亜種聖杯闘争 〜極夜之星〜 (ジグソウ)
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プロローグ

高校三年生の原川航一(はらかわこういち)はしみじみと思った。

あの時、別の参考書を手に取っていたら…と。

 

これは暗闇に暖かな光がさす物語。

 

 

今日は晴れた青空を眺めて、夕焼けを眺めて、星を眺めて。

そして、一日を終えた。

 

今日も快晴日和。明日も同じように平穏な日々が過ごせるようにと私は祈った。

 

しかし、現実はそうそううまく運ばない。今日は生憎の雨だった。

しとしと降り注ぐ雨音に耳を傾けてながら、明日の天気こそ晴天であるようにと、ささやかな祈りを捧げた。

 

今日は曇り。晴れとまではいかないものの、天に祈りがわずかばかり届いたのだろうか。

今日も祈り続ければ、明日こそ晴れるだろうと思う。

 

今日(こんにち)に至り我の願いが届き、雲1つない快晴だ。

こんな日を我は待ち望んでいたのだ。

ついに主への、祈りが、果たされる時だ。

「時間だ。さあ、我の聖杯戦争、……否。亜種聖杯闘争を始めるとしよう。」

サーヴァント・ルーラー、彼の尊大な宣言が亜種聖杯闘争の開始の合図となった。

 

聖堂にはただ1人も人間は存在していないにも関わらず、何かしらの気配が散乱していた。

見渡す限り伽藍とした空間で、目に見えるものは何もない。

時はまだ昼だというのに、沢山の窓から光が注いでいるというのに、心なしか薄暗い。

また、聖堂の奥には貼り付けされた男が祀られており、その足元にはたくさんのろうそくに火が灯っていた。

館内は無風であるのにも関わらず、ろうそくの火はゆらゆらと揺らめいている。

何がこの火を動かしているのだろうか。

よく観察してみると火の動きには一定の法則があることに気づいた。

ただ左右に揺れてだけではなく、あるものを中心として、取り囲むように、何も逃さぬように、火は揺らめいていたのだった。

ふと、磔にされている男の顔を見ると、気のせいだろうか。

苦悶の表情とも、憐憫の表情とも、なんとも言えない表情を浮かべているように私は感じた。

そして、目は閉じているというのに、口は結ばれているというのに、その像は私に何かを訴えているようにも感じた。

何を訴えているか思案していたが、時間切れのようだった。

「いけないですねぇ。聖なる我が社に動物が入ることは許されていない。ましてや、ネズミなどは。」

「チュー。」

音も無く現れたルーラーはゆっくりと私を捕まえて、一気に握りつぶした。

頭だけになった私は、薄れゆく意識の中で夢想する。

(しかし、「もっと生きたい」と思わないのは、

私は私の生に満足しているのだろう。

つまり、私は、幸せ、だった……。)

 

ある一匹の鼠の生涯の幕がここに降ろされた。

 

 

 

〜用語〜

・亜種聖杯闘争(1)

何者かが方々の手を尽くして再現した聖杯戦争の新たな形。

完全な聖杯には程遠いが、特徴として魔力変換の効率が高いものと

いる。

具体的にはサーヴァント消滅時に蓄積される魔力量が

桁外れに多いことが挙げられる。

状況によっては本物に限りなく近づく事もありうるだろう。

戦争ではなく闘争と呼称されるのは召喚されたあるサーヴァントの

告知によるものである。

・ルーラー(1)

この者は裁定者でありながらその職務を放棄し、

あまつさえ、亜種聖杯闘争を仕掛けた張本人。

その罪なるや、もはや救い難きを救うに能わず。

汝の真意やいかに。

求めるは知の極致か、はたまた現世への再臨か。

……はたまた地獄を再現する獣の降臨か。

・原川航一(1)

日本の地方都市に住む受験生。性格は内気であるが、表出しない

だけで、頑固で自尊心が高いため、ある種の露出願望がある。

また、本人に自覚は無いが、破滅願望も持っており、

非常事態にはそれが表出する。

 

 



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第1話 運命の夜〜英霊の欠片〜

彼の名前は原川航一(はらかわこういち)、高校生三年生であり、部活も引退した受験生だ。

自分で良くないこととは頭で分かりつつも、周りに流されるようにこれまで生きてきた。

しかし、この夏休みの期間において、大きな流れから外れた貴重な経験をすることになる。

ではまず彼の視点で物語を紐解いていくとしよう。

 

ここは都市に隣接する阿魏斗(あぎと)県阿魏斗市。

都市への通過地点、住居地域として多くの人が行き交う活発な場所だ。

そこに住む17歳の少年、即ち僕、原川航一は駅前の本屋で参考書を探しに来ていた。

将棋同好会で和気藹々と活動していた僕だが、進学校で底辺レベルの頭でも、大学進学の為にはそろそろ動かなければならない事は分かっていた。

なので、市の大会でそこそこ健闘して4位を取ったのをきっかけに、部活も引退して、勉強に精を出そうと、端から参考書を片付けていた。

しかし、元から勉強にやる気のない僕の部屋の参考書はかなり偏っていた。

化学、世界史の問題集ばかりだったのだ。

これには浅い理由がある。

単に親からあまりにも勉強しないのをあきられて、三年生の春に無理矢理参考書を買わされそうになったことがあった。

当然拒否したものの、今回は引き下がらなそうな2人の様子を見て、

僕は得意な化学と世界史の2冊だけを購入したのだった。

 

そんな訳でそろそろ国数英の参考書も買わなければと、ある程度カゴに本を放り込んだ後のことだった。

ついでで受験に必要な科目ではないが、興味本意で哲学の参考書を漁り、私がとあるページを開いた時だった。

本が突然光出し、身体が熱くなり、目眩が起こり始めた。

急激な体調不良と異常事態からか、僕は前後不覚に陥り、

その本を床に落としてしまった。

その衝撃の所為だったのだろうか、更に輝きを増したその本からは

風が迸り、遂には立っていられなってしまった。

「はあ、はあ、何が、はあ、起ころうとして、いるんだ……。」

目を細めながら、吹き飛びそうな眼鏡を抑えつつ、確かにはっきりと

本を中心に、例えるならば「魔法陣のようなもの」がじわじわと、広がり始めた。

「……!!!」

そして、遂に光の奔流はピークに至り、僕の全身を強く打ちつけ、

辺りの空間に拡散した。

ほぼうつ伏せだったにも関わらず、打ち上げられて、

僕は仰向けに転がされた。

薄れゆく意識の中、確かに聞こえた男性の声を最後に、

僕の意識は途切れた。

「私の名はキャスター。契約は完璧に成された。貴方が私のマスター…、おや、これはハズレを互いに引いたようだ……。」

 

「はっ。」

気がつくと僕の目の前には自分の部屋の天井が見えていた。

「なんだ、夢か……。けど、どこから夢だったんだ、ろ、う?」

後半は寝返り、仰向けから横向きになった時の景色が異様だったからか、角ついた言葉になってしまった。

いつから僕の部屋は近代にタイムスリップしたのだろう……。

眼に映るは僕の机。テーブルクロスが掛けられていて、その上には簡素ではあるがティーセットが並べられていた。

そして、椅子にはこの現状の特異点が足を組みながら髪を撫で、カップ片手に新聞を読んでいた。

その姿は一昔前の外国の貴族そのものだった。巻き毛の白髪、高めの鼻、コスプレの様な飾った衣装。

やや熱っぽい頭だったからか、ついぞ言わずじまいだったが、

彼は現代に降り立った不審者だった。

「やあ、ご機嫌麗しゅう。体調は万全か、マスター。」

新聞からは目を離さず、彼は話しかけてきた。

当然、僕は何ことやら分からず、

「まだ、熱っぽいです……。」

正直に自身の状態を答えるのが精一杯だった。

「体調管理は受験生には大事なこと……、だそうだ。それと、現状の整理がしたい。そろそろ覚醒してくれないかね。恐らくもう始まっているからね。」

「?」

疑問符を顔に浮かべ、緩やかに体を起こして、僕は彼と向かい合った。

その時、眼鏡をかけようと右手を伸ばし、2つの異常に気がついた。

1つ目は視力だ。眼鏡をかけていないのに、視界はいつものそれより良好だった。

2つ目は右手の甲に浮かぶマークだった。それは赤い十字架の形に酷似していて、刺青に近い質感だった。

断っておくと、キリスト教徒でも、刺青好きな不良でもない。第1こんなものを入れて登校したら、間違いなく退学だ。

一縷の希望を抱いて、近くのティッシュで拭いたが、全く取れる気配は無かった。

「その様子だと、君は魔術師ですらないな。ならば理由はどうあれ一から話すしかないな。」

ソイツは新聞を畳み、こちらを向いて独りごちた。

「はい、何が何やらさっぱり、うっ……!」

立ち上がろうとして右手から激痛が走った。その激痛はチクチクと続き、つい顔をしかめて体を丸めてしまった。

「その前に回路だな。一旦横になりたまえ、マスター。」

この激痛が治るならと、僕はなんとかベッドに戻った。

そこにソイツが片膝をつき、僕の右手を両手で握り、目を瞑り、祈り始めた。

 

「カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……。」

静かな部屋の中に時計の音のみが響き渡る。

ソイツの服が教会の人の制服だったら、それは様になったことだろう。現実は非常にシュールであったが、ソイツの雰囲気は真剣そのもので、心なしか痛みが和らいだ。

どれほどたっただろうか。ややあって彼は目を開き、笑顔で僕に囁いた。

「まだ、痛むかね。いかんせんこういうことは不慣れなもので。」

「いえ、だいぶ楽になりました。……いれず、いや、痣も無くなりましたし。」

痛みの元凶と思われるあの十字架は無くなっていた。

やはり刺青などでは無く痣か何かだろう。

ホッとして手の甲を見ていると、

「あー、言いづらいが、自分の胸を見てごらん。」

と、やや気まずそうに彼は言った。

一抹の不安を抱えながら服を脱ぐと、そこには確かにはっきりと十字架が存在した。

赤々と胸の真ん中に、でかでかと僕の心の中に、

圧倒的存在感を放っていた。

「すまないな。しかし、キャスターだからできるのであって、生前医療などまるで関わってなかったからね。」

彼は苦笑していた。

十字架のショックで完全に目を覚ましていた僕は、とりあえず抗議しようとしたらところ、

「オォーーー!!!」

外の遥か遠くから獣のそれと思わしき声が轟いた。

その声は僕が今まで聞いた音の中で最も恐ろしく、野生的な声だったのにも関わらず、どこか神秘的な響きも兼ね備えていた。

そんな圧倒的イメージに、ぼーとしてしまったところで、彼が口を開いた。

「距離は、うーむ、それほど遠くないな。これはまずい。幸い魔力反応は2つ。奴らはこちらに気にかけてもいないようだが、気づかれるのは時間の問題だろう。ーさて。」

窓の外を見つめ、状況分析を終えたらしい彼は、改めて椅子に座りなおし、話し始めた。

「闘争は始まった。我がマスター、原川航一君よ。まずは逃げるぞ!」

と、立ち上がり彼は何処で知ったのか、いそいそと僕のクローゼットから外出用の服一式を取り出した。

「待って待って待って。僕には何がなんだが。少しは教えてくださいよ。」

僕は彼から急き立てられつつも着替え始めながら、彼の返答を待った。

思案していたらしく、ややあってから彼は、

「ああ。では改めて。私はサーヴァント・キャスター。真名は、アダム……、そう、アダムだ。アダムとイブのアダムだ。恐らく短い間だが、どうか宜しく。」

と、運命の夜にからからと笑いながら答えを口にした。

 

 

 

〜用語〜

・キャスター(1)

嫌いなタイプは全く他人に気遣いできない人。




次話は約二週間後を予定しています。


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第2話 燃え盛る街〜家出〜

僕の名前は原川航一。どこにでもいる受験生の1人、のはずだった。

今では燃え盛る街中で必死に逃げ惑っている。そんな哀れなマスターの1人になってしまっていた。

 

〜今から30分前のこと〜

 

「ーそういう訳で、私たちはこのような理不尽なゲームに巻き込まれてしまったのだ。」

キャスターからの一通りの説明を聞き終えて僕は改めて思う。

「本当の真名は明かせないんですか?」

「困ったなぁ、私はアダムだと言ってるのに。」

流石にそれだけはおかしいと思う。

僕のアダムのイメージは「裸」で、「細マッチョ」な、「青年」である。

対して彼はしっかり「服」を着て、「やや太め」で、「おじさん」である。

英霊は全盛期の姿で呼ばれると言うが、果たしてキャスターにはどのような理由があるのだろうか。

「まあまあ、それはともかく家を出る準備は整った。マスターももしかすると最後の我が家なのかもしれないから、悔いのないようにしたまえ。」

「今更どうしろって言うんだ……。」

本当に最低限の荷物を持ち、家族の寝顔を見て、僕は玄関を出た。

外には炎が舐め回る地獄の風景が広がっていた。

 

〜回想終了〜

 

(……。)

僕は実体の無いキャスター・アダム(仮)の気配を感じながら、工房とするべき場所に向かっていた。

地脈の流れなどまるで知らない僕にとっては、最高の工房は召喚地、すなわち駅前の本屋であった。

(「ところで。1つ言わせてもらって構わないだろうか」)

(「何?」)

霊体化中のキャスターから念話が届いた。

(「所詮はキャスターだからね。力仕事は今後勘弁願いたいよ。

ましてや、男を抱えて何キロも走るのは。」)

(「……。ナルホド。」)

キャスターの意図を察した僕は、

(「善処しますが、また倒れたらお願いします。」)

と、逃げ回るテンションも手伝ってか、ややゆるく返答した。

キャスターの術式によって呼吸は平時のそれと同じように出来るが、

炎の暑さはどうにもならない。

クタクタにかなりながらもどうにか、キャスターを召喚した本屋にたどり着いた。

 

幸い外傷は見当たらず、電気も全て消されていた。

人払いの結界を貼っていったらしいが、それが功を成したらしい。

また、魂喰いのサーヴァントがやってくることもない。

さらに、この時間で外はこの惨状だ。まさかこの小さめの木造店にこもる人間はいないだろう。

「お邪魔しまーす。」

僕はキャスターに鍵を開けてもらって、そそくさと中に入った。

中は薄暗い闇が広がっていた。

この視界不明瞭の床から、消されたかもしれない魔法陣を探さなければならないのである。

「窓際、入り口は生憎外のおかげで明るい。しかし、流石にもっと奥の、周りが本棚の床だったぞ。私が召喚されたのは。」

気がついたら霊体化を解いたキャスターが後ろに立っていた。

「なんか魔法でパッと明るいできないんですか?」

「細かく言えば魔術なのだが……、それは置いておいて。残念ながらそういう魔術は出来ない。私のは火も光もまるで異なる魔術系統だからな。」

……アダムなら原初の何かしらをスキルなり、宝具なりをもって来そうなものだが。

とんでもない威力の代わりに一発しか打てない、といったような理由だろうか。

……しかし、漁夫の利を得るために、何故外の2人に仕掛けに行かないんだろう、と思う。正体を探るだけでも良いと思うんだけど。

そもそもー、

「世の中には考えなくても良い事柄がある。その最たる例は杞憂。

つまり、マスター、君のことだ。今防御術式を建物にかけているから、今ここで焼け死ぬような結末は考えなくて良い。

それよりも今はこれからの事を考えながら工房の要、つまり召喚地点を探すべきだ、と進言させてもらうよ。」

確かにその通りではあったので、僕はおっかなびっくりスマホの光をあてにしながら、魔法陣を探し始めた。

 

〜用語〜

・キャスター(2)

変化はゆっくりの方が好ましい。

本来はもっと腰を据えて構えているスタイルである。



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第3話 告白 〜丘の上で〜

「あっ、これかな? キャスター。」

見るからに魔法陣、……の消えかけらしい跡が床に残っているのを発見した。

「ちょうどいいところだ、マスター。こちらも非力ながら結界を貼り終えたところだ。」

やや汗をかいたキャスターが歩いてきた。

(キャスター「魔術師」のクラスなのになんでそんなに疲れているんだろう。古代の人は魔術が苦手なのかな? それとも「系統」というのがそんなに重要なんだろうか。)

相変わらず不思議なサーヴァントのキャスター・アダムは発見した魔法陣に座り、最後の仕上げに取り掛かろうとした。

その時、

「ズパッ!!!」

何か分厚い物をすごい速さで切ったような、そんな音が頭上から聞こえた。

間も無くして、天井の板とそれに付いている四方の壁の一部が、爆風によってきれいに吹き飛ばされていった。

それを見てキャスターは、

「即席とはいえ、私の防御術式がまるで効いていない……!」

「ど、どうするんだ、キャスター!」

空から入り込む熱風にむせながら、とりあえず僕たちは床に伏せていた。

「マスター、2人のサーヴァントらしき反応が近づいて来ているが、これは……! ……手に負えなそうだ。」

「急にしおらしくなって、そんなやばい2人なんですかー!?」

確かに、サーヴァントの能力というのは聞くところによると戦闘機1個分らしいが、それはこちらも同じなはずだ。

せめて逃げ切ることは出来ないのだろうか。

急変する事態の中、僕は必死に考えた。

(こんな、唯巻きこまれた挙句、何もせずに死にたく無い。そんなことあんまりだ。何もしてこなかった僕だけど、ただ無駄死にするよりは…。)

「1人でも道連れにしてやる!」

最後の思いは心を超えて、口から理不尽な現実に向けて解き放たれていた。

僕にとっての人間の本性というものが現れた瞬間だった。

その時。

胸が熱くなった。紅い光が溢れているのに気がついた。続いて頭がぼうっとした。

「……! その令呪を使ってはならない! 意識をしっかり持て、マスター! 」

時すでに遅く、紅い輝きは収まり、驚異的な速さでキャスターが僕を捕まえ、僕の視界から背景の風景が溶け落ちた。

数秒たった後、僕たちは近隣の小高い丘の上にいた。

一体何が起こったのだろうか。

まだ、状況に頭が追いついていない状態で、先程輝いた胸をさすっていると、

「これは強制転移! なるほど、この程度を無理を令呪は可能にするようだ。しかも、サーヴァントだけでなくマスターも一緒に転移出来るとは。……これは扱いが難しそうだ。」

と、自身に言い聞かせるようにしてキャスターは僕を地面に降ろした。

「よく分からないけど、ありがとうキャスター。」

僕は自然とお礼を口にしていた。令呪を使ったのは僕だが、口では使うなと言っても、何だかんだで命令に従ってくれた所を僕は非常に頼もしく思った。

「いや、礼はいい。もう少し強いサーヴァントだったら対抗するなり、止めるなり出来たはずだ。本当にすまない。最低限の命は保障するつもりだったのだが……。戦争というものを履き違えていたようだ。」

何故か逆に謝ってきた。しかし、その思いは僕も一緒だった。

「違うよ、キャスター。僕も履き違えていて、その、浮かれていたんだ。僕はこの非日常に。」

キャスターは不思議そうな顔をして、

「今までの生活に不満があったのか? 経済的に苦しくなく、今の居場所である学校では新聞で読んだようないじめもない。確かに、勉強はあまり出来ないみたいだが、それがそんなに苦痛なことかね。」

いつ間にか仕入れた情報を明かしつつ、キャスターは質問してきた。

(本当にその通りだ。僕はむしろ環境的には恵まれている。何かのコンプレックスもない。でも……。)

「僕はね、それが嫌だった。退屈で僕一人居なくても回っていく世の中には、全く興味も持てなかった。生きていく理由が分からなかった。痛いのが嫌いだから積極的に死は望んで無いけど、積極的に生も望んでない。そんな駄目な人間なんだ。だから……。」

「マスター……。」

キャスターはどこか神妙な顔持ちになり、僕を近くのベンチに降ろし座らせると、自分は隣に座り、顔をこっちに向けた。

「それで?」

キャスターは優しい、どこか暖かい表情になり、僕に独白の続きを促した。

「だから、僕なりに生きる意味を探した。部活に打ち込んでみたり、新しい趣味を始めたり、両親の仕事も調べたりした。でも、見つからなかった。とても失望したよ。僕はどうして生きているか分からなくなって、それで何も考えなくなって、テキトーに周りについて行くようになったんだ。」

一気に喋り、舌が回らなくなり始めていたが僕は続けた。

「でも、今分かった。理由は分からないし、この状況がこう思わせているだけかもしれない。けど、とても、今、僕は、生きたい。」

 

眼下に街が火に包まれている中、少年は確かに生きることについて触れ始めたのだった。

 

〜用語〜

・キャスター(3)

戦場経験は皆無。後、髪は地毛らしい。



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第4話 約束 〜不可視の仮面〜

唯一色の違う空の真ん中。やや、赤く染まりつつある夜空にあっても、それは正しく輝いていた。

月である。どの時代においても夜空を、地上を照らすもの。

今宵、街に火の明かりが灯っていなかったら、とても綺麗な月だったろうと思われる。

また、旅人にとって月、さらには星は行く先の道しるべとなる。

方角を確かめ、足元を照らして、無事に着けるよう心の何処かで祈るのだ。

 

少年の独白を聞きながらキャスターは迷っていた。この少年と契約を続けて戦いを継続するべきか、否かを。

 

「キャスター、付き合ってくれてありがとう。……でも、これからどうしよう。この戦いから降りるべきかな?」

「……!」

キャスターははっとして顔を背けた。どうしたのだろうか。僕は何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。

彼が顔を戻すと、さっきまでの優しい表情に戻っていた。

「こればかりは君が決めなさい、マスター。何があろうとここで選択することは、君にとって大事な一歩になるだろう。」

「……!」

今度は僕が顔を背けた。キャスターから感じられるとてつもない優しさに、僕は危うく涙を流すところだった、

正直なところ。僕は直感的に感じ取っていた。この戦いを戦い抜いた先にもっと確かな答えがあるんじゃないかって。

現に、僕はその糸口をもう捕まえている! ……ように感じていた。

だから僕は顔を戻して言った。

「無謀だとは頭では分かってる。でも、この戦いの先に答えがあるかもしれない。だから、僕はキャスターと最後まで戦い続けたい。」

「いいだろう。君の思い、確かに受け取った。ふっ。この際、君の家庭教師としてこのキャスター・アダム、君を導くとしよう。」

彼は笑いながら手を出してきた。

僕も大きくうなづき、

「改めてよろしくキャスター。」

その手を強く握り返した。

今宵確かに、サーヴァントとマスター、その契約は今ここに成り立った。

 

 

「そして、さようなら。お二人さん!」

どことなくよく響く女の声が響き、その瞬間キャスターが思い切り僕を崖に向けて投げ飛ばした。

スローモーションに流れる景色の中、僕は唖然として踊る体に振り回されながら、キャスターを見た。

その時、彼は降り注ぐ炎を結界でやり過ごしつつ、こちらに手を向けて叫んだ。

「肩が外れたらすまん!! 見えざる手(ゴッドハンド)!!! 」

彼がそう口にすると、僕の体は物理法則を無視して彼の方向に引っ張られた!

降り注ぐ炎に当たらないよう、僕の体は何度か方向を変え、最終的ににキャスターの結界内に落ち着いた。

「キャスター、これは?」

彼はしきりに辺りを見渡しながらも、

「これが私の宝具というやつだ。びっくりしたかね。だが、これからどうするか……。よし。」

キャスターは不敵に笑うと、

「おーい。何処に隠れている臆病者か知らないが、弱いマスターを付け狙うのは我らの闘争のルールに反していないか?! とりあえず顔を見せて話し合いといこうじゃないか! 私には色々と君を満足できる用意があるぞう! 」

と、誰もいない夜空に向かって叫んだ。

(キャスター、一体どうするつもりなんだ。)

いつもの癖がまだまだ抜けておらず、結局、この場面はキャスターの機転に任せることになった。

「ほーう? 気に入った! お前の度胸に免じて話だけは聞いてやろう!! 」

そう声がまた響くと、誰もいないはずの崖下から「とーう!」と声を上げて、煌びやかな衣装をまとったーー女? が飛び出してきた。

彼女はカッコつけながら着地を決めると、ジロジロとこちらを観察しながらこちらに歩いてきた。

その眼は全てを見通すような大きく、青い済んだ湖の様なものだった。しかし、それは何処か、快活な見た目とは不釣り合いな老獪な狡猾さも感じられる不思議な眼だった。

「しかし、まあ、どうして、よく分からない組み合わせだな? 何故この戦いを続けたいと言った小僧の言うことを聞いたな、あんた。 その程度で勝ち残れる程甘くないってこと、あんたが一番分かっているんだろう? それに、ルール違反だと言っていたがそれはどんなー、ん?」

後5メートルというところで、彼女は足を止め、そして、両足を組んで頰杖をした。

空中にふわふわと浮かびながら。

「いやー、奇妙だ、奇妙だ。あんた神性が全く感じられないな? なのに『ゴッド』ときたもんだ。せっかくだ、あんたの真名聞かせな。それで今回は見逃してやるよ。」

(え、これは多分チャンスなのでは?)

僕は一応真名は聞いたが、大して問題ないだろう。今はどうしてもこの派手な服を来た、やけに胸以外が男らしい女のサーヴァントから逃げるのが先決だ。

この手の何を考えているか分からない奴は下手に口を挟むとまずいので、僕は視線をキャスターに送った。

すると、こちらに顔を向けたキャスターは頷き、そして、

「私の真名はアダム! キャスター・アダムだ! これで満足したか、弱きものを付け狙うものよ。」

そう敵サーヴァントに返答した。すると、そいつは狂った様に空中を移動しながら笑いだし始めた。

「ひっひっひっひ、あー、それは反則だ反則! 俺を「弱き」者を付け狙うものだって? これは、はっはっはー。くっ、ツボったなー。はっはっはっはっはっは……。」

彼女は辺りを移動しながら、笑い転げていた。

僕は冷や汗がはしり、キャスターも笑いつつもしばらく油断なく目で彼女を追いかけていると、突然その笑い声が止んだ。

「フゥーー……、やっと落ち着いた。さて。困ったことにどうやら嘘でもないらしい。どんなトリックを使っているんだか知らないが、このトリックスターに悟らせないとは、なかなかやるじゃないかキャスター! 」

「いやいや、それほどでも。ところで、トリックスターさん。あなたがトリックスターを名乗るのであれば、是非私たちを助けてもらいたいのだが。如何かな? 」

キャスターはここから逃げ出さそうとせず、逆に交渉に持ちかけていた。

「んー、流石にそこまでは無理かなー。一応敵同士だしー。でも、散々俺を笑わせてくれたんだ。少しは褒美を、いや、施しをやろう。」

そう言って敵サーヴァントはそのまま崖に背を向けたまま歩いて行き、こちらを向いてニカッと笑顔を作りながらこう言った。

「俺はサーヴァント・キャスター。でも、あんたらとはクラスは一緒だが格がまるで違う!故にこう呼んでもらおう。トリックスターのキャスター、と。」

彼女はそう言った後、そのまま腕を広げ崖下にするりと落ちた。

急いで二人でトリックスターのキャスターの行方を捜したが、全く何の痕跡も見つからなかった。

 

〜用語〜

・トリックスターのキャスター(1)

彼女にとっての「トリックスター」は強きを挫き、弱きを助けるよりかは、周りが思いつかないような行動をして状況をかき回す、という意味合いが強い。



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第5話 鎮火 〜獅子と老人と〜

「オォォォォォーー!!!!!」

キャスターと僕がそろそろ丘を降りようとしたところに、遠くから、あの恐ろしくも神秘的な声が轟いた。

その声に釣られて丘の上まで戻って来た僕たちは、いつ間にか変化した異様な光景を目にする。

 

空を彩るは夜の黒、炎の赤、そして月の白の三色の筈だった。

しかし、眼に映るはその全てを包み込むような薄い翠の光が、その全てを包み込んでいる。

発生源は街中央部にある唯一光が眩しい地点、そしてそこから噴水の如く光があふれていた。そこで一体何が起こっているのだろうか。

「ふむ、現在の機械というのは便利だな。少し君のスマートフォンを貸したまえ。」

同じように街中央を見つめていたキャスターは、急に僕のスマートフォンを要求してきた。

「どうするつもり? そもそもキャスターはこれの名前をどこで? 」

しぶしぶスマートフォンを渡しながらも僕は尋ねた。すると、

「まあ、待ってなさい。今、カメラの機能を強化するするから。……よし。後、情報収集は君が召喚時に気絶していた間に大体済ませておいた。これでも学者のサーヴァントだ。それくらいはするさ。」

なるほど。情報収集に長けた学者のサーヴァントだったのか。

……うん?

「学者? アダムが学者? 確かにどちらかというとそういう出で立ちだけど。握手したばかりとはいえ、よく分からない冗談はやめてくれよキャスター。」

と、僕はスマートフォンをいじりながら返答した。

「いやー、実は冗談ではなくてね。私は正真正銘学者、特に後世では経済、哲学の専門だと言われているね。」

至ってまじめにキャスター・アダムは答えた。

「いやいや。だってトリックスターのキャスターも嘘ではないって言ってたじゃん。どう考えてもあれを騙せるとは思ってないよ。」

「ああ、私もそう思う。だから、別に嘘は言ってないよ。恐らく相手が受け取った真実は別だったろうがね。」

「へ? よく分からないなあ、っと! 確かにカメラのアプリに見慣れないボタンがあるような?」

話をしつつも、僕はそれを押してみた。

すると画面が今まで見たことない表示になり、まるで望遠鏡とそのつまみを想像出来る様なものになった。

「もしかして、ここを回すと?」

「そう。つまみを回すとかなり遠くの方まで見える様になる。」

一旦キャスターの正体は置いておいて、僕は街の中心部の光の正体を探すことにした。

建物の合間を縫って光の正体を探していると、地面を走る光の線を発見した。

それは何かしらの模様、どちらかというと文字の様な物に見えた。

僕が何か発見し、それについて悩み始めた僕の様子を見たキャスターは、スマートフォンを奪い取り、

「どれどれ。多少の魔方陣なら解読してみせよう。キャスターだからね。」

と、意気揚々とそれを観察し始めた。

 

数分後。静かにスマートフォンを僕に渡してキャスターは呟いた。

「分からん。」

「キャスターなのに分からないんですか?」

今まで魔術師っぽいことはそつなくこなしていたキャスターだが、今回ばかりは分からないらしい。

「強いて言えば恐らくは魔方陣というより文字そのものだろう。となれば古代文字のいずれかであることは予測できる。あいにくそういう物には生前に縁がなくてね。」

キャスターは悪びれず、さも当然そうに言った。

結局のところ、誰がそれを書いたのかは分からず、諦めてその場を去ろうとして、ふと、それは真上にそれはいた。

 

その神々しくも猛々しい見た目から、それは恐らく街中で戦っていたサーヴァントの一騎であろうことが見た目から判断できた。

 

まず目に引くのはその男の頭の部分。

遠目では頭が獅子そのものに見えたが、強化されたスマートフォンのアプリでしっかりのぞいてみると、それは獅子の兜を被った壮年の男だった。

顎には白い豊かな長い髭を蓄えており、顔にはシワが目立っていた。

次にサーヴァントのクラスが分かりそうな獲物が一振り。

非常に分厚い剣だった。

これといった意匠が施されているわけでもないが、形は綺麗に整っており、素朴ながらも強烈なイメージを与えてくる。

そしてなによりも目を引くのはその厚さだ。果たして何cmあるのだろうか。

刃が端にいくにつれ薄くはなっているが、芯のところは中世の騎士が馬上で振るったランスの芯に勝るも劣らない厚さだ。。

その何kgあるか分からない剣を、サーヴァントは片手に軽々と握っている。

 

ここまで観察しきったところで事態は動き出した。

まず街中央の輝きがそのサーヴァント、(ここでは「獅子のセイバー」と呼称する)、に向かってゆっくりと伸び始めた。

それに呼応し、周りの光も獅子のセイバーに向かって集まり、街全体は柔らかな翠の光の流れに飲み込まれていっている。

それはさながら力強い竜巻の様な形になり、しかしながら、その光の流れは優しく街を巡り、脅威の様なものは見出せない。

 

そんな中、僕が目にした獅子のセイバーの行動はたった一手。

悠然と自身に集まった光の塊を、横一文字に薙ぐことだった。

それはシャーマンや神職の者が使う白い紙のついた棒、(大麻[おおぬさ]という)、で汚れを払う様に似ていた。

 

それを合図に光は一度、獅子のセイバーを中心にして円を作る様に拡散し、そのすぐ後に光の粒となって下にある街全域に降り積もっていった。

光の粒は火に当たると優しく弾け、その柔らかな勢いで火を少しずつ消していった。

 

僕とキャスターはその幻想的な風景に魅入られ、いつしか獅子のセイバーの事を観察することも忘れ、ただただ街の炎が消えていく様を鑑賞していた。

僕はその光景にどこか安心感を覚え、今までの激動の一日による疲れがどっと噴出し、気がつく間も無くに眠りについた……。

 

そして、キャスター・アダムは見届けた。

空が白み始めた頃、獅子のセイバーが全てを使いきり、消滅していく様を。

 

 

〜用語〜

・獅子のセイバー(1)

正体不明の剣士、と思われる壮年の男性サーヴァント。

キャスターが理解不能な文字を用い、最終的には街の炎の鎮火に勤めて消滅した。



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第6話 不協和音 〜ひび割れた日常〜

夢を見た。

 

皆は夢を見ている時、夢を見ている自分を自覚しているだろうか。

僕は余程楽しくて浮かれる夢ではない限り、自覚しているつもりだ。

なので、起きた直後は大抵夢の内容を覚えている。

 

しかし、今回は違った。確かに夢を見たという実感はある。

寝起きが悪いとか、興奮して跳ね起きただとかそういうものは無いが、確かに何かの夢を見たと身体が、脳が、心が訴えている。

 

僕は一体何の夢を見たのだろう。

あまり心がスッキリしないまま、いつも通り朝の用を足そうと階段を降りた。

 

「おや、おはよう。ところで、日本人はこのトイレを2人で使うのかね?」

トイレの扉を開けると、新聞を広げながら用を足す紳士、キャスター・アダムが悠然とうちの洋式トイレに座っていた。

「何やってるんだよキャスター! 家族にバレたらどうするんだ! 大人しく霊体化? だっけ? していてくれよ〜。」

そういえば昨日もどの様にして僕をベッドに運んだのか知らないが、家族にバレない対策をちゃんとしていたのだろうか。

すると、背後から、

「はっはっはっは。馬鹿言うなよ、航一。お前が連れてきた家庭教師だろう。」

と、父さんが窘めてきた。

これはキャスターが対策した結果なのだろうか。キャスターは用を足し終えてから、

「やあ、すまない、航一のお父さん。長くトイレを使ってしまったかな。」

と、何事も無しに父さんと会話をし始めた。

何のことやらさっぱりだが、ここはキャスターに任せて、トイレに行かせて貰おう。

2人の合間を縫って、素早くトイレの戸を閉めた。

戸の向こうから父さんの「長くなりそうなら言ってくれよー。」という声が聞こえた。

 

 

トイレの一件以降は何事もなく、日常が繰り返された。

異常を強いて言えば2つ。

1つはニュース。自分には関係なさそうな政治や芸能といったニュースはほとんどなく、新聞なら一面、ニュースなら特集という扱いで昨日の火事、そして、その後の迅速な鎮火についての内容が盛りだくさんだった。

確かに昨日あったことは現実だと確信する一方で、ニュースが伝えてきた内容は自身が経験した体験と所々異なるものだった。

まず火元はサーヴァント同士の争い、ではなく街の中心部に位置する小さな化学工場が爆発した事になっていた。

次に鎮火。僕はこの目で翠の光が火を消していくのを見たが、実際には光は消火に一切関係なく、消防隊の迅速且つ丁寧な活動により成し得た、という事になっていた。

ただ、街を覆った光は確かにあったらしいが、その光はまるで検討違いのものだ。

当時現場にいて救助された男性のインタビューによると、光は翠ではなく赤。しかもその赤は他県からも応援に駆けつけた消防車や救急車の明かり、だったそうだ。

 

どんな力が働いているかは知らないが、この街1つの事実を隠蔽するのは訳ないのが、どうやら今回の監督の所属する組織らしい。

 

 

2つ目はキャスター。

てっきりこのままずけずけと家に居座るかと思いきや、仕事があるとの事で、父さんと一緒に出て行ってしまったらしい。

見送った母さんがそう証言していた。

 

 

このままでは今後の計画も何もない。

聖杯戦争は昼間は基本、一般人からの魔術の隠匿のため行われないらしい。

しかし、魔術師ビギナーな僕でもそんなルールがあろうが、勝つ為なら破る気が満々なのだ。

他の参加者たちも考えないはずがない。

なので、霊体化したキャスターを通して、自分の部屋で色々と対策を立てたかったのだが……。

 

結局は母さんに怪しまれない様に、学校にそのまま行く事にしたのだが、僕は不安で不安でたまらなかった。

見送る母さんを見て内心、(このまま昼間に襲撃されたらごめんね)と思いつつ、僕は藁をつかむ思いで母さんに尋ねた。

「そういや、キャス……、キャテイキョウシさんはさ、いつ頃戻って来るとか言ってなかった? 」

「航一。あなた寝ぼけてるじゃないの。あなたの学校が終わるまでには戻るって言ってたじゃないの。家庭教師なんだから当然でしょう。」

……、少なくとも暗示か何かはばっちり効いていることは分かった。

結局僕は自分から行動を起こすことなく、すごすごと登校し、頭に全く授業が入らないまま昼休みの時間を迎えた。

 

「航一! 聞いてんのか! あの火事でお前の大好きな本屋、たたんじまうらしいぜ。」

「そりゃ、どうしょもないっていうか、それで済んで良かったというか……。」

昼食中に話しかけてきたのは友達、……だと僕は思っている内の1人、稲山淳一(いなやまじゅんいち)だ。

彼は僕が仲の良いグループのリーダー、というか唯一のアクティブな人間で、グループ外の人とも交流が多い。

ところが、そんな彼の趣味は意外にもオカルトだ。

暗いイメージのある趣味、と言っていいのか分からないが、彼は趣味だと言い張っている。

だからかもしれないが、実は根は暗く、こんな暗い僕らのグループにいるのかもしれない。

「いやいやいや。殆どの家屋が一部の立て直しで済んだのに、あの店だけ全焼だぜ。全く『なんでウチのところだけが……』って、安倍さんが嘆いていたよ。」

安倍秋良(あきら)。僕にとっては本屋のアルバイト店員、淳一にとっては憧れの大人である。

「憧れ」というのは、安倍さんがいわゆるオカルトな能力のある人だからだ。本人が言うには見えてはいけないものが見えたり、話してはいけないものに話しかけてられるらしい。

淳一は一度でもいいからそういう体験がしたくて、秋良さんに付きまとっているようだ。

しかし、結局のところ、淳一はまだオカルト体験をしたことがないそうだ。

「そっかー。全焼かー。そういう風になるのかー。」

「そういう風に? まあ、そういう訳でさ、駅前近くに静かな所で働けるアルバイト無かったっけ?」

「僕はアルバイトには詳しくないから分からないなぁ。」

頼られた時に役に立つようなことを少しも言えないのは、自分でも直したいと思っているが、逆にこのようなあっさりとした関係が、このグループの雰囲気だ。

 

それからは特に話すこともなく、いつも通り昼食を済ませ、いつも通り授業を受け、いつも通り下校しようとした。

帰宅路が同じ方向で、徒歩又は自転車の人がいないので、玄関でみんなとはお別れになる。

ここで、いつもとは異なる光景を僕は発見してしまった。

淳一がやたらと靴を履くのに時間がかかっていたので、どうしたことか見てみると、

「もっと大きい靴を買って貰うべきだったぜ。あー、イテテ……。」

原因はくるぶしが出ている靴下から見える、火傷の跡のようだ。

もうほとんど治りかけではありそうだが、見た目はかなり痛々しい。

「昨夜さー、丘の辺りでいつも通り散策してたら、運悪く火の粉が飛んできてさ。以外に火が大きくて、靴が燃えちゃったんだ。でも、まあ近くに救急車がいて、すぐ手当してもらったから大事には至らなかったけど……。やっぱり小4の靴はきついぜ。」

 

ーこれは、そうか。

昨日の夜の、炎が原因なのか。

しかも、丘の辺りの火の粉は多分、トリックスターのキャスターのものだろう。

 

どこか心の奥底に日常という蓋を無意識にしていた。

死ねかもしれない恐怖、殺すかもしれない恐怖、答えが見つかるかもしれない焦燥。

それらがまたこの日常という連続的ループの中にも、確かに、消えない爪痕を残していた。

「おい、航一。帰るぞ……って、なんだ。腹でも下したか?」

僕は何でもないと首を振って、すぐにみんなとは別れた。

僕は意識して胸を少しかき、いつもとは違う帰宅の一歩を踏み出した。



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第7話 決起来訪 〜交差する運命〜

「お帰り。よく無事に帰って来たものだ。」

「はは……。無駄に疲れたよ、キャスター。」

これからのこと、自分が今置かれた状況を考えながらの下校は、非常に精神的に疲れるものだった。

やっとのことで、自分の部屋に着いても一向に報われる気配は薄い。

受験勉強に対して漠然と「大変だなぁ」と思うことはあったが、実際に命の危機が迫っていると、「人間って頭が回るんだなぁ」とひしひしと実感させられているのだが。

結局、何もいい案は思いつかなかった。

ところで。

「なあ。まさかと思うがキャスター。僕のこと、死んだらそれまで程度しか、思ってないのか。」

「はははは。まさかまさか。マスターが居なければ私の願いが叶えられ無いではないか。」

キャスターにとっては大したことでは無いらしいが、僕にとってはこれからの人生は重大だ。

この戦いに参加するまではこんなこと考えもしなかったけど。

「『心配ない』、だけでは心配かな。では。」

僕の部屋で霊体化していたキャスターは突然実体化し、僕のベッドに腰掛けて言った。

「サーヴァントとしてだけではなく、家庭教師として、そして1人の大人としてアドバイスをしよう。」

キャスターは真摯に言い放った。

「君には無限の可能性がある。ならば、その可能性を、命を賭して試す自分に誇りをもちなさい。であれば、必然と答えは見えてくるはずなのだから。」

僕は色々と定まらずにこの時を迎えたが、キャスターのアドバイスはとても暖かいものだった。

目の前の問題は何一つ解決はしていないけれど、自身に誇りを持っていい。それは無機質な理屈よりも、確かに、僕の心に光を与えた。

 

ほっとしたところで、回転をし始めた頭には、目の前の人物に対してある疑問が浮かんだ。

「そのアドバイスは有難く受け取るけど、結局あなたは何者なんだい、キャスター。」

「なんだ……、てっきり学校で調べ済みなのではないのか。この学校の教育課程も見たが、私の名前、テストに出ているよ。」

「いや、その、歴史は選択制なんだよ。世界史はとってなくて。」

「……。経済の方なのだがね……。もう一度勉強し直したまえ。」

経済? そういえば一年生の時にやったような。

「しょうがない。時間もあまりないので端的に言ってしまうが、真名はアダム・スミス。ただの学者だ。覚えておきたまえ。」

と、キャスター、いや、アダム・スミスは何処かで見たことがある参考書から、彼の解説が載っているページを見せてきた。

「へぇー。なるほどなるほど。いやー、なんかそんな人習ったような気もするよ。了解したよ、アダム。」

色々書いてはあったが正直興味はない。経済嫌いだったし。

「約束の時間まで30分もないのだが、一言言わせて欲しい。もっと驚いたらどうかね。何故真名を偽造していたのか、学者のサーヴァントなんかでこの先勝ち抜けるのか、特に宝具は何なのか。」

「僕、初心者だし。」

よく分からない約束の時間まで、僕はキャスター・アダムの説教を受けた。

 

 

「キャスター。あなたのことはよく分かったよ。たださー、僕らは一応コンビなわけだから、一言言ってくれると助かるなー。」

「予測だが、なんだかんだ言ってチキンな君はこの話、断っていただろう。何度でもいうが、私1人ではまともに勝ち抜く事は不可能。よって同盟は必須だ。話ができる相手でむしろラッキーくらいに思わなければ、この先やっていけないぞ、マスター。」

(だからって、バーサーカーと組むかな〜、普通。)

もうどうしようもない愚痴を心の中に留め、これからの交渉は全てキャスターに丸投げしようと考えていると、

「ああ、ここだ。バーサーカーのマスターの家だ。」

どうやら約束の場所に、トウチャクシタヨウダ。

「キャスター、ここがどんな場所か知ってて言ってる? 冗談でマスターの精神力を削ったって、なにも面白くナイヨ。」

震えておかしくなる口調で、僕は半ば願うように質問した。

「はっはっは。私の情報収集能力を侮って貰っては困る。この家、いや、屋敷は地元でも有名な暴力団、所謂ヤクザのものだ。名前は氷室組で、今のボスは2年前に行われた内部抗争の末、前のボスの長男、氷室一徹になった。彼の影響力は大きく、半年程前に組の下っ端が若い女性に嫌がらせをしたと発覚した時は、自身の指を詰め、下っ端を斬り殺して、組総出で謝りに行った事はかなり有名だ。その時、殺人罪で投獄された」

「3日もしないうちに何故か無罪放免で解放。この事から、氷室一徹はこの街で殺人をしても無罪な、近寄ったらダメな人として認識されるようになっとさ。アー、おうちかえりたい。」

しかし、時遅く、実体化しているキャスターは玄関の呼び鈴を、何の緊張感もなく鳴らした。

「ジー、ジー、ジー……。」

「多分聞こえているか、もう、オサナクテイイヨ、キャスター。」

「いやぁ、マスターが緊張をしているからつい、場を和ませようと思ってね。」

ひょっとしてこの男、嫌がらせするのが好きなのかしら。

ギイっと、門が少し開き、目の鋭い男が出てきた。

「……、ふむ。刻限だ。入れ。」

ただそれだけ言葉を残すと、彼はゆっくりと奥へ向けて歩き始めた。

「では、遠慮なく。」

何故か意気揚々のキャスターの後ろに半ば隠れながら、僕は夜近くに寄りたくない場所No. 1の奥地へ、歩を進めることになった。

 

案内している男は黒の着物に、短髪の整った出で立ちだった。後ろからはあの眼光は拝めないが、あの目力からくる威圧感は直感的に幹部以上だろう。

幹部に案内させる組の者がこの屋敷の主人、そして、バーサーカーのマスター。

つまり十中八九、氷室一徹その人と僕は同盟を組むことになるのだ。

(キャスター。僕はどうしたら良い?)

流石にマスターとして一言も喋らないのは良くないのでは、と昔見た任侠映画を思い出して、心変わりした僕は助けを求めた。

(なぁに、堂々と構えていれば良いのだよ、マスターは。後、ややテンションが高いのには二つ理由がある。

一つはこの亜種聖杯闘争がそうさせるのだ。このシステムは最終的には聖杯降臨の儀式を効率よく進めるため、サーヴァントに戦いをしやすくするための高揚感を与えているらしい。それに今回は話をするだけだ。得意分野だから尚更名誉挽回と張り切りたくなるものさ。

二つ目は私の過去がそうさせるのだ。まあ、これは長くなるから詳しくは省略するが、一言で言うと「贖罪」かな。)

(?)

そう言われると気になるのが人間の性だが、いつのまにか大広間に到着したらしい。

男が襖を開けると、のっぺりと広がる畳の床の中央に、木製のテーブル。そして座布団が四つ置かれていた。

一つは埋まっていて、禿頭の和服の美男子、(優男いうよりかは整ってて清潔感があるイメージ)、が胡座をかいていた。

彼が氷室一徹なのだろうか。

僕が何処に座ろうか決めかねていたところ、案内していた男が禿頭の男の隣に座りながら話しかけた。

「待たせたなバーサーカー。これで漸く戦争が始められってもんだ。」

「ああ。だが、マスター。サーヴァントの方は兎も角だ。相手さんのマスターは色々と確かめる必要があると思うぜ。なぁに、これでも人の上に立つ者として見る目はあったつもりだ。まずは一献傾けて、互いを知る必要がある。」

「お言葉だが、うちの国では未成年は飲酒禁止だ。だが、私も部下を持つものとして、ビジネスパートナーにはある程度の能力は知らないといけない、という意味では賛成だ。」

二人は座って数秒座って過ごし、互いに顔を見ながら苦笑いし、先に席を立ったマスター、氷室一徹その人が茶等を取りに行った。

「そういえば使用人が見当たらないですね。人払いなら私の結界等で十分ですのに。」

サーヴァント・バーサーカーの目の前に座りながら、キャスターは話し始めた。

必然的に最後の席におどおどと正座した僕は、決して目を合わせないように視線をテーブルに向けて黙っていた。

 

数回の会話を終えて、サーヴァント同士は無言になった。

(………………………。)

念話をすることも忘れて、一刻も早くこの永遠とも思える沈黙が終わるよう冷や汗をかいていて耐えていたところ、気がつくと三人の視線、(いや、死線だろうか)、が僕に突き刺さっている事に気がついた。

「な、何か。」

いたたまれない僕はキャスターに視線を固定して聞いた。

「自己紹介。一応先方には名前は伝えてあるけどもね。」

至って真面目な顔で言うもんだったので、僕はもう観念して、正直に助力を請うことにした。

「僕の名前は原川航一、です。今日はこの戦いに勝ちたくて、助力をお願いしに参上しました。相手が誰であれ、……ではなくて、その、とにかくこれから宜しくお願いします。」

(終わった……、僕の運命も、キャスターの運命も。)

正直に言いすぎたようだ。つい氷室一徹という男の世間の認識が、本人の前で失礼なものだということがすっかり頭から無くなっていた。

「ふっ。」

小さく、僕はこの世最期の吐息を口からこぼしつつ、視線をテーブルまで戻した。

「くっ。はっはっはっはっはっは!! 」

まるで堪え切れないようにしてバーサーカーが笑い始め、

「私は良いと思うぞ。キャスターのマスターと聞いていたから、どんなに謀略好きかと思えば。私は生前でもう懲りたものだ。マスターとてそうだろう。」

と。自身のマスターに同意を求めていた。

(ドーユーコト?)

当然僕の心の中の疑問はスルーされ、マスターの方は特に表情を変えずに、

「あゝ。そうだな。航一君。面をあげてくれないか。それではこれからのことも話せない。」

と返答兼僕を会話に誘ってくれようしていた。

なんだ、この妙な空気は。

(キャスター。もしかしてこれは。)

(何も言わなくてすまなかったね、マスター。だが、これくらいもできないようなら契約を解消していたよ。交渉も殆ど済んでいるし、今日は最期の確認をするだけだからね。)

「キャスター!!!!!」

 

僕は高校生になってから久しぶりに怒りをぶつけた。

結果的にはこれも良かった行動らしかったが、この平常では絶対に行わないであろう行動が、僕自身を変えていっている事に気づくのは大分後のことだ。

 

〜用語〜

・アダム=スミス

【元ネタ】史実

【CLASS】キャスター

【マスター】原川航一

【属性】中立・善

【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力D 幸運D 宝具E

【クラス別スキル】

・陣地作成 E〜C

・道具作成 E〜C

【固有スキル】

・万象への興味 A

倫理、経済と二分野での書物を残したアダムではあるが、記述よれば科学の分野にも興味があったという。また、家庭教師を勤めたこともある経験から、様々な分野の質問にも答える機会があったことだろう。これらの事柄からこのサーヴァントは万象への興味、特に生前は関わらなかった新境地に関しては興味が倍増するスキルを持つ。

このスキルにより、道具作成の際は興味によって道具の質が変化する。

【宝具】

見えざる手(ゴッドハンド)

ランク:E 種別:対人宝具 レンジ: 0〜50 最大捕捉:1

自身が直前に触れたものに対し、真名開放することで引き寄せたり、振り回したり、突き放したりすることが出来る。

ただし、持てるものはてに付き1つで、勢いは筋力に依存する。

また、日本では「神の見えざる手」という訳が有名なため、神性が在るものには無効となる。

実のところ、これは本来の使い方ではないが直接戦闘では使えないため、本人が改良した。

【Weapon】無し

【補足】

ほぼ史実通り。「ほぼ」というのは、一人の人間としても描きたいので、性格や過去は独自設定となります。時代背景などを参考にしてはいますが、明らかな矛盾が有ればご指摘お願いします



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第8話 静と動 〜道化師退治前編〜

紙をめくる音が聞こえる。音の厚みからして、新聞紙を僕は読んでいるのだろう。

目の前は真っ暗で皮膚感覚はないが、確かに新聞紙をめくる音が一定の間隔で聞こえてくる。

いつまで続くのか分からないが、流石にこれが夢であることに僕は気づいた。

全く面白くもない夢なので早く覚醒しないかなと思っていたところ、新聞紙をめくる音が不意に止んだ。

そして、自分のものではない男のすすり泣く声が漏れ聞こえ始めた。

大人の声だ。その声はどこか悲しみ以外にも悔しさようなものが溢れていて、僕はなんとも言えない、もやもやとした気分になった。

基本、夢というのは脳内の記憶の整理という説を僕は推している。

しかし、この夢は一体僕の何処の記憶を整理しているのだろうか。

全く見当がつかないまま、それから変化がないまま、目の前が白みがかっていった……。

 

今日は土曜日。特に用事もないので、自由に活動できる日だ。……本来は勉強していた筈だろうが、こればっかりはしょうがない。

それにキャスターが来てから僕の自由な時間は無くなってしまったのだから、トリックスターのキャスターを倒しに行く夜までは、家でゴロゴロさせて貰おう。

(家庭教師のフリでいいのに、本当に勉強を教えてもらってるしなー。)

そっち方面の偉人であるだけあって確かに教え方もうまいと思う。

只、明らかに脳がオーバーヒートしていることは確実だ。

例を挙げると脳内整理のため週に一度くらいに見る夢が、ここ最近ずっと毎日見ているからだ。

朝も頭の回転の遅さが異常で、塩じゃけに塩をかけて食べてたり、緑茶を何回もこぼしたり、トイレでボーっとして遅刻したりと散々だ。

そんな訳で勉強し過ぎで疲れたと大嘘の会話を両親としつつ、部屋ではだらだら漫画を読んだり、小説を読んだり、昼寝をしたりして夜までの時間を有意義に潰した。

 

「では改めて確認しよう。私達キャスター・バーサーカー同盟はトリックスターのキャスターの討伐、もしくは戦力減少を目指す」

キャスターは氷室邸に集まった4人にこれからの計画を説明し始めた。

「ここ数日の調査で奴の行動範囲は大体掴めている。拠点は駅前のビルの屋上であり、何度も私の使い魔がここに戻って来るのを確認している。日が落ちるまではそこの屋上に過ごし、夜になると街に繰り出す。目的は不明であり、単純に遊んでいる様に外からは見えるが、実際のところは分からない。ここで問題なのはマスターが全く見当たらないことだ。キャスターが結界で隠している可能性もあるが、この前の私たちのやり取りを考えるとそれは考えにくい。よって、奴のクラスはキャスターで単独行動のスキルもないことから、魂喰いを市井の人に行うのも時間の問題だと考える」

ここでバーサーカーのマスター、氷室一徹さんが口を開いた。

「神秘の秘匿だがなんだか知らないが、一般の奴らに迷惑かけないのがウチの最大の規則でね。小僧ももちろん私もそうゆう事は看過ならない。だからサポートが得意そうな君達と組んで先に厄介ごとをなくしておこう、という訳だ」

先日の氷室邸ではあまり話をしなかったけど、彼の聖杯にかける願いを聞いて、僕はこの人を信じてみようという気になった。未だにあの氷室一徹と一緒にいることには現実感が湧かないけど。

「そうだ、一徹よ。たとえ時代が時代でも、どんな立場にあろうとも、戦いに無自覚な市民が殺されるのは心が痛む。俺のマスターがお前のような奴で本当に良かった」

……信じがたいことに今のはバーサーカーの発言だ。キャスターの話に聞く本来のバーサーカー像には大分かけ離れている。どうにもこれには理由があるらしいが、詳しいことはキャスターしか知らない。

もちろん真名もキャスターだけが知っている。万が一僕が拐われた場合色々吐かせないためらしいが、「絶対守る」的な言葉はないのだろうか。一応自分のマスターなのに妙にドライのところのある奴だと思う。

「組の長としてルールは真っ先に守るのが当然だからね。さて、具体的な作戦だが……」

 

 

夜の12時。街全体は寝静まり一つ、一つと建物の灯りが消えてゆく。

辛うじて駅前はまだ灯りの多くは灯っているが、人の流れは薄くまばらである。

しかし、駅近くのある一点。そこだけは人影が計5人しか見当たらないにも関わらず、辺りはいくつもの灯りによって昼のような明るさを保っていた。

 

「おいおい焦るなよ。これは炎を灯りとして使う魔術だ。別に待ち伏せされたからって直ぐに攻撃する訳じゃあ無いさ」

トリックスターのキャスターは上機嫌に言った。対して僕のキャスターは

「確かにこの炎に敵意はないらしい。だが、貴女の気分一つで私達を焼き尽くす炎に出来る、という事も事実だ」

僕らはトリックスターのキャスターを工房から誘き出し、2日前から作ったキャスターの簡易陣地で襲撃する事に成功した。

その筈だったのだが……。

「おい。キャスターとそのマスター。私達バーサーカー組はこの四方を囲む炎には手だし出来ない。近接戦闘以外では役に立たなそうだ」

バーサーカーのマスター、氷室一徹が僕のキャスターに小型マイクを通して口頭で伝えてくる。

「バーサーカーの彼だけならある程度は特攻出来ますが、そのマスターまで燃やされてしまっては意味がない。……参りましたね」

小型のイヤホンを通してその会話を僕も聞いていた。そして、これから僕達はどうなってしまうのだろうかと、すぐ近くにに浮いてる沢山の炎を横目に襲撃直前を思い返した。

 

 

「トリックスターのキャスターは予定通り餌に誘われて、目的地に着きました」

「了解。こちらバーサーカー組はいつでも攻撃出来る。合図をどうぞ」

キャスターのマスターである僕、原川航一はバーサーカー組と一緒に簡易陣地内の物陰で待機していた。

手筈通り遊び人に変装したキャスターがあのトリックスターのキャスターに面白い場所があると騙し、ここまで連れてくるまでは全て計画通りだ。

後は合図とともに素早く陣地を発動し、察知される前に強化されたバーサーカーが葬り去る。

余程肉弾戦が強いキャスターでなければこれで倒せるし、仕留めきれなくとももう一度陣地を発動させ、トリックスターのキャスターを吹き飛ばす。そして距離を取りつつ退却する。

何があっても相手は無傷では済まないだろう。基本的な戦術はバーサーカーが考え(本当にバーサーカーか?)、魔術的要因を僕のキャスターが補強した完璧な作戦だ。

「本当にこんな所にあるのかぁ? 面白いとこぉ。人っこ1人いねぇじゃんか。嘘ついたら燃やしちゃうぞ〜」

酔っているのだか知らないが、やや顔の赤いトリックスターのキャスターは変装した僕のキャスターに絡んでいた。そういえば前会った時と服装が違うが、駅前で購入したのだろうか。派手な色使いの洋服にダメージジーンズと、かなりパンクと言えば良いのだろうか。髪色も変わっていて、その瞳と同じ紅に染まっている。最も瞳の紅は彼女の顔にかけているサングラスに隠れてかなり分かりにくくなっているが。

「それには及びませんよプレイガール。ここは穴場。知る人ぞ知る遊び人の秘密の場所でもあるのです。ここから眺める景色はもちろん絶景ですが、ここから打ち上げる花火をみるのまた絶景。この場所は静と動の二つの感動を味わえる魅力的な空間を創造できるのです」

「花火? 火かぁ〜。そりゃ楽しみだ!」

二人は歩を進め、遂に簡易陣地の真ん中で止まった。

「ではまず花火を打ち上げますので、そこで空を見ていてください。私は打ち上げの準備に向かいます」

「おーおー。楽しみに待ってるよ」

この会話の十数秒後、トリックスターのキャスターから離れた位置から僕のキャスターは花火、すなわち合図を打ち上げた。

目にも止まらなぬ速さでバーサーカーが動き、得物の日本刀でトリックスターのキャスターを切り捨てた。

しかし、出たのは血ではなく炎であり、余裕綽々に彼女は右手を上げてこう言った。

「火が弱い。火はもっと激しく、情熱的に魅せるべきかな!」

パチン! と指を鳴らした途端、トリックスターのキャスターは炎となり飛散し、それぞれが火の粒となり、さらにそれらが辺りに拡散した。

地面に広がった炎は簡易陣地を焼き尽くし、絨毯の様に広がった炎は同盟の四人を取り囲み、空に広がった炎は一点に集中し、トリックスターのキャスターを再形成した。

空中に足を組んで浮かぶトリックスターのキャスターは言った。

「いやぁ、面白い策だったぞ! 確かにここは穴場だ。サーヴァント2体と遭遇するとはね」

完全に僕たちの作戦は失敗に終わった。

 

 

あれから膠着状態が続いている。一応僕のキャスターが色々と交渉しているようだが、相手はなかなか首を縦には振ってくれない。

対してバーサーカー組は本当に策がないらしく、淡々とことの成り行きを見守っていた。

「花火がもう少しマシなら、今回も見逃してあげたんだけど……。だからといって弱者を一方的にいたぶるのもなぁ。観客がいるわけでもないし」

「そうですよ、トリックスターのキャスター。確かに私達は敵意を持って貴女(あなた)を奇襲しました。しかし、それは理由あってのこと。私達の話を少し聞いてくれるのならば、確かに納得出来ることでしょう。現代を楽しんでいるあ貴女(あなた)なら尚更に」

「うーん、でも放って置くと次は無さそうだなぁ。君達も俺も。まだ消えたくないしなぁ。……よし! こうしよう! 質問を3つ許すから、その内容次第では条件付きで見逃そう」

「少しマスターたちと話をしてきていいかな。出来ればこの周りの炎を取っ払って欲しいのだが」

僕のキャスターが要望するとトリックスターのキャスターは指をまたパチンと鳴らした。

すると僕たちの纏わりついていた炎は忽ち消えた。

(ふう………)

心の中で一息ついてから、僕はみんなと合流した。

 

開口一番にキャスターが言った。

「これはまたとないチャンスだ。この際私達が知りたい情報を引き出してしまおう」

「それにはバーサーカー組も賛成だ。しかし、逃げ切る為には令呪が必須だろう。君達はどうするつもりかな」

「それは……」

僕は言葉に窮した。理由は明白だ。僕の令呪は僕にとってとても負担がかかるものだ。恐らく次はない……と思っている。

あの胸から身体が焼け落ちるような感覚は忘れらることは出来ない。

僕がそのことを思い出して冷や汗をかいていると、キャスターは肩に手を乗せて穏やかな顔で「大丈夫だ」と言ってから、バーサーカー組に話しかけた。

「質問を私に任せてくれれば大丈夫だろう。なに、彼女の考えていることは、ここに来るまでの会話とここにきてからの行動で大体察しがついている。失敗した時は即刻令呪を使って脱出してくれ」

「……ああ、分かった。健闘を祈る」

何かを察した氷室一徹は僕を一瞥してから元の場所に戻っていった。

「ちょっといいか小僧」

「あっ、はい」

何を思ったかバーサーカーが話しかけてきた。何故彼はマスターについていかないんだろう?

「覚悟は出来てるか?」

「えっ、どうゆうことですか」

声を潜めてさらにバーサーカーは言った。

「お前のサーヴァント、死ぬ気だぞ」

「え?」

何をこいつは言っているのか、頭が受け付けなかった。

確かに状況は絶望的だ。後にも先にも道は見えない。

しかし、僕のキャスターはそんなことで諦める男ではない。丘での窮地でも彼は弁舌を弄して、見事トリックスターのキャスターを騙くらかした。

今回だってきっと何かしら策を巡らしてのことだろう。

きっとそうに違いない……。

 

「では最初の質問だ。貴女の目的は何だ?」

「非常に簡潔でよろしい。まどろっこしいのは嫌いだからな。俺の目的は最終的には受肉だ。最終的には……」

「ありがとう、マイシスター。では次の質問だ。君のマスターは生きているのかね」

「……、生きているし、死んでいるとも言える」

「では……、最後の質問だ」

淡々と繰り替えされた応答。さっきまで多弁なキャスターは何処へやら。無力な自分を自覚することもなく、(何度目だろうか)僕の頭は真っ白になる。

「その趣味の悪い派手な服はどこで買えるのかね?」

次の瞬間、満面の笑みを浮かべたトリックスターのキャスターは左手をパチンと鳴らした。

そして、僕のキャスター・アダムは苛烈な火柱に包まれた。

 



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第9話 静と動〜道化師退治後編〜

「あっ……、キャスター?」

問いかけても返事はない。そこにはただ火柱があるだけだ。

それでも僕は消え入りそうな声で問いかけた。

「キャスター?」

当然何度呼びかけても返事などある訳がない。対魔力の高い三騎士なら瀕死くらいで済むかもしれないが、僕のキャスターに対魔力はない。

(僕のキャスターは死んだ? キャスターは死んだ。もう、帰っては来ない)

頭で考えるより先に身体が動いた。受け入れられないと心が叫ぶ。火柱で見えないトリックスターを睨み据えて、僕は突撃……したかった。

実際は一歩も踏み出せず、襟首を捕まえられて持ち上げられ、後方に投げ飛ばされた。地面に激突するよりも早く男の腕に抱えられた僕の視界からは、火柱に突撃するバーサーカーが見えた。

「今は引くぞ」

簡潔に一言だけ、氷室一徹は僕に向かって言うと踵を返して走り出した。

背後が気になり何度も振り返ったが、そこにはただ火柱が立ち昇っているだけだった。

 

〜数日後〜

僕は町の外れにある教会に来ていた。宗教を気にしたことはなく、特に興味もなかったため、実際に訪れるのは今回が初めてだ。

その教会は立地条件が悪いからか建物がやや傾いていて、埃等の汚れが見当たらない割にはみすぼらしい外観、内装だ。喜んで立ち寄る高校生なんて僕の友人くらいだろう。

そんな教会に来た理由はただ一つ。令呪の返還だ。

僕はキャスター・アダムがトリックスターのキャスターに倒されてから、ずっと、体調を崩してしまっていた。あの退却戦っきり氷室一徹からの連絡は途絶えたままだったが、そろそろ学校に通えるくらいに体調が回復したころに、サーヴァントを通してその後の亜種聖杯闘争の経過を報告してくれた。

驚いたことにこの闘争はもう終盤に差し掛かっていた。気がつけば残りのサーヴァントはバーサーカーを含め三体となり、それぞれが漁夫の利を狙う膠着状態になっているらしい。

この状態を解消するため、監督役の人物は期日を設け、その日までに決着がつかない場合は令呪を一画返還させるというルールを追加した。返還する令呪が尽きた段階で強制的に脱落となる。

ここで厄介なのは残りの三体の内の一体がアサシンであり、そのマスターは令呪を使い切っていることだ。死に物狂いで期日まで足掻くことだろう。そこで、もし。

アサシン組が君を見つけたらどうするだろうか……?

 

「ようこそ脱落者。ここは中立にして不可侵の領域。汝の生命は今、ここに保証された」

神父、祭司、牧師のどれとも言い難い出で立ちの人物に迎えられ、僕は令呪を返還するために手術を行う運びとなった。

「えっと、僕の令呪は胸にあるんですが、服を脱いだほうがいいですか」

「是非そうしてくれ。わざわざ手術の失敗率を上げるのもおかしかろう。それに……」

「それに?」

「薄々気づいていると思うが、場所が場所だ。失敗すると命に関わる」

「……それでも毎日命を狙われて過ごすよりはマシです。僕にはもう戦う理由もないですから」

そうだ。戦う理由はキャスター・アダムと共に霧散した。彼と共に勝ち抜くことこそ、僕がこの闘争に関わる唯一の理由だった。

僕はベッドの上に横になり、上着から順番に脱いでいった。近くの椅子に腰かけた監督役は会話を続けた。

「ところで。君は本当にこれで良かったのかね。まだ令呪はある。君が望む限り、どんなに勝ち目は薄くとも戦い続けることは出来る。せっかくこちらの世界に来たんだ、もっと楽しんだらどうかね」

服装で人を判断するなんて僕もまだまだ甘い。こいつは祭司、神父、牧師のどれでもない。倫理のカケラもないただの狂人だ。

「僕が一人で戦い抜くなんてとても、とても。本当に死ににいくだけですよ、それは」

僕は服と共に投げ捨ているように答えた。

「そうか、それは少し残念だ。しかし、同時に私は嬉しくもある」

「え?」

その言葉の真意も知る由もなく、僕は深い眠りに落ちていった。

 

これは夢だ。今までになく曖昧な感覚だが、同時に心では確かに分かる。

僕はある男を一部、不透明な感覚で見ていたのだ。知識の探求に一生を捧げた男、アダム・スミスという学者の一端を。

そして、今までの不可解な夢が全て彼の記憶だったということが分かった。

「なぜだ。こんなにも苦しい人々がいるのに、見て見ぬ振りができるのだ。どうして心が痛まない。一体どれほど歴史が進めば皆が皆を思いやれる世界になれるのだろう」

男は悲しかった。結局の所、自分が出した本が出て何年も経った21世紀でも、誰かを思いやる世界はまだまだ遠いという事実に直面しただけだった。

「確かに私の生きていた時代よりは明らかに平和だ。特にこのニホンという国はその傾向が顕著だと言える。しかし……」

男は複雑な気持ちだった。サーヴァントとなった今でも共感する能力を高く持ち続けていた。いや、寧ろキャスターというクラスのせいか新しい魔術という広がった世界はより他人への共感を促進させていた。

「所詮は仮初めの平和。皆満たされぬ故か、暗い顔をして他人を、ひいては自分を疑って生きている。生きているのか、死んでいるのか、心は乾いたままだ。これでは戦争という大義名分も市民にとっては必要最低限の悪だったのかとさえ錯覚する。望むもの、望まないもの両者にとってもだ。……マスターが君のような若者で無かったら、世界の破滅を願っていたかもしれないな」

キャスターは一呼吸を置くと、独白を再開した。

「私は家庭教師だった頃を思い出していた。あの時は……まだ私は分からないことだらけで、自分のことで精一杯だった。仮にも先生だというのに。まあ、それほど生きること、学ぶことに必死だったという訳で勘弁して欲しい。だからだろうか。一度死んでお粗末にも英霊という影法師の立場で家庭教師をすることは新鮮だった。君はどうだったか知らないが、亜種聖杯闘争に関わるより何倍も家庭教師を務めている時が幸せだった。これが教え、教えられるということかと実感出来た。そして同時に希望を持つことが出来た」

正直なところ僕は生きるのに精一杯でそれどころではなく、話半分に聞き流していたのが現実だ。でも、でもだ。僕の何処に希望を感じたのだろうか?

「詳しい説明は君の部屋の使ってないノートにメモしておいたから、家に帰ったらじっくり読んでくれ。今言えるのは君の根元が恐らく破滅のような自身に対して危険なものであるということだ。令呪を無理矢理身体の中に埋めて込まれたことで変質したのか、元からなのかは定かではない。そして私は気がついた。こんな危険な性質を持つ君でも十分に分かり合えること、それがささやかでいて確かな希望になったんだよ」

なんとなく上辺だけは理解できたが、本当にそんな小さな希望で良いのだろうか。話のスケールが違いすぎて、とてもじゃないけど実感が湧かない。

「ああ。こんな小さな希望だからいいんだよ。それに時にはその乾いた心が助けになることもある。亜種聖杯闘争という非日常の夢から自力で目覚め、今一度現実を生きていくことへのね」

それは、流れでというか、死にたくないからというか。……あぁ、そうゆうことか。

「よかった。これで家庭教師として教えるべきことは教えられたかな」

そう呟くと夢の中のキャスターは背を向けて歩き出した。え、これでお別れなのか。

「これがロ、いやトリックスターのキャスターとの契約だからね。今ここに契約は成立した」

確実に遠ざかるキャスター、身動きできない僕。必死にかける問いももう彼には届かない。

最後に彼はゆっくり振り向いて、屈託のない笑顔を浮かべた、ような気がした。

 

 

 

エピローグに続く

 



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