転生者の魔都『海鳴市』 (咲夜泪)
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プロローグ 01/十人の転校生

 

 ――『正義の味方』は絶対的な窮地でも颯爽と現れ、必ず助けてくれる。

 

 暗い暗い絶望の淵、私はひたすら願いました。この地獄のような奈落のどん底から、いつかきっと、誰かが手を差し伸べてくれると。

 一片の淀みなく信仰し、毎日毎日、敬虔に祈り続けました。それが唯一の救いと信じて疑いませんでした。

 

 ――けれども、私の前に『正義の味方』は一向に現れません。

 

 飛び切り性根の歪んだ魔術師に、毎日毎日、耐え難い責め苦を味わされているというのに、誰も助けに訪れません。

 いつになったら『正義の味方』は現れるのでしょうか?

 何か条件があるのでしょうか。助けを必死に切望する傍ら、私は真剣に考える事にしました。

 

 ――絶対的な窮地に陥らなければ現れないのでしょうか? 私の祈りが足りないのでしょうか?

 

 ある日、一つの結論に至りました。

 私をひたすら虐め、苦しみ悶える私を見て嘲笑う悪魔のような魔術師。

 それでも彼は『正義の味方』が現れて倒すほどの『悪』ではないのでは?

 その瞬間、絶対的な悪の権化だと思っていた魔術師は、ただの枯れ果てた老人にしか見えなくなりました。

 掴めばすぐに手折れるほどの、取るに足らぬ、か弱い存在に――。

 

 ――『正義の味方』には相応しき舞台、相応しき役者が必要なのです。

 

 刺しました。焼き払いました。苦しめました。泣かせました。蹂躙しました。絶望させました。犯しました。狂わせました。殺させました。死なせました。殺しました。

 無実の罪を被せて打首にし、干乾びらせて餓死させ、人の尊厳を奪い尽くして飼い殺し、戦禍をもって幾多の人生の成果を破壊し尽くしました。

 

 ――さぁ『悪』の準備は整いました。宇宙の誰もが認める『悪』は此処に居ます。

 

 いつか『正義の味方』が私の前に現れた時、私は問いたいのです。

 何故、貴方は私を助けてくれなかったのですか。何故、あの時に現れてくれなかったのですか、と。

 私の人生の意味は、その質問が全てです。ですからそれを答えられる『正義の味方』を、私は誰よりも切望し、恋焦がれ、待望し、熱望し、待ち望みました。

 こんなに素晴らしい事はありません。だって『悪』は絶対に許されず、相応しい罪罰をもって絶対に裁かれるのです。それが正しい物語なのです。

 私のような『悪』が許されて良い筈が無いのです。それは天と地が覆っても、違えようの無い摂理なのです。

 

 ――『正義の味方』を自称する叛徒は一人残らず壊滅し、結局、私の目の前に『正義の味方』は現れませんでした。

 

 此処に至って漸く認めざるを得ませんでした。

 信じられない事に、この世界に許されざる『悪』は無数に存在すれども、それを打ち倒す『正義の味方』は一人も存在しなかったのです――。

 

 

 01/十人の転校生

 

 

 ――初めに白状すると、今年の四月から『私立聖祥大付属小学校』に転校となった自分こと秋瀬直也は『三回目』の人生を謳歌している、極めて奇妙で数奇な運命を辿った人間である。

 

 前々世、つまりは幾多の物語を見る側だった時の頃の記憶は最早薄れ、思い出す事すら困難な始末。

 だが、自分の場合は『二回目』の人生は似たような世界に生まれ、同じようなサブカルチャーに触れている為、今世である『魔法少女リリカルなのは』についての情報は十分と言える。

 

「――だけど、自分を含めて転校生十人って幾らなんでもおかしいだろ……」

 

 流石に『銀髪赤眼のアルビノ』だとか『オッドアイ』とかいう外見からして解り易い際物は居なかったと思うが、十中八九自分と同じ『転生者』なんだろうなぁと危惧せざるを得ない。

 

 ――はっきりと言ってしまえば、原作なんぞに関わる気力など欠片も湧かない。この海鳴市に引っ越して来たのも両親の都合、偶然の産物である。

 

 主人公グループ、『高町なのは』及び『アリサ・バニングス』『月村すずか』達は美少女と呼ぶに差し支えない可愛らしい少女だったが、こちとら精神年齢が逸脱し過ぎていて孫のような存在にしか映らない。

 恋愛感情などを抱くには小さすぎるという訳である。精神的に不釣合いとも言えるし、今更初恋の如く熱中など出来よう筈が無い。

 二次小説などで何であんなに小3の子供と恋愛したい連中が大量に発生しているのか、疑問に思う次第である。

 

(つーか『リリカルなのは』は『As』までだろ、常識的に考えて)

 

 後の作品など知らん。一応『StrikerS』は見たけど、その後の『何とか戦記?』も合わせて黒歴史だろう。

 原作に面倒事に態々首を突っ込む気にもなれないし、何もしなければ勝手に解決する問題に関わる気にもなれない。

 バイオレンスな生活は前世で散々体験したので、家の隅っこで熱い日本茶を飲みながらのんびりと暮らすような、小さな幸せを噛み締める生涯をこれでもかというぐらい切望しているのだ。

 

(ふふふ、幾ら同じクラスとは言え、原作キャラに喋りかけなければフラグも何も立つまいっ! この一年さえやり過ごせば物語の舞台はミッドチルダに移るしな)

 

 ――けれども、そんな些細な日常はいつも唐突に現れる理不尽によって完膚無きまでに破壊される事を、自分はこの三度目の短い生涯の中でどうやら忘れていたようだ。

 

 

(……影? いやいや、道のど真ん中に唐突に発生するもんなのか? ――え? 人間? まじデケェ……!?)

 

 

 そしてそれは帰り道、下校途中の道のど真ん中に堂々と立っていた。

 背丈は二メートル前後でガタイは極めて良く、その威風堂々な立ち振舞いは明らかに常人離れしていた。

 春先にも関わらず、厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを首に巻いて悠々と靡かせる。

 

(年は二十代前半か? それにしても、幾ら何でも、暑くないのか?)

 

 染めていない黒髪は全て後ろに掻き上げられ、まるで侍の丁髷のように乱雑に纏められている。

 サングラスからその両眼の様子は覗え知れない。

 左腕には高級そうな金の腕時計、靴はヘビ柄の高級そうな革靴、首にはこれまた高級そうな金の首飾りが爛々と輝いており――もしかしたら「その筋の人では?」と危機感を抱く。

 

(……おいおい、一体何の冗談だ。大きく迂回する子供達を無視して、オレだけを凝視している……!?)

 

 よくよく見れば、純白の外套には雪の結晶を模したような金の刺繍が所狭しと施されており――この常軌を逸脱したハイセンスな奇妙な服装に、何故だか知らないが、何処か懐かしい悪寒を覚えた。

 

「十人の転校生の顔写真を見た時、一番興味を引いたのは君だった。――ああ、勘違いして貰っては困るが、別に性的な意味では無いぞ? そんな趣味は無い」

 

 その男はサングラスを徐ろに外し、凄味のある鋭い眼差しでオレの眼を射抜いた。

 まるで幾多の修羅場を潜り抜けて来たような、それはある種の予感を抱かせる鋭利な眼だった。

 

「直感的な意味でだ、運命と言っても良い。実際に出会って確信した処だ」

 

 一体この奇妙な男が何を言っているのか、頭に入らない。

 今までの人生で止事無き人に目を付けられるような生活は送ってないし、今後ともそんな風来坊な人生を送る気も無い。

 ごくり、と唾を飲み干す。何が何だか訳が解らないが、本質的な部分でオレは奴に強烈な警戒心を抱いている――!?

 

 

「――『スタンド使い』は惹かれ合う。それはまるで引力のように互いを引き寄せる。初めましてだな、秋瀬直也。三度目の人生は満喫しているかね?」

 

 

 ――『スタンド使い』、その懐かしい言葉が耳の鼓膜を叩き、余りにも平和惚けしていた自分に殺意を抱いた。

 既にあの奇妙な男は何気無い動作で此方に踏み寄っていた。呆けている間に間合いを詰められていた……!?

 

「――申し遅れたが、オレの名前は冬川雪緒。実に寒そうな名前だろう? 前世からの付き合いだが、余り気に入ってないんだがね」

「それ以上近寄るなァ――ッ! 其処で立ち止まりやがれェッ!」

 

 声を限界まで張り上げ、その奇妙な男から大きく距離を離す。

 がつんと、平和惚けしていた思考から戦闘用の思考へ一気に切り替える。

 奴が無造作に近寄った事から奴のスタンド能力の射程は十メートル以下、恐らくは近距離型だろうか。

 中途半端な遠距離型で非力な自分が近寄られたら――抵抗一つすら出来ずに殺される……!

 

(まさか『リリカルなのは』で同じ『スタンド使い』に遭遇するとはな……! 『スタンド使い』に常識は通用しない。いつ仕掛けられるか、いや、もう何かを仕掛けられているのかもしれない……!)

 

 こんな町中で昼間から堂々と仕掛けて来た事から――恐ろしく厄介な初見殺しを持っていると推測出来る。

 そして『スタンド使い』という人間は人が溢れる白昼堂々でも仕掛けてくる人種である。一般人には『スタンド』を見る事すら不可能なのだ。此方が何をしているのか、結果でしか理解出来ないだろう。

 世を忍ぶ魔術師とか魔法少女とかのように人目を気にする必要は皆無なのである。

 

(どうする? 此処で応戦するか、逃げるか。いや、相手から仕掛けられた以上、逃げても意味が無いし、相手の意図を確認するのが最優先だ)

 

 少なく見積もっても、現状では奴の射程は十メートル未満だと思うが、油断は出来ない。その憶測の射程距離すら擬態かもしれない。

 冬川雪緒と名乗った男は此方の戦闘態勢を見て、不思議そうに驚いたような表情を一瞬浮かべ、即座に両手を軽く上げた。

 

「おっと、すまんすまん。戦闘の意思はこれっぽっちも無いんだ」

「初対面の人間で、そして『スタンド使い』であろう者の言葉を信じろと?」

「これから知り合えば良い。もしかしたら仲間になるかもしれないのだから」

 

 冬川雪緒はにこやかもしないでそんな事を言い放つ。

 確かに敵対する理由など現状では欠片も見当たらない。本体を堂々と曝け出しているのだ、奇襲による初見殺しをするには少々状況がおかしい。

 

(少なくとも、今現在は危害を加える意思は見えない、か)

 

 ……本当の事を言っているかは解らないが、とりあえずその言葉に嘘は無い。自分の直感を信頼する事にする。

 

「今の海鳴市の現状を理解して貰った上で、今後の事について話し合いたい。時間の都合は良いかね? 長丁場となる」

 

 

 

 

 案内された先は何処にでもあるような居酒屋であり、オレは冬川雪緒と名乗る奇妙な男に奥の個室に案内された。

 傍目から見れば、大の大人が小学生を連れ込んでいるという通報級の怪しい風景だが、この際、気にしないでおこう。

 目の前の男も自分も、その普通という範疇から大きく外れているのだから。

 

「うちの系列の店だ。好きなものを頼むと良い」

「冬川さんと言ったけ……? アンタ、ヤクザなのか?」

「……さん付けは不要だ。目上への礼節は確かに重要な事だが、こと『転生者』において年功序列など無意味な概念だろう? そして質問の答えは『Yes』だ。日本で『ギャングスター』と名乗れないのは実に残念だが」

 

 冬川雪緒と名乗るヤクザは店員に軽いツマミとオレンジジュースを頼み、オレはアイスコーヒーを頼んだ。

 スタンド使いでギャング――第五部のジョルノ・ジョバァーナと同じような事をしているのだろうか?

 それにしても冗談の一つぐらい言えるのか。無表情の真顔なので少々解り辛いが。

 

「――此処が『魔法少女リリカルなのは』の物語の舞台である事は知っているな? 二次小説とかは割と活発だったが、見ていたかね?」

「……ああ、転校先に高町なのはが居れば、否応無しに実感するよ。二次小説の方は結構見ていたよ。今となっては遠い昔の事だがな」

 

 そんな魔法少女が活躍する舞台裏でギャングスターなスタンド使いがいるとはどういう組み合わせだ? ミスマッチも良い処である。

 とは言え、スタンド使い、尚且つ『三回目』の人生――つまりコイツも、『ジョジョの奇妙な冒険』で一生を過ごし、『魔法少女リリカルなのは』の世界に再度産まれたという事か。

 

(自分と同じ状況ならば、その『三回目』の転生者の外見は両親が違うのに『二回目』とほぼ同じ、名前すら同じ、そして――保有する能力すら恐ろしいほど『そのまま』だ。かくいうオレのスタンドも成長した段階だった)

 

 自分の他にそういう反則的な特権持ちがいる事を想定していなかっただけに、混乱が大きい。

 逆に考えを改める必要がある。自分という特例があるのだから、他に居ても然程不思議では無いらしい。

 

「では、まず現実を知らせよう。高町なのはと同世代の転生者は、海鳴市では君を含めて『十人』しか存在しない。更に言うならば、君達転校生だけだ」

「……は? ちょっと待ってくれ! 転校生の全員が全員転生者かと疑ってはいたが、何で他に転生者がいないんだ……!?」

 

 今、自分が居るのだから、最初から高町なのは達と同じ世代の転生者が在校していても然程不思議ではない。

 その時、ちょうど店員が現れ、自分の前に冷たいコーヒーにミルクと砂糖を、冬川雪緒の前に枝豆と小粒の葡萄、そしてオレンジジュースを置いて出ていった。

 

「二年前のとある事件で粗方駆逐――いや、言葉を濁らせる意味もあるまい。一人残らず『殺害』されたからだ」

 

 驚く自分を余所に、枝豆に手を伸ばして黙々と食べながら、冬川雪緒は眉一つ動かさずにそんな事を語って聞かせた。

 

「二年前、次元世界の彼方からトチ狂った吸血鬼が海鳴市に来訪した。『ジョジョの奇妙な冒険』の、つまりは『石仮面』の吸血鬼だな。その糞野郎の動機は今となっては不明だが、主人公世代の転生者を対象に一家郎党皆殺しを日夜繰り返した。これを第一次吸血鬼事件と呼称するか」

 

 話を聞きながら、ぎこちなくミルクと砂糖をコーヒーの中に放り込んで備え付けのスプーンで混ぜる。

 彼の言う『石仮面』は『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部に出て来たキーアイテムであり、他者の血を石仮面に垂らす事で仮面の仕掛けが発動、伸びた骨針で脳を刺激し、未知のパワーを引き出して吸血鬼にする道具である。

 太陽と『波紋』という弱点を突かれなければ、石仮面の吸血鬼は相当厄介な存在だろう。

 

「二回目の犯行で吸血鬼の行動原理が大体掴めたんだが――此処で問題だ。同年代の転生者だけに狙いを絞った吸血鬼の犯行を前に、他の対象年齢外の転生者はどうしたと思う?」

「どうしたって、当然力に自信のある奴は逆に討ち取ろうとしたんじゃないのか?」

 

 普通に考えて、そんな異物が身近に存在するなど許しはしないし、誰も望みはしないだろう。

 だが、帰ってきた答えは想像の斜め上を行くものだった。

 

「いいや、違う。此処の住民にそれほど甘い選択を期待するな。――答えは簡単、傍観だ。何せ邪魔者を勝手に葬ってくれるんだ、喜んで静観するだろうよ」

 

 驚いて慌てて顔を上げると、冬川雪緒は顔色一つ変えない能面でせっせと葡萄を口に入れ、噛まずに飲み込む。

 幾ら種無しで小さな粒の種とは言え、勿体無い食べ方――ではなく、冗談抜きで常人では考えられない思考に至っていると、理解出来ないが故の恐怖を覚える。

 

「吸血鬼は土地勘が無いのに関わらず、優秀な働きをしてくれた。現地での手引きがあったにしろ、一週間足らずで高町なのは世代の転生者を悉く平らげたんだ、称賛に値するさ。――理解出来ないという顔だな、秋瀬直也」

「……ああ、何でそんな見捨てるような事を誰も彼も平然と出来たんだ? 助け合うとか、そういう健常な結論には至れないのか?」

 

 無情な見殺しを誰も彼も実行した事に、少なからず嫌悪感を抱く。

 そんな青臭い感情を見抜いてか、冬川雪緒は溜息を吐いた。それはまるで出来の悪い生徒に決定的な間違いを指摘する教師のような、明らかに見下した表情だった。

 

「例えば二人の『転生者』がいて、仮に同じ目的だったとしよう。共に手を取り合って協力すると思うか? 栄光は唯一人、勝利者の為の物、後は引き立て役だと言うのに」

 

 言葉に詰まる。そんなの当然、協力などしない。利用出来る処まで利用し、最終的には蹴り落として利益を独占しようとするのが人間の性だ。

 ……それでも、手を取り合って協力し合える。人の善性を信じたくなるのは、我ながら愚かだろうか?

 

「生きているだけで邪魔だからだ。我々の持つ原作知識とやらが役立つのは『原作通りに事が進めば』という淡い前提の下に成り立っている。それを掻き乱す不穏分子に退場を願うのはそんなにおかしいかね? ――逆に言おう。そんな打算が無くとも、危険を犯してまで助ける価値を見出せるかね? 身内ならいざ知らず、見知らぬ赤の他人をだ」

 

 ――そんなの、はっきり言ってしまえば無いだろう。

 自身の危険を顧みず、見知らぬ他人の為に吸血鬼と戦って助けようとするなど、物語の『正義の味方』か、稀代な聖人しか在り得ないだろう。

 渋々納得せざるを得なくなった此方の様子に満足したのか、冬川雪緒は話の続きを語る。

 

「そして用済みとなった吸血鬼はこの海鳴市に根付く二大組織によって電撃的に討滅された」

 

 仕留めるならいつでも出来たと言わんばかりの酷い結末である。

 オレンジジュースを飲み、一呼吸付ける。まるで此処からが大切な話であると伝えるように、此方の眼を射抜く。

 

「一つは『教会』、奴等は冗談が三つ重なったような連中だ。まさか『十三課(イスカリオテ)』と『埋葬機関』と『必要悪の教会(ネセサリウス)』出身の転生者が手を組むとは誰が想像しようか」

 

 ――『HELLSING』の吸血鬼及び異端の絶滅機関、裏切り者の名前を自ら語る『十三課』、『型月世界』の聖堂教会の最高位異端審問機関である『埋葬機関』、イギリス清教第零聖堂区で対魔術師特化の『必要悪の教会』が合併、いや、合体事故を起こす? 

 一体どんな組み合わせだと内心の中で壮絶に突っ込むと同時に、ある事に気づく。

 

「……ちょっと待て。もしかしてお前の言う『転生者』というのはどいつもコイツも『三回目』なのか!?」

「それこそまさかだ、秋瀬直也。そんなのは少数だ。――少数なのだが、この海鳴市に君臨する実力者の大多数がその『三回目』の規格外どもだ。これは覚えておいて損は無い情報だぞ」

 

 明らかに重大で、死活問題な発言をさっくりと言いやがったぞ、この男……!?

 となると、今まで考えた事も無かったが、逆に『二回目』の転生者はなのは世界準拠の――リンカーコア持ちの魔導師でしかないという事なのか……?

 

「話を続けようか。もう一つは『魔術師』、個人で『教会』に匹敵する脅威度から勢力扱いさせて貰っている」

「んな!? ……どんな化物だよ、それ。一騎当千の猛者って事か?」

 

 此処に至って初めて眉間を歪ませ、これまでにもなく深刻な顔を露骨に浮かべ、冬川雪緒は首を横に振る。

 

「……単純な戦闘能力で『魔術師』を上回る転生者は他に何人もいるだろう。奴の恐ろしさは個々の戦闘能力という秤では未来永劫語り尽くせない」

 

 この無感情な男が此処まで感情を顕にするほど、その『魔術師』というのは異常極まる存在なのだろうか――?

 

「彼が『型月世界式の魔術師である』『盲目で常に両眼を瞑っている』『丘の上の幽霊屋敷に住んでいる』『海鳴市に大結界を構築し、霊地として管理運営している』『発火魔術を好んで使う』『不死の使い魔を飼っている』『過剰なまでに自衛はすれども自治は全くしない』『原作に全く興味無い』『他者を破滅させる事にかけて稀代の謀略家である』――奴に関して確定している情報はこれぐらいか。海鳴市における最重要危険人物だと認識していれば良い。奴の行動次第で今後の情勢は瞬く間に一変するだろう」

 

 少ない情報から推測するに、大勢力足り得る個人でありながら、自身の情報の漏洩を最小限に抑えられる冷酷な秘密主義者か? 全く想像出来ない人物像である。

 

「さて、様々な利潤から吸血鬼という舞台装置を互いに利用し尽くした訳だが、吸血鬼を実際に送り込んだ『とある勢力』の目的は図らずも果たされた。――『肉の芽』を埋め込まれた人物に管理局の魔導師が居てな。それを保護し、吸血鬼の被害が及んだ管理外世界で治安を回復させるという大義名分で連中は魔導師の部隊を海鳴市に派遣した」

「『とある勢力』?」

「解らないか? その連中というのは『ミッドチルダ』だよ。奴等は既に管理局の上部に浸透しており、物語の舞台となる地球に強烈な介入手段を差し込もうとした。この影響力は無視出来ない。異能者は強制的に管理局入りさせ、最終的に身動き出来ぬよう支配下におく。これはもう一種の侵略戦争だった――結果から言えば、大失敗に終わったんだがな」

 

 なるほど、視野が狭かった訳か。地球にこんなに転生者がいるなら、ミッドチルダにも居て当然という訳だ。

 しかし、抵抗してくれれば不穏分子として合法的に葬れて一石二鳥の手、大失敗するほどの穴など無さそうだが――?

 

「――第二次吸血鬼事件。残党狩りの筈だったが、管理局の魔導師全隊員が吸血鬼化し、ミッドチルダ本土に逆侵攻して未曽有の『生物災害(バイオハザード)』を齎した。被害は数万規模に及び、管理局上層部に蔓延っていた転生者の首を物理的に飛ばした。その不祥事から連中は此方に介入する手段を原作開始まで完全に失った」

 

 明らかにきな臭い結末だった。自分達で大義名分作りの為に派遣した吸血鬼に噛まれるなど、一体どんな笑い話だ?

 

(……千人の吸血鬼部隊の『最後の大隊(ラストバタリオン)』が英国に齎した被害と比較すると随分と小規模だが――)

 

 ある種の疑問が喉に引っ掛かるような感覚、その正体が掴める前に冬川雪緒は話を先に進める。

 

「その吸血鬼が『石仮面』の系統だったのか、または別系統だったのかは今となっては解らないが、混乱の最中に乗じて『魔術師』は海鳴市全土を覆う大結界を構築し、吸血鬼達の根城だった幽霊屋敷に自身の『魔術工房』を築き上げ、連中が非合法的に掻き集めた莫大な活動資金を我が物とした」

「……おいおい、まさかこの一連の事件は『魔術師』の仕業だったのか?」

「さてな。真偽は不明だが、この事件で一番得をしたのが誰かと言えば間違い無く『魔術師』だろう。『教会』が吸血鬼の残党狩りに全身全霊を尽くして動けない中、『ミッドチルダ』の影響力を徹底的に排除し、自身の基盤を盤石にした」

 

 此処に至って、冬川雪緒が恐れる『魔術師』の一端を、少しだけ理解する。

 結果論として『魔術師』の仕業と思わざるを得ないが、彼はどれだけの行動を徹底的に秘匿して実行したのだろうか? 末恐ろしく思う。

 

「だが、その観点は悪くない。それと同じ考えの者は大量に居た訳だ」

 

 恐らく、この胸に蟠る不安という名の影を、他の転生者も同様かそれ以上抱え込んだに違いない。

 

「程無くして『一連の吸血鬼事件の黒幕は『魔術師』であり、即刻排除するべし』という名文で転生者二十人余りの同盟連合が出来上がった。ソイツらは『魔術師』に海鳴市の結界を即時解体を求めたが、当然の如く無視された」

 

 まるで三国志の『反董卓連合』だな、と思わざるを得ない。

 突出した唯一人の傑物を叩く為に各地に雌伏する列強が力を合わせて出る杭を打とうとする。吸血鬼殲滅機関という限定目的に縛られる『教会』よりも、自由に動ける『魔術師』を危険視したのは当然の成り行きと言えよう。

 

「一応名前を付けるなら『反魔術師同盟』だが、連中の主張も有り勝ち的外れという訳ではない。……あの『魔術師』ならばやりかねない、この時点で大半の者はそう思っていたからだ」

 

 枝豆を口に放り込みながら「オレ自身もな」と冬川雪緒は態々注釈する。

 

「その『反魔術師同盟』もロビー活動に終始して『魔術師』の影響力を外堀から削っていくのならば意味があったんだが、過激派が雁首並べて飯事だけに満足する訳もない。程無くして『魔術師』の工房に無謀にも攻め入って、首謀者唯一人を残して全滅した」

 

 当然の経緯であり、生き残りが一人でもいた事に驚嘆するべきか。

 型月世界の魔術師にとって『魔術工房』は難攻不落の要塞であり、同時に絶対の処刑場でもある。間違っても生半可な戦力で攻め入って良い場所では無い。

 

「……という事は、首謀者は『魔術師』とグルだったという事か?」

「そうとも言われているし、二度と『反魔術師同盟』が結束しない為に意図的に残した不和の種とも言える。その生き残った首謀者は今も尚、声高に『魔術師』の排除の必要性を説いているが、語れば語るほど信頼を失うのは目に見えているだろう?」

 

 なるほど、最悪なまでに悪辣だ。その稀代の謀将が技術の精を費やした『魔術工房』で立て篭もっている、か。

 それは『銀河英雄伝説』の『イゼルローン要塞』に篭っている『ヤン・ウェンリー』並に無理ゲーな組み合わせじゃないだろうか? かの元帥閣下も魔術師呼ばわりされているし。

 

「信徒を増やす事で勢力を拡大させる吸血鬼及び異端殲滅機関『教会』、海鳴市を管理掌握する稀代の謀略家『魔術師』――現在の海鳴市の勢力図を語るには、あと三つの勢力を説明せねばなるまい」

「他に三勢力も……!?」

 

 一体、今の海鳴市はどんだけ人外魔境になっているのだろうか? 世界の凶悪犯罪組織が集合した湾岸都市『ロアナプラ』並にヤバいんじゃないのか……?

 

「『善悪相殺』の戒律をもって転生者狩りをする『武帝』、クトゥルフ系の魔術結社『這い寄る混沌』、学園都市の能力者をかき集める『超能力者一党』だ」

 

 一瞬だけ、冬川雪緒の無表情に感情が浮かんだが、物凄く嫌な表情をしていた。

 此方だって、理解が追い付かなくて頭痛がする思いだ。温くなったコーヒーに口をつける。……想像以上に不味かった。

 

「『武帝』は『装甲悪鬼村正』出身の転生者が立ち上げた復讐者の復讐者による復讐者の為の組織だ。主な構成員は転生者によって身内を殺された現地人であり、『真打』の劔冑を復讐の刃として日夜転生者狩りをする危険分子だ」

 

 思わず、開いた口が塞がらない。確かにこんなに転生者が居て暴れているなら、非転生者に被害が及び、復讐の念を燃やす者が居ても不思議ではない。

 それをよりによって『装甲悪鬼村正』の世界出身の転生者が力押しし、劔冑を与えて復讐の手助けをするなんて正気の沙汰じゃない。

 それに量産型の数打ではなく、一生涯に一領の『真打』の劔冑だと? 一領打つ度に一人死ぬあれを? それを一人悪を殺せば善も一人殺さなければならない『善悪相殺』の戒律を持って? 冗談と狂気のオンパレードだ、畜生。

 

「当然だが、その粛清と復讐の対象に君達十人の名前が新たに刻まれたのは言うまでもあるまいな。奴等は転生者であれば誰でも良いし、誰であろうが許さない」

「……マジかよ。全然リリカルしてねぇじゃん、もう」

「リリカルマジカルというよりも、リリカルトカレフキルゼムオールだな」

 

 全身脱力し、頭を抱えたくなる。冬川雪緒の渾身の冗談すら耳に入らない。彼等の打つ『真打』の性能が原作並ならば、並大抵の転生者じゃ生き延びれないだろう。

 かくいう自分も空を飛ばれては――いや、打つ手は結構ある方か。復讐鬼なんて、絶対に相手にしたくないけど。

 

「……話を続けるぞ。『這い寄る混沌』はその名前通り、邪神『ナイアルラトホテップ』を狂信するクトゥルフ系の魔術結社だ。邪神降臨の為ならば何でもするトチ狂ったテロ組織だ。噂では組織の主は『デモンベイン』出身の魔導書持ち――下手すると『鬼械神(デウスエキスマキナ)』持ちだそうだ」

 

 え? 何その最大級過剰戦力(オーバースペック)!? 剣と魔法の世界にガンダムが乱入するほど無粋な組み合わせじゃないだろうか?

 

「まぁあの世界の魔導師がヤバすぎるのは言うまでもないな。――『ニトロプラス系の転生者にマトモな奴はいない』とは誰が言ったか知らぬが、格言だな」

 

 OK、とりあえず一旦、これに関しては思考を放棄しよう。自身の精神的な衛生の為に。

 この世界に『無垢なる刃(デモンベイン)』を駆るに相応しい人物が居る事を祈るばかりである。

 

「『超能力者一党』は『とある魔術の禁書目録』系統の能力者をかき集めている連中で、詳しい目的は未だ解っていない新興勢力だな」

「能力者をか。超能力者(レベル5)相当のは居るのか?」

「さぁな。もし存在するとすれば、それなりの脅威ではある」

 

 『とある魔術の禁書目録』では舞台となる『学園都市』にて生徒の能力開発が行われており、その能力の強度(レベル)によって無能力者(レベル0)、低能力者(レベル1)、異能力者(レベル2)、強能力者(レベル3)、大能力者(レベル4)、超能力者(レベル5)の六段階に分類される。

 大能力者の時点で軍隊において戦術価値を得られる力と評価され、原作で七人しか存在しない超能力者にもなると一人で軍隊と対等に戦える程の決戦戦力と評価される。

 その超能力者をして、それなりの脅威で済ませるとは、この海鳴市の実力者の化け物っぷりが何となくであるが察せてしまう。

 

(今の処、規模が解らないが、危険度が高いと判断しているのか)

 

 その新興組織を四つと同列に扱う理由を個人的に推測し、大体納得が行く。

 

「矢継ぎ早に説明したが、五つの勢力の説明は大体終わったな。この時点で何か質問はあるか?」

「想像以上にヤバい奴等ばっかりなのは理解出来たが――アンタらの立ち位置を知りたい」

 

 冬川雪緒はオレンジジュースを飲み干し、一息つく。いつの間にか、葡萄と枝豆は食べ切られていた。

 

「俺達『川田組』はスタンド使いを集め、他の勢力に協力する事で様々な利益を得ている。時には味方し、時には敵対する――言うなれば裏専門の便利屋だ。お世辞にも正義の味方とは名乗れないがな」

 

 この五つの大勢力で軋めく海鳴市の絶妙なパワーバランスを調整する緩衝材、といった処か。

 

「長々と話したが、判断材料はある程度与えた。君の答えを聞こうか。我が組に入るのならば組織の庇護下に置いてある程度の身の安全は保障出来る。一匹狼を貫きたいのならば、それも良いだろう」

 

 ……最終的な目的は勧誘か。確かに悪くない話である。

 正直、此処で聞いた情報を前提に判断するならば、即決しても良い程だ。この人外魔境の街を一人の力で生き延びられる自信など何処から沸いてこようか。

 ただ、問題なのは今与えられた情報の真偽を問い質す方法が自分には無いという事だ。流石に全て鵜呑みにするほど冬川雪緒を信頼出来ない。

 

「……少し、考えさせて貰っても良いか?」

「ああ、無理に今すぐ結論を出せとは言わない。ただ、時間は待ってくれないがな。――何か起こったらすぐに連絡しろ。もしかしたら骨を拾う事ぐらいは出来るかもしれん」

 

 死亡前提かよ、と突っ込む間も無く、彼は胸ポケットから一枚の名刺をテーブルに置く。

 流石にそれを触る真似は出来ない。これにスタンド能力で何らかの仕掛けが施されていないという保障は何処にも無い。

 この名刺に接触しただけで能力発動条件が整う、という事だけは絶対に避けたい。電話番号とアドレスを携帯に手早く登録する。

 

(……此方のその様子を確認するまでもなく、立ち上がって背を向けたか。注意しすぎか? 仕掛けは無かったのでは――いや、警戒に越した事は無いか)

 

 ほんの些細な行動が致命傷になりかねないのは前世でこれでもかと思い知った事だ。相手は未知のスタンド使い、幾ら注意しても足りないだろう。

 

「ああ、あと夜は絶対出歩くなよ。吸血鬼の残党に『虚(ホロウ)』に怪奇に妖怪、最近は『まどか☆マギカ』の『魔女』まで徘徊してやがるしな」

「……もう何でもありだな。という事はインキュベーターと『まどか☆マギカ』式の魔法少女がいるのか?」

 

 思わず脳裏に「ボクと契約して魔法少女になってよ!」という世迷言が再生される。

 もし、あの生物(ナマモノ)がいるなら、レイジングハートが高町なのはの手に渡る前に契約しかねないが……。

 

「いいや、そっちは確認されていない。不思議な事に『魔女』だけだ……全く、こんな状況で原作が始まれば対処出来なくなるのは目に見えているがな。『ジュエルシード』と『グリーフシード』が引き起こす未曽有の化学反応、想像すらしたくない」

 

 そうぼやき、冬川雪緒は静かに立ち去った。

 ……海鳴市の未来は恐ろしいほど前途多難であるようだ。

 

 

 

 



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02/残り六人の転校生

 

 

 

 燃え盛る噴煙の渦の中、私は夜空に輝く満月を眺める。

 幾星霜の夜を越えて尚も不変の月は美しく、今際に見納めるには至高の景色だった。

 

 ――この世界は見るに耐えない。

 醜いのではない、自分にとって世界は余りにも脆すぎた。

 

 遠くから啜り声が聞こえる。泣き喚いてとうに枯れ果てた子供の声が。

 相も変わらず泣き虫の小娘が、どうしようもなく、泣いている。

 けれども、振り向かずに炎の中を突き進む。今世の別れは既に済ませた。今後、どのような道を歩むかはあれ次第であり、今から逝く自分には関係無い事だ。

 

 ――薄々予感していた。

 この死に様に至る事は前世から決定していたものだ。

 一度ならず、二度も同じ死に方をするのは御免だったが、今はそれでも良いかと思える。

 

 ――何せ、その御蔭か、あの『彼女』を自力で引き当てたんだ。

 我が業の深さは他とは比べ物にならぬほど格別というものだ。それだけは誇って良い。

 

 揺らめく陽炎に焦がされ、薄れる意識の中で『彼女』の姿を幻視する。

 今でも一片も色褪せずに思い浮かべられる。恐らくは地獄の底に落ちても鮮明に思い返せるだろう。

 

 ――その瞳を覚えている。その髪も顔も輪郭も、その身に纏う穢れ無き神聖さも、この胸の奥に刻み込んでいる。

 

 君と共に歩んだ『一週間』こそが我が人生最高の瞬間であり、君のいない人生は一寸の光無き暗闇だった。

 まるで夢のような『一週間』だった。君と一緒なら何でも出来た。不可能を可能に落とし、理不尽や不条理を二人の力を持って何度も覆せた。

 あの『一週間』を君と共に戦い抜き、『奇跡』という名の栄光を掴み取る事が出来た。

 

 ――そして君は消え去った。夢とはいつか覚める幻だと、それが現実だと言うように。

 

 彼女の姿を一目見た瞬間、私の心は永遠に捕らわれた。

 一目惚れなど都市伝説の類だと思っていたが、自分で体験すると中々笑い飛ばせない。

 生涯で唯一度のみ、それは燃え盛る灼熱の炎のような『恋』だった――。

 

 

 02/残り六人の転校生

 

 

「ハァ、ハァッ、畜生、一体全体どうなってやがる……!」

 

 息切れしながら誰もいない廊下を走り、階段を登り切って屋上に出る。

 人が居ない事を瞬時に確認する。当然ながら居る筈は無い。今の時間帯は一時限目の授業中であり、体調不良と偽って抜け出して来た自分以外、居る筈が無い。

 即座にアドレスを漁り、昨日登録したばかりの番号をコールする。二回鳴り、三回目でその相手は出て来た。

 

『――秋瀬直也か』

「……転校生四名が行方不明になっている。それについて詳しく聞きたい」

 

 そう、今日、学校に来てみれば、四人の転校生が行方不明であり、見かけたら連絡するようにという有り難い朝礼が伝えられた。

 これが転校生でなければ「思春期特有の突発的な家出か?」で済ました処だが、自分と同じ精神年齢が著しく狂っている転生者となれば話は変わるものだ。

 そんな此方の焦りとは裏腹に、電話の主の調子はいつも通り、平常運転といった無感情っぷりだった。

 

『ん? ああ、そうか。君は余所者だったな。その辺の感覚は俺達と異なるのか――この街では『行方不明=死亡扱い』なんだよ。死体は探しても絶対見つからないという意味の』

 

 此方が否定したかった事実を何気無く全否定しやがった。

 全身から力が抜け、尻餅付いてしまう。昨日の説明された段階でこの街は異常だと思っていたが、余りにも現実味が欠けていた。

 だが、昨日の今日で四人も行方不明、いや、死亡した事実を突き付けられ、背筋が凍り付く思いだ。正直、甘く見ていたと言わざるを得ない。

 

『何処の誰に殺されたか、それを完全に把握しているのは、当事者を除けば『魔術師』だけだろう。他の転校生にも対象問わず幾多の勢力から説明及び勧誘が行われた筈だから、その四人は此方の忠告を聞かずに夜を徘徊したのか、他の勢力の利害に衝突して消されたのだろう』

 

 現実逃避する間も無く、冬川雪緒は淡々と聞きたくもない事を述べる。

 

『――率直に言うならば、君達転校生の立場は非常に危うい。君達を通して原作介入への糸口にしようとする勢力もいるだろうし、それ故に邪魔者として一斉排除を企む勢力もいるだろう。組織の庇護下にない者を始末するなど容易い話だからな』

 

 昨日、彼が言っていた『時間は待ってくれない』とはまさにこの事だったか、と項垂れながら理解する。

 

『君達がどれほど優れた素養を持っていようが、それが完全に華開くのはあと数年の歳月が必要だ。今のお前達は小学三年生の無力な餓鬼に過ぎない。その世代に生まれたのはむしろ不運だったな』

 

 幾ら特異な能力があっても、本体が子供程度の身体能力しか持たないなら、他の成熟した転生者にとって格好の鴨でしかないだろう。

 どうにも二次小説では高町なのはと同年代の転生者ばかりの物語が多かったが、老化で耄碌しなければ先に生まれた方が有利なのは言うまでもない事である。

 道理で、その世代の転生者が完全に駆逐されている訳だ。

 

『さて、無駄話はこれぐらいにしておいて、建設的な話をしようか。このままでは遠からずに何者かの魔の手に掛かって享年九歳という事になる。だが、君が我々の組に入るのならば、我々は全力を持って君の生存を手助けしよう』

「……選択肢なんて、初めから無いじゃないか」

『選択する機会は与えた。理不尽な二択ではあるが、この街では有り触れた事だ。早めに慣れろ、じゃないと死ぬぞ』

 

 ったく、転校二日目にして早くも人生の分岐路に立つとは。

 だが、冬川雪緒との出遭いはむしろ幸運だったと言うべきか。コイツの正誤は正確に見極めてないが、最早一刻の猶予も無いだろう。

 

「……解った、お前達の組に入る。元より選択肢は無いみたいだしな。――で、オレは何をすれば良い?」

 

 

 

 

『――君の初仕事は簡単だが、同時に至難でもある。これを達成させて初めて俺達は君を信頼出来る仲間として迎えられる』

 

 まさかライターの火を一日中付けて守ってこいとか言うんじゃないだろうな、と脳裏に過る。

 いや、あれは刺せばスタンド能力が開花する『矢』によって『スタンド使い』を量産しようとする試みだ。元々『スタンド使い』であるオレの試金石には成り得ないし、そもそもこの世界に『矢』なんて無いだろう。

 

『指定されたコインロッカーから『ケース』を取り出し、丘の上の幽霊屋敷――『魔術師』に手渡して報酬を受け取る。それが君の記念すべき『初仕事(ファーストミッション)』だ』

「……は!? 待て待て、お前が散々要注意人物だと言っていた『魔術師』にか!?」

『確かにあの『魔術師』は恐るべき存在だが、ビジネスパートナーとしては破格の存在だ。――最も恐るべき勢力に我々の庇護下に入った事を知らせる。これ以上に君の生存率を上げる方策は他に無いのだが?』

 

 そう言われては反論のしようが無い。そして『ケース』の中身が激しく気になるが、迂闊な事を聞かない方が良いなぁと口を閉ざす。

 必要な事なら喋るだろうし、知る必要が無いなら喋らないだろう。この際、中身は自分にとって余り重要じゃないって事だ。

 

『幾つか注意事項がある。あの『魔術師』の前で絶対に隙を見せるな。弱味を握られたら最期だと思え。奴の屋敷の中で間違っても敵対行動を取るな。スタンドを出した日には瞬時に屋敷の魔術的な仕掛けで抹殺されるぞ。――奴の眼の事について、それに関する類の事を絶対に口を出すな』

「眼に関する事? 確か盲目だったけ?」

 

 『三回目』の転生者なのに先天的な障害があるなら、配慮しておいた方が良いだろう。

 だが、此方のその揺らいだ空気と、冬川雪緒との空気の温度差は致命的なまでに食い違っていた。

 

『――良いか? 勘違いしているようだからもう一度忠告するが、これは太陽が『東』から昇って『西』に沈むのと同じぐらいの決まり事だ。今一度確認するぞ、解っているのか?』

 

 感情を表に出さない彼が声を荒たげて深刻さを醸し出して念を押す様に、この物事の重大さを否応無しに察知する事となる。

 

「……ちょっと待ってくれ。それはジョジョでいう「この世」と「あの世」の境界にある『決して後ろを振り向いてはいけない』のと同じぐらい重要な事か? 型月でいうなら蒼崎橙子さんを『あの名』で呼ぶぐらいヤバい事なのか――?」

 

 敢えて『あの名』は言うまい。唱えただけで死亡確定になるような呼び名など、不吉過ぎて唱えたくもない。

 それと同レベルのヤバさとは、一体『魔術師』はどれほど恐ろしい化物なのだ? 背筋に氷柱を突き刺されたかのような感触を味わった。

 

『その認識で良い。わざわざ核弾頭並の地雷を踏み抜きたいような特殊な性癖は無いだろうな?』

「ねぇよォ――ッ! お前はオレを自殺志願者だと勘違いしてねぇか!?」

 

 思わず怒鳴り込んでしまったが、少しだけ反省する。

 尤も、冬川雪緒の方は大して気にしてなかったようだ。

 

『それと、ロッカーの中には『テープレコーダー』と『盗聴器』が入っている。『盗聴器』は自身の衣服の目立たない場所に仕込み、『テープレコーダー』は『魔術師』の屋敷に入ったと同時に録音ボタンを押せ』

「……やれやれ、全然信頼されてないって事か?」

『そういう意味でもあるし、別の意味もある。前者は『魔術師』と結託して我々を陥れられては非常に困る。後者はお前自身が『魔術師』に『暗示』を掛けられていないか、後で確かめる為だ』

 

 ……物騒な事を平然と付け加えやがったぞ、コイツ!?

 確かにあの世界の魔術師の暗示は耐性の無い者にとって脅威以外何物でもなく、普通に死活問題になりかねない。

 例え『スタンド使い』であってもその類の耐性があるとは限らない、か。

 

『まぁそういう訳だ。健闘を祈る』

 

 こうして、前口上からして物騒極まる『初めてのお使い(ファーストミッション)』が始まったのだった。

 

 

 

 

「重くはない……? 予想に反して何ら変哲も無い『ケース』だが、何が入っているんだ、これ?」

 

 保健室に行って早々に体調不良の為に早退すると伝え、早足で指定されたコインロッカーから『ケース』を回収する。

 『ケース』そのものはこれといって特徴は無く、子供の自分でも軽々運べる程度のものだった。

 

(まぁともあれ、邪魔が入らない内に『魔術師』の屋敷を目指すか)

 

 最速で事を運んだのは、予期せぬ邪魔が入らないように授業中の時間帯を狙ったからに他ならない。

 幾ら同年代に転生者が十人、いや、もう六人か。それしかいなくても、他の年代にはまだまだ居る。

 その誰も彼もが学生とは思えないが、少なくとも遭遇率は下がっているだろう。

 

「……ん、あれ?」

 

 そしてこの時間帯は予想通り人通りは少ない。少なかったのだが――今は誰一人居ない。日常に零れる生活音さえ皆無である。

 まるで異世界に迷い込んだ違和感に苛まれる。嫌な予感がした。

 

(……へぇ。これが『人払い』の結界って奴? 魔術か魔法かは知らんけど便利なものだ)

 

 案の定、何者かが仕掛けてきたかという感じである。

 話の流れから『ただ物を届けてそれで終わり』にはならないだろうなぁと薄々思っていた処である。

 周囲を警戒して奇襲に備える最中、その『人払い』をやったと思われる張本人は堂々と前から現れた。

 

(ヘンテコなゴテゴテ服に無骨な機械の杖……『バリアジャケット』なのか? となるとリリカルなのは式の魔導師か)

 

 目の前に現れたのは黒と白を基調としたハイセンスな『バリアジャケット』を装備する十四歳ぐらいの金髪の細い男であり、どういう訳か、ヤク中かと疑いたくなるほど眼が血走っていた。

 

「……手荒な真似はしたくない。その『ケース』を渡して貰おうか……!」

 

 杖を此方に突き付け、『ケース』を要求する。

 疑う余地の無い、非常に解り易い『敵』である。騙し討ちや奇襲をして来なかったのは褒めて良いのだろうか?

 

「……? ン? ああ、オレに言っているのか?」

「貴様以外、誰が居る!」

 

 軽いジョークも怒号で返される。随分と余裕の無い襲撃者だ、いや、何故だか知らないが、目が異様に血走っている。既に精神が極限まで追い詰められているのか?

 

(うーん、囮かと思ったが、他にはいないな。マジで何しに来たんだ? コイツ)

 

 現状解っている事は自分の持つ『ケース』を強奪しに来たという事。つまりは此方の動きはある程度筒抜けであり、自分の事を『スタンド使い』だと知っている前提となる。

 にも関わらず、真正面から挑んだのは何故か? 此方の『スタンド』の全貌は未だ誰にも知られてないし、正攻法で勝てるという勝算があっての行動なのだろうか?

 

 ――もしかしたら、物凄く舐められているのだろうか?

 幾らこの身は小学生でも、前世から幾多の修羅場を乗り越えた『スタンド』は全盛期のままだ。正確に言うならば、成長している段階のままなのだ。

 

「オッケィオッケィ、落ち着こうぜ。まずは深呼吸して息を整えたらどうだ?」

「……テメェ、ふざけてんのか? 人払いの結界は張った。これからいつでも料理出来るんぞっ!?」

 

 

「ああ、それはどうでも良いんだが――お前『一人』か? 別の協力者がいたりとかはしたりする?」

 

 

「何を訳の解らん事を! 早く『ケース』を渡せッ! 非殺傷設定で死なないと思っているなら大間違いだ! 殺して奪っても良いんだぞ……!」

 

 良かった。人払いの結界を張った奴が別にいたらどうしようと思っていた処だ。十中八九、コイツは単独犯だろう。

 ――ならば、後腐れ無くブチのめすまでだ。

 

「だってなァ~……お前、見えてないっしょ? オレの『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』が」

 

 奴との間合いは既に十メートル、此方の『スタンド』の射程距離にぎりぎり入っていた。

 

「――っ!? ……っ、ィ!?」

 

 奴の無防備な顎をアッパーで打ち抜き、続いて足を全力で蹴り抜く。

 金髪の細男はくの字に折れて訳も解らず地面に尻餅付く。

 

「――っ!? な、何……!?」

「へぇ、足を叩き折るつもりで蹴ったんだが、存外に『バリアジャケット』というのは硬いもんだなぁ」

 

 まぁ近接型の脳筋と違って遠距離型はパワーが低いから、仕方無いと言えば仕方無いか。

 金髪の男は慌てて此方に杖を向けようとするが、その金属の棒切れを『スタンド』の手刀で即座に叩き斬る。

 此方の方の強度は全然無いようだ。だが、そんな光景を想像していなかったのか、自身の杖の鮮やかな切り口を男は唖然と眺めた。

 

「でもまぁ関係無いよな。その無防備に露出している顔を愉快爽快に整形すれば良いんだから――」

「ま、待て。まいっ――!?」

 

 顔に一発右拳を叩き込み、続けて左拳も叩き込む。

 勿論、それだけじゃ終わらない。同じ動作を再起不能になるまで繰り返す――所謂『オラオラ』『無駄無駄』のラッシュである。

 

 ――これと言って、原作のような掛け声が思い浮かばなかったのは残念な話である。

 

 いや、いきなり『オラオラ』や『無駄無駄』や『WRYYYY』やら『アリアリ』やら『ボラボラ』と言っても格好が付かないでしょ? 他人のパクリだし。

 

「――これが我がスタンド『ファントム・ブルー』だ。と、格好付けたが、お前には姿形も最初から見えないようだけどな」

 

 凄絶にボコってぶっ飛ばした後、改めて我がスタンドをまじまじと眺める。

 蒼を主体とした比較的細い肉体の人間型のスタンド、左眼模様が上下に何個も並んだ独眼の仮面に蒼のロープを纏っている。

 亡霊の名に相応しい出で立ちだが、開いている右眼は不気味なほど紅く輝いている。両手の甲には扇風機のようなプロペラが内蔵されている。

 

「それにしても、これは良い収穫だ。なのは式の魔導師に『スタンド』は見えない……『スタンド』は生命力の像、発展しすぎた『魔法』みたいな『科学』とは逆方向のベクトルなのか?」

 

 なのは達ぐらい馬鹿げた魔力の持ち主でも、幾らでも奇襲出来るという事だ。

 二回目の転生者は必然的になのは式の魔導師だと考えて良いなら、簡単に駆逐されても仕方ないなぁと思わざるを得ない。正攻法では強いが、搦め手が全く無い印象だし。

 とりあえず、この再起『可能』の魔導師をこのまま放置しておくのは危険過ぎる。携帯で冬川の指示を仰ごう。

 

「『ケース』を奪いに来たミッドチルダ式の魔導師と戦闘になって気絶させたが、この『ケース』って結構重要なものなのか?」

『いや、大して重要なものでもない。能力が不明の『スタンド使い』を敵に回すリスクに比べれば微々たるものだ』

 

 そのリスクをろくに考えなかった奴に襲われた矢先に、簡単に言ってくれるものだとため息付く。

 こんな奴でも奇襲されたり、相手が戦い慣れていれば苦戦は必至だろうに。というか、何で飛んで攻撃して来なかったんだろう? もしかして飛べなかったのか?

 

『其処に気絶している魔導師は我々が回収しよう。色々尋ねないといけないしな。道中、何があるか解らんが、初めてのお使いを見事果たしてくれ』

 

 

 

 

 ――丘の上の幽霊屋敷。その格式ある洋館の第一印象は『DIOの館』だった。

 

(実際に元吸血鬼の館だったんだから、的を射ていると思うが――まさか『ペットショップ』のような番鳥はいないだろうな? 『不死の使い魔』を飼っているそうだが……)

 

 庭の手入れはある程度されており、色々とカラフルな花が植えられているが、ラスボスが住まう館に相応しい風格というか威圧感をこの屋敷は漂わせている。

 何というか、先ほどの茶番が遥か彼方に忘れ去られるほど、濃密な死の気配を感じるのだ。

 

(本当にこの屋敷に足を踏み入れて生還出来るのか……?)

 

 生きて無事に帰れるビジョンがまるで見えない。なるほど、誰も彼も此処に来る事を躊躇する筈だ。

 重い足取りで恐る恐る近寄り、永遠に辿り着けない事を願ったが、不運な事に玄関前に辿り着いてしまう。

 厳つい扉の前には呼び鈴らしき文明の利器は無く、明らかに来る者を全力で拒んでいた。来訪者を拒んでおいて、去るのは許さないのが何ともあの世界の魔術師らしい処だろう。

 

(……落ち着け。今回は取引相手として来たんだ。この『ケース』を渡して報酬を受け取るだけの簡単な仕事だ。何も恐れる事は無い)

 

 一・二回深呼吸し、意を決して扉を開く。気分はレベル1で魔王の城に殴り込みに逝く感じであり、遊び人ソロとか正気の沙汰じゃねぇ。

 

「す、すみませーん! 誰か居ませんかぁー?」

 

 思わず声が上擦る。

 館の中は予想以上に明るく、玄関後の広間には如何にも高そうな壺やら絵画が飾っており、どう見ても罠にしか見えず、警戒心を更に強める。

 

(近寄ったらクレイモア地雷が発動して鉄球数百発が飛んでくるに違いない……って、それは『魔術師殺し』の衛宮切嗣限定か?)

 

 程無くしてぱたぱたと軽い足音を立てながら――何と、猫耳メイドの、自分と背が同じぐらいの、九~十歳程度の少女が現れたのだった。

 どうやらこの屋敷に日本国の労働基準法は適用されてないらしい。思わず彼女を雇う『ロリコン』魔術師に殺意が芽生えたのだった。

 

「はいはーい、何方様でしょうか? 昼前に関わらず屋敷に侵入した自殺志願者は『教会』に逝って懺悔して下さいなー」

 

 言っている事はかなり酷いが、赤色寄りの紫髪でツインテール、鮮血の如く色鮮やかな真紅の瞳の、漫画の世界から出て来たような可愛らしい美少女だった。

 黒色の猫の耳みたいな頭飾りを付け、黒色のメイド服を着こなしている。フリフリのミニスカートは太股半分隠す程度の短さで、これまたフリフリのニーソックスの絶対領域が何ともけしからん。

 

「子供……?」

「うわぁーい、子供に子供扱いされましたー。超ショックです。新手の『スタンド使い』の精神攻撃は斯くも強大です!」

 

 えーんえーんと少女は泣く素振りを演じながらからかってくる。というか、『スタンド使い』だと解っている? 明らかに見逃してはいけない文面があったぞ……!

 

「あ、いや、えと、此方の要件はご存知で……?」

 

 見目麗しい外見に騙される処だった。此処が人外魔境の『魔術工房』である事を片時も忘れてはいけないのに。

 オレは恐る恐る猫耳メイドの少女に尋ねる。

 

「はいはい、承っておりますよ。それではご主人様の下にご案内しますが、私が歩いた箇所以外は危険ですので、絶対に踏み込まないで下さいね。接触式で発動する罠とかもありますので不用意に屋敷の物を触るのも超危険です」

「……え? もしかして、正式な来訪者とかが来ても、屋敷の魔術的な仕掛けを一旦解除とかはしてないの?」

「勿論、年中無休で発動中ですよ? ですから、私の案内中に死亡するのだけはよして下さいね。それだと私がご主人様に責められてしまいますっ!」

 

 ああ、オレの生死は最初から度外視なのね。やっぱり人でなしの『魔術師』の飼う猫耳メイド娘は人でなしの性格だったようだ。実に残念である。

 

(……あの猫耳、本当に頭飾りか? 何か揺れているし、動いているし、オマケに尻尾まである……? パタパタ揺れているという事は結構ご機嫌なのかな? やはり犬より猫だなぁ……!)

 

 そしてオレは彼女の後ろ姿をまじまじと和みながら眺め、彼女の歩む道を寸分も狂わずに辿って屋敷の奥に進んでいく。

 

(……とは言え、屋敷そのものは異常だな。空気が完全に淀んでやがる。まるで千年間煮詰めたような地獄の釜みたいだ)

 

 何というか、屋敷の中は豪華絢爛で、予想以上に陽の光が差し込んでいるのに関わらず、何処か息苦しい。

 何事もない廊下なのに魔的な雰囲気を漂わせているぐらいだ、どんな凶悪な即死トラップが仕込まれているのか想像すら出来ない。

 地雷原だらけの敵地を恐る恐る行軍する兵士の如く、警戒心を最大にして歩いていく。

 

「それにしてもスタンド使いは酷い人ばっかですねぇ」

「……と、言うと?」

「新人に最もやりたくない危険な仕事を押し付けるなんて最低です。でもまぁ次の新人が来るまでの辛抱です。どうか挫けずに頑張って下さいな」

 

 咄嗟に振り向いて見せる、その穢れ無き純真無垢な笑顔に癒されるが、何気無い世間話でも言っている事は相変わらず酷い。

 危うくその笑顔に流される処だった。恐るべし、猫耳メイド……! 破壊力ありすぎじゃね? というか『魔術師』爆ぜろ。

 

「何で『ケース』を届けるだけでそんなに危険なんだよ!?」

「だってうちのご主人様、超ドSですし、愉悦研究会入り間違い無しの性格破綻者ですし、無事で済む方がおかしいと思いません?」

「可愛く小首傾げておいて、こっちに聞くなよそんな事ッ!?」

 

 あれこれそんな馬鹿話をする間に緊張感が皆無になってしまったが――そういえば、『魔術師』が飼う『不死の使い魔』ってまさか彼女の事なのか……?

 

(ははは、そんな馬鹿な。どうせ他に化物じみた奴が居るんだろう。そうに違いない)

 

 人、それをフラグというが、知らんと言ったら知らん。

 

 

 

 

「――初めまして。私の名前は神咲悠陽だ。短い付き合いか長い付き合いになるかは君次第だが、以後宜しく」

 

 そして幽霊屋敷の居間にて、噂の『魔術師』と対峙する事となる。

 

 ――薄影の中でも尚煌めく長髪は、豪炎の如くというよりも鮮血の如く麗しき真紅。

 両眼は頑なに瞑られており、その作り物めいた容姿端麗な顔立ちは恐ろしいほど無表情のまま微動だにしない。

 

(年齢は十八歳ぐらいか……にしても、威圧感パネェ……)

 

 洋館の主でありながら、その身に纏うのは不似合いなまでの和風の着物であり、喪服を思わせるような漆黒に赤い浅葱模様が強烈に浮かんでいる。

 ただ靴は洋風のブーツであり、その無国籍の和洋折衷振りは『両儀式』を連想させる。

 確かに彼の整った顔立ちもまた中性的だが、彼の纏う気質と風格は絶対零度の冷徹さと太陽の如き苛烈さを束ね合わせ、他を認めぬ唯我性を悠然と見せつけ――率直に言うなれば、極めて排他的だった。

 

「……秋瀬直也です。宜しくお願いします」

 

 一応、失礼の無いように細心の注意を払いながら挨拶する。

 とりあえず、世間話をするような仲でもあるまい。早速本題に入る事とする。

 まるで生きた心地がしない。地に足がついてない、というよりも、首に巻き付いたロープ一本で吊らされているような感覚、一秒足りても長く此処に居たくないのが本音だ。

 

「これがオレが預かった『ケース』です。お受け取り下さい」

「へぇ、随分と頑張ったようだね」

 

 運んできた『ケース』をテーブルに置き、少しだけ前に押す。

 盲目の筈の『魔術師』は淀みない動作で『ケース』を自分の下に引き寄せ、目の不自由さを全く感じさせずに平然と『ケース』を開いた。

 

(本当に盲目なのか? 別の手段で外界を認識する術でもあるんかねぇ? まぁあの世界の魔術師だし、それぐらい当然か?)

 

 何て考えながら、気になっていた『ケース』の中身を確認する。

 其処には十個の、小さな黒い球体状の何かが納められていた。球体の中心には針のような突起物が上下の両端に伸びており、よくよく見れば一つ一つ微妙に模様が違っていた。

 一瞬、これが何なのか解らなかったが、瞬時に思い至った。

 

「……なっ、『魔女の卵(グリーフシード)』だとォ!? し、しかも十個も……!?」

「何だ、彼等から説明されてないのか? 新人教育がなっていないなぁ」

 

 やれやれ、と言った感じの素振りを見せ、『魔術師』は『ケース』を閉めて猫耳メイドに運ばせる。

 一体全体、何がどうなっているのか、混乱して思考が定まらない。此方の混乱を察してか、『魔術師』は口元を嬉々と歪めた。

 

「最近の海鳴市では『魔女』が多数目撃されている。放置するには危険過ぎる災害だが、生憎と此方は忙しくて手が回らない。それ故に私の処では『魔女の卵』一つ二百万円で取引している」

 

 となると、あの道中襲ってきた魔導師は金目当てだったという事か?

 そう考えると、納得出来る話である。あの追い詰められっぷり、金銭に大層困っていたに違いない。

 

「尤も、これは『魔女』討伐の報酬であって――『魔女』を養殖した愚者の結末は聞きたいかね?」

「全力で遠慮させて貰います、はい!」

 

 全力で怖がる此方の反応を見て(?)か、『魔術師』は「そうか、残念だ」とくつくつ笑う。性格の悪さが処々で滲み出ているなぁ。早く帰りたい。

 

(にしても、魔女討伐させるだけが目的じゃないだろうなぁ。どうせえげつない事に再利用するに違いない)

 

 本当にコイツに渡して良いのだろうかと思うが、もう今回のは持っていかれたからどうしようも無いか。

 程無くして帰ってきた猫耳メイドの少女はある物を両手に抱えて運んで来て、自分の目の前に丁寧に置いた。

 それは聳え立つ長方形の塊が二つ、一瞬、それが何か判別出来ずに頭を傾げたが――表面に諭吉さんが輝いており、想像出来ないほど束ねられた万札のブロックだった。

 一生を費やしても入手出来るか、否かの大金が今、自分の目の前にあった。

 

「――『二千万』だ。一応確認しておいてくれ、数え間違えから無用なトラブルに発展するなど、双方にとって不利益だろう?」

 

 ……うわぁ、やべぇ。こんな大金をぽんぽんと出せるほど財力も持っているのか。

 最初から底知れぬ『魔術師』にびくびくしながら札束の勘定を始める。金を数える指先の震えが止まらない。一応百万単位でも小分けにされているので数えやすい配慮はされているようだ。

 数えながら、オレは私用を果たす事にした。此処に来た理由の半分はそれである。

 

「……一つ、聞いていいか? 行方不明になった四人の転校生の事だ。アンタなら知っているのだろう?」

「勿論、知っているとも。その内の一人に関しての情報料は無料だ。聞くかね?」

 

 世界を裏から支配する大魔王の如く『魔術師』は愉快気に嘲笑う。

 それを聞いては後戻り出来ない、そのある種の予感はひしひしとしていた。けれども、躊躇せずに首を縦に頷く。

 真相を知らずに暮らすなんて、そんな事は我慢ならない。例えそれが地獄への招待状だろうが構うものか。

 

「うちをテーマーパークか何かと勘違いしたのか、昨晩未明に訪れた。来訪理由を丁寧に尋ねたのだが、同学年のクラスメイトに『街に蔓延る悪の魔術師を倒して』と唆されたそうだ」

 

 ソイツの生死は最早聞くまでもないな。ご愁傷様として言い様が無い。楽に死ねた事を祈るばかりだ。

 しかし、同学年のクラスメイトだと……? おかしい。『転生者』は転校生十人だけの筈。転校した直後に関わらず『魔術師』の存在を知っている者がいるのだろうか?

 いや、そもそも前提からおかしいのでは無いだろうか?

 此方の疑問は余所に、『魔術師』は構わず話を続けた。

 

「――『豊海柚葉』。事前調査では『転生者』では無かった筈だが、今現在では『眼』と『耳』を送っても即座に潰される始末だ。実にきな臭い、年不相応の少女だと思わないか?」

 

 その『魔術師』の口振りから、豊海柚葉なる人物が『転生者』なのではと疑っているのは間違い無いだろう。

 というよりも、全てを把握している『魔術師』が発見出来てなかったイレギュラーだと? きな臭い処の話じゃない。見えている核地雷じゃないだろうか?

 

 ……あ、やられた。これは聞いてはならない話だった、と今更ながら猛烈に後悔する。

 

 背筋に冷や汗が止め処無く流れ落ちる。そして『魔術師』の顔を改めて恐る恐る窺う。

 

 ――『魔術師』は愉しげに笑っていた。袋小路に迷い込んだ哀れな獲物に最後の一撃を加えようとする狩人のように。

 目が見えない癖に、まるで此方の心理状況を全て見透かされているかのような錯覚すら感じる。嫌な感覚だった。精神的な圧迫に気負されてか、掌から滲み出る汗が気持ち悪い。

 

「彼女に関する情報を高く買おう。どんな些細な事でも良い。彼女について調べて欲しい。――君には期待しているよ、秋瀬直也」

 

 

 

 

「無料ほど高く付く買い物は無い。今後の教訓にする事だな」

 

 昨日の店で待ち合わせ、冬川雪緒に全部包み隠さず報告する。飛び切り厄介事を押し付けられた事も含めてだ。

 二千万の札束を渡し、手早く数え終わった後、冬川雪緒は札束を一つ抜き取ってオレの前にぽんと置いた。

 

「この百万は君の取り分だ。受け取れ」

「子供のお使い如きでそんなに貰って良いのか?」

「誰もやりたがらないからな。好き好んで『魔術師』と相対したい奴はいない。……正確に説明すると、50%が組織の取り分で上納、『魔女の卵』を入手した者に45%、配達人に5%だ」

 

 ……まぁあの『魔術師』に二度と遭いたくない気持ちは同意する。

 けれど、自分はあの『魔術師』と何度も遭う事になるんだろうなぁ、と今から憂鬱な気分になる。

 それもその回数を自分で増やしたのだ。自業自得とは言え、中々に笑えない。

 

「……さて『魔術師』の新たな依頼だが、相変わらず厄介極まるぞ」

 

 オレンジジュースを飲みながら、冬川雪緒は真剣に語る。

 にしても、アルコールの類は飲めないのだろうか? オレンジジュースじゃ今一格好が付かないと思いながら砂糖ありありのコーヒーを飲む。

 

「あの『魔術師』はどうやって街の状況を把握していると思う?」

「……『眼』と『耳』になる使い魔を大量にばら撒いているのか?」

 

 原作の魔術師でも動物型の簡易使い魔とかで偵察とかやっていたよなぁ、と思いながら冬川雪緒が頼んだ枝豆を摘む。結構美味しい。

 

「恐らくな。そしてそれは手段の一つに過ぎない。我々の想像すら付かない方法で、この何気ない会話も奴には全て筒抜けという可能性がある」

 

 情報を制する者が世界を制する。誰よりも苦心しているのはあの『魔術師』なのだろう。厄介な奴に眼を付けられたものである。

 

「『豊海柚葉』はその情報網を掻い潜る能力の持ち主であり、擬態能力に長けた人物だろう。今の今まで『転生者』だと発覚しなかった高町なのは世代、最大級のイレギュラーの内情を探るんだ。覚悟しろ」

「言われなくても、今回のがどれだけヤバいヤマなのか実感しているさ」

 

 自分から首を突っ込んだから、もう覚悟完了済みだ。それに自分の身近に潜む巨悪を無視するなんて、自分にはどう頑張っても出来ないだろう。

 前々世からの性分とは言え、我ながら度し難いものである。

 

 ……『魔術師』? あれは巨悪どころの話じゃない。隠れボスとか負け確定イベント用ボスとかそういう類の無理ゲーである。

 

 それにあれはこの街にとって『必要悪』だろう。何となくだが、そんな気がする。

 意図しているかしてないかは別だが、『魔術師』の利益は基本的に海鳴市にとっても利益となる。と、不確かな目測を付けておく。

 

「生憎と我等の組織に小学生は君一人だ。校内でのバックアップは期待するなよ。――ターゲットと二人になる状況を間違っても作るなよ。戦闘に自信があるのなら、別だがな」

「……おいおい、小学生を直接嬲って情報聞き出せって言うのかよ」

「逆にその立場になる可能性があると言っている。正真正銘の規格外だ、ミス一つで死にかねないぞ」

「……解っているよ。同じ小学生なんていう甘い認識で言ったら即座に死にそうな事ぐらい、さ」

 

 表情には欠片も出さないが、本気で心配してくれている冬川雪緒の親切さが身に染みる。これが仁義って奴なのかねぇ? ならオレも近い将来、親分とか言って慕った方が良いのだろうか?

 

「あぁ、そうそう。君の前任者から『絶対に死ぬなよ。死んだらオレがまたあの『魔術師』の処にいかなきゃいけないじゃないか!』と、有り難い応援メッセージが届いている」

「何処も有り難くねぇ!?」

 

 内心で褒めた傍からこれである。空気が読めるのだか、読めないのだか。

 

「にしても今回は『魔術師』にまんまとやられた感が強いなぁ。何かアイツの弱味とか握ってないの?」

「……聞きたいか?」

 

 物凄く微妙な表情しながら尋ねやがった。多分参考にならないだろうが、一応頷いて聞いてみる事にする。

 

「――『魔術師』は生後間もなく捨てられた孤児だ。生まれた直後に医師を一人焼き払ってな、両親からは忌み子扱いで『教会』に投げ捨てられたそうだ」

「医師を? 何でまたそんな事を……?」

「恐らくは正当防衛だろう。その産婦人科の医師の来歴を調べたが、妙なほど生後間もない赤子が不審死している。これは推測の域が出ないが、その医師は転生者で、転生者らしき赤ん坊を片っ端から間引いていたんだろうな」

 

 ……うわ、其処までするのかよ、と思えるような悪魔の所業だ。

 実際にその時『魔術師』が焼き殺してなければ今尚間引きが続けられたという訳か。ぞっとしない話である。

 そしてこの話で重要なのは『魔術師』が『教会』の孤児だったという事か。表立って対立していないのはそれが最大の理由なのだろうか?

 

「……? それが何で弱味なんだ?」

「まぁ焦るな、話はこれからだ。その数年後『魔術師』を捨てた夫婦の間に女児が産まれてな、この少女は大切に育てているそうだ。――その家庭に直接訪ねる事は無いが、その家だけ『魔術師』の監視は目に見えるほど異様に厳重なんだよ」

 

 意外な事実である。捨てたのだから恨みこそしても、逆に厳重に保護しようとする気になるとは、あの『魔術師』らしくない。

 意外な一面、という奴なのか?

 

「へぇ? 捨てられたのに関わらず、意外と家族思いなのか? それとも自身に関わる事で巻き込まれないようにする最低限の配慮か?」

「オレはそうとは思えないな。その監視は『外敵』を警戒したというよりも、むしろ『中』を警戒しているように思えたしな」

 

 ……ん? 『中』だと? それは両親というよりも、その後に生まれた『妹』を警戒しているという事なのか?

 

「……おいおい、一気にきな臭くなったな。その女児ってのは転生者なのか?」

「さぁな。今の処、そういう素振りは皆無だがな。高町なのは世代にも誰からの眼も欺いていた化物が居たんだ。そういうのがもう一人居ても然程不思議ではあるまい」

 

 一人いるなら他にもいるという考えには納得だが、そんな化け物じみた奴が何人もいるとは精神衛生上考えたくもない。

 

「つーか、それ弱味か? どう見ても見える地雷にしか思えないんだが」

「踏み抜いてみるまでは存外解らぬものさ、実物なんてものは。まぁ自分で試してみる気が起こったらいつでも言ってくれ。骨を拾う準備ぐらいはしてやる」

「だーかーらー! いつからオレはそんな自殺志願者になったんだよォ――!?」

 

 結局、その話はまるで為にならなかったのだが、不思議と脳裏の片隅にこびり付くように残ったのだった。

 その後の会話で、本当に脳裏の片隅に放り投げられる事となるが――。

 

 

「――本当に弱味を握りたいのならば、その者の前世の『死因』を突き止めれば良い。此処まで言えば『三回目』のお前には解るだろう?」

 

 

 今までのが全て冗談だったと思えるぐらい暗く沈んだ口調で、冬川雪緒は此方の眼を射抜いた。

 弛緩していた空気が明らかに張り詰めた。心当たりがある、などという話ではない。心臓が引き裂かれそうになるほど重要な事項だった。

 

「……その様子ではお前も覆せなかったようだな。我々転生者の死因は『一回目』でほぼ決定する。一度辿った結末だ、生半可な行動では変えれない。第三者の、より強い方向性に歪められたのならば別だがな」

 

 帰り支度をしながら、冬川雪緒は淡々と述べる。無表情が板に付いているこの男にしても、この話題は触れたくないものだったらしい。

 

「――『結末』は変えれない、か」

 

 彼が帰った後も、暫く何か行動する気にもなれなかった。今まで必死に蓋を締めて、考えないようにしていた。

 『一回目』に至った結末は、形を変えて『二回目』の結末となった。細部は違えども、同じ結末だったのは確かだ。

 

 ならばこそ、これは他の転生者にとっても不可避の条理。同じ条件、同じ結末を用意してやれば、如何なる転生者も呆気無く破滅するに違いない。

 

「……迂闊な事を言ったのはオレか」

 

 つまり、これは冬川雪緒からの得難い諫言。他の転生者の弱味を探るという事は正真正銘の『宣戦布告』に他ならない。

 それを履き違えたまま、勘違いしたまま、魑魅魍魎の化物どもとぶち当たって何も解らずに破滅する処だったという訳か。笑うに笑えない状況である。

 

(――『一回目』も『二回目』も同じ破滅だった。ならば『三回目』も同じなのかな……?)

 

 非常に憂鬱だと項垂れながら、冷たかった筈のアイスコーヒーを口にする。

 温くなって微妙な温度になったコーヒーは死ぬほど不味かった――。

 

 

 

 



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03/暗躍の昼下がり

 

 

 

 

 ――損な生き方なのは先刻承知、でも自分は我慢出来ない類の人間だった。

 

 一つの不条理があった。一つの理不尽があった。

 見過ごせば今まで通りの日常を過ごせた。平穏な毎日を享受出来た。人並みの幸せを胸に抱いて、人並みに生きる事が出来ただろう。

 

 ――それでも、我慢出来なかったのだ。

 

 手を伸ばせばすぐ届く場所に救いを求める手がある。

 ならば、引っ張り上げてあげるのが人の情、そのままにしておくのは気が済まなかったのだ。

 例えそれで自分が代わりに地獄の底に落ちて、最悪の貧乏籤を引く事になったとしても構わない。

 何もしなくて後悔するより、やって後悔した方が良い。それが正しき道であり、正しき選択である事を信じている。

 

 ――そして運命の選択の時が来た。

 同じように負債を重ねて同じように辿り着いた、二度目の総決算だった。

 

 その男は吐き気を催すような邪悪の化身だった。

 空気を吸うように他人を犠牲にし、自らの幸福を謳歌する、まさに歩く災厄だった。

 手を差し伸べ続け、いつしか宿敵となったのがこの男だった。

 沢山の仲間が出来た。戦い続け、数多の犠牲が出た。その果てにこの男を追い詰めた。そして同時に追い詰められた。

 与えられた選択肢は二つ、この男と共に絶対の窮地を乗り切るか、この男と共に運命を共にするかである。

 

 ――男は堂々と命乞いをする。もうお前達に手を出さないと約束する。降伏するから一緒にこの窮地を乗り切ろう。

 この絶対の窮地を乗り越えるには互いの力を合わせる必要がある。此処で互いが死ぬのは不本意だろう?

 

 その手を振り払えば、自分もこの男も呆気無く死ぬ。

 けれども、この男を生かしておけば、この男一人の幸福の為に犠牲者が増え続けるだろう。

 理不尽と不条理によって踏み躙られる者が後を絶たないだろう。

 

 ――その手を振り払う。こんな男と一緒に心中するなんて最悪だが、その手は絶対に握れない。

 

 他者の幸福を犠牲にする事で存在する『悪』など許せない。自分は最期まで我慢出来ない人間だったのだ。 

 男は怒り狂い、自らの死を決定付ける一撃を振るい――自分は笑いながら逝った。

 悔いは無い。自分が正しいと思う道を貫徹したのだ。その『誇り』を打ち砕く事は誰にも出来ないのだから――。

 

 

 03/暗躍の昼下がり

 

 

 ――『教会』とは、化物のような転生者三人が結託して出来た奇跡の組織であり、信徒という名の狂信者を量産する海鳴市有数の魔の巣窟である。

 昼前から此処に訪れた理由は幾つかあるが、真夜中は絶対に訪れたくない場所だ。

 何があっても許される治外法権的な場所に人々が寝静まる時に足を踏み入れるのは、自殺と同意語である。

 

「おろろ? クロウちゃんお久しぶり~。何々、やっとその最低最悪の人生を悔い改めて、神の忠実なる下僕になりに来たのかな? 幾ら我等の神が涙が溢れるぐらい慈悲深くても、正直もう手遅れだと思うけど?」

 

 ――『教会』の礼拝堂に足を踏み入れた一言目に、白い修道服を来た十三・四程度の金髪碧眼の少女は天使のような笑顔を浮かべて息を吐くように毒、いや、致死の猛毒を吐いた。

 見た目は聖女級の美少女なのに、性格は非常に破綻して残念なのは最近の流行りだろうか?

 

「ねーよ! つーか、人の人生を勝手に最低最悪とか言うな! これでも凡人は凡人なりに一生懸命、精一杯生きているんだぞぉ!」

 

 探偵業という非生産的な営業で路銀を稼いでいる身としては非常に痛い言葉だが、それでもミジンコはミジンコなりに生きていると熱弁してみる。

 この毒舌シスターに口で勝てた事は無いが、まぁいつものコミュニケーションという奴である。

 

「……へぇ、最近の精一杯というのは『足の不自由な幼女の家に居候して穀潰しになる事』を指すんだぁ? 初めて知ったなぁ、勉強になるよ」

「な!? なな、何故それをお前が……!?」

「神様はね、いつもお天道から我等の事を見守っておられるんだよ? 少しは懺悔したらどうかな、ロリコン貧乏探偵二号さん」

 

 えっへんと無い胸を張って小さなシスターは得意気に笑う。

 此方としては最近の動向を見抜かれ、冷や汗が流れるばかりだ。食い倒れて一歩も動けなかった処を九歳の足の不自由な幼女に拾われてた挙句、御馳走になった上で家に住ませて貰っているなんて、今考えたら「大人として失格、最低最悪の紐じゃね?」と自分自身が情けなくなる。

 それでもその『ロリコン貧乏探偵二号』に対しては反論させて貰う。あれと一緒にされては困る。

 

「『大十字九郎』と一緒にするな! オレはロリコンじゃないわい!」

「えぇ~、信じられないなぁ。クロウちゃん、時々私を見る眼、怪しかったよ? それも通報物だったよ?」

「テメェみたいなちんちくりんなシスターに欲情するほど飢えてないわい!」

 

 確かにこのロリシスターは性格が残念な事を除けば完璧な美少女だが、性格の残念さが全てを台無しにしている。

 もう四年ぐらい立てば出るところが出て傾国の美女ぐらいになれるかもしれないが、今の残念な成長具合から見る限り無理そうである。

 失礼な感想だが、永遠にロリボディじゃないだろうか、このちんちくりんな生き物は。

 

「そんな! 既に同居人に手を出していたなんて!?」

「出してねぇよ! なんでそんな卑猥な話にしか誘導しないんだテメェは……!?」

 

 「えぇー」と完全に疑った眼で此方を見てきやがる。

 完全に性犯罪者を見るような視線に我慢出来ず、とっとと本題を果たす事にする。コイツと喋っていると此方の社会的な地位が殺されかねない……!

 

「それに今日の要件はこれだ!」

「おー、クロウちゃん頑張ったんだね。偉い偉い、我等の神も褒めておられるよ、多分」

「神職の癖に随分と適当だなぁ、おい!」

 

 厳重に封印処置を施した『魔女の卵(グリーフシード)』を二つ手渡し、シスターはほくほく顔で修道服の中に仕舞い込む。

 そして袖から封筒を自信満々に取り出すのだった。前から思っていたが、コイツの修道服には四次元ポケットの機能も付属されているんだろうか? いや、幾ら『歩く教会』でもそれは在り得ないか……。

 

「はい、報奨金です。この調子で悪魔の手先をどんどん殲滅して下さいね」

「いや、異教徒とか専門外だから」

 

 封筒を受け取り、徐ろに封を切って中身を確かめる。

 中にあったのは日本国の万札、それも十枚である。これで暫く食い扶持を繋げそうだ。

 

「クロウちゃんは変な事を言うね? 化物だけじゃなく、異教徒にも暴力を振るっていいんだよ?」

「いやいや、駄目だろおい。いい加減、博愛精神持とうぜシスター。汝、隣人を愛せよ、だろ? 人類皆兄弟ですよ」

「私達の隣人の定義は我等の神を信仰する者のみですよ? 他は異教徒と化物で悪魔の使いです」

 

 真顔で不思議そうに返された。え? オレがおかしい事言っているの!?

 相変わらず、コイツとは意思疎通が半分ぐらい出来ない。信仰と精神汚染は似たようなものであり、同ランクじゃないと意思疎通に不具合が出るのは本当らしい。

 

「それはそうと、この報奨金、もうちっと何とかならないの? 『魔術師』の処は一個二百万って噂じゃん? せめて半分程度にはならんかい? オレも生活が苦しくてさぁ」

「『魔術師』に『魔女の卵』を渡して悪用される事を覚悟するのと、『教会』に異端者認定されたいなら別に構わないけど? 短い付き合いだったね、クロウちゃん」

「いえいえ、オレは神様の忠実なる下僕です、どんどん扱き使ってくだせぇ、はいっ!」

 

 笑顔で『異端審問』しようとしたシスターにオレは全力をもって首を横に振ってご機嫌取りをした。

 何というか、眼がマジだった。今のは「君は良い友人だったけど、悪魔に魂を売ってしまうなら仕方ないね」という即断即決の死刑判定だった。やっぱり『教会』には狂人しかいねぇ。

 

(コイツはシスターの癖に異端審問官の真似事を平然とするからなぁ)

 

 報奨金の値上げ交渉も呆気無く一蹴されたし、お土産でも買って帰るかと踵を返す。

 その時だった。終始笑顔で明るかったシスターの口調が暗く沈んだのは――。

 

 

「――クロウちゃん、『八神はやて』からは早く縁を切った方が良いよ? 彼女はクロウちゃんにとって『死神』だよ」

 

 

 ……今現在の家主の名前を呼ばれ、立ち止まる。咄嗟に振り向いた先に居たのは一切の感情が消え、神託を告げるだけの人形のように佇むシスターだった。

 

「……それは原作知識から、って奴か?」

「うん。そう思って構わないよ。むしろ原作通りなら少ししか問題無いんだけど、今の海鳴市の取り巻く状況から考えると、余り良い結末にならないからね」

 

 こういう、シスターのふざけてない時の言葉はまず間違い無く、耳を傾けるべき忠告である。

 自分は『この世界』の物語を知らない。あの足の不自由な彼女『八神はやて』が物語の主要人物だと知ったのも今だし、当然の事ながら彼女の行く末など知る由も無い。

 

「私達『教会』も最悪の事態になる前に絶対対処するし、何より間違い無く『魔術師』は先手を打つと思う。これは『教会』を取り仕切る『必要悪の教会(ネセサリウス)』の『最大主教(アークビショップ)』としての警告ではなく、一人の友人としての忠告だよ」

 

 彼女達『教会』が、そして『魔術師』が動くような事態の中心に『八神はやて』はいる。

 海鳴市の二大組織の重鎮が揃いも揃って危険視しているとなれば、その危険度は自分の許容度を遥かに超越していると容易に推測出来る。

 

「……心配してくれるのはすげぇ嬉しい。でもまぁ、とっくに決めちまったんだ」

 

 それでも、あの少女を見捨てる事は出来そうにない。

 あの少女はずっと一人だった。両親は既に亡く、親戚も亡く、正体不明の人物によって生活保護費だけ支給され、一人で孤独に暮らしてきた。

 

 ――恐らく、彼女は長くない。正体不明の病に蝕まれ、そう遠くない未来に死んでしまうだろう。

 

 彼女は救われず、報われずに孤独に死ぬだろう。悔しいが、自分では何も出来ない。少女の理不尽な死の運命を覆す事など不可能だ。

 ……それでも、孤独を紛らせる事ぐらいは出来る。傍らに居て、その笑顔を守る事ぐらいは自分にも出来る筈だ。

 それしか出来ないのが情けなくて悔しいけど、自分には出来る事しか出来ない。その為に、出来る事を精一杯頑張ると自分自身に誓った。

 誰の為でもない。彼女の為なんて傲慢な事を言うつもりは無い。ただ自分自身の自己満足の為に行う自慰行為である。

 

「まだ時間は残っているから、考え直して欲しいなぁ。私の立場上、原作知識を与えて他に協力するのはNGだし」

「別にいらねぇよ。そんな未来知識なんて変える為にあるようなもんだし、そればかり気を取られて今現在の足を掬われたら救いようがないだろ?」

 

 今度こそ、振り返らずに『教会』を立ち去る。

 一秒足りても時間を無駄に出来ないし、残り二人の転生者には絶対に出会いたくない。

 彼女とは比較的まともに会話出来るが、もう一人の神父は吸血鬼絶滅主義者の狂信者、最後の一人は性悪男で転生者絶滅主義者の殺人狂だ。会話も意思疎通も不可能だし、思い出したくもない。

 此方の去り際、シスターは寂しげに呟いた。

 

 

「――貴方は『大十字九郎』には絶対なれない。その事を努々忘れないようにね」

 

 

 思わず立ち止まり、振り返らずに大きな溜息を吐いた。

 

「……そんなの、身を持って知っているよ」

 

 オレの名前は『クロウ・タイタス』、『大十字九郎』の元となった人の名前であり――何も成せなかった自分には余りにも重すぎる名前だった。

 

 

 

 

 ――『大十字九郎』になれなかった青年の後ろ姿を最後まで見送る。

 

 別段、彼の外見に『大十字九郎』と似通った処は無い。

 唯一の共通点である東洋人独特の黒髪だって短髪でボサボサ、着ている服はいつも黒尽くめ、けれども――その精神は余りにも似通っていた。

 

 見ていて危ういとはまさにこれだ。

 『彼』と同じ世界に生まれ、『彼』と同じ不屈の精神を持ちながら――致命的なまでに魔術の才覚が欠落していた。

 

 どうせなら欠片も芽が無い方が救いだったかもしれない。

 中途半端に魔導を齧れたから、彼はその背に不相応の試練を架され、その重荷に耐え切れずに押し潰され、絶望の果てに事切れたのだろう。

 

(――この『魔女の卵』も、彼にとっては命懸けで漸く入手出来た二つでしょうね……)

 

 今の彼に最強の『魔導書』は無い。穴だらけの新約英語版の写本一つで身を削りながら戦っている。

 其処までしても彼の戦闘力は転生者の中では底辺級、本来なら『魔女』に挑むのも自殺行為に等しいだろう。

 

(時が来たのならば、無理矢理でも拉致した方が良いですね。このままでは『八神はやて』と心中するようなものです)

 

 其処まで考えて、どうして此処まで彼に肩入れしたくなるのか、今一度自分自身に問いを投げかける。

 内に沈殿する疑問を紐解こうとした時、ノイズが生じた。それも物理的な意味で。

 

「おやおや、人形の分際で説法の真似事ですか? 珍しい事をするんですねぇ――『禁書目録(インデックス)』」

「――私をその名で呼ぶな、『前任者』」

 

 振り向いた先にいたのはカソックを来た二十代の男性であり、一秒足りても同席したくない同格の同僚が嫌らしく笑っていた。

 金髪に蒼眼、日本人離れした長身と整然とした美形な面構えは、醜悪なまでに頬を歪められた嘲笑で全て台無しだった。

 

「おっと、失礼でしたね。自分から『首輪』を食い千切って飼い主を噛み殺した『魔神』殿めに言う言葉ではありませんでしたね。ともあれ『前任者』ですか、それは貴方も同じでしょう?」

 

 ――我慢出来ずに殺意を零す。

 

 恐らく、今の私の両瞳には血のように真っ赤な魔法陣が光り輝いているだろう。

 この脳裏に刻まれた十万三千冊の魔道書から対『代行者』用の特定魔術(ローカルウェポン)を組み上げている真っ最中である。

 

「おお、怖い怖い。まるで『神』をも射殺すような眼ですねぇ」

「何の用ですか? 貴方との不必要な会話はしたくありませんが」

「そうですか? 私は貴方との会話はとても愉しいですよ。人形が人間の真似を必死にしていて滑稽ですからねぇ……とと、それじゃ本題に入りますか」

 

 相変わらず癇に障る喋り方であり、苛立つ話題を意図的に選択する。

 この男に意思疎通によるコミュニケーションを計る気概は欠片も無く、ただ一方的に事実を突きつけて苦しみ悶える他者の姿を堪能するのみである。

 つまりは不毛極まる。無視して立ち去るのが精神的な衛生を保つ意味で最善だろう。

 

「随分と甘い認識ですねぇ。あの『魔術師』が居る限り、八神はやての『死』は確定事項なのに」

 

 ぴたり、と足を止めてしまう。

 不可解な言葉である。幾ら『魔術師』と言えども、物語通りに事が進めば手出しはしない筈である。

 八神はやての『死』に関わる確率は極めて高いが、確定させる要素では無い筈だ。あの『魔術師』は原作にまるで興味が無い。

 

「誰もが勘違いしているみたいですねぇ。一年前、アリサ・バニングスが転生者と無関係な勢力に誘拐された際、あの『魔術師』は一切動かなかった。この事から大多数の者は『魔術師』は『原作に興味無い』と誤解した」

「……勿体振らずに、貴方の見解を述べたらどうです?」

「あの『魔術師』は自分に危害の及ばぬ事に欠片の興味も示さないだけですよ。それ故に――正確には『原作など自分に害が無ければどうでも良い』と考えている人間です」

 

 この『興味無い』と『自身に害が及ばなければどうでも良い』という事には天と地ほどの違いがある。

 可能性が僅かでもある限り、あの『魔術師』は零にしようとするだろう。打つべき瞬間に最善手を打って、確実に芽を潰すだろう。

 

「――『ジュエルシード』は扱いを一つ間違えれば地球など簡単に消し飛んでしまう危険物です。当然、座して事態が解決するまで黙認するなどしないでしょう。時間を置けば置くほど管理局の介入も許してしまいますしね」

 

 あの『魔術師』が管理局の介入を嫌うのは『第二次吸血鬼事件』からも良く窺える。

 内の敵を放置してまで外の敵の排除を徹底したのだ。何が何でもこの海鳴市に根付かせる気は欠片も無いだろう。

 

「では、それより更に危険度の高い『闇の書』では? これは我々転生者が一人でも蒐集された時点で防衛システムが極めて悪辣に変異するでしょう。それに『魔術師』が忌み嫌う管理局側の人間が関わっている案件です。間違い無く事前に『闇の書』を排除した上で破滅させるでしょうね、彼ならば」

 

 ……なるほど、あの『魔術師』ならばやりかねない。

 海鳴市を崩壊させる最大の危険要素『八神はやて』を早期退場させた上で『ギル・グレアム』を破滅に導く事など容易い事だろう。

 だが、今までの口上は全て仮説に過ぎない。その事を含めて分析した上で無視する事にする。

 

「あの『魔術師』が物語にどの程度干渉するかは今に解る事です」

「そんな不確かな事をしないで、直接排除した方が早いのでは? ああいう手合いは君の領分だろう? 魔術師狩りの達人殿」

 

 此処に至って、目の前の彼が私に何をさせたいのか明白になり、身振り手振り全てが演技臭くて可愛らしいものだと会心の笑みで嘲る。

 

「――なるほど、未だに恐れているのですか。貴方は」

 

 その瞬間、この男の嫌らしい嘲笑いが憤怒の形相に変わる。

 そういえば、この『代行者』は一度『魔術師』に挑んで完膚無きまでに敗北しているのだった。

 相手の意図を見透かせば、無様なものである。勝機が無い事を自らが認め、劣ると認めた上で私を焚き付けたのだ。

 この腐れに腐って腐臭を撒き散らす自尊心の塊が――笑わずにはいられない。

 

「そうですね、私はあらゆる転生者を殺し切る自信がありますが、あの『使い魔』だけは別です」

「……? 『魔術師』ではなく『使い魔』ですか?」

 

 随分情けない負け惜しみかと思いきや、本気で言っているようであり、逆に此方が困惑する。

 駄猫の『使い魔』など言うまでもなく、あの『魔術師』自身が最大の脅威そのものだ。最初から比較対象にすらならない。

 それを見越してか、この男は嫌味な笑顔の仮面を捨て去って、苦汁を舐めた表情で首を横に振る。

 それこそ、最大の勘違いであると言うかのように――。

 

「私の『聖典』はご存知でしょう? あれを心の臓に叩き込んで尚生きていたんですよ、あの『使い魔』は――」

 

 

 

 

「ご主人様、お茶のお代わりは如何ですか? 茶請けも付けますか? それとも、わ・た・し?」

「茶」

「あーん、ご主人様のいけずぅ」

 

 

 

 

 此処はミッドチルダの某所の会議室、今の管理局を動かす重鎮達が集まった――秘密結社とか御用達の、ぶっちゃけ『黒幕会議』である。

 

「……えぇ~、此方が新設した対魔女部隊の被害状況です」

 

 額に汗を零しながら、徹夜して作った資料を各々に配る。

 特設部隊の稼働率、被害状況、殉職者及び遺族年金など細かい資料が纏められており、新参者の此方が萎縮するほどどんよりとした空気が漂っていた。

 

「成果が上がらないだけでなく、部隊の増員要請とな? 卿等の中には熟練の魔導師が勝手に湧き出る壺を持っている御仁でもおるのか?」

 

 真っ先に皮肉気な発言をしたのは老練の英国人(ジョンブル)みたいな出で立ちの銀髪美髭の大将閣下であり、この中では最年長で議長役を務める中心格であられる。

 厳格な御方で、貴族然とした振る舞いは優雅の一言。本来ならば、私如き新参者が顔を会わせられる相手ではありません。

 

「ソ連みたく畑から兵士が栽培出来る環境とかマジパネェっす。うちも独裁政権だけど流石にあそこまではなぁ~」

 

 続けて発言したのはこの中では最年少の金髪翠眼の美少女であり、もう資料を全て見終わったのか、紙飛行機に折り畳んで何処ぞに飛ばしている程である。

 私より十歳は年下で、管理局の制服に着せられている感じが強いが、これでも中将閣下である。

 十四歳という年で中将という地位、管理局の昇進の最年少記録を次々と塗り替えている恐るべき御仁である。もしかしたらこの中で一番油断ならぬ人物ではないだろうか? 

 

「だから少数精鋭にするべきだと進言しただろう。Bランク以下の魔導師で『魔女』をどうにか出来る筈が無かろう!」

 

 次に、いっつも憤怒の表情を浮かべている小者っぽい太っちょの中年男性――これでも中将閣下です。前の少女と比べて完全に見劣りしますが。

 

「あるぇ? 貴重な戦力を『魔女』如きに使い潰すなど言語道断と言ったのは何処の誰だったかねぇ?」

「なっ! あの時は全員賛成で可決したろうが!」

「アタシはちゃんと反対したけどぉ? もう記憶力に衰えが出ているのかい? 年を取るって悲しいねぇ」

 

 当然の事ながら、金髪少女の中将閣下とは犬猿の仲であり、事ある毎に口喧嘩しています。太っちょの中将閣下が一方的に嫉妬及び敵対視しているとも言えますが。

 喧嘩をするほど仲が良いとは言いますが、この二人の場合は互いが互いに見下している感じが強いでしょう。何方が格上かと問われれば、一人以外が一致して金髪少女の方と答えるのは秘密です。

 

(そして最後の一人、この黒幕会議の主犯格は未だに到着していないようです)

 

 この円卓の中央の席にはテレビのような映像機が設置され、まだ通信状態ではありません。

 一番のお偉い方が到着するまでの間、各々が雑談しているのが今の現状です。

 

「――静粛に。あれから状況はまるで一変している。既存の魔女の増殖速度が此方の殲滅速度を圧倒的に上回り、新種の到来に全くもって対処出来ておらぬ」

「地球での被害は最小限に抑えられているようだけどねぇ。――そして『魔術師』の手に『魔女の卵(グリーフシード)』が渡った分、此方にばら撒かれるという寸法だね。うちは廃棄場所じゃねぇっつーの」

 

 口喧嘩をお髭が素敵な大将閣下が一喝して止め、現状の見解を述べる。

 それに追随して金髪少女の中傷閣下がまるで小馬鹿にするように笑う。まるで他人事です。

 恐らく、この事に一番頭を悩ませているのは太っちょの中将閣下でしょう。ああ、今にも剥げてしまいそうな頭髪が誠に哀れです。

 

「クソォッ、呪われろ『魔術師』! 忌まわしき悪魔めぇ!」

「おうおう、呪詛は我々の専門外だけど頑張って習得したんかい? あの『魔術師』が惨たらしい死に方をするよう祈るばかりだね」

 

 ――この度々出てくる『魔術師』とは、我等『ミッドチルダ』の転生者における最大の、不倶戴天の怨敵である。

 

 そもそもこの黒幕会議に私如きが出席出来るのも『魔術師』のせいだ。

 地球という遠く離れた管理外世界に居座っておきながら、此方の転生者を次々と転落させ、管理局の末端で働いていた私まで御箱が回った次第である。

 こんな重役を私の意思に関わらずに担わされた恨みは忘れたくても忘れられません。人害では到底死にそうにないので、天罰にでも当たって死んで欲しいです。

 

「それと『ジュエルシード』の輸送計画なんですが――」

「まともに輸送したら間違い無く撃ち落されて虚数空間の塵屑になるよ? 子供だって解るさ、『ジュエルシード』と『魔女』を組み合わせたら想像を超える大惨事になる事ぐらいはね」

 

 小さく可愛らしい欠伸をしながら金髪の中将閣下は語り聞かせる。

 バン、とテーブルを大きく叩く音がなり、予想通り激高した太っちょの中将閣下からでした。

 

「何としても『ジュエルシード』を海鳴市に落とさねばならん! 何か妙案は無いかね!?」

「……あのぉ、別ルートを経由して安全に『ミッドチルダ』に輸送するという案は無しですか?」

 

 

「は?」

 

 

 恐る恐る意見を言ってみたが「何考えているの?」という白けた視線が私に集中してしまった。

 言い出した言葉は元には戻せない。頑張って、続きを述べる事にした。

 

「幾ら何でも今『ジュエルシード』を地球に落としたら未曽有の大災害で日本が消滅しかねないですよ? 原作が始まらないという最悪の事態になりますけど――『ジュエルシード』は我々の下に確保出来ます」

 

 もしかしたら日本どころか地球が無くなりかねない。

 流石に魂の故郷が木っ端微塵になるのはいたたまれないだろうと思うが――。

 

「ダメダメだね、その答案じゃ零点だよ。欲しいのは『ジュエルシード』じゃないんだ。それに付随する全てなんだよ。私達は何が何でも原作通りに進行させないと駄目なんだ。そのカバーストーリーは『魔術師』と現地民に頑張って貰うさ」

「その通りだ。海鳴市の安否など問題外だ。我々が今考えなければならない事は如何に『魔術師』の妨害を躱し、原作通りに海鳴市に『ジュエルシード』をばら撒くか、その一点に尽きる!」

 

 こんな時だけ仲の悪い二人が同意見という始末。即座に引っ込みざるを得なかった。地球の皆、ごめんね。一応応援だけは心の中でしているよ。

 

「無数のダミー輸送船を用意して、本命は自沈させて『ジュエルシード』をばら撒く」

「ノー、上手く事を運べたとしても航海記録を後々確かめられては苦しい。あくまでも人為的な事故でなければ体裁が取れないし、その方法では海鳴市に落ちない可能性すらある」

 

 金髪少女の中将閣下が意見を言い、即座に大将閣下が首を横に振る。

 何かこんなやりとり、どっかで見た気がするが、残念な事に思い出せない。

 

「輸送船はダミーで『ジュエルシード』は現地で直接ばら撒く」

「ノー、危険過ぎる。現地配達人が殺害されて『魔術師』に全部奪われる可能性が高いよ。無差別にばら撒くより下策だね」

 

 大将閣下が意見を言い、今度は金髪少女の中将閣下が否定する。

 太っちょの中将閣下が「次は儂だな」と息巻いていたその瞬間、沈黙を保っていた映像機に光が入り、皆の視線が一斉に集中した。

 

『――いいや、それで良い』

 

 何処から聞いていたのか、この黒幕会議の主はこの案を肯定する。

 その映像の主は黒衣に身を包んだ年齢不明の――老人かもしれないし、案外予想以上に若いかもしれない。声は滅茶苦茶に変換されているので其処から判別する事は出来ない。

 男性のように見えるけど、もしかしたら女性かもしれない。つまりは何もかも正体不明の『真の黒幕』である。

 

「これは『教皇猊下』、拝謁頂き誠に恐悦至極で御座います。ですが、それでは――」

『構わぬ、と言っている。あの『魔術師』の手に『ジュエルシード』を委ねてもな』

 

 大将閣下が臣下の礼を取って進言するも、『教皇猊下』は愉しげに自身の意見を貫く。

 此処では『教皇猊下』が『白』と言えば黒のカラスも『白』になる。彼(もしくは彼女)の意見が全てに優先されるのである。

 これが『ミッドチルダ』――管理局の頂点のお家事情である。

 

「ほほぅ、何か企んでおいでで?」

「……確かに、確実に『海鳴市』に『ジュエルシード』を輸送するにはそれしか方法がありませんが――」

 

 金髪少女の中将閣下は愉しげに、太っちょの中将閣下は額に流れる汗をハンカチで拭い取りながら困り顔を浮かべる。

 確かに、下っ端の私は意見など出来ないが、大問題だと思う。あの『魔術師』に『ジュエルシード』を渡した日にはどんな事に悪用されるか解ったものじゃない。

 超危険人物に核兵器を渡すようなものだ。下手すれば第一管理世界のミッドチルダが消滅しかねない事態になるだろう。

 

『卿等は頭が硬いのう。勿論、一時的に『ジュエルシード』を『魔術師』に委ねるが、死蔵はさせん』

 

 私のような凡人には『教皇猊下』の崇高なお考えはやっぱり理解出来ないみたい。

 各々が難しい顔を浮かべて悩む中、金髪少女の中将閣下だけは的を得たりと言った表情を浮かべて年相応に微笑んだ。

 

「あ、何となく解りましたよ。大胆ですねぇ、下手すれば次元世界が一つ吹っ飛びますよ?」

「む? どういう事だ?」

「年は取りたくないねぇ、若者特有の柔軟な発想が出来なくなるようだし」

「なんだとぉ!? 言うに事欠いてッ、この礼儀知らずの小娘がァッ!」

「年寄りの僻みって醜いと思わない?」

「静まれお前等、『猊下』の御前だぞ」

 

 その大将閣下の一声で静まり、我々は『教皇猊下』のお言葉を待つ。

 『教皇猊下』のお顔は見えないが、酷く愉しげだった。それはまるで悪巧みを共犯者に告げるかのような口調だった――。

 

『――『ジュエルシード』は『魔術師』の手に渡らせる。それならば、二十一個の『ジュエルシード』に封印処置は必要あるまい』

 

 

 

 

 



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04/残り二人の転校生

 

 ――何をやっても上手くいかなかった。

 

 自分には物事を貫く強靭な意思はあれども、致命的なまでに才能が無かった。

 周囲は化物揃い、自分は凡人から毛が一本生えた程度、最初から戦いにすらならなかった。

 彼等は許されざる『悪』だった。気まぐれ一つで無辜の民を虐殺し、無秩序な破壊を繰り返し、夥しい犠牲が出る邪悪な計画を進めていた。

 立ち向かえる者は誰もいない。逆らえる者もまた誰もいない。

 彼等と戦うには自分は余りにも微弱過ぎたが、彼等と戦う為の『剣』を何がどう間違ったのか、自分がその手にしてしまった。

 

 ――この『剣』を、正しき所有者に手渡さなければならない。

 

 自分ではこの『剣』は扱えない。精々下っ端を蹴散らすぐらいで精一杯だ。それも生命を削りながらである。

 自分に出来る事をやり遂げつつ、正しき所有者に『剣』を渡さなければならない。けれども、予想より早く『剣』の所在を彼等は突き止めた。

 

 ――勝算無き戦いの日々、それでも必死に戦い続けた。どんなに惨めで無様でも、やれる事はやり通した。

 

 何度も何度も地に倒れ伏した。血反吐をぶち撒き、生命を削った。それでも彼等にとっては些細な抵抗であり、昆虫の手足を順々に引き千切るように弄ばれた。

 それでも生き延びられたのは『剣』の御蔭であり、やはりこの『剣』は正しき所有者の手に委ねられなければならない。

 この『剣』を振るうに相応しい者ならば、選ばれし者ならば、彼等に絶対負けない。何度倒れようが、何度打ち砕かれようが、必ずや彼等に勝利する筈だ。

 

 ――限界が近い。死が間近に迫っている中、自分の存在意義をふと考えてしまう。

 

 恐らく自分は、正当な所有者に至るまでの『中継ぎ』に過ぎない。誰にも語られず、誰からも忘れ去られる端役に過ぎないだろう。

 誰一人救えず、誰一人助けられず、ただ朽ち果てていくだけの凡人なのだろう。力無き正義は無力同然、その人生に意味など無いのだろう。

 

 ――でも、それで十分だと誇らしげに笑える。

 

 誰もが笑える明日を願い、その為に全力を尽くす事が馬鹿だというのなら勝手に嘲笑えば良い。

 『端役』でも『捨て駒』でも『中継ぎ』でも結構、果たせる役割があるのなら絶対にやり通す。

 本当の『正義の味方』の為に、この『剣』を渡す。格好良い役割じゃないか。想いを託して死ねるのならば、恐れる物など何も無い。

 

 ――そして『剣』と共に想いは次の担い手に託される。

 次の担い手が果たせないのならば、次の次の担い手が、それでも果たせないのならば、いつか必ず現れる『正義の味方』が我等の悲願を果たすだろう。

 

 そうだろう、――なぁ『■■■■■』?

 

 

 04/残り二人の転校生

 

 

 ――翌日、非常に憂鬱な気分で学校に行く。

 調査対象の『豊海柚葉』とは同学年だが、別クラス、如何にして情報を集めるかが問題である。

 一つクラスが違うと、接点が中々持てないのは過去の経験から明らかな事実である。

 何の理由も無く偵察を行えば相手に100%察知されるし、かと言って他人伝えで彼女の事を聞くのも波風を立てて警戒心を呼び起こす行為になる。

 

(同じクラスだったなら、遠目から監視する事が出来たんだがな……)

 

 相手に察知されずに情報を盗み出すのが理想だが、その名案が思い浮かばない。

 ――『スタンド』を使っての監視、一応一つしかクラスが違わないので可能と言えば可能だが、感知型の能力を持っていると思われる『豊海柚葉』本人に視認される可能性が高い事と、他の転生者に目視される危険性を顧みれば論外と言わざるを得ない。

 

(とりあえず、授業中に考えるか――)

 

 あれこれ思案に耽りながら教室の扉を開き、てくてくと自分の席に歩いて行く。

 その最中に、偶然『高町なのは』と視線が合う。此方としては彼女とは接点を余り持ちたくないのだが――何故か眼が合った瞬間に泣かれました。何故だ!?

 

「え、えぇ!? オ、オレ、何か泣かせるような事した!? 全然心当たり無いんだけど!?」

 

 泣く子への対処方法など心得てないし、あたふたと困惑する。

 この三日間、というか二日目は一時限目に早退だから実質一日だが――『高町なのは』との接点は皆無である。まだ一言も話し掛けた事の無い友達以前の仲である。

 

(おお、落ち着け。こういう時は素数を数えるんだ! 素数は1と自分の数でしか割り切れない孤独な数字、プッチ神父に勇気を与えてくれるかもしれないがオレにとってはあんまり意味無いような、2、3、5、7、凄く落ち着いたけど解決策がねぇ!?)

 

 泣き続ける『高町なのは』を『月村すずか』があやしながら何処かに連れて行く。

 此方は教室のど真ん中でぽつーんと立ち尽くすのみである。

 冷静に周囲を見渡すと、突然泣いた『高町なのは』への目線は少なく、むしろ自分が奇異な眼で見られているようだ。

 

(これはオレが突然『高町なのは』を泣かせたからの視線なのか? それとも何か別の理由があるのか?)

 

 釈然としない思いで自分の席に付いた時、自分の机の前に見慣れた金髪少女――『アリサ・バニングス』が立っていた。

 これは間違い無く有罪判定で怒鳴られるな、とある種の理不尽に対する覚悟をした時、この勝気な性格の少女には珍しい暗く沈んだ顔を浮かべていた。

 

「……アンタ、他の転校生が次々と行方不明になった事は聞いているよね?」

「……ああ、聞いたが?」

「……それ、ね。此処では珍しい事じゃないの。転校生を問わず、元からいる人もだけど」

 

 それは昨日、冬川雪緒から聞いた話であり――すっかり失念していた。

 裏の事情を知っている自分はそういう理不尽な事の一つとして受け入れているが、舞台裏を知らない彼女達小学生からの視点ではどうだろうか?

 

「珍しい事じゃない? どういう意味だよ?」

 

 演技出来ているかなぁと思いながら、我ながら白々しいと自嘲する。

 初対面に等しい彼女『アリサ・バニングス』が自分の内面に気づかない事を祈りながら、必死に内情を知らない小学生としての演技をする。

 

「……だから、このままいなくなる事が多いのよ。私もなのはもすずかも、そういう奴をもう何人も見てきた」

 

 一度でも顔を見知った学友が明日には行方不明で二度と会えない。

 そんな異常事態が多発している事を知ってはいたが、現場である学校ではどうなっているかは想像が及ばなかった。

 特に感受性の強い年頃だ、気が病む者が出てくるのも仕方ないだろう。

 

「――昨日、早退したでしょ? 何となくだけど、アンタもあのままいなくなると思ってた。アンタにとっちゃ、失礼極まる話だけどね」

 

 危うくそうなる可能性があっただけに、笑うに笑えない。

 つまり、今日の皆の奇異な視線は「死んだと思ったのに生きていた」という驚愕に他ならない。

 身も蓋も無い話である。大多数の者が『行方不明になっただろうな』と思われるこの異常な環境が、であるが。

 

「……なのははね、多分人一倍心配していたんだと思う。……結構、堪えるのよね。顔を見知った学友が明日には消えちゃうのって。転校生のアンタには全然解らない感覚だと思うけど」

 

 まさかこんな処に影響があるとは想像だにしてなかった。

 日常の癒し要素たる学園生活にこんな鬱要素が潜んでいるなど誰が想定しようか。

 ……誰か一人ぐらい、彼女達の気持ちを考えた転生者は居るのだろうか? 恐らく、居なかったからこそ『第一次吸血鬼事件』に平然と見殺す事が出来たのだろう。

 

「……アンタは、いなくなんないよね?」

「……少なくとも、自分からそうなりたいとは思えないし、今後に失踪予定は無いな」

 

 自分なりに冗談を籠めたつもりだが、今のオレはちゃんと笑っているのだろうか?

 心配する点は『アリサ・バニングス』は同年代の少年少女と比べて妙に鋭い一面があると個人的に考える。

 親友補正を抜きにしても、魔法少女時代であれこれ悩んでいる『高町なのは』の内面を深く見抜いていた節があるし、此方の事情を勘付かれては今後の行動に支障が出る。

 少なくとも裏の事情に片足どころか、半身をどっぷり浸かった身だ。堅気の人間を巻き込む訳にはいかない。彼女が有能過ぎない事を神に祈るばかりである。

 

「何かあったら、すぐに相談しなさい。力になれるかもしれないから」

「おう、もしもの時は頼りにさせて貰うよ」

 

 その機会は永遠に無いだろうと心の中で付け足す。そんな窮地に陥ったのに彼女まで道連れにしては此方としても立つ瀬が無い。

 去り際に一瞬浮かべた『アリサ・バニングス』の陰りのある表情が印象に残るが――などと考えていた処で、『月村すずか』に付き添われた『高町なのは』が帰ってきた。

 その両眼は涙の痕は無いものの、赤くなっており、じんわりと罪悪感が湧いてくる。こんな美少女をどんな理由にしろ泣かせるなんて我ながら最低最悪である。

 

「ご、ごめんなさいっ。突然泣き出しちゃって……!」

「い、いや、此方こそ何かごめん。取り乱しちゃってさ、女の子の涙は昔から苦手なんだ……!」

 

 『高町なのは』は健気にも気丈に振る舞い、オレは合わせるように、というより動揺を口から漏らすように言葉を綴ってしまった。

 昔から、女の子の涙は余り見たいものではない。見ているだけで気落ちするし、どう慰めて良いか解らない。

 

 ――未練がましい、前世のある場面を思い出してしまった。

 

「……何言ってんのよ。昔なんて語るほど年食ってないでしょ!」

「あ、はは、それもそうだな!」

 

 いつの間にかこっちに来た『アリサ・バニングス』のツッコミに便乗して、戯けて見せる。

 道化役を演じるのは得意だ、自分が笑われる事で他人を笑顔に出来るのならば、それはそれで素晴らしい事ではないだろうか?

 此処からの会話は記憶に残っていない。この時のテンパリ具合はその一言だけで語り尽くせるだろう。

 

 

 ――そして朝礼の時間、新たに四人の転校生が行方不明になったという『訃報』を聞き、憂鬱な気分はどん底まで突き落とされるのだった。

 

 

 

 

 なのは達主人公グループの昼飯のお誘いという有り難い申し出を謹んで辞退し、校庭の裏で携帯を鳴らす。

 彼女達の無垢な善意を断るのは気が引けるが、此方は今現在も命懸けだ。また別の形で埋め合わせたい。

 程無くして冬川雪緒と通話状態となる。今は一つでも情報が必要だ。生き残る為に――。

 

『――残り一名の転生者の名前は『御園斉覇(ミソノセイハ)』という名前が現代風で読み辛い男子学生だ。二日前に『超能力者一党』との接触が確認されている。あの組織の勧誘は『とある魔術の禁書目録』出身の超能力者限定だから、ほぼ間違い無く『三回目』の転生者だな』

「一応、オレと同じような立場という訳か」

 

 奇妙な連帯感を抱かずにはいられないな、同じ危険に晒される立場としては。

 そしてこの『御園斉覇』は奇しくも『豊海柚葉』と同じクラスだ。彼との交渉価値は極めて高いだろう。

 

『彼との接触を図って『豊海柚葉』との架け橋にする気か。悪くない手だが、警戒を怠るなよ』

「ああ、解っているさ。同じ身の上だ、協力出来ればそれに越した事は無いが――」

 

 一人、また一人転生者が消えていく中、最後の二人として消されないように協力出来ると信じよう。

 

「あー、無理っぽいですよそれ」

「うわあぁっ!?」

 

 突如、後ろから生じた声に驚愕しながら振り向くと、其処には『魔術師』の館にいた赤味掛かった紫髪のツインテール猫耳メイド娘が悪戯が成功した子供のように笑っていた。

 

『どうした、何があった?』

「なな、き、昨日の……!? いつの間に背後にっ!? あ、ああ、『魔術師』の処にいた猫耳メイドが――って、名前聞いてなかったよな?」

「ご主人様には『エルヴィ』って呼ばれてますよー、真名は内緒です。ご主人様との愛の絆なのです!」

「……真名って『恋姫』か何かか?」

 

 とりあえず、外見のメイド服から察するに、実は此処の生徒でしたという意外なオチは無さそうだ。

 神出鬼没で、出現の仕方が心臓に悪いと心の中で文句を吐く。

 

『――な、『魔術師』の『使い魔』だと……!?』

「んで、何で無理っぽいんだ?」

「それはですね――」

 

 冬川雪緒の驚く声が右耳に響く中、猫耳メイドのエルヴィは笑いながら近寄って――ほんの一瞬の出来事だった。彼女の額、心臓部、喉に三本のナイフがほぼ同時に突き刺さったのは――。

 

「――っ、ぁ――」

「……!?」

 

 彼女は掠れる声で何かを呟き――その単語を理解した瞬間、オレは自らの『スタンド』を出していた。

 

「『ファントム・ブルー』――ッッ!」

 

 『スタンド』で地を全力で蹴り上げ、最速で茂みの中に隠れる。

 一瞬遅れて、自分の立っていた空間に二本のナイフが音も気配も無く唐突に現れ、力無く地にからんからんと落ちた。

 

『何が起きた! 返事をしろ、秋瀬直也ッ!』

「……クソォッ! エルヴィ――あの『使い魔』が殺された! 敵襲だ、いきなり彼女の頭部と心臓部と喉にナイフが突き刺さったッ! アイツは死に間際に『空間転移(テレポート)』と言っていた……!」

 

 あのまま、あの場所に居たら彼女と同じように殺されていた。

 いや、それ以前に――最初に自分が標的にされていたのならば、自身の死の回避は不可避だった。

 

 ――『空間移動』は文字通り空間を移動する能力であり、今のようにナイフのような小物を転移させるのは至極簡単な事だろう。

 物体を転移させてから移動地点に到着するまでには若干のタイムラグが存在し、演算負荷が大きくて発動にも時間が掛かるが、暗殺手段としては極めて優秀だろう。

 

 ぎり、と罅割れする勢いで奥歯を噛み締める。胸に湧き出る怒りが理性を焦がす。よくもオレの目の前で殺してくれたな――!

 

『――敵の姿は確認したか?』

「いや、それらしい姿は見当たらない。『御園斉覇』の顔写真を送ってくれ。仕留めたら再び連絡する」

 

 校庭裏、この近辺の何処かに『空間移動能力者(テレポーター)』と思われる『御園斉覇』が潜んでいる。

 正確には校舎に腰掛けていたのだから、敵は校舎の窓隅に潜んでいる可能性が大きい。茂みの中に隠れたので、此方の居場所を掴めてないのか、空間転移による不可避の攻撃は止まっている。

 

(幸いな事に背後には誰もいない。『風の流れ』におかしい場所は無い。なら、一階二階三階の窓辺のどれかか。見た限りでは、人影すら無い)

 

 いや、本当に窓辺に潜んでいるのだろうか? あそこでは此方の様子を確認すると同時に此方に発見される危険性がある。

 反撃の機会をみすみす与えるようなものだ。この敵が考える事は単純明快だ、一方的に安全に殺害したいに尽きるだろう。

 

『待て、一つだけ忠告させろ。『とある魔術の禁書目録』の超能力者に『スタンド』は基本的に見えない。『原石』か視覚系・感知系の能力者ではない限り認識出来ない筈だ』

「ありがとよ、十分過ぎる助太刀だ――!」

 

 通話を切り、再び思考を巡らせようとし――硝子のようなものが木っ端微塵に割れる音が鳴り響き、直後に近くの樹木が倒壊した。

 

「っ!?」

 

 倒壊に巻き込まれる直前に飛び出し、踏み潰される難を逃れる。

 倒壊した樹木の周囲には硝子の破片が無数に飛び散っており、樹木の切り口はそれはそれは鋭利な物だった。

 

(窓の硝子を飛ばして切断かよ。首にでも決まれば物理防御無視のまさしく『必殺』だな。最初の時にやれば二人同時に首を吹っ飛ばせたものを――)

 

 この攻撃手段の御蔭で、敵は此方の居場所を完全に掴んでいない事を確信する。

 同時に敵はこの近くにいない。見た処、近隣の校舎の窓に変わった様子は無い。視認出来る距離にいないという事だ。

 別の手段を持って此方を遠くから眺めていると推測出来る。

 炙り出したのに関わらず、致命的な攻撃が飛んでこないのが良い証拠だ。此処はほぼ死角という事か。

 

(……校内の監視カメラが怪しいか。警備用に導入された代物だ、私立の小学校である此処には何処かしらに仕込まれているだろう)

 

 その手の映像を見れるのは警備員の詰め場所と言った処か。

 ――種は割れた。この敵は自分の敵ではない。初見で殺さなかったのが最大の敗因である。

 

 

 

 

「クソクソクソッ、何処に行きやがった……!?」

 

 前世の学園都市において大能力者(レベル4)に認定された『空間移動能力者』である『御園斉覇』は秋瀬直也が推測した通り、校内全ての監視カメラの映像が一望出来る警備員の詰所で憤っていた。

 彼の『空間移動』は何方かというと小さい物体の転移に適していた。

 作中で『空間移動能力者』の代表である『白井黒子』は最大飛距離は81,5メートルであるが、彼は200メートルまで転移可能とし、その精度も『同年代の少女』の脳天喉仏心臓を正確に貫いた事から称賛すべきものだろう。

 ただし、一度に飛ばせる質量は70キロ程度、更には自身の転移には苦手意識を持ち、窮地に追い込まれなければ実行しないほど忌み嫌っていた。

 トラウマが無ければ超能力者(レベル5)クラスとされる『結標淡希』と違って、本当に苦手なだけであるが。

 

 ともあれ、校舎全域の空間座標を脳裏に叩き込んでいる彼に監視カメラという視覚情報を与えれば、ターゲットを抵抗すら許さず、一方的に惨殺する完全無欠の暗殺者となる。

 

 勝利は確実だった。誤算があったとすれば完全なる初見殺しの機会を突如現れた異分子である『少女』の始末に使ってしまい、最初の殺害対象だった秋瀬直也を見失ってしまった点である。

 樹木を倒壊させて炙り出そうとした地点には多くの学生が集まって騒ぎになっているが、未だに秋瀬直也の姿は現れない。

 既にあの場所から抜け出していると考えて良いだろう。

 

(やはり最初にあの男を殺すべきだったか、いや、あの女は急に現れた。自分と同じ『空間移動能力者』の類なら危険度はそっちの方が遥かに高い。あの場において真っ先に仕留めるのは最善手であり必至だった……!)

 

 自身の爪を噛み砕く勢いで齧りながら、御園斉覇は見失った秋瀬直也を必死に探す。

 一瞬、一度撤退するべきでは、と弱気な考えが脳裏に過ぎり、即座に破却する。

 もう後戻りは出来ない。此処に居た警備員は地中深くに空間転移して埋めてしまったし、何の関係性を見出せない『少女』も殺してしまった。

 相手は街の巨悪との繋がりがある凶悪な『スタンド使い』――この機を逃せば、自分は一方的に始末される。殺さなければ殺されるのだ。荒くなる一方の呼吸を自覚しながら、監視カメラを忙しく眺めていく。

 

(畜生、最初から窓硝子を飛ばす攻撃を思いついていれば二人同時に仕留められたのに……!)

 

 この時ばかりは自分の機転の悪さを呪いたくなる。その殺害手段を最初から思い出していれば、一瞬で終わって『日常』に戻れた筈だ。

 何で死んでないのだ、二回目の転移で殺されてくれていたのならば、こんなにも頭を悩ませる必要は無かった。存在そのものが忌々しい。他の転生者を片付けたと同様に始末されてたまるかと恐怖に抗うように歯を食い縛った。

 

 ――いつだってそうだ。自分は理不尽に狙われ、不条理に叩きのめされる。

 

 前世だってそうだ。自分は理由無く暗部に狙われ、存在しない筈の『第八位の風紀委員』に殺害された。

 何の罪も無い自分が何故こんな目に遭わなければならない。そんなのは間違っている。世界が間違っているのならば、力尽くでも修正しなければならない。

 

 その直後だった。何の前触れもなく頬に強烈な衝撃を受けて壁際まで吹っ飛んだのは。

 

「グギャッ?!」

 

 椅子が倒れ、機材が崩れ落ちる音が煩く鳴り響き――かつんと、自分一人しかいない部屋に死を告げる足音は確かに鳴り響いた。

 

(な、殴、られた……!? まさか奴の『スタンド』が既に此処にッ!?)

 

 ――このままでは何も出来ずに殺される。

 

 最速で演算し、座標に他の人間がいるかいないか考慮外で――瞬間的に御園斉覇は自身を一階上の廊下へ『空間転移』させた。

 景色が歪み、自分自身の全てが歪曲したかのような感触を経て、決死の空間転移は見事成功する。

 吐き気を抑えながら周囲を見回す。自身の体の一部分が床にめり込んでいるという不具合は幸運な事に無い。偶然通りがかった生徒もいない。昼休み終わりの予鈴が近い、多くの生徒は自身の教室に戻っている頃だろう。

 

(クソッ、顔が痛ぇ、歯が何本か折れた、頭がぐらんぐらんしやがる……! 暫く自分自身の空間転移は無理だ、早く逃げなければ――!)

 

 体調は一気に急降下し、まともに演算出来る状況じゃない。ただでさえ不可視の理不尽な攻撃に生命を奪われかかったのだ、正常に思考出来る筈が無い。

 傍目を気にせずに廊下を走り、階段を二段飛ばしで駆け上がって逃走経路を目指す。あの場所にさえ行けば、例え秋瀬直也が追いついても敵対行動を取れない筈だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ――!」

 

 走り、走り、誰かを背中から突き飛ばし、後ろから怒号が響き、それでも無視して走り、珍しく閉じていた扉を「何でよりによって今閉まってやがるんだ! アァ!?」などと内心毒付きながら力一杯でこじ開けて――遂に御園斉覇は完全な安全地帯、自身の教室に足を踏み入れた。

 

 ――ガラガラガラ、と背後から窓が開く音が鳴り響き、かつんと軽く着地する音が届く。

 迅速に背後を振り向けば、純然たる殺意を滲ませた秋瀬直也が息切れ一つせずに立っており、更には此方に向かって歩いて来ていた。

 

(ひ、ひっ!? い、いや、落ち着け。アイツはもう仕掛けられない……!)

 

 秋瀬直也は階段を経由せず、直接外から這い上がって来たのだろう。

 相手としては追いついたつもりだが、追い詰められたのは自分ではなく、秋瀬直也に他ならない。

 此処には何も知らない無垢な小学生しかいない。一般人を前に白昼堂々戦うのは不可能だ。

 奴は衆知を前に尻込みだろうが、此方の殺害手段は空間転移だ。身体の体内に直接転移させれば、誰にも気付かれずに殺す事が出来る。

 

 奴に背中を見せる事になるが、何も出来ないから問題無い――即座に振り返り、走りながら自身の机の中にある筆箱に手を伸ばそうとする。

 人間一人殺すならその程度の小物でいい。御園斉覇が勝利を確信した瞬間、伸ばした手が突如踏み潰され、声にならない悲鳴が零れる。

 馬鹿みたいな力で床下に縫い付けられ、手の甲には見えない何かの靴底がはっきりと痕として映っていた。

 

(な……っ!? そんな馬鹿な、此処では仕掛けれない筈なのに――!?)

 

 即座に頬を殴り飛ばされて廊下に逆戻りし――足元まで転がった御園斉覇を秋瀬直也は冷然と見下し、彼は驚愕と共に見上げた。

 

 

「――『スタンド』はよォ、基本的に一般人には見えねぇんだよ。それなのに何で一般人の前で足踏みする必要があるんだ? 躊躇する理由なんて欠片も無いのによォ……!」

 

 

 小声でそう告げ、不可視の『スタンド』の拳を容赦無く振り下ろした秋瀬直也の姿は『死神』でしかなかった。

 耳元まで伸びて手入れがされていないぼさぼさな黒髪も、殺意の炎を宿した黒眼も、比較的整った顔立ちも、自分と同じ私立聖祥大附属小学校の白い制服も、全て擬態にしか見えない。

 

 ――やはり、最初に仕留めておくのはコイツだった。

 薄れる意識の中で、御園斉覇は心底後悔するのだった。

 

 

 

 

「どうしたんだ? 大丈夫か!?」

 

 ――『ファントム・ブルー』による全力のラッシュをぶちかまして奴の意識を断絶させた後、オレは仰々しく白々しく叫ぶ。

 急に吹っ飛んだ、としか見えていな御園斉覇のクラスメイトの何人かが覗き込み、惨状を目の当たりにして小さな悲鳴を上げていたりした。

 

「オレはコイツを保健室に連れて行くから誰か先生に伝えてくれ!」

 

 そんな事を叫んで、有無を言わさずに肩を持って連行していく。

 コイツは絶対に『始末』するが、一般人の、それも小学三年生の前で殺害するのは流石に忍びないだろう――。

 

 

 

 

 ――幸い、保健室の扉には立て札で「職員室にいます」という有り難い状況が書き記されており、中にも人の気配は無い。

 

 扉を無造作に開いて、肩で担いでいた御園斉覇を投げ捨てて扉を閉める。

 何も、直接手を下すのはこれが初めてではない。前世では何度もあった事だ。慣れる事なんて絶対無いが。

 

 ――物音が背後から生じる。まずい、もう意識が戻りやがったのか――!

 振り向きながら最速で『スタンド』を繰り出し、心の何処かで間に合わないと悟る。

 幾ら転移するまでタイムラグがあるとは言え、先手を取られては回避も防御も出来まい。死んだな、これは――。

 

 赤い鮮血が撒き散り、小さな手が血塗れに濡れる。

 誰が――自分が、ではなく、御園斉覇が、誰に――目の前で死んだ筈の『魔術師』の『使い魔』によって、その心臓を手刀をもって貫通させていた――。

 

「甘いですにゃー、私がいなければ殺されてましたよ?」

 

 それは変わらぬ笑顔で――その事実が余計恐怖心を齎した。

 こんな凄惨な方法で御園斉覇の心臓を穿ち貫いたのに、平常運転なんて気が狂っている。

 ……更に言うならば、先程脳天と喉仏と心臓部にナイフが突き刺さっていた筈なのに、傷一つ処か痕すら無い。

 

「――ッ、お、おま、死ん……!」

「詰まらないほど在り来りな台詞が遺言ですか。――ええ、確かに貴方に一度殺されましたけど? 痛かったなぁ、避ける間も無く三箇所も刺されちゃいましたし、少し苛つきましたよ?」

 

 心臓を穿ち貫かれ、人生最大の衝撃に仰天する御園斉覇を尻目に、あの『使い魔』は艶やかに笑った。

 

「――私の気が済むまで殺し続けて差し上げますから覚悟して下さいまし」

 

 心臓を穿ち貫いた右手で御園斉覇の顔を鷲掴みにし、無防備になった首筋に彼女は全て鋭利に尖った化物のような歯を突き立て、容赦無く齧り付いた――!?

 

「……っ?! ――、――!?」

 

 声にならぬ断末魔が響き渡り、少女は陶酔した表情で、とくとくと頸動脈を破り切って流れる血を余さず飲み干す。

 程無くして心臓から地に流れ出た大量の鮮血が意思を持ったかのように流動し、一滴も残らず少女に吸収され――御園斉覇は死体一つ、いや、痕跡一つ残らずにこの世から消え果てた。

 血塗れだった筈の手は穢れ一つ無く、血塗れだった衣服すら今は洗濯後の如くだった。

 

「吸血、鬼? まさか『柱の男』と同じ……!?」

「幾らジョジョ世界出身の人だからと言っても失礼な人ですねー。第一『男の娘』に需要なんて無いですよ?」

 

 何処か的が外れた事を返されたが、警戒度は高まるばかりだ。

 脳天と喉仏と心臓を貫かれれば、間違い無く即死する。だが、人間外ならば話は別だ。『魔術師』の飼う『不死の使い魔』とはやはり彼女だったのか。

 

「というか、私が『柱の男』と同類の究極生物だと仮定すると『エイジャの赤石』で太陽を克服している事になりますよ?」

 

 昼間から太陽の光を浴びて日光浴し、堂々と行動する吸血鬼は笑いながらそう言う。

 ……あの『魔術師』と同様に底が見えない。重要な手札は一枚見れたというのに、その程度では済まないだろうという恐怖感が拭い去れない。

 

「それにしても最期から最初まで詰まらない男ですね。アレの人生を一言で語れば『勘違い』で語り終えてしまいますし。私達相手に仕掛けて来たのも『一連の事件が貴方の仕業』だと勝手に勘違いしての暴走ですね」

「……『勘違い』でオレ達を殺しに来たのか?」

「ええ、コイツの前々世でも、前世の『とある魔術の禁書目録』の世界でも『勘違い』して自滅してますね。暗部相手に凄い自爆です。――何一つ信じられない疑心暗鬼の塊、ゴミのような男ですね」

 

 『使い魔』――いや、吸血鬼の少女は心底詰まらそうに言い捨てる。

 血を吸った人間の記憶まで知識として吸収出来るのか……? この恐るべき吸血鬼は――。

 余りの情報量に混乱している最中、後ろの扉が急に開き――白衣を着た三十代前半の女性教師が入ってきた。

 まずい、と思った矢先、吸血鬼の少女は率先して女性教師に近寄っていきやがった――!?

 

「御園はいるか――と、部外者が何故此処に……?」

「――何も問題無い。部外者は何処にもいない、お前は誰も見ず、御園斉覇は体調不良で早退した」

「何も、問題、ありません。誰も見ず、彼は、早退、しまし、た」

 

 女性教師の眼を上目遣いで覗き込んだ途端にこの有様である。

 傍目から見て明らかに異常な状態になった女性教師はそのまま何事も無かったかのように退出して行った。

 その真紅の瞳はいつも以上に爛々と輝いており、鮮血のようだと思った第一印象は有り勝ち間違ってなかったようだ。

 

「『暗示』? 『魅了の魔眼』? もしかしてエロ光線?」

「さぁて、どれでしょう? 私の事が好きになーる、好きになーる?」

 

 はぐらかされ、吸血鬼の少女は今度は此方に覗き込み、くるくる人差し指を回して見せる。

 正直、冗談の一つとして受け止めるべきだが、先程の暗示に掛かった教師を目の当たりにした直後なので笑うに笑えない。

 此方が期待した反応を見せないので飽きたのか、吸血鬼の少女は一旦離れ、見た目の年齢相応にあどけない笑みを浮かべた。

 

「それにしても正統派の『スタンド』かと思いきや、装着する事も出来たんですね。『ヴァニラ・アイス』みたいな感じでしょうか? 一般人どころか同じ『スタンド使い』でも目視出来ないから『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』とは中々洒落てますね」

 

 ……なるほど、今回の一件は自分のスタンド能力を調査する為に仕組まれた茶番だったという訳か。

 道理で親切丁寧に現れた訳だ。今頃自分は苦虫でも噛んだような顔になっている事だろう。

 正確な原理の説明は面倒だから割合するが、オレのスタンドの能力の一つは短時間限定のステルス機能であり、スタンドを装着する事で自分自身にもその効果を及ばせる。

 なるべく秘匿しておきたかったが、厄介な奴に知られたものである。彼女――吸血鬼に対して『スタンド』は可視の存在である疑いが濃厚か。

 

「! ……そういう事か。アンタ、随分と優しいんだな」

「ええ、私はご主人様と違って慈悲深いですから。本当は死体を隠蔽する能力も見たかったんですけど、あのままだと殺されて私の存在意義が無くなってしまいそうでしたしね」

 

 わざわざその事を知らせてくれた事に一応感謝しておく。

 片付けようと思えば彼女単身で片付いた問題であり、巻き込まれた此方としては溜まったものじゃないが、二度も助けてくれたので文句は言えないだろう。

 

「皮肉な話ですね、貴方の能力は物事を傍観するのならば最適の能力なのに、運命がそれを許さない。いえ、進んで厄介事に首を突っ込んでいるのは貴方自身でしたね? 発現した能力と相反する性格、まるで矛盾してます。――ご主人様の言った通り、貴方は非常に面白い人物のようですね」

 

 それは『魔術師』の邪悪な微笑みとは反対の、無邪気な微笑み。

 されども――善悪は定まっていなくても他人に恐怖を抱かせる事は十二分に出来るようだ。心底背筋が冷えたぞ。

 

「――『御園斉覇』と『豊海柚葉』に接点は一応ありませんね。それじゃ調査頑張って下さいな」

 

 吸血鬼の少女は「ばいびー」と手を振りながら、笑顔で姿を消す。瞬き一つ程度した瞬間には影も形も無く消えていたのだ。

 オレは尻餅付き、深々と溜息を吐く。これで転校生はオレ一人になり、更には『豊海柚葉』の調査の糸口を見失っての徒労である。

 そりゃ何度も溜息を吐きたくなる。愚痴すら言う相手がいないのだ。

 

「……やれやれ、簡単に言ってくれるな。その『豊海柚葉』にはオレの『スタンド』が見えていたというのに」

 

 『御園斉覇』をスタンドで殴って吹き飛ばす最中、あの例の女『豊海柚葉』はその動きを明らかに眼で追っていやがったのだ――。

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』 本体:秋瀬直也
 破壊力-C スピード-B 射程距離-B(10m)
 持続力-D 精密動作性-B 成長性-D

 表皮を風の膜で覆い、偏光させる事で『ステルス』の効果を齎す。
 連続持続時間は数分程度が限界。またスタンドを本体に装着する(中に入る)事が出来るので、本体も『ステルス』で姿を消す事が出来る。

 自身を死に追いやった最悪の結末を回避する為に発現した能力であるが……?


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05/一人の異分子

 

 ――その世界は無限に閉ざされた螺旋迷宮でした。

 

 絶望が連鎖し、流された無数の涙は世界を深く沈める。悪辣なまでに世界は悪意に満ちてました。

 この無限螺旋を抜け出すには一つの鍵が必要であり、けれども、その鍵は最愛の人の生命を差し出す事で始めて入手出来る代物でした。

 

 ――何か他に手段は無いだろうか? 彷徨う事、数千回余り。未だ他の道は発見出来ません。

 

 舞台は着実に終焉に向かい、鍵を入手する条件は整いつつあります。

 犠牲無くして幸福になる事は出来ないのでしょうか? 何もかも一切合切解決する方程式は、必ず何処かにある筈です。

 そう、信じてました。

 

 三人で挑んで玉砕しました。

 四人で挑んで結末を知りました。

 六人で挑もうとして決裂しました。

 六人で挑んで破滅しました。

 二人で挑み続けて心折れようとしています。

 

 ――そして、この螺旋迷宮を抜け出す二つ目の方程式が無い事を悟った時、電撃的に閃きました。

 

 道も扉も一つしかないですが、鍵は一つとは限らない。

 簡単な話でした。犠牲になるのは私でも良かったのです――。

 

 

 05/一人の異分子

 

 

「あのね、女の子にデートを誘ったからには男の子には一瞬足りても退屈させない義務があるんだけど?」

 

 今、自分の目の前に大層不機嫌そうな顔をしている赤髪蒼眼でポニーテールの少女の名前は『豊海柚葉』――そう、目下、最大の異分子である監視対象である。

 何故その彼女と喫茶店でお茶、穿った意見では二人でデート、という異常極まりない事態になっているのかはオレが誰よりも問い質したい処である。

 

「いやいや、誘ったのはお前の方だろう。それにこれがデートだって? 宣戦布告か奇襲作戦の間違いじゃないのか?」

 

 そう、奴の予測不可能の先制攻撃は放課後と同時に来た。

 いきなり此方のクラスに入ってきて皆の目の前で堂々と「ちょっと付き合ってくれる?」なんて爆弾発言を落としやがった。

 此方としては「皆に噂になるのが恥ずかしい」と返して回避してやりたかったが、あの時は予想外の展開に機転を完全に失い、成すがままに今の混沌とした事態になっているのである。

 

「器の小さい男ねぇ。小さい事を愚痴愚痴と女々しいわぁ」

「いや、どう見ても小さくないから。とても重大な事態だとオレは確信しているのだが」

 

 今の処、終始、不遜極まる彼女のペースに乱されているという訳である。

 アイスコーヒーを飲みながら、油断無く彼女を凝視し続ける。

 ココアを頼んで優雅に飲む彼女は中々絵になっているが、コイツは少なくとも最低一人は転校生を破滅に追い込んだ悪女であり、現状では意図が掴めない敵である。

 

「御園斉覇の事なら心配しなくて良いと思うよ。どうせ『魔術師』が先手打つだろうから。このまま行方不明になったのならば真っ先に貴方が疑われるから、当人には暫く登校拒否になった挙句に何処かに転校する事になるでしょうね。書類上の問題だけど」

「……自身が『転生者』である事を堂々と晒すんだな?」

「ただの事情通かもしれないわよ? 君達の事情に詳しい一般人も探せば居るものよ」

 

 彼女は此方をからかうように余裕綽々と笑う。

 その表情には清々しいぐらい純然なる邪悪が滲み出ており、あろう事か様になっている。女悪魔か、女魔王という処か?

 

「……単刀直入に聞く。何が目的だ?」

「他の八人と同じように扇動しに来たと思うの? そんな安直な解答に至る単細胞なら失望の極みなんだけど。女性の繊細な気心を察するのが良い男の第一条件よ?」

 

 驚愕の新事実がその何気無い一言で発覚する。

 最低一人かと思っていたら、暴走した御園斉覇以外全員の死に関わっていた。それを当たり前の事実のように語れる感覚が恐ろしいし、同時に許せなかった。

 

「悪いが、腹黒い女の内心なんざ解りたくもないんだが?」

「女の子はね、何歳になっても心は乙女なのよ? 減点ね」

「……人の金で飲み食いしている奴の言葉じゃねぇな」

 

 高いデザートばかり頼みやがって、普通の小学生の小遣いじゃ会計支払えないぞ。臨時収入があったから良いものの――。

 

「何を言ってんの、女の子を楽しませない最低最悪な男でも財布役は出来るんだから、喜んで支払いなさい。臨時収入もあるんだし、金銭面には余裕があるでしょ」

 

 ――コイツ、其処まで知っているのか?

 驚愕の眼差しを向けた処、彼女はさもおかしいという具合に小憎たらしく笑った。

 

「全くダメダメな間諜ねぇ。顔に答えが全て出ているわよ」

 

 ……今度は眼が点になる。全て見抜いた上でオレを誘うだと? 何だこれ、此処はまさに死地じゃないだろうか?

 緊張感を一段と高める。意識を臨戦状態から戦闘状態に移行させる。何か一つでも変な行動をすればスタンドを容赦無くぶちかませる状態にする。

 

「オレが『魔術師』の間諜と解っていて話すのか?」

「何処の世界に間諜と仲良くなってはいけないって決まりがあるの?」

 

 パフェを食べながら、豊海柚葉は平然と語る。どうやら彼女の感覚と一般常識は相容れないようだ。

 言葉のドッチボールだ。まるで掴み所が無く、常に空振る勢いである。それなのに此方の魂胆は全て見透かされている感じがして肌寒い。

 あの『魔術師』の時も同じ感覚を味わったが、この少女も同様――同レベルの異常者なのだろう。

 

「それじゃ間諜は間諜らしく、堂々と聞くか。何故八人の転校生を殺した?」

「――人聞き悪いわねぇ。私自身は一回も手を下していないわ。少しだけ誘導した結果、彼等が勝手に破滅しただけよ?」

 

 などと意味不明な供述をしており、皮肉気に「堂々と調査対象から話を聞く間諜なんて初めて知ったよ」と付け足す。

 というか、結果的に彼等の死因になっているじゃないか。

 怒りを隠せずに睨みつけるも、その視線に動じる事無く、パフェを幸福そうに食べる。図太い神経だ。非常にやり辛い。

 

「今まで転生者である事を徹底的に隠匿していたのに関わらず、よりによってこの時期に行動を起こした理由は?」

「別に隠していた覚えは欠片も無いんけどぉ? そうねぇ、強いて言うならば退屈な役者に退場願っただけかな?」

 

 ――この女は、一体何を言っているのだろうか?

 吐き気を催す邪悪の化身が、ただただ童女のように純粋に笑っていた。

 

「この街の現状はとても混沌としていて面白いのに、ぽっと出の大根役者が現れても萎えるだけでしょ? 手間を省いただけよ。どの道、彼等程度ではどう足掻いても生存出来ないし」

 

 確かに、現状ぽっと出の転校生が他の二次小説のように馬鹿みたいに振る舞えば、この『海鳴市』は微塵の容赦無く牙を剥いて食い散らすだろう。

 もしも自分が冬川雪緒と接触して無ければ――果たして生き延びれただろうか? 第一印象は最悪だったが、彼は自分にとって救いの神、命の恩人だったのではないだろうか?

 

「――その点、君は合格かな。この街に来てから少なくとも三度死に直面し、ちゃんと的確に回避しているんだから」

「三度?」

「あら、もう忘れたの? それともあの程度の窮地は日常茶飯事かしら? 一つは魔導師、ランクCの陸戦だったかな? あの程度の雑魚は蹴散らして当然だけどね。二つ目は『魔術師』よ。初見で彼に始末された転生者って少なからず居るのよ? 三つ目は『空間移動能力者』で、内面はボロボロの塵屑だったけど、能力が能力だっただけに厄介だったわねぇ」

 

 ……考えてみれば、一日に一回ペースで死ぬような危険と相対しているような気がする。そして自分の中の『魔術師』の危険度を更に一段階向上させるのだった。

 

「何か知らないが、お前も『魔術師』もオレの事を過大評価してないか? オレは物語の主人公になれる資格なんて持ち合わせてないぞ?」

「興味深い話だね。君にとって『主人公の条件』とは何だと思う?」

 

 今度は興味津々と言った具合に話に食いついてくる。今一彼女の人物像が掴めない。

 冷徹無比な悪女かと思いきや、今みたいに童女のような反応も返す。何方も彼女の一面という事なのだろうか?

 

「今まで一度も考えた事の無い話題だな。あれか、一番強くて運が良くて格好良くてモテモテとかそんなもんか?」

 

 ドラゴンボールの孫悟空、ラッキーマン、数多のギャルゲー主人公を適当に思い浮かべながら返すと――豊海柚葉は物凄く不機嫌そうに口を尖らせて沈黙する。

 無言の抗議である。元が美少女なだけに様になっていて恐ろしい。

 茶化す場面では無かったようだ。少しだけ反省する。

 

「解った解った、真面目に考えるからそんな顔するな。――そうだなぁ、『異常』である事かな?」

「ほほう、その心は?」

「平凡な奴では務まらない事は確かだ。異彩を放つ何かを持っているというのは、他人とは外れた部分を持ち合わせているという事になるんじゃないか?」

 

 こういう主人公と言えば『HUNTER X HUNTER』の『ゴン』とかが当て嵌まるんじゃないだろうか?

 あれは一見して正統派な主人公だが、内面は一番イカれている代表例である。

 

「面白い意見ねぇ。他の人間より優れた部分を『異常』呼ばわりかぁ。中々洒落ているね」

「そういうお前はどうなんだ? 人に聞くからには自らの解答ぐらい用意してるんだろう?」

 

 とりあえず、適当に話題提供、話を繋げながら相手の性格・嗜好などを探っていく事にしよう。

 こういう他愛無い会話に重要な要素は含まれている事だ。気づくか気づかないかは別次元の問題だが。

 

「その物語に対する『解決要素』を持つ事が『主人公の条件』かな。強さは必要無いし、異性を惹き付ける何かも必要も無い。物語という立ち塞がる『扉』の前に『鍵』を持っていれば良い」

「何だかかなりメタ的な要素だな。……その定義からすると『魔法少女リリカルなのは』の主人公は誰になるんだ?」

 

 巻き込まれ型の主人公を全否定する身も蓋も無い定義である。

 でも、その手の主人公は読者と近い立場を取る事で物語に感情移入させる目的なのが多いか。

 

「この物語は高町なのはが不在でも勝手に解決する。故に主役という駒は実は不在なのよ。彼女の役割は解決が約束された舞台を踊るだけ――『道化』だね」

 

 清々しいまでに良い笑顔である。将来、こういう笑顔をする女性には金輪際近寄りたくないものである。

 

「そんな舞台だからこそ、舞台裏で蠢く根暗な『指し手』が好き勝手に暗躍出来るのよ。チェスの盤上のように物語を見立て、複数のプレイヤーが同時進行で手を打って状況を動かす。中には一人で勝手に動く駒もあるけどね」

 

 そして豊海柚葉は「そういう奴に限って戦術で戦略を引っ繰り返すイレギュラーだったりするんだけどねぇ」と愉しげに付け加える。

 そんな『コードギアス・反逆のルルーシュ』に出てくる『枢木スザク』みたいな厄介な転生者が実際に居るのだろうか?

 

 ――さて、彼女の言い分は存分に聞いた。

 それで溜まった憤慨を一気に晴らすべきである。

 

「――お前等にとって、人の命とは何なんだ? どの程度まで軽く映っているんだ?」

「人の命なんて単なる消耗品よ。当然、他人も自分も等しくね」

 

 予想通りの言葉にぐぅの音も出ない。机の下に隠した握り拳に爪が食い込む。

 こんな遊び感覚で生命を散らした者がいるなど、遣る瀬無い。

 豊海柚葉は挑発的な笑みを浮かべる。今の自分の正当な怒りが、さも滑稽に映ったらしい。

 

「――私の行いは間違い無く『悪』よ。これから積極的に事を起こすだろうし、犠牲になる人も増えるだろうね。これは呼吸をするかのように娯楽を求める行為、止めたら窒息死しちゃうわ」

 

 ――やはり、彼女・豊海柚葉とは殺し殺される局面まで行くしかないらしい。

 ある種の覚悟をした瞬間、豊海柚葉は溜息を吐いた。まるで子供の理不尽な怒りに対応する腐れた大人のような不逞な尊大さで。

 

「そうね、此処で貴方に敵対行動を取られ、直接対決になるのは今現在の状況下では望ましくないわ。命乞いの算段でもしようかしら?」

 

 くるくると自身の前髪を指先で弄りながら、彼女は余裕綽々に笑った。

 

 ――それは自信満々の、一片の迷いも無い、不敵な微笑み。

 

 殺し合いをする寸前まで此方の感情を悪化させておいて、それすらも彼女にとっては遊び感覚なのだろうか? 非常に忌まわしく思う。

 この女は此方の感情の動きを全て理解し、把握した上で嘲笑ってやがる……!

 

「君の価値が『魔術師』に高く評価されているのは私の『当て馬』として非常に優秀だから。私と『魔術師』が相争う最中は余り失いたくない手駒だろうね。それじゃ早期に決着が付いてしまえば? 君は『魔術師』にとっていつでも使い捨て可能の捨て駒まで落ちるし、私にとっては敵対者の残り香として直接的にしろ間接的にしろ排除に掛かるだろうね」

 

 彼女の口車に乗るつもりは一切無いが、それはあの『魔術師』の『使い魔』が救援に来るという異常事態についての明確な解答に他ならなかった。

 そういう目的であれば、ある程度は納得が行く。あの状況では傍観が最善だった筈、それなのに労を要して介入してまで助けた理由があったと考えるべきだ。

 それが彼女の言った事であると断定するのは危険極まる話であるが――。

 

「君自身の生存率を高めるのならば、私と『魔術師』の暗闘が継続中の方がむしろ望ましいという事さ。君としても、ただでさえ危険の多い原作中に危険を倍増させる行為は控えたいでしょ?」

 

 豊海柚葉は此方の心の中に僅かに生じた葛藤の芽を育むように、親切丁寧に補足説明する。

 その危険度を更に高めている張本人から言われれば説得力は倍増だな、と心の中で猛烈に毒付く。

 

「そして短絡的に此処で決着を付ける行為は非常に愚かだね。まず一つに情報アドバンテージが段違いである事。私は君の『スタンド』が風を操る類のものだと推測出来ているのに、私の能力に至っては情報が皆無。でもまぁ『魔術師』自身は此処で激突して私の能力を確かめられるからそれで良いと考えているだろうね――御園斉覇の時とは違って、援軍は来ないという事さ」

 

 ――そう、問題はまさにそれだ。

 

 オレは彼女の目の前では『ステルス』を使っていない。ただ『スタンド』を飛ばして御園斉覇を力任せに殴り飛ばしたのみである。

 それなのにオレの能力が風を操る類であると断定しているのは正体不明の察知能力及び監視能力の高さが此方の予想を遥かに上回っていた事の証明だ。

 

(最大の泣き所は、奴の戦闘能力の有無が欠片も解らない事。全てハッタリだとしたら称賛物だが、此方の『ステルス』を考慮した上で勝てると踏んでいる……)

 

 スタンド能力の全てを晒した覚えは無いが、秘めたる能力が未知数である以上、敗北の可能性は常に濃厚に付き纏う。

 いや、敗北の可能性など戦闘をする限り大小問わずに生じるものだ。今はこれの危険度から察するに、早急に排除した方が良いとオレの勘が警鐘を鳴らしている。

 

 彼女は残念ながら存在するだけで犠牲者を量産する正真正銘の『悪』だ。許されざる存在である。

 

「――凄いね、自分の生命と街の平穏を天秤に掛けて迷えるなんて。献身的だねぇ、まるで本物の『正義の味方』みたい」

 

 ……これまでと違って、心底感心したのか、少女は物珍しげに此方の顔を万遍無く眺めた。

 その眼に灯るのは無色の好奇心、なのだろうか? 何なんだろう、この世紀の悪女と年端無い童女が同居しているかのような奇妙な有り様は?

 意外な二面性? 多重人格? いや、どれもしっくり来ない。

 

「良いわ。貴方に免じて暫くは動かないであげる。原作が始まるまでの退屈凌ぎは貴方でするから」

 

 豊海柚葉は何か無い胸を張って、えばって言っている。

 オレは沈黙を持って。疑いの眼を持って無言の圧力を掛ける。

 

「……むぅ、心底信じてない顔ね?」

「……全くもって信用出来ないし、信頼など元から無いからな」

「役者の選別は終わったし、後は舞台の開演までやる事が無いわ。――何故ならば、この物語は『魔術師』が『ジュエルシード』をどうするかで何もかも一変しちゃうんだもの」

 

 彼女は若干拗ねたような口調で言い捨てる。

 はて、何で『魔術師』が『ジュエルシード』をどうするかの決定権を持っているのだろうか?

 あれは事故で『海鳴市』にばら撒かれる筈なのに。

 

「『魔術師』が『ジュエルシード』を……?」

「素直に原作通り『海鳴市』に落とさせるか、落下を防ぐか。大筋で二通りだけど、何方だと思う?」

 

 ――今まで考えた事が無かった。

 コロンブスの卵である。今まで『ジュエルシード』が『海鳴市』に落ちる事が確定していて、落ちた後をどうするかと悩んでいたが、阻止するという選択肢もあるのか。

 

「何方にしろ原作通りには進まないけどね。呪いの塊である『魔女』の願いを『ジュエルシード』が叶えれば、間違い無く未曽有の災害になる。それはそれで興味深いよね、廃棄物の呪念をどのような形で叶えるのか、今からワクワクするわぁ」

 

 そんなクリスマスのプレゼントが何か、猛烈に期待している子供のような笑顔を浮かべられてもその、何だ、困る。主に反応が。

 ただの『魔女』でも運が悪ければ『ワルプルギスの夜』みたいな超弩級の災厄になってしまうんじゃないだろうか?

 その場合、オレ自身が生存出来たとしても、家族は間違い無く死んでしまうだろうなぁと真っ黒な未来予想図に暗く沈む。

 一応実の両親として、それなりに愛着が湧くものだ。それが三人目の存在だろうと変わらないものだ。

 

「そして『ジュエルシード』の落下を防げば――船の事故そのものが発生しなければ『ユーノ・スクライア』は『海鳴市』に来訪せず、魔法少女の『高町なのは』は生まれない。これの影響が何処まで響くかは誰にも想定出来ないだろうね」

 

 目先の危険を回避するなら最上の手だが、未来が不明瞭になって予想出来なくなるのが欠点か。

 原作通りに進めるという選択肢が無い今、あの『魔術師』は何方を選んでも苦渋の選択となるだろう。

 ……あの『魔術師』が思い悩んでいる光景など、想像だに出来ないが。

 

「さて、今日は此処でお開きにしましょうか。貴方が私を退屈させない限り付き合ってあげるわ」

 

 いつの間にかパフェもココアも飲み終わったのか、豊海柚葉は既に帰宅準備を整えていた。

 未だに迷っているが、尊大な言い方にかちんと来る。自分でも驚くほど反骨心が湧いてくるものだと客観的に思った。

 

「言うに事欠いてそれかよ……全くもって傲慢な女だな、お前は」

「ええ、私が私である限り傲慢なのは当然だもの」

「自信を持って言う言葉じゃねぇよ!」

 

 結局、今日の内はこれでお開きとなり――彼女との会話を『魔術師』にどう報告したものか、暫く頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 ――私の名前は『エルヴィ』、正確にはもうちょっと長い『真名』があるけど、黙秘権を使用します!

 ご主人様、神咲悠陽様の忠実なる『使い魔』で、生活自立能力皆無の駄目駄目人間の引き篭もり生活を成り立たせる縁の下の力持ちなのです。

 でも、たまぁにちょっぴり自分の存在意義を見失ったりします。

 『眼』を瞑ったままのご主人様が自身の携帯電話を弄って、正確に目的の人物に通話成功させた時とか特に思います。「あれ、私っている必要無くね?」と……。

 

「お久しぶりですね、神父。お元気でしたか?」

『相変わらずだね、悠陽。偶には顔を見せたらどうです? 二人共寂しがってましたよ』

「ご冗談を。アイツら二人ならまだしも、貴方に対面したら殺されますよ」

 

 私の吸血鬼の聴覚ならば携帯からの相手の音声を聞き取るぐらい容易い事なのです。

 決して聞き耳立てて盗聴している訳じゃないです。勝手に聞こえてくるものは仕方ないのです。

 それにしてもお相手はあの吸血鬼殲滅狂の神父ですか。あの人とは何度も殺し合ったので良い思い出は一切ありません。

 言うなればアンデルセン神父二号です。二度と遭いたくない類の狂信者です、はい。

 

「近日中に原作が始まる見込みなので、今現在居場所が確定している『魔女』の一斉殲滅を今夜行いたいのですが」

『良いでしょう、神が創りしものを悪魔が弄った忌むべき廃棄物、あのような唾棄すべき存在は我々『教会』としても許せるものではありません』

 

 今は温厚な口調だが、異端者や吸血鬼が見えた瞬間にアンデルセンみたいな二面性を発揮し、殺すまで執拗に追いかけてくる狂戦士となります。

 過去に吸血鬼に何か確執があるんですかねぇ? 親か嫁でも殺されたのかな? 死なない自信があるとは言え、超怖いです。

 

「それでは『教会』には『海鳴市』の東区と南区をお願いします。正確な結界の位置は後程送信しますので。西区と北区は私どもが担当します」

『任されました。私達の方は問題ありませんが、君達の方は大丈夫ですか? 人手が足りないのならば応援を寄越しますが』

「ご好意は感謝しますが、遠慮しておきますよ。不用意に衝突すれば殺し合いになるだけです。『川田組』のスタンド使いも動員しますから人手は大丈夫ですよ」

 

 ああ、今回は『川田組』の人も総動員するんですか。私とご主人様だけで十分だと思いますけど、恐らく楽したいのでしょう。

 自身が怠ける為ならば他人を塵屑のように使い捨てるのが私のご主人様です。

 

『――時に、ミッドチルダの方はどうかね?』

「最近は『魔女』に忙殺されてちょっかいを出す気力も無くなったみたいですね。ですが、原作が始まれば余計な手出しを間違い無くしてくるでしょう。理想としては奴等に介入される前に事件を治めてしまう事ですね」

 

 ご主人様としては嵐の前の静けさだと悟ってのお言葉でしょう。『ミッドチルダ』の連中は叩いても叩いても絶対に諦めない偏屈者の集団ですからねぇ。

 

『惜しいな、君が敬遠な信徒として手助けしてくれれば何よりも心強かったのに』

「生憎と『魔術師』と『教会』は基本的に相容れぬ人種ですよ。それに私はあの吸血鬼を『使い魔』にした事で貴方の不倶戴天の怨敵になった筈ですよ?」

 

 ……そうなのである。ご主人様は私を『使い魔』にしたせいで、あの殲滅狂の神父、そして『教会』に常に命を狙われる身なのである。

 表立って敵対はしてないが、遭遇したら必ず殺し合う仲である。ただの信徒なら問題無いが、禁書目録もどき、埋葬機関の代行者とぶち当たればそれなりに苦戦は必須である。

 

(この『魔術工房』ならば幾ら攻めて来ようが何とも無いのですが――)

 

 ――ともあれ、敵の多いご主人様が安心して暮らしていけるのは、この『魔術工房』の堅牢さに他ならない。

 『魔術工房』だとご主人様は謙遜してますけど、ぶっちゃけ神殿級だと思いますよ?

 

 これを攻略したくば、一発で何もかも一切合財葬り去ってしまう対界宝具『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』をぶちかますか、ミス・ブルーや宝石翁などの『魔法使い』でも派遣しろとはご主人様の言葉である。

 逆に言えば、最大の脅威と認めても対策が思い浮かばなかったのはその二つ程度であるが。

 

 外壁の守護だけでも、対空墜落術式、ランクAの攻撃魔術まで耐える防御結界が幾百程度。

 『騎英の手綱(ベルレフォーン)』及び『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』などのランクA+に匹敵する対軍宝具の迎撃概念武装。

 

(ただし、基本的に一発防いだら終わりな使い捨ての防御術式なので、連発されたら厳しいとか)

 

 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』級の対城宝具の相殺術式。

 

(これはテストしようがなかったので、本当に防げるかどうかは実際にやってみないと解らないらしいです)

 

 対『広域殲滅魔導砲(アルカンシェル)』用の空間座標反転術式。

 魔術工房の防備を根本的に揺るがす『直死の魔眼』及び『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』及び『幻想殺し(イマジンブレイカー)』『起源弾』専用の事前察知撃滅術式――後半に行くほど特定のメタが激しくなるが、まだまだある始末。

 

(まぁこの時点でこの『魔術工房』の異常性を察知して逃げていれば良いんですがねぇ)

 

 そして魔術工房の内部に侵入すれば、異界化させた空間が待ち侘びており、第四次聖杯戦争のマスター『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』の魔術工房を正攻法で挑んだらどうなるか、身を持って体験出来るでしょう。

 

 常に侵入者の体力を消耗させて『魔術工房』の維持に還元させる生命力奪取の結界なんて序の口。

 一度侵入した相手を絶対に逃さない空間転移阻害結界。所謂「魔王から逃げられない」という理屈です。いつから概念化してたんですかね? それ。

 破壊されても貯蔵魔力が尽きない限り再生する館全体の復元呪詛。

 対吸血鬼用の法儀礼済みボールベアリングのクレイモア地雷列(実は魔術でも何でもない、衛宮切嗣御用達の物理兵器)。

 この世界の対魔導師用に最高純度のAMF(アンチマギリンクフィールド)。

 対超能力者専用のAIMジャマー。大能力者(レベル4)まで無効化に出来るとか出来ないとか。

 対象を擬似的な宇宙空間に永久放逐する永続隔離閉鎖術式。

 空間跳躍させて額縁の中に放り込む昔懐かしの『石の中にいる』。

 摂氏数千度の温室。サウナってレベルじゃないよ。

 ほぼ全ての術式を無効化する対魔力Aランク持ちの『アルトリア・ペンドラゴン』専用の対竜種殲滅術式――これ以上あげてもきりがないし、一日一つペースで増え続けている模様。

 

 一体、どんな敵を想定しているのかと問われれば、サーヴァント級の敵を撃退撃滅する為としか言えない。

 それでも実際に攻め入られたら厳しいらしいとは本人の談。対魔力Aランク持ちのセイバーや第五次のバーサーカー(ヘラクレス)が攻め入ったら、ほぼ全ての術式を正面から打ち破られた上で呆気無く討ち取られるだろうと試算。侵攻を遅滞させるだけで精一杯だとか。

 魔術師にとって英霊という存在がどれほどまでに規格外なのか、思い知らされる一面である。

 

『その問題はいずれ決着を付けますが、今でも君は私にとって愛すべき息子の一人ですよ』

「――貴方には感謝している。あの当時の私を引き取ってくれる者は神父ぐらいしかいなかった。なるべく受けた恩は恩で返したいものです」

 

 そう、これである。ご主人様は基本的に外道であるけれども、案外義理堅いのである。これのせいであの殲滅狂の神父と言えども殺しにくいのである。

 

「エルヴィ、喉乾いた。茶くれ、茶」

「あ、はいはいー! すぐ持ってきます!」

 

 こうして自身の存在意義を改めて確かめながら、幸せな一時は刹那に過ぎていくのでした――。

 

 

 

 



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06/魔術師と武者

 

 

 

 ――その日、私は『過去』を奪われました。

 

 私を私とする根幹が根刮ぎ消され、名前さえ奪われました。

 私は私が『誰』だったのか、未来永劫解らなくなり、私に与えられた新たな名前は、私の役割を告げる『暗号名』に過ぎませんでした。

 

 ――繰り返す悪夢、死と転生の輪舞曲を幾度無く繰り返す。

 

 連中の施した『首輪』を木っ端微塵に取り外し、管理下から脱する千載一遇の機会を、私は従順な羊を装いながら待ち続ける。

 最初の私は駄目だった。次の私も解決の糸口すら掴めなかった。次の次の私は協力者を増やす事に費やし、次の次の次の私は協力者から前回の知識を受け継ぐ事に成功する。

 

 ――解れつつある螺旋迷宮に彼等は気づかず、雌伏の時間は終えようとしている。

 

 一欠片の誇りを蹂躙され、精神を無碍にされ、黙殺され続けた日々も終わろうとしている。

 裁きの時は近い。私は自らの知識で『首輪』を噛み砕き、私を奪い尽くした連中に一人残らず復讐を果たし、一番最初の私自身を取り戻す。

 献身的な子羊が強者の知識を守る――そんな素振りを見せるのもこれまでである。

 

 反逆の狼煙をあげましょう。私の記憶を殺し続けた者達に思い知らせてやろう。

 この脳裏に刻んだ外道の知識が、どれほどの災厄を齎すか。身をもってご教授しよう。

 

 ――『愚者の魂を我が亡き記憶に捧げる(dedicatus666)』

 

 そして私は長い反乱の末に勝利を勝ち取りました。

 数多の犠牲の果てに敵対勢力を根絶やしにし、――結局、私は『私』を取り戻す事が出来なかったのです。

 私が『誰』であるのか、最期まで私は掴めなかったのです――。

 

 

 06/魔術師と武者

 

 

「へぇ、原作前に大々的に『魔女』討伐かぁ。オレは出なくていいのか?」

 

 ベッドの上に寝そべり、携帯電話を右耳に当てながら、オレは冬川雪緒に尋ねる。

 原作前に『魔女』を徹底的に討伐する――『魔術師』が主導となって『教会』も連動し、今夜一斉排除に乗り出すそうだ。

 確かに理に適っている。これから『ジュエルシード』が二十一個も落とされるのだから不確定要素たる『魔女』を出来るだけ排除したいだろう。

 

(……となると『魔術師』は原作通りに『ジュエルシード』を『海鳴市』に落とさせる気なのかねぇ?)

 

 昼間、豊海柚葉と喋った会話の一部が頭に蘇る。

 ――『魔術師』が『ジュエルシード』の落下を防ぐかスルーするかで、物語の本筋がまるっきり変わると。

 一見して今回の件は落ちても大丈夫な土壌を用意しようとしているに見えるが、『魔術師』の神算鬼謀など此方が見抜ける筈も無い。

 

『子供はもう寝る時間だ。ただでさえ今日は他の転生者と戦闘になっていて消耗しているだろう。休養して万全の状態に保つのも仕事の一つだ。……それにお前のスタンドは『魔女』と相性が良いのか?』

 

 自分のスタンド『蒼の亡霊』の能力を大まかに思い浮かべ、どの程度の『魔女』ならば倒せるか計算してみる。

 結論、本編中の『魔女』で倒せる個体など一匹もいない始末である。自分の能力など対人限定と言っても過言じゃない。

 どう考えても耐久過多な『魔女』相手では分が悪い処の話じゃない。

 

「お菓子の魔女相手だと完全に詰むな!」

『……未だに出てきてないが、そういう事だ。王には王の、料理人には料理人の役割がある。適材適所だ、相性の良い『スタンド使い』に任せておけば良い』

 

 冬川雪緒の有り難い言葉に「ヘイヘイ」と生返事で返す。

 となると、『スタンド使い』の誰かは『魔女』に対し、最高に相性が良い奴が一人か二人居るんだろうなぁと心の奥に留めておく。

 

「それはそうと『魔術師』も出てくるのか?」

『今回は穴熊に決め込む気は流石に無いらしい。あの『使い魔』と共に北区を一掃するそうだ』

「へぇ、反抗勢力とやらが激発する可能性って無いのか?」

 

 幾ら同じ北区を殲滅すると言っても、分担して事に当たるだろうし、堅牢な『魔術工房』から出て来た『魔術師』を仕留めんとする輩が大量に発生するのではないだろうか?

 絶対『魔術師』は多方面から恨まれているだろうし、排除したいって輩は沢山居るだろうなぁ。

 

『あったとしても駆逐されて終わりだろうな。奴が直接赴く理由の一つにはそういう勢力の討伐も含まれている』

「あれ? あの『魔術師』の戦闘能力が突き抜けたものじゃないと言ったのはアンタだっただろ?」

 

 隠し玉を数十個以上ぐらい持っていそうな雰囲気で、個人的には絶対に相手にしたくないが。

 

『確かに言ったが、あの『使い魔』は間違い無く最強級の転生者だ。『魔術師』を仕留めるのならば『使い魔』を足止めした上でその時間内に仕留めなければならない。必然的に『使い魔』に最強格の刺客を送り込んで時間稼ぎをし、二線級の者で『魔術師』の相手をする。そうでなければ『使い魔』がすぐに駆けつけてしまうからな』

 

 ……そう言えば、殺されても死ななかったよな。あの『使い魔』は。

 唐突に現れる――多分『空間移動能力持ち?』で、太陽の下を平然と歩むデイ・ウォーカーで、弱点の筈の脳天心臓を貫かれても滅びない吸血鬼、まさか『真祖』じゃないだろうな?

 いや、御園斉覇の血を容赦無く啜っていたから、その線は無いか。……型月世界の『魔術師』に仕える『使い魔』だから、まさか同じ世界出身の『二十七祖』の死徒?

 有り得そうで怖い。もし、そうならばあの『使い魔』の戦闘力は『サーヴァント』に匹敵するという事となる。

 

(そういえば、アイツの吸血はむしろ全身まるごと捕食していたな。……まさか『教授』!?)

 

 666の生命因子を持つ混沌の吸血鬼、死徒二十七祖の第十位『ネロ・カオス』がまさにそんな吸血を行なっていたのを思い出し、背筋が震える。

 あれに血肉ごと喰われ、全部消化される前に遠野志貴の『直死の魔眼』によって滅ぼされ――その残滓を受け継いだ化物がこの世界に産まれるという寸法なのだろうか?

 

(……あっるぇー? 冗談で考えたが、まさか正解とか無いだろうな? そいやアイツ、猫耳に猫の尻尾だったよな……)

 

 疑念が疑念を呼ぶ状況になったので、首を振って無理矢理に思考転換する。

 

「前から思っていたんだが、何であの『使い魔』は『魔術師』に従っているんだ? アンタの話からは明らかに『使い魔』の方が強いという風になっているのに?」

『さて、な。あの二人の主従関係には謎が多い。『使い魔』を引き抜こうとして全滅した勢力も過去にあったぐらいだ』

 

 完全に忠誠を誓っているという訳か。吸血鬼の癖に健気だなぁ。

 とりあえず、今日オレがするべき事は何もない。彼等の無事を祈って安らかに眠るだけだ。

 

「まぁ何はともあれ無事を祈っているよ」

『ああ、明日にはまたお前に『魔女の卵』を『魔術師』に届けて貰う事になるだろう』

「……げっ」

 

 最後の最後に大きな爆弾を落とされて通話が終わり、オレは大きな溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 ――其処は何もかもが狂った空間だった。

 

 お菓子で出来た世界、それだけではメルヘンな響きがするが、大小様々な薬剤のカプセルが無数に散らばっている。

 処々に病室を思わせる箇所があり、この不安定な世界をより凄惨に、不気味に彩っている。

 

 ――このような場所を選んだのは不本意極まりない話だが、漸く訪れた千載一遇の機会。逃す手は無い。

 

《――御堂。新たに生体反応が一つ。該当記録有り》

「ああ、この時をどれほど待ち侘びたものか」

 

 赤い鋼鉄に覆われた大鷲からの金打声に反応し、入り口を凝視する。

 程無くして黒い着物姿の青年は現れた。悠然と、まるで散歩するかのように軽い足取りだった。

 腰の半ばまで伸びた長髪を一纏めに編んで、目を瞑ったままの赤髪の青年は五十メートル地点で足を止めた。

 

「――魔術師・神咲悠陽とお見受けする」

「如何にも。何用かな? これから魔女狩りで忙しいのだが」

 

 敵は無手であり、これと言って特質すべき武装を所持していない。

 当然と言えば当然だ。彼は魔術師という名の超越者、魔力を用いて魔術を使い、敵を殲滅する稀代の異能者である。

 得物など無くとも、対象を千殺出来るほどの無慈悲な殺傷力を内に秘めている。

 

「愚弟・新道鉄矢の敵討ちに参った。その首級、頂戴する」

「……ああ、確か『反魔術師同盟』の一員にそんな名前があったな。その身内ならば復讐する権利がある。良いぞ、劔冑を装甲するが良い。それぐらいは待ってやろう」

 

 魔術師は一切身構える事無く、無形の構えを取る。 

 敵対者を『武者』と認めての一言、彼は必ず後悔させてやろうと、己が劔冑の銘を高らかに叫ぶ。

 

「兼重ッ!」

 

 その瞬間に鋼鉄の大鷲が千の破片となって弾けて、彼の周囲を飛び舞う。

 

「――鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理ここに在り――!」

 

 誓いの口上が成され、ゆるりと右腕を水平に上げる――装甲ノ構。

 瞬間、独特の音を立てて劔冑は彼に装甲される。全身を真紅の鋼鉄に覆われた赤い武者だった。

 ――『装甲悪鬼村正』の世界の最強戦力が今、此処に顕在する。

 

「上総介兼重、それとも和泉守兼重か? 江戸時代寛文期の武蔵国の刀工の良業物だったか。後者ならかの有名な武芸者・宮本武蔵の愛刀だな」

 

 黒い喪服のような着物を羽織る『魔術師』は盲目ながら鑑賞するように目の前の武者を品定めをする。

 重厚の鎧というよりも極限まで軽量化された真紅の装甲は、彼等の劔冑のお手本となった『この世界唯一の本物(オリジナル)』に似通っている。

 武装は大太刀が一本に小太刀が一本、腰に堂々と差し込まれており、背中の合当理の巨大さは『この世界唯一の本物』を参考にせず、むしろその『三代目』と酷似しているのは皮肉な話か。

 

「それにしても、あの代わり映えの無い前口上、何とかならないのか? 如何にお前等の劔冑が『銀星号』の模倣とは言え、全く同一の口上では飽きが来るものよ」

 

 確かに同じ流れを組む劔冑では誓いの口上が同一の場合があったが、彼等『武帝』が可能とした『真打』の模倣に其処までする必要は無い。

 

「――劔冑(ツルギ)を謳った処で、魂(ココロ)は甲冑(ハガネ)で鎧えない。……ふむ、これは『装甲悪鬼村正』ではなく『デモンベイン』だったかな? まぁ『転生者』じゃない輩には解らないか」

 

 『魔術師』の意味不明な言葉遊びに構わず、赤い武者は抜刀する。

 それに呼応するように、魔術師の足元から赤い光が走る。光は地面を這って複雑な幾学模様を形成して『魔術師』を中心とする円となり、二重の陣となって回り続ける。

 

《敵魔術師、二重の陣を展開。境界に接触する瞬間に効果を発揮する結界魔術と推測される》

 

 構うものか、と単発式の合当理に火を入れ、大轟音と共に飛翔する。

 そのまま一直線に騎航し、太刀を上段に構える。掠ればそれだけで原型留めぬ肉塊になるであろう武者の突撃、五十メートル程度の間合いなど刹那の内に切迫するだろう。

 それに反応した『魔術師』は小さく呟き、彼の指先から巨大な炎が放たれた。

 

『操炎ノ業!』

《諒解、炎波流克》

 

 愚直なまでに一直線に騎航した武者は膨大な規模の発火魔術の洗礼を受け――諸共せず炎を吹き飛ばす。飛翔の勢いは欠片も損なわれていなかった。

 それだけではない。蹴散らされた炎は四散して矢型となり――逆に、発火魔術を放った『魔術師』に向けて疾駆した。

 

 ――『陰義(シノギ)』、古来の製法で鍛えられた真打劔冑に発現する、単なる身体強化・修復機能・治癒能力の領域を超えた異能の術であり、武者と戦う上での最大の不確定要素である。

 

 『魔術師』は一歩も動かない。武者に先駆けて飛翔した炎の矢は『魔術師』から十メートル地点の結界に触れた瞬間、突如発生した幾十の炎の縄によって拘束され、ほぼ同時に掻き消される。

 

《第一の結界、幾十の炎の縄による捕縛術式と推測! 指向性の強い魔術故に陰義による操作剥奪は困難と見込む》

『このまま押し切るッ!』

 

 全機能を飛翔に費やし、更なる加速力をもって『魔術師』の二重の結界に挑む。

 第一の結界は特に問題無い。彼の劔冑『兼重』は炎を操る『陰義』を持っており、それ故に熱耐性は他の劔冑を遥かに凌ぐ性能となっている。

 問題があるとすれば、『魔術師』の三メートル地点に展開された第二の結界、効力は現段階では不明であり、本来ならば石橋を渡ってでも確かめたい処――だが、それすらも炎系の魔術ならば自身の劔冑の装甲を貫くのは不可能だ。

 

(一太刀で一切合切斬り捨てる――ッッ!)

 

 復讐者は一人ではない。発火魔術を得意とする『魔術師』を殺す為に生まれたのがこの劔冑だった。

 

 ――第一の結界に接触、瞬間、幾十の炎の縄が殺到するが、拘束出来ずに炎が散り、また真紅の武者の勢いを止められない。

 その刹那に第二の結界に接触したと同時に太刀を振り下ろし――巨大な岩石に衝突したような衝撃が齎される。

 

『――ッ!?』

 

 太刀と第二の結界が火花を散らして拮抗していた。

 騎航による超加速を持って繰り出された斬撃でも、両断出来ない正体不明の障壁――結界の内側で、『魔術師』は無言で右指の指先を真紅の武者に向け、鮮血の如く赤い弾丸を撃ち放った。

 

 本来ならば発火魔術如き甲鉄に傷一つ付かないが、生じた予感に従って身体を反らして回避しようとし、右肩部に着弾――瞬間、マグマを浴びせられたような灼熱感が右肩の神経を焼き尽くした。

 

『グウゥッ!? 何を、されたッ!? 損傷は……!?』

《右肩部甲鉄に損傷無し、騎航及び戦闘に一切支障無し。ただし、御堂の右肩部に重度の火傷有り》

 

 第二の結界の切り捨てを諦め、押し負けた反発を利用して急速離脱し、上空に躍り出て旋回する。

 不可解な攻撃だった。甲鉄は一切無事で、仕手のみが負傷する。少なくとも、今までの発火魔術とは一線を画した攻撃手段だった。

 

《該当記録有り。初等呪術『ガンド』と推測される。ただし、呪いの方向性が火傷に特化しているものと仮定されたし。敵魔術師の攻撃は単純な発火魔術にあらず、呪術的なものと推測され、劔冑の守護を容易く貫くものなり》

 

 ガンドは北欧に伝わる呪いが起源の魔術であり、人差し指で指差すという『一工程(シングルアクション)』で発動する簡易魔術の一つである。

 魔力が低い者が扱えば体調を一時的に崩す程度の効果しか持たないが、中には心停止を起こすほどの呪いを与える術者も居るという。

 『魔術師』が何方なのかは問うまでもあるまい。

 

《第二の結界は堅牢な防御障壁と推測、通常手段では突破は不可能と予測する》

『我が身を顧みる攻め手では突破出来ぬか』

 

 更に旋回し、限界まで急上昇する。

 速度に加え、高度も加える。太刀を振るう彼等も無事では済まないが、死なば諸共である。

 

 ――彼等復讐者にとって『魔術師』を殺せるのならば相討ちで構わないのだ。

 

 『魔術師』はその場から動かず、結界を維持しているだけである。高度と速度を確保しながら、動かないのではなく、動けないのではと推測する。

 結界は他と何かを隔てた境界であり、一度構築しても動けば――術式が決壊し、完全に無防備となる。

 その堅牢な防御障壁に多少脅威を覚えたが、移動出来ないのであれば料理法は幾らでもある。勝利を確信したその瞬間、彼は劔冑が異常に加熱している事に漸く気づき、背中の合当理が小さく爆発、急停止する。

 

『どうした!? 何だ、この馬鹿げた熱量はっ!?』

《熱量過多による機能停止と推測、墜落すると予測する!》

『何だとぉ!?』

 

 『熱量欠乏(フリーズ)』ならぬ、『熱量過多(オーバーフロー)』をもって赤い武者は地に墜落する。 

 

「――羽虫は燃え尽きろ。蝋の翼は余さず溶解し、地に堕ちる」

 

 『魔術師』は童話の一文を謡うかのように囀る。

 その言葉に脈動するように第一の結界の外側が紅く輝いた。

 それはほぼその他全域と言っても過言じゃない広範囲の結界だった。

 

《敵魔術師の陣は二重にあらず、『三重』の陣なり。効力は範囲領域の摩擦係数の向上による擬似的な断熱圧縮の再現、現在の当機の推定温度は2400、否、2500度を達す――!》

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!?」

 

 言うなれば飛翔するだけで大気圏突入時の熱量に晒されていたようなものであり、赤い隕石となった武者はろくに身動きせずに落下し、地に大激突する。

 

「『銀星号』――『勢洲右衛門尉村正二世』の模倣など出来ようものか。お前達は最初の一歩から間違っている。あんな化物専用の規格外の劔冑を教材にするなど笑止千万よ」

 

 『真改』や『正宗』のような強靭な甲鉄ならば、まだ戦闘続行出来る可能性が残っていたが、参考にしたのは装甲を捨てて攻撃性能・速度・運動性を極限まで追究した『銀星号』であり――事実、即死は免れたものの機能停止に追い込まれていた。

 

「――駄作、鋳潰して仏像にでもしてやろう」

 

 二言三言呟き、未だに身動きの出来ない『兼重』は灼熱の炎に包まれた。

 

『ぐ、あああああああああああああああああぁ――!?』

 

 ただでさえ落下の衝撃で装甲が破損し、罅割れていない箇所が無い中、魔術の炎は無慈悲に仕手すら焼き焦がしていく。

 

《もはや、此処までか――御堂ッ!》

 

 装甲が解け、ほんの一瞬だけ炎が周囲に飛び散る。

 仕手の男は太刀を片手に走り、一瞬遅れて炎は再び『兼重』に密集し、瞬く間に細部まで溶解させる。

 

 ――走る。走る。前へ、ただひたすら前へ。『魔術師』の下へ――!

 

 勝機などとうの昔に消え果てた。今の自分は万の一の僥倖に賭けて、全身全霊で一太刀浴びせるのみである。

 やはり『魔術師』は一歩も動かず、迎撃の構えを取る。盤石過ぎて崩す見込みの無い布陣だった。

 今の彼では第一の結界すら突破出来ない。炎の縄に捕縛され、身動き一つ出来ずに焼き殺される未来が一秒先に見える。

 それでも彼は走り、死へ一歩一歩踏み込んでいき――運命の神は彼に協力した。

 

「――っ!?」

 

 突然の出来事だった。

 『魔術師』が立つ地が崩れ、襟巻きみたいに細長い『魔女』が背後から出現する。

 地に張り巡らされていた結界の光が木っ端微塵に消失し、さしもの『魔術師』の顔に驚愕の色が浮かんだ。

 

「――覚悟ォッ!」

 

 千載一遇とはこの事だ。『魔術師』は突如現れた『魔女』に気を取られ、彼は生涯最高の一太刀を繰り出せた。

 

「お菓子の魔女『シャルロッテ』か。まさか直接赴いて来るとはな」

 

 そして声をあげたのは『魔術師』であり、彼の左手には鞘に納められた一本の太刀が握られていた。

 これが『魔術師』の保有する『魔術礼装』だった。

 

「――『魔術師』風情が、太刀を……!?」

「何を驚く? 私は幕末出身だぞ、現代人」

 

 渾身の一太刀の振り下ろしよりも疾く、『魔術師』は彼の懐に飛び込んで居合をもって切り捨てた。

 

「あの時代は化物みたいな剣士が多くてな。此方の防御結界を平然と切り裂いて来るなど日常茶飯事だ。――これは、奴等の初太刀を防いでいる内に自然と身についた一発芸だ」

 

 血反吐をぶち吐き、倒れ伏す。劔冑の消失により、超越的な治癒能力は消え果て――程無くして、助けの神かと思われた『魔女』によって全身ごと食い平らげられたのだった――。

 

 

 

 

『はいはーい、此方の殲滅は既に完了済みでーす。ちょぉっと邪魔が入りましたけどねぇー』

「此方も邪魔が入ったが、まぁそれだけだったな」

 

 北区の『魔女』を粗方片付けての帰り道、自らの『使い魔』から携帯で報告を受けながら帰宅の道に付く。

 既に時刻は午前四時過ぎであり、程無くして朝日が昇るだろう。

 

『ご主人様、驚かないで下さい。実は今回討伐した『魔女』に『ゲルトルート』がいましたよ! 超不味かったです!』

「そんなゲテモノの血を吸って腹壊すなよ? こっちは『シャルロッテ』だ。予想以上にしぶとかったわ」

 

 爆破してもその都度に脱皮して再生するお菓子の魔女『シャルロッテ』との闘争を思い出しながら、彼女の『魔女の卵』を手慰めに弄る。

 真紅の武者との戦闘は既に蚊帳の外であった。

 

『ありゃまぁ、頭は大丈夫ですか? マミってません? 流石に頭無しのご主人様は愛せないですよ?』

「幾ら魔術刻印の治癒機能があっても頭部をやられたら即死だ、この駄猫め」

 

 逆に言えば、即死さえしなければ魔力枯渇しない限り生き延びられる。彼の受け継いだ呪いのような魔術刻印は彼自身をそう簡単には死なせてくれない。

 

『でも、これでご主人様の仮説は真実味が増しましたね……』

「個人的に外れて欲しかったのだがな」 

 

 『魔術師』と『使い魔』は揃って深々と溜息を吐く。

 最悪の予想ほど良く的中するものだと疲労感を滲ませる。

 

「――魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい。この願いを『キュゥべぇ』が一字一句違わず受諾すれば、この世界に『魔女』が現れるのも至極納得出来る話だ」

 

 『魔術師』は忌まわしそうに吐き捨てる。その『三回目』の『転生者』こそ自分を超える史上最悪の『転生者』に他ならない。

 

「こんな献身的な自己犠牲をした奴は正真正銘の聖人聖女だろうよ。全ての『魔女』を吸収して自害し、『魔法少女まどか☆マギカ』の世界を救済したのだからな」

『……その負債がこっちの世界に来るなんて笑えませんねぇ』

「そして今日の『魔女』討伐で、作中に登場した『魔女』が出現した事から確定してしまった。最終的には『奴』が来るのだと」

 

 頭が痛い話である。他の『魔女』と違って顕現しただけで『海鳴市』に致命的な損害を齎す。

 発生しただけで此方の陣営の敗北が決定する天災など誰が望もうか。

 

「一ヶ月以内に『ワルプルギスの夜』が『海鳴市』に出現する。一体誰が倒すのやら。いや、違うか。――誰が倒せるのやら」

『ご主人様……』

 

 確かに『海鳴市』に生き残っている『転生者』の力を結集させ、『魔術師』も出し惜しみしなければ『ワルプルギスの夜』の一つや二つ越えられる可能性は微弱ながらあるだろう。

 

 ――問題は出現し、撃退したその後にある。

 

 『ワルプルギスの夜』の出現によって『海鳴市』そのものが致命的な損傷を受け、霊地を失った『魔術師』が絶対的な窮地に陥る事にある。

 難攻不落の『魔術工房』を土地の魔力ではなく、自前の魔力で運営するようになれば風前の灯だ。いずれ魔力枯渇に陥り、多数の勢力に攻め落とされる未来しか残されていない。

 

『逃げませんか? 何処か別の地域に引っ越すとか。今なら二人で何処にでも行けますよ』

「実に名案だな。だが、もう私は逃げ飽きている。前世では四十年も逃走生活を続けたんだ、あの頃の最低最悪な生活には戻りたくないな」

 

 他の場所に一から基盤を作り、『ワルプルギスの夜』が出現するまで放置し、現勢力全てを見殺す手は確かに魅力的だったが、『魔術師』は否と最初から斬り捨てる。

 どうにも気づかない内に、この土地に愛着心を持ってしまったらしいと自嘲する。

 愚かしいまでの甘さだ。郷土心などという不明確なもので絶対的な破滅に立ち向かおうとしている。策略家として完全に失格だろう。

 

「出来る限りの事はやるさ。それでも駄目なら逃げ出そう」

『はいっ! そんな前向きに見えて凄く後ろ向きなご主人様が大好きです! わぁー、言っちゃいましたっ! きゃー!』

 

 戯言をほざいている『使い魔』を無視しながら、『魔術師』は思考を巡らせる。

 空に昇ったばかりの朝日は、彼の征く困難な道を照らすように光差していた――。

 

 

 




『兼重』
【攻撃力】■■■□□【防御力】■■□□□【速度】■■■□□【運動性】■■■□□
【通称/正式名称】和泉守兼重
【所属】『武帝』
【仕手】新道義和
【種類】真打
【陰義】火炎操作
【仕様】凡用/白兵戦
【合当理仕様】熱量変換型単発火箭推進(試作型)

 参考にした『銀星号』の合当理仕様が陰義による重力制御なので、その辺の技術開発が非常に遅れており、速度と運動性に影響が出ている。
 また鍛造する者が蝦夷人(ドワーフ)でない為、陰義が発生する真打は極稀である。

 基本的に劔冑の名称は過去の大業物・良業物から拝借して名付けられている。


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Fate/stay night編 07/■■■■■■■

 

 

 

 ――『当たり前』のように生まれた。

 

 生まれた家には古からの厳格な仕来りがあり、色々戸惑って苦労する面が多かったが、それでも人並みに幸せな家庭だったと思う。

 

 ――『当たり前』のように君を愛した。

 

 祖父が独断で決めた縁談なれども、一目見た瞬間から君に恋した。

 君の事をもっと知りたい。もっと自分の事を知って欲しい。それはまるで夢のような日々であり、いつも君に夢中だった。

 

 ――『当たり前』のように惨殺された。

 

 結婚前夜だった。彼女の腹には我が子も居た。

 何故、彼女らが殺されなければならぬ。何故、我が妻子を奪った罪人は裁かれない。

 答えは簡単だ、我が仇敵は時の権力者であり、何をしても許される身分だったからだ。一介の市民など息を吸うように踏み潰せる暴君だったからだ。

 

 ――自分は『当たり前』を捨てる。

 

 それが許されざる行動だと誰よりも自覚している。

 それが致命的な破滅を齎す行為だとも。自分だけではない。多くの人々を巻き添えにする。

 だから、どうしたのだ。罪人は裁かれないのならば、自らの手で裁くしかない。

 権力など手に入れる余地は無い。階級社会に置いて最下層が這い上がる事は万が一にも在り得ない。

 そんな複雑な力は必要無い。もっと単純で純粋な力が必要だった。

 例えそれが我が身を破滅させ、罪深き咎を背負わされるものであっても、今は些細な問題だった。

 

 ――そして国は亡者どもの地獄と化す。

 

 誰も彼もが殺し合い、誰も彼もが死に果てた。

 見渡す三千世界が屍山血河、『善』も『悪』も『敵』も『味方』も平等に転がっている。

 一体誰が仇敵だったのか、今となっては良く思い出せない。復讐を果たし終えたのか、それさえ思い出すのも億劫だ。

 けれども、今の自分が数多の人々の仇敵となったのは確かな事実である。

 

 ――『当たり前』のように殺し続ける。

 

 悪鬼羅刹と罵られながら、一人殺す毎に感情が一つ亡くなって逝った。

 生きながら死んでいく感覚。狂いながら壊れていく感覚。そして、狂い切れずに藻掻き苦しむ感覚。

 いつしか自分は死の救済を求めていた。惨たらしく死ぬべきだ。相応の報いを受けて殺されるべきだ。苦しみ悶えた末に無意味に果てるべきだ。

 

 ――そして『当たり前』のように同じ結末となる。

 

 因果応報、悪には報いがあったのだと安心して眠れる。

 けれども、ふと思う。自分は殺されて当然の悪行を積んだが、我が妻子は何故殺されなければならなかったのだろうか――?

 

 ――それは『当たり前』のように、『悪』に報いはあれども『善』に報いは無い。

 

 

 

 

 目覚まし時計が鳴る前に携帯が鳴り響く。

 眠気半分、不機嫌全開で着信ボタンを押す。相手が冬川雪緒でなければそのまま眠っている処である。

 

「――ふぁあ、朝っぱらから何だよ? 何かあったのかぁ……?」

『昨晩未明に『ジュエルシード』が『海鳴市』に落ちた』

「……おぉ、やっと原作始まるのか」

 

 確かに重大な事だ。魔女殲滅戦を行なってから二日後の出来事である。

 昨日落ちたという事は今頃『ユーノ』が『ジュエルシード』のモンスターにぶちのめされて今日の放課後に『高町なのは』に拾われる予定という事だ。

 眠気で微睡んでいる思考に活を入れて真面目に聞こうとする。

 

『ただし、一人に三個ずつだ』

「……え? ちょっと待ってくれ。それどういう事だ? ちょーっと、いや、まるで意味解らないんだけど?」

 

 余りにも唐突な文脈に思考が追い付かない。

 三個? それが『ジュエルシード』の数ならば、一人にとは一体何の事だ? まるで特定の人物に三個ずつ配布されたかのような言い方である。意味不明である。

 

『……『ジュエルシード』は七名の『マスター』の腕に三画の聖痕として刻まれた。……此処まで言えば解るだろう? 『令呪』としてだ』

「……はぁ!? おいおいおいおい、一体何が始まるんだよ!?」

 

 何で『ジュエルシード』から、全く違う物語の単語に派生するんだ!?

 その『令呪』とはとある戦争において特殊な『使い魔』に対する絶対的な命令権であり、一画一画が膨大な魔力の結晶だったりする。

 混乱の極みに達する中、その惨状を予め想定してのか、冬川雪緒は重々しく告げた。

 

『――『海鳴市』で行われる史上初の『聖杯戦争』だろうな。第二次が無い事を祈るのみだ』

 

 

 07/第一次聖杯戦争

 

 

 ――『聖杯戦争』、それは『聖杯』と思われる何かが発見された際に行われる争奪戦全ての総称であり、『聖杯』がとある宗教由来の本物か偽物かは大した問題では無い。

 では『聖杯』とは何か。何処ぞの世界的な宗教の聖遺物の一つであり、何故かは知らないが、良く『万能の願望機』となっている。

 逆説的に言うのならば『万能の願望機』であるならば、それらは全て『聖杯』であると曲解出来る。詳しくは『Fate』を参考にしてくれ。

 

『とりあえず、現状で入手した情報を確認する』

 

 そんなものが欠陥品の願望機である『ジュエルシード』を利用して発生した異常事態の経緯を冬川雪緒は淡々と説明していく。

 

『判明しているマスターは二人。一人は以前に話した『反魔術師同盟』の盟主だった男で『ランサー』を召喚したそうだ』

「へぇ、確か『魔術師』に恨み骨髄なんだろう? サーヴァントを召喚したから調子に乗って『魔術工房』を攻めたりしないのかねぇ?」

『……残念だが、既に侵攻して返り討ちに遭っている』

 

 ――え? 展開早くね? ページを開いたら次の瞬間には首もがれていた奴並の端折っぷりじゃね? 救援を送って助かるかと思ったら後ろから頭部を銃で撃たれた並の虚無感である。

 

「……ごめん、良く聞こえなかった。というか理解出来なかった。もう一回言ってくれる?」

『昨晩未明の内に『魔術工房』に攻め入り、呆気無く敗北して『令呪』を略奪され、『ランサー』は『魔術師』に主替えしたようだ。その際に『令呪』を一画消費している。――まぁ予想となるが『主替えに賛同しろ』と原作通り命じられたんじゃないか?』

「死者に鞭打つようで悪いけどさ、阿呆じゃね?」

 

 呆れて物が言えない。それは冬川雪緒自身も同じようだった。

 

『救いようのない馬鹿なのは確かだな。一度情けで見逃されたとは言え、一度捕虜の身になっているんだ。『暗示』だの『契約(ギアス)』だの、幾らでも仕込めるだろう』

 

 あの『魔術師』の事だ。逆らった瞬間に詰むような極悪な仕掛けを施していたのだろう。具体的には『キャスター』が寺院の人に仕込んだような人為的で後天的な絶対命令権とか。

 

『二人目は言うまでもなく『魔術師』だ。この聖杯戦争の首謀者にして黒幕なのは間違い無いだろう。最悪な事に未だに自分のサーヴァントは召喚していない』

「……うわぁ、最悪じゃんそれ。『ランサー』が倒された時点で自分のを召喚出来るし、魔力消費も最小限で済むんじゃ……」

 

 この時点で『魔術師』が勝利者に限り無く近い位置にいる事は確かだろう。

 原作通りに『ランサー』を斥候に使い潰して本命の『サーヴァント』で潰すという戦法も取れるという訳だ。

 ……しかし、いつも『ランサー』というのはこんな損な役割しか与えられないのだろうか? 運命? それともクラス補正なのか?

 

『次に我が陣営の基本方針を説明するが、全力で『魔術師』をサポートする』

「勝ち馬に乗るのは良いんだけどさ、情報収集なんて『魔術師』が自前で出来るんだからオレ達必要無くね?」

『いや、そうでもない。今回は『教会』が全力で妨害している。昨晩未明に『ランサー』のマスターを送り込んだのも彼等であり、信徒を使って街中に居る『魔術師』の簡易使い魔を片っ端から駆除している』

 

 予想を反して全面攻勢なのか。かなり分が悪いと思うが、やはり『聖杯』は『教会』の宗義上にとって無視出来ないものなのか。

 いや、これは『魔術師』の手に『万能の願望機』を与えたらヤバいからなのか?

 『魔術師』の性格は典型的な型月世界の魔術師そのものだ。その悲願は外の領域、根源への到達による『魔法』に至る事である可能性は十二分に考えられる。

 ただでさえ厄介な『魔術師』が『魔法使い』になる。最高に厄介になるが、無駄に『聖杯』を使い潰してくれるならまだマシか。

 ただ問題なのは『魔術師』の願望が外の領域ではなく内の領域、この世界そのものの改変ならば大惨事間違い無しである。『教会』としては何が何でも『魔術師』に『聖杯』は渡せないだろう。

 

「というか、協力したマスターが速攻脱落しているから『教会』側は詰んでね?」

『まだマスターは他に五人いる。『魔術師』に先駆けて擁立すれば当て馬になるだろう。そして其処だ、今回の我々がすべき事は他のマスターを探し当てる事だ』

 

 ……情報収集か。まぁ妥当な処だろう。まさか『サーヴァント』と戦えなんて命令されたら一目散に逃走する処である。

 この『聖杯戦争』における我々『スタンド使い』の役割など斥候ぐらいだ。脇役は脇役らしく、粛々と舞台の片隅で蠢くのが関の山だ。

 

『まさかとは思うが、一応確認しておこう。お前が『マスター』という事は無いだろうな?』

「残念ながら、令呪なんて何処にも無いぜ。一体オレ達が『マスター』だと何を呼べるんかねぇ? 縁あるスタンド使いか?」

 

 一応、自身の両腕を巻くって確かめながら言う。

 そもそも万が一『令呪』があったとしても魔力を生成する手段なんてないんだから、『サーヴァント』を現界させ続ける事が困難なのだが。

 不可能ではない、と断言出来るのは『サーヴァント』自身に魂喰いを強要すれば維持出来る的な意味でもある。『マスター』も『サーヴァント』も余程の外道でない限り実行しないだろうが。

 

『さぁな。面白い話ではあるが、『プッチ』や『DIO』を呼んだ日には令呪の三画目をサーヴァントの自害に使わないといけないな』

 

 『ジョジョの奇妙な冒険』のラスボスらを召喚したら、確実に裏掻かれて最終的に敗北する未来が見える。

 自分の『サーヴァント』が最終的な敵対者なんて笑うに笑えないだろう。

 

『お前のやるべき事は『高町なのは』『アリサ・バニングス』『月村すずか』及び自身のクラスメイト、そして『豊海柚葉』がマスターか否かを確認する事だ』

 

 『アリサ・バニングス』や『月村すずか』はまず無いとしても、『高町なのは』と『豊海柚葉』がマスターか否か次第で状況ががらりと変わるだろう。

 同時に『豊海柚葉』がマスターの場合、オレの危険性は極めて高くなる訳だ。精神的な体調不良で欠席したい処だが、この場合は全て逆効果か。

 冬川雪緒達との信頼が損なわれ、『豊海柚葉』がマスターか否か確認出来ず、逆にオレがマスターであると誤解されかねない。この時期に学校を欠席する理由なんてそれぐらいしかないだろう。

 

『サーヴァントという『決戦戦力』が七騎も投入されたんだ、昼中でも油断するなよ。そして絶対に敵対するな、生命が何個あっても足りないぞ』

「あいよ。全く、ヘヴィな仕事だぜ。『海鳴市』に来てから一度も退屈しないな」

『軽口を叩ける余裕があるなら大丈夫だ』

 

 まさか『魔法少女リリカルなのは』で『聖杯戦争』を一般人視点から体験する事になるなど誰が想像しようか。

 溜息ばかりは大きくなるばかりである。

 

 

 

 

「――『魔術師』の内に秘めた欲望が『ジュエルシード』によって歪められた形で叶えられると思ったら『聖杯戦争』が始まっていた。何を言っているか解んないと思うが私も解んねぇー!」

「これは一体何の冗談だっ!? 何故『海鳴市』で聖杯戦争がぁ……!」

 

 此方は『ミッドチルダ』の秘密の会議室、いつも通りのメンツ(今回は『教皇猊下』は欠席のご様子)で黒幕会議が行われていた。

 と言っても、出てくるのは悲鳴ばかりである。予想の斜め上を行く展開が生じ、何が何だか訳が解らないと言った状況である。

 

 ……一応、これまでの経過を正確に分析しましょう。

 

 第一段階の『ジュエルシード』を運ぶ輸送船には予想通り『魔術師』の『使い魔』が侵入し、船と一緒に次元の狭間に沈んで貰おうというダイナミックな計略は、船が撃沈するだけで見事失敗したそうです。

 

 これ自体は皆余り期待していなかったらしく、平然とスルーしていたのが印象的です。

 

 そして第二段階の『ジュエルシード』を現地でばら撒こう作戦は大方の予想通り、配達人が『魔術師』に強襲され、二十一個の『ジュエルシード』は一時的に『魔術師』の手に委ねられた。

 しかし、その二十一個の『ジュエルシード』は全部封印処置が施されていないという超危険な状態。あの『魔術師』の内に秘めた願望を歪んだ形で叶えてしまい、あわよくば『魔術師』を葬れた筈――そして蓋を開けたら『聖杯戦争』勃発である。

 

(うーん、完全に『魔術師』にしてやられたような感じですね。最初から『ジュエルシード』の用途を定めていたのかな?)

 

 しかし、全てが『魔術師』の掌の上で物事が進んでいるとは流石に考え辛い。今回の『聖杯戦争』は『魔術師』にとっても危険な筈だ。

 神秘という概念が絶対法則である以上、あの『魔術師』は自身の天敵とも呼べる決戦戦力を六騎も敵に回す結果となっている。

 

 ……まさかと思うが、これはしてやられたのではなく、この『聖杯戦争』そのものが『魔術師』の願望を曲解して叶えた結果なのでは無いだろうか?

 

「つーか、不味くね? 『アースラ』とか差し込んだら全滅するんじゃね? クロ助とかサーヴァント同士の戦いに真っ先に突っ込んで真っ先に死ぬっしょ」

「それを回避するだけの把握能力はあると信じたいがのう……」

 

 金髪少女の中将閣下は真面目に心配し、大将閣下は半信半疑と言ったご様子。

 ただでさえ今の『海鳴市』は異常であり、原作通りの『アースラ』の戦力では心配極まるのに今回の一件である。

 いつぞやの魔導師部隊と同じように全滅する可能性が濃厚すぎて泣ける勢いである。

 

「という訳で、今回は『最高戦力』を『アースラ』に派遣しようと思うんだけど問題無い?」

「……業腹だが、今回は貴様の言う通りだ」

「生半可な戦力では生還すら出来ないだろう。許可する」

 

 金髪少女の中将閣下が提案し、不承不承といった具合だけど太っちょの中将閣下が珍しく彼女の意見に賛同し、大将閣下が採決を下す。

 ちなみにこの多数決に私の票は当然の如く無いです。

 私は使いっ走りの新参者ですから当然です。むしろ意見を重宝された方が何か裏があるんじゃないかと猛烈に疑わざるを得ません。

 

「……『最高戦力』ですか? そんな切り札的な存在がうちに居たんですか?」

 

 おお、新参者には秘匿されている『隠し札』って奴ですね!

 一体どんな化物なんでしょう? この『ミッドチルダ』に『魔術師』達に対抗出来る戦力があるなんて初耳です。

 

「え? 何言ってんの?」

「はい?」

 

 あれ? 金髪少女の中将閣下がさも不思議そうな眼で此方を見ている。

 助けを求めるように周囲を見渡せば、太っちょの中将閣下もお髭がダンディーな大将閣下も同様の眼で私を見ている? 何ででしょう?

 

「アンタでしょ?」

「お前だろうが?」

「卿以外、誰が居る?」

 

 ――さも当然のように、お三方は揃って何か訳の分からない事をのたまったのだった。

 

「え? えええぇぇぇぇ――!?」

 

 秘密の会議室に私の絶叫が響き渡る。

 いや、だって仕方ないでしょう? 私が此処にいるのは雑用係を担当しているからであって、いつの間に『戦術核』みたいな扱いになっていたのならば驚くしかないです。

 

「い、いつから私は王立国教騎士団HELLSINGでいう処の『アーカード』に、十三課でいう『アンデルセン』的な存在になったのですか!?」

 

 これは皆様が態々示し合わせた一種の冗談に違いないです。

 驚いたなぁ、エイプリルフールはもう過ぎてますよー?

 

「管理局が誇る唯一のSSSランク様じゃん」

「うむ、まさか『僕の考えた格好良い主人公』みたいなランクが本当に実在するとは正直信じられなかったぞ」

「此処に招く前から『最高戦力』として認知されているのだがのう」

 

 ……初耳である。いや、確か何かのテストで魔導師ランクが『SSS』とか認定されちゃってますけど、魔力の大きさと実際の強さは余り関係しませんし、他の『転生者』ならまだまだ上がいるんだろうなぁと勝手に思ってましたし!

 というか、雑用係じゃなかったのですか!? 大将閣下殿!?

 

「む、無理です。サーヴァントとか絶対無理ですって! 現地の『転生者』とも激突したら呆気無く死んじゃいます!」

「大丈夫だって。アンタは自分が思っている以上に『異常』だからさ。これだから天然物は嫌なんだよねぇ、嫉妬しちゃうぜ」

 

 金髪少女の中将閣下殿ははにかむように微笑んで見せる。

 いえいえ、私はこの中では最も格下ですよ!? 四天王とかそういう集まりでも「ククク、アイツはこの中でも最弱ッ! 奴等如きに倒されるとは我等の面汚しよ!」とか言われるポジションですよ!?

 

「最低でも『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』は原作通り進めて管理局入りのルートを確定させてねー。邪魔するならどんな勢力も叩き潰して良いから」

「『アースラ』での自由行動出来る権限は我等の計らいで取り付けてやろう。お前の思うように介入するのだぁ!」

 

 金髪少女の中将閣下からは無理難題を押し付けられ、太っちょの中将閣下からは頼んでもいないのに余計な計らいをさっくり差し込んでおられる。

 これって『アースラ』の中で完全孤立するフラグびんびんじゃないですかぁ……!?

 

 ……ああ、神よ。私が一体何をしたんですか!?

 

 最後の望みを託して、涙目で大将閣下に助けを求めるように視線を送る。

 すると大将閣下は以心伝心といった具合で威厳を持って堂々と語って下さった……! 思いが通じるこの瞬間に勝るものは無いと確信したのです!

 

「お土産は翠屋のシュークリームを頼むぞ。ああ、勿論『猊下』の分もだ」

「おっ、さっすが大将閣下っ。解っていらっしゃるねぇ」

「これはすっかり失念していた。流石は大将閣下、同じ男として尊敬に値するぞ!」

 

 ――神は死んだ……!

 

 こうして私は『地球』への『片道切符』を手に、出荷される豚のようにドナドナと運ばれて逝ったのでした……。

 

 

 

 

「やぁやぁ、面白い事になったね」

 

 いつも通り登校して鞄などを自身の机に置いた直後、廊下に遭いたくない人影が見えたので覚悟を決めて赴いた。

 豊海柚葉の機嫌は傍から見る限り最高潮といった具合、一応両手の甲を確認してみるが、露骨なほど解り易い包帯などは巻かれていない。

 

「ん? 私はマスターじゃないわよ。ほら、両腕」

 

 わざわざ制服の袖を巻くって豊海柚葉はくすみのない腕を見せつける。

 握ったらそれだけで折れてしまいそうな細い腕に令呪らしき痕は見受けられなかった。一応彼女がマスターでないらしいが、全くもって油断ならない。

 全く未知の方法で隠匿している可能性もあるし、もしかしたら腕ではなく、別の部位に刻まれているのかもしれない。

 

「あら、疑い深いのね。私の肢体を余す処無く見ていく? 此処で脱ぐのは流石に恥ずかしいなぁ」

「なな、何言ってやがるんだっ! や、やめろぉっ!」

「あら、思った以上に純情ねぇ」

 

 からかわれた事に気づいて、顔が真っ赤になる。

 ぐぬぬ、といった此方の表情を肴に、ご馳走様と言わんばかりの良い笑顔を浮かべられる。凄い屈辱である。

 

「三人目のマスターは『高町なのは』みたいだけど、これはどう転ぶかな?」

 

 ……豊海柚葉の言う通り、『高町なのは』はほぼ間違い無くマスターの一人であろう。

 その小さな右手には包帯が巻かれており、事情を軽く聞いた処、朝になって急に痣になっていたそうだ。十中八九『令呪』であるが、既に『サーヴァント』が召喚されているか否かは不明である。

 

「どうって?」

「この聖杯戦争の令呪は『ジュエルシード』で代用しているようだし。つまり、彼女が『レイジングハート』を入手すれば原作通り封印して摘出出来るのよ」

 

 なるほど、この聖杯戦争の特質の一つに『令呪』が『ジュエルシード』という事があり、封印して摘出する事が出来る『高町なのは』は良い意味でも悪い意味でもキーパーソンに成り得る存在という事か。

 

「この調子だと『サーヴァント』を召喚せず、自分の『令呪』を封印して摘出しちゃって、マスターが二人消えちゃうかもね。本来の聖杯戦争の方式ならば儀式が破綻する処だけど」

 

 ……なるほど。冬木の聖杯戦争と違う点は、『令呪』の再配布が不可能という点か? あれ、『令呪』を使った後は『ジュエルシード』はどうなるんだ? そういえば冬川雪緒に聞いてなかったな。

 

「ちょっと待ってくれ。『令呪』を使えば『ジュエルシード』はどうなるんだ? 消費した状態のままなのか? それとも『ジュエルシード』として排出されるのか?」

「情報が遅れているねぇ。その後者よ。ほぼ完全に魔力を失った状態で摘出されるから、再び『令呪』として移植するのは不可能かな? というより、そもそも『ジュエルシード』を『令呪』として移植するなんて『魔術師』でも不可能でしょうね」

 

 ……何か引っ掛かる物言いである。豊海柚葉はこの『聖杯戦争』を『偶然の産物』だと完全に断定している?

 一体何の根拠を持って……いや、コイツは他との情報量が違う。そう確信に至る何を既に掴んでいるのか?

 

(まともに聞いた処で答える性格はしていないだろう。今、此処で認識しておく必要があるのは『令呪』の再配布は在り得ないという事。『ジュエルシード』に一旦戻れば『令呪』に変換する事は不可能だが、『令呪』から『令呪』を略奪する事は可能か)

 

 となれば、本当に『サーヴァント』が七騎出揃わないという珍事があるかもしれない、か。

 だが、冬木式の聖杯戦争ではその時点で破綻する。

 何故ならばあの魔術儀式は『中身が空の聖杯』を英霊七騎の魂で満たすというものであるからだ。

 

「これって『聖杯』が『ジュエルシード』21個なんじゃないのか? 勝ち残れば必然的に全部入手する訳だし」

「もしそうなら此度の茶番は興醒めね。欠陥品の願望機なんて誰が欲しがるのやら」

 

 二十一個揃っても欠陥品は欠陥品に過ぎない、か。

 ならば、この『聖杯戦争』の『聖杯』は別の何かなのだろうか? 推理材料が致命的に足りない。答えに至るピースが完全に不足しているから一旦思考を放棄しよう。

 

「……普通に聞き流していたが、なのはもマスターならフェイトもマスター候補になるか」

「私としては、よりによって今日欠席した『月村すずか』が疑わしいのだけどねぇ」

 

 豊海柚葉の言う通り、よりによって、である。

 高町なのはとアリサ・バニングスから事情を聞いたが、体調不良らしい。この日に対象不良に陥った理由を考えれば、その筆頭となるのは『サーヴァント』を召喚して維持する分の魔力を吸われて動けない、が一番妥当だろう。

 

「彼女は『夜の一族』だっけ? 吸血鬼もどきなんでしょ? それなら吸血鬼に縁があるんじゃないかなぁ?」

「もし彼女が『マスター』で『サーヴァント』を召喚してもあの性格じゃ何も問題無いだろう」

「へぇ、転校生の君の眼からはそう見えたんだ」

 

 そして彼女は優越感からなる邪悪な微笑みを浮かべる。

 ……何か見落としていたのか、一瞬不安に陥る。月村すずかは良く言えば心優しい少女、悪く言えば引っ込み思案な性格だ。高町なのはと違って争いの出来る性格ではない。

 

「しかし、これって本当に『魔術師』の仕業なのか?」

「というと?」

「この聖杯戦争は『魔術師』にとって危険がありすぎると思うんだよ。自身の手元にサーヴァントを一騎確保出来る事が確定していたとしても、六騎全員が連合して敵に回れば確実に脱落するだろう? そんな危険な賭けをやるような性格には見えないんだが」

 

 一応、先程の事について探りを入れておこう。

 彼女の反応一つさえ見逃さないように集中する。

 

「逆じゃないかな? そんな危険を犯してまで実行するに足る理由が『魔術師』にはあったんじゃない?」

「別の目的? とは言っても『聖杯戦争』なんて敵対勢力に過剰戦力を無料配布するようなもんだろう……過剰戦力?」

 

 先程に『偶然の産物』である事を強調する素振りを見せながら、今度は『魔術師』の意図有りだと強調する?

 何かおかしい。彼女とは致命的なまでに視点の違いがあるような気がする。

 

「サーヴァント級の戦力が幾つも必要だったのか?」

「面白い考え方ね。これが冬木式の聖杯を完成させる目的ならば単純明快なんだけど、残念ながら『ジュエルシード』で令呪の代用は出来ても、今の『海鳴市』に聖杯の器が無い」

 

 そう、朝から引っ掛かっていた。

 この『聖杯戦争』において一番の問題は『聖杯』の不在にある。何を『聖杯』と定義し、奪い合うのか。其処が限り無く不明瞭なのだ。

 

「あれを鍛造出来るのは『アインツベルン』の一族のみよ。一介の魔術師程度では数代費やしても届かない御業だもの」

 

 あの『魔術師』が『アインツベルン』の一族出でない限り、個人が調達する事は不可能という事である。

 鶏が先か卵が先かという問題だが、『サーヴァント』を招くには『聖杯』という餌の存在が必要不可欠である。

 事前に完成品が用意されているか、戦争後に完成するか、何方の方法にしろ『聖杯』は必ず必要なのだ。

 

「『ジュエルシード』21個で代用した令呪、恐らく五騎のサーヴァント、サーヴァントの魂を納める聖杯の器は不在、か。『聖杯』を降臨させる魔術儀式としては大失敗間違い無しだな」

 

 それが欠けている要素だ。それらを一切合切解決出来る方程式が必ず何処かに隠れ潜んでおり、白日の下に暴く必要性がある。

 自身の思考に没頭している中、キーンコーンカーンコーンと気の抜けた予鈴が鳴り響く。

 

「あら、予鈴が鳴ったわ。それじゃまた後で逢いましょう」

「――お前はこの状況でどんな手を打つんだ?」

 

 最後に、答えなんて期待してないが、一応聞いてみる事にする。

 

「今の処は動かないわ。手元に『サーヴァント』がある訳じゃないし、今回の一幕では私も君も単なる脇役だしね」

 

 非常に疑わしい解答である。駒が手に入ったら、この油断ならぬ少女は間違い無く行動するだろう。

 内心の中で豊海柚葉から警戒を解くなと深く刻み込み、学生たる自分はその責務を全うすべく自身の席に戻って行った――。

 

 

 

 

「ふあぁっ、寝ぇみぃ……」

「あ、クロウ兄ちゃんおはよう。もう『こんにちは』の時間だけどなぁ。夜遊びしすぎちゃう?」

「遊んでねぇっつーの。昨日も急な仕事が入って来てなぁ。ふあぁ~」

 

 大きく欠伸をしながら、鉛のように重くなった全身を伸ばす。

 此処最近は『教会』から『魔女』狩りの仕事を大量に寄越され、三日前から昼夜が逆転している極めて宜しくない状態である。

 『教会』の信徒達も猛烈に協力してくれたし、結構荒稼ぎ出来たから幸いだ。

 しかし、こんな調子が続けば、車椅子で不貞腐れている少女『八神はやて』の世話もろくに出来ない始末である。

 

「……何か危ない事、してるんちゃう? クロウ兄ちゃん、危なっかしいし、少し心配よ……」

「してねぇよ。ほら、今日も無駄に元気だぜ?」

 

 無駄に痛む体を動かしながらアピールし、それでも心配そうに顔を沈ませるはやての頭を撫でて誤魔化してみる。

 はやては擽ったそうな顔をした後、眼が真ん丸になる。はて、一体何かおかしな点でもあったのだろうか?

 

「? クロウ兄ちゃん、その右腕の甲、どうしたん?」

「あん? 右腕なんて何も――!?」

 

 そう言って見る直前だった。その右手の甲に急に燃えるような痛みが生じたのは。

 それは赤い模様だった。獅子を模した三角の痣は赤く光り輝き――爆発的に光を発した。

 

「わ、わわっ……!?」

 

 何なんだこれは? 同時に世界が根本から歪み狂う感覚に吐き気が生じる。この不可解な感触には覚えがある。

 馬鹿げた魔力をもった何者かが世界の摂理を食い破り、此方に空間転移して来ようとしている!?

 

 ――でも、何故かは知らないが、この魔力の気配をオレは知っている……!?

 

 莫大な光と共に衝撃波が解放され、家中を無慈悲に蹂躙する。

 咄嗟にはやてを庇い、色々ぶち当たった気がする。背中が痛いが泣き言は言ってられない。

 

 やがて光は収まり、この世界に対する不法侵入者は堂々と姿を現した。

 体中に巻き付いた赤いリボンを靡かせながら、紫髪翆眼の少女は傲岸不遜に、初めて出遭った時と同じように仁王立ちしていた。

 

「――問おう。汝が我がマスターか?」

 

 その声を、覚えている。その顔を、未だに忘れてはいない。

 一時的に契約をし、共に戦い、次の者に託した少女の事を――。

 

「……アル・アジフ――!?」

 

 彼女の名前は『アル・アジフ』、世界最高の魔導書『ネクロノミコン』原本に宿る精霊であり、間違っても此処に居てはいけない古本娘であった――。

 

 

 

 

 





 クラス ライダー
 マスター クロウ・タイタス
 真名 アル・アジフ
 性別 女性
 属性 秩序・善
 筋力■□□□□ E 魔力■■■■■ A+
 敏捷■■■□□ C 幸運■■■■■ A
 耐久■□□□□ E 宝具■■■■■ EX

 クラス別能力 騎乗:A+ 
 機神召喚:EX 彼女が本来持つ強大無比の鬼械神『アイオーン』を召喚する。
 神性:ー(A+) 最も新しき旧神。理由は不明だが、記憶と共に欠如している。
 魔術:A++ 最高位の魔導書『ネクロノミコン』原本に宿る精霊。


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08/魔導探偵とシスター

 

 

 ――おお、神よ。

 

 我が全霊を捧げます。我が祈りをお受け取り下さい。

 無知なる民に御身の叡智を授け、偉大なる神の御威光を知らしめましょう。

 

 ――おお、神よ。我が神よ。

 

 供物には血と肉と生命を、足りぬのであれば我が魂を捧げましょう。

 我は敬愛します、我は尊敬します、我は羨望します、我は崇拝します。

 一目拝顔したその瞬間から私は貴方の下僕となりました。貴方の為ならば私は世界すら打ち壊せます。人類六十億すら貴方の祭壇に捧げて見せましょう。

 

 ――おお、神よ。貴方は何故。

 

 窮極の門を開けていざや征かん。

 貴方の目指す下劣な太鼓が鳴り響く幻想郷へ。

 狂ったフルートの音色が奏でられる理想郷へ。

 全てが泡沫の夢と消える黄金郷へ。

 いつか貴方の宇宙を解き放つ為に、運命の時を!

 

 ――おお、神よ。貴方は何故、私を見捨てた……!

 

 足りなかった。届かなかった。及ばなかった。弱かった。

 執念が足りなかったのか。人の身では届かないのか。何故及ばなかった。何故弱いのだ。私は私は私は私は私は私は私は――!

 

 諦めませぬ。止まりませぬ。届かせる。行く逝く往く征く――!

 

 これは試練、貴方の与えし試練とお見受けする。

 必ずや私は貴方の望む領域まで辿り着き、貴方の悲願を成就します。

 貴方の愛さえあればそれでいい。私はそれだけで幾星霜の歳月を乗り越えられます。何者も我が精神を打ち砕く事は神とて出来ないのです。

 

 ――おお、神よ。神よ、神よ、ご笑覧あれ!

 

 

「そう、君は絶対に諦めない。絶対に屈さない。だからこそ、絶望を識らない。未来永劫、絶望を識れない。――だからこそ『彼』には及ばない失敗作なんだよ」

 

 

 08/魔導探偵とシスター

 

 

 ――管理局外世界『地球』に落ちた『ジュエルシード』を自分の手で回収する。

 『ジュエルシード』の発掘者である『ユーノ・スクライア』の決意は僅か一時間余りで木っ端微塵に砕け散ろうとしていた。

 

 初めに『地球』――否、『海鳴市』に入った瞬間から言い様のない違和感を覚えた。理由無く全身が小刻みに震えた。

 まるで古代遺跡などで『入っては生きて帰れない』という危険領域に足を踏み入れたかのような錯覚を感じる。

 おかしな話だ。この世界は『ミッドチルダ』の科学技術に比べれば数百年は遅れており、魔法技術も無い安全な文明圏の筈なのに――この魔都は極めて濃密な死の気配を漂わせていた。

 

 ――ジュエルシードの反応は『海鳴市』から六ヶ所生じており、その全てが活動済みという驚愕的な結果を察知する。

 

 封印処置が施されているから、そう心配は無い――管理局の初動の遅さはこの分では致命的な結末を齎すだろう。

 此処で自分が何とかしなければこの次元世界は泡沫の夢の如く滅びてしまう。

 今、事を成せるのは自分一人しかいない。悲壮な使命感を胸に抱いて、ユーノは一際反応が強い地点を目指して飛翔する。

 そしてその地点に『ジュエルシード』の反応がよりによって『6つ』もある事に、ユーノは心底驚愕して泡食った。

 

 ――其処は街外れの丘の上にある洋館であり、十数人の武装した神父の集団が取り囲んでいた。

 

 一体、何なんだこの状況は――!?

 十字架を胸に携えて丸淵の眼鏡を掛けて両手に質量兵器である銃器を構えた神父の集団が屋敷の前に立っていた。

 その者達の眼に灯るはいずれも狂気の光。明らかに常軌を逸しており、ユーノは人間状態ではなくフェレット状態で探りに来た自分自身を褒めてやりたい気分になった。

 

 ――程無くして赤い槍を持った青髪の男性が、音も影も無く綺羅びやかな光と共に形となって現れ、武装した神父集団と一触即発の空気となる。

 

 あれは『異常』そのものだった。見ただけで呼吸機能に異常が来たす。

 姿形は人間にしか見えないが、保有する魔力が桁外れだ。次元違いと言って良い。そして青い槍兵の持つ赤い魔槍は幾千の死を凝縮したかの如く不吉な予感を本能的に叩きつける。

 誰が一番の強者なのかは一目瞭然だ。気怠げな槍兵から発せられた殺意は武装集団に向けられたものだが、それだけでユーノは心折れてしまった。

 

 ……嫌だ。一瞬足りてもこの場に居たくない。此処に居たくない……!

 

 気づけば駆け出し、唯一度も振り返らずに逃げていた。

 後から考えても正しかったと思える。あれ以上、あの場に居て生き残れなかっただろう。

 間接的な殺意だけで心が折れたのだ、直接向けられれば心臓すら停止してしまうだろう。

 

 ……違う。そうじゃない。

 恐らく心臓麻痺で死ぬ前にあの魔槍で貫かれて絶命する事になっただろう。抵抗すら出来まい。そもそも万全の体制で繰り出した防御魔法をもってしても防ぎ切れまい。

 これは予感すら超えて、絶対の確信としてユーノの本能に刻み込まれた事実だった。

 

 ――自分一人では『ジュエルシード』の回収は不可能だ。

 

 正体不明な勢力が幾つも蠢いており、恐らく『ジュエルシード』と何らかの関連性があるであろう青い槍兵を相手に自分は余りにも無力だった。

 管理局に任せるか? 否、彼等の到着を待っていては遅すぎる。自分が、何らかの手を打たざるを得ないのだ。

 けれども、あの青い槍兵に立ち向かえるかと問われれば、間違い無く否だった。敵う筈が無い。絶対に立ち向かえない。

 震えが止まらず、人間形態に戻ったユーノは自分自身の手で抱き締めて必死に止めようとする。涙が自然と溢れて流れ出る。

 こんなにも自分が情けないと思った事は今まで無かった。自分は弱虫だ、臆病者だ――彼等に立ち向かう一欠片の勇気すら湧いてこない。

 

「――あらあら、次号には白髪になって禿げてそうなほど最低最悪な面構えになってますけど、大丈夫?」

 

 だから、その甘言に耳を傾けた。否、傾けてしまった。

 その赤髪のポニーテールの少女は優しく、泣き止まない赤ん坊をあやすように笑う。

 その眼は底無しの深淵のように、覗き込む此方を逆に覗き込んで際限無く嘲笑っていた――。

 

 

 

 

 突如昔の相棒が世界を超えて召喚されるという珍妙極まる事件に対し、真っ先に尋ねた場所がいつも何かとお世話になっている『教会』だった。

 何か異常があれば『教会』で聞け、とはこの世界で生きる上の教訓だった。思考放棄とも言うが。

 

「――以上が『聖杯戦争』の概要だよ。何か質問はあるかな?」

「その『聖杯戦争』とやらから辞退する方法は?」

 

 眉唾物の話だった。七人のマスターと七人の英霊による戦争であり、最後に勝ち残った一組が万能の願望機である『聖杯』を入手出来る。

 それが突如『マスターオブネクロノミコン』に戻った事件の経緯であり、今回巻き込まれた最上級の厄介事である。

 

「サーヴァントを令呪をもって自害させれば良いんじゃないかな? でも、クロウちゃん。貴方は誰よりも『万能の願望機』を必要としてると思ったけど?」

 

 自害させるという処でアル・アジフは物凄い眼でシスターを睨み、自分もまたはやてにちらりと視線を送らざるを得なかった。

 

「――『聖杯』が真に万能ならば、八神はやての正体不明の病気を治す事だって容易い筈だよ?」

 

 彼女を此処に連れてきたのはどうやら失敗だったようだ。

 この異常時に一人で家に残しておくのは危険であろうという事で一緒に『教会』に来たが、無用な心配を掛けさせるだけとなった。

 

「ま、待ってぇな! その『聖杯戦争』って結局は殺し合いなんでしょ……?」

「ええ、そうですね、八神はやて。ですが、サーヴァントは本体の写身であり、元々死者です。死人が今更死んだ処で何か不都合でも?」

「……それはクロウ兄ちゃんが命懸けで戦うって事でしょ? 殺されちゃうかもしれないのに……!」

 

 オレに話しかける時とは違い、シスターは無感情で淡々とした口調で語る。

 感情的になっているはやてとの温度差は激しい。とは言っても、はやて自身の感情は自分自身の安否よりも、むしろ自分の安否に向けられたものであり、歯痒く思う。

 

「クロウちゃんが『聖杯』を勝ち取らない限り、貴女は一年未満で死にますよ?」

 

 そしてこの一言は目の前のはやてではなく、オレに向けて放った言葉であった。最高の殺し文句だ、畜生。

 

「……上等じゃねぇか」

「クロウ兄ちゃん!?」

「大丈夫だ、はやて。少し前ならいざ知らず、今は『アル・アジフ』が居る。千人力たぁこの事だ。さくっと勝って『聖杯』に願って体治してやるからよ、今から行きたい場所考えておいてくれ」

 

 彼女を安心させるように、優しく頭を撫でる。撫でるが、どうにもオレには『撫でポ』とか幾ら背伸びしても出来ないらしい。

 逆にはやてが泣きそうになってしまい、あたふたする。

 

「そうだな、妾とクロウなら他の有象無象に遅れを取る道理はあるまい。……以前の世界ならいざ知らず、な」

「あの世界は根本的に致命的におかしいっつーの!」

 

 アル・アジフの不遜なフォローにツッコミを入れざるを得ない。

 魔導書持ちで鬼械神持ちの魔導師がわんさか集結するアーカムシティと比べれば、この地獄の一丁目の『海鳴市』だって天国に見えるだろう。

 

「それでこの小狸娘はどうする? 幾ら妾と汝でも子守りしながらは流石に戦えんぞ」

「うぅ、同じような体型の幼女に小狸娘扱いされたぁ!」

「妾を汝のような小娘と一緒にするなぁ! 妾は『アル・アジフ』! 千の歳月を超えた世界最強の魔導書なり!」

 

 はやて相手に威張ってどうするんだ? と個人的に突っ込まざるを得ない。

 しかし、七人七騎による戦争になるんだ。はやての安否が気がかりであり、最重要の問題でもある。

 

「……其処の古本娘。聖杯戦争のセオリーをちゃんと理解している? 自分の真名を堂々と高らかに名乗らないで」

「ふん、これだから有象無象の小娘シスターは。己が名を高らかに名乗れずして何が英霊か!」

 

 シスターは冷たい眼で忠告し、傲岸不遜な古本娘は真っ向から斬って捨てる。聞く耳すらねぇ。というか、アンタ『魔導書』だろうに。

 ああ、そういえばサーヴァントの正体が露見すれば弱点も周知の事実になるか。

 しかし、自分達の場合は解った処で切り札が『鬼械神(デウスエキスマキナ)』である事がバレるぐらいか。

 尤も、オレがその切り札を使う場合は正真正銘、生命を賭ける事になるが。

 

「……ごほん。クロウちゃん、名案があるんだけど聞く?」

「お、何だ?」

「私達『教会』はね、何が何でも『聖杯』を『魔術師』の手に委ねる事は出来ないの。これは信頼の問題でもあるし、可能性の問題でもある。『教会』の意向としては『聖杯』を無意味に使い潰してくれる人に勝ち取って貰いたい訳よ」

 

 わざわざ可愛らしく咳をし、気を取り直したシスターはやや迂回しながら詳細に説明する。

 うんうん、と聞いていると隣のアル・アジフが物凄い眼でシスターを睨んでいた。

 

「――腹黒小娘シスター、何が言いたい?」

 

 やや殺気立っているのは気のせいだろうか?

 やはりというか、シスターは気にする事無く、自分にのみ視線を浴びせていた。コイツもコイツで図太い神経の持ち主である。

 

「私達『教会』と手を組んでみないかな? クロウちゃん。そうすれば八神はやてを保護するし、全力で聖杯戦争のバックアップもする。そして何と、私の願いを叶えてくれるのならば私自身が全力で協力しちゃうよ!」

 

 ぱんぱかぱーん、と言った具合で、シスターはいつもの調子では想像出来ない提案を最後に付け足した。

 神職のコイツに叶えたい願いなんてあるのか? その協力は組織的なものの一貫なのか? それとも個人的か?

 

「あれ? 『聖杯』って一組の願いしか叶えないんじゃなかったのか?」

「私の願いは『私の消された記憶を取り戻す』事なの。その程度の奇跡、万能の願望機ならば造作も無く叶えられるでしょ?」

 

 消された記憶――ああ、と理解する。

 彼女は『とある魔術の禁書目録』の世界で生まれた先代の『禁書目録(インデックス)』だ。

 原作と同じように『首輪』の処置がされていたとするならば、一年周期で記憶をリセットする羽目になり――折角持ち越した前世の記憶さえ消されたというのか。

 

(保有する原作知識も他人の受け売りって昔言ってたな。それにシスターは自分の名前を一度も語らなかった。それは、自分の名前を覚えてなかったという事なのか……!)

 

 それは転生者にとって死に匹敵する仕打ちだ。嘗ての自分を忘れ果てて別人として生かされるなど――想像すらしたくない。

 二つ返事で返そうとした時、先に口を出したのはアル・アジフだった。

 

「妾は反対じゃ。此奴等を信頼する事は出来まい。最終局面になれば、此奴等はこの小娘を人質にして汝から『聖杯』を奪うだろうよ」

 

 ……大いに有り得るし、それをやられたら完全に詰んでしまう。

 目の前のシスターが流石に其処までするとは思えないが、もう一人、あの気障ったらしい『代行者』ならば躊躇無く実行するだろう。

 そしてその際、はやてが無事な保障は何処にも無い。一気に揺らぐ。

 

「……この申し出は私個人の願いだよ。もしも『教会』が邪魔をするのならば、私は我が脳裏に刻まれた十万三千冊の禁書に賭けて『教会』を討ち滅ぼすと約束する。……クロウちゃん、私は、私の本当の名前を取り戻したい……!」

 

 シスターは涙を流しながら懇願する。

 こんな弱々しい彼女を見たのは初めてだった。いつも飄々としていて、時々無表情になって怖くなるけど、お節介さと親切さには何度も助けられた。

 ……そうだ。『教会』のあの二人はともかく、シスター自身は信じられる。

 アル・アジフに視線を送り、勝手にしろ、と膨れ面を返される。はやてにも視線を送り、こくりと頷かれる。

 

「頼む、シスター。オレ達に協力してくれ。で、願いが叶ったらさ、名前思い出したら教えてくれ。そん時は改めて自己紹介しようぜ」

「……ありがとう、クロウちゃん」

 

 涙を拭いながら、彼女は心から笑顔を浮かべた。

 全く、いつもながら女の涙には敵わない。まぁ男ってそういうもんだろう。

 

「とりあえず『冬木式の聖杯戦争』をベースにしている事は解ったんだが、今回の場合『聖杯』は何処にあるんだ?」

 

 同盟を組んだ事だし、さっきから気になっていた事を踏み込んで聞く。

 

「『聖杯』は『魔術師』が持っているよ」

 

 そしてシスターから帰ってきた言葉は想像を一つ超えるものであった。

 

「――あの『魔術師』はね、冬木の地で行われた『第二次聖杯戦争』の正統な勝利者なの。あの男は『この世全ての悪』に汚染されていない『アインツベルン』の『聖杯』を生涯持ち続けた。それは同じ世界出身の『代行者』が保証している」

 

 ――ちょっと待て。

 という事はあの腐れ外道の『代行者』は『魔術師』の前世の『死因』を知っているという事なのか……!?

 これは想像以上にデカいアドバンテージだ。だが、今ははやてがいる手前、聞く事は出来ない。後で聞くとしよう。

 

「此処からは想像になるけど、この世界に持ち越した『聖杯』には何か不都合があったんだと思う。だから再び中身を注ぐ必要性が生じた――」

「生贄に捧げるサーヴァントが五体でも良い、ってのは『聖杯』の中身が完全に空って訳じゃ無いのか」

「サーヴァントを数騎召喚して残った魔力なのかもしれないね」

 

 となると、はやての病気を治すにはアル・アジフ以外のサーヴァントに退場して貰う他無いようだ。

 それは如何にして『魔術師』を打倒するかに尽きる。

 穴熊に決め込む『魔術師』を攻め入るなんて無謀の極みだし、何とかして『魔術工房』から出て貰わなければ勝機が無い。

 最後の一人になったのならば、自滅覚悟で『鬼械神』を使えるが――。

 

 ――その時、唐突に教会の扉が蹴り破られ、厚手のコートに身を包んだ複数の男が乱入してくる。

 一目にて尋常ならぬ事態――って、奴等、この日本ではまず見れねぇような重火器を持ってやがる!?

 

「はやてッッ!」

 

 咄嗟に車椅子に座っているはやてを抱え上げて伏せながら――オレは自身の魔導書の名を高らかに叫ぶ。

 

「アル・アジフッ!」

「応とも!」

 

 彼女の幼い肢体はページに戻って四散し、オレの下に集って――超人的な力を発揮出来る戦闘形態『マギウススタイル』となる。

 即座にページの翼に魔力を集中させ、鋼鉄化させて絶対の防御とする。

 一瞬遅れて絶え間無く銃弾の嵐が叩き込まれるも、その程度の重火器では傷一つ付かない――!

 

「って、やべぇ! シスターの事、完全に忘れていた!?」

「え、ええええぇ――!?」

「この程度で死ぬなら奴も其処までよ。同盟関係も白紙だのう」

 

 はやては胸元で声をあげ、アル・アジフは小さくなったデフォルト姿で相変わらず毒を吐く。 

 

「……クロウちゃん、私の『歩く教会』の事を熟知しての行動じゃなかったんだね。あと古本娘、覚えてなさい」

 

 おっと、どうやら無事のようだ。

 確か『歩く教会』は原作では全く活躍しなかったが、服の形をした教会であり、その防御性能は法王級だとか。あの世界の法王って『シスの暗黒卿』とか『銀河皇帝』並にヤバい人物だっけ?

 

「――何処の誰に喧嘩を売ったのか、その生命を代価に教育しましょう。我等の天罰の味を噛み締めるが良い」

 

 そしてシスターは無表情となり、その両瞳に血のように赤い魔法陣が描かれる。

 『首輪』を噛み砕いたが、魔術を行使すると名残のように浮かび上がるらしい。

 

「豊穣神の剣を再現、即時実行」

 

 三つの光の剣が自在に飛翔し――ほんの少し、剣先が掠っただけで敵対者を原型留めぬ肉塊に変えていく。血の華が銃弾塗れの教会の大聖堂に幾つも咲き誇った。

 北欧神話の豊穣神フレイの剣の再現――自動的に舞い、確実に息の根を止める類の武具だったか。使い捨ての尖兵に対して、完全に『過剰殺傷(オーバーキル)』である。

 

(つーか、北欧神話ってキリスト教の範囲だっけ? 我等の神罰呼ばわりしているけど)

 

 入念な準備が必要な『とある魔術の禁書目録』の世界の魔術において、準備無しで繰り出される唯一の例外、この世の理を凌駕する『魔神』の御業――正直、武者震いがする。

 

「……何者じゃ、あの小娘は?」

「十万三千冊の『魔道書』の知識を持っている以外、普通の少女さ」

「それだけの『魔導書』の毒に汚染され、人間として平然と生活を行える時点で人外の域だろうよ」

 

 正直、彼女自身が『令呪』を獲得し、『サーヴァント』を呼べていたのならば、この聖杯戦争は彼女の独壇場となっただろう。

 『サーヴァント』として『アル・アジフ』を取り戻したオレだって、彼女が本気ならば容易に殺せるだろう。

 

「終わったん……?」

「八神はやて、片付けが済むまで見ない方が精神衛生上宜しいと思いますよ。――加減はしなかったもので原型を留めてません」

 

 こんな猟奇的な死体、はやてに見せる訳にはいかない。

 戦闘が終了しても『マギウススタイル』が解けないのはこの為だ。全く前途多難だぜ。

 

「――『這い寄る混沌』、穢れた狂信者どもがこのタイミングで仕掛けて来ますか……まるで『威力偵察』ですね」

 

 この『海鳴市』に巣食う大勢力の一つであり、ほぼ常に敵対する『魔術師』と『教会』すら共同して殲滅しようとするテロ組織だったか。

 単騎の武力的な危険度で言えば『武帝』の方が脅威だが、コイツらに至っては全員が全員SAN値直葬済みの狂人ばかりだ。一人残らず殲滅した方が世の為だろう。

 昨年の十二月に『邪神召喚未遂事件』をやらかし、『教会』と『魔術師』に徹底的に叩きのめされたと聞いていたが――?

 

「方針が定まったね、クロウちゃん。まずは情報収集だよ」

「おいおい、此処までされたのに悠長だなぁ。いつもは異端は皆殺しだーって猪突猛進していくってのによ」

 

 なんて茶化したらシスターは「クロウちゃんは私の事を普段からどう思っているの!」とお怒りの様子。

 血塗れで凄惨な光景が教会に広がっているが、彼女自身はいつもの調子には戻っているようだ。

 

「そういう訳にもいかないんだよ。渡ってはいけない奴に『サーヴァント』を召喚された可能性があるの」

「渡ってはいけない? 『魔術師』以上にそんな危険分子居たっけか?」

「うん、その場合、私達は『魔術師』と一時休戦してでも真っ先に始末しなければならない」

 

 おいおい、何か話が妙な方向性に進んでないか?

 だが、その判断は当然だった。何故ならば――。

 

「――『這い寄る混沌』の『大導師』だよ。あの最たる狂人がクロウちゃんと同じように自らの『魔導書』を取り戻したとしたら、最悪を通り越した事態になる」

 

 ――相手は自分と同じ『鬼械神(デウスエクスマキナ)』持ちなのだから。

 

 

 

 

 ――そして『高町なのは』は運命と出遭った。

 

 『レイジングハート』を持って、『ジュエルシード』の封印を手伝って欲しい。

 ユーノ・スクライアは原作通りに彼女に説明した。そう、状況がまるで一変しているのに関わらず、原作通りに――。

 

「うん、私で良ければっ! こんな私にも出来る事があるのなら……!」

 

 当然ながら、ユーノ・スクライアに負傷などない。心以外は完全な状態である。

 にも関わらず、現地の民で魔法技術の知識の無い少女を意図的に巻き込んだ。罪悪感が心を蝕む。しかし、魔女の甘言に乗った彼に退路は既に無かった。

 

 ――此処に、魔法少女は原作通りに誕生してしまった。

 何もかもが改変され尽くし、蠱毒の坩堝と化した舞台に、何の予備知識も持たずに降り立ってしまった。

 

 唯一の抵抗の手段だった『令呪』は彼女自身の手によって封印され、初の魔法行使の成果として『レイジングハート』に保管される。

 

 

 この物語は魔法少女の物語ではない。もっと悍ましい何かの物語である。

 

 

 

 

 



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09/開幕前夜

 ――その人は、際限無く闘争を求めてました。

 

 幾万幾億の夜を越え、幾千幾万の生命を喰らい、那由他の果てに絶望の海に沈みました。

 その嗚咽と渇望は声にならぬ絶叫であり、私を喰らい殺した最強無敵の不死身の化物は、まるで童女のように泣いてました。

 

 ――不老不死、それは人類の永遠の夢の一つ。

 

 それを限り無く近い形で体現するその人は、凄惨な闘争の最果てにある死を誰よりも切実に求めてました。

 もうそれぐらいしか救いが無いのです。城も領地も消え果てて、配下の下僕も死に果てて、その人には何も残らなかったのです。

 

 ――転機が訪れたのは、一つの大きな戦争の終末でした。

 

 朝霜に昇る目映い太陽の光が絶望の海を照らす。

 禁断の知恵の林檎を口にしたその人は泡沫の夢となって消え果て、一人の傍観者に過ぎなかった私もまた一緒に消え果てたのです。

 終わらない悪夢など存在せず、私達は眠るように目を瞑りました。

 

 ――けれども、その人に安息は訪れませんでした。

 

 一つの約定がありました。その人が唯一認めた主の、最後に下された命令です。

 容赦無く殺し続けました。幾百幾千幾万に及ぶ死者の群れを、その人は唯一人の例外も許さず、再び殺し続けました。

 やはり、彼にとって此処は救いには成り得ないのです。そして彼に敵う者も此処にはいません。化物は人間によって打ち倒されなければならないのです。

 白銀の銃口を頭蓋に突き付けられ、私は抵抗一つせずに撃ち抜かれました。生涯で『三度目』の死は斯くも儚きものでした。

 

 ――それからどれぐらいの歳月が流れ、何処に流れ着いたのかさえ定かではありません。

 

 私は何処にも居ない。そもそも私は私自身を観測出来ない。

 それ故に誰からも観測出来ず、一欠片の意思すら朽ち果てる時を待つばかりでした。

 無限の孤独はそれだけで私の心を殺すに足る刃であり、紙ヤスリで少しずつ削り取られるように、私の存在は摩耗して行きました。

 

 ――そんな私を、見つけ出した人がいました。

 

 それが如何程の奇跡なのかは、私には判断出来ません。

 那由他の最果ての虚数の海に揺蕩う一粒の真珠を探し当てるかの如き行為です。最早それは奇跡という他にありません。

 そして私はあの人と同じように、全身全霊を捧げて尚足りぬほどの『主』に巡り会えたのです――。

 

 

 09/開幕前夜

 

 

「――おかしい。やはり『ジュエルシード』を媒介にした為か、根幹的な部分に歪みが生じたのか?」

 

 『魔術師』は思案に明け暮れながら首を傾げる。

 彼の前には彼を悩ませる元凶である他者から奪い取ったサーヴァント、ランサーがこの上無く呆れた顔でソファに座っていた。

 

「……なぁ、マスター。オレは他の英霊と死力を尽くして戦えるから『聖杯戦争』の召喚に応じたんだ。主替えには『令呪』も使われたし、百歩譲って賛同してもこれだけは譲れねぇ。それはちゃんと理解しているよな?」

「ああ、十二分に理解している。一ヶ月以内に来るであろう『ワルプルギスの夜』を討滅した後は好きなだけ戦わせてやる」

「あはは、理解した上で相手の意向を全力で無視してるんですねぇ」

 

 聖杯など必要無い、強者との戦いのみを所望する――そのランサーの儚い祈りは一瞬にして踏み躙られる。

 最早運命なのだろうか? ランサーのサーヴァントが他人に奪われたり、その些細な祈りさえ成就しないのは――。

 ……ちなみにこのランサーの幸運は『魔術師』補正もあって、ほぼ最低値の『E』である。元からという噂があるが気のせいである。

 

「喧しいわ、この駄目猫娘が……んで、何がおかしいんだ? 言っておくが、オレはお前達魔術師の知的欲求なんざ興味無いぜ?」

 

 今回もマスターに恵まれなかったランサーは不貞腐れた表情で一応聞く。

 律儀な弄られ役だなぁ、と横で『使い魔』が感心していたのは公然上の秘密である。

 

「――あれが『ランサー』を、何の触媒無しに『クー・フーリン』を引き当てた事が不可解なのだよ」

「……いやいや、元マスターに弁解の余地なんか欠片も無いが、酷い言い草だなぁおい。現にオレが此処に居るだろう?」

 

 確かにランサーを召喚したマスターはお世辞にも優秀な人間とは言えなかった。

 此方の忠言を完全に無視してこの『魔術工房』に攻め込み、いつの間にか『令呪』を奪われて消えた者に愛着と忠義を示せと言われれば困難だが、一応元主という一面もあるので顔を立てておく。

 

 彼の功績があるとすれば『クー・フーリン』を召喚した事であり――それ以外は残念ながら忠義者のランサーにも思い浮かばない始末である。

 

「あれの『起源』から君ほどの英霊を引き寄せる事は不可能なんだよ。正統な英霊は正統な術者にしか召喚出来ない。触媒無しなら相性が良いサーヴァント、術者に共通点のある者が招き寄せられる筈だ」

 

 触媒無しで相性の良い者を召喚した例に、雨生龍之介とキャスター『ジル・ド・レェ』がいる。あれこそ似通った者を召喚した代表例であり、あらゆる意味で猛威を振るったコンビでもある。

 間桐桜がライダー『メドゥーサ』を召喚出来た一因に、いずれ怪物に成り果てるという自分と同じ末路を辿るから、がある。

 

「これが正しい手順を踏んで、正しい形式で発動した儀式ならば正統な英霊しか招けないのは道理なのだが、今回は手順も形式も無茶苦茶だ。反英霊の類も容赦無く招き寄せるだろう」

 

 流石、願いを曲解して叶える『ジュエルシード』二十一個分の魔力を利用しただけはある、と『魔術師』はまた黙々と自らの思考に内没する。

 

「あれですよ、ご主人様。マイナスとマイナスが掛け合わさって化学反応(スパーク)を起こし、まさかのプラスになったのでは!?」

「なんじゃそりゃ。脳味噌がお花畑になってんのか?」

「んな、狗に馬鹿にされた!?」

「狗って言うな!」

 

 群青色の大きな狗と赤紫色の小さな子猫が互いに睨み合う。

 やはり狗と猫は共存出来ないらしいと、『魔術師』は脱線しながらどうでもいい結論を下す。

 

「他のサーヴァントとマスターの情報を集めるまで解答は期待出来ない、か」

 

 この事については早めに結論に至らなければ危険だろうが、今現在は保留する事にする。

 

「ランサー。改めて言うが、基本方針は長期間に渡って『聖杯戦争』を継続し、全てのサーヴァントを『ワルプルギスの夜』戦に巻き込む事だ。ただし、好戦的で、他のサーヴァントを脱落させようとする陣営には此方から誅を下す」

 

 その類の戦闘狂がいない事を『魔術師』は祈り、その反面、ランサーは自分の同類がいる事を全力で願った。

 

「あいよ。不本意極まるがテメェの方針には従うさ。何処かの誰かが攻めて来ないかねぇ」

「嫌ですよ。掃除する身にもなって下さいな。貴方が散らかした部分の修理、まだ終わらないんですよ?」

「……つーか、この化物屋敷なら、対魔力がB以上なけりゃサーヴァントすら討ち取れるよなぁ。マスターが優秀過ぎるのは歓迎だが、此処では圧倒的過ぎて詰まんねぇな」

 

 やはり自分はマスターに恵まれない、と結論付けて、ランサーはのんびりとソファの上に寝転がり、敵を待ち構える事にした――。

 

 

 

 

「何だか久しぶりだねぇ。クロウちゃんと一緒に御飯食べに来るなんて」

「ほうくぁ? はグッ、はぐっ、もぐもきゅ……!」

 

 教会の一室で用意された晩餐を勢い良く食する。

 パンを一口大に引き千切って、シチューの中に少し浸して放り込む。

 クリーミーでジューシーな味わいが口の中に広がり、多福感を齎す。超うめぇ!

 これから厄介事がダース単位で飛んでくるんだ。食べれる内に食べてしまおうと口の中に次々放り込んでいく。

 確かに考えてみればシスターと一緒に箸を並べるのは結構久しぶりである。

 

「あれ、クロウ兄ちゃんって家に来る前は教会にいたん?」

「ああ、オレは元々孤児だからな」

 

 今明かされる衝撃の事実である。と言っても、びっくりしているのははやてとアル・アジフぐらいなんだがね。

 

「オレが『三回目』の『転生者』だって話はしたよな? これがまた厄介な話でな、オレの姿形は『二回目』とほぼ同一なんだよ。これは『三回目』の奴等に共通する事だ」

 

 これは『三回目』の転生者における唯一の共通事項であり、多くの悲劇を齎し、産まれた直後に教会に捨てられた原因の一つである。

 そういう奴は意外と多い。目の前のシスターもそうだし、あの『魔術師』も特殊な事情があったらしいが、概ね同じようである。

 一応人格者でありながら致命的なまでに破綻者の一面も併せ持つ『神父』には、いつまで経っても頭が上がんないのである。

 

「日本人夫婦に生まれれば違和感はまだ少なかったんだが、不幸な事に二人共金髪蒼眼の西洋人夫婦の家に産まれて大騒動って訳。紆余曲折を経て生後まもなく此処に捨てられたんだよ……って、そんな顔すんな。話したこっちが情けなくなるだろ」

 

 いやぁ、産まれた直後に修羅場だったなぁ。夫から浮気扱いされ、事実無根の母は無実を訴え――忌み子扱いで殺されなかっただけでも儲け物だと考えるべきか。

 聞いてはならない事を聞いてしまった、という顔になったはやての頭を少し乱暴に撫でて誤魔化そうとする。

 というよりも、この世界の両親の方を不憫だと思うべきか。オレを産んでしまったせいで二人は破局を迎えてしまったのだから――。

 

「こういうのはな『不幸な俺様語り格好良い!』という類の話なんだから、笑い飛ばせば皆ハッピーという寸法よ!」

「クロウちゃん、それを小学生に求めるのは色々間違っていると思うよ? ヘヴィ過ぎて笑えないよ」

 

 流石に話題が重すぎたか、と苦笑いとなる。

 まぁもうかなり昔の話だし、欠片も気にしてないのは本当である。

 

「……汝も奇妙な星の巡り合わせに産まれたものよのう」

 

 何故かは知らないが、あの傲岸不遜の古本娘が神妙な顔をしていらっしゃる。

 おかしいな、コイツの性格なら普通に笑い飛ばしてくれると思っていたのに、何らしくない顔してやがるんだ?

 

「そういえば孤児院のガキどもらはどうしたんだ?」

「既に別の孤児院に避難済みだよ。此処が主戦場になるようだからねぇ」

 

 少し無理矢理にシスターに話題を提供し、実は気になっていた事を聞き出す。

 確かに頭のおかしい連中の襲撃があった場所にあのガキ達を置けない。聖杯戦争中は隔離しておく方が安全だろう。

 

「それでクロウ兄ちゃん、アルちゃんとはどういう関係なん?」

「アルちゃんって呼ぶな小娘ぇ! 妾は『アル・アジフ』だと何回言えば――」

「食事の時ぐらい静かに出来ないのですか? この黴の生えた古本娘は」

「何をぉ……!」

 

 何だか微笑ましいやりとりである。うっかり笑顔になるというものだ。

 

「どうもこうも、成り行き上で契約した仲だな。……まぁ、歴代の『マスターオブネクロノミコン』の中ではぶっちぎりで最弱だったんじゃね? オレが出来たのは次のマスターにコイツを託す事ぐらいだったし」

「……確かに汝は歴代の主の中でも一際弱かったが、自虐するな。相手と状況が歴代最悪だっただけだ。汝は汝にしか出来ない事をやり遂げた」

 

 一番迷惑を掛けた本人にそう言われれば、少しは気が楽になる。

 しかし、オレはどうしても彼女に聞かなければならない事があった。

 

「なぁ、アル・アジフ。お前はちゃんと大十字九郎の下に辿り着いたのか? ――オレの行動は、無駄には終わらなかったよな……?」

「……無論だとも。妾は大十字九郎の下に辿り着いた。汝がその未来を知っているというのは所謂『原作知識』からか?」

「まぁな。そうか、無駄じゃなかったか……」

 

 それだけが唯一の気掛かりであり、長年背負っていた重荷から解放された心地になる。

 オレでは邪神信仰組織の打倒は不可能だった。だから、オレは次のマスターに『アル・アジフ』を託して死んだ。

 その託した想いは消えず、大十字九郎まで届き――あの『無限螺旋』を突破したのだ。

 

 ――オレの一生は、無駄ではなかったのだと心から誇れる。

 

「クロウ兄ちゃん、その、大十字九郎って?」

「ああ、名前は似ているが、オレとは違って正真正銘の『正義の味方』で、宇宙の中心でロリコン発言したアル・アジフの伴侶さ」

「へぇ、凄いロリコンさんなんやなー」

「そうそう、宇宙一のロリコンだ。んで、コイツはツンデレ」

「んなっ、誰がツンデレかぁー!」

 

 テメェの事だよ、この古本娘、などと内心呟きながら、この必要以上に活気溢れる食事を存分に楽しんだのだった。

 

 

 

 

 今日は『友人宅で晩飯を御馳走になる』という名文を予め連絡し、冬川雪緒と一緒に食事を取る事になった。

 明らかに会話する内容が多いのだ、仕方あるまい。

 鶏の唐揚げやら鮪の刺身、カニ雑炊や串焼きなどをじっくり堪能しながら今日収集した情報を説明していく。

 鶏の唐揚げはかりっと柔らかく、カニ雑炊は出汁がきいていて何杯掬っても飽きない。

 今の子供の舌では鮪につける山葵が異常にきーんと来るのが難点だが、久々に上等な食い物を口にしてご満悦である。前世では散々味わったが、今世では初の懐かしの味とも言える。

 

「『高町なのは』が三人目のマスターであるが、サーヴァントを召喚するかは微妙な処か。『豊海柚葉』はマスターではないが、この女狐は欠片も油断出来ないな。そして今日欠席した『月村すずか』が四人目のマスターであり、既にサーヴァントを召喚している可能性が濃厚か。予想以上に原作人物に渡ったものだ」

「……仮に『高町なのは』や『月村すずか』がサーヴァントを召喚したらどうするんだ?」

 

 様々な一品を口にしながら、オレは冬川雪緒に真剣に問い掛ける。

 質問の重大性を感知したのか、冬川雪緒はオレンジジュースを口にし、一息吐いてから口を開いた。

 

「……堅気の人間を地雷原の真ん中に放置する訳にも行くまい。サーヴァントに自決して貰うのが最善だが、まぁ小学生には酷な要求だろう。その二人に『聖杯』を手に入れるに足る明確な動機は無いだろうし、『聖杯』に執着しないサーヴァントだったなら交渉の余地はあるだろう」

「……ちなみにその交渉役は?」

「二人に面識があるのはうちらの組では秋瀬直也、お前だけだ」

 

 予想通りの答えに「ですよねー」と安堵の息を零す。

 やはり外見は冷徹そうに見えて、この男は意外と情に厚いようだ。

 

「上手く事情を話して脱落させれば、危害は及ばないだろう。冬木の聖杯戦争と違って、令呪の再配布は無いだろうからな」

 

 もし、原作通りに再配布される可能性があったのならば、あの『魔術師』はマスターである者の、マスターであった者の生存を絶対に許さないだろう。

 喜ばしい落とし所とはまさにこの通りである。如何なる法則をもって聖杯戦争が開催したかは知らないが、完全な模倣ではなく、完全な劣化で良かったと思える。

 

「明日、ユーノ・スクライアかレイジングハートの存在を確認次第、交渉に当たれ。お前の働きで小学三年生の少女が永遠に行方不明になるか、普通に暮らせるかが決まる。猶予は余り無いと思え」

「あいよ、全力で交渉するさ。自分のせいで死なれたら目覚めが悪いったらありゃしないしな」

 

 実にやりがいのある仕事である。『魔術師』に『魔女の卵』を届ける簡単なお仕事よりも数倍やる気が出る。

 

「それにしても安心したよ。この件を『魔術師』に知らせるだけで放置しろ、なんて言われたらどうしようかと思ったぜ」

「利害が一致しているから協力しているだけで、オレ達は『魔術師』のイエスマンでも使い走りの『狗』でもない。――オレもお前も、この街で生き抜く分には甘いという事だ」

「でも、そういうのは嫌いじゃない。甘さも貫き通せば信念ぐらいに格上げされるさ」

 

 オレも冬川雪緒も良い笑顔を浮かべ、ガラスのコップを軽くぶつけあって乾杯した――。

 

 

 

 

「八神はやては?」

「眠ったよ、今日は何だかんだ言って色々あったしな」

 

 此処が慣れない環境という事もあるし、襲撃されたというストレスもある。本人も自覚しない内に疲労が蓄積されていたのだろう。

 アル・アジフもまた一人で考えたい事があるとか言って教会の何処かへほっつき歩いている頃だろう。

 例の話をするにはお誂え向きの機会という訳だ。

 

「聞きたい事は『魔術師』の事だね」

「ああ、戦わないに越した事は無いが、『聖杯』の所持者だし、最後に立ち塞がるのは間違い無く奴だろうからな」

 

 オレの中の『魔術師』の知識は当り障りの無い内容でしかない。シスターに聞いておいて損は無いだろう。

 

「彼は古から西洋式と日本式の魔術系統を複合させて発展させた神咲家八代目当主であり、第二次聖杯戦争に参加し、御三家を破って勝利した。――この当時の聖杯戦争には聖堂教会からの監視役が派遣されていなかったらしいから、どんなサーヴァントを召喚していたのか、そういう詳しい情報は無いね」

 

 ランサーを撃破した後に召喚されるであろう二体目のサーヴァントについての情報は残念ながら無いか。

 それにしても八代目の魔術師か。日本で其処まで代を重ねているとは、物凄い一族に生まれたようだ。奴の魔術師としての素質は破格と見て間違い無いだろう。

 飛び抜けた才覚に実力も経験も伴っている、厄介な話である。

 

「でも、彼の運命が狂ったのはその後だった」

 

 ――万能の願望機である『聖杯』を入手した後? それが手に入ったのならば人生の最盛期を誰よりも彩り良く謳歌出来たのに?

 

「――『聖杯』を勝ち取った彼はね、魔術師の最終目標である『根源』への到達に挑まなかった。それが何故なのかは最期まで不明だったみたい。根源に至る鍵を手に入れたのに次の段階に進まず、足踏みして停滞する。前代の当主はさぞかし怒り狂ったでしょうね。程無くして『親子』は決裂し、『魔術師』は自らの『親』と『妹』を返り討ちにして焼き払った」

 

 その結末に至った理由は皆目見当も付かない。

 『根源』への到達を目指す、あの世界の魔術師特有の悲願には理解が及ばないし、仮にも血の繋がった親と妹を焼き殺せるなんて、想像すらしたくない。

 

「そして『魔術師』は自身の娘、神咲家の最後の後継者を引き連れて、三十数年間も逃亡生活を続けた。『聖杯』目当てに襲撃する他の魔術師を悉く焼き払いながら――」

 

 もしかしなくても『魔術師』は万能の願望機など求めなければ、まだマシな一生を過ごせたのでは無いだろうか?

 最高の栄光が齎した最悪の破滅への転落人生? 何もかも一切合切叶える『聖杯』を持ちながらどうしてこんな人生になるんだ?

 

「――『魔術師』の最期は『焼死』と言われているわ。それが如何なる経緯から生じたものかは文献にも残ってないらしいけど、最期に引き連れた後継者と死闘を繰り広げて、神咲家の魔道の探究を自分の代で終わらせた」

 

 それは、余りにも救いのない一生だ。あの『魔術師』の悪行を鑑みれば、自業自得だと思いたくなるが、それでも余りにも報われない。

 ――自分も、『アル・アジフ』を召喚しなければ前の人生の総評は単なる犬死だっただけに、敵の事ながら余計そう思ってしまう。

 

「受け継いだ魔術刻印は最期まで後継者に移植しなかったみたいだね。彼は他の魔術師と違って子々孫々に夢を託すなんて考えは持たず、自身の一代限りしか興味無かったのでしょうね。この辺は流石は『転生者』というべきかしら」

 

 あの世界の魔術師は一代限りの研究では辿り着けない地平を目指し、自分の代で至れないのならば次の代に託し、一生の研究の成果である『魔術刻印』を子々孫々に継がせる。

 魔術師の子は親の無念を背負い、自身もまた一生を費やして研究成果を子に伝承する。まるで親から子に伝播する一生涯の『呪い』である。

 

「……『聖杯』は最期まで使わなかったのか?」

「ええ、彼は最期まで『聖杯』を使わず、自身と共に灰になったそうよ。不可解な話だけどね」

 

 万能の願望機を持ちながら、最期まで使わずに逝く、か。

 それはつまり、信じられない事に、この不遇な人生に対して一片の悔いも抱いてないという事なのだろうか?

 『魔術師』の人物像がますます解らなくなる。一体彼は何を目指し、何を求め、何を見出したのだろうか?

 

「最後に一つ付け加えると、これらの情報は全部あの『代行者』からだから、鵜呑みにすると少し危険かも?」

「一番不安になる事を最後に付け加えやがった!?」

「だってアイツ胡散臭いし、超ウザいしー」

 

 その一文が加わるだけで今までの話の信憑性が紙屑まで暴落したぞおい!?

 何だかなぁ、と胸にもやもやした思いが蟠っただけである。

 

 ――とりあえず、結論としては、あの『魔術師』は発火魔術を使うのに火攻めに弱いかもしれない、という事か。

 火を扱うのに火に弱い……あれ、何かそんなキャラどっかに居たような。あれだ、眼が一杯あったのにビジュアル的な問題で三個以上は終ぞ開かなくなった奴! 誰だっけ……?

 

「そういえば、その『代行者』と『神父』さんはどうしたんだ?」

「クロウちゃん達と揉めて面倒事になったら嫌だから、別支部に行って貰っているよ。最悪の場合、敵対するしね」

 

 なるほど、出来る限り顔を合わせたくないから、良き計らいである。

 一抹の不安を抱きながらも、アル・アジフがいるなら何とかなるか、と前向きに思う。

 自分一人では心細いが、はやてもいる。アル・アジフもいる。シスターもいる。うん、それだけでうちの陣営は最強だなぁと確信するのであった――。

 

 

 

 

 ――そして『高町なのは』は魔法少女としての第一歩を踏み出した。

 

 近くに『ジュエルシード』の反応があったとユーノから知らされて、飛行魔法によって現場に急行する。

 反応が近寄る毎に、自分の肩に捕まるユーノから緊張の色が強まっていく。果たして自分は、未知なる脅威に立ち向かえるのだろうか?

 正直言って怖い。放課後にある程度、今の自分に出来る事を予習したが、それでも魔法に出会って間もない自分が『ジュエルシード』から生まれた怪物に対抗出来るのだろうか?

 

 ――生じた弱気を首を振って振り払う。

 

 ユーノ・スクライアは自分では力不足だと語った。

 そして高町なのはには、ずば抜けた魔法の才能があると言った。

 こんな何の取り柄の無い自分でも、他人のために役立てる事がある。それが嬉しかった。

 だから、その期待に全身全霊で答えたかった。

 

 なけなしの勇気を振り絞って、高町なのはは現地に到着する。

 ――そしてある意味『ジュエルシード』が生み出した化物と対峙してしまった。

 

 それは数え切れないほど無数の眼が連なる黒い影であり、影の中は無数に蠢いていた。

 悍ましい何かの集合体、名状しがたい深淵の闇。

 その中で誰かの右腕が必死に藻掻き、助けを求めるかのように死力を尽くして天に手を伸ばし、一際激しく痙攣した後、無情にも願い叶わずして黒い影に沈んでいく。

 

 無意識の内に「――ひっ」と声が漏れてしまい、無数の眼の視線が怯え竦むなのは達に一斉に向けられた。

 影は忙しく流動し、蠢く蠢く蠢く。その聞き慣れない異音の数々に混じって、かつん、かつん、と人間の足音が鳴り響く。

 ――凄く、不似合いで、不吉な組み合わせだった。

 

「――え?」

 

 そして一人の少女がなのは達の前に悠然と現れた。

 その少女は良く見知った人物だった。こんな非日常の中で出遭って良い人物では無かった。こんな恐怖の中に現れて良い少女ではなかった――!

 

「――すずか、ちゃん……?」

 

 掠れる声で、親友である彼女の名前を呟いてしまう。

 月村すずかは学校で出逢う時と同じように笑った。柔らかな微笑みだった。

 異なる点をあげるとするならば、右頬にはべっとりと赤い血液が付着しており、手で拭って美味しそうに舐め取る彼女の瞳は、鮮血の如く赤く輝いていた。

 

 

 ――そして、高町なのはは魔法少女として。

 記念すべき第一歩を盛大に踏み外した事に気づいたのだった。

 

 

 

 

 




 クラス ランサー
 マスター 神咲悠陽
 真名 クー・フーリン
 性別 男性
 属性 秩序・中庸
 筋力■■■■□ B  魔力■■■■□ B
 敏捷■■■■■ A+ 幸運■□□□□ E
 耐久■■■□□ C  宝具■■■■□ B

 クラス別能力 対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
              大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは困難。
 戦闘続行:A 往生際が悪い。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生
        き延びる。
 仕切り直し:C 戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を開始ターンに戻し、技の条
         件を初期値に戻す。
 ルーン:B 北欧の魔術刻印・ルーンの所持。
 矢避けの加護:B 飛び道具に対する防御。
 神性:B 神霊適正を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされるが、英雄王の
     『天の鎖(エルキドゥ)』に対する弱点にしかならない。



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10/初戦

 

 

 

 ――好きな人が居ました。

 

 拒絶される事が怖く、化物と忌み嫌われたくなかった。

 それ以上に本当の私を知って欲しかった。

 初めて悩みを打ち明けて、私の秘密を笑って受け入れてくれたのが貴方でした。

 

 ――好きな人が居ました。

 

 まるで夢のような日々でした。

 一生打ち明けられずに、誰にも理解出来ずに終わると信じてました。

 けれども、貴方は受け入れてくれた。私は羽のように軽く、燃え滾る想いに心を踊らせました。

 こんな幸福な時間が永遠に続くと信じて疑いませんでした。

 

 ――好きな人が、居ました。

 

 そしてその日々は唐突に終わりを告げました。

 一面に広がる赤い血飛沫、冷たくなっていく貴方は動かず、私は必死に泣き叫びました。

 喉が枯れ果てるまで叫び続け、もう貴方は何一つ答えてくれない事を実感したのです。

 

 ――好きな人が居なくなりました。

 

 血の滴る大太刀に、返り血が夥しく付着した黒い武者鎧、巨大な鋼鉄の鎧を纏った誰かは見下ろしてました。

 これが貴方を殺した仇敵である事を、私は網膜に焼き付けました。

 

 ――好きな人が消え果てました。

 

 貴方の死体は残らず、最終的には行方不明扱いになりました。

 貴方のいない世界はこんなにも色褪せて、無意味で無価値に継続している。

 許せなかった。何もかも許せなかった。貴方を殺した者が憎い、貴方が居なくても変わらない日常が憎い、貴方を失って泣き寝入りする事しか出来ない弱い自分自身が情けなくて、何よりも憎たらしかった。

 

 ――それでも神様は居ました。私に贖罪の機会を与えてくれました。

 手にしたのは三画の呪痕、呼び出されたのは無窮の吸血鬼――さぁ、復讐を、始めましょう。

 

 

 10/初戦

 

 

「――以上が『聖杯戦争』の概要よ。質問はあるかな?」

「……その『聖杯』とやらは、死者蘇生も可能なのですか?」

 

 半信半疑、と言った表情で月村すずかは問いかけ、豊海柚葉は飄々と答えた。

 

「それが真に『万能の願望機』であるならば可能でしょうけど、あんまり期待しない方が良いかな。第四次と第五次から破壊という形でしか叶えない欠陥品だったし、願いを叶える者の知り得る方程式でしか願望を成就出来なかったしねぇ」

 

 ――本末転倒な話だった。その『万能の願望機』が真価を発揮するには『万能の担い手』が必要だとは笑い話にもならない。

 万能でないが故に人は届かぬ領域の奇跡を求めるというのに。まるで馬鹿らしい茶番だった。

 

「高望みしては何も成せないわ。貴女が引き当てたサーヴァントは最強の部類だけど、クラスは最悪よ。バーサーカーは理性を奪う事で狂化して弱小の英霊を補強するクラス、けれどもそれは悪霊として超一級品の上に高燃費なのよねぇ。――バーサーカーはね、例外無くマスターを魔力枯渇で破滅させる外れクラスなの」

 

 それは暗に聖杯戦争で勝ち抜く事は万が一にも在り得ない、と言われたようなものである。

 確かに、賞品である『万能の願望機』が当てにならないのならば、他のサーヴァントとの戦闘は極力避けた方が無難であろう。それに割く時間は残されていない。

 

「魂食いをしてサーヴァントの魔力を補強しても、肉体に掛かる負担までは軽減出来ない。戦える回数は限られていると思って良い。その限られた状況下で、貴女は貴女の悲願を果たさなければならない」

 

 限られた時間内で、目標を果たさなければならない。絶対的な方針として脳裏に刻まれる。

 これらを説明される過程で生じた疑問を、月村すずかは思わず口に出した。

 

「どうして、私に協力してくれるのですか?」

「その質問に何か意味はあるのかな? 月村すずか、貴女の時間は限られていると言った筈よ? 無駄な質問に費やす時間はあるのかな?」

 

 失点扱いであり、豊海柚葉から厳しい駄目出しをされる。

 答えるつもりは元々無い。というよりも、自分はこれを知る必要が余りにも無い事に改めて気付かされる。

 彼女の言っている言葉に間違いは無く、全てが正しい。その彼女の期待に答える為に質問を吟味し、舌に乗せる。

 

「……貴女は彼を殺した人を知ってますか?」

「知らないわ」

「そう、ですか。それじゃ――殺して、バーサーカー」

 

 霊体化していたバーサーカーの巨大な腕が実体化し、破壊の渦を撒き散らす。

 人間大の塊など一瞬でスクラップに出来る超越的な暴力の具現、全て彼女の忠告通り、時間を無駄にする事無く執り行われた最小限の殺害行為である。

 

 ――背後からぱん、ぱん、ぱん、と、拍手が鳴り響いた。

 

「――あははっ! 良いね、月村すずか! 貴女は想像以上に愉快だわ! そうね、自力でバーサーカーを引き当てたのだからマスターが狂っていない道理は何処にも無いよね!」

 

 振り向いた先には彼女の姿は無く、ただ声だけが響き渡る。

 

「さようなら、貴女の復讐が完遂する事を心から祈っているわ」

 

 そう言い残し、豊海柚葉は何処かへ消え果てた。

 けれども、彼女に割く時間は最早一秒足りても存在しない。

 

 ――私は問い続け、答えを得る。

 彼の無念を必ずや晴らす。私の復讐を絶対に遂げる。

 さぁ、舞台は始まったばかりである。

 

 

 

 

「すずか、ちゃん……? どうして此処に。その後ろのは……!?」

「これはね、バーサーカー。私のサーヴァントよ」

 

 月村すずかの背後に蠢く影は不定形であり、常に妖しく揺らいでいた。

 まるで現実味の無い光景だった。其処に普段から日常的に接している親友が居れば尚の事度し難い光景となる。

 高町なのはの思考はある種の麻痺状態に陥っていた。

 この状況を正確に理解すれば後戻りが出来なくなるという本能的な危機感が後押しした結果なのだろう。

 

「――? なのはちゃんもかなって思ったけど、違うのね。一応聞いておくけど――神谷龍治君を殺した相手、なのはちゃんは知っている?」

 

 神谷龍治、その名前には聞き覚えがある。

 二年前の四月初旬に居たクラスメイトであり、すぐさま行方不明になった少年の名前がそれである。

 

「……え? 神谷君は行方不明に、なったんじゃ……? 殺されたって、どういう事……!?」

 

 彼とすずかは出会って間もなくだったが、非常に良好な関係を築き上げ、行方不明になった後のすずかは抜け殻のように気落ちしていた記憶がある。

 

「龍治君はね、私の目の前で殺されちゃったの。黒い鋼鉄の武者鎧を纏ったアイツに――」

 

 虚空を睨みつけるようにすずかは空を見上げる。その眼はやはり錯覚では無いのか、滴る血のように赤く輝いている。

 爛々と狂おしいばかりに輝いていながら、感情の色は一切無い。無機物のように暗く死んだ瞳は恐怖以外の何物でもなかった。

 

「そう、まるで知らないんだ。それじゃ――なのはちゃんも協力してくれる?」

 

 その一言が合図となったのか、月村すずかの背後に待機していた黒い影が一斉に蠢き、地面のコンクリートを打ち砕きながらなのはの下へ殺到する。

 

「きゃっ!?」

『Protection』

 

 レイジングハートは自動的に防御魔法を展開し、真正面から受け止め――高町なのはは受け止め切れずにダンプカーに撥ねられたかの如く吹き飛ばされ、十数メートル彼方の電柱に激突し、脆くも倒壊させてしまった。

 背中に走る激痛を堪えながら、高町なのはは弱々しく立ち上がる。

 黒い影は先程よりも大きく流動し、蠢いていた。その千の眼は全て震えて慄く自身の姿を克明に捉えていた。

 

「……魔力がね、全然足りないの。バーサーカーが少し行動するだけで気が狂ってしまいそうなぐらい身体が痛いの。少ししかマシにならないけど、良いよね?」

 

 月村すずかは仄かに笑う。正気の色などとうに失せていた。

 

「す、すずかちゃん!?」

「な、なのは! 駄目だ、逃げるんだっ!」

 

 右肩に乗っていたユーノは必死に叫ぶ。

 余りの出来事に、なのはは感覚が麻痺している。いつも出逢う親友に殺されかけたなんて現実味がまるでなく、このままで夢心地のままに殺されてしまうだろう。

 

 あの黒い影は青い槍兵と同類かそれ以上の脅威だった。

 高町なのはという傑出した才能を持ってしても、あれには抵抗にすらならないだろう。やはり彼女でも駄目なのだ。ユーノは恐怖にかられて即時撤退を求める。

 

「あの黒い影の魔力は次元外れだ! 彼女もあれに操られているんだと思う!」

 

 そしてその一言が、高町なのはのなけなしの勇気に火を灯した。

 勇気と蛮勇の違いを解るには、この年齢の少女には酷な問題であろう。

 

「っ、それなら、尚更助けないと――!」

 

 

 

 

「全く、ガキじゃないんだし、送り届けなくても良いだろう?」

「鏡を見て言え、九歳の小僧。夜の九時過ぎまで付き合わせてしまったのはこのオレだ。帰りの安全を保障するのは当然の義務だろう」

 

 ヤクザな大男に付き添って貰っても全然嬉しくねぇ。

 鱈腹物を食べた帰り道、オレは冬川雪緒と駄弁りながら帰り道を歩む。

 

「オレが女だったら顔を赤く染めてソッポを向く処だよ」

「安心しろ、秋瀬直也。その仮定ならオレは即時通報物だ」

 

 全く笑えない冗談である。確かに見た目は完全アウトになるか。

 ヤクザと九歳の幼女、うん、100%在り得ない絵面である。

 

「アンタを見て通報出来る度胸のある日本人が何人居る事やら」

 

 軽い冗談で返すが、当人は割りと本気で落ち込んだ様子だ。厳つい外面に反して意外と打たれ弱いのか?

 一応慰めようとした処で、遠くから正体不明の爆音が鳴り響いた。断続的に不定期な感覚で、だ。

 

「何だ、この音は……!?」

「まずいな。近くで派手にやっている奴が居るらしい」

 

 『魔女』か? それとも聖杯戦争の関係者か。

 緊張感が高まる。前者ならまだ何とかなるが、後者だと対処不能だ。幾らスタンド使い二人でも英霊の相手などしたくない。

 

 ――撤退か、その場に駆けつけるか。

 いや、後者は絶対に在り得ない。迂回してでも回避するべきだろう。

 懸命な判断を下そうとした時、厄介事は向こうから文字通り飛んできた。

 

 何かが馬鹿げた勢いで飛んできて、地面に落ちて転がる。

 一瞬それが何なのか、理解できなかった。

 

 それが人間大の何かであり、

 うちの制服に似た白い服を流血で真っ赤に染めており、

 茶髪のツインテールの少女は血塗れで微動だにしていなかった。

 

「高町なのは!?」

 

 即座に駆けつけ、息と脈拍、怪我の状況を確かめる。

 息と脈拍はあったが、非常に弱々しい。白いバリアジャケットが全身真っ赤に染まるぐらい流血しており、どう考えても生死を彷徨う一刻の猶予も無い事態だった。

 

 かつん、と小さい靴音が鳴る。

 

 オレと冬川雪緒は瞬時にスタンドを出し、高町なのはをこんな目に遭わせたであろう襲撃者の姿を眼に映した。

 それは紫色のワンピースを来た同年代の少女――信じ難い事に、同じクラスの月村すずかだった。

 

「あぁ、貴方達は『転生者』ですよね? 後ろから変なのも出しているし。へぇ、秋瀬君もそうだったんだぁ……」

 

 オレ達のスタンドが見えている……!?

 彼女の一族は夜の一族と呼ばれる吸血鬼もどきだが、血を吸うだけで吸血鬼としての超人的な能力は持っていない筈だ。

 だが、しかし、今の彼女の両瞳は真っ赤に輝いており、背後には正体不明の黒い影が絶えず蠢いてやがる。

 あれが彼女が呼んだサーヴァントなのか!? 英霊の類じゃない、間違い無く悪霊や怨霊の類だ。一体彼女は何を呼び寄せてしまったのだ……!?

 

「神谷龍治君を殺した相手、知りません? 私、探しているの」

「神谷龍治? ……誰の事だ?」

「……二年前、第一次吸血鬼事件が始まる前に死んだ彼女等の同級生の名前が確かそれだったか。残念だが、詳しい死因までは解らない」

 

 冬川雪緒は緊張感を漂わせ、額から汗を流しながら語る。

 迂闊に刺激するのは危険だが、会話が成立するならまだ交渉の余地がある。だが、問題は既に正気を逸している可能性があるという事だ。

 あんな虫も殺せぬ性格の少女が親友の高町なのはをボロ雑巾のような目に遭わせたなど誰が信じられようか。

 正気では行えない、もしやサーヴァントに意識を乗っ取られた可能性があるのでは……?

 

「そうですか、それじゃ――やっちゃえ、バーサーカー」

 

 黒い影が狂える獣の如く吼える。暴走列車となった影は進撃を開始した。

 オレは意識の無いなのはをこの腕で抱き締め、オレと冬川雪緒は互いに自分のスタンドの脚力によって瞬時に左右に別れ――ほんの一瞬前までに黒い影は殺到し、何者の存在を許さぬ爆心地となる。

 この一瞬で敵との戦力差は明確となった。この敵とは触れた瞬間に終わる。こんなのは戦闘とは到底呼べず、一方的な蹂躙に他ならない。

 その判断は冬川雪緒も同じだった。彼は即座に命令を下す。

 

「高町なのはを連れて逃げろ秋瀬直也ッ! 此処はオレが時間稼ぎをする!」

「な!? 馬鹿言うなっ! 相手がサーヴァントでしかもバーサーカーだぞ!? 足止めすら無理だ! それなら一緒に逃げた方がまだ生還率がある!」

「間違っているぞ、まともに逃走しても追い付かれて三人とも死亡するだけだ。オレも一当てして逃げる。お前は『魔術師』の屋敷に逃げ込め。――その傷だ、処置を間違えれば死ぬぞ」

 

 この腕に抱き上げた高町なのはの鼓動は弱々しい。掌から感じる彼女の体温も妙に冷たく感じる。

 彼女を背負ったまま戦闘を続行するのは無謀を通り越して自殺行為だ。それはつまり冬川雪緒の足を引っ張っている事の証明でもある。

 

「生きていれば後で連絡する。行けッッ!」

「ッッ、絶対死ぬなよおおおぉ――!」

 

 振り返らずに駆ける。屋根から屋根へと飛び移り、夜の街をひたすら跳躍する。

 熟練のスタンド使いである冬川雪緒なら、月村すずかを出し抜いて脱出する事が出来るに違いないと信じて――。

 

 

 

 

「――『魔術師』! 『魔術師』はいるか!? 頼む、早く来てくれ! 間に合わなくなるッ!」

 

 居間にさえ光が灯っていない幽霊屋敷に躊躇無く押し入り、声の限り叫ぶ。

 程無くして玄関に光が点灯し、ひょこっと猫耳娘が顔を出した。

 

「こんばんは、秋瀬直也さん。夜分遅くの来訪、流石に歓迎しませんよ?」

「いいから『魔術師』は――!?」

 

 目の前の何もない空間が水滴が一滴落ちた水面の如く震動し、この館の主である『魔術師』は音も無く現れた。

 ……空間転移? 自身の『魔術工房』の中では魔法の一歩手前の大魔術も平然と行えるのか……!?

 

「随分手酷くやられたようだね、病院なら匙を投げて葬儀場送りだから此処に来るのは必然か。やれやれ、この私が治癒魔術を得意としているように見えるのか?」

 

 やや呆れたような顔を浮かべ、それでも『魔術師』は律儀に診察する。

 抱き上げていた高町なのはを床に下ろし、彼等『魔術師』達の手に委ねる。素人の自分が出る状況ではない。

 

「ランサー、手伝ってくれ」

「おうよ」

 

 『魔術師』がそう声を掛けると同時に背後から青い英霊が実体化する。

 その青髪赤眼で全身タイツの英霊は、もしかしなくても奴ではないか……!?

 

「クー・フーリン……!?」

 

 アイルランドの光の御子、ケルト神話の大英雄、第五次聖杯戦争のランサーが今其処に居る……!?

 よくよく他人に奪われるサーヴァントだなぁと、違う意味で呆れざるを得ない。

 

「おいおい。何でこうも一目で人の真名を看破する奴が多いんだ?」

「君が英霊として格別に有名だからだろうよ」

「こんな極東の果ての島国まで衆知とは到底思えないんだがねぇ?」

 

 などとぼやきながら『魔術師』は治癒魔術を、クー・フーリン、いや、ランサーはルーンを刻んで協力する。

 見るからに高町なのはの顔色が良くなり、どうやら峠は簡単に越えてくれたと安堵する。

 これで助けれずに死なせてしまった、とかなったら後味が悪い処の話じゃない。

 ほっと一息付いて脱力すると、自身の携帯が鳴る。相手は――冬川雪緒! 無事だったのか!

 

「冬川っ! 無事だったのか……!」

『――あはっ、残念でした』

 

 その耳に発せられた声は冬川雪緒の厳つい声ではなく、狂気を孕んだ少女のものだった。

 彼の携帯で彼女が出るという事は――冬川雪緒はバーサーカーと戦闘して敗北し、逃げ切れずに死亡した事に他ならない。

 

「……ッッ!」

 

 言葉が、出ない。少し前まで一緒に歩いていた人物が殺された、などと認めたくない。

 偶然、彼女が冬川の携帯を拾って、電話を掛けて来た。そうに、違いない。

 そうやって自分を騙そうと思っても、既に彼の死亡が確定済みだと認めている自分を否定出来なかった。

 放心中の自分から、携帯がひったくられる。『魔術師』の仕業だった。一体何を……?

 

「見境が無いな、吸血鬼」

『貴方が『魔術師』さんですか? 一つ聞きたい事が――』

「劔冑を纏った武者なら『武帝』にしか居ないぞ」

 

 

『え?』

 

 

 一体、何を言っているのだ? この『魔術師』は。

 見上げた彼の顔は笑っていた。純度100%の悪意を、オレは初めて目の当たりにした。

 

「何を呆けているんだ? お前の想い人とやらを殺したのは『転生者』への復讐の為に生涯を捧げた一般人の組織である『武帝』だと言っているんだ。奴等の詳しい情報と居場所は冬川雪緒の携帯のメールに送信しておくから勝手に見るんだな」

 

 そう言い捨てて自分の携帯を投げ返し、懐から取り出した『魔術師』自身の携帯を手早く操作する。

 

「一体どういうつもりだ『魔術師』イイイィ――ッッ!」

 

 冬川雪緒を失った遣る瀬無い怒りを彼にぶつけるように心の底から叫ぶ。

 そんなやり場を失った怒りの感情は、まるで届いてなく――『魔術師』は愉しげに嘲笑った。

 

「どうせ自滅するんだ、有効に活用しなければ勿体無いだろう? 精々華々しく散れ」

 

 

 

 

 

 



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11/愚挙の爪痕

 ――人に頼られる男になりなさい。

 

 早くに亡くなった母の言葉は、己が人生の指標となった。

 そしてそれは言葉以上に難しい事でもある。

 人に頼られる、というのは一言で言って信頼されているという事だ。

 信頼とは単純な文武の向上、一人よがりの自己研磨では得られないものであり、無愛想で口数の少ない自分は酷く苦戦した。

 

 ――一番親しい友に打ち明けた事がある。

 人に頼られるには、信頼されるには何が必要なのかと。

 

 友は答えた。まずは相手を信頼してみる事から始めると良いと。

 ただこれは盲目的に信仰するのではない。欠点があれば指摘し、間違いがあれば正す覚悟が必要だ。

 共に認め、共に高め合うのが理想的な信頼関係だと友は語った。

 

 ――そして三回目の人生、友となった人物は今までにない人間だった。

 

 その行いから誰にも理解されず、誰からも忌み嫌われる。

 ソイツは当然のように受け入れ、己の望むままに我が道を行く。

 他人の理解など最初から必要とせず、誰よりも傲慢に不遜を貫く――正義とは遠く掛け離れた男と信義を結んだのは偶然と言う他無い。

 

 ――気づけば、ソイツは街にとって必要不可欠の存在になっていた。

 

 悪行という悪行を重ね、誰からも隙あれば殺される立場にいて、均衡を担う支柱――性質の悪い冗談だった。

 この魔都は数多の勢力が蠢いているように見えて、最重要部分は全て彼が担っている。

 貧乏籤を進んで引き続ける狂人の思考など、誰が想像しようか。未だに誰もその事に気づかず、いつの間にかオレは彼の手助けをする有り様である。

 片棒を担がざるを得なくなったのは奴の策謀か。疑っても疑い切れないが、それも良いかと思う。

 

 ――誰一人信頼しない孤高を極めた男から頼られる、これ以上の遣り甲斐は他に見出せないだろう。

 

 

 11/愚挙の爪痕

 

 

 ――かーかーと、鴉の鳴き声が無数に響き渡る。

 

 小鳥の囀りにしては無粋な鳴き声であり、とても朝を感じさせるものではない。

 結局、あれから一睡も出来ず、時々額に乗せるタオルを濡らし直して眠れる高町なのはの看病をしながら早朝を迎えた。

 あれから携帯に連絡は無い。当然と言えば、当然だ。冬川雪緒の携帯は月村すずかの手に渡り、彼自身はもう――。

 

 最悪の想像が脳裏に過ぎった時、携帯が鳴る。

 非通知――即座に部屋の外に出て、通話ボタンを押す。

 

「……誰だ?」

『秋瀬直也、君の前任者と言えば解るか? 冬川の旦那との連絡が途絶えたままだ。昨晩、何が起こった?』

 

 それは冬川雪緒からではなく、彼の仲間――川田組のスタンド使いからだった。

 オレはありのまま起こった事を話す。バーサーカーのサーヴァントに遭遇し、冬川雪緒を囮にして逃げ延び、死なせてしまった可能性が大きい事を――。

 

『……まだ死亡が確定した訳じゃないッ! 冬川の旦那は存外しぶとい。怪我を負って連絡が出来ない状態の可能性も考えられる。その際に携帯を落とす事なんざ極稀にあるだろう! オレが直接確認しに行くから朗報を待っていろ』

 

 彼はそう自分に言い聞かせるように通話を切り、放心状態のオレは再び高町なのはが眠る部屋に戻る。

 責めてくれればどんなに楽だったか。お前のせいで死んだ、そう罵ってくれれば良かった。

 

(くそっ、くそくそくそ――!)

 

 オレは項垂れる。奴に関しては転校して以来の縁だったか。

 最初は敵のスタンド使いかと思って警戒心を抱いていたが、彼からの接触が無ければ自分は他の九人と同じように行方不明になっていただろう。

 

 こんこん、と小さめのノックの後、部屋の扉が開き、欠伸しながら眠たそうに目を擦る猫耳メイド――エルヴィが入ってきた。

 

「あらあら、一晩中看病していたのですか。高町なのはが負傷した事に貴方は何ら過失も無いのに。ふあぁ~っと、失礼」

 

 オレの前で大きく欠伸をし、エルヴィは忌々しそうに外の光を睨む。

 そういえば彼女は吸血鬼だったか。昼間に堂々と歩いていたからすっかり忘れていたが。

 そんな彼女は高町なのはの看病をするのではなく、此方側に近寄り、最寄りのテーブルの上に木の籠に入ったパンを差し出した。

 

「朝が大好きな吸血鬼なんていませんよ。――はい、出来るだけ簡素な食事をお持ちしました。食べないと行動すら出来ませんよ? 良く寝て良く食べて良く悪巧みするのが長生きの秘訣です!」

「……いや、悪巧みは違うだろ。それに吸血鬼が人間の長生きの秘訣語ってどうすんのよ?」

 

 正直言って食欲が湧かないが、腹は減っているという矛盾状態。

 少しだけ躊躇うも、パンに手をつけて噛み付く。エルヴィは一緒に持ってきたティーカップに紅茶を注いでいた。

 

「逆ですよ、吸血鬼ほど人間が大好きな化物は他にいませんよ? 私達の唯一の天敵ですから」

 

 その理論は相変わらず良く解らない。吸血鬼なんてものは不死身で強くて人間など血袋以外何物でも無いと自信満々に思っていそうなものだが――。

 

「冬川雪緒の事で悔いているのですか? 彼は最善の決断を下し、最善の結果を齎した。貴方がとやかく思うのは問屋違いというものです」

「っ、だが、オレも残っていれば――!」

「貴方も高町なのはも巻き添えで死んで全滅してましたよ? それは冬川雪緒の挺身を無為にする最高の愚挙です」

 

 言われて、反論の余地無く口を閉ざす。

 ……彼の死を、未だに受け入れる事が出来ないのは直接見ていない事と、その死の原因が自分にある事から、だろう。

 此処で足踏みしていても、彼は何も喜ばないだろう。パンに食いつき、紅茶で流し込む。行動に必要な活力を取り込み、そして必要な情報を聞き出す。

 この舞台に自分の役割など見出せないが、まずはやれる事をする――!

 

「……月村すずかの言う、神谷龍治とはどういう奴だったんだ?」

「うーん、私でも覚えてないほど空気な人だったと思いますけど、第一次吸血鬼事件前に殺害された癖に、こんな短期間でフラグ立てていたなんて驚きです。その結果、救いのない状況になってますけど」

 

 此処が他の二次小説と同じような舞台なら、問題無かっただろうが、飛んだ突然変異が生じたものである。

 復讐の為にバーサーカーを駆る、か。それにしてもあれは一体何だったのだろうか?

 

(豊海柚葉の説が正しいとすれば、あれは吸血鬼になるのか。だが、人の形もしてないし、幾千種類の何かをごちゃ混ぜにしたかのような不定形だった)

 

 ――つまり、あれにも何らかの不条理が発生し、原型から遠く離れた形をしているのだろうか?

 

「なぁ、エルヴィ。バーサーカー、いや、あの吸血鬼に心当たりは――」

 

 その時だった。一瞬影が射し――ふと窓を振り返れば、誰かが蹴り破ってダイナミックに侵入し、軽やかに着地していた。

 

「なのはッッ!」

 

 咄嗟にスタンドを出し――侵入者が叫んだその名前に硬直する。

 その青年は躊躇無くエルヴィに小太刀を一閃し、ぎりぎり避け切ったエルヴィは大層不機嫌そうに口を尖らせた。

 

「あのぉ~、高町さん? 正面玄関から入ってくれませんか? 毎回毎回窓をぶち破ってご来館するのは勘弁して貰いたいんですが」

 

 高町? ……やはり、この青年は高町なのはの兄、高町恭也その人なのか!?

 スタンドの眼で見ていたのに関わらず、その小太刀の一閃は霞むような速度だった。本当に人間なのかコイツ!?

 

「なのはを返して貰う……!」

「……妹さんをお引き取りに来て下さいって連絡したの、うちらなんですけど? 何か致命的なまでに勘違いしてません?」

 

 高町恭也とエルヴィとの温度差は激しい。

 片や背水の陣で人質の妹を死守する構え、片や全力で脱力して呆れ返っている。

 一体全体、エルヴィは、いや、何があって『魔術師』は高町恭也に此処までの敵対心を抱かれているのだ?

 

「全く、相変わらず無礼者だね。高町恭也」

 

 此処に居ない筈の『魔術師』の声が響き渡る。

 背後の壁から透き通って『魔術師』は悠々と現れた。一体何処の吸血鬼の真似してるんだ……って、一応(かなり際どい部類だが)一般人の前で魔術使って良いのか!?

 

「ッッ、神咲悠陽……!」

「本当に無礼な奴だ、妹の命の恩人に向ける殺意ではないな。異母兄妹だから愛情が薄いのか?」

 

 『魔術師』はからかうように嘲笑い、高町恭也は更に激発し――一触即発の空気になる。

 二人が睨み合う中、突き破ったガラス窓が自然に復元されていき、散らかした破片すら綺麗に戻る。

 唾を飲み込む。もう此処からは何が開戦合図になるか解らない。

 迂闊に動けない――この時「っ、ぁ……」と高町なのはから声が発せられ、緊張感が一斉に霧散する。

 

「なのは!」

 

 怨敵よりも妹の安否を優先するシスコンの鏡で良かった、と安堵する。

 今まで展開していたスタンドを消す。そういえば、冬川雪緒の忠告に『魔術師』の屋敷でスタンドを出すな、と言われていたような気がしたが、これはノーカンだよな?

 

「おはよう、高町なのは。世界の裏側を垣間見た感想は如何だったかな?」

 

 高町恭也とは裏腹に、『魔術師』は悪意に満ちた笑顔を浮かべて尋ねる。隣で高町恭也が殺意を撒き散らしているが、何処吹く風である。

 

「……私、は……何で、此処に、っ! すずかちゃんは!? あぐっ……!」

「落ち着け、怪我はまだ完治していない。迂闊に動くと折角塞いだ傷が開くぞ」

 

 生死に関わる重傷がこの程度に済んだ事は僥倖と言うべきか。いや、今の言葉は激発しそうな高町恭也に対する当て付けか?

 

「私は神咲悠陽、この屋敷の主だ。君は月村すずかのサーヴァントと交戦し、敗北した。殺される寸前に奇跡的に通り掛かった秋瀬直也に助けられ、我が屋敷まで運び込まれたという訳だ。此処までは良いかな?」

「……すずかちゃん、は――」

「さて、彼女の行方は私にも解らないな」

 

 自分が此処まで酷い目に遭っているのに、最初に出てくるのは他人の心配か。

 そういえば忘れていたが、ユーノ・スクライアの姿が見当たらない。レイジングハートが彼女の手にある以上、渡した本人が居ないのはおかしな話だが――一体何処に行ったんだ?

 

「一体何が起きている? サーヴァント? それに昨日から居なくなっていたすずかの行方も知っているのか!?」

「月村忍経由で聞いていたのか。彼女の行方については本当に解らんよ。――『教会』に宣戦布告されてな、此方の監視網はズタズタに引き裂かれたままだ」

 

 高町恭也はある程度、此方の事情に通じているのか?

 『魔術師』に対する殺意は只ならぬものだったし、絶対に何かやらかしたのだろう。

 

「それじゃ順を追って説明しよう。高町なのはが巻き込まれ、月村すずかが参加した『聖杯戦争』についてな」

 

 まるで『魔術師』は何処ぞの麻婆神父のように嫌らしく笑う。

 

「――『聖杯戦争』とは万能の願望機である『聖杯』を巡って、七人の魔術師・七騎のサーヴァントが殺し合う戦争だ。その七人の魔術師というのは既に形骸化しているがな――」

 

 『魔術師』は嘆かわしそうに「参加者の中で正統派の魔術師は自分一人だろう」と仰々しい身振りで左腕の一画欠けた令呪を見せつける。

 そういう『魔術師』にしても、本来は立派な外様扱いであり、始まりの御三家からは大層疎まれている事、間違い無しだろう。

 

「何処の誰に入れ知恵されたのかは知らないが、月村すずかは自らの意思で『聖杯戦争』に参加しているようだ」

「……っ、すずかちゃん……! 止めなきゃ……!」

「どうやってだい?」

 

 『魔術師』は優しげに、そして残酷に尋ねる。

 笑っているように見えて、普段とは比較にならないほど攻撃的で刺々しい――? 

 

「サーヴァントに対抗出来るのは基本的にサーヴァントのみだ。そして君は既にマスターの資格を失っている。自ら『令呪』を封印して『ジュエルシード』に戻してしまっているだろう?」

 

 高町なのはの視線は自らの右腕に注がれ――包帯が巻かさっておらず、そして痣も無かった。

 本来の主役と言えども、この舞台に上がる資格は無い、と『魔術師』は厳しめに断言する。

 

「今夜の事は全て忘れると良い。それで君は日常に戻れる」

「っ、それじゃすずかちゃんは……!」

「あれは自らの意思で此方側に足を踏み入れ、サーヴァントを従わせて宣戦布告した。もう後戻りは出来ない。別に珍しい事では無かっただろう? お友達の一人や十人が行方不明になる事ぐらいは」

 

 『魔術師』は皮肉気に笑い、高町なのはは知らぬ内にその瞳から涙を一滴流した。

 その反応が大層気に入ったのか、『魔術師』はくつくつ笑い――反面、高町恭也の荒れっぷりは天井知らずだった。

 

「――神咲悠陽。お前は月村すずかに対して、どうする気だ?」

「どうもこうも、何もしないよ」

「何だと?」

 

 それは危害を加えない、という意味の宣言ではなく、もうどうしようも無いという類の死刑宣告だった。

 

「手を下すまでもなく近日中に自滅すると言ってるんだ。月村すずかは魔力枯渇して『死』ぬだけだ。そうなる前にバーサーカーを打倒すれば生命だけは助かるだろうが、生憎とそれは不可能だろうね」

 

 冷然と戦力分析を述べ――その言葉に、高町恭也ではなく、何もない背後からぴくりと反応した。

 

「――待てよ。そいつは聞き捨てならねぇな。オレがバーサーカーと戦って負けるって事か?」

「負けはしないが、絶対に勝てないよ。ランサー、君の魔槍が『月村すずか』の心臓を貫くならば話は別だがな。あのバーサーカーとは最悪の相性と言って良い」

 

 腕を組みながら不機嫌さを曝け出したランサーが実体化して文句を言い、『魔術師』は変わらない表情で受け流す。

 ただ、高町恭也の反応は劇的であり、一目でランサーを只ならぬ存在と見抜いたのか、間合いを一歩退く。

 突如現れた事については余り驚いていないようだ。『使い魔』のエルヴィで慣れているのか? 視線を送ると、彼女は「?」と疑問符を浮かべて首を可愛く傾げた。

 

「……で、でも、それでも私はすずかちゃんを助けないと――」

「――それにね、高町なのは。君が勝機を用意せずに月村すずかと無謀に交戦した結果、一人囮になって死亡した者が居る。そうだろう? 秋瀬直也」

 

 まさか『魔術師』の苛立ちの原因はそれ、なのか――?

 此処で此方にその話を振ってくるとは予想出来ず、沈黙してしまい――それは高町なのはにとって、無言の肯定と同意語であった。

 確かに自分も高町なのはの無謀な言動には頭に来ていた。それが頂点に達して表に出なかったのは、自分以上に怒れる者が居て、冷静に振り返ってしまったからだ。

 

「……え?」

「――『魔術師』!」

 

 それでも駄目だ。幼いこの少女にはその事実の重さを受け止められない。

 怒りを込めて睨むも、盲目の『魔術師』にとってはそんな視線など無いも同然だった。

 

「解り辛かったかな? 君にも理解出来るように単純な文章に直すと――お前のせいで一人死んだ。瀕死の負傷で足手纏いの君なんか背負わなければ、冬川雪緒は秋瀬直也と共闘して生き延びられただろうに。惜しい男を亡くしたものだ」

 

 心の底から哀悼するように、『魔術師』は責め問う高町なのはから視線を外し、彼方を見上げた。

 

「アイツはっ、冬川はまだ死んでねェ――! 絶対に生きている……!」

「それは本気で言っているのかな? 秋瀬直也。自分さえ騙せない嘘は滑稽なものだよ。確かに私自身も彼が殺された瞬間に立ち会ってないから100%死亡しているとは断言出来ないとも。だがサーヴァント、それもバーサーカーを相手にして生き残れる可能性は一体幾ら程かな?」

 

 未だに認められない自分を嘲笑うかのように『魔術師』は目を瞑った状態で威圧し――途端に無表情に戻り、くるりと踵を返した。

 

「完治するまでは面倒を見るが、此処も安全とは言えない。退去するなら早めに退去しろ」

 

 それは放心する高町なのはに言った言葉であったが、今はその耳に届きすらしないだろう。

 この年頃の少女に人の死を背負うなど不可能だ。今、この自分さえ、醜く動揺して否定しようと藻掻いているというのに――。

 

「そうそう、高町恭也。月村すずかは自らのサーヴァントを維持する為に魂喰いをしている」

「……魂食い?」

「サーヴァントが霊的な存在である事は説明していなかったね。彼等が行動するには魔力が必要であり、本来ならばマスターから配給されるが、生憎と月村すずかは魔術師ではない」

 

 言われてみて、そんな単純な事にさえ気づけなかった自分を呪いたい。

 つまり、あの月村すずかを放置して野放しにする事は――。

 

「だからサーヴァントに一般人を殺させ、その者の魂を喰わせる事で現界を維持している。放置しておけば犠牲者はまだまだ増えるだろうね」

 

 この瞬間、月村すずかは何が何でも排除するべき怨敵となった。自分にとっても街の人々にとっても、そのままにしておく訳にはいかない。

 

「――『魔術師』! この海鳴市の管理者として、それは許されざる行為じゃないのか!?」

 

 感情的に叫んでしまい、オレは即座に後悔する。

 この『魔術師』がどう答えるかなんて、最初から決まっていた。

 

「この街の管理者としては神秘が隠蔽されている限り、何も問題無いよ。死体すら残らず丸ごと喰らい尽くすから行方不明扱いで楽だわ」

 

 そして『魔術師』は来た通りの道を進み、壁の中に消えた。

 ランサーも反吐が出るような顔付きをして実体化を解いて消えていき、エルヴィは粛々と高町なのはと高町恭也の分の紅茶を淹れた。

 

 

 

 

「新たにマスターが判明したよ。月村すずかでバーサーカーだね。サーヴァントの正体は不明だけど、吸血鬼である事は間違い無いみたい。可哀想に」

 

 教会での朝食中、送り届けられた資料を読み解くシスターは同情を籠めて十字を刻む。

 

「月村すずか?」

「なんや、知っている人を語られるように言われてるけど……?」

 

 元々オレは原作知識が無いし、はやてにしても疑問符を浮かべている。

 何か微妙な行き違いが感じられ、それに気づいたシスターは「あー」と納得したように頷いた。

 

「クロウちゃんは当然の如く知らなくて、八神はやてはまだ面識がありませんでしたね。忘れて問題無いですよ、一度も遭わない事になりそうですし」

 

 無情に斬り捨てて、シスターは資料を横に放り投げて朝食を優先する。

 朝は軽めのサンドイッチが用意され、ハムやキュウリ、卵やら新鮮なトマトなど多種多様である。

 

「? 一応敵なんだから、出遭うかもしれねぇだろう?」

「この報告を真っ先に聞いたのは『神父』だよ」

「……げっ、まじかよ……」

 

 吸血鬼、そしてよりによって『神父』――この二つが掛け合わさったらもう結末は一つしかない。

 オレも心の中で十字を刻む、アーメン、せめて安らかに眠れるように祈ろう。顔も知らぬマスターよ。

 

「どういう事だ? 小娘のその言い様、まるでその『神父』とやらにバーサーカーのサーヴァントが狩られるかのようだが? サーヴァントという存在を舐めてないか?」

「生前優れた活躍をした人物が英霊として座に召され、クラスという枠組みで制限されたのがサーヴァント。それなら、何ら制限の無い生前の方が強いのは当然じゃないですか」

 

 アル・アジフのサーヴァントとしての当然な反応は我々の異常な常識によって一刀両断される。

 よもや人間でありながら英霊の領域に軽く足を踏み入れている超武闘派の神父など、想定外も良い処だろう。

 

「この『教会』での最強戦力は『必要悪の教会』の私ではなく、『埋葬機関』の『代行者』でもなく、『十三課』の『神父』だと言ってるんですよ」

 

 

 

 



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12/不屈の心

 

 

 

 

 ――そして、我等は運命に敗れた。

 

 パンドラの箱は開かれ、世界は深淵の闇に染まる。

 混沌が泣きながら嘲笑う。一片の狂い無き純粋な邪悪さは愛に似ている。

 犯し殺し狂わせ弄ぶ。彼は狂った世界に永遠に捕らわれてしまった。

 

 ――彼は探していた。探すべき者が何なのか、それすら摩耗して解らないのに、ひたすら探し続けていた。

 

 見るに耐えなかった。それが自分の罪罰であり、幾度も心を壊し続ける。

 もう彼に与えられる救いは無い。全て諦めて、何もかも朽ち果てるのを待つばかりだ。

 我等は敗北した。完膚無きまでに道を違えた。世界の仕組みを見抜けなかった。だから、もう諦めて良いのだ。彼をこんな目に遭わせた自分の事など探さずに、何も考えずに消え果てるのが唯一の救いだ。

 

 ――彼は探していた。剣かもしれない。鍵かもしれない。物でないかもしれない。自分が誰だったのか、それすら思い出せない。それでも、探し続けていた。

 

 涙などとうに流し尽くした。三千世界が涙で沈むほど流し果てた。

 何度も何度も砕かれても、彼はひたすら手を伸ばし、無惨に蹂躙された。

 ……終われない。このまま先に朽ち果てる事など出来ない。せめて、この終わらぬ悪夢から彼を解き放たなければならない。

 

 ――そして、転機が訪れる。それが彼の者の策略か、億分の一単位の奇跡的な偶然なのかは知る由も無い。

 

 懐かしい光に向かって飛び込む。

 それが救済の光なのか、破滅の光なのかなどどうでも良い。

 物語を終わらせる為に、せめて彼に安らかな眠りを与える為に――。

 

 

 12/不屈の心

 

 

「――秋瀬直也、だったか。なのはを助けてくれて、ありがとう。そして、すまない……!」

「顔を上げて下さい、恭也さん。オレは何もしていない……」

「君がいなければなのはは死んでいた。オレが出来る事はこれぐらいしかない」

 

 一旦部屋の外に出てから、オレと高町恭也は会話を交わした。

 今、高町なのはの目の前で喋るのは、非常に酷な話である。抜け殻のように涙だけを流す彼女の姿は弱々しく見るに耐えない。

 

「恭也さん、貴方は月村すずかを探す気ですか?」

「……ああ」

 

 未来の義妹だとか、関係無しにこの人は行くんだろうなぁと一人納得する。

 それでもそれは愚挙であり、無謀であり、単なる自殺に過ぎない。一人で行かせる訳にはいかなかった。

 

「居場所は『魔術師』が知っています。今の月村すずかは冬川雪緒の携帯をほぼ確実に持ち歩いています。其処から現在地を逆探知出来る事ぐらい『魔術師』は気づいているでしょう」

 

 あの『魔術師』は、虚言は余り喋らないが、意図的に隠したい事は自分から喋らない。聞かれたらある程度答えるだけに性質の悪い。

 高町恭也は驚いた顔をする。とりあえず第一段階、月村すずかの居場所はこれで掴んだ。問題はこれからであり、大積みされている。

 

「問題は月村すずかを止められない事です。あのバーサーカーは異常だ。千の眼を持ち、大河の如く押し寄せた。見た目通りの質量・耐久ならば斬った傍から復元するだろうし、長期戦は必須です。万が一の僥倖が叶って長期戦に持ち込めたとしても、あるのは月村すずかの魔力枯渇という末路だけです」

 

 まともな戦闘になっても長期戦になり、長期戦になれば勝手に自滅してしまう。

 諸刃の刃とはこの事だ。それを念頭に置いた上で作戦を練らなければ万が一の勝機も掴めない。

 いや、違うか。最初から勝機を用意した上で挑まなければ話にならない。

 

「――やるからには短期決戦。バーサーカーを抑え込み、月村すずかを即座に無力化出来る、そんな方法が必要です」

 

 まさしく無理難題である。ただでさえバーサーカーの相手は手に余る。

 あれを一瞬見ただけで底は掴めてないが、目の前の高町恭也でも数秒持てば良いレベルである。

 故にまずは一手、バーサーカーと互角に戦闘出来る者が必要となる。

 

「そしてその作戦の鍵はやはり『魔術師』が握っている。彼はバーサーカーの正体を大凡で推測していると思われます。どの道、やるからには彼の協力は必要不可欠でしょう」

 

 彼に『魔術師』の必要性を説くが、露骨に嫌な顔になる。

 彼一人なら間違い無く『魔術師』に頼るという選択肢は最初から無かっただろう。サーヴァントに対抗出来るのは基本的にサーヴァントだけだ。

 拮抗状態を作りたくば、手っ取り早く同じサーヴァントをぶつければ良い。

 

「そして、月村すずかを唯一生存させる方法は、貴方の妹が握っています」

「なのは、が……?」

「ええ、月村すずかを無力化するには殺すしか方法がありませんが、彼女ならば月村すずかの令呪を封印し、摘出する事が出来る」

 

 令呪を全部剥奪し、この世の繋がりを断てば現界に支障を来たし、消滅する筈だ。

 正規の魔術師なら魔力配給の縁が繋がっているが、素人の人間である月村すずかにそんなものは無い。

 

「……それは、なのはにしか出来ない事なのか?」

「……ええ、現状では彼女のみです。令呪のある腕を切り落とした程度では契約のラインは切れませんから」

 

 もう少し時間が経てば二人目の魔法少女であるフェイト・テスタロッサにも出来る事だが、現状でいない人を当てにする訳にはいかない。

 今の高町なのはの精神状況を顧みると不可能でしかないが、その不可能を越えずして奇跡には辿り着けない。後は――。

 

「――問題点は二つもあるな。まずは私をその気にさせる事。もう一つは精神的に再起不能の高町なのはをどう立ち直させるかだ」

「……アンタって暇人? というか、その挫けさせた最大の原因が言う事かよ……」

「この『魔術工房』は私の体内と同じだ。何処で立ち話をしても聞こえている。それに私とて人間だ。感情的にもなる」

 

 ひょっこり壁から出現した『魔術師』は腕を組んでその壁に背中を預けて伸し掛かる。

 全くもって忌々しい笑顔だ。此方がどう出るのか、愉しんでいる愉悦部特有の表情である。

 

「一つだけ此方から問おう。何故月村すずかを生かす方向で話を進めている? 君にとっても仇敵だぞ、アレは」

 

 初めから傷口の急所に塩を塗り込んで言葉の刃を抉り込む一撃である。

 

「それともたかが一週間程度一緒だった人間などに掛ける情は無いか?」

「――復讐なんて、そんな小さい事、冬川が望む訳あるか……! 舐めるな『魔術師』、確かにオレは奴とは一週間程度の付き合いでしかなかったが、その程度の事ぐらいオレにだって解るッ!」

 

 他人に自分の復讐を願うような凡用で卑屈な人間が、率先して我が身を犠牲にするか……! 亡き友を貶すなと『魔術師』に一喝する。

 

「――ランサーを援軍に寄越しやがれッ! そしたら今日中にバーサーカーを脱落させ、月村すずかを生還させてやる――! それで一切合切解決だ畜生ォッ!」

 

 感情のままに大言を吼えて、息切れして呼吸を乱す。

 驚くほどに驚愕した『魔術師』は微動だにせず、代わりに実体化したランサーははち切れんばかりの笑顔で大笑いした。

 

「――ク、ハハハハハッ! 言うじゃないか、坊主! 少し見縊ってたぜ、坊主の癖に一丁前の啖呵切りやがってッ! 気に入ったぜ!」

 

 ……それは褒めているのだろうか。貶されているのだろうか? 微妙なラインである。

 ばんばんばんと背中を叩かれる。非常に痛い、この馬鹿力め!? 手加減してくれないと背骨が砕け散る……!?

 一際笑い終わった後、ランサーは己がマスターに振り返り、にやりと頬を歪める。まるで己が主を値踏みするような目付きだった。

 

「で、どうするんだマスター? オレは別に構わないぜ? 折角だから先程の言葉、撤回させてやるぜ。――時間稼ぎするのは良いが、別にバーサーカーを倒しちまっても構わんのだろう?」

 

 ……おいおい、お前はランサーだろう。何処ぞの赤い弓兵のような事を言いやがって……! でも、それ死亡フラグだからな?

 同じ感想に至ったのか、『魔術師』は堪え切れずに高らかに哄笑した。

 

「――まさかお前からその台詞が出るとはな。……全く、アイツは人を見る眼だけは確かだったな」

 

 それは『魔術師』には珍しい、穏やかな微笑みだった。悪い憑き物が落ちたかの表情に、意表を突かれたのは高町恭也だけでなく、此処に居る全員だっただろう。

 

「此方の緊急時には令呪を使用して転移帰還させる事を条件に貸し出してやろう。私の持つバーサーカーの情報も開示してやろう。――ただし、高町なのはを説得出来たのならば、の話だ」

 

 最難関の第一条件はクリアした。さぁ、第二関門の時間だ――。

 

 

 

 

「秋瀬、君……」

 

 部屋に入ると、なのはが上半身だけ起こし、赤く腫れた眼で窓の外を眺めていた。

 涙は既に枯れ果てた、という酷い有り様だ。これをどうやって立ち直させるのか――。

 

「ごめんさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……! 私の、私のせいで……!」

 

 もう心が折れて、粉々に砕け散っていた。眼が死んでいた。

 考えてみれば当然か。彼女は魔法少女になる事で、自分の存在意義を形成して行った。それ以前はごく普通の少女に過ぎない。

 強靭な意志を形成する最初の第一歩を最悪な形で躓いたのだ。今の彼女に原作の面影を見出す事は出来ない。

 

「月村すずかを助けたい。その為には高町なのは、君の力が必要だ」

 

 今の自分が掛けられる慰めれる言葉はこれぐらいであり――高町なのはは泣きながら首を横に振った。

 

「……駄目。無理、だよ。私なんかじゃ、何も出来ないよ……!」

 

 嗚咽を零し、高町なのはは弱々しく泣き伏せる。

 

 ……無理だった。彼女はオレと違って正真正銘の九歳の少女だ。その彼女を再び戦場に駆り立てるのは酷な話だった。

 プランに修正が必要か。高町なのは抜きで月村すずかを救う方程式が――。

 諦めかけたその瞬間、ばたん、と勢い良く扉が開いた。空気を読まずに現れたのは『使い魔』のエルヴィだった。

 

「失礼しまーす。包帯替えの時間です。男性は廊下の外に立って、待ってて下さいねー」

 

 「え?」と言う間も無く手を引っ張られ、ドアの外まで押し出される。それもぽーんという勢いで。

 

「な、ちょ――エルヴィ、ちょっと待て!?」

「もう、エッチだなぁ、直也君は。若い衝動を抑えられなくなって覗いちゃ駄目ですよー」

 

 反論する間も無く閉められ、かちっと鍵が閉められる。

 助けを求めるように『魔術師』に視線を送るが、首を傾げて「?」の疑問符を浮かべる始末。あの吸血猫に任せるしかないのだろうか……?

 

 

 

 

「はいはーい、包帯を替えますねー。脱ぎ脱ぎしましょーねー」

 

 言われるがままに高町なのはは自分と同年代のメイド服の猫耳少女に身体を委ねる。

 昨日受けた傷とは思えないほど身体に残った傷は浅く、その反面、心は罅割れて崩壊寸前だった。

 その何とも言えない外見とは裏腹に、鮮やかな手並みで包帯を綺麗に丁寧に迅速に巻いていく。自分では到底此処までの芸当は出来ないだろう。

 自身の存在価値を限界まで下向させ、高町なのはの精神は終わりの無い悪循環に陥っていた。

 

(……あれ? そういえば――)

 

 今になって漸く気づいたが、彼女に協力を要請した張本人であるユーノ・スクライアの姿は何処にも見当たらない。

 試しに念話をしてみたが、反応は無い。まさか死んでしまったのだろうか? それとも、自分を見限って別の人に助けを求めに行ったのだろうか?

 それが正解だろう。自分には彼の見込んだ才能など無かったのだ。本当に彼を助けられる人は、必ず何処かに居る筈だ。自分以外の誰かが――。

 

「……あの、ユーノ君、フェレットは見ませんでした?」

「そういえば見掛けてないですねぇー? 昨日貴女が運び込まれた時点で居なかったです。後で探しておきますよ」

 

 一応尋ねてみたが、彼が此処に居る筈が無いと自嘲する。

 包帯が巻き終わり、猫耳メイド服の少女は二人分の紅茶を淹れて、ベッドの近くの机に置き、彼女自身も近くの椅子に座った。

 

「貴女本人だけの過失では無いですよー。ぶっちゃけ舞台が最悪だっただけですし。初舞台があれじゃ同情物です」

「わ、私は、ユーノ君に頼られ、助けられる力があるなら助けたかった。でも、私にはそんな力が無くて……!」

 

 一瞬で涙腺が決壊し、枯れ果てたと思った涙は止め処無く流れ出る。

 メイド服の少女は立ち上がり、ベッドに腰掛けて高町なのはを抱き締め、頭を撫で続ける。

 自分と同じぐらい小さな少女は、まるで母親のように泣く子を優しく宥める。また自分が情けなくなって、高町なのはは脇目も振らず、大声で泣き続けた。

 

「世の中、最善の選択が最善の結果を生むとは限らないのです。其処が難しい処ですからねぇ」

 

 正しい事をしても正しい結果になるとは限らない。メイド服の少女はよしよしとあやしながら悲しげに語る。

 

「それに貴女はまだ九歳の子供です。失敗して当然ですし、失敗して良いんです。大人に迷惑を掛けて当然ですし、頼って良いんです」

「で、でも、私は、取り返しの付かない失敗、を……!」

「――自らのツケを自分で支払ってこそ大人なのです。子供のツケを代わりに支払うのもまた大人の義務なのです」

 

 自分の失敗の為に死んだ顔も知らぬ誰か、その誰かは見知らぬ自分を命懸けで助け、その結果死なせてしまった。

 その負債をどうやって穴埋め出来ようか? 否、出来よう筈が無い。それに匹敵する光などあろう筈が無い。

 

「彼はあの場に置ける最善の選択をした。その何よりも尊く高潔な意志をもって貴女達二人を生還させた。貴女がそれを悔やむのは、彼の意志と誇りを穢す事に他ならない」

 

 厳しく、けれども優しく抱き締めながら少女は詠う。

 

「――失敗した。それで貴女は嘆いて終わりですか? 生きている限り、次があります。真の敗北とは膝を屈し、諦める事。諦めを拒絶した先に『道』はあるのです。貴女は彼から次の機会を授かった筈です。そして受け取った筈です。――彼の意志を受け継ぐ権利が貴女にはあります」

 

 ――彼の、意志?

 解らない。私を助けて死んでしまった人の意志なんて、私なんかが解る筈が無い。

 私が死ねばそれで良かったんだ。それなら素晴らしい人が死なずに済んだ。こんな無意味な私の為に死なずに済んだのに――!

 

 ――いいえ、と少女は首を振る。

 まるで聖母のように慈愛に満ちた笑顔で、彼女は魔法の言葉を教える。

 

「そのデバイスの『銘』を今一度唱えて御覧なさい。貴女のデバイスの『銘』を――」

 

 彼女の視線の先には、テーブルの上には彼から貰った赤い宝玉があった。

 変わらぬ光を宿し、高町なのはは自然と手を伸ばして、その『銘』を唱えた――。

 

「……不屈の、心。レイジングハート――」

『――All right,my master.』

 

 ――この物語は魔法少女の物語ではない。

 けれども、魔法少女は不屈の心と共に、再び立ち上がる。

 

 

 

 

「『魔術師』から電話……?」

 

 この場に緊張感が走る。

 とは言っても八神はやては可愛く首を傾げ、アル・アジフは『魔術師』の存在事態を過小評価しているのでこの緊張感はシスターの彼女とクロウだけのものだった。

 息を呑んで、今一度深呼吸して落ち着いてから通話する。こうして彼の声を聞くのは実に二年振りの事であった。

 

「……もしもし」

『休戦協定を結ばないか? 期間は一ヶ月、此方からは一切手を出さない。見返りに『這い寄る混沌』の『大導師』の現在の居場所を教えよう』

 

 唐突な申し出であり、相手の意図を掴みかねる。

 先制攻撃としては手痛い一発を貰ったようなものだ。気を取り直し、シスターは『魔術師』に交渉を挑む。

 

「……単刀直入ですね。何を企んでいるのです?」

『色々とありすぎて答え切れないな。質問があればなるべく答える努力をしよう』

 

 まず疑問点の一つは停戦協定の長さ。大導師との戦闘を邪魔しない、という意図であれば一ヶ月という時間は余りにも長すぎる。

 見返りと称する『大導師』の居場所は未だに此方が掴んでいない情報であり、表面的には此方を『大導師』の陣営にぶつけて共倒れを狙っていると推測出来るが、余りにも見え見えすぎて逆に隠れ蓑のように感じられる。

 

「其方からは手を出さないという事は、いつでも此方から仕掛けて良いという事ですか?」

『ああ、構わないよ。此方としては『聖杯戦争』が即座に終わってしまっては困る事情がある』

 

 やはり『一ヶ月』という時間が重大なポイントなのだろうか?

 彼の口車に乗せられぬよう、細心の注意を払いながら質問を口にする。それでも会話の方向性が誘導されていると思えるのは気のせいだろうか、とシスターは自分自身に問い掛ける。

 

「一体どんな事情です?」

『以前の『魔女』狩りでお菓子の魔女『シャルロッテ』と遭遇した。原作である『魔法少女まどか☆マギカ』に登場した魔女だ。この事から推測するに最終的に『ワルプルギスの夜』が出てくる可能性が極めて高い』

「――今回の聖杯戦争は『ワルプルギスの夜』を倒す為の戦力集めだと?」

 

 まさか、その為だけに海鳴の地に『聖杯戦争』を起こしたのか、あの『魔術師』は――。

 

『そういう事。不慮の事故だったが、怪我の功名という処か』

 

 微妙に気になる事を言ったが、それは後回しだ。シスターは止め処無く思考を巡らせる。この『魔術師』を前に思考停止させるのは無防備な喉元を差し出して刺されるのを待つようなものだ。

 

「なるほど、理解できました。ですが、見返りが成り立っていない。あの『大導師』のサーヴァントを情報も無しに私達が単独で倒せと? ふざけているのですか?」

『あれが邪魔なのは君達の陣営も同じだろう? まぁ此方にとっては虫の良すぎる話だ。其方の条件を聞こうか』

 

 その言葉を引き出した事で前哨戦が終わり、漸く交渉のテーブルに付く。

 

「八神はやての生存の確保、私の記憶の復元、この二つが満たされれば『聖杯戦争』に未練はありません。『大導師』のサーヴァントを叩き潰した上で『ワルプルギスの夜』戦も協力しましょう」

『ふむ、君は昔から無理難題を叩きつけるな』

「貴方が『聖杯』を持っている事は既に知ってます」

 

 八神はやての生存は別手段で何とかなるかもしれないが、シスターの記憶の復元は奇跡にも頼らなければ不可能だ。

 そして奇跡を可能とする万能の願望機は彼の手にある。追撃の手を緩めずに叩き込む。

 

『使える状態じゃないけど?』

「魔力が満ちていないのならば、問題無いでしょう。この儀式でサーヴァントが脱落すれば器は自動的に満たされるのでしょう?」

 

 其処までは想像通りであり、彼女は勝ち誇ったように逃げの一手を潰す。

 

『――』

「……悠陽?」

 

 だが、返ってきたのは唐突に生じた長い沈黙であり、何か、決定的な何を読み違えたのでは、と疑心暗鬼になる。

 

『……ふむ、そんな勘違いをしていたのか。器はとうの昔に満たされている。使える状態じゃないのは前世からだ』

「……どういう意味ですか?」

『そのまんまの意味だが? 私を殺害しない限り、万能の願望機はただの杯に過ぎないんだよ』

 

 また虚言を弄して誤魔化しかと思いきや――何かが違う。この言い回しには全て意味があるように思える。

 ただ、その意図に現状では辿り着けない。違和感が心の中に残る。

 

『それにしても君は仮にもシスターだろう? 自殺は教義上禁止されていたんじゃなかったか?』

「――何の事です?」

 

 急な話題の方向転換に、シスターは眉を顰める。

 当然、彼女の信仰する教義上、自殺は最も罪深き所業の一つであり、頑なに禁止されている。

 その戒律さえ理解した上で平然と破り捨てる『十三課(イスカリオテ)』の狂信者は恐るべき存在であるが。

 

『記憶を失う前の君と、失った後の君。歩んだ歳月がどれくらいかは知らないが、最早別人の領域だ。――記憶を取り戻せば君は間違い無く破滅するよ? 別人格(過去の自分)と身体の主導権を奪い合った果てに精神崩壊するだろうさ』

「――何を、戯言、を……!」

 

 消された記憶を取り戻せば、彼女は本当の『私』に戻れる。統一化され、一本筋に形成される。

 元々同じ本人なのだ。二つに分裂するなど、在り得ない。『魔術師』の仮定を全力で破棄する。

 

『――『虚言』ねぇ。人の心を最大限に蝕む致死の猛毒の名は『真実』だよ』

 

 破棄する。忘却する。拒絶する。否定する。そんな結末など、ある筈が無い――!

 

『残念だけど、交渉不成立だ。君達は相互理解しているのかね? 敵ながら内部分裂が心配だよ』

「っ、それは一体どういう意味ですか……!」

 

 感情が表出る。自分を抑制出来ないぐらい心乱している事を自覚しながら、シスターは『魔術師』の言葉を待つ。

 これ以上、ふざけた虚言を弄するのならば、逆に噛み切る気概で挑み――その覚悟ごと凍り付いた。

 

『君達は『ライダー』――いや、魔導書『アル・アジフ』の願望を聞き出したのかい? 彼女がいつの時点の彼女なのか、疑問に思わなかったのかい? この『聖杯戦争』は願いを歪に叶える『ジュエルシード』を媒介にしたからね、正純なサーヴァントが招かれる筈が無いから心配なんだよ』

 

 彼女、世界最強の魔導書『アル・アジフ』が聖杯に託す願い――。

 

 確かに聞き及んでいない。そんなもの、無くて当然だった。今まで一度も思考しなかった。

 彼女はかつてのマスターである『クロウ・タイタス』を守護する為に、自らの分身を送り込んできたのだと盲信していた。

 もしも、彼女に聖杯に託す願いがあるのならば? その彼女は本当に『無限螺旋』から解放されたあの『彼女』なのだろうか――?

 

『サーヴァントは本来全盛期の状態で呼ばれる。それ以外で呼ばれるサーヴァントには一癖も二癖もあるという訳だ。原作の『セイバー』然り、な』

 

 意図せずに視線が傲岸不遜に佇む彼女に行ってしまう。

 あの『アル・アジフ』は一体どの時間軸の彼女なのだろうか――!?

 

『さぁて、彼女が完全な状態ならば、呼ばれる鬼械神は何方になるかな?』

 

 最悪だ。やはりこの電話には出るべきでは無かった。

 この『魔術師』には此方と交渉するつもりは最初から欠片も無かった。致死の猛毒を流しに来たのだ。

 それも此方が理解していても無視出来ないほど強大でえげつない猛毒を――!

 

『一応忠告しておくけど、迂闊に聞いたら破滅する可能性があるから注意すると良い。それじゃ君達の健闘を祈るよ』

 

 ツーツーツーと無機質な音声が耳の鼓膜を叩く。

 シスターの浮かべた顔は恐ろしいぐらいに、深刻なものになっているのは明々白々だった――。

 

 

 

 

「そういえばアル・アジフ。武装とかは完璧な状態なのか?」

「うむ? 異な事を聞くのだな、我が主よ。我が記述に抜け落ちたページなど無いぞ?」

 

 あの『魔術師』から突如電話があった後、シスターからおかしなメールが届いた。

 曰く、何気無い素振りで『アル・アジフの現在の武装と鬼械神が何方か聞くように』と、あとこのメールは見た直後に消去する事と厳重なお達しだ。

 先程から顔色が悪くなる一方だし、一体『魔術師』に何を吹きこまれたんだ?

 疑問に思うが、あの『禁書目録』が専用の魔術礼装じゃない限り遠隔操作されるなど万が一にも在り得ない。

 彼女には彼女なりの考えがあると信じ、とりあえず聞く事にする。自分にとっても確かめないといけない重要な事でもある。

 

「それじゃ招喚出来る『鬼械神』ってどっちなんだ? 『アイオーン』か? それとも『デモンベイン』か? どっちかと言うと『デモンベイン』の方が嬉しいんだが」

「……生憎と『アイオーン』だ。『デモンベイン』は偶然巡り合った出来損ないのデウスエクスマキナ、妾が本来持つ『鬼械神』ではない。今更だな、主よ?」

「いや、『アイオーン』だったら乗るだけで命懸けだろう? 『デモンベイン』ならオレでも何とかなるかなぁって思ったんだが」

 

 大十字九郎とアル・アジフが駆る最弱無敵の鬼械神『デモンベイン』は神の模造品の更に劣化品。

 されどもその御蔭で魔力消費が少ない親切仕様であり、最強級の鬼械神『アイオーン』を乗りこなせなかった自分には其方の方がまだまともに戦えただろう。

 アル・アジフはその事を思い出したのか、非常に申し訳無さそうな顔になる。

 

「……すまぬ」

「い、いや、責めてる訳じゃねぇって! やっぱり高望みはいけねぇな!」

 

 あはは、と笑いながら誤魔化す。

 やはり鬼械神を使うには生命を賭ける必要がある。才能無き身には、また死を覚悟しなければなるまい。

 

「なぁなぁ、クロウ兄ちゃん。その『デモンベイン』だとか『アイオーン』って何?」

「ああ、魔導書の秘奥、神の模造品――簡単に言うと、50メートル大の巨大ロボットを招喚出来るのだ!」

「な、なんだってぇー!?」

 

 相変わらずノリがいいな、はやて。というか、女の子なのに巨大ロボットの魅力が解るとか将来有望だぞ?

 

「そして巨大ロボットに乗って殴っては投げて斬っては投げてという三國無双だ! フゥハハハハハハ! 実はオレは巨大ロボットのパイロットだったのだー! どうだぁ、恐れ入ったかぁー!」

「凄い凄い! でも、そんなん乗ったら目立たない?」

 

 

「え?」

 

 

 何か、予想外のボディブローが来た――!?

 

「え、って、どうすんの?」

「あ、いや、夜だったらセーフじゃね!?」

「アウトだから。此処はアーカム・シティじゃないんだよ? 流石に誤魔化し不可能だよ。『魔術師』だって匙投げるレベルだよ?」

 

 

 

 

 

「――アル・アジフ。クロウちゃんが『アイオーン』に乗った場合、何分戦えますか?」

「……三分、いや、五分で限度だろう。それ以上は此奴の身が保たない。そして一度限りが限度だろう」

 

 クロウがはやてと一緒に戯れている隙に、シスターは小声でアル・アジフに問い質す。

 本人は隠しているつもりだが、鬼械神に乗るという事は死ぬと同意語のようだ。握り拳に力が入り、爪が皮膚を突き破って血を流す。

 

「では、私も搭乗する事でクロウちゃんの負担は減らせますか?」

「――可能だろうな。小娘の精神汚染に対する耐性は桁外れだ。系統は違えども、サポートは可能だろう」

 

 ある種の確信を抱いたシスターは決断する。

 ――この愛に狂った愚かな魔導書は、『大導師』のサーヴァントと同士討ちさせるしかない、と。

 

 

 

 

 



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13/神父と吸血鬼

 13/神父と吸血鬼

 

 

「――作戦を説明する」

 

 あれから高町なのはは何とか精神的に立ち直り、怪我もほぼ治癒した所で作戦会議となる。

 『魔術師』の屋敷の居間でこんな事をするとは、最初に訪れた時は想像だにしなかっただろう。

 

「依頼主はいつもの『GA』――じゃなく、この私、神咲悠陽だ。目標は月村すずかを無事生還させた上でバーサーカーの打倒する事」

 

 膝を組んで渋い日本茶を飲みながら『魔術師』は語る。

 こんな洋館の主なのに日本茶かよ、って突っ込むのは野暮というものか。

 

「単純な作戦だ。まずはランサーと高町恭也で正面から戦闘し、背後から忍び寄った秋瀬直也が月村すずかを取り押さえ、その隙に高町なのはが令呪を封印する」

 

 シンプル過ぎて涙が出る作戦説明である。

 まぁ作戦を練る段階では全て上手く行きそうな気がする。誰だって失敗する作戦は練らないだろうし。

 

「まずランサー、お前はあのサーヴァント相手に通常通り戦い、月村すずかから気付かれないように遠ざけろ。高町恭也、お前は真っ当に説得するだけで良い。失敗しても構わない、それだけで良い囮になる。周囲に注意が及ばないほど激昂させろ」

「おうよ、任せっとけ」

「……不本意だが、全力を尽くそう」

 

 ランサーは猛々しい戦意を顕にし、高町恭也は少々不満そうな顔だった。

 最初から説得の失敗が前提であり、自分の説得が火に油と言われれば仕方ないだろう。『魔術師』は相変わらず平常運転である。

 

「その隙に秋瀬直也は背後に忍び寄り、一定時間拘束しろ。その一定時間は高町なのはが三つの『ジュエルシード』を封印するまでだから――どの程度の時間が掛かる?」

「えと、自分のを封印した時は一つずつ封印したから――手早くやれば三十秒から四十秒で終わると思います」

「上出来だ。となると、秋瀬直也は月村すずかの意識を初撃で奪い、連れ去ってバーサーカーから距離を取れ。高町なのはが待機する場所を事前に取り決めておけ」

 

 ……意識を奪えだなんて簡単に言ってくれる。

 漫画やアニメのように首を叩いただけで人間の意識が飛んでくれれば苦労はしない。多少怪我を覚悟して絞め落とすしかないか。

 

「さて、秋瀬直也が奇襲に失敗し、バーサーカーが駆けつける事態になれば終わりだ。令呪で呼ばれた場合は対処法は無い、死を覚悟しろ」

「……オレ自身の失敗は死確定って訳ね。肝に銘じておくよ」

 

 笑いながら言う事じゃねぇよ、この愉悦部所属の『魔術師』!

 

「そうなったらもう手段は無いから、ランサーがバーサーカーの相手をしている間に二人共離脱しろ。離脱を確認したら、私も令呪をもって帰還させる」

「……チッ、しゃーねぇな」

 

 この作戦が成功するのも失敗するのも自分次第か。比重が大きすぎるのは怖いが、何とかするしかないだろう。

 逆に言えば、自分さえ上手く行けばこの作戦は成功間違い無しだなのだ。

 

「後の問題点は、月村すずかの状態だ。サーヴァントと契約した事で先祖還りじみた吸血鬼化を起こしているようだし、身体能力も人外の域まで向上している恐れがある。同年代の少女だと思って加減すると死ぬぞ? 秋瀬直也」

「……改めて分析すると、不確定要素だらけだな」

 

 確かに俺達のスタンドを肉眼で捉えていたようだし、身体能力の方にも何かしらの影響があるかもしれない。

 想定せず、実際に人外のものだったら呆気無く死んでいたぞ?

 

「ユーノ・スクライアがいれば、拘束魔法で成功率を底上げ出来るが、無い物強請りしても仕方あるまい」

 

 肝心な時に一体何処ほっつき歩いているんだ? あのフェレットは。

 高町なのはが少し沈んだ顔をしていたが、居なくなった事に対して心当たりがあるのだろう? いや、今は聞く事じゃない。

 

「あと、不安があるとすれば――戦う直後に令呪をもって帰還させる事か?」

「態々此処までお膳立てして台無しにする訳無いだろう、令呪が勿体無い。それと同じ結果は放置するだけで得られるんだぞ?」

 

 高町恭也が睨むように疑うが、今回は『魔術師』の言が正しいだろう。

 その思惑が何処に向かっているのかは今一不明瞭だが、今現在は利害と目的が一致している。

 その間だけはこれ以上に頼もしい味方は他に居ないだろう。

 

「お前達が心配しなきゃいけないのは、この私がランサーを呼び出す事態にならないかだ。小細工は弄したが、こればかりは天に祈るしかないぞ?」

 

 あ、そういえばそうだった。『魔術師』が生命の危機に瀕すれば、躊躇無く令呪を持ってランサーを帰還させるだろう。

 そうなったら、俺達では逃げ切る事も出来ないだろうから、三人仲良くお陀仏するだけか。まさに最悪の事態である。

 

「そういえばもうサーヴァントは出揃ったのか?」

「出揃ったと言えば出揃っているな。まずは其処のランサー。二騎目、未召喚。三騎目は『教会』陣営のライダー『アル・アジフ』、四騎目は『這い寄る混沌』の大導師、五騎目は月村すずかのバーサーカー。はい、以上」

 

 二騎目という処で自身の未使用の右腕の令呪を見せつける。

 『魔術師』自身はまだ自らのサーヴァントを召喚するという奥の手が残っているか――って、何で五騎で数え終わってんの!?

 

「……あれ? 残り二騎は?」

「高町なのははサーヴァントを召喚する前にマスターの資格を破棄。残り一人であろう人物は『ジュエルシード』が目当てだから未召喚で終わる可能性が大きい」

 

 残り一人のマスターは『フェイト・テスタロッサ』であり、サーヴァントを召喚する前に封印すると想定しているのか。

 確かに有り得そうだが、決めつけるのは結構危険ではないだろうか?

 

「その七人目のマスターは既に確定しているのか?」

「……不安要素と言えば、ある意味最大級だな。彼女はまだ『海鳴市』には来てない筈だが――まぁそれは私が祈る事じゃない」

 

 うーんと考えた後、『魔術師』は思考を投げ捨てやがった。

 『魔術師』の方は思考停止して令呪による帰還一択だから考える必要は無いが、オレ達の方は――いや、そんな最悪の事態になったら考えるまでもなく全滅か。

 ……始まる前から不安になる作戦会議だったが、後は天の采配に期待するしか無いだろう。

 

 ――こうして、冬川雪緒の弔い戦は幕を開けた。

 

「さて、最後にバーサーカーの情報開示だ。これは推測に過ぎないが――」

 

 

 

 

 ――一滴二滴、血の落ちる音が鳴り響く。

 

 もう動かなくなった成人男性の首筋に噛み付き、月村すずかは溢れる血をゆっくり飲み干していた。

 零れ落ちた血は背後に流れ、即座に消え果てる。衣服を穢した流血さえ、次の瞬間には吸い取られて染み一つ残さない。

 はしたないサーヴァントだ、と彼女は子供じみた行いをする理性無きバーサーカーを笑った。

 

 ――自分自身が吸血をしているこの瞬間だけ、あの地獄のような苦しみから解放される。

 

 全身から生じる激痛は血という甘美な快楽で打ち消してくれる。

 今まで以上に、自分自身が人間ではなく、吸血鬼である事を自覚する。

 これなら、まだ十全に活動出来る。思っていた以上に限界は遠い。これなら復讐を完遂させる事が出来るだろう。

 

 ――血を吸い切り、既に事切れた男を突き飛ばす。

 

 死体は黒い影に沈み、跡形も無く葬り去られる。

 ずきり、と一瞬だけ実体化しただけで生じた激痛に目に涙を滲ませる。

 

(……まだ頑張れる。神谷君の仇を、この手で取れる――)

 

 憎き怨敵を脳裏に思い描き、憎悪が激痛を凌駕する。

 どうやって殺してやろうか。絶対に楽には殺さない。殺してと懇願するまで壊して、思い知らせてやる。

 

(……神谷君が殺されてもう二年、貴方の顔を思い出す事さえ困難になっている――)

 

 ふとした拍子に正気に立ち戻ってしまう。

 魔力補給の為に幾人もの人間を犠牲にしてしまった。何の罪もない、赤の他人を。

 友達である高町なのはに瀕死の重傷を負わしてしまった。秋瀬直也が救出したので、無事だと思うが――。

 

(……駄目。迷っては、いけない。認めたら、もう立てなくなる――)

 

 脳裏に過ぎった感慨を振り払い、立ち上がる。

 既に日は落ちつつある。これからは自分達の時間だ。今日で何もかも終わらせる。

 殺して殺して殺し尽くして、月村すずかは復讐を遂げる。最期まで狂気を途切れさせずにやり遂げなければならない。

 

 ――さぁ、狩りの時間だ。夜の支配者である吸血鬼の、一方的な惨殺劇の始まりである。

 

 そうなる筈だった。物語通りの性能を誇る吸血鬼に敵などいない。

 全てが出鱈目で滅茶苦茶な強さ、理不尽の頂点に位置するのが吸血鬼という怪物なのだから。

 

 ――ただ、この魔都『海鳴市』で同じ事を言えるかと問われれば、否である。

 

 明かりさえない廃ビルに紙吹雪のように本のページが舞い、その悉くに釘が刺され、貼り付けられて次々と固定化される。

 

「な、何っ!? バーサーカー!」

 

 異常な光景を目の当たりにし、月村すずかは即座にバーサーカーを実体化させ、襲撃及び奇襲に備える。

 けれども、奇襲に備える必要など欠片も無かった。そもそも廃ビルという空間に隔離し、完全に閉じ込めた今、この襲撃者は奇襲する必要性すら無かった。

 

 ――かつん、かつん、と、甲高い靴音が等間隔に鳴り響いてく。

 それはまるで死神の足音のように、鼓膜の奥を反芻する。

 何一つ恐れず、一方的に恐怖を撒き散らす暴君だった筈の彼女は、この未知の存在に本能的な恐怖を抱いた。

 

 そして現れたのは一人の初老に差し掛かった眼鏡の神父だった。

 巨大な戦斧(ハルバード)を片手に軽々持った絶対の処刑人が、吸血鬼を前に悪鬼の如く笑っていた。

 

「お誂え向きの場所だな、吸血鬼」

 

 ――これは一体、何の悪夢だ?

 今のこの光景が現実であるのかと月村すずかは疑う。

 彼女の背後には人型ですらない怒涛の如き吸血鬼が控えている。狩るのは自分達で狩られるのはその他全員だ。それなのにあの神父は何故笑っていられる……?

 

「――貴方、何者……!?」

「我等は神の代理人、神罰の地上代行者」

 

 眼鏡を片手でくいっと上げ、不気味な光を宿した『神父』は変わらぬ速度で前進する。

 

「我等が使命は我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅する事――Amen.」

「っ、バーサーカー!」

 

 恐怖に駆られ、月村すずかは自らのサーヴァントに戦闘を命じる。

 黒い影は馬鹿げた速度で押し寄せ、『神父』の下に殺到する。巨大な大波が飛沫を打ち消すようなものであり、たかが人に過ぎない『神父』は何一つ抵抗出来ず――。

 

「え――?」

 

 黒い大波が真っ二つに割れた。それはモーゼの如く、否、四つに八つに十六つ三十二つに――身体を幾重に引き裂かれて舞い散る血飛沫さえ両断される。

 吸血鬼としての動体視力を持ってしても、あの巨大な戦斧が振るわれた瞬間を捉える事が出来なかった。

 

「――化、物……」

「化物は貴様だ、女吸血鬼(ドラキュリーナ)」

 

 目の前にいる『神父』が自分と同類、吸血鬼であるならば動揺などしなかった。

 人間の形すら取らない異端な吸血鬼のサーヴァントを従わせているのだ、それぐらいでは驚きもしないだろう。

 だが、これを人間と呼ぶ訳にはいかない。認める訳にはいかない。こんな化け物より化け物らしい人間など――!

 

 ――大波は引き裂かれ、それでも自身のサーヴァントは構わず進撃する。

 全身に走る激痛だけが現実味あって――あそこまで切り刻まれて死なない自身のサーヴァントは正真正銘の化物であり、目の前の『神父』と比べても劣ってないと悟る。

 

 再び戦斧を一閃し、『神父』は一方的にバーサーカーのサーヴァントを解体していく。

 

「クク、カカカ――ッ! そうだ、そうだともッ! 貴様がこの程度で死ぬ筈があるまいッ!」

 

 その悪鬼が如く笑みには狂気の色しかなく、『神父』は全身全霊を以って戦斧を縦横無尽に振るう。

 対する黒い不定形だった影は今度は明確な形を取っていく。それは幾百の蝙蝠であり、幾百の百足であり、幾百の人間らしき腕へと次々に変化していく。

 

「随分と見窄らしい姿じゃないかッ! ――吸血鬼(ヴァンパイア)! 吸血鬼(ドラキュラ)! 吸血鬼(ノスフェラトゥ)! 吸血鬼(ノーライフキング)!」

 

 切り刻み、押し潰し、突き殺し、何もかも粉砕し、風圧だけで幾百の個体を吹き飛ばし、地獄のような只中で『神父』は狂ったように笑う。

 長年待ち侘びた宿敵に出遭ったかのような、狂おしいほどの情動をもって、唯一人の『神父』は正面から堂々と挑む。

 

「良いだろう。我等の神罰の味をッ、再び噛み締めるが良いイイイイイィ――ッ!」

 

 

 

 

「がはぁっ、くぁ……バー、サーカー……!」

 

 あの『神父』が戦斧を地面に叩きつける度に激震が走り、ビル全体が揺れる。

 一体何方が理性無き狂戦士なのかは、傍目から見たら判別出来ないだろう。

 

「だ、め……これ、以上は、耐え切れない……!」

 

 ――バーサーカーは月村すずかから無尽蔵に魔力を摂取して、更なる暴力暴虐を振るい、『神父』は真正面から五角以上に渡り合っていた。

 

 あの馬鹿げた重量の戦斧を、羽の如く軽さで扱っている。

 怒涛の如く押し寄せる吸血鬼の猛攻を、それを上回る攻勢をもって殲滅して行っている――!?

 

(ま、ずい。このままじゃ――)

 

 まさかの事態だ。唯一人を相手にして此方の魔力枯渇による自滅の方が早い。

 あの『神父』も無傷という訳にはいかず、処々に負傷して血を流しているが、動きが鈍る処か、更に増すばかりだ。

 鬼神の如き猛攻は更に鋭く、更に力強く、一閃毎に加速し苛烈していく。

 

(……駄目、あれとこれ以上戦っちゃ、目的を果たせずに死に果てる……! 逃げないと……!)

 

 此処は廃ビルの三階だが、今の自分なら飛び降りても多少の負傷程度で済む。

 サーヴァントは令呪で呼び戻せば良い。気付かれないように背後に下がりながら、窓辺に手を掛けて――弾かれる。火傷じみた痛みが掌に生じ、貼り付けられた本のページは風圧に当てられてバサバサと揺らめく。

 

 ――外に出れない。心の底から絶望が鎌首を上げる。

 

 バーサーカーではあの『神父』は殺せない。

 『神父』ではバーサーカーを殺し切れないが、マスターである月村すずかは『神父』が力尽きるより遥かに先に枯渇死する。

 数順先に逃れられぬ死が見え隠れする。一体どうすれば、どうすれば――その時、すぐ隣にバーサーカーが刎ね飛ばされ、元々丈夫じゃなかったビルが丸ごと倒壊した。

 

「きゃっ――バーサーカーッ!」

 

 月村すずかは幾多の破片と共に墜落していき、バーサーカーは彼女を守護せんと殺到する。

 その光景を『神父』は冷めた眼で、ビルの上から見下していた。

 

「――違う。まるで違う」

 

 それは狂気に違いなかったが、今までとは別種類の感情であった。

 失望、落胆、激怒、消沈、幻滅、激昂、数多の感情が揺らめき、残らず消えていく。

 

「こんな出来損ないの紛い物が、死に損ないの抜け殻がァッ! ――あの『アーカード』である筈が無いッッッ!」

 

 やり場のない感情が迸り、その『神父』の殺意の咆哮はビル全体を震撼せしめる。

 

「貴様とて『マスター』を選ぶ権利があるか。あのような半端者では従う価値もあるまいか。傲岸な不死王よ――」

 

 頬から流れる血を白い手袋着用の手で拭い、何の未練無く『神父』は踵を返した。

 半人前の半端者の相手は、他に幾らでもいる。もうあれがどうなろうが『神父』には知った事では無かった。

 

 やはり、と廃ビルから抜け出した『神父』は空を見上げる。

 夜空に輝く満月を、『神父』は憎たらしげに睨む。いや、月など最初から見てなかったのかもしれない。意中の相手を投影して、忌々しげに睨んでいるに過ぎない。

 

 かの吸血鬼との宿命の対決は、直系の吸血鬼によって果たされなければなるまい――。

 

 

 

 

「――っ、ぁ……あぁっ、がっ……」

 

 ――血が、足りない。

 

 魔力が足りない。身体の感覚が徐々に無くなって来ている。

 ぼろぼろの身体では歩く事すらままならず、その歩みを牛歩の如く遅める。痛覚に異常を来たしたのか、自分の存在が不明瞭なまでに浮いている。

 

 ――バーサーカーは健在なれども、マスターの自分は唯の一回の戦闘で壊れようとしている。

 

 まだ倒れる訳にはいかない。

 此処で立ち止まれば、怨敵まで届かない。歩く。ひたすら進んでいく。

 辿り着いてしまえば大丈夫だ。後は残りの生命を燃やし尽くすのみ。

 それで月村すずかの復讐は果たされる。

 

(豊海柚葉に、感謝しないと――)

 

 もし、自分が彼女の助言を聞かずに『聖杯』を求めていれば、自分は復讐を果たせずに自滅しただろう。

 分不相応、自分には一つの事を成すので精一杯だ。

 二つを追って二つとも成せる道理は無い。

 片方さえ満足に熟せないでいるのだ。

 最初から一つに絞って、正解だっただろう。

 

 もうじき、自分から神谷龍治を奪った者の居場所に辿り着く――。

 

 

 ――月夜の下、その黒尽くめの青年はまるで待ち侘びていたかのように立っていた。

 

 

 太刀を堂々と帯刀し、背後には銀色の鋼鉄を纏った巨大な女王蟻が静かに待機している。

 今まで出遭った中で最も濃厚な血の香りを漂わせた悪鬼羅刹は無表情に佇んでいた。

 遂に辿り着いた。この武者こそは彼女から彼を奪った者の組織の長、彼女の求める答えを知る者である。

 

「――神谷龍治君を殺した人は誰?」

 

 バーサーカーを実体化させ、溢れんばかりの憎悪を籠めて問い掛けた。

 長年の疑問に解答を得て、私は遂に復讐相手の下に辿り着く――。

 

「神谷龍治を殺害した者は既に自刃している」

 

 

「……え?」

 

 

 返って来た言葉は余りにも予想外であり、思わず思考を停止させてしまった。

 

「我等の掟は『善悪相殺』――悪を殺せば善も殺す。敵を一人殺せば味方も一人殺さねばならぬ。怨敵を殺して復讐を成就すれば、返る刃は己を貫くのみ」

 

 彼は変わらず、淡々と喋った。

 

 ――『善悪相殺』? 敵を一人殺せば味方も一人殺す? 一体何を……?

 

 

「――意味が、解らない」

「村正の掟は『独善』を許さない。仇敵には当然の如く報いがあり、復讐者にも当然の如く報いがある。『正義』も『悪』も撲滅し、争いが無意味である事を世に知らしめなければならない」

 

 遠い彼方を見据えるように、彼は語らい続ける。

 まるで異世界の未知の法則を説明されている気分であり、何一つ納得出来ないし、理解したくもない。

 

 神谷龍治を殺害し、返す刃で自刃した? もし、それが真実ならば――。

 

「――狂っている」

「皮肉な巡り合わせだ。強大無比な『転生者』への唯一の復讐手段である我々が、無力な『一般人』の復讐の刃に喉仏を掻っ切られようとしている。因果応報とはこの事だな」

《それで、どうするのだ? 御堂》

 

 後ろの女王蟻から女の人の声が鳴り響く。

 その悪鬼は無表情のまま、右腕を眼下に上げた。

 

「どうもこうもない。我が眼下に立ち塞がるのであれば、それは誰であろうが『敵』だ。殺す他はあるまい――村正」

 

 ――銘を呼び、銀色の鋼鉄が無数に分解されて宙に舞う。

 

「鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理ここに在り」

 

 独特の音を立てて装甲し、銀色の武者は姿を現した。

 あの黒い武者と似通った出で立ち、されども、絶望的なまでに隔絶した完成形が其処にある。

 

「……それじゃ、私の復讐は、どうやって果たせば良いの……!?」

『あらゆる殺害に正義は無い。……個人的に、復讐者の悲哀は理解出来なくもないが――』

 

 月村すずかの心からの悲鳴、荒がる感情と共にバーサーカーは疾駆して突進し、銀色の武者に蹴り上げられ、宙を舞う。

 あの大質量の黒い影が、反応すら出来ずに天高く打ち上げられた――!?

 

『人を殺すは悪鬼羅刹の所業。お前もオレも、いずれ報いを『刃』で受けなければならない――』

 

 慣性も何もかも無視して銀の化物は飛翔し、一瞬にしてバーサーカーの上空に辿り着き、踵落としを決めて叩き落とした。

 地面に叩きつけられ、クレーターが如くコンクリートが陥没した。

 

 ――体全体が軋む感覚が生じ、バーサーカーに劇的な変化が生じる。

 

 無数の人の手が生えていく。

 その手の中で、トランプを持った者が馬鹿げた破壊力をもって銀色の化物に投げ、マスケット銃を持った手が一発限りの銃弾をあらぬ方向に撃ち放ち、鉛の銃弾は魔弾となりてその弾道を歪曲させ、獲物を喰らわんと疾駆する――!

 

「私が、どうなろうとも、構わない。けれども、殺された彼は、何を持ってして報われる――!」

 

 銀色の化物は超速度をもって飛翔し、トランプを一枚残らず回避し、追跡した魔弾を片手で掴み取り、砕き捨てる。

 まだだ、まだ足りない。こんなものではない筈だ。自分のバーサーカーは、まだその真価を発揮していない筈――!

 

「彼は、殺されるに足るだけの悪行を重ねたの? 違うッ! ただ一方的に殺された! 無意味に殺された! 『悪』に報いはあれども『善』に救いは無い! それじゃ採算が取れないじゃない……!」

 

 幾千の手が生え揃う黒い影に銀色の化物は空から強襲し、トランプを持つ手とマスケット銃を持つ手を木っ端微塵に蹴り砕く。

 その着地を狙って幾十に折り重なった暴力の塊である黒い腕が疾風の如く駆けたが、銀色の化物は無手で引き裂く。まるで相手になっていない……!?

 

「――一体、何をすれば彼に報いれるの……?」

『逆に問おう。お前が殺してきた人間は殺して良い人間だったのか?』

「……え?」

 

 ――即座に会話を拒否する。

 これを聞いては、今まで誤魔化してきた全てを正視する事になる――!

 

『お前が魔力供給の為に食い殺させた人間は、死ぬに足る人間だったのか? お前の復讐という大義名分で殺して良い人間だったのか?』

 

 既に復讐の相手はこの世におらず、罪科だけが残る。

 既に自分は復讐者ではなく、単なる加害者でしかない――。

 心が砕ける音が、自分の中で鳴り響いたような気がした。

 

『――最早お前は加害者であるが、犠牲者である事は変わるまい。『悪』と断ずるには哀れすぎる少女だった』

《辰気収斂》

 

 銀色の化物から巨大な何かが発せられる。

 ――来る。今までとは比較にならない、文字通り必殺の一撃が――!

 

 

「――んで、訳解らんほど混沌とした状況になっているが、配役はどうする?」

 

 

 決着する寸前の場に割り込むのは、本人としても不本意であるが――青い槍兵は遅めの出陣を経て、漸く舞台に上がったのだった。

 

 

 




 クラス バーサーカー
 マスター 月村すずか
 真名 アーカード(ヴラド・ツェペシュ)
 性別 男性
 属性 混沌・狂
 筋力■■■■■ A+ 魔力■■■■■ A
 敏捷■■■■■ A  幸運■□□□□ E
 耐久■■■■■ A++ 宝具□□□□□ ー

 クラス別能力 狂化:C 狂戦士のクラス能力。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿す
             スキル。
             本来ならば脆弱な英霊を補強する為のクラスだが、理性や技術・思考
             能力・言語機能の喪失、魔力消費の増大など、強大な英霊を弱体化さ
             せるデメリットにしかなっていない。
 魔眼:ー(C)     魅了の魔眼を持っているが、狂化の為、上手く機能しない。
 拘束制御術式:ー(EX)クロムウェル。彼を縛る封印術式。三号二号一号まで常時解放されてい
            るが、0号は彼の主の許可が必要な為、全ての死者を放つ『死の河』発
            動不可。
            生命のストックはそのままであり、不死性は健在しているが、その分、
            魔力消費が激しい為、マスターの魔力枯渇による自滅は必須である。
 信仰の加護:ー(A+++)一つの宗教に殉じた者のみが持つスキル。加護とはいっても最高存在
            からの恩恵ではなく、自己の信心から生まれる精神・肉体の絶対性。
            彼が吸血鬼化した折にこのスキルは永遠に失われている。

 かつて『アーカード』だったもの。彼が主の下に帰還を果たす為に殺し続けた三百四十二万四千八百六十六の生命の成り果て。
 真名が彼のものでありながら、本体不在。
 シュレティンガー准尉の生命の性質と同化し、自身を認識出来なくなった生命が『バーサーカー』というクラスに収まる事で形を得た。


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14/選択

 

 

 14/選択

 

 

 天には『銀星号』が合当理ではなく、陰義である『重力操作』で静止して悠然と立っており、地にはバーサーカーが内在する無数の生命を蠢かせ、ランサーは正面遭う両者と正三角形になる位置に布陣して赤い魔槍を構えて対峙する。

 

(――『銀星号』、二世千子右衛門尉村正、あれが『武帝』の転生者……!)

 

 一体どういう経緯で湊斗家に奉納されていた呪われし妖甲と結縁し、三回目であるこの世界に持ち及んだのか――それは現段階において然程問題では無い。

 確実にサーヴァントに匹敵するであろう決戦戦力によって予期せぬ三つ巴が形成されているのが一番の問題である。

 

(――流石に湊斗光のような超越的な仕手ではないと信じたい。原作の『銀星号』よりも戦闘力が遥かに、格段に劣る筈だ)

 

 この史上最強級の劔冑を、あらゆる意味で一桁も二桁も突き抜けた仕手が駆った結果、『装甲悪鬼村正』での『銀星号』は白銀の魔王という仇名に相応しい災厄を『大和』に齎した。

 その湊斗光より優れた仕手など存在しようがない。この事から、原作の『銀星号』よりマシと言えばマシになるだろう。

 

(それでも、あの劔冑は抜き出てヤバい――)

 

 この拮抗状態は此方の陣営にとって最悪の結果だ。

 ただでさえバーサーカーによる魔力枯渇で月村すずかが自滅する前に決着を付けないと行けないのだが、一番に動けば残りの二勢力によって袋叩きにされて真っ先に退場する羽目になる。

 

(どうする? まだ高町恭也が到着していないが、『ステルス』で隠れ潜むオレが仕掛けて状況を打開するか? いや、そうなれば居場所が知れたオレが一刀両断されて死ねる)

 

 現状では『銀星号』に損害らしきものは見当たらず、月村すずかの方は膝を屈して苦痛に顔が歪んでいる。バーサーカーの方は変わらず健在であり、現在進行形で突然変異を起こしそうなぐらい蠢いている。

 ランサーの方も初見の『銀星号』が侮れない存在である事を見抜き、迂闊に仕掛ければ自身が討滅される事を悟ったのか、朱の槍の穂先がやや『銀星号』に向いている。

 

(単純な武力も脅威的でしかないが、此処で『精神汚染』なんかされたら――)

 

 最悪の場合、それだけで全滅しかねない。

 ランサーなら大丈夫かもしれないが、単なる人間に過ぎない自分達で『銀星号』の精神汚染波に対抗する手段は無い。

 

 ――早急に『銀星号』をこの舞台から退場させなければなるまい。

 そう思った矢先に『銀星号』が動いた。白い流星と化して夜空を疾駆し――この戦場から一目散に離脱した。

 

「チッ、見逃して高みの見物かよ。いけすかねぇ奴だ」

 

 如何なる理由で撤退を選んだのか――いや、彼等の戒律は『善悪相殺』、強大無比なる武力を誇っていても容易に敵を葬る訳にはいかないという訳か。

 天からの脅威は去り、ランサーはバーサーカーに槍を向けて――遅れて高町恭也が到着した。

 

「……あは、ははは。馬鹿みたい。もういない仇敵を求めて、堕ちる処まで堕ちて――救いようが無いよね」

 

 月村すずかは力無く、涙を流しながら自嘲する。

 様子がおかしい。自分と相対した時は狂気と憎悪に支配されていたような有り様だったが、今は正気に立ち戻っている?

 そして『もういない仇敵』だと? 何らかの理由で死んでいたのか? 神谷龍治を殺害した黒い武者とやらは――。 

 

「すずかちゃん……もう、やめるんだ。もう、帰ろう」

 

 高町恭也は壊れ物を扱うかのように、慎重に言葉を選んで告げる。

 今の月村すずかは崩壊寸前のダムのようだ。何かきっかけがあれば、一瞬にして崩れ去るほど脆いように思える。

 だが、今ならばもしかしたら説得出来るかもしれない。『魔術師』はあくまで失敗を前提としていたが、今は想定していた状況とはまるで異なる。

 

「……帰る場所なんて、もう無いですよ。こんな唾棄すべき汚物が、お姉ちゃん達と一緒に居れる訳、無い――」

 

 ……何とも痛々しい顔だった。

 こんな九歳に過ぎない少女が、此処まで絶望し、此処まで苦しみ、此処まで追い詰められている。

 この街の異常な環境が、彼女という犠牲者を作り出すに至ったのだろうか。それは、一体如何程の業だろうか。

 

「……恭也さん。私は殺したよ。バーサーカーを維持する為にね、無関係な人を沢山殺しちゃったよ。神谷君の仇を取る為に、それだけ願って、狂った振りして誤魔化して――でも、その仇敵はもう居なくて、私のやった事は無意味で、気づけば私だけが加害者になっていた――」

「……違う。そんなものが召喚されなければ、そもそも聖杯戦争が起こらなければ、こんな事にはならなかった!」

 

 何か一つでも条件が違えれば――例えば、召喚したサーヴァントが『アーカード』の残骸でなければ、もっと別な真っ当なサーヴァントであったなら、召喚する前に高町なのはによって令呪を封印されていれば、このような事態にはならなかった。

 ――冬川雪緒が彼女に殺される事も、無かっただろう。奥歯を食い縛る。歯軋り音が鳴らないよう、注意しながら――。

 

「……ごめんなさい、恭也さん。こんな事を私などが言うのも烏滸がましいけど、お姉ちゃんと幸せにね――」

「すずかちゃん、何を――!?」

 

 見る側が痛々しくなる笑顔を浮かべた月村すずかの視点が下に移り、自身の右手の甲に輝く令呪に――ヤバい!?

 ステルスを続行しながら、即座に駆ける。令呪を持って何を命じるか解らないが、間に合え――!

 

 

「――バーサーカー、私を殺して」

 

 

 馬鹿、何て事に令呪を使うんだ……!?

 前代未聞の令呪の命令に、内心叫ばずにはいられない。

 

 月村すずかの背後に蠢いていたバーサーカーは即座に命令を実行し――緊張の糸が途切れて意識を失って崩れそうになった彼女を間一髪の処で救出し、ランサーと高町恭也達の方へ必死に逃げ込む……!

 

「何だ何だァ!? 随分と予定が違うじゃねぇかッ!」

 

 令呪の命令を実行するべく、無秩序に殺到したバーサーカーを朱色の槍で打ち払いながらランサーは愚痴る。

 その点に関しては同意見だ畜生ッ! 何一つ思い通りに行って無いが、とりあえず月村すずかは確保した。

 一度も振り返らずに走る。此処はランサーと高町恭也に何とかして貰うしかない……!

 

「坊主、解ってるな!?」

「時間稼ぎしてくれ! なのはに残りの令呪を封印させる!」

 

 目指すは高町なのはが待機している遥か後方、令呪を全部剥ぎ取れば、バーサーカーは現代の依代を失って消え果てる――。

 

 

 

 

 ――無数の黒い腕が殺到する。

 

 それは一つ一つが人間を襤褸雑巾のように引き裂く暴力の塊であり、人間どころか同種の吸血鬼にとっても致死の猛攻である。

 青い槍兵はそれらを上回る速度をもって突き刺し、切り払い、両断し、擬似的な『死の河』を嬉々と迎撃していく。

 海鳴市に召喚されて初のサーヴァント戦となる今回、ランサーは自慢の朱槍を存分に振るっていた。

 

「へぇ! 一目見た時から出来るとは思っていたが、中々やるじゃねぇか!」

「そりゃどうも! 其方に比べれば大分見劣りするがな!」

 

 対する高町恭也は一撃離脱を繰り返し、圧倒的な暴力を一心に切磋琢磨した武術をもって対抗する。

 並大抵の者ならば瞬時に引き裂かれる人外魔境の戦地を、小太刀とその身に刻んだ技能で渡り切っていた。

 

「令呪で自分自身を殺せなんて命令した時は肝が冷えたが、追い風だったな!」

「それは、どういう事だ!?」

 

 押し寄せる黒い波に、二人で遅滞戦法を取りながら叫び合う。

 このサーヴァントがバーサーカーで良かったとは、ランサーのマスターである『魔術師』の言葉である。

 吸血鬼が恐るべき化物であるのは卓越した理性をもって人外の力を振るう暴君だからだ。理性を削り取って更に力を向上させた処で、総合的な戦闘力は遥かに下向するだろう。

 

「バーサーカーは『マスターを殺せ』という単純明快な命令を実行出来ずに、逆にペナルティを受けている。命令を最優先したいのにオレ達と戦っているからな! ほらよっと、要所要所で動きが鈍いだろ?」

「――っ、なる、ほどッ! 通常の状態なら十回は死んでいた処だ……!」

 

 そう、今のバーサーカーは絶対的な命令権である『令呪』によって、その圧倒的な性能も戦闘目的も縛られている。

 月村すずかの殺害を最優先にしている。その為に目の前の敵の排除を優先せず、月村すずかの下に馳せ参じようとしている。

 最速を誇る槍兵のサーヴァントと御神流の剣士を前にして、あるまじき隙であった。

 

 ――時間稼ぎは想像以上に上手く行っている。

 

 イレギュラーな事態かと思われた『銀星号』は、此方に利していたのだろうか。

 程無くして高町恭也のズボンのポケットに入っている携帯が喧しく鳴り響く。事前に番号を交換した秋瀬直也からの連絡だろう。

 

「……すまない! 一旦離脱する!」

「おうよ! まだ暫くは大丈夫だが、流石に三百万の生命のストックは伊達じゃねぇなぁ……!」

 

 流石の大英雄でも、三百万の生命を一人で殺し尽くすのは不可能である。

 高町恭也は一気に離脱し、バーサーカーから目を離さずに携帯を取る。

 

「秋瀬直也、令呪は!?」

『たった今、摘出完了だ。これでバーサーカーはこの世に留まるのに必要な依代を失った!』

 

 どうやら彼の妹は上手くやれたらしい。

 懸念が一つ解消され、反撃の狼煙を知らせる朗報に高町恭也は笑みを零す。

 

「ランサー、令呪を剥ぎ取ったぞ!」

「――何だって?」

 

 歓喜と共に叫んだ言葉は、最前線を舞う者の困惑によって打ち消される。

 ランサーも一先ず離脱し、一足で後方に跳躍して高町恭也と合流する。

 

「坊主ッ! 本当に令呪を摘出したのかッ!? 大して変わっとらんぞォ!」

 

 ランサーは携帯に向かって叫ぶ。

 

 ――本来ならば。令呪を剥ぎ取り、この世に定着させた依代を消せば、ただでさえ魔力消費の激しいバーサーカーのサーヴァントだ。その身体を維持出来ずに消え果てるだろう。

 魔力枯渇で完全に消え果てるには少しだけ時間が必要だが、それでも性能の劣化は必至だ。

 マスター不在時の第五次聖杯戦争の『アーチャー』は、とある新米魔術師のマスターと互角に打ち合えるまで自身の性能を落としに落とした。

 

 ――バーサーカーは黒い波として押し寄せる。

 その猛威は未だに陰りを見せず、この作戦の成否に暗雲が立ち昇るのだった。

 

 

 

 

(――何だって……!?)

 

 バーサーカーは未だに健在、能力値に劣化は見られず。

 その報告は秋瀬直也に驚愕を齎した。此処まで上手く行って、ぶち当たった壁が想定外のこれだ。

 鬼気迫る表情で摘出した後の月村すずかの腕を見直すが、シミ一つ無い、としか表現のしようが無い。

 

 令呪は完璧に摘出されている。バーサーカーが健在の原因は他にあると見るべきか。

 

 即座に対応策を取る。思考放棄に近いが、迷わず『魔術師』に電話を掛ける。待ち構えていたのか、一コールで彼は出た。

 

「令呪を封印したのにバーサーカーが消えない! どういう事だ!?」

『恐らくだが、月村すずかの命令が最後の拠り処になってしまっているのだろう。令呪の命令を果たすまでは消えないだろうし、最悪なのはこの世界の依代である『月村すずか』を取り込まれたら手に負えなくなる事だ。消えずに現界し続けてバーサーカーは自然消滅しなくなる』

 

 ランサーを通して近況を知っている『魔術師』は冷静に、的確に分析結果を述べる。

 

 ――それは、第四次聖杯戦争の『キャスター』が呼び寄せた海魔と同じぐらいまずい事態になっている事か……!?

 

 事もあろうか、令呪が魔力源となっていて消滅せず、令呪の命令通り果たして月村すずかを殺害されたら、あの大喰らいのサーヴァントは彼女そのものを喰らい尽くし、この世界に根付いてしまうというのか……!

 三百万もの生命のストックを持っている恐るべき吸血鬼の残骸が、マスターも無しに自立するだと――!

 

「どうすれば良いッ!?」

『どうもこうも、もう答えを言ってしまっているようなものだがな』

 

 答え? 答えだと? 今の何処に対応策があったというのだ!

 テンパリながら『魔術師』の次の言葉を催促する。

 

 ――にやり、と、『魔術師』が誰よりも邪悪に嘲笑う姿を克明に幻視出来た。

 

 

『――簡単だよ、秋瀬直也。月村すずかをその手で縊り殺せば良い。それで万事解決だ。欠片も残らず消滅させるのが理想だ、一滴すら血を飲ませないようにな』

 

 

 バーサーカーをこの世界に固定する依代を消去し、令呪の命令も果たせて魔力枯渇させる。それが一挙に叶う理想的な手段を『魔術師』は平然と言ってのけた。

 

「は……? 正気、か?」

『何を迷う必要がある? 躊躇う必要が何処にある? それは冬川雪緒を殺した少女で、海鳴市を死都と化す災禍の化身だ。――小娘一人の生命と街一つの人間全て、何方を優先するべきかは考えるまでも無いだろう?』

 

 高町なのはが心配そうに此方を見る。

 今のオレの顔色は、間違い無く真っ青になっているだろう。

 

 ――考えるまでもない。此処でバーサーカーに月村すずかを取り込ませてしまったのならば、もやは殺害手段は無くなる。

 街一つで済めば良いかもしれない。海鳴市が死都となって、死者が侵攻し続け、未曽有の災厄を齎すだろう。

 

『その少女を殺して、君は英雄になるんだ――』

 

 まるで悪魔の甘言のように『魔術師』の言葉は脳裏に響き渡る。

 

 此処で殺さなければ、街一つが死都と化す。

 月村すずかの生命で、全員が救われる。

 コイツは冬川雪緒を殺した。それは許される事ではない。

 奴とは一週間足らずの付き合いだったが、この街で生きる術を教えてくれた。

 返しきれないほどの大恩のある男を、だ。

 

(この場においては、オレしか出来ない……)

 

 スタンドを出し、手刀を月村すずかの喉元に定める。

 相手は気を失っており、避けられる心配はまず無い。

 高町なのはにはスタンドは見えていない。

 阻止は間違い無くされない。速やかに事は成し遂げられるだろう。

 

(迷うな、殺すんだ……)

 

 道の一角が爆発したように吹き飛び、ランサーと高町恭也が後退しながら此方に視線を送る。

 その直後にバーサーカーは現れ、幾千の眼は令呪によって殺害対象になっている己のマスターに注がれた。

 

 そしてオレは選択を――。

 

 

「――決断出来なかったのか。それとも最善の結果を意図せずに引き寄せたのか? 興味深い考察だな」

 

 

 それは携帯電話からではなく、背後からの肉声だった。

 バーサーカーに幾十の爆撃が加えられ、侵攻が中断されたと同時にランサーと高町恭也が離脱して此方に合流する。

 

「『魔術師』……!?」

 

 此処には居ない筈の『魔術師』が、『使い魔』であるエルヴィをその背中に従わせ、悠然と立っていた。

 両腕の黒い着物の部分は赤く爛れたように発光しており、彼が受け継いだ『魔術刻印』が両腕から両肩に至るまで脈動していた。

 

「ランサー、高町恭也、さっさと下がれ。邪魔で仕方ない」

「あぁ!? 今下がったらバーサーカーに飲み込まれて死ぬぞマスター!?」

 

 何を寝言を吐いているんだ、とランサーは一喝し――『魔術師』は自身の両眼に右手を添えて、一歩、前衛組である彼等より前に歩んだ。

 

 

「――この私の『視界』に絶対入るな、と言ってるんだ」

 

 

 その瞬間、この空間の何もかもが死に絶えたような、そんな奇妙な感触を味わった。

 ――そして、その感想は、性質の悪い事に間違ってなかった。

 

「――な、」

 

 バーサーカーの身体が発火し、燃えている。

 あれは三百万に及ぶ生命の集合体だ。単なる発火魔術など、その身に蓄えた血潮で瞬時に消え果ててしまうだろう。

 

(――違う。これ、は、世界が燃えている? 『アーカード』の世界が……!?)

 

 死者達の腕が火達磨になって一方的に燃えていく。燃え堕ちていく。

 千の眼は焼き焦げて、一つ残らず瞑られていく。泡沫の夢は終わったのだと、終わらぬ悪夢は覚めて朝が来たのだと、彼等の世界を燃やし尽くす――。

 

 

「城主無き死徒の領民、夢の残骸か。よもや此処まで醜いとはな。あの吸血鬼殲滅狂の『神父』が吸血鬼を前に戦闘を放棄する訳だ――これは、見るに能わない」

 

 

 ……この場にいる誰もが、誰一人、動けずに見届けた。

 バーサーカーが燃え尽きる様を、光の粒子になって消滅するその瞬間を――。

 エルヴィは寂しそうに目を瞑って、吸血鬼でありながら神に祈る言葉である「Amen.」と呟いて十字を切った。

 

 

 

 

「――へぇ、それが君の隠し玉なの。絶対何か隠し持っていると思ったけど、随分と凶悪な『魔眼』をお持ちのようで。制御不能だから『邪眼』の類かしら? 流石は流石は、本来は勝者無き第二次聖杯戦争で『聖杯』を入手した勝利者ねぇ」

 

 燃え尽きるバーサーカーを見ながら、唯一つの観客席で観戦した『豊海柚葉』は艶やかに微笑んだ。

 赤く燃え滾る炎はそれだけで芸術だった。あれほどまでに激しく、荒々しく、澄んだ炎は見た事が無い。

 

「本当に、綺麗な虹色。赤味が少し強いのは『起源』に引き摺られているからかな? 効果は単純な『発火』や『発熱』じゃないようね。強烈で無慈悲な『運命干渉』かな?」

 

 誰も見る事が叶わなかった『魔術師』の魔眼は、最上級の宝石の如く綺羅びやかだった。

 人体蒐集みたいな趣味は持ち合わせていないが、とある世界で七大美色と言われる『緋の眼』に匹敵する輝きには、官能的で熱く火照った。

 

「万華鏡の如く七色が混同した『虹』――とは呼べないか。あれは月の王様とやらの証だって言われているし? 『宝石』の時点で最高位の『ノウブルカラー』だったけ? 唯一つの例外が多い世界よね、ホント」

 

 くすくす笑いながら席を立つ。

 中々愉しい前哨戦だった。聖杯戦争の第一回戦にしては上出来だろう。

 ただでさえ欠場者がいる中、貴重な一戦一戦を愉しまなければ損である。

 

「それにしても『月村すずか』は間違い無く此処で死ぬと思ったのになぁ。本当に私も君の事が興味深いよ、秋瀬直也」

 

 ――死せる運命を覆す。これが如何に困難かは最早語るまでもない。

 

 秋瀬直也は英雄になる道を選択せず、自らの手を血で穢す選択を下さなかった。

 一見してこれは単なる選択放棄に見えるが、結果として時間内に選択しない事が最良の未来を引き寄せた。

 その事には何かしらの意味があるのではないだろうか?

 

「彼は本当に『正義の味方』なのかなぁ?」 

 

 まるで恋焦がれる乙女のように、豊海柚葉は素肌を赤く染める。

 この聖杯戦争において限り無く無力に等しい彼の活躍が何故こんなにも愛おしいのか、その理由は彼女自身も正確には掴めてなかった。

 

「さて、次は『教会』勢力に踊って貰おうかしら? 彼は主役足り得るかしら?」

 

 力不足の『正義の味方』、愛に狂った『魔導書』、自殺志願者の『禁書目録』、次の物語のキーパーソンである『闇の書の主』――その空中分解しそうなほどごちゃごちゃな陣営に対するは、狂うほど一途で不屈な『大導師』殿である。

 

 

 

 

 



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15/再演

 

 

 

 

 ――押し寄せる絶望の波を、赤い炎が猛然と焼き尽くす。

 

 燃える世界、黒い和服を着た支配者は悠然と佇んでました。

 その背中を覚えている。男性にしては長すぎる赤髪を一つに三つ編み、両腕両肩に脈動する魔術刻印の赤い光も、今でも鮮明に思い返せます。

 この眼に鮮烈に焼き付いた、運命の夜の呆気無い終幕でした。

 

 ――その姿に憧れたと打ち明けたら、貴方は小馬鹿にしたように笑いましたね。

 

 それでも、貴方は私の目標になってしまったのです。

 貴方は何度も何度も拒否しましたけど、私は何度も何度も立ち上がりました。

 最終的には貴方は折れて――それは、私が得た最初にして最後の勝利でした。

 

 ――七人四騎の戦争を越え、舞台装置の魔女を超えて、貴方は灼熱の海に消え果てた。

 

 街は緩やかに死に絶えました。貴方という支柱を失い、防波堤が崩れ果て、街は分断され、同士討ちし、無情に削がれました。

 私もまたその大きな流れに飲み込まれ、気づけば仇敵どもの道具に成り下がりました。それは死をも上回る陵辱でした。

 

 ――貴方が生きていれば、未来はこんなにも残酷ではなかったかもしれない。

 

 貴方と居た頃の街が懐かしい。最近は昔の思い出に浸る事でしか慰められない。

 彼等の奴隷として使い潰されるまで、私は何も出来ずに、このまま朽ち果てるのでしょうか?

 

 ――否。否。否。否ッ!

 世界はいつだってこんな筈じゃなかった?

 戯言だ。弱者の言葉だ。そんな言葉は我が内に必要無い。

 世界を歪めて、思うように構築する。それこそが我が師の真髄でした。

 

 ――私は運命を変えられる唯一の『鍵』を見つけました。

 

 それは天井にぶら下がった一本の蜘蛛の糸でした。

 絶望の只中で見出した唯一にして最期の光明であり――逃れようのない破滅の始まりでした。

 

 ――さぁ、物語を始めましょう。

 血塗られた『英雄』の物語を。

 一人の傑出した『魔導師』の物語を。

 反旗を翻して討ち滅ぼされた『魔王』の物語を。

 

 ――そして私は再び『運命』と出遭った。

 

 

 15/再演

 

 

 ――長い夜は終わり、一時の安らぎが訪れる。

 『魔術師』の屋敷に帰還し、気を失った月村すずかを一室のベッドに眠らせる。

 来訪者が訪れたのはその直後だった。

 

「すずかっ!」

 

 姉の月村忍との感動の再会、と言って良い物か。

 月村すずかは未だに眠ったままである。

 ……これから彼女は、数々の苦難にぶち当たるだろう。途中で折れてしまうかもしれない。絶望して自ら生命を絶ってしまうかもしれない。

 ただでさえ令呪をもって自らの死を命じるくらいだ。幾ら実の姉と言えども、自殺を止めれる気がしないのだが――。

 

「はいはい、病人の前ですから静かにして下さいね」

「五月蝿いわよ、吸血鬼!」

 

 ……本当に、この『魔術師』と『使い魔』は高町恭也と月村忍に何をしたのだろうか?

 二人からの恨まれっぷりが尋常じゃない気がするが……?

 

「人間として再起不能になると思ったのだがな、残り香でも存外に復元するものだ」

 

 小馬鹿にするように『魔術師』は月村すずかの体の状態を告げる。

 あれだけバーサーカーが暴れて、後遺症の一つや二つ残らなかったのは僥倖だっただろう。

 これも吸血鬼『アーカード』をサーヴァントにした事と夜の一族の相乗効果だったのだろうか?

 

 

「起きているのだろう? 月村すずか」

 

 

 ぴくり、と――月村すずかは『魔術師』の言葉に反応してしまう。

 周囲の皆も一斉に視線を集中させる。

 

「死ねなくて残念だね、月村すずか」

「……どうして、助けたのですか? 私に、生きる価値なんか――」

 

 『魔術師』は皮肉気に笑い、月村すずかはゆっくりと目を開けて『魔術師』を睨む。

 おいおい、挑発してどうするんだよ? 立ち直させる気は零か?

 

「死ぬのはいつでも出来る。死という『安楽』に逃避する事は絶対に許されない。――生きて償え。苦しみ悶えた末に無様に死ね。それが私の復讐だ」

 

 ――それが冬川雪緒への、弔いの挽歌。

 ぽろり、と。月村すずかの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 

「……どうやって、償うのですか? 私は――」

「そんなの自分で考えろ。そもそも私は『罪』だの『罰』だの執着出来ない性質なんでね。むしろ踏み倒す側だ。――死で『罪』が清算出来ると思うなよ?」

 

 言いたい事を言い終わって『魔術師』は退出しようとし、携帯のベルが鳴り響いた。

 各々に視線を送り、首を傾げ、首を振り――月村すずかは、震えながらその携帯を取り出した。

 

「冬川の……?」

 

 一体誰から――?

 『魔術師』の方に視線を送り、彼は無言で頷く。

 その配慮に感謝して、意を決して非通知の電話を取る。

 

「――誰だ?」

『……秋瀬直也か? オレの携帯を回収したという事は、事は片付いたようだな』

 

 

「は?」

 

 

 ――『オレ』、だと……!? それにこの声は――だが、お前は、

 

「……冬川雪緒? 馬鹿な。お前は、死んだ筈じゃ――!?」

『――? 寸前の処で自身の死を偽装し、辛くも逃走に成功したのは良いが、意識不明の重傷でな。今まで連絡出来なかった。三河――お前の前任者だが、ソイツに探し当てて貰わなければ死んでいた処だ』

 

 ……思い出す。

 確かに朝一番に非通知で此方の携帯に掛かって来て、冬川雪緒の生存を信じて赴いた奴が居た。

 あの野郎、無事なら連絡の一つや二つ、即座に寄越せっつーの……!

 

『……気のせいか、話が食い違っている……? まさか奴から連絡が行ってないのか……!?』

 

 珍しく慌てた口調の冬川雪緒は、自身が『死亡確認!』されていた事に漸く気づく。全くよぉ、その間抜けっぷりは第二部のジョセフじゃねぇか……。

 

「……っ、この馬鹿野郎ォッ! 生きているなら早く言いやがれよなぁ……!」

 

 涙を流しながら、笑う。

 彼が生きていて良かったと、心から喜ぶように――。

 

 

 

 

「昨晩はお愉しみでしたね! きゃー、これ一回言ってみたかったんですよー!」

「な、何もしてないわよ!? 人の家でやる訳無いじゃないっ!」

 

 翌朝、『魔術師』の「夜の街は危険だから泊まっていけ」の一言で屋敷にまた一泊し、個性豊かな面子と朝から対面する。

 エルヴィが何処かで聞いた事のある一文で月村忍をからかい、彼女は顔を真っ赤にして反論する。高町恭也の顔が真っ赤な事から、彼女自身は墓穴を掘っている事に気づいていないようだ。

 

「……朝から随分と騒がしいのう」

「良いんじゃねぇか? いつもみたいな閑散とした幽霊屋敷より百倍マシだろうよ」

 

 居間で焙茶を飲みながら『魔術師』は呆れた表情をし、アロハシャツという謎のチョイスの私服に着替えたランサーはけたけた笑う。

 この人も『魔術師』のサーヴァントを平然と務めるなんて、第四次のランサーとは比べ物にならないぐらいの適応力である。

 もしも第四次のランサーが召喚され、同じように『魔術師』に奪われていたらこうはいかなかっただろう。

 

「洋館なのに朝食は和食なのねぇ……」

 

 席に付いた月村忍は不思議そうにテーブルの上に用意された朝食を見ていた。

 ほっかほかの白飯に味噌汁、そして鮭の焼身に出汁巻き玉子をエルヴィが運んでいく。

 

「忍さん、すずかちゃんは……」

「……うん、今は色々と疲れているし、ね?」

 

 高町なのはが月村忍に尋ね、しょんぼりとする。

 昨日の今日じゃ立ち直れないだろうし、高町なのはの場合は顔を合わせ辛いだろうな。

 運び終わり、全員が席に着く。

 

『いただきます』

 

 手を合わせて合唱する。おお、出汁巻き玉子うめぇ。舌の上でとろりと蕩けやがる!?

 これは御飯が進む。他の皆も感心したように食べ、エルヴィは誇るように無い胸をえっへんと張っていた。

 料理スキルも普通にあるんだなぁ、あの吸血鬼。

 

「……あ。そういえば、気がつけば二日も此処に……!? 今から家に帰るのが怖ぇ……!?」

「それなら大丈夫ですよ? ご主人様の指示でちゃんと誤魔化していますから! こう、ぐるぐると」

 

 此方の目先に人差し指を差し出して、エルヴィは可愛げに回す。

 ああ、エロ光線だか魔眼だか暗示だか知らないが、誤魔化してくれたのならば有り難い。

 何て言い訳しようか悩む必要が無い訳だが――普通にそういうの乱発して大丈夫なもんかねぇ?

 

「あ、ありがとうございます、と言った方が良いのかな?」

「別に何も要求しないよ。君には期待していると言っただろう?」

 

 これまた『魔術師』は背筋が凍るような素敵な笑顔をお浮かべになる。

 無料ほど高いものは無い。コイツ、また何か企んでやがるな――!?

 

「秋瀬直也君、何か困った事があったら相談してくれ。今度はオレが君の手助けをしたい」

「失礼な奴だな、高町恭也。それではまるで私が秋瀬直也を破滅に誘うようじゃないか」

 

 高町恭也と『魔術師』の間に火花が散る。

 恭也さんの言葉は滅茶苦茶有り難く、『魔術師』の言葉もまたあながち間違って無くて恐ろしい。

 

「そうだ、一つ忘れていた。高町なのは」

「は、はいっ!?」

 

 と、『魔術師』は唐突に思い出したような素振りで、話題の方向性を高町なのはに変更し――シスコンの高町恭也の視線が更に剣呑に鋭くなる。

 狙ってやっているのならば拍手したい気分だ。

 

「封印した『ジュエルシード』は私が責任を持って預かろう。欠陥品なれども願望機だ。禍根の種となる可能性があるしな」

「今度はどんな悪巧みに使うんだ? マスター」

 

 まぁた始まったよ、という呆れっぷりでランサーは鮭に手を出しながら己がマスターに聞く。というか、箸の扱い上手だな? 聖杯からの現代知識か?

 

「私としてはこれを管理局の手に委ねる気は無いから――」

 

 そう言って『魔術師』は着物の袖から『ジュエルシード』を一つ取り出し――あれはランサーに『主替えに賛同しろ』という命令を消費した時に排出されたものか?

 事もあろうに『魔術師』は『ジュエルシード』を親指と人差指で摘み――力を入れて握り潰した。

 

「あーっ!?」

 

 二十一個の『ジュエルシード』が二十個のジュエルシードになった瞬間である。

 危険物の『ジュエルシード』を暴走させずに破壊するという理解の及ばぬ高等魔術を披露したのだが、破壊するというパフォーマンスに衝撃がありすぎてそんな事まで頭が回らない。

 

「手に入れた分は全部砕くよ」

 

 まるで昔から決まっていた決定事項を述べるように『魔術師』は平然と言い捨てやがった!?

 其処までして管理局に『ジュエルシード』を渡したくないのか。渡したくないのだろうなぁ。

 

「も、勿体ねぇっ!? それでも願望機だぞ!?」

「願望機という存在が世界を変革しないのは、無駄に使い潰す者の手にしか渡らないからだ。人はそれを『抑止力』という」

 

 究極的な結果論だな、暴論過ぎて涙が出るわ。

 それはお前が元居た世界のみの事だろうよ。

 しかし、勿体無いが――これは非常に解り難いが、高町なのはに対する配慮では無いだろうか?

 このまま彼女が『ジュエルシード』を持ち続ければ、それを狙う勢力と交戦する可能性さえ出てくるし、徹底的なまでに彼女を原作及び今の事態に関わらせないようにするのか?

 それは『高町なのは』の代わりに『フェイト・テスタロッサ』陣営の利害と致命的なまでにぶち当たるという事だ。

 手に入れた傍から『ジュエルシード』を廃棄するなら、何が何でも『魔術師』の排除を目論むだろうし、『魔術師』としては『フェイト・テスタロッサ』陣営を真正面から敵に回す危険を避ける為に高町なのはに『ジュエルシード』を持たせ続けた方が――。

 色々考えたが、あの『魔術師』らしからない手だと思うが、さて?

 

「あ、あのっ! 神咲さん!」

「ユーノ・スクライアの事情を考慮する気は無いぞ。この場に居ない者の意志など知ったこっちゃない」

「わー、ご主人様鬼畜ー」

 

 何か高町なのはが意を決したかのように『魔術師』の名を呼ぶ。そういえばユーノって本当に何処行ったんだ?

 そして高町なのはの次の発言は此処に居る全員の予想を斜め上に超えたものであった。

 

 

「私を貴方の弟子にして下さい!」

 

 

 恐らく此処に居る全員が「は?」と呟いてしまった事だろう。

 それぐらいまでに、高町なのはの提案は余りにも突拍子無いものだった。

 

「なのは! 何を言ってるんだ!?」

「待て待て、早まるなっ! 落ち着いて深呼吸するんだ!」

「なのはちゃん、そんな破滅的な自殺願望を抱いちゃうなんて駄目ですよ……!?」

 

 上から高町恭也、次にオレ、そしてエルヴィ……お前、『魔術師』の『使い魔』の癖にひでぇ言い草……。

 

「……朝から幻聴が聞こえたな。ふむ、寝不足かな?」

「嬢ちゃん、やめとけって。こんな性根の腐った『魔術師』から学ぶ事なんざ何も無いぞ。全力で反面教師にするぐらいだ」

 

 『魔術師』は自らの耳を疑い、ランサーさえ止めておけと忠告する始末だ。

 一体何がどうなって、高町なのはにそんな決断を下させたのか? 謎が深まるばかりである。

 

「私は、すずかちゃんに何も出来ませんでした」

「そうでもない。あの場で令呪を封印出来たのは君だけだ」

 

 その通りである。あの場に高町なのはがいなければ、月村すずかの生存は絶望的だった。彼女が居たからこそ、救える望みがあったのだ。

 それを悔やむ事は無いと思うのだが……。

 

「……違うんです。私が最初に遭遇した時にすずかちゃんを止められていれば、被害はもっと少なく済みました」

 

 それは結果論である。例えば、高町なのはが砲撃魔法を使い出した頃に交戦していれば、非殺傷設定での魔力ダメージで『魔力枯渇』が引き起こって、月村すずかを呆気無く殺害していたかもしれない。

 本当に、初戦で彼女とぶち当たったのはある意味幸運だったのかもしれない。それほど今回の一戦は綱渡りの連続だったと後から汗が流れる勢いである。

 

「――私は、今後同じような事があっても、対抗出来る力が欲しいのです……!」

 

 ……それは。思わず、口を塞ぐ。

 彼女が原作通りの成長をすれば、その願いはまず叶うだろう。

 彼女の才覚はそれを容易く叶える。

 でもそれは、今のこの街の状況に置いては――。

 

「――君は『魔導師』で、私は『魔術師』だ。図面上は一文字しか違わないが、『魔導師』は『リンカーコア』なる器官が先天的に必須であり、『魔術師』は『魔術回路』なる擬似神経が先天的に必要だ。似て非なる者と認識してくれれば良い」

 

 当然の事ながら『魔導師』と『魔術師』は違う人種だ。

 世界の法則が違うと言っても良い。魔法のような科学は未来を目指し、魔術は過去を目指す。間違っても交わる道にはいないのだ。

 

「更には君の『魔法』は魔法の域まで発展した科学技術であり、神秘・奇跡を再現する行為の総称である『魔術』とは真逆の技術系統だ。『魔術師』の私が『魔導師』の君を指導するなど筋違いも良い処だ」

 

 ――万が一、億が一の僥倖が重なって『魔術師』が高町なのはに指導する事があるとすれば、戦いに対する気構えを伝授するぐらいだろうか?

 それはそれで彼女が正史以上にやばくなりそうだが……。

 

「そして何よりも――君のような子供は、此方側に足を踏み入れてはならない」

 

 オレはそっと――『魔術師』が分別ある大人で良かったと一息吐く。

 原作から疑問に思ってきた事がある。それは九歳の少女に世界の命運を背負わせて良いのだろうか、と。

 アニメの都合上、他の大人は何も活躍出来なかったが、それでも一人の大人として子供に世界を背負わせるなんて不甲斐なさすぎるとは思っていた処だ。

 

「でも、私は――!」

「――君は、何になりたいんだい?」

 

 逆に『魔術師』は問い掛ける。その声は何処か優しげであった。

 

「――君は『英雄』になってはいけない。君の類稀な才能は君自身を容易にその境地まで辿り着かせるだろう。それで、どうする? 君は月村すずかを『殺害』して犠牲を最小限にしたかったのかい?」

 

 高町なのはの瞳が真ん丸になる。

 そう、例え全盛期の高町なのはが居たとしても、月村すずかに引導を渡す事は出来るが、救う事は決して出来なかっただろう。

 彼女に衛宮切嗣のような『正義』を行わせる訳にはいかない――。

 

「犠牲者の血で彩られた膨大な殺人劇こそ『英雄』の物語だ。此方側に足を踏み入れるというのはそういう事だ。綺麗事じゃ片付けられないから手を穢してでも片付けるんだ」

 

 『魔術師』は自身の手の平を見せびらかすように眼下に晒す。

 ――その手は膨大な血で穢れている。幾ら洗おうが、永遠に拭えるものではない。

 

「――君はね、此方の事情を必要以上に背負い込もうとしている。そんな必要な全く無いんだ。君は『高町なのは』のままで良い」

 

 原作では高町なのはしか対抗手段が無かった。

 でも、此処では違う。もう訳の解らないぐらいごった煮の魔都になっているが、それでも九歳の少女が身を削らなくてもいいほどの実力者が出揃っている。

 

「全てを忘れて、普段通りに暮らすが良い。偶にで良いから親孝行してやれ。隣にいる友人を慈しんでやれ。どれも私には出来なかった事ばかりだ」

 

 『魔術師』は羨むように語り聞かせ、高町なのはは何か言いたげに顔を上げ――館全体が揺れる!? 地震? いや、何か違う……!?

 『魔術師』の顔色は極めて悪くなる。あの常に余裕綽々の彼が……!

 

「――ッ! 外で迎撃しろ、ランサー! もう一発撃たれたら防御結界が破られるぞ……! 私も出陣するッ!」

 

 ランサーが霊体化して戦場に馳せ参じ、『魔術師』と『使い魔』がそれに続く。

 このまま『魔術工房』の強度を信じて此処に待機するか、また『魔術師』に協力してこの危機を乗り切るか――もう一発撃たれたらお陀仏らしいから後者しかねぇ!

 

「恭也さん、忍さん、なのはは此処に!」

「……な、え、秋瀬君は!?」

 

 動揺する高町なのはへの返答をせずにオレも玄関前を目指す。

 屋敷の廊下の調度品は落下して割れて散乱しており、今の敵対者の攻撃が予想外の一撃だった事を如実に示している。

 

 駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。辿り着く。

 スタンドを着用し、ステルスで隠れる。これなら視覚とは別手段で感知されない限り大丈夫だ。

 外に出る。ランサーは戦衣装で天を仰いでおり、『魔術師』と『使い魔』もまた立ち止まって見上げている? 敵は空にいるのかっ!

 

(まさか昨日の『銀星号』か!?)

 

 あれの重力操作による蹴りならば、屋敷を襲った衝撃ぐらい簡単に叩き出せるが――空を見上げる。其処には一人の白い少女が空中を舞っていた。

 

(なん、だと……!?)

 

 白い制服のようなバリアジャケットには、処々に蒼ではなく赤いラインが走っており――まるでパチもんの2Pカラーだ。

 トレードマークの茶髪のツインテールはそのままだが、両眼がとんでもなく邪悪に淀んでいた。

 

「――お久しぶりですね、師匠」

「お前のような凶悪な魔法少女を弟子にした覚えは現時点では無いがな。――『アーチャー』か? それとも『キャスター』か?」

 

 一体これは何の悪夢だろうか?

 何がどう間違って、この時代に、成長して全盛期を迎えた彼女が居るんだ――!?

 

「――此度の聖杯戦争では『アーチャー』として現界しています。師匠の持つ『聖杯』を頂きに参りました」

 

 そして英霊『高町なのは』はレイジングハートの穂先を『魔術師』に向け、にっこりと――今の彼女からは想像出来ないほど冒涜的で邪悪を孕んだ嘲笑を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 



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16/愛の唄

 ――英霊とは何なのか。

 

「神話や伝説の中の『英雄』が死後祀られて『英霊』となる。一騎当千の武勇を持つ者、神算鬼謀の軍師、国を救済した聖女、民を騙した扇動者などが該当するか」

 

 ――どうやったら、英霊は生まれるの?

 

「偉業を成し遂げて人々から信仰されれば自然と祀り上げられるものさ。近代の戦争で『英霊』が生まれないのはその為だ。……『スツーカの悪魔』とか、そういう人外は知らない。知らないったら知らない」

 

 ――偉業を成し遂げる?

 

「何でも良いさ。それこそ類を見ない善行でも度し難いほど醜い悪行でもな。本来死すべき人々の生命を救うとか、竜退治をするとか――百万人虐殺すれば此方の意志とは関係無しに死後『英霊』として祀られるだろうよ」

 

 ――悪行でも『英霊』になれるの?

 

「反英霊と呼ばれる種類の『英雄』にだがな。度し難い悪行でも後世には悲劇の美談として語り継がれるものだ、人間という生き物はね」

 

 ――何故、こんな事を聞いたかって? ……。

 

「言いたくないならそれで良いさ。ロストロギア如きで次元世界が滅びるほどだ。此方側には『抑止力』が無いだろう。死後を代価に先払いの契約をする事は出来ないだろうし、『掃除人』に成り果てる事は無いだろう」

 

 ――また新しい専門用語……?

 

「興が向いたら説明するさ。今は必要あるまい。――英雄など自分から望んでなるものではない。勝手に成り果てるものさ。栄光と破滅は等しく約束されたもの。英雄が必要とされていない世界が正しいのさ」

 

 

 

 16/愛の唄

 

 

「――私から『聖杯』を奪うとな」

 

 ……それは、地獄の釜底から轟いたような末恐ろしい声だった。

 両肩の魔術刻印が赤く脈動し、『魔術師』を中心に二重の陣が地面に走る。

 今の『魔術師』は眼を瞑っているものの、激怒の貌を浮かべ、心臓を鷲掴みにされたかのような殺意を撒き散らしている。

 近くにいるだけで息苦しいのに、空中に魔法陣を展開して静止している『高町なのは』らしき少女は平然と受け流す。

 

(いや、何なんだこれは?)

 

 それどころか、頬を赤く染めて、うっとりと恍惚感みたいなものを浮かべている……!?

 一体どんな経緯を辿って、彼女は此処まで壊れているのだ――?

 

「この聖杯戦争は他のサーヴァントと交戦する価値は基本的に無いですから。貴方の持つ『聖杯』にのみ価値がある」

 

 そしてまた『聖杯』である。

 ……『魔術師』が持っていたのか、いや、それに対する『魔術師』の執着が異常極まりない。逆鱗に触れたかの如く勢いである。

 

(万能の願望機は彼の言では使い潰す者の手にしか渡らない。という事は彼は『聖杯』だろうと無意味に使い潰す――だが、この反応はおかしい。万能の願望機など欠片も必要としてないが、『聖杯』には彼が重要視する何らかの要素が含まれている?)

 

 其処まで推測したが、その正体が何であるのかはまるで解らない。

 しかし、この『高町なのは』の成れ果てである彼女は全て知っているようだ。彼女の言葉を全面的に信じるなら、信じられない事に未来において彼と師弟関係になったらしいし……?

 

「――理解して言っているよな『アーチャー』」

「ええ、その『聖杯』が貴方にとってどんな意味を持っているか、私は良く知っている」

「ふむ。よもや現在のマスターに配慮した結果ではあるまい?」

 

 マスター、彼女のマスターは恐らく『フェイト・テスタロッサ』しか在り得ない。

 聖杯戦争の事情を説明したのならば、プレシア・テスタロッサは『ジュエルシード』なんてあやふやなものよりも万能の願望機である『聖杯』を求めるだろう。

 

(となると、此処から更に『フェイト・テスタロッサ』と『アルフ』という戦力が投入される可能性があるのか……!?)

 

 一応周囲の風の流れを観測してみるが、居なさそうである。ただ、二人共空戦適正があるので、感知外の距離から強襲される可能性も視野に入れて置かなければならない。

 

「あら、もしかしたら私のマスターは『彼女』じゃないかもしれませんよ?」

「それこそまさかだ。『交換したリボン』が触媒か、いや、それでは若干縁が薄い。或いは――彼女が持っていた『ジュエルシード』三個か?」

 

 にやり、と高町なのはは笑った。

 

(……待て。このやり取りは何だ……!? 自身が召喚される可能性を高める為に、フェイトに配布された三つの『ジュエルシード』を死ぬまで持ち歩いたという事なのか……!?)

 

 とあると、彼女がフェイトに召喚されたのは単なる偶然ではなく、意図的に仕組まれた必然となる。

 明確で揺るぎない目的を持って、未来の『高町なのは』は此処に居る……?

 

「――解せぬな。此処で戦う限り、お前の勝機は無いぞ? 此処は我が領域、此方には『使い魔』もランサーも布陣している。何が目的だ?」

「愛すべき師と睦言を語らいに来た。それじゃ駄目ですか?」

「素晴らしい。最近の睦言とは対城級の砲撃魔法をぶち込んでから語らうものらしいな」

 

 皮肉の応酬――だが、自分には『魔術師』がこの場で戦端を開く事を躊躇しているように見える。

 彼女が自分の弟子ならば、手の内は全部見抜かれている事になる。手札が全部解っているのならば、勝機無くして彼女から仕掛けて来る事は絶対に在り得ない。

 

(ランサーの『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』ならば、幾ら堅牢な要塞じみた防御性能を誇る『高町なのは』でも容易に殺害出来る。それを知らぬ訳があるまい)

 

 更には地の利が『魔術師』にある以上、此処での戦闘行為はまさに無謀とも言える。

 ならばそれ以外の目的があるのか、本人の意志に反する何らかの縛り――『令呪』による強制力が働いているのか?

 

「……ご主人様、未来で『高町なのは』に何をしたんですか? 滅茶苦茶恨まれてません? つーか、純度100%のヤンデレですか?」

「さてな。あれがどんな未来を歩んでこうなったかは興味が尽きないが――現状では『敵』でしかないな」

 

 痺れを切らしたのは『魔術師』が先であり、領地に魔力の光が生じ、屋敷の方も何やら聞き慣れない音が鼓動する。

 屋敷の中に入らずとも、仕掛けは大量に設置されているようだ。対する『高町なのは』は――悲しげに顔を沈めた。

 

 

「――私を、見てくれないのですか?」

 

 

 ――空気が、変わる。

 

 燃え滾るような熱気が『魔術師』から生じ、周囲の空間を歪ませる陽炎が揺らめく。

 それは以前に冬川雪緒が忠告した、絶対に触れてはいけない事だったが――『魔術師』の戦闘者としての冷徹さは想像以上に強固だった。

 

「お前が見るに能うかは私が決める事だ」

「……そう、ですか」

 

 『高町なのは』は寂しそうに顔を曇らせる。

 何なんだろう、このやりとりは。アーカードの残骸を焼き尽くした『魔術師』の『魔眼』は見た対象を焼却死させるものと推測出来るが――『魔眼』の対抗策を持っている、とはどうも違う感じがするが……。

 

 とりあえず、どう動くか。そろそろ『ステルス』の持続に限界が――『高町なのは』は振り向きもせず、見えてない筈の此方を指差し、桃色の魔力光を容赦無く放った。

 

「――ッ!?」

 

 自分の一歩前に炸裂し、風圧だけで十数メートルはふっ飛ばして屋敷の壁に激突する。

 集中力が途切れて、『ステルス』が解けてしまった。

 

「――邪魔しないでね、秋瀬君。こういう無粋な行動は、馬に蹴られて地獄に落ちるんだっけ?」

「ぶ、物理的な意味で落ちかけたわ……!」

 

 ……此方の手の内を完全に把握されているというのは、こうもやり辛い事なのか。

 何らかの方法で把握されたのは間違い無い。サーチャーか何か撒かれていたのか?

 問題は、その精度。完全に把握されて手加減されたのか、殺す気で外れたのか。

 後者の確率が濃厚なのは気のせいだろうか? 背筋が凍り付く。彼らの戦いに介入する気力を失う。

 

 ――今の一撃は、間違い無く非殺傷設定だとか都合の良いものにはなってなかった。

 

「……え? わた、し?」

 

 玄関先から、声がする。高町なのはは見上げ、『高町なのは』は見下ろす。

 その時の『高町なのは』の表情は余りにも複雑であり、察し切れない。過去の自分に思う事は沢山あるだろうが――それも一瞬の事だった。

 

「――それじゃ、師匠。また今度逢いましょう。今度は邪魔の入らない場所でゆっくりと愛し合いましょう」

 

 『高町なのは』は『魔術師』に投げキッスをして、遥か彼方に飛翔する。この場で勝負を付けずに撤退した、のか?

 

「……もう、何だったのですかねぇご主人様。……?」

 

 緊張感を解いたエルヴィの一言に『魔術師』は相槌すら打たずに自らの思考に集中し、高町なのはは呆然と空を見上げる。

 数々の謎を残し、五騎目のサーヴァントである『アーチャー』との顔見合わせは終わり――混迷の聖杯戦争に一石を投じたのだった。

 

 

 

 

「フェイトちゃん、大丈夫?」

「アーチャー、アンタ……!」

 

 主の下に馳せ参じた『アーチャー』はのっけから彼女の使い魔に胸ぐらを掴まれ――『アーチャー』は家畜を見るような眼で見下す。

 

「そう怒らないでよ、アルフ。これでも魔力節約しているんだよ? 貯蔵量も全然足りないし。一発でガス欠になるのは流石に不便よねぇ」

「これ以上フェイトから魔力を吸い取ったらフェイトが死んじゃうよ!」

 

 此処は彼女等が隠れ潜むマンション、彼女のマスターであるフェイト・テスタロッサはベッドの上に眠っていた。

 それは安眠などとは程遠く、熱苦しく息切れし、酷く弱々しい有り様だった。

 

 ――魔力枯渇による意識不明、それが現在のフェイト・テスタロッサの正しい容態であった。

 

 『アーチャー』は必要以上にマスターから魔力を奪い取り、生かさず殺さずの状態まで絞り取り、彼女を行動不能に陥れていた。

 本家本元の魔術師ならばサーヴァントに配給する魔力程度は調整出来るだろうが、別系統の魔導師には酷な話である。

 

「そうだね、そうなったら私も現界に支障が出るから困るわね。予備のマスターは居ないし。やっぱり現地調達した方が手っ取り早いかな?」

 

 配給元が立たれて弱体化しているアルフの腕を振り払い、『アーチャー』はソファに腰掛けた。

 

「げ、現地調達って……!?」

「そのままの意味だけど? 十人ぐらい見繕って喰らえばフェイトちゃんも大分楽になると思うよ?」

「馬鹿言わないで! フェイトを人殺しにする気かい!?」

 

 アルフは今にも殴りかかりそうなぐらい激怒するも、『アーチャー』は余りにも普通過ぎる反応に逆に呆れ果てていた。

 この聖杯戦争に挑むに当たって、彼女達とは温度差がある。意識がまるで違うのだ。

 

「私が殺害した分もフェイトちゃんに加算されちゃうから、遅かれ早かれ人殺しの仲間入りだよ? むしろ無意味に散らすより、有効に使った方が有意義じゃない?」

「――ッ。鬼ババアも鬼ババアだけど、アンタはそれを上回る悪魔だよッ!」

 

 ――悪魔、悪鬼羅刹、魔王、虐殺者、鬼畜外道、残虐非道。

 どうしてこう自分に飛ぶ罵声はいつも在り来りなのだろうか? もっと気の利いた言葉は無いのか、『アーチャー』は残念に思う。

 

「今更だね。もう聞き飽きたわ、その陳腐な謳い文句」

 

 

 

 

 ――眼下に広がるのは無数の墓場、彼女と契約を結んだ歴代の主の墓標である。

 

 それらを前に、彼女は何を想っているだろうか。

 それは自分には解らない。自分もまた、この墓場に納まった一人であるし、最終的に彼女は永遠の伴侶である大十字九郎によって報われる事を知っている。

 

 この時点でこれが夢であり、此処が彼女の記憶である事を自然に気づく。

 サーヴァントとの契約下にある自分達には精神的にも繋がっており、記憶の流動があるとか無いとか。

 確かに目新しいと思えば目新しい。歴代の彼女の主の結末を垣間見るのは初めての体験である。

 

 ……まぁ、その度に自分と比較して落ち込む訳だが。あれ、オレ弱すぎじゃね……?

 

 そして最新の記憶に辿り着き、彼女は遂に大十字九郎に出逢う。

 感慨深い。一時は自分のせいで大十字九郎と必ず出逢う未来そのものが見えなかっただけに、謎の感動さえある始末だ。

 自分のせいで感動のフィナーレを迎える物語が瓦解してしまっては何に詫びたら良いだろうか? 神か? 仏か? あの世界の邪神にだけは勘弁だが。

 

 大十字九郎と契約を結び、ブラックロッジと戦い、一時は死んだが邪神の策略で復活し、彼と愛を育み――おっと、此処は十八歳未満禁止だ。というか、スキップモードは無いのか!? 次、アル・アジフと会った時、気まずいぞこれ……!

 

 そして迎える運命の一戦。世界を破壊しながら大十字九郎とアル・アジフが駆る『デモンベイン』とマスターテリオンとナコト写本が駆る『リベル・レギス』は死闘を繰り広げる。

 

 恐らくは億単位に渡って繰り返し、同じ数だけ敗れ去った螺旋迷路の最終地点、遂に『デモンベイン』は『リベル・レギス』と同じ境地まで辿り着き、彼等の鬼械神の死闘は永遠に決着が付かない千日手となる。――唯一つの手段を除いて。

 

 ――神話が具現化する。最早オレ程度の魔導師では理解の及ばぬ光景が繰り広げられる。

 

 全てはこの一瞬の為に繰り返された『クラインの壺』だった。

 あらゆる旧支配者、外なる神を宇宙ごと封印した窮極呪法兵葬『シャイニング・トラペゾヘドロン』を打ち砕く為にナイアルラトホテップが繰り返した千の永劫――。

 

 ――そして、世界に外なる神は解き放たれた。

 瞬く間に彼等は地球を蹂躙し、壊された、狂わされた、弄ばれた……!?

 

 ……検閲された記憶を取り戻せず、ナイアルラトホテップの策略に気づけなかった……!?

 ちょっと待て。これはアル・アジフの記憶の筈。このアル・アジフは――救いの無いバッドエンドを辿った彼女だと言うのか!?

 

 ――『魔を断つ剣』は砕かれ、大十字九郎とアル・アジフは魂ごと邪神に陵辱され――彼の主はひたすら『書』を探し歩いていた。

 

 それを、彼女は此処で見届けていた。

 無数の墓場で、何も出来ずに壊れ行く大十字九郎を見続けていた。

 

 彼はひたすら探し続けた。最早探し物が何であるのか、それすら判別出来ないぐらい壊され、精神的に狂い、記憶が全て摩耗しても探し続けて――いつも彼女の死を再体験して魂の底から絶叫する。

 それでも彼は探し続けた。既に終わった結末、彼の魂が朽ち果てるまで永劫に終わらない悪夢を、彼女は見続けていた――。

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああ――っ!?」

 

 絶叫する。無限の絶望が喉元まで駆け上がり、オレの精神を呆気無く蹂躙する。

 何だ、今のは。何だ、あの結末は! これがアル・アジフの末路だと言うのか。あれがオレが齎した最悪の未来だと言うのか!?

 あんな陵辱され尽くした世界が、全てが狂い果てて壊された世界が、狂ったフルートの音色が鳴り響く悍ましき世界が――!

 

「クロウ!? どうしたと言うのだ……!?」

 

 いつの間にか、誰かが、駆け寄って何かを喋っている。

 人、そうだ、普通の人――自分自身の顔を全力で殴り、その痛みで何とか我を取り戻す。

 今の自分の見える世界は汚濁されたものではない。何一つ穢されていない世界だと心底安堵する。

 

「はぁ、はぁっ、はあぁっ……!」

「クロウ、大丈夫か……?」

 

 アル・アジフは心配そうに此方の顔を伺う。

 いや、今、オレの心境を察しられるのは不味い。時間が欲しい、少しでも取り繕う時間が――。

 

「す、すまない、寝惚けた……水、水を、持ってきて来れねぇか?」

「お、おう、すぐ持って来よう」

 

 いつも傲岸不遜の彼女は今回ばかりは素直に従い――彼女を見送って大きな溜息を吐いた。

 此処に至って、シスターが何で武装の質問をさせたのか、図らずも解ってしまった。

 彼女は疑っていたのだ。あのアル・アジフがどんな末路を辿った彼女なのかを。

 

 オレは何も考えずにハッピーエンドに至った彼女だと思っていた。

 旧神ルートの彼女は本当に神なる存在になってしまうので、聖杯戦争の召喚の枠組みから外れてしまう。召喚出来るのは英霊級であって、神霊級は不可能というルールに。

 

 ――邪神の策略に気づき、無限螺旋を突破し、何もかも無かった事になった新世界で再び大十字九郎と巡り合った彼女だと勘違いしていた。いや、疑いもしなかった。

 

 程無くしてアル・アジフは水を淹れたコップを持ってくる。酷く慌てた様子が見て取れた。

 

「ああ、すまない。ありがとう……」

 

 彼女から受け取り、一気に喉に流し込む。

 冷たい水が身体中に広がり、少しだけ落ち着きを取り戻せたような気がする。

 

「どうしたのだ? クロウ」

「あ、はは。情けねぇ事に――『二回目』の死を夢見ちまってな。年甲斐も無く取り乱しちまった」

 

 咄嗟の誤魔化しの為にそんな嘘を言ってしまい、その場面を思い出して憂鬱になる。オレとしても二度と思い返したくない出来事だ。

 

 ――オレには『邪悪』に対抗出来ない。

 

 才能無きオレはアル・アジフの次のマスターを必死に探した。

 そして遂に探し当てて、彼女にアル・アジフを託し――奴等に捕まってしまった。

 奴等は新たなマスターを誘き寄せる為に、オレを公開処刑した。足の爪先から少しずつ捕食される最期を迎えるなんて、その時までは想像だに出来なかった。

 

(……全く、そんなのマブラヴの世界だけにしてくれよな)

 

 奴等は少しずつオレを壊しながら「命乞いをしろ、今すぐ新たなマスターに助けを求めるんだ」と嘲笑いながら脅迫した。

 苦しかった。痛かった。今すぐ楽になりたかった。だが、そんな願いは聞けなかった。最後までオレは「オレを無視してさっさと此処から逃げろ」と叫び続け、長い拷問の末に息絶えた。

 

「――すまぬ。妾はお前を、見捨てた」

 

 アル・アジフは今にも泣き崩れそうな顔になった。

 あの、傲岸不遜の彼女が、今ではそんな素振りさえ見当たらない。

 彼女がどんな思いでオレが壊れる様を見ていたのか、彼女の記憶を見る事で知る事が出来た。

 助けに行こうとする新たなマスターを、必死に止めてくれた。血を吐くような想いで、オレの託した想いを無駄にせずに遂げてくれた。

 

「何言ってんだ。辛気臭い事は無しだ。あそこで二人共喰われたら何もかもがおしまいだった。逆にあの場面で戻ってきたら、オレはお前を絶対に許さなかった」

 

 ぽんぽん、と泣き出しそうな彼女の頭を撫でる。それ以外に、慰める術をオレは知らない。

 

 ――オレ、なのだろうか?

 彼女を弱くし、大団円まで辿り着けなかった最大の原因はオレなのか……?

 

 もしも、そうならば、オレの存在は、喩えようのないほど害悪だった。

 これでは誰よりも邪神に利する存在だ。存在するべきでは無かったのだ、オレみたいな忌むべき異物は――。

 

「なぁ、アル・アジフ。これは最初に聞くべきだったんだが――お前が聖杯に託す祈り、まだ聞いてなかったな」

 

 ――びくり、と、アル・アジフは震える。

 彼女は泣き出しそうな童女のように、涙を堪え、同時に目の前のオレなんかに恐怖した。

 

「妾は、わら、わは……!」

 

 ――ああ、今すぐ自分自身を殺してやりたい衝動に駆られる。

 がらがらと、自分の中で何もかもが崩れ去る音が聞こえた。

 オレが、取り返しの付かない失敗を、完璧な彼女にさせてしまった。オレがいなければ彼女は間違わずに最良の未来に辿り着けた筈だ。

 

 一際甲高い破壊音が生じ、教会を激震させる。

 よりによって、こんな時に敵襲だと……!?

 

「話は後だ! 行くぞアル・アジフッ!」

「あ、あぁ!」

 

 中断し、オレ達は音の鳴った方へ走る。

 階段を三段ぐらい飛ばして走り、大聖堂に辿り着く。

 

 ――入り口は木っ端微塵に破壊され、それを行ったであろう魔人は悠々と待ち構えていた。

 

 それは深淵の闇より昏い、真っ黒尽くめの青年だった。

 人外の美麗さに瞳は狂ったように爛々と赤く輝いており、服には冒涜的な意匠がこれでもかと仕込まれている。何より特徴的なのは――。

 

(闇に浮かぶ、三つの燃え上がる眼――!? )

 

 身に纏う悍ましき魔性さは他に比類する者は無く、一瞬にして敵との力量差を思い知ってしまう。

 これはまずい。桁外れだ。過去に出遭ったどんな魔導師と比較しても、比較対象に成り得ない。

 

「こうして遭うのは初めてかな? クロウ・タイタス」

 

 まるで詠うように青年は口にし、礼儀正しく一礼する。

 寒気が走る。心が萎縮する。敵う訳が無いと、戦う前から解ってしまった。

 背後から誰かが駆けつけ、この侵入者を目撃する。

 シスターだ。彼女は忌々しげに睨みながら、あらん限りの敵意を込めて叫んだ。

 

「『這い寄る混沌』の『大導師』――!」

 

 

 

 

 

 



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17/再戦

 17/再戦

 

 

「――どういう事か、説明して貰おうか」

 

 屋敷に戻ったオレ達――というより、高町恭也はあのサーヴァントについて『魔術師』に問い詰める。

 あれから『魔術師』は考える素振りを見せて一言も喋っていない。不安そうに『魔術師』を見ている高町なのはに対しても一瞥もしないほど自身の思考に内没していた。

 高町恭也の苛立ちが頂点に達しようとした時、『魔術師』はエルヴィが用意したコーヒーを一口飲み、漸く此方に反応した。

 ……屋敷は洋式被れ、服装は和風被れ、飲み物はお茶やらコーヒーやら紅茶やら、節操無いんだなぁ。

 

「推測になるが、あれは平行世界の『高町なのは』の成れの果てだろう。どういう訳か私への弟子入りが成功し――私が早くに殺害された後の彼女だろうね」

 

 皮肉気に自嘲しながら『魔術師』は語る。

 何か思い当たる事が多数あったのか、あの会遇で得た『魔術師』の結論はオレ達の想像を超えるものであった。

 一体何を持って自身の死を察知したのか、疑問に思う点は皆も同じだった。

 

「――その根拠は?」

「あれに私を殺す気が無い事。その一点に尽きる」

 

 ……確かに、あの『高町なのは』――ああ、解り辛くてややこしい! アーチャーは敵対し、彼の持つ『聖杯』を奪う事を宣言したが、殺す意志は余り見られなかった。

 何方かというと、独占欲とかあるのでは無いだろうか? 高町恭也と本人の前では言い難いが。

 

「私は今まで一度だけ弟子を取った事がある。私より優秀な魔術師でな、神咲の魔術刻印を受け継ぐに相応しい人物だった。けれど、駄目だった。あれは最期にしくじりやがった」

 

 忌々しそうに口汚い口調で『魔術師』は吐き捨てる。

 神咲の魔術刻印を受け継ぐに相応しい人物? それはつまり、後継者、二回目の世界における彼の血族だろうか? それとこれがどう話に結び付くのだ……?

 

「私が弟子に与える最後の課題を、あの『高町なのは』は知らない。ならば、あれの生きた平行世界での私は不慮な事態で早死したと推測するのが妥当だろう」

 

 近い将来に『魔術師』が死去する。まるで現実味の無い話である。

 この誰よりも悪どく、しぶとそうな人物が誰かに殺される? 殺しても死にそうにないのにか?

 という事は、あのアーチャーはその未来から、何らかの強烈な動機を持って聖杯戦争のサーヴァントとして召喚されるという万が一にも等しい確率に賭けて此処に居るというのか……?

 

「あれの明確な目的までは流石の私も掴めていない。お陰で迂闊に動けなくなった」

 

 ……『魔術師』は若干苛立った口調で語る。

 迂闊に動けなくなった、それはその場に置ける最善手を打てば、間違い無くアーチャーに読まれて横合いから最高のタイミングで叩き込まれるという事か。

 

 ――ただ、問題としてはアーチャー陣営にある。

 

 『魔術工房』に篭った『魔術師』陣営に対しては幾ら彼女でも勝負にならないだろう。ならば『魔術工房』から出た瞬間を狙うのか?

 その場合でも『魔術師』に『使い魔』、ランサーを相手にする事になり、アーチャーの陣営ではフェイト・テスタロッサとアルフが協力しても天秤は傾かない。

 アーチャーにはその戦力差を覆す『一手』が必要となり、『魔術師』本人もその『一手』が何なのか、掴めないでいるという訳か。

 

(……ん?)

 

 あれこれ考えていると、高町恭也は鬼気迫った表情で『魔術師』を睨み、高町なのはの盾になるように一歩前に出る。

 『魔術師』は高町恭也の危惧に思い当たりがあったようだ。

 

「……言っておくが、此処に居る高町なのはとアーチャーの『高町なのは』は別人だ。君の妹を今殺した処であの『高町なのは』に影響は無い。起源を同じくして別の道を歩んだ者に過ぎないからな」

 

 衛宮士郎と第五次のアーチャーの関係がまさにそれだ。

 既に確定している未来がいる中、過去がどうなろうと未来の存在は変わらない。とうの本人が過去の自分を殺そうとすれば、夥しい矛盾が生じてどうにかなってしまうかもしれないが。

 まさかアーチャー、彼女自身がそんな破滅的な願望を抱いているとは考え辛いが――。

 

「……その最後の課題とは、何でしょうか……?」

「聞きたいのかい? そうだね、弟子にする予定の無い君になら聞かせても――」

 

 喜んで聞かせようとした『魔術師』の様子に、高町なのはは咄嗟に両耳を塞いで「あーあー!」と断固拒否の構えに出る。

 その様子に、高町恭也は未だに弟子になるという無謀な願望を諦めてないのかと深々と溜息を吐いたのだった。

 恐らく意固地になった彼女を説得出来るのは貴方だけなので、頑張って下さいなと心からの応援を送るのだった。

 「面倒事には断固関わらぬ!」という事でもあったが――。

 

 

 

 

『――で、どうしたん? 私達を呼び出すほどの厄介事とはワクワクするねぇ』

『まだ地球に到着していないのに問題発生したのか? 先行き不安だ……』

 

 此処はアースラにおいて私以外進入禁止の通信室、いつもの黒幕会議のメンバーと交信出来て秘匿性が保たれる最新鋭の設備を、彼らが用意した空間である。

 

 今日の欠席は大将閣下です。教皇猊下も引き続きお休みです。

 

 これとか特別な権力を握らされたお陰で船内の空気は最悪なんですけどねぇ。私の場違い感が物凄いです。皆、白い目で見て会話とか成り立たないし。

 

「えーとですね、地球に居る筈のユーノ・スクライアを保護しました」

 

 今日の本題はこれである。ちなみに怪我とか一切してなかったけど、SAN値が直葬したのか、錯乱状態でヤバいので強制的に眠って貰っています。

 

『は?』

 

 そのご反応は最もである。私だって「何で此処に居るの?」って最初驚いた。

 高町なのはにレイジングハートを渡したようだが、サポート役を放棄して何で此処に来たのやら。

 

『……何でまた? 『アースラ』が地球に到着するまで結構掛かるのに?』

「えとですね、何か酷く錯乱していて要領を得ないんですけど、要約すると地球の危険性が管理局の想定をはるかに上回るから早くて来てくれぇーって処ですかね?」

 

 彼が暴れ狂う度に鎮痛剤を消費し、落ち着いた次の日に事情聴取という具合である。

 

『なのは置いてきて私達に助け求めに来たの?』

「はい、現地で協力してくれた女の子は多分死んだとか。意味不明な供述をしてます」

『いやいや、幾ら何でもあの主人公様がそう簡単には死なないっしょ』

 

 幾ら『聖杯戦争』が始まっていても、彼女なら下手なサーヴァントより丈夫そうだから何やかんや言って生き残ってそうだが、ユーノがいなくなったせいで生存率が下がったのがかなり影響しそうである。

 

『……この事態をどう思う?』

『まずいっしょ。見捨てておいて私達に助けを求めた、なんて第一印象最悪でしょ? ぶっちゃけ今のユーノ・スクライアに利用価値なんて無いね』

 

 管理局は正義の使者でなければ意味が無い。

 ユーノが一緒ならば初対面での説得は容易いが、他の者の入れ知恵、特に『魔術師』だった場合は最悪だが、そういう勢力の介入があれば此方もやり辛くなる。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサを管理局入りする道筋は、遥か彼方に消え去ってしまったような気がします。

 

『高町なのはが生存していて、尚且つジュエルシードも保持していなければ、我々との関係は完全に潰えるな。原作に介入しようが無い』

『お、珍しくまともな事を言うじゃん』

『何で儂がいつも的外れな事を言っているように思っとんじゃ貴様は!』

 

 珍しく太っちょの中将閣下がまともな事を仰っておられる。

 本当に珍しい事もあるものだと、私は感心します。

 

「ところで、地球の情勢とかは何か入ってきてます?」

『えーとね、此方の最新情報は月村すずかがバーサーカーの主で、最初に脱落したって事ぐらいかな』

「あらら。原作でも二次創作でも目立たないすずかちゃんが、ですか?」

 

 アリサ・バニングスは何かと優遇されて目立っている印象だが、彼女の方は『夜の一族ぽ』(何故か出会って間もないのに吸血鬼である事をカミングアウト、オリ主は「そんなの気にしないよ」で速攻惚れる最速フラグ立てのテンプレ)でちょろくて出番少ないイメージですが。

 

『そうだね、小説にしたら一冊書けるような壮大なストーリーだったらしいよー。現地工作員が言うには。私はアリサ派だから興味無いけど』

『身も蓋も無いなぁこの小娘はっ!』

『ありゃ? まさかのすずか派?』

 

 何か上の人達は別の理由で派閥争いをしそうな勢いです。

 ちなみに私はなのは派です。今から出逢うのが楽しみで仕方ありません。でもスターライトブレイカーを食らってお友達になるフラグはいらないです。

 

『とりあえず、フェイトとか介入し出したらババーンと行こう。その頃には聖杯戦争も終わっているか落ち着いているっしょ』

 

 だと良いのですが、と私は大きな溜息を吐きます。

 ユーノ君が普通の状態ならば、情報源として大いに役立てたのに、残念でなりません。

 

 

 

 

「うむ、彼女の紹介通り『這い寄る混沌』の『大導師』だ。生憎と他に名乗れる名は持っておらぬのでな、適当に呼んでくれ」

 

 黒の魔人は教会の大聖堂にて冒涜的なまでの邪悪を撒き散らす。

 神聖不可侵の教会が、彼一人の存在で穢され、腐臭漂う闇の気配が充満する。

 

「さて、私の要求は一つだ。我等が神の計画の成就の為――『アル・アジフ』を頂戴しに参った」

「……お前は、まだ諦めてないのですか……!」

 

 シスターは叫ぶ。去年の十二月、互いに絶えず争う大勢力は総出で『這い寄る混沌』の殲滅の為に結託し、実行した。

 彼等は『外なる神』の脅威に晒されていないこの世界に、怖気の走る邪神どもを導こうとした。

 生贄の祭壇に生贄を添え、魂さえ汚染させる悍ましき儀式を執り行った。

 幹部と信者共々皆殺しにして全てを台無しにしてやったが――大導師である彼を取り逃がしてしまった。

 それが十二月の事件の顛末である。

 

「諦める訳が無いだろう。たかが一回二回の失敗如きで私の信仰心を打ち砕けるとも? 例え百万回阻止されようが私は成功するまで挑み続けるさ」

 

 この魔人は誇らしげに宣言する。それだけで彼が人の形をした何かである事を、クロウは悟った。

 これの主義主張など聞く余地も無い。これは紛れも無く、人類の怨敵であると――。

 

「正気か、テメェ……!」

「正気だとも。狂いたくても狂えない性質でな、此処が割りと悩み処なのだが」

 

 真顔でそんな事を言い、困った風な素振りを見せる。

 その直後、教会の椅子の影に隠れ潜んでいた信徒達が銃を構えて、総出で黒き魔人を一方的に射撃する。

 魔人は身動き一つすらしない。銃弾は彼の身体に届く前に無意識下で発動している防御陣に遮られ、床に転がっていく。

 

「クロウちゃん、その狂人の言葉など耳を傾けないでっ!」

 

 三条の光が走り、魔人の前に展開された幾千幾万の魔術文字と衝突し、火花を撒き散らして鬩ぎ合う。

 この間、狂信者に繰り出して無造作に生命を刈り取った『豊穣神の剣』は、魔人の守護を突破出来ずに光を散らす。

 

「無粋よのう『禁書目録(インデックス)』。我が宿敵達との語らいの最中だと言うのに邪魔立てするか」

「――『聖ジョージの聖域』を即時発動――!」

 

 戯言など聞かぬ、と、両の瞳に血の魔法陣を浮かべたシスターは自身の持つ十万三千冊の知識の結晶であり、最大火力である『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』を発動させる。

 宇宙まで優に届く破滅の光を前に、さしもの魔人もその場に踏み留まれず、防御魔術を展開しながら教会の外まで押し出される。だが、それだけだった。

 

「――っ!?」

「何を驚いている。我が『魔導書』が我が手の内に戻ったのだ。これぐらいの魔術、防げて当然であろう。『背徳の獣』殿よりは弱いと自負するがな、それでもこの身は一介の魔導師以上なのは確かだ」

 

 事もあろうに、この黒き魔人は単なる基本魔術、自身の眼下に障壁を張る防御魔術で『竜王の殺息』を防ぎ切っている。

 以前の彼ならば、十分殺傷出来る規模だった。やはりこの魔人は、かつて自身が保有していた『魔導書』をサーヴァントとして呼び戻している――!

 

「とは言え、流石に『禁書目録』に好き勝手されるのは面倒だ。早々に退場して貰おう」

 

 そして黒い魔人が何もない空間から取り出したのは十字架じみた黄金の剣であり――明らかに二十数メートルはあるであろう間合いから振り抜き、生じた斬撃は『竜王の殺息』による破滅の光を両断して術式を展開中のシスターをも切り裂いて――聖堂の奥深くまで吹き飛ばした。

 

「シスター!?」

 

 シスターからの反応は無い。すぐに駆け寄りたい衝動に駆られ、即座に押し留める。

 

(シスターの服は絶対の防御力を備えた『歩く教会』だ。あれで致命打になったとは考え辛い。それよりもコイツから目を離す方が数万倍もヤバい……!)

 

 今、あれから眼を離せば間違い無く殺される。そんな予感がクロウの脳裏を支配していた。その予感は確信の域となり――クロウは教会を出て、わざわざ待ち侘びる魔人を迎撃しに行く。

 

「お待たせしたな、クロウ・タイタス。アル・アジフ。さあ我が神の供物になる前に見せてくれ。最強の魔導書よ。無限螺旋を突破した力の片鱗を、『聖書の獣』、『マスターテリオン』を超えたその力を――!」

 

 神を冒涜する十字架の剣を片手に持つ魔人は「――来い」と静かに嘲笑った。

 

「ムーアの無敵の印において、力を与えよ! バルザイの偃月刀ッ!」

 

 剣には剣を、クロウは魔術師の杖でもある異形の大剣を鍛造し、魔力を通して灼熱の刃とし、翼にありったけの魔力を注ぎ込んで――爆発的に飛翔する。

 最速で魔人の間合いに侵略し、その一刀を全身全霊を籠めて叩き込む。

 

「……ぐっ!?」

「ふむ?」

 

 ――迎え撃つは魔人の十字架の剣。

 二つの剣が衝突する度に、斬撃の衝撃波がクロウの肉体を無情に引き裂く。

 ただ打ち合うだけで、斬撃の余波がクロウを切り刻む。――まるで勝負にすらなってなかった。

 

「クロウ!?」

「そんなものか? 斬撃の余波すら相殺出来ないとは。幾らマスターが酷くても、この程度に過ぎないのか? アル・アジフ」

 

 魔人は困惑しながら、失望の表情を浮かべる。

 こんなものでは無かった筈だと、目の前の相手を顧みずに訝しむ。

 その油断しきった隙に、クロウはバルザイの偃月刀で斬り込むが、受け止められただけで此方の肉が逆に切り裂かれる。

 

「……っ!?」

 

 剣戟では此方が切り刻まれるだけだとクロウは瞬時に悟り、距離を離してバルザイの偃月刀を投擲する。

 回転する刃は飛翔し、獰猛に疾駆する。魔人は溜息吐いて十字架の剣を片手上段に構え、一息をもって真っ二つに斬り捨てた。

 自分のすぐ脇を衝撃波が通り、教会に凄まじい切り口が生じた。

 

「まさか記述が欠け落ちているのか? 不完全な状態で召喚されたのか?」

「――いえ、あれは『マスター』を破ったという『アル・アジフ』ではない」

 

 突如、魔人とは別の、女性の声が鳴り響いた。

 

「おや、君から話しかけてくるとは珍しい。しかし、それはどういう事だ?」

「あの『アル・アジフ』は『マスター』に敗れ――己のマスターを地獄に落とし、運命に敗れた負け犬よ」

 

 不可解の一言に尽きた。

 探せども女性の姿は無く、されども、己のページを術者であるクロウの全強化に当て、肩でミニマムサイズになっていたアル・アジフは驚愕の眼をもって魔人を睨んだ。

 彼女にはその声に聞き覚えがあった。言い様の無い恐怖と共に、最強の魔導書は慄く。

 

「……『ナコト写本』――?」

「ええ、やっぱりあの『アル・アジフ』なのね。――無様ね」

 

 勝ち誇るようにその声の主は嘲笑い――アル・アジフは肩でかたかた震える。

 

「馬鹿な、何故汝がその男の手に……!?」

 

 ナコト写本――それは人類最古の魔導書であり、彼女達の怨敵であるマスターテリオンの魔導書の精霊である。

 それがこの魔人が召喚したサーヴァント。だが、それでは矛盾する。

 あの魔人は自身の魔導書を取り戻したと言った。それがマスターテリオンの魔導書である『ナコト写本』では矛盾するが――。

 

「――囀るか、アル・アジフ。私の『マスター』はこの宇宙に唯一人のみ。あの御方以外在り得ない」

「やれやれ、『マスター』に此処まで尽くすとは何処までも健気だな、君も。いや、もう狂気の領域だよ」

 

 魔人は呆れたような顔を浮かべる。

 そして呆然とする此方に対して一つ注釈を加えた。

 

「何て事も無い。我が神が千の永劫を費やして『マスターテリオン』を完成させる以前は私の所有物だった、というだけの事だ」

 

 空間を歪ませるような殺意が生じる。

 それは紛れもなく、この場に姿さえ現していない『ナコト写本』であり、彼女は己のマスターに殺意を撒き散らしていた。

 

「全く君は強情だな。令呪を三画費やして私の命令を聞くようにお願いしたのに、まだ逆らえるなんて」

 

 

 

 

(――勝てない)

 

 斬り掛かった自分が勝手に傷付いて大打撃という始末。

 強さの次元がまるで違う。敵は未だに本気になっておらず、此方は全力でその有り様――勝機など万が一も無かった。

 

(鬼械神なら一矢報いられるか……?)

 

 それを使う事はクロウにとって確実な死を意味する。

 最高位の鬼械神は最高の性能を誇るが故に魔力を多分に喰らう術者殺しであり、クロウ程度の魔術師では動かすだけでも常に生命を削るしかあるまい。

 今更自身の死など厭わないが、例え鬼械神での戦闘になっても力の差は縮まらない処か、開く一方ではという懸念が胸の内に絶望を撒き散らす。

 『ナコト写本』の鬼械神は、間違い無く『リベル・レギス』だ。あの最強の赤い鬼神が相手で、自分は一体何秒持つだろうかという次元だろう。

 

(マスターとサーヴァントの仲は幸いな事に最悪だろうが、ナコト写本にとって明確な怨敵であるアル・アジフの存在が彼女を容赦無く本気にさせるだろう)

 

 突破口を見出せない。このままでは成す術も無く確実に敗北する。

 

(どうする? どうするどうするどうする……! このままでは――)

 

 ――脳裏に八神はやての顔が過ぎる。

 自分がこのまま敗北すれば、教会の者も皆殺しにされるだろう。そうなった場合、はやてが見逃される可能性は……?

 

(……っ、何が何でも此処でコイツを仕留めるしかねぇ! でも、何か手段は!? 策は!? ああ、くそ、全然思いつかねぇ……!)

 

 余裕を扱いて無駄に自身の魔導書と言い争っている内に何か――教会の方から何か光が生じ、言い争う魔人とナコト写本を炎の業火に包まれた。

 

「クロウちゃん、アイオーンを招喚して! 私もバックアップに回るから!」

 

 復帰した直後に、シスターは必死に叫ぶ。傷らしい傷もなく、『歩く教会』が上手く衝撃を散らしたと見える。

 そのバックアップという意味を理解出来なかったが、オレと違って彼女は聡明だ。自分自身の力量は信じられないが、シスターを信じて誓いの聖句を唱える。

 

「――永劫(アイオーン)! 時の歯車、断罪の刃、久遠の果てより来たる虚無」

 

 これは自分にとって死のトリガー、破滅を約束された聖句は辞世の句と同じようなものだ。毎度ながら気が滅入る。

 前の世界では奇跡的に生き延びられたが、今回は自滅するまでもなく討ち取られる可能性が大きい。

 だが、構うものか。オレは守りたい者の為にこの力を振るう。その代償が死ならば、まだ安いものだ――!

 

「――永劫(アイオーン)! 汝より逃れ得るものはなく、汝が触れしものは死すらも死せん!」

 

 生命を燃やして、アル・アジフが誇る最高位の鬼械神(デウスマキナ)を招喚する。

 50メートルの機械の神が、この世界に顕現する。自分の身体がページのように崩れ、鬼械神の中に転移される。

 

 ――歯を喰い縛って、覚悟する。

 アイオーンは魔力が足りなければ容赦無く術者から生命力を削り取って出力を捻り出す鬼械神だ。今の自分では何処まで持つやら――。

 

「あれ? 負担が、妙に軽い……?」

「私がいるからだよ、クロウちゃん」

 

 操縦席の下を見下ろせば、いつの間にかシスターが其処に座っていた。アル・アジフの席の他にもう一ついつの間にか増設されている……!?

 バックアップするというのはそういう事だったのか……!?

 

「な、シスター大丈夫なのか!?」

「平気平気、作品系統は違っても魔力配給出来るようで助かったわ」

 

 シスターは少し疲労感を漂わせて、されども笑顔で答えた。

 自分自身が情けなくなるが、今は戦闘にのみ集中しよう。連中もまた自分の鬼械神を招喚した処だ。

 赤い鬼械神――予想通り、最高位の鬼械神であるアイオーンに匹敵する処か、凌駕しかねない『リベル・レギス』である。

 

「アル・アジフ、私の魔術を対鬼械神用に最演算して放つ事は可能ですか? 不可能とは言わせませんが」

「……業腹だが、仕方あるまい。アレンジする毎に少しだけ時間を必要とする」

 

 なるほど。その手があったか。シスターの繰り出す魔術を鬼械神用に再構築して放てば――リベル・レギスの打倒さえ不可能では無いかもしれない。

 希望が見えた。一筋に過ぎない光明だが、それで十分だ。其処目掛けて突っ走るのみである――!

 

 

 

 

「くく、あはははは――!」

「これはこれは、随分とご機嫌だな、ナコト写本。しかし『アイオーン』か。『デモンベイン』が相手だと思っていたが――」

 

 ナコト写本は狂ったように嘲笑い、魔人は少しだけ拍子抜けする。

 確かにアイオーンは最高位の鬼械神だが、あの才能不足の術者が存分に操れるとはとても思えない。

 これなら最弱無敵の鬼械神である『デモンベイン』の方がまだマシに戦えるだろう。大半が科学技術で出来ている神の模造品である鬼械神の更に模造品のジャンクは基本性能が低いが、その分、魔力消費が少なく、術者に優しい。

 人間の為の鬼械神と称するに相応しい機体性能だと魔人自身も認めるが――。

 

「アル・アジフの鬼械神は『マスター』が完全破壊している。その『機械仕掛けの神(デウス・エキス・マキナ)』は一体何なのかしら?」

 

 

 ――永遠に消失した鬼械神を、彼女は如何なる法則をもって取り戻したのだろうか。

 破滅の足音は、静かにその瞬間を待ち侘びていた。

 

 

「――アル・アジフ、貴女は最高の道化よ」

 

 

 

 

 



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18/神の悪戯

 

 

 

「――おやおや、面白い事態になっているね」

 

 壊れかけの玩具に起こった新たな劇的な変化に、彼女は興味深く思った。

 

 ――異世界の導き、七人七騎の聖杯戦争。この玩具が『万能の願望機』を求めるなど、かつての誇り高き『彼女』では在り得ない事態だった。

 

 その理由は何とも愛らしい。永遠に囚われた伴侶を消滅させて解放する為に、泡沫の奇跡を願う。

 実に彼女好みの破綻した願望だった。愛する者の為に愛する者の消去を願う。

 たかが杯如きに邪神が齎した終末を覆す事は不可能だ。それ故に彼の完全消滅を願う――この芳しき矛盾が『愛』でなくて何だという?

 

「でも、今の君には鬼械神が無い。それではもう一人のクロウ君が可哀想だねぇ」

 

 あの世界には懐かしの玩具もいる。あれが召喚したのは『ナコト写本』であり、このままの彼女ではアンフェアだった。

 鬼械神を招喚出来ずに鬼械神に叩き潰されるなど、興醒めも良い処。これでは読者を楽しませる事など出来ない。

 一流のエンターテイメントとして場を盛り上げる為には、一工夫必要である。

 

「用意してあげたよ。君の為に、僕の一部を貸し出してあげよう。遠慮する事は無い。この記憶は検閲しておいてあげるよ」

 

 準備は整った。後は手を下さずとも『彼女』自身が穢れ無き世界を邪悪に染め上げる。

 大十字九郎のいない君が何処まで足掻けるのか、見ものである。

 

「さぁ、新たな世界に混沌を齎すが良い。それが君に相応しい君の役目だ、アル・アジフ――」

 

 

 18/神の悪戯

 

 

「……す、凄い……!」

 

 ――天に二条の巨大な流星が駆ける。

 白銀の流星と、真紅の流星。互いに滅技を繰り出しながら二重螺旋を紡いで天に昇っていく。

 

「白い方がクロウ兄ちゃんのかな……!?」

 

 紅い鬼械神が黄金の十字架の剣を振るい、銀の鬼械神が異形の大剣を振るい、十撃百撃千撃と、不可視の速度で打ち合っていく。

 一際強烈に衝突し、二つの鬼械神は吹き飛ばされて距離が開く。

 互いに装甲に夥しい損傷があったが、二機とも光が生じたと同時に復元し――紅い鬼械神は弓に幾十の矢を装填し、銀の鬼械神はその背に『水晶を削って作ったような鋭く荒削りな翼』を展開し、ほぼ同時に撃ち放つ。

 

 ――彼等の戦場が地上ならば再起不能になりかねない破壊の権化が天で衝突する。

 

「ひゃあっ!?」

 

 地上に居る八神はやてまでもその余波に煽られ、危うく車椅子から転落する事態になる処だった。

 生身の勝負では圧倒されていたが、鬼械神の勝負ではまさに互角だった。それは贔屓目で見ても、そう思えるほど実力が伯仲していた。

 

「クロウ兄ちゃん、アルちゃん、シスター……」

 

 もしも、この勝負に明確な決着を付ける要素が有り得るとしたら、それは人の理ではなく、天の理に違いない――。

 

 

 

 

「……行ける!」

 

 シスターの魔術を再構築して繰り出した『水翼』が『リベル・レギス』の弓に打ち勝ち、かの鬼械神に無視出来ない損傷を与えた。

 これで相手が『マスターテリオン』ならば瞬時に復元機能が作動し、永遠に死闘を継続させられるだろうが、有限の魔力しかない人間の魔導師ならば魔力不足による息切れが当然生じる。

 

(――クロウはまだ消耗していない。小娘の方にも余裕がある。妾とて同じ……何か、何かが、おかしい?)

 

 幾らシスターが手助けしていると言っても、彼女の持つ鬼械神は最悪なまでに術者殺し、クロウが戦闘を継続出来ている事そのものが奇跡に等しい。

 

「畳み掛ける! バルザイの偃月刀ッ!」

 

 背部の飛行ユニットであるシャンタクに魔力を配給し、アイオーンは飛翔する。

 その速度足るや、安定性足るや、一流の術者が駆るに相応しい所業であり――言い知れぬ不安を、アル・アジフに抱かせた。

 

『っ、やるな、アル・アジフの主め――ン・カイの闇よ!』

 

 未だに体制を整えていないリベル・レギスの掌から十の重力弾が放たれる。

 いずれも直撃すれば全壊は免れない致死の一撃――。

 

「クロウ! 当たれば持ってかれるぞ!」

「へっ、そんなのろのろのへなちょこ玉、当たるかよっ!」

「避け損ねた分は私が何とかします! 突っ込んじゃえ、クロウちゃん!」

 

 回避行動を取らず、真正面から挑む。

 躱し躱し躱し躱し、防御陣を展開して一発相殺、残りを術理を瞬時に解析したシスターが解いて霧散させる。

 バルザイの偃月刀を振るい、リベル・レギスは正面に防御陣を展開。だが、この程度の守備など――!?

 

『ABRAHADABRA(死に雷の洗礼を)』

 

 防御陣に拮抗した一瞬を狙ってバルザイの偃月刀を掴み取り、自滅覚悟で放った白い電撃――此方の剣を破砕し、本体にも夥しい損傷を与えた。

 

「ぐおおぉっ! や、野郎、正気か!?」

「元々アレに正気なんて欠片も無いよ、クロウちゃん」

「っ、だが、向こうも痛手だッ!」

 

 此方は武装の一つを失ったが、向こうとて無傷ではない。バルザイの偃月刀を掴んで術式を展開させた左腕は根本から吹き飛んでおり、再生する事無く火花を散らしている。

 此方の全体に電撃を浴びて装甲が所々亀裂が入っているが、即座に復元機能が働き――我が鬼械神の異常を目の当たりにし、言葉が出なくなる。

 

(アイオーンにも自動復元機能は備わっているが、此処まで高速に機能しない――あの小娘の仕業か? 否、そんな術式は検出されていなかった……?!)

 

 まさか術者であるクロウに負担を強いているのでは――振り向いた先のクロウには先程のダメージの余韻が残っていたが、気力に満ち溢れている。

 

 ……何かが、おかしい。致命的なまでに、何かが――。

 

『くく、あはは。はははははははは――!』

 

 リベル・レギスからはち切れんばかりの哄笑が鳴り響く。あの黒き魔人からだ。

 これと言って仕掛けてこず、損傷を見る限り限界が近いのだろう。それなのに関わらず、あの魔人は笑う事を優先した。

 

「遂に脳味噌まで逝っちまったか?」

『おお、神よ! 我が神よ! 其処に居られたのですかッ!』

「はぁ?」

 

 神だと? 一体何の事を――その瞬間、かちりと、鍵が掛けられていた記憶の封が解ける――。

 

 リベル・レギスによって引導を渡され、空から墜落し、消え果てるアイオーン。

 完膚無きまでに破壊されたからこそ、彼女は新たな鬼械神を必要とし、運命に導かれるままに『デモンベイン』と出逢ったのだ。

 

(……妾の鬼械神『アイオーン』は『マスターテリオン』に破壊された。ならばこれは、これは一体何だ?)

 

 即座に自身の鬼械神に精密なチェックを施し、エラーが生じる。

 その一つのエラーは即座に増殖し、コックピットが異常知らせる赤いアラートで埋め尽くされ、機体制御を何者かに奪われる。

 

「っ、何をされた!?」

「アル・アジフッ! これは、これは一体何なんですかッ!?」

 

 検閲されていた記憶が、アル・アジフの記憶が次々と蘇る。

 あの全知全能の邪神が、別の世界に召喚される彼女に気づかない筈が無かった。

 

『――『魔を断つ刃』も地に堕ちたものね。まだ解らないの? 驚嘆すべき愚鈍さ。自分の駆る鬼械神が『神の模造品』などでは無い事に、まだ気づいてないの――?』

 

 ナコト写本は冷然と嘲笑する。

 そして機体内部に浮かび上がる、燃ゆる三つの眼――。

 

「ナイアルラトホテップ……!?」

 

 鬼械神は神を模した模造品であり、これの正体は神様そのものだった。

 千の化身、無貌の神、這い寄る混沌、このアイオーンはかの邪神の化身の一つ――。

 

『――堕ちろ』

 

 ボロボロの状態のリベル・レギスは駆ける。

 無限熱量を対象に叩き込む、『デモンベイン』の第一近接昇華呪法『レムリア・インパクト』に匹敵する絶対零度の冷気を籠めた手刀を繰り出して――。

 

『ハイパーポリア・ゼロドライブ――!』

 

 必滅の奥義はその名に違えず極まり――白銀の流星は本史と変わらずに地に墜落した。

 

 

 

 

 

「私も精進が足りないな。我が神の手助け無しで勝利は得られなかったとは」

 

 墜落したアイオーンの胸部装甲を切り開き、コックピットを露出させる。

 黒い魔人はリベル・レギスから抜け出し、アイオーンだったもののコックピットに入り、目的の魔導書の生存を確かめ、彼女の髪を鷲掴みにして眼下に引き摺り出す。

 

「――っ、ぁ……」

 

 絶望を識った彼女は、脆く柔く、もう既に眼が死んでいた。

 彼の知っている本来の彼女ならば、此処で手痛い反撃が来る処だが――その気力さえ無い様子に彼は失望する。

 

「それでは約定通り、アル・アジフを貰い受けよう」

 

 だが、それでも彼女が最高位の魔導書である事には変わりあるまい。

 彼の信仰する神の為の計画において必要な駒であり、生贄である。

 

「っ、待、て……!」

「殺しはしない。君はアル・アジフの現界の為に必要不可欠な存在だからね。――この彼女を呼んでなければ、或いは君は私を打倒し得た」

 

 瀕死のクロウが必死の想いで呟いた言葉を、魔人は振り向かずに最高級の賛美を送り、抵抗一つすらしないアル・アジフを連れてリベル・レギスに帰還する。

 紅い鬼械神は何処かに消え去り――アイオーンの殻を被った何かは消え果てる。敗北したクロウ・タイタスは無念と共に意識を失った――。

 

 

 

 

「……なのはちゃん、ごめんなさい……!」

「すずかちゃんが無事で良かった。ちょっと、痛かったけどね。にゃはは」

 

 月村すずかが眠る寝室にお見舞いに行き、高町なのははやっと彼女と普通に会話を交わした。

 

 ――あれから、アーチャーの襲来を警戒した『魔術師』は来訪者一同に屋敷への滞在を薦めた。

 帰還途中に襲撃されて死亡するにしろ、人質になるにしろ、『魔術師』には見捨てるという選択肢しかない事を前提にした提案であった。

 高町恭也は渋々と承諾し、父親達に連絡を入れいている最中であり、この屋敷に滞在する事を一番反対していた月村忍はなのはの前で不機嫌さを隠さずに怒っていた。

 

「なのはちゃんは、まだアイツに弟子入りする気? 私は絶対反対よ。アイツに何を吹き込まれるか解ったものじゃない……!」

「……忍さんは、神咲さんの事をどう思ってますか?」

 

 もうこの時点で彼女が神咲悠陽に悪感情を抱いている事は明白だが、敢えて高町なのはは口にする。

 

「私はね、転生者なんていう人種が全員嫌いなの! 解った風な口を聞いて、いつも知ったかぶりして、勝手に殺し合って他人を巻き込むような性格破綻者どもなんて皆死んでしまえば良いわ……!」

 

 ――この街の裏事情を知り、高町なのはは驚くと同時に納得した。

 

 転生者という存在、多発する行方不明者、全てが一本の先に繋がったと納得出来た。

 それ故に、月村忍の意見に対して反論する言葉を持ち合わせてなかった。

 此処にはその転生者によって人生を狂わせた人物がいる。そんな奇妙な存在が無ければ、月村すずかは平凡な少女のままで終われただろう――。

 

「特にあの男は絶対駄目。狂人どもの中でも一際飛び抜けた狂人よ。直接的にしろ、間接的にしろ、この街で一番人の死に関与している」

 

 ――それでも、高町なのははどうしようもないぐらい、憧れてしまったのだ。

 

 傲慢に笑いながら『理不尽』を『不条理』で踏み潰す、一つの『悪』の完成形を――それがまるで『正義の味方』みたいだと、対極の人に思いを寄せてしまった。

 高町なのははその理由を、改めて自分自身に問い掛ける。

 

「そういえば貴方達と同じクラスの秋瀬直也も転生者だったね。彼にも注意する事。いえ、今後近寄るべきでは無いわ」

 

 

 

 

 月村すずかの寝室から退出した高町なのはは居間に赴く。

 其処にはアイスコーヒーを飲む秋瀬直也が座っており、此方に気づいた彼は「やっ」と手を上げた。

 

「こうして話すのも久しぶりだね」

「ああ、オレが転校して三日目の時以来か? あの時はいきなり泣いてびっくりしたぞ」

「うっ、それは忘れてくれるとありがたいです……」

 

 あの時の事を思い出し、高町なのはは羞恥心で顔を真っ赤にする。

 彼も他の人と同じく行方不明になっちゃったんだ、と思った矢先に相対し、色々感情が溢れて制御出来なくなってしまった。

 一生の不覚とはまさにこの事だろう。対面の席で高町なのははしょんぼりとする。

 

「暇を持て余しているから話し相手になってくれ、高町が良ければだが」

「あ、私は大丈夫だよ! いつでもOK!」

 

 だが、彼と二人で語れる機会は貴重だ。今まで忙しかったのでそんな機会は一度も訪れなかった。

 ……月村忍の忠告が頭に過ぎるが、彼は命の恩人だ。それを疑うなんて、彼女には出来なかった。

 

「秋瀬君は、私と違って神咲さんと同じ側、なんだよね……?」

「……ああ、不本意だがな。オレなんてまだマシな方だ、転校初日にこの街の有り様を教えてくれる人がいたからなぁ。そのお陰で何とか生き残っている」

 

 十人の転校生にも驚いたが、数日足らずで彼一人になってしまった事には笑うに笑えない。

 秋瀬直也は自身が生き延びられた奇跡に感謝するように、アイスコーヒーを味わう。あんな苦いものを良く飲むなぁ、となのはは内心感心する。

 

 

「――此方側には来るな。例え才能を持っていても、それに最も適した将来を必ずしも選ぶ必要は無いんだ」

 

 

 まるで此方の悩みを見透かしたように、秋瀬直也は淡く笑いながら忠告する。

 ……月村忍の言う通り、彼等転生者は高町なのはの悩める心を見通しているようだと苦笑する。

 

「オレのスタンド――まぁ超能力の一種だと思ってくれ。これはオレが体験した一度目の人生の破滅を回避する為に発現した能力なんだ」

 

 そう言うと秋瀬直也はアイスコーヒーのグラスをテーブルに置いて――彼の手に触れてないのにグラスが浮遊する。

 その光景を高町なのはは驚きながら見た。種も仕掛けも無い。正体不明の力が働いているとしか言い様が無かった。

 

「でも、皮肉な事に、オレには見て見ぬ振りは出来なかった。差し伸べて救い出せる手があるなら、ついつい差し伸べてしまう。その事に関しては全然悔いは無いけど、やっぱり同じ結末になった。――『正義の味方』の真似事をして、最後までなれなかった男の退屈な物語さ」

 

 自嘲するように笑い、アイスコーヒーを飲んで一息付く。

 彼の言葉は、不思議と心の中に蟠った。どう分解して良いのか、解らずに――だから、消えない後味として残ったのだろう。

 

「あのサーヴァントは、残念ながら君の将来の可能性の一つだが、確定している訳ではない。他の道を歩んだ『高町なのは』も絶対にいる筈だ」

 

 まだ知り合って一週間しか経っていない学友なのに、ひしひしと心配されているんだなぁと高町なのはは感じる。

 同時に情けなくなる。頼りないと思われているのだろう。もし、今の自分が将来の自分ぐらい強ければ――この劣等感は拭えたのだろうか?

 

「……私って、やっぱり役に立たないのかな?」

「だからそれは小学生の考える事じゃないって。周囲に頼れる大人が一杯居るから無条件に頼れ、無条件に甘えろ。それが子供の内の特権だ。……あ、『魔術師』は人の弱味に付け込むから他の人を見繕うんだぞ?」

 

 心底心配そうにそう付け加える秋瀬直也の姿を見て、思わず笑みが零れる。

 やはり彼は自分と違って、ちゃんと自立し、自分の失敗を自分で拭える人間なんだな、と暗くなる。

 

「……こうして話していると、秋瀬君も大人なんだね」

「前世と前々世合わせたら相当な歳行くからなぁ。今は身体に精神年齢が引き摺られてガキっぽくなっている感じだ」

 

 こう話していると、全然そうは見えない。

 やはり彼は同年代の少年とはとても思えない成熟した精神構造をしていると高町なのはは率直に思った。

 

「一人で何でも抱え込むな。三人寄れば文殊の知恵という通り、一人では解決策が閃かなくても三人ぐらい揃って話せば活路は開けるって事だ」

「……うん」

 

 ――そう、今の自分は深く思い悩んでいる。

 

 誰かの役に立ちたい。いつも強く思っていて、叶わなかった願望だった。

 でも、自分には秘められた才覚があった。他人にはない、魔法の才能が――。

 それを使えば、困っているユーノを助けられる筈だった。でも、自分は力不足で周囲の人に迷惑を掛けて――その代償に一人の命を差し出す処だった。

 ユーノ・スクライアはそんな彼女を見限って何処かに行ってしまった。高町なのはは目指すべき指標を完全に見失っていた。

 

 ――それでも、今後、もう一度同じ事態に陥ったら、高町なのはは自力で解決せねばならない。

 

 それには力が必要だ。秋瀬直也やエルヴィ、兄である高町恭也、そして神咲悠陽と並び立てるような力がどうしても必要なのだ。

 だから、教えを請うならば神咲悠陽しかいないと、彼女の中で結論を下していた。

 

「……あ、そうだ、秋瀬君!」

「わわ、な、何だ?」

「まだお礼を言ってなかったっ! 助けてくれて、ありがとう!」

 

 怒涛の事態が続いて、言えてなかったお礼を高町なのはは漸く言葉に出来た。

 秋瀬直也はというと、驚いたように顔を百面相させて、あれこれ悩んだ後、少し照れたように顔を赤くした。

 

「あ、はは、良いって。偶然通り掛かっただけだし、お礼を言うならオレじゃなく、重傷負った冬川に言ってくれ。まぁアイツは暫く……一ヶ月は病院暮らしだから会う機会は当分無いか。とりあえず、オレから伝えておくよ」

 

 

 

 

「――最悪の事態になったな。アーチャーめ、やってくれる」

 

 教会陣営と邪神陣営を戦わせ、共倒れにさせるのが『魔術師』の唯一の勝ち筋だった。ランサーでは鬼械神に対抗出来ないが故の苦肉の策がそれであった。

 だが、それもアーチャーというイレギュラーな存在によって封じられた。

 『魔術師』の打つ最善手など彼女にはお見通しであり、『魔術師』は動きたくても動けない事態となった。

 

「ライダーのアル・アジフはキャスターのナコト写本に敗れ、大導師に捕獲されますか。大惨事確定ですよねー」

 

 歯痒い傍観の結果、最悪の結果に至る。

 アル・アジフにその鬼械神であるアイオーン、自身のリベル・レギスを生贄に捧げれば、格の高い邪神の一つぐらい此方に招喚する事は可能となってしまった。

 

「……これでもう相手に邪神招喚をさせるしか勝機が無くなったな」

 

 あの狂人は間違い無く、聖杯戦争など眼中に無く、此方を無視して邪神招喚に全てを費やすだろう。

 鬼械神を持つ連中相手に勝ち目など万が一にも望めない。それ故に、鬼械神が使用不可能になるであろうその瞬間を待たなければなるまい。

 

 ――理想としては邪神招喚の儀式の最中に討ち取る事。

 最悪の場合は招喚され、邪神の精神汚染だけで世界中に数万規模の犠牲が出る。海鳴市に至っては当然の如く全滅だろう。

 

(その邪神招喚に『ワルプルギスの夜』が重なったら次元世界が終わるな)

 

 この局面を導いたアーチャーの狙いが掴めない。彼女ならば『ワルプルギスの夜』がいつ襲来するのか、正確な日時を知っているのだろうが――。

 

(あれとの交渉の余地は無い。激突は必至――)

 

 今は動けない。今は耐え忍ぶ時だと『魔術師』は自分に言い聞かせる。

 使い魔を量産して情報を掻き集め、状況の変化を見極め、時期を逃さずに手を打つ。

 

 ――其処まで考えて『魔術師』は気づく。とても些細な、されども重要な事に。

 

「――何だ。いつもと何も変わりないじゃないか。エルヴィ、コーヒー。とびっきり濃くて砂糖ありありの」

「はいはーい、少々お待ちを~」

 

 

 

 

 




 クラス キャスター
 マスター 大導師
 真名 ナコト写本
 性別 女性
 属性 混沌・悪
 筋力■■□□□ D 魔力■■■■■ A++
 敏捷■■■■□ B 幸運■□□□□ E--
 耐久■■□□□ D 宝具■■■■■ EX

 クラス別能力 陣地作成:ー(A) 自らに有利な陣地を作り上げる。
                 ただし、現在のマスターに尽くす気は欠片も無い 
        道具作成:ー(A) 魔力を帯びた器具を作成できる。
                 ただし、現在のマスターに尽くす気は欠片も無い。
 機神召喚:EX 最強級の鬼械神『リベル・レギス』を召喚する。
 魔術:A+++ 最古の魔導書『ナコト写本』に宿る精霊。


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19/決戦の夜

 

 

 ――そして彼女の前には、彼女の罪の形が居た。

 

 かつてのマスター。邪悪を討ち払う、その為だけに使い捨てたマスターの一人、歴代の中でも一際才能が無かった凡人。

 されども、死の間際でさえ『悪』に屈する事が無かった強靭不屈の意志の持ち主――邪悪に屈して折れた彼女には眩しく、同時に顔向け出来なかった。

 

 ――彼は恨んでいるだろう、と今の今まで思っていた。

 

 才能無き彼を邪悪との戦いに巻き込んだ忌まわしき魔導書を、見殺しにした非情な彼女を――これも運命、彼の恨み言を聞き届けた上で、彼を物言わぬ傀儡にする事を選ぶ。

 彼女には選択肢などない。彼女は愛する伴侶を見つけてしまった。彼の温もりは千年の孤独を癒し、その代わりにどうしようもないほど弱くしてしまった。

 それ故に自らが破滅の道に進んででも彼の魂を救いたい。それが邪悪である事を理解しつつ、彼女にはそれしか道は無かった。

 

 ――彼は恨んでいなかった。

 それどころか、全てを知った上で、捨て駒になる事を良しとしていた。

 

 彼は彼女の千年の放浪が、彼女の伴侶、大十字九郎に巡り合う為だけの道筋である事を理解していた。

 自身が途上に転がる石ころ以下の存在である事を、誰よりも理解していた。

 魔導書『アル・アジフ』を大十字九郎に託さなければならない、その不変の意志の下、彼は誰が考えても無謀な死闘に身を投じた。

 

 ――自分の死は、決して無駄ではなかった。彼は心より笑った。

 

 罪悪感で死にそうになった。

 彼女は宇宙の中心で運命の戦いに敗れた。邪神の策略に気づけず、生涯の伴侶を無限地獄に突き堕とした。彼の知る正しき物語とは違って――。

 耐えられなかった。恨まれる覚悟はしていた。疎まれる事を覚悟していた。けれども、これは恨まれるよりも疎まれるよりも辛かった。

 

 ――謝る資格すら、彼女には無い。罅割れた心を、ただひた隠しする。

 

 その代償を、彼女は必定の敗北をもって支払う事となる。

 またしても邪神の策略に気づけず、無能な魔導書は主を再び破滅させた。

 またしても、同じ『結末』になってしまった。

 

 ――謝っても謝り切れない。

 今生の主よ。汝に過失は無い。

 全ては無能な魔導書の所業。

 汝には妾を憎悪し呪う権利がある。

 

 ――願わくば、その『令呪』をもって裁きを下せ。それが唯一の――。

 

 

 19/決戦の夜

 

 

「――っ!」

 

 唐突に目覚める。

 息苦しく、喉も乾いていて最悪な気分だ。頭が痛く、身体中に激痛が走っている。

 見れば自分の身体は包帯に撒かれ、消毒液の匂いが部屋中に充満している。

 

 ――今のはアル・アジフの記憶、此方に召喚されてからの記憶が脳裏を埋め尽くす。

 

 告解出来ない懺悔の渦、彼女の罪の具現が何よりもオレの精神を蝕む。

 どうして気づけなかった。彼女を召喚した事で浮かれて、彼女自身の苦しみを1mm足りても理解出来ていなかった! 

 

 遠くから足音が聞こえる。軽い、軽快な足音が。部屋の扉が勢い良く開かれる――シスターだった。

 ……良かった。彼女の方は怪我らしい怪我は無いようだ。

 

「クロウちゃん! 良かった、本当に良かった……!」

「わぶっ!?」

 

 急に胸に飛び込んで来られ、彼女の小さな身体すら受け止められずにベッドに沈む。

 こ、此方は病人なんだから少しは手加減して欲しかった、です。

 

「シスター、状況を教えてくれ」

 

 彼女を一旦引き離し、鈍っている頭を振る。

 シスターは少し目を下に逸らし、渋々現状を説明し出した。

 

「クロウちゃんと大導師が戦って敗れて、もう四日になるよ」

 

 四日、四日だって……!?

 そんなにもオレは長い時間意識を失っていていただと……!

 

「私の方は『歩く教会』を着ていたから大丈夫だったけど、クロウちゃんの負傷は重くて――私の魔術で治したけど、意識が回復するまで四日も掛かった」

「アル・アジフは奴に、攫われた、のか?」

「……ええ、今は大導師と共々行方不明であり――まだ存命のようね」

 

 アル・アジフの事を語るシスターの眼には殺意が灯っている。

 声の口調も、冷たいものであり、未だ健在な令呪を忌々しげに睨む。

 

「なら、話は簡単だ! ――令呪を以って命ずる! アル・アジフよ。戻って来いッ!」

 

 アル・アジフの現界を維持する為にオレを生かしたまでは良いが、令呪を奪わなかったのが運の尽きよ!

 右手の甲から令呪が一画消え去り――そして、何も起こらなかった。

 

「なっ、令呪を消費しただけで、何も起こらないだとぉ……!?」

「……やっぱりね。ギルガメッシュの神を律する『天の鎖(エルキドゥ)』で拘束されたバーサーカーは令呪の強制送還でも脱出不可能だった。今のアル・アジフも同じ状況のようね」

 

 相手は『大導師』に『ナコト写本』だ。その程度の芸当はお手の物ってかッ!

 壮絶なまでに舌打ちし――シスターの懐から携帯の着信音が鳴り響く。

 

「――『魔術師』」

 

 シスターは静かに、その相手に様々な感情を浮かべながら通話ボタンを押した。

 

 

 

 

『――やぁやぁ、元気そうだね。下らない世間話を抜きにして本題と行こうか。貴様等の尻拭いをしてやるから有り難く思え』

 

 全てを見通したかの如く言葉に、僅かながら動揺が走る。

 『魔術師』の簡易使い魔は念入りに処理したが、数日足らずである程度の情報網を形成したと見える。

 ならば、今、クロウが令呪の強制送還を試し、失敗した事もお見通しだろう。喉まで出かけた文句を押し込め、『魔術師』の言葉を待つ。

 

『今夜十時に大導師の隠れ家、いや、『神殿』を強襲する。奴は『邪神招喚』の為に自らの『鬼械神』も生贄にする算段だ。勝機があるのは儀式を行なっている最中しかあるまい。お前等も最大戦力を投入して援護しろ。奴の儀式は必ず阻止しなければならない』

 

 此処最近に『魔術師』陣営に動きがなかったのは、邪神陣営が『鬼械神』を使えなくなる時を待っていたからか。

 確かに前の戯けた電話の時は奴等の居場所も掴んでいると騙ったが――ぱさりと、紙の束を置く音が鳴り響いた。

 

「はい、これが今作戦の資料です。しっかり目を通して下さいね」

「『使い魔』!?」

「おぉ、怖い怖い。長居は無用ですね、じゃーねー」

 

 まるで夢か幻の如く『魔術師』の『使い魔』が現れ、瞬き一つの間に消え去る。

 『使い魔』が置いて行った資料に目を通す。『這い寄る混沌』の『大導師』が隠れ潜む地下神殿、その詳細な見取り図さえ用意されている。

 

『――此方が用意出来た援軍は『銀星号』の仕手と、『スクエアエニックス』の夫婦(バカップル)だけだ』

「――正気ですか? あの二人はまだしも、『武帝』に協力を要請するなど……!」

 

 『武帝』は転生者だろうが一般人だろうが、主義主張に関わらず等しく力を貸す。

 その代価が金銭などではなく、あの『善悪相殺』の戒律である事は言うまでもあるまい。

 

『一騎当千の戦力でなければ意味が無いからな。出し惜しみしている余裕など欠片も無いんだよ。私達も全戦力で向かうが、到着は遅れると見込んでくれ』

「……どういう事ですか?」

『確実に先客の相手をする事となる。今夜で『聖杯戦争』は間違い無く終結するだろうよ』

 

 此方では行動原理も掴めていないアーチャー陣営との確執、ですか。

 世界の窮地を前に、聖杯戦争如きの些事で相争うなど最悪なまでの浪費だが、回避不可能だと『魔術師』は淡々と語る。

 

『その三人は我が陣営が敗れ去った際の保険だ。その場合は君達が『武帝』の善悪相殺の代償を支払う事になるが、否とは言わせんぞ』

 

 ……解っている。元より我が陣営から出た錆だ。その事に関して一切反論せず、話を続けさせる。

 

『これは言うまでも無いが――『大導師』とキャスター、いずれかを殺せば邪神招喚は阻止出来るが、囚われの身の『アル・アジフ』を殺害しても同様の結果を得られる。殺されたくなければ一番乗りして『大導師』をその手で殺すんだな』

 

 それは私ではなく、なけなしの魔力強化で耳を澄ませていたクロウに対する言葉であり、返答を聞く事などせず、『魔術師』は通話を終了する。

 そしてクロウの眼には燃える闘志が灯っていた。

 

「……クロウちゃん。まさかと思うけど、乗り込む気?」

「当たり前だろ。アル・アジフを取り戻す!」

「あれは元から私達を裏切る気だった」

 

 この場にいない魔導書に殺意を籠めて呟く。

 初めからあの魔導書はクロウを利用し、最後の最後で出し抜いて自身の歪な願望のみを優先しただろう。

 

「クロウちゃんが敗北した理由も、あの魔導書が原因よ。まさに疫病神だわ、最悪なまでに」

 

 静かなる憤怒を籠めて、必死に説得する。

 あんな魔導書の為に、クロウが生命を賭ける必要は無い。見捨てるのが正解だ。

 殺されても仕方ないほどの愚行を、あの魔導書は犯したのだから――。

 

「それでもクロウちゃんは助けるの? 己の生命を賭けて、絶対に敵わないであろう『大導師』に挑むの?」

「……アル・アジフがナイアルラトホテップに敗北した原因はオレだ。異分子であるオレが彼女達の物語に関与しなければ敗北しなかった。だから、オレにはアル・アジフに償う義務がある」

 

 ――何だって?

 

 そんな世迷い事を、クロウは本気で言っていた。

 ぎりっと歯軋り音が響き渡る。それが自分のものであると気づくのに、少々時間が必要だった。

 

「――クロウちゃんのせいじゃない。あれが敗れた要因はあれ自身以外の何物でもない。貴方が背負う必要なんて無い……!」

 

 私は彼の、クロウ・タイタスが辿った末路を知っている。彼本人が、いつしか口にしていた。

 確かにクロウには才能らしきものは欠片も無かった。それでもクロウは頑張った。自分の果たせる事を全て成し、後に繋げた。

 

 ――大十字九郎に至る道を、不可能かと思われた道筋を彼は切り開いたのだ。

 

 これが奇跡じゃなくて何が奇跡だろうか。

 例え彼自身の結末が不遇でも、彼の物語を貶す者は私が許さない。彼自身が何も出来なかったと自虐したとしても、私はやり遂げてやり通した彼を祝福する。

 

「心配してくれるのは嬉しい。でも、オレが行かなけりゃ駄目なんだ」

 

 ……それでも、彼は行ってしまう。

 自分の命など顧みずに、あのアル・アジフの下に……!

 

「――行かせない。貴方をアル・アジフの下には絶対行かせない……!」

「シスター!? 何を……!?」

 

 十万三千冊の外道の知識を総動員する。

 彼を行かせる訳にはいかない。彼の精神を幾重にも鎖された精神世界に隔離させ――クロウは抵抗すら出来ずに気絶した。

 

「――暫し、泡沫の夢に微睡んで。目覚める頃には全て終わっているから――」

 

 ……これで良い。例え、これで彼に嫌われても、彼の死など絶対に望めない。

 眠れる彼を見届け、私は退出する。外には、八神はやてが待ち受けていた。……全部、聞かれてたか。

 

「八神はやて。クロウちゃんをお願いします。事が終わるまで目覚めないと思いますが、万が一目覚めたら――」

「私が、止める」

「……ありがとうございます」

 

 これで後顧の憂いは断てた。後は――この生命に変えても、『大導師』を葬るまでである。

 

 

 

 

 

「――おや、クロウ・タイタスが目覚めたと聞きましたが?」

「足手纏いです。今の彼では生き残れない」

 

 久々に見た『代行者』の気障ったらしい顔を見て、シスターの顔は一気に不機嫌に歪む。そして彼は此方の反応を見て、馬鹿みたいに大笑いした。

 

「はは、涙ぐましいぐらい健気だね、君は! あれでも弾除けぐらいにはなれるだろうに!」

 

 シスターは殺意を籠めて睨むが、面の厚い彼には憎たらしいほど無意味だった。

 

「そうそう、私も参戦しても良いのですが、そうですね。一つだけ条件を突き付けましょうか」

 

 今すぐ葬り去りたい衝動に駆られるも、全力で我慢しながら――そんな彼女の心中を察して、わざわざ顔を近寄せて、『代行者』はこう言った。

 

「――『お願いします(プリーズ)』。貴女のその一言で私は如何なる戦場も馳せ参じるとしましょう」

 

 彼女の怒りは一気に沸点に達し、マグマの如くぐつぐつ燃え滾る。

 一触即発、されども、それすら目の前の『代行者』は愉しんでいた。

 

「――『お願いします(プリーズ)』。これで良いですか?」

「くっは、あははははははは! 良いですねぇ、その屈辱に歪んだ表情はっ! 良いでしょう、貴女の為に存分に異端を狩ってご覧入れましょう!」

 

 ――終わったら絶対殺してやる、とシスターは陰ながら誓う。

 

「おやおや『神父』殿。今日は吸血鬼狩りではないのにいつにもなく昂ぶっているご様子」

「当然です。相手は米国の小説家が創設した数十年足らずの架空神話の冒涜者、我等にとっては赤子同然の異端ですが――オイタが過ぎますね」

 

 彼等のやり取りを見ていた『神父』は最初は温和な表情を浮かべていたが、がらりと豹変する。

 狂気、殺意、憎悪を等しく混ぜ合わせ、強靭な意志で一つに束ねる殲滅者の顔となる。

 

「――クトゥルフ! アザトース! ナイアルラトホテップ! 良いだろう、泡沫の邪神どもよ。我等が神の力を、とくと思い知るが良いイィッ!」

 

 ――時刻は午後九時、約束の時間は刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

「あっ、ああああぁ――っ!」

 

 一際甲高い声を鳴り響かせ、アル・アジフは意識を失った。

 喩えようの無いぐらい無様な光景だ。最強の魔導書が、自身の鬼械神の中で、異形の触手に手足を拘束され、犯し侵されるままに冒され、穢れるままに穢されている。

 意識を手放しても、一時の休息に過ぎない。また意識を取り戻して終わらない生き地獄に犯される。

 いい気味だと、ナコト写本は自らの舌で唇を舐めて、うっとりと優越感に浸りながらかつての宿敵の無様な姿を見下した。

 

「気が済んだか? よくもまぁ飽きずに痛めつける。既に心が折れている者を嬲って何が面白いのやら」

 

 その光景を見届ける彼女の元マスターは冷ややかだった。

 この魔的で病的で官能的な空間を、一瞥の価値も無いと断じていた。 

 

「狂おしいほどあの魔導書を求めていたのに、随分と冷めているのね」

「一種の興醒めという奴だ。困難に立ち向かう姿勢は誰彼構わず美しくて好きだが、折れて屈した姿は見る価値すらない」

「あの邪神を信仰している者の思考とは思えないわ」

 

 そう、一つの邪悪である事は間違い無いが、目の前の魔人には著しく欠けているものがある。

 この魔人が『マスター』に届かないのは、人間として人間の領域を超えたが故か。

 

「――私は絶望を識れない。そんなもの、一度も識らない。だからこそ、我が神は私が『黒の王』の領域まで届かぬと見做し、お見捨てになられたのだ」

 

 嘆き悲しむように天に祈り、即座に精神的に復帰する。

 そう、この魔人は千の永劫を繰り返したとて、折れず屈せず惑わず、己の目標をひたすら達成させようとする。

 それは『黒の王』の所以ではない。真逆、それは宿敵である彼等の――。

 

「……それでもお前はあの邪神を信仰すると?」

「うむ、愛も信仰も無償の産物だからな。私が勝手に信仰し、勝手に愛する。その理は我が神に見捨てられようが変わるまい」

 

 だから、この魔人に与えられる救いは何処にも無い。

 狂った願いが成就するかは知らないが、その末路は変わらないだろう。いや、変える気さえ、この魔人には無いだろう。

 

「……最高に狂っているわ、貴方」

「最高の褒め言葉だ。ナコト写本」

「そうよね、狂って無ければ鬼械神を生贄にしようなんて考えないよね」

 

 少し不貞腐れたような顔で、ナコト写本は自らの鬼械神を遠い眼で眺める。

 下等な邪神如きの招喚の為に、最高位の鬼械神を生贄とする。本末転倒も良い処であり、そんな事の為に『マスター』の鬼械神を失う事に抵抗を持つのは当然だ。

 

「お主達『魔導書』が鬼械神を我が子のように想っているのは知っているが、勘弁願いたいな。お前もこの茶番から一刻も早く抜け出したいであろう?」

 

 彼女は移し身、消えれば再びマスターの下に戻る泡沫の夢に過ぎない。

 この夢がどう転ぼうが、最早彼女にとってはどうでも良い事だ。

 

「どの道、アル・アジフを下した今、鬼械神は必要無い。後は私一人で成せるだろう」

 

 全人類と相対し、最後の一人まで勝ち残れると即座に自負する強大無比の精神こそ、この男の強さの根源。邪神の信徒にあるまじき不屈の精神である。

 

 ――一際大きく『神殿』が揺れる。彼の領域に踏み込んだ侵入者の存在を感知する。

 

「ほう、一番乗りは君達か。以前の邪神招喚の儀式以来だな。『竜の騎士』に『全魔法使い』!」

 

 

 

 

 

 迫り来る影の枝を、異形の鎧を纏う騎士が一閃して切り払う。

 邪神信仰者の『神殿』に一番乗りした十四歳の少女と二十代前半の男性の二人組の前に現れたのは影絵の世界であり、見慣れた『魔女』の結界であった。

 

「――『魔女』か。クトゥルフ系の怪物が立ち塞がると予想していたが」

「……油断しない。普段よりずっと強力」

 

 押し寄せる使い魔の猛攻に終わりは無く、騎士風の男が斬った傍から再生し、終わりなく切迫する。

 

「邪気に誘われて集ったか。どうやら先は長そうだ。なるべく魔力を温存しておけ。雑魚相手に苦戦し、本命で魔力切れを起こしては話にならない」

「――大丈夫。『竜の騎士』である貴方が前衛である限り、私達は無敵」

 

 青髪翆眼の少女は無愛想に、されども全幅の信頼を抱いて答える。

 黒髪黒眼の青年は少しだけ苦笑いし、柄部分に龍の顎の意匠がある愛剣を存分に振るう。剣は影絵の枝の強度がまるで豆腐以下のように鋭利に斬り裂いて行く。

 

(だが、本体の『魔女』に至るまで時間が掛かる、っ――!?)

 

 膨大な魔力の奔流は背後から生じて、既に魔導師の青いロープを靡かせる青髪の彼女は詠唱を終えていた。

 

「――汚れ無き天空の光よ、血にまみれし不浄を照らし出せ! ホーリー!」

 

 影絵の枝を無視し、穢れ無き聖なる光は影の魔女に降り注ぎ、瞬く間に浄化する。

 かちり、と『魔女の卵』が転がり、影絵の結界は崩れ落ちて元の不気味な『神殿』に戻る。

 

「馬鹿者、初めから飛ばしすぎだ」

「大丈夫、『魔吸唱』あるから敵が尽きない限りMPは尽きない」

 

 斯くして一騎当千の力を保有しながら、如何なる勢力に属さない『竜の騎士』と『ソーサラー』の二人組は立ち塞がる怪異を一掃しながら『神殿』の奥深くに進んで行った。

 

 

 

 



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20/落葉

 ――燃える炎の海、彼女は人生の恩師と目標を失った。

 

 いつか必ず守りたいと願った人達は炎の海に消え果て、彼女一人だけ生き残った。

 

 ――憧れていた。彼のように強くなりたいと。

 ――助けられた。命の恩人に、恩を返したいと、ひたすら。

 ――守りたかった。今度は、私自身の力で、彼を助けたかった。

 

 彼女は涙する。一人だけ置いてかれたと、迷子の童女のように泣き叫ぶ。

 そしてこれが悪夢の始まりである事を、彼女は未だに知らなかった。

 

 ――彼女が管理局に保護される頃には、海鳴市は地図から消えていた。

 

 友達を失った。家族を失った。凡そ全てを失ってから、彼女は保護された。余りにも杜撰で遅すぎる対応だった。

 管理局の局員は恩着せがましく「助かったのは君一人だけだ」と自慢げに笑った。

 その醜悪な笑顔を、彼女は死んだような眼で眺めていた。

 

 ――それからの彼女は英雄的な活躍は華々しく、同時に痛々しかった。

 

 如何なる戦場でも奇跡的な戦果を齎す無敵のエース・オブ・エース。

 意図的に作られた『英雄』は管理局の広告塔として華々しく語り継がれ、反面、当人の心は置き去りで、摩耗する一方だった。

 

 ――それでも彼女は諦めず、運命の突破口を見出す。

 

 それは金髪のツインテールの少女だった。

 最初の事件で双方の『ジュエルシード』を奪い合った同格の魔導師、一足先に管理局に保護されていたが故に、生き延びた親友――。

 

 ――彼女が最初から持っていた三つの『ジュエルシード』と『交換したリボン』、此処に触媒は揃い、因果は繋がった。

 

 後は、師の言う英霊の域まで自分を高めるのみ。

 一心不乱に自らを切磋琢磨し、その鬼気迫る様子は親友である金髪の少女を度々心配させた。

 

 ――そして一つ、問題が浮上する。

 

 彼女は管理局によって作られた『英雄』であり、それ以上でも無く、それ以下でも無かった。

 これでかつて海鳴市で行われた『聖杯戦争』に存在した英雄達と肩を並べられるか、と問われれば否と答えるしかない。

 作為的な善行では届かないのでは、と彼女は心底危惧した。

 一生を賭けて死する事で挑戦する蜘蛛の糸を掴むかの如く試みなのに、それでは不十分過ぎた。

 

 ――彼女は師の言葉を一字一句余さず覚えていた。

 類稀な善行でも『英霊』として祀り上げられるが、度し難い悪行でも同様の結果を得られると。

 善行と悪行、何方が積みやすいかなど、言われるまでもなく後者だった。

 

 ――赤い炎の海が広がる。此度の戦禍は彼女の手のものだった。

 

 幾度無く迷いもした。躊躇もした。本当にそれで良いのかと何度も問い掛けた。

 大勢の人々を巻き込む。平和を享受していた人を、此方の一存で踏み潰す事にある。

 それでも、結論は一つだった。

 全てを犠牲にしてでも貴方を救いたい。

 ――人は、愛の為に何処までも堕ちる事が出来る。

 

 ――彼女の齎した大乱は反管理局戦線と形を変え、彼女は敵味方構わず『魔王』として畏怖された。

 

 彼女は殺した。微塵の躊躇無く鏖殺した。

 無抵抗な捕虜すら手に掛けて、その非道さと悪名は内外に轟いた。

 全ては彼女の想定通り、彼女は無慈悲な『魔王』を演じる。いつしか本当の自分さえ見失って、被った仮面を剥ぎ取れずに――。

 

 

 20/落葉

 

 

 ――そして、本来一番乗りとして『地下神殿』に乗り込む筈だった『魔術師』の陣営は、アーチャーと対峙していた。

 街の郊外に位置する最南端、多少暴れ回っても街に被害が及ばない空白地帯は決戦の場としては優秀だった。

 

「やはり邪魔立てするか」

「ええ。この『海鳴市』が――いえ、この『地球』がどうなろうと私にはどうでも良い。貴方の身が最優先ですから」

 

 『魔術師』は忌々しげに呟き、アーチャーは咲き誇るように笑う。

 ランサーが『魔術師』の前に現れ、『使い魔』のエルヴィもまた彼の隣に並ぶ。そして『魔術師』はアーチャーの隠し持つ札の開帳を今か今かと待ち侘びる。

 

 

「何処か安全な場所に移り住みましょう。今度は私が貴方を絶対守りますから――」

 

 

 万感の想いを籠めて、アーチャーは告白する。

 その反面、『魔術師』は白けたような顔を浮かべた。最初から論ずるに値しない。

 

「断る。逃げるのはもう飽きている。それに魔術的な地質学上、この土地より優れた霊地は他にあるまい」

「そうですか。それじゃまずは――貴方の頼りにしているサーヴァントと『使い魔』を剥ぎ取るとしますか」

 

 そしてアーチャーは自信満々に隠し持つ『切り札』を明かす。

 

 ――六騎目のサーヴァントは暗い闇を纏って現れた。

 

 それは金髪の少女だった。人間のものとは思えないほど生気の無い白い肌、光無き黄金の瞳、黒く刺々しい鎧を纏い、漆黒の闇より深い黒の剣を持った、堕落した騎士だった。

 

「――紹介しますね、これが私が本来呼び出す筈だったサーヴァント『セイバー』です」

 

 ランサーは期待していなかった強敵の出現に全身全霊で歓喜し、『魔術師』と『使い魔』は疲労感を漂わせて溜息を吐いた。

 その反応の温度差に、アーチャーは困惑する。何故、彼等は驚かないのかと。

 

 ――フェイト・テスタロッサに召喚された際、彼女が生前最期まで持ち歩いていた『ジュエルシード』が自身の右手の甲に『令呪』として刻まれた。

 

 その『ジュエルシード』は最後まで渡さなかった、自身の封印した三個であり、運命の皮肉さに彼女は笑った。

 そしてアーチャーは迷わず呼び寄せた。『魔術師』から気まぐれに教わった、正規の召喚儀式を経て、最強のクラスであるセイバーを引き当てた。

 そのせいで魔力が不足し、フェイトが倒れる事になったのは誤算だったが、アーチャーは二騎のサーヴァントの戦力を保有した事で『魔術師』に匹敵する陣営となった。

 

「……うわぁ、よりによって騎士王『アルトリア・ペンドラゴン』ですか。しかも反転までしてますよあれ」

「え? な、何故セイバーの真名を……!?」

 

 戦うまでもなく自身のサーヴァントの正体を暴かれ、アーチャーは動揺する。

 ランサーはかの名高き騎士王がこの少女である事に驚きつつ、自分も似たような感じで真名がバレバレだったなぁと少し同情する。

 

「かの名高き騎士王は我々にとって一番有名なサーヴァントだからな。手の内も知れている」

 

 くく、と『魔術師』は嫌らしく笑う。

 そして彼は敵戦力に修正を加える。あれは此方の手札を全知している訳ではないと嘲笑う。

 

「ランサー、セイバーの相手をしてやれ。あれの対城宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は絶対に撃たせるなよ。まぁ自滅覚悟で、尚且つ令呪の補助がなければ撃てないと思うがね」

「あいよ。――で、そう楽観視出来る根拠は何だ?」

 

 宝具の詳細まで発覚しているのかよ、という無粋なツッコミをせず、ランサーは要点だけ聞く。

 

「あれはアーチャーが召喚した反則だが、アーチャーには現界に必要な依代も魔力も用意出来ない。大方、アーチャー自身のマスターであるフェイト・テスタロッサに負担させているのだろう。二体のサーヴァントを一人のマスターが維持するなど元々無理がある。更に二体とも高燃費となれば魔力不足に陥るのは必至だろう」

「フェイトちゃんが参戦出来ない理由は単純に魔力が枯渇しているからですねぇ」

 

 呆気無く、しかも戦闘前にアーチャー陣営の最大の弱点が発覚し、彼女の顔色が曇る。

 四日間、戦闘行為をせずに時間を経て、ある程度の魔力は蓄えたが、全力で戦闘するとなればすぐさま尽きてしまうだろう。

 初見における情報量の差で圧倒していると思いきや、彼女の召喚したサーヴァントが既知であり、その手札を全て曝け出しているなど誰が予想出来ようか。

 

「――駒が足りないな。ちゃんと勝機を用意して挑め、と私なら口を酸っぱくして教える筈だが?」

「あら、此方を過小評価してますね。貴方と『使い魔』如き、私一人で十分ですよ――!」

 

 自身の右手を掲げ、アーチャーは高らかに宣言する。同時に『魔術師』も左手を上げて気怠げに呟く。二人の手の甲にある令呪が赤く輝いた。

 

「令呪を以って命ずる。セイバー、ランサーを殺せ――!」

「第二の令呪を以って命ずる。ランサーよ、必ず生き残れ」

 

 ことサーヴァントに関する命令ならば、魔法級の奇跡も可能とする絶対命令権が発動する。

 此処に聖杯戦争の覇者を決める決戦は幕開いた。二騎のサーヴァントと一騎一人一匹の死闘が――。

 

 

 

 

 ――朱の魔槍と黒の魔剣が正面から大激突する。

 

 互いに繰り出された破壊的な力の奔流によって空間は爆ぜて、一方的に押し負けたのはランサーの魔槍だった。

 

(令呪による強化があるとは言え、このオレが一方的に押し負けるとはなぁ……! なるほど、あのマスターが令呪で『生き残れ』と命じる訳だッ!)

 

 その一撃の剣戟で、ランサーは目の前の敵騎士との技量・戦力比を正確に把握して読み取る。

 女だてらと思いきや、膨大な魔力放出による一閃は桁外れの破壊力を生み出す。槍を握る両の手が痺れる感触をランサーは久方振りに味わった。

 

 ――繰り出される剣戟は流麗、槍の英霊の眼を以ってしても目視し難い不可避の剣速を叩き出す。

 流石は最良の英霊、剣の英霊に相応しき致死の絶技――生半可な英霊では一の太刀で己が武器を払われ、二の太刀で無防備な素っ首を両断される事だろう。

 

 されども、セイバーの目の前に居るのは最速の英霊、青い槍兵は己が卓越した俊敏さを存分に生かし、目まぐるしく地を疾駆して致死の斬撃を回避する。

 

 『力』では劣っているが、『速さ』ではランサーに分がある。自身の持ち味を最大限に生かす。

 そしてこのランサーは生き残る事に関して随一のサーヴァント、それは彼が保有するスキル『戦闘続行』が後押しし、生来の生き汚さと令呪による絶対命令権が保証する。

 黒い剣と朱い槍の舞は回り踊るように、一打ごとに死と生の境界を不確かにする。

 

 一手間違えれば即座に決着が着く絶死の剣の舞に、青い槍兵は狂気喝采して挑んでいく。

 

 留意すべき事はセイバーの宝具、あの黒い剣がマスターの言う通り『対城宝具』であるならば、宝具の打ち合いに持ち込む事はランサーにとって敗北に等しい事態である。

 付かず離れずに打ち合い、単純な剣戟の打ち合いによって雌雄を決する。

 宝具の発動に必要な一瞬の溜めを与えない死闘ゆえに、彼にとって文字通り必殺の宝具もまた半ば封じられたも同然である。

 

(それ以外の要素で勝敗が決するとすれば――)

 

 それはマスター側が決着する事か、彼等に残された令呪の発動に他ならない。

 暴虐な剣閃を縦横無尽の槍捌きがいなしていく。剛の剣と柔の槍で咬み合わない中、二人の英霊はただひたすら時の果てに訪れた夢の死闘に興じた――。

 

 

 

 

 ――総勢五十発の桃色の魔力光が自在に舞う。

 

 メイド服が舞う。猫耳の吸血鬼は自身の間合いに入った桃色の魔力の弾を一網打尽に引き裂き、時折彼女のご主人に翔んでいく流れ弾を瞬間移動の如く空間跳躍で追尾し、蹴り落として行く。

 一見して拮抗している状況に見えるが、そうではない。隙を生じさせる毎に確実に一発一発、エルヴィの身体に撃ち込まれ、その遠大な生命を削っていく。

 

「――知っているわ。貴女がバーサーカーと、あの恐るべき吸血鬼と同類なのだと――!」

「へぇ、そうなんですかー。まぁ未来のなのはちゃんですから知っていて当然かなー?」

 

 殺傷設定での魔弾に撃ち抜かれた箇所は吸血鬼特有の復元能力によって瞬時に再生するが、身体能力の低下を狙った波状攻撃を前に、負傷の治癒速度が徐々に追いつかなくなっていく。

 

「あいたた、女の命である顔に当てるなんて最低ー! あうっち、うぅ、これじゃご主人様に愛して貰えないわぁ……!?」

 

 『魔術師』から幾度無く発火魔術が仕掛けられるが、それらはアーチャーの堅牢な防御魔法を突破するには余りにも威力不足であった。

 脅威とならない『魔術師』を後回しにし、アーチャーは空中で足元に魔法陣を展開して立ち止まった後、アクセルシューターを起動させながら、自由自在に跳ね回る『使い魔』のエルヴィを滅殺する機会を虎視眈々と待ち望む。

 

「余裕なのね、エルヴィさん。貴女の生命のストックが幾つかまでは知らないけど、今の私ならば確実に殺し切れるよ――!」

「もうその時点で的外れなんですけどねぇー」

 

 地に着地したと同時にアクセルシューターの弾がエルヴィの右足を吹き飛ばし、転んで地面に激突する彼女に桃色の魔力の鎖によって幾十幾百に拘束される。

 芋虫のように転がる彼女は精一杯背伸びして天を見上げ――アーチャーは明らかに過剰殺傷確実の砲撃魔法を展開していた。

 

「ところでなのはちゃん、私の真名はご存知ですかにゃー?」

「ええ、知っているわ。貴女から直接聞いたもの」

 

 この絶体絶命の状況下においても、その余裕を終始崩さないエルヴィに疑念を抱くものの、レイジングハートを彼女に向ける。

 レイジングハートに環状の魔法陣が四つ展開させ、杖の矛先に膨大無比な魔力が収束されていく。カートリッジが超高速で全弾装填された。

 

「――『エルヴィン・シュレディンガー』だと――!」

『Divine Buster.』

 

 破滅の光は一直線に降り注ぎ、身動き一つ取れないエルヴィを容赦無く焼き払った。

 直線上に奔った桃色の光線は彼女の小さな体の十倍以上の規模であり、破壊の余波はこの土地を木っ端微塵に破砕して何もかも薙ぎ飛ばす。

 幾ら彼女が無数の生命を持っていようとも、確実に過剰殺傷して殲滅出来る威力を秘めていた。視界の隅で破壊に巻き込まれぬよう、飛び退く『魔術師』の姿があった。

 これで邪魔者は消えた。もう『魔術師』を守護する者は何処にも居ない。後は魔力ダメージでノックダウンさせれば、アーチャーの本願は叶う――。

 

 

 

 

 ――此処で唐突だが、とある吸血鬼の話をしよう。

 

 出鱈目で不死身で無敵で不敗で最強で何とも馬鹿馬鹿しい、吸血鬼『アーカード』の話をしよう。

 

 彼は吸血する事で生命の全存在を自らのものとする、吸血鬼という存在を窮極なまで煮詰めた『脈動する領土』であり、その生命の総量は総勢三百万に及んだ。

 吸血鬼『アーカード』を討ち滅ぼすには、単純に三百万回殺すか、『拘束制御術式0号』を解放させて――『死の河』として全ての命を解放して出撃させている最中の、唯一人の吸血鬼になった瞬間を狙って殺すか――『シュレディンガー准尉』の生命の性質と同化させなければならない。

 

 ――僕は何処にでも居て、何処にも居ない。

 

 彼は意志を持って自己観察する『シュレディンガーの猫』であり、存在自体があやふやな存在だった。

 彼は自分を認識する限り何処にも居て、何処にも居ない。幾度殺されようが彼が自分自身を認識する限りは絶対に亡くならない真の意味での不死の存在である。

 ただ、その彼が数百万の生命が蠢く吸血鬼『アーカード』の中に溶けてしまえば、どうなるか?

 もはや彼は自分で自分を認識出来なくなり、何処にも居なくなる。

 

 ――そして、最強の吸血鬼『アーカード』は自身を観測出来なくなり、虚数の塊として消え果てた。

 

 けれども、かの吸血鬼には愛すべき主人からの命令があった。

 ――帰還せよ、と。故に彼は三十年の歳月を掛けて、自身の三百万もの生命を尽く鏖殺して唯一人の吸血鬼として帰還を果たした。

 

 ――その殺害された生命の一つに『彼女』は居た。

 

 本来ならそれで消え果てる末路しか無かったのだが、幸運か不幸な事に『三回目』の人生が始まってしまった。

 当然の如く、彼女は自分自身を観測出来ないが故に生命が宿った瞬間に消え果て、彼女の母は自分が妊婦になった事に気づかずに堕胎したのだった。

 

 ――本来ならば此処で終わる退屈な話であったが、実は続きがあったのだ――。

 

 

 

 

 絶対的な勝利を確信し、されどもアーチャーは即座に回避行動をした。

 彼女の心臓を目掛けて放たれた刺突は彼女の左腕を掠めて深く切り裂く。

 飛翔しながら背後に振り向く。驚いた眼でアーチャーは今さっき葬った筈のエルヴィを目の当たりにした。

 

「――然り。故に私は『何処』にでも居て、『何処』にも居ない」

 

 驚く事に無傷、驚く事に服すら復元されている。

 何の不思議もあるまい。彼女は吸血鬼『アーカード』の残骸などではなく――。

 

「――我が主! 神咲悠陽が観測するからこそ、私は『此処』に居られる――!」

 

 『シュレティンガー准尉』の生命の性質を持ち合わせた『アーカード』と同等の域に達した吸血鬼として此処に存在している。

 

 ――つまり、これは何もかもがペテンなのだ。

 

 彼女を観測して確立させる『魔術師』を仕留めない限り、この吸血鬼は真の意味で不死身で無敵で不敗で何とも馬鹿馬鹿しい存在なのだ――。

 

 ――戦略を致命的なまでに誤った。

 アーチャーは『使い魔』を早期退場させて『魔術師』を確保する為に、何度殺しても意味が無い『使い魔』を必死に仕留めに掛かって、貴重な魔力を大量に浪費した。

 それに対して『魔術師』は此処『海鳴市』で戦う限り、霊地からの魔力供給を得られる。長期戦になればなるほど有利は傾いていく。

 これを覆すのであれば、早期決戦で相手を脱落させ、数の優位を取るしかない。

 

「令呪を以って命ずるッ! セイバーよ、宝具をもってランサーを――」

 

 ――然るに、手詰まりになったアーチャーが頼る者は己のサーヴァントのみであり、それは致命的なまでに『魔術師』に読まれていた。

 

「仕留めろッッ!」

 

 セイバーは令呪のバックアップを得て、自らの宝具を開帳する。

 黒の極光が剣に収束する。あらゆる存在を切り裂く神霊級の奇跡が今、解き放たれようとしている――!

 対するランサーはセイバーから距離を大きく取り、自らの魔槍に魔力を存分に注ぎ込む。致死の魔槍がその真価を発揮しようとしていた。

 

「第三の令呪を以って命ずる。ランサーよ――」

 

 ――だが、如何にランサーの魔槍が最大限の威力を発揮しても、それは対軍級に過ぎず、対城級の攻撃には抗いようがない。

 一筋の流星が極星に挑むようなものだ。一瞬の拮抗すら無く、掻き消される事は必須だ。

 

(――ケッ。全く、此処に来てマスター頼みとはなぁ……!)

 

 なればこそ、ランサーは己のマスターを信ずる。

 今、この時、彼が何をしようとし、何を求めたのか、あの性悪の『魔術師』なら確実に見抜き、唯一の勝機であるこの大博打に乗ってくるだろう。

 槍の穂先は下側を向いており――それは明らかに投擲の姿勢では無かった。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』――!」

「セイバーの背後に翔べッッ!」

 

 ――そして一つの奇跡は成立した。

 

 薙ぎ払うように最強の斬撃が放たれる。

 令呪による膨大な魔力の渦とサーヴァントの意志が合致し、ランサーは空間を超越してセイバーの背後に跳躍して着地した。

 背後に現れた在り得ざる死神の姿を、彼女の直感は確かに捉えた。

 だが、『約束された勝利の剣』の反動を全力で抑えている最中、彼女に出来る事は首を全開まで逸らして、その魔槍の矛先を眺める事ぐらいだった――。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』――ッ!」

 

 幾重にも直角に捻り曲がり、在り得ざる軌道から朱の魔槍の矛先は彼女の心臓を今度こそ貫いた。

 因果逆転の呪い、真名を解放する事で『心臓に槍が突き刺さった』という結果を作ってから槍が放たれる文字通り必殺必中の宝具。

 嘗てのセイバーは未来予知の領域に達した直感と運命すら覆す類稀な幸運で致命傷を避けた。

 だが、黒化の凶暴化で直感が鈍った事と、幸運の値が下がっていた事が彼女の敗因となった。

 

 

 ――魔槍が心臓を穿ち貫くと同時に幾千の棘が炸裂し、セイバーの内部器官を徹底的に破壊し尽くす。

 

 

「――よもや、こんな形で決着が着くとはな。ランサー」

「へっ、こっちは初見だがな。中々良かったぜ、アンタ」

 

 黒の極光と化していた剣から光が消え失せた。

 今まで一言も語らなかったセイバーは、懐かしむように感慨深く言い残し、ランサーは最高の賛辞を送った。

 

「アイルランドの光の御子に褒められるとは光栄の極みだ――」

 

 セイバーは静かに目を瞑り、光の粒子となって消え果てた。

 これで『魔術師』陣営はランサーも含めて三人でアーチャーに対抗する事が可能となり、勝負は決したと思われた。

 

 ――桃色の破滅の光が夜天を照らすまでは。

 

 使い切れずに空気中にバラ撒いた魔力を再び掻き集め、今、彼女の代名詞と呼べる最大級の魔法が放たれようとしていた。

 

「おいおいおい!? アーチャーも『対城級』の攻撃を持っているのかよッ!?」

「あわわわわ、ま、まずいですよご主人様。ご主人様も巻き込みますから非殺傷設定だと思いますけど、魔力ダメージだけで全滅しちゃいますよ!?」

 

 ――『スターライトブレイカー』。

 彼女の持つ中で最大級の威力を誇り、正真正銘の奥の手と呼べる魔法の名がそれである。

 魔力収束という類稀な技能を持つ彼女だからこそ成し得る、一発逆転の奇跡の一撃である。

 アーチャーは遥か上空、『魔術師』達の手の届かぬ場所に陣取っており――それが命取りとなった。

 

「私の前でちゃらちゃら翔んでるんじゃねぇよ。『――蝿は天から堕ち、地に這い蹲る』」

 

 ――『魔術師』がリリカルなのはの世界において、一番熱心に開発した魔術系統は『対空』であった。

 空を飛ぶ事が困難な型月世界の魔術師だが、この世界の魔導師は楽々と飛行する。その対策を練って封殺するのは至極当然の理だった。

 

「――ッ!?」

 

 『魔術師』の足場から夥しい赤い光が走り、超巨大で複雑怪奇な魔術陣が姿を現す。積極的にアーチャーに攻撃魔術を放っていなかったのは『場作り』に夢中だったが故だ。

 此処まで場が整っているならば、限定的であれども魔法の真似事ぐらい出来る。決して『魔術師』をフリーにするべきではなかったのだ――。

 

「――大別は『火』と『虚』の二重属性、詳細は『焼却』と『歪曲』の複合属性。それが私が生まれ持った魂の形、即ち『起源』である」

 

 焼いて、歪める――それは彼の人生そのものであった。

 敵も味方も区別無く全てを焼き焦がして灰燼と帰し、その破滅の結果を異なる形に改竄して別の結果へと昇華させる。

 

 ――飛翔物限定の重力操作、彼女は超大な重力に捕らわれ、再び墜落した。白い流星とは流れ落ちるが定めと言わんばかりに――。

 

 

 

 

「夢から覚めたか、高町なのは」

「……ええ。貴方にとって、私は必要なかったのですね」

 

 墜落したアーチャーはバリアジャケットの維持すら出来ずに、今すぐ消え去りそうな自身の構成要素を気合だけで現界させていた。

 アーチャーのクラススキルである単独行動の恩恵か、或いは、常軌を逸するような執念がそれを成し得ているのか――。

 

「――敗因を指摘するとすれば、魂喰いをして魔力に余裕を持たせてなかった事だろうよ。万全の状態で挑まれていたら、此方も危うかった」

「……私だって、好きな人の前では綺麗で居たいです」

 

 憑き物が全部堕ちたかのように、彼女の表情は透明であり、その感情に不純物が無かった。

 

「お前は、殺し合うには優しすぎる」

 

 対する『魔術師』の表情は無く、感情を極力押し殺していた。

 

「『ワルプルギスの夜』は何日後だ?」

「……ちょうど一週間です。『ワルプルギスの夜』を乗り越えられても、貴方は近い内に死にます」

 

 未来から訪れた者の死刑宣告を聞き届け、『魔術師』は淡々と受け入れる。考える素振りも驚く素振りも見せずに――当然の如く。

 

「そうか」

「……驚かないのですね」

「それが私の日常だからな。殺しているんだ、殺されもする」

 

 それらは常に平等であり、等価値でなければならない。殺している者が絶対殺されないという理は無い。

 ――死に関わる者が死から遠ざかる事など出来ないのだ。

 

 

「――好きでした。貴方が死んでから、私には貴方しか居なくなった」

「――そうか」

 

 

 高町なのはは渾身の笑顔を浮かべ、『魔術師』は感情無く一言だけ返す。

 その言葉に、どれほどの想いで溢れているのか、『魔術師』は誰よりも思い知っている。その手の片思いは自分も六十年間思い煩っている。

 

 その苦しさも、

 その嬉しさも、

 その愛しさも、

 その切なさも、

 全て全て理解した上で、

 ――『魔術師』は返答しなかった。

 

「……やっぱり、答えてくれないのですね。嘘でも良いのに……」

 

 自分さえ騙せない嘘は他人も騙せない。『魔術師』は唇を僅かに噛んだ。 

 

「最期に一つ、お願いしても良いですか……?」

「……聞こう」

 

 

「私を、見てくれませんか――」

 

 

 頑なに瞑られていた眼を開き、神咲悠陽は高町なのはを見た。

 天から墜落した天使のようだと、その笑顔もその輪郭もその顔も全て全て見届けて、彼は初めて彼女の姿に魅入った――。

 

「綺麗な、瞳――」

 

 そして彼女は一片の悔い無く、光の粒子となって消え果てた――。

 暫く呆然と立ち尽くし、『魔術師』は天を見上げる。

 其処には百年前と変わらず、月が輝いていた。ただ今回はどうしてか、酷く歪んで見えた。

 

「ランサー。これで私はお前を律する令呪を全て失った訳だが、どうする?」

「そうだな。最初は令呪を全部使い切ったらどうしてやろうか、色々考えていたがよぉ――」

 

 背を向けたまま、『魔術師』はランサーに問う。

 そもそも彼等の主従関係は他のマスターから略奪し、令呪による強制で納得させたものであり、最後の令呪を使い果たした彼にランサーが従う道理は何処にも無い。

 マスターが自身より強大無比なサーヴァントを従わせられるのは『令呪』があってこそだ。

 その縛りが全て無くなった今、先送りにしていた決断の時が来たのだ――。

 

「最後まで付き合ってやるよ。お前と一緒なら戦う相手には困らないだろうしな」

「――そうか、感謝する」

 

 ――此処に、魔術師とサーヴァントは『令呪』を超えた協力関係を築き上げる。

 ランサーにとっては、今の彼が知る由も無いが、漸くまともに得られた正統なマスターだった――。

 

「水臭ぇな。令呪が無くなったら即裏切るような尻軽に見えたか?」

「いや、令呪を無駄に消耗する手間が省けただけだ」

 

 『魔術師』のおかしな言葉に首を傾げる。

 確かに彼は未召喚の令呪を温存しているが、あれは自分とは繋がっていない。あの三画の令呪は自分には使用出来ない筈だが――『魔術師』は右の袖を捲る。

 

 ――其処には未使用の令呪の他に、腕に二画の令呪が刻まれていた。

 

「第二次聖杯戦争で私が使い残した本家本元の二画だ。此方の方はいつでも使えるしな」

 

 今、此処で反旗を翻したら令呪によって自害させる気満々だったと、ランサーは「うわぁ」とこの上無く嫌な顔をした。

 何処までも油断ならぬ野郎だと、溜息を吐きながら毒吐いた。

 

「……エルヴィ。私はいつ死んで良いと思っていたが、それは単なる逃避だったようだ」

「ご主人様……」

 

 ――事に当たっていつでも死ぬ準備が出来ている。

 準備を覚悟と言い換えた方がもっと聞こえが良いだろうか? だが、それが単なる欺瞞であると『魔術師』は気づかされた。

 

「其処に何が何でも生き延びるという意志は無かった。単なる惰性だ。生きる目的が無く、朽ち果てるその時を待ち侘びている。それでは生きているのに死んでいるのも同然だ」

 

 だから、自身の死すらも受け入れていた。

 死した後など知った事では無いと、思考停止していた。

 

 ――こんな自分でも、その死を悼む者が居る事を、彼は初めて知った。

 

「私の死があの『高町なのは』に至る原因ならば、簡単には死ねないな」

 

 踵を返して彼等に見せた『魔術師』の表情はいつもと同じく泰然自若としており――ランサーとエルヴィは笑顔で迎える。

 

 ――地下から地響きが生じている。地下の『敵』は未だに健在のようである。

 

 

 

 

 




 クラス セイバー
 マスター 『高町なのは』
 真名 アルトリア・ペンドラゴン
 性別 女性
 属性 混沌・悪
 筋力■■■■■ A 魔力■■■■□ B
 敏捷■■■■□ B 幸運■■□□□ D
 耐久■■■■■ A 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
              大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは困難。
              黒化している為か、一段階劣化している。
        騎乗:ー 黒化により、騎乗スキルは失われている。
 直感:B 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を『感じ取る』能力。常に凶暴性を抑えている
     為、直感が鈍っている。
 魔力放出:A 膨大な魔力はセイバーが意識せずとも、濃霧となって体を覆う。
 カリスマ:E 軍団を指揮する天性の才能。統率力こそ上がるものの、兵の士気は極度に減少す
       る。


 クラス アーチャー
 マスター フェイト・テスタロッサ
 真名 高町なのは
 性別 女性
 属性 秩序・善
 筋力■■□□□ D 魔力■■■■■ A+
 敏捷■■■□□ C 幸運■■■■□ B
 耐久■■■■■ A 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:E 魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
        単独行動:A マスター不在でも行動出来る。
              ただし、宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターの
              バックアップが必要となる。
 魔法:A++ ミッドチルダ式の魔法技術。最終的な魔導師ランクは『SSS』
 




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21/無垢なる刃

 

 

 ――クロウ・タイタスにおける幸福の定義とは何なのだろうか?

 

 周囲の人が笑って暮らせる事、これに尽きる。これ以外に幸福を見出せない。

 ならばこそ、今、この場に八神はやてが笑い、シスターも笑い合っている。この日常の一コマこそ得難い幸福であり――だからこそ、簡単に見抜けてしまった。

 

 ――其処に自分が居る必要は無いのだ。

 

 自分の大切な人が笑ってくれるならば、自分の身などどうなっても良い。

 彼は我が身を唯一度足りても省みない。致命的なまでに其処が欠如していた。弱者である彼は、我が身を削らなければ幸福は得られないと理解しているが故に――。

 だから、彼女達と共に幸福を享受しているこの至福の光景は手の届かぬ理想郷であり、単なる幻に過ぎないと簡単に看破してしまう。

 

「クロウ兄ちゃん、どうしたん?」

「……ごめんな、はやて。オレは行かなきゃなんねぇ」

 

 そして此処には彼女――アル・アジフがいない。

 世界の中心を探る。この幸せ過ぎる幻影を解く方程式は其処にあり、即座に探し当てる。後は其処に魔力を集中させ、暴いて解き放つだけだ。

 

「クロウちゃん、何で……?」

「これが溺れたくなるような幸福な夢ってのは身に染みて解るんだけどさ、何処までも違和感が拭えねぇんだ。此処はオレには勿体無さすぎる――」

 

 幸福な世界を木っ端微塵に破壊して、クロウ・タイタスは現実に立ち戻った。

 犠牲無くして幸福は得られない、それが彼に立ち塞がる残酷な現実だった――。

 

 

 21/無垢なる刃

 

 

 目を覚まし、寝惚けた頭を振り払い、大凡の状況を理解する。

 時刻は既に十一時を廻っており――タイムリミットまであと一時間という状況だった。

 

「クソッ、シスターめぇ……!」

 

 ヘンテコな精神世界に隔離しやがって、と怒りを燃やし、即座に起き上がって立ち上がろうとした処で、人一人分の重みを感じる。

 下を向けば、はやてが必死にしがみついていた。まさか今までずっと――幸いな事に、今は眠っているようだった。

 

「行っちゃ、駄目。一人に、しないで……」

 

 その寝言を聞いて、罪悪感が湧き上がる。

 それでも、行かなきゃならない。自分が行かなければ、アル・アジフは永遠に助けられない。

 邪悪を退ける為に生まれた彼女を、邪悪を呼び寄せる為の生贄にさせる訳にはいかない。

 

「ごめんな、はやて。――行って来る」

 

 はやての手を振り解き、ベッドに眠らせてシーツを掛けて――クロウ・タイタスは戦場に向かう。

 もう此処には帰って来れないかもしれない、そんな弱気を振り払いながら――。

 

 

 

 

 ――其処は局地的な暴風の被害が及んだかのような酷い有り様だった。

 

 地は砕け、爆撃にでも遭ったかの如く大惨状だが、不思議と人通りは無い。

 法治国家である日本でこんな状況になれば、まず間違い無く誰かしら駆けつけると思うが――その人物と出遭ってしまい、全てを納得した。

 

「おや、随分と大遅刻だね。クロウ・タイタス」

 

 あの『魔術師』と相対してしまい、一気に緊張感が漂う。

 彼が此処に居るという事は、この場における惨状は彼の仕業であり、それ故に外部に漏れる事無く秘匿されたのだろう。

 

 彼と最後に相対したのは、一人の気が狂った転生者が毎日一人ずつのペースで一般人を殺し続けた海鳴市における最悪の一ヶ月間――『連続猟奇殺人事件』以来である。

 

 クロウはもう二人の協力者と共に凶行に走る転生者を突き止め、無傷で捕らえる事に成功した。

 法と秩序によって裁かれる前に、その狂った転生者は『魔術師』の手によって闇に葬られる。

 何とも苦々しい結末であり、それ以来、クロウ・タイタスは『魔術師』の事を相容れぬ敵と認識している。

 

「何でお前が此処に……!?」

「それは此方の台詞なのだが、まぁ良いだろう。アーチャーの相手をして時間を浪費してしまってな。今から『地下神殿』に入っても間に合わないから色々と小細工をしている」

 

 またろくでもない事を企んでいるのは間違い無いだろう。

 一応この聖杯戦争では蹴り落とすべきマスターになるが、今現在のサーヴァントを攫われた自分には抵抗する手段は無く――『魔術師』にしても此方を駆逐する価値も見出していないのか、敵意さえ向けていなかった。

 

「大方『禁書目録』に戦力外通知をされ、今の今まで時間を浪費したと見える。さて、今からでは邪神招喚まで間に合わない上に元々君では何も出来ないが、何をしに来たのかね?」

「――アル・アジフを助け出す」

「ほう、どうやって?」

 

 『魔術師』は小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべる。

 

「あれは邪神招喚の生贄だ。自らの手で殺してやるのがせめてもの救いか? 残りの令呪二画を使えば或いは自害させられるかもしれんぞ」

「……黙れよ。――アイツを助けられるのはオレだけで、助けようとするのもまたオレだけだ」

「死が救済になるなら、私が彼女を助ける事になるだろうがな」

 

 皮肉気に『魔術師』は笑う。その嫌らしい笑みに、クロウは苛立ちを籠めて睨み返した。

 

「下に潜った連中が時間内に『大導師』を仕留められないのならば、私は此処一帯を崩落させて被害を最小限に抑える算段だ。――存外、苦戦しているようなのでな。『神父』も『代行者』も『銀星号』も足止めを食らっているようで不甲斐無い」

「なっ、上に居る一般人の連中も全部巻き込む気か!? あの地下神殿の規模は巨大だ、街の一部が残らず崩壊するぞッ!?」

「被害がどれほどの規模になるかは解らないが、邪神招喚されるよりは死亡者は少なく済むぞ?」

 

 それは被害を最小限に留める次善の手であり、『魔術師』にとっては厄介者全てを葬れる最善手でもある。

 いざその時が来た際、『魔術師』は一切躊躇わずに実行するであろう。クロウは奥歯が砕けんほどの勢いでぎりぎりと噛み締めた。

 

「――そうだな、戯れだ。お前の覚悟とやらを見せて貰おうか?」

 

 此処で『魔術師』を止めなければ下にいる皆が死んでしまう。だが、万が一『邪神招喚』が成ればそれ以上の被害が及ぶ。

 此処で『魔術師』を止めるか否か、クロウが葛藤している最中、『魔術師』はこの上無く憎たらしく微笑んだ。

 地面に赤い光が走り、巨大な魔術陣が描かれる。『魔術師』の両手両肩の魔術刻印もまた赤く強く脈動していた。

 

「……ッ!? 何をする気だ――!」

「『空間転移』で最高潮(クライマックス)寸前の舞台に送り届けてやる。此方の儀式場は既に完成したからな――君に『大十字九郎』の真似事が出来るのならば、やってみるが良い」

 

 

 

 

 地下神殿の大聖堂、二つの鬼械神が鎮座して尚余るほどの大空間が広がっており――数多の仕掛けを突破した三名の精鋭と『大導師』が死闘を繰り広げていた。

 

 ――黄金の十字架の剣と打ち合うは、神の御業で鍛造されたオリハルコンの剣、『大導師』と『竜の騎士』は共に一歩も引かずに斬り結んでいた。

 

「――流石は『竜の騎士』、流石は歴戦の『竜騎将』、その剣は一体幾人もの人間の血を啜ったのかな?」

「――!」

 

 魔人は嘲笑する。この『真魔剛竜剣』が幾千幾万もの人間の返り血を浴びた事を知っているが故に――。

 

「――よりによって人が世を乱した時代に生まれし『竜の騎士』殿、貴方は何を斬り裂いて世界を救済したのかな? あは、ははははははははははははは――!」 

「黙れぇ――!」

 

 その額の『竜の紋章』がより一層激しく輝く。

 だが、依然としてその刃は魔人に届かず、魔人の刃は『竜闘気(ドラゴニックオーラ)』を貫いてダメージを与え続ける。

 『大導師』に『竜の騎士』――両者とも最強級の転生者であるが、精神面において差が生じてくる。

 

(それだけじゃない。『竜の騎士』は此処が地下の奥深くのせいで『最強の一撃』を封じられている。更には私や『彼女』が居るせいで無差別殺戮の可能性を秘めた『竜魔人』になる事が出来ない……!)

 

 刻一刻と勝負の天秤が傾いていき、シスターとソーサラーの少女に焦燥感が生じる。

 

(……『神父』と『代行者』はまだ来ないのですか……!)

 

 このまま前衛を失えば、後衛の彼女達二人は瞬く間に『大導師』に葬られる。

 シスターはソーサラーの少女にアイコンタクトをする。考えは同じだった。

 

「一旦下がってッ! ――滅びゆく肉体に暗黒神の名を刻め、始源の炎蘇らん! フレア!」

「豊穣神の剣を再現、即時実行――!」

 

 少女の掛け声と同時に冷静に戻った『竜の騎士』は全力で背後に翔んで一時離脱する。

 撤退を援護する為に繰り出された、黒魔法において最強最大の一撃が『大導師』を中心に爆発し、同時にシスターから三条の光の剣が飛翔する。

 『大導師』を中心に夥しい魔術文字が展開され、防御魔術となって相殺する。底知れぬ魔力は未だに途切れず、尚も燃え滾っていた。

 

「おや、距離を離して良いのかな? シリウスの弓よ!」

「……ッ、『硫黄の雨は大地を焼く』――完全発動まで三秒」

 

 魔人は即座に弓を構え、一発一発が『歩く教会』を撃ち抜き兼ねない破滅の光を次々と放っていく。

 

「……!? ちぃ――!」

 

 『竜の騎士』は一目散にソーサラの少女とシスターの前に疾駆し、飛翔する光の矢を斬り裂いていく――その場から動かず、死守の構え。

 当然ながら、捌き切れなかった矢が次々と彼の肉体を穿っていく。人間と同じ赤い血が飛び散っていく。 

 

「――っ、空の下なる我が手に、祝福の風の恵みあらん! ケアルガ!」

 

 柔らかな光の風が『竜の騎士』を包み込み、負傷を即座に癒していく。

 この間約三秒、シスターの魔術が完成し、五十以上もの『灼熱の矢』が飛翔し、光の矢を相殺して行く。

 

 これで体制を立て直した――そう確信した瞬間、馬鹿げた重力が生じ、彼女達を押し潰さんと身体中の骨に軋みを上げさせる。

 

「ぐぅぅ!」

「きゃあああっ!?」

「――っ!」

 

 即座にシスターはこの魔術を基点を発見し、ありったけの魔力を流し込んで術式を即時破壊する。

 この早業には、さしもの『大導師』も感嘆の息を吐いた。

 

「流石は『禁書目録』。此方の別系統の魔術を即座に解析分解するとはな!」

 

 『大導師』は嬉々と弓に、破壊の権化である黒炎の龍を装填する。放たれれば此方を問答無用に屠る一撃必殺の滅技――!

 だが、逃れられないタイミングでの発動には至らなかった。『大導師』の視線が彼等とは外れ――其処には空間の歪みが生じていた。

 

「空間跳躍――!?」

 

 何者かがその地点に翔んでくる――未だに到着していない『魔術師』の差金か、それは空間から拒絶されたかのように排出され、無様に転がり落ちて着地した。

 

「ぬわぁっ!?」

「クロウちゃん――!? そんな、どうして此処にッ!?」

 

 此処には絶対に来ないであろう人物を目の当たりにし、シスターは悲鳴を上げる。

 彼女の姿を確認したクロウはそれはそれは激怒し憤怒した表情を浮かべて怒鳴った。

 

「後で覚えていろよシスター! 口で言えないような十八禁間違い無しのエロエロなお仕置きをしてやるぅぅぅ!」

「ななっ!?」

 

 クロウは一直線に走る。『大導師』目掛けて――ではない。

 その真逆、大聖堂の奥に鎮座しているアイオーンらしき異形の鬼械神、囚われのアル・アジフを目指して――。

 

「暫く時間を稼いでくれ! オレがアル・アジフを助け出すッ!」

「行かせると思うたかッ!」

 

 必滅の術式の照準が走り去るクロウの背中に向けられる。

 

「悪神セト、蹂躙せ――!?」

 

 発射の寸前に『大導師』の顔に『竜の騎士』の『爆裂呪文(イオラ)』が炸裂し、破滅の黒龍はあらぬ方向へ解き放たれた。

 

「ああ、もう、こうなったら出来る限り止めるから行ってクロウちゃん! 大して保たないから早くッ!」

「おうよッッ!」

 

 自棄っぱちにシスターは力一杯叫び、追撃と足止めの魔術をひたすら繰り出す。

 ――そして舞台の結末は無力な魔道探偵に委ねられた。

 

 

 

 

 ――間近で木霊する破壊音すら耳に届かない。

 

 自身の鬼械神の中で触手に貪られている愚かな魔導書は、生きながら死に絶えようとしていた。

 滑稽な話だ。邪悪を駆逐する為に、世界への警鐘を鳴らす為に狂える詩人に書かれた『魔導書』が人類に終焉を齎し、そして今、邪悪とは無縁の次元宇宙に災厄を齎そうとしている。

 

(……妾は、一体何の為に、存在したのやら――)

 

 自嘲的に笑い、アル・アジフは成す術も無く犯され続ける。

 数刻もしない内に儀式は完成し、外なる宇宙の邪神はこの世界を苗床に侵略して行くだろう。

 謝っても謝り切れない。彼女が今、出来る事と言えば、引導を渡してくれる者をただ待ち望むのみだった。

 

「――、――!」

 

 ――声が、聞こえた。

 

 誰が見知った者の声、されども、その声は余りにも小さく、聞き取れないほど弱々しかった。

 一体、誰がこんな愚かな魔導書を呼び寄せるのだろうか。彼女は気怠げに顔を上げる。

 されども、アイオーンだった鬼械神のコクピットの中は最早人外の触手が蠢く魔境でしかなく、外を確認する術は既に持ち合わせていない。

 単なる空耳か、全てを諦めて目を瞑ってしまおうとした途端、その声は確かに此処に届いた。

 

「――アル・アジフッ!」

 

 それは我が名を呼ぶ声であり、その者は今世に置ける彼女のマスターのものであり――必滅必須の殺戮空間たる此処に居てはならぬ人物の声だった。

 

「……ク、ロウ」

 

 ――馬鹿な。

 一体何をしに来た。

 魔導書を手放しているお主など、一般人にも劣る。

 それに、彼女は彼を裏切った。

 期待も信頼も、存在意義に置いてすらも、自分は裏切り者であり、憎悪に足る存在だ。

 主を破滅に導いた愚かな魔導書の名を、何故求める。何故叫ぶ。

 

 ――ああ、そうか。彼は最後の務めを果たしに来たのか――。

 

「――クロウ! 妾を、妾を殺せぇ! 儀式が成る前に、早く……!」

「こんの、馬鹿野郎ッ! 何、寝惚けた事をほざいてやがるんだぁこの古本娘がぁ!? 良いか、良く聞け――オレは、お前を、助けに来たんだッ!」

 

 ――思考が止まる。

 在り得ない。彼は一体何を言っているのか。

 こと今更において自分を助けるなどという妄言を吐くのだ……!?

 

「何を馬鹿な事を……!? もう、妾は邪悪を討ち払う魔導書ではない。邪神の策謀に踊らされ、役目も全う出来ない討つべき害悪だ……!」

「うるせぇ、黙ってろッッ!」

 

 アル・アジフの泣き言をクロウは斬って捨てる。

 解らない。彼女には主の考えている事がまるで解らない。

 最早役に立たぬ程度では済まないのだ、自身は。

 存在しているだけで災厄を齎す史上最悪の魔導書。

 彼女は自分自身の存在を誰よりも許せない――。

 

「何故だ。何故、汝は妾を――」

「泣いている子を、救わねぇ男が何処にいやがるッッ!」

 

 一際音を立てて、コクピットに亀裂が生じた。

 光が射す。バルザイの偃月刀を握った血塗れのクロウは力任せに振るって、漸く自身の魔導書と対面を果たした。

 

「うおぉっ、触手だらけで気持ち悪ッ!?」

 

 彼女を拘束する肉の触手を一太刀で斬り裂き、力無く崩れたアル・アジフを背負って颯爽と脱出する。

 彼女という配給元を失ったアイオーンらしき鬼械神は名残惜しく崩れ去り、怪奇にしては妙に潔く消え果てた。

 此処に、此度の邪神招喚の儀式は潰えた――。

 

「それで私に勝ったつもりか、クロウ・タイタスッ!」

 

 魔人の慟哭が響き渡り、不動だったもう一つの赤い鬼械神が軋みを上げて動き出す。

 

「リベル・レギス……!? 邪神招喚の儀式が中断されれば、奴等の鬼械神もまた――!」

「よくぞ阻止して魅せた。だが、何も問題無い。此処に集った邪魔者達を一人残らず一掃し、その生贄をもって再び邪神降臨の儀式を執り行おう!」

 

 勝ち誇ったように『大導師』は高々に勝利宣言する。

 如何に転生者が集っても結局は彼の『鬼械神』に敵う存在はいない。

 成功しても良し。失敗しても此処に集った最精鋭達を始末すれば次に彼を止める者は居なくなる。どの道、勝利は揺るがなかった。

 

 ――誰もが絶対的な戦力差に絶望した。

 

 単なる機械の人形相手ならば、幾ら体格差があろうが勝機はあるが、あれは神の模造品であり、正真正銘の最強の鬼械神だ。生身で敵う道理は何処にもあるまい。

 誰一人勝機を見出せずに絶望していた。唯一人を除いて――。

 

 

「憎悪の空より来たりて――」

 

 

 何故、その聖句を知っているのか。

 否、それはどうでも良い。だが、だが――!

 

「……無理、だ。クロウ。もう、デモンベインは――」

「オレを信じなくて良い。だがな、アル・アジフ、『魔を断つ剣(デモンベイン)』を信じろ。お前達と歩んだあの鬼械神は、必ず答えてくれる……!」

 

 ――クロウは自信満々に笑う。

 彼は信仰している。こんな何も出来ない自分ではなく、彼等の物語を絶対的に信仰している。

 彼等の剣は一度の敗北程度では折れない。否、何度折れようが、何度でも蘇る。

 彼等の神話を、クロウ・タイタスは全身全霊を以って信仰する。

 

 ――その顔が、一欠片のパーツさえ似て居ないのに、彼女の伴侶のものと重なった。

 

「正しき怒りを胸に――」

「馬鹿な。出来る筈が無い! あの出来損ないの鬼械神は既に――!」

 

 ナコト写本が実体化し、驚愕と共に呪詛を吐き捨てる。

 デモンベインはリベル・レギスとトラペゾヘドロンを打ち合い、次元の狭間に消え果てた。

 既に欠片も残らずに消滅している。存在したという因果すら残っていないのだ。

 呼び出せる筈が無い。今のマスターにはデモンベインとの縁は皆目皆無であり、その招喚対象であるデモンベインもまたこの宇宙の何処にも存在しない。

 

『――『我等』は魔を断つ剣を執る!』

 

 声が、重なる。クロウ・タイタスと、アル・アジフの声が。

 出来損ないのマスターと、伴侶を失った魔導書の心が、初めて重なり合う――。

 

 

『汝、無垢なる刃、デモンベイン――!』

 

 

 ――そして、想いは確かに届いた。

 

 鋼鉄の鬼械神が時空を引き裂いて顕現する。

 最弱無敵の鬼械神(デウスマキナ)が、人の為の鬼械神(デウス・エクス・マキナ)が、今、此処に降り立った。

 

「……本当に」

 

 欠けたる要素など何もなく、完全完璧な状態だった。

 アル・アジフは幾度無く魔術的な調査する。これは邪神の差金ではなく、彼等と共に幾多の戦場を駆けた、不屈の闘志を漲らせた人間の為の鬼械神だった。

 

「うおおおぉっ! マ、マジで本当に招喚出来たぞこれ!?」

「んなっ!? な、汝は確信を持って招喚したのでは無かったのか!?」

「時にはノリも重要だって事だ!」

 

 ――まさに、これは正真正銘の『ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)』であり、それを目の当たりにしたナコト写本は心底信じられないという表情でそれを見届けていた。 

 

「在り得ない……!」

 

 ――こんな奇跡が、あってたまるか。起こってたまるものか……!

 

 アル・アジフのマスターは大十字九郎ではない。もっと格下の、取るに足らぬ塵芥同然の人間だ。

 それが、それがこんな奇跡を引き寄せるなどあってはならない――! 一体何が、どんな未知の法則が此処まで働きかけたのか……!?

 ナコト写本は心底憎悪して彼女の主を射抜く。呪詛さえ滲ませて、彼女の主を初めて射殺さんと睨みつける――。

 

「――クロウ・タイタス。認めよう、この世界において貴様が我が宿敵であると……!」

 

 魔人は『リベル・レギス』に飛び移り、コクピットに入る。 

 

「アル・アジフ! 行くぞッ! ――シスター、それとブラッドにシャルロット、危ねぇから逃げてろッッ!」

「わ、解ったよ……!」

「私達はついでか……」

「……落ち込まない」

 

 ページが解けるようにクロウの姿は消え、デモンベインのコックピットに収まる。

 アイオーンとは違って、魔力の負担は殆ど無い。流石は魔術と科学との混生児、耐え抜いて勝ち抜く事を可能とする最弱無敵の鬼械神だとクロウは笑う。

 

「リベル・レギス――この前の戦闘の損傷がまだ直っていない……?」

「侮ったな。奴等はもう鬼械神での戦闘は無いと盲信し、邪神招喚に全身全霊を費やした。持ち前の自己治癒では全快に至らなかったようだな」

 

 処々に損傷が目立ち、火花を散らしている『リベル・レギス』を見て、二人は戦力分析をする。

 現状ではほぼ互角、否、完璧な状態である此方側が僅かに有利だと――。

 

「多少の損傷など関係あるまい――我等が必滅呪法の前にはな」

 

 リベル・レギスの掌に絶対零度の冷気が生じ、一歩後ろに下がって構える。

 

「一撃勝負ってか。面白ぇ、乗ってやるぜ……!」

 

 デモンベインの掌に無限熱量の灼熱が生じ、いつでも飛び出せる姿勢で構える。

 

 ――奇しくもそれは、『大十字九郎』と『マスターテリオン』が執り行おうとし、アンチクロスの邪魔が入って決着が着かなかった勝負の再現であった。

 

「――レムリア」

「――ハイパーポリア」

 

 二体の鬼械神が同時に駆ける。

 我武者羅に、前の敵のみを見て、彼等は必滅の昇華呪法を繰り出す。

 

「インパクトッ!」

「ゼロドライブッ!」

 

 無限熱量の灼熱と絶対零度の冷気が衝突を果たす。

 何方が真に必滅の奥義であるか、鬩ぎ合い――世界は純白に染まった。

 

 

 

 

「がっ――見事、だ。初の騎乗とは、思えんな。我が宿敵よ……」

 

 血塗れで、肉体の各所が炭化している『大導師』は地面を這い蹲りながら、朱に染まる夜の街を離れて行く。

 必滅の奥義の打ち合いに撃ち負け、最強の鬼械神『リベル・レギス』は此処に滅びた。彼の魔導書であるナコト写本は一切抵抗せず、自らの鬼械神と運命を共にした。

 

 ――だが、彼は諦めが最高に悪い。昇華される寸前の処で脱出し、何とか生き延びた。

 

 如何に魔人と言えども、彼は『マスターテリオン』とは違って正真正銘の人間である。この致命傷に限り無き負傷を受け、彼の生命は風前の灯だった。

 激痛、激痛、無くなる痛覚、麻痺する身体機能、それでも生への執念だけが彼の生命を繋ぐ。

 諦めるという選択肢は元より彼の中には存在しない。決定的な敗北を経て、凡そ全てを失っても、次への執念を燃え滾らせる。

 今回は完膚無きまでに敗北した。だが、次はこの教訓を生かし、必ずや我が神への道を切り開こう。

 

 ――かつん、と、彼の前に靴音が生じた。

 魔人は最後の最期に現れた絶対的な敵対者を前に、淡く微笑んだ。

 

「――此度は此処までか。……まぁいい。次は、もっと上手くやるさ」

「三度目があったからと言って四度目があると思うなよ」

「何を言う。三度あったんだ。四度目があっても可笑しくは無いだろう?」

 

 ――『魔術師』の手には抜き身の太刀が握られている。

 

 この絶望的な敵対者を前に、それでも魔人は活路を必死に模索する。

 此処で間違い無く殺されると確信していても尚、魔人は美しく生き足掻く。それは絶望の化身である『邪悪』には似合わぬ類の生き汚さだった。

 

「そう考えるのはお前の勝手だがな。――まだ続ける気か? お前の企みが成功する事は恐らく無いぞ」

「何度でも挑むさ。成功するまで続ける。これまでも、これからも、何も変わるまい」

 

 一片の淀み無き、清々しい邪悪な宣言に、『魔術師』は溜息を吐く。

 

「だから、お前は永遠に成功しないんだ。一つ呪いを渡そう」

 

 これからも永遠に彷徨うであろう魔人に、『魔術師』は哀れみを籠めて呪詛を植え付ける。

 それは魔術的なものではなく、そうでは無いが故に解呪出来ず、致死の毒足り得る猛毒だった。

 

「――その資質は『黒の王』のものではない。まるで逆なんだよ。お前はお前の宿敵である『白の王』の資質を持ち合わせて生まれた。これが皮肉でなくて何を言う」

 

 ――魔人の眼が驚愕一色に染まる。

 誰一人指摘しなかった事を嘲笑い、気づけなかった愚鈍さに憐憫を籠める。

 

「お前は『大十字九郎』にはなれるが、『マスターテリオン』にはなれない――」

 

 呪いは結実し、魔人の精神を無限に蝕む。

 絶望を識らない魔人が初めて体験する絶望の味は如何な程か――今度は『魔術師』の顔が曇った。

 

「――だからどうした? 私は敬愛する我が神の為に戦う。それだけの事よ」

 

 『魔術師』は「そうか」と一言返し、一閃して首を落とす。

 実に気に食わない事に――魔人は最期まで勝ち誇ったように笑っていた。

 

「――愛、か。人が生命を賭けられるのはそういうもんだろうね」

 

 感傷深く『魔術師』は独り言を呟いた。

 街の存亡を賭けた大騒動は終焉し――聖杯戦争は一夜にして、残り『二騎』となった。

 

 

 

 

 



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魔法少女まどか☆マギカ編 22/平常運転の陰謀家

 

 

 

 ――夢を、見ていた。

 長く、果てしない、何処までも悲しい夢を――。

 

「フェイトっ! 良かった、良かった、もう目覚めないかと思ったよ……!」

「アル、フ……? あれ、何で子犬モードに?」

「フェイトの負担を少しでも減らそうとしてさっ……いやまぁ、アーチャーから言われたんだけど」

 

 小さくなった自身の使い魔の姿にびっくりしながら、フェイト・テスタロッサは自身の鉛のように重い身体に眉を顰める。

 魔力は殆ど底を尽きており、これではまともに活動も出来ないだろう。

 

 ――そう考えて、一体自分は何をすれば良いのか。

 フェイトは完全に自身の目的を、見失っていた。

 

「というか、このモードの事、知っていたの?」

「あ、いや……うん、アルフ、可愛いよ」

 

 咄嗟に誤魔化し、アルフははち切れんほど良い笑顔を浮かべた。

 

「ごめん、アルフ。何か飲み物を取って来て……」

「あいよ! ちょっとだけ待っておくれよー!」

 

 アルフは見た目相応のやんちゃさで冷蔵庫に向かってドタバタと走り、フェイトは疲労感を滲ませた溜息を吐いた。

 毛布を捲る。其処には、恐らく先程まで令呪だった『ジュエルシード』が三個、転がっていた。

 

 ――自身はアリシア・テスタロッサのクローンであり、母親であるプレシア・テスタロッサから偽物として疎まれている。

 

 ――『魔術師』は自身が手に入れたジュエルシードを尽く砕く為、現存しているジュエルシードは自身の三つと――未だ出遭った事の無い、親友の三つのみ。

 

 ――プレシア・テスタロッサの本願は当然叶わず、次元世界の狭間に消え逝くが定め。自分は唯一人、彼女達に置いて行かれ――。

 

 ――彼女の記憶の中には、自分の姿がとにかく鮮明に、何度も出てきた。

 彼女自身、最も信頼していた親友が自分であり――彼女が道を誤り、最終的に引導を渡したのは、泣きながら崩れる未来の自分だった。

 

(――私は貴女の事を必要以上に知っている。でも、今の貴女を知らないし、貴女は私の事を知らない……)

 

 解らない。全く思考が定まらない。

 あれが自身の未来である事を全否定すれば、フェイト・テスタロッサは母の忠実なる下僕に立ち戻れる。例え捨て駒でも、役目を果たす事が出来る。

 けれども、あれが自身の辿る未来であるならば、自分は解った上で立ち向かう事など出来ない。そう振る舞えるほど、強くある事は彼女には出来ない。

 

(――なの、は。高町、なのは……)

 

 崩れそうな自身の体を自分で抱き締め、フェイトは一人で震える。

 知ってはいけない事を知ってしまった。もう、フェイトは以前の無垢な自分ではいられない。知ったからには後戻りは出来ない。

 

 ――貴女に、出逢いたい。

 滅茶苦茶になった自分自身に、区切りを付けたい。

 其処に答えがあると、彼女は盲目的に信じて――。

 

 

 22/平常運転の陰謀家

 

 

 ――そして、高町なのはは自身の未来の結末を最期まで見届けた。

 

 全領域を支配する五十以上の魔力の弾の乱舞も、神の鉄槌じみた超絶な破壊力を誇る桃色の光線も、星屑を集めて形成された超巨大な星も脳裏に刻まれた。

 

 ――あれが彼女が至る到達点、英雄の域まで登り詰めた『高町なのは』の姿を網膜に焼き付ける。

 

 まさに彼女の『強さ』は高町なのはの理想そのものだった。

 強大無非なる力、あの『魔術師』達に匹敵する力、今度こそ彼を守れるほどの力――なのに、何故彼女は敵対する道を選んだのだろうか?

 未来の自分なのに、自分自身の選択がまるで解らなかった。

 どうして、殺し合う道を選んでしまったのか。そんな事の為に彼女は力を求めたのでは無いのに――涙が知らぬ内に零れ落ちた。

 

 ――彼女は白い流星として流れ落ちた。

 

 今際の言葉を、彼女は全部聞き届けた。

 涙が止まらなかった。やはり彼女は自分自身だった。不器用なれども、何処までも一直線に貫いて、その報われない結末に慟哭する。

 されども、彼女は自分でも驚くぐらい綺麗な笑顔で笑って、未来の自分は満足気に逝った。

 

(……解らなくなっちゃったよ、レイジングハート)

『……Master.』

 

 何処をどう間違っていたのか、どんな道筋を歩んだのか、今の自分では全く解らないし、想像も出来ない。

 でも、自分は――あんな綺麗な笑顔で逝く事が出来るのだろうか?

 

 一つの結末を見届け、高町なのはは目指した道を見失った――。

 

 

 

 

 八神はやてが居て、シスターが居て、アル・アジフも居る。

 朝の食卓で至福の時間をクロウは堪能する。平和な一時を全身全霊で享受する。

 

(……昨日は良く無事だったなぁ、オレもアル・アジフもシスターも)

 

 下手すれば時間切れで全員生き埋めという事態も在り得たし、自分だけ死んではやてに泣かれる未来とか、かなりの確率で在り得ただろう。

 

「――と、ところでクロウちゃん」

「んぁ? はぁんほぁ?」

 

 この得難き幸せな一時に感謝していると、シスターが赤くなった顔でどもりながら話しかけて来た。

 『歩く教会』のフードを珍しく脱ぎ捨てており、金糸のように色鮮やかな金髪の毛先を丸めており、何だかいつもと違ってドキリと来る。

 あれがあると無いとでは此処まで雰囲気が異なるのか、唸るばかりである。

 

「く、口では言えないようなエロエロなお仕置きって何するのかな……!?」

「ゲフッ!? なな、いきなり何言って……!?」

 

 それは図らずも、昨日自分が口走った妄言であり――真に受けたシスターは耳まで赤く染め、オレははやてとアル・アジフの絶対零度の視線を浴びて、さぞかし顔を青褪めている事だろう。

 

「――クロウ兄ちゃん、どういう事かな?」

「――クロウ、お主……!」

「な!? そんな性犯罪者を見るような眼でオレを見るなああああああああぁ――!?」

 

 

 

 

 幸せな食卓が一転して性犯罪者に対する弾劾裁判に早変わりし、オレの幸福指数は一直線に下向するのみである。

 気を取り直して礼拝堂に散歩しに行けば、其処には黒髪黒眼の覇気溢れる青年と水色の髪の儚げな印象を抱かせる少女が座って待っていた。

 

「よぉっ、珍しいな。あの事件以来か?」

「ああ、お互い元気そうで何よりだ」

 

 其処には昨日、あの地下神殿で再会したブラッド・レイとシャルロット(姓は無い)である。

 

「シャルロットも久しぶりだな……って、どうしたんだ?」

「……シスターに何するの?」

 

 ジト目で、ブラッドの背後に隠れながらシャルロットは責めるような視線を浴びせる!?

 

「って、お前もかよ!? やめろ、オレはロリコンでも性犯罪者ではないぃ――!」

 

 頭を抱えながら「NOOOOOOO!」と悲鳴を上げる。

 これはまずい。あのシスターの腹黒な策略でオレがロリコン認定されてしまう……!?

 今日は妙に可愛いなぁと血迷った先程のオレを殺してやりたい!

 

「ははは、礼拝堂で騒がしいですね。クロウ」

 

 背後から居ない筈の人物の声を聞いて、オレは瞬時に停止する。

 背後には初老を越えても微塵の衰えも感じさせない『神父』が笑って立っていた……!?

 

「ななな、『神父』!? どどど、どうして此処に!?」

「此処は『教会』で私は此処の『神父』ですよ? 何か不思議な点がありますか?」

 

 笑顔でニコニコと笑い、反面、オレは背中から流れ落ちる汗を自覚する。

 恐らく、蛇に睨まれた蛙というのは、今のオレみたいな感じになっているのだろう。

 パタパタと背後からシスターが慌てて駆け寄ってくる。彼女の方も『神父』の存在を驚いている様子だった。

 

「『神父』……!?」

「今後の方針について少し話がしたくてね。残りのサーヴァントは『二騎』……いや、未召喚のも含めて『三騎』ですからね」

 

 はやても車椅子で駆け寄っている為、血腥い話はなるべく避けたいのだが――残り『二騎』という言葉に、電撃的に閃く。

 確か召喚されたサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、ライダー、キャスターであり、必然的に未召喚のサーヴァントのクラスは残り一枠のあれに成る筈である。

 

「……あれ? オレ、凄ぇ事に気づいたぞ! もう召喚出来るクラスは『アサシン』しか残ってねぇじゃん! ははは、それならあの『魔術師』と言えども恐るるに足らずだっ!」

 

 ランサーさえ倒してしまえばアサシンなど雑魚同然よ、とオレは勝ち誇る。

 だが、オレの反応に反して、シスター達は冷めた視線を向けていた。

 

「……クロウちゃん、それ本気で言っているの?」

「あん? どういう事だ? 何でそんなに深刻な顔してるんだ?」

 

 シスターだけじゃなく、ブラッドもシャルロットも何か言いたそうな顔をしているが……?

 

「もし、その仮説が本当なら、あの『魔術師』はとうの昔にアサシンを召喚していて――虎視眈々とクロウちゃんの暗殺の機会を待ち侘びているって事だよ?」

「……衛宮切嗣が第四次のアサシンを召喚していれば、第四次聖杯戦争は四日間で終わったという。あの『魔術師』にアサシンが渡ったらどんな大惨事になるか、もう言わなくても解るな?」

 

 シスターは呆れたような顔をし、ブラッドは少しは危機感を抱けと言わんばかりに忠告する。

 ……ああ、そういえばアサシンってマスターを暗殺するサーヴァントだっけ……あれ、それが『魔術師』の手に渡ったら、超ヤバくね?

 

「ぎゃ、ぎゃー!? 何その無理ゲー!? もう一人でトイレにも行けねぇ!?」

 

 あの『魔術師』の事だ。間違ってもサーヴァント相手にぶつけないし、確実に仕留められるタイミングでしかアサシンを使わないだろう。

 もうトイレにも篭れないのか、悲観する中、シャルロットは無表情のまま違った見解を示す。

 

「……またはクラスが絶対に被らないから最後まで温存したのかも」

 

 クラスが被らない? それは温存しているサーヴァントのクラスが最初からアサシンのサーヴァントだったからか、または――。

 

「アヴェンジャーのようなイレギュラークラスですか。なるほど、大いに在り得ますね」

 

 なるほど、と『神父』も頷く。

 となると、アヴェンジャーやセイヴァーなど特殊なサーヴァントの可能性があり、結局は秘匿する戦力は未知数かと落胆する。

 

「どの道、最後の敵だ。避けては通れないだろう」

「……『デモンベイン』は使えるのですか? アル・アジフ」

「ほぼ全壊に近いのでのう、此奴のへっぽこ魔力では数ヶ月は修復不能だ」

 

 覇道財閥を抱えた大十字九郎とは違って、此処にはデモンベインを修理する工場設備が何処にも無いので、自前の修復能力に頼らざるを得ず、全力でやっても魔力枯渇するので修復は遅ぼそとしている。

 

「――まぁそんな訳で、じゃんじゃじゃーん、停戦の使者登場でーす」

 

 背後から気配が生じ、咄嗟に振り向けば其処には猫耳メイドの少女が其処に居た――って『魔術師』の使い魔じゃねぇか!?

 

「吸血鬼イイイイイイィ――!」

 

 善人モードから即座に殲滅モードに移行した『神父』は真正面から彼女に殴り掛かり、彼女は子猫のようにひとっ飛びして自分の背後に隠れた。

 って、オレが巻き添えになるだろうが……!?

 

「全く、吸血鬼相手に殴り掛かるなんて相変わらず非常識な『神父』ですね。私はアーカードみたく『ドM』じゃないですよ? つーか、停戦の使者の言葉を聞かずに宣戦布告しないで下さいな」

 

 ぶーぶーと文句を言う『使い魔』の大胆さには溜息が出るばかりである。

 超絶的に殺気立つ『神父』が此方を獰猛に睨んでおり、彼女は普通に無視して少し大きめのディスプレイを教会内に勝手に設置し、自前のリモコンでぷちっと電源を入れる。

 

『――昨日はご苦労だったね、皆の衆』

 

 其処に映ったのはあの盲目で黒い和服を着る『魔術師』であり、気がつけばもう『使い魔』は此処から消え果てていた。

 

『さて、ホットな最新情報だ。あと六日で『ワルプルギスの夜』が海鳴市に来襲する。多少前後する可能性があるが、アーチャーとして現界した『高町なのは』からの未来情報だ。不可避の予測だろうな』

 

 『一日前後ぐらいの揺れ幅はあるかもしれないが』と付け加える。

 『ワルプルギスの夜』だって? そんなラスボスちっくな存在が何故唐突に――って、そういえば此処暫く『魔女』が湧いているし、最終的に『ワルプルギスの夜』が現れるって事なのか……!?

 

『単独で立ち向かうのは無謀の極みだ。其処でまた君達との協力態勢を取りたい』

「……『ワルプルギスの夜』を排除するまで停戦ですか?」

『私としてはもっと手っ取り早い提案をしたい。――クロウ・タイタス、アル・アジフ、もう聖杯戦争を終わりにしないか?』

 

 睨みつけるようなシスターの言葉に不敵に笑い、その話の方向性は主従コンビである自分達に向けられた。

 

『元々聖杯は私の所有物であり、私が生存している限り使用不可能の杯だ。『ワルプルギスの夜』に対抗する為の戦力増援を求めた聖杯戦争の役割はこの時点で終わっていると言える』

「――その言い分が通ると、本気で思っているのですか?」

 

 幾ら何でも暴論であり、今のオレ達には聖杯が使用不可能であるか、判別する手段が無い。

 迂闊に信じれば、足元を掬われる。『魔術師』にとって自分達は排除したい敵でしかないだろう。

 余程の交渉材料が無い限り、聞く耳持たずで片付けるだろうが――。

 

 

『――条件付きで、八神はやての生存を手助けしてやっても良い』

 

 

 余程の内容を容赦無くぶち込んで来やがった……!

 野郎、その本人であるはやての前で……!

 

『とは言え、クロウ・タイタス。君は八神はやての状況を正確に把握していないだろう。敵対者である私が親切丁寧に説明するのも面倒な話だ。シスターから全部聞け。交渉はそれからだ』

 

 ……確かに、八神はやてが至る物語を知らないオレにとって、今、交渉されても答え切れない事柄が多いだろう。

 理解する時間を与えたのは余裕か、それとも別の算段があっての事か――シスター達の表情は硬く、『魔術師』の表情には王者たる者の余裕と慢心しか見当たらない。

 

『明日のこの時間にまた連絡しよう。八神はやてに関する情報を全部把握した上で私に挑むが良い』

 

 テレビ中継が途切れ、電源が落ちる。

 とんでもない爆弾を落として行ったものだ。いずれにしろこれも聖杯戦争に他ならない。交えるのは英雄達の矛ではなく、マスターの言の葉であるが。

 

「矛を交えぬ戦か。……分が悪いのう」

「うわぁっ、物凄く微妙な顔で馬鹿扱いされた!?」

 

 アル・アジフは「やれやれ」と言った表情でオレを見やがった。

 確かにオレに交渉人の真似事なんて無理だが、此方側の陣営にはシスターもいる。彼女の頭脳ならば『魔術師』とも互角に張り合えるだろう。

 だが、その前に――オレははやてに視線を送る。彼女にとってこの話を聞かせるのは酷である。

 

「はやて、済まないが部屋に――」

「私も聞く。クロウ兄ちゃん」

 

 強い意志をもって断言され、オレは何も言えなくなる。

 結局、彼女も連れて事情説明する事となる。これが一体どう作用するのやら、神のみぞ知るって事だ――。

 

 

 

 

『――あと六日で『ワルプルギスの夜』が来るのか』

「そういう事だ。被害規模がどれほどになるかは不明だから、その病院から出るなよ」

 

 教会勢力に連絡した後、『魔術師』は久方振りに冬川雪緒に電話をする。

 予め彼の病院を市外に設定し、今回の事で巻き込まれないよう配慮した形になっている。

 

『勝算はあるのか?』

「こればかりは当たってみなければ解るまい。此方の戦力は充実しているが、敵戦力が正確に計れん。暁美ほむら単騎よりはマシな戦闘になる筈だが。――問題はその後の事だ」

 

 現代兵器をあれだけ投入しても殺し切れない超弩級の『魔女』に、明確な対応策など立てれまい。

 ランサーの対軍宝具がどれほど通用するか、勝敗は其処で決まるだろう。

 

「海鳴市の被害によっては大結界に影響を及ぼし、私の基盤が根底から崩れる。管理局の手が差し迫る時に、丁度良く天災が訪れるものだ」

 

 例え『ワルプルギスの夜』を退けても、霊地の被害によって『魔術師』の陣営は弱体化する。

 新たに結界を構築する羽目になれば、暫く土地の魔力を掌握出来ず――多大な隙を晒す事になる。

 『ワルプルギスの夜』が顕現した時点で大被害なのだ、彼等の陣営は――。

 

『それで高町なのはをどうするんだ? 随分と懐いている様子だが』

「……放置して高みの見物に洒落込む事が出来なくなったからな。此方の陣営に囲い込むさ。折角の駒だ、管理局に渡すなど勿体無い」

『ほう、そろそろ管理局が行動に入る頃だと思うが?』

 

 残りの『ジュエルシード』を回収するという名目で、管理局は高町なのはを原作通りに管理局入りさせようとするだろう。

 本来ならば無視して傍観する処だが、自分の手元にある駒を奪われるのであれば、気分が良い筈が無い。

 にやりと不敵に笑い、『魔術師』は管理局を削る算段を練る。

 

「――交渉の真髄というものを見せてやるさ。向こうの情報も欲しいしな。……何が可笑しい?」

『いや、何――一番原作と関わり合いたくない人物が密接に関わる事になった皮肉が面白くてな』

「半分はお前の責任だぞ。他人ごとのように気楽に語ってくれるな」

 

 全くおかしな事態に転んだものだと『魔術師』は笑う。

 こういうのを『世界はこんな筈じゃなかった』と言うんだっけと頬を歪めた。

 

「――精々養生しろ。偶に連絡する」

 

 

 

 

「――『闇の書』は蒐集蓄積型のロストロギアで、転生機能と無限再生機能が付属された超絶バグった主殺しのロストロギアです」

 

 シスターによる説明会が始まり、何故か『神父』もブラッドもシャルロットも参加している。

 アンタ等は確か原作知っていた筈だが……?

 というか、あのはやての家にあった、鎖で巻かれたヘンテコな魔導書もどきがそんな危険物だったとは……。

 魔導書的な淀んだ闇の気配がしなかっただけに、甘く見ていたという事か。

 

「頁は魔力の源であるリンカーコアを蒐集する事で埋まり、666頁まで集めれば完成しますが、バグって管理者権限を認証出来ずに暴走してしまいますので、割りと洒落にならない被害を齎します。地球一つが無くなってしまうと考えて良いです」

 

 おいおい、何気に下手な邪神並の被害を齎すのかよ。

 でも、それなら頁を集めなければ――そんな甘い幻想は次の説明で即座に打ち砕かれた。

 

「一定期間、頁の蒐集が無いと持ち主自身のリンカーコアを侵食し、最終的には『闇の書』自身が主を殺害して次に転移してしまいます。貴方の身体の麻痺の原因はそのリンカーコアの侵食です」

 

 はやての顔が驚愕に染まる。

 今まで歩けなかった原因が、蝕んで死に追い込む原因があの魔導書にあったのか。

 怒りが湧く。沸騰する感情で荒れ狂いそうだ。そんな呪われたアイテムのせいではやてを殺させてたまるかと闘志を漲らせる。

 

「八神はやて、貴方の助かる道筋は『闇の書』の666の頁を埋めて、防御プログラムと管制人格を分離させて本来の機能を取り戻せさせ、暴走プログラムをフルボッコにする必要があります。これを従来通りの道筋、『Aルート』と仮定しましょうか」

 

 何か地球一つを飲み込むような脅威相手にフルボッコとか、とんでもない前提をさらりと述べやがったぞ、このシスター。

 

「此処で問題となるのはさっきの『魔術師』の存在です。あの『魔術師』はこの前提を知り尽くした上で、別手段の最善手『Bルート』をとろうとしています」

「あれ? 他に手段があって、それが最善ならそっちを実行するべきじゃ?」

「……八神はやて、貴女の殺害による『闇の書』の転生、つまりは問題の先送りですよ。あの『魔術師』は自分の身の安全さえ確保出来れば何でも良いのです」

 

 シスターの無表情な顔に、はやての顔が一気に引き攣る。

 こんな血腥い話を彼女に聞かせる事になろうとは、という自責の念が際限無く湧いてくる。

 

「次に『闇の書』が何処の誰に転生するのかは不明ですが、それだけで今の面倒事を一切合切解決出来ます――その『魔術師』から、条件付きで八神はやての生存を手助けしてやっても良いとの提案、未知の『Cルート』を示唆しました。話は此処から始まるという訳です」

 

 その未知なる『Cルート』の全容は解らないが、明日の『魔術師』次第という事か。

 

「貴女は我々の知っている通りの物語ならば、貴女は救われるのです。ですが、もう前提条件から狂い始めている。貴女の物語に至る前の物語が、正常に終わらない可能性さえ出て来ている」

 

 ――それはオレ達の影響であるか。

 やれやれ、本来は救われたんだ。なら、意地でも同じ結果に至らないと割に合わない。

 

「現状で『Aルート』に無理矢理進もうとすれば、実行不可能と見做している『魔術師』の利害と衝突し、確実に敵に回って『Bルート』で片付けようとするでしょう」

 

 そうなれば交渉の余地無く、あの『魔術師』が最大の敵として立ち塞がるか。

 オレ達だけでも無理矢理『Aルート』を辿ろうとして辿り着けるか解らないのに、『魔術師』の妨害も加われば不可能になるだろう。

 皮肉な事に、はやての生存を願うのならば、最大の敵との協力が不可欠なのか。

 

「全ては『魔術師』とやらが脚本した『Cルート』次第か。お手並み拝見という処だな」

 

 アル・アジフは不敵に笑う。そうだ、そういう笑みこそコイツに相応しい。

 オレも彼女と同じく居直って自信満々に振る舞える。少しでも、はやての不安を払ってやらなければならない。

 

「さて、これからクロウちゃんと八神はやてには、本来の物語に関係する基本的な人物情報を全部暗記して貰いましょう」

「うっわぁ、何か学校の勉強じみて来たな」

「そんなものよりもずっと面白いよ、クロウちゃん。気になった事があったらどんどん説明してね。私も見落としている事があるかもしれないから」

 

 こうして夜通しで八神はやての物語、『魔法少女リリカルなのはA's』をシスターから学ぶ事となる。

 はやては今後自分に訪れる運命に一喜一憂し、または驚き、それでも強く立ち向かおうと意志の刃を研ぎ澄ます。

 自分も負けじと決意する。絶対に、神様も呆れるような完全無欠のハッピーエンドに辿り着いてやると、強く誓う――。

 

 

 

 

 

 



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23/歪な初対面

 

 ――帰りたい。

 

 元の世界へ。あの暖かな日常へ。舞台外の傍観者の客席へ。

 愛すべき両親が居た。頼れる親友が居た。愛しい伴侶が居た。大切な娘が居た。

 私の生きるべき世界は此処ではない。空想上の物語の中では断じて無い――!

 

 ――帰りたい。

 

 何としても帰還しなければならない。

 何を犠牲にしてでも、捧げるべき代償すらも厭わない。

 異世界の知識を脳裏に刻み、生きる術を磨き、殺す術を学ぶ。

 一寸の光無き暗闇の中、一筋の光明を追い求める――。

 

 ――それを叶えるのが、可能とするのが『奇跡』であるならば、最早迷う事は何もあるまい。

 

 けれども、歯車が狂ってしまった。

 致命的なまでに、食い違ってしまった。

 常に完全を目指し、常に完璧を志し、一つの目標を貫徹させる鋼鉄の意志が、音を立てて砕け散ってしまった。

 唯一つの失敗、完全無欠なまでに一人で完結していた私は、一人で居られないほど堕落してしまった。

 

 ずっと気づかない振りをしていた。

 殺戮人形を装い、重大な故障を見て見ぬ振りをした。

 まだ、装える。自分を騙せる。他人を騙して、世界を欺ける。

 偽装して肯定して捏造して欺瞞して絶望して憤怒して渇望して羨望して――。

 

 ――手を伸ばせば届く位置まで『奇跡』は其処にある。

 

 後は、切り捨てるだけだ。新たに手に入れた『光』を、自らの手で。

 それで私の本願は叶う。帰れる。帰れるのだ。あの暖かな日常へ、こんな筈じゃなかった世界を覆し、条理を乗り越えて『奇跡』は此処に結実する。

 

 ――そして、私は最後の判断を誤る。

 

 その決断を、私は一生後悔するだろう。

 それでも私は、唯一の『光』を切り捨てられなかったのだ――。

 

 

 23/歪な初対面

 

 

 ――鮮烈な夜だった。

 

 時代を越えて英雄達が覇を競い合う聖杯戦争、アーチャーとセイバー、ランサーとの死闘を見届けた。

 

 隣には高町なのはが食い入るように見届けている。

 

 今日が未来の彼女であるアーチャーとの決戦だと勘付いていた彼女は高確率で夜を出歩くであろうと推測し――彼女を止める為に赴いて、自身もまた見物人になっているとは笑えない事態である。

 

 ディバインバスター。

 エクスカリバー。

 そして、不発に終わったスターライトブレイカー。

 

 心胆が冷える場面が多々あったが、これで聖杯戦争の勝利者はほぼ間違い無く『魔術師』になっただろう。

 

 ライダーとキャスターとの死闘はライダーに軍配が挙がったが、かの鬼械神は修復出来るかも解らないほどボロボロな有り様、『魔術師』の陣営とは生身で決着を着ける事になるだろう。

 その時の自分は気づかなかった。未来の一端に触れるという事がどれほどの異常を当人に齎すのか、今の自分では知る由も無かった――。

 

 

 

 

 ――九歳の身に夜更かしは非常に堪える。

 天気が麗しく爽快な朝は何とも忌まわしく、まるで自分が吸血鬼になったかのようだ。最近の吸血鬼は太陽を大抵克服しているが……。

 

(にしても、他人依存の『シュレディンガーの猫』か。反則だろあれ……)

 

 名は存在を示す。『エルヴィン・シュレディンガー』だから、『エルヴィ』とは良く言ったものだ。元々男性の名前であるが。

 『魔術師』を殺さない限り不滅の『使い魔』――逆に言えば、人の寿命しか生きられない吸血鬼とは何とも皮肉な運命である。

 

 ――子供の喧騒ざわめく校内を歩いて行く。教室前に、彼女はまるで定位置のように廊下の壁側に腰掛けていた。

 

「……何だか、朝っぱらからお前の愉しそうな顔を見ているとゲンナリするよ」

「あら、酷い。こんな美少女の笑顔を見て熱り勃たないなんて……まさか、そんな歳でイ――」

「何言おうとしてんだ!?」

 

 眠気が一気に覚めた。コイツ、オレの社会的な地位を抹消しようとしやがったぞ……!?

 豊海柚葉は相変わらず何もかも見透かしたような嫌な笑顔を浮かべていた。

 

「この聖杯戦争にどれほど関与していたかは知らないが、そろそろ年貢の納め時じゃないか? ライダー陣営との決着が終われば、あの『魔術師』はお前の排除に掛かるだろうよ」

「心配してくれているんだ。嬉しいなぁ。でも、大丈夫よ。君は二つほど勘違いをしている。ライダー陣営とは直接戦闘にならず、『魔術師』は持ち前の口先で解決するでしょうね。それでいて彼には余裕が無い」

 

 相変わらず、コイツがどういう視点で物事を見ているのか判断し難い。

 口先で解決するのであれば、尚の事余裕が出来るだろうが、それでも切羽詰まった事態が目の前に迫っている?

 

「目先の問題事が全部片付いたように見えるんだが……?」

「ああ、そうか。君自身はまだ『魔術師』から聞いてないんだ。――六日後だよ、『ワルプルギスの夜』は」

 

 果てしなく無理ゲーな単語を聞いて、一瞬思考が止まる。

 そんな馬鹿な、と笑い飛ばしたい処だが、前兆と呼べる『魔女』の出現が思い至り、言葉を飲む。

 そういう此方の動揺する反応を愉しむように、豊海柚葉はにんまり笑った。

 

「そう、巷に出現する『魔女』達は前座でしか無かったという事。この聖杯戦争の真の目的は戦力集めかしら?」

「……アーチャーとセイバーがいれば、っ、いや、協力出来ないと判断したからこそ脱落させたのか」

 

 詮無き事を言いそうになり、自己解決する。

 一応、ライダー陣営とは話になる、という判断なのだろうか?

 

「それに加えて、そろそろ管理局の介入があるんじゃないかなぁ? 『魔術師』は現存の戦力を確保しつつ、諸々の問題を全部先送りにしなきゃならない。ほら、私みたいな小物に構っている暇なんて無いでしょ?」

「獅子身中の虫の分際で良く囀るなぁ。『ワルプルギスの夜』が顕現したらお前とて危ういだろう? 同じ街の人間として協力する気は無いのか?」

 

 小物どころか、致命打になり兼ねない存在だとオレは危惧している。

 そして大災害が訪れようとしているこの状況、コイツの協力を得られないものか、駄目元で言ってみるが、想像した通りの反応が返ってくる。

 

「一つの強大な脅威で利害を超えて結束するのが人間なら、その機に自身の利のみを求めて蠢くのもまた人間なのよ。美徳と醜悪は紙一重よね。とは言え、今の私には動かせる駒が無いからねぇ」

「……疑わしいものだ。お前が未だにどの陣営の人間なのか、想像だに出来ないな」

 

 自分達とは全く異なる視点を持ち、独自の目的を持って蠢く危険人物。未だに馬脚を現さず、手の内も晒していないだけに危険度も計りようがない。

 やはり、コイツとは刺し違えても倒さなければならないような気がする。

 

「私は『私』という単独勢力よ? 頂点に立つ者は一人で良いのよ」

「凡人のオレには王者の哲学なんて理解出来ないが、それって寂しくないか?」

「――寂しい? 私を理解出来るのは私一人なのに?」

 

 まるで理解出来ない、という不思議そうな顔を浮かべて彼女は首を傾げる。

 

「そりゃ自分から親しくなるという意志が欠片も無いんだから、此方からは手を差し伸べようがない。相互理解は握手と一緒だ。双方が手を差し伸べない限り成立しないって事」

「……ふーん、はい」

 

 と、言って、彼女は自らの右手を自分の前に差し出した。

 え? これは、どうしろと――?

 

「……いや、はい、って……? あ、あれか、握手したら人参になる程度の能力とかか!?」

「いつから私はドラゴンボール出身の転生者になったのよ。これだからスタンド使いは……」

 

 一気に不機嫌になって、差し伸べた手を戻してしまう寸前の処で、慌てて掴み、強く握手する。

 柔らかく、小さな手だった。同年代というか九歳児の、女の子の手である。普通すぎて逆にびっくりする勢いであり、彼女もまた握った手を不思議そうに眺めていた。

 

「差し出された手は握るけどさ、これは親愛の証とか外交上の友愛表現とか実は示威行為とかそういう意味合い?」

「……さぁ?」

 

 互いがその握手の意味を掴めない中、暫く握り合い、何方から振り解いたのか解らないぐらい自然に解ける。

 豊海柚葉は握手した自身の掌を不思議そうに食い入るように見ていた。

 

「さて、君の方はどうするの? 六日後に『ワルプルギスの夜』が来るんだから、家族揃って避難でもしてみる?」

「出来る限りの事はするさ。……そういえば前から気になっていたんだが」

 

 一体どうやって説得して先に避難させるかが大問題であるが――前々から気になっていた事を彼女に尋ねる事にした。

 無論、それは彼女ではなく、彼女の敵である『魔術師』の事であるが。敵である彼女が『魔術師』の事を一番理解しているのでは? という考えから基づいた質問である。

 

「――何で『魔術師』はこんな異常事態多発の土地に執着しているんだ? あれが原作に興味無い人間なのは確かだが、それなら別の場所に移り住んでいれば全部の事態を回避出来ただろうに」

 

 今の自分のように、転校先を選べず、またそう簡単に立ち去れない子供の自分と比べれば、『魔術師』が此処を捨てて別地点に居を構えるなど幾らでも出来る事である。

 

 ――遠からずに自らが死ぬ事を未来の高町なのはから告げられても、此処を退去しない事を選択した理由は一体何なのだろうか?

 

「まず一つに、海鳴市が魔術師にとって超一級の霊地である事。此処を陣取っている限り、あの『魔術師』は魔法の物真似まで可能とする。此処で闘う限り、地の利は常に彼にある」

 

 マスターの誰もがサーヴァントへの魔力供給に頭を悩ます中、正規の魔術師であり、正規の霊地管理者である彼だけは万全の構えであった。

 だが、それでもまだ足りないような気がする。此処を死守するには、もっと別の、明確な何かがあるのでは?

 それは常時の無駄を極力省き、最小限の労力で最大限の効果を発揮させる彼の合理性とは別の、非合理な部分――果たして、目の前の少女はそれを見極めているのだろうか?

 

「もう一つは半信半疑なんだけど、彼って家族想いらしいよ? 生後間も無く捨てられたのにいじらしいよねぇ」

「其処が疑わしいんだよ。あれが家族想いの人間に見えるのか?」

「勿論、見えないわ。己が道に立ち塞がるなら家族だって焼き殺す類の人間でしょ? だからこそ、血縁風情を必要以上に守護している事に不審感が募る」

 

 そう、前に冬川雪緒が言っていた、自分を捨てた家族を監視しているという話。

 やはり其処に行き着くのだろうか。一度、彼の妹とやらを調査する必要があるか。

 だが、それは間違い無く『魔術師』の逆鱗、弱点であると同時に触れれば死滅は必須の敵対行為である。

 

「まぁ一つだけ言える事は――『魔術師』が居なくなれば、この街の勢力図は瞬く間に塗り替わるでしょうね。それは視点を変えないと見えない部分ではあるけど」

 

 チャイムが鳴り、彼女は悠々と自分の教室に帰っていく。

 ――彼女が見ている視点、彼女を探る上ではやはりどの視点で物事を見ているのか、見極める必要があるだろう。

 

 

 

 

 ――ティセ・シュトロハイム一等空佐。

 

 僅か十四歳で執務官の資格を取得した俊英であり、管理局における唯一の総合SSSランクの魔導師である。

 管理局における最終兵器という立ち位置の彼女が『アースラ』に同乗すると伝えられた時の緊張感は例えようが無く、精鋭揃いの一同が揃って動揺し、また言い知れぬ不審感を抱いたのは当然の事であった。

 

 ――彼女には黒い噂が絶えない。

 

 本局の懐刀として誰からも恐れられ、その膨大な魔力をもって単騎で殲滅した戦場は数知れず――それは内外問わずである。

 此処での内外の意味は、管理局局員とその他次元犯罪者を示しており、彼女自らの手で粛清した数も少なくない。

 それが汚職に手を染めた者だと聞き及んでいるが――彼女の情報・細かい経歴に関しては管理局上層部が最高機密として扱い、直接的に検閲しているので、真偽は定かではない。

 

 ――緑色のショートヘアーに丸い眼鏡、二十四歳なのに童女のように人懐こい笑顔の女性。

 それがクロノ・ハラオウンが抱いた、ティセ・シュトロハイムの第一印象だった。

 

 まるで人一人も殺せないようなお人好しであり、上官にも下の者にも親切丁寧に接する。

 周囲の者からは腫れ物のように扱われて孤立こそしていたが、性格的には悪い人間には見えないとクロノは判断する。

 高ランクの魔導師にありがちな特権意識や選民意識などまるでなく、そそっかしく、ドジっ娘である事が後々判明し、アースラ内の局員達と徐々に打ち解けていった。

 

 ――彼女には注意しておきなさい。

 その動向も、思想も、自分の眼でしっかりと見極めなさい。

 

 アースラの艦長にして自身の母親であるリンディ・ハラオウンの厳しい言葉がいつまでもクロノの脳裏を埋め尽くす。

 こんな裏表も無い彼女の何処に警戒すべき点があるのか、クロノには今一解らない。

 一度だけ模擬戦を申し込み、SSSランクに相応しい実力も確認した。尊敬に値する人間だと、彼個人の中では高く評価されている。

 

 ――ただ、時々、彼女が遠目で自分達を見ている時の眼が気になった。

 

 自分達と接する時は常にほんわかと笑っているが、一人でいる時の彼女は驚くほどに無表情であり――遠目で自分達を眺めている時の眼は、酷く冷めたものだった。

 まるで無機質な物を見るような眼、退屈な物を見下す眼、人を人として認めていないかのような――末恐ろしい予感が、脳裏を過ぎる。

 

 ――彼女は、自分達の事を人間として認識していないのでは無いだろうか?

 

 その時から、クロノはティセを遠目から眺める事が多くなった。

 彼女はほんわかとにこやかに笑っていた。でも、それが今では偽物のように感じていて、手先の震えが止まらなくなる――。

 

 

 

 

 月村すずかは未だに休校し、高町なのはは精細を欠き、アリサ・バニングスは彼女の変化に敏感で、その事情を知っているであろうという見当を付けた自分を疑う始末。

 何とも噛み合わない一日だった。

 

「――秋瀬君、ちょっと良いかな?」

 

 それは放課後、高町なのはからの誘いであり、恐らく昨日の事かな、と見当を付けて承諾する。

 学校の屋上で生徒達の登校風景を遠目に眺めながら、オレは黙り込む高町なのはが話を切り出すのを静かに待つ。

 

「――解らなく、なっちゃったんだ。未来の私はどうして、神咲さんと殺し合ったのかな?」

「……未来の君は『魔術師』が遠からずに死ぬ事を知っていて、それを回避する為に力尽くでも海鳴市から退去させようとした。言葉で説得出来ないと、断定していたからかな?」

 

 やはり、此処でもその事が疑問点になるか。

 図らずも自分の未来、そして末路を知って受け止めるには、九歳の少女には早すぎるだろう。

 

「あれは一つの可能性であって、必ずしも高町なのはの未来があれになるとは限らない」

「……うん、それは、解っている。でも、どうしてああなったか、私は知りたいの――」

 

 小ギルからギルガメッシュに成長した並のミッシングリンクなど流石にオレも答えようが無い。

 もし、その彼女の疑問に答えられる人間が居るとすれば、現段階では――。

 

 ――その時、放課後の喧騒が一瞬にして消え果てた。

 この多大な違和感には、身の覚えがある。確か、あの三流魔導師に人払いの結界を張られた時の感触……!?

 

 高町なのはも気づいたのか、即座にレイジングハートを起動させてバリアジャケットを纏う。

 

(……あれ? 何だ、いや……?)

 

 何故かは解らないが、今の高町なのはに違和感を覚える。

 まだ実戦経験を一度しか体験した事の無い新米魔法少女に過ぎない彼女が、即座に戦闘態勢に入る……? 余りにも様になっていて、逆に可笑しいとさえ感じる。

 

(しかし、この時期に一体誰が人払いの結界まで張って……)

 

 違和感の正体に掴めぬまま、高町なのはは人払いの結界を張ったであろう魔導師に向かってレイジングハートの矛先を突きつける。

 その人物は飛翔し、かつん、と小さな靴音を立てて降り立った。黒い特徴的なバリアジャケット、金髪のツインテールで同年代の少女――。

 

「フェイト・テスタロッサ……!?」

 

 ――そう、彼女こそが未来の『高町なのは』の事を知っているかもしれない、唯一の人物である。

 

 彼女の顔色は遠目で見た限りでも悪い。アーチャーとセイバーの維持で、大分魔力を奪われ、本調子に至っていないと見える。

 彼女は無言でこつこつと近寄って来て、ある境目でぴたりと止まる。それは此方のスタンドの射程距離を頭一つ外した間合いだった。

 

(……此方の間合いを完全に把握している? これは予想以上に、未来の『高町なのは』から此方側の情報を入手しているのか……!?)

 

 では、このタイミングで仕掛けた理由は何だ? 原作通りジュエルシードが狙いと、短絡的に考える訳にもいかない。

 

「――秋瀬君、知っている人?」

「いや、初見だが……彼女がアーチャーのマスターだった」

 

 その言葉に、二人はそれぞれ違った反応を示す。

 高町なのはは目の前の少女を目を見開いて凝視し、フェイト・テスタロッサはよくよく確かめるように何度も高町なのはの姿を見回す。

 

(……何だ? この二人は今が初対面の筈なのに、何かが致命的に違う……!?)

 

 まるで蚊帳の外だ。彼女達の初対面がどうなったか、知っているだけに――その知識が現状把握する判断力を削ぎ落としている?

 この場でどう待ち回るか、考えている最中、フェイト・テスタロッサの杖、バルディッシュの穂先が此方に向けられる。

 

「……秋瀬直也、さん。邪魔を、しないで下さい」

 

 此方の名前を知られている? いや、まずそれは考えるな。

 今はフェイト・テスタロッサが繰り出すであろう攻撃をスタンドで――。

 

「ぬわっ!?」

 

 突如前から何者かにタックルを喰らい、倒れてしまう。

 一人だと思ったが、使い魔であるアルフも此処に――。

 

「すまないけど、ちょっと離れてぇー!」

 

 って、何か知らないがサイズがちっこい……!?

 赤髪に狼みたいな耳、って、これがアルフ本人――!?

 スタンドでぶちのめそうと思っていたのに躊躇してしまい、その間に二人が天高く飛翔してコンバット、空を飛べない自分はこの自分並みに小さいアルフと一緒に蚊帳の外である。

 

「……えーと、見物してりゃ良いのかな? そんなに引っ付かなくて良いぞ」

 

 良く解らないが、原作イベントに巻き込まれた、という風に解釈すれば良いのだろうか?

 だが、この出逢いは致命的なまでに何かが狂っていると、そう危惧せざるを得なかった――。

 

 

 

 



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24/追憶

 

 

 ――私を、見て下さい。

 

 貴方に尽くします。貴方を愛します。貴方に従います。

 ですから、私を見て下さい。愛してくれとは言いません。私を、その眼で見て下さい。

 

 ――貴方は御自身が仇敵であると教えました。

 

 私の祖父を殺し、私の母も殺した。だから、私は敵討ちをしなければならない。

 祖父と母の無念を晴らす義務がある。故に貴方は貴方の殺し方を教授します。

 関係無いのです。私は生まれてから貴方しか居ないのです。顔も知らない人間の事など、私は知りません。

 それでも、これが貴方との絆である事を信じ、貴方の術をこの身に刻みます。

 

 ――成長しない私を、貴方は暖かく見守ってくれました。

 

 貴方は自身の殺し方の他に、沢山の事を教えてくれました。

 ただそれは私が復讐を終わらせた後に役立つ知識であり、私には永遠に必要の無いものでした。

 

 貴方を殺すぐらいなら、私は自らの生命を絶ちます。

 貴方を殺そうとする者がいるなら、私は率先して殺します。

 貴方無しでは、私は生きられないのです。

 私は死んでいて、貴方のお陰で生きているのです。

 

 ――そして、貴方はまたもや同じ結末を辿りました。

 

 どうしてでしょうか?

 私は貴方さえ居れば他に何もいらない。

 それなのに、貴方だけは私の掌から通り抜けてしまう。

 貴方だけは、手に入らない。

 

 私の声を、聞いて。

 私を、一人にしないで。

 

 ――私を、見て。

 

 

 24/追憶

 

 

『――例えば、その『聖杯』で死んだ者を蘇らせる事は出来るのかしら?』

「可能だと思うよ。過程を無視して結果だけを成立させる。例えそれが『魔法』の領域でも『万能の願望機』は可能とするだろう」

 

 此処は『魔術師』の屋敷の中、居間にて彼は寛ぎながら『紫の魔力光』相手にお喋りを講じている。

 中々どうして大魔導師の名は伊達でないと見える。

 死に至る病に蝕まれた身で、次元を超えて通信出来るこの魔導師の技量・才覚は尋常ではなく、『魔術師』は彼女、プレシア・テスタロッサに対する評価を若干以上見直す。

 

『断定、しないのね……?』

「生憎と一度も使った事が無いからな。私が保証出来るのはこの杯を鍛造したアインツベルンの魔術師の並外れた執念ぐらいだ」

 

 完全な杯を鍛造する事に成功しながら、あの一族は杯の中身を自分達だけで満たす事が出来ない。

 『聖杯戦争』の主催者から一参加者に成り果てて挑み続ける妄執は、彼の理解に及ぶ領域ではない。

 

『……娘を生き返らせたい。私の娘は――』

「アリシア・テスタロッサ。享年五歳、二十六年前の魔導実験の事故で死亡。母親というものは偉大だね、此処まで執念を燃やせるとは関心させられるよ」

 

 既にプレシア・テスタロッサは手詰まりに至っていた。

 『魔術師』が砕いたジュエルシードの数は、自身の三画、月村すずかの三画、地下神殿から奪い去った大導師の三画――合計九個であり、未使用の分は令呪として彼の右手に三画刻まれている。

 残りはフェイト・テスタロッサに刻まれていた三画、高町なのはが封印した三つ、クロウ・タイタスの二画と使用分の一つであり――ライダーとランサーを打倒しない限り、彼女の陣営には浮動票の三つを含めて六つしか手に入らない計算である。

 

 ――当然、その程度のジュエルシードではアルハザードには辿り着けず、プレシアの本願を果たす事は到底出来ない。

 

 それ故に望みを『魔術師』の持つ『聖杯』に託すのは当然の成り行きであり、『人形』に頼らず、自ら交渉に乗り出した次第である。

 

 

「――それで、貴女は娘をもう一度殺したいのかな?」

 

 

 『魔術師』ははち切れんばかりの嘲笑を浮かべ、プレシアは通信越しに顔を引き攣らせた。

 

 単純明快な理であり、それでも今まで一度も思考に及ばなかった事実であった。

 プレシアは五歳でこの世を去ったアリシアの人生を諦められない。あんな事故で失って良い生命では無かったのだ。

 だからこそ、彼女は残りの人生を全て死した我が娘に捧げた。娘と一緒に幸せだった日々を、この手に取り戻す為に。

 

 ――それでも、その当然の帰結までは考えが及ばなかった。

 どんなに言葉を飾っても、蘇らせるという事は「もう一度死ね」という残酷な宣告に他ならない。

 

「蘇らせるという事はそういう事さ。それに一度辿った結末を覆す事は容易ではない。おそらく彼女はまた事故死するだろうね。回避しても回避しても、より惨たらしく悍ましい死に様に至るだろう」

『……ッ、それでも、私はアリシアを……!』

「経験者として言わせて貰うが、死ぬのは余り気分の良い事では無いのは確かだね」

 

 『魔術師』は意地悪く笑う。次元越しで苦悩しているであろう、プレシア・テスタロッサの悲哀を想像して愉悦する。

 かの英雄王も言った事だが、人の身に余る大望を抱いて破滅する様は見ていて飽きない、格別の娯楽である。

 

 ――ただ、今回に限っては彼とて心穏やかで居られないが。

 

「まぁそれだけが問題では無いけどね。――魔術の基本法則は等価交換だ。『万能の願望機』に見合う代価を、貴女はどうやって用意するのかな?」

 

 『魔術師』は試すように問い掛ける。

 それは最初から答えの無い、悪辣過ぎる問いだった。

 人の到達出来る領域では叶わぬからこそ『奇跡』に追い縋ったのに、それ相応の代価を如何に試算すれと言うのか。

 

『万能の願望機を手にしながら、使わずに死蔵する。それは貴方に託す願いが無いという事かしら? 貴方は『聖杯』に如何程の価値も見出していない』

「――然り。これを手に入れるまでは何かあったような気がするが、今の私に叶えたい願望など無い。それで?」

 

 狂気に身を委ねていても、その知性に陰りが無い。

 『魔術師』は愉しげに次の言葉を待つ。その顔は悪魔的なまでに歪んでいた。

 

『私に出来る事なら何でも用意するわ。――あの娘が欲しいのならば、喜んで差し上げるわ』

「本物の『娘』が願った『妹』を平然と差し出すか。随分と魅力的な提案だね」

 

 プレシアは沈黙する。その苦悩と悲哀、己の矛盾に鬩ぎ合う葛藤は極上の美酒であり――それを上回って尚余る憎悪を『魔術師』は燃え滾らせていた。

 

「――揺り籠で永遠に眠り続ける『娘』を、貴女は蘇らせたいと願った。けれども、私は違った。揺り籠で永遠に眠り続ける『彼女』を手放せなかった。貴女は『娘』の亡骸で私は『彼女』の魂、違いはそれだけだ」

 

 独白するように『魔術師』は綴る。

 その瞑られた両眼の先は此処ではない何処かを見ていた。

 

「私から『聖杯』を奪いたくば、覚悟する事だな――全身全霊を賭けて破滅させよう」

 

 右手をきゅっと握り締め、通信機代わりだった『紫の魔力光』を空間ごと握り潰す。

 酷く疲れ果てた表情で、まるで老人のように枯れ果てた顔を浮かべ、『魔術師』は意識を此処から自身の内に移す。

 

 ――届かぬ領域の悲願に手を伸ばし、その過程で狂ってしまった、己が人生をゆっくりと追憶した。

 

 

 

 

 ――神咲家八代目当主、それが彼の生まれ持った肩書きである。

 

 彼の家系は古くから魔術の探究に明け暮れ、西洋式の魔道を取り入れて新たな東洋式の魔道を確立させた異端の一派だった。

 日の本において最も古き魔術師の血筋を受け継いだ、名門中の名門と言えよう。

 

 その家に生まれた彼の魔術師としての素養は歴代一であり、更には宝石級の魔眼を保有する稀有な麒麟児だった。

 唯一つ、惜しむべきは強大過ぎるが故に魔眼を制御出来ず、魔眼殺しさえ焼き尽くしてしまうという欠点である。

 ただ、それは人間が持ち得るには破格の大神秘であり、彼こそは一族の悲願を果たすであろう、完全無欠の後継者として先代から多大に期待された。

 

 ――その宝石級の『魔眼』が、彼の人生を根本から狂わせる事を、この時点で誰が予想出来ただろうか。

 

 神咲悠陽の適応性は極めて高かった。

 この世界が『型月世界』である事を瞬時に悟り、ひたすら神咲の魔術をその身に刻み、また戦闘及び殺害用に開発・発展させた。

 彼の本願を叶える大儀式が始まるまで凡そ十数年。無駄に出来る時間は一秒足りても無く、彼は己を極限まで苛め抜くように切磋琢磨した。

 

 ――彼にこの世界で骨を埋める気は更々無かった。

 

 何が悲しくて幕末の時代に生きて死なねばならないのか。

 こんな訳の解らない時代で、訳の解らない魔術をその身に刻んで、自身もまた子孫に先代の呪いを託して死ぬ。全くもって在り得ない生き様である。

 しかし、魔術師の家系に生まれた彼に魔術師以外に生きる道は無く――だからこそ、彼は魔術師の領域を超えて『魔法使い』に至ろうとした。

 第二次聖杯戦争に勝ち抜き、『聖杯』を手に入れて『大聖杯』を起動させ、根源への孔を切り開く。

 第二の魔法、平行世界の運営を彼はひたすら求めたのだった。

 

 ――そして運命の夜は訪れた。

 

 彼の右腕には令呪が刻まれ、『聖杯戦争』に参加する。

 彼の父親は戦いに臨む事を反対したが、既に後継者は用意してある。説得の甲斐あって惜しまない協力を彼に注ぎ込む。

 この『聖杯戦争』を勝ち抜く為には自身の魔術師としての技量よりも、召喚するサーヴァントの格に左右される。

 彼の父親は最強の英霊を呼び出すべく、触媒になりそうな聖遺物を求めたが、彼は首を振って拒否した。

 

 ――確かに、触媒があればそれに縁のある強大な英霊が簡単に呼べる。

 だが、その英霊と自分との相性が良いとは誰が保証出来ようか。

 彼は英雄の格よりも、相性の良さを選んだ。

 英雄に縁のある触媒を使わず、自らの手で最高の相性のサーヴァントを呼び寄せた。

 

 ――そして、彼はその英霊を『眼』にして心を奪われた。

 何物も見る事が叶わぬ彼が、その聖女に一目惚れをした。こんな笑い話があってたまるかと彼は憤然と憤った。

 

 第二次聖杯戦争はたった一週間で完結した。

 神咲悠陽は殺し尽くした。アインツベルンのマスターを殺して聖杯の器を奪い、間桐のマスターを行き掛け上に葬り、遠坂のマスターを殺して宝石剣の設計図を略奪した。

 自身と同様の外様のマスターを殺し尽くし、遠坂邸での降霊の儀式を経て、正純な『聖杯』をこの手にした。

 彼とそのサーヴァントを止められる勢力はおらず、勝利者の居ない筈の第二次聖杯戦争において唯一人の勝者となった。

 

 ――彼は最後に選択を強いられた。

 

 『魔法』に至る為には六騎ではなく、七騎のサーヴァントの魂を『聖杯』に注がなければならない。

 つまりは彼のサーヴァントをも最後に自害させなければならない。

 

 出来なかった。その手に令呪は二画残っていても、彼には命じる事が出来なかった。

 神咲悠陽はどうしようもないぐらい、その聖女を愛してしまっていた。

 この世で唯一人、自分が見る事の出来る少女を、この世で最も美しき人を、失いたくなかった、手放したくなかった。

 

 その苦悩を、彼のサーヴァントは誰よりも理解していた。

 自身が死ななければ、己の主に救いが無い事も、彼よりも理解していた。

 

 ――だから、その終幕はきっと必然であり、神咲悠陽は何度もこの結末を嗚咽しながら悔やんだ。

 

 そして杯には七騎のサーヴァントの魂が注がれ――彼は致命的なまでに間違いを犯した。

 無色の魔力に分解される筈の魂を、彼は永遠に保存した。その行為に果たして意味があったのかは、本人さえも無意味と断じるだろう。

 

 ――それでも、彼女を手放す事は彼には出来なかったのだ。

 こうして『万能の願望機』は無意味に使い潰され、彼の破滅への道筋は静かに開いたのだった――。

 

 

 

 

 ――金色の魔力光と桃色の魔力光が熾烈に激突する。

 

 これが高町なのはとフェイト・テスタロッサの初対戦だという事実は絵空事のように思える。

 素人同然だった高町なのはは呆気無く落とされ、初戦はフェイトに軍配が上がる。自分の知っている正史はまさにそれである。

 

 ――だが、現実はどうか?

 

 フェイトの魔力不足が祟って動きに精彩を欠けているが、それ以上に、高町なのはは的確な戦術を選択してフェイトと互角に渡り合っていた。

 

 高町なのはが二十以上のアクセルシューターで牽制する。

 何が何でも接近戦に挑まれぬように戦術を組み立てて、隙あらばバインドなどで拘束して砲撃魔法による一撃必殺の機会を虎視眈々と待ち侘びている。

 

(フェイトの牽制球を一切回避せず、防御魔法を突き抜ける攻撃のみ迎撃及び回避行動に移っている……? というよりも、今現在でアクセルシューターを二十以上同時に操る芸当を平然と実行している事がおかしいよな!?)

 

 だが、それは一朝一夕で至れる境地ではない。明らかに今までの彼女では其処まで出来ない筈なのに、何故か出来てしまっている。

 

(――まさか、未来の自分を垣間見た事で、経験を憑依・追体験して継承してしまったのか?)

 

 衛宮士郎と第五次のアーチャーまで劇的では無いが、自身の完成形から得た教訓をモノにし、少々拙いが型を取得してしまったというのか。

 

(対するフェイトも負けていない。いや、今のなのはの動きは読み切っている……?)

 

 そう、先程から付き纏う違和感の正体は――二人は手の内が発覚しているかのような、相手を熟知した戦術を繰り広げているという事だった。

 フェイトはなのはの牽制球の一発一発が自身を撃墜するに足る威力だと知っており、絶対に真正面から防御せず、鋭利角を付けて受け流すように終始している。

 

 ――この戦闘の歪みは、まるでこの街の象徴であるかの如くだ。

 

 彼女達の戦闘は、何処で着地点を迎えるのか、全く解ったものじゃない。

 見守る事しか出来ない自分は、ただただ上を見上げるばかりだ。

 

 ――彼女達の空中合戦は激しさを増す一方であり、被弾覚悟の特攻が目立ってきた。

 

 互いに譲らず、何方かが堕ちる結末しか用意されていない。

 オレも小さなアルフも固唾を呑んで見守る中、一際激しい接近戦の応酬の時に何かが割って入った。

 

 

「そこまでだ!」

 

 

 ……えぇー。よりによって其処で介入してくるのかよ。

 その黒いバリアジャケットを身に纏う新たな魔導師は、二人の間に割って入って、なのはとフェイトをバインドで拘束する。

 

「時空管理局、執務官、クロノ・ハラオウンだ。事情を聞かせて貰おうか」

 

 当然、管理局の執務官を一目見たフェイトは即座にバインドを解除し、一当して即時離脱を敢行、小さいアルフはいつの間にか撤退していた。

 見事な引き際だと言わざるを得ない。

 

「――興醒めだな。出し物の佳境ぐらい静かに鑑賞しろというのに」

「ああ、全く――って、えぇ!? 『魔術師』!? 何で此処に……!?」

 

 いつの間にか、オレの横には大層不機嫌な『魔術師』と、エルヴィが笑いながら手を振っていた。

 空に集中していたとは言え、全然気配を感じなかったぞ……? まぁ今は見えないが、恐らくランサーも一緒だろう。多分、霊体化している。

 

「なのは、大丈夫……!?」

「? えと、何方様で……?」

「僕だよ、ユーノだよ!」

「え、えぇ!?」

 

 民族衣装みたいな衣服を纏った見知らぬ金髪の少年が高町なのはと会話しており――何処に行っていたか不明だったユーノが人間形態で其処に居たのだった。

 アイツ、居ないと思ったらアースラと一緒に行動していたのか?

 なのはと一緒にユーノとクロノも此方に降り立ち――『魔術師』とエンカウントする。魔王が出歩いて平原で出遭うような、そんな感じである。

 

「――さて、管理外世界である地球に極めて悪質なロストロギアをバラ撒いた管理局の言い分をまずは聞こうか?」

 

 初手からエンジン全開、熱気溢れる殺意を撒き散らして『魔術師』がラブコールする。

 なるほど、高町なのはを管理局の支配下に置かせない為に彼自らが赴いたのか。

 

「ジュエルシードは純粋な事故で此方にバラ撒かれて――」

「最近の事故というのは『直接配達して始末される』事を言うのかな? 此方は世俗に疎いものでな、ミッドチルダ式の冗談は生憎と通じないのだが」

 

 のっけから急所を抉るストレートをぶちかます。

 それにしても直接配達して始末される? 原作通りに船の事故(もとい次元魔法での撃墜)ではなく、直接届けたというのか?

 そして始末というのは――『魔術師』自身の手で配達人が葬られ、ジュエルシードによって聖杯戦争が勃発した、という流れになるのだろうか?

 

「二年前の吸血鬼といい、君達管理局は厄介な物しか密輸しないね。これは遠回しに此方に対する宣戦布告なのかな?」

 

 『魔術師』は凄絶に笑う。体感温度が二度から五度ぐらい上がった気がしたが、錯覚じゃなかったようだ。

 あの『魔術師』を中心に燃え滾るような陽炎が発生し――此処に至ってクロノは、目の前にいる人物がミッドチルダ以外の魔法技術を有している現地人である事を眼を疑いながら認識する。

 

 一触即発の空気が『魔術師』によって意図的に構築され――目的の主は導かれるままに空間に浮かぶウィンドウ画面に出現する。

 アースラの総責任者、リンディ・ハラオウンである。

 

『どうやら話の行き違いがあるようで。詳しい事情をお聞きしたいので、彼等をアースラに――』

「残念だが、敵地に無手で赴くような趣味は無い。貴殿達が此方に赴くのが礼儀であろう? 何なら私の屋敷に招待するが? 盛大に歓迎しよう」

 

 あ、これは不味い。まさかと思ったが、有無を言わさず殺すつもりだ。

 『魔術師』が自らの『魔術工房』に敵を招待するなんて、その処刑設備をフルに使って始末すると公言しているようなものである。

 しかし、次元世界の果ての魔導師が魔術師の魔術工房の危険さを知る由も無く――。

 

『――あはは、ご冗談を。貴方の屋敷なんかほいほい着いて行ったら其処で全員処刑されるじゃないですかー。それ笑えないですよ』

 

 ――そのまさに在り得ない人物が此処に居た。

 新たなウィンドウに出てきた、翆髪で眼鏡の童顔な女性は、ほぼ間違い無く自分達と同じ転生者であり――『魔術師』は待ってましたと言わんばかりに挑発的な笑みを零す。

 

「おや、これはこれは。初めまして、ティセ・シュトロハイム二等空佐殿」

『はい、初めましてですね。神咲悠陽殿。あと二ヶ月前に一等空佐になりました。何だかお決まりですね、解っていて階級間違えました?』

「其方の事情には疎いもので。貴女が如何程殺して出世したのかまでは把握出来ておりませんよ」

 

 ……何とも白々しいやり取りである。

 クロノとユーノ、そしてリンディさえも驚きの表情を浮かべている。

 二人共表面上は笑い合っているが、目に見えるほど負の感情しか無い。互いが互いに不倶戴天の敵対者として忌み嫌っている様子である。

 

『それじゃ立ち話もあれですし、会合場所を指定して下さいな。無論、貴方の屋敷以外の場所ですが』

「それなら絶好の場所がありますよ。ええ、気に入ってくれるでしょう」

 

 ……あれ? これってオレも強制的に巻き込まれる流れなの?

 この、胃に穴が飽きそうなほど辛辣な交渉戦に……。

 

 

 

 

 

 



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25/交渉

 

 

『――主人公の条件ですか? 面白い事を私に聞きますねぇ』

 

 久方振りに電話を寄越した共犯者はあっけらかんと流行りの話題に食い付いた。

 

『物語によって千差万別ですからねぇ。即興で良いなら三つほど思い浮かびましたよ?』

「流石は頭脳専門ねぇ。期待するわ」

 

 こうして近しい年代の者と対等に話せる機会は少ないだけに、豊海柚葉は彼女の答えを楽しみに待つ。

 

『一つは物語を全て台無しにしてしまえる大根役者。かの主人公の前ではどんな悲劇も惨劇もご都合主義の大団円に変わってしまう』

「――『大十字九郎』ね。君の眼から見て、彼――クロウ・タイタスは『大十字九郎』に成り得るかしら?」

『実物を見てませんので何とも言えませんが、可能性は感じますね。あ、でも、彼には致命的なまでに才能が欠けているのが気掛かりですねぇ。私は届かないと思いますよ』

 

 彼が自らのサーヴァントを取り戻し、剰え不可能と思われた『デモンベイン』を招喚して大導師の『リベル・レギス』を討ち取ってみせた。

 あの奇跡の大逆転劇はさしもの豊海柚葉にも想像出来なかった異常事態であり、血湧き肉踊る感触を久方振りに味わった。

 

 ――しかし、それで『大導師を討ち取る為の物語』として彼の物語は完結してしまった恐れがある。

 

 目的を果たすまでは異常なまでに世界からの修正が働くが、終われば修正力――『主人公補正』なる理不尽なものが綺麗サッパリ無くなる。

 今後の彼は何処に転がるのか、ますます目が離せないだろう。簡単には潰れてくれるなよ、と豊海柚葉はほくそ笑む。

 

『もう一つは何が何でも生き残ってしまう異能者。どんな事態に遭遇しても、何をされても死なない生命体。かの主人公の前では銃を撃っても致命傷にならず、核爆弾を撃ち込んでも世界法則すら塗り替えて必ず生存してしまう』

「――『キリコ・キュービィー』ねぇ。不死身の吸血鬼よりも不死を体現する『異能生存体』かぁ。転生者には絶対居ない類の人間だね」

『そうですねぇ。皆、何かと一回二回死んでますから』

 

 死のない転生者など一人も居ない。

 あの『シュレディンガー准尉』を取り込んだ『アーカード』と同様の状態の『使い魔』エルヴィさえも『魔術師』が死ねば消え果てる夢幻に過ぎない。

 その『魔術師』だって、心臓を穿ち貫けば簡単に死ぬような人間でしかない。

 

 

『最後は『倒されなかったラスボス』ですよ。本来死すべき運命、打ち倒されるべき因果を全部覆して君臨する悪の皇帝――これはもうどうしようもないので、悪役から主人公に格上げですよ』

 

 

 未だ嘗てそんな馬鹿げた存在など、一度足りても存在しないだろう。

 滅びなかった『悪』は存在しない。『正義』だって必ずいつかは滅びるのだ。その必定の理を覆す事は何物にも叶わない。

 

『あたしゃ、この物語の主人公は貴女様だと思うんですよ。何て言ったって、転生者の中で唯一『二回目』の死神を撃退して今の今まで契約不履行にしている――基本原則無視の例外的な存在ですからね』

 

 

 25/交渉

 

 

「第九十七管理外世界、現地惑星通称『地球』に魔法技術は無いと聞き及んでおりますが?」

「ええ、資料通り無いですよ。彼等の質量兵器全盛期の科学文明に『魔法』なんて旧時代の絵空事ですね」

 

 覚悟を決めて問い詰めるリンディ・ハラオウンに対し、本局から差し込まれた特別観察員であるティセ・シュトロハイムは爽やかな笑顔で答える。

 艦内には緊迫した空気が漂うが、当の本人は暖簾に腕押しであり、致命的なまでに空気が喰い違っていた。

 

「ですが、現にあの『神咲悠陽』と名乗る人物はミッドチルダの魔法技術以外の方式で熱量操作なる現象を発動させているみたいです。解析結果は不能だらけですけど」

 

 現状での解析結果を空間に浮かぶウィンドウに表示しながら、執務官補佐のエイミィ・リミエッタは追撃の手を緩めずに艦長のリンディを補佐する。

 

 ――明らかに、特別に派遣された彼女と、アースラの船員達との情報量に差がある。

 本局の上層部の徹底した秘密主義は今に始まった事では無いが、これを是正しなければ今後の活動に著しく支障が出るだろう。

 

「個人の特異な資質による隠秘学的な技術系統なんてお門違いですよ。私達の魔法技術は歴然たる科学の結晶であり、あれは正真正銘のオカルトですから」

「――何を、隠しているのですか?」

 

 やはり、彼女はあの『神咲悠陽』という人物についての一定の情報を保有している。

 そしてあの『地球』――否、『海鳴市』に関する情報もまた、随分詳しいとリンディは察知する。

 

「隠しているつもりはありませんよ。言う必要性が感じられないだけで。まぁ正確には『――Need not to know(知る必要が無い)』ですけど」

 

 歯痒い思いをしながら、リンディ・ハラオウンは沈黙せざるを得なかった。

 自身は時空管理局・巡航L級8番艦の提督であり、この場における階級は彼女より上だが、彼女のバックに居る人間はリンディの首など簡単に切り飛ばせる最上位の将官達だ。

 その彼等の意向を彼女が忠実に実行する限りにおいて――階級の差は簡単に覆っているのだ。

 

 終始、笑顔を浮かべ、アースラの面々が沈痛な顔で諦めた時、民間協力者であるユーノはありったけの勇気を振り絞って、先程から気になっていた重要事項を口にした。

 

「あ、あのっ! ……ジュエルシードを直接『地球』に密輸したとは、どういう事ですか……?」

 

 艦内全員の視線がティセ・シュトロハイムに集中する中――彼女はその問いに何か意味があるのか、心底不思議に思って首を軽く傾げた。

 

「はて、一体何の事でしょうか? 報告書では輸送船が事故で撃沈し、ジュエルシードは偶然『地球』にバラ撒かれたと聞いてますが? 事実無根ですので、彼の戯言に耳を傾ける必要は無いですよ」

 

 

 

 

 心の中で「はぁ~」と溜息を吐く。

 やっぱり彼等アースラの局員との激突は必至だったと彼女は疲労感を漂わせる。

 本音は小心者なだけに、肩が凝るばかりである。

 

(海鳴市の裏事情なんて一般人に説明しても理解出来ないのは明白ですし、明らかに貧乏籤ですよコレ。権限ゴリ押しで突っ走る事しか出来ません)

 

 内部に疑心暗鬼の味方を抱えた状態で、あの『魔術師』との交渉に臨むという自殺行為をしなきゃいけない自分に涙が出る。

 あの『魔術師』の事だ。確実に疑心暗鬼の種をもっと植えつけて、開花させるような工作に出るだろう。

 

(……しくじったなぁ、私の補佐官も同船させておけば良かったなぁ。道連れが一人増えるし。下手な老婆心を働かせなければ良かったぁ)

 

 それに誤算なのは『魔術師』が積極的に交渉に乗り出そうとしている姿勢であり、想像以上に高町なのはに肩入れしている事だ。

 本来の道筋通りならば、あの『魔術師』は高町なのはに関与しなかった筈だが、何処でどう間違えたのか、縁らしい縁が既に出来上がってしまっている。

 

(……彼女をどうやって此方側に引き込むか、ですか。そんなミラクル、金髪の中将閣下殿しか出来ないって)

 

 あれこれ考えるが、考えが纏まらない。それに彼が選択した会合場所も彼女達にとっては最悪と言って良いほど立地条件の悪い敵地だ。

 

(まぁこうなったら最低限でも『彼女』だけは確保しないといけないですねぇ)

 

 後の面倒事は上の人達に押し付けて、とりあえずは最低限『魔術師』との全面抗争を当分避ける為に頑張ろうと気合を入れる。

 流石に交渉失敗してアースラの面々を『魔術師』に葬られるのは目覚めが悪い。

 彼等には原作方面で色々仕事をして貰わないと自分が困るのだ。

 

(……はあぁ、次は絶対『魔術師』と関わりのない仕事をするんだっ)

 

 

 

 

 青筋を立てる者が約二名、事の成り行きの不明瞭さに不安を隠せない者が三名――自分はと言うと、この場に置ける自分の存在意義を必死に考えている処である。

 

(何か、最近場違い感が凄いんだよなぁ。明らかに適材適所じゃねぇし。……もしかして、冬川が復帰するまでオレ放置されたままなのか?)

 

 今後の事について冬川雪緒と話し合う必要性が生まれたが、いい加減現実逃避を止めよう。

 『魔術師』が管理局の面々と会合場所に選んだ場所、それは――。

 

「シュークリーム五つ」

「おっ、オレの分まで頼むか。良いねぇ、解ってるじゃねぇか」

 

 あろう事か、高町家が経営するかの有名な『翠屋』である――えーと、早くも家族会議ですか。

 もっとマシな場所なんて沢山あっただろうに。ちなみに今現在『翠屋』は貸切状態である。

 

「わわっ、本物のランサーだっ! イケメンの方じゃなくて男前の方じゃないですか!」

 

 緑髪の女性、ミッドチルダの転生者であるティセ・シュトロハイムは興奮したように騒ぐ。

 その反面、ハラオウン親子は冷めたような眼でそれを眺めており、何だか知らないが、彼等の関係には既に亀裂が入っている模様である。

 

「ジュエルシードが『不幸な事故』で『海鳴市』に落下し、現地の皆様には多大なご迷惑を掛けたと思います。これより我々管理局が責任を持って回収の任務に当たりますので、既に回収した分をお渡し頂ければ幸いです」

 

 あ、初めから『不幸な事故』扱いで片付けやがった。しかも超強調している。

 常に笑顔の昼行灯かと思いきや、中身はかなりの曲者みたいだ。

 さて、これに対して『魔術師』の反応は――。

 

「高町なのは、渡してやれ」

「え……は、はいっ」

 

 これまた予想外な事に意外と素直、まぁ使用済みの『ジュエルシード』に対しては価値は無いか。

 高町なのはは待機状態のレイジングハートに触れ、三つの『ジュエルシード』を空中に展開させ、彼女達の方に飛ばす。

 

「……三個、ですか? 少なくとも貴方はあと十二個所持していると思いましたが?」

 

 ――やはり食わせ者だ。ちゃんと数を把握した上で要求していたのか。

 現地工作員も忍ばせて情報収集していたって事か。ますます原作とかけ離れた管理局の体制の一端を垣間見て、オレは眉を顰める。

 

「ああ、残りは砕いておいたぞ」

「――え?」

 

 さしものこれは彼女とて予想外だったらしく――また、ハラオウン親子の顔も一瞬にして凍り付いた。ついでにユーノも驚愕する。

 

「三個はこの通り使用中だが、摘出された分は全部砕いたと言っている。――ふむ、信じられないようなら此処で残り三個も砕いてご覧に入れるが?」

「あ、信じますので止めて下さい。回収分が無くなってしまいます」

 

 『魔術師』が本気で言っている事を察知した彼女は真っ先に『ジュエルシード』を自身のデバイスに回収させて仕舞う。

 ちょっとだけ、高町なのはが未練がましく見ていたのが若干気になるが。

 

「その使用中の三個も封印処置を施して摘出して下さると嬉しいのですが?」

「ははは、面白い冗談だ。使用用途をサーヴァントの命令権限定にしている御蔭で暴走の心配は皆無だが――令呪を渡せという意味、解ってないとは言わせんぞ?」

 

 『魔術師』は笑いながら獰猛な殺意を撒き散らす。

 彼にとってはこれは絶対に譲れぬ一線であり、彼女にしても余り大切な事でも無いので、次の話題に進む。仕掛けたのは『魔術師』だった。

 

「貴様等管理局が『海鳴市』に土足で侵入し、独自の活動を執る事を私は良しとしない。回収した『ジュエルシード』は私が責任を持ってお返ししよう。管理外世界である此方に介入するな」

「いえいえ、そういう訳にもいきません。その『ジュエルシード』は近隣の次元世界にも影響を及ぼすほどの危険なロストロギアです。我々としても見過ごす訳にはいきませんし、またうっかり『ジュエルシード』を砕かれては堪りません」

 

 互いの意見が衝突し、彼等の間には熾烈な火花を散らす。

 土足で踏み込まれたくない『魔術師』と、土足で踏み込みたい『管理局』、意見が平行線になるのは至極当然か。

 議論が進まないと見るや、ティセ・シュトロハイムは次のカードを切った。

 

「それと高町なのはさんの件ですが」

「え?」

 

 高町なのはは自分の事を指差し、ティセはほんわかな笑顔で頷いた。

 高町家の男性陣の表情が硬くなる。『魔術師』もまた心無しに殺気立っていた。

 

「管理外世界の住民が我々ミッドチルダ式の魔法技術を好き勝手に扱うのは少々以上の問題があります。何なら民間協力者という形で内々に処理しますが」

「論外だ。外堀を埋めてから管理局に抱え込むつもりか? それに彼女に魔法技術を渡したのは其方だろう? そうだろう、ユーノ・スクライア」

 

 議題の矛先がユーノに向けられ、彼は涙目で後退る。

 ……というか、情緒不安定ってレベルじゃないぐらい挙動不審になってないか? このユーノは。SAN値判定に失敗しているのか?

 

「才能溢れる者にデバイスを渡し、魔法技術の一端に触れさせてから其方の法を押し付けて人材回収する腹積もりか? 近年稀に見る酷い自作自演(マッチポンプ)だな」

「ち、ちがっ、ぼ、僕は……!」

 

 反論しようとして、ランサーが徐ろにシュークリームを食べながら睨みつけると、ユーノは蛇に睨まれた蛙の如く震えて黙ってしまう。

 ……何故かは知らないが、原作でも比較的優秀であり、一人で『ジュエルシード』を回収しに来るほど勇敢だった彼の面影は一切無い。

 高町なのはの下に居ないといい、一体何がどうしたんだ……?

 

「此処はミッドチルダではなく『地球』だ。貴様等の法など此処では通用しない。彼女の事は私が責任を持って監督しよう。彼女自身が道を誤るのならば、私自ら誅を下そう」

「うわぁ、家族の前でそんな事を言っちゃいますか」

「家族の前で堂々と誘拐しようとした貴様等の外道さには劣るよ」

 

 互いに高町家の皆様から非難轟々という眼で睨まれているが、二人共平然としている。

 これぐらい神経が図太くないと、交渉事は出来ないらしい。感心するが参考にしたくない。

 

「ま、待って下さい。我々時空管理局は――」

「――二年前の吸血鬼事件、忘れたとは言わせんぞ?」

 

 リンディ・ハラオウンが何か言おうとしたが、『魔術師』は無視して遮る。

 可哀想だが、この場において『魔術師』は転生者の存在によって変質した『管理局』を誰よりも知る存在だ。

 お題目上の時空管理局の綺麗事を説明されても時間の無駄にしかならない。

 ……一般的な管理局員は、その理念も意思も変わりないが、目の前の『歪み』は明らかに異質だ。

 

「――ええ、我々にとっても忘れられない記憶ですよ。貴方の御蔭で何万人死んだと思っているんですか?」

 

 二人から笑顔が消える。白々しい作り笑いさえ消えるほど、その事件に対する遺恨は今でも彼等の中に芽吹いているようだ。

 

「はて、一体何の事やら。私はこの海鳴市で起こった貴様等主催の連続殺人事件を言っているのだが」

「私はミッドチルダで起きた貴方が主催の未曽有の生物災害の事を言っています」

 

 重い沈黙が場を支配する。

 ハラオウン親子はその事件について聞きたそうにしているが、発言を許される空気では無かった。

 埒が明かないと見るや、『魔術師』はシュークリームを齧り、ティセ・シュトロハイムもまた齧り付く。

 幸せそうに甘味を堪能しながら、『魔術師』は最初から用意していた妥協点を上げる事にした。

 

「フェイト・テスタロッサがどうなろうが私の知った事ではない。好きにしろ。だが、高町なのはは渡さない」

「其処が落とし所ですか。ええ、良いでしょう。彼女は管理世界の人間ですし、此方の独自の裁量で片付けられます。今はそれで甘んじるとしましょう」

 

 とどのつまり『ジュエルシード』など彼等からすれば些細な舞台道具に過ぎず、『魔術師』と『管理局』が相争ったのは『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』だったという訳か。

 高町なのはは何か言いたそうに口を開こうとするが、『魔術師』は視線を送って首を振る。それを見て、高町なのはは不承不承という具合で押し黙った。

 

「ちょっと待って下さいッ! そのフェイト・テスタロッサなる人物は一体……!?」

「輸送船を次元魔法で撃墜した容疑者の娘さんですよー。この『地球』に『ジュエルシード』を落とした張本人、それが『プレシア・テスタロッサ』です」

 

 此処に至って沈黙を続けていたクロノ・ハラオウンが噛み付き、彼女は笑顔で平然と舞台裏の事情を暴露しやがった。

 おいおい、其処を端折って良いのかよ?

 

「そんなの聞いてません!」

「言ってないですもの」

 

 ……彼等のやり取りを見ながら、ミッドチルダにいる転生者もろくな奴が居ない事を再認識する。

 いや、もしかすると此方より数段性質の悪いかもしれない。まるで遊び感覚で、盤上に転がる駒の運命を弄びやがる――。

 

「偽装船艦を態々撃墜させておいて言う事か」

「はて、何の事だかさっぱり解らないです」

 

 知らぬ存ぜぬの腹芸で通し、図々しくもティセ・シュトロハイムはシュークリームを五個と二十個別口に頼んで会合を終了とする。

 

「使い終わったジュエルシードは是非とも我々の手に委ねて下さいな」

「ああ、善処しよう」

 

 砕く気満々だなぁと苦笑しながら、彼女達は立ち去った。

 現状では直接的な敵対はしないようだが、彼等が敵なのはほぼ間違い無いだろう。

 

 ――元は同郷の人間なのに、立場と生まれた世界が違えば此処まで価値観が違うものになるものか、頭を抱えたくなる一幕だった。

 

 

 

 

 ――戦う意味も解せず、ただ感情の赴くままにぶつかりあった。

 

 フェイト・テスタロッサ。未来の『高町なのは』のマスターだった人物。 

 未来の彼女の事を一番良く知る人物であり、未来の彼女の動機を解く唯一の鍵。

 

 ――戦い始めて、高町なのはは自身の異常さに勘付く。

 戦闘に対する行動が最適化され、明らかに格上と思われる魔導師と互角以上に、流れるように戦えている。

 

「アクセルシューター!」

『――Shoot.』

 

 昨日の未来の彼女の戦闘光景が脳裏に過る。

 あれが齎した情報は今現在の彼女に劇的な刺激を与え、本来辿るべき過程を一歩も二歩も抜き飛ばして高みに誘う。

 未来の完成形を模倣する事で、拙い動作に切れが生まれ、砂が水を吸うように我が物としていく。

 

『――Photon Lancer.』

「撃ち落として……!」

 

 だが、超高速で飛翔しながら致命打を避け続け、撃ち落とす黒い魔法少女に、自身の手の内を明らかに読まれており、どれも決定打にならない。

 当然だ。彼女は自分の未来を、完成形である『高町なのは』のマスター、手の内が全て把握されていると考えても支障無いだろう。

 

(だから、だからこそ……!)

 

 彼女ならば――未来の『高町なのは』が至った物語を、誰よりも克明に知っている……!

 知らねばならない。聞かねばならない。どうしてあんな結末に至ったのか、その過程を解き明かさなければならない――!

 

 

 

 

 ――戦う理由を求めて、ただ感情の赴くままにぶつかりあった。

 

 高町なのは、一時的だったが、彼女の『サーヴァント』の過去の姿。

 未来において自分に最も深く密接に関わり合う人物であり、彼女自身の今後の人生を決める最大の鍵。

 

 ――戦い始めて、フェイト・テスタロッサは目の前の人物の異常に勘付く。

 この時期の彼女は素人同然だった筈なのに、処々に未来の片鱗が現れている。未来を知って、変化したのは自分だけでないとフェイトは判断する。

 

「アクセルシューター!」

『――Shoot.』

 

 幼少期において最大でも十二発だった追尾弾は二十発を超え、フェイトを撃ち落さんと獰猛に疾駆する。

 一発一発が不調の自身を撃ち落とすに足る威力である事を察知し、超高速飛翔をもって躱し、避け切れないものはシールドで反らし、防ぎ切れないものはフォトンランサーをもって撃ち落とす。

 

『――Photon Lancer.』

「撃ち落として……!」

 

 唯一つ、有利な点はフェイトが彼女の成長過程から完成形に至るまで全知しており、戦術を完全に把握している事にある。

 だから、不用意に受け切ろうとして防ぎ切れず、バリア越しから撃ち落される失態は犯しようが無い。

 何よりも、勝利が約束されていた初戦で敗北する訳にはいかなかった。

 

(未来の貴女にとって、私は大切な親友。じゃあ、私にとって貴女は何だったの――?)

 

 解らない。泣き崩れながら討ち果たした彼女の事を未来の自分はどう思っていたのか――。

 知らねばならない。聞かねばならない。自分にとって彼女は何なのか、全身全霊をもって問わねばならない――。

 

 

 

 

 初戦は邪魔が入り、彼女達の触れ合いは未完成に終わる。

 されども、彼女達は運命に導かれるままに衝突し合うだろう。如何な状況になろうが、それは不変の理として二人の間に刻まれる。

 

 如何に舞台が狂おうとも、結末が歪もうとも、二人の魔法少女の逢瀬は約束されていた――。

 

 

 

 



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26/鏑矢

 

 

 ――私は貴方の物語を知っている。

 

 全ての虚栄を拭い去り、唯一無二の真実に至る旅路の果てに、貴方が永遠に報われない事を私は知っている。

 貴方は貴方の思うままに正しい選択をし、『異端者』の汚名を被せられて世界から拒絶された。

 人知れずに世界の脅威と戦い、無意味な戦争を終わらせようと歴史という大きな流れに抗い続け――古の災禍を打ち滅ぼして消え果てた。

 

 ――もっと上手く立ち回れば、或いは。

 貴方は無意味な戦争を終結させ、新たな時代を切り開いた若き英雄として皆から愛されたでしょう。

 

 でも、こんな仮定は無意味なのです。

 例え貴方は御自身の末路を知っても、躊躇わずに同じ道を選ぶでしょう。

 その気高き意志と尊き強さは私には眩しくて、臆病な私には正視出来ません。

 見えている破滅を前にして勇敢に立ち向かえるほど、私は強くありません。

 

 ――泣きながら蹲る私に、貴方は手を差し伸べました。

 

 私にその手を握り資格があるのか、改めて問い詰め――私は彼に質問しました。

 例えその生涯が全て無意味だと解っていても、立ち向かう事が出来るか、と。

 彼は小難しそうに眉を顰め、それでも真摯に悩みながら、こう答えました。

 

 ――それでも自分は、真実に至る為に戦い続けるだろう。

 

 その笑顔は、私にとって太陽でした。

 眩しすぎて、また涙が流れ落ちました。

 

 ――恐らくこの時に。

 私はこの人と運命を共にし、誰もが見捨てても私だけは傍らで支え続けようと決意したのです――。

 

 

 26/鏑矢

 

 

「――以上が、この街の現状とそれに付随する『高町なのは』の近況です」

 

 『魔術師』は今の高町なのはを巻き込んだ勢力図を、主観を排除して徹底的なまでに客観的に、高町家の皆に説明する。

 高町なのはの将来性、魔導師としての破格な才覚、その類稀な人材を手に入れたい時空管理局の意向――それは交渉を有利に進める為ではなく、正確な判断を下せるように判断材料を無条件で手渡しているように思える。

 

(……『魔術師』にらしからぬ誠実さ。いや、これも管理局嫌いが成せる業か?)

 

 会合場所を此処に設定したのは、高町なのはの両親に管理局の危険性を知らしめる為と言った処か。

 高町なのはの父、高町士郎は難しい顔を終始浮かべている。高町恭也の嫌悪感丸出しの反応を見て『魔術師』に対する評価を出しかねている、という具合か?

 

「それで君は今後どうするのかね?」

「六日後の『ワルプルギスの夜』を討伐し、その際に破壊された海鳴市の結界が復旧し次第、管理局の影響を完全排除する方向性で動きます。血を流さずには済まないでしょう。御息女に関しては今後とも此方側に関与しない事を強く希望します」

 

 普段の挑発的な表情は鳴りを潜め、『魔術師』は淡々と語る。

 高町恭也が驚いたような眼で見ているが、こういう感情の使い分けを出来る人間は心底恐ろしいものである。

 

 ――で、前から思っていたけど、オレが此処に居る意味って基本的に無くね?

 

 高町士郎は一度目を瞑り、深く考える。

 父親である彼から高町なのはに関与しない事を約束させれば、彼女は幾ら不承でも諦めざるを得ないだろう。

 

 ――だが、この娘あってこの親あり。

 開いた言葉はオレ達の予想を超えるものであった。

 

「……なのはは、どうしたい?」

「父さん!?」

 

 高町恭也が驚いたような口で聞くが、それはオレ達も同様である。

 唯一人『魔術師』だけは「こうなったか」と言わんばかりにコーヒーを啜っていた。

 

「……今は、良く、解らないです。でも、私は、フェイトちゃんと話し合いたい……!」

 

 それは彼女が父親に言った初めての『わがまま』であり、手を出さない事を確約した『魔術師』に対する挑戦状であり、予めその反応を予想していたのか、彼は小さく溜息を吐いた。

 

「――フェイト・テスタロッサと戦闘したくば、管理局に先立って発見しろ。先に戦闘すれば、連中は終わるまで関与しないだろう。無粋な横槍を入れずに漁夫の利を取ろうとするだろう」

 

 だが、驚く事に彼から出された言葉は助言であり、高町なのは自身も驚く。

 

「何を驚いている? 連中との口約束で私は基本的に干渉しないが、私以外の誰かが関わるのを何故私が止めなければならない? ――これが悪い大人の代表例だ、反面教師にするように」

「――はいっ!」

 

 あ、いや、なのはさん? 其処は元気良く返事する場面では無いんですけど……。

 

「ちょっと待て。これ以上、なのはを危険な目に遭わせるには――!」

「非殺傷設定での決闘だ、空から墜落しても死にはしないだろう。止めるのは私ではなく、お前達だ。言葉を尽くして頑張りたまえ」

 

 高町恭也が突っかかるが、『魔術師』は丸投げしやがった。

 でもまぁ、此処まで意固地になった高町なのはを説得出来る訳無いなぁと、遠目で鑑賞しながらオレはコーヒーを飲んだのだった。

 シュークリームうめぇ。

 

「ああ、念の為に、其処で自分は関係無いという顔で油断している秋瀬直也。高町なのはのフェイト探索を手伝え。不測の事態から我が身を省みずに死守しろ」

「……なん、だと!?」

「責任重大だな、傷物にしたら高町家に殺されるぞ」

 

 話の矛先がいきなり自分に向けられ、戦闘民族である高町家の男子一同の熱烈な視線が注がれる。

 いや、この馬鹿、いきなり何て事をしやがる!? このまま空気になってフェードアウト出来ると思ったのに。

 

(テメェのそのランサーを寄越せば良いじゃねぇか……!?)

 

 などという切なる祈りは届かず、オレに訪れた分不相応の災難な日々はまだまだ続くらしい――。

 

 

 

 

「へぇ、シャルロットもこの教会出身だったんや」

「……うん、日本人の両親からこの髪のが生まれたら、ね。クロウの場合は本当に運が無い」

 

 ――夜、久方振りに孤児院に泊まる事にした彼女は八神はやての話し相手になっていた。

 

 今日は青い魔術師風のロープと大きな木の杖を装備せず、年頃の少女じみた黒いワンピースを着ている。

 水色の髪には金の髪飾りで着飾れているのは万が一の事態に対する予防である。

 

 いつも一緒に居るブラッドは神父と一緒に静かに酒盛りしているので、八神はやてとの会話は丁度良い暇潰しだった。

 

「……少しでも疑われたら運の尽き。私達は基本的に両親の遺伝子を引き継いでいないからね。DNA検査で必ず引っ掛かる」

 

 此処に捨てられた孤児の多くが『三回目』の転生者であった事は偶然であり、『第一次吸血鬼事件』が始まる以前の、皆一緒だった頃を思い出して切なくなる。

 あの頃は相争う事無く、仲良く過ごせたと思う。けれども、あの事件を切っ掛けにそれぞれの道を歩み始めた。

 中には死んでしまった人も居る。同じ釜の飯を食べた『魔術師』に引導を渡された者も居る。考えるだけで滅入る事だった。

 

 ――彼女とブラッドは血で血を拭い去る闘争の渦から、一線離れた立ち位置に居る。

 

 超一級の実力を持ちながら、どの勢力図にも加わらなかったのがこの二人である。

 二人の戦力は弱小勢力にしてみれば喉から手が出るほど欲しく、大勢力からしてみても極めて危険性高く映るだろう。

 

 あれこれ深刻に考えていると、八神はやての顔が曇っており――シャルロットはぽんぽんと彼女の頭を撫でる。

 

「……子供が無用な心配をしない」

「とは言っても、五つ違いやないかー」

「私達を見た目の年齢で測る事がそもそもの間違い。はやては子供、私はお姉さん」

 

 無表情の彼女には珍しく、淡く笑いながら胸を張る。

 年頃にしては少し発育している二つの膨らみを八神はやては唸るように見ていた。

 

「それじゃシャルロットはどんな人生を送ったん?」

 

 ――『二回目』の人生。

 

 それは転生者にとって、鬼門というべき事柄である。

 何せこれを語れば自分がどのように生き、どのような技能を取得しているか、丸解りとなり――覆せなかった死因を思い返す羽目になる。

 

 それでもまぁ、転生者じゃない彼女に語るぐらいは良いか、とシャルロットは判断する。

 彼女が至った物語は総評して悲惨だけども、その道筋には一片足りても恥じる部分は無い。自信を持って誇り高く語れるのだから。

 

「……私の前世は中世の欧州じみた剣と魔法のファンタジー、私は平民階級に生まれた。魔法なら誰にも負けない才能があったけど、平民生まれだから一切評価されない時代」

 

 既存の全魔法を極め、失伝した古代魔法にも手を伸ばせた才覚は一定以上の評価を受けたが、氏名の無い平民階級という事が全てを台無しにした。

 生まれながら、彼女は持たざる人間だったが故に――。

 

「……貴族にとって平民は何処まで行っても家畜扱い。彼等の横暴は酷かった。同じ人間をあそこまで扱き下ろせるモノだと感心したわ」

「酷いなぁ、今の日本からは考えられへんわぁ」

「……でも、彼だけは違った。青臭いと言えばそれまでだけど。大貴族の妾の子だったけど、彼は最も尊いものを継承していた。清廉で生真面目、弱者を見捨て置けない性格、正義感が強くお人好し――そして生粋の人誑し」

 

 シャルロットは大貴族の第三子に生まれた、彼の事を思い起こす。

 妾の子でありながら『天騎士』と称された大英雄の気質を唯一受け継いだ少年の事を。それ故に真実に立ち向かって非業の転落人生を歩んだ、彼女が所属した旅団の部隊長の事を――。

 

「……最善の行動が最善の結果を齎すとは限らない。あの人は歴史の影に隠れた真実に最も近い位置に居た。貧乏籤を引くのはいつだって善人だった――」

 

 彼の非業の結末を、シャルロットは最初から理解していた。

 一緒に行けば、一緒に破滅する事は最初から解っていた。

 

 ――それでも、構わないと思った。

 

 あの貴族の末っ子の少年は、シャルロットにとって『太陽』だったのだ。

 一緒に居れば勇気が湧いてくる。一緒に居ると胸の鼓動が高鳴る。あの腐敗に腐敗を重ねた世界における希望の光は、彼しか居なかったのだ。

 

「……あの時代に置ける『異端者』の烙印は後世四百年にも轟く汚名。当時の最大勢力である教会からの死刑宣告に等しい。そんな無実の罪を背負わされ、大陸中から狙われる事になったけど、私達の旅団からは誰一人離反者が出なかった」

 

 その驚嘆すべき事実を、シャルロットは誇らしげに自慢する。

 本当に馬鹿な連中だと思った。自分も含めて、愚かすぎるほど愛してくて笑みが零れる。

 

「……私さえも、彼の為ならば死んでも構わないと思っていたほど」

 

 だからこそ、彼の指揮する旅団は『最強』だった。

 彼を実力で上回る騎士や魔道士は山ほど居た。聖騎士に暗黒騎士に魔法剣士に異端審問官など、非凡な才覚を持った敵は山ほど居た。

 

「……その人は、シャルロットは、ちゃんと報われた……?」

「……彼の真実の旅路が後世の歴史家に再評価されるのは四百年後。私は最後の決戦で死んじゃったけどね。歴史の闇に埋もれた、語られない英雄の物語」

 

 けれども、彼ほど心強い味方を手に入れ、全幅の信頼を受けた指揮官は他に無く――彼等との『絆』こそが彼の最大の武器だった。

 聖騎士に機工士、天道士に天冥士、神殿騎士、鉄巨人に魔法剣士に龍使いに異邦人、剣聖――皆の顔が脳裏に過ぎり、彼等の勇姿は色褪せる事無く眼に刻み付いている。

 

 シャルロットは口ずさむ。彼等の物語を。

 誇りと共に語り継がれる、真実の物語を――。

 

「戦士は剣を手に取り、胸に一つの石を抱く。消えゆく記憶をその剣に刻み、鍛えた技をその石に託す。物語は剣より語られ石に継がれる――」

 

 

 

 

「……私は、彼女の傍に居て良いのだろうか? 私のような唾棄すべき大罪人が――」

 

 教会の神父の個室にて、ブラッド・レイは葡萄酒を飲みながら頭を抱えていた。

 彼の相方であるシャルロットが黄金に匹敵するような誇りの物語で綴られるのならば、ブラッドの物語は幾千幾万の血で綴られる凄惨な物語である。

 

 ――彼の『二回目』は人間ではなく、『竜の騎士』として生を受けた。

 

 『竜の騎士』とは太古の時代に人間の神、魔族の神、竜の神が作った、世界の秩序を守る為に戦う究極の生命体である。

 人の姿に魔族の持つ強大な魔力、竜の持つ力と頑強さを兼ね備えた究極の騎士であり、その存在意義はいずれかの種族が世界の秩序を乱した際にこれを討ち取る事にある。

 

 ――その生は戦いに明け暮れ、誰一人として天寿を全うしない存在。

 

 彼の悲劇は、彼の生きる時代に世を乱したのが、人間だった事に尽きる。

 人間を殺す事に葛藤し、世界の秩序が崩れてより混迷の時代が訪れる事に危機感を抱き、それでも破滅に向かう人間達の粛清を躊躇し、絶望した果てに――彼は自らの手で殺した。

 

 ――自分の次の『竜の騎士』は何の躊躇無く人間を滅ぼすだろう。

 それならば、自らの手で斬り落とすべき者を選別した方が、遥かに良き結果を齎すだろう。

 

 既にその決断そのモノが人間だった頃とはかけ離れていた事に、彼はいつ気づいただろうか。

 幾千幾万の人間の屍を築き上げ、愛した人間の女性の骸を見つけた当たりで、漸く気づいた事だろう。

 

 それが、彼の『竜の騎士』としての物語であった。

 時代が違えば、こうはならなかった。元同種族を手に掛ける事無く、異種族の英雄として自身の物語を完遂出来ただろう。

 

「既に我々は神の摂理から逸脱した存在です。教義上に無い事を、私は神父として語れませんよ」

 

 ――幾度無く転生する者は何を持って救済されるのか、神父自身もその答えを知らない。

 

 自分達には死の安息さえ与えられないまま、三回目の生涯を生き続けている。

 何て巫山戯た例外だろうか。最後の審判の時は未だに訪れず、何の答えが出ないまま三度目の生は続いている。

 

「ですが、貴方が誇り高き生き様を貫いた彼女と一緒に生きるのであれば、努力しなさい。その輝きに見合う自分になりなさい」

 

 神父ではなく、義理の父親として彼は優しく笑い、葡萄酒を口に含めた。 

 

「……貴方は不思議な人だ。普段の貴方は慈悲深く思慮深いのに、吸血鬼を前では狂気の代弁者となる。何方が本当の貴方です?」

「両方とも私ですよ。――昔々の事です。吸血鬼によって両親を殺され、血を吸われる寸前に『アレクサンド・アンデルセン』神父に助けられました」

 

 ――その時の光景は今でも鮮明だ。

 

 両親を弄んで殺した絶対の恐怖だった吸血鬼が、震えながら命乞いし、神父は狂ったように笑いながら銃剣で容赦無く両断する。

 あの事件で今までの自分は死に絶え、新たな自分に生まれ変わったと『神父』は断言する。

 

「私がしている事は、彼の生き様をただなぞるだけです。――彼の生涯を賭けた刃は『アーカード』の心臓にも届き得た。それを証明する為に、私は生きているのです」

 

 杯に揺れる葡萄酒を見ながら、神父は物懐かしげに呟く。

 その願いは前世において叶う事が無かった。『アーカード』が幾百万の生命を殺して帰還する前に、英米同時バイオテロ事件、別名『飛行船事件』を生き抜いた神父は病死してしまったが故に――。

 

「――それでも、貴方の孤児院に救われた者は沢山居る」

 

 からん、と杯をぶつけあい、二人は物静かに葡萄酒を飲む。

 

「我が子達と盃を交わすのが、今の私の最大の楽しみですよ――」

 

 

 

 

 それぞれが思い思いに夜を過ごす中、オレはシスターと向かい合わせに座っていた。

 彼女にはどうしても、一つ、聞かねばならない事があった。

 

「自分の記憶に関しては、良いのか?」

 

 そう、以前の交渉の時には八神はやての生存の確保の他に、彼女の記憶を取り戻す事が主題として上がっていた。

 それなのに今回の件については、シスターはまるで意図的に触れないようにその話題を避けて来た。

 察する事は出来たが、それは問わなければならない問題である。

 

 シスターは沈黙したまま、重い口を開こうとしない。オレは静かに、彼女が口を開くのを待ち続けた。

 

「あれからずっと考えてた。記憶を失う前の『私』は本当に私なのかって」

「……『魔術師』に言われた事か」

 

 記憶喪失というよりも、彼女の場合は記憶の抹消だっただけに、問題は更に深刻化しているのだろう。

 

「私はね、『私』の記憶が消される前に遺した文書で、私が『転生者』である事を知った。それ以来、私の目的は『私』の記憶を取り戻す事が全てだった。でも、何処かで嘗ての『私』を私と同一視していたんだと思う」

 

 前世と合わせて二十数年程度の人格と、今の今まで歩んだ彼女の人格は、別の存在と言って差し支えない。

 それが記憶を取り戻した場合、一つに統合出来るのだろうか? それは、実際に試してみなければ解らない事だ。

 

「記憶を失う前の『私』が全くの別人なら――今の私が、後に構築された贋物という事になっちゃう」

 

 涙を流しながら、シスターは痛々しく笑った。

 

「……怖く、なっちゃったの。今の私は贋物で、本物の『私』に返さないといけない。失ったものは、取り戻さないといけない。それなのに……!」

 

 ぽろぽろと涙が零れ、シスターは内に溜めた感情を一気に爆発させる。

 シスターは力無く立ち上がり、此方に倒れるように胸に飛び込んで来た。

 受け止め、嗚咽するシスターを宥める。今の自分には、それぐらいしか出来ず、自身の無力感に苛まれて呪わしかった。

 

「……クロウちゃん。臆病で卑怯な私を叱って。嘗ての『私』を絶対に取り戻せと怒って。それが、それが正しいのだから……!」

 

 ――でも、それは今までのシスターを全否定する言葉であり、オレにはそんな言葉を出せなかった。

 

「……オレは、今のシスターしか知らねぇ。――だから、今のままで良い。例えそれが間違いでも、オレはそれで良いと思う。誰のせいでもない、オレのエゴで、そのままの君で居て欲しい」

「……駄目、だよ。そんな事を言われたら、私は、甘えちゃうよぉ……!」

「――良いんだよ。甘えて良いんだよ。少しは頼りにしろよ、オレだって男なんだからさ」

 

 シスターの泣き声がいつまでも鳴り響く。

 視界の隅にアル・アジフが気まずそうに立っていたが、音を立てずに去ってくれる。全く、あの傲岸不遜の古本娘が、珍しく空気読みやがって。

 オレはそっと泣き続けるシスターの為に胸を貸した――。

 

 

 

 

「――確かに、貴様の『死んだ瞬間に十秒前に巻き戻る』というスタンドは無敵だ。誰も貴様を殺す事は出来ない。だからこそ、貴様を殺すのはお前自身の手だ」

 

 その男は許されざる『邪悪』であり、嘗ての宿敵だった。

 ラスボス御用達の時間を操るスタンド能力は、幾人もの仲間の犠牲の上で発覚したものであり、託された想いを受け取り、オレは最終決戦に望んだ。

 

「自殺では能力は発動しない事は解ってる。貴様は自身を殺そうとしない敵に敗北するんだ」

 

 用意した最終決戦場は中規模のクルーザーであり、二人分の棺桶にしては上等な代物だった。

 

「何を、何をしたァ――!? 秋瀬直也ッッ!」

「テメェと心中なんて真っ平御免だったがよォ。一緒に死んで貰うぜ……!」

 

 既に故郷の土から離れ、太平洋の真っ只中を漂流している。

 オレを始末する為に乗り込んだ奴は、間抜けな事に、此処が絶対の処刑場である事に今の今まで気づかなかったという訳だ。

 

「救命具は全部破壊した。通信機も操縦系統も諸共壊した。この船は間もなく沈む。お誂え向きの死に場所だろう? 溺れ死んだ傍から溺れ死ぬ。諦めがお前を殺すんだ」

 

 無限に殺し続けるスタンドじゃない限り、この男のスタンド能力は破れない。

 だが、そんなとんでも能力が無くとも、殺せるのだ。

 オレ一人が犠牲になるのならば、この男を完殺する理論と手段は此処に構築される――。

 

「待て、参った。俺の負けだッ! 此処で俺達二人が死んでも無意味だろう? 死にたくないのは貴様も同じの筈だ。今後一切お前達には手を出さない。死んだ妹に約束しよう。だから――!」

「……オレが隠し持っている生き残る手段を開示しろってか? ああ、確かに――予備の無線機が此処にある」

 

 懐から取り出し、奴の眼下に晒す。

 彼は希望を見出したような顔を浮かべ、オレは逆に覚悟を決める。

 

「これさえあれば救助の可能性が発生し、殺されれば何度でもやり直せるお前なら確実に救援を引き当てるだろう――だが断る」

 

 最後の希望を握り潰す。これで、オレも奴も助かる術は消え去った。

 

「お前は、死ぬべき邪悪だ。この世に居てはいけないんだ」

「――き、貴様アアアアアアアアアアアアアアァ――ッ!」

 

 奴のスタンドがオレの心臓を穿ち、大きな穴を開ける。

 全く、死ななければ発動しない能力の癖に、近距離パワー型でスピードも精密性も『スタープラチナ』並とか反則過ぎるだろうに――。

 

「……これで、お前は十秒前に巻き戻る手段を、完全に失った……。あの世から見てやるぜ、貴様が無様に破滅するその一部始終を――!」

 

 全力で絶望する奴の顔を最高の笑顔で見上げ――オレは程無くして死に絶えた。

 これがオレの『二回目』の死に様――懐かしい記憶だった。

 

 

 

 

 そして景色は暗転し、青い魔術師風のローブを纏った仮面の亡霊――オレのスタンド『ファントム・ブルー』が目の前に現れる。

 

「見テ見ヌ振リヲスレバ、オ前ハ死ナナカッタ」

「見て見ぬ振りなんて出来なかったから、こうなったんだろうな」

 

 我が『スタンド』は恨めしそうに片言で呟く。

 この手の対話は、初めての経験だった。これが夢だと自覚出来る、奇妙な感覚だった。

 

「何故ダ? 手ヲ出サナケレバオ前ハ運命ヲ変エレタ。誰カノ為ニ死ナズニ済ンダ」

 

 ……やっぱり、この死因はそうなるか。

 認めよう。秋瀬直也は二回とも他人の為に死ぬ事を選んだ人間だという事を。

 人と交流し、此奴の為ならば死ねると思った時、オレの死の因果は不可避のものへと変質し、成立するのだろう。

 

「私ハソノ為ニ発現シタ『スタンド』ダ。非業ノ死ヲ遂ゲタオ前ノ渇望ガ私ヲ生ミ出シタ」

「……そんな事はオレが一番良く理解している」

 

 我がスタンド能力は隠蔽能力に長けた風の『スタンド』だ。

 同じスタンド使いであろうと、我がスタンドを見る事は不可能であり、誰よりも隠し通せる事に特化した能力なのだ。

 それは人との断絶を意味しており、けれども、オレは手を差し伸べる事を止められなかった。

 

「死ハ間近ニアル。ソノ不可避ノ摂理ヲ乗リ超エルノナラバ――今度コソ使エ。次ノ段階ヘ――『レクイエム』ヲ奏デルノダ」

 

 我がスタンド――『ファントム・ブルー』は自身の体の空洞の中に手を突っ込み、あるモノを取り出す。

 それは生前最後まで死守したモノであり――最終的に使う事を拒否した、『ジョジョの奇妙な冒険』で最重要の『キーアイテム』だった。

 

 

 

 

「……胸糞悪ぃ。何で今さらこんな夢を――」

 

 小鳥の囀りが恨めしく耳に響き渡る。

 変な夢を見たせいで、眠った気がまるでしない。

 背伸びをし、欠伸をする。時刻は七時、母が起こしに来るまであと十分ぐらいあるが、起き上がって顔を洗おうと立ち上がる。

 

 ――からん、と何かがベッドから落ちた。

 

 それは古臭い木の枝で作られた――前世からの因縁の道具だった。

 

「……そんな馬鹿な。『矢』だとォ――!?」

 

 

 

 

 



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27/試練

 

 

 ――この『矢』のルーツは明らかになっていない。

 

 製作者不明、鏃は五万年ほど前に飛来した隕石を加工したものであり、地球上には存在しない未知の細菌が含まれているとかそういう詳しい事情は知らないが――その矢に射抜かれた者に素養があれば『スタンド使い』になれる。

 素養が無ければ射抜かれた者は死ぬだけだが――。

 

(……何て『モノ』を。よりによって今――!?)

 

 この『矢』が欲しがる者を射抜けば、その者は確実に『スタンド使い』として生き残り、更には味方になってくれる。

 第三部における『DIO』の大部分の部下達・第四部における吉良吉影の追跡を意図・無意図に関わらず阻害した街の『スタンド使い』達はこの『矢』によって生み出された。

 

(この『矢』は『魔術師』の『聖杯』同様、魔都同然の『海鳴市』の勢力図を根底から崩しかねないほどのバランスブレイカーだ……!)

 

 『ジョジョの奇妙な冒険』でも六本しか存在しない奇妙奇天烈な『矢』――五本は所在が明らかになっていたが、最後の所在不明の一本、これにはオレと深い関わりがあった。

 この『矢』の為に幾人もの仲間の血が流れ――最終決戦において『奴』を絶対の処刑場に誘き寄せる為に最期まで持ち歩いた代物が『コレ』である。

 

(この『矢』にはもう一つ、重要な秘密がある。『矢』があれば『スタンド使い』を量産して一大勢力を築く事も可能だが、『スタンド使い』にとってもう一つ、重要な意味がある)

 

 ――『矢』は才能ある者からスタンド能力を引き出す。

 そして、更に『矢』で『スタンド』を貫けば、その者は全ての生き物の精神を支配する力を持つ事になる。

 

 ジャン=ピエール・ポルナレフの『シルバーチャリオッツ』の場合は、『矢』を奪われる事を防ぐ為に止むを得ずスタンドを貫いて進化したが、強大なパワーを制御出来ずに暴走し、誰にも『矢』を渡さないという意志を受け継いだ――全世界に影響するほどの能力となった。

 そして『矢』に選ばれた汐華初流乃ことジョルノ・ジョバァーナの『ゴールド・エクスペリエンス』は攻撃する者の動作や意志の力を全て『ゼロ』に戻すという、時間操作系統の能力を超越するスタンド能力となった。

 

 ――スタンドを次の領域にシフトさせるキーアイテム、それがこの『矢』なのである。

 

「直也、朝だよーって、珍しいわね。起こす前に起きているなんて」

「っっ!? あ、あぁ、おはよう、母さん……!」

 

 即座にスタンドの中に矢を収納して隠し、オレは動揺しながら母に朝の挨拶を交わす。

 『矢』を見られていないか、心臓がばくばくと煩く鼓動する。

 

「どうしたの? 顔色悪いけど?」

「いや、何でもない。夢見が悪かっただけで、大丈夫だから」

 

 まるで自分に言い聞かせるような言葉だと、後悔する。

 母は少し不審がっていたが、すぐに出ていき――オレは深々と溜息を吐いたのだった。

 幸運な事に、『矢』は見られてないようだ。此処で問い詰められていたのならば、オレは言い訳すら出来ずにどもるのみだっただろう。

 

(どう考えても、これは厄災の種だ。オレにとっては『ジュエルシード』なんて眼じゃないぐらいの。どうする? 木っ端微塵に砕くか?)

 

 万が一、この『矢』を持っている事が他の者に発覚すれば、果たしてどうなるだろうか?

 全員が全員、興味が無いという有り難い事態になる訳が無い。

 この『矢』を巡る壮絶な争奪戦に発展し、その不毛な戦乱の中で邪悪なる者に渡れば――嘗てないほどの惨劇と悲劇を齎すだろう。

 百害あって一利無し――だが、我が『スタンド』は夢の中で何と言っただろうか?

 

(――使え、だって? 資格の無い者が『矢』の力を使えば暴走確実で自滅するというのに。試すにしても危険過ぎるし、切り札にするのもまた無謀過ぎる)

 

 頭が回らない。とりあえず、朝飯を食べてから考える事にする。

 つくづくこの『矢』は自分にとって死神のように付き纏う。徐ろに眉を顰めながら、朝食が用意されている一階の食卓に向かった――。

 

 

 27/試練

 

 

 冷静に考えてみれば、スタンドの中に隠している限り『矢』の存在は誰にも発覚しない。

 問題があるとすれば、今現在の自分の心理状況である。客観的に見なくても激しくテンパっていた。

 

「……ねぇ、直也。本当に大丈夫? 具合が悪いなら一日ぐらい欠席しても良いのよ?」

「あ、いや、大丈夫だから……!」

 

 ――そんな心配を母親にされるほど、今のオレには余裕というものが全部剥奪されている。

 

 傍から見て、どう見ても自分の表情が大丈夫じゃないという事だ。

 顔に「何か致命的な大事が発生した」と完全に出てしまっていて――間違い無く、あの『豊海柚葉』に一発で見抜かれる。

 一番見抜かれてはいけない人物に重要事を察知される。これは非常にまずい。

 その正体を会話で掴めないとなれば、あれこれ手を打って確かめようとするだろう。

 

(かと言って、今日一日休んだ処で解決する問題だろうか……?)

 

 あの女は妙に鋭い。恐らく一日費やして偽装しようとしても、今日一日の欠席で何かを察してしまい、それだけで今回の事件の本質を見抜かれる可能性がある。

 あの女に出遭わないように行動を――最近はいつも教室の廊下前に待ち伏せているから、間違い無く遭遇する事となる。

 

(……『魔術師』に頼るか? ――うん、論外だな。在り得ない)

 

 あれも『豊海柚葉』と同類であり、どんな要求をされるか解ったものじゃない。というよりも『矢』の存在を知られたら――砕かない限り、間違い無く『敵』になる。

 なら、冬川雪緒はどうだろうか? 『矢』の脅威について一番実感しているであろう人物になら相談出来るのでは無いだろうか?

 

(駄目だ。冬川雪緒は信頼出来ても、その仲間――出遭った事の無い他の『スタンド使い』は信用出来ない。同じ『スタンド使い』にはこの『矢』の存在を絶対に知られる訳にはいかない)

 

 やはり一人で解決しなければならない問題であり、砕くのが最善の選択に思えるが――思考がぐるぐる同じ処を回っている。一時保留しよう。

 

(まずは目先の問題、豊海柚葉からだ。奴に此方の異常が看過されるのは一目瞭然、故に別の事を話して誤魔化すしかねぇ……無理矢理、話題を提供するか)

 

 

 

 

「――自殺では発動しないけど『死んだ瞬間に十秒前に巻き戻る』というスタンド使いに勝つ方法ねぇ? 幾つか思い浮かぶけど、それはどうやって見抜いたの?」

 

 という訳で、先手打って『奴』の能力を暴露してみる。

 いや、こっちに『奴』が居ないから全く関係無いけど。前世からの恨みと思って諦めて貰いたい。

 

「初めはディアボロの『キング・クリムゾン』のエピタフみたいな予知能力の類だと思われていた。何をやっても此方のスタンド能力、手口が事前に発覚していて、動きも簡単に読まれるからな」

 

 それはそれで脅威であり、確実に殺せる状況に至っても、必ず切り抜かれ、幾人もの仲間が犠牲になり――『奴』の本当の異常性が発覚したのはその後だ。

 

「此方にも時間干渉系のスタンド能力者が居て、漸く発覚したとだけ言っておこう。自殺で発動しないと判明したのは、奴の唯一信頼出来る共犯者が奴自身を殺して『十秒間』巻き戻す荒業を一度実行したからだ。自分で殺す方が遥かに楽なのに、その手間を取る事は――『自殺』は出来ないという結論に至った」

「へぇ、其処までに至るまでにどれほどの血が流れたか、想像すら出来ないわねぇ」

 

 けたけたと面白そうに豊海柚葉は笑う。

 此方としては前世の思い出したくない部類の話だけに苦い顔である。本音からの表情だけに、この女狐を誤魔化す材料に成り得れば良いのだが。

 

「それで、その条件のスタンド使いを倒す方法は?」

「君の元居た世界に二つあるじゃない。一つは『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』、一つは『タスクACT4』よ。まぁそれが用意出来れば苦労はしないよね」

 

 全てがゼロに戻る、無限に殺せる能力者がいれば最初から苦労しない。

 あれの初見殺しは異常だ。殺そうと思う限り絶対に勝てないなんて、最悪過ぎる落とし穴だ。

 今考えると、歴代の『ジョジョの奇妙な冒険』のラスボス達に匹敵する悪辣なスタンド能力である。

 

「徹底的に監禁拘束した上でコンクリート詰め。四肢を切り落として飼い殺し。宇宙空間に打ち上げて永久放逐する。その共犯者を排除すれば、自殺に追い込む手段ぐらい幾らでも思いつくわ。ようは逃れない状況を作って無限回殺せばいつか自殺するでしょ? だから、その能力の全容が発覚するまでが勝負よねぇ。凄まじい初見殺しだし」

 

 ……やっぱりこの女は怖い。平然とその結論に至るとは。

 話せば話すほど底が見えなくなるタイプで嫌になる。『奴』とは違った意味で完成した『邪悪』である。

 

 

「それにしても学習したじゃない。――それに関する事だけど、微妙に外しているね」

 

 

 そしてやはり、此方の意図を完全に見抜くか。

 小手先の小細工は通じないか。末恐ろしいまでの観測眼だ。此方の表情が明らかに硬くなっているだろう。

 

「お前の能力は完全な『悟り』ではなく、未来予知級の直感、経験則による恐ろしく正確な読心だと当たりを付けていたが?」

「さて、どうかしらねぇ? もしかしたらその彼よりも上位版、自殺でも十秒前に巻き戻れる能力者かもしれないわよ?」

 

 探りを入れてみたが、さらりと躱される。食えない女だ。

 

 だが、彼女のその仮定は笑える。そんなの『矢』でも使わない限り不可能だ。

 その先の領域を目指したからこそ、『奴』は『矢』を求めた。それ故にこのオレに敗北したのは皮肉以外何物でもない。

 

「あんな理不尽な能力の上位版がそうコロコロ居てたまるか」

「そうね。本当の強者というものはそんな次元とは関係無い処に立っているものだし」

 

 少し気になったが、今日は早めに話を切り上げる。

 これ以上話していて、痛い腹を探られるのも勘弁願いたい。

 教室に入ると、アリサ・バニングスと喋っていた高町なのはが此方に来た。月村すずかは未だに欠席である。

 

「おはよう、高町。……どうした?」

「おはよう、秋瀬君。えーと、いつも豊海柚葉さんと話し合っているけど、仲良いの?」

「いや、何方かというと不倶戴天の敵だな。――あれには注意しろ」

 

 何か解らない顔をしていたが、オレの方でやっぱり注意するしか無いか。

 

 ――恐らく、豊海柚葉は近い内に、確実に何か手を打ってくる筈だ。

 此方の手札を知る為に、自身の手札の一つを切ってくるだろう。

 

(逆に考えれば、奴の手の内を探るチャンスという訳か)

 

 この『矢』なんて自滅覚悟でなければ使えない。

 精神を研ぎ澄ませ、意識を切り替える。いつ仕掛けられても大丈夫であるように、戦闘への心構えを構築し、集中しよう――。

 

 

 

 

「要の『サーヴァント』を失って、のこのこと私の前に帰ってきたの――フェイト、私は言ったよね? あの『魔術師』から『聖杯』を奪って来いって」

「……は、はい」

 

 時の庭園に戻ったフェイト・テスタロッサは震えながら報告する。

 プレシア・テスタロッサはそのおどおどとした様子を苛立ちを隠せずに睨んでいた。

 

「次善策である『ジュエルシード』も三つだけ――何処まで貴女は私を失望させるの?」

 

 ――使えない人形。失敗作。贋物。

 

 フェイトの心が折れそうになる。

 事前に未来を知っていたとしても、自身が母親の最愛の娘のクローンで、贋物の自身は愛されず、嫌悪されているという事実が、フェイトから気力を根刮ぎ奪う。

 それでも、報告しなければならない。あの最悪の未来を知らせて――何かが変わる事を期待して祈って。

 

「……『アーチャー』は未来の英霊で、私達の事に関わり合いのある人物でした」

「へぇ。その未来では私はどうなっているのかしら?」

 

 さも小馬鹿にした表情でプレシアは問う。

 単なる苦し紛れの言い訳の一つ程度にしか捉えてなかった。

 やはり、彼女は失敗作だ。彼女の愛娘はこんな醜い言い訳をする子では無かった――。

 

「虚数空間に、消え去りました。『アリシア』と、一緒に……」

「……詳しく聞かせて頂戴」

 

 ――プレシアの表情が歪み、真剣に問う。

 様々な思惑が乱れる中、フェイトは最後の勇気と気力を振り絞って、泣き崩れそうな自分を抑制しながらアーチャーから手に入れた未来の情報を口にしたのだった。

 

 

 

 

『――『ヴォルケンリッター』には予定通り蒐集して貰う。ただし、効率良く蒐集する為に、対象を殺害する前提でリンカーコアを蒐集して貰おうか。高町なのは及びフェイト・テスタロッサ、転生者からの蒐集は基本的に禁止だ。ああ、管理局の連中からは好きなだけ蒐集してくれ。奴等が万人死のうが兆人死のうが構わん』

 

 翌日の交渉、開幕一言目に『魔術師』は到底実現不可能な前提を押し付けてきた。

 はやての顔が硬く、他の面々も眉間を顰ませている。途中で遮りたい気持ちを抑えながら、まずは『魔術師』の言い分を全部聞く事にした。

 

『その過程で双子の猫ども二匹には退場して貰い――『デモンベイン』の修復が完了次第、闇の書を完成させ、防衛システムを『レムリア・インパクト』で昇華、全ての責任を『闇の書』及びグレアムに押し付けて終了だ。何か質問は?』

「……突っ込み処しかねぇな。わざとか?」

『概ねわざとだ。私とてたまに巫山戯たくなる』

 

 やる気無く語る『魔術師』に殺意を抱いて睨みつけたが、目を瞑っている『魔術師』には効果は無いようだ。

 家族が増えると喜んでいたはやてがドン引きして涙目になっているじゃねぇか。ますます怒りが湧いてくる。

 

『此方の絶対条件は『転生者から蒐集しない』、『ギル・グレアムを破滅させる』、『管理局の干渉を排除する』の三点だ。クロウ・タイタス、お前とて八神はやてを贖罪という名目で管理局に渡したくは無いだろう?』

 

 ……そりゃまぁ、意図的に見逃して『闇の書』を押し付けられているのに関わらず、あちらは何の処罰も下されず、保護観察の上に贖罪で管理局入りなんて図々しい道を、はやてに歩んで欲しいなんて誰が思おうか。

 

『だが、現実問題として人間以外をちんたら蒐集していては『八神はやて』が『闇の書』に吸い殺される方が先だ。人間相手に蒐集すれば後々に管理局からペナルティを食らって雁字搦めになる。だからこそ『夜天の書』と『ヴォルケンリッター』を手放す事が最上だと愚考するが?』

 

 ……『魔術師』は巫山戯ていると言ったが、案外本気じゃないだろうか?

 八神はやてを管理局入りさせない、という大前提で事を終わらせるならば、その道筋ぐらいしか在り得ないだろう。

 

 ――聞いた限りでは『ヴォルケンリッター』も『夜天の書』も、個人の手に委ねられるには危険過ぎる代物だ。

 その管理局に突かれる材料を自ら捨てなければ、八神はやてには管理局入りの道しか無い、という訳か。

 

 そして、このどさくさに紛れて『魔術師』は管理局に対して何をするつもりなのやら――。

 

「前々から思っていたが、お前の管理局嫌いは相変わらず酷いな?」

『嫌いになるさ。あれさえ居なければ私は舞台に上がる必要が無かったからな』

「……? それってどういう――」

 

 画面側の『魔術師』の屋敷が揺れる。

 此方は揺れていないので地震では無いが、『魔術師』は椅子に腰掛けながらにやりと頬を歪ませていた。

 兼ねてより仕組んでいた悪巧みが成功したかのような、そんな会心の邪悪な笑みであった。

 

『――来客のようだ。また連絡する。それまでに其方の案を纏めておくんだな』

 

 

 

 

「随分と早かったじゃないか、プレシア・テスタロッサ」

 

 『魔術師』はくつくつと笑い、『屋敷』の仕掛けを起動する。

 次元跳躍魔法に対する対策は既に構築されている。針の穴を通すような精密さで放たれる芸術的な魔法は、空間を少し歪ませるだけで跡形も無く散りばめられてしまう。

 

 ――続く襲撃者の来訪を快く迎えながら『魔術師』は自身の携帯に手を伸ばした。

 

 

 

 

「次元跳躍魔法……!? 対象地点は――あの丘の屋敷です!」

 

 次元航行艦『アースラ』にて、エイミィは目にも止まらぬほど迅速な速度でタイピングし、必要な情報を次々と提示していく。

 画面に映ったのは管理外世界『地球』、『ジュエルシード』がバラ撒かれた『海鳴市』に存在する――ミッドチルダ式の魔法技術とは別系統の魔法技術を継承する通称『魔術師』の『幽霊屋敷』であり、空は歪んで紫色の雷が天を轟かせていた。

 各局員が食い入るように見守る中、ティセ・シュトロハイムは「え?」と大きく口を開けて見ていた。

 

「次元跳躍魔法、来ます……! って、えぇ!?」

 

 魔法ランクにして推定S+、大魔導師の名に相応しい天の雷は、されども屋敷に被弾する事無く彼方に四散して霧散する。

 

 ――直撃する寸前に、空間が歪み狂ったかのような錯覚が走る。

 

 下の『幽霊屋敷』からは鮮血のように赤々しい光が放たれており、展開された魔法陣はミッドチルダ式とは程遠い別系統の異法だった。

 

「魔力反応有り――黒い少女? 屋敷に突っ込んで行きます!」

「って、ええええぇ!?」

 

 割り込んで叫んだのはティセ一等空佐であり――画面に映った黒い魔法少女は彼女の目当てであるフェイト・テスタロッサに他ならなかった。

 

 ――何故、彼女がよりによって『魔術師』の『魔術工房』に逝く?

 

 それも、露払いにプレシア・テスタロッサの一撃を加えてまで――いや、逆説的に考えるならば『魔術師』が何か仕掛け、特攻せざるを得ない状況を組み立てた? それを自分達に気づかせずに――。

 

「――あああああ、やられたっ! 『ジュエルシード』を砕いていたのはその為ですかぁ!? 後の無くなったプレシア・テスタロッサを暴発させて其方に誘導する為ですかぁッ!」

 

 目先の事に囚われ、本質を理解しなかったのが彼女の敗因である。

 あの『魔術師』が『ジュエルシード』を砕いていたのはパフォーマンスの一種でもなければ、管理局に渡したくないからという単純な理由ではなく――プレシア・テスタロッサを追い込んで暴発させる為に仕向けたのだ。

 『ジュエルシード』によるアルハザード行きが不可能になれば、彼女は『聖杯』に縋るしか無く、自身の最大の駒であるフェイト・テスタロッサを仕向けるのは当然の理だった。

 

「フェイト・テスタロッサは好きにしろとか言っておきながら、手に入れる気満々じゃないですか!? やだコレもう――!」

 

 ティセは頭を掻き毟りながら絶叫し、脇目を振らずに悔しがる。

 完全に出遅れた今、フェイト・テスタロッサを此方で確保する方法は皆無になった。こんな湾曲な手、自分程度の人間が読めるかと泣きたくなる。

 

(こんなの事前に見抜けるのは金髪少女の中将閣下のみだって何度言えば――!)

 

 泣き言を心中で何度も呟きながら思考停止している中、その様子に業を煮やしたクロノは指示を各員に出す。

 

「武装局員達を配備、すぐに出撃準備を――」

「駄目です。『魔術師』の屋敷への出撃は許可出来ません! 彼処に突入したら誰も彼も皆殺しにされます。エイミィさん、次元跳躍魔法が何処から撃たれたのか、解析宜しくお願いします」

 

 クロノの出動命令を遮り、ティセは次善手を打たざるを得なくなる。

 武装局員を『魔術工房』に派遣しても一人残らず行方不明になるだけであり、死体すら残らないから『魔術師』に「侵入など無かった」と惚けられて終わりである。

 そんな処に無駄な戦力を投入するぐらいなら、と苛立ちを籠めて『魔術工房』の画面を睨む。

 

「……こうなったらプレシア・テスタロッサを生きて確保しないと、フェイトちゃんも取られちゃいますねぇ」

 

 それさえ生きて確保したのならば、フェイト・テスタロッサは自分から此方に投降するだろう。

 精々それまで生き長らえていればそれでいい。自らも出動準備をしながら、ティセは大きく溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 高町なのはと一緒に帰宅する最中、自身の携帯が煩く鳴り響く。

 

(フェイト・テスタロッサの捜索を一緒にする手前、放課後の行動を共にする事になったと誰かしらに弁明しておく)

 

 何となく嫌な予感がしたが、電話の主は『魔術師』であり、予感が即座に確信に変わる。

 

『フェイト・テスタロッサが我が屋敷に来訪した。今は屋敷の仕掛けで歓迎しているが、決着を着けたいのならば、すぐに来いと高町なのはに伝えてくれ』

 

 ――と、ごく短い通話で終了する。

 これはまさか予測外の出来事じゃなく、既定事項――?

 あの『魔術師』、また何かしやがったのか?

 最近、何か変な事が起こったら『魔術師』か『豊海柚葉』のせいと考えれば良いと、思考停止の果てに気が楽になってきた。

 

「高町、フェイト・テスタロッサは今、『魔術師』の屋敷に居るらしい」

「っ、レイジングハート!」

 

 高町なのはは即座に反応し、バリアジャケットに着替え、一気に飛び上がって飛翔する。

 それを見届けてから『魔術師』の屋敷に走って向かう振りをし、唐突に後ろに飛ぶ。

 

 ――音を立てて、地面に三本の剣が突き刺さった。

 

 先程からオレ達を追跡していた何者かが、釣られて出てきたようだ。

 ……二人で歩いている時も度々殺気を飛ばしていたからハラハラしていたが、一人になれば当然仕掛けてくるよなぁ、と気怠げに分析しながら気構える。

 

 その三本の投擲剣は特徴的であり――聖堂教会の連中が扱う概念武装『黒鍵』の類だと思われる。

 

「おやおや、気づいていたのに知らぬ振りをするとは、中々演技派ですねぇ」

 

 現れたのは金髪蒼眼のカソックを着た男であり、端正な顔立ちが嫌らしく歪んでいる。

 明らかに教会関係者の人間であり――豊海柚葉との関連性をまず第一に疑う。

 

(近い内に仕掛けてくると思ったら、もうかよ。早すぎねぇか?)

 

 なんて悪態を突きたい気分に駆られるが、我慢する。

 久方振りに訪れた死の気配に、身が引き締まる。既にこの男によって人払いは済まされたのか、周囲に一般人の気配が消え去っている。

 

「まぁこれも何かの縁です。死んで貰えないでしょうか?」

 

 

 

 

 



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28/血戦

 

 

 ――左手に刻まれた三画の令呪、其処から私の物語は狂い出しました。

 

『――ごめんね、フェイトちゃん』

 

 意図せずに召喚されたサーヴァントは、知らない筈の私の名前を呼んで、泣きながら私を抱き締め――私は眠るように意識を失いました。

 何に対して謝ったのか、その時の私には解らないままでした。

 

 ――そして、私は貴女の物語を長い時間を掛けて全て見届ける。

 

 その過程で、私は姉である『アリシア・テスタロッサ』のクローン体であり、母さんから失敗作として忌み嫌われている事を知り、自身の存在意義を見失いました。

 

『――例えこの身が贋物でも、母さんに笑って欲しい。幸せになって欲しいという気持ちは本物です』

 

 それでも、未来の『私』は贋物だと認めた上で、自身を見捨てた母さんにそう言い放ち――その彼女が『自分』でない事を強く痛感しました。

 今の私に、その真実を受け入れる強さなんて、何処にもありません。自身の存在意義が無意味である事を自覚した上で、何かを見出す事なんて出来ないのです。

 

 ――物語は巡って行き、『私』と貴女の道は何度か交わる。

 

 その『私』にとって貴女は掛け替えの無い親友であり、彼女の故郷が壊された後に最も密接な人物だったと客観的に分析します。

 だからこそ貴女は『私』に討たれる事を望み――『ごめんね、フェイトちゃん』と、泣き崩れる『私』に言い遺したのでした。

 

 ――その未来の知識という禁断の果実が齎したのは、絶望的なまでの無気力感でした。

 

 私は知りたくなかった。

 知った上で、贋物の自身を自覚した上で立ち向かうなんて出来ない。

 だから、この誰にも打ち明けられない鬱憤を晴らす為に今の貴女と戦い、懺悔するように母さんに打ち明けました。

 

『――それを知っていて、何故貴女は私に尽くすの?』

 

 私には、それに対する答えを持ち合わせていません。

 

『――例えこの身が贋物でも、母さんに笑って欲しい。幸せになって欲しいという気持ちは本物です』

 

 そんな『私』の言葉なんて、私は間違っても語れません。

 愚かで醜悪で弱い私を、許して下さい――。

 

 

 28/血戦

 

 

「一応聞いておくけど、これは豊海柚葉の差金か?」

 

 型月世界の『聖堂教会』で思い浮かぶと言えば、『シエル』と『言峰綺礼』である。

 いずれも人間の域を超えた化物であり、目の前の金髪男がそれに並ぶのならば、自分は抵抗すら出来ずに殺されるだろう。

 オレが今祈るべき事は、それ等以下である事、その一点に尽きる。

 

「散歩のついでの異端者狩りに誰かの差金が必要ですか?」

「性質の悪い通り魔だなぁ、おい」

 

 現状で解っている事は、目の前の金髪の男が性格破綻者で度し難い殺人狂である事ぐらいか。

 奴との間合いは十五メートル程度、遮蔽物は特に見当たらず――少し戻った処に広い公園がある。戦場設定は其処で良いだろう。

 スタンドは目視されている。浄眼の類か、霊的なものに有効な概念武装である『黒鍵』の使い手だから見えて当然と言えば当然だろう。

 

「――豊海柚葉の狗かと思ったら、単なる野良犬かよ。やってらんねぇ」

 

 堪らず呟いた愚痴に、ぴくりと、奴は反応する。

 その反応した箇所はどうも『野良犬』の部分らしく、大層ご立腹な様子だ。……突いてみるか?

 

「知っているか? 良く吠えて噛み付く駄犬ってのはよォ、本質的に臆病なんだよ。いつ自分が襲われるか、常に恐怖しているから先に仕掛けるんだ」

「……ほう、この私を臆病者の駄犬扱いですか。狩られるだけの分際で、良く吠えましたね」

 

 片手に三本ずつ『黒鍵』を出して、にこやかに笑いながら憤怒を隠し切れずに居る。

 ああ、こういうタイプか。プライドだけは一人前で感情を制御出来ない類の人間――冷静さを完全に奪うとしよう。

 

「いや、お前なんてどうでも良いから、さっさとあっち行け。しっしっ。あー、それとも犬語じゃないと通じないかな? わんわんおー?」

 

 ――ぷちっと、即座に切れて力任せに『黒鍵』を全部投げ放ち――スタンドを纏って後方へ一歩跳躍し、あっさりと躱す。

 十分反応出来る程度の投擲速度、再び回収されて手元に戻る前に『黒鍵』の刀身を横合いから蹴って破壊しておく。

 これで九本――『シエル』みたいに百本ぐらい隠し持っていない事を祈りつつ、残り何本やら。

 

「『魔術師』の狗の分際で、このクソガキが……!」

 

 ……端正な顔が台無しである。

 また新たに二本ずつ腕に構え――それを見届けつつ、跳躍して逃げる。

 

(一気に同じ箇所に投げてくるなら一回避けるだけで楽だが、波状攻撃されたら串刺しになるからなぁ……)

 

 流石に開けた場所でやりあうのは分が悪い。近寄られたら終わりなので、隠れる場所のある公園に――っ、と、危ねぇ、感情任せて投げてきやがった……!?

 

「――ああ、何だ。そっち方面かよ! 幾ら『魔術師』に敵わないからってオレに八つ当たりかよ、大人気無ぇなー!」

 

 九歳児と化け物じみた身体能力を持つ代行者、駆けっこをすれば瞬時に追い付かれるのは眼に見えるが、その理を『全盛期』のスタンドが覆す。

 オレの精神力は『全盛期』から翳りなく、嘗ては成人の肉体で纏って幾多の戦いを乗り切ったものだ。つまり、何が言いたいかと言うと――今の九歳児の身体は非常に身軽で軽いのだ、羽毛の如く。

 

「屈折しているなぁ、もっと気持ち良く生きようぜ?」

 

 瞬間的な速度ならば、今のオレは嘗てのオレの『全盛期』以上であり、回避するだけだが、化物の投擲に対抗出来る要素となっている。

 その反面、パワーは悲しくなるほど低下しているのだが――。

 

「……うわっと、図星かよっ!?」

 

 何本か掠めて冷や汗掻く。やっぱり向こうの身体能力は突き抜けているのか、逃げ切れそうにもない。

 予定通り、公園に誘き寄せ――スタンド使いの戦い方というものを見せるとするか。

 

 

 

 

 予想以上に速い。子供と見縊っていたが、スタンド能力と合わさって尋常ならぬ速度で秋瀬直也は逃走する。

 

「逃がすかァ――!」

 

 渾身の一刀をもって投擲された『黒鍵』は彼の胴体を串刺しにするべく飛翔し、寸前の処で回避されるも、走る姿勢を崩したが為に差は縮まり、徐々に追いつく。

 

(……追い詰めている。その筈なのに、何故違和感が拭えない――?)

 

 まるで誘導されているような感触に、更なる苛立ちが積もる。

 一方的に狩られるウサギに等しい存在の分際で、狩人の手を煩わせるなと憤る。 

 

(――!?)

 

 変化は一瞬だった。靄のような何かに包まれたかと思いきや、奴の姿が一瞬にして消え失せた。

 これが話に聞く『ステルス』であると認識し、歯軋りをあげる。

 

(――逃した? いや、まだ近くにいる筈……!)

 

 怒り心頭の感情を冷却しながら、『代行者』は周囲を入念に探る。

 秋瀬直也が逃げ込んだ場所は近くの公園であり、すぐさま人払いの結界によって隔離されたので、一般人の邪魔が入る可能性は皆無である。

 尤も、一般人程度の存在が乱入した処で、今の『代行者』は迷わずに即座に殺して片付けるだろう。

 

(……ちっ、あんな猿風情の言葉に踊らされるとは……!)

 

 大人しく殺されるのであれば楽に殺したものを、この苛立ちを晴らすべく、じっくりと解体してやろうと彼の末路を残酷に定める。

 残りの『黒鍵』の残数は四本、右手に一本、左手に二本構えている状態であり、一本でも残っていれば九歳の小僧を八つ裂きにして尚足りる凶器である。

 

(奴のスタンド能力は時間制限有りの『ステルス』――精々五分程度が持続限界というお粗末なもの。姿は消せても音は消せまい。物音を立てた瞬間に終わりです)

 

 視覚ではなく、聴覚に神経を集中させ、背後に物音一つ感知する。

 即座に黒鍵を二本放つも――空振りに終わり、視界が揺れる。

 

(……っ!? 顎を、殴ら、れただと――!?)

 

 闇雲に黒鍵を振るい、手応えと同時に刀身が木っ端微塵に破砕する。

 風のベールから青いローブを纏った秋瀬直也のスタンドが姿を現した。無傷であり、ローブの一部分が少し切れただけだった。

 

(なん、だと……!?)

 

 ――彼の敗因を上げるとすれば、それは如何なる原理によって『ステルス』という結果が成り立っているのか、深く思考しなかった事に尽きる。

 『メタリカ』のような保護色による単なる迷彩ならば、今の一撃で決まっていた事だが――。

 

(……っ、圧縮された風? まさか、騎士王の『風王結界(インビジブルエア)』のような状態なのか……!?)

 

 秋瀬直也のスタンド『ファントム・ブルー』が『ステルス』時に全身に纏うのは高圧縮された風の膜であり、偏光する事によって不可視性を実現させている。

 全能力を行使させるが故に持続時間は五分程度であり、それは極めて高い隠密性と同程度の『防御性能』を約束する。

 先程の砕けた『黒鍵』は密集した乱気流の渦に素手を突っ込むような行為であり、砕け散った刃は必然の理である。

 

(――だが、今の一撃で『ステルス』は掻き消えた。勝機……!)

 

 最後まで温存し、隠し持っていた『黒鍵』による刺突を繰り出す。狙いは仮面中央、頭部による一撃必殺――。

 『黒鍵』は元々霊的な存在に特化した概念武装であり、スタンドへの効果は抜群と言えよう。

 そして、この距離、この間合い、如何に熟練の『スタンド使い』と言えども、反応して対処出来るのは空条承太郎の無敵の『スタープラチナ』ぐらいだろう。

 遠距離型の秋瀬直也の『スタンド』ではこの閃光の如き刺突を躱す事も防ぐ事も出来ない。

 ――『代行者』に誤算があるとすれば、躱す必要も防ぐ必要も無かった事に尽きる。

 

 単純な問題だ。この防御性能を全て攻撃手段に用いれば、一体どうなるだろうか?

 

 スタンドの手の甲にあるプロペラが猛烈な唸りをあげて高速回転する。

 腕の周囲に構築された右回転と左回転の竜巻は破壊の渦と化して『代行者』の身体を無情に引き裂き、彼を数十メートルは吹き飛ばした。

 

「擬似的でも真空状態にさせる事は無理だったんでな。ワムウの『神砂嵐』みたいな究極的な破壊力は繰り出せないが、結構効くだろう?」

 

 ぴくりとも動かなくなった『代行者』を遠目に見送り、秋瀬直也は自身の身体に纏っていたスタンドを消す。

 苦し紛れの『黒鍵』の一撃で『ステルス』が掻き消えたのではなく、防御に使う力を攻撃に転化させる為に消したが正解である。

 

「敵への恐怖にさえも打ち勝てない奴が、透明の敵に勝てる訳ねぇじゃん」

 

 小石一つの物音に、過剰なまでの反応で二本もの『黒鍵』を飛ばし、無駄に費やした彼に送る言葉と言えば、そんなものしか出て来ないだろう。

 

 海鳴市の異常極まる『転生者』や『サーヴァント』によって埋もれがちだが、彼のスタンド能力は至極強力な部類である――。

 

 

 

 

「はぁっ、はぁ、くっ――」

 

 まるで地獄のような要塞だとフェイト・テスタロッサは愚痴らずにはいられなかった。

 

「……何度も、同じ処を回っている……?」

 

 『魔術師』の屋敷に突入してから幾十分、未だにフェイトは屋敷の中に彷徨っていた。

 無限に続く回廊をひたすら前へ進んでいく。屋敷の中の空間は完全に捻れ狂っており、部屋の扉は何処に繋がっているのか、開けてみなければ解らないという有り様である。

 まるで『屋敷』の主の性格さが滲み出ているようだと、遭った事の無い『魔術師』を恨みたくなる。

 

 ――未だに『魔術師』は現れず、精根・体力が著しく削がれ続ける。

 

 足が重い。満足に休息も取れておらず、未だに魔力不足から立ち直れていない。

 その為、子犬モードのアルフにさえ活動に支障を来たし、今回は置いてきている。実際に正解だっただろう。

 此処から無事に生きて帰られるビジョンが全く見えない。自分より先に死なれるのだけは、御免だった――。

 

(立ち止まったら、もう二度と歩けなくなる……)

 

 その一心のみで無限に連なるような扉を開き続け――一際開けた大きな空間に着く。

 其処には、その広い空間の中央には、あの白い魔法少女が静かに待ち構えていた。

 

「……一つだけ聞かせて」

 

 デバイスの穂先を此方に向けて、彼女は問う。

 答える義務が自分にはある。彼女の未来を召喚した自分には、今の彼女に答える必要がある。

 

「未来の私はどうして、神咲さんと殺し合わなければならなかったの……?」

 

 ――数多の感情が流れ込み、儚く消えて逝く。

 そう、母親の言う事など、苦し紛れの一手に付き合う事など、今の彼女には大した問題ではない。ついで程度の問題である。

 目の前の彼女との問答こそ、今のフェイト・テスタロッサの全てだった。

 

「あの人と肩を並べるだけの実力を身に着けて、手を取り合って助け合う道があった。それなのに――」

「――此処に居る限り、あの人の死は避けられない。そう、未来の貴女は判断していた」

 

 其処に至る為に全てを犠牲にして来たのだ、今更誰かに頼るという上等な選択肢は、アーチャーの中には用意されてなかっただろう。

 

「……優しすぎたんだと思う。未来の貴女は唯一つの目的の為に全てを犠牲にし、極限まで摩耗した果てに壊れた。でも、完全に壊れてなかった」

 

 そう、優しすぎたが故にフェイトの母親、プレシア・テスタロッサは壊れ――それでも未来の彼女は壊れてなかった。

 感情の堰が切れる。内に溜め込んでいたものが際限無く溢れ出る。今のフェイトにはそれを抑える事は出来なかったし、そもそも最初からしなかった。

 

「……私も、一つだけ、言わせて」

 

 その声は、地獄の底から這い出たような一声であり、フェイトの表情は苦悶に満ちて涙を流した。

 

「どうして、私に未来を見せたの? 無知のままなら何も迷わずに完遂出来た、それなのに……!」

 

 それは絶望した者の表情であり、怨嗟の声であり、その光無き両瞳に灯るは正真正銘の、掛け値無しの憎悪だった――。

 

「私は贋物で、本当は愛されてなくて、母さんしか拠所が無いのにそれを壊されたら、私はどうすれば良いの……!?」

 

 今まで押し留めていた物が全て決壊し、フェイトは泣き崩れながら叫んだ。

 高町なのはは目を見開いて一歩下がる。今まで超越的な殺意に晒された経験はあっても、此処まで純粋な憎悪を自分自身に向けられたのは、初めての経験だった。

 

「――私は貴女の未来に居た『私』みたいに強くなれないっ! 私は貴女のように強くいられないっ!」

 

 荒ぶる感情と共にフェイトの周囲に幾多の魔法陣が展開される。

 それをなのはは、初めて見る何かを恐れるように、震えながら目を離せなかった。

 

「返して、返してよぉ……! 何も知らなかった『私』を返して。母さんの為に最期まで尽くせた『私』を返して――ッ!」

 

 ――涙と共に、魔法は放たれた。

 

 彼女達の最後の決戦が形を変えて実現する。けれどもそれは本来の物語の原型すら留めず、考えられる限り最悪な形で――。

 

 

 

 

「――貴女は死したその果てでも、一途に間違えずに想いを完遂させた。残酷な未来を前に挫けた私とは違って……!」

 

 フェイト・テスタロッサの繰り出す魔法は普段とは考えられないぐらい直情的であり、いつもの彼女と比べれば児戯に等しい一撃――されども、それを躱す事は今の高町なのはには出来なかった。

 

「その在り方は綺麗だった。美しかった。羨ましくて尊くて何よりも憎かった……!」

 

 楽に躱せる一撃に被弾し、地を転がるなのはに、フェイトはバルディッシュを振り上げ、渾身の力で振り下ろし、レイジングハートは自動的に防御魔法を展開し、受け止める。

 弱々しく、腰の入っていない一撃が拮抗するのは、なのはが動揺し、魔法を繰り出せるような精神下に無い事を如実に示していた。

 

「貴女の憧れの人は間も無く死ぬ。炎の海に飲まれて――!」

 

 放心するなのはが、その言葉に反応する。

 

『推測になるが、あれは平行世界の『高町なのは』の成れの果てだろう。どういう訳か私への弟子入りが成功し――私が早くに殺害された後の彼女だろうね』

 

 いつしか神咲悠陽自身が言った言葉が脳裏に鮮やかに蘇る。

 

「貴女は何もかも失う。友達も、家族も、故郷も、全て全て全て失う!」

 

 だた、そうなった過程を高町なのははどう頑張っても思い浮かべられなかった。

 現実味が無かったという事もあるし、その時は深く考えなかった。否、考えてはならないと、心の何処かで気づいていたのではないだろうか――?

 

「でも、貴女は折れなかった。心底諦めなかった。貴女は英雄になって、サーヴァントとして過去を変える事に一途の光明を見出した……!」

 

 それが、アーチャーとして召喚された未来の自身。

 英雄となって舞い戻った、未来の高町なのはの物語。そしてそれは――。

 

「貴女は沢山殺したよ。百万人殺して英雄になる為に、屍山血河を築き上げた! 過去に死んだ唯一人の運命を変える為に未来の全てを犠牲にした!」

 

 ――嘘。だと、信じたかった。

 

 けれども、今の高町なのはに、彼女の言葉を否定する事は出来ない。

 未来の彼女を召喚した、この少女の真実の言葉だけは、拒絶する事の出来ない致死の猛毒だった。

 

「――それが未来の貴女の物語。血塗られた英雄『高町なのは』の物語。貴女の末路……!」

 

 脳裏に全く見覚えの無い景色が広がる。

 幾千幾万の骸の山、命乞いをする捕虜、区画ごと吹き飛ばされて息絶える人々、炎の海に沈んだ海鳴市、そして――未来のフェイト・テスタロッサに殺される、未来の己の姿。

 

「……『私』を、私を巻き込まないでよ……! 未来の貴女をその手で殺させ、今の私の全てを壊した! 貴女さえ、居なければ――ッッ!」

 

 怨嗟の声に、決壊する。高町なのはの、根幹を成す何かが、音を立てて――。

 

「……あ、あああああああああああああああああああああああああ――!」

 

 

 

 

 ――むくり、と、覚束ない動作で『代行者』は立ち上がった。

 

 見るからに満身創痍だが、負傷が煙をあげて徐々に治癒していく。

 『アンデルセン』や『シエル』みたいな『再生能力』を持っていたと見える。

 

「うっわ、丈夫だな。吸血鬼並の再生能力を持つのが最近の聖職者のトレンドなのか?」

 

 ただ、即座に完治するという具合には見えず、単なる悪足掻きにしか見えない。

 見えないのだが、オレの中の直感が告げている。今すぐトドメを刺すか、即座に立ち去るべきだと。

 

(オレのスタンド能力を知ったからには生かして帰す気は更々無いが、何か嫌な予感がする)

 

 今までにない緊張感が即断即決を妨げる。

 時間が経てば経つほど此方の能力持続時間も回復するが、全快されては敵わない。だが、このオレ自身の躊躇――相手の切り札に警戒しているのか?

 

「……殺す、殺す殺す殺す殺す、絶対に殺す――ッ!」

 

 譫言のように繰り返し、その単語だけを馬鹿みたいに呟き――カソックが頁状態になって舞い、別の形に再構築される。

 それは対物ライフルに何かの角のような銃剣が付け加えられた、歪な凶器だった。

 カソックを脱ぎ捨てた金髪の男は半裸状態となり――翼やら十字架などで構成されたペイントが顕となる。

 

(あ、やべっ。あれには見覚えがある。制御刻印――って事は、バイルバンカーじゃねぇが、あれは『第七聖典』なのか……?)

 

 ちょっと待て。コイツ、単なる『代行者』じゃなくて『埋葬機関』だと……!?

 そして『第七聖典』と言えば対吸血鬼用の最終兵器――ではなく、無限転生する死徒二十七祖の番外位『ミハイル・ロア・バルダムヨォン』を葬る為の転生批判の外典。

 

 ――そう、『転生批判の外典』である。俺達にとって、めっさヤバい代物じゃね?

 

 

 

 

 



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29/歪な決着

 ――世界は自分の為に回っている。

 

 他は自分を持て囃す為の案山子に過ぎず、単なる引き立て役に過ぎない。

 一番優秀なのは自分であり、一番頭が良いのは自分であり、それ故に自分の判断は何物にも勝るものであり、その自分が間違う筈が無い。

 

 ――そう、自分は一番上手く殺せた。

 

 異端者を、吸血鬼を、化物と恐れられる数多の怪物達を――自分が特別な人間である事を疑いもせずに確信していた。

 優越感は甘美な美酒に似ており、酔い痴れる感触は何物にも代え難い。

 それを覆したのが、あの忌まわしき吸血鬼の娘であり、今世においては盲目の転生者だった。

 

 ――許されざる事だ。この自分が殺せない存在など、存在して良い筈が無い。

 

 自分より優れた人間など認めない。一番でないと意味が無い。一番は自分なのだ。決して奴の事ではない。

 偶々不死の吸血鬼を『使い魔』に出来て、偶々敗れただけなのだ。

 その幾ら殺しても死なない吸血鬼さえいなければ、自分が彼より優れていると証明出来た筈だった。

 断じて、あの男に情けを掛けられるという在り得ない事態が起こる筈が無かったのだ。

 

『――お前を殺さない理由が解るか? お前は生きているだけで周囲の人間の足を引っ張る。生きているだけで敵である私の役に立つからだ。――『傍迷惑』が起源って本当にあったんだ』

 

 断じて、断じて、そのような事は在り得ない。

 周囲の無能な人間が私の足を引っ張る事があっても、その逆は在り得ない。

 

 ――私は証明しなければならない。私が最も優秀な人間であると。

 

 

 29/歪な決着

 

 

(あの銃剣代わりの一角獣の角に刺されたら問答無用に殺害されると仮定して、銃弾には掠っただけで即死効果とか、幾ら何でもそういう追加効果は無い筈。祝福儀礼だとか洗礼だとか吸血鬼用の機能はありそうだけど――問題なのは掠っただけで死ぬかもしれない対物ライフルの威力。そう、単純にして明快な物理的な問題だ。これは前世でもお目に掛かった事が無い……!)

 

 たかが銃弾程度ならば問題無い。拳銃程度の7.62mm弾はスタンドだけでも弾ける。だが、12.7mm弾、場合によっては2km先からも胴体が分断されたとか、そんな巫山戯た威力を秘めた軍用兵器である。

 間違っても、九歳の小僧なんぞに向けるものでは無いが、このイカれた男は平然と向けてきやがる――!

 

 ――瞬時に『ステルス』を展開し、首と心臓を腕を回して防御し、逃走の一手を取るが少し遅く――奴は容赦無く引き金を引いた。

 

「ガッ――!?」

 

 左腕に着弾した銃弾は何とか弾けたものの、高密度の風の膜である『ステルス』を全部剥いだ処か、左腕の骨をボロクソに砕き――小学生に過ぎない小さな身体を馬鹿みたいに吹き飛ばした。

 

(……ッッッ?! ――くっそ、『ステルス』の上から左腕を持っていかれた……!? オマケに全部剥がされたから『風』の能力は暫く使えない……!)

 

 もげていないだけマシなんだろうが、今の状態で追撃の銃弾を浴びれば即死間違い無しである。

 吹き飛ばされながら『スタンド』で地を殴って軌道修正し、茂みの中に飛び込み――奴は奇声を上げながら茂みの中を当てずっぽうで乱射する……!?

 

(バカスカ撃ちやがってマジやべぇ……!? これはまずい、死んだかも――)

 

 近場の樹木が一発撃ち抜かれただけで倒壊し、偶然の死に震える。

 いや、そんな思考停止をする暇も無い。このままだと流れ弾で死ぬ。何としても生き残る術を考えるんだ……!

 

(何としても時間を稼ぐんだ……! 時間さえ稼げれば――!)

 

 少しでも時間を稼げば『ステルス』を展開出来ないにしても、他の能力行使が可能となる。

 その十数秒という時間が今一瞬で消し去られようとしている。

 

(――無理だ、詰んでいる。どうすれば良い……!?)

 

 匍匐前進しながら、倒壊した木の影に隠れようとするが、あの銃弾を防ぐ盾にもならない。

 射線上にオレの身体があっただけで、もう一瞬後にはくたばってしまうのだ。

 

 ――『矢』の存在が脳裏に過る。自滅覚悟で使うしかないのか……?

 

 あんな訳の解らない野郎に殺されるぐらいなら――いや、待てよ。まだ手段がある……?

 

 

「――待てッ、降参だ! 頼むから命だけは助けてくれ!」

 

 

 ありったけの声を振り絞って、自ら居場所を知らせるような愚行を犯す。最早賭けに近いが、やり通すしかない――!

 程無くして銃声が止まり、一瞬の静けさが場を支配する。

 第一段階は突破したようだ。次は――。

 

「――表に出なさい、ゆっくりと。怪しい挙動を取れば撃ち抜きますよ?」

「う、撃たないでくれよ……!」

 

 良し、と絶対顔に出ないように引き摺った表情を作りながら、無事な右手だけを上げて、茂みから抜け出して奴の前に出ていく。

 奴は嫌らしい笑みを浮かべ、歪な対物狙撃銃を構えながら自身の唇を舌で舐め回していた。

 

「降参だ。この通り、もう此方は戦えない。さっきので精神力が尽きて『ステルス』も張れねぇ。頼む、見逃してくれ」

「くく、そうですねぇ。どうしましょうかねぇ……!」

 

 亀裂の入ったような笑顔とは、まさにあんな悪魔らしい笑みの事を差すのだろう。

 強者の余裕を取り戻した奴の表情は悪魔的なまでに歪んでいた。

 

「お、同じ転生者だろ? その誼で助けてくれると嬉しいなぁって……」

「同じ? 同じですか? 貴方のような雑魚と同じ扱いとは、また侮辱しているのですか?」

「いや、すまない。先程の事を気にしているなら謝ろう、土下座だってする……!」

 

 第二段階はクリアした。後は、奴の腐れに腐り切った性根を信じるまでである。

 奴は高らかに哄笑し、腹が痛いとばかりにくの字に曲げて笑い続け――やがて飽きたのか、あの対物狙撃銃を再び此方に向けた。その銃口の先は――。

 

 

「――そうですねぇ。まずはその右手からです」

 

 

 容赦無く引き金を引き――にやり、と勝ち誇るように笑った。

 

(……信じていた。絶対やると思っていた。貴様なら、いつでも料理出来る獲物に対して初撃でトドメを刺さずに――ゆっくり甚振ると、無事な右手にまず撃ち込んでくると、信じていたッッ!)

 

 右手の中心を撃ち抜いた銃弾の制御は我が『スタンド』に掌握されており、風流を弄って操作し、魔弾と化した銃弾を無防備なる射者に返礼する。

 たかが激痛程度で、この程度の負傷で、操作を誤ると思うなよ……!

 

「――!?」

 

 縦横無尽に駆ける魔弾は奴の心臓を無慈悲に撃ち抜き、返す軌道で頭部を撃ち抜く。それで風流操作に限界が訪れ、魔弾は何処かに消え果てた――。

 金髪の男は血塗れになりながら此方を不思議そうな眼で見下ろし、何も言えずに倒れた。脳漿さえ散ってるんだ、人間というカテゴリー内の存在なら間違い無く死んだのだろう。

 

「……右手以外だったら、まずかったな……」

 

 危うい一点読みだった、と、大穴が開いて血塗れの右手を眺めつつ、地面に尻餅突く。

 スタンドによる防御が無ければ跡形無く吹っ飛んでいる処だが、着弾部分の周辺の複雑骨折程度で済んでいる。

 右足か左足なら千切れても奴を仕留められたが、致命傷狙いならアウトだった。近寄って第七聖典の角で仕留めようとしていたのならば完全に詰んでいた処である。

 

(他のスタンド使いの例に及ばず、手の接触からの能力発動が一番やり易い。――ったく、殺されるだけの獲物だと思ったのか、畜生め……あ。れ?)

 

 あ、ヤバい。眼が霞んできた。

 まだそんなに血を流していない筈だが――この身が九歳児である事を、オレは完全に忘れていたようだ。驚く程に体力が無い。

 

「……?」

 

 あれ、いつの間にか地面に倒れている?

 本格的にヤバい。誰か呼ばないと――でも、奴は人払いの結界を張っていたから、運良く誰かが訪れる可能性に期待出来ない。

 

(……やべぇ、このまま意識を失ったら死ぬ――そうだ、携帯で……あ)

 

 そして困った事に、このボロボロに砕けた両手では携帯を操作する事も出来ない。

 まずったなぁと人事のように思う。これじゃ今からスタンドを『矢』で射抜いても、手遅れじゃないか……?

 

(……おいおい、このまま失血死だとか、しょぼい死に方になるのかよ。前世とは違う死に方とは言え、勘弁して欲しいなぁ――)

 

 まるでヤン・ウェンリーみたいな呆気無い死に様だと思いながら、重い目蓋を閉ざしてしまったのだった――。

 

 

 

 

 程無くして『時の庭園』が発見され、まるでラスボスの居城みたいだと他人事のように思いました。

 それは仕方無い話なのです。メインキャスト二人が不在の中、ラスボス攻略戦に挑む私の気持ちを誰が解りますか?

 虚しいったらありゃしないです。ずっと二人の魔法少女の活躍を間近で見れるなぁとわくわくしながら思っていたのにご覧の有様ですよ!

 

「あの、シュトロハイム一等空佐。突入の準備が出来ました。ですから――」

「私の号令があるまで待機しておいて下さい。すぐ終わりますから」

 

 艦橋に居座っている私に「?」とリンディ艦長は疑問符を抱き、現場に居て突撃準備を待っているクロノ執務官は謎の待機命令に大層苛立っているご様子である。

 つーか、もう原作と違う展開になっているので、武装局員を突入させて追い詰める訳にもいかないのです。

 プレシア・テスタロッサを自殺される訳にはいかないですし、百人突入させても返り討ちに遭うような不甲斐無い部隊の役目なんて一つぐらいです。

 

『――WAS success.』

「み~つけた」

 

 次元を超えたエリアサーチ完了。座標特定、距離算出完了。杖だけを展開して、素敵な緑色の光の粒子が溢れる魔法陣を展開する。

 

「まさか、次元跳躍魔法……!?」

 

 はい、私の得意分野です。リンディさん。

 一歩も動かずに別次元から敵を殲滅出来るとか、素敵じゃないですか?

 

「何もこれは大魔導師殿だけの専売特許じゃないですよー?」

 

 折角ですから、空間にリアル画面を幾つも表示して臨場感を楽しんで貰いましょう。

 奮発してカードリッジを二発、景気付けに籠めて――『時の庭園』は緑色の光に包まれました。核の炎っぽいですね、ニュアンス的に。

 まぁ私の魔力光なんですけど。コジマ粒子っぽくて素敵ですよね。

 

『――Kill them all. Mission complete.』

「いや、非殺傷設定ですから、死にはしませんって。相変わらず大袈裟ですねぇ、『ムーンライト』は」

 

 よしよし、とデバイスを待機状態に戻し、緑色に染まる画面を注視する。

 十秒ぐらいして漸く光は収まり、倒れ伏すプレシア・テスタロッサの姿を見届ける。

 

「プレシア・テスタロッサの身柄を確保して下さい。丁重にお願いしますね」

 

 何だが化物を見るような眼で見られてヘコタレますけど、お仕事終了です。

 これから頑張って交渉してフェイトちゃんを確保しないとなぁ、と大きい溜息が出るばかりです。

 それはそうと、地上の『魔術師』の『魔術工房』の方はどうなっているでしょうか? プレシア・テスタロッサの次元跳躍魔法の照準を狂わせていた事から、それ系統の攻撃対策は万全でしょうなぁ……。

 

(まぁ、職務は全うしましたし、後の厄介事はお偉い方に相談しますかぁ)

 

 

 

 

「はっ、はぁっ、はっ……!」

 

 酷い有様だった。何もかもが壊れ果て、黒い魔法少女は地に伏せ、白い魔法少女はデバイスを杖代わりに立つのが精一杯だった。

 されども、勝者の顔は一種の錯乱状態に陥っており、片膝を突きながら、倒れているフェイト・テスタロッサに震えながら杖を向け、更なる追い打ちを掛けようとしていた。

 

 ――恐慌状態で、ただひたすらに砲撃魔法を打ち込んだ。

 

 既に限界状態だったフェイト・テスタロッサは成す術も無く飲み込まれ、抵抗すら出来ずに倒れ伏すも、それでも高町なのはは撃ち続けた。

 

 ――怖かった。自身に向けられた純粋な憎悪が例えようの無いぐらい恐ろしかった。

 彼女の語る言葉の全てが恐ろしくて堪らなかった。だから、黙らせるにはこの方法しか思い浮かばず、ひたすら魔法を撃ち込むしか無かった。

 

 涙を流したまま、ディバインバスターの引き金を引こうとし――一瞬にして桃色の魔力光が霧散する。

 ぽん、と右肩に手が乗る。この館の主、神咲悠陽が其処に立っていた。

 

「もう、フェイト・テスタロッサは気絶している。これ以上の追い打ちは必要無い。――良くやった」

 

 その一言を聞き届け、高町なのはは泣き崩れてしまった。

 どうして良いか、何もかも解らず、感情のやり処を失ってただ泣き喚く。今回の一件は、九歳の少女が背負うには、余りにも重すぎた。

 

「……これは私の誤算だ。未来の英霊の知識が、此処まで彼女に影響を及ぼすとはな――」

 

 表面上はさして変わらなかったが故に原作通りに高町なのはをぶつけたが、此処で思いの丈を爆裂させて原作との錯誤が顕になるとは『魔術師』にしても読めなかった展開である。

 

 ――心の何処かで、原作通りになると過信していた。

 

 だが、此処に至ってフェイト・テスタロッサの高町なのはへの確執は修復不能と見て間違い無く、彼女が親友として共に歩む道は完全に潰えていた。

 これが後々にどのような影響を齎すかは、『魔術師』とて想像出来ない『歪み』であるのは確かである。

 

「わた、私、は。私のせいで……!」

「君のせいじゃない。責任があるとすれば、私だろう」

 

 あの未来の高町なのはを生んだのは他ならぬ『魔術師』の死であり――彼女、フェイト・テスタロッサを破滅に導いたのは間違い無く自分であると認める。

 

 ――高町なのはは泣き叫び、神咲悠陽はあやす。

 その泣き声は、自身を殺す筈だった我が娘を思い起こさせた――。

 

 

 

 

 ――第二次聖杯戦争を勝ち抜いて『聖杯』を持ち帰った彼は、されども根源に挑まなかった。

 

 彼女の魂を分解して、無色の魔力の塊に戻す事など彼には出来ない。

 死蔵した旨を『親』に説明出来ず、根源に挑む事を諦めた堕落した後継者を『親』は全身全霊で呪った。

 その衝突は必然だった。次の段階に踏み込めるのに踏み込もうとしない堕落者を彼等魔術師は絶対に許さない。

 停滞は罪であり、更なる躍進こそ魔術師の性である。例えその先が破滅でも、生粋の魔術師ならば嬉々狂々と踏み込むだろう。

 

 ――そしてその結末もまた必然だった。

 

 彼は最初から殺害を大前提に魔術を刻んだ。研究職に過ぎない『親』が彼に敵う道理は無かった。

 実の『親』を焼き払った彼の前には復讐に燃える『妹』が立ち塞がる。

 九代目の胎盤に過ぎない『妹』には魔術の伝承は行われておらず、同じく焼き払われたのは当然の帰結だった。

 自身を殺せるならば『聖杯』を譲り渡して良かったが、彼の魔眼は余りにも強大過ぎた。彼の家族さえ見るに値しなかった。

 

 ――そして家族を焼き尽くした彼には、自身の『娘』しか残されていなかった。

 

 神咲家九代目の伝承者、神咲の魔術刻印を譲り渡すべき対象、自身の遺産を引き継ぐべき者。

 そして『祖父』と『母親』の仇を取る義務を持つ少女――。

 

 未だに物心付かぬ少女を復讐者として育て上げ、自身を上回るのならば、神咲の『魔術刻印』を、『聖杯』を引き継がせて良いと彼は考えた。

 既に元の世界への帰還の道は断たれ、自分には『聖杯』の中で眠り続ける彼女しかいない。

 残りの人生を、我が娘の為に費やす事に決める。

 

 ――彼女は期待通り、自分以上の素質を秘めていた。

 身体機能に先天的な異常があるのか、十二歳程度で成長が止まってしまったが、魔術師としての素養は破格であり、天井知らずの伸びだった。

 

 幾多の魔術師・代行者が昼夜を問わずに襲い掛かる三十数年に及ぶ逃走生活、寿命が近い事を自覚した彼は我が娘に最後の課題を与えた。

 

 ――自身を殺して復讐を遂げて、神咲家の遺産を継承せよ。

 

 出来る筈だった。自身がこの娘の祖父と母親を殺した仇敵である事を、既に教えていた。

 可能だった。彼女なら自分を殺すぐらい、実力的に容易い筈だった。

 魔眼を使わなければ、我が娘は容易くこの心臓に刃を刺せる筈だった。

 

 ――けれども、あの娘は初めて彼の出した課題を放棄した。

 殺せないと、泣きながら首を横に振った。

 

 彼に誤算があるとすれば、彼の娘は彼の事を何よりも愛していたという一点に尽きる。

 彼の愛が誰に注がれているか、知る由も無く――永遠に報われない愛だった。

 

 ――自分を殺せない彼女に、神咲の『魔術刻印』も『聖杯』も、継承させる訳にはいかなかった。

 

 この娘には『聖杯』を外敵から守れない。神咲の『魔術刻印』を背負えない。

 何方も彼自身の業であり、自分の手で天に持ち帰る事を決断する。

 

 ――その死が焼身自殺であるのは皮肉以外の何物でもない。

 彼のサーヴァントと違って、神に全てを委ねる気は更々無かったが、これで我が娘は魔術師以外の生き方を選べると、業火に包まれながら眼を閉じた。

 

 

 

 

 さて、彼、スタンド使いである秋瀬直也の結末は――『偶然』此処に居合わせた豊海柚葉によって何とか繋ぎ止められていた。

 

「『ワルプルギスの夜』まで先送りにするかと思ったら、全行程を早めて『無印』の物語を終わらせちゃうとはねぇ。見事なお手並みだわ」

『――秋瀬直也はどうした?』

「左腕複雑骨折、右手も撃ち抜かれて携帯にも出れない状態だから私が代行している訳。初めましてかな、神咲悠陽。豊海柚葉よ」

 

 秋瀬直也の電話帳から『魔術師』の番号を堂々と通話し、豊海柚葉と彼は初めて接触したのだった。

 

「早めに救助した方が良いわよ? 出血多量で死なれては退屈だし。手札を温存した状態で退場するなんて勿体無いじゃない」

 

 ――それが『矢』なのか、或いはあの御方の『遺体』なのか、恐らくは前者であろうと二人は目星を付ける。

 

 彼の奏でるレクイエムがどんな形になったのか、正直見たい気持ちが豊海柚葉にはあった。

 死の運命を回避する為に発現したスタンド能力だ。それが『矢』の力で究極化すれば――自分以外の全ての人間を消してしまうような『大惨事(レクイエム)』に成り得たのかもしれない。

 

『……それで、慈善活動をする為に私に電話を寄越したのか?』

「刺激的な会話というのはそれだけで愉しいものよ? 私と同じ立ち位置にいる『指し手(プレイヤー)』相手なら特にね」

 

 即座に駆けつけた『使い魔』は、意識の無い秋瀬直也を背負って此処から消える。

 その時に「ばいばい」と手を振るも、あの『使い魔』は冷たく見下ろすだけであり、躾がなってないなぁと内心愚痴る。

 

「貴方の『他人を破滅させる才覚』は見ていて快感だわ。その謀略家としての才覚は今世で発覚したものでしょ?」

『些細な切っ掛けさえ無ければ一生発覚しなかっただろうな。些細な切っ掛けさえ無ければ――』

 

 ミッドチルダからの転生者が差し向けた吸血鬼による事件が無ければ、自分にとって都合の悪い邪魔な転生者達を間接的に始末する算段を練る必要が無ければ――『魔術師』は開花してなかった素質に気づかずに終わっただろう。

 

『――お前とは行く処まで逝くしかないようだな』

「当然ね。この盤上の勝利条件は互いの排除、貴方に私を破滅させる事が出来るかしら?」

『……『悪』を倒すのは『正義の味方』と相場が決まっているが、共食いとなればより格上の『悪』が生き残るだけだ』

 

 くっと、豊海柚葉は笑いが抑え切れなくなる。

 よりによってこの自分と『悪』の格を競うと言っているのだろうか?

 堪らず、可笑しくて笑う。何処の世界を渡り歩こうが、自分以上の『悪』は存在しないと断言するかのように。

 

「ふふ、この私に『悪』の資質を問うの?」

『問うまでも無い。私は私の『邪悪』を信じるだけだ』

 

 ぷつんと通話が切れ、今回の会話は終了となる。

 物寂しげに豊海柚葉は携帯を閉じて、ポケットに仕舞う。

 ……重ね重ね言うが、この携帯は秋瀬直也の物であり――次に出遭った時に返せば良いか、と彼女は一人納得する。

 

「貴方の『死』は私の掌にある。前世の『死』を前に貴方はどれほど足掻けるか――私の期待を裏切らない事を祈るわぁ」

 

 だが、その前に、最低限『ワルプルギスの夜』は乗り越えて欲しいものだと、彼女は綺麗にほくそ笑んだのだった。

 

 

 

 

 



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30/前夜

 

 

 ――私が彼女を、フェイト・テスタロッサという一人の少女を壊した。

 

 見た事の無い光景が脳裏に過ぎる。

 彼女との全力勝負、真実を知って崩れる彼女、それでも立ち上がって母に想いを伝える彼女、友達となって名前を呼び合い、再開を約束してリボンを交換する自分――。

 

 ――憎悪を滾らせて、呪言を撒き散らす彼女。

 こんな筈じゃなかった、という怨嗟の声に耳を塞ぐ。

 

 私が彼女の物語を壊してしまった。

 友達になれるかも知れなかった少女は、もう何処にも居ない。

 これが、私の罪なのでしょうか? こんな筈じゃなかった未来を変えようとした、私の――。

 

 

 30/前夜

 

 

「はぁーい、アッツアツの甘々のココアですよー。火傷しないようにゆっくり飲んで下さいねぇ~」

 

 エルヴィの運んだカップを、高町なのはは震える手先で持ち、ゆっくりと啜る。

 甘く、そして暖かい。ほんの少しだけ、今の高町なのはに安心感を齎す。

 神咲悠陽もまたエルヴィの持ってきたココアを啜り、アロハシャツを着ているランサーも寛ぎながら飲んでいた。

 

「……あの、フェイト、ちゃんは――?」

「連日の無理が祟ったのだろう。暫くは目を覚まさないな。今は安らかに眠っている」

 

 幸い、非殺傷設定だった為、幾ら撃ち込んでも生命に支障は無い。

 むしろ、アーチャーを召喚して魔力枯渇に陥り、意識が覚醒してからまともに休息を取っていない事の方が問題であり、今はフェイト・テスタロッサは死んだように眠り続けていた。

 

 ――本来なら、髪の毛だけ切り取って死亡したと偽装し、フェイト・テスタロッサを抱え込む用意が『魔術師』にはあった。

 だが、期待していた高町なのはとの関係が完全に歪んで途切れてしまった今、彼女を抱え込む理由は見いだせない。

 彼にとって、フェイト・テスタロッサは一つの些細な交渉事にしか使えない、不必要な駒でしかなかった。 

 

「私の、私のせいで彼女を壊した……私が召喚されたばかりに、私まで、殺させて――」

 

 また、脳裏に覚えのない記憶が思い浮かぶ。

 それは成長した自身が、成長したフェイト・テスタロッサに看取られている、終末の光景――。

 

「……記憶が混濁している? まさか、経験の継承だけでなく、記憶の継承まで行われていたのか? 在り得るのか、君はアーチャーと二度しか対面していない筈なのに」

 

 驚きを隠せずに、神咲悠陽は訝しむ。

 起源覚醒の応用による前世の経験を継承する試みは前の世界に確かに存在していたが、今の高町なのはの例は余りにも当人に影響が出過ぎていた。

 

「深層心理に埋もれた記憶の数々が、後天的にフラッシュバックしたというのか? 同一個体との遭遇はイレギュラーだらけだな」

 

 直接的な関わりが無いのに関わらず、衛宮士郎と第五次アーチャーと同じような事が生じていると見て間違い無いだろう。

 それならばこそ、この今の彼女の不安定さも納得出来るという訳である。問題は彼が考えていた以上に深刻だったという訳だ。

 

「……神咲さんは、全部、知っていたんですよね? 私の事も、フェイトちゃんの事も、自分の事も――」

「未来の君が齎した情報は、確かに私の中に根付いている」

 

 未来の『高町なのは』に関する情報は一つの戦略方針として、重大な転機として刻まれている。

 

 ――その未来の知識によって、フェイト・テスタロッサは彼処までボロボロに壊れた。自分もまた、何もかも解らなくなってしまった。

 だから、不思議だった。その禁断の知識を知ってしまって、何故、神咲悠陽はいつもと何も変わらないのかと――。

 

「……どうして、平然としていられるのですか? 自分の死が、間近に迫っているのに――」

「未来という禁断の知識を、私は単なる判断材料の一つ程度にしか捉えてないからだ。君達は、それが全てであると勘違いしているだけだ」

 

 未来の知識など絶対ではない。というよりも、最初から当てにならない事を神咲悠陽は思い知っている。

 彼女達が本来歩むべき物語は、こんな形での決裂では無かったように――。

 

「――私の歪める未来に、英雄『高町なのは』は存在しない。未来の君がサーヴァントとして召喚された事で、この回は未来の君が体験した『前回』とは全く別の道のりを歩んでいる」

 

 極めて重要な差異だった。アーチャーが辿った『前回』の聖杯戦争は七人四騎に過ぎなかったが、今回はもう七人六騎になっている。

 明らか過ぎるほどの差異であり、確実に未来はアーチャーの辿った『前回』と全く別物に成り変わっている事を確信している。

 

 ――場合によっては、その『前回』よりも、前に死ぬ可能性さえあるが。

 

「私の起源は『焼却』と『歪曲』、焼いて歪めるに尽きる。破壊による改竄。それが私の存在の因となる混沌衝動、魂の原点である」

「つまり、そんな最悪の未来なんてさっさと焼き払って、別のより良い形に改竄するのがご主人様の生き方って事ですねー」

 

 エルヴィは横から笑顔で注釈する。

 そんなのが魂の原点である以上、定められた結果を焼いて白紙にして歪めるのは得意中の得意分野なのである。

 

「そうそう、未来なんて自分の腕っ節一つで何とかなるものさ。そう思い詰める必要も無いさ、嬢ちゃん」

「英霊の貴方が言っても欠片も説得力無いんですけど? つーか、アンタのそのラックで言うんですかい」

「幸運Eとか言うな! 好きでなってるんじゃねぇ!」

 

 赤紫色の猫と青色の狗が可笑しく言い争い、

 少しだけ心が軽くなる。くすりと、高町なのはは貰い笑いし、ココアに口を付けたのだった――。

 

 

 

 

「――という訳で、これにて無印終了です。プレシア・テスタロッサの身柄は此方で確保し、フェイト・テスタロッサの身柄は『魔術師』に確保されています。引渡し勧告をしましたが、その条件に四日後の『ワルプルギスの夜』に参戦しろ、との事です。私としては条件付きで受けるべきだと思います」

 

 ミッドチルダへの通信専用の部屋に籠もりながら、私は重役達に報告します。

 今回の欠席は教皇猊下――何だか暫く遭って無いですね。元々顔見せてませんけど。

 

『フェイト・テスタロッサの身柄だけ受け取り、何かと理由を付けて『ワルプルギスの夜』を傍観するのはどうかね? それで現地民が死に絶えても良し、勝っても損害は免れないだろう?』

『駄目駄目だね。今回に限っては、それは下の下策だよ。頭が愉快になってんねぇ、その寂れた頭髪同様に』

『なんだと!?』

 

 また金髪少女の中将閣下と太っちょの中将閣下が仲良く言い争います。

 今回も、金髪少女の中将閣下が解っている模様です。

 

「――はい。その通りです。『ワルプルギスの夜』を打倒した場合、その『魔女の卵』を『魔術師』に渡す訳にはいきません」

 

 もしも、ノータッチで『ワルプルギスの夜』を討滅されたら、その超弩級の魔女の『グリーフシード』が『魔術師』の手に収まり、微塵の容赦無く『ミッドチルダ』に送り込まれるでしょう。

 そんな事をされたら首都圏で『アルカンシェル』を放つような歴史的に見ても愚かな暴挙に出らざるを得なくなるでしょう。

 

『そういう事。共同参戦にして『ワルプルギスの夜』の『魔女の卵』は二者合意で破壊する事を条件に盛り込めば『魔術師』も同意するっしょ。むしろそれを含まなければ『魔術師』は交渉を蹴るよ』

 

 ……本当に、あの『魔術師』との交渉は精神的に疲れます。

 何処に落とし穴を用意しているか、解ったものじゃないです。というか、私の口先じゃ太刀打ち出来ませんから金髪少女の中将閣下の手助けが切実に欲しいです。はい。

 

『しかしだ。現戦力で『ワルプルギスの夜』を打倒出来るのかね?』

『それは『ワルプルギスの夜』次第じゃね? アイツの耐久力がパネェ事ぐらいしか知らないしね、私達』

 

 ワンマンアーミーの『暁美ほむら』がありったけの質量兵器を撃ち尽くして尚、あの『ワルプルギスの夜』は健在でしたからねぇ。

 私の砲撃魔法でもダメージを与えられるかどうか、未知数過ぎて怖いです。

 

『ライダー、アル・アジフが召喚する『デモンベイン』は今回は使えないのだろう? 流石の『魔術師』も今回で年貢の納め時だと思うが』

『本気になったら普段逆さまの人型部分がひっくり返って、暴風のようなスピードで飛び回って地表の文明をひっくり返すみたいだし、流石の現地の転生者達も分が悪いかねぇー? ミッドチルダに生まれて心底良かったと思うよ』

 

 アル・アジフの『デモンベイン』が健在なら、『レムリア・インパクト』で一発で葬れたかもしれないだけに、非常に残念です。

 セイバーやアーチャーが健在なら、対城宝具をぶちかます事が出来たんですが、無い物強請りしても仕方ないですね。

 

『まぁ駄目だった場合は『高町なのは』だけ回収でOKっしょ。ティセも死なない程度に頑張ってねぇ~』

 

 それが一番困難な事だと思いますが、まぁ危うくなったら退却しても良い私達は気楽に挑むとしましょう。

 この『ワルプルギスの夜』の後が、私達にとって真の戦いですし――。

 

 

 

 

「全く、アイツはっ、本当にろくな事をしないんだからっ!」

「い、いやぁ、流石に死者に鞭打つのはちょっと……」

 

 シスターは荒れに荒れていた。

 そりゃまぁ、こんな大切な時期にあの『代行者』がやらかした事を思えば――当然で仕方ないなぁと思うぐらいの事態である。

 

「こんな時期に『魔術師』陣営の『スタンド使い』にちょっかい出して、一般人四名死傷重傷者十六名出しておっ死ぬとか、救いようの無い馬鹿でしょ!」

 

 更には明らかに先に仕掛けて、という言い訳出来ない要素が重なり、あの『魔術師』に対する重大な借りを背負う事になった。

 九歳の子供一人を仕留める為に街中で対物ライフルをぶっぱなして、実際に犠牲者を作るとか、最低最悪の所業である。

 

(アイツ、プライドだけは高かったからなぁ。まだ『魔術師』に情けを掛けられた事を根に持っていたのか? つーか、幾ら『スタンド使い』でもアイツを返り討ちに出来るとか、すげぇな)

 

 自信過剰で嫌味っぽく、人として好かれる面が欠片も無い人物だったが、死ねば等しく仏である。祈るぐらいの事はしよう。

 同僚のシスターはこの上無く嫌っており、その二人のやり取りはいつ見てもハラハラするものだったと思い起こす。

 

 ――最低最悪の人格者だったとは言え、『教会』を取り仕切る三人の転生者の内の一人が死んだのはかなりデカい事件である。

 

(三人の内、一人が居なくなったから、戦力的には三分の一削られたって事だよなぁ。あんな奴でも結構な戦力だったし)

 

 人望が最低値だった御蔭で、組織内に仇討ちという意見が皆無なのが唯一の救いか。

 むしろ、こんなに民間人に被害を及ぼしたので、組織内から粛清されかねない汚点ですらある。

 

「それはそうと物騒な遺品だのう。だが、まぁ使えなくもないか」

「は? あのぉ、アル・アジフさん。どういう事ですかい?」

 

 そんな奴の対物ライフルにしか見えない『第七聖典』を眺めながら、アル・アジフはしきりに何かを確かめるように観察している。

 銃器に興味を持つなんて珍しい。一体何が彼女の琴線に触れたのだろうか?

 

「余計なものが付いているが、魔銃として申し分無いと言っているのだ。これぐらい丈夫ならイタクァ、クトゥグアを使っても壊れずに済むだろう」

 

 大十字九郎にあってオレに無いものの一つに、旧支配者のイタクァ、クトゥグアを制御する『魔銃』の存在がある。

 このオレにはそんな大層なものは手に入らず、制御が困難な二柱は一度も使った事が無かったなぁ。

 

「……『マスターオブネクロノミコン』が『第七聖典』を使うんですか? 『第七聖典』は一角獣の角を媒介に作られた概念武装。本来は女性が契約すべき代物ですよ? アイツは無理矢理契約していたようですけど」

 

 ジト目でシスターが説明しているが、アル・アジフは構うものかと対物ライフルを持ち、オレの前に差し出す。

 そして無言で血による契約を要求してきやがる。ああ、もうどうにでもなれ、と親指を少し噛み切って血を垂らす。

 

 ――あ、何か繋がった感触を得る。契約成功だが、『獣の咆哮』と『第七聖典』の二重契約は魔導書として構わないのだろうか?

 

「ふむ、コイツも歓迎しているようだ」

「うわぁ、無理矢理そういう方向性に持って行きやがったよ。この古本娘」

 

 まぁオレ如きの魔力で『第七聖典』の精霊が実体化する事は永遠に無いので、この古本娘は自分勝手も良い解釈を下しやがる。

 

「まぁ問題はクロウ、汝自身だがな……」

「一番の難問を後からさらりと言いやがったよコイツ!?」

 

 あの『ワルプルギスの夜』が来るまで残り四日間、せめて神獣形態でブチかませるようにしておきたい処だ――。

 何はともあれ、イブン・ガズイの粉薬の