異世界転生でゴーレムチートするだけの簡単なお仕事 (ほひと)
しおりを挟む

その01、スタート

 

 

 

 

 ともかく困っていた。

 

 山田氏は机の前で腕組みをし、ひたすらにうなる。

 目の前には安物のノートパソコン。現在求職サイトを閲覧中である。

 

 しかし、これというような仕事は見つからない。

 先日勤め先が倒産をしてからというもの、悶々とした時間を過ごしている。

 

 給料の安いわりに仕事のきつい職場ではあったが、それでも正社員であったのに。

 おまけに今月の給料はまだ未払いであった。

 

(この際、バイトでもいいから妥協をすべきか……)

 

 当座の食い扶持(ぶち)について考えている最中、ふと(たたみ)へ伸ばした左手に――

 

 カサリ。

 

 何か、紙の感触があった。

 はてと思って拾い上げてみると、一枚の白い紙。

 

 表面には、

 

『急募! 異世界転生してチートするだけの簡単なお仕事です』

 

 と太字で印刷された文章の下に、URLがあった。

 

「なんじゃ、こりゃ」

 

 全然おぼえのないものだった。酔った時に拾ったものだろうか。

 山田氏はアレコレと思い返したが、やはり記憶にない。

 

 そもそも山田氏はプリンターの類を所有していないのだ。

 

「イタズラか……?」

 

 誰かがイタズラで投函(とうかん)したものかもしれない。

 そう思って捨てようとしたのだが、ちょっと気が変わって――

 

「…………」

 

 本当に、気の迷いからだった。

 山田氏は印刷されているURLを打ち込んで、エンターキーを押して。

 

「ようこそ」

 

「え」

 

 エンターキーを押した、そう思った瞬間山田氏は見知らぬ場所にいた。

 

 一言で語るなら、真っ白い部屋。

 小さな椅子と机があるだけで、窓もドアも見当たらない。

 

 机の前には、一人の美しい少女が座っていた。

 死人のように青白い肌に銀色の髪、血のように赤い瞳。

 

 瞳孔は人間のそれではなくて、猫のような縦長の形をしていた。

 

「え、いや、あの――」

 

 山田氏は現状が把握できずに、何度も目をこすり、頭を振る。

 夢かもしれない。いや、幻覚か。

 

 そう思うのだが、どれだけ経っても周りの景色は変わらない。

 

「まず、名を聞こう」

 

 少女は傲然(ごうぜん)とした態度で山田氏に言った。

 

「山田、五郎」

 

 わけのわからない圧迫感に押されて、山田氏はとりあえず名乗った。

 

「ふむ、けっこう。では早速に行ってもらおうか」

 

「はあ? ちょ、ちょっと……」

 

 勝手に満足した様子でうなずいた少女は、何やら話を進めようとしている。

 

「なんだ?」

 

「何だって……そもそも、ここはどこで……」

 

「どこでもない。面接用に用意しただけの簡易魔法空間だ」

 

「は?」

 

 少女の口から(つむ)がれた何やら痛々しい単語に、山田氏は瞠目(どうもく)する。

 

「ここがどこかなぞどうでも良い。こっちは仕事さえしてくれれば良いのだ」

 

「仕事」

 

「お前はその面接にきたのだろう」

 

「いや、そんなおぼえは……」

 

「これに見覚えは?」

 

 戸惑う山田氏の前に、一枚の紙がすっと現れた。

 その紙片は空中に浮遊して、微動だにしない。

 

 紙面にはこうある、

 

『急募! 異世界転生してチートするだけの簡単なお仕事です』

 

 と。

 

「いや、それは……」

 

 ちょっとした冗談で、言いかけて山田氏は沈黙した。

 少女の放つ、得体の知れない赤い視線に屈したからだ。

 

「ともかくお前が最初の応募者だ。こっちも贅沢は言わん。すぐに行け」

 

「行くって、どこに」

 

「ここに書いてあるだろう。お前ら風に言えば、【異世界】だ」

 

 少女は紙面の文字を指して、くつくつと猫のような笑みを浮かべた。

 

「安心しろ、衣食住は保証してやる。給金も弾むぞ」

 

「いや、しかし」

 

「ではな」

 

 山田氏が何とか反論を試みようとした矢先、少女はついと指を突き出し、振った。

 

「う――」

 

 その途端、山田氏は視界が真っ黒になり、がくりと崩れ落ちる。

 

 どくん、と嫌な音を聞いたの最後に、山田氏の意識自体も真っ黒に染まった。

 

「ではな。期待しているぞ」

 

 最後に聞こえたのは、銀の少女の笑いを含んだ声だけで。

 

 

 …………。

 

 

 山田氏にしてみれば、まさに直後のことだった。

 耳も目もまともに働かず、立ち上がることさえできない。

 

 そんな感覚と同時に、泣き声をあげている赤ん坊を上から見おろしている。

 赤ん坊と山田氏の体は半透明のロープのようなものでつながっていた。

 

「何だこれ……!」

 

 山田氏は半透明の状態で宙に浮きながら叫ぶ。だが、それに反応する者はない。

 部屋にいる数人の人々はみんな忙しそうに動き回っている。

 

 何か言っているようだが、言葉は理解できなかった。

 日本人ではない、何となく白人っぽい人々。

 

 それはともかく、出産という吉事の場であるのにみんな深刻な表情だ。

 いや、それだけ真剣であるということなのか。

 

 どうも判断に迷うおかしな雰囲気だった。

 赤ん坊が産湯につかると、お湯の暖かさが山田氏にも伝わってくる。

 

 どうやら赤ん坊と山田氏はつながっているようだった。

 

「ひょっとして、これが異世界転生……?」

 

 見知らぬ場所と人々を見おろしながら、山田氏はつぶやいた。

 やがて母乳を初めて口にする感覚が伝わってくる。

 

 どうやらその赤ん坊こそ、山田氏の転生先のようだ。

 

「しかし、何でこんなけったいな状態に……?」

 

 頭を抱えてつぶやく山田氏だが、やっぱり誰にもその声は聞こえない。

 呆然としながらも、どこか冷めた感覚で人々の様子を観察する。

 

 みんな貧しい身なりをした、貧相な顔つきをしていた。

 だが、この見知らぬ異世界人のもとで新たな生を始めねばならないのだ……。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その02、五歳になって

 

 

 

 

 (またた)く間に時は流れていき、山田氏が転生して五年となった。

 

 最初の頃、山田氏の魂は半分幽体離脱状態だったのだが、成長に伴い肉体と同化していき、現在ではほとんど一体化している。

 

 ただ、寝ている時などにちょくちょく魂が抜け出てしまうこともあったが。

 それでも、肉体とはしっかりとラインで結ばれており、ちぎれることはなかった。

 

「ゴロー、ちょっと来て手伝いな」

 

 幼児らしく道端で遊んでいるところへ、母親が声をかけてくる。

 しょうがないので、遊びを中断して家の手伝いに。

 

(けど、これがチート待遇なのかねえ……?)

 

 母の言うまま水を()んだり、畑の麦を踏んだりしながら山田氏は思う。

 確かに衣食住は保証されている。一応だが。

 

 しかし、日本のそれと比べると圧倒的に低い生活水準。

 ろくなものは食べられない、入浴する習慣もない。着の身着のままの毎日。

 

 かといって村全体がそんなレベルで、山田氏が格別ひどいわけではない。

 野獣だのモンスターだのが襲撃してこないだけマシというものか。

 

「あんたは恵まれてるよ」

 

 何かにつけて母親はそう言う。

 

 それはある意味でその通りなのかもしれない。

 

 他の子供が鼻水を垂らし、病気などであっさり死んでいく中で――

 山田氏ことゴローはとにかく健康で、生まれてこのかた病気知らず。

 

 視力も聴力も良いし、口の中には虫歯一本ない。

 健康こそ何よりの財産、と考えれば十分チートで恵まれているのだろう。

 

 その上前世の記憶なんぞもあるので、妙に早熟な子と見られている。

 正直なところ敬遠されがちで友達はいない。

 

 というか、今現在も母親の手伝いにこき使われている最中で遊ぶ暇などなかった。

 ま、そのへんは他の子供も似たようなものなのだが、五歳という年齢でゴローほど親の用をちゃんとできる子供はいないのだった。

 

 普通に考えるとゴローが異常なのだが、貧しい山村という環境のためかそのへんを理解する人間はあまりいないのである。

 

「あんたンとこの息子は聞き分け良くっていいねえ」

 

「こせこせとませてるだけさ」

 

 ゴローが手伝いをしている横で母は近所のおばさん連中とおしゃべりをする。

 

(ガキに働かせて無駄話なんかするな、おばはん……)

 

 ゴローは心中そう思いながら用事をこなしていく。

 

 実のところ体力面で五歳児離れしているのだが、別に怪力を発揮したり空高く跳躍したりと目立つことをするわけでもないので、気づかれない。

 

 ただ、頑丈で健康というお墨付きだけはちょうだいしている。

 

(そういえば病気だけじゃなくってケガもあんまないな)

 

 転んですり傷などをおうこと自体が少ないし、ケガをしてもその回復は常人よりもずうっと早いのだった。

 

(これで老けにくくて、長生きだったら……この世界じゃチートってことかあ)

 

 生活環境のせいか子供の死亡率だけではなく、長生きする老人も少ない。

 ついこないだ病死した近所のばあさんも六十半ばだったが長生きだったと言われている。

 

(しかし、こんなとこで長生きしてもなんだかなあ……)

 

 娯楽はないし、ただただ黙々働くだけの毎日だ。

 家の貧しさを考えると結婚できるのかどうかも怪しい。

 

 村を捨てて都会に出ていこうという人間も多いのだ。

 もっとも、都会でも人並に暮らせる保証はないらしいが。

 

 

 何だかんだで用事を片付け、その日も質素な食事を終えて就寝となる。

 五歳児という肉体のためか、ゴローの眠りは早く深い。

 

 (かび)臭いベッドに潜りこんだ後は、あっという間に寝息を立てている。

 しかしながら、これでも尋常ならざる転生者。

 

 他の人間にはない特技というか、体質もあるのだ。

 それは就寝後の幽体離脱である。

 

 幼児の肉体から魂だけとなった山田氏がふわりと浮き上がり、散策を始めた。

 この状態だと闇夜も昼間以上にものが見え、聞こえる。

 

 ちょくちょく両親の夜の営みを目撃してしまうこともあるのが、玉に(きず)だ。

 最近では注意して見聞きしないようにしているのだが。

 

 幽体離脱したところで魂の尻尾というか紐はしっかりと肉体と結びついている。

 うっかりそのまま死亡するのは御免なので、そのへんは確認を怠らない。

 

 しかし、幽体離脱したからといって特に見るものがあるでもなかった。

 あまり遠くに行けるわけではないので、村の様子だの近くの森も見れない。

 

 最近ではこの状態になるのが億劫(おっくう)になることも多かった。

 何せ魂状態だと眠ることもできないのだ。

 

 しょうがないので前世のことを思い出してみたり、家の周辺をウロウロするくらい。

 それなら肉体に戻ればいいのだろうが、いざそうすると今度は体ごと目を覚ます。

 

 どうにも不自由な具合なのだった。

 この夜もそんな風に過ごすのかと、山田氏ことゴローがウンザリしていると――

 

 ヒソヒソと両親の話す声が聞こえてきた。

 最初は夜のスキンシップかと思ったが、どうもそんな様子ではない。

 

 何となく気になって、ドアを抜け、壁を抜けて両親のもとに行ってみる。

 部屋ではランプの灯りの下、父と母が深刻な顔で話をしていた。

 

「……どうするったって、おろすしかないだろう」

 

「……でも」

 

「うちじゃこれ以上子供を養えないぜ。諦めろよ……な?」

 

「男にはわからないよ、この気持ちは……!」

 

 どうやらゴローの弟か妹ができたらしいが、この貧しい山村ではめでたくもあり、しかしてめでたくもない出来事だった。

 

 その理由は両親の会話で十分説明されている。 

 

「ゴローをどこか奉公に出せば……」

 

「おいおい……あいつはまだ五歳だぞ。どこも雇ってくれるもんか」

 

「けど……」

 

「それとも人買いにでも売るか? 次の子供を育てるために?」

 

 明らかに疲れの見える父の声に、母も沈黙した。

 

「もう寝よう。明日は前の畑を耕さないと……」

 

 両親が寝てしまった後、ゴローは魂のまま外に出ていった。

 ボロ家の前には、この家の唯一の財産とも言える畑がある。

 

 耕運機など存在しないこの世界では、畑一つでもけっこうな労力がいる。

 

「何とかならんもんかなあ……」

 

 浮遊したままゴローこと山田氏は考え込む。

 何か、労働を軽くできるような道具でもあればいいのだが。

 

 そんなことを考えた時、パチンと頭の奥で何かが弾けたような。

 何かの図面らしきものが、一瞬脳裏をよぎった気がした。

 

「簡易ゴーレム?」

 

 突然入り込んできた図面と文字に、ゴローはつぶやいた。

 簡易ゴーレム製作魔法。

 

 その『情報』を心のうちで反芻(はんすう)しながら、ゴローは無意識に両手をかざす。

 何か力強いものが迸るような感触の中、淡い光が一瞬月下の村に灯る。

 

 一瞬後、地面の土が盛り上がって人型となっていた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その03、魔法炸裂、初チート!

 

 

 

 

「ナンダ、コレは……」

 

 地面から出現した人型の土塊(どかい)を見て、魂だけのゴローは目を丸くした。

 首のない、とりあえず頭部らしきものを持った人型は、ただそこに立っている。

 

 ――ゴーレム。

 

 頭のどこかで答えが浮かび上がった。

 

「……歩け」

 

 どうやら自分が出現させたらしい人型に、とりあえ命令を出す。

 すぐに土人形はピョコピョコと動き始めた。

 

 改めて見ると、その大きさは標準的な成人男性程度。目鼻というか顔はない。

 

「……畑を耕せ」

 

 ふと思いついて、次の命令を発する。

 土人形は屈みこみ、土の手で地面を掘り返し始めた。

 

「ひょっとして、これ使える?」

 

 しばらくゴーレムの労働を見ていたゴローはつぶやく。

 今直面している問題に、こいつは大きく貢献してくれるのではないか。

 

「それにしてもこれは何だろう……」

 

 自分がいきなり使えてしまった魔法のような力は。

 ゴローは魂の状態で首をひねって考え込んだ。

 

 ――他の物体や生物に魔力を付与し、ゴーレムや使い魔を生み出す魔法。

 

 その途端に頭に浮かぶ答え。

 

「うううむ……」

 

 もしやするとこれは、あの銀髪に赤い瞳をした少女の仕業ではないか。

 

 そうゴローは思う。

 

 ――魔女の女王の得意とする魔法の一つ。

 

 またも答えはすぐに浮かんだ。

 何だか、インターネットで検索したような感触だ。

 

(あいつは魔女だったのか……。しかも女王って……)

 

 彼がまだ山田氏であった頃、突然移動してしまった白い空間。

 そこにいた奇妙な少女の突き出した紙。

 

 『急募! 異世界転生してチートするだけの簡単なお仕事です』

 

 あの文章通り、山田氏は異世界でゴローとして生まれ変わった。

 どういうわけか名前は転生前と同じで、今の環境では珍名である。

 

「すると俺はこの五年、まじめに仕事をしていたわけか……」

 

 そんなことをつぶやき、ゴローは何故かひどく虚しい気分になる。

 

 ゴローは嫌な気分を払拭(ふっしょく)すべく、首を振って再び土ゴーレムを見た。

 観察してみるとこのゴーレム、あんまり器用には耕せないようだ。

 

「やっぱり素手だからなあ」

 

 どうせなら(くわ)でやったほうが効率的か、と考え、家の鍬を取りに行かせようとする。

 

「いや、待て」

 

 もしかすると両親が起きてくるかもしれない。

 それに、思いつくこともあったのだ。

 

「よっ……」

 

 ゴローはさっきゴーレムを作った時の感覚を思い出しながら、再度魔法を使った。

 

 ――道具生成魔法。

 

 再び脳裏を走る情報の波。

 それが通り過ぎると、下には歯も柄も鉄製の鍬が完成している。

 

 土と鉄という素材の違いか、鉄製の道具を作ると疲労感のようなものがあった。

 どうやら土から何かを作るのでも、ものによって力の消費量が違うらしい。

 

「そうなると鉄製のゴーレムなんてのはやめたほうがよさそうだなあ……」

 

 ――魔法のレベルアップ過程。

 

 

 流れる情報によると、魔力は筋肉と同じで使えば使うだけレベルアップするようだ。

 ただし限界量の魔法を使うと、ゴーレムを操ることもできなくなる。

 

「ちょっとずつ鍛えていけばいいわけか――」

 

 そのうちにゴーレムも複数操れるようになる、と情報にはある。

 しかし今はこの畑を耕すことに集中しよう。

 

 やがて。

 

 ゴーレムによって耕作が完成した後も夜明けにはまだ時間があった。

 

「こいつはおきっぱなしにはできんから……戻すか」

 

 ゴローは鉄の鍬と家屋の壁に立てかけると、ゴーレムを土に戻した。

 それから部屋まで戻って、肉体に入る。

 

 目を開けると、ずしりとした疲労感で(まぶた)が重くなった。

 疲れ果てるというほどではないが、慣れないことをしたという感覚。

 

(何事も初めては疲れるもんなんだな……)

 

 そう思いながら、ゴローはゆっくりと眼を閉じたのだった。

 

 

 かくして、翌日――

 

 いつの間にか耕された畑と、見覚えのない鉄鍬(てつぐわ)に両親は目を丸くする。

 

 後で鍬を持って村中に聞いて回ったそうだが、当然ながら持ち主は出ない。

 

 それから、毎晩のようにゴローはゴーレムを操って色んな仕事をこなした。

 後でわかったことだが、ゴーレムはその場でいちいち作ったり壊したりとするよりも、一度作ったものをどこかに隠しておくほうが良いとわかる。

 

 言うなれば作り置きしておくほうが、余計な魔力を使わずにすむのだ。

 

 さらにはゴーレムの材質。

 土で構成されたゴーレムは魔力消費も低いが、パワーも劣る。

 

 試した結果一番良いのは、岩石のゴーレムに鉄製の道具を持たせるというもの。

 石は土についで消費が低いし、パワーも申し分ない。

 

 試しに一度鉄製のゴーレムを作ってみたが、やたら魔力を使うのでよろしくない。

 鉄のゴーレムを一体作るより、石のゴーレムを十体使うほうが効率が良いのである。

 

 作ったゴーレムは近くの谷間に待機させておき、夜になると呼び寄せた。

 もとが岩石なので、変形させて岩場にしゃがませておくとほとんどわからないのだ。

 

 谷間はあまり動物もおらず植物もさしてはえていない。

 なので村の住民はあまり近寄らないのである。

 

 ゴローがゴーレムを働かせるようになってから、余計にそうなった。

 毎晩やってくる石人間は谷間から来る……そんな話題と共に。

 

 中には物好きもいて谷間に行くやつも出てきたりしたが、動かないゴーレムはただの岩。

 あれこれうろつき回って、結局無駄足だとぼやいて帰ってくるだけだった。

 

 そしてあっと言う間に一年がたち、ゴロー六歳の時。

 

 村は以前よりも豊かにはなっていた。

 何しろ毎晩疲れ知らずで働く石人間がたくさんいるわけだから。

 

 ゴローは最初自分のうちの仕事だけだけやっていたが、だんだんと魔法に慣れてゴーレムの操作も巧みになり、ついには複数同時に動かせるようになると――

 

「こりゃ面白いわ」

 

 かえって気分が良くなって村中の仕事をさせるようになった。

 

 最初村はパニックになった。

 毎晩変なものがやってきて、黙々と働き黙々と帰っていくのだから。

 

 だが、悪いことをするわけでもなし、この村を出ていったところで行くあてもない。

 なので村人はおっかなびっくりでゴーレムの動向を見守るだけだった。

 

 けれども、案外図太いもので毎晩やってくるゴーレムにも慣れ出して、ついにはその夜して欲しい仕事を用意して寝るようになっていく……。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その04、怪しい者たち

 

 

 

 

「変だな」

 

 夕飯の支度を手伝いながら、ゴローはつぶやいた。

 

「何が変なんだい?」

 

「いや何でもない」

 

 そばにいた母親を誤魔化し、ゴローは思考に戻った。

 ゴーレムには便利な点がある。

 

 それは一度作ったものはどんな遠距離であっても自由に使えること。

 行動させるのには魔力を使うが、そう大した量ではない。

 

 次にゴーレムを使うと、その周辺の出来事がある程度わかること。

 ただ、見えたり、聞こえたりと感覚を共有しているという感じではない。

 

 そもそもゴーレムには目も鼻もありはしないのだ。

 ただ、わかるとするのがもっとも適当な気がする。

 

 その時ゴローは、母親の手伝いをしながら小型の土ゴーレムを操っていた。

 何をさせるわけでもない。ただ森や谷間を徘徊させるだけである。

 

 そうするとゴーレム周辺のこともわかるので、ちょっと面白いのだ。

 ちょうどラジオやテレビをつけながら作業をするようなものだろうか。

 

 だが森の深部を移動させている時、ゴーレムの近くに何かがいた。

 動物ではない。人間のようだ。

 

 変だな、とゴローがつぶやいた時には、ゴーレムはそばの木陰にうずくまった。

 その近くを、見慣れない人間が数人走っていくのがわかる。

 

 村の人間ではないし、行商人という風体でもなかった。

 そも、この辺は貧しい山村ばかりで、開かれた都市部には遠い。

 

 旅人なんてものはあまり通りかからないのだ。

 

 革製の粗末な鎧をつけ、無精ひげだらけの眼をギラギラさせた男たち。

 男たちの腰には山刀や手斧だの物騒なものがぶら下がっている。

 

(こりゃあまさか……)

 

 ゴローは胸中に嫌なモノをおぼえながら、ゴーレムを通して男たちの声を探った。

 

「どうだった?」

 

「金はなさそうだ」

 

「しかし、食い物はある……」

 

「それだけで上等だよ」

 

 話し合う男たちの瞳には、飢えた獣のような光がある。

 

「食い物……」

 

「ちょいと、つまみ食いなんかするんじゃないよ!」

 

 つぶやいたゴローの声に、母親が鋭く反応した。

 その手にはまだ生まれて間もない赤ん坊をしっかりと抱いている。

 

 ゴーレムの働きによって村全体に余裕ができたため、きちんと出産できた子供だ。

 

「いや、そうじゃなくって」

 

 火加減を見ていた夕飯のスープに目をやった後、ゴローは首を振る。

 

「このへんは飢饉とかそんなのがあったっけ?」

 

「ああ。今年は作物の出来が良くなかったからねえ」

 

 ゴローにとっては妹になる赤ん坊をあやしながら、母親は首をひねった。

 

「でも、他の村じゃ子供を売ったりしたところもあったそうだよ。飢え死にした者がいる村もあったとかなかったとか」

 

「ふーん……」

 

 それを聞きながら、ゴローは考える。

 

 どうやらこの村を狙っている盗賊だか山賊だかがいるようだ。

 しかし、感じからして本職というよりも急ごしらえみたいにも思える。

 

 飢えた農民がせっぱつまって、というところか。

 

「でも、その分税も安くなってたそうだけどねえ。うちの村は余裕があったからあまり変わらなかったけど」

 

「え。そうなの?」

 

「そうさ。蓄えがあるのも良し悪しなのかねえ? おう、よしよし」

 

 答えた後、母親は少しぐずり出した妹をあやす。

 

(……ってことは、こいつらは近くの村の人間じゃあないのか)

 

 ゴローはゴーレムに監視をさせたまま、うーむ……とうなる。

 

(盗賊ってのも早合点かも。いや、でもなあ……)

 

 現代日本と違って、殺人も犯罪もわりとよく起こる環境である。

 命の値段そのものも安い。

 

 何かあってはならずと、ゴローは至急にゴーレムたちに召集をかけた。

 谷間でゴソゴソと動き出す石人間たち。

 

 ズシズシと重たい足音共に村目指して行進を開始するのだった。

 

(しかし、間に合わないかもしれない……)

 

 監視している盗賊たちの様子からして、行動を起こすのは早そうである。

 むん、と精神を集中して村の周辺に土ゴーレムを作ろうと試みた。

 

 だが、これがうまくいかない。

 土に送り込む魔法力の流れが、どうしてもうまく制御できないのだ。

 

 ちゃんとした形になる前に霧散して、大気に散っていってしまう。

 

「母さん。ちょっとごめん」

 

 ゴローは立ち上がり、走り出す。

 

「ちょっと、ごはんの用意ほっぽりだしてどこいくんだい!」

 

「おしっこ!」

 

「もう、汚いねえ……!」

 

(そのうち夕飯どころじゃなくなるかもしれないんだよ)

 

 呆れ顔な母親の声を背中で聞きながら、ゴローは村はずれまで急ぐ。

 人目のないことを確認した後、いつもの要領で土ゴーレムを作り上げた。

 

 急ごしらえのせいか出来が良くないが、それでも一番最初に造ったものよりも完成度が高いようである。

 連続して十体以上作り上げ、周辺が穴ぼこだらけになってしまう。

 

「よし、行け」

 

 命令をくだすとゴーレムたちは機敏に動き出す。

 こうなればもう離れていても大丈夫だ。

 

 谷間の石ゴーレムたちが到着するまで時間がかかりそうである。

 何かあればこのゴーレムらに村を守らせて、時間を稼ぐ算段だ。

 

「じゃ、後はまかせたぞ」

 

 小さな声で言った後、もう一度周辺を確認してからゴローは引き返す。

 

「ウシャシャシャシャ」

 

 その時、走るゴローの耳にいきなり妙ちきりんな声が響いた。

 

「は?」

 

 思わず立ち止まるが、周りには誰もいない。

 ゴーレムたちの近くにもそれらしい者はいないようである。

 

「気のせい……」

 

「ウシャシャシャシャ」

 

 また足を進めようとした途端、再び響いた。

 そして、ゴローの目の前にボウン、と煙のようなものが噴き上がる。

 

「うぐ……!」

 

 たまらず顔をかばうゴローの視界に、何か人型のものが怪しく映った。

 

「お前さんが主のアレかい。マヌケそうな魂してやがるねえ」

 

 嘲笑をあげながら、何か小さなモノがふわふわと浮いていた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その05、使い魔現る

 

 

 

 

(何だ、こいつは――)

 

 ゴローは目を見張った。

 

 小悪魔。

 そう表現するのがぴったりの存在が目の前にいる。

 

 背にはコウモリのような赤黒い翼。銀色の髪に黒い眼、赤い瞳。とがった耳。

 頭には小さな角。臀部(でんぶ)にはえる尻尾には(やじり)型の突起がついている。

 

「ウシャシャ、驚いて声もでないかいボンクラ」 

 

 そいつは毒舌を吐きながら、音もなくゴローの周辺を飛び回った。

 

「ななな……」

 

「うるせいな。お前は猫か」

 

 ボワンと音がして、その小さなモノはゴローよりも大きくなる。

 そうなってわかったことだが、見た目は十四、五ぐらいの少女だった。

 

 さらに、その赤い瞳は猫のような縦長の形状をしている。

 

「あ、おんなじだ……」

 

 ゴローこと山田氏を転生させた、あの魔女とそっくりなのである。

 

「ふん。気づいたかい」

 

 言って、小悪魔は手の平に乗りそうなミニサイズに戻る。

 

「ひょっとして、お前はあの魔法少女の……」

 

 魔女という表現がちょっと(はばか)られたので、そんな風にゴローは言う。

 

「うちはあのかたの使い魔、インペットである」

 

 可愛い小悪魔は胸をそらして自慢げに言ったのだった。

 

「ぺっと……?」

 

「インペット! インプとも言うかな」

 

 小悪魔は声を荒げて訂正する。

 

「うちらはあのかたの魔力から分離させて生み出された存在だ。それゆえあのかたの目や耳を代理することもあるのだ」

 

「つまり、あんたの見聞きするものがあの……人にも伝わると」

 

「左様さ。ま、お前が操るゴーレムと近い感じでもあろうかな」

 

「なるほど……」

 

 わかりやすい、とゴローはうなずく。

 

「それで、その使い魔さんが一体何でいきなり突然……」

 

「別に今になって突然出てきたわけではないぞ」

 

 と、ゴローの言葉を否定する使い魔。

 

「うちは今までずっとおまえの近くにいたのだ。ただ、特にイベントも起きないし必要もないので顔を見せなかっただけだ」

 

「……てことは、今必要になったと?」

 

「そうだ。お前も気づいているだろうが、もうすぐこの村を盗賊どもが襲うぞ」

 

「やっぱり」

 

 ゴローはうなずき、ゴーレムたちの周辺を確認する。

 さっき作った土ゴーレムはまだ接触していないが、監視に使っているミニゴーレム周辺では胡散臭い連中が数を増しているのだった。

 

「一体何であんなのが寄ってきたんだろ。盗賊なんか話でしか聞いたことなかったのに」

 

「そりゃお前のせいだろ。ゴーレムのおかげで暮らしが豊かになったので、噂を聞いた連中がハエみたいに集まってきたんだ」

 

「あああ……」

 

 納得するゴローだが、はいそうですかと受け入られる事態ではない。

 

「何とかせんと……。しかし、どうしたもんか」

 

「簡単だよ」

 

 小悪魔は笑う。

 

「さっさとゴーレムたちにあいつらを始末させろ」

 

「始末って……」

 

「殺せってことさ」

 

「そんなバカな!」

 

 あまりな意見に、ゴローは思わず叫ぶ。

 いきなり殺人を要求されるなど冗談ではなかった。

 

 この世界で数年生きてきたが、日本よりも命は軽いが、それでも殺人は罪だ。それを(すす)めるなど非常識である。

 

「しかし、奴らは食い詰めてヤケクソにもなっているしな。ほっとくと何をするかわからん。ああいうのはなまじやり慣れていないから、やることも無茶だぞ」

 

「う……む」

 

 確かに貧困者が強盗になることもよくある話だった。

 しかし、それでもじゃあ殺して良いというわけでもない。

 

「そういうことは官憲に……」

 

 言いかけてゴローは虚しく口を閉じた。

 確かにそのような職種というか役割を持った人間はいるが、現代日本ではない。

 

 土地をおさめる領主も、そのへんはかなり雑に扱っている。

 

「褒められはせんが、それで咎められもせんぞ。正当防衛だ」

 

「うむむ……」

 

 確かに役人がやってきても、そんなところで片づけてしまうだろう。

 

「ついでに。あいつらはよその土地から流れてきた連中だぞ。そんな流民が悪さをして始末をされた――そんなもんじゃないか」

 

「ぐむむ……」

 

 やっぱりこいつは悪魔らしい、ゴローはうなる。

 何しろ色んな理屈をつけて殺人を推奨してくるのだから。

 

「場合によってはお前の家族も殺されるぞ」

 

「……む」

 

「あの手の連中は尻に火がついているからな。犯す殺すは当たり前だぞ」

 

 そう言われても、ゴローには決断ができない。

 

 前世では哀れな失業者であったし、現世でも単なる貧農の子供だ。

 別に戦士として育ったわけでも、殺人をするほど荒んだ環境だったわけでもない。

 

「まだうなってるだけか、ヘタレめ!」

 

 小さな使い魔は決断できないゴローを侮蔑の眼で見る。

 

「まあせいぜい下手を打って後悔しくされ」

 

「――やらずに後悔するより、やって後悔すると言うしね?」

 

 いきなり、どこからか見知らぬ澄んだ声が聞こえた。

 

 ハッとなるゴロー。使い魔も同じような表情だ。

 

「忘れていたぞ。魔法使い」

 

 使い魔は黒い翼をパタパタさせながら、ぐるりと首を動かした。

 夕闇の中に、同じく闇に溶けそう黒い装束の者が立っている。

 

 フードを目深にかぶっており、顔は見えない。

 しかし、さっきの声からすると女性であるらしかった。

 

「まだ十にもならぬ身で、人を殺める決断とは。大人でも難しいのに」

 

 フードは穏やかな声音で言いながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

「う……」

 

 妙な気配にぞくりと震え、ゴローはいつの間にか足元の土でゴーレムを作っていた。

 

「ほう、見事な。師匠もなくこれだけのことを簡単にやってのけるとは……」

 

「その手の才能だけは保証する。うちのご主人様からの授かりものさ」

 

 驚くフードに、使い魔が偉そうな態度で言う。

 こいつら、知り合いか――と、ゴローは両者の顔を交互に見るのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その06、魔法使い参上

 その06、魔法使い参上

 

 

 

「こいつはバレンシア。魔法使いだ。ゴーレムを使う」

 

 使い魔はその小さな指を黒いフードに突きつける。

 

「その小悪魔はシャグマ。異世界の魔女の使い魔、らしいわ」

 

 同じようにフードは使い魔を指し、笑みを含んだ声で言った。

 

「あの……」

 

「私が誰で、何でここに来て、どういう用件があるのか」

 

 ゴローが何か言おうとする前に、早口でフードは語る。

 

「それが気になるのもわかるけど、今はそれどころではないのでは?」

 

 言われて、ゴローは気づく。

 森の奥にいる盗賊たちが早足で動き始めていることに。

 

「あの連中が始末できるか。つまり、殺せるかということだけど」

 

「それは……」

 

 自分は難しい、とゴローは返答に窮した。

 

「では、殺さずにうまく始末をつける考えは?」

 

 これにも返答できない。

 

「適当に脅すか何かして追っ払うとか……」

 

「悪くないアイデアね。うまくいけばだけど」

 

「あ」

 

 話しているうちに、警護に回られた土ゴーレムの一体が――

 

「何だ、これ……!」

 

「土のバケモノだ……」

 

 盗賊たちの焦った声や表情が脳裏に飛び込んでくる。

 

「う……」

 

 とにかく、他のゴーレムも応援に呼ばねば。

 指令を送っているうちに、盗賊たちに動きがあった。

 

 盗賊の中でも体格の良い者が手斧を振り上げている。

 

「あわてるな、ただの土人形だ」

 

 バコン、と土ゴーレムの頭部に斧が突き立ってしまう。

 無反応のゴーレムはただそこに立っているだけ。

 

「やばっ」

 

 これに驚いたゴローは思わずゴーレムに反撃をさせた。

 土の大きな手が盗賊に張り手を食らわせる。

 

「ぎゃっ……!」

 

 盗賊はうめき声を上げてひっくり返った。

 この反撃に盗賊たちに恐怖の色が浮かぶ。

 

「……このヤロウ!」

 

 おびえた表情になって、盗賊たちは刃を振り上げてゴーレムに飛びかかる。

 ゴーレムは土の塊だから刃を突き立てられても堪えない。

 

 しかし、中には棍棒をもった奴もいて、これが効いた。

 横から一撃を食らって、片腕がもげてしまう。

 

 刃物は無駄と理解したのか、男たちは獣のような形相になり、ゴーレムを殴る蹴る。

 盗賊たちの顔が迫ってくる感覚が脳裏に走り、ゴローは思わず吐きそうになった。

 

 黄色い歯の不潔な顔が迫ってくるというのは不快極まる。

 やっているうちに興奮状態になってきたためか、盗賊たちは狂乱状態になってゴーレムへの攻撃を繰り返し続けた。

 

 客観的に見れば、それは体力を消耗させるだけの無為な行動だったが。

 

「あっ!」

 

 バカバカしい土人形への暴行は、不意に止んだ。

 盗賊たちの周辺に、いつの間にか人影ができていたせいである。

 

 土ゴーレムがボコボコにされている間、他のゴーレムたちが集まってきたのだ。

 集まったゴーレムは土製の他に岩石製のものもいる。

 

 岩石が相手では棍棒もあまり意味をなすまい。

 

「な、何なんだコレは……!」

 

 盗賊たちは肩で息をしながら、真っ青になった。

 

「何で、こんなもんがぞろぞろ出てくるんだよ!」

 

「冗談じゃねえ……!」

 

 もはや、盗賊は完全に逃げ腰になり出している。

 元がただの農民らしいからあんまり度胸も据わってないのか。

 

「びびるな、こんなもんコケオドシだ!」

 

 一人が口から泡を漏らしながらゴーレムを蹴る。

 しかし、蹴ったのが岩石製のゴーレムであったのがまずい。

 

 ぐらり。

 

 どうしたはずみか、衝撃でバランスを崩したゴーレムが、揺れた。

 

「あ」

 

 気が動転していたゴローもゴーレムの操作がおろそかになっている。

 ゴーレムが傾き、蹴った男に向かって倒れかかった。

 

「うわ!」

 

「どうしたの?」

 

「……」

 

 まあ、たちの悪い偶然だったというべきか。

 

 あるいは自業自得とでもすべきなのだろうか。

 盗賊は倒れたゴーレムの下敷きになった。

 

 そのまま、うんとすんとも言わない。即死だ。

 

「……死んじゃった」

 

「殺したの?」

 

 思うわずつぶやくゴローに、フードが尋ねかけた。

 

「いや……」

 

 とんだ事態にゴローはどうしていいかわからず、首を振るのが精一杯だった。

 

「死んじまった……」

 

「ど、どうすりゃいい」

 

「どうするって……」

 

 一方でマヌケな事故で仲間を失った盗賊たちもあわてている。

 

 お互いにオロオロと顔を見合わせた後、唐突に――

 

「やるっきゃねえ!」

 

 いきなり一人が叫び、山刀を手に走り出した。

 その方向には、ゴローたちの村がある。

 

「そうだ!」

 

「もうやるしかねえ……!」

 

 盗賊たちはわけのわからないことを叫びながら、どんどん走り出していく。

 

「何だよ、これ……」

 

 その祭りにも似た狂騒に、ゴローは呆然としてゴーレムを操ることも忘れてしまう。

 

「何が起こってるの?」

 

「あいつら、ここに来る……」

 

 フードの問いにゴローは顔を青くして答えた。

 今さらながら、殺意・害意を持った連中が迫っていることを自覚したのだ。

 

 それまではゴーレム越しで、どこか非現実的で、他人事だったかもしれない。

 

「仲間が死んでプッツンしたか。なるほど」

 

 事情を飲み込んだらしい使い魔シャグマはウシャシャ、と笑う。

 それで、どうする? と、静かだが厳しい声でフードが言うのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その07、チートするにも……

 

 

 

「と、止めないと……!」

 

 そう叫んだ時には、ゴローはゴーレムを走らせていた。

 目標はもちろん走る盗賊たちだ。

 

 しかし、ゴーレムは基本どれも鈍足である。

 特に岩石ゴーレムはズシズシとうるさいばかりで、なかなか進まない。

 

 材質や形状のせいもあるが、操り手であるゴローが完全に気が動転している。

 これでは思うようにいかなくて当然だった。

 

 しかし、事態はさらに悪い方向に進む。

 

「うぎゃあーーー!」

 

 追われていることに気づいた盗賊たちがさらに狂乱したのである。

 声もなく追ってくるゴーレムの群れに、ただでさえ興奮していた盗賊たちは完全に錯乱してしまい、無茶苦茶に走り出す。

 

 こうなると疲労も何もあったものではなかった。

 中には樹木にぶつかって転倒する者もいたが、それでも止まらない。

 

 あわてて立ち上がり、這うようにして再び走り出すのだ。

 

「やばい、やばい、やばい……!」

 

 ゴローは辺りを見回しながら、ガクガクと震える。

 とにかく盗賊たちを捕まえたいのだが、ゴーレムは追いつけない。

 

 今まではとにかく力仕事・野良仕事に従事させるばかりだったから、走ったり跳ねたりするような事態はまったくの未経験だった。

 だからこうも無様に後れを取る。

 

「下手を打ったらしいなあ」

 

 煩悶するゴローを、小悪魔のシャグマは面白そうに見ている。

 

「な、何とかならないか……!」

 

「知らん」

 

 シャグマの態度は冷淡である。

 知恵を絞れば対策はまだありそうなものだが、混乱しているゴローはただ狼狽えるだけ。

 

 はあっ、というため息が漏れたのはその直後だった。

 

「しょうがない――まさか来て早々こんなことになるとは……」

 

 フードの女は疲れた声で言うと、すっと小さな杖を取り出す。

 ちょうどタクトのような形状をした、細く小さなもの。

 

 フードが小さく呪文を唱え、杖を一振りする。

 途端に周辺の地面から土が盛り上がり、四足獣型のゴーレムが生み出された。

 

 数は十数体。

 

「行け」

 

 フードの声を受けて、ゴーレムたちは森の方向に向かって走り出す。

 それからフードはゴローに近づくと、

 

「落ちつきなさい」

 

 一声叫んで、その頬を軽く打った。

 

「あ……」

 

 そのショックにゴローは何とか気を取り直し、目を白黒させる。

 

「魔力の質は最高だが、心構えがなってないわ」

 

「……すいません」

 

 言われて、ゴローはうなだれるしかない。

 ゴーレムを好きに作り、操れるというチートがあるので何かあっても何とかなるだろう、と高をくくっていた。

 

 しかし、いざ現実の事態に直面するとあわてるばかりで何もできない。

 これではチートがあっても意味がなかった。

 

 やれんなあ、と自己嫌悪に(さいな)まれながらゴローは暗い気分になる。

 

「しかし、まあ。それでこそ鍛えがいもあるというものかしら――」

 

 わずかに笑みを含んだ声で、フードは首をかしげた。

 

「……そういえば、あなた一体」

 

「それはまずあなたのご両親に」

 

 と、フードが何か言いかけた時である。

 

「こらあっ!」

 

 怒声が響いて、無意識にゴローが首をすくませた。

 

「母ちゃんの手伝いを放り出して、いつまで小便してるつもりだ!」

 

 見ると父親が拳を振り上げてこっちにやってくる。

 

(そういや、飯の支度、途中で抜けてきたんだっけ……)

 

 思い出し、まずかったなとゴローは頭をかいた。

 

「……何だ、あんた?」

 

 息子を追ってきた父は見慣れぬ者がそばにいることに気づき、警戒心も露わに言った。

 小悪魔使い魔のシャグマは、いつの間にか姿を消している。

 

 ゴローは父親にどう対応していいのかわからず、口をつぐんだ。

 

「失礼。この子のお父様、ですね?」

 

 フードは丁寧な態度で頭を下げると、そのフードを取った。

 

「あ」

 

「あれ」

 

 どちらが父で、どちらがゴローだったろうか。

 とにもかくにも、親子の男がそろって呆けたことは確かだった。

 

 フードを取ったその顔は、輝く月のような美貌である。

 黒曜石のような切れ長の瞳。同じく夜の闇を溶かしたような黒髪。

 

 白い、しみ一つない肌。不思議な赤さを持った唇。

 そして、長く伸びた両の耳。

 

「エルフ――」

 

 思わずゴローはつぶやく。

 そのような人以外の種族も存在するらしい、とは聞いていた。

 

 しかし、こんな神がかった美貌を持つ者がいきなり現れるとは。

 

「いかにも、私は流浪のエルフ族で、名をバレンシアと言います」

 

 エルフは名乗って、微かに微笑んだ。

 思わず魅入られそうな、美しくも怪しい輝きを放つ微笑だった。

 

「そりゃあ見ればわかるが……旅の人が何の用で?」

 

 父親はキョトキョトと落ちつかない顔色で言った。

 

「あっさり言わせていただきましょう。あなたの息子さんが欲しいのです」

 

「はあっ? こいつを?」

 

「そうです」

 

 バレンシアはうなずき、すっとゴローを見た。

 思わず背筋に冷たいものが走り、気が遠くなるゴロー。

 

「人買い……ってわけでもなさそうだが……」

 

「もちろん、そういう(たぐい)の者ではありません」

 

「こんなの引き取ってどうする気だい」 

 

「そうですね……。いえ、もう日も暮れますし、明日にまた出直しましょう」

 

 言いながら、バレンシアは静かに背中を向けるのだった。

 

「しかし、決して悪いようにはいたしません」

 

 念を押すように言って、黒髪のエルフは森の中に消えていく。

 

「……何だ、ありゃ」

 

「さあ……?」

 

 首を振りながら、ゴローはゴーレムの近くにあるものを探る。

 薄暗い森の中、大勢の男たちが縛られ、引きずられていく姿を確認できた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その08、旅立ちの日

 

 

 

 

「簡単に申しますと、ご子息を私の弟子にいただきたいのです」

 

「弟子って、魔法使いのかい」

 

 ええ、とうなずく美貌のエルフに母親は胡散臭そうな顔をした。

 

 ゴローの家の中。

 親子四人がそろい、エルフのバレンシアと対峙していた。

 

 父親はどこかソワソワしているが、母親はわりとどっしり構えている。

 

「そりゃ昔から妙なとこのある子だとは思ってたけどさあ……」

 

 母は妹を抱きながら、困った顔だった。

 

「これでも男の子だしさ、将来の働き手なんだよねえ」

 

「けど悪い話じゃないぜ」

 

 そう言う父親の視線は、机に置かれたものに注がれていた。

 やや大きめの、ずっしりと重そうな革袋だ。

 

 中には金銀の硬貨がぎっしりと詰まっている。

 

「そうかもしれないけどさあ……」

 

 チラリと母は探るような視線で革袋を見た。

 

(ああ)

 

 母の視線にゴローは納得した。

 どうやら母もすでに腹は決まっているらしい。

 

 しかし、もう少し粘れば貰えるモノも増えると考えているようだ。

 そのへんが父よりも聡いというべきか、欲深いとすべきか。

 

「そうですか……」

 

 残念そうにバレンシアはため息をついた。

 

「やはり、お金で家族を渡せなどというほうが無理な話ですね」

 

「え!」

 

 これに驚きの声をあげたのは父だった。

 

「よくわかりました。諦めましょう」

 

 そう言ってバレンシアはその白い指を革袋に伸ばした。

 

「お待ちよ……!」

 

 母が金切り声をあげ、恐ろしい速さで革袋をつかんだ。

 

「…………」

 

「いや、そう結論を急ぐもんじゃないよ……」

 

 つかんだ後であわてて取り(つくろ)う母だったが、いささか手遅れである。

 

 後はいちいち説明するまでもない。

 ゴローはバレンシアに引き取られることが決まり、その代価として革袋につまる金貨銀貨が両親のものとなった。

 

「なるべく早く修行を開始したいので」

 

 かくして、バレンシアはいつの間にか用意した馬にゴローを乗せた。

 それから身軽な動作で自身も馬に飛び乗る。

 

 重力を感じさせない、舞うような動きだった。

 

「じゃあ、がんばって魔法使いになるんだよ」

 

「家のことは心配すんな。元気でやれ」

 

 どこかおざなりな見送りを受けながら、ゴローは生まれた村を後にしたのだった。

 

「メハジ村――」

 

 小さくなりつつある村を振り返りながら、ふとゴローはつぶやく。

 村の名前だが、聞いたことは何度もあるけど口にしたのは、

 

(これが最初な気がする……)

 

「寂しい?」

 

 手綱を握りながら、バレンシアが言った。

 これにどう答えていいのか、ゴローは迷う。

 

 答え自体は即答できそうなのだが、それを口にするのが(はばか)られた。

 

「あんまり」 

 

 やや時間がすぎてから、ゴローは投げやりな口調で言った。

 

「そうでしょうね。そんな顔をしているわ」

 

「一応生まれ育って、思い入れもあるはずなんだけど……」

 

 今ひとつ熱というものが発しない。

 

 それは両親、家族に対してもそうだった。

 恩も義理も感じてはいるけど、どこか他人のように感じられる。

 

 妙に、さめているのだ。

 この感覚は、転生直後にまだ魂が肉体に馴染んでいなかった頃からずっとある。

 

 自分がゴロンとした異物であるという奇妙な実感。

 村では特別にいじめられたり、目の(かたき)にされたことはない。格別に印象に残るような思い出というやつもなかった。

 

 何となく、他人と自分に見えない膜のようなものがある。

 それよりも、今こうして村を出てきた現状のほうが、

 

(自分がこの世に生まれたって実感できるような……)

 

 妙な気分なのだった。

 

「どういう気持ちがわからないけど、村はちゃんと見ておくべきかもね」

 

 バレンシアがそう言った。

「これで見納めになるかもしれないのだから」

 

「……それって修行で死ぬかもしれないってことですか?」

 

「は?」

 

 ギョッとした聞き返したゴローに、バレンシアは意外そうな顔をする。

 

「それはないと思うけど。第一こっちが困るもの」

 

「じゃあ……」

 

「先行きが不安な時代だからね」

 

「どうも意味がよく……」

 

「こないだの盗賊、いえ、盗賊になった元貧農のことを思い出してみなさい」

 

「ああ。あれって結局どうなったんですか?」

 

「ゴーレムで捕まえて役人に突き出しておいたわ。いえ、そんなことはどうでも良くって」

 

 ごほん、とバレンシアは咳払いをする。

 

「あいつらはよその領内から逃げ出して、盗賊に身を落としたらしいの。そういう人間が近頃増え始めているのよねえ」

 

「不景気ってことですか」

 

「ええ。作物の不作が続いているし、王様たちもおかしなことになっているわ」

 

 少し離れた国では戦争も起こったようだしね、とバレンシアは付け足した。

 そんな話を聞いて、ゴローは再び離れていく村を見返す。

 

 やはり、貧相で凡庸な田舎の農村だった。

 だが、これで果たして良かったのか……という葛藤も起こる。

 

(自分がいなくなるってことは……ゴーレムの労働力がなくなるってことだよなあ。でも……けっこうな金は貰ったみたいだし……)

 

 あれこれ考えるが、今さらどうしようもない。

 

「よう、やっと村を出たなあ」

 

 いきなり耳元で声がしたので、ゴローは硬直する。

 気がつけば、あの使い魔にして小悪魔のシャグマがすぐ目の前に。

 

「うちのご主人様からの伝言だよ。まさかこうも能無しだとは思わなかった。このままじゃ、せっかくチートをやったのにすぐに死ぬ。せいぜい魔法使いの勉強をしろ」

 

 ということさ、と笑い、シャグマは消えるように飛んでいく。

 反論のしようのない事実を言われ、ゴローはガックリときた。

 

 馬は、ポクポクと静かに道を進み続ける。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その09、新生活は樹木の家

 

 

 

 

「ここが私の家よ」

 

 そう言ってバレンシアが指したのは、とてつもなく巨大な樹木だった。

 

 一体樹齢何年になるのだろうか。

 あちこちに苔がはえ、そのへんの木々より太い根っこが盛り上がっている。

 

 いや樹木の威容もさることながら、ゴローを驚かせたのは、

 

(ドアがある……)

 

 木の幹には、頑丈で分厚そうな木製のドアがついていることだ。

 よく見るば幹のあちこちに丸い窓のようなものも見える。

 

 バレンシアは馬からひょいとゴローをおろすと、手を取って歩き出す。

 すると、木のドアが勝手に開き、同時に中から光が漏れた。

 

 一歩入ってみると、そこはまさに別世界。

 村で住んでいた家よりもはるかに清潔で、快適そうな空間だった。

 

 外見のイメージの比べると、若干小さいような気もするが。

 よく見ると木の内部というのがわかる構造ではあるが、天井に大きなキノコのようなものがぶら下がっており、それが電灯に似た光を発しているのだ。

 

「ありゃ、何ですか……」

 

「ランプダケよ。いいでしょう、普通のランプよりもはるかに安全で明るいのよ」

 

「はあ……」

 

「特殊な方法で栽培されているもので、そこらにはえているものじゃないわ」

 

「魔法ですか」

 

「そんなところね」

 

 言ってから、バレンシアは部屋の中央にある丸いテーブルを指した。

 

「今、お茶を入れるから座って待ってなさい」

 

「あ、お茶でしたら自分が……」

 

「……お茶を入れたことがあるかしら?」

 

「……」

 

 ゴローは沈黙する。

 故郷の村ではお茶などという洒落たものはなかった。基本井戸水だ。

 

 後はせいぜい雑でパン屑っぽい味の麦酒くらいである。

 さらにゴローは幼児であるから、酒なぞ飲んだことはない。

 

 味については、いつか父親に酒の味について尋ねた時の返答である。

 それでも、未経験ですというのも(しゃく)(さわ)る気がしたので――

 

「まあ、前世でなら……」

 

「前世? あー……。あなたは前世の記憶を持っているんだったわねえ」

 

 そう言いながら、バレンシアは若草色の茶器を戸棚から取り出す。

 

「知っているんですか?」

 

「あの使い魔か――シャグマら聞いたのよ」

 

「なるほど……」

 

 聞いて納得するゴロー。

 自分を転生させた相手の部下なら、そのへんは知っていて当然かもしれない。

 

「まあ、あなたの過去に興味はないわ。あるのはその……」

 

 才能よ、とバレンシアは無駄のない動作でお茶の準備を終わらせていた。

 

「あるんですか、才能」

 

「私にわかる範囲でも、腹が立つくらいにね」

 

 す、と湯気の上がるカップをゴローの前に置き、バレンシアは目を細めた。

 ありがとうございます、と頭を下げるゴロー。

 

「そう言われてもあまり実感はないですけど」

 

「まあ、そんなものでしょうね」

 

「そもそも才能があるなんてどの分野でも言われたことないんで」

 

 前世の記憶を掘り返しつつ、ゴローは頭を掻く。

 学生時代は小学校から大学まで全て凡庸でさえないものだった。

 

 恥を言えば彼女というものすらできたことはない。

 いわゆる『初体験』は、会社の先輩に連れて行ってもらった風俗である。

 

 そのへんも、他の人間からすれば幸運なものかもしれないが。

 

「まあ、そんな感じよねえ……」

 

 お茶を飲みながらバレンシアは嘆息する。

 

「何かの才能ある人間は大抵才気みたいなものが感じられるのだけど、あなたは全然」

 

「スイマセン」

 

「とはいえ、あなた以上に魔力付与の資質を持った者もいないでしょうけど」

 

「はあ……。それで自分は一体どうすればいいばいいので?」

 

「そうね。しばらくはここで魔法使いの基本を学んでもらいましょう。それが終わってからは私の財産ともいうべき術を全て叩き込むから」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

「それは保証しかねるわ。あんまり時間もないし」

 

 と、ここでバレンシアは渋い顔をする。

 そう言われて、ゴローはゾッと背筋が寒くなった。

 

 一体どんなスパルタ教育を受けるのやら。

 

「魔法ってそんなに大変な勉強がいるんですか……」

 

「ものによるわね。まあ、あんたの場合はある程度はどうやってもできるようになるでしょうけど。でも、ある程度じゃあ困るわけよ。私がここに残す弟子としてはね」

 

「残す?」

 

「今のうちに言っておくべきなのかしら。私は近いうちに遠いところに旅立つ予定なの」

 

「え。じゃあ、修行は?」

 

「だからその前に、終わらせるつもり」

 

「終わらせるって、そんな詰込み教育でいくんですか」

 

 ゴローとしてはついていけるかどうか不安だった。

 

「ええ。できれば十年以内にね」

 

「じゅ」

 

 その言葉を聞いてゴローはお茶を噴き出しかけた。

 紅茶とジャスミン茶を混ぜたような匂いと味のお茶。

 

「えらく気の長い話ですね……」

 

 思わず本音そのものを口に出してしまうゴローだった。

 その声に、バレンシアは妙な顔をするが、

 

「ああ……。人間の感覚で言えば十年は長いほうだったわね」

 

「十年ひと昔とも言いますから……」

 

「ま、長いと感じるのならけっこう。けど少しでも早いほうがいいわ。すぐに始めましょう」

 

「すぐって。今ですか」

 

「そうよ。あなただって少しでも早く一人前になりたいでしょ」

 

「まあ、そうですが……」

 

「だったらグズグズ言わない」

 

 そう言ってバレンシアは立ち上がり、木製のコップを机にテーブルに置いた。

 

「ゴーレムが造れるのなら、魔力の操作はできるでしょう? なら、まずこのカップに魔力を付与して強化してみなさい。硬く頑丈にするの」

 

 いきなり言われるが、確かに魔力の操りかたはイメージできる。

 バレンシアの言葉に従い、コップに魔力を送り込んだ。

 

 途端、木のコップは熱せられた(もち)のように膨張し、パチンと弾け飛ぶ。

 

「魔力の出しすぎ、そのスピードも速すぎる。普通は逆になるもんだけどね。やはり魔力量はダントツだわ。となると、操作の精度ね、問題は……」

 

 失敗の結果に対し、バレンシアはニコニコと嬉しそうに言うのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その10、修行は続くよエンヤラヤ

 

 

 

 

(修行って案外地味なもんだなあ。まあ、こんなかもしれんけど――)

 

 名前も知らない森の中、ゴローはそんなことを考える。

 

「雑念があるわよ」

 

 そこに、けっこうな速度でバレンシアの拳骨が降ってきた。

 

 ゴローは現在樹木の家の前に座らされ、瞑想の途中である。

 

 まずは魔力操作の基本を覚えること。すなわち体に叩きこむこと。

 これがゴローに与えられた課題なのだった。

 

 瞑想で体に流れる魔力を感じ取り、それを無駄なく全身に巡回させる。

 それがごく自然に、さらに意識のない睡眠中でさえもできるようになること。

 

 バレンシアの言によれば、

 

「これができれば体力も自然に身につき、病気にもなりにくくなるの。野宿をしても超一級のベッドで眠ったような効果を得られるようになる! 高レベルに至ればだけどね」

 

 魔法使いというものは、研究のため山野を駆け巡り、不眠不休で過ごすことも多い。

 野に付し、山に眠ることくらい当然であるそうだ。

 

 魔力によって身を守り、疫病や暑さ寒さなどを防ぐ必要もある。

 バレンシアに言わせると、

 

「あなた、潜在魔力はバカ高いけど体にあんまり馴染んでないし、操作も不器用でドンくさいことオビタダシイワネ。下手に魔力があるだけに厄介だわ。面白くもあるけど」

 

 そして、身体、魂に宿る魔力を自覚して、針の穴を通すような精密作業をも無意識レベルでできるようになること。

 

(道は遠いのか、近いのか……)

 

 瞑想によって魔力の流れや動きはだんだんとわかるようにはなってきている。

 しかし、それを緻密に操作したり何かに付与するというのは困難だった。

 

 ゴーレムはあの魔女のサービスなのか自然と扱えるようにはなっていた。

 だが、他のことはいずれも難しい。

 

 例えるなら、巨大な重機のごときものでプラモデルを作ったり、編み物をするようなものであると言えようか。

 

(何て扱いづらい……)

 

 自分の魔力がけた外れらしい、とはわかったものの、その加減の困難さよ。

 ゴーレムを操る時の感覚を参考にしてみると、ある程度状況は好転したものの――

 

(いてえ……)

 

 気を抜くと全身に筋肉痛が走り、座ることさえできなくなりそうだ。

 魔力の循環による身体強化が行き過ぎたせいである。

 

 この筋肉痛も、

 

「魔力の操作と循環ができていない証拠。ちゃんとクリアするように」

 

 と、バレンシアからありがたい言葉をもらっている。

 ちゃんと魔力が馴染めば、痛みも自然とおさまるそうだ。

 

 そもそも魔力とは、何ぞや。

 これは魔法使いによって考えかたは異なるが、バレンシアによると、

 

「現実世界の法則に干渉できる根源的な力」

 

 なのだそうだ。

 そして、自然発生的に生じたモノでもないらしい。

 

「誰か、いつかはわからないけど、意思……もしくはそれに近しいものを持った存在が最初に魔法、そして原初の魔力とも言うべきものを生み出したんだと思うわ」

 

 それを悪魔とするか神とするか、祖霊とするかはそいつの勝手だと。

 

 とにかく、魔力は濃度や操作技術によって世界を自分の好きなように変えてしまう。

 まさしく神に通じる力と言える代物である。

 

 例えばゴローが土からゴーレムや鉄の(くわ)を作ったのもその一例だ。

 無論それは個人個人の資質によって、魔力量や操作する力は違ってくるが。

 

「究極的には世界そのものを造ったり壊したりしてしまうかもね」

 

 私にとってはまるで現実感のない話だけど、とバレンシアは語った。

 もちろんゴローにとっても同じだ。

 

 今はただ己の魔力を支配下に置くことに汲々(きゅうきゅう)としている。

 

 瞑想を続ける時間はとにかく長い。

 初日から今に至るまで半年間というもの、睡眠と食事以外はすべて瞑想だ。

 

 そのおかげか、毎日わずかながら前に進んでいる実感もあるが。

 しかし、子供の肉体であるせいか時間の経過はひどく遅い。

 

 村を出た日のことがずっと昔のように感じる。

 やがて太陽が沈み出す頃、ゴローは解放された。

 

 瞑想中に実感はなかったが、そこから離れた途端筋肉痛と精神的な疲労が雪崩のように押し寄せてくる。潰されそうだ。

 

「この分ならもう半年もすれば、次のステップに行けそうね」 

 

 肩で息をするゴローを見ながら、バレンシアは言うのだった。

 

「はんとし!」

 

 それは今のゴローにとっては殺人的な長さに感じた。

 瞑想漬けの時間が後半年も続くのだ。

 

 ぐらり、と眩暈がしたのは精神的ショックのせいばかりではない。

 空腹も加わっていた。

 

(この世界でも、太陽は東から西に沈むんだよなあ……)

 

 暗くなる視界の中でそんなことを思いつつ、ゴローは両手を地面につける。

 

「そんなところでへばってないで、家に戻るわよ」

 

 バレンシアの声に促され、ゴローは樹木の家にヨロヨロと入っていくのだった。

 その後、しばしの休憩の後は食事の時間になるのだが。

 

「さ、それじゃ始めて?」

 

 バレンシアの声を合図に、ゴローはまだ震える手で食事の準備を開始する。

 これも初日からやらされたことだった。

 

 一応何をどうするのかは指示を出すが、基本全てゴローだけでやらされる。

 村でやって来た家事手伝いや前世での経験を踏まえればそう大した作業ではない。

 

 しかし、長時間の瞑想やら何やらで疲労困憊した身にはなかなかハード。

 そういうことも踏まえて修行なのだろうが、ある意味メインの修行よりもきつかった。

 

(……とはいえ、二人だけだし食事の用意自体はいいんだけど……)

 

 他にも保存食の作りかた、薬草の判別法など、色んな知識が詰め込まれる。

 最初はとても覚えきれないと焦ったが、何故か知識はうまく吸収できてしまう。

 

「魔力は脳みそも鍛えられるけど……これは楽で良いわね。教えるのが」

 

 ゴローの飲み込み具合にバレンシアは破顔するのだった。

 

「瞑想がクリアできたら、次は何をするんですか?」

 

 十数分後。質素だがなかなか美味な食事をとりながら、ゴローは尋ねていた。

 フランスパンを思わせる硬めのパンに、鳥の肉が入ったスープ。

 

 それに各種の野草類がここの主なメニューだ。

 前世日本に比べると全般的に薄味だが、村の食事よりはるかに良い。

 

「そうね。あなたは一応ゴーレムも作れるし、私の魔法の基礎を叩きこませてもらうわ」

 

 パンをスープに浸し、バレンシアはニッと微笑む。

 

「魔法使いも色々あるけど、私はゴーレムが専門なのよねえ」

 

「初耳ですね」

 

「言ってなかったかしら……。ああ、言ってなかったわね」

 

 マヌケな会話である。

 そう思いながらも、ゴローは一日終わりの休息を静かに味わうのだった。

 

 次の半年が過ぎた時には、ゴローは七歳だ。

 前世の年齢をプラスすると、あんまり考えたくないことだが。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その11、青い髪の乙女

 

 

 

 

 ゴローは森の中を進んでいた。

 自分の足で歩いているのではない。

 

 作ったばかりのゴーレムに乗り、ゆるゆると進んでいるのだ。

 

 季節は巡り、春。森の様子も優しくなってきている。

 様々な野草の新芽をつんで帰るのが今回の課題であった。

 

「運搬にはゴーレムを使うように」

 

 使ってもよい、ではなく『使え』というのがミソである。

 

 今までバレンシアがゴローに課した修行内容。

 それは何度も土や石ゴーレムを作っては壊し、壊しては作るの繰り返しであった。

 

「この程度のゴーレムは一瞬で十体以上作って同時操作できないとね」

 

 あと、造詣がいい加減すぎ! と、バレンシアはゴロー製のゴーレムを批評した。

 

「ゴーレムはただ人間を真似ていればいいってものじゃない。作り物の利点も兼ね備えてこそ意味があるの。ほら、ここの造作が甘い。これじゃ鈍足になるわけだわ……」

 

 こんな具合に山盛りになった土に何度も魔法をかけていくのだった。

 魔力そのものは余裕があっても、同じ作業の繰り返しは次第に苦痛となっていく。

 

 しかし、そうなってきて初めて修業は本格化するらしい。

 一日中ゴーレムにかまける毎日で、しまいには夢の中でさえゴーレム漬けだった。

 

(簡単じゃない。少なくとも全然ラクじゃない……!)

 

 ボウッとする頭でそんな愚痴を垂れながらの過酷な日々。

 それにどうにか慣れてくると、今度は違う形状のゴーレムを造らされる。

 

 四つ足で歩く獣のようなゴーレム。

 犬のようなモノ。猫に似たモノ。ネズミのような小さいモノ。

 

 これは人型と違ってかなり難しかった。

 人型は自然自分の肉体と通じることもあり、最初からイメージできる。

 

 しかし、四つ足のものはそうはいかなかった。

 どのように動かし、どのように形を成すのか。

 

 そのへんを事前に学習し、しっかりと頭に収めておかねばならない。

 

「動物型ができるようになれば、飛行できるものね。ま、これは難しいからちょっと先の話かしらねえ」

 

 と、笑うバレンシア。

 だが彼女の感覚で言う『ちょっと先』とは果たしてどのくらいやら。

 

 それ以前にまだ動物型ゴーレムをマスターしてもいない。

 現在乗っているゴーレムもどこかぎこちなく、オモチャっぽい造形と動作。

 

 師匠たるバレンシアのような、本物そっくりの動物型ゴーレムには到底及ばない。

 

 驚いたことに。

 

 最初にバレンシアと共に乗ってきた馬は本物ではなく、彼女が作ったゴーレムなのだ。

 そういえば臭いがしなかった気もするが、鳴き声といい感触といい――

 

 本物としか思えない……そんな代物だった。

 

「造るのにはちょっとばかり時間がかかったわ」

 

 そう言うバレンシアだったが、その時間を具体的に聞いてみると、

 

「十年よ」

 

 であった。

 

 さらに、工業製品のように大量生産できるというものでもないらしい。

 というか、バレンシアにはそういう発想自体なかったようだ。

 

 それなら普通に馬を育てたほうがはるかに確実だろう。

 

「しかし、ああいう細かそうな作業は向いてない気がするなあ……」

 

 ゴーレムから降り、新芽を探しながらゴローはつぶやく。

 

 雑に作ったゴーレムに力仕事をさせる。

 そういうもののほうが、ずっと良い。少なくとも楽だった。

 

 しかし、その作業の途中でゴローは手を止めて、その場に立ち尽くす。

 視線が静かに移動して、少し離れた木陰のあたりをさまよい出した。

 

 何かの気配を感じるのだ。

 

 魔力の渦が静かに、動いているのをゴローの感覚はキャッチしたのである。

 そういうものは、瞑想漬けの日々で鍛えられていた。

 

 だが、魔法使いは普通魔力を外に漏らさないようにする。

 余計な力が漏れだせばその分自分が弱まるし、無暗に放出された人体の魔力は外部の諸物に影響を与えてしまう。

 

 大抵は良い影響を与えずに、ろくでもないことになることが大半だとか。

 

「しかし、どうもなあ……」

 

 感じられる魔力はわずかなものだが、何かこちらを引き寄せるような感触がある。

 罠かもしれない、とゴローは思った。

 

 そう思いはしたが、結局ゴーレムを先行させるという形ながら、魔力の感じる場所へと進むことにしたのである。

 

 すると、木陰に何かがいた。しかし、動く様子はない。

 さらに接近してよく見ると、それはどうやら人間であるらしい。

 

 青い髪をした、若い女だった。

 

「何じゃこりゃ……」

 

 ゴローはゴーレムの一体を人型に変形させ、助け起こさせる。

 もしかしたら罠かも知れない、という不安もあったし、見知らぬ女性に触れることに抵抗も感じていた。

 

 助け起こした瞬間ナイフを突きつけられたり、後でチカンされたと訴えられても困る。

 

(まあ、ここは現代日本じゃないから、そんな心配はいらんと思うけど――)

 

 内心自分に苦笑しながら、ゴローは女性の様子をうかがった。

 顔色は悪いが、特に外傷はない。

 

 青く長い髪をしており、つるんとしたおでこの端正な顔の女、いや女の子。

 素直に美少女と言ってよろしかろう。

 

「う……」

 

 そうこうしているうちに、少女からうめき声が漏れる。

 ゆっくりと首を起こしながら、ゴローを見た。

 

「子供……」

 

 少女は言った。まあ確かにゴローは子供だ。十歳にもならない。

 もっともそう言う少女もせいぜい十五、六くらいにしか見えないが。

 

 前世の基準で言えば未成年、子供である。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、ちょっと腹が減ってるだけだ……」

 

 少女はノロノロと体を起こし、首を振りながら言った。

 ゴローは持ってきた保存食と革製の水筒を差し出す。

 

 森の中を移動する場合必ず非常用の食糧や水は用意する。

 これはバレンシアに教えられたことだ。

 

 森や山では、移動中不意に急激な空腹や虚脱感に襲われることがある。

 こうなってしまうともう自力で歩くことはおろか立つことすら難しい。

 

 そういった事態に備えて、簡単に食べられる非常食の形態は必須なのだ。

 少女は保存食を(むさぼ)り食い、水を飲む。そこには遠慮の欠片もなかった。

 

「助かったよ、礼を言う。あのままじゃ行き倒れになるとこだった」

 

 飲み食いを終え、人心地ついたらしい少女は、頭を掻きながら礼を述べる。

 

「あんた、この近くの子かい?」

 

 目を開いた少女の瞳は鋭く、野生的な香りのするものだった。

 しかし、ゴローに対する口調は穏やかで屈託のないものである。

 

 純情ヤンキー。ゴローの脳裏に何故だかそんな言葉がよぎった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その12、メドゥチさん

 

 

 

 

「あたしの名はメドゥチ。魔法使いミンツチの弟子だ」

 

「はあ」

 

 胸を張って名乗る少女。その時わかったことだが、かなりスタイルが良い。

 

 それはさておき。

 

「で……その、メドゥチさんがどうしてまたこんな森の中で?」

 

「この森に住むある人を訪ねてきたんだ。その途中でダルにやられちまった」

 

 未熟だな、とメドゥチはひどく恥ずかしそうに肩をすくめる。

 

「ダル?」

 

「知らないか? 森や山の中で急に腹が減って動けなくなるヤツさ」

 

「ああ、そういう呼びかたをするんですか」

 

「それであのざまだ。お前が来てくれなきゃ危なかった」

 

「良かったです」

 

「しかし……お前、どうも魔法使いらしいが……」

 

 メドゥチは周りにいるゴーレムに目を走らせながら、

 

「まさか、お前がマスター・バレンシアなんてことは……」

 

「違いますよ。それは自分の先生で」

 

「そ、そうか。まあ、そうだよなあ」

 

 ゴローが否定すると、メドゥチは安心したように破顔した。

 

「どういう人か聞いてなかったんですか?」

 

「魔法使いは姿を変えて生活することがある。特定されるのを嫌ってな」

 

「なんで?」

 

「そりゃ色々と面倒になることも多いからさ。盗賊に狙われるとかな」

 

「盗賊にねえ」

 

 ゴローは考え込む。

 

 確かにバレンシアを見るに生活に不自由はなく、小金を貯めているかもしれない。

 彼女が大金を所持しているところを見たのは、ゴローが実家から引き取られる席。

 

 その、ただ一度きりだ。

 後は基本自給自足。普段の暮らし向きは質素なものである。

 

 家の中で見かけたお金といえば、銅貨が数枚程度だった。

 

「魔法使いは金持ちが多い。そういう誤解や偏見がな」

 

「あるんですか」

 

「かなりな。言っとくがお前だって他人事じゃないぜ」

 

 と、メドゥチはうなずいた。

 

「ま。それはいいや。悪いけどマスターのところに案内してくれ」

 

「……あ、いや、それは。ええと」

 

「なんだよ?」

 

 ゴローの煮え切らない態度に、メドゥチは若干苛立ったような顔をする。

 しかし、すぐに何かを察したような顔で、

 

「ああ。確かにいきなり知らない人間が家に連れていけって言われても困るわな」

 

「まあ、そうなんですよ」

 

 バレンシアのことだから、これが盗賊か何かの罠だとしても見破るだろう。

 しかし、危険人物かもしれないを家に連れ帰るのはごめんだった。

 

「だったらあたしを縛るか何かして、そんで連れてけ。なら、いいだろ」

 

「ええっ?」

 

「頼むよ。また森の中をウロウロしたくない」

 

「ううん……」

 

 両手を合わせて拝むように頼んでくるメドゥチに、ゴローは困る。

 

「……でも、こっちがバレンシアさんの弟子だって嘘を言っている可能性もありますよ?」

 

「それはないな」

 

 ゴローの言葉に、メドゥチはすぐに首を振る。

 

「何でそんなこと断言できるんです」

 

「そのゴーレムさ」

 

 メドゥチは再度人型や四つ足のゴーレムに視線を送り、微笑する。

 

「そいつらをお前が操っているのは、わかる。それだけで十分だってのさ」

 

「わかりませんねえ」

 

「まず、その年でこんだけゴーレムを巧みに操るってのは普通じゃない。ゴーレムってのは、作るだけでも何年も修行・勉強がいるし、さらにそれを操るのにも厳しい訓練がいる。そんなのを年端もいかないガキ……じゃない、子供が簡単にやってるんだ。となればだ、ゴーレムに関しては、その人ありと言われてるマスター・バレンシアの弟子以外にゃありえん」

 

「………………………………。はあ」

 

 ずいぶんな誉め言葉をもらい、ゴローは当惑する。

 

 確かにチートはもらった。

 才能はある、とバレンシアからもお墨付きをもらっている。

 

 しかし、あまりそれを実感できたことはない。

 バレンシアの弟子となってからも、ひたすら地味な修行の日々だ。

 

 それが見目麗しい少女に、こうも称賛されるとは。

 

「そんなにいけてますか?」

 

 ちょっと良い気分になって、ゴローは聞いてみる。

 

「何だお前、ちょっと気持ち悪いな。あ、いや、すまん」

 

 そんなゴローの反応に、メドゥチは少し首をひねる。

 

「…………」

 

「いや、ほんと、すまん。ちょっと口が滑っただけなんだ。何か子供のクセに一瞬オッサンのような雰囲気になったというか」

 

「…………」

 

 ゴローは沈黙する。

 

(そりゃ中身はオッサン……うん、生前年齢を足すと完全にオッサンだからな)

 

「まあ、何でもいいですけど……。バレンシアさんにご用があるんですよね。案内しますよ」

 

「お、そうか。このままでいいのか?」

 

「ええ、いいです。別に何でも。どーでも」

 

 色々と複雑なものを抱えながら、ゴローは四つ足ゴーレムに乗り、人型を土に戻した。

 

「おい。せっかく作ったのに。いいのか?」

 

 土になったゴーレムを見て、メドゥチは驚きの声をあげる。

 

「? いいですよ、別に。誰も怒りゃしませんって」

 

「そりゃそうかもしれねーけど……」

 

「じゃ、ついてきてください」

 

 メドゥチを振り返った後、ゴローはゴーレムを動かす。

 

「いや、さすがマスター・バレンシアの弟子だ……」

 

 メドゥチは一人で何でも感心しながら、ゴローの後を追う。

 家路につく中、会話らしい会話はない。

 

 ゴローが若干不機嫌であったことと、メドゥチが何やら思考に没頭していたせいである。

 そして、樹木の家についた途端――

 

「あら、おかえり……って。めーちゃん?」

 

 家の前に作った畑で根菜類を抜いていたバレンシアは、メドゥチを見て言った。

 

「めーちゃん?」

 

「おひさしぶりです、マスター・バレンシア」

 

 訝しげなゴローの横を通り過ぎながら、メドゥチはそう返事をする。

 

「ずいぶん珍しいお客を連れて来たものね」

 

 農作業用のエプロンで手をふきながら、バレンシアは首をかしげる。

 それから、新芽をちゃんと採ってきた? とゴローに尋ねるのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その13、修行の新メニュー

 

 

 

 

「すみません、ゴタゴタしてたんで新芽のほうはちょっと……」

 

 ゴローが謝ると、バレンシアはため息をつく。

 

「……じゃ、しょうがないわねえ」

 

「はい」

 

「だったら急いで採ってきてちょうだい。ちゃんと非常食も持って」

 

「え」

 

「いや、半端なとこしてたら修行にならないでしょう?」

 

「そうですけど……」

 

「じゃ、すぐに準備して。ボヤボヤしていると日が暮れるから」

 

「はい……」

 

 まあ、こういうようなわけで――

 

 ゴローは一人、いやゴーレムたちを伴って再び森に。

 それから野草の新芽をどうにかつみ終えて帰宅するのだった。

 

 戻った時にはバレンシアとメドゥチの話はすでに終わっていたようで。

 さらにテーブルには三人分の食事の用意が完成していた。

 

「ご苦労様でした。それじゃ、すぐに食事にするから手を洗ってきて」

 

 と、新芽の入った袋を受け取りながらバレンシアは言う。

 食事の内容はいつもより若干豪華で、香辛料をきかせたウサギの肉が加わっている。

 

 どうやらゴローが新芽を採りに行っている間に準備したらしい。

 すなわちウサギを捕まえてきて、さばいて料理したということだ。

 

 それに根菜類をじっくり煮込んだシチューと、キノコを炒めたもの。

 このキノコはバレンシアが家の近くで栽培したものである。

 

「食事の前にちょっと知らせておくけれど」

 

 ゴローが手を洗って席についたと同時に、バレンシアは良く通る声で言った。

 

「あなたは明日からめーちゃんと一緒に街に行ってもらうから」

 

「……えらく急な話ですね」

 

 席でかしこまったまま、ゴローはメドゥチを見ながら応える。

 

「ついさっき決まったばかりだから。街で彼女のお手伝いをしてくること。これが次の課題」

 

「やっぱり修行の一環ですか」

 

「当然」

 

 バレンシアは微笑して、軽く髪をかき上げる。

 

「ゴーレムを複数、色んな作業に使うからかなりしんどいわよ。覚悟しなさい」

 

「はあ……。それでバレンシアさんは?」

 

「何で私が行かないといけないわけ」

 

「でも、メドゥチさんはバレンシアさんを訪ねてきたわけですし」

 

「だから用事に私が出向くとは限らないでしょう。ま、がんばりなさい」

 

 バレンシアはピシャリと言った後、フッと微笑する。

 

 これは何を言っても無駄だ、とゴローは判断した。

 

「わかりましたけど……。街に行って工事の手伝いでもするんですか?」

 

「まさにそんな感じさ。あたしの手伝いだな、正確には」

 

 横で肉を貪っていたメドゥチはうなずきながら言った。

 

「あたしの試験に関わることなんだが、ちょっと面倒なことになっててなあ……」

 

「具体的にはどんなことをするんですかね?」

 

「知ってのとおり。あたしは水系の魔法使いだろ?」

 

 と、自らを指して言うメドゥチ。

 

「……いえ。知りませんけど?」

 

 ゴローが首を振ると、メドゥチはアレ? と目をパチクリ動かす。

 

「そうか。お前さんには何も言ってなかったか……? ま、ともかく水系の魔法使いなんだよ。そう思ってくれ」

 

「別にいいですけど、何ですか水系の魔法使いって……。水の魔法しか使えないとか」

 

「水に関わる魔法を専門に学んでるってことだ。お前がゴーレム専門みたいにな」

 

「ははあ。しかし、お互いあんまり関係なさそうな気がしますけど」

 

「それがあるんだなあ。あたしの流派は水関係の中でも治水の技術も学んでるんだよ」

 

 メドゥチは指を振り、やや自慢そうに言った。

 

「治水? つまり、川なんかが氾濫しないように工事をする?」

 

 ゴローは頼りない知識でとりあえず答えてみる。

 

「ああ。知ってのとおり、あたしはトロルだろ」

 

 するとメドゥチはまたも初耳のことを口にするのだった。

 

「……知りませんよ」

 

「ん? そうか……。そうか、お前さんとは今日会ったばかりだからな。でも、この髪とかでわかりそうなもんだぞ」

 

 メドゥチはその青い髪をかき上げながら、少し不思議そうに言う。

 

「私がエルフだっていうのは、すぐわかったのにね」

 

「そりゃね……」

 

 隣でクスクス笑うバレンシアをちらりと見ながら、ゴローは肩をすくめた。

 

 バレンシアの場合は、まさに『エルフ』というイメージの姿をしている。

 長い耳と人間離れした美貌。優れた魔力と知識。ついでに森の奥に住んでいるときた。

 

 しかし、メドゥチの場合はどうか。

 トロルだと言われても、こちらの世界で生きてきた数年間トロルなんて種族のことは聞いたおぼえがなかった。

 

 エルフはある。その美貌と魔法の力は村でも噂になることが多かったのだ。

 

 また生前の知識で、トロルという名の種族を思い返してみても――

 ゴローには、何となく醜く凶暴な巨人という曖昧なイメージしかなかった。

 

(確か妖精のようなものを指す言葉だったかなあ……)

 

 頭をかきながら思い返すゴローだが、元の知識が貧弱だからどうしようもない。

 

「まあ、恥ずかしながらトロルという言葉もほぼ初耳でして」

 

「東のほうじゃ一般的な種族だぞ?」

 

「ここは西ですからね……」

 

 メドゥチの言葉にゴローは苦笑する。

 

 現在ゴローたちが住んでいるのは西午賀州(せいごがしゅう)と言われる大陸だ。

 その中でもこの辺りは西部に位置する場所であり、元々エルフの住む土地だったという。

 

 が、長い時間の中でエルフたちは違う土地に移り住み、大陸に残っている者は少数。

 特に西部は人間が多く住む土地となった。

 

 こういった知識は、バレンシアから教えられたことである。

 村にいる間は幼いということもあったろうが、隣の村はどうだという程度のことしか知ってはいなかった。というか、村だけが世界であった。

 

 恐ろしく狭い世界観だったとゴローは思う。

 

「トロルといえば元は河川の民だからな。舟とか治水に関してはお家芸なのさ」

 

「ははあ」

 

 そうメドゥチに言われて、ゴローは思い出す。

 

 前世で読んだ絵本に、トロルというのが登場したことがあったと。

 その本では確か橋の下に住みつき、山羊を襲う怪物だったように記憶している。

 

「ひょっとして、山羊の肉とかお好きで?」

 

「? いいや。何でだ?」

 

「いえ、何となく……」

 

 思わず聞いてみたが、メドゥチから帰ってきたの否定。

 まさか山羊を襲うお化けに重ねてみたとも言えず、ゴローは誤魔化し笑いをする。

 

「よく食べると言えばキュウリだな。あたしはそんなに好かないが」

 

 それじゃ河童だ、とゴローは内心で苦笑した。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その14、ムリアン

 

 

 

「うーむ……」

 

 と、ゴローは外の景色を見てうなった。

 バレンシアの住む森から、正確にはその入口から(ほろ)馬車に乗り五日ほど進んだ後――

 

 見えてきたものは多くの人で賑わう街並。

 色んな商人が店を出し、物売りがそれぞれ独特の声で売り歩く。

 

 様々な肌や髪の色をした人々が売り買いをし、行き交っている。

 

「ここですか」

 

「ここだな。このへんじゃ一番大きなツギンの街だ」

 

 馬車の中でゴローとメドゥチはそんな会話を交わすのだった。

 

「あんまりびっくりするなよ、王都に行ったらこんなもんじゃあないぞ」

 

「王都……そこにも行くんですか?」

 

「いや、行かないけど。今後行くかもしれないだろ」

 

「そうですねえ」

 

 煉瓦(れんが)で舗装された道路をゆっくりと進む馬車の中、二人の会話は尽きない。

 しかし、それにしても興味の尽きない光景だった。

 

 人は道ばかりではない。

 空にもいた。

 

 時折丸い透明なモノに包まれた人間らしき物体が街の上空を行く。

 馬車よりも若干早いが、そう大したスピードでもない。

 

「ありゃあ、一体……」

 

「ああ、移動魔法に長けた連中さ。機動力ってことに関しちゃあ一番だからな」

 

 思わずゴローがつぶやくと、メドゥチが律儀に答える。

 

「しかし、こんな田舎じゃ大した力を持ったヤツはいないな。いくら飛べてもあれじゃな」

 

 ガキの弓矢でも射落とされかねないぜ、メドゥチは笑うのだった。

 確かにもう少し距離があれば、ゴローの投げる石でも当たりそうではある。

 

「そういえば空に浮かぶ術はまだ習ってないですね……」

 

 少し懐かしささえ感じるバレンシアの顔を思い浮かべ、ゴローは首をひねった。

 あんな術が使えればさぞかし快適だろうに。

 

「お前には優れたゴーレムの術があるだろうが、そのうち空を飛ぶのも使えるさ」

 

「早く使いたいですなあ。空を飛ぶってのは憧れます」

 

「そんなにいいもんかね?」

 

 本心からそう言うゴローに、メドゥチは納得のいかない顔である。

 

 やがて馬車は大きめの商館の前で停まり、ゴローたちはそこで下車した。

 川沿いの道に建てられた青い屋根や壁の目立つ商館。

 

「遠路はるばるようこそ」

 

 商館で二人を出迎えてくれたのは、三十歳くらいの女性だった。

 

 動きやすい中性的な身なりをしており、動きもキビキビとしている。

 桃のような色合いの髪に、黄色い肌。黒目勝ちのパッチリとした黒い瞳。

 

 ゴローたちとも、バレンシアのようなエルフとも、またメドゥチとも違う。

 

「ムリアンを見るのは初めてですか?」

 

 我知らずのうちに見入ってしまったゴローに、女性は笑いかけた。

 

「むりあん?」

 

 知らない言葉だった。

 

「あなたとも遠い先祖は同じはずなんですけどねえ」

 

「でも、自分は人間……」

 

「その人間って言葉――元はどういう意味だったか知っておられます?」

 

 桃髪の女性は指を立てながら、フッと微笑する。

 ここで使われている『人間』を意味する言葉。

 

 発音のみを文字にすれば、多分『アートラス』というのが近いだろう。

 

「いえ、知りませんが……?」

 

 しかし、色んな方言や言語がたくさんあるから、あくまでこの近辺では、だが。

 

「それって、わたしたちの祖先がつけたのですよねえ」

 

「と言いますと……?」

 

 思わず、ゴローは身を乗り出した。何やら重要なことらしい。

 

「その昔、初めてわたしたちの先祖があなたたちの先祖と出会った時……お互いの言葉が全然わからずに苦労したそうで。その時、相手が持っていた書物を指して何か言っていた。先祖が質問をすると『アトラス』という言葉を言った。やがて、どうやらこの男性はアトラスという土地から来たらしいと、先祖は思い至ったわけですねえ」

 

「はあ」

 

「そこから、人間のことを指してアトラスと呼ぶようになったのです」

 

「なるほど。そういうお話があるわけですか」

 

「お話といより、公式記録。知らないでしょうけど、ムリアンは歴史や記録というのを正確に残すことを旨とする種族なので」

 

 ピンと人差し指を立て、自慢そうに女性はムリアンの言った。

 

「ところで、先祖がつながってるようなことをおっしゃられてましたけど……」

 

 ゴローがふと気になっていたことを尋ねてみる。

 

「ああ、そうそう。多分これも知らないでしょうけど、わたしたちムリアンは女しかいません。あなた、メハジ村の出身でしょ? あのへんはムリアンの血を引く人間がほとんどなのです」

 

「何か壮大な感じっすね」

 

「人間といっても色々種類がありますけど。あなたは多分……チョービィカ系でしょうか」

 

「他にはどんなのが?」

 

「そうですねえ……レン、ヒィト、ヒューマン……後はロマヌスとかメリケンとか」

 

「…………」

 

 言葉の中にいくつか覚えのある発音もあった。

 

 ヒューマン――人間を意味する英語だ。

 まあ偶然音が似ているだけかもしれない。関連性はなかろう。

 

「魔法の発展したところじゃ、翻訳魔法って便利なものがあるから色んな面倒がなくって良いっていうけど。ある意味寂しい気もしますねえ」

 

 そんな言葉を聞きながら、ゴローは前世の記憶を強く反芻(はんすう)していた。

 ぼやけた記憶ばかりだが、妙に生々しく克明なものもある。

 

 しかし現在では半分近くが霧に包まれたような、忘却寸前のものだった。

 

「おっと、申し遅れました。わたしはティタニア。この商館の主人」

 

 ムリアンの女性は、胸に手を当ててそう名乗った。

 

「はい、ティタニアさん。それで、自分はここで何をすれば……」

 

「この館の水道工事さ」

 

 今まで無言で窓の外を見ていたメドゥチが振り返り、言った。

 

「まあそういうことですね。正確には下水道工事を」

 

「確かに人手は要りそうですけど、自分は専門知識なんかありませんよ」

 

「それはこっちの領分だからいいのさ。肝心なところはあたしがやる。お前はゴーレムを思う存分操ってくれたらいい」

 

 と、メドゥチは軽く胸を叩くのだった。

 

「この館の便所を最新式の快適な奴に改良するんだ! すげえだろ?」

 

 そう言われても、ゴローにはよくわからない。

 村にいた頃の便所は溜めては捨てる汲み取り式で、溜まったものは村外れや森の近くに穴を掘って埋めた。

 

 そういう作業を何度もゴーレムにさせたこともある。

 バレンシアの家ではかなり快適で日本の水洗トイレに近かった。

 

 排泄したものは分解されて土に溶け、直接樹木や森全体の栄養になるのだそうだ。

 考えてみると、相当贅沢な造りかもしれない。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その15、大工事の後

 

 

 

 

 その日から工事は始まった。

 

 メドゥチの指揮のもと商館の地下を掘り返し、資材を運び、下水道を作っていく。

 

 指示された作業をゴーレムにやらせ、完成したものをメドゥチがチェックする。

 流れはだいたいこんな感じだった。

 

 ゴーレムはさほど大きさも質も必要とはされなかったが、お世辞にも広く歩きやすい場所でないから、数も限定される。

 

 だから、人間サイズものから小型サイズ、それ以上に小さいタイプも必要だった。

 メドゥチの指揮は明瞭でわかりやすかったので、作業は順調に進む。

 

 微細な技術が必要とされる個所は二人でかかりきりになる必要もあったが、全体的にはそう多くはなかった。

 商館から流される排水は浄化槽(じょうかそう)とでも言うべきものまで運ばれる。

 

 そこで汚水を浄水に変えた後、川まで引いた水道に流す、という仕組みらしい。

 まあ汚水と言ってもいわゆる大小が主だから、知れていると言えば知れている。

 

 合成洗剤みたいなものは流通していないのだ。

 近代社会のような工業廃水レベルを心配する必要はない。

 

 工事は慣れてくると巨大なプラモデルでも作っているようでちょっと楽しかった。

 古い下水道に関わる部分も、基本ゴーレム仕事である。

 

 さすがに一日で完成とはいたらなかったが、ゴローも操れるゴーレムをフルに活動させて、予定よりも早く工事は完遂された。

 振り返ってみると、大がかなり部分より細かい部分のほうに時間がかかったようだ。

 

「そのへんは全部メドゥチさんまかせって感じでしたねえ」

 

 ゴーレムに後片付けをさせ、きちんと整地された庭でゴローは言う。

 

「お前さんにまかせるつもりは最初っからなかったよ。あたしの専門だからな」

 

 隣に立つメドゥチは、先ほどメイドが持ってきたお茶を飲んで微笑んだ。

 

「しかし、トイレ関係のことだからもう少し臭くて汚いものかと思ってました」

 

 さすがに抗菌処理がされた現代のものほどではなかったが、商館の旧トイレは案外きれいなものであった。

 排出したモノはぽちゃんと下に流れる水路に落ちる仕組みだ。

 

 他にも家人による掃除がきちん行き届いていたこともあるが。

 

「本当にお疲れさまでした。やはりその道のかたにお願いすると違いますよ」

 

 嬉しそうに言うのは家の主人・ティタニアである。

 改めて見ると彼女もかなりの美形だが、今一つ年がわかりにくい。別にどうでもいいが。

 

「それにしても、どうしてこんな工事を? 古いトイレも十分ちゃんとしたものでしたが」

 

「ま、お客様をより良くおもてなしできるようにですねえ」

 

 そういうことらしかった。

 何でも商売柄遠方から来る客が多く、ちょっとしたホテルみたいな役割もあるらしい。

 

 新しくなったトイレは真っ白でピカピカ。換気もばっちりで、おまけに完全水洗だ。

 他のことを考えると天国のような快適さであろう。

 

 これに慣れてしまうと、もう他の汲み取り式トイレには戻れないかもしれない。

 考えると確かに評判にはなるな、と納得するゴロー。

 

「それにしても気になってたけど、あなた……」

 

 ふとティタニアは不思議そうな顔でゴローを見つめる。

 

「子供なのに時々爺むさいしゃべりかたですねえ」

 

「…………はあ、すいません」

 

 別に謝ることではないが、謝ってしまうゴロー。

 

「それだけ苦労なさっているとか。それとも前世の記憶でもあったりします?」

 

「え」

 

「え?」

 

 冗談めかして言うティアタニアにゴローは瞠目し、それにティタニアは瞠目した。

 

「まさかとは思うけど、本当に?」

 

 ティタニアは探るようにメドゥチに視線を送る。

 

「あたしゃ、知らん」

 

 メドゥチは淡々と首を振るばかり。

 

「いや、その」

 

「……ふーん」

 

 誤魔化そうかどうしようかと迷っているゴローに、ティタニアは思案顔だ。

 

「そのゴーレムの才能は前世の記憶から?」

 

「いえ、ぜんぜん」

 

 つい素で返事をしてしまうゴロー。

 

「へえ。なら、今世で得たものでしょうかねえ」 

 

「はい、あの。というか、生まれ変わりとか前世とか、そういう胡散臭い……」

 

「確かに胡散臭いです。でも全くない話でもないのですよ」

 

 ティタニアは笑うが、すぐに真顔になり、

 

「そうなんですか」

 

 故郷にいた時には聞かなかったが、この世界にも転生とかいう考えはあるのか。

 ゴローはそんな風にも思った。

 

「私のおじいさんは、異世界の生まれと聞いています」

 

「いせかい?」

 

「ええ。この大陸がある世界とは違う世界なのか。それとも単に遠い土地なのか。そのへんはよくわからないけれど……そう聞いています」

 

 ティタニアは言いながら、空を見上げた。

 大小の雲がゆっくりと流れていく穏やかな空模様。

 

「あたしも紫の空に覆われた魔界って世界があるとは聞いてたことあるがね」

 

 メドゥチは器の茶を飲み干し、ゆるく笑った。

 

「魔界っていうと、悪魔とかそんなのがいる世界じゃあ」

 

「それじゃ地獄だ」

 

 ゴローの意見に、メドゥチは笑って手を振る。

 魔界と地獄――どっちも似たようなものではないかと、ゴローは思うだが。

 

「闇の世界……。闇の魔力に身をゆだねたエルフが住むという土地さ。もっとも闇のエルフは空高く浮かんだ島に住むという話もあるけどな。ま、どっちにしろおとぎ話だ」

 

「魔法使いなのに、そういうことは否定するのですねえ?」

 

「否定はしないさ。積極的に信じないだけ」

 

 ティタニアが言うとメドゥチは空の器を近くのメイドに突き出す。

 すぐに器に新しいお茶が注がれた。

 

 メイドも桃髪に黄色い肌に瞳が大きい。ムリアンである。

 この商館の者はみんなムリアンなのだそうだ。

 

「あなたに来てもらったのはゴーレムの術を期待してのことですが……。生まれ変わりの話を聞けるとは、これはラッキーですねえ」

 

「それは良かった……と言うのかどうか……」

 

「バレンシアさんはあんまりこういう話に興味はないでしょうけど」

 

 そういえばバレンシアはどのようにして自分のことを知ったのかと、ゴローは考える。

 あの使い魔と一緒にいたところを見ると、彼女から聞いたようだが。

 

「しかし、そんな夢の話みたいなものなんて」

 

「そんな判断はこちらのすること。で、あなたはどうなの。おぼえているんでしょう?」

 

「はい。まあ、そうです。一応は……」

 

「じゃあ色々と聞かせてください」

 

 ティタニアは分厚いノートのようなものを取り出すと、ニコリと笑うのだった。

 

「はあ……」

 

 生返事をしながら、ゴローは今ではほとんど思い出さなくなった日本のことを思う。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その16、魔法のあれこれやら

 

 

 

 

(もっと色々勉強しておけばよかった……)

 

 と、ゴローは痛切に思った。

 

 前世日本において、学ぼうと思えば幾らでも学べたであろう諸々。

 それを今開示できれば、たとえ知識だけでもかなりの財産になったはずである。

 

 いや、しがない失業者であった前世においても財産になっただろう。

 しかし、今できることは日本で過ごした数十年間を脈絡もなくダラダラと話すことだけ。

 

 情けない、と思う。いかに記憶が薄れているとはいえ……。

 

「はあ……」

 

「どうしたんですか、急に?」

 

 そう言ったのはティタニアである。

 

 商館の中庭に設えられたイスとテーブル。

 上には品の良い茶器と甘みの少ない焼き菓子。

 

 ゴローはメドゥチと共に、ティタニアと思い出話の最中であった。

 語るのは、あの貧しいメハジ村のことではない。

 

 日本人・山田五郎として生きていた前世のことだ。

 そこでラジオやテレビ、インターネットや映画。その他の文化や政治、経済などを頼りない知識とも言えないモノで語っていた。

 

 自分でもしゃべりながら、わけわからないなと何度も思う。

 しかし、聞いているティタニアはそうではないらしい。

 

 何度も興味深げにうなずき、ノートにメモを記しているようだった。

 

「いやあ、こっちのことで。しかし、こんな妄想みたいな話をそんなに熱心に……」

 

「わたしの祖父は、遠い土地の生まれだったそうです。話しましたよねえ?」

 

「ええ」

 

「わたしが生まれてすぐに事故で亡くなったから直接話した記憶はない。顔もおぼえていないのだけれど……以前からこんなことを言っていたそうで――」

 

 ティタニアは一息つき、お茶を飲んでから、

 

「娘には、ティタニアと名前を付けたい。自分の一番好きな芝居の登場人物なんだ」

 

 と、そうティタニアは付け加えて遠くを見つめたようだった。

 

「お芝居、ですか?」

 

「題名まではわかりません。ティタニアというのは妖精の女王……の名前らしいですねえ」

 

「それは……」

 

「ムリアンを妖精と思ったのでしょうかねえ」

 

 妖精なんて不気味で性悪なタイプのほうが多いのに、とティタニアは苦笑。

 

「そういうものですか」

 

 ゴローはそこで、村にいた頃のことを思い出す。

 

 妖精にイタズラをされないように気を付けろ――

 

 そんな話を、村の年寄りがちょくちょくしていた。

 実物を見たことはないが。

 

「妖精なんてホントにいるんですか?」

 

 魔法が当たり前にある世界だし、別にいたっておかしくもないのだろうが。

 

「いますねえ」

 

 あっさりとティタニアは答える。

 

「まあその種類とか姿は千差万別で馬鹿みたいな苦労をしなければ()れないモノから色々と。もっともできることなら、あまり関わらないことをお勧めしますねえ」

 

 ティンカー・ベルみたいな可愛らしく美しいものとは違うらしい。

 なんか妖怪みたいだな、とゴローは思った。

 

「それで、その、おじいさんのご出身というか、お生まれになった場所とか」

 

「あんまり大したことは記録されてないですねえ。祖父はあまり故郷に良い思い出がなかったらしいと聞いているので。ただ……」

 

 ランダンとかロンドンとか、そんなことを口にしていたと、そうティタニアは言う。

 

「ろんどん」

 

 それは、イギリスの首都と同じ発音なのか。

 

 曖昧な記憶の中でしか比較できないため、どうにもハッキリしたことは言えない。

 ゴローもイギリスについて詳しいわけでもないのだ。

 

「他に何かないですか。言葉の他に、文字とか……」

 

「文字。そうか、そういえば祖父の残した手記を読んだことがあった。見たこともない文字で書かれていて、古老にも読めなかったと聞いていますけれど――」

 

「それって、例えばこんなんですか?」

 

 ゴローはティタニアのノートに、ペンでABCを書いて見せた。

 

「似てる。現物が近くにないから確認できないけど、確かこんな文字でしたねえ」

 

 前世で使っていた文字? と、ティタニアは尋ねかける。

 

「まあその一部ですか。自分にとっては外国語ですけど。アルファベットです」

 

「現物があれば読んでもらえるのに。残念です」

 

「いや、あっても多分読めないと思いますよ。外国語ですから」

 

「でも全くわからないわけではないでしょう?」

 

「そりゃ一部の単語くらいはわかるかもしれませんけど……」

 

「なら――」

 

「でも、無理ですって。自分、どっちかというと低学歴に属する人間でしたから」

 

「読み書きができなかったのですか? いえ、違いますねえ」

 

「ええ、それくらいはできましたけどね。ここで言う……ほら、一般的な商家の人とかに求められるモノと、魔法使いじゃ違うでしょ?」

 

「……ふむ。何となくわかる気がしますねえ」

 

 ティタニアは顎を撫でながら、数度うなずく。

 

「どっちかと言うと、今のほうがちゃんとした専門知識とか知ってますし」

 

「進歩があるのはいいことですねえ」

 

「まあ、そうですけど」

 

「ちなみに、あなたの国ではどんな文字を使っていたのですか?」

 

「こんなですね」

 

 とりあえずゴローは自分の名前と漢字とひらがなで書いてみた。

 

「……これは、まるで違う系譜の文字に見えますけれど」

 

 ティタニアはその大きな目を細めて、『山田五郎』の文字を見つめる。

 

「あ、はい。こっちは漢字と言いまして、元は外国の文字ですね。こっちがひらがな。簡単と言いますか学校ではまずこっちから教えられます」

 

「もっと詳しく教えてもらえますか」

 

「あんまり大したものじゃありませんが……こんな感じです」

 

 ゴローは乞われるままに、ティタニアに日本の文字を教えていく。

 

 あいうえおを中心に、小学校低学年で習うような内容である。

 

「うーーん……。これはなかなかよくできてますねえ。いや、すごい」

 

「まあ別に自分が造ったわけじゃありませんが」

 

 それでも称賛を受けるのは嬉しいな、と思うゴロー。

 

「しかし、こんなあるかないかわからないところの文字なんか役に立ちますか?」

 

「お前、魔法使いがそれを言うか?」

 

 背後から呆れた声がするので、振り返るとメドゥチがいた。

 

「へ」

 

「魔法使いは記録を残す時も自分だけにわかる暗号を使うことが多いんだよ」

 

「そういうもんですか」

 

「ああ。特に、錬金術をやる連中はまともに読んだらまったくデタラメにしかならないように研究文書を書く。下手なことをすると情報がよそに漏れるからな」

 

 なるほど、そう言えばうちも口頭で説明することが主で、ノートの書き取りなんてのは全然しなかったな、とゴローは思い返す。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その17、来客ソムニウム

 

 

 

 

「お話の途中で申し訳ありません……」

 

 その時、メイドが小走りにティタニアに駆け寄ってきた。

 メイドがボソボソと何かしゃべると、ティタニアはふむと目を上げる。

 

 それから、こめかみの辺りを指で掻きながら嘆息した。

 

「お通してください――」

 

 と、ティタニアがゆっくり言った直後である。

 

「なんかあんまり代わり映えしてないわ。金かけて魔法使い呼んでおトイレというか御不浄というか、雪隠(せっちん)? それを作り直したっていうけど。どこにお金使ったの。ああ、庭か」

 

 わけのわからないことを言いながら、派手な女が歩いてくる。

 

(キャバ嬢?)

 

 その姿を見たゴローが反射的にそう考えるほど、女の服装は変だった。

 

 字型の切れ込みが大きく入ったドレスは、両脇が二つに別れており、その健康的な美脚が露出している。

 露出と言えばその胸元は半分以上放り出され、腹部の上ぐらいまで見えていた。

 

 それに、何か獣毛らしき素材のコートらしきものを肩に引っかけているのだ。

 髪はきれいな金色で、黄金細工みたいである。

 

 細めた瞳は紫色。肌は薄い褐色という感じで、これまた健康そうだった。

 バレンシアとも、ティタニアとも、メドゥチともタイプが異なる。

 

 が、美女であるという点は同じだ。

 年齢はよくわからないが、少なくとも少女ではない。

 

「ソムニウム様、いらっしゃいませ」

 

 ティタニアは女の名を呼び、丁寧に頭を下げた。

 

「やー、ティタニア。相変わらずそつがないね。隙がないというか、達人クラスですよ。ただ歩いているだけで、相手をぶっ飛ばしかねないレベルだよ」

 

 ソムニウムなる女はまたもわかのわからないことを言う。

 ゴローは横で聞いているだけで頭がグラグラしてきそうだった。

 

 しかしティタニアは微笑を浮かべているだけだ。

 慣れているのか、それとも表情に出さないだけなのか。

 

 ふと見ると、メドゥチは疲れたような顔をしている。

 

「今日はどのような?」

 

「わかっていて聞くところが憎いネ。しかし、言いますよ。そのへんの空気は読むよ。一応は客商売も長いから――」

 

 ソムニウムはメイドの用意した椅子にすとんと腰をおろし、形の良いバストをそらす。

 

「ま、ぶっちゃけるとね。ここでやった下水工事をうちのほうでもやって欲しいわけですよ。それもできるだけ早くにね。兵は神速を尊ぶですよ」

 

 この答えに、思わずゴローはメドゥチと目を見合わせた。

 

「それはまたどうしてでしょうねえ?」

 

 ティタニアは不思議そうな顔で言う。

 

「またまた。そういう風にもったいぶるのは良くないよ。意地が悪いよ。下手をすると恨みを買っておしっこを飲まされますよ」

 

 ソムニウムはケラケラ笑った後、ゴローにその目を向けた。

 

「これ、あんたの子?」

 

「いいえ。ちょっとお仕事をお願いしている魔法使いさんですよ」

 

「どうも」

 

 確かにゴーレムを操れるし、多少の知識もあるから、魔法使いであると言えなくもない。

 そう思いながら、一応頭を下げるゴロー。

 

「何か爺むさい子だねえ。苦労してるの?」

 

 またも爺むさいと言われた。

 内心結構ショックを受けながら、乾いた笑いで誤魔化すゴロー。

 

「しかし魔法使いとすると、まさか工事を担当した……」

 

 そう言いかけてソムニウムは首を振り、今度はメドゥチを見る。

 

「いや、それはあんたか? じゃ、このちっこいオッサンはどういう関係になるの?」

 

(誰がちっさいおっさんか)

 

 ゴローはそう怒鳴りたかったが、ぐっと飲みこんで知らん顔をする。

 

「よくおわかりで」

 

 メドゥチは値踏みするようにソムニウムを見て、髪をかき上げる。

 美形であるだけに、やはりこういう仕草は絵になった。

 

 それを言うなら、この場にいる人間、控えるメイドも含めて美人ばかりだが。

 

「水系の魔法使いはトロルが多いから。特に治水関係は専売特許に近いですよ」

 

「そりゃ、そうか。で、だ。喜んで引き受けたいところだけど。あたしは今回の仕事を師匠に報告しなきゃならない。なので、明日には発たなきゃあいけないのさ」

 

「え、そうなの? ううん、タイミングが悪いというか運が悪いというか。盛り上がった時に冷や水をぶっかけられたような気分ですよ。ブリザードですよ」

 

 ソムニウムはガッカリした顔で、大げさに肩を落としてみせる。

 

「それに、こいつも今回のために借りている人材なんでね。ちゃんと送り届けないと」

 

 言って、メドゥチはゴローの頭を乱暴になでる。

 

「そういった理由じゃしょうがない。今回は諦めますよ、引き際が肝心ですよ」

 

 ソムニウムは苦笑しながら椅子に座り直し、メイドにお茶を要求する。

 

「さっき使わせてもらったけど、新しくなったおトイレは良いですよ。尿の出もすっきりンと爽やかでしつこくないですよ。快尿ですよ」

 

 おかしな言動をしつつ、過剰に色気を放つ仕草でお茶を飲むソムニウム。

 

(尿って……)

 

 コメントに困るゴロー。

 

(一応子供だし、適当なことを言ってもイイ気はするけど……)

 

 そのへんは、この変なキャバ嬢のごとき女にはしたくはなかった。

 何というか、鬼門な予感がしてならない。

 

「何だかすみませんねえ、お忙しいのに」

 

「別に昼間はわりと暇ですよ、こちらは。夜に咲いて夜に散る商売ですから」

 

 ティタニアに言われたソムニウムにはお茶を半分ほど飲み、舌で唇を湿す。

 

「それに水商売というからには水回りは重要ですよ。最重要拠点ですよ。だからまあそこらがお強い人材とは昵懇(じっこん)になっておきたかったんだけど。コネ作りですよ」

 

「水商売ね。まあ、そんな感じだわなあ」

 

 メドゥチはソムニウムをチラリと見て、ティタニアを見た。

 

「北のほうでお店を開いているかたで、うちのお得意様なんですよ」

 

「その割にちょいとゾンザイな扱いな扱いに見えるけどね」

 

「おほほほ」

 

 メドゥチの指摘に、ティタニアは芝居がかった笑い声を上げるだけだった。

 

「前々から水道の大きな工事は考えてたんだよ。長期的計画ですよ。大規模工事」

 

 ソムニウムは伸びをして、空を見上げた。

 

「知ってると思うけど、この街じゃ歓楽街の方は開発が遅れてる。ひどいところだといまだにウンPを窓から捨てるよーなとこですよ。前時代的風潮ですよ。えんがちょですよ」

 

「うんぴー」

 

「大便ってことですよ。それくらいわかれよ、隠してないだろもはや。むははは」

 

「あああ」

 

 ソムニウムに言われ、ゴローはうなずく。

 そういえば、水洗便所などなかった中世ヨーロッパ期は、街中ではおまるに出した排泄物を窓から外に放り捨てるという乱暴なことをしていたとか。

 

 この世界でも都市部では同様なのだろう。

 そういう意味では田舎の農村に生まれて良かったかもしれない。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その18、街での第2ミッション

 

 

 

 

「ゴローくんの先生に連絡を取ってみましょうかねえ?」

 

 唐突なティタニアの提案に、全員の視線が集中した。

 

「へ?」

 

「いえ。ですから、ゴローくんのお師匠であるバレンシアさんに連絡を取ってみましょうかと言っているのですよ。お師匠の許可があればしばらく残っても大丈夫でしょう?」

 

 ティタニアは手を広げながら、にこやかに言ったものである。

 

「そりゃまあ、そうですけど……」

 

 連絡って、どう取るんだよ――とゴローは内心突っ込む。

 まさか電話やインターネットがあるわけではないだろう。

 

「こいつが残って良くても、あたしは明日には出発だぞ?」

 

「そうそう。自分だけ残ってもしょうがないでしょう?」

 

 メドゥチに続き、ゴローが発言する。

 

 ゴローはゴーレムを操れるだけで、魔法使いとしての技術も知識も未熟そのもの。

 素人同然と言ってもよい。

 

 まして、メドゥチのような水系魔法は完全に門外漢なのだ。

 

「あんた、何かできるわけ。魔法使いの卵なんだから何かあるでしょ。鼻からウンチ出すとか」

 

 それが何の役に立つんだと言いたくなるような例えを出すソムニウム。

 冗談を言っているのか、本気で言っているのかよくわからない。

 

 多分適当なことを言っているのだろうが。

 

「ゴーレムを使えます」

 

「ほお! ゴーレム、便利だね。あれは便利。一家に一台欲しい代物ですよ。必需品」

 

 ソムニウムはパンと手を打って、それから軽くゴローをはたいた。

 

「なにすんですか!」

 

「工事に使うくらいだから、けっこういけてるんでしょ。能ある鷹は爪を隠すんでしょ?」

 

 と、またも意味不明なことを言い、メドゥチを見るソムニウム。

 

「まあ、年を考えるとかなりのもんだと思うけどよ……」

 

 工事を思い出しているのか、腕組みをしてうなずくメドゥチ。

 

「よし決まった。これを借りますよ。レンタルです。ゴーレム万歳、人形愛ですよ」

 

「お待ちを。まだ確認をとっていませんので」

 

 いきなりゴローの腕をつかもうとするソムニウムを制するティタニア。

 

「じゃあ、早くしてくださいよ。こちとら気が急いて、興奮してるんですよ。フンガー」

 

「せっかちなかたですねえ」

 

 やれやれと首を振りながらティタニアが取り出したもの。

 

 それは、一羽の小鳥だった。

 青い色に輝く、夢のように美しい鳥である。

 

 何となく幸運を呼び込みそうな、気が付いたら家にいそうな雰囲気の小鳥。

 

「この子を使います」

 

「伝書バトみたいなものですか?」

 

「ハトではないですけれどねえ」

 

 ゴローの質問に、ティタニアは微笑んだ。

 

 が、その小鳥を見るうちにゴローは奇妙な違和感をおぼえた。

 何か魔力の流れらしきものをうっすらと感じるような。

 

「あのティタニアさん、それって……」

 

「気がつかれましたか」

 

 ティタニアはそっと手に乗せた小鳥をゴローのほうに差し出した。

 

 瞬間、小鳥は宙をはばたいてゴローの肩にとまる。

 

「これは……」

 

 身近で観察をして、ゴローはようやく気付く。

 

 この小鳥は、いつかバレンシアが乗っていた馬と同じだ。

 すなわち、精巧につくられたゴーレムの類なのである。

 

 触った感触も温度も、本当に生き物のようだ。だが、未熟ながらゴーレム使いとして学んでいるゴローには、その微妙な差異がわかった。

 

「それに手紙でも運ばせるってわけか」

 

 メドゥチがゴローにとまる小鳥をつつきながら言った。

 

「ええ。この子なら、往復で半日もかかりませんよ」

 

 

 と、まあ。

 こういうような運びとなったのである。

 

 

 青い小鳥はすぐにティタニアの書いた手紙を持って空に舞い上がっていった。

 帰ってきたのは夕暮れ前である。

 

 小鳥の持ち帰ったものは二通あり、一つはティタニア、一つはゴロー宛だった。

 

「どうやらソムニウムさんのお手伝いに行けるようですねえ」

 

 手紙を読んだティタニアは妙な目つきで言うのを見ながら、ゴローも手紙の封を切る。

 

『メドゥチの手伝いごくろうさま。ついでだからもっとゴーレムを操る訓練をしてきなさい』

 

 手紙の内容はこんな感じだった。

 間違いなくバレンシアの文字であり、彼女の魔力もほんのり感じる。

 

 何とも言い難い気持ちでいると、横から鼻息がふーとかかった。

 ギョッとしてゴローが飛びのくと、

 

「何かの暗号じゃなきゃ、師匠は良いと言ってるみたいだな」

 

 メドゥチがその額を撫でながら笑っていた。

 

「街でゴーレムの操縦訓練をしてこい、だそうです……」

 

「やっぱり書いてあるまんまか。しかし適当だな、おい。かわいい弟子をさ」

 

「幼児ですが、中身はオッサンですからね」

 

「人間年とりゃ成長できるもんでもないさ。ていうか、その話マジなのか、やっぱ」

 

 面白いものでも見るようにメドゥチはゴローの顔を見つめる。

 

「そうですねえ……。まあ多分マジでしょう」

 

「まあ、妄想か本当か、調べようもねえしな。どうでもいいことだし」

 

 メドゥチはそう言って、軽くゴローの鼻をつまんだ。

 

「けど、もしお前の話が本当なら闇のエルフの住む天空の国っていうのも本当かもな」

 

 闇のエルフ。ダークエルフ。

 

 ゴローの脳裏には、ピチピチのレザーを着た褐色の肌に銀髪の美女が浮かんだ。

 

「その闇のエルフってなんですか。フツーのエルフとどう違うんです?」

 

 ゴローが尋ねるとメドゥチはふむ、と顎を撫でて沈思するのだった。

 ややあってから、青髪の美女は顔を上げて天井を見上げる。

 

「まあこりゃ伝聞というか、おとぎ話だが――」

 

 メドゥチはやや芝居がかった仕草で髪をかき上げ、目を細めた。

 

「魔法を使うのに必要な魔力はわかるだろ」

 

「ええ。それがないとゴーレムも使えません」

 

「その魔力を根源までさかのぼると、まっ黒な混沌に行きつくという話がある」

 

「何ですかソレ」

 

 ゴローの頭に、ドロドロとした真っ黒なヘドロのごときものがイメージされる。

 

「それがどういうものかは知らん。事実かどうかもわからんしな。しかし、魔力がそういった混沌の暗黒から生じたって話は昔から語られてるんだ。で、その闇の魔力は根源だけあって、強力かつ万能でさ。他ではできない奇跡みたいなこともあっさりできるんだとか」

 

「へー……」

 

「魔法使いの元祖とされてるのは、一般には魔女の女神だな。その女神の魔法はまさに暗黒の魔法だったと伝えられてる。」

 

「いかにも悪役のそれっぽいですね……」

 

「そうか? しかし、あたしらというか生き物が生まれてくる母親の腹の中は暗闇だ。その中から生まれてくるあたしらはまさに闇の申し子と言うべきじゃないか?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その19、まさに汚れ仕事

 

 

 

 

「…………うーむ」

 

 黙々と作業を続けるゴーレムたちを見つめながら、ゴローはうなった。

 

 晴れた昼下がり。場所はツギンの街の北。

 酒場や娼館が立ち並び、いわゆる歓楽街と呼ばれるような地区。

 

 一般に歓楽街というやつは街の北部にできるらしい。

 聞いた話では、王都でも歓楽街は街の中心地である王宮の北に位置するそうだ。

 

 ちょうど江戸の吉原が江戸城の北にあったという話と似ている。

 

 それはまあ、さておき。

 

 昼間の歓楽街と言うのは、何となくマヌケな感じがするものだ。

 ゴローはそんなことを考えながら、ゴーレムを動かしている。

 

 計二十体の人間サイズの岩ゴーレムたちが右に左に動いて、作業に勤しんでいた。

 やっていることは、ぶっちゃけ清掃。大掃除だ。

 

 ゴミだらけ、糞尿だらけのエンガチョな街並み。

 それを岩ゴーレムたちは汚れも厭わずに、黙々と清めていく。

 

 街の人間……一目見て、ああ、これは……というような方々。

 ヤクザ風、水商売風の男女がその様子を遠目に見ている。

 

 掃除なんていうのは、わりと手慣れた作業だからそうてこずることはなかった。

 清掃用具だけは用意してもらったものを使っているが、大した費用でもあるまい。

 

 疲れ知らずのゴーレムによって街は見る見るきれいになっていく。

 

(しかしなあ……)

 

 ゴローは連れれ来られて最初に見た街の惨状に唖然としたものである。

 掃除をやれてと、言われていたし、汚いとも聞いていた。

 

 だから、ある程度の想定はしていたのだが。

 しかし現物は想像を上回る凄まじさだった。

 

 汚いとするよりも(きたな)い。とにかくもう、穢い。

 よくこんなところで飲み食いしたり、いちゃついたりできるものだ。

 

 いたるところに糞尿と食物の腐敗臭と、野良犬のそれをミックスした香りが充満。

 近づいただけで鼻がもげそうになり、区内に入ると頭が吹っ飛びそうだった。

 

 あるいは脳みそが腐れ(ただ)れて、耳から漏れる幻影すら浮かびそう。

 

「まあ、こんな有様だからちょくちょく流行り病が発生するし、ネズミや虫もひどい」

 

 案内しながら、ソムニウムは他人事のように言った。

 こうなって気付いたが、彼女は消臭剤らしきものを常に身に着けているようだ。

 

「前々から大掃除をしたいと思っていたんだが、なかなか良い人材がいなくてね。人手不足と言うじゃないが、いてもちゃんとするヤツは少ない。ほぼゼロね、実質ゼロですよ。見張っていりゃあ話は別だろうけど、こっちも掃除が終わるまで始終張り付いているわけにもいかないわけですよ。多忙です。それにこんな街の一か所と言ってもけっこう広い。見張りを用意する手間を考えると頭が痛い。頭痛ですよ。偏頭痛ですよ」

 

「…………。で、自分に掃除をしろと」

 

「そうですよ。正解ですよ。まあ、ガシャガシャッとやってくださいよ」

 

(簡単に言ってくれるよ……)

 

 とはいえ、金銀の硬貨が詰まった革袋を前金として渡されてしまっている。

 また、師匠であるバレンシアからゴーレム操作を練習せよと命も受けていた。

 

 色々あって反抗してもしょうがないので、ゴローはすぐにゴーレムを造り出して、まさしく雑多な街を清掃する。

 

 気乗りはしなかったけれど、いざやってみるとどういうというこもない。

 

 しかし、掃除作業よりも気になるのは――

 あちこちを掃除して回る岩人形たちに、多くの好奇の視線が集まることだ。

 

 魔力を送る効率上、木箱の上に立ち、両手をかざしているゴローの姿。

 流れる魔力を知覚できない者からすれば奇異な光景だろう。

 

 ゴーレムたちが嫌でも目立つので、そっちに注意に行く場合が大半ではある。

 だが、それでもゴローを見て不審そうに眉をしかめる連中もけっこういた。

 

 パッと見には、変な子供が箱の上で手をかざしているだけではあるのだが。

 物乞いには見えず、変な宗教の宣伝にも見えない。

 

 とにもかくにも、あまり気持ちの良い視線は送られてこないのだ。

 

 現状、ゴローはフード付きの裾の短いローブを着ている。

 これのおかげで顔が見えないのが、せめてのもの慰めかもしれない。

 

 そもそもの話。

 

 昼間とはいえ、歓楽街に子供が一人でいるというのは、どうしたものか。

 自分を連れて来たソムニウムは、現場に案内するとさっさと帰ってしまうし。

 

(とにかく、早く終わらせて帰ろ)

 

 作業を急がせるゴローだが、それでもなかなかには終わらない。

 ゴミを捨てたり、壁にモップがけをしたりと、とにかく面倒臭いのだった。

 

 特に路地裏にはもはや詳細のわからないゴミがどっさりとある。

 

(そのうち、人間の死体も出てくるんじゃねーの……?)

 

 次第にゴローは不安になってくる。

 

 さすがにそれはなかったが、代わりに野良犬や野良猫の死骸は複数出てきた。

 これはゴミ箱に捨てるになれず、仕方ないので近くの空き地に穴を掘って埋葬。

 

 街の住民はそんなことを気にしない連中ばかりのようだが、ゴローはそうもいかない。

 しばらくするとゴーレムに石を投げたり、上から大小便を落とすのまで出てくる。

 

 このヤロウ、とゴローは切れかけたが、すぐにそういうこともなくなった。

 さすがにその程度のモラルはあるのか、と思っていたが――

 

「やあ、やあ。やってくれているね。熱心だね、真面目に仕事をこなすのはいいこですよ」

 

 どこかに行っていたソムニウムが手を振りながら戻ってきた。

 手には二つの小さな革袋を下げており、中は水と焼き菓子だった。

 

「ま、これでも食べて景気をつけてくださいよ。差し入れ、陣中見舞い」

 

「……あんまり飲み食いしたいところじゃありませんけどね」

 

 ゴーレムを操りつつ応えながら、ゴローは薄っすら(にじ)んだ汗をぬぐう。

 

「ほお、やっぱり魔法を使うのもそれなりに消耗するもん? あははは」

 

 と、ソムニウムは笑いながらハンカチらしきものでゴローの額をふく。

 ハンカチからは微かに香水の良い香りがした。

 

 その上品な匂いがあまりソムニウムやこの場所とそぐわず、ゴローは変な気分になる。

 

「どうやらもう、変なイタズラをするバカはいないね、けっこう毛だらけ」

 

 ソムニウムは手をかざしてゴーレムを見ながら、何度かうなずいた。

 

「すると……?」

 

「ああ。若いやつに言っておとなしくさせましたよ。テーブルマナーですよ」

 

「おとなしくね……」

 

 何となくゾッとしない気がしたが、平穏に仕事をこなせるのは良いことだ。

 そういうことにしておこう、とゴローは内心の汗を見ないふりをする。

 

「言っておくけどちょこっとちょびっと、叱っただけですよ。血生臭いことは今のところしてないですよ。平和主義ですよ」

 

 こっちが特に何も言わないのに、言い訳するようにソムニウムは両手を広げる。

 

「で、後どのくらいかかりそうですか。目安とかないの?」

 

「こっちも初めてで何とも言えませんけど、今日中には何とか……」

 

 そう言いかけてゴローは黙然となる。

 

「どうかした? 腹痛にでもなった? 便所行く?」

 

「いえね、掃除をしたところでどれくらいもつのかなと……」

 

 最初に見た汚れ具合だと定期的どころか毎日出動しないと、清潔さは維持できまい。

 地域住民の心根が変われば別だろうが、汚れてるのが当たり前どころか、きれいにしている状態の方が非日常ではあるまいか。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その20、えらいことに

 

 

 

 

(えらいことになった)

 

 ティタニアの商館、その一室である来客用の部屋。

 

 小ぎれいに整理整頓され、花の香りが薄っすらと漂う。

 爽やかと言っていい空間の中で、ゴローはひどく不景気な顔をしていた。

 

「多少掃除しても、すぐに元に戻っちゃうんじゃあないですかね」

 

 昼間、ゴーレムを操りながらゴローは何の気になしに言った。

 

「こっちもそう思う。うなずきますよ。同意です」

 

 ソムニウムはヘラヘラした表情をせず、真面目な顔である。

 

「だから件の魔法使いに大規模な下水工事を依頼しようと思ってたんですよ。まずはうんPをきれいに処理できるようにしたいと。根本的治療ですよ」

 

「でも、それだけじゃあ……」

 

「そう。散らかし癖、汚し癖が全体的に染みついて困ったチャン状態」

 

 と、肩をすくめるソムニウム。

 

「街が清潔になれば、それだけくるお客も上質になり、増えるって寸法。だから何とかお金をかき集めて、できるだけ確実に、安くやろうと思う次第。もちろんお前さんの協力も」

 

 当てにしておりますですよ、ソムニウムはその褐色の手でゴローを撫でた。

 

「え」

 

「え、じゃない。あんたのゴーレムはフルで使ってもらわにゃあ。重要戦力ですよ」

 

「うーむ……」

 

 言われて、ゴローはうなってしまう。

 

「もちろん本番となれば、今回のお礼よりもさらにさらに増額、倍額をお約束」

 

「……いいんですか?」

 

「もちろん」

 

 ニンマリと笑うソムニウムに、ゴローは何となく察した。

 

(こっちにを支払っても、まともに大人数を雇うと考えれば……)

 

 そりゃあ疲れ知らずのゴーレムを二十体操るゴローのほうがずっと安い。

 しかも、今日の実戦訓練でだいぶコツもつかめてきているから――

 

(調子良く行くと、三十同時操作もいけるかもなー)

 

 ゴーレムは色々差し引いても、一般成人男性の倍は働ける。

 そんなのが二、三十体休みなしで動くと考えれば、良い買い物であろう。

 

 気になるとすればゴローの魔力消費くらいだが。

 チートで量だけは凄まじいものだから、そこも大丈夫なのである。

 

「まあ、向こうとすればいいんだろうけどさ……」

 

 ベッドの上、目の前にある革袋を見ながらゴローはつぶやく。

 金貨銀貨の詰まったそれは、本日の清掃作業でもらった報酬だ。

 

「明日から当分来てね。約束だよ、約束。なーに作業は今日と同じだから」

 

 軽く言ってくれたソムニウムだが、ゴローは何か気乗りがしない。

 

 報酬や待遇に文句はない。

 半人前のガキ相手にちゃんとしてくれていると、感謝してもいいくらいだ。

 

 しかし、気になることがある。

 それは作業中に街で感じた、無数の視線であろうか。

 

 あからさまな敵意はなかったにしろ、どうも歓迎されている風ではない。

 老若男女色々いるにはいたが、自分たちの住処がきれいになって喜んでいる――

 

 そんな人間はいなかったように思えた。

 強いて言うなら、依頼主であるソムニウムくらいだろうか。

 

 だが、いくら考えて下手な考え休むに似たりだ。

 

「ゴロー様、お風呂の用意ができましたので、どうぞ」

 

 そんなメイドの声に反応し、とりあえずゴローは考えるのを止めた。

 きれいなトイレも良いが、思う存分風呂に入れる環境はありがたいものだ。

 

 

 

 翌日。

 約束通り現場に向かうと、ソムニウムが待っていた。

 

「やあ、おはよう。時間通り、約束通りですよ。うん」

 

 片手を上げながらニコニコ笑うソムニウムだが、何か違和感がある。

 気のせいか、と思ってゴローは何も言わかったが、それでも内心引っかかった。

 

「作業は昨日とおんなじですよ。終わり次第そのまま帰ってもらってもOK」

 

 右の人差し指と親指を合わせ、丸を作るソムニウム。

 と――

 

「それから、これをプレゼントするからかぶっておくように」

 

 言われて手渡されたものは、厚手の革帽子である。

 形状はいわゆる、ハンチング帽に似ていた。

 

 ただし持ってみるとズシリと重量があり、革の中に硬いものがある。

 ちょっとしたヘルメット代わりになるかもしれない。

 

「あの、これは?」

 

「まあ用心の一環と言うか、念のためと言うか、安全のため?」

 

「え。別に、ゴーレムでそういうことはあんまり……」

 

 力仕事をするのはゴーレムで、ゴローは魔力で遠隔操作。それが基本だ。

 別に、アニメのロボットものみたく中で操縦するわけではない。

 

「いやあ、ゴーレムじゃなくってあんたを狙うのもいるかもしれないという、そういうことを言っているわけですよ。予防として」

 

「狙う? それ、どういう意味です?」

 

 背筋に嫌なものを感じながら、ゴローは追及する。

 

「うーん……それはねえ?」

 

 言われたソムニウムは顎を引きながら、どうしたものか、という表情。

 

「まあ、ちょいっと面倒臭いことになっててね。そのへん抑えてるとこ」

 

「もうちょっと具体的に言ってくれませんか」

 

「街の清掃で、文句言ってるのがいるってこと。わかれよ、そのへん」

 

 いや、わかりませんよ――と、ゴローは言ったが、ふと視線を感じて周りを見る。

 

 別に変ったことはない。

 最初はそう思ったが、どうも死角になっている箇所から、嫌な気配が。

 

 もうちょっと気を付けて観察すると、小汚い身なりの子供がこっちを見ていた。

 子供といっても、今のゴローよりは年上かもしれない。

 

「街の定期的掃除は、物乞いのガキどもの仕事だったんですよ。つーてもまあ」

 

 ソムニウムも見るともなしに、周囲を眺めているようだった。

 

「実際はそいつらを顎で使ってるポンチ絵みてーな連中がほぼ巻き上げてるけど」

 

 わけのわからない例えを口にしつつ、ソムニウムは獰猛に笑った。

 

「そのうち何とかしようと思ってるんだけど、こっちも色々忙しかったり、若いやつの仕事も空かなかったかったり、何かとあるわけですよ。多忙です。忙殺ですよ」

 

 ソムニウムは困った顔をして、頭に手をやった。

 何とかする、という言葉がひどく凶悪で剣呑なものに響いた。

 

「ま、上の連中はともかく、下でこき使われて、酷使されてるガキどもは掃除の仕事がないとその日も食いかねるという面白くない状況になるわけで。そんなら、邪魔な奴にイタズラだの嫌がらせの二つ三つもしようかと、そういうわけですよ。八つ当たりでもあるか」

 

「ははあ……」

 

 そこまできて、ようやくゴローにも事情らしきものが見えてきた。

 

「しかし、その、使われてる子供を保護するとか、そういうことは」

 

 ゴローの意見に、何を言ってるんだ、という顔のソムニウム。

 

「保護って……捕まえてどっかに閉じ込めておくってこと? そりゃ面倒臭いですよ。手間暇かかってしょうがないですよ。やれんです」

 

 その返事に、ゴローはただ肩を落とすばかりだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その21、迫る危険

 

 

 

 

 つまりは、そういうような場所なのだと、ゴローは諦観と共に実感する。

 

 浮浪児とか孤児を保護するという考え自体が、ないのだ。

 ソムニウムも極悪人というわけではないのだろうが、善人でもない。

 

 いや、善人でも『ここでの常識的』な人間ならば、そんな発想しないだろう。

 ここでは孤児なんてものは、野良犬・野良猫と同等なのである。

 

 積極的に攻撃する対象でもないが、保護する対象でもない。

 江戸も前期頃は捨て子や堕胎……つまり間引きが頻繁に行われていたとか。

 

 ゴローのいた村でも、貧しさから堕胎をした妊婦は毎年いた。

 というか、ゴローが生まれる以前はより貧しくて、餓死者も出たという。

 

(どうしたかもんか……)

 

 ソムニウムから目をそらしつつ、ゴローはそんなことを考えて、

 

(どうしようもないか……)

 

 またもや諦観をこめて、心中でつぶやいた。

 確かにかわいそうだとは思う。同情もする。

 

 しかし、だからといって現状のゴローにできることはない。

 仮にソムニウムからもらった金を分けてみたところで、焼け石に水だろう。

 

 いや、それを狙って悪い連中に襲われるかもしれない。

 どうにかしようにも、ゴローには知識も金も、力も足りなかった。

 

 ゴーレムの操縦ができたところで、どうにもならない。

 下手に動かせば、かえって相手の食い扶持(ぶち)を奪うだけだ。

 

 というか、もう奪っている。

 

 しかし、このままで良かったかというとそれも違うだろう。

 では、どうすればいいのか。そんなことは、わからない。

 

「はあ……」

 

 袋小路に陥った思考に引きずられるように、ゴローは座り込んだ。

 

「どうした、腹痛? 下痢?」

 

 上から降ってくるソムニウムの声。

 

「いや、まあちょっと疲れちゃって……」

 

「うーん、それは困る。前金も払ってるし、ちゃんと仕事はしてくれないと。契約の不履行になるわけですよ」

 

 こっちの体を心配してるわけじゃないんかい、とゴローはこけそうになる。

 だけど、まあそんなものであろう。

 

「……ところで、ソムニウムさん」

 

「ソミー」

 

「え」

 

「親しい人はそう呼びますよ。あだ名、ニックネームですよ」

 

「はあ、でも自分とあなたは、そういう関係でも……」

 

「それもそうか、じゃあ、いいや。訂正。今のなし」

 

「……」

 

「で、何か質問でも?」

 

「ええと、ソムニウムさんはここらをきれいにして、どうしたいんです?」

 

「どうするも何も」

 

「きれいになって快適・清潔になれば、それだけで十分売りになるわけで。そうなればお店の売り上げも、こっちの名前もあがるわけですよ。一つで二度美味しいわけ」

 

「そりゃあわかりますけど……しかし、けっこうな金もかかるし。それに、何か良く思わない連中もいるようだし……。金や手間暇かけてやることですか?」

 

「うーん。そう言われるとつらい。厳しいわけですよ」

 

「はあ」

 

 でもね、とソムニウムは唇を持ち上げ、ゴローを凝視した。

 

「こんな田舎町だけど、それでもここは割と人も多いし、旅人も来る。そうなると当然うちら方面にもお客は集まってくるわけ。けどまあ、小汚さやそこらの点ではどこにもであるような特に特徴のない夜の街なんですよ、ここは」

 

「はあ……」

 

 つまり、この街の様子はけっこう『フツー』だったわけである。

 

「しかし、最近水洗式の便所とかそういうものを耳にして、目にしたわけですよ。こりゃまたドカンときましたね。ショック、激震。こんなすごくて画期的なものがあるのかと」

 

 拳を握って、うなずくソムニウム。目が恐ろしい。

 

「清潔できれいで臭いも。トイレも爽快でいかした街!」

 

 こりゃ、すごいよとソムニウムは耳まで裂けるような笑みを浮かべる。

 まさに獣のような笑顔だった。

 

「そしてね。こりゃ大きな仕事だと思ったわけですよ! どこにでもあるような夜の街がこの自分の手でよそにはないすごいところになると確信した。名が広がり、上がって、残る!」

 

「そ、そっすね」

 

 ゴローはとにかく、同意して愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 

「こういうことのために、それなりに金なり手間なり暴力なりを使うわけです。ワカル?」

 

「そっすね」

 

 要するに、ソムニウムは己の色んな欲のために街をきれいにしようというわけだ。

 それは別に理解できる。悪いことでもない。

 

 だが、どうやらそこで生じる軋轢(あつれき)にゴローは巻き込まれつつあるらしい。

 否、すでに関係者の一人になっているのだ。

 

 ゴローは渡されたヘルメットのごときハンチング帽を握り、冷や汗をかく。

 

「そういうわけだから、ゴーレムを護衛用に一体回しておくべき。するべきですよ」

 

「……そうですね」

 

 ソムニウムの提案に、ゴローはハンチング帽をかぶりながら、うなずく。

 重たく硬い帽子の感触が、ひどく物騒で嫌なモノに感じた。

 

 じゃあ、注意しておくように、と言い残して去っていくソムニウム。

 彼女の形の良いヒップを見送りながら、ゴローは即座に近場のゴーレムを呼ぶ。

 

 戻ったゴーレムを騎士の鎧のような鋭角的なデザインへと変更。

 もっとも、ちゃんとした勉強をしたわけでもセンスがあるわけでもない。

 

 改装されたゴーレムは妙に妙にトゲトゲの多いウニやヤマアラシのような珍妙なもの。

 触れば痛そうだが、大して威圧感はない。

 

 遠目に見るとむしろ滑稽で馬鹿っぽい。

 

(まあ、それでも気休めにはなるか……)

 

 ゴローはトゲゴーレムの影に隠れるように位置を変え、また清掃作業に戻った。

 慣れたおかげか、昨日よりは効率的にすばやく作業が進められる。

 

 しかし、ゴローの体感時間はひどく遅かった。

 とっとと終わらせて、この物騒なところから脱出したい。

 

(しかし……それですむものか…………)

 

 ゴローはふと思う。

 ソムニウムが揉め、ゴローは巻き込まれている。

 

 そうなると、商館のティタニアも危ないかもしれない。

 ガラの悪い連中が商館に乗り込んでくる危険もあるのではないか。

 

(あそこは女ばかりだしなあ……大丈夫だろか――)

 

 今後の危険性を想像し、ゴローはげんなりした気持ちで少しうつむいた。

 

 その時、フッと風が吹いたような。

 一瞬周辺が暗くなった、と思いかけた時、急にゴローの頭は軽くなる。

 

「あっ」

 

 叫んだ瞬間、ハンチング帽がなくなっていることに気づく。

 

 どうしたことか、と思う間もなく、鈍い衝撃と共にゴローの意識は刈り取られた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その22、拉致される

 

 

 

 

(頭が痛い……)

 

 朦朧(もうろう)とした意識の中で、ゴローはそんなことをまず思った。

 ズキズキと(うず)くように痛みが寄せては引き、引いては寄せるを繰り返す。

 

 次に(わら)と土埃の臭いに気づき、それからゆっくりと意識が覚醒していった。

 

「いてえ……」

 

 つぶやきながらゴローが目を開けると、そこは薄暗い小屋の中。

 ひどくボロボロで、藁屑ばかりが散乱しており、使っている様子がない。

 

 天井や壁に空いた無数の穴から、日光が差し込んでた。

 ゴローは身を起こそうとするが、うまく体が動かない。

 

 荒縄で体をグルグル巻きにされているのだ。

 

(何だ、この扱いは…………)

 

 ともかく、この状況をどうにかせんとゴローは意識を集中した。

 魔力の流れをイメージして、足元の土からゴーレムの作成を始める。

 

 手をかざしたほうが効率はいいが、複数操るわけではないなら問題なかった。

 ボコン、と足元の土が魔力を受けて盛り上がりかける。

 

「お、気づいたか」

 

 その声に、ゴローはドキリとしてゴーレムの作成を中断する。

 

 ほぼ半壊している小屋のドア。その前に、小柄な人影が立っていた。

 逆光で顔はよく見えないが、声は女か子供のように思える。

 

「あんた、誰」

 

「そう聞くなら、まずてめえのほうから名乗りなよ」

 

 小柄な影はゆっくりと小屋に入りながら、笑みを含んだ声で返す。

 

「……」

 

 しばしゴローは無言だった。

 入ってきたのは一人だけだが、小屋の外には数人いるような気配である。

 

「ゴロー」

 

「変な名前だな。東の人間か?」

 

「いや」

 

「ふん」

 

 首を横に振ったゴローの前、立ちはだかる影。

 両手を腰に当てて、尊大な態度でゴローを見下ろしていた。

 

 まだ、子供である。まあゴローよりは年上のようだが。

 

(十二くらいかな……)

 

 そうゴローは見て取った。

 赤い髪の毛に、褐色に近い日焼け気味の肌。

 

 近づかれると、ぷんと獣じみた臭いがする。

 こんな臭いをした子供、故郷の村にはゴロゴロいたなと思い出す。

 

 というか、それがスタンダードだった。

 しかし、見るからに貧民という格好にも関わらず、村の子供よりもずっと垢抜けて見えるというのは、環境の差だろうか。

 

 見た目だけでは、男の子か女の子はわからない。

 どっちにも見えるというか、よく観察すれば整った顔だちだった。

 

「困るんだよな」

 

「へ」

 

 唐突に話し出した相手に、ゴローは困惑する。

 

「お前のせいで、色々困ってるだよ」

 

「何で……。いや、何が?」

 

「わかんねーかなー……」

 

 相手は面倒くさそうに髪を掻きながら、ジロリと睨んでくる。

 

「お前だろ、あの岩人形を使ってる人形使いは」

 

「あああ……」

 

 言われて、ゴローはようやく気づく。

 こいつは――こいつらは、とするべきか。

 

 ソムニウムの仕事で割を食ってしまった連中なのだろう。

 

「まあ、そうだけど」

 

「しかし、まだガキじゃん。ホントにお前なのか?」

 

 拉致しておいて今さらな質問をする。

 ゴローは笑いたくなったが、怖いので我慢をする。

 

 子供とはいえ、現状のゴローよりも体も大きく、力も強いだろう。

 しかも見るからに喧嘩慣れしている風でもある。

 

 勝てない喧嘩はしないに限るのだ。

 

「まあ、そうですね」

 

「ふうん」

 

 ゴローの言葉をどう受け取ったものか、相手は腕組みをして鼻を鳴らした。

 

「それで、自分を一体全体どうすると。まさか……」

 

「さあなあ」

 

 組んだばかり手を解いて、同情するような目。

 

「そりゃこっちの決めることじゃないわさ」

 

「じゃあ、このまま殺されるかもしれないと……」

 

「だからこっちの決めることじゃねえっての! 死んでも化けて出るなよ?」

 

(おいおいおい……)

 

 半ば肯定するようなことを言うので、つい笑いそうになるゴロー。

 

「何だよ、おかしいか?」

 

「いや――」

 

 威嚇するような声を出すので、ゴローは首を振った。

 そして、自分の後ろ出へと意識を飛ばす。

 

 相手から見えないように気をつけて――。

 難しいが、相手に悟られないように、しかしできるだけ早く使えるゴーレムを生成しないといけない。ボヤボヤしていると、非常に危険そうだ。

 

「殺さないでください」

 

「だから、決めるのは上だって言ってるだろ、このがきゃあ!」

 

 (かん)が立ったものか、相手はいきなりゴローの頭を平手で殴る。

 案外柔らかい手だった。やはり女かもしれないな、とゴローは思う。

 

「痛い」

 

「痛いのはこっちだ。石頭が……」

 

 手をひらひらさせながら、そいつはべーとして舌を出す。

 

(あね)さん」

 

 と、不意に外から声が聞こえてきた。子供の声である。

 この時、ゴローは嫌な予感を覚え、魔力をさらに集中させた。

 

 急いで出ていく『姐さん』。

 その後、子供の声が数度飛び交ったかと思うや、のっそりとした大男が小屋に入ってくる。

 

 感情の読めない目つきをした、いかつい男だった。

 

「どなたデス?」

 

 とりあえず声をかけてみるゴローだったが、相手は無言。

 手には、重たそうな(なた)をぶら下げている。

 

(あ、やばい)

 

 黒光りする狂気を見て、瞬間的に何かを悟るゴロー。 

 しかし、当然まだ死にたくもなし。

 

 そうこうしているうちに、男の大きな手がゴローの顔に(おお)いかぶさった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その23、名はアイナ

 

 

 

 

 その男は有無を言わさずゴローを押さえつけ、手にした凶器をぐいと振り上げた。

 まるで魚か肉でもさばくような、自然な動き。

 

 やり慣れている動きである。

 そのまま、ゴローのごときちっぽけな子供は苦も無く殺害される。

 

 はずだった。

 少なくとも男はそう確信し、疑うことすらなかったろう。

 

 だが。

 真横から伸びた太い腕が、ゴローを押さえる腕をぐいとつかんだ。

 

 岩で造られた腕。

 それは見た目を裏切らない剛力で男の腕を締め上げた。

 

「……! ………………!」

 

 男は声をあげずに悲鳴を発しながらも、自由のきく片腕を蠢かす。

 

 小屋の中を、鈍い光の刃が閃いた。

 狙う先はゴローの小さな胸板である。

 

 だが、刃が届く前に別の腕が男の顔面を張り飛ばした。

 

 刃物が乾いた音を立てて転がる中、男の体はボールのように宙をすっ飛ぶ。

 そのまま、脆くなった小屋の壁にぶち当たり、外に飛び出していった。

 

 のそりと薄暗がりの中に立つのは、武骨な岩で造られたゴーレム。

 

「ひどい目にあった……」

 

 ゴローは首を振りながら起き上がり、二体目のゴーレムを生成する。

 一体目を外に出し、安全を確認した後ゴローはようやく小屋を出た。

 

 体に受ける日差しがひどく久しぶりに感じる。

 

「あっ……!」

 

 ゴローが出てくるなり、驚きの声が飛んだ。

 小屋の周りには、真っ黒な塊が複数岩のように並んでいる。

 

(む……)

 

 反射的にゴローはゴーレムに自分を抱えさせた。

 高くなった視点から見えたのは、自分を見上げる複数の子供。

 

「生きてる」

 

 そうつぶやく声が、妙に大きくゴローの耳に届いた。

 

「殺すつもりだったわけか」

 

 若干威嚇するような声でゴローは言う。

 

 その途端、子供らはあっと叫び声を上げ、散り散りに逃げ去っていった。

 蜘蛛の子を散らすように、の見本みたいな動きである。

 

 しかし、一人だけその場にとどまり、ゴローを見上げている者が一人。

 

(あ、こいつは……)

 

 さっき小屋に入ってきた、男か女かわからない子供。

 

「お前――」

 

 子供はゴクリと喉を鳴らし、つっかえつっかえに話し出す。

 

「どっから、そんなものを持ち出してきたんだ……」

 

「魔法で作った」

 

「ここで?」

 

「そう。ついさっき」

 

「嘘だろ」

 

 ゴローの答えに、子供は棒でも飲みこんだような顔になった。

 

「嘘ついてどうする」

 

「…………まあ」

 

 言われて、沈黙する子供。

 しばし、睨み合いとも言えないものが続いた。

 

「ゴーレムって、そんなに簡単に作れるのか?」

 

「まあ、ものによるけど」

 

「……話が違う」

 

「は?」

 

 ゴローは首をかしげると、子供は脱力したように座り込んだ。

 

「ご、ゴーレムは作るのにすげー手間がかかって、扱いも難しいって……」

 

「だから、それはものによるんだけど」

 

「で、でもお前魔法の道具も何も持ってないじゃん。杖もないだろ」

 

「そりゃ使わんからね」

 

 ゴローはゴーレムに縄を解かせながら、はあ……とため息をつく。

 改めて見ると、シャツとパンツだけで身ぐるみはがされている。

 

(……服だけじゃなく財布というか小銭入れまで持っていかれたな)

 

 大してものを持っていなかったのが幸いしたと言うべきか。

 前金としてソムニウムにもらった金は商館の部屋に置いてきている。

 

「で――あんた、何?」

 

 ゴローは腕をさすりながら、目の前に相手に問うた。

 

 相手は即答しなかったが、ゴローのそばに立つゴーレムを見て、肩を落とす。

 

「アイナ。見ての通りの貧乏人だよ」

 

「誘拐犯の間違いだろ」

 

「悪かったよ……。でも、お前のせいでこっちは食い扶持がなくなったんだぜ」

 

 アイナは地べたに座り込み、肩をすくめてみせた。

 まあ見ればわかる。どう見ても金持ちには見えない。

 

 金持ちが何かの理由で貧乏を装うこともあるかもしれないが、この場合はないだろう。

 

「街の掃除をして金もらってるってやつ」

 

「そんなとこさ。他にもいろいろあるけどな」

 

「だからって殺されるのはたまらない」

 

 ゴローは言いながら、ぐいとゴーレムを前面に立たせた。

 

「ちょ、ちょっと待て! 殺す気はなかったよ。ただ、捕まえてこいって……」

 

 ありがちながら、悪い大人に命令されてゴローを拉致したらしい。

 

「どっちにしろこっちは殺されそうになったけどな」

 

「……それは」

 

「そっちだってこっちが殺されるかもしれないとは思ってたんじゃないの」

 

 ゴローの詰問にアイナは答えない。

 しかし、その表情から図星をついていると推測できた。

 

「直接手を出さなくっても、人殺しの手引きをしたってことだよなあ」

 

 ゴローが冷たく言った瞬間、アイナは後ろを向いていた。

 そして、ウサギが跳ねるように地面を蹴って、走り出す。

 

 だが、その両足は空中でバタバタと動くばかりだった。

 ゴーレムの手が、アイナの襟首をつかんで猫みたいに持ち上げている。

 

「自分は非力なガキだけど、こいつの力は人間の軽く五倍あるぞ」

 

 ゴーレムの上から、静かに声をかけるゴロー。

 

「こ、殺す気かよ!」

 

 悲鳴のような声をあげ、アイナは唾を飛ばす。

 

「どうしたもんかな。こっちは殺されかけてるしな」

 

 相手の反応が面白く、つい意地悪な発言をするゴロー。

 

「この……!」

 

 しかし、相手はただ驚いておびえるだけの小動物ではなかった。

 どこから取り出したものか、アイナの手には光るものが握られている。

 

 アイナが刃物を振りかぶるのと、ゴローがゴーレムに自分を守らせたのは――

 ほとんど同時だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その24、遅い救援……

 

 

 

 

 ナイフが飛んでくる。

 ゴローはそう思い――というよりは直感し、本能的に身を守った。

 

 伸びるゴーレムの手が大きく、グローブのごとく広がって盾となる。

 これならば、飛んでくる刃物に十分対処できよう。

 

 ゴローは目をつぶりながらも、そう確信していた。

 だが、絶対来ると予想していた刃物の投擲(とうてき)は、ない。

 

「あばよ!」

 

 (あざけ)りを含んだアイナの声が飛ぶのと同時に、ゴローは両目を見開く。 

 その時には、アイナはゴローの眼前から消えていた。

 

 ゴーレムの手には、わずかなぼろ切れだけが残されているのみ。

 そして、遠くに駆け去っていくアイナの後ろ姿。

 

「やられた……」

 

 どうやらアイナは、ナイフを投げるのではなく自分の服を切るのに使ったらしい。

 まんまと敵のフェイントに騙されたというわけだ。

 

 一瞬ゴローはアイナを追おうかとも考える。

 しかし、現状使えるゴーレムは基本鈍足で追跡には向かない。

 

「まあ、いっか……」

 

 早急に諦め、ゴローはこれからどうしようかと考える。

 遠くにツギンの街並が見えるところから、街からそう遠くはなさそうだ。

 

 察するところ捕まっていた場所は、郊外の物置小屋といったところか。

 

(ともかく、帰って服をどうにかせんと……)

 

 それでは早速、と――ゴローがゴーレムを歩き出させようとした時。

 

「ぎゃ……!」

 

 遠くで、甲高い悲鳴があがった。

 

(なんだあ……?)

 

 さっき殺されかけたことを思い出し、ゴローは急に恐怖を感じた。

 というか、半分麻痺していた感情が戻ってきたのかもしれない。

 

 また殺されかけてはたまらんと、ゴローは周辺に魔力を飛ばす。

 たちまち、太い手足をそなえた岩ゴーレムが数体完成した。

 

 雑な完成度で良いのなら、ゴーレム生成速度はレベルアップしている。

 

(来るなら来い……。いや、どっちかというと来てほしくないけど……!)

 

 ゴーレムの上、ゴローは冷たい汗をかきつつ様子を見守っていた。

 すぐに人の気配が複数こちらに近づいてくるのがわかる。

 

 それは、何やら声をかわしながらやってくるようだった。

 

「おーい。生きてるか、死んでるかー?」

 

 気安い感じの、女の声が響いてくる。聞き覚えのある声だ。

 

「……?」

 

 はてな、と首をひねるゴロー。

 そうするうちに、またも響く声。

 

「おーい! ゴローやーい」

 

 声と共に、褐色の肌に金髪の派手な風貌の美女が歩いてくるのが見えた。

 

「あ」

 

 ゴローは思わず声をあげる。

 

 ソムニウムだ。

 金髪。褐色の肌。肌な美貌。肩に引っかけた獣毛のコート。

 

「おおっ。生きてた、生きてた。感慨無量、ばんばんざい。」

 

 複数の人間を連れ立って歩いてくるのは、間違いなくソムニウムだった。

 

 ニヤリと笑うソムニウムは、片手で何か引きずりながら歩いてくる。

 大きなズダ袋のような汚げなもの。

 

 それが人間であると気づくのに、ゴローはしばしの時間を要した。

 

「お前がさらわれたって聞いて驚いたけど、いや、意外と何とかなった。良かった」

 

「殺されかけましたけどね……」

 

「でも、生きいる。生存確認ですよ」

 

 ソムニウムが引きずっていた人間から、パッと手を放す。

 どさりと頭から落ちたそいつは、微かにうめき声をあげた。

 

「あの、その人殺しちゃったとか……?」

 

「まさかまさか。ちょっと気絶させただけ、当て身で」

 

 軽くを手を振るソムニウムだが、その物騒な笑みのせいか今ひとつ信用できない。

 

「そもそも、それ誰です」

 

 言いながら身を乗り出して観察するゴロー。

 

「さあ?」

 

 ソムニウムは首をひねりながら、気絶させたそいつをひっくり返す。

 仰向けになったことで顔が見えた。

 

「あれま」

 

 ひっくり返っているのは、さっき逃げ出したアンナその人ではないか。

 知ってるやつ? と、尋ねるソムニウムに、ゴローは微妙な表情。

 

「まあ、知っているといやあ知っているし。知らないと言えば知らないような」

 

「ややこしい。ゴチャゴチャしてますネ」

 

 ソムニウムはやや胡散臭げな顔で、ペチペチとアイナの頬をはたく。

 

「さっきこっちのほうから大あわててで逃げてきたんで。こりゃ怪しい、不審人物だと思ったんでとりあえず殴って捕まえておいたわけです。捕獲」

 

「まあ、怪しいと言えば確かに怪しいですが」

 

 とりあえずゴローは先ほどのことを手短に話した。

 

「ふうん。捕まえてさっさと始末しなかったのは、後で人買いに売れるかもしれんと思ったという感じですかねえ。人身売買ですよ」

 

「ひとかい? 売れる?」

 

 目を丸くするゴローに、ソムニウムは意地悪な視線を返す。

 

「魔法の才能を持った子供は、その手のところでよく売れるだとか。何に使うのかはさすがに知りませんけどね、一寸先は闇。闇夜のカラス」

 

 わけのわからん表現をするソムニウムに、ゴローは頭痛をおぼえた。

 

「でも、殺されかけましたよ」

 

「じゃあ、面倒事になると判断したってことかなー。それか売り込む先が見つからなかったということかも?」

 

 目を覚ました後だったから良かったものの……。

 もしも、気絶したままあの男が来ていたら――。

 

 そう考えると、ゴローは青くなってしまう。

 

「自分を殺そうとした相手は逃げちゃったんですけど」

 

「ふむ。そいつも何とかせんとね。もうちょい、詳しい特徴とか教えて。事情聴取」

 

「はあ、まあ……」

 

 何とか頼りない記憶を元に、ゴローは犯人のことを語ってみる。

 

「ふむ……ふむ……。何考えているかわかんない大男で、無表情ね……ああ~」

 

 話を聞きながらソムニウムは何度かうなずき、手を叩く。

 

「大体わかった。ありがとさん、感謝感激」

 

 さてと、話を聞き終えたソムニウムは、軽く倒れたままのアイナを蹴った。

 

「残ったこいつはどうするか、いかがするか。一応殺人を手伝ったわけだし」

 

「まあ……」

 

「何なら、こっちで適当に処理しとくけど」

 

 処理――という言葉がゴローの耳にはひどくゾッとして響いた。

 明日の朝、このアイナは郊外のどこかに埋まっているかもしれない。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その25、ソムニウム命令す

 

 

 

 

「さすがに殺すのは……」

 

「子供殺しとは物騒なことを言うね。考えなかったわけじゃないけど」

 

(うわあ……)

 

 ニコニコとして言うソムニウムに、ゴローは震えた。

 多分、半ば本気で言っている。

 

「見たところ食うか食われるかって状況で生きてたようだし、多分心情を(おもんばか)る余地は……」

 

「ずいぶんとヤサシイネ」

 

 何となく皮肉に聞こえる声で、ソムニウムは笑った。(わら)ったとでもすべきか。

 

「人死にに関わるのは、嫌なんですよ……」

 

「ふーん。信心深いってわけでもなさそーなのにネ。意外、存外(ぞんがい)

 

「別に。後味が悪くなりたくないってだけで」 

 

「自分を殺そうとした、その片棒を担いだやつでも?」

 

「まあ……」

 

「あんた、そんなこっちゃ早死にするよ。若死にですよ」

 

「そうはなりたくないですけどね……」

 

 前世で老人になる前に死んでしまったゴローとしては、夭折(ようせつ)は避けたい。

 

「しかし、まあこいつは雑魚にも入ってない使い捨てのようだし。死のうが生きようがあんま関係はないですか。むしろ……色々聞けるかもしれない」

 

 ソムニウムはアイナの首根っこをぐいとつかみ、引き起こす。

 

「いて。いてて…………」

 

 アイナは閉じられていた目を開け、視線だけを動かす。

 そして、 すぐにソムニウムに気づき、顔色を変えた。

 

「ひっ……」

 

「騒ぐな、(わめ)くな、さえずるな」

 

 ソムニウムはひどく冷たい声で言った。

 

「――おい、小娘。お前、馬面(うまづら)のところでチョロチョロしてるガキだろ?」

 

「……! ……! !!!」

 

 アイナはおびえた瞳で、何度何度もうなずく。

 横で見ているゴローも背筋が冷たくなり、逃げ出したくなる空気だった。

 

「とりあえずお前の知ってることを洗いざらい話せ。それからうちらに協力しろ」

 

 返事はハイだけだ、とソムニウムは全く笑ってない目で笑った。

 悪魔みたいな笑みとは、こういうものだろうか。

 

 それからは、アイナはもう完全に無条件降伏してしまった。 

 地面にぺたりとへたりこんだまま、言われることをペラペラとしゃべる。

 

「……で、馬面の親父に言われたのさ。正しくは、その子分にだけど」

 

「うまづらって?」

 

「んー。まあ規模のでかいポン引き、わかりやすく言えば」

 

 わからない名前に視線を送るゴローに、ソムニウムは適当な態度で答える。

 要するに、馬面は街で顔の利く悪党の一人でポン引き家業をやる片手間で糞便の掃除などを浮浪児などにやらせて、その上前をはねている悪党らしい。

 

 痩せた長身で、馬のように長い顔から、馬面と呼ばれているが、本人にそれを言うと絶対に激怒するので周りの人間は気をつけているとか。

 

「掃除はやりたがる人間も少ない。けど必ず求められる仕事でもある。需要供給ですよ」

 

 と、ソムニウムは鼻から息を噴き出しながら言った。

 ある程度の定収が見込める仕事ということだろうか。

 

「しかし……街の他のところではわりと……」

 

 まあ歓楽街と比較すればきれいなほうだったなあ、とゴローは思う。

 

「色町ってのは、他の地区とはちょっと別だからネエ。掃除するのも色々あるの」

 

 その『色々』のおかげで、馬面の財布も(ふく)れるということらしい。

 

「しかし、それなら自分みたいなよそ者に掃除させて、よく……」

 

 言いかけたゴローは黙り込む。

 そのせいで、今のような事態になってしまったわけか。

 

「お前さんにはすまないことになった。ちょっと下手を打ったわけですよ。後でそこらへんの埋め合わせはするから、カンベンな。謝罪と賠償ですよ」

 

「あの……」

 

 ゴローとソムニウムが会話している横へ、アイナは声を発する。

 

「あたいらがバラしたってわかったら、あたいも他のやつらも連中に吊るされる。だからさ、そこんところは、何としてくれよ……」

 

「くれよ?」

 

 アイナに対し、ソムニウムはギョロッと眼をむいた。

 

「いえ、あの……その……何とかしていただけないでしょうか……」

 

「はじめっからそういう風に言え。己が身をわきまえないと。慇懃無礼(いんぎんぶれい)

 

 それはちょっと違うのではないか、とゴローは思った。

 

「別にさっさと始末して、そのへんに埋めといても良かったんだけど。殺処分ですよ」

 

 ソムニウムは感情のない目で、そのくせ妙に笑顔で言った。

 アイナの顔は青くなり、次第に土色に変わっていく。

 

「しかし、ま。血生臭いことはよしてくれと、こっちのお子が頼むで、それならというような次第で命だけは助けてやると、こういう結論ですよ」

 

 唖然としているゴローに視線を送り、ソムニウムは咳払いをする。

 

「ああああ…………」

 

 途端、アイナはがくりと崩れ落ち、あくびのような声を発した。

 

「その代わり、今度はお前らはうちに忠誠を誓って、働いてもらう。滅私奉公ですよ」

 

 崩れ落ちたアイナの首をもう一度つかみ上げ、ソムニウムは静かにしかし怖い声で言う。

 

「わ、わかっ……わかり、ました……です……」

 

 アイナは失禁でもするんじゃないかという態度でうなずき、拝むような仕草をした。

 

「それじゃあ、お前の手下どものガキどもを集めろ。全員集合」

 

 やがて、先ほどゴローが捕まっていた小屋の前に大勢の子供が終結する。

 それにしても、とゴローはゴーレムの上から集まった面々を観察してみた。

 

 子ども……という表現ではうまく言い表せないような小汚さ、埃っぽさ。

 みんな汚れているせいか、パッと見には同じような顔に見える。

 

 しかし、さらにようく観察してみると、その顔つきの雑多さに驚かされた。

 中には小さな角みたいなものがあったり、妙に耳が大きかったり尖ったりしているのも。

 

 かといって、エルフのようなある種野生の貴族じみた雰囲気はない。

 言いかたは悪いが、雑種の子犬が群れているような感じだ。

 

 それも、野良犬ばかり。

 

「なるほど、なるほど。そろって小汚いのが集まったな、コバエのごときですよ」

 

 どういう例えかわからないことを言って、ソムニウムは手を叩く。

 彼女を見つめる子供らの目は、まるで狼か虎でも見ているようだ。

 

 間違いのない恐怖とと同時に、ある種の尊敬みたいなものが感じられる。

 やはりソムニウムは、一角の人物なのだろう。

 

 少なくともこの街の北国……歓楽街においては。

 

「で、これで全部? 全員集合?」

 

「あたいの子分は。他にもいることはいるけど、他の頭がしきっている」

 

 つまり、違う派閥ということらしい。

 

「ふむ。ま、あんまりたくさんいても困る。過ぎたるは及ばざるがごとしですよ」

 

 ソムニウムはぐるりと子供らを見回し、頬をかく。

 

「これからは馬面じゃなくって、このあたしに従ってもらう。不服があるならすぐに去れ」

 

 冷然と言い放つソムニウムの言葉に、子供らはしんとなり硬い表情だ。

 それを満足げに見てから、ソムニウムは命令を(くだ)し始めた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その26、ゴタゴタの後

 

 

 

 

 その後――

 

 ゴローはティタニアの商館に帰された。

 帰路に立つ際にソムニウムの部下とアイナがついてきて、終始ぴったりガードされる。

 

「何しろ、最初に隙を突かれて拉致されるっつう手痛い失敗をしてるから。念には念を入れてということですよ。石橋を叩いて渡る。ガード中に大防御ですよ」

 

 部下はいかにもその筋の人間という感じな、隙のない身のこなしだった。

 アイナのほうはキョトキョトと周囲を見回し、落ち着きのない犬みたいな様子。

 

「表の街なんかあんまり入らねえから……」

 

 確かにいわゆる一般――これが正しい表現かわからないが――の区域に入ると、アイナの姿……というか、色町の二人はよく目立った。

 ソムニウムもやってくる時の道すがらものすごく目立ったに違いない。

 

 特に見るからに小汚い格好のアイナは嫌な視線を受ける。

 ゴローは何とかフォローしようと思ったが、彼女自身がゴローたちから一歩距離を置いて、なおかつ所在なさそうにしてのだった。

 

 見ていて、哀れを催す光景である。

 しかし、こういう感情も差別なのかな、とゴローは思う。

 

 もっとも、この世界において前世日本における倫理観を持ち出しても仕方ないが。

 同じようなところもあるし、全く違うところもある。

 

 それは地球上のどこにおいても、同じことかもしれない。

 

「お帰りなさい……あらま、派手なかっこ」

 

 ゴローが商館に戻ると、ティタニアは開口一番面白そうに言った。

 確かに、派手な格好だった。

 

 さらわれた際に身ぐるみをはがされたゴローは、ソムニウムに保護されてから、

 

「とにかく下着だけっちゅうのもなあ。問題ですよ。困りもの」

 

 言葉のわりに大して困っていなさそうなソムニウムから、服を借りた。

 どういった代物(しろもの)かというと。

 

 いわゆる蝶ネクタイや燕尾服っぽい、その割に落ち着きのない変な服。

 小児用の衣服と言うのがすぐに手配できず、子供の芸人が舞台で着るステージ衣装を持ってこられたのだ。

 

 一見きれいだが、よく見るとあちこちに細かい補修跡があり、正直言うとぼろっちい。

 それにちょっと変な臭いもするようだった。

 

 かといって、贅沢(ぜいたく)を言える状況・立場でもないので我慢して着る。

 見世物芸人みたいな恰好した幼児と、いかにもその筋風のお兄さん。そして、ホームレスのような子供。

 

 これは嫌でも目立つ。

 

「半分陽動でもあるから、いっぱい視線をもらってきてくださいよ。衆人観衆の」

 

 そんな無責任な言葉と共に送り出されてしまったわけで。

 

「ふうん。あらましのことは聞いてたけど、ちょっときな臭いことですねえ」

 

 顎を撫でながら、感情の読み取りにくい表情でティタニアはつぶやいた。

 

 ゴローを送り届けた後、ソムニウムの部下とアイナは消えるように去ってしまう。

 アイナはネズミが狭いところに隠れるような動きだった。

 

 そうこうしているうち、メイドが着替えを持ってやってくる。

 地味な印象だが、造りの丁寧な服だった。

 

「下手をするとここも……ティタニアさんたちも巻き込まれるかもしれませんよ」

 

 着替えながら助言じみたことを言うゴロー。

 

「まあ、そうでしょうねえ。あまり表の者にちょっかいを出さないのが色町のルールですが、それを何とも思わないのもいるでしょう」

 

 ティタニアはメイドに運ばせたお茶をゆっくり味わいながら、微かに微笑んだ。

 しかし、目は笑っていないようだ。

 

 いや、笑ってはいるのだが、得体の知れない怖いものがある。

 

「それにしても馬面……ですか。最近評判の良くない噂を聞く男ですねえ」

 

「ご存じなんですか?」

 

「名前というか、通り名はね。会ったことはありませんけれど」

 

「自分で言うのもなんですけど、子供をあっさり殺そうとするヤツですよ?」

 

 身の危険を思い出しながら、ゴローは言った。

 言った途端に、全身がぶるりと震える。怖いのだ。

 

 いくら現世でチートあふれる才能をもらったとはいえ、所詮中身は凡庸な小市民。

 殺す殺されるという環境や状況など慣れるはずもない。

 

 今世では貧しい農村に生まれたこともなり、人の死には嫌でも慣れた。

 しかし、やはり自分が死ぬとなればたまったものではなかった。

 

 もしかしたら、また転生という可能性もありえるが――怖いものは怖い。

 

「大丈夫でしょう。何とかなりましょう」

 

 どういう根拠なのか、ティタニアは動じない。

 

「そうですかねえ……」

 

「ええ」

 

 不安なゴローを見ながら、ティタニアは笑う。いつも違う嫣然とした笑みだ。

 

「こういう荒事は商売していると出てくる、こともありますから。そのための対策はしているつもりですよ」

 

「つもりって……」

 

「まあ、任せてもらいましょう。それに……」

 

 コトン、とティタニアは茶器を置いた。

 

「ムリアンに敵対するということは、相手はよほど強いのか。それとも馬鹿か。そのいずれかでしょうねえ」

 

「どういう意味です?」

 

「そのままの」

 

 ティタニアは首をかしげ、また笑う。

 

「人間はどうか……まあ個々に差がありましょうが、ムリアンはそんなに」

 

 甘くありませんよ、と言ってティタニアは言葉を切る。

 

(本当にどういう意味?)

 

 ゴローにはよくわからない。わからないが、何故だか会ったこともないし、間接的に殺されかけた馬面に同情の念みたいなものがわいて出た。

 

 そして、詳細をティタニアに尋ねる勇気は塩をかけられたナメクジのように、音もたてずに縮んて消え失せてしまう。

 

(よくはわからんけど、このひとらを怒らせないようにしよう)

 

 そういう確信だけが胸中に残った。

 

 

 こういったやり取りの後――

 ティタニアの商館が暴徒に襲われる、という惨事が起きることもなく。

 

 何事もなく午後が過ぎ、やがては夜になって再び朝になった。

 その間ゴローは眠りにくい夜を過ごし、何度か変な夢を起きてしまう。

 

 用心のためにティタニアの許可を得て庭などにゴーレムを数体配置しておいたが、それらが侵入者に反応するということもなかった。

 そのままゴローは寝不足気味のところをメイドに起こされ、食堂に誘導される。

 

 食堂ではすでにティタニアが着席しており、優雅にお茶を楽しんでいた。

 

「ゆっくり休まれましたか?」

 

「いえ、あんまり……」

 

「昨日の今日でゴタゴタしてましたから。仕方ありませんねえ」

 

 彼女の態度からは、やはり何事もなかったらしいと思われる。

 少なくとも、この商館の周辺では。

 

 そして朝食が半ばほど進んだ頃、ソムニウムがやって来たのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その27、片付いたあと……

 

 

 

 

「ちょっと離れてる間に、オモチロイことがあったらしいな」

 

 と、メドゥチは笑って言った。

 

 青い髪の乙女は召喚の三階テラスに立ち、街並みを眺めている。

 夕焼け空の下、北方の位置がよく見えた。

 

 そこから遠目に見えるのは、整頓、清掃された色町。

 まだ店々が開き始めたばかりなのに、客はよく入っているようだ。

 

「ぼかぁ、ちっとも面白くありませんけどね……」

 

 殺されかけたし、という言葉を飲み込んでゴローは嘆息する。

 拉致され、暗殺未遂のあった後――

 

 何がどうなったのかは知らないが、馬面とやらの追撃が発生することはなかった。

 

 ゴロー拉致の一事件から三日ほどしてから再び、

 

「今日からまた掃除のほうをやってもらいますよ。整理整頓」

 

 そう言ってソムニウムがやって来たのである。

 

「大丈夫ですか?」

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。全部かたはついたから」

 

 満面の笑みで手を振るソムニウムに、詳細を尋ねる度胸はゴローにはなかった。

 

 変わったことと言えば、作業に大量の助手たちが加わったことだろう。

 アイナをはじめとする子供らが、ゴーレムではやりにくい閉所や細かい作業を担当する。

 

 そういうことになったのである。

 このへんも、ゴローは詳細を知らない。

 

 ただ子供らは勤勉で、愚痴もなくやるので特に文句はなかった。

 

 アイナだけはどうも態度が違ったが。

 別に何かしたり言うわけではない。しかし、言ってみればそれだけなのだ。

 

 黙々と仕事に励み、他の子供らを監督する。

 でも、ゴローにはどこかよそよそしいというか、素っ気ない。

 

「こっちとしても、別に文句はないんですけどねえ……」 

 

「でも、不服ではあると」

 

 ゴローの話した内容に、メドゥチは面白そうにしている。

 

「不服というか」

 

 では、何だろうと具体的に考えてもよくわからない。

 

「そのガキどもの頭目とよろしくやりたいのかい?」

 

「変な言いかたですね」

 

「じゃあ、仲良く和気あいあいとしたいのか?」

 

「どうでしょう……」

 

 それも違うような気もすれば、それであっている気もする。

 

 ゴローの脳内に明確な答えは出なかった。

 仕方ないと言えば仕方ないことだな、とメドゥチは伸びをした。

 

「お前はその年で有能な魔法使いの卵だが、あっちはそのへんに転がる雑草みたいな浮浪児。同じ子供でも、立場は大違いだぜ?」

 

「そうなんですかねえ」

 

「そうだよ」

 

「そうですか」

 

「嫌なのか?」

 

 微かに目を細めて、メドゥチはゴローの頭を撫でた。

 

「そういう点じゃまだガキと言うかドンくさいというか。ああ、前世の記憶や知識は全く役にたってないってか?」

 

「まあ、そうですね」

 

「認めるのかよ!」

 

 ずっこけるメドゥチだが、実際そうなのだから仕方ない。

 

 何しろ、常識も文化も何もかも違うのだ。

 今世で学んだ魔法やゴーレムの知識のほうがずっと有益である。

 

「ま、それは置いておいても、向こうはお前を怖がってるかもな」

 

「怖がる? ああ、ゴーレムのせいで」

 

「それもあるだろうけどさ」

 

 メドゥチはうーん、と顎を撫でながら夕日を見つめる。

 

 夕日の色合いは地球もここも変わらないな、とゴローは思う。

 もしかしたら、ここも地球なのかもしれない。

 

 パラレルワールドとか過去とか未来とか、色々可能性はあるような気がする。

 気がするだけで、考えるだけ無意味なのだが。

 

「向こうにしてみれば、一度は殺そうとした相手だ。少なくともそうなるように手を貸したという前科がある。しかし(ふた)を開ければお前は重要人物。ゴーレムという物騒なもんも扱える」

 

「はあ」

 

「仕返しする気があれば、いつどうされるわかんないってことさ」

 

「そんなことすれば……」

 

「どーなる」

 

「そりゃあ……」

 

 とりあえず警察とか法律とか世間とか。

 諸々のモノがゴローの敵となるのは明らかであった。

 

 ただし、地球の日本での話だが。

 では、『ここ』ではどうなるのか。

 

「――わかりません」

 

「どーもならんよ」

 

「え」

 

「仮にお前が仕返しとしてそのガキを痛めつけたところで、どうもならん。向こうは野良犬も同然のやつだし、お前はこの商館の客分だ。ソムニウムにとっても」

 

「はあ」

 

「あまり良い顔はされんだろうが、一度さらわれ殺されかけたってことがありゃな。手ひどく何度もやらん限りスルーされるよ」

 

「えええ」

 

「お前もお前で、そいつに恨みの一つくらいあるだろ」

 

「まあ……それは」

 

 メドゥチの意見に言葉を濁すゴロー。

 あると言えばあるような、無いと言えば無いような。いい加減な感覚。

 

「でも、彼女も自分から好きでやったわけじゃあないでしょ?」

 

「そりゃ知らんけど。お前が恨みを買ってた可能性もある」

 

 これも無いとは言えない。難しいところである。

 

「向こうにしてみればいつ仕返しされるか、わからんで戦々恐々かもしれないぜ」

 

「うーむ」

 

 そういった取られ方をすると心外なゴローだった。

 別に聖人君子ではないが、いたいけ……というには図太くて汚い印象だが……な、女の子を相手に乱暴ごとは避けたいところだ。

 

「こっちとしては一言謝罪があれば良いんですけど」

 

 そのへんが妥当なのではないかと、ゴローは勝手に結論づける。

 

「慈悲深いな。それもバレンシアの教えか?」

 

「違いますけど」

 

「そうか。じゃ、お前が今度そいつを捕まえて詫びを入れれと言っとけばいいだろう。それですむんなら太っ腹な大人物と一目置かれるかもしれないや」

 

 あるいは、お人よしのバカと思われて、なめられるかだ――と、メドゥチは意地悪く言う。

 

 やっぱり、難しい問題になってしまうようだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その28、ゴローとアイナと

 

 

 

 

 ここは素直に助言に従おう――ゴローはそのように思った。

 

 それから、まずは相手を見つけようとアイナを探す。

 会ってどんなことを、どんな風に言ったものか。

 

 具体的な考えはなかったが、とりあえず謝罪をちょっともらえれば良しとする。

 やっぱりそれは何か違うような気もするが、考えてもきりがない。

 

 なので、そこのところは妥協をすることにした。

 ところがいざ相手を探そうとしてみると、なかなかいない。捕まらない。

 

 これにはちょっと困った。

 

 ゴタゴタが片付いたとはいえ、それで暇になったわけでもないのだ。

 むしろそうなったことで、進行を求められる作業は増えた。

 

 メドゥチが帰ってきたことで、下水工事も同時進行だ。

 ゴローは朝から晩まで忙しい身の上になってしまったのである。

 

 所詮は子供の肉体なので時間はわりと限られているが……。

 

 一日の作業が終わる頃には体力のほうが迎えてしまう。

 とてもアイナを探す気力はなく、召喚にまっすぐ帰って夕食、直後に爆睡だ。

 

 そのうち、そのうちと思ううちに三日の日数がたってしまう。

 

 だが、四日目の朝。

 ゴローが朝食を終え、作業現場に向かおうと準備をしていた時だった。

 

「もしもし、坊ちゃん」

 

 外出着に着替えた終えたところへ、ドアをノックする者がいる。

 商館に来て以来、ティタニアやメドゥチ以外に声をかけられることはほとんどなかったので妙な気分になりつつ、ドアを開けた。

 

 部屋の外にはメイドがちょこなんと立っており、

 

「きたな……じゃない、変な女のが外をウロウロしてるけど、坊ちゃんの知り合いじゃないのかしら? 前、戻って来る時に一緒だったでしょう。裏手のほうにいる」

 

「……? あああ」

 

 最初は心当たりがないので、首をひねったゴローだが、やがて思いつく。

 

 そして、メイドに礼を言って外に出ていって――

 商館の裏手に出てみると、はたしてアイナがいた。

 

「やあ」

 

「……」

 

 ゴローはとりあえず手をあげて挨拶するが、アンナは無言。

 むっつりとした表情でうつむいていたが、やがてドカリと地べたに座り込む。

 

(なんだ?)

 

 相手の意図が読めず、ゴローがぼんやりしていると、

 

「覚悟はできてる。煮るなり焼くなり好きにしろい」

 

 明らかに虚勢を張っているのが、ゴローにわかる態度でアイナは言った。

 

「何が?」

 

 思わず聞き返すゴローだが、アイナはきつく目を閉じたまま動かない。

 

「殺さば殺せ」

 

「だから、何が?」

 

 物騒なことを口走るアイナに、ゴローは軽い頭痛をおぼえる。

 

「魔法使いの恨みは百倍返しだってんだろ」

 

「知らんよ、そんなこと!」

 

 目を閉じたまま叫ぶアイナに、ゴローは嫌になりながらも返答する。

 しかし、大よそのことがわかった気がした。

 

 どうやらメドゥチの助言通りだったらしい、ということ。

 

『あまり良い顔はされんだろうが、一度さらわれ殺されかけたってことがありゃな。手ひどく何度もやらん限りスルーされるよ』

 

『向こうにしてみればいつ仕返しされるか、わからんで戦々恐々かもしれないぜ』

 

 メドゥチの言葉を思い返しながら、ゴローはため息をついた。

 

 アイナが今まで捕まらなかったのは、逃げ回っていたからだろう。

 そして、理由は知らないがやられる覚悟を決めて、向こうからやって来た。

 

 誤解はやめろ、と言いかけてゴローは沈黙する。

 座り込み、目を閉じたアイナには何を言っても無駄な気がしたからだ。

 

 むしろ何か言えば言うほど、無駄な時間を増やすだけに思える。

 

「よし、わかった。覚悟しろ……」

 

 ゴローはそう言って、アイナに近づく。

 

 そして――

 

 ゴン!

 

 と、妙に心地の良い音が響く。

 

「ぐえ」

 アイナの悲鳴と同時に、ゴローは殴った拳をかばった。

 

(いってえ……)

 

 全力ではなかったが、かなり痛い。幼児の肉体では涙すら出てくる。

 

 ものすごい石頭だった。

 

「これで勘弁してやる」

 

「はあっ?」

 

 半泣きになりながら宣言するゴローに、アイナは空気の抜けるような声を放つ。

 

「なんだ、そりゃ!」

 

「じゃあな」

 

 ゴローはアイナの横を通り過ぎると、さっさと歩き出す。

 今日も今日とて仕事があるのだ。グズグズしておられぬ。

 

「お、おいちょっと待て!」

 

 あわてた様子で、アイナはゴローの前に立ちふさがった。

 

「なに?」

 

 ゴローは不機嫌になりながら、そっとゴーレムの生成を準備する。

 念のため、即座に身を守れるようにだ。

 

「カンベンするって……許すってことかよ!」

 

「何ならもう一度殴ろうか? 今度はこいつで」

 

 言いながら、ゴローは細見の簡易ゴーレムを生成させた。

 パワーのない即席粗悪品だが、一応は岩石だ。

 

 もし殴られれば、生身の人間ならたまったものではなかろう。

 

「ま、待て……! わかった、わかった!」

 

 アイナは後ろに飛びのきながら、あわてて顔をかばう。

 

「じゃあ、そういうことだから」

 

 アイナの反応を見ているうちに、ゴローは色々と馬鹿らしくなる。

 なので、片手を振ってゴーレムをお供に歩き出した。

 

 だが、ある程度歩いたところでゴローは振り返った。

 何か納得のいかないような顔をしたアイナがいる。

 

「なに? まだ何か用?」

 

「…………別に」

 

「別にって」

 

「たまたま一緒の方向に行くだけだ。現場はおんなじだしな」

 

 言われてみればそうである。しかしどうも納得できない。

 向こうもやっぱりそういう顔なのだった。

 

「あたいは、お前が殺されるってホントはわかってたんだぞ……」

 

「あっそう」

 

 そんな罪の告白なぞされても、ゴローはやっぱり迷惑だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その29、祝いの席にて

 

 

 

 

 それからはや三か月余り。

 

 ツギンの街――正確にはそこの色町は驚くほどの変化を起こしていた。

 雑然としていた街路が見事に舗装され、掃除が行き届いている。

 

 夕暮れ、街を行き交う客層も良くなっている。

 小金を持っていそうな商人や、貴族然とした上流階級が優雅に進む。

 

 それらに呼びかける女たちの様子も、ギスギスとしたものがなく余裕が感じられた。

 

「結果としちゃあ大成功。良いお客もがっぽがっぽですよ」

 

 店の二階から楽しそうに下を眺めるソムニウムの手には、酒の入ったグラスがある。

 褐色の肌には微かに赤みがさしているが、酔っているようには見えない。

 

 もっとも、ソムニウムの言動は素面の状態でも酔っているようなものだが。

 

「そりゃあこれだけ弄りまわせばなあ」

 

 テーブルで同じくグラスをかたむけていたメドゥチはくっくっくと笑う。

 何となく面倒臭そうな雰囲気があるが、今のところからむ様子はない。

 

「まあ、けっこうなことでございますな」

 

 子供であるゆえに酒は飲めないなので、料理を口にしながら言うゴロー。

 

「もちろん。あんたらのおかげ。感謝感激、雨あられですよ」

 

「はあ」

 

 そんな風に言われると面はゆいゴローである。

 

 確かにメドゥチの力はあるのだろうが、ゴロー自身は言われるままにゴーレムを操っていたという印象しかない。

 

「普通のやつがやればぶっ倒れるぞ?」

 

 と、驚いているメドゥチの意見にも、今いち実感がわかない。

 

「バレンシアから聞いた話じゃ、複数同時操作は相当燃費が悪いそうだ。なのに、お前は連日それをやって平気な顔をしてやがる。いわば魔法を同時にいくつも使ってるってことだぞ」

 

「はあ……」

 

 一応理論では、大変らしいとはわかる。

 確かにゴローも最初は複数のゴーレムを使うのはしんどかった。

 

 それは魔力とか体力の消耗と言うより気疲れみたいなものだったか。

 しかし、慣れるに連れて苦にならなくなり、かつては十体が精一杯だったのだが、街に来てからの仕事で三十体同時操作も可能になっている。

 

 うぬぼれてもいいレベルアップではなかろうか、と思いもするが、存外するりと慣れたため、あまり大したことではないようにも感じるのだ。

 

 これも比較対象がいないせいかもしれないな、と自身について思うゴロー。

 師匠であるバレンシアにはその緻密さ、精密さにおいて足元もにも及ばない。

 

 また、メドゥチも優れた魔法使いであるが、彼女は水路の整備など水に関する専門家だ。

 ゴーレム使いであるゴローとは方向性が異なる。

 

 才能と言うかゴーレムを操るための魔力だけは馬鹿みたいにあるが、所詮まだ子供の身。

 本物になるためには、まだまだ修行が必要なのだった。

 

「相変わらず爺むさいね。中身はオジンだったか。ウソかホントか、虚か実か」

 

 やはり酔っているのか、ソムニウムはゴローの頭を撫でくりながらゲラゲラ笑う。

 

「しかしまあ、オッサンだろうが幼児だろうが頼れるゴーレム使いってことは変わりないと。なので大いに飲んで食ってはしゃいでおくれよ。お祝い、祝賀」

 

「はあ、いただいてます」

 

「それにしちゃ考え事ばかりしてるようだがね」

 

 横で白い肌を主に染めているメドゥチが、つんつんとゴローの頬をつつく。

 

「いいえ、食いきれないから残りを包んでもらおうかなと……」

 

「ほう、テイクアウト。お持ち帰り。そんなにうまかったかね」

 

「ええ、まあ」

 

「そりゃあ嬉しいね。この料理はこの辺でもちょっと食べられないものばかりですよ」

 

 わざわざ料理人を遠方から呼んできた甲斐がある、とソムニウムは笑った。

 

「持って帰って全部ひとりでゆっくり食べようというわけか」

 

 メドゥチはどこか探るような目つきで言った。

 

「ここじゃゆっくりできないってか?」

 

「いやあ、あんまり子供が来るところじゃないでしょう」

 

「そりゃあそうだ」

 

「確かに。正論ですよ」

 

 ゴローの回答に、メドゥチとソムニウムはそろって笑う。

 示し合わせたかのようなタイミングだった。

 

 ここは色町。歓楽街。普通なら子供の来るところではない。

 しかし、本日は工事の完成を祝っての席である。

 

 元から断れる立場ではないゴローだが、なおさら出席しませんとは言い難い。

 じゃあ、店の者に言って包ませるか、お土産、と言いながらソムニウムは手を叩く。

 

 やって来たメイドが機械みたいな動きで料理を包んでいく途中、

 

「で、持って帰る料理でちゃんと全員に足りるのかい?」

 

 メドゥチは気さくな態度でポンとゴローの肩を叩く。

 

「うーん。どうでしょう、けっこう大人数ですからネエ……」

 

「ふーん? で、その『全員』ってのは誰のことだ?」

 

「え? あ」

 

 言われてゴローは頭に手をやった。どうやら引っかけられたらしい。

 

「いやあ」

 

「いやあ、じゃないよ。誰に持ってくんだい?」

 

「まあ、その、一緒の職場仲間というか……」

 

「一緒に働いてるってのはゴーレムのことか。それともこのメドゥチさんのことか?」

 

 メドゥチの口調は少し意地悪だったが、目は優しかった。

 

「いえ、どっちでもなくってですね。いえ、別にメドゥチさんがお仲間じゃないということであるということは、決してないわけで。ですから、つまり……」

 

「あの小汚いチビどものかな。浮浪児、貧乏人のガキども集まり」

 

「あああ、まあ……」

 

 ソムニウムの容赦ない表現に、ゴローは曖昧な表情となってしまう。

 事実はその通りかもしれないが、ハッキリ口に出されると切ないものがある。

 

「お前、あいつらと仲良くなったのかい」

 

「何か月も一緒に仕事してますとね、自然にというか……」

 

 ゴローは頭を掻いて苦笑し、何故か赤面した。

 ある程度顔見知りになった程度だが、子供の順応力ゆえか、単純にゴローがなめられているだけなのか。

 

 それでもつかず触らず状態だった当初よりはコミュニケーションが成立している。

 ただまあ、反応を見るにゴローに話しかけるのは仲間内の度胸試しみたいになっているようだったが。

 

 リーダー格たるアンナはというと、あんまり話したりすることはないが、気が付けば近くにいるとパターンが多い。いや、増えている。

 ゴローが話しかけてもあまり会話はのらない。しかし、逃げたり避けたりはしない。

 

 ので、それほど忌避されているのではないと、ゴローは判断する。

 とはいえ、人間の腹の内など理解しきれるものではないが。

 

「自分だけがお祝いの席に呼ばれたので、代わりにお土産でも持っていこうかと」

 

「自分だけがって……お前、今回の工事の最重要人物の一人だぞ」

 

 ちょっと謙遜するゴローに、メドゥチは呆れはてた顔になる。

 

「あんまり実感ないんですよねえ」

 

 ゴローはそう言って苦笑しながら、祝いの席を退席する。

 手にあまるほどのお土産を持って。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その30、子供たちの宴

 

 

 

 

 場所は、例の事件の際ゴローが捕まっていた古い小屋。

 正確にはその小屋があった場所とすべきか。

 

 今はボロ小屋は取り壊され、新しい小屋が建てられている。

 以前経っていた小屋よりも広いもので、何人かの人間が寝泊まりできる設計。

 

 

 この辺りは元は馬面の所持する土地であったそうだ。

 が、今の所有者はソムニウムとなっており、彼女の手下となった浮浪児たちが集まる場所になっている。

 

 基本子供だけとはいえ、ソムニウムの睨みもあってあまり人は寄り付かない。

 周辺の管理も子供らとなっており、ゴミ拾い、草刈り、掃除にけっこう忙しいそうだ。

 

 とはいえ時刻は宵の口だから、今は小屋で休んでいる。

 小屋の前に設えられた野外かまどで何か煮ているようだった。

 

 そこへ、ゴローはゴーレムと共に向かっていく。

 ゴーレムの足音に子供らは敏感に反応し、ゴローの姿を確認すると声をあげた。

 

「姐(あね)さん、ゴローが来たよ!」

 

 その声に、かまどの火を見ていたらしいアイナがパッと顔を上げる。

 

「……よお。何か用か、こんな時間に」

 

「うん」

 

 ぶっきらぼうだが、歓迎していない風でもないアイナに、ゴローは挙手してみせる。

 

「ちょっとお祝いの席に呼ばれて、その帰りにちょいとね」

 

 ゴローの声を合図に、ゴーレムが運んでいた荷物をかまどの近くにおろす。

 

「食い物だ!」

 

「美味そう!」

 

 荷物が開かれるなり、わっと集まり出す子供。

 

「ああ、もう! 騒ぐんじゃねえ! 逃げないから落ちついてろ!」

 

 興奮してちょっとした暴動もどきになりそうな子供らを、アイナは一喝する。

 

「見た感じ、いいところで飲み食いしてきたんだなー」

 

 苦笑して、軽い嫌みのようなことを言うアイナ。

 

「まあねえ。残りもの中心だけど、味は保証するよ」

 

「見りゃわかる」

 

 アイナは料理の一つをつまんで口に放り込んだ。

 

「美味い。姐御(あねご)の店の料理だな」

 

 彼女の言う姐御とは、ソムニウムを指している。

 

「半分は残りモノだけど、もう半分は新しい料理だよ。お前らへのお心づかいらしい」

 

「嬉しいね。吹けば飛ぶような野良ガキに対してさ」

 

 肩をすくめつつも、アイナは素直に嬉しいようだった。

 

「とはいえ、こういう扱いもあんたがいなきゃなかっただろうけどさ」

 

「そういうもんか」

 

 言ってから、そうなんだろうなとゴローは思う。

 ここは児童福祉なんて言葉も概念もない『ファンタジー世界』なのだ。

 

「お前ら今日はパーティーだ!」

 

 漠然と考えるゴローをよそに、アイナをはじめとする子供らは大いに沸いた。

 

「こりゃ、美味いわ!」

 

「すげえ柔らかい肉……何の肉だ! 食ったことねえ!」

 

「あいつらかわいそうだよな。いなくってさ」

 

 子供らは料理をほおばりながら、そんなことを言っている。

 

「あいつらって……?」

 

「あたいらの集まりは全部が全部親なし宿なしじゃない。中には親や家のある連中もいる」

 

「ふーん」

 

「おい、全部食うな。いない連中の分も残しといてやれ」

 

 特にがっついている子供に向かい、アンナは鋭い声を出すのだった。

 

「そういうお前は――」

 

「あたいはいないほうさ」

 

「そうか」

 

「お前のほうはどうなんだよ。そんなガキの頃から魔法使いやってるけど……」

 

「あああ……」

 

 尋ねられて、ゴローは空を見上げる。

 澄んだ大気の空だが、かまどの炎のためか星はよく見えない。

 

「今の先生に弟子入りしてからは会ってないなあ。今頃どうしてんだか」

 

「売られたってわけじゃないのか。魔法使いはそういうがあるって聞いたけど」

 

「まあ…………そう? よく知らんけど……」

 

 アイナの質問に対して、わずかに言葉を濁すゴロー。

 売られたと言えば実際そうなのかもしれない。両親は金と引き換えにゴローをバレンシアに委ねたようなものだ。

 

 そんなケースは珍しくないのだろう。

 

「しかし、お前は良いよな。魔法使えるし、将来は安泰だ」

 

「あんまり実感もないけどな」

 

「でかいゴーレムをいくつも使えるんだから、そうじゃないか。すげーこったぞ」

 

「うん…………」

 

 将来という漠然したものに、ゴローは何となく妙な気持ちとなる。

 こんな年齢から将来が確定しているなど、前世では考えにくいことだった。

 

 勝手に決めていても、何がどうなるかわかったものではない。

 

「いや、それは今もおんなじか…………」

 

「あ?」

 

 思わず思考を口にしたゴローに、アイナは訝しげな瞳。

 

「先のことなんか、どうなるかわからんよ。下手すりゃ若死にするかもしれんし……」

 

 自分で言って、ゴローはそんな未来を想像してゾッとなる。

 色町の下水工事に関わる一件で、危うくそんなことになりかけたのだ。

 

「そりゃあまあ……そうだな」

 

 アイナも何か思うところがあったのか、同意するようにうなずいた。

 

「けど、お互いに早死にはしたくねえよな」

 

「まあね」

 

「けど、お前はさ――」

 

「うん?」

 

「お前は親とかに会いたいとは思わないのか。まだガキなのに」

 

「あああ……。どうだろ」

 

 正直なところ、バレンシアのもとに来てからこっち何かと忙しく、思い出すことすらあったとは言い難い。

 元々、親との関係が薄かったせいかもしれない。

 

「あんまり、ないかもしれないなあ」

 

「割り切ってんだな」

 

 正直なところを口にするゴローに、アイナはどこか不思議そうな顔で言った。

 

「そういうお前は…………」

 

 言いかけて、ゴローは言葉を飲み込む。

 こういった話題はデリケートなもので、地雷を踏み危険があるのではないか。

 

「いいよ。気を使わなくって。あたいは珍しくもない、どこにでもいる親なし宿なしさ。物心ついた時から色町の路地裏でゴソゴソした。ゴキブリみてえなもんさ」

 

 妙に明るく言うアイナの声に、ゴローはかえって悲しい気持ちになった。

 あるいは単なる同情なのかもしれない。それはむしろ侮っている気持ちの表れだろうか。

 

 そんな煩雑(はんざつ)な気持ちのまま、ゴローは黙っているだけだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その31、再び現れた者

 

 

 

 

 ひどく嫌な夢を見た気がした。

 がばりとベッドから跳ね起きると、自分が汗だくであることに気づく。

 

「うーむ……」

 

 ゴローは一声うなってみるが、口から出るのは声変わり前の子供のもの。

 

「やな感じ……」

 

 つぶやいた言葉も日本語ではなく、この世界の言語だった。

 もしかすれば、起きると日本の、あのアパートではないか。

 

 そんな気持ちを抱かせるような夢だったかもしれない。

 暗がりの中、ベッドの中にいるとわけのわからない不安が襲ってくる。

 

 このままではいけないような、何かせねばならないような。

 いや、もっと違う切実な衝動だった。

 

 逃げなければ、身を守らなければ――そんなモノが肉体の奥深くからあふれる。

 ゴローはベッドから降りると、部屋を見回した。

 

 すっきりとした品の良い部屋。この街に来てからずっと使っている部屋。

 毎日メイドが掃除をしてくれているおかげで、非常に清潔かつ快適。

 

 だが、この場合そういったことはあまりプラスにならない。

 もっと必要であるものが、ないのだ。

 

 しばらく探すうちに、ゴローはそれを発見する。

 部屋に飾られた青い花が咲く植木鉢だった。が、必要なのは花ではない。

 

 ゴローは植木鉢を床にひっくり返し、土を散乱させる。

 そこで魔力を集中させ、土から石を生成して、石からゴーレムを生成。

 

 たちまちそこに、猫くらいのサイズをした四つ足型ゴーレムが現れる。

 

「よっし……」

 

 完成したゴーレムを満足そうに見つめ、ゴローは廊下に出た。

 静かに歩きながら、中庭へと出る。

 

 腕の良い職人によって入念に手入れがされた庭だ。

 ゴローは座り込んで地面を撫でながら、さっきと同じくゴーレムを生成した。

 

 今度は材料がふんだんにあるので、人間サイズの、しかしごついものだ。

 太い腕と足を持つ、パワータイプのものを数体生成した後、

 

「うん……?」

 

 ゴローは我に返り、首をひねった。

 

 自分は何故、こんなことをしているのか。理屈では、わからない。

 しかし、もっと心の奥深く……本能とでも言うべきものは、納得している。

 

 だからこそ、余計にわからない。

 

「何をなさっておられるのですかねえ?」

 

 声をかけられ、ゴローはビクンと痙攣(けいれん)するように震えた。

 ボーっとしていたせいなのか、それとも向こうに気配がなかったのか。

 

 いずれにしろ、完全に無防備な状態であったことに気づき、頭痛がする。

 

(これじゃ、意味ないじゃないか……)

 

 そう考えて、また疑問が生じる。何の意味がないのか。

 

「こんな時間に、魔法の練習ですか?」

 

 そう尋ねてくる相手は、ティタニアだった。

 ガウンをまとい、感情の見えにくい眼でゴローを見つめている。

 

 彼女のそばには、数人のメイドが静かにたたずんでいた。

 全員何気ない顔をしているが、その気配には隙が無い。

 

「…………何なんでしょうね」

 

 そう言ってゴローは座り込んでしまう。

 心の中にあった強い不安と衝動はいったん収まったようである。

 

 だが、ゴーレムを土に戻す気にはなれなかった。

 このまま、ゴーレムを商館中に配備したい。

 そんな気持ちでたまらなくなっていく。まるで思春期の欲動のごとくだ。

 

「こうせずにいられないっていうか、必要な気がしまして……」

 

「はて――?」

 

 ゴローの胡乱(うろん)な返事に、ティタニアは何かを感じ取ったように目を細める。

 

「何の騒ぎだ、こりゃ……って、一体何の祭りだよ」

 

 続いて、忙しなく上着を羽織ったメドゥチが青い髪をかき上げ、やって来た。

 中庭に並ぶゴーレムを見て、不審そうに眉を寄せるメドゥチ。

 

「不安になったんですよ。身を守るものがそばにないと……」

 

 そう言葉に出して、ゴローは初めて自分の気持ちを理解した気がした。

 

「どういうこったい」

 

 若干声を穏やかにして、メドゥチはゴローに歩み寄る。

 気の高ぶった獣を制するかのような、静かで鷹揚(おうよう)な動きだった。

 

「ウシャシャ、ウシャシャシャシャ!」

 

 甲高い笑い声が、場の空気をかき乱して響いたのはその直後だった。

 ギョッと目をむくゴローは、その声というか笑いに記憶を刺激される。

 

 確か以前何処かで聞いた声だ。

 その途端、ボンっと音を立てて煙と共に現れる影。

 

 手のひらに乗りそうなサイズだが、異常な存在感のあるモノだった。

 背中に赤黒い翼。銀の髪。黒の眼、赤の瞳。そしてとがった耳

 小さな角。臀部には(やじり)型の突起がついた尻尾。

 

「お前は……」

 

 ゴローは唾を飲み込み、その小さな異形を凝視する。

 

「また会ったなボンクラ」

 

 ゴローをこの世界に転生させた魔女の使い(インペット)

 

「そいつは、まさか……噂に聞いた闇のエルフか?」

 

 ゴローの肩に手を置きながら、メドゥチは好奇の目で使い魔を見る。

 

「ふむ……珍しいお客様ですねえ」

 

 周りのメイドたちは一斉に臨戦態勢に入るが、ティタニアはそれを制する。

 

「うちはそんな小物ではない。もったくなくも魔女の女王の使い魔なるぞ」

 

 使い魔は芝居がかった仕草で見えを切り、周囲をはったと見回す。

 

「魔女の女王……? あの昔話の?」

 

「ほほう……」

 

 メドゥチは怪訝そうに首をひねり、ティタニアは意味ありげに目を細めた。

 

「うちの主人はこの世界で魔法を教え広めた神のごときかただぞ。参ったか」

 

「何の話だ、そりゃ」

 

「――お前、知らないのか?」

 

「全然」

 

 首を振るゴローに、使い魔は何とも言いがたい顔でよろけるように動いた。

 

「原初の魔女。魔法法使いの始祖。そう呼ばれる女神とも何ともつかない存在の伝説は誰もが知っている。特に魔法に関わる者ならな。実在するとは知らなかったが」

 

「はあ……」

 

「お前はバレンシアに教わらなかったのか?」

 

 曖昧にうなずくだけのゴローに、メドゥチは不思議そうに尋ねる。

 

「はい」

 

「あいつはそういうやつだったな……。ま、あたしだって単なるおとぎ話だと思ってた」

 

「その小さなモノの言うことを信じるのですか」

 

 場の空気を裂くように発言したのは、臨戦態勢のメイドたちだった。

 

「丸呑みするわけじゃないが、ちっこい体に似合わない馬鹿げた魔力を発してやがるしな」

 

 満更デタラメだけってわけじゃなかろう、とメドゥチは笑う。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その32、使い魔のご忠告

 

 

 

 

「大体お前は何しにきたんだ」

 

「あっと。いけない」

 

 ゴローの疑問に、使い魔はポンと手を打って赤黒い翼を広げた。

 

「お前の勘を肯定するためだね、手っ取り早く言えば――」

 

「どういう意味だよ」

 

「もうすぐここは戦場になる」

 

 若干イライラとしてきたゴローに、使い魔は意地悪く笑いかけた。

 この言葉に、ゴローはゾッと嫌なものを感じて押し黙る。

 

 まるで自分の心を奥底まで見透かされたような、不快な感触を受けたのだ。

 

「聞き捨てなりませんねえ。それはどういうことでしょう」

 

「お前はわかってるのじゃないかねえ?」

 

 表面上はにこやかだが怖いものをまとったティタニアにも、使い魔は態度を変えない。

 

「ほう、つまり?」

 

「お前らはこの間敵対勢力を蹴散らして街を改良した。そこはメデタシメデタシだ。しかし、詰めが甘かったようだなってことよ」

 

「――」

 

 これにティタニアは表情を氷のようにして、沈黙した。

 メドゥチも同じく黙ったままだが、使い魔を睨んで視線を外さない。

 

「それって、まさか馬面(うまづら)との揉め事の」

 

「当たり」

 

 使い魔はピッとゴローを指して、にんまり笑うのだった。

 あの、ゴロー自身も拉致され、殺されかけた一件――ソムニウムたちからは、

 

「片はついた」

 

 の一言ですまされてしまい、ゴローに詳細はわかっていない。

 だが、何となく馬面とかいう無頼漢は生きていないように感じていた。

 

「どうせなら、消毒は徹底的にやるべきだったな」

 

 その言い草に、ゴローはうすら寒くなった。

 使い魔の言う『消毒』は『虐殺』とか『殺戮』という単語をあてるような気がする。

 

「なるほど。馬面の残党、というわけですかねえ」

 

 何かを納得したような顔で、ティタニアは微かにうなずいたようだった。

 

「街の中ならともかく、外に関しては少し情報が遅れがちになっているようでした」

 

 その言葉の発する不気味な説得力に、ゴローの不安は増大した。

 

「一体何が始まるんです?」

 

「血生臭いこと、ですかねえ」

 

「馬面の手下の御礼参りだろうさ。徒党を組んで喧嘩を吹っかけてくるってか」

 

 とぼけるようなティタニアに対して、メドゥチの言葉は明確だった。

 だが、使い魔は意地悪く頬を緩ませて、言葉を続ける。

 

「そんなもんじゃないな。お前ら関係者を中心に街中の金を取れるだけ取り、盗みたい放題の殺したい放題。最後には火をつけて全部丸焼きって感じだ」

 

 恐ろしいことを喜々として語る使い魔に、皆の視線が集中した。

 

「まるで戦争だ!」

 

「馬面の徒党にそんな大それたことをできる人数も人材もいないはずですがねえ」

 

「……ふん」

 

 悲鳴をあげるゴロー。訝し気なティタニア。無言のメドゥチ。

 

「そう、お前らに良いようにやられるくらいの低レベルチンピラ中心だからな。しかし連中に手を貸すのがいたとしたら、どうだ? 手を貸すというかテキトーに案内させて、自分たちの思うようにしたい連中だな」

 

「盗賊団か」

 

 メドゥチは鋭い目で言った。

 

「そういえば、最近あちこちで盗賊が街道を荒らしたり、村々を襲っているそうですが」

 

 ティタニアは思い出したように言う。

 

「ここらは割と治安が良かったんだが、そうもいかなくなってきたか」

 

 残念そうに頭を掻くメドゥチ。

 

「そういうこったね。あちこち不況、不作で即席盗賊がポコポコ出てきてらあ」

 

 使い魔はケタケタ笑って翼を蠢かす。

 

「なるほど、なるほど……。もう少し詳しく話を聞きたいな」

 

 メドゥチは感心したように何度もうなずきながら、ごく自然にすいと使い魔に接近。

 そして、やはり自然な動作、ちょうど髪でもかき上げるような感じで手をわずか数センチほど上げた。

 

 と、バチンと電気が走るような音がしたかと思うや、青く輝く光輪が使い魔の頭上に。

 

「あン?」

 

 使い魔が顔を上げるとと同時に、光輪はふわっと拡大し、そのまま使い魔の体を拘束して、赤に変色したではないか。

 ギャギャ! と、使い魔は尻尾を踏まれた猫のような声を発して、地上に落下。

 

「悪いが、お前には聞きたいことがある。しばらく帰したくないから、そうしてろ」

 

 メドゥチはあっけらかんと言い、ひょいっと使い魔をつまみ上げる。

 こうして見ると、まるでオモチャみたいだった。非常に精巧な出来のオモチャだが。

 

「悪いですけど、あなたは正体不明の不審者ですからねえ?」

 

 もっともなことを言うティタニア。その顔には感情の見えない笑みが張り付いている。

 

「そもそも、お前は何だ?」

 

「言わなかったか。うちは偉大な魔女の使い魔だ」

 

 つまみ上げられながらも、使い魔は堂々とした態度でメドゥチに笑いかけた。

 

「確かに只者(タダモノ)じゃないのはわかるが……胡散臭すぎるんでね」

 

「あっそう」

 

「お前が間違った情報を吹聴しにやってきたってこともありうるからな」

 

「ふふん」

 

 一見ごく普通の言葉ながら、冷たく鋭いものを含んだメドゥチの声。

 しかし、使い魔はそれでもクスクスと笑うばかりだ。

 

「そいつ、どうするんです?」

 

 何となくその場にいづらい気持ちになりながら尋ねるゴロー。

 

「さてねえ……。どうしたものか。ま、じっくり調べるさ」

 

「大丈夫ですか? 変な毒とかあるかも」

 

 拘束された使い魔を見ながら、ゴローは言い知れぬ不安を感じる。

 と、いうよりも、使い魔の出現が意味するところが気になるのだ。

 

 そういえば、以前現れた時は盗賊出現の時だった。

 今度も同じようなことが起きようとしているのではないか。

 

「毒だと? 失礼な奴だなあ!」

 

 ゴローの発言に、使い魔は不愉快そうに鼻を鳴らす。

 

「うちは強いから、そのへんの虫みたいな毒なんぞ必要ないんだ!」

 

 よくわからない理屈を言う使い魔。

 

「というか、うちを気にしてて良いのかな? こんなとこしているうちにこの街を狙う連中は騎馬隊よろしく馬に乗って、武器を手にやってくるぞ?」

 

 これにティタニアはふむと、顎を撫でた後、近くのメイドに目配せをした。

 

「そのご忠告には従いましょうかねえ」

 

 するとメイドは軽くうなずき、すっと消えるようにその場から離れる。

 

「情けをかけたつもりもなかったですが、ソムニウムさんと話し合って徹底的にやっておいたほうが正解だったかももしれませんねえ」

 

 困った顔でティタニアは目を細め、嘆息する。

 ゴローは、どこか遠くで野盗たちの野卑な声と、馬の足音を聞いた気がした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その33、使い魔大いに笑う

 

 

 

 

「どうしたもんか――」

 

 ゴローは眠れぬまま、ベッドの上で小さくつぶやいた。

 ランプの灯りが微かにテラスの部屋の中、ゴローは煩悶(はんもん)し続けている。

 

 結局、あの後時刻も夜だということでゴローは寝室に戻された。

 それでも不安があったので、中型サイズの四足型ゴーレムを二体お供にさせてもらう。

 

 まだ未完成な代物だが、万一の事態にもけっこう対応できる代物だ。

 

「この商館には、警護の者もちゃんといますよ。そこは信用してほしいですねえ」

 

 そんなゴローを見て、ティタニアは苦笑して言った。

 むしろ、ちょっと顔が引きつっていたかもしれない。

 

 背後に控えるメイドたちも、奇妙な雰囲気を出して、

 

「どうぞご安心を」

 

 と、静かだが明瞭で聞き取りやすい声で言ってくれた。

 女性の身とはいえ、この召喚で働くムリアンたちは腕に覚えのある者多数だという。

 

「そこらのチンピラなんぞ目じゃない。保証するぞ」

 

 メドゥチもメイドの一人の肩を叩きつつ、豪語したものだ。

 さて、魔法で拘束された使い魔だが、彼女はメドゥチが連れて行ってしまった。

 

 自分の部屋でじっくりと話すと、ティタニアと共に商館の一室へ。

 

「十分用心するさ。そう見くびるな」

 

 変な祟りでもないかと怖がるゴローに、メドゥチはそう笑いかけた。

 そんなこんなで、ゴローはまた部屋にいるのだが。

 

 どうも再びこの街で騒ぎが起こりそうな気配である。

 あの使い魔の言っていたこと……丸呑みにはできないが、きっと嘘ではない。

 

 そういえば、街に滞在している間もガラの悪い浮浪者風の者が街の人間と揉め事を起こしている場面、あるいは起こしたという話を聞いた。

 この街だけのことではなく、世の中全体が物騒になってきている感じ。

 

 そう考えながら、ゴローはふと故郷のことを考える。

 売られるようにして、後にしたままの大して懐かしくもない故郷。

 

 アイナとの話でも、あまり感情は揺れなかった。

 

 あの使い魔が現れたせいだろうか。

 故郷を後にするきっかけとなったのも、あの使い魔が現れた時――

 

(そういえば、バレンシア師匠はあいつと知り合いみたいな感じだったような……)

 

 思い出し、ふむとゴローはうなる。

 もしかすると何か情報を得られるかもしれない。

 

 そう考え、ゴローはさっそくにランプのそばでバレンシアへの手紙を書き始める。

 久々に書く文章のせいか案外苦戦し、ようやく書き終えて封をした時には既に夜が白み始めており、ニワトリの鳴き声も聞こえてきた。

 

 さて、この手紙を師匠に出すにあたり、ティタニアの力を借りねばならぬ。

 正確には彼女の所有するゴーレムをだが。

 

 さてと……そうつぶやいて、ゴローは書いたばかり手紙を手に立ち上がった。

 

 まさに、それと同時に――

 

 ボン!

 

 衝撃、というか軽い爆風のようなものがまともに顔にぶつかった。

 

「うおっ!」

 

 思わず床に尻餅をついたゴローの眼前、青い肌にコウモリの翼を持つ小さなモノが。

 

「あっ……。お前…………」

 

「よお、ボンクラ」

 

 青い使い魔はクスクス笑いながら、宙を浮遊している。

 

「捕まってたはずじゃあ……」

 

 ごくりと喉を鳴らしながらつぶやくゴローに、使い魔は余裕の笑み。

 

「残念ながら、あんなものじゃうちを封じられないさ。別に話をしてもいいから、テキトーに相手をしてやってただけ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「そんなことより、次こそ大活躍のチャンスだぞ?」

 

「は?」

 

 ぐいとミニサイズの顔を近づけてくる使い魔に、ゴローは本能的に引く。

 

「本格的に修行もして、ゴーレムの使いかたにも慣れたろう。今度こそ襲い来る悪党どもをばちぎっては投げ、ちぎっては投げの大奮闘ができるぞ」

 

「…………」

 

 興奮して目を光らせる使い魔の言葉に、ゴローはゾッとした。

 

「あんた……まさか、あんたが盗賊やら何やらを唆(そそのか)したんじゃあ……」

 

「なに? ああ、そっか……。そういう手もあったか!」

 

 ゴローの言葉を理解するなり、使い魔はしまったとばかりに舌打ちをする。

 

「試練というかイベントが起こるのを待つんじゃなくって用意すれば良かったか! こりゃあ失敗したなあ。よし、次からはそういう路線で……」

 

「いや、するなよ! 絶対するなよ!」

 

 ブツブツと剣呑なことを言い始める使い魔を、ゴローは大声で制止する。

 

「しかし、そういうことがないとお前は実戦が経験できんぞ?」

 

「したくねえよ! 何でする必要があるんだ!」

 

「活躍してキャーキャー言われたくないのか、女にモテるぞ」

 

「いや、絶対引かれるって……!」

 

「ん。そうか……」

 

 納得したのかどうか不明だが、とりあえず使い魔は黙る。

 

「それにしても、お前はホントに使えん。うちの主人がせっかくチートを授けたのに、ろくに使いこなせんで時間ばっかりかかる」

 

「いや、まだ十歳以下だし……」

 

 ゴニョゴニョと言い訳するゴロー。

 そも、自分にそんなわけのわからん活躍を求めるのが無理だと思う。

 

「これじゃあご主人もお前を転生させた甲斐がないってもんだ。何とかならんの?」

 

「ならんって」

 

「ちっ」

 

 即答するゴローに、使い魔は忌々しげに舌打ち。

 

「んまあ、そんなだからうちが送り込まれたってもんだけどな。とにかく、これからはだな、ボヤボヤと乙にすましてちゃあ駄目だぞ?」

 

「どうしようってんだ……」

 

「とりあえず、うちが何かしなくてもこのへんは物騒になってくるから、どうにかゴーレムで解決しろ。それがご主人の娯楽になる」

 

「娯楽って……」

 

「何だよ、慈善事業で転生させられたって思ったのか。一応これは仕事だぞ」

 

「あああ……」

 

 そういえばそうだった、とゴローは思い出し、へたりこみたい気分になった。

 思い出してみると、記憶が嫌になるほど鮮明だ。

 

 『急募! 異世界転生してチートするだけの簡単なお仕事です』

 

「こんな無茶な仕事ってあるかな……。そもそも給料だってもらってない」

 

「なんだと。そんなはずないぞ?」

 

 つぶやくゴローに、使い魔は怪訝そうに眉を寄せる。

 

「ああ、毎月の給料は確か……」

 

 使い魔が何やら言いかけた時、バタンと勢いよく部屋のドアが開かれた。

 飛び込んできたのは、青い髪をした勝気そうな乙女。

 

 メドゥチだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その34、メドゥチ崩れる

 

 

 

 

「やっぱりここにいやがったか!」

 

 使い魔を見るなり、メドゥチは呆れたような怒声を放った。

 

「うるさいやつだな。どこにいこうとうちの勝手だ」

 

「っち!」

 

 うざったい、と言わんばかりの顔で鉤の尻尾を蠢かす使い魔に、メドゥチはいきなり光輪を放った。

 使い魔を捕えた光のリングだが、それに縛られるなり使い魔は薄く笑うだけ。

 

 同時にコウモリのごとき翼が開き、リングを粉々に砕いて散らした。

 星屑を散らしたような魔力の光が部屋中に散り、やがて消えていく。

 

「防ぐのもめんどいから、一度は捕まってやった。しかし、二度目はないぞ?」

 

「こいつ……」

 

 ふてぶてしい笑みの使い魔に、メドゥチは肉食獣のように身構える。

 

「ちょ……こんなところでドッタンバッタンはカンベンしてくださいよ!」

 

 ここで死闘を展開されてはかなわんと、ゴローは割って入る。

 自分の仲裁にどれほどの効果があるのかは疑問だったが。

 

「ふふん」

 

 わずかに身を引いた使い魔は余裕の態度でぴょこんとゴローの頭上に乗った。

 

「そういうわけだから、自重するんだな? 三流魔法使い」

 

「てめ……!」

 

 使い魔の毒舌にメドゥチは一瞬目を血走らせる。

 

「あの……」

 

「……とにかくだ。お前の正体がハッキリするまで勝手に出歩かれちゃ困る」

 

 メドゥチは息を吸ってから腕組みをし、見下すような目つきで言った。

 

「それを強制できるのか? お前が」

 

 使い魔はぴょいとゴローから飛び降りると、身を一回転させた。

 

 同時に、その姿は見る見るスケールアップし、人間と同じようなサイズに。

 また翼は尻尾は消え、服装はゴシックロリータなドレスに変化している。

 

「ま、心配しなくってもしばらくはここにいてやる。生の目で血沸き肉躍る殺し合いを見たいからな!」

 

 えげつないことをさらりと言う使い魔は、そのくせ憎たらしいほど可愛らしかった。

 お人形みたいな、という表現があるが、こいつと比較すれば生半の人形など、ただの無機物と思えてしまうだろう。

 

「それとも、冗談抜きでうちとマジでやるか?」

 

 人間サイズになった使い魔は、しまった翼を再度広げてクスクス笑った。

 その声が部屋に響くと同時に、気温が数度一気に下がったような。

 

「面倒臭いヤツだよ、ホント……」

 

 メドゥチは忌々しそうにつぶやき、髪をかき上げながら目をそらした。

 どうやら彼女ほどの魔法使いでもこの使い魔は厄介らしい。

 

 とはいえ、メドゥチも優秀とはいえまだ若く未熟な魔法使いであるし、そもそも魔法使いは流派ごとに得意分野がまるで違うから一概に戦闘能力に長けているとも言えないかった。

 

 むしろ、戦闘能力はあくまで身を守るための手段でしかないとも言える。

 旅には危険が伴うし、そうでなくても研究のため危険地帯に行く場合もあるのだ。

 

 また色んなしがらみからいわゆる暗黒街など、危険な連中と付き合わねばならぬことも。

 本当に優秀な魔法使いは危険を事前に察知して、とっとと逃げてしまうのだが――

 

 それでも限界はあるし、人間だからミスもある。

 または野外で研究の材料・資料を収集すべく歩き回る場合もあった。

 

 なので、不測の事態に備えて何らかの体術なり戦闘手段を有するのは常識である。

 

「かといって、魔法使いは軍人でも兵隊でもないな」

 

 見透かすような視線で、使い魔はケタケタ笑った。

 

「うちらなんかなら、空から雷の雨を降らしたり、猛毒の霧を発生させたりもできるけど……お前じゃ難しかろ?」

 

「雷はともかく、毒の霧くらいならできなくはないぜ?」

 

 長髪に応えるように、メドゥチは感情の見えない目で言った。

 

「ちょっとちょっと……」

 

 そんな毒ガス散布をしないでくれ……と、ゴローはなだめにかかるが。

 

「でも、下手すりゃ街のほうも全滅させかねない。そりゃまずいんでな」

 

「不器用だねえ~~?」

 

 憐れむような目で、使い魔は嘆息した。

 

「ま、うちのご主人のようなレベルを求めるのが間違いってもんなんだろーけど」

 

「できれば、あんたの主人に手助け願いたいね。さぞ、すごい魔法使いなんだろうさ」

 

 メドゥチは嫌みと羨望、それに恐怖の入り混じった複雑な顔だった。

 

「まあ始まりの魔女だからな。魔女の女王だからな」

 

 使い魔は偉そうに言いながら、すとんと翼をしまう。

 

「しかし、うちがあんまり出張るとただでさえ出番の薄いボンクラが透明人間になるだろ? だから、そこはあまり期待もするな」

 

 と、使い魔はゴローの頭をつかむように撫でる。いや、撫でるようにつかんだのか。

 

「つまり目的は、ゴローってことかい」

 

 一瞬高警戒で目を光らせ、メドゥチはわずかに間合いを詰めた。

 

「そうなるね。正確にはこいつがどう動いて面白いことをするか……だ」

 

「……お前も厄介なのに目をつけられたな」

 

 同情するような顔で、メドゥチはゴローを見る。

 

「何しろそいつはご主人に雇われてる身だからな。逆らうことは許されん」

 

「あン?」

 

 使い魔の言葉に、メドゥチは短く反応して身構えた。

 

「前世ボンクラだった……今もそうだが、こいつを今世に転生させて、才能を与えたのも全てうちのご主人だからな。ぶったまげたか」

 

「おお、そりゃすげーわ」

 

 メドゥチは棒読みの台詞で前髪をかき上げる。

 

「つまりお前の主人は人間の生き死にだの魂を自由にできる存在ってことか」

 

「当たり前だ」

 

「……まさにカミサマだな」

 

「そういう風に言われる場合もある。厳密には違うんだが、違いはお前らにはわかるまい」

 

「へー。さようですか。すみませんな」

 

 メドゥチは首を振りながら、脱力した表情である。

 

 ゴローも似たような気持ちだった。

 

 我が身のことながら、実際言葉にして聞かされるアホらしくってたまらない。

 正気を疑われるのなら、まだマシなほうではあるまいか。

 

「お前って……」

 

 どんよりした顔で、メドゥチは再びゴローを見る。

 

「いや、今は聞かないでおく……。あんまり聞きたくもないしな」

 

「前にお話したことで全て、ですよ」

 

「ああ、そうか……」

 

 ゴローの返答に、メドゥチは何とも言い難い笑みを浮かべ、うなだれた。

 

「こちとら、おとぎ話だのは縁のないつもりだったんだけど、そうでもないらしい」

 

「おとぎ話ってのは、ホラ話ってことか。じゃ、違うな。これは事実だ」

 

 使い魔は笑い、偉そうにベッドに腰かけた。

 

「ところで偉大な身分であるうちをもてなそうって気にはならんか?」

 

「…………」

 

 接待を堂々と要求する使い魔に、ゴローはもはや何も言えない。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その35、盗賊を迎撃せよ

 

 

 

 

「要するに、敵は三人のバカに率いられた野盗集団なわけだな」

 

 お茶を飲み、遠慮なく焼き菓子を(むさぼ)りながら使い魔は言った。

 それを囲むのはゴローに、メドゥチ、ティタニア。それに名も知らぬメイドたち。

 

「山犬に、カラスに、こけ(ざる)。それぞれ素性は異なるが今は盗賊稼業だ」

 

「猿……。あー……馬面にそんな二つ名の兄弟分がいるって聞いたことがありますねえ」

 

 ティタニアは記憶を思い返しているのか、右の指を額に添えた。

 

「馬面は元は、この辺の街道で馬方(うまかた)をしてたようですねえ。その頃から悪質な商売をしていて結局は裏手の商売に行かざるえなかったとか」

 

「馬が馬を引いてたのかよ。洒落(しゃれ)にもならない」

 

 メドゥチはせせら笑い、肩をすくめた。

 

「犬に鳥に、猿ですか……動物だらけだ」

 

 まるで桃太郎だな、とゴローは思った。桃太郎の家来はキジだったが。

 死んだのも入れりゃあ馬もいるしな、メドゥチはつなぐ。

 

「猿のやつは街道荒らしみたいなことをやってせこく稼いでたようだが、そいつに馬の子分が取り入ったって感じ。元から顔見知りだったらしいしな」

 

「兄弟分の仇ついでに街を襲ってでっかく稼ごうって腹か。だが、この街も無防備じゃない。警邏(けいら)役人もいれば、ちょっとした自警団もいる。そう簡単にいくか?」

 

 メドゥチが指折り数えながら疑問を口にした。

 

「勝手知ったる元子分の案内で、そういうのの隙を突くつもりなのさ。勝手知ったる何とかというやつじゃないのか」

 

 そう言って使い魔が指さす先には、木版に張られた紙。

 紙上にはデフォルメされているけれど、おそらくそっくりであろう似顔絵が三つ。

 

 なるほど、犬に、カラスに、猿だ。見たところ三人で一番年かさだろう。

 犬は同じイヌ科でもキツネほど知恵がありそうでなく、狼のような精悍さはない。

 

 まさに下品な野良犬という面構えだった。

 カラスはまさにカラスで、人間のイメージするカラスの悪いところをそっくり詰め込んだという感じの風体。

 

 猿はボス猿という風格はなく、まさにこけ猿である。

 こけ猿とは、老いた猿、見栄えのしない猿を指す(ののし)り言葉だ。

 

「見た感じ、あんまり人が頼ったりついていきたくなるようには思えませんが?」

 

 似顔絵を見ながら、ゴローは首をかしげる。

 

「ま、それだけ追いつめられたってことだろうな、集まった連中が」

 

 使い魔はクスクス笑い、乱世だねえ、と上を向いた。

 

「しかしお前、いいところへ気づいた」

 

 使い魔はニヤリと嫌な笑みを浮かべて、ゴローを指さした。

 

「まさにこいつらはどいつもこいつも人を率いれる器じゃない。頭は別にあるのさ」

 

「つまり……そいつらを裏で良いようにしてる黒幕がいるってことか」

 

 メドゥチは今まで面倒臭そうだった目を獣のように光らせた。

 

「最近は色々とヒャッハーする連中も増えてるから、どの街でも自警団だの何だのを用意して防護に(いそ)しんでいる。わかるな? この街にもいるはずだ」

 

 使い魔は人差し指をたてて、一同をぐるっと見回した。

 

「うちには昔からいますし、最近商人が共同でそういう、いわゆる用心棒を雇ってますねえ。実際どの程度役に立つか疑問ですが――うちのは除いて」

 

 ティタニアは小首をかしげながら、自然(ナチュラル)に自慢をする。

 

「襲う側も雑魚ばかりだから、普通ならそれでもいいだろう。そもそも相手にも武力があるとわかれば二の足を踏むからな。元が貧乏な農民だから」

 

 使い魔は嘲るように笑う。

 村が離散するなどして、食うに困って野盗になる者がいる。

 

 その手の話はもはや日常会話レベルだ。

 でも、自分たちに強い力があったら? そう使い魔は言った。

 

「用心棒のようなものがいるってことか。盗賊山賊に用心棒ってのも妙だが……」

 

 メドゥチは指で頬をかきながら、ふむう、とうなる。

 

「最近ネカチモの街が襲われたって話は聞いてないか?」

 

「……どこです?」

 

 使い魔の言葉に、ゴローは首をかしげる。もっと近辺の塵を学んでおくべくだった。

 

「ここから一週間ほど馬車で東に進んだところにある街だ。こことそう変わらん規模だけど、金持ちの多い街さ。その分出入りできる者も選別されるがな」

 

「種族が違うということで、ムリアンは出入り禁止にされている街ですねえ……ですが、最近盗賊らしきものに襲われたとかいう話は聞いていますねえ」

 

 メドゥチとティタニアが顔を見合わせながら、うなずきあう。

 

「らしきもの、って何だか曖昧な話ですね?」

 

「ええ。恥ずかしながら、あの街のことはなかなかわかりにくくって」

 

 ゴローの疑問に、ティタニアは苦笑しながら頭をなでるのだった。

 

「金もあるが、その分後ろ暗いことも多いらしいからな。外の役人に嗅ぎまわられないように箝口令(かんこうれい)をしいてるのさ」

 

「メドゥチさんはひょっとして……」

 

「入ったことはないぜ? あたしはこの通りトロルだからな、人間以外はお断りの街だ」

 

 ゴローが言葉を終える前に、メドゥチは自分の青く美しい髪を指さした。

 

「そんなとこがあるんですかねえ……。気にする人は気にするのかなあ」

 

「気にするやつばかりが住んでる街なんだよ。田舎者中の田舎者だ」

 

「よくやってけますねえ、こんな色んな種族がいる世の中で――」

 

「あそこは元々岩塩の採掘場だったところですねえ。そこを中心にして街が造られているそうですよ」

 

 呆れたゴローに、ティタニアが何かのついでのように言った。

 

「がんえん。塩ですか……。そりゃあまた……」

 

「下手な金よりも確かなもんだな。いつの世にも需要が絶えることがないわ」

 

 メドゥチは目を細め、

 

「同じ水の魔法使いにも、海で塩づくりで金を稼いでいるのもいるそうだ」

 

「あの街を作ったのは、元々採掘職人と技術を提供した土の魔法使いと聞いてますねえ……」

 

「塩の儲けを守るために街ができた……か。だから四方を城塞で囲んだ、人間以外を締め出す偏屈な街になったのか――」

 

「他の種族……というより、他の種族の魔法使いを恐れて、のでしょうねえ」

 

「人間の魔法使いは数が少ないし、そんなに力のあるヤツはいないからな」

 

「ははあ……そういうもんですか」

 

 よくわからぬままうなずくゴローを、お前は例外だけどな、とメドゥチはこづく。

 

「塩の儲けで金貸しやら何やらの銭をこねくり回して、さらに銭を稼ぐ。その結果の街だが、ため込んだ儲けはゴッソリ盗賊にやられたわけだ。正確には盗賊を操る魔法使いにな」

 

 ゲヘゲヘと笑みを漏らしながら、使い魔は木版の紙に三角帽子を書き足した。

 

「魔法使いですか……。これはまた。相手にもよりますが、あの街への襲撃を成功させた……となると、なかなかに厄介な相手ですかねえ?」

 

 ティタニアは簡素な三角帽子の絵を見ながら、顎を指でなでる。

 

「場合によっては応援を頼む必要も出てきますかねえ」

 

「で? その魔法使いってのはどんなヤツだ?」

 

 メドゥチは絵から使い魔へと視線を移動させる。

 

「さあ?」

 

「さあ? お前、見たんじゃないのかよ」

 

「見た。けど、でっかい三角帽子をかぶっててねえ。よく見えなかったのさ。別に素顔までもわざわざ見る必要もあるまい?」

 

「あるわ、ボケ! それが重要なんじゃねえか!」

 

 メドゥチはつかみかからんばかりの勢いで怒鳴りつけた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その36、警戒すべき魔法使い

 

 

 

 

「ま、まあ、それはしょうがないとしまして……」

 

 ゴローは狂犬のようにうなるメドゥチの横から、ティタニアに目を向けた。

 

「ティタニアさんがお使いになってる、小鳥型のゴーレムをお借りしたいんですが……」

 

「はてな」

 

「いえね、ちょいと師匠のバレンシアに手紙をと……」

 

「なるほど。そういえば、そういうお便りを送った様子もなかったので、気にはなっていたのですよ」

 

「面目ないです。つい、色々あって忘れてて……」

 

「ふむ……」

 

 所在のないゴローの顔を見ながら、ティタニアはわずかな時間沈思する。

 

「今回のことは、バレンシアさんにもお知恵を拝借したほうがいいかもしれませんねえ」

 

「そうだね……。ちとめんどいことになりそうだ」

 

 横のメドゥチも、乱暴に青い髪をいじりながら言った。

 

「やはり戦争ですか」

 

 ゴローは、メドゥチやティタニアの態度に不安をいっそう駆られる。

 そもそも、昨夜感じたあの不安感はまだ消えていない。

 

 表面上はおさまっているようだが、本質的にはむしろ時を経るごとに増していた。

 

「戦争というか、この魔法使いだな」

 

 メドゥチは紙上の三角帽子を指して、嘆息する。

 

「ネカチモは排他的だけあって、街の守りはバッチシ固めてるんだ」

 

「城塞ばかりではなく、魔法使いもいると聞いていますねえ。多少人数があろうが、盗賊団にどうこうできる代物ではないでしょう」

 

「それをどうこうしたってことは……その魔法使いが曲者だわな」

 

「とすると……すごい魔法使いということで?」

 

「さて――」

 

 ゴローの問いに、ティタニアは首をかしげた。

 

「強力な、例えば巨大なゴーレムを操って力任せにやったとなれば、話は早いですが……? それならこっちの耳にも情報は入ってくるはずです。なのに、あまり詳細がわからない」

 

「じゃあ……」

 

「そいつは、(から)め手がうまいのか……それとも、内部のやつの手引きか」

 

 メドゥチはつぶやいた後、一同は沈黙した。

 やがて、視線は使い魔に集中する。

 

「こいつのことはよく知らん。主人から監視命令も受けてないし、興味もない」

 

 使い魔の冷たい返事に、一同はガックリと肩を落とす。

 

「しかしまあ、こいつの使う魔法は一応見たぞ」

 

「ホントか!」

 

 メドゥチはガバッと顔を上げ、その青い瞳を真昼の猫みたいに見開いた。

 

「ああ。地面を掘って潜る……岩でできたでかいモグラみたいなのを使ってな」

 

 お前が使うのとおんなじようなもんだ、と使い魔はゴローを指す。

 

「と、すると……その魔法使いはゴーレム使いということですかねえ」

 

 使い魔につられるように、ティタニアもゴローを見た。

 

「同じタイプか……。ううむ、しかしでかいのを使うってのは力まかせですね」

 

 ゴローはうなり、こういう場合師匠のバレンシアならどうするか、と思案してみる。

 

「師匠なら、小型や飛行型のものを使って、静かに隠密行動でいくと思います。流派によって色々違うでしょうが、あんまりド派手に力まかせにやる魔法使いというのは……」

 

「まあ、三流だわな」

 

 メドゥチはゴローに同調してうなずき、髪をかく。

 

「しかしやってることの規模からすると、魔法を覚えたての素人やガキという感じでもない。フツー、やりたくてもできん」

 

「何か魔法道具の補助ということはないでしょうねえ?」

 

「ああ~……。確かに魔法の使えん者でも、いっぱしの魔法使いの真似ができる……そういう便利なものがあるこたぁあるけど。希少なもんだぜ?」

 

 ティタニアの意見に、メドゥチはやや否定的だ。

 

「でも、そういうのを使って、魔法使いのフリしてるって可能性も……」

 

「それはないね」

 

 ゴローの声を一刀両断したのは、使い魔だった。

 

「アレは間違いなく、魔法使いだ。そこだけは確実だよ」

 

「……確かだな?」

 

 (きり)の先端のような物騒で、鋭利な視線を送りつつメドゥチは言った。

 

「もちろん」

 

 横のゴローは全身が泡立ったが、使い魔のほうは図太いものだ。

 

「そうなると、やはりバレンシアさんのお力があったほうが良いですねえ」

 

 ティタニアは姿勢を正し、手を叩いた。

 すると音もなく部屋のドアが開き、メイドが入ってくる。

 

 ティタニアが小声で二、三つ何事か言うと、メイドは一礼をして部屋を出ていった。

 メドゥチは黙然として、天井を睨むように見上げているばかり。

 

「……この近辺で腕の立つゴーレム使いと言えば、バレンシアくらいだが、遠くから来たってこともありえるしな」

 

「なるほど」

 

 何となく手持ち無沙汰なので、ゴローは相槌を打つ。

 

「そこのところをバレンシアさんにお尋ねしてみるのも手でしょうねえ」

 

 ティタニアがそう言うのと同時に、

 

「なる。水系のあたしには知らんことでも、同じゴーレム使いならわかるかもな」

 

「しかし……よくわかりませんが、その魔法使いはかなりの使い手なわけですよね?」

 

 ゴローは話を聞いているうちにふと考え、それを口に出す。

 

「そんな人がなんでわざわざ食い詰め盗賊を使ってこの街を襲うのやら……」

 

「本人に聞けばわかる」

 

 使い魔は身もふたもないことを言う。

 

「実際その通りじゃあるんだが――しかし、確かにネカチモなら恨みをよく買ってると思うがここはそんなに豊かってわけでもないし……。ま、恨みなんざ、どこでどう売り買いするのかわかったもんじゃないが」

 

「ともかく、今は街の守りを固めたほうがいいですよね……? はばかりながら、自分も是非とも協力を…………」

 

「そりゃもちろんだ。しかしな……」

 

 ゴローにうなずいたメドゥチはうんざりした目つきになり、使い魔を睨んだ。

 

「お前さんが事の次第をもっとよく調べて、教えてくれたりすればすむんだが――」

 

「うちの仕事は報告と発破(はっぱ)をかけることだ。後はお前らがテキトーにやれ」

 

 使い魔は部屋のベッドに腰かけ、舌を出す。

 

「こういうわけらしい。今のうちにやれることを全部やっちまおう」

 

「お役人に……。いえ、痛くもない腹を探られるかもしれませんねえ……」

 

 ティタニアはそう言っていると、先ほど出ていったメイドが何かを手に戻ってくる。

 小さな(きり)の箱であった。

 

 ティタニアはそれを受け取ると、機械のような動きで箱を開ける。

 小さな台座の上に、青い小鳥がちょこんとうずくまっていた。

 

「それでは、ゴローさん。使い方はご存知ですねえ?」

 

「はい。お借りします。ありがとうございました」

 

 ゴローは青い小鳥――鳥型ゴーレムを丁寧に受け取り、頭を下げた。

 

「ついでと言っては何ですが、こちらからもお頼みしたいことがあります」

 

 頭を下げたゴローに、ティタニアはゆっくりと言った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その37、アイナたちに対し

 

 

 

 

「じゃ、頼んだよ?」

 

 ゴローはしたためた手紙を小鳥型ゴーレムに持たせ、師匠バレンシアの元に放つ。

 ゴーレムの性能はわかっているために、不安になることもない。

 

 小鳥ゴーレムが見えなくなると、すぐに小さな紙片にさらさらと文字を走らす。

 それをたたんで手製の封筒に入れると、それを懐に中庭に出た。

 

 中庭の地面から小さな犬に似た四つ足ゴーレムを生成すると、そいつに手紙を渡す。

 手紙をくわえたゴーレムが商館から走っていくのを見届けると、遅れていた昼食を取る。

 

 この後ゴローは茶を一杯飲んでから、商館を出て北へ北へと歩を進めた。

 昼間のことで、歓楽街こと色町ものんびりしたものだが、そこを十にもならない子供が一人歩くというのはおかしな感じのするものだ。

 

 しばらく歩くと、道の端で靴磨きをしている少年が目にとまった。

 

「ゴローちゃん、(あね)さんはそこの角で待ってるよ」

 

 目ざとくゴローを見つけた少年は、小声でそんなことを言う。

 ゴローは素知らぬながらうなずくような動作をした後、その横を通り過ぎる。

 

 言われた通りの道を行くと、路地の壁に背中を預け、アンニュイな表情をした少女がいた。

 一見すると少年のように見えるが、本人曰く少女である。

 

 ゴローもちゃんと確認したわけではないから、絶対とは言えないが。

 しかし、まあ間違い、嘘ではないだろう。多分。

 

「よお」

 

 ゴローを見て、少年っぽい少女アイナは手をあげた。

 

「やあ」

 

 ゴローも応えて、手をあげる。

 

「いきなり呼び出すから何かと思ったよ。あたいに頼ることでもできたのかい?」

 

 やや軽い口調で言うアイナに、

 

「うん」

 

 とだけゴローはうなずき、後は無言だった。

 

「ま、とりあえず集めたら。全員ってわけじゃないけどさ」

 

 アイナは肩透かしを食ったような反応をするが、小さく顎をしゃくる。

 ゴローがわずかに首を後ろに向けると、先ほどの靴磨き少年が後ろにいた。

 

 案内された先は、小さな空き家。

 しかし、中は案外広く全体的にゆったりとした印象。

 

 その廃屋の中に、多くの子供がひしめきあっていた。

 

「やあやあ。よくお集まりで」

 

 ゴローは手を振りながら一同を見回すと、懐に入れていたものを取り出す。

 どこにでもありそうな革袋。それを開くと中には丸い石のようなものに紐を通した、まあ、ネックレスと言えなくもないようなモノが多数。

 

「日頃の感謝を込め、こういうものを作ってきた。魔除けになるので是非身につけて」

 

 そう言って、手を広げるゴローだが、子供らはあまり反応を示さない。

 

「え。あんた、それ配るために集めたの? 本気で?」

 

 声には出さないが、明らかに表情がそう言っている。困惑していると言ってもいい。

 

「――ほらほら。さっさと並びな。一人一個だよ、早くしな!」

 

 手を叩いて指示を出すアイナの声に、ようやく子供らは動き出した。

 そうなると後は早いもので、ゴローが配るものを順繰りに受け取っていく。

 

 もらってみれば、女の子などはけっこう喜んでネックレスをいじり、首にかける。

 オシャレな小物と言えなくもないので、嬉しいらしい。

 

 各々(おのおの)見せあいをしたり、キャッキャッとじゃれ合う子猫のようにはしゃいでいる。

 

 最後にアイナにも、

 

「じゃあ、これどうぞ」

 

 と、直接に手渡す。

 

「色気がないねえ……」

 

 一応受け取りながら笑ってはいるが、何となく生暖かい表情である。

 

「ま、ガキだからそんなもんだろうけどさ……。しかしお前、こりゃあどういうわけだい?」

 

「どういうわけとは?」

 

 近寄ってきて小声で話すアイナに、ゴローはオウム返しをする。

 

「急にこんなお守りくばったりして……何かあると思うほうがフツーだろ」

 

「ああ、そんなもんか」

 

「当たり前だよぉ」

 

 もらった贈り物にざわざわと騒いでいる子供らを残し、アイナはゴローを物陰に。

 

「表立ってことは起こっちゃいないけどさ、何となく変な空気が感じるんだよ」

 

「うーん……」

 

 アイナの言葉を聞きながら、ゴローはちょっと違和感をおぼえる。

 最近、彼女の言葉づかいが微妙に変わってきているような。

 

 さらに、最初あった時は男か女かわからないような有様だったが――

 この頃は、多少小ぎれいというほどでもないが、多少清潔にはなっている。

 

 細かい所作にも、ちょっと女の子らしいところが見えてきた。

 まあ、全体的に余裕が出てきたというところだろうか。

 

「あんた、最近丸くなった感じだね」

 

「誤魔化すな」

 

「誤魔化してはないけど」

 

「こっちも前みたく、野良犬みたいに噛みついてるわけにもいかないのさ」

 

「ふむ」

 

「で、どうなんだい? 何かあるんじゃないのか」

 

「まあね。近いうちに物騒なことが起こるかもしれない」

 

「そりゃあ、また……。ひょっとして、あの馬面の仕返しじゃないだろうね?」

 

「そこまでは知らんけど」

 

「ホントかい」

 

「うん」

 

「とりあえず、そういうことにしといてやるか。……で、このお守りのご利益は?」

 

「危険から身を守る程度のことはできると思う。専門じゃないから、性能はあまり保証できんけどね」

 

「ふん」

 

 アイナは受け取ったネックレスをいじりながら、鼻を鳴らす。

 

 かと思うと、ゴローの頭をグリグリと撫でるのだった。

 

「とりあえず、礼は言っとくよ。こんなもんもらったの初めてだからね」

 

「そういうもんですかね」

 

「そこは、素直に『どういたしまして』ってとでも言いな」

 

 アイナは口をとがらせてゴローにデコピンをする。

 

「いたい」

 

「痛くしてるんだよ」

 

 額を押さえるゴローを笑いながら、アイナはお守りを首にかける。

 

「……次に起こるかもしれないことで、あたしらも見張りだの情報集めだので駆り出されそうなんだよな……。っていうか、もう動いてるのもいる」

 

「そりゃ良かった。ちょうど良いタイミングだった」

 

「でもお前、何であたいらにそんなに気をかけるんだよ」

 

「さあ?」

 

 実際自分でもあまりよくわからないゴローは、すいっとアイナから離れた。

 

「今日のところは用が済んだから、帰るね。やることもあるし」

 

「……せいぜい気張りなよ」

 

 軽く手を振るアイナに手を振り返し、ゴローは商館のほうへと戻り始めた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その38、防衛のために

 

 

 

 

 アイナたちと別れた後――ゴローが向かった先は街の東。

 

 ちょうど街道に面して、街の出入り口と言える地区で多くの宿屋を始めとする店々が並んでいる。

 その一角に、主に旅人が使う様々な靴や衣服、その他諸々の道具類を扱う店があった。

 

 小ぎれいに整頓された店に、一人の女性が座っている。

 黄色い肌。大きな黒目。ピンクの髪。ムリアン族と一目でわかる。

 

 ゴローが近づいて、頭を下げると、

 

「あいてますよ」

 

 そういう女性の横を通り過ぎ、店の奥へと入る。

 倉庫とおぼしき部屋の中、隅の目立たないあたりの床に四角いドアのようなもの。

 

 開くと、それは地下室への入り口となっているのだった。

 薄く光る地下室内は広く、ヒンヤリとしていて心地が良い。

 

 石に壁に覆われた部屋の真ん中には、こんもりと大きな土塊が積み上がっていた。

 ゴローはそこで手をかざし、魔力を集中させる。

 

 たちまち魔力は土塊に流れ込み、複数の小型ゴーレムを生成するのだった。

 犬くらいのサイズのゴーレムが数体、そこに並ぶ。

 

 ゴローは出来具合を確認すると、小さな帳面を取り出してそこに印をつけた。

 

(三六番目、完了……っと)

 

 それから地下室から出ると、店の裏から出ていく。

 また道をとんとんと進み、他の場所へ。

 

 小さな店だったり、空き家のようなものだったり。色んなところがあるが、やることは基本同じである。

 大中小様々なゴーレムを造って、出来を確認。帳面につけて次に行く。

 

 数日前から街中をうろつき、あちこちでゴーレムを配備しているのだった。

 全ての数を合わせれば、ゴローの操作できる限界をとっくに超えている。

 

 それならば無駄ではないか、ということもできるが、そうではないらしい。

 発案者であるティタニアによれば、

 

「予備ですねえ」

 

 と、いうことらしかった。

 今回襲撃してくる敵は同じくゴーレムを使う。

 

 ゴーレム同士のぶつかり合いで破損する可能性は高いし、そうなると次を生成する分時間がロスしてしまう。

 即興で造ったものは、それだけ精度も低い。

 

 ならばあらかじめ作り置きしておけば良かろう、なのだった。

 ゴーレムの精度イコール頑強さというわけでもないが、機動性や精密動作は手間暇をかけたほうが断然性能は上がる。

 

 また有事の際は典型的な岩巨人のようなものの他、小型中型もあったほうが良い。

 さらに一つの場所に大軍を構えるより、街中に分散したほうが吉。

 

 こう提案したのも、ティタニアである。

 ネカチモでのやり口を見るに、敵はゴーレムで力任せに……というよりも、地面から奇襲をかけて、やることをやったらすぐに撤退という戦法らしい。

 

 盗賊のほうは何とでもなるが、ゴーレムを相手となると――

 

「やはり、ゴーレムにはゴーレムではないと……。それに、けが人死人はできる限りこちらは出したくありませんからねえ」

 

 との、ことだった。

 こんなわけでゴーレムの大量生産に忙しいわけだが、

 

(ドタバタしてるほうが、安心できるな……)

 

 ゴローとしては、歩き回ることもゴーレム生成も苦ではない。

 むしろ、そうやっているほうが安心できた。

 

 あの夜、使い魔が出現し、盗賊襲来を告げた夜に感じた不安感はまだ残っている。

 この予感が魔法使いとしての感応だとすれば、

 

(襲ってくるやつはけっこう強いってことじゃなかろうか……)

 

 これについても、バレンシアで手紙で訪ねているが、先ほど送ったばかりだ。

 返信はいつ来るかわからない。

 

 そうなれば自分なりにもできることはやるかしないのだが、

 

(しかし、場所がなあ……?)

 

 ゴーレムの多数を配備しても、置く場所がない。

 下手なことをして相手に気取られては、その配備場所を攻撃されるかもしれぬ。

 

 いっそ、こちらがガチガチに防備を固めて、相手の気勢を削ぐという手も――

 これをゴローが進言してみたが、

 

「そうなると、ネカチモ以上の防備を固める必要が出てきますねえ……。街中の人間の財布を全部搾り取っても間に合いませんねえ。やったところで後々どうなります」

 

 盗賊対策のために、街が破産してしまっては元も子もない。

 ティタニアの返答は当然と言えた。

 

(しかし、こう代わり映えのしないゴーレムばかり作ってみてもどんなもんだろうな……)

 

 あちこちを移動し、ゴーレム生成をしつつゴローは考える。

 

 もっと効率的で、例えば前世と言うところの機械のようなゴーレムは作れないモノか。

 今やっているのは、その動作や形からして生物の模倣である。

 

 もっとも、バレンシアの流派がそういうものだから、当然ではあるが……。

 

(けど、これって俺に向いてるのかね)

 

 今までの感触からして、ゴローの資質は複数のゴーレムを同時に動かすこと。

 これに長けていると言って良い。

 

 バレンシアのように、一個のものを年月かけて精密に作成するというのは、

 

(今いちなんだなあ……)

 

 である。

 

 この街に来てからも、ちょくちょく自習しているが、やはり成果はない。

 

「まあ、まだあまり焦っても仕方ないが……」

 

 ゴローはつぶやき、作業に集中する。

 今はともかく、盗賊の危険に対処する方が重要だ。

 

 やがて。

 

 途中でばて、何度も休んでうっかり熟睡したこともあったが、どうにかやり遂げた。

 今や街中いたるところにゴーレムの予備兵が隠されている。

 

(知らん人が見たらびっくりするだろな……)

 

 疲れた体と共に商館に戻ると、ごろんとベッドに横たわる。

 しかし、気は高ぶって妙に目がさえていた。

 

 心身ともに疲労しているのだが、ゆっくりすることもできない。

 しょうがないので、簡易に作った小型ゴーレムに意味ない動きをさせてみる。

 

(ふむ……そういやあ、動かせるゴーレムの数ってサイズと関係あるのか?)

 

 阿波踊りのような妙な踊りもどきをするゴーレムをみるうちに、ふと頭に浮かぶ。

 今まではあんまり考えたことはなかった。

 

 しかし、例えば手のひらサイズのものと、2メートルを超えるもの。

 これらを同時多数操作する際、やはり大きいほうが少なく、小さいほうが多く操作できるということだろうか。

 

(どうなんだ?)

 

 ゴローは水差しの水を一杯飲むと、疲れた体も無視して中庭に出た。

 すぐに大型と小型のゴーレムを五体ずつ生成して動かしてみる。

 

 魔力の消費量は、やはり大型のほうが大きい。

 しかし、感覚的にはどちらを操るのもあまり変わらないことに気づく。

 

 大小の関係なく、一度に操作できる数はやはり同数らしかった。 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その39、防戦に向けて

 

 

 

 

 一度に操れるゴーレムの数はサイズや形状に関わらず同じ。

 となると、まだ作ったことはないが、家よりも巨大なものを十体使うのも、ネズミのような

小型を十体使うのも、同じではあるまいか。

 

 当然消費魔力は違うのだが、ゴローの場合あまり関係ない。

 やたらに多い潜在魔力のおかげである。

 

 それも例の使い魔に言わせると、

 

「授けた我が主人のおかげだな。感謝せえよ、ボンクラ」

 

 らしい……。

 

 ともかく、そうなるとやりようはあるわけで。

 ティタニアと相談して決めておいた数だけゴーレムを作り終えた後、ゴローは商館にこもりきりとなる。

 

 といっても、別にゴロゴロしているわけではない。

 中庭で密かに作った小型ゴーレムを動かすのである。

 

 最初は三十程度だが、一日ごとに数を増やしていき、気づけば百を超えていた。

 あるいは小指ほどのものを数十体、部屋の中で動かしてみたりする。

 

 ただ無意味に動かすのではなく、統一の取れた動きを練習してみるのだ。

 あんまりかかりきりになると、疲れて切ってしまうので休息をとることも忘れない。

 

 集中してやってみると、次第に百体を操るのも慣れ、苦ではなくなってきた。

 

(このままいくと、千、万といけるようになるかもしれんな……)

 

 そう考えると気分の高揚するゴローであった。

 

 自分の命令通りに動く、数千数万のゴーレム軍団。

 むくむくと子供の肉体に似合わぬ野心のようなものが沸き立つような気がする。

 

(まあ、別にそこまで使う当てもなかろうけど)

 

 他に思いつくのは、小型ゴーレムを使った立体将棋だろうか。

 この世界にも、そういうボードゲームはあるのだ。

 

 ゲームとしてもちょいと見ものかもしれない。

 将棋と言うよりチェスに近いものだが、取った相手の駒を自分の駒にできるという点。

 

 そこが前世での将棋に似ている。

 ただ、前世でもそうだったが、ゴローはあんまりその手のゲームに馴染みがなかった。

 

 故郷の村では、将棋の存在自体知られていなかったし、バレンシアもその手の遊びはあまりやらない。

 この街に来てから、それとなく存在を知っただけだ。

 

 商館の客が時折遊んでいるのを横目で見て、ある程度ルールを覚えた。

 

(もしかしたら、見世物みたいにしたらけっこう儲かるかもな……)

 

 そんなことを考えていると、いきなり部屋のドアが開く。

 振り向くと、酒瓶を手にした使い魔が赤ら顔で突っ立ていた。

 

「おう、ボンクラ。しっかりやっとるか?」

 

「まあ、ぼちぼち……」

 

 あまり真面目に返答する気にもなれず、適当な態度のゴロー。

 

「ふん。ならいい。そろそろ来るぞ」

 

「え」

 

 来る――それが何を指しているのかは、言うまでもない。

 

 例の盗賊団である。

 

「い、いつ!」

 

「さあな。だが、連中の気配がそろそろと近づいてきているぞ」

 

 ニタニタ笑う使い魔に、ゴローはゾッと寒気を感じる。

 血の雨が降るであろう展開を、心底楽しみにしてるのがわかるのだ。

 

 おとぎ話や芝居などではない。

 本当に人間同士の殺し合いが始まるのである。

 

 覚悟はしていたつもりだが、いざとなると、

 

「う……」

 

「は。震えとるわ。だから、お前はボンクラと言うんだ」

 

 脅えを表情に出すゴローを、使い魔は冷酷に嘲るのだった。

 何と言われても、怖いものは仕方ない。

 

 だが、怖い怖いと言っていても、事態が好転するわけではなかった。

 

「と、とにかく、もうちょっと詳しいことを……」

 

「知らん。後はお前らでどうにかせい」

 

 使い魔は無情に切り捨てて、去ってしまう。

 とことんまでに他人事なのだった。

 

「はああ……」

 

 ゴローは脱力して、現在用意しているゴーレムなどについて考えた。

 いずれも岩石で構成された堅強なものだが、それだけでいいのか。

 

 ティタニアやメドゥチとの相談の結果、できる限る入念な準備はしてきたつもりだ。

 しかし、いざ本番が来るとなると恐怖が出てくる。

 

 ゴローは嘆息してベッドに座り、目を閉じた。

 思い返すのは、村を出る前の盗賊騒ぎだ。

 

 あの時は、どうにかなった。

 しかし、今度はどうだろう?

 

 敵の数も違うし、向こうには復讐という嫌な動機もあるようだ。

 その上、自分と同じゴーレム使いがいる。厄介な敵がいる。

 

 いっそ今すぐにでも始まってくれれば――

 そんな無思慮なことも頭に浮かんでしまうゴローだった。

 

 恐怖というのはその瞬間よりも、むしろやってくる以前のほうが大きいらしい。

 ジッとしてはいられなかった。

 

 かといって、考えなしにウロウロしていても益のないことは明白。

 むしろ、敵にゴローの生身をさらすほうが危険なのだ。

 

 また、いざという時にティタニアやメドゥチと連絡がつかない、ということは避けたい。

 

「はあああ…………」

 

 ゴローはひどく大きなため息を吐き出すと、頭をかいた。

 

 ともかく、もう一度ティタニアたちと話をしてみないことには。

 

 重たい腰を上げて、ゴローは部屋を出る。

 と、廊下の向こうから一人のメイドがやってくるのが見えた。

 

 メイドはゴローに気付くなり、早足に近づいてくる。

 

「ティタニアが呼んでおります。どうぞお部屋に」

 

「ああ、はい」

 

 どうやら使い魔はティタニアにも話をしていたらしい。

 それなら、まさに『話は早い』わけだ。

 

 ゴローはメイドに導かれるまま、ティタニアの元へと向かった。

 

 そこで再び、街の地図などを中心に『軍議』が行われる。

 メドゥチは水路を中心に、ティタニアは商家などを中心に説明し、話は進む。

 

「問題は敵さんがどこを襲うか、だな」

 

 メドゥチは地図を睨みながら首をひねった。

 地図内には要所要所に赤い丸で印をしている。

 

 そう大きな街ではないが、色町を始めいたるところに赤い丸があるので、点数の良いテスト用紙のようで、妙に懐かしいゴローだった。

 

「恨みつらみで言えば、協力したうちはもちろん主敵であるソムニウムさんのところを考えるべきでしょうねえ」

 

 そこでいったん議論は止まった。

 ふと、ゴローは思う。そういえばしばらくソムニウムの姿を見ないな、と。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その40、ソムニウムの意見

 

 

 

 

「あの、そういえばソムニウムさんを……」

 

 ゴローが口に出しかけたのとちょうど同じくして、部屋のドアが乱暴に開かれた。

 

「ただ今参上。遅ればせながら、やってきましたよ。社長出勤」

 

 例の良くわからない物言いをしながら現れた者。

 

「ホントに遅れたな」

 

 メドゥチは呆れた顔で青い髪をかき上げ、嘆息した。

 

「それで何かわかったことかありましたかねえ」

 

 ティタニアはいつもの表情で、何気ない口調。

 

「まあ、色々とね、わかったようなわからないような」

 

 ソムニウムは得体の知れない笑みを浮かべて、どっかと椅子に腰を下ろす。

 

「つまりどういうことだよ」

 

「まあ、落ちつきなさい。深呼吸ですよ」

 

 若干いらついた様子のメドゥチを、ソムニウムは手のひらをかざして制する。

 

「使い魔とやらの言った通り、馬面の残党がこの一件に関わってるのは確か――」

 

 それから、とソムニウムはわざとらしく人差し指を立てる。

 

「ここ最近、ネカチモの街だけじゃなくってあちこちの街でも盗賊団にやられてるらしい」

 

「それは――」

 

 メドゥチが何か言いかけるが、ソムニウムはすぐにそれを抑えて、

 

「まあ待て。盗賊団だのが増えて物騒になってる。それは確かにそうだ。しかし……おんなじ手口で街が襲われてるとなると、どう? 怪しさ満点ですよ」

 

「同じ手口……?」

 

「ここからちょいと遠い所や近場、とにかく比較的景気の良いところが襲われてる。あくまで景気の良いところだけを狙うようにね。他の不景気なところは、まあ無視だ。素通り」

 

「ふむ」

 

 ソムニウムの意味ありげな台詞に、ティタニアは沈思する。

 

「自分たちも襲われるとなると話は別だが、よその景気のいいとこだけがやられる……」

 

 こうなると、どうです、どうだい、とソムニウムは意地悪く笑う。

 

「普通なら、そういう街が(さび)れると商売・取引している他の街も悪影響を受けますが……」

 

 ティタニアが目を閉じながら、詩でも吟じるかのように言う。

 

「近頃は不景気や物騒な話が続いてて、他人の不幸は自分の幸せって考えるヤツも増えてきてるんだよなあ……」

 

 疲れた声でメドゥチが肩をすくめた。

 

「それだけじゃなく、景気の良いところってのはそれだけ恨みも妬みも買ってるわけですよ。嫉妬、じぇらしー」

 

 と、ソムニウムは手を広げる。

 

「だから、そんなとこばかりを襲う連中はどう言われるか?」

 

「……まさか」

 

「何です?」

 

 ゴローは何も思いつかなかったが、メドゥチは反応を示した。

 

「義賊、なんて呼ばれてるんじゃあるまいな」

 

「はい?」

 

 メドゥチのつぶやくような声に、ゴローは首を傾げた。

 一瞬何のことかわからなかったからだ。

 

「ぎぞく、て……何です?」

 

「いわゆる良い盗賊って意味ですかねえ? 良い盗賊なんてのはおかしいですが」

 

 ティタニアは苦笑する。

 

「良い人間が盗賊になりますか?」

 

「善人でも切羽詰まって追いつめられれば、そうなることもあるでしょうねえ。普通の農民が飢饉や圧政のせいで盗賊に身をやつす。よくある話ですねえ」

 

「なるほど。確かに」

 

 ティタニアの説明に、ゴローは故郷の村を思い出して納得する。

 

「まあ、早い話がそうなんですよ。正解」

 

「おいおい。あの小悪党の中でもせこくって、たちの悪さで有名な馬面の子分が、義賊様まで出世したのかい。楽しい話だなあ、おい」

 

 親指を立てるソムニウムに、メドゥチは髪をかきむしるようにして首を振った。

 

「あくどく儲けてる連中を襲って、その上前をごっそりちょうだいする。貧乏人には胸のすく話ではある。話だけならな」

 

「あくどく、かどうかまでは調べてないけど、景気の良いところを狙ってるのは確かだ。んでお仕事をするごとに連中の徒党は数を増しているらしいんですよ。増加増員」

 

「そりゃまた、何で……」

 

 ゴローはゴキブリのごとく増殖していく盗賊たちを想像し、心底げんなりした。

 

「どうも、あちこちで仕事をする度に地元のあぶれ者を仲間に引き入れてる模様。スカウト、ヘッドハンティングですよ」

 

「数ばかり増やしても、すぐ行き(づま)るぞ。ここらじゃ襲える場所も限られてるし」

 

「逃げ場、隠れ場所も限定されていきますねえ」

 

 メドゥチの言葉をつないだのは、ティタニアだ。

 

「この辺りは大規模な盗賊団が拠点にできるような場所はありませんねえ。あくまでも地味に少人数でやるのなら話は別ですが。それに大げさになればなるほど国もほってはおきません。面子(めんつ)に関わりますからねえ」

 

「もう動いているよ。行動開始」

 

 ソムニウムはあっさりとそう言った。

 

「この辺りの岩場に不細工な陣地を作り、合戦の真似事をしてる。お遊び」

 

 と、ソムニウムは地図を広げてある地点を指した。

 岩山の記号が描かれた地点は、街道にも近い。が、王都からの行き来は難しい。

 

「このへんは岩ばかりで水場もないし、野営をするのも苦労する場所だぜ」

 

「水は近くの村から補給してるらしい。力づくか金づくかは知らんけど」

 

 メドゥチが地図をのぞき込むと、ソムニウムは腕組みをして皮肉げに笑った。

 

「野営の場所はゴーレム使いがいるから……。いちいち水だの食糧を運ぶのも……」

 

「ゴーレムに地下通路でも掘らせたのかもなあ。トンネル工事ですよ」

 

「ふむ……地下通路ですか。それだと表面からはわかりにくいですねえ」

 

「おかげで情報がわかりにくい。入手困難ですよ」

 

「こっちから打って出るわけにはいかんですか?」

 

 思い切ってゴローが提案してみる。

 

「こっからゴーレム軍団を出撃させるのか? けっこうな距離だし、場所もハッキリせんし。それに、あんたちゃんと盗賊どもを始末できるんですか? 後処理ですよ」

 

「始末って」

 

「後腐れないように殺せるのかってこと。生きてたら色々面倒でしょ?」

 

「む……」

 

 ズバリと指摘されて、ゴローは口ごもり、うつむく。

 

「捕まえて役人に引き渡すってわけには……」

 

「まあ、理想だわなあ」

 

 そう言ったのはメドゥチだが、その目つきからあまり現実的だとは思ってない様子。

 何でそんな面倒なことをするのだ、とも言っているようだ。

 

「役人だの、国の偉い人は喜ぶでしょうねえ。捕まえてさらし者にして、死刑にして。何とか面子は立ったと――」

 

 身もふたもないことを、涼しい顔で言うティタニア。

 聞いているゴローはげんなりとなり、今すぐにこの街から逃げ出したい気分になる。

 

「――ああ、ところでこれを忘れておりました」

 

 ふと話題を変え、ティタニアは一通の封書をゴローに手渡すのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その41、襲撃の始まり

 

 

 

 

「何です?」

 

 受け取ってみると、師匠バレンシアのものとわかった。

 すでに開封されており、『我が友人、ティタニアへ』との文字が見える。

 

「読んでもいいので?」

 

「ええ。後であなたにも読んでもらうよう書いてありますからねえ」

 

「ははあ」

 

 ともかく気分を変えようと紙面に目を走らせるゴロー。

 

 内容はゴーレム使いの魔法使いに関することで、要約すると、

 

「盗賊に協力している不心得者だが、知っているゴーレム使いで心当たりはいない」

 

 とのことだった。

 しかし、闇の術に詳しいエルフ族にはガーゴイルという、ゴーレムの派生、あるいは発展型とも言えるものを扱う流派もあるらしい

 

 そういう情報が書かれていた。

 

 ガーゴイルとは見た目は主にドラゴンなど怪物の姿をしている――主に水に関係するものが(かたど)られることが多いそうだ――石像だが、半ないしは全自動のゴーレムともいうべき代物。

 

 自動式という特性のせいか普通に働かせたり、戦わせたりするよりも城・要塞、墓所などに番人として配置することが多い。

 石像という外見を生かして、侵入者に奇襲を仕掛けるというものだ。

 

 こういったものを応用するなら、作成者がいない、死亡した場合でも遠方まで運んでいって使用するということもできるかもしれないが……。

 

 しかし、情報をもらった限りではそんな高度な技術を持つ者がわざわざチンピラや離散民の集まり、ケチな盗賊と手を組むだろうか?

 可能性は低く、やっていることの割に使い手にあまり実力と言うか知性などを感じにくい。

 

 そう、手紙は締めくくっていた。

 

 と、それに続いて、

 

「後で我が愚かなる弟子に読ませてほしい」

 

 美麗な文字で毒のある文章があった。

 

 恐怖心でおたつき、やたら強力なゴーレムを作成しようとするかもしれないが、お前さんの最大の強みは多数のゴーレムを同時に使えるところ。そこを生かすべし。無事を祈る。

 

 読み終えたゴローは、自分の行動を見透かされていることを知り、赤面した。

 

 良かった点は、師の助言を知る前に自分で気づけたところだろうか。

 ゴローは丁寧に手紙をしまい、ティタニアに返して頭を下げた。

 

「結局、敵さんのことは捕まえてみるまではわからんということかよ」

 

 メドゥチは肩をすくめ、さめたお茶を一口飲んで嘆息した。

 

「ともかく、多少の物損は仕方ないとして、街の人にケガ人死人が出ないことを最優先」

 

 ティタニアは気を引き締めるように、硬い声で言った。

 

「そろそろ軍議もどきをしてる暇もなくなりそうです」

 

「え」

 

 ゴローが顔を上げるとと同時に、メイドが二人部屋へと走りこんできた。

 メイドたちが小声で何かティタニアに話す。

 

 ティタニアはうなずき、すっと突き刺さるような鋭い、なのに妙に優しい眼差しでゴローを見やった。

 

「ゴローさん、入り口わきの西の店。そこのゴーレムを使ってください」

 

 言わるままにゴローはゴーレムを動かし、その周辺の状況を知覚した。

 

 店の裏手、巧妙に偽装された岩ゴーレムのそばに一人のムリアンがいる。

 ムリアンは地面に片耳を押し付けるようにしていたが、すぐに跳ねるように飛びのく。

 

 そして、自分がいた辺りを指さした。

 ゴリゴリ……と、地面から嫌な振動が響いてくるのがゴーレムの足にも伝わってくる。

 

 こいつは――ゴローは意味もないのに身構えて、ゴーレムの腕を振り上げさせた。

 そして、地面から巨大な突起物のごときものが、土を掘り返して出現した。

 

「どりる!」

 

 知覚した思わずゴローは叫んだ。

 出てきたのはヒグマほどもある大きなゴーレムで、モグラか螻蛄(けら)のような前足。

 

 そして先端にあるのは、古いロボットアニメに出てきそうな巨大ドリルだった。

 岩で構成されたモグラの怪物。頭はドリル。

 

 こいつがバカみたいに回転しながら、頭部を左右に振っている。

 

(……こんにゃろ!)

 

 だが、こっちもあわてふためいているわけにいかない。

 ゴローのゴーレムは相手の側面に回って、思い切り岩の拳で殴りつけた。

 

 一撃を食らったモグラゴーレムはボコンと音を立てて、揺らいだ。

 砕けた岩石が無数に散らばり、雨のように降り注ぐ。

 

(以外に頑丈だ……)

 

 わりと細かい作りになっているようなので、叩けば(もろ)いかと予想していたが、敵もけっこうタフである。

 このままでは負けはしなくても、逃げられる可能性もあった。

 

 そう判断すると、ゴローはもう行動に出ていた。

 配置していたゴーレムは一体だけではない。

 

 ただちに応援のゴーレム二体が進み出て、モグラを左右側面。そして背後から取り囲んだ。

 モグラゴーレムは完全に地面から出てはいなかったが、こうなると戻るのは難しい。

 

 左右から殴られて続け、頭のドリルは頼りない状態になっている。

 ドリルの動きが鈍ったところを、本格的に捕獲して地上に引きずり出していく。

 

 当然相手は抵抗するが、こっちのほうが数は多い。

 前足を破壊して、後ろにいたゴーレムが前に回ってドリルをつかむ。

 

 大きな根菜類でも引き抜くがごとく、エンヤラヤ、エンヤラヤと引っ張るゴーレム。

 真面目に見ているとアホみたいな光景ではあった。

 

 しかし、やっている当人ことゴローは必死だ。

 最後にはゴーレムの負荷限界を無視して、全力で引っ張らせた。

 

 そうなると、ついには勝負は決してしまう。

 モグラゴーレムは引っ張り出されたところを、三体のゴーレムに袋叩きにされた。

 

 ついには自慢……か、どうか知らないが特徴であるドリルを破壊され、惨めな残骸と化して転がるばかりだった。

 

「やった……」

 

 敵の完全沈黙を確認したゴローは冷汗をぬぐい、大きく深い呼吸して座り込む。

 

 しかし――

 

「次、来たようですよ」

 

 脱力しかけたゴローの背中を、ティタニアの手のひらが勢いよく叩いた。

 

「へ!」

 

 オタオタしているところへ、どこそことあそこへ、と指示が飛んでくる。

 ゴローは泡を食いながらも指定の場所にあるゴーレムを動かした。

 

 今度は異なる場所に、同時にだ。

 

(こりゃ忙しい……!)

 

 またも汗が流れ出てきたが、先の練習の成果かバラバラにゴーレムを動かすことは成功。

 最初の戦いが参考になり、モグラゴーレムとの戦いも苦ではなかった。

 

 全く異なる場所・空間が同時に意識下にある。

 その分目の前のことがおろそかになるが、全くわからないわけでもない。

 

 思考というか、意識が分断されて、しかし同時に矛盾なく進行している。

 

(……ああ、これって便利だなあ)

 

 緊急ともいうべき状態の中で、妙にのん気なことを思うゴロー。

 前世でもこんなことができていれば、さぞ便利だったろうに……と。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その42、ゴーレム対ゴーレム

 

 

 

 

「敵ゴーレム……全部、ぶっ壊しました……」

 

 五体目のモグラゴーレムを破壊した後、ゴローは息をついて報告した。

 疲労が鉛のごとく肩や頭にのしかかってきて、思わず床に手をついてしまう。

 

 それでも完全に疲労困憊というわけでもない。

 心身に多少の余裕がある。自分でもそれがわかり、ゴローはちょっと誇らしかった。

 

「確かですか?」

 

 ティタニアはゴローの顔を覗き込み、穏やかだが容赦のない声で問う。

 ゴローはうなずき、またも汗をぬぐった。もう何度目になるかわからない。

 

 ティタニアは顔を上げ、メイドの方を見た。

 窓のそばに立っていたメイドは外の目をやる。その窓からは商館の裏手が見えるのだ。

 

「確認しました。合計は五。全部行動不能になっております」

 

「ここからですね」

 

 うなずいたティタニアはより厳しい声で言う。

 

「盗賊の本体は?」

 

「まだ動いてはいないですね」

 

 メドゥチの声に、ティタニアは首を振った。

 

「いくつか分散しているようですが、だいたいこの辺りに本体がいるようです」

 

 ティタニアは地図の上で街の東近くを指した。

 

「街道からが見えにくく、草木が多くて隠れやすいか」

 

 地図を確認したメドゥチは納得した顔でうなずき、髪をかき上げた。

 

「それでもすぐに見つかりましたけどねえ」

 

 ティタニアは彼女には珍しい皮肉げな笑みで応えた。

 

「やっぱりこういう団体行動、軍事行動とも言えますか。そういうことには不慣れな集団だと思われますねえ。こちらの監視にもまるで気づかないようですし」

 

「そりゃいいが、しかし……」

 

 メドゥチは納得しがたいという渋顔を作り、地図をもう一度睨んだ。

 

「魔法使いとしてみると納得のできんことが多いんだが……」

 

「罠かもしれないと?」

 

「そう思いたくなるようなお粗末さだ。いくらモグラゴーレムが優秀だからって、こんなんでよくあの厳重なネカチモの街をやれたもんだ」

 

「よほど腕の良いスパイでもいたんでしょうかねえ」

 

「じゃ、今回の有様はなんだ? 説明つかんぞ」

 

 メドゥチとティタニアは顔を見合わせ、どちらからともなく肩をすくめた。

 

 と、不意に窓の外からガランガランと音が響く。

 瞬間ティタニアたちは窓に駆け寄り、外を見た。

 

「……ゴローさん、街の東門近辺のゴーレムを総動員してくださいな」

 

「え」

 

「やればわかります」

 

「あ、はい」

 

 有無を言わさないティタニアの声に、ゴローは直立不動でうなずいた。

 

 そして、理解する。

 

 人のごった返す門の前に、山のように巨大な岩の塊が動いていることに。

 その岩には、不格好な手足が生えており、赤ん坊のように這って進んでいる。

 

(基礎ができてないな、こりゃ……)

 

 一応はゴーレムらしかったが、先のモグラゴーレムの完成度と比較すると、天と地のごとき差があった。

 

 それにしても、妙である。

 素人にしてはやっていることの規模が大きすぎるし、相応のレベルの者にしては無様。

 

 わざとやっているんじゃあるまいな? と、ゴローが疑問視するほどに。

 

 とはいえ、いくら不格好でもあの巨体で押し入れらたら東門付近はおろか街中が無茶苦茶になるのは火を見るよりも明らかだった。

 

 大きさは這っていることもあって、しかとはわからない。

 だが、軽く見積もってもクジラくらいのサイズはありそうだ。

 

 すなわち十数メートルくらいは。

 

「……ちぃ!」

 

 自分でも似合わないなと思う舌打ちを漏らし、ゴローは近場のゴーレムを全て敵ゴーレムの進路に走らせた。

 これはかなりの神経を使い、気疲れを呼んだ。

 

 ゴーレムの使役にではない。

 慌てふためいて逃げ惑う街の人間を巻きこまないようにして、ひと苦労したのだ。

 

 幸いと言うべきか――

 うまい具合に避難誘導をしてくれる者がいたために、大きな事故は起きなかった。

 

 避難誘導をしているのは、ほとんどがムリアンであったが。

 

(なるほど。あらかじめ、ティタニアさんが仕込んどいてくれたのか……)

 

 ゴローはちらりとティタニアに視線を送ってから、ゴーレムをさらに加速させる。

 

 ついには敵とぶつかり合うことになるが、それから大仕事だ。

 何せ相手はモグラゴーレムとは比較にならない巨大さである。

 

 一体や二体でぶつかっていったところで、簡単に弾き飛ばさてしまう。

 なので、出し惜しみはなし。

 

 一気に敵に飛びかかっていって敵の手足を攻撃した。

 いくら痛みもなく、血も流れないゴーレムとはいえ、動くには手足がいる。

 

 手足無く浮遊移動させるタイプも存在はするが、かなりの高等技術が要される代物。

 あの不細工なハイハイゴーレムを使うような魔法使いに、できるとは思えない。

 

 しかし。

 ガンガンと砕けた粉塵が舞い散るが、なかなか進行は止められなかった。

 

 やはり敵が大きすぎるのだ。

 向こうが適当に手を振り払うだけで、こちらのゴーレムは吹っ飛ばされてしまう。

 

 下手に全部の手足に食いついても、そのまま引きずられてしまう。

 

(こりゃ、まずいわ……)

 

 現状の数では対抗しきれないか。

 ゴローはそう判断すると、街中のゴーレムを一気に起動させた。

 

 どうにか全部をまとめて動かすこともできそうだ。

 しかし、全部が全部やると余計に混乱が生じる。

 

 また、中には小型中型で、巨大ゴーレム戦にはあまり使えないものも。

 

 大型のごついやつばかりを選別し、なるべく人通りの少ない場所を選んで、しかし、できる限り急いで東門まで向かわせる。

 

 一気に魔力が消費していくのを感じられるが、それでもやめるわけにはいかない。

 全身から汗が滝のように流れて、カッカと熱かった。

 

 そのくせ妙に気持ちよくなってきて、どんどん魔力を使いたい気分。

 

(ランナーズハイみたなもんだろうか……)

 

 だとしたら、初めての体験だなあと考えていると、

 

「ゴローさん、少し別動隊のようなものを出せますか?」

 

 そっと、ティタニアの手が肩に置かれる。

 

「ふぇい?」

 

 疲労と興奮のためか、舌がうまく回らないゴロー。

 

「大きなゴーレムを囮にして、盗賊たちが火事場泥棒をする気のようです」

 

「あ、はい」

 

 ゴーレム同士の奮戦を横目に、得物を手にした小汚い集団が走っていくのを、ゴローは脂汗まみれで知覚した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その43、盗賊戦

 

 

 

 

 東門周辺では、あちこちで乱闘騒ぎが起こっていた。

 武器・凶器を手に街に乱入していく盗賊と、武装したムリアンたちが激突している。

 

 盗賊たちは砂糖にたかるアリのごとく、街に攻め込んできた。

 門があるとはいっても、別に城壁で囲っているわけではないから、侵入できる経路はいくらでもあるのだ。

 

 警邏(けいら)役人たちもいるにはいるが、あんまり役には立っていない。

 遠目から怒鳴っていくるくらいで、積極的活動は皆無だった。

 

 むしろ統率されたムリアンたちが訓練された兵士のごとく、無駄なく動いている。

 ゴローは小型ゴーレムをムリアンとやり合っている盗賊たちに向かわせた。

 

 背後から捕まえたりする他、横からぶつかっていったりだけで十分助けになる。

 何せ石の塊だから、それに思いきり体当たりをされてはたまるまい。

 

 むしろゴーレムに捕まり、降参するのは運が良いだろう。

 

 武器を振り回す盗賊は、連携したムリアンたちに情け容赦なく刺殺・撲殺されていく。

 向こうは奇襲のつもりだったのだろうが、ムリアンたちは事前に備え、用意しており、また戦い慣れてもいるようだった。

 

 多分大なり小なりこういう荒事の経験は豊富なのだろう。

 

(自信たっぷりなわけだ……)

 

 以前ティタニアの見せた余裕の態度を思い出し、ゴローは納得した。

 

 こうなってくると、盗賊たちに勝機はない。

 最大の武器であるゴーレムが満足に使えないとなれば、残るのは貧農崩れの暴徒だけ。

 

 多少数はいても、ムリアンは十分な武器を装備し、策を練っている。

 勢いが良かったのは最初だけで、すぐに逃走する者が続出し始めた。

 

 こういう恐怖におののき、逃げる相手を襲うのは簡単らしい。

 盗賊たちの背中に矢を射かけ、石を投げていく。

 

 

 あちこちに冗談のごとく死体ができあがっていくが、まるで悲壮感がなかった。

 直に視覚で見ていないせいなのか、まるで虫の死骸でも『見ている』みたいだ。

 

 もしも肉眼で見ていれば、きっと死臭や何やで嘔吐の一つもしたかもしれない。

 

 やがて――潮が引くように戦闘は終わっていく。

 

(しかし、ひでえもんだ……)

 

 ムリアンたちにも傷を負った者はいたようだが、死者は見当たらなかった。

 盗賊のほうも傷で動けないだけで生きている者もいたが、ムリアンに発見されるとすぐさまとどめをさされ、絶命する。

 

 ほとんどの場合、いちいち捕えたりはしない。役人もそれを止めない。

 むごいと言えば確かにむごいが、だからといってゴローにはどうしようもないのだ。

 

 現代のように犯罪者にも人権を……という話はないのだから。

 というか、人権なんて言葉がない。

 

 大体殺戮・略奪を企んだ連中に、いちいち情けなんかかけるわけがなかった。

 

 盗賊たちの『処理』が一段落すると――

 

 ゴローのゴーレムは盗賊の死骸を運ぶ手伝いをする羽目になる。

 

(やだなあ……)

 

 知覚を明敏にすると無残な死体を間近で見るのと同じことになってしまう。ゴローはできるだけ知覚をぼやかして、運搬作業をさせた。

 

 

 幸いと言うべきか。

 

 現状は死体の有様をいちいち注視している余裕はなかった。

 盗賊たちがやられても、敵の巨大ゴーレムの動きは止まらない。

 

 数に任してようやく片腕を破壊したが、それでも後ろの足ともう片方の腕が残っている。

 苦痛も恐怖も知らず、ただひたすらに使い手の命令のまま動くゴーレム。

 

 敵として回ると、こんなにも厄介な存在であったとは。

 ゴローはずるずると続く戦いに心底ウンザリするが、気は緩められない。

 

 早く終わらせたければ、敵ゴーレムを粉砕するしかないのだ。

 

(盗賊の心配はもうない……なら、こっちも全力だ!)

 

 むしろ今まで全力ではなかったのか、と我がことながら疑問に感じながら、ゴローは残ったゴーレムを東門に集め、敵ゴーレムを阻む。

 

 毒バチの大群に襲われるクマのように、敵は必死でもがくが、ゴローも必死だ。

 武器となる手足を砕き、破壊して行動不能にまで追い込む。

 

 こうすると簡単なようだが、生き物相手ならともかく、敵も味方もゴーレムである。

 轟音と石塊と粉塵と舞い飛ぶ、ぞっとするような、しかしバカバカしい光景だった。

 

 その結果、風の具合で粉塵がどんどん街のほうに飛んでいく。

 ムリアンを始め、住民が咳き込む場面も多く出てきた。

 

 が、やめるわけにはいかない。

 しまいには敵ゴーレムの手足を引っ張り、一つずつ引き抜くという荒業まで。

 

(さすがに無理か……!)

 

 やりながらも、内心ゴローは若干弱気になりかけもした。

 魔力で土塊や岩石をつなぎ、構成されているゴーレムの手足はかなり頑丈だ。

 

 バレンシアにも、一番気をつけるところ、とみっちり仕込まれている。

 しかし、敵はそうではなかったらしい。

 

 多数のゴーレムが全力で引っ張ると、思ったよりも脆くあっさりと腕が抜けた。

 本体から離れた後も腕は暴れるが、そうなると壊すのも難しくない。

 

 続いて後ろ足を同じように引っ張り、破壊する。

 手足を失くした後は転がって移動するかも、とゴローはヒヤヒヤしたが、形状が山のような三角に近いものだったので、それは無理のようだ。

 

 手足がなくなり、敵ゴーレムはしばらくブルブル揺れていたが、やがてそれも止む。

 敵が魔力の接続を切ったらしいことを察すると、ゴローはその時ようやく息をついた。

 

「……どうやら、ほぼ撃退できたようですねえ」

 

 ティタニアは窓の外を見ながら、満足そうに言った。

 

「はあ……」

 

 ゴローは曖昧にうなずき、何となく自分も窓のほうへ。

 外を覗いてみると、メイドが一人赤い旗を両手に一本づつ持って立っている。

 

「何やってんです……?」

 

「遠くとの連絡は手旗信号でやっているんですよ」

 

「あああ」

 

 それで遠くのことをリアルタイムに近い感覚で確認できたのか。

 てっきり通信用の魔法道具でも使っているのかと思ったゴローは妙な気分になる。

 

「しかし、まだ首魁は見つかっていませんねえ……」

 

「礼の三人組は……」

 

 確か、犬猿鳥の小悪党だったか。

 

「それはもう見つけました。後でちゃんと処分します」

 

「……なるほど」

 

 それ以上深く聞く度胸はゴローにはなかった。

 というか、言わずとも知れている気がする。

 

「意外ですか?」

 

「え」

 

「まだ連中を生かしていることに」

 

「はあ、まあ……。てっきり――」

 

 見つけ次第殺すのかと、ゴローは言いかけて口を押えた。

 

「連中だけなら、それでも良かったのですが。どうも怪しい魔法使いが関わっているとなるとねえ? 下手を打てば後々面倒になるかもしれませんし」

 

「そうですか」

 

 ゴローはとりあえずうなずき、いつの間にかメドゥチがいないことに気づいた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その44、奇妙な家の話

 

 

 

 

 その後のことだが――ゴローには記憶がない。

 

「ともあれ、大役お疲れさまでした。さ、どうぞ」

 

 一段落後、ティタニアが手を振るとメイドがお茶を入れてくれた。

 甘い焼き菓子を一個かじり、ぬるめのお茶を飲む。

 

「うまい……」

 

 そんな風につぶやいたかもしれない。

 お茶と共に噛み砕いた菓子を飲み込んだ後、記憶がないのだ。

 

 気がつけば、ベッドの中であった。

 軽く頭が疼くような気がしたが、メイドが運んできてくれた軽食を食べているうちに、ふと意識が消えていたこともあったように思う。

 

 食事を半分ほど食べた頃、メドゥチが訪ねてきた。

 

「よお、よくやってくれたな。みんな感謝してるぞ」

 

 入ってくるなり、メドゥチはにこやかに称賛してくれた。

 

「ティタニアさんは後始末で色々忙しいけど、よろしく言っといてくれとさ。伝令やら何やらこき使われてたガキどもも全員無事だ。運良くケガ人一人いない」

 

「そうですか」

 

 アイナたちの無事を知り、ゴローは無意識のうちに笑っていた。

 

「……しかし、結局敵の魔法使いってのは何だったんですかね?」

 

「知りたいか?」

 

「何かわかったんですか?」

 

「ああ」

 

 メドゥチは椅子に座ると、いつものように髪をかき上げた。

 

「そもそもの始まりは――ネカチモの街だったんだな」

 

 

 ――。

 

 

 この起こりというのか、どうかわからないが。

 

 少し前に、ネカチモの街でちょっとした争いが起こった。

 岩塩の権益を巡っての争いで、ある旧家の主が死んだことで起こったらしい。

 

 主人が死んだとなると、跡目を継ぐ人間がいるわけだが、嫡男に当たる息子はどうしようもない極道もので、酒に女遊び、ギャンブルとまんべんなくやっていた。

 

 そんなのだから、適当に煽て上げられて騙され、ほぼ一文無しで街を追われることになってしまう。まあ、お定まりの話。

 これだけなら、極道ものの末路というだけだが。

 

 その男はあてもなく放浪する羽目になったが、その途中道に迷って難渋してしまう。

 金はない。行く当てもない。またそれをどうこうしようと知恵もない。

 

 ないない尽くしの最低状態であった。

 そんな、もはやこのまま行き倒れか、という時である。

 

 男は人家のないはずの場所で、奇妙な建物を見つけた。

 いつしか迷い込んだの霧の中に、見たことも聞いたこともない屋敷があったのだ。

 

 どこかの貴族か王族が隠棲している屋敷なのだろうか。

 そう思いたくなるような、豪奢で品の良い造りの建築や、手入れの行き届いた庭。

 

 見事な草花があちこちに咲き乱れ、その上に美しい虫が飛んでいる。

 (うまや)には、まるで神話やおとぎ話に出てくるような見事な馬がつながれていた。

 

 明らかに人が住んでいるようなのだが、何故か誰もいない。

 これだけ大きくて見事な家。使用人も大勢いて当たり前のはず。

 

 しかし、どこを探しても人っ子一人いない。

 

 掃除もきれいに行き届いており、厨房には食材がぎっしりと。

 肉、野菜、果物。菓子。その他見たこともない調味料類まで。

 

 さらに、食堂に行ってみれば、今まさに運ばれてきたような料理と酒が並んでいた。

 肉にスープ、野菜を盛りつけたもの。悪魔のように食欲をそそる香辛料。

 

 わけがわからず、これは夢なのだと男は思った。

 だが、夢なら夢で遠慮することはない。

 

 思う存分飲み食いして、ついにはテーブルの上をあらかた平らげてしまう。

 その後、さてどうしたものか。家の人間が帰ってきたらことだとも少し考えたが。

 

(食っちまった後だし、殺されるなり捕まるなりにしてもこれだけ飲み食いしたなら……)

 

 開き直ってそのまま食堂に居座ったが、残りの酒を飲み終わっても、誰も現れない。

 

(……今のうちに、逃げるか?)

 

 最初の覚悟はどこへやら。行けそうだとわかると即座に逃げ支度に切り替える。

 どうせ逃げるのなら、ついでに……とばかりにあちこち屋敷内を探ってみた。

 

 袋一杯の金貨や宝石。その他にも見ただけで業物とわかる剣や槍。輝く鎧や盾。

 どれ一つとっても大金に変わりそうなものばかりだった。

 

 しかし、剣や鎧は自分では使うあてがないし、売りとばそうにも入手先を疑われて面倒臭いことになりかねない。

 金や宝石は魅力的だが、他にも何かありそうだ。

 

 とりあえずいくらかの金貨をポケットに詰め込みながら、さらに調べてみる。

 

 そのうちに、奇妙な装飾のされた杖や分厚い本のある部屋に入った。

 どうも魔法の品のようだが、どう扱うのかわからない。

 

 しかし、その中で片手に持ち上がる小箱に赤銅色の目がとまる。

 

 開けてみると、五つの石でできたモグラのような人形と、紙片が一枚。

 それに銀に光る宝石のはめこまれた指輪があった。

 

 読んでみると……。

 

 魔力の指輪をはめ、 合言葉を唱えると縮小されたゴーレムは本来のサイズに戻る。

 土木作業、特に地下道を掘るのに適したゴーレムなり。

 

 作業型ゆえに耐久性は攻撃を想定したものではないので、戦闘には不向き。

 おまけとして簡易な岩石型ゴーレムの生成法をつけ加える――サイズは最大十五メートル。

 

 ただし、最大サイズのものを生成すると指輪の魔力を全て消費するため、およそ二十四時間ゴーレムの使役などが不可能になる。注意すべし。

 なお、使用者自身の魔法・魔力を介する分には問題はなし。

 

「奴から取り上げた『説明書』の内容はそんなもんだ」

 

 メドゥチは一枚の紙片をピラピラ振りながら、ふうと息を吐いた。

 

「……で、その道楽息子だか極道息子は、その魔法道具を持ち出したと……」

 

「そういうこったな。ついでに厩からいきの良い馬を一頭持ち出して」

 

「ふうん……」

 

 ゴローはうなり、腕を組んで考え込んでしまった。

 妙な話、不思議な話だ。しかし、どこかで聞いたような話でもある。

 

(どこで、どうだったかなあ……)

 

 かなり昔のことだったらしく、なかなか記憶の倉庫から出てこない。

 

「しかし、よくそいつはその魔法道具だけで満足しましたね?」

 

「やっぱり、不気味で怖かったらしいな」

 

 一見ちょろくて美味い状況だったが、やはりどう考えてもおかしい。

 酔いがさめるうちに恐ろしくなり、馬で逃げたということだ。

 

「でも、後々惜しくなって同じ場所をもう一度探してみたが……」

 

「見つからなかったと」

 

「そ。いくら探してみても、その変な家は二度と見つからなかった」

 

「でしょうね」

 

 多分そんな落ちじゃないかと思われた。

 

「けど、その話信じていいんですかね? 相手が相手なだけに」

 

「そこは大丈夫だ。色々『手段』はあるからな、嘘偽りは言えない」

 

 はあ……と、つぶやいて頭をかくゴローは深く追求しない。その度胸はない。

 その時、何がきっかけだったのか、唐突にある言葉がゴローの頭に浮かんだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その45、魔女の紋章

 

 

 

 

「マヨイガだ」

 

「あン?」

 

 唐突につぶやくゴローを、メドゥチは訝しげに見た。

 ゴローは思い出した情報を反芻しながら、頭をしきりにかく。

 

「ううん……」

 

 前世の、それも古い部類に記憶だったのだ。

 なかなか出てこなかったはずである。

 

 マヨイガ――迷い家。

 

 子どもの頃に、何か本で呼んだのだ。

 確か、東北かどこかの昔話か何かであったように思う。

 

 ある男が山中を歩いていた時、奇妙な屋敷を見つける。

 庭には赤や白の花が咲き、牛馬がたくさん飼われていた。

 

 家の中はまったくの無人だったが、お湯が沸き、さっきまで人がいたような状態。

 この奇妙な家をマヨイガといい、訪れた人間は家にあるものを何か持ち帰っても良いのだと言う。

 

 記憶によれば、大体このような内容だ。

 

(まあ、細部は違ってるかもしれんけど……)

 

 しかし、似ている。

 

 偶然と片づけられる気もするが、そうではないような気もする。

 この世界と、向こうの……前世の世界はつながっていたのだろうか?

 

 あるいは、何かのはずみで異なる世界と世界がつながってしまうことがあるのか?

 考え出すときりがなかった。

 

「おい、どうした?」

 

 考え込んでしまうゴローを、メドゥチは心配そうに覗きこむ。

 

「いえ……。あの、それよりその紙はひょっとして……」

 

「ああ、話にあった説明書、だな。小さくなったゴーレムの入ってたとかいう箱もあるぞ」

 

 言って、メドゥチは小さな小箱を見せた。

 もっと大きければ、海賊の宝でも入っていそうなデザインで、それ自体もちょっとしたものであるように思える。

 

「すみません、見せてもらっても……」

 

「ああ、いいぞ」

 

 気安く渡してくるメドゥチから、ゴローはできるだけ慎重に丁寧に小箱を受け取る。

 触ってみるが、確かに魔力の残照を感じた。

 

 職人ではなく、何者かが高度な魔法で生成したものらしい。

 しかし、基本的に魔法の力や性能はなく、あくまで精巧な小箱にすぎないようだ。

 

 だが。

 

「あ」

 

 調べるうちに、ゴローは思わず声を出していた。

 小箱に、何やら紋章のようなものが装飾されているのに気づいた。

 

 赤い丸の中に、同じく赤いアーモンド形。

 猫の目のようなそれは、ゴローの記憶から強烈な勢いであるものを引きずり出す。

 

「ようこそ」

 

 ソレは、最初にそう言った。

 死人のような白い肌。銀色の髪。血のように赤い瞳。

 

 瞳孔は人間のそれではなくて、猫のような縦長の形をして――

 

 ゴローを転生させた、あの魔女の瞳。

 いつしか、ゴローは小箱を両手でつかんだまま、震えていた。

 

 どうして震えるのか、よくわからない。

 

「あいつは……」

 

 ゴローは小箱を見つめたまま、つぶやく。

 

「あ。誰だって?」

 

 様子のおかしいゴローに、メドゥチは顏を近づけて尋ねる。

 微かに柑橘類(かんきつるい)に似た良い香りがしたが、ゴローはそれどころではない。

 

「あの、怪しい自称使い魔ですよ。今どこに?」

 

「あいつか……。上客用の客室……VIPルームとか言うのか? そこで飲み食いして好きにやってやがるよ」

 

「どこです?」

 

 メドゥチから場所を聞くと、ゴローは転がるように部屋を飛び出した。

 そして小箱をつかんだまま、商館内部を全力疾走。VIPルームへノックなしで走りこむ。

 

 パン。

 

 途端に、頭に弾けるような音と衝撃が飛んできて、ゴローはひっくり返る。

 使い魔が指から放った光弾が、額に命中したのだ。

 

「ノックくらいしろ、ボンクラ」

 

「それどころじゃない……!」

 

 ゴローはよろける足で立ち上がりながら、いつしか汗だくで叫んでいた。

 そして、酒の入ったグラスを片手に乙にすましている使い魔へ小箱を突き出す。

 

「これに見覚えがあるか」

 

「何、これ?」

 

 使い魔は鬱陶しそうにしていたが、やがてふっと両目を見開き、小箱を押しいただく。

 

「おおう、これはこれは……。こんなところで主の紋をお見かけするとは……」

 

「じゃあ、それはやっぱり……」

 

「うむ。我が主のお造りになった者に相違ない。この紋章に込められた魔力が証拠」

 

 使い魔は小箱の紋章を指し、控えおろうとばかりにゴローに突きつける。

 

「……それは、街を襲ったヤツが持っていたもんだ」

 

「ほお」

 

「……妙な偶然だと思わん?」

 

「確かに。まさに奇遇だな、こういうのを縁というんだろうよ」

 

「――」

 

 楽しそうに笑う使い魔に、ゴローははがゆい思いでジリジリした。

 

「お前の主人が仕組んだことじゃないのか?」

 

 街を狙った男が、本当に偶然でこんなものを手に入れたのか。

 何もかも、あの魔女が仕組んだことではないのか。

 

 そう糾弾したかったが、できない。

 糾弾したところで、どうしようもないのだ。

 

 相手の居場所もわからない。

 また、手の届く場所にいたとしても到底ゴローにどうかなる相手ではないだろう。

 

 下手なことを言うと、

 

「なるほど。その手があったか」

 

 と、なりかねないのだ、前例を見るに。

 

「これを持ってたヤツは主の倉庫に偶然潜り込んでしまったんだろーな」

 

「怒らないのかね、勝手に持ち出されて……」

 

「勝手に持ち出せるってことは、その程度のもんだってことさ」

 

「……そうか」

 

 なるほど、そうかもしれないなとゴローは考え、嘆息した。

 

(まあ、この程度で良かったのかもしれんけど……)

 

 もっと強力なアイテムを持ち出されていたら、こんな騒ぎどころではない、戦争状態になる危険性も十分ありえたろう。

 

 それにしても疲れた。

 ゴローは急に目の前が暗くなり、その場でへたり込んでしまう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その46、別れの挨拶

 

 

 

 

 それから三日。ゴローはほぼ何もできずに過ごした。

 

 やることで言えば飯を食って、ゴロゴロ寝転がるだけ。

 ゴーレムを使うどころか、人と話すのも何だか億劫だった。

 

 全身が鉛を服を着せられたように重苦しく、倦怠感に覆われて、思考が鈍る。

 風邪の症状に似ているが、熱はなかった。

 

 ベッドの上で何度か、天井ばかりを何度も見ていたような日々。

 時折聞こえてくる街の喧騒がひどく遠く感じた。

 

 眠りたびに前世の夢を見て、妙な気分で起きる。

 

「ああ……そうか」

 

 何がそうかなのかは、ゴロー自身にもよくわからなかった。

 ただ、もうあの世界は自分に縁のないものとなってしまったのだと、実感する。

 

 寂しくもないし、悲しくもなかった。

 

 ただ、前世で食べていたポテトチップスが妙に懐かしい。

 別に好物というわけでもなかったのに。

 

 やがて四日目の朝。

 

 目を覚ますと、部屋の中に良い香りがした。

 山野の草花のような、嫌味のないすっきりとした香気。

 

「お久しぶり」

 

 そんな声と共に、柔らかな手がゴローの額をなでた。

 

(はてな……)

 

 どこかで聞いたような声だなあ、とゴローは薄目でその人物を見る。 

 

 朝日の指す部屋に似合わない黒装束姿の、黒い髪の女。

 その耳は長く伸びており、白い肌と対照的に唇は染めたように赤い。

 

「あ……」

 

「そのままで」

 

 起き上がろうとしたゴローを、女は静かに制する。

 

「今回は大活躍だったわね」

 

 女――黒髪のエルフ・バレンシアは静かに笑った。

 

「はあ」

 

 返事のしようがわからず、ゴローは間抜けな声を出す。

 

「師匠、殺生ですよ」

 

 やがて完全に目の覚めたゴローは、頭に手をやりそう言った。

 

「うん?」

 

「こっちが盗賊騒ぎで四苦八苦してる時に、手紙だけ送ってそのままにするなんて」

 

「ははは」

 

「いや、笑いごとじゃなくって」

 

「でも、無事に終わったでしょう?」

 

「こっちはぶっ倒れましたけど」

 

「それは言ってみれば、筋肉痛みたいなもの。そういうのを踏まえて、どんどん使いこなせる魔力の限界量が増えていくものなの」

 

「ンなこと言ったって……」

 

「あなたは元来無駄に魔力量があるんだから、多少スパルタするくらいがいいの」

 

「…………」

 

 結局は言いくるめられてしまい、ゴローは若干恨みがましい目でバレンシアを見るくらいが精一杯であった。

 

「まあ、もうしばらくゆっくり休みなさい。疲れが取れたら帰りましょう」

 

「帰る?」

 

「だから、森の家へ」

 

「あああ……」

 

 一瞬意味のわからなかったゴローは、水飲み鳥のような動きでうなずいた。

 

「今回のことで大きくパワーアップ、成長できたみたいだから、帰ったらスパルタでいきます」

 

(うわあ……)

 

 どんなことをやらされるのか、とゴローはちょっと萎縮する。

 

「次からは空を飛んだり、虫型の練習をしましょう」

 

「はい」

 

 とりあえず素直に返事をして、ゴローは嘆息した。

 何だか、この街に来たことがひどく昔のことみたいに思える。

 

「じゃ、休みなさい」

 

 肩を落としているゴローを、バレンシアは静かに横にさせる。

 

(この街とも、もうお別れか……)

 

 最初はちょっといるだけのつもりだったが、いつの間にか色んなことに巻き込まれた。

 

 水道工事だけならならまだしも、街を襲う盗賊と戦うとは。

 しかし、そういったことも基本ティタニアやメドゥチ、ソムニウムの企むままにやっていただけで、自分でやったという感じもあまりしない。

 

 思えば、色んな体験をしたものだ。一度は殺されかけもした。

 

 色んなことを思い返すうち、ゴローが特に強く印象強く感じたのは、アイナの顔。

(妙な縁で友達になったなあ……。ちゃんと挨拶しておくか……。いや、待て。そもそも無事なのか、今回の騒ぎで)

 

 特に人が死んだという話は聞かなかったが、それでも詳細はわからない。

 あの一件で、アイナたち色町の子供らは伝令などで使われていたようだ。

 

(そうなると……気になる)

 

 バレンシアは休めと言ったが、気になってそれどころではなくなってきた。

 とりあえずはおとなしく、ベッドで目を閉じる。

 

 バレンシアが退室した後、すばやくベッドを離れ、簡単な身支度をした後、部屋を抜け出した。

 別に誰はばかることもないのだが、何となく後ろめたい。

 

 商館をどうにか出ると、まずは北の方を目指して前へ前へ。

 

 盗賊の戦いがあった――とはいえ、主戦場は街の東門周辺。

 北区である色町はおそらく無事ではあるはずなのだが。

 

 色々考えながら進んむうちに、色町につく。

 慣れた手順でアイナのつなぎを頼み、待ち合わせの場所へ向かった。

 

「よお、元気そうじゃないか」

 

 ゴローはついていくらもしないうちに、気安げな声が後ろからかかる。

 振り向くと、腕を組んだアイナはいたずらっぽく笑っていた。

 

「そっちこそ、無事のようで」

 

「別に盗賊と戦えとか、言われたわけじゃないしさ。ま、雑用さ」

 

「でも、街は大変だったろう」

 

「色町はそうでもなかったけどな。上の方から手回しがされてたって感じ」

 

「ふうん」

 

「大変なのは他のところで、東地区じゃあわてて荷物まとめて街から逃げ出そうとしたあわて者も出たそうだよ」

 

「そりゃ大変だ……。で、誰かケガ人とか出たりしなかった?」

 

「ぜんぜん。もらったお守りのおかげかねえ」

 

 アイナは首にかけたゴロー作のネックレスを取り出し、ニコリとした。

 

「ま。みんな無事なら、それでけっこう」

 

 ゴローは安堵しながら肩をすくめた後、少し表情を引き締める。

 

「それはそれで良いとして。今回はちょっと知らせておくことができたんで」

 

「……なんだい。改まって」

 

「うーん。実はやることも終わったし、師匠のところに戻ることになって」

 

 何となく言いづらい感じを受けながら、ゴローはそのことを告げた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その47、別れの挨拶と新事実

 

 

 

 

「はあン……。そうかい、じゃ、お別れになるねえ……」

 

 話を聞いたアイナは首を振りながら、何気ない声で言った。

 

「あんたとは変な縁だったけど、でも、色々世話になったよ」

 

「そうでもないけど」

 

「で、街を出るのはいつだい?」

 

「いつ、とか具体的には決まってないかなあ。近いうちであることは確かだけど」

 

「そうかい……。記念ってわけじゃないけど、これのお返しでもしたいとかなんだが……何せどこから見てもわかるように、金がなくってさ」

 

 アイナはネックレスを弄びながら、少し頬を紅潮させてうつむく

 

「いいよ。そんなのは」

 

「まあ、お返しなんてキザだったかね。柄でもないのに」

 

「気持ちだけでも……」

 

「それもあんまりこめられそうもないかね」

 

「おいおい」

 

 おどけた態度で肩をすくめるアイナに、ゴローも苦笑する。

 

「ま、元気でやんなよ。お前なら大丈夫だろうけどさ」

 

「元気というか健康で丈夫なのは保証する。って、変な話だけど」

 

「ホントにな」

 

 どちらからともなく、ゴローとアイナは笑いあった。

 その時、不意に小さな影が頭上をさっとかすめる。

 

「?」

 

 反射的にゴローが顔を上げると同時に、影はゴローの頭上にぽいっと降り立った。

 

「ぐえっ」

 

 その重みというよりは衝撃でゴローは地べたに這いつくばる。

 

「ウシャシャシャ!」

 

 頭上に響く、聞きおぼえのある笑い声。

 

「使い魔……」

 

「偉大なる魔女の使い魔、シャグマだ。おぼえとけ」

 

 ゴローに馬乗りになったそいつは、バサリとコウモリに似たな赤黒い翼を広げる。

 

「な、何だ、こいつ……?」

 

 いきなり現れた使い魔に、アイナは困惑とも恐怖ともつかない表情だった。

 まあ、いきなり目の前にコウモリ人間が落ちてくれば無理もなかろう。

 

「何だろうねえ……」

 

 使い魔に乗られたまま、ゴローは物悲しい声でつぶやく。

 

「今回の仕事はまあ、及第点になるかならんかってとこだな」

 

 偉そうに言いながら、使い魔はひょいっとゴローから降りる。

 それと同時に背中の翼がシュルシュルとしまいこまれ、見えなくなった。

 

「魔法使いの仲間かい?」

 

 胡散臭そうに使い魔を見やるアイナは、そっと手を後ろに回していた。

 

「ナイフなんぞ役に立たんぞ?」

 

「な……!」

 

 使い魔はアイナを見ようともせず、嘲った。

 

「あああ……」

 

 使い魔を警戒して、ナイフに手をやったというところか、とゴローは納得。

 

「しかしまあ、活劇が起こって主も喜んでいるぞ。光栄に思え」

 

「ドウイタシマシテ」

 

 ゴローは機械のような声で礼を述べる。

 

「……」

 

 アイナはそんな二人のやりとり、というよりは使い魔を一方的に睨んでいる。

 

「なかなか仲がヨロシイようだねえ?」

 

 アイナは微笑むが、その眼はまるで笑っていない。ヘビのような眼だ。

 

「ふん。単なる仕事の関係だ。こんなチンケなやつと友人関係はありえん」

 

「よく言うよ……」

 

 ゴローは立ち上がりながら、衣服についた土埃(つちぼこり)をはらう。

 

「まあ、せいぜい次もがんばるんだな」

 

「次があるのかよ」

 

 ニヤニヤする使い魔に、ゴローは思い切り嫌な顔をした。

 

「そりゃそうだ。今後ゴーレムが戦うような事態が、どんどん増えるだろうよ」

 

「あんたらのせいで……?」

 

「いいや、自然の流れさ。最近作物の不作やら不況やらが続いてるだろ? さらにどこの国も王族・貴族が下手を打ったり、バカ騒ぎでうまく国を治められない……とくればさ、どういうことになると思う?」

 

「まさか、戦争になると……」

 

「おいおい――」

 

 青くなるゴローと、横で目を見開くアイナ。 

 今でも一揆だの盗賊だのと騒がしいだろ、と使い魔は笑った。

 

「しかし、ま。今日明日というわけでもない。それまでせいぜい腕を磨くんだな」

 

 言うなり、使い魔の姿が煙と共に消えて見えなくなった。

 後に残ったのは、わずかな漂う硫黄に似た臭い。

 

「……嫌な時代になりそうだな」

 

「そうならないように、願いますけどね」

 

 後に残されたゴローたちは、そんな会話を交わし合い、空を見上げた。

 

 青く晴れた空には季節の雲が流れいき、安穏としたもの。

 盗賊だのゴーレムだのが攻めてきたなど、嘘のようだ。

 

「お互いに、無事でいたいもんだね」

 

「うん」

 

 どちらからともなく、うなずき合うゴローとアイナ。

 

(今度の人生で、自分はどれだけ生きられるんだろ……?)

 

 ふと、そんなことを考え、無常感のようなものを感じるゴロー。

 こんな危険の多い世界と時代に、自分は放り込まれてしまったわけだ。

 

 でも、そんな中でも結局自分は恵まれた境遇なわけで――

 

「はああ……」 

 

 何とも言い難い気分になり、ゴローは嘆息する。

 

「物騒な時代か……」

 

 そういえば、師匠のバレンシアもそんなことを言っていた気がする。

 故郷の村は無事なのだろうか。

 

 ゴローはふとそんなことを考えて、頭に手をやった。

 

 と――

 

「おい」

 

 ボン、という破裂音に似たものと共にいきなり使い魔が再来した。

 

「忘れていたが、お前の給料は故郷のほうに送っているが、良かったよな」

 

「は?」

 

 いきなりどういうことやねん、とゴローは目を見開く。

 

「いや、お前の月々の給料だ。ちょっと前まで忘れていたから、今までの分と月々、それから年二回のボーナスをまとめて村の親元に送っている」

 

「……それ、いつのこと?」

 

「実際に行動したのは少し前からで……」

 

「一体全部でいくらに……いや、言うな。頼むから……」

 

 ゴローは強い頭痛を感じたような気がして、眩暈(めまい)がしそうだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その48、小鳥ゴーレムの案内

 

 

 

 

「で、給料はどうする?」

 

「……」

 

 使い魔の質問に、ゴローは悩んだ。

 一応仕送り? ということで向こうに送ってもいいのだろうか?

 

 しかし、『給金』は前世からの自分の権利でもある。

 また、村で出る時にけっこうな大金がバレンシアから支払われてもいるのだ。

 

 この上になお、自分の給料・ボーナスを全部親にやるというのもどうか。

 考えて、また、考える。金には現状困っていない。だが、しかし。

 

「うううむ……」

 

「おい、どうしたんだい?」

 

 しきりにうなり、首をひねるゴローをアイナはチョイチョイとつつく。

 

「金がどうとか、言ってるけど。ちゃんと答えないとまずいんじゃないのか?」

 

「む」

 

 アイナの意見に、ゴローは少しを取り直す。

 この場でやたらにうなってみても、仕方ないかもしれぬ。

 

「少し考えるから、しばし現状維持で」

 

「ふーん。で、いつまで?」

 

 使い魔は至極面倒くさそうに言う。

 

「そうだなあ……。じゃあ、この街を出る時に答えるから」

 

「よかろう。手間のかかるやつだな」

 

「すんませんね」

 

「まったくだ」

 

 ゴローは返事に嫌みをこめたのだが、使い魔は(こた)えない。

 というか、理解してもいないかもしれなかった。

 

「ではな……。おっと、うちの名前はシャグマだ。おぼえておけ、忘れるな」

 

「そうだったっけ……?」

 

「そうだ」

 

 言って使い魔はフンと上を向き、煙と共に消えた。

 

「まあ、何でも良いんだけど……」

 

 ゴローは妙な疲労感を感じて、その場に座り込んでしまう。

 

 しばらくの間、立ち上がる気持ちになれなかった。

 そんなゴローを、アイナはどうしたものかという顔で見つめている。

 

「よくわからないけどさ、金のことならあんたの先生とか、商館のご主人に相談してみるのがいいんじゃないかねえ?」

 

「……ですな」

 

 もっともな意見に、ゴローは素直にうなずいた。

 バレンシアも一応関係者であるし、ティタニアもそれなりの立場がある商人だ。

 

「しかしなあ……どうなってることやら」

 

「お前の実家に送ってる金ってどんくらいなんだ……? お前が仕送りしないといけないほど貧乏なのか?」

 

「金持ち、ではないですな。金持ちなんて一人もいない村だったし」

 

 ゴローは何故か冷笑し、そして嫌なものを今さら感じた。

 

(そんなところにとんでもない金が舞い込んできて、その後もいくらか知らんけど金がどっと舞い込んできて…………うううむ)

 

 ついにゴローは腕を組み、うずくまったまま修行者みたいにうなり出した。

 

 降って沸いたがごとき、大金のおかげでどういうことになったものか。

 やはり、良い結果はもたらさなかったのではないか。

 

 ゴローは何度も首を振り、嘆息した。陰鬱な気分である。

 しっかりしろよ、いつしかアイナの手がゴローの頭を撫でていた。

 

「金があるって、良し悪しなのかなあ……」

 

 いつの間にか、ゴローはそんなことをつぶやく。

 

「あるよりはないほうがあったほうが良いだろうさ。ま、確かに良し悪しじゃあるが」

 

「だよなあ」

 

 アイナの言葉にうなずきながら、ゴローはふーっと鼻から息を噴き出す。

 この時、ゴローは近くで何か気配らしきものを感じて顔を上げる。

 

 それは、すぐそばにの木箱にとまった一羽の小鳥だった。

 見たところ、そのへんの野山で普通に見かけるような鳥である。

 

 ただ、その首に何かネックレスのようなものをぶら下げていた。

 見ると、一枚の小さな丸い金属片である。

 

(あ、これは……)

 

 金属片に刻まれている異国の文字のようぬものに、ゴローの目はとまる。

 

 それは、バレンシアの紋章だった。

 彼女が重要なものや、お気に入りの道具類に入れているものである。

 

(すると……)

 

 ゴローは改めて小鳥を観察し直す。

 

 よくよく気をつけてみると、この独特の気配というか、感触は――

 

(うちの師匠のゴーレムか……)

 

 つけられていたのか、とゴローは頭を掻いてうつむく。

 何となく後ろめたいような、気恥ずかしいような。

 

 すると、小鳥ゴーレムは急にゴローの周辺を飛び回り始めた。

 

「何なんスか?」

 

 ゴローは首をひねる。

 どうもバレンシアが何か伝えようとしているらしいが。

 

「おい、変な鳥だけど……やっぱそれも魔法の関係かい?」

 

 アイナも首をかしげ、飛び回る小鳥を見つめる。

 

「うん……あああ」

 

 ゴローはうなずいた後、小鳥の動きを見て何となく悟る。

 

『ついてこい』

 

 小鳥の動きを察するに、そういうことらしい。

 

「どうも師匠がお呼びらしいから……」

 

 言いながら、小鳥の後を追おうとするゴロー。

 と、小鳥はいきなりアイナの肩にとまったのだった。

 

「何だい、こいつ?」

 

「どうもあんたさんも一緒に……ってことらしいや」

 

「魔法使いの用事でかい?」

 

「多分ね」

 

「何で――?」

 

 アイナはもっともな疑問を(てい)するが、ゴローにわかるはずもない。

 

「まあ、取って食われるわけではないと思うよ」

 

「食われてたまるかい」

 

 ゴローの軽口に、アイナは憤然として鼻から勢いよく息を噴き出す。

 

「ともかく、一緒に行ってもらいたいわけだ」

 

 ゴローは軽く拝むようにして、アイナに頼む。

 

「……ホントに変なことにならないんだろうねえ?」

 

 嫌そうではあったが、それでもアイナは同行に応じてくれた。

 

「まあ、大丈夫でしょう」

 

 そういったわけで、小鳥の飛ぶ先を二人そろって歩んでいく。

 

 ルートは見知った街中であり、着いた先は商館の表玄関。

 そこに、黒装束のバレンシアが静かに、そして優雅に立っていた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その49、驚くべきこと

 

 

 

 

「おかえりなさい。で、はじめまして」

 

 連れ立って立つゴローとアイナを見比べながらバレンシアは微笑した。

 

「帰りました……。で、こちらは……ええと、アイナ、さんです」

 

 とりあえずゴローは、アイナを紹介する。

 

「ども……」

 

 アイナは緊張気味に会釈のようなものをして、一歩下がった。

 

 と、同時に、それを追うようにバレンシアは進み出てくる。

 まるで瞬間移動のようにアイナの前に立ち、くいっと顎を持ち上げて微笑む。

 

「なるほど……」

 

(何がなるほど……なんですかね)

 

 一人で納得しているバレンシアを見ながら、ゴローは首をひねる。

 

「意外な発見だわ。ちょうど良かったとも言えるかしら」

 

「何なんすか」

 

「今後のことについて、よ」

 

 バレンシアは意味ありげに手を広げた後、ゴローとアイナの手を取った。

 

「つまり、どういうことで?」

 

「お前の先生、どうなってんだよ?」

 

 対応に困ってしまうゴローに、アイナはそれ以上に困った顔で問いかける。

 

「ねえ、あなた……お名前は? アリーナだったかしら?」

 

 わかりやすすぎるほど困り顔のアイナに、バレンシアは微笑みかけた。

 

「アイナ……」

 

「そうそう。アイナちゃんね。ね、あなた魔法に興味はない?」

 

「はあ?」

 

 突拍子もない質問に、アイナは目を見開き警戒心を露わにした。

 

「何の話だよ」

 

「あなたを弟子に取りたいということ」

 

「え」

 

 今度はゴローがギョッとした。

 何かあるとは思っていたが、これは予想外も予想外。

 

「何言ってんだい……?」

 

 警戒心をさらに濃厚に表し、アイナは横に飛びのこうとする。

 その手を逃がすまじとばかりにつかむバレンシア。

 

「まあまあ。変な話じゃあないのよ」

 

「――」

 

 バレンシアは穏やかに笑っているが、アイナの表情は硬いままだ。

 

「あたいをどうしようってのさ」

 

「だから言ってるじゃないの。弟子に取りたい、欲しいのよ」

 

 小さく肩をすくめるバレンシア。

 

「こいつはどうなるんだよ。まさか、もう用なしかい?」

 

 と、アイナはビッとゴローを指す。

 

「失礼なこと言わないの。新しく弟子を取ったから、古い弟子は捨てるなんてことあるわけがないでしょう?」

 

 呆れたように笑うバレンシアは、ふとアイナの襟元に視線を落とす。

 

「……あら、それ」

 

「何だよ」

 

 黒髪のエルフの視線――その先には、磨いたようなきれいな丸石に、紐を通したネックレス。

 ゴロー製のお守りがあった。

 

「あなたのプレゼント? 前よりはよく仕上がってるじゃない」

 

 バレンシアはネックレスを指しながら、ゴローを見る。

 

「何でわかるのさ」

 

「そりゃこれの作り方を教えたのは、わたしだもの」

 

「あんたが……?」

 

「師匠だもの。当然と思わない?」

 

「……」

 

 このやり取りで、アイナは警戒を少し緩めたようだった。

 

「あんたの先生、変わってるな」

 

 ゴローの(すそ)をつかみながら、アイナは笑ったような怒ったような表情となる。

 

「そうかも……」

 

「失礼でしょ」

 

 バレンシアはべしりとゴローの頭をはたいた後、アイナを見つめる。

 

「それで、どうかしら? できる限りのことはするつもりよ」

 

「…………。魔法使いに弟子入りするってこたぁ、この街を離れるってことかい?」

 

「そうなるわね」

 

「……むう」

 

 その途端に、アイナの表情は強張った。

 何かに煩悶するように口をへの字にして、虚空を睨んだ後うつむいた。

 

「無理だ」

 

「無理?」

 

 ゆっくり答えたアイナに、バレンシアは面白そうに目を細め、頬に手をやる。

 

「この街を離れるってのは、無理なんだ。あたいにも都合ってものがあるのさ」

 

 何か見えを切るをような動きでアイナは腕を真一文字に振り、否定を表した。

 

「面白いじゃない」

 

「何だとぉ?」

 

 いきなりコロコロと笑い出したバレンシアに、アイナは目を怒らせた。

 

「てめえ、やっぱりあたいをおちょくってやがったな?」

 

 アイナはパッと横に飛びのいて、右手を後ろに回す。

 

「ちょいま……!」

 

 あわててゴローは間に入ろうとするが、

 

「引っ込んでなさい――物騒なことはダメよ」

 

 バレンシアは細身に似合わない力でゴローを押しのけ、軽く指を振った。

 瞬間、アイナの足元の土が盛り上がり、ロープのようになって飛び上がる。

 

 気づいたらしいアイナは驚くべき身のこなしで逃げようとした。

 が、アイナの体をロープ型のゴーレムが這い上り、リング状に変形して拘束する。

 

「気が短いわね。そこが欠点かしら?」

 

 バレンシアは腰を落とし、アイナの手から光るものを奪い取る。

 

「安物ねえ。鋳造も雑で切れ味も良くない。すぐに錆びそう」

 

 そう言って黒髪のエルフが弄ぶのは、小さなナイフだった。

 

「こんなものよりも、もっと頼りがいのあるものを操れるようになれるのよ?」

 

 その言葉と同時に、ボコリと地面の土が盛り上がり、やや小柄なゴーレムが現れる。

 

「あと、あなたがこの街を離れたくない理由。それは解決できるかもしれない」

 

「嘘つけ」

 

 拘束され、地べたに座り込んだアイナはそう吐き捨てる。

 

「それはこれからのお話次第じゃないのかしら? というか、変に意固地ねえ……」

 

「なあ……。あんたがこの街を離れたくない理由ってのは、ひょっとして仲間のことじゃないのか? そうだろ」

 

 ゴローがゆっくりとそう言うと、アイナは棒でも飲みこんだように沈黙した。

 

 ややあってから――

 

「まあ、そうだよ。キザかもしれないけどさ」

 

 諦めたように嘆息して、男のような少女はそっぽを向きながら語り出す。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その50、アイナの事情

 

 

 

 

「ゴロー、お前は知ってるだろ。あたいが色町のガキどもを束ねてること」

 

「うん。まあ、けど全員でもないって言ってなかったっけ?」

 

「ああ、そうだ。そうだったんだよ、前はな」

 

「じゃ、今は」

 

「色町の大工事で街が変わって、ソムニウムの姐さんの勢力が大きくなったろ。そのおかげでって言うのかねえ? 下で使われてるガキの世界でも似たようなことになってさ……」

 

「つまり、ひょっとして……他の派閥の子供も抱え込むようになった、とか?」

 

 ゴローは適当に推論を述べる。

 

「ま、簡単に言えばな? 人数が増えれば、それだけも揉めることも増える。面倒を見なきゃならないこともな。だから、こんな身分だが、けっこう忙しいのさ」

 

「つまり――他の子供たちの面倒を見るために、街に残らないといけない。こういうわけね」

 

 横で聞いていたバレンシアは納得した顔でうなずき、アイナを立たせた。

 

「なら、子供たちのことをどうにかできれば、弟子入りもやぶさかではない、と」

 

「あんたに何とかできるのかよぉ?」

 

 アイナは不審げにバレンシアを見やり、鼻で笑う。

 

「私一人では、無理でしょうね。でも、色町の顔役ならどうかしら」

 

「師匠はソムニウムさんとも知り合いですか?」

 

 ゴローが尋ねると、バレンシアは指を頬にあてて、

 

「そうね。友達の友達って関係かしら」

 

「……それ、どっちかというと他人じゃないですか?」

 

「最初は誰でも他人同士。そう心配しないで」

 

「はあ」

 

「さて、それじゃあ色々と忙しくなるわねえ。あ、ゴロー、その子を帰さないでね」

 

 そう言い置いて、バレンシアは商館へとって返した。

 

「何なんだよ、お前の先生……」

 

「まあ、ああいう人だよ……」

 

 とは言ったものの、いまだバレンシアのことはよくわからない。

 それがゴローの本音でもあった。

 

 アイナに出会い、そして反応するバレンシアはかなりはしゃいでいるようにも見えた。

 ということは、それほど嬉しいということであり、それはアイナの才能とか資質につながるのではなかろうか。

 

 色んなことがグルグル頭を巡る中、ゴローはふっとアイナを見やる。

 

「もしかすると、またしばらくのお付き合いいなるかもしれんね」

 

「良かったんだか、悪かったんだか……」

 

 ゴローの言葉にアイナは苦笑し、やれやれとつぶやいて腕を組んだ。

 

「……」

 

「どしたのさ」

 

 妙な沈黙をするゴローに、アイナは首をかしげながら尋ねる。

 

「いえね、もしかすると何か役に立てるかもと思って」

 

「お前さんが?」

 

 アイナは一瞬不思議そうな顔をするが、

 

「まさかあたいの手伝いでもしようってんじゃあないだろうね?」

 

「そんな大げさなもんではないですけどね」

 

 どこか怒ったように見えるアイナに対して、ゴローは首をすくめて見せた。

 そんなやり取りの途中、商館からムリアンのメイドがそろりと出てくる。

 

「ゴロー様、お連れのおかたとご一緒に客室でお待ちくださいますよう」

 

「あ、はい。ほんじゃあ、ちょっと行きますしょか」

 

「ここに入るのかい……?」

 

 アイナはむっとうなって商館を見上げ、拒否反応のようなものを見せる。

 

「何かあったら自分が逃がしてあげますよ。そんなことにはならんと思いますが」

 

「……頼むよ」

 

 普段の強気で姐御肌の態度とは裏腹に、アイナな臆病な野良猫のようだった。

 

 そして二人は商館へ――

 

 客室に通されると、すぐにお茶と焼き菓子がそっと出される。

 ゴローはやることもないので茶を飲み、菓子を食べるが、アイナはそれらに手を付けず壁に寄りかかってジッとしていた。

 

「座ったら?」

 

「せっかくだが、そんな気分じゃないんでね」

 

「そんな、用心深い殺し屋じゃなあるまいし……」

 

「何の話だい?」

 

「いや、完全にこっちのこと……」

 

 ゴローは前世で読んだ劇画のことを思い出しながら苦笑した。

 

 やがて静かにドアが開かれ、小ぶりな包みを持ったバレンシアが入ってくる。

 

「やあ、お待たせしたわね。後で一緒に出かけるからよろしくね」

 

「行くって、どこへさ?」

 

 壁に寄りかかったまま問うアイナ。

 

「あなたのボスのもとへ」

 

「ああ、ソムニウムさんの……」

 

 ゴローはうなずき、アイナは沈黙した。

 

「ええ。こういうことは、雇い主にお話を通さないと」

 

「でも、ティタニアさんに間に入ってもらったほうがスムーズに行きませんかね?」

 

「彼女も色々と忙しいのよ。あんな騒ぎがあったばかりだし」

 

「あああ……」

 

 そういえば、つい数日前にこの街は戦場になったのだ。

 幸い被害は少なかったが、それでも人死には多く出た。みんな敵である盗賊だが。

 

「時間があるから、せっかくだし――ちょっとやりたいこともあるのよね」

 

「やりたいこと?」

 

「あまりあなたには関係のないことよ」

 

 言うなりバレンシアはすいっとアイナに近づき、その手を取った。

 ちょうど舞踏会で貴婦人をダンスに誘うような動作。

 

「さあ、お嬢様。少しお風呂場に参りましょうか?」

 

「ふろ?」

 

 アイナはギョッとして身を引こうとするが、その手はしっかりと握られている。

 

「さあさあ、手間を取らせないの」

 

「風呂ねえ……」

 

 ゴローは何となく納得して、天井を見上げる。

 確かに以前よりはましになったが、アイナの格好は小ぎれいとは言い難い。

 

 よくはわからないが、きちんとした交渉の場ではもう少し何とかしたほうが良いのだろう。 

 

「お、おいゴロー! 助けろよ、約束だろ!」

 

 アイナはあわてた様子で暴れるが、

 

「別に危険はないですよ。女性なんだし身ぎれいにするのは悪くないでしょ?」

 

「あ、あのなあ!」

 

「さあさあさあ。わがまま言わないで」

 

 バレンシアは何が嬉しいのかニコニコ顔でアイナを引っ張っていく。

 

 ゴローは手を振ってそれを見送ってから、お茶のおかわりを頼んだ。

 その後、風呂場のほうから猫の悲鳴のようなものが聞こえてきた気もしたが、ゴローは別に気にすることもなく、ゆっくりとお茶を楽しんだ。

 

 そして三十分ほどたった後――

 

 バレンシアと共に、何故か黒髪になったアイナが連れ立って戻ってきたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その51、アイナの髪

 

 

 

 

「あれ……その髪、染めたの?」

 

 ゴローがアイナの髪を指して指摘すると、

 

「そめたというか、戻したのよ」

 

 肩をすくめながら、バレンシアは言った。

 

「戻した? すると……」

 

「赤色に染めてたんだよ。黒い髪は珍しいから変に目立つことがあるんだ」

 

 ため息まじりでアイナが言うのだった。

 

「ふーむ……」

 

 そういえば、髪は確かに赤かったが眉毛は黒だったかな、とゴローは思い返す。

 

「変な髪染め薬は髪を痛めるし、体にも良くないからね。今後は自然な髪でいったほうが良いでしょう?」

 

 と、バレンシアはアイナの衣服、そのフード部分を引っ張り上げてアイナにかぶせる。

 

「よしとくれよ……」

 

 と、アイナはかぶせられたフードを取り払う。

 

 今着ているのは、男か女かわからない貧相なものではなく、バレンシアやゴローが着ているものと同じデザインの衣服。

 ただし、バレンシアのものだけ黒色だが。

 

「このけったいなのが魔法使いの正装なのかい? 葬式の服っぽいぞ」

 

 アイナは服の裾をつまみながら不満顔をする。

 

 言われてみれば、確かにそう見えなくもない。

 あるいは修道士の衣服のようでもあるが。

 

「そういうわけでもないけど、あんまり目立ったり奇抜な格好はしないものよ」

 

「三角帽子は?」

 

「うちの流派ではかぶらないけど、格好つけで被るのはいるわね」

 

「けっ」

 

 アイナは何かを諦めたように舌打ちして、ずんずんと部屋に入る。

 それから、テーブルに着席すると残っていた焼き菓子をガシガシ食い始めた。

 

「むう、美味いなこれ!」

 

 一口食べるなり、アイナは続けざまに焼き菓子を口に放り込んでいく。

 しばらくすると、詰込みすぎたのか大きくむせて背中を丸めると始末。

 

(既視感のある光景だなあ……)

 

 と、思いつつアイナの分のお茶を前に出す。

 

「ちょっと、落ちついた……?」

 

「むぐ………………。げは!」

 

 アイナはすっかり冷めたお茶をぐいっと飲み干し、大きく息を吐いた。

 

「悪い悪い。こんな美味い菓子、めったに食えないもんでね」

 

「気持ちはわかるけど……喉詰まらせることないでしょ」

 

「まあ、そういうなって」

 

 アイナはポットから勝手にお茶をそそぎ、恥ずかしそうに笑う。

 

「っと、全部食っちまうとまずいか」

 

 残った焼き菓子に手を伸ばそうとして、アイナはためらった様子。

 

「別に全部食べてもいいですよ。誰も怒りゃしません」

 

「……んー。そうじゃなくってさ」

 

「なるほど」

 

 少し照れくさそうなアイナに、バレンシアはうなずいた。

 

「後でお友達の分のお土産を頼んでおくわ。だからそれは全部食べてもOKよ?」

 

「……どうも」

 

 礼を言うアイナだが、顔つきは若干ばつが悪そうだ。

 

(しかし、人間ちょっとしたところで印象が変わるもんだなあ。いや、この場合……)

 

 元の素材が良いのか、とゴローは考える。

 

 今のアイナはいかにも気が強そうだが、同時に活発で利発そうな少女だ。

 ゴローよりも、よほど魔法使いの弟子という雰囲気である。

 

「さて。この後私たちはソムニウムさんのところに行くけど、あなたはどうする?」

 

 別にここで休んでても良いのよ、とバレンシアは言った。

 

「行きますよ。ついでのことだから、最後までお付き合いしましょう」

 

 ゴローがそう言うと、アイナはホッとした顔で表情を緩めた。

 

「信頼されてるわねえ」

 

「……ま、先生よりは付き合いが長いので」

 

 冷やかすようなバレンシアに、ゴローは素っ気なく答える。

 

 しばらく客間であこれこ話していると――

 

「バレンシア様、お迎えの馬車が参りました」

 

 メイドがそんな報告を持って入ってくる。

 

「わかったわ。じゃ、皆さん? 出かけましょうか」

 

 時刻にして、ちょうど夕方に入る少し前くらいだろうか。

 

 一同は迎えの軽装馬車に乗り込み、北区へ向かって出発となった。

 あまり乗り心地が快適とは言えないが、贅沢も言えない。

 

 それはアスファルトで舗装された道路を走る自動車を知るゴローの感想だ。

 この世界、この辺りではこれが普通なのである。

 

 しかし、割と早めに走るせいか、ゆっくり移動する(ほろ)馬車よりもちょっときつい。

 

(……やっぱり、残ったほうが良かったかな?)

 

 ゴローが軽い後悔のようなものをするうちに、馬車は到着した。

 まだ開店前ではあるが、気を使ってか裏口の方から入る。

 

(ここに来るの何度だっけ……。やはり、慣れんなあ)

 

 ティタニアの商館と比べると、どうしてもアウトローの香りが漂う建築物。

 そこを大柄で腕力のありそうな男に先導されて、中へ中へ。

 

 案内された部屋は、小ざっぱりとした日当たりの良いものだった。

 着席するとすぐにお茶が運ばれてくる。

 

 商館のものとは若干品種が違うようだが、それでも高級品であるらしい。

 

 バレンシアは優雅にお茶の香りを楽しんでいるが、アイナは見事なほどに緊張している。

 その動作はまるで油の切れた機械みたいのようだった。

 

 ゴローが二口ほどお茶を飲んだ時、バタンと勢い良くドアが開かれる。

 途端に、アイナは水を浴びせられた野良猫のごとく、ぴょんと跳ね上がってしまう。

 

 ある意味芸術的と言える動きだった。

 

「やあやあやあ。ようこそ、魔法使いバレンシア。お噂はかねがね」

 

 入室してきたソムニウムはバッと両手を広げ、大げさに挨拶する。

 

「突然の訪問、失礼。あなたもご多忙なお体でしょうから、お話は迅速に……」

 

 バレンシアは一礼し、謎めいた笑みでそう言った。

 

「なるほど、確かに」

 

 ソムニウムはドカリと席に座り、軽く自分の髪を撫でる。

 

「まあ、結論から言えば、うちで使っているのを弟子に取りたいと。それは別にかまわないと言うところですよ。即決ですよ。しかし……」

 

「しかし?」

 

「こいつがいなくなるとなれば、まず後釜を決めないとね。後継者選び」

 

「つまり、子供たちを統率するリーダー新たにいるというわけですね?」

 

「そうそう」

 

「なら、しばらくはアイナさんに続投してもらって、そこからじっくり次のリーダーを育成ということにしてはどうでしょうね?」

 

「つまり、しばらく弟子入りは延期? ということですか。先延ばしですよ」

 

 だが、ソムニウムの言葉にバレンシアは静かに首を横に振るのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その52、アイナ弟子入りとゴローの決断

 

 

 

 

「いえ、弟子に取ることはできる限り早くに、と考えておりますの。できることなら今日明日にでも――」

 

 バレンシアはきっぱりと言い放った。

 アイナは目を丸くし、ソムニウムはよくわからんという顔で首をすくめる。

 

「そもそも、私の弟子になれないのは街を離れられないから、だそうです。それなら……」

 

「ああ、なるほど。つまりあんたがこの街に腰を落ち着けたら。引っ越し。森から」

 

 ソムニウムはポンと手を叩いて破顔する。

 

「森を完全に放り出すわけにはいきません。色々と世話しないといけないこともありますし。けれど……そうですね。森とこの街と七日に一度くらいで行き来すれば」

 

「そりゃまた(せわ)しない。馬車で片道五日。往復十日。タイムオーバー」

 

 ダメだ、こりゃ――とソムニウムはオーバーに肩をすくめる。

 

「それなんだけど、少しやりたいことがあるのよ。上手くいけば問題解決になるわ」

 

「ふーん。ま、うちとしては笑顔で送り出してやりたいところだけどね。お見送り」

 

「けど、いきなり来いといっても、素直にうなずいてくれるかはわからない……」

 

 そこでバレンシアはわざとらしく悲しげな顔となる。

 

「だから、こちらも焦るのはやめにしましょう。私はまず一か月ほどこの街に滞在することにします。そして問題解決のために動きますから……」

 

「ふむ」

 

「アイナさんには毎日私のもとに通ってほしい」

 

「ええっ」

 

 バレンシアの提案に、アイナは首を絞められるニワトリのような声を出した。

 

「その代わり、彼女の仕事の手伝い、希望に添えるようできるだけのことはします。幸い我が弟子がアイナさんと親しいようだし。喜んで手伝うでしょう」

 

「――え」

 

 勝手に決められ、ゴローはこけそうになる。

 

(そりゃあまあ、乗り掛かった舟だから、多少のことはするつもりだったけど……)

 

 ゴローは嘆息まじりに頭を掻き、天井を仰いだ。

 と、ふとやけくそ気味の思考からある考えが浮かぶ。

 

「……ところで、ソムニウムさん。このへんの、北区の子供らはあんまり読み書きができるという子供は少ないですね?」

 

 いきなり話題を振るゴローのに、室内の視線は一点集中した。

 

「それが何か? どういう意図? 意味不明ですよ」

 

 ソムニウムは不思議そうにゴローの頭を撫でくる。

 

「いえ。子供のうちから読み書きをしっかり教えておけば、将来お店でも役に立つんじゃないですかねえ?」

 

 ゴローはソムニウムの手をやんわりどけながら、意見してみるのだった。

 

「ふーん。ホントおじん臭いね、君。加齢臭ですよ」

 

 ソムニウムは言いながら、少し考えている様子。

 

「今のままじゃあ将来的にもやれることは限度があるでしょ。読み書き、それに計算ができるなら、何かと幅は広がってくるんじゃあないですか」

 

「他の区じゃ確かにそういう読み書きを教えるところはあるが……色町にはない」

 

 ソムニウムはつぶやいた後、バレンシアに視線を送った。

 

「またずいぶん思い切ったことを考えつくわねえ」

 

 バレンシアは首をかしげながら、その黒曜石のような瞳でゴローを見つめる。

 

「でも、やることは色々あるのにそんなことまで……」

 

「そういうことなら、あたいも弟子入りを考える」

 

 若干困り顔のバレンシアに、アイナが言った。真剣なまなざしだ。

 

「だから、街のガキどもに字を教えてやっておくれよ」

 

「ふーん。確かに読み書き計算は基本として大事なことだけれど……」

 

「別に何年も師匠が面倒見る必要はないんと違います? 一年か半年もすれば、何人か出来の良いのは他の子の面倒見れるようになるでしょ」

 

「うん。そうかもしれないわね」

 

 ゴローの意見に、バレンシアは肯定的な態度を見せた。

 

「不安なら、まず弟子候補のアイナさんに教えることから始めたら? どっちにしろ読み書きできないと魔法の勉強もできないかと」

 

「なるほどなるほど。なかなか面白いアイデアね。貧民街の子供を教育、するか。なかなかに珍しい発想だわ。前世の知識だったりするのかしら」

 

「さあ?」

 

 微笑するバレンシアに、ゴローはそっぽを向く。

 

「まあ、いいわ。ここはあなたのアイデア、いただきましょう」

 

 バレンシアはポンと手を叩き、

 

「それじゃあアイナさん、今晩から商館のほうに泊まっていくように」

 

「何だって?」

 

「今晩から勉強を始めるのよ。簡単な基礎、すぐに覚えるわ。大丈夫、大丈夫」

 

 あわてて立ち上がるアイナに、バレンシアはにっこりとして手を広げて見せた。

 

 

 こういうようなわけで――

 

 

 アイナはその夜からバレンシアの元で読み書き計算の基礎を学び始める。

 バレンシアは決して怒鳴ったり殴ったりしないが、教え方はハードであった。

 

(ちょっと厳しいのと違うかなあ……)

 

 と、横でを見ていたゴローがハラハラするほどに。

 しかし、そんな心配は無用だったようで。

 

 元から頭は良かったのか、アイナはすぐ基礎レベルのことを習得してしまった。

 文字を文章として書くのは、少し時間がかかったが。

 

 そんなアイナを応援する意味も込めて、ゴローはソムニウムの仕事でもらった金を活用することにした。

 孤児を中心に、色町の子供らの衣食住を支援したのである。

 

 実際に服や食べ物を分け与えるところは、アイナに任せた。

 過酷な環境のせいか野生動物のごとき部分のある色町の子供ら。

 

 下手にものを与えると我先に奪い合い、それが殴り合いに発展するからだ。

 しかし、アイナという統率者のもとでは、うまく進む。

 

 もっとも、いくら大金をもらったとはいえ、多数の子供を支援するには足りない。

 

 そこで、ゴローはある結論を出した。

 

「月々の給料、こっちに渡してくれ」

 

「まだ街を出ないようだけど?」

 

「そっちも早く結論が出るほうがいいだろ」

 

「まあ、そりゃそうだけどさ」

 

 今まで実家へ自動的に送られていたという給料を、ゴロー自身に渡せと言ったのだ。

 

 使い魔シャグマはあの後、どこかに去ったのかと思っていたが、何のことはない。

 そのままずっとティタニアの商館に居座っていた。

 

 なので、直接話をしに行くには手間いらずだったのだが。

 

「じゃ、ちょうど今月の給料がまだだったから渡しとく」

 

 言うなり、使い魔は右手を上へと突き上げ、かき回すような仕草をした。

 と、空間がぐんにゃりと歪み、紫の光を伴って円形の魔法陣が出現する。

 

 紫の光で構成された魔法陣からは、大人がひと抱えできるかどうか、というサイズの宝箱が

現われ、静かに床へと着地した。

 

 宝箱――それは、以前にメドゥチが敵の魔法使いから奪ったものとほぼ同じ形状。

 

 猫の眼のような紋章も入っており、違うのはサイズくらい。

 そして、宝箱の中身はぎゅうぎゅうに詰め込まれた金銀宝石であった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その53、金銀財宝どっちゃりと

 

 

 

 

 ゴローは困り果てた。

 給料だと言って使い魔に渡されたのは、大きな宝箱いっぱいの金銀財宝である。

 

「これ、今までの分まとめて……ってことかい?」

 

「いや。今月分だけ。月々、これと同じだけの給料が出る」

 

「うーーーーーーーーーーん……」 

 

 ごく平然と言い放つ使い魔に、ゴローは頭を抱えた。

 こんなものをいきなりもらっても、対処のしようがない。

 

 今までほとんど金を使わない生活をしていたから、なおさらだ。

 

(しかし、これは一応『労働の報酬』だから……)

 

 受け取らないという判断はなかったが、それでもすぐに答えが出ない。

 

「それから」

 

「まだ何かあるのかよ?」

 

 ポンと翼を開いた使い魔に、ゴローはおっかなびっくりで問う。

 

「給料にプラスして、年二回のボーナスというもんがある」

 

「あるのか!」

 

「ある」

 

 使い魔はあっさりうなずく。

 

「今まではそれも実家に送っていたが……今度からお前のところに送るからな」

 

「どうも……」

 

「ボーナスは大体給料の三倍で。それにその時の活躍具合でプラスがあるな」

 

「はあ……」

 

「つまり、今回はお前がまあまあ活躍したから、相応のものがあるぞ。良かったな」

 

「ありがたいことですな」

 

「おう、朝晩主を拝み奉って感謝せい」

 

「………………」

 

 偉そうにふんぞり返る使い魔に、ゴローはもう何とも言えない気分になる。

 

「……で、仕事も終わったし、帰るの?」

 

「そのつもりだったが、ここの暮らしも悪くないし、まあもうしばらく滞在するぞ」

 

「…………うわあ」

 

「何だ、その顔は」

 

 思わず渋い顔になるゴローに、使い魔はビッと指を突きつけた。

 

「いや……ティタニアさんにも迷惑というか……」

 

「何をぬかす。ちゃんと宿泊料を払っているに何が迷惑か」

 

「え」

 

 意外な返答に、ゴローは目を見開き、口を開けっ放しにしてしまう。

 

「ちゃんと先払いで払っているのだぞ。嘘だと思うのならあのムリアンに聞いてみろ」

 

「はあ」

 

 ゴローは嘆息する。

 てっきり無銭で居座っているのかと思っていたのだが。

 

「まあ、いいか……」

 

 おそらくティタニアにも納得しているのだろう。

 それならば、わざわざゴローが何か言うこともない。

 

 問題は――

 

「この金とか宝石だよなあ……」

 

 どかんと放り出されたそれは、大きすぎて多すぎてゴローの手には余った。

 

 仕方ないので、中庭の土から運搬用の中型ゴーレムを数体生成してくる。

 これを師匠バレンシアの元まで運ぶことにした。

 

「ちょっと、何コレ。どうしたわけよ?」

 

 さすがのバレンシアもいきなり持ち込まれら財宝に瞠目し、困惑する。

 

「実はですねえ……」

 

 ゴローはしょうがなく、起こったことをそのまま正直に話した。

 証人として使い魔も同席させて。

 

「なるほどねえ…………。しかし、前世からの因縁というか何というか……」

 

 バレンシアはゴローよりも、むしろ使い魔に注目していた。

 

「まあ、これらが全部本物なら大したものだわ」

 

「本物だぞ、無礼者!」

 

 首をすくめるバレンシアに、使い魔はピンと尻尾を震わせて怒鳴る。

 

「ごめんなさい。でも、見た目をうまく誤魔化した贋物(にせもの)も世間にはあるのよ」

 

 後半はゴローに言っているようだった。

 

「ともかく、ティタニアさんの力も借りてこれを鑑定してもらいましょう。価値や値段とかがわかったら彼女の知恵を借りればいいわ」

 

「師匠にはわからんですか?」

 

「そうねえ。ざっと見たところは全て本物のようだけど……」

 

 と、バレンシアは宝箱を中身を見ながら、首をひねる。

 

「美術品的な価値はよくわからないわ。専門外に近いし」

 

「さいですか」

 

 かくして、次はティタニアに相談することとなったわけだ。

 どっちにしろ、これだけのものを商館の者に隠し通せるものではない。

 

「……あなた、とんでもないのに見込まれているようですねえ」

 

 ティタニアはその時は呆れたような感心するような顔でゴローを見つめた。

 すぐに専門の者が呼ばれ、財宝の相場らしきものが鑑定される。

 

 やはり、ひと財産はあるようで、

 

「並の人間なら一生遊んで暮らせる額ですねえ」

 

 と、ティタニアは苦笑したものである。

 

「ははあ」

 

 そう言われてもゴローには今ひとつわからない。

 

「まあ、言いたいことは色々ありますけど――問題はゴローさん、あなたがこれをどうしたいかということですねえ」

 

「と、言いますと?」

 

「これで贅沢に遊びたいと言うのなら、感心はしませんけど止める立場にもありません」

 

「ないですか?」

 

「ないです」

 

 それはどうしようとゴローの勝手だが、どうなろうとは手助けしない。

 

 こういうことらしい。

 

「あるいは、あなたがこれで何をしたいか、です。これだけのものですから一大事業を起こしたいと思えば、起こせますよ?」

 

「事業ですか」

 

「あるいは商売とかね。そうなればわたしどもも相談に乗れますが……」

 

 ううむ……と、ゴローはうなり、しばらく沈思していたが――

 

「……自分の前世は全くもって凡庸かつ無能な人間でして」

 

「何です?」

 

「いえね。前世はまあ特に悪いこともしなければ、良いことをするわけでもなく、無害だとは思うけど、つまりどうでもいい人間で……」

 

「――」

 

「ですが、そういう奴が運命のせいかでこうなったんですから、一つ世のためというほどではないですけど、何か善行でもしてみようかなと思いますね」

 

「へえ……」

 

「そこでティタニアさんにもご助力を仰ぎたいんですが……」

 

 ごほん、とゴローはひとつ咳払いをした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その54、新開発に向かって

 

 

 

 

「学校?」

 

「そうです。初めはまず読み書きを教えるところを作ってはどうかと」

 

「学校ねえ。確かに貴族とか上流階級の人間が通うものはあるけど……」

 

 と、バレンシアは考え込む。

 

「まあ何とか学校とか大仰なものではなくって、そうですねえ。すでに街にあるようなものの大きめバージョン? そういうのを作りたいと」

 

 現在街のあちこちにもある、ちょっとした学問施設のようなもの。

 心得のある人間が子供たちに読み書きなどを教えるところだ。

 

 ちょうど江戸時代の寺子屋にも通じるような施設である。

 メドゥチに聞いたところだと他の街にも普通にあるそうだ。

 

 ただ、貧民街とか色町のような歓楽街にはないのが普通。

 いわゆる娼館などでは、貴族などを相手にする高級娼婦……その候補生とも言うべき少女は色々と高等教育を受けるそうだが、それらは各店々が個別に行っている。

 

 その教師役は引退した元娼婦だったり、雇われの人間だったり色々。

 魔法使いたちの学校も存在はするそうだが、この国にはない。

 

「毎月、かなりの金が入りますからね。資金面では大丈夫かと」

 

「あなたも妙なことを考えついたものねえ?」

 

「考えついたというか、前世でね……」

 

「ふーん。あんたの前世じゃ学問が広まっていたのねえ?」

 

「……まあ、そうですね」

 

 前世の自分があまり勉強熱心ではなかったことを思い出し、ゴローは内心赤面。

 

「なので、師匠の魔法を広めることもできるかもしれませんよ?」

 

「みなしごに魔法を教えろと? 誰でも習得できるものではないし、厳しいのよ」

 

「そりゃわかってます」

 

「わかってるって……。中途半端な魔法を覚えてどうするの?」

 

「それでも何も魔法が使えないよりはいいんじゃないですか」

 

「あのねえ……」

 

 ゴローの反論に、バレンシアはさらに呆れ顔になった。

 

「そりゃ師匠の言うこともわかりますよ。この前の事件のゴーレム襲撃みたいなこと。あんな自体を引き起こすかもってことでしょう?」

 

「端的に言えばね」

 

「だから、まずは基本的なことしか教えない。魔力の知覚と制御とか」

 

「それだけじゃ我が流派のゴーレム魔法は……それも教えない前提ってこと?」

 

「ええ。これは、と師匠のお墨付きがもらえる者にだけ教えるってことで。基本中の基本たる魔力の制御を覚えるだけでも応用はたくさんありますよ。職人になっても役立つでしょうし」

 

「まあ、心身を鍛錬するってことなら、使えるわね」

 

「少しの睡眠でも回復が早くなり、普通に生活していても鍛えられる。どうです?」

 

「ふーん……。教育の一環ということなら、それもありね」

 

「はい」

 

「アイデアの分だけお金と手間がかかわるわねえ。ま、お金は当面心配いらないか」

 

「たはは……。あ、あと勉強の他に一般的な行儀作法を教えてくれる人がいるともっといいと思うんですが」

 

「そこらへんはソムニウムさんに相談するのがいいかもね。色町ってのはあれでなかなかそういうことにうるさいから」

 

 バレンシアはそこでフッと笑い、

 

「それじゃ次は腕の良い大工を探さないといけないわね」

 

「大工、ですか?」

 

「そ。子供たちの学び舎。今使ってるところじゃいずれ手狭になるから。今から改築の準備をしないと」

 

 まあ、こういったやり取りがあり、色んなことが進んでいった。

 だが、ゴローは非常に忙しくなる。

 

 何故なら――

 

「もう少し、上にあげて……。そう、ゆっくりと……」

 

 バレンシアの指示を受けながら、ゴローは両手に魔力を集中させていく。

 眼前では、小さな二人乗りの小舟が浮かんでいる。

 

 ティタニアの商館の中庭。

 

 十日ほどぶっ続けで製作していた試作品を試している最中である。

 

「これ、ホントに大丈夫なんだろーねえ?」

 

 小舟の上では、アイナが不安そうな顔で下を見ていた。

 

「大丈夫。頑丈さだけは折り紙付きよ!」

 

 笑顔で応えるバレンシアだが、

 

「舟が丈夫でも、乗ってるあたいはフツーの人間なんだよ!」

 

 叫ぶアイナは若干半泣きに近かった。

 

 ゴローらがやっているのは、新型のゴーレム『空飛ぶ舟』。

 魔力によって揚力などに頼らず浮遊、飛行するゴーレムというのは既存である。

 

 しかし、バレンシアによればあまり一般的ではないらしい。

 また彼女の流派は、いかに生物を模倣し、より本物以上にするかだ。

 

 馬ならば、本物そっくりでかつ本物を超える能力を備えているのが理想。

 今やっているのは、あくまで空中を走り、人や荷物を載せることができる――……

 

 と、いうもので、基本機能のみを重視しており、見た目は二の次、三の次。

 彼女の本道からは外れていると言って良かった。

 

「ただ空を飛ぶだけなら、でかい鳥とかドラゴンとかでもいいじゃないですか?」

 

 そうゴローが意見してみたが、

 

「生物に近づけると、それだけ整備や作成に時間がかかるし、何しろ私の気がおさまらない。ただの舟なら、まあ妥協できるわ。消費魔力も抑えられるしね。ま、魔力に関してはあんたに操縦させれば十分なんだけど」

 

 こういうことだった。

 

「それなら何でまずアイナを乗せるんです? 自分でも良いと思うけど」

 

「まずは一番魔力量が低くて経験値のない子が、どれだけ乗れるかってことを試さないとね。私やあなたじゃあんまり参考にならないの」

 

「そういうものですか」

 

「そういうものなの」

 

「こんなの魔法の修行なのかよーーー! これじゃ読み書きや瞑想のほうがマシだ!!!」

 

 小舟の上でアイナは悲壮な顔で叫ぶ。

 彼女はジッとしている瞑想が苦手なのだった。

 

「まあまあ。こいつが補助しているから墜落することなんてないわ。落っこちてもちゃあんと助けてあげるから、しっかり操縦しなさい」

 

「ちくしょーーーー!」

 

 バレンシアに促され、アイナは文句を垂れながらも小舟を不器用に動かし、データ収集への協力をするのだった。

 

「これが一段落したら、二号機の開発にとりかかれるわね」

 

 小舟を観察しつつ、バレンシアは手帳にメモを書き込んでいく。

 

「二号機はやっぱり、石製ですか?」

 

「それだと余計な重量がねえ。あんたが操縦するなら多少燃費が悪くてもいいんだけど。けどそういうところで妥協するのはどうも……ね」

 

「はあ」

 

 現状の一号機は木製。バレンシアが設計したものを職人に作ってもらい、専用の魔法装置を組み込んだものだった。

 

 もっと軽くて丈夫な素材を土から錬成できればなあ、とゴローは頭をひねるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その55、雪の日

 

 

 

 

「うーむ……」

 

 バレンシアは小舟の上から、森林を見下ろしていた。

 彼女が住まいとする森の上空である。

 

 乗っているのはこれで五体目……いや、五号機となる舟型ゴーレム。

 木材であり舟という特性上、基礎となる舟の部分は職人に頼る。

 

 これが開発の大きな問題点であった。

 岩や泥のゴーレムならそのへんの土塊からいくらでも生成可能だが、木材だと難しい。

 

 現状では正確にはゴーレムとは言えない代物だとバレンシアは言う。

 

「舟を魔力で動かしているだけのものねえ……」

 

 だとか。

 

「次から植物型のゴーレムの研究でもしてみようかしら」

 

 舟の上でバレンシアはそんなことをつぶやく。

「それよりも舟に屋根をつけるほうが先じゃないですかね?」

 

 船を操縦するゴローは振り向きもせずに言った。

 操縦は前部に備え付けられた舵型(かじがた)の装置によって行われる。

 

 握る操縦者が装置から魔力を送り込み、それが動力や浮力を起こすのだ。

 なので、ある程度の魔力操作と魔力量がなければ動かすことができない。

 

 バレンシアは次号機には魔力タンクを設置して、そのへんを改良したいとも語る。

 

「屋根ねえ……」

 

 ゴローの意見に、バレンシアは首をひねる。

 最初の頃より舟自体は大型になっており、森の家からの往復は簡単になっていた。

 

 だが、屋根がないため天候の悪い日はずぶ濡れになることもある。

 できるだけ空模様には注意しているが、それでもままならない。

 

「あるいはもっと腕の良い船大工を呼ぶべきですかね」

 

「それはあるわね」

 

 この意見には、バレンシアはうなずいた。

 

「ツギンの街じゃあんまり大きな舟は使われてないし、大きくて頑丈な船を造るとなると……やっぱり相応の出費がかかるか」

 

「金に関しちゃあ大丈夫ですが」

「それでも無駄な出費を抑えて悪いことはない。いや、むしろ積極的にそうしていくべきよ。

いくら大金があるからって、それでお金の感覚狂っちゃあダメ」

 

 実にもっともな意見のバレンシア。

 

「しかし、舟の製作に関しては自分らは素人なんですから、ここは大金を使ってでもちゃんとしたものをこしらえる必要がありますよ」

 

「うーん……」

 

「ともかく、屋形船みたいなのでいいから屋根付きのものを早急に作らないと。変なところでケチって風邪でもひいたらバカらしい」

 

「それは同感。帰ったら早速職人に図面を注文しましょうか。急いで」

 

「了解です」

 

 バレンシアの指示を受け、ゴローは舟の速度を上げた。

 風を受けながら、舟はツギンの街を目指していく。

 

「早く移動できるのはいいですけど、風がきついのも難点ですね」

 

 わずかに身震いしながら、ゴローは苦笑した。

 

「今のところ操縦できるのが私と君しかいないのがねえ……。アイナはまだゆっくり動かす程度だし……。もっと操縦体系を改良しなきゃ……」

 

 そんな会話を交わしつつ、舟は街へと戻った。

 

 空を飛ぶ魔法使いはよく見かけるが、空飛ぶ舟という移動手段を用いるのは近辺では、まずバレンシアたちだけである。

 空を飛ぶことに主流を置いた魔法使いの流派も存在はするそうだ。

 

 ただ、それらの流派は基本的に魔力をまとって、その力のみで飛翔するというもの。

 ゴーレムなど、何らかの乗り物に乗ることはほとんどない。

 

 これは、ある程度の慣れや訓練をへると、そのほうが手間いらずであるらしい。

 熟練者になると身一つで流星のごとく空を駆けることが可能だという。

 

「ただ速く空を飛ぶだけのことに熱中するのは、どういうものかしらねえ」

 

 と、バレンシアなどはあまり関心していないようだが。

 

 舟が商館の中庭に着陸すると、パタパタと黒髪の少女が駆け寄ってくる。

 アイナだ。

 

「お帰り。何事もなかったかい?」

 

「おかげさまで。以前よりも操作性ちゅうか、運転しやすくなっててね」

 

 ゴローは船体をなでた後、待機させていたゴーレムを呼び寄せる。

 ゴーレムは舟から荷物をおろしていく。

 

 荷物の中身は、森の家から運んできた様々な器具や素材などである。

 

「こりゃまたいつもに増して大荷物だなあ」

 

 アイナの簡単が示す通り、木箱や鉄箱にしまい込まれた荷物は、舟で運べるギリギリに近い量であった。

 

「量はともかく、重さはある程度は軽減できるわ。浮遊魔法の応用でね」

 

 そう言うのはバレンシアである。

 

「アイナさんもグズグズしてないで運ぶの手伝いなさい。これも練習」

 

「はいはい。わかりましたっと……」

 

 バレンシアに促され、アイナも待機させていたゴーレムを動かす。

 ゴローの生成したものに比べると全体に丸みを帯び、可愛らしい感じ。

 

 だが、その動きはスローモーでかぎこちないものだった。

 

「単純に動かすだけですげえ疲れるんだけど……」

 

「慣れれば平気になるわ。魔法も訓練と反復と繰り返さないとね」

 

「ゴローは簡単に作ったり、動かしたりしてたけど……やっぱ練習苦労したか?」

 

 と、アイナは首をすくめながらゴローに質問する。

 

「ゴローの場合はあまり参考にならないわね。造形の素質自体はあなたのほうが上」

 

 本人が答える前に答えてしまうバレンシアに、ゴローも首をすくめた。

 

「お前って変わり種だったんだな」

 

「まあ、そうらしいです」

 

「しかし別に魔法の練習はきつくても嫌じゃないけどさ……。読み書きと瞑想はいまだに慣れないわ。肩がこるっつうか、気疲れするっつうか」

 

「そんだけ魔力の制御が未熟で、勉強ってものに慣れてないってことね。慣れなさい」

 

 苦笑するアイナに、バレンシアはあっさりと言う。

 

「へいへい。お師匠様……」

 

 アイナが肩をすくめたが、不意に空を見上げた。

 若干曇った空から、ゆっくりと白く小さなものが降ってくる。

 

「冷えると思ったら、雪か……」

 

「風邪を引かないよう、子供たちに注意しないとね」

 

「最近暖かいところで寝ることが当たり前になったから、逆に風邪引くかもな。あたいらじゃ風邪引く前に凍え死ぬ可能性のほうが大きかったけど」

 

「うーむ……」

 

 毒を感じるアイナの軽口に、ゴローは故郷のことを少し思い出す。

 村でも特に貧しい家の人間は冬になれば凍死する例もあったのだ。

 

「年越しに備えて、やれなきゃいけないことは多いわねえ。気張りなさい」

 

「次の舟の製作は年を越えてからですかねえ」

 

「何言ってるの。雪の日でも設計図を描いたり模型を作ったりはできるわ」

 

 どうやら、新年のお休みは期待しないほうが良さそうだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その56、新年祝いを

今回でストックは終了。
次回より毎週日曜の午前に投稿予定です。


 

 

 

 

「ちょっと手伝って」

 

 年越しも迫り、街には雪が降り積もり始めた頃――

 

 ゴローはバレンシアに手伝いを求められた。

 行ってみると―ビルの上にでんと乗っかった木箱が複数。

 

 中を見ると色とりどりのキャンディーである。この街では結構な値のするものだ。

 バレンシアはテーブルに座して、小さな袋にキャンディーを複数放り込み、紐で閉じる。

 

「何ですか、それ?」

 

「年越しのお菓子よ」

 

「は?」

 

 何のことかとゴローは首をかしげる。

 

「毎年、年の始めには子供に菓子を配るんだよ。知らないか?」

 

 答えたのはバレンシアの隣で同じ作業にいそしんでいるアイナだった。

 

「初耳です」

 

「お前の故郷じゃ新年のお祝いはなかったのかい?」

 

「それはありましたけど。お菓子をもらったことなかったですねえ」

 

 不思議そうなアイナに、

 

「何しろ貧乏な田舎の村だったから」

 

 と――ゴローは肩をすくめるのだった。

 

「それじゃしょうがないな。他は知らんけどこの街じゃ新年の祝いにさ、金持ちがガキどもに菓子を配る習わしがあるんだよ。例えばこの商館のご主人みたいな」

 

「ふーん……」

 

 ゴローはアイナの説明にうなずきながら、バレンシアを見る。

 

「私は特にお金持ちじゃないけど、学校の子供に配るくらいの義理とお金はあるの」

 

「そういうもんですか」

 

「ええ、そういうものなの」

 

「……なるほど」

 

「あなたにもちゃんとあげるわよ、いらないかもしれないけど」

 

「……ありがとうございます」

 

 ゴローは、

 

(つまりお年玉みたいなもんか……。クリスマスもハロウィンもなかったけど)

 

 納得しながら、あれこれと考え始めた。

 新年の祝いに、自分も何かするべきなのだろうかと――

 

 

 と、まあそんなこんなで日数はすぎ、大晦日(おおみそか)となる。

 

 

 その日はどの家も早くに閉めてしまい、ティタニアの商館も例外ではなかった。

 大広間に商館の者全員が集まり、夜宴が開かれる。

 

「今年もみんなご疲れ様でした。来年もがんばってくださいねえ。頼みましたよ」

 

 そんなティタニアの挨拶と共にムリアンたちは料理と酒に舌鼓(したづつみ)を打つ。

 

 ゴローたちもはティタニアのそばに席を設けられ、ご馳走になっている。

 

「ムリアンの料理ってのは、美味いもんばかりと思ってたけど、今晩は一味違うねえ」

 

 アイナは感嘆しながらも、あまり食は進んでないようだった。

 実は彼女は今晩色町の子供らがいる宿舎に泊まると言っていたのだ。

 

「あたいは言ってみれば連中の(かしら)だからね。いなくっちゃあ始まらない」

 

 しかし、

 

「バレンシアさんもお弟子さんたちとご一緒に……」

 

 というティタニアの意見を受けてたし、さらに、

 

「何なら途中で退席してもいいから」

 

 このバレンシアの言葉で、アイナは出席を決めたのだ。

 

 何だかんだで酒宴が始まると、アイナもご馳走をぼんぼん口に運んでいく。

 横から、ちゃんと噛んで食べなさいとバレンシアが叱責する。

 

「へいへいっと」

 

 口だけは従順に答えながらも、アイナの手はどんどん美味そうな料理を取っていく。

 

 だが、その料理たちはアイナの口ではなく、その脇の箱に詰め込まれる。

 

「宿舎へのお土産?」

 

 ゴローが横から声をかけると、アイナはギクリと手を止める。

 

「……ま、誰かさんの真似じゃないけどさ」

 

「そういやあ北区の工事の時でしたっけ……?」

 

 工事完成を祝う席に招かれたゴローは、料理やお菓子を土産に北区の子供らを訪れたことが

あった。

 あの時は、その場にアイナもいた。よく星の見える夜であったか。

 

「それもあっていいと思いますけど、別にお土産を用意してもらってるけど」

 

「あン?」

 

「ティタニアさんに頼んでおいたので」

 

「……手回しの良いことで」

 

「まあ、先の経験というのがあったおかげですかな」

 

「ふん。可愛くねえ」

 

 アイナは苦笑しながら、ぐりぐりとゴローの頭をなで回す。

 そうして、ゴローとアイナは酒宴の席を早々に辞して、宿舎へと向かった。

 

 雪はやんでいたが、街の道はぬかるみ、冷たい。

 宿舎まで、ゴローたちは三体のゴーレムを(ともな)って進んだ。

 というか、一体が土産の荷物を運び、残る二体がゴローとアイナを乗せている。

 

 ゴローの操るのは荷物を運ぶ人型と、ゴロー自身が乗る四足獣型。

 アイナが操るのは、特徴的な丸みを帯びた人型だった。

 

「こんな風にいちいちゴーレムを使うのも面倒くさいよねえ……」

 

 揺られながら、アイナはやれやれとため息を吐く。白い息が夜道に舞った。

 

「これも練習ということなんだけどねえ。護衛も兼ねているらしいし」

 

 ゴローは肩をすくめる。

 そんな会話をしながら、やがて宿舎に着く。

 

 宿舎では舎監をつとめる女性たちと、子供たちが出迎えてくれた。

 年越しということで、この日は夜更かしが許されている。

 

「しっかし、ずいぶん立派な建物だよなあ。ここも……」

 

 宿舎二階のバルコニーから、アイナは街を見つめて言った。

 数十人の子供とそれを監督する舎監が住む二階建ての宿舎。

 

 見かけは新築なのに見栄えがせず、貧乏そうなイメージの建物。

 本当ならもっと良い外見にすることはできたのだが、バレンシアの発案で今のようなものになった。

 

 というのも、宿舎に住み、学び子供らはみんな貧乏人とか孤児である。

 しかも割と色眼鏡で見られやすい色町界隈の人間。

 

 そういう人間が急に羽振り良くなったと思われるのまずかろう。

 と、いうことだった。

 

 それにはソムニウムも大いに賛成で、宿舎……いや、もう学校というべきだが、そこで与えられる服とか食べ物も質素で目立たないように心掛けられているとか。

 

(そのへんの発想は、自分にはなかったなあ)

 

 金があるんだから良いものを揃えればいいというものではない――ということらしい。

 学校で過ごす年越しの夜は、ティタニアの商館と違って静かだった。

 

 ゴローもアイナも子供であるし、割と早く寝ることになる。

 用意された客用の部屋。ベッドが二つあるのでゴローとアイナは就寝した。

 

 だが、ベッドに入ってみてもゴローはなかなか眠れなかった。

 特に興奮しているわけでもなく、子供なので酒も飲んでいない。

 

 また肉体的な年齢から、女の子と二人でいるということも割とどうでも良いこと。

 外装は貧相だが、中はなかなかしっかりときれいに作られた宿舎。

 

 その中でも、客用ということで特に小ぎれいな客室の天井。

 

「寝れないのか」

 

 ふと、隣のベッドからアイナの声がした。

 

「何でしらないけどね」

 

「ふうん」

 

 そこで会話は途切れた。

 だがしかし、またしばらくした後――

 

「いつの間にか、大ごとになってきちゃったよねえ」

 

 アイナが苦笑を込めた声で言う。

 

「学校のこと?」

 

「それもあるけどさあ。ふふ……。まさかあたいが魔法使いの弟子なんて……」

 

「才能を見込まれたってことでしょ」

 

「実感がないよ」

 

「まあ、そりゃあ自分ではわからんだろうけど」

 

「でも、やってみるとゴーレムってのは嫌いじゃない」

 

「そうか」

 

「ああ。特に生き物の姿とか特徴とか正確に真似て作ってくのは、ワクワクするよ」

 

「なるほど……」

 

 そこをバレンシアの慧眼(けいがん)に注目されたのか、とゴローは納得する。

 

 実際アイナは器用で、とにかく細かい作業に秀でていた。

 またやたらに大きく大味なゴローと違って、ゴーレムも緻密さとか繊細さがある。

 

 そこもまた小憎らしい才能の輝きが見えるのだ。

 自然と会話はゴーレム関連の話になり、お互いに未熟ながら得意なこと不得意なことをあれやこれやと語り合うのだった。

 

 だが、それでもまだ子供の身体である。

 やがて話も途切れ途切れになり、二人は深く静かな眠りに落ちていった。

 

 そして。

 

「おい……おい……」

 

 暖かいベッドの中、ゴローは自分が揺すられていることに気づいた。

 

「う……」

 

「う、じゃないよ。起きな、もうすぐ夜明けだよ」

 

 そう言って自分を見おろすアイナの姿。 

 これがゴローは年の初めに見た最初のものだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その57、忘れた頃に乱入

 

 

 

 

「うーん……」

 

 年明けの緩んだ空気もまだ冷め切らない冬の日。

 ゴローは商館の部屋で一人うなっていた。

 

 部屋の中に布製のシートを広げ、その上に土塊をこんもりと乗せている。

 それに魔力を送り込んで、ゴーレムを形成しているのだ。

 

 ただし、その小型ゴーレムは人型をしていなかった。

 いわゆるアーモンド形であり、石製。中は空洞である。

 

 ゴローはそれを空中に浮遊させ、左右上下ランダムに動かしていた。

 時には見下ろしたり、上から見上げたり。

 

 とにかく落ち着きがないのその動向は、異常者のように見えなくもない。

 

「ちょっと違うな……」

 

 ゴローは何度かアーモンドを動かした後、それを二つに割った。

 上下がパカリと分離して、中が明らかになる。

 

 空洞の中は複雑な魔法装置が組み込まれていた。

 ゴローは横に置いていた錐のような道具で二つに割れたゴーレムを弄りだす。

 

 しばらくした後、ゴローはアーモンドを元に戻し、ヘラのような道具で周辺を削る。

 造形を細かく修正すための作業だった。

 

 何もないつるっとした外観だったアーモンドには、イルカの背びれに似た器官がプラスされており、さらに下部にもひれに似たものが四つ。

 ゴローがシートに上に着地させると、下部のひれは足のように変形した。

 

「もうちょっと、こうなあ?」

 

 ゴローはつぶやき、頭をかいた。

 その時、部屋のドアがゆっくりとノックされる。粗雑な音だった。

 

「はい、どうぞ?」

 

 ゴローが答えると、ドアの向こうから黒い髪の少女が顔を覗かせる。

 アイナだ。

 

「どしたの?」

 

「いやさ、こっちは瞑想から解放されたんで、一緒に茶でもどうかなと思って」

 

「お、それは嬉しい」

 

 ゴローはアーモンドゴーレムを浮遊させ、顔をほころばせた。

 

「何だい、それ?」

 

 目ざとくアーモンドを発見したアイナは、不審そうに尋ねる。

 

「次の舟の模型だよ」

 

「舟って、あの空飛ぶヤツかい?」

 

「いかにも」

 

「うへえ」

 

 言うなり、アイナの表情は苦い薬でも飲まされたような顔に。

 

「何スか、その反応」

 

「あの空飛ぶ舟はまいったよ。動かすのは普通のゴーレムよかしんどいしさ、長く乗ってるとだんだん頭が重くなって、しまいには痛くなる。速度を出すと吐きそうになる」

 

「ああ……」

 

 アイナのまだ不慣れな魔力操作では、ものを浮遊させ、かつ安定させるのは苦しい。

 きつい分だけ練習になるらしく、バレンシアは積極的にやらせている。

 

 だが、アイナの方は相当きついようで、目を回したこともあった。

 

「馬車だの馬に乗るのは楽なんだけどさ」

 

「逆に自分は馬に乗る方が難しい」

 

「はァん。人それぞれだねえ? ま、いいさ」

 

 アイナはぐるんと首を振った後、部屋を出ていく。

 と、すぐに何かを押しながら入ってきた。

 押しているのは木製ワゴンで、その上にはティーセットが載っている。

 

「準備万端って感じですな」

 

「ま、あたいもこういうのには慣れてきたってわけさね」

 

 面はゆい、という感じでアイナは頭をかいた。

 それから、若干たどたどしい手つきでお茶の準備を進める。

 

 ムリアンのメイドさんのに比べるといかにも素人臭いが、実際に素人なのだ。

 見ているゴローのほうが気を揉まされたが、どうにかお茶が用意される。

 

「じゃ、まあゆっくりと行こうかい」

 

「どうも」

 

 かくして、未熟な魔法使いの弟子たちはお茶で乾杯した。

 

「――そういやあ、ガキどもは喜んでたよ」

 

「うん?」

 

「新年祝いに、学校でガキどもに菓子を配ったろ」

 

「ああ、うん。そうだねえ」

 

「その時さ、菓子と一緒に銭も一緒に配ったじゃないか。あれ、お前だろ?」

 

「配ったのは師匠だよ」

 

「でも、銭を用意したのはお前だろ。わかってるのさ」

 

「む」

 

 ズバリ言われて、ゴローは天井を見上げる。実際、その通りだった。

 新年に子供らに金をあげる。

 

 前世で言うところのお年玉だ。こっちにはそういう風習はない。

 まあ、お菓子を配るのが、それに当たるのだろう。

 

 現在のゴローのふところ事情から言うと微々たる額であった。

 むしろ金貨を銅貨の小銭に換え、子供ら全員分に紙袋で渡す。

 

 これが地味に面倒くさくて、しんどいものだった。

 肉体年齢は同じような子供であるゴローは渡すのもおかしいので、配る役目はバレンシアにやってもらったが。

 

「あなたの前世って変わった風習があったのねえ」

 

 と、バレンシアは首をかしげつつも、快くやってくれた。

 

「まあ、前世の年齢を合わせれば中年なんでね」

 

「またそれかい」

 

 ゴローの前世について、アイナは苦笑する。半分は冷笑と言ってもよい。

 

「死ねばあの世に行ってそのまんまだろ? また生き返るなんてことはあるのかね。それじゃ世の中死人だらけになっちまう」

 

「まあ自分でもあんまり信じられませんけどねえ」

 

 普通に考えれば与太話。前世で言えば電波系だ。

 しかし、毎月『給料』として魔女から莫大な財宝が送られてくる。

 

 これは動かしようのない事実で、無視することはできなかった。

 そして、また――

 

「やい、こら!」

 

 と、いきなり蹴破るようにドアを足で開いてきたモノがあった。

 それは酒瓶を手に、わずかに頬を桜色に染めて上機嫌で乱入してくる。

 

 ゴローを転生させた魔女の使い魔……シャグマだ。

 

「やい、ボンクラの魔法使い! 面白いことになってきたぞ」

 

(今の状態がある意味面白いよ……)

 

 ゴローがうんざりしながら、小舟ゴーレムの模型を浮遊させた時、

 

「ちょっと、すみません……」

 

 少し硬い表情でやってきたのはティタニアであった。

 

「……どうやら、こちらも事情を察知されたようですねえ?」

 

 使い魔シャグマを見て、ティタニアは困った顔でうなずくのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その58、きな臭い話

 

 

 

 

「お前のことを嗅ぎまわっている連中がいる――」

 

 使い魔シャグマは酒をラッパ飲みしながら、意地悪く言った。

 

「自分のことを?」

 

 ゴローは首をひねった。

 

 商館の奥、重要な商談などに使われる部屋で一同は顔を突き合わせている。

 ゴローとバレンシア、ティタニア、ソムニウム。それにシャグマ。

 

「そ。先日大量のゴーレムを操った魔法使いは誰だ? また、色町で妙に金回りが良いヤツがいるようだが、それは誰だ? どれだけ金を持ってる。どうやって金を得た」

 

「さすがにゴローのことは全面的に広まってはいないけど、その代わりバレンシア、あんたのことが注目されてるようですよ。監視対象」

 

 と、ソムニウムは困った顔で肩をすくめる。

 

「まあ、かなり目立ったことをやったから……」

 

 バレンシアは若干頬を引きつらせ、頭を振った。

 

「土地の領主とか、王都の貴族とか。とにかくそういうのが興味を抱いたご様子で。ゴーレム軍団を操ってたのは、誰だ? と――」

 

「あってしかるべき話だわね」

 

「ただまあ……」

 

 と、シャグマは急につまらなそうに酒を飲むと、そばに置いてったチーズをつまむ。

 

「監視はどっちかというと、こいつじゃなくって」

 

 シャグマの指がゴローを指した後、バレンシアに向かう。

 

「お前さんだ、黒髪のエルフ」

 

「まあ子供よりも、魔力の高いエルフで魔法使い。そっちのほうが怪しいですねえ」

 

 一般的に言って、とティタニアは付け加え、手で口元を隠した。

 

「それに連動する感じで、最近出来立ての色町……北区の学校もそれとなく見張られているというわけ。ピーピングトム。あ、ちょっと違うか?」

 

 ソムニウムが言った後、一同は嘆息。シャグマを除いて。

 

「さて、どうしたものかしら……」

 

「こっちでも情報は集めてますが、国の偉い人が関わってるとなると面倒ですねえ」

 

 バレンシアとティタニアが顔を見合わせた。

 

「感触としては、向こうはあんたを自分の陣営に引き込みたい感じだねえ。スカウト」

 

「正確には、金を持っていてゴーレムの大群の操れる魔法使いを、でしょ?」

 

「いかにも、いかにも」

 

 皮肉っぽく答えるバレンシアに、ソムニウムは笑って手を叩く。

 

「それにこの街を襲った、あの魔法使いモドキもね。調査・探索」

 

「確かにあいつの持っていたゴーレムは、よくできていたわ……。素人でもあれだけのことができるんだから、ゴーレム軍団と共に軍事的には大きなものでしょう」

 

「そういや、あのモグラゴーレムどうなったんですか?」

 

 後の詳細を知らないゴローは尋ねてみる。

 

「一体は私が管理していて、残りは前部処分したわ」

 

「あの元道楽息子の魔法使いモドキも永遠に沈黙したし、目撃者も少ない。けれど、話はね。やっぱりどっかから漏れてたってことで。情報漏洩ですよ」

 

 ソムニウムは苦笑して、用意されていたお茶を飲み干す。お茶はすでに冷えていた。

 

「他の街も襲っていますし、ネカチモの街にも探査は行っているようですしねえ」

 

 ティタニアも同じようにお茶を飲んだ。

 

「あそこは昔から自治でやってるはずだけど。自主独立。孤立無援」

 

「最近はそうも言ってられなくなってきたらしいですけどねえ。隣国との戦争もありえるのではないかという噂で……」

 

「隣国……」

 

 ゴローは首をひねって地図を広げてみた。この近辺の大まかで荒い地図である。

 

「これが現在地、つまりこの国で――」

 

 ソムニウムが指した箇所(かしょ)には、

 

『トースタ』

 

 と書かれていた。

 

「で、今一番きな臭いことになってるのが、ここ」

 

 続いて指した隣国は、

 

『アポー』

 

 と。地図上では二つの国の領土は3~4倍は差があるようだ。

 非常に困ったことに、小さいほうが現在位置。すなわちトースタ国。

 

「だいぶ大きさが違いますね……」

 

 ゴローは若干冷や汗をかきながら、できるだけ冷静に言った。

 

「つまり、国力もだいぶ違うってこと。当然向こうが大きく、こちらは小さい。これすなわちチョークとチーズですよ」

 

「はあ」

 

 ゴローは頭をかいて、ゆっくりと天井を見上げた。

 つまり日本語的に言えば『月とスッポン』となるのか。

 

「ここ数年アポーの兵隊が国境のあたりをウロウロすることが多い。さらに? アポー以外の国からは食い詰めた流民が流れ込んできてる……」

 

「それが盗賊やら山賊になってるわけだ。面白いだろ? ワクワクするじゃないか」

 

 ドンと地図の広がる机上に酒瓶を置き、シャグマはけたたましく笑った。

 本心から面白がり、楽しんでいる様子だ。

 

「面白くないわい!」

 

 ゴローは立腹のあまりいきなり怒鳴りつけたが、シャグマの態度は変わらない。

 

「こりゃあ戦争が起きるのも時間の問題だな!」

 

 と、シャグマは腹を抱えている。

 

「……そうなると、こっちも知りませんではすまないですねえ」

 

 実に困ったという顔でティタニアは嘆息する。

 

「まあ戦争は大きな取引のチャンスでもありますが……」

 

(そんな死の商人みたいなことを……)

 

 ゴローは半ば泣きたいような気分だったが、

 

「何しろわたしどもムリアンは何かと税金は取られてもあまり良い待遇は受けていませんからねえ? せいぜい戦火に巻き込まれないように考えるだけです」

 

「そこは、エルフで魔法使いの私も同じか……」

 

 バレンシアも同調するような発言である。

 

「まあ、行きがかり上弟子と学校の子供だけは何とかするとして」

 

 続いて言葉にゴローは一瞬ホッとしたが、そういう問題かとも考える。

 しかし、戦争などというものに個人の力がどの程度通じるのか。

 

 また通じたとしたら、それは大きな歪みではないのか。

 錯綜する思考の中、ゴローは次第に頭痛すら感じるようになる。

 

 そこへ――

 

「まあ差し当たっての問題は、貴族だの権力だのに目をつけられたってことか」

 

 ソムニウムが珍しく真面目な顔でゴローとバレンシアを交互に見る。

 

「どっか良い待遇の権力者にでも取り入るってことは……」

 

 ゴローは苦しまぎれのアイデアを出してみるが、

 

「私のゴーレムはあまり戦争向けじゃないけどね」

 

「下手に首突っ込むと火傷ではすまないですねえ……」

 

 みんなあまり良い顔をしなかった。

 

「一番確実で良い方法は、どっかに逃げちゃうってことだけど……」

 

「どこに?」

 

 ソムニウムの冷静な声に、バレンシアは顔をしかめた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その59、マヨイガの噂話

 

 

 

 

 結局、その場ではこれといった結論は出なかった。

 ソムニウムは帰り、シャグマはまた酒浸りに戻る。

 

 シャグマは機嫌が良いのか、酒肴(しゅこう)を運んだメイドに銀貨のチップを与えた。

 

(実際、どうしたもんだろう……)

 

 ゴローは部屋に戻ったが新型ゴーレムについて研究する気にもなれず、天井を見上げているばかりだった。

 ひどく疲れていて、焦っているのに何も集中できない。

 

 実に困った状態だ。

 

「まったく、あの連中も厄介なことを持ち込んでくれたよ……」

 

 ゴローは毒づきながら、色々と思い出す。

 

「マヨイガ……か」

 

 事件の発端は悪人の一人が、その奇妙な場所を発見したことから始まった。

 

(どうせなら、全部の責任をマヨイガにおってほしいもんだ……)

 

 そんな都合の良いことを考え、黙然として天井を睨む。

 飽きるとベッドでうつ伏せになり、現実逃避。

 

 こんなことを数度繰り返したのち。

 

「ん……?」

 

 パッと、まるで電灯のスイッチでも入ったかのようにアイデアが浮かんだ。

 

(いけるか? いけるか……!? いける、か――?)

 

 しばし逡巡(しゅんじゅん)してから、ゴローは急ぎバレンシアの元に向かう。

 

 バレンシアはちょうどお茶を飲みながら書き物をしている最中だったが、

 

「どうしたの、鼻息荒くして……」

 

 ゴローの様子をオカシイと見たのか、すぐに書き物を中断した。

 

「……あの問題になってた一件なんですがね」

 

「何か、策でも思いついたわけ?」

 

「策ってほどじゃありませんが……」

 

 ゴローは頭をかき、思いついたことを提案してみる。

 

「……それはまた、ムチャというかアホラシイというか……」

 

 当初バレンシアは苦笑して本気にしてない様子だったが、

 

「……ふむ。しかし、あんたの無駄に大きな余剰魔力があれば……できるかもね?」

 

 やがて眼を怪しく(きらめ)かせ、乗り気の態度を見せ始めた。

 

 これが、スタートとなる。

 

 それからしばらくの間、表面上は何気ない日々が続いた。

 バレンシアとアイナは学校で子供たちの面倒を見て、多忙な日々。

 

 ゴローはそのアシスタントとして独楽鼠(こまねずみ)のように……というほどまめまめしくはないけれどそれでも熱心に働く。動くといってもいい。

 

 やがて時間は過ぎていき――

 そろそろ、春の香りらしきものが感じられるかな、という頃。

 

「どうやら、うまく運んでいるようですねえ」

 

 商館の奥の一室で、ティタニアは嬉しそうに言った。

 

「というと、師匠や自分らを狙うのは……」

 

「まだまだ油断は禁物ですが、当面の危機は去ったとみて良いでしょうねえ」

 

 ティタニアはムリアン独特のピンクヘアをかき上げ、破顔する。

 

「しかし、今回のことでどれだけの金が吹っ飛んだか……。浪費ですよ」

 

 ソムニウムはもったいない、と顔をしかめて酒の入ったグラスをあおる。

 

「必要経費よね、これは」

 

 バレンシアは肩をすくめて、机上に置かれた玩具(おもちゃ)をつついた。

 玩具。いや、正確には様々形態のゴーレムである。模型というべきか。

 

「今回は自分もだいぶ疲れました。アイナも休日だってのに朝からずっと寝てますし」

 

「アイナはともかく、あんたの場合は許容範囲よ。むしろちょうど良い鍛錬になったわねえ。おかげでまた魔力の限界使用量が増えたでしょ」

 

「そうですけど……」

 

 バレンシアに笑顔で言われ、ゴローは何とも言えなくなる。

 

 確かに事実ではあるが、ハードであったのは確かだ。

 

「それにしてもずいぶん無茶なことを考えたものですよ。無軌道無謀」

 

 ソムニウムは呆れた顔でゴローの頭をなでくる。

 正直嫌だが、拒否してもあまり意味がないのでゴローは諦めていた。

 

「まあ、力技というか、何というか。単なる思いつきではありましたけどね……」

 

 良いようにされながら、ゴローは自嘲気味に頬を引きつらせる。

 

 ゴローの発案したこととは――

 

『ゴーレム軍団は魔法道具の恩恵だということにしよう』

 

 というものだった。

 では、その魔法道具はどこから来たのか? それは当然マヨイガからだ。

 

『例の盗賊軍団はマヨイガで手に入れた魔法道具でチートしていたんだよ!』

 

 こんな噂を色んな伝手(つて)を利用してあちこちにばらまいた。

 まあ、噂というか事実その通りなのだが。

 

 これと一緒に流された噂が、

 

『マヨイガというモノが山中や森に出現することがあるらしい』

 

 というお話。

 さらに加えるのは、ゴローが前世で聞いたマヨイガの逸話だ。

 

 ・山中に出現する無人の屋敷。

 ・屋敷内には誰もおらず、宝がゴロゴロしている。

 ・屋敷に入った者は、中にあるものを持ち帰れる。

 ・実際に持ち帰って富や武力を得た者がいるらしい。

 

 最後のほうは付け足しのようなものだが。

 そして、最後にもう一つ。

 

 ・マヨイガから持ち帰られた財宝や魔法道具が密かに売買されているらしい。

 

 この最後が肝要なのだった。

 噂はすいすいと国中に流れていき、他国にまで及びつつあるらしい。

 

 その噂を追うように、猫目型の紋章が入った装飾品があちこちで密かに流れている。

 最近では噂を信じた、あるいは確かめようとする者たちが森林や山に足を運んでいるということだった。

 

 大抵は手間と体力を浪費して虚しく帰路に立つことになる。

 だが、(まれ)に森や山で宝物を発見して凱旋する者もいた。

 

 マヨイガの存在は今や半ば現実のものとして認識されつつあった。

 

「――なので、マヨイガを見つけて自分のものにしようとしてる連中がたくさん。こないだのゴーレム戦争もマヨイガの魔法道具のせいってことになってます。無知愚鈍」

 

 くっだらねえ、という顔でソムニウムは伸びをするのだった。

 

「まあ、今回は色々運もあったんでしょうけど。こちらとしてはそうなってもらわなくちゃあ困るのよね」

 

 バレンシアはグキグキと肩を鳴らし、息を吐いた。

 裏で流れている魔法道具や宝石などの宝物。

 

 実はそれらも噂同様、ゴローたちの用意したものだった。

 金貨銀貨や宝石類は毎月もらっている『給料』から流用できたし、

 

「今月の『給料』には魔女の紋章を入れてもらいたい」

 

 とゴローが要望してみたところ、それが通った。

 

 魔女の紋章が刻印された諸々の宝を裏筋で流したり、森や山のそれらしいところに配置しておき、その後密かに情報を流す。

 全てが大金をかけた詐欺のようなものだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その60、なんやかんやで……

 

 

 

 

「まあ、お金だの宝石だのはマシだったんですけどねえ……」

 

 ゴローは机上の模型ゴーレムをつつき、ぐりぐりと首を回した。

 ある意味財宝以上に重要だったもの。それが手間暇を要したのだ。

 

「ほんとにねえ」

 

 バレンシアも同調し、右の中指指にはめていた指輪を模型ゴーレムの横に置く。

 

 猫目の紋章が入った銀色の指輪。

 はめたものの魔力を補助し、わずかな消費、または消費なしで魔法を行使できる。

 

 他にもはめただけでゴーレムを操ったり、空中浮遊できるものもあった。

 これらは全てバレンシアとゴロー、そしてアイナの合作だ。

 

 大まかな設計と意匠・作成はバレンシアがやり、道具に注ぎ込む魔力はゴローが請け負った。

 

 この魔力が重要なのだ。

 必要量の魔力を注がなければ、魔法道具として成り立たない。

 

 手間暇もそうだが、必要とされる魔力量のために魔法道具は希少品なのである。

 本当に色々と造った。

 

 玩具のようなものや実用的なものから、まるで役に立たない珍しいだけのもの。

 作成にはアイナも動員され、まだ未熟な彼女には連日の作業はかなり堪えたようだ。

 

 それが今日の睡眠時間と直結している。

 だがそれも、

 

「良い訓練になったわ」

 

 と、バレンシアはご満悦なのだった。

 

「しかし、やっぱりできたものは荒かったですねえ」

 

 ゴローは連日の疲労を思い出し、首をコキコキ鳴らした。

 いろいろ苦労して作った魔法道具ではあるけど、大半は一定限度まで使用すると砂のように崩れてしまうという代物。

 

 言ってみれば欠陥品、失敗作である。

 それでも多くが、何の予備知識も魔力の扱い方も知らない人間が魔法のごときことをできるわけだ。

 

「あまりちゃんとしたものが流通しても困るのよねえ。下手な人間の手に渡ったら、それこそ馬鹿な盗賊団みたいなのがまた出てくるわ」

 

「はあ」

 

 それはそうだとゴローはバレンシアの弁に納得する。

 というよりも、現状ですでに出ているかもしれない。

 

 その場合はできるだけ早く壊れてくれることを願うだけだ。

 

「できればいつでも破壊できるような仕掛けもあれば良かったんだけど。コントロール」

 

 残念そうにソムニウムは肩をすくめた。

 

「大したことのないものでも、悪知恵の働くやつに使われたらどうなるのか、わかったもんでないから。危険信号」

 

「かといって、あまり粗末なものでも目くらましにはならないわ」

 

 難しい顔でバレンシアは首をひねる。

 

「どっちみち既にことはやってしまった後だしね。まあ何かあった時はあった時」

 

 そして、黒髪のエルフは何かを振り切るようにさめたお茶を飲み干した。

 

 しかし……と、ゴローには懸念することがある。

 

「ばらまいちゃった魔法道具は、他の魔法使いにコピーされる可能性はないんですか?」

 

 自分らあたりで作れてしまったものだから、もっと改良されたものを他の者が作るというのことはありそうだった。

 

「まあ、やろうと思えばできる人はいるでしょうね」

 

「なら」

 

「でも、あんまりやる意味はないと思うわねえ」

 

「何故です?」

 

「あれを造る手間暇と魔力を考えれば割に合わないからよ。素人にはすごいものかもしれないけれど、ちょっと腕の立つ魔法使い、ゴーレム使いにとっては」

 

「はあ」

 

「自覚ないようだけど、あなたみたいに無暗にポンポン魔力を浪費するなんてまずありえないのよ? こんな真似をするくらいならさっさと身を隠すわ、フツー」

 

 バレンシアは心底呆れたという顔である。 まあ、実際呆れたことなのだろう。

 

 しかし、ゴローの知っている魔法使いはバレンシア以外ではメドゥチくらいである。

 水関係を専門とする彼女とは色々違いすぎて、比較になりにくい。

 

 ゴローは考えようとしたが、結局やめた。あまり意味がないからだ。

 

「これで落ち着いてくれれば、新型の舟の研究も進められますね」

 

 ゴローは机上の模型から、自分なりに考えていた空飛ぶ舟のことを思い出す。

 

「あ、そうそう。それで思い出したけど」

 

 バレンシアはひょいっと模型を持ち上げ、ゴローを見た。

 

「何です?」

 

「あなた、しばらくこの街……というか私のもとを離れなさい」

 

「……それは、やはり安全のため」

 

「まあ、それもあるけど。もう一つは勉強のためよ」

 

 バレンシアを地図を広げ、まずツギンの街を指した。

 

「ここから西に行くこと……街道からわりと早く行けるのよね」

 

 白い指が地図の上をつーっと移動し、『王都』と書かれた場所で止まる。

 

「王都サバン。国の首都ですよ」

 

 横から覗いていたソムニウムが言った。

 

「大丈夫ですか?」

 

「何が?」

 

「いえ。首都ってことはつまりまあ、偉い人とかも多いわけで……」

 

「ああ。確かに多少監視は受けるかもしれないけど。目立たなくすれば大丈夫よ」

 

「そういうもんですか」

 

「ええ、何十体もゴーレムを操ったりしなければね」

 

「用もないのにそんなことはしまんせんよ」

 

「なら良いわ」

 

「ふーむ。しかし、自分がいなくなったら舟の操縦とかは」

 

 ゴローは現在自分が請け負っている形の仕事を思い出す。

 

「それは私がちゃんとするから心配ご無用。アイナにも訓練させるし」

 

「彼女は舟を飛ばすのが苦手だって言ってましたが……」

 

「苦手があるのはしょうがないけど、それをそのまま放置ってのはダメでしょ」

 

「そうですけど」

 

「そういうことよ」

 

「……」

 

 アイナにとってはハードな訓練がまた増えたようだとゴローは思った。

 

「それで向こうではどんな勉強を?」

 

「私の古い先輩にあたるかたで、今現在サバンの静かなところで隠居生活をされているかた。みんなからご隠居と呼ばれているわ」

 

「ははあ」

 

「その人は昔は鉄のゴーレムでけっこう知られた人でね」

 

「鉄製」

 

 ゴローはいつか鉄を生成したことを思い出した。

 できるにはできたが出来は怪しいし、かなり疲れた記憶がある。

 

 バレンシアに弟子入りした後も、基本岩石ゴーレムばかりで、あまりゴーレム自体の素材は重視されなかった。

 今度からそのへんが課題になってくるのか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その61、サバンの街のご隠居

 

 

 

 

 城門をくぐると、目の前に王城が見えた。

 しかし、案外小ぶりというか、あまりお城という感じではない。

 

 前世で大きなビルなどが記憶になるゴローには余計にそう見えた。

 

(まあ小さな国だからしょうがないか)

 

 何がしょうがないのか、と自問しながらゴローを馬車から街を見る。

 

 さすがに国の首都だけあってツギンの街よりも市場が大きく、人も多い。

 ただ、衛生面とか色んな点でちょっときついものもあったが。

 

(こうするとツギンはきれいなところだったなあ)

 

 ゴローはそう思うが、これは正確ではない。

 

 水洗トイレを始めとする小規模な都市改造をきっかけに北区を中心に、ツギンでは公衆衛生なるものが大きく発展していったのだ。

 なので、街全般から考えると、規模の差はあれサバンもツギンも大差はない。

 

 やっぱり同じ国なのである。

 

(……しかし、二日か。案外かかるもんだなあ。空飛んでも)

 

 ゴローは首をひねりながら、道中の過程を思い出す。

 ツギンの街からサバンまで、二日ほどの時間を要した。

 

 距離とかルートを考えれば半日でもいけない距離ではないそうだ。

 しかし、ツギンと違っていきなり空飛ぶ舟が街に近づいたり、降りたつことはできない。

 

 城壁を守る兵士たちから矢を射かけられること間違いなし。

 これは、ソムニウムの話からだ。

 

 彼女は少女時代をサバンで暮らしていたと語る。

 

「まあ、色々あってこの街に流れてきたわけですけどね。都落ちですよ」

 

 と、いつも彼女には珍しく若干自嘲気味な態度であった。

 そういうわけで最寄りの宿場付近まで舟で空を行き、後は宿場から馬車でのんびり移動する。

 

 乗合馬車はツギンよりもはるかに人数も多く、人種も多種だった。

 駅で馬車を降りると、案内の小鳥型ゴーレムに従って西へ西へ。 

 

 小鳥型ゴーレムは事前に用意されたものらしい。

 進むうちに景色はどんどん閑静なものになっていった。

 

 けっこうな道のりながら、荷物も少なく、日頃の修練がモノを言ったのか疲労も少ない。

 

「ここか……」

 

 つぶやきながら、ゴローが見上げたのは地味な造りの一軒家である。

 故郷の家屋に比べれば洗練されたものだが、それでも地味で目立たない。

 

「はいはい。どなたかな?」

 

 しばらく間をおいて、のんびりとした老人の声。

 出てきたのは、はげているのか剃っているのかわからないが、丸い頭の老人。

 

 高齢だが、足腰はしっかりとしていて、元気そうだ。

 

「はじめまして。自分は魔法使いバレンシアの元より参ったものです」

 

「おお、お前さんがあの、えーとバレンシアさんのところの」

 

 ゴローが挨拶をして、紹介状を差し出すと老人は丁寧に受け取って、

 

「ふむふむふむ……。なるほど、ああ……。お前さんが例の。ふむ」

 

 手紙を見ながら、何度かうなずくのだった。

 

「いやいや、遠路はるばるよう来なさった。まあお入りなさい」

 

 こういうわけで、ゴローは招き入れられた。

 

「わたしゃあこのサバンで、まあ鉄だの銅だのを扱っておる店をやっておった。まああれだ、魔法使いと言っても半分は商人のようなものでな。それも今は隠居の身だが……」

 

 隠居がそんなことを言うのを、ゴローは黙ってうなずいている。

 その間、中年の女性がお茶を持ってきてくれた。

 

「ああ。この人はうちで働いてもらっておる人でな。近所に住んでおる。日中うちであれこれ

してもらって、夕方には帰るわけだ」

 

「ははあ。それで自分はここで何をすれば……」

 

「うん、そうだな。それはまた後で考えるとして、どうだな。最近のバレンシアさんのことを聞かせてもらえないかな。手紙だけではわからんことを多々あるのでなあ」

 

「はあ」

 

 とりあえずゴローは適当な近況などを語って聞かせた。

 

「ふーむ……。なるほど、新しい弟子。それに空飛ぶ舟とな……」

 

 隠居は興味深そうに相槌を打っていたが、不意に、

 

「どうかな。その舟をちょっと見せてもらえんかな。いや何、小さな模型のようなもので良いのだよ。ちょいと面白そうだ」

 

「そうですか?」

 

 そこで二人は庭に出ることになった。

 

 ゴローは一応庭の土……その性質をざっと見た後、生成魔法を使う。

 土から石の小舟――模型が造られ、宙に浮く。

 

「ほほう。なかなか面白い形だなあ」

 

 隠居はうなずきながら、小さな舟を上から下に観察し、手に取って見る。

 

「ふうむ。なんだなあ。この舟は石でできているなあ」

 

 やがて、念入りに確認するように隠居は尋ねてきた。

 

「ええ、そうですが」

 

「ふうむ。そうするとだ。実物大となると、かなり重たいじゃろうなあ」

 

「ですから、これはまだ試作段階で。先に作ったものはみんな木造です。はい」

 

「さもあらん、さもあらん」

 

 隠居はうなずき、模型をゴローに返す。

 

「……なるほど。ところでお前さん、鉄の生成はできますかな?」

 

「鉄? まあ、できないことはないかと……」

 

「頼りない返事ですな。もっとハッキリ言いなさい」

 

「自信はないです」

 

「ほっほっほ。今度は正直だ」

 

 隠居は愉快そうに大笑して、自分の頭をポコンと打つ。

 

「まあ、百聞は一見に如かずと言う。まずはやってごらん」

 

「それじゃあ……」

 

 ゴローは久々の感触に緊張しながら、ゆっくりと慎重に魔法を使う。

 やがて足元に1メートル弱の細い鉄の棒が生成された。

 

「ほほう……。この年でここまでやるとは……」

 

 隠居は少し表情を引き締め、腰をかがめて鉄棒を拾う。

 途端に、のん気だった老人の瞳は剃刀(かみそり)のごとく鋭い光芒が走ったようだった。

 

 目を針のように細めたり、あるいは夜の猫のごとく見開く。

 隠居はしばし、無言で鉄棒を睨んでいたが――

 

「あいわかった。わかりましたぞ。じゃあ、今日からお前さんはうちの住み込み弟子だ」

 

「は? はあ……?」

 

「技術は荒いが、それも若さゆえのこと。見ればまだ十にもならん子供だ」

 

「はあ。一応今年で9つになるんですが」

 

「ほほほ。当たった。ま、それは良いとして……。弟子となったからには、お客さんのようにしてもらってはいかん。早速に用を言いつけますぞ」

 

 隠居は姿勢を正し、若干意地悪な目つきでニコニコとしている。

 

「まずは……そんな旅姿の格好ではいかんな。もっと動きやすい身軽な服装に着替えるよう。何でもいいんだ。汚れてもよい恰好だなあ」

 

 色々言われるが、ゴローは困ってしまう。

 

「そう言われましても、いっつもこの格好で修業とか勉強とかしてますし……」

 

「ああ、ないかな」

 

 すみません。ないです――ゴローは所在なく低頭するだけだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その62、妙な店と妙な女

 

 

 

 ないと答えると、隠居はやっぱりなという顔で、

 

「それは困ったなあ。さて、うちにあるものと言いたいがわたしのお古じゃあ大きすぎる」

 

 隠居はさほど大柄ではないが、それでも九歳児のゴローと比べれば巨体だ。

 

「あのう、それでしたら適当な古着をちょっと購入してくるとか」

 

「これ、子供がそうおいそれと買うの売るのと言うものではないぞ。都会では衣服も多少安く

売っているとはいえ、子供のお小遣いで買うにはちと高い」

 

「まあ、そうですけど」

 

 一般的には、まあ隠居の言葉は正論である。常識的とも言う。

 そこでゴローは頭を掻きながら、

 

「実は師匠から何かの時に使いなさいといくらか預けられているものがありまして」

 

 そこでゴローは懐中から金貨銀貨の入った革袋を取り出す。

 もちろん、それは月々の『給料』から捻出したもので、バレンシアからではない。

 

 隠居はそれを見て、暖かい情景でも見たかのような妙ちくりんな笑顔となる。

 

「なるほど。良いお師匠を持ったなあ……。しかし、それはしまっておきなさい。ここはまああたしが言ったことだから、あたしが古着の代金を払いましょう」

 

「そうですか?」

 

「うん。そのお金はまた別の時に備えてきちんと取っておきなさい。くれぐれも無駄遣いなどせぬように、心得ておくよう」

 

「はあ。わかりました」

 

 自分の金であり、所有している金額からすれば雀の涙だが、とりあえずゴローはうなずく。

 

「よろしい。それでは、善は急げと言いますし、さっそくに出かけましょうかな」

 

 隠居は見かけに似合わない機敏な動きで屋内に戻ると、

 

「ああ、これこれ。ちょっと出かけてくるので留守を頼みますぞ?」

 

 と、低いが良く通る声で言った。

 どうやらさっきの中年女性に言っているらしい。

 

「あ、さっき見たと思うがあの人は通いでうちの家事やら雑事をやってもらっている人でな。近所に住んでおる」

 

 こんな説明を受けながら、ゴローは隠居と共に出かけることになったのだった。

 向かった先は、隠居の家からそう離れていない場所にあった小さな店。

 

 閑静なところにある店らしく、店には店主が一人いるだけ。

 表の小さな木片看板にはそれらしい印も絵も、文字もない。

 

 ただ『開店中』と彫られているだけである。

 

「ちょいとお邪魔しますぞ」

 

 隠居は慣れた動作で店に入り、店主に微笑みかけた。

 

「おう」

 

 店主はうなずくでも笑うでもなく、カウンターに座ったまま不愛想に返した。

 とても接客する態度ではないが、隠居は気にした様子もない。

 

 店主は鼻の低い褐色の肌をした、屈強そうな男であった。

 ただ背丈は低く、年も若くはない。

 

「一つ子供用の、まあ汚れてもよいような、作業着と言うのかなあ。そういうものを一着ほどこしらえてほしいのだがなあ」

 

「あんたの孫……じゃないな。使用人でもないし。弟子でも取ったか」

 

 店主はじろりとゴローを見て、確認するように言った。

 

「まあ、そのようなものだ。はっはっは」

 

「ふん。坊主、こっちにこい。サイズを測る」

 

 店主は巻き尺を手に、カウンターからのそりと出てきた。

 そこで気づいたが、店の奥には重そうな鈍器や甲冑、兜の類が並んでいる。

 

(衣料品の店っていうか、武器と防具の店か、ここは……?)

 

 ゴローは無言で店主に近づきながら、チラチラと奥に視線を走らせた。

 

「うちは元は武器屋だ。鎧だのも扱ってたけどな」

 

 ゴローの視線に気づいたのか、店主はぶっきらぼうに言った。

 

「ははあ」

 

 しかし、こんなところにそんな店があったとしてやっていけるものだろうか。

 周りは小さな農家とか、あるいは隠居のような人物ばかりである。

 

 商業の中心という感じではない。

 また武器や鎧を必要とする人間など、あまりいるようには思えなかった。

 

「それも昔の話だけどなあ。今はしがない服屋みたいなもんだ」

 

「こちらは昔から、色々と世話になっているかたでなあ。腕の良い鍛冶職だ」

 

「だった、だ。とうに引退しているも同様だよ」

 

 どこか虚無的に、店主は言うのだった。

 

「今じゃあここで年寄り相手のケチな商売だ……」

 

 言いながら、店主は淀みのない動きでゴローのサイズを測っていく。

 それは、まさに職人技だった。

 

「汚れ作業に使う服なら、念のために二日よこしな。その代わり丈夫さは保証する」

 

「はいはい。で、おいくらかな?」

 

 と、隠居が店主の提示した額を支払った、ちょうどその後だった。

 

「おい」

 

 妙に響く女の声が表から飛んでくる。

 同時に、六つの目がこの発した場所へと向けられた。

 

 背の高い、日焼けした肌の女が立って影を作っている。

 赤い切れ長の瞳が店内へと馴れ馴れしい視線を注ぐ。

 

「客か。珍しい」

 

 それだけ言って、女はずいと店内へと入ってきた。

 やはり大柄だ。背丈が天井ギリギリかもしれない。

 

 汚れた革製の鎧を着て、大きな棒状のものをかついでいる。

 鎧は血と汗と埃と泥をすすっているらしく、重たい汚れがあった。

 

「子供か」

 

 女はゴローを見て、一瞬不思議そうな顔をする。

 

 赤い色の短髪に、赤い眼。失明しているのか左の目には黒い眼帯があった。

 女の体格はがっしりとしており、並々ならぬ膂力(りょりょく)を予想させる。

 

「手入れを頼む」

 

 女はゴローたちの横をすり抜け、カウンターに担いでいた棒状のものを置く。

 武器……鈍器か? と、ゴローは微かに興味をそそられた。

 

 傭兵か何かだろうか。山中で出会えば山賊かとも思うような女だ。

 

「今こっちの用をしてる。終わったらやっておく」

 

「ああ」

 

 店主は女のほうを見もしないで作業を進めているが、女は気にした様子もない。

 荒々しい風貌ながら、よく見れば美人と言える顔立ちをしていた。

 

「魔法使いか」

 

 女は隠居を見て言った。

 

「そういうあなたは、どういったかたかな」

 

「狩人だ」

 

 隠居の問いに答えたのは女ではなく、店主だった。

 

「頭に『怪物専門』がつく」

 

 即座に女が言った。

 

(怪物を退治する狩人――モンスターハンター?)

 

 ゴローは首をかしげた。山賊だの盗賊は聞くし、妖精もいるらしい。

 しかし、怪物というのは実際の存在としてあるのだろうか? おとぎ話の中だけでは?

 

 ゴローは自身の記憶を手繰りながら、考え込んでしまうのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その63、爆弾発言

 

 

 

 

「名は、サラ」

 

 眼帯の女はそう名乗った。

 

「それにしても怪物退治の専門家とは……。そういうのがあるらしいとは聞いておったけど、じかに見るには初めてだなあ」

 

 サラに対して隠居は面白そうにうなずいていた。

 

「怪物って、何です?」

 

 ゴローはほとんど無意識のうちにそう言っていた。

 尋ねかけるというよりも、思ったことがただ口に出たという感じ。

 

「知らんか?」

 

「まあ……」

 

 ほぼ無表情だったサラの顔がわずかに驚いたようだった。

 

「ふーむ。ゴローさんや例えば竜は知っておるだろう?」

 

 横から言ってきたのは隠居だ。

 

「まあ存在は知ってます。魔力保有生物とか魔法生物と言うんでしたっけ?」

 

 ゴローはバレンシアから学んだことを思い出しつつ、答えてみる。

 その時バレンシアは図像入りの分厚い本を広げながら、こんな風に言っていた。

 

「私たち魔法使いは世に満ちている魔力を体内……魂に取り込んでそれを使って魔法を使う。自然界にはこれをごく自然に行う生き物が存在するの」

 

 そういった生物は超常的な能力を持っていたり、異常な容姿をしているそうだ。

 まさに怪物ともいうべき存在らしいが――バレンシアはあまりその言葉を使わなかった。

 

「例えば炎や冷気を吐き出したり、姿で言えば複数の生物を合成したようなものだったりね。一番わかりやすいのは通常よりも巨体で強靭、そして長生きってとこかしら」

 

「そんなのがフツーにウロウロしてるんですか?」

 

「まあ、そういう土地もあるけど、このへんにはいないわ。古代には我が物顔で地上を歩いていたとも言うけれど、真実はわからない。私の生まれる前のことだし」

 

 まるで、白亜紀の恐竜みたいだな、ゴローは思ったものだ。

 

「今となっては貴重な生き物じゃないんですか、その怪物って」

 

「違う」

 

 サラは冷静に否定した。

 

「違うんですか?」

 

「ここら一体には少ないだけ――エルフのいなかった土地にはいくらでもいる」

 

 若干教え諭すように、サラは穏やかな口調で言った。

 

「ここらの土地……そう、トースタ国やアポー国なぞの土地をまとめて、旧エルフの土地とか言うこともあるのでなあ。昔エルフの国があったので、そう呼ばれておるらしい」

 

 後を継いで説明したのは隠居だった。

 

「エルフの国……。今はあんまりいませんね?」

 

「まあエルフというても、色々あるがバレンシアさんの部族とは違っておったらしい」

 

 あの人の部族は元々東の国から流れてきたと聞いておるでな、と隠居は結んだ。

 

(それであまり詳しく知らないのか)

 

 師匠のことを思い返しつつ、ゴローはうなずく。

 

 測り終わったのか、いつの間にか店主は店の奥に移動していた。

 何やら切ったり縫ったりしているらしい挙動が伝わってくる。

 

「お前たち、魔法使いだな」

 

 サラが唐突に言った。

 

「はいはい」

 

 隠居は何でもないように、ニコニコと返事をする。

 

「ならば、今後商売に相手になるかも。よろしく頼む」

 

「いやいや、そう言われてもわたしゃあすでに隠居の身分だし。こっちの子はまだ修業中なのででなあ。商売熱心なのは感心するが」

 

「そうか?」

 

 少し意外そうにサラは首をかしげる。ちょっとあてが外れたという表情。

 

「ちなみに、どんなものを扱ってるんです?」

 

 興味本位でゴローは質問した。

 

 この山賊みたいな風貌のハンターがどういうものを狩っているのか?

 いや、怪物から得られる素材というものはどんなものなのか?

 

 魔法生物から得られる素材は非常に優れているものが多いと聞く。

 ならば――とゴローは考えた。

 

(舟の新しい素材に、何か参考になるかもしれんぞ?)

 

「色々あるが、最近狩ったのはオウルベアだ」

 

「はて」

 

 どこかで聞いた単語だと、ゴローは記憶を探る。

 

「文字通りフクロウの頭を持った熊ね。灰色熊くらいあるわ。肉食で非常に危険だから、もし飛行して逃げるのが上策かしら。このへんではまず出ないと思うけど」

 

 まず思い出したのはバレンシアの話。

 しかし、まだ他にも聞いたことがあるような気がする。しかし、思い出せない。

 

 腕を組んで眉を寄せてみるゴローが、変な顔になるだけで無意味だった。

 

「西北のほうでは定期的に出る。時に大量発生してえらいことになる」

 

 サラは物騒なことをどうでも良さそうに言った。

 

「オウルベアか……。おとぎ話なんぞでは、よく悪い魔法使いが手下にしているなあ」

 

 何かを懐かしむように、隠居は顎を撫でて笑った。

 

「飼い慣らせるんですか?」

 

「人にはなつかん。飼い慣らせる怪物のほうが珍しい」

 

「おとぎ話と現実とは違うでなあ。お前さんもあまり変なことは考えんことだ」

 

 サラと隠居は打ち合わせたかのようなタイミングで言う。

 ひょっとすると相性が良いのだろうか。

 

「いや、別に飼おうとは思いませんけどね……ただ」

 

 ゴローはそこで少し姿勢を正して、

 

「うちの師匠は細かい細工のゴーレムが得意でしたからね。色んな素材を扱うことが多いわけなんですよ。自分はあんまり細かいのは得意じゃないですが。不肖の弟子で」

 

「ゴーレム使いか」

 

 サラが言った。その一瞬眼帯で覆われているはずの左目から視線を感じる。

 

「わかりますか」

 

「適当に言っただけだ」

 

 それから、サラはジッとゴローを見つめる。

 どこか得体の知れないその視線に、ゴローは背筋がゾワゾワとした。

 

 悪意ではないが、何とも落ちつかない妙な感触である。

 

「お前、年は?」

 

「九つ……。今年で十になりますか」

 

「ませてるな」

 

「そうですか?」

 

 ゴローが愛想笑いをすると、サラは隠居に話しかける。

 

「あんたの弟子か?」

 

「一応そのようなものですか」

 

「そうか――じゃ話は早い」

 

「何です?」

 

 うなずくサラにゴローはどこか嫌な予感を覚え、首をひねった。

 

「こいつをオレにくれないか?」

 

 いきなり、とんでもないことを言い出したものである。

 その発言に、ゴローも隠居も絶句するばかりだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その64、目をつけられた

先週体調不良のため休みました


 

 

 

 

「ゴローさんや、ゴロや」

 

 庭で掃除をしていると、隠居の声が聞こえてくる。

 

「はいはい、何でしょうか?」

 

 振り向くと隠居が困った顔で二階から見下ろしていた。

 

「どうもお前さんの掃除は、困るな」

 

「え?」

 

「何で庭掃除をする時にゴーレムを使うのだ」

 

「いけませんか?」

 

 隠居の指摘通り、庭には三体のゴーレムが動いており、草むしりやら掃き掃除やら分担して行っている。

 それを操作するゴローは地べたにすわって目を閉じていた。

 

 器用な操作は苦手な部類だが、以前にツギンの街で培った清掃テクニックである。

 庭は短時間でかなりきれいになっていた。

 

「お前さん、自分で動いてやろうとは思わんのかね」

 

「師匠……バレンシアからは良い訓練になるからと言われまして」

 

「ああ、あの人らしいなあ……」

 

 隠居は何か思い出すような顔で、一瞬苦笑を浮かべる。

 

「だが、あんまりゴーレムがウロウロしているとご近所の人が驚かれる。それにいくら訓練になるからと言って始終ゴーレムを使っておっては、あんまり良くない。何よりいかんのは変な風に目立つことだなあ。あそこの家では何をしているんだと、噂になる」

 

「ははあ」

 

 言われて、ゴローは頭を掻く。

 確かにバレンシアからも目立つような行動は避けよと言われていた。

 

 どうもゴーレム漬けの生活をしていたせいか、その辺の感覚が狂っていたか。

 

「じゃあ、あんまり使わないようにします」

 

「そうしなさい、そうしなさい」

 

「でもさっき言われたことは終わってしまいましたが」

 

「手際が良いなあ……?」

 

「ツギンでよくやってましたからねえ」

 

「ふうん。まあともかくゴーレムを片付けていったん家に……」

 

 と、隠居が言いかけた時、玄関のほうから大きな声が響いた。

 

 お邪魔する――と、若干ハスキーだが良く通る女の声。

 

「ああ……また来たなあ」

 

 隠居は呆れたような感心したような声で丸い頭を撫でた。

 

「熱心ですねえ」

 

 ゴローは他人事のように言いながら、作業着の(ほこり)を払いつつ玄関へ。

 

 扉の前では、褐色の肌に眼帯の女が四角い紙包みを手に立っている。

 

「こんにちは、サラさん」

 

 ゴローは女の名を呼び、意識して丁寧に頭を下げた。

 

「おみやげ」

 

 サラはゴローの顔に、持っていた包みをぐいと差し出す。

 いや、押し付けたとするべきか。

 

 微かに甘い匂いが漂ってくるので、菓子類だと思われる。

 

「いつもすみません……」

 

「礼はいらない」

 

 微妙な表情でお礼を言うゴローに、サラは能面のような表情で返す。

 顔は微動だにしないが、声は若干明るいというか弾んでいる。

 

「お前さんもよく続くなあ……」

 

 ゴローに続いてやってきた隠居は呆れた顔で嘆息した。

 

「掘り出し物だから」

 

 サラは言って、ゴローの肩を優しく叩く。

 

「しかし、何度来られてもゴローをあんたにやるというわけにはいかん」

 

「そこを何とか」

 

 二人のやり取りに、ゴローはいい加減うんざりとして天井を仰いだ。

 

「ゴローをもらいたい」

 

 こういう無茶なことを、サラは初対面の時から要求しているのだった。

 

「こいつの持つ潜在魔力はすごい。今から修業すれば腕の良い魔法鍛冶になる」

 

 とサラは語っている。

 これは、高評価されているということで良いのかとゴローは判断に悩む。

 

「いや、それは困る」

 

 即座に隠居はそう言ったものだ。

 

「あんたがどこの誰やらよくわからんし。第一この子はよそから預かっている子でな。よその子供を勝手にやったりあげたりできませんぞ」

 

 もっともな言葉で拒否したのだが――

 

「なるほど。確かに」

 

 サラのほうもすぐに納得した、かと思われたが。

 

「では、こうしよう。これからオレのことを色々理解してもらおう。その上でこいつをもらい受けたい」

 

 と、何か一見殊勝なことを言い出すが、実質隠居宅にやってくる理由を適当にでっち上げたようなものだった。

 

 そして、十日たった現在計五度目になる来訪である。

 やってくる度ちょっとした手土産を持ってくるし、さしてうるさかったりするわけでもないので隠居やゴローも断りにくい。

 

 というか、断ってもすぐにやってきそうな雰囲気があり、怖かった。

 

「高く評価してくれるのは嬉しいんですが……多分見込み違いだと思いますよ?」

 

 客間でくつろぐサラにお茶を出しながら、ゴローは気の毒そうに言った。

 

「何故?」

 

「自分の才能はゴーレム系統に集中しているようで、鍛冶とか製鉄なんてものはどうも……。ただ金属を作れればいいってもんじゃあないでしょう?」

 

「もちろん」

 

「それなら……」

 

「しかし、それを置いてもお前の魔力数値は高いと思う。潜在だから表立ってはわかりにくいものだが……オレにはわかる」

 

 そう言って、サラは黒い眼帯をつついて見せるのだった。

 

「この隠している『真眼』は見えないものも見通す。モノアイ族を侮るな」

 

「はあ」

 

 モノアイというのが、彼女の種族らしい。

 つまり、トロルとかエルフのような人に近いが、人ならざる種族なのだろう。

 

「しかし、モノアイってのは聞いたことないですね?」

 

「このへんには根を下ろしたことはないからな」

 

「サイクロプスってのは聞いたことありますが……」

 

 ゴローは久々に前世の記憶を引っ張り出しながら、何気なく答えた。

 

「ほお」

 

 その途端、サラは無表情だった顔に異様な笑みを浮かべた。

 

「お前の知るサイクロプスとはどんなものだ」

 

「ええと……。一つ目の大きな巨人ですか……」

 

「ふむ。一つ目という姿は似ているが、モノアイと同じに思うな。奴らは人を喰う」

 

 冷たく言って、サラは皮肉げに微笑むのだった。

 その皮肉は、ゴローというよりはむしろ自身に向かってもいるようで――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その65、モノアイ・サラと会話す

 

 

 

 

「伝承によれば、我らの始祖は『目一つの神』という。その名の通り目が一つだけの神」

 

 聞いてもいないのに、サラは何やら語り始めた。

 興味ありませんというわけにいかないので、とりあえずゴローはうなずいてみる。

 

「始祖は優れた鍛冶の技を持っており、他の神々に重宝されたという。その技が今の我らにも伝わっており、モノアイの技術は他に引けを取らぬ技だ」

 

 そう言うサラの顔は、鼻の穴がぷくりと(ふく)れている。自慢しているのだろう。

 

「エルフは魔法で、トロルは河川工事で優れた技を持っている。モノアイ族は東部においてはそれなりの権勢を持っていたのだが、今は少数だ」

 

「長い歴史の間マンカインドやトロルたちに押されて、多くはヘルヘイムに行った」

 

「ヘルヘイム?」

 

「古い伝承にある異界の地だ。死者の国とも言われている」

 

「…………」

 

「そこが本当に死者の国なのか、そもそも実在するのかどうかもわからんが」

 

 いったん言葉を切った後、サラは首をかしげるように顎を揺らした。 

 

「ま、ハッキリ言えば滅びつつある種族だ、モノアイは。遺憾ながら」

 

「……はあ」

 

 けっこう重たいことを言われて、ゴローはどう返事をすべきかわからない。

 

「だが、そんなオレたちもお前の大海の塩水のごとき魔力を得ればかなり将来は明るい。少々気の早い話だが、お前の優れた血を得れば魔力の強い子が生まれる」

 

「……子供が高い魔力を持つかどうかなんてわかりませんよ」

 

 種馬のような表現をされ、ゴローはげんなりした。

 まだ精通にも至らない子供の身なれど、すでに幼児という年齢でもない。

 

 仮に前世の死亡時と同じ年齢でも愉快にはならないだろうが。

 

「親の才能が必ず子供に受け継がれれば、世の中もう少し単純になってます。それに、子供ができない体質かもしれませんよ?」

 

 半ば嫌味で言ったゴローだが、言った瞬間我ながら微妙な気分になった。

 だが、サラは怯むことなく、逆に楽しそうな口調で、

 

「安心しろ。現在のところお前は健康体だ。成長すれば必ず良い種を残せるぞ」

 

 そう言って、優しげな瞳でゴローの頭をなでるのだった。

 

「……そんなことわかるんですか、その『真眼』というのは」

 

「うむ」

 

(うわあ……)

 

 鷹揚(おうよう)にうなずくサラを見て、ゴローはさらにげんなりした。

 下品な表現ながら、肛門の穴を奥まで覗かれたような心境である。

 

(そういえば、健康体というのもチートだか何だかであったのかな。忘れてた……)

 

 現実逃避気味な思考の中、ゴローは首を振った。

 

「ああ。そう言えばさっきサイクロプスの話題が出ましたが……」

 

「出したな」

 

「思い出したところでは、サイクロプスが人間を襲って食べるという話があったかと」

 

「ある。というか事実だ。マンカインドだけではなく、エルフやムリアンも襲う。というか、喰えそうなものは基本襲って喰う。凶暴で悪食だ」

 

「……まんかいんど、って何です」

 

「ヒューマンやらメリケンやらヒトやら何やら……呼びかたとか種類は色々あるが、お前らの種族の総称だ。ああ、このへんではチョービィカとか言ったか」

 

「……」

 

「見た目がちょっと似ていても中身が全然違うことも多いようで、ややこしい」

 

「つまり、人間全体のことですね……」

 

「ニンゲン。そういう呼びかたもあるな」

 

 うなずくサラに、ゴローはややこしい気分になっていく。

 今は遠い懐かしい前世。

 

 確かに色んな人種がいたし、同人種でも民族とか何とかが違っていたと思う。

 違う種族というか生き物からすると、ややこしいかもしれない。

 

「その昔は非魔法族とも言って、魔法の全く使えん種族だったらしいな」

 

「え」

 

 意外なことを言われ、ゴローは自分の両手を見つめた。

 魔法が使えない。全く使えない。

 

 前世では普通というか、当たり前のことだったが、こちらでは重たい意味となる。

 科学の代わりに、魔法が世の中の大きな基盤の一つになっているからだ。 

 

「そのおかげでサイクロプスをはじめ怪物の良い餌だったらしい」

 

「聞きたくないです……」

 

「事実だからしょうがない。まあ今はエルフとかムリアン……特にここらではムリアン族との混血が進んで魔法の力も得たようだがな」

 

「はあ」

 

 そういえば、ティタニアもそんなことを言っていた気がする。

 このあたりの人間にはみんなムリアンの血が流れているとか――

 

 あるいは純潔の人間というのは、もういないのかもしれない。

 

「そもそもマンカインドというのも、不思議な種族らしいな。一説には遠い異界の地から来たという話もあるし」

 

「……さっきのヘルヘイムですか?」

 

「違う。諸説はあるし、同じ人間でもやってきた場所というのは伝承などで異なる」

 

「はあ」

 

「オレの知っているのでは……そうだな、お前たちチョービィカは『ポルスカ』から来たと」

 

「聞いたことない……いや」

 

 ゴローは首をひねって、まだ村にいた頃のことを思い出す。

 

「……そういえば、古い言葉で故郷とかそんな意味の言葉ですね、それは」

 

「ほう? そうなると信憑性も出てくるな」

 

「けど、本当にお年寄りしか使わないような言葉ですが」

 

「遠い別大陸かそれとも本当に異界から来たのか……興味深い」

 

 サラは目を閉じ、しかしその顔はまっすぐにゴローに向けられていた。

 相手は目を閉じている。

 

 だが、ゴローは強い視線を感じて、ゾッと身がすくみ上る。

 まるで、眼帯で覆われたもう片方の目で見られているような。

 

 やがてサラは目を開け、ふむ――とうなる。

 

「……お前は潜在魔力量だけではなく、他の者とは少し違う何かがあるな? 何だ?」

 

「何だと聞かれても……」

 

「見た感じは平凡なチョービィカの男児だ。だが、どうも違う空気と言うか匂いを発しているのがわかる。何者だ?」

 

「別に何者だっていいでしょう。こっちだってあなたのことはよくわかりませんし」

 

「それもそうか。じゃあ、良く知り合うために今度モノアイの里に来ないか。歓迎する」

 

「……遠慮しときます」

 

 ゴローは片手をあげてすげない返答を返す。

 ノコノコついていった日には、そのまま拘束・監禁でもされそうだ。

 

「だと思った」

 

 サラは淡々とした声と表情で言って、髪をかく。

 

「それはまあそれとして。今日はお前の保護者にも話がある」

 

「何でしょうかな」

 

 サラが言った途端、しばらく姿を見せていなかった隠居が部屋のドアを開けた。

 

「商売の話というか、注文だ」

 

 隠居に向かってそう言った後、サラは手荷物から重そうな革袋を取り出した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その66、難しい注文

 

 

 

 

「商売の話とは何でしょうかな」

 

 隠居は席に座りながら、

 

「おお、これゴローさんや。お客人にお茶のおかわりを」

 

「はい」

 

 ゴローが席を立つと同時に、サラは机上へ置いた革袋を開く。

 見る気はないがゴローだったが、自然と目に入ってしまった中身は鮮やかに輝く金貨。

 

 おそらくは、軽くひと財産になろうという大金だった。

 

「こいつであんたから資材を仕入れたい」

 

「はて。わたしゃあ今は隠居の身でな、そのような話は店のほうに直接行って……」

 

 隠居は首をかしげる。

 

 この隠居、昔は鉄をはじめとする金属の生成魔法で財と店をなした人物。

 そのようにゴローは聞いていた。

 

 本来ここに来たのも、隠居からその分野のことを学ぶためなのだが――

 

「欲しいのは鉄だの銅だのじゃない。竜蛇(りゅうじゃ)の鱗だ」

 

「なんと」

 

 サラの言葉を聞くなり、隠居は飄々(ひょうひょう)とした顔を凍りつかせる。

 

(何の話だ?)

 

 ゴローはお茶をサラのカップに注ぎつつ、疑念を抱く。

 まさか本当に大蛇だのドラゴンの鱗ではあるまい。

 

 多分何らかの金属を指しているのだろうとは推測できたが。

 

「これは困ったなあ…………」

 

 隠居は本気で困った顔で腕を組み、目を閉じた。

 

「作れるのは、あんただけだ。引き受けてくれるなら、後金はこの三倍払っても良い」

 

「気前が良いのは嬉しいが、今はそれほどお金に困ってはおらん」

 

 グッと顔を突き出すサラに、隠居はちょっと意地悪い顔で返す。

 

「では、女か?」

 

「これ!」

 

 身もふたもないことを言うサラを、隠居は渋い顔で叱る。

 

「では、男か?」

 

「お前さんはわたしに頼みごとをしているのか、喧嘩を売っているのか」

 

 隠居は怒るというより呆れたという顔で、己が頭をなでた。

 

「そんな気はない。回りくどいことが苦手なので」

 

「そのようだなあ。しかし、わたしは人に世話をしてもらうほど女を求めておらんし、さらに男色の趣味もないのだ。折角だがな」

 

「そうか。では、何が入用だ? できる限りのことはするつもりだ」

 

「うーむ」

 

 静かな態度ながら一歩も引く気を見せないサラに、隠居は一声うなって黙り込む。

 

 しばらくは静寂が続いた。

 その間茶器のたてる音だけが途切れ途切れに起きるのみ。

 

「時に、ゴローや。お前さんはどう思うかな?」

 

 不意に顔を上げた隠居はそう言った。

 言われて、ゴローは心底困ってしまう。何しろ自分はほぼ部外者だ。

 

「そう言われましても。自分にはご隠居さんが何か頼まれているなあ、ぐらいしかわからないものですから」

 

「おっほっほっ。それはそうだった」

 

 ゴローの返答に、隠居は苦笑してポコンと膝を叩く。

 

「お前さんも鉄の生成はできるだろう?」

 

「まあ、はい」

 

「うむ。大雑把に言うとその要領でな、銅や金銀、鋼とかそういう合金も生成はできる」

 

「へえ」

 

「ただし、相応の魔力と練度がいるがな。特に金銀は面倒臭いのだなあ」

 

「要領が同じなら、どの金属も同じ感覚でいけそうですがねえ」

 

「そう。そこなのだなあ。大昔からエルフやムリアンを初めとする古い種族が研究を重ねてはおるのだが、なかなかうまくはいかんのだよ」

 

 そこで、隠居はくいっとお茶を飲み、

 

「……これは古代に魔法がもたらされた時から続いている問題……研究課題かなあ。ともかく希少な金属は魔法生成が難しいのだよ。で、鋼などの合金も同じほどではないが純鉄などより難しい。また魔力もいる。ここまではいいかな」

 

「はい、まあ何とか」

 

「実はわたしは秘密にある金属……合金の生成魔法を開発しておるのだよ」

 

「はー。すごいもンすなあ」

 

「……なんかあんまり感心しとらんな? まあ良い。とにかくそこで彼女はその秘密の合金を売ってくれと言うとるのだなあ」

 

「で、売るんですか?」

 

「そこだ」

 

 隠居はビッと右の人差し指を立たせた。

 

「あれはわたしの言うなれば、虎の子でなあ。今のところほとんど知る者のない、知っておる者もわたしが作者と知らん代物だ。それを何故知っておるのか……」

 

「蛇喰い山の長老より聞いた」

 

 チラッとサラを見た隠居に、サラは即座にそう言った。

 

「なに……ふーむ。なるほど、そうか」

 

「……お知り合いで?」

 

「うむ。わたしの師匠にあたる人の友人でな。金属の扱いに長けたエルフなのだよ」

 

「エルフ」

 

「そう、お前さんの師匠とは同じ部族の生まれらしい。直接面識はないがお互いに名前などは知っているようだなあ」

 

 懐かしそうに目を細める隠居に対して、サラは相変わらずの無表情で、

 

「あんたの合金から作ったハルバートは見事だった。来年遠出をする際にぜひともあの素材で作った装備が欲しいんだ」

 

「できるだけ多く。主武器を始め、鎧、(やじり)。用途はたくさんある」

 

「うむう。それで一体何を狩ろうというのかな?」

 

「年老いたマンティコアだ。俊敏な相手だから、こちらも軽く高強度の装備がいる」

 

「む。マンティコアか。確かにあれは厄介だなあ。むう……」

 

「重ねて、頼む」

 

「まあ、待ちなさい」

 

 机におでこを叩きつけんばかりに低頭するサラに、隠居は待ったをかける。

 

「正直なところは、受けてあげたい」

 

「では」

 

「だから待てというのだ」

 

 ちょっと嫌な顔をして、隠居は片手をあげる。

 

「受けてやりたいがあれを作るのには、膨大な魔力が必要なのだ」

 

「魔力か……」

 

 サラの顔がまた無表情になった。何か考えている。

 

「そうだ。まだ若いバリバリの頃でも予備タンクを入念に用意して、長い日数を必要としたのだよ。今はさらにその倍の日数がいると思うし、第一この老骨がどれだけ負荷に耐えられるかわからんのだよ……」

 

「そうか……」

 

 いつの間にか、隠居とサラ――三つ目のある一点に移動していた。

 のたのたと茶菓子の用意をしているゴローの顔に。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その67、それ行け合金生成

 

 

 

 

「………………………………」

 

 初めてくる場所だ、ゴローは思った。

 暗く湿った石室(いしむろ)の中、ゴローはランプの光に照らされている。

 

 部屋の中央にはこんもりと土塊が盛り上がっており、他には何もない。

 殺風景を通り越して寒々しくさえある。

 

「では、やってみなさい」

 

「はい」

 

 斜め後ろの隠居の声に、ゴローは自分でも不気味なほど機械的にうなずく。

 

(――いきなりだが、やれるか?)

 

 失敗するかもしれない。しかし、一度きりの挑戦というわけでもない。

 しくじればまた再挑戦するだけのこと。

 

 まずは失敗覚悟の、感触を確かめるためのものだと理解している。

 しかし、どうにも緊張してしょうがない。

 

 手足が自然と震えて、思考が散漫になりがちだった。

 かといって、調子が悪いからまた今度というわけにもいかない。

 

 ゴローは深く息を吐いた後、埃の匂いに満ちた石室の空気を吸う。

 そして、教えられたことを反芻(はんすう)しながら、精神を集中。魔法を展開した。

 

 円形の魔法陣――正確には円形の中に無数の三角・菱形の記号が並んでいる。

 加えて難解な魔法文字で形成されるそれは、多数の魔法を複数同時展開させたもの。

 

 長年研究され、考察されつくしたという魔法陣は、基礎さえわかれば難易度は高くない。

 だが、複雑なそれを操るためには多量の魔力を保有し、魔法の基礎訓練が入念にできている必要があった。

 

 そうでなければ、できたところで脳みそがオーバーロードして非情な結果になるだろう。

 

(今までのことが役に立ったかなあ……)

 

 ゴローがツギンで経験したゴーレムの多数同時操作。

 それは魔法を多重に展開させる、今回の作業にピタリとはまった。

 

 ただの土を全く別の金属に変える。

 それも複数の素材をちょうど良いバランスで生成させねばならない。

 

 確かにこれは補助魔法を同時展開しなければ、人間の脳みそでは不可能だ。

 また補助の計算とか調整を行う魔法が難しい上、魔力を馬鹿みたいに消費する。

 

 隠居がしんどいと言ったのも納得だった。

 自分の魔力がまさに湯水のように消耗するのを感じつつ、ゴローは汗を浮かべる。

 

 だが、それでも。

 

 とさり、と小さな金属片が土砂の上に落ちるのが見えた。

 それと同時に、ゴローは一気に脱力して(ひざ)を崩す。

 

「ふむ。どれどれ」

 

 目を閉じ、肩で息をするゴローの横を通り、隠居は金属片を手に取った。

 

「……ふむ。ふむふむふむ……。ふむ! おお、これは上出来だ。成功だ!」

 

 白銀色に輝く金属を手に、隠居ははしゃいだ声をあげた。

 

「いや、驚いた。この魔法は技術以上に魔力の確保が困難な魔法なのだが、お前さんは見事に成功させた。さすがバレンシアさんの弟子だ。驚いたなあ!」

 

 と、嬉しそうにゴローの背中を叩く隠居。

 だが、ゴローのほうはその軽い一撃でぺしゃりと突っ伏してしまった。

 

 初めての経験での疲労は、思った以上に大きかったのである。

 体内の魔力自体はまだ余力があるが、それを引き出すだけの体力がない。

 

「はー、はー、はー…………」

 

 とにかく、冷たい石の感触と土の匂いを感じながら、ボーっとなるだけだ。

 それから後、ゴローは二時間ほど眠ってから通常の倍近い食事をとった。

 

 自分でもよくこれだけ入ると思えるほどに。

 

「ようやってくれました。これならお前さんだけで注文の品はできそうだ」

 

 食事を頬張(ほおば)るゴローに、隠居はお茶を入れてくれた。

 

「かなりきつかったですけど、あとどのくらい要るんです?」

 

「これという量の指定はなかったはずだがなあ。しかし向こうさんは多ければ多いほど良いということだったからなあ。さて、どうしたものか……」

 

「いっそこの家が埋まるくらいに作るとか?」

 

 ゴローは半分冗談でそう言った。

 

「そりゃあまた大きく出てなあ。しかし、お前さんの魔力がどれくらいか知らんが、そこまでたくさんというのはちと厳しかろう」

 

「じゃあ、百貫ほどにしてきましょうか?」

 

 これも半分冗談だった。百貫とは大よそ四百キロほどである。

 

「まあそれも言い過ぎだが、そこまでできれば勲章ものだろう」

 

 隠居は笑っている。

 何しろ薄く小さな金属片を作るだけで疲労困憊し、倒れたのだ。

 

 そんなのが百貫も作るというのは大口を叩くにもほどがある。

 

(まあ、どれだけできるか知らないが、しんどくなるなあ)

 

 今後のことを考えて、ゴローはあまり美味くないお茶を飲み干した。

 

 

 さあ、そして――

 

 翌日からは大変になった。

 地下の石室で合金生成にとりかかるのだが、何しろ魔力の減りが早い。

 

 初日のように倒れるようなことはなかったけれど、それでも消耗はきつかった。

 もう無理だと思いながらも、それでも一定量の生成は続ける。

 

 一度作ってしまえば、後は同じ素材だから加工は楽だ。

 

 合金の十キロインゴットを一つ作るのに、五日ほど要した。

 かなりしんどい五日であったが、妙な高揚感と変な義務感で乗り切ったのである。

 

「いや、よくやった。このわずかな日数でこれだけ見事なものを……」

 

 完成したインゴットを見て、隠居は何度もうなずいてゴローを称賛した。

 ちょっとこそばゆいが、なかなかの達成感で悪い気分ではない。

 

「こうなってくると、作れるだけ作ってみたい気もしますねえ?」

 

 五日目の終わり、ゴローは爽やかな汗を拭きつつ、完成したインゴットを眺めて言った。

 

「うーむ。まだ成長しきっとらんお前さんにあんまり無茶をさせたくないが……しかし、あれだけの魔力を消耗してもまだ余裕があるとは……。天賦(てんぷ)の才だなあ」

 

 腕を組む隠居はちょっと尊敬したような声で、ゴローを見る。

 そう言われると面映ゆいが、まあ所詮貰い物という気もするゴローだった。

 

 この潜在魔力もゴーレムの魔法も謎の魔女に与えられたものに過ぎない。

 

(でもまあ……才能なんてせんじ詰めればみんな『貰い物』か)

 

 財産とか地位とか、あるいは優れた功績とか。

 そういうものならまだしも、『何々に秀でている才能』なんてものは、意識や努力で何とかなるものでもあるまい。

 

 後付けで才能だの資質だのが得られれば、誰でも懸命になるだろう。

 

(才能を発揮するための努力ってのはあるだろうけどな……)

 

 そういう自覚があるだけ、自分はもしかしたらマシな部類かもしれぬ。

 こんな風に考えると、多少称賛も素直に受け取れるゴローだった。

 

 十キロインゴットでもかなりの価値ある隠居の合金。

 

「本気で百貫くらいいっちゃいますかね?」

 

 少し良い気になってゴローはそんな大言を吐く。

 

「これこれ。いくら成功して嬉しいといってもそんなことをすれば、お前さんの体がどうなる

かわかったものじゃあない。もしも再起不能なんてことになってごらん? わたしゃあお前のお師匠であるバレンシアさんに何と詫びていいのか」

 

 増長気味のゴローを、隠居は厳しい声で叱るのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その68、かの人の名

 

 

 

 

 さらに五日が過ぎ、最初から数えて十日後。

 

「…………うーむ」

 

 隠居は地下の石室に積み上げられたインゴットを睨んでいた。

 つつ、と毛のない頭部を汗が(すべ)っていく。

 

「まさか、本当にこうなるとは……」

 

 積み上げられた合金の十キロインゴットは計四十。およそ百貫である。

 冗談で言ったことが本当になってしまったわけだ。

 

 その隣でゴローは何となく悪いことをしたような気分で立っていた。

 相当の練度と魔力を要する生成魔法を、たった十日でこれだけやってしまう。

 

 しかも、それだけやったにも拘わらず平気な顔をして立っている。

 常人なら魔力の消耗か、魔法の連続使用に耐えられず悲劇的なことになっていよう。

 

 それは、隠居の言ったことである。

 

「お前さんはどうやらとんでもない逸材だったらしいなあ……」

 

「はあ……」

 

 感嘆の声でつぶやく隠居に、ゴローは頼りない返事。

 

「天才なら天才らしい、もうちょっとそれっぽい態度をとれんもんかなあ?」

 

「そう言われましてもねえ……」

 

 ゴローの反応に、隠居は苦笑を漏らして頭を撫でた。

 

「まあ本当の天才というものは、そんなものかもしれんがなあ」

 

「はあ……」

 

「その、はあ、というのはどうにかならんか? 聞いているこっちまで気が抜けてくる」

 

「すんません」

 

「――とはいえ。これは全部まとめて運ぶというのはちと不用心かもしれんなあ」

 

「それじゃあゴーレムでもって……」

 

「まあ待ちなさい。お前さんはこれの生成で活躍したし、そこのところはわたしに……」

 

 若干気の早いゴローを制して、隠居は二、三回ほど足踏みをした。

 すると石室の一角が割れて、四角い空洞から四つ足のものが這い出して来る。

 

 出てきたのは、石の箱に犬のような足が生えたゴーレムだった。

 

「こういうものに少しずつ入れて、場所や時刻もバラバラに運ぶのだよ。何せある意味金や銀より貴重な代物だからなあ」

 

「ご隠居にしか作れないからですか?」

 

 ゴローが尋ねると隠居は首を振った。

 

「いや、製法の魔法そのものは(せがれ)にも伝えてある。まあ、うちの店は普通は銅だの鉄を専門にやっているし、これはあまり表立って売るなとも言ってあるがなあ。何しろ、作るのに手間と魔力を喰うでなあ。お前さんのような反則級の魔法使いがいない限り大量生産は無理なのだよ」

 

「大量に出回るとどうなりますか?」

 

「これを独り占めにしたいという(やから)が出るなあ。そうなるとろくでもないことになる」

 

「戦争ですか」

 

「……かもしれんなあ。お前さん、この金属の特性を言ってごらん」

 

「鋼鉄より軽くて強い。それから魔力とか体力の回復を補助する、でしたっけ?」

 

「それだけじゃあないぞ。悪意のある外部魔法……つまりこちらを攻撃しようという魔法をば全部とは言わんが、半分ほどは無効化できるのだよ」

 

「へええ」

 

 そう聞くといよいよファンタジー世界、魔法の品物である。

 

「武器や防具はもちろん、これを素材にしたゴーレムなぞ作った日には大変なものだ」

 

「……」

 

 ちょっとやってみたい――ゴローは一瞬本気でそう思った。

 

「最終とまではいかないが、かなり強力な兵器になるだろうなあ。そうなると王族貴族や始め諸外国が放ってはおかない」

 

「なるほどねえ……」

 

 どうやらゴローの大量ゴーレム操作以上に厄介の種になるらしい。

 

「そうすると、サラさんの注文を受けたのはいささか早計だったかも?」

 

「うーむ。それを言われるとつらいが、何せ蛇喰い山の長老の紹介みたいなものだから……。わたしとしては無視できないのだよ」

 

「いっそ大っぴらに紹介して、大儲けでも考えてみては?」

 

「できるならそうしてもいいが……何しろ幸か不幸か、大量に作れるものではないし……また作れるとわかっては、問題なのだよ。しかし、できる・作れるということがあると、やりたくなってしまう。こりゃあ職人魔法使いの業だなあ」

 

 片手で顔を押さえ、隠居はしみじみと言ったのだが――

 

(あんまりそういうしみじみとした話ではないように思うけど……)

 

 片棒を担いだ身ながら、ゴローは隠居の言葉に呆れてしまう。

 

「自分としては、空飛ぶ舟の素材にちょうどいい金属が入手したかったんですけどねえ」

 

「空飛ぶ舟か……。あれもなあ……。だが、あんまり心配ばかりしていてもどうにもならん。竜蛇の鱗ほどではないが、軽くて丈夫な合金があるので、その生成魔法も教えてやろう」

 

「ありがとうございます」

 

「しかしお前さん、こんな特殊なものばかり作れても困るぞ。鉄や銅の練習もしなきゃあ」

 

「はい」

 

「この一件が一段落したら、そっちの練習をやるか」

 

 こうしたわけで、サラの注文は思った以上の速さで完遂できた。

 

「三日ほど休みをあげるから、魔法を使わず身を休ませなさい。休みといってもそのまま乙にすましてちゃあダメだぞ? 家のことをきちんとするようにな」

 

 隠居の命を受け、その三日ゴローはもっぱら家事に追われる日々を送った。

 

 ゴーレムを使うなという言いつけなので、全部自らの手でやる。

 当たり前と言えば当たり前なのだが、どうにも非効率な気分は抜けなかった。

 

(まあ、こういうもんかもなあ……)

 

 と、そこは適当に納得して、仕事に(いそ)しむ。

 

 掃き掃除だの雑巾がけだのにだんだん慣れた頃、サラがやってきた。

 注文の受けた後は全く姿を見せなかったサラだが、

 

「できたそうだな」

 

 と、即座に声をかけて家に入ってくる態度は相変わらずのもの。

 さて、そして。地下室に案内されたサラはインゴットの山を見ることになる。

 

「……何と。こんなにも……」

 

 それだけ言って、サラはその隻眼を大きく見開いて口を閉ざした。

 

「これだけあれば、鎧にも武器にも十分だろう」

 

「……あ、ああ」

 

 少し自慢げな隠居の言葉に、サラは何度もうなずき、よろめきそうになった。

 どうやら、かなりのショックを受けているらしい。

 

「……幻の金属が、これだけの量見られるとは…………」

 

「幻とはちと大げさだなあ。さすがにミスリル系統の合金に及ばない代物」

 

「はあ。これよりもすごい金属があるんですか?」

 

「当たり前だなあ。世の中にはそれこそ、神の金属と呼ばれるような何ともすごいものだって存在するのだよ。……わたしゃあ見たことはないが」

 

「じゃ、あるかどうかわからないじゃあないですか」

 

「いやいや。所詮わたしなんぞは田舎の隠居にすぎない。知ってることなぞごくわずかだ」

 

「――ありがとう。ウーツ師。これでマンティコアと戦える。そしてゴローも」

 

 サラは無表情だった顔に微笑を浮かべて、隠居とゴローに深々と頭を下げる。

 ウーツという名前に、ゴローは一瞬はてなと首をひねるが――

 

(あああ。そういえば……)

 

 しばらくして、それが隠居の名前であることを思い出すのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その69、来襲す

 

 

 

 

 その日、ゴローは朝から街に出かけていた。

 思えばサバンに来てから初めての外出らしい外出である。

 

「合金の一件では見事な活躍ぶりだった。そのご褒美と言っては何だが、一日暇をあげよう」

 

 と、隠居はいくらかの小遣いと新しい服をくれたのだった。

 金には困っていないが、ありがたく受け取ったゴローはアイナたちへの土産の下見にでもとにぎやか市場などへ一人繰り出したものである。

 

 前世日本の都会を思い出すと、案外小ぢんまりとした規模ではあったが、それでもツギンに比べるとずいぶん大きく活気のある街の様子。

 歩く人々も忙しなく、あわただし気な雰囲気であった。

 

 なるほど、国の首都と言うのはこういうもんかと感心しながら、のん気に買い食いなんぞを

してみるゴロー。

 

 だが――だんだんと街見物などしている空気ではなくなってきた。

 往来を引っ切り無しに馬が行き交い、空には飛行魔法を使う魔法使いの姿。

 

 中には馬車に大荷物を押し込んで走っていく男の姿も。

 

(なんだあ……?)

 

 と、訝しく思っているゴローの足元に、小さな四つ足のものが近づく。

 おや? と屈んでみれば、それは青銅製と思わしきゴーレムのようだった。

 

 子猫を模したデザインである。

 

 抱き上げてみると、子猫ゴーレムは口から何かをゴローの手にペッと吐き出す。

 それは、小さく折りたたまれた紙片。

 

 広げてみると『すぐ帰宅しなさい』と、隠居の字である。

 

(こりゃあ、この変な雰囲気と関係あるかな……?)

 

 ゴローは子猫ゴーレムを小脇に抱えて、来た道を引き返していった。

 出かけたばかりで速攻の帰宅、実にあわただしい。

 

「何かありましたか?」

 

 急ぎ隠居宅に帰ってみると、家の前に数人の若者と若干年配の男が一人。

 

「……とにかく、大旦那様も準備をしていただいて……」

 

「わたしのことなぞより、店の心配をしなさい。スティルのやつはどうしてるんだね」

 

「旦那様はもう準備に大忙しでして、わたくしどもに急いで大旦那様をお連れしろと」

 

 年配の男は汗を拭きつつ、荒い息で言っている。

 

「やれやれ。年寄りにかまってる暇などなかろうに……」

 

 隠居は頭を撫でながら、はあ、と深いため息。

 ふと耳を澄ますと、市場のほうの喧騒がここまで伝わってくるようだった。

 

「……おお。ゴローさんや、戻ったかい」

 

 ゴローに気づいた隠居は何やら困ったような呆れているような顔であった。

 

「ただ今帰りまして……。ご隠居さん、何かありましたか?」

 

「うーん。それがなあ、このサバンの街に、どうやら怪獣が迫っておるのだよ」

 

「か、かいじゅう?」

 

 隠居の言葉を聞いた直後、ゴローは何かの冗談かと耳を疑った。

 しかし、どうやら――

 

「そう。怪獣と言うか魔物というかなあ」

 

 またも隠居は頭を撫でて、深々とため息を吐き出す。

 

「大旦那様、この子は?」

 

 ゴローを訝しそうに見る年輩の男。

 

「おお、お前さんには話してなかったかな? 私的な預かり弟子のようなものでな」

 

「お、お弟子さんですか? えらく小さい子供のようですが……」

 

「はっはっは。まあ、確かに若いが、これでなかなか見所が……いや、それより」

 

 隠居はポンと手を打ち、年配の男を向き直り、

 

「こっちはこっちで何とかするから、気にせずに逃げるなり何なりしなさい」

 

「いや、そうはおっしゃられましても……」

 

 年配の男は脂汗を流して、口ごもる。

 

「他のことならともかく、こういう事態ですし、何としてもお連れしろときつく言われておりますなので……。ですから、何とぞ……」

 

「やぁれやれ……。こういうのも、親孝行と言うのかな?」

 

「親孝行でございましょう」

 

 年配の男は頭を下げながら、念を押すように言った。

 

「ご隠居、一体何がどうなってるのか自分にはさっぱりで……怪獣がどうとか」

 

 自分だけわかっている隠居に対し、ゴローは若干イライラしながら問う。

 

「ふむ……。実際どこがどうなるのかはわからんが、大きな怪物が迫っておる」

 

「うへえ」

 

 再度同じようなことを言われ、ゴローはへたりこみそうになる。

 

「それってつまり、サラさんが言ってたような? 魔法生物と言うかそういうのが?」

 

「うむ」

 

「そんなことがありますか?」

 

「そうらしいんだなあ、いやまあ、今時珍しいことだ」

 

 ひょっとして楽しんでいるのではないか? そんな疑問を感じるほど隠居はのん気だ。

 

「そういうのは、アレですか? 国の軍隊がどうにか……」

 

「なるか、ならんか。何しろこんな城壁のある街を襲いに来る怪物なぞ、大昔に聞いたことがあるかどうか……だからなあ。まあ昔話でしか、みんな知らん」

 

「つまり、あんまり当てにならんと……」

 

「そういうことだなあ」

 

「大旦那様、お早く……!」

 

 年配の男が焦った声で隠居の袖を引っ張る。顔が蒼白になり、引きつっている。

 よく見れば他の男たちも同じような顔だった。

 

「まあまあ、下手に騒いで逃げ隠れするとかえって危ない。こういう時は落ち着きが肝心だ」

 

「しかし、ご隠居さん? 怪物というのも一応生き物でしょう? なんでここに来ると?」

 

「うむ。それだがなあ、どうやら近在の村が襲われて壊滅したらしい。で、たっぷり餌のあるこの王都を目指しておるようなんだなあ。途中で人を襲いながら――」

 

「うわあ…………」

 

 あっさりとえぐいことを言う隠居に、ゴローは何も言えなくなる。

 しかし、どうやら呆けているわけにもいかぬようだ。

 

「……それで、ご隠居さん? 怪物というのはどっちの方角から来ると?」

 

「南西からといったから、あっちのほうだなあ」

 

「なるほど……」

 

 ゴローは隠居の指した方角を確認すると、合唱するように手を組んだ。

 それから精神統一して、模型サイズの石舟を生成する。

 

「……じゃあ、皆さん。何かあったらご隠居と一緒に運んでください」

 

 そう言うとゴローは地べたに座り込んで魔力を集中、石舟を浮遊させていった。

 精度を保つために石舟とのリンクは深く濃いものになっている。

 

 その反動でゴローの肉体は、半分寝ぼけたようになってしまった。

 だが、今はそれでも良い。

 

「ほほう。怪獣の偵察か――うむ、なかなか行動的だなあ」

 

 隠居は感心したようにうなずいていたが、

 

「ではこの子をちょいと担いであげてくれ。わたしゃあちょいと息子のところへ」

 

「あ、それでは避難の準備を……」

 

「いらんいらん。持ち出さなきゃあいけないものはこの家はないよ、番頭さん」

 

 どうやら年輩の男は、本家の番頭であるらしい。

 それは、それとして。ゴローの意識は空を行く小さな石舟に集中していた。

 

 ちょうど、それは鳥の目を持った感覚に似ていて――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その70、怪獣発見

 

 

 

 

 魔力を集中し、本体が破損しない範囲で、かつできる限りの速度で飛ぶ。

 方角は簡易な探査魔法を併用しているおかげで迷うことはない。

 

 サバンの街から南西へ、南西へ。

 距離を経るにしたがって、あちこちの街や集落では騒動が起こっているようだ。

 

 もっとも、かなりの高度から『視ている』ので、詳細はわからないが。

 けれど、南西に行くにつれ街道を行列を作る無数の荷馬車が確認できた。

 

 広範囲で話が広まり、かつ進行しているであろう怪物のサイズも大きそうだ。

 こりゃグズグズできんとゴローはさらに石舟を加速させる。

 

 風圧で船体がダメージを受けないように魔力でガードし、さらに速度アップ。

 そして、前方に巨大な山影のようなものが揺らいだ。

 

(うおっ!?)

 

 あわてて舟を停止させたゴローは、魔力で疑似視覚とも言うべきものを展開させて、前方の巨影を注視する。

 どこかの宿場町と思しき場所に、針の山とも言うべきものが蠢いていた。

 

 いったいどれほどのサイズか――

 正確な数字はわからないが、ゴローの目測するところでは、

 

(およそ、二~三十メートルぐらいか……?)

 

 背中にアルマジロも亀ともつかない甲羅に似た堅強そうな皮膚。

 その上に、無数に棘がギラギラと鈍い光を放つ。

 

 凶悪な牙を光らせ、鬣(たてがみ)の揺れる頭部は、ライオンかT-REXのようだ。

 後ろでは大蛇のような長い尾が規則的に動き、ひどく不気味である。

 

 ざっと観察した感じでは、どうも水棲生物のようにも見えた。

 

(ドラゴン……じゃあないか。けど魔力を発してるところを見ると怪物……。魔法生物なのは間違いないか……)

 

 それにしても、これは何者か? そしてどうして現れたのか――

 色々考えながら観察を続けていると、どうやら怪物は川伝いに移動してきたようだ。

 

 するとやはり水中から出現したものだろうか。

 ゴローが観察している下で、怪物はガツガツと頭を揺らして何か貪っている。

 

(うわあ………………)

 

 家畜類か、それとも人間か。

 周辺に厩(うまや)らしきものの残骸が見えるから、多分馬だろう。

 

 だが、人間が餌になっているとしても何も不思議はない。

 武骨で巨大な前肢や頑丈で重そうな胴体を見るに、サバンの城壁を破壊するのも、それほど難しいことはなさそうだ。

 

 貪欲そうなその目つきから、喰いやすい餌の豊富な都心部に来る可能性は大きい。

 この国はさほどの軍事力もなく、また隣国との緊張感が高まっている現在、余分な戦力などもないだろう。

 

 怪物を退治する正義の英雄(ヒーロー)でも期待したい光景だが、

 

(……こんなもん、魔法なしでどうこうできる相手かいな)

 

 槍だの弓だのでどうこうできるだろうか? 出来るかもしれないが、場合によってはかなり犠牲が出るのではないだろうか?

 ゴローは考え、悶々とする。

 

(例えば、自分のゴーレムでどれだけ足止めできる?)

 

 先にツギンであった盗賊襲撃を参考に考えてみた。

 無数のゴーレム軍団を使えば、倒すことはできなくても追い払うことは? と、その辺まで思考していくが、

 

(しかし、ちと遠い…………)

 

 ツギンでの戦いはあくまでそう大きくない街の範囲内でのことだった。

 またティタニアなどの助力で事前に周到に用意ができた故の結果である。

 

 しかし今回はぶっつけ本番、しかも遠距離であるために魔力の消耗はよりきついのだ。

 今まで遠隔操作の経験がないではないが、こんな怪物を相手するなど想定したこともない。

 

(むう……)

 

 ツギンでのことを思い出すうち、ゴローはあることを思い出す。

 盗賊との戦いの終盤、敵がヤケクソで出したと思われる巨大ゴーレム。

 

 あのゴーレムのサイズも、この怪物と同じくらいではなかったか。

 

(……で、あれを自分もできないか)

 

 操作の面倒臭さで言うのなら、小型のゴーレムを多数使うより大型のものを一つ使うほうが楽と言えば楽だ。

 

(この遠距離で……生成できるか)

 

 現場に自身がいないため、現在使っている石舟ゴーレムを媒介とせねばならない。

 まずは実践、とゴローはゴーレムを宿場に降ろして、テストを試みる。

 

 結果。

 

 基本の等身大に近いサイズのゴーレムは、出来た。

 同じ要領でやれば、大型のものもいけそうではある。

 

(けどまあ、魔力の消耗はでかいか……。空っぽになりはせんけど……)

 

 だが、きついものはきつく、しんどいものはしんどい。

 が、ここまで来た以上ほっとくのも問題な気がした。

 

(というか……ほっといたら、ここに来るかもしれんのだし)

 

 サバンに来ないとしても、向かった先がツギンの街と言うこともありうる。

 やはり、迷う余地はなさそうだ。

 

(しょうがない。気合い入れるか)

 

 ゴローは石舟とのリンクを強くして、魔力の送信を開始した。

 

(宿場にでっかい穴を作ることになるが……しょうがないな)

 

 そもそも、すでに現場である宿場は崩壊状態である。

 巨大ゴーレムの生成。

 

 初めての経験であるだけに、かなりの疲労と苦痛が伴った。

 ほぼ限界を超えて、重たいものを持ち運んでいるような感覚。

 

 それでも、苦しいとはいえ気絶することもなく現状をちゃんと認識できている。

 

(自分も割に成長しているな……)

 

 ゴローは合金生成の時は違った意味で、自身の実感できた気がした。

 宿場の地面が割れ、そして多量の土砂が人型に盛り上がって、岩石と化していく。

 

 そこに人がいたなら、ものすごい犠牲者が出そうだったが、幸いすでに無人だ。

 ゆらりと人型の岩山が揺れ動いたと同時に、怪物が気づいた。

 

 同時にゴローは浮遊させていた石舟を、ゴーレムに融合させる。

 地響きのようなうなり声を発して、怪物は警戒を露わにした。

 

 獰悪としか言いようのないその顔を左右に振り、巨大な尾で地面を叩く。

 ゴローは静かにゴーレムを構えさせ、様子を見た。

 

 傍(はた)から見れば、ずいぶんと奇妙な光景かもしれない。

 凶暴な怪物と対峙しているのは、楕円形の岩山に大きな手足をはやした形状のモノ。

 

 目鼻も、首もない、いっそ滑稽(こっけい)にさえ見える岩の塊。

 強そうなのは、どう見ても怪物のほうである。

 

 ゴーレムのほうは、ぶつかり合えば卵のごとく一瞬で潰れそうな印象だ。

 実際怪物の力量がわからない以上、ただの岩石塊であるゴーレムがどうなるか。

 

 いっそ、鉄とか鋼鉄製にでもすれば良かったか?

 

 ゴローは今さらそんなことを思ってみたりもする。

 

 だが――

 悩む間もなく、怪物の攻撃が来た。

 

 棘だらけの背中をぶつけるように、強烈なタックルがゴーレムを襲う。

 その丸っこい体躯のせいか、ゴーレムはゴロンと一発で転がってしまった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その71、巨大ゴーレム対凶悪怪獣

 

 

 

 

 地面に倒れたゴーレムに、怪物はそのままのしかかった。

 そのまま体重で押さえつけ、一気に急所を狙うつもりか。

 

 しかし、ゴーレムに頭もなければ首もない。

 やたらに岩の表面でガチガチと牙を鳴らすが、意味はなかった。

 

 その横っ面に、巨大な岩石の拳が突き刺さる。

 数本の牙が散らばり、棘だらけの巨体がもんどり打ってひっくり返った。

 

 その間にゴーレムは立ち上がり、怪物の背中に飛び乗る。

 当然鋭い棘が岩に刺さるが、無生物であるゴーレムは平気の平左だ。

 

 逆に刺さったことで、相手から逃げるチャンスを奪う形となった。

 

(行け……!)

 

 ゴローの命令のまま、ゴーレムは後ろから怪物の首筋や後頭部に拳を振り下ろす。

 怪物は怒って暴れまわるが、その頭をゴーレムの手がつかんで離さない。

 

 ゴーレムは片手で怪物を捕まえ、残る片手を怪物の頭頂部に振り下ろす。

 打撃の度に肉片や血が半壊した宿場に飛び散っていった。

 

 一応は生身の生物が岩で殴られる光景というのはゾッとしない。

 しかし、怪物だけあって耐久力もかなりのようで生半可な攻撃ではただ怒らせるか、時間を浪費するだけに終わってしまいそうだ。

 

(こうなると、もう一気に片つけるほうがいいな……)

 

 ゴローは決心するとゴーレムを怪物にまたがらせ、その首に両手をかけさせる。

 そして、一気に顎を持ち上げて状態をエビぞり状態にしていった。

 

 プロレスで言うところのキャメルクラッチみたいな格好だ。

 怪物は苦しがって暴れ、自由な尾でゴーレムを何度も打ちすえる。

 

 巨大な鞭のようなそれは、生身であればさぞや効いたことだろう。

 だが、皮膚も何もない岩の塊であるゴーレムに効果はない。

 

 しつこい反撃を受けながらも、ゴーレムを極めたキャメルクラッチをどんどん深める。

 

 やがて――

 

 (よわい)を重ねた巨木が折れるような、そんな音が響いた。

 途端に怪物の四肢から失われ、長い尾が先端までブルブルと震える。

 

 尾の震えがおさまった時、ダラリと開けられた怪物の口から赤い筋が流れた。

 どうやら、完全に絶命したらしい。

 

(やったか……?)

 

 ゴローはゴーレムに何度か怪物を揺さぶらせ、生死を確認する。

 鼓動らしきものもなく、動き出すような気配もない。

 

 そう長い時間ではなかった。

 しかし、ゴローにとってはひどく長く感じた時間。

 

 次第に胡乱になりつつある思考で、ゴローはゴーレムをどうするか思案する。

 このまま放置すれば、明らかに邪魔になる代物だ。

 

 少し考えた結果、ゴーレムの体積分穴のあいた地面に戻すことにした。

 もちろん、完全にとはいかない。

 

(しかしまあ、さすが整地まで無理だなあ…………)

 

 ゴーレムを土が戻っていくと同時に、感覚のリンク先を失って精神が――

 

「ゴロー……ゴロー……」

 

「あ……」

 

 重たい頭を抱えながら、ゴローは半分夢心地で目を開く。

 感触から、どうやらベッドに寝かされていることがわかる。

 

 心身は、疲労していた。

 

「気がついたかな?」

 

 そう言って覗き込んでくるのは、隠居の顔。

 反射的に身を起こそうとするが、体が鉛のように重い。

 

「……ゴーレムの操作でもしておったようだが、何をそんなに集中していたのだね」

 

「ちょっと様子見をば……」

 

「様子見? ふーむ、やはり例の怪物を見に行ったのだなあ」

 

 隠居はうなずきながら、頭を撫でる。

 

「して、どんなヤツだった?」

 

「何というか、ライオンみたいな顔の、棘のある甲羅をしょったヤツでしたね……」

 

 疲労のせいか口をきくのもしんどかったが、それでも説明するゴロー。

 

「ふむ。すると、そいつはタラスクだなあ、おそらく……。大きな河などに棲むという龍属にあたる怪物だよ」

 

「ドラゴンですか……。あんまりそういう感じでもなかったような……」

 

 ゴローは横になったまま首をひねる。

 前世で見たような、いわゆるファンタジーもののドラゴンには似ていなかった。

 

 また、バレンシアの持っていた本でも、ドラゴンはあんな姿ではなかったような。

 

「龍属というのは色々いるのだよ。まあドラゴンの中でもどっちかというと、弱い部類になるやつらしいがなあ」

 

「なるほど……」

 

 隠居の言葉にゴローは何となく納得する。

 確かに強靭な巨体ではあったが、炎を吐くわけでも、空を飛ぶわけでもない。

 

 言ってみれば、大型の猛獣という感じの生物だった。首を折られてすぐに絶命したし。

 

「しかし、弱いといってもここの城壁をぶち破ることくらいはするかもしれんなあ。またそうでもなかったとしても、人を喰う怪物だ。そんなのがウロウロしていたら、街道も使えなってしまうだろうし、人の出入りに大いに悪影響があるだろうなあ」

 

 隠居の口ぶりからすると、どうも街を壊されるとか人が喰われるより経済的な損失のほうが大きいような。

 

「まあ、後の処理は大変でしょうが……」

 

 ゴローは廃墟に倒れている怪物(タラスク)の死体を思い、少し笑う。

 あれだけ大きければ、腐敗などが起こると相当に大変だろう。

 

「それでお前さん、様子を見たんだろう? ゴーレムでもって。どんな具合だい?」

 

「……この街に来ることは、多分ないと思いますが……」

 

 何しろ、すでに死んでいるのだから。

 

「ほう、それじゃ方向は変わったか……。しかし、放っておいたら、またサバンのほうへ来るかもわからないなあ」

 

 隠居は真剣な面持ちで腕を組み、考え事を始めたようだ。

 静かになると、ゴローは強い眠気と共に意識が朦朧とし始める。

 

 そして、そのまま深い眠りに陥り、翌日まで目覚めることはなかった。

 

 

 ――。

 

 

 目を覚ますと、そこはやはり前と同じ場所である。

 起き上がってみるが、部屋には他の人間はいない。

 

 何やら声がするので窓の外を覗いてみると、数人の人間が大きな小屋に入っていく。

 どうやら何かの工房であるらしい。

 

 一見すると職人の仕事場のようだが、周りをよく観察すると魔法の術式らしきものや道具が見受けられた。

 そういえば、ある程度魔法の技術を得てはいるが、その本質は職人という種の人間がいるとバレンシアから聞いたことがある。

 

(……とすれば、ここは)

 

 見当がついたところで、部屋のドアが静かに開き、ひょこんと隠居が顔を見せた。

 

「おお、起きていたかい」

 

「ご隠居、ここは……」

 

「ああ、緊張することはない。わたしの実家というか本家というかな」

 

 言いながら、隠居はまた椅子へと腰をかけるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その72、怪獣退治の後で

 

 

 

 

 本家にいた日数はごくわずかだった。

 

 隠居から怪獣撃滅の話を聞かされた後、しばらく休んだ後すぐ隠宅へ戻る。

 世間の話題は怪獣騒ぎから、それを倒した巨大ゴーレムに移り変わっていった。

 

 あれは一体誰の手によるものか?

 応急や貴族などがあちこちに人をやって調べていたらしい。 

 

「自分こそ、その魔法使いである」

 

 と、名乗る者が多く現れ、詐欺行為も頻発したようだ。

 しかし、そんなことは傍目に見ながらゴローは静かな日々を送っていた。

 

「ありゃ、お前さんだろ?」

 

 一度だけ、隠居にそう尋ねられたことがある。

 ゴローはYESともNOとも言わなかった。

 

 やがて隠居は黙ったまま、何か納得したような顔でその話題を打ち切ったが。

 それからは、家の雑用と隠居による魔法の授業の毎日だった。

 

 バレンシアとは違う、金属などの生成魔法を中心とした授業内容である。

 これにより、今まではほとんどやらなかった金属ゴーレムの生成も多くなった。

 

 岩石ゴーレムは即席性と量産性、両方に優れている。が、強度や拡張性などは金属性。

 さらなる学習と訓練で、次第にその両方を備えたゴーレムへと発展。

 

 つまり、土塊や岩石のゴーレムを金属で覆うのである。

 これなら全てを金属にするという浪費も避けられた。

 

 やってできないこともないが、魔力の効率を考えるとけっこうな無駄づかいである。

 

 サラが久しぶりにやってきたのは、そんな修業の日々のことだった。

 

「うまくいったぞ、感謝する。これはみやげだ」

 

 サラは菓子を包んだ箱を隠居に差し出しながら、快活そうな声で言う。

 

「どうやら無事にことが運んだようだなあ」

 

「ああ、新しい装備のおかげでな。あれは実に優れた素材だ」

 

 椅子に腰を下ろしつつ、革袋を隠居に差し出すサラ。

 

「これはマンティコアの牙だ。多分役に立つだろう」

 

「ほほう。これは貴重な素材だなあ」

 

「マンティコアを狩れるなど、なかなかにないからな」

 

「うむ。感謝しますぞ」

 

 隠居は丁寧にそれを受け取り、ゴローに茶を用意するよう言いつける。

 ゴローが茶をいれている横で――

 

「それで、どうだな。向こうの様子は」

 

「相変わらずだが……それより、久しぶりでこちらで仕事をすることになりそうだ」

 

「こちらで?」

 

「ああ。この近くでタラスクが出たのは、知ってるだろう?」

 

「知ってるも何も、この王都でも上に下への大騒ぎになったものだよ」

 

 騒動を思い出してか、隠居はうんざりした顔になった。

 

「それだ。最近、ああいうことがよくある」

 

 よくある、その言葉にゴローは手を止めてサラを見た。

 彼女は相変わらずの仏頂面だが、声は穏やかである。

 

「魔獣の類が出現するということだな」

 

「そりゃあまたおかしなこと……。何か異変の前触れかもしれんなあ」

 

 隠居は腕を組んでうなったが、

 

「違う、そうじゃない」

 

 即座にサラは否定する。

 

「これはいわば人災だ」

 

「人災とは聞き捨てならんなあ。どこぞの馬鹿魔法使いが異界より魔物を召喚したとでも言うのかな?」

 

「そんな高度な話じゃない。最近、深森や深山に妙な屋敷があるとかいう噂が流れていたのを知っているか?」

 

「ああ、迷い屋敷とかそんなんだったかなあ? 山の奥に誰もいない大きな屋敷が建っていてそこには色んな財宝が山のようにあるとか。眉唾もんだが……」

 

「話は眉唾だ。しかし……」

 

 と、サラはいったん言葉を切ってから、

 

「実際にそこで持ち帰られた財宝が色んなところに流通しているとのこと。オレが聞いた話によると、極めて純度の高い金貨や大きな宝石。それに簡単だが魔法を使えるようになる道具といったものだな」

 

「…………」

 

 話を聞くうちに、ゴローはだんだんと不安になってきた。

 頭上に見えない黒雲がわき上がり、稲妻を走らせているような。

 

「ふーん……。確かにそんな話もあるし、大真面目に探している連中も少なくはないと聞いているが、しかし、それがまたどういう関係で……」

 

「深い森や山奥にはそれ以上進めないようエルフ族が封印している場所が多い」

 

「うむ」

 

「それらを破壊して奥に進み、さらにまた封印された場所を荒らす連中がいるのだ」

 

「何とそれは……」

 

 隠居は目をむき、ガタリと席を立った。

 

「ご隠居、どうされたんですか?」

 

「……むう。ゴローはバレンシアさんから聞いてないかな?」

 

「何をです?」

 

「その手の封印は、魔獣だの化け物が出ないようにと設置されたものだ」

 

 尋ねるゴローに、サラが横から言った。

 

「え?」

 

「古い昔にはこの西部でも魔物だの怪物が出たと言ったな? 今、それが出ないのはエルフの封印が出現を防いでいたからだ」

 

「ということは……」

 

「それらが破壊されているということは、今後も怪物が出現するということ」

 

「ええっ……!? そんな馬鹿な!」

 

「馬鹿なことだが、本当だ」

 

「でもですね? そんな大事な封印を何故に壊すんです? 大事になるなんて子供でもわかることじゃありませんか?」

 

 憤然とするゴローに対して、サラはあくまで冷静だった。

 そもそも、何を考えているのかよくわからない。

 

「だから、最近流れた噂のせいだ。お宝の山とつまった怪しい屋敷。いつどこで、誰がそれを建てた? お宝はどうやって集められた? その答えを古いエルフ族に求めたんだ」

 

「……うーむ。その昔、異界に渡ったというエルフの部族は優れた魔法の技を持っていた、と伝わっているなあ。彼らの残した遺跡とか財宝の話も、まあ古くからあると聞く」

 

 隠居は頭をなでて、困った困ったとつぶやく。

 

「今までは単なるおとぎ話みたいなものだったが、迷い屋敷の噂には真実味があった。それが災いした。迷い屋敷を求めて、エルフの封印を暴く連中が出てきたわけだ」

 

「しかし、危険なものだって……」

 

「隠した宝を守るために、呪いとか危険とかいう話を広める。それもよくある手だ」

 

 ついにゴローは頭を抱えてしまった。

 自分たちが色々誤魔化すためにやった小細工が、とんでもないことに発展している。

 

「その、封印をもう一度するというのは、どうでしょう?」

 

「誰がだ? 古代エルフの技がどういうものだったのか、知っている者はいない。同じエルフであっても、部族が違えば魔法の体系も異なるぞ」

 

 サラの非情な意見に、ゴローは目の前が真っ暗になったような気がした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その73、騒乱は続く

 

 

 

 

 久しぶりだな、ゴロー。

 サバンのほうはどうだ? あっちは色々物騒だって言うし、ちょっと心配だぞ。

 

 うちのほうは……まあ、なんつうか色々あった。

 

 最近森だの山で宝探しをする冒険者とか言うヤクザもんが増えてるんだ。

 ティタニアさんやソムニウムの姐御が迷惑してるって言ってたよ。

 何でも、古いエルフ族の宝を探してるんだと。そんなもんあるのかね?

 

 近くの村で怪物を見たって噂も聞いた。

 特に山や森に近いところではみんな戦々恐々としてるみたいだ。

 師匠の住んでる森は特別仕様の結界が張ってるから今のところ大丈夫らしいけど……。

 

 街の防衛をかためるために、ムリアン族や色町の治安部隊って言うのか?

 とにかくみんな一緒になって忙しくやってるよ。

 あたいもゴーレムの操縦を練習してる。舟よりは楽だな。

 

 こないだも学校のチビたちにゴーレム操縦をさせられないか、町長とかが相談にきた。

 師匠は断ったけど、みんな不安がって少しでも安心できるモノが欲しいとさ。

 

 うん、サバンのほうに出たっていうでかい怪物のせいだな。

 

 こっちではまだでかい猛獣クラスのやつ、それも噂の段階だ。

 けど旅人とかの出入りがあるし、よその噂もすぐに伝わってくる。

 

 最近まで戦争の噂があったのに、今じゃ怪物騒ぎだもんな。変なもんだよ。

 

 で、チビどもへの要請を師匠は断ったけど、けどそれじゃすまなかったみたいでさ。

 師匠も町の治安部隊に参加することになったんだ。

 

 自分にも責任があるって言ってたけど、怪物は勝手に出るんだから責任も何もないと思うんだけなあ。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 アイナからの手紙を読み終えたゴローは、静かにそれを閉じて嘆息した。

 机の上にはもう一枚、チラシが置かれている。

 

 『急募:王宮魔法使い求む』

 

 例のタラスク襲撃後、王宮では有能な魔法使いを集めているようだった。

 

 しかし魔法使いというのは、なかなか厄介なもので――

 

 本質的に研究者タイプというか、引きこもりタイプが多いらしい。

 中には隠居のような商人を兼ねるものがいるのだが、

 

「わたしの専門は金属だからなあ、そりゃあ多少ゴーレムも使うが……」

 

 なかなか巨大怪獣に対抗しやすい者はいないらしい。

 しかし、王宮はあろうがなかろうが魔法使いを鉦(かね)や太鼓で探しているようだ。

 

 それというのも、

 

「どうやら国境の近辺に新しいのが出たらしいなあ」

 

 そう隠居は腕を組んで言った。街で知り合いと会ってきた帰りのことである。

 

「またですか?」

 

「まただ。あ、お茶をいれておくれ」

 

「しかし、今回は騒ぎにはなってないようですが?」

 

 お茶を出しながらゴローが言うと、

 

「うむ。まあ、ここから国境の辺りだと多少距離もあるし……。それに今回のは隣国のほうへ向かったらしいのだよ。国境の砦やら何やらをぶっ壊してなあ」

 

 お茶を受け取った隠居は、困った顔で言う。

 

「隣国というと……」

 

「うむ。アポーのほうだなあ。ちょうど我が国と戦争になりそうだとう国だ」

 

「そりゃあ……大変だ」

 

「大変だよ。向こうじゃ怪物をこっちに仕向けたってんで、相当文句を言ってるようだ。この機会とばかりに攻めてきてもおかしかないなあ」

 

 と、隠居は己が肩を揉みながら、疲れた声である。

 

「まあ、あっちじゃあ怪獣への対処で出兵どころじゃあないけど、このままじゃすむまい」

 

「今回のも、例のタラスクみたいなヤツですか?」

 

「いや、違うようだなあ。わたしも詳しくはわからんが、確か……」

 

 と、隠居は立ち上がって書棚から分厚い博物図鑑を一冊取ってくる。

 いくらかページをめくった後、

 

「おそらく、これだ」

 

 示されたページには、蛇のような頭部と首、尻尾を持った四足の怪物が描かれていた。

 胴体は獣毛に覆われており、口からは炎を出している図。

 

「こいつはペルーダというやはり龍属にあたる怪物でな。女子供を好んで食うそりゃあたちの悪いやつだよ。ま、わたしも話や本でしか知らないがな」

 

「ちょっとタラスクにも似てますね、いえ、体つきとか」

 

 ゴローは絵を指しながら言う。

 確かに怪物のずんぐりとして胴体はちょっと亀のようで、その点が先日出現したタラスクに似ていなくもない。

 

「うむ。まあ、同じ龍属だし、先祖などは通じるのかもしれんなあ」

 

 隠居は顎を撫でながら、興味深そうに言った。

 

「さて問題はこうして二匹目が出た以上、次もあるだろうということだよ」

 

「すると三匹目……」

 

「十分ありうるなあ」

 

 ゴローと隠居がうなずき合った時である。

 

 突然、部屋が、いや隠宅全体がゴウっと揺れた。

 ゴローはバランスを崩して尻餅をつき、隠居は机に突っ伏した。

 

「なんだあ……」

 

 起き上がったゴローの耳に、何やら破壊音のようなものが響いてくる。

 それに人の悲鳴も。

 

「ゴロー! ちょっと外の様子を見てきなさい……!」

 

 隠居も顔を起こしながらそう叫ぶ。

 

「あ、はい」

 

「馬鹿! 小型のゴーレムでも行かせるんだよ! こりゃ危ない感じだ」

 

 思わず飛び出そうとするゴローの背中に、隠居が叱責を飛ばす。

 

「なるほど……」

 

 ゴローは気持ちを切り替え、庭の地面へ魔力を送る。

 すぐさま手の平サイズ小舟型ゴーレムが生成され、宙に浮き上がった。

 

 ゴローはゴーレムの『目』や『耳』で、外の様子を探る。

 そこで『視た』のは、街のあちこちで飛び回る鳥のような生物。

 

 いや、どうやら鳥ではない。

 

 羽毛がなく、牙があり、長い尻尾のようなものもはえている。

 大よそ、翼長六~七メートルほどだろうか。

 

 そいつらはコウモリのような翼で羽ばたき、人を襲っていた。

 ある場所で道の真ん中で人間がついばまれ、ある場所ではその脚でつかみ上げられた人間が空高く運ばれていく。

 

「ご隠居! 怪物のようです。しかも空を飛ぶ……」

 

「早くも次が来たか……」

 

 隠居は嘆息しながら席を立ち、庭のほうへと歩いていく。

 

「ご隠居、外は危ないですよ!?」

 

「そうも言っておられん、緊急時だ」

 

 言って、隠居は庭の一角を強く踏みつけたようだった。

 その途端、庭にパカリと大きな穴のようなものが。

 

 穴の中から、鈍く輝く卵形の物体がせりあがってくる。

 それは、銀の金属で造られた猛禽類であった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その74、空からの襲撃

 

 

 

 

 パカリと翼が開き、卵形であったものはV字型となる。

 銀色の猛禽類は怪物に負けないくらい大きく、そして美しく、力強かった。

 

「このゴーレムは?」

 

「前にバレンシアさんの助力を得て作ったものだよ。例の龍蛇の鱗。あれでできてる」

 

 隠居は言いながら、スッとゴーレムに手をかざした。

 途端に鳥型ゴーレムは身を震わし、翼を広げて空に舞い上がっていく。

 

「こいつ一体でどれだけのことができるかわからんが……黙って見ているわけにいくまい」

 

「……そういうわけですか」

 

 隠居の意図を察したゴローはスッとその場に座り込み、左足を、右太ももにのせる。

 座禅で言う半跏趺坐(はんかふざ)の格好だ。

 

「お前さんも行くかな?」

 

「ほっておくわけにもいかんですし」

 

「だなあ」

 

 そして、老若の魔法使いたちは魔力を集中していく。

 庭のあちこちで土が盛り上がり、それぞれ石の小舟と化して空へ、空へ。

 

「はっはっは。数を使えるのはお前さんの最大の強みだなあ」

 

「…………」

 

 隠居は頼もし気に笑うが、ゴローにすでに余裕はない。

 現在進行形で人を襲っている怪物に対抗するには、小さな小舟が少々では無意味。

 

 見る間に数十の小舟が、空へと舞い上っていく。

 小舟と鳥型ゴーレムは空を駆け、怪物たちの暴れる現場へ――

 

 そこでは、すでに人間対怪物の戦いが始まっていた。

 翼長六メートルを超える怪物たちに、警邏役人たちは槍で威嚇したり、後方から弓を射かけたりしている。

 

 しかし、怪物は頑丈だった。

 二、三の矢を受けた程度ではビクともせずに羽ばたき、次なる獲物を狙う。

 

 接近戦を試みる槍兵には、口から火炎を吐き出して迎撃していた。

 火を受けた兵はたちまち衣服や髪が燃え上がり、のたうち回る。

 

 これが火災という厄介なものまで呼び起こすのだ。

 

「やれやれ……飛龍(ワイバーン)の一種だなあ」

 

 隠居は半眼で一人ごち、魔力を高めた。

 同時に鳥型ゴーレムは唸りをあげて怪物たちに挑みかかる。

 

 つかみ合いにでもなるか。そう思われた一瞬、鳥型ゴーレムは高速で怪物の横を通り過ぎ、上昇する。

 残されたワイバーンは空を見上げた格好のまま、微動だにしない。

 

 やがて静かにその首と胴体が離れていき、血飛沫(ちしぶき)を噴き上げた。

 鳥型ゴーレムの翼は巨大な刃物とも言える代物であり、その威力を発揮したのだ。

 

 一体が倒れたのを待つこともなく、鳥型ゴーレムは次の標的へと飛んでいく。

 その金属の翼、(くちばし)、爪が否応なしに猛威を振るった。

 

 切り裂かれ、えぐられ、貫かれてワイバーンたちは沈んでいく。

 敵側の攻撃は爪や牙は言うに及ばず、炎さえもゴーレムには効かない。

 

 だが、いくらゴーレムが奮戦しても敵の数は少々多すぎた。

 一体倒している間に他の個体がどんどん人間を襲い続ける。

 

 どうやらかなりの数が王都に侵入しているらしかった。

 結果を見るにどうやら城壁も番兵もあまり意味をなさなかったらしい。

 

(こりゃもう、作戦とかどうとか言う暇はないな……)

 

 状況を『視た』ゴローは内心嘆息して、安易な攻撃方法を選択した。

 一隻の小舟が、可能な限りの高速でそれを疾走する。 

 

 そして、そのままワイバーンのどてっ腹へと激突した。

 

 模型サイズの小舟型ゴーレム。

 大きさはせいぜい三〇センチほどではある。しかし、それでも石の塊には違いない。

 

 それが高速でぶつかるのだから、その威力は凄まじかった。

 頑丈な肉体を持つとはいえ、まともに喰らってはたまらない。

 

 ワイバーンは(きり)もみしながら地上へと落下する。

 それでも即死はしなかったようでヨタヨタとがれきから這い上ってはくるが、

 

(逃がさん……!)

 

 その頭部に次の小舟が、今度は螺旋を描きながら激突した。

 これに頭の半分を粉砕され、ワイバーンは今度こそ絶命する。

 

 もっとも、攻撃を仕掛けた小舟ゴーレムも半壊していたが。

 

 だが、いくら破損しようとかまいはしない。

 壊れたらまた次のゴーレムを生成すればいいだけのことだ。

 

 いくらでも使い捨てにできるのが、ゴーレムの最大の強みかもしれない。

 ゴローは魔力の範囲を広げて、できるだけ広範囲の土からゴーレムを生成していく。

 

 特攻作戦は有効だが、その分すぐに次を補充せねばならない。

 これは盗賊との戦いでも、巨大ゴーレムでも体験しなかったことだ。

 

 戦力の逐次投入は悪手だと言うが、場合が場合である。

 

 ゴローとしても無闇に消耗するような戦法は取りたくなかったが、何しろ生半可な攻撃ではワイバーンには効果が薄いのだ。

 小舟ゴーレムをぶち壊す特攻攻撃をしかけても、一撃必殺とはいかなかった。

 

 地上に落ちた分は他のお任せ……といきたいところだが、ワイバーンは地上を張ってもその獰猛さや俊敏さは衰えない。

 攻撃しようと近づく者ばかりか、とにかく目についたものは攻撃するのだ。

 

 空からの攻撃が、地上からの攻撃に切り替わるだけ。

 

(こりゃ、舟だけじゃどうにもならんわ……!)

 

 ゴローは目を閉じたまま、ダラダラと脂汗(あぶらあせ)を流した。

 

「ご隠居、予備のゴーレムとか他にあったりしませんか!?」

 

「そのような都合の良いものはない! 今出しとるのも研究用で元来は戦う道具じゃあないのだよ……悪いけれどなあ……!!」

 

 隠居のほうも鳥型ゴーレムを必死で操っているので、顔中汗まみれだ。

 

「……じゃあ、このままジリ貧ですか?」

 

「何とか援軍を頼みたいたいところだがなあ……!? そんなあてはない……!」

 

「とほほ……!」

 

 ゴローは何隻かの小舟ゴーレムを他に飛ばし、様子を探ってみた。

 

 結果わかったことは実に『悪いニュース』。

 どうやらワイバーンは王都のほぼ全域で暴れているらしい。

 それも、数えるのも馬鹿らしくなる大群である。広い王都のあちこちで大騒ぎだ。

 

 ゴローや隠居がゴーレムを向かわせているところはまだ良いほうである。

 ほとんどの場所ではほぼ一方的に襲われ、犠牲者を増やしていた。

 

 さらに、

 

「うおっ……!」

 

 突如隠居は姿勢を崩して、廊下にひっくり返る。

 操っていた鳥型ゴーレムが地上へ叩き落されたのだ。

 

「ご隠居!?」

 

「バカ、こっちのことよりゴーレムに集中しないか!? でっかいのがいるぞ!」

 

「え」

 

 現場では――

 

 隠居のゴーレムを叩き落した犯人が悠然と空を飛翔して、火炎を吐いていた。

 他のワイバーンは大きいものでせいぜい翼長六、七メートルである、が。

 

 だがそいつは、より凶悪な面相をしており、翼長十数メートルはあった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その75、飛龍激戦

 

 

 

 

「でかい……!」

 

 その巨体を確認した途端、ゴローは思わず叫んだ。

 思わず目をそむけたくなるような威容である。

 

 基本的な特徴は他のワイバーンと似通っているが、鎧のような鱗といい、凶悪そのものとも言えそうな爪や牙といい、全てが桁違いだった。

 

「ワイバーンの中でも上位種にあたるヤツか……。これはまずい」

 

 隠居は全身汗だくになって喉を鳴らす。

 

「やばいのは見ればわかりますけどね……」

 

「そういうのじゃあない。いや、それもあるが。あいつは他のワイバーンを統率できるという厄介なところがあるらしいのだ」

 

「統率?」

 

「そうだ。普通は割と適当に暴れるだけなのだが、ああいう上位種は力だけではなく、知恵も

働く。子分どもを顎で使って集団戦を仕掛けてくる。見ろ……!」

 

 隠居の叫びを受けて、ゴローは再び意識をワイバーンに戻す。

 言葉通り、怪物たちの動きに明確な変化があった。

 

 今までは身体を使った単純な攻撃ばかりをしてきたワイバーンたち。

 それが、崩れた家屋の木片や石ころ、あるいは人間をつかみ上げて鳥型ゴーレムに向かって投げ落としてきたではないか。

 

 高硬度のゴーレムだから、その程度ではダメージはない。

 だが中には生きた人間を投げてくる場合もあった。

 

 そうなると操っているのは隠居だから、思い切った動きはできない。

 鋭利な金属体がかえって足かせになってしまった。

 

 もたついているところへ、さらに木片や人間が飛んでくる。

 まともにゴーレムに命中することは少なかったが、

 

「こりゃいかん…………!?」

 

 焦った隠居は次をどうするべきか即断できずにいた。

 

 その間、死者も生存者も関係なく、投げ落とされる。

 高い空から放り投げられるわけだから、落ちた人間はひとたまりもない。

 

 幸か不幸か生きている場合も、救援が望める状況ではなかった。

 たちまち鳥型ゴーレム周辺は地獄絵図と化していく。

 

(こいつ……!)

 

 ゴローのほうは事態の打開を図ってボスワイバーンへの攻撃を開始していた。

 しかし、雑魚でさえ一撃必殺とはいかないのである。

 

 ボスはその威容通りに、強靭な防御力を持っていた。

 ありったけの小舟ゴーレムをぶつけても、牽制くらいにしかならぬようだ。

 

 いや、それどころか怒らせてしまったようで――

 あちこちにぶつけられるゴーレムに、ボスは突如凄まじい咆哮をあげた。

 

 それは、ゴーレムを介さずとも十分すぎるほどゴローたちに届く。

 隠居もゴローも、思わずゴーレムから意識を切り離して耳を押さえたほどだ。

 

 かと思うと、カッと目も(くら)むような光がサバンの街に迸る。

 ボスが放った強烈な炎のブレスである。

 

 ブレスは一瞬で家屋や煉瓦を吹き飛ばし、周辺を業火で覆いつくした。

 

「まずい……! 火の手が広がるぞ……!」

 

 隠宅の庭からも、空を焦がす炎が嫌というほどに見えていた。

 

「……こら、もういかんわ…………」

 

 ゴローはつぶやき、どっかと座り直す。

 ただそれは諦めたというわけでも、開き直ったわけでもない。

 

 足を組み直し、再び意識と魔力を集中させていく。

 やがて、隠宅周辺の道から岩石ゴーレムが次々に生成されていった。

 

「これこれこれ……! ちょいと数が多すぎるぞ? いくら何でもお前のほうがもたないぞ。やめなさい!」

 

「いや、実は大丈夫なんです」

 

 ゴローは隠居の声を無視して、さらにゴーレムを生成。

 人型だけでなく、実物大の舟型ゴーレムも空へ飛んでいく。

 

 もはや地面は穴だらけだ。

 

「とにかくボスのワイバーンだけでも何とかしないと、余計えらいことになります。こっちが消火活動やら雑魚やらを引き受けるんで、ボスをどうにかしてください。特殊合金製のならば何とかいけるでしょう?」

 

「それはいいが、そんなにゴーレムを出して操って……魔力が……」

 

「いいから、とにかくボスを何とか……!」

 

 制止の声を振り切るように、ゴローは魔力を集中させてゴーレムを操る。

 人型ゴーレムは火災現場に走り、舟型ゴーレムはどんどん特攻をかけていった。

 

 今度は一撃でワイバーンたちを撃墜できるようになり、さらには例え致命傷にはならずとも落下したところへ人型ゴーレムが襲いかかる。

 二種のゴーレム軍団のコンビネーションはなかなかで、少なくともボスワイバーン周辺から雑魚を一気に減らすことができた。

 

 しかし、数が目に見えて減りだしたところで、またもボスが咆哮を発する。

 途端に他の区域を襲っていたワイバーンがゴーレムたちのもとに集まり始めた。

 

「ご隠居! 敵が戦力補充をする前にボスを……!」

 

「わかった、わかった! そうせかすな!」

 

 隠居は目を閉じて歯を食いしばり、魔力を集中させていく。

 同時に鳥型ゴーレムが力強くはばたき、舞い上がった。

 

 白銀の猛禽は空を刃のごとく駆け、一気にボスワイバーンへと肉薄する。

 

「むん!」

 

 隠居の気合いが込められた瞬間、ゴーレムは急上昇。

 ボスワイバーンを飛び越えて高高度へと昇っていく。

 

 やがて、ある高度で一気にUターンを開始。真上からボスの胴体へと降下していった。

 その姿はさながら巨大な(やじり)のごとし。

 

 狙いあやまたず、ゴーレムの矢はボスワイバーンの胴体に激突した。

 いや、突き刺さったとするほうが良い。

 

 そればかりか、勢い余って腹か突き出して地面に落下していく。

 背中から一気に貫通された怪物は、たまらず悲鳴をあげた。

 

 傷の穴から赤黒い血を噴き出しながら、よろよろと高度を下げていく。

 

「ようし!」

 

 隠居が喝采をあげ、鳥型ゴーレムが激突寸前でホバリングした。

 もう一度舞い上がろうとしたところ、横から火炎が吐きかけられる。

 

 ボスのピンチに、他のワイバーンが群がってきたのだ。

 撃墜されるようなことはなかったけれど、如何(いかん)せん敵の数が多すぎた。

 

「こら、いかん……。敵が近すぎる!」 

 

 ゴローが舌打ちをする。

 援護しようにも舟型ゴーレムの体当たりでは、そうもいかない。

 

 逆に隠居のゴーレムにぶつかる危険性が高いのだ。

 

「こうなったら交代だ。お前さんがボスをどうにかしなさい!」

 

「やっぱりそうなりますか……!」

 隠居の声を受け、ゴローは舟型ゴーレムをボスに向かわせた。

 

 これでとどめとはいかなくても、

 

(地上に落っことせば、何とかなる……)

 

 そう思っていた矢先である。

 突然鎮火が進みつつあった町並みの一部が、吹き飛んだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その76、二番目の襲撃

 

 

 

 

「なんだあ……!?」

 

 ボスワイバーンに人型ゴーレムを集団突撃させようとした矢先、ゴローはひっくり返る。

 突然降ってきた炎の塊がゴーレムたちを吹っ飛ばしたからだ。

 

「ゴロー、まずいぞ。新手だ!」

 

 隠居は鳥型ゴーレムを空中に飛ばし、状況を確認したようだ。

 町並みを掻き分けるように破壊しながら、迫る影。

 

 それは地面を這うように移動する巨大な龍だった。

 顔つき、特徴は翼がないことを除けばボスワイバーンと酷似している。

 

「何ですか、こいつは……!?」

 

 ゴローはあわてている間にも、新手の怪物はゴーレムたちをその強靭な前脚で(はえ)を追うかの

ように薙ぎ払っていった。

 

「ワイバーンの(つがい)だ! どっちが雄で雌かは忘れたが……!」

 

「つがい? しかし翼もないし……」

 

 そうゴローが言いかけた時、新手の怪物は巨体を跳躍させた。

 軽く見積もっても、体長二〇メートルを超えていそうだ。

 

 どうするつもりかと見ていると、新手の怪物は四肢を広げてムササビのごとく滑空。

 見事に傷を負った連れ合いのもとへ着地した。

 

 前後の足の間に皮膜があり、まさに龍というよりはムササビかモモンガのよう。

 

「……だいぶ形が違いますな」

 

 雌雄でこれほど形状に違いが出るものかと疑問に思う余裕はなかった。

 どっちにしろ、ピンチであることに変わりはない。

 

 傷を負った連れ合いを守るように、ムササビワイバーンはぐるりと辺りを睥睨(へいげい)した。

 かと思いうや、口から巨大な火炎弾を発射する。

 

 (たま)ではなく、(たま)。まさに炎をまとった砲弾のような代物だった。

 着弾した個所は、轟音と共に爆発していく。

 

 近くにいたゴーレムも無残に吹っ飛んでしまった。

 

「これは…………」

 

 ゴローは喉を鳴らして、全身が震えるのを実感する。

 

「逃げたほうがいいかもしれんなあ……」

 

 隠居は疲れたような声で諦観を示した。

 

「まあ……」

 

 できれば同意したいゴローではある。しかし……。

 そもそもこんな事態になった責任、少なくともその一端はゴローにある。

 

 故にゴローには逃走という選択肢は選びにくかった。

 また、逃げるにしてもどこに逃げるのか。

 

(あちこちに火の手が上がってるし、ワイバーンは飛んでるし……)

 

 下手に逃げれば空中から襲われないとも限らない。

 

(こうなれば、毒喰や皿まで…………!)

 

 もはやこっちがへたばるか、向こうが死ぬか。

 それしか道はないようにさえ思えた。

 

 だから、ゴローは『逃げる』を選ばず、さらに追撃を決意する。

 魔力をフルに集中させ、さらに大型のゴーレムを生成――

 

 タラスクとの戦いで用いた超大型サイズ。

 動く岩山とでも言うような巨体が、サバンの街に現れた。

 

「あんなものまで……。いやはや、呆れたなあ……」

 

 隠居は手をかざして仁王立ちする巨大ゴーレムを見ながら、大きく嘆息。

 かと思うと、

 

「あ。思い出した。でかいムササビ型が雌で、小さく翼があるのが雄だ」

 

 いきなり手を打ち、そんなことをつぶやくのだった。

 ゴーレムを見るなり、雌ワイバーンはカッと口を開き、火炎弾を吐き出す。

 

 直撃したゴーレムは破壊こそされながら、ぐらりと揺れた。

 かなりの威力であり、喰らえば人間など跡形もないだろう。

 

 どうやら炎だけではなく、燃える固形物らしきものを吐き出しているようだ。

 胴体の一部分がえぐれたが、生命のないゴーレムにはどうということもない。

 

 とはいえ、連続で受ければどうなるかわからなかった。

 

(勝負は早めにつけんと……)

 

 ゴローは目を閉じ、ゴーレムに意識を集中させた。

 次第に周りのことよりもゴーレムの『視点』が拡大し、ついにそれだけになる。

 街では、雌ワイバーンとゴーレムが真正面からぶつかり合っていた。

 

 雄よりも頑健で巨大な頭部は強烈な威力を発揮する。

 そればかりか、俊敏な動きでゴーレムの背後に回り、牙を突き立ててきた。

 

 もっとも、いくら噛まれようが引っ掻かれようが、ゴーレムは(ひる)まない。

 だが、無傷とはいかず、どんどん岩石が崩れ、剥がれていった。

 

(こいつ……!)

 

 何とかその巨大な手で捕らえようとするのだが、雌ワイバーンの動きはしたたかだ。

 するすると手から逃れ、攻撃を繰り返す。

 

「これは…………!」

 

 長く格闘が続くうちに、ゴローの額からが汗が流れ、衣服がじっとり湿りだした。

 元より魔法の修業ばかりで素手の喧嘩などしたこともない。

 

 前世でも似たようなもので、腕に覚えなどはあるはずもなく。

 タラスクより遥かに俊敏な相手に、四苦八苦するばかりだった。

 

(何とか……何か隙でもあれば……)

 

 そう思うのだが、そんなものはなかなか見つからない。

 むしろ焦り出したゴローのほうが、ゴーレムの操作を鈍らせる。

 

 ついに、ゴーレムは足元をワイバーンの尾で薙ぎ払われ、転倒した。

 そこへ火炎弾が次々に連射され、ついには腕に亀裂が生じる。

 

「やばい……」

 

 思わず、ゴローは叫んだ。

 その時、けたたましい叫びが別の方向から飛んだ。

 雄のワイバーンが、その首から血を噴き出してもがいている。

 

 その上には、銀色の鳥型ゴーレムが旋回していた。

 

「雄のほうは隙ができたんでな……」

 

 自慢げな隠居の声はゴローに届いていなかったが――

 連れ合いの危機に、雌はあわててゴーレムに背を向ける。

 

 その後ろを、岩石の手が追った。

 長い尾を両手でがっしりと掴み、離すまいとする。

 

 みしみしと嫌な音が響くが、ゴーレムは躊躇せずに尾を引き続けた。

 そのまま雌ワイバーンはゴーレム本体に近づく。

 

「今だ……!」

 

 ゴーレムの両手が、がっちりと怪物の首を抱えこんだ。

 左の脇で首を捕らえ、右の手でその頭部をつかむ。

 

 当然怪物は暴れるがゴローのほうも怯んでいられない。

 ゴーレムに自壊しないギリギリの力を出させ、怪物の首をねじり上げる。

 

 だが、悪いことに攻撃するゴーレムの腕のほうが徐々に砕け始めた。

 先に火炎弾を受け続けたダメージの蓄積があったのだ。

 

 その機を逃さず、雌ワイバーンは凄まじい力でゴーレムを振りほどく。

 同時に岩石の両腕が無残に砕け、石の雨となって街に降り注いだ。

 

 腕をなくしたゴーレムに向け、雌ワイバーンはカッとその顎を開く。

 そして、火炎弾が発射された。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 その77、激戦の後

 

 

 

 

 火炎弾が放たれた。それと同時に、突如ワイバーンは口を閉じる。

 いや、頭上から落下してきた何かのために、強制的に閉ざされたのだ。

 

 銀色の、金属の卵のごときものが雌ワイバーンの頭にめり込んでいた。

 そして、雌ワイバーンの閉じた口の隙間や鼻から、爆風と赤黒い血が噴き出す。

 

 無理やり閉じた口内で、火炎弾が猛威を振るったのだろう。

 

「……?」

 

 どうしたことかとゴローが呆然としている中、ワイバーンを襲った銀の卵は翼を得て空へと舞い上がった。

 隠居の、鳥型ゴーレムだ。

 

 先の一撃は、卵形に変形したゴーレムの援護攻撃だったらしい。

 

(ありがたい……)

 

 ゴローは目を閉じたままうなずき、魔力を奔流させた。

 それを受けて砕けたゴーレムの腕が、複数のゴーレムに変わっていく。

 

 出来立てのゴーレムたちは、思わぬ深手を負って狼狽している雌ワイバーンへと殺到。

 さながら蟻のごとく群がって、小規模な攻撃を繰り返す。

 

 残念ながら頑健なワイバーンの皮膚には効果は薄い。

 しかし、それでも十分だった。

 

 続いて腕をなくした巨大ゴーレムがのしのしと接近していく。

 腕をなくしたその胴体に、無数の凶悪なスパイクが出現した。

 

 そのまま一気に、巨大ゴーレムは雌ワイバーンに倒れこむ。

 さっきまでなら難なく逃れただろう。だが、口内の爆裂で右往左往する怪物は、あっさりと岩山の下敷きとなった。

 

 しかも鋭いスパイク付きだから、たまったものではない。

 断末魔の絶叫をあげ、雌ワイバーンは血の海に沈んだ。

 

「やった……!」

 

 そう叫んだと同時に、ゴローは疲労感で身体が揺らいだ。

 揺れた体は、そのまま横になってしまい、そのままになる。

 

 起き上がろうとするゴローだが、これが起き上がれない。

 それでは、とゴーレムの操縦に専念しようとするが、これもままならなかった。

 

 そして、巨大ゴーレムの上、血を流しながら雄ワイバーンが飛び去って行くのを、どうにか確認はできた。

 

「どうやら勝ったらしいなあ……」

 

 その隠居の声を聞きながら、ゴローは頭を振って目を開いた。

 今すぐにも眠りたい。

 

 そんなことを思ったが、疲労感に反して眠ることはできなかった。

 ただ、動くこともできないので、穴ぼこだらけの庭先を見ながら静かに嘆息する。

 

 外ではワイバーンの脅威が去ったとはいえ、ひどい騒ぎだ。

 まだ火の手が上がっている場所もあるし、相当人も死んだろう。

 

 財産や家を失って路頭に迷う者もいるはずだ。

 しかし、それをどうにかできるわけでもない。

 

 あるいはできたとしても、自分と周囲を巻き込んだ更なる厄介は必至と思われる。

 

「まいったなあ……」

 

 ゴローがつぶやいているところ、庭に大きな鳥が舞い降りる。

 隠居の鳥型ゴーレムだ。あちこち汚れ放題ではあるが、大きな損傷はなさそうだ。

 

(さすがは特殊合金製……)

 

 どこか現実逃避気味に思いながら、ゴローは目を閉じる。

 いつまでたっても眠りはこなかったが、何かを見ているよりは楽だった。

 

「やれやれ。ついにバテたかなあ。まあ、当然か……」

 

 隠居が感心したように言っている声がひどく遠くて、現実感がない。

 

 

 

 それから少しだけ経って――

 まだワイバーン襲撃から立ち直っていないサバンの街から、ゴローは連れ出されていた。

 

 念入りに準備をしていたものか、実に手際は良い。

 気づけば大きめの箱に放り込まれ、馬車で街の外まで運ばれる。

 

 次に一番近くの宿場で箱ごと降ろされて、近辺の林に連れていかれた。

 そこからは久々の空飛ぶ舟に乗せられ、そのままツギンへと直行。

 

 半日に満たない旅路である。

 

「…………」

 

 ゴローは舟からティタニアの商館、その中庭に降りながら頭を掻いた。

 そんなゴローの前に、ふわりと立つのは師であるバレンシア。

 

「久しぶりね」

 

「あ、はい」

 

 黒髪のエルフに微笑みかけられ、ゴローは一礼する。

 

「何か急な帰省になってしまいましたが……」

 

「私が呼び戻したのよ。まさに急なことだったから」

 

「はあ」

 

「サバンでは、大変な活躍だったわねえ?」

 

 どこか冷たい感じのする声で、バレンシアは言った。

 

「成り行きでして……」

 

「成り行きね――」

 

 そうつぶやいた後、バレンシアは疲れたように嘆息する。

 

「街中であれだけ派手にやったのだから、どれだけ人目に付いたかわかってるでしょ」

 

「はあ、まあ……」

 

「とりあえず、中でゆっくり話しましょうか」

 

「そうすね」

 

 ゴローがうなずくと同時に、

 

「おーーーい!」

 

 頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。

 見上げると、大きな鳥が商館の上を飛んでいる。

 

 それはくるりと旋回をした後、ゆっくりと中庭へと降りたった。

 よく見ればそれは人工物で造られたものだ。

 

 どうやら、鳥型のゴーレムらしいが隠居のものよりもずっと生物に近い。

 ある程度知識を有するゴローでも近づかなければわからなかったのだ。

 

 ゴーレム鳥の上には、黒髪の少女が乗っている。

 

「アイナさんか!」

 

「さんづけはよしなよ」

 

 降りてきたのはアイナだった。

 心なしか以前よりもきれいになったかもしれない。

 

(まあ、成長期だからなあ……)

 

 思い返せばツギンの街を出て半年以上経っている。

 この時期の子供にとって半年は大きな時間だ。

 

「お前が出てからしごきがきつくなってさ。ま、そのおかげで色々できることも増えた」

 

「確かに。これはお手製?」

 

 ゴローは大鳥ゴーレムを指す。

 

「まあ必要もあったし、舟よりは性に合ってる感じだ。さすがに本物そっくりとはいかないがそれっぽくは仕上がってるだろ?」

 

「いや、良くできてる」

 

「はいはい。感激の再会は後にして」

 

 パンパンと手を打ち、バレンシアはゴローを促す。

 そして、ゴローは久しぶりに商館へと足を運ぶだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その78、嘘と誤魔化し……

 

 

 

 

「どうやらまずいことになってきてるようだわ」

 

 商館の一室で、バレンシアは微かに息を吐きながらそう言った。

 

「具体的には、どんな……?」

 

「あんたがサバンでやった大盤振る舞いで、また注目が集まってきたわ。今度は王都で大活躍したから、工作も無理ねえ……。あのゴーレムを操っていたのは誰だ? 王宮も貴族も血眼で捜索してるわ……。人気者ね」

 

「…………軽率ではあったかもしれませんが、ああしないとこっちも危なかったんで」

 

「そうねえ。うまく逃げる手段とか思考方法を教えてなかった私かもね」

 

 針のような鋭く突き刺す口調で言った後、バレンシアは天井を仰ぐ。

 

「今回のモンスター騒ぎは、回りまわって自分らがやったことが原因のようですし……」

 

 言い訳するようにゴローは言って、所在無く頭を掻く。

 

「ああ……エルフの封印が解かれたって話ね」

 

 バレンシアは顔をゴローに向け、また嘆息。

 

「これも綿密な連絡を取らなかったせいかしらねえ……」

 

 ひどく疲れた声で黒髪のエルフは言う。

 

「あの古代エルフの封印は、いずれ自壊して解けたわよ。推測だけど」

 

「え?」

 

「私もそこまで詳しいデータを集められたわけじゃないけど、それなりに調査はしていたわ。結果、かなり(ほころ)びが生じていたことがわかった。だから無学な人間に除去できたのよ」

 

「えええ……」

 

「どれくらいかもったか、詳細な数字は出せないけど、多分十年もてば御の字というところ」

 

「じゃあ…………」

 

「私たちのせいでそれが早まったことは事実だけど、どっちみちここらが怪物だらけになるという未来は確定してたわね、そもそも、下手に封印なんかしてたから、その反動で怪物どもが一気に出現したとも言えるわ。いいえ、そもそも怪物を出ないようにするという説こそが」

 

 間違いかもしれない、とバレンシアは怖い目で言った。

 

「そもそもエルフにしてみれば、怪物という脅威は自然にあるべきもので、いくら害をなすといっても勝手に封じていいものではないはず。毒蛇や毒虫が危険だからといって、全て殺してしまえば自然の法則が乱れてしまい、より大きな害となる」

 

「でも、封印はされてたんでしょ?」

 

「ええ。だから、そもそも怪物が出ないようにするのが目的ではなかったかもしれない」

 

「じゃあ、何で……」

 

「さあねえ……それは――」

 

「それまで」

 

 難しい顔で沈思しかけるバレンシアを、今まで無言だったティタニアが制した。

 

「封印の理由はともかく、今はゴローさんのことではないでしょうかねえ?」

 

「……そうね。それも頭が痛いわ」

 

 心底困った顔で、バレンシアは椅子に座る。

 

「単純な方法としては、ゴローさんの才能を開示するというものですけど」

 

「その場合はこいつが暗殺される可能性が特大。そうでなくっても、重要な戦力として王宮かどこかの囲い込みを受ける。当然まともに魔法の修業はできない。魔法使いではなく、単なるゴーレム操縦の道具として監視やら抑制を受けまくる」

 

「ですねえ」

 

 身も蓋もないバレンシアの意見に、ティタニアも普通にうなずく。

 

「それだけならそれでもいいけれど……」

 

「いいのかよ!?」

 

 非情な言葉に思わず叫ぶゴロー。

 その頭上に、バシンとスナップのきいたバレンシアの平手。

 

「無礼な言葉を使わない」

 

 淡々とした声と共にさらにもう一発はたかられる。

 

「……痛い」

 

「私たちも師匠とか関係者だから、色々面倒臭いことになるでしょうね」

 

「それもありえますねえ」

 

 今度はティタニアが困った顔で言った。

 

「ただでさえ、わたしたちムリアンに介入したがる業突く張りは多いですかねえ」

 

「女性中心の集団で経済面で無視しがたいものを持つあなたたちを支配下に置きたい。確かに馬鹿な男の考えそうなことね」

 

「女性中心って、ムリアンは女しか生まれないんだから仕方ないのに」

 

 困った困ったとティタニアは肩をすくめる。

 

「そこが許容しがたい層というのがあるらしいわ」

 

「やれやれ。ま、こうなったらほとんど運命共同体ですかねえ」

 

「そうとってくれるとありがたいわ」

 

 バレンシアは不思議な顔で微笑んだ後、机上に紙を広げた。

 ゴローにはそれが、ゴーレムの設計図であるとわかる。

 

 人型のようだけれど、今まで見たこともない構造。

 一番の特徴は中心部が空洞であること。

 

「これは?」

 

「嘘と誤魔化しの算段よ」

 

 バレンシアは鋭くゴローを見つめた後、また微笑む。

 

「かなり精密というか緻密というか、こった造りのようですが……」

 

 ゴローは図面を見ながら、首を傾げた。

 

「これを私とあなた、それにアイナの三人で大至急作りあげるわ」

 

「何に使うんです?」

 

「あなたが入るのよ」

 

「は?」

 

「いや、着る。装着するというべきかしら」

 

「いやいやいや。ゴーレムでしょ?」

 

「ゴーレムよ」

 

 手を振って否定しようとするゴローだが、バレンシアは動じない。

 

「搭乗型のゴーレムって、意味あるんですか?」

 

「大ありよ。あなたが乗り込むという意味で」

 

「だから何で自分が……」

 

「それは作りながら説明します。アイナ!」

 

「――はいよ」

 

 バレンシアが大声で叫ぶと、アイナがひょいとドアから入ってくる。

 

「工房の準備はできてるわね?」

 

「もちろんでさ」

 

「よろしい。では行きましょうか」

 

 そう言って、バレンシアはゴローの腕をつかんで部屋を出る。

 連れていかれたのは、広い地下室であり、見事な設備が整った魔法工房だった。

 

「これはすごい……。自分がいない間にこんなものを……」

 

「必要だったから。森の家の荷物もほとんどこっちに移しているわ」

 

 バレンシアは工房の真ん中で息を吐くと、すっと横に手をかざす。

 それに応じて設備の一部が変形して、大きな手術台のごときものが。

 

 上にはゴーレムの素体らしきものがすでに寝かされている。

 人間でいえば、骨格のようなものだろうか。

 

 かなりの大きさで、軽く二メートルは超えているようだ。

 

「さて、私の持てる技術を全て用いた大作だけど……複雑だわ」

 

 素体の前で拳を振りながら、バレンシアは微妙な表情を見せるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その79、魁夷なる大男

 

 

 

 

 さあ。その日から、地下工房にこもり切りの日々が続いた。

 来る日も来る日もバレンシアの手足となり、右へ左へ走るばかり。

 

 とにかくハード。とにかくしんどい。

 浴場などの施設が充実しているティタニアの商館にいながら、まともに入浴するという時間すらなかった。

 

 一応体をお湯で濡らした布でふくくらいはできたが。

 男であるゴローはともかく、年頃の少女であるアイナはきついのではないか?

 

 そんなことも言ったりもしたが、

 

「昔のことを思えば何てえことはないさ」

 

 と、アイナはボリボリ頭を掻きながら大笑する。

 元々がチート頼りのゴローなどより、ずっとタフなのだろう。

 

 バレンシアも、まあ似たようなものだ。

 

「修業を積めば、無駄な垢などはどうにもできるわ」

 

 と、いうことらしい。

 どこをどうするのか、聞いてみたかったゴローだが、沈黙を通す。

 

(それにして――)

 

 だんだん時間の感覚も曖昧になってくる中、ゴローは完成が近づいているゴーレムを見て、嘆息した。

 

(えらいことになってきたなあ……)

 

 バレンシアから『詳細な話』を聞いたときは、

 

「そんなバカな」

 

 と、思わず笑ってしまったが、冗談ではなかった。

 今後自分に課せられることを思うと、正直気が重い。

 

 前世での経験を考えると、多少何とかなりそうな気もしないではないが、ようく思い返せばゴローこと山田五郎は大して成熟した人間ではなかった。

 

 また、器が大きいとか、人より一歩優れた人間でもない。

 良くも悪くも凡人というやつだ。

 

 そんな人間に、これから担わされる責務はなかなかにハードである。

 

(どうしたもんかなあ……)

 

 しかし、考え事に没頭する余裕はない。

 

「ボンヤリしない、次の工程にかかわわよ!!」

 

 バレンシアの叱責が飛び、また作業に奔走することとなるのだ。

 

 

 

 それから、しばらくたって後のこと――

 

 まだ復興途中のサバンの街に、一台の馬車が入ってきた。

 ただし、車台を引いているのは馬ではない。

 

 ごつごつとした印象の、大きな四足型ゴーレムである。

 馬よりも、牛に似たゴーレムは御者を必要としないらしい。

 

 見るからに普通ではないその馬車は、当然通行門で止められる。

 それに乗っていた人物も普通ではなかった。

 

 剃っているのか元からなのかわからないが、つるつるの頭部。

 二メートル以上の巨体に、驚くような肥満体。

 

 ドジョウ髭をはやし、得体のしれない目つきをしていた。

 

 ゴーレムを操るところを見ると魔法使いなのか。

 あるいは、魔法の道具を持った富貴の人間か。

 

「どこの誰で、何の用事でサバンに入るかの」

 

 門番が問いただすと、

 

「コルと申します。この街に住んでおられる、ウーツ師のもとへ」

 

 そう言って、大きな手から紹介状を出してきた。

 名の知れた魔法使いであり、豪商の隠居であるウーツ。

 

 紹介状は、確かに本物のようである。

 しかし、先の怪物騒ぎで街はまだ混乱し、治安も悪くなっていた。

 

 また隣国との関係も怪しくなってきているのだ。

 なかなかすぐに、

 

「はい、どーぞ」

 

 というわけにもいかなかった。

 だが、足止めを受けたコルは気分を害した様子もなく、

 

「ほほほ。こんな太っちょの良く目立つスパイなんぞいないですよ」

 

 などと言いながら、太い指で何かを門番に握らせる。

 一枚の金貨だ。

 

 この鼻薬の効能は絶大だった。

 それからすぐにコルの馬車は門を通ってサバンの街へ。

 

 集まる視線を受けながら、ゴーレムの馬車は一路隠居ウーツの隠宅に向かう。

 それは多くの人に目撃され、また隠宅近隣の人間は良く目立つ大男の姿を見た。

 

 この大男コルは隠居の紹介によって、

 

「サバンの復興を手助けいたしましょう。なぁにお礼はご無用」

 

 と、宣言して大量のゴーレムを繰り出す。

 無数に生成されたゴーレムの威力は絶大なものだった。

 

 職人を必要とする細かい仕事はともかく、瓦礫の撤去など大規模な作業を瞬く間に終わらせてしまい、人々を感嘆させる。

 さらにコルは、

 

「これも人助けですよ。ほほほ」

 

 と、得体のしれない目を細めて、多額の義援金を出す。

 これによってワイバーンの被害で家や職を失った人々を救済した。

 

 そのスムーズな運びには隠居の本家である商家も大きく助力している。

 魁偉(かいい)な容貌ゆえちょっと引く人間も多かったが、多くの資産や人を失ったサバンにとって、ゴーレム使いコルは救世主と言えた。

 

 ゴーレムの大軍を操る魔力から、かなり上ランクの魔法使いと見なされたコルだが、

 

「私は魔法使いといっても半端者でしてねえ、唯一得意なのがゴーレムなのですよ」

 

 と、怪しく笑っていた。

 実際にゴーレム以外の魔法は不得手らしかったが、それを補って余りある力を見せる。

 

 本人や隠居の話によれば、

 

「以前は遠国にいたのですが、故あってこちらに流れてきました。ウーツ師には色々と教えていただき、その縁でこの街に」

 

「ゴーレムに秀でているが、もっと色んな技を学ぶためにこちらに来れられたらしい。どうも親族はおられんようで、天涯孤独の身と言われておったなあ」

 

 だそうである。

 こんな人物だから、あちこちの貴族から声をかけられ、晩餐やパーティーなどに招待されることは数知れず。

 

 しかし、それを受けることはあまりなかった。

 招待された場でも酒は言って一滴も飲まず、巨体に見合わぬ小食ぶり。

 

「長年の不摂生ゆえこんなに醜く太ってしまいましたので、こちらに参ったのを機会に節制を試みているんですよ。また、以前お酒の上で失敗をしておりますゆえ、それ以来アルコールは禁じておりますので。ほっほっほ」

 

 これがどこまで真実なのかは、人の知るところではない。

 

 しかし、ゴーレムを自在に操る才能と、かなりの資産を持っていることは確実だった。

 多くの貴族や商人が接触をしようとする中、ついに王宮からも招待が届く。

 

 サバンの復興に尽力したことに対するものという名目。

 さすがにこれを断るということはなく、コルは件のゴーレム馬車でもって王宮へ馳せ参じるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その80、巨漢と国王

 

 

 

 

 突如現れた奇妙な大男――コル。

 

 その男が特注の礼服に身を包み、現れた時王宮はどよめいた。

 巨体である。

 

(噂には聞いていたが、これほどとは……)

 

 誰もがそう思ったかもしれない。

 巨人のように大きい上に、でっぷりとした肥満体。

 

 異国風の顔つきも魁夷であり、不気味だった。

 男性的な魅力は、まあ背の高さくらいか。

 

 だが、無視できるような人物ではなかった。

 氏素性も曖昧でハッキリしないが、ゴーレムを使う実力は確か。そして金持ち。

 

 色んな噂は流れ、怪しむ者も大勢いるがとにかく善行をしているのは確か。

 ツギンの街を始め、次々に出現する怪物の被害にあった町村に多額の支援を行う。

 

 ただ金をばらまくだけではない。

 ウーツ師などの名士やムリアン族の援助を受けて、仕事や住居の世話もしていた。

 

 おかげで国としても手間や金が省けて、大いに助かっている。

 

「よくぞ参った。魔法使いコルよ。数々の善行、施しは聞き及んでおる」

 

「ははっ。もったいなきお言葉――」

 

 国王に対して礼を取る。片膝をついてもなお巨大な肉体だった。

 

(まるで毛のない熊だな……)

 

 そんな感想を抱いたのは近衛の騎士たちである。

 

「今回の見事な働きは爵位を与えるに値するものだが……。恥を言うようだが、近年は国難が相次ぎ、新しく与える領地の余裕がないのだ。なので、此度は勲章の授与だけのみで納得してもらいたい」

 

「勿体なきお言葉……。そも、私は爵位など得られるような人間ではございません。ゴーレム使いに多少秀でているだけの小人でございます」

 

 小人という言葉に、微かな笑いが漏れ聞こえた。

 まあ、およそ小人という言葉の似合わない巨躯だから仕方ない。

 

「そう言ってくれると助かるが……。では他に何か望むものはあるか? あるなら可能な限りのことはするつもりだが」

 

「ありがたき幸せ。で、ありますれば、このサバンに私の工房を建てるご許可をいただきたく存じます」

 

「ほう、工房とな。何か新しいゴーレムを作るのか?」

 

 興味をそそられ、国王は玉座から身を乗り出す。

 周辺の重臣たちも好奇や猜疑、様々なもののこもった視線を向けた。

 

「それもございますが……私はまず怪物たちに対処する人々を支援したいと愚考しておりますれば。何とぞ、工房のご許可をば……」

 

「その工房ではどのようなものを作るのかな? 具体的に申してみよ」

 

「ははっ。どうやら、怪物たちはこの先もあちこちで暴れるようで。しからばそれに対処する様々な人間が出てきましょう。私はそういった人々の使う装備などを整えたいと思います」

 

「対怪物の装備となれば、多くの智者や、金を必要としような?」

 

 コルの提案に、国王は整えた美髯(びせん)をなでて虚空を見つめた。

 

「はい。ウーツ師を始め、多くの識者に協力をいただければ幸いかと」

 

「だが、それらに設備や道具類にかかる費用……国を当てにしてもらっては困る」

 

「ははーっ」

 

 威厳を込めながらも、若干情けないことを言う国王にコルは平伏。

 

「……しかし、お前が自分の責任と力量の範囲内でやるのなら、止める理由はない」

 

「感謝の言葉もございません」

 

「代わりと言っては何だが――」

 

 礼を述べるコルを(さえぎ)り、国王は言葉を続ける。

 

「その工房にて造られたもの、王宮で買い取らせてもらいたい。ただ値段のほうは少々期待には応えにくいかもしれんが……」

 

 けっこう図々しいことを国王は述べる。

 怪物対策の装備やら何やらをお前の金とコネで造れ。そんで友達料金でそれを売れ。

 

 こんなことを言っているわけだ。

 

「陛下のお申しつけとありますれば」

 

 しかし、これにもコルは首肯(しゅこう)する。

 

「うむ。今後のますますの働きを期待しておるぞよ?」

 

「ははーっ」

 

 国王の言葉に、恭しい態度のコル。

 

(何を考えているのか?)

 

(裏で取引でもしているのか?)

 

(もした隣国の間者ではあるまいか?)

 

 それを見る重臣・騎士たちの思考は様々だった。

 言葉だけ取れば人の好い、あるいは権威に弱い田舎者とも見える。

 

 しかし、どこか胡散臭い細長の眼はどうも気になった。

 だがあからさまに怪しいものがわざわざスパイになるとも思い難い。

 

「陛下、あのような素性のわからぬものを重用されて大丈夫でしょうか?」

 

 コルが退席した後、大臣の一人がそう耳打ちしたが、

 

「別に王宮で役人に取り立てるわけではない。あくまで人助けを自主的にするのを許可するというだけだわい」

 

「ですが、ホイホイと都合良く動くところがかえって……」

 

 あくまでのん気な国王に、大臣はますます表情を曇らせた。

 

「何かあったその時は、関係者たちにも責任が及ぶ。後でそう言いつけておけばよい」

 

「それは有効でしょうか?」

 

「だから、本人が失敗を放り出して逃げる時は……他の奴らに責任を取らせる。言うなれば、連帯責任というやつだな」

 

 国王は美髯を撫でて、意地悪く笑った。

 

「商人の魔法使いはともかく、エルフやムリアンが素直に言うことを聞きますか?」

 

「聞かねば相応の処置をとるまで。なに、復興費用が浮いた分を軍備に回しておけば良い」

 

(そういう単純な話ではないと思うが……)

 

 あまり深い考えとは言えない国王の案に、大臣は悪い予感をおぼえるばかり。

 

(念のために王宮の魔法使いたちにも話をしておくか……)

 

 それほど優秀な人材がいるわけではないが、放っておくこともできないのだった。

 

 

 

 こういった次第で――

 

 サバンの郊外の空き家にコルは入居することとなった。

 ただし、金銭を惜しまず大幅な改築を行った後だが。

 

 改築時は大量のゴーレムを投入し、人間は最小限の人数であったという。

 おかげで、詳しい内容を知る人間は少ない。

 

 ただ近辺の復興にはやはり大量の金銭を出し、大いに人助けをした。

 復興作業にもゴーレムを使っているが、それよりも職や住居を失った者に仕事を回させるという手法をとっている。

 

 その費用も、当然のようにコルからだった。

 一体どこからそんなに金があるのかと訝しく思う視線を受けつつ――

 

 コルの工房は完成して、連日多くの魔法使いが集まっていった。

 しかし、そんな復興を尻目に各地では次の怪物たちが出現している。

 

 これに対して対応するために、コルたちは新型の空飛ぶ舟……の形をしたゴーレムを使って迅速な行動を行うようになった。

 

 浮遊舟型ゴーレム。

 非常に優秀ながら、相応の製作費や日数を必要とするものだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その81、装備開発

 

 

 

 

「安物だな」

 

 サンプルを一瞥するなり、店主はキッパリと言い放った。

 瞬間、工房内はざわりと様々なものが沸き立つ。

 

 落成して間もないコルの工房内では、隠居ことウーツ師を始めとした識者・技術者の面々が人形に着せられた試作品のチェック中である。

 

「これは手厳しい。しかし、これは大量生産前提の廉価品ですから」

 

 太った巨漢コルは感情の読めない目でホホホと笑う。

 

「わかっとる。まあ、こんなもんだろうなあ」

 

 店主は不服そうに言ってサンプルを叩き、後ろに下がった。

 

 工房ができて最初の仕事は、怪物の対処にあたる兵士の装備を作ること。

 もはや怪物による被害が当たり前になりつつあるトースタ国だが――

 

 現在他国から怪物退治をする狩人とか冒険者とか呼ばれる者たちを呼び集めて、国内に出没する怪物たちの対処させている。

 その際に問題となったのが、装備の問題だ。

 

 怪物に対し、通常の武器屋防具では極めて効果が薄いのである。

 武器は致命傷を与えにくく、防具は守りとなりえない。

 

 特に毒や炎、あるい冷気を吐き出す大型の怪物に対しては、立ち向かう兵士が溶けるように倒れていく。

 大型にはコルがゴーレムを差し向けているが、中には先のワイバーンのように中型や小型が群れを成して襲撃してくるパターンも多い。

 

 これらに対して専門家――冒険者の数はあまりにも少なかった。

 腕の立つものやベテランは対怪物の装備をある程度整えてはいる。

 

 しかし、大抵の中堅どころや新人はあっさりと餌食になることが多かった。

 

「やたらにたちの悪いのが出てくるな、この国は」

 

 ベテランの者から、こんな言葉が出てくるほどの状況である。

 また王宮はコルをあまり外へ出したがらなかった。

 

 やはりワイバーン襲撃のショックは大きかったのだ。

 いざという時、強力なゴーレムを使えるコルがいるといないとでは、圧倒的な差がある。

 

 また、

 

「いつ何時、隣国が攻めてこないとも限らない……」

 

 からでもあった。

 

 怪物被害は他国でも大いに問題になっている。

 冒険者の数が少ないのも、他国との取り合いになっているからだ。

 

 金のある国はどんどん冒険者や魔法使い、技術者を呼び入れ、対処させている。

 対応できない国は国民も財産も喰われ、滅びの道をたどっていた。

 

 こういった事情から、大急ぎで開発されたのが対怪物の鎧と武器。

 最初に作られたのは特殊金属製の鎧と槍である。

 

 鎧は全身を覆うフルアーマータイプではなく、機動性を重視した軽めのもの。

 槍も基本取り扱いを重視した長さや重量となっている。

 

「がんこ屋の店主殿はああ言ったがなあ、これだって普通のものと比べれば圧倒的にいいものなんですぞ。値段もとんでもない」

 

 このように言ったのは隠居である。

 

「そもそもご店主のものは確かに特級品だが、使い手も選ぶ」

 

「悪いか」

 

「悪くはないが、今回は誰でも使えるものが必要とされているのだよ」

 

「それに、量産性も重視している」

 

 続いて言ったのは、王宮から出向している近衛騎士。

 

「ご店主の作品は素晴らしいが、それこそ百も二百も作れるものではあるまい」

 

 騎士の言葉に、一同はうなずいた。

 

「ともかく、こいつを色々テストしてみたいと思うのだが」

 

「強度なんかは念入りにやっているがなあ」

 

「いえ、それも重要ですがあくまで人外のものと戦う道具です。実戦にどれほど対応できるかそこが知りたい」

 

「ふむふむ。確かに、しからば早速にうちの庭でやりましょう」

 

 コルがニコニコとしながら、揉み手をする。

 

 途端に工房の一角が変形して、大きな黒い箱がせり出してきた。

 箱が四方に分かれていくと、中から黒光りする獣のようなものが露わになる。

 

 見た印象は鉄のブルドッグという感じだが、体長は軽く二メートルを超えていた。

 

「これも試作品でしてね、ちょうどテストがしたかったのでちょうど良いでしょう」

 

「……こいつと戦わせるかね?」

 

 少々危険ではないか、というニュアンスのこもったざわめきが飛び交う。

 確かにブルドッグゴーレムの威圧感は凄まじく、いかにも殺傷能力がありそうだ。

 

「わたくしがやりましょう」

 

 気まずくなりかけた空気の中、すぐさま近衛騎士が名乗りを上げる。

 

「大丈夫ですか」

 

「承知の上です。わたくしも武門の人間。正確にサンプルの性能を理解したい」

 

 三十半ばの騎士は背筋の伸びた体を、きびきびと前に出して言った。

 

「さすがは騎士ですなあ。それなれば我々もその気でやりませんと」

 

 隠居は感心した顔でうなずき、コルと視線を合わせた。

 

「では、ジーク殿――少しばかり前へおいでください」

 

 コルは騎士の名を呼びながら、指揮棒でも振るような仕草をした。

 

 すると鎧のサンプル周辺から金属製のアームが飛び出してくる。

 アームはテキパキと人形から鎧を脱がし、騎士ジークに装着させていった。

 

「いかがですか、ある程度サイズの融通がきくように設計してあるはずですが」

 

「問題ない。思ったよりも動きやすい。その分強度が気にかかるところだが……」

 

 コルの質問に、手足を動かしながら答えるジーク。

 

「はっはっは。その辺はこれから試してみるということで」

 

 次に隠居が余裕を持った声で言った。 

 

 

 

 そして、一同はテスト準備をして庭へと移動する。

 

 すぐさま鎧姿のジークと、ブルドッグゴーレムが対峙した。

 ジークはサンプルの槍を構え、ゴーレムは体を低く攻撃態勢に。

 

「では、はじめ」

 

 気負いのないコルと共に両者は一気に動いた。

 

「え、やああああ!!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合と共に、ジークが槍を繰り出す。

 それと同時に、ゴーレムはくるっと回転して尻をジークへと向けた。

 

 と、黒い臀部から蛇のような尾が飛び出し、ジークの胴を薙いだ。

 空気を割るような音がして、ジークは軽々と吹っ飛ばされる。

 

「あ……!」

 

 不安げな声が上がるが、ジークは何事もなかったように起き上がり、槍を構え直した。

 続いて、ゴーレムがパカリと口を開く。

 

 すると口部からピンポン玉大の鉄球が勢い良く飛び出した。

 寸前で鉄球を回避したジークに、ゴーレムは体当たりを仕掛ける。

 

 ドスンと腹に響く音がして、またもジークは転がるが今度はゴーレムが大勢を整える前に、跳ねるようにして起き上がった。

 そして、ゴーレムの脇腹に稲妻の如き勢いで槍を突き立てる。

 

 槍はまともにゴーレムを貫通していた。

 

「そこまで」

 

 割って入るように、コルの声が戦いを止めた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その82、識者たちの会話

 

 

 

 

 某日、Aの街付近に牛頭の怪物ミノタウロスが出現。

 

 街を守る壁をたやすく粉砕して侵入。大勢を殺傷し、街を半壊させる。

 その大きさはおよそ6メートル近く。

 

 後日王宮から派遣された兵団が対処にあたるが、大勢の負傷者と数人の死者を出した結果、どうにか撃退する。

 追撃した冒険者たちによって倒されるが、冒険者にも犠牲者を出した。

 

 

 某日、Bの村を燃える火蜥蜴(とかげ)サラマンダーが襲撃。

 

 大きさは10メートル前後であった。

 事実上B村は壊滅し、現在も復旧はされていない。

 

 サラマンダーは南に移動したようだが、現在消息不明。

 

 

 Cの宿場を、上流の川から出現した巨大な蝦蟇(がま)が襲撃。

 

 大きさは5メートル超え。

 犠牲者を出すが、撃退に成功。後に兵団が追撃して倒す。

 

 蝦蟇の出す毒によって宿場の一部が汚染され、現在派遣された魔法使いが対処中。

 ただし巨大蝦蟇は複数存在すると思われる。

 

 

 D地域の国境を大型のコカトリスの群れが襲撃。

 

 大きさは4メートルほど。数は十数頭近くと推測される。

 警備兵を毒のブレスで殺した後、群れは国境を越えて隣国に移動していった。

 

 詳細は現在調査中である。

 

 

「まいったわね、これは…………」

 

 コルの工房の一室で、報告書に目を通していた黒髪のエルフは嘆息。

 報告書を机に戻しながら、黒い髪をかき上げた。

 

「新しい装備の成果はまずまずのようだけど、使う人間がそれに追いついてないなあ……」

 

 横でお茶を飲んでいた隠居・ウーツ師はやれやれと言いながら、天井を見上げた。

 工房で開発された装備により、一般兵でも怪物と戦えるようにはなった。

 

 しかし――

 

「戦えるイコール勝てるいうわけではないのよねえ……」

 

 黒髪のエルフ・バレンシアは面倒臭そうに言って、椅子に座り直す。

 

「何しろ、怪物との戦いなんて訓練さえしたことないからなあ。急に何とかしろと言われても無理というもんだ」

 

「しかし、どうにかしないといずれ怪物に喰い殺されるだけ」

 

 同情するような隠居の声に、バレンシアはシビアな返答。

 

「ジークさんが、冒険者の意見を参考に、兵士の訓練を計画してるようだがなあ」

 

「計画段階でしょ。ものになるまで何年かかるやら。それまでに国はもつのかしら?」

 

「わからんなあ。できるなら何とかしたいが……」

 

「そもそも国の軍人が、冒険者なんてヤクザ者でよそ者を素直に受け入れる?」

 

「せんだろうなあ……」

 

 バレンシアの指摘に、隠居は肩をすくめた。

 

「非常事態だからある程度柔軟にはなっているけど、事が落ち着いたらまた厄介なことになるんじゃあないの?」

 

「しかし、今はあちこちの怪物どもを何とかせんと、どうにもこうにも……」

 

「焼け石に水、だと思うけどね……。どうせ古代エルフの封印は――」

 

「あと何年ももたないと言うのだろう?」

 

「ええ」

 

「だからと言って、そのまま怪物の餌になりますということもできんでなあ」

 

 隠居は腕を組んで厳しい表情で言った。

 

「少なくとも、事態の把握は十年早ければなあ……」

 

「何とかなった? それはどうかしら? 何だかんだで今と同じ、いえそれ以上に悪いことになっていたかもよ。人間は都合の悪いことは信じないものだから」

 

「いやはや耳が痛い」

 

 隠居は禿頭をなで、小さく苦笑する。

 

「まあ先のことばかり言ってもしょうがないけど……」

 

 言いながら、バレンシアは首にかけたネックレスをぐいと引き上げた。

 その先端には丸井円盤状の、ちょうど懐中時計を小ぶりにしたようなものがある。

 

「彼は向こうでちゃんとやっているかしら」

 

「もう慣れたものだからなあ。おおかた大丈夫だろう」

 

「その『慣れた時』が一番危ない。あなたならおわかりだと思うけど」

 

「確かに」

 

 隠居はうなずき、部屋の小さな窓から外を見つめた。

 

「しかしこの芝居もどの程度続けられるものやら……」

 

「本人が注目されていなかったから、今のところは何とかなっているけど、怪しいものわね。かと言って、じゃあやめますというわけにはいかないし」

 

「あんなものの中に四六時中いては……いくら若いとはいえたまらんだろうなあ」

 

「できるだけ居住性は確保したけれど、まあ慣れてもらうしかないでしょ」

 

 そう言ってバレンシアは円盤状のものを弄り、目を閉じた。

 

 

 

       〇

 

 

 

 Eの街。

 

 トースタ国でも辺境に位置する、言うなれば田舎町。

 その街でもっとも高いとされる宿屋の特別室に、巨漢が一人座っていた。

 

 胡坐(あぐら)をかいた体勢でどっかりと腰を下ろし、瞑目している。

 巷で噂のゴーレム使い・コル。

 

 でっぷりと太った異相の巨漢は、両手を組んでおろしたまま微動だにしない。

 まるで石像にでもなったかのような静けさだった。

 

 だが、巨漢の内部では魔力がうねりを上げて回転し、練られ、消費されている。

 

 

 同じ頃――

 

 街から幾分離れた森の中を、三メートル近い岩石ゴーレムが数体進んでいた。

 その後を武装した兵士と、同じく武装した冒険者たちが続く。

 

 ゴーレムが巨体に物を言わせて道を切り開いていくので、後を追う者たちは楽ではある。

 だが、疲れを知らないゴーレムの歩調に合わせるは、相応の体力を要した。

 

 またそういったことを抜きにしても、その表情には疲労の色が濃い。

 それは体力面ではなく、むしろ精神面での疲労だった。

 

「こんなに堂々とやってて、相手に気づかれないんですかね」

 

「基本怪物どもは人間相手に逃げるってことはせん。よほどの英雄様でもない限りな」

 

 小さくつぶやいた兵士の言葉に、リーダーと思われる兵士が応えた。

 

「こんな仕事、人間のやることですか? 全部ゴーレムに任せりゃ……」

 

「ふざけるな。だったら俺らは何をするんだ? 家で掃除や洗濯でもするのか」

 

 怯えた表情でこぼす兵士をリーダーが叱咤する。

 

「けど相手は火を吐く化け物ですよ。ゴーレムと違って俺たちはちょっと焼かれりゃ……」

 

「そのために特別な装備が支給されてるんだ。泣き言をほざくな!」

 

「……ホントに役に立つんですかね、これ。支給された後も死人が後をたたないし……」

 

「しっ!」

 

 まるで葬式のような雰囲気の兵士たちを、いきなり違うグループの者が制した。

 

「近いぞ」

 

 その言葉が飛んだ直後、ゴーレムが動きを止める。

 

「暑い……」

 

 思わずそんな言葉が出るほど、周辺の空気は暑く、そして濁っていた。

 同時に森の奥から、ゾッとするような唸り声が響いてくる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。