極星の敷居は跨がせないよ」

「ざけんな!4月の夜の冷え込みなめんなよ!」

「諦めな。厨房には余り物の半端な食材しか残ってないしね」

 

 …ん?今何つった?食材が余ってる?

 ソーマはその言葉を聞いて、ニヤリと口角をあげる。

 

「今日は日が悪かったと…」

「やるよ腕試し」

 

 ソーマは口の中に広がるスルメを転がしながら言った。

 

 ◇◇◇

 

 ふみ緒が厨房に二人を案内した後、白い目を向けながらソーマに向かって言う。

 

「私が急ごしらえの料理なんかに及第点を出すと思うのかい?」

「少々お待ちを!」

「じゃあ、私も作る!ソーマ君頑張って!」

 

 こうして、二人はそれぞれ調理台に向かい、ソーマは残り物を、ソフィーは、リュックからあたかも予め買っておいたと言わんばかりの自然さで、材料をリュックの中に入れておいたカゴから取り出していく。

 ソーマはそれを見て、お前、いつの間に…などと宣いながら、裏切られた表情でソフィーを見つめる。しかし、それは気付かなかったソーマの自業自得である。

 

 

 

 さて。

 

 ソフィーの調理台の上には、そんなに多くの材料が乗っているわけでもない。

 いくつかの種類の調味料と野菜、そして、自前の一リットルペットボトルに入れた蒸留水(品質999)だ。

 このペットボトルの内容量はコンテナに入れると自動で増えるようにされているので、使いたい放題である。

 そうそう、錬金術とは、化学や物理、量子力学などといった、常識を考える学問に真っ向から喧嘩を売る学問なので、細かいことは気にしたら負けなのである。できると言ったらできる。そこには結果しか残らないものなのだ。

 ソフィーが最後に鞄から取り出したのは、鞄の中で大きくしておいた錬金釜だ。流石に大きくなる所が見られるのはまずいという訳だ。

 これをコンロに設置すると、ソフィーは、あっ、そうだ。折角だから、と呟き、ふみ緒さんふみ緒さん!とババ…ふみ緒を呼ぶ。

 

「どうしたんだい?」

「いえ、少しの間、この鍋を見ていて下さい」

 

 ソフィーは錬金釜を鍋と言って誤魔化しながら指を指すと、調理台の上に置いてあった蒸留水を取りにいく。

 

 よし、これから実験だ。

 ソフィーは心の中でそう呟くと、蒸留水を錬金釜に満たし、その上に手をかざした。

 

 ……が、何も変化は見られなかった。

 

 しかし、ソフィーはこの結果に満足したのか、よしっと言うと、野菜を全て錬金釜に入れて、火を入れた。火力は強火でガンガン温める腹づもりのようである。

 ソフィーはふみ緒に、もういいですよ、と一声かけると、鼻歌を歌いながら釜の中のものをくーるくーる混ぜていく。

 調味料も適宜ふりかけながら混ぜていくと、だんだんと赤みがかった、いい匂いを放つスープが出来てくる。

 

 ソフィーは、最後に余していた赤い調味料を入れると、釜の中を一度だけ大きく混ぜて、全体的に調味料の味が広がるようにすると、蓋を閉めて火を弱くし、ゆっくりと煮込む。どうやら、スープを作ろうとしているようだ。

 

 さて、とソフィーは思う。

 材料も全部入れて、必要な分の混ぜ込みもしたし、後はゆっくりと出来上がるのを待つだけかな。

 

 このソフィー、実は錬金術ではなく普通に料理をしていたらしい。

 しかし、それは当たり前に出来て当然なのかもしれない。

 錬金術というのは、どことなく料理に似ているものだ。

 錬金術は、魔力とともに必要な素材を“そのまま”入れて、こうなってほしい、という想いを込めながらぐるぐる釜をかき混ぜるのだ。だから、出来た物の効果は、たとえ違う錬金術士同士が同じ材料を使っても、完成品の姿も効果も違うことが多々存在するし、同じ錬金術師が二回同じ物を作っても、完全に同じ物にするのはとても時間のかかる作業が必要だ。

 それに対し、料理は、必要な材料を必要な工程を経て加工したものを、最終的に全て合わせて一品の料理にする。いや、もしかしたらニ品や三品、そして飲み物を含めて、さらに食べるときの場の匂いや雰囲気などなどを加味した上で、一つの料理である、という人もいるかもしれないが、まあ、概ねそのようなものだろう。

 

 並べると、似ているようで似ていないように見えるが、細かな共通部分は多い。むしろ、多種多様の材料を扱い、そのモノがどうなってほしいのかを願いながら、実験を繰り返す錬金術のほうが高度だと言えよう。

 したがって、錬金術を極めたソフィーが、料理が出来ない筈もない訳だ。

 しかし、その過程で錬金術に使う用の材料を入れて、尚且つ長年培ってきた材料を加工するときの加減、そして、想いを込めるという作業が入るのは、大人げない所ではあるのだが。

 

 ◇◇◇

 

「ひき肉は牛も豚も1gすらなかったはずだ。どんな手品だい?この肉厚ハンバーグは!」

「これは鯖の缶詰を使った“鯖バーグ”だ!」

 

 え、さBBAグ?

 ソフィーは白熱する外野をよそに、聞かれたらヤラレチャウような頓珍漢さを心の中で発揮しながら、そろそろかな、と思いながら、錬金釜の蓋を開ける。

 

 ――その瞬間、厨房に、最早兵器と言っても差し支えがない程の香りが広がる。

 

 外野が何やら盛り上がっているようだが、ソフィーは気にせずもう一度ゆっくりとかき混ぜると、再び蓋を閉じて、ひとりごちる。うーん、たまにはこうして料理するのもいいかも……まあ、さっきの実験で、普通の人には魔力が見えないことを確認したし…

 

『お願い(はあと)』

『放せばばあ~!!』

 

 …ん、ソーマ君も丁度終わったみたいだし、今度は私の番かな。

 

 ◇◇◇

 

「ごほん!では、続いてソフィー。お前にも、ここに入って良いかの試験を開始する。作ったものをはよ寄越せい」

 

 ん?あれ、なんかふみ緒さんキャラ変わった?

 ソフィーは一瞬戸惑うが、まあ、いいかと一度隅に置いておき、錬金釜の蓋を開ける。

 そして、近くに置いてあった皿を持ち、二皿分盛り付ける。ソーマが、お腹を空かせていたことを思い出したらしい。

 

 作るときにいい素材を使ったからなのか、それとも工程が良かったからなのか。

 ソーマとふみ緒の二人には、ソフィーが盛り付けている料理が、正しく天上の料理に見えた。

 跳ねる液体の一滴一滴が、ソーマ達の目を釘付けにする。

 香る匂いが、自分たちの食欲を限りなくそそる。

 漂うオーラが、自分たちに人間という矮小さを感じさせる。

 

――こ、これはまさしく、一つの芸術!!

 

 ふみ緒は大きく目を見開きらき、今か今かと料理が運ばれるのを待ち遠しにする一方で、ソーマはとんでもない量の冷や汗をかく。

 

――編入試験のときも、実技授業のときも見てたが、まさかここまでとは…認めたくねぇけど、親父の料理を見た目と香りとオーラで既に越している!

 

「はい、どうぞ!料理名は、情熱のコンソメです!」

 

 ぼうっとしながら皿とスプーンを受け取る二人。

 二人はこの料理に惹かれるように、憑かれたようにスプーンでスープを一口分をすくい、野菜と一緒に口に含む。

 

 その瞬間、彼らに襲うのは旨さの奔流。

 自分の舌を、喉を、胃をピリリと刺激しながら下にいったその味は、ああ、なんと表現すれば良いのだろうか。

 

 ふみ緒は、自分にこの味を表現するための知識がないことを悔やみ、ソーマは、自分の完全敗北を、悟った。

 そして彼らは口を揃えて言う。

 ――美味すぎる…

 と。

 

 そして、気づけば皿からスープが無くなっていた。

 夢のようなうつつの時は終わったのだ。

 

 ふみ緒は、さっぱりした味の余韻を楽しみながら、まだ余っているかい?とソフィーに聞く。

 

「ええ、まあ、余ってますけど」

「じゃあ、タッパー貸してやるから、詰めときな」

「はあ、分かりました…」

 

 ソフィーが、余った情熱コンソメをタッパーに入れ終わり、錬金釜をさっと洗い終わると同時に、ふみ緒は二人に言い渡す。

 

「よろしい。入寮を認める!」

 

 ◇◇◇

 

 入浴所

 

 ◇◇◇

 

 ふんふふんふふふーん♪

 

 何処から湧き出してくるのか。

 大量の湯気に隠れながらも、惜しみもなく自分の体をさらけ出し、鼻歌を歌いながら入浴する影が一人――田所恵だ。

 

「はぁ~。何回も新作料理の味見をさせられてもうリアクションでヘトヘトだよ」

 

 恵は思い出す。あんなに美味しい料理を作ってからあんな仕打ちをするなんて。スルメとか。特にスルメとか。ついでにスルメとか。

 もしも、ソフィーちゃんのぷにゼリーがなければ、今頃は舌がスルメになっていたに違いない。

 あ、いや、あのぷにゼリーも、なんか声が聞こえてきそうな感じで、なかなか食べられなくって…。

 いざ食べたら、なんか叫び声が聞こえたような気がしないでも……ああ、思い出すのはやめよう。精神衛生上良くない!

 

「ソフィーちゃん、創真君のバカ!私のことおもちゃみたいに扱って……ねえアヒルさん、困っちゃうよねぇ?

 はぁ~。中等部の頃から心休まる場所はここだけだよ。」

 

『ソーマ君、ちょっと待ってー!』

『な、何だよソフィー、今から俺は風呂に入るんだ。止めるんじゃねえ!』

 

「ふみ緒さんはちょっと怖いけど厳しい先生も創真君もいないし……!!!」

 

 勢い良く扉が開いたその時。

 世界が死んだ。

 

 

 

「え、創真、君?」

「え、田所?」

「あ、やらかしちゃった…」

 

 

 

 

 恵は、自分の顔が青いのか赤いのか分からないが、だんだんこみ上げてくるものを感じた。

 

『うわあああぁぁ~ん!!』

 

 そのときの恵の絶叫は、寮中に響いたのだった…。

 

 ◇◇◇

 

 ソフィーはお風呂に入った後、与えられた部屋に行って荷物を広げた。

 

 衣類は勿論、生活道具や勉強道具を優先的に広げ、元々備え付けで置いてあった棚に本を収納していく。

 植物辞典や動物辞典、鉱石辞典に昆虫辞典など、錬金術士において欠かせない辞典類の数が多い。他にも、星座辞典やら宗教・信仰辞典、他には、占い書や伝説など、全くもって統一感の無さそうな、しかし、魔法関連だと思えば全て繋がる本もある。

 

 そんな本たちをあらかた並べ終えた所で、ドアの外から聞き覚えのある声…恵の声が聞こえる。

 『歓迎会をするから205号室に来て』ということらしい。

 

 ソフィーは、うん、わかったー、と返事をすると、急いで部屋から出て恵を捕まえる。

 

「恵ちゃん……」

「な、なに…?」

「205号室って、どこ…?」

 

 至極当然の質問である。

 

 ◇◇◇

 

「だから~!」

 

 205号室の主である、丸メガネをかけた、なよっとした男――丸井善二が叫ぶ。

 

「なぜいつも僕の部屋でやるんだ君たちは!」

 

 オレンジ色の髪をした小悪魔っぽい女の子――吉野悠姫は、ふかふかのベッドに座りこみながら、何を言っているんだい、丸井くん。と言いたげな顔で答える。

「しかたないじゃ~ん。丸井の部屋がいちばん広いんだも~ん」

「勝手にベッドに座るな!」

 

 それに付け加えるように、ワインレッドの髪のお姉さん――榊涼子は、肩を竦めて言う。

「いつ来てもきれいにしてるしね」

「今やっと片づけたんだよ!」

 

 確かに、と言って、金髪のチャラ男――佐藤昭二と黒髪の筋肉男――青木大吾は丸井に同調するように言う。

「さっきまで本が散らばってたしな」

「つぅかもっと椅子用意しとけや」

「するかぁ!」

 

 そして、このテンポのよい謎のコントに参加せず、口でコップを咥え続けている謎の男――伊武崎峻は、何を考えているのか、それとも何も考えていないのか分からない、目すらも髪で隠れてるその表情で、丸井を見つめる。

「・・・・・・。」

「お前もちっとはしゃべろよ!怖えよ!」

 

 騒ぎまくる寮生達をよそに、恵はソーマとソフィーに話しかける。

「創真君もソフィーちゃんも、入寮腕試しを1回で合格したの?すごいよ。一発クリアした人ほとんどいないはずなのに」

 

 しかし、この質問はブーメランとなって恵に返ってくる。

 

「お前はどうだったんだ?」

「え~っと…まあまあかな」

(言えない…入寮まで3か月かかったなんて言えない!)

 

 ソーマは頭に?マークを浮かべながら、まあいいかと思い直し、つーかよ、と近くにいた涼子に聞く。

 

「こんな夜中にこんな騒いで大丈夫なの?」

「大丈夫よ。寮の周りは森だもの」

 

 確かにそうだ。中央校舎まで歩いて20分、學園正門まで一時間。そんな辺境にあるこの学生寮の周りは、当然ながら緑溢れる自然の森だ。どんなに騒いだところで、夜の闇に消えるだろう。

 しかし、ソーマが気にするところは別の所だった。

 

「でもほら寮母のばあさんが…」

<こら!あんたたち!ブリ大根があるから誰か取りにおいで!>

「うぉっ!あの金色っぽいラッパからババアの声が!」

「ああ、あれね。あれは、あのババアが皆に連絡出来るように掘ってある穴でね。アソコに声を流すと、その先の穴まで声が届くっていう寸法さ」

 

 おお、マジか。と、ソーマは思う。おいババア、歓迎会にノリノリじゃねぇかと。 

 俺の心配を返しやがれ、と。

 

 佐藤と青木はババアの言葉に、両手を上げて喜ぶ。

「やった~!」「ばばあ愛してる!」

 そのまま駆け出す二人に、悠姫は声をかける。

「ふみ緒さんの十傑自慢が始まる前に帰って来んのよ~」

 

 ソーマはそれを聞いて、はて、と首を傾げる。

「十傑って何なんだ?」

 

 つい漏れたその言葉に目ざとく反応した涼子と悠姫は説明を丸井に押し付ける。

「君、本当に何も知らずに遠月に入ったんだねぇ」

「丸井、説明してあげて」

「なんで僕なんだよ!」

 

 それは、メガネキャラの宿命である。

 それはそれとして、丸井はしょうがないなぁ、とぼやいて、メガネに人差し指を添えて説明する。

 どことなく、メガネがキラリと光ったように感じる。

 

「遠月十傑評議会、それは 学内評価上位10名の生徒たちによって構成される委員会だ。

 遠月では多くの事柄が生徒の自治に委ねられており、あらゆる議題が十傑メンバーの合議によって決定される、まさに学園の最高意思決定機関。

 学園の組織図的には総帥の直下にあり、講師陣ですら十傑の総意には従わざるをえないんだ。」

 

 しかし、丸井の渾身の説明も虚しく空振り、ソフィー以外聞く素振りを見せなかった。なんで!

 

「何十年も昔寮の部屋が常に満室だった頃、極星から十傑が出まくってたんだってさ」

「十傑の席全部極星勢が占めた年もあったようね」

 

 悠姫と涼子の話を聞いて、ソーマは緋沙子の言葉を思い出す。

 そういやアイツ、薙切のことを十傑とか言ってたっけ。ということは、薙切えりなは今の十傑の一人ってことか。

 

 そんな思考をよそに、ソーマとソフィーの目の前に、突然爽やかなイケメンが現れる。

 満面の笑みを浮かべ、心から楽しそうな雰囲気を出しているその男――一色慧は、二人に握手を求めながら言う。

 

「やあ幸平創真君、ソフィー・ノイエンミュラー君。ようこそ極星寮へ。 歓迎するよ!」

 

 二人と握手した一色は、両手を広げて幸せさを表現する。

 

「僕はうれしいよ。青春のひとときを分かち合う仲間が、なんと二人も増えたんだからね」

 

 ソフィーは、なんかキラキラした先輩だなーと思う。本当に目から星が出てくるのではなかろうかというほどにキラキラしとる、と。

 

「こんなに嬉しいことはない!いいかいみんな!

 一つ屋根の下で暮らす若者たちが同じ釜の飯を食う。これぞ青春!これぞ学生!僕はそれに憧れて寮に入ったんだ。

 さあ!これからも輝ける寮生活を一緒に謳歌しよう!」

 

 最後に一色は高笑いをあげると、ソーマはつい本音を漏らす。

 

「変人ばっかりか?この寮は」

「すぐなじめるよ。創真君なら」

 

 恵はソーマをジトっと見ながら、そう言った。

 

 一色が、では!と言うと、皆を集める。

 

「幸平君とソフィー君の前途に!そして極星寮の栄光に…乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

 

 

 

 このあと滅茶苦茶遊びまくった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 最後に、タッパーに詰めたソフィーの料理を皆で食べ、美味すぎる!と叫びながら殆どの人が気絶するように倒れふして眠って終わった歓迎会。

 

 その余韻が残る中、未だに二つの影が、月明かりに照らされて伸びていた。

 

「改めて歓迎するよ創真君。ソフィー君はもう寝てしまったようだし、明日にでも改めて歓迎の言葉を送ろう」

「こちらこそ」

 

 裸エプロンをしている一色と、ラフな格好をしたソーマだ。

 

 一色は、暗闇に包まれた部屋を見渡して、もう料理が尽きたね。鰆の切り身があるんだ。僕が何か作ろう、と言う。

 

 おお、一色先輩の手料理っすか。

 ソーマはそう言うとともに、一色先輩の格好を見て、その格好で調理するんすか…と裸エプロンを指差してつっこむ。

 勿論さ、と言うと、一色は立ち上がり、厨房に向かった。

 

 ソーマは体感で数分程経ったかな、と思ったとき、一色が戻ってきた。

「さあ、召し上がれ。“鰆の山椒焼きピューレ添え”だ」

 

 ソーマは、早速箸を手に取り、いただきま〜すと一口。

 そして、一言。

「美味すぎる!」

 

――春の食材を生かしきった料理。こんな繊細な皿をあんな短時間でまとめ上げたってのか!?

 他の寮生とはレベルが段違いだ。いくら2年生っていったって、それだけでここまでの品が作れるってのか?

 これは親父やソフィーのと同じだ。この、有無を言わさずに美味いと言わせる料理。間違いなくこの先輩、俺より数段強え…!

 

「ところで創真君さ…始業式でなかなか面白いこと言ったらしいじゃないか」

 

 ソーマは顔に冷や汗が流れるのを隠せないで、一色の言葉に飲み込まれる。

 

「ソフィー君の料理は、十傑の第一席を軽くとれるレベルにまで達している。正直、僕では彼女の料理には傷一つ残せないとさえ感じている。しかし、ね。遠月の頂点目指すってことは、君にとっては、思ってるほど甘くないかもしれないよ…。

 

 さて。改めて自己紹介させてもらおう。

 遠月十傑第七席、二年の一色慧だ。

 さあ、お次はスルメじゃなくて、創真君の料理を食べてみたいな。

 

――見せてごらん。君が皿の上に語る物語を」

 

 

 




 錬金術師「え、目的地が遠方?なら、ワープできるアイテムを作ればいいじゃない。」

・情熱のコンソメ
 ロロナ、トトリのアトリエで登場。ただし、メルルでは見かけなかった食べ物アイテム。
 概ね香辛料と野菜と水で出来る。ただ、作品によってその分量は違うので、注意が必要。こういうアイテムは前まで載せてたアイテムでもあるので、思い込んで失敗すると酷い目に。
 「もっとアツクナレヨ。」

・ランク・品質・効果・特性について。
 今更感があるものの、忘れそうなので簡単に纏めました。
 ランク…料理から感じるオーラに相当する。ただし、このランクは効果・特性と主に連動するので、オーラが感じられる=品質が良いという訳ではありません。Sランクが最高ですが、この作品ではその壁をやすやすと粉砕します。
 品質…料理の見た目や味、香りや食感など、料理の中枢を担うところに相当。原作では品質999が最高ですが、この作品では、そんな数値の壁など粉々に砕いて突破します。
 効果・特性…料理の性質に相当します。例えば、“生きている”なら幻聴が聞え、“おいしく回復”だったらおいしく疲労回復が出来ます。
 どちらも大体三つくらいしか入れられませんが、やはりそんな制限の壁は消し飛ばします。


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目指す所は

 続くかどうかは未定であったりする。
 元々筆を持った理由は、個人的に好きなソーマとアトリエの二次創作がもっと見たいと思い至ってのものなので、この思いが僅かながらにみなさまに伝わり、執筆活動をする人が増えてくれると幸いです。
 


 ◇◇◇

 

 早朝・ソフィーの部屋(301号室)

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ふんふふんふふーん♪

 

 お日様が上り、部屋の中を明るく照らす早朝の五時。

 ソフィーは鞄から錬金釜を取り出して、調合を行っていた。

 その錬金釜はソフィーのアトリエにあった巨大釜と同じ大きさで、慣れているとはいえ、自分と同じくらいの大きさの釜を混ぜるのは、やはり、少しだけ……いや、かなり身長的に辛いものがある。

 ソフィーはそれを補うために、自分よりも長いかき混ぜ棒を使って、今日も今日とて、ぐーるぐーる釜の中身を混ぜているのだ。

 

 

 彼女からは軽快な鼻歌が聞こえて、寮の外からも中からも聞こえてくる動物の鳴き声と一緒に、美しいハーモニーを作り出す。

 

 ああ…いい朝だ…。

 

 ソフィーはそう思いながら、日課の調合をこなしていると、下の階にドタバタ行く音が聞こえてきた。

 ありゃ、誰か下に行った?

 ソフィーの部屋は三階にあり、恵の隣の、少し広い部屋に位置する。

 こんな時間から下に行く用事なんて、中々無いと思うんだけどなぁ。いや、朝4時半時から調合している私が言っても、あまり説得力無さそうだけど。

 でもまあ、朝早起きするのはいい事だと思うよ?うん。

 

 さて、この材料を入れて…あ、アレを入れてもいいかも。

 

 ◇◇◇

 

 

 ソフィーは時計を見ると、もうじき6時になろうとしていたところだった。

 ………さて。もうそろそろいい具合かな。

 仕上げに入ろう。

 

 ソフィーは最後に釜の中をぐるっと1回転させると、釜の中がだんだんと光り輝いていく。この光の輝きは調合が成功する兆しを知らせるもので、ソフィーはこれを、要らなくなって蒸発した魔力だと考えている。因みにこの光の輝きが黒ずんでいる時は大抵失敗しており、入れた材料によっては暴発し、大爆発を起こすときもある。

 

 ソフィーは最後まで気を抜かずに、丁寧にぐーるぐーる釜をかき混ぜていく。釜から光が溢れ出るようになるまで光が出てくると、ソフィーは混ぜるのを止めて、作ったものを入れる為の容器を取りにいく。

 

 容器といっても、ソフィーが持ってきたのは、100円ショップで売っているような小さなお菓子袋だ。

 

 ソフィーが取りに行っている間にいつの間にか出来ていた調合品――クッキーを、一つ一つ袋の中に入れていく。

 そして、3個入りの袋が9個出来ると、ソフィーは、よしっ、出来た!と声を出す。 

 

 

 

 …そう、声を出した。

 

 すると、途端に響くのはこちらに近づく足音。

 

 つい、昔からの癖が仇になったと思いつつ、よくよく考えてみれば、あれ、ここまで騒ぐことでもないのでは?と考え、一旦落ち着く。

 

 この大きい釜とヘラはインテリアだと言えば片付く問題だし、クッキーはここで作ってたの、と言えば済む問題だ。もしかしたら寮母には怒られるかもしれないと思うと、と少しだけ気落ちはするが。

 

 コンッコンッ

 

 扉を叩く音だ。ソフィーは思う。二回ノックはやめてほしい、と。

 

『失礼するよ』

 

 その言葉とともに現れたのは、爽やかイケメンと定評のある、一色慧だ。

 一色は今のソフィーの姿と、そばに置いてある9つの袋を見て、う~ん、青春だね、と呟く。まあ、そんなことは置いといて。と前置きをしてから、一色は話す。

 

「もうそろそろ食堂の時間だから、起きた方がいいよ、と声をかけるつもりだったけど、そんな早起きだったら大丈夫だね。大体この時間に、皆が食堂に集まるから覚えておくといい。」

「あ、分かりました!」

 

 一色は、それに、と付け足す。

 

「改めて。ソフィー・ノイエンミュラー君、極星寮へ、ようこそ!」

 

 朝から朝から爽やかに挨拶をするクール系イケメンに、ソフィーも笑顔で対応する。

 

「おはようございます!そして、よろしくお願いします!」

 

 ソフィーはいつも着ている厚手の青いコートの中に9袋分のクッキーをしまい、一色についていった。 

 

 ◇◇◇

 

 極星寮・食堂

 

 ◇◇◇

 

 ソフィーと一色は、食堂に行く途中の団体様――ソーマと丸井、伊武崎以外の人達が全員いる集団の中に紛れ込み、食堂に着く。

 佐藤・青木ペアが適当に、うぃ~っす、ちぃ~っす、と挨拶しているのを横目に、早起きをして食堂の椅子に逆向きで堂々と座っていたソーマは、これまた堂々と宣言する。

 

「さあ十傑の第七席をかけて勝負だ一色先輩!」

 

 一色は、何を言われているのか理解できず、笑顔で首を傾げるのみ。

 ついにはソーマまでもが、笑顔のまま首を傾げることになる。

 

「あれ?」

 

 一色は、ああ、と一人納得し、ごめんよ、説明が足りなかった。と一言謝る。まあその話は取り敢えず、朝ごはんを食べてからゆっくりとしようじゃないか。

 

 そんな一幕をよそに、ソフィー達はそれぞれ席に座り、空腹具合をいちいち声に出してアピールしながら朝ごはんを待ち遠しにしていた。

「飯飯~」「おなかすいた~」「ふみ緒さんまだ~?」「ごっはん~ごっはん~」

 ふみ緒が厨房から顔を出して、グダグダうるさいよ!おとなしく座ってな!と叫ぶくらいには。

 

 ◇◇◇

 

 朝ごはんも食べ終わり、ソフィーが朝一で作っていたクッキーを渡せる分だけ渡して、渡せなかった分をふみ緒をに全部預けた所を見届けた一色は、じゃあ、ソーマ君の疑問に答えようか。と前置きをしてから語り始める。

 

「もともとこの学園では、学生のもめ事解決のために制定された制度がある。そしてその制度を利用することで、どちらの主張を聞きいれるかを決めるんだ」

 

 悠姫は、正に世は弱肉強食ッ!と突然立ち上がりながら叫ぶ。

 

 実に分かりやすい表現だ。一色はそう言うと、それに、と続ける。

 

「創真君が僕の第七席を欲して勝負を挑むなら、それに見合う対価を君も差し出さなければいけない」

「対価?」

「七席に釣り合う条件となると、君の退学をかけても足りないな」

「マジ!?」

 

 一色は肩を竦めながら、ソーマを諭すように言う。

 

「もし僕が了承すれば対戦は可能だが、もちろん僕は君が学園を去ることなんて望まない。結論勝負は成り立たないというわけさ」

「マジか~。今朝5時起きして気合い入れたのに」

 

 ああ、5時くらいの物音はソーマ君のだったのね、と納得したソフィーは、中々に気合を入れたね、なんて言う。

 涼子や恵、悠姫は、まあ、無理でしょ、などと言うが、一色の実力を知っているのだから、この反応も当然なのだろう。

 

 まあまあ、と言って、一色はそれに、と言って指を三本立てる。

「勝負に必要なものは三つある。一つは、正式な勝負であることを証明する認定員」

 一色は指を一本倒し、続ける。

「一つ、奇数名の判定員」

 指を更に倒し、あと一つは、と続ける。

「対戦者両名の勝負条件に関する合意。以上により初めて成立するんだ」

 

 ソフィーは、変な指の折り方だなぁ、と思いながら、ほぇ~っと聞く。

 ソーマは、ヤバイ、一色先輩が服着てるの違和感ある、と思いながら話半分に聞く。

 

 と、いうことはだ。一色はそう前置きをすると、目を細めて、もったいぶって言う。

 

「逆に言えばその三つさえ揃えばこの学園の全てが勝負の対象になりうる。

 遠月伝統料理勝負一騎打ち。その名も…

 

 『食戟』―――」

 

 ◇◇◇

 

 極星寮・ベランダ

 

 ◇◇◇

 

『食戟かぁ。あぁ~あ、薙切にも勝負吹っかけたかったのに』

『勝てっこないよそんなの』

『いや、何事にも挑戦あるのみだよ!』

 

 一色は、これから学校に行くソーマ、ソフィー、恵の三人の背中をベランダから見送りながら、ふふっ。今後が楽しみだ、と呟く。

 

「創真君はきっと良い戦績を収めるだろうね。なんせ僕と引き分けたんだから…。なあ、峻君」

 

 一色は、そこにいる彼――伊武崎峻に同調を求める。が、伊武崎は呆れたような物言いで、おいおい、と。よく言うぜ。ちっとも本気出してなかったくせに。と、ソーマ達が見たら喋った!?と事件になるレベルの長文で続ける。

「スペシャリテ(必殺料理)も出さねぇでよ。あんときの品あんたにとっては無難にも程がある料理じゃねぇか」

 

 一色はそう言われても、笑みを浮かべてとぼける。

「なんのことかな?僕は全力で調理に取り組んだだけだが」

 

――創真君、君の料理を食べたとき予感がしたんだ。君というルーキーを引き金にして、この学園に食戟の華が咲き乱れる予感が……!

 

 

 ―――――――

 

 

(導入編・終)

 

 

 ―――――――

 

 ◇◇◇

 

 遠月學園・廊下

 

 ◇◇◇

 

《審査は決した!この食戟薙切えりなの勝利とする!》

 その宣言とともに、煩いほどに盛り上がる会場を後にするえりな。

 緋沙子はえりなに近寄って、褒め称える。

「見事なお手並みでしたえりな様」

「あれが相手では自慢にもならないわ。完璧でないものなどこの遠月には必要ない」

 

 それよりも、とえりなは言って、緋沙子に指示を出す。

「次のターゲットのリストを…「えりな様。次は私にやらせていただけませんか?」おや?」

 

 えりなの言葉を遮ったのは、やたらと肉々しい肌の焼けた女性だ。

 その女性は、続けて言う。

「雑魚相手にえりな様が自ら手を下す必要はありません。ぜひその役目を私に」

 

 えりなは彼女を見て、確認するように問う。

「やるからには分かっていますね?」

 その女性は、ニヤリと口角を上げると、勿論です。と答える。

「ミートマスターと呼ばれるこの私が、その名に恥じぬ完璧な勝利を必ずや収めてみせます」

 

 えりなは、そう、それでいいのよ、と言葉を残した…。

 

 ◇◇◇

 

 遠月學園・食戟会場観客席

 

 ◇◇◇

 

「ああ!えりな様!!」

 

 観客席に座る者の中で、一際目立つ影が一人。

 非常に長い黒髪で、顔の半分以上が隠れている彼女は、自分の体を抱きしめながら危険なことを大声で叫ぶ。

「ああ……神の舌で罵倒されたい!あのきつい目で睨まれたい!ああ、あの足で、私を嬲ってほしい!!」

 はぁ、ハァ、はァ…!

「でも、その為には…緋沙子!!お前が邪魔だ!!!ヒヒッ…もうお前を秘書という立場から降ろす算段はついてるんだ…首を洗って待ってろよ!!」

 ハーッハッハァ!!

 この場に、彼女の嘲笑と狂笑が響く。

 果たして、この笑いはどこへ向かうか、その道を知る者はいない。

 

 ◇◇◇

 

 遠月學園・廊下

 

 ◇◇◇

 

 大きな巨体と分厚い唇。そして、特徴的なドレッドロックスの髪型をした大男は、目の前で泣き崩れながら睨みを聞かせてくる学生を、興味が無さそうに一瞥すると、肩を竦め、さっさと失せろと言う。

 言われた相手は激高した。

「巫山戯んな!!その包丁は、俺のこれまでの料理人生を共にしてきた相棒だ!それが何で…何でお前に奪われなきゃならねぇんだよ!!」

 その大男は、ハァ…と溜め息をつくと、そんなの、決まっているだろう?と言う。

「お前の料理が俺より劣っていた。それだけだろう?」

 

 ◇◇◇

 

 遠月學園・総帥室

 

 ◇◇◇

 

「フム、今年もまた、この時期がやってきたようだ」

 鍛え抜かれた体を着物で包み込む老練の爺は、手に持っている筆を持って、目の前にある紙に宿泊研修という文字を書く。

「どのようなイラストにするか…」

 どうやら、彼はこれからイラストを描こうとしているようだ。

 彼の見た目からして全く繋がらないが、真面目に考えているらしい。

「今年は粒揃いな奴らが揃いも揃っている。その分、イベント行事は白熱するというもの……か」

 独り言を漏らし続ける彼は、よし、今年のイラストはこうしよう、と独りごちると、紙の上に絵の具を走らせる。 

 今年は楽しみだ――

 その言葉を残して。

 

 ◇◇◇

 

 ◇◇◇

 

 様々な思いがそれぞれ交錯する中、それでもソフィー達は生き続ける。

 何があっても、どんなことがあっても。

 知り合いという人脈を使い、築き上げた友人関係を頼りにして。

 極星寮という強固な地盤を持って、数々の困難に立ち向かっていくのだ。

 たかが料理。されど料理。

 料理に命をかける者たちが紡ぐ物語は、まだ、始まったばかりである。




 ソフィーはドラ○もんを見て思ったそうな。あれ、これ作れるんじゃね?と。

・クッキー
 ソールの美味しいクッキーを錬金術で再現したもの。錬金術というものを一度挟んでいるせいか、元々美味しかったそれは、最早神々ですら再現不能なレベルにまで達している。
 なお、ロッククッキーとは別物である。

叡山「あれ、俺の出番は?」


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