転生者の魔都『海鳴市』 (咲夜泪)
しおりを挟む

プロローグ
01/十人の転校生


 

 ――『正義の味方』は絶対的な窮地でも颯爽と現れ、必ず助けてくれる。

 

 暗い暗い絶望の淵、私はひたすら願いました。この地獄のような奈落のどん底から、いつかきっと、誰かが手を差し伸べてくれると。

 一片の淀みなく信仰し、毎日毎日、敬虔に祈り続けました。それが唯一の救いと信じて疑いませんでした。

 

 ――けれども、私の前に『正義の味方』は一向に現れません。

 

 飛び切り性根の歪んだ魔術師に、毎日毎日、耐え難い責め苦を味わされているというのに、誰も助けに訪れません。

 いつになったら『正義の味方』は現れるのでしょうか?

 何か条件があるのでしょうか。助けを必死に切望する傍ら、私は真剣に考える事にしました。

 

 ――絶対的な窮地に陥らなければ現れないのでしょうか? 私の祈りが足りないのでしょうか?

 

 ある日、一つの結論に至りました。

 私をひたすら虐め、苦しみ悶える私を見て嘲笑う悪魔のような魔術師。

 それでも彼は『正義の味方』が現れて倒すほどの『悪』ではないのでは?

 その瞬間、絶対的な悪の権化だと思っていた魔術師は、ただの枯れ果てた老人にしか見えなくなりました。

 掴めばすぐに手折れるほどの、取るに足らぬ、か弱い存在に――。

 

 ――『正義の味方』には相応しき舞台、相応しき役者が必要なのです。

 

 刺しました。焼き払いました。苦しめました。泣かせました。蹂躙しました。絶望させました。犯しました。狂わせました。殺させました。死なせました。殺しました。

 無実の罪を被せて打首にし、干乾びらせて餓死させ、人の尊厳を奪い尽くして飼い殺し、戦禍をもって幾多の人生の成果を破壊し尽くしました。

 

 ――さぁ『悪』の準備は整いました。宇宙の誰もが認める『悪』は此処に居ます。

 

 いつか『正義の味方』が私の前に現れた時、私は問いたいのです。

 何故、貴方は私を助けてくれなかったのですか。何故、あの時に現れてくれなかったのですか、と。

 私の人生の意味は、その質問が全てです。ですからそれを答えられる『正義の味方』を、私は誰よりも切望し、恋焦がれ、待望し、熱望し、待ち望みました。

 こんなに素晴らしい事はありません。だって『悪』は絶対に許されず、相応しい罪罰をもって絶対に裁かれるのです。それが正しい物語なのです。

 私のような『悪』が許されて良い筈が無いのです。それは天と地が覆っても、違えようの無い摂理なのです。

 

 ――『正義の味方』を自称する叛徒は一人残らず壊滅し、結局、私の目の前に『正義の味方』は現れませんでした。

 

 此処に至って漸く認めざるを得ませんでした。

 信じられない事に、この世界に許されざる『悪』は無数に存在すれども、それを打ち倒す『正義の味方』は一人も存在しなかったのです――。

 

 

 01/十人の転校生

 

 

 ――初めに白状すると、今年の四月から『私立聖祥大付属小学校』に転校となった自分こと秋瀬直也は『三回目』の人生を謳歌している、極めて奇妙で数奇な運命を辿った人間である。

 

 前々世、つまりは幾多の物語を見る側だった時の頃の記憶は最早薄れ、思い出す事すら困難な始末。

 だが、自分の場合は『二回目』の人生は似たような世界に生まれ、同じようなサブカルチャーに触れている為、今世である『魔法少女リリカルなのは』についての情報は十分と言える。

 

「――だけど、自分を含めて転校生十人って幾らなんでもおかしいだろ……」

 

 流石に『銀髪赤眼のアルビノ』だとか『オッドアイ』とかいう外見からして解り易い際物は居なかったと思うが、十中八九自分と同じ『転生者』なんだろうなぁと危惧せざるを得ない。

 

 ――はっきりと言ってしまえば、原作なんぞに関わる気力など欠片も湧かない。この海鳴市に引っ越して来たのも両親の都合、偶然の産物である。

 

 主人公グループ、『高町なのは』及び『アリサ・バニングス』『月村すずか』達は美少女と呼ぶに差し支えない可愛らしい少女だったが、こちとら精神年齢が逸脱し過ぎていて孫のような存在にしか映らない。

 恋愛感情などを抱くには小さすぎるという訳である。精神的に不釣合いとも言えるし、今更初恋の如く熱中など出来よう筈が無い。

 二次小説などで何であんなに小3の子供と恋愛したい連中が大量に発生しているのか、疑問に思う次第である。

 

(つーか『リリカルなのは』は『As』までだろ、常識的に考えて)

 

 後の作品など知らん。一応『StrikerS』は見たけど、その後の『何とか戦記?』も合わせて黒歴史だろう。

 原作に面倒事に態々首を突っ込む気にもなれないし、何もしなければ勝手に解決する問題に関わる気にもなれない。

 バイオレンスな生活は前世で散々体験したので、家の隅っこで熱い日本茶を飲みながらのんびりと暮らすような、小さな幸せを噛み締める生涯をこれでもかというぐらい切望しているのだ。

 

(ふふふ、幾ら同じクラスとは言え、原作キャラに喋りかけなければフラグも何も立つまいっ! この一年さえやり過ごせば物語の舞台はミッドチルダに移るしな)

 

 ――けれども、そんな些細な日常はいつも唐突に現れる理不尽によって完膚無きまでに破壊される事を、自分はこの三度目の短い生涯の中でどうやら忘れていたようだ。

 

 

(……影? いやいや、道のど真ん中に唐突に発生するもんなのか? ――え? 人間? まじデケェ……!?)

 

 

 そしてそれは帰り道、下校途中の道のど真ん中に堂々と立っていた。

 背丈は二メートル前後でガタイは極めて良く、その威風堂々な立ち振舞いは明らかに常人離れしていた。

 春先にも関わらず、厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを首に巻いて悠々と靡かせる。

 

(年は二十代前半か? それにしても、幾ら何でも、暑くないのか?)

 

 染めていない黒髪は全て後ろに掻き上げられ、まるで侍の丁髷のように乱雑に纏められている。

 サングラスからその両眼の様子は覗え知れない。

 左腕には高級そうな金の腕時計、靴はヘビ柄の高級そうな革靴、首にはこれまた高級そうな金の首飾りが爛々と輝いており――もしかしたら「その筋の人では?」と危機感を抱く。

 

(……おいおい、一体何の冗談だ。大きく迂回する子供達を無視して、オレだけを凝視している……!?)

 

 よくよく見れば、純白の外套には雪の結晶を模したような金の刺繍が所狭しと施されており――この常軌を逸脱したハイセンスな奇妙な服装に、何故だか知らないが、何処か懐かしい悪寒を覚えた。

 

「十人の転校生の顔写真を見た時、一番興味を引いたのは君だった。――ああ、勘違いして貰っては困るが、別に性的な意味では無いぞ? そんな趣味は無い」

 

 その男はサングラスを徐ろに外し、凄味のある鋭い眼差しでオレの眼を射抜いた。

 まるで幾多の修羅場を潜り抜けて来たような、それはある種の予感を抱かせる鋭利な眼だった。

 

「直感的な意味でだ、運命と言っても良い。実際に出会って確信した処だ」

 

 一体この奇妙な男が何を言っているのか、頭に入らない。

 今までの人生で止事無き人に目を付けられるような生活は送ってないし、今後ともそんな風来坊な人生を送る気も無い。

 ごくり、と唾を飲み干す。何が何だか訳が解らないが、本質的な部分でオレは奴に強烈な警戒心を抱いている――!?

 

 

「――『スタンド使い』は惹かれ合う。それはまるで引力のように互いを引き寄せる。初めましてだな、秋瀬直也。三度目の人生は満喫しているかね?」

 

 

 ――『スタンド使い』、その懐かしい言葉が耳の鼓膜を叩き、余りにも平和惚けしていた自分に殺意を抱いた。

 既にあの奇妙な男は何気無い動作で此方に踏み寄っていた。呆けている間に間合いを詰められていた……!?

 

「――申し遅れたが、オレの名前は冬川雪緒。実に寒そうな名前だろう? 前世からの付き合いだが、余り気に入ってないんだがね」

「それ以上近寄るなァ――ッ! 其処で立ち止まりやがれェッ!」

 

 声を限界まで張り上げ、その奇妙な男から大きく距離を離す。

 がつんと、平和惚けしていた思考から戦闘用の思考へ一気に切り替える。

 奴が無造作に近寄った事から奴のスタンド能力の射程は十メートル以下、恐らくは近距離型だろうか。

 中途半端な遠距離型で非力な自分が近寄られたら――抵抗一つすら出来ずに殺される……!

 

(まさか『リリカルなのは』で同じ『スタンド使い』に遭遇するとはな……! 『スタンド使い』に常識は通用しない。いつ仕掛けられるか、いや、もう何かを仕掛けられているのかもしれない……!)

 

 こんな町中で昼間から堂々と仕掛けて来た事から――恐ろしく厄介な初見殺しを持っていると推測出来る。

 そして『スタンド使い』という人間は人が溢れる白昼堂々でも仕掛けてくる人種である。一般人には『スタンド』を見る事すら不可能なのだ。此方が何をしているのか、結果でしか理解出来ないだろう。

 世を忍ぶ魔術師とか魔法少女とかのように人目を気にする必要は皆無なのである。

 

(どうする? 此処で応戦するか、逃げるか。いや、相手から仕掛けられた以上、逃げても意味が無いし、相手の意図を確認するのが最優先だ)

 

 少なく見積もっても、現状では奴の射程は十メートル未満だと思うが、油断は出来ない。その憶測の射程距離すら擬態かもしれない。

 冬川雪緒と名乗った男は此方の戦闘態勢を見て、不思議そうに驚いたような表情を一瞬浮かべ、即座に両手を軽く上げた。

 

「おっと、すまんすまん。戦闘の意思はこれっぽっちも無いんだ」

「初対面の人間で、そして『スタンド使い』であろう者の言葉を信じろと?」

「これから知り合えば良い。もしかしたら仲間になるかもしれないのだから」

 

 冬川雪緒はにこやかもしないでそんな事を言い放つ。

 確かに敵対する理由など現状では欠片も見当たらない。本体を堂々と曝け出しているのだ、奇襲による初見殺しをするには少々状況がおかしい。

 

(少なくとも、今現在は危害を加える意思は見えない、か)

 

 ……本当の事を言っているかは解らないが、とりあえずその言葉に嘘は無い。自分の直感を信頼する事にする。

 

「今の海鳴市の現状を理解して貰った上で、今後の事について話し合いたい。時間の都合は良いかね? 長丁場となる」

 

 

 

 

 案内された先は何処にでもあるような居酒屋であり、オレは冬川雪緒と名乗る奇妙な男に奥の個室に案内された。

 傍目から見れば、大の大人が小学生を連れ込んでいるという通報級の怪しい風景だが、この際、気にしないでおこう。

 目の前の男も自分も、その普通という範疇から大きく外れているのだから。

 

「うちの系列の店だ。好きなものを頼むと良い」

「冬川さんと言ったけ……? アンタ、ヤクザなのか?」

「……さん付けは不要だ。目上への礼節は確かに重要な事だが、こと『転生者』において年功序列など無意味な概念だろう? そして質問の答えは『Yes』だ。日本で『ギャングスター』と名乗れないのは実に残念だが」

 

 冬川雪緒と名乗るヤクザは店員に軽いツマミとオレンジジュースを頼み、オレはアイスコーヒーを頼んだ。

 スタンド使いでギャング――第五部のジョルノ・ジョバァーナと同じような事をしているのだろうか?

 それにしても冗談の一つぐらい言えるのか。無表情の真顔なので少々解り辛いが。

 

「――此処が『魔法少女リリカルなのは』の物語の舞台である事は知っているな? 二次小説とかは割と活発だったが、見ていたかね?」

「……ああ、転校先に高町なのはが居れば、否応無しに実感するよ。二次小説の方は結構見ていたよ。今となっては遠い昔の事だがな」

 

 そんな魔法少女が活躍する舞台裏でギャングスターなスタンド使いがいるとはどういう組み合わせだ? ミスマッチも良い処である。

 とは言え、スタンド使い、尚且つ『三回目』の人生――つまりコイツも、『ジョジョの奇妙な冒険』で一生を過ごし、『魔法少女リリカルなのは』の世界に再度産まれたという事か。

 

(自分と同じ状況ならば、その『三回目』の転生者の外見は両親が違うのに『二回目』とほぼ同じ、名前すら同じ、そして――保有する能力すら恐ろしいほど『そのまま』だ。かくいうオレのスタンドも成長した段階だった)

 

 自分の他にそういう反則的な特権持ちがいる事を想定していなかっただけに、混乱が大きい。

 逆に考えを改める必要がある。自分という特例があるのだから、他に居ても然程不思議では無いらしい。

 

「では、まず現実を知らせよう。高町なのはと同世代の転生者は、海鳴市では君を含めて『十人』しか存在しない。更に言うならば、君達転校生だけだ」

「……は? ちょっと待ってくれ! 転校生の全員が全員転生者かと疑ってはいたが、何で他に転生者がいないんだ……!?」

 

 今、自分が居るのだから、最初から高町なのは達と同じ世代の転生者が在校していても然程不思議ではない。

 その時、ちょうど店員が現れ、自分の前に冷たいコーヒーにミルクと砂糖を、冬川雪緒の前に枝豆と小粒の葡萄、そしてオレンジジュースを置いて出ていった。

 

「二年前のとある事件で粗方駆逐――いや、言葉を濁らせる意味もあるまい。一人残らず『殺害』されたからだ」

 

 驚く自分を余所に、枝豆に手を伸ばして黙々と食べながら、冬川雪緒は眉一つ動かさずにそんな事を語って聞かせた。

 

「二年前、次元世界の彼方からトチ狂った吸血鬼が海鳴市に来訪した。『ジョジョの奇妙な冒険』の、つまりは『石仮面』の吸血鬼だな。その糞野郎の動機は今となっては不明だが、主人公世代の転生者を対象に一家郎党皆殺しを日夜繰り返した。これを第一次吸血鬼事件と呼称するか」

 

 話を聞きながら、ぎこちなくミルクと砂糖をコーヒーの中に放り込んで備え付けのスプーンで混ぜる。

 彼の言う『石仮面』は『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部に出て来たキーアイテムであり、他者の血を石仮面に垂らす事で仮面の仕掛けが発動、伸びた骨針で脳を刺激し、未知のパワーを引き出して吸血鬼にする道具である。

 太陽と『波紋』という弱点を突かれなければ、石仮面の吸血鬼は相当厄介な存在だろう。

 

「二回目の犯行で吸血鬼の行動原理が大体掴めたんだが――此処で問題だ。同年代の転生者だけに狙いを絞った吸血鬼の犯行を前に、他の対象年齢外の転生者はどうしたと思う?」

「どうしたって、当然力に自信のある奴は逆に討ち取ろうとしたんじゃないのか?」

 

 普通に考えて、そんな異物が身近に存在するなど許しはしないし、誰も望みはしないだろう。

 だが、帰ってきた答えは想像の斜め上を行くものだった。

 

「いいや、違う。此処の住民にそれほど甘い選択を期待するな。――答えは簡単、傍観だ。何せ邪魔者を勝手に葬ってくれるんだ、喜んで静観するだろうよ」

 

 驚いて慌てて顔を上げると、冬川雪緒は顔色一つ変えない能面でせっせと葡萄を口に入れ、噛まずに飲み込む。

 幾ら種無しで小さな粒の実とは言え、勿体無い食べ方――ではなく、冗談抜きで常人では考えられない思考に至っていると、理解出来ないが故の恐怖を覚える。

 

「吸血鬼は土地勘が無いのに関わらず、優秀な働きをしてくれた。現地での手引きがあったにしろ、一週間足らずで高町なのは世代の転生者を悉く平らげたんだ、称賛に値するさ。――理解出来ないという顔だな、秋瀬直也」

「……ああ、何でそんな見捨てるような事を誰も彼も平然と出来たんだ? 助け合うとか、そういう健常な結論には至れないのか?」

 

 無情な見殺しを誰も彼も実行した事に、少なからず嫌悪感を抱く。

 そんな青臭い感情を見抜いてか、冬川雪緒は溜息を吐いた。それはまるで出来の悪い生徒に決定的な間違いを指摘する教師のような、明らかに見下した表情だった。

 

「例えば二人の『転生者』がいて、仮に同じ目的だったとしよう。共に手を取り合って協力すると思うか? 栄光は唯一人、勝利者の為の物、後は引き立て役だと言うのに」

 

 言葉に詰まる。そんなの当然、協力などしない。利用出来る処まで利用し、最終的には蹴り落として利益を独占しようとするのが人間の性だ。

 ……それでも、手を取り合って協力し合える。人の善性を信じたくなるのは、我ながら愚かだろうか?

 

「生きているだけで邪魔だからだ。我々の持つ原作知識とやらが役立つのは『原作通りに事が進めば』という淡い前提の下に成り立っている。それを掻き乱す不穏分子に退場を願うのはそんなにおかしいかね? ――逆に言おう。そんな打算が無くとも、危険を犯してまで助ける価値を見出せるかね? 身内ならいざ知らず、見知らぬ赤の他人をだ」

 

 ――そんなの、はっきり言ってしまえば無いだろう。

 自身の危険を顧みず、見知らぬ他人の為に吸血鬼と戦って助けようとするなど、物語の『正義の味方』か、稀代な聖人しか在り得ないだろう。

 渋々納得せざるを得なくなった此方の様子に満足したのか、冬川雪緒は話の続きを語る。

 

「そして用済みとなった吸血鬼はこの海鳴市に根付く二大組織によって電撃的に討滅された」

 

 仕留めるならいつでも出来たと言わんばかりの酷い結末である。

 オレンジジュースを飲み、一呼吸付ける。まるで此処からが大切な話であると伝えるように、此方の眼を射抜く。

 

「一つは『教会』、奴等は冗談が三つ重なったような連中だ。まさか『十三課(イスカリオテ)』と『埋葬機関』と『必要悪の教会(ネセサリウス)』出身の転生者が手を組むとは誰が想像しようか」

 

 ――『HELLSING』の吸血鬼及び異端の絶滅機関、裏切り者の名前を自ら語る『十三課』、『型月世界』の聖堂教会の最高位異端審問機関である『埋葬機関』、イギリス清教第零聖堂区で対魔術師特化の『必要悪の教会』が合併、いや、合体事故を起こす? 

 一体どんな組み合わせだと内心の中で壮絶に突っ込むと同時に、ある事に気づく。

 

「……ちょっと待て。もしかしてお前の言う『転生者』というのはどいつもコイツも『三回目』なのか!?」

「それこそまさかだ、秋瀬直也。そんなのは少数だ。――少数なのだが、この海鳴市に君臨する実力者の大多数がその『三回目』の規格外どもだ。これは覚えておいて損は無い情報だぞ」

 

 明らかに重大で、死活問題な発言をさっくりと言いやがったぞ、この男……!?

 となると、今まで考えた事も無かったが、逆に『二回目』の転生者はなのは世界準拠の――リンカーコア持ちの魔導師でしかないという事なのか……?

 

「話を続けようか。もう一つは『魔術師』、個人で『教会』に匹敵する脅威度から勢力扱いさせて貰っている」

「んな!? ……どんな化物だよ、それ。一騎当千の猛者って事か?」

 

 此処に至って初めて眉間を歪ませ、これまでにもなく深刻な顔を露骨に浮かべ、冬川雪緒は首を横に振る。

 

「……単純な戦闘能力で『魔術師』を上回る転生者は他に何人もいるだろう。奴の恐ろしさは個々の戦闘能力という秤では未来永劫語り尽くせない」

 

 この無感情な男が此処まで感情を顕にするほど、その『魔術師』というのは異常極まる存在なのだろうか――?

 

「彼が『型月世界式の魔術師である』『盲目で常に両眼を瞑っている』『丘の上の幽霊屋敷に住んでいる』『海鳴市に大結界を構築し、霊地として管理運営している』『発火魔術を好んで使う』『不死の使い魔を飼っている』『過剰なまでに自衛はすれども自治は全くしない』『原作に全く興味無い』『他者を破滅させる事にかけて稀代の謀略家である』――奴に関して確定している情報はこれぐらいか。海鳴市における最重要危険人物だと認識していれば良い。奴の行動次第で今後の情勢は瞬く間に一変するだろう」

 

 少ない情報から推測するに、大勢力足り得る個人でありながら、自身の情報の漏洩を最小限に抑えられる冷酷な秘密主義者か? 全く想像出来ない人物像である。

 

「さて、様々な利潤から吸血鬼という舞台装置を互いに利用し尽くした訳だが、吸血鬼を実際に送り込んだ『とある勢力』の目的は図らずも果たされた。――『肉の芽』を埋め込まれた人物に管理局の魔導師が居てな。それを保護し、吸血鬼の被害が及んだ管理外世界で治安を回復させるという大義名分で連中は魔導師の部隊を海鳴市に派遣した」

「『とある勢力』?」

「解らないか? その連中というのは『ミッドチルダ』だよ。奴等は既に管理局の上部に浸透しており、物語の舞台となる地球に強烈な介入手段を差し込もうとした。この影響力は無視出来ない。異能者は強制的に管理局入りさせ、最終的に身動き出来ぬよう支配下におく。これはもう一種の侵略戦争だった――結果から言えば、大失敗に終わったんだがな」

 

 なるほど、視野が狭かった訳か。地球にこんなに転生者がいるなら、ミッドチルダにも居て当然という訳だ。

 しかし、抵抗してくれれば不穏分子として合法的に葬れて一石二鳥の手、大失敗するほどの穴など無さそうだが――?

 

「――第二次吸血鬼事件。残党狩りの筈だったが、管理局の魔導師全隊員が吸血鬼化し、ミッドチルダ本土に逆侵攻して未曽有の『生物災害(バイオハザード)』を齎した。被害は数万規模に及び、管理局上層部に蔓延っていた転生者の首を物理的に飛ばした。その不祥事から連中は此方に介入する手段を原作開始まで完全に失った」

 

 明らかにきな臭い結末だった。自分達で大義名分作りの為に派遣した吸血鬼に噛まれるなど、一体どんな笑い話だ?

 

(……千人の吸血鬼部隊の『最後の大隊(ラストバタリオン)』が英国に齎した被害と比較すると随分と小規模だが――)

 

 ある種の疑問が喉に引っ掛かるような感覚、その正体が掴める前に冬川雪緒は話を先に進める。

 

「その吸血鬼が『石仮面』の系統だったのか、または別系統だったのかは今となっては解らないが、混乱の最中に乗じて『魔術師』は海鳴市全土を覆う大結界を構築し、吸血鬼達の根城だった幽霊屋敷に自身の『魔術工房』を築き上げ、連中が非合法的に掻き集めた莫大な活動資金を我が物とした」

「……おいおい、まさかこの一連の事件は『魔術師』の仕業だったのか?」

「さてな。真偽は不明だが、この事件で一番得をしたのが誰かと言えば間違い無く『魔術師』だろう。『教会』が吸血鬼の残党狩りに全身全霊を尽くして動けない中、『ミッドチルダ』の影響力を徹底的に排除し、自身の基盤を盤石にした」

 

 此処に至って、冬川雪緒が恐れる『魔術師』の一端を、少しだけ理解する。

 結果論として『魔術師』の仕業と思わざるを得ないが、彼はどれだけの行動を徹底的に秘匿して実行したのだろうか? 末恐ろしく思う。

 

「だが、その観点は悪くない。それと同じ考えの者は大量に居た訳だ」

 

 恐らく、この胸に蟠る不安という名の影を、他の転生者も同様かそれ以上抱え込んだに違いない。

 

「程無くして『一連の吸血鬼事件の黒幕は『魔術師』であり、即刻排除するべし』という名文で転生者二十人余りの同盟連合が出来上がった。ソイツらは『魔術師』に海鳴市の結界を即時解体を求めたが、当然の如く無視された」

 

 まるで三国志の『反董卓連合』だな、と思わざるを得ない。

 突出した唯一人の傑物を叩く為に各地に雌伏する列強が力を合わせて出る杭を打とうとする。吸血鬼殲滅機関という限定目的に縛られる『教会』よりも、自由に動ける『魔術師』を危険視したのは当然の成り行きと言えよう。

 

「一応名前を付けるなら『反魔術師同盟』だが、連中の主張も有り勝ち的外れという訳ではない。……あの『魔術師』ならばやりかねない、この時点で大半の者はそう思っていたからだ」

 

 枝豆を口に放り込みながら「オレ自身もな」と冬川雪緒は態々注釈する。

 

「その『反魔術師同盟』もロビー活動に終始して『魔術師』の影響力を外堀から削っていくのならば意味があったんだが、過激派が雁首並べて飯事だけに満足する訳もない。程無くして『魔術師』の工房に無謀にも攻め入って、首謀者唯一人を残して全滅した」

 

 当然の経緯であり、生き残りが一人でもいた事に驚嘆するべきか。

 型月世界の魔術師にとって『魔術工房』は難攻不落の要塞であり、同時に絶対の処刑場でもある。間違っても生半可な戦力で攻め入って良い場所では無い。

 

「……という事は、首謀者は『魔術師』とグルだったという事か?」

「そうとも言われているし、二度と『反魔術師同盟』が結束しない為に意図的に残した不和の種とも言える。その生き残った首謀者は今も尚、声高に『魔術師』の排除の必要性を説いているが、語れば語るほど信頼を失うのは目に見えているだろう?」

 

 なるほど、最悪なまでに悪辣だ。その稀代の謀将が技術の精を費やした『魔術工房』で立て篭もっている、か。

 それは『銀河英雄伝説』の『イゼルローン要塞』に篭っている『ヤン・ウェンリー』並に無理ゲーな組み合わせじゃないだろうか? かの元帥閣下も魔術師呼ばわりされているし。

 

「信徒を増やす事で勢力を拡大させる吸血鬼及び異端殲滅機関『教会』、海鳴市を管理掌握する稀代の謀略家『魔術師』――現在の海鳴市の勢力図を語るには、あと三つの勢力を説明せねばなるまい」

「他に三勢力も……!?」

 

 一体、今の海鳴市はどんだけ人外魔境になっているのだろうか? 世界の凶悪犯罪組織が集合した湾岸都市『ロアナプラ』並にヤバいんじゃないのか……?

 

「『善悪相殺』の戒律をもって転生者狩りをする『武帝』、クトゥルフ系の魔術結社『這い寄る混沌』、学園都市の能力者をかき集める『超能力者一党』だ」

 

 一瞬だけ、冬川雪緒の無表情に感情が浮かんだが、物凄く嫌な表情をしていた。

 此方だって、理解が追い付かなくて頭痛がする思いだ。温くなったコーヒーに口をつける。……想像以上に不味かった。

 

「『武帝』は『装甲悪鬼村正』出身の転生者が立ち上げた復讐者の復讐者による復讐者の為の組織だ。主な構成員は転生者によって身内を殺された現地人であり、『真打』の劔冑を復讐の刃として日夜転生者狩りをする危険分子だ」

 

 思わず、開いた口が塞がらない。確かにこんなに転生者が居て暴れているなら、非転生者に被害が及び、復讐の念を燃やす者が居ても不思議ではない。

 それをよりによって『装甲悪鬼村正』の世界出身の転生者が力押しし、劔冑を与えて復讐の手助けをするなんて正気の沙汰じゃない。

 それに量産型の数打ではなく、一生涯に一領の『真打』の劔冑だと? 一領打つ度に一人死ぬあれを? それを一人悪を殺せば善も一人殺さなければならない『善悪相殺』の戒律を持って? 冗談と狂気のオンパレードだ、畜生。

 

「当然だが、その粛清と復讐の対象に君達十人の名前が新たに刻まれたのは言うまでもあるまいな。奴等は転生者であれば誰でも良いし、誰であろうが許さない」

「……マジかよ。全然リリカルしてねぇじゃん、もう」

「リリカルマジカルというよりも、リリカルトカレフキルゼムオールだな」

 

 全身脱力し、頭を抱えたくなる。冬川雪緒の渾身の冗談すら耳に入らない。彼等の打つ『真打』の性能が原作並ならば、並大抵の転生者じゃ生き延びれないだろう。

 かくいう自分も空を飛ばれては――いや、打つ手は結構ある方か。復讐鬼なんて、絶対に相手にしたくないけど。

 

「……話を続けるぞ。『這い寄る混沌』はその名前通り、邪神『ナイアルラトホテップ』を狂信するクトゥルフ系の魔術結社だ。邪神降臨の為ならば何でもするトチ狂ったテロ組織だ。噂では組織の主は『デモンベイン』出身の魔導書持ち――下手すると『鬼械神(デウスエキスマキナ)』持ちだそうだ」

 

 え? 何その最大級過剰戦力(オーバースペック)!? 剣と魔法の世界にガンダムが乱入するほど無粋な組み合わせじゃないだろうか?

 

「まぁあの世界の魔導師がヤバすぎるのは言うまでもないな。――『ニトロプラス系の転生者にマトモな奴はいない』とは誰が言ったか知らぬが、格言だな」

 

 OK、とりあえず一旦、これに関しては思考を放棄しよう。自身の精神的な衛生の為に。

 この世界に『無垢なる刃(デモンベイン)』を駆るに相応しい人物が居る事を祈るばかりである。

 

「『超能力者一党』は『とある魔術の禁書目録』系統の能力者をかき集めている連中で、詳しい目的は未だ解っていない新興勢力だな」

「能力者をか。超能力者(レベル5)相当のは居るのか?」

「さぁな。もし存在するとすれば、それなりの脅威ではある」

 

 『とある魔術の禁書目録』では舞台となる『学園都市』にて生徒の能力開発が行われており、その能力の強度(レベル)によって無能力者(レベル0)、低能力者(レベル1)、異能力者(レベル2)、強能力者(レベル3)、大能力者(レベル4)、超能力者(レベル5)の六段階に分類される。

 大能力者の時点で軍隊において戦術価値を得られる力と評価され、原作で七人しか存在しない超能力者にもなると一人で軍隊と対等に戦える程の決戦戦力と評価される。

 その超能力者をして、それなりの脅威で済ませるとは、この海鳴市の実力者の化け物っぷりが何となくであるが察せてしまう。

 

(今の処、規模が解らないが、危険度が高いと判断しているのか)

 

 その新興組織を四つと同列に扱う理由を個人的に推測し、大体納得が行く。

 

「矢継ぎ早に説明したが、五つの勢力の説明は大体終わったな。この時点で何か質問はあるか?」

「想像以上にヤバい奴等ばっかりなのは理解出来たが――アンタらの立ち位置を知りたい」

 

 冬川雪緒はオレンジジュースを飲み干し、一息つく。いつの間にか、葡萄と枝豆は食べ切られていた。

 

「俺達『川田組』はスタンド使いを集め、他の勢力に協力する事で様々な利益を得ている。時には味方し、時には敵対する――言うなれば裏専門の便利屋だ。お世辞にも正義の味方とは名乗れないがな」

 

 この五つの大勢力で軋めく海鳴市の絶妙なパワーバランスを調整する緩衝材、といった処か。

 

「長々と話したが、判断材料はある程度与えた。君の答えを聞こうか。我が組に入るのならば組織の庇護下に置いてある程度の身の安全は保障出来る。一匹狼を貫きたいのならば、それも良いだろう」

 

 ……最終的な目的は勧誘か。確かに悪くない話である。

 正直、此処で聞いた情報を前提に判断するならば、即決しても良い程だ。この人外魔境の街を一人の力で生き延びられる自信など何処から沸いてこようか。

 ただ、問題なのは今与えられた情報の真偽を問い質す方法が自分には無いという事だ。流石に全て鵜呑みにするほど冬川雪緒を信頼出来ない。

 

「……少し、考えさせて貰っても良いか?」

「ああ、無理に今すぐ結論を出せとは言わない。ただ、時間は待ってくれないがな。――何か起こったらすぐに連絡しろ。もしかしたら骨を拾う事ぐらいは出来るかもしれん」

 

 死亡前提かよ、と突っ込む間も無く、彼は胸ポケットから一枚の名刺をテーブルに置く。

 流石にそれを触る真似は出来ない。これにスタンド能力で何らかの仕掛けが施されていないという保障は何処にも無い。

 この名刺に接触しただけで能力発動条件が整う、という事だけは絶対に避けたい。電話番号とアドレスを携帯に手早く登録する。

 

(……此方のその様子を確認するまでもなく、立ち上がって背を向けたか。注意しすぎか? 仕掛けは無かったのでは――いや、警戒に越した事は無いか)

 

 ほんの些細な行動が致命傷になりかねないのは前世でこれでもかと思い知った事だ。相手は未知のスタンド使い、幾ら注意しても足りないだろう。

 

「ああ、あと夜は絶対出歩くなよ。吸血鬼の残党に『虚(ホロウ)』に怪奇に妖怪、最近は『まどか☆マギカ』の『魔女』まで徘徊してやがるしな」

「……もう何でもありだな。という事はインキュベーターと『まどか☆マギカ』式の魔法少女がいるのか?」

 

 思わず脳裏に「ボクと契約して魔法少女になってよ!」という世迷言が再生される。

 もし、あの生物(ナマモノ)がいるなら、レイジングハートが高町なのはの手に渡る前に契約しかねないが……。

 

「いいや、そっちは確認されていない。不思議な事に『魔女』だけだ……全く、こんな状況で原作が始まれば対処出来なくなるのは目に見えているがな。『ジュエルシード』と『グリーフシード』が引き起こす未曽有の化学反応、想像すらしたくない」

 

 そうぼやき、冬川雪緒は静かに立ち去った。

 ……海鳴市の未来は恐ろしいほど前途多難であるようだ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02/残り六人の転校生

 

 

 

 燃え盛る噴煙の渦の中、私は夜空に輝く満月を眺める。

 幾星霜の夜を越えて尚も不変の月は美しく、今際に見納めるには至高の景色だった。

 

 ――この世界は見るに耐えない。

 醜いのではない、自分にとって世界は余りにも脆すぎた。

 

 遠くから啜り声が聞こえる。泣き喚いてとうに枯れ果てた子供の声が。

 相も変わらず泣き虫の小娘が、どうしようもなく、泣いている。

 けれども、振り向かずに炎の中を突き進む。今世の別れは既に済ませた。今後、どのような道を歩むかはあれ次第であり、今から逝く自分には関係無い事だ。

 

 ――薄々予感していた。

 この死に様に至る事は前世から決定していたものだ。

 一度ならず、二度も同じ死に方をするのは御免だったが、今はそれでも良いかと思える。

 

 ――何せ、その御蔭か、あの『彼女』を自力で引き当てたんだ。

 我が業の深さは他とは比べ物にならぬほど格別というものだ。それだけは誇って良い。

 

 揺らめく陽炎に焦がされ、薄れる意識の中で『彼女』の姿を幻視する。

 今でも一片も色褪せずに思い浮かべられる。恐らくは地獄の底に落ちても鮮明に思い返せるだろう。

 

 ――その瞳を覚えている。その髪も顔も輪郭も、その身に纏う穢れ無き神聖さも、この胸の奥に刻み込んでいる。

 

 君と共に歩んだ『一週間』こそが我が人生最高の瞬間であり、君のいない人生は一寸の光無き暗闇だった。

 まるで夢のような『一週間』だった。君と一緒なら何でも出来た。不可能を可能に落とし、理不尽や不条理を二人の力を持って何度も覆せた。

 あの『一週間』を君と共に戦い抜き、『奇跡』という名の栄光を掴み取る事が出来た。

 

 ――そして君は消え去った。夢とはいつか覚める幻だと、それが現実だと言うように。

 

 彼女の姿を一目見た瞬間、私の心は永遠に捕らわれた。

 一目惚れなど都市伝説の類だと思っていたが、自分で体験すると中々笑い飛ばせない。

 生涯で唯一度のみ、それは燃え盛る灼熱の炎のような『恋』だった――。

 

 

 02/残り六人の転校生

 

 

「ハァ、ハァッ、畜生、一体全体どうなってやがる……!」

 

 息切れしながら誰もいない廊下を走り、階段を登り切って屋上に出る。

 人が居ない事を瞬時に確認する。当然ながら居る筈は無い。今の時間帯は一時限目の授業中であり、体調不良と偽って抜け出して来た自分以外、居る筈が無い。

 即座にアドレスを漁り、昨日登録したばかりの番号をコールする。二回鳴り、三回目でその相手は出て来た。

 

『――秋瀬直也か』

「……転校生四名が行方不明になっている。それについて詳しく聞きたい」

 

 そう、今日、学校に来てみれば、四人の転校生が行方不明であり、見かけたら連絡するようにという有り難い朝礼が伝えられた。

 これが転校生でなければ「思春期特有の突発的な家出か?」で済ました処だが、自分と同じ精神年齢が著しく狂っている転生者となれば話は変わるものだ。

 そんな此方の焦りとは裏腹に、電話の主の調子はいつも通り、平常運転といった無感情っぷりだった。

 

『ん? ああ、そうか。君は余所者だったな。その辺の感覚は俺達と異なるのか――この街では『行方不明=死亡扱い』なんだよ。死体は探しても絶対見つからないという意味の』

 

 此方が否定したかった事実を何気無く全否定しやがった。

 全身から力が抜け、尻餅付いてしまう。昨日の説明された段階でこの街は異常だと思っていたが、余りにも現実味が欠けていた。

 だが、昨日の今日で四人も行方不明、いや、死亡した事実を突き付けられ、背筋が凍り付く思いだ。正直、甘く見ていたと言わざるを得ない。

 

『何処の誰に殺されたか、それを完全に把握しているのは、当事者を除けば『魔術師』だけだろう。他の転校生にも対象問わず幾多の勢力から説明及び勧誘が行われた筈だから、その四人は此方の忠告を聞かずに夜を徘徊したのか、他の勢力の利害に衝突して消されたのだろう』

 

 現実逃避する間も無く、冬川雪緒は淡々と聞きたくもない事を述べる。

 

『――率直に言うならば、君達転校生の立場は非常に危うい。君達を通して原作介入への糸口にしようとする勢力もいるだろうし、それ故に邪魔者として一斉排除を企む勢力もいるだろう。組織の庇護下にない者を始末するなど容易い話だからな』

 

 昨日、彼が言っていた『時間は待ってくれない』とはまさにこの事だったか、と項垂れながら理解する。

 

『君達がどれほど優れた素養を持っていようが、それが完全に華開くのはあと数年の歳月が必要だ。今のお前達は小学三年生の無力な餓鬼に過ぎない。その世代に生まれたのはむしろ不運だったな』

 

 幾ら特異な能力があっても、本体が子供程度の身体能力しか持たないなら、他の成熟した転生者にとって格好の鴨でしかないだろう。

 どうにも二次小説では高町なのはと同年代の転生者ばかりの物語が多かったが、老化で耄碌しなければ先に生まれた方が有利なのは言うまでもない事である。

 道理で、その世代の転生者が完全に駆逐されている訳だ。

 

『さて、無駄話はこれぐらいにしておいて、建設的な話をしようか。このままでは遠からずに何者かの魔の手に掛かって享年九歳という事になる。だが、君が我々の組に入るのならば、我々は全力を持って君の生存を手助けしよう』

「……選択肢なんて、初めから無いじゃないか」

『選択する機会は与えた。理不尽な二択ではあるが、この街では有り触れた事だ。早めに慣れろ、じゃないと死ぬぞ』

 

 ったく、転校二日目にして早くも人生の分岐路に立つとは。

 だが、冬川雪緒との出遭いはむしろ幸運だったと言うべきか。コイツの正誤は正確に見極めてないが、最早一刻の猶予も無いだろう。

 

「……解った、お前達の組に入る。元より選択肢は無いみたいだしな。――で、オレは何をすれば良い?」

 

 

 

 

『――君の初仕事は簡単だが、同時に至難でもある。これを達成させて初めて俺達は君を信頼出来る仲間として迎えられる』

 

 まさかライターの火を一日中付けて守ってこいとか言うんじゃないだろうな、と脳裏に過る。

 いや、あれは刺せばスタンド能力が開花する『矢』によって『スタンド使い』を量産しようとする試みだ。元々『スタンド使い』であるオレの試金石には成り得ないし、そもそもこの世界に『矢』なんて無いだろう。

 

『指定されたコインロッカーから『ケース』を取り出し、丘の上の幽霊屋敷――『魔術師』に手渡して報酬を受け取る。それが君の記念すべき『初仕事(ファーストミッション)』だ』

「……は!? 待て待て、お前が散々要注意人物だと言っていた『魔術師』にか!?」

『確かにあの『魔術師』は恐るべき存在だが、ビジネスパートナーとしては破格の存在だ。――最も恐るべき勢力に我々の庇護下に入った事を知らせる。これ以上に君の生存率を上げる方策は他に無いのだが?』

 

 そう言われては反論のしようが無い。そして『ケース』の中身が激しく気になるが、迂闊な事を聞かない方が良いなぁと口を閉ざす。

 必要な事なら喋るだろうし、知る必要が無いなら喋らないだろう。この際、中身は自分にとって余り重要じゃないって事だ。

 

『幾つか注意事項がある。あの『魔術師』の前で絶対に隙を見せるな。弱味を握られたら最期だと思え。奴の屋敷の中で間違っても敵対行動を取るな。スタンドを出した日には瞬時に屋敷の魔術的な仕掛けで抹殺されるぞ。――奴の眼の事について、それに関する類の事を絶対に口を出すな』

「眼に関する事? 確か盲目だったけ?」

 

 『三回目』の転生者なのに先天的な障害があるなら、配慮しておいた方が良いだろう。

 だが、此方のその揺らいだ空気と、冬川雪緒との空気の温度差は致命的なまでに食い違っていた。

 

『――良いか? 勘違いしているようだからもう一度忠告するが、これは太陽が『東』から昇って『西』に沈むのと同じぐらいの決まり事だ。今一度確認するぞ、解っているのか?』

 

 感情を表に出さない彼が声を荒たげて深刻さを醸し出して念を押す様に、この物事の重大さを否応無しに察知する事となる。

 

「……ちょっと待ってくれ。それはジョジョでいう「この世」と「あの世」の境界にある『決して後ろを振り向いてはいけない』のと同じぐらい重要な事か? 型月でいうなら蒼崎橙子さんを『あの名』で呼ぶぐらいヤバい事なのか――?」

 

 敢えて『あの名』は言うまい。唱えただけで死亡確定になるような呼び名など、不吉過ぎて唱えたくもない。

 それと同レベルのヤバさとは、一体『魔術師』はどれほど恐ろしい化物なのだ? 背筋に氷柱を突き刺されたかのような感触を味わった。

 

『その認識で良い。わざわざ核弾頭並の地雷を踏み抜きたいような特殊な性癖は無いだろうな?』

「ねぇよォ――ッ! お前はオレを自殺志願者だと勘違いしてねぇか!?」

 

 思わず怒鳴り込んでしまったが、少しだけ反省する。

 尤も、冬川雪緒の方は大して気にしてなかったようだ。

 

『それと、ロッカーの中には『テープレコーダー』と『盗聴器』が入っている。『盗聴器』は自身の衣服の目立たない場所に仕込み、『テープレコーダー』は『魔術師』の屋敷に入ったと同時に録音ボタンを押せ』

「……やれやれ、全然信頼されてないって事か?」

『そういう意味でもあるし、別の意味もある。前者は『魔術師』と結託して我々を陥れられては非常に困る。後者はお前自身が『魔術師』に『暗示』を掛けられていないか、後で確かめる為だ』

 

 ……物騒な事を平然と付け加えやがったぞ、コイツ!?

 確かにあの世界の魔術師の暗示は耐性の無い者にとって脅威以外何物でもなく、普通に死活問題になりかねない。

 例え『スタンド使い』であってもその類の耐性があるとは限らない、か。

 

『まぁそういう訳だ。健闘を祈る』

 

 こうして、前口上からして物騒極まる『初めてのお使い(ファーストミッション)』が始まったのだった。

 

 

 

 

「重くはない……? 予想に反して何ら変哲も無い『ケース』だが、何が入っているんだ、これ?」

 

 保健室に行って早々に体調不良の為に早退すると伝え、早足で指定されたコインロッカーから『ケース』を回収する。

 『ケース』そのものはこれといって特徴は無く、子供の自分でも軽々運べる程度のものだった。

 

(まぁともあれ、邪魔が入らない内に『魔術師』の屋敷を目指すか)

 

 最速で事を運んだのは、予期せぬ邪魔が入らないように授業中の時間帯を狙ったからに他ならない。

 幾ら同年代に転生者が十人、いや、もう六人か。それしかいなくても、他の年代にはまだまだ居る。

 その誰も彼もが学生とは思えないが、少なくとも遭遇率は下がっているだろう。

 

「……ん、あれ?」

 

 そしてこの時間帯は予想通り人通りは少ない。少なかったのだが――今は誰一人居ない。日常に零れる生活音さえ皆無である。

 まるで異世界に迷い込んだ違和感に苛まれる。嫌な予感がした。

 

(……へぇ。これが『人払い』の結界って奴? 魔術か魔法かは知らんけど便利なものだ)

 

 案の定、何者かが仕掛けてきたかという感じである。

 話の流れから『ただ物を届けてそれで終わり』にはならないだろうなぁと薄々思っていた処である。

 周囲を警戒して奇襲に備える最中、その『人払い』をやったと思われる張本人は堂々と前から現れた。

 

(ヘンテコなゴテゴテ服に無骨な機械の杖……『バリアジャケット』なのか? となるとリリカルなのは式の魔導師か)

 

 目の前に現れたのは黒と白を基調としたハイセンスな『バリアジャケット』を装備する十四歳ぐらいの金髪の細い男であり、どういう訳か、ヤク中かと疑いたくなるほど眼が血走っていた。

 

「……手荒な真似はしたくない。その『ケース』を渡して貰おうか……!」

 

 杖を此方に突き付け、『ケース』を要求する。

 疑う余地の無い、非常に解り易い『敵』である。騙し討ちや奇襲をして来なかったのは褒めて良いのだろうか?

 

「……? ン? ああ、オレに言っているのか?」

「貴様以外、誰が居る!」

 

 軽いジョークも怒号で返される。随分と余裕の無い襲撃者だ、いや、何故だか知らないが、目が異様に血走っている。既に精神が極限まで追い詰められているのか?

 

(うーん、囮かと思ったが、他にはいないな。マジで何しに来たんだ? コイツ)

 

 現状解っている事は自分の持つ『ケース』を強奪しに来たという事。つまりは此方の動きはある程度筒抜けであり、自分の事を『スタンド使い』だと知っている前提となる。

 にも関わらず、真正面から挑んだのは何故か? 此方の『スタンド』の全貌は未だ誰にも知られてないし、正攻法で勝てるという勝算があっての行動なのだろうか?

 

 ――もしかしたら、物凄く舐められているのだろうか?

 幾らこの身は小学生でも、前世から幾多の修羅場を乗り越えた『スタンド』は全盛期のままだ。正確に言うならば、成長している段階のままなのだ。

 

「オッケィオッケィ、落ち着こうぜ。まずは深呼吸して息を整えたらどうだ?」

「……テメェ、ふざけてんのか? 人払いの結界は張った。これからいつでも料理出来るんぞっ!?」

 

 

「ああ、それはどうでも良いんだが――お前『一人』か? 別の協力者がいたりとかはしたりする?」

 

 

「何を訳の解らん事を! 早く『ケース』を渡せッ! 非殺傷設定で死なないと思っているなら大間違いだ! 殺して奪っても良いんだぞ……!」

 

 良かった。人払いの結界を張った奴が別にいたらどうしようと思っていた処だ。十中八九、コイツは単独犯だろう。

 ――ならば、後腐れ無くブチのめすまでだ。

 

「だってなァ~……お前、見えてないっしょ? オレの『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』が」

 

 奴との間合いは既に十メートル、此方の『スタンド』の射程距離にぎりぎり入っていた。

 

「――っ!? ……っ、ィ!?」

 

 奴の無防備な顎をアッパーで打ち抜き、続いて足を全力で蹴り抜く。

 金髪の細男はくの字に折れて訳も解らず地面に尻餅付く。

 

「――っ!? な、何……!?」

「へぇ、足を叩き折るつもりで蹴ったんだが、存外に『バリアジャケット』というのは硬いもんだなぁ」

 

 まぁ近接型の脳筋と違って遠距離型はパワーが低いから、仕方無いと言えば仕方無いか。

 金髪の男は慌てて此方に杖を向けようとするが、その金属の棒切れを『スタンド』の手刀で即座に叩き斬る。

 此方の方の強度は全然無いようだ。だが、そんな光景を想像していなかったのか、自身の杖の鮮やかな切り口を男は唖然と眺めた。

 

「でもまぁ関係無いよな。その無防備に露出している顔を愉快爽快に整形すれば良いんだから――」

「ま、待て。まいっ――!?」

 

 顔に一発右拳を叩き込み、続けて左拳も叩き込む。

 勿論、それだけじゃ終わらない。同じ動作を再起不能になるまで繰り返す――所謂『オラオラ』『無駄無駄』のラッシュである。

 

 ――これと言って、原作のような掛け声が思い浮かばなかったのは残念な話である。

 

 いや、いきなり『オラオラ』や『無駄無駄』や『WRYYYY』やら『アリアリ』やら『ボラボラ』と言っても格好が付かないでしょ? 他人のパクリだし。

 

「――これが我がスタンド『ファントム・ブルー』だ。と、格好付けたが、お前には姿形も最初から見えないようだけどな」

 

 凄絶にボコってぶっ飛ばした後、改めて我がスタンドをまじまじと眺める。

 蒼を主体とした比較的細い肉体の人間型のスタンド、左眼模様が上下に何個も並んだ独眼の仮面に蒼のローブを纏っている。

 亡霊の名に相応しい出で立ちだが、開いている右眼は不気味なほど紅く輝いている。両手の甲には扇風機のようなプロペラが内蔵されている。

 

「それにしても、これは良い収穫だ。なのは式の魔導師に『スタンド』は見えない……『スタンド』は生命力の像、発展しすぎた『魔法』みたいな『科学』とは逆方向のベクトルなのか?」

 

 なのは達ぐらい馬鹿げた魔力の持ち主でも、幾らでも奇襲出来るという事だ。

 二回目の転生者は必然的になのは式の魔導師だと考えて良いなら、簡単に駆逐されても仕方ないなぁと思わざるを得ない。正攻法では強いが、搦め手が全く無い印象だし。

 とりあえず、この再起『可能』の魔導師をこのまま放置しておくのは危険過ぎる。携帯で冬川の指示を仰ごう。

 

「『ケース』を奪いに来たミッドチルダ式の魔導師と戦闘になって気絶させたが、この『ケース』って結構重要なものなのか?」

『いや、大して重要なものでもない。能力が不明の『スタンド使い』を敵に回すリスクに比べれば微々たるものだ』

 

 そのリスクをろくに考えなかった奴に襲われた矢先に、簡単に言ってくれるものだとため息付く。

 こんな奴でも奇襲されたり、相手が戦い慣れていれば苦戦は必至だろうに。というか、何で飛んで攻撃して来なかったんだろう? もしかして飛べなかったのか?

 

『其処に気絶している魔導師は我々が回収しよう。色々尋ねないといけないしな。道中、何があるか解らんが、初めてのお使いを見事果たしてくれ』

 

 

 

 

 ――丘の上の幽霊屋敷。その格式ある洋館の第一印象は『DIOの館』だった。

 

(実際に元吸血鬼の館だったんだから、的を射ていると思うが――まさか『ペットショップ』のような番鳥はいないだろうな? 『不死の使い魔』を飼っているそうだが……)

 

 庭の手入れはある程度されており、色々とカラフルな花が植えられているが、ラスボスが住まう館に相応しい風格というか威圧感をこの屋敷は漂わせている。

 何というか、先ほどの茶番が遥か彼方に忘れ去られるほど、濃密な死の気配を感じるのだ。

 

(本当にこの屋敷に足を踏み入れて生還出来るのか……?)

 

 生きて無事に帰れるビジョンがまるで見えない。なるほど、誰も彼も此処に来る事を躊躇する筈だ。

 重い足取りで恐る恐る近寄り、永遠に辿り着けない事を願ったが、不運な事に玄関前に辿り着いてしまう。

 厳つい扉の前には呼び鈴らしき文明の利器は無く、明らかに来る者を全力で拒んでいた。来訪者を拒んでおいて、去るのは許さないのが何ともあの世界の魔術師らしい処だろう。

 

(……落ち着け。今回は取引相手として来たんだ。この『ケース』を渡して報酬を受け取るだけの簡単な仕事だ。何も恐れる事は無い)

 

 一・二回深呼吸し、意を決して扉を開く。気分はレベル1で魔王の城に殴り込みに逝く感じであり、遊び人ソロとか正気の沙汰じゃねぇ。

 

「す、すみませーん! 誰か居ませんかぁー?」

 

 思わず声が上擦る。

 館の中は予想以上に明るく、玄関後の広間には如何にも高そうな壺やら絵画が飾っており、どう見ても罠にしか見えず、警戒心を更に強める。

 

(近寄ったらクレイモア地雷が発動して鉄球数百発が飛んでくるに違いない……って、それは『魔術師殺し』の衛宮切嗣限定か?)

 

 程無くしてぱたぱたと軽い足音を立てながら――何と、猫耳メイドの、自分と背が同じぐらいの、九~十歳程度の少女が現れたのだった。

 どうやらこの屋敷に日本国の労働基準法は適用されてないらしい。思わず彼女を雇う『ロリコン』魔術師に殺意が芽生えたのだった。

 

「はいはーい、何方様でしょうか? 昼前に関わらず屋敷に侵入した自殺志願者は『教会』に逝って懺悔して下さいなー」

 

 言っている事はかなり酷いが、赤色寄りの紫髪でツインテール、鮮血の如く色鮮やかな真紅の瞳の、漫画の世界から出て来たような可愛らしい美少女だった。

 黒色の猫の耳みたいな頭飾りを付け、黒色のメイド服を着こなしている。フリフリのミニスカートは太股半分隠す程度の短さで、これまたフリフリのニーソックスの絶対領域が何ともけしからん。

 

「子供……?」

「うわぁーい、子供に子供扱いされましたー。超ショックです。新手の『スタンド使い』の精神攻撃は斯くも強大です!」

 

 えーんえーんと少女は泣く素振りを演じながらからかってくる。というか、『スタンド使い』だと解っている? 明らかに見逃してはいけない文面があったぞ……!

 

「あ、いや、えと、此方の要件はご存知で……?」

 

 見目麗しい外見に騙される処だった。此処が人外魔境の『魔術工房』である事を片時も忘れてはいけないのに。

 オレは恐る恐る猫耳メイドの少女に尋ねる。

 

「はいはい、承っておりますよ。それではご主人様の下にご案内しますが、私が歩いた箇所以外は危険ですので、絶対に踏み込まないで下さいね。接触式で発動する罠とかもありますので不用意に屋敷の物を触るのも超危険です」

「……え? もしかして、正式な来訪者とかが来ても、屋敷の魔術的な仕掛けを一旦解除とかはしてないの?」

「勿論、年中無休で発動中ですよ? ですから、私の案内中に死亡するのだけはよして下さいね。それだと私がご主人様に責められてしまいますっ!」

 

 ああ、オレの生死は最初から度外視なのね。やっぱり人でなしの『魔術師』の飼う猫耳メイド娘は人でなしの性格だったようだ。実に残念である。

 

(……あの猫耳、本当に頭飾りか? 何か揺れているし、動いているし、オマケに尻尾まである……? パタパタ揺れているという事は結構ご機嫌なのかな? やはり犬より猫だなぁ……!)

 

 そしてオレは彼女の後ろ姿をまじまじと和みながら眺め、彼女の歩む道を寸分も狂わずに辿って屋敷の奥に進んでいく。

 

(……とは言え、屋敷そのものは異常だな。空気が完全に淀んでやがる。まるで千年間煮詰めたような地獄の釜みたいだ)

 

 何というか、屋敷の中は豪華絢爛で、予想以上に陽の光が差し込んでいるのに関わらず、何処か息苦しい。

 何事もない廊下なのに魔的な雰囲気を漂わせているぐらいだ、どんな凶悪な即死トラップが仕込まれているのか想像すら出来ない。

 地雷原だらけの敵地を恐る恐る行軍する兵士の如く、警戒心を最大にして歩いていく。

 

「それにしてもスタンド使いは酷い人ばっかですねぇ」

「……と、言うと?」

「新人に最もやりたくない危険な仕事を押し付けるなんて最低です。でもまぁ次の新人が来るまでの辛抱です。どうか挫けずに頑張って下さいな」

 

 咄嗟に振り向いて見せる、その穢れ無き純真無垢な笑顔に癒されるが、何気無い世間話でも言っている事は相変わらず酷い。

 危うくその笑顔に流される処だった。恐るべし、猫耳メイド……! 破壊力ありすぎじゃね? というか『魔術師』爆ぜろ。

 

「何で『ケース』を届けるだけでそんなに危険なんだよ!?」

「だってうちのご主人様、超ドSですし、愉悦研究会入り間違い無しの性格破綻者ですし、無事で済む方がおかしいと思いません?」

「可愛く小首傾げておいて、こっちに聞くなよそんな事ッ!?」

 

 あれこれそんな馬鹿話をする間に緊張感が皆無になってしまったが――そういえば、『魔術師』が飼う『不死の使い魔』ってまさか彼女の事なのか……?

 

(ははは、そんな馬鹿な。どうせ他に化物じみた奴が居るんだろう。そうに違いない)

 

 人、それをフラグというが、知らんと言ったら知らん。

 

 

 

 

「――初めまして。私の名前は神咲悠陽だ。短い付き合いか長い付き合いになるかは君次第だが、以後宜しく」

 

 そして幽霊屋敷の居間にて、噂の『魔術師』と対峙する事となる。

 

 ――薄影の中でも尚煌めく長髪は、豪炎の如くというよりも鮮血の如く麗しき真紅。

 両眼は頑なに瞑られており、その作り物めいた容姿端麗な顔立ちは恐ろしいほど無表情のまま微動だにしない。

 

(年齢は十八歳ぐらいか……にしても、威圧感パネェ……)

 

 洋館の主でありながら、その身に纏うのは不似合いなまでの和風の着物であり、喪服を思わせるような漆黒に赤い浅葱模様が強烈に浮かんでいる。

 ただ靴は洋風のブーツであり、その無国籍の和洋折衷振りは『両儀式』を連想させる。

 確かに彼の整った顔立ちもまた中性的だが、彼の纏う気質と風格は絶対零度の冷徹さと太陽の如き苛烈さを束ね合わせ、他を認めぬ唯我性を悠然と見せつけ――率直に言うなれば、極めて排他的だった。

 

「……秋瀬直也です。宜しくお願いします」

 

 一応、失礼の無いように細心の注意を払いながら挨拶する。

 とりあえず、世間話をするような仲でもあるまい。早速本題に入る事とする。

 まるで生きた心地がしない。地に足がついてない、というよりも、首に巻き付いたロープ一本で吊らされているような感覚、一秒足りても長く此処に居たくないのが本音だ。

 

「これがオレが預かった『ケース』です。お受け取り下さい」

「へぇ、随分と頑張ったようだね」

 

 運んできた『ケース』をテーブルに置き、少しだけ前に押す。

 盲目の筈の『魔術師』は淀みない動作で『ケース』を自分の下に引き寄せ、目の不自由さを全く感じさせずに平然と『ケース』を開いた。

 

(本当に盲目なのか? 別の手段で外界を認識する術でもあるんかねぇ? まぁあの世界の魔術師だし、それぐらい当然か?)

 

 何て考えながら、気になっていた『ケース』の中身を確認する。

 其処には十個の、小さな黒い球体状の何かが納められていた。球体の中心には針のような突起物が上下の両端に伸びており、よくよく見れば一つ一つ微妙に模様が違っていた。

 一瞬、これが何なのか解らなかったが、瞬時に思い至った。

 

「……なっ、『魔女の卵(グリーフシード)』だとォ!? し、しかも十個も……!?」

「何だ、彼等から説明されてないのか? 新人教育がなっていないなぁ」

 

 やれやれ、と言った感じの素振りを見せ、『魔術師』は『ケース』を閉めて猫耳メイドに運ばせる。

 一体全体、何がどうなっているのか、混乱して思考が定まらない。此方の混乱を察してか、『魔術師』は口元を嬉々と歪めた。

 

「最近の海鳴市では『魔女』が多数目撃されている。放置するには危険過ぎる災害だが、生憎と此方は忙しくて手が回らない。それ故に私の処では『魔女の卵』一つ二百万円で取引している」

 

 となると、あの道中襲ってきた魔導師は金目当てだったという事か?

 そう考えると、納得出来る話である。あの追い詰められっぷり、金銭に大層困っていたに違いない。

 

「尤も、これは『魔女』討伐の報酬であって――『魔女』を養殖した愚者の結末は聞きたいかね?」

「全力で遠慮させて貰います、はい!」

 

 全力で怖がる此方の反応を見て(?)か、『魔術師』は「そうか、残念だ」とくつくつ笑う。性格の悪さが処々で滲み出ているなぁ。早く帰りたい。

 

(にしても、魔女討伐させるだけが目的じゃないだろうなぁ。どうせえげつない事に再利用するに違いない)

 

 本当にコイツに渡して良いのだろうかと思うが、もう今回のは持っていかれたからどうしようも無いか。

 程無くして帰ってきた猫耳メイドの少女はある物を両手に抱えて運んで来て、自分の目の前に丁寧に置いた。

 それは聳え立つ長方形の塊が二つ、一瞬、それが何か判別出来ずに頭を傾げたが――表面に諭吉さんが輝いており、想像出来ないほど束ねられた万札のブロックだった。

 一生を費やしても入手出来るか、否かの大金が今、自分の目の前にあった。

 

「――『二千万』だ。一応確認しておいてくれ、数え間違えから無用なトラブルに発展するなど、双方にとって不利益だろう?」

 

 ……うわぁ、やべぇ。こんな大金をぽんぽんと出せるほど財力も持っているのか。

 最初から底知れぬ『魔術師』にびくびくしながら札束の勘定を始める。金を数える指先の震えが止まらない。一応百万単位でも小分けにされているので数えやすい配慮はされているようだ。

 数えながら、オレは私用を果たす事にした。此処に来た理由の半分はそれである。

 

「……一つ、聞いていいか? 行方不明になった四人の転校生の事だ。アンタなら知っているのだろう?」

「勿論、知っているとも。その内の一人に関しての情報料は無料だ。聞くかね?」

 

 世界を裏から支配する大魔王の如く『魔術師』は愉快気に嘲笑う。

 それを聞いては後戻り出来ない、そのある種の予感はひしひしとしていた。けれども、躊躇せずに首を縦に頷く。

 真相を知らずに暮らすなんて、そんな事は我慢ならない。例えそれが地獄への招待状だろうが構うものか。

 

「うちをテーマーパークか何かと勘違いしたのか、昨晩未明に訪れた。来訪理由を丁寧に尋ねたのだが、同学年のクラスメイトに『街に蔓延る悪の魔術師を倒して』と唆されたそうだ」

 

 ソイツの生死は最早聞くまでもないな。ご愁傷様として言い様が無い。楽に死ねた事を祈るばかりだ。

 しかし、同学年のクラスメイトだと……? おかしい。『転生者』は転校生十人だけの筈。転校した直後に関わらず『魔術師』の存在を知っている者がいるのだろうか?

 いや、そもそも前提からおかしいのでは無いだろうか?

 此方の疑問は余所に、『魔術師』は構わず話を続けた。

 

「――『豊海柚葉』。事前調査では『転生者』では無かった筈だが、今現在では『眼』と『耳』を送っても即座に潰される始末だ。実にきな臭い、年不相応の少女だと思わないか?」

 

 その『魔術師』の口振りから、豊海柚葉なる人物が『転生者』なのではと疑っているのは間違い無いだろう。

 というよりも、全てを把握している『魔術師』が発見出来てなかったイレギュラーだと? きな臭い処の話じゃない。見えている核地雷じゃないだろうか?

 

 ……あ、やられた。これは聞いてはならない話だった、と今更ながら猛烈に後悔する。

 

 背筋に冷や汗が止め処無く流れ落ちる。そして『魔術師』の顔を改めて恐る恐る窺う。

 

 ――『魔術師』は愉しげに笑っていた。袋小路に迷い込んだ哀れな獲物に最後の一撃を加えようとする狩人のように。

 目が見えない癖に、まるで此方の心理状況を全て見透かされているかのような錯覚すら感じる。嫌な感覚だった。精神的な圧迫に気負されてか、掌から滲み出る汗が気持ち悪い。

 

「彼女に関する情報を高く買おう。どんな些細な事でも良い。彼女について調べて欲しい。――君には期待しているよ、秋瀬直也」

 

 

 

 

「無料ほど高く付く買い物は無い。今後の教訓にする事だな」

 

 昨日の店で待ち合わせ、冬川雪緒に全部包み隠さず報告する。飛び切り厄介事を押し付けられた事も含めてだ。

 二千万の札束を渡し、手早く数え終わった後、冬川雪緒は札束を一つ抜き取ってオレの前にぽんと置いた。

 

「この百万は君の取り分だ。受け取れ」

「子供のお使い如きでそんなに貰って良いのか?」

「誰もやりたがらないからな。好き好んで『魔術師』と相対したい奴はいない。……正確に説明すると、50%が組織の取り分で上納、『魔女の卵』を入手した者に45%、配達人に5%だ」

 

 ……まぁあの『魔術師』に二度と遭いたくない気持ちは同意する。

 けれど、自分はあの『魔術師』と何度も遭う事になるんだろうなぁ、と今から憂鬱な気分になる。

 それもその回数を自分で増やしたのだ。自業自得とは言え、中々に笑えない。

 

「……さて『魔術師』の新たな依頼だが、相変わらず厄介極まるぞ」

 

 オレンジジュースを飲みながら、冬川雪緒は真剣に語る。

 にしても、アルコールの類は飲めないのだろうか? オレンジジュースじゃ今一格好が付かないと思いながら砂糖ありありのコーヒーを飲む。

 

「あの『魔術師』はどうやって街の状況を把握していると思う?」

「……『眼』と『耳』になる使い魔を大量にばら撒いているのか?」

 

 原作の魔術師でも動物型の簡易使い魔とかで偵察とかやっていたよなぁ、と思いながら冬川雪緒が頼んだ枝豆を摘む。結構美味しい。

 

「恐らくな。そしてそれは手段の一つに過ぎない。我々の想像すら付かない方法で、この何気ない会話も奴には全て筒抜けという可能性がある」

 

 情報を制する者が世界を制する。誰よりも苦心しているのはあの『魔術師』なのだろう。厄介な奴に眼を付けられたものである。

 

「『豊海柚葉』はその情報網を掻い潜る能力の持ち主であり、擬態能力に長けた人物だろう。今の今まで『転生者』だと発覚しなかった高町なのは世代、最大級のイレギュラーの内情を探るんだ。覚悟しろ」

「言われなくても、今回のがどれだけヤバいヤマなのか実感しているさ」

 

 自分から首を突っ込んだから、もう覚悟完了済みだ。それに自分の身近に潜む巨悪を無視するなんて、自分にはどう頑張っても出来ないだろう。

 前々世からの性分とは言え、我ながら度し難いものである。

 

 ……『魔術師』? あれは巨悪どころの話じゃない。隠れボスとか負け確定イベント用ボスとかそういう類の無理ゲーである。

 

 それにあれはこの街にとって『必要悪』だろう。何となくだが、そんな気がする。

 意図しているかしてないかは別だが、『魔術師』の利益は基本的に海鳴市にとっても利益となる。と、不確かな目測を付けておく。

 

「生憎と我等の組織に小学生は君一人だ。校内でのバックアップは期待するなよ。――ターゲットと二人になる状況を間違っても作るなよ。戦闘に自信があるのなら、別だがな」

「……おいおい、小学生を直接嬲って情報聞き出せって言うのかよ」

「逆にその立場になる可能性があると言っている。正真正銘の規格外だ、ミス一つで死にかねないぞ」

「……解っているよ。同じ小学生なんていう甘い認識で言ったら即座に死にそうな事ぐらい、さ」

 

 表情には欠片も出さないが、本気で心配してくれている冬川雪緒の親切さが身に染みる。これが仁義って奴なのかねぇ? ならオレも近い将来、親分とか言って慕った方が良いのだろうか?

 

「あぁ、そうそう。君の前任者から『絶対に死ぬなよ。死んだらオレがまたあの『魔術師』の処にいかなきゃいけないじゃないか!』と、有り難い応援メッセージが届いている」

「何処も有り難くねぇ!?」

 

 内心で褒めた傍からこれである。空気が読めるのだか、読めないのだか。

 

「にしても今回は『魔術師』にまんまとやられた感が強いなぁ。何かアイツの弱味とか握ってないの?」

「……聞きたいか?」

 

 物凄く微妙な表情しながら尋ねやがった。多分参考にならないだろうが、一応頷いて聞いてみる事にする。

 

「――『魔術師』は生後間もなく捨てられた孤児だ。生まれた直後に医師を一人焼き払ってな、両親からは忌み子扱いで『教会』に投げ捨てられたそうだ」

「医師を? 何でまたそんな事を……?」

「恐らくは正当防衛だろう。その産婦人科の医師の来歴を調べたが、妙なほど生後間もない赤子が不審死している。これは推測の域が出ないが、その医師は転生者で、転生者らしき赤ん坊を片っ端から間引いていたんだろうな」

 

 ……うわ、其処までするのかよ、と思えるような悪魔の所業だ。

 実際にその時『魔術師』が焼き殺してなければ今尚間引きが続けられたという訳か。ぞっとしない話である。

 そしてこの話で重要なのは『魔術師』が『教会』の孤児だったという事か。表立って対立していないのはそれが最大の理由なのだろうか?

 

「……? それが何で弱味なんだ?」

「まぁ焦るな、話はこれからだ。その数年後『魔術師』を捨てた夫婦の間に女児が産まれてな、この少女は大切に育てているそうだ。――その家庭に直接訪ねる事は無いが、その家だけ『魔術師』の監視は目に見えるほど異様に厳重なんだよ」

 

 意外な事実である。捨てたのだから恨みこそしても、逆に厳重に保護しようとする気になるとは、あの『魔術師』らしくない。

 意外な一面、という奴なのか?

 

「へぇ? 捨てられたのに関わらず、意外と家族思いなのか? それとも自身に関わる事で巻き込まれないようにする最低限の配慮か?」

「オレはそうとは思えないな。その監視は『外敵』を警戒したというよりも、むしろ『中』を警戒しているように思えたしな」

 

 ……ん? 『中』だと? それは両親というよりも、その後に生まれた『妹』を警戒しているという事なのか?

 

「……おいおい、一気にきな臭くなったな。その女児ってのは転生者なのか?」

「さぁな。今の処、そういう素振りは皆無だがな。高町なのは世代にも誰からの眼も欺いていた化物が居たんだ。そういうのがもう一人居ても然程不思議ではあるまい」

 

 一人いるなら他にもいるという考えには納得だが、そんな化け物じみた奴が何人もいるとは精神衛生上考えたくもない。

 

「つーか、それ弱味か? どう見ても見える地雷にしか思えないんだが」

「踏み抜いてみるまでは存外解らぬものさ、実物なんてものは。まぁ自分で試してみる気が起こったらいつでも言ってくれ。骨を拾う準備ぐらいはしてやる」

「だーかーらー! いつからオレはそんな自殺志願者になったんだよォ――!?」

 

 結局、その話はまるで為にならなかったのだが、不思議と脳裏の片隅にこびり付くように残ったのだった。

 その後の会話で、本当に脳裏の片隅に放り投げられる事となるが――。

 

 

「――本当に弱味を握りたいのならば、その者の前世の『死因』を突き止めれば良い。此処まで言えば『三回目』のお前には解るだろう?」

 

 

 今までのが全て冗談だったと思えるぐらい暗く沈んだ口調で、冬川雪緒は此方の眼を射抜いた。

 弛緩していた空気が明らかに張り詰めた。心当たりがある、などという話ではない。心臓が引き裂かれそうになるほど重要な事項だった。

 

「……その様子ではお前も覆せなかったようだな。我々転生者の死因は『一回目』でほぼ決定する。一度辿った結末だ、生半可な行動では変えれない。第三者の、より強い方向性に歪められたのならば別だがな」

 

 帰り支度をしながら、冬川雪緒は淡々と述べる。無表情が板に付いているこの男にしても、この話題は触れたくないものだったらしい。

 

「――『結末』は変えれない、か」

 

 彼が帰った後も、暫く何か行動する気にもなれなかった。今まで必死に蓋を締めて、考えないようにしていた。

 『一回目』に至った結末は、形を変えて『二回目』の結末となった。細部は違えども、同じ結末だったのは確かだ。

 

 ならばこそ、これは他の転生者にとっても不可避の条理。同じ条件、同じ結末を用意してやれば、如何なる転生者も呆気無く破滅するに違いない。

 

「……迂闊な事を言ったのはオレか」

 

 つまり、これは冬川雪緒からの得難い諫言。他の転生者の弱味を探るという事は正真正銘の『宣戦布告』に他ならない。

 それを履き違えたまま、勘違いしたまま、魑魅魍魎の化物どもとぶち当たって何も解らずに破滅する処だったという訳か。笑うに笑えない状況である。

 

(――『一回目』も『二回目』も同じ破滅だった。ならば『三回目』も同じなのかな……?)

 

 非常に憂鬱だと項垂れながら、冷たかった筈のアイスコーヒーを口にする。

 温くなって微妙な温度になったコーヒーは死ぬほど不味かった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03/暗躍の昼下がり

 

 

 

 

 ――損な生き方なのは先刻承知、でも自分は我慢出来ない類の人間だった。

 

 一つの不条理があった。一つの理不尽があった。

 見過ごせば今まで通りの日常を過ごせた。平穏な毎日を享受出来た。人並みの幸せを胸に抱いて、人並みに生きる事が出来ただろう。

 

 ――それでも、我慢出来なかったのだ。

 

 手を伸ばせばすぐ届く場所に救いを求める手がある。

 ならば、引っ張り上げてあげるのが人の情、そのままにしておくのは気が済まなかったのだ。

 例えそれで自分が代わりに地獄の底に落ちて、最悪の貧乏籤を引く事になったとしても構わない。

 何もしなくて後悔するより、やって後悔した方が良い。それが正しき道であり、正しき選択である事を信じている。

 

 ――そして運命の選択の時が来た。

 同じように負債を重ねて同じように辿り着いた、二度目の総決算だった。

 

 その男は吐き気を催すような邪悪の化身だった。

 空気を吸うように他人を犠牲にし、自らの幸福を謳歌する、まさに歩く災厄だった。

 手を差し伸べ続け、いつしか宿敵となったのがこの男だった。

 沢山の仲間が出来た。戦い続け、数多の犠牲が出た。その果てにこの男を追い詰めた。そして同時に追い詰められた。

 与えられた選択肢は二つ、この男と共に絶対の窮地を乗り切るか、この男と共に運命を共にするかである。

 

 ――男は堂々と命乞いをする。もうお前達に手を出さないと約束する。降伏するから一緒にこの窮地を乗り切ろう。

 この絶対の窮地を乗り越えるには互いの力を合わせる必要がある。此処で互いが死ぬのは不本意だろう?

 

 その手を振り払えば、自分もこの男も呆気無く死ぬ。

 けれども、この男を生かしておけば、この男一人の幸福の為に犠牲者が増え続けるだろう。

 理不尽と不条理によって踏み躙られる者が後を絶たないだろう。

 

 ――その手を振り払う。こんな男と一緒に心中するなんて最悪だが、その手は絶対に握れない。

 

 他者の幸福を犠牲にする事で存在する『悪』など許せない。自分は最期まで我慢出来ない人間だったのだ。 

 男は怒り狂い、自らの死を決定付ける一撃を振るい――自分は笑いながら逝った。

 悔いは無い。自分が正しいと思う道を貫徹したのだ。その『誇り』を打ち砕く事は誰にも出来ないのだから――。

 

 

 03/暗躍の昼下がり

 

 

 ――『教会』とは、化物のような転生者三人が結託して出来た奇跡の組織であり、信徒という名の狂信者を量産する海鳴市有数の魔の巣窟である。

 昼前から此処に訪れた理由は幾つかあるが、真夜中は絶対に訪れたくない場所だ。

 何があっても許される治外法権的な場所に人々が寝静まる時に足を踏み入れるのは、自殺と同意語である。

 

「おろろ? クロウちゃんお久しぶり~。何々、やっとその最低最悪の人生を悔い改めて、神の忠実なる下僕になりに来たのかな? 幾ら我等の神が涙が溢れるぐらい慈悲深くても、正直もう手遅れだと思うけど?」

 

 ――『教会』の礼拝堂に足を踏み入れた一言目に、白い修道服を来た十三・四程度の金髪碧眼の少女は天使のような笑顔を浮かべて息を吐くように毒、いや、致死の猛毒を吐いた。

 見た目は聖女級の美少女なのに、性格は非常に破綻して残念なのは最近の流行りだろうか?

 

「ねーよ! つーか、人の人生を勝手に最低最悪とか言うな! これでも凡人は凡人なりに一生懸命、精一杯生きているんだぞぉ!」

 

 探偵業という非生産的な営業で路銀を稼いでいる身としては非常に痛い言葉だが、それでもミジンコはミジンコなりに生きていると熱弁してみる。

 この毒舌シスターに口で勝てた事は無いが、まぁいつものコミュニケーションという奴である。

 

「……へぇ、最近の精一杯というのは『足の不自由な幼女の家に居候して穀潰しになる事』を指すんだぁ? 初めて知ったなぁ、勉強になるよ」

「な!? なな、何故それをお前が……!?」

「神様はね、いつもお天道から我等の事を見守っておられるんだよ? 少しは懺悔したらどうかな、ロリコン貧乏探偵二号さん」

 

 えっへんと無い胸を張って小さなシスターは得意気に笑う。

 此方としては最近の動向を見抜かれ、冷や汗が流れるばかりだ。食い倒れて一歩も動けなかった処を九歳の足の不自由な幼女に拾われてた挙句、御馳走になった上で家に住ませて貰っているなんて、今考えたら「大人として失格、最低最悪の紐じゃね?」と自分自身が情けなくなる。

 それでもその『ロリコン貧乏探偵二号』に対しては反論させて貰う。あれと一緒にされては困る。

 

「『大十字九郎』と一緒にするな! オレはロリコンじゃないわい!」

「えぇ~、信じられないなぁ。クロウちゃん、時々私を見る眼、怪しかったよ? それも通報物だったよ?」

「テメェみたいなちんちくりんなシスターに欲情するほど飢えてないわい!」

 

 確かにこのロリシスターは性格が残念な事を除けば完璧な美少女だが、性格の残念さが全てを台無しにしている。

 もう四年ぐらい立てば出るところが出て傾国の美女ぐらいになれるかもしれないが、今の残念な成長具合から見る限り無理そうである。

 失礼な感想だが、永遠にロリボディじゃないだろうか、このちんちくりんな生き物は。

 

「そんな! 既に同居人に手を出していたなんて!?」

「出してねぇよ! なんでそんな卑猥な話にしか誘導しないんだテメェは……!?」

 

 「えぇー」と完全に疑った眼で此方を見てきやがる。

 完全に性犯罪者を見るような視線に我慢出来ず、とっとと本題を果たす事にする。コイツと喋っていると此方の社会的な地位が殺されかねない……!

 

「それに今日の要件はこれだ!」

「おー、クロウちゃん頑張ったんだね。偉い偉い、我等の神も褒めておられるよ、多分」

「神職の癖に随分と適当だなぁ、おい!」

 

 厳重に封印処置を施した『魔女の卵(グリーフシード)』を二つ手渡し、シスターはほくほく顔で修道服の中に仕舞い込む。

 そして袖から封筒を自信満々に取り出すのだった。前から思っていたが、コイツの修道服には四次元ポケットの機能も付属されているんだろうか? いや、幾ら『歩く教会』でもそれは在り得ないか……。

 

「はい、報奨金です。この調子で悪魔の手先をどんどん殲滅して下さいね」

「いや、異教徒とか専門外だから」

 

 封筒を受け取り、徐ろに封を切って中身を確かめる。

 中にあったのは日本国の万札、それも十枚である。これで暫く食い扶持を繋げそうだ。

 

「クロウちゃんは変な事を言うね? 化物だけじゃなく、異教徒にも暴力を振るっていいんだよ?」

「いやいや、駄目だろおい。いい加減、博愛精神持とうぜシスター。汝、隣人を愛せよ、だろ? 人類皆兄弟ですよ」

「私達の隣人の定義は我等の神を信仰する者のみですよ? 他は異教徒と化物で悪魔の使いです」

 

 真顔で不思議そうに返された。え? オレがおかしい事言っているの!?

 相変わらず、コイツとは意思疎通が半分ぐらい出来ない。信仰と精神汚染は似たようなものであり、同ランクじゃないと意思疎通に不具合が出るのは本当らしい。

 

「それはそうと、この報奨金、もうちっと何とかならないの? 『魔術師』の処は一個二百万って噂じゃん? せめて半分程度にはならんかい? オレも生活が苦しくてさぁ」

「『魔術師』に『魔女の卵』を渡して悪用される事を覚悟するのと、『教会』に異端者認定されたいなら別に構わないけど? 短い付き合いだったね、クロウちゃん」

「いえいえ、オレは神様の忠実なる下僕です、どんどん扱き使ってくだせぇ、はいっ!」

 

 笑顔で『異端審問』しようとしたシスターにオレは全力をもって首を横に振ってご機嫌取りをした。

 何というか、眼がマジだった。今のは「君は良い友人だったけど、悪魔に魂を売ってしまうなら仕方ないね」という即断即決の死刑判定だった。やっぱり『教会』には狂人しかいねぇ。

 

(コイツはシスターの癖に異端審問官の真似事を平然とするからなぁ)

 

 報奨金の値上げ交渉も呆気無く一蹴されたし、お土産でも買って帰るかと踵を返す。

 その時だった。終始笑顔で明るかったシスターの口調が暗く沈んだのは――。

 

 

「――クロウちゃん、『八神はやて』からは早く縁を切った方が良いよ? 彼女はクロウちゃんにとって『死神』だよ」

 

 

 ……今現在の家主の名前を呼ばれ、立ち止まる。咄嗟に振り向いた先に居たのは一切の感情が消え、神託を告げるだけの人形のように佇むシスターだった。

 

「……それは原作知識から、って奴か?」

「うん。そう思って構わないよ。むしろ原作通りなら少ししか問題無いんだけど、今の海鳴市の取り巻く状況から考えると、余り良い結末にならないからね」

 

 こういう、シスターのふざけてない時の言葉はまず間違い無く、耳を傾けるべき忠告である。

 自分は『この世界』の物語を知らない。あの足の不自由な彼女『八神はやて』が物語の主要人物だと知ったのも今だし、当然の事ながら彼女の行く末など知る由も無い。

 

「私達『教会』も最悪の事態になる前に絶対対処するし、何より間違い無く『魔術師』は先手を打つと思う。これは『教会』を取り仕切る『必要悪の教会(ネセサリウス)』の『最大主教(アークビショップ)』としての警告ではなく、一人の友人としての忠告だよ」

 

 彼女達『教会』が、そして『魔術師』が動くような事態の中心に『八神はやて』はいる。

 海鳴市の二大組織の重鎮が揃いも揃って危険視しているとなれば、その危険度は自分の許容度を遥かに超越していると容易に推測出来る。

 

「……心配してくれるのはすげぇ嬉しい。でもまぁ、とっくに決めちまったんだ」

 

 それでも、あの少女を見捨てる事は出来そうにない。

 あの少女はずっと一人だった。両親は既に亡く、親戚も亡く、正体不明の人物によって生活保護費だけ支給され、一人で孤独に暮らしてきた。

 

 ――恐らく、彼女は長くない。正体不明の病に蝕まれ、そう遠くない未来に死んでしまうだろう。

 

 彼女は救われず、報われずに孤独に死ぬだろう。悔しいが、自分では何も出来ない。少女の理不尽な死の運命を覆す事など不可能だ。

 ……それでも、孤独を紛らせる事ぐらいは出来る。傍らに居て、その笑顔を守る事ぐらいは自分にも出来る筈だ。

 それしか出来ないのが情けなくて悔しいけど、自分には出来る事しか出来ない。その為に、出来る事を精一杯頑張ると自分自身に誓った。

 誰の為でもない。彼女の為なんて傲慢な事を言うつもりは無い。ただ自分自身の自己満足の為に行う自慰行為である。

 

「まだ時間は残っているから、考え直して欲しいなぁ。私の立場上、原作知識を与えて他に協力するのはNGだし」

「別にいらねぇよ。そんな未来知識なんて変える為にあるようなもんだし、そればかり気を取られて今現在の足を掬われたら救いようがないだろ?」

 

 今度こそ、振り返らずに『教会』を立ち去る。

 一秒足りても時間を無駄に出来ないし、残り二人の転生者には絶対に出会いたくない。

 彼女とは比較的まともに会話出来るが、もう一人の神父は吸血鬼絶滅主義者の狂信者、最後の一人は性悪男で転生者絶滅主義者の殺人狂だ。会話も意思疎通も不可能だし、思い出したくもない。

 此方の去り際、シスターは寂しげに呟いた。

 

 

「――貴方は『大十字九郎』には絶対なれない。その事を努々忘れないようにね」

 

 

 思わず立ち止まり、振り返らずに大きな溜息を吐いた。

 

「……そんなの、身を持って知っているよ」

 

 オレの名前は『クロウ・タイタス』、『大十字九郎』の元となった人の名前であり――何も成せなかった自分には余りにも重すぎる名前だった。

 

 

 

 

 ――『大十字九郎』になれなかった青年の後ろ姿を最後まで見送る。

 

 別段、彼の外見に『大十字九郎』と似通った処は無い。

 唯一の共通点である東洋人独特の黒髪だって短髪でボサボサ、着ている服はいつも黒尽くめ、けれども――その精神は余りにも似通っていた。

 

 見ていて危ういとはまさにこれだ。

 『彼』と同じ世界に生まれ、『彼』と同じ不屈の精神を持ちながら――致命的なまでに魔術の才覚が欠落していた。

 

 どうせなら欠片も芽が無い方が救いだったかもしれない。

 中途半端に魔導を齧れたから、彼はその背に不相応の試練を架され、その重荷に耐え切れずに押し潰され、絶望の果てに事切れたのだろう。

 

(――この『魔女の卵』も、彼にとっては命懸けで漸く入手出来た二つでしょうね……)

 

 今の彼に最強の『魔導書』は無い。穴だらけの新約英語版の写本一つで身を削りながら戦っている。

 其処までしても彼の戦闘力は転生者の中では底辺級、本来なら『魔女』に挑むのも自殺行為に等しいだろう。

 

(時が来たのならば、無理矢理でも拉致した方が良いですね。このままでは『八神はやて』と心中するようなものです)

 

 其処まで考えて、どうして此処まで彼に肩入れしたくなるのか、今一度自分自身に問いを投げかける。

 内に沈殿する疑問を紐解こうとした時、ノイズが生じた。それも物理的な意味で。

 

「おやおや、人形の分際で説法の真似事ですか? 珍しい事をするんですねぇ――『禁書目録(インデックス)』」

「――私をその名で呼ぶな、『前任者』」

 

 振り向いた先にいたのはカソックを来た二十代の男性であり、一秒足りても同席したくない同格の同僚が嫌らしく笑っていた。

 金髪に蒼眼、日本人離れした長身と整然とした美形な面構えは、醜悪なまでに頬を歪められた嘲笑で全て台無しだった。

 

「おっと、失礼でしたね。自分から『首輪』を食い千切って飼い主を噛み殺した『魔神』殿めに言う言葉ではありませんでしたね。ともあれ『前任者』ですか、それは貴方も同じでしょう?」

 

 ――我慢出来ずに殺意を零す。

 

 恐らく、今の私の両瞳には血のように真っ赤な魔法陣が光り輝いているだろう。

 この脳裏に刻まれた十万三千冊の魔道書から対『代行者』用の特定魔術(ローカルウェポン)を組み上げている真っ最中である。

 

「おお、怖い怖い。まるで『神』をも射殺すような眼ですねぇ」

「何の用ですか? 貴方との不必要な会話はしたくありませんが」

「そうですか? 私は貴方との会話はとても愉しいですよ。人形が人間の真似を必死にしていて滑稽ですからねぇ……とと、それじゃ本題に入りますか」

 

 相変わらず癇に障る喋り方であり、苛立つ話題を意図的に選択する。

 この男に意思疎通によるコミュニケーションを計る気概は欠片も無く、ただ一方的に事実を突きつけて苦しみ悶える他者の姿を堪能するのみである。

 つまりは不毛極まる。無視して立ち去るのが精神的な衛生を保つ意味で最善だろう。

 

「随分と甘い認識ですねぇ。あの『魔術師』が居る限り、八神はやての『死』は確定事項なのに」

 

 ぴたり、と足を止めてしまう。

 不可解な言葉である。幾ら『魔術師』と言えども、物語通りに事が進めば手出しはしない筈である。

 八神はやての『死』に関わる確率は極めて高いが、確定させる要素では無い筈だ。あの『魔術師』は原作にまるで興味が無い。

 

「誰もが勘違いしているみたいですねぇ。一年前、アリサ・バニングスが転生者と無関係な勢力に誘拐された際、あの『魔術師』は一切動かなかった。この事から大多数の者は『魔術師』は『原作に興味無い』と誤解した」

「……勿体振らずに、貴方の見解を述べたらどうです?」

「あの『魔術師』は自分に危害の及ばぬ事に欠片の興味も示さないだけですよ。それ故に――正確には『原作など自分に害が無ければどうでも良い』と考えている人間です」

 

 この『興味無い』と『自身に害が及ばなければどうでも良い』という事には天と地ほどの違いがある。

 可能性が僅かでもある限り、あの『魔術師』は零にしようとするだろう。打つべき瞬間に最善手を打って、確実に芽を潰すだろう。

 

「――『ジュエルシード』は扱いを一つ間違えれば地球など簡単に消し飛んでしまう危険物です。当然、座して事態が解決するまで黙認するなどしないでしょう。時間を置けば置くほど管理局の介入も許してしまいますしね」

 

 あの『魔術師』が管理局の介入を嫌うのは『第二次吸血鬼事件』からも良く窺える。

 内の敵を放置してまで外の敵の排除を徹底したのだ。何が何でもこの海鳴市に根付かせる気は欠片も無いだろう。

 

「では、それより更に危険度の高い『闇の書』では? これは我々転生者が一人でも蒐集された時点で防衛システムが極めて悪辣に変異するでしょう。それに『魔術師』が忌み嫌う管理局側の人間が関わっている案件です。間違い無く事前に『闇の書』を排除した上で破滅させるでしょうね、彼ならば」

 

 ……なるほど、あの『魔術師』ならばやりかねない。

 海鳴市を崩壊させる最大の危険要素『八神はやて』を早期退場させた上で『ギル・グレアム』を破滅に導く事など容易い事だろう。

 だが、今までの口上は全て仮説に過ぎない。その事を含めて分析した上で無視する事にする。

 

「あの『魔術師』が物語にどの程度干渉するかは今に解る事です」

「そんな不確かな事をしないで、直接排除した方が早いのでは? ああいう手合いは君の領分だろう? 魔術師狩りの達人殿」

 

 此処に至って、目の前の彼が私に何をさせたいのか明白になり、身振り手振り全てが演技臭くて可愛らしいものだと会心の笑みで嘲る。

 

「――なるほど、未だに恐れているのですか。貴方は」

 

 その瞬間、この男の嫌らしい嘲笑いが憤怒の形相に変わる。

 そういえば、この『代行者』は一度『魔術師』に挑んで完膚無きまでに敗北しているのだった。

 相手の意図を見透かせば、無様なものである。勝機が無い事を自らが認め、劣ると認めた上で私を焚き付けたのだ。

 この腐れに腐って腐臭を撒き散らす自尊心の塊が――笑わずにはいられない。

 

「そうですね、私はあらゆる転生者を殺し切る自信がありますが、あの『使い魔』だけは別です」

「……? 『魔術師』ではなく『使い魔』ですか?」

 

 随分情けない負け惜しみかと思いきや、本気で言っているようであり、逆に此方が困惑する。

 駄猫の『使い魔』など言うまでもなく、あの『魔術師』自身が最大の脅威そのものだ。最初から比較対象にすらならない。

 それを見越してか、この男は嫌味な笑顔の仮面を捨て去って、苦汁を舐めた表情で首を横に振る。

 それこそ、最大の勘違いであると言うかのように――。

 

「私の『聖典』はご存知でしょう? あれを心の臓に叩き込んで尚生きていたんですよ、あの『使い魔』は――」

 

 

 

 

「ご主人様、お茶のお代わりは如何ですか? 茶請けも付けますか? それとも、わ・た・し?」

「茶」

「あーん、ご主人様のいけずぅ」

 

 

 

 

 此処はミッドチルダの某所の会議室、今の管理局を動かす重鎮達が集まった――秘密結社とか御用達の、ぶっちゃけ『黒幕会議』である。

 

「……えぇ~、此方が新設した対魔女部隊の被害状況です」

 

 額に汗を零しながら、徹夜して作った資料を各々に配る。

 特設部隊の稼働率、被害状況、殉職者及び遺族年金など細かい資料が纏められており、新参者の此方が萎縮するほどどんよりとした空気が漂っていた。

 

「成果が上がらないだけでなく、部隊の増員要請とな? 卿等の中には熟練の魔導師が勝手に湧き出る壺を持っている御仁でもおるのか?」

 

 真っ先に皮肉気な発言をしたのは老練の英国人(ジョンブル)みたいな出で立ちの銀髪美髭の大将閣下であり、この中では最年長で議長役を務める中心格であられる。

 厳格な御方で、貴族然とした振る舞いは優雅の一言。本来ならば、私如き新参者が顔を会わせられる相手ではありません。

 

「ソ連みたく畑から兵士が栽培出来る環境とかマジパネェっす。うちも独裁政権だけど流石にあそこまではなぁ~」

 

 続けて発言したのはこの中では最年少の金髪翠眼の美少女であり、もう資料を全て見終わったのか、紙飛行機に折り畳んで何処ぞに飛ばしている程である。

 私より十歳は年下で、管理局の制服に着せられている感じが強いが、これでも中将閣下である。

 十四歳という年で中将という地位、管理局の昇進の最年少記録を次々と塗り替えている恐るべき御仁である。もしかしたらこの中で一番油断ならぬ人物ではないだろうか? 

 

「だから少数精鋭にするべきだと進言しただろう。Bランク以下の魔導師で『魔女』をどうにか出来る筈が無かろう!」

 

 次に、いっつも憤怒の表情を浮かべている小者っぽい太っちょの中年男性――これでも中将閣下です。前の少女と比べて完全に見劣りしますが。

 

「あるぇ? 貴重な戦力を『魔女』如きに使い潰すなど言語道断と言ったのは何処の誰だったかねぇ?」

「なっ! あの時は全員賛成で可決したろうが!」

「アタシはちゃんと反対したけどぉ? もう記憶力に衰えが出ているのかい? 年を取るって悲しいねぇ」

 

 当然の事ながら、金髪少女の中将閣下とは犬猿の仲であり、事ある毎に口喧嘩しています。太っちょの中将閣下が一方的に嫉妬及び敵対視しているとも言えますが。

 喧嘩をするほど仲が良いとは言いますが、この二人の場合は互いが互いに見下している感じが強いでしょう。何方が格上かと問われれば、一人以外が一致して金髪少女の方と答えるのは秘密です。

 

(そして最後の一人、この黒幕会議の主犯格は未だに到着していないようです)

 

 この円卓の中央の席にはテレビのような映像機が設置され、まだ通信状態ではありません。

 一番のお偉い方が到着するまでの間、各々が雑談しているのが今の現状です。

 

「――静粛に。あれから状況はまるで一変している。既存の魔女の増殖速度が此方の殲滅速度を圧倒的に上回り、新種の到来に全くもって対処出来ておらぬ」

「地球での被害は最小限に抑えられているようだけどねぇ。――そして『魔術師』の手に『魔女の卵(グリーフシード)』が渡った分、此方にばら撒かれるという寸法だね。うちは廃棄場所じゃねぇっつーの」

 

 口喧嘩をお髭が素敵な大将閣下が一喝して止め、現状の見解を述べる。

 それに追随して金髪少女の中傷閣下がまるで小馬鹿にするように笑う。まるで他人事です。

 恐らく、この事に一番頭を悩ませているのは太っちょの中将閣下でしょう。ああ、今にも剥げてしまいそうな頭髪が誠に哀れです。

 

「クソォッ、呪われろ『魔術師』! 忌まわしき悪魔めぇ!」

「おうおう、呪詛は我々の専門外だけど頑張って習得したんかい? あの『魔術師』が惨たらしい死に方をするよう祈るばかりだね」

 

 ――この度々出てくる『魔術師』とは、我等『ミッドチルダ』の転生者における最大の、不倶戴天の怨敵である。

 

 そもそもこの黒幕会議に私如きが出席出来るのも『魔術師』のせいだ。

 地球という遠く離れた管理外世界に居座っておきながら、此方の転生者を次々と転落させ、管理局の末端で働いていた私まで御箱が回った次第である。

 こんな重役を私の意思に関わらずに担わされた恨みは忘れたくても忘れられません。人害では到底死にそうにないので、天罰にでも当たって死んで欲しいです。

 

「それと『ジュエルシード』の輸送計画なんですが――」

「まともに輸送したら間違い無く撃ち落されて虚数空間の塵屑になるよ? 子供だって解るさ、『ジュエルシード』と『魔女』を組み合わせたら想像を超える大惨事になる事ぐらいはね」

 

 小さく可愛らしい欠伸をしながら金髪の中将閣下は語り聞かせる。

 バン、とテーブルを大きく叩く音がなり、予想通り激高した太っちょの中将閣下からでした。

 

「何としても『ジュエルシード』を海鳴市に落とさねばならん! 何か妙案は無いかね!?」

「……あのぉ、別ルートを経由して安全に『ミッドチルダ』に輸送するという案は無しですか?」

 

 

「は?」

 

 

 恐る恐る意見を言ってみたが「何考えているの?」という白けた視線が私に集中してしまった。

 言い出した言葉は元には戻せない。頑張って、続きを述べる事にした。

 

「幾ら何でも今『ジュエルシード』を地球に落としたら未曽有の大災害で日本が消滅しかねないですよ? 原作が始まらないという最悪の事態になりますけど――『ジュエルシード』は我々の下に確保出来ます」

 

 もしかしたら日本どころか地球が無くなりかねない。

 流石に魂の故郷が木っ端微塵になるのはいたたまれないだろうと思うが――。

 

「ダメダメだね、その答案じゃ零点だよ。欲しいのは『ジュエルシード』じゃないんだ。それに付随する全てなんだよ。私達は何が何でも原作通りに進行させないと駄目なんだ。そのカバーストーリーは『魔術師』と現地民に頑張って貰うさ」

「その通りだ。海鳴市の安否など問題外だ。我々が今考えなければならない事は如何に『魔術師』の妨害を躱し、原作通りに海鳴市に『ジュエルシード』をばら撒くか、その一点に尽きる!」

 

 こんな時だけ仲の悪い二人が同意見という始末。即座に引っ込みざるを得なかった。地球の皆、ごめんね。一応応援だけは心の中でしているよ。

 

「無数のダミー輸送船を用意して、本命は自沈させて『ジュエルシード』をばら撒く」

「ノー、上手く事を運べたとしても航海記録を後々確かめられては苦しい。あくまでも人為的な事故でなければ体裁が取れないし、その方法では海鳴市に落ちない可能性すらある」

 

 金髪少女の中将閣下が意見を言い、即座に大将閣下が首を横に振る。

 何かこんなやりとり、どっかで見た気がするが、残念な事に思い出せない。

 

「輸送船はダミーで『ジュエルシード』は現地で直接ばら撒く」

「ノー、危険過ぎる。現地配達人が殺害されて『魔術師』に全部奪われる可能性が高いよ。無差別にばら撒くより下策だね」

 

 大将閣下が意見を言い、今度は金髪少女の中将閣下が否定する。

 太っちょの中将閣下が「次は儂だな」と息巻いていたその瞬間、沈黙を保っていた映像機に光が入り、皆の視線が一斉に集中した。

 

『――いいや、それで良い』

 

 何処から聞いていたのか、この黒幕会議の主はこの案を肯定する。

 その映像の主は黒衣に身を包んだ年齢不明の――老人かもしれないし、案外予想以上に若いかもしれない。声は滅茶苦茶に変換されているので其処から判別する事は出来ない。

 男性のように見えるけど、もしかしたら女性かもしれない。つまりは何もかも正体不明の『真の黒幕』である。

 

「これは『教皇猊下』、拝謁頂き誠に恐悦至極で御座います。ですが、それでは――」

『構わぬ、と言っている。あの『魔術師』の手に『ジュエルシード』を委ねてもな』

 

 大将閣下が臣下の礼を取って進言するも、『教皇猊下』は愉しげに自身の意見を貫く。

 此処では『教皇猊下』が『白』と言えば黒のカラスも『白』になる。彼(もしくは彼女)の意見が全てに優先されるのである。

 これが『ミッドチルダ』――管理局の頂点のお家事情である。

 

「ほほぅ、何か企んでおいでで?」

「……確かに、確実に『海鳴市』に『ジュエルシード』を輸送するにはそれしか方法がありませんが――」

 

 金髪少女の中将閣下は愉しげに、太っちょの中将閣下は額に流れる汗をハンカチで拭い取りながら困り顔を浮かべる。

 確かに、下っ端の私は意見など出来ないが、大問題だと思う。あの『魔術師』に『ジュエルシード』を渡した日にはどんな事に悪用されるか解ったものじゃない。

 超危険人物に核兵器を渡すようなものだ。下手すれば第一管理世界のミッドチルダが消滅しかねない事態になるだろう。

 

『卿等は頭が硬いのう。勿論、一時的に『ジュエルシード』を『魔術師』に委ねるが、死蔵はさせん』

 

 私のような凡人には『教皇猊下』の崇高なお考えはやっぱり理解出来ないみたい。

 各々が難しい顔を浮かべて悩む中、金髪少女の中将閣下だけは的を得たりと言った表情を浮かべて年相応に微笑んだ。

 

「あ、何となく解りましたよ。大胆ですねぇ、下手すれば次元世界が一つ吹っ飛びますよ?」

「む? どういう事だ?」

「年は取りたくないねぇ、若者特有の柔軟な発想が出来なくなるようだし」

「なんだとぉ!? 言うに事欠いてッ、この礼儀知らずの小娘がァッ!」

「年寄りの僻みって醜いと思わない?」

「静まれお前等、『猊下』の御前だぞ」

 

 その大将閣下の一声で静まり、我々は『教皇猊下』のお言葉を待つ。

 『教皇猊下』のお顔は見えないが、酷く愉しげだった。それはまるで悪巧みを共犯者に告げるかのような口調だった――。

 

『――『ジュエルシード』は『魔術師』の手に渡らせる。それならば、二十一個の『ジュエルシード』に封印処置は必要あるまい』

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04/残り二人の転校生

 

 ――何をやっても上手くいかなかった。

 

 自分には物事を貫く強靭な意思はあれども、致命的なまでに才能が無かった。

 周囲は化物揃い、自分は凡人から毛が一本生えた程度、最初から戦いにすらならなかった。

 彼等は許されざる『悪』だった。気まぐれ一つで無辜の民を虐殺し、無秩序な破壊を繰り返し、夥しい犠牲が出る邪悪な計画を進めていた。

 立ち向かえる者は誰もいない。逆らえる者もまた誰もいない。

 彼等と戦うには自分は余りにも微弱過ぎたが、彼等と戦う為の『剣』を何がどう間違ったのか、自分がその手にしてしまった。

 

 ――この『剣』を、正しき所有者に手渡さなければならない。

 

 自分ではこの『剣』は扱えない。精々下っ端を蹴散らすぐらいで精一杯だ。それも生命を削りながらである。

 自分に出来る事をやり遂げつつ、正しき所有者に『剣』を渡さなければならない。けれども、予想より早く『剣』の所在を彼等は突き止めた。

 

 ――勝算無き戦いの日々、それでも必死に戦い続けた。どんなに惨めで無様でも、やれる事はやり通した。

 

 何度も何度も地に倒れ伏した。血反吐をぶち撒き、生命を削った。それでも彼等にとっては些細な抵抗であり、昆虫の手足を順々に引き千切るように弄ばれた。

 それでも生き延びられたのは『剣』の御蔭であり、やはりこの『剣』は正しき所有者の手に委ねられなければならない。

 この『剣』を振るうに相応しい者ならば、選ばれし者ならば、彼等に絶対負けない。何度倒れようが、何度打ち砕かれようが、必ずや彼等に勝利する筈だ。

 

 ――限界が近い。死が間近に迫っている中、自分の存在意義をふと考えてしまう。

 

 恐らく自分は、正当な所有者に至るまでの『中継ぎ』に過ぎない。誰にも語られず、誰からも忘れ去られる端役に過ぎないだろう。

 誰一人救えず、誰一人助けられず、ただ朽ち果てていくだけの凡人なのだろう。力無き正義は無力同然、その人生に意味など無いのだろう。

 

 ――でも、それで十分だと誇らしげに笑える。

 

 誰もが笑える明日を願い、その為に全力を尽くす事が馬鹿だというのなら勝手に嘲笑えば良い。

 『端役』でも『捨て駒』でも『中継ぎ』でも結構、果たせる役割があるのなら絶対にやり通す。

 本当の『正義の味方』の為に、この『剣』を渡す。格好良い役割じゃないか。想いを託して死ねるのならば、恐れる物など何も無い。

 

 ――そして『剣』と共に想いは次の担い手に託される。

 次の担い手が果たせないのならば、次の次の担い手が、それでも果たせないのならば、いつか必ず現れる『正義の味方』が我等の悲願を果たすだろう。

 

 そうだろう、――なぁ『■■■■■』?

 

 

 04/残り二人の転校生

 

 

 ――翌日、非常に憂鬱な気分で学校に行く。

 調査対象の『豊海柚葉』とは同学年だが、別クラス、如何にして情報を集めるかが問題である。

 一つクラスが違うと、接点が中々持てないのは過去の経験から明らかな事実である。

 何の理由も無く偵察を行えば相手に100%察知されるし、かと言って他人伝えで彼女の事を聞くのも波風を立てて警戒心を呼び起こす行為になる。

 

(同じクラスだったなら、遠目から監視する事が出来たんだがな……)

 

 相手に察知されずに情報を盗み出すのが理想だが、その名案が思い浮かばない。

 ――『スタンド』を使っての監視、一応一つしかクラスが違わないので可能と言えば可能だが、感知型の能力を持っていると思われる『豊海柚葉』本人に視認される可能性が高い事と、他の転生者に目視される危険性を顧みれば論外と言わざるを得ない。

 

(とりあえず、授業中に考えるか――)

 

 あれこれ思案に耽りながら教室の扉を開き、てくてくと自分の席に歩いて行く。

 その最中に、偶然『高町なのは』と視線が合う。此方としては彼女とは接点を余り持ちたくないのだが――何故か眼が合った瞬間に泣かれました。何故だ!?

 

「え、えぇ!? オ、オレ、何か泣かせるような事した!? 全然心当たり無いんだけど!?」

 

 泣く子への対処方法など心得てないし、あたふたと困惑する。

 この三日間、というか二日目は一時限目に早退だから実質一日だが――『高町なのは』との接点は皆無である。まだ一言も話し掛けた事の無い友達以前の仲である。

 

(おお、落ち着け。こういう時は素数を数えるんだ! 素数は1と自分の数でしか割り切れない孤独な数字、プッチ神父に勇気を与えてくれるかもしれないがオレにとってはあんまり意味無いような、2、3、5、7、凄く落ち着いたけど解決策がねぇ!?)

 

 泣き続ける『高町なのは』を『月村すずか』があやしながら何処かに連れて行く。

 此方は教室のど真ん中でぽつーんと立ち尽くすのみである。

 冷静に周囲を見渡すと、突然泣いた『高町なのは』への目線は少なく、むしろ自分が奇異な眼で見られているようだ。

 

(これはオレが突然『高町なのは』を泣かせたからの視線なのか? それとも何か別の理由があるのか?)

 

 釈然としない思いで自分の席に付いた時、自分の机の前に見慣れた金髪少女――『アリサ・バニングス』が立っていた。

 これは間違い無く有罪判定で怒鳴られるな、とある種の理不尽に対する覚悟をした時、この勝気な性格の少女には珍しい暗く沈んだ顔を浮かべていた。

 

「……アンタ、他の転校生が次々と行方不明になった事は聞いているよね?」

「……ああ、聞いたが?」

「……それ、ね。此処では珍しい事じゃないの。転校生を問わず、元からいる人もだけど」

 

 それは昨日、冬川雪緒から聞いた話であり――すっかり失念していた。

 裏の事情を知っている自分はそういう理不尽な事の一つとして受け入れているが、舞台裏を知らない彼女達小学生からの視点ではどうだろうか?

 

「珍しい事じゃない? どういう意味だよ?」

 

 演技出来ているかなぁと思いながら、我ながら白々しいと自嘲する。

 初対面に等しい彼女『アリサ・バニングス』が自分の内面に気づかない事を祈りながら、必死に内情を知らない小学生としての演技をする。

 

「……だから、このままいなくなる事が多いのよ。私もなのはもすずかも、そういう奴をもう何人も見てきた」

 

 一度でも顔を見知った学友が明日には行方不明で二度と会えない。

 そんな異常事態が多発している事を知ってはいたが、現場である学校ではどうなっているかは想像が及ばなかった。

 特に感受性の強い年頃だ、気が病む者が出てくるのも仕方ないだろう。

 

「――昨日、早退したでしょ? 何となくだけど、アンタもあのままいなくなると思ってた。アンタにとっちゃ、失礼極まる話だけどね」

 

 危うくそうなる可能性があっただけに、笑うに笑えない。

 つまり、今日の皆の奇異な視線は「死んだと思ったのに生きていた」という驚愕に他ならない。

 身も蓋も無い話である。大多数の者が『行方不明になっただろうな』と思われるこの異常な環境が、であるが。

 

「……なのははね、多分人一倍心配していたんだと思う。……結構、堪えるのよね。顔を見知った学友が明日には消えちゃうのって。転校生のアンタには全然解らない感覚だと思うけど」

 

 まさかこんな処に影響があるとは想像だにしてなかった。

 日常の癒し要素たる学園生活にこんな鬱要素が潜んでいるなど誰が想定しようか。

 ……誰か一人ぐらい、彼女達の気持ちを考えた転生者は居るのだろうか? 恐らく、居なかったからこそ『第一次吸血鬼事件』に平然と見殺す事が出来たのだろう。

 

「……アンタは、いなくなんないよね?」

「……少なくとも、自分からそうなりたいとは思えないし、今後に失踪予定は無いな」

 

 自分なりに冗談を籠めたつもりだが、今のオレはちゃんと笑っているのだろうか?

 心配する点は『アリサ・バニングス』は同年代の少年少女と比べて妙に鋭い一面があると個人的に考える。

 親友補正を抜きにしても、魔法少女時代であれこれ悩んでいる『高町なのは』の内面を深く見抜いていた節があるし、此方の事情を勘付かれては今後の行動に支障が出る。

 少なくとも裏の事情に片足どころか、半身をどっぷり浸かった身だ。堅気の人間を巻き込む訳にはいかない。彼女が有能過ぎない事を神に祈るばかりである。

 

「何かあったら、すぐに相談しなさい。力になれるかもしれないから」

「おう、もしもの時は頼りにさせて貰うよ」

 

 その機会は永遠に無いだろうと心の中で付け足す。そんな窮地に陥ったのに彼女まで道連れにしては此方としても立つ瀬が無い。

 去り際に一瞬浮かべた『アリサ・バニングス』の陰りのある表情が印象に残るが――などと考えていた処で、『月村すずか』に付き添われた『高町なのは』が帰ってきた。

 その両眼は涙の痕は無いものの、赤くなっており、じんわりと罪悪感が湧いてくる。こんな美少女をどんな理由にしろ泣かせるなんて我ながら最低最悪である。

 

「ご、ごめんなさいっ。突然泣き出しちゃって……!」

「い、いや、此方こそ何かごめん。取り乱しちゃってさ、女の子の涙は昔から苦手なんだ……!」

 

 『高町なのは』は健気にも気丈に振る舞い、オレは合わせるように、というより動揺を口から漏らすように言葉を綴ってしまった。

 昔から、女の子の涙は余り見たいものではない。見ているだけで気落ちするし、どう慰めて良いか解らない。

 

 ――未練がましい、前世のある場面を思い出してしまった。

 

「……何言ってんのよ。昔なんて語るほど年食ってないでしょ!」

「あ、はは、それもそうだな!」

 

 いつの間にかこっちに来た『アリサ・バニングス』のツッコミに便乗して、戯けて見せる。

 道化役を演じるのは得意だ、自分が笑われる事で他人を笑顔に出来るのならば、それはそれで素晴らしい事ではないだろうか?

 此処からの会話は記憶に残っていない。この時のテンパリ具合はその一言だけで語り尽くせるだろう。

 

 

 ――そして朝礼の時間、新たに四人の転校生が行方不明になったという『訃報』を聞き、憂鬱な気分はどん底まで突き落とされるのだった。

 

 

 

 

 なのは達主人公グループの昼飯のお誘いという有り難い申し出を謹んで辞退し、校庭の裏で携帯を鳴らす。

 彼女達の無垢な善意を断るのは気が引けるが、此方は今現在も命懸けだ。また別の形で埋め合わせたい。

 程無くして冬川雪緒と通話状態となる。今は一つでも情報が必要だ。生き残る為に――。

 

『――残り一名の転生者の名前は『御園斉覇(ミソノセイハ)』という名前が現代風で読み辛い男子学生だ。二日前に『超能力者一党』との接触が確認されている。あの組織の勧誘は『とある魔術の禁書目録』出身の超能力者限定だから、ほぼ間違い無く『三回目』の転生者だな』

「一応、オレと同じような立場という訳か」

 

 奇妙な連帯感を抱かずにはいられないな、同じ危険に晒される立場としては。

 そしてこの『御園斉覇』は奇しくも『豊海柚葉』と同じクラスだ。彼との交渉価値は極めて高いだろう。

 

『彼との接触を図って『豊海柚葉』との架け橋にする気か。悪くない手だが、警戒を怠るなよ』

「ああ、解っているさ。同じ身の上だ、協力出来ればそれに越した事は無いが――」

 

 一人、また一人転生者が消えていく中、最後の二人として消されないように協力出来ると信じよう。

 

「あー、無理っぽいですよそれ」

「うわあぁっ!?」

 

 突如、後ろから生じた声に驚愕しながら振り向くと、其処には『魔術師』の館にいた赤味掛かった紫髪のツインテール猫耳メイド娘が悪戯が成功した子供のように笑っていた。

 

『どうした、何があった?』

「なな、き、昨日の……!? いつの間に背後にっ!? あ、ああ、『魔術師』の処にいた猫耳メイドが――って、名前聞いてなかったよな?」

「ご主人様には『エルヴィ』って呼ばれてますよー、真名は内緒です。ご主人様との愛の絆なのです!」

「……真名って『恋姫』か何かか?」

 

 とりあえず、外見のメイド服から察するに、実は此処の生徒でしたという意外なオチは無さそうだ。

 神出鬼没で、出現の仕方が心臓に悪いと心の中で文句を吐く。

 

『――な、『魔術師』の『使い魔』だと……!?』

「んで、何で無理っぽいんだ?」

「それはですね――」

 

 冬川雪緒の驚く声が右耳に響く中、猫耳メイドのエルヴィは笑いながら近寄って――ほんの一瞬の出来事だった。彼女の額、心臓部、喉に三本のナイフがほぼ同時に突き刺さったのは――。

 

「――っ、ぁ――」

「……!?」

 

 彼女は掠れる声で何かを呟き――その単語を理解した瞬間、オレは自らの『スタンド』を出していた。

 

「『ファントム・ブルー』――ッッ!」

 

 『スタンド』で地を全力で蹴り上げ、最速で茂みの中に隠れる。

 一瞬遅れて、自分の立っていた空間に二本のナイフが音も気配も無く唐突に現れ、力無く地にからんからんと落ちた。

 

『何が起きた! 返事をしろ、秋瀬直也ッ!』

「……クソォッ! エルヴィ――あの『使い魔』が殺された! 敵襲だ、いきなり彼女の頭部と心臓部と喉にナイフが突き刺さったッ! アイツは死に間際に『空間転移(テレポート)』と言っていた……!」

 

 あのまま、あの場所に居たら彼女と同じように殺されていた。

 いや、それ以前に――最初に自分が標的にされていたのならば、自身の死の回避は不可避だった。

 

 ――『空間移動』は文字通り空間を移動する能力であり、今のようにナイフのような小物を転移させるのは至極簡単な事だろう。

 物体を転移させてから移動地点に到着するまでには若干のタイムラグが存在し、演算負荷が大きくて発動にも時間が掛かるが、暗殺手段としては極めて優秀だろう。

 

 ぎり、と罅割れする勢いで奥歯を噛み締める。胸に湧き出る怒りが理性を焦がす。よくもオレの目の前で殺してくれたな――!

 

『――敵の姿は確認したか?』

「いや、それらしい姿は見当たらない。『御園斉覇』の顔写真を送ってくれ。仕留めたら再び連絡する」

 

 校庭裏、この近辺の何処かに『空間移動能力者(テレポーター)』と思われる『御園斉覇』が潜んでいる。

 正確には校舎に腰掛けていたのだから、敵は校舎の窓隅に潜んでいる可能性が大きい。茂みの中に隠れたので、此方の居場所を掴めてないのか、空間転移による不可避の攻撃は止まっている。

 

(幸いな事に背後には誰もいない。『風の流れ』におかしい場所は無い。なら、一階二階三階の窓辺のどれかか。見た限りでは、人影すら無い)

 

 いや、本当に窓辺に潜んでいるのだろうか? あそこでは此方の様子を確認すると同時に此方に発見される危険性がある。

 反撃の機会をみすみす与えるようなものだ。この敵が考える事は単純明快だ、一方的に安全に殺害したいに尽きるだろう。

 

『待て、一つだけ忠告させろ。『とある魔術の禁書目録』の超能力者に『スタンド』は基本的に見えない。『原石』か視覚系・感知系の能力者ではない限り認識出来ない筈だ』

「ありがとよ、十分過ぎる助太刀だ――!」

 

 通話を切り、再び思考を巡らせようとし――硝子のようなものが木っ端微塵に割れる音が鳴り響き、直後に近くの樹木が倒壊した。

 

「っ!?」

 

 倒壊に巻き込まれる直前に飛び出し、踏み潰される難を逃れる。

 倒壊した樹木の周囲には硝子の破片が無数に飛び散っており、樹木の切り口はそれはそれは鋭利な物だった。

 

(窓の硝子を飛ばして切断かよ。首にでも決まれば物理防御無視のまさしく『必殺』だな。最初の時にやれば二人同時に首を吹っ飛ばせたものを――)

 

 この攻撃手段の御蔭で、敵は此方の居場所を完全に掴んでいない事を確信する。

 同時に敵はこの近くにいない。見た処、近隣の校舎の窓に変わった様子は無い。視認出来る距離にいないという事だ。

 別の手段を持って此方を遠くから眺めていると推測出来る。

 炙り出したのに関わらず、致命的な攻撃が飛んでこないのが良い証拠だ。此処はほぼ死角という事か。

 

(……校内の監視カメラが怪しいか。警備用に導入された代物だ、私立の小学校である此処には何処かしらに仕込まれているだろう)

 

 その手の映像を見れるのは警備員の詰め場所と言った処か。

 ――種は割れた。この敵は自分の敵ではない。初見で殺さなかったのが最大の敗因である。

 

 

 

 

「クソクソクソッ、何処に行きやがった……!?」

 

 前世の学園都市において大能力者(レベル4)に認定された『空間移動能力者』である『御園斉覇』は秋瀬直也が推測した通り、校内全ての監視カメラの映像が一望出来る警備員の詰所で憤っていた。

 彼の『空間移動』は何方かというと小さい物体の転移に適していた。

 作中で『空間移動能力者』の代表である『白井黒子』は最大飛距離は81,5メートルであるが、彼は200メートルまで転移可能とし、その精度も『同年代の少女』の脳天喉仏心臓を正確に貫いた事から称賛すべきものだろう。

 ただし、一度に飛ばせる質量は70キロ程度、更には自身の転移には苦手意識を持ち、窮地に追い込まれなければ実行しないほど忌み嫌っていた。

 トラウマが無ければ超能力者(レベル5)クラスとされる『結標淡希』と違って、本当に苦手なだけであるが。

 

 ともあれ、校舎全域の空間座標を脳裏に叩き込んでいる彼に監視カメラという視覚情報を与えれば、ターゲットを抵抗すら許さず、一方的に惨殺する完全無欠の暗殺者となる。

 

 勝利は確実だった。誤算があったとすれば完全なる初見殺しの機会を突如現れた異分子である『少女』の始末に使ってしまい、最初の殺害対象だった秋瀬直也を見失ってしまった点である。

 樹木を倒壊させて炙り出そうとした地点には多くの学生が集まって騒ぎになっているが、未だに秋瀬直也の姿は現れない。

 既にあの場所から抜け出していると考えて良いだろう。

 

(やはり最初にあの男を殺すべきだったか、いや、あの女は急に現れた。自分と同じ『空間移動能力者』の類なら危険度はそっちの方が遥かに高い。あの場において真っ先に仕留めるのは最善手であり必至だった……!)

 

 自身の爪を噛み砕く勢いで齧りながら、御園斉覇は見失った秋瀬直也を必死に探す。

 一瞬、一度撤退するべきでは、と弱気な考えが脳裏に過ぎり、即座に破却する。

 もう後戻りは出来ない。此処に居た警備員は地中深くに空間転移して埋めてしまったし、何の関係性を見出せない『少女』も殺してしまった。

 相手は街の巨悪との繋がりがある凶悪な『スタンド使い』――この機を逃せば、自分は一方的に始末される。殺さなければ殺されるのだ。荒くなる一方の呼吸を自覚しながら、監視カメラを忙しく眺めていく。

 

(畜生、最初から窓硝子を飛ばす攻撃を思いついていれば二人同時に仕留められたのに……!)

 

 この時ばかりは自分の機転の悪さを呪いたくなる。その殺害手段を最初から思い出していれば、一瞬で終わって『日常』に戻れた筈だ。

 何で死んでないのだ、二回目の転移で殺されてくれていたのならば、こんなにも頭を悩ませる必要は無かった。存在そのものが忌々しい。他の転生者を片付けたと同様に始末されてたまるかと恐怖に抗うように歯を食い縛った。

 

 ――いつだってそうだ。自分は理不尽に狙われ、不条理に叩きのめされる。

 

 前世だってそうだ。自分は理由無く暗部に狙われ、存在しない筈の『第八位の風紀委員』に殺害された。

 何の罪も無い自分が何故こんな目に遭わなければならない。そんなのは間違っている。世界が間違っているのならば、力尽くでも修正しなければならない。

 

 その直後だった。何の前触れもなく頬に強烈な衝撃を受けて壁際まで吹っ飛んだのは。

 

「グギャッ?!」

 

 椅子が倒れ、機材が崩れ落ちる音が煩く鳴り響き――かつんと、自分一人しかいない部屋に死を告げる足音は確かに鳴り響いた。

 

(な、殴、られた……!? まさか奴の『スタンド』が既に此処にッ!?)

 

 ――このままでは何も出来ずに殺される。

 

 最速で演算し、座標に他の人間がいるかいないか考慮外で――瞬間的に御園斉覇は自身を一階上の廊下へ『空間転移』させた。

 景色が歪み、自分自身の全てが歪曲したかのような感触を経て、決死の空間転移は見事成功する。

 吐き気を抑えながら周囲を見回す。自身の体の一部分が床にめり込んでいるという不具合は幸運な事に無い。偶然通りがかった生徒もいない。昼休み終わりの予鈴が近い、多くの生徒は自身の教室に戻っている頃だろう。

 

(クソッ、顔が痛ぇ、歯が何本か折れた、頭がぐらんぐらんしやがる……! 暫く自分自身の空間転移は無理だ、早く逃げなければ――!)

 

 体調は一気に急降下し、まともに演算出来る状況じゃない。ただでさえ不可視の理不尽な攻撃に生命を奪われかかったのだ、正常に思考出来る筈が無い。

 傍目を気にせずに廊下を走り、階段を二段飛ばしで駆け上がって逃走経路を目指す。あの場所にさえ行けば、例え秋瀬直也が追いついても敵対行動を取れない筈だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ――!」

 

 走り、走り、誰かを背中から突き飛ばし、後ろから怒号が響き、それでも無視して走り、珍しく閉じていた扉を「何でよりによって今閉まってやがるんだ! アァ!?」などと内心毒付きながら力一杯でこじ開けて――遂に御園斉覇は完全な安全地帯、自身の教室に足を踏み入れた。

 

 ――ガラガラガラ、と背後から窓が開く音が鳴り響き、かつんと軽く着地する音が届く。

 迅速に背後を振り向けば、純然たる殺意を滲ませた秋瀬直也が息切れ一つせずに立っており、更には此方に向かって歩いて来ていた。

 

(ひ、ひっ!? い、いや、落ち着け。アイツはもう仕掛けられない……!)

 

 秋瀬直也は階段を経由せず、直接外から這い上がって来たのだろう。

 相手としては追いついたつもりだが、追い詰められたのは自分ではなく、秋瀬直也に他ならない。

 此処には何も知らない無垢な小学生しかいない。一般人を前に白昼堂々戦うのは不可能だ。

 奴は衆知を前に尻込みだろうが、此方の殺害手段は空間転移だ。身体の体内に直接転移させれば、誰にも気付かれずに殺す事が出来る。

 

 奴に背中を見せる事になるが、何も出来ないから問題無い――即座に振り返り、走りながら自身の机の中にある筆箱に手を伸ばそうとする。

 人間一人殺すならその程度の小物でいい。御園斉覇が勝利を確信した瞬間、伸ばした手が突如踏み潰され、声にならない悲鳴が零れる。

 馬鹿みたいな力で床下に縫い付けられ、手の甲には見えない何かの靴底がはっきりと痕として映っていた。

 

(な……っ!? そんな馬鹿な、此処では仕掛けれない筈なのに――!?)

 

 即座に頬を殴り飛ばされて廊下に逆戻りし――足元まで転がった御園斉覇を秋瀬直也は冷然と見下し、彼は驚愕と共に見上げた。

 

 

「――『スタンド』はよォ、基本的に一般人には見えねぇんだよ。それなのに何で一般人の前で足踏みする必要があるんだ? 躊躇する理由なんて欠片も無いのによォ……!」

 

 

 小声でそう告げ、不可視の『スタンド』の拳を容赦無く振り下ろした秋瀬直也の姿は『死神』でしかなかった。

 耳元まで伸びて手入れがされていないぼさぼさな黒髪も、殺意の炎を宿した黒眼も、比較的整った顔立ちも、自分と同じ私立聖祥大附属小学校の白い制服も、全て擬態にしか見えない。

 

 ――やはり、最初に仕留めておくのはコイツだった。

 薄れる意識の中で、御園斉覇は心底後悔するのだった。

 

 

 

 

「どうしたんだ? 大丈夫か!?」

 

 ――『ファントム・ブルー』による全力のラッシュをぶちかまして奴の意識を断絶させた後、オレは仰々しく白々しく叫ぶ。

 急に吹っ飛んだ、としか見えていな御園斉覇のクラスメイトの何人かが覗き込み、惨状を目の当たりにして小さな悲鳴を上げていたりした。

 

「オレはコイツを保健室に連れて行くから誰か先生に伝えてくれ!」

 

 そんな事を叫んで、有無を言わさずに肩を持って連行していく。

 コイツは絶対に『始末』するが、一般人の、それも小学三年生の前で殺害するのは流石に忍びないだろう――。

 

 

 

 

 ――幸い、保健室の扉には立て札で「職員室にいます」という有り難い状況が書き記されており、中にも人の気配は無い。

 

 扉を無造作に開いて、肩で担いでいた御園斉覇を投げ捨てて扉を閉める。

 何も、直接手を下すのはこれが初めてではない。前世では何度もあった事だ。慣れる事なんて絶対無いが。

 

 ――物音が背後から生じる。まずい、もう意識が戻りやがったのか――!

 振り向きながら最速で『スタンド』を繰り出し、心の何処かで間に合わないと悟る。

 幾ら転移するまでタイムラグがあるとは言え、先手を取られては回避も防御も出来まい。死んだな、これは――。

 

 赤い鮮血が撒き散り、小さな手が血塗れに濡れる。

 誰が――自分が、ではなく、御園斉覇が、誰に――目の前で死んだ筈の『魔術師』の『使い魔』によって、その心臓を手刀をもって貫通させていた――。

 

「甘いですにゃー、私がいなければ殺されてましたよ?」

 

 それは変わらぬ笑顔で――その事実が余計恐怖心を齎した。

 こんな凄惨な方法で御園斉覇の心臓を穿ち貫いたのに、平常運転なんて気が狂っている。

 ……更に言うならば、先程脳天と喉仏と心臓部にナイフが突き刺さっていた筈なのに、傷一つ処か痕すら無い。

 

「――ッ、お、おま、死ん……!」

「詰まらないほど在り来りな台詞が遺言ですか。――ええ、確かに貴方に一度殺されましたけど? 痛かったなぁ、避ける間も無く三箇所も刺されちゃいましたし、少し苛つきましたよ?」

 

 心臓を穿ち貫かれ、人生最大の衝撃に仰天する御園斉覇を尻目に、あの『使い魔』は艶やかに笑った。

 

「――私の気が済むまで殺し続けて差し上げますから覚悟して下さいまし」

 

 心臓を穿ち貫いた右手で御園斉覇の顔を鷲掴みにし、無防備になった首筋に彼女は全て鋭利に尖った化物のような歯を突き立て、容赦無く齧り付いた――!?

 

「……っ?! ――、――!?」

 

 声にならぬ断末魔が響き渡り、少女は陶酔した表情で、とくとくと頸動脈を破り切って流れる血を余さず飲み干す。

 程無くして心臓から地に流れ出た大量の鮮血が意思を持ったかのように流動し、一滴も残らず少女に吸収され――御園斉覇は死体一つ、いや、痕跡一つ残らずにこの世から消え果てた。

 血塗れだった筈の手は穢れ一つ無く、血塗れだった衣服すら今は洗濯後の如くだった。

 

「吸血、鬼? まさか『柱の男』と同じ……!?」

「幾らジョジョ世界出身の人だからと言っても失礼な人ですねー。第一『男の娘』に需要なんて無いですよ?」

 

 何処か的が外れた事を返されたが、警戒度は高まるばかりだ。

 脳天と喉仏と心臓を貫かれれば、間違い無く即死する。だが、人間外ならば話は別だ。『魔術師』の飼う『不死の使い魔』とはやはり彼女だったのか。

 

「というか、私が『柱の男』と同類の究極生物だと仮定すると『エイジャの赤石』で太陽を克服している事になりますよ?」

 

 昼間から太陽の光を浴びて日光浴し、堂々と行動する吸血鬼は笑いながらそう言う。

 ……あの『魔術師』と同様に底が見えない。重要な手札は一枚見れたというのに、その程度では済まないだろうという恐怖感が拭い去れない。

 

「それにしても最期から最初まで詰まらない男ですね。アレの人生を一言で語れば『勘違い』で語り終えてしまいますし。私達相手に仕掛けて来たのも『一連の事件が貴方の仕業』だと勝手に勘違いしての暴走ですね」

「……『勘違い』でオレ達を殺しに来たのか?」

「ええ、コイツの前々世でも、前世の『とある魔術の禁書目録』の世界でも『勘違い』して自滅してますね。暗部相手に凄い自爆です。――何一つ信じられない疑心暗鬼の塊、ゴミのような男ですね」

 

 『使い魔』――いや、吸血鬼の少女は心底詰まらそうに言い捨てる。

 血を吸った人間の記憶まで知識として吸収出来るのか……? この恐るべき吸血鬼は――。

 余りの情報量に混乱している最中、後ろの扉が急に開き――白衣を着た三十代前半の女性教師が入ってきた。

 まずい、と思った矢先、吸血鬼の少女は率先して女性教師に近寄っていきやがった――!?

 

「御園はいるか――と、部外者が何故此処に……?」

「――何も問題無い。部外者は何処にもいない、お前は誰も見ず、御園斉覇は体調不良で早退した」

「何も、問題、ありません。誰も見ず、彼は、早退、しまし、た」

 

 女性教師の眼を上目遣いで覗き込んだ途端にこの有様である。

 傍目から見て明らかに異常な状態になった女性教師はそのまま何事も無かったかのように退出して行った。

 その真紅の瞳はいつも以上に爛々と輝いており、鮮血のようだと思った第一印象は有り勝ち間違ってなかったようだ。

 

「『暗示』? 『魅了の魔眼』? もしかしてエロ光線?」

「さぁて、どれでしょう? 私の事が好きになーる、好きになーる?」

 

 はぐらかされ、吸血鬼の少女は今度は此方に覗き込み、くるくる人差し指を回して見せる。

 正直、冗談の一つとして受け止めるべきだが、先程の暗示に掛かった教師を目の当たりにした直後なので笑うに笑えない。

 此方が期待した反応を見せないので飽きたのか、吸血鬼の少女は一旦離れ、見た目の年齢相応にあどけない笑みを浮かべた。

 

「それにしても正統派の『スタンド』かと思いきや、装着する事も出来たんですね。『ヴァニラ・アイス』みたいな感じでしょうか? 一般人どころか同じ『スタンド使い』でも目視出来ないから『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』とは中々洒落てますね」

 

 ……なるほど、今回の一件は自分のスタンド能力を調査する為に仕組まれた茶番だったという訳か。

 道理で親切丁寧に現れた訳だ。今頃自分は苦虫でも噛んだような顔になっている事だろう。

 正確な原理の説明は面倒だから割合するが、オレのスタンドの能力の一つは短時間限定のステルス機能であり、スタンドを装着する事で自分自身にもその効果を及ばせる。

 なるべく秘匿しておきたかったが、厄介な奴に知られたものである。彼女――吸血鬼に対して『スタンド』は可視の存在である疑いが濃厚か。

 

「! ……そういう事か。アンタ、随分と優しいんだな」

「ええ、私はご主人様と違って慈悲深いですから。本当は死体を隠蔽する能力も見たかったんですけど、あのままだと殺されて私の存在意義が無くなってしまいそうでしたしね」

 

 わざわざその事を知らせてくれた事に一応感謝しておく。

 片付けようと思えば彼女単身で片付いた問題であり、巻き込まれた此方としては溜まったものじゃないが、二度も助けてくれたので文句は言えないだろう。

 

「皮肉な話ですね、貴方の能力は物事を傍観するのならば最適の能力なのに、運命がそれを許さない。いえ、進んで厄介事に首を突っ込んでいるのは貴方自身でしたね? 発現した能力と相反する性格、まるで矛盾してます。――ご主人様の言った通り、貴方は非常に面白い人物のようですね」

 

 それは『魔術師』の邪悪な微笑みとは反対の、無邪気な微笑み。

 されども――善悪は定まっていなくても他人に恐怖を抱かせる事は十二分に出来るようだ。心底背筋が冷えたぞ。

 

「――『御園斉覇』と『豊海柚葉』に接点は一応ありませんね。それじゃ調査頑張って下さいな」

 

 吸血鬼の少女は「ばいびー」と手を振りながら、笑顔で姿を消す。瞬き一つ程度した瞬間には影も形も無く消えていたのだ。

 オレは尻餅付き、深々と溜息を吐く。これで転校生はオレ一人になり、更には『豊海柚葉』の調査の糸口を見失っての徒労である。

 そりゃ何度も溜息を吐きたくなる。愚痴すら言う相手がいないのだ。

 

「……やれやれ、簡単に言ってくれるな。その『豊海柚葉』にはオレの『スタンド』が見えていたというのに」

 

 『御園斉覇』をスタンドで殴って吹き飛ばす最中、あの例の女『豊海柚葉』はその動きを明らかに眼で追っていやがったのだ――。

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』 本体:秋瀬直也
 破壊力-C スピード-B 射程距離-B(10m)
 持続力-D 精密動作性-B 成長性-D

 表皮を風の膜で覆い、偏光させる事で『ステルス』の効果を齎す。
 連続持続時間は数分程度が限界。またスタンドを本体に装着する(中に入る)事が出来るので、本体も『ステルス』で姿を消す事が出来る。

 自身を死に追いやった最悪の結末を回避する為に発現した能力であるが……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05/一人の異分子

 

 ――その世界は無限に閉ざされた螺旋迷宮でした。

 

 絶望が連鎖し、流された無数の涙は世界を深く沈める。悪辣なまでに世界は悪意に満ちてました。

 この無限螺旋を抜け出すには一つの鍵が必要であり、けれども、その鍵は最愛の人の生命を差し出す事で始めて入手出来る代物でした。

 

 ――何か他に手段は無いだろうか? 彷徨う事、数千回余り。未だ他の道は発見出来ません。

 

 舞台は着実に終焉に向かい、鍵を入手する条件は整いつつあります。

 犠牲無くして幸福になる事は出来ないのでしょうか? 何もかも一切合切解決する方程式は、必ず何処かにある筈です。

 そう、信じてました。

 

 三人で挑んで玉砕しました。

 四人で挑んで結末を知りました。

 六人で挑もうとして決裂しました。

 六人で挑んで破滅しました。

 二人で挑み続けて心折れようとしています。

 

 ――そして、この螺旋迷宮を抜け出す二つ目の方程式が無い事を悟った時、電撃的に閃きました。

 

 道も扉も一つしかないですが、鍵は一つとは限らない。

 簡単な話でした。犠牲になるのは私でも良かったのです――。

 

 

 05/一人の異分子

 

 

「あのね、女の子にデートを誘ったからには男の子には一瞬足りても退屈させない義務があるんだけど?」

 

 今、自分の目の前に大層不機嫌そうな顔をしている赤髪蒼眼でポニーテールの少女の名前は『豊海柚葉』――そう、目下、最大の異分子である監視対象である。

 何故その彼女と喫茶店でお茶、穿った意見では二人でデート、という異常極まりない事態になっているのかはオレが誰よりも問い質したい処である。

 

「いやいや、誘ったのはお前の方だろう。それにこれがデートだって? 宣戦布告か奇襲作戦の間違いじゃないのか?」

 

 そう、奴の予測不可能の先制攻撃は放課後と同時に来た。

 いきなり此方のクラスに入ってきて皆の目の前で堂々と「ちょっと付き合ってくれる?」なんて爆弾発言を落としやがった。

 此方としては「皆に噂になるのが恥ずかしい」と返して回避してやりたかったが、あの時は予想外の展開に機転を完全に失い、成すがままに今の混沌とした事態になっているのである。

 

「器の小さい男ねぇ。小さい事を愚痴愚痴と女々しいわぁ」

「いや、どう見ても小さくないから。とても重大な事態だとオレは確信しているのだが」

 

 今の処、終始、不遜極まる彼女のペースに乱されているという訳である。

 アイスコーヒーを飲みながら、油断無く彼女を凝視し続ける。

 ココアを頼んで優雅に飲む彼女は中々絵になっているが、コイツは少なくとも最低一人は転校生を破滅に追い込んだ悪女であり、現状では意図が掴めない敵である。

 

「御園斉覇の事なら心配しなくて良いと思うよ。どうせ『魔術師』が先手打つだろうから。このまま行方不明になったのならば真っ先に貴方が疑われるから、当人には暫く登校拒否になった挙句に何処かに転校する事になるでしょうね。書類上の問題だけど」

「……自身が『転生者』である事を堂々と晒すんだな?」

「ただの事情通かもしれないわよ? 君達の事情に詳しい一般人も探せば居るものよ」

 

 彼女は此方をからかうように余裕綽々と笑う。

 その表情には清々しいぐらい純然なる邪悪が滲み出ており、あろう事か様になっている。女悪魔か、女魔王という処か?

 

「……単刀直入に聞く。何が目的だ?」

「他の八人と同じように扇動しに来たと思うの? そんな安直な解答に至る単細胞なら失望の極みなんだけど。女性の繊細な気心を察するのが良い男の第一条件よ?」

 

 驚愕の新事実がその何気無い一言で発覚する。

 最低一人かと思っていたら、暴走した御園斉覇以外全員の死に関わっていた。それを当たり前の事実のように語れる感覚が恐ろしいし、同時に許せなかった。

 

「悪いが、腹黒い女の内心なんざ解りたくもないんだが?」

「女の子はね、何歳になっても心は乙女なのよ? 減点ね」

「……人の金で飲み食いしている奴の言葉じゃねぇな」

 

 高いデザートばかり頼みやがって、普通の小学生の小遣いじゃ会計支払えないぞ。臨時収入があったから良いものの――。

 

「何を言ってんの、女の子を楽しませない最低最悪な男でも財布役は出来るんだから、喜んで支払いなさい。臨時収入もあるんだし、金銭面には余裕があるでしょ」

 

 ――コイツ、其処まで知っているのか?

 驚愕の眼差しを向けた処、彼女はさもおかしいという具合に小憎たらしく笑った。

 

「全くダメダメな間諜ねぇ。顔に答えが全て出ているわよ」

 

 ……今度は眼が点になる。全て見抜いた上でオレを誘うだと? 何だこれ、此処はまさに死地じゃないだろうか?

 緊張感を一段と高める。意識を臨戦状態から戦闘状態に移行させる。何か一つでも変な行動をすればスタンドを容赦無くぶちかませる状態にする。

 

「オレが『魔術師』の間諜と解っていて話すのか?」

「何処の世界に間諜と仲良くなってはいけないって決まりがあるの?」

 

 パフェを食べながら、豊海柚葉は平然と語る。どうやら彼女の感覚と一般常識は相容れないようだ。

 言葉のドッチボールだ。まるで掴み所が無く、常に空振る勢いである。それなのに此方の魂胆は全て見透かされている感じがして肌寒い。

 あの『魔術師』の時も同じ感覚を味わったが、この少女も同様――同レベルの異常者なのだろう。

 

「それじゃ間諜は間諜らしく、堂々と聞くか。何故八人の転校生を殺した?」

「――人聞き悪いわねぇ。私自身は一回も手を下していないわ。少しだけ誘導した結果、彼等が勝手に破滅しただけよ?」

 

 などと意味不明な供述をしており、皮肉気に「堂々と調査対象から話を聞く間諜なんて初めて知ったよ」と付け足す。

 というか、結果的に彼等の死因になっているじゃないか。

 怒りを隠せずに睨みつけるも、その視線に動じる事無く、パフェを幸福そうに食べる。図太い神経だ。非常にやり辛い。

 

「今まで転生者である事を徹底的に隠匿していたのに関わらず、よりによってこの時期に行動を起こした理由は?」

「別に隠していた覚えは欠片も無いんけどぉ? そうねぇ、強いて言うならば退屈な役者に退場願っただけかな?」

 

 ――この女は、一体何を言っているのだろうか?

 吐き気を催す邪悪の化身が、ただただ童女のように純粋に笑っていた。

 

「この街の現状はとても混沌としていて面白いのに、ぽっと出の大根役者が現れても萎えるだけでしょ? 手間を省いただけよ。どの道、彼等程度ではどう足掻いても生存出来ないし」

 

 確かに、現状ぽっと出の転校生が他の二次小説のように馬鹿みたいに振る舞えば、この『海鳴市』は微塵の容赦無く牙を剥いて食い散らすだろう。

 もしも自分が冬川雪緒と接触して無ければ――果たして生き延びれただろうか? 第一印象は最悪だったが、彼は自分にとって救いの神、命の恩人だったのではないだろうか?

 

「――その点、君は合格かな。この街に来てから少なくとも三度死に直面し、ちゃんと的確に回避しているんだから」

「三度?」

「あら、もう忘れたの? それともあの程度の窮地は日常茶飯事かしら? 一つは魔導師、ランクCの陸戦だったかな? あの程度の雑魚は蹴散らして当然だけどね。二つ目は『魔術師』よ。初見で彼に始末された転生者って少なからず居るのよ? 三つ目は『空間移動能力者』で、内面はボロボロの塵屑だったけど、能力が能力だっただけに厄介だったわねぇ」

 

 ……考えてみれば、一日に一回ペースで死ぬような危険と相対しているような気がする。そして自分の中の『魔術師』の危険度を更に一段階向上させるのだった。

 

「何か知らないが、お前も『魔術師』もオレの事を過大評価してないか? オレは物語の主人公になれる資格なんて持ち合わせてないぞ?」

「興味深い話だね。君にとって『主人公の条件』とは何だと思う?」

 

 今度は興味津々と言った具合に話に食いついてくる。今一彼女の人物像が掴めない。

 冷徹無比な悪女かと思いきや、今みたいに童女のような反応も返す。何方も彼女の一面という事なのだろうか?

 

「今まで一度も考えた事の無い話題だな。あれか、一番強くて運が良くて格好良くてモテモテとかそんなもんか?」

 

 ドラゴンボールの孫悟空、ラッキーマン、数多のギャルゲー主人公を適当に思い浮かべながら返すと――豊海柚葉は物凄く不機嫌そうに口を尖らせて沈黙する。

 無言の抗議である。元が美少女なだけに様になっていて恐ろしい。

 茶化す場面では無かったようだ。少しだけ反省する。

 

「解った解った、真面目に考えるからそんな顔するな。――そうだなぁ、『異常』である事かな?」

「ほほう、その心は?」

「平凡な奴では務まらない事は確かだ。異彩を放つ何かを持っているというのは、他人とは外れた部分を持ち合わせているという事になるんじゃないか?」

 

 こういう主人公と言えば『HUNTER X HUNTER』の『ゴン』とかが当て嵌まるんじゃないだろうか?

 あれは一見して正統派な主人公だが、内面は一番イカれている代表例である。

 

「面白い意見ねぇ。他の人間より優れた部分を『異常』呼ばわりかぁ。中々洒落ているね」

「そういうお前はどうなんだ? 人に聞くからには自らの解答ぐらい用意してるんだろう?」

 

 とりあえず、適当に話題提供、話を繋げながら相手の性格・嗜好などを探っていく事にしよう。

 こういう他愛無い会話に重要な要素は含まれている事だ。気づくか気づかないかは別次元の問題だが。

 

「その物語に対する『解決要素』を持つ事が『主人公の条件』かな。強さは必要無いし、異性を惹き付ける何かも必要も無い。物語という立ち塞がる『扉』の前に『鍵』を持っていれば良い」

「何だかかなりメタ的な要素だな。……その定義からすると『魔法少女リリカルなのは』の主人公は誰になるんだ?」

 

 巻き込まれ型の主人公を全否定する身も蓋も無い定義である。

 でも、その手の主人公は読者と近い立場を取る事で物語に感情移入させる目的なのが多いか。

 

「この物語は高町なのはが不在でも勝手に解決する。故に主役という駒は実は不在なのよ。彼女の役割は解決が約束された舞台を踊るだけ――『道化』だね」

 

 清々しいまでに良い笑顔である。将来、こういう笑顔をする女性には金輪際近寄りたくないものである。

 

「そんな舞台だからこそ、舞台裏で蠢く根暗な『指し手』が好き勝手に暗躍出来るのよ。チェスの盤上のように物語を見立て、複数のプレイヤーが同時進行で手を打って状況を動かす。中には一人で勝手に動く駒もあるけどね」

 

 そして豊海柚葉は「そういう奴に限って戦術で戦略を引っ繰り返すイレギュラーだったりするんだけどねぇ」と愉しげに付け加える。

 そんな『コードギアス・反逆のルルーシュ』に出てくる『枢木スザク』みたいな厄介な転生者が実際に居るのだろうか?

 

 ――さて、彼女の言い分は存分に聞いた。

 それで溜まった憤慨を一気に晴らすべきである。

 

「――お前等にとって、人の命とは何なんだ? どの程度まで軽く映っているんだ?」

「人の命なんて単なる消耗品よ。当然、他人も自分も等しくね」

 

 予想通りの言葉にぐぅの音も出ない。机の下に隠した握り拳に爪が食い込む。

 こんな遊び感覚で生命を散らした者がいるなど、遣る瀬無い。

 豊海柚葉は挑発的な笑みを浮かべる。今の自分の正当な怒りが、さも滑稽に映ったらしい。

 

「――私の行いは間違い無く『悪』よ。これから積極的に事を起こすだろうし、犠牲になる人も増えるだろうね。これは呼吸をするかのように娯楽を求める行為、止めたら窒息死しちゃうわ」

 

 ――やはり、彼女・豊海柚葉とは殺し殺される局面まで行くしかないらしい。

 ある種の覚悟をした瞬間、豊海柚葉は溜息を吐いた。まるで子供の理不尽な怒りに対応する腐れた大人のような不逞な尊大さで。

 

「そうね、此処で貴方に敵対行動を取られ、直接対決になるのは今現在の状況下では望ましくないわ。命乞いの算段でもしようかしら?」

 

 くるくると自身の前髪を指先で弄りながら、彼女は余裕綽々に笑った。

 

 ――それは自信満々の、一片の迷いも無い、不敵な微笑み。

 

 殺し合いをする寸前まで此方の感情を悪化させておいて、それすらも彼女にとっては遊び感覚なのだろうか? 非常に忌まわしく思う。

 この女は此方の感情の動きを全て理解し、把握した上で嘲笑ってやがる……!

 

「君の価値が『魔術師』に高く評価されているのは私の『当て馬』として非常に優秀だから。私と『魔術師』が相争う最中は余り失いたくない手駒だろうね。それじゃ早期に決着が付いてしまえば? 君は『魔術師』にとっていつでも使い捨て可能の捨て駒まで落ちるし、私にとっては敵対者の残り香として直接的にしろ間接的にしろ排除に掛かるだろうね」

 

 彼女の口車に乗るつもりは一切無いが、それはあの『魔術師』の『使い魔』が救援に来るという異常事態についての明確な解答に他ならなかった。

 そういう目的であれば、ある程度は納得が行く。あの状況では傍観が最善だった筈、それなのに労を要して介入してまで助けた理由があったと考えるべきだ。

 それが彼女の言った事であると断定するのは危険極まる話であるが――。

 

「君自身の生存率を高めるのならば、私と『魔術師』の暗闘が継続中の方がむしろ望ましいという事さ。君としても、ただでさえ危険の多い原作中に危険を倍増させる行為は控えたいでしょ?」

 

 豊海柚葉は此方の心の中に僅かに生じた葛藤の芽を育むように、親切丁寧に補足説明する。

 その危険度を更に高めている張本人から言われれば説得力は倍増だな、と心の中で猛烈に毒付く。

 

「そして短絡的に此処で決着を付ける行為は非常に愚かだね。まず一つに情報アドバンテージが段違いである事。私は君の『スタンド』が風を操る類のものだと推測出来ているのに、私の能力に至っては情報が皆無。でもまぁ『魔術師』自身は此処で激突して私の能力を確かめられるからそれで良いと考えているだろうね――御園斉覇の時とは違って、援軍は来ないという事さ」

 

 ――そう、問題はまさにそれだ。

 

 オレは彼女の目の前では『ステルス』を使っていない。ただ『スタンド』を飛ばして御園斉覇を力任せに殴り飛ばしたのみである。

 それなのにオレの能力が風を操る類であると断定しているのは正体不明の察知能力及び監視能力の高さが此方の予想を遥かに上回っていた事の証明だ。

 

(最大の泣き所は、奴の戦闘能力の有無が欠片も解らない事。全てハッタリだとしたら称賛物だが、此方の『ステルス』を考慮した上で勝てると踏んでいる……)

 

 スタンド能力の全てを晒した覚えは無いが、秘めたる能力が未知数である以上、敗北の可能性は常に濃厚に付き纏う。

 いや、敗北の可能性など戦闘をする限り大小問わずに生じるものだ。今はこれの危険度から察するに、早急に排除した方が良いとオレの勘が警鐘を鳴らしている。

 

 彼女は残念ながら存在するだけで犠牲者を量産する正真正銘の『悪』だ。許されざる存在である。

 

「――凄いね、自分の生命と街の平穏を天秤に掛けて迷えるなんて。献身的だねぇ、まるで本物の『正義の味方』みたい」

 

 ……これまでと違って、心底感心したのか、少女は物珍しげに此方の顔を万遍無く眺めた。

 その眼に灯るのは無色の好奇心、なのだろうか? 何なんだろう、この世紀の悪女と年端無い童女が同居しているかのような奇妙な有り様は?

 意外な二面性? 多重人格? いや、どれもしっくり来ない。

 

「良いわ。貴方に免じて暫くは動かないであげる。原作が始まるまでの退屈凌ぎは貴方でするから」

 

 豊海柚葉は何か無い胸を張って、えばって言っている。

 オレは沈黙を持って。疑いの眼を持って無言の圧力を掛ける。

 

「……むぅ、心底信じてない顔ね?」

「……全くもって信用出来ないし、信頼など元から無いからな」

「役者の選別は終わったし、後は舞台の開演までやる事が無いわ。――何故ならば、この物語は『魔術師』が『ジュエルシード』をどうするかで何もかも一変しちゃうんだもの」

 

 彼女は若干拗ねたような口調で言い捨てる。

 はて、何で『魔術師』が『ジュエルシード』をどうするかの決定権を持っているのだろうか?

 あれは事故で『海鳴市』にばら撒かれる筈なのに。

 

「『魔術師』が『ジュエルシード』を……?」

「素直に原作通り『海鳴市』に落とさせるか、落下を防ぐか。大筋で二通りだけど、何方だと思う?」

 

 ――今まで考えた事が無かった。

 コロンブスの卵である。今まで『ジュエルシード』が『海鳴市』に落ちる事が確定していて、落ちた後をどうするかと悩んでいたが、阻止するという選択肢もあるのか。

 

「何方にしろ原作通りには進まないけどね。呪いの塊である『魔女』の願いを『ジュエルシード』が叶えれば、間違い無く未曽有の災害になる。それはそれで興味深いよね、廃棄物の呪念をどのような形で叶えるのか、今からワクワクするわぁ」

 

 そんなクリスマスのプレゼントが何か、猛烈に期待している子供のような笑顔を浮かべられてもその、何だ、困る。主に反応が。

 ただの『魔女』でも運が悪ければ『ワルプルギスの夜』みたいな超弩級の災厄になってしまうんじゃないだろうか?

 その場合、オレ自身が生存出来たとしても、家族は間違い無く死んでしまうだろうなぁと真っ黒な未来予想図に暗く沈む。

 一応実の両親として、それなりに愛着が湧くものだ。それが三人目の存在だろうと変わらないものだ。

 

「そして『ジュエルシード』の落下を防げば――船の事故そのものが発生しなければ『ユーノ・スクライア』は『海鳴市』に来訪せず、魔法少女の『高町なのは』は生まれない。これの影響が何処まで響くかは誰にも想定出来ないだろうね」

 

 目先の危険を回避するなら最上の手だが、未来が不明瞭になって予想出来なくなるのが欠点か。

 原作通りに進めるという選択肢が無い今、あの『魔術師』は何方を選んでも苦渋の選択となるだろう。

 ……あの『魔術師』が思い悩んでいる光景など、想像だに出来ないが。

 

「さて、今日は此処でお開きにしましょうか。貴方が私を退屈させない限り付き合ってあげるわ」

 

 いつの間にかパフェもココアも飲み終わったのか、豊海柚葉は既に帰宅準備を整えていた。

 未だに迷っているが、尊大な言い方にかちんと来る。自分でも驚くほど反骨心が湧いてくるものだと客観的に思った。

 

「言うに事欠いてそれかよ……全くもって傲慢な女だな、お前は」

「ええ、私が私である限り傲慢なのは当然だもの」

「自信を持って言う言葉じゃねぇよ!」

 

 結局、今日の内はこれでお開きとなり――彼女との会話を『魔術師』にどう報告したものか、暫く頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 ――私の名前は『エルヴィ』、正確にはもうちょっと長い『真名』があるけど、黙秘権を使用します!

 ご主人様、神咲悠陽様の忠実なる『使い魔』で、生活自立能力皆無の駄目駄目人間の引き篭もり生活を成り立たせる縁の下の力持ちなのです。

 でも、たまぁにちょっぴり自分の存在意義を見失ったりします。

 『眼』を瞑ったままのご主人様が自身の携帯電話を弄って、正確に目的の人物に通話成功させた時とか特に思います。「あれ、私っている必要無くね?」と……。

 

「お久しぶりですね、神父。お元気でしたか?」

『相変わらずだね、悠陽。偶には顔を見せたらどうです? 二人共寂しがってましたよ』

「ご冗談を。アイツら二人ならまだしも、貴方に対面したら殺されますよ」

 

 私の吸血鬼の聴覚ならば携帯からの相手の音声を聞き取るぐらい容易い事なのです。

 決して聞き耳立てて盗聴している訳じゃないです。勝手に聞こえてくるものは仕方ないのです。

 それにしてもお相手はあの吸血鬼殲滅狂の神父ですか。あの人とは何度も殺し合ったので良い思い出は一切ありません。

 言うなればアンデルセン神父二号です。二度と遭いたくない類の狂信者です、はい。

 

「近日中に原作が始まる見込みなので、今現在居場所が確定している『魔女』の一斉殲滅を今夜行いたいのですが」

『良いでしょう、神が創りしものを悪魔が弄った忌むべき廃棄物、あのような唾棄すべき存在は我々『教会』としても許せるものではありません』

 

 今は温厚な口調だが、異端者や吸血鬼が見えた瞬間にアンデルセンみたいな二面性を発揮し、殺すまで執拗に追いかけてくる狂戦士となります。

 過去に吸血鬼に何か確執があるんですかねぇ? 親か嫁でも殺されたのかな? 死なない自信があるとは言え、超怖いです。

 

「それでは『教会』には『海鳴市』の東区と南区をお願いします。正確な結界の位置は後程送信しますので。西区と北区は私どもが担当します」

『任されました。私達の方は問題ありませんが、君達の方は大丈夫ですか? 人手が足りないのならば応援を寄越しますが』

「ご好意は感謝しますが、遠慮しておきますよ。不用意に衝突すれば殺し合いになるだけです。『川田組』のスタンド使いも動員しますから人手は大丈夫ですよ」

 

 ああ、今回は『川田組』の人も総動員するんですか。私とご主人様だけで十分だと思いますけど、恐らく楽したいのでしょう。

 自身が怠ける為ならば他人を塵屑のように使い捨てるのが私のご主人様です。

 

『――時に、ミッドチルダの方はどうかね?』

「最近は『魔女』に忙殺されてちょっかいを出す気力も無くなったみたいですね。ですが、原作が始まれば余計な手出しを間違い無くしてくるでしょう。理想としては奴等に介入される前に事件を治めてしまう事ですね」

 

 ご主人様としては嵐の前の静けさだと悟ってのお言葉でしょう。『ミッドチルダ』の連中は叩いても叩いても絶対に諦めない偏屈者の集団ですからねぇ。

 

『惜しいな、君が敬遠な信徒として手助けしてくれれば何よりも心強かったのに』

「生憎と『魔術師』と『教会』は基本的に相容れぬ人種ですよ。それに私はあの吸血鬼を『使い魔』にした事で貴方の不倶戴天の怨敵になった筈ですよ?」

 

 ……そうなのである。ご主人様は私を『使い魔』にしたせいで、あの殲滅狂の神父、そして『教会』に常に命を狙われる身なのである。

 表立って敵対はしてないが、遭遇したら必ず殺し合う仲である。ただの信徒なら問題無いが、禁書目録もどき、埋葬機関の代行者とぶち当たればそれなりに苦戦は必須である。

 

(この『魔術工房』ならば幾ら攻めて来ようが何とも無いのですが――)

 

 ――ともあれ、敵の多いご主人様が安心して暮らしていけるのは、この『魔術工房』の堅牢さに他ならない。

 『魔術工房』だとご主人様は謙遜してますけど、ぶっちゃけ神殿級だと思いますよ?

 

 これを攻略したくば、一発で何もかも一切合財葬り去ってしまう対界宝具『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』をぶちかますか、ミス・ブルーや宝石翁などの『魔法使い』でも派遣しろとはご主人様の言葉である。

 逆に言えば、最大の脅威と認めても対策が思い浮かばなかったのはその二つ程度であるが。

 

 外壁の守護だけでも、対空墜落術式、ランクAの攻撃魔術まで耐える防御結界が幾百程度。

 『騎英の手綱(ベルレフォーン)』及び『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』などのランクA+に匹敵する対軍宝具の迎撃概念武装。

 

(ただし、基本的に一発防いだら終わりな使い捨ての防御術式なので、連発されたら厳しいとか)

 

 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』級の対城宝具の相殺術式。

 

(これはテストしようがなかったので、本当に防げるかどうかは実際にやってみないと解らないらしいです)

 

 対『広域殲滅魔導砲(アルカンシェル)』用の空間座標反転術式。

 魔術工房の防備を根本的に揺るがす『直死の魔眼』及び『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』及び『幻想殺し(イマジンブレイカー)』『起源弾』専用の事前察知撃滅術式――後半に行くほど特定のメタが激しくなるが、まだまだある始末。

 

(まぁこの時点でこの『魔術工房』の異常性を察知して逃げていれば良いんですがねぇ)

 

 そして魔術工房の内部に侵入すれば、異界化させた空間が待ち侘びており、第四次聖杯戦争のマスター『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』の魔術工房を正攻法で挑んだらどうなるか、身を持って体験出来るでしょう。

 

 常に侵入者の体力を消耗させて『魔術工房』の維持に還元させる生命力奪取の結界なんて序の口。

 一度侵入した相手を絶対に逃さない空間転移阻害結界。所謂「魔王から逃げられない」という理屈です。いつから概念化してたんですかね? それ。

 破壊されても貯蔵魔力が尽きない限り再生する館全体の復元呪詛。

 対吸血鬼用の法儀礼済みボールベアリングのクレイモア地雷列(実は魔術でも何でもない、衛宮切嗣御用達の物理兵器)。

 この世界の対魔導師用に最高純度のAMF(アンチマギリンクフィールド)。

 対超能力者専用のAIMジャマー。大能力者(レベル4)まで無効化に出来るとか出来ないとか。

 対象を擬似的な宇宙空間に永久放逐する永続隔離閉鎖術式。

 空間跳躍させて額縁の中に放り込む昔懐かしの『石の中にいる』。

 摂氏数千度の温室。サウナってレベルじゃないよ。

 ほぼ全ての術式を無効化する対魔力Aランク持ちの『アルトリア・ペンドラゴン』専用の対竜種殲滅術式――これ以上あげてもきりがないし、一日一つペースで増え続けている模様。

 

 一体、どんな敵を想定しているのかと問われれば、サーヴァント級の敵を撃退撃滅する為としか言えない。

 それでも実際に攻め入られたら厳しいらしいとは本人の談。対魔力Aランク持ちのセイバーや第五次のバーサーカー(ヘラクレス)が攻め入ったら、ほぼ全ての術式を正面から打ち破られた上で呆気無く討ち取られるだろうと試算。侵攻を遅滞させるだけで精一杯だとか。

 魔術師にとって英霊という存在がどれほどまでに規格外なのか、思い知らされる一面である。

 

『その問題はいずれ決着を付けますが、今でも君は私にとって愛すべき息子の一人ですよ』

「――貴方には感謝している。あの当時の私を引き取ってくれる者は神父ぐらいしかいなかった。なるべく受けた恩は恩で返したいものです」

 

 そう、これである。ご主人様は基本的に外道であるけれども、案外義理堅いのである。これのせいであの殲滅狂の神父と言えども殺しにくいのである。

 

「エルヴィ、喉乾いた。茶くれ、茶」

「あ、はいはいー! すぐ持ってきます!」

 

 こうして自身の存在意義を改めて確かめながら、幸せな一時は刹那に過ぎていくのでした――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06/魔術師と武者

 

 

 

 ――その日、私は『過去』を奪われました。

 

 私を私とする根幹が根刮ぎ消され、名前さえ奪われました。

 私は私が『誰』だったのか、未来永劫解らなくなり、私に与えられた新たな名前は、私の役割を告げる『暗号名』に過ぎませんでした。

 

 ――繰り返す悪夢、死と転生の輪舞曲を幾度無く繰り返す。

 

 連中の施した『首輪』を木っ端微塵に取り外し、管理下から脱する千載一遇の機会を、私は従順な羊を装いながら待ち続ける。

 最初の私は駄目だった。次の私も解決の糸口すら掴めなかった。次の次の私は協力者を増やす事に費やし、次の次の次の私は協力者から前回の知識を受け継ぐ事に成功する。

 

 ――解れつつある螺旋迷宮に彼等は気づかず、雌伏の時間は終えようとしている。

 

 一欠片の誇りを蹂躙され、精神を無碍にされ、黙殺され続けた日々も終わろうとしている。

 裁きの時は近い。私は自らの知識で『首輪』を噛み砕き、私を奪い尽くした連中に一人残らず復讐を果たし、一番最初の私自身を取り戻す。

 献身的な子羊が強者の知識を守る――そんな素振りを見せるのもこれまでである。

 

 反逆の狼煙をあげましょう。私の記憶を殺し続けた者達に思い知らせてやろう。

 この脳裏に刻んだ外道の知識が、どれほどの災厄を齎すか。身をもってご教授しよう。

 

 ――『愚者の魂を我が亡き記憶に捧げる(dedicatus666)』

 

 そして私は長い反乱の末に勝利を勝ち取りました。

 数多の犠牲の果てに敵対勢力を根絶やしにし、――結局、私は『私』を取り戻す事が出来なかったのです。

 私が『誰』であるのか、最期まで私は掴めなかったのです――。

 

 

 06/魔術師と武者

 

 

「へぇ、原作前に大々的に『魔女』討伐かぁ。オレは出なくていいのか?」

 

 ベッドの上に寝そべり、携帯電話を右耳に当てながら、オレは冬川雪緒に尋ねる。

 原作前に『魔女』を徹底的に討伐する――『魔術師』が主導となって『教会』も連動し、今夜一斉排除に乗り出すそうだ。

 確かに理に適っている。これから『ジュエルシード』が二十一個も落とされるのだから不確定要素たる『魔女』を出来るだけ排除したいだろう。

 

(……となると『魔術師』は原作通りに『ジュエルシード』を『海鳴市』に落とさせる気なのかねぇ?)

 

 昼間、豊海柚葉と喋った会話の一部が頭に蘇る。

 ――『魔術師』が『ジュエルシード』の落下を防ぐかスルーするかで、物語の本筋がまるっきり変わると。

 一見して今回の件は落ちても大丈夫な土壌を用意しようとしているに見えるが、『魔術師』の神算鬼謀など此方が見抜ける筈も無い。

 

『子供はもう寝る時間だ。ただでさえ今日は他の転生者と戦闘になっていて消耗しているだろう。休養して万全の状態に保つのも仕事の一つだ。……それにお前のスタンドは『魔女』と相性が良いのか?』

 

 自分のスタンド『蒼の亡霊』の能力を大まかに思い浮かべ、どの程度の『魔女』ならば倒せるか計算してみる。

 結論、本編中の『魔女』で倒せる個体など一匹もいない始末である。自分の能力など対人限定と言っても過言じゃない。

 どう考えても耐久過多な『魔女』相手では分が悪い処の話じゃない。

 

「お菓子の魔女相手だと完全に詰むな!」

『……未だに出てきてないが、そういう事だ。王には王の、料理人には料理人の役割がある。適材適所だ、相性の良い『スタンド使い』に任せておけば良い』

 

 冬川雪緒の有り難い言葉に「ヘイヘイ」と生返事で返す。

 となると、『スタンド使い』の誰かは『魔女』に対し、最高に相性が良い奴が一人か二人居るんだろうなぁと心の奥に留めておく。

 

「それはそうと『魔術師』も出てくるのか?」

『今回は穴熊に決め込む気は流石に無いらしい。あの『使い魔』と共に北区を一掃するそうだ』

「へぇ、反抗勢力とやらが激発する可能性って無いのか?」

 

 幾ら同じ北区を殲滅すると言っても、分担して事に当たるだろうし、堅牢な『魔術工房』から出て来た『魔術師』を仕留めんとする輩が大量に発生するのではないだろうか?

 絶対『魔術師』は多方面から恨まれているだろうし、排除したいって輩は沢山居るだろうなぁ。

 

『あったとしても駆逐されて終わりだろうな。奴が直接赴く理由の一つにはそういう勢力の討伐も含まれている』

「あれ? あの『魔術師』の戦闘能力が突き抜けたものじゃないと言ったのはアンタだっただろ?」

 

 隠し玉を数十個以上ぐらい持っていそうな雰囲気で、個人的には絶対に相手にしたくないが。

 

『確かに言ったが、あの『使い魔』は間違い無く最強級の転生者だ。『魔術師』を仕留めるのならば『使い魔』を足止めした上でその時間内に仕留めなければならない。必然的に『使い魔』に最強格の刺客を送り込んで時間稼ぎをし、二線級の者で『魔術師』の相手をする。そうでなければ『使い魔』がすぐに駆けつけてしまうからな』

 

 ……そう言えば、殺されても死ななかったよな。あの『使い魔』は。

 唐突に現れる――多分『空間移動能力持ち?』で、太陽の下を平然と歩むデイ・ウォーカーで、弱点の筈の脳天心臓を貫かれても滅びない吸血鬼、まさか『真祖』じゃないだろうな?

 いや、御園斉覇の血を容赦無く啜っていたから、その線は無いか。……型月世界の『魔術師』に仕える『使い魔』だから、まさか同じ世界出身の『二十七祖』の死徒?

 有り得そうで怖い。もし、そうならばあの『使い魔』の戦闘力は『サーヴァント』に匹敵するという事となる。

 

(そういえば、アイツの吸血はむしろ全身まるごと捕食していたな。……まさか『教授』!?)

 

 666の生命因子を持つ混沌の吸血鬼、死徒二十七祖の第十位『ネロ・カオス』がまさにそんな吸血を行なっていたのを思い出し、背筋が震える。

 あれに血肉ごと喰われ、全部消化される前に遠野志貴の『直死の魔眼』によって滅ぼされ――その残滓を受け継いだ化物がこの世界に産まれるという寸法なのだろうか?

 

(……あっるぇー? 冗談で考えたが、まさか正解とか無いだろうな? そいやアイツ、猫耳に猫の尻尾だったよな……)

 

 疑念が疑念を呼ぶ状況になったので、首を振って無理矢理に思考転換する。

 

「前から思っていたんだが、何であの『使い魔』は『魔術師』に従っているんだ? アンタの話からは明らかに『使い魔』の方が強いという風になっているのに?」

『さて、な。あの二人の主従関係には謎が多い。『使い魔』を引き抜こうとして全滅した勢力も過去にあったぐらいだ』

 

 完全に忠誠を誓っているという訳か。吸血鬼の癖に健気だなぁ。

 とりあえず、今日オレがするべき事は何もない。彼等の無事を祈って安らかに眠るだけだ。

 

「まぁ何はともあれ無事を祈っているよ」

『ああ、明日にはまたお前に『魔女の卵』を『魔術師』に届けて貰う事になるだろう』

「……げっ」

 

 最後の最後に大きな爆弾を落とされて通話が終わり、オレは大きな溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 ――其処は何もかもが狂った空間だった。

 

 お菓子で出来た世界、それだけではメルヘンな響きがするが、大小様々な薬剤のカプセルが無数に散らばっている。

 処々に病室を思わせる箇所があり、この不安定な世界をより凄惨に、不気味に彩っている。

 

 ――このような場所を選んだのは不本意極まりない話だが、漸く訪れた千載一遇の機会。逃す手は無い。

 

《――御堂。新たに生体反応が一つ。該当記録有り》

「ああ、この時をどれほど待ち侘びたものか」

 

 赤い鋼鉄に覆われた大鷲からの金打声に反応し、入り口を凝視する。

 程無くして黒い着物姿の青年は現れた。悠然と、まるで散歩するかのように軽い足取りだった。

 腰の半ばまで伸びた長髪を一纏めに編んで、目を瞑ったままの赤髪の青年は五十メートル地点で足を止めた。

 

「――魔術師・神咲悠陽とお見受けする」

「如何にも。何用かな? これから魔女狩りで忙しいのだが」

 

 敵は無手であり、これと言って特質すべき武装を所持していない。

 当然と言えば当然だ。彼は魔術師という名の超越者、魔力を用いて魔術を使い、敵を殲滅する稀代の異能者である。

 得物など無くとも、対象を千殺出来るほどの無慈悲な殺傷力を内に秘めている。

 

「愚弟・新道鉄矢の敵討ちに参った。その首級、頂戴する」

「……ああ、確か『反魔術師同盟』の一員にそんな名前があったな。その身内ならば復讐する権利がある。良いぞ、劔冑を装甲するが良い。それぐらいは待ってやろう」

 

 魔術師は一切身構える事無く、無形の構えを取る。 

 敵対者を『武者』と認めての一言、彼は必ず後悔させてやろうと、己が劔冑の銘を高らかに叫ぶ。

 

「兼重ッ!」

 

 その瞬間に鋼鉄の大鷲が千の破片となって弾けて、彼の周囲を飛び舞う。

 

「――鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理ここに在り――!」

 

 誓いの口上が成され、ゆるりと右腕を水平に上げる――装甲ノ構。

 瞬間、独特の音を立てて劔冑は彼に装甲される。全身を真紅の鋼鉄に覆われた赤い武者だった。

 ――『装甲悪鬼村正』の世界の最強戦力が今、此処に顕在する。

 

「上総介兼重、それとも和泉守兼重か? 江戸時代寛文期の武蔵国の刀工の良業物だったか。後者ならかの有名な武芸者・宮本武蔵の愛刀だな」

 

 黒い喪服のような着物を羽織る『魔術師』は盲目ながら鑑賞するように目の前の武者を品定めをする。

 重厚の鎧というよりも極限まで軽量化された真紅の装甲は、彼等の劔冑のお手本となった『この世界唯一の本物(オリジナル)』に似通っている。

 武装は大太刀が一本に小太刀が一本、腰に堂々と差し込まれており、背中の合当理の巨大さは『この世界唯一の本物』を参考にせず、むしろその『三代目』と酷似しているのは皮肉な話か。

 

「それにしても、あの代わり映えの無い前口上、何とかならないのか? 如何にお前等の劔冑が『銀星号』の模倣とは言え、全く同一の口上では飽きが来るものよ」

 

 確かに同じ流れを組む劔冑では誓いの口上が同一の場合があったが、彼等『武帝』が可能とした『真打』の模倣に其処までする必要は無い。

 

「――劔冑(ツルギ)を謳った処で、魂(ココロ)は甲冑(ハガネ)で鎧えない。……ふむ、これは『装甲悪鬼村正』ではなく『デモンベイン』だったかな? まぁ『転生者』じゃない輩には解らないか」

 

 『魔術師』の意味不明な言葉遊びに構わず、赤い武者は抜刀する。

 それに呼応するように、魔術師の足元から赤い光が走る。光は地面を這って複雑な幾学模様を形成して『魔術師』を中心とする円となり、二重の陣となって回り続ける。

 

《敵魔術師、二重の陣を展開。境界に接触する瞬間に効果を発揮する結界魔術と推測される》

 

 構うものか、と単発式の合当理に火を入れ、大轟音と共に飛翔する。

 そのまま一直線に騎航し、太刀を上段に構える。掠ればそれだけで原型留めぬ肉塊になるであろう武者の突撃、五十メートル程度の間合いなど刹那の内に切迫するだろう。

 それに反応した『魔術師』は小さく呟き、彼の指先から巨大な炎が放たれた。

 

『操炎ノ業!』

《諒解、炎波流克》

 

 愚直なまでに一直線に騎航した武者は膨大な規模の発火魔術の洗礼を受け――諸共せず炎を吹き飛ばす。飛翔の勢いは欠片も損なわれていなかった。

 それだけではない。蹴散らされた炎は四散して矢型となり――逆に、発火魔術を放った『魔術師』に向けて疾駆した。

 

 ――『陰義(シノギ)』、古来の製法で鍛えられた真打劔冑に発現する、単なる身体強化・修復機能・治癒能力の領域を超えた異能の術であり、武者と戦う上での最大の不確定要素である。

 

 『魔術師』は一歩も動かない。武者に先駆けて飛翔した炎の矢は『魔術師』から十メートル地点の結界に触れた瞬間、突如発生した幾十の炎の縄によって拘束され、ほぼ同時に掻き消される。

 

《第一の結界、幾十の炎の縄による捕縛術式と推測! 指向性の強い魔術故に陰義による操作剥奪は困難と見込む》

『このまま押し切るッ!』

 

 全機能を飛翔に費やし、更なる加速力をもって『魔術師』の二重の結界に挑む。

 第一の結界は特に問題無い。彼の劔冑『兼重』は炎を操る『陰義』を持っており、それ故に熱耐性は他の劔冑を遥かに凌ぐ性能となっている。

 問題があるとすれば、『魔術師』の三メートル地点に展開された第二の結界、効力は現段階では不明であり、本来ならば石橋を渡ってでも確かめたい処――だが、それすらも炎系の魔術ならば自身の劔冑の装甲を貫くのは不可能だ。

 

(一太刀で一切合切斬り捨てる――ッッ!)

 

 復讐者は一人ではない。発火魔術を得意とする『魔術師』を殺す為に生まれたのがこの劔冑だった。

 

 ――第一の結界に接触、瞬間、幾十の炎の縄が殺到するが、拘束出来ずに炎が散り、また真紅の武者の勢いを止められない。

 その刹那に第二の結界に接触したと同時に太刀を振り下ろし――巨大な岩石に衝突したような衝撃が齎される。

 

『――ッ!?』

 

 太刀と第二の結界が火花を散らして拮抗していた。

 騎航による超加速を持って繰り出された斬撃でも、両断出来ない正体不明の障壁――結界の内側で、『魔術師』は無言で右指の指先を真紅の武者に向け、鮮血の如く赤い弾丸を撃ち放った。

 

 本来ならば発火魔術如き甲鉄に傷一つ付かないが、生じた予感に従って身体を反らして回避しようとし、右肩部に着弾――瞬間、マグマを浴びせられたような灼熱感が右肩の神経を焼き尽くした。

 

『グウゥッ!? 何を、されたッ!? 損傷は……!?』

《右肩部甲鉄に損傷無し、騎航及び戦闘に一切支障無し。ただし、御堂の右肩部に重度の火傷有り》

 

 第二の結界の切り捨てを諦め、押し負けた反発を利用して急速離脱し、上空に躍り出て旋回する。

 不可解な攻撃だった。甲鉄は一切無事で、仕手のみが負傷する。少なくとも、今までの発火魔術とは一線を画した攻撃手段だった。

 

《該当記録有り。初等呪術『ガンド』と推測される。ただし、呪いの方向性が火傷に特化しているものと仮定されたし。敵魔術師の攻撃は単純な発火魔術にあらず、呪術的なものと推測され、劔冑の守護を容易く貫くものなり》

 

 ガンドは北欧に伝わる呪いが起源の魔術であり、人差し指で指差すという『一工程(シングルアクション)』で発動する簡易魔術の一つである。

 魔力が低い者が扱えば体調を一時的に崩す程度の効果しか持たないが、中には心停止を起こすほどの呪いを与える術者も居るという。

 『魔術師』が何方なのかは問うまでもあるまい。

 

《第二の結界は堅牢な防御障壁と推測、通常手段では突破は不可能と予測する》

『我が身を顧みる攻め手では突破出来ぬか』

 

 更に旋回し、限界まで急上昇する。

 速度に加え、高度も加える。太刀を振るう彼等も無事では済まないが、死なば諸共である。

 

 ――彼等復讐者にとって『魔術師』を殺せるのならば相討ちで構わないのだ。

 

 『魔術師』はその場から動かず、結界を維持しているだけである。高度と速度を確保しながら、動かないのではなく、動けないのではと推測する。

 結界は他と何かを隔てた境界であり、一度構築しても動けば――術式が決壊し、完全に無防備となる。

 その堅牢な防御障壁に多少脅威を覚えたが、移動出来ないのであれば料理法は幾らでもある。勝利を確信したその瞬間、彼は劔冑が異常に加熱している事に漸く気づき、背中の合当理が小さく爆発、急停止する。

 

『どうした!? 何だ、この馬鹿げた熱量はっ!?』

《熱量過多による機能停止と推測、墜落すると予測する!》

『何だとぉ!?』

 

 『熱量欠乏(フリーズ)』ならぬ、『熱量過多(オーバーフロー)』をもって赤い武者は地に墜落する。 

 

「――羽虫は燃え尽きろ。蝋の翼は余さず溶解し、地に堕ちる」

 

 『魔術師』は童話の一文を謡うかのように囀る。

 その言葉に脈動するように第一の結界の外側が紅く輝いた。

 それはほぼその他全域と言っても過言じゃない広範囲の結界だった。

 

《敵魔術師の陣は二重にあらず、『三重』の陣なり。効力は範囲領域の摩擦係数の向上による擬似的な断熱圧縮の再現、現在の当機の推定温度は2400、否、2500度を達す――!》

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!?」

 

 言うなれば飛翔するだけで大気圏突入時の熱量に晒されていたようなものであり、赤い隕石となった武者はろくに身動きせずに落下し、地に大激突する。

 

「『銀星号』――『勢洲右衛門尉村正二世』の模倣など出来ようものか。お前達は最初の一歩から間違っている。あんな化物専用の規格外の劔冑を教材にするなど笑止千万よ」

 

 『真改』や『正宗』のような強靭な甲鉄ならば、まだ戦闘続行出来る可能性が残っていたが、参考にしたのは装甲を捨てて攻撃性能・速度・運動性を極限まで追究した『銀星号』であり――事実、即死は免れたものの機能停止に追い込まれていた。

 

「――駄作、鋳潰して仏像にでもしてやろう」

 

 二言三言呟き、未だに身動きの出来ない『兼重』は灼熱の炎に包まれた。

 

『ぐ、あああああああああああああああああぁ――!?』

 

 ただでさえ落下の衝撃で装甲が破損し、罅割れていない箇所が無い中、魔術の炎は無慈悲に仕手すら焼き焦がしていく。

 

《もはや、此処までか――御堂ッ!》

 

 装甲が解け、ほんの一瞬だけ炎が周囲に飛び散る。

 仕手の男は太刀を片手に走り、一瞬遅れて炎は再び『兼重』に密集し、瞬く間に細部まで溶解させる。

 

 ――走る。走る。前へ、ただひたすら前へ。『魔術師』の下へ――!

 

 勝機などとうの昔に消え果てた。今の自分は万の一の僥倖に賭けて、全身全霊で一太刀浴びせるのみである。

 やはり『魔術師』は一歩も動かず、迎撃の構えを取る。盤石過ぎて崩す見込みの無い布陣だった。

 今の彼では第一の結界すら突破出来ない。炎の縄に捕縛され、身動き一つ出来ずに焼き殺される未来が一秒先に見える。

 それでも彼は走り、死へ一歩一歩踏み込んでいき――運命の神は彼に協力した。

 

「――っ!?」

 

 突然の出来事だった。

 『魔術師』が立つ地が崩れ、襟巻きみたいに細長い『魔女』が背後から出現する。

 地に張り巡らされていた結界の光が木っ端微塵に消失し、さしもの『魔術師』の顔に驚愕の色が浮かんだ。

 

「――覚悟ォッ!」

 

 千載一遇とはこの事だ。『魔術師』は突如現れた『魔女』に気を取られ、彼は生涯最高の一太刀を繰り出せた。

 

「お菓子の魔女『シャルロッテ』か。まさか直接赴いて来るとはな」

 

 そして声をあげたのは『魔術師』であり、彼の左手には鞘に納められた一本の太刀が握られていた。

 これが『魔術師』の保有する『魔術礼装』だった。

 

「――『魔術師』風情が、太刀を……!?」

「何を驚く? 私は幕末出身だぞ、現代人」

 

 渾身の一太刀の振り下ろしよりも疾く、『魔術師』は彼の懐に飛び込んで居合をもって切り捨てた。

 

「あの時代は化物みたいな剣士が多くてな。此方の防御結界を平然と切り裂いて来るなど日常茶飯事だ。――これは、奴等の初太刀を防いでいる内に自然と身についた一発芸だ」

 

 血反吐をぶち吐き、倒れ伏す。劔冑の消失により、超越的な治癒能力は消え果て――程無くして、助けの神かと思われた『魔女』によって全身ごと食い平らげられたのだった――。

 

 

 

 

『はいはーい、此方の殲滅は既に完了済みでーす。ちょぉっと邪魔が入りましたけどねぇー』

「此方も邪魔が入ったが、まぁそれだけだったな」

 

 北区の『魔女』を粗方片付けての帰り道、自らの『使い魔』から携帯で報告を受けながら帰宅の道に付く。

 既に時刻は午前四時過ぎであり、程無くして朝日が昇るだろう。

 

『ご主人様、驚かないで下さい。実は今回討伐した『魔女』に『ゲルトルート』がいましたよ! 超不味かったです!』

「そんなゲテモノの血を吸って腹壊すなよ? こっちは『シャルロッテ』だ。予想以上にしぶとかったわ」

 

 爆破してもその都度に脱皮して再生するお菓子の魔女『シャルロッテ』との闘争を思い出しながら、彼女の『魔女の卵』を手慰めに弄る。

 真紅の武者との戦闘は既に蚊帳の外であった。

 

『ありゃまぁ、頭は大丈夫ですか? マミってません? 流石に頭無しのご主人様は愛せないですよ?』

「幾ら魔術刻印の治癒機能があっても頭部をやられたら即死だ、この駄猫め」

 

 逆に言えば、即死さえしなければ魔力枯渇しない限り生き延びられる。彼の受け継いだ呪いのような魔術刻印は彼自身をそう簡単には死なせてくれない。

 

『でも、これでご主人様の仮説は真実味が増しましたね……』

「個人的に外れて欲しかったのだがな」 

 

 『魔術師』と『使い魔』は揃って深々と溜息を吐く。

 最悪の予想ほど良く的中するものだと疲労感を滲ませる。

 

「――魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい。この願いを『キュゥべぇ』が一字一句違わず受諾すれば、この世界に『魔女』が現れるのも至極納得出来る話だ」

 

 『魔術師』は忌まわしそうに吐き捨てる。その『三回目』の『転生者』こそ自分を超える史上最悪の『転生者』に他ならない。

 

「こんな献身的な自己犠牲をした奴は正真正銘の聖人聖女だろうよ。全ての『魔女』を吸収して自害し、『魔法少女まどか☆マギカ』の世界を救済したのだからな」

『……その負債がこっちの世界に来るなんて笑えませんねぇ』

「そして今日の『魔女』討伐で、作中に登場した『魔女』が出現した事から確定してしまった。最終的には『奴』が来るのだと」

 

 頭が痛い話である。他の『魔女』と違って顕現しただけで『海鳴市』に致命的な損害を齎す。

 発生しただけで此方の陣営の敗北が決定する天災など誰が望もうか。

 

「一ヶ月以内に『ワルプルギスの夜』が『海鳴市』に出現する。一体誰が倒すのやら。いや、違うか。――誰が倒せるのやら」

『ご主人様……』

 

 確かに『海鳴市』に生き残っている『転生者』の力を結集させ、『魔術師』も出し惜しみしなければ『ワルプルギスの夜』の一つや二つ越えられる可能性は微弱ながらあるだろう。

 

 ――問題は出現し、撃退したその後にある。

 

 『ワルプルギスの夜』の出現によって『海鳴市』そのものが致命的な損傷を受け、霊地を失った『魔術師』が絶対的な窮地に陥る事にある。

 難攻不落の『魔術工房』を土地の魔力ではなく、自前の魔力で運営するようになれば風前の灯だ。いずれ魔力枯渇に陥り、多数の勢力に攻め落とされる未来しか残されていない。

 

『逃げませんか? 何処か別の地域に引っ越すとか。今なら二人で何処にでも行けますよ』

「実に名案だな。だが、もう私は逃げ飽きている。前世では四十年も逃走生活を続けたんだ、あの頃の最低最悪な生活には戻りたくないな」

 

 他の場所に一から基盤を作り、『ワルプルギスの夜』が出現するまで放置し、現勢力全てを見殺す手は確かに魅力的だったが、『魔術師』は否と最初から斬り捨てる。

 どうにも気づかない内に、この土地に愛着心を持ってしまったらしいと自嘲する。

 愚かしいまでの甘さだ。郷土心などという不明確なもので絶対的な破滅に立ち向かおうとしている。策略家として完全に失格だろう。

 

「出来る限りの事はやるさ。それでも駄目なら逃げ出そう」

『はいっ! そんな前向きに見えて凄く後ろ向きなご主人様が大好きです! わぁー、言っちゃいましたっ! きゃー!』

 

 戯言をほざいている『使い魔』を無視しながら、『魔術師』は思考を巡らせる。

 空に昇ったばかりの朝日は、彼の征く困難な道を照らすように光差していた――。

 

 

 




『兼重』
【攻撃力】■■■□□【防御力】■■□□□【速度】■■■□□【運動性】■■■□□
【通称/正式名称】和泉守兼重
【所属】『武帝』
【仕手】新道義和
【種類】真打
【陰義】火炎操作
【仕様】凡用/白兵戦
【合当理仕様】熱量変換型単発火箭推進(試作型)

 参考にした『銀星号』の合当理仕様が陰義による重力制御なので、その辺の技術開発が非常に遅れており、速度と運動性に影響が出ている。
 また鍛造する者が蝦夷人(ドワーフ)でない為、陰義が発生する真打は極稀である。

 基本的に劔冑の名称は過去の大業物・良業物から拝借して名付けられている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Fate/stay night編
07/■■■■■■■


 

 

 

 ――『当たり前』のように生まれた。

 

 生まれた家には古からの厳格な仕来りがあり、色々戸惑って苦労する面が多かったが、それでも人並みに幸せな家庭だったと思う。

 

 ――『当たり前』のように君を愛した。

 

 祖父が独断で決めた縁談なれども、一目見た瞬間から君に恋した。

 君の事をもっと知りたい。もっと自分の事を知って欲しい。それはまるで夢のような日々であり、いつも君に夢中だった。

 

 ――『当たり前』のように惨殺された。

 

 結婚前夜だった。彼女の腹には我が子も居た。

 何故、彼女らが殺されなければならぬ。何故、我が妻子を奪った罪人は裁かれない。

 答えは簡単だ、我が仇敵は時の権力者であり、何をしても許される身分だったからだ。一介の市民など息を吸うように踏み潰せる暴君だったからだ。

 

 ――自分は『当たり前』を捨てる。

 

 それが許されざる行動だと誰よりも自覚している。

 それが致命的な破滅を齎す行為だとも。自分だけではない。多くの人々を巻き添えにする。

 だから、どうしたのだ。罪人は裁かれないのならば、自らの手で裁くしかない。

 権力など手に入れる余地は無い。階級社会に置いて最下層が這い上がる事は万が一にも在り得ない。

 そんな複雑な力は必要無い。もっと単純で純粋な力が必要だった。

 例えそれが我が身を破滅させ、罪深き咎を背負わされるものであっても、今は些細な問題だった。

 

 ――そして国は亡者どもの地獄と化す。

 

 誰も彼もが殺し合い、誰も彼もが死に果てた。

 見渡す三千世界が屍山血河、『善』も『悪』も『敵』も『味方』も平等に転がっている。

 一体誰が仇敵だったのか、今となっては良く思い出せない。復讐を果たし終えたのか、それさえ思い出すのも億劫だ。

 けれども、今の自分が数多の人々の仇敵となったのは確かな事実である。

 

 ――『当たり前』のように殺し続ける。

 

 悪鬼羅刹と罵られながら、一人殺す毎に感情が一つ亡くなって逝った。

 生きながら死んでいく感覚。狂いながら壊れていく感覚。そして、狂い切れずに藻掻き苦しむ感覚。

 いつしか自分は死の救済を求めていた。惨たらしく死ぬべきだ。相応の報いを受けて殺されるべきだ。苦しみ悶えた末に無意味に果てるべきだ。

 

 ――そして『当たり前』のように同じ結末となる。

 

 因果応報、悪には報いがあったのだと安心して眠れる。

 けれども、ふと思う。自分は殺されて当然の悪行を積んだが、我が妻子は何故殺されなければならなかったのだろうか――?

 

 ――それは『当たり前』のように、『悪』に報いはあれども『善』に報いは無い。

 

 

 

 

 目覚まし時計が鳴る前に携帯が鳴り響く。

 眠気半分、不機嫌全開で着信ボタンを押す。相手が冬川雪緒でなければそのまま眠っている処である。

 

「――ふぁあ、朝っぱらから何だよ? 何かあったのかぁ……?」

『昨晩未明に『ジュエルシード』が『海鳴市』に落ちた』

「……おぉ、やっと原作始まるのか」

 

 確かに重大な事だ。魔女殲滅戦を行なってから二日後の出来事である。

 昨日落ちたという事は今頃『ユーノ』が『ジュエルシード』のモンスターにぶちのめされて今日の放課後に『高町なのは』に拾われる予定という事だ。

 眠気で微睡んでいる思考に活を入れて真面目に聞こうとする。

 

『ただし、一人に三個ずつだ』

「……え? ちょっと待ってくれ。それどういう事だ? ちょーっと、いや、まるで意味解らないんだけど?」

 

 余りにも唐突な文脈に思考が追い付かない。

 三個? それが『ジュエルシード』の数ならば、一人にとは一体何の事だ? まるで特定の人物に三個ずつ配布されたかのような言い方である。意味不明である。

 

『……『ジュエルシード』は七名の『マスター』の腕に三画の聖痕として刻まれた。……此処まで言えば解るだろう? 『令呪』としてだ』

「……はぁ!? おいおいおいおい、一体何が始まるんだよ!?」

 

 何で『ジュエルシード』から、全く違う物語の単語に派生するんだ!?

 その『令呪』とはとある戦争において特殊な『使い魔』に対する絶対的な命令権であり、一画一画が膨大な魔力の結晶だったりする。

 混乱の極みに達する中、その惨状を予め想定してのか、冬川雪緒は重々しく告げた。

 

『――『海鳴市』で行われる史上初の『聖杯戦争』だろうな。第二次が無い事を祈るのみだ』

 

 

 07/第一次聖杯戦争

 

 

 ――『聖杯戦争』、それは『聖杯』と思われる何かが発見された際に行われる争奪戦全ての総称であり、『聖杯』がとある宗教由来の本物か偽物かは大した問題では無い。

 では『聖杯』とは何か。何処ぞの世界的な宗教の聖遺物の一つであり、何故かは知らないが、良く『万能の願望機』となっている。

 逆説的に言うのならば『万能の願望機』であるならば、それらは全て『聖杯』であると曲解出来る。詳しくは『Fate』を参考にしてくれ。

 

『とりあえず、現状で入手した情報を確認する』

 

 そんなものが欠陥品の願望機である『ジュエルシード』を利用して発生した異常事態の経緯を冬川雪緒は淡々と説明していく。

 

『判明しているマスターは二人。一人は以前に話した『反魔術師同盟』の盟主だった男で『ランサー』を召喚したそうだ』

「へぇ、確か『魔術師』に恨み骨髄なんだろう? サーヴァントを召喚したから調子に乗って『魔術工房』を攻めたりしないのかねぇ?」

『……残念だが、既に侵攻して返り討ちに遭っている』

 

 ――え? 展開早くね? ページを開いたら次の瞬間には首もがれていた奴並の端折っぷりじゃね? 救援を送って助かるかと思ったら後ろから頭部を銃で撃たれた並の虚無感である。

 

「……ごめん、良く聞こえなかった。というか理解出来なかった。もう一回言ってくれる?」

『昨晩未明の内に『魔術工房』に攻め入り、呆気無く敗北して『令呪』を略奪され、『ランサー』は『魔術師』に主替えしたようだ。その際に『令呪』を一画消費している。――まぁ予想となるが『主替えに賛同しろ』と原作通り命じられたんじゃないか?』

「死者に鞭打つようで悪いけどさ、阿呆じゃね?」

 

 呆れて物が言えない。それは冬川雪緒自身も同じようだった。

 

『救いようのない馬鹿なのは確かだな。一度情けで見逃されたとは言え、一度捕虜の身になっているんだ。『暗示』だの『契約(ギアス)』だの、幾らでも仕込めるだろう』

 

 あの『魔術師』の事だ。逆らった瞬間に詰むような極悪な仕掛けを施していたのだろう。具体的には『キャスター』が寺院の人に仕込んだような人為的で後天的な絶対命令権とか。

 

『二人目は言うまでもなく『魔術師』だ。この聖杯戦争の首謀者にして黒幕なのは間違い無いだろう。最悪な事に未だに自分のサーヴァントは召喚していない』

「……うわぁ、最悪じゃんそれ。『ランサー』が倒された時点で自分のを召喚出来るし、魔力消費も最小限で済むんじゃ……」

 

 この時点で『魔術師』が勝利者に限り無く近い位置にいる事は確かだろう。

 原作通りに『ランサー』を斥候に使い潰して本命の『サーヴァント』で潰すという戦法も取れるという訳だ。

 ……しかし、いつも『ランサー』というのはこんな損な役割しか与えられないのだろうか? 運命? それともクラス補正なのか?

 

『次に我が陣営の基本方針を説明するが、全力で『魔術師』をサポートする』

「勝ち馬に乗るのは良いんだけどさ、情報収集なんて『魔術師』が自前で出来るんだからオレ達必要無くね?」

『いや、そうでもない。今回は『教会』が全力で妨害している。昨晩未明に『ランサー』のマスターを送り込んだのも彼等であり、信徒を使って街中に居る『魔術師』の簡易使い魔を片っ端から駆除している』

 

 予想を反して全面攻勢なのか。かなり分が悪いと思うが、やはり『聖杯』は『教会』の宗義上にとって無視出来ないものなのか。

 いや、これは『魔術師』の手に『万能の願望機』を与えたらヤバいからなのか?

 『魔術師』の性格は典型的な型月世界の魔術師そのものだ。その悲願は外の領域、根源への到達による『魔法』に至る事である可能性は十二分に考えられる。

 ただでさえ厄介な『魔術師』が『魔法使い』になる。最高に厄介になるが、無駄に『聖杯』を使い潰してくれるならまだマシか。

 ただ問題なのは『魔術師』の願望が外の領域ではなく内の領域、この世界そのものの改変ならば大惨事間違い無しである。『教会』としては何が何でも『魔術師』に『聖杯』は渡せないだろう。

 

「というか、協力したマスターが速攻脱落しているから『教会』側は詰んでね?」

『まだマスターは他に五人いる。『魔術師』に先駆けて擁立すれば当て馬になるだろう。そして其処だ、今回の我々がすべき事は他のマスターを探し当てる事だ』

 

 ……情報収集か。まぁ妥当な処だろう。まさか『サーヴァント』と戦えなんて命令されたら一目散に逃走する処である。

 この『聖杯戦争』における我々『スタンド使い』の役割など斥候ぐらいだ。脇役は脇役らしく、粛々と舞台の片隅で蠢くのが関の山だ。

 

『まさかとは思うが、一応確認しておこう。お前が『マスター』という事は無いだろうな?』

「残念ながら、令呪なんて何処にも無いぜ。一体オレ達が『マスター』だと何を呼べるんかねぇ? 縁あるスタンド使いか?」

 

 一応、自身の両腕を巻くって確かめながら言う。

 そもそも万が一『令呪』があったとしても魔力を生成する手段なんてないんだから、『サーヴァント』を現界させ続ける事が困難なのだが。

 不可能ではない、と断言出来るのは『サーヴァント』自身に魂喰いを強要すれば維持出来る的な意味でもある。『マスター』も『サーヴァント』も余程の外道でない限り実行しないだろうが。

 

『さぁな。面白い話ではあるが、『プッチ』や『DIO』を呼んだ日には令呪の三画目をサーヴァントの自害に使わないといけないな』

 

 『ジョジョの奇妙な冒険』のラスボスらを召喚したら、確実に裏掻かれて最終的に敗北する未来が見える。

 自分の『サーヴァント』が最終的な敵対者なんて笑うに笑えないだろう。

 

『お前のやるべき事は『高町なのは』『アリサ・バニングス』『月村すずか』及び自身のクラスメイト、そして『豊海柚葉』がマスターか否かを確認する事だ』

 

 『アリサ・バニングス』や『月村すずか』はまず無いとしても、『高町なのは』と『豊海柚葉』がマスターか否か次第で状況ががらりと変わるだろう。

 同時に『豊海柚葉』がマスターの場合、オレの危険性は極めて高くなる訳だ。精神的な体調不良で欠席したい処だが、この場合は全て逆効果か。

 冬川雪緒達との信頼が損なわれ、『豊海柚葉』がマスターか否か確認出来ず、逆にオレがマスターであると誤解されかねない。この時期に学校を欠席する理由なんてそれぐらいしかないだろう。

 

『サーヴァントという『決戦戦力』が七騎も投入されたんだ、昼中でも油断するなよ。そして絶対に敵対するな、生命が何個あっても足りないぞ』

「あいよ。全く、ヘヴィな仕事だぜ。『海鳴市』に来てから一度も退屈しないな」

『軽口を叩ける余裕があるなら大丈夫だ』

 

 まさか『魔法少女リリカルなのは』で『聖杯戦争』を一般人視点から体験する事になるなど誰が想像しようか。

 溜息ばかりは大きくなるばかりである。

 

 

 

 

「――『魔術師』の内に秘めた欲望が『ジュエルシード』によって歪められた形で叶えられると思ったら『聖杯戦争』が始まっていた。何を言っているか解んないと思うが私も解んねぇー!」

「これは一体何の冗談だっ!? 何故『海鳴市』で聖杯戦争がぁ……!」

 

 此方は『ミッドチルダ』の秘密の会議室、いつも通りのメンツ(今回は『教皇猊下』は欠席のご様子)で黒幕会議が行われていた。

 と言っても、出てくるのは悲鳴ばかりである。予想の斜め上を行く展開が生じ、何が何だか訳が解らないと言った状況である。

 

 ……一応、これまでの経過を正確に分析しましょう。

 

 第一段階の『ジュエルシード』を運ぶ輸送船には予想通り『魔術師』の『使い魔』が侵入し、船と一緒に次元の狭間に沈んで貰おうというダイナミックな計略は、船が撃沈するだけで見事失敗したそうです。

 

 これ自体は皆余り期待していなかったらしく、平然とスルーしていたのが印象的です。

 

 そして第二段階の『ジュエルシード』を現地でばら撒こう作戦は大方の予想通り、配達人が『魔術師』に強襲され、二十一個の『ジュエルシード』は一時的に『魔術師』の手に委ねられた。

 しかし、その二十一個の『ジュエルシード』は全部封印処置が施されていないという超危険な状態。あの『魔術師』の内に秘めた願望を歪んだ形で叶えてしまい、あわよくば『魔術師』を葬れた筈――そして蓋を開けたら『聖杯戦争』勃発である。

 

(うーん、完全に『魔術師』にしてやられたような感じですね。最初から『ジュエルシード』の用途を定めていたのかな?)

 

 しかし、全てが『魔術師』の掌の上で物事が進んでいるとは流石に考え辛い。今回の『聖杯戦争』は『魔術師』にとっても危険な筈だ。

 神秘という概念が絶対法則である以上、あの『魔術師』は自身の天敵とも呼べる決戦戦力を六騎も敵に回す結果となっている。

 

 ……まさかと思うが、これはしてやられたのではなく、この『聖杯戦争』そのものが『魔術師』の願望を曲解して叶えた結果なのでは無いだろうか?

 

「つーか、不味くね? 『アースラ』とか差し込んだら全滅するんじゃね? クロ助とかサーヴァント同士の戦いに真っ先に突っ込んで真っ先に死ぬっしょ」

「それを回避するだけの把握能力はあると信じたいがのう……」

 

 金髪少女の中将閣下は真面目に心配し、大将閣下は半信半疑と言ったご様子。

 ただでさえ今の『海鳴市』は異常であり、原作通りの『アースラ』の戦力では心配極まるのに今回の一件である。

 いつぞやの魔導師部隊と同じように全滅する可能性が濃厚すぎて泣ける勢いである。

 

「という訳で、今回は『最高戦力』を『アースラ』に派遣しようと思うんだけど問題無い?」

「……業腹だが、今回は貴様の言う通りだ」

「生半可な戦力では生還すら出来ないだろう。許可する」

 

 金髪少女の中将閣下が提案し、不承不承といった具合だけど太っちょの中将閣下が珍しく彼女の意見に賛同し、大将閣下が採決を下す。

 ちなみにこの多数決に私の票は当然の如く無いです。

 私は使いっ走りの新参者ですから当然です。むしろ意見を重宝された方が何か裏があるんじゃないかと猛烈に疑わざるを得ません。

 

「……『最高戦力』ですか? そんな切り札的な存在がうちに居たんですか?」

 

 おお、新参者には秘匿されている『隠し札』って奴ですね!

 一体どんな化物なんでしょう? この『ミッドチルダ』に『魔術師』達に対抗出来る戦力があるなんて初耳です。

 

「え? 何言ってんの?」

「はい?」

 

 あれ? 金髪少女の中将閣下がさも不思議そうな眼で此方を見ている。

 助けを求めるように周囲を見渡せば、太っちょの中将閣下もお髭がダンディーな大将閣下も同様の眼で私を見ている? 何ででしょう?

 

「アンタでしょ?」

「お前だろうが?」

「卿以外、誰が居る?」

 

 ――さも当然のように、お三方は揃って何か訳の分からない事をのたまったのだった。

 

「え? えええぇぇぇぇ――!?」

 

 秘密の会議室に私の絶叫が響き渡る。

 いや、だって仕方ないでしょう? 私が此処にいるのは雑用係を担当しているからであって、いつの間に『戦術核』みたいな扱いになっていたのならば驚くしかないです。

 

「い、いつから私は王立国教騎士団HELLSINGでいう処の『アーカード』に、十三課でいう『アンデルセン』的な存在になったのですか!?」

 

 これは皆様が態々示し合わせた一種の冗談に違いないです。

 驚いたなぁ、エイプリルフールはもう過ぎてますよー?

 

「管理局が誇る唯一のSSSランク様じゃん」

「うむ、まさか『僕の考えた格好良い主人公』みたいなランクが本当に実在するとは正直信じられなかったぞ」

「此処に招く前から『最高戦力』として認知されているのだがのう」

 

 ……初耳である。いや、確か何かのテストで魔導師ランクが『SSS』とか認定されちゃってますけど、魔力の大きさと実際の強さは余り関係しませんし、他の『転生者』ならまだまだ上がいるんだろうなぁと勝手に思ってましたし!

 というか、雑用係じゃなかったのですか!? 大将閣下殿!?

 

「む、無理です。サーヴァントとか絶対無理ですって! 現地の『転生者』とも激突したら呆気無く死んじゃいます!」

「大丈夫だって。アンタは自分が思っている以上に『異常』だからさ。これだから天然物は嫌なんだよねぇ、嫉妬しちゃうぜ」

 

 金髪少女の中将閣下殿ははにかむように微笑んで見せる。

 いえいえ、私はこの中では最も格下ですよ!? 四天王とかそういう集まりでも「ククク、アイツはこの中でも最弱ッ! 奴等如きに倒されるとは我等の面汚しよ!」とか言われるポジションですよ!?

 

「最低でも『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』は原作通り進めて管理局入りのルートを確定させてねー。邪魔するならどんな勢力も叩き潰して良いから」

「『アースラ』での自由行動出来る権限は我等の計らいで取り付けてやろう。お前の思うように介入するのだぁ!」

 

 金髪少女の中将閣下からは無理難題を押し付けられ、太っちょの中将閣下からは頼んでもいないのに余計な計らいをさっくり差し込んでおられる。

 これって『アースラ』の中で完全孤立するフラグびんびんじゃないですかぁ……!?

 

 ……ああ、神よ。私が一体何をしたんですか!?

 

 最後の望みを託して、涙目で大将閣下に助けを求めるように視線を送る。

 すると大将閣下は以心伝心といった具合で威厳を持って堂々と語って下さった……! 思いが通じるこの瞬間に勝るものは無いと確信したのです!

 

「お土産は翠屋のシュークリームを頼むぞ。ああ、勿論『猊下』の分もだ」

「おっ、さっすが大将閣下っ。解っていらっしゃるねぇ」

「これはすっかり失念していた。流石は大将閣下、同じ男として尊敬に値するぞ!」

 

 ――神は死んだ……!

 

 こうして私は『地球』への『片道切符』を手に、出荷される豚のようにドナドナと運ばれて逝ったのでした……。

 

 

 

 

「やぁやぁ、面白い事になったね」

 

 いつも通り登校して鞄などを自身の机に置いた直後、廊下に遭いたくない人影が見えたので覚悟を決めて赴いた。

 豊海柚葉の機嫌は傍から見る限り最高潮といった具合、一応両手の甲を確認してみるが、露骨なほど解り易い包帯などは巻かれていない。

 

「ん? 私はマスターじゃないわよ。ほら、両腕」

 

 わざわざ制服の袖を巻くって豊海柚葉はくすみのない腕を見せつける。

 握ったらそれだけで折れてしまいそうな細い腕に令呪らしき痕は見受けられなかった。一応彼女がマスターでないらしいが、全くもって油断ならない。

 全く未知の方法で隠匿している可能性もあるし、もしかしたら腕ではなく、別の部位に刻まれているのかもしれない。

 

「あら、疑い深いのね。私の肢体を余す処無く見ていく? 此処で脱ぐのは流石に恥ずかしいなぁ」

「なな、何言ってやがるんだっ! や、やめろぉっ!」

「あら、思った以上に純情ねぇ」

 

 からかわれた事に気づいて、顔が真っ赤になる。

 ぐぬぬ、といった此方の表情を肴に、ご馳走様と言わんばかりの良い笑顔を浮かべられる。凄い屈辱である。

 

「三人目のマスターは『高町なのは』みたいだけど、これはどう転ぶかな?」

 

 ……豊海柚葉の言う通り、『高町なのは』はほぼ間違い無くマスターの一人であろう。

 その小さな右手には包帯が巻かれており、事情を軽く聞いた処、朝になって急に痣になっていたそうだ。十中八九『令呪』であるが、既に『サーヴァント』が召喚されているか否かは不明である。

 

「どうって?」

「この聖杯戦争の令呪は『ジュエルシード』で代用しているようだし。つまり、彼女が『レイジングハート』を入手すれば原作通り封印して摘出出来るのよ」

 

 なるほど、この聖杯戦争の特質の一つに『令呪』が『ジュエルシード』という事があり、封印して摘出する事が出来る『高町なのは』は良い意味でも悪い意味でもキーパーソンに成り得る存在という事か。

 

「この調子だと『サーヴァント』を召喚せず、自分の『令呪』を封印して摘出しちゃって、マスターが二人消えちゃうかもね。本来の聖杯戦争の方式ならば儀式が破綻する処だけど」

 

 ……なるほど。冬木の聖杯戦争と違う点は、『令呪』の再配布が不可能という点か? あれ、『令呪』を使った後は『ジュエルシード』はどうなるんだ? そういえば冬川雪緒に聞いてなかったな。

 

「ちょっと待ってくれ。『令呪』を使えば『ジュエルシード』はどうなるんだ? 消費した状態のままなのか? それとも『ジュエルシード』として排出されるのか?」

「情報が遅れているねぇ。その後者よ。ほぼ完全に魔力を失った状態で摘出されるから、再び『令呪』として移植するのは不可能かな? というより、そもそも『ジュエルシード』を『令呪』として移植するなんて『魔術師』でも不可能でしょうね」

 

 ……何か引っ掛かる物言いである。豊海柚葉はこの『聖杯戦争』を『偶然の産物』だと完全に断定している?

 一体何の根拠を持って……いや、コイツは他との情報量が違う。そう確信に至る何を既に掴んでいるのか?

 

(まともに聞いた処で答える性格はしていないだろう。今、此処で認識しておく必要があるのは『令呪』の再配布は在り得ないという事。『ジュエルシード』に一旦戻れば『令呪』に変換する事は不可能だが、『令呪』から『令呪』を略奪する事は可能か)

 

 となれば、本当に『サーヴァント』が七騎出揃わないという珍事があるかもしれない、か。

 だが、冬木式の聖杯戦争ではその時点で破綻する。

 何故ならばあの魔術儀式は『中身が空の聖杯』を英霊七騎の魂で満たすというものであるからだ。

 

「これって『聖杯』が『ジュエルシード』21個なんじゃないのか? 勝ち残れば必然的に全部入手する訳だし」

「もしそうなら此度の茶番は興醒めね。欠陥品の願望機なんて誰が欲しがるのやら」

 

 二十一個揃っても欠陥品は欠陥品に過ぎない、か。

 ならば、この『聖杯戦争』の『聖杯』は別の何かなのだろうか? 推理材料が致命的に足りない。答えに至るピースが完全に不足しているから一旦思考を放棄しよう。

 

「……普通に聞き流していたが、なのはもマスターならフェイトもマスター候補になるか」

「私としては、よりによって今日欠席した『月村すずか』が疑わしいのだけどねぇ」

 

 豊海柚葉の言う通り、よりによって、である。

 高町なのはとアリサ・バニングスから事情を聞いたが、体調不良らしい。この日に対象不良に陥った理由を考えれば、その筆頭となるのは『サーヴァント』を召喚して維持する分の魔力を吸われて動けない、が一番妥当だろう。

 

「彼女は『夜の一族』だっけ? 吸血鬼もどきなんでしょ? それなら吸血鬼に縁があるんじゃないかなぁ?」

「もし彼女が『マスター』で『サーヴァント』を召喚してもあの性格じゃ何も問題無いだろう」

「へぇ、転校生の君の眼からはそう見えたんだ」

 

 そして彼女は優越感からなる邪悪な微笑みを浮かべる。

 ……何か見落としていたのか、一瞬不安に陥る。月村すずかは良く言えば心優しい少女、悪く言えば引っ込み思案な性格だ。高町なのはと違って争いの出来る性格ではない。

 

「しかし、これって本当に『魔術師』の仕業なのか?」

「というと?」

「この聖杯戦争は『魔術師』にとって危険がありすぎると思うんだよ。自身の手元にサーヴァントを一騎確保出来る事が確定していたとしても、六騎全員が連合して敵に回れば確実に脱落するだろう? そんな危険な賭けをやるような性格には見えないんだが」

 

 一応、先程の事について探りを入れておこう。

 彼女の反応一つさえ見逃さないように集中する。

 

「逆じゃないかな? そんな危険を犯してまで実行するに足る理由が『魔術師』にはあったんじゃない?」

「別の目的? とは言っても『聖杯戦争』なんて敵対勢力に過剰戦力を無料配布するようなもんだろう……過剰戦力?」

 

 先程に『偶然の産物』である事を強調する素振りを見せながら、今度は『魔術師』の意図有りだと強調する?

 何かおかしい。彼女とは致命的なまでに視点の違いがあるような気がする。

 

「サーヴァント級の戦力が幾つも必要だったのか?」

「面白い考え方ね。これが冬木式の聖杯を完成させる目的ならば単純明快なんだけど、残念ながら『ジュエルシード』で令呪の代用は出来ても、今の『海鳴市』に聖杯の器が無い」

 

 そう、朝から引っ掛かっていた。

 この『聖杯戦争』において一番の問題は『聖杯』の不在にある。何を『聖杯』と定義し、奪い合うのか。其処が限り無く不明瞭なのだ。

 

「あれを鍛造出来るのは『アインツベルン』の一族のみよ。一介の魔術師程度では数代費やしても届かない御業だもの」

 

 あの『魔術師』が『アインツベルン』の一族出でない限り、個人が調達する事は不可能という事である。

 鶏が先か卵が先かという問題だが、『サーヴァント』を招くには『聖杯』という餌の存在が必要不可欠である。

 事前に完成品が用意されているか、戦争後に完成するか、何方の方法にしろ『聖杯』は必ず必要なのだ。

 

「『ジュエルシード』21個で代用した令呪、恐らく五騎のサーヴァント、サーヴァントの魂を納める聖杯の器は不在、か。『聖杯』を降臨させる魔術儀式としては大失敗間違い無しだな」

 

 それが欠けている要素だ。それらを一切合切解決出来る方程式が必ず何処かに隠れ潜んでおり、白日の下に暴く必要性がある。

 自身の思考に没頭している中、キーンコーンカーンコーンと気の抜けた予鈴が鳴り響く。

 

「あら、予鈴が鳴ったわ。それじゃまた後で逢いましょう」

「――お前はこの状況でどんな手を打つんだ?」

 

 最後に、答えなんて期待してないが、一応聞いてみる事にする。

 

「今の処は動かないわ。手元に『サーヴァント』がある訳じゃないし、今回の一幕では私も君も単なる脇役だしね」

 

 非常に疑わしい解答である。駒が手に入ったら、この油断ならぬ少女は間違い無く行動するだろう。

 内心の中で豊海柚葉から警戒を解くなと深く刻み込み、学生たる自分はその責務を全うすべく自身の席に戻って行った――。

 

 

 

 

「ふあぁっ、寝ぇみぃ……」

「あ、クロウ兄ちゃんおはよう。もう『こんにちは』の時間だけどなぁ。夜遊びしすぎちゃう?」

「遊んでねぇっつーの。昨日も急な仕事が入って来てなぁ。ふあぁ~」

 

 大きく欠伸をしながら、鉛のように重くなった全身を伸ばす。

 此処最近は『教会』から『魔女』狩りの仕事を大量に寄越され、三日前から昼夜が逆転している極めて宜しくない状態である。

 『教会』の信徒達も猛烈に協力してくれたし、結構荒稼ぎ出来たから幸いだ。

 しかし、こんな調子が続けば、車椅子で不貞腐れている少女『八神はやて』の世話もろくに出来ない始末である。

 

「……何か危ない事、してるんちゃう? クロウ兄ちゃん、危なっかしいし、少し心配よ……」

「してねぇよ。ほら、今日も無駄に元気だぜ?」

 

 無駄に痛む体を動かしながらアピールし、それでも心配そうに顔を沈ませるはやての頭を撫でて誤魔化してみる。

 はやては擽ったそうな顔をした後、眼が真ん丸になる。はて、一体何かおかしな点でもあったのだろうか?

 

「? クロウ兄ちゃん、その右腕の甲、どうしたん?」

「あん? 右腕なんて何も――!?」

 

 そう言って見る直前だった。その右手の甲に急に燃えるような痛みが生じたのは。

 それは赤い模様だった。獅子を模した三角の痣は赤く光り輝き――爆発的に光を発した。

 

「わ、わわっ……!?」

 

 何なんだこれは? 同時に世界が根本から歪み狂う感覚に吐き気が生じる。この不可解な感触には覚えがある。

 馬鹿げた魔力をもった何者かが世界の摂理を食い破り、此方に空間転移して来ようとしている!?

 

 ――でも、何故かは知らないが、この魔力の気配をオレは知っている……!?

 

 莫大な光と共に衝撃波が解放され、家中を無慈悲に蹂躙する。

 咄嗟にはやてを庇い、色々ぶち当たった気がする。背中が痛いが泣き言は言ってられない。

 

 やがて光は収まり、この世界に対する不法侵入者は堂々と姿を現した。

 体中に巻き付いた赤いリボンを靡かせながら、紫髪翆眼の少女は傲岸不遜に、初めて出遭った時と同じように仁王立ちしていた。

 

「――問おう。汝が我がマスターか?」

 

 その声を、覚えている。その顔を、未だに忘れてはいない。

 一時的に契約をし、共に戦い、次の者に託した少女の事を――。

 

「……アル・アジフ――!?」

 

 彼女の名前は『アル・アジフ』、世界最高の魔導書『ネクロノミコン』原本に宿る精霊であり、間違っても此処に居てはいけない古本娘であった――。

 

 

 

 

 





 クラス ライダー
 マスター クロウ・タイタス
 真名 アル・アジフ
 性別 女性
 属性 秩序・善
 筋力■□□□□ E 魔力■■■■■ A+
 敏捷■■■□□ C 幸運■■■■■ A
 耐久■□□□□ E 宝具■■■■■ EX

 クラス別能力 騎乗:A+ 
 機神召喚:EX 彼女が本来持つ強大無比の鬼械神『アイオーン』を召喚する。
 神性:ー(A+) 最も新しき旧神。理由は不明だが、記憶と共に欠如している。
 魔術:A++ 最高位の魔導書『ネクロノミコン』原本に宿る精霊。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08/魔導探偵とシスター

 

 

 ――おお、神よ。

 

 我が全霊を捧げます。我が祈りをお受け取り下さい。

 無知なる民に御身の叡智を授け、偉大なる神の御威光を知らしめましょう。

 

 ――おお、神よ。我が神よ。

 

 供物には血と肉と生命を、足りぬのであれば我が魂を捧げましょう。

 我は敬愛します、我は尊敬します、我は羨望します、我は崇拝します。

 一目拝顔したその瞬間から私は貴方の下僕となりました。貴方の為ならば私は世界すら打ち壊せます。人類六十億すら貴方の祭壇に捧げて見せましょう。

 

 ――おお、神よ。貴方は何故。

 

 窮極の門を開けていざや征かん。

 貴方の目指す下劣な太鼓が鳴り響く幻想郷へ。

 狂ったフルートの音色が奏でられる理想郷へ。

 全てが泡沫の夢と消える黄金郷へ。

 いつか貴方の宇宙を解き放つ為に、運命の時を!

 

 ――おお、神よ。貴方は何故、私を見捨てた……!

 

 足りなかった。届かなかった。及ばなかった。弱かった。

 執念が足りなかったのか。人の身では届かないのか。何故及ばなかった。何故弱いのだ。私は私は私は私は私は私は私は――!

 

 諦めませぬ。止まりませぬ。届かせる。行く逝く往く征く――!

 

 これは試練、貴方の与えし試練とお見受けする。

 必ずや私は貴方の望む領域まで辿り着き、貴方の悲願を成就します。

 貴方の愛さえあればそれでいい。私はそれだけで幾星霜の歳月を乗り越えられます。何者も我が精神を打ち砕く事は神とて出来ないのです。

 

 ――おお、神よ。神よ、神よ、ご笑覧あれ!

 

 

「そう、君は絶対に諦めない。絶対に屈さない。だからこそ、絶望を識らない。未来永劫、絶望を識れない。――だからこそ『彼』には及ばない失敗作なんだよ」

 

 

 08/魔導探偵とシスター

 

 

 ――管理局外世界『地球』に落ちた『ジュエルシード』を自分の手で回収する。

 『ジュエルシード』の発掘者である『ユーノ・スクライア』の決意は僅か一時間余りで木っ端微塵に砕け散ろうとしていた。

 

 初めに『地球』――否、『海鳴市』に入った瞬間から言い様のない違和感を覚えた。理由無く全身が小刻みに震えた。

 まるで古代遺跡などで『入っては生きて帰れない』という危険領域に足を踏み入れたかのような錯覚を感じる。

 おかしな話だ。この世界は『ミッドチルダ』の科学技術に比べれば数百年は遅れており、魔法技術も無い安全な文明圏の筈なのに――この魔都は極めて濃密な死の気配を漂わせていた。

 

 ――ジュエルシードの反応は『海鳴市』から六ヶ所生じており、その全てが活動済みという驚愕的な結果を察知する。

 

 封印処置が施されているから、そう心配は無い――管理局の初動の遅さはこの分では致命的な結末を齎すだろう。

 此処で自分が何とかしなければこの次元世界は泡沫の夢の如く滅びてしまう。

 今、事を成せるのは自分一人しかいない。悲壮な使命感を胸に抱いて、ユーノは一際反応が強い地点を目指して飛翔する。

 そしてその地点に『ジュエルシード』の反応がよりによって『6つ』もある事に、ユーノは心底驚愕して泡食った。

 

 ――其処は街外れの丘の上にある洋館であり、十数人の武装した神父の集団が取り囲んでいた。

 

 一体、何なんだこの状況は――!?

 十字架を胸に携えて丸淵の眼鏡を掛けて両手に質量兵器である銃器を構えた神父の集団が屋敷の前に立っていた。

 その者達の眼に灯るはいずれも狂気の光。明らかに常軌を逸しており、ユーノは人間状態ではなくフェレット状態で探りに来た自分自身を褒めてやりたい気分になった。

 

 ――程無くして赤い槍を持った青髪の男性が、音も影も無く綺羅びやかな光と共に形となって現れ、武装した神父集団と一触即発の空気となる。

 

 あれは『異常』そのものだった。見ただけで呼吸機能に異常が来たす。

 姿形は人間にしか見えないが、保有する魔力が桁外れだ。次元違いと言って良い。そして青い槍兵の持つ赤い魔槍は幾千の死を凝縮したかの如く不吉な予感を本能的に叩きつける。

 誰が一番の強者なのかは一目瞭然だ。気怠げな槍兵から発せられた殺意は武装集団に向けられたものだが、それだけでユーノは心折れてしまった。

 

 ……嫌だ。一瞬足りてもこの場に居たくない。此処に居たくない……!

 

 気づけば駆け出し、唯一度も振り返らずに逃げていた。

 後から考えても正しかったと思える。あれ以上、あの場に居て生き残れなかっただろう。

 間接的な殺意だけで心が折れたのだ、直接向けられれば心臓すら停止してしまうだろう。

 

 ……違う。そうじゃない。

 恐らく心臓麻痺で死ぬ前にあの魔槍で貫かれて絶命する事になっただろう。抵抗すら出来まい。そもそも万全の体制で繰り出した防御魔法をもってしても防ぎ切れまい。

 これは予感すら超えて、絶対の確信としてユーノの本能に刻み込まれた事実だった。

 

 ――自分一人では『ジュエルシード』の回収は不可能だ。

 

 正体不明な勢力が幾つも蠢いており、恐らく『ジュエルシード』と何らかの関連性があるであろう青い槍兵を相手に自分は余りにも無力だった。

 管理局に任せるか? 否、彼等の到着を待っていては遅すぎる。自分が、何らかの手を打たざるを得ないのだ。

 けれども、あの青い槍兵に立ち向かえるかと問われれば、間違い無く否だった。敵う筈が無い。絶対に立ち向かえない。

 震えが止まらず、人間形態に戻ったユーノは自分自身の手で抱き締めて必死に止めようとする。涙が自然と溢れて流れ出る。

 こんなにも自分が情けないと思った事は今まで無かった。自分は弱虫だ、臆病者だ――彼等に立ち向かう一欠片の勇気すら湧いてこない。

 

「――あらあら、次号には白髪になって禿げてそうなほど最低最悪な面構えになってますけど、大丈夫?」

 

 だから、その甘言に耳を傾けた。否、傾けてしまった。

 その赤髪のポニーテールの少女は優しく、泣き止まない赤ん坊をあやすように笑う。

 その眼は底無しの深淵のように、覗き込む此方を逆に覗き込んで際限無く嘲笑っていた――。

 

 

 

 

 突如昔の相棒が世界を超えて召喚されるという珍妙極まる事件に対し、真っ先に尋ねた場所がいつも何かとお世話になっている『教会』だった。

 何か異常があれば『教会』で聞け、とはこの世界で生きる上の教訓だった。思考放棄とも言うが。

 

「――以上が『聖杯戦争』の概要だよ。何か質問はあるかな?」

「その『聖杯戦争』とやらから辞退する方法は?」

 

 眉唾物の話だった。七人のマスターと七人の英霊による戦争であり、最後に勝ち残った一組が万能の願望機である『聖杯』を入手出来る。

 それが突如『マスターオブネクロノミコン』に戻った事件の経緯であり、今回巻き込まれた最上級の厄介事である。

 

「サーヴァントを令呪をもって自害させれば良いんじゃないかな? でも、クロウちゃん。貴方は誰よりも『万能の願望機』を必要としてると思ったけど?」

 

 自害させるという処でアル・アジフは物凄い眼でシスターを睨み、自分もまたはやてにちらりと視線を送らざるを得なかった。

 

「――『聖杯』が真に万能ならば、八神はやての正体不明の病気を治す事だって容易い筈だよ?」

 

 彼女を此処に連れてきたのはどうやら失敗だったようだ。

 この異常時に一人で家に残しておくのは危険であろうという事で一緒に『教会』に来たが、無用な心配を掛けさせるだけとなった。

 

「ま、待ってぇな! その『聖杯戦争』って結局は殺し合いなんでしょ……?」

「ええ、そうですね、八神はやて。ですが、サーヴァントは本体の写身であり、元々死者です。死人が今更死んだ処で何か不都合でも?」

「……それはクロウ兄ちゃんが命懸けで戦うって事でしょ? 殺されちゃうかもしれないのに……!」

 

 オレに話しかける時とは違い、シスターは無感情で淡々とした口調で語る。

 感情的になっているはやてとの温度差は激しい。とは言っても、はやて自身の感情は自分自身の安否よりも、むしろ自分の安否に向けられたものであり、歯痒く思う。

 

「クロウちゃんが『聖杯』を勝ち取らない限り、貴女は一年未満で死にますよ?」

 

 そしてこの一言は目の前のはやてではなく、オレに向けて放った言葉であった。最高の殺し文句だ、畜生。

 

「……上等じゃねぇか」

「クロウ兄ちゃん!?」

「大丈夫だ、はやて。少し前ならいざ知らず、今は『アル・アジフ』が居る。千人力たぁこの事だ。さくっと勝って『聖杯』に願って体治してやるからよ、今から行きたい場所考えておいてくれ」

 

 彼女を安心させるように、優しく頭を撫でる。撫でるが、どうにもオレには『撫でポ』とか幾ら背伸びしても出来ないらしい。

 逆にはやてが泣きそうになってしまい、あたふたする。

 

「そうだな、妾とクロウなら他の有象無象に遅れを取る道理はあるまい。……以前の世界ならいざ知らず、な」

「あの世界は根本的に致命的におかしいっつーの!」

 

 アル・アジフの不遜なフォローにツッコミを入れざるを得ない。

 魔導書持ちで鬼械神持ちの魔導師がわんさか集結するアーカムシティと比べれば、この地獄の一丁目の『海鳴市』だって天国に見えるだろう。

 

「それでこの小狸娘はどうする? 幾ら妾と汝でも子守りしながらは流石に戦えんぞ」

「うぅ、同じような体型の幼女に小狸娘扱いされたぁ!」

「妾を汝のような小娘と一緒にするなぁ! 妾は『アル・アジフ』! 千の歳月を超えた世界最強の魔導書なり!」

 

 はやて相手に威張ってどうするんだ? と個人的に突っ込まざるを得ない。

 しかし、七人七騎による戦争になるんだ。はやての安否が気がかりであり、最重要の問題でもある。

 

「……其処の古本娘。聖杯戦争のセオリーをちゃんと理解している? 自分の真名を堂々と高らかに名乗らないで」

「ふん、これだから有象無象の小娘シスターは。己が名を高らかに名乗れずして何が英霊か!」

 

 シスターは冷たい眼で忠告し、傲岸不遜な古本娘は真っ向から斬って捨てる。聞く耳すらねぇ。というか、アンタ『魔導書』だろうに。

 ああ、そういえばサーヴァントの正体が露見すれば弱点も周知の事実になるか。

 しかし、自分達の場合は解った処で切り札が『鬼械神(デウスエキスマキナ)』である事がバレるぐらいか。

 尤も、オレがその切り札を使う場合は正真正銘、生命を賭ける事になるが。

 

「……ごほん。クロウちゃん、名案があるんだけど聞く?」

「お、何だ?」

「私達『教会』はね、何が何でも『聖杯』を『魔術師』の手に委ねる事は出来ないの。これは信頼の問題でもあるし、可能性の問題でもある。『教会』の意向としては『聖杯』を無意味に使い潰してくれる人に勝ち取って貰いたい訳よ」

 

 わざわざ可愛らしく咳をし、気を取り直したシスターはやや迂回しながら詳細に説明する。

 うんうん、と聞いていると隣のアル・アジフが物凄い眼でシスターを睨んでいた。

 

「――腹黒小娘シスター、何が言いたい?」

 

 やや殺気立っているのは気のせいだろうか?

 やはりというか、シスターは気にする事無く、自分にのみ視線を浴びせていた。コイツもコイツで図太い神経の持ち主である。

 

「私達『教会』と手を組んでみないかな? クロウちゃん。そうすれば八神はやてを保護するし、全力で聖杯戦争のバックアップもする。そして何と、私の願いを叶えてくれるのならば私自身が全力で協力しちゃうよ!」

 

 ぱんぱかぱーん、と言った具合で、シスターはいつもの調子では想像出来ない提案を最後に付け足した。

 神職のコイツに叶えたい願いなんてあるのか? その協力は組織的なものの一貫なのか? それとも個人的か?

 

「あれ? 『聖杯』って一組の願いしか叶えないんじゃなかったのか?」

「私の願いは『私の消された記憶を取り戻す』事なの。その程度の奇跡、万能の願望機ならば造作も無く叶えられるでしょ?」

 

 消された記憶――ああ、と理解する。

 彼女は『とある魔術の禁書目録』の世界で生まれた先代の『禁書目録(インデックス)』だ。

 原作と同じように『首輪』の処置がされていたとするならば、一年周期で記憶をリセットする羽目になり――折角持ち越した前世の記憶さえ消されたというのか。

 

(保有する原作知識も他人の受け売りって昔言ってたな。それにシスターは自分の名前を一度も語らなかった。それは、自分の名前を覚えてなかったという事なのか……!)

 

 それは転生者にとって死に匹敵する仕打ちだ。嘗ての自分を忘れ果てて別人として生かされるなど――想像すらしたくない。

 二つ返事で返そうとした時、先に口を出したのはアル・アジフだった。

 

「妾は反対じゃ。此奴等を信頼する事は出来まい。最終局面になれば、此奴等はこの小娘を人質にして汝から『聖杯』を奪うだろうよ」

 

 ……大いに有り得るし、それをやられたら完全に詰んでしまう。

 目の前のシスターが流石に其処までするとは思えないが、もう一人、あの気障ったらしい『代行者』ならば躊躇無く実行するだろう。

 そしてその際、はやてが無事な保障は何処にも無い。一気に揺らぐ。

 

「……この申し出は私個人の願いだよ。もしも『教会』が邪魔をするのならば、私は我が脳裏に刻まれた十万三千冊の禁書に賭けて『教会』を討ち滅ぼすと約束する。……クロウちゃん、私は、私の本当の名前を取り戻したい……!」

 

 シスターは涙を流しながら懇願する。

 こんな弱々しい彼女を見たのは初めてだった。いつも飄々としていて、時々無表情になって怖くなるけど、お節介さと親切さには何度も助けられた。

 ……そうだ。『教会』のあの二人はともかく、シスター自身は信じられる。

 アル・アジフに視線を送り、勝手にしろ、と膨れ面を返される。はやてにも視線を送り、こくりと頷かれる。

 

「頼む、シスター。オレ達に協力してくれ。で、願いが叶ったらさ、名前思い出したら教えてくれ。そん時は改めて自己紹介しようぜ」

「……ありがとう、クロウちゃん」

 

 涙を拭いながら、彼女は心から笑顔を浮かべた。

 全く、いつもながら女の涙には敵わない。まぁ男ってそういうもんだろう。

 

「とりあえず『冬木式の聖杯戦争』をベースにしている事は解ったんだが、今回の場合『聖杯』は何処にあるんだ?」

 

 同盟を組んだ事だし、さっきから気になっていた事を踏み込んで聞く。

 

「『聖杯』は『魔術師』が持っているよ」

 

 そしてシスターから帰ってきた言葉は想像を一つ超えるものであった。

 

「――あの『魔術師』はね、冬木の地で行われた『第二次聖杯戦争』の正統な勝利者なの。あの男は『この世全ての悪』に汚染されていない『アインツベルン』の『聖杯』を生涯持ち続けた。それは同じ世界出身の『代行者』が保証している」

 

 ――ちょっと待て。

 という事はあの腐れ外道の『代行者』は『魔術師』の前世の『死因』を知っているという事なのか……!?

 これは想像以上にデカいアドバンテージだ。だが、今ははやてがいる手前、聞く事は出来ない。後で聞くとしよう。

 

「此処からは想像になるけど、この世界に持ち越した『聖杯』には何か不都合があったんだと思う。だから再び中身を注ぐ必要性が生じた――」

「生贄に捧げるサーヴァントが五体でも良い、ってのは『聖杯』の中身が完全に空って訳じゃ無いのか」

「サーヴァントを数騎召喚して残った魔力なのかもしれないね」

 

 となると、はやての病気を治すにはアル・アジフ以外のサーヴァントに退場して貰う他無いようだ。

 それは如何にして『魔術師』を打倒するかに尽きる。

 穴熊に決め込む『魔術師』を攻め入るなんて無謀の極みだし、何とかして『魔術工房』から出て貰わなければ勝機が無い。

 最後の一人になったのならば、自滅覚悟で『鬼械神』を使えるが――。

 

 ――その時、唐突に教会の扉が蹴り破られ、厚手のコートに身を包んだ複数の男が乱入してくる。

 一目にて尋常ならぬ事態――って、奴等、この日本ではまず見れねぇような重火器を持ってやがる!?

 

「はやてッッ!」

 

 咄嗟に車椅子に座っているはやてを抱え上げて伏せながら――オレは自身の魔導書の名を高らかに叫ぶ。

 

「アル・アジフッ!」

「応とも!」

 

 彼女の幼い肢体はページに戻って四散し、オレの下に集って――超人的な力を発揮出来る戦闘形態『マギウススタイル』となる。

 即座にページの翼に魔力を集中させ、鋼鉄化させて絶対の防御とする。

 一瞬遅れて絶え間無く銃弾の嵐が叩き込まれるも、その程度の重火器では傷一つ付かない――!

 

「って、やべぇ! シスターの事、完全に忘れていた!?」

「え、ええええぇ――!?」

「この程度で死ぬなら奴も其処までよ。同盟関係も白紙だのう」

 

 はやては胸元で声をあげ、アル・アジフは小さくなったデフォルト姿で相変わらず毒を吐く。 

 

「……クロウちゃん、私の『歩く教会』の事を熟知しての行動じゃなかったんだね。あと古本娘、覚えてなさい」

 

 おっと、どうやら無事のようだ。

 確か『歩く教会』は原作では全く活躍しなかったが、服の形をした教会であり、その防御性能は法王級だとか。あの世界の法王って『シスの暗黒卿』とか『銀河皇帝』並にヤバい人物だっけ?

 

「――何処の誰に喧嘩を売ったのか、その生命を代価に教育しましょう。我等の天罰の味を噛み締めるが良い」

 

 そしてシスターは無表情となり、その両瞳に血のように赤い魔法陣が描かれる。

 『首輪』を噛み砕いたが、魔術を行使すると名残のように浮かび上がるらしい。

 

「豊穣神の剣を再現、即時実行」

 

 三つの光の剣が自在に飛翔し――ほんの少し、剣先が掠っただけで敵対者を原型留めぬ肉塊に変えていく。血の華が銃弾塗れの教会の大聖堂に幾つも咲き誇った。

 北欧神話の豊穣神フレイの剣の再現――自動的に舞い、確実に息の根を止める類の武具だったか。使い捨ての尖兵に対して、完全に『過剰殺傷(オーバーキル)』である。

 

(つーか、北欧神話ってキリスト教の範囲だっけ? 我等の神罰呼ばわりしているけど)

 

 入念な準備が必要な『とある魔術の禁書目録』の世界の魔術において、準備無しで繰り出される唯一の例外、この世の理を凌駕する『魔神』の御業――正直、武者震いがする。

 

「……何者じゃ、あの小娘は?」

「十万三千冊の『魔道書』の知識を持っている以外、普通の少女さ」

「それだけの『魔導書』の毒に汚染され、人間として平然と生活を行える時点で人外の域だろうよ」

 

 正直、彼女自身が『令呪』を獲得し、『サーヴァント』を呼べていたのならば、この聖杯戦争は彼女の独壇場となっただろう。

 『サーヴァント』として『アル・アジフ』を取り戻したオレだって、彼女が本気ならば容易に殺せるだろう。

 

「終わったん……?」

「八神はやて、片付けが済むまで見ない方が精神衛生上宜しいと思いますよ。――加減はしなかったもので原型を留めてません」

 

 こんな猟奇的な死体、はやてに見せる訳にはいかない。

 戦闘が終了しても『マギウススタイル』が解けないのはこの為だ。全く前途多難だぜ。

 

「――『這い寄る混沌』、穢れた狂信者どもがこのタイミングで仕掛けて来ますか……まるで『威力偵察』ですね」

 

 この『海鳴市』に巣食う大勢力の一つであり、ほぼ常に敵対する『魔術師』と『教会』すら共同して殲滅しようとするテロ組織だったか。

 単騎の武力的な危険度で言えば『武帝』の方が脅威だが、コイツらに至っては全員が全員SAN値直葬済みの狂人ばかりだ。一人残らず殲滅した方が世の為だろう。

 昨年の十二月に『邪神召喚未遂事件』をやらかし、『教会』と『魔術師』に徹底的に叩きのめされたと聞いていたが――?

 

「方針が定まったね、クロウちゃん。まずは情報収集だよ」

「おいおい、此処までされたのに悠長だなぁ。いつもは異端は皆殺しだーって猪突猛進していくってのによ」

 

 なんて茶化したらシスターは「クロウちゃんは私の事を普段からどう思っているの!」とお怒りの様子。

 血塗れで凄惨な光景が教会に広がっているが、彼女自身はいつもの調子には戻っているようだ。

 

「そういう訳にもいかないんだよ。渡ってはいけない奴に『サーヴァント』を召喚された可能性があるの」

「渡ってはいけない? 『魔術師』以上にそんな危険分子居たっけか?」

「うん、その場合、私達は『魔術師』と一時休戦してでも真っ先に始末しなければならない」

 

 おいおい、何か話が妙な方向性に進んでないか?

 だが、その判断は当然だった。何故ならば――。

 

「――『這い寄る混沌』の『大導師』だよ。あの最たる狂人がクロウちゃんと同じように自らの『魔導書』を取り戻したとしたら、最悪を通り越した事態になる」

 

 ――相手は自分と同じ『鬼械神(デウスエクスマキナ)』持ちなのだから。

 

 

 

 

 ――そして『高町なのは』は運命と出遭った。

 

 『レイジングハート』を持って、『ジュエルシード』の封印を手伝って欲しい。

 ユーノ・スクライアは原作通りに彼女に説明した。そう、状況がまるで一変しているのに関わらず、原作通りに――。

 

「うん、私で良ければっ! こんな私にも出来る事があるのなら……!」

 

 当然ながら、ユーノ・スクライアに負傷などない。心以外は完全な状態である。

 にも関わらず、現地の民で魔法技術の知識の無い少女を意図的に巻き込んだ。罪悪感が心を蝕む。しかし、魔女の甘言に乗った彼に退路は既に無かった。

 

 ――此処に、魔法少女は原作通りに誕生してしまった。

 何もかもが改変され尽くし、蠱毒の坩堝と化した舞台に、何の予備知識も持たずに降り立ってしまった。

 

 唯一の抵抗の手段だった『令呪』は彼女自身の手によって封印され、初の魔法行使の成果として『レイジングハート』に保管される。

 

 

 この物語は魔法少女の物語ではない。もっと悍ましい何かの物語である。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09/開幕前夜

 ――その人は、際限無く闘争を求めてました。

 

 幾万幾億の夜を越え、幾千幾万の生命を喰らい、那由他の果てに絶望の海に沈みました。

 その嗚咽と渇望は声にならぬ絶叫であり、私を喰らい殺した最強無敵の不死身の化物は、まるで童女のように泣いてました。

 

 ――不老不死、それは人類の永遠の夢の一つ。

 

 それを限り無く近い形で体現するその人は、凄惨な闘争の最果てにある死を誰よりも切実に求めてました。

 もうそれぐらいしか救いが無いのです。城も領地も消え果てて、配下の下僕も死に果てて、その人には何も残らなかったのです。

 

 ――転機が訪れたのは、一つの大きな戦争の終末でした。

 

 朝霜に昇る目映い太陽の光が絶望の海を照らす。

 禁断の知恵の林檎を口にしたその人は泡沫の夢となって消え果て、一人の傍観者に過ぎなかった私もまた一緒に消え果てたのです。

 終わらない悪夢など存在せず、私達は眠るように目を瞑りました。

 

 ――けれども、その人に安息は訪れませんでした。

 

 一つの約定がありました。その人が唯一認めた主の、最後に下された命令です。

 容赦無く殺し続けました。幾百幾千幾万に及ぶ死者の群れを、その人は唯一人の例外も許さず、再び殺し続けました。

 やはり、彼にとって此処は救いには成り得ないのです。そして彼に敵う者も此処にはいません。化物は人間によって打ち倒されなければならないのです。

 白銀の銃口を頭蓋に突き付けられ、私は抵抗一つせずに撃ち抜かれました。生涯で『三度目』の死は斯くも儚きものでした。

 

 ――それからどれぐらいの歳月が流れ、何処に流れ着いたのかさえ定かではありません。

 

 私は何処にも居ない。そもそも私は私自身を観測出来ない。

 それ故に誰からも観測出来ず、一欠片の意思すら朽ち果てる時を待つばかりでした。

 無限の孤独はそれだけで私の心を殺すに足る刃であり、紙ヤスリで少しずつ削り取られるように、私の存在は摩耗して行きました。

 

 ――そんな私を、見つけ出した人がいました。

 

 それが如何程の奇跡なのかは、私には判断出来ません。

 那由他の最果ての虚数の海に揺蕩う一粒の真珠を探し当てるかの如き行為です。最早それは奇跡という他にありません。

 そして私はあの人と同じように、全身全霊を捧げて尚足りぬほどの『主』に巡り会えたのです――。

 

 

 09/開幕前夜

 

 

「――おかしい。やはり『ジュエルシード』を媒介にした為か、根幹的な部分に歪みが生じたのか?」

 

 『魔術師』は思案に明け暮れながら首を傾げる。

 彼の前には彼を悩ませる元凶である他者から奪い取ったサーヴァント、ランサーがこの上無く呆れた顔でソファに座っていた。

 

「……なぁ、マスター。オレは他の英霊と死力を尽くして戦えるから『聖杯戦争』の召喚に応じたんだ。主替えには『令呪』も使われたし、百歩譲って賛同してもこれだけは譲れねぇ。それはちゃんと理解しているよな?」

「ああ、十二分に理解している。一ヶ月以内に来るであろう『ワルプルギスの夜』を討滅した後は好きなだけ戦わせてやる」

「あはは、理解した上で相手の意向を全力で無視してるんですねぇ」

 

 聖杯など必要無い、強者との戦いのみを所望する――そのランサーの儚い祈りは一瞬にして踏み躙られる。

 最早運命なのだろうか? ランサーのサーヴァントが他人に奪われたり、その些細な祈りさえ成就しないのは――。

 ……ちなみにこのランサーの幸運は『魔術師』補正もあって、ほぼ最低値の『E』である。元からという噂があるが気のせいである。

 

「喧しいわ、この駄目猫娘が……んで、何がおかしいんだ? 言っておくが、オレはお前達魔術師の知的欲求なんざ興味無いぜ?」

 

 今回もマスターに恵まれなかったランサーは不貞腐れた表情で一応聞く。

 律儀な弄られ役だなぁ、と横で『使い魔』が感心していたのは公然上の秘密である。

 

「――あれが『ランサー』を、何の触媒無しに『クー・フーリン』を引き当てた事が不可解なのだよ」

「……いやいや、元マスターに弁解の余地なんか欠片も無いが、酷い言い草だなぁおい。現にオレが此処に居るだろう?」

 

 確かにランサーを召喚したマスターはお世辞にも優秀な人間とは言えなかった。

 此方の忠言を完全に無視してこの『魔術工房』に攻め込み、いつの間にか『令呪』を奪われて消えた者に愛着と忠義を示せと言われれば困難だが、一応元主という一面もあるので顔を立てておく。

 

 彼の功績があるとすれば『クー・フーリン』を召喚した事であり――それ以外は残念ながら忠義者のランサーにも思い浮かばない始末である。

 

「あれの『起源』から君ほどの英霊を引き寄せる事は不可能なんだよ。正統な英霊は正統な術者にしか召喚出来ない。触媒無しなら相性が良いサーヴァント、術者に共通点のある者が招き寄せられる筈だ」

 

 触媒無しで相性の良い者を召喚した例に、雨生龍之介とキャスター『ジル・ド・レェ』がいる。あれこそ似通った者を召喚した代表例であり、あらゆる意味で猛威を振るったコンビでもある。

 間桐桜がライダー『メドゥーサ』を召喚出来た一因に、いずれ怪物に成り果てるという自分と同じ末路を辿るから、がある。

 

「これが正しい手順を踏んで、正しい形式で発動した儀式ならば正統な英霊しか招けないのは道理なのだが、今回は手順も形式も無茶苦茶だ。反英霊の類も容赦無く招き寄せるだろう」

 

 流石、願いを曲解して叶える『ジュエルシード』二十一個分の魔力を利用しただけはある、と『魔術師』はまた黙々と自らの思考に内没する。

 

「あれですよ、ご主人様。マイナスとマイナスが掛け合わさって化学反応(スパーク)を起こし、まさかのプラスになったのでは!?」

「なんじゃそりゃ。脳味噌がお花畑になってんのか?」

「んな、狗に馬鹿にされた!?」

「狗って言うな!」

 

 群青色の大きな狗と赤紫色の小さな子猫が互いに睨み合う。

 やはり狗と猫は共存出来ないらしいと、『魔術師』は脱線しながらどうでもいい結論を下す。

 

「他のサーヴァントとマスターの情報を集めるまで解答は期待出来ない、か」

 

 この事については早めに結論に至らなければ危険だろうが、今現在は保留する事にする。

 

「ランサー。改めて言うが、基本方針は長期間に渡って『聖杯戦争』を継続し、全てのサーヴァントを『ワルプルギスの夜』戦に巻き込む事だ。ただし、好戦的で、他のサーヴァントを脱落させようとする陣営には此方から誅を下す」

 

 その類の戦闘狂がいない事を『魔術師』は祈り、その反面、ランサーは自分の同類がいる事を全力で願った。

 

「あいよ。不本意極まるがテメェの方針には従うさ。何処かの誰かが攻めて来ないかねぇ」

「嫌ですよ。掃除する身にもなって下さいな。貴方が散らかした部分の修理、まだ終わらないんですよ?」

「……つーか、この化物屋敷なら、対魔力がB以上なけりゃサーヴァントすら討ち取れるよなぁ。マスターが優秀過ぎるのは歓迎だが、此処では圧倒的過ぎて詰まんねぇな」

 

 やはり自分はマスターに恵まれない、と結論付けて、ランサーはのんびりとソファの上に寝転がり、敵を待ち構える事にした――。

 

 

 

 

「何だか久しぶりだねぇ。クロウちゃんと一緒に御飯食べに来るなんて」

「ほうくぁ? はグッ、はぐっ、もぐもきゅ……!」

 

 教会の一室で用意された晩餐を勢い良く食する。

 パンを一口大に引き千切って、シチューの中に少し浸して放り込む。

 クリーミーでジューシーな味わいが口の中に広がり、多福感を齎す。超うめぇ!

 これから厄介事がダース単位で飛んでくるんだ。食べれる内に食べてしまおうと口の中に次々放り込んでいく。

 確かに考えてみればシスターと一緒に箸を並べるのは結構久しぶりである。

 

「あれ、クロウ兄ちゃんって家に来る前は教会にいたん?」

「ああ、オレは元々孤児だからな」

 

 今明かされる衝撃の事実である。と言っても、びっくりしているのははやてとアル・アジフぐらいなんだがね。

 

「オレが『三回目』の『転生者』だって話はしたよな? これがまた厄介な話でな、オレの姿形は『二回目』とほぼ同一なんだよ。これは『三回目』の奴等に共通する事だ」

 

 これは『三回目』の転生者における唯一の共通事項であり、多くの悲劇を齎し、産まれた直後に教会に捨てられた原因の一つである。

 そういう奴は意外と多い。目の前のシスターもそうだし、あの『魔術師』も特殊な事情があったらしいが、概ね同じようである。

 一応人格者でありながら致命的なまでに破綻者の一面も併せ持つ『神父』には、いつまで経っても頭が上がんないのである。

 

「日本人夫婦に生まれれば違和感はまだ少なかったんだが、不幸な事に二人共金髪蒼眼の西洋人夫婦の家に産まれて大騒動って訳。紆余曲折を経て生後まもなく此処に捨てられたんだよ……って、そんな顔すんな。話したこっちが情けなくなるだろ」

 

 いやぁ、産まれた直後に修羅場だったなぁ。夫から浮気扱いされ、事実無根の母は無実を訴え――忌み子扱いで殺されなかっただけでも儲け物だと考えるべきか。

 聞いてはならない事を聞いてしまった、という顔になったはやての頭を少し乱暴に撫でて誤魔化そうとする。

 というよりも、この世界の両親の方を不憫だと思うべきか。オレを産んでしまったせいで二人は破局を迎えてしまったのだから――。

 

「こういうのはな『不幸な俺様語り格好良い!』という類の話なんだから、笑い飛ばせば皆ハッピーという寸法よ!」

「クロウちゃん、それを小学生に求めるのは色々間違っていると思うよ? ヘヴィ過ぎて笑えないよ」

 

 流石に話題が重すぎたか、と苦笑いとなる。

 まぁもうかなり昔の話だし、欠片も気にしてないのは本当である。

 

「……汝も奇妙な星の巡り合わせに産まれたものよのう」

 

 何故かは知らないが、あの傲岸不遜の古本娘が神妙な顔をしていらっしゃる。

 おかしいな、コイツの性格なら普通に笑い飛ばしてくれると思っていたのに、何らしくない顔してやがるんだ?

 

「そういえば孤児院のガキどもらはどうしたんだ?」

「既に別の孤児院に避難済みだよ。此処が主戦場になるようだからねぇ」

 

 少し無理矢理にシスターに話題を提供し、実は気になっていた事を聞き出す。

 確かに頭のおかしい連中の襲撃があった場所にあのガキ達を置けない。聖杯戦争中は隔離しておく方が安全だろう。

 

「それでクロウ兄ちゃん、アルちゃんとはどういう関係なん?」

「アルちゃんって呼ぶな小娘ぇ! 妾は『アル・アジフ』だと何回言えば――」

「食事の時ぐらい静かに出来ないのですか? この黴の生えた古本娘は」

「何をぉ……!」

 

 何だか微笑ましいやりとりである。うっかり笑顔になるというものだ。

 

「どうもこうも、成り行き上で契約した仲だな。……まぁ、歴代の『マスターオブネクロノミコン』の中ではぶっちぎりで最弱だったんじゃね? オレが出来たのは次のマスターにコイツを託す事ぐらいだったし」

「……確かに汝は歴代の主の中でも一際弱かったが、自虐するな。相手と状況が歴代最悪だっただけだ。汝は汝にしか出来ない事をやり遂げた」

 

 一番迷惑を掛けた本人にそう言われれば、少しは気が楽になる。

 しかし、オレはどうしても彼女に聞かなければならない事があった。

 

「なぁ、アル・アジフ。お前はちゃんと大十字九郎の下に辿り着いたのか? ――オレの行動は、無駄には終わらなかったよな……?」

「……無論だとも。妾は大十字九郎の下に辿り着いた。汝がその未来を知っているというのは所謂『原作知識』からか?」

「まぁな。そうか、無駄じゃなかったか……」

 

 それだけが唯一の気掛かりであり、長年背負っていた重荷から解放された心地になる。

 オレでは邪神信仰組織の打倒は不可能だった。だから、オレは次のマスターに『アル・アジフ』を託して死んだ。

 その託した想いは消えず、大十字九郎まで届き――あの『無限螺旋』を突破したのだ。

 

 ――オレの一生は、無駄ではなかったのだと心から誇れる。

 

「クロウ兄ちゃん、その、大十字九郎って?」

「ああ、名前は似ているが、オレとは違って正真正銘の『正義の味方』で、宇宙の中心でロリコン発言したアル・アジフの伴侶さ」

「へぇ、凄いロリコンさんなんやなー」

「そうそう、宇宙一のロリコンだ。んで、コイツはツンデレ」

「んなっ、誰がツンデレかぁー!」

 

 テメェの事だよ、この古本娘、などと内心呟きながら、この必要以上に活気溢れる食事を存分に楽しんだのだった。

 

 

 

 

 今日は『友人宅で晩飯を御馳走になる』という名文を予め連絡し、冬川雪緒と一緒に食事を取る事になった。

 明らかに会話する内容が多いのだ、仕方あるまい。

 鶏の唐揚げやら鮪の刺身、カニ雑炊や串焼きなどをじっくり堪能しながら今日収集した情報を説明していく。

 鶏の唐揚げはかりっと柔らかく、カニ雑炊は出汁がきいていて何杯掬っても飽きない。

 今の子供の舌では鮪につける山葵が異常にきーんと来るのが難点だが、久々に上等な食い物を口にしてご満悦である。前世では散々味わったが、今世では初の懐かしの味とも言える。

 

「『高町なのは』が三人目のマスターであるが、サーヴァントを召喚するかは微妙な処か。『豊海柚葉』はマスターではないが、この女狐は欠片も油断出来ないな。そして今日欠席した『月村すずか』が四人目のマスターであり、既にサーヴァントを召喚している可能性が濃厚か。予想以上に原作人物に渡ったものだ」

「……仮に『高町なのは』や『月村すずか』がサーヴァントを召喚したらどうするんだ?」

 

 様々な一品を口にしながら、オレは冬川雪緒に真剣に問い掛ける。

 質問の重大性を感知したのか、冬川雪緒はオレンジジュースを口にし、一息吐いてから口を開いた。

 

「……堅気の人間を地雷原の真ん中に放置する訳にも行くまい。サーヴァントに自決して貰うのが最善だが、まぁ小学生には酷な要求だろう。その二人に『聖杯』を手に入れるに足る明確な動機は無いだろうし、『聖杯』に執着しないサーヴァントだったなら交渉の余地はあるだろう」

「……ちなみにその交渉役は?」

「二人に面識があるのはうちらの組では秋瀬直也、お前だけだ」

 

 予想通りの答えに「ですよねー」と安堵の息を零す。

 やはり外見は冷徹そうに見えて、この男は意外と情に厚いようだ。

 

「上手く事情を話して脱落させれば、危害は及ばないだろう。冬木の聖杯戦争と違って、令呪の再配布は無いだろうからな」

 

 もし、原作通りに再配布される可能性があったのならば、あの『魔術師』はマスターである者の、マスターであった者の生存を絶対に許さないだろう。

 喜ばしい落とし所とはまさにこの通りである。如何なる法則をもって聖杯戦争が開催したかは知らないが、完全な模倣ではなく、完全な劣化で良かったと思える。

 

「明日、ユーノ・スクライアかレイジングハートの存在を確認次第、交渉に当たれ。お前の働きで小学三年生の少女が永遠に行方不明になるか、普通に暮らせるかが決まる。猶予は余り無いと思え」

「あいよ、全力で交渉するさ。自分のせいで死なれたら目覚めが悪いったらありゃしないしな」

 

 実にやりがいのある仕事である。『魔術師』に『魔女の卵』を届ける簡単なお仕事よりも数倍やる気が出る。

 

「それにしても安心したよ。この件を『魔術師』に知らせるだけで放置しろ、なんて言われたらどうしようかと思ったぜ」

「利害が一致しているから協力しているだけで、オレ達は『魔術師』のイエスマンでも使い走りの『狗』でもない。――オレもお前も、この街で生き抜く分には甘いという事だ」

「でも、そういうのは嫌いじゃない。甘さも貫き通せば信念ぐらいに格上げされるさ」

 

 オレも冬川雪緒も良い笑顔を浮かべ、ガラスのコップを軽くぶつけあって乾杯した――。

 

 

 

 

「八神はやては?」

「眠ったよ、今日は何だかんだ言って色々あったしな」

 

 此処が慣れない環境という事もあるし、襲撃されたというストレスもある。本人も自覚しない内に疲労が蓄積されていたのだろう。

 アル・アジフもまた一人で考えたい事があるとか言って教会の何処かへほっつき歩いている頃だろう。

 例の話をするにはお誂え向きの機会という訳だ。

 

「聞きたい事は『魔術師』の事だね」

「ああ、戦わないに越した事は無いが、『聖杯』の所持者だし、最後に立ち塞がるのは間違い無く奴だろうからな」

 

 オレの中の『魔術師』の知識は当り障りの無い内容でしかない。シスターに聞いておいて損は無いだろう。

 

「彼は古から西洋式と日本式の魔術系統を複合させて発展させた神咲家八代目当主であり、第二次聖杯戦争に参加し、御三家を破って勝利した。――この当時の聖杯戦争には聖堂教会からの監視役が派遣されていなかったらしいから、どんなサーヴァントを召喚していたのか、そういう詳しい情報は無いね」

 

 ランサーを撃破した後に召喚されるであろう二体目のサーヴァントについての情報は残念ながら無いか。

 それにしても八代目の魔術師か。日本で其処まで代を重ねているとは、物凄い一族に生まれたようだ。奴の魔術師としての素質は破格と見て間違い無いだろう。

 飛び抜けた才覚に実力も経験も伴っている、厄介な話である。

 

「でも、彼の運命が狂ったのはその後だった」

 

 ――万能の願望機である『聖杯』を入手した後? それが手に入ったのならば人生の最盛期を誰よりも彩り良く謳歌出来たのに?

 

「――『聖杯』を勝ち取った彼はね、魔術師の最終目標である『根源』への到達に挑まなかった。それが何故なのかは最期まで不明だったみたい。根源に至る鍵を手に入れたのに次の段階に進まず、足踏みして停滞する。前代の当主はさぞかし怒り狂ったでしょうね。程無くして『親子』は決裂し、『魔術師』は自らの『親』と『妹』を返り討ちにして焼き払った」

 

 その結末に至った理由は皆目見当も付かない。

 『根源』への到達を目指す、あの世界の魔術師特有の悲願には理解が及ばないし、仮にも血の繋がった親と妹を焼き殺せるなんて、想像すらしたくない。

 

「そして『魔術師』は自身の娘、神咲家の最後の後継者を引き連れて、三十数年間も逃亡生活を続けた。『聖杯』目当てに襲撃する他の魔術師を悉く焼き払いながら――」

 

 もしかしなくても『魔術師』は万能の願望機など求めなければ、まだマシな一生を過ごせたのでは無いだろうか?

 最高の栄光が齎した最悪の破滅への転落人生? 何もかも一切合切叶える『聖杯』を持ちながらどうしてこんな人生になるんだ?

 

「――『魔術師』の最期は『焼死』と言われているわ。それが如何なる経緯から生じたものかは文献にも残ってないらしいけど、最期に引き連れた後継者と死闘を繰り広げて、神咲家の魔道の探究を自分の代で終わらせた」

 

 それは、余りにも救いのない一生だ。あの『魔術師』の悪行を鑑みれば、自業自得だと思いたくなるが、それでも余りにも報われない。

 ――自分も、『アル・アジフ』を召喚しなければ前の人生の総評は単なる犬死だっただけに、敵の事ながら余計そう思ってしまう。

 

「受け継いだ魔術刻印は最期まで後継者に移植しなかったみたいだね。彼は他の魔術師と違って子々孫々に夢を託すなんて考えは持たず、自身の一代限りしか興味無かったのでしょうね。この辺は流石は『転生者』というべきかしら」

 

 あの世界の魔術師は一代限りの研究では辿り着けない地平を目指し、自分の代で至れないのならば次の代に託し、一生の研究の成果である『魔術刻印』を子々孫々に継がせる。

 魔術師の子は親の無念を背負い、自身もまた一生を費やして研究成果を子に伝承する。まるで親から子に伝播する一生涯の『呪い』である。

 

「……『聖杯』は最期まで使わなかったのか?」

「ええ、彼は最期まで『聖杯』を使わず、自身と共に灰になったそうよ。不可解な話だけどね」

 

 万能の願望機を持ちながら、最期まで使わずに逝く、か。

 それはつまり、信じられない事に、この不遇な人生に対して一片の悔いも抱いてないという事なのだろうか?

 『魔術師』の人物像がますます解らなくなる。一体彼は何を目指し、何を求め、何を見出したのだろうか?

 

「最後に一つ付け加えると、これらの情報は全部あの『代行者』からだから、鵜呑みにすると少し危険かも?」

「一番不安になる事を最後に付け加えやがった!?」

「だってアイツ胡散臭いし、超ウザいしー」

 

 その一文が加わるだけで今までの話の信憑性が紙屑まで暴落したぞおい!?

 何だかなぁ、と胸にもやもやした思いが蟠っただけである。

 

 ――とりあえず、結論としては、あの『魔術師』は発火魔術を使うのに火攻めに弱いかもしれない、という事か。

 火を扱うのに火に弱い……あれ、何かそんなキャラどっかに居たような。あれだ、眼が一杯あったのにビジュアル的な問題で三個以上は終ぞ開かなくなった奴! 誰だっけ……?

 

「そういえば、その『代行者』と『神父』さんはどうしたんだ?」

「クロウちゃん達と揉めて面倒事になったら嫌だから、別支部に行って貰っているよ。最悪の場合、敵対するしね」

 

 なるほど、出来る限り顔を合わせたくないから、良き計らいである。

 一抹の不安を抱きながらも、アル・アジフがいるなら何とかなるか、と前向きに思う。

 自分一人では心細いが、はやてもいる。アル・アジフもいる。シスターもいる。うん、それだけでうちの陣営は最強だなぁと確信するのであった――。

 

 

 

 

 ――そして『高町なのは』は魔法少女としての第一歩を踏み出した。

 

 近くに『ジュエルシード』の反応があったとユーノから知らされて、飛行魔法によって現場に急行する。

 反応が近寄る毎に、自分の肩に捕まるユーノから緊張の色が強まっていく。果たして自分は、未知なる脅威に立ち向かえるのだろうか?

 正直言って怖い。放課後にある程度、今の自分に出来る事を予習したが、それでも魔法に出会って間もない自分が『ジュエルシード』から生まれた怪物に対抗出来るのだろうか?

 

 ――生じた弱気を首を振って振り払う。

 

 ユーノ・スクライアは自分では力不足だと語った。

 そして高町なのはには、ずば抜けた魔法の才能があると言った。

 こんな何の取り柄の無い自分でも、他人のために役立てる事がある。それが嬉しかった。

 だから、その期待に全身全霊で答えたかった。

 

 なけなしの勇気を振り絞って、高町なのはは現地に到着する。

 ――そしてある意味『ジュエルシード』が生み出した化物と対峙してしまった。

 

 それは数え切れないほど無数の眼が連なる黒い影であり、影の中は無数に蠢いていた。

 悍ましい何かの集合体、名状しがたい深淵の闇。

 その中で誰かの右腕が必死に藻掻き、助けを求めるかのように死力を尽くして天に手を伸ばし、一際激しく痙攣した後、無情にも願い叶わずして黒い影に沈んでいく。

 

 無意識の内に「――ひっ」と声が漏れてしまい、無数の眼の視線が怯え竦むなのは達に一斉に向けられた。

 影は忙しく流動し、蠢く蠢く蠢く。その聞き慣れない異音の数々に混じって、かつん、かつん、と人間の足音が鳴り響く。

 ――凄く、不似合いで、不吉な組み合わせだった。

 

「――え?」

 

 そして一人の少女がなのは達の前に悠然と現れた。

 その少女は良く見知った人物だった。こんな非日常の中で出遭って良い人物では無かった。こんな恐怖の中に現れて良い少女ではなかった――!

 

「――すずか、ちゃん……?」

 

 掠れる声で、親友である彼女の名前を呟いてしまう。

 月村すずかは学校で出逢う時と同じように笑った。柔らかな微笑みだった。

 異なる点をあげるとするならば、右頬にはべっとりと赤い血液が付着しており、手で拭って美味しそうに舐め取る彼女の瞳は、鮮血の如く赤く輝いていた。

 

 

 ――そして、高町なのはは魔法少女として。

 記念すべき第一歩を盛大に踏み外した事に気づいたのだった。

 

 

 

 

 




 クラス ランサー
 マスター 神咲悠陽
 真名 クー・フーリン
 性別 男性
 属性 秩序・中庸
 筋力■■■■□ B  魔力■■■■□ B
 敏捷■■■■■ A+ 幸運■□□□□ E
 耐久■■■□□ C  宝具■■■■□ B

 クラス別能力 対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
              大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは困難。
 戦闘続行:A 往生際が悪い。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生
        き延びる。
 仕切り直し:C 戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を開始ターンに戻し、技の条
         件を初期値に戻す。
 ルーン:B 北欧の魔術刻印・ルーンの所持。
 矢避けの加護:B 飛び道具に対する防御。
 神性:B 神霊適正を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされるが、英雄王の
     『天の鎖(エルキドゥ)』に対する弱点にしかならない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10/初戦

 

 

 

 ――好きな人が居ました。

 

 拒絶される事が怖く、化物と忌み嫌われたくなかった。

 それ以上に本当の私を知って欲しかった。

 初めて悩みを打ち明けて、私の秘密を笑って受け入れてくれたのが貴方でした。

 

 ――好きな人が居ました。

 

 まるで夢のような日々でした。

 一生打ち明けられずに、誰にも理解出来ずに終わると信じてました。

 けれども、貴方は受け入れてくれた。私は羽のように軽く、燃え滾る想いに心を踊らせました。

 こんな幸福な時間が永遠に続くと信じて疑いませんでした。

 

 ――好きな人が、居ました。

 

 そしてその日々は唐突に終わりを告げました。

 一面に広がる赤い血飛沫、冷たくなっていく貴方は動かず、私は必死に泣き叫びました。

 喉が枯れ果てるまで叫び続け、もう貴方は何一つ答えてくれない事を実感したのです。

 

 ――好きな人が居なくなりました。

 

 血の滴る大太刀に、返り血が夥しく付着した黒い武者鎧、巨大な鋼鉄の鎧を纏った誰かは見下ろしてました。

 これが貴方を殺した仇敵である事を、私は網膜に焼き付けました。

 

 ――好きな人が消え果てました。

 

 貴方の死体は残らず、最終的には行方不明扱いになりました。

 貴方のいない世界はこんなにも色褪せて、無意味で無価値に継続している。

 許せなかった。何もかも許せなかった。貴方を殺した者が憎い、貴方が居なくても変わらない日常が憎い、貴方を失って泣き寝入りする事しか出来ない弱い自分自身が情けなくて、何よりも憎たらしかった。

 

 ――それでも神様は居ました。私に贖罪の機会を与えてくれました。

 手にしたのは三画の呪痕、呼び出されたのは無窮の吸血鬼――さぁ、復讐を、始めましょう。

 

 

 10/初戦

 

 

「――以上が『聖杯戦争』の概要よ。質問はあるかな?」

「……その『聖杯』とやらは、死者蘇生も可能なのですか?」

 

 半信半疑、と言った表情で月村すずかは問いかけ、豊海柚葉は飄々と答えた。

 

「それが真に『万能の願望機』であるならば可能でしょうけど、あんまり期待しない方が良いかな。第四次と第五次から破壊という形でしか叶えない欠陥品だったし、願いを叶える者の知り得る方程式でしか願望を成就出来なかったしねぇ」

 

 ――本末転倒な話だった。その『万能の願望機』が真価を発揮するには『万能の担い手』が必要だとは笑い話にもならない。

 万能でないが故に人は届かぬ領域の奇跡を求めるというのに。まるで馬鹿らしい茶番だった。

 

「高望みしては何も成せないわ。貴女が引き当てたサーヴァントは最強の部類だけど、クラスは最悪よ。バーサーカーは理性を奪う事で狂化して弱小の英霊を補強するクラス、けれどもそれは悪霊として超一級品の上に高燃費なのよねぇ。――バーサーカーはね、例外無くマスターを魔力枯渇で破滅させる外れクラスなの」

 

 それは暗に聖杯戦争で勝ち抜く事は万が一にも在り得ない、と言われたようなものである。

 確かに、賞品である『万能の願望機』が当てにならないのならば、他のサーヴァントとの戦闘は極力避けた方が無難であろう。それに割く時間は残されていない。

 

「魂食いをしてサーヴァントの魔力を補強しても、肉体に掛かる負担までは軽減出来ない。戦える回数は限られていると思って良い。その限られた状況下で、貴女は貴女の悲願を果たさなければならない」

 

 限られた時間内で、目標を果たさなければならない。絶対的な方針として脳裏に刻まれる。

 これらを説明される過程で生じた疑問を、月村すずかは思わず口に出した。

 

「どうして、私に協力してくれるのですか?」

「その質問に何か意味はあるのかな? 月村すずか、貴女の時間は限られていると言った筈よ? 無駄な質問に費やす時間はあるのかな?」

 

 失点扱いであり、豊海柚葉から厳しい駄目出しをされる。

 答えるつもりは元々無い。というよりも、自分はこれを知る必要が余りにも無い事に改めて気付かされる。

 彼女の言っている言葉に間違いは無く、全てが正しい。その彼女の期待に答える為に質問を吟味し、舌に乗せる。

 

「……貴女は彼を殺した人を知ってますか?」

「知らないわ」

「そう、ですか。それじゃ――殺して、バーサーカー」

 

 霊体化していたバーサーカーの巨大な腕が実体化し、破壊の渦を撒き散らす。

 人間大の塊など一瞬でスクラップに出来る超越的な暴力の具現、全て彼女の忠告通り、時間を無駄にする事無く執り行われた最小限の殺害行為である。

 

 ――背後からぱん、ぱん、ぱん、と、拍手が鳴り響いた。

 

「――あははっ! 良いね、月村すずか! 貴女は想像以上に愉快だわ! そうね、自力でバーサーカーを引き当てたのだからマスターが狂っていない道理は何処にも無いよね!」

 

 振り向いた先には彼女の姿は無く、ただ声だけが響き渡る。

 

「さようなら、貴女の復讐が完遂する事を心から祈っているわ」

 

 そう言い残し、豊海柚葉は何処かへ消え果てた。

 けれども、彼女に割く時間は最早一秒足りても存在しない。

 

 ――私は問い続け、答えを得る。

 彼の無念を必ずや晴らす。私の復讐を絶対に遂げる。

 さぁ、舞台は始まったばかりである。

 

 

 

 

「すずか、ちゃん……? どうして此処に。その後ろのは……!?」

「これはね、バーサーカー。私のサーヴァントよ」

 

 月村すずかの背後に蠢く影は不定形であり、常に妖しく揺らいでいた。

 まるで現実味の無い光景だった。其処に普段から日常的に接している親友が居れば尚の事度し難い光景となる。

 高町なのはの思考はある種の麻痺状態に陥っていた。

 この状況を正確に理解すれば後戻りが出来なくなるという本能的な危機感が後押しした結果なのだろう。

 

「――? なのはちゃんもかなって思ったけど、違うのね。一応聞いておくけど――神谷龍治君を殺した相手、なのはちゃんは知っている?」

 

 神谷龍治、その名前には聞き覚えがある。

 二年前の四月初旬に居たクラスメイトであり、すぐさま行方不明になった少年の名前がそれである。

 

「……え? 神谷君は行方不明に、なったんじゃ……? 殺されたって、どういう事……!?」

 

 彼とすずかは出会って間もなくだったが、非常に良好な関係を築き上げ、行方不明になった後のすずかは抜け殻のように気落ちしていた記憶がある。

 

「龍治君はね、私の目の前で殺されちゃったの。黒い鋼鉄の武者鎧を纏ったアイツに――」

 

 虚空を睨みつけるようにすずかは空を見上げる。その眼はやはり錯覚では無いのか、滴る血のように赤く輝いている。

 爛々と狂おしいばかりに輝いていながら、感情の色は一切無い。無機物のように暗く死んだ瞳は恐怖以外の何物でもなかった。

 

「そう、まるで知らないんだ。それじゃ――なのはちゃんも協力してくれる?」

 

 その一言が合図となったのか、月村すずかの背後に待機していた黒い影が一斉に蠢き、地面のコンクリートを打ち砕きながらなのはの下へ殺到する。

 

「きゃっ!?」

『Protection』

 

 レイジングハートは自動的に防御魔法を展開し、真正面から受け止め――高町なのはは受け止め切れずにダンプカーに撥ねられたかの如く吹き飛ばされ、十数メートル彼方の電柱に激突し、脆くも倒壊させてしまった。

 背中に走る激痛を堪えながら、高町なのはは弱々しく立ち上がる。

 黒い影は先程よりも大きく流動し、蠢いていた。その千の眼は全て震えて慄く自身の姿を克明に捉えていた。

 

「……魔力がね、全然足りないの。バーサーカーが少し行動するだけで気が狂ってしまいそうなぐらい身体が痛いの。少ししかマシにならないけど、良いよね?」

 

 月村すずかは仄かに笑う。正気の色などとうに失せていた。

 

「す、すずかちゃん!?」

「な、なのは! 駄目だ、逃げるんだっ!」

 

 右肩に乗っていたユーノは必死に叫ぶ。

 余りの出来事に、なのはは感覚が麻痺している。いつも出逢う親友に殺されかけたなんて現実味がまるでなく、このままで夢心地のままに殺されてしまうだろう。

 

 あの黒い影は青い槍兵と同類かそれ以上の脅威だった。

 高町なのはという傑出した才能を持ってしても、あれには抵抗にすらならないだろう。やはり彼女でも駄目なのだ。ユーノは恐怖にかられて即時撤退を求める。

 

「あの黒い影の魔力は次元外れだ! 彼女もあれに操られているんだと思う!」

 

 そしてその一言が、高町なのはのなけなしの勇気に火を灯した。

 勇気と蛮勇の違いを解るには、この年齢の少女には酷な問題であろう。

 

「っ、それなら、尚更助けないと――!」

 

 

 

 

「全く、ガキじゃないんだし、送り届けなくても良いだろう?」

「鏡を見て言え、九歳の小僧。夜の九時過ぎまで付き合わせてしまったのはこのオレだ。帰りの安全を保障するのは当然の義務だろう」

 

 ヤクザな大男に付き添って貰っても全然嬉しくねぇ。

 鱈腹物を食べた帰り道、オレは冬川雪緒と駄弁りながら帰り道を歩む。

 

「オレが女だったら顔を赤く染めてソッポを向く処だよ」

「安心しろ、秋瀬直也。その仮定ならオレは即時通報物だ」

 

 全く笑えない冗談である。確かに見た目は完全アウトになるか。

 ヤクザと九歳の幼女、うん、100%在り得ない絵面である。

 

「アンタを見て通報出来る度胸のある日本人が何人居る事やら」

 

 軽い冗談で返すが、当人は割りと本気で落ち込んだ様子だ。厳つい外面に反して意外と打たれ弱いのか?

 一応慰めようとした処で、遠くから正体不明の爆音が鳴り響いた。断続的に不定期な感覚で、だ。

 

「何だ、この音は……!?」

「まずいな。近くで派手にやっている奴が居るらしい」

 

 『魔女』か? それとも聖杯戦争の関係者か。

 緊張感が高まる。前者ならまだ何とかなるが、後者だと対処不能だ。幾らスタンド使い二人でも英霊の相手などしたくない。

 

 ――撤退か、その場に駆けつけるか。

 いや、後者は絶対に在り得ない。迂回してでも回避するべきだろう。

 懸命な判断を下そうとした時、厄介事は向こうから文字通り飛んできた。

 

 何かが馬鹿げた勢いで飛んできて、地面に落ちて転がる。

 一瞬それが何なのか、理解できなかった。

 

 それが人間大の何かであり、

 うちの制服に似た白い服を流血で真っ赤に染めており、

 茶髪のツインテールの少女は血塗れで微動だにしていなかった。

 

「高町なのは!?」

 

 即座に駆けつけ、息と脈拍、怪我の状況を確かめる。

 息と脈拍はあったが、非常に弱々しい。白いバリアジャケットが全身真っ赤に染まるぐらい流血しており、どう考えても生死を彷徨う一刻の猶予も無い事態だった。

 

 かつん、と小さい靴音が鳴る。

 

 オレと冬川雪緒は瞬時にスタンドを出し、高町なのはをこんな目に遭わせたであろう襲撃者の姿を眼に映した。

 それは紫色のワンピースを来た同年代の少女――信じ難い事に、同じクラスの月村すずかだった。

 

「あぁ、貴方達は『転生者』ですよね? 後ろから変なのも出しているし。へぇ、秋瀬君もそうだったんだぁ……」

 

 オレ達のスタンドが見えている……!?

 彼女の一族は夜の一族と呼ばれる吸血鬼もどきだが、血を吸うだけで吸血鬼としての超人的な能力は持っていない筈だ。

 だが、しかし、今の彼女の両瞳は真っ赤に輝いており、背後には正体不明の黒い影が絶えず蠢いてやがる。

 あれが彼女が呼んだサーヴァントなのか!? 英霊の類じゃない、間違い無く悪霊や怨霊の類だ。一体彼女は何を呼び寄せてしまったのだ……!?

 

「神谷龍治君を殺した相手、知りません? 私、探しているの」

「神谷龍治? ……誰の事だ?」

「……二年前、第一次吸血鬼事件が始まる前に死んだ彼女等の同級生の名前が確かそれだったか。残念だが、詳しい死因までは解らない」

 

 冬川雪緒は緊張感を漂わせ、額から汗を流しながら語る。

 迂闊に刺激するのは危険だが、会話が成立するならまだ交渉の余地がある。だが、問題は既に正気を逸している可能性があるという事だ。

 あんな虫も殺せぬ性格の少女が親友の高町なのはをボロ雑巾のような目に遭わせたなど誰が信じられようか。

 正気では行えない、もしやサーヴァントに意識を乗っ取られた可能性があるのでは……?

 

「そうですか、それじゃ――やっちゃえ、バーサーカー」

 

 黒い影が狂える獣の如く吼える。暴走列車となった影は進撃を開始した。

 オレは意識の無いなのはをこの腕で抱き締め、オレと冬川雪緒は互いに自分のスタンドの脚力によって瞬時に左右に別れ――ほんの一瞬前までに黒い影は殺到し、何者の存在を許さぬ爆心地となる。

 この一瞬で敵との戦力差は明確となった。この敵とは触れた瞬間に終わる。こんなのは戦闘とは到底呼べず、一方的な蹂躙に他ならない。

 その判断は冬川雪緒も同じだった。彼は即座に命令を下す。

 

「高町なのはを連れて逃げろ秋瀬直也ッ! 此処はオレが時間稼ぎをする!」

「な!? 馬鹿言うなっ! 相手がサーヴァントでしかもバーサーカーだぞ!? 足止めすら無理だ! それなら一緒に逃げた方がまだ生還率がある!」

「間違っているぞ、まともに逃走しても追い付かれて三人とも死亡するだけだ。オレも一当てして逃げる。お前は『魔術師』の屋敷に逃げ込め。――その傷だ、処置を間違えれば死ぬぞ」

 

 この腕に抱き上げた高町なのはの鼓動は弱々しい。掌から感じる彼女の体温も妙に冷たく感じる。

 彼女を背負ったまま戦闘を続行するのは無謀を通り越して自殺行為だ。それはつまり冬川雪緒の足を引っ張っている事の証明でもある。

 

「生きていれば後で連絡する。行けッッ!」

「ッッ、絶対死ぬなよおおおぉ――!」

 

 振り返らずに駆ける。屋根から屋根へと飛び移り、夜の街をひたすら跳躍する。

 熟練のスタンド使いである冬川雪緒なら、月村すずかを出し抜いて脱出する事が出来るに違いないと信じて――。

 

 

 

 

「――『魔術師』! 『魔術師』はいるか!? 頼む、早く来てくれ! 間に合わなくなるッ!」

 

 居間にさえ光が灯っていない幽霊屋敷に躊躇無く押し入り、声の限り叫ぶ。

 程無くして玄関に光が点灯し、ひょこっと猫耳娘が顔を出した。

 

「こんばんは、秋瀬直也さん。夜分遅くの来訪、流石に歓迎しませんよ?」

「いいから『魔術師』は――!?」

 

 目の前の何もない空間が水滴が一滴落ちた水面の如く震動し、この館の主である『魔術師』は音も無く現れた。

 ……空間転移? 自身の『魔術工房』の中では魔法の一歩手前の大魔術も平然と行えるのか……!?

 

「随分手酷くやられたようだね、病院なら匙を投げて葬儀場送りだから此処に来るのは必然か。やれやれ、この私が治癒魔術を得意としているように見えるのか?」

 

 やや呆れたような顔を浮かべ、それでも『魔術師』は律儀に診察する。

 抱き上げていた高町なのはを床に下ろし、彼等『魔術師』達の手に委ねる。素人の自分が出る状況ではない。

 

「ランサー、手伝ってくれ」

「おうよ」

 

 『魔術師』がそう声を掛けると同時に背後から青い英霊が実体化する。

 その青髪赤眼で全身タイツの英霊は、もしかしなくても奴ではないか……!?

 

「クー・フーリン……!?」

 

 アイルランドの光の御子、ケルト神話の大英雄、第五次聖杯戦争のランサーが今其処に居る……!?

 よくよく他人に奪われるサーヴァントだなぁと、違う意味で呆れざるを得ない。

 

「おいおい。何でこうも一目で人の真名を看破する奴が多いんだ?」

「君が英霊として格別に有名だからだろうよ」

「こんな極東の果ての島国まで衆知とは到底思えないんだがねぇ?」

 

 などとぼやきながら『魔術師』は治癒魔術を、クー・フーリン、いや、ランサーはルーンを刻んで協力する。

 見るからに高町なのはの顔色が良くなり、どうやら峠は簡単に越えてくれたと安堵する。

 これで助けれずに死なせてしまった、とかなったら後味が悪い処の話じゃない。

 ほっと一息付いて脱力すると、自身の携帯が鳴る。相手は――冬川雪緒! 無事だったのか!

 

「冬川っ! 無事だったのか……!」

『――あはっ、残念でした』

 

 その耳に発せられた声は冬川雪緒の厳つい声ではなく、狂気を孕んだ少女のものだった。

 彼の携帯で彼女が出るという事は――冬川雪緒はバーサーカーと戦闘して敗北し、逃げ切れずに死亡した事に他ならない。

 

「……ッッ!」

 

 言葉が、出ない。少し前まで一緒に歩いていた人物が殺された、などと認めたくない。

 偶然、彼女が冬川の携帯を拾って、電話を掛けて来た。そうに、違いない。

 そうやって自分を騙そうと思っても、既に彼の死亡が確定済みだと認めている自分を否定出来なかった。

 放心中の自分から、携帯がひったくられる。『魔術師』の仕業だった。一体何を……?

 

「見境が無いな、吸血鬼」

『貴方が『魔術師』さんですか? 一つ聞きたい事が――』

「劔冑を纏った武者なら『武帝』にしか居ないぞ」

 

 

『え?』

 

 

 一体、何を言っているのだ? この『魔術師』は。

 見上げた彼の顔は笑っていた。純度100%の悪意を、オレは初めて目の当たりにした。

 

「何を呆けているんだ? お前の想い人とやらを殺したのは『転生者』への復讐の為に生涯を捧げた一般人の組織である『武帝』だと言っているんだ。奴等の詳しい情報と居場所は冬川雪緒の携帯のメールに送信しておくから勝手に見るんだな」

 

 そう言い捨てて自分の携帯を投げ返し、懐から取り出した『魔術師』自身の携帯を手早く操作する。

 

「一体どういうつもりだ『魔術師』イイイィ――ッッ!」

 

 冬川雪緒を失った遣る瀬無い怒りを彼にぶつけるように心の底から叫ぶ。

 そんなやり場を失った怒りの感情は、まるで届いてなく――『魔術師』は愉しげに嘲笑った。

 

「どうせ自滅するんだ、有効に活用しなければ勿体無いだろう? 精々華々しく散れ」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11/愚挙の爪痕

 ――人に頼られる男になりなさい。

 

 早くに亡くなった母の言葉は、己が人生の指標となった。

 そしてそれは言葉以上に難しい事でもある。

 人に頼られる、というのは一言で言って信頼されているという事だ。

 信頼とは単純な文武の向上、一人よがりの自己研磨では得られないものであり、無愛想で口数の少ない自分は酷く苦戦した。

 

 ――一番親しい友に打ち明けた事がある。

 人に頼られるには、信頼されるには何が必要なのかと。

 

 友は答えた。まずは相手を信頼してみる事から始めると良いと。

 ただこれは盲目的に信仰するのではない。欠点があれば指摘し、間違いがあれば正す覚悟が必要だ。

 共に認め、共に高め合うのが理想的な信頼関係だと友は語った。

 

 ――そして三回目の人生、友となった人物は今までにない人間だった。

 

 その行いから誰にも理解されず、誰からも忌み嫌われる。

 ソイツは当然のように受け入れ、己の望むままに我が道を行く。

 他人の理解など最初から必要とせず、誰よりも傲慢に不遜を貫く――正義とは遠く掛け離れた男と信義を結んだのは偶然と言う他無い。

 

 ――気づけば、ソイツは街にとって必要不可欠の存在になっていた。

 

 悪行という悪行を重ね、誰からも隙あれば殺される立場にいて、均衡を担う支柱――性質の悪い冗談だった。

 この魔都は数多の勢力が蠢いているように見えて、最重要部分は全て彼が担っている。

 貧乏籤を進んで引き続ける狂人の思考など、誰が想像しようか。未だに誰もその事に気づかず、いつの間にかオレは彼の手助けをする有り様である。

 片棒を担がざるを得なくなったのは奴の策謀か。疑っても疑い切れないが、それも良いかと思う。

 

 ――誰一人信頼しない孤高を極めた男から頼られる、これ以上の遣り甲斐は他に見出せないだろう。

 

 

 11/愚挙の爪痕

 

 

 ――かーかーと、鴉の鳴き声が無数に響き渡る。

 

 小鳥の囀りにしては無粋な鳴き声であり、とても朝を感じさせるものではない。

 結局、あれから一睡も出来ず、時々額に乗せるタオルを濡らし直して眠れる高町なのはの看病をしながら早朝を迎えた。

 あれから携帯に連絡は無い。当然と言えば、当然だ。冬川雪緒の携帯は月村すずかの手に渡り、彼自身はもう――。

 

 最悪の想像が脳裏に過ぎった時、携帯が鳴る。

 非通知――即座に部屋の外に出て、通話ボタンを押す。

 

「……誰だ?」

『秋瀬直也、君の前任者と言えば解るか? 冬川の旦那との連絡が途絶えたままだ。昨晩、何が起こった?』

 

 それは冬川雪緒からではなく、彼の仲間――川田組のスタンド使いからだった。

 オレはありのまま起こった事を話す。バーサーカーのサーヴァントに遭遇し、冬川雪緒を囮にして逃げ延び、死なせてしまった可能性が大きい事を――。

 

『……まだ死亡が確定した訳じゃないッ! 冬川の旦那は存外しぶとい。怪我を負って連絡が出来ない状態の可能性も考えられる。その際に携帯を落とす事なんざ極稀にあるだろう! オレが直接確認しに行くから朗報を待っていろ』

 

 彼はそう自分に言い聞かせるように通話を切り、放心状態のオレは再び高町なのはが眠る部屋に戻る。

 責めてくれればどんなに楽だったか。お前のせいで死んだ、そう罵ってくれれば良かった。

 

(くそっ、くそくそくそ――!)

 

 オレは項垂れる。奴に関しては転校して以来の縁だったか。

 最初は敵のスタンド使いかと思って警戒心を抱いていたが、彼からの接触が無ければ自分は他の九人と同じように行方不明になっていただろう。

 

 こんこん、と小さめのノックの後、部屋の扉が開き、欠伸しながら眠たそうに目を擦る猫耳メイド――エルヴィが入ってきた。

 

「あらあら、一晩中看病していたのですか。高町なのはが負傷した事に貴方は何ら過失も無いのに。ふあぁ~っと、失礼」

 

 オレの前で大きく欠伸をし、エルヴィは忌々しそうに外の光を睨む。

 そういえば彼女は吸血鬼だったか。昼間に堂々と歩いていたからすっかり忘れていたが。

 そんな彼女は高町なのはの看病をするのではなく、此方側に近寄り、最寄りのテーブルの上に木の籠に入ったパンを差し出した。

 

「朝が大好きな吸血鬼なんていませんよ。――はい、出来るだけ簡素な食事をお持ちしました。食べないと行動すら出来ませんよ? 良く寝て良く食べて良く悪巧みするのが長生きの秘訣です!」

「……いや、悪巧みは違うだろ。それに吸血鬼が人間の長生きの秘訣語ってどうすんのよ?」

 

 正直言って食欲が湧かないが、腹は減っているという矛盾状態。

 少しだけ躊躇うも、パンに手をつけて噛み付く。エルヴィは一緒に持ってきたティーカップに紅茶を注いでいた。

 

「逆ですよ、吸血鬼ほど人間が大好きな化物は他にいませんよ? 私達の唯一の天敵ですから」

 

 その理論は相変わらず良く解らない。吸血鬼なんてものは不死身で強くて人間など血袋以外何物でも無いと自信満々に思っていそうなものだが――。

 

「冬川雪緒の事で悔いているのですか? 彼は最善の決断を下し、最善の結果を齎した。貴方がとやかく思うのは問屋違いというものです」

「っ、だが、オレも残っていれば――!」

「貴方も高町なのはも巻き添えで死んで全滅してましたよ? それは冬川雪緒の挺身を無為にする最高の愚挙です」

 

 言われて、反論の余地無く口を閉ざす。

 ……彼の死を、未だに受け入れる事が出来ないのは直接見ていない事と、その死の原因が自分にある事から、だろう。

 此処で足踏みしていても、彼は何も喜ばないだろう。パンに食いつき、紅茶で流し込む。行動に必要な活力を取り込み、そして必要な情報を聞き出す。

 この舞台に自分の役割など見出せないが、まずはやれる事をする――!

 

「……月村すずかの言う、神谷龍治とはどういう奴だったんだ?」

「うーん、私でも覚えてないほど空気な人だったと思いますけど、第一次吸血鬼事件前に殺害された癖に、こんな短期間でフラグ立てていたなんて驚きです。その結果、救いのない状況になってますけど」

 

 此処が他の二次小説と同じような舞台なら、問題無かっただろうが、飛んだ突然変異が生じたものである。

 復讐の為にバーサーカーを駆る、か。それにしてもあれは一体何だったのだろうか?

 

(豊海柚葉の説が正しいとすれば、あれは吸血鬼になるのか。だが、人の形もしてないし、幾千種類の何かをごちゃ混ぜにしたかのような不定形だった)

 

 ――つまり、あれにも何らかの不条理が発生し、原型から遠く離れた形をしているのだろうか?

 

「なぁ、エルヴィ。バーサーカー、いや、あの吸血鬼に心当たりは――」

 

 その時だった。一瞬影が射し――ふと窓を振り返れば、誰かが蹴り破ってダイナミックに侵入し、軽やかに着地していた。

 

「なのはッッ!」

 

 咄嗟にスタンドを出し――侵入者が叫んだその名前に硬直する。

 その青年は躊躇無くエルヴィに小太刀を一閃し、ぎりぎり避け切ったエルヴィは大層不機嫌そうに口を尖らせた。

 

「あのぉ~、高町さん? 正面玄関から入ってくれませんか? 毎回毎回窓をぶち破ってご来館するのは勘弁して貰いたいんですが」

 

 高町? ……やはり、この青年は高町なのはの兄、高町恭也その人なのか!?

 スタンドの眼で見ていたのに関わらず、その小太刀の一閃は霞むような速度だった。本当に人間なのかコイツ!?

 

「なのはを返して貰う……!」

「……妹さんをお引き取りに来て下さいって連絡したの、うちらなんですけど? 何か致命的なまでに勘違いしてません?」

 

 高町恭也とエルヴィとの温度差は激しい。

 片や背水の陣で人質の妹を死守する構え、片や全力で脱力して呆れ返っている。

 一体全体、エルヴィは、いや、何があって『魔術師』は高町恭也に此処までの敵対心を抱かれているのだ?

 

「全く、相変わらず無礼者だね。高町恭也」

 

 此処に居ない筈の『魔術師』の声が響き渡る。

 背後の壁から透き通って『魔術師』は悠々と現れた。一体何処の吸血鬼の真似してるんだ……って、一応(かなり際どい部類だが)一般人の前で魔術使って良いのか!?

 

「ッッ、神咲悠陽……!」

「本当に無礼な奴だ、妹の命の恩人に向ける殺意ではないな。異母兄妹だから愛情が薄いのか?」

 

 『魔術師』はからかうように嘲笑い、高町恭也は更に激発し――一触即発の空気になる。

 二人が睨み合う中、突き破ったガラス窓が自然に復元されていき、散らかした破片すら綺麗に戻る。

 唾を飲み込む。もう此処からは何が開戦合図になるか解らない。

 迂闊に動けない――この時「っ、ぁ……」と高町なのはから声が発せられ、緊張感が一斉に霧散する。

 

「なのは!」

 

 怨敵よりも妹の安否を優先するシスコンの鏡で良かった、と安堵する。

 今まで展開していたスタンドを消す。そういえば、冬川雪緒の忠告に『魔術師』の屋敷でスタンドを出すな、と言われていたような気がしたが、これはノーカンだよな?

 

「おはよう、高町なのは。世界の裏側を垣間見た感想は如何だったかな?」

 

 高町恭也とは裏腹に、『魔術師』は悪意に満ちた笑顔を浮かべて尋ねる。隣で高町恭也が殺意を撒き散らしているが、何処吹く風である。

 

「……私、は……何で、此処に、っ! すずかちゃんは!? あぐっ……!」

「落ち着け、怪我はまだ完治していない。迂闊に動くと折角塞いだ傷が開くぞ」

 

 生死に関わる重傷がこの程度に済んだ事は僥倖と言うべきか。いや、今の言葉は激発しそうな高町恭也に対する当て付けか?

 

「私は神咲悠陽、この屋敷の主だ。君は月村すずかのサーヴァントと交戦し、敗北した。殺される寸前に奇跡的に通り掛かった秋瀬直也に助けられ、我が屋敷まで運び込まれたという訳だ。此処までは良いかな?」

「……すずかちゃん、は――」

「さて、彼女の行方は私にも解らないな」

 

 自分が此処まで酷い目に遭っているのに、最初に出てくるのは他人の心配か。

 そういえば忘れていたが、ユーノ・スクライアの姿が見当たらない。レイジングハートが彼女の手にある以上、渡した本人が居ないのはおかしな話だが――一体何処に行ったんだ?

 

「一体何が起きている? サーヴァント? それに昨日から居なくなっていたすずかの行方も知っているのか!?」

「月村忍経由で聞いていたのか。彼女の行方については本当に解らんよ。――『教会』に宣戦布告されてな、此方の監視網はズタズタに引き裂かれたままだ」

 

 高町恭也はある程度、此方の事情に通じているのか?

 『魔術師』に対する殺意は只ならぬものだったし、絶対に何かやらかしたのだろう。

 

「それじゃ順を追って説明しよう。高町なのはが巻き込まれ、月村すずかが参加した『聖杯戦争』についてな」

 

 まるで『魔術師』は何処ぞの麻婆神父のように嫌らしく笑う。

 

「――『聖杯戦争』とは万能の願望機である『聖杯』を巡って、七人の魔術師・七騎のサーヴァントが殺し合う戦争だ。その七人の魔術師というのは既に形骸化しているがな――」

 

 『魔術師』は嘆かわしそうに「参加者の中で正統派の魔術師は自分一人だろう」と仰々しい身振りで左腕の一画欠けた令呪を見せつける。

 そういう『魔術師』にしても、本来は立派な外様扱いであり、始まりの御三家からは大層疎まれている事、間違い無しだろう。

 

「何処の誰に入れ知恵されたのかは知らないが、月村すずかは自らの意思で『聖杯戦争』に参加しているようだ」

「……っ、すずかちゃん……! 止めなきゃ……!」

「どうやってだい?」

 

 『魔術師』は優しげに、そして残酷に尋ねる。

 笑っているように見えて、普段とは比較にならないほど攻撃的で刺々しい――? 

 

「サーヴァントに対抗出来るのは基本的にサーヴァントのみだ。そして君は既にマスターの資格を失っている。自ら『令呪』を封印して『ジュエルシード』に戻してしまっているだろう?」

 

 高町なのはの視線は自らの右腕に注がれ――包帯が巻かさっておらず、そして痣も無かった。

 本来の主役と言えども、この舞台に上がる資格は無い、と『魔術師』は厳しめに断言する。

 

「今夜の事は全て忘れると良い。それで君は日常に戻れる」

「っ、それじゃすずかちゃんは……!」

「あれは自らの意思で此方側に足を踏み入れ、サーヴァントを従わせて宣戦布告した。もう後戻りは出来ない。別に珍しい事では無かっただろう? お友達の一人や十人が行方不明になる事ぐらいは」

 

 『魔術師』は皮肉気に笑い、高町なのはは知らぬ内にその瞳から涙を一滴流した。

 その反応が大層気に入ったのか、『魔術師』はくつくつ笑い――反面、高町恭也の荒れっぷりは天井知らずだった。

 

「――神咲悠陽。お前は月村すずかに対して、どうする気だ?」

「どうもこうも、何もしないよ」

「何だと?」

 

 それは危害を加えない、という意味の宣言ではなく、もうどうしようも無いという類の死刑宣告だった。

 

「手を下すまでもなく近日中に自滅すると言ってるんだ。月村すずかは魔力枯渇して『死』ぬだけだ。そうなる前にバーサーカーを打倒すれば生命だけは助かるだろうが、生憎とそれは不可能だろうね」

 

 冷然と戦力分析を述べ――その言葉に、高町恭也ではなく、何もない背後からぴくりと反応した。

 

「――待てよ。そいつは聞き捨てならねぇな。オレがバーサーカーと戦って負けるって事か?」

「負けはしないが、絶対に勝てないよ。ランサー、君の魔槍が『月村すずか』の心臓を貫くならば話は別だがな。あのバーサーカーとは最悪の相性と言って良い」

 

 腕を組みながら不機嫌さを曝け出したランサーが実体化して文句を言い、『魔術師』は変わらない表情で受け流す。

 ただ、高町恭也の反応は劇的であり、一目でランサーを只ならぬ存在と見抜いたのか、間合いを一歩退く。

 突如現れた事については余り驚いていないようだ。『使い魔』のエルヴィで慣れているのか? 視線を送ると、彼女は「?」と疑問符を浮かべて首を可愛く傾げた。

 

「……で、でも、それでも私はすずかちゃんを助けないと――」

「――それにね、高町なのは。君が勝機を用意せずに月村すずかと無謀に交戦した結果、一人囮になって死亡した者が居る。そうだろう? 秋瀬直也」

 

 まさか『魔術師』の苛立ちの原因はそれ、なのか――?

 此処で此方にその話を振ってくるとは予想出来ず、沈黙してしまい――それは高町なのはにとって、無言の肯定と同意語であった。

 確かに自分も高町なのはの無謀な言動には頭に来ていた。それが頂点に達して表に出なかったのは、自分以上に怒れる者が居て、冷静に振り返ってしまったからだ。

 

「……え?」

「――『魔術師』!」

 

 それでも駄目だ。幼いこの少女にはその事実の重さを受け止められない。

 怒りを込めて睨むも、盲目の『魔術師』にとってはそんな視線など無いも同然だった。

 

「解り辛かったかな? 君にも理解出来るように単純な文章に直すと――お前のせいで一人死んだ。瀕死の負傷で足手纏いの君なんか背負わなければ、冬川雪緒は秋瀬直也と共闘して生き延びられただろうに。惜しい男を亡くしたものだ」

 

 心の底から哀悼するように、『魔術師』は責め問う高町なのはから視線を外し、彼方を見上げた。

 

「アイツはっ、冬川はまだ死んでねェ――! 絶対に生きている……!」

「それは本気で言っているのかな? 秋瀬直也。自分さえ騙せない嘘は滑稽なものだよ。確かに私自身も彼が殺された瞬間に立ち会ってないから100%死亡しているとは断言出来ないとも。だがサーヴァント、それもバーサーカーを相手にして生き残れる可能性は一体幾ら程かな?」

 

 未だに認められない自分を嘲笑うかのように『魔術師』は目を瞑った状態で威圧し――途端に無表情に戻り、くるりと踵を返した。

 

「完治するまでは面倒を見るが、此処も安全とは言えない。退去するなら早めに退去しろ」

 

 それは放心する高町なのはに言った言葉であったが、今はその耳に届きすらしないだろう。

 この年頃の少女に人の死を背負うなど不可能だ。今、この自分さえ、醜く動揺して否定しようと藻掻いているというのに――。

 

「そうそう、高町恭也。月村すずかは自らのサーヴァントを維持する為に魂喰いをしている」

「……魂食い?」

「サーヴァントが霊的な存在である事は説明していなかったね。彼等が行動するには魔力が必要であり、本来ならばマスターから配給されるが、生憎と月村すずかは魔術師ではない」

 

 言われてみて、そんな単純な事にさえ気づけなかった自分を呪いたい。

 つまり、あの月村すずかを放置して野放しにする事は――。

 

「だからサーヴァントに一般人を殺させ、その者の魂を喰わせる事で現界を維持している。放置しておけば犠牲者はまだまだ増えるだろうね」

 

 この瞬間、月村すずかは何が何でも排除するべき怨敵となった。自分にとっても街の人々にとっても、そのままにしておく訳にはいかない。

 

「――『魔術師』! この海鳴市の管理者として、それは許されざる行為じゃないのか!?」

 

 感情的に叫んでしまい、オレは即座に後悔する。

 この『魔術師』がどう答えるかなんて、最初から決まっていた。

 

「この街の管理者としては神秘が隠蔽されている限り、何も問題無いよ。死体すら残らず丸ごと喰らい尽くすから行方不明扱いで楽だわ」

 

 そして『魔術師』は来た通りの道を進み、壁の中に消えた。

 ランサーも反吐が出るような顔付きをして実体化を解いて消えていき、エルヴィは粛々と高町なのはと高町恭也の分の紅茶を淹れた。

 

 

 

 

「新たにマスターが判明したよ。月村すずかでバーサーカーだね。サーヴァントの正体は不明だけど、吸血鬼である事は間違い無いみたい。可哀想に」

 

 教会での朝食中、送り届けられた資料を読み解くシスターは同情を籠めて十字を刻む。

 

「月村すずか?」

「なんや、知っている人を語られるように言われてるけど……?」

 

 元々オレは原作知識が無いし、はやてにしても疑問符を浮かべている。

 何か微妙な行き違いが感じられ、それに気づいたシスターは「あー」と納得したように頷いた。

 

「クロウちゃんは当然の如く知らなくて、八神はやてはまだ面識がありませんでしたね。忘れて問題無いですよ、一度も遭わない事になりそうですし」

 

 無情に斬り捨てて、シスターは資料を横に放り投げて朝食を優先する。

 朝は軽めのサンドイッチが用意され、ハムやキュウリ、卵やら新鮮なトマトなど多種多様である。

 

「? 一応敵なんだから、出遭うかもしれねぇだろう?」

「この報告を真っ先に聞いたのは『神父』だよ」

「……げっ、まじかよ……」

 

 吸血鬼、そしてよりによって『神父』――この二つが掛け合わさったらもう結末は一つしかない。

 オレも心の中で十字を刻む、アーメン、せめて安らかに眠れるように祈ろう。顔も知らぬマスターよ。

 

「どういう事だ? 小娘のその言い様、まるでその『神父』とやらにバーサーカーのサーヴァントが狩られるかのようだが? サーヴァントという存在を舐めてないか?」

「生前優れた活躍をした人物が英霊として座に召され、クラスという枠組みで制限されたのがサーヴァント。それなら、何ら制限の無い生前の方が強いのは当然じゃないですか」

 

 アル・アジフのサーヴァントとしての当然な反応は我々の異常な常識によって一刀両断される。

 よもや人間でありながら英霊の領域に軽く足を踏み入れている超武闘派の神父など、想定外も良い処だろう。

 

「この『教会』での最強戦力は『必要悪の教会』の私ではなく、『埋葬機関』の『代行者』でもなく、『十三課』の『神父』だと言ってるんですよ」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12/不屈の心

 

 

 

 

 ――そして、我等は運命に敗れた。

 

 パンドラの箱は開かれ、世界は深淵の闇に染まる。

 混沌が泣きながら嘲笑う。一片の狂い無き純粋な邪悪さは愛に似ている。

 犯し殺し狂わせ弄ぶ。彼は狂った世界に永遠に捕らわれてしまった。

 

 ――彼は探していた。探すべき者が何なのか、それすら摩耗して解らないのに、ひたすら探し続けていた。

 

 見るに耐えなかった。それが自分の罪罰であり、幾度も心を壊し続ける。

 もう彼に与えられる救いは無い。全て諦めて、何もかも朽ち果てるのを待つばかりだ。

 我等は敗北した。完膚無きまでに道を違えた。世界の仕組みを見抜けなかった。だから、もう諦めて良いのだ。彼をこんな目に遭わせた自分の事など探さずに、何も考えずに消え果てるのが唯一の救いだ。

 

 ――彼は探していた。剣かもしれない。鍵かもしれない。物でないかもしれない。自分が誰だったのか、それすら思い出せない。それでも、探し続けていた。

 

 涙などとうに流し尽くした。三千世界が涙で沈むほど流し果てた。

 何度も何度も砕かれても、彼はひたすら手を伸ばし、無惨に蹂躙された。

 ……終われない。このまま先に朽ち果てる事など出来ない。せめて、この終わらぬ悪夢から彼を解き放たなければならない。

 

 ――そして、転機が訪れる。それが彼の者の策略か、億分の一単位の奇跡的な偶然なのかは知る由も無い。

 

 懐かしい光に向かって飛び込む。

 それが救済の光なのか、破滅の光なのかなどどうでも良い。

 物語を終わらせる為に、せめて彼に安らかな眠りを与える為に――。

 

 

 12/不屈の心

 

 

「――秋瀬直也、だったか。なのはを助けてくれて、ありがとう。そして、すまない……!」

「顔を上げて下さい、恭也さん。オレは何もしていない……」

「君がいなければなのはは死んでいた。オレが出来る事はこれぐらいしかない」

 

 一旦部屋の外に出てから、オレと高町恭也は会話を交わした。

 今、高町なのはの目の前で喋るのは、非常に酷な話である。抜け殻のように涙だけを流す彼女の姿は弱々しく見るに耐えない。

 

「恭也さん、貴方は月村すずかを探す気ですか?」

「……ああ」

 

 未来の義妹だとか、関係無しにこの人は行くんだろうなぁと一人納得する。

 それでもそれは愚挙であり、無謀であり、単なる自殺に過ぎない。一人で行かせる訳にはいかなかった。

 

「居場所は『魔術師』が知っています。今の月村すずかは冬川雪緒の携帯をほぼ確実に持ち歩いています。其処から現在地を逆探知出来る事ぐらい『魔術師』は気づいているでしょう」

 

 あの『魔術師』は、虚言は余り喋らないが、意図的に隠したい事は自分から喋らない。聞かれたらある程度答えるだけに性質の悪い。

 高町恭也は驚いた顔をする。とりあえず第一段階、月村すずかの居場所はこれで掴んだ。問題はこれからであり、大積みされている。

 

「問題は月村すずかを止められない事です。あのバーサーカーは異常だ。千の眼を持ち、大河の如く押し寄せた。見た目通りの質量・耐久ならば斬った傍から復元するだろうし、長期戦は必須です。万が一の僥倖が叶って長期戦に持ち込めたとしても、あるのは月村すずかの魔力枯渇という末路だけです」

 

 まともな戦闘になっても長期戦になり、長期戦になれば勝手に自滅してしまう。

 諸刃の刃とはこの事だ。それを念頭に置いた上で作戦を練らなければ万が一の勝機も掴めない。

 いや、違うか。最初から勝機を用意した上で挑まなければ話にならない。

 

「――やるからには短期決戦。バーサーカーを抑え込み、月村すずかを即座に無力化出来る、そんな方法が必要です」

 

 まさしく無理難題である。ただでさえバーサーカーの相手は手に余る。

 あれを一瞬見ただけで底は掴めてないが、目の前の高町恭也でも数秒持てば良いレベルである。

 故にまずは一手、バーサーカーと互角に戦闘出来る者が必要となる。

 

「そしてその作戦の鍵はやはり『魔術師』が握っている。彼はバーサーカーの正体を大凡で推測していると思われます。どの道、やるからには彼の協力は必要不可欠でしょう」

 

 彼に『魔術師』の必要性を説くが、露骨に嫌な顔になる。

 彼一人なら間違い無く『魔術師』に頼るという選択肢は最初から無かっただろう。サーヴァントに対抗出来るのは基本的にサーヴァントだけだ。

 拮抗状態を作りたくば、手っ取り早く同じサーヴァントをぶつければ良い。

 

「そして、月村すずかを唯一生存させる方法は、貴方の妹が握っています」

「なのは、が……?」

「ええ、月村すずかを無力化するには殺すしか方法がありませんが、彼女ならば月村すずかの令呪を封印し、摘出する事が出来る」

 

 令呪を全部剥奪し、この世の繋がりを断てば現界に支障を来たし、消滅する筈だ。

 正規の魔術師なら魔力配給の縁が繋がっているが、素人の人間である月村すずかにそんなものは無い。

 

「……それは、なのはにしか出来ない事なのか?」

「……ええ、現状では彼女のみです。令呪のある腕を切り落とした程度では契約のラインは切れませんから」

 

 もう少し時間が経てば二人目の魔法少女であるフェイト・テスタロッサにも出来る事だが、現状でいない人を当てにする訳にはいかない。

 今の高町なのはの精神状況を顧みると不可能でしかないが、その不可能を越えずして奇跡には辿り着けない。後は――。

 

「――問題点は二つもあるな。まずは私をその気にさせる事。もう一つは精神的に再起不能の高町なのはをどう立ち直させるかだ」

「……アンタって暇人? というか、その挫けさせた最大の原因が言う事かよ……」

「この『魔術工房』は私の体内と同じだ。何処で立ち話をしても聞こえている。それに私とて人間だ。感情的にもなる」

 

 ひょっこり壁から出現した『魔術師』は腕を組んでその壁に背中を預けて伸し掛かる。

 全くもって忌々しい笑顔だ。此方がどう出るのか、愉しんでいる愉悦部特有の表情である。

 

「一つだけ此方から問おう。何故月村すずかを生かす方向で話を進めている? 君にとっても仇敵だぞ、アレは」

 

 初めから傷口の急所に塩を塗り込んで言葉の刃を抉り込む一撃である。

 

「それともたかが一週間程度一緒だった人間などに掛ける情は無いか?」

「――復讐なんて、そんな小さい事、冬川が望む訳あるか……! 舐めるな『魔術師』、確かにオレは奴とは一週間程度の付き合いでしかなかったが、その程度の事ぐらいオレにだって解るッ!」

 

 他人に自分の復讐を願うような凡用で卑屈な人間が、率先して我が身を犠牲にするか……! 亡き友を貶すなと『魔術師』に一喝する。

 

「――ランサーを援軍に寄越しやがれッ! そしたら今日中にバーサーカーを脱落させ、月村すずかを生還させてやる――! それで一切合切解決だ畜生ォッ!」

 

 感情のままに大言を吼えて、息切れして呼吸を乱す。

 驚くほどに驚愕した『魔術師』は微動だにせず、代わりに実体化したランサーははち切れんばかりの笑顔で大笑いした。

 

「――ク、ハハハハハッ! 言うじゃないか、坊主! 少し見縊ってたぜ、坊主の癖に一丁前の啖呵切りやがってッ! 気に入ったぜ!」

 

 ……それは褒めているのだろうか。貶されているのだろうか? 微妙なラインである。

 ばんばんばんと背中を叩かれる。非常に痛い、この馬鹿力め!? 手加減してくれないと背骨が砕け散る……!?

 一際笑い終わった後、ランサーは己がマスターに振り返り、にやりと頬を歪める。まるで己が主を値踏みするような目付きだった。

 

「で、どうするんだマスター? オレは別に構わないぜ? 折角だから先程の言葉、撤回させてやるぜ。――時間稼ぎするのは良いが、別にバーサーカーを倒しちまっても構わんのだろう?」

 

 ……おいおい、お前はランサーだろう。何処ぞの赤い弓兵のような事を言いやがって……! でも、それ死亡フラグだからな?

 同じ感想に至ったのか、『魔術師』は堪え切れずに高らかに哄笑した。

 

「――まさかお前からその台詞が出るとはな。……全く、アイツは人を見る眼だけは確かだったな」

 

 それは『魔術師』には珍しい、穏やかな微笑みだった。悪い憑き物が落ちたかの表情に、意表を突かれたのは高町恭也だけでなく、此処に居る全員だっただろう。

 

「此方の緊急時には令呪を使用して転移帰還させる事を条件に貸し出してやろう。私の持つバーサーカーの情報も開示してやろう。――ただし、高町なのはを説得出来たのならば、の話だ」

 

 最難関の第一条件はクリアした。さぁ、第二関門の時間だ――。

 

 

 

 

「秋瀬、君……」

 

 部屋に入ると、なのはが上半身だけ起こし、赤く腫れた眼で窓の外を眺めていた。

 涙は既に枯れ果てた、という酷い有り様だ。これをどうやって立ち直させるのか――。

 

「ごめんさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……! 私の、私のせいで……!」

 

 もう心が折れて、粉々に砕け散っていた。眼が死んでいた。

 考えてみれば当然か。彼女は魔法少女になる事で、自分の存在意義を形成して行った。それ以前はごく普通の少女に過ぎない。

 強靭な意志を形成する最初の第一歩を最悪な形で躓いたのだ。今の彼女に原作の面影を見出す事は出来ない。

 

「月村すずかを助けたい。その為には高町なのは、君の力が必要だ」

 

 今の自分が掛けられる慰めれる言葉はこれぐらいであり――高町なのはは泣きながら首を横に振った。

 

「……駄目。無理、だよ。私なんかじゃ、何も出来ないよ……!」

 

 嗚咽を零し、高町なのはは弱々しく泣き伏せる。

 

 ……無理だった。彼女はオレと違って正真正銘の九歳の少女だ。その彼女を再び戦場に駆り立てるのは酷な話だった。

 プランに修正が必要か。高町なのは抜きで月村すずかを救う方程式が――。

 諦めかけたその瞬間、ばたん、と勢い良く扉が開いた。空気を読まずに現れたのは『使い魔』のエルヴィだった。

 

「失礼しまーす。包帯替えの時間です。男性は廊下の外に立って、待ってて下さいねー」

 

 「え?」と言う間も無く手を引っ張られ、ドアの外まで押し出される。それもぽーんという勢いで。

 

「な、ちょ――エルヴィ、ちょっと待て!?」

「もう、エッチだなぁ、直也君は。若い衝動を抑えられなくなって覗いちゃ駄目ですよー」

 

 反論する間も無く閉められ、かちっと鍵が閉められる。

 助けを求めるように『魔術師』に視線を送るが、首を傾げて「?」の疑問符を浮かべる始末。あの吸血猫に任せるしかないのだろうか……?

 

 

 

 

「はいはーい、包帯を替えますねー。脱ぎ脱ぎしましょーねー」

 

 言われるがままに高町なのはは自分と同年代のメイド服の猫耳少女に身体を委ねる。

 昨日受けた傷とは思えないほど身体に残った傷は浅く、その反面、心は罅割れて崩壊寸前だった。

 その何とも言えない外見とは裏腹に、鮮やかな手並みで包帯を綺麗に丁寧に迅速に巻いていく。自分では到底此処までの芸当は出来ないだろう。

 自身の存在価値を限界まで下向させ、高町なのはの精神は終わりの無い悪循環に陥っていた。

 

(……あれ? そういえば――)

 

 今になって漸く気づいたが、彼女に協力を要請した張本人であるユーノ・スクライアの姿は何処にも見当たらない。

 試しに念話をしてみたが、反応は無い。まさか死んでしまったのだろうか? それとも、自分を見限って別の人に助けを求めに行ったのだろうか?

 それが正解だろう。自分には彼の見込んだ才能など無かったのだ。本当に彼を助けられる人は、必ず何処かに居る筈だ。自分以外の誰かが――。

 

「……あの、ユーノ君、フェレットは見ませんでした?」

「そういえば見掛けてないですねぇー? 昨日貴女が運び込まれた時点で居なかったです。後で探しておきますよ」

 

 一応尋ねてみたが、彼が此処に居る筈が無いと自嘲する。

 包帯が巻き終わり、猫耳メイド服の少女は二人分の紅茶を淹れて、ベッドの近くの机に置き、彼女自身も近くの椅子に座った。

 

「貴女本人だけの過失では無いですよー。ぶっちゃけ舞台が最悪だっただけですし。初舞台があれじゃ同情物です」

「わ、私は、ユーノ君に頼られ、助けられる力があるなら助けたかった。でも、私にはそんな力が無くて……!」

 

 一瞬で涙腺が決壊し、枯れ果てたと思った涙は止め処無く流れ出る。

 メイド服の少女は立ち上がり、ベッドに腰掛けて高町なのはを抱き締め、頭を撫で続ける。

 自分と同じぐらい小さな少女は、まるで母親のように泣く子を優しく宥める。また自分が情けなくなって、高町なのはは脇目も振らず、大声で泣き続けた。

 

「世の中、最善の選択が最善の結果を生むとは限らないのです。其処が難しい処ですからねぇ」

 

 正しい事をしても正しい結果になるとは限らない。メイド服の少女はよしよしとあやしながら悲しげに語る。

 

「それに貴女はまだ九歳の子供です。失敗して当然ですし、失敗して良いんです。大人に迷惑を掛けて当然ですし、頼って良いんです」

「で、でも、私は、取り返しの付かない失敗、を……!」

「――自らのツケを自分で支払ってこそ大人なのです。子供のツケを代わりに支払うのもまた大人の義務なのです」

 

 自分の失敗の為に死んだ顔も知らぬ誰か、その誰かは見知らぬ自分を命懸けで助け、その結果死なせてしまった。

 その負債をどうやって穴埋め出来ようか? 否、出来よう筈が無い。それに匹敵する光などあろう筈が無い。

 

「彼はあの場に置ける最善の選択をした。その何よりも尊く高潔な意志をもって貴女達二人を生還させた。貴女がそれを悔やむのは、彼の意志と誇りを穢す事に他ならない」

 

 厳しく、けれども優しく抱き締めながら少女は詠う。

 

「――失敗した。それで貴女は嘆いて終わりですか? 生きている限り、次があります。真の敗北とは膝を屈し、諦める事。諦めを拒絶した先に『道』はあるのです。貴女は彼から次の機会を授かった筈です。そして受け取った筈です。――彼の意志を受け継ぐ権利が貴女にはあります」

 

 ――彼の、意志?

 解らない。私を助けて死んでしまった人の意志なんて、私なんかが解る筈が無い。

 私が死ねばそれで良かったんだ。それなら素晴らしい人が死なずに済んだ。こんな無意味な私の為に死なずに済んだのに――!

 

 ――いいえ、と少女は首を振る。

 まるで聖母のように慈愛に満ちた笑顔で、彼女は魔法の言葉を教える。

 

「そのデバイスの『銘』を今一度唱えて御覧なさい。貴女のデバイスの『銘』を――」

 

 彼女の視線の先には、テーブルの上には彼から貰った赤い宝玉があった。

 変わらぬ光を宿し、高町なのはは自然と手を伸ばして、その『銘』を唱えた――。

 

「……不屈の、心。レイジングハート――」

『――All right,my master.』

 

 ――この物語は魔法少女の物語ではない。

 けれども、魔法少女は不屈の心と共に、再び立ち上がる。

 

 

 

 

「『魔術師』から電話……?」

 

 この場に緊張感が走る。

 とは言っても八神はやては可愛く首を傾げ、アル・アジフは『魔術師』の存在事態を過小評価しているのでこの緊張感はシスターの彼女とクロウだけのものだった。

 息を呑んで、今一度深呼吸して落ち着いてから通話する。こうして彼の声を聞くのは実に二年振りの事であった。

 

「……もしもし」

『休戦協定を結ばないか? 期間は一ヶ月、此方からは一切手を出さない。見返りに『這い寄る混沌』の『大導師』の現在の居場所を教えよう』

 

 唐突な申し出であり、相手の意図を掴みかねる。

 先制攻撃としては手痛い一発を貰ったようなものだ。気を取り直し、シスターは『魔術師』に交渉を挑む。

 

「……単刀直入ですね。何を企んでいるのです?」

『色々とありすぎて答え切れないな。質問があればなるべく答える努力をしよう』

 

 まず疑問点の一つは停戦協定の長さ。大導師との戦闘を邪魔しない、という意図であれば一ヶ月という時間は余りにも長すぎる。

 見返りと称する『大導師』の居場所は未だに此方が掴んでいない情報であり、表面的には此方を『大導師』の陣営にぶつけて共倒れを狙っていると推測出来るが、余りにも見え見えすぎて逆に隠れ蓑のように感じられる。

 

「其方からは手を出さないという事は、いつでも此方から仕掛けて良いという事ですか?」

『ああ、構わないよ。此方としては『聖杯戦争』が即座に終わってしまっては困る事情がある』

 

 やはり『一ヶ月』という時間が重大なポイントなのだろうか?

 彼の口車に乗せられぬよう、細心の注意を払いながら質問を口にする。それでも会話の方向性が誘導されていると思えるのは気のせいだろうか、とシスターは自分自身に問い掛ける。

 

「一体どんな事情です?」

『以前の『魔女』狩りでお菓子の魔女『シャルロッテ』と遭遇した。原作である『魔法少女まどか☆マギカ』に登場した魔女だ。この事から推測するに最終的に『ワルプルギスの夜』が出てくる可能性が極めて高い』

「――今回の聖杯戦争は『ワルプルギスの夜』を倒す為の戦力集めだと?」

 

 まさか、その為だけに海鳴の地に『聖杯戦争』を起こしたのか、あの『魔術師』は――。

 

『そういう事。不慮の事故だったが、怪我の功名という処か』

 

 微妙に気になる事を言ったが、それは後回しだ。シスターは止め処無く思考を巡らせる。この『魔術師』を前に思考停止させるのは無防備な喉元を差し出して刺されるのを待つようなものだ。

 

「なるほど、理解できました。ですが、見返りが成り立っていない。あの『大導師』のサーヴァントを情報も無しに私達が単独で倒せと? ふざけているのですか?」

『あれが邪魔なのは君達の陣営も同じだろう? まぁ此方にとっては虫の良すぎる話だ。其方の条件を聞こうか』

 

 その言葉を引き出した事で前哨戦が終わり、漸く交渉のテーブルに付く。

 

「八神はやての生存の確保、私の記憶の復元、この二つが満たされれば『聖杯戦争』に未練はありません。『大導師』のサーヴァントを叩き潰した上で『ワルプルギスの夜』戦も協力しましょう」

『ふむ、君は昔から無理難題を叩きつけるな』

「貴方が『聖杯』を持っている事は既に知ってます」

 

 八神はやての生存は別手段で何とかなるかもしれないが、シスターの記憶の復元は奇跡にも頼らなければ不可能だ。

 そして奇跡を可能とする万能の願望機は彼の手にある。追撃の手を緩めずに叩き込む。

 

『使える状態じゃないけど?』

「魔力が満ちていないのならば、問題無いでしょう。この儀式でサーヴァントが脱落すれば器は自動的に満たされるのでしょう?」

 

 其処までは想像通りであり、彼女は勝ち誇ったように逃げの一手を潰す。

 

『――』

「……悠陽?」

 

 だが、返ってきたのは唐突に生じた長い沈黙であり、何か、決定的な何を読み違えたのでは、と疑心暗鬼になる。

 

『……ふむ、そんな勘違いをしていたのか。器はとうの昔に満たされている。使える状態じゃないのは前世からだ』

「……どういう意味ですか?」

『そのまんまの意味だが? 私を殺害しない限り、万能の願望機はただの杯に過ぎないんだよ』

 

 また虚言を弄して誤魔化しかと思いきや――何かが違う。この言い回しには全て意味があるように思える。

 ただ、その意図に現状では辿り着けない。違和感が心の中に残る。

 

『それにしても君は仮にもシスターだろう? 自殺は教義上禁止されていたんじゃなかったか?』

「――何の事です?」

 

 急な話題の方向転換に、シスターは眉を顰める。

 当然、彼女の信仰する教義上、自殺は最も罪深き所業の一つであり、頑なに禁止されている。

 その戒律さえ理解した上で平然と破り捨てる『十三課(イスカリオテ)』の狂信者は恐るべき存在であるが。

 

『記憶を失う前の君と、失った後の君。歩んだ歳月がどれくらいかは知らないが、最早別人の領域だ。――記憶を取り戻せば君は間違い無く破滅するよ? 別人格(過去の自分)と身体の主導権を奪い合った果てに精神崩壊するだろうさ』

「――何を、戯言、を……!」

 

 消された記憶を取り戻せば、彼女は本当の『私』に戻れる。統一化され、一本筋に形成される。

 元々同じ本人なのだ。二つに分裂するなど、在り得ない。『魔術師』の仮定を全力で破棄する。

 

『――『虚言』ねぇ。人の心を最大限に蝕む致死の猛毒の名は『真実』だよ』

 

 破棄する。忘却する。拒絶する。否定する。そんな結末など、ある筈が無い――!

 

『残念だけど、交渉不成立だ。君達は相互理解しているのかね? 敵ながら内部分裂が心配だよ』

「っ、それは一体どういう意味ですか……!」

 

 感情が表出る。自分を抑制出来ないぐらい心乱している事を自覚しながら、シスターは『魔術師』の言葉を待つ。

 これ以上、ふざけた虚言を弄するのならば、逆に噛み切る気概で挑み――その覚悟ごと凍り付いた。

 

『君達は『ライダー』――いや、魔導書『アル・アジフ』の願望を聞き出したのかい? 彼女がいつの時点の彼女なのか、疑問に思わなかったのかい? この『聖杯戦争』は願いを歪に叶える『ジュエルシード』を媒介にしたからね、正純なサーヴァントが招かれる筈が無いから心配なんだよ』

 

 彼女、世界最強の魔導書『アル・アジフ』が聖杯に託す願い――。

 

 確かに聞き及んでいない。そんなもの、無くて当然だった。今まで一度も思考しなかった。

 彼女はかつてのマスターである『クロウ・タイタス』を守護する為に、自らの分身を送り込んできたのだと盲信していた。

 もしも、彼女に聖杯に託す願いがあるのならば? その彼女は本当に『無限螺旋』から解放されたあの『彼女』なのだろうか――?

 

『サーヴァントは本来全盛期の状態で呼ばれる。それ以外で呼ばれるサーヴァントには一癖も二癖もあるという訳だ。原作の『セイバー』然り、な』

 

 意図せずに視線が傲岸不遜に佇む彼女に行ってしまう。

 あの『アル・アジフ』は一体どの時間軸の彼女なのだろうか――!?

 

『さぁて、彼女が完全な状態ならば、呼ばれる鬼械神は何方になるかな?』

 

 最悪だ。やはりこの電話には出るべきでは無かった。

 この『魔術師』には此方と交渉するつもりは最初から欠片も無かった。致死の猛毒を流しに来たのだ。

 それも此方が理解していても無視出来ないほど強大でえげつない猛毒を――!

 

『一応忠告しておくけど、迂闊に聞いたら破滅する可能性があるから注意すると良い。それじゃ君達の健闘を祈るよ』

 

 ツーツーツーと無機質な音声が耳の鼓膜を叩く。

 シスターの浮かべた顔は恐ろしいぐらいに、深刻なものになっているのは明々白々だった――。

 

 

 

 

「そういえばアル・アジフ。武装とかは完璧な状態なのか?」

「うむ? 異な事を聞くのだな、我が主よ。我が記述に抜け落ちたページなど無いぞ?」

 

 あの『魔術師』から突如電話があった後、シスターからおかしなメールが届いた。

 曰く、何気無い素振りで『アル・アジフの現在の武装と鬼械神が何方か聞くように』と、あとこのメールは見た直後に消去する事と厳重なお達しだ。

 先程から顔色が悪くなる一方だし、一体『魔術師』に何を吹きこまれたんだ?

 疑問に思うが、あの『禁書目録』が専用の魔術礼装じゃない限り遠隔操作されるなど万が一にも在り得ない。

 彼女には彼女なりの考えがあると信じ、とりあえず聞く事にする。自分にとっても確かめないといけない重要な事でもある。

 

「それじゃ招喚出来る『鬼械神』ってどっちなんだ? 『アイオーン』か? それとも『デモンベイン』か? どっちかと言うと『デモンベイン』の方が嬉しいんだが」

「……生憎と『アイオーン』だ。『デモンベイン』は偶然巡り合った出来損ないのデウスエクスマキナ、妾が本来持つ『鬼械神』ではない。今更だな、主よ?」

「いや、『アイオーン』だったら乗るだけで命懸けだろう? 『デモンベイン』ならオレでも何とかなるかなぁって思ったんだが」

 

 大十字九郎とアル・アジフが駆る最弱無敵の鬼械神『デモンベイン』は神の模造品の更に劣化品。

 されどもその御蔭で魔力消費が少ない親切仕様であり、最強級の鬼械神『アイオーン』を乗りこなせなかった自分には其方の方がまだまともに戦えただろう。

 アル・アジフはその事を思い出したのか、非常に申し訳無さそうな顔になる。

 

「……すまぬ」

「い、いや、責めてる訳じゃねぇって! やっぱり高望みはいけねぇな!」

 

 あはは、と笑いながら誤魔化す。

 やはり鬼械神を使うには生命を賭ける必要がある。才能無き身には、また死を覚悟しなければなるまい。

 

「なぁなぁ、クロウ兄ちゃん。その『デモンベイン』だとか『アイオーン』って何?」

「ああ、魔導書の秘奥、神の模造品――簡単に言うと、50メートル大の巨大ロボットを招喚出来るのだ!」

「な、なんだってぇー!?」

 

 相変わらずノリがいいな、はやて。というか、女の子なのに巨大ロボットの魅力が解るとか将来有望だぞ?

 

「そして巨大ロボットに乗って殴っては投げて斬っては投げてという三國無双だ! フゥハハハハハハ! 実はオレは巨大ロボットのパイロットだったのだー! どうだぁ、恐れ入ったかぁー!」

「凄い凄い! でも、そんなん乗ったら目立たない?」

 

 

「え?」

 

 

 何か、予想外のボディブローが来た――!?

 

「え、って、どうすんの?」

「あ、いや、夜だったらセーフじゃね!?」

「アウトだから。此処はアーカム・シティじゃないんだよ? 流石に誤魔化し不可能だよ。『魔術師』だって匙投げるレベルだよ?」

 

 

 

 

 

「――アル・アジフ。クロウちゃんが『アイオーン』に乗った場合、何分戦えますか?」

「……三分、いや、五分で限度だろう。それ以上は此奴の身が保たない。そして一度限りが限度だろう」

 

 クロウがはやてと一緒に戯れている隙に、シスターは小声でアル・アジフに問い質す。

 本人は隠しているつもりだが、鬼械神に乗るという事は死ぬと同意語のようだ。握り拳に力が入り、爪が皮膚を突き破って血を流す。

 

「では、私も搭乗する事でクロウちゃんの負担は減らせますか?」

「――可能だろうな。小娘の精神汚染に対する耐性は桁外れだ。系統は違えども、サポートは可能だろう」

 

 ある種の確信を抱いたシスターは決断する。

 ――この愛に狂った愚かな魔導書は、『大導師』のサーヴァントと同士討ちさせるしかない、と。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13/神父と吸血鬼

 13/神父と吸血鬼

 

 

「――作戦を説明する」

 

 あれから高町なのはは何とか精神的に立ち直り、怪我もほぼ治癒した所で作戦会議となる。

 『魔術師』の屋敷の居間でこんな事をするとは、最初に訪れた時は想像だにしなかっただろう。

 

「依頼主はいつもの『GA』――じゃなく、この私、神咲悠陽だ。目標は月村すずかを無事生還させた上でバーサーカーの打倒する事」

 

 膝を組んで渋い日本茶を飲みながら『魔術師』は語る。

 こんな洋館の主なのに日本茶かよ、って突っ込むのは野暮というものか。

 

「単純な作戦だ。まずはランサーと高町恭也で正面から戦闘し、背後から忍び寄った秋瀬直也が月村すずかを取り押さえ、その隙に高町なのはが令呪を封印する」

 

 シンプル過ぎて涙が出る作戦説明である。

 まぁ作戦を練る段階では全て上手く行きそうな気がする。誰だって失敗する作戦は練らないだろうし。

 

「まずランサー、お前はあのサーヴァント相手に通常通り戦い、月村すずかから気付かれないように遠ざけろ。高町恭也、お前は真っ当に説得するだけで良い。失敗しても構わない、それだけで良い囮になる。周囲に注意が及ばないほど激昂させろ」

「おうよ、任せっとけ」

「……不本意だが、全力を尽くそう」

 

 ランサーは猛々しい戦意を顕にし、高町恭也は少々不満そうな顔だった。

 最初から説得の失敗が前提であり、自分の説得が火に油と言われれば仕方ないだろう。『魔術師』は相変わらず平常運転である。

 

「その隙に秋瀬直也は背後に忍び寄り、一定時間拘束しろ。その一定時間は高町なのはが三つの『ジュエルシード』を封印するまでだから――どの程度の時間が掛かる?」

「えと、自分のを封印した時は一つずつ封印したから――手早くやれば三十秒から四十秒で終わると思います」

「上出来だ。となると、秋瀬直也は月村すずかの意識を初撃で奪い、連れ去ってバーサーカーから距離を取れ。高町なのはが待機する場所を事前に取り決めておけ」

 

 ……意識を奪えだなんて簡単に言ってくれる。

 漫画やアニメのように首を叩いただけで人間の意識が飛んでくれれば苦労はしない。多少怪我を覚悟して絞め落とすしかないか。

 

「さて、秋瀬直也が奇襲に失敗し、バーサーカーが駆けつける事態になれば終わりだ。令呪で呼ばれた場合は対処法は無い、死を覚悟しろ」

「……オレ自身の失敗は死確定って訳ね。肝に銘じておくよ」

 

 笑いながら言う事じゃねぇよ、この愉悦部所属の『魔術師』!

 

「そうなったらもう手段は無いから、ランサーがバーサーカーの相手をしている間に二人共離脱しろ。離脱を確認したら、私も令呪をもって帰還させる」

「……チッ、しゃーねぇな」

 

 この作戦が成功するのも失敗するのも自分次第か。比重が大きすぎるのは怖いが、何とかするしかないだろう。

 逆に言えば、自分さえ上手く行けばこの作戦は成功間違い無しだなのだ。

 

「後の問題点は、月村すずかの状態だ。サーヴァントと契約した事で先祖還りじみた吸血鬼化を起こしているようだし、身体能力も人外の域まで向上している恐れがある。同年代の少女だと思って加減すると死ぬぞ? 秋瀬直也」

「……改めて分析すると、不確定要素だらけだな」

 

 確かに俺達のスタンドを肉眼で捉えていたようだし、身体能力の方にも何かしらの影響があるかもしれない。

 想定せず、実際に人外のものだったら呆気無く死んでいたぞ?

 

「ユーノ・スクライアがいれば、拘束魔法で成功率を底上げ出来るが、無い物強請りしても仕方あるまい」

 

 肝心な時に一体何処ほっつき歩いているんだ? あのフェレットは。

 高町なのはが少し沈んだ顔をしていたが、居なくなった事に対して心当たりがあるのだろう? いや、今は聞く事じゃない。

 

「あと、不安があるとすれば――戦う直後に令呪をもって帰還させる事か?」

「態々此処までお膳立てして台無しにする訳無いだろう、令呪が勿体無い。それと同じ結果は放置するだけで得られるんだぞ?」

 

 高町恭也が睨むように疑うが、今回は『魔術師』の言が正しいだろう。

 その思惑が何処に向かっているのかは今一不明瞭だが、今現在は利害と目的が一致している。

 その間だけはこれ以上に頼もしい味方は他に居ないだろう。

 

「お前達が心配しなきゃいけないのは、この私がランサーを呼び出す事態にならないかだ。小細工は弄したが、こればかりは天に祈るしかないぞ?」

 

 あ、そういえばそうだった。『魔術師』が生命の危機に瀕すれば、躊躇無く令呪を持ってランサーを帰還させるだろう。

 そうなったら、俺達では逃げ切る事も出来ないだろうから、三人仲良くお陀仏するだけか。まさに最悪の事態である。

 

「そういえばもうサーヴァントは出揃ったのか?」

「出揃ったと言えば出揃っているな。まずは其処のランサー。二騎目、未召喚。三騎目は『教会』陣営のライダー『アル・アジフ』、四騎目は『這い寄る混沌』の大導師、五騎目は月村すずかのバーサーカー。はい、以上」

 

 二騎目という処で自身の未使用の右腕の令呪を見せつける。

 『魔術師』自身はまだ自らのサーヴァントを召喚するという奥の手が残っているか――って、何で五騎で数え終わってんの!?

 

「……あれ? 残り二騎は?」

「高町なのははサーヴァントを召喚する前にマスターの資格を破棄。残り一人であろう人物は『ジュエルシード』が目当てだから未召喚で終わる可能性が大きい」

 

 残り一人のマスターは『フェイト・テスタロッサ』であり、サーヴァントを召喚する前に封印すると想定しているのか。

 確かに有り得そうだが、決めつけるのは結構危険ではないだろうか?

 

「その七人目のマスターは既に確定しているのか?」

「……不安要素と言えば、ある意味最大級だな。彼女はまだ『海鳴市』には来てない筈だが――まぁそれは私が祈る事じゃない」

 

 うーんと考えた後、『魔術師』は思考を投げ捨てやがった。

 『魔術師』の方は思考停止して令呪による帰還一択だから考える必要は無いが、オレ達の方は――いや、そんな最悪の事態になったら考えるまでもなく全滅か。

 ……始まる前から不安になる作戦会議だったが、後は天の采配に期待するしか無いだろう。

 

 ――こうして、冬川雪緒の弔い戦は幕を開けた。

 

「さて、最後にバーサーカーの情報開示だ。これは推測に過ぎないが――」

 

 

 

 

 ――一滴二滴、血の落ちる音が鳴り響く。

 

 もう動かなくなった成人男性の首筋に噛み付き、月村すずかは溢れる血をゆっくり飲み干していた。

 零れ落ちた血は背後に流れ、即座に消え果てる。衣服を穢した流血さえ、次の瞬間には吸い取られて染み一つ残さない。

 はしたないサーヴァントだ、と彼女は子供じみた行いをする理性無きバーサーカーを笑った。

 

 ――自分自身が吸血をしているこの瞬間だけ、あの地獄のような苦しみから解放される。

 

 全身から生じる激痛は血という甘美な快楽で打ち消してくれる。

 今まで以上に、自分自身が人間ではなく、吸血鬼である事を自覚する。

 これなら、まだ十全に活動出来る。思っていた以上に限界は遠い。これなら復讐を完遂させる事が出来るだろう。

 

 ――血を吸い切り、既に事切れた男を突き飛ばす。

 

 死体は黒い影に沈み、跡形も無く葬り去られる。

 ずきり、と一瞬だけ実体化しただけで生じた激痛に目に涙を滲ませる。

 

(……まだ頑張れる。神谷君の仇を、この手で取れる――)

 

 憎き怨敵を脳裏に思い描き、憎悪が激痛を凌駕する。

 どうやって殺してやろうか。絶対に楽には殺さない。殺してと懇願するまで壊して、思い知らせてやる。

 

(……神谷君が殺されてもう二年、貴方の顔を思い出す事さえ困難になっている――)

 

 ふとした拍子に正気に立ち戻ってしまう。

 魔力補給の為に幾人もの人間を犠牲にしてしまった。何の罪もない、赤の他人を。

 友達である高町なのはに瀕死の重傷を負わしてしまった。秋瀬直也が救出したので、無事だと思うが――。

 

(……駄目。迷っては、いけない。認めたら、もう立てなくなる――)

 

 脳裏に過ぎった感慨を振り払い、立ち上がる。

 既に日は落ちつつある。これからは自分達の時間だ。今日で何もかも終わらせる。

 殺して殺して殺し尽くして、月村すずかは復讐を遂げる。最期まで狂気を途切れさせずにやり遂げなければならない。

 

 ――さぁ、狩りの時間だ。夜の支配者である吸血鬼の、一方的な惨殺劇の始まりである。

 

 そうなる筈だった。物語通りの性能を誇る吸血鬼に敵などいない。

 全てが出鱈目で滅茶苦茶な強さ、理不尽の頂点に位置するのが吸血鬼という怪物なのだから。

 

 ――ただ、この魔都『海鳴市』で同じ事を言えるかと問われれば、否である。

 

 明かりさえない廃ビルに紙吹雪のように本のページが舞い、その悉くに釘が刺され、貼り付けられて次々と固定化される。

 

「な、何っ!? バーサーカー!」

 

 異常な光景を目の当たりにし、月村すずかは即座にバーサーカーを実体化させ、襲撃及び奇襲に備える。

 けれども、奇襲に備える必要など欠片も無かった。そもそも廃ビルという空間に隔離し、完全に閉じ込めた今、この襲撃者は奇襲する必要性すら無かった。

 

 ――かつん、かつん、と、甲高い靴音が等間隔に鳴り響いてく。

 それはまるで死神の足音のように、鼓膜の奥を反芻する。

 何一つ恐れず、一方的に恐怖を撒き散らす暴君だった筈の彼女は、この未知の存在に本能的な恐怖を抱いた。

 

 そして現れたのは一人の初老に差し掛かった眼鏡の神父だった。

 巨大な戦斧(ハルバード)を片手に軽々持った絶対の処刑人が、吸血鬼を前に悪鬼の如く笑っていた。

 

「お誂え向きの場所だな、吸血鬼」

 

 ――これは一体、何の悪夢だ?

 今のこの光景が現実であるのかと月村すずかは疑う。

 彼女の背後には人型ですらない怒涛の如き吸血鬼が控えている。狩るのは自分達で狩られるのはその他全員だ。それなのにあの神父は何故笑っていられる……?

 

「――貴方、何者……!?」

「我等は神の代理人、神罰の地上代行者」

 

 眼鏡を片手でくいっと上げ、不気味な光を宿した『神父』は変わらぬ速度で前進する。

 

「我等が使命は我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅する事――Amen.」

「っ、バーサーカー!」

 

 恐怖に駆られ、月村すずかは自らのサーヴァントに戦闘を命じる。

 黒い影は馬鹿げた速度で押し寄せ、『神父』の下に殺到する。巨大な大波が飛沫を打ち消すようなものであり、たかが人に過ぎない『神父』は何一つ抵抗出来ず――。

 

「え――?」

 

 黒い大波が真っ二つに割れた。それはモーゼの如く、否、四つに八つに十六つ三十二つに――身体を幾重に引き裂かれて舞い散る血飛沫さえ両断される。

 吸血鬼としての動体視力を持ってしても、あの巨大な戦斧が振るわれた瞬間を捉える事が出来なかった。

 

「――化、物……」

「化物は貴様だ、女吸血鬼(ドラキュリーナ)」

 

 目の前にいる『神父』が自分と同類、吸血鬼であるならば動揺などしなかった。

 人間の形すら取らない異端な吸血鬼のサーヴァントを従わせているのだ、それぐらいでは驚きもしないだろう。

 だが、これを人間と呼ぶ訳にはいかない。認める訳にはいかない。こんな化け物より化け物らしい人間など――!

 

 ――大波は引き裂かれ、それでも自身のサーヴァントは構わず進撃する。

 全身に走る激痛だけが現実味あって――あそこまで切り刻まれて死なない自身のサーヴァントは正真正銘の化物であり、目の前の『神父』と比べても劣ってないと悟る。

 

 再び戦斧を一閃し、『神父』は一方的にバーサーカーのサーヴァントを解体していく。

 

「クク、カカカ――ッ! そうだ、そうだともッ! 貴様がこの程度で死ぬ筈があるまいッ!」

 

 その悪鬼が如く笑みには狂気の色しかなく、『神父』は全身全霊を以って戦斧を縦横無尽に振るう。

 対する黒い不定形だった影は今度は明確な形を取っていく。それは幾百の蝙蝠であり、幾百の百足であり、幾百の人間らしき腕へと次々に変化していく。

 

「随分と見窄らしい姿じゃないかッ! ――吸血鬼(ヴァンパイア)! 吸血鬼(ドラキュラ)! 吸血鬼(ノスフェラトゥ)! 吸血鬼(ノーライフキング)!」

 

 切り刻み、押し潰し、突き殺し、何もかも粉砕し、風圧だけで幾百の個体を吹き飛ばし、地獄のような只中で『神父』は狂ったように笑う。

 長年待ち侘びた宿敵に出遭ったかのような、狂おしいほどの情動をもって、唯一人の『神父』は正面から堂々と挑む。

 

「良いだろう。我等の神罰の味をッ、再び噛み締めるが良いイイイイイィ――ッ!」

 

 

 

 

「がはぁっ、くぁ……バー、サーカー……!」

 

 あの『神父』が戦斧を地面に叩きつける度に激震が走り、ビル全体が揺れる。

 一体何方が理性無き狂戦士なのかは、傍目から見たら判別出来ないだろう。

 

「だ、め……これ、以上は、耐え切れない……!」

 

 ――バーサーカーは月村すずかから無尽蔵に魔力を摂取して、更なる暴力暴虐を振るい、『神父』は真正面から互角以上に渡り合っていた。

 

 あの馬鹿げた重量の戦斧を、羽の如く軽さで扱っている。

 怒涛の如く押し寄せる吸血鬼の猛攻を、それを上回る攻勢をもって殲滅して行っている――!?

 

(ま、ずい。このままじゃ――)

 

 まさかの事態だ。唯一人を相手にして此方の魔力枯渇による自滅の方が早い。

 あの『神父』も無傷という訳にはいかず、処々に負傷して血を流しているが、動きが鈍る処か、更に増すばかりだ。

 鬼神の如き猛攻は更に鋭く、更に力強く、一閃毎に加速し苛烈していく。

 

(……駄目、あれとこれ以上戦っちゃ、目的を果たせずに死に果てる……! 逃げないと……!)

 

 此処は廃ビルの三階だが、今の自分なら飛び降りても多少の負傷程度で済む。

 サーヴァントは令呪で呼び戻せば良い。気付かれないように背後に下がりながら、窓辺に手を掛けて――弾かれる。火傷じみた痛みが掌に生じ、貼り付けられた本のページは風圧に当てられてバサバサと揺らめく。

 

 ――外に出れない。心の底から絶望が鎌首を上げる。

 

 バーサーカーではあの『神父』は殺せない。

 『神父』ではバーサーカーを殺し切れないが、マスターである月村すずかは『神父』が力尽きるより遥かに先に枯渇死する。

 数順先に逃れられぬ死が見え隠れする。一体どうすれば、どうすれば――その時、すぐ隣にバーサーカーが刎ね飛ばされ、元々丈夫じゃなかったビルが丸ごと倒壊した。

 

「きゃっ――バーサーカーッ!」

 

 月村すずかは幾多の破片と共に墜落していき、バーサーカーは彼女を守護せんと殺到する。

 その光景を『神父』は冷めた眼で、ビルの上から見下していた。

 

「――違う。まるで違う」

 

 それは狂気に違いなかったが、今までとは別種類の感情であった。

 失望、落胆、激怒、消沈、幻滅、激昂、数多の感情が揺らめき、残らず消えていく。

 

「こんな出来損ないの紛い物が、死に損ないの抜け殻がァッ! ――あの『アーカード』である筈が無いッッッ!」

 

 やり場のない感情が迸り、その『神父』の殺意の咆哮はビル全体を震撼せしめる。

 

「貴様とて『マスター』を選ぶ権利があるか。あのような半端者では従う価値もあるまいか。傲岸な不死王よ――」

 

 頬から流れる血を白い手袋着用の手で拭い、何の未練無く『神父』は踵を返した。

 半人前の半端者の相手は、他に幾らでもいる。もうあれがどうなろうが『神父』には知った事では無かった。

 

 やはり、と廃ビルから抜け出した『神父』は空を見上げる。

 夜空に輝く満月を、『神父』は憎たらしげに睨む。いや、月など最初から見てなかったのかもしれない。意中の相手を投影して、忌々しげに睨んでいるに過ぎない。

 

 かの吸血鬼との宿命の対決は、直系の吸血鬼によって果たされなければなるまい――。

 

 

 

 

「――っ、ぁ……あぁっ、がっ……」

 

 ――血が、足りない。

 

 魔力が足りない。身体の感覚が徐々に無くなって来ている。

 ぼろぼろの身体では歩く事すらままならず、その歩みを牛歩の如く遅める。痛覚に異常を来たしたのか、自分の存在が不明瞭なまでに浮いている。

 

 ――バーサーカーは健在なれども、マスターの自分は唯の一回の戦闘で壊れようとしている。

 

 まだ倒れる訳にはいかない。

 此処で立ち止まれば、怨敵まで届かない。歩く。ひたすら進んでいく。

 辿り着いてしまえば大丈夫だ。後は残りの生命を燃やし尽くすのみ。

 それで月村すずかの復讐は果たされる。

 

(豊海柚葉に、感謝しないと――)

 

 もし、自分が彼女の助言を聞かずに『聖杯』を求めていれば、自分は復讐を果たせずに自滅しただろう。

 分不相応、自分には一つの事を成すので精一杯だ。

 二つを追って二つとも成せる道理は無い。

 片方さえ満足に熟せないでいるのだ。

 最初から一つに絞って、正解だっただろう。

 

 もうじき、自分から神谷龍治を奪った者の居場所に辿り着く――。

 

 

 ――月夜の下、その黒尽くめの青年はまるで待ち侘びていたかのように立っていた。

 

 

 太刀を堂々と帯刀し、背後には銀色の鋼鉄を纏った巨大な女王蟻が静かに待機している。

 今まで出遭った中で最も濃厚な血の香りを漂わせた悪鬼羅刹は無表情に佇んでいた。

 遂に辿り着いた。この武者こそは彼女から彼を奪った者の組織の長、彼女の求める答えを知る者である。

 

「――神谷龍治君を殺した人は誰?」

 

 バーサーカーを実体化させ、溢れんばかりの憎悪を籠めて問い掛けた。

 長年の疑問に解答を得て、私は遂に復讐相手の下に辿り着く――。

 

「神谷龍治を殺害した者は既に自刃している」

 

 

「……え?」

 

 

 返って来た言葉は余りにも予想外であり、思わず思考を停止させてしまった。

 

「我等の掟は『善悪相殺』――悪を殺せば善も殺す。敵を一人殺せば味方も一人殺さねばならぬ。怨敵を殺して復讐を成就すれば、返る刃は己を貫くのみ」

 

 彼は変わらず、淡々と喋った。

 

 ――『善悪相殺』? 敵を一人殺せば味方も一人殺す? 一体何を……?

 

 

「――意味が、解らない」

「村正の掟は『独善』を許さない。仇敵には当然の如く報いがあり、復讐者にも当然の如く報いがある。『正義』も『悪』も撲滅し、争いが無意味である事を世に知らしめなければならない」

 

 遠い彼方を見据えるように、彼は語らい続ける。

 まるで異世界の未知の法則を説明されている気分であり、何一つ納得出来ないし、理解したくもない。

 

 神谷龍治を殺害し、返す刃で自刃した? もし、それが真実ならば――。

 

「――狂っている」

「皮肉な巡り合わせだ。強大無比な『転生者』への唯一の復讐手段である我々が、無力な『一般人』の復讐の刃に喉仏を掻っ切られようとしている。因果応報とはこの事だな」

《それで、どうするのだ? 御堂》

 

 後ろの女王蟻から女の人の声が鳴り響く。

 その悪鬼は無表情のまま、右腕を眼下に上げた。

 

「どうもこうもない。我が眼下に立ち塞がるのであれば、それは誰であろうが『敵』だ。殺す他はあるまい――村正」

 

 ――銘を呼び、銀色の鋼鉄が無数に分解されて宙に舞う。

 

「鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理ここに在り」

 

 独特の音を立てて装甲し、銀色の武者は姿を現した。

 あの黒い武者と似通った出で立ち、されども、絶望的なまでに隔絶した完成形が其処にある。

 

「……それじゃ、私の復讐は、どうやって果たせば良いの……!?」

『あらゆる殺害に正義は無い。……個人的に、復讐者の悲哀は理解出来なくもないが――』

 

 月村すずかの心からの悲鳴、荒がる感情と共にバーサーカーは疾駆して突進し、銀色の武者に蹴り上げられ、宙を舞う。

 あの大質量の黒い影が、反応すら出来ずに天高く打ち上げられた――!?

 

『人を殺すは悪鬼羅刹の所業。お前もオレも、いずれ報いを『刃』で受けなければならない――』

 

 慣性も何もかも無視して銀の化物は飛翔し、一瞬にしてバーサーカーの上空に辿り着き、踵落としを決めて叩き落とした。

 地面に叩きつけられ、クレーターが如くコンクリートが陥没した。

 

 ――体全体が軋む感覚が生じ、バーサーカーに劇的な変化が生じる。

 

 無数の人の手が生えていく。

 その手の中で、トランプを持った者が馬鹿げた破壊力をもって銀色の化物に投げ、マスケット銃を持った手が一発限りの銃弾をあらぬ方向に撃ち放ち、鉛の銃弾は魔弾となりてその弾道を歪曲させ、獲物を喰らわんと疾駆する――!

 

「私が、どうなろうとも、構わない。けれども、殺された彼は、何を持ってして報われる――!」

 

 銀色の化物は超速度をもって飛翔し、トランプを一枚残らず回避し、追跡した魔弾を片手で掴み取り、砕き捨てる。

 まだだ、まだ足りない。こんなものではない筈だ。自分のバーサーカーは、まだその真価を発揮していない筈――!

 

「彼は、殺されるに足るだけの悪行を重ねたの? 違うッ! ただ一方的に殺された! 無意味に殺された! 『悪』に報いはあれども『善』に救いは無い! それじゃ採算が取れないじゃない……!」

 

 幾千の手が生え揃う黒い影に銀色の化物は空から強襲し、トランプを持つ手とマスケット銃を持つ手を木っ端微塵に蹴り砕く。

 その着地を狙って幾十に折り重なった暴力の塊である黒い腕が疾風の如く駆けたが、銀色の化物は無手で引き裂く。まるで相手になっていない……!?

 

「――一体、何をすれば彼に報いれるの……?」

『逆に問おう。お前が殺してきた人間は殺して良い人間だったのか?』

「……え?」

 

 ――即座に会話を拒否する。

 これを聞いては、今まで誤魔化してきた全てを正視する事になる――!

 

『お前が魔力供給の為に食い殺させた人間は、死ぬに足る人間だったのか? お前の復讐という大義名分で殺して良い人間だったのか?』

 

 既に復讐の相手はこの世におらず、罪科だけが残る。

 既に自分は復讐者ではなく、単なる加害者でしかない――。

 心が砕ける音が、自分の中で鳴り響いたような気がした。

 

『――最早お前は加害者であるが、犠牲者である事は変わるまい。『悪』と断ずるには哀れすぎる少女だった』

《辰気収斂》

 

 銀色の化物から巨大な何かが発せられる。

 ――来る。今までとは比較にならない、文字通り必殺の一撃が――!

 

 

「――んで、訳解らんほど混沌とした状況になっているが、配役はどうする?」

 

 

 決着する寸前の場に割り込むのは、本人としても不本意であるが――青い槍兵は遅めの出陣を経て、漸く舞台に上がったのだった。

 

 

 




 クラス バーサーカー
 マスター 月村すずか
 真名 アーカード(ヴラド・ツェペシュ)
 性別 男性
 属性 混沌・狂
 筋力■■■■■ A+ 魔力■■■■■ A
 敏捷■■■■■ A  幸運■□□□□ E
 耐久■■■■■ A++ 宝具□□□□□ ー

 クラス別能力 狂化:C 狂戦士のクラス能力。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿す
             スキル。
             本来ならば脆弱な英霊を補強する為のクラスだが、理性や技術・思考
             能力・言語機能の喪失、魔力消費の増大など、強大な英霊を弱体化さ
             せるデメリットにしかなっていない。
 魔眼:ー(C)     魅了の魔眼を持っているが、狂化の為、上手く機能しない。
 拘束制御術式:ー(EX)クロムウェル。彼を縛る封印術式。三号二号一号まで常時解放されてい
            るが、0号は彼の主の許可が必要な為、全ての死者を放つ『死の河』発
            動不可。
            生命のストックはそのままであり、不死性は健在しているが、その分、
            魔力消費が激しい為、マスターの魔力枯渇による自滅は必須である。
 信仰の加護:ー(A+++)一つの宗教に殉じた者のみが持つスキル。加護とはいっても最高存在
            からの恩恵ではなく、自己の信心から生まれる精神・肉体の絶対性。
            彼が吸血鬼化した折にこのスキルは永遠に失われている。

 かつて『アーカード』だったもの。彼が主の下に帰還を果たす為に殺し続けた三百四十二万四千八百六十六の生命の成り果て。
 真名が彼のものでありながら、本体不在。
 シュレティンガー准尉の生命の性質と同化し、自身を認識出来なくなった生命が『バーサーカー』というクラスに収まる事で形を得た。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14/選択

 

 

 14/選択

 

 

 天には『銀星号』が合当理ではなく、陰義である『重力操作』で静止して悠然と立っており、地にはバーサーカーが内在する無数の生命を蠢かせ、ランサーは正面遭う両者と正三角形になる位置に布陣して赤い魔槍を構えて対峙する。

 

(――『銀星号』、二世千子右衛門尉村正、あれが『武帝』の転生者……!)

 

 一体どういう経緯で湊斗家に奉納されていた呪われし妖甲と結縁し、三回目であるこの世界に持ち及んだのか――それは現段階において然程問題では無い。

 確実にサーヴァントに匹敵するであろう決戦戦力によって予期せぬ三つ巴が形成されているのが一番の問題である。

 

(――流石に湊斗光のような超越的な仕手ではないと信じたい。原作の『銀星号』よりも戦闘力が遥かに、格段に劣る筈だ)

 

 この史上最強級の劔冑を、あらゆる意味で一桁も二桁も突き抜けた仕手が駆った結果、『装甲悪鬼村正』での『銀星号』は白銀の魔王という仇名に相応しい災厄を『大和』に齎した。

 その湊斗光より優れた仕手など存在しようがない。この事から、原作の『銀星号』よりマシと言えばマシになるだろう。

 

(それでも、あの劔冑は抜き出てヤバい――)

 

 この拮抗状態は此方の陣営にとって最悪の結果だ。

 ただでさえバーサーカーによる魔力枯渇で月村すずかが自滅する前に決着を付けないと行けないのだが、一番に動けば残りの二勢力によって袋叩きにされて真っ先に退場する羽目になる。

 

(どうする? まだ高町恭也が到着していないが、『ステルス』で隠れ潜むオレが仕掛けて状況を打開するか? いや、そうなれば居場所が知れたオレが一刀両断されて死ねる)

 

 現状では『銀星号』に損害らしきものは見当たらず、月村すずかの方は膝を屈して苦痛に顔が歪んでいる。バーサーカーの方は変わらず健在であり、現在進行形で突然変異を起こしそうなぐらい蠢いている。

 ランサーの方も初見の『銀星号』が侮れない存在である事を見抜き、迂闊に仕掛ければ自身が討滅される事を悟ったのか、朱の槍の穂先がやや『銀星号』に向いている。

 

(単純な武力も脅威的でしかないが、此処で『精神汚染』なんかされたら――)

 

 最悪の場合、それだけで全滅しかねない。

 ランサーなら大丈夫かもしれないが、単なる人間に過ぎない自分達で『銀星号』の精神汚染波に対抗する手段は無い。

 

 ――早急に『銀星号』をこの舞台から退場させなければなるまい。

 そう思った矢先に『銀星号』が動いた。白い流星と化して夜空を疾駆し――この戦場から一目散に離脱した。

 

「チッ、見逃して高みの見物かよ。いけすかねぇ奴だ」

 

 如何なる理由で撤退を選んだのか――いや、彼等の戒律は『善悪相殺』、強大無比なる武力を誇っていても容易に敵を葬る訳にはいかないという訳か。

 天からの脅威は去り、ランサーはバーサーカーに槍を向けて――遅れて高町恭也が到着した。

 

「……あは、ははは。馬鹿みたい。もういない仇敵を求めて、堕ちる処まで堕ちて――救いようが無いよね」

 

 月村すずかは力無く、涙を流しながら自嘲する。

 様子がおかしい。自分と相対した時は狂気と憎悪に支配されていたような有り様だったが、今は正気に立ち戻っている?

 そして『もういない仇敵』だと? 何らかの理由で死んでいたのか? 神谷龍治を殺害した黒い武者とやらは――。 

 

「すずかちゃん……もう、やめるんだ。もう、帰ろう」

 

 高町恭也は壊れ物を扱うかのように、慎重に言葉を選んで告げる。

 今の月村すずかは崩壊寸前のダムのようだ。何かきっかけがあれば、一瞬にして崩れ去るほど脆いように思える。

 だが、今ならばもしかしたら説得出来るかもしれない。『魔術師』はあくまで失敗を前提としていたが、今は想定していた状況とはまるで異なる。

 

「……帰る場所なんて、もう無いですよ。こんな唾棄すべき汚物が、お姉ちゃん達と一緒に居れる訳、無い――」

 

 ……何とも痛々しい顔だった。

 こんな九歳に過ぎない少女が、此処まで絶望し、此処まで苦しみ、此処まで追い詰められている。

 この街の異常な環境が、彼女という犠牲者を作り出すに至ったのだろうか。それは、一体如何程の業だろうか。

 

「……恭也さん。私は殺したよ。バーサーカーを維持する為にね、無関係な人を沢山殺しちゃったよ。神谷君の仇を取る為に、それだけ願って、狂った振りして誤魔化して――でも、その仇敵はもう居なくて、私のやった事は無意味で、気づけば私だけが加害者になっていた――」

「……違う。そんなものが召喚されなければ、そもそも聖杯戦争が起こらなければ、こんな事にはならなかった!」

 

 何か一つでも条件が違えれば――例えば、召喚したサーヴァントが『アーカード』の残骸でなければ、もっと別な真っ当なサーヴァントであったなら、召喚する前に高町なのはによって令呪を封印されていれば、このような事態にはならなかった。

 ――冬川雪緒が彼女に殺される事も、無かっただろう。奥歯を食い縛る。歯軋り音が鳴らないよう、注意しながら――。

 

「……ごめんなさい、恭也さん。こんな事を私などが言うのも烏滸がましいけど、お姉ちゃんと幸せにね――」

「すずかちゃん、何を――!?」

 

 見る側が痛々しくなる笑顔を浮かべた月村すずかの視点が下に移り、自身の右手の甲に輝く令呪に――ヤバい!?

 ステルスを続行しながら、即座に駆ける。令呪を持って何を命じるか解らないが、間に合え――!

 

 

「――バーサーカー、私を殺して」

 

 

 馬鹿、何て事に令呪を使うんだ……!?

 前代未聞の令呪の命令に、内心叫ばずにはいられない。

 

 月村すずかの背後に蠢いていたバーサーカーは即座に命令を実行し――緊張の糸が途切れて意識を失って崩れそうになった彼女を間一髪の処で救出し、ランサーと高町恭也達の方へ必死に逃げ込む……!

 

「何だ何だァ!? 随分と予定が違うじゃねぇかッ!」

 

 令呪の命令を実行するべく、無秩序に殺到したバーサーカーを朱色の槍で打ち払いながらランサーは愚痴る。

 その点に関しては同意見だ畜生ッ! 何一つ思い通りに行って無いが、とりあえず月村すずかは確保した。

 一度も振り返らずに走る。此処はランサーと高町恭也に何とかして貰うしかない……!

 

「坊主、解ってるな!?」

「時間稼ぎしてくれ! なのはに残りの令呪を封印させる!」

 

 目指すは高町なのはが待機している遥か後方、令呪を全部剥ぎ取れば、バーサーカーは現代の依代を失って消え果てる――。

 

 

 

 

 ――無数の黒い腕が殺到する。

 

 それは一つ一つが人間を襤褸雑巾のように引き裂く暴力の塊であり、人間どころか同種の吸血鬼にとっても致死の猛攻である。

 青い槍兵はそれらを上回る速度をもって突き刺し、切り払い、両断し、擬似的な『死の河』を嬉々と迎撃していく。

 海鳴市に召喚されて初のサーヴァント戦となる今回、ランサーは自慢の朱槍を存分に振るっていた。

 

「へぇ! 一目見た時から出来るとは思っていたが、中々やるじゃねぇか!」

「そりゃどうも! 其方に比べれば大分見劣りするがな!」

 

 対する高町恭也は一撃離脱を繰り返し、圧倒的な暴力を一心に切磋琢磨した武術をもって対抗する。

 並大抵の者ならば瞬時に引き裂かれる人外魔境の戦地を、小太刀とその身に刻んだ技能で渡り切っていた。

 

「令呪で自分自身を殺せなんて命令した時は肝が冷えたが、追い風だったな!」

「それは、どういう事だ!?」

 

 押し寄せる黒い波に、二人で遅滞戦法を取りながら叫び合う。

 このサーヴァントがバーサーカーで良かったとは、ランサーのマスターである『魔術師』の言葉である。

 吸血鬼が恐るべき化物であるのは卓越した理性をもって人外の力を振るう暴君だからだ。理性を削り取って更に力を向上させた処で、総合的な戦闘力は遥かに下向するだろう。

 

「バーサーカーは『マスターを殺せ』という単純明快な命令を実行出来ずに、逆にペナルティを受けている。命令を最優先したいのにオレ達と戦っているからな! ほらよっと、要所要所で動きが鈍いだろ?」

「――っ、なる、ほどッ! 通常の状態なら十回は死んでいた処だ……!」

 

 そう、今のバーサーカーは絶対的な命令権である『令呪』によって、その圧倒的な性能も戦闘目的も縛られている。

 月村すずかの殺害を最優先にしている。その為に目の前の敵の排除を優先せず、月村すずかの下に馳せ参じようとしている。

 最速を誇る槍兵のサーヴァントと御神流の剣士を前にして、あるまじき隙であった。

 

 ――時間稼ぎは想像以上に上手く行っている。

 

 イレギュラーな事態かと思われた『銀星号』は、此方に利していたのだろうか。

 程無くして高町恭也のズボンのポケットに入っている携帯が喧しく鳴り響く。事前に番号を交換した秋瀬直也からの連絡だろう。

 

「……すまない! 一旦離脱する!」

「おうよ! まだ暫くは大丈夫だが、流石に三百万の生命のストックは伊達じゃねぇなぁ……!」

 

 流石の大英雄でも、三百万の生命を一人で殺し尽くすのは不可能である。

 高町恭也は一気に離脱し、バーサーカーから目を離さずに携帯を取る。

 

「秋瀬直也、令呪は!?」

『たった今、摘出完了だ。これでバーサーカーはこの世に留まるのに必要な依代を失った!』

 

 どうやら彼の妹は上手くやれたらしい。

 懸念が一つ解消され、反撃の狼煙を知らせる朗報に高町恭也は笑みを零す。

 

「ランサー、令呪を剥ぎ取ったぞ!」

「――何だって?」

 

 歓喜と共に叫んだ言葉は、最前線を舞う者の困惑によって打ち消される。

 ランサーも一先ず離脱し、一足で後方に跳躍して高町恭也と合流する。

 

「坊主ッ! 本当に令呪を摘出したのかッ!? 大して変わっとらんぞォ!」

 

 ランサーは携帯に向かって叫ぶ。

 

 ――本来ならば。令呪を剥ぎ取り、この世に定着させた依代を消せば、ただでさえ魔力消費の激しいバーサーカーのサーヴァントだ。その身体を維持出来ずに消え果てるだろう。

 魔力枯渇で完全に消え果てるには少しだけ時間が必要だが、それでも性能の劣化は必至だ。

 マスター不在時の第五次聖杯戦争の『アーチャー』は、とある新米魔術師のマスターと互角に打ち合えるまで自身の性能を落としに落とした。

 

 ――バーサーカーは黒い波として押し寄せる。

 その猛威は未だに陰りを見せず、この作戦の成否に暗雲が立ち昇るのだった。

 

 

 

 

(――何だって……!?)

 

 バーサーカーは未だに健在、能力値に劣化は見られず。

 その報告は秋瀬直也に驚愕を齎した。此処まで上手く行って、ぶち当たった壁が想定外のこれだ。

 鬼気迫る表情で摘出した後の月村すずかの腕を見直すが、シミ一つ無い、としか表現のしようが無い。

 

 令呪は完璧に摘出されている。バーサーカーが健在の原因は他にあると見るべきか。

 

 即座に対応策を取る。思考放棄に近いが、迷わず『魔術師』に電話を掛ける。待ち構えていたのか、一コールで彼は出た。

 

「令呪を封印したのにバーサーカーが消えない! どういう事だ!?」

『恐らくだが、月村すずかの命令が最後の拠り処になってしまっているのだろう。令呪の命令を果たすまでは消えないだろうし、最悪なのはこの世界の依代である『月村すずか』を取り込まれたら手に負えなくなる事だ。消えずに現界し続けてバーサーカーは自然消滅しなくなる』

 

 ランサーを通して近況を知っている『魔術師』は冷静に、的確に分析結果を述べる。

 

 ――それは、第四次聖杯戦争の『キャスター』が呼び寄せた海魔と同じぐらいまずい事態になっている事か……!?

 

 事もあろうか、令呪が魔力源となっていて消滅せず、令呪の命令通り果たして月村すずかを殺害されたら、あの大喰らいのサーヴァントは彼女そのものを喰らい尽くし、この世界に根付いてしまうというのか……!

 三百万もの生命のストックを持っている恐るべき吸血鬼の残骸が、マスターも無しに自立するだと――!

 

「どうすれば良いッ!?」

『どうもこうも、もう答えを言ってしまっているようなものだがな』

 

 答え? 答えだと? 今の何処に対応策があったというのだ!

 テンパリながら『魔術師』の次の言葉を催促する。

 

 ――にやり、と、『魔術師』が誰よりも邪悪に嘲笑う姿を克明に幻視出来た。

 

 

『――簡単だよ、秋瀬直也。月村すずかをその手で縊り殺せば良い。それで万事解決だ。欠片も残らず消滅させるのが理想だ、一滴すら血を飲ませないようにな』

 

 

 バーサーカーをこの世界に固定する依代を消去し、令呪の命令も果たせて魔力枯渇させる。それが一挙に叶う理想的な手段を『魔術師』は平然と言ってのけた。

 

「は……? 正気、か?」

『何を迷う必要がある? 躊躇う必要が何処にある? それは冬川雪緒を殺した少女で、海鳴市を死都と化す災禍の化身だ。――小娘一人の生命と街一つの人間全て、何方を優先するべきかは考えるまでも無いだろう?』

 

 高町なのはが心配そうに此方を見る。

 今のオレの顔色は、間違い無く真っ青になっているだろう。

 

 ――考えるまでもない。此処でバーサーカーに月村すずかを取り込ませてしまったのならば、もやは殺害手段は無くなる。

 街一つで済めば良いかもしれない。海鳴市が死都となって、死者が侵攻し続け、未曽有の災厄を齎すだろう。

 

『その少女を殺して、君は英雄になるんだ――』

 

 まるで悪魔の甘言のように『魔術師』の言葉は脳裏に響き渡る。

 

 此処で殺さなければ、街一つが死都と化す。

 月村すずかの生命で、全員が救われる。

 コイツは冬川雪緒を殺した。それは許される事ではない。

 奴とは一週間足らずの付き合いだったが、この街で生きる術を教えてくれた。

 返しきれないほどの大恩のある男を、だ。

 

(この場においては、オレしか出来ない……)

 

 スタンドを出し、手刀を月村すずかの喉元に定める。

 相手は気を失っており、避けられる心配はまず無い。

 高町なのはにはスタンドは見えていない。

 阻止は間違い無くされない。速やかに事は成し遂げられるだろう。

 

(迷うな、殺すんだ……)

 

 道の一角が爆発したように吹き飛び、ランサーと高町恭也が後退しながら此方に視線を送る。

 その直後にバーサーカーは現れ、幾千の眼は令呪によって殺害対象になっている己のマスターに注がれた。

 

 そしてオレは選択を――。

 

 

「――決断出来なかったのか。それとも最善の結果を意図せずに引き寄せたのか? 興味深い考察だな」

 

 

 それは携帯電話からではなく、背後からの肉声だった。

 バーサーカーに幾十の爆撃が加えられ、侵攻が中断されたと同時にランサーと高町恭也が離脱して此方に合流する。

 

「『魔術師』……!?」

 

 此処には居ない筈の『魔術師』が、『使い魔』であるエルヴィをその背中に従わせ、悠然と立っていた。

 両腕の黒い着物の部分は赤く爛れたように発光しており、彼が受け継いだ『魔術刻印』が両腕から両肩に至るまで脈動していた。

 

「ランサー、高町恭也、さっさと下がれ。邪魔で仕方ない」

「あぁ!? 今下がったらバーサーカーに飲み込まれて死ぬぞマスター!?」

 

 何を寝言を吐いているんだ、とランサーは一喝し――『魔術師』は自身の両眼に右手を添えて、一歩、前衛組である彼等より前に歩んだ。

 

 

「――この私の『視界』に絶対入るな、と言ってるんだ」

 

 

 その瞬間、この空間の何もかもが死に絶えたような、そんな奇妙な感触を味わった。

 ――そして、その感想は、性質の悪い事に間違ってなかった。

 

「――な、」

 

 バーサーカーの身体が発火し、燃えている。

 あれは三百万に及ぶ生命の集合体だ。単なる発火魔術など、その身に蓄えた血潮で瞬時に消え果ててしまうだろう。

 

(――違う。これ、は、世界が燃えている? 『アーカード』の世界が……!?)

 

 死者達の腕が火達磨になって一方的に燃えていく。燃え堕ちていく。

 千の眼は焼き焦げて、一つ残らず瞑られていく。泡沫の夢は終わったのだと、終わらぬ悪夢は覚めて朝が来たのだと、彼等の世界を燃やし尽くす――。

 

 

「城主無き死徒の領民、夢の残骸か。よもや此処まで醜いとはな。あの吸血鬼殲滅狂の『神父』が吸血鬼を前に戦闘を放棄する訳だ――これは、見るに能わない」

 

 

 ……この場にいる誰もが、誰一人、動けずに見届けた。

 バーサーカーが燃え尽きる様を、光の粒子になって消滅するその瞬間を――。

 エルヴィは寂しそうに目を瞑って、吸血鬼でありながら神に祈る言葉である「Amen.」と呟いて十字を切った。

 

 

 

 

「――へぇ、それが君の隠し玉なの。絶対何か隠し持っていると思ったけど、随分と凶悪な『魔眼』をお持ちのようで。制御不能だから『邪眼』の類かしら? 流石は流石は、本来は勝者無き第二次聖杯戦争で『聖杯』を入手した勝利者ねぇ」

 

 燃え尽きるバーサーカーを見ながら、唯一つの観客席で観戦した『豊海柚葉』は艶やかに微笑んだ。

 赤く燃え滾る炎はそれだけで芸術だった。あれほどまでに激しく、荒々しく、澄んだ炎は見た事が無い。

 

「本当に、綺麗な虹色。赤味が少し強いのは『起源』に引き摺られているからかな? 効果は単純な『発火』や『発熱』じゃないようね。強烈で無慈悲な『運命干渉』かな?」

 

 誰も見る事が叶わなかった『魔術師』の魔眼は、最上級の宝石の如く綺羅びやかだった。

 人体蒐集みたいな趣味は持ち合わせていないが、とある世界で七大美色と言われる『緋の眼』に匹敵する輝きには、官能的で熱く火照った。

 

「万華鏡の如く七色が混同した『虹』――とは呼べないか。あれは月の王様とやらの証だって言われているし? 『宝石』の時点で最高位の『ノウブルカラー』だったけ? 唯一つの例外が多い世界よね、ホント」

 

 くすくす笑いながら席を立つ。

 中々愉しい前哨戦だった。聖杯戦争の第一回戦にしては上出来だろう。

 ただでさえ欠場者がいる中、貴重な一戦一戦を愉しまなければ損である。

 

「それにしても『月村すずか』は間違い無く此処で死ぬと思ったのになぁ。本当に私も君の事が興味深いよ、秋瀬直也」

 

 ――死せる運命を覆す。これが如何に困難かは最早語るまでもない。

 

 秋瀬直也は英雄になる道を選択せず、自らの手を血で穢す選択を下さなかった。

 一見してこれは単なる選択放棄に見えるが、結果として時間内に選択しない事が最良の未来を引き寄せた。

 その事には何かしらの意味があるのではないだろうか?

 

「彼は本当に『正義の味方』なのかなぁ?」 

 

 まるで恋焦がれる乙女のように、豊海柚葉は素肌を赤く染める。

 この聖杯戦争において限り無く無力に等しい彼の活躍が何故こんなにも愛おしいのか、その理由は彼女自身も正確には掴めてなかった。

 

「さて、次は『教会』勢力に踊って貰おうかしら? 彼は主役足り得るかしら?」

 

 力不足の『正義の味方』、愛に狂った『魔導書』、自殺志願者の『禁書目録』、次の物語のキーパーソンである『闇の書の主』――その空中分解しそうなほどごちゃごちゃな陣営に対するは、狂うほど一途で不屈な『大導師』殿である。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15/再演

 

 

 

 

 ――押し寄せる絶望の波を、赤い炎が猛然と焼き尽くす。

 

 燃える世界、黒い和服を着た支配者は悠然と佇んでました。

 その背中を覚えている。男性にしては長すぎる赤髪を一つに三つ編み、両腕両肩に脈動する魔術刻印の赤い光も、今でも鮮明に思い返せます。

 この眼に鮮烈に焼き付いた、運命の夜の呆気無い終幕でした。

 

 ――その姿に憧れたと打ち明けたら、貴方は小馬鹿にしたように笑いましたね。

 

 それでも、貴方は私の目標になってしまったのです。

 貴方は何度も何度も拒否しましたけど、私は何度も何度も立ち上がりました。

 最終的には貴方は折れて――それは、私が得た最初にして最後の勝利でした。

 

 ――七人四騎の戦争を越え、舞台装置の魔女を超えて、貴方は灼熱の海に消え果てた。

 

 街は緩やかに死に絶えました。貴方という支柱を失い、防波堤が崩れ果て、街は分断され、同士討ちし、無情に削がれました。

 私もまたその大きな流れに飲み込まれ、気づけば仇敵どもの道具に成り下がりました。それは死をも上回る陵辱でした。

 

 ――貴方が生きていれば、未来はこんなにも残酷ではなかったかもしれない。

 

 貴方と居た頃の街が懐かしい。最近は昔の思い出に浸る事でしか慰められない。

 彼等の奴隷として使い潰されるまで、私は何も出来ずに、このまま朽ち果てるのでしょうか?

 

 ――否。否。否。否ッ!

 世界はいつだってこんな筈じゃなかった?

 戯言だ。弱者の言葉だ。そんな言葉は我が内に必要無い。

 世界を歪めて、思うように構築する。それこそが我が師の真髄でした。

 

 ――私は運命を変えられる唯一の『鍵』を見つけました。

 

 それは天井にぶら下がった一本の蜘蛛の糸でした。

 絶望の只中で見出した唯一にして最期の光明であり――逃れようのない破滅の始まりでした。

 

 ――さぁ、物語を始めましょう。

 血塗られた『英雄』の物語を。

 一人の傑出した『魔導師』の物語を。

 反旗を翻して討ち滅ぼされた『魔王』の物語を。

 

 ――そして私は再び『運命』と出遭った。

 

 

 15/再演

 

 

 ――長い夜は終わり、一時の安らぎが訪れる。

 『魔術師』の屋敷に帰還し、気を失った月村すずかを一室のベッドに眠らせる。

 来訪者が訪れたのはその直後だった。

 

「すずかっ!」

 

 姉の月村忍との感動の再会、と言って良い物か。

 月村すずかは未だに眠ったままである。

 ……これから彼女は、数々の苦難にぶち当たるだろう。途中で折れてしまうかもしれない。絶望して自ら生命を絶ってしまうかもしれない。

 ただでさえ令呪をもって自らの死を命じるくらいだ。幾ら実の姉と言えども、自殺を止めれる気がしないのだが――。

 

「はいはい、病人の前ですから静かにして下さいね」

「五月蝿いわよ、吸血鬼!」

 

 ……本当に、この『魔術師』と『使い魔』は高町恭也と月村忍に何をしたのだろうか?

 二人からの恨まれっぷりが尋常じゃない気がするが……?

 

「人間として再起不能になると思ったのだがな、残り香でも存外に復元するものだ」

 

 小馬鹿にするように『魔術師』は月村すずかの体の状態を告げる。

 あれだけバーサーカーが暴れて、後遺症の一つや二つ残らなかったのは僥倖だっただろう。

 これも吸血鬼『アーカード』をサーヴァントにした事と夜の一族の相乗効果だったのだろうか?

 

 

「起きているのだろう? 月村すずか」

 

 

 ぴくり、と――月村すずかは『魔術師』の言葉に反応してしまう。

 周囲の皆も一斉に視線を集中させる。

 

「死ねなくて残念だね、月村すずか」

「……どうして、助けたのですか? 私に、生きる価値なんか――」

 

 『魔術師』は皮肉気に笑い、月村すずかはゆっくりと目を開けて『魔術師』を睨む。

 おいおい、挑発してどうするんだよ? 立ち直させる気は零か?

 

「死ぬのはいつでも出来る。死という『安楽』に逃避する事は絶対に許されない。――生きて償え。苦しみ悶えた末に無様に死ね。それが私の復讐だ」

 

 ――それが冬川雪緒への、弔いの挽歌。

 ぽろり、と。月村すずかの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 

「……どうやって、償うのですか? 私は――」

「そんなの自分で考えろ。そもそも私は『罪』だの『罰』だの執着出来ない性質なんでね。むしろ踏み倒す側だ。――死で『罪』が清算出来ると思うなよ?」

 

 言いたい事を言い終わって『魔術師』は退出しようとし、携帯のベルが鳴り響いた。

 各々に視線を送り、首を傾げ、首を振り――月村すずかは、震えながらその携帯を取り出した。

 

「冬川の……?」

 

 一体誰から――?

 『魔術師』の方に視線を送り、彼は無言で頷く。

 その配慮に感謝して、意を決して非通知の電話を取る。

 

「――誰だ?」

『……秋瀬直也か? オレの携帯を回収したという事は、事は片付いたようだな』

 

 

「は?」

 

 

 ――『オレ』、だと……!? それにこの声は――だが、お前は、

 

「……冬川雪緒? 馬鹿な。お前は、死んだ筈じゃ――!?」

『――? 寸前の処で自身の死を偽装し、辛くも逃走に成功したのは良いが、意識不明の重傷でな。今まで連絡出来なかった。三河――お前の前任者だが、ソイツに探し当てて貰わなければ死んでいた処だ』

 

 ……思い出す。

 確かに朝一番に非通知で此方の携帯に掛かって来て、冬川雪緒の生存を信じて赴いた奴が居た。

 あの野郎、無事なら連絡の一つや二つ、即座に寄越せっつーの……!

 

『……気のせいか、話が食い違っている……? まさか奴から連絡が行ってないのか……!?』

 

 珍しく慌てた口調の冬川雪緒は、自身が『死亡確認!』されていた事に漸く気づく。全くよぉ、その間抜けっぷりは第二部のジョセフじゃねぇか……。

 

「……っ、この馬鹿野郎ォッ! 生きているなら早く言いやがれよなぁ……!」

 

 涙を流しながら、笑う。

 彼が生きていて良かったと、心から喜ぶように――。

 

 

 

 

「昨晩はお愉しみでしたね! きゃー、これ一回言ってみたかったんですよー!」

「な、何もしてないわよ!? 人の家でやる訳無いじゃないっ!」

 

 翌朝、『魔術師』の「夜の街は危険だから泊まっていけ」の一言で屋敷にまた一泊し、個性豊かな面子と朝から対面する。

 エルヴィが何処かで聞いた事のある一文で月村忍をからかい、彼女は顔を真っ赤にして反論する。高町恭也の顔が真っ赤な事から、彼女自身は墓穴を掘っている事に気づいていないようだ。

 

「……朝から随分と騒がしいのう」

「良いんじゃねぇか? いつもみたいな閑散とした幽霊屋敷より百倍マシだろうよ」

 

 居間で焙茶を飲みながら『魔術師』は呆れた表情をし、アロハシャツという謎のチョイスの私服に着替えたランサーはけたけた笑う。

 この人も『魔術師』のサーヴァントを平然と務めるなんて、第四次のランサーとは比べ物にならないぐらいの適応力である。

 もしも第四次のランサーが召喚され、同じように『魔術師』に奪われていたらこうはいかなかっただろう。

 

「洋館なのに朝食は和食なのねぇ……」

 

 席に付いた月村忍は不思議そうにテーブルの上に用意された朝食を見ていた。

 ほっかほかの白飯に味噌汁、そして鮭の焼身に出汁巻き玉子をエルヴィが運んでいく。

 

「忍さん、すずかちゃんは……」

「……うん、今は色々と疲れているし、ね?」

 

 高町なのはが月村忍に尋ね、しょんぼりとする。

 昨日の今日じゃ立ち直れないだろうし、高町なのはの場合は顔を合わせ辛いだろうな。

 運び終わり、全員が席に着く。

 

『いただきます』

 

 手を合わせて合唱する。おお、出汁巻き玉子うめぇ。舌の上でとろりと蕩けやがる!?

 これは御飯が進む。他の皆も感心したように食べ、エルヴィは誇るように無い胸をえっへんと張っていた。

 料理スキルも普通にあるんだなぁ、あの吸血鬼。

 

「……あ。そういえば、気がつけば二日も此処に……!? 今から家に帰るのが怖ぇ……!?」

「それなら大丈夫ですよ? ご主人様の指示でちゃんと誤魔化していますから! こう、ぐるぐると」

 

 此方の目先に人差し指を差し出して、エルヴィは可愛げに回す。

 ああ、エロ光線だか魔眼だか暗示だか知らないが、誤魔化してくれたのならば有り難い。

 何て言い訳しようか悩む必要が無い訳だが――普通にそういうの乱発して大丈夫なもんかねぇ?

 

「あ、ありがとうございます、と言った方が良いのかな?」

「別に何も要求しないよ。君には期待していると言っただろう?」

 

 これまた『魔術師』は背筋が凍るような素敵な笑顔をお浮かべになる。

 無料ほど高いものは無い。コイツ、また何か企んでやがるな――!?

 

「秋瀬直也君、何か困った事があったら相談してくれ。今度はオレが君の手助けをしたい」

「失礼な奴だな、高町恭也。それではまるで私が秋瀬直也を破滅に誘うようじゃないか」

 

 高町恭也と『魔術師』の間に火花が散る。

 恭也さんの言葉は滅茶苦茶有り難く、『魔術師』の言葉もまたあながち間違って無くて恐ろしい。

 

「そうだ、一つ忘れていた。高町なのは」

「は、はいっ!?」

 

 と、『魔術師』は唐突に思い出したような素振りで、話題の方向性を高町なのはに変更し――シスコンの高町恭也の視線が更に剣呑に鋭くなる。

 狙ってやっているのならば拍手したい気分だ。

 

「封印した『ジュエルシード』は私が責任を持って預かろう。欠陥品なれども願望機だ。禍根の種となる可能性があるしな」

「今度はどんな悪巧みに使うんだ? マスター」

 

 まぁた始まったよ、という呆れっぷりでランサーは鮭に手を出しながら己がマスターに聞く。というか、箸の扱い上手だな? 聖杯からの現代知識か?

 

「私としてはこれを管理局の手に委ねる気は無いから――」

 

 そう言って『魔術師』は着物の袖から『ジュエルシード』を一つ取り出し――あれはランサーに『主替えに賛同しろ』という命令を消費した時に排出されたものか?

 事もあろうに『魔術師』は『ジュエルシード』を親指と人差指で摘み――力を入れて握り潰した。

 

「あーっ!?」

 

 二十一個の『ジュエルシード』が二十個のジュエルシードになった瞬間である。

 危険物の『ジュエルシード』を暴走させずに破壊するという理解の及ばぬ高等魔術を披露したのだが、破壊するというパフォーマンスに衝撃がありすぎてそんな事まで頭が回らない。

 

「手に入れた分は全部砕くよ」

 

 まるで昔から決まっていた決定事項を述べるように『魔術師』は平然と言い捨てやがった!?

 其処までして管理局に『ジュエルシード』を渡したくないのか。渡したくないのだろうなぁ。

 

「も、勿体ねぇっ!? それでも願望機だぞ!?」

「願望機という存在が世界を変革しないのは、無駄に使い潰す者の手にしか渡らないからだ。人はそれを『抑止力』という」

 

 究極的な結果論だな、暴論過ぎて涙が出るわ。

 それはお前が元居た世界のみの事だろうよ。

 しかし、勿体無いが――これは非常に解り難いが、高町なのはに対する配慮では無いだろうか?

 このまま彼女が『ジュエルシード』を持ち続ければ、それを狙う勢力と交戦する可能性さえ出てくるし、徹底的なまでに彼女を原作及び今の事態に関わらせないようにするのか?

 それは『高町なのは』の代わりに『フェイト・テスタロッサ』陣営の利害と致命的なまでにぶち当たるという事だ。

 手に入れた傍から『ジュエルシード』を廃棄するなら、何が何でも『魔術師』の排除を目論むだろうし、『魔術師』としては『フェイト・テスタロッサ』陣営を真正面から敵に回す危険を避ける為に高町なのはに『ジュエルシード』を持たせ続けた方が――。

 色々考えたが、あの『魔術師』らしからない手だと思うが、さて?

 

「あ、あのっ! 神咲さん!」

「ユーノ・スクライアの事情を考慮する気は無いぞ。この場に居ない者の意志など知ったこっちゃない」

「わー、ご主人様鬼畜ー」

 

 何か高町なのはが意を決したかのように『魔術師』の名を呼ぶ。そういえばユーノって本当に何処行ったんだ?

 そして高町なのはの次の発言は此処に居る全員の予想を斜め上に超えたものであった。

 

 

「私を貴方の弟子にして下さい!」

 

 

 恐らく此処に居る全員が「は?」と呟いてしまった事だろう。

 それぐらいまでに、高町なのはの提案は余りにも突拍子無いものだった。

 

「なのは! 何を言ってるんだ!?」

「待て待て、早まるなっ! 落ち着いて深呼吸するんだ!」

「なのはちゃん、そんな破滅的な自殺願望を抱いちゃうなんて駄目ですよ……!?」

 

 上から高町恭也、次にオレ、そしてエルヴィ……お前、『魔術師』の『使い魔』の癖にひでぇ言い草……。

 

「……朝から幻聴が聞こえたな。ふむ、寝不足かな?」

「嬢ちゃん、やめとけって。こんな性根の腐った『魔術師』から学ぶ事なんざ何も無いぞ。全力で反面教師にするぐらいだ」

 

 『魔術師』は自らの耳を疑い、ランサーさえ止めておけと忠告する始末だ。

 一体何がどうなって、高町なのはにそんな決断を下させたのか? 謎が深まるばかりである。

 

「私は、すずかちゃんに何も出来ませんでした」

「そうでもない。あの場で令呪を封印出来たのは君だけだ」

 

 その通りである。あの場に高町なのはがいなければ、月村すずかの生存は絶望的だった。彼女が居たからこそ、救える望みがあったのだ。

 それを悔やむ事は無いと思うのだが……。

 

「……違うんです。私が最初に遭遇した時にすずかちゃんを止められていれば、被害はもっと少なく済みました」

 

 それは結果論である。例えば、高町なのはが砲撃魔法を使い出した頃に交戦していれば、非殺傷設定での魔力ダメージで『魔力枯渇』が引き起こって、月村すずかを呆気無く殺害していたかもしれない。

 本当に、初戦で彼女とぶち当たったのはある意味幸運だったのかもしれない。それほど今回の一戦は綱渡りの連続だったと後から汗が流れる勢いである。

 

「――私は、今後同じような事があっても、対抗出来る力が欲しいのです……!」

 

 ……それは。思わず、口を塞ぐ。

 彼女が原作通りの成長をすれば、その願いはまず叶うだろう。

 彼女の才覚はそれを容易く叶える。

 でもそれは、今のこの街の状況に置いては――。

 

「――君は『魔導師』で、私は『魔術師』だ。図面上は一文字しか違わないが、『魔導師』は『リンカーコア』なる器官が先天的に必須であり、『魔術師』は『魔術回路』なる擬似神経が先天的に必要だ。似て非なる者と認識してくれれば良い」

 

 当然の事ながら『魔導師』と『魔術師』は違う人種だ。

 世界の法則が違うと言っても良い。魔法のような科学は未来を目指し、魔術は過去を目指す。間違っても交わる道にはいないのだ。

 

「更には君の『魔法』は魔法の域まで発展した科学技術であり、神秘・奇跡を再現する行為の総称である『魔術』とは真逆の技術系統だ。『魔術師』の私が『魔導師』の君を指導するなど筋違いも良い処だ」

 

 ――万が一、億が一の僥倖が重なって『魔術師』が高町なのはに指導する事があるとすれば、戦いに対する気構えを伝授するぐらいだろうか?

 それはそれで彼女が正史以上にやばくなりそうだが……。

 

「そして何よりも――君のような子供は、此方側に足を踏み入れてはならない」

 

 オレはそっと――『魔術師』が分別ある大人で良かったと一息吐く。

 原作から疑問に思ってきた事がある。それは九歳の少女に世界の命運を背負わせて良いのだろうか、と。

 アニメの都合上、他の大人は何も活躍出来なかったが、それでも一人の大人として子供に世界を背負わせるなんて不甲斐なさすぎるとは思っていた処だ。

 

「でも、私は――!」

「――君は、何になりたいんだい?」

 

 逆に『魔術師』は問い掛ける。その声は何処か優しげであった。

 

「――君は『英雄』になってはいけない。君の類稀な才能は君自身を容易にその境地まで辿り着かせるだろう。それで、どうする? 君は月村すずかを『殺害』して犠牲を最小限にしたかったのかい?」

 

 高町なのはの瞳が真ん丸になる。

 そう、例え全盛期の高町なのはが居たとしても、月村すずかに引導を渡す事は出来るが、救う事は決して出来なかっただろう。

 彼女に衛宮切嗣のような『正義』を行わせる訳にはいかない――。

 

「犠牲者の血で彩られた膨大な殺人劇こそ『英雄』の物語だ。此方側に足を踏み入れるというのはそういう事だ。綺麗事じゃ片付けられないから手を穢してでも片付けるんだ」

 

 『魔術師』は自身の手の平を見せびらかすように眼下に晒す。

 ――その手は膨大な血で穢れている。幾ら洗おうが、永遠に拭えるものではない。

 

「――君はね、此方の事情を必要以上に背負い込もうとしている。そんな必要な全く無いんだ。君は『高町なのは』のままで良い」

 

 原作では高町なのはしか対抗手段が無かった。

 でも、此処では違う。もう訳の解らないぐらいごった煮の魔都になっているが、それでも九歳の少女が身を削らなくてもいいほどの実力者が出揃っている。

 

「全てを忘れて、普段通りに暮らすが良い。偶にで良いから親孝行してやれ。隣にいる友人を慈しんでやれ。どれも私には出来なかった事ばかりだ」

 

 『魔術師』は羨むように語り聞かせ、高町なのはは何か言いたげに顔を上げ――館全体が揺れる!? 地震? いや、何か違う……!?

 『魔術師』の顔色は極めて悪くなる。あの常に余裕綽々の彼が……!

 

「――ッ! 外で迎撃しろ、ランサー! もう一発撃たれたら防御結界が破られるぞ……! 私も出陣するッ!」

 

 ランサーが霊体化して戦場に馳せ参じ、『魔術師』と『使い魔』がそれに続く。

 このまま『魔術工房』の強度を信じて此処に待機するか、また『魔術師』に協力してこの危機を乗り切るか――もう一発撃たれたらお陀仏らしいから後者しかねぇ!

 

「恭也さん、忍さん、なのはは此処に!」

「……な、え、秋瀬君は!?」

 

 動揺する高町なのはへの返答をせずにオレも玄関前を目指す。

 屋敷の廊下の調度品は落下して割れて散乱しており、今の敵対者の攻撃が予想外の一撃だった事を如実に示している。

 

 駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。辿り着く。

 スタンドを着用し、ステルスで隠れる。これなら視覚とは別手段で感知されない限り大丈夫だ。

 外に出る。ランサーは戦衣装で天を仰いでおり、『魔術師』と『使い魔』もまた立ち止まって見上げている? 敵は空にいるのかっ!

 

(まさか昨日の『銀星号』か!?)

 

 あれの重力操作による蹴りならば、屋敷を襲った衝撃ぐらい簡単に叩き出せるが――空を見上げる。其処には一人の白い少女が空中を舞っていた。

 

(なん、だと……!?)

 

 白い制服のようなバリアジャケットには、処々に蒼ではなく赤いラインが走っており――まるでパチもんの2Pカラーだ。

 トレードマークの茶髪のツインテールはそのままだが、両眼がとんでもなく邪悪に淀んでいた。

 

「――お久しぶりですね、師匠」

「お前のような凶悪な魔法少女を弟子にした覚えは現時点では無いがな。――『アーチャー』か? それとも『キャスター』か?」

 

 一体これは何の悪夢だろうか?

 何がどう間違って、この時代に、成長して全盛期を迎えた彼女が居るんだ――!?

 

「――此度の聖杯戦争では『アーチャー』として現界しています。師匠の持つ『聖杯』を頂きに参りました」

 

 そして英霊『高町なのは』はレイジングハートの穂先を『魔術師』に向け、にっこりと――今の彼女からは想像出来ないほど冒涜的で邪悪を孕んだ嘲笑を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16/愛の唄

 ――英霊とは何なのか。

 

「神話や伝説の中の『英雄』が死後祀られて『英霊』となる。一騎当千の武勇を持つ者、神算鬼謀の軍師、国を救済した聖女、民を騙した扇動者などが該当するか」

 

 ――どうやったら、英霊は生まれるの?

 

「偉業を成し遂げて人々から信仰されれば自然と祀り上げられるものさ。近代の戦争で『英霊』が生まれないのはその為だ。……『スツーカの悪魔』とか、そういう人外は知らない。知らないったら知らない」

 

 ――偉業を成し遂げる?

 

「何でも良いさ。それこそ類を見ない善行でも度し難いほど醜い悪行でもな。本来死すべき人々の生命を救うとか、竜退治をするとか――百万人虐殺すれば此方の意志とは関係無しに死後『英霊』として祀られるだろうよ」

 

 ――悪行でも『英霊』になれるの?

 

「反英霊と呼ばれる種類の『英雄』にだがな。度し難い悪行でも後世には悲劇の美談として語り継がれるものだ、人間という生き物はね」

 

 ――何故、こんな事を聞いたかって? ……。

 

「言いたくないならそれで良いさ。ロストロギア如きで次元世界が滅びるほどだ。此方側には『抑止力』が無いだろう。死後を代価に先払いの契約をする事は出来ないだろうし、『掃除人』に成り果てる事は無いだろう」

 

 ――また新しい専門用語……?

 

「興が向いたら説明するさ。今は必要あるまい。――英雄など自分から望んでなるものではない。勝手に成り果てるものさ。栄光と破滅は等しく約束されたもの。英雄が必要とされていない世界が正しいのさ」

 

 

 

 16/愛の唄

 

 

「――私から『聖杯』を奪うとな」

 

 ……それは、地獄の釜底から轟いたような末恐ろしい声だった。

 両肩の魔術刻印が赤く脈動し、『魔術師』を中心に二重の陣が地面に走る。

 今の『魔術師』は眼を瞑っているものの、激怒の貌を浮かべ、心臓を鷲掴みにされたかのような殺意を撒き散らしている。

 近くにいるだけで息苦しいのに、空中に魔法陣を展開して静止している『高町なのは』らしき少女は平然と受け流す。

 

(いや、何なんだこれは?)

 

 それどころか、頬を赤く染めて、うっとりと恍惚感みたいなものを浮かべている……!?

 一体どんな経緯を辿って、彼女は此処まで壊れているのだ――?

 

「この聖杯戦争は他のサーヴァントと交戦する価値は基本的に無いですから。貴方の持つ『聖杯』にのみ価値がある」

 

 そしてまた『聖杯』である。

 ……『魔術師』が持っていたのか、いや、それに対する『魔術師』の執着が異常極まりない。逆鱗に触れたかの如く勢いである。

 

(万能の願望機は彼の言では使い潰す者の手にしか渡らない。という事は彼は『聖杯』だろうと無意味に使い潰す――だが、この反応はおかしい。万能の願望機など欠片も必要としてないが、『聖杯』には彼が重要視する何らかの要素が含まれている?)

 

 其処まで推測したが、その正体が何であるのかはまるで解らない。

 しかし、この『高町なのは』の成れ果てである彼女は全て知っているようだ。彼女の言葉を全面的に信じるなら、信じられない事に未来において彼と師弟関係になったらしいし……?

 

「――理解して言っているよな『アーチャー』」

「ええ、その『聖杯』が貴方にとってどんな意味を持っているか、私は良く知っている」

「ふむ。よもや現在のマスターに配慮した結果ではあるまい?」

 

 マスター、彼女のマスターは恐らく『フェイト・テスタロッサ』しか在り得ない。

 聖杯戦争の事情を説明したのならば、プレシア・テスタロッサは『ジュエルシード』なんてあやふやなものよりも万能の願望機である『聖杯』を求めるだろう。

 

(となると、此処から更に『フェイト・テスタロッサ』と『アルフ』という戦力が投入される可能性があるのか……!?)

 

 一応周囲の風の流れを観測してみるが、居なさそうである。ただ、二人共空戦適正があるので、感知外の距離から強襲される可能性も視野に入れて置かなければならない。

 

「あら、もしかしたら私のマスターは『彼女』じゃないかもしれませんよ?」

「それこそまさかだ。『交換したリボン』が触媒か、いや、それでは若干縁が薄い。或いは――彼女が持っていた『ジュエルシード』三個か?」

 

 にやり、と高町なのはは笑った。

 

(……待て。このやり取りは何だ……!? 自身が召喚される可能性を高める為に、フェイトに配布された三つの『ジュエルシード』を死ぬまで持ち歩いたという事なのか……!?)

 

 とあると、彼女がフェイトに召喚されたのは単なる偶然ではなく、意図的に仕組まれた必然となる。

 明確で揺るぎない目的を持って、未来の『高町なのは』は此処に居る……?

 

「――解せぬな。此処で戦う限り、お前の勝機は無いぞ? 此処は我が領域、此方には『使い魔』もランサーも布陣している。何が目的だ?」

「愛すべき師と睦言を語らいに来た。それじゃ駄目ですか?」

「素晴らしい。最近の睦言とは対城級の砲撃魔法をぶち込んでから語らうものらしいな」

 

 皮肉の応酬――だが、自分には『魔術師』がこの場で戦端を開く事を躊躇しているように見える。

 彼女が自分の弟子ならば、手の内は全部見抜かれている事になる。手札が全部解っているのならば、勝機無くして彼女から仕掛けて来る事は絶対に在り得ない。

 

(ランサーの『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』ならば、幾ら堅牢な要塞じみた防御性能を誇る『高町なのは』でも容易に殺害出来る。それを知らぬ訳があるまい)

 

 更には地の利が『魔術師』にある以上、此処での戦闘行為はまさに無謀とも言える。

 ならばそれ以外の目的があるのか、本人の意志に反する何らかの縛り――『令呪』による強制力が働いているのか?

 

「……ご主人様、未来で『高町なのは』に何をしたんですか? 滅茶苦茶恨まれてません? つーか、純度100%のヤンデレですか?」

「さてな。あれがどんな未来を歩んでこうなったかは興味が尽きないが――現状では『敵』でしかないな」

 

 痺れを切らしたのは『魔術師』が先であり、領地に魔力の光が生じ、屋敷の方も何やら聞き慣れない音が鼓動する。

 屋敷の中に入らずとも、仕掛けは大量に設置されているようだ。対する『高町なのは』は――悲しげに顔を沈めた。

 

 

「――私を、見てくれないのですか?」

 

 

 ――空気が、変わる。

 

 燃え滾るような熱気が『魔術師』から生じ、周囲の空間を歪ませる陽炎が揺らめく。

 それは以前に冬川雪緒が忠告した、絶対に触れてはいけない事だったが――『魔術師』の戦闘者としての冷徹さは想像以上に強固だった。

 

「お前が見るに能うかは私が決める事だ」

「……そう、ですか」

 

 『高町なのは』は寂しそうに顔を曇らせる。

 何なんだろう、このやりとりは。アーカードの残骸を焼き尽くした『魔術師』の『魔眼』は見た対象を焼却死させるものと推測出来るが――『魔眼』の対抗策を持っている、とはどうも違う感じがするが……。

 

 とりあえず、どう動くか。そろそろ『ステルス』の持続に限界が――『高町なのは』は振り向きもせず、見えてない筈の此方を指差し、桃色の魔力光を容赦無く放った。

 

「――ッ!?」

 

 自分の一歩前に炸裂し、風圧だけで十数メートルはふっ飛ばして屋敷の壁に激突する。

 集中力が途切れて、『ステルス』が解けてしまった。

 

「――邪魔しないでね、秋瀬君。こういう無粋な行動は、馬に蹴られて地獄に落ちるんだっけ?」

「ぶ、物理的な意味で落ちかけたわ……!」

 

 ……此方の手の内を完全に把握されているというのは、こうもやり辛い事なのか。

 何らかの方法で把握されたのは間違い無い。サーチャーか何か撒かれていたのか?

 問題は、その精度。完全に把握されて手加減されたのか、殺す気で外れたのか。

 後者の確率が濃厚なのは気のせいだろうか? 背筋が凍り付く。彼らの戦いに介入する気力を失う。

 

 ――今の一撃は、間違い無く非殺傷設定だとか都合の良いものにはなってなかった。

 

「……え? わた、し?」

 

 玄関先から、声がする。高町なのはは見上げ、『高町なのは』は見下ろす。

 その時の『高町なのは』の表情は余りにも複雑であり、察し切れない。過去の自分に思う事は沢山あるだろうが――それも一瞬の事だった。

 

「――それじゃ、師匠。また今度逢いましょう。今度は邪魔の入らない場所でゆっくりと愛し合いましょう」

 

 『高町なのは』は『魔術師』に投げキッスをして、遥か彼方に飛翔する。この場で勝負を付けずに撤退した、のか?

 

「……もう、何だったのですかねぇご主人様。……?」

 

 緊張感を解いたエルヴィの一言に『魔術師』は相槌すら打たずに自らの思考に集中し、高町なのはは呆然と空を見上げる。

 数々の謎を残し、五騎目のサーヴァントである『アーチャー』との顔見合わせは終わり――混迷の聖杯戦争に一石を投じたのだった。

 

 

 

 

「フェイトちゃん、大丈夫?」

「アーチャー、アンタ……!」

 

 主の下に馳せ参じた『アーチャー』はのっけから彼女の使い魔に胸ぐらを掴まれ――『アーチャー』は家畜を見るような眼で見下す。

 

「そう怒らないでよ、アルフ。これでも魔力節約しているんだよ? 貯蔵量も全然足りないし。一発でガス欠になるのは流石に不便よねぇ」

「これ以上フェイトから魔力を吸い取ったらフェイトが死んじゃうよ!」

 

 此処は彼女等が隠れ潜むマンション、彼女のマスターであるフェイト・テスタロッサはベッドの上に眠っていた。

 それは安眠などとは程遠く、熱苦しく息切れし、酷く弱々しい有り様だった。

 

 ――魔力枯渇による意識不明、それが現在のフェイト・テスタロッサの正しい容態であった。

 

 『アーチャー』は必要以上にマスターから魔力を奪い取り、生かさず殺さずの状態まで絞り取り、彼女を行動不能に陥れていた。

 本家本元の魔術師ならばサーヴァントに配給する魔力程度は調整出来るだろうが、別系統の魔導師には酷な話である。

 

「そうだね、そうなったら私も現界に支障が出るから困るわね。予備のマスターは居ないし。やっぱり現地調達した方が手っ取り早いかな?」

 

 配給元が立たれて弱体化しているアルフの腕を振り払い、『アーチャー』はソファに腰掛けた。

 

「げ、現地調達って……!?」

「そのままの意味だけど? 十人ぐらい見繕って喰らえばフェイトちゃんも大分楽になると思うよ?」

「馬鹿言わないで! フェイトを人殺しにする気かい!?」

 

 アルフは今にも殴りかかりそうなぐらい激怒するも、『アーチャー』は余りにも普通過ぎる反応に逆に呆れ果てていた。

 この聖杯戦争に挑むに当たって、彼女達とは温度差がある。意識がまるで違うのだ。

 

「私が殺害した分もフェイトちゃんに加算されちゃうから、遅かれ早かれ人殺しの仲間入りだよ? むしろ無意味に散らすより、有効に使った方が有意義じゃない?」

「――ッ。鬼ババアも鬼ババアだけど、アンタはそれを上回る悪魔だよッ!」

 

 ――悪魔、悪鬼羅刹、魔王、虐殺者、鬼畜外道、残虐非道。

 どうしてこう自分に飛ぶ罵声はいつも在り来りなのだろうか? もっと気の利いた言葉は無いのか、『アーチャー』は残念に思う。

 

「今更だね。もう聞き飽きたわ、その陳腐な謳い文句」

 

 

 

 

 ――眼下に広がるのは無数の墓場、彼女と契約を結んだ歴代の主の墓標である。

 

 それらを前に、彼女は何を想っているだろうか。

 それは自分には解らない。自分もまた、この墓場に納まった一人であるし、最終的に彼女は永遠の伴侶である大十字九郎によって報われる事を知っている。

 

 この時点でこれが夢であり、此処が彼女の記憶である事を自然に気づく。

 サーヴァントとの契約下にある自分達には精神的にも繋がっており、記憶の流動があるとか無いとか。

 確かに目新しいと思えば目新しい。歴代の彼女の主の結末を垣間見るのは初めての体験である。

 

 ……まぁ、その度に自分と比較して落ち込む訳だが。あれ、オレ弱すぎじゃね……?

 

 そして最新の記憶に辿り着き、彼女は遂に大十字九郎に出逢う。

 感慨深い。一時は自分のせいで大十字九郎と必ず出逢う未来そのものが見えなかっただけに、謎の感動さえある始末だ。

 自分のせいで感動のフィナーレを迎える物語が瓦解してしまっては何に詫びたら良いだろうか? 神か? 仏か? あの世界の邪神にだけは勘弁だが。

 

 大十字九郎と契約を結び、ブラックロッジと戦い、一時は死んだが邪神の策略で復活し、彼と愛を育み――おっと、此処は十八歳未満禁止だ。というか、スキップモードは無いのか!? 次、アル・アジフと会った時、気まずいぞこれ……!

 

 そして迎える運命の一戦。世界を破壊しながら大十字九郎とアル・アジフが駆る『デモンベイン』とマスターテリオンとナコト写本が駆る『リベル・レギス』は死闘を繰り広げる。

 

 恐らくは億単位に渡って繰り返し、同じ数だけ敗れ去った螺旋迷路の最終地点、遂に『デモンベイン』は『リベル・レギス』と同じ境地まで辿り着き、彼等の鬼械神の死闘は永遠に決着が付かない千日手となる。――唯一つの手段を除いて。

 

 ――神話が具現化する。最早オレ程度の魔導師では理解の及ばぬ光景が繰り広げられる。

 

 全てはこの一瞬の為に繰り返された『クラインの壺』だった。

 あらゆる旧支配者、外なる神を宇宙ごと封印した窮極呪法兵葬『シャイニング・トラペゾヘドロン』を打ち砕く為にナイアルラトホテップが繰り返した千の永劫――。

 

 ――そして、世界に外なる神は解き放たれた。

 瞬く間に彼等は地球を蹂躙し、壊された、狂わされた、弄ばれた……!?

 

 ……検閲された記憶を取り戻せず、ナイアルラトホテップの策略に気づけなかった……!?

 ちょっと待て。これはアル・アジフの記憶の筈。このアル・アジフは――救いの無いバッドエンドを辿った彼女だと言うのか!?

 

 ――『魔を断つ剣』は砕かれ、大十字九郎とアル・アジフは魂ごと邪神に陵辱され――彼の主はひたすら『書』を探し歩いていた。

 

 それを、彼女は此処で見届けていた。

 無数の墓場で、何も出来ずに壊れ行く大十字九郎を見続けていた。

 

 彼はひたすら探し続けた。最早探し物が何であるのか、それすら判別出来ないぐらい壊され、精神的に狂い、記憶が全て摩耗しても探し続けて――いつも彼女の死を再体験して魂の底から絶叫する。

 それでも彼は探し続けた。既に終わった結末、彼の魂が朽ち果てるまで永劫に終わらない悪夢を、彼女は見続けていた――。

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああ――っ!?」

 

 絶叫する。無限の絶望が喉元まで駆け上がり、オレの精神を呆気無く蹂躙する。

 何だ、今のは。何だ、あの結末は! これがアル・アジフの末路だと言うのか。あれがオレが齎した最悪の未来だと言うのか!?

 あんな陵辱され尽くした世界が、全てが狂い果てて壊された世界が、狂ったフルートの音色が鳴り響く悍ましき世界が――!

 

「クロウ!? どうしたと言うのだ……!?」

 

 いつの間にか、誰かが、駆け寄って何かを喋っている。

 人、そうだ、普通の人――自分自身の顔を全力で殴り、その痛みで何とか我を取り戻す。

 今の自分の見える世界は汚濁されたものではない。何一つ穢されていない世界だと心底安堵する。

 

「はぁ、はぁっ、はあぁっ……!」

「クロウ、大丈夫か……?」

 

 アル・アジフは心配そうに此方の顔を伺う。

 いや、今、オレの心境を察しられるのは不味い。時間が欲しい、少しでも取り繕う時間が――。

 

「す、すまない、寝惚けた……水、水を、持ってきて来れねぇか?」

「お、おう、すぐ持って来よう」

 

 いつも傲岸不遜の彼女は今回ばかりは素直に従い――彼女を見送って大きな溜息を吐いた。

 此処に至って、シスターが何で武装の質問をさせたのか、図らずも解ってしまった。

 彼女は疑っていたのだ。あのアル・アジフがどんな末路を辿った彼女なのかを。

 

 オレは何も考えずにハッピーエンドに至った彼女だと思っていた。

 旧神ルートの彼女は本当に神なる存在になってしまうので、聖杯戦争の召喚の枠組みから外れてしまう。召喚出来るのは英霊級であって、神霊級は不可能というルールに。

 

 ――邪神の策略に気づき、無限螺旋を突破し、何もかも無かった事になった新世界で再び大十字九郎と巡り合った彼女だと勘違いしていた。いや、疑いもしなかった。

 

 程無くしてアル・アジフは水を淹れたコップを持ってくる。酷く慌てた様子が見て取れた。

 

「ああ、すまない。ありがとう……」

 

 彼女から受け取り、一気に喉に流し込む。

 冷たい水が身体中に広がり、少しだけ落ち着きを取り戻せたような気がする。

 

「どうしたのだ? クロウ」

「あ、はは。情けねぇ事に――『二回目』の死を夢見ちまってな。年甲斐も無く取り乱しちまった」

 

 咄嗟の誤魔化しの為にそんな嘘を言ってしまい、その場面を思い出して憂鬱になる。オレとしても二度と思い返したくない出来事だ。

 

 ――オレには『邪悪』に対抗出来ない。

 

 才能無きオレはアル・アジフの次のマスターを必死に探した。

 そして遂に探し当てて、彼女にアル・アジフを託し――奴等に捕まってしまった。

 奴等は新たなマスターを誘き寄せる為に、オレを公開処刑した。足の爪先から少しずつ捕食される最期を迎えるなんて、その時までは想像だに出来なかった。

 

(……全く、そんなのマブラヴの世界だけにしてくれよな)

 

 奴等は少しずつオレを壊しながら「命乞いをしろ、今すぐ新たなマスターに助けを求めるんだ」と嘲笑いながら脅迫した。

 苦しかった。痛かった。今すぐ楽になりたかった。だが、そんな願いは聞けなかった。最後までオレは「オレを無視してさっさと此処から逃げろ」と叫び続け、長い拷問の末に息絶えた。

 

「――すまぬ。妾はお前を、見捨てた」

 

 アル・アジフは今にも泣き崩れそうな顔になった。

 あの、傲岸不遜の彼女が、今ではそんな素振りさえ見当たらない。

 彼女がどんな思いでオレが壊れる様を見ていたのか、彼女の記憶を見る事で知る事が出来た。

 助けに行こうとする新たなマスターを、必死に止めてくれた。血を吐くような想いで、オレの託した想いを無駄にせずに遂げてくれた。

 

「何言ってんだ。辛気臭い事は無しだ。あそこで二人共喰われたら何もかもがおしまいだった。逆にあの場面で戻ってきたら、オレはお前を絶対に許さなかった」

 

 ぽんぽん、と泣き出しそうな彼女の頭を撫でる。それ以外に、慰める術をオレは知らない。

 

 ――オレ、なのだろうか?

 彼女を弱くし、大団円まで辿り着けなかった最大の原因はオレなのか……?

 

 もしも、そうならば、オレの存在は、喩えようのないほど害悪だった。

 これでは誰よりも邪神に利する存在だ。存在するべきでは無かったのだ、オレみたいな忌むべき異物は――。

 

「なぁ、アル・アジフ。これは最初に聞くべきだったんだが――お前が聖杯に託す祈り、まだ聞いてなかったな」

 

 ――びくり、と、アル・アジフは震える。

 彼女は泣き出しそうな童女のように、涙を堪え、同時に目の前のオレなんかに恐怖した。

 

「妾は、わら、わは……!」

 

 ――ああ、今すぐ自分自身を殺してやりたい衝動に駆られる。

 がらがらと、自分の中で何もかもが崩れ去る音が聞こえた。

 オレが、取り返しの付かない失敗を、完璧な彼女にさせてしまった。オレがいなければ彼女は間違わずに最良の未来に辿り着けた筈だ。

 

 一際甲高い破壊音が生じ、教会を激震させる。

 よりによって、こんな時に敵襲だと……!?

 

「話は後だ! 行くぞアル・アジフッ!」

「あ、あぁ!」

 

 中断し、オレ達は音の鳴った方へ走る。

 階段を三段ぐらい飛ばして走り、大聖堂に辿り着く。

 

 ――入り口は木っ端微塵に破壊され、それを行ったであろう魔人は悠々と待ち構えていた。

 

 それは深淵の闇より昏い、真っ黒尽くめの青年だった。

 人外の美麗さに瞳は狂ったように爛々と赤く輝いており、服には冒涜的な意匠がこれでもかと仕込まれている。何より特徴的なのは――。

 

(闇に浮かぶ、三つの燃え上がる眼――!? )

 

 身に纏う悍ましき魔性さは他に比類する者は無く、一瞬にして敵との力量差を思い知ってしまう。

 これはまずい。桁外れだ。過去に出遭ったどんな魔導師と比較しても、比較対象に成り得ない。

 

「こうして遭うのは初めてかな? クロウ・タイタス」

 

 まるで詠うように青年は口にし、礼儀正しく一礼する。

 寒気が走る。心が萎縮する。敵う訳が無いと、戦う前から解ってしまった。

 背後から誰かが駆けつけ、この侵入者を目撃する。

 シスターだ。彼女は忌々しげに睨みながら、あらん限りの敵意を込めて叫んだ。

 

「『這い寄る混沌』の『大導師』――!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17/再戦

 17/再戦

 

 

「――どういう事か、説明して貰おうか」

 

 屋敷に戻ったオレ達――というより、高町恭也はあのサーヴァントについて『魔術師』に問い詰める。

 あれから『魔術師』は考える素振りを見せて一言も喋っていない。不安そうに『魔術師』を見ている高町なのはに対しても一瞥もしないほど自身の思考に内没していた。

 高町恭也の苛立ちが頂点に達しようとした時、『魔術師』はエルヴィが用意したコーヒーを一口飲み、漸く此方に反応した。

 ……屋敷は洋式被れ、服装は和風被れ、飲み物はお茶やらコーヒーやら紅茶やら、節操無いんだなぁ。

 

「推測になるが、あれは平行世界の『高町なのは』の成れの果てだろう。どういう訳か私への弟子入りが成功し――私が早くに殺害された後の彼女だろうね」

 

 皮肉気に自嘲しながら『魔術師』は語る。

 何か思い当たる事が多数あったのか、あの会遇で得た『魔術師』の結論はオレ達の想像を超えるものであった。

 一体何を持って自身の死を察知したのか、疑問に思う点は皆も同じだった。

 

「――その根拠は?」

「あれに私を殺す気が無い事。その一点に尽きる」

 

 ……確かに、あの『高町なのは』――ああ、解り辛くてややこしい! アーチャーは敵対し、彼の持つ『聖杯』を奪う事を宣言したが、殺す意志は余り見られなかった。

 何方かというと、独占欲とかあるのでは無いだろうか? 高町恭也と本人の前では言い難いが。

 

「私は今まで一度だけ弟子を取った事がある。私より優秀な魔術師でな、神咲の魔術刻印を受け継ぐに相応しい人物だった。けれど、駄目だった。あれは最期にしくじりやがった」

 

 忌々しそうに口汚い口調で『魔術師』は吐き捨てる。

 神咲の魔術刻印を受け継ぐに相応しい人物? それはつまり、後継者、二回目の世界における彼の血族だろうか? それとこれがどう話に結び付くのだ……?

 

「私が弟子に与える最後の課題を、あの『高町なのは』は知らない。ならば、あれの生きた平行世界での私は不慮な事態で早死したと推測するのが妥当だろう」

 

 近い将来に『魔術師』が死去する。まるで現実味の無い話である。

 この誰よりも悪どく、しぶとそうな人物が誰かに殺される? 殺しても死にそうにないのにか?

 という事は、あのアーチャーはその未来から、何らかの強烈な動機を持って聖杯戦争のサーヴァントとして召喚されるという万が一にも等しい確率に賭けて此処に居るというのか……?

 

「あれの明確な目的までは流石の私も掴めていない。お陰で迂闊に動けなくなった」

 

 ……『魔術師』は若干苛立った口調で語る。

 迂闊に動けなくなった、それはその場に置ける最善手を打てば、間違い無くアーチャーに読まれて横合いから最高のタイミングで叩き込まれるという事か。

 

 ――ただ、問題としてはアーチャー陣営にある。

 

 『魔術工房』に篭った『魔術師』陣営に対しては幾ら彼女でも勝負にならないだろう。ならば『魔術工房』から出た瞬間を狙うのか?

 その場合でも『魔術師』に『使い魔』、ランサーを相手にする事になり、アーチャーの陣営ではフェイト・テスタロッサとアルフが協力しても天秤は傾かない。

 アーチャーにはその戦力差を覆す『一手』が必要となり、『魔術師』本人もその『一手』が何なのか、掴めないでいるという訳か。

 

(……ん?)

 

 あれこれ考えていると、高町恭也は鬼気迫った表情で『魔術師』を睨み、高町なのはの盾になるように一歩前に出る。

 『魔術師』は高町恭也の危惧に思い当たりがあったようだ。

 

「……言っておくが、此処に居る高町なのはとアーチャーの『高町なのは』は別人だ。君の妹を今殺した処であの『高町なのは』に影響は無い。起源を同じくして別の道を歩んだ者に過ぎないからな」

 

 衛宮士郎と第五次のアーチャーの関係がまさにそれだ。

 既に確定している未来がいる中、過去がどうなろうと未来の存在は変わらない。とうの本人が過去の自分を殺そうとすれば、夥しい矛盾が生じてどうにかなってしまうかもしれないが。

 まさかアーチャー、彼女自身がそんな破滅的な願望を抱いているとは考え辛いが――。

 

「……その最後の課題とは、何でしょうか……?」

「聞きたいのかい? そうだね、弟子にする予定の無い君になら聞かせても――」

 

 喜んで聞かせようとした『魔術師』の様子に、高町なのはは咄嗟に両耳を塞いで「あーあー!」と断固拒否の構えに出る。

 その様子に、高町恭也は未だに弟子になるという無謀な願望を諦めてないのかと深々と溜息を吐いたのだった。

 恐らく意固地になった彼女を説得出来るのは貴方だけなので、頑張って下さいなと心からの応援を送るのだった。

 「面倒事には断固関わらぬ!」という事でもあったが――。

 

 

 

 

『――で、どうしたん? 私達を呼び出すほどの厄介事とはワクワクするねぇ』

『まだ地球に到着していないのに問題発生したのか? 先行き不安だ……』

 

 此処はアースラにおいて私以外進入禁止の通信室、いつもの黒幕会議のメンバーと交信出来て秘匿性が保たれる最新鋭の設備を、彼らが用意した空間である。

 

 今日の欠席は大将閣下です。教皇猊下も引き続きお休みです。

 

 これとか特別な権力を握らされたお陰で船内の空気は最悪なんですけどねぇ。私の場違い感が物凄いです。皆、白い目で見て会話とか成り立たないし。

 

「えーとですね、地球に居る筈のユーノ・スクライアを保護しました」

 

 今日の本題はこれである。ちなみに怪我とか一切してなかったけど、SAN値が直葬したのか、錯乱状態でヤバいので強制的に眠って貰っています。

 

『は?』

 

 そのご反応は最もである。私だって「何で此処に居るの?」って最初驚いた。

 高町なのはにレイジングハートを渡したようだが、サポート役を放棄して何で此処に来たのやら。

 

『……何でまた? 『アースラ』が地球に到着するまで結構掛かるのに?』

「えとですね、何か酷く錯乱していて要領を得ないんですけど、要約すると地球の危険性が管理局の想定をはるかに上回るから早くて来てくれぇーって処ですかね?」

 

 彼が暴れ狂う度に鎮痛剤を消費し、落ち着いた次の日に事情聴取という具合である。

 

『なのは置いてきて私達に助け求めに来たの?』

「はい、現地で協力してくれた女の子は多分死んだとか。意味不明な供述をしてます」

『いやいや、幾ら何でもあの主人公様がそう簡単には死なないっしょ』

 

 幾ら『聖杯戦争』が始まっていても、彼女なら下手なサーヴァントより丈夫そうだから何やかんや言って生き残ってそうだが、ユーノがいなくなったせいで生存率が下がったのがかなり影響しそうである。

 

『……この事態をどう思う?』

『まずいっしょ。見捨てておいて私達に助けを求めた、なんて第一印象最悪でしょ? ぶっちゃけ今のユーノ・スクライアに利用価値なんて無いね』

 

 管理局は正義の使者でなければ意味が無い。

 ユーノが一緒ならば初対面での説得は容易いが、他の者の入れ知恵、特に『魔術師』だった場合は最悪だが、そういう勢力の介入があれば此方もやり辛くなる。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサを管理局入りする道筋は、遥か彼方に消え去ってしまったような気がします。

 

『高町なのはが生存していて、尚且つジュエルシードも保持していなければ、我々との関係は完全に潰えるな。原作に介入しようが無い』

『お、珍しくまともな事を言うじゃん』

『何で儂がいつも的外れな事を言っているように思っとんじゃ貴様は!』

 

 珍しく太っちょの中将閣下がまともな事を仰っておられる。

 本当に珍しい事もあるものだと、私は感心します。

 

「ところで、地球の情勢とかは何か入ってきてます?」

『えーとね、此方の最新情報は月村すずかがバーサーカーの主で、最初に脱落したって事ぐらいかな』

「あらら。原作でも二次創作でも目立たないすずかちゃんが、ですか?」

 

 アリサ・バニングスは何かと優遇されて目立っている印象だが、彼女の方は『夜の一族ぽ』(何故か出会って間もないのに吸血鬼である事をカミングアウト、オリ主は「そんなの気にしないよ」で速攻惚れる最速フラグ立てのテンプレ)でちょろくて出番少ないイメージですが。

 

『そうだね、小説にしたら一冊書けるような壮大なストーリーだったらしいよー。現地工作員が言うには。私はアリサ派だから興味無いけど』

『身も蓋も無いなぁこの小娘はっ!』

『ありゃ? まさかのすずか派?』

 

 何か上の人達は別の理由で派閥争いをしそうな勢いです。

 ちなみに私はなのは派です。今から出逢うのが楽しみで仕方ありません。でもスターライトブレイカーを食らってお友達になるフラグはいらないです。

 

『とりあえず、フェイトとか介入し出したらババーンと行こう。その頃には聖杯戦争も終わっているか落ち着いているっしょ』

 

 だと良いのですが、と私は大きな溜息を吐きます。

 ユーノ君が普通の状態ならば、情報源として大いに役立てたのに、残念でなりません。

 

 

 

 

「うむ、彼女の紹介通り『這い寄る混沌』の『大導師』だ。生憎と他に名乗れる名は持っておらぬのでな、適当に呼んでくれ」

 

 黒の魔人は教会の大聖堂にて冒涜的なまでの邪悪を撒き散らす。

 神聖不可侵の教会が、彼一人の存在で穢され、腐臭漂う闇の気配が充満する。

 

「さて、私の要求は一つだ。我等が神の計画の成就の為――『アル・アジフ』を頂戴しに参った」

「……お前は、まだ諦めてないのですか……!」

 

 シスターは叫ぶ。去年の十二月、互いに絶えず争う大勢力は総出で『這い寄る混沌』の殲滅の為に結託し、実行した。

 彼等は『外なる神』の脅威に晒されていないこの世界に、怖気の走る邪神どもを導こうとした。

 生贄の祭壇に生贄を添え、魂さえ汚染させる悍ましき儀式を執り行った。

 幹部と信者共々皆殺しにして全てを台無しにしてやったが――大導師である彼を取り逃がしてしまった。

 それが十二月の事件の顛末である。

 

「諦める訳が無いだろう。たかが一回二回の失敗如きで私の信仰心を打ち砕けるとも? 例え百万回阻止されようが私は成功するまで挑み続けるさ」

 

 この魔人は誇らしげに宣言する。それだけで彼が人の形をした何かである事を、クロウは悟った。

 これの主義主張など聞く余地も無い。これは紛れも無く、人類の怨敵であると――。

 

「正気か、テメェ……!」

「正気だとも。狂いたくても狂えない性質でな、此処が割りと悩み処なのだが」

 

 真顔でそんな事を言い、困った風な素振りを見せる。

 その直後、教会の椅子の影に隠れ潜んでいた信徒達が銃を構えて、総出で黒き魔人を一方的に射撃する。

 魔人は身動き一つすらしない。銃弾は彼の身体に届く前に無意識下で発動している防御陣に遮られ、床に転がっていく。

 

「クロウちゃん、その狂人の言葉など耳を傾けないでっ!」

 

 三条の光が走り、魔人の前に展開された幾千幾万の魔術文字と衝突し、火花を撒き散らして鬩ぎ合う。

 この間、狂信者に繰り出して無造作に生命を刈り取った『豊穣神の剣』は、魔人の守護を突破出来ずに光を散らす。

 

「無粋よのう『禁書目録(インデックス)』。我が宿敵達との語らいの最中だと言うのに邪魔立てするか」

「――『聖ジョージの聖域』を即時発動――!」

 

 戯言など聞かぬ、と、両の瞳に血の魔法陣を浮かべたシスターは自身の持つ十万三千冊の知識の結晶であり、最大火力である『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』を発動させる。

 宇宙まで優に届く破滅の光を前に、さしもの魔人もその場に踏み留まれず、防御魔術を展開しながら教会の外まで押し出される。だが、それだけだった。

 

「――っ!?」

「何を驚いている。我が『魔導書』が我が手の内に戻ったのだ。これぐらいの魔術、防げて当然であろう。『背徳の獣』殿よりは弱いと自負するがな、それでもこの身は一介の魔導師以上なのは確かだ」

 

 事もあろうに、この黒き魔人は単なる基本魔術、自身の眼下に障壁を張る防御魔術で『竜王の殺息』を防ぎ切っている。

 以前の彼ならば、十分殺傷出来る規模だった。やはりこの魔人は、かつて自身が保有していた『魔導書』をサーヴァントとして呼び戻している――!

 

「とは言え、流石に『禁書目録』に好き勝手されるのは面倒だ。早々に退場して貰おう」

 

 そして黒い魔人が何もない空間から取り出したのは十字架じみた黄金の剣であり――明らかに二十数メートルはあるであろう間合いから振り抜き、生じた斬撃は『竜王の殺息』による破滅の光を両断して術式を展開中のシスターをも切り裂いて――聖堂の奥深くまで吹き飛ばした。

 

「シスター!?」

 

 シスターからの反応は無い。すぐに駆け寄りたい衝動に駆られ、即座に押し留める。

 

(シスターの服は絶対の防御力を備えた『歩く教会』だ。あれで致命打になったとは考え辛い。それよりもコイツから目を離す方が数万倍もヤバい……!)

 

 今、あれから眼を離せば間違い無く殺される。そんな予感がクロウの脳裏を支配していた。その予感は確信の域となり――クロウは教会を出て、わざわざ待ち侘びる魔人を迎撃しに行く。

 

「お待たせしたな、クロウ・タイタス。アル・アジフ。さあ我が神の供物になる前に見せてくれ。最強の魔導書よ。無限螺旋を突破した力の片鱗を、『聖書の獣』、『マスターテリオン』を超えたその力を――!」

 

 神を冒涜する十字架の剣を片手に持つ魔人は「――来い」と静かに嘲笑った。

 

「ムーアの無敵の印において、力を与えよ! バルザイの偃月刀ッ!」

 

 剣には剣を、クロウは魔術師の杖でもある異形の大剣を鍛造し、魔力を通して灼熱の刃とし、翼にありったけの魔力を注ぎ込んで――爆発的に飛翔する。

 最速で魔人の間合いに侵略し、その一刀を全身全霊を籠めて叩き込む。

 

「……ぐっ!?」

「ふむ?」

 

 ――迎え撃つは魔人の十字架の剣。

 二つの剣が衝突する度に、斬撃の衝撃波がクロウの肉体を無情に引き裂く。

 ただ打ち合うだけで、斬撃の余波がクロウを切り刻む。――まるで勝負にすらなってなかった。

 

「クロウ!?」

「そんなものか? 斬撃の余波すら相殺出来ないとは。幾らマスターが酷くても、この程度に過ぎないのか? アル・アジフ」

 

 魔人は困惑しながら、失望の表情を浮かべる。

 こんなものでは無かった筈だと、目の前の相手を顧みずに訝しむ。

 その油断しきった隙に、クロウはバルザイの偃月刀で斬り込むが、受け止められただけで此方の肉が逆に切り裂かれる。

 

「……っ!?」

 

 剣戟では此方が切り刻まれるだけだとクロウは瞬時に悟り、距離を離してバルザイの偃月刀を投擲する。

 回転する刃は飛翔し、獰猛に疾駆する。魔人は溜息吐いて十字架の剣を片手上段に構え、一息をもって真っ二つに斬り捨てた。

 自分のすぐ脇を衝撃波が通り、教会に凄まじい切り口が生じた。

 

「まさか記述が欠け落ちているのか? 不完全な状態で召喚されたのか?」

「――いえ、あれは『マスター』を破ったという『アル・アジフ』ではない」

 

 突如、魔人とは別の、女性の声が鳴り響いた。

 

「おや、君から話しかけてくるとは珍しい。しかし、それはどういう事だ?」

「あの『アル・アジフ』は『マスター』に敗れ――己のマスターを地獄に落とし、運命に敗れた負け犬よ」

 

 不可解の一言に尽きた。

 探せども女性の姿は無く、されども、己のページを術者であるクロウの全強化に当て、肩でミニマムサイズになっていたアル・アジフは驚愕の眼をもって魔人を睨んだ。

 彼女にはその声に聞き覚えがあった。言い様の無い恐怖と共に、最強の魔導書は慄く。

 

「……『ナコト写本』――?」

「ええ、やっぱりあの『アル・アジフ』なのね。――無様ね」

 

 勝ち誇るようにその声の主は嘲笑い――アル・アジフは肩でかたかた震える。

 

「馬鹿な、何故汝がその男の手に……!?」

 

 ナコト写本――それは人類最古の魔導書であり、彼女達の怨敵であるマスターテリオンの魔導書の精霊である。

 それがこの魔人が召喚したサーヴァント。だが、それでは矛盾する。

 あの魔人は自身の魔導書を取り戻したと言った。それがマスターテリオンの魔導書である『ナコト写本』では矛盾するが――。

 

「――囀るか、アル・アジフ。私の『マスター』はこの宇宙に唯一人のみ。あの御方以外在り得ない」

「やれやれ、『マスター』に此処まで尽くすとは何処までも健気だな、君も。いや、もう狂気の領域だよ」

 

 魔人は呆れたような顔を浮かべる。

 そして呆然とする此方に対して一つ注釈を加えた。

 

「何て事も無い。我が神が千の永劫を費やして『マスターテリオン』を完成させる以前は私の所有物だった、というだけの事だ」

 

 空間を歪ませるような殺意が生じる。

 それは紛れもなく、この場に姿さえ現していない『ナコト写本』であり、彼女は己のマスターに殺意を撒き散らしていた。

 

「全く君は強情だな。令呪を三画費やして私の命令を聞くようにお願いしたのに、まだ逆らえるなんて」

 

 

 

 

(――勝てない)

 

 斬り掛かった自分が勝手に傷付いて大打撃という始末。

 強さの次元がまるで違う。敵は未だに本気になっておらず、此方は全力でその有り様――勝機など万が一も無かった。

 

(鬼械神なら一矢報いられるか……?)

 

 それを使う事はクロウにとって確実な死を意味する。

 最高位の鬼械神は最高の性能を誇るが故に魔力を多分に喰らう術者殺しであり、クロウ程度の魔術師では動かすだけでも常に生命を削るしかあるまい。

 今更自身の死など厭わないが、例え鬼械神での戦闘になっても力の差は縮まらない処か、開く一方ではという懸念が胸の内に絶望を撒き散らす。

 『ナコト写本』の鬼械神は、間違い無く『リベル・レギス』だ。あの最強の赤い鬼神が相手で、自分は一体何秒持つだろうかという次元だろう。

 

(マスターとサーヴァントの仲は幸いな事に最悪だろうが、ナコト写本にとって明確な怨敵であるアル・アジフの存在が彼女を容赦無く本気にさせるだろう)

 

 突破口を見出せない。このままでは成す術も無く確実に敗北する。

 

(どうする? どうするどうするどうする……! このままでは――)

 

 ――脳裏に八神はやての顔が過ぎる。

 自分がこのまま敗北すれば、教会の者も皆殺しにされるだろう。そうなった場合、はやてが見逃される可能性は……?

 

(……っ、何が何でも此処でコイツを仕留めるしかねぇ! でも、何か手段は!? 策は!? ああ、くそ、全然思いつかねぇ……!)

 

 余裕を扱いて無駄に自身の魔導書と言い争っている内に何か――教会の方から何か光が生じ、言い争う魔人とナコト写本を炎の業火に包まれた。

 

「クロウちゃん、アイオーンを招喚して! 私もバックアップに回るから!」

 

 復帰した直後に、シスターは必死に叫ぶ。傷らしい傷もなく、『歩く教会』が上手く衝撃を散らしたと見える。

 そのバックアップという意味を理解出来なかったが、オレと違って彼女は聡明だ。自分自身の力量は信じられないが、シスターを信じて誓いの聖句を唱える。

 

「――永劫(アイオーン)! 時の歯車、断罪の刃、久遠の果てより来たる虚無」

 

 これは自分にとって死のトリガー、破滅を約束された聖句は辞世の句と同じようなものだ。毎度ながら気が滅入る。

 前の世界では奇跡的に生き延びられたが、今回は自滅するまでもなく討ち取られる可能性が大きい。

 だが、構うものか。オレは守りたい者の為にこの力を振るう。その代償が死ならば、まだ安いものだ――!

 

「――永劫(アイオーン)! 汝より逃れ得るものはなく、汝が触れしものは死すらも死せん!」

 

 生命を燃やして、アル・アジフが誇る最高位の鬼械神(デウスマキナ)を招喚する。

 50メートルの機械の神が、この世界に顕現する。自分の身体がページのように崩れ、鬼械神の中に転移される。

 

 ――歯を喰い縛って、覚悟する。

 アイオーンは魔力が足りなければ容赦無く術者から生命力を削り取って出力を捻り出す鬼械神だ。今の自分では何処まで持つやら――。

 

「あれ? 負担が、妙に軽い……?」

「私がいるからだよ、クロウちゃん」

 

 操縦席の下を見下ろせば、いつの間にかシスターが其処に座っていた。アル・アジフの席の他にもう一ついつの間にか増設されている……!?

 バックアップするというのはそういう事だったのか……!?

 

「な、シスター大丈夫なのか!?」

「平気平気、作品系統は違っても魔力配給出来るようで助かったわ」

 

 シスターは少し疲労感を漂わせて、されども笑顔で答えた。

 自分自身が情けなくなるが、今は戦闘にのみ集中しよう。連中もまた自分の鬼械神を招喚した処だ。

 赤い鬼械神――予想通り、最高位の鬼械神であるアイオーンに匹敵する処か、凌駕しかねない『リベル・レギス』である。

 

「アル・アジフ、私の魔術を対鬼械神用に最演算して放つ事は可能ですか? 不可能とは言わせませんが」

「……業腹だが、仕方あるまい。アレンジする毎に少しだけ時間を必要とする」

 

 なるほど。その手があったか。シスターの繰り出す魔術を鬼械神用に再構築して放てば――リベル・レギスの打倒さえ不可能では無いかもしれない。

 希望が見えた。一筋に過ぎない光明だが、それで十分だ。其処目掛けて突っ走るのみである――!

 

 

 

 

「くく、あはははは――!」

「これはこれは、随分とご機嫌だな、ナコト写本。しかし『アイオーン』か。『デモンベイン』が相手だと思っていたが――」

 

 ナコト写本は狂ったように嘲笑い、魔人は少しだけ拍子抜けする。

 確かにアイオーンは最高位の鬼械神だが、あの才能不足の術者が存分に操れるとはとても思えない。

 これなら最弱無敵の鬼械神である『デモンベイン』の方がまだマシに戦えるだろう。大半が科学技術で出来ている神の模造品である鬼械神の更に模造品のジャンクは基本性能が低いが、その分、魔力消費が少なく、術者に優しい。

 人間の為の鬼械神と称するに相応しい機体性能だと魔人自身も認めるが――。

 

「アル・アジフの鬼械神は『マスター』が完全破壊している。その『機械仕掛けの神(デウス・エキス・マキナ)』は一体何なのかしら?」

 

 

 ――永遠に消失した鬼械神を、彼女は如何なる法則をもって取り戻したのだろうか。

 破滅の足音は、静かにその瞬間を待ち侘びていた。

 

 

「――アル・アジフ、貴女は最高の道化よ」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18/神の悪戯

 

 

 

「――おやおや、面白い事態になっているね」

 

 壊れかけの玩具に起こった新たな劇的な変化に、彼女は興味深く思った。

 

 ――異世界の導き、七人七騎の聖杯戦争。この玩具が『万能の願望機』を求めるなど、かつての誇り高き『彼女』では在り得ない事態だった。

 

 その理由は何とも愛らしい。永遠に囚われた伴侶を消滅させて解放する為に、泡沫の奇跡を願う。

 実に彼女好みの破綻した願望だった。愛する者の為に愛する者の消去を願う。

 たかが杯如きに邪神が齎した終末を覆す事は不可能だ。それ故に彼の完全消滅を願う――この芳しき矛盾が『愛』でなくて何だという?

 

「でも、今の君には鬼械神が無い。それではもう一人のクロウ君が可哀想だねぇ」

 

 あの世界には懐かしの玩具もいる。あれが召喚したのは『ナコト写本』であり、このままの彼女ではアンフェアだった。

 鬼械神を招喚出来ずに鬼械神に叩き潰されるなど、興醒めも良い処。これでは読者を楽しませる事など出来ない。

 一流のエンターテイメントとして場を盛り上げる為には、一工夫必要である。

 

「用意してあげたよ。君の為に、僕の一部を貸し出してあげよう。遠慮する事は無い。この記憶は検閲しておいてあげるよ」

 

 準備は整った。後は手を下さずとも『彼女』自身が穢れ無き世界を邪悪に染め上げる。

 大十字九郎のいない君が何処まで足掻けるのか、見ものである。

 

「さぁ、新たな世界に混沌を齎すが良い。それが君に相応しい君の役目だ、アル・アジフ――」

 

 

 18/神の悪戯

 

 

「……す、凄い……!」

 

 ――天に二条の巨大な流星が駆ける。

 白銀の流星と、真紅の流星。互いに滅技を繰り出しながら二重螺旋を紡いで天に昇っていく。

 

「白い方がクロウ兄ちゃんのかな……!?」

 

 紅い鬼械神が黄金の十字架の剣を振るい、銀の鬼械神が異形の大剣を振るい、十撃百撃千撃と、不可視の速度で打ち合っていく。

 一際強烈に衝突し、二つの鬼械神は吹き飛ばされて距離が開く。

 互いに装甲に夥しい損傷があったが、二機とも光が生じたと同時に復元し――紅い鬼械神は弓に幾十の矢を装填し、銀の鬼械神はその背に『水晶を削って作ったような鋭く荒削りな翼』を展開し、ほぼ同時に撃ち放つ。

 

 ――彼等の戦場が地上ならば再起不能になりかねない破壊の権化が天で衝突する。

 

「ひゃあっ!?」

 

 地上に居る八神はやてまでもその余波に煽られ、危うく車椅子から転落する事態になる処だった。

 生身の勝負では圧倒されていたが、鬼械神の勝負ではまさに互角だった。それは贔屓目で見ても、そう思えるほど実力が伯仲していた。

 

「クロウ兄ちゃん、アルちゃん、シスター……」

 

 もしも、この勝負に明確な決着を付ける要素が有り得るとしたら、それは人の理ではなく、天の理に違いない――。

 

 

 

 

「……行ける!」

 

 シスターの魔術を再構築して繰り出した『水翼』が『リベル・レギス』の弓に打ち勝ち、かの鬼械神に無視出来ない損傷を与えた。

 これで相手が『マスターテリオン』ならば瞬時に復元機能が作動し、永遠に死闘を継続させられるだろうが、有限の魔力しかない人間の魔導師ならば魔力不足による息切れが当然生じる。

 

(――クロウはまだ消耗していない。小娘の方にも余裕がある。妾とて同じ……何か、何かが、おかしい?)

 

 幾らシスターが手助けしていると言っても、彼女の持つ鬼械神は最悪なまでに術者殺し、クロウが戦闘を継続出来ている事そのものが奇跡に等しい。

 

「畳み掛ける! バルザイの偃月刀ッ!」

 

 背部の飛行ユニットであるシャンタクに魔力を配給し、アイオーンは飛翔する。

 その速度足るや、安定性足るや、一流の術者が駆るに相応しい所業であり――言い知れぬ不安を、アル・アジフに抱かせた。

 

『っ、やるな、アル・アジフの主め――ン・カイの闇よ!』

 

 未だに体制を整えていないリベル・レギスの掌から十の重力弾が放たれる。

 いずれも直撃すれば全壊は免れない致死の一撃――。

 

「クロウ! 当たれば持ってかれるぞ!」

「へっ、そんなのろのろのへなちょこ玉、当たるかよっ!」

「避け損ねた分は私が何とかします! 突っ込んじゃえ、クロウちゃん!」

 

 回避行動を取らず、真正面から挑む。

 躱し躱し躱し躱し、防御陣を展開して一発相殺、残りを術理を瞬時に解析したシスターが解いて霧散させる。

 バルザイの偃月刀を振るい、リベル・レギスは正面に防御陣を展開。だが、この程度の守備など――!?

 

『ABRAHADABRA(死に雷の洗礼を)』

 

 防御陣に拮抗した一瞬を狙ってバルザイの偃月刀を掴み取り、自滅覚悟で放った白い電撃――此方の剣を破砕し、本体にも夥しい損傷を与えた。

 

「ぐおおぉっ! や、野郎、正気か!?」

「元々アレに正気なんて欠片も無いよ、クロウちゃん」

「っ、だが、向こうも痛手だッ!」

 

 此方は武装の一つを失ったが、向こうとて無傷ではない。バルザイの偃月刀を掴んで術式を展開させた左腕は根本から吹き飛んでおり、再生する事無く火花を散らしている。

 此方の全体に電撃を浴びて装甲が所々亀裂が入っているが、即座に復元機能が働き――我が鬼械神の異常を目の当たりにし、言葉が出なくなる。

 

(アイオーンにも自動復元機能は備わっているが、此処まで高速に機能しない――あの小娘の仕業か? 否、そんな術式は検出されていなかった……?!)

 

 まさか術者であるクロウに負担を強いているのでは――振り向いた先のクロウには先程のダメージの余韻が残っていたが、気力に満ち溢れている。

 

 ……何かが、おかしい。致命的なまでに、何かが――。

 

『くく、あはは。はははははははは――!』

 

 リベル・レギスからはち切れんばかりの哄笑が鳴り響く。あの黒き魔人からだ。

 これと言って仕掛けてこず、損傷を見る限り限界が近いのだろう。それなのに関わらず、あの魔人は笑う事を優先した。

 

「遂に脳味噌まで逝っちまったか?」

『おお、神よ! 我が神よ! 其処に居られたのですかッ!』

「はぁ?」

 

 神だと? 一体何の事を――その瞬間、かちりと、鍵が掛けられていた記憶の封が解ける――。

 

 リベル・レギスによって引導を渡され、空から墜落し、消え果てるアイオーン。

 完膚無きまでに破壊されたからこそ、彼女は新たな鬼械神を必要とし、運命に導かれるままに『デモンベイン』と出逢ったのだ。

 

(……妾の鬼械神『アイオーン』は『マスターテリオン』に破壊された。ならばこれは、これは一体何だ?)

 

 即座に自身の鬼械神に精密なチェックを施し、エラーが生じる。

 その一つのエラーは即座に増殖し、コックピットが異常知らせる赤いアラートで埋め尽くされ、機体制御を何者かに奪われる。

 

「っ、何をされた!?」

「アル・アジフッ! これは、これは一体何なんですかッ!?」

 

 検閲されていた記憶が、アル・アジフの記憶が次々と蘇る。

 あの全知全能の邪神が、別の世界に召喚される彼女に気づかない筈が無かった。

 

『――『魔を断つ刃』も地に堕ちたものね。まだ解らないの? 驚嘆すべき愚鈍さ。自分の駆る鬼械神が『神の模造品』などでは無い事に、まだ気づいてないの――?』

 

 ナコト写本は冷然と嘲笑する。

 そして機体内部に浮かび上がる、燃ゆる三つの眼――。

 

「ナイアルラトホテップ……!?」

 

 鬼械神は神を模した模造品であり、これの正体は神様そのものだった。

 千の化身、無貌の神、這い寄る混沌、このアイオーンはかの邪神の化身の一つ――。

 

『――堕ちろ』

 

 ボロボロの状態のリベル・レギスは駆ける。

 無限熱量を対象に叩き込む、『デモンベイン』の第一近接昇華呪法『レムリア・インパクト』に匹敵する絶対零度の冷気を籠めた手刀を繰り出して――。

 

『ハイパーポリア・ゼロドライブ――!』

 

 必滅の奥義はその名に違えず極まり――白銀の流星は本史と変わらずに地に墜落した。

 

 

 

 

 

「私も精進が足りないな。我が神の手助け無しで勝利は得られなかったとは」

 

 墜落したアイオーンの胸部装甲を切り開き、コックピットを露出させる。

 黒い魔人はリベル・レギスから抜け出し、アイオーンだったもののコックピットに入り、目的の魔導書の生存を確かめ、彼女の髪を鷲掴みにして眼下に引き摺り出す。

 

「――っ、ぁ……」

 

 絶望を識った彼女は、脆く柔く、もう既に眼が死んでいた。

 彼の知っている本来の彼女ならば、此処で手痛い反撃が来る処だが――その気力さえ無い様子に彼は失望する。

 

「それでは約定通り、アル・アジフを貰い受けよう」

 

 だが、それでも彼女が最高位の魔導書である事には変わりあるまい。

 彼の信仰する神の為の計画において必要な駒であり、生贄である。

 

「っ、待、て……!」

「殺しはしない。君はアル・アジフの現界の為に必要不可欠な存在だからね。――この彼女を呼んでなければ、或いは君は私を打倒し得た」

 

 瀕死のクロウが必死の想いで呟いた言葉を、魔人は振り向かずに最高級の賛美を送り、抵抗一つすらしないアル・アジフを連れてリベル・レギスに帰還する。

 紅い鬼械神は何処かに消え去り――アイオーンの殻を被った何かは消え果てる。敗北したクロウ・タイタスは無念と共に意識を失った――。

 

 

 

 

「……なのはちゃん、ごめんなさい……!」

「すずかちゃんが無事で良かった。ちょっと、痛かったけどね。にゃはは」

 

 月村すずかが眠る寝室にお見舞いに行き、高町なのははやっと彼女と普通に会話を交わした。

 

 ――あれから、アーチャーの襲来を警戒した『魔術師』は来訪者一同に屋敷への滞在を薦めた。

 帰還途中に襲撃されて死亡するにしろ、人質になるにしろ、『魔術師』には見捨てるという選択肢しかない事を前提にした提案であった。

 高町恭也は渋々と承諾し、父親達に連絡を入れいている最中であり、この屋敷に滞在する事を一番反対していた月村忍はなのはの前で不機嫌さを隠さずに怒っていた。

 

「なのはちゃんは、まだアイツに弟子入りする気? 私は絶対反対よ。アイツに何を吹き込まれるか解ったものじゃない……!」

「……忍さんは、神咲さんの事をどう思ってますか?」

 

 もうこの時点で彼女が神咲悠陽に悪感情を抱いている事は明白だが、敢えて高町なのはは口にする。

 

「私はね、転生者なんていう人種が全員嫌いなの! 解った風な口を聞いて、いつも知ったかぶりして、勝手に殺し合って他人を巻き込むような性格破綻者どもなんて皆死んでしまえば良いわ……!」

 

 ――この街の裏事情を知り、高町なのはは驚くと同時に納得した。

 

 転生者という存在、多発する行方不明者、全てが一本の先に繋がったと納得出来た。

 それ故に、月村忍の意見に対して反論する言葉を持ち合わせてなかった。

 此処にはその転生者によって人生を狂わせた人物がいる。そんな奇妙な存在が無ければ、月村すずかは平凡な少女のままで終われただろう――。

 

「特にあの男は絶対駄目。狂人どもの中でも一際飛び抜けた狂人よ。直接的にしろ、間接的にしろ、この街で一番人の死に関与している」

 

 ――それでも、高町なのははどうしようもないぐらい、憧れてしまったのだ。

 

 傲慢に笑いながら『理不尽』を『不条理』で踏み潰す、一つの『悪』の完成形を――それがまるで『正義の味方』みたいだと、対極の人に思いを寄せてしまった。

 高町なのははその理由を、改めて自分自身に問い掛ける。

 

「そういえば貴方達と同じクラスの秋瀬直也も転生者だったね。彼にも注意する事。いえ、今後近寄るべきでは無いわ」

 

 

 

 

 月村すずかの寝室から退出した高町なのはは居間に赴く。

 其処にはアイスコーヒーを飲む秋瀬直也が座っており、此方に気づいた彼は「やっ」と手を上げた。

 

「こうして話すのも久しぶりだね」

「ああ、オレが転校して三日目の時以来か? あの時はいきなり泣いてびっくりしたぞ」

「うっ、それは忘れてくれるとありがたいです……」

 

 あの時の事を思い出し、高町なのはは羞恥心で顔を真っ赤にする。

 彼も他の人と同じく行方不明になっちゃったんだ、と思った矢先に相対し、色々感情が溢れて制御出来なくなってしまった。

 一生の不覚とはまさにこの事だろう。対面の席で高町なのははしょんぼりとする。

 

「暇を持て余しているから話し相手になってくれ、高町が良ければだが」

「あ、私は大丈夫だよ! いつでもOK!」

 

 だが、彼と二人で語れる機会は貴重だ。今まで忙しかったのでそんな機会は一度も訪れなかった。

 ……月村忍の忠告が頭に過ぎるが、彼は命の恩人だ。それを疑うなんて、彼女には出来なかった。

 

「秋瀬君は、私と違って神咲さんと同じ側、なんだよね……?」

「……ああ、不本意だがな。オレなんてまだマシな方だ、転校初日にこの街の有り様を教えてくれる人がいたからなぁ。そのお陰で何とか生き残っている」

 

 十人の転校生にも驚いたが、数日足らずで彼一人になってしまった事には笑うに笑えない。

 秋瀬直也は自身が生き延びられた奇跡に感謝するように、アイスコーヒーを味わう。あんな苦いものを良く飲むなぁ、となのはは内心感心する。

 

 

「――此方側には来るな。例え才能を持っていても、それに最も適した将来を必ずしも選ぶ必要は無いんだ」

 

 

 まるで此方の悩みを見透かしたように、秋瀬直也は淡く笑いながら忠告する。

 ……月村忍の言う通り、彼等転生者は高町なのはの悩める心を見通しているようだと苦笑する。

 

「オレのスタンド――まぁ超能力の一種だと思ってくれ。これはオレが体験した一度目の人生の破滅を回避する為に発現した能力なんだ」

 

 そう言うと秋瀬直也はアイスコーヒーのグラスをテーブルに置いて――彼の手に触れてないのにグラスが浮遊する。

 その光景を高町なのはは驚きながら見た。種も仕掛けも無い。正体不明の力が働いているとしか言い様が無かった。

 

「でも、皮肉な事に、オレには見て見ぬ振りは出来なかった。差し伸べて救い出せる手があるなら、ついつい差し伸べてしまう。その事に関しては全然悔いは無いけど、やっぱり同じ結末になった。――『正義の味方』の真似事をして、最後までなれなかった男の退屈な物語さ」

 

 自嘲するように笑い、アイスコーヒーを飲んで一息付く。

 彼の言葉は、不思議と心の中に蟠った。どう分解して良いのか、解らずに――だから、消えない後味として残ったのだろう。

 

「あのサーヴァントは、残念ながら君の将来の可能性の一つだが、確定している訳ではない。他の道を歩んだ『高町なのは』も絶対にいる筈だ」

 

 まだ知り合って一週間しか経っていない学友なのに、ひしひしと心配されているんだなぁと高町なのはは感じる。

 同時に情けなくなる。頼りないと思われているのだろう。もし、今の自分が将来の自分ぐらい強ければ――この劣等感は拭えたのだろうか?

 

「……私って、やっぱり役に立たないのかな?」

「だからそれは小学生の考える事じゃないって。周囲に頼れる大人が一杯居るから無条件に頼れ、無条件に甘えろ。それが子供の内の特権だ。……あ、『魔術師』は人の弱味に付け込むから他の人を見繕うんだぞ?」

 

 心底心配そうにそう付け加える秋瀬直也の姿を見て、思わず笑みが零れる。

 やはり彼は自分と違って、ちゃんと自立し、自分の失敗を自分で拭える人間なんだな、と暗くなる。

 

「……こうして話していると、秋瀬君も大人なんだね」

「前世と前々世合わせたら相当な歳行くからなぁ。今は身体に精神年齢が引き摺られてガキっぽくなっている感じだ」

 

 こう話していると、全然そうは見えない。

 やはり彼は同年代の少年とはとても思えない成熟した精神構造をしていると高町なのはは率直に思った。

 

「一人で何でも抱え込むな。三人寄れば文殊の知恵という通り、一人では解決策が閃かなくても三人ぐらい揃って話せば活路は開けるって事だ」

「……うん」

 

 ――そう、今の自分は深く思い悩んでいる。

 

 誰かの役に立ちたい。いつも強く思っていて、叶わなかった願望だった。

 でも、自分には秘められた才覚があった。他人にはない、魔法の才能が――。

 それを使えば、困っているユーノを助けられる筈だった。でも、自分は力不足で周囲の人に迷惑を掛けて――その代償に一人の命を差し出す処だった。

 ユーノ・スクライアはそんな彼女を見限って何処かに行ってしまった。高町なのはは目指すべき指標を完全に見失っていた。

 

 ――それでも、今後、もう一度同じ事態に陥ったら、高町なのはは自力で解決せねばならない。

 

 それには力が必要だ。秋瀬直也やエルヴィ、兄である高町恭也、そして神咲悠陽と並び立てるような力がどうしても必要なのだ。

 だから、教えを請うならば神咲悠陽しかいないと、彼女の中で結論を下していた。

 

「……あ、そうだ、秋瀬君!」

「わわ、な、何だ?」

「まだお礼を言ってなかったっ! 助けてくれて、ありがとう!」

 

 怒涛の事態が続いて、言えてなかったお礼を高町なのはは漸く言葉に出来た。

 秋瀬直也はというと、驚いたように顔を百面相させて、あれこれ悩んだ後、少し照れたように顔を赤くした。

 

「あ、はは、良いって。偶然通り掛かっただけだし、お礼を言うならオレじゃなく、重傷負った冬川に言ってくれ。まぁアイツは暫く……一ヶ月は病院暮らしだから会う機会は当分無いか。とりあえず、オレから伝えておくよ」

 

 

 

 

「――最悪の事態になったな。アーチャーめ、やってくれる」

 

 教会陣営と邪神陣営を戦わせ、共倒れにさせるのが『魔術師』の唯一の勝ち筋だった。ランサーでは鬼械神に対抗出来ないが故の苦肉の策がそれであった。

 だが、それもアーチャーというイレギュラーな存在によって封じられた。

 『魔術師』の打つ最善手など彼女にはお見通しであり、『魔術師』は動きたくても動けない事態となった。

 

「ライダーのアル・アジフはキャスターのナコト写本に敗れ、大導師に捕獲されますか。大惨事確定ですよねー」

 

 歯痒い傍観の結果、最悪の結果に至る。

 アル・アジフにその鬼械神であるアイオーン、自身のリベル・レギスを生贄に捧げれば、格の高い邪神の一つぐらい此方に招喚する事は可能となってしまった。

 

「……これでもう相手に邪神招喚をさせるしか勝機が無くなったな」

 

 あの狂人は間違い無く、聖杯戦争など眼中に無く、此方を無視して邪神招喚に全てを費やすだろう。

 鬼械神を持つ連中相手に勝ち目など万が一にも望めない。それ故に、鬼械神が使用不可能になるであろうその瞬間を待たなければなるまい。

 

 ――理想としては邪神招喚の儀式の最中に討ち取る事。

 最悪の場合は招喚され、邪神の精神汚染だけで世界中に数万規模の犠牲が出る。海鳴市に至っては当然の如く全滅だろう。

 

(その邪神招喚に『ワルプルギスの夜』が重なったら次元世界が終わるな)

 

 この局面を導いたアーチャーの狙いが掴めない。彼女ならば『ワルプルギスの夜』がいつ襲来するのか、正確な日時を知っているのだろうが――。

 

(あれとの交渉の余地は無い。激突は必至――)

 

 今は動けない。今は耐え忍ぶ時だと『魔術師』は自分に言い聞かせる。

 使い魔を量産して情報を掻き集め、状況の変化を見極め、時期を逃さずに手を打つ。

 

 ――其処まで考えて『魔術師』は気づく。とても些細な、されども重要な事に。

 

「――何だ。いつもと何も変わりないじゃないか。エルヴィ、コーヒー。とびっきり濃くて砂糖ありありの」

「はいはーい、少々お待ちを~」

 

 

 

 

 




 クラス キャスター
 マスター 大導師
 真名 ナコト写本
 性別 女性
 属性 混沌・悪
 筋力■■□□□ D 魔力■■■■■ A++
 敏捷■■■■□ B 幸運■□□□□ E--
 耐久■■□□□ D 宝具■■■■■ EX

 クラス別能力 陣地作成:ー(A) 自らに有利な陣地を作り上げる。
                 ただし、現在のマスターに尽くす気は欠片も無い 
        道具作成:ー(A) 魔力を帯びた器具を作成できる。
                 ただし、現在のマスターに尽くす気は欠片も無い。
 機神召喚:EX 最強級の鬼械神『リベル・レギス』を召喚する。
 魔術:A+++ 最古の魔導書『ナコト写本』に宿る精霊。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19/決戦の夜

 

 

 ――そして彼女の前には、彼女の罪の形が居た。

 

 かつてのマスター。邪悪を討ち払う、その為だけに使い捨てたマスターの一人、歴代の中でも一際才能が無かった凡人。

 されども、死の間際でさえ『悪』に屈する事が無かった強靭不屈の意志の持ち主――邪悪に屈して折れた彼女には眩しく、同時に顔向け出来なかった。

 

 ――彼は恨んでいるだろう、と今の今まで思っていた。

 

 才能無き彼を邪悪との戦いに巻き込んだ忌まわしき魔導書を、見殺しにした非情な彼女を――これも運命、彼の恨み言を聞き届けた上で、彼を物言わぬ傀儡にする事を選ぶ。

 彼女には選択肢などない。彼女は愛する伴侶を見つけてしまった。彼の温もりは千年の孤独を癒し、その代わりにどうしようもないほど弱くしてしまった。

 それ故に自らが破滅の道に進んででも彼の魂を救いたい。それが邪悪である事を理解しつつ、彼女にはそれしか道は無かった。

 

 ――彼は恨んでいなかった。

 それどころか、全てを知った上で、捨て駒になる事を良しとしていた。

 

 彼は彼女の千年の放浪が、彼女の伴侶、大十字九郎に巡り合う為だけの道筋である事を理解していた。

 自身が途上に転がる石ころ以下の存在である事を、誰よりも理解していた。

 魔導書『アル・アジフ』を大十字九郎に託さなければならない、その不変の意志の下、彼は誰が考えても無謀な死闘に身を投じた。

 

 ――自分の死は、決して無駄ではなかった。彼は心より笑った。

 

 罪悪感で死にそうになった。

 彼女は宇宙の中心で運命の戦いに敗れた。邪神の策略に気づけず、生涯の伴侶を無限地獄に突き堕とした。彼の知る正しき物語とは違って――。

 耐えられなかった。恨まれる覚悟はしていた。疎まれる事を覚悟していた。けれども、これは恨まれるよりも疎まれるよりも辛かった。

 

 ――謝る資格すら、彼女には無い。罅割れた心を、ただひた隠しする。

 

 その代償を、彼女は必定の敗北をもって支払う事となる。

 またしても邪神の策略に気づけず、無能な魔導書は主を再び破滅させた。

 またしても、同じ『結末』になってしまった。

 

 ――謝っても謝り切れない。

 今生の主よ。汝に過失は無い。

 全ては無能な魔導書の所業。

 汝には妾を憎悪し呪う権利がある。

 

 ――願わくば、その『令呪』をもって裁きを下せ。それが唯一の――。

 

 

 19/決戦の夜

 

 

「――っ!」

 

 唐突に目覚める。

 息苦しく、喉も乾いていて最悪な気分だ。頭が痛く、身体中に激痛が走っている。

 見れば自分の身体は包帯に撒かれ、消毒液の匂いが部屋中に充満している。

 

 ――今のはアル・アジフの記憶、此方に召喚されてからの記憶が脳裏を埋め尽くす。

 

 告解出来ない懺悔の渦、彼女の罪の具現が何よりもオレの精神を蝕む。

 どうして気づけなかった。彼女を召喚した事で浮かれて、彼女自身の苦しみを1mm足りても理解出来ていなかった! 

 

 遠くから足音が聞こえる。軽い、軽快な足音が。部屋の扉が勢い良く開かれる――シスターだった。

 ……良かった。彼女の方は怪我らしい怪我は無いようだ。

 

「クロウちゃん! 良かった、本当に良かった……!」

「わぶっ!?」

 

 急に胸に飛び込んで来られ、彼女の小さな身体すら受け止められずにベッドに沈む。

 こ、此方は病人なんだから少しは手加減して欲しかった、です。

 

「シスター、状況を教えてくれ」

 

 彼女を一旦引き離し、鈍っている頭を振る。

 シスターは少し目を下に逸らし、渋々現状を説明し出した。

 

「クロウちゃんと大導師が戦って敗れて、もう四日になるよ」

 

 四日、四日だって……!?

 そんなにもオレは長い時間意識を失っていていただと……!

 

「私の方は『歩く教会』を着ていたから大丈夫だったけど、クロウちゃんの負傷は重くて――私の魔術で治したけど、意識が回復するまで四日も掛かった」

「アル・アジフは奴に、攫われた、のか?」

「……ええ、今は大導師と共々行方不明であり――まだ存命のようね」

 

 アル・アジフの事を語るシスターの眼には殺意が灯っている。

 声の口調も、冷たいものであり、未だ健在な令呪を忌々しげに睨む。

 

「なら、話は簡単だ! ――令呪を以って命ずる! アル・アジフよ。戻って来いッ!」

 

 アル・アジフの現界を維持する為にオレを生かしたまでは良いが、令呪を奪わなかったのが運の尽きよ!

 右手の甲から令呪が一画消え去り――そして、何も起こらなかった。

 

「なっ、令呪を消費しただけで、何も起こらないだとぉ……!?」

「……やっぱりね。ギルガメッシュの神を律する『天の鎖(エルキドゥ)』で拘束されたバーサーカーは令呪の強制送還でも脱出不可能だった。今のアル・アジフも同じ状況のようね」

 

 相手は『大導師』に『ナコト写本』だ。その程度の芸当はお手の物ってかッ!

 壮絶なまでに舌打ちし――シスターの懐から携帯の着信音が鳴り響く。

 

「――『魔術師』」

 

 シスターは静かに、その相手に様々な感情を浮かべながら通話ボタンを押した。

 

 

 

 

『――やぁやぁ、元気そうだね。下らない世間話を抜きにして本題と行こうか。貴様等の尻拭いをしてやるから有り難く思え』

 

 全てを見通したかの如く言葉に、僅かながら動揺が走る。

 『魔術師』の簡易使い魔は念入りに処理したが、数日足らずである程度の情報網を形成したと見える。

 ならば、今、クロウが令呪の強制送還を試し、失敗した事もお見通しだろう。喉まで出かけた文句を押し込め、『魔術師』の言葉を待つ。

 

『今夜十時に大導師の隠れ家、いや、『神殿』を強襲する。奴は『邪神招喚』の為に自らの『鬼械神』も生贄にする算段だ。勝機があるのは儀式を行なっている最中しかあるまい。お前等も最大戦力を投入して援護しろ。奴の儀式は必ず阻止しなければならない』

 

 此処最近に『魔術師』陣営に動きがなかったのは、邪神陣営が『鬼械神』を使えなくなる時を待っていたからか。

 確かに前の戯けた電話の時は奴等の居場所も掴んでいると騙ったが――ぱさりと、紙の束を置く音が鳴り響いた。

 

「はい、これが今作戦の資料です。しっかり目を通して下さいね」

「『使い魔』!?」

「おぉ、怖い怖い。長居は無用ですね、じゃーねー」

 

 まるで夢か幻の如く『魔術師』の『使い魔』が現れ、瞬き一つの間に消え去る。

 『使い魔』が置いて行った資料に目を通す。『這い寄る混沌』の『大導師』が隠れ潜む地下神殿、その詳細な見取り図さえ用意されている。

 

『――此方が用意出来た援軍は『銀星号』の仕手と、『スクエアエニックス』の夫婦(バカップル)だけだ』

「――正気ですか? あの二人はまだしも、『武帝』に協力を要請するなど……!」

 

 『武帝』は転生者だろうが一般人だろうが、主義主張に関わらず等しく力を貸す。

 その代価が金銭などではなく、あの『善悪相殺』の戒律である事は言うまでもあるまい。

 

『一騎当千の戦力でなければ意味が無いからな。出し惜しみしている余裕など欠片も無いんだよ。私達も全戦力で向かうが、到着は遅れると見込んでくれ』

「……どういう事ですか?」

『確実に先客の相手をする事となる。今夜で『聖杯戦争』は間違い無く終結するだろうよ』

 

 此方では行動原理も掴めていないアーチャー陣営との確執、ですか。

 世界の窮地を前に、聖杯戦争如きの些事で相争うなど最悪なまでの浪費だが、回避不可能だと『魔術師』は淡々と語る。

 

『その三人は我が陣営が敗れ去った際の保険だ。その場合は君達が『武帝』の善悪相殺の代償を支払う事になるが、否とは言わせんぞ』

 

 ……解っている。元より我が陣営から出た錆だ。その事に関して一切反論せず、話を続けさせる。

 

『これは言うまでも無いが――『大導師』とキャスター、いずれかを殺せば邪神招喚は阻止出来るが、囚われの身の『アル・アジフ』を殺害しても同様の結果を得られる。殺されたくなければ一番乗りして『大導師』をその手で殺すんだな』

 

 それは私ではなく、なけなしの魔力強化で耳を澄ませていたクロウに対する言葉であり、返答を聞く事などせず、『魔術師』は通話を終了する。

 そしてクロウの眼には燃える闘志が灯っていた。

 

「……クロウちゃん。まさかと思うけど、乗り込む気?」

「当たり前だろ。アル・アジフを取り戻す!」

「あれは元から私達を裏切る気だった」

 

 この場にいない魔導書に殺意を籠めて呟く。

 初めからあの魔導書はクロウを利用し、最後の最後で出し抜いて自身の歪な願望のみを優先しただろう。

 

「クロウちゃんが敗北した理由も、あの魔導書が原因よ。まさに疫病神だわ、最悪なまでに」

 

 静かなる憤怒を籠めて、必死に説得する。

 あんな魔導書の為に、クロウが生命を賭ける必要は無い。見捨てるのが正解だ。

 殺されても仕方ないほどの愚行を、あの魔導書は犯したのだから――。

 

「それでもクロウちゃんは助けるの? 己の生命を賭けて、絶対に敵わないであろう『大導師』に挑むの?」

「……アル・アジフがナイアルラトホテップに敗北した原因はオレだ。異分子であるオレが彼女達の物語に関与しなければ敗北しなかった。だから、オレにはアル・アジフに償う義務がある」

 

 ――何だって?

 

 そんな世迷い事を、クロウは本気で言っていた。

 ぎりっと歯軋り音が響き渡る。それが自分のものであると気づくのに、少々時間が必要だった。

 

「――クロウちゃんのせいじゃない。あれが敗れた要因はあれ自身以外の何物でもない。貴方が背負う必要なんて無い……!」

 

 私は彼の、クロウ・タイタスが辿った末路を知っている。彼本人が、いつしか口にしていた。

 確かにクロウには才能らしきものは欠片も無かった。それでもクロウは頑張った。自分の果たせる事を全て成し、後に繋げた。

 

 ――大十字九郎に至る道を、不可能かと思われた道筋を彼は切り開いたのだ。

 

 これが奇跡じゃなくて何が奇跡だろうか。

 例え彼自身の結末が不遇でも、彼の物語を貶す者は私が許さない。彼自身が何も出来なかったと自虐したとしても、私はやり遂げてやり通した彼を祝福する。

 

「心配してくれるのは嬉しい。でも、オレが行かなけりゃ駄目なんだ」

 

 ……それでも、彼は行ってしまう。

 自分の命など顧みずに、あのアル・アジフの下に……!

 

「――行かせない。貴方をアル・アジフの下には絶対行かせない……!」

「シスター!? 何を……!?」

 

 十万三千冊の外道の知識を総動員する。

 彼を行かせる訳にはいかない。彼の精神を幾重にも鎖された精神世界に隔離させ――クロウは抵抗すら出来ずに気絶した。

 

「――暫し、泡沫の夢に微睡んで。目覚める頃には全て終わっているから――」

 

 ……これで良い。例え、これで彼に嫌われても、彼の死など絶対に望めない。

 眠れる彼を見届け、私は退出する。外には、八神はやてが待ち受けていた。……全部、聞かれてたか。

 

「八神はやて。クロウちゃんをお願いします。事が終わるまで目覚めないと思いますが、万が一目覚めたら――」

「私が、止める」

「……ありがとうございます」

 

 これで後顧の憂いは断てた。後は――この生命に変えても、『大導師』を葬るまでである。

 

 

 

 

 

「――おや、クロウ・タイタスが目覚めたと聞きましたが?」

「足手纏いです。今の彼では生き残れない」

 

 久々に見た『代行者』の気障ったらしい顔を見て、シスターの顔は一気に不機嫌に歪む。そして彼は此方の反応を見て、馬鹿みたいに大笑いした。

 

「はは、涙ぐましいぐらい健気だね、君は! あれでも弾除けぐらいにはなれるだろうに!」

 

 シスターは殺意を籠めて睨むが、面の厚い彼には憎たらしいほど無意味だった。

 

「そうそう、私も参戦しても良いのですが、そうですね。一つだけ条件を突き付けましょうか」

 

 今すぐ葬り去りたい衝動に駆られるも、全力で我慢しながら――そんな彼女の心中を察して、わざわざ顔を近寄せて、『代行者』はこう言った。

 

「――『お願いします(プリーズ)』。貴女のその一言で私は如何なる戦場も馳せ参じるとしましょう」

 

 彼女の怒りは一気に沸点に達し、マグマの如くぐつぐつ燃え滾る。

 一触即発、されども、それすら目の前の『代行者』は愉しんでいた。

 

「――『お願いします(プリーズ)』。これで良いですか?」

「くっは、あははははははは! 良いですねぇ、その屈辱に歪んだ表情はっ! 良いでしょう、貴女の為に存分に異端を狩ってご覧入れましょう!」

 

 ――終わったら絶対殺してやる、とシスターは陰ながら誓う。

 

「おやおや『神父』殿。今日は吸血鬼狩りではないのにいつにもなく昂ぶっているご様子」

「当然です。相手は米国の小説家が創設した数十年足らずの架空神話の冒涜者、我等にとっては赤子同然の異端ですが――オイタが過ぎますね」

 

 彼等のやり取りを見ていた『神父』は最初は温和な表情を浮かべていたが、がらりと豹変する。

 狂気、殺意、憎悪を等しく混ぜ合わせ、強靭な意志で一つに束ねる殲滅者の顔となる。

 

「――クトゥルフ! アザトース! ナイアルラトホテップ! 良いだろう、泡沫の邪神どもよ。我等が神の力を、とくと思い知るが良いイィッ!」

 

 ――時刻は午後九時、約束の時間は刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

「あっ、ああああぁ――っ!」

 

 一際甲高い声を鳴り響かせ、アル・アジフは意識を失った。

 喩えようの無いぐらい無様な光景だ。最強の魔導書が、自身の鬼械神の中で、異形の触手に手足を拘束され、犯し侵されるままに冒され、穢れるままに穢されている。

 意識を手放しても、一時の休息に過ぎない。また意識を取り戻して終わらない生き地獄に犯される。

 いい気味だと、ナコト写本は自らの舌で唇を舐めて、うっとりと優越感に浸りながらかつての宿敵の無様な姿を見下した。

 

「気が済んだか? よくもまぁ飽きずに痛めつける。既に心が折れている者を嬲って何が面白いのやら」

 

 その光景を見届ける彼女の元マスターは冷ややかだった。

 この魔的で病的で官能的な空間を、一瞥の価値も無いと断じていた。 

 

「狂おしいほどあの魔導書を求めていたのに、随分と冷めているのね」

「一種の興醒めという奴だ。困難に立ち向かう姿勢は誰彼構わず美しくて好きだが、折れて屈した姿は見る価値すらない」

「あの邪神を信仰している者の思考とは思えないわ」

 

 そう、一つの邪悪である事は間違い無いが、目の前の魔人には著しく欠けているものがある。

 この魔人が『マスター』に届かないのは、人間として人間の領域を超えたが故か。

 

「――私は絶望を識れない。そんなもの、一度も識らない。だからこそ、我が神は私が『黒の王』の領域まで届かぬと見做し、お見捨てになられたのだ」

 

 嘆き悲しむように天に祈り、即座に精神的に復帰する。

 そう、この魔人は千の永劫を繰り返したとて、折れず屈せず惑わず、己の目標をひたすら達成させようとする。

 それは『黒の王』の所以ではない。真逆、それは宿敵である彼等の――。

 

「……それでもお前はあの邪神を信仰すると?」

「うむ、愛も信仰も無償の産物だからな。私が勝手に信仰し、勝手に愛する。その理は我が神に見捨てられようが変わるまい」

 

 だから、この魔人に与えられる救いは何処にも無い。

 狂った願いが成就するかは知らないが、その末路は変わらないだろう。いや、変える気さえ、この魔人には無いだろう。

 

「……最高に狂っているわ、貴方」

「最高の褒め言葉だ。ナコト写本」

「そうよね、狂って無ければ鬼械神を生贄にしようなんて考えないよね」

 

 少し不貞腐れたような顔で、ナコト写本は自らの鬼械神を遠い眼で眺める。

 下等な邪神如きの招喚の為に、最高位の鬼械神を生贄とする。本末転倒も良い処であり、そんな事の為に『マスター』の鬼械神を失う事に抵抗を持つのは当然だ。

 

「お主達『魔導書』が鬼械神を我が子のように想っているのは知っているが、勘弁願いたいな。お前もこの茶番から一刻も早く抜け出したいであろう?」

 

 彼女は移し身、消えれば再びマスターの下に戻る泡沫の夢に過ぎない。

 この夢がどう転ぼうが、最早彼女にとってはどうでも良い事だ。

 

「どの道、アル・アジフを下した今、鬼械神は必要無い。後は私一人で成せるだろう」

 

 全人類と相対し、最後の一人まで勝ち残れると即座に自負する強大無比の精神こそ、この男の強さの根源。邪神の信徒にあるまじき不屈の精神である。

 

 ――一際大きく『神殿』が揺れる。彼の領域に踏み込んだ侵入者の存在を感知する。

 

「ほう、一番乗りは君達か。以前の邪神招喚の儀式以来だな。『竜の騎士』に『全魔法使い』!」

 

 

 

 

 

 迫り来る影の枝を、異形の鎧を纏う騎士が一閃して切り払う。

 邪神信仰者の『神殿』に一番乗りした十四歳の少女と二十代前半の男性の二人組の前に現れたのは影絵の世界であり、見慣れた『魔女』の結界であった。

 

「――『魔女』か。クトゥルフ系の怪物が立ち塞がると予想していたが」

「……油断しない。普段よりずっと強力」

 

 押し寄せる使い魔の猛攻に終わりは無く、騎士風の男が斬った傍から再生し、終わりなく切迫する。

 

「邪気に誘われて集ったか。どうやら先は長そうだ。なるべく魔力を温存しておけ。雑魚相手に苦戦し、本命で魔力切れを起こしては話にならない」

「――大丈夫。『竜の騎士』である貴方が前衛である限り、私達は無敵」

 

 青髪翆眼の少女は無愛想に、されども全幅の信頼を抱いて答える。

 黒髪黒眼の青年は少しだけ苦笑いし、柄部分に龍の顎の意匠がある愛剣を存分に振るう。剣は影絵の枝の強度がまるで豆腐以下のように鋭利に斬り裂いて行く。

 

(だが、本体の『魔女』に至るまで時間が掛かる、っ――!?)

 

 膨大な魔力の奔流は背後から生じて、既に魔導師の青いロープを靡かせる青髪の彼女は詠唱を終えていた。

 

「――汚れ無き天空の光よ、血にまみれし不浄を照らし出せ! ホーリー!」

 

 影絵の枝を無視し、穢れ無き聖なる光は影の魔女に降り注ぎ、瞬く間に浄化する。

 かちり、と『魔女の卵』が転がり、影絵の結界は崩れ落ちて元の不気味な『神殿』に戻る。

 

「馬鹿者、初めから飛ばしすぎだ」

「大丈夫、『魔吸唱』あるから敵が尽きない限りMPは尽きない」

 

 斯くして一騎当千の力を保有しながら、如何なる勢力に属さない『竜の騎士』と『ソーサラー』の二人組は立ち塞がる怪異を一掃しながら『神殿』の奥深くに進んで行った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20/落葉

 ――燃える炎の海、彼女は人生の恩師と目標を失った。

 

 いつか必ず守りたいと願った人達は炎の海に消え果て、彼女一人だけ生き残った。

 

 ――憧れていた。彼のように強くなりたいと。

 ――助けられた。命の恩人に、恩を返したいと、ひたすら。

 ――守りたかった。今度は、私自身の力で、彼を助けたかった。

 

 彼女は涙する。一人だけ置いてかれたと、迷子の童女のように泣き叫ぶ。

 そしてこれが悪夢の始まりである事を、彼女は未だに知らなかった。

 

 ――彼女が管理局に保護される頃には、海鳴市は地図から消えていた。

 

 友達を失った。家族を失った。凡そ全てを失ってから、彼女は保護された。余りにも杜撰で遅すぎる対応だった。

 管理局の局員は恩着せがましく「助かったのは君一人だけだ」と自慢げに笑った。

 その醜悪な笑顔を、彼女は死んだような眼で眺めていた。

 

 ――それからの彼女は英雄的な活躍は華々しく、同時に痛々しかった。

 

 如何なる戦場でも奇跡的な戦果を齎す無敵のエース・オブ・エース。

 意図的に作られた『英雄』は管理局の広告塔として華々しく語り継がれ、反面、当人の心は置き去りで、摩耗する一方だった。

 

 ――それでも彼女は諦めず、運命の突破口を見出す。

 

 それは金髪のツインテールの少女だった。

 最初の事件で双方の『ジュエルシード』を奪い合った同格の魔導師、一足先に管理局に保護されていたが故に、生き延びた親友――。

 

 ――彼女が最初から持っていた三つの『ジュエルシード』と『交換したリボン』、此処に触媒は揃い、因果は繋がった。

 

 後は、師の言う英霊の域まで自分を高めるのみ。

 一心不乱に自らを切磋琢磨し、その鬼気迫る様子は親友である金髪の少女を度々心配させた。

 

 ――そして一つ、問題が浮上する。

 

 彼女は管理局によって作られた『英雄』であり、それ以上でも無く、それ以下でも無かった。

 これでかつて海鳴市で行われた『聖杯戦争』に存在した英雄達と肩を並べられるか、と問われれば否と答えるしかない。

 作為的な善行では届かないのでは、と彼女は心底危惧した。

 一生を賭けて死する事で挑戦する蜘蛛の糸を掴むかの如く試みなのに、それでは不十分過ぎた。

 

 ――彼女は師の言葉を一字一句余さず覚えていた。

 類稀な善行でも『英霊』として祀り上げられるが、度し難い悪行でも同様の結果を得られると。

 善行と悪行、何方が積みやすいかなど、言われるまでもなく後者だった。

 

 ――赤い炎の海が広がる。此度の戦禍は彼女の手のものだった。

 

 幾度無く迷いもした。躊躇もした。本当にそれで良いのかと何度も問い掛けた。

 大勢の人々を巻き込む。平和を享受していた人を、此方の一存で踏み潰す事にある。

 それでも、結論は一つだった。

 全てを犠牲にしてでも貴方を救いたい。

 ――人は、愛の為に何処までも堕ちる事が出来る。

 

 ――彼女の齎した大乱は反管理局戦線と形を変え、彼女は敵味方構わず『魔王』として畏怖された。

 

 彼女は殺した。微塵の躊躇無く鏖殺した。

 無抵抗な捕虜すら手に掛けて、その非道さと悪名は内外に轟いた。

 全ては彼女の想定通り、彼女は無慈悲な『魔王』を演じる。いつしか本当の自分さえ見失って、被った仮面を剥ぎ取れずに――。

 

 

 20/落葉

 

 

 ――そして、本来一番乗りとして『地下神殿』に乗り込む筈だった『魔術師』の陣営は、アーチャーと対峙していた。

 街の郊外に位置する最南端、多少暴れ回っても街に被害が及ばない空白地帯は決戦の場としては優秀だった。

 

「やはり邪魔立てするか」

「ええ。この『海鳴市』が――いえ、この『地球』がどうなろうと私にはどうでも良い。貴方の身が最優先ですから」

 

 『魔術師』は忌々しげに呟き、アーチャーは咲き誇るように笑う。

 ランサーが『魔術師』の前に現れ、『使い魔』のエルヴィもまた彼の隣に並ぶ。そして『魔術師』はアーチャーの隠し持つ札の開帳を今か今かと待ち侘びる。

 

 

「何処か安全な場所に移り住みましょう。今度は私が貴方を絶対守りますから――」

 

 

 万感の想いを籠めて、アーチャーは告白する。

 その反面、『魔術師』は白けたような顔を浮かべた。最初から論ずるに値しない。

 

「断る。逃げるのはもう飽きている。それに魔術的な地質学上、この土地より優れた霊地は他にあるまい」

「そうですか。それじゃまずは――貴方の頼りにしているサーヴァントと『使い魔』を剥ぎ取るとしますか」

 

 そしてアーチャーは自信満々に隠し持つ『切り札』を明かす。

 

 ――六騎目のサーヴァントは暗い闇を纏って現れた。

 

 それは金髪の少女だった。人間のものとは思えないほど生気の無い白い肌、光無き黄金の瞳、黒く刺々しい鎧を纏い、漆黒の闇より深い黒の剣を持った、堕落した騎士だった。

 

「――紹介しますね、これが私が本来呼び出す筈だったサーヴァント『セイバー』です」

 

 ランサーは期待していなかった強敵の出現に全身全霊で歓喜し、『魔術師』と『使い魔』は疲労感を漂わせて溜息を吐いた。

 その反応の温度差に、アーチャーは困惑する。何故、彼等は驚かないのかと。

 

 ――フェイト・テスタロッサに召喚された際、彼女が生前最期まで持ち歩いていた『ジュエルシード』が自身の右手の甲に『令呪』として刻まれた。

 

 その『ジュエルシード』は最後まで渡さなかった、自身の封印した三個であり、運命の皮肉さに彼女は笑った。

 そしてアーチャーは迷わず呼び寄せた。『魔術師』から気まぐれに教わった、正規の召喚儀式を経て、最強のクラスであるセイバーを引き当てた。

 そのせいで魔力が不足し、フェイトが倒れる事になったのは誤算だったが、アーチャーは二騎のサーヴァントの戦力を保有した事で『魔術師』に匹敵する陣営となった。

 

「……うわぁ、よりによって騎士王『アルトリア・ペンドラゴン』ですか。しかも反転までしてますよあれ」

「え? な、何故セイバーの真名を……!?」

 

 戦うまでもなく自身のサーヴァントの正体を暴かれ、アーチャーは動揺する。

 ランサーはかの名高き騎士王がこの少女である事に驚きつつ、自分も似たような感じで真名がバレバレだったなぁと少し同情する。

 

「かの名高き騎士王は我々にとって一番有名なサーヴァントだからな。手の内も知れている」

 

 くく、と『魔術師』は嫌らしく笑う。

 そして彼は敵戦力に修正を加える。あれは此方の手札を全知している訳ではないと嘲笑う。

 

「ランサー、セイバーの相手をしてやれ。あれの対城宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は絶対に撃たせるなよ。まぁ自滅覚悟で、尚且つ令呪の補助がなければ撃てないと思うがね」

「あいよ。――で、そう楽観視出来る根拠は何だ?」

 

 宝具の詳細まで発覚しているのかよ、という無粋なツッコミをせず、ランサーは要点だけ聞く。

 

「あれはアーチャーが召喚した反則だが、アーチャーには現界に必要な依代も魔力も用意出来ない。大方、アーチャー自身のマスターであるフェイト・テスタロッサに負担させているのだろう。二体のサーヴァントを一人のマスターが維持するなど元々無理がある。更に二体とも高燃費となれば魔力不足に陥るのは必至だろう」

「フェイトちゃんが参戦出来ない理由は単純に魔力が枯渇しているからですねぇ」

 

 呆気無く、しかも戦闘前にアーチャー陣営の最大の弱点が発覚し、彼女の顔色が曇る。

 四日間、戦闘行為をせずに時間を経て、ある程度の魔力は蓄えたが、全力で戦闘するとなればすぐさま尽きてしまうだろう。

 初見における情報量の差で圧倒していると思いきや、彼女の召喚したサーヴァントが既知であり、その手札を全て曝け出しているなど誰が予想出来ようか。

 

「――駒が足りないな。ちゃんと勝機を用意して挑め、と私なら口を酸っぱくして教える筈だが?」

「あら、此方を過小評価してますね。貴方と『使い魔』如き、私一人で十分ですよ――!」

 

 自身の右手を掲げ、アーチャーは高らかに宣言する。同時に『魔術師』も左手を上げて気怠げに呟く。二人の手の甲にある令呪が赤く輝いた。

 

「令呪を以って命ずる。セイバー、ランサーを殺せ――!」

「第二の令呪を以って命ずる。ランサーよ、必ず生き残れ」

 

 ことサーヴァントに関する命令ならば、魔法級の奇跡も可能とする絶対命令権が発動する。

 此処に聖杯戦争の覇者を決める決戦は幕開いた。二騎のサーヴァントと一騎一人一匹の死闘が――。

 

 

 

 

 ――朱の魔槍と黒の魔剣が正面から大激突する。

 

 互いに繰り出された破壊的な力の奔流によって空間は爆ぜて、一方的に押し負けたのはランサーの魔槍だった。

 

(令呪による強化があるとは言え、このオレが一方的に押し負けるとはなぁ……! なるほど、あのマスターが令呪で『生き残れ』と命じる訳だッ!)

 

 その一撃の剣戟で、ランサーは目の前の敵騎士との技量・戦力比を正確に把握して読み取る。

 女だてらと思いきや、膨大な魔力放出による一閃は桁外れの破壊力を生み出す。槍を握る両の手が痺れる感触をランサーは久方振りに味わった。

 

 ――繰り出される剣戟は流麗、槍の英霊の眼を以ってしても目視し難い不可避の剣速を叩き出す。

 流石は最良の英霊、剣の英霊に相応しき致死の絶技――生半可な英霊では一の太刀で己が武器を払われ、二の太刀で無防備な素っ首を両断される事だろう。

 

 されども、セイバーの目の前に居るのは最速の英霊、青い槍兵は己が卓越した俊敏さを存分に生かし、目まぐるしく地を疾駆して致死の斬撃を回避する。

 

 『力』では劣っているが、『速さ』ではランサーに分がある。自身の持ち味を最大限に生かす。

 そしてこのランサーは生き残る事に関して随一のサーヴァント、それは彼が保有するスキル『戦闘続行』が後押しし、生来の生き汚さと令呪による絶対命令権が保証する。

 黒い剣と朱い槍の舞は回り踊るように、一打ごとに死と生の境界を不確かにする。

 

 一手間違えれば即座に決着が着く絶死の剣の舞に、青い槍兵は狂気喝采して挑んでいく。

 

 留意すべき事はセイバーの宝具、あの黒い剣がマスターの言う通り『対城宝具』であるならば、宝具の打ち合いに持ち込む事はランサーにとって敗北に等しい事態である。

 付かず離れずに打ち合い、単純な剣戟の打ち合いによって雌雄を決する。

 宝具の発動に必要な一瞬の溜めを与えない死闘ゆえに、彼にとって文字通り必殺の宝具もまた半ば封じられたも同然である。

 

(それ以外の要素で勝敗が決するとすれば――)

 

 それはマスター側が決着する事か、彼等に残された令呪の発動に他ならない。

 暴虐な剣閃を縦横無尽の槍捌きがいなしていく。剛の剣と柔の槍で咬み合わない中、二人の英霊はただひたすら時の果てに訪れた夢の死闘に興じた――。

 

 

 

 

 ――総勢五十発の桃色の魔力光が自在に舞う。

 

 メイド服が舞う。猫耳の吸血鬼は自身の間合いに入った桃色の魔力の弾を一網打尽に引き裂き、時折彼女のご主人に翔んでいく流れ弾を瞬間移動の如く空間跳躍で追尾し、蹴り落として行く。

 一見して拮抗している状況に見えるが、そうではない。隙を生じさせる毎に確実に一発一発、エルヴィの身体に撃ち込まれ、その遠大な生命を削っていく。

 

「――知っているわ。貴女がバーサーカーと、あの恐るべき吸血鬼と同類なのだと――!」

「へぇ、そうなんですかー。まぁ未来のなのはちゃんですから知っていて当然かなー?」

 

 殺傷設定での魔弾に撃ち抜かれた箇所は吸血鬼特有の復元能力によって瞬時に再生するが、身体能力の低下を狙った波状攻撃を前に、負傷の治癒速度が徐々に追いつかなくなっていく。

 

「あいたた、女の命である顔に当てるなんて最低ー! あうっち、うぅ、これじゃご主人様に愛して貰えないわぁ……!?」

 

 『魔術師』から幾度無く発火魔術が仕掛けられるが、それらはアーチャーの堅牢な防御魔法を突破するには余りにも威力不足であった。

 脅威とならない『魔術師』を後回しにし、アーチャーは空中で足元に魔法陣を展開して立ち止まった後、アクセルシューターを起動させながら、自由自在に跳ね回る『使い魔』のエルヴィを滅殺する機会を虎視眈々と待ち望む。

 

「余裕なのね、エルヴィさん。貴女の生命のストックが幾つかまでは知らないけど、今の私ならば確実に殺し切れるよ――!」

「もうその時点で的外れなんですけどねぇー」

 

 地に着地したと同時にアクセルシューターの弾がエルヴィの右足を吹き飛ばし、転んで地面に激突する彼女に桃色の魔力の鎖によって幾十幾百に拘束される。

 芋虫のように転がる彼女は精一杯背伸びして天を見上げ――アーチャーは明らかに過剰殺傷確実の砲撃魔法を展開していた。

 

「ところでなのはちゃん、私の真名はご存知ですかにゃー?」

「ええ、知っているわ。貴女から直接聞いたもの」

 

 この絶体絶命の状況下においても、その余裕を終始崩さないエルヴィに疑念を抱くものの、レイジングハートを彼女に向ける。

 レイジングハートに環状の魔法陣が四つ展開させ、杖の矛先に膨大無比な魔力が収束されていく。カートリッジが超高速で全弾装填された。

 

「――『エルヴィン・シュレディンガー』だと――!」

『Divine Buster.』

 

 破滅の光は一直線に降り注ぎ、身動き一つ取れないエルヴィを容赦無く焼き払った。

 直線上に奔った桃色の光線は彼女の小さな体の十倍以上の規模であり、破壊の余波はこの土地を木っ端微塵に破砕して何もかも薙ぎ飛ばす。

 幾ら彼女が無数の生命を持っていようとも、確実に過剰殺傷して殲滅出来る威力を秘めていた。視界の隅で破壊に巻き込まれぬよう、飛び退く『魔術師』の姿があった。

 これで邪魔者は消えた。もう『魔術師』を守護する者は何処にも居ない。後は魔力ダメージでノックダウンさせれば、アーチャーの本願は叶う――。

 

 

 

 

 ――此処で唐突だが、とある吸血鬼の話をしよう。

 

 出鱈目で不死身で無敵で不敗で最強で何とも馬鹿馬鹿しい、吸血鬼『アーカード』の話をしよう。

 

 彼は吸血する事で生命の全存在を自らのものとする、吸血鬼という存在を窮極なまで煮詰めた『脈動する領土』であり、その生命の総量は総勢三百万に及んだ。

 吸血鬼『アーカード』を討ち滅ぼすには、単純に三百万回殺すか、『拘束制御術式0号』を解放させて――『死の河』として全ての命を解放して出撃させている最中の、唯一人の吸血鬼になった瞬間を狙って殺すか――『シュレディンガー准尉』の生命の性質と同化させなければならない。

 

 ――僕は何処にでも居て、何処にも居ない。

 

 彼は意志を持って自己観察する『シュレディンガーの猫』であり、存在自体があやふやな存在だった。

 彼は自分を認識する限り何処にも居て、何処にも居ない。幾度殺されようが彼が自分自身を認識する限りは絶対に亡くならない真の意味での不死の存在である。

 ただ、その彼が数百万の生命が蠢く吸血鬼『アーカード』の中に溶けてしまえば、どうなるか?

 もはや彼は自分で自分を認識出来なくなり、何処にも居なくなる。

 

 ――そして、最強の吸血鬼『アーカード』は自身を観測出来なくなり、虚数の塊として消え果てた。

 

 けれども、かの吸血鬼には愛すべき主人からの命令があった。

 ――帰還せよ、と。故に彼は三十年の歳月を掛けて、自身の三百万もの生命を尽く鏖殺して唯一人の吸血鬼として帰還を果たした。

 

 ――その殺害された生命の一つに『彼女』は居た。

 

 本来ならそれで消え果てる末路しか無かったのだが、幸運か不幸な事に『三回目』の人生が始まってしまった。

 当然の如く、彼女は自分自身を観測出来ないが故に生命が宿った瞬間に消え果て、彼女の母は自分が妊婦になった事に気づかずに堕胎したのだった。

 

 ――本来ならば此処で終わる退屈な話であったが、実は続きがあったのだ――。

 

 

 

 

 絶対的な勝利を確信し、されどもアーチャーは即座に回避行動をした。

 彼女の心臓を目掛けて放たれた刺突は彼女の左腕を掠めて深く切り裂く。

 飛翔しながら背後に振り向く。驚いた眼でアーチャーは今さっき葬った筈のエルヴィを目の当たりにした。

 

「――然り。故に私は『何処』にでも居て、『何処』にも居ない」

 

 驚く事に無傷、驚く事に服すら復元されている。

 何の不思議もあるまい。彼女は吸血鬼『アーカード』の残骸などではなく――。

 

「――我が主! 神咲悠陽が観測するからこそ、私は『此処』に居られる――!」

 

 『シュレティンガー准尉』の生命の性質を持ち合わせた『アーカード』と同等の域に達した吸血鬼として此処に存在している。

 

 ――つまり、これは何もかもがペテンなのだ。

 

 彼女を観測して確立させる『魔術師』を仕留めない限り、この吸血鬼は真の意味で不死身で無敵で不敗で何とも馬鹿馬鹿しい存在なのだ――。

 

 ――戦略を致命的なまでに誤った。

 アーチャーは『使い魔』を早期退場させて『魔術師』を確保する為に、何度殺しても意味が無い『使い魔』を必死に仕留めに掛かって、貴重な魔力を大量に浪費した。

 それに対して『魔術師』は此処『海鳴市』で戦う限り、霊地からの魔力供給を得られる。長期戦になればなるほど有利は傾いていく。

 これを覆すのであれば、早期決戦で相手を脱落させ、数の優位を取るしかない。

 

「令呪を以って命ずるッ! セイバーよ、宝具をもってランサーを――」

 

 ――然るに、手詰まりになったアーチャーが頼る者は己のサーヴァントのみであり、それは致命的なまでに『魔術師』に読まれていた。

 

「仕留めろッッ!」

 

 セイバーは令呪のバックアップを得て、自らの宝具を開帳する。

 黒の極光が剣に収束する。あらゆる存在を切り裂く神霊級の奇跡が今、解き放たれようとしている――!

 対するランサーはセイバーから距離を大きく取り、自らの魔槍に魔力を存分に注ぎ込む。致死の魔槍がその真価を発揮しようとしていた。

 

「第三の令呪を以って命ずる。ランサーよ――」

 

 ――だが、如何にランサーの魔槍が最大限の威力を発揮しても、それは対軍級に過ぎず、対城級の攻撃には抗いようがない。

 一筋の流星が極星に挑むようなものだ。一瞬の拮抗すら無く、掻き消される事は必須だ。

 

(――ケッ。全く、此処に来てマスター頼みとはなぁ……!)

 

 なればこそ、ランサーは己のマスターを信ずる。

 今、この時、彼が何をしようとし、何を求めたのか、あの性悪の『魔術師』なら確実に見抜き、唯一の勝機であるこの大博打に乗ってくるだろう。

 槍の穂先は下側を向いており――それは明らかに投擲の姿勢では無かった。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』――!」

「セイバーの背後に翔べッッ!」

 

 ――そして一つの奇跡は成立した。

 

 薙ぎ払うように最強の斬撃が放たれる。

 令呪による膨大な魔力の渦とサーヴァントの意志が合致し、ランサーは空間を超越してセイバーの背後に跳躍して着地した。

 背後に現れた在り得ざる死神の姿を、彼女の直感は確かに捉えた。

 だが、『約束された勝利の剣』の反動を全力で抑えている最中、彼女に出来る事は首を全開まで逸らして、その魔槍の矛先を眺める事ぐらいだった――。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』――ッ!」

 

 幾重にも直角に捻り曲がり、在り得ざる軌道から朱の魔槍の矛先は彼女の心臓を今度こそ貫いた。

 因果逆転の呪い、真名を解放する事で『心臓に槍が突き刺さった』という結果を作ってから槍が放たれる文字通り必殺必中の宝具。

 嘗てのセイバーは未来予知の領域に達した直感と運命すら覆す類稀な幸運で致命傷を避けた。

 だが、黒化の凶暴化で直感が鈍った事と、幸運の値が下がっていた事が彼女の敗因となった。

 

 

 ――魔槍が心臓を穿ち貫くと同時に幾千の棘が炸裂し、セイバーの内部器官を徹底的に破壊し尽くす。

 

 

「――よもや、こんな形で決着が着くとはな。ランサー」

「へっ、こっちは初見だがな。中々良かったぜ、アンタ」

 

 黒の極光と化していた剣から光が消え失せた。

 今まで一言も語らなかったセイバーは、懐かしむように感慨深く言い残し、ランサーは最高の賛辞を送った。

 

「アイルランドの光の御子に褒められるとは光栄の極みだ――」

 

 セイバーは静かに目を瞑り、光の粒子となって消え果てた。

 これで『魔術師』陣営はランサーも含めて三人でアーチャーに対抗する事が可能となり、勝負は決したと思われた。

 

 ――桃色の破滅の光が夜天を照らすまでは。

 

 使い切れずに空気中にバラ撒いた魔力を再び掻き集め、今、彼女の代名詞と呼べる最大級の魔法が放たれようとしていた。

 

「おいおいおい!? アーチャーも『対城級』の攻撃を持っているのかよッ!?」

「あわわわわ、ま、まずいですよご主人様。ご主人様も巻き込みますから非殺傷設定だと思いますけど、魔力ダメージだけで全滅しちゃいますよ!?」

 

 ――『スターライトブレイカー』。

 彼女の持つ中で最大級の威力を誇り、正真正銘の奥の手と呼べる魔法の名がそれである。

 魔力収束という類稀な技能を持つ彼女だからこそ成し得る、一発逆転の奇跡の一撃である。

 アーチャーは遥か上空、『魔術師』達の手の届かぬ場所に陣取っており――それが命取りとなった。

 

「私の前でちゃらちゃら翔んでるんじゃねぇよ。『――蝿は天から堕ち、地に這い蹲る』」

 

 ――『魔術師』がリリカルなのはの世界において、一番熱心に開発した魔術系統は『対空』であった。

 空を飛ぶ事が困難な型月世界の魔術師だが、この世界の魔導師は楽々と飛行する。その対策を練って封殺するのは至極当然の理だった。

 

「――ッ!?」

 

 『魔術師』の足場から夥しい赤い光が走り、超巨大で複雑怪奇な魔術陣が姿を現す。積極的にアーチャーに攻撃魔術を放っていなかったのは『場作り』に夢中だったが故だ。

 此処まで場が整っているならば、限定的であれども魔法の真似事ぐらい出来る。決して『魔術師』をフリーにするべきではなかったのだ――。

 

「――大別は『火』と『虚』の二重属性、詳細は『焼却』と『歪曲』の複合属性。それが私が生まれ持った魂の形、即ち『起源』である」

 

 焼いて、歪める――それは彼の人生そのものであった。

 敵も味方も区別無く全てを焼き焦がして灰燼と帰し、その破滅の結果を異なる形に改竄して別の結果へと昇華させる。

 

 ――飛翔物限定の重力操作、彼女は超大な重力に捕らわれ、再び墜落した。白い流星とは流れ落ちるが定めと言わんばかりに――。

 

 

 

 

「夢から覚めたか、高町なのは」

「……ええ。貴方にとって、私は必要なかったのですね」

 

 墜落したアーチャーはバリアジャケットの維持すら出来ずに、今すぐ消え去りそうな自身の構成要素を気合だけで現界させていた。

 アーチャーのクラススキルである単独行動の恩恵か、或いは、常軌を逸するような執念がそれを成し得ているのか――。

 

「――敗因を指摘するとすれば、魂喰いをして魔力に余裕を持たせてなかった事だろうよ。万全の状態で挑まれていたら、此方も危うかった」

「……私だって、好きな人の前では綺麗で居たいです」

 

 憑き物が全部堕ちたかのように、彼女の表情は透明であり、その感情に不純物が無かった。

 

「お前は、殺し合うには優しすぎる」

 

 対する『魔術師』の表情は無く、感情を極力押し殺していた。

 

「『ワルプルギスの夜』は何日後だ?」

「……ちょうど一週間です。『ワルプルギスの夜』を乗り越えられても、貴方は近い内に死にます」

 

 未来から訪れた者の死刑宣告を聞き届け、『魔術師』は淡々と受け入れる。考える素振りも驚く素振りも見せずに――当然の如く。

 

「そうか」

「……驚かないのですね」

「それが私の日常だからな。殺しているんだ、殺されもする」

 

 それらは常に平等であり、等価値でなければならない。殺している者が絶対殺されないという理は無い。

 ――死に関わる者が死から遠ざかる事など出来ないのだ。

 

 

「――好きでした。貴方が死んでから、私には貴方しか居なくなった」

「――そうか」

 

 

 高町なのはは渾身の笑顔を浮かべ、『魔術師』は感情無く一言だけ返す。

 その言葉に、どれほどの想いで溢れているのか、『魔術師』は誰よりも思い知っている。その手の片思いは自分も六十年間思い煩っている。

 

 その苦しさも、

 その嬉しさも、

 その愛しさも、

 その切なさも、

 全て全て理解した上で、

 ――『魔術師』は返答しなかった。

 

「……やっぱり、答えてくれないのですね。嘘でも良いのに……」

 

 自分さえ騙せない嘘は他人も騙せない。『魔術師』は唇を僅かに噛んだ。 

 

「最期に一つ、お願いしても良いですか……?」

「……聞こう」

 

 

「私を、見てくれませんか――」

 

 

 頑なに瞑られていた眼を開き、神咲悠陽は高町なのはを見た。

 天から墜落した天使のようだと、その笑顔もその輪郭もその顔も全て全て見届けて、彼は初めて彼女の姿に魅入った――。

 

「綺麗な、瞳――」

 

 そして彼女は一片の悔い無く、光の粒子となって消え果てた――。

 暫く呆然と立ち尽くし、『魔術師』は天を見上げる。

 其処には百年前と変わらず、月が輝いていた。ただ今回はどうしてか、酷く歪んで見えた。

 

「ランサー。これで私はお前を律する令呪を全て失った訳だが、どうする?」

「そうだな。最初は令呪を全部使い切ったらどうしてやろうか、色々考えていたがよぉ――」

 

 背を向けたまま、『魔術師』はランサーに問う。

 そもそも彼等の主従関係は他のマスターから略奪し、令呪による強制で納得させたものであり、最後の令呪を使い果たした彼にランサーが従う道理は何処にも無い。

 マスターが自身より強大無比なサーヴァントを従わせられるのは『令呪』があってこそだ。

 その縛りが全て無くなった今、先送りにしていた決断の時が来たのだ――。

 

「最後まで付き合ってやるよ。お前と一緒なら戦う相手には困らないだろうしな」

「――そうか、感謝する」

 

 ――此処に、魔術師とサーヴァントは『令呪』を超えた協力関係を築き上げる。

 ランサーにとっては、今の彼が知る由も無いが、漸くまともに得られた正統なマスターだった――。

 

「水臭ぇな。令呪が無くなったら即裏切るような尻軽に見えたか?」

「いや、令呪を無駄に消耗する手間が省けただけだ」

 

 『魔術師』のおかしな言葉に首を傾げる。

 確かに彼は未召喚の令呪を温存しているが、あれは自分とは繋がっていない。あの三画の令呪は自分には使用出来ない筈だが――『魔術師』は右の袖を捲る。

 

 ――其処には未使用の令呪の他に、腕に二画の令呪が刻まれていた。

 

「第二次聖杯戦争で私が使い残した本家本元の二画だ。此方の方はいつでも使えるしな」

 

 今、此処で反旗を翻したら令呪によって自害させる気満々だったと、ランサーは「うわぁ」とこの上無く嫌な顔をした。

 何処までも油断ならぬ野郎だと、溜息を吐きながら毒吐いた。

 

「……エルヴィ。私はいつ死んで良いと思っていたが、それは単なる逃避だったようだ」

「ご主人様……」

 

 ――事に当たっていつでも死ぬ準備が出来ている。

 準備を覚悟と言い換えた方がもっと聞こえが良いだろうか? だが、それが単なる欺瞞であると『魔術師』は気づかされた。

 

「其処に何が何でも生き延びるという意志は無かった。単なる惰性だ。生きる目的が無く、朽ち果てるその時を待ち侘びている。それでは生きているのに死んでいるのも同然だ」

 

 だから、自身の死すらも受け入れていた。

 死した後など知った事では無いと、思考停止していた。

 

 ――こんな自分でも、その死を悼む者が居る事を、彼は初めて知った。

 

「私の死があの『高町なのは』に至る原因ならば、簡単には死ねないな」

 

 踵を返して彼等に見せた『魔術師』の表情はいつもと同じく泰然自若としており――ランサーとエルヴィは笑顔で迎える。

 

 ――地下から地響きが生じている。地下の『敵』は未だに健在のようである。

 

 

 

 

 




 クラス セイバー
 マスター 『高町なのは』
 真名 アルトリア・ペンドラゴン
 性別 女性
 属性 混沌・悪
 筋力■■■■■ A 魔力■■■■□ B
 敏捷■■■■□ B 幸運■■□□□ D
 耐久■■■■■ A 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
              大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは困難。
              黒化している為か、一段階劣化している。
        騎乗:ー 黒化により、騎乗スキルは失われている。
 直感:B 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を『感じ取る』能力。常に凶暴性を抑えている
     為、直感が鈍っている。
 魔力放出:A 膨大な魔力はセイバーが意識せずとも、濃霧となって体を覆う。
 カリスマ:E 軍団を指揮する天性の才能。統率力こそ上がるものの、兵の士気は極度に減少す
       る。


 クラス アーチャー
 マスター フェイト・テスタロッサ
 真名 高町なのは
 性別 女性
 属性 秩序・善
 筋力■■□□□ D 魔力■■■■■ A+
 敏捷■■■□□ C 幸運■■■■□ B
 耐久■■■■■ A 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:E 魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
        単独行動:A マスター不在でも行動出来る。
              ただし、宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターの
              バックアップが必要となる。
 魔法:A++ ミッドチルダ式の魔法技術。最終的な魔導師ランクは『SSS』
 




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21/無垢なる刃

 

 

 ――クロウ・タイタスにおける幸福の定義とは何なのだろうか?

 

 周囲の人が笑って暮らせる事、これに尽きる。これ以外に幸福を見出せない。

 ならばこそ、今、この場に八神はやてが笑い、シスターも笑い合っている。この日常の一コマこそ得難い幸福であり――だからこそ、簡単に見抜けてしまった。

 

 ――其処に自分が居る必要は無いのだ。

 

 自分の大切な人が笑ってくれるならば、自分の身などどうなっても良い。

 彼は我が身を唯一度足りても省みない。致命的なまでに其処が欠如していた。弱者である彼は、我が身を削らなければ幸福は得られないと理解しているが故に――。

 だから、彼女達と共に幸福を享受しているこの至福の光景は手の届かぬ理想郷であり、単なる幻に過ぎないと簡単に看破してしまう。

 

「クロウ兄ちゃん、どうしたん?」

「……ごめんな、はやて。オレは行かなきゃなんねぇ」

 

 そして此処には彼女――アル・アジフがいない。

 世界の中心を探る。この幸せ過ぎる幻影を解く方程式は其処にあり、即座に探し当てる。後は其処に魔力を集中させ、暴いて解き放つだけだ。

 

「クロウちゃん、何で……?」

「これが溺れたくなるような幸福な夢ってのは身に染みて解るんだけどさ、何処までも違和感が拭えねぇんだ。此処はオレには勿体無さすぎる――」

 

 幸福な世界を木っ端微塵に破壊して、クロウ・タイタスは現実に立ち戻った。

 犠牲無くして幸福は得られない、それが彼に立ち塞がる残酷な現実だった――。

 

 

 21/無垢なる刃

 

 

 目を覚まし、寝惚けた頭を振り払い、大凡の状況を理解する。

 時刻は既に十一時を廻っており――タイムリミットまであと一時間という状況だった。

 

「クソッ、シスターめぇ……!」

 

 ヘンテコな精神世界に隔離しやがって、と怒りを燃やし、即座に起き上がって立ち上がろうとした処で、人一人分の重みを感じる。

 下を向けば、はやてが必死にしがみついていた。まさか今までずっと――幸いな事に、今は眠っているようだった。

 

「行っちゃ、駄目。一人に、しないで……」

 

 その寝言を聞いて、罪悪感が湧き上がる。

 それでも、行かなきゃならない。自分が行かなければ、アル・アジフは永遠に助けられない。

 邪悪を退ける為に生まれた彼女を、邪悪を呼び寄せる為の生贄にさせる訳にはいかない。

 

「ごめんな、はやて。――行って来る」

 

 はやての手を振り解き、ベッドに眠らせてシーツを掛けて――クロウ・タイタスは戦場に向かう。

 もう此処には帰って来れないかもしれない、そんな弱気を振り払いながら――。

 

 

 

 

 ――其処は局地的な暴風の被害が及んだかのような酷い有り様だった。

 

 地は砕け、爆撃にでも遭ったかの如く大惨状だが、不思議と人通りは無い。

 法治国家である日本でこんな状況になれば、まず間違い無く誰かしら駆けつけると思うが――その人物と出遭ってしまい、全てを納得した。

 

「おや、随分と大遅刻だね。クロウ・タイタス」

 

 あの『魔術師』と相対してしまい、一気に緊張感が漂う。

 彼が此処に居るという事は、この場における惨状は彼の仕業であり、それ故に外部に漏れる事無く秘匿されたのだろう。

 

 彼と最後に相対したのは、一人の気が狂った転生者が毎日一人ずつのペースで一般人を殺し続けた海鳴市における最悪の一ヶ月間――『連続猟奇殺人事件』以来である。

 

 クロウはもう二人の協力者と共に凶行に走る転生者を突き止め、無傷で捕らえる事に成功した。

 法と秩序によって裁かれる前に、その狂った転生者は『魔術師』の手によって闇に葬られる。

 何とも苦々しい結末であり、それ以来、クロウ・タイタスは『魔術師』の事を相容れぬ敵と認識している。

 

「何でお前が此処に……!?」

「それは此方の台詞なのだが、まぁ良いだろう。アーチャーの相手をして時間を浪費してしまってな。今から『地下神殿』に入っても間に合わないから色々と小細工をしている」

 

 またろくでもない事を企んでいるのは間違い無いだろう。

 一応この聖杯戦争では蹴り落とすべきマスターになるが、今現在のサーヴァントを攫われた自分には抵抗する手段は無く――『魔術師』にしても此方を駆逐する価値も見出していないのか、敵意さえ向けていなかった。

 

「大方『禁書目録』に戦力外通知をされ、今の今まで時間を浪費したと見える。さて、今からでは邪神招喚まで間に合わない上に元々君では何も出来ないが、何をしに来たのかね?」

「――アル・アジフを助け出す」

「ほう、どうやって?」

 

 『魔術師』は小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべる。

 

「あれは邪神招喚の生贄だ。自らの手で殺してやるのがせめてもの救いか? 残りの令呪二画を使えば或いは自害させられるかもしれんぞ」

「……黙れよ。――アイツを助けられるのはオレだけで、助けようとするのもまたオレだけだ」

「死が救済になるなら、私が彼女を助ける事になるだろうがな」

 

 皮肉気に『魔術師』は笑う。その嫌らしい笑みに、クロウは苛立ちを籠めて睨み返した。

 

「下に潜った連中が時間内に『大導師』を仕留められないのならば、私は此処一帯を崩落させて被害を最小限に抑える算段だ。――存外、苦戦しているようなのでな。『神父』も『代行者』も『銀星号』も足止めを食らっているようで不甲斐無い」

「なっ、上に居る一般人の連中も全部巻き込む気か!? あの地下神殿の規模は巨大だ、街の一部が残らず崩壊するぞッ!?」

「被害がどれほどの規模になるかは解らないが、邪神招喚されるよりは死亡者は少なく済むぞ?」

 

 それは被害を最小限に留める次善の手であり、『魔術師』にとっては厄介者全てを葬れる最善手でもある。

 いざその時が来た際、『魔術師』は一切躊躇わずに実行するであろう。クロウは奥歯が砕けんほどの勢いでぎりぎりと噛み締めた。

 

「――そうだな、戯れだ。お前の覚悟とやらを見せて貰おうか?」

 

 此処で『魔術師』を止めなければ下にいる皆が死んでしまう。だが、万が一『邪神招喚』が成ればそれ以上の被害が及ぶ。

 此処で『魔術師』を止めるか否か、クロウが葛藤している最中、『魔術師』はこの上無く憎たらしく微笑んだ。

 地面に赤い光が走り、巨大な魔術陣が描かれる。『魔術師』の両手両肩の魔術刻印もまた赤く強く脈動していた。

 

「……ッ!? 何をする気だ――!」

「『空間転移』で最高潮(クライマックス)寸前の舞台に送り届けてやる。此方の儀式場は既に完成したからな――君に『大十字九郎』の真似事が出来るのならば、やってみるが良い」

 

 

 

 

 地下神殿の大聖堂、二つの鬼械神が鎮座して尚余るほどの大空間が広がっており――数多の仕掛けを突破した三名の精鋭と『大導師』が死闘を繰り広げていた。

 

 ――黄金の十字架の剣と打ち合うは、神の御業で鍛造されたオリハルコンの剣、『大導師』と『竜の騎士』は共に一歩も引かずに斬り結んでいた。

 

「――流石は『竜の騎士』、流石は歴戦の『竜騎将』、その剣は一体幾人もの人間の血を啜ったのかな?」

「――!」

 

 魔人は嘲笑する。この『真魔剛竜剣』が幾千幾万もの人間の返り血を浴びた事を知っているが故に――。

 

「――よりによって人が世を乱した時代に生まれし『竜の騎士』殿、貴方は何を斬り裂いて世界を救済したのかな? あは、ははははははははははははは――!」 

「黙れぇ――!」

 

 その額の『竜の紋章』がより一層激しく輝く。

 だが、依然としてその刃は魔人に届かず、魔人の刃は『竜闘気(ドラゴニックオーラ)』を貫いてダメージを与え続ける。

 『大導師』に『竜の騎士』――両者とも最強級の転生者であるが、精神面において差が生じてくる。

 

(それだけじゃない。『竜の騎士』は此処が地下の奥深くのせいで『最強の一撃』を封じられている。更には私や『彼女』が居るせいで無差別殺戮の可能性を秘めた『竜魔人』になる事が出来ない……!)

 

 刻一刻と勝負の天秤が傾いていき、シスターとソーサラーの少女に焦燥感が生じる。

 

(……『神父』と『代行者』はまだ来ないのですか……!)

 

 このまま前衛を失えば、後衛の彼女達二人は瞬く間に『大導師』に葬られる。

 シスターはソーサラーの少女にアイコンタクトをする。考えは同じだった。

 

「一旦下がってッ! ――滅びゆく肉体に暗黒神の名を刻め、始源の炎蘇らん! フレア!」

「豊穣神の剣を再現、即時実行――!」

 

 少女の掛け声と同時に冷静に戻った『竜の騎士』は全力で背後に翔んで一時離脱する。

 撤退を援護する為に繰り出された、黒魔法において最強最大の一撃が『大導師』を中心に爆発し、同時にシスターから三条の光の剣が飛翔する。

 『大導師』を中心に夥しい魔術文字が展開され、防御魔術となって相殺する。底知れぬ魔力は未だに途切れず、尚も燃え滾っていた。

 

「おや、距離を離して良いのかな? シリウスの弓よ!」

「……ッ、『硫黄の雨は大地を焼く』――完全発動まで三秒」

 

 魔人は即座に弓を構え、一発一発が『歩く教会』を撃ち抜き兼ねない破滅の光を次々と放っていく。

 

「……!? ちぃ――!」

 

 『竜の騎士』は一目散にソーサラの少女とシスターの前に疾駆し、飛翔する光の矢を斬り裂いていく――その場から動かず、死守の構え。

 当然ながら、捌き切れなかった矢が次々と彼の肉体を穿っていく。人間と同じ赤い血が飛び散っていく。 

 

「――っ、空の下なる我が手に、祝福の風の恵みあらん! ケアルガ!」

 

 柔らかな光の風が『竜の騎士』を包み込み、負傷を即座に癒していく。

 この間約三秒、シスターの魔術が完成し、五十以上もの『灼熱の矢』が飛翔し、光の矢を相殺して行く。

 

 これで体制を立て直した――そう確信した瞬間、馬鹿げた重力が生じ、彼女達を押し潰さんと身体中の骨に軋みを上げさせる。

 

「ぐぅぅ!」

「きゃあああっ!?」

「――っ!」

 

 即座にシスターはこの魔術を基点を発見し、ありったけの魔力を流し込んで術式を即時破壊する。

 この早業には、さしもの『大導師』も感嘆の息を吐いた。

 

「流石は『禁書目録』。此方の別系統の魔術を即座に解析分解するとはな!」

 

 『大導師』は嬉々と弓に、破壊の権化である黒炎の龍を装填する。放たれれば此方を問答無用に屠る一撃必殺の滅技――!

 だが、逃れられないタイミングでの発動には至らなかった。『大導師』の視線が彼等とは外れ――其処には空間の歪みが生じていた。

 

「空間跳躍――!?」

 

 何者かがその地点に翔んでくる――未だに到着していない『魔術師』の差金か、それは空間から拒絶されたかのように排出され、無様に転がり落ちて着地した。

 

「ぬわぁっ!?」

「クロウちゃん――!? そんな、どうして此処にッ!?」

 

 此処には絶対に来ないであろう人物を目の当たりにし、シスターは悲鳴を上げる。

 彼女の姿を確認したクロウはそれはそれは激怒し憤怒した表情を浮かべて怒鳴った。

 

「後で覚えていろよシスター! 口で言えないような十八禁間違い無しのエロエロなお仕置きをしてやるぅぅぅ!」

「ななっ!?」

 

 クロウは一直線に走る。『大導師』目掛けて――ではない。

 その真逆、大聖堂の奥に鎮座しているアイオーンらしき異形の鬼械神、囚われのアル・アジフを目指して――。

 

「暫く時間を稼いでくれ! オレがアル・アジフを助け出すッ!」

「行かせると思うたかッ!」

 

 必滅の術式の照準が走り去るクロウの背中に向けられる。

 

「悪神セト、蹂躙せ――!?」

 

 発射の寸前に『大導師』の顔に『竜の騎士』の『爆裂呪文(イオラ)』が炸裂し、破滅の黒龍はあらぬ方向へ解き放たれた。

 

「ああ、もう、こうなったら出来る限り止めるから行ってクロウちゃん! 大して保たないから早くッ!」

「おうよッッ!」

 

 自棄っぱちにシスターは力一杯叫び、追撃と足止めの魔術をひたすら繰り出す。

 ――そして舞台の結末は無力な魔道探偵に委ねられた。

 

 

 

 

 ――間近で木霊する破壊音すら耳に届かない。

 

 自身の鬼械神の中で触手に貪られている愚かな魔導書は、生きながら死に絶えようとしていた。

 滑稽な話だ。邪悪を駆逐する為に、世界への警鐘を鳴らす為に狂える詩人に書かれた『魔導書』が人類に終焉を齎し、そして今、邪悪とは無縁の次元宇宙に災厄を齎そうとしている。

 

(……妾は、一体何の為に、存在したのやら――)

 

 自嘲的に笑い、アル・アジフは成す術も無く犯され続ける。

 数刻もしない内に儀式は完成し、外なる宇宙の邪神はこの世界を苗床に侵略して行くだろう。

 謝っても謝り切れない。彼女が今、出来る事と言えば、引導を渡してくれる者をただ待ち望むのみだった。

 

「――、――!」

 

 ――声が、聞こえた。

 

 誰が見知った者の声、されども、その声は余りにも小さく、聞き取れないほど弱々しかった。

 一体、誰がこんな愚かな魔導書を呼び寄せるのだろうか。彼女は気怠げに顔を上げる。

 されども、アイオーンだった鬼械神のコクピットの中は最早人外の触手が蠢く魔境でしかなく、外を確認する術は既に持ち合わせていない。

 単なる空耳か、全てを諦めて目を瞑ってしまおうとした途端、その声は確かに此処に届いた。

 

「――アル・アジフッ!」

 

 それは我が名を呼ぶ声であり、その者は今世に置ける彼女のマスターのものであり――必滅必須の殺戮空間たる此処に居てはならぬ人物の声だった。

 

「……ク、ロウ」

 

 ――馬鹿な。

 一体何をしに来た。

 魔導書を手放しているお主など、一般人にも劣る。

 それに、彼女は彼を裏切った。

 期待も信頼も、存在意義に置いてすらも、自分は裏切り者であり、憎悪に足る存在だ。

 主を破滅に導いた愚かな魔導書の名を、何故求める。何故叫ぶ。

 

 ――ああ、そうか。彼は最後の務めを果たしに来たのか――。

 

「――クロウ! 妾を、妾を殺せぇ! 儀式が成る前に、早く……!」

「こんの、馬鹿野郎ッ! 何、寝惚けた事をほざいてやがるんだぁこの古本娘がぁ!? 良いか、良く聞け――オレは、お前を、助けに来たんだッ!」

 

 ――思考が止まる。

 在り得ない。彼は一体何を言っているのか。

 こと今更において自分を助けるなどという妄言を吐くのだ……!?

 

「何を馬鹿な事を……!? もう、妾は邪悪を討ち払う魔導書ではない。邪神の策謀に踊らされ、役目も全う出来ない討つべき害悪だ……!」

「うるせぇ、黙ってろッッ!」

 

 アル・アジフの泣き言をクロウは斬って捨てる。

 解らない。彼女には主の考えている事がまるで解らない。

 最早役に立たぬ程度では済まないのだ、自身は。

 存在しているだけで災厄を齎す史上最悪の魔導書。

 彼女は自分自身の存在を誰よりも許せない――。

 

「何故だ。何故、汝は妾を――」

「泣いている子を、救わねぇ男が何処にいやがるッッ!」

 

 一際音を立てて、コクピットに亀裂が生じた。

 光が射す。バルザイの偃月刀を握った血塗れのクロウは力任せに振るって、漸く自身の魔導書と対面を果たした。

 

「うおぉっ、触手だらけで気持ち悪ッ!?」

 

 彼女を拘束する肉の触手を一太刀で斬り裂き、力無く崩れたアル・アジフを背負って颯爽と脱出する。

 彼女という配給元を失ったアイオーンらしき鬼械神は名残惜しく崩れ去り、怪奇にしては妙に潔く消え果てた。

 此処に、此度の邪神招喚の儀式は潰えた――。

 

「それで私に勝ったつもりか、クロウ・タイタスッ!」

 

 魔人の慟哭が響き渡り、不動だったもう一つの赤い鬼械神が軋みを上げて動き出す。

 

「リベル・レギス……!? 邪神招喚の儀式が中断されれば、奴等の鬼械神もまた――!」

「よくぞ阻止して魅せた。だが、何も問題無い。此処に集った邪魔者達を一人残らず一掃し、その生贄をもって再び邪神降臨の儀式を執り行おう!」

 

 勝ち誇ったように『大導師』は高々に勝利宣言する。

 如何に転生者が集っても結局は彼の『鬼械神』に敵う存在はいない。

 成功しても良し。失敗しても此処に集った最精鋭達を始末すれば次に彼を止める者は居なくなる。どの道、勝利は揺るがなかった。

 

 ――誰もが絶対的な戦力差に絶望した。

 

 単なる機械の人形相手ならば、幾ら体格差があろうが勝機はあるが、あれは神の模造品であり、正真正銘の最強の鬼械神だ。生身で敵う道理は何処にもあるまい。

 誰一人勝機を見出せずに絶望していた。唯一人を除いて――。

 

 

「憎悪の空より来たりて――」

 

 

 何故、その聖句を知っているのか。

 否、それはどうでも良い。だが、だが――!

 

「……無理、だ。クロウ。もう、デモンベインは――」

「オレを信じなくて良い。だがな、アル・アジフ、『魔を断つ剣(デモンベイン)』を信じろ。お前達と歩んだあの鬼械神は、必ず答えてくれる……!」

 

 ――クロウは自信満々に笑う。

 彼は信仰している。こんな何も出来ない自分ではなく、彼等の物語を絶対的に信仰している。

 彼等の剣は一度の敗北程度では折れない。否、何度折れようが、何度でも蘇る。

 彼等の神話を、クロウ・タイタスは全身全霊を以って信仰する。

 

 ――その顔が、一欠片のパーツさえ似て居ないのに、彼女の伴侶のものと重なった。

 

「正しき怒りを胸に――」

「馬鹿な。出来る筈が無い! あの出来損ないの鬼械神は既に――!」

 

 ナコト写本が実体化し、驚愕と共に呪詛を吐き捨てる。

 デモンベインはリベル・レギスとトラペゾヘドロンを打ち合い、次元の狭間に消え果てた。

 既に欠片も残らずに消滅している。存在したという因果すら残っていないのだ。

 呼び出せる筈が無い。今のマスターにはデモンベインとの縁は皆目皆無であり、その招喚対象であるデモンベインもまたこの宇宙の何処にも存在しない。

 

『――『我等』は魔を断つ剣を執る!』

 

 声が、重なる。クロウ・タイタスと、アル・アジフの声が。

 出来損ないのマスターと、伴侶を失った魔導書の心が、初めて重なり合う――。

 

 

『汝、無垢なる刃、デモンベイン――!』

 

 

 ――そして、想いは確かに届いた。

 

 鋼鉄の鬼械神が時空を引き裂いて顕現する。

 最弱無敵の鬼械神(デウスマキナ)が、人の為の鬼械神(デウス・エクス・マキナ)が、今、此処に降り立った。

 

「……本当に」

 

 欠けたる要素など何もなく、完全完璧な状態だった。

 アル・アジフは幾度無く魔術的な調査する。これは邪神の差金ではなく、彼等と共に幾多の戦場を駆けた、不屈の闘志を漲らせた人間の為の鬼械神だった。

 

「うおおおぉっ! マ、マジで本当に招喚出来たぞこれ!?」

「んなっ!? な、汝は確信を持って招喚したのでは無かったのか!?」

「時にはノリも重要だって事だ!」

 

 ――まさに、これは正真正銘の『ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)』であり、それを目の当たりにしたナコト写本は心底信じられないという表情でそれを見届けていた。 

 

「在り得ない……!」

 

 ――こんな奇跡が、あってたまるか。起こってたまるものか……!

 

 アル・アジフのマスターは大十字九郎ではない。もっと格下の、取るに足らぬ塵芥同然の人間だ。

 それが、それがこんな奇跡を引き寄せるなどあってはならない――! 一体何が、どんな未知の法則が此処まで働きかけたのか……!?

 ナコト写本は心底憎悪して彼女の主を射抜く。呪詛さえ滲ませて、彼女の主を初めて射殺さんと睨みつける――。

 

「――クロウ・タイタス。認めよう、この世界において貴様が我が宿敵であると……!」

 

 魔人は『リベル・レギス』に飛び移り、コクピットに入る。 

 

「アル・アジフ! 行くぞッ! ――シスター、それとブラッドにシャルロット、危ねぇから逃げてろッッ!」

「わ、解ったよ……!」

「私達はついでか……」

「……落ち込まない」

 

 ページが解けるようにクロウの姿は消え、デモンベインのコックピットに収まる。

 アイオーンとは違って、魔力の負担は殆ど無い。流石は魔術と科学との混生児、耐え抜いて勝ち抜く事を可能とする最弱無敵の鬼械神だとクロウは笑う。

 

「リベル・レギス――この前の戦闘の損傷がまだ直っていない……?」

「侮ったな。奴等はもう鬼械神での戦闘は無いと盲信し、邪神招喚に全身全霊を費やした。持ち前の自己治癒では全快に至らなかったようだな」

 

 処々に損傷が目立ち、火花を散らしている『リベル・レギス』を見て、二人は戦力分析をする。

 現状ではほぼ互角、否、完璧な状態である此方側が僅かに有利だと――。

 

「多少の損傷など関係あるまい――我等が必滅呪法の前にはな」

 

 リベル・レギスの掌に絶対零度の冷気が生じ、一歩後ろに下がって構える。

 

「一撃勝負ってか。面白ぇ、乗ってやるぜ……!」

 

 デモンベインの掌に無限熱量の灼熱が生じ、いつでも飛び出せる姿勢で構える。

 

 ――奇しくもそれは、『大十字九郎』と『マスターテリオン』が執り行おうとし、アンチクロスの邪魔が入って決着が着かなかった勝負の再現であった。

 

「――レムリア」

「――ハイパーポリア」

 

 二体の鬼械神が同時に駆ける。

 我武者羅に、前の敵のみを見て、彼等は必滅の昇華呪法を繰り出す。

 

「インパクトッ!」

「ゼロドライブッ!」

 

 無限熱量の灼熱と絶対零度の冷気が衝突を果たす。

 何方が真に必滅の奥義であるか、鬩ぎ合い――世界は純白に染まった。

 

 

 

 

「がっ――見事、だ。初の騎乗とは、思えんな。我が宿敵よ……」

 

 血塗れで、肉体の各所が炭化している『大導師』は地面を這い蹲りながら、朱に染まる夜の街を離れて行く。

 必滅の奥義の打ち合いに撃ち負け、最強の鬼械神『リベル・レギス』は此処に滅びた。彼の魔導書であるナコト写本は一切抵抗せず、自らの鬼械神と運命を共にした。

 

 ――だが、彼は諦めが最高に悪い。昇華される寸前の処で脱出し、何とか生き延びた。

 

 如何に魔人と言えども、彼は『マスターテリオン』とは違って正真正銘の人間である。この致命傷に限り無き負傷を受け、彼の生命は風前の灯だった。

 激痛、激痛、無くなる痛覚、麻痺する身体機能、それでも生への執念だけが彼の生命を繋ぐ。

 諦めるという選択肢は元より彼の中には存在しない。決定的な敗北を経て、凡そ全てを失っても、次への執念を燃え滾らせる。

 今回は完膚無きまでに敗北した。だが、次はこの教訓を生かし、必ずや我が神への道を切り開こう。

 

 ――かつん、と、彼の前に靴音が生じた。

 魔人は最後の最期に現れた絶対的な敵対者を前に、淡く微笑んだ。

 

「――此度は此処までか。……まぁいい。次は、もっと上手くやるさ」

「三度目があったからと言って四度目があると思うなよ」

「何を言う。三度あったんだ。四度目があっても可笑しくは無いだろう?」

 

 ――『魔術師』の手には抜き身の太刀が握られている。

 

 この絶望的な敵対者を前に、それでも魔人は活路を必死に模索する。

 此処で間違い無く殺されると確信していても尚、魔人は美しく生き足掻く。それは絶望の化身である『邪悪』には似合わぬ類の生き汚さだった。

 

「そう考えるのはお前の勝手だがな。――まだ続ける気か? お前の企みが成功する事は恐らく無いぞ」

「何度でも挑むさ。成功するまで続ける。これまでも、これからも、何も変わるまい」

 

 一片の淀み無き、清々しい邪悪な宣言に、『魔術師』は溜息を吐く。

 

「だから、お前は永遠に成功しないんだ。一つ呪いを渡そう」

 

 これからも永遠に彷徨うであろう魔人に、『魔術師』は哀れみを籠めて呪詛を植え付ける。

 それは魔術的なものではなく、そうでは無いが故に解呪出来ず、致死の毒足り得る猛毒だった。

 

「――その資質は『黒の王』のものではない。まるで逆なんだよ。お前はお前の宿敵である『白の王』の資質を持ち合わせて生まれた。これが皮肉でなくて何を言う」

 

 ――魔人の眼が驚愕一色に染まる。

 誰一人指摘しなかった事を嘲笑い、気づけなかった愚鈍さに憐憫を籠める。

 

「お前は『大十字九郎』にはなれるが、『マスターテリオン』にはなれない――」

 

 呪いは結実し、魔人の精神を無限に蝕む。

 絶望を識らない魔人が初めて体験する絶望の味は如何な程か――今度は『魔術師』の顔が曇った。

 

「――だからどうした? 私は敬愛する我が神の為に戦う。それだけの事よ」

 

 『魔術師』は「そうか」と一言返し、一閃して首を落とす。

 実に気に食わない事に――魔人は最期まで勝ち誇ったように笑っていた。

 

「――愛、か。人が生命を賭けられるのはそういうもんだろうね」

 

 感傷深く『魔術師』は独り言を呟いた。

 街の存亡を賭けた大騒動は終焉し――聖杯戦争は一夜にして、残り『二騎』となった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女まどか☆マギカ編
22/平常運転の陰謀家


 

 

 

 ――夢を、見ていた。

 長く、果てしない、何処までも悲しい夢を――。

 

「フェイトっ! 良かった、良かった、もう目覚めないかと思ったよ……!」

「アル、フ……? あれ、何で子犬モードに?」

「フェイトの負担を少しでも減らそうとしてさっ……いやまぁ、アーチャーから言われたんだけど」

 

 小さくなった自身の使い魔の姿にびっくりしながら、フェイト・テスタロッサは自身の鉛のように重い身体に眉を顰める。

 魔力は殆ど底を尽きており、これではまともに活動も出来ないだろう。

 

 ――そう考えて、一体自分は何をすれば良いのか。

 フェイトは完全に自身の目的を、見失っていた。

 

「というか、このモードの事、知っていたの?」

「あ、いや……うん、アルフ、可愛いよ」

 

 咄嗟に誤魔化し、アルフははち切れんほど良い笑顔を浮かべた。

 

「ごめん、アルフ。何か飲み物を取って来て……」

「あいよ! ちょっとだけ待っておくれよー!」

 

 アルフは見た目相応のやんちゃさで冷蔵庫に向かってドタバタと走り、フェイトは疲労感を滲ませた溜息を吐いた。

 毛布を捲る。其処には、恐らく先程まで令呪だった『ジュエルシード』が三個、転がっていた。

 

 ――自身はアリシア・テスタロッサのクローンであり、母親であるプレシア・テスタロッサから偽物として疎まれている。

 

 ――『魔術師』は自身が手に入れたジュエルシードを尽く砕く為、現存しているジュエルシードは自身の三つと――未だ出遭った事の無い、親友の三つのみ。

 

 ――プレシア・テスタロッサの本願は当然叶わず、次元世界の狭間に消え逝くが定め。自分は唯一人、彼女達に置いて行かれ――。

 

 ――彼女の記憶の中には、自分の姿がとにかく鮮明に、何度も出てきた。

 彼女自身、最も信頼していた親友が自分であり――彼女が道を誤り、最終的に引導を渡したのは、泣きながら崩れる未来の自分だった。

 

(――私は貴女の事を必要以上に知っている。でも、今の貴女を知らないし、貴女は私の事を知らない……)

 

 解らない。全く思考が定まらない。

 あれが自身の未来である事を全否定すれば、フェイト・テスタロッサは母の忠実なる下僕に立ち戻れる。例え捨て駒でも、役目を果たす事が出来る。

 けれども、あれが自身の辿る未来であるならば、自分は解った上で立ち向かう事など出来ない。そう振る舞えるほど、強くある事は彼女には出来ない。

 

(――なの、は。高町、なのは……)

 

 崩れそうな自身の体を自分で抱き締め、フェイトは一人で震える。

 知ってはいけない事を知ってしまった。もう、フェイトは以前の無垢な自分ではいられない。知ったからには後戻りは出来ない。

 

 ――貴女に、出逢いたい。

 滅茶苦茶になった自分自身に、区切りを付けたい。

 其処に答えがあると、彼女は盲目的に信じて――。

 

 

 22/平常運転の陰謀家

 

 

 ――そして、高町なのはは自身の未来の結末を最期まで見届けた。

 

 全領域を支配する五十以上の魔力の弾の乱舞も、神の鉄槌じみた超絶な破壊力を誇る桃色の光線も、星屑を集めて形成された超巨大な星も脳裏に刻まれた。

 

 ――あれが彼女が至る到達点、英雄の域まで登り詰めた『高町なのは』の姿を網膜に焼き付ける。

 

 まさに彼女の『強さ』は高町なのはの理想そのものだった。

 強大無非なる力、あの『魔術師』達に匹敵する力、今度こそ彼を守れるほどの力――なのに、何故彼女は敵対する道を選んだのだろうか?

 未来の自分なのに、自分自身の選択がまるで解らなかった。

 どうして、殺し合う道を選んでしまったのか。そんな事の為に彼女は力を求めたのでは無いのに――涙が知らぬ内に零れ落ちた。

 

 ――彼女は白い流星として流れ落ちた。

 

 今際の言葉を、彼女は全部聞き届けた。

 涙が止まらなかった。やはり彼女は自分自身だった。不器用なれども、何処までも一直線に貫いて、その報われない結末に慟哭する。

 されども、彼女は自分でも驚くぐらい綺麗な笑顔で笑って、未来の自分は満足気に逝った。

 

(……解らなくなっちゃったよ、レイジングハート)

『……Master.』

 

 何処をどう間違っていたのか、どんな道筋を歩んだのか、今の自分では全く解らないし、想像も出来ない。

 でも、自分は――あんな綺麗な笑顔で逝く事が出来るのだろうか?

 

 一つの結末を見届け、高町なのはは目指した道を見失った――。

 

 

 

 

 八神はやてが居て、シスターが居て、アル・アジフも居る。

 朝の食卓で至福の時間をクロウは堪能する。平和な一時を全身全霊で享受する。

 

(……昨日は良く無事だったなぁ、オレもアル・アジフもシスターも)

 

 下手すれば時間切れで全員生き埋めという事態も在り得たし、自分だけ死んではやてに泣かれる未来とか、かなりの確率で在り得ただろう。

 

「――と、ところでクロウちゃん」

「んぁ? はぁんほぁ?」

 

 この得難き幸せな一時に感謝していると、シスターが赤くなった顔でどもりながら話しかけて来た。

 『歩く教会』のフードを珍しく脱ぎ捨てており、金糸のように色鮮やかな金髪の毛先を丸めており、何だかいつもと違ってドキリと来る。

 あれがあると無いとでは此処まで雰囲気が異なるのか、唸るばかりである。

 

「く、口では言えないようなエロエロなお仕置きって何するのかな……!?」

「ゲフッ!? なな、いきなり何言って……!?」

 

 それは図らずも、昨日自分が口走った妄言であり――真に受けたシスターは耳まで赤く染め、オレははやてとアル・アジフの絶対零度の視線を浴びて、さぞかし顔を青褪めている事だろう。

 

「――クロウ兄ちゃん、どういう事かな?」

「――クロウ、お主……!」

「な!? そんな性犯罪者を見るような眼でオレを見るなああああああああぁ――!?」

 

 

 

 

 幸せな食卓が一転して性犯罪者に対する弾劾裁判に早変わりし、オレの幸福指数は一直線に下向するのみである。

 気を取り直して礼拝堂に散歩しに行けば、其処には黒髪黒眼の覇気溢れる青年と水色の髪の儚げな印象を抱かせる少女が座って待っていた。

 

「よぉっ、珍しいな。あの事件以来か?」

「ああ、お互い元気そうで何よりだ」

 

 其処には昨日、あの地下神殿で再会したブラッド・レイとシャルロット(姓は無い)である。

 

「シャルロットも久しぶりだな……って、どうしたんだ?」

「……シスターに何するの?」

 

 ジト目で、ブラッドの背後に隠れながらシャルロットは責めるような視線を浴びせる!?

 

「って、お前もかよ!? やめろ、オレはロリコンでも性犯罪者ではないぃ――!」

 

 頭を抱えながら「NOOOOOOO!」と悲鳴を上げる。

 これはまずい。あのシスターの腹黒な策略でオレがロリコン認定されてしまう……!?

 今日は妙に可愛いなぁと血迷った先程のオレを殺してやりたい!

 

「ははは、礼拝堂で騒がしいですね。クロウ」

 

 背後から居ない筈の人物の声を聞いて、オレは瞬時に停止する。

 背後には初老を越えても微塵の衰えも感じさせない『神父』が笑って立っていた……!?

 

「ななな、『神父』!? どどど、どうして此処に!?」

「此処は『教会』で私は此処の『神父』ですよ? 何か不思議な点がありますか?」

 

 笑顔でニコニコと笑い、反面、オレは背中から流れ落ちる汗を自覚する。

 恐らく、蛇に睨まれた蛙というのは、今のオレみたいな感じになっているのだろう。

 パタパタと背後からシスターが慌てて駆け寄ってくる。彼女の方も『神父』の存在を驚いている様子だった。

 

「『神父』……!?」

「今後の方針について少し話がしたくてね。残りのサーヴァントは『二騎』……いや、未召喚のも含めて『三騎』ですからね」

 

 はやても車椅子で駆け寄っている為、血腥い話はなるべく避けたいのだが――残り『二騎』という言葉に、電撃的に閃く。

 確か召喚されたサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、ライダー、キャスターであり、必然的に未召喚のサーヴァントのクラスは残り一枠のあれに成る筈である。

 

「……あれ? オレ、凄ぇ事に気づいたぞ! もう召喚出来るクラスは『アサシン』しか残ってねぇじゃん! ははは、それならあの『魔術師』と言えども恐るるに足らずだっ!」

 

 ランサーさえ倒してしまえばアサシンなど雑魚同然よ、とオレは勝ち誇る。

 だが、オレの反応に反して、シスター達は冷めた視線を向けていた。

 

「……クロウちゃん、それ本気で言っているの?」

「あん? どういう事だ? 何でそんなに深刻な顔してるんだ?」

 

 シスターだけじゃなく、ブラッドもシャルロットも何か言いたそうな顔をしているが……?

 

「もし、その仮説が本当なら、あの『魔術師』はとうの昔にアサシンを召喚していて――虎視眈々とクロウちゃんの暗殺の機会を待ち侘びているって事だよ?」

「……衛宮切嗣が第四次のアサシンを召喚していれば、第四次聖杯戦争は四日間で終わったという。あの『魔術師』にアサシンが渡ったらどんな大惨事になるか、もう言わなくても解るな?」

 

 シスターは呆れたような顔をし、ブラッドは少しは危機感を抱けと言わんばかりに忠告する。

 ……ああ、そういえばアサシンってマスターを暗殺するサーヴァントだっけ……あれ、それが『魔術師』の手に渡ったら、超ヤバくね?

 

「ぎゃ、ぎゃー!? 何その無理ゲー!? もう一人でトイレにも行けねぇ!?」

 

 あの『魔術師』の事だ。間違ってもサーヴァント相手にぶつけないし、確実に仕留められるタイミングでしかアサシンを使わないだろう。

 もうトイレにも篭れないのか、悲観する中、シャルロットは無表情のまま違った見解を示す。

 

「……またはクラスが絶対に被らないから最後まで温存したのかも」

 

 クラスが被らない? それは温存しているサーヴァントのクラスが最初からアサシンのサーヴァントだったからか、または――。

 

「アヴェンジャーのようなイレギュラークラスですか。なるほど、大いに在り得ますね」

 

 なるほど、と『神父』も頷く。

 となると、アヴェンジャーやセイヴァーなど特殊なサーヴァントの可能性があり、結局は秘匿する戦力は未知数かと落胆する。

 

「どの道、最後の敵だ。避けては通れないだろう」

「……『デモンベイン』は使えるのですか? アル・アジフ」

「ほぼ全壊に近いのでのう、此奴のへっぽこ魔力では数ヶ月は修復不能だ」

 

 覇道財閥を抱えた大十字九郎とは違って、此処にはデモンベインを修理する工場設備が何処にも無いので、自前の修復能力に頼らざるを得ず、全力でやっても魔力枯渇するので修復は遅ぼそとしている。

 

「――まぁそんな訳で、じゃんじゃじゃーん、停戦の使者登場でーす」

 

 背後から気配が生じ、咄嗟に振り向けば其処には猫耳メイドの少女が其処に居た――って『魔術師』の使い魔じゃねぇか!?

 

「吸血鬼イイイイイイィ――!」

 

 善人モードから即座に殲滅モードに移行した『神父』は真正面から彼女に殴り掛かり、彼女は子猫のようにひとっ飛びして自分の背後に隠れた。

 って、オレが巻き添えになるだろうが……!?

 

「全く、吸血鬼相手に殴り掛かるなんて相変わらず非常識な『神父』ですね。私はアーカードみたく『ドM』じゃないですよ? つーか、停戦の使者の言葉を聞かずに宣戦布告しないで下さいな」

 

 ぶーぶーと文句を言う『使い魔』の大胆さには溜息が出るばかりである。

 超絶的に殺気立つ『神父』が此方を獰猛に睨んでおり、彼女は普通に無視して少し大きめのディスプレイを教会内に勝手に設置し、自前のリモコンでぷちっと電源を入れる。

 

『――昨日はご苦労だったね、皆の衆』

 

 其処に映ったのはあの盲目で黒い和服を着る『魔術師』であり、気がつけばもう『使い魔』は此処から消え果てていた。

 

『さて、ホットな最新情報だ。あと六日で『ワルプルギスの夜』が海鳴市に来襲する。多少前後する可能性があるが、アーチャーとして現界した『高町なのは』からの未来情報だ。不可避の予測だろうな』

 

 『一日前後ぐらいの揺れ幅はあるかもしれないが』と付け加える。

 『ワルプルギスの夜』だって? そんなラスボスちっくな存在が何故唐突に――って、そういえば此処暫く『魔女』が湧いているし、最終的に『ワルプルギスの夜』が現れるって事なのか……!?

 

『単独で立ち向かうのは無謀の極みだ。其処でまた君達との協力態勢を取りたい』

「……『ワルプルギスの夜』を排除するまで停戦ですか?」

『私としてはもっと手っ取り早い提案をしたい。――クロウ・タイタス、アル・アジフ、もう聖杯戦争を終わりにしないか?』

 

 睨みつけるようなシスターの言葉に不敵に笑い、その話の方向性は主従コンビである自分達に向けられた。

 

『元々聖杯は私の所有物であり、私が生存している限り使用不可能の杯だ。『ワルプルギスの夜』に対抗する為の戦力増援を求めた聖杯戦争の役割はこの時点で終わっていると言える』

「――その言い分が通ると、本気で思っているのですか?」

 

 幾ら何でも暴論であり、今のオレ達には聖杯が使用不可能であるか、判別する手段が無い。

 迂闊に信じれば、足元を掬われる。『魔術師』にとって自分達は排除したい敵でしかないだろう。

 余程の交渉材料が無い限り、聞く耳持たずで片付けるだろうが――。

 

 

『――条件付きで、八神はやての生存を手助けしてやっても良い』

 

 

 余程の内容を容赦無くぶち込んで来やがった……!

 野郎、その本人であるはやての前で……!

 

『とは言え、クロウ・タイタス。君は八神はやての状況を正確に把握していないだろう。敵対者である私が親切丁寧に説明するのも面倒な話だ。シスターから全部聞け。交渉はそれからだ』

 

 ……確かに、八神はやてが至る物語を知らないオレにとって、今、交渉されても答え切れない事柄が多いだろう。

 理解する時間を与えたのは余裕か、それとも別の算段があっての事か――シスター達の表情は硬く、『魔術師』の表情には王者たる者の余裕と慢心しか見当たらない。

 

『明日のこの時間にまた連絡しよう。八神はやてに関する情報を全部把握した上で私に挑むが良い』

 

 テレビ中継が途切れ、電源が落ちる。

 とんでもない爆弾を落として行ったものだ。いずれにしろこれも聖杯戦争に他ならない。交えるのは英雄達の矛ではなく、マスターの言の葉であるが。

 

「矛を交えぬ戦か。……分が悪いのう」

「うわぁっ、物凄く微妙な顔で馬鹿扱いされた!?」

 

 アル・アジフは「やれやれ」と言った表情でオレを見やがった。

 確かにオレに交渉人の真似事なんて無理だが、此方側の陣営にはシスターもいる。彼女の頭脳ならば『魔術師』とも互角に張り合えるだろう。

 だが、その前に――オレははやてに視線を送る。彼女にとってこの話を聞かせるのは酷である。

 

「はやて、済まないが部屋に――」

「私も聞く。クロウ兄ちゃん」

 

 強い意志をもって断言され、オレは何も言えなくなる。

 結局、彼女も連れて事情説明する事となる。これが一体どう作用するのやら、神のみぞ知るって事だ――。

 

 

 

 

『――あと六日で『ワルプルギスの夜』が来るのか』

「そういう事だ。被害規模がどれほどになるかは不明だから、その病院から出るなよ」

 

 教会勢力に連絡した後、『魔術師』は久方振りに冬川雪緒に電話をする。

 予め彼の病院を市外に設定し、今回の事で巻き込まれないよう配慮した形になっている。

 

『勝算はあるのか?』

「こればかりは当たってみなければ解るまい。此方の戦力は充実しているが、敵戦力が正確に計れん。暁美ほむら単騎よりはマシな戦闘になる筈だが。――問題はその後の事だ」

 

 現代兵器をあれだけ投入しても殺し切れない超弩級の『魔女』に、明確な対応策など立てれまい。

 ランサーの対軍宝具がどれほど通用するか、勝敗は其処で決まるだろう。

 

「海鳴市の被害によっては大結界に影響を及ぼし、私の基盤が根底から崩れる。管理局の手が差し迫る時に、丁度良く天災が訪れるものだ」

 

 例え『ワルプルギスの夜』を退けても、霊地の被害によって『魔術師』の陣営は弱体化する。

 新たに結界を構築する羽目になれば、暫く土地の魔力を掌握出来ず――多大な隙を晒す事になる。

 『ワルプルギスの夜』が顕現した時点で大被害なのだ、彼等の陣営は――。

 

『それで高町なのはをどうするんだ? 随分と懐いている様子だが』

「……放置して高みの見物に洒落込む事が出来なくなったからな。此方の陣営に囲い込むさ。折角の駒だ、管理局に渡すなど勿体無い」

『ほう、そろそろ管理局が行動に入る頃だと思うが?』

 

 残りの『ジュエルシード』を回収するという名目で、管理局は高町なのはを原作通りに管理局入りさせようとするだろう。

 本来ならば無視して傍観する処だが、自分の手元にある駒を奪われるのであれば、気分が良い筈が無い。

 にやりと不敵に笑い、『魔術師』は管理局を削る算段を練る。

 

「――交渉の真髄というものを見せてやるさ。向こうの情報も欲しいしな。……何が可笑しい?」

『いや、何――一番原作と関わり合いたくない人物が密接に関わる事になった皮肉が面白くてな』

「半分はお前の責任だぞ。他人ごとのように気楽に語ってくれるな」

 

 全くおかしな事態に転んだものだと『魔術師』は笑う。

 こういうのを『世界はこんな筈じゃなかった』と言うんだっけと頬を歪めた。

 

「――精々養生しろ。偶に連絡する」

 

 

 

 

「――『闇の書』は蒐集蓄積型のロストロギアで、転生機能と無限再生機能が付属された超絶バグった主殺しのロストロギアです」

 

 シスターによる説明会が始まり、何故か『神父』もブラッドもシャルロットも参加している。

 アンタ等は確か原作知っていた筈だが……?

 というか、あのはやての家にあった、鎖で巻かれたヘンテコな魔導書もどきがそんな危険物だったとは……。

 魔導書的な淀んだ闇の気配がしなかっただけに、甘く見ていたという事か。

 

「頁は魔力の源であるリンカーコアを蒐集する事で埋まり、666頁まで集めれば完成しますが、バグって管理者権限を認証出来ずに暴走してしまいますので、割りと洒落にならない被害を齎します。地球一つが無くなってしまうと考えて良いです」

 

 おいおい、何気に下手な邪神並の被害を齎すのかよ。

 でも、それなら頁を集めなければ――そんな甘い幻想は次の説明で即座に打ち砕かれた。

 

「一定期間、頁の蒐集が無いと持ち主自身のリンカーコアを侵食し、最終的には『闇の書』自身が主を殺害して次に転移してしまいます。貴方の身体の麻痺の原因はそのリンカーコアの侵食です」

 

 はやての顔が驚愕に染まる。

 今まで歩けなかった原因が、蝕んで死に追い込む原因があの魔導書にあったのか。

 怒りが湧く。沸騰する感情で荒れ狂いそうだ。そんな呪われたアイテムのせいではやてを殺させてたまるかと闘志を漲らせる。

 

「八神はやて、貴方の助かる道筋は『闇の書』の666の頁を埋めて、防御プログラムと管制人格を分離させて本来の機能を取り戻せさせ、暴走プログラムをフルボッコにする必要があります。これを従来通りの道筋、『Aルート』と仮定しましょうか」

 

 何か地球一つを飲み込むような脅威相手にフルボッコとか、とんでもない前提をさらりと述べやがったぞ、このシスター。

 

「此処で問題となるのはさっきの『魔術師』の存在です。あの『魔術師』はこの前提を知り尽くした上で、別手段の最善手『Bルート』をとろうとしています」

「あれ? 他に手段があって、それが最善ならそっちを実行するべきじゃ?」

「……八神はやて、貴女の殺害による『闇の書』の転生、つまりは問題の先送りですよ。あの『魔術師』は自分の身の安全さえ確保出来れば何でも良いのです」

 

 シスターの無表情な顔に、はやての顔が一気に引き攣る。

 こんな血腥い話を彼女に聞かせる事になろうとは、という自責の念が際限無く湧いてくる。

 

「次に『闇の書』が何処の誰に転生するのかは不明ですが、それだけで今の面倒事を一切合切解決出来ます――その『魔術師』から、条件付きで八神はやての生存を手助けしてやっても良いとの提案、未知の『Cルート』を示唆しました。話は此処から始まるという訳です」

 

 その未知なる『Cルート』の全容は解らないが、明日の『魔術師』次第という事か。

 

「貴女は我々の知っている通りの物語ならば、貴女は救われるのです。ですが、もう前提条件から狂い始めている。貴女の物語に至る前の物語が、正常に終わらない可能性さえ出て来ている」

 

 ――それはオレ達の影響であるか。

 やれやれ、本来は救われたんだ。なら、意地でも同じ結果に至らないと割に合わない。

 

「現状で『Aルート』に無理矢理進もうとすれば、実行不可能と見做している『魔術師』の利害と衝突し、確実に敵に回って『Bルート』で片付けようとするでしょう」

 

 そうなれば交渉の余地無く、あの『魔術師』が最大の敵として立ち塞がるか。

 オレ達だけでも無理矢理『Aルート』を辿ろうとして辿り着けるか解らないのに、『魔術師』の妨害も加われば不可能になるだろう。

 皮肉な事に、はやての生存を願うのならば、最大の敵との協力が不可欠なのか。

 

「全ては『魔術師』とやらが脚本した『Cルート』次第か。お手並み拝見という処だな」

 

 アル・アジフは不敵に笑う。そうだ、そういう笑みこそコイツに相応しい。

 オレも彼女と同じく居直って自信満々に振る舞える。少しでも、はやての不安を払ってやらなければならない。

 

「さて、これからクロウちゃんと八神はやてには、本来の物語に関係する基本的な人物情報を全部暗記して貰いましょう」

「うっわぁ、何か学校の勉強じみて来たな」

「そんなものよりもずっと面白いよ、クロウちゃん。気になった事があったらどんどん説明してね。私も見落としている事があるかもしれないから」

 

 こうして夜通しで八神はやての物語、『魔法少女リリカルなのはA's』をシスターから学ぶ事となる。

 はやては今後自分に訪れる運命に一喜一憂し、または驚き、それでも強く立ち向かおうと意志の刃を研ぎ澄ます。

 自分も負けじと決意する。絶対に、神様も呆れるような完全無欠のハッピーエンドに辿り着いてやると、強く誓う――。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23/歪な初対面

 

 ――帰りたい。

 

 元の世界へ。あの暖かな日常へ。舞台外の傍観者の客席へ。

 愛すべき両親が居た。頼れる親友が居た。愛しい伴侶が居た。大切な娘が居た。

 私の生きるべき世界は此処ではない。空想上の物語の中では断じて無い――!

 

 ――帰りたい。

 

 何としても帰還しなければならない。

 何を犠牲にしてでも、捧げるべき代償すらも厭わない。

 異世界の知識を脳裏に刻み、生きる術を磨き、殺す術を学ぶ。

 一寸の光無き暗闇の中、一筋の光明を追い求める――。

 

 ――それを叶えるのが、可能とするのが『奇跡』であるならば、最早迷う事は何もあるまい。

 

 けれども、歯車が狂ってしまった。

 致命的なまでに、食い違ってしまった。

 常に完全を目指し、常に完璧を志し、一つの目標を貫徹させる鋼鉄の意志が、音を立てて砕け散ってしまった。

 唯一つの失敗、完全無欠なまでに一人で完結していた私は、一人で居られないほど堕落してしまった。

 

 ずっと気づかない振りをしていた。

 殺戮人形を装い、重大な故障を見て見ぬ振りをした。

 まだ、装える。自分を騙せる。他人を騙して、世界を欺ける。

 偽装して肯定して捏造して欺瞞して絶望して憤怒して渇望して羨望して――。

 

 ――手を伸ばせば届く位置まで『奇跡』は其処にある。

 

 後は、切り捨てるだけだ。新たに手に入れた『光』を、自らの手で。

 それで私の本願は叶う。帰れる。帰れるのだ。あの暖かな日常へ、こんな筈じゃなかった世界を覆し、条理を乗り越えて『奇跡』は此処に結実する。

 

 ――そして、私は最後の判断を誤る。

 

 その決断を、私は一生後悔するだろう。

 それでも私は、唯一の『光』を切り捨てられなかったのだ――。

 

 

 23/歪な初対面

 

 

 ――鮮烈な夜だった。

 

 時代を越えて英雄達が覇を競い合う聖杯戦争、アーチャーとセイバー、ランサーとの死闘を見届けた。

 

 隣には高町なのはが食い入るように見届けている。

 

 今日が未来の彼女であるアーチャーとの決戦だと勘付いていた彼女は高確率で夜を出歩くであろうと推測し――彼女を止める為に赴いて、自身もまた見物人になっているとは笑えない事態である。

 

 ディバインバスター。

 エクスカリバー。

 そして、不発に終わったスターライトブレイカー。

 

 心胆が冷える場面が多々あったが、これで聖杯戦争の勝利者はほぼ間違い無く『魔術師』になっただろう。

 

 ライダーとキャスターとの死闘はライダーに軍配が挙がったが、かの鬼械神は修復出来るかも解らないほどボロボロな有り様、『魔術師』の陣営とは生身で決着を着ける事になるだろう。

 その時の自分は気づかなかった。未来の一端に触れるという事がどれほどの異常を当人に齎すのか、今の自分では知る由も無かった――。

 

 

 

 

 ――九歳の身に夜更かしは非常に堪える。

 天気が麗しく爽快な朝は何とも忌まわしく、まるで自分が吸血鬼になったかのようだ。最近の吸血鬼は太陽を大抵克服しているが……。

 

(にしても、他人依存の『シュレディンガーの猫』か。反則だろあれ……)

 

 名は存在を示す。『エルヴィン・シュレディンガー』だから、『エルヴィ』とは良く言ったものだ。元々男性の名前であるが。

 『魔術師』を殺さない限り不滅の『使い魔』――逆に言えば、人の寿命しか生きられない吸血鬼とは何とも皮肉な運命である。

 

 ――子供の喧騒ざわめく校内を歩いて行く。教室前に、彼女はまるで定位置のように廊下の壁側に腰掛けていた。

 

「……何だか、朝っぱらからお前の愉しそうな顔を見ているとゲンナリするよ」

「あら、酷い。こんな美少女の笑顔を見て熱り勃たないなんて……まさか、そんな歳でイ――」

「何言おうとしてんだ!?」

 

 眠気が一気に覚めた。コイツ、オレの社会的な地位を抹消しようとしやがったぞ……!?

 豊海柚葉は相変わらず何もかも見透かしたような嫌な笑顔を浮かべていた。

 

「この聖杯戦争にどれほど関与していたかは知らないが、そろそろ年貢の納め時じゃないか? ライダー陣営との決着が終われば、あの『魔術師』はお前の排除に掛かるだろうよ」

「心配してくれているんだ。嬉しいなぁ。でも、大丈夫よ。君は二つほど勘違いをしている。ライダー陣営とは直接戦闘にならず、『魔術師』は持ち前の口先で解決するでしょうね。それでいて彼には余裕が無い」

 

 相変わらず、コイツがどういう視点で物事を見ているのか判断し難い。

 口先で解決するのであれば、尚の事余裕が出来るだろうが、それでも切羽詰まった事態が目の前に迫っている?

 

「目先の問題事が全部片付いたように見えるんだが……?」

「ああ、そうか。君自身はまだ『魔術師』から聞いてないんだ。――六日後だよ、『ワルプルギスの夜』は」

 

 果てしなく無理ゲーな単語を聞いて、一瞬思考が止まる。

 そんな馬鹿な、と笑い飛ばしたい処だが、前兆と呼べる『魔女』の出現が思い至り、言葉を飲む。

 そういう此方の動揺する反応を愉しむように、豊海柚葉はにんまり笑った。

 

「そう、巷に出現する『魔女』達は前座でしか無かったという事。この聖杯戦争の真の目的は戦力集めかしら?」

「……アーチャーとセイバーがいれば、っ、いや、協力出来ないと判断したからこそ脱落させたのか」

 

 詮無き事を言いそうになり、自己解決する。

 一応、ライダー陣営とは話になる、という判断なのだろうか?

 

「それに加えて、そろそろ管理局の介入があるんじゃないかなぁ? 『魔術師』は現存の戦力を確保しつつ、諸々の問題を全部先送りにしなきゃならない。ほら、私みたいな小物に構っている暇なんて無いでしょ?」

「獅子身中の虫の分際で良く囀るなぁ。『ワルプルギスの夜』が顕現したらお前とて危ういだろう? 同じ街の人間として協力する気は無いのか?」

 

 小物どころか、致命打になり兼ねない存在だとオレは危惧している。

 そして大災害が訪れようとしているこの状況、コイツの協力を得られないものか、駄目元で言ってみるが、想像した通りの反応が返ってくる。

 

「一つの強大な脅威で利害を超えて結束するのが人間なら、その機に自身の利のみを求めて蠢くのもまた人間なのよ。美徳と醜悪は紙一重よね。とは言え、今の私には動かせる駒が無いからねぇ」

「……疑わしいものだ。お前が未だにどの陣営の人間なのか、想像だに出来ないな」

 

 自分達とは全く異なる視点を持ち、独自の目的を持って蠢く危険人物。未だに馬脚を現さず、手の内も晒していないだけに危険度も計りようがない。

 やはり、コイツとは刺し違えても倒さなければならないような気がする。

 

「私は『私』という単独勢力よ? 頂点に立つ者は一人で良いのよ」

「凡人のオレには王者の哲学なんて理解出来ないが、それって寂しくないか?」

「――寂しい? 私を理解出来るのは私一人なのに?」

 

 まるで理解出来ない、という不思議そうな顔を浮かべて彼女は首を傾げる。

 

「そりゃ自分から親しくなるという意志が欠片も無いんだから、此方からは手を差し伸べようがない。相互理解は握手と一緒だ。双方が手を差し伸べない限り成立しないって事」

「……ふーん、はい」

 

 と、言って、彼女は自らの右手を自分の前に差し出した。

 え? これは、どうしろと――?

 

「……いや、はい、って……? あ、あれか、握手したら人参になる程度の能力とかか!?」

「いつから私はドラゴンボール出身の転生者になったのよ。これだからスタンド使いは……」

 

 一気に不機嫌になって、差し伸べた手を戻してしまう寸前の処で、慌てて掴み、強く握手する。

 柔らかく、小さな手だった。同年代というか九歳児の、女の子の手である。普通すぎて逆にびっくりする勢いであり、彼女もまた握った手を不思議そうに眺めていた。

 

「差し出された手は握るけどさ、これは親愛の証とか外交上の友愛表現とか実は示威行為とかそういう意味合い?」

「……さぁ?」

 

 互いがその握手の意味を掴めない中、暫く握り合い、何方から振り解いたのか解らないぐらい自然に解ける。

 豊海柚葉は握手した自身の掌を不思議そうに食い入るように見ていた。

 

「さて、君の方はどうするの? 六日後に『ワルプルギスの夜』が来るんだから、家族揃って避難でもしてみる?」

「出来る限りの事はするさ。……そういえば前から気になっていたんだが」

 

 一体どうやって説得して先に避難させるかが大問題であるが――前々から気になっていた事を彼女に尋ねる事にした。

 無論、それは彼女ではなく、彼女の敵である『魔術師』の事であるが。敵である彼女が『魔術師』の事を一番理解しているのでは? という考えから基づいた質問である。

 

「――何で『魔術師』はこんな異常事態多発の土地に執着しているんだ? あれが原作に興味無い人間なのは確かだが、それなら別の場所に移り住んでいれば全部の事態を回避出来ただろうに」

 

 今の自分のように、転校先を選べず、またそう簡単に立ち去れない子供の自分と比べれば、『魔術師』が此処を捨てて別地点に居を構えるなど幾らでも出来る事である。

 

 ――遠からずに自らが死ぬ事を未来の高町なのはから告げられても、此処を退去しない事を選択した理由は一体何なのだろうか?

 

「まず一つに、海鳴市が魔術師にとって超一級の霊地である事。此処を陣取っている限り、あの『魔術師』は魔法の物真似まで可能とする。此処で闘う限り、地の利は常に彼にある」

 

 マスターの誰もがサーヴァントへの魔力供給に頭を悩ます中、正規の魔術師であり、正規の霊地管理者である彼だけは万全の構えであった。

 だが、それでもまだ足りないような気がする。此処を死守するには、もっと別の、明確な何かがあるのでは?

 それは常時の無駄を極力省き、最小限の労力で最大限の効果を発揮させる彼の合理性とは別の、非合理な部分――果たして、目の前の少女はそれを見極めているのだろうか?

 

「もう一つは半信半疑なんだけど、彼って家族想いらしいよ? 生後間も無く捨てられたのにいじらしいよねぇ」

「其処が疑わしいんだよ。あれが家族想いの人間に見えるのか?」

「勿論、見えないわ。己が道に立ち塞がるなら家族だって焼き殺す類の人間でしょ? だからこそ、血縁風情を必要以上に守護している事に不審感が募る」

 

 そう、前に冬川雪緒が言っていた、自分を捨てた家族を監視しているという話。

 やはり其処に行き着くのだろうか。一度、彼の妹とやらを調査する必要があるか。

 だが、それは間違い無く『魔術師』の逆鱗、弱点であると同時に触れれば死滅は必須の敵対行為である。

 

「まぁ一つだけ言える事は――『魔術師』が居なくなれば、この街の勢力図は瞬く間に塗り替わるでしょうね。それは視点を変えないと見えない部分ではあるけど」

 

 チャイムが鳴り、彼女は悠々と自分の教室に帰っていく。

 ――彼女が見ている視点、彼女を探る上ではやはりどの視点で物事を見ているのか、見極める必要があるだろう。

 

 

 

 

 ――ティセ・シュトロハイム一等空佐。

 

 僅か十四歳で執務官の資格を取得した俊英であり、管理局における唯一の総合SSSランクの魔導師である。

 管理局における最終兵器という立ち位置の彼女が『アースラ』に同乗すると伝えられた時の緊張感は例えようが無く、精鋭揃いの一同が揃って動揺し、また言い知れぬ不審感を抱いたのは当然の事であった。

 

 ――彼女には黒い噂が絶えない。

 

 本局の懐刀として誰からも恐れられ、その膨大な魔力をもって単騎で殲滅した戦場は数知れず――それは内外問わずである。

 此処での内外の意味は、管理局局員とその他次元犯罪者を示しており、彼女自らの手で粛清した数も少なくない。

 それが汚職に手を染めた者だと聞き及んでいるが――彼女の情報・細かい経歴に関しては管理局上層部が最高機密として扱い、直接的に検閲しているので、真偽は定かではない。

 

 ――緑色のショートヘアーに丸い眼鏡、二十四歳なのに童女のように人懐こい笑顔の女性。

 それがクロノ・ハラオウンが抱いた、ティセ・シュトロハイムの第一印象だった。

 

 まるで人一人も殺せないようなお人好しであり、上官にも下の者にも親切丁寧に接する。

 周囲の者からは腫れ物のように扱われて孤立こそしていたが、性格的には悪い人間には見えないとクロノは判断する。

 高ランクの魔導師にありがちな特権意識や選民意識などまるでなく、そそっかしく、ドジっ娘である事が後々判明し、アースラ内の局員達と徐々に打ち解けていった。

 

 ――彼女には注意しておきなさい。

 その動向も、思想も、自分の眼でしっかりと見極めなさい。

 

 アースラの艦長にして自身の母親であるリンディ・ハラオウンの厳しい言葉がいつまでもクロノの脳裏を埋め尽くす。

 こんな裏表も無い彼女の何処に警戒すべき点があるのか、クロノには今一解らない。

 一度だけ模擬戦を申し込み、SSSランクに相応しい実力も確認した。尊敬に値する人間だと、彼個人の中では高く評価されている。

 

 ――ただ、時々、彼女が遠目で自分達を見ている時の眼が気になった。

 

 自分達と接する時は常にほんわかと笑っているが、一人でいる時の彼女は驚くほどに無表情であり――遠目で自分達を眺めている時の眼は、酷く冷めたものだった。

 まるで無機質な物を見るような眼、退屈な物を見下す眼、人を人として認めていないかのような――末恐ろしい予感が、脳裏を過ぎる。

 

 ――彼女は、自分達の事を人間として認識していないのでは無いだろうか?

 

 その時から、クロノはティセを遠目から眺める事が多くなった。

 彼女はほんわかとにこやかに笑っていた。でも、それが今では偽物のように感じていて、手先の震えが止まらなくなる――。

 

 

 

 

 月村すずかは未だに休校し、高町なのはは精細を欠き、アリサ・バニングスは彼女の変化に敏感で、その事情を知っているであろうという見当を付けた自分を疑う始末。

 何とも噛み合わない一日だった。

 

「――秋瀬君、ちょっと良いかな?」

 

 それは放課後、高町なのはからの誘いであり、恐らく昨日の事かな、と見当を付けて承諾する。

 学校の屋上で生徒達の登校風景を遠目に眺めながら、オレは黙り込む高町なのはが話を切り出すのを静かに待つ。

 

「――解らなく、なっちゃったんだ。未来の私はどうして、神咲さんと殺し合ったのかな?」

「……未来の君は『魔術師』が遠からずに死ぬ事を知っていて、それを回避する為に力尽くでも海鳴市から退去させようとした。言葉で説得出来ないと、断定していたからかな?」

 

 やはり、此処でもその事が疑問点になるか。

 図らずも自分の未来、そして末路を知って受け止めるには、九歳の少女には早すぎるだろう。

 

「あれは一つの可能性であって、必ずしも高町なのはの未来があれになるとは限らない」

「……うん、それは、解っている。でも、どうしてああなったか、私は知りたいの――」

 

 小ギルからギルガメッシュに成長した並のミッシングリンクなど流石にオレも答えようが無い。

 もし、その彼女の疑問に答えられる人間が居るとすれば、現段階では――。

 

 ――その時、放課後の喧騒が一瞬にして消え果てた。

 この多大な違和感には、身の覚えがある。確か、あの三流魔導師に人払いの結界を張られた時の感触……!?

 

 高町なのはも気づいたのか、即座にレイジングハートを起動させてバリアジャケットを纏う。

 

(……あれ? 何だ、いや……?)

 

 何故かは解らないが、今の高町なのはに違和感を覚える。

 まだ実戦経験を一度しか体験した事の無い新米魔法少女に過ぎない彼女が、即座に戦闘態勢に入る……? 余りにも様になっていて、逆に可笑しいとさえ感じる。

 

(しかし、この時期に一体誰が人払いの結界まで張って……)

 

 違和感の正体に掴めぬまま、高町なのはは人払いの結界を張ったであろう魔導師に向かってレイジングハートの矛先を突きつける。

 その人物は飛翔し、かつん、と小さな靴音を立てて降り立った。黒い特徴的なバリアジャケット、金髪のツインテールで同年代の少女――。

 

「フェイト・テスタロッサ……!?」

 

 ――そう、彼女こそが未来の『高町なのは』の事を知っているかもしれない、唯一の人物である。

 

 彼女の顔色は遠目で見た限りでも悪い。アーチャーとセイバーの維持で、大分魔力を奪われ、本調子に至っていないと見える。

 彼女は無言でこつこつと近寄って来て、ある境目でぴたりと止まる。それは此方のスタンドの射程距離を頭一つ外した間合いだった。

 

(……此方の間合いを完全に把握している? これは予想以上に、未来の『高町なのは』から此方側の情報を入手しているのか……!?)

 

 では、このタイミングで仕掛けた理由は何だ? 原作通りジュエルシードが狙いと、短絡的に考える訳にもいかない。

 

「――秋瀬君、知っている人?」

「いや、初見だが……彼女がアーチャーのマスターだった」

 

 その言葉に、二人はそれぞれ違った反応を示す。

 高町なのはは目の前の少女を目を見開いて凝視し、フェイト・テスタロッサはよくよく確かめるように何度も高町なのはの姿を見回す。

 

(……何だ? この二人は今が初対面の筈なのに、何かが致命的に違う……!?)

 

 まるで蚊帳の外だ。彼女達の初対面がどうなったか、知っているだけに――その知識が現状把握する判断力を削ぎ落としている?

 この場でどう待ち回るか、考えている最中、フェイト・テスタロッサの杖、バルディッシュの穂先が此方に向けられる。

 

「……秋瀬直也、さん。邪魔を、しないで下さい」

 

 此方の名前を知られている? いや、まずそれは考えるな。

 今はフェイト・テスタロッサが繰り出すであろう攻撃をスタンドで――。

 

「ぬわっ!?」

 

 突如前から何者かにタックルを喰らい、倒れてしまう。

 一人だと思ったが、使い魔であるアルフも此処に――。

 

「すまないけど、ちょっと離れてぇー!」

 

 って、何か知らないがサイズがちっこい……!?

 赤髪に狼みたいな耳、って、これがアルフ本人――!?

 スタンドでぶちのめそうと思っていたのに躊躇してしまい、その間に二人が天高く飛翔してコンバット、空を飛べない自分はこの自分並みに小さいアルフと一緒に蚊帳の外である。

 

「……えーと、見物してりゃ良いのかな? そんなに引っ付かなくて良いぞ」

 

 良く解らないが、原作イベントに巻き込まれた、という風に解釈すれば良いのだろうか?

 だが、この出逢いは致命的なまでに何かが狂っていると、そう危惧せざるを得なかった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24/追憶

 

 

 ――私を、見て下さい。

 

 貴方に尽くします。貴方を愛します。貴方に従います。

 ですから、私を見て下さい。愛してくれとは言いません。私を、その眼で見て下さい。

 

 ――貴方は御自身が仇敵であると教えました。

 

 私の祖父を殺し、私の母も殺した。だから、私は敵討ちをしなければならない。

 祖父と母の無念を晴らす義務がある。故に貴方は貴方の殺し方を教授します。

 関係無いのです。私は生まれてから貴方しか居ないのです。顔も知らない人間の事など、私は知りません。

 それでも、これが貴方との絆である事を信じ、貴方の術をこの身に刻みます。

 

 ――成長しない私を、貴方は暖かく見守ってくれました。

 

 貴方は自身の殺し方の他に、沢山の事を教えてくれました。

 ただそれは私が復讐を終わらせた後に役立つ知識であり、私には永遠に必要の無いものでした。

 

 貴方を殺すぐらいなら、私は自らの生命を絶ちます。

 貴方を殺そうとする者がいるなら、私は率先して殺します。

 貴方無しでは、私は生きられないのです。

 私は死んでいて、貴方のお陰で生きているのです。

 

 ――そして、貴方はまたもや同じ結末を辿りました。

 

 どうしてでしょうか?

 私は貴方さえ居れば他に何もいらない。

 それなのに、貴方だけは私の掌から通り抜けてしまう。

 貴方だけは、手に入らない。

 

 私の声を、聞いて。

 私を、一人にしないで。

 

 ――私を、見て。

 

 

 24/追憶

 

 

『――例えば、その『聖杯』で死んだ者を蘇らせる事は出来るのかしら?』

「可能だと思うよ。過程を無視して結果だけを成立させる。例えそれが『魔法』の領域でも『万能の願望機』は可能とするだろう」

 

 此処は『魔術師』の屋敷の中、居間にて彼は寛ぎながら『紫の魔力光』相手にお喋りを講じている。

 中々どうして大魔導師の名は伊達でないと見える。

 死に至る病に蝕まれた身で、次元を超えて通信出来るこの魔導師の技量・才覚は尋常ではなく、『魔術師』は彼女、プレシア・テスタロッサに対する評価を若干以上見直す。

 

『断定、しないのね……?』

「生憎と一度も使った事が無いからな。私が保証出来るのはこの杯を鍛造したアインツベルンの魔術師の並外れた執念ぐらいだ」

 

 完全な杯を鍛造する事に成功しながら、あの一族は杯の中身を自分達だけで満たす事が出来ない。

 『聖杯戦争』の主催者から一参加者に成り果てて挑み続ける妄執は、彼の理解に及ぶ領域ではない。

 

『……娘を生き返らせたい。私の娘は――』

「アリシア・テスタロッサ。享年五歳、二十六年前の魔導実験の事故で死亡。母親というものは偉大だね、此処まで執念を燃やせるとは関心させられるよ」

 

 既にプレシア・テスタロッサは手詰まりに至っていた。

 『魔術師』が砕いたジュエルシードの数は、自身の三画、月村すずかの三画、地下神殿から奪い去った大導師の三画――合計九個であり、未使用の分は令呪として彼の右手に三画刻まれている。

 残りはフェイト・テスタロッサに刻まれていた三画、高町なのはが封印した三つ、クロウ・タイタスの二画と使用分の一つであり――ライダーとランサーを打倒しない限り、彼女の陣営には浮動票の三つを含めて六つしか手に入らない計算である。

 

 ――当然、その程度のジュエルシードではアルハザードには辿り着けず、プレシアの本願を果たす事は到底出来ない。

 

 それ故に望みを『魔術師』の持つ『聖杯』に託すのは当然の成り行きであり、『人形』に頼らず、自ら交渉に乗り出した次第である。

 

 

「――それで、貴女は娘をもう一度殺したいのかな?」

 

 

 『魔術師』ははち切れんばかりの嘲笑を浮かべ、プレシアは通信越しに顔を引き攣らせた。

 

 単純明快な理であり、それでも今まで一度も思考に及ばなかった事実であった。

 プレシアは五歳でこの世を去ったアリシアの人生を諦められない。あんな事故で失って良い生命では無かったのだ。

 だからこそ、彼女は残りの人生を全て死した我が娘に捧げた。娘と一緒に幸せだった日々を、この手に取り戻す為に。

 

 ――それでも、その当然の帰結までは考えが及ばなかった。

 どんなに言葉を飾っても、蘇らせるという事は「もう一度死ね」という残酷な宣告に他ならない。

 

「蘇らせるという事はそういう事さ。それに一度辿った結末を覆す事は容易ではない。おそらく彼女はまた事故死するだろうね。回避しても回避しても、より惨たらしく悍ましい死に様に至るだろう」

『……ッ、それでも、私はアリシアを……!』

「経験者として言わせて貰うが、死ぬのは余り気分の良い事では無いのは確かだね」

 

 『魔術師』は意地悪く笑う。次元越しで苦悩しているであろう、プレシア・テスタロッサの悲哀を想像して愉悦する。

 かの英雄王も言った事だが、人の身に余る大望を抱いて破滅する様は見ていて飽きない、格別の娯楽である。

 

 ――ただ、今回に限っては彼とて心穏やかで居られないが。

 

「まぁそれだけが問題では無いけどね。――魔術の基本法則は等価交換だ。『万能の願望機』に見合う代価を、貴女はどうやって用意するのかな?」

 

 『魔術師』は試すように問い掛ける。

 それは最初から答えの無い、悪辣過ぎる問いだった。

 人の到達出来る領域では叶わぬからこそ『奇跡』に追い縋ったのに、それ相応の代価を如何に試算すれと言うのか。

 

『万能の願望機を手にしながら、使わずに死蔵する。それは貴方に託す願いが無いという事かしら? 貴方は『聖杯』に如何程の価値も見出していない』

「――然り。これを手に入れるまでは何かあったような気がするが、今の私に叶えたい願望など無い。それで?」

 

 狂気に身を委ねていても、その知性に陰りが無い。

 『魔術師』は愉しげに次の言葉を待つ。その顔は悪魔的なまでに歪んでいた。

 

『私に出来る事なら何でも用意するわ。――あの娘が欲しいのならば、喜んで差し上げるわ』

「本物の『娘』が願った『妹』を平然と差し出すか。随分と魅力的な提案だね」

 

 プレシアは沈黙する。その苦悩と悲哀、己の矛盾に鬩ぎ合う葛藤は極上の美酒であり――それを上回って尚余る憎悪を『魔術師』は燃え滾らせていた。

 

「――揺り籠で永遠に眠り続ける『娘』を、貴女は蘇らせたいと願った。けれども、私は違った。揺り籠で永遠に眠り続ける『彼女』を手放せなかった。貴女は『娘』の亡骸で私は『彼女』の魂、違いはそれだけだ」

 

 独白するように『魔術師』は綴る。

 その瞑られた両眼の先は此処ではない何処かを見ていた。

 

「私から『聖杯』を奪いたくば、覚悟する事だな――全身全霊を賭けて破滅させよう」

 

 右手をきゅっと握り締め、通信機代わりだった『紫の魔力光』を空間ごと握り潰す。

 酷く疲れ果てた表情で、まるで老人のように枯れ果てた顔を浮かべ、『魔術師』は意識を此処から自身の内に移す。

 

 ――届かぬ領域の悲願に手を伸ばし、その過程で狂ってしまった、己が人生をゆっくりと追憶した。

 

 

 

 

 ――神咲家八代目当主、それが彼の生まれ持った肩書きである。

 

 彼の家系は古くから魔術の探究に明け暮れ、西洋式の魔道を取り入れて新たな東洋式の魔道を確立させた異端の一派だった。

 日の本において最も古き魔術師の血筋を受け継いだ、名門中の名門と言えよう。

 

 その家に生まれた彼の魔術師としての素養は歴代一であり、更には宝石級の魔眼を保有する稀有な麒麟児だった。

 唯一つ、惜しむべきは強大過ぎるが故に魔眼を制御出来ず、魔眼殺しさえ焼き尽くしてしまうという欠点である。

 ただ、それは人間が持ち得るには破格の大神秘であり、彼こそは一族の悲願を果たすであろう、完全無欠の後継者として先代から多大に期待された。

 

 ――その宝石級の『魔眼』が、彼の人生を根本から狂わせる事を、この時点で誰が予想出来ただろうか。

 

 神咲悠陽の適応性は極めて高かった。

 この世界が『型月世界』である事を瞬時に悟り、ひたすら神咲の魔術をその身に刻み、また戦闘及び殺害用に開発・発展させた。

 彼の本願を叶える大儀式が始まるまで凡そ十数年。無駄に出来る時間は一秒足りても無く、彼は己を極限まで苛め抜くように切磋琢磨した。

 

 ――彼にこの世界で骨を埋める気は更々無かった。

 

 何が悲しくて幕末の時代に生きて死なねばならないのか。

 こんな訳の解らない時代で、訳の解らない魔術をその身に刻んで、自身もまた子孫に先代の呪いを託して死ぬ。全くもって在り得ない生き様である。

 しかし、魔術師の家系に生まれた彼に魔術師以外に生きる道は無く――だからこそ、彼は魔術師の領域を超えて『魔法使い』に至ろうとした。

 第二次聖杯戦争に勝ち抜き、『聖杯』を手に入れて『大聖杯』を起動させ、根源への孔を切り開く。

 第二の魔法、平行世界の運営を彼はひたすら求めたのだった。

 

 ――そして運命の夜は訪れた。

 

 彼の右腕には令呪が刻まれ、『聖杯戦争』に参加する。

 彼の父親は戦いに臨む事を反対したが、既に後継者は用意してある。説得の甲斐あって惜しまない協力を彼に注ぎ込む。

 この『聖杯戦争』を勝ち抜く為には自身の魔術師としての技量よりも、召喚するサーヴァントの格に左右される。

 彼の父親は最強の英霊を呼び出すべく、触媒になりそうな聖遺物を求めたが、彼は首を振って拒否した。

 

 ――確かに、触媒があればそれに縁のある強大な英霊が簡単に呼べる。

 だが、その英霊と自分との相性が良いとは誰が保証出来ようか。

 彼は英雄の格よりも、相性の良さを選んだ。

 英雄に縁のある触媒を使わず、自らの手で最高の相性のサーヴァントを呼び寄せた。

 

 ――そして、彼はその英霊を『眼』にして心を奪われた。

 何物も見る事が叶わぬ彼が、その聖女に一目惚れをした。こんな笑い話があってたまるかと彼は憤然と憤った。

 

 第二次聖杯戦争はたった一週間で完結した。

 神咲悠陽は殺し尽くした。アインツベルンのマスターを殺して聖杯の器を奪い、間桐のマスターを行き掛け上に葬り、遠坂のマスターを殺して宝石剣の設計図を略奪した。

 自身と同様の外様のマスターを殺し尽くし、遠坂邸での降霊の儀式を経て、正純な『聖杯』をこの手にした。

 彼とそのサーヴァントを止められる勢力はおらず、勝利者の居ない筈の第二次聖杯戦争において唯一人の勝者となった。

 

 ――彼は最後に選択を強いられた。

 

 『魔法』に至る為には六騎ではなく、七騎のサーヴァントの魂を『聖杯』に注がなければならない。

 つまりは彼のサーヴァントをも最後に自害させなければならない。

 

 出来なかった。その手に令呪は二画残っていても、彼には命じる事が出来なかった。

 神咲悠陽はどうしようもないぐらい、その聖女を愛してしまっていた。

 この世で唯一人、自分が見る事の出来る少女を、この世で最も美しき人を、失いたくなかった、手放したくなかった。

 

 その苦悩を、彼のサーヴァントは誰よりも理解していた。

 自身が死ななければ、己の主に救いが無い事も、彼よりも理解していた。

 

 ――だから、その終幕はきっと必然であり、神咲悠陽は何度もこの結末を嗚咽しながら悔やんだ。

 

 そして杯には七騎のサーヴァントの魂が注がれ――彼は致命的なまでに間違いを犯した。

 無色の魔力に分解される筈の魂を、彼は永遠に保存した。その行為に果たして意味があったのかは、本人さえも無意味と断じるだろう。

 

 ――それでも、彼女を手放す事は彼には出来なかったのだ。

 こうして『万能の願望機』は無意味に使い潰され、彼の破滅への道筋は静かに開いたのだった――。

 

 

 

 

 ――金色の魔力光と桃色の魔力光が熾烈に激突する。

 

 これが高町なのはとフェイト・テスタロッサの初対戦だという事実は絵空事のように思える。

 素人同然だった高町なのはは呆気無く落とされ、初戦はフェイトに軍配が上がる。自分の知っている正史はまさにそれである。

 

 ――だが、現実はどうか?

 

 フェイトの魔力不足が祟って動きに精彩を欠けているが、それ以上に、高町なのはは的確な戦術を選択してフェイトと互角に渡り合っていた。

 

 高町なのはが二十以上のアクセルシューターで牽制する。

 何が何でも接近戦に挑まれぬように戦術を組み立てて、隙あらばバインドなどで拘束して砲撃魔法による一撃必殺の機会を虎視眈々と待ち侘びている。

 

(フェイトの牽制球を一切回避せず、防御魔法を突き抜ける攻撃のみ迎撃及び回避行動に移っている……? というよりも、今現在でアクセルシューターを二十以上同時に操る芸当を平然と実行している事がおかしいよな!?)

 

 だが、それは一朝一夕で至れる境地ではない。明らかに今までの彼女では其処まで出来ない筈なのに、何故か出来てしまっている。

 

(――まさか、未来の自分を垣間見た事で、経験を憑依・追体験して継承してしまったのか?)

 

 衛宮士郎と第五次のアーチャーまで劇的では無いが、自身の完成形から得た教訓をモノにし、少々拙いが型を取得してしまったというのか。

 

(対するフェイトも負けていない。いや、今のなのはの動きは読み切っている……?)

 

 そう、先程から付き纏う違和感の正体は――二人は手の内が発覚しているかのような、相手を熟知した戦術を繰り広げているという事だった。

 フェイトはなのはの牽制球の一発一発が自身を撃墜するに足る威力だと知っており、絶対に真正面から防御せず、鋭利角を付けて受け流すように終始している。

 

 ――この戦闘の歪みは、まるでこの街の象徴であるかの如くだ。

 

 彼女達の戦闘は、何処で着地点を迎えるのか、全く解ったものじゃない。

 見守る事しか出来ない自分は、ただただ上を見上げるばかりだ。

 

 ――彼女達の空中合戦は激しさを増す一方であり、被弾覚悟の特攻が目立ってきた。

 

 互いに譲らず、何方かが堕ちる結末しか用意されていない。

 オレも小さなアルフも固唾を呑んで見守る中、一際激しい接近戦の応酬の時に何かが割って入った。

 

 

「そこまでだ!」

 

 

 ……えぇー。よりによって其処で介入してくるのかよ。

 その黒いバリアジャケットを身に纏う新たな魔導師は、二人の間に割って入って、なのはとフェイトをバインドで拘束する。

 

「時空管理局、執務官、クロノ・ハラオウンだ。事情を聞かせて貰おうか」

 

 当然、管理局の執務官を一目見たフェイトは即座にバインドを解除し、一当して即時離脱を敢行、小さいアルフはいつの間にか撤退していた。

 見事な引き際だと言わざるを得ない。

 

「――興醒めだな。出し物の佳境ぐらい静かに鑑賞しろというのに」

「ああ、全く――って、えぇ!? 『魔術師』!? 何で此処に……!?」

 

 いつの間にか、オレの横には大層不機嫌な『魔術師』と、エルヴィが笑いながら手を振っていた。

 空に集中していたとは言え、全然気配を感じなかったぞ……? まぁ今は見えないが、恐らくランサーも一緒だろう。多分、霊体化している。

 

「なのは、大丈夫……!?」

「? えと、何方様で……?」

「僕だよ、ユーノだよ!」

「え、えぇ!?」

 

 民族衣装みたいな衣服を纏った見知らぬ金髪の少年が高町なのはと会話しており――何処に行っていたか不明だったユーノが人間形態で其処に居たのだった。

 アイツ、居ないと思ったらアースラと一緒に行動していたのか?

 なのはと一緒にユーノとクロノも此方に降り立ち――『魔術師』とエンカウントする。魔王が出歩いて平原で出遭うような、そんな感じである。

 

「――さて、管理外世界である地球に極めて悪質なロストロギアをバラ撒いた管理局の言い分をまずは聞こうか?」

 

 初手からエンジン全開、熱気溢れる殺意を撒き散らして『魔術師』がラブコールする。

 なるほど、高町なのはを管理局の支配下に置かせない為に彼自らが赴いたのか。

 

「ジュエルシードは純粋な事故で此方にバラ撒かれて――」

「最近の事故というのは『直接配達して始末される』事を言うのかな? 此方は世俗に疎いものでな、ミッドチルダ式の冗談は生憎と通じないのだが」

 

 のっけから急所を抉るストレートをぶちかます。

 それにしても直接配達して始末される? 原作通りに船の事故(もとい次元魔法での撃墜)ではなく、直接届けたというのか?

 そして始末というのは――『魔術師』自身の手で配達人が葬られ、ジュエルシードによって聖杯戦争が勃発した、という流れになるのだろうか?

 

「二年前の吸血鬼といい、君達管理局は厄介な物しか密輸しないね。これは遠回しに此方に対する宣戦布告なのかな?」

 

 『魔術師』は凄絶に笑う。体感温度が二度から五度ぐらい上がった気がしたが、錯覚じゃなかったようだ。

 あの『魔術師』を中心に燃え滾るような陽炎が発生し――此処に至ってクロノは、目の前にいる人物がミッドチルダ以外の魔法技術を有している現地人である事を眼を疑いながら認識する。

 

 一触即発の空気が『魔術師』によって意図的に構築され――目的の主は導かれるままに空間に浮かぶウィンドウ画面に出現する。

 アースラの総責任者、リンディ・ハラオウンである。

 

『どうやら話の行き違いがあるようで。詳しい事情をお聞きしたいので、彼等をアースラに――』

「残念だが、敵地に無手で赴くような趣味は無い。貴殿達が此方に赴くのが礼儀であろう? 何なら私の屋敷に招待するが? 盛大に歓迎しよう」

 

 あ、これは不味い。まさかと思ったが、有無を言わさず殺すつもりだ。

 『魔術師』が自らの『魔術工房』に敵を招待するなんて、その処刑設備をフルに使って始末すると公言しているようなものである。

 しかし、次元世界の果ての魔導師が魔術師の魔術工房の危険さを知る由も無く――。

 

『――あはは、ご冗談を。貴方の屋敷なんかほいほい着いて行ったら其処で全員処刑されるじゃないですかー。それ笑えないですよ』

 

 ――そのまさに在り得ない人物が此処に居た。

 新たなウィンドウに出てきた、翆髪で眼鏡の童顔な女性は、ほぼ間違い無く自分達と同じ転生者であり――『魔術師』は待ってましたと言わんばかりに挑発的な笑みを零す。

 

「おや、これはこれは。初めまして、ティセ・シュトロハイム二等空佐殿」

『はい、初めましてですね。神咲悠陽殿。あと二ヶ月前に一等空佐になりました。何だかお決まりですね、解っていて階級間違えました?』

「其方の事情には疎いもので。貴女が如何程殺して出世したのかまでは把握出来ておりませんよ」

 

 ……何とも白々しいやり取りである。

 クロノとユーノ、そしてリンディさえも驚きの表情を浮かべている。

 二人共表面上は笑い合っているが、目に見えるほど負の感情しか無い。互いが互いに不倶戴天の敵対者として忌み嫌っている様子である。

 

『それじゃ立ち話もあれですし、会合場所を指定して下さいな。無論、貴方の屋敷以外の場所ですが』

「それなら絶好の場所がありますよ。ええ、気に入ってくれるでしょう」

 

 ……あれ? これってオレも強制的に巻き込まれる流れなの?

 この、胃に穴が飽きそうなほど辛辣な交渉戦に……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25/交渉

 

 

『――主人公の条件ですか? 面白い事を私に聞きますねぇ』

 

 久方振りに電話を寄越した共犯者はあっけらかんと流行りの話題に食い付いた。

 

『物語によって千差万別ですからねぇ。即興で良いなら三つほど思い浮かびましたよ?』

「流石は頭脳専門ねぇ。期待するわ」

 

 こうして近しい年代の者と対等に話せる機会は少ないだけに、豊海柚葉は彼女の答えを楽しみに待つ。

 

『一つは物語を全て台無しにしてしまえる大根役者。かの主人公の前ではどんな悲劇も惨劇もご都合主義の大団円に変わってしまう』

「――『大十字九郎』ね。君の眼から見て、彼――クロウ・タイタスは『大十字九郎』に成り得るかしら?」

『実物を見てませんので何とも言えませんが、可能性は感じますね。あ、でも、彼には致命的なまでに才能が欠けているのが気掛かりですねぇ。私は届かないと思いますよ』

 

 彼が自らのサーヴァントを取り戻し、剰え不可能と思われた『デモンベイン』を招喚して大導師の『リベル・レギス』を討ち取ってみせた。

 あの奇跡の大逆転劇はさしもの豊海柚葉にも想像出来なかった異常事態であり、血湧き肉踊る感触を久方振りに味わった。

 

 ――しかし、それで『大導師を討ち取る為の物語』として彼の物語は完結してしまった恐れがある。

 

 目的を果たすまでは異常なまでに世界からの修正が働くが、終われば修正力――『主人公補正』なる理不尽なものが綺麗サッパリ無くなる。

 今後の彼は何処に転がるのか、ますます目が離せないだろう。簡単には潰れてくれるなよ、と豊海柚葉はほくそ笑む。

 

『もう一つは何が何でも生き残ってしまう異能者。どんな事態に遭遇しても、何をされても死なない生命体。かの主人公の前では銃を撃っても致命傷にならず、核爆弾を撃ち込んでも世界法則すら塗り替えて必ず生存してしまう』

「――『キリコ・キュービィー』ねぇ。不死身の吸血鬼よりも不死を体現する『異能生存体』かぁ。転生者には絶対居ない類の人間だね」

『そうですねぇ。皆、何かと一回二回死んでますから』

 

 死のない転生者など一人も居ない。

 あの『シュレディンガー准尉』を取り込んだ『アーカード』と同様の状態の『使い魔』エルヴィさえも『魔術師』が死ねば消え果てる夢幻に過ぎない。

 その『魔術師』だって、心臓を穿ち貫けば簡単に死ぬような人間でしかない。

 

 

『最後は『倒されなかったラスボス』ですよ。本来死すべき運命、打ち倒されるべき因果を全部覆して君臨する悪の皇帝――これはもうどうしようもないので、悪役から主人公に格上げですよ』

 

 

 未だ嘗てそんな馬鹿げた存在など、一度足りても存在しないだろう。

 滅びなかった『悪』は存在しない。『正義』だって必ずいつかは滅びるのだ。その必定の理を覆す事は何物にも叶わない。

 

『あたしゃ、この物語の主人公は貴女様だと思うんですよ。何て言ったって、転生者の中で唯一『二回目』の死神を撃退して今の今まで契約不履行にしている――基本原則無視の例外的な存在ですからね』

 

 

 25/交渉

 

 

「第九十七管理外世界、現地惑星通称『地球』に魔法技術は無いと聞き及んでおりますが?」

「ええ、資料通り無いですよ。彼等の質量兵器全盛期の科学文明に『魔法』なんて旧時代の絵空事ですね」

 

 覚悟を決めて問い詰めるリンディ・ハラオウンに対し、本局から差し込まれた特別観察員であるティセ・シュトロハイムは爽やかな笑顔で答える。

 艦内には緊迫した空気が漂うが、当の本人は暖簾に腕押しであり、致命的なまでに空気が喰い違っていた。

 

「ですが、現にあの『神咲悠陽』と名乗る人物はミッドチルダの魔法技術以外の方式で熱量操作なる現象を発動させているみたいです。解析結果は不能だらけですけど」

 

 現状での解析結果を空間に浮かぶウィンドウに表示しながら、執務官補佐のエイミィ・リミエッタは追撃の手を緩めずに艦長のリンディを補佐する。

 

 ――明らかに、特別に派遣された彼女と、アースラの船員達との情報量に差がある。

 本局の上層部の徹底した秘密主義は今に始まった事では無いが、これを是正しなければ今後の活動に著しく支障が出るだろう。

 

「個人の特異な資質による隠秘学的な技術系統なんてお門違いですよ。私達の魔法技術は歴然たる科学の結晶であり、あれは正真正銘のオカルトですから」

「――何を、隠しているのですか?」

 

 やはり、彼女はあの『神咲悠陽』という人物についての一定の情報を保有している。

 そしてあの『地球』――否、『海鳴市』に関する情報もまた、随分詳しいとリンディは察知する。

 

「隠しているつもりはありませんよ。言う必要性が感じられないだけで。まぁ正確には『――Need not to know(知る必要が無い)』ですけど」

 

 歯痒い思いをしながら、リンディ・ハラオウンは沈黙せざるを得なかった。

 自身は時空管理局・巡航L級8番艦の提督であり、この場における階級は彼女より上だが、彼女のバックに居る人間はリンディの首など簡単に切り飛ばせる最上位の将官達だ。

 その彼等の意向を彼女が忠実に実行する限りにおいて――階級の差は簡単に覆っているのだ。

 

 終始、笑顔を浮かべ、アースラの面々が沈痛な顔で諦めた時、民間協力者であるユーノはありったけの勇気を振り絞って、先程から気になっていた重要事項を口にした。

 

「あ、あのっ! ……ジュエルシードを直接『地球』に密輸したとは、どういう事ですか……?」

 

 艦内全員の視線がティセ・シュトロハイムに集中する中――彼女はその問いに何か意味があるのか、心底不思議に思って首を軽く傾げた。

 

「はて、一体何の事でしょうか? 報告書では輸送船が事故で撃沈し、ジュエルシードは偶然『地球』にバラ撒かれたと聞いてますが? 事実無根ですので、彼の戯言に耳を傾ける必要は無いですよ」

 

 

 

 

 心の中で「はぁ~」と溜息を吐く。

 やっぱり彼等アースラの局員との激突は必至だったと彼女は疲労感を漂わせる。

 本音は小心者なだけに、肩が凝るばかりである。

 

(海鳴市の裏事情なんて一般人に説明しても理解出来ないのは明白ですし、明らかに貧乏籤ですよコレ。権限ゴリ押しで突っ走る事しか出来ません)

 

 内部に疑心暗鬼の味方を抱えた状態で、あの『魔術師』との交渉に臨むという自殺行為をしなきゃいけない自分に涙が出る。

 あの『魔術師』の事だ。確実に疑心暗鬼の種をもっと植えつけて、開花させるような工作に出るだろう。

 

(……しくじったなぁ、私の補佐官も同船させておけば良かったなぁ。道連れが一人増えるし。下手な老婆心を働かせなければ良かったぁ)

 

 それに誤算なのは『魔術師』が積極的に交渉に乗り出そうとしている姿勢であり、想像以上に高町なのはに肩入れしている事だ。

 本来の道筋通りならば、あの『魔術師』は高町なのはに関与しなかった筈だが、何処でどう間違えたのか、縁らしい縁が既に出来上がってしまっている。

 

(……彼女をどうやって此方側に引き込むか、ですか。そんなミラクル、金髪の中将閣下殿しか出来ないって)

 

 あれこれ考えるが、考えが纏まらない。それに彼が選択した会合場所も彼女達にとっては最悪と言って良いほど立地条件の悪い敵地だ。

 

(まぁこうなったら最低限でも『彼女』だけは確保しないといけないですねぇ)

 

 後の面倒事は上の人達に押し付けて、とりあえずは最低限『魔術師』との全面抗争を当分避ける為に頑張ろうと気合を入れる。

 流石に交渉失敗してアースラの面々を『魔術師』に葬られるのは目覚めが悪い。

 彼等には原作方面で色々仕事をして貰わないと自分が困るのだ。

 

(……はあぁ、次は絶対『魔術師』と関わりのない仕事をするんだっ)

 

 

 

 

 青筋を立てる者が約二名、事の成り行きの不明瞭さに不安を隠せない者が三名――自分はと言うと、この場に置ける自分の存在意義を必死に考えている処である。

 

(何か、最近場違い感が凄いんだよなぁ。明らかに適材適所じゃねぇし。……もしかして、冬川が復帰するまでオレ放置されたままなのか?)

 

 今後の事について冬川雪緒と話し合う必要性が生まれたが、いい加減現実逃避を止めよう。

 『魔術師』が管理局の面々と会合場所に選んだ場所、それは――。

 

「シュークリーム五つ」

「おっ、オレの分まで頼むか。良いねぇ、解ってるじゃねぇか」

 

 あろう事か、高町家が経営するかの有名な『翠屋』である――えーと、早くも家族会議ですか。

 もっとマシな場所なんて沢山あっただろうに。ちなみに今現在『翠屋』は貸切状態である。

 

「わわっ、本物のランサーだっ! イケメンの方じゃなくて男前の方じゃないですか!」

 

 緑髪の女性、ミッドチルダの転生者であるティセ・シュトロハイムは興奮したように騒ぐ。

 その反面、ハラオウン親子は冷めたような眼でそれを眺めており、何だか知らないが、彼等の関係には既に亀裂が入っている模様である。

 

「ジュエルシードが『不幸な事故』で『海鳴市』に落下し、現地の皆様には多大なご迷惑を掛けたと思います。これより我々管理局が責任を持って回収の任務に当たりますので、既に回収した分をお渡し頂ければ幸いです」

 

 あ、初めから『不幸な事故』扱いで片付けやがった。しかも超強調している。

 常に笑顔の昼行灯かと思いきや、中身はかなりの曲者みたいだ。

 さて、これに対して『魔術師』の反応は――。

 

「高町なのは、渡してやれ」

「え……は、はいっ」

 

 これまた予想外な事に意外と素直、まぁ使用済みの『ジュエルシード』に対しては価値は無いか。

 高町なのはは待機状態のレイジングハートに触れ、三つの『ジュエルシード』を空中に展開させ、彼女達の方に飛ばす。

 

「……三個、ですか? 少なくとも貴方はあと十二個所持していると思いましたが?」

 

 ――やはり食わせ者だ。ちゃんと数を把握した上で要求していたのか。

 現地工作員も忍ばせて情報収集していたって事か。ますます原作とかけ離れた管理局の体制の一端を垣間見て、オレは眉を顰める。

 

「ああ、残りは砕いておいたぞ」

「――え?」

 

 さしものこれは彼女とて予想外だったらしく――また、ハラオウン親子の顔も一瞬にして凍り付いた。ついでにユーノも驚愕する。

 

「三個はこの通り使用中だが、摘出された分は全部砕いたと言っている。――ふむ、信じられないようなら此処で残り三個も砕いてご覧に入れるが?」

「あ、信じますので止めて下さい。回収分が無くなってしまいます」

 

 『魔術師』が本気で言っている事を察知した彼女は真っ先に『ジュエルシード』を自身のデバイスに回収させて仕舞う。

 ちょっとだけ、高町なのはが未練がましく見ていたのが若干気になるが。

 

「その使用中の三個も封印処置を施して摘出して下さると嬉しいのですが?」

「ははは、面白い冗談だ。使用用途をサーヴァントの命令権限定にしている御蔭で暴走の心配は皆無だが――令呪を渡せという意味、解ってないとは言わせんぞ?」

 

 『魔術師』は笑いながら獰猛な殺意を撒き散らす。

 彼にとってはこれは絶対に譲れぬ一線であり、彼女にしても余り大切な事でも無いので、次の話題に進む。仕掛けたのは『魔術師』だった。

 

「貴様等管理局が『海鳴市』に土足で侵入し、独自の活動を執る事を私は良しとしない。回収した『ジュエルシード』は私が責任を持ってお返ししよう。管理外世界である此方に介入するな」

「いえいえ、そういう訳にもいきません。その『ジュエルシード』は近隣の次元世界にも影響を及ぼすほどの危険なロストロギアです。我々としても見過ごす訳にはいきませんし、またうっかり『ジュエルシード』を砕かれては堪りません」

 

 互いの意見が衝突し、彼等の間には熾烈な火花を散らす。

 土足で踏み込まれたくない『魔術師』と、土足で踏み込みたい『管理局』、意見が平行線になるのは至極当然か。

 議論が進まないと見るや、ティセ・シュトロハイムは次のカードを切った。

 

「それと高町なのはさんの件ですが」

「え?」

 

 高町なのはは自分の事を指差し、ティセはほんわかな笑顔で頷いた。

 高町家の男性陣の表情が硬くなる。『魔術師』もまた心無しに殺気立っていた。

 

「管理外世界の住民が我々ミッドチルダ式の魔法技術を好き勝手に扱うのは少々以上の問題があります。何なら民間協力者という形で内々に処理しますが」

「論外だ。外堀を埋めてから管理局に抱え込むつもりか? それに彼女に魔法技術を渡したのは其方だろう? そうだろう、ユーノ・スクライア」

 

 議題の矛先がユーノに向けられ、彼は涙目で後退る。

 ……というか、情緒不安定ってレベルじゃないぐらい挙動不審になってないか? このユーノは。SAN値判定に失敗しているのか?

 

「才能溢れる者にデバイスを渡し、魔法技術の一端に触れさせてから其方の法を押し付けて人材回収する腹積もりか? 近年稀に見る酷い自作自演(マッチポンプ)だな」

「ち、ちがっ、ぼ、僕は……!」

 

 反論しようとして、ランサーが徐ろにシュークリームを食べながら睨みつけると、ユーノは蛇に睨まれた蛙の如く震えて黙ってしまう。

 ……何故かは知らないが、原作でも比較的優秀であり、一人で『ジュエルシード』を回収しに来るほど勇敢だった彼の面影は一切無い。

 高町なのはの下に居ないといい、一体何がどうしたんだ……?

 

「此処はミッドチルダではなく『地球』だ。貴様等の法など此処では通用しない。彼女の事は私が責任を持って監督しよう。彼女自身が道を誤るのならば、私自ら誅を下そう」

「うわぁ、家族の前でそんな事を言っちゃいますか」

「家族の前で堂々と誘拐しようとした貴様等の外道さには劣るよ」

 

 互いに高町家の皆様から非難轟々という眼で睨まれているが、二人共平然としている。

 これぐらい神経が図太くないと、交渉事は出来ないらしい。感心するが参考にしたくない。

 

「ま、待って下さい。我々時空管理局は――」

「――二年前の吸血鬼事件、忘れたとは言わせんぞ?」

 

 リンディ・ハラオウンが何か言おうとしたが、『魔術師』は無視して遮る。

 可哀想だが、この場において『魔術師』は転生者の存在によって変質した『管理局』を誰よりも知る存在だ。

 お題目上の時空管理局の綺麗事を説明されても時間の無駄にしかならない。

 ……一般的な管理局員は、その理念も意思も変わりないが、目の前の『歪み』は明らかに異質だ。

 

「――ええ、我々にとっても忘れられない記憶ですよ。貴方の御蔭で何万人死んだと思っているんですか?」

 

 二人から笑顔が消える。白々しい作り笑いさえ消えるほど、その事件に対する遺恨は今でも彼等の中に芽吹いているようだ。

 

「はて、一体何の事やら。私はこの海鳴市で起こった貴様等主催の連続殺人事件を言っているのだが」

「私はミッドチルダで起きた貴方が主催の未曽有の生物災害の事を言っています」

 

 重い沈黙が場を支配する。

 ハラオウン親子はその事件について聞きたそうにしているが、発言を許される空気では無かった。

 埒が明かないと見るや、『魔術師』はシュークリームを齧り、ティセ・シュトロハイムもまた齧り付く。

 幸せそうに甘味を堪能しながら、『魔術師』は最初から用意していた妥協点を上げる事にした。

 

「フェイト・テスタロッサがどうなろうが私の知った事ではない。好きにしろ。だが、高町なのはは渡さない」

「其処が落とし所ですか。ええ、良いでしょう。彼女は管理世界の人間ですし、此方の独自の裁量で片付けられます。今はそれで甘んじるとしましょう」

 

 とどのつまり『ジュエルシード』など彼等からすれば些細な舞台道具に過ぎず、『魔術師』と『管理局』が相争ったのは『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』だったという訳か。

 高町なのはは何か言いたそうに口を開こうとするが、『魔術師』は視線を送って首を振る。それを見て、高町なのはは不承不承という具合で押し黙った。

 

「ちょっと待って下さいッ! そのフェイト・テスタロッサなる人物は一体……!?」

「輸送船を次元魔法で撃墜した容疑者の娘さんですよー。この『地球』に『ジュエルシード』を落とした張本人、それが『プレシア・テスタロッサ』です」

 

 此処に至って沈黙を続けていたクロノ・ハラオウンが噛み付き、彼女は笑顔で平然と舞台裏の事情を暴露しやがった。

 おいおい、其処を端折って良いのかよ?

 

「そんなの聞いてません!」

「言ってないですもの」

 

 ……彼等のやり取りを見ながら、ミッドチルダにいる転生者もろくな奴が居ない事を再認識する。

 いや、もしかすると此方より数段性質の悪いかもしれない。まるで遊び感覚で、盤上に転がる駒の運命を弄びやがる――。

 

「偽装船艦を態々撃墜させておいて言う事か」

「はて、何の事だかさっぱり解らないです」

 

 知らぬ存ぜぬの腹芸で通し、図々しくもティセ・シュトロハイムはシュークリームを五個と二十個別口に頼んで会合を終了とする。

 

「使い終わったジュエルシードは是非とも我々の手に委ねて下さいな」

「ああ、善処しよう」

 

 砕く気満々だなぁと苦笑しながら、彼女達は立ち去った。

 現状では直接的な敵対はしないようだが、彼等が敵なのはほぼ間違い無いだろう。

 

 ――元は同郷の人間なのに、立場と生まれた世界が違えば此処まで価値観が違うものになるものか、頭を抱えたくなる一幕だった。

 

 

 

 

 ――戦う意味も解せず、ただ感情の赴くままにぶつかりあった。

 

 フェイト・テスタロッサ。未来の『高町なのは』のマスターだった人物。 

 未来の彼女の事を一番良く知る人物であり、未来の彼女の動機を解く唯一の鍵。

 

 ――戦い始めて、高町なのはは自身の異常さに勘付く。

 戦闘に対する行動が最適化され、明らかに格上と思われる魔導師と互角以上に、流れるように戦えている。

 

「アクセルシューター!」

『――Shoot.』

 

 昨日の未来の彼女の戦闘光景が脳裏に過る。

 あれが齎した情報は今現在の彼女に劇的な刺激を与え、本来辿るべき過程を一歩も二歩も抜き飛ばして高みに誘う。

 未来の完成形を模倣する事で、拙い動作に切れが生まれ、砂が水を吸うように我が物としていく。

 

『――Photon Lancer.』

「撃ち落として……!」

 

 だが、超高速で飛翔しながら致命打を避け続け、撃ち落とす黒い魔法少女に、自身の手の内を明らかに読まれており、どれも決定打にならない。

 当然だ。彼女は自分の未来を、完成形である『高町なのは』のマスター、手の内が全て把握されていると考えても支障無いだろう。

 

(だから、だからこそ……!)

 

 彼女ならば――未来の『高町なのは』が至った物語を、誰よりも克明に知っている……!

 知らねばならない。聞かねばならない。どうしてあんな結末に至ったのか、その過程を解き明かさなければならない――!

 

 

 

 

 ――戦う理由を求めて、ただ感情の赴くままにぶつかりあった。

 

 高町なのは、一時的だったが、彼女の『サーヴァント』の過去の姿。

 未来において自分に最も深く密接に関わり合う人物であり、彼女自身の今後の人生を決める最大の鍵。

 

 ――戦い始めて、フェイト・テスタロッサは目の前の人物の異常に勘付く。

 この時期の彼女は素人同然だった筈なのに、処々に未来の片鱗が現れている。未来を知って、変化したのは自分だけでないとフェイトは判断する。

 

「アクセルシューター!」

『――Shoot.』

 

 幼少期において最大でも十二発だった追尾弾は二十発を超え、フェイトを撃ち落さんと獰猛に疾駆する。

 一発一発が不調の自身を撃ち落とすに足る威力である事を察知し、超高速飛翔をもって躱し、避け切れないものはシールドで反らし、防ぎ切れないものはフォトンランサーをもって撃ち落とす。

 

『――Photon Lancer.』

「撃ち落として……!」

 

 唯一つ、有利な点はフェイトが彼女の成長過程から完成形に至るまで全知しており、戦術を完全に把握している事にある。

 だから、不用意に受け切ろうとして防ぎ切れず、バリア越しから撃ち落される失態は犯しようが無い。

 何よりも、勝利が約束されていた初戦で敗北する訳にはいかなかった。

 

(未来の貴女にとって、私は大切な親友。じゃあ、私にとって貴女は何だったの――?)

 

 解らない。泣き崩れながら討ち果たした彼女の事を未来の自分はどう思っていたのか――。

 知らねばならない。聞かねばならない。自分にとって彼女は何なのか、全身全霊をもって問わねばならない――。

 

 

 

 

 初戦は邪魔が入り、彼女達の触れ合いは未完成に終わる。

 されども、彼女達は運命に導かれるままに衝突し合うだろう。如何な状況になろうが、それは不変の理として二人の間に刻まれる。

 

 如何に舞台が狂おうとも、結末が歪もうとも、二人の魔法少女の逢瀬は約束されていた――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26/鏑矢

 

 

 ――私は貴方の物語を知っている。

 

 全ての虚栄を拭い去り、唯一無二の真実に至る旅路の果てに、貴方が永遠に報われない事を私は知っている。

 貴方は貴方の思うままに正しい選択をし、『異端者』の汚名を被せられて世界から拒絶された。

 人知れずに世界の脅威と戦い、無意味な戦争を終わらせようと歴史という大きな流れに抗い続け――古の災禍を打ち滅ぼして消え果てた。

 

 ――もっと上手く立ち回れば、或いは。

 貴方は無意味な戦争を終結させ、新たな時代を切り開いた若き英雄として皆から愛されたでしょう。

 

 でも、こんな仮定は無意味なのです。

 例え貴方は御自身の末路を知っても、躊躇わずに同じ道を選ぶでしょう。

 その気高き意志と尊き強さは私には眩しくて、臆病な私には正視出来ません。

 見えている破滅を前にして勇敢に立ち向かえるほど、私は強くありません。

 

 ――泣きながら蹲る私に、貴方は手を差し伸べました。

 

 私にその手を握り資格があるのか、改めて問い詰め――私は彼に質問しました。

 例えその生涯が全て無意味だと解っていても、立ち向かう事が出来るか、と。

 彼は小難しそうに眉を顰め、それでも真摯に悩みながら、こう答えました。

 

 ――それでも自分は、真実に至る為に戦い続けるだろう。

 

 その笑顔は、私にとって太陽でした。

 眩しすぎて、また涙が流れ落ちました。

 

 ――恐らくこの時に。

 私はこの人と運命を共にし、誰もが見捨てても私だけは傍らで支え続けようと決意したのです――。

 

 

 26/鏑矢

 

 

「――以上が、この街の現状とそれに付随する『高町なのは』の近況です」

 

 『魔術師』は今の高町なのはを巻き込んだ勢力図を、主観を排除して徹底的なまでに客観的に、高町家の皆に説明する。

 高町なのはの将来性、魔導師としての破格な才覚、その類稀な人材を手に入れたい時空管理局の意向――それは交渉を有利に進める為ではなく、正確な判断を下せるように判断材料を無条件で手渡しているように思える。

 

(……『魔術師』にらしからぬ誠実さ。いや、これも管理局嫌いが成せる業か?)

 

 会合場所を此処に設定したのは、高町なのはの両親に管理局の危険性を知らしめる為と言った処か。

 高町なのはの父、高町士郎は難しい顔を終始浮かべている。高町恭也の嫌悪感丸出しの反応を見て『魔術師』に対する評価を出しかねている、という具合か?

 

「それで君は今後どうするのかね?」

「六日後の『ワルプルギスの夜』を討伐し、その際に破壊された海鳴市の結界が復旧し次第、管理局の影響を完全排除する方向性で動きます。血を流さずには済まないでしょう。御息女に関しては今後とも此方側に関与しない事を強く希望します」

 

 普段の挑発的な表情は鳴りを潜め、『魔術師』は淡々と語る。

 高町恭也が驚いたような眼で見ているが、こういう感情の使い分けを出来る人間は心底恐ろしいものである。

 

 ――で、前から思っていたけど、オレが此処に居る意味って基本的に無くね?

 

 高町士郎は一度目を瞑り、深く考える。

 父親である彼から高町なのはに関与しない事を約束させれば、彼女は幾ら不承でも諦めざるを得ないだろう。

 

 ――だが、この娘あってこの親あり。

 開いた言葉はオレ達の予想を超えるものであった。

 

「……なのはは、どうしたい?」

「父さん!?」

 

 高町恭也が驚いたような口で聞くが、それはオレ達も同様である。

 唯一人『魔術師』だけは「こうなったか」と言わんばかりにコーヒーを啜っていた。

 

「……今は、良く、解らないです。でも、私は、フェイトちゃんと話し合いたい……!」

 

 それは彼女が父親に言った初めての『わがまま』であり、手を出さない事を確約した『魔術師』に対する挑戦状であり、予めその反応を予想していたのか、彼は小さく溜息を吐いた。

 

「――フェイト・テスタロッサと戦闘したくば、管理局に先立って発見しろ。先に戦闘すれば、連中は終わるまで関与しないだろう。無粋な横槍を入れずに漁夫の利を取ろうとするだろう」

 

 だが、驚く事に彼から出された言葉は助言であり、高町なのは自身も驚く。

 

「何を驚いている? 連中との口約束で私は基本的に干渉しないが、私以外の誰かが関わるのを何故私が止めなければならない? ――これが悪い大人の代表例だ、反面教師にするように」

「――はいっ!」

 

 あ、いや、なのはさん? 其処は元気良く返事する場面では無いんですけど……。

 

「ちょっと待て。これ以上、なのはを危険な目に遭わせるには――!」

「非殺傷設定での決闘だ、空から墜落しても死にはしないだろう。止めるのは私ではなく、お前達だ。言葉を尽くして頑張りたまえ」

 

 高町恭也が突っかかるが、『魔術師』は丸投げしやがった。

 でもまぁ、此処まで意固地になった高町なのはを説得出来る訳無いなぁと、遠目で鑑賞しながらオレはコーヒーを飲んだのだった。

 シュークリームうめぇ。

 

「ああ、念の為に、其処で自分は関係無いという顔で油断している秋瀬直也。高町なのはのフェイト探索を手伝え。不測の事態から我が身を省みずに死守しろ」

「……なん、だと!?」

「責任重大だな、傷物にしたら高町家に殺されるぞ」

 

 話の矛先がいきなり自分に向けられ、戦闘民族である高町家の男子一同の熱烈な視線が注がれる。

 いや、この馬鹿、いきなり何て事をしやがる!? このまま空気になってフェードアウト出来ると思ったのに。

 

(テメェのそのランサーを寄越せば良いじゃねぇか……!?)

 

 などという切なる祈りは届かず、オレに訪れた分不相応の災難な日々はまだまだ続くらしい――。

 

 

 

 

「へぇ、シャルロットもこの教会出身だったんや」

「……うん、日本人の両親からこの髪のが生まれたら、ね。クロウの場合は本当に運が無い」

 

 ――夜、久方振りに孤児院に泊まる事にした彼女は八神はやての話し相手になっていた。

 

 今日は青い魔術師風のロープと大きな木の杖を装備せず、年頃の少女じみた黒いワンピースを着ている。

 水色の髪には金の髪飾りで着飾れているのは万が一の事態に対する予防である。

 

 いつも一緒に居るブラッドは神父と一緒に静かに酒盛りしているので、八神はやてとの会話は丁度良い暇潰しだった。

 

「……少しでも疑われたら運の尽き。私達は基本的に両親の遺伝子を引き継いでいないからね。DNA検査で必ず引っ掛かる」

 

 此処に捨てられた孤児の多くが『三回目』の転生者であった事は偶然であり、『第一次吸血鬼事件』が始まる以前の、皆一緒だった頃を思い出して切なくなる。

 あの頃は相争う事無く、仲良く過ごせたと思う。けれども、あの事件を切っ掛けにそれぞれの道を歩み始めた。

 中には死んでしまった人も居る。同じ釜の飯を食べた『魔術師』に引導を渡された者も居る。考えるだけで滅入る事だった。

 

 ――彼女とブラッドは血で血を拭い去る闘争の渦から、一線離れた立ち位置に居る。

 

 超一級の実力を持ちながら、どの勢力図にも加わらなかったのがこの二人である。

 二人の戦力は弱小勢力にしてみれば喉から手が出るほど欲しく、大勢力からしてみても極めて危険性高く映るだろう。

 

 あれこれ深刻に考えていると、八神はやての顔が曇っており――シャルロットはぽんぽんと彼女の頭を撫でる。

 

「……子供が無用な心配をしない」

「とは言っても、五つ違いやないかー」

「私達を見た目の年齢で測る事がそもそもの間違い。はやては子供、私はお姉さん」

 

 無表情の彼女には珍しく、淡く笑いながら胸を張る。

 年頃にしては少し発育している二つの膨らみを八神はやては唸るように見ていた。

 

「それじゃシャルロットはどんな人生を送ったん?」

 

 ――『二回目』の人生。

 

 それは転生者にとって、鬼門というべき事柄である。

 何せこれを語れば自分がどのように生き、どのような技能を取得しているか、丸解りとなり――覆せなかった死因を思い返す羽目になる。

 

 それでもまぁ、転生者じゃない彼女に語るぐらいは良いか、とシャルロットは判断する。

 彼女が至った物語は総評して悲惨だけども、その道筋には一片足りても恥じる部分は無い。自信を持って誇り高く語れるのだから。

 

「……私の前世は中世の欧州じみた剣と魔法のファンタジー、私は平民階級に生まれた。魔法なら誰にも負けない才能があったけど、平民生まれだから一切評価されない時代」

 

 既存の全魔法を極め、失伝した古代魔法にも手を伸ばせた才覚は一定以上の評価を受けたが、氏名の無い平民階級という事が全てを台無しにした。

 生まれながら、彼女は持たざる人間だったが故に――。

 

「……貴族にとって平民は何処まで行っても家畜扱い。彼等の横暴は酷かった。同じ人間をあそこまで扱き下ろせるモノだと感心したわ」

「酷いなぁ、今の日本からは考えられへんわぁ」

「……でも、彼だけは違った。青臭いと言えばそれまでだけど。大貴族の妾の子だったけど、彼は最も尊いものを継承していた。清廉で生真面目、弱者を見捨て置けない性格、正義感が強くお人好し――そして生粋の人誑し」

 

 シャルロットは大貴族の第三子に生まれた、彼の事を思い起こす。

 妾の子でありながら『天騎士』と称された大英雄の気質を唯一受け継いだ少年の事を。それ故に真実に立ち向かって非業の転落人生を歩んだ、彼女が所属した旅団の部隊長の事を――。

 

「……最善の行動が最善の結果を齎すとは限らない。あの人は歴史の影に隠れた真実に最も近い位置に居た。貧乏籤を引くのはいつだって善人だった――」

 

 彼の非業の結末を、シャルロットは最初から理解していた。

 一緒に行けば、一緒に破滅する事は最初から解っていた。

 

 ――それでも、構わないと思った。

 

 あの貴族の末っ子の少年は、シャルロットにとって『太陽』だったのだ。

 一緒に居れば勇気が湧いてくる。一緒に居ると胸の鼓動が高鳴る。あの腐敗に腐敗を重ねた世界における希望の光は、彼しか居なかったのだ。

 

「……あの時代に置ける『異端者』の烙印は後世四百年にも轟く汚名。当時の最大勢力である教会からの死刑宣告に等しい。そんな無実の罪を背負わされ、大陸中から狙われる事になったけど、私達の旅団からは誰一人離反者が出なかった」

 

 その驚嘆すべき事実を、シャルロットは誇らしげに自慢する。

 本当に馬鹿な連中だと思った。自分も含めて、愚かすぎるほど愛してくて笑みが零れる。

 

「……私さえも、彼の為ならば死んでも構わないと思っていたほど」

 

 だからこそ、彼の指揮する旅団は『最強』だった。

 彼を実力で上回る騎士や魔道士は山ほど居た。聖騎士に暗黒騎士に魔法剣士に異端審問官など、非凡な才覚を持った敵は山ほど居た。

 

「……その人は、シャルロットは、ちゃんと報われた……?」

「……彼の真実の旅路が後世の歴史家に再評価されるのは四百年後。私は最後の決戦で死んじゃったけどね。歴史の闇に埋もれた、語られない英雄の物語」

 

 けれども、彼ほど心強い味方を手に入れ、全幅の信頼を受けた指揮官は他に無く――彼等との『絆』こそが彼の最大の武器だった。

 聖騎士に機工士、天道士に天冥士、神殿騎士、鉄巨人に魔法剣士に龍使いに異邦人、剣聖――皆の顔が脳裏に過ぎり、彼等の勇姿は色褪せる事無く眼に刻み付いている。

 

 シャルロットは口ずさむ。彼等の物語を。

 誇りと共に語り継がれる、真実の物語を――。

 

「戦士は剣を手に取り、胸に一つの石を抱く。消えゆく記憶をその剣に刻み、鍛えた技をその石に託す。物語は剣より語られ石に継がれる――」

 

 

 

 

「……私は、彼女の傍に居て良いのだろうか? 私のような唾棄すべき大罪人が――」

 

 教会の神父の個室にて、ブラッド・レイは葡萄酒を飲みながら頭を抱えていた。

 彼の相方であるシャルロットが黄金に匹敵するような誇りの物語で綴られるのならば、ブラッドの物語は幾千幾万の血で綴られる凄惨な物語である。

 

 ――彼の『二回目』は人間ではなく、『竜の騎士』として生を受けた。

 

 『竜の騎士』とは太古の時代に人間の神、魔族の神、竜の神が作った、世界の秩序を守る為に戦う究極の生命体である。

 人の姿に魔族の持つ強大な魔力、竜の持つ力と頑強さを兼ね備えた究極の騎士であり、その存在意義はいずれかの種族が世界の秩序を乱した際にこれを討ち取る事にある。

 

 ――その生は戦いに明け暮れ、誰一人として天寿を全うしない存在。

 

 彼の悲劇は、彼の生きる時代に世を乱したのが、人間だった事に尽きる。

 人間を殺す事に葛藤し、世界の秩序が崩れてより混迷の時代が訪れる事に危機感を抱き、それでも破滅に向かう人間達の粛清を躊躇し、絶望した果てに――彼は自らの手で殺した。

 

 ――自分の次の『竜の騎士』は何の躊躇無く人間を滅ぼすだろう。

 それならば、自らの手で斬り落とすべき者を選別した方が、遥かに良き結果を齎すだろう。

 

 既にその決断そのモノが人間だった頃とはかけ離れていた事に、彼はいつ気づいただろうか。

 幾千幾万の人間の屍を築き上げ、愛した人間の女性の骸を見つけた当たりで、漸く気づいた事だろう。

 

 それが、彼の『竜の騎士』としての物語であった。

 時代が違えば、こうはならなかった。元同種族を手に掛ける事無く、異種族の英雄として自身の物語を完遂出来ただろう。

 

「既に我々は神の摂理から逸脱した存在です。教義上に無い事を、私は神父として語れませんよ」

 

 ――幾度無く転生する者は何を持って救済されるのか、神父自身もその答えを知らない。

 

 自分達には死の安息さえ与えられないまま、三回目の生涯を生き続けている。

 何て巫山戯た例外だろうか。最後の審判の時は未だに訪れず、何の答えが出ないまま三度目の生は続いている。

 

「ですが、貴方が誇り高き生き様を貫いた彼女と一緒に生きるのであれば、努力しなさい。その輝きに見合う自分になりなさい」

 

 神父ではなく、義理の父親として彼は優しく笑い、葡萄酒を口に含めた。 

 

「……貴方は不思議な人だ。普段の貴方は慈悲深く思慮深いのに、吸血鬼を前では狂気の代弁者となる。何方が本当の貴方です?」

「両方とも私ですよ。――昔々の事です。吸血鬼によって両親を殺され、血を吸われる寸前に『アレクサンド・アンデルセン』神父に助けられました」

 

 ――その時の光景は今でも鮮明だ。

 

 両親を弄んで殺した絶対の恐怖だった吸血鬼が、震えながら命乞いし、神父は狂ったように笑いながら銃剣で容赦無く両断する。

 あの事件で今までの自分は死に絶え、新たな自分に生まれ変わったと『神父』は断言する。

 

「私がしている事は、彼の生き様をただなぞるだけです。――彼の生涯を賭けた刃は『アーカード』の心臓にも届き得た。それを証明する為に、私は生きているのです」

 

 杯に揺れる葡萄酒を見ながら、神父は物懐かしげに呟く。

 その願いは前世において叶う事が無かった。『アーカード』が幾百万の生命を殺して帰還する前に、英米同時バイオテロ事件、別名『飛行船事件』を生き抜いた神父は病死してしまったが故に――。

 

「――それでも、貴方の孤児院に救われた者は沢山居る」

 

 からん、と杯をぶつけあい、二人は物静かに葡萄酒を飲む。

 

「我が子達と盃を交わすのが、今の私の最大の楽しみですよ――」

 

 

 

 

 それぞれが思い思いに夜を過ごす中、オレはシスターと向かい合わせに座っていた。

 彼女にはどうしても、一つ、聞かねばならない事があった。

 

「自分の記憶に関しては、良いのか?」

 

 そう、以前の交渉の時には八神はやての生存の確保の他に、彼女の記憶を取り戻す事が主題として上がっていた。

 それなのに今回の件については、シスターはまるで意図的に触れないようにその話題を避けて来た。

 察する事は出来たが、それは問わなければならない問題である。

 

 シスターは沈黙したまま、重い口を開こうとしない。オレは静かに、彼女が口を開くのを待ち続けた。

 

「あれからずっと考えてた。記憶を失う前の『私』は本当に私なのかって」

「……『魔術師』に言われた事か」

 

 記憶喪失というよりも、彼女の場合は記憶の抹消だっただけに、問題は更に深刻化しているのだろう。

 

「私はね、『私』の記憶が消される前に遺した文書で、私が『転生者』である事を知った。それ以来、私の目的は『私』の記憶を取り戻す事が全てだった。でも、何処かで嘗ての『私』を私と同一視していたんだと思う」

 

 前世と合わせて二十数年程度の人格と、今の今まで歩んだ彼女の人格は、別の存在と言って差し支えない。

 それが記憶を取り戻した場合、一つに統合出来るのだろうか? それは、実際に試してみなければ解らない事だ。

 

「記憶を失う前の『私』が全くの別人なら――今の私が、後に構築された贋物という事になっちゃう」

 

 涙を流しながら、シスターは痛々しく笑った。

 

「……怖く、なっちゃったの。今の私は贋物で、本物の『私』に返さないといけない。失ったものは、取り戻さないといけない。それなのに……!」

 

 ぽろぽろと涙が零れ、シスターは内に溜めた感情を一気に爆発させる。

 シスターは力無く立ち上がり、此方に倒れるように胸に飛び込んで来た。

 受け止め、嗚咽するシスターを宥める。今の自分には、それぐらいしか出来ず、自身の無力感に苛まれて呪わしかった。

 

「……クロウちゃん。臆病で卑怯な私を叱って。嘗ての『私』を絶対に取り戻せと怒って。それが、それが正しいのだから……!」

 

 ――でも、それは今までのシスターを全否定する言葉であり、オレにはそんな言葉を出せなかった。

 

「……オレは、今のシスターしか知らねぇ。――だから、今のままで良い。例えそれが間違いでも、オレはそれで良いと思う。誰のせいでもない、オレのエゴで、そのままの君で居て欲しい」

「……駄目、だよ。そんな事を言われたら、私は、甘えちゃうよぉ……!」

「――良いんだよ。甘えて良いんだよ。少しは頼りにしろよ、オレだって男なんだからさ」

 

 シスターの泣き声がいつまでも鳴り響く。

 視界の隅にアル・アジフが気まずそうに立っていたが、音を立てずに去ってくれる。全く、あの傲岸不遜の古本娘が、珍しく空気読みやがって。

 オレはそっと泣き続けるシスターの為に胸を貸した――。

 

 

 

 

「――確かに、貴様の『死んだ瞬間に十秒前に巻き戻る』というスタンドは無敵だ。誰も貴様を殺す事は出来ない。だからこそ、貴様を殺すのはお前自身の手だ」

 

 その男は許されざる『邪悪』であり、嘗ての宿敵だった。

 ラスボス御用達の時間を操るスタンド能力は、幾人もの仲間の犠牲の上で発覚したものであり、託された想いを受け取り、オレは最終決戦に望んだ。

 

「自殺では能力は発動しない事は解ってる。貴様は自身を殺そうとしない敵に敗北するんだ」

 

 用意した最終決戦場は中規模のクルーザーであり、二人分の棺桶にしては上等な代物だった。

 

「何を、何をしたァ――!? 秋瀬直也ッッ!」

「テメェと心中なんて真っ平御免だったがよォ。一緒に死んで貰うぜ……!」

 

 既に故郷の土から離れ、太平洋の真っ只中を漂流している。

 オレを始末する為に乗り込んだ奴は、間抜けな事に、此処が絶対の処刑場である事に今の今まで気づかなかったという訳だ。

 

「救命具は全部破壊した。通信機も操縦系統も諸共壊した。この船は間もなく沈む。お誂え向きの死に場所だろう? 溺れ死んだ傍から溺れ死ぬ。諦めがお前を殺すんだ」

 

 無限に殺し続けるスタンドじゃない限り、この男のスタンド能力は破れない。

 だが、そんなとんでも能力が無くとも、殺せるのだ。

 オレ一人が犠牲になるのならば、この男を完殺する理論と手段は此処に構築される――。

 

「待て、参った。俺の負けだッ! 此処で俺達二人が死んでも無意味だろう? 死にたくないのは貴様も同じの筈だ。今後一切お前達には手を出さない。死んだ妹に約束しよう。だから――!」

「……オレが隠し持っている生き残る手段を開示しろってか? ああ、確かに――予備の無線機が此処にある」

 

 懐から取り出し、奴の眼下に晒す。

 彼は希望を見出したような顔を浮かべ、オレは逆に覚悟を決める。

 

「これさえあれば救助の可能性が発生し、殺されれば何度でもやり直せるお前なら確実に救援を引き当てるだろう――だが断る」

 

 最後の希望を握り潰す。これで、オレも奴も助かる術は消え去った。

 

「お前は、死ぬべき邪悪だ。この世に居てはいけないんだ」

「――き、貴様アアアアアアアアアアアアアアァ――ッ!」

 

 奴のスタンドがオレの心臓を穿ち、大きな穴を開ける。

 全く、死ななければ発動しない能力の癖に、近距離パワー型でスピードも精密性も『スタープラチナ』並とか反則過ぎるだろうに――。

 

「……これで、お前は十秒前に巻き戻る手段を、完全に失った……。あの世から見てやるぜ、貴様が無様に破滅するその一部始終を――!」

 

 全力で絶望する奴の顔を最高の笑顔で見上げ――オレは程無くして死に絶えた。

 これがオレの『二回目』の死に様――懐かしい記憶だった。

 

 

 

 

 そして景色は暗転し、青い魔術師風のローブを纏った仮面の亡霊――オレのスタンド『ファントム・ブルー』が目の前に現れる。

 

「見テ見ヌ振リヲスレバ、オ前ハ死ナナカッタ」

「見て見ぬ振りなんて出来なかったから、こうなったんだろうな」

 

 我が『スタンド』は恨めしそうに片言で呟く。

 この手の対話は、初めての経験だった。これが夢だと自覚出来る、奇妙な感覚だった。

 

「何故ダ? 手ヲ出サナケレバオ前ハ運命ヲ変エレタ。誰カノ為ニ死ナズニ済ンダ」

 

 ……やっぱり、この死因はそうなるか。

 認めよう。秋瀬直也は二回とも他人の為に死ぬ事を選んだ人間だという事を。

 人と交流し、此奴の為ならば死ねると思った時、オレの死の因果は不可避のものへと変質し、成立するのだろう。

 

「私ハソノ為ニ発現シタ『スタンド』ダ。非業ノ死ヲ遂ゲタオ前ノ渇望ガ私ヲ生ミ出シタ」

「……そんな事はオレが一番良く理解している」

 

 我がスタンド能力は隠蔽能力に長けた風の『スタンド』だ。

 同じスタンド使いであろうと、我がスタンドを見る事は不可能であり、誰よりも隠し通せる事に特化した能力なのだ。

 それは人との断絶を意味しており、けれども、オレは手を差し伸べる事を止められなかった。

 

「死ハ間近ニアル。ソノ不可避ノ摂理ヲ乗リ超エルノナラバ――今度コソ使エ。次ノ段階ヘ――『レクイエム』ヲ奏デルノダ」

 

 我がスタンド――『ファントム・ブルー』は自身の体の空洞の中に手を突っ込み、あるモノを取り出す。

 それは生前最後まで死守したモノであり――最終的に使う事を拒否した、『ジョジョの奇妙な冒険』で最重要の『キーアイテム』だった。

 

 

 

 

「……胸糞悪ぃ。何で今さらこんな夢を――」

 

 小鳥の囀りが恨めしく耳に響き渡る。

 変な夢を見たせいで、眠った気がまるでしない。

 背伸びをし、欠伸をする。時刻は七時、母が起こしに来るまであと十分ぐらいあるが、起き上がって顔を洗おうと立ち上がる。

 

 ――からん、と何かがベッドから落ちた。

 

 それは古臭い木の枝で作られた――前世からの因縁の道具だった。

 

「……そんな馬鹿な。『矢』だとォ――!?」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27/試練

 

 

 ――この『矢』のルーツは明らかになっていない。

 

 製作者不明、鏃は五万年ほど前に飛来した隕石を加工したものであり、地球上には存在しない未知の細菌が含まれているとかそういう詳しい事情は知らないが――その矢に射抜かれた者に素養があれば『スタンド使い』になれる。

 素養が無ければ射抜かれた者は死ぬだけだが――。

 

(……何て『モノ』を。よりによって今――!?)

 

 この『矢』が欲しがる者を射抜けば、その者は確実に『スタンド使い』として生き残り、更には味方になってくれる。

 第三部における『DIO』の大部分の部下達・第四部における吉良吉影の追跡を意図・無意図に関わらず阻害した街の『スタンド使い』達はこの『矢』によって生み出された。

 

(この『矢』は『魔術師』の『聖杯』同様、魔都同然の『海鳴市』の勢力図を根底から崩しかねないほどのバランスブレイカーだ……!)

 

 『ジョジョの奇妙な冒険』でも六本しか存在しない奇妙奇天烈な『矢』――五本は所在が明らかになっていたが、最後の所在不明の一本、これにはオレと深い関わりがあった。

 この『矢』の為に幾人もの仲間の血が流れ――最終決戦において『奴』を絶対の処刑場に誘き寄せる為に最期まで持ち歩いた代物が『コレ』である。

 

(この『矢』にはもう一つ、重要な秘密がある。『矢』があれば『スタンド使い』を量産して一大勢力を築く事も可能だが、『スタンド使い』にとってもう一つ、重要な意味がある)

 

 ――『矢』は才能ある者からスタンド能力を引き出す。

 そして、更に『矢』で『スタンド』を貫けば、その者は全ての生き物の精神を支配する力を持つ事になる。

 

 ジャン=ピエール・ポルナレフの『シルバーチャリオッツ』の場合は、『矢』を奪われる事を防ぐ為に止むを得ずスタンドを貫いて進化したが、強大なパワーを制御出来ずに暴走し、誰にも『矢』を渡さないという意志を受け継いだ――全世界に影響するほどの能力となった。

 そして『矢』に選ばれた汐華初流乃ことジョルノ・ジョバァーナの『ゴールド・エクスペリエンス』は攻撃する者の動作や意志の力を全て『ゼロ』に戻すという、時間操作系統の能力を超越するスタンド能力となった。

 

 ――スタンドを次の領域にシフトさせるキーアイテム、それがこの『矢』なのである。

 

「直也、朝だよーって、珍しいわね。起こす前に起きているなんて」

「っっ!? あ、あぁ、おはよう、母さん……!」

 

 即座にスタンドの中に矢を収納して隠し、オレは動揺しながら母に朝の挨拶を交わす。

 『矢』を見られていないか、心臓がばくばくと煩く鼓動する。

 

「どうしたの? 顔色悪いけど?」

「いや、何でもない。夢見が悪かっただけで、大丈夫だから」

 

 まるで自分に言い聞かせるような言葉だと、後悔する。

 母は少し不審がっていたが、すぐに出ていき――オレは深々と溜息を吐いたのだった。

 幸運な事に、『矢』は見られてないようだ。此処で問い詰められていたのならば、オレは言い訳すら出来ずにどもるのみだっただろう。

 

(どう考えても、これは厄災の種だ。オレにとっては『ジュエルシード』なんて眼じゃないぐらいの。どうする? 木っ端微塵に砕くか?)

 

 万が一、この『矢』を持っている事が他の者に発覚すれば、果たしてどうなるだろうか?

 全員が全員、興味が無いという有り難い事態になる訳が無い。

 この『矢』を巡る壮絶な争奪戦に発展し、その不毛な戦乱の中で邪悪なる者に渡れば――嘗てないほどの惨劇と悲劇を齎すだろう。

 百害あって一利無し――だが、我が『スタンド』は夢の中で何と言っただろうか?

 

(――使え、だって? 資格の無い者が『矢』の力を使えば暴走確実で自滅するというのに。試すにしても危険過ぎるし、切り札にするのもまた無謀過ぎる)

 

 頭が回らない。とりあえず、朝飯を食べてから考える事にする。

 つくづくこの『矢』は自分にとって死神のように付き纏う。徐ろに眉を顰めながら、朝食が用意されている一階の食卓に向かった――。

 

 

 27/試練

 

 

 冷静に考えてみれば、スタンドの中に隠している限り『矢』の存在は誰にも発覚しない。

 問題があるとすれば、今現在の自分の心理状況である。客観的に見なくても激しくテンパっていた。

 

「……ねぇ、直也。本当に大丈夫? 具合が悪いなら一日ぐらい欠席しても良いのよ?」

「あ、いや、大丈夫だから……!」

 

 ――そんな心配を母親にされるほど、今のオレには余裕というものが全部剥奪されている。

 

 傍から見て、どう見ても自分の表情が大丈夫じゃないという事だ。

 顔に「何か致命的な大事が発生した」と完全に出てしまっていて――間違い無く、あの『豊海柚葉』に一発で見抜かれる。

 一番見抜かれてはいけない人物に重要事を察知される。これは非常にまずい。

 その正体を会話で掴めないとなれば、あれこれ手を打って確かめようとするだろう。

 

(かと言って、今日一日休んだ処で解決する問題だろうか……?)

 

 あの女は妙に鋭い。恐らく一日費やして偽装しようとしても、今日一日の欠席で何かを察してしまい、それだけで今回の事件の本質を見抜かれる可能性がある。

 あの女に出遭わないように行動を――最近はいつも教室の廊下前に待ち伏せているから、間違い無く遭遇する事となる。

 

(……『魔術師』に頼るか? ――うん、論外だな。在り得ない)

 

 あれも『豊海柚葉』と同類であり、どんな要求をされるか解ったものじゃない。というよりも『矢』の存在を知られたら――砕かない限り、間違い無く『敵』になる。

 なら、冬川雪緒はどうだろうか? 『矢』の脅威について一番実感しているであろう人物になら相談出来るのでは無いだろうか?

 

(駄目だ。冬川雪緒は信頼出来ても、その仲間――出遭った事の無い他の『スタンド使い』は信用出来ない。同じ『スタンド使い』にはこの『矢』の存在を絶対に知られる訳にはいかない)

 

 やはり一人で解決しなければならない問題であり、砕くのが最善の選択に思えるが――思考がぐるぐる同じ処を回っている。一時保留しよう。

 

(まずは目先の問題、豊海柚葉からだ。奴に此方の異常が看過されるのは一目瞭然、故に別の事を話して誤魔化すしかねぇ……無理矢理、話題を提供するか)

 

 

 

 

「――自殺では発動しないけど『死んだ瞬間に十秒前に巻き戻る』というスタンド使いに勝つ方法ねぇ? 幾つか思い浮かぶけど、それはどうやって見抜いたの?」

 

 という訳で、先手打って『奴』の能力を暴露してみる。

 いや、こっちに『奴』が居ないから全く関係無いけど。前世からの恨みと思って諦めて貰いたい。

 

「初めはディアボロの『キング・クリムゾン』のエピタフみたいな予知能力の類だと思われていた。何をやっても此方のスタンド能力、手口が事前に発覚していて、動きも簡単に読まれるからな」

 

 それはそれで脅威であり、確実に殺せる状況に至っても、必ず切り抜かれ、幾人もの仲間が犠牲になり――『奴』の本当の異常性が発覚したのはその後だ。

 

「此方にも時間干渉系のスタンド能力者が居て、漸く発覚したとだけ言っておこう。自殺で発動しないと判明したのは、奴の唯一信頼出来る共犯者が奴自身を殺して『十秒間』巻き戻す荒業を一度実行したからだ。自分で殺す方が遥かに楽なのに、その手間を取る事は――『自殺』は出来ないという結論に至った」

「へぇ、其処までに至るまでにどれほどの血が流れたか、想像すら出来ないわねぇ」

 

 けたけたと面白そうに豊海柚葉は笑う。

 此方としては前世の思い出したくない部類の話だけに苦い顔である。本音からの表情だけに、この女狐を誤魔化す材料に成り得れば良いのだが。

 

「それで、その条件のスタンド使いを倒す方法は?」

「君の元居た世界に二つあるじゃない。一つは『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』、一つは『タスクACT4』よ。まぁそれが用意出来れば苦労はしないよね」

 

 全てがゼロに戻る、無限に殺せる能力者がいれば最初から苦労しない。

 あれの初見殺しは異常だ。殺そうと思う限り絶対に勝てないなんて、最悪過ぎる落とし穴だ。

 今考えると、歴代の『ジョジョの奇妙な冒険』のラスボス達に匹敵する悪辣なスタンド能力である。

 

「徹底的に監禁拘束した上でコンクリート詰め。四肢を切り落として飼い殺し。宇宙空間に打ち上げて永久放逐する。その共犯者を排除すれば、自殺に追い込む手段ぐらい幾らでも思いつくわ。ようは逃れない状況を作って無限回殺せばいつか自殺するでしょ? だから、その能力の全容が発覚するまでが勝負よねぇ。凄まじい初見殺しだし」

 

 ……やっぱりこの女は怖い。平然とその結論に至るとは。

 話せば話すほど底が見えなくなるタイプで嫌になる。『奴』とは違った意味で完成した『邪悪』である。

 

 

「それにしても学習したじゃない。――それに関する事だけど、微妙に外しているね」

 

 

 そしてやはり、此方の意図を完全に見抜くか。

 小手先の小細工は通じないか。末恐ろしいまでの観測眼だ。此方の表情が明らかに硬くなっているだろう。

 

「お前の能力は完全な『悟り』ではなく、未来予知級の直感、経験則による恐ろしく正確な読心だと当たりを付けていたが?」

「さて、どうかしらねぇ? もしかしたらその彼よりも上位版、自殺でも十秒前に巻き戻れる能力者かもしれないわよ?」

 

 探りを入れてみたが、さらりと躱される。食えない女だ。

 

 だが、彼女のその仮定は笑える。そんなの『矢』でも使わない限り不可能だ。

 その先の領域を目指したからこそ、『奴』は『矢』を求めた。それ故にこのオレに敗北したのは皮肉以外何物でもない。

 

「あんな理不尽な能力の上位版がそうコロコロ居てたまるか」

「そうね。本当の強者というものはそんな次元とは関係無い処に立っているものだし」

 

 少し気になったが、今日は早めに話を切り上げる。

 これ以上話していて、痛い腹を探られるのも勘弁願いたい。

 教室に入ると、アリサ・バニングスと喋っていた高町なのはが此方に来た。月村すずかは未だに欠席である。

 

「おはよう、高町。……どうした?」

「おはよう、秋瀬君。えーと、いつも豊海柚葉さんと話し合っているけど、仲良いの?」

「いや、何方かというと不倶戴天の敵だな。――あれには注意しろ」

 

 何か解らない顔をしていたが、オレの方でやっぱり注意するしか無いか。

 

 ――恐らく、豊海柚葉は近い内に、確実に何か手を打ってくる筈だ。

 此方の手札を知る為に、自身の手札の一つを切ってくるだろう。

 

(逆に考えれば、奴の手の内を探るチャンスという訳か)

 

 この『矢』なんて自滅覚悟でなければ使えない。

 精神を研ぎ澄ませ、意識を切り替える。いつ仕掛けられても大丈夫であるように、戦闘への心構えを構築し、集中しよう――。

 

 

 

 

「要の『サーヴァント』を失って、のこのこと私の前に帰ってきたの――フェイト、私は言ったよね? あの『魔術師』から『聖杯』を奪って来いって」

「……は、はい」

 

 時の庭園に戻ったフェイト・テスタロッサは震えながら報告する。

 プレシア・テスタロッサはそのおどおどとした様子を苛立ちを隠せずに睨んでいた。

 

「次善策である『ジュエルシード』も三つだけ――何処まで貴女は私を失望させるの?」

 

 ――使えない人形。失敗作。贋物。

 

 フェイトの心が折れそうになる。

 事前に未来を知っていたとしても、自身が母親の最愛の娘のクローンで、贋物の自身は愛されず、嫌悪されているという事実が、フェイトから気力を根刮ぎ奪う。

 それでも、報告しなければならない。あの最悪の未来を知らせて――何かが変わる事を期待して祈って。

 

「……『アーチャー』は未来の英霊で、私達の事に関わり合いのある人物でした」

「へぇ。その未来では私はどうなっているのかしら?」

 

 さも小馬鹿にした表情でプレシアは問う。

 単なる苦し紛れの言い訳の一つ程度にしか捉えてなかった。

 やはり、彼女は失敗作だ。彼女の愛娘はこんな醜い言い訳をする子では無かった――。

 

「虚数空間に、消え去りました。『アリシア』と、一緒に……」

「……詳しく聞かせて頂戴」

 

 ――プレシアの表情が歪み、真剣に問う。

 様々な思惑が乱れる中、フェイトは最後の勇気と気力を振り絞って、泣き崩れそうな自分を抑制しながらアーチャーから手に入れた未来の情報を口にしたのだった。

 

 

 

 

『――『ヴォルケンリッター』には予定通り蒐集して貰う。ただし、効率良く蒐集する為に、対象を殺害する前提でリンカーコアを蒐集して貰おうか。高町なのは及びフェイト・テスタロッサ、転生者からの蒐集は基本的に禁止だ。ああ、管理局の連中からは好きなだけ蒐集してくれ。奴等が万人死のうが兆人死のうが構わん』

 

 翌日の交渉、開幕一言目に『魔術師』は到底実現不可能な前提を押し付けてきた。

 はやての顔が硬く、他の面々も眉間を顰ませている。途中で遮りたい気持ちを抑えながら、まずは『魔術師』の言い分を全部聞く事にした。

 

『その過程で双子の猫ども二匹には退場して貰い――『デモンベイン』の修復が完了次第、闇の書を完成させ、防衛システムを『レムリア・インパクト』で昇華、全ての責任を『闇の書』及びグレアムに押し付けて終了だ。何か質問は?』

「……突っ込み処しかねぇな。わざとか?」

『概ねわざとだ。私とてたまに巫山戯たくなる』

 

 やる気無く語る『魔術師』に殺意を抱いて睨みつけたが、目を瞑っている『魔術師』には効果は無いようだ。

 家族が増えると喜んでいたはやてがドン引きして涙目になっているじゃねぇか。ますます怒りが湧いてくる。

 

『此方の絶対条件は『転生者から蒐集しない』、『ギル・グレアムを破滅させる』、『管理局の干渉を排除する』の三点だ。クロウ・タイタス、お前とて八神はやてを贖罪という名目で管理局に渡したくは無いだろう?』

 

 ……そりゃまぁ、意図的に見逃して『闇の書』を押し付けられているのに関わらず、あちらは何の処罰も下されず、保護観察の上に贖罪で管理局入りなんて図々しい道を、はやてに歩んで欲しいなんて誰が思おうか。

 

『だが、現実問題として人間以外をちんたら蒐集していては『八神はやて』が『闇の書』に吸い殺される方が先だ。人間相手に蒐集すれば後々に管理局からペナルティを食らって雁字搦めになる。だからこそ『夜天の書』と『ヴォルケンリッター』を手放す事が最上だと愚考するが?』

 

 ……『魔術師』は巫山戯ていると言ったが、案外本気じゃないだろうか?

 八神はやてを管理局入りさせない、という大前提で事を終わらせるならば、その道筋ぐらいしか在り得ないだろう。

 

 ――聞いた限りでは『ヴォルケンリッター』も『夜天の書』も、個人の手に委ねられるには危険過ぎる代物だ。

 その管理局に突かれる材料を自ら捨てなければ、八神はやてには管理局入りの道しか無い、という訳か。

 

 そして、このどさくさに紛れて『魔術師』は管理局に対して何をするつもりなのやら――。

 

「前々から思っていたが、お前の管理局嫌いは相変わらず酷いな?」

『嫌いになるさ。あれさえ居なければ私は舞台に上がる必要が無かったからな』

「……? それってどういう――」

 

 画面側の『魔術師』の屋敷が揺れる。

 此方は揺れていないので地震では無いが、『魔術師』は椅子に腰掛けながらにやりと頬を歪ませていた。

 兼ねてより仕組んでいた悪巧みが成功したかのような、そんな会心の邪悪な笑みであった。

 

『――来客のようだ。また連絡する。それまでに其方の案を纏めておくんだな』

 

 

 

 

「随分と早かったじゃないか、プレシア・テスタロッサ」

 

 『魔術師』はくつくつと笑い、『屋敷』の仕掛けを起動する。

 次元跳躍魔法に対する対策は既に構築されている。針の穴を通すような精密さで放たれる芸術的な魔法は、空間を少し歪ませるだけで跡形も無く散りばめられてしまう。

 

 ――続く襲撃者の来訪を快く迎えながら『魔術師』は自身の携帯に手を伸ばした。

 

 

 

 

「次元跳躍魔法……!? 対象地点は――あの丘の屋敷です!」

 

 次元航行艦『アースラ』にて、エイミィは目にも止まらぬほど迅速な速度でタイピングし、必要な情報を次々と提示していく。

 画面に映ったのは管理外世界『地球』、『ジュエルシード』がバラ撒かれた『海鳴市』に存在する――ミッドチルダ式の魔法技術とは別系統の魔法技術を継承する通称『魔術師』の『幽霊屋敷』であり、空は歪んで紫色の雷が天を轟かせていた。

 各局員が食い入るように見守る中、ティセ・シュトロハイムは「え?」と大きく口を開けて見ていた。

 

「次元跳躍魔法、来ます……! って、えぇ!?」

 

 魔法ランクにして推定S+、大魔導師の名に相応しい天の雷は、されども屋敷に被弾する事無く彼方に四散して霧散する。

 

 ――直撃する寸前に、空間が歪み狂ったかのような錯覚が走る。

 

 下の『幽霊屋敷』からは鮮血のように赤々しい光が放たれており、展開された魔法陣はミッドチルダ式とは程遠い別系統の異法だった。

 

「魔力反応有り――黒い少女? 屋敷に突っ込んで行きます!」

「って、ええええぇ!?」

 

 割り込んで叫んだのはティセ一等空佐であり――画面に映った黒い魔法少女は彼女の目当てであるフェイト・テスタロッサに他ならなかった。

 

 ――何故、彼女がよりによって『魔術師』の『魔術工房』に逝く?

 

 それも、露払いにプレシア・テスタロッサの一撃を加えてまで――いや、逆説的に考えるならば『魔術師』が何か仕掛け、特攻せざるを得ない状況を組み立てた? それを自分達に気づかせずに――。

 

「――あああああ、やられたっ! 『ジュエルシード』を砕いていたのはその為ですかぁ!? 後の無くなったプレシア・テスタロッサを暴発させて其方に誘導する為ですかぁッ!」

 

 目先の事に囚われ、本質を理解しなかったのが彼女の敗因である。

 あの『魔術師』が『ジュエルシード』を砕いていたのはパフォーマンスの一種でもなければ、管理局に渡したくないからという単純な理由ではなく――プレシア・テスタロッサを追い込んで暴発させる為に仕向けたのだ。

 『ジュエルシード』によるアルハザード行きが不可能になれば、彼女は『聖杯』に縋るしか無く、自身の最大の駒であるフェイト・テスタロッサを仕向けるのは当然の理だった。

 

「フェイト・テスタロッサは好きにしろとか言っておきながら、手に入れる気満々じゃないですか!? やだコレもう――!」

 

 ティセは頭を掻き毟りながら絶叫し、脇目を振らずに悔しがる。

 完全に出遅れた今、フェイト・テスタロッサを此方で確保する方法は皆無になった。こんな湾曲な手、自分程度の人間が読めるかと泣きたくなる。

 

(こんなの事前に見抜けるのは金髪少女の中将閣下のみだって何度言えば――!)

 

 泣き言を心中で何度も呟きながら思考停止している中、その様子に業を煮やしたクロノは指示を各員に出す。

 

「武装局員達を配備、すぐに出撃準備を――」

「駄目です。『魔術師』の屋敷への出撃は許可出来ません! 彼処に突入したら誰も彼も皆殺しにされます。エイミィさん、次元跳躍魔法が何処から撃たれたのか、解析宜しくお願いします」

 

 クロノの出動命令を遮り、ティセは次善手を打たざるを得なくなる。

 武装局員を『魔術工房』に派遣しても一人残らず行方不明になるだけであり、死体すら残らないから『魔術師』に「侵入など無かった」と惚けられて終わりである。

 そんな処に無駄な戦力を投入するぐらいなら、と苛立ちを籠めて『魔術工房』の画面を睨む。

 

「……こうなったらプレシア・テスタロッサを生きて確保しないと、フェイトちゃんも取られちゃいますねぇ」

 

 それさえ生きて確保したのならば、フェイト・テスタロッサは自分から此方に投降するだろう。

 精々それまで生き長らえていればそれでいい。自らも出動準備をしながら、ティセは大きく溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 高町なのはと一緒に帰宅する最中、自身の携帯が煩く鳴り響く。

 

(フェイト・テスタロッサの捜索を一緒にする手前、放課後の行動を共にする事になったと誰かしらに弁明しておく)

 

 何となく嫌な予感がしたが、電話の主は『魔術師』であり、予感が即座に確信に変わる。

 

『フェイト・テスタロッサが我が屋敷に来訪した。今は屋敷の仕掛けで歓迎しているが、決着を着けたいのならば、すぐに来いと高町なのはに伝えてくれ』

 

 ――と、ごく短い通話で終了する。

 これはまさか予測外の出来事じゃなく、既定事項――?

 あの『魔術師』、また何かしやがったのか?

 最近、何か変な事が起こったら『魔術師』か『豊海柚葉』のせいと考えれば良いと、思考停止の果てに気が楽になってきた。

 

「高町、フェイト・テスタロッサは今、『魔術師』の屋敷に居るらしい」

「っ、レイジングハート!」

 

 高町なのはは即座に反応し、バリアジャケットに着替え、一気に飛び上がって飛翔する。

 それを見届けてから『魔術師』の屋敷に走って向かう振りをし、唐突に後ろに飛ぶ。

 

 ――音を立てて、地面に三本の剣が突き刺さった。

 

 先程からオレ達を追跡していた何者かが、釣られて出てきたようだ。

 ……二人で歩いている時も度々殺気を飛ばしていたからハラハラしていたが、一人になれば当然仕掛けてくるよなぁ、と気怠げに分析しながら気構える。

 

 その三本の投擲剣は特徴的であり――聖堂教会の連中が扱う概念武装『黒鍵』の類だと思われる。

 

「おやおや、気づいていたのに知らぬ振りをするとは、中々演技派ですねぇ」

 

 現れたのは金髪蒼眼のカソックを着た男であり、端正な顔立ちが嫌らしく歪んでいる。

 明らかに教会関係者の人間であり――豊海柚葉との関連性をまず第一に疑う。

 

(近い内に仕掛けてくると思ったら、もうかよ。早すぎねぇか?)

 

 なんて悪態を突きたい気分に駆られるが、我慢する。

 久方振りに訪れた死の気配に、身が引き締まる。既にこの男によって人払いは済まされたのか、周囲に一般人の気配が消え去っている。

 

「まぁこれも何かの縁です。死んで貰えないでしょうか?」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28/血戦

 

 

 ――左手に刻まれた三画の令呪、其処から私の物語は狂い出しました。

 

『――ごめんね、フェイトちゃん』

 

 意図せずに召喚されたサーヴァントは、知らない筈の私の名前を呼んで、泣きながら私を抱き締め――私は眠るように意識を失いました。

 何に対して謝ったのか、その時の私には解らないままでした。

 

 ――そして、私は貴女の物語を長い時間を掛けて全て見届ける。

 

 その過程で、私は姉である『アリシア・テスタロッサ』のクローン体であり、母さんから失敗作として忌み嫌われている事を知り、自身の存在意義を見失いました。

 

『――例えこの身が贋物でも、母さんに笑って欲しい。幸せになって欲しいという気持ちは本物です』

 

 それでも、未来の『私』は贋物だと認めた上で、自身を見捨てた母さんにそう言い放ち――その彼女が『自分』でない事を強く痛感しました。

 今の私に、その真実を受け入れる強さなんて、何処にもありません。自身の存在意義が無意味である事を自覚した上で、何かを見出す事なんて出来ないのです。

 

 ――物語は巡って行き、『私』と貴女の道は何度か交わる。

 

 その『私』にとって貴女は掛け替えの無い親友であり、彼女の故郷が壊された後に最も密接な人物だったと客観的に分析します。

 だからこそ貴女は『私』に討たれる事を望み――『ごめんね、フェイトちゃん』と、泣き崩れる『私』に言い遺したのでした。

 

 ――その未来の知識という禁断の果実が齎したのは、絶望的なまでの無気力感でした。

 

 私は知りたくなかった。

 知った上で、贋物の自身を自覚した上で立ち向かうなんて出来ない。

 だから、この誰にも打ち明けられない鬱憤を晴らす為に今の貴女と戦い、懺悔するように母さんに打ち明けました。

 

『――それを知っていて、何故貴女は私に尽くすの?』

 

 私には、それに対する答えを持ち合わせていません。

 

『――例えこの身が贋物でも、母さんに笑って欲しい。幸せになって欲しいという気持ちは本物です』

 

 そんな『私』の言葉なんて、私は間違っても語れません。

 愚かで醜悪で弱い私を、許して下さい――。

 

 

 28/血戦

 

 

「一応聞いておくけど、これは豊海柚葉の差金か?」

 

 型月世界の『聖堂教会』で思い浮かぶと言えば、『シエル』と『言峰綺礼』である。

 いずれも人間の域を超えた化物であり、目の前の金髪男がそれに並ぶのならば、自分は抵抗すら出来ずに殺されるだろう。

 オレが今祈るべき事は、それ等以下である事、その一点に尽きる。

 

「散歩のついでの異端者狩りに誰かの差金が必要ですか?」

「性質の悪い通り魔だなぁ、おい」

 

 現状で解っている事は、目の前の金髪の男が性格破綻者で度し難い殺人狂である事ぐらいか。

 奴との間合いは十五メートル程度、遮蔽物は特に見当たらず――少し戻った処に広い公園がある。戦場設定は其処で良いだろう。

 スタンドは目視されている。浄眼の類か、霊的なものに有効な概念武装である『黒鍵』の使い手だから見えて当然と言えば当然だろう。

 

「――豊海柚葉の狗かと思ったら、単なる野良犬かよ。やってらんねぇ」

 

 堪らず呟いた愚痴に、ぴくりと、奴は反応する。

 その反応した箇所はどうも『野良犬』の部分らしく、大層ご立腹な様子だ。……突いてみるか?

 

「知っているか? 良く吠えて噛み付く駄犬ってのはよォ、本質的に臆病なんだよ。いつ自分が襲われるか、常に恐怖しているから先に仕掛けるんだ」

「……ほう、この私を臆病者の駄犬扱いですか。狩られるだけの分際で、良く吠えましたね」

 

 片手に三本ずつ『黒鍵』を出して、にこやかに笑いながら憤怒を隠し切れずに居る。

 ああ、こういうタイプか。プライドだけは一人前で感情を制御出来ない類の人間――冷静さを完全に奪うとしよう。

 

「いや、お前なんてどうでも良いから、さっさとあっち行け。しっしっ。あー、それとも犬語じゃないと通じないかな? わんわんおー?」

 

 ――ぷちっと、即座に切れて力任せに『黒鍵』を全部投げ放ち――スタンドを纏って後方へ一歩跳躍し、あっさりと躱す。

 十分反応出来る程度の投擲速度、再び回収されて手元に戻る前に『黒鍵』の刀身を横合いから蹴って破壊しておく。

 これで九本――『シエル』みたいに百本ぐらい隠し持っていない事を祈りつつ、残り何本やら。

 

「『魔術師』の狗の分際で、このクソガキが……!」

 

 ……端正な顔が台無しである。

 また新たに二本ずつ腕に構え――それを見届けつつ、跳躍して逃げる。

 

(一気に同じ箇所に投げてくるなら一回避けるだけで楽だが、波状攻撃されたら串刺しになるからなぁ……)

 

 流石に開けた場所でやりあうのは分が悪い。近寄られたら終わりなので、隠れる場所のある公園に――っ、と、危ねぇ、感情任せて投げてきやがった……!?

 

「――ああ、何だ。そっち方面かよ! 幾ら『魔術師』に敵わないからってオレに八つ当たりかよ、大人気無ぇなー!」

 

 九歳児と化け物じみた身体能力を持つ代行者、駆けっこをすれば瞬時に追い付かれるのは眼に見えるが、その理を『全盛期』のスタンドが覆す。

 オレの精神力は『全盛期』から翳りなく、嘗ては成人の肉体で纏って幾多の戦いを乗り切ったものだ。つまり、何が言いたいかと言うと――今の九歳児の身体は非常に身軽で軽いのだ、羽毛の如く。

 

「屈折しているなぁ、もっと気持ち良く生きようぜ?」

 

 瞬間的な速度ならば、今のオレは嘗てのオレの『全盛期』以上であり、回避するだけだが、化物の投擲に対抗出来る要素となっている。

 その反面、パワーは悲しくなるほど低下しているのだが――。

 

「……うわっと、図星かよっ!?」

 

 何本か掠めて冷や汗掻く。やっぱり向こうの身体能力は突き抜けているのか、逃げ切れそうにもない。

 予定通り、公園に誘き寄せ――スタンド使いの戦い方というものを見せるとするか。

 

 

 

 

 予想以上に速い。子供と見縊っていたが、スタンド能力と合わさって尋常ならぬ速度で秋瀬直也は逃走する。

 

「逃がすかァ――!」

 

 渾身の一刀をもって投擲された『黒鍵』は彼の胴体を串刺しにするべく飛翔し、寸前の処で回避されるも、走る姿勢を崩したが為に差は縮まり、徐々に追いつく。

 

(……追い詰めている。その筈なのに、何故違和感が拭えない――?)

 

 まるで誘導されているような感触に、更なる苛立ちが積もる。

 一方的に狩られるウサギに等しい存在の分際で、狩人の手を煩わせるなと憤る。 

 

(――!?)

 

 変化は一瞬だった。靄のような何かに包まれたかと思いきや、奴の姿が一瞬にして消え失せた。

 これが話に聞く『ステルス』であると認識し、歯軋りをあげる。

 

(――逃した? いや、まだ近くにいる筈……!)

 

 怒り心頭の感情を冷却しながら、『代行者』は周囲を入念に探る。

 秋瀬直也が逃げ込んだ場所は近くの公園であり、すぐさま人払いの結界によって隔離されたので、一般人の邪魔が入る可能性は皆無である。

 尤も、一般人程度の存在が乱入した処で、今の『代行者』は迷わずに即座に殺して片付けるだろう。

 

(……ちっ、あんな猿風情の言葉に踊らされるとは……!)

 

 大人しく殺されるのであれば楽に殺したものを、この苛立ちを晴らすべく、じっくりと解体してやろうと彼の末路を残酷に定める。

 残りの『黒鍵』の残数は四本、右手に一本、左手に二本構えている状態であり、一本でも残っていれば九歳の小僧を八つ裂きにして尚足りる凶器である。

 

(奴のスタンド能力は時間制限有りの『ステルス』――精々五分程度が持続限界というお粗末なもの。姿は消せても音は消せまい。物音を立てた瞬間に終わりです)

 

 視覚ではなく、聴覚に神経を集中させ、背後に物音一つ感知する。

 即座に黒鍵を二本放つも――空振りに終わり、視界が揺れる。

 

(……っ!? 顎を、殴ら、れただと――!?)

 

 闇雲に黒鍵を振るい、手応えと同時に刀身が木っ端微塵に破砕する。

 風のベールから青いローブを纏った秋瀬直也のスタンドが姿を現した。無傷であり、ローブの一部分が少し切れただけだった。

 

(なん、だと……!?)

 

 ――彼の敗因を上げるとすれば、それは如何なる原理によって『ステルス』という結果が成り立っているのか、深く思考しなかった事に尽きる。

 『メタリカ』のような保護色による単なる迷彩ならば、今の一撃で決まっていた事だが――。

 

(……っ、圧縮された風? まさか、騎士王の『風王結界(インビジブルエア)』のような状態なのか……!?)

 

 秋瀬直也のスタンド『ファントム・ブルー』が『ステルス』時に全身に纏うのは高圧縮された風の膜であり、偏光する事によって不可視性を実現させている。

 全能力を行使させるが故に持続時間は五分程度であり、それは極めて高い隠密性と同程度の『防御性能』を約束する。

 先程の砕けた『黒鍵』は密集した乱気流の渦に素手を突っ込むような行為であり、砕け散った刃は必然の理である。

 

(――だが、今の一撃で『ステルス』は掻き消えた。勝機……!)

 

 最後まで温存し、隠し持っていた『黒鍵』による刺突を繰り出す。狙いは仮面中央、頭部による一撃必殺――。

 『黒鍵』は元々霊的な存在に特化した概念武装であり、スタンドへの効果は抜群と言えよう。

 そして、この距離、この間合い、如何に熟練の『スタンド使い』と言えども、反応して対処出来るのは空条承太郎の無敵の『スタープラチナ』ぐらいだろう。

 遠距離型の秋瀬直也の『スタンド』ではこの閃光の如き刺突を躱す事も防ぐ事も出来ない。

 ――『代行者』に誤算があるとすれば、躱す必要も防ぐ必要も無かった事に尽きる。

 

 単純な問題だ。この防御性能を全て攻撃手段に用いれば、一体どうなるだろうか?

 

 スタンドの手の甲にあるプロペラが猛烈な唸りをあげて高速回転する。

 腕の周囲に構築された右回転と左回転の竜巻は破壊の渦と化して『代行者』の身体を無情に引き裂き、彼を数十メートルは吹き飛ばした。

 

「擬似的でも真空状態にさせる事は無理だったんでな。ワムウの『神砂嵐』みたいな究極的な破壊力は繰り出せないが、結構効くだろう?」

 

 ぴくりとも動かなくなった『代行者』を遠目に見送り、秋瀬直也は自身の身体に纏っていたスタンドを消す。

 苦し紛れの『黒鍵』の一撃で『ステルス』が掻き消えたのではなく、防御に使う力を攻撃に転化させる為に消したが正解である。

 

「敵への恐怖にさえも打ち勝てない奴が、透明の敵に勝てる訳ねぇじゃん」

 

 小石一つの物音に、過剰なまでの反応で二本もの『黒鍵』を飛ばし、無駄に費やした彼に送る言葉と言えば、そんなものしか出て来ないだろう。

 

 海鳴市の異常極まる『転生者』や『サーヴァント』によって埋もれがちだが、彼のスタンド能力は至極強力な部類である――。

 

 

 

 

「はぁっ、はぁ、くっ――」

 

 まるで地獄のような要塞だとフェイト・テスタロッサは愚痴らずにはいられなかった。

 

「……何度も、同じ処を回っている……?」

 

 『魔術師』の屋敷に突入してから幾十分、未だにフェイトは屋敷の中に彷徨っていた。

 無限に続く回廊をひたすら前へ進んでいく。屋敷の中の空間は完全に捻れ狂っており、部屋の扉は何処に繋がっているのか、開けてみなければ解らないという有り様である。

 まるで『屋敷』の主の性格さが滲み出ているようだと、遭った事の無い『魔術師』を恨みたくなる。

 

 ――未だに『魔術師』は現れず、精根・体力が著しく削がれ続ける。

 

 足が重い。満足に休息も取れておらず、未だに魔力不足から立ち直れていない。

 その為、子犬モードのアルフにさえ活動に支障を来たし、今回は置いてきている。実際に正解だっただろう。

 此処から無事に生きて帰られるビジョンが全く見えない。自分より先に死なれるのだけは、御免だった――。

 

(立ち止まったら、もう二度と歩けなくなる……)

 

 その一心のみで無限に連なるような扉を開き続け――一際開けた大きな空間に着く。

 其処には、その広い空間の中央には、あの白い魔法少女が静かに待ち構えていた。

 

「……一つだけ聞かせて」

 

 デバイスの穂先を此方に向けて、彼女は問う。

 答える義務が自分にはある。彼女の未来を召喚した自分には、今の彼女に答える必要がある。

 

「未来の私はどうして、神咲さんと殺し合わなければならなかったの……?」

 

 ――数多の感情が流れ込み、儚く消えて逝く。

 そう、母親の言う事など、苦し紛れの一手に付き合う事など、今の彼女には大した問題ではない。ついで程度の問題である。

 目の前の彼女との問答こそ、今のフェイト・テスタロッサの全てだった。

 

「あの人と肩を並べるだけの実力を身に着けて、手を取り合って助け合う道があった。それなのに――」

「――此処に居る限り、あの人の死は避けられない。そう、未来の貴女は判断していた」

 

 其処に至る為に全てを犠牲にして来たのだ、今更誰かに頼るという上等な選択肢は、アーチャーの中には用意されてなかっただろう。

 

「……優しすぎたんだと思う。未来の貴女は唯一つの目的の為に全てを犠牲にし、極限まで摩耗した果てに壊れた。でも、完全に壊れてなかった」

 

 そう、優しすぎたが故にフェイトの母親、プレシア・テスタロッサは壊れ――それでも未来の彼女は壊れてなかった。

 感情の堰が切れる。内に溜め込んでいたものが際限無く溢れ出る。今のフェイトにはそれを抑える事は出来なかったし、そもそも最初からしなかった。

 

「……私も、一つだけ、言わせて」

 

 その声は、地獄の底から這い出たような一声であり、フェイトの表情は苦悶に満ちて涙を流した。

 

「どうして、私に未来を見せたの? 無知のままなら何も迷わずに完遂出来た、それなのに……!」

 

 それは絶望した者の表情であり、怨嗟の声であり、その光無き両瞳に灯るは正真正銘の、掛け値無しの憎悪だった――。

 

「私は贋物で、本当は愛されてなくて、母さんしか拠所が無いのにそれを壊されたら、私はどうすれば良いの……!?」

 

 今まで押し留めていた物が全て決壊し、フェイトは泣き崩れながら叫んだ。

 高町なのはは目を見開いて一歩下がる。今まで超越的な殺意に晒された経験はあっても、此処まで純粋な憎悪を自分自身に向けられたのは、初めての経験だった。

 

「――私は貴女の未来に居た『私』みたいに強くなれないっ! 私は貴女のように強くいられないっ!」

 

 荒ぶる感情と共にフェイトの周囲に幾多の魔法陣が展開される。

 それをなのはは、初めて見る何かを恐れるように、震えながら目を離せなかった。

 

「返して、返してよぉ……! 何も知らなかった『私』を返して。母さんの為に最期まで尽くせた『私』を返して――ッ!」

 

 ――涙と共に、魔法は放たれた。

 

 彼女達の最後の決戦が形を変えて実現する。けれどもそれは本来の物語の原型すら留めず、考えられる限り最悪な形で――。

 

 

 

 

「――貴女は死したその果てでも、一途に間違えずに想いを完遂させた。残酷な未来を前に挫けた私とは違って……!」

 

 フェイト・テスタロッサの繰り出す魔法は普段とは考えられないぐらい直情的であり、いつもの彼女と比べれば児戯に等しい一撃――されども、それを躱す事は今の高町なのはには出来なかった。

 

「その在り方は綺麗だった。美しかった。羨ましくて尊くて何よりも憎かった……!」

 

 楽に躱せる一撃に被弾し、地を転がるなのはに、フェイトはバルディッシュを振り上げ、渾身の力で振り下ろし、レイジングハートは自動的に防御魔法を展開し、受け止める。

 弱々しく、腰の入っていない一撃が拮抗するのは、なのはが動揺し、魔法を繰り出せるような精神下に無い事を如実に示していた。

 

「貴女の憧れの人は間も無く死ぬ。炎の海に飲まれて――!」

 

 放心するなのはが、その言葉に反応する。

 

『推測になるが、あれは平行世界の『高町なのは』の成れの果てだろう。どういう訳か私への弟子入りが成功し――私が早くに殺害された後の彼女だろうね』

 

 いつしか神咲悠陽自身が言った言葉が脳裏に鮮やかに蘇る。

 

「貴女は何もかも失う。友達も、家族も、故郷も、全て全て全て失う!」

 

 だた、そうなった過程を高町なのははどう頑張っても思い浮かべられなかった。

 現実味が無かったという事もあるし、その時は深く考えなかった。否、考えてはならないと、心の何処かで気づいていたのではないだろうか――?

 

「でも、貴女は折れなかった。心底諦めなかった。貴女は英雄になって、サーヴァントとして過去を変える事に一途の光明を見出した……!」

 

 それが、アーチャーとして召喚された未来の自身。

 英雄となって舞い戻った、未来の高町なのはの物語。そしてそれは――。

 

「貴女は沢山殺したよ。百万人殺して英雄になる為に、屍山血河を築き上げた! 過去に死んだ唯一人の運命を変える為に未来の全てを犠牲にした!」

 

 ――嘘。だと、信じたかった。

 

 けれども、今の高町なのはに、彼女の言葉を否定する事は出来ない。

 未来の彼女を召喚した、この少女の真実の言葉だけは、拒絶する事の出来ない致死の猛毒だった。

 

「――それが未来の貴女の物語。血塗られた英雄『高町なのは』の物語。貴女の末路……!」

 

 脳裏に全く見覚えの無い景色が広がる。

 幾千幾万の骸の山、命乞いをする捕虜、区画ごと吹き飛ばされて息絶える人々、炎の海に沈んだ海鳴市、そして――未来のフェイト・テスタロッサに殺される、未来の己の姿。

 

「……『私』を、私を巻き込まないでよ……! 未来の貴女をその手で殺させ、今の私の全てを壊した! 貴女さえ、居なければ――ッッ!」

 

 怨嗟の声に、決壊する。高町なのはの、根幹を成す何かが、音を立てて――。

 

「……あ、あああああああああああああああああああああああああ――!」

 

 

 

 

 ――むくり、と、覚束ない動作で『代行者』は立ち上がった。

 

 見るからに満身創痍だが、負傷が煙をあげて徐々に治癒していく。

 『アンデルセン』や『シエル』みたいな『再生能力』を持っていたと見える。

 

「うっわ、丈夫だな。吸血鬼並の再生能力を持つのが最近の聖職者のトレンドなのか?」

 

 ただ、即座に完治するという具合には見えず、単なる悪足掻きにしか見えない。

 見えないのだが、オレの中の直感が告げている。今すぐトドメを刺すか、即座に立ち去るべきだと。

 

(オレのスタンド能力を知ったからには生かして帰す気は更々無いが、何か嫌な予感がする)

 

 今までにない緊張感が即断即決を妨げる。

 時間が経てば経つほど此方の能力持続時間も回復するが、全快されては敵わない。だが、このオレ自身の躊躇――相手の切り札に警戒しているのか?

 

「……殺す、殺す殺す殺す殺す、絶対に殺す――ッ!」

 

 譫言のように繰り返し、その単語だけを馬鹿みたいに呟き――カソックが頁状態になって舞い、別の形に再構築される。

 それは対物ライフルに何かの角のような銃剣が付け加えられた、歪な凶器だった。

 カソックを脱ぎ捨てた金髪の男は半裸状態となり――翼やら十字架などで構成されたペイントが顕となる。

 

(あ、やべっ。あれには見覚えがある。制御刻印――って事は、バイルバンカーじゃねぇが、あれは『第七聖典』なのか……?)

 

 ちょっと待て。コイツ、単なる『代行者』じゃなくて『埋葬機関』だと……!?

 そして『第七聖典』と言えば対吸血鬼用の最終兵器――ではなく、無限転生する死徒二十七祖の番外位『ミハイル・ロア・バルダムヨォン』を葬る為の転生批判の外典。

 

 ――そう、『転生批判の外典』である。俺達にとって、めっさヤバい代物じゃね?

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29/歪な決着

 ――世界は自分の為に回っている。

 

 他は自分を持て囃す為の案山子に過ぎず、単なる引き立て役に過ぎない。

 一番優秀なのは自分であり、一番頭が良いのは自分であり、それ故に自分の判断は何物にも勝るものであり、その自分が間違う筈が無い。

 

 ――そう、自分は一番上手く殺せた。

 

 異端者を、吸血鬼を、化物と恐れられる数多の怪物達を――自分が特別な人間である事を疑いもせずに確信していた。

 優越感は甘美な美酒に似ており、酔い痴れる感触は何物にも代え難い。

 それを覆したのが、あの忌まわしき吸血鬼の娘であり、今世においては盲目の転生者だった。

 

 ――許されざる事だ。この自分が殺せない存在など、存在して良い筈が無い。

 

 自分より優れた人間など認めない。一番でないと意味が無い。一番は自分なのだ。決して奴の事ではない。

 偶々不死の吸血鬼を『使い魔』に出来て、偶々敗れただけなのだ。

 その幾ら殺しても死なない吸血鬼さえいなければ、自分が彼より優れていると証明出来た筈だった。

 断じて、あの男に情けを掛けられるという在り得ない事態が起こる筈が無かったのだ。

 

『――お前を殺さない理由が解るか? お前は生きているだけで周囲の人間の足を引っ張る。生きているだけで敵である私の役に立つからだ。――『傍迷惑』が起源って本当にあったんだ』

 

 断じて、断じて、そのような事は在り得ない。

 周囲の無能な人間が私の足を引っ張る事があっても、その逆は在り得ない。

 

 ――私は証明しなければならない。私が最も優秀な人間であると。

 

 

 29/歪な決着

 

 

(あの銃剣代わりの一角獣の角に刺されたら問答無用に殺害されると仮定して、銃弾には掠っただけで即死効果とか、幾ら何でもそういう追加効果は無い筈。祝福儀礼だとか洗礼だとか吸血鬼用の機能はありそうだけど――問題なのは掠っただけで死ぬかもしれない対物ライフルの威力。そう、単純にして明快な物理的な問題だ。これは前世でもお目に掛かった事が無い……!)

 

 たかが銃弾程度ならば問題無い。拳銃程度の7.62mm弾はスタンドだけでも弾ける。だが、12.7mm弾、場合によっては2km先からも胴体が分断されたとか、そんな巫山戯た威力を秘めた軍用兵器である。

 間違っても、九歳の小僧なんぞに向けるものでは無いが、このイカれた男は平然と向けてきやがる――!

 

 ――瞬時に『ステルス』を展開し、首と心臓を腕を回して防御し、逃走の一手を取るが少し遅く――奴は容赦無く引き金を引いた。

 

「ガッ――!?」

 

 左腕に着弾した銃弾は何とか弾けたものの、高密度の風の膜である『ステルス』を全部剥いだ処か、左腕の骨をボロクソに砕き――小学生に過ぎない小さな身体を馬鹿みたいに吹き飛ばした。

 

(……ッッッ?! ――くっそ、『ステルス』の上から左腕を持っていかれた……!? オマケに全部剥がされたから『風』の能力は暫く使えない……!)

 

 もげていないだけマシなんだろうが、今の状態で追撃の銃弾を浴びれば即死間違い無しである。

 吹き飛ばされながら『スタンド』で地を殴って軌道修正し、茂みの中に飛び込み――奴は奇声を上げながら茂みの中を当てずっぽうで乱射する……!?

 

(バカスカ撃ちやがってマジやべぇ……!? これはまずい、死んだかも――)

 

 近場の樹木が一発撃ち抜かれただけで倒壊し、偶然の死に震える。

 いや、そんな思考停止をする暇も無い。このままだと流れ弾で死ぬ。何としても生き残る術を考えるんだ……!

 

(何としても時間を稼ぐんだ……! 時間さえ稼げれば――!)

 

 少しでも時間を稼げば『ステルス』を展開出来ないにしても、他の能力行使が可能となる。

 その十数秒という時間が今一瞬で消し去られようとしている。

 

(――無理だ、詰んでいる。どうすれば良い……!?)

 

 匍匐前進しながら、倒壊した木の影に隠れようとするが、あの銃弾を防ぐ盾にもならない。

 射線上にオレの身体があっただけで、もう一瞬後にはくたばってしまうのだ。

 

 ――『矢』の存在が脳裏に過る。自滅覚悟で使うしかないのか……?

 

 あんな訳の解らない野郎に殺されるぐらいなら――いや、待てよ。まだ手段がある……?

 

 

「――待てッ、降参だ! 頼むから命だけは助けてくれ!」

 

 

 ありったけの声を振り絞って、自ら居場所を知らせるような愚行を犯す。最早賭けに近いが、やり通すしかない――!

 程無くして銃声が止まり、一瞬の静けさが場を支配する。

 第一段階は突破したようだ。次は――。

 

「――表に出なさい、ゆっくりと。怪しい挙動を取れば撃ち抜きますよ?」

「う、撃たないでくれよ……!」

 

 良し、と絶対顔に出ないように引き摺った表情を作りながら、無事な右手だけを上げて、茂みから抜け出して奴の前に出ていく。

 奴は嫌らしい笑みを浮かべ、歪な対物狙撃銃を構えながら自身の唇を舌で舐め回していた。

 

「降参だ。この通り、もう此方は戦えない。さっきので精神力が尽きて『ステルス』も張れねぇ。頼む、見逃してくれ」

「くく、そうですねぇ。どうしましょうかねぇ……!」

 

 亀裂の入ったような笑顔とは、まさにあんな悪魔らしい笑みの事を差すのだろう。

 強者の余裕を取り戻した奴の表情は悪魔的なまでに歪んでいた。

 

「お、同じ転生者だろ? その誼で助けてくれると嬉しいなぁって……」

「同じ? 同じですか? 貴方のような雑魚と同じ扱いとは、また侮辱しているのですか?」

「いや、すまない。先程の事を気にしているなら謝ろう、土下座だってする……!」

 

 第二段階はクリアした。後は、奴の腐れに腐り切った性根を信じるまでである。

 奴は高らかに哄笑し、腹が痛いとばかりにくの字に曲げて笑い続け――やがて飽きたのか、あの対物狙撃銃を再び此方に向けた。その銃口の先は――。

 

 

「――そうですねぇ。まずはその右手からです」

 

 

 容赦無く引き金を引き――にやり、と勝ち誇るように笑った。

 

(……信じていた。絶対やると思っていた。貴様なら、いつでも料理出来る獲物に対して初撃でトドメを刺さずに――ゆっくり甚振ると、無事な右手にまず撃ち込んでくると、信じていたッッ!)

 

 右手の中心を撃ち抜いた銃弾の制御は我が『スタンド』に掌握されており、風流を弄って操作し、魔弾と化した銃弾を無防備なる射者に返礼する。

 たかが激痛程度で、この程度の負傷で、操作を誤ると思うなよ……!

 

「――!?」

 

 縦横無尽に駆ける魔弾は奴の心臓を無慈悲に撃ち抜き、返す軌道で頭部を撃ち抜く。それで風流操作に限界が訪れ、魔弾は何処かに消え果てた――。

 金髪の男は血塗れになりながら此方を不思議そうな眼で見下ろし、何も言えずに倒れた。脳漿さえ散ってるんだ、人間というカテゴリー内の存在なら間違い無く死んだのだろう。

 

「……右手以外だったら、まずかったな……」

 

 危うい一点読みだった、と、大穴が開いて血塗れの右手を眺めつつ、地面に尻餅突く。

 スタンドによる防御が無ければ跡形無く吹っ飛んでいる処だが、着弾部分の周辺の複雑骨折程度で済んでいる。

 右足か左足なら千切れても奴を仕留められたが、致命傷狙いならアウトだった。近寄って第七聖典の角で仕留めようとしていたのならば完全に詰んでいた処である。

 

(他のスタンド使いの例に及ばず、手の接触からの能力発動が一番やり易い。――ったく、殺されるだけの獲物だと思ったのか、畜生め……あ。れ?)

 

 あ、ヤバい。眼が霞んできた。

 まだそんなに血を流していない筈だが――この身が九歳児である事を、オレは完全に忘れていたようだ。驚く程に体力が無い。

 

「……?」

 

 あれ、いつの間にか地面に倒れている?

 本格的にヤバい。誰か呼ばないと――でも、奴は人払いの結界を張っていたから、運良く誰かが訪れる可能性に期待出来ない。

 

(……やべぇ、このまま意識を失ったら死ぬ――そうだ、携帯で……あ)

 

 そして困った事に、このボロボロに砕けた両手では携帯を操作する事も出来ない。

 まずったなぁと人事のように思う。これじゃ今からスタンドを『矢』で射抜いても、手遅れじゃないか……?

 

(……おいおい、このまま失血死だとか、しょぼい死に方になるのかよ。前世とは違う死に方とは言え、勘弁して欲しいなぁ――)

 

 まるでヤン・ウェンリーみたいな呆気無い死に様だと思いながら、重い目蓋を閉ざしてしまったのだった――。

 

 

 

 

 程無くして『時の庭園』が発見され、まるでラスボスの居城みたいだと他人事のように思いました。

 それは仕方無い話なのです。メインキャスト二人が不在の中、ラスボス攻略戦に挑む私の気持ちを誰が解りますか?

 虚しいったらありゃしないです。ずっと二人の魔法少女の活躍を間近で見れるなぁとわくわくしながら思っていたのにご覧の有様ですよ!

 

「あの、シュトロハイム一等空佐。突入の準備が出来ました。ですから――」

「私の号令があるまで待機しておいて下さい。すぐ終わりますから」

 

 艦橋に居座っている私に「?」とリンディ艦長は疑問符を抱き、現場に居て突撃準備を待っているクロノ執務官は謎の待機命令に大層苛立っているご様子である。

 つーか、もう原作と違う展開になっているので、武装局員を突入させて追い詰める訳にもいかないのです。

 プレシア・テスタロッサを自殺される訳にはいかないですし、百人突入させても返り討ちに遭うような不甲斐無い部隊の役目なんて一つぐらいです。

 

『――WAS success.』

「み~つけた」

 

 次元を超えたエリアサーチ完了。座標特定、距離算出完了。杖だけを展開して、素敵な緑色の光の粒子が溢れる魔法陣を展開する。

 

「まさか、次元跳躍魔法……!?」

 

 はい、私の得意分野です。リンディさん。

 一歩も動かずに別次元から敵を殲滅出来るとか、素敵じゃないですか?

 

「何もこれは大魔導師殿だけの専売特許じゃないですよー?」

 

 折角ですから、空間にリアル画面を幾つも表示して臨場感を楽しんで貰いましょう。

 奮発してカードリッジを二発、景気付けに籠めて――『時の庭園』は緑色の光に包まれました。核の炎っぽいですね、ニュアンス的に。

 まぁ私の魔力光なんですけど。コジマ粒子っぽくて素敵ですよね。

 

『――Kill them all. Mission complete.』

「いや、非殺傷設定ですから、死にはしませんって。相変わらず大袈裟ですねぇ、『ムーンライト』は」

 

 よしよし、とデバイスを待機状態に戻し、緑色に染まる画面を注視する。

 十秒ぐらいして漸く光は収まり、倒れ伏すプレシア・テスタロッサの姿を見届ける。

 

「プレシア・テスタロッサの身柄を確保して下さい。丁重にお願いしますね」

 

 何だが化物を見るような眼で見られてヘコタレますけど、お仕事終了です。

 これから頑張って交渉してフェイトちゃんを確保しないとなぁ、と大きい溜息が出るばかりです。

 それはそうと、地上の『魔術師』の『魔術工房』の方はどうなっているでしょうか? プレシア・テスタロッサの次元跳躍魔法の照準を狂わせていた事から、それ系統の攻撃対策は万全でしょうなぁ……。

 

(まぁ、職務は全うしましたし、後の厄介事はお偉い方に相談しますかぁ)

 

 

 

 

「はっ、はぁっ、はっ……!」

 

 酷い有様だった。何もかもが壊れ果て、黒い魔法少女は地に伏せ、白い魔法少女はデバイスを杖代わりに立つのが精一杯だった。

 されども、勝者の顔は一種の錯乱状態に陥っており、片膝を突きながら、倒れているフェイト・テスタロッサに震えながら杖を向け、更なる追い打ちを掛けようとしていた。

 

 ――恐慌状態で、ただひたすらに砲撃魔法を打ち込んだ。

 

 既に限界状態だったフェイト・テスタロッサは成す術も無く飲み込まれ、抵抗すら出来ずに倒れ伏すも、それでも高町なのはは撃ち続けた。

 

 ――怖かった。自身に向けられた純粋な憎悪が例えようの無いぐらい恐ろしかった。

 彼女の語る言葉の全てが恐ろしくて堪らなかった。だから、黙らせるにはこの方法しか思い浮かばず、ひたすら魔法を撃ち込むしか無かった。

 

 涙を流したまま、ディバインバスターの引き金を引こうとし――一瞬にして桃色の魔力光が霧散する。

 ぽん、と右肩に手が乗る。この館の主、神咲悠陽が其処に立っていた。

 

「もう、フェイト・テスタロッサは気絶している。これ以上の追い打ちは必要無い。――良くやった」

 

 その一言を聞き届け、高町なのはは泣き崩れてしまった。

 どうして良いか、何もかも解らず、感情のやり処を失ってただ泣き喚く。今回の一件は、九歳の少女が背負うには、余りにも重すぎた。

 

「……これは私の誤算だ。未来の英霊の知識が、此処まで彼女に影響を及ぼすとはな――」

 

 表面上はさして変わらなかったが故に原作通りに高町なのはをぶつけたが、此処で思いの丈を爆裂させて原作との錯誤が顕になるとは『魔術師』にしても読めなかった展開である。

 

 ――心の何処かで、原作通りになると過信していた。

 

 だが、此処に至ってフェイト・テスタロッサの高町なのはへの確執は修復不能と見て間違い無く、彼女が親友として共に歩む道は完全に潰えていた。

 これが後々にどのような影響を齎すかは、『魔術師』とて想像出来ない『歪み』であるのは確かである。

 

「わた、私、は。私のせいで……!」

「君のせいじゃない。責任があるとすれば、私だろう」

 

 あの未来の高町なのはを生んだのは他ならぬ『魔術師』の死であり――彼女、フェイト・テスタロッサを破滅に導いたのは間違い無く自分であると認める。

 

 ――高町なのはは泣き叫び、神咲悠陽はあやす。

 その泣き声は、自身を殺す筈だった我が娘を思い起こさせた――。

 

 

 

 

 ――第二次聖杯戦争を勝ち抜いて『聖杯』を持ち帰った彼は、されども根源に挑まなかった。

 

 彼女の魂を分解して、無色の魔力の塊に戻す事など彼には出来ない。

 死蔵した旨を『親』に説明出来ず、根源に挑む事を諦めた堕落した後継者を『親』は全身全霊で呪った。

 その衝突は必然だった。次の段階に踏み込めるのに踏み込もうとしない堕落者を彼等魔術師は絶対に許さない。

 停滞は罪であり、更なる躍進こそ魔術師の性である。例えその先が破滅でも、生粋の魔術師ならば嬉々狂々と踏み込むだろう。

 

 ――そしてその結末もまた必然だった。

 

 彼は最初から殺害を大前提に魔術を刻んだ。研究職に過ぎない『親』が彼に敵う道理は無かった。

 実の『親』を焼き払った彼の前には復讐に燃える『妹』が立ち塞がる。

 九代目の胎盤に過ぎない『妹』には魔術の伝承は行われておらず、同じく焼き払われたのは当然の帰結だった。

 自身を殺せるならば『聖杯』を譲り渡して良かったが、彼の魔眼は余りにも強大過ぎた。彼の家族さえ見るに値しなかった。

 

 ――そして家族を焼き尽くした彼には、自身の『娘』しか残されていなかった。

 

 神咲家九代目の伝承者、神咲の魔術刻印を譲り渡すべき対象、自身の遺産を引き継ぐべき者。

 そして『祖父』と『母親』の仇を取る義務を持つ少女――。

 

 未だに物心付かぬ少女を復讐者として育て上げ、自身を上回るのならば、神咲の『魔術刻印』を、『聖杯』を引き継がせて良いと彼は考えた。

 既に元の世界への帰還の道は断たれ、自分には『聖杯』の中で眠り続ける彼女しかいない。

 残りの人生を、我が娘の為に費やす事に決める。

 

 ――彼女は期待通り、自分以上の素質を秘めていた。

 身体機能に先天的な異常があるのか、十二歳程度で成長が止まってしまったが、魔術師としての素養は破格であり、天井知らずの伸びだった。

 

 幾多の魔術師・代行者が昼夜を問わずに襲い掛かる三十数年に及ぶ逃走生活、寿命が近い事を自覚した彼は我が娘に最後の課題を与えた。

 

 ――自身を殺して復讐を遂げて、神咲家の遺産を継承せよ。

 

 出来る筈だった。自身がこの娘の祖父と母親を殺した仇敵である事を、既に教えていた。

 可能だった。彼女なら自分を殺すぐらい、実力的に容易い筈だった。

 魔眼を使わなければ、我が娘は容易くこの心臓に刃を刺せる筈だった。

 

 ――けれども、あの娘は初めて彼の出した課題を放棄した。

 殺せないと、泣きながら首を横に振った。

 

 彼に誤算があるとすれば、彼の娘は彼の事を何よりも愛していたという一点に尽きる。

 彼の愛が誰に注がれているか、知る由も無く――永遠に報われない愛だった。

 

 ――自分を殺せない彼女に、神咲の『魔術刻印』も『聖杯』も、継承させる訳にはいかなかった。

 

 この娘には『聖杯』を外敵から守れない。神咲の『魔術刻印』を背負えない。

 何方も彼自身の業であり、自分の手で天に持ち帰る事を決断する。

 

 ――その死が焼身自殺であるのは皮肉以外の何物でもない。

 彼のサーヴァントと違って、神に全てを委ねる気は更々無かったが、これで我が娘は魔術師以外の生き方を選べると、業火に包まれながら眼を閉じた。

 

 

 

 

 さて、彼、スタンド使いである秋瀬直也の結末は――『偶然』此処に居合わせた豊海柚葉によって何とか繋ぎ止められていた。

 

「『ワルプルギスの夜』まで先送りにするかと思ったら、全行程を早めて『無印』の物語を終わらせちゃうとはねぇ。見事なお手並みだわ」

『――秋瀬直也はどうした?』

「左腕複雑骨折、右手も撃ち抜かれて携帯にも出れない状態だから私が代行している訳。初めましてかな、神咲悠陽。豊海柚葉よ」

 

 秋瀬直也の電話帳から『魔術師』の番号を堂々と通話し、豊海柚葉と彼は初めて接触したのだった。

 

「早めに救助した方が良いわよ? 出血多量で死なれては退屈だし。手札を温存した状態で退場するなんて勿体無いじゃない」

 

 ――それが『矢』なのか、或いはあの御方の『遺体』なのか、恐らくは前者であろうと二人は目星を付ける。

 

 彼の奏でるレクイエムがどんな形になったのか、正直見たい気持ちが豊海柚葉にはあった。

 死の運命を回避する為に発現したスタンド能力だ。それが『矢』の力で究極化すれば――自分以外の全ての人間を消してしまうような『大惨事(レクイエム)』に成り得たのかもしれない。

 

『……それで、慈善活動をする為に私に電話を寄越したのか?』

「刺激的な会話というのはそれだけで愉しいものよ? 私と同じ立ち位置にいる『指し手(プレイヤー)』相手なら特にね」

 

 即座に駆けつけた『使い魔』は、意識の無い秋瀬直也を背負って此処から消える。

 その時に「ばいばい」と手を振るも、あの『使い魔』は冷たく見下ろすだけであり、躾がなってないなぁと内心愚痴る。

 

「貴方の『他人を破滅させる才覚』は見ていて快感だわ。その謀略家としての才覚は今世で発覚したものでしょ?」

『些細な切っ掛けさえ無ければ一生発覚しなかっただろうな。些細な切っ掛けさえ無ければ――』

 

 ミッドチルダからの転生者が差し向けた吸血鬼による事件が無ければ、自分にとって都合の悪い邪魔な転生者達を間接的に始末する算段を練る必要が無ければ――『魔術師』は開花してなかった素質に気づかずに終わっただろう。

 

『――お前とは行く処まで逝くしかないようだな』

「当然ね。この盤上の勝利条件は互いの排除、貴方に私を破滅させる事が出来るかしら?」

『……『悪』を倒すのは『正義の味方』と相場が決まっているが、共食いとなればより格上の『悪』が生き残るだけだ』

 

 くっと、豊海柚葉は笑いが抑え切れなくなる。

 よりによってこの自分と『悪』の格を競うと言っているのだろうか?

 堪らず、可笑しくて笑う。何処の世界を渡り歩こうが、自分以上の『悪』は存在しないと断言するかのように。

 

「ふふ、この私に『悪』の資質を問うの?」

『問うまでも無い。私は私の『邪悪』を信じるだけだ』

 

 ぷつんと通話が切れ、今回の会話は終了となる。

 物寂しげに豊海柚葉は携帯を閉じて、ポケットに仕舞う。

 ……重ね重ね言うが、この携帯は秋瀬直也の物であり――次に出遭った時に返せば良いか、と彼女は一人納得する。

 

「貴方の『死』は私の掌にある。前世の『死』を前に貴方はどれほど足掻けるか――私の期待を裏切らない事を祈るわぁ」

 

 だが、その前に、最低限『ワルプルギスの夜』は乗り越えて欲しいものだと、彼女は綺麗にほくそ笑んだのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30/前夜

 

 

 ――私が彼女を、フェイト・テスタロッサという一人の少女を壊した。

 

 見た事の無い光景が脳裏に過ぎる。

 彼女との全力勝負、真実を知って崩れる彼女、それでも立ち上がって母に想いを伝える彼女、友達となって名前を呼び合い、再開を約束してリボンを交換する自分――。

 

 ――憎悪を滾らせて、呪言を撒き散らす彼女。

 こんな筈じゃなかった、という怨嗟の声に耳を塞ぐ。

 

 私が彼女の物語を壊してしまった。

 友達になれるかも知れなかった少女は、もう何処にも居ない。

 これが、私の罪なのでしょうか? こんな筈じゃなかった未来を変えようとした、私の――。

 

 

 30/前夜

 

 

「はぁーい、アッツアツの甘々のココアですよー。火傷しないようにゆっくり飲んで下さいねぇ~」

 

 エルヴィの運んだカップを、高町なのはは震える手先で持ち、ゆっくりと啜る。

 甘く、そして暖かい。ほんの少しだけ、今の高町なのはに安心感を齎す。

 神咲悠陽もまたエルヴィの持ってきたココアを啜り、アロハシャツを着ているランサーも寛ぎながら飲んでいた。

 

「……あの、フェイト、ちゃんは――?」

「連日の無理が祟ったのだろう。暫くは目を覚まさないな。今は安らかに眠っている」

 

 幸い、非殺傷設定だった為、幾ら撃ち込んでも生命に支障は無い。

 むしろ、アーチャーを召喚して魔力枯渇に陥り、意識が覚醒してからまともに休息を取っていない事の方が問題であり、今はフェイト・テスタロッサは死んだように眠り続けていた。

 

 ――本来なら、髪の毛だけ切り取って死亡したと偽装し、フェイト・テスタロッサを抱え込む用意が『魔術師』にはあった。

 だが、期待していた高町なのはとの関係が完全に歪んで途切れてしまった今、彼女を抱え込む理由は見いだせない。

 彼にとって、フェイト・テスタロッサは一つの些細な交渉事にしか使えない、不必要な駒でしかなかった。 

 

「私の、私のせいで彼女を壊した……私が召喚されたばかりに、私まで、殺させて――」

 

 また、脳裏に覚えのない記憶が思い浮かぶ。

 それは成長した自身が、成長したフェイト・テスタロッサに看取られている、終末の光景――。

 

「……記憶が混濁している? まさか、経験の継承だけでなく、記憶の継承まで行われていたのか? 在り得るのか、君はアーチャーと二度しか対面していない筈なのに」

 

 驚きを隠せずに、神咲悠陽は訝しむ。

 起源覚醒の応用による前世の経験を継承する試みは前の世界に確かに存在していたが、今の高町なのはの例は余りにも当人に影響が出過ぎていた。

 

「深層心理に埋もれた記憶の数々が、後天的にフラッシュバックしたというのか? 同一個体との遭遇はイレギュラーだらけだな」

 

 直接的な関わりが無いのに関わらず、衛宮士郎と第五次アーチャーと同じような事が生じていると見て間違い無いだろう。

 それならばこそ、この今の彼女の不安定さも納得出来るという訳である。問題は彼が考えていた以上に深刻だったという訳だ。

 

「……神咲さんは、全部、知っていたんですよね? 私の事も、フェイトちゃんの事も、自分の事も――」

「未来の君が齎した情報は、確かに私の中に根付いている」

 

 未来の『高町なのは』に関する情報は一つの戦略方針として、重大な転機として刻まれている。

 

 ――その未来の知識によって、フェイト・テスタロッサは彼処までボロボロに壊れた。自分もまた、何もかも解らなくなってしまった。

 だから、不思議だった。その禁断の知識を知ってしまって、何故、神咲悠陽はいつもと何も変わらないのかと――。

 

「……どうして、平然としていられるのですか? 自分の死が、間近に迫っているのに――」

「未来という禁断の知識を、私は単なる判断材料の一つ程度にしか捉えてないからだ。君達は、それが全てであると勘違いしているだけだ」

 

 未来の知識など絶対ではない。というよりも、最初から当てにならない事を神咲悠陽は思い知っている。

 彼女達が本来歩むべき物語は、こんな形での決裂では無かったように――。

 

「――私の歪める未来に、英雄『高町なのは』は存在しない。未来の君がサーヴァントとして召喚された事で、この回は未来の君が体験した『前回』とは全く別の道のりを歩んでいる」

 

 極めて重要な差異だった。アーチャーが辿った『前回』の聖杯戦争は七人四騎に過ぎなかったが、今回はもう七人六騎になっている。

 明らか過ぎるほどの差異であり、確実に未来はアーチャーの辿った『前回』と全く別物に成り変わっている事を確信している。

 

 ――場合によっては、その『前回』よりも、前に死ぬ可能性さえあるが。

 

「私の起源は『焼却』と『歪曲』、焼いて歪めるに尽きる。破壊による改竄。それが私の存在の因となる混沌衝動、魂の原点である」

「つまり、そんな最悪の未来なんてさっさと焼き払って、別のより良い形に改竄するのがご主人様の生き方って事ですねー」

 

 エルヴィは横から笑顔で注釈する。

 そんなのが魂の原点である以上、定められた結果を焼いて白紙にして歪めるのは得意中の得意分野なのである。

 

「そうそう、未来なんて自分の腕っ節一つで何とかなるものさ。そう思い詰める必要も無いさ、嬢ちゃん」

「英霊の貴方が言っても欠片も説得力無いんですけど? つーか、アンタのそのラックで言うんですかい」

「幸運Eとか言うな! 好きでなってるんじゃねぇ!」

 

 赤紫色の猫と青色の狗が可笑しく言い争い、

 少しだけ心が軽くなる。くすりと、高町なのはは貰い笑いし、ココアに口を付けたのだった――。

 

 

 

 

「――という訳で、これにて無印終了です。プレシア・テスタロッサの身柄は此方で確保し、フェイト・テスタロッサの身柄は『魔術師』に確保されています。引渡し勧告をしましたが、その条件に四日後の『ワルプルギスの夜』に参戦しろ、との事です。私としては条件付きで受けるべきだと思います」

 

 ミッドチルダへの通信専用の部屋に籠もりながら、私は重役達に報告します。

 今回の欠席は教皇猊下――何だか暫く遭って無いですね。元々顔見せてませんけど。

 

『フェイト・テスタロッサの身柄だけ受け取り、何かと理由を付けて『ワルプルギスの夜』を傍観するのはどうかね? それで現地民が死に絶えても良し、勝っても損害は免れないだろう?』

『駄目駄目だね。今回に限っては、それは下の下策だよ。頭が愉快になってんねぇ、その寂れた頭髪同様に』

『なんだと!?』

 

 また金髪少女の中将閣下と太っちょの中将閣下が仲良く言い争います。

 今回も、金髪少女の中将閣下が解っている模様です。

 

「――はい。その通りです。『ワルプルギスの夜』を打倒した場合、その『魔女の卵』を『魔術師』に渡す訳にはいきません」

 

 もしも、ノータッチで『ワルプルギスの夜』を討滅されたら、その超弩級の魔女の『グリーフシード』が『魔術師』の手に収まり、微塵の容赦無く『ミッドチルダ』に送り込まれるでしょう。

 そんな事をされたら首都圏で『アルカンシェル』を放つような歴史的に見ても愚かな暴挙に出らざるを得なくなるでしょう。

 

『そういう事。共同参戦にして『ワルプルギスの夜』の『魔女の卵』は二者合意で破壊する事を条件に盛り込めば『魔術師』も同意するっしょ。むしろそれを含まなければ『魔術師』は交渉を蹴るよ』

 

 ……本当に、あの『魔術師』との交渉は精神的に疲れます。

 何処に落とし穴を用意しているか、解ったものじゃないです。というか、私の口先じゃ太刀打ち出来ませんから金髪少女の中将閣下の手助けが切実に欲しいです。はい。

 

『しかしだ。現戦力で『ワルプルギスの夜』を打倒出来るのかね?』

『それは『ワルプルギスの夜』次第じゃね? アイツの耐久力がパネェ事ぐらいしか知らないしね、私達』

 

 ワンマンアーミーの『暁美ほむら』がありったけの質量兵器を撃ち尽くして尚、あの『ワルプルギスの夜』は健在でしたからねぇ。

 私の砲撃魔法でもダメージを与えられるかどうか、未知数過ぎて怖いです。

 

『ライダー、アル・アジフが召喚する『デモンベイン』は今回は使えないのだろう? 流石の『魔術師』も今回で年貢の納め時だと思うが』

『本気になったら普段逆さまの人型部分がひっくり返って、暴風のようなスピードで飛び回って地表の文明をひっくり返すみたいだし、流石の現地の転生者達も分が悪いかねぇー? ミッドチルダに生まれて心底良かったと思うよ』

 

 アル・アジフの『デモンベイン』が健在なら、『レムリア・インパクト』で一発で葬れたかもしれないだけに、非常に残念です。

 セイバーやアーチャーが健在なら、対城宝具をぶちかます事が出来たんですが、無い物強請りしても仕方ないですね。

 

『まぁ駄目だった場合は『高町なのは』だけ回収でOKっしょ。ティセも死なない程度に頑張ってねぇ~』

 

 それが一番困難な事だと思いますが、まぁ危うくなったら退却しても良い私達は気楽に挑むとしましょう。

 この『ワルプルギスの夜』の後が、私達にとって真の戦いですし――。

 

 

 

 

「全く、アイツはっ、本当にろくな事をしないんだからっ!」

「い、いやぁ、流石に死者に鞭打つのはちょっと……」

 

 シスターは荒れに荒れていた。

 そりゃまぁ、こんな大切な時期にあの『代行者』がやらかした事を思えば――当然で仕方ないなぁと思うぐらいの事態である。

 

「こんな時期に『魔術師』陣営の『スタンド使い』にちょっかい出して、一般人四名死傷重傷者十六名出しておっ死ぬとか、救いようの無い馬鹿でしょ!」

 

 更には明らかに先に仕掛けて、という言い訳出来ない要素が重なり、あの『魔術師』に対する重大な借りを背負う事になった。

 九歳の子供一人を仕留める為に街中で対物ライフルをぶっぱなして、実際に犠牲者を作るとか、最低最悪の所業である。

 

(アイツ、プライドだけは高かったからなぁ。まだ『魔術師』に情けを掛けられた事を根に持っていたのか? つーか、幾ら『スタンド使い』でもアイツを返り討ちに出来るとか、すげぇな)

 

 自信過剰で嫌味っぽく、人として好かれる面が欠片も無い人物だったが、死ねば等しく仏である。祈るぐらいの事はしよう。

 同僚のシスターはこの上無く嫌っており、その二人のやり取りはいつ見てもハラハラするものだったと思い起こす。

 

 ――最低最悪の人格者だったとは言え、『教会』を取り仕切る三人の転生者の内の一人が死んだのはかなりデカい事件である。

 

(三人の内、一人が居なくなったから、戦力的には三分の一削られたって事だよなぁ。あんな奴でも結構な戦力だったし)

 

 人望が最低値だった御蔭で、組織内に仇討ちという意見が皆無なのが唯一の救いか。

 むしろ、こんなに民間人に被害を及ぼしたので、組織内から粛清されかねない汚点ですらある。

 

「それはそうと物騒な遺品だのう。だが、まぁ使えなくもないか」

「は? あのぉ、アル・アジフさん。どういう事ですかい?」

 

 そんな奴の対物ライフルにしか見えない『第七聖典』を眺めながら、アル・アジフはしきりに何かを確かめるように観察している。

 銃器に興味を持つなんて珍しい。一体何が彼女の琴線に触れたのだろうか?

 

「余計なものが付いているが、魔銃として申し分無いと言っているのだ。これぐらい丈夫ならイタクァ、クトゥグアを使っても壊れずに済むだろう」

 

 大十字九郎にあってオレに無いものの一つに、旧支配者のイタクァ、クトゥグアを制御する『魔銃』の存在がある。

 このオレにはそんな大層なものは手に入らず、制御が困難な二柱は一度も使った事が無かったなぁ。

 

「……『マスターオブネクロノミコン』が『第七聖典』を使うんですか? 『第七聖典』は一角獣の角を媒介に作られた概念武装。本来は女性が契約すべき代物ですよ? アイツは無理矢理契約していたようですけど」

 

 ジト目でシスターが説明しているが、アル・アジフは構うものかと対物ライフルを持ち、オレの前に差し出す。

 そして無言で血による契約を要求してきやがる。ああ、もうどうにでもなれ、と親指を少し噛み切って血を垂らす。

 

 ――あ、何か繋がった感触を得る。契約成功だが、『獣の咆哮』と『第七聖典』の二重契約は魔導書として構わないのだろうか?

 

「ふむ、コイツも歓迎しているようだ」

「うわぁ、無理矢理そういう方向性に持って行きやがったよ。この古本娘」

 

 まぁオレ如きの魔力で『第七聖典』の精霊が実体化する事は永遠に無いので、この古本娘は自分勝手も良い解釈を下しやがる。

 

「まぁ問題はクロウ、汝自身だがな……」

「一番の難問を後からさらりと言いやがったよコイツ!?」

 

 あの『ワルプルギスの夜』が来るまで残り四日間、せめて神獣形態でブチかませるようにしておきたい処だ――。

 何はともあれ、イブン・ガズイの粉薬の調合から始めなければならない。

 

 

 

 

(……ああ、もう、一体どうしてこうなった……!?)

 

 さて、此処で特に大局に左右しない、比較的どうでも良い話をするが――彼女達、猫の使い魔であるリーゼ姉妹は第九十七管理外世界の海鳴市でとある少女を監視していた。

 

 ――今代の闇の書の主『八神はやて』。

 この少女を最後の闇の書の主にするべく、彼女達は闇の書の永久封印を十一年前から目論んでいた。

 

 勿論、それは彼女達の主の意向である。

 何の罪も無い八神はやてに対する罪悪感を抱く彼女達の主とは違って、彼女達二人には八神はやてを犠牲にする事に何の躊躇いも無い。

 闇の書が覚醒して『ヴォルケンリッター』が召喚されるまで、彼女達は今の闇の書を飼い殺しにするべく、監視を代わる代わる続けていた。

 

 その事に関しては戸惑いは欠片も無いのだが――彼女達は今、八神はやてを取り巻く環境に酷く困惑していた。

 

(そう、事の始まりは喰い倒れて居候したあの情けない男。最初は単なる一般人だと思っていたのに……)

 

 今現在の八神はやては街の外れのとある『教会』に移り住んでおり、少し前に喰い倒れて一緒になったクロウ・タイタスが主に面倒を見ているようだ。

 そのクロウ・タイタスがミッドチルダの魔法技術以外の魔法に携わっている事は初期の時点で明らかになっていたが、彼自身の才能不足か、またはその魔法系統がミッドチルダ式に明らかに稚拙で劣るのか、脅威には成り得ないとその時点では判断していた。

 

(よりによって、この海鳴市に『ジュエルシード』が落ちた辺りから状況が一変したのです……)

 

 ――だが、明らかに人間離れした馬鹿高い魔力の持ち主である紫髪の少女『アル・アジフ』が出現してから、彼の脅威度は遥かに跳ね上がった。

 

(変な仮面被った集団がいきなり旧時代の質量兵器を乱射した事態には驚いたけど、その後が、ねぇ……)

 

 彼の稚拙な魔法技術が明らかに形を得て脅威に成り変わる。

 ユニゾンしてバリアジャケットのような出で立ちに変わるわ、銃弾など掠り傷も負わない強度になるわ、妙に切れ味の良い異型の剣を鍛造するわ、Eランク級の魔導師がSランクぐらいまで跳ね上がったぐらいの滅茶苦茶っぷりである。

 

(そして、あんな隠し玉を持っていたなんて……この管理外世界は一体どうなっているの? 本当に此処はお父様の故郷なの? 魔法技術無いって言ってなかった?)

 

 特にあの正体不明の五十メートルはある、異系統の魔法技術の結晶たる質量兵器が最たるものだ。

 あんな馬鹿げた存在など、次元世界を揺るがすようなロストロギアでも見た事が無い。それがもう一機あって死闘を繰り広げる様を見て、彼女達は現実逃避して卒倒したものだ。

 この二機の衝突で、本気で、この次元世界が滅びるのではないだろうか、危惧したものである。

 彼女達の危惧はある意味的中していた。これが神の模造品であり、術者が神の摂理に足を踏み入れていたのならば、幾千の世界を滅ぼしながら死闘を繰り広げただろう。

 

(その異常が喰い倒れのロリコン男だけだったなら、まだ良かったのに……)

 

 更には、此処に住む教会の人々も尽く異常だった。

 まずは一人目に、白いシスター服の少女だ。年頃は十三歳から十四歳であり、比較的仲の良いクロウ・タイタスを見て、「あ、やっぱりコイツはロリコンなんだ」と納得したのは別の話である。

 あの男と一緒にいる時は終始柔らかな笑顔を浮かべ、非常に愉しそうなのだが――その彼が居なくなると、途端に無表情になる。その場に八神はやてがいようが、同じ事である。

 まるで無機質な機械のようだと遠目から恐れたものだ。

 

(そしてあの少女は、明らかに私達に気づいている節があるんだよなぁ……)

 

 偶に発見されて見られた時のあの凍えるような眼差し、思い出したくもない。

 そして性質の悪い事に彼女は、あのクロウ・タイタスとは別系統の魔法技術の使い手であり、デバイスに代わるものを所持していないのに彼以上に大規模な魔法を行使する、恐るべき使い手である。

 また銃弾を浴びても平然としていたので、あの法衣そのものにバリアジャケットと同格か、それ以上の防御効果があると見て間違い無いだろう。

 ランクにして凡そS+相当の脅威度であり、手の内がまだまだ明らかになっていない事を吟味すれば、後にどのような影響を齎すか、解ったものではない。

 

(だから、何で未開の管理外世界にそんな特異な魔法技術の系統が沢山存在しているのよ……!?)

 

 そして最後に『神父』――あれは思い出しただけで背筋が凍り付く。

 笑顔が素敵な老年期の神父であり、此処の孤児院を経営する人格者であると思っていたが、ある夜に巨大な戦斧を片手に背負って、凶悪な笑みを浮かべながら屋根を飛び移って迅速に疾駆する様は今でもトラウマ物である。

 

(この『教会』だけが異常だったのなら、まだ救いがあったのに――この『海鳴市』は一体何がどうなってんのよ……!?)

 

 彼女達の苦難の日々は、残念な事ながら、まだまだ始まったばかりである――。

 

 

 

 

「……此処は?」

 

 見慣れない天井はやたら豪華であり、格調高い洋風だった。

 ベッドを見ても庶民の自分から見れば一生手が出せないような高級品であり、何処かで見た事のある代物だった。

 

 ――馬鹿みたいな対物ライフルを撃たれ、左腕は複雑骨折し、右手は穿たれた上に周辺の骨が粉微塵になった筈。

 

 思い出してきた。あの狂った『代行者』にしこたまやられて、死ぬ寸前だったが、どうやら誰かに助けられたようだ。

 試しに腕を見てみると、包帯だけ撒かれて――少し痛みがあるが、動かせる。骨折は治っているようだった。

 

「動かせる程度には治っている……? という事は、此処は『魔術師』の屋敷か?」

 

 また借りを作ってしまったか、と溜息を吐く。

 だが、まぁ命の恩人なので素直に感謝する事にしよう。あのまま死んでいたら、死んでも死に切れない状況である。

 自身の無事を確認して安堵したら、腹の音が豪快に鳴り――こんこん、とノックしてからエルヴィが入室してきた。タイミング良い奴だ。

 

「あ、おはようございます。よりによって今日目覚めるなんて運命的ですね。気分はどうですか?」

「……腹、減った」

「はいはーい、こんな事があろうかと、こんな事があろうかとっ! 自家製のお粥を持参して参りました! ふふふ、この台詞を言う時が来ようとは感動物です!」

 

 おお、と用意の良い猫耳メイドに感動する。

 普通の白粥ではなく、味噌味やらジャガイモ、細かく刻んだ人参を加えたアレンジ風の粥であり、レンゲをもって掻き込むように食する。

 途中、空っぽの胃にいきなり物が入ったんで戻しそうになったが、気合で飲み込んで完食する。美味かった。

 

「ご馳走様でした。で、オレは一体何日ぐらい寝ていたんだ?」

「五日です」

「げっ、そんなに意識を失っていたのか。……え? 何日、だって?」

 

 五日……? え? 聞き間違いか、或いはオレの数え間違いか? あれ? 『ワルプルギスの夜』が訪れるまで、あと何日だったけ?

 

「本当に幸運ですねぇ。ささっ、さっさと支度して下さいな。――『ワルプルギスの夜』は今日ですよー」

 

 窓の外を眺めてみると、非常に天気が悪く、曇っている上に荒れ模様で風まで強く吹いている始末。

 明らかにスーパーセルが来ている前兆で、今頃ニュースで避難勧告が発令されている事だろう。

 

「え? オレも逝くの? つーか、オレ、空飛んでいる『ワルプルギスの夜』に対して何も出来んぞ?」

「高町なのはの周辺に来た『魔女』の『使い魔』を返り討ちにするぐらい、今の貴方でも可能ですよ! 丁度良いリハビリじゃないですか?」

 

 ……出来れば、もう一日だけ意識を失っていたかったです、とオレは泣きそうになったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31/ワルプルギスの夜

 

 

 

 31/ワルプルギスの夜

 

 

「――ミッションを説明しましょう。依頼主はオーメ」

「アクアビットっ! またはトーラス! そちらにとっても悪い話じゃないと思いますがっ!」

「喧しい、変態企業信奉者は引っ込んでろ。あと人の台詞を取るな……!」

 

 ……また『ACFA(アーマードコア・フォーアンサー)』調にミッションを説明しようとした『魔術師』だったが、ミッドチルダの転生者に邪魔されてのっけから躓く。

 フロム関連のゲーム、結構好きだったのか? この二人。

 実に緊張感の無いが、集まった面子が超弩級の緊張感に溢れた事前会議が始まったのだった。

 

「……ごほん、目標は舞台装置の魔女『ワルプルギスの夜』の撃破だ」

 

 改めて咳払いしながら言い直し、『魔術師』は参陣した面子を見回すような素振りをする。……本当に演技らしい素振りである。目瞑っているし。

 

 『魔術師』神咲悠陽、『使い魔』エルヴィン・シュレディンガー、『ランサー』クーフーリン、高町なのは、オレこと秋瀬直也、他に同じ組のスタンド使いが五名。以上が魔術師陣営である。

 『十三課(イスカリオテ)』の『神父』、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の『禁書目録』、ライダーのマスターのクロウ・タイタス、『ライダー』アル・アジフ、十三課出身と思われる武装神父が二十名相当、『竜の騎士』のブラッド・レイ、『全魔法使い(ソーサラー)』のシャルロット、以上が教会陣営である。

 ミッドチルダ出身の転生者のティセ・シュトロハイム一等空佐、クロノ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ、武装局員が二十名ばかり、以上がミッドチルダ陣営である。

 そして最後に――銀星号の仕手である『武帝』に、剣冑を纏う武者が十名。武帝陣営であり、この陣営に関しては怖くて近寄れない。

 

 ――総勢七十名余り、まさに『海鳴市』に現存する殆どの戦力が此処に集まっている事となる。

 一つだけ、とある魔術の禁書目録の超能力者の勢力とは折り合いが付かず、民間人の避難などの後方支援に徹するというらしいが……。

 

「――フェイズ0。『ワルプルギスの夜』が『海鳴市』の街中にいきなり顕現した場合だが、その場合は私が『ワルプルギスの夜』を『A地点の海域』に強制的に空間転移させる。――この場合は街の結界も出現と同時に破壊されるので、第一次飽和攻撃に私が参加出来ない事を明記しておく」

 

 各々の前に管理局の次元航行艦『アースラ』にいる人達に用意された作戦区域及び作戦経過が盛り込まれた地図が表示される。

 出現場所が統計で解るほど繰り返した『暁美ほむら』と違って、此方は初見で相手しないといけない為、出現場所が断定出来ない。

 其処で、何処に現れても大丈夫なように『魔術師』が戦場を『A地点の海域』に設定するという訳か。

 

「――フェイズ1。A地点の海域に浮かぶ『ワルプルギスの夜』への第一次飽和攻撃を仕掛ける。先陣は私、それとランサーだ。尚、フェイズ0が実施された場合はシャルロット、前倒しして君に担当して貰う」

「……解った」

 

 ――奇しくも、その『A地点の海域』は正史において高町なのはとフェイト・テスタロッサが最後の全力勝負を行った場所である。

 うちらの辿る物語では発生しなかったが、何かと因縁の場所である。

 

「――フェイズ2。高町なのは及び管理局員による第二次飽和攻撃、魔力を撃ち尽くす覚悟で攻撃してくれ。些細な攻撃でも構わん。魔力の残留粒子をバラ撒く事が後に繋がる」

 

 ミッドチルダ式の魔法で飽和攻撃か。効果がありそうなのは高町なのは、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウン、ティセ・シュトロハイムぐらいだろうが――武装局員なんて居る意味あるのだろうか?

 アイツらなんて、言っちゃ悪いが『ワルプルギスの夜』の『使い魔』さえ対処出来ないのでは?

 

「――フェイズ3。シャルロット及びクロウ・タイタス、『禁書目録』による第三次飽和攻撃。フェイズ0が行われた場合はシャルロットの代わりに私とランサーが加わる事になる。だが、その場合は土地からの魔力配給が断たれているから、余り期待しないでくれ」

 

 教会陣営の実力はオレの知る処じゃないが、そのシャルロットという魔導師風のローブを纏った水色の髪の少女が『魔術師』とランサーの代役を熟せるほどの大規模攻撃を持っているのか?

 まぁその心配はオレがするだけ無駄か……。

 

「――フェイズ4。全員による第四次飽和攻撃。此処で撃滅出来れば幸いだが、『ワルプルギスの夜』の耐久性は現時点では未知数だ。もしかしたら仕留め切れないかもしれない」

 

 此処までやれば、あの『ワルプルギスの夜』と言えども撃破出来ると思いたいが――。

 

「――フェイズ5。最終防衛戦。高町なのはによる『スターライトブレイカー』をこの時点で発動させる。途方も無い魔力量を扱う事になる為、私が全力で補佐に回り、残りの者は『ワルプルギスの夜』の足止めとなる。尚、これで仕留め切れなかった場合、または事前に高町なのはが『スターライトブレイカー』を撃てる状況では無くなった場合、フェイズ6を発動させる事になる」

 

 フェイズ2の管理局の武装局員にも攻撃を命じているのは、この布石か。

 高町なのは、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウン、ティセ・シュトロハイム、そして武装局員全ての使い切れなかった魔力を全て掻き集め、史上最大規模の『スターライトブレイカー』を放つか。

 まさしく『元気玉』だ。これで仕留められなかったら――。

 

「――フェイズ6。海鳴市からの即時撤退。凡そ考えられる最悪の事態だ。その場合は管理局、貴方達に撤退支援を要請する。この時点で作戦放棄、各自、各々の生命を最優先する事となる」

「了解しました。我々管理局は友軍を決して見捨てはしませんよ」

 

 ティセ一等空佐の笑顔が何とも白々しくて疑わしい。だが、こんな事態に至ったら、もう諦めるしかないのは当然だろう。

 未曾有の天災として、過ぎ去るのを、消え去るのを待つばかりか。そうならない事を祈るばかりである。

 

「尚、スタンド使い、武者、教会の各員は『ワルプルギスの夜』の『使い魔』の駆除、飛来するビル群の排除及び対軍級以上の攻撃の保持者の防衛を宜しく頼む。一人削られるだけで此方の火力が減って大打撃だ」

 

 適材適所に戦力を配置してくれて嬉しいが、オレが高町なのはの護衛とは、少し過大評価しすぎじゃないだろうか?

 この作戦において、彼女の重要性は誰よりも高い。彼女の最後の一撃はまさしく最後の望みであるし――オレの命に代えても、死守すべき対象である。

 

「そして最後に一つ、奴の人形部分が正位置に達した時、これはもうどうにもならない。素直に諦めてくれ。文明一つを一瞬にして転覆させる天変地異の暴風などに対処方法など無い。奴が本気になる前に撃滅しろ、という事だ」

 

 ……うわぁ、凄い丸投げである。

 原作における『ワルプルギスの夜』は、本気の片鱗も見せず、ただ遊んでいただけだと言わしめた公式情報である。

 

「それでは各員の健闘を祈る。――原作の『暁美ほむら』単騎とは違って此方は総力を結集させての袋叩きだ。貴様等なら『ワルプルギスの夜』の一つや二つ、簡単に超えられると信じている」

 

 

 

 

 管理局がリアル中継する『海鳴市』のマップ情報に目を通しながら、オレは溜息を吐く。

 雲行きは妖しく、雷鳴が幾度無く鳴り響いている。刻一刻と天候は悪化し、既に『海鳴市』に住む一般住民は避難警報発令で何処かに避難している筈である。

 

「あーあ、後一日意識を失っていて、後日談として聞きたかったぜ」

「……にゃはは。でも、起きたら海鳴市がそっくりそのまま無くなっているかもしれないよ? やらなくて後悔するよりも、やって後悔する方が良いかも」

 

 高町なのはは強く微笑む。

 フェイト・テスタロッサとの戦いがどうなったのか、聞いてないが――ある意味吹っ切れていて、されども、彼女とは一度も目を遭わせようとしていない。

 此処で聞くべき事ではないか、と判断する。

 

「何とも前向きな意見だなぁ。オレも死なない程度に頑張るか。この街に対しての愛着感は欠片も無いが、家族には死んで貰いたくない」

 

 前回は全く親孝行出来なかった事を思い出し、これが終わったら――少しは、何かしてみるかと心に刻む。

 

 

 

 

「あれが『代行者』を倒した『スタンド使い』なのか。……まじで九歳児だよ。余程ヤバいスタンド能力なのか……!?」

「話には『ステルス』能力を持ったスタンド使いという話だけどね。でもアイツは自らの銃弾に射抜かれていた」

「ミスタの『セックス・ピストルズ』みたいに銃弾を操る能力もあるって事か? それとも銃弾とかも操れる『ステルス』付きのスタンド使い? 何か、ラスボスの片鱗みたいなのが見え隠れしているような……!?」

 

 遠目から、この物語の主人公らしい『高町なのは』と話す同年代の少年を見ながら、オレとシスターは小声で話し合う。

 何でも四月の転校生での唯一の生き残りという話だし、見た目以上にヤバいんだろうなぁ。

 

 かちゃり、と近くから重い音が鳴り響く。振り向けば、其処には『武帝』の武者達が持ち場に配置するべく移動を開始していた。

 

「――『武帝』」

「今回は味方だ。油断はしない方が良いがな」

 

 シャルロットがブラッドの背中に隠れて眉を顰め、そういうブラッドも注意するように彼等の動向を見守っていた。

 背筋が凍る思いである。あれの転生者憎しは計算では計り切れないだけに、後ろから斬られる恐怖が拭えない。

 

「ともあれ、私達は私達で集中しよう。他人を気遣う余裕も無い訳だし」

 

 

 

 

『――貴様達には不本意極まりないだろうが、未曾有の有事だ。海鳴市に住む無辜の民を、我等が見捨てる訳にはいかない。死守せよ』

 

 銀色の武者が静かに宣言し、武者達は『諒解!』と意気往々と配置に付いて行く。

 

 ――その様子を、彼等管理局員の人間達は恐れるように見ていた。

 

 時代錯誤の全身鎧を纏い、合当理に火を入れて飛翔する様など悪夢に等しい。こんなものが管理外世界に存在しているなど、見ている傍から信じられなかっただろう。

 

「……一体、この第九十七管理外世界は、地球は、海鳴市は、何処まで異常なんだ……?」

「これで未参加の勢力が一つある時点で世紀末ですよねー」

 

 クロノは独り言のように呟き、ティセは説明する気がまるで無い言葉で返す。

 

「これだけ揃っても、今回の『敵』は打倒出来るかどうか不明ですから、撤退準備を怠らないようにして下さいね~」

 

 ティセは笑顔でそんな事を言い、クロノを含む武装局員達の心胆を寒からしめた。

 そして念話で、顔色一つ変えずに一つ付け加えた。

 

『場合によっては、見捨てて構いません。其処までする義理は此方にはありませんから』

 

 

 

 

 そして『魔術師』は海上に向かって立っており、まるで此処から出現すると確信しているかのような佇まいだった。

 

 ――右手を彼方に伸ばす。其処には未使用の令呪が三画、第二次聖杯戦争で遺した二画が赤々と輝いていた。

 

「結局、最後まで出し惜しみか? 切り札を温存しているとは聞こえが良いがよぉ」

 

 『魔術師』の背後に実体化したランサーはご自慢の魔槍を肩に背負いながらちょっかいを出す。

 普通のマスターが二体のサーヴァントを使役した場合、魔力供給が間に合わずにむしろ弱体化する。魔力枯渇で動けなくなったフェイト・テスタロッサが良い例である。

 だが、その心配は『魔術師』に限って言えば皆無と言えよう。霊地を掌握している限り、凡そ魔力枯渇から無縁であり――ランサーに配給されている潤滑で豊満な魔力量から見ても証明されている。

 

「ランサー、私が彼女を召喚するような事態になったら――私は彼女と共に死ぬつもりだ」

 

 振り返らず、『魔術師』はそんな事を口にして毒気が一気に抜かれた。

 やはりそのサーヴァントだけが『特別』なのだと、後ろに待機するエルヴィは泣きそうな顔になった。

 

「すまないが、その場合は新たなマスターを探してくれ。それとエルヴィ、悪いが最期まで付き合ってくれ」

「当然ですよ、ご主人様。貴方が死ぬその瞬間まで、私は貴方の傍に居ます。何処までも――」

 

 続く言葉にエルヴィは破顔し、涙を零しながら笑う。

 この主従関係の絶対さには度々驚くばかりだが、勝手に仲間外れにされるのは心外だとランサーは笑う。

 

「――ったく、勝手に人を尻軽扱いすんな。もう一人ぐらい供回りが居ても構わんだろう?」

「……そうか、なら死の都まで付き合って貰うぞ」

「おうよ、冥界の案内なら任せておけ」

 

 

 

 

『――レーダーに反応、来ますっっ! 出現場所は――A地点の海域です!』

 

 

 

 

 まるでパレードのように、カラフルな象の『使い魔』達は垂れ幕を引き連れて――超弩級の魔女『ワルプルギスの夜』は顕現した。

 ただそれだけで、其処に存在するだけで、海辺の周辺の建物が崩壊し、空中に浮かび上がった。

 七色に輝く輪後光を纏った大きな歯車、逆さの人型の人形は蒼いドレスを纏い、重力を無視してひらひらと靡かせていた。

 

 ――ぱちりと目を見開いて、その天変地異と同等の魔女を見届け、神咲悠陽は宣戦布告を下す。

 

「――神咲家八代目当主、神咲悠陽の一世一代の大魔術。時代遅れの探究の最奥たる火輪の光、篤と見るが良い……!」

 

 ――その瞬間、海鳴市が赤く強く輝いた。

 その全容を見届けたのは、アースラに居た管理局局員だけだろう。

 

『んなっ、街全体が巨大な魔法陣に……!?』

 

 赤い光は海鳴市全土に駆け巡り、生きているように脈動し、複雑怪奇な魔法陣となり、超大な魔力を迸らせる。

 

 暴虐無慈悲な竜巻じみた荒れ狂う魔力の奔流が神咲悠陽の体内を蹂躙して決壊させた傍から、彼の両腕に刻まれた『魔術刻印』は後継者を生かすべく再生機能をフルに稼働させて瞬時に蘇生させる。

 これほどまでの大規模な大儀式を執り行うのは『魔術師』とて初めての経験であり、激痛という激痛に蹂躙され、生と死の境界を踊りながら、頬を釣り上げて笑った。

 

 ――元来、魔術師というものは根源の渦を目指す者の総称である。

 神咲家は『原初の炎』に至る事で根源への道を切り開こうとした一族である。

 天地開闢以前、星の最古の姿はあらゆる生命の存在を許さない地獄の業火に包まれていたという。

 ならば其処から生まれる概念は、世界を焼き尽くして尚余る、何物の存在を許さない究極の一である筈である――。

 

 その語り継がれない原初の記憶を刻み込んだ『真実を識るもの』とされる、英雄王の『乖離剣』の存在を知っている神咲悠陽には笑止千万な話であったが、彼等の七代に渡る妄執は一つの成果として結実していたのである。

 

 ――海鳴市の大魔術陣で生成されたたった一粒の太陽の如き輝く炎は、同時進行で詠唱されていた『魔術師』の空間転移によって『ワルプルギスの夜』の間近に放り込まれ、一瞬にして世界を白熱させる。

 『ワルプルギスの夜』を覆い包むように幾千幾万幾億の魔術文字が書き連なった魔術結界に隔離封鎖され、世界原初の地獄がほんの一瞬だけ再現される。

 

 周囲への被害を最小限にし、対象を容赦無く焼滅させる魔術結界を壊さないように『魔術師』は魔眼を閉じる。

 程無くして封鎖結界は罅割れて崩壊し、破壊の余波を海上に撒き散らした。

 十数秒間、見守る全ての者から視界を奪い、されども、視覚に頼らない『魔術師』は『ワルプルギスの夜』が未だに健在である事を逸早く確認する。

 

「ランサー!」

 

 既に投擲準備をしていたランサーは自慢の魔槍に際限無く魔力を注ぎ込み、全身全霊で咆える。

 

「――『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』ッッ!」

 

 魔槍の呪いを最大限に発揮させた上で、渾身の力で投擲した魔槍はマッハ2で飛翔し――未だに炎に包まれた『ワルプルギスの夜』に着弾し、炸裂する。

 その間に『魔術師』は幾十に及ぶ魔術陣を眼下に展開し続け、ランクA相当に匹敵する炎の魔弾を砲撃し続けた。

 

 ――自動的に戻ってくる『ゲイ・ボルグ』がランサーの手に納まる度に真名を開放し、『魔術師』もまた絶えず飽和攻撃を繰り返す。

 

「高町なのは! ティセ・シュトロハイム!」

「はいっ!」

「ほいさー! それじゃ武装局員の皆さん、撃って撃って撃ちまくってー!」

 

 ランサーが五回『突き穿つ死翔の槍』を食らわせた処で、『魔術師』は一度下がって次にバトンタッチしてフェイズ1を終わらせる。

 

 ――フェイズ2、ミッドチルダ式の魔導師のターンである。

 

 殺傷設定に切り替え、一切の手加減を排除した魔導師達の猛攻が始まる。先陣を切ったのは高町なのはだった。

 

「ディバイン――バスターっっ!」

 

 全力全開、手加減抜きの『ディバインバスター』が一直線に駆け抜け、『ワルプルギスの夜』に直撃する。

 

「プラズマランサー……!」

 

 続いてフェイト・テスタロッサも続き、名も無き武装局員達も続いて一斉斉射し、クロノ・ハラオウンとティセ・シュトロハイムも続く。

 幾多の魔力光が『ワルプルギスの夜』に殺到する中、緑色の巨大な光は時折爆発し、『ワルプルギスの夜』を覆い尽くした。

 

 ――ただ、今のフェイト・テスタロッサには目の前の敵は映っておらず、母親を盾に協力を強制された風景が脳裏に過る。

 協力しなければ、母親の命は無い。ティセ・シュトロハイムは笑いながら脅迫した。

 

 

『キャハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハ――!』

 

 

 不吉な笑い声が鳴り響く。あの超弩級の魔女、『ワルプルギスの夜』からだった。

 そしてフェイトは気づいてしまった。あれだけの猛攻を浴びて、服すら破けておらず、サーカスを鑑賞しているような心地でこの魔女は嘲笑っているのだと――。

 

 ――そして、黒い影のような何かが飛来してくる。速い……!?

 

 反射的に防御魔法で受け止めようとしたその時、横から割って入った誰かが黒い影のような『使い魔』を殴り飛ばし――追随するもう二体を引き裂いて消し飛ばす。

 それは、未来の彼女の記憶で見た、とある人物、自分と同年代の秋瀬直也だった

 

「惚けるな! 構わず撃ち続けろ! 『使い魔』はオレ達が何とかする!」

 

 彼は縦横無尽に駆けながら殺到する『使い魔』を排除し、彼女等は魔力が尽きるまで砲撃魔法を撃ち続ける。

 

「――クク、カカ、カカカ!」

 

 更に殺到する『使い魔』を、一人の『神父』が戦斧で鏖殺し、量産型のような武装神父が二刀拳銃をもって射殺していく。

 本当にあの『神父』は人間なのか、目の前に居る超弩級の魔女よりも、彼の方に恐怖を抱いた者は少なくない。

 

「――っ、フェイズ3お願いします! 此方は一旦下がります!」

 

 ティセの号令で第二陣は下がり、第三陣である教会勢力が間を置かずに仕掛ける。

 既に、水色の髪の彼女の長大な詠唱は終わっていた。

 

「絶対なる原理を知らしめたまえ、偉大なる戒律の王『ゾディアーク』!」

 

 三つの緑の玉が彼女の周囲で回転し、異世界から異形の大蛇の王を召喚する。

 遥か天空に舞う戒律王から窮極的な破壊力を秘めた蒼い光が迸り、『ワルプルギスの夜』に降り注いで世界を蒼光で染め上げる。

 

「クトゥグア! イタクァ! ――神獣形態ッ!」

 

 続けて、クロウ・タイタスの対物ライフル型の『第七聖典』によって、焔に包まれた獣と氷に包まれた獣が解き放たれ、旧支配者の神性をもって『ワルプルギスの夜』を無慈悲に蹂躙する。

 

「これでオレは魔力がすっからかんだぁ! シスター、後は――ぐげぇっ、ビル投げてきたー!?」

「避けろクロウ――!?」

 

 マギウス・ウィングを展開して逃げようとした時、遙か上空から突如現れた『銀星号』がビルを蹴り上げ――馬鹿げた勢いで飛翔したビルは彼方に居る『ワルプルギスの夜』に直撃して粉砕する。 

 流石は、仕手が尋常な者では無いならば、島一つを動かせられるほどの威力の蹴りを叩き出す最高最強の真打剣冑である。

 

「っ、すまねぇ、さんきゅー!」

 

 化物振りを魅せつけられ、動揺するも、クロウ・タイタスは礼の言葉を述べ、聞いてか聞いてないのか、『銀星号』は彼方に飛翔していく。

 他の救援に向かったのかと分析した最中、今まで海上に浮かんでいた『ワルプルギスの夜』に動きが生じた。 

 

「っ!? こっちに来やがる……!?」

 

 相変わらず『キャハハハハハハ!』と気持ち悪く笑いながら、浮いているだけだった『ワルプルギスの夜』は初めて移動し――その矛先は、海鳴市に向いていた。

 

「街になんか絶対行かせるものかっ! 『愚者の魂を我が亡き記憶に捧げる(dedicatus666)』――『聖ジョージの聖域』を発動!」

 

 シスターの瞳に血濡れた魔術陣が浮かび――直径一メートルほどの純白の光が一直線に駆け抜けて『ワルプルギスの夜』を彼方に吹き飛ばし――否、徐々に拮抗し、逆に押しつつあった。

 

「嘘ぉ……!?」

 

 冗談抜きで人工衛星さえ撃ち落とせる一撃を浴びて、じりじりと進撃し続ける『ワルプルギスの夜』に、シスターは恐怖する。

 たかが大きいだけの木偶の坊、だが、丈夫さが人智を超えれば此処まで恐ろしくなるのかと、一種の錯乱状態に陥る。

 

 ――このままでは『ワルプルギスの夜』の上陸を許してしまう。

 最悪の想定をした刹那、シャルロットは既に次の魔法の詠唱を完成させていた。

 

「――時は来た。許されざる者達の頭上に、星砕け降り注げ! メテオ!」

 

 赤く白熱した超巨大な隕石が『ワルプルギスの夜』の頭上に降り注ぎ、これには堪らず『ワルプルギスの夜』が海上に落下する。

 ――その千載一遇の好機を待っていた一人の騎士がいた。

 

「ギガデイン!」

 

 天空を操り、最上位電撃呪文である猛々しい迅雷を己が剣に落として至高の魔法剣と成し、『竜の騎士』は『トベルーラ』をもって獰猛に飛翔する。

 必殺の魔剣を上段に構え、落ちても尚回り続ける巨大な歯車に容赦無く斬り掛かる。

 

「――ギガブレイク!」

 

 幾多の強敵を屠ってきた最強の魔法剣が炸裂し、至高の一閃は堅牢な歯車部分を真っ二つに斬り裂き――即座に元通りとなり、『ワルプルギスの夜』は何事も無かったかのように再び飛翔する。

 

「……!?」

 

 この場に居た誰もが息を呑む。

 確かに致命打を与えた。効いている実感はある。ダメージは確かに蓄積されているだろう。――だが、余りにも、絶望的なまでに底が見えなかった。

 

「――おいおい、嘘だろ。これだけやって健在なのかよ……!」

 

 秋瀬直也は歯を食い縛りながらも、そう言わざるを得なかった。

 『魔術師』もまた、眉を顰めて『ワルプルギスの夜』の耐久力を分析する。

 

 ――『ワルプルギスの夜』、舞台装置の魔女、その性質は無力。この世の全てを『戯曲』に変えるまで世界を回り続けているという。

 

 最強の魔女であり、幾多の魔女の集合体。この世の負の想念が全て結集したかの如く最大最悪の敵である事を位置付けられた存在――。

 原作における『ワルプルギスの夜』の倒し方は『鹿目まどか』の人柱以外在り得ず、その要の人物は、この『魔法少女リリカルなのは』の世界には存在しない。

 

(……暁美ほむらが幾ら繰り返しても詰む訳だ。とりあえず、今の状況で判明した事は――今の全ての攻撃では奴を屠るには足りないという事のみだ)

 

 まだ、他の者に余力がある内に、最大最強の一撃を以って決着を着けるべきだと『魔術師』は即断する。

 

「フェイス4を省略し、フェイズ5に移行する。各員、全力で高町なのはを援護しろ!」

 

 ほぼ全員による致死の弾幕が構築され、『ワルプルギスの夜』との一進一退の攻防が繰り広げられる中、『魔術師』は高町なのはと合流する。

 

「――他人への強化魔術か。この私にキャスターの真似事が何処まで出来るか未知数だが、やらないよりマシか」

 

 『魔術師』は高町なのはを、そしてレイジングハートに強化魔術を施す。

 基本にして極める事は至難の業である強化魔術が、どの程度作用するのかなど、未知数としか言えない。気休め程度であると『魔術師』は認識する。

 

「どうだ?」

「はい! 何だか力が漲ってくる気がします! 行けるね、レイジングハート!」

『――Yes.my Master』

 

 高町なのはは地上に降り立ち、巨大な魔法陣を広げる。

 そしてレイジングハートの砲身を『ワルプルギスの夜』に定め、周囲に散らばった魔力の残り香を全て掻き集める。

 

 

『――Starlight Breaker』

 

 

「最初から無理難題を言うが、極限まで魔力を掻き集め、限界まで圧縮するんだ。此処には君の人生で最大の魔力が拡散している。全てを掻き集めなければ、恐らく『ワルプルギスの夜』まで届かない。出来るか――?」

「出来ます。今の私には、未来の『私』の経験もありますから――!」

 

 数々の、無数の記憶が高町なのはの自信となって鼓動する。

 生涯で初めて使う集束魔法、個人の限界を度外視した魔力運用でなければ、あの超弩級の魔女には届かない。

 

 ――集める。ひたすら魔力を掻き集める。既にそれは未来の自分すら扱った事の無い途方も無い魔力量となり、尚も増え続けている。

 

 一つでも制御を間違えれば、呆気無く自滅するだろう。レイジングハートは砕け散り、自身は粉微塵になる。本能がこれ以上は不可能だとがんがん警鐘を鳴らしている。

 それでも高町なのははレイジングハートと未来の自分と、背後で見守ってくれている神咲悠陽を絶対的に信じ――この宙域の全ての魔力は、此処に集結した。

 

 

「――スターライトブレイカー!」

 

 

 ――此処に、史上最大規模の集束魔法は解き放たれた。

 桃色の光は『ワルプルギスの夜』を鎧袖一触に飲み込み――その寸前、かくんと、逆位置に居た人形が正位置に戻った。

 

 

「引っ繰り返っただと……!?」

 

 

 ――あろう事か、最大規模の『スターライトブレイカー』と『ワルプルギスの夜』から生じた見えない力が拮抗していた。

 

 

『普段逆さ位置にある人形が上部に来た時、暴風の如き速度で飛行し、瞬く間に地表の文明を引っ繰り返してしまう』

 

 

 ――誰もが最悪の事態に絶望した。

 今この瞬間は拮抗しているが、高町なのはの砲撃が終わった瞬間、この見えない力場は全てを蹂躙し、この場に居る全員は愚か、海鳴市は崩壊するだろう。

 

「ぐ、ああああああああああぁ――!」

 

 もはや、撃ち手、高町なのはの気合や精神論でどうにかなる程度の話ではない。

 

 ――だが、一人だけ、この絶望の中で希望を見出した人間が居た。

 それは他ならぬ、高町なのはの背後に居た『魔術師』であった。

 

(あの『ワルプルギスの夜』が初めて自衛行動を取った。つまり、この一撃が通れば奴を滅ぼせるのだ――!)

 

 だが、どうやって『正位置』にある『ワルプルギスの夜』に対抗する?

 何か、何か方法は無いか、恐らくは今まで繰り広げたあらゆる攻撃を繰り出しても、今の『ワルプルギスの夜』には届かない。届く前に不可視の力場に撃ち落される。

 

(どうすれば『ワルプルギスの夜』に『スターライトブレイカー』が通る? どうやって『ワルプルギスの夜』を逆位置に、戻す――?)

 

 『魔術師』は自身の喉を強化し、ありったけの声で叫んだ。残された最後の可能性に賭けて――。

 

「――『湊斗忠道』! 『ワルプルギスの夜』を全力で蹴って『正位置』から『逆位置』に反転させろおおおおおおおおおぉ――!」

 

 その名前は『銀星号』の仕手の本名であり――最後の望みを託した言葉は確かに届いた。

 

『彼奴のネーミングセンスに倣うのは些か癪なのだがな――』

《暢気なものだな、御堂。あれに突っ込めば、十中八九死ぬぞ?》

『――その不可能を別法則で覆すのが奴の仕事だ。それが出来なければ、奴は『魔術師』などと名乗るまい』

 

 通常の剣冑では到達不可能の超高空から重力制御を使い、目視不可能な程の速度を以って急降下して踵落としを叩き込む。

 ただこれだけの動作を『魔剣』足らしめた湊斗光には及ばないが、足りない分は『魔術師』が補うだろうと、不倶戴天の敵としての彼の力量を全幅に信頼する――。

 

『吉野御流合戦礼法、月片が崩し』

《――辰気収斂》

 

 ――銀色の彗星が駆け、正位置の『ワルプルギスの夜』を蹴り砕かんと飛翔する。

 

 だが、重力障壁を最大出力で稼働させても、今の『ワルプルギスの夜』に届く僅か前に、不可視の力場によって銀星号は木っ端微塵に破壊され、消え堕ちるが定め――その必定の滅亡を不条理で覆してこそ『魔術師』……!

 

「翔べええええええええええええぇ――!」

 

 銀星号の征く前に魔術陣が展開され、奇跡の空間跳躍が成る。

 これは『魔術師』にしても、正気の沙汰じゃない魔術構築だった。『一工程(シングルアクション)』で魔法級の大魔術を成すなど、何らかの代償無しでは道理が通らない。

 それを膨大無比な且つ瞬間的な魔力源で無理矢理通した。未召喚分のジュエルシード三画を以って、不可能の奇跡を強制的に成立させる――!

 

『天座失墜・小彗星(フォーリンダウン・レイディバグ)――!』

 

 その僅かでも距離を短縮させれば、魔剣は『ワルプルギスの夜』に届く――! 

 

 ――白銀の彗星は『舞台装置の魔女』に衝突し、人形部分は強制的に『逆位置』に戻り――同時に不可視の力場は消え果て、破滅の光が全てを飲み込んだ。

 

『……キャハハハ、ハハハハ、ハハハハハハ、ハハハハハハ――!』

 

 ――その全てを嘲笑う魔女の笑い声は、苦しみ悶えて嗚咽する泣き声と何処か良く似ていた。

 

 舞台装置の魔女から人形部分が吹き飛び、巨大な歯車だけとなって――やがて全て消え果てた。

 スターライトブレイカーの桃色の光は地平線の彼方まで消え去り、曇っていた空すら吹き飛ばして一気に晴れた。

 

「はぁ、はぁっ、はぁっ、や、やったの……?」

 

 撃ち切った高町なのはは力尽きて倒れそうになり、後ろから『魔術師』が支える。

 

「……勝った、のか?」

 

 続いて、『魔術師』も半信半疑と言った表情で『ワルプルギスの夜』の存在を探り――完全に消え果てた事を確認した。

 

『やりました。完全に倒しました。私達の完全勝利です……!』

 

 エイミィの報告と同時に全員が歓喜喝采する。

 

「全く、良くやってくれた。……あのまま死んでくれたら、無茶しやがって、と救国の英霊に向かって敬礼する処だったのにな」

『最高の褒め言葉として受け取っておこうか。『魔術師』神咲悠陽』

《御堂、どう考えても褒めてないぞ?》

 

 勝利の立役者である銀星号の仕手も、その白銀の装甲に罅割れが多数生じているが、蹴ったと同時に一撃離脱して生を拾っていた。

 誰一人犠牲が出る事無く、海鳴市の大結界に致命的な損傷を出さずに、彼等は『ワルプルギスの夜』を乗り越えたのだった。

 

 

 ――そう、『ワルプルギスの夜』は。

 

 

 激震が走る。その黒い影は天に両手を仰ぐように現れ、下半身が夥しいほど分岐した無数の枝や根として広がる。

 あの『ワルプルギスの夜』を超える規模の魔女は、この星の全ての生命を強制的に吸い上げて、彼女の作った新しい結界へと導いていく。

 

「――そんな。馬鹿なッッ!? こんな事があってたまるかッッ! お前は、貴様は、どんな道筋を歩んで、鹿目まどかを『クリームヒルト・グレートヒェン』にして此方に産まれた……!」

 

 あの『魔術師』さえも取り乱し、魔女全てを此方に持ち込んだ転生者を無限に憎悪して呪う。

 

 ――救済の魔女。その性質は慈悲。

 

 史上最強の魔法少女が、史上最悪の魔女へと成り果てた姿。

 斯くして最後にして最悪の魔女は『海鳴市』に顕現したのだった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32/紅蓮の聖女

『――僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 

 百数十年前でも、この白いナマモノの謳い文句は変わらないんだなぁと、私はある意味感心させられたのだった。

 時は幕末、明日の命さえ危ぶまれる動乱の時代。

 今日、この瞬間をもって此処が『魔法少女まどか☆マギカ』の過去である事を私は初めて知るのでした。

 

「――魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい。それが私の願い……」

 

 ……私は彼女達の物語の結末が悲しすぎて、心に残ってました。

 暁美ほむらは結局、鹿目まどかを救う事が出来ず、彼女に救われる――あれ以上の終わりは無かったのかもしれません。

 けれども、私は見たかったのです。鹿目まどかが救われる未来を、この手で掴み取りたかったのです。

 

 ――名無しの魔女。その性質は例外。

 魔女の中で唯一、人間としての理性を持つ。

 

 すぐに魔女化してしまったけど、私はどうにか生きて彼女達に出会えました。

 しかし、惜しむべきは『暁美ほむら』が一周目であり、魔法少女にすらなっていなかったのです。

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は名も無き魔女。今の貴女は何周目かな?」

 

 そして私には時間の巻き戻しを観測出来る能力はありませんので――私のループは、主観である彼女に依存するしか無かったのです。

 

 

 ――幾度無く繰り返された運命の『一ヶ月』の果てに、暁美ほむらのソウルジェムが砕かれた。

 

 

 訳が、解らなかった。どうしてループの起点である彼女が死んでいるのか、誰かに納得出来る理由があるなら聞かせて欲しかった。

 私は今まで勘違いしていた。最低でも、原作の結末は約束されていると勘違いしていた。

 私という未知数の要素が加わった事で、とうの昔に分岐していた事に、今までの私は何故気づけなかったのだろう?

 

 ――物語は壊れた。暁美ほむらは死に、地球はいずれ魔女化した鹿目まどかによって滅びる事になるだろう。

 

 今まで一度足りても絶望しなかった魔女の自分が絶望する。

 未だに鹿目まどかは魔法少女として契約させていないけれども、もう『ワルプルギスの夜』を超える事は不可能だった。

 『ワルプルギスの夜』を超えるには鹿目まどかが魔法少女として戦う必要があり、その結果、『ワルプルギスの夜』を超える魔女が生まれてしまう。

 この本末転倒な連鎖を断ち切る手段など、もう何処にもあるまい――。

 

 その時、偶然他の魔女と遭遇し――気づけば一人ぼっちになっていた。

 自分以外の記憶の残り香が脳裏に無数に過ぎり、吐き気がするほど悍ましい気分になり――とある法則に気づいた。

 

 ――『ワルプルギスの夜』は魔女の集合体。

 魔女は吸収合併みたいなものが可能であり、魔女でありながら唯一理性を保てる自分が『ワルプルギスの夜』に吸収されれば――?

 

 此処に希望は生まれる。まるで『アーカード』に対する『シュレディンガーの猫』だと私は華やかに笑った。

 私が『ワルプルギスの夜』の中核になれば、暁美ほむらでも出来なかった、鹿目まどかを救う事が出来る。

 

 ――それが私にとっての破滅である事は、誰よりも私自身が理解していた。

 

 一体、一体、他の魔女を吸収する毎に私の理性が消えていく。

 負の想念に蝕まれ、徐々に削られていく。巷に転がっている雑魚の魔女を数体取り込んだだけでこの始末だ。負の極限である『ワルプルギスの夜』に吸収されたら、私は間違い無く壊れる――。

 

 ――ほんの少しだけで良い。

 『ワルプルギスの夜』が見滝原から居なくなれば、鹿目まどかは魔法少女にならなくて済む。

 それが彼女を守ろうとした暁美ほむらへの贖罪であり、私の百数十年前からのわがままである。

 

 ――結果として、私は失敗し、『私(ワルプルギスの夜)』を倒した鹿目まどかは即座に魔女化してしまう。

 残り香の私は『クリームヒルト・グレートヒェン』に吸収されて、彼女が天国の結界を創生する様を最期まで見届け――絶望に涙して消え果てたのだった。

 

 

 32/紅蓮の聖女

 

 

 あの魔女が出現しただけで地脈に致命的な亀裂が入り、街全体を覆う防御障壁も保って五分足らずという有り様であった。

 その残りの全力で立ち上げている防御障壁が無くなれば、一瞬にして『救済の魔女』に飲み込まれ、海鳴市は全滅するだろう。

 

(――海鳴市の大結界、完全に壊されたな。もう霊地からの魔力配給のラインが途絶えている)

 

 明らかに四週目以降の『クリームヒルト・グレートヒェン』――地球を滅ぼすのに十日足らずで十分な規模の、『ワルプルギスの夜』を超える史上最悪の魔女だった。

 霊地の魔力を使った大儀式はもう行わえず、奥の手を出し切った転生者一同に最早成す術など無かった。

 

「――全員、即時撤退せよ」

「逃げる、って何処に……!?」

 

 こうなった以上、あれを倒さない限り自分達の未来は無いと、秋瀬直也は苦々しく語るが――。

 だが、『魔術師』は敢えて無視して破却する。撤退命令は既に下した。もう、他の誰かに構っていられる余力など、何処にも無かったからだ。

 

「ランサー、エルヴィ、少しで良い。時間を稼いでくれ」

 

 『魔術師』の足元の地面に赤い光が生じて、魔法陣の紋様が炎で刻まれる。

 消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む。海鳴市の聖杯戦争で初めてとなる、サーヴァントの正規の召喚方法だった。

 

「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 海岸に佇んでいる『救済の魔女』はひたすら魂を掻き集め、自らが築き上げる天国の結界に導かんとしており――攻撃らしい攻撃をして来ない。

 そもそも、攻撃手段なんてあの『救済の魔女』にはありもしなければ、最初から必要も無い。

 あくまでも、あれは全てを救う為に行なっている結界作りであり、その過程で人類が滅びるだけである。

 海鳴市を覆っている防御障壁が消えれば、無条件で飲み込まれるだろうし――最前線に立っている彼等『魔術師』にはその影響が強く掛かる。

 ランサーは幾多のルーンを刻んで防御術式とし、一歩も引かない決死の構えを取り、エルヴィは万が一、直接攻撃をしてきた場合を想定して静かに牙と爪を研ぎ澄ませる。

 

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 防御障壁が消滅するまで四分弱、聴覚嗅覚による周囲の環境把握を一切取りやめ、『魔術師』は己が裡に集中する。

 外の事はランサーとエルヴィに任せれば、大丈夫だろうし、自分は自分にしか出来ない事をやり遂げるのみである。

 身体に満ちた魔力は十分とは言えないし、世界を支配しつつある『救済の魔女』がいる今、大気に満ちた大源(オド)の支配率を奪い取って取り込む事は出来ないだろう。

 自らの血肉を削る勢いで『魔術師』は自身の魔力回路をフル回転させる。

 魔術師である限り、魔術回路を起動させて異物である魔力が体内の神経に駆け巡る際の悪寒と苦痛は逃れられないが、今はその痛みすら心地良かった。

 

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 ――懐かしい記憶が鮮明に蘇る。

 彼が何も触媒を使わない限り、召喚されるサーヴァントは神咲悠陽にとって最高の相性を持つ英霊となる。

 前世から召喚するサーヴァントは定まっており、幸いな事に、そのサーヴァントにはクラスという縛りなど無いも同然だ。

 

 ――思えば、封印処置のされていない『ジュエルシード』二十一個に触れて、七人に三画ずつ配布されて聖杯戦争が勃発したのは必然だったのでは無いだろうか?

 

 神咲悠陽は心の底の何処かで願っていた。

 再び聖杯戦争が起こり、彼女を召喚せざるを得ない窮地に陥る事を――。

 それが一体何を齎すのか、その最期の結末がどうなるのか、全知した上でも、神咲悠陽は心の底から望んでしまったのでは無いだろうか――?

 それを『ジュエルシード』は叶えてしまった。一切の歪み無く、よりによって忠実に。

 神咲悠陽の『三回目』の人生に意味があるとするならば、今この瞬間をおいて他にあるまい――!

 

 嘗てないほどの勢いで魔術回路を駆動させる。限界を超えて魔力を走らせ、焼き切れた傍から『魔術刻印』の自己治癒が働いて修復し、正常に全身に激痛を駆け巡らせる。

 その先へ、激痛の彼方にある忘却の境地へ、ひたすら手を伸ばし伸ばし伸ばして至る。今の神咲悠陽は霊地からの魔力供給ラインが断たれ、魔力貯蔵量の半分も満たない身でありながらも、最高潮のコンディションに達していた。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 その切なる祈りは天上に届き、最後の希望が地上に降り立つ。 

 

 ――神咲悠陽はいつの間にか目を見開き、知らずに涙を流す。

 全てが、全てが色鮮やかな記憶のままだった。その一つに三つ編んだ金髪のおさげも、凛々しい紺青色の瞳も――穢れ無き紅蓮の聖女は、今此処に降り立った。

 

「サーヴァント『ルーラー』、召喚に従い参上しました。――久しぶりですね、悠陽」

「――そうだな、『セイバー』」

 

 嗚呼、やはり彼女だと悠陽は破顔し、第二次聖杯戦争での呼称で敢えて呼ぶ。

 ――彼女こそが神咲悠陽のサーヴァント、イレギュラークラス『ルーラー』と『セイバー』の適正を持つ、英仏百年戦争におけるフランスの英雄――。

 

「……恨み言なら、聞くが?」

「まさか。此処で私を呼ばなかったら、私は貴方を許さなかった」

「――そうか」

 

 以心伝心し、二人は同時に『救済の魔女』を見る。

 この世界をも滅ぼして尚足りる天変地異の脅威、だが――彼女が隣に居るなら、恐るるに足らなかった。

 右腕を誇らしげに掲げ、神咲悠陽は令呪に魔力を注ぎ込む。前世から二つ遺した奇跡を、今、此処で清算するように――。

 

「第二の令呪を以って第二次聖杯戦争の覇者が命ずる。――宝具を開帳し、私と共に奴を焼き払えっ!」

 

 ――そして、世界に炎が走り、彼女と神咲悠陽と『救済の魔女』は、この世から姿を消した――。

 

 

 

 

「この魔女を倒したくば世界中の不幸を取り除く以外に方法は無い。もし世界中から悲しみが無くなれば、魔女は此処が天国と錯覚する、か」

 

 ――燃える。世界が燃える。『救済の魔女』が燃える。彼女の世界が燃え落ちる。

 

 彼女の炎を発現させた聖剣は、彼女の結末を攻撃的に解釈した概念結晶。固有結界の亜種であり、彼女の心象風景を剣として結晶化されたもの。

 謂わば炎の聖剣は彼女そのものであり――彼女の結末を再現する一度きりの特攻宝具である。

 

「――此処は固有結界、この世界に居るのは私と君の二人だけ。これ以上の幸福が何処にある?」

 

 神咲悠陽は背後から彼女を抱き寄せ、彼女もまた愛しげに受け入れる。

 

 ――此処はとある聖女が辿った末路、言うなれば天国への階段だ。あの『救済の魔女』が抗える道理は何処にも無い。

 

 随分と色気無い灼熱地獄の処刑空間だったが、またこうして触れ合えた奇跡を神咲悠陽は感謝する。

 彼女を呼び出せば、また一度彼女を殺す事になる。それを理解していた悠陽は彼女を召喚する事を最期まで躊躇していた。

 

 ――だから、彼女を召喚するような事態になったのならば、今度は最期まで彼女を一人にさせず、一緒に死んでやると心からそう決めていた。

 

「世界を二人でさくっと救ってハッピーエンドか。……うむ、悪くない。悪くない結末だ。何一つ変わってないのにこんなにも心が穏やかだ」

 

 また焼死という結末は覆せなかったが、こんな幸せな死に方は他にあるまい。

 愛する者と最期まで語りながら死に果てる。嬉しすぎて涙が流れ落ちる。地に落ちた傍らから蒸発するという風情の欠ける空間であるが――。

 

 

「――いいえ。貴方は此処で死すべきではない」

 

 

 手を握り、驚いて見開かれた赤味が強い虹色の瞳を、彼女は優しく覗き込んだ。

 神咲悠陽の誰にも見届ける事の出来ない宝石級の魔眼に浮かぶ感情の色は、困惑、驚愕、そして底無しの絶望だった――。

 

「……また、また私を置いて逝くのか?」

「貴方を必要とする者達が、彼処に居ます」

「そんなのは関係無いっ! 私にはセイバー、君しか居ないんだ! 私がこの魔眼で見られるのは、この世界でも唯一人――ジャンヌ・ダルク、君だけしか居ないんだ……!」

 

 ――あの時も、彼女は一人で逝ってしまった。

 

 叶える望みを持たず、呼び寄せたマスターに聖杯を勝ち取らせる為に彼女は戦い――最期には、自らの身も捧げた。

 あの時、彼女の自決を止められなかった事を、神咲悠陽は誰よりも悔やんだ。永遠に後悔し、声にならぬ慟哭を撒き散らし、涙が枯れ果てるまで絶叫した。

 

「私は、君を一人で死なせる訳には――」

 

 不意に、言葉が遮られる。その二人の口付けは永遠のような一瞬だった。

 

「――私は、貴方に生きて欲しい」

 

 これ以上無い微笑みで、彼女はそう断言した。

 それだけで、どんな言葉を尽くしても彼女を説得する事は出来ないと、悠陽は確信してしまった。

 

 ……嫌だった。それだけは認められなかった。自らの矮小な脳味噌を全力で回転させ、一人で逝く彼女を止める方法を検索する。

 この一瞬はまさに彼の全知全能を賭けた戦いであり――たった一つだけあった。彼女の意志に関係無く、唯一つの命令を実行させる強制権が……!

 

 神咲悠陽は右腕に残った最後の一画を迷わず使用する。第三の令呪を以って命ずる――。

 

「貴方にしては珍しい手落ちですね、悠陽。私の対魔力のランクをお忘れですか?」

「……ランク『EX』、評価規格外――令呪さえも、君の意志一つでレジスト出来るのか……!?」

 

 震えながら、意味無く消え果てた最後の令呪を、悠陽は唖然と見届けた。

 土壇場で犯してしまった些細なミスを、聖女は屈折無く笑った。それだけで、彼の想いは伝わった。その想いを受け止めた。そして最期に返歌する――。

 

「――さようなら。貴方を愛しています」

 

 今までも、これからも、何処までも――。

 神咲悠陽は彼女の固有結界から拒絶され、炎の海は彼女の世界全てを覆い尽くした。

 

 

『――主よ、この身を委ねます(ラ・ピュセル)』

 

 

 

 

 神咲悠陽はボロボロの着物姿で大の字に倒れながら空を眺める。

 久方振りにこの魔眼で見る昼の空は、憎たらしいぐらいに蒼かった。

 エルヴィは少し離れた後方で待機して見守っており、ランサーはすぐ近くに槍を突き刺し、胡座をかいて同じく雲一つ無い蒼空を眺めていた。

 

「……よぉ、生きてるか? マスター」

「……フラれたよ。長年恋煩いしていた彼女を口説き損ねてね、最期まで添い遂げる事が出来なんだ――」

 

 ランサーは「そうか、お前も女運無さそうだしな」と素っ気無く返し、『魔術師』は力無く「今まで気づかなかったけど、そうかもしれんな」と笑いながら答えた。

 

「――嗚呼、何とも忌々しい太陽だ」

 

 まるで彼女のようだと『魔術師』は毒吐く。焼き尽くす事が出来ない癖に、この網膜に焼き付いて離れず、この手に収まらない――。

 

 

 ――此処に『魔女』との決戦は終わりを告げた。

 しかしながら、これは魔法少女の物語ではない。

 血で血を拭う『転生者』達の物語である――。

 

 

 

 

 

 




 クラス ルーラー(セイバー)
 マスター 神咲悠陽
 真名 ジャンヌ・ダルク
 性別 女性
 属性 秩序・善
 筋力■■■■□ B 魔力■■■■■ A
 敏捷■■■■■ A 幸運■■■□□ C
 耐久■■■■□ B 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:EX セイバーとしての対魔力の他、揺るぎない信仰心によって高い抗魔
         力を発揮する。
 啓示:A 直感と同等のスキル。直感は戦闘における第六感だが、啓示は目標達成に至るまでの
     全て。根拠が無い為、他者に説明出来ない。
 カリスマ:B 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。彼女
       のカリスマの御蔭で根拠の無い『啓示』の内容を他者に信じさせる事が出来た。
 聖人:A 聖人として認定された者である事を示す。
     秘蹟の効果上昇、HP自動回復、カリスマ一段階アップ、聖骸布の作成から一つ選ばれ
     る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある科学の超電磁砲編
33/量産能力者


 ――そして、彼は双子の妹に良く似た『誰か』を容赦無く縊り殺した。

 

 大切な何かが砕け散った感触。

 もう二度と後戻りは出来ない虚無感。

 全てのしがらみから解き放たれ、彼は自身が完璧な『悪』に成り果てたと嘲笑いながら確信する。

 自分を律してきた幾十のルールは全て無効化され、一切の制限を受けない完全な『悪』が完成したのだ。

 

 ――そして彼は『最強』と幾度無く死闘を繰り広げた。

 右腕が一本引き千切られ、左眼が抉られても戦い続け――その果てに、彼は『最強』を乗り越えてしまった。

 

 もう、誰も彼を止めれる者はいなかった。

 もう、彼の中の歯止めは完全に消え去ってしまった。

 その胸に燃え滾る『憎悪』だけが、彼の生きる意味だった。

 

 ありとあらゆる布石を用意した。

 幾多の反抗勢力を纏め上げ、激発させずに雌伏させた。

 唯一つの勢力が反抗しても、呆気無く押し潰される。

 だが、それら潜在的な反勢力が一致団結して反逆すれば――果たしてどうなるだろうか?

 

 彼のその甘い口車に乗せられ、運命の日が訪れた。

 

 その日は外部の敵対勢力も鬼札を切り、歴史上に残る大惨劇となった。

 全てが彼の思惑通りに進んだ。誰も彼もが破滅に向かって踊り狂う。

 弱者の悲鳴、蹂躙される様子を特等席で見届け、彼は己の目的を果たす為だけに最後の戦いに望んだ。

 

 誰一人、彼を止められる者は居ない。

 誰一人、彼に敵う者は居ない。

 勝利は目前であり、彼は彼の目的を完全に果たせる筈だった。

 

 ただ、彼の前に最後に立ち塞がったのは『最弱』だった――。

 

 

 33/量産能力者

 

 

「……疲れました。『クリームヒルト』まで出てくるなんて聞いてませんよぉ~」

『お疲れさん。まぁでも、何とかなったじゃん。『魔術師』の最後の切り札を消費させられたしねぇ』

 

 考えてみれば、『ワルプルギスの夜』と『クリームヒルト』に侵攻されたのに犠牲者0名という快挙である。

 ……おっと、『魔術師』が召喚したサーヴァントを一人、入れ忘れてちゃったか。

 

 ――しかし、土地への被害は膨大であった。

 『ワルプルギスの夜』の出現によって海沿いは全滅、『クリームヒルト』の出現で海鳴市の全域に大小様々な被害が及び――『魔術師』が構築した『海鳴市』の大結界の消失を確認する。

 

『これで漸く一段落か。まぁ良い。上々の首尾だろう』

『お? 其処は『何で高町なのはを入手出来なかったんだぁー! この無能者めがぁっ!』って恫喝する場面かと思ったけど?』

『……貴様は儂を何だと思っとるんだ? もはや原作の「げ」の字も見えないほど乖離しているのだ。片方でも手中に収めれば御の字だろう。――それに、プレシア・テスタロッサを生きて確保出来たのはデカいぞ?』

 

 ――皆、悪党の顔で笑っていらっしゃる。酷い大人達ですねぇ、フェイトちゃんいじめにご執心ですよ。まぁ私もですけど。

 ああ、今回の欠席は教皇猊下お一人です。

 最近全く姿を見ないですねぇ。何処かの戦国ランスの武田信玄が如く、中の人が交代で演じているとかそういう裏設定を疑いたくなります。

 

『そうだね。さっさとミッドチルダに帰って来て、永久冷凍保存しようぜー、というか、Gガン風に永久冷凍刑? どうせ不治の病で余命幾許も無いんだし。これでフェイトちゃんは使いたい放題だねぇ~』

 

 金髪少女の中将閣下が可愛らしく『ミッドチルダにそんな刑罰あったけなぁ? 無ければ作れば良いか』と怖い事を言っています。

 ぶっちゃけうちら時空管理局は警察と裁判所と軍隊が一つになったような世紀末な組織なので、当然公平性などありはしません。弁護人すら管理局から出される始末です。

 

(私達転生者が居なければ、まだ健全な組織だったのかなぁ?)

 

 でもまぁ、此処まで権力が集中すると内部の腐敗っぷりは自然と加速するものであり、大して変わらないかと自己解決する。

 

『だが、この機に手を打たないのか? 折角厄介極まる『海鳴市』の大結界が消えたんだ。それに『ワルプルギスの夜』戦で『魔術師』は消耗している。奴を屠る好機は今を置いて無いと思うが?』

『一応手ぇ回したけど、今回襲撃した奴等は全滅だねぇ~。現地勢力も不甲斐無いというか、手負いの虎は襲うもんじゃないっていう教訓かねぇ?』

 

 金髪少女の中将閣下と太っちょの中将閣下の何気無い会話ですけど、何か滅茶苦茶重要な事項を語られたような気がします。

 下っ端の私なんて『え? 現地勢力?』という感じです。

 

『これで『超能力者一党』のバックが私達だって『魔術師』にバレたって事よ。まぁ精々派手に潰し合って貰おうじゃん』

 

 ああ、確か『海鳴市』に潜む最後の大勢力の名前がそれでした。

 何でこの危機に一丸になって参戦しないのかなぁ、と思っていたら、そういう裏があったんですね。

 一応彼等も『科学サイド』ですから、うちらとの相性は比較的良いんですかねぇ? 此方は魔導師で、向こうは超能力者ですけど。

 

『――ともあれ、次の局面でのメインヒロインは『八神はやて』だ。しかしながら、教会勢力に囲まれている以上、簡単には手出し出来ん。何か妙案は無いか?』

 

 次の介入機会は『A's』であり、議長役の大将閣下が取り仕切る。

 デモンベイン持ちの魔導師に『禁書目録』、更にはアンデルセンじみた『神父』に囲まれているとか、この世界のはやてちゃんの家族はより凶悪性が増してます。

 魔術師陣営に唯一対抗出来る勢力であり、『ヴォルケンリッター』が召喚されれば戦力バランスが著しく崩れるでしょう。

 此方としても迂闊には手出し出来ないような状況ですが――。

 

『それ、暫く静観で良いんじゃないですか?』

『……貴様にしては消極的だな? 何か考えでもあるのか?』

 

 真っ先に意見を述べたのは金髪の中将閣下であり、らしくない意見に太っちょの中将閣下は警戒するように問う。

 

『いやだって――もう目先の不安材料が消え去ったから、『魔術師』が彼等に協力する意味無いじゃん。あれが条件が変わって尚約束を守るほど誠実な男に見える? 『デモンベイン』が復帰する前に勝手に片付けるっしょ』

 

 ああ、そうか。これからは『魔術師』による他勢力の転生者殺しも、積極的に多発するという訳ですかー。

 

(次は『八神はやて』を巡って相争う訳ですかぁ。此方にはフェイトちゃん、『魔術師』には高町なのは、教会勢力には八神はやて――見事に三つ巴ですねぇ)

 

 暫く休暇が欲しいなぁと思いつつも、暫く無理だろうなぁと諦めざるを得ない私でした。がっくり。

 

 

 

 

「……やれやれ。しんみりして『抜け殻』になったと思ったら、あっという間に元通りだ。あの無謀な襲撃者を褒めるべきか、貶すべきかねぇ?」

 

 ランサーはアロハシャツに着替えてソファに腰掛けながら、やや呆れたような顔を浮かべていた。

 

 ――屋敷に帰る道中、その最悪のタイミングを見計らって襲撃してきた数名の犯行グループは唯一人を残してランサーの魔槍と私の爪に引き裂かれた。

 何の為に現れたのか、よく解らない連中だったけど、血を吸って記憶だけ確かめてみれば『超能力者一党』の転生者らしく、他の者も吸って確かめてみて判断するに――此奴等の資金源が『ミッドチルダ』経由である事が発覚する。

 不倶戴天の怨敵の魔の手が『海鳴市』に進出していた事実を知り、ご主人様の警戒心に火が灯り――今現在は地下室で治癒魔術の練習という名目で、肺と心臓を治癒で再生しながら、爪先からじっくり切り刻んでいる最中である。

 体の良い憂さ晴らしですけど、何処ぞの青髭の如く、ペドでショタでリョナで鬼畜の性癖四重苦にならない事を祈るばかりです。

 

「そんな全部をやり遂げた老人のようなご主人様なんてご主人様じゃないです。まぁ今は見ていて痛々しいほど空元気ですけど」

 

 仕方ないのでコーヒーを淹れてやり、対面に座って休憩する。

 

「――『ワルプルギスの夜』は最小限に被害を抑えられたんですが、『クリームヒルト』が不味かったですね。御蔭で霊地の龍脈が変わり果ててしまって、一から結界を再構築し直す必要がありますよ。軽く見積もって完全復旧まで三ヶ月ですかねぇ」

「……オレから言わせれば、今までが反則同然の状態だったと思うんだがな」

 

 何かランサーが言っているが、無視する。

 具体的に言えば、今の魔術工房の機能の九割方が停止し、物理的なトラップが大活躍せざるを得ない状況まで追い詰められています。

 それがどれだけ異常事態なのか、解っているのか、解っていないのか――眼の前に居る群青色の英雄は、何だか愉しそうに笑っている。

 

「……何だか窮地に陥っているのに嬉しそうですねー?」

「当ったりめぇよ。英雄という人種は不利な戦いほど燃えるもんだぜ?」

 

 ……あー、やだやだ。こういう好戦的な野蛮人は好きになれません。

 

(――それにしてもあの『オルレアンの乙女』がご主人様に『生きろ』と諭した。それは『啓示』なのですかねぇ?)

 

 その場合、彼女の最終目標は何処を指し示していたのだろうか――実に興味深い考察である、とコーヒーを啜りながら、地下から鳴り響く悲鳴をBGMに泥水のような飲料を堪能したのでした。

 

 

 

 

 ――『超能力者一党』。

 

 『ワルプルギスの夜』に参戦せず、街のどの勢力よりも戦力温存に成功した組織である。

 ただ、彼等勢力の目標というものは全く見えず、活動も今まで同作品の転生者の勧誘以外行われていない。

 

 その正体不明の勢力の頂点に立つのが十四歳程度の茶髪の少女であり、もう一人の中心核が白髪が目立つ五十代後半の『博士』だった。

 

「どう考えても『プロジェクトF』って欠陥品よねぇ。これならまだ劣化コピーの方がミサカは好みかなぁ?」

「結局は『新たな人格と資質を備えた別人』を生み出すという、ある意味本物以上の贋物を生み出せる可能性を秘めているがのう。どういうプロセスでそんな馬鹿げた結果に至るのか、非常に興味深くはある」

 

 『プロジェクトF.A.T.E』――生命技術操作の一種であり、ジェイル・スカリエッティが構築した基礎理論を元にプレシア・テスタロッサが発展させて完成させた新たなクローン技術であり、ある意味、学園都市のクローン技術を超越した代物だった。

 

「別の資質を持ったミサカなんて存在価値無いんですけどー? 『ミサカネットワーク』を構築出来ないミサカなんて劣化品以下のスクラップでしょ?」

「本物以上の贋物である君がそれを言うか。実に興味深い感想だのう」

 

 如何に彼等が超能力者の街『学園都市』出身の転生者と言えども、その超科学を完全に再現する事は叶わなかった。

 その技術の一つに『量産能力者計画』があり、管理局とのパイプを作ってまで入手した『プロジェクトF.A.T.E』を利用して再現した試みだが――魔法の資質が皆無に等しかったアリシア・テスタロッサのクローン体であるフェイト・テスタロッサには、多大な魔法の資質があった。

 つまりは、この方式では彼等の世界のように本体の1%以下まで劣化はせずとも、本体の再現が出来ず、その資質が別人のものになってしまうのだ。

 

 ――例えば、『妹達(シスターズ)』を産み出そうとしても、発電能力者(エレクトロマスター)にならず、リンカーコアありの無能力者になったり、果てには発火能力者(パイロキネシス)になったケースも存在する。

 当個体は既に失敗作として廃棄処分されているが――。

 

「色々条件を変えて、偶然生産出来たのが三体なんて片手落ちよねぇ。法則性も掴めてないしー」

「贅沢な女じゃ。普通の人間は命に保険は掛けられないのだがのう」

「吸血鬼が跋扈している魔都でその台詞を言うの? ミサカ信じらんなーい」

 

 小馬鹿にするように彼女は邪悪に笑い、『博士』は溜息を吐きながら彼女の姿を眺める。

 その服装はこの世界にはない『常盤台中学』の制服を特注品で用意したものであり、その短髪も『オリジナル』と何一つ遜色無い。

 唯一、違う点と言えば、この見間違えようの無い強烈なまでの個性、唯我独尊の自我を形成しているという点に尽きる。

 彼女の発生した環境で、どうして此処まで性格に歪むのか、興味深い題材であると『博士』は密かに思う。

 

「……そのミサカという一人称だけは忠実に付けるのだな」

「これがミサカのアイデンティティって奴だしぃ?」

「まぁいいさ。それは個人の勝手だしのう」

 

 一人納得して研究成果の再確認を終えた処で――サイレンが鳴り響く。この種類は内部の異常を警告する類のものだった。

 

「――五月蝿いねぇ、何事よ?」

「あの区画は『超能力者再現(レベル5リライブ)』だったかのう? 稼働個体は居なかった筈だが……?」

「ああ、あの趣味の悪い廃棄物処理場ねぇ。……なーんか、ミサカは非常に嫌な予感がするけど?」

 

 『博士』は端末を操作し、監視カメラの映像をディスプレイに表示させていくが、今一状況が掴めない。

 程無くして清掃ロボット兼監視ロボットの画像を移し――操作をマニュアルに切り替えて現場に急行させる。

 跡形も無く壊された同種類の監視ロボットが複数転がっており――研究所の壁が馬鹿みたいな衝撃を受けて破壊され、半径一メートルぐらいの穴がぽっかり開いていた。

 正規の入り口から進入すれば、その部屋には複数の人一人が入れる大きさのポッドが何個も並んでおり、真っ裸の若い男女が死んだように眠っている。

 その一番端の一つだけが内部から食い破られ、空になっていた。事の発端の原因はまずこれであろう。

 

「――『タイプ8』の培養器が破損しているじゃと?」

「はいはーい、ちょっと待って。のっけから飛ばして突っ込みが間に合わないわ。その『第八位』って誰よ? ミサカ、一言も聞いてないよ?」

 

 学園都市に存在する超能力者(レベル5)は全部で七名のみ、それなのに『タイプ8』とは一体誰の事を差すのか、ミサカと呼称する少女は問い詰めるような眼で射抜く。

 やや殺気が含まれ、自慢のアホ毛を帯電させている少女に対して『博士』は飄々と気負いもせずに答えた。

 

「お前の辿った『とある魔術の禁書目録』の世界と、儂の辿った『とある魔術の禁書目録』の世界は別物でのう。八人目の超能力者『第八位』が普通に居たんじゃよ、多重能力者としてな」

「はぁ? 何それ。というか『多重能力(デュエルスキル)』なんて理論上不可能っしょ」

 

 『多重能力』とは一人の能力者に複数の能力を持たせようとした試みであり、少女の知る正史ではその研究は盛大な犠牲者を排出した上で失敗した筈である。

 具体的に言えば、実際に実験された『置き去り(チャイルドエラー)』の『少年少女(モルモット)』は廃人同然で全滅である。

 

「其奴のクローンを『プロジェクトF』方式の試作改良案で生み出す事によって、謎に包まれた多重能力を再現しようと思いついてな。能力の全容を解明しつつ記憶を摘出して、転生者か否か確かめようとしてたんじゃが――ご覧の有様じゃのう」

 

 また遠くから爆発音が生じ、建物全体が揺れる。

 配下の警備員や暗部の連中も総動員されているが、緊急時のサイレンが鳴り止む事を知らず、苛ついた茶髪の少女は繰り出した電撃で物理的に沈黙させ、それでも平然としている『博士』を睨んだ。

 

「いやいや、これはまさか成功してしまったんじゃないか? どう考えてもこれは『超能力者(レベル5)』規模の能力行使じゃないかね? 実に、実に興味深いのう。監視カメラの映像が今から楽しみだわい」

「うわぁーい、科学の発展は素晴らしいね。で、どうやって止めるの? ミサカは嫌よ」

 

 最高戦力である彼女が不貞腐れて動かない今、超能力者相当の異分子を止められる者は今現在居ない。

 泥水のようなコーヒーを啜りながら『博士』は、まぁ良いかと諦める。

 自分が学園都市の理事長であるアレイスターのように、全ての事象を自分の思い通りに動かす事など神ならぬ人の身では不可能であると彼は知っている。

 単なる研究者に過ぎない自分の身の程など嫌というほど弁えている。

 それよりも、この異物が巻き起こすであろう波紋が、『海鳴市』の勢力図に何処まで響くのか、『博士』の興味はその一点に絞られつつあった。

 

「うーむ、我々は『最大の敵』を自ら作り出してしまったのかもしれん。――現時点でアレの能力がどうなっているのかは未知数だが、学園都市の歴史上最悪のテロリストの名は伊達じゃないしのう」

「学園都市の歴史上最悪のテロリスト? ねぇねぇ、その『第八位』様は何をしたんだい?」

 

 ミサカと名乗る少女は不思議そうに質問し、『博士』は笑いながら答えた。

 

「――『0930』事件の時に科学サイドの不穏分子を尽く扇動し、学園都市に反逆したんじゃよ。第二位も第四位も参加していたか。最終的には失敗したがな」

 

 

 

 

 

 ――己を認識する。

 

 学園都市の超能力者の第一位『一方通行(アクセラレータ)』との戦闘で損失した右腕、左眼の存在を確認する。義体ではなく、本物であると確認する。

 更には己の肌に過去の古傷は一切存在せず、生まれたての赤ん坊の如く染み一つ無い。それに髪の毛の地毛が赤色に変色している。

 

 ――以上を踏まえて推測した結果、この身は『第八位(オリジナル)』の複製体(クローン)と推定される。

 

 だが、不可解な疑問が幾つか残る。

 第三位の超能力者『超電磁砲(レールガン)』の量産を前提とした『量産型能力者(レディオノイズ)計画』で生まれた複製体は本体のスペックの1%にも満たず、異能力(レベル2)、強能力(レベル3)が限度だった。

 しかしながら、この身の操る能力の規模は依然変わらず超能力(レベル5)級であり、何一つ能力の損失が認められない。自身を贋作と認識する上での疑問点となる。

 更には記憶関連が一定時期まで完全に補完されており、これによって己が贋作であると認識するに至る材料となっている。

 

 ――『学園都市』の科学力は遂に超能力者を量産出来る境地に到達したのか、ならばそれは『第八位』の己が生きた頃より数十年、否、十数年先の未来なのだろうか?

 

 疑問点が多く、断定出来ない。

 その割には己に対する反逆対策がろくに練られていない。

 明らかにお粗末である。施設の防衛設備もまた稚拙である。

 『第八位』が生きた時代よりも数世代は前――此処が十数年後の未来だと仮定すれば、骨董品に等しい欠陥設備と言えよう。

 

 ――施設からの脱出を目指しながら、己は己の存在意義を問い質す。

 

 そもそも己は『第八位』の贋作である事を認識してしまっている。

 どうして研究者は贋作に贋作と認識出来る知識を与えているのか、苛立ちと共に疑問に思うが――贋作の己に存在価値はあるのだろうか?

 『第八位』なら迷う事無く存在価値無しと断じるだろう。ならば贋作の己は如何にして自己存在に理由を見出すのか――?

 

 ――思案の彼方、明確な答えが先に出るより先に施設から脱出に成功する。

 

 それは見慣れぬ街だった。最先端の科学技術を行く『学園都市』の街には見えず、むしろ――三十年は開きがある外の世界と遜色無かった。

 更には能力者が自然に発散させる『AIM拡散力場』が限り無く薄かった。

 

「……本当に外の世界だと――?」

 

 あれほど切望し、悲願し、全てを賭けても遂には届かなかった地点に己自身が居る。何とも実感が無かった。

 

 今の取り巻く未知の状況に興味が湧いた。

 

 ――己を再認識する。

 

 己の存在を明確にするには個体名が必要だ。だが、嘗ての『第八位』としての名前は贋作の自分に相応しくない。

 新たな名称を必要とする。

 

 ――『過剰速写(オーバークロッキー)』、偽りの能力名こそ今の自身の名に相応しい。

 

 

 

 

 ――そして、偶然にもその瞬間、豊海柚葉は自身にとって不倶戴天の怨敵の存在を察知し、歯軋りを鳴らす。

 全てを見通せた未来が、今は不明瞭に曇ってしまっている。

 許される存在では無かった。まだ見知らぬ怨敵に彼女は際限無く『憎悪』する。

 

「……良いわ。誰だか知らないけど――」

 

 ――他人に『憎悪』する。それは彼女にとって、この世界において初めての経験であり、予期せぬ挑戦に少女は邪悪に嘲笑った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34/波乱

 34/波乱

 

 

「――不思議に思った事は無いかね? この『魔法少女リリカルなのは』の世界にだけ、二周目の能力と遺品を引き継いだ転生者が何人も居るという異常事態を。此処に何らかの法則性を見出す事は出来ないだろうか?」

「……『博士』、昔から貴方は話を誤魔化す際に無駄な考察を並べるよね、とミサカは睨みながら指摘するけど?」

 

 ジト目で睨みながら、ミサカと名乗る少女は『博士』に問い詰める。

 『プロジェクトF』と学園都市のクローン技術の組み合わせの果てに、超能力者の複製体で劣化せずに完全な状態で産み落とす事に成功した。

 それはつまり、『博士』が生前持ち込んだ超能力者達の遺伝子によって、本当に超能力者を量産可能である事を示しており――されども、糠喜びに終わる。

 

「彼が超一流のテロリストである事を忘れていたようだ。まさか研究データと研究員をあの短期間で全て抹消されるとはのう」

「……つ~ま~り、あの化物を捕まえない限り、完成した『プロジェクトF』はミサカ達の手の中に納まらない、という訳ね?」

「そういう事じゃ。君の手腕に期待する」

 

 物凄い丸投げである。その米神に『超電磁砲(レールガン)』をぶち込みたくなるような苛立ちに、その甘い誘惑に身を任せようか、彼女は本気で思案する。

 

「――あの『第八位』の情報を洗い浚い喋って貰おうかしら?」

「名前は赤坂悠樹(アカサカユウキ)、能力名は『過剰速写(オーバークロッキー)』、学園都市で唯一の多重能力者にして、超能力者の中で唯一『風紀委員(ジャッチメント)』だった男だ」

 

 ――『風紀委員』、学園都市における生徒による警察的組織の名称であり、これを自主的にやるような人間は大抵度し難いお人好しである。

 間違っても、裏の事情にどっぷり浸かっている超能力者がやるような代物では無かった。

 

「『風紀委員』!? ちょっと待ってよ。ミサカ、混乱してきた。――ソイツも他の超能力者の例に及ばず、超弩級の性格破綻者なんでしょ? それが何で『風紀委員』なんざしてるの?」

「さてな。詳しい事情は儂にも解らん」

 

 志望動機は不明であり、学園都市の七不思議の一つに上げられるほどである。

 型に嵌まらない、無慈悲で暴虐な『風紀委員』であった事は確かである。

 

「能力の詳細に付いては不明だ。殆どの能力を大能力(レベル4)規模まで扱えるとか、そんな与太話も広く信じられていた。幾多無数の考察があるが、どれも信憑性が薄い。ただ問題なのはその総合的な戦闘力だ。非公式記録では第七位、第二位、第一位を打破している」

「――化物筆頭の第一位と第二位を? それが本当なら誰一人敵う訳無いじゃん」

「可能性があるとするならば、君以外は在り得ないだろうな」

 

 学園都市第一位の『一方通行(アクセラレータ)』の超能力はベクトル操作。運動量、熱量、光、電子などあらゆるベクトルを観測し、触れただけで変換する能力を持つ。

 常時反射の保護膜を纏っている為、睡眠中であろうが攻撃が一切通らない、文字通り学園都市最強の超能力者である。

 第二位の『未元物質(ダークマター)』垣根帝督はこの世に存在しない素粒子を生み出して操作する。

 言うなれば、物理法則を無視する一つの例外的な異物を生成する事で、既存の現象を全て別世界の法則で塗り替えてしまうという、学園都市の能力者にとって天敵たる能力の持ち主である。

 何方にも言える事は、同じ超能力者(第三位から第七位)と比べても別次元の強さを誇るという事だ。状況と場合によっては下克上も在り得る第三位『超電磁砲』や第四位『原子崩し(メルトダウナー)』とは違って、彼等にはその可能性すら在り得ないレベルに達している。

 

「第一位と第二位を倒せるような超能力で、第三位のクローンに過ぎないミサカが敵うとは思えないけどねぇ。――まぁいいや、リスクよりリターンの方が遥かに大きいし」

 

 そう言い残して、かくん、と――目の前の少女の雰囲気が豹変する。

 非常に攻撃的で唯我独尊の趣きが強かった邪悪な少女は、一瞬にして無表情無感情の人形に切り替わった。――或いは元に戻ったというべきか。

 

「――? おはようございます、とミサカは丁寧に朝の挨拶を交わします」

「……ああ、おはよう。『ミサカ00002号』」

 

 

 

 

「……なぁなぁ、オレ、昨日凄く頑張ったよな?」

「そうだね。クトゥグアとイタクァ一発ずつしか撃ってなかったけど、凄く格好良かったよ」

 

 ふきふき、きゅっきゅっと心地良い音が鳴り響く。

 魔力を使い過ぎたせいで今日の朝に地獄を見たが、そのオレに待っていたのは想像だにしなかった仕打ちだった……!

 

「……ああ、格好良い格好悪い云々は横に置いていて、何で礼拝堂の掃除してんだろう?」

「クロウ。口を動かすのは構わないですが、手も動かしなさい」

「サ、サー、イエッサー!」

 

 笑顔の『神父』に言われ、オレは直身不動での敬礼で返すのだった。

 そうだな、切っ掛けは一体何だっただろうか。昨日の『ワルプルギスの夜』と隠れボスみたいなのが出現したせいで、我等の教会の備品にもかなりの被害が及んだ。

 そりゃもう「地震があったんじゃね?」というぐらい、備品などが散乱して凄い有り様になっており――ついでに大掃除するか、という流れだったけ?

 

「情けないのう、大の男が神父如きの言いなりとは」

「喧しいわぁ! というかアル・アジフ。テメェも手伝いやがれっ!」

 

 ふんぞり返って、奴隷のように働いているオレをアル・アジフは呆れ顔で見下してやがる。

 手伝う素振りさえ見せず、大きな欠伸をする始末だ、畜生め……。

 

「何が悲しゅうくて礼拝堂の掃除を手伝わねばなるまい? 妾はアル・アジフ、世界最強の魔導書であるぞ!」

「威張って自己紹介する場面じゃねぇよっ!」

 

 やはり欠片も手伝う気が無く、説得を諦めて拭き掃除に精を出す。

 ぐぬぬ、暫くタダ飯を食わせて貰っている身としては、こういう提案は断り辛いったらありゃしない。つーか、全身が筋肉痛で痛ぇ……!

 

「今日ぐらいは肉体労働から解放されると思ったのにぃぃぃぃ!」

 

 わーい、今日はお祝いパーティだよ! なんて言えるような快挙じゃね? あの『ワルプルギスの夜』の討伐は……。

 

「クロウ兄ちゃん、お茶入ったから休憩しないん~?」

「おお、はやて! お前だけがオレの味方だぁ!」

「な、なんや。突然やなぁ」

 

 車椅子でも、健気に冷たい飲み物を持ってきたはやてに感激し、一息吐く事にする。

 こういう適度な休息というのは、効率を保つ意味でも重要な事である、と全力で言い訳しておく。

 

 ――ぱたん、と。教会の門が開かれた。

 

 以前はあの『大導師』とかいう魔人が突如来訪しただけに、嫌な予感を抱きながら警戒心を顕にしてその方向を見ると――赤い髪の少年が立っていた。

 

「――失敬。お祈りをしたいのですが、初見さんはお断りですかな?」

「いいえ、神への玄関口は誰にでも平等に開いておりますよ」

 

 恐ろしく生気の無い少年だった。今まで一度も陽の光を浴びていないような、そんな吸血鬼じみた不健康さを感じさせる。

 その赤髪にしても枝毛すら無く、触れれば壊れてしまいそうな少年の雰囲気を更に際立たせている。

 身に纏う黒いジャケットは何処か着せられている感じが強く、またサイズも微妙にあってなくて違和感を覚える。

 

(だが、まぁあの吸血鬼皆殺し主義者の『神父』が反応してないから、人間である事は確かだよな?)

 

 オレやはやて達の前を幽鬼の如く素通りする少年を眺めながら、転生者じゃないよな、と疑う。

 だが、転生者であるなら、魔境の一つである此処に堂々と足を踏み入れるだろうか?

 赤髪の少年は礼拝堂の奥で跪き、眼を瞑りながら両手を合わせた、

 

「……本来ならば、墓前で祈りたかったのですが、何分事情が混み入ってしまいまして。――死者への祈りは此処からでも届くのでしょうか?」

「場所など関係ありません。祈る心があれば、何処からでも届くでしょう」

 

 少年の問いに『神父』は答えて「そう、ですか――」と納得し、彼は無心に祈った。

 もしかしたら、彼は『ワルプルギスの夜』で身内を失った被害者なのかもしれない。この推測が正しければ、申し訳無い気持ちで一杯になる。

 

 ……一分か二分程度、赤髪の少年は不動だにせずに祈り続けた。

 

「――失礼、ありがとうございました」

 

 そう言い残し、赤髪の少年は教会から立ち去った。

 何とも印象的で、不可思議な少年だったと心からそう思う。

 

「何だか訳有りの人かねぇ?」

「見慣れない顔だから、転生者じゃないと思うけどね」

「石を投げれば転生者に当たるからなぁ、今の海鳴市じゃ」

 

 

 

 

 ――結論として、此処が嘗て自分のオリジナルが生きた世界ではなく、全く違う道筋を辿った『パラレルワールド』であると『過剰速写』は推測する。

 

 この日本から『学園都市』そのものが跡形無く消えている事が何よりも証明であり、憂鬱な気分を更に加速させる。

 にも関わらず、自分という複製体を生み出した科学技術が現存している。存在しない『学園都市』の技術の残り香――きな臭い処の話じゃなかった。

 

(……基本方針が定まらないな)

 

 重大な判断を下すには手持ちの情報が少なすぎる。

 どうにも、彼の勘が『それだけでは済まない』と訴えている。この街全体が異常だと、切実なまでに呼び掛けている。

 

(……『学園都市』が存在せず、超能力者が絵空事の世界。それなのに『異能』はこんなにも溢れている)

 

 手先の震えが未だに止まらず、圧迫感が晴れない。

 この感触には覚えがある。便宜上、正確には複製体の自身のものではないが、解り易く過去と表現するが――過去において白い修道服の少女に出遭った時の感触と同じだった。

 その感覚が、同じような格好をした修道服の少女と対面する事で再発している。

 

(……情報を再整理しよう。『学園都市』は存在しなくとも、能力者は存在している。『原石』の類は『学園都市』が無くても存在しているだろうが、あれは正規の開発を受けた類の能力者だった)

 

 昨日の施設で成り行き上、殺害した能力者達を思い出す。

 強度(レベル)は強能力者(レベル3)程度だが、自然発生した天然の能力者である『原石』のような特異性は見られない。

 

(――『学園都市』の能力開発とは別系統の勢力、九月三十日に来襲した外部のトンデモ人間と同じような存在が此処にも居ると見て間違い無いだろう)

 

 そして懸念すべき問題が一件生じている。

 自分の超能力の中で一つだけ使用不可能となっている分野がある。一体何が原因なのか、皆目見当もつかないが、由々しき問題である。

 

(環境が大幅に変わり、能力者が撒き散らしている『AIM拡散力場』がほぼ皆無だからか? それとも複製体で唯一再現出来なかった要素か?)

 

 他にも『AIM拡散力場』に由来する能力は使用不可となっているが、それは最初から使う気が起こらないので問題にならない。

 

(何もかもが解らない事だらけか。とりあえずは――)

 

 自身を背後から監視している奇妙な『猫』から始末する事にしようと彼は即決する。

 この街を巡ってから、この手の異常な行動を取る小動物は後を絶たない。彼は溜息を吐いた。

 

(演算終了まで三十秒――)

 

 彼の超能力は多重能力の『過剰速写(オーバークロッキー)』と自称しているが、これは真っ赤な嘘である。

 正確には多重能力に見えるほど多種多様なまでに応用の利く単一能力であり、何故偽装するに至ったのかは、長い事情になるが故に省略しよう。

 

(十五秒――)

 

 ――『時間暴走(オーバークロック)』、それが彼の能力の真の名称であり、名前の通り時間の流れを観測し、操る能力である。

 正確には自身の時間を消費して時間を操る能力であるが、全ての寿命を使い切って破滅を迎えたオリジナルの彼とは違い、贋作の彼の時間は成長の過程に消費した十六年を除いて完全に満たされている。

 

(――五、四、三、ニ、一、零。演算終了、停止)

 

 ――猫の心臓部の時間を停止させる。

 のたうち回り、苦悶の鳴き声を上げる。

 

 此処からは完全に物理外の法則の話、彼の超能力のみに適用される別世界の法則となる。

 停止した心臓部には絶え間無く血液が流れようとして、圧力が際限無く加えられている。彼の『停止』の最も性質の悪い処は、時間が停止している最中に与えられた力場が蓄積し続け――停止を解いた瞬間に一気に解放される事にある。

 

 ――結末は至極単純な話、心臓部が一気に破裂して絶命するだけである。

 

「化け猫の正体が見られると思ったが、これも何の変化無しか――やれやれ、これではまるで動物虐待みたいじゃないか」

 

 感慨無く猫の死体を見下ろし、無感動な表情のまま『過剰速写』は踵を返す。

 相手が小動物であろうが人間であろうが、心臓を潰した感触や手応えは同じであり、慣れ親しんだものである。

 

 ――此処に、とある提督の双子の猫の使い魔の一匹が殺害されたが、生粋のイレギュラーたる『過剰速写』にとっては至極どうでも良い話である。

 

 

 

 

「……なぁ」

「何かな?」

 

 とある喫茶店、昨日『ワルプルギスの夜』――一般的にはスーパーセルの前兆があって避難勧告が出された中、昨日の今日で珍しく開いている店がこの喫茶店であり、やはり災害の爪痕が少なからず響いてか、客足は非常に少ない。

 

 ――具体的に言うと、現在の客はオレと豊海柚葉だけである。

 

 オレの下にはアイスコーヒーが届けられ、豊海柚葉の下には2500円もする巨大なパフェが届けられる。

 おのれ、またしてもオレの懐を金銭面から削る気か……!? いや、『魔術師』には必要経費として結構貰っているけど。

 

「何でオレは此処に居るんだ?」

「中々哲学的な問いね。此処に居る理由を問うか――」

「いや、そんな意味不明な事を本気で考えないで、単純明快に答えてくれ」

 

 何か、王者に「覇は何ぞや!」と問うたみたいに真剣に答えそうになる豊海柚葉の出鼻を挫いておく。

 哲学なんて老後の楽しみのようなものだ。生憎と此方は今は若いので考える気は零である。

 

「折角学校が休みなんだから、デートに決まっているじゃない」

「そうだよなぁ、昨日の一件で道路とかがかなり砕けたから臨時休校になったよなぁ。で、何でオレとお前がデートに?」

「暇だからに決まっているじゃない」

 

 ……相変わらず、この女の思考回路は到達不可能水域の深海より謎である。

 アイスコーヒーにパックのミルクと砂糖を叩き込んで混ぜ、あんなデカいパフェを笑顔で食べ始めた豊海柚葉を眺める。

 

「あのさぁ、オレが『魔術師』の間諜である事、絶対忘れているよな? もしくは此処で口封じする気か?」

「無粋ねぇ。デートで語らう事じゃないわ」

 

 だから、デートなんて洒落込むような仲じゃないと言っているのだが……。

 

「……ああ、うん。お前がオレの事を敵としても認識していない事は理解出来たよ」

「変な事を言うねぇ。私の敵に成り得るのは『魔術師』と……それぐらいよ」

「……? え? もう一人居るの? そんな化物みたいな奴、居たっけ?」

 

 珍しい事に言い淀んだ考える素振りを見せた豊海柚葉に、オレはびっくりして逆に焦って聞いてしまう。

 ただでさえ今の今で限界一杯だというのに、更にコイツや『魔術師』級に厄介な転生者がもう一人追加? 冗談も休み休み言ってくれ。

 

「……あー、うん。昨日までは居なかったよ」

「何か曖昧な言い方だなぁ。昨日まで? 『ワルプルギスの夜』と『クリームヒルト』はもう葬っただろうに」

 

 相当この話題を突かれる事を嫌ってか、豊海柚葉は即座に別の話題を切り出す。

 

「そういえば教会の『代行者』を倒したそうじゃない? 大金星ね、転生批判の聖典を持っていたのにどうやって凌いだのかしら?」

「舐めプで自滅したよ。つーか、やっぱりあの銃剣代わりの『第七聖典』の角で刺されたら一発昇天?」

「ええ、確実に次回も無いわ。本当に運が良かったようね」

 

 うわぁ、まじか。いや、四回目が確実にあるなんて楽観視はしないけどさ、霊験あらたかな概念武装だったんだなぁ、あの『第七聖典』って。

 

「でも、教会勢力には気を付ける事ね。何だかんだ言っても『マスターオブネクロノミコン』と『禁書目録』、アンデルセンもどきの『神父』がいるから。まぁ恨まれていないと思うけど」

「恨まれていない? どういう事だよ? 一応アイツは『教会』勢力の頂点の一角だったんだろう?」

「あれの性格で他から好かれると思う?」

 

 ……え? あれって敵対する奴限定じゃないの?

 

「……死者を貶すのは良く無いと思うぞ?」

「そうね。死んだら誰でも仏よね、日本では」

 

 日本では、か。コイツの前世は日本以外の場所だったのだろうか? 随分と特徴的な言い回しである。

 

「……日本では、ねぇ。そういえばお前だけだよな。未だに二回目の転生先すら解ってないの」

「あらやだ、乙女の過去に興味があるの? ……私の口から、赤裸々に語らせる気?」

「何で其処で頬を赤く染める!?」

 

 コイツ相手に口では永遠に勝てる気がしないと思いながら、アイスコーヒーを一気に飲んで思考を冷却させる。

 どうにもこういうタイプはやり辛い。真正面から殴ってくる敵の方がまだ好感触である。

 

(……表立って仕掛けて来ないだけに、此方から先手を打つのはあれだし)

 

 溜息吐きながら、気まぐれに外を眺める。

 やはりと言うべきか、人通りは少なく――ふと、道を歩く赤髪の少年に目が留まる。年齢は大体十六歳ぐらい、高校生だろうか?

 

 ――というか、何故こんな男が気になったんだ?

 まさか、新手のスタンド使いの精神攻撃かぁ……!?

 

「……ちょっとぉ、目の前にこんな美少女を侍らせておいて、外の女に目移り? ――!?」

 

 一瞬の事だった。物凄い勢いで飛翔した何かがその赤髪の少年に被弾し――着弾の衝撃波は喫茶店のガラスをも粉々に粉砕した。

 

「――『ファントム・ブルー』!」

 

 咄嗟にスタンドを出して風を操り、破砕して此方に降り注いだガラスの破片を全て押し返す。

 ……危ねぇ、此方に降り注いでいたら大惨事だぞ。

 

「……ありがと。でも、何で助けたの?」

「あ、いや、まぁ……敵対関係にあるが、そういうのとは関係無いし」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら、無意識の内に助けてしまった豊海柚葉に、そんな理屈不要の言い訳をしておく。

 目の前で窮地に陥っている者を見殺すという選択肢など、オレが取れる筈が無い。無意識レベルまで刷り込まれていたんだなぁ、と自分の事ながら逆に感心する。何処まで行っても、オレはお人好しのようだ。

 

「というか、何事だ? あの赤髪は――」

 

 改めて外に眼を向けると――異なる光景が広がっていた。

 赤髪の少年は振り向きすらせず、飛来した銃弾は尚も疾駆しながら宙に停止している。衝突の際に生じた衝撃波でぼさぼさになった髪を手で見繕いながら、振り向いた少年は遥か遠い彼方を射抜いた。

 

「ふむ? 仕掛けてきた癖に、このオレの逸話を知らないと見える。虚仮威しとでも思っているのか?」

 

 罅割れて破砕した地面のコンクリートの塊を、その赤髪の少年は引っ剥がして宙に放り投げ――サッカーボールの如く蹴り上げた。

 斯くして物理法則を完全に無視した、超高速で飛翔するコンクリートの塊は遥か彼方にあるビルの頂上に大激突し、ビルそのものを崩落させる。

 

「――唯の一度足りとも、狙撃手を取り逃がした事は無いんだがね」

 

 ――オレはその馬鹿げた光景を夢心地に眺め、豊海柚葉はそんな事になど目も暮れず、憎悪の炎すら滾らせた瞳で、その赤髪の少年を射殺さんと睨んでいた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35/見敵必殺

 『超能力者一党』と呼ばれる、学園都市の超能力者を集める組織は、最悪なまでに学園都市の暗部の傾向を引き継いだ組織だった。

 同じ世界出身の転生者として声を掛けられ、ほいほい付いて行った過去の自分自身を殺してやりたい、と彼女は後悔する。

 

(……やっと、あの糞みたいな学園都市の暗部生活から解放されて、リリカルなのはの世界で存分に幸せに生きられると思ったのに……!)

 

 気づけば外堀を全て埋められ、反抗一つすら出来ないぐらいに雁字搦められ、また暗部として手を穢す事を強制させられていた。

 今世の家族の命が人質になっている今、彼女には拒否権すら残されていなかった。

 ビルの屋上に位置取り、ケースからアメリカ製の対物ライフル『バレット M82』を取り出す。

 

(むしろ、利用価値ありと認められたのは運が良かった……?)

 

 利用価値無しとされた転生者は須らく『博士』の研究材料となり――その後を知る者は居ない。

 同じ転生者ながら吐き気がする。何故彼処まで非道になれるのか、何故此処まで他人を人間扱いしないのか――あの御坂美琴に似た誰かの嘲笑が脳裏に過ぎった。

 

 ――既に試射は済ませてある。スコープを覗き込み、対象の姿を確認する。幸いにも周囲に他の人間の姿は無く、巻き込まずに済みそうだった。

 

(……アンタに恨みは無いけど――)

 

 大能力(レベル4)判定の『空力使い(エアロハンド)』によって威力を更に増強させられた対物ライフルによる狙撃――例え『超能力者』であろうとも過剰殺傷(オーバーキル)に足る一撃である。

 一呼吸し、躊躇無く引き金を引く。

 原型すら残らずに吹き飛ぶ対象の姿を幻視し――対象の周辺のコンクリートの地面が円状に陥没して罅割れたが、対象は振り向かずに健在だった。

 

「な……!? そんな、馬鹿なっ!?」

 

 学園都市最強の超能力者『一方通行』じゃなければ死は免れない魔弾を――スコープ越しに、彼と眼が合った。

 対象となった赤髪の少年はさも滑稽だと邪悪に嘲笑い――死の影が脳裏に過ぎった。

 

 ――前世の最期に味わった、第二位の超能力者の異常さを今一度回想する羽目となり、彼女は一種の狂乱状態になる。

 

 対物ライフルを瞬時に投げ捨てて、脇目も振らずに逃げ出そうとし――其処で彼女の意識は途切れた。

 否、生命が飛び散った。コンクリートの破片は音速を超える勢いで彼女の居た地点に着弾し、小さな生命を塵屑のように木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 享年十三歳、それは二回目よりも短い人生であった――。

 

 

 35/見敵必殺

 

 

(何ぞこれ? 一キロかニキロ先のビルの頂上が吹っ飛んだぞ……!?)

 

 もうお前は何で『ワルプルギスの夜』の時に参戦しなかったんだ、と文句を言いたくなるような馬鹿げた戦力保持者だった。

 無表情で異常なまでに肌が白くて人形みたいだと思った赤髪の少年は、今では立派なまでに極悪人の面構えになっていた。

 

(つーか、この街にはこんな奴しか居ないのかよ……)

 

 薄々思っていたが、悪党やら極悪人やら異常者しか居なくて泣けてくる。

 何でハートフルな『海鳴市』が魔都になっているのか、オレは一体誰に問えば良いのだろうか?

 

 ――さて、現実逃避して誤魔化そうとしたが、もう自分を騙せそうにない。

 何で豊海柚葉は心臓が止まりかねない殺意を漲らせて、あの赤髪を睨んでいるのでしょうか?

 

「ちょっと待て……! 何で殺(ヤ)る気になってるんだ!? 親でも殺されたかのような眼をしているぞ?」

 

 返答は無い。理性が既に彼方に翔んでしまっているようだ。

 何なんだろう、この状況は。普段は飄々として感情を表に出さず、不気味なまでに底知れぬ彼女が此処まで生の感情を顕にしている。

 

「落ち着け、いつもの嫌になるほど冷静なお前は何処に行った? どう見てもアレはヤバいぞ……!」

「――ええ、今すぐ此処で殺したいほどだわ」

 

 言葉のドッチボールって怖いよね。

 何が彼女を此処までさせているのだ……?

 

「……知っている奴なのか?」

「知らないわ。知りたくもない――」

 

 ――そして、あろう事か、彼女はあの赤髪に向かって歩いて行こうとし、オレは反射的に彼女の手を掴んで制止させる。

 

「――離して。これは貴方にとって私の能力を暴く千載一遇の機会よ? 未知の勢力と潰し合わせる唯一の機会よ? 解っているの?」

 

 振り向かずに、豊海柚葉は苛立ちげに声を荒げる。

 ……確かに、オレの本来の役目から考えれば、此処で殺る気満々の彼女を止めずに未知数の潜在的な敵と戦わせれば、結果がどう転ぼうが得しかしない。

 だが、それとこれは別だ。理屈じゃない。

 

 

「それなら言わせて貰うが――オレとデート中なのに他の男の方に行くのか?」

 

 

 自分でも何でこんな小っ恥ずかしい台詞を出せたのか、心底不思議である。

 そんな素っ頓狂な台詞を聞いて、あの赤髪しか見てなかった豊海柚葉は漸くオレの方に振り向いた。

 

「……え?」

「……いや、真顔で「え?」って言われても困るんだが。恥ずかしいだろ。というか、今、あれと殺し合いに行ったら、不本意だがお前側で参戦する事になる。お前一人で自殺するのは構わないが、オレを巻き込むな。あんな化物みたいな能力者と戦ったらオレが真っ先に死ぬ」

 

 恐らく、オレは顔を真っ赤にしながら、更に情けない事を堂々と言っている。ああ、自分で自分を殺したくなる。

 豊海柚葉はというと、まるで初めて見るようにオレの顔をまじまじと不思議そうに覗き込んだ。

 

「……意外と嫉妬深いんだね?」

「知らなかったのか? 男ってのは独占欲が強い生き物なんだよ」

「……えーと、其処は調子に乗るな、とか自惚れるなって言った方が良いかしら?」

 

 困惑しながら、彼女はそんな事を疑問符を付けながら述べる。

 まぁ、此方を異性として欠片も意識していない彼女からは、当然の言葉であろう。

 

「……凹んで立ち直れなくなるから止めてくれ」

 

 解っていても落胆したくなる。オレは大きな溜息を吐きながら、この場における危険は文字通り去ったと確信する。

 未知数の敵との交戦を止める為に、何だか失ったものが多いような気がする。

 もう赤髪は何処かに歩いて去ったし、掴んでおく必要が無いので豊海柚葉の手を離す。

 

「それじゃ次行こっか」

「え? 次?」

 

 立ち上がって、制服に付着した埃やガラス片などを注意深く払っていると、豊海柚葉はそんな奇妙な事を述べた。

 

「何言ってるの、デート中なんでしょ? 久々に服を見繕いたいわ。うん、私とした事がデートなのに学校の制服ってのも無粋よねぇ」

 

 そう言いながら豊海柚葉は年相応な晴れやかな笑顔を浮かべ――不覚にも可愛いなぁと思って血迷ってしまった自分を、オレは全力で自己嫌悪した。

 

 

 

 

 ――未知の敵との遭遇、その後の女性独特の長いショッピングに付き合わされた経緯を無言で聞き届け、うっかり殺意を芽生えさせた『魔術師』を責める者は恐らく少ないだろう。

 

「――ところで、秋瀬直也。一つ聞いても良いかね?」

『……何だよ?』

「もしかして、惚れたか? まさかと思うが、豊海柚葉に誑し込まれたのか? 中身が違うとは言え、外見は九歳の小娘だぞ?」

 

 秋瀬直也を始末する算段を練りながら、『魔術師』は割りと本気で聞いた。

 

『ななっ?! 何言ってやがる……!? まさかお前がそんな下衆な勘繰りをするとは思ってもいなかったぞっ!?』

「ああ、安心したよ。アレに取り込まれたのならば、私自らの手で斬り捨てなければならないしな。――ランサーとエルヴィ、どっちが良い?」

『どっちも確実に過剰殺傷(オーバーキル)だぁっ!?』

 

 今の処は大丈夫そうだと『魔術師』はとりあえず秋瀬直也の処遇を保留する。

 あの小さな女狐が色香だとか、その方面から仕掛けてくる可能性は極めて少ないと判断している。

 あれの人間としての破綻振り、そして偏りは度し難いものであると分析している。

 

「どうせなら君が誑し込んで無力化させたらどうだ? 豊海柚葉にその手の免疫は無さそうだし、それなら我が陣営は全力をあげて応援するが?」

『……幾らなんでも、怒るぞ?』

「実に平和的な解決だと思うんだがねぇ。まぁいい、必要経費と報酬は指定の口座に振り込んでおこう。ご苦労だった、次の報告が楽しみにしている」

 

 半ば本気のからかいを入れておき、通話を終了させる。

 そして入手した中で有益な情報を洗い出す。――『学園都市』もどきから生まれた異分子に対する豊海柚葉の異常な敵対心、それが最重要であると瞬時に見抜く。

 恐らく、それと豊海柚葉の前世に関連性などあるまい。それなのに彼女が異常なまでに憎悪した理由は――保有する能力に関わっているものだと解釈する。

 

「同じタイプの能力か――あの赤髪の能力、何が何でも暴かねばなるまいな」

 

 其処に豊海柚葉が秘匿する能力への糸口があると確信し、ますますあの複製体から目が離せないと笑う。

 『超能力者一党』に潜り込ませた『川田組』のスタンド使いからの報告で、『見敵必殺(サーチ&デストロイ)』で暴れている超能力者(レベル5)が原作に存在しない『第八位』の複製体である事を知っている。

 

 ――それが転生者の複製体か、否かは大して重要な問題ではない。

 此処で重要なのは、あれが真の意味で『プロジェクトF』の完成体であり、それ故に存在する事さえ許されない『例外(イレギュラー)』である事だ。

 

 あの超能力者を『超能力者一党』に回収させる訳にはいかない。

 あれの重要度が跳ね上がるばかりであり、派遣した使い魔が片っ端から殺害される事から、『魔術師』は遂に『使い魔』であるエルヴィを彼の監視に回している。

 

「ぱぱーっとオレを派遣すりゃ良いんじゃねぇか? 即座に片付けてやるが?」

「面白味の無い意見だな。あれを放置するだけで『学園都市』もどきの勢力を削れるのだが、それだけでは足りない。何より勿体無いじゃないか」

 

 戦えなくて不満そうに自己アピールするランサーに対し、『魔術師』はほくそ笑みながら一蹴する。

 その黒い笑顔を見て、ランサーは盛大に溜息を吐いた。どうやら自分の出番は暫く廻って来ないらしいと結論付けて。

 

「……まぁたお得意の悪巧みかよ?」

「まぁね。教会勢力にぶつけて削っておきたい。何なら『八神はやて』を仕留めて欲しいものだ」

 

 神秘の秘匿を考えずに暴れ回るのは怒り心頭だが、それでもこの『例外』は放置しても『超能力者一党』を始末してくれそうな期待感を抱かせる。

 ならばこそ、それ以外にも有効的に使えないかと企むのは『魔術師』の性である。散々使い潰して始末は自分の陣営で着けるのが『魔術師』の中の既定事項である。

 

「おいおい、この前の交渉とやらはどうなったんだよ? 引き伸ばしまくって結局結論が纏まってないけどよぉ」

「もう状況が変わっている。それにあれは『ワルプルギスの夜』が終わるまでの停戦協定に過ぎないし、話を纏めた覚えもない。これは即座に決断して交渉を成立させなかった奴等の落ち度だ」

 

 元々あの交渉は単なる時間稼ぎであり、成立させる気など『魔術師』には欠片も無かった。

 どう頑張っても、蒐集が後々の重荷になって『八神はやて』の身柄は時空管理局に持ち去られる。『八神はやて』を人質にすれば、自動的に『ヴォルケンリッター』を、そしてクロウ・タイタスやアル・アジフも思い通りに出来るだろう。

 

 ――最終目標が時空管理局の勢力の影響を『海鳴市』から完全に駆逐する事である『魔術師』にとって、それは看過出来ない事態である。

 

 『ワルプルギスの夜』を乗り越えた今、『八神はやて』の始末を秘密裏に且つ性急に行う必要性に迫られていた。

 

 ――自分の手を下さずに『例外』を誘導し、『教会』陣営にぶつけて、『超能力者一党』を壊滅させるまで協力(サポート)する。そんな都合の良い道筋を所望としている。

 あれこれ考えた処で、一つ名案が思い浮かぶ。『魔術師』は邪悪に笑った。

 

「――ああ、何だ。使える駒が一つあったじゃないか。都合の良い事に復讐に燃えている事だし、強力に手助けしてやろう」

 

 

 

 

(精度が著しく落ちている。あの程度の狙撃を事前に察知して撃ち落とせないとは)

 

 『過剰速写』は溜息を吐いた。先程の狙撃は恐らく対物ライフル級の兵器に風力系統の能力で強化促進させた致死の魔弾であるが、全盛期の彼ならば発射させる前に片付けられていた。

 

 ――それを可能とするのが『未来予知』であり、周囲の時間の流れを観測して情報化する事によって、確度の高い未来を一週間先まで予測出来た。

 嘗ての『過剰速写』、いや、第八位の『時間暴走(オーバークロック)』は――。

 

(今は三秒先が限度で『不可視の右腕』は健在か。酷い片手落ちだ)

 

 右腕が千切られた副産物、幻影肢によって行使可能となった『第三の腕』は発動出来たものの、一番頼みにしていた未来視が此処まで劣化している事に『過剰速写』は危機感を抱く。

 此処まで完璧に自身の能力が再現されている以上、未来視が阻害されている理由が自分自身の異常ではなく、外的な要因があるのではと疑いたくなる。

 

(基本方針は『見敵必殺(サーチ&デストロイ)』、己のような複製体を生み出した勢力の殲滅は確定事項だが――)

 

 今日一日は『釣り野伏』と洒落込んだが、成果は著しくない。

 釣れたのはあの狙撃手一名、一般人に紛れて追跡してきた三名のみであり、もっと大々的に――最新鋭の装備を保有する処刑部隊である『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』やら少数精鋭の能力者集団『スクール』みたいな暗部の襲撃を前提にしていただけに、肩透かしも良い処である。

 

(問題はその後。オレ自身の行動原理か――)

 

 現在は三階の外側が崩れている廃ビルにお邪魔し、遅めの食事を取っている最中だった。

 コンビニのレンジで暖められたオニギリを食い散らかし、缶コーヒーを飲みながら一息吐く。

 思考にゆとりが出来れば、否応無しに自分の目的を考える必要に迫られる。

 

 ――はっきり言ってしまえば、この異なる世界に『過剰速写』――否、赤坂悠樹の生存理由は何一つ無かった。

 

 赤坂悠樹の行動原理は『復讐』に尽きる。

 双子の妹を殺した銀行強盗犯の殺害、自身を学園都市に捨てた老夫婦への報復、ついでに怨恨深き学園都市の崩壊――それと何とも下らない私事が一件、それを成す為だけに全存在、全寿命を賭けて失敗した。

 

(無能力者(レベル0)の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』なんて、一体どんな冗談だよ。性質の悪いったらありゃしない……)

 

 超能力者(レベル5)の能力行使さえ無効化する特大の例外たる無能力者によって、彼は打ち倒された。

 『過剰速写』の記憶は其処で途絶えている。状況判断からして、其処でオリジナルの彼は死亡したと見える。

 『A』の『最強』さえ打ち破った『ジョーカー』たる彼は、『3』の『最弱』にだけは出遭ってはならなかった――。

 

(屈辱的な記憶だが、それはどうでも良い。問題はこの世界に復讐相手が居ないという事だ――)

 

 それは自身の存在意義が欠片も無いと言っても過言ではない。

 胸を焦がす憎悪を糧に、復讐だけを夢見て彼は寿命を燃やして生き続けた。

 『最強』を打ち倒すまでに、彼は他に生きる目的を見い出せず、想定した通りの最悪の道筋を辿った。

 

(惰性で生きるには人間の寿命は長すぎる。やはり目的を果たしたら速やかに自害するべきか……)

 

 またやり直そうなんて気にはならない。何度繰り返しても、あの結末に至るだろう。そもそも自身の生涯に一片の悔いすら無い始末だ。

 

(我ながら詰まらない結論だ。憎悪に狂い猛っていなければ、既に死んでいる人形だ。――憎むべきは、あらゆる意味で終わった人間を蘇らせて目覚めさせた馬鹿な研究者どもか)

 

 ――それで良い。心地良い憎悪を糧に際限無く殺し尽くす。

 それが今現在の彼の、破滅的なれども確固とした行動原理だった。

 

「食事が終わるまで待っていてくれるとは、お優しい事だ」

「最後の晩餐ぐらい邪魔しないであげるという、ミサカの慈悲深い心さー。感動して咽び泣くと良いよ?」

 

 立ち上がり、缶コーヒーを飲みながら新たな追跡者を迎える。

 暗闇の中、頭髪から電撃を撒き散らして現れたのは一人の少女であり、その姿には『過剰速写』にとって嫌なほど見覚えがあった。

 

「――御坂美琴? いや、『妹達(シスターズ)』か? 最近の学園都市の『複製体(クローン)』は超能力者の量産に成功したのか?」

「いいや、ミサカも君も例外中の例外だね。もっとも、唯一の成功例である君さえ協力してくれればそれも夢じゃないけど?」

「面白い冗談だ。このオレに研究者どもの実験動物(モルモット)に成り下がれと言うか?」

 

 狂ったように笑いながら、『過剰速写』は御坂美琴に似た誰かを無条件に見下す。

 今更な敵だった。『第一位』と『第二位』を打倒出来た自身に、『第三位』の模造品を寄越してくるとは、一体どんな趣向だろうか?

 

「前提が違うっしょ。学園都市の生徒全員が元々実験動物じゃん。ほら、それなら何一つ変わらないよー?」

「とりあえず、テメェが自殺志願者だって事は解った。現代芸術風の愉快なオブジェにしてやるよ」

 

 混じり気無しの殺害宣言を受けながら、ミサカは余裕満々に嘲笑う。

 

「一応自己紹介しておこうかなー? ミサカは『異端個体(ミサカインベーダー)』。死ぬまで宜しくねー」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36/大波紋

 

 

 

 

「アリ、ア……!」

 

 もう冷たくなった双子の猫の死骸を抱き締め、ギル・グレアムの使い魔であるリーゼロッテは静かに涙を流す。

 こんな形で死別する事になろうとは、本人達も思ってはいなかっただろう。

 長年一緒に居た者の死の喪失感に慟哭し、その胸に深い憎悪の炎が灯る。

 

「許さない、絶対に許さない……!」

 

 父の悲願よりも、今は双子の姉妹の復讐を優先する。

 使い魔としてあるまじき決断だが、あの赤髪の少年、苦しみ悶えるリーゼアリアを見向きもせずに殺した怨敵をこの手で――。

 

 

「――ありゃりゃ、同じ猫仲間としてお悔やみ申し上げますわ。酷いですねぇ、猫にこんな仕打ちをするなんて」

 

 

 その猫耳のメイド姿の少女はいつの間にか彼女の前に立っていた。

 赤紫色の髪をツインテールにし、鮮血より色鮮やかな真紅の瞳に愉悦の色を浮かべ、黄昏の化物の如く笑っていた。

 

「貴方の復讐、ご主人様の命により強力にお手伝いしに来ました。まぁ悪魔の甘言の類ですけど、お話聞きますか?」

 

 

 36/大波紋

 

 

 ――手始めに、『異端個体(ミサカインベーダー)』は電撃の波を放つ。

 

 十億ボルトに達する回避不可能の面攻撃は廃ビルを無慈悲に蹂躙していき、されども左眼を瞑った『過剰速写』は一歩も動かずに電撃の波を切り払い、やり過ごす。

 電撃の波を薙ぎ払った透明な右手の存在を、『異端個体』は感知する。

 

(あれまぁ、能力で弾かれた? 一瞬だけ輪郭見えたけど不可視の右腕っぽい? ――まさか『聖なる右』……? いや、仮にも超能力者だし、それは無いと思うけど)

 

 それはRPGのコマンドに『倒す』がついてるようなデタラメなので、使われた時点で『異端個体』の敗北は決定するので多分違うだろう。

 続けて『異端個体』は電撃の槍を生成し、幾つもぶん投げて波状攻撃を仕掛ける。やはり『過剰速写』はその場から動く事無く、何かに弾かれて尽く無効化される。

 

(防御するという事は『一方通行』と違って、まともに当たればダメージを与えられるという事だと思うけど、十億ボルトの電流も形無しかぁ。どんだけよ?)

 

 此処で判明した事は、電撃が正体不明の右腕で無力化されている事と、その電撃に反応出来る異常なまでの対応力、演算及び反応の速さが特筆させる。

 学園都市の超能力者という時点で、十本指に入る優秀な頭脳の持ち主なのは確かだが、幾ら何でも超反応過ぎると『異端個体』は訝しむ。

 

(敢えて左眼だけ瞑っている事と何か関連性がある――?)

 

 必死に正体不明の能力を考察する『異端個体』と違って、早くも底が見えた『過剰速写』は冷めた右眼で彼女を見下していた。

 

「来ないのか? オレのターンに回った時点で瞬殺確定なんだが?」

「じゃ、こういうのはどうかな?」

 

 スカートのポケットから一枚のコインを取り出し、夥しい電力を帯電させる。

 その様子に流石の『過剰速写』も右眼を細める。だが、それだけだった。

 

「――『超電磁砲(レールガン)』、御坂美琴の代名詞か。確かに、それを全力でぶっ放された覚えは無いな」

「随分と余裕だねぇ。オリジナルが普段手加減して放っている代物とは桁違いだよ? 知覚さえ出来ないだろうから、回避も防御も不可能だよ」

 

 挑発ではなく、歴然たる真実を『異端個体』は語り、されどもそれを理解した上で『過剰速写』は嘲笑すら浮かべて無言で「来い」と挑発する。

 

「――死んだよ、アンタ……!」

 

 全身全霊を以って不可避の必殺を『異端個体』は撃ち放つ。

 確かにそれは人間の知覚・反応では回避も不可能であり、どんな堅牢な防御も無意味と化す文字通り『必殺』を体現する魔弾だった。

 

 ――されども、その不可避の魔弾は『過剰速写』まで数メートルの地点でほんの一瞬だけ射撃速度を落とし、単なる可避の攻撃へと貶められた。

 

 あろう事か、一歩横に移動されただけですれ違う。通過後の余波が彼女達二人を猛烈に煽り、『過剰速写』は気怠げに乱れた髪の毛を手直す。

 

「微風を巻き上げるなら強能力の風力使いでも出来るぞ?」

「……ミサカを挑発? さっきから何もせずに口だけは達者ね。でも、近寄らないんじゃなく、近寄れないんじゃないかなー?」

 

 必殺と自負する一撃がこんなにも簡単に避けられ、衝撃が大きい中、それでも『異端個体』はまだ自分の方が有利だと自分自身に言い聞かせる。

 防御性能と回避性能は想像以上に飛び抜けているが、『過剰速写』が生身の人間である事は変わらない。

 正体不明の能力者である最大原石の第七位のように本人自身も異常な耐久性があるとは考え辛い。

 

(――あの『超電磁砲』に何らかの干渉をした? けれども、電流や電磁波などは観測出来なかった。話通りの多重能力者なら同系統の能力で無効化される危険性が高いけど、見られないという事は多重能力に見えるほど応用の利く単一能力って事かね? そっちの方が遥かに厄介だと思うけど)

 

 何でも良い。一発でも当てればそれで終わる。彼は攻め込んで来ないのはそれを理解した上で『異端個体』の消耗を狙っていると見える。

 それに『見』なのは自分も相手も同じだ。

 『過剰速写』は御坂美琴と『異端個体』との戦力比を正確に見極めようと『見』に回り、『異端個体』も『過剰速写』の正体不明な能力を見極めようとひたすら分析に費やしている。

 

「ふむ、それではご希望に答えよう」

 

 『過剰速写』はやや芝居掛かった仕草で大々しく右手を眼下に晒し、小気味良く指を鳴らした。

 ――瞬間、『異端個体』が最初に繰り出したような電撃の波が廃ビル中に駆け巡った。

 

(ミサカと同じレベルの電撃能力!? いや、違う! これはミサカの攻撃と同じ……!?)

 

 どんなカラクリかは不明だが、先程と同じ攻撃をコピーしたとしか思えず――必死に電撃を操作してやり過ごす。

 流石に自分と同規模の電撃波で自滅しないが、少しだけ動揺する。

 『過剰速写(オーバークロッキー)』、オーバーは英語で、クロッキーはフランス語で速写という意味合いを持ち、――歪な造語だが、それが能力名の語源かと納得する。

 納得するが、やられた方は沽券に関わる問題なのでたまったもんじゃない。

 

(――? 『過剰速写』が居ない? 何処に……)

 

 この電撃の波に乗じて、奇襲を仕掛ける気だろうか?

 『異端個体』はオリジナルの御坂美琴と同様に、能力者が無意識の内に排出する『AIM拡散力』――彼女達の場合は電磁波の類になるが、全周囲に放出されている電磁波は範囲内に入った存在を即座に知覚させる為、奇襲の類をほぼ不成立にさせる。

 それを知らぬ『過剰速写』では無いだろうが――瞬間、ビル全体がブレて、壊れかけのビルは崩壊を始めた。

 

「んなっ!? 嘘でしょ……!?」

 

 崩落に巻き込まれる前に、一心不乱に電流やら磁力操作で後先考えずに加速し、寸での処で脱出――三階から紐無しバンジーになる。

 

「――っ! ビルを丸ごと破壊するとかどんだけよ……!?」

 

 文句を言いながら、必死に磁力操作で地面との斥力を発生させ、何とか無事に着地する。

 一体これだけの仕掛けをいつの間に――自身の周囲に撒き散らされた電磁波が背後からの奇襲を察知し、されども予想を三桁は上回る速度を以って、見えない右手によって『異端個体』の喉を鷲掴みにされて掌握される。

 

「……ぁぎッッ!?」

 

 だが、関係無い。その一撃で死んでいないのならば、次の瞬間に黒焦げの死体になるのは『過剰速写』の方だ。『異端個体』はありったけの電撃を全周囲に撒き散らそうとし――発動しない事実に驚愕する。

 

(電流が、操作出来ない……!? そんな、馬鹿な。この右腕が『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という訳でも無いのに――あ)

 

 目の前の不可避の『死神』を、『異端個体』は苦悶しながら見届けた。

 限界まで腰を下ろし、万力の如く握り締められた力拳――『HUNTER X HUNTER』のグリードアイランド編のボスであるゲンスルー、キメラアント編のネフェルピトーを一瞬にして連想させた。同時に自身の死を確信した。

 

「――っっっっ!?」

 

 ――斯くして拳は『異端個体』の腹部に突き刺さり、時間や次元や空間が纏めて圧縮されるような奇妙な感触を味わった後に一気に解放される。

 まさに宣言通り、その規格外の一撃を受けて『異端個体』は現代風の愉快なオブジェに成り下がったのだった――。

 

 

 

 

「おやおや、こんなに早く私という『切り札』を切って良いのですか? 折角苦労して死亡偽装したというのに」

『……『切り札』ねぇ。君への評価と信憑性は下がったままなんだけど?』

 

 その夜、本当の飼い主からの出動命令が下り、彼は嬉々狂々と笑ったのだった。

 日本人離れした金髪に蒼眼、丸い眼鏡を新たに掛けた彼は秋瀬直也に殺害された筈の『代行者』に他ならなかった。

 

「これは手厳しい。確かに私から見てもあの死に様は無様でしたがねぇ。仕方ないじゃないですか。あんな出来損ないの人形の性能は高く見積もっても二回目の私程度、あれが関の山ですよ」

『あら、今は違うと言いたげだねぇ?』

「ええ、今は馬鹿みたいに鍛えてますので。お望みとあらば、秋瀬直也の素っ首を貴女様に献上しますが? 実際に殺し合うとなれば、彼は『黒鍵』の一投すら避けれないと思いますが」

 

 前世の自分は慢心に慢心を重ね、まともな戦闘技術すら身に着けていない無限再生するだけの小娘――シエルになる前のエレイシアに殺された。

 その屈辱的な汚点を晴らすべく、三回目の今世は極限まで自身の肉体を鍛え抜いた。

 現在の彼の戦闘力は過剰な自己分析を抜きにしても――第七位のシエル並、全盛期の言峰綺礼並だと自負する。

 たかが素早い程度のスタンド使いなど、知覚する時間も与えずに『黒鍵』で串刺しに出来るだろう。これが異能力を使えるだけの単なる常人とそんなものに頼る必要の無い超人との無情な戦力差である。

 

『……私は『赤髪』の首を所望しているんだけど? あれは私の玩具よ、壊すのも私だけの特権よ』

「クク、随分と気に入っているようですね。まぁ良いでしょう。我が君の為に、その者の魂魄を砕いて差し上げましょう」

『――ああ、何なら『胃界経典』を使っても構わないわ。必ず仕留めてね』

 

 電話が一方的に切られた後、秋瀬直也に勝るとも劣らず、『赤髪』の方にもご執心だと彼は陰湿げに笑う。

 

 ――斯くして『過剰速写』を巡る暗闘は、街全体の闘争の縮図に成り変わりつつあった――。

 

 

 

 

「あーもう、信じらんない。こんな美少女なミサカをあっさり殺してさー! 『一方通行』でもこんな酷い殺し方はしなかったわぁ……!」

 

 ――ぷんぷんと怒りを顕にして彼女は喚き散らす。

 

 彼女が『異端個体(ミサカインベーダー)』の名を冠するのは文字通り、彼女がミサカネットワークに生まれた史上最大にして最悪のバグだったからに他ならない。

 ミサカネットワークの中に生まれ、不確かな電子の海に漂い、個体個体の意志を乗っ取って完全な自律行動を取れる。

 残機が『妹達(シスターズ)』の数という存在そのものがバグという存在、量産超能力者計画で最大の失敗作にして唯一の成功作である超能力者、『妹達』にとって絶対に抗えぬ『侵略者(インベーダー)』なのである。

 

「……ふむ、ミサカ00001号は損失か。それで第八位の能力ぐらいは解ったのだろうな?」

 

 いきなり無感情な人形から個性溢れる彼女に切り替わるも、慣れた様子で『博士』は問う。

 現状、偶発的に生まれた『妹達』が三体、否、一体削れて二体であり、学園都市の複製体技術が未完全の今、彼女は前世ほどの猛威を奮えない。

 だからこそ、切実なまでに『プロジェクトF』の完成形を求めていたのだ。単純に、あれは自身の残機を無限大にする計画であるが故に――。

 

「多重能力を偽装した、恐ろしく応用の利く単一能力だね。停滞、加速、停止、再現、未来視、だから多分『時間操作』の類かな? どんだけ巫山戯てんの? 今考えただけで反則よ、反則。あと見えない右腕が超厄介、接触時は此方の能力さえ封じられるようね」

「ほう、超能力級の『時間操作』か。これはまた興味深い。彼が多重能力者であると偽装してなければ、第三位か第二位は確実だったという訳か。――それで対策は?」

 

 学園都市の超能力者の序列は、能力研究の応用が生み出す利益が基準であり、『時間操作』ともなればどれほどの利益を生み出すか、未知数過ぎて興味が湧き上がる。

 同時に『多重能力者』である事を偽装した事で、どれほどの犠牲者が量産されたのか、『博士』は想像し――それでも尚顧みぬ第八位の超能力者の悪辣さに感心するばかりである。

 

「ミサカをもう一機失う事を前提で、相討ちを狙えば行けるんじゃね? つーか、此処で迎え撃つ以外勝ち目無いわー。あれを確実に仕留めるなら完全な密室が必要だし」

 

 勝機を見出しているのならば結果は上々かと『博士』は判断する。

 自分達では手に負えなくなった場合のプランを練っていただけに、これは朗報である。真の意味で完成した『プロジェクトF』、時間操作の超能力者、本当に量産出来る超能力者、夢は広がるばかりである。

 

(是非とも手に入れて、心行くまで研究したいものだ)

 

 それが齎すものが決定的な破滅・秩序の崩壊である事を知っても、躊躇無くアクセル全開で走り抜けるのが『研究者』としての性である。

 

 

 

 

「――何とも呆気無い。量産するなら垣根帝督か『一方通行』の方が良いと思うがねぇ?」

 

 『異常個体』を打倒した『過剰速写』は左眼を開き、損傷一つ無い自身の身体に付着した埃を払った。

 あえてあげるとすれば、停滞させて処理を後回しにしている自身への能力負荷が少し蓄積された程度であり、『超電磁砲』に匹敵するものの超える事は無いと評価を下す。

 

 彼の能力では、自身の能力で生じた反動を消せない。

 精々誤魔化す事が関の山だった。加速などで生じた殺人的な負荷を停滞させながら、時間を掛けて無害化するまで拡散させる。

 能力を使えば使うほど負荷の処理にも能力を使う事になり、終わりの無き悪循環に陥る。その負荷を処理出来なくなった時が彼の最期である。

 

 ――連戦は出来るだけ避けたい。負荷を散らす時間が欲しい中、更なる追撃者は知ってか知らずか間を置かずに仕掛けてきた。

 

「やれやれ、次から次へと押し寄せてくるものだ」

 

 幾多の銃剣が『過剰速写』の立っていた地点に突き刺さり、カチッと音を立てて爆破される。

 左眼を瞑って後退しながら、三秒先の未来を先見し――新たな襲撃者の方へ振り向く。其処に居たのは神父姿の初老の男であり、野獣の如く獰猛な眼差しには隠し切れないほどの憎悪に満ち溢れていた。

 

「何とも心地良い憎悪だね。誰の弔い合戦だ?」

 

 神父姿の男は無言で銃剣を放ちながら後退する。

 その飛翔する銃剣の軌道全てを未来視している『過剰速写』には一発足りとも当たらずに制圧前進し――されども、敵の矛盾した行動に疑問を抱いた。

 

(オレへの復讐心を抑え切れていないが、明らかに此方を誘き寄せる挙動――理性を無くしかねない憎悪と、計画的な冷静さの二反律。ふむ、罠に誘い込む気か)

 

 面白いと『過剰速写』は笑う。その罠を食い破って、返す刃でその喉仏を引き裂くとしよう。

 暫し退屈な駆けっこが続く。未来予知を二秒一秒半秒と小刻みに調整しながら、時折放たれる銃剣は予測して回避し、『第三の腕』で払い落として無力化する。

 此方にも飛び道具があれば誘い込んでいる神父の一人如き容赦無く撃ち落とせるが、生憎な事に拳銃やナイフなどの武器の補給は行なっていない。

 あの復讐に燃える神父にとって唯一の救いはその点だろう。『過剰速写』としても戦術面での多様性が損なわれているので、早急に解決の必要があると認める。

 

 気が遠くなる追いかけっこの果てに、漸く罠を仕掛けた地点に辿り着いたのか、神父は反転して立ち止まり、応戦する構えを取り――逆に『過剰速写』は立ち止まる。

 

 其処は昼中に訪れた教会の扉の前であり――なるほど、何処か見覚えがあると思ったら、あの神父である。酷い形相になっていて今の今まで気づけなかったが。

 

(……しかし、何で教会の扉の前で止まる? 援軍が居るにしても、意図が全く見えないが――)

 

 とりあえず、罠の中に突っ込んでみて解明しようと『過剰速写』は全身に加速を用いてアクセル全開で踏み込み――神父は教会の扉を己が手で破壊し、生じた土埃と共に消失する。

 振り上げた拳が空を切り――この時初めて、もう一秒先に差し迫った自身の死の未来を目の当たりにした。

 

(っっ!?)

 

 ――首を戦斧で掻っ切られる自身の死が見える。

 自身の意識を倍速まで加速させ、反応速度を向上させる。

 その反面、世界は緩やかに怠慢に進んでいき――されども、その閃光の如き一閃は捉え切れない速度で繰り出されていた。

 

「……っ!?」

 

 一気に最高速の十倍速まで全身を加速させて前に突き進み、その中でさえ感知不能の速度で繰り出された戦斧の一閃が右頬を抉って出血させる。

 驚愕しながら反転し、瞬時に加速を解いた反動(リバウンド)で歯軋りする中、先程とは別次元の化物となっている『神父』が正面、右斜め後ろに異形の剣を構えた奇妙な姿をした青年が一人、左斜め前には存在するだけで圧迫感を生じさせる白い修道服のシスターが一人――三秒先の未来は凄惨な死しか用意されていない。

 

(え? 何なんだこの人外魔境……!? モンスターハウスってレベルじゃないぞ……! というか、追い掛けていた神父とは別人だ。あれはあんなに人間離れした化物ではなかった……! 生身の人間でオレの知覚速度を超えられるような怪物では決してなかった――)

 

 今までの人生で無縁だった教会に此処までの化物が潜んでいた事に驚愕を隠せず――千差万別、目まぐるしいまでの死因が脳裏に巡る。

 

(まずい、まずいまずいまずい。食い破れる程度の罠じゃない。まさか詰んでる――?)

 

 最高速まで思考を加速させ、一刹那を一瞬に偽装し、『過剰速写』は思考を回して自らの生還の道を必死に詮索し――たった一つだけ、活路を見出した。

 

 教会に居る最後の一人、自身の背後に居る、車椅子に座っている九歳の、無害そうな少女に――。

 

 最高速の十倍速で彼女の背後にひとっ飛びし、即座に彼女を抱えて見せしめのように盾にする。

 

「動くな」

「はやてッッ!」

 

 これで彼等の機先は封じられた。

 だが、この訳の解らない死地から抜け出すには後一手必要だ。間違っても彼等に考える猶予を一秒足りても与える訳には行かない――。

 

(目を瞑れ)

(……!?)

 

 少女だけに聞こえるよう小声で呟き、教会施設の電灯全てにありったけの加速を加えてやり――瞬時に眩い光となって破裂する。

 『過剰速写』自身も敵に察知されない為に眼を焼かれて一時的に視界を失ったが、彼には未来予知がある。自らの手で切り開かれた未来のビジョンを全幅に信頼し――教会の壁を打ち壊して横穴を開け、まんまと死地から脱出する。

 その際に人質として抱いている少女を手放せば自身の死の未来が見え――流石に突如降り注いだ隕石に巻き込まれて死にたくはなかったので不承不承で連れていく事にした。

 

「――はやてえええええええええええぇっ!」

 

 遙か後方で、負け犬の鳴き声が響いた――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37/最後の聖約

 

 

「あれ?」

 

 ――ふと、唐突に、ある事が無性に気になったのは、自分の部屋のベッドに無駄に転がって、今ちゃんと生きているという至福を堪能していた時である。

 

 現在の時刻は午後八時過ぎ、普通の小学生が起きているかどうか微妙な時間帯である。

 ……最近の小学生、と言っても自分の例ではまるで当てにならない。一般的な小学生の就寝時間など、その一般から著しく外れている自分自身には解らない事である。

 だが、今を逃せば明日まで悶々と思い悩む事になるので、オレは思い切って登録しておいた彼女の番号を押す。

 コールは三回、どうやら起きていたらしく、彼女は出てくれた。

 

「夜分遅くに済まない。今、大丈夫か? 高町」

『うん、大丈夫だよ。珍しいね、秋瀬君から電話掛けてくるなんて』

 

 珍しいというよりも、高町なのはに電話を掛けたのは初めての経験じゃないだろうか。

 電話番号を交換したのは、確か――月村すずかの一件の最中であり、今はあれすらも懐かしいなぁと思う始末である。

 とは言え、未だに彼女は不登校であり、心の傷痕は一向に癒えていないだろうが――。

 

(あれから厄介事に滅茶苦茶遭遇しているもんなぁ)

 

 未だに解決の糸口さえ掴めていない『矢』やら、教会の『代行者』の辻斬りやら、『ワルプルギスの夜』やら今日の事やら――何でオレ生きているのかな、と改めて疑問に思う始末である。

 

 これはとっとと『矢』を使って、自分の生存権を自分の力で確立せよ、と神が仰っているのだろうか?

 何だかその神は破滅とか絶望とか大好きな邪神のような気がしてならないので、またしても『矢』の事は保留とする。

 

「いや、ちょっと気になった事があってさ。高町はその、断片的な記憶があるんだよな? 未来についてさ」

『うん、神咲さんが『未来の自分に出遭った事で生じた矛盾と影響』って言ってたよ?』

 

 元々同一存在であるからこそ生じた矛盾と言うべきか、その御蔭で今の高町なのはには未来の戦闘技術を先越して継承し、朧気ながらも記憶すら引き継いでいるという。

 摩耗して記憶が削られていた第五次聖杯戦争のアーチャーよりも、より鮮明に受け継いでいる可能性さえあるという事だ。

 その事について、一時期思い悩んでいたようだが、オレの気づかない内に解決していた。こういう処は、流石のエース・オブ・エース、不屈の心の持ち主と言う点だろうか?

 原作よりも、ひたすら我慢して自分の中に溜め込むケースが『魔術師』の影響か何かで少なくなっている……?

 多分、良い傾向だろう。あの『魔術師』と関わって、唯一の改善点と言っても過言じゃないだろう。

 ……いやだって、あの『魔術師』だし。豊海柚葉と同じく、大抵ろくな事をしないだろうし。

 

 

「それじゃさ、『八神はやて』『闇の書』『ヴォルケンリッター』、この三つについて何か聞き覚えある?」

 

 

 そう、オレが気になった事とは『A's』の事件の事である。

 彼女が『魔術師』の弟子になって、『魔術師』が早死した未来ではその事件がどうなっていたのか、酷く気になったのである。

 この事件、何気に潜伏期間が長い。八神はやての誕生日、六月か七月に『ヴォルケンリッター』が召喚され、解決に至るまで十二月という、今の一日単位で事件が発生する魔都海鳴市の過密スケジュールでは考えられないぐらい長期的な事件なのである。

 

『……うーん、ごめん。ちょっと無いや』

「……ああ、そうか。うん、それだけなんだ。遅くに済まないな」

 

 そして、最悪の予想通り、高町なのはには何の心当たりも無かった。これが指し示す事は、つまり――。

 

『……もしかして、重要な事?』

「いいや、ちょっとだけ気になった事だ。でもまぁ、何か思い出したら聞かせてくれると嬉しい。……っと、思い出したら、なんて変な表現だがな」

 

 内心複雑になりながら、誤魔化しておく。誤魔化せたかどうか非常に微妙な線であるが。

 

「それじゃおやすみ」

『うん、秋瀬君もおやすみー』

 

 通話を終了し、オレは深い溜息を吐く。

 

 ――つまり、アーチャーが辿った未来では、そもそも『闇の書事件』が発生していない事になる。

 

 放置しておけば必ず発生する事件が発生していない。それはつまり、『魔術師』が介入して未然に終わらせてしまったのではないだろうか?

 

(あの『魔術師』が他の手段を思いついて『闇の書事件』を最高の形で解決したとは考えにくい。もっと直接的で短絡的な方法――『八神はやて』の殺害で解決してしまったのか?)

 

 それとも『魔術師』の死で取り舵付けられずに、海鳴市崩壊の要因となってしまったのだろうか?

 自分の危惧が単なる杞憂に過ぎない事を祈りながら――今夜は、良く眠れなかった。

 

 

 37/最後の聖約

 

 

「……痛っ、これ絶対痕残るだろうな」

 

 元居た研究施設からパチった医療用のパックを開き、止血用のガーゼを取り出して右頬の傷に貼り付ける。

 鈍い痛みが生じる。学園都市の医療技術――正確にはカエル顔の医者『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』ならこの程度の傷痕など欠片も残らず消し去ってくれるだろうが、生憎とこの世界に彼のような便利な医者の存在など期待出来ない。

 また一つオリジナルとの差異が出来てしまった、と『過剰速写』は憂鬱な気分となる。

 元々右腕も左眼も復元され、黒髪の地毛が消え去っている事から、気にする必要は一切無いのだが。

 

「……ふむ、まんまと誰かの思惑に乗せられた感が強いな。超能力以外の方式で『肉体変化(メタモルフォーゼ)』じみた事を成していたのか。少し無警戒だったか」

 

 自己分析し、深く反省する――今回の戦闘で、『過剰速写』は二回死にかけた。

 

 一回目は本物の神父と思われる化物からの戦斧の一撃、あれは不味かった。後先考えずに十倍速で行動していなければ右頬ではなく、首を両断されていただろう。

 未だ嘗て、自滅以外の死因があろうとは『過剰速写』も驚きを隠せなかった。それぐらい、あの人間の形をした神父は異常だった。

 

(此処が学園都市のような最新鋭の科学技術があるならば、生体サイボーグ、義体の可能性を疑えるが、生身で彼処までやれるのかよ……)

 

 人間の可能性を別の意味で思い知る。そう考えれば、学園都市の超能力研究が如何に人間の可能性を損ねているのか、別方面での考察さえ脳裏に過る始末である。

 

(もうちょっとオリジナルも自分の身体を鍛えてくれていたらなぁ。いやまぁ、他人事のように思うのは何か間違っているけどさ)

 

 能力に頼りすぎて元の身体能力が低い、というのは能力依存100%のもやしっ子である第一位『一方通行』のみだと侮っていたが、自分自身にも当て嵌まったらしいと自嘲する。

 

(……しかし、武器の補充を行なっていないこの時に能力使用不可能の状態に陥るとはな。今襲われたら楽に死ねる)

 

 二回目は逃走での連続的な能力使用。営業が終わったビルの十階まで逃げて隠れるのに、九割以上のリソースを消費した。

 今現在は全力で負荷の無害化を行なっている最中であり、戦闘行為は暫く不可能という致命的な窮地に陥っている。

 初めて訪れた絶体絶命の危機。内心、心穏やかじゃないが、更なる問題があるとすれば――行き掛け上、攫ってきてしまった少女にあった。

 

「攫ってきた本人が問うのも変な話だが、足が不自由なのか?」

「……う、うん。これは生まれつきや」

「それは災難だったな。この世界は『学園都市』ほど科学技術は進んでいないようだし、高性能の義肢も無いだろう。まぁ強く生きてくれ。歩けなくても今の時代は生きていける」

 

 互いに、硬い床に座り込みながら会話を交わす。少女の方には何処かの椅子にあった座布団を床に敷いてやり、其処に座らせている。

 あの状況下では人質に頼る事しか術は無かったが――自身を縛る雁字搦めのルールを全て破き捨てたつもりで居た彼も、まだ絶対的な効力を成す最後のルールが存在していた事に、今になって初めて気づいたのだった。

 

「あのぉ、私をどうするつもりで?」

「別にとって喰らう気は無い。あの場で生還するには君を人質にするのが最善の一手だったが――後始末に困っている」

 

 びくっと少女は震える。

 ――人質を殺して終わらせると取れてしまった事に、『過剰速写』は全力で自己嫌悪、否、自己憎悪した。

 

 

「良識という良識を全てかなぐり捨てて生きて来たが、人質である君は絶対に殺さないし、誰にも殺させない。それは同じく人質になって殺された双子の妹に誓おう。例えこの身が粗悪な贋作であろうとも、憎しや憎し、我が仇敵と同じ次元まで堕ちたくない」

 

 

 茶髪の少女は眼を真ん丸にして驚く。

 彼にしても、まさかこんな形で自身の原点を見つめ直す事になるとは、想像だにしていなかっただろう。

 目的の為ならば女子供であろうが殺せる。だが、これだけは駄目だ。人質にした少女を殺す事だけは、自分の全存在を賭けても許容出来ない出来事だった。

 脳裏に、仇敵に喉を引き裂かれ、出血多量で冷たくなっていく双子の妹の姿が過ぎる。――これは、何が何でも超えられない一線だった。

 

 不思議そうに己を見ていた少女は、何故だか安心したように微笑んだ。

 その柔らかい笑顔に、『過剰速写』は逆に不思議そうに少女を眺める。

 

「私、八神はやてって言います。えと、貴方は……?」

「『過剰速写(オーバークロッキー)』、今はそう名乗っている。……と言っても、何気に他の人間に名乗るのはこれが初めてかな?」

「コードネームか何か? そんなん解り辛いのじゃなくて、本名聞きたいんなぁ」

 

 自分に危険が及ばない事を理解して安心したのか、意外と度胸があるのか、彼女は暢気に自己紹介し、待つ事しか出来ない『過剰速写』は律儀に答えた。

 「オーバークロッキーなんて呼び辛いやろ」と八神はやてと名乗った少女は語り、「アクセラレータよりマシだろう」と難しげな表情で答える。

 

「あるにはあるが、それはオレの名前じゃない。贋物の己が本物の名を騙る訳にはいくまい」

「うーん、何や深い事情があるんやなぁ。それじゃクロさんで!」

「……随分と大胆な省略だな。まぁ好きに呼べば良いさ。あの教会の誰かが来るまでは話相手になってやる」

 

 まるで黒猫の在り来りな名前みたいな略し方に呆れるが、どうでも良いかと『過剰速写』は流す。贋物の自分が自己主張する必要など無く、訂正させるのが面倒だったとも言える。

 しかし、誘拐犯が人質とこんな仲良く交流するとは、笑い種である。奇妙な事になった、と『過剰速写』は別方面で思い悩むのだった。

 

「それじゃクロさんも転生者なん?」

「転生者とな? それはどういう意味合いの言葉だ?」

「えーと、一回死んでまたもう一回生まれ変わった人種?」

 

 その定義から言えば、自分が当て嵌まるのだろうかと真剣に分析する。

 ただ、彼女、八神はやてが言っているのは同一人物である事が前提の条件であり、今の自分の状況には当て嵌まらないと結論付ける。

 

「似て非なる者だ。この身は単なる複製体(クローン)だ。性質の悪い事に記憶だけは完全に補完されて、自分で贋物と判断出来るぐらいにな」

 

 自分が贋作であると自覚出来なければ、『過剰速写』の行動原理はもっと違ったものになっていただろう。自身を製造した組織に報復し、其処で存在目的を終えるなんて事は、まず無かっただろう。

 

「……何かヘヴィやなぁ。それで自分を生んだ悪の組織に復讐を、ってパターン?」

「概ねその通りだ。性能面では粗悪な劣化品でない事は褒めてやりたいが、誰も産んでくれとは頼んでいないからな。全くもっていい迷惑だ」

 

 自分という量産超能力者の成功作を産み出してしまったのだ。

 施設と研究者は徹底的に破壊したが、自分という成功例が存在している限り、いつか必ずその技術を確立してしまうだろう。

 こんな自分という悪夢が二度と発生させない為にも、製作者達を根絶やしにする義務が『過剰速写』にはある。それには最終的に自分自身の存在の抹消も含まれている。

 もう一度死ぬ為に勝手に産み出されたようなものだ。頭に来ると『過剰速写』は製作者達に向けて暗い憎悪を滾らせる。

 

「クロさんの前世というかオリジナルはどんな人間だったん?」

「救いようの無いテロリストだ。230万人の生命よりも自身の復讐を優先させた狂人の類だな。幸いにも『最弱』に負けてご破算となった」

 

 『学園都市』の潜在的な反乱分子を焚き付け、一斉に反逆させる事で『学園都市』の機能を極限まで低下させ、混乱の坩堝となった『学園都市』を脱出――獄中に居る仇敵の首と、『学園都市』という地獄に送り込んだ老夫婦の首、それと些細な野暮用を晴らす為に全てを賭け、最後に立ち塞がった『最弱』によって敗死した。

 

「……『最弱』に負けたん? あの『神父』さんやシスターさんやクロウ兄ちゃんとやり合える類の物凄い超人やと思ったんだけど?」

「超人ではなく、超能力者の類だな。スーパーマンじゃなく、エスパー。自然発生ではなく、恐ろしく発達した科学技術によってだけど。――相性の問題もあったが、それまでに一度も遭遇しなかった運命の皮肉さが笑える。初見でなければ、オレのオリジナルは本懐を果たせたのだがな」

 

 超能力さえ触れただけで無効化する、無能力者が持つ正体不明の右腕『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の詳細さえ知っていれば、今のような負荷の無害中に触れさせるような真似など絶対に阻止出来ただろう。

 

 『過剰速写』は悔しげに、残念そうに呟いているが、其処に無念の色や負の感情は無く――何処までも穏やかな顔立ちだった。

 

「? でも、クロさんは失敗してほっとしている?」

「……『最強』を打倒して、歯止めが利かなくなって――無意識の内に自分を止められる者を求めていた、のかな? 改めて客観視して見ると難しい問題だ。当時のオリジナルは唯一度も顧みずに最期まで破滅に突き進んだのだからな」

 

 敗れ去ったオリジナルは残念そうに「――あーあ、妹の墓参り。遂に行けなかったなぁ」と呟き、あの無能力者に「そんなの、何処に居たって出来るだろう! 祈る気持ちさえあれば何処に居たって届くだろう! お前の自殺願望に他の皆を巻き込むなっ!」と手酷く説教されたものだ。

 

 ――この身は贋物なれども、教会での祈りは天国にいる双子の妹に届いただろうか?

 

(もしも届いたのなら――オレのオリジナルの本懐は、忌むべき贋作によって果たされた事になるな)

 

 その運命の皮肉さが笑える。

 勝手に産み出されて、オリジナルでも成し遂げられなかった偉業を贋物の自分が成し遂げたなど、自分自身を拍手喝采して褒めてやりたい気分にさえなる。

 

(それにしても、不思議な少女だ。足が不自由なれども、心は立派に――!?)

 

 不意に何者かの気配を察知し、『過剰速写』は八神はやてを抱き上げて蹴り飛ぶ。

 能力のリソースは八割三分、能力による戦闘を行える状態では無かった。

 

 

「どういうつもりだ……!?」

「へぇ、貴女の事を見縊ってましたよ。御自身の双子の姉妹の復讐よりも、主への忠誠を優先したんですねぇ。見上げた忠犬――いえ、忠猫ですね」

 

 

 ――振り返った先にはおかしな光景が広がっていた。

 

 赤紫色の髪の猫耳ツインテールの少女は手刀を繰り出し、同じく猫耳の少女はその手刀を掴んで止めているような形になっている。

 その手刀の爪先には僅かに血が滴っており、『過剰速写』は八神はやての左頬が若干傷付いているのを見て――憎悪さえ抱きながら、何方がより優先的に片付けるべき敵であるかを明確に認識する。

 

「どうもこうも予定通りですよ。八神はやてを殺害する事で『闇の書』を別世界に転移させる。最高の安全策じゃないですか」

「……!? どうしてそれを……!」

 

 赤紫色の髪の少女は馬鹿げた怪力でもう一人の少女の拘束を難無く振り払い、滴る血を舐め取りながら鮮血の如く赤い瞳を爛々と輝かせた。

 もっとも、ツインテールの少女の真紅の眼が捉えているのは目の前に居る猫耳の少女ではなく、鬼気迫る表情で睨んでいる『過剰速写』でもなく――その腕の中で怯えている八神はやてに他ならなかった。

 

「貴女の主は道化に過ぎないんですよ、惨めで滑稽に踊るだけの一人よがり――」

「――黙れっ! 父様の願いを穢すなっっ!」

 

 底知れぬ深淵の闇を孕んだ真紅の瞳が悠然と見下し、もう一人の猫耳の少女は激昂して対峙する。

 

 

「勝手に乱入して事情の解らぬ三文劇とはな。これはオレの人質だ。部外者なんぞに殺されてたまるか」

 

 

 ――だが、横合いから最高のタイミングで『過剰速写』はツインテールの少女の心臓を掌握して『停止』させ、無慈悲なまでに一気に破裂させる。

 

 この二人を衝突させてその間に逃走するという選択肢があったが、真っ先に片方の彼女を仕留めたのは、この中で彼女が最も危険な存在であると本能的に理解していたからだ。

 

 ――その予感は、最悪なまでに的中していた。

 

 

「……痛いですねぇ、いきなり心臓を潰すなんて酷いです。一回死んじゃったじゃないですか」

 

 

 心臓を破壊された少女は地に崩れずに踏み留まり、口元から血を吐きながら――それすら一瞬後には消え果てて、平然と立っていた。

 『過剰速写』の、時間の流れを観測する知覚機能が、逆戻りしたかのように復元した心臓の在り得ざる鼓動を聞き届ける羽目になった。

 

 ――此処に至って、この赤紫色の髪の少女が『過剰速写』にとって最悪の天敵である事を思い知る。

 

 幾ら殺しても死なない、常識外の境地に立つ不死身の怪物相手に、たかが『時間操作』で一体何が出来ようか。

 気負されて一歩退く中、不死の怪物と八神はやてをその手に抱き抱える『過剰速写』の間に割って入ったのは、もう一人の猫耳の少女だった。

 

「……お前、人質は絶対殺さないと言ったな? その言葉に二言は無いな?」

「無い。これはオレ自身の、なけなしの最後の矜持の問題だ。全身全霊を賭けて突き通すべき命題だ。天地が引っ繰り返っても違わぬ唯一つの解答だ」

 

 『過剰速写』にあらん限りの憎悪を滾らせて、猫耳の少女は問う。

 彼は一片の迷い無く答える。今、この場においては自身の生存理由である学園都市の組織の打倒すら軽くて問題外だった。

 人質である八神はやての生存が何よりも優先される。己の生命などよりも、ずっと――。

 

 父の悲願である『闇の書』の主を殺させる訳にはいかない。

 人質の少女を何が何でも殺させる訳にはいかない。

 復讐者とその怨敵が、共通の目的で手を結んだ瞬間である。

 

「八神はやてを守れ! お前は後で私が殺す! 我が双子の姉妹のリーゼアリアの仇はリーゼロッテが必ず取る――!」

「良いだろう。此処は任せた。死んでいなければ、その時はオレの生命をくれてやる――」

 

 唯一度も振り返らずに、『過剰速写』は即座に脱出を果たす。

 もう一つだけ、新たに生じた生存目的をその胸に抱いて――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38/水面の月

 

「――訓練学校で習わなかったのですか? 吸血鬼との近接戦闘は死を意味するって」

 

 二人の戦場になったビルは崩壊し、瓦礫の山の上に吸血鬼『エルヴィン・シュレディンガー』は立っていた。

 無傷のまま、ビルを瓦礫にした際に衣服に付着した埃を払う。もう一人の敵対者、リーゼロッテは地に這い蹲りながらその様を睨んでいた。

 

 ひらひらなメイド服にすら傷一つ無く、全身ボロボロで瀕死の彼女――何方が勝者で何方が敗者なのか、一目瞭然だった。

 

「単一能ではなく、理知をもって力を行使する暴君なんですよ、私達は。長年の戦闘経験も、極限まで磨き上げた戦闘技術も、純粋な暴力の前では等しく無力です」

 

 エルヴィは自らの制服のポケットから輸血パックを取り出し、ストローを刺してちゅーちゅー美味しそうに吸う。

 

 卓越した格闘技術も人間相手なら通じるが、理不尽な暴力は長年を掛けて積み上げた技巧すら簡単に引き裂ける。

 それが弱点だらけでも最強の化物として恐れられる吸血鬼の所以である。尤も、彼女の場合は吸血鬼としての殆どの弱点が弱点とは言えないレベルまで補強されているが。

 

「だからこそ、私達を殺せるのは人間だけなんですよ。狗でも化物でもなく」

 

 それは理屈ではなく、別次元の理。他者の観測で依存している『シュレディンガーの猫』さえも覆せない、唯一つの真理(ロジック)。

 己の成すべき義務を果たす人間だからこそ、化物を打ち倒す事が出来る。諦めを拒絶して人道を踏破する権利人達のように、あのアーカードを打ち倒したヘルシング教授達のように――あの『神父』のように。

 

「……待、て……!」

「これ以上、貴女とは遊ぶ時間はありません。幾ら私が何処にでも居て、何処にでも居なくてもタイミングが重要ですしねー」

 

 吸血鬼は一瞥すらせず、影も音も無く消え果てる。

 目的の足止めさえろくに出来ずに、瀕死のリーゼロッテは意識を手放した――。

 

 

 38/水面の月

 

 

 八神はやてを抱き抱えて、『過剰速写』は走る。

 けれども、その速度は先程の飛ぶような速度に比べれば遥かに遅く、良くも悪くも人間並み――彼女の眼から見ても明らかな精細を欠いており、不調であるのは間違い無かった。

 

「お、重くない……?」

「命の重さというものを改めて実感している最中だ」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 

 彼は自身の事を超人ではなく、超能力者であると語った。

 確かに、今現在の有り様から推測するに、その身体性能は普通の人間と変わらず、先程までの異常は超常的な力を用いて起こしていた現象なのだろう。

 

(幾ら超能力とかでも使うにはMPみたいな燃料が必要だろうし、やっぱりこれは――)

 

 此処まで来れば、人質である八神はやてでも推測出来る。

 ガス切れで能力を使えず、無言で喘いでいる。それが今の『過剰速写』が対面する絶体絶命の窮地なのだと――。

 そんな八神はやての危惧とは裏腹に、晴れやかに『過剰速写』は笑っていた。まるで今のこの状況を心から望んでいたかのように、意気揚々としていた。

 

「思い出してしまったよ。『風紀委員(ジャッチメント)』をやっていたあの頃を」

「ジャッチメント?」

「風紀委員、生徒主体の警備組織みたいなものかな。馬鹿みたいなお人好ししかいなくてさ、揃いも揃って甘ちゃんだらけだ。だが、存外に嫌いでは無かったようだ――」

 

 まるで何処か別の世界の事を懐かしむように、『過剰速写』は儚げに笑う。

 それは今にも消えてしまいそうな、どうしようもないほどの不吉な予感を漂わせたものであり、ぎゅっと、八神はやては彼が此処から消えてしまわないように衣服を掴む手に力を入れる。

 

「こういう、どうしようもない塵屑な悪役が原点に振り返って、『正義の味方』の真似事をするのは御法度、所謂死亡フラグなんだがなぁ」

「随分メタ的な会話やなぁ。そんなん言ったらピンチの方から来ちゃうで?」

「ああ、現在進行形でピンチだったりする」

 

 ぴたりと急に立ち止まり、釣られて八神はやても彼の視線を辿る。

 

 

「――なるほど。我が君が存在さえ許さない訳ですね」

 

 

 暗闇から現れたのは丸い眼鏡を掛けた金髪の青年であり――カソックを着ている事から教会の人だと八神はやては思ったが、その狂気を孕んだ笑顔は『神父』とは違った危うさを彼女に抱かせる。

 

 ――苦虫を噛んだかのように『過剰速写』の表情が歪む。

 

 先程推測した能力を使えない事と、それに加えて八神はやてを守らなくてはならない今、彼の勝機は限り無く薄かった。

 はっきり言ってしまえば、微塵も無いと言えよう。

 

 ――また、自分が単なるお荷物になっている事実に、八神はやての顔は曇る。

 生まれつき足が不自由な為、他人に依存しなければ生きていけない身なれども、尚の事、無力な自身の存在が疎く思える。

 けれども、『過剰速写』の方は違った。こんな状況だからこそ心が踊る。気力に満ち溢れ、逆に漲っていた。

 

(八神はやて、舌を噛むなよ)

(……!)

 

 『過剰速写』は小声で話しかけ、言われた通りに歯を食い縛る。

 劇的な変化は一瞬にして訪れた。彼の背中から赤い粒子のような光が一瞬だけ生じ――高密度に圧縮されて噴射したそれは彼と彼女を遙か上空に一気に押し上げた。

 それは『翼』を模る前に、消失してしまったが――。

 

「~~~~っっ!?」

「I can fly――水の無い魚ではこの程度か」

 

 二十階建てはあろうビルを一呼吸で飛び越え、その屋上に華麗に着地する。

 遥か下には豆粒の大きさになった襲撃者が唖然としており――否、剣のようなものをビルの壁に突き刺しながら、獰猛な速度で垂直に駆け上がっていた。

 さしもの『過剰速写』も、その重力を無視したような超人芸には驚愕を隠せなかった。

 

「……おいおい、何の冗談だこりゃ。この街には超人しかいないのかよ?」

「えーと、比較的沢山居ると思うで?」

「……そうか。なら、これはどうだ」

 

 そして『過剰速写』は徐ろに走り――フェンスを乗り越えて屋上から飛び出す。

 

「え、えええぇぇ~~!?」

「これより我が道は我のみ限定だ。付いて来れるもんなら付いて来い……!」

 

 ――あろう事か、何も無い宙を踏み締めて、駆け上がった。

 

 如何なる道をも駆けられるのが超人であるならば、道無き道を自らの独自の法で歩めるのが超能力者。

 これが能力者であるなら誰もが持つ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』――手から炎を出す可能性、『時間を操る可能性』など現実の常識とはズレた世界。超人と超能力者の境界(ボーダーライン)である。

 

 翼無き者が摩天楼を超えて、遥かなる高みの月を目指して天空を歩む――。

 

 

 

 

「うっわぁ~、綺麗っ!」

「……君も中々肝が座っているなぁ」

 

 『停止』によって構築された透明な階段を登りながら、絶体絶命の窮地から脱したと一息付く。

 既に街の全体夜景を見下ろせるまでの高度に達しており、闇夜の中で宝石のように綺羅びやかに輝いている街の灯火は実に絵になっていた。

 

(こうした能力使用など初めてだな)

 

 人の営みも全体図から見れば尊く綺麗に見えるものかと『過剰速写』は感慨深く見届ける。

 夜空の只中に用意された特等席、観客は二人だけだが、中々に趣向溢れる風景だと『過剰速写』は自分らしくなくて笑った。

 

「流石の超人も空は飛べまい。……スーパーマンみたく飛んで来ないよな?」

 

 学園都市なら訳の解らない最新兵器やら無人兵器が翔んでくるだろうが、生身の人間が来る事は――メルヘンな六枚翼を展開させて飛び舞う第二位の極悪な顔を思い出してしまい、その甘い考えを破棄する。

 『停止』した透明な椅子に腰掛け、心静かに俯瞰する。能力によって生じた負荷を全力で無害化しながら、一時の会話を愉しむ事にした。

 

「うーんと、一部の人は飛んでいたような……クロウ兄ちゃんは飛べたし」

「どんだけ人外魔境なんだよ、この都市は。『学園都市』がまだ可愛く見えるぞ。今すぐ引っ越す事を勧める」

 

 真面目に検討するように、と『過剰速写』は呆れ顔で語る。

 本人としても心底から吐いた言葉であり、まさか『学園都市』よりも最低最悪で危険な都市が存在する事に悪い意味で驚嘆している。

 

 思えば、自分が産み出されてから遭遇した者にはろくな者が居ない。

 『学園都市』の暗部の空気をそっくりそのまま受け継いだ研究者達と能力者達、道端で自分を監視する幾多の小動物、昼間行った教会に潜んでいた此方の反応速度を超える『神父』に『シスター』に変な格好の男、『異端個体(ミサカインベーダー)』を名乗る超能力級の電撃使い(エレクトロマスター)、自身に復讐心を抱く猫耳の少女に、心臓を潰しても平然と生きている化け猫の少女、三秒先の未来予測が全部死で埋まった金髪の男――異常、此処に極まりという処である。

 

「でもね、皆優しいよ。クロウ兄ちゃんも、アルちゃんも、シスターさんも、ちょっと怖い神父さんも――もう一人じゃないから、私は幸せだよ?」

 

 その幸せそうな笑顔を見て、『過剰速写』は何も言えなくなる。

 両足が麻痺して動かせない、何とも不幸な生き立ちなどと同情していた自分が非常に馬鹿らしく思える。

 この娘は自分一人では歩けない。けれども、他の者と手を取り合って歩んで行ける。単なる独り善がりで終わった自分とは、大違いだった。

 

「――自分の双子の妹の複製体が作られた時、これがオレの人生の最大の分岐になったのだと思う」

 

 この少女との触れ合いで、『過剰速写』は自らの原点を顧みてしまった。一生気づかずに終わった事を、自らの手で切開してしまった。

 それは致命的で、彼の人生の価値基準を根本から揺るがす、パンドラの匣だった。

 八神はやては静かに聞き届ける。その優しさが、何よりも身に沁みた。

 

「怒り狂った。自分の中で最も大切な存在を劣化品の贋物如きで穢されたんだ。存在すら一秒足りても許容出来なかった。――だから殺した。けれどもそれは、一つの選択肢を永遠に屠るものだった」

 

 頑なに回想しなかった。その時の記憶を全て封じ込め、『悪』として完成した新たな自分が産声を上げた。

 でもそれは、胸の奥に仕舞い込んだ願いを永遠に断たれた、音無き断末魔でもあった。

 

「オレがしたかった事は本当に復讐だったのだろうか? ――違う。そんなのは全身全霊を賭けてまでする事じゃない。オレが本当にしたかった事は、妹を守る事だったんだ。目の前から居なくなって、今の今まで見失っていたけどね――」

 

 酷い矛盾だった。悪辣なまでの仕組みだった。

 そんな自分が目的を見い出せないのは当然であり、気づけずに彼女を殺した。あの模造品を、双子の妹のクローンである『第九模写(ナインオーバー)』を、この手で――。

 

「今更気づくなんて救いが無い。永遠に気づかなければ良かった。けれども、気づけて良かった。――劣化品だろうと贋作だろうと、あれはもう一人の妹である事に、変わりなかったのにな……」

 

 八神はやては彼の顔を改めて見る。あれだけ超常的な力を振るった暴君が、今は酷く弱々しく――傷だらけで飛べない、片羽の鳥に見えた。

 

「……だから、人質の君を最後まで守らせてくれ。それがオレに出来る唯一の代償行為なのだから――」

 

 彼は優しく抱き寄せ、八神はやては無言で頷いた。

 その暖かな時間が、彼にとって唯一の救いだったのかもしれない――。

 

 

 

 

 暫く時間が過ぎて――地から這い上がる何を『過剰速写』は観測し、その声は八神はやてに届いた。

 

「はやてえええええええええええぇ――!」

「クロウ兄ちゃん!」

 

 頁のような翼をもって飛翔する誰かを見届け、教会に居た人物の一人だと確認する。

 今度は先程の『肉体変化』に警戒に警戒を重ねて、時間の流れを観測した上での判断だった。

 

「それじゃお別れだ、八神はやて。達者でな」

「うん、クロさんも気をつけてね」

 

 さて、どうやって引き渡そうか。いっそ彼女を投げて受け止めさせて――言い知れぬ悪寒が走った。

 それは双子の妹が殺された時と、同様の嫌悪感であり――あの赤紫色の髪の吸血鬼は、何の予兆も無く現れ、音速を超える速度で致死の手刀を繰り出す。

 

 ――赤い鮮血の華が、遙か上空に舞い散った。

 

 

 

 

 ――私は何処にも居なくて、何処にでも居られる。

 

(あるぇー? 八神はやてを真っ二つに両断してやるつもりだったのに、浅くなっちゃった)

 

 この超能力者には他に使い道がまだあるので、八神はやてだけ殺す気概で振るった手刀は、思った以上に浅く空振る。

 どうにもこの超能力者は『未来予知』に類するスキルの持ち主であり、予測不可能の奇襲さえ反応されたが――その一瞬で腹部を引き裂き、第一目標である八神はやてに致命傷を負わせる事に成功する。

 

「……っ!? 貴様ァ――!」

「はやて――!?」

 

 遙か上空から落下する彼等二人の姿と迫り来るクロウ・タイタスを見届けながら――片方に生じた異変を察知する。

 

「誰が、死なせてなるものか……!」

 

 八神はやての裂けた腹部から飛び散る筈の鮮血が一滴も舞っていない。

 あの超能力者に治癒に値する能力は持ち得てないと判断した筈だが――。

 

「うーん、これは確実にトドメを刺さないと駄目なようですねぇ」

「テメエエエエエエエエエエェ――ッッ!」

 

 手先に滴る八神はやての血液を舐め取りながら、クロウ・タイタスの剣による一閃を回避する為に一足先に翔んで――私は地面に着地するのでした。

 

 

 

 

(クソ、クソクソクソクソクソクソクソ! 何が守るだ、あの程度の奇襲に対応出来ずして何が超能力者だこん畜生ぉ……!)

 

 ――よりによって、自分が守護する人質の少女を傷つけられ、過去のトラウマを塩を塗りまくられた上に抉られ、一気に理性が沸騰する。

 脳裏に鮮やかに蘇る。首筋の頸動脈を引き裂かれ、ゆっくり死んで逝った双子の妹の有り様を――。

 

「誰が、死なせてなるものか……!」

 

 無限に湧き上がった自身への怒りを別ベクトルに変換させる。

 例え神の道理に逆らっても、彼女を殺させる訳には行かなかった。落下しながら、着地までの演算を先に熟しながら制御し、全能力を彼女の生存に費やす。

 

 一度も試した事が無いが、出来る筈だ。

 彼は第八位の超能力者だ。第二位、第一位さえ踏み越えた最強の超能力者だ。それが小娘一人救えないなどという道理が、あって良い筈が無い――!

 

(電子顕微鏡クラスの精密さが必要だが、問題無い……!)

 

 ――血液の循環を加速や遅滞を用いて再現、細胞一つに至るまで正常時の流れを再現させる。

 演算能力の全てを費やして、『過剰速写』は気を失った八神はやての延命に全力を注ぐ。思った以上、上手く行く。これで暫くは出血多量で死ぬ心配は無くなった。後は――。

 

「――へぇ、随分と器用ですねぇ。血液を能力で循環させて出血多量での死を防いでいるなんて。応用性なら『超電磁砲』に匹敵するんですね。困りました、あの『禁書目録』もどきと合流されたら助かるじゃないですか」

 

 目の前の死の具現を、如何に対処するか、である。

 

 ただ、幸いな事に仕掛けて来ない――否、もう自分達はいつでも仕留められると、理性的な怪物の優先順位が切り替わっただけに過ぎなかった。

 遥か上空から降り立った奇妙な姿の男が割って入り、奇妙な対物ライフルを構えて対峙する。

 

「はやてっ! 無事かっ!?」

「意識を失っただけだ。まだ暫く保つ」

 

 激怒の形相に歪んでいるものの、八神はやての安否を何よりも心配していた。それと同時に、目の前に佇んでいる吸血鬼の脅威を誰よりも理解していた。

 サーヴァントであるアル・アジフを取り戻しても尚、目の前の吸血鬼を打倒出来るかと聞かれれば、断言しにくい。

 

 ――あの吸血鬼はまさしく、理外の外にいる存在である。

 

「テメェ、何故はやてを……!」

「私のご主人様にとって『闇の書の主』は邪魔ですからね。ああ、貴方も同じですよ? クロウ・タイタスにアル・アジフ。丁度良い、此処で死んで貰いますか」

 

 日常会話を語るように、吸血鬼は笑顔で死刑宣告を下し――現状、何も出来ない『過剰速写』は言葉で介入する。

 

「――クロウ・タイタスとか言ったな。現状ではオレはあの化物の敵であり、敵の敵は味方だ。其処は無理矢理でも納得しろ。だが、八神はやての延命に全能力を費やしているから手助けは一切出来ない。あと治癒は専門外だ。あくまで苦し紛れの延命しか出来ない」

 

 感情的には納得出来ないだろうが、彼も歴戦の戦士だ。その程度の状況判断能力は持っているだろう。

 湧き上がる様々な激情を完全に制御し、クロウは振り向かずに話を催促する。

 『過剰速写』は頼もしいと笑う。八神はやてという一点において共闘可能であると認識する。随分と、敵味方の入れ替わりが激しいと思いながら――。

 

「八神はやてを救える者を今すぐ呼べ。延命作業中のオレに手出しさせるな。それがこの場における勝利条件だ」

「けっ、誘拐犯との共闘とは世も末だな――はやてを頼むッ!」

 

 

 

 

 まずクロウ・タイタスは頭上の真上に一発、猛々しい炎の魔弾を撃ち放ち、次にエルヴィに向けて氷の魔弾を撃ち放つ。

 12.7mm炸裂鉄鋼弾、純銀製マケドニウム加工弾殻、マーベルス化学薬筒NNA9、法儀式済み水銀弾頭――それをイタクァの加護を受けて自動照準機能を付属させて不可避の魔弾となったのがこの一撃だ。

 

「――っ!?」

 

 さしもの吸血鬼も胴体に着弾して真っ二つに別れ、続く第二射でその頭部を跡形も無く吹き飛ばす。相手が普通の吸血鬼ならば、再生不可能、再起不可能の致死の弾丸をぶち込んだ事になるのだが――舞い散った血飛沫さえ消え去る。

 

「ちぃっ!? 何処行きやがっ――」

「後ろだクロウ!」

 

 無傷の状態の吸血鬼はクロウ・タイタスの背後に飛び――アル・アジフが先駆けて頁の翼を一閃させて振り払い、エルヴィは悪戯が失敗した子供のように不満そうな顔で降り立つ。

 

「あいたた、何気にその銃のスペックは対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』と相違無いんですねぇ。私じゃないと滅びてますよ」

「……吸血鬼、汝は何者だ? 何故、今の一撃で滅びない?」

 

 普通の化物ならば十回は殺せる魔弾を受けても、この吸血鬼は次の瞬間には平然と無傷に戻る。

 目の前の吸血鬼の少女は、明らかに吸血鬼という範疇からも逸脱していた。

 

「影は踏めども消えず、水面に浮かんだ月は掴めず。そういうものですよ、私という存在は――」

 

 ――『魔術師』を殺さない限り、絶対に死なない存在である事をクロウ・タイタスとアル・アジフは知らない。

 それをこの街で知っているのは、秋瀬直也、高町なのは、豊海柚葉――朧気ながら悟っている『神父』だけである。

 

「チッ、どうやら殺しても死なない類みたいだな……!」

「……ふむ、ティベリウスの類か」

「あ、酷いー! あんな腐った脳味噌に蛆虫湧いている死姦野郎と一緒にされたー!」

 

 ぷんぷん、とエルヴィは甚だ遺憾であると怒ってみせる。

 外見から比べれば天と地の差だが、その不死性能はあの性根の腐ったネクロマンサーと比べても何一つ遜色無い有り様である。

 

「ならば、話は速い! 四肢を切り落としてダルマにし、何も出来ないよう拘束してしまえ!」

「うわぁ、『正義の味方』がやって良いようなやり方じゃないなー。まぁ正解と言えば正解なんだけど――」

 

 即座にクロウはバルザイの偃月刀を鍛造し、全力を持って投げる。あらゆるものを切断しながら飛翔する回転魔剣は獰猛に疾駆し――ぱしりと、エルヴィにキャッチされる。

 

「んなっ!?」

「私が最高純度の吸血鬼だって事、忘れたのかにゃー?」

 

 吸血鬼の怪力を以ってバルザイの偃月刀は投げ返され――クトゥグァの魔弾をもって相殺する。

 隙を見て突っ込もうとしたエルヴィに対し、先手を打ったのはアル・アジフだった。

 

「アトラック=ナチャ!」

 

 術者であるクロウの髪が蜘蛛の巣状に拡散してエルヴィの全身を絡め取り――不敵に笑った彼女によって力尽くで喰い破られる。

 

「生っちょろいですねぇ、主が主だけに力を存分に振るえてないようですね」

 

 だが、一瞬ぐらいしか行動の遅滞にならなかったが、更なる手を打つ時間をクロウに与える。

 ――一瞬を永遠に偽装し、破滅的な工程で破壊的な術式を強引に成立させる。

 

「――イタクァ! 神獣形態!」

 

 イブン・ガズイの粉薬を調合した特殊加工の弾丸を装填し、ありったけの魔力を籠めて旧支配者を顕現させ――かの一柱が飛翔した軌跡に永久凍土が生じる事となる。

 流石の吸血鬼も全身を氷漬けにされれば何も出来まい――氷像の中に閉じ込められた吸血鬼は不敵に微笑んでおり、瞬きした次の瞬間には消え去っていた。

 

「――ぐあぁっ!?」

 

 顎を蹴り上げられ、追撃の一閃たる爪が此方の皮膚を深々と引き裂く。

 アル・アジフが展開する防御結界を安々と引き裂いて、手酷い負傷を負わせる――。

 

「く、そがぁ――!」

 

 退く為にイタクァの通常弾を彼女に食らわし、クロウは必死に後退する。

 喰らった彼女の傷は瞬時に無くなり、もはや再生だとか復元だとか、そういう次元じゃない事を如実に示していた。

 

(これは、まずい。どういうペテンか解らないが、殺し切れない……!)

 

 明らかに手詰まりだった。それは気を失った八神はやてを抱き抱えている『過剰速写』の眼をもってしても差は歴然であり――絶対の吸血鬼が死を撒き散らすこの場から生還するには、在り得ざる一手が必要だった。

 

「そろそろ年貢の納め時じゃないですかねー、潔さは武士の美徳ですよ?」

「生憎と、諦めの悪さが取り柄でな……!」

 

 息切れしながら対物ライフルを片手に構え、一瞬だけクロウは『過剰速写』に視線を送る。

 『過剰速写』はその意図を瞬時に見抜き、承諾する。この場におけるクロウ・タイタスの勝利は絶望的であり、次善策――逃走するまでの時間稼ぎに移行する。

 

 ――その一瞬の刹那を見切って吸血鬼は疾駆して、致死の間合いまで踏み込まれた事をクロウは悟る。

 全身全霊を以って吸血鬼の暴力は振るわれ――その手刀が心臓を貫く前に、炎の剣が吸血鬼の小さな身体を吹き飛ばす。

 

「……っ!?」

 

 ――吸血殺しの紅十字。

 

 先程、夜空に撃ち上げたクトゥグァの光を目指した援軍が今、到着する。

 

「――クロウちゃん! 大丈夫っ!?」

 

 十万三千冊の魔導書をその脳裏に刻む、魔道図書館、先代の『禁書目録』が今、クロウ達の下に駆けつけたのだった――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39/最果ての詩

 

 

 ――貴方が消えた炎の海を見届けて、私の人生は再び一切の色を失いました。

 

 私は必死に考えました。

 一体何がいけなかったのか。

 何が駄目だったのか。 

 何故貴方は私の小さな掌からすり抜けてしまうのかと。

 献身的な愛は届かず、無条件の想いは伝わず、私はまた孤独の海に一人で揺蕩う。

 

 ――貴方は私に御自身を殺せと命じました。

 

 けれども、そんな命令に従う訳にはいきません。

 私は誰よりも貴方を愛し、誰よりも貴方に生きて貰いたいのです。

 ただ傍らで一緒に居るだけで満たされるのです。

 私を孤独の海から救い出せるのは、この世界で貴方しかいないのです。

 

 ――私が、最後の言い付けを拒否したからでしょうか?

 

 今まで、私は貴方の言う事を何でも聞きました。

 けれども、それだけは拒否しました。

 もし、其処に原因があるのならば、私は徹底的に見聞しなければならない。

 

 ――殺す事が愛に繋がるのでしょうか?

 

 貴方は私だからこそ、殺されて良いと考えたのでしょうか?

 私も貴方にだったら殺されても構いません。この生命、いつでも差し出します。それは貴方も同じなのでしょうか?

 ですから、殺せなかった私を、その程度の愛しか持ち得てないと判断して、見限って逝ってしまったのでしょうか?

 

 ――ああ、なるほど。愛を永遠のものとして完結させるには、愛する者をこの手で殺せば良いのですね。

 

 それが証明となり、不変の愛は完成する。

 殺して、貴方の存在全てを私のものにする。

 私一人だけの想い出として、永久に補完する。

 

 それが愛の証明の仕方であり――私は、根本的に間違えていたと泪したのでした。

 

 

 39/最果ての詩

 

 

「これはどういう状況ですか?」

 

 八神はやてを攫った誘拐犯が後方で気を失った彼女を抱いており、クロウ・タイタスとアル・アジフはあろう事か、『魔術師』の『使い魔』と交戦している。

 理解に苦しむ状況だった。もっとも、シスターはクロウに襲い掛かった『使い魔』に容赦無く洗礼を浴びせたが――。

 

「誘拐犯が小娘を延命中、下手人はあの吸血鬼の小娘だ」

 

 コンパクトなサイズになっているアル・アジフが的確な状況説明をする。

 よくよく見れば八神はやての腹部には裂傷があり、出血していないのは誘拐犯である赤髪の少年の仕業と見て間違い無いだろう。

 一応、同作品の出身ではあるが、超能力に関してはシスターの専門外である。

 

「あーやだやだ、踏んだり蹴ったりじゃないですかー」

 

 摂氏三千度の炎に炙られた筈の『使い魔』エルヴィは無傷であり、ぷんぷんと不満そうに口を尖らせていた。

 

「……正気ですか? 八神はやてを狙うなど――」

「当然じゃないですか。蒐集を行う以上、貴方達は将来的に管理局に囲い込まれるのは目に見えてますし――」

 

 とまで続けて「まぁあれらの脅威は、貴方達は正確に理解してないですからねぇ」と愚痴るように語る。

 

「まぁ此処で遭ったからには再起不能になって貰いますかな、先代の『禁書目録』さん」

「上等です。永久封印してやりますよ、吸血鬼――!」

 

 

 

 

「……昨日の味方は今日の敵か。何とも侘しい世の中だねぇ。その逆なら格好が付いたのだがなぁ……」

「潜在的な敵と言っても奴等の『デモンベイン』が復旧したら此方の陣営に打つ手が無いからな。『闇の書』の蒐集を原作通りに行うのなら、自動的に八神家及び教会勢力が『管理局』に取り込まれてしまう。我が陣営としては此処が正念場なのだよ」

 

 一方その頃、『魔術師』神咲悠陽はランサーを引き連れてもぬけの殻同然の教会を目指していた。

 復讐に燃えるリーゼロッテの誘導が面白いぐらい上手く行き、まさかの八神はやてを人質にして逃走という快挙を成した。

 此処で『魔術師』にある選択肢が生まれる。この偶然の機会を物にして八神はやてという脅威を排除出来るのではないかと――。

 『使い魔』を刺客に送り、更には後詰に自身とランサーを動員させる。目標は教会の彼女の部屋に転移しているであろう『闇の書』である。

 

「それで、結果的に九歳の少女を殺して終わりだろう? 大の大人が情けねぇったらありゃしねぇ」

「そういえば話した事が無かったな――」

 

 余りの行動内容に不貞腐れるランサーに、『魔術師』はとある重大な事を開示し、途端、不満の色が強かったランサーの表情が一変する。

 

「――マジかよ?」

「成功するかどうかは未知数だが、唯一の可能性がこの私とは皮肉なものだ」

 

 出来る事ならば、自前の能力で『闇の書』をどうにか出来る能力者が生まれれば良かったのだが、と『魔術師』は意味の無い『もしも』を語る。

 

「最初からそれ込みで交渉しろよな……」

「誰が最重要事項の情報を開示するか。それに私が悪い『魔法使い』である事を忘れたのか?」

 

 さも楽しげに邪悪に笑う『魔術師』に、ランサーは溜息しか出なかった。

 

「……魔術師が『魔法使い』を騙るとはねぇ」

「確かに魔術師風情が『魔法使い』を騙るのは御法度だ。……ふむ、季節外れのサンタクロースという処か?」

「その真っ赤な衣装が子供の血でなければ良いのだがな」

 

 何方にしても、子供に夢を与える者の総称など『魔術師』には似合わないと自嘲する。

 

「分の悪い賭けだ。十中八九失敗するだろうし、もしかしたらエルヴィの方が先に仕留めているかもしれんな」

「……いや、其処は手を抜く場面だろうよ」

「これで生き残れるのならば、八神はやては天に愛されているという事さ。私程度では殺せないだろう。――どの道、成功しようが失敗しようが、私の目的は果たされる」

 

 キリの良い処で話は終わり、『過剰速写』によって破壊されて真っ暗闇の状態になっている教会に辿り着き――立ち塞がった者の存在に感嘆の息を零す。

 

 

「――これは驚いた。一緒に八神はやてを探しに行ったものだと思ってましたが?」

「ガラ空きになった教会に直接赴いて『闇の書』を破壊する――それが現状での君の最善手だからね」

 

 

 馬鹿デカい戦斧を片手に、穏やかな笑みを浮かべた『神父』は立ち塞がる。

 流石は自身の養父だっただけあると『魔術師』は困り果てる。『闇の書』と『デモンベイン』だけは看過出来ないが、別に教会勢力を削りたい訳ではない。逆に、ある程度残っていてくれないと後々支障を来たす。

 

「御見逸れしました。ですが、此方にはランサーが居る。『闇の書』の破壊さえ出来れば貴方に用は無いのですが? 退いてくれませんか、『神父』」

「退く気があるのならば最初から此処に居まい――語るに及ばず」

 

 一瞬にして阿修羅の如き鬼の形相に切り替わり、無言で「来い」と告げる。

 ランサーは好戦的な笑みを浮かべ、魔槍を構える。その様子には一片の侮りも無く、人間でありながら英雄の域まで達した敵の技量を、彼の獣じみた直感はとうの昔に見抜いたのだろう。

 

「殺せ、ランサー。手加減出来る相手ではない」

 

 恩人と言えども、立ち塞がるのならば敵でしかない。

 命令を下し――地面に音も無く奔った温度の無い炎が彼等と『魔術師』を隔離する。

 

 その一瞬で、『魔術師』はランサーと『神父』を見失う。

 世界はがらりと豹変し、全ての法則が真新しく塗り替わる。その異変に、『魔術師』には一つだけ思い至る知識があった。

 

「――固有結界、だと?」

 

 リアリティ・マーブル、空想具現化の亜種であり、術者の心象風景で現実世界を塗り潰し、内部の世界そのものを変えてしまう魔法に最も近い大魔術である。

 型月世界の魔術師にとって最大級の奥義であり、到達点の一つ。『魔術師』神咲悠陽でも辿り着けなかった神秘の一つであり、人間の一部の最高格でしか使えないような禁呪を使える者など、この海鳴市には居ない筈である。

 

 ――世界は炎の海に覆われ、されども温度は無く、漆黒の天には幾多のオーロラが不気味に輝く。

 

 何もかもが幻想的で、現実味の欠けた黄昏の終末世界、その支配者である十二歳の少女は炎の世界の中心に立っていた。

 

「――お久しぶりですね、お父様」

「……神、那。お前、なのか――?」

 

 ――神咲神那(カンザキカンナ)、二回目の世界における神咲悠陽の一人娘であり、三回目の世界においては彼の六つ年下の妹である。

 魔術師としての素養は八代目である神咲悠陽以上であり――固有結界に至ったのも不思議ではあるまい。だが――。

 

「……馬鹿な。お前はあの家で――」

 

 自身を捨てた生家に厳重なまでに見張りの使い魔を配置したのは、その後に生まれた女児に付けられた名前が二回目の自身の娘と同一であった為だ。

 法則的に在り得ない事だが、極めて異例な転生者であるか否かを疑った為であり――今の今まで怪しい素振りさえ無かった。

 そう、あの家に居る娘は今はベッドで眠っている。それなのに――。

 

「家の周囲にしか監視の使い魔を設置してないのは手落ちでしたね。もう一年前から、贋物の人形に成り変わってますのに」

 

 くすりと、さもおかしそうに神那は無邪気に笑った。

 あの頃のまま、三十数年間に渡る二人旅をしていたあの頃と、何一つ変わらないものであり、言い知れぬ恐怖を彼に抱かせた。

 

(……何だ、これは……?)

 

 ――そう、何も変わっていない。

 あれから二回目の世界で何年生きたか知らないが、それでも此方の世界では少なくとも十二年経っているのに関わらず、その挙動・仕草・癖に至るまで何一つ変わっていなかった。

 

「やっと、逢えた。逢いたかったです、お父様」

 

 熱を帯びた口調で、神那は幸せそうに語る。

 対する神咲悠陽に実の娘と対面した感動など微塵も無く、この世界の異常に眉を顰める。魔術は普通に行使出来るが、発火魔術に肉を焼き尽くすほどの熱量が一切発生しない。

 物理法則そのものが根本的に入れ替わっている。この固有結界において炎には温度が生じず、独自の法則性に塗り替わった空間は些細な操作さえ受け付けない。

 自身の魔術が完全に封殺された事を瞬時に悟り、この固有結界が自身にとって天敵たる世界である事を思い知る。

 

「……今更何をしに来た?」

「あれからずっと、ずっと考えたのです……」

 

 時間稼ぎの為に、神咲悠陽は己が娘に問い質す。

 この固有結界は彼にとって、英雄王ギルガメッシュに『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』をぶつけられるぐらい致命的だ。

 英雄王の場合は慢心を捨てて乖離剣を取り出せば活路は見い出せるが、神咲悠陽にはそんな都合の良い切り札など持ち得ていない。

 頼みの綱のランサーは『神父』との交戦中で援軍は期待出来ず、エルヴィとの念話は完全に途絶えてしまっている。

 独力で天敵たる固有結界に挑まなければなるまい。だが、その前に、この娘が何を目的に此処に現れたのかを聞かずには居られない。

 

「何故、お父様は御自身を殺せと命じたのかを。私は、残りの人生の全てを費やして、その答えを導き出したのです」

 

 神咲悠陽が娘に自身の殺害を命じたのは、自分自身が彼女の仇敵だったからだ。彼は彼女の祖父を殺し、母を殺した。復讐する権利が、彼女にはあった。

 そして自身を殺せれば、聖杯も神咲の魔術刻印も受け継ぐに足る人物だと証明出来た。だが、この娘には出来なかった。

 情に絆され、仇敵である自身を殺す事が出来なかった。だからこそ、死を呼び込む遺産を、娘に遺す訳にはいかなかった。

 

 

「――お父様。貴方を殺して、私は真実の愛を証明します。神咲神那は、神咲悠陽を永遠に愛していると――」

 

 

 一瞬、思考が完全に停止する。

 一体何を言っているのか、神咲悠陽には理解出来なかった。

 

「……何だ、それは」

 

 何処をどう間違えれば、そんな巫山戯た結論に至るのか、彼には訳が解らなかった。

 この身は間違い無く憎悪すべき対象だった。母を奪い、祖父も奪った。無情な殺人鬼に裁きの鉄槌を下す権利が、少女にはあった。

 それなのに何故、こんな唾棄すべき自分を愛するなどと戯けた事を言えるのだろうか――?

 

「もう誰にも渡さない。何処にも行かせない。私の腕の中で、永久に眠りましょう? お父様」

 

 温度の無き炎が荒れ狂い、静かに神咲悠陽の存在を焼いて行く。

 物質的には作用せず、それは第二要素たる魂を焼く、痛みの生じぬ最優の殺害方法――。

 

「此処は私の固有結界『忘火楽園』。誰にも邪魔出来ない愛の揺り籠。一緒に添い遂げましょう、お父様――」

 

 

 

 

「――案外呆気無かったわねぇ」

 

 初めから解り切っていた結末だった。

 神咲悠陽にその娘・神咲神那をぶつければ、彼には滅びる道しかない。

 『使い魔』とランサーを彼から剥ぎ取って投入すれば、後は二人一緒に近親相姦の果てに仲良く心中するという流れである。

 

『おやおや、我々が引き上げた間に決着が着いてしまうとは。相変わらずお見事な手際ですなぁ』

「もうちょっと食い下がると思ったんだけどねぇ。……しくじったなぁ、これじゃ戦略ゲームでの中盤から終盤みたいな消化試合だわぁ」

『曹操陣営を倒した後の呂布陣営みたいなもんですね、解ります』

 

 共犯者に電話しながら、豊海柚葉は思わず愚痴った。

 『過剰速写』の始末を最優先としたかったが、この予想外にも早く訪れた絶好の好機を逃す手は無かった。

 同格の指し手は消え去り、斯くして魔都海鳴は彼女の独壇場となる。

 

「私達の謀略を『魔術師』が全部水際で阻止していた御蔭で、私達の脅威を『海鳴市』の連中は知らないんだよねぇ。謀略関連に関して完璧過ぎたが故の弊害よねぇ」

『すぐに思い知る事になるんじゃないですか? 後はゆっくり切り崩して美味しい処を手に入れるだけですし。ティセ一等空佐達が帰って来たら裁判終わらせて即座に再派遣しますよ』

「頼むわ。手持ちの駒が少ないのは詰まらないし、一人うざったいのが居て早く殺したいし……でも、介入者不在の『闇の書事件』はどれぐらい楽しめるかな?」

 

 

 

 

 ――温度の無い炎に成す術無く焼かれ続ける。

 

 魂が焼けて、細部から欠け落ちて逝く喪失感に、抗う気力すら湧いて来ない。

 元々この生命は復讐者である我が娘に捧げたものであり、彼女が殺すというのならば是非も無い。殺されてやるのが道理だった。

 

 ――『魔術師』神咲悠陽にとって、神咲神那は出遭ってはいけない天敵だった。

 

 その固有結界もそうだが、一度死を約束し、焼死という結末を用意されれば最早死ぬしかあるまい。

 一度目は事故で焼け死に、二度目は焼身自殺に終わり、三度目もまた同じ死因――考える事すら億劫になった神咲悠陽は意識さえ手放す。

 

 ――自分という観測者を失ったエルヴィは一緒に消え果て、マスターを失ったランサーは『神父』に討たれるだろう。

 高町なのはは自分と関り深く無いので心配無いだろうし、思い残す事など何も無いだろう。

 やっと全てが終わって、永遠の眠りに付く。今度こそ、彼女と一緒に――。

 

 

『――いいえ。貴方は此処で死すべきではない』

 

 

 どくん、と。心臓が一際大きく鼓動する。

 冷めた魂に熱が入り、それは身体中に駆け巡る。

 

 

『――私は、貴方に生きて欲しい』

 

 

 思い出してしまった。最愛の彼女の言葉が、彼の胸に鮮やかに蘇る。

 その情熱の炎は誰にも消す事は出来ず、世界の最果てから奏でられる愛の詩が全ての動力源となる。

 

「……え?」

 

 温度無き炎に飲み込まれ、魂魄が残らず消える最中――炎を振り払い、神咲悠陽は自身の拳を握り締めた。感覚は生きている。まだ四肢は欠けずに残っている。

 

「――彼女は私に生きろと言った」

 

 その言葉はどんな呪文よりも、彼に生きる活力を与える。

 不本意なれども、彼女の言葉を違える訳にはいかない。胸の鼓動は熱く震える。魔術回路をフルに回転させ、魔術刻印さえ導入し、温度無き炎に抵抗する。

 

「二回目の最期の時なら、お前に殺されて良かった。『ワルプルギスの夜』の前なら、お前の手で殺されても悔いは無かった。だが、今はもう駄目だ。――私は彼女に生きろと言われた」

 

 その宣戦布告に、この世界の支配者である少女は震えた。

 

「……誰? お父様は、私だけのものなのに」

 

 機械的なまでの呟きには、悍ましいほどの憎悪が燃え滾っていた。

 

「誰が、奪った。私の、お父様を――!」

 

 苛立ちの声は世界に波紋を齎し、際限無く温度無き炎を噴出させる。

 子供の癇癪に似たようなそれを、『魔術師』は退屈気に嘲笑った。

 

 ――未だに絶体絶命の状況は変わらない。

 だが、神咲神那が神咲悠陽を絶対的に打倒出来るのは、彼に実の娘を打倒する意志が無いからであり――全てを台無しにする『切り札(ジョーカー)』を、使っていなかっただけの話だった。

 

「――そういえば、お前にも私の魔眼の正体が何なのか、教えていなかったな。家族の好だ、最期に教えてやろう」

 

 満を喫して、『魔術師』は両眼を開く。

 麗しき真紅の色合いが強い虹色の瞳が、初めて我が娘を捉える――。

 

 

「――魔眼『バロール』。私の起源に引き摺られて若干変異しているが、正真正銘、視ただけで死を齎す神代の邪眼よ」

 

 

 死の魔眼に映るは赤髪の少女だった。水色の着物を纏った十二歳の少女、右側で髪を縛ってサイドテールする少女であり、見て無事だった事への感慨が湧いてくる。

 

「……『バロール』? 『直死の魔眼』――?」

 

 ケルト神話に登場する魔神、見たものを誰でも殺す事が出来る邪眼の持ち主――かの有名な、対象の死期を視覚情報として観測出来る『直死の魔眼』の原型とも言える神の眼の名前である。

 

 ――確かに、見ただけでほぼ全ての者が焼死する魔眼であったが、『バロール』の名を冠するとはとても思えない。

 

 現に神咲神那は生きている。あの魔眼に見られて尚、焼死せずにいる。

 本来の魔眼『バロール』は問答無用に見た対象を殺害する神代の大神秘であり、焼死限定でしかない彼の魔眼がそれに匹敵するなど与太話も良い処だ。

 

(はったり、なのかな? この固有結界にいる限り、全ての炎は無力と化すし――)

 

 神咲神那はただの戯言と判断し、即座に温度無き炎を繰り出し――視覚されると同時に跡形も無く消え失せてしまう。

 自身の固有結界に抑止力以外の綻びを、神咲神那は今、初めて自覚した。

 

「だから、私の起源に引き摺られて若干変異していると言っただろう。魔力・幸運・対魔力がB判定以下の者は確定で死亡――運が悪ければ、その内の二つがA判定でも即死するがな」

 

 神咲悠陽は指を鳴らして一工程(シングルアクション)の発火魔術を行使する。

 回避行動を取るまでも無い。此処ではあらゆる炎が温度を失い、無力以外の何物でも無い――それに、魔術回路に魔力を漲らせて対魔力を向上させている同格の魔術師相手に、単なる一工程の初等魔術が通用する筈が無い。

 

「……っっ!?」

 

 薙ぎ払うように一工程の発火魔術が被弾し、彼女の皮膚を無慈悲に焼いた。身を焼き焦がす激痛が神咲神那の甘い認識を覆させた。

 

「そん、な……!? 私の固有結界の中ではどんな炎も無力化されるのに……!?」

「正確にはこの魔眼に魅入られた者の死因を『焼死』に変えるだけだ。いつまで滅びずにいられるかな――?」

 

 この魔眼の副次効果として炎に対する耐性を数段階下げる事であり、視られただけで焼死する者は単に100%に近い『偶然』によって自然発火しただけの話である。

 

 ――彼の起源である『焼却』と『歪曲』に相応しい歪みっぷりである。

 

 ただし、問題があるとすれば魔眼使用中は莫大な魔力を常に消費する事であり――固有結界という大魔術を展開し続けている神咲神那との壮絶な魔力の削り合いが始まった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40/遠い望郷

 

 

 40/遠い望郷

 

 

「ホント、厄介な防御力ですねぇ。あれだけ全力で引き裂いて、掠り傷しか付かないなんて。魔術師職なのに防御力が前衛以上って反則ですよー」

 

 シスターが参戦した事で、吸血鬼エルヴィは防戦一方を強いられていた。

 クロウから放たれるイタクァの魔弾は必中故に躱せず、シスターの繰り出す魔術の数々によって一切近寄らせず、隙あらば即興で構築した対吸血鬼用の封印術式が彼女を永久封印するであろう。

 

「相変わらず馬鹿力ですね。単なる力任せで『歩く教会』の防御を突き抜けるのは貴女ぐらいですよ」

 

 ――吸血鬼エルヴィが乾坤一擲で放った一撃も、シスターの頬を僅かに傷つけるという結果に終わる。

 

 此処に来て彼女の弱点らしき弱点が顕になる。吸血鬼という理不尽と暴力の塊であるが、攻撃特化した異能に比べれば些か攻撃性能に劣る点が見られる。

 圧倒的な耐久性・不死性を誇るが、彼女の攻撃ではシスターの『歩く教会』の堅牢な防御力を突破する事はほぼ不可能なのである。

 ――爪に付着した僅かな血を、エルヴィは嬉々と舐め取る。これこそが今の今まで積み重ねてきた布石であり、真の目的だったと言わんばかりに。

 

「まぁでもそれで十分ですけどね。これで貴女を無力化させる算段は出来上がりましたから」

「――随分と強気ですね。見え見えの虚勢は滑稽に見えるものです」

 

 確実に追い詰めている、とシスターは戦況把握する。

 此処でこの吸血鬼を封殺してしまえば、魔術師陣営の戦力はガタ落ちする。自分が前衛で、クロウ達が後衛を務めている限り、この吸血鬼に一欠片の勝機も発生しない。

 吸血鬼エルヴィは笑顔でシスターの碧眼を射抜き――吸血鬼の真紅の瞳は妖しく輝いた。

 

 ――魔眼、恐らくは精神干渉系の類だろう。

 全てがブレた世界の中で、シスターは無意味だと嘲笑う。この手の精神干渉に関して彼女は、否、『禁書目録』は絶対無敵の抵抗力を誇ると言っても過言ではない。

 十万三千冊の魔導書の精神干渉に比べれば、こんなものは大河に垂らされた一滴の水のようなものだった。

 

「――何のつもりです? 魅了の魔眼程度で私をどうにかしようとでも?」

「あはは、その程度で十万三千冊の猛毒に耐えた貴女を打破出来る訳無いじゃないですかー」

 

 返答されるとは思ってもおらず、その声の方向にシスターは振り向いた。

 ほんの刹那に構築され、消え逝く定めの精神世界に、吸血鬼エルヴィは堂々と現れる。全てがブレている世界で唯一人だけ、そのままの姿で笑いながら――。

 

「私は何処にも居て、何処にも居ない。此処が貴女の精神世界であろうが関係無い話です」

 

 精神世界は一度砕け散り、幾百幾千幾万の破片は万華鏡の如くシスター自身の記憶を写して上映する。

 最近のもの、クロウ・タイタスが教会に帰って来て自分を頼り、八神はやてとアル・アジフも付いて来た事から――二回目の自分の行いさえ、無限に飛び散った破片は千差万別の上映を行う。

 

 

「――血とは魂の通貨、生命の貨幣。例え消滅した記憶でも魂には刻まれている。折角の機会です、亡くした記憶を蘇らせて差し上げますよ」

 

 

 そして移ろう破片は、彼女自身が知らない情景を一斉に映し出す。

 そんな記憶など知らない。そんな光景など見た事が無い。『禁書目録(インデックス)』と同じように絶対記憶能力を持つシスターにとって、それは自分の記憶である限り在り得ない出来事だった。

 思い浮かぶ理由は二つ、一つはこの記憶が自分のものでは無い事。確かに、この理由はある意味正しい。そしてもう一つは――。

 

「――やめ、て」

 

 瞬時に悟ってしまった。まるで他人のような情感に触れて、シスターは全身全霊で恐怖する。

 これは吸血鬼エルヴィがシスターの血を吸う事で回収した、シスターから消された記憶――即ち、一回目の自分、記憶を消されるまでの二回目の自分に他ならない。

 自分以外の誰か――そう、消し去られた記憶は、もう自分のものではなく、単なる遺物にして異物に過ぎない。

 

「遠慮する事は無いですよ。ずっと記憶を取り戻したかったじゃないですかー」

 

 エルヴィはにんまりと嘲笑う。これが彼女にとって何より致命的な精神攻撃である事を、全知して。

 

 ――シスターは必死にこの世界の綻びを検索する。

 

 一刻も早く、此処から脱出しなければならない。この空間に舞う記憶の欠片の意味を一切解析せず、一秒でも一瞬でも一刹那でも早く抜け出さなければならない。

 

 ――いつしか『魔術師』は言った。自分にとって記憶を取り戻す事は、破滅を意味すると――。

 

 

「じゃぁねー、先代『禁書目録』さん。そして初めましておはようございます、『セラ・オルドリッジ』ちゃん――」

 

 

「――あ、ああああああああああああああああああああああああぁ――!?」

 

 ――一人の少女の悲痛なまでの断末魔が轟いた。

 自身の頭を両手で押さえ、狂ったように苦悶して涙を流し――碧眼から一切の光を失い、シスターは地面に倒れ伏す。

 その凄惨な光景を、吸血鬼エルヴィははち切れんばかりの笑顔で見届けた。

 

「シスター!?」

 

 クロウはすぐさまシスターの下に走り、安否を確認する。

 眼を開けたまま、少女は動く素振りさえ見せない。生きているが、決定的な何かが亡くなったような喪失感が、クロウの胸に焦燥感を撒き散らす。

 

「……シスターに、シスターに何をしたッッ!」

「貴方は自身の心配をなされた方が良いんじゃないですか? 堅牢な前衛は居なくなりましたよ?」

 

 

 

 

「――我が血潮は灼け爆ぜる。弔いの焔は我が掌に。炎の矢は斯くの如く……!」

 

 自らの血を媒介とした瞬間爆破、火の蛇のように渦巻く火焔、矢状に圧縮されて放たれる獄炎――立て続けに放たれ続ける魔術に、神咲神那は固有結界の温度無き炎を以って相殺しながら舌打ちする。

 

 ――魔術師・神咲悠陽は一工程・一小節の魔術を好き好んで扱う。自己の体に刻み込んだ魔術を発現させる最小限度のキーワードを以って行使する。

 

 長々とした呪文の詠唱を一切必要としなかったのは、彼が保有する神域の魔眼が容易に一工程・一小節の魔術を必殺の領域に高めてしまうからである。

 威力は幾らでも補えるが故の手数の多さ、それが戦闘者として磨き上げた魔術師・神咲悠陽の結論だった。

 

「いつも、そうだった……!」

 

 絶え間無く繰り出される神咲悠陽の魔術に対抗しながら、神那は絶叫する。

 時を超え、次元を超えた想いを、吐露するように――。

 

「お父様は、私を見てくれない……! 今でさえ、私の事を何一つ見てないっっ!」

「聞き分けの悪い小娘だ……! ――いい加減、親離れぐらいしろ……!」

 

 単発式の炎の魔弾を十数発、半自動誘導式に撃ち放ち――大波の如く押し寄せた炎の波が飲み込んで打ち払い、されども神代の魔眼によって温度無き炎が焼き焦がされて一瞬にして崩れる。

 

「お父様の他に、私は何もいらないっ! 愛してくれなくても良い、私を一人にしないでっっ!」

 

 幾十幾百の温度無き炎の魔弾が自由自在に疾駆し、全周囲から神咲悠陽の下に殺到し、展開していた三重の陣の第二陣の炎の縄によって大半が撃ち落され、掻い潜った魔弾は第三陣によって跡形も無く弾かれる。

 

「――この戯けがっ! 親なんてものは子より先に死に逝くが運命よ! 乗り越えてさっさと己が道を歩め! それと復讐はどうした、復讐は……! 忘れたとは言わせんぞ、この私が貴様の祖父と母を殺した事をっ!」

 

 ――そう、神咲悠陽は二回目の世界において、彼女の誕生を祝福し、世界で一番愛情を注ぐ母親を殺した。

 実の妹であり、妻である女性をこの手で殺めた許されざる怨敵であり、復讐を遂げさせる為に我が娘を育て上げた。それなのに――。

 

「そんな顔も解らない赤の他人なんて知らないっ! 私にはお父様しかいないんだからぁ……!」

「な、赤の他人だと……!? この痴れ者の親不孝者がっ!」

 

 娘の余りの言葉に激怒し、感情のままに魔術を放つ。意地と意地が衝突し、魔力の火花を散らせる。

 尊属殺しを誰よりも許せなかったのは神咲悠陽に他ならず、実の娘である神那にその罪を裁かせようとした。

 幼き彼女から母親を奪った憎き怨敵は自分であり、殺す権利が彼女にはある。だが――。

 

「私の親はッ、どの世界においてもお父様、貴方一人だけです――!」

 

 愚かにも娘は、怨敵である自身を愛してしまった。許してしまった。必要としてしまった。

 それを認めず、前回の神咲悠陽は血の責任を果たせないと判断し、自らの手で二回目の人生を終わらせた。

 それが唯一の救いだと信じて――それがどれほど彼女を壊したのか、知る由も無く。

 

「貴方は炎の海に飲まれて居なくなった。『二度目』も私を置いて消えて逝った。今度は、今度こそは――!」

 

 一瞬、神咲悠陽の呪文詠唱が止まる。戦闘中に関わらず、あるまじき隙だった。

 だが、今の彼女の言葉は決して、聞き逃して良い物では無かった。同時に、絶対に聞き入れてはならない不可避の呪言だった。

 

「……『二度目』だと? 何の、事だ。お前が私の娘だったのは前回だけで――」

 

 ――おかしい。詮索し検索し思索し、同時に彼の思考はこれ以上考える事をひたすら拒否し続ける。

 

 ――第二次聖杯戦争に赴く前に、出産したばかりの赤ん坊をその手に抱いた。

 その小さな命は軽いのに重く、魔術師の子供としての使命を一時忘れて、神咲悠陽は飽きるまで抱き続けた。

 

「――私の声を、聞いて。私を、一人にしないで。私を、見て。私の名前を、呼んで――」

 

 その赤ん坊にはまだ名前が無かった。

 名付け親は自分だと、祖父と妹は愛らしく語る。

 似ては居ない筈なのに、その赤ん坊が誰かの姿と重なった。

 

 ――彼が人生を賭けて切望し、これから悲願を達成した後の『一回目』の世界に待っているだろう、彼の本当の娘と重なった。

 

 第二次聖杯戦争を勝ち抜けば、自分はこの世界から消え去るのに、何を血迷ったのか、神咲悠陽はその娘に、前世の娘と同じ名前を授けた。

 その名前を呼ぶと、赤ん坊は何よりも反応し、きゃっきゃと笑った――。

 

 

「神、那……?」

 

 

 ――此処に、途絶えていた線と線が一本に繋がり、されども彼等は最後まで噛み合わずに決着が着いた。

 

 

 

 

 そして少女は最後の力を振り絞って、愛すべき父の胸に飛び込んだ。

 生命と寿命を燃やして捻出させていた魔力を、最後の一滴まで振り絞って――。

 

「今度こそ……最期まで、一緒、だね――」

「――まさか、この固有結界は……!」

「最初から自決用……何で、似なくて良い処だけ、あの女のに似たのかな……?」

 

 父が語ってくれた、いつしかの寝物語。

 サーヴァントとして第二次聖杯戦争を駆け抜けた聖女『ジャンヌ・ダルク』の事を憎悪しながら、神那は安らかに笑う。

 この固有結界『忘火楽園』が世界の矛盾による修正力を受けて尚、此処まで長時間に渡って展開出来たのは、彼女の全てを焼き尽くして燃料として構築されていたからに他ならない。

 術者と取り込んだ対象の魂を一片も残らず焼き尽くして消滅する、一生涯に一度限りの、完全に自決用の固有結界だった。

 

「……やっぱり、殺せなかった。ごめんなさい、お父様。神那は、親不孝者です――」

 

 神那は痛々しげに笑いながら涙し――その指先から、静かに消失していく。

 術者である彼女自身の破滅は必定だった。ただ、神咲悠陽はそれすら乗り越えてしまっただけで――。

 

「……やめろ。今すぐ固有結界を解け! この親不孝者めが、子が親より先に逝くつもりかっ!? ――よりによってこの私に子殺しをさせるつもりかッッ!」

 

 泣きながら、嗚咽しながら神咲悠陽は叫ぶ。

 

 ――魔術師としての冷然なる理性が、もう手遅れだと冷酷に告げていた。

 もうこの小娘に生きる力すら残っておらず、消え果てるのみだと冷静沈着に解析する。

 

 漸く、出逢えた。やっと、気づけた。それなのに、愛して止まなかった娘の死を見届ける事になろうなど、許せなかった。遣る瀬無かった。耐え難い所業だった。

 如何なる罪罰をも踏み倒し、幾多の悲劇・惨劇を乗り越えて来た彼でも、これはあんまりだった。

 先立つ愛娘を見届けるなど、絶対に許容出来ない罰だった。

 

「……最悪だ。お前は、最悪だ……!」

「……そういうお父様も、神那に親殺しの罪罰を背負わせる気ですか……?」

 

 神那は父の涙を拭いながら、悪戯が成功した子供のようにあどけなく笑った。

 そう、今だけ、今この時だけは――二人の間に遮るものは、何も無い。最初で最後の、娘と父の、世界の壁を二回跨いで漸く訪れた、家族として語らう唯一無二の機会だった。

 

「あはは。やっぱり、私達は似た者同士、ですね……互いの都合なんて、お構い無しで――最後の最期でしか、解り合えなくて」

 

 崩壊が止まらない。神那は末端から白い粒子になって消えて行く。

 全てが消え逝く前に、神那は背伸びして――淡く口付けした。最早体温すら彼女には残っていなかった。

 

「……私は、お父様の子に再び生まれて幸せでした。今回は妹だったけど――また次は、貴方の子に生まれたいです」

 

 そして彼女の体は光となって消え果て、世界はガラスが割れるように崩壊した――。

 

「……神、那。神那――っっっ!」

 

 

 

 

「――っ!」

 

 第三者が発動させた固有結界から解放された『魔術師』に、満身創痍のランサーは一目散に駆け付ける。

 『神父』もまた同様に幾多の切り傷を負って死に損なっており、勝負の天秤は『魔術師』によって決したかに思われた。

 

「おうおう、無事だったか、マスター! アンタも存外にしぶといな……?」

 

 無言で項垂れ、戦闘中に関わらず立ち上がる気配すら無く――覇気や生気が完全に失っていた。

 

「……エルヴィ」

「はい、御前に」

 

 弱々しい呼びかけに、此処に居なかった吸血鬼エルヴィは即座に現れて答える。

 彼女の出現に、絶体絶命の窮地に陥った満身創痍の『神父』は、逆に更なる闘志を滾らせたが――。

 

「撤退する。少し、疲れた……」

 

 

 

 

「――居なくなった?」

 

 あれだけ優勢な状態から突如居なくなった吸血鬼の行動に疑問符を抱きながらも、周辺から彼女の気配が完全に失せた事を確認する。

 オレは大きく息を吐き、マギウス・スタイルを解いて、元の姿に戻る。

 

「終わった、のか? ……ところでクロウ・タイタス。八神はやての負傷を治癒出来る人材は居るのか? まだ保たせる自信はあるが、万全を期すならば早めの方が良い」

「ああ、シスターが何とか出来る」

「とは言ったものの、あの小娘はどうなった?」

 

 誘拐犯に言われ、そしてアル・アジフの言で急に倒れたシスターの事を思い出す。

 見ると、未だに倒れ伏したまま――視線の焦点が合わぬ状況だった。

 

「シスター! おい、大丈夫かシスター……!」

 

 コイツが精神的な攻撃を食らったとは考え辛いが、必死に呼びかけてみる。

 すると、何度目かの言葉掛けに反応し、漸く此方に視線を送った。

 

「……シスター? えと、すみません。何方様ですか?」

「え? おいおい、冗談きついぞ、シスター。オレだよ、クロウ・タイタスだよ。この顔を忘れたのかぁ?」

 

 シスターは心底不思議そうに首を傾げ、性質の悪い冗談だと片付ける。

 今ははやての事も心配なので、冗談なんて言っている暇があったら即座に治癒をお願いしたい状況である。

 

「……いえ、貴方とは初見の筈です。シスターって何の事ですか? それに此処は、どうやら日本のようですけど……?」

 

 ――え?

 待て、今、シスターは何と言った?

 自分がシスターである事を認識していない? 一時的な記憶の誤差、なのか?

 それどころか、此処を日本――? まるで日本以外の場所に居たかのような言葉だろう、それは。

 オレは、恐る恐る聞く。普段のシスターならば絶対に答えられない質問を――。

 

「自分の名前を、言えるか……?」

「あ、はい。セラ・オルドリッジと言います。初めまして、ですよね?」

 

 そして、オレの知るシスターがもう何処にも居ない事を、オレは呆然としながら悟るのだった――。

 

 

 

 

 此処に『過剰速写』が発端の一夜の戦闘は一先ず終了する。各陣営に深い傷痕を残して――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジョジョの奇妙な冒険編
41/二十六話越しの真実


 

 41/二十六話越しの真実

 

 

『随分と派手に魔力を消耗したじゃねぇか。御蔭でオレは暫く実体化出来そうにないな』

「今まで好きなだけ実体化していたんですから、偶には良いじゃないですか。あー、美味しい」

『……それだけだよなぁ、お前の吸血鬼要素って』

 

 神咲神那との戦闘で『魔術師』はその魔力を全て使い果たし、エルヴィは唯一人でソファを独占し、血液パックをちゅーちゅー啜る。

 今現在、『魔術師』は死んだように眠っており――エルヴィは溜息を吐く。

 出来る事ならば八神はやてとアル・アジフは葬っておきたかったが、封殺出来たのは『禁書目録』のみであり、教会勢力との交渉が不可能になるほどの徹底抗戦状態に陥った今にしては不十分過ぎる打撃と言える。

 

「何処をどう見ても立派な吸血鬼じゃないですか。私以上の吸血鬼など何処にもいませんし、そもそも吸血鬼に姿形を問うなど無意味です」

『……はいはい。それで魔力の回復はどれぐらい掛かりそうなのかねぇ? 敵さんは待ってくれないと思うが』

「海鳴市の結界が万全なら一日か二日程度で全回復ですけど、今は四日から一週間ぐらい掛かりそうですねぇ。何よりも、ご主人様の精神面が問題です」

 

 それに対して、『魔術師』の陣営は彼とランサーが魔力枯渇で戦闘不可能という状況に追い込まれており、打てる行動が非常に限られているという苦しい状況になっている。

 更に言うならば、最善手を常に打ち出す『魔術師』の精神状況が破滅的なまでに乱れている為、策略面でも暫く停滞する見込みである。

 

『ふむ。つー事は、現状では攻められると非常にヤバい、と』

「……何だか嬉しそうに聞こえるのは気のせいだと信じたいですが、全くもってその通りです。つーか、アンタも戦えねぇですよ?」

『おお、そういえばそうだった。まぁ魔力不足ぐらい何とかなるだろう。ハンデとしちゃ上等な部類だぜ?』

 

 この戦闘狂のサーヴァントに、エルヴィは理解出来ないと溜息を吐く。

 常に万全な状態で最善手を打ち出してこそ確実な勝機を掴めるというのに、死中に活を求める時点で負け戦確定なので、断固として危機を最小限まで回避したい彼女にはランサーと意気投合する事はまず在り得ないだろう。

 

(幾らご主人様が反則的な魔眼を保有し、魔術師としての才覚が突き抜けていようが、この魔都海鳴にはご主人様を単騎という条件でなら討ち取れる猛者は山ほどいる)

 

 ――例えば『竜の騎士』、万が一、一対一で戦わざるを得ない状況を作られたら『魔術師』の敗北は必定である。何一つ打つ手無く、神造兵装の一種である『真魔剛竜剣』の一撃の下に斬り伏せられるだろう。

 その歴然たる戦力比は『竜魔人』化していない時点である。『竜魔人』になって襲撃すれば、ランサーもエルヴィも全抜きされた状態で『魔術師』自身も屠られる可能性がある。

 

 ――例えば『銀星号』、あの白銀の劔冑が真価を発揮すれば、影すら認識出来ずに『魔術師』を殺せる。

 あの仕手が重力操作の最奥である辰気の地獄、ブラックホールさえ作り出せるのならば、完全な状態の『魔術工房』さえ抵抗すら出来ずに飲み込まれて塵一つ残らず消滅するだろう。

 更に最悪なのは、精神汚染波を解禁して敵味方共々に『善悪相殺』の戒律を強制した状態で集団戦になれば、雑兵に過ぎない武者を一騎倒した時点で代償を支払わなければならなくなる。

 敵を一人殺せば味方を一人殺さなければならない。雑兵三騎の犠牲で『魔術師』の陣営を壊滅出来るのだ。あの転生者に憎しみを抱く武帝勢力は――。

 

 ――例えば『神父』、あの人間には『再生者(リジェネレーター)』として吸血鬼を超える再生能力の持ち主だった『アレクサンド・アンデルセン』のような特別性は何一つ持たない。

 言うなれば何の異能も持たない人間に過ぎない。今まで上げてきた二人の転生者と比べれば、取るに足らぬ人間に過ぎない。

 だが、人間として極限まで研磨した武力のみで『魔術師』を斬り伏せる事の出来る唯一の存在である。

 あれには普遍的な理屈が通じず、理不尽なまでに強いのである。

 

(そして後は此処に居るランサー、『デモンベイン』を駆るアル・アジフもですね。単騎である事が条件ならば、『禁書目録』もでしたか)

 

 ――魔眼など視覚認識出来なければ効果を発揮出来ない。

 そんな卓上の空論を、埒外な超速度から心臓を穿ち抜いて実践してしまえるのがランサー『クー・フーリン』であり、機械仕掛けの神である『デモンベイン』は一切合切関係無く捻り潰せる。

 よくぞ此処まで異常者が一つの魔都に取り揃ったものだとエルヴィは感心したくなった。時々皆殺しにしたくて堪らなくなる。

 

「……もう一回『神父』と戦って討ち取られてしまえー。まぁあれが次に来た場合は私が相手する事になるでしょうけど。嫌だなぁ」

 

 『魔術師』が生存して観測する限り、シュレディンガーの猫である吸血鬼エルヴィに死は無いが、あの『神父』と戦う時に限っては自身の『死』を何度も意識する。

 

 ――化物は人間によって打ち倒されなければならない。

 

 その法則は不死身の化物である彼女自身さえ破れない絶対の論理として、或いは彼女を支配しているのかもしれない。

 他ならぬ、人間の手で討ち滅ぼされる事を望んだ彼女の真祖『アーカード』からの不可逆の呪いなのかもしれない。

 

『で、実際の処、どうよ?』

「暫く動けないでしょうね。仮に教会勢力が攻め込んで来たら、私はガラ空きの教会に逆侵攻掛けて八神はやてと無力化した『禁書目録』を殺せますから。私とランサーを足止めする為に二駒、ご主人様を殺すのに一駒、教会を防衛するのに一駒、合計四駒は必要な訳です」

 

 教会勢力の戦力はクロウ・タイタス&アル・アジフと『神父』しかいない。

 これで無謀にも『魔術師』の魔術工房に攻め入るのならば、それが彼等陣営の命日になるだろう。

 性能が格段に落ちているとは言え、此処が『魔術工房』である事には変わらず、『神父』さえ止めてしまえば魔力不足のランサーでもクロウ・タイタス達は葬れるだろう。

 だが、それは自分達にとって最高に都合の良い楽観視であるとランサーも、エルヴィも理解していた。

 

『今回の『赤髪』が教会勢力に協力して、『全魔法使い』と『竜の騎士』とやらも協力した場合は?』

「一番困るケースですが、その場合は武帝勢力に動いて貰いますよ。乱戦必至の自滅手ですけど、向こうにとっても困りますから」

 

 其処まで有力な転生者達が勢揃いするという情報を彼等武帝勢力に流せば、必然的に動くであろう。横合いから最高のタイミングで殴り付ける為に――。

 そうなった場合は最悪だが、死中に活を見出すしかあるまい。そうならない事を祈りながら、エルヴィは血液パックを飲み干してゴミ箱に放り投げた。

 

「ご主人様が立ち直るまでが勝負ですね」

『……今回は立ち直れるのかねぇ?』

 

 そういう悲運な星の下に生まれたのか――『魔術師』を愛した者は例外無く彼自身の手に掛かっている。弟子にしたという未来の少女、最愛の聖女、実の娘――。

 それは最早最悪の女運と言われた『衛宮切嗣』とどっこいどっこいという有様だ。あれは幸運EXという規格外の女性一人を除いて、誰一人死の運命を逃れられなかった。初恋の少女、母親代わりの師匠、自身の右腕、最愛の妻――。

 

「――今が最低値なのです。この難局を乗り越えればご主人様を打倒出来る勢力はほぼ消え去ります」

 

 前世の死因さえ乗り越えたのだ。不可避の滅びを覆したのだ。体制を立て直す事が出来れば、魔都海鳴の覇者は彼女の主『魔術師』となる。

 まさに今が最大の正念場だと、改めてエルヴィは気合を入れる。愛すべき御主人を何が何でも死なせる訳にはいかないと、今一度決意する。

 自分こそは主人の法則を打ち破る第一号であると自負するように――。

 

『そうなると、もう次は物語の魔王になるしかねぇな』

「あはは、面白い冗談ですねぇ。ご主人様が主人公程度の器に収まり切る訳無いじゃないですかー」

 

 ランサーもエルヴィも軽口を叩き合い、二人は即座に顔を見合わせた。尤も、ランサーは霊体化している為、エルヴィが一人彼の方向に振り向いた形になったが。

 

『え?』

「え?」

 

 

 

 

 長い詠唱の果てに、額に脂汗さえ滲ませているシャルロットは一つの魔法を解き放つ。

 

「――波動に揺れる大気、その風の腕で傷つける命を癒せ! ケアルジャ!」

 

 優しい緑色の波動が一面に広がり、眠れるはやての致命傷を一瞬にして完治させる。

 そのついでに、満身創痍で包帯塗れの神父にオレ自身の傷も見事に回復果たし、やっと一息吐けた。

 

「これで、はやては大丈夫か……」

 

 未だに部屋の灯火は蝋燭の火だが、オレ達は教会に帰って来た。

 夜の深夜になってしまったが、シャルロットとブラッドに来て貰い、シスターの代わりに怪我を治癒する。

 付かず離れずにはやての延命し続けていた誘拐犯、いや、赤髪の少年は安堵するように離れ、一際大きい吐息を吐いた。

 

「へぇ、ファイナルファンタジータクティクスの魔法ですかぁ。詠唱時間は長いですけど、凄い凄い!」

 

 ……そして、記憶を失ったシスター、いや、セラ・オルドレッジと名乗る少女はシャルロットの魔法を初めて見るように目を輝かせていた。

 いつも他の者と関わる際は敬語で、オレのみ言葉を砕いて話す彼女は、何処にも居ない――。

 

「……シスター」

「あー、ごめんなさい。私はその、シスターになった覚えは欠片も無くてさ。セラ・オルドリッジです。まぁこれも二回目の名前ですけど」

 

 シャルロットは悲痛な眼差しでシスターを見て、セラは首を振って訂正する。

 ……本当に、別人としか思えない。何気無い仕草一つを取ってしても――嘗てのシスターと何一つ重ならない。

 

(格好は何一つ変わってないのに……)

 

 ――見るに耐えないほど別人だった。いや、彼女からしてみれば、シスターの存在こそ別人なのだろうが……。

 

 はやての回復を見届けた赤髪の少年は無言で人知れずに退出しようとし、それを止めたのは意外にもセラだった。

 

「あ、待って下さい。第八位の超能力者の複製体さん」

「……『過剰速写(オーバークロッキー)』でいい」

「『一方通行(アクセラレータ)』と同類さん? まぁいいや。情報交換しませんか?」

 

 満遍の笑顔でセラはそう語り、訝しむような視線で赤髪の少年は彼女を射抜く。

 何故、完全に状況判断出来ていない彼女がそんな事を言い出したのか、彼女を知らないオレには解る由も無い。

 

「学園都市の科学技術を持つ勢力というのは、貴方のような超能力者の完全な複製体を製造出来る技術を持ち得たのですか? 第三位の複製体である『妹達(シスターズ)』でも1%程度が関の山だったのに」

「……この身は奇跡のような産物だそうだ。襲撃してきた『異端個体(ミサカインベーダー)』も超能力級の能力者だったが、オレを研究すれば量産超能力者計画が真の意味で完成すると言っていたな」

 

 『異端個体』? 超能力級の能力者? 疑問点は幾つも湧いてくるが、コイツは思っている以上に重要な存在であると再認識する。

 本当に量産超能力者計画が完成してしまえば、街の勢力図などあっという間に塗り替わってしまうだろう。最悪の未来図の一つであるが……。

 

「『異端個体(ミサカインベーダー)』? 明らかに『妹達』だと思われるのに超能力級? 何だかおかしな話ですね、『第三次製造計画(サードシーズン)』で誕生した『番外個体(ミサカワースト)』でも大能力(レベル4)が限界だったのに」

 

 今は話の腰を折らずに見守ろう。

 原作知識という一面では、他の誰よりも記憶が真新しいセラに軍配が上がる。最終的な意図は掴めないが、彼女の魂胆を知る為にも、今は黙って聞くべきだろう。

 歯痒い想いをしながら、シスターでない誰かの話を聴き続ける。

 

「ちなみにその『異端個体』はどうしたんです?」

「――殺したよ。所詮は複製体だ、御坂美琴より劣る」

「そう、それですよ」

 

 ……何らおかしい点は無かったが、と思った処で、堂々たる殺害宣言に関して素通りしていた自分の感覚に驚く。

 オレ自身も、相当この魔都暮らしで常人との感覚が逸脱しているんだなぁ、と改めて思い知る。

 

「正体不明な超能力者である『第八位』の貴方に何の勝算も用意せず、偵察がてらに死ぬまで戦闘しますかね? うちらみたいな性根の腐った転生者が。『妹達』の中に生まれた転生者なのか、それとも別工程で生まれたのか、興味深いと思いません?」

 

 確かに、この魔都海鳴では例外だらけで、自分だけが特別だと思い込むのは御法度で死亡フラグだ。

 命の価値が極限まで軽いと言っても、自分の命は一番大事だ。果たして自分から捨て駒になりに行く者が存在するだろうか?

 彼女、セラが言わんとしているのは――。

 

「――つまり、あれが威力偵察であり、再び相容れる可能性を示唆していると? 生命に保険が掛けられ、るとでも……」

 

 途中で『過剰速写』は言葉を止め、深く思案する。

 恐らく、彼の脳裏には幾ら殺しても死ななかった『魔術師』の『使い魔』エルヴィの姿を回想しているのだろう。

 それは今後の戦略に関わる問題であり、憂慮すべき問題であると彼自身に認めさせた事である。

 

「『過剰速写』さん、貴方の今後の予定を聞いても良いですか?」

「……その学園都市の勢力を一人残らず殺して――その時点で己が生存していて、リーゼロッテという女が生きていれば、それにこの生命を捧げる予定だ」

「リーゼロッテに? 何でまた?」

「あれの双子の姉妹を殺していたらしい。元々目的を終えれば自主的に処分する生命だ。惜しくはあるまい」

 

 自身が贋作である事を認め、此処まで割り切る事が出来るだろうか。……考えてみて、嫌になる話である。後味が悪いし、何より救いが無い。

 精神構造がまるで違うのだろうか? それとも贋物の自身を許容出来るぐらい『過剰速写』の精神が図太いのだろうか?

 ……何だが思考がどんどん暗い方面に行っているような気がする。先程からアル・アジフもシスター、いや、セラを凝視したまま一言も喋らないし。

 

「それじゃ少しの間、私達に力を貸してくれませんか? このままでは貴方の助けた八神はやても殺される勢いですし」

「……その八神はやての安否を著しく揺るがしたのはオレだが? 悪党のこのオレを信頼する気か?」

「その事に一欠片でも責任を感じているのならば、手を貸して清算して下さいな。一流の悪党さん」

 

 おいおい、待て待て。いきなり何、変な事を提案してやがるんだ!?

 此処に至っても、セラの魂胆が見えない。いきなり誘拐犯を引き入れようとする奴の考えなんて、読める筈も無い。

 『過剰速写』もまた考える素振りを見せて――。

 

 

「……一日三食、寝所の提供、武器の調達の手伝い、この条件が飲めるなら一週間は付き合おう」

 

 

 あっさり承諾しやがった。セラはガッツポーズしてオレと『神父』を順々に眺めた。

 

「という訳ですけど、どうですか? 御二方」

「いや、何勝手に交渉してんだよ!?」

「こんな有効な戦力を此処でみすみす逃すつもりですか? 私は記憶を失っていた状態の『禁書目録』と違って十万三千冊の記憶なんて無いんですよ? クロウさん」

 

 そう、今の彼女は『歩く教会』を装備しているだけの、単なる少女に過ぎない。

 十万三千冊の記憶を完全に失っており、彼女の頼れる知識は蘇った原作知識しかないという状況である。

 

(……くそ、解んねぇよ。シスター……)

 

 ……本当に、コイツは一体何を考えているんだ?

 何処か得体の知れない。まるで『魔術師』を相手にしているような感覚に陥る。

 オレはがつんと言ってくれ、と言わんばかりに『神父』の方に視線を送る。まぁ居候のオレには決定権を持ち得ていない訳だし。

 『神父』は顎に手を当てて考えた後、にこりと笑った。

 

「良いでしょう。短い間ですが、宜しくお願いします」

「ええぇ~~!? ほ、本気かよ、『神父』!」

「ええ、現状では最善の手だと思いますよ」

 

 拒否するとばかり思っていたが、予想外にもあっさり承諾した。

 ……どうなっているんだ? これは。頭がこんがらがって訳が解らなくなって来た。

 

 『神父』は笑顔で『過剰速写』の前に右手を差し出し――その太く硬い異質な手を、『過剰速写』は固唾を飲んで凝視した。

 まぁ、その気持ちは痛いほど解る。握っただけで人を殺せる手だしな。躊躇するだろう。

 

「……素手で此方の手を引き千切れたりする?」

「友好の証である握手を闘争の手段に使うなど、恥知らずのする事です」

 

 ……つまり、出来ると言っているのか、我等が『神父』様は。

 本当に何度か躊躇した後、『過剰速写』は恐る恐る握手し、借りてきた猫を被ったようにぶっきら棒に呟く。

 

「……宜しくお願いします」

 

 

 

 

「冬川の旦那ー! 見舞いに来たっすよー!」

「騒がしいな、三河。病室では静かにしろといつも言っているだろう」

「へぇーいっす」

 

 とある病院の個室にて、『彼』は部下の見舞いを受け入れる。

 経過は極めて順調であり、もう二週間もあれば完全な状態で退院出来る見込みだった。

 甲斐甲斐しく足を運ぶ三河祐介はじゃじゃーんとお見舞い品を渡す。

 

「はいこれ、旦那の好物の小粒葡萄、デラウェアだっけ?」

「ああ、いつもすまないな」

「で、後は報告書っす。それじゃ自分、他に仕事あるんでー」

 

 そう言って、慌ただしく三河祐介は出ていき――川田組が行なっている数多の事業の報告書を興味深く眺めながら、『彼』は感嘆の息を吐いた。

 

 

「――実に素晴らしいな。此処までの組織力は生前でも手に入らなかった」

 

 

 ――この身体の本来の持ち主、冬川雪緒はバーサーカーとの一戦でとうの昔に死亡している。

 『彼』は抜け殻となった身体を拝借し、本体代わりとしている『別の何か』だった。

 

「どうやら本当にツイているようだ。一時期は悲観し、絶望さえしたが――絶体絶命の窮地の後にこそ、千載一遇の好機は訪れる。前世でもそうだった」

 

 生前の『彼』もまたスタンド使いの組織を形成したが、これほどまでの粒は揃わなかった。

 川田組に所属しているスタンド使いはいずれも歴戦の勇士、喉から手が出るほどの精鋭揃いであり――これを義理人情で統率して纏めていた冬川雪緒は大した人物だと感心するばかりである。

 

「頂点に立つべき王者は、その機を余さず有効活用し、自身を更なる領域へと高める。前世でオレは失敗し、我が頂点の能力は地に貶められてしまった」

 

 嘗ての生涯で最も屈辱的な瞬間を思い描き、『彼』は憎悪と怒りを滾らせる。

 本来なら一顧だにしたくないが、度し難い慢心が『彼』を殺した。王者の座から『彼』を引き摺り下ろした。

 戦国の武将、徳川家康は自らが大敗した戦を絵にし、生涯の戦訓としたという。苦々しい記憶が、『彼』により正しい決断力を与える。『彼』はそう信じた。

 資料を捲る手が早くなり――新入りの情報欄に入る。自然と資料を見る手に力が入る。『彼』は底知れぬ憎悪を滾らせながら、その前世の怨敵の名前を呟いた。

 

「そう、貴様の手によってだ。――秋瀬直也」

 

 本当に奇妙な運命だと『彼』自身も思えてならない。

 秋瀬直也さえ居なければ、絶頂期の『彼』は永遠の栄華をその手に出来た。そして秋瀬直也が居たからこそ、今の『彼』が此処にある。

 表裏一体、宿命、言葉に出せば何とも陳腐になるが、それが自身に与えられた試練であり、逃れられぬ運命であると『彼』は己の邪悪を信仰する。

 

「前世からの因縁に決着を着けようではないか。貴様との『矢』を巡る聖戦に終止符を打とうではないか――」

 

 秋瀬直也との宿命の対決を清算し、監視対象の豊海柚葉も一緒に仲良く葬ってやり――最終的には飼い主である『魔術師』に下克上を果たし、魔都海鳴に君臨する。

 ――『彼』は静かに邪悪に宣言する。頂点に立つ者は唯一人、そしてそれは自分自身に他ならないと。

 

「まずは小手調べだ。失望させるなよ、我が宿敵。この程度で敗れてくれるなよ――」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42/雨天の涙

 42/雨天の涙

 

 

「……疑問に思ったのだが――何で教会でこんなにも銃器やら手榴弾やら閃光弾が揃うんだ?」

 

 回転式拳銃では『S&W M19』、ウケ狙いなのか、全長550mm、重量6.0kgという、人類では到底扱えない超大型の回転式拳銃『パイファー・ツェリスカ』、自動拳銃は『コルトM1911』『デザートイーグル.50AE』、アサルトライフル『AK-47』、M61手榴弾にM84スタングレネード、サバイバルナイフに投擲用ナイフが数点――豊富な弾薬と共に『過剰速写』の前に用意されていた。

 

「え?」

 

 その声は一体誰のだったか、一人だったかもしれないし、或いは複数だったかもしれない。

 だが、それにしても「お前は何を言ってるんだ?」と真顔で言われる謂れは無い筈であると『過剰速写』は目元をピクピクさせて頭を抱えた。

 

「……いや、『え?』じゃねぇよ。無理に要求したオレもオレだが、銃刀法違反上等の品揃えじゃねぇか。本当に此処は平和惚けした日本か? というか、何処かと戦争する気か?」

「十三課(イスカリオテ)出身の『神父』さんにそんな事言ったら宗教戦争になっちゃいますよ?」

「……どうやらオレの宗教認識を一から見直した方が早いらしいな」

 

 記憶喪失のシスター、いや、セラに突っ込まれ、『過剰速写』は考える気力を完全に放棄する。

 だが、想像以上の品揃えであり、これで『過剰速写』の戦力はほぼ前世に匹敵する処まで回復したと言えよう。

 ――未来予知は未だに三秒先限定という始末であり、能力者が無意識の内に放つ『AIM拡散力場』が極めて薄い為、切り札とも自爆技とも言える『赤い翼』の展開は一瞬だけしか出来ないが。

 

「頼む方も頼む方だと思うなー。というか、クロさん。何で同じ拳銃、複数必要なん?」

「あらあら、それを聞いちゃ駄目ですよ、はやてちゃん。多分能力に関係する事だと思うから、深く聞いたら始末されちゃうよー」

「……私、始末されちゃうん?」

 

 八神はやての順応力の高さに呆れつつ、『過剰速写』は溜息を吐いた。

 後ろからの二つの視線、笑っている『神父』と不機嫌さ全開のクロウ・タイタスのが背中に突き刺さる。

 ……何方かと言うと、笑っている『神父』の方が圧倒的に怖いのだが。

 

「そんな事を口走ったらオレは『神父』と其処のロリコンに殺されるわ」

「誰がロリコンじゃいっ! このサイコキラーの誘拐犯め……!」

 

 八神はやてと仲良く話す『過剰速写』に複雑な感情を抱きながら、クロウは抗議の声をあげるも、丸っきり無視される。

 

「それにしても、ゴムボール? 見た目より重いなぁ」

「対電撃使い用じゃないかな。普通の金属製のベアリングボールだと磁力で誘導されて逆効果だし」

「……だから、人の能力の考察は止めて欲しいのだが。つーか、子供はそんな危険物に触れるなっ!」

 

 用意された銃火器の数々を整理しながら『過剰速写』は注意し、はやてとセラは笑いながらお喋りを続ける。

 そのセラ・オルドレッジの順応性の速さに、クロウは並ならぬ危機感を抱いていた。其処に居ていいのはシスターであって、ぽっとでの彼女では断じて無い。

 内に溜まった鬱憤は、遣り処を完全に失っていた。

 

「クロウ」

「……アル・アジフ。何だ?」

 

 昨日からだんまりを貫いていた彼女は小声で、彼にだけ聞こえるように話す。

 その厳しい視線は、彼女達、否、セラに向いていた。

 

「あの女から決して目を離すな。あれはあの小娘より腹の底が黒くて侮れないぞ」

 

 言われずとも解っていると、クロウは無言で答える。

 非常に、不愉快だった。シスターの席を、見知らぬ誰かが我が物顔で奪っている気がして、遣る瀬無かった。

 

「――それに汝は、あの女の存在を最初から否定したのだろう? ならば迷うな」

 

 それは、いつしかのクロウ・タイタスの解答だった。

 

『……オレは、今のシスターしか知らねぇ。――だから、今のままで良い。例えそれが間違いでも、オレはそれで良いと思う。誰のせいでもない、オレのエゴで、そのままの君で居て欲しい』

 

 聞かれていたのか、という前に、彼は『セラ・オルドレッジ』の存在を最初から否定している。

 だからだろう、こんなにも心が騒いで、落ち着かないのは。まさか彼女の記憶が蘇り、彼女が消えてしまうとは――。

 

「……解ってるよ」

 

 握り拳に力を入れて、今一度自分の意志を確かめる。

 クロウ・タイタスにとって、『セラ・オルドレッジ』は単なる贋物に過ぎない。必ずシスターを取り戻すと心の中に誓う。

 

「それで一度話し合っておきたいんだが、『魔術師』達についてはどうするんだ? はやての一件もあるし、もう受け身じゃいられないぞ?」

 

 周囲を見回し、クロウは改めてこの話を切り出す。

 『過剰速写』も銃器を弄るのを一旦中断し、『神父』はソファに座って紅茶を飲んで一息吐き、『魔術師』との問題が解決するまで協力する事を約束したブラッドとシャルロットもまた真剣な眼差しで集中する。

 

「はいはーい、腹案があります、クロウさん!」

 

 ……そして、一番無視したかった彼女、セラ・オルドレッジは笑顔で口を挟んで来た。

 衝動的に怒りが湧いたが、クロウは堪える。感情的に納得いかなかったが――。

 

「昨日から皆の話を聞いて思ったのですが、その『魔術師』という人は反管理局思想の人物で、それ故に話し合いで解決出来ると思うんですよ」

「はやてが殺されかけたんだぞ!? 今更話し合いで済む訳ねぇだろう……!」

「戦えば解決出来ますか?」

 

 そう返されれば、何とも言えなくなる。

 間違い無く、『魔術師』の陣営と正面衝突すれば此方にも犠牲が出るだろう。そもそも、勝算があるのかさえ定かではない。

 幾ら海鳴市の大結界を壊されても、あの『魔術師』の底は誰にも見い出せなかった。

 

「――何故、八神はやてを殺そうとしているのか、その理由を今一度よく考える必要があると思うのです」

 

 まるで誰も彼も引き込まれるような口車を以って、セラの演説が始まる。

 

「はやてちゃんの生命を救うには闇の書の蒐集を実行する必要があります。ただこれは誰にも迷惑を掛けずに人間の魔導師以外を標的として集めれば時間切れの可能性が大いにあります。――『魔術師』の最初の提案は、無差別に襲って後腐れ無いように『ヴォルケンリッター』と『闇の書』に全ての罪を押し付けて完全消滅、でしたね?」

 

 クロウと『神父』は肯定するように頷く。クロウは渋々だったが――。

 

「必然的に八神はやてが死亡する前に666の頁を埋めるには、管理局の魔導師をも襲わなければなりません。これによってはやてちゃんが事件後、贖罪という名目で管理局に完全に取り込まれる可能性が発生する訳です。『ヴォルケンリッター』も『夜天の書』も諸共――そして此処に居る教会勢力の皆様もです。ブラッドさんやシャルロットさん、『過剰速写』さんはその限りじゃないですけど、彼女を人質に取られたら逆らえませんよね?」

 

 不安そうに曇るはやてを見ながら、セラは各々の顔を見回して笑顔で続ける。

 

「つまり『魔術師』は八神はやての生存を許さないのではなく、それらの戦力が管理局に取り込まれるのを断固阻止したいのです。――ねっ、意味合いが大分違って来ましたでしょ?」

 

 それ故に、原作通りの蒐集を目指した教会勢力とは相容れず、『魔術師』は八神はやての始末を目論んだ。

 故に、問題は八神はやての生死ではなく、管理局が一人勝ちするか否かという点にあるとセラは指摘する。

 

「ですから、共通の敵である時空管理局を生贄に捧げる事で、私達と『魔術師』は仲良く出来ると思うんですよ? お互いに協力して踏み倒せば良いんですよ、全部の罪をお誂え向きの『ギル・グレアム提督』に押し付けて。――これが八神はやてと『ヴォルケンリッター』の生存権を確立出来る、唯一の方策です」

 

 利用するだけ利用して、管理局を共同して切り捨てる事をセラは提案する。

 『魔術師』と管理局、何方が敵に回したら厄介かは明らかに『魔術師』に軍配が上がる。遠くの脅威よりも近くの脅威、その内患を取り除いて外患さえ払えるのならば――。

 

「……先に仕掛けて来たのは、『魔術師』側だ。もう一度交渉の席に座るとは思えない」

「其処は積極的に会話の機会を模索するしかないですね。向こうとしても、此方と全面衝突すれば被害は免れないですし」

 

 クロウは否定の言葉を発し、セラは即座に返す。

 卓上の空論だが、今の事が全部上手く行けば、『魔術師』と戦わずして八神はやての生存権を確保出来るかもしれない。だが――。

 

 

「……最初に言っておく。オレは、お前の事を全く信用していない。オレが知っているのはシスターであって、お前じゃないからな」

 

 

 場が凍り付く。クロウ・タイタスはセラ・オルドレッジの存在を否定し――彼女もまた当然のように受け入れる。

 

「ええ、存じております。この身が吸血鬼の魔眼の精神操作で作成された都合の良い人格、と疑われても私には晴らす手段がありませんしね。まぁ元々貴方は『私』を敵視していたようですけど」

 

 おどけたように笑い、されども、一切の感情が亡くなった無機質な眼でクロウの眼を射抜く。

 

「私は私の生存権を確立する為に、有効策を打ち出して自身の有用性を認めて貰うしかないのです。――最初に言っておきます。私は贋物の私に『私』を返す気など毛頭もありません」

 

 これがセラ・オルドレッジの返答であり、クロウ・タイタスに対する宣戦布告だった。

 誰よりも自身の立場の危うさを理解しているセラには、自身の知恵を絞って、自分の存在が役立つと周囲の者に認めて貰うしか生きる術が無い。

 そして、その生存競争における明確な敵が、シスターが誰よりも心開いていたクロウ・タイタスなのは皮肉以外の何物でも無かった。

 

「私は記憶を消される前に幾つもの布石を打ちました。その世界が『とある魔術の禁書目録』である事も、『首輪』を噛み砕く方法の考察も、この身が『転生者』である事も――次の私が自身が転生者であると自覚しているのはそれが理由です。ですが、私の本当の名前だけは一切残さなかった。何故だか解りますか?」

 

 冷笑すら浮かべ、セラは挑発的に語る。

 クロウ自身も感情が高ぶり、互いに一歩も譲らず、内に溜まった感情を爆発させるしかなかった。

 

「私は――『セラ・オルドレッジ』は記憶を消される前の私だからです。記憶を消された後の別人格の私は、私じゃありませんからね。私の記憶を取り戻す為までの繋ぎです」

 

 その言葉に、クロウの理性が一気に沸騰する。止め処無い怒りが、全身を支配する。

 

 

『私はね、『私』の記憶が消される前に遺した文書で、私が『転生者』である事を知った。それ以来、私の目的は『私』の記憶を取り戻す事が全てだった。でも、何処かで嘗ての『私』を私と同一視していたんだと思う』

 

 あの時のシスターの独白が、クロウの脳裏に色鮮やかに蘇る。

 

『記憶を失う前の『私』が全くの別人なら――今の私が、後に構築された贋物という事になっちゃう』

 

 肩を震わせて、シスターは独白する。

 名前すら思い出せず、彼女はひたすら過去の自分を求めた。

 

『……怖く、なっちゃったの。今の私は贋物で、本物の『私』に返さないといけない。失ったものは、取り戻さないといけない。それなのに……!』

 

 涙を流しながら、自身が贋物である事をシスター自身が認める。だが――。

 

『……クロウちゃん。臆病で卑怯な私を叱って。嘗ての『私』を絶対に取り戻せと怒って。それが、それが正しいのだから……!』

 

 それでもシスターは自身の存在意義を果たそうとした。贋物の自分が消えてでもそれが正しいのだと、信仰するように――。

 

 

「――まさか今の今まで掛かるとは思いもしませんでしたがね。贋物の私は、余程無能だったのでしょう」

「――ッッ! テメェッ! シスターがどんな想いで生きてきたか、考えた事あんのかァッ!」

「知りませんよ、そんな記憶は私の中には欠片もありませんからね」

 

 胸元を両手で掴み取って引き寄せ、クロウは完全に切れて叫ぶ。

 対して、セラは冷めた眼で激昂するクロウを見上げながら完全に見下していた。

 

「――私の本当の敵は『贋物』の幻想をいつまでも抱き続ける貴方という事ですよ、クロウ・タイタス」

 

 

 

 

「あーあ、雨なんてツイてねぇなぁ」

 

 『ワルプルギスの夜』の影響か、学校の授業は午前中に終わり――大雨となっている現状を見て、オレはうんざりとした。

 

「天気予報を見ていなかったのかしら? 入る? お願いしますって言うなら入れてやらん事は無いけどぉ?」

 

 ずぶ濡れ確定だと覚悟した直後、後ろから来た豊海柚葉がこれ見よがしに赤い傘を開いてにんまり笑う。

 プライドと打算が衝突し、火花を散らして鬩ぎ合い、呆気無く決着が着いた。

 

「ぐ、ぐぬぬ、お、お願いします……」

「はい、素直で宜しい」

 

 勝ち誇った笑顔が何ともむかつくが、背に腹は変えられない。

 相傘の形で、オレ達は雨の中を歩く事となった。靴が濡れないように雨溜りを避けながら、傘がある範疇を歩みながら――。

 

「……はぁ、こういう雨の日は良い思い出が全く無いなぁ」

「雨なんて好きな人種は非常に奇特だと思うけど?」

「別に好き嫌いは無かったんだが――オレのスタンド能力についてはどれぐらい知っている?」

 

 探るような視線で彼女を見て、豊海柚葉は少しだけ考え込むように唇に人差し指を当てる。

 此方の手の内を全部知られている可能性さえあるが、さて……?

 

「風力系で、ステルス能力がある事ぐらいかな?」

「……まぁいいか。雨じゃオレのステルス能力は視覚的には無意味なんだよ。丸見えも良い処だ。それに――」

 

 

「――雨は良い。日々蓄積した心の鬱憤が一斉に洗われるようだ。雨天の中に傘を差さずに打たれる自由もある、これは何のフレーズだったかねェ?」

 

 

 スタンド使いに襲われた苦い経験があって、嫌な予感しか思い浮かばない。

 例に漏れず、黄色い雨合羽を被った変哲のある青年が、独特なポーズをとって立っていた。

 この見るからに解り易い目の前の変質者には、予感どころか確信しか湧いて来ない。

 

「……何者だ?」

「川田組のスタンド使いさ。名前は樹堂清隆(キドウキヨタカ)だが、まぁそんなのはどうでもいい」

 

 黄色い雨合羽の男との間合いは十五メートル余り、近接型ではなく、遠距離型だと思われるが、この雨だ。最悪の予感が的中しない事を祈るばかりである。

 最悪を想定して逃走経路を確認する。現在のこの場所は通学路の閑静な住宅街であり、逃げ込むなら民家しかない。

 無関係な者を巻き込むのは非常に申し訳無いが、此方は生死に関わる問題なのでそうは言ってられない。

 

「残念だよ、君には少なからず期待していたんだがね? 新入り君」

「? 一体何の事だ?」

「しらばっくれる気か。堂々とその女にイカれて、気づかないとでも思ったのかい?」

 

 ……何か、致命的な勘違いをされている気がする。

 豊海柚葉に視線を送り、彼女は小さく頷く。この状況が非常にまずい事は彼女も見抜いている。

 

 

「――裏切り者には死を。いつの世も不変の摂理だねェ。『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』ッッ!」

 

 

 背後から気配を察知し、スタンドを装着し、豊海柚葉を所謂お姫様抱っこして最寄りの民家を目指して突っ走る。

 

 ――赤い傘が両断される。水で構築された二つの鎌が其処にはあった。

 

(……くそっ、やっぱりか! 名前からして水系統のスタンドだよな畜生めっ!)

 

 豪雨の時に水系統を操れるスタンド使いと戦う。これ以上にヤバい事は無いと言っても過言じゃない。

 此処では勝ち目が一切無いと悟り、脇目も振らずに全力疾走し――立ち塞がる無数の水の鎌が次々と押し寄せる……!? やべぇ、圧殺される――!?

 

「右、左、翔んで走って窓を突き破って――!」

 

 咄嗟に、豊海柚葉に言われた通りに反射的に行動して次々と襲い掛かる水の鎌を回避し、窓に向かって仮面ライダーの如くジャンプキックかまし、見知らぬ住宅に不法侵入する羽目となる。

 

(……幸いな事に家は留守か)

 

 状況確認しながら、突き破った窓から一目散に離れて別室に行く。

 どうせなら奴を見下ろせる二階が良い。階段を見つけて昇っていく。

 

「いい迷惑だわ。とばっちりもいい処じゃない」

「こっちの台詞だよ!?」

「それよりも、雨天時に水系統のスタンドとか史上最悪の組み合わせでしょ? どうするの?」

 

 未だお姫様抱っこしたまま、この腕の中に寛いでいる彼女に、オレは言葉を詰まらせる。

 この手の相手はスタンドそのものも水で構築されているケースが多く、物理的な攻撃しか持たないオレのスタンドではダメージを与えられない可能性がある。

 

「本体を叩くのが一番だが、遠距離型であってもこの手のスタンドは本体が近くにあると異常な性能を発揮する可能性が多い。まずは相手のスタンドがどういう性質なのか、注意深く探らなければならないな」

「手に負えなかったら雨が止むまで籠城してみる?」

「籠城出来るほどか弱い能力なら良いんだがな」

 

 彼女を優しく地面に下ろし、スタンドの装着を解いて自分の前に配置させる。

 今から二階の窓から襲撃者である樹堂清隆を見下ろす形となるので、攻撃を誘発させて手の内を探るとしよう。

 細心の注意を払って窓に近寄ろうとし――無数の水の弾丸が窓を蜂の巣にして此方に迫る……!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお――?!」

 

 ひたすら殴って殴って打ち払い、防ぎ切る。

 だが、またもや窓が開いてしまい、雨が部屋内に入り込み――大量の水分が、奴のスタンドを構築する。

 予想を反して正統派の人型のスタンド像――透明な水で構築されたボディの、異質なスタンドだが。

 

(水分を利用する事で、一般人にも見える類のスタンドか。それならスタンド以外の物理攻撃が通用するが……)

 

 一応試してみよう。廊下の片隅にある花瓶に手を伸ばし、逆に握り返される……?!

 

(しまった、花瓶の中に入っていた水が奴の手に……!?)

 

 此方のスタンドの腕に爪が食い込むが、遠距離型の定めかパワーは弱く、構わずそのまま花瓶を奴のスタンドに向かって全力投球する。

 

「――痛ッッ! しかも意味ねぇ……!?」

 

 爪によって此方のスタンドの腕が割かれ、少なからず裂傷を刻まれて負傷したが――予想通り、花瓶がぶつかって水分で形成されたスタンドが弾けて、あっという間に元通りになった。

 物理的な攻撃じゃダメージは一切無いのは明白だった。

 

「うーん、打つ手が無いわねぇ。降参してみる?」

「白旗振って助かるならするけどな。……このスタンドは相手にするだけ無駄なようだ」

「あら、諦めが早いのね。で、どうするの?」

 

 敵スタンドの戦力を改めて分析し直す。

 このスタンドは自動操縦型ではなく、手動操作の類のようだ。機械的な自動さではなく、人間的なムラを感じる。

 そして――我がスタンド『ファントム・ブルー』をステルスにして、奴のスタンドの後ろに音を立てて忍び寄らせて、ラッシュで攻撃する。

 

『ッッ!? ――!』

 

 水のスタンドは気づかずに殴り込まれ、背後に反撃の水鎌を縦横無尽に振るって家の廊下の一部を凄惨に切り刻む。

 避け切れずに右胸が裂傷し、白い制服に血が滲む。だが、それなりの成果はあった。

 

「このスタンドには眼に相当する器官はあるが、耳は無いようだ」

「ふむふむ、それで?」

 

 此方の姿は確認しているが、会話などを聞かれる心配は無いという訳だ。此処に唯一の勝機を見出す。

 

「セオリー通りに攻略する。本体を叩いてな」

「その本体まで辿り着く道筋が無理ゲーじゃない? あのスタンド、雨降っている外の方が絶対厄介だよ?」

「ああ、オレ達では手詰まりだ。オレ達ではな――」

 

 

 

 

「ふむ、裏切り者の分際で中々粘るじゃないかァ」

 

 樹堂清隆は必死に足掻く秋瀬直也達を追い詰めながら、時折水弾を送って追撃する。

 屋外で仕留められなかったのは手酷い痛手だったが、この豪雨が続く中、彼のスタンドは水を得た魚のように暴れ回れる。

 雨天時限定だが、その状況下なら無敵に近い戦闘力を誇る。それが彼のスタンド『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』である。

 

「つくづく惜しいスタンド能力だ。本来なら、冬川さんに役立てただろうに――」

 

 同じスタンド仲間として期待していただけに落胆は大きい。

 大恩ある冬川雪緒を裏切るなど、許されざる反逆行為であり――豊海柚葉と一緒に殺してやるのがせめてもの情けである。

 微塵の容赦も無く、油断も無く、されども樹堂清隆は自身の勝利を確信している。もう連中は自分の下まで来られず、決して破壊出来ない流形のスタンドに敗れるのみ。

 

 ――其処に驕りも侮りも確かに無かった。

 それでも数キロ先の上空から放たれた桃色の極太光線の狙撃など、誰が予想して回避出来ようか――。

 

「ギイィイイイイイイイィアアアアアアアアアアアアアァ――ッッ!?」

 

 非殺傷設定の砲撃魔法は、樹堂清隆の意識を一撃の下にノックアウトさせ――彼を長距離狙撃した張本人は十数秒後にその地に降り立った。

 

「――秋瀬君、大丈夫!?」

 

 敗因を敢えて述べるとすれば、此処が『ジョジョの奇妙な冒険』の世界ではなく、『魔法少女リリカルなのは』の世界であった事、その一点に尽きる。

 

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』 本体:樹堂清隆
 破壊力-C スピード-C 射程距離-A(2~100m)
 持続力-A 精密動作性-A 成長性-E(完成)

 水を操るスタンド、正確には水分をスタンドとする。
 その為、物理的な攻撃では一切のダメージを受けないが、蒸発させればダメージになる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43/後悔

 43/後悔

 

 

「……はぁ、何で生きているんだろうな、私は――」

 

 ソファを独占してやる気無く寝そべりながら、極限まで怠けている神咲悠陽は心底憂鬱気にそう呟いた。

 既に零れた溜息は百を超えた当たりで数えるのを諦める段階まで来ており、我が主の惨状を使い魔のエルヴィは涙無しでは語る事が出来なかった。

 

『……重傷だな。立ち直れるのか、これ?』

「うぅ、ご主人様。お労しや……!」

 

 相変わらず魔力不足で実体化出来ないランサーは呆れ顔一つも浮かべられず、エルヴィは失意の主を立ち直らせようとあれこれ躍起になるが、その全部が空回りして逆効果になるという失態を何度も何度も繰り返していた。

 具体的にはこの肢体で慰めようと思って夜這いを掛けるも、不貞寝されて無視されるとか、風呂場で背中を流すという名目で突撃するが、本当に背中を流すだけで終わったり、無限のやる気は悲しく空回りするだけに終わった。

 いつもの息があった二人とは思えない酷い有様に、ランサーはただただ唖然とするばかりである。

 

「……どうせ私に関わった奴は皆死んでしまうんだ。それなら、誰にも到達出来ない因果地平に引き篭もるのが一番だよなぁ――『第二魔法』から『全て遠き理想郷(アヴァロン)』かぁ。確か遠坂家からパチった宝石剣の設計図はあったよなぁ、まずは其処から始め――」

「いえいえ、待って下さい!? そんなどうしようもない理由で諦めた『魔法』を目指さないで下さい! 今は魔力の回復が最優先ですよ、ご主人様!?」

 

 その実現に軽く数十年掛かりそうな壮大な研究を無計画にやり出そうとした我が主を、エルヴィは必死にしがみつきながら止める。

 欠片も覇気が無い悠陽はまたもやソファに仰向けで寝転び、その上に赤面のエルヴィが乗っかる形になるが、気怠さを全面的に出して反応の一つも起こさないという酷い憂鬱具合だった。

 

「……魔力なんて『聖杯』を使えば幾らでもあるじゃないか。幾らで、も――」

 

 譫言のように悠陽はそう言って、その杯に再び眠っている聖女の事を思い出して、全力で落ち込む。折角何か別の事に逃避行しようとしたのに、躓いてどん底まで転がり落ちた具合である。

 こういう悪循環の繰り返しで、神咲悠陽の精神的な復旧の目処は当分付かなかった。

 

『あーあ、またかよ。まぁた自滅った……』

「あうあうぅ、ご、ご主人様ぁ……!」

 

 普段の彼と比べて、見る影も無かった。

 実の娘を殺害した事への精神ダメージは極めて深刻であり、むしろそのせいで有耶無耶となっていた彼のサーヴァントの自害を無限回に渡って回想してしまい、追い打ちに未来の高町なのはの事まで思い詰めてしまい、何一つ行動を起こせない精神状態に陥っている。

 

 ――不意に、携帯電話の着信音が鳴り響く。それは彼女の主の携帯からであり、この着信音設定は秋瀬直也だった。

 定時連絡にしては早すぎる。何か緊急事態が発生したと見て間違い無いだろう。それにも関わらず、無表情のまま寝そべる悠陽は欠片も反応せずに無視していた。

 気づいている上で無視しているという、何も解決しない、極めて救いの無い状況である。

 

「ご、ご主人様。秋瀬直也からの電話ですけど……?」

「……面倒だから、エルヴィ、お前に全部任せる」

「は、はぁ……」

 

 気怠げに自身の携帯を机に置いて、駄目人間っぷり全開でうつ伏せに寝そべる。

 今現在の暗い調子を切り替えて、普段通りに努めようと、エルヴィは意気揚々と携帯に出た。

 

「はいはい、もしもしー。今現在、ご主人様は多忙の為、不肖このエルヴィがこの電話に出ましたー!」

『……多忙、ねぇ。物は言いようってか?』

 

 最早涙無しでは語れない影の努力である、とランサーは不覚にもホロリと来る。

 実際問題、今の神咲悠陽の壊滅的な精神状態を知られる事は致命的と言っても差し支えない。何が何でも発覚しないよう、全力で隠し通すしか無いだろう。

 

『川田組のスタンド使いに襲われたんだが、これはお前達の指図か?』

「はい? ……え? 詳しくお聞かせ下さい」

 

 だが、秋瀬直也の身に起きた緊急事態は明らかに使い魔であるエルヴィの裁量を超えている事件だった。

 それも即座に対処しなければ自身の領地も真っ赤に燃えるような、危険な香りを秘めた――。

 

『下校途中に川田組のスタンド使い、名前は何だっけ、そそ、樹堂清隆に襲撃された。何でもコイツが言うにはオレは裏切り者らしいのだが? それで、一番疑わしい人物が豊海柚葉ごとオレを葬ろうとしたのかなぁって思ったんだが』

「ご安心を。その件に関しては私達は関与してませんよー。あと、それは個人の暴走ですか? それともまさかと思いますが、冬川雪緒からの指示ですか? 仮に後者だとしたら私達に知らせないのは筋が通らない話です」

『……まだ解らんねぇ。とりあえず、意識が戻ったら尋問する予定だ。それで、この件に関してはアンタ等は関与しておらず、味方と考えて良いのか?』

 

 当然の事ながら、今の神咲悠陽に策略を巡らせる余力も思考も余地すらも一切無く、その点に関しては此方の意図は全く無いと断言出来る。

 問題なのは、秋瀬直也から神咲悠陽に飛び火するのは時間の問題である予感がびんびんするものであり――非常にまずいなぁと思いながらエルヴィは冷や汗を流す。

 

「はい、今まで通り味方ですけど、援護などは期待しないで下さい。教会勢力と全面衝突に発展しましたので、手出しも手助けも出来ません。此方も現在は余裕がありませんので」

 

 間違っても、今の処の事件の中心人物である秋瀬直也を匿う余裕は、彼等の陣営に無かった。

 今の神咲悠陽はナイフ一本持った小学生でも殺せる勢いなので、危険極まるスタンド使いの襲撃など絶対回避しなければならない事態である。

 秋瀬直也を見捨てる事になるのは非常に忍びないが、エルヴィにとって主である神咲悠陽の安否が最優先である。

 

「ただし、私達の手足である川田組が独自の行動を取るのならば、私達にとっても由々しき問題です。何か新しい事実が判明したら逐一報告して下さい。情報面ならばフルに協力出来ます」

『……そうか。その時は宜しく頼む』

 

 通話を終えて、エルヴィは深く考え込む。

 

 ――便利屋扱いで使っている川田組は利害の一致から、ではなく、主に神咲悠陽と冬川雪緒の親友関係で成り立っている組織関係である。

 

 神咲悠陽にとって秋瀬直也の存在は豊海柚葉に繋がる情報源なので必須の部類、それを独断専行で処理しようとする事態が起こるなど明らかに異変であり、凶兆である。

 今の主人に何処まで聞き届けてくれるか、エルヴィにしても未知数だったが、とりあえず今の電話の内容を伝える事にした。

 生死の危機に瀕すれば、自ずと神咲悠陽は行動を取らざるを得ない。そう、少なからず期待して――。

 

「ご主人様、川田組のスタンド使いが秋瀬直也を強襲したそうです。冬川雪緒の指示かは不明ですけど」

「……単なる独断専行だろうよ。しかし、部下の不始末を冬川が止められなんだか。あれにしては珍しい失態だなぁ……」

 

 ――神咲悠陽は考える素振りさえ見せず、思考を放棄しており、エルヴィは全力で頭を抱えた。

 

「……ああ、駄目だこりゃ。早く何とかしないと……!」

『何とかなるビジョンが欠片も見えねぇけどなぁ』

 

 

 

 

 電話を終えて、喋った内容を逐一説明し――豊海柚葉は戦闘中にも崩さなかった余裕の笑顔を消して、極めて深刻な表情になっていた。

 勝手に先程の家に居座っているので、居心地が悪いが。一応、高町なのはに結界を張って貰っているので、その間は誰かが入ってくる心配は少ないが。

 

「……うわぁ、此処まで腑抜けてるんだ。今回の一件に関しては『魔術師』は全く役に立たないようね。まずいわ」

 

 髪に付着した水分を手で払いながら、彼女は必死な形相で思考に耽る。

 今まで味方だった川田組が一瞬にして敵に回ったが、オレ自身に疚しい点は無い為、中々実感が伴わない。

 あの冬川雪緒が自分を切り捨てる、という選択肢など端から在り得ないし、一体何が起こったのやら……。

 

「……何か心当たりでも?」

「理由は敢えて言わないけど、今回は彼等の勢力を除外して立ち振舞いを考えないと本気で死ぬよ? 私達」

 

 そう、オレを陥れる可能性がある両名、豊海柚葉と『魔術師』が揃って白と思わしき今、誰が書いた脚本なのかが今一不明瞭だ。

 そんな二流三流の筋書きにあの冬川雪緒が踊らされるとは考えにくいし、本当に冬川雪緒の身に何かがあったとしか考えられない。

 

「秋瀬君、柚葉ちゃん、目覚めたよ」

 

 と、バインドで例のスタンド使いを捕縛している高町なのはから、樹堂清隆が目覚めたと報告を受けてオレと豊海柚葉は赴く。

 黄色い雨合羽を剥いで素顔を表している金髪の男は、敵意を剥き出しにしながらオレ達を睨んだ。

 

 ――やはりというか、『液体』ではなく、本当に水しか操れないスタンド使いなんだと確信する。

 腕や胸から出血した血を操作しなかった当たりで、大体の目見当を付けていたが。

 

「……殺せ。裏切り者に話す事など何も無い」

「そうか。高町」

「はい?」

 

 中々に忠義心深く、生半可な拷問では屈さないだろうし、何より時間が掛かる。

 其処でオレは高町なのはを指名する。本人は何で呼ばれたか、疑問符を浮かべる勢いだったが、樹堂清隆の反応は劇的であり、脂汗をだらだら流していた。

 

「――ひぃっ!? お、おお、脅しには屈さないぞ……!」

『――Let's shoot it Starlight Breaker.』

「はい、何なりと聞くが良いっ! まずはお話で解決して下さい! お願いします!」

 

 ……それにしてもこのレイジングハート、主人と比べてのりのりである。

 というか、堕ちるのはえぇよ。少しは意地見せろよ。……まぁあんな極太の砲撃魔法に撃たれるなんて生涯御免だが――。

 

「……弱っ」

「ば、馬鹿野郎ォッ! 実際にディバインバスターを食らってから言いやがれェ――! 死ぬほど痛かったぞっっ!?」

「……にゃはは」

 

 どうやら超遠距離砲撃魔法での狙撃は彼のトラウマになったらしい。

 あれ以外で倒す方法が無かった、雨天時ではほぼ無敵のスタンド使いの癖に……。

 

「とりあえず、オレはお前達を裏切った覚えは欠片も無い。それを念頭に置いて聞いてくれ。今回の一件はお前の独断専行か? それとも冬川雪緒の指示か?」

「何を白々しい事を。これは冬川さん直々の指示だ。裏切り者を始末しろとな」

 

 ――ああ、くそ。一番否定して欲しかった事をあっさり肯定しやがった。

 尋問するオレは頭を抱えて、言葉が詰まり――代わりにドライヤーで髪を乾かしてもう一度ポニーテールにした豊海柚葉が前に出た。

 

 

「――ところでさ、前々から疑問に思っていたんだけど、あのバーサーカーを前に冬川雪緒はどうやって生き残ったのかしら?」

 

 

 オレと高町なのはからの視線を見て見ぬ振りをし、豊海柚葉は忠誠高い樹堂清隆に猜疑心を植え付けに掛かった。

 

「……何が言いたい?」

「死体を操るスタンドってある? 乗っ取るのでも可能だと思うけどね」

「何を馬鹿な事をっ!」

 

 憤慨して否定するが、沈黙するオレと高町なのはの深刻な顔を見て、樹堂清隆は視線を著しく彷徨わせる。

 

「あの堅物を絵に書いたような冬川雪緒が筋を通さないのは可笑しいって言っているの。今回の一件、『魔術師』の陣営はまるで知らないそうよ?」

 

 それを聞いて、樹堂清隆は驚いたように眼をまん丸にする。

 オレは『魔術師』と最も密接に関わっており、裏切り者として処分するのならば誤解が無いように『魔術師』に知らせてから行動に移すのが当然の経緯であろう。

 『魔術師』の恐ろしさは誰よりも知っているだろうし、この事が真実であるのならばまさに筋が通らない――彼の知っている冬川雪緒に、らしくない、のではなく、あるまじき指示である。

 

「どの道、君とは意見を共有出来ようが出来まいが私達の運命と一蓮托生よ。君は生かして帰すけど、普通に帰ったら恐らく始末されるよ? 私達と内通したと疑われてね」

「冬川さんがそんな事をする訳が……!」

「もう私達は冬川雪緒が嘗ての冬川雪緒でない事を前提に話しているの。その方がむしろ筋が通るし」

 

 豊海柚葉が嬉々と植え付けた疑心暗鬼の芽は、否定出来ないほど彼の心を蝕み――その上手く扇動出来た様子に、彼女は満足気に笑った。

 

「同僚のスタンド使いで信頼出来る者を見繕って、冬川雪緒を探って来て欲しいの。彼が本当に冬川雪緒ならば、反逆行為にも背信行為にもならないでしょ? 彼が今まで通りの彼で、正常で信じるに足る者だったのなら、また私達を襲えば良い」

 

 豊海柚葉の指示でバインドが解かれ、樹堂清隆は夢遊病の患者のようにふらふらと歩いて、何処かに立ち去って行った。

 

(アイツの水の鎌の軌道を完全に見切った事から、写輪眼のような動体視力か未来予知の類だと思ったが……写輪眼なら幻術か? でもまぁ眼の色は変わらなかったからそれは無いだろうけど)

 

 コイツの保有する能力は未来予知系統だと思ったが、精神干渉や洗脳系もあるのか……? そんな万能能力なんて心当たりも無いが――。

 

「……やっぱりお前って怖いわ。先程まで敵だった奴をこうも簡単に使えるとはな」

「『魔術師』が腑抜けていなければ私の出番なんて無かったんだけどね」

 

 ぶーぶーと文句言いたげな顔で豊海柚葉は不機嫌そうにする。

 

「でも、状況は何一つ好転していないわ。私達は常に『スタンド使い』の襲撃の危機に瀕している。本当に厄介よねぇ」

「……全くだ。頭が痛くなるぜ」

 

 『スタンド使い』の多種多様性は随一であり、戦闘をしながら相手の能力の絡繰を見破らない限り勝機は訪れない。

 一騎当千のような派手さは無いが、型に嵌まればその一騎当千の兵すら討ち取れるのが『スタンド使い』の強みである。

 

「あ、あの!」

 

 今後の身の振り方を考えていると、高町なのはの方から声を上げて、オレ達は彼女の方に振り向く。

 

「私に出来る事は何かありませんか……!」

 

 その必死な立ち振舞いを見て――冬川雪緒の事を思い出す。

 

 ――確実に、高町なのはは罪悪感を覚えている。

 月村すずかに倒され、死の淵に居た処を冬川雪緒の挺身で救われた。後で助かったと解って事無き得たが、どうも風向きが怪しい。

 だが、もしあの時に冬川雪緒は死んでいて――別の誰かに摩り替わっているような事態になっているのならば、その全ての責任はオレが背負うべきものである。

 

「……いや、高町。冬川の事は、オレ達も半信半疑で――」

「折角の好意を無為にする事は無いわ、直也君」

 

 オレの言い訳じみた言葉を遮ったのは豊海柚葉であり、オレは瞬時に眉を顰める。

 高町なのはをこの一件にこれ以上巻き込むつもりか、と睨みつけるが、笑い返されてスルーされる。

 

「暫くは固まって行動しましょう。互いだけが最後の頼みの綱になるかもしれないわよ?」

 

 

 

 

 クロウとセラの一触即発の緊迫した状況は、『神父』の機転によって二人を別々に隔離する事で事無きを経て――セラは陰湿な雨降る景色を眺めながら、一人で黄昏れていた。

 

「……退屈な部屋。本当に何にも無い部屋ね……」

 

 此処は彼女の部屋、否、彼女じゃない『シスター』の部屋であり、女性の部屋とは思えないほど飾り気が無くて殺風景でげんなりする。

 いや、気が滅入る理由は他にもあるのだが――ふと、唯一飾られていた写真が眼に止まる。

 自分じゃない誰かが笑って――あのクロウ・タイタスと一緒に写っている。幸せという題名を形にしたような写真であり、酷く心が傷んだ。

 見続けるのも苦痛であり、咄嗟に写真立てを伏せる。子供じみた真似に自己嫌悪さえ抱きながら、彼女はベッドに寝転んだ。

 

「……解っているよ。突然降って湧いた部外者の私に、居場所が最初から無い事ぐらい」

 

 世界から一人取り残されたかのような疎外感は、錯覚ではなく真実である。此処には彼女が知る者は誰一人居ないし、彼女を知る者もまた誰一人居ない。

 

「……どうしろ、と言うのよ。いきなり私なんかに投げ出されてさぁ」

 

 ――記憶を取り戻すのが、余りにも遅すぎたのだ。

 

 こんな事ならば、一生目覚めなかった方がまだ幸せだっただろう。自分も、そして彼女も、その周囲の人達も、誰一人傷付かずに済んだだろう。

 

「……十万三千冊の魔道書の知識を持って、首輪無しで行使出来るなんて規格外も良い処でしょ。そんなのと何も出来ない無力の私に入れ替わったら怒られて当然でしょ……」

 

 ――本当に、嘗ての自分が羨ましい。憎たらしい。

 彼女の事をこんなにも想ってくれる人達が傍に居て、本気で心配して怒ってくれる人が傍らに居るなんて――。

 

 こんこん、と控えめのノックが鳴り響く。私はベッドから起き上がって「……どうぞ」と小声で言う。

 此処は彼女の部屋ではなく、他人の部屋だ。誰が訪ねて来ようが、彼女に拒否する権利は無い。出て行け、と言われるのならば、出ていくしかあるまいだろう。

 了承を得て入ってきたのは、予想を反する事に『神父』だった。

 

「少し話をしたいのだが、良いかね?」

 

 『神父』は笑顔でそう切り出し、セラは無言で頷いた。

 どうにも、彼だけは人物像を掴めずに居る。セラの無理難題な提案を聞き受けてくれたのも彼であり――不安に思いながらも、その心中を聞く事にした。

 

「……どうして、私の意見なんて取り入れたんですか?」

「泣いている子を放っておける親はいませんよ」

 

 その言葉に、目元が熱くなり――首を何度も振り払って、雑念を払う。

 彼のその感情は自分ではなく、セラではないシスターに向けられたものに過ぎないと最初から諦めるように。

 

「貴方の知っている私は、『私』じゃありませんよ」

「もう一人、新たに増えただけです。最近は減る一方でしたがね」

 

 『神父』は少し寂しげに笑う。

 

「一つ昔話をしましょう。二年前の事です」

 

 この海鳴市の大体の事は聞いている。無論、魔都じみたこの都市で起こった事件も、今更聞くまでもなく全て聞き及んでいるが、セラは静かに耳を傾けた。

 

「その頃は海鳴市にとって屈指の大混迷期でした。転生者の割合が過去最高でしたからね、彼等が起こす犯罪は通常の法的機関では立件出来ず、野放し同然でした」

 

 二回目の転生者は殆どミッドチルダ式の魔導師としての素養があるだけで、デバイスがなければただの人間だが、三回目の転生者は以前の世界の才覚を引き継いでいる。

 その異能力をもって好き勝手暴れる者は、今とは比べ物にならないぐらいのさぼっていた。その時点では、神秘の隠蔽を徹底する『魔術師』と、転生者への復讐組織である『武帝』という最大の脅威は存在しなかった為だ。

 

「まぁそれでも――この孤児院はその時期が一番平和でしたよ。神咲悠陽も居て、湊斗忠道も居た。喧嘩は絶えませんでしたが、賑やかでしたよ」

「……『魔術師』に武帝の人も?」

「ええ、この孤児院出身です。あれほどまでの者達がこのしがない孤児院に捨てられたのは皮肉な話ですね」

 

 『禁書目録』だった彼女、十三課の『神父』、埋葬機関の『代行者』、『魔術師』、『銀星号』の仕手、『竜の騎士』、『全魔法使い』、才能無き『魔導探偵』――極めて傑出した転生者がこんなにも集まっていた事実に、セラは改めて驚愕する。

 もうこの教会の孤児院は特異点に指定されても文句無いぐらいである。

 

「そしてあの忌まわしき吸血鬼の事件が起こった。この事件の過程で、私達はこの街の歪みを正すには、もっと直接的で大胆な手法でなければ不可能であると悟ったのです」

 

 『神父』は静かに「転機はまさにその時でした」と語る。

 

「内外の脅威を払う『魔術師』、無法の転生者を恨む非転生者達に復讐の手段を与える『武帝』、異端者や吸血鬼を殲滅する『教会』の三勢力に分離したのは必然でしたね」

 

 ――つまりそれは、自然に分離したのではなく、共通の目的意識を抱いて三つの道に進んだという事では無いだろうか?

 

「これら三勢力は海鳴市にとって無くてはならない、必要不可欠の自浄作用です。その事実を知っているのは私と悠陽と忠道だけですがね。――まぁ悠陽は吸血鬼を飼った件が負い目になって、自ら進んで独立しましたが」

「……どうして、前の私にも喋っていない事を私に?」

 

 極めて重大な裏事情を聞いて、何故そんな事を自分に話すのか、必死に脳を動かしてセラは推測する。

 その三勢力は裏で結びついていて、万が一の有事の際は協力出来るが、組織である以上、自由に身動き出来ないケースもある。

 

「出来る事ならば、私は息子達と争いたくはない。言葉で解決出来るのならば、それが最善であり、最良なのです」

 

 利害の一致という観点もあり、今回の争点である『闇の書』の主の処遇については互いに思う処があるのだろう。

 互いに滅ぼす訳にはいかないが、争う事もある。それはつまり――。

 

「私にはこんな卑怯な言い方しか出来ませんが――貴女なら、それが可能だと思ったからですよ」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44/第五世代

 44/第五世代

 

 

 外は不気味なぐらいの勢いで晴れ、オレと豊海柚葉と高町なのはは三人仲良く帰路に付く。

 少し裂かれた胸と、爪を立てられて抉られた右腕が痛む。今現在は高町なのはの家に向かっている最中なので、其処でまともな治療を受けられると良いのだが。

 

 ――この帰り道に、またスタンド使いの襲撃が無いか、細心の注意を払って警戒している。

 せめて一日一回程度のペースにして欲しいものだが、敵にそんな泣き言を言っても受け入れてくれず、無駄に終わるだろう。

 

「さて、最初にはっきりしておかないといけない事があるんだけど」

「……何だ?」

 

 徐ろに豊海柚葉が口を開く。真剣な表情なので耳を傾けておく。

 

「冬川雪緒の皮を被った別人物、面倒だから『ボス』と仮称しましょうか。それは何故、私達を――いや、秋瀬直也を始末する必要があったのか?」

 

 冬川雪緒が冬川雪緒のままならば、今のオレ達の窮地は無い訳で――感情的に納得出来ないが、違う前提で話すのは当然の事だろう。

 そしてその疑問が今後の方針に関わっている気がするのは豊海柚葉だけではなく、オレもである。

 

「頭だけ摩り替わったのならば、今まで通り利用するだけで良かった。それなのにわざわざ危険を犯してまで直也君に刺客を送る必要があったのかしら?」

「……つーか、その『直也君』って何だ? さっきも一回言っていた気がしたが、何でまたその呼び方を?」

「あら、友達になるにはまずは互いの名前を呼び合う事から、じゃなかったかしら?」

 

 何か凄く良い笑顔で高町なのはの方を向いて喋り、高町なのはは何故かショックを受けたような顔を浮かべる。

 物凄く嫌な予感がするのは、恐らく気のせいじゃない。

 

「え、えとっ! 私の事も『なのは』で良いよ、だから私も、その、直也君って呼んで良いかな……!?」

「わ、解ったから、先続けてくれ……」

「……ゆ・ず・は。アーンド、な・の・は。はい、復唱」

 

 うぐ、コ、コイツ、異性の下の名前を堂々と呼ぶなんざ気まずいというか気恥ずかしいったらありゃしないのに……!

 

「……ゆ、柚葉。な、なのは……これで良いだろう!?」

「はい、良く出来ました。ぱちぱち」

 

 ……何だろう、この物凄い敗北感は。この胸に込み上がった怒りに似た感情は一体何だろうか?

 つーか、その高町理論は同性の友達に関する事であって、異性では別問題だと思うのだが。

 

 

「それで直也君が狙われる理由なんて一つしかないと思うのよ――『矢』でしょうね」

 

 

 ……うわぁ、やはりというか、何というか、見事なまでに見抜かれてやがる……。

 高町なのはは――ああ、もう面倒だからなのはで良いや。なのはは不思議そうに小首を傾げた。

 

「『矢』?」

「射抜かれて才能があるなら生き残って『スタンド使い』になれる。更に『スタンド』を『矢』で射抜けば世界を支配するに足る力が手に入る――これさえあれば無限に戦力増強出来て、神の領域までパワーアップ出来るという認識で良いわ。何方も失敗すれば死ぬけどね」

 

 柚葉はなのはに親切丁寧に説明する。前々から思っていたけど『ジョジョの奇妙な冒険』に対する知識も万全なんだな、女の癖に。

 ……女性読者なんて居たのかねぇ?

 

「けれど、現状でそれを何となく察していたのは私と『魔術師』だけ。だから『ボス』は、直也君が『矢』の保有者であると知っている人物になる」

「……馬鹿な! あの『ジョジョの奇妙な冒険』の世界には、転生者はオレ一人だった筈だ!」

 

 そう、それはほぼ間違い無い。前の世界で転生者なんて珍種は自分一人しかいなかった筈だ。

 もし、彼女の言っている事が正しいのならば、それは――。

 

「例外が居たのか、直也君が気づかなかった転生者が居たのかは不明だけど、そういう人物が冬川雪緒に成り変わっていると考えた方が自然だと思うわ。――もしかしたら、前に話した殺されたら十秒前に戻せるスタンド能力者かもしれないわよ?」

 

 自身と道連れした邪悪の権化たるあの男の顔を思い出してしまう。

 気づかない内に歯を食い縛り、ギリッと歯軋り音が鳴り響いた。

 

「……その場合は最悪だ。此方の能力を全部見抜かれている上に殺せない天敵だ。あれの邪悪さは、悪辣さは、オレが保証する」

 

 もう一度、同じ殺し方で葬れるかと問われれば、間違い無く否だろう。

 あの男でなくても、嘗て打ち倒して来た敵ともう一度戦えなんて罰ゲームも良い処だ。ぞっとしない話である。

 

「まぁまだ決まった訳じゃないわ。樹堂清隆が上手く探ってくれる事を祈りましょう。そしてそれまで、私達は川田組のスタンド使いの襲撃を退かなければならない」

 

 またしても『矢』がオレの運命に強く作用するか。

 本当に呪われたアイテムのような気がしてきた。百害あって一利無し――敵に渡る可能性を此処で零にしておくべきか?

 

「――『矢』を破壊すれば……」

「解決にならないわ。壊した処で襲撃が止む訳でも無いし、むしろ切り札を一つ失う事になるわ」

「……オレ自身が使え、とでも言う気か?」

 

 嘗てのオレは、この『矢』を支配出来る自信が無かった。

 それ故に最後までスタンドの中に死蔵し、奴にも渡さなかったのだが……。

 

「そんな事態まで追い込まれない事を祈るのみね」

 

 博打どころか、完全な自滅手だしな。その柚葉の意見には同意するばかりである。

 それにしてもオレのスタンドがレクイエム化か……一体どんな能力に進化するのか、まるで予想が付かない。

 暴走したら、シルバーチャリオッツ・レイクエム並に迷惑な猛威になるのかねぇ?

 

「さて、なのは。スタンド使いに対する知識を歩きながら授けるから、死にたくないのならば全て脳裏に刻むように」

「は、はいっ!」

 

 柚葉は話の矛先をなのはの方に向ける。

 確かに、スタンドに関する予備知識がなければ今後の戦いは非常に厳しい。

 『魔術師』が頼りにならない今、なのはに頼らざるを得ないのは情けないばかりだが、『矢』が渡れば海鳴市全体に被害が及ぶ。

 事の重大さがオレ一人の手を遥かに逸脱している為――味方は、一人でも多い方が良い。

 

「その一、スタンドは基本的にスタンド使いにしか見えない。さっきのスタンド使いのように物質と同化している類のは見えるけど。直也君、スタンドを出してみて」

「ああ」

 

 自分の隣にスタンドを出すが、なのはにはやはり見えていない様子である。

 

「隣に出ているけど、見えないでしょ?」

「……はい、見えないです」

「でも、レイジングハートのエリアサーチなら引っ掛かる筈よ。生命エネルギーの像だからね」

 

 え? マジで?

 エリアサーチで見つかってデストロイされちゃうの?

 

「レイジングハート」

 

 ビー玉状で待機状態になっているレイジングハートに声を掛け、光ったと思ったら何か粒子のようなものに全身を触れられたような感触が走る。

 なのはの目線はスタンドの方に向いており、本当に発見出来るんだと感心すると同時に恐怖する。

 彼女が味方で良かったと思うべきか、今後敵にならない事を祈るべきか……。

 

「そのニ、スタンドに触れられるのは基本的にスタンドだけ。ある程度は本体の自由意志で透過出来るから、物理的な手段では傷つけられない」

 

 オレはスタンドの右腕でなのはの頭の上に置く。

 驚いたなのははスタンドの掌に手を伸ばすが、透過させているので指先一つ触れられない。頭への感触はあるのに手の実態は無い事を理解する。

 

「でも、魔法ならば無効化出来ずに通用する筈よ」

「という事は、私からの攻撃は有効なんだ……」

「スタンドの像が見えないから、一方的に攻撃される可能性もあるけどね。其処はレイジングハートに補って貰いましょう」

 

 ……何だかレイジングハートが妙に自己主張するように光る。

 やっぱり、なのはが砲撃魔法大好きっ子になった大半の理由はこのデバイスにあるのではないだろうか……?

 

「その三、スタンドが傷付けば本体も傷付く。ただし、自動操縦型とかで例外も少なからず居るから余り絶対視しない事ね」

 

 今度は自分のスタンドの右腕を強く掴み、本体の同じ部分が圧迫され、状態が共有されている事を実際に示す。

 なのはは触れずに指先の指圧によってへっこんでいる我が腕を不思議そうに眺めた。

 

「その四、スタンドは一人につき、基本的に一体。けれども、数十数百に分裂している類のもあるから、その場合は一匹一匹を潰しても本体のダメージは微弱って事を覚えておけば良いわ」

 

 『ハーヴェスト』と『バッド・カンパニー』は反則的な強さだったよなぁ、と染み染みと思い出す。

 尚、『セックス・ピストルズ』は六分割なので、一体潰されただけで結構な致命傷を受ける。

 

「その五、スタンドには射程距離がある。近距離型はニメートル程度で力が強く、遠距離型は五十メートル以上、中には数キロという極端に長い射程を持っているのも居るわ。共通する事は本体から距離が離れるほど出せるパワーが少なくなるという法則があるわ。……手動操作じゃない自動操作の類のはパワーは強いけど、複雑な行動を取れない可能性が高い」

 

 基本的な法則であり、何事にも例外があるから額縁に嵌めて考えるのは危険だが、まずは経験則を養う事から始まるものだ。

 基本を押さえずして応用には行けないという訳だ。

 と、此処まで柚葉が解説していて、何やらなのはが難しく考え込んでいるご様子。今までの内容を理解出来ているのだろうか……?

 

「……えと、大丈夫か? 高町……じゃなくて、なのは」

「う、うん。まだ大丈夫っ!」

「そ、そうか……」

 

 本人がこう言っているので、何も言えなくなるが――分割思考すら出来るミッドチルダ式の魔導師だから、大丈夫か。

 

「その六、スタンドは特殊な能力を一つ持っている。先程のスタンド使いでは水を操る能力、直也君のは風を操る能力。相手の能力を戦闘中に見抜く事が出来れば勝利出来るわ。――逆に言えば、見抜けなかったら死ぬから。スタンド使いとの戦闘はどんな些細な事でも見逃さない観察力・注意力が必要とされるわ」

 

 相手の能力が複雑になればなるほど、解き明かす事が出来れば勝利は間違い無し――シンプルな奴は逆に発覚しても応用力を発揮して予想だに出来ない攻撃を仕掛けてくるが――。

 何方にしろ、スタンド使いという連中は敵に回すと厄介極まりないのである。

 

「スタンド使いは貴女達魔導師のように力尽くでのゴリ押しは出来ない。万能型ではなく、一点特化型と考えて良い。自身の中で最も傑出した才覚を持って挑んでくるわ。なのは、貴女は貴女の持ち味を生かして戦いなさい。敵の土俵で戦う必要も無いしね」

「私の持ち味……?」

「砲撃魔法による圧倒的な射程での一方的な制圧攻撃、絶対的な火力、堅牢な物理防御力よ」

 

 本当に、前から思っていたけど、魔法少女とは思えないカタログスペックだなぁ。

 魔法少女とは一体何なのかと、哲学的に考えたくなるものだ。

 

「……魔法少女なのに、まるで戦艦みたいな言われようだな」

「今更ねぇ、関節技(サブミッション)が得意な魔法少女よりマシでしょ」

 

 魔法少女の癖に「魔法少女相手に接近戦は不利だ!」とか言われるあれかよ……。

 冬川といい、何でそんなに認知度あるんだ? あの漫画及びアニメ。

 

「豊海……っと、柚葉の講義で大体大丈夫だが、最後に一つ。スタンドは成長する。追い詰められたら成長して能力が変わってしまう奴も少なからずいるという事を、頭の片隅に留めておいてくれ」

 

 まぁ戦闘の最中に能力が一変するような主人公補正持ちの野郎は居ないと信じたいが、一応そういう可能性もあると指摘しておく。

 

 ――あれこれ喋りながら、翠屋に辿り着く。

 だが、何故だか知らないが、看板で休業中という知らせがあり、なのはは首を傾げた。

 

「……なのは、今日は休みか何かか?」

「ううん、そんな話は聞いてないよ。普段通り営業の筈だけど――」

「直也君が先方を務め、なのははバリアジャケット着用で次に突っ込んで制圧準備。良いね?」

 

 何かおかしい。些細な違和感だが、此処に至っては確信に近い。

 オレ達は互いに頷き合い、せーので扉をぶち開けて突っ込む。翠屋の中には人気が驚くほど無く――奥の席に座っている奇妙な男がコーヒーを啜っていた。

 

「やぁやぁ、おかえり。雨の日の樹堂相手にその程度の軽傷で済むとは、君はやはり侮れない『スタンド使い』のようだ」

「――高町さん達をどうした?」

 

 外人じみた彫りの深い顔の――三十代後半の白人男性だった。一目で解る、侮り難き『スタンド使い』のようだ。

 この男がこうして居るのに関わらず、高町さん達の気配は欠片も感じられない。その事実に気づいてか、なのはの動揺は目に見える程だった。

 

(……まずいな。既に人質として何らかの方法で隔離されている?)

 

 注意深く睨みつける。男のテーブルの上にはコーヒーの他に――四つの宝石が並んでいる。種類までは流石に解らないが、薄い色合いの漆黒の宝石、薄い桃色の宝石、強い碧色の宝石、淡い黄色の宝石――。

 

「私は宝石に眼の無い人間でねェ、一日中眺めていても飽きないぐらいさ。特に私の好きなのは人間の魂の色を輝かす宝石だ。千差万別でねェ、唯一つ足りても同じものがない」

 

 漆黒の宝石を手掴んで、うっとりながめながら男は笑う。此処で悟ってしまう。コイツがどういう類のスタンド使いなのかを――。

 

「高町士郎、高町桃子、高町恭也、高町美由希、此処に四つの魂の宝石がある。――コインや人形よりも味わい深いだろう?」

「……まさかのダービー兄弟系のスタンドかよ……!」

 

 『賭け』で負けを認めた相手の魂を奪って宝石に変えてしまう能力――。

 最高に厄介極まる。既に人質として四人の魂が奪われている今、容易には――って、あ。なのはが背後でレイジングハートを振り翳し、アクセルシューターを撃ち放っていた。

 

「――っ!」

「駄目だ、なのはっ!? 人質に取られているも同然なんだぞッッ!」

 

 しまった……! なのはにはこういう系統のスタンド能力を全く知らない。本体を殺しても、奪われた魂が戻る保証が無いというのに……!

 だが、四つの魔力光は奴のスタンドによって全て叩き落された。黒色の全身鎧を纏い、どっしりと構える厳ついスタンドだった。

 

「……なっ!?」

 

 なのはの驚いたような瞳を見る限り、コイツは彼女にも見える型のスタンドのようだ。だが、ダービー系にしてはスピードもパワーも段違いだったが……?

 

「危ないなァ、高町なのは。まぁ御両親御兄妹を宝石に変えられたんだ、逸る気持ちは十分理解出来るがね――紹介しよう、これが私のスタンド『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』だ。見ての通り、勝負に負けた者を宝石に変えるだけのスタンドであり、無害故に無敵に近い自衛能力を持っている」

 

 なるほど、ダービー兄弟の場合はまず相手を勝負というテーブルに座らせる事から始めなければならないが、このスタンドの場合はその手順が不要という訳か。

 明らかに上位互換版じゃねぇか。性質が悪い。

 

「何でも良い。私とゲームをして勝てば良い。負ければ宝石となって貰うがね。君達の宝石の輝きは一体どれほどのものだろうねぇ――?」

 

 薄気味悪い眼で、その男は頬を釣り上げて笑った。

 この手のスタンド使いと戦うのは初めての経験だ。どうするか――あれこれ悩んでいる内に、柚葉が前に躍り出た。

 

「――良いわ、遊んであげるわ。さて、直也君になのは、私に生命を預けられる?」

 

 柚葉は意地悪く笑い、此方を試すように笑う。

 それ、最初から選択肢無いだろうに。オレは気疲れしながら溜息を吐いた。

 

「……物凄ぇ不本意だけど、それが一番確実だよなぁ。任せる」

「お願いします、柚葉ちゃん!」

 

 他人に自分の命を託すのは不安だらけだが、コイツ以上の曲者は『魔術師』以外居ない。其処は絶対的に信じて良いだろう。

 

「それで、詳しいルールを説明してくれるかしら?」

「種目を交互に選び合って勝負する。ただし、同じ種目は連続で選べない。事前に賭ける宝石の数を宣言してくれたまえ。――先手は君に譲ろう」

 

 彼が座るテーブルに柚葉は堂々と座り、男は余裕綽々に挑戦者を受け入れる。

 

「ああ、最初に聞いておくけど、賭けの対象になる宝石は高町士郎、高町桃子、高町恭也、高町美由希、貴方、秋瀬直也、高町なのは、私だけかしら? どうでも良い誰かを賭けられても困るわ」

「勿論だとも。ああ、それと一つ言っておくが、私のスタンドは公平な審判だ。イカサマ行為に関しては厳しく処罰する。発覚すれば無条件で宝石になると思っていてくれ」

「公平な審判かは疑わしいけど、ええ、見破られたら宝石一つで支払うという事で良いかしら?」

 

 男はにやりと笑って同意する。うわぁ、バレなきゃイカサマじゃねぇ理論で絶対やる気満々だ……!?

 

「一応、証明しておこう。此処に高町士郎、高町桃子、高町恭也、高町美由希の魂の宝石がある。これの一つを解り易いようにコーヒーカップと入れ替えて、これが高町美由希の宝石だと詐称しよう」

 

 薄い黄色の宝石を懐にしまって、コーヒーカップを前に出す。すると――彼のスタンドが自動的に彼自身の胸を殴って攻撃し、彼は椅子から倒れて吹っ飛ぶ。

 彼のスタンドの手には黄色の宝石があり、それをテーブルの上に静かに置いた。

 ……恐らく、今この瞬間に力尽くで奪おうと思えば、このスタンドは容赦無く牙を剥くだろう。

 それにこの機械的な動き、自動操縦型の類に違いない。本当に、公平なジャッジメントかもしれない。

 

「――~~っっ、こういう事だ。ご納得頂けたかな?」

 

 痛そうに顔を歪めながらも、男は凄絶に笑う。本当に、根っからのギャンブラーという処か。

 本業の彼に、柚葉は出し抜く事が出来るだろうか……?

 

「それじゃ勝負の前にお約束の一言を宣言して貰いたい。まぁ私のスタンドに限っては言わなくても大丈夫なのだがね」

「私の魂を賭けるわ」

「――グッド!」

 

 最高の笑顔をもって、彼は挑戦者の心意気を賞賛する。

 

「なのは。トランプを持ってきて。最初の種目は神経衰弱で宝石三つ賭けるわ」

「――ちょっと待て。いきなり全部かよっ!? 負けたらどうするつもりだ!?」

「確実に勝てる勝負だよ?」

 

 ……真顔で返しやがったぞ、コイツ……!?

 

 神経衰弱はジョーカーを除く一組五十二枚のカードを使い、伏せた状態でよく混ぜ、テーブルに広げる。

 プレイヤーは好きなカードを二枚その場で表に向けて、その二枚が同じ数字であるのならばそれらを得る事が出来て、もう一度取る権利を貰える。

 最終的には取った枚数が多いプレイヤーの勝ちであり、運否天賦に寄らない、完全な記憶力の勝負である。

 

 そう、このゲームに完全に勝てるような必勝法は無い。最終的に記憶力の勝負になるが、余程自信があるのか? 目の前の男の能力など未知数なのに。

 

 二階からカードを取ってきたなのはが戻り、テーブルに広げて勝負スタートとなる。

 

「先手は君に譲ろう。何、レディーファーストだ」

 

 ちょっと待て。このゲームは後攻が有利だからちゃんとジャンケンで負けた方を先に――と言いかけた処で、柚葉はあっさり承諾する。

 

「あらそう。――まぁ、貴方のターンはもう無いんだけどね」

 

 柚葉は適当にカードを開く。ハートのエース、クラブのエース。これは最高に幸先が良い。全ての配置が不明な状態で偶然当てるとは――。

 続いてダイヤのエースに、スペードのエース、ハートの2にクラブの2、ダイヤの2にスペードの2……!?

 

「何イイイイイイイイイイイイイィ!? 『宝石の審判者』ッッ!? どういう事だアアアアァ――!?」

『不正ハ無カッタ』

「なっ、馬鹿言えッッ! 百発百中で何が不正無しだアアアァ――!?」

 

 そんな一人とスタンドのやり取りを無視して、柚葉は次々と順番にカードを取っていく。傍らから見守るオレにも種も仕掛けも見当が付かない。

 

『仮ニ、コノ行為ヲ『イカサマ』ト断ジルニハ、オ前自身ガ種ヲ暴ク必要ガアル。百発百中ノ直感ニ種ト仕掛ケガアルノナラバナ』

 

 ……やはり、柚葉には未来視に類するスキルを保有している。道理で絶対に負けない勝負と言って、此方の生命を全部賭けた訳だ。

 宣告通り、奴のターンは一回も訪れる事無く、柚葉は全てのカードを一ターンで取り尽くした。

 

「はい、終わり。これで宝石三つ、残り二つね」

 

 ……うわぁ、凄っげぇ悪い笑顔を浮かべてやがる。

 コイツが味方で心底良かったと安心する。つまり運否天賦の勝負、確率が絡む勝負では、彼女の直感は無敵に近い具合で作用するという事か。

 男は非常に悔しがりながらも、薄い桃色の宝石を除く三つの宝石を丁重に手渡した。

 

「……くく、なるほど。道理であの『魔術師』が対決を避けて石橋を叩くように慎重になる訳だ。本能的に君の恐ろしさを見抜いていたという訳か」

 

 脂汗を流しながらも、この男は非常に楽しげに笑う。

 

「ほら、早く次の勝負を指定しなさい。貴方の選んだその勝負方法で引導を渡してあげるわ」

 

 ……えげつねぇ。あの未来予知しているような直感を見る限り、カードでの勝負では天と地が引っ繰り返っても勝てないだろう。

 つまりは将棋やチェス、囲碁のような運の入る余地の無い勝負方法を提示しない限り、この男は自らの能力で宝石に成り果てるだろう。

 

「私の魂と高町桃子の宝石を賭けよう。勝負方法はこれだ」

 

 そうして、彼が取り出したのは二つのロムとニンテンドーDSであり――そのタイトル名を見て、オレは目を見開いて驚愕する。コイツ、正気か……!?

 

「最初に言っておこう。二つのロムはほぼ同一のデータであると」

 

 そう、それは嘗ての世界での産物、この世界では未だに発売していない未知の領域の『第五世代』であり――柚葉は嬉々と嘲笑った。

 

「――面白い。『ポケモン』で私に勝とうなど百年早いわぁ!」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45/情熱の赤

 45/情熱の赤

 

 

「……え? ポケモンってあの、ポケモン? 九月にエメラルドが出る――」

「そう、それが第三世代。そして今此処にあるのはポケットモンスターブラック・ホワイト2、八年後に出る筈の第五世代だ……!」

 

 何という、何というものをこの勝負に出して来るんだ……!

 オレは全身全霊で慄き――なのはだけはこの白熱した空気に付いて行けずに激しく戸惑っている様子だった。

 

「で、でもポケモンって子供向けのゲームじゃ……?」

「甘い! 蕩ける蜂蜜のように甘い! 偉い人が言いました、ポケモンは遊びじゃないとッ!」

「え、えぇ!? ゲ、ゲームだよね……?」

 

 そんな舐めた心意気でポケモン勝負に勝てると思ったら大間違いである!

 ポケモンの勝負に勝つには、数百匹に及ぶポケモンの膨大な知識、針の穴に糸を通すような繊細な調整を事前に用意し、天の理と地の理を尽くし、確率という名の必然を傅かせなければ――勝利は手に入らない……!

 

「そうか、なのははまだ三値を知らないのか……」

「えっと、サンチ……? それ以前に、その機種も知らないんだけど……」

 

 そういえばまだ『DS』すら発売してなかったか? ……今年の十二月だっけ?

 

「ルールはシングル見せ合い63、ランダムバトル準拠だ」

「アイテム重複無し、禁止級伝説及び幻のポケモン使用禁止ね」

「ちなみに見せ合い63とは、お互いに手持ちの六匹全部見せた状態で三匹選出し、バトルする方式だ」

 

 多分、余り解ってないなのはに説明しておく。

 第三世代だから、アイテム(一匹に付き、一つ持ち物が持てる)や特性はもうあったよな……?

 タイプごとの攻撃特殊の分離は第四世代からだっけ?

 

「禁止級に幻……?」

「ミュウツー、ホウオウ、ルギア、カイオーガ、グラードン、レックウザが禁止級の伝説で、ミュウ、セレビィ、ジラーチ、デオキシスなど配布限定のが幻のポケモンだ」

 

 解禁されれば一匹だけでも環境ががらりと変わりそうなポケモンも居たのになぁ。全部有りのルールぐらい作ってくれてよかったじゃん、ゲーフリさんよぉ。

 オレの厳選しためざパ氷スカイシェイミやめざパ氷ケルディオは、終ぞ陽の目を浴びなかったなぁ……。

 

「複数催眠は?」

「構うまい。まさか、その程度で終わるようなパーティを組む気か?」

「冗談、たかが催眠程度、対策出来てない方が悪いに決まっているじゃない」

 

 そもそも、複数催眠になるような状況はプレイングが可笑しいとしか言いようが無い。

 禁止するような甘ったるいルールがある事自体が在り得ないの一言に尽きる。何の為にラムのみ(持ち物として持たせた際、状態異常になった時に発動し、一回だけ状態異常を治す)や寝言(眠っている時に技選択すると覚えている四つの技からランダムに一つ繰り出す)があると思っているのやら。

 

「それじゃポケモンを選出し、努力値を振り終わったら教えたまえ。それぐらいは待とう」

 

 久しぶりに見るDSに電源を入れ、柚葉はA連打してOPを飛ばし、即座にボックスを整理する。

 どうやら24個あるボックスはほぼポケモンで埋まっているようであり――リザードンが数匹、カメックスが数匹、フシギバナが数匹と並んでおり……流石の柚葉も驚きを隠せずに居た。

 

「うおおおおおぉっ!? ま、まさか、ボックスにいるポケモン全部が採用個体だと……!?」

「採用個体?」

「……うん、あー、話すと非常に長くなるから、またの機会になっ」

 

 まず初めに、ポケモンには個体値というものが存在する。

 足の速いポケモンがいれば、足の遅いポケモンもいる。力の強いポケモンも居て、それぞれステータスが違ってくる。

 個体ごとの才能と言うべきか……メタ的な話をするとHP、攻撃、防御、特攻、特防、素早さごとに『0~31』段階あり――当然の如く『31』が最高値であり、『0』が最低値である。

 採用個体というのは、二十五種類ある性格の中から最善と思われるものを一つ選出し、HP、攻撃、防御、特攻、特防、素早さが限り無く『31』に近い理想的な個体を差す。 

 

 一体これほどまでの採用個体を揃えるのに、どれほどの時間を必要としただろうか。当然の如くレポートに記録されたプレイ時間は999時間とカンストだったが。

 

「クラウンスイクンに地球投げラッキー、トライアタックXDトゲキッスも居るだとッ!? ――貴様、このゲームをやりこんでいるな!?」

「答える必要は無い。――と、一応言っておくが、準伝説以外のは私が孵化して厳選したものだ。大抵は理想個体だが、細かい数字は自分で確かめてくれ」

 

 ……あの心折設定の鬼畜な厳選難易度を諸共せず、正規の手段で手に入れただと……!?

 

 一通りボックスのポケモンを見終わった後、柚葉は持ち物を確かめる。努力値を振るのに欠かせないタウリン系、微調整用のハネ系、努力値を下げる実が数百個ずつ貯蔵されており――至れ尽くせりの環境に、柚葉は凄絶に笑った。

 

「ふふ、解っているじゃない。愉しめそうだわ」

 

 

 

 

 ――努力値を徹底的に振り直し、遂にバトルとなる。

 

 互いにユニオンルームに入り、会話してバトルルームに行く。

 これに自分達の生命を賭けている現状は、さながら闇のゲームだが――観客のオレが勝負する前から不安がっていても仕方ない。全力で応援するとしよう。

 緊張感が漂い、喉が渇く。二人の持ってきたポケモンが、一斉に開示された。

 

 

 相手側、ガブリアス、サンダー、ユキノオー、ギャラドス、ローブシン、ハッサム。

 此方側、ガブリアス、バンギラス、エアームド、ラティアス、キノガッサ、ブルンゲル。

 

 

「――『Kスタン』かっ!」

 

 その六匹のポケモンの構成には見覚えがあり、思わず戦慄する。

 とある人物の『もっともスタンダードに近いもの』として構築されたパーティであり、読まれ易いのに安定した力を持ち、高い勝率を残す――。

 

(もしも『Kスタン』を忠実に再現しているのならば、ガブリアスは意地っ張りで拘りスカーフ(一つの技しか出せなくなる代わりに素早さが1,5倍)、サンダーは控えめで拘り眼鏡(一つの技しか出せなくなる代わりに特攻が1,5倍)の『ゆーきサンダー』、ユキノオーは気合のタスキ(HP全快状態から即死する攻撃を受けても1だけ残る)、ローブシンはオボンの実(戦闘中にHPが1/2以下になった時、最大HPの1/4回復)か先制の爪(素早さに関わらず、20%の確率で先制攻撃出来る)、ギャラドスは食べ残し(毎ターン終了時にHPが最大の1/16回復する)、ハッサムは意地っ張りASぶっぱで拘り鉢巻(一つの技しか出せなくなる代わりに攻撃が1,5倍)だったか)

 

 技構成も大体覚えているが、まだ全部同じとは限らないし、もしかしたら知っている事を想定して逆手に取った偽装パかもしれない。

 このパーティの恐ろしさは、例え手の内を全部知っていても削り勝ってしまうという、読み不要の安定感にある。

 

(それに対して、柚葉はガブリアス、バンギラス、エアームド、ラティアス、キノガッサ、ブルンゲル――一見して砂パだが……まずいな、相手のガブリアスを受けられるポケモンがエアームドしかいない)

 

 十中八九、あのガブリアスは拘りスカーフなので、柚葉のガブリアスとラティアスは素早さ負けして一撃で葬られてしまい、攻撃種族値130からのタイプ一致逆鱗を受けられるのは鋼タイプのエアームドのみ――ただし、役割破壊として炎の牙か大文字を覚えていれば、そのストッパーたるエアームドも突破されかねないが。

 

(そしてユキノオーが非常に重い。バンギラスで砂を撒いても霰でかき消されてしまうし、全員に突き刺さる。対処を間違えれば危ういぞ)

 

 ユキノオーの特性は『雪降らし』、場に出た瞬間に天候を永続的に『霰』にしてしまい、ターン終了時に氷タイプ以外のポケモンにHPの1/16ダメージを受ける。

 バンギラスの特性は『砂起こし』、場に出た瞬間に天候を永続的に『砂嵐』にしてしまい、ターン終了時に岩・地面・鋼タイプ以外のポケモンにHPの1/16ダメージを受ける。

 その天候によって他の恩恵を得るポケモンは少なからず居るので、この勝負は壮絶なまでの天候剥奪戦になるかもしれない。

 

 ――例えばバンギラス自身は岩タイプを持っている為、『砂嵐』状態では特防が自動的に1,5倍アップし、ガブリアスの特性『砂隠れ』は『砂嵐』の時のみ回避率が1,25倍になる。

 その一方的な恩恵を打ち消す為だけにユキノオーがいるようなものだが、『霰』中は普段命中率70の吹雪が必中になる為、初代に猛威を振るった吹雪を最大限に活用出来るポケモンと言えよう。

 

「さて、これは独り言だが――」

 

 あれこれ考えていると、奴は徐ろに此方に話しかけて来た。

 

「君の未来予知じみた直感はどのぐらい先まで見通せるのかねェ? ほんの一瞬か、それとも遥か未来の彼方までか。――私の予想では一瞬先だけだと思うのだが、如何かな?」

「へぇ、その根拠は?」

 

 目線さえ合わさず、柚葉は余裕綽々といった感じに対応する。

 

「君がポケモンを選出せず、じっくりと待ち構えている事から――そんなに長くは見通せないと推測した。どうかな?」

 

 未来が全て見えているのならば、迷う事無く選択して待ち構えるだろうと奴は語り――ほんの一瞬だけ、柚葉の表情が『亡くなった』ような気がした。

 

「選んだわ。早く始めましょう」

 

 気づけば柚葉の方が三匹先に選出しており――奴もまた即座に三匹選出してバトル開始となった。

 

 

『ポケモントレーナーのエニシが勝負を仕掛けてきた!』

 

 

 懐かしいBGMが耳に響き渡る。

 さぁ、初手は一体どれだ……!?

 

『ゆけッ! サンダー!』

『ゆけッ! ラティアス!』

 

 敵側には黄色く刺々しい出で立ちの雷鳥が神々しく降臨し、手前側には紅白の可愛らしい雌竜が出現する。

 

『サンダーはプレッシャーを放っている!』

 

 プレッシャーとは特性の一つであり、その特性を持つポケモンに技を使うと、その技のPP(使用回数制限)の減りが1増える。一回使う事にPPの消費が2になるという事だ。

 

(初手、柚葉がラティアス。奴がサンダーか。悪くは無いが、良くも無いか)

 

 ラティアス、第三世代であるホウエン地方の準伝説のポケモン。HP80 攻撃80 防御90 特攻110 特防130 素早さ110、種族値合計600と非常に恵まれている。

 タイプはエスパー・ドラゴン、高い耐久と激戦区から頭一つ抜けた高い素早さを誇るが、弱点は氷・虫・ゴースト・ドラゴン・悪と多い。半減が炎・水・電気・草・格闘・エスパーとそれ以上に多いが。ああ、あと特性が浮遊なので地面は無効である。

 同じタイプにラティオスが存在し、そっちの方は攻撃と防御、特攻と特防を入れ替えた攻撃的な種族値であり、特殊アタッカーの代名詞と言われる存在として恐れられている。

 

(仮に柚葉のラティアスがC252振りで拘り眼鏡かジュエル(消費する事で一回だけその種類の技の威力を1,5倍にする)流星群(ドラゴンの特殊技でほぼ最強の威力を誇るが、使った後は特攻二段階ダウン)を撃ったのならば、6,3%の低乱数か。まさかの控えめでも68,8%。これがラティオスだったのならば臆病C252振りで81,3%の高確率で殺せたのに……! 何故、ラティアスを選んだ?)

 

 対するサンダーは、第一世代であるカントー地方の準伝説のポケモン。HP90 攻撃90 防御85 特攻125 特防90 素早さ100、種族値合計580だが、フリーザー、ファイヤーと比べれば最も良い種族値だとオレは思う。

 タイプは電気・飛行、電気タイプでありながら弱点の地面を無効化する、まさに恵まれたタイプの持ち主である。

 

(あれが『ゆーきサンダー』ならば、持ち物は拘り眼鏡、技構成は『ボルトチェンジ、雷、熱風、めざめるパワー飛行』――ラティアスに対してはめざパ飛行しか有効打が無い為、高確率でボルトチェンジを撃つだろう。其処を読んでガブリアスを出して阻止すれば一手浮く)

 

 ボルトチェンジとは雷・特殊タイプの技であり、攻撃した後に控えのポケモンに交代するという、電気タイプ版のとんぼ返りである。

 これによって先行で攻撃しつつ受けに交代、後攻で相手の攻撃を受けつつ後ろの交換するポケモンを無傷で場に出すというテクニカルな事を行える。

 ただし、これは電気タイプの技の為――地面タイプか、または電気タイプの技を無効化する特性のポケモンを後出しすれば、ダメージを食らわないだけではなく、交換も阻止出来たりする。

 

(だが、居座ってめざパ飛行を撃たれた場合、無振りのガブリアスなら55.7%~65.5%のダメージを喰らい、一気に形勢不利になる)

 

 それに、110という恵まれた素早さを持っているラティアスは最速にするのがセオリー、素早さ調整して79族最速抜きにしている『ゆーきサンダー』ならば後攻ボルトチェンジによって安全に控えのポケモンを出す事が出来よう。

 

 互いに考え込み、相手の選択を読み切ろうとする。――技選択を決したのは、奇しくも同時だった。

 

『ラティアスは『瞑想』をしたッ!』

「瞑想だと……!?」

 

『特攻が上がった! 特防が上がった!』

 

 瞑想は補助技の一つで、自身の特攻と特防を一段階上げる積み技。最大六段階積む事が出来るが、この一手は……?!

 

『サンダーの『ボルトチェンジ』! 効果はいまいちのようだ。――サンダーはエニシの元へ戻っていく!』

 

 ダメージにして28程度、拘り眼鏡を使ったタイプ一致の威力70でもこの程度に過ぎないのか。これはラティアスの丈夫さを褒めるべきだが――。

 

『ゆけッ、ユキノオー!』

 

 ……ガブリアスを出さずに、先にユキノオーを出してきたか。表情が苦くなる。

 

『霰が降り始めた! 霰がラティアスに襲い掛かる!』

 

 まるで雪男みたいで、白い雪と草の翆が合わさったようなポケモンの名前はユキノオー、第四世代のシンオウ地方のポケモンであり、特性『雪降らし』の効果で天候が『霰』となってしまう。

 

(まずいな。瞑想を積んだ意味がねぇ。霰ダメージが10、サンダーのボルトチェンジが28の最大乱数、Kスタン通りのユキノオーの吹雪ならば……84~102、仮に最大乱数を引いたらダメージの合計は140にもう一回霰ダメージ、残りHP17しか残らない)

 

 このポケモンのタイプは氷・草。草タイプはラティアスに対して半減だが、氷タイプは抜群である。

 種族値そのものはHP90 攻撃92 防御75 特攻92 特防85 素早さ60と、ぱっとしない感じだが、コイツは特性とタイプ相性の御蔭で種族値以上の強さを誇る。

 弱点は炎四倍、格闘、毒、飛行、虫、岩、鋼と大量で、この事で第四世代の初期では霰を降らすだけの『御大将』と馬鹿にされたが、その評価は後々完全に見直される事となる。

 

(仮に、あのラティアスのめざパが炎なら致命傷を負わせられるが、あのユキノオーは間違い無くタスキ。必ず生き残る。……瞑想のあるラティアスだから自己再生もあると思うが、吹雪で半分以上削られるから無意味な上に凍る可能性すらある)

 

 一割の可能性で状態異常凍結となるが――その一割に泣くのがポケモン勝負というもの。初代の三割、凍ったら永久行動不能よりは幾分とマシになっているが。

 あのユキノオーの技構成は『守る、宿り木の種、吹雪、草結び』だと思うが、素早さ無視の先制技である『氷の礫』も選択肢にあるので、ラティアスの命運は尽きたと言わざるを得ない。

 

(もうラティアスの使い道はユキノオーのタスキを削って退場しか無いが……どうする、柚葉――!)

 

 無言で見守る中――二人はまたもや同時に技選択を終える。先手を取ったのは当然の如くラティアスであり、柚葉が自信満々に選んだその技にオレは驚愕する。

 

 

『ラティアスの『ミラータイプ』! 相手のユキノオーと同じタイプになったッ!』

 

 

「何イイイイイイイイイイイイィ――!?」

 

 相手のタイプを反射して自分も同じタイプになる変化技……!?

 という事は、ラティアスは目の前のポケモン、ユキノオーと同じタイプ、草・氷になる。つまり――。

 

『ユキノオーの吹雪!』

 

 そう、抜群ではなく、等倍なのだ。ラティアスのHPバーは半分も減らなかった。

 

(まさかのミラータイプでユキノオーと同タイプになる事で吹雪が等倍、44食らって残りHP85――氷タイプが付いた事で『礫』ダメージが消え、ユキノオーに打ち勝てる処か、積み起点に出来る! 耐久に優れているラティアスを正しく運用出来てやがるッ!)

 

 更に種を植え付けてターンの終了時に1/8ずつHPを吸い取る『宿り木の種』も、草タイプになった為、自動的に無効化される。

 もし、相手が三匹の中にスカーフガブリアスを選出していないのならば――『瞑想』を積んで不沈没艦となったラティアスが一撃の下に敵ポケモンを粉砕して全抜きする未来も在り得るかもしれない。

 

「次のターン、自己再生安定よねぇ」

「ッッ!?」

「もしかしたら無償降臨出来るかもしれないわよ?」

 

 自己再生とは、自分のHPの半分を回復する補助技であり、特攻と特防を上げて特殊ダメージを軽減させていく『瞑想』と『自己再生』の組み合わせはまさしく最高のシナジーを齎す。

 

(口車でリアルにプレッシャー掛けやがった! 最後の一匹がスカーフガブリアスなら、さっき出していると思うが――今の様子から見ると、サンダーのボルトチェンジの時、出し渋りやがったな? 恐らく奴は此方の控えにエアームドがいると読んで温存したという事か。サンダーとユキノオーで削って、意地っ張りガブリアスの逆鱗で残りを片付けるのが『Kスタン』の常勝手段だからな)

 

 最後に全員片付ける役目のガブリアスを序盤で使い潰したくは無いだろう。正真正銘、最後の切り札になるのがあのポケモンの役割なのだから。

 だが、こうも自己再生をやると言われて尚、ガブリアスを後出しするのは非常に困難だ。本当に自己再生なら無償降臨出来るが、それがドラゴンの弱点であるドラゴンの技ならば――目も当てられない事態になる。

 出落ちする可能性を堂々と言われて、出す勇気がある者は幾らほど居るだろうか?

 

(問題があるとすれば、ミラータイプによってタイプ一致じゃなくなった竜の波動では耐久無振りだと楽観視しても乱数12.5%、殺し損ねる可能性があるという事か)

 

 切り札のガブリアスさえ葬れば、戦局は一気に柚葉に傾く。さぁ、どう出る――!

 

『戻れッ! ユキノオー! ゆけッ、サンダー!』

 

「コイツ、間にサンダー挟んで捨てやがった――!」

 

 むかつくほど堅実に手を打ってきやがる。まだ此方の手札にエアームドが見えていないとは言え、大胆にも捨てるか……。

 

『ラティアスは『自己再生』をした! ラティアスの体力が回復したッ!』

 

 って、本当に自己再生してやがった……!?

 御蔭でHPは全回復したが、本当にガブリアス出されたらどうする気だったんだ――!

 

「お前、本当に心臓に悪いプレイングするなぁ……!」

「これぐらい序の口よ」

 

 一瞬しか通用しないと予測される未来予知が無かったらどうなる事やらと思ったが、やっぱりそんなものが無くてもコイツの読みは半端無い事を実感する。

 全く、冷や汗で背中がベタベタだぞ。それなのに愉しそうにポケモンしやがって……。

 

(だが、サンダーか。HPは霰ダメージを一回受けた分だけ。竜の波動では急所に当たらない限り一発で殺せないな)

 

 かと言って、悠長に『瞑想』を積めば、ボルトチェンジで逃げられて今度こそスカーフガブリアスが流しに現れるだろう。

 そしてオレはちらりと下画面を見て、その技構成に唖然とし――先手を取ったのは当然の如くラティアスだった。

 

 

『ラティアスの『冷凍ビーム』! 効果は抜群だ! 相手のサンダーは倒れたッッ!』

 

 

「――冷凍ビームだとおおおおぉ――ッッ!? 竜の波動という万能の一致技を捨ててまで、ッッ……!?」

 

 ――まさかの氷の特殊技、冷凍ビームだった。

 ミラータイプによって偶然氷タイプになっている為、タイプ一致の攻撃にサンダーは耐えられずに一撃の下に倒れた。

 

 ドラゴンタイプのポケモンは大抵もう一つのタイプでも氷の弱点が重なり、氷四倍になるケースが多々ある。

 ドラゴンを殺すなら氷タイプの技、だが、ラティアスはそもそもドラゴンタイプのポケモンの為、ドラゴンに対してタイプ一致で弱点を突ける。

 それにドラゴンタイプの技は鋼タイプ以外では半減されず、ほぼ万能の主力技であるドラゴンタイプの技を除外してまで冷凍ビームを入れる理由は無いのだが――。

 

(H252ガブリアスを素の積んでいない状態の冷凍ビームで確一する調整だと? どんだけラティアス好きで、どんだけガブリアス嫌いなんだよ……!?)

 

 会心の笑顔で、柚葉はきゃっきゃと笑っていらっしゃる。

 その反面、サンダーが出落ちの無駄死にに終わってしまった彼は、心底追い詰められた表情になりつつあった。

 

 

『ポケモントレーナーのエニシはガブリアスを繰り出したッ!』

 

 

 そして遂に最後の一匹にして切り札のガブリアスを出して来た。

 鮫みたいな蒼色の竜、ガブリアス。ポケモンの対戦においてトップメタに君臨する――正真正銘、最強の600族である。

 コイツを中心に対戦環境が作られていると言っても過言じゃないほどのポケモンである。

 タイプは地面・ドラゴン。ドラゴンタイプの強力無比な技を唯一半減出来るのが鋼タイプであり、それにも関わらず、コイツは地面タイプも持っているので一致で鋼タイプの弱点を突く事が出来る。

 種族値はHP108 攻撃130 防御95 特攻80 特防85 素早さ102、此処まで完璧な種族値の振り分けはコイツを置いて他に無いだろう。

 耐久型としても成り立つぐらいのHP防御特防、最強級の攻撃力、激戦区の100族から頭二つ抜けた素早さ種族値102は幾多のポケモンを泣かせた事だろう。80だけ振られた特攻さえ無駄にならないという。

 それだけ高水準で何もかも揃っておいて、ガブリアスは砂が撒かれていれば特性『砂隠れ』で回避率が1,25倍向上して――理不尽な運ゲーにも持ち込める始末だ。

 

 ……ガブリアスに四倍弱点の氷を打ち込もうとして、躱されて涙を飲んだトレーナーは星の数ほど居る筈だ。

 更には耐久調整されていて四倍にも関わらず耐えられて、返す刃で地獄を見た者も山ほど居るだろう。

 

(ほぼ100%スカーフだが――どうする? 逆鱗読みのエアームド交換か、交換読みと読んで居座るか……)

 

 拘りスカーフだった場合、素早さはラティアスを超え、ドラゴンタイプの物理技である逆鱗で一撃の下に葬られるだろう。

 最初に選択した技以外使えないが、これをどう読む――?

 

 

『戻れ! ラティアス! ゆけッ、エアームド!』

 

 

 柚葉は迷わずエアームドを後出しする。

 鋼鉄の翼を羽撃かせて、鋼鉄の鳥が降り立つ。

 エアームド、その見た目通り、鋼・飛行タイプのポケモンであり、鋼タイプの弱点である地面を飛行で無効化する物理防御が極めて高い耐久型のステータスのポケモンである。

 弱点は炎、電気のみ。いまひとつがノーマル、飛行、エスパー、ゴースト、ドラゴン、悪、鋼、四分の一が草、虫、効果無しが毒、地面という極めて優秀なタイプと言えよう。

 その種族値はHP65 攻撃80 防御140 特攻40 特防70 素早さ70であり、物理受けとして真価を発揮する――。

 

 

「やはり居たかッ! だが、読んでいたとも!」

 

『ガブリアスの『大文字』!』

 

 っ、役割破壊の大文字! 持っていたのか!

 だが、性格補正で下げた特攻で無振りの炎の特殊技『大文字』でも精々50~60%程度――って、おいおい、何で半分までライフが過ぎて止まらない?!

 

「此処で急所だと!? 役割破壊の大文字如きで……!」

「頑丈が発動して一命を取り留めたが、霰ダメージでさよならだ……! これでニ対ニ、勝負はこれからだ……!」

 

 これには柚葉も絶句する。HP全快状態から一撃死するダメージを受けると、特性『頑丈』持ちのポケモンはHP1だけ残すが――ターン終了時の礫ダメージでエアームドは何も出来ずにダウンする。

 

(くそっ、次のターンまで生きていればまだ読み合いや駆け引きが発生したというのに……!?)

 

 急所は試合を左右しない、とは迷う方の迷言だが、思いっきり左右するのがポケモン勝負の理不尽さである。

 全部読み勝っていても、唯一つの急所で泣くのがポケモンの恐ろしさ――。

 

 ――間髪入れず、柚葉はラティアスを再び繰り出す。

 恐らくスカーフだから、今の状態ではあのガブリアスは大文字しか使えない。それを半減で元々特防の高いラティアスに撃ってもゴミのようなダメージにしかならない。

 相手は交換安定というか、ユキノオーに変えるしかない。此処に読みは発生しないが――此処である事に気づいた。

 

「待て、柚葉! あのガブリアス、本当にスカーフか……?」

 

 そう、スカーフ云々は想像であり、未だに確定していない。

 速さに勝るラティアスの前に堂々とガブリアスを出して来た事から、オレ達は先入観も相重なって奴のガブリアスの持ち物がスカーフであると断言して来たが――そうでなかった場合、奴は自由に技を選択出来るのだ。

 

「役割破壊の大文字はガブリアスでは珍しくないが、Kスタンの場合は『逆鱗、地震、ストーンエッジ、燕返し』だ。一つだけ技が違うだけなのか、それとも――ガブリアスの型が全く違うのか」

 

 確信は無いし、未だに判明していない。ターン終了時の霰ダメージの先攻後攻で場に出ているポケモンの素早さが判明するケースがあるが、その機会は一度足りても訪れていない。

 柚葉の方も注意深く考え込み――初めて熟考する。

 

「くく、何方だろうねぇ。スカーフと読むのならば交換安定で、私のユキノオーへの有効打を繰り出せば良いが、技が縛られていなければ――君のラティアスは先手を取りながら私のガブリアスに敗れる事になるだろうなァ……!」

 

 ガブリアスを殺す為の『冷凍ビーム』か、それとも別の補助技か――此処を読み間違えれば、敗北は免れない……!

 

「――能書きは良いわ。私はもう技選択を終えているよ」

 

 にも関わらず、柚葉は悠然と笑っていやがった。

 早く掛かって来いと、自分こそはチャンピオンであり、お前が哀れな挑戦者なのだと言わんばかりに――。

 

「くく、その意気や良し! ――勝負ッッ!」

 

 

『戻れ、ガブリアス! ゆけッ、ユキノオー!』

 

「変えたッ! くそっ、やっぱりスカーフかッ!?」

 

 まずい、オレが疑心暗鬼に駆られて余計な事を言っていなければ……!

 

『ラティアスの『ミラータイプ』! 相手のユキノオーと同じタイプになったッ!』

 

 次に絶句したのは奴の方だった。

 本当に心底恐ろしいまでの読みの鋭さだ……!

 完全に読まれ、奴は窮地に立たされる。ラティアスとユキノオー、HPこそ互いに全快状態だが――柚葉はまだ、最後の一匹を隠し通している。

 

(それにラティアスの『冷凍ビーム』とユキノオー『吹雪』の打ち合いになれば、間違い無くラティアスが打ち勝つ……!)

 

 此処に至っては最早悠長に『瞑想』を積む事などしないだろう。『吹雪』の撃つ回数を多く与えれば、それだけ急所に当たる確率も増し、無駄に相手の勝機を増やす事になる。

 今、ガブリアスの無償降臨をされたら逆に負ける。それを解っているが故に、柚葉も奴もノーガードで殴り合うしかない!

 

 柚葉は最後の一匹を秘匿したまま、ラスト一匹にまで持ち込める……!

 

 

『ラティアスの『冷凍ビーム』!』

『ユキノオーの『吹雪』!』

 

 ラティアスの『冷凍ビーム』はユキノオーのHPを半分超えるかどうか程度まで削り、返すユキノオーの『吹雪』は70だけ削れて残りHP97、確定二発にすらならない。

 

『ラティアスの『冷凍ビーム』!』

 

 続いて『冷凍ビーム』が放たれ――ギリギリの処で生き残られる。チッ、リアルタスキかよと内心舌打ちせざるを得ない。

 だが、ユキノオーの『吹雪』で死ぬ事は――。

 

 

『ユキノオーの『吹雪』! 急所に当たった! ラティアスは倒れてしまったァ――ッ!』

 

 

「あ、あああああああああああ――ッッ!?」

「あああっ、ラティアス――!?」

 

 まさか、此処に来てまさかのッッ、またもや相手側の急所――!?

 

「――っっっしゃああぁ――!」

 

 ヤツの方は立ち上がって、全身全霊で吼えてガッツポーズする。天に祈りが通じ、唯一の勝機を掴んだと歓喜するように。

 

「そりゃねぇよ……! よりによってまた、こんな時に……!」

「違うな、秋瀬直也! これこそがポケモン勝負の醍醐味じゃないかねッ! まさに全身の血が滾ったよ! さぁ、豊海柚葉ッ! 最後の一匹を出したまえエエエェ――ッ!」

 

 

 此処に来て、柚葉の表情が崩れ、怒りに燃える。

 それほどまでにラティアスを撃破された事が悔しかったのか、それとも――。

 

 そして、彼女が最後に繰り出したのは――ガブリアスだった。

 

 

 

 

(ガブリアスだと……!? 本当に最後の一匹が、ガブリアスっ!?)

 

 豊海柚葉のパーティ構成は、ガブリアス、バンギラス、エアームド、ラティアス、キノガッサ、ブルンゲルであり、ラティアス、エアームドと選出していたから、バンギラス・ガブリアス路線が消えて、キノガッサがブルンゲルかを疑っていた矢先の事であった。

 

(この最終局面でキノガッサが来た日には敗北確定だったが、まさかガブリアスを選択しているとはな……!)

 

 あのパーティ構成から見て、バンギラス主軸の砂パである事は間違い無く、それ故にガブリアスの持ち物も技構成も彼には手に取るように思い浮かぶ。

 

(持ち物は間違い無く回避率を上げる『光の粉』、もしかしたら『気合のタスキ』も在り得るかもしれないが、ユキノオーを処理した後の一ターンで霰によって削られるので問題無い。粉ガブの技構成は『地震、逆鱗orダブルチョップ、剣の舞、身代わり』――極稀に地震を抜いて影分身だが、何一つ問題無い……!)

 

 逸る心を抑え付けて、彼は冷静に此処からの自分の負け筋を考える。

 こんなにも面白い勝負を、この一回だけで終わらせてたまるかと、心底勿体無いと思って――。

 

(ははっ、在り得ないな。プレイングミスしてユキノオーに吹雪以外の技を選択させない限り、私の敗北は存在しない……!)

 

 様子見の『守る』をして、身代わりを置かれる事以外、負けようが無い。

 彼は迷わず、間髪入れずに『吹雪』を選択した。仮に何かとち狂って相手が影分身をして回避率をアップさせても、霰の最中の『吹雪』は必中――と、其処まで考えて、彼は自分の負け筋を見つけてしまった。

 

(ガブリアスが『砂嵐』を使って、自分で天候を『砂』状態に変えられてしまえば――ユキノオーの吹雪は必中ではなく、命中は元通りの70まで落ち、更に『砂隠れ』によって0,8倍、光の粉によって0,9倍命中率が落ちて50%程度まで落ちる……!?)

 

 砂起こし要因であるバンギラスがいるのに関わらず、5ターンしか変えられない天候変え技を入れるなど狂気の沙汰だが――眼の前に居る豊海柚葉は何を仕出かすか解らない。

 固唾を飲んで技選択する彼女を見守り――先に動いたのは彼女のガブリアスだった。

 

 

『ガブリアスの『逆鱗』! ユキノオーは倒れたッ!』

 

 

 だが、流石に彼の危惧は杞憂であり、この極上の相手から白星をもぎ取り、もう一勝負出来る事に全身全霊で感謝する。

 

『――霰が相手のガブリアスに襲い掛かる!』

 

 これでHP全快状態から少しだけ削れ――万が一、気合のタスキを持っていたとしても無効化される。

 冬川雪緒から裏切り者の始末を命じられた時は退屈だと思ったが、この眼の前に居る相手は全てを賭けて闘うべき強敵だ。それも負けても何一つ悔いの無いほどの――。

 

『ゆけッ! ガブリアス!』

 

 そして、現環境に相応しい、同じポケモンによる最終決戦となった。

 ――ドラゴンタイプのポケモンが対峙したからには、二つの結果しかない。殺すか殺されるかである。

 

 彼女、豊海柚葉は既にドラゴンタイプの物理技で最強の威力を誇る逆鱗を選択しており、この技の特性は2~3ターン暴れ状態になり、その間は攻撃し続けるが、終了後に自分が混乱状態になるものである。

 

 先程のターンにそれを選択した瞬間から、彼女には選択権が無い。さぁ、意地っ張り準最速スカーフのガブリアスで引導を渡す時が来た――!

 恐らくは粉ガブであろうから、一割の確率で避けられて敗北するが――絶対に当てると強く信じて、意気揚々と彼は同じく『逆鱗』を選択した!

 

 

『相手のガブリアスの『逆鱗』! ガブリアスは倒れたァ――ッ!』

 

 

 先に動いたのは彼女のガブリアスであり、彼のガブリアスは呆気無く地に伏した――。

 

「……ス、スカーフだと――?」

「誰が砂隠れ粉ガブって言ったのかしら? バンギラスが見えたから勘違いした? この子は陽気最速拘りスカーフのガブリアスよ」

 

 最期に、彼女は勝ち誇るように、邪悪に微笑んだ。

 短い間だったが、それは酷く彼女らしいと、彼は晴れやかに笑った――。

 

 テーブルに置いていた宝石が解除され、高町家の面々は元通りになる。

 後は敗北者の幕引きだけであり、その前にやるべき事がある。

 

「このDSとロムは、勝者である君に譲ろう。ああ、久しぶりに燃え尽きたよ。天地天命、全身全霊を尽くして負けたんだ、これほど清々しい敗北は他にあるまい」

 

 そして私は立ち上がり、我がスタンドである『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』の前に立つ。

 『宝石の審判者』は何の感慨無く敗者に拳で殴り抜き――この身を宝石に変える。

 

「――私の魂の宝石は、一体どんな色をしているのかねェ? 冷淡な蒼色か、それとも薄汚い漆黒か。それを見届けられないのが前世からの悔いだよ……」

 

 

 

 

「そんなの見なくても解るわ。情熱の赤よ――」

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』 本体:――
 破壊力-E スピード-E 射程距離-B(20m)
 持続力-A 精密動作性-D 成長性-E(完成)

 公平な審判者。敗者を宝石に変える。
 イカサマなどの反則行為を忌み嫌い、見抜いた傍から的確に裁く。
 勝負が成立している最中は、自動的に本体を自衛する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46/中継ぎの回

 46/中継ぎの回

 

 

 

「……こういう時、味方に『クレイジーダイヤモンド』みたいな治癒能力を持っている奴がいればなぁ。……制服に付着した血とか気にせずに済むのに」

 

 樹堂のスタンドで傷つけられた右手を柚葉に預ける。血は止まっているが、放置するにはデカすぎる傷だ。

 一回拭ってから消毒液を振り掛ける。非常に染みて涙が出るが、我慢する。ガーゼを当てて手早く包帯を巻く。案外慣れているのか、淀みない動作である。

 

「一応、突っ込んでおくけど、血塗れになる事が前提の日常なのね。……ふむ、胸の方は思ったより軽いのね」

「スタンドで防御したからな。でもあれ、防御してなかったら地味に胴体引き裂かれていたぞ?」

 

 ステルスの高密度の空気の膜があったから軽傷で済んだが、本当に末恐ろしいスタンドだった。もう二度と戦いたくない。

 柚葉は胸元に傷ついた三指の爪痕をまじまじと見ながら、また一度血を拭ってから消毒液をぶっ掛けられる。

 

「両手バンザイしてー」

 

 柚葉は高町家の備品だと思ってか、包帯を惜しむ事無くどんどん巻いていく。まぁ今のオレは九歳児に過ぎないから、大した量は使わないか。

 ああ、何だか今の自分の姿は負傷しまくったケンシロウみたいだ、北斗の拳の。いや、筋肉の膨張で包帯を破くなんて芸当は出来ないが……。

 

「はい、終わったよ」

「おう、ありがとさん。……学ランならまだ大丈夫だが、聖祥のは白だから嫌でも目立つなぁ」

 

 目下、洗濯中であり――今のオレは高町恭也からのお下がりの品を借りて着ている。

 

 ――あのスタンド使いの襲撃から、スタンド使いの脅威が高町家の共通意識となり、柚葉の交渉の末でスタンド使いに対抗出来るオレと彼女の滞在が許された。

 よくまぁオレ達がいるからスタンド使いが来るのに、オレ達のみがスタンド使いに通用出来ると置き換えたものだ。ものは言いようである。

 目の前に居る彼女を見ながら、相変わらずの交渉能力には感嘆の息しか出ない。なのはを巻き込む事になるし、恭也さんも割りと転生者嫌いなのになぁ……。

 

「其処は気にする必要無いんじゃない? 事が終わるまで悠長に学校なんて行けないだろうし」

「……余計気落ちするよ」

 

 居ないとは思うが、学校中に襲ってくる奴も居るかもしれない。

 一息付けたが、未だに欠片も安心出来ないんだよなぁ。ああ、くそ、前世の奴の組織に追い詰められた時の事を思い出す。あの時は食事もろくに出来なかったなぁ。

 

「秋瀬く……じゃなかった、直也君、柚葉ちゃん、御飯出来たよー」

「あいあい、今行くわぁ」

「あいよー」

 

 なのはに呼ばれ、オレ達は意気揚々と高町家の食卓に案内される。

 この香ばしい良い匂い、今日の晩御飯はカレーだな! 匂いからして美味そうだ、今から涎が出るぜ……!

 ……それにしても、此処はある意味、海鳴市屈指の魔境だよなぁ。まさか高町家の食卓に招待されるとは――つくづく人生というものは解らないものだ。

 食卓に辿り着くと、高町家の面々は既に座っており、おお、今日の晩飯はカツカレーだ!

 高町なのは、高町桃子、高町士郎、高町恭也、高町美由希、豊海柚葉、オレ、計七人が椅子に座り、『いただきます』と合唱する。

 スプーンにカレーと一切のカツを掬い、しゃりっと揚げたてのカツの歯応えが口の中に広がり、カレーの濃厚な旨みが広がる。

 ああ、これだけで生きていて良かったと思える……!

 

「秋瀬君、怪我は大丈夫かね?」

「ええ、軽い方です」

「え? 軽い……?」

 

 士郎さんに尋ねられ、オレは受け答えするが、美由希さんは驚いた眼で此方を向く。

 

「一日に二人も『スタンド使い』と戦ったにしては比較的軽傷です。千切れるとか日常茶飯事ですし」

「千切れるって――え?」

 

 足首とか手首とかです。食事中なので敢えて単語を言わないでおく。

 本当にスタンド使いとの戦闘は原作並に手酷い負傷をする。治療系のスタンド使いがいれば何とかなるが、居なければ常に大惨事である。

 第三部の空条承太郎一行には回復役が居なかったが、どうやって切り抜けたのか、非常に気になる。一週間後には全部傷が無かったような感じになっていたが……。

 

「それにしてもスタンド使いか。こうまで見事に嵌められたのは初めてだよ」

「スタンドは常識の天敵みたいなものですからね。今回のはスタンドの像が見えるタイプでしたけど、基本的に一般人には見えません」

 

 第七部のスティール・ボール・ランのジャイロという例外を除いて、スタンド使いでない者がスタンド使いに勝つなどまず在り得ない。

 だが、ジャイロの鉄球は『技術』だから、在り得ないとは言い切れないのか。人間の可能性って偉大だなぁ。

 

「――秋瀬君。君も『スタンド使い』だったね? 食事の後に少し良いかな?」

 

 ……え? あれ? 一体何処でフラグを踏み間違えた?

 何で二次小説で良くある戦闘民族、高町家との対戦がこっちの意見や意志無視で成立してんの……!? オレ、一応怪我人ですよォ――!?

 

 

 

 

 ドナドナと売られる子羊の如く高町家の道場に連れて行かれる――ハッ、さっきのカツカレーは生きの良い獲物を作る為の餌だったのかァ!?

 ……いや、まぁ、今後『スタンド使い』に対抗する為の手段を模索するという名目です、はい。

 先程、卓越した『技術』で『スタンド』に対抗出来るのかなぁ、と思ってしまった次第、この提案を拒否する事は出来なんだ……。

 

「豊海君だったかな? 君は何か武道を嗜んでいるのかい?」

「……え?」

 

 士郎さんからの何気無い質問に意表を突かれたのか、柚葉の眼が真ん丸になる。

 え? 何これ。達人は達人を知るって奴? というか、ただでさえ腹黒の女狐なのに武術にも通じているの……?

 

「普段の足取りに姿勢といい、呼吸といい、ただならぬものを感じたが――」

「気のせいじゃないでしょうか? 私はもっぱら頭脳専門ですし。おほほほほ」

 

 露骨に誤魔化しやがったぞ、コイツ。

 ふと、此処で魔が差した。オレ本来の目的はコイツの手の内を探る事だし、一発ぐらい誤射になるよな……? 日本の軍事上。

 予告無しでスタンドを繰り出し、寸止めのつもりで彼女の頬に拳を叩き込もうとし――気づいたらオレの身体が宙に舞っていた。

 

(スタンドの腕を捕まれ、合気の要領で投げ飛ばされた……!?)

 

 瞬時にスタンドを戻して再展開し、道場の床に背中から大激突する危機を回避する。

 つーか、何気無くて見逃しそうになったけど、スタンドの腕を生身の腕で掴まれたぞ。一体どういう能力の持ち主なんだ……!?

 あれこれ考えていると、柚葉は笑顔で凄んでいた。超怖い。自身の計画性無い行いに全力で後悔する。助けて神様。邪神じゃない方の神様で。

 

「――何のつもりかしら?」

「……あー、いや、好奇心は猫を殺すって本当なんだなぁと。い、一発なら誤射かもしれないって――ホントにごめんなさい」

 

 全力で、一心不乱に土下座する。男のプライド? そんなもん狗に喰わせておけ。

 

(……というか、未来視じみた直感に割かし洒落にならない武術の心得……? 文武両道というか、本当に万能なのか? ますます底が見えねぇな)

 

 本当に、柚葉は一体何処の世界に生まれた転生者なのだろうか――?

 

 

 

 

 とある廃家にて、樹堂清隆は落ち着きのない様子で自身の携帯電話を凝視していた。

 彼とて全面的に豊海柚葉の言い分を信じた訳ではない。安心する為に最も信頼出来る人物に冬川雪緒の調査を依頼した。

 その彼が何一つ変わりないと言うのならば、再度襲撃して全力を持って仕留めに掛かろう。それで自分は何一つ迷う事無く彼の命令を実行出来るというものだ。

 

 ――周囲を警戒しながら、漸く彼の携帯電話は高らかに鳴り響いた。冬川雪緒への連絡役として絶えず彼の下に赴いている人物、三河祐介からである。

 

「――三河、どうだった……?」

『……き、樹堂さん。オ、オレ、最初半信半疑だったけど、本当に今の冬川の旦那はマジで別人かもしれない……!』

 

 普段の砕けた『っす』口調さえ崩れ、三河祐介の声は激しく動揺していた。

 頭を抱える。彼は自分と同じく古株であり、冬川雪緒とは数年に渡る付き合いである。その彼が違和感を覚えたのならば――いや、まだ結論を出すのは早い。

 

「落ち着け。その根拠は……?」

『今の冬川の旦那は、いや、アイツは――葡萄を噛んで食っていたッ! 旦那はいつも噛まずに飲み込んでいたのに……!』

「……なんだって……!?」

 

 冬川雪緒は種無しの小粒の葡萄を好き好み、噛まずに丸呑みする癖がある。何て勿体無い喰い方をするんだと当時は思ったし、奇妙な事に大粒の種ありの葡萄は嫌う始末だ。

 何故そんな食べ方をするのか、聞いてみたら「甘いのは好きなんだが、酸っぱいのは好かん」との訳の解らない理由で、甘さが口に広がる内に丸呑みするそうだ。

 

(クソッ、まさか秋瀬直也の方が正しかったとは……!)

 

 事故に遭ったからと言って、その食べ方を矯正するとは思えない。

 となると、今の冬川雪緒の皮を被っている人物は――ある程度の知識は彼自身から観覧出来るが、彼の常識までは読み解けない能力者と想像出来る。

 

『皆に知らせましょう……! オ、オレは冬川の旦那が死んだとは信じられない。性質の悪いスタンド使いに操られているだけなんだ! 皆で協力すれば――』

「……いや、残念だが無理だ。その食べ方の癖を、全員が知っているとは限らない」

 

 知らない者に言っても、「はぁ?」と無関心そうに片付けられるだけであり、冬川雪緒が他の誰かに摩り替わっていると判明した今、樹堂清隆の安否は豊海柚葉の想像通り、非常に危ういものとなった。

 自分もまたいつスタンド使いの襲撃に遭っても可笑しくない事態であると、冷や汗を流す。

 

「……良くやってくれた。お前は普段通り仕事をして、何か異常に気づいたら連絡してくれ。あと、オレとの通話が繋がらない場合は――!?」

 

 ――足音が聞こえた。隠す気概すら無い、堂々とした足取りが。

 

 自身の携帯を地面に投げつけて破壊し、樹堂清隆は廃家に溜まっていた水分を全て集めて『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』を出して身構える。

 雨天時の時のような圧倒的な万能さは無いが、それでも彼のスタンドはこの状態でも十分過ぎるほどの戦力を秘めている。生半可の相手ならば独力で切り抜けられるぐらいに――。

 

 

「――まさか貴方ともあろう人があの女に篭絡されるとはね。あの『魔術師』が手を出さない訳です」

 

 

 やはり、冬川雪緒の皮を被った人物は、彼の知識を好きなだけ観覧して此方を弄んでいるようだと樹堂清隆は内心舌打ちする。

 その黒味がかった青髪の姫様カットに切り揃えた赤い情熱的なスーツの女のスタンド能力を、樹堂清隆は知らない。

 知っている事と言えば、彼女が『魔女の卵』を最も集めたスタンド使いであり、極めて破壊的な能力の持ち主である事ぐらいである。

 

「――ッ!」

 

 そんな危険極まるスタンド能力者に先手を取らせる訳にはいかない。

 敵との距離は七メートルあるが――樹堂清隆は己がスタンドを疾駆させて先制攻撃を仕掛ける。

 

 ――即座に彼女は自らのスタンドを繰り出す。彼女の背後に出現したのは、不死鳥を象った鳥型のスタンドであり――彼女は小気味良く指先を鳴らした。

 

「――ッッガアァ?!」

 

 ただそれだけの動作で『雨天の涙』の右足部分が爆発し、本体の右足が千切れ取れる。

 

 ――物理的な攻撃には無敵を誇るが、焼き切られれば本体にもダメージが通ってしまうという、水なのに炎が弱点という皮肉が顕となった。

 

 地に倒れ転がった樹堂清隆は堪らずスタンドを解除してしまい、それを冷然と眺めていた彼女はもう一回指先を鳴らして廃家の瓦礫諸共、落ちた水を一滴残らず盛大に爆破した。

 これで樹堂清隆はスタンドを展開する事すら出来なくなった。

 

(――なん、だと……!? 空間指定の爆破だと!? 何という強大な破壊力に、無慈悲な命中性能……! こんな巫山戯た能力があるとは……!)

 

 吹き飛んだ自分の足を鬼気迫る表情で凝視し、即座に彼女の方に視線を向ける。

 彼女は近寄る素振りさえ見せず、指先を鳴らす直前で構えていた。其処には絶対的な強者特有の、油断も慢心も在り得なかった。

 

「――内通者は誰です? 秋瀬直也のスタンド能力は? 豊海柚葉で何か解った事は? 全部洗い浚い話すのならば、同僚の好です。生命だけは助けて差し上げますよ?」

 

 ぴくりとも表情を動かさず、彼女は死刑宣告に似た脅迫をする。

 当然だが、裏切り者を生かしておく訳が無い。女なのに凄みを感じさせる眼は、無言でそう告げている。

 過激なまでの破壊力を秘めたスタンド能力とは裏腹に、冷酷無比で機械的なまでに無感情――ああ、死んだな、と樹堂清隆は諦めた。

 

「……今の冬川さんは、冬川さんじゃない。別のスタンド使いに操られている……! その正体不明のスタンド使いは、冬川さんの知識さえ自由に観覧出来るようだ……!」

「――ふぅむ、此処まで洗脳能力が強いのですか。これは厄介ですね」

 

 ぱちんと、その音は無情に廃家に響き渡り――樹堂清隆の心臓部分が爆破され、風穴が空いた彼は遺言さえ吐けずに倒れ伏し、絶命する。

 その死体に一瞥すらせず、お釈迦になった彼の携帯電話を回収する。例え中身が壊れていても、通信履歴から誰に電話していたのか、程無く遡れる。

 

 ――尤も、内通者の始末は彼女の役割ではないが。

 

「秋瀬直也、豊海柚葉は私が仕留めます。赤星有耶(アカボシアリヤ)の『炎天下の暴君(フレイム・タイラント)』がね――」

 

 

 

 

「――樹堂さん? 樹堂さん!?」

 

 砕けるような異音の後に途絶えた電話に、三河祐介は否応無しに打ち震える。

 ――樹堂清隆に刺客が送られたのだ。同じ川田組のスタンド使いが。この事実は彼等の頭である冬川雪緒が本当に別人である事を何よりも示した事である。

 

(……まずい。どうするどうする……!?)

 

 つまりは、彼自身の身にも危険が迫っている事に他ならない。

 間近に迫った死の恐怖に涙さえ滲み出る。どうしてこんな事態になったのか、まるで訳が解らない。

 

(オレが助けた時には、もう別人だったって事か……!? クソッ、これはオレが齎した事なのか……!)

 

 現在位置は冬川雪緒が入院している病院の屋上、とりあえず、此処から脱出する事から始めなければならない。

 その後、秋瀬直也と連絡を取って協力し――ばたんと、金属特有の錆じみた軋み音を鳴らしながら屋上の扉が開かれ、白い雪模様のパジャマの上に黒のちゃんちゃんこを羽織った冬川雪緒が幽然と現れた。

 

 

「――今後の参考の為に聞くが、あの短いやり取りで『オレ』を贋物だと思った理由は何かね? 三河祐介」

 

 

 ――普段の彼よりも、一段階低い音色で、冬川雪緒の皮を被った誰かが問う。

 

 怯え、竦み、涙さえ浮かべていた三河祐介は目元を拭い取り、激しい怒りと闘争心をもって冬川雪緒を睨み返した。

 

「ほう、一瞬前まで小便チビリそうなぐらい怯えていた敗者の顔が、猛々しい戦士のそれに早変わりだ。なるほど、お前の事を少し見縊っていたようだ」

 

 屋上の扉を叩き付けてスタンドで瞬く間に凍結させて――退路を断つ。冬川雪緒は極悪なまでに嘲笑っていた。

 こんな醜悪な表情は、普段の冬川雪緒からは考えられないものであり――大切なものを穢されたやり場の無い怒りがふつふつと沸き出し、握り拳を怒りで震わせる。

 

「この冬川雪緒は、驚くほど慕われていたようだな。尤も今はこの『オレ』の為に役立っているが」

 

 処々に六華の模様が特徴的な純白の人型のスタンド『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』はそのまま――それは、貴様が使って良いスタンドではないと三河祐介はブチ切れた。

 

「――冬川の旦那の顔で卑しく笑うなッ! そのスタンドは冬川の旦那のだ。この寄生虫野郎がァ……!」

 

 下品な笑みが止まり、冬川雪緒の皮を被った誰かは不愉快極まる表情に豹変する。その寄生虫という言葉が何よりも気に食わなかった様子である。

 

「……認めよう。今のこの『オレ』は下っ端のカスにも罵られるような下劣な能力だと。この身体を間借りしなければ行動一つすら取れない最下層の蚤だと。だがな、必ず『オレ』は再び頂点に返り咲くッ! 秋瀬直也の持つ『矢』によってな――!」

 

 それは純然までの『邪悪』であり、負の情熱は彼の眼に際限無く燃え滾る。

 並ならぬ妄執こそ、中に居る邪悪の権化の原動力であり、抜け殻の死体と化した冬川雪緒を突き動かす全てだった。

 

「どうだ? 三河祐介。この『オレ』に服従する気は無いか? 『オレ』の部下になるのならば、貴様を人一倍優遇すると約束しよう。何せこの世界で初めての『オレ』の部下だからな――此処で戦えば、お前は確実に死ぬ。悪い話では無いだろう?」

 

 まるで魔王の如く「世界の半分をお前にやろう、私の部下になれ!」と誘惑してくる彼に、三河祐介は声を出して大笑いした。

 腹が痛くて堪らず、これが意図した精神攻撃ならば大したものだと感心する。

 

「……ふむ、何が可笑しい?」

「いいや、まさかこの台詞を言う時が本当に来たとはなァって感心してたんっすよ」

 

 全力で笑いながら、いつもの調子を取り戻した三河祐介は自信を持って断言する。

 

「――だが、断る! テメェをぶちのめして冬川の旦那を取り戻すッ!」

 

 此処で奴を打ち倒して寄生虫を取り除けば一切合切解決だと、彼は絶体絶命の逆境を糧に飛び立つ。

 

 

『これさえあれば救助の可能性が発生し、殺されれば何度でもやり直せるお前なら確実に救援を引き当てるだろう――だが断る』

 

 

 彼の脳裏にあの屈辱的な台詞が鮮やかに蘇る。

 その前世でも今際の時に宣言された台詞を、見下していた者の口から吐かれ、冬川雪緒の中にいる彼は血管が浮き出るほどの憎悪と怒りを顕にする。

 

「やはり貴様も秋瀬直也と同じか……! あの時と同じように、糞みたいなカスの台詞を吐きやがってェ……! 良いだろう、必ず後悔させてやる――!」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47/負け犬の逆襲

 47/負け犬の逆襲

 

 

 冬川雪緒のスタンド『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』は第五部に登場したギアッチョの『ホワイト・アルバム』に匹敵する氷のスタンドである。

 ギアッチョのようにスタンドをパワードスーツのように全身に纏う事は出来ず、無敵の防御力を誇った『ホワイト・アルバム』と比べれば若干以上に劣る。

 だが、近距離パワー型の正統派のスタンドであるが故に、そのパワーと速度は些か以上に驚異的であり、攻撃力及び殺傷性能では圧倒的に勝る。

 

 ――冬川雪緒から中心に超低温の冷気が場を覆い尽くす。

 

 春先の夜風は、白い吐息すら可視出来る凍土に早変わりし、相対する敵の体力と熱を常に奪い続ける。

 これが夏場であろうが、彼が冬場じみた衣服を着用している大部分の理由であり、長期戦になれば、体の感覚が麻痺して一歩も動けずに凍死する事になる。

 尤も、一撃でも直接攻撃を加えられればスタンドごと凍結し、その強靭なパワーをもって粉微塵に粉砕されるだろうが――。

 

(――三百万の生命を持っていて、怒涛の如く押し寄せたアーカードの残骸は、冬川の旦那にとって天敵だったという訳だ。あの時に……!)

 

 いや、冬川雪緒の生死など今、考えるべき事ではない。

 この寄生虫じみたスタンド使いをぶちのめし、尊敬すべき上司を取り戻す。今はそれだけに全力を尽くし――三河祐介は自らのスタンドを出した。

 

 ――それは極限まで筋肉が削ぎ落とされた、極めて軽快な翆色のスタンドであり、その脆弱極まる貧相なスタンドを見て、冬川雪緒の中に居る誰かが嘲笑った。

 

「――知っているぞ。貴様のスタンドはただ素早いだけの無能力だと。そんなカスみたいな脆弱なスタンドで、どうやって冬川雪緒の『氷天の夜』を攻略する気だ?」

 

 そう、三河祐介のスタンドはポルナレフの『シルバーチャリオッツ』同様、特殊な能力を持たない。尤も、その『シルバーチャリオッツ』にはレイピアによる剣捌きが強力だったが、彼の碧色のスタンドは無手で武器らしいものも無い。

 特筆すべき点などその移動能力しかない。それの御蔭で瀕死の冬川雪緒は絶命する前に病院に辿り着き、生命を永らえたのだが――。

 

「冬川雪緒のスタンドは貴様のカスみたいな能力とは違って、この『オレ』が見てきた中でも上位の部類に入るぞ?」

「……何だ。乗っ取った本人の記憶は完全には見れないようっすねェ……。そんなの自分の持ち味を最大限に生かすだけの事っすよォ……!」

 

 三河祐介は自信満々で啖呵を切り、冬川雪緒の中に居る誰かは不愉快そうに舌打ちする。

 

 ――自分に発現した脆弱なスタンドには何の取り柄も無い。その事を何よりも気にして、一種のトラウマとして刻まれていた。

 だが、彼だけは――冬川雪緒だけは、自分さえ惰弱で最弱と蔑むスタンドを、正当に評価してくれた。

 

『――確かに、お前のスタンドは素早さだけしか取り柄は無い。攻撃性能も特異性も全く無いスタンドだ。だが、逆に考えるんだ、素早さだけならどんなスタンドにも勝てると――』

 

 それだけが、彼の中で絶対的な自信となって存在する。

 自分の中で唯一誇らしい記憶であり、自虐して常に自信を持てなかった自分を精神的に救ってくれた恩人の為に、彼は自身のスタンドの名を高らかに宣言する。

 

「駆け抜けろ『希望の翠(ホープ・グリーン)』――ッッ!」

 

 ――正面に居ながら自分の頬を殴り抜いたスタンドの拳を、『彼』は殴られるまで感じ取れなかった。

 

「……!?」

 

 三河祐介との距離は十メートル近くはあった。それが瞬き一つで埋まり――驚きを抱えたまま、『彼』は『氷天の夜』の拳を無数に振るう。

 だが、全部外して新たに六連打、その身体に叩き込まれて一気に後退する。

 

「……~~ッ、なるほど。素早さも此処まで来れば能力の一つだ。非力でなければ今の打ち合いで決着が着いていた処だ」

 

 圧倒的な初動の速さ、目にも留まらぬ移動速度――単なる雑魚だと侮っていた『彼』は自分を内心叱咤し――それでもそのパワーは人間以下であり、大したダメージにはならないと見定める。

 

「そのスタンドは持ち物を、例えばナイフ一本すら持てないほど非力だろう? 惜しいな、実に惜しいスタンドだ」

 

 常時展開している冷気を更に強め、『彼』はスタンドを自身の前に配置して迎撃の構えを取る。

 攻撃を喰らう事を覚悟すれば、あの程度の一撃で自分の行動を止める事は出来ない。撃たれつつも一発でも打ち返せば呆気無く逆転する。

 

「……ケッ、余裕かましやがって。冬川の旦那ならまだしも、使い慣れてねぇ他人のスタンドでオレの速さを捉えられるかってんの……!」

 

 そして再び三河祐介のスタンドの姿が掻き消え、またしても打撃が頭部に突き刺さり、その方向に向かってスタンドの拳打を一心不乱に振るい――既に射程圏内から翠の光と化した彼のスタンドは抜け出していた後だった。

 

「……ッ!?」

 

 完全な一撃離脱(ヒット&ウェイ)の戦法、『彼』は内心舌打ちした。

 経験則から即座にあのスタンドを自身が捉える事は困難であると認め、先程から棒立ちしている本体を攻撃せんと『彼』は疾駆する。

 

 ――三河祐介のスタンドの攻撃性能は絶望的なまでに低い。あの貧弱なスタンドで本体を守る事は出来ないと判断し、それが誤りである事を即座に知る。

 

「何……ッッ!?」

 

 振り下ろしたスタンドの拳はまたしても空振り、それどころか真正面に居た筈の三河祐介を完全に見失い――何処からか、非力なスタンドによる打撃が冬川雪緒の本体に何発も突き刺さる。

 

「スタンドが射程外まで踏み込んだら、逆に本体が引っ張られるっすよねェ? スタンドは己が射程距離を絶対に越えられないのだから――」

 

 三河祐介のスタンドの射程距離は僅か二メートル、それはスタンドが尋常ならぬ速度で駆け巡る度に、本体も引っ張られて超速度で移動しているという事に他ならない。

 まさか射程距離の短さをこんな形で逆活用しているスタンド使いなど、『彼』でさえ見た事が無く――また舌打ちしながら、『彼』は『氷天の夜』の凍結能力を最大限に発揮し、瞬時に猛吹雪を巻き起こして視界を鎖す。

 

(……っ、奴め、冬川の旦那のスタンド能力を最大にしやがった……! この中に数分も居たら凍え死にそうだが、逆にチャンスだ。流石の冬川の旦那も長時間は展開出来ないッ!)

 

 視界は完全に封じられ、局地的に猛威を振るう吹雪は彼の体温と体力を奪い続ける。

 身体の末端である手先の感覚が早くも鈍くなり、三河祐介はひたすら手を動かし、痺れて動けないような事態にならないように熱を保って血行を良くする。

 

 ――だが、この根競べは三河祐介が凍死するまでは保たない。

 必ず『彼』はスタンドパワーが力尽きる前に仕掛けて勝負に出る必要がある。

 それが唯一無二のチャンスであり、それで死ななければ三河祐介の勝利は目前である。

 

(――それさえ凌げば、旦那を出来るだけ無傷で取り戻せる……!)

 

 ある程度動き回りながら、慎重に相手を出待ちし――背後からの僅かな異音を、三河祐介は確かに感じ取った。

 

「――オラァッ!」

 

 先手取って、三河祐介は左の拳を叩き込む。

 殴ったのは本体ではなく『氷天の夜』であり、一発目の接触で芯まで凍り付く感覚に身震いする。

 今までスタンドではなく、本体を叩き続けていたのは、極低温のスタンドに接触した拳が凍り付いて使い物にならなくなるのを回避する為だ。

 

(これで引くと、思ってんのかァ……! 舐めんなよ、オレの覚悟を――ッ!)

 

 構わず、第二打、第三打を繰り返し、更に連打する。

 第二打で完璧に凍りつき、第三打でヒビ割れが生じ、左の拳を捨てる覚悟で、形振り構わず叩き込む――!

 

「な――グ、ガァッ!?」

 

 左拳が完璧に砕け散るまで殴り抜き、『彼』はスタンドごと地に叩きつけられ、視界を封じていた吹雪は一斉に解除された。

 消える『氷天の夜』に、倒れ伏す冬川雪緒――そして其処から無理矢理這い出されたスタンドは、全身が干乾びてミイラになっているような情けないスタンドだった。

 

『グゥゥ、貴様アアアアァ――ッ!』

「それが、テメェのスタンドっすかァ……! 寄生虫野郎に相応しい、みみっちい姿っすねェ……!」

 

 砕けた左手が幸運な事に凍結しており、当分出血死する心配は無い。

 無事な方の右拳を振り上げ、この骨と皮しかないスタンドを打ち砕こうと拳を振るう。

 こんな無惨な状態のスタンドなら、三河祐介の非力なスタンドと言えども呆気無く打ち砕けるだろう。

 

『――よもや貴様のようなカス如きに、我が能力を使う事になろうとはな……!』

 

 ――だが、その拳がミイラみたいな干乾びているスタンドに届く前に、そのスタンドは自らの手で自らの首を掻っ切り、その首を胴体から引き千切った。

 

「何イイイイイイイイイィ――ッッ!? コイツ、自分で自分の首を……!?」

 

 その首が地に落ちて消滅する寸前に、怨念のみが爛々と灯る眼のスタンドは、地の底から轟き渡るような恐ろしい声で呟き――その能力の発動条件を成立させる。

 

『……『負け犬の逆襲(アヴェンジ・ザ・ルーザー)』――ッッ!』

 

 

 

 

(――?)

 

 その時、ソファを独占したまま寝転ぶ『魔術師』は些細な違和感を察知した。

 ただその違和感の正体までは掴めず――むくりと起き上がり、主の奇行に度々手を焼いていたエルヴィと霊体化しているランサーの心胆を寒からしめた。

 

「エルヴィ、ランサー、何か違和感を覚えなかったか?」

 

 アイルランドの英霊と吸血鬼の人間を超越している感覚は、今の違和感をどのように感じ取って処理したのか――。

 

『違和感? いや、何もねぇが? 強いて言うなら、腑抜け状態のマスターが変な事を言ったぐらいだ』

「ランサー! 鬱病患者に真実を告げたらそれだけで死んでしまいますよ!」

「……いや、テメェも同じぐらい酷い事言ってるぞ?」

 

 ランサーは何も察知しなかった。

 彼は単なる『槍兵(ランサー)』ではなく、原初のルーン魔術を習得する『魔術師(キャスター)』としての適正も持っている。

 よって、この違和感の正体は魔術以外の現象であり、彼の専門外の領域――。

 

「エルヴィは?」

「……いえ、特には何も感じませんでしたが? ご主人様、どうしたんですか?」

 

 そしてシュレディンガーの猫であり、卓越した吸血鬼である彼女の全感覚も、あの違和感を察知出来なかった。

 実にきな臭い違和感だ。それは眠りこけて完全に腑抜けていた『魔術師』を瞬時に我に立ち戻させるぐらい、致命的な危険を孕んでいた。

 

(漠然としていて説明出来ないが、最大級の脅威を感じた。時空震ではない、もっと違う形の空間の歪みを観測したような気がしたが――)

 

 

 

 

「クロさん、どうしたん?」

「……いや、何でもない」

 

 そして教会にも一人、この違和感を感知し――というよりも、『過剰速写』は違和感どころか、この正体不明の現象の全容を余す事無く体験した。

 

(――へぇ、このオレの他に時間を操る類の能力者が居たとはねぇ。世界全体の時間が十秒間巻き戻り、それに誰一人気づいていない。隠蔽性と良い、他に観測者が居なければ無敵の能力だな)

 

 これほどまでの強大な時間操作を成せる存在が居ようとは、この世界は恐ろしい人物揃いだと溜息を吐く。

 そんな『過剰速写』の反応を見て、八神はやてとクロウ・タイタスを避けて此処に居るセラ・オルドリッジに疑問符を浮かべさせた。

 

(――ふむ、こういう感覚だったのか。世界を巻き戻すという壮大な感覚とは。どれほどの時間を消費するか見当も付かないが、覚えておこう)

 

 

 

 

「……え?」

 

 未だに高町家の面々と道場で対スタンド使いの稽古をしていた秋瀬直也の首が、何の予兆無く、唐突に切り落ちて地面に転がり――彼の首無し死体から夥しい鮮血が噴き上がった。

 

「直也君!?」

 

 余りの出来事に驚愕し、更には予測出来なかった豊海柚葉は彼に向かって手を伸ばし――フィルムを一枚一枚逆送りしたかのように巻き戻っていく。

 

 

 

 

 そして、世界は再構築され、また正常に運営していく。

 世界の時間が十秒間だけ巻き戻った事を、多くの者に知覚させないまま――。

 

「――どうしたんだ? 柚葉。ぼけっとして」

 

 柚葉は秋瀬直也の首をじっと見つめる。何故其処に強烈な違和感を抱いているのか、自身でも不明だったが――柚葉は互いの吐息が聞こえるまで近寄り、直也の首辺りに実際に触れて見聞する。

 

「え? ちょ、近……!?」

 

 秋瀬直也は本当に油断ならぬ人物とは言え、異性である彼女の急接近に顔が真っ赤になり、柚葉は首がちゃんと繋がっている事に安堵し、その謎の感慨に深い疑問を抱く。

 

「んー? おっかしいなぁ。直也君の首が落ちるビジョンが見えたんだけど?」

「なっ!? 新手のスタンド使いか!? なのは、周辺をサーチしろッ!」

「は、はいっ!」

 

 

 

 

 ある程度動き回りながら、慎重に相手を出待ちし――背後からの僅かな異音を、三河祐介は確かに感じ取った。

 

「――オラァッ!」

 

 振り抜いた拳は囮の氷像を打ち砕き――冬川雪緒の『氷天の夜』の拳が『希望の翠』の胴体を穿ち抜いて貫通させ、本体の三河祐介の身体に巨大な風穴が生じた。

 自らの胴体に開いた巨大な風穴を見て、三河祐介は夥しい吐血を撒き散らした。

 

「……な、んだ、と――」

「――褒めてやる。下っ端の分際でこの『オレ』に能力を一度使わせた事をな……!」

 

 瞬時に『希望の翠』を瞬間氷結させ、一息に穿ち貫いた拳を抜き去って粉微塵に粉砕する。

 三河祐介の身体は完全に砕け散り――空気中に撒き散った血は瞬時に凍結し、粉微塵となって何処かに消えて逝く。

 スタンドを解除し、病院の屋上には冬川雪緒しか居なくなった。

 

 ――そして、唯一人となった『彼』は忌まわしき記憶を思い起こし、その生涯最高の屈辱に胸に蟠る憎悪が一層激しく燃える。

 それは『彼』の今際の時の出来事、秋瀬直也をその手で殺した後の記憶である――。

 

 

 

 

「クソ、クソクソクソクソクソクソクソォ――ッ!」

 

 勝ち誇ったように笑う秋瀬直也の死体を何度も蹴り上げ、『彼』はこの詰んだ状況を打破するべく自分自身の全能を費やす。

 秋瀬直也が死ぬまで保持した『矢』は、彼のスタンドの中にあったまま、この世から消え果ててしまった。――殺しても手放さなかったのだ。

 

「まずい、致命的にまずいッ! 何か、何か手は無いかァッ!?」

 

 秋瀬直也の言う通り、この状況は既に詰んでいる。

 いずれ彼は死のループから逃れられなくなり、発狂するか、自殺して終わらせるしかなくなる。

 完全に船が水没する前に、打開策を見出さなければならない。だが、その唯一の打開策と思われた『矢』が死に抱えされた今、如何程の手があるだろうか?

 

「……『矢』さえ、『矢』さえ手に入れば、この絶対的な状況すらどうとでもなる! このオレが世界の頂点に間違い無く立てるッ! だが、どうやって奴から『矢』を奪う? 殺したコイツの中のスタンドから、どうやって出せば良い……!?」

 

 殺した者をどうにかするなんて、彼のスタンド能力の範疇には無い。

 彼のスタンド能力はあらゆる脅威から彼自身を生き残らせ、敵対者を必ず仕留める能力。だが、その能力の対象は己のみであり、発動手段は外部依存――今は自分唯一人、その発動手段すら満たせない有り様である。

 

 ――心底から絶望する。此処が自分にとって死地であり、逃れられない鉄の棺桶であると恐怖し……それで終わる彼では無かった。

 

「……誰が、誰が貴様の思い通りに死んでたまるかァ――ッ! このオレを、舐めるなアアアアアアアアアアアアアアァ――!」

 

 深い絶望と恐怖が彼のスタンドに劇的な変化を齎す。

 その変化を彼は知覚し、瞬時に理解した。この難局を乗り越えるには、彼自身が一皮剥ける必要がある。

 正確に言うならば、無敵の帝王としての誇りを完全に捨て去る必要があった――。

 

「オレは、この試練を絶対に乗り越える! 己の死を以ってだアアアアアアアアアアァ――ッッ!」

 

 ――彼はスタンドで己の素っ首を叩き切って、自ら最大の禁忌を犯す。

 

 最強無敵を誇った彼のスタンドはその瞬間、見窄らしいまでにミイラ化して、その能力すら徹底的に変質させ――彼は自身の本体を捨て去り、死した秋瀬直也の身体を『本体』として乗っ取ろうとした。

 

『……勝ったッ! オレは自らの能力の限界を乗り越え、不可能だった運命の試練に打ち勝ったぞッ! 秋瀬直也ァー!』

 

 悍ましいまでの邪悪な執念がスタンドを成長、否、変質させて在り得ざる勝ち筋を生み出し――されども、それを阻止したのは死した秋瀬直也のスタンドだった。

 

『……は? え――?』

 

 乗っ取る瞬間、秋瀬直也のスタンド『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』が顕現し、彼のミイラ化したスタンドの胴体を一撃で穿ち貫き――悪足掻きした彼に完全なる引導を渡した。

 

『――私ノ主ハ貴様ナドデハ無イ。我ガ本体ハ死シテ『矢』ヲ守リ抜イタ。ソレ故ニ『矢』ハ誰ニモ渡サナイ』

『……そん、な。あ、ああ、アアアアアアアアアアアアアァ――ッッッ!?』

 

 彼は自らの死を乗り越える事で、自身のスタンドを変質させた。

 自ら禁を犯した彼の能力はもう『殺されたら十秒間巻き戻る』ではなく、『自殺したら十秒間巻き戻る』ものへと歪な変質を果たし、即座にそれが仇となって死因になったのは皮肉だろう。

 

 駄目出しの一撃でミイラ化したスタンドの頭部は打ち砕かれ、半ば同化したまま、彼等は海の藻屑と消え、二人は一緒に死したのだった――。

 

 ――これが『彼』と秋瀬直也の結末であり、新たな宿命の始まりである。

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『希望の翠(ホープ・グリーン)』 本体:三河祐介
 破壊力-D スピード-A 射程距離-D(2m)
 持続力-C 精密動作性-B 成長性-E(完成)

 特別な能力を持たず、パワー事態も大した事が無いが、随一のスピードを持つ。
 専ら伝令が天職であり、戦闘向きの能力では無かった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48/実はワルプルギスから三日後

 

 48/実はワルプルギスから三日後

 

 

「つーか、第八位の複製体がいつの間にか教会勢力に居座っているんだけどぉ。ミサカ、超びっくり~」

「武器を調達されたか。まずいのう」

「え? 超能力者で武器とか関係あるん?」

 

 何処か知れぬ地下施設にて、ビーカーに温かいコーヒーを淹れて『博士』と『異端個体』は仲良く飲む。

 基本的に超能力者は生身で軍に匹敵する戦力足りえるので、彼等には武装するという選択肢そのものが最初から欠如している。

 既存の兵器など、弱者が自身を補強する為の補助機能に過ぎず、超能力者ともあろう者がそんな玩具に頼るとは非常に考え辛い。

 

「己の事を顧みて言うのだな。第八位の超能力者は銃火器などの既存兵器を好んで使用した。以前の戦闘データを分析したが、どうも後半になる毎に能力使用を抑えている。奴の能力は短期決戦仕様であり、更には現在の状況は万全とは言い難いようだ」

「え? 何々、後半部分はミサカ初耳なんですけど?」

「ああ、言ってなかったかな? 奴は狙撃手を撃たれる前に撃ち返す事で有名なのだよ。それなのに今回の場合は撃たれてから対処した。――奴の能力が時間操作であるならば、何らかの不具合が生じて遠い未来まで見通せないのかもしれん。『AIM拡散力場』が極端に薄い影響か、それとも別法則が働きかけているのか、実に興味深いな」

 

 また変な方向に思考が逸脱したか、と『異端個体』は溜息を吐いた。

 『博士』は人道や倫理観が完全に欠如した優秀な研究者だけど、よく思考が脇道に逸れてしまうのが残念な点である。

 

「つ~ま~り、余り時間を与えると完全な状態になっちゃうって事でしょ? ただでさえラスボスちっくな馬鹿げた能力だと言うのに。うーん、ミサカは彼が来るまで待ち構えるつもりだったけど、来ないんじゃしょうがないね」

「ふむ、どうするのかね?」

「八神はやてか前代『禁書目録』を攫っちゃおうぜー、とミサカは提案してみる! 記憶喪失で十万三千冊の知識が吹っ飛んでいるらしいし、チョロいよー?」

 

 それは今の段階で教会勢力にも喧嘩を売る事になるが――『過剰速写』さえ手に入れれば、『魔術師』関連の諸々の情報を再分析し直し、万事問題無しと最終的に『博士』は決断する。

 

「……やるのならば、片方だけにしておけ。二人共攫えば教会勢力は全戦力を此方に派遣するだろう。あの『神父』の戦力だけは計り知れない」

「ただの人間なのに彼処まで強いなんて、半分人間やめているミサカ達に対する冒涜よねぇ。羨ましいというか、人間の可能性って訳解んないぐらいあるっていうか。オッケイオッケイ、それじゃ早速手配しようか」

 

 手頃な暗部組織を見繕い、『異端個体』は楽しげに作戦を練る。

 他人をコケにするのが好きで堪らない性質なので、第八位の鼻っ面を明かしてやろうと嬉々と思考を巡らせる。

 自分を殺した責任は必ず取って貰わなければならない、と狂々と想い続ける。その一途な殺意は顧みぬが故に愛に似ていた。

 愛が両想いになる事で完結するならば、殺意は殺し合う事で完結するが――。

 

「それはそうと最近『魔術師』の動き、全然無いねぇ。ミサカ超怖いんだけど。嵐の前の静けさってヤツ?」

「さてな。精力的に行動したと思いきや、昨日は屋敷に篭りっきり――何が不都合でも生じているのかと推測出来るが」

「あー、駄目駄目。どうせ罠でしょ。以前もそんな事してなかったっけ? 確か滅茶苦茶痛い目を見た記憶がミサカにはあるんだけど」

 

 既に三日前にも、『ワルプルギスの夜』で限界まで弱体化していると思って送った精鋭も残らず始末されている。

 こんな短期間で同じ手を使ってくる当たり、どうにも本当に攻め時なのかと思いたくなるが、動かずに眠っている獅子にちょっかいを出して呼び覚ます趣味は、生憎と彼女達は持ち合わせていない。

 

「積極的に動かないのなら、ミサカ達が存分に動いて状況を動かしちゃいましょう。あの第八位の複製体さえ手に入れれば、この魔都の覇者はミサカ達になるんだから」

 

 にやりと、『異端個体』はオリジナルの彼女からは考えられない、悪どく美しい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「うーん、クロウ兄ちゃんとセラちゃんを仲良くさせる方法は何か無いん?」

「無理じゃね? 喧嘩をするほど仲が良いなんて与太話は言わないが、お互いの立場から破滅的と言わざるを得ないな」

 

 二人に関する大体の事情は昨日の内に聞いたが、今日の朝ご飯の時も壊滅的だった、と『過剰速写』は気怠げに思い起こす。

 大人数で一緒に食事を摂るという経験は稀有なものであったが、対面の席にいるのに互いが反対側を向いて食事する様は笑いを通り越して呆れ果てたものだ。

 

「そうそう、クロウ・タイタスは私に消えろって言ってるんですよ? 元々私の身体だと言うのに!」

「二回、生まれ変わっているという話は眉唾物だが、それが本当なら今の身体の所有権は君の言う贋物じゃないか?」

「あーあー、聞こえない。何も聞こえない!」

 

 耳を手で押さえて聞こえないふりをするセラ・オルドリッジに「都合の良い耳だ」と『過剰速写』は溜息を吐く。

 現在の彼女は白い修道服のフードを脱ぎ去り、髪型を右側のサイドポニーテールにしている。もう自分は嘗ての自分じゃないという他人へのアピールだろうかと『過剰速写』は見当を付けておく。

 もしくは自己暗示の類でもあるのだろうか?

 其処かが伺える感情は疑心、つまり彼女は今の自分の現状に疑問を抱き、誰にも言えない恐怖を抱いている、という事なのだろうか。精神系の能力者じゃない『過剰速写』には確証を掴めず、想像しか出来ない。

 

「うーん、セラちゃんとシスターさんと、二人仲良く一日毎に入れ替え交代っていう具合なら? これならクロウ兄ちゃんも納得すると思うけど」

「……はやてちゃん? 何か、人の記憶を物凄く都合良く解釈してません? あれに主導権があるのなら、私なんて掻き消されてますけど? 十万三千冊の魔道書の知識を総動員して使われたら、私なんて泡沫の夢以下の存在ですよ」

 

 そんな突飛な事を提案した八神はやてをセラ・オルドリッジはジト目で睨みつけ――案外、その可能性に怯え、いつ消えるかもしれない恐怖を隠し切れずに居ると『過剰速写』は他人事のように分析する。

 クロウ・タイタスと激突したのも、その不安の現れだろう。積極的にアピールしなければ消えてしまうほどの脆弱性――その精神は崖っぷちに立っているが如く、であろうか?

 

「贋物の人権無視を『贋物』のオレに言われてもなぁ、君も案外鬼畜だね。――まぁ仮にオリジナルの自分が居て、同じ席を争うというのならば、最初から贋物と自覚しているオレは自害するしかないがな。オリジナルのオレは死ねとしか言わないだろうし」

 

 贋物であると自覚しているだけに今更「本物はオレだ! 死ねェ!」なんて恥知らずな事は言えない。

 しかしながら、今現在の彼は右腕も左眼も寿命も欠損していないので、ある意味ではオリジナルより優れた贋作と言えなくもない。

 

「……なんや殺伐とした話やなぁ。やめやめっ、もっと明るい話をしよう! クロさんの友達の話が聞きたいなぁっと」

「……友達? はて、オリジナルにそんなもの居たっけな……?」

「……はやてちゃん、無茶振り過ぎて思いっきり話題変更に失敗しているよ? 特大の地雷だと思うけど」

 

 何だか酷く同情的な眼でセラ・オルドリッジが此方を悲しく見つめており、癇に障った『過剰速写』は少しだけ思い悩み、前世で幾十回と激突したある人物が思い浮かんでしまう。

 

「ああ、自称親友なら居たな。第七位の削板軍覇だ。いつも時代遅れの精神論ばかりで暑苦しくて鬱陶しくて大嫌いだったが――無視出来ない存在だった」

「セラちゃんとクロウ兄ちゃんみたいに?」

「……こう見えても、昔は手当たり次第、他人を拒絶していたからな。何処かの研究者が言った『心の距離』というヤツか、一定以上踏み込んで来る奴は容赦無く実力行使で蹴散らした。その過程で、軍覇の野郎だけは幾ら突き放しても構わず踏み込んで来やがった。図々しいというか、何というか……まぁあの根性だけは認めてやるがな」

 

 よくまぁ数十回も激突したと染み染み思う。考えようによっては、オリジナルの寿命を最も削った人物だが、不思議と遺恨は無かった。

 そんなまともな友情話ではない美談(?)を聞いて、八神はやては何か思い付いたような顔付きになって、うんうんと微笑む。

 

「そうや、それだ! お互いに足りなかったのは相互理解や! 思い付いたんよ、クロウ兄ちゃんとセラちゃんの距離を縮める方法を!」

「……ふむ、八神はやて。君はムードメイカーなのかトラブルメイカーなのか、若干判断に苦しむな」

「……いや、別に、私はクロウ・タイタスと仲良くなるつもりなんて欠片も無いんだけど……」

 

 善は急げと言わんばかりに車椅子の八神はやては、『過剰速写』とセラ・オルドリッジを引き連れて、クロウ・タイタスの下に赴いたのだった。

 

 

 

 

「良い知らせと悪い知らせがあるけど、どっちから聞く?」

「……うわぁ、どっちも聞きたくねぇ。――はぁ、悪い知らせから聞こう」

 

 朝一番、地獄の高町家の道場での修練で、筋肉痛が非常に響いて苦悶する中、げんなりするほど良い笑顔を浮かべた柚葉がそんな事を言った。

 柚葉は「ふーん、こういうのは良い方から聞くのがセオリーじゃない?」なんて言ったが、どの道、オレの顔が曇るのは決定事項なので、最初から覚悟して聞こう。

 

「樹堂清隆との連絡が途絶えたわ。十中八九、消されたみたい」

「……良い知らせというのは?」

「今の冬川雪緒が間違い無く贋物で、彼さえ倒せばハッピーエンドという事」

 

 などと言って、柚葉は「いやぁ、物事は単純明快が一番よねぇ」と爽快に微笑む。

 オレは朝一番から非常に大きく、深い溜息を吐いた。

 

「どっちも悪い知らせじゃねぇか! 覚悟していたとは言え、最悪の部類だし……」

「何を言ってるの。今の絶望的な状況からの突破口を発見出来たんだから良いでしょ」

 

 確かにそうだが、冬川雪緒の生存が絶望的になった今、オレの気分は下がる一方である。

 ……前向きに考えるのならば、恩人たる冬川雪緒は豹変してなかった、という事を喜ぶべきなのか?

 

「私達には二つ選択肢がある。このままスタンド使いの襲撃を待ち続けて川田組のスタンド使いを全員破るまで粘るか、病院に赴いて『ボス』の息の根を止めるか。当然の事だけど、後者がお勧めよ」

 

 問うまでもない。このまま組のスタンド使い全員に襲われるよりは元凶の一人を叩いた方が手っ取り早い。

 何方にしても死の危険性が付き纏うが――いや、迷うまでも無い。冬川雪緒を騙る贋物を必ず殺さなければならないと、覚悟を決める。

 

「……『魔術師』からの援護は?」

「既に連絡したけど、昨日と同じ。つまり、全く期待出来ない。身から出た錆とは言え、此処まで腑抜けるとはね……」

「……お前、一体何をしたんだよ?」

 

 あの『魔術師』を精神的に行動不能に陥れるって、一体何をしたらそんな結果が得られるのだろうか?

 彼女はにこにこ笑い、一切答える気が無かった。オレもまた精神的に強い疲労感を抱きそうなので、敢えて聞かずに話を切って置いた。

 

「今日で決着を着けるか。長い一日になりそうだ――」

 

 どうにもこうにも嫌な予感が拭えないが――生き残る為には勝つしかないと、割り切る事にする。

 ――それに、いつまでも冬川雪緒の身体を弄ばれるのは非常に癪であり、この落とし前は自分の手で付けなければならない。

 それが、バーサーカーとの戦闘で彼の代わりに生き残ったオレの役目でもある――。

 

 

 

 

「あはは、随分迅速に終わったねぇ。他の裁判もこれぐらいの速度で処理出来れば楽だと思うんだけど?」

「馬鹿言え。今回のような最初から有罪と確定している出来レースの例外を他に持ち込んでたまるかっ。――それで、フェイト・テスタロッサは使えるのだろうな?」

 

 金髪少女の中将閣下はケタケタ笑い、太っちょの中将閣下は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 私はというと久々のミッドチルダの淀んだ空気を満喫しながら、伸び伸びと微妙に美味しくない飲料水を口にしているのでした。この種類は二度と買わないと誓いましたね。

 

 ――どうも、いつもお馴染み、ミッドチルダの黒幕会議です。

 今回の欠席はまたしても教皇猊下です。最近、遭遇率が極端に下がってますが、本当に生きているのでしょうか?

 段々不安になるティセ・シュトロハイム一等空佐です。

 

 プレシア・テスタロッサの裁判は一審にて有罪判決、被告側の弁明弁解を全部却下して先日新設した永久冷凍刑の第一号として処されました。

 凍結された母親を見て、泣き崩れるフェイト・テスタロッサは、こう、かなり来るものがありました。この境遇には同情もすれば憐憫すら抱きますよ。

 

 ――まぁ、尤も、壊れない程度にしか加減しませんけど。

 

「ええ、最初のお仕事を見事果たしました。汚職者達の処刑を、一発も損なわずにやり遂げましたよ」

 

 彼女の母親の罪を減刑する条件として、どんな方法でも良いから高町なのはを管理局入りさせる事――管理局、というか我々に忠誠を誓う試金石として、自らの私腹を肥やすだけの役立たずの屑達の始末を任せました。

 権力を握ったのだから、自身の利益を追求するのは仕方ない事ですが、組織に対する見返りが無いのでは斬られて当然です。

 

 組織に貢献しつつ、私腹を肥やす。一流の悪党ならば、それぐらい両立して欲しいものです。

 

 その辺を弁えていない愚者が多くて嫌になりますが、面倒な仕事の一つをフェイトちゃんに押し付ける事が出来たので、私としてはほくほく顔です。

 

「それは重畳だ。その調子で、彼女の憎しみの矛先を高町なのはに仕向けるのだ。その方が後々面白いし、使い易かろう」

「おーおー、悪堕ちの魔法少女なんてポイント高いですねぇ。最高に仲良しの友達だった彼女達がまるで幻想のようだわ。……何だかこう話していると、私達って悪の組織の大幹部みたいな感じー?」

 

 大将閣下は悪どく笑い、追随して金髪少女の中将閣下も悪の大幹部のように高笑いする。そんな滑稽な様子を、太っちょの中将閣下は溜息混じりで見ていました。

 

「……客観的に見れば、間違い無くそれだろうよ。よもや貴様は自覚してなかったのか?」

「えぇー? 我々は管理世界の正義を貫き通す時空管理局様ですよー? 正義を実行する我々が悪な訳無いじゃないかー。アイアムジャスティスですよー?」

 

 まるで嘗ての世界のアメリカみたいに横暴で素敵ですね。あと、棒読みですよ? 金髪少女の中将閣下殿。

 

「……今更誰も信じないような綺麗事の題目をあげてどうする?」

「おうおう、切り返しが上手くなったじゃん~。お母さん感動したよ。まぁそんな綺麗事の題目を信じている馬鹿な下っ端が居るから私達は楽出来るんだけどねぇ」

 

 わざわざ胸ポケットから目薬を差してほろり、と涙を流す金髪の中将閣下に、太っちょの中将閣下は一回目の爆発をするのでした。結局いつものパターンです。

 

「誰が母親じゃ! この一度も経験無いような小便臭い小娘がっ!」

「んな! ナチュラルにセクハラ発言したよこのハゲオヤジ!? 花も恥らうような年頃の私にパワハラとか酷くねー?」

「貴様と儂は同じ階級だろうがァッ! あとハゲ言うなッ! くっそぉ~、どうしてこんな小娘に階級並ばれてしまったんだ……!」

 

 そんな二人のいつも通りな様子に私は苦笑します。何だかんだ言って仲良いですよねぇ。言ったら怒られますけど。

 

「あー、後、ハラオウン親子が五月蝿いですけど、どうしますー?」

 

 裁判の不当性を強く指摘していたが、こういう時、良識派を自称する人達の扱いは非常に面倒です。

 最初から出来レースなのにそれについて異議を唱えるなんて、無駄な労力だと思いません?

 世の中の不条理の一つだと割り切って、見て見ぬ振りをする事も立派な処世術です。

 

「別に放置で良くね? 実の母親が冷凍保存という形で永久に存命しているんだから、原作みたく養子として引き取る事なんて出来ないしー、あれらの派閥なんて私達の掌の上にあるようなものだよ」

「――『闇の書』にギル・グレアム、あれらの勢力はいつでも粛清出来る。適度に使い潰すが良い」

 

 金髪少女の中将閣下は机の上に寝そべりながら屈折無く笑い、大将閣下も判子を押します。

 

 そうですね、いつでも私達はそのカードを切る事が出来ますからねぇ。

 ――当然ですけど、原作みたいに辞職しただけで何の罪も問われない、なんて都合の良い結末になる筈がありません。

 『闇の書』の所在を知っておきながら私怨で隠し通していらっしゃるのですから、それ相応の罪を背負わせて最大限に活用しますとも――。

 

 

 

 

(――冬川雪緒がバーサーカー戦で死亡していた可能性が極めて濃厚、現在のあれは見るからに別人。……忌々しい限りだ。此方の手足が自動的にもがれたも同然だが――豊海柚葉、あれの手の内が暴けるのは怪我の功名だな)

 

 ソファを一人で独占して寝そべりながら、『魔術師』は心底気怠そうに呟く。

 使い魔に任せられない雑用の多くを川田組に依頼していただけに、今回の一件は『魔術師』にとって相当響く異常事態である。

 

「……あー、息を吸うのも面倒だ」

『……うわぁ、人間として終わっている事、さらりと言ってやがるよ』

「うぅ、昨日、ちょっとだけまともに戻ったと思ったのにぃ……!」

 

 勿論、この憂鬱そうな姿は今日から擬態であり、一日放置しただけで大部分が豹変した盤上へと思考を巡らせる。

 死んだ振りをしながら、一撃で刺し殺せるタイミングを虎視眈々と見計らう。

 

(秋瀬直也には気の毒だが、的になって貰おう。今回の一件、私が仲裁に入って中途半端に鎮圧しても旨味が一切無い。逝く処まで逝って貰わないと困る。最低限、川田組を乗っ取った糞野郎をぶち殺して貰わないとな)

 

 冬川雪緒を騙る贋物をこの手で八つ裂きにしたい気持ちを抑制し、この予想外の出来事すら最大限に利用しようとする。

 恐らく、この一件で豊海柚葉の能力の謎が否応無しに解き明かされるだろう。彼女との決着の時は、刻一刻と近づいている。

 怠けながら脳味噌をフル回転させていると、テーブルに放置していた自身の携帯が鳴り響く。

 この着信音はシスターからの電話であり、『魔術師』は内心頭を傾げた。

 

「……あー、ご主人様。『禁書目録』――記憶を消したから、恐らく教会の人の誰かから電話が来てますけど」

「……エルヴィ、お前に任せる」

「うぅ、わ、解りました……」

 

 見向きもせず、涙目の使い魔に任せながら、教会からの意図を探る。

 ほぼ壊滅的な宣戦布告を叩きつけただけに、暫く対話は不可能だと思ったが――どうやら、エルヴィが呼び覚ました不確定要素は思った以上に影響力を持っていた様子だ。

 

(……ふむ、『禁書目録』の元の人格を復活させて、大層混乱して硬直していると思ったが、想定外の化学反応でも起こったか?)

 

 だが、今は死んだ振りをして、盤上から自分の手が無いと全ての者に誤認させなければなるまい。

 仰向けに蹲って、寝転がりながら――空元気で対応するエルヴィの電話のやり取りに、聴覚の神経を研ぎ澄ませたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49/晴れのち爆発、局地的に銃弾の雨

 

 

 

 

(……『オレ』は、奴のスタンドに打ち砕かれ――?)

 

 次に『彼』が意識を取り戻した時、其処は清廉な病室だった。

 赤ん坊の泣き声が妙に響き渡り、その事が『彼』を余計混乱させる。

 

(何だ? 何なんだこの状況は……ッ!?)

 

 秋瀬直也のスタンドに打ち砕かれ、気づいたら赤ん坊に憑依していた。

 余りの突拍子の無い状況に、『彼』は混乱の極みに達したが、やがて一人の看護婦が訪れ、この赤ん坊の名前が発覚した時、全ての謎は一つに繋がった。

 

(秋瀬、直也――!)

 

 信じられない事態だが、今のこの状況は二人共生まれ変わった状態であり――『彼』は迷わずスタンドを繰り出し、その無防備な赤ん坊の頭を全力でかち割った。

 

 そして、自らのミイラ化したスタンドもその瞬間、頭がうち砕かれ、一緒に絶命する――。

 

(え? な、何イイイイイイイイイイイィ――ッッッ!?)

 

 断末魔は時の巻き戻りに打ち消され、死亡する十秒前に巻き戻る。

 『彼』は秋瀬直也の中で、人知れず、自分の置かれた状況を理解しつつあった。尤も、受け入れたとはとても言い難い状況であったが。

 

(馬鹿な、能力が発動して十秒間巻き戻った……!? そんな馬鹿な事があってたまるか――ッ!)

 

 またしてもスタンドを繰り出して、赤ん坊の秋瀬直也の殺害に成功し、同時に自身のスタンドもまた同じ死に方で死亡して十秒前に巻き戻ってしまった。

 

(……また、まただと!? 『オレ』の手で秋瀬直也を殺害したら自殺判定だと!? この『オレ』の本体が、秋瀬直也だと言うのかアアアアアアアアアアァ――ッ!)

 

 そして肉体の主導権は自分にはない事を、『彼』は心底絶望しながら認めざるを得なかった。

 まさかの前世の宿敵と一蓮托生、殺しても殺せない関係。されども、他の誰かに殺されたら一緒に殺される運命。知れば知るほど巫山戯た状況だった。

 

(……ッ、クソ、クソクソクソクソクソクソォッ! 落ち着け、今は耐えるんだ。スタンド使いは必ず惹かれ合う。いずれ他のスタンド使いが秋瀬直也の前に現れよう。その時にソイツの身体を乗っ取れば良い……!)

 

 魂を八つ裂きにするほどの屈辱に焼かれながら、耐え忍ぶだけの苦渋の日々が始まる。

 数年、十数年後に訪れるであろう反逆の機会を、宿敵の中に潜みながら虎視眈々と待ち続ける。

 

(この屈辱、一時足りても忘れはせんぞ。いつの日か必ず晴らしてくれよう……! 貴様との奇妙な因縁を清算し、『矢』を支配して世界に君臨するのはこの『オレ』だァ――!)

 

 もはや『彼』と秋瀬直也は魂の兄弟だった。互いの手では絶対に殺せず、その前世からの因縁に決着を着ける手段は唯一つだけ――『矢』しか無かった。

 

 

 49/晴れのち爆発、局地的に銃弾の雨

 

 

「作戦を説明するわ。指定の狙撃地点まで移動し、相手の射程距離外から砲撃魔法で一撃でノックダウン。やれるね、なのは」

「は、はいっ。ですけど……良いのかなぁ?」

「うわぁー、すっげぇ身も蓋も無い作戦だなぁー」

 

 駅で電車に乗って隣町に到着したオレ達一行は柚葉の単純明快で身も蓋も無い作戦を聞かされる。

 いや、まぁ、それが一番の安全策という事は解っているのだが、やられる方からすれば物凄い理不尽だぞ?

 

「居場所が判明しているスタンド使い相手に馬鹿正直に戦う訳無いじゃない? 馬鹿なの、死ぬの?」

 

 心底小馬鹿にしたような口調で、柚葉は「何か反論ある?」と凄む。

 オレとなのはは無言で首を横に数回振って、異論が無い事を伝え、柚葉は物凄い良い笑顔になる。こういう笑顔って怖いよな……。

 

(でもまぁ、確かに……高町なのはの戦力を近接距離で運用するなんて、馬鹿のする事だよな。最大射程からの砲撃魔法こそ真髄みたいなもので、戦艦並みの防御力とかはついでだし)

 

 ……『魔術師』とコイツに、なのはを使わせたらこうなるのかと身を持って実感する。

 敵としては恐ろし過ぎる脅威が、味方ならこの上無く頼もしい限りである。

 言うなれば、弱体化せずに味方になったラスボス級のキャラクターみたいなものだ。スパロボでいう『ネオ・グランゾン』とか、FFTでいう全国のアグリアスさんファンを涙目にした『雷神シド』とか。

 

「冬川雪緒を仕留めた後は『魔術師』に丸投げするわ。自分の下位組織の尻拭いぐらいやって貰わないと割に合わないわぁ」

 

 ……確かに、それをやって貰わないと、いつまでもスタンド使いの襲撃に悩む事になる。今度は敵討ちという最悪の補正付きで。

 『魔術師』としても、いつまでも自分の手足みたいな組織が命令不能の事態に陥っているのは不味いだろうし、その辺は期待して良いのだろうか?

 あれこれ考えていると、なのはがやたら緊張して悲壮感を漂わせていたので、ある事に思い至る。

 

「なのは。非殺傷設定で良い。奴を仕留めるのはオレがやる」

「で、でもっ……冬川さんは、私のせいで――!」

「これはオレの責務だ。例えなのはでも譲らないし、渡さないぞ」

 

 やはり、責任感の強い彼女は内に溜め込んでいたか。

 バーサーカーに襲われ、瀕死になったなのはを救う為に、冬川雪緒は率先して囮になり――帰らぬ人となった。

 

 ――彼の死因は、自分のせいだと高町なのはは思い詰めていたのだろう。だが、それはオレも同じ事だ。

 

「この街に来て、冬川雪緒に出逢わなければオレは呆気無く死んでいたし、身を呈して生命も助けられた。だから、彼の意志を踏み躙り、穢す者は絶対許せない。最後の最期に、オレに恩返しをさせてくれ」

 

 オレは淡く微笑み、なのはは何も言えなくなって、こくりと一筋の涙を流しながら頷いた。

 

「……うん、解った。でも、私にも手伝わせて。冬川さんに救われたのは、私も同じだから――」

「……ああ、頼む」

 

 それに――人を殺める業を、こんな純粋な少女に背負わせる訳にはいかない。これはオレが果たすべき義務である――。

 

「……殺す事が恩返しか。報われないものね。でもまぁ、安心したかな? これでまだありもしない冬川雪緒の助かる可能性に縋っていたのならば、真っ先に抜け出す処よ」

「……そんな阿呆みたいな楽観視は、流石のオレも出来なかったがな。人の精神を操るスタンドよりも、死体を操るスタンドの方が数倍は効率良いからな」

 

 冬川雪緒を操っているスタンド使いを打ち倒して、彼も正気に戻ってハッピーエンドか――到底無理だな。

 そんな甘い気持ちで挑めば、いざという時に躊躇して返り討ちにされるだろう。最初から殺す気でいかなければ、殺されるのはオレだろう。

 

(……今考えれば、糠喜びだった訳か。オレ達が逃げ去るまでアイツ一人で時間稼ぎして、バーサーカー相手に助かる訳が無かった――)

 

 ……それはバーサーカー戦の時に、冬川雪緒が死亡していたと受け入れる事であり、何とも遣る瀬無くなる。

 遠因が廻って今この状況に至った、という訳だ。両手で自身の顔を強く叩き、意志を強く持つ。

 

 ――そんな時だった。この三人の中で一番悠然と構えていた柚葉が一瞬にして驚愕の表情へと豹変したのは。

 

「――なのは、シールドで防御ッ!」

 

 柚葉の言葉に即座に反応し、一瞬にしてセットアップしてバリアジャケットを着用したなのははオレ達を守るようにシールドを展開し――猛々しい爆発が眼下を覆い尽くした。

 

「っ、こんな街中で仕掛けて来るかッ!」

「ああもう、スタンド使いという人種はこれだから嫌になるわッ!」

 

 ……敵襲、新手のスタンド使い――!

 緊張感が走る。爆発はなのはの防御魔法で完全に防いだが、風の流れが入り乱れて敵対者の存在を掴めない。一体何処から――?

 

「一体何処からだ!?」

「残念だけど、私も掴めてない! 性質の悪い事に遠距離型のスタンドみたいね! なのは、同時進行でエリアサーチを!」

「はいっ、レイジングハート!」

 

 ただ、一つ言える事は爆発の規模が大きい。こんなのをまともに浴びたら一発で再起不能というか、即死するだろうが――右手を前に出して、防御魔法で必死に防いでいるなのはの胸元に赤い光が生じ、オレ達は驚愕を以ってそれを凝視する――!?

 

「……ッ!?」

 

 その赤い光は防御魔法の内側から瞬時に爆発し、なのはを塵屑のように吹き飛ばした。

 

「なのは――!?」

 

 何処からか、小気味良く指鳴り音が生じ、本能的な危機感に従ってこの場から離脱する。

 

 ――居た場所に凄まじい爆発が生じ、間一髪で回避する。

 肉の焼け焦げる匂いが生々しく、死の予感を叩きつける。

 

 柚葉もまた絶対的な危険性を感じ取ったのか、なのはが吹き飛ばされた方に疾駆していた為、難を逃れたが――今から合流するのは極めて困難だろう。

 

「意識は失っているけど、なのはは無事よ! それよりも――!」

「――あのスタンド使いはオレが此処で仕留めるッ! 先に行ってろ、柚葉ッ!」

 

 どういう原理か、敵のスタンド使いの姿は未だに確認していないが、このスタンド使いは放置するには余りにも危険過ぎる。真っ先に始末する必要がある。

 

(……防御魔法の内側から爆破されたって事は、直接触れずとも空間指定で爆破出来る『キラークイーン』って事か!? 此処で仕留めなければ全員やられる――ッ!)

 

 今、此処で仕留めない限り、オレ達に活路は在り得ない。

 この見えない敵との戦闘が今、此処に始まる――。

 

 

 

 

「高町なのはを任せるわ」

「おやおや、戦線離脱した無力な駒に随分とお優しいのですね。護衛は要らないのですか?」

「あの『赤髪』を仕留められなかった癖に、台詞だけは立派ねぇ」

 

 バリアジャケットの恩恵か、高町なのはの受けたダメージは致命傷には程遠かったが――彼女達の中で最も突出した戦力を使用不能にされて、豊海柚葉は壮絶に舌打ちする。

 

 ――敵のスタンド使いは、憎たらしいほど正しい選択をした。

 現状で、この三人の中で最も脅威になるのは『高町なのは』に他ならず、真っ先に戦闘不能にした的確な判断力から敵の手強さを自然と感じ取った。

 

 意識を失った彼女をその手に抱き抱えているのは、黒服のコートにサングラスを掛けた金髪の青年――影から護衛していた『代行者』であった。

 

「これは手厳しい。いやはや、クロウ君にサービスしたのが仇となりましてねぇ」

 

 対物ライフルに仕上げた『第七聖典』が手元にあったのならば、空中に逃げられても『過剰速写』を狙撃出来たが、と『代行者』は楽しげに弁解する。

 

「確かに私も貴方の身は心配してませんが、今回ばかりは秋瀬直也とて分が悪いのでは?」

「あの程度の敵を退けられないのならば、それまでだったという事よ」

 

 ――そう言って、豊海柚葉は無表情のまま、指を軽く折り曲げる仕草をする。

 

「――っ!? ぐ、がぁ……!?」

 

 それだけで彼女達の背後から忍び寄った別のスタンド使いは、不可視の強烈な力に首を絞め上げられ、グギッと――窒息死する前に首の骨が折れて絞め殺された。

 名も解らないスタンド使いは、その秘めたる能力を発揮せぬまま――無惨に死に果てる。それがさも当然の如く、『代行者』も見向きすらしていなかった。

 

「戦艦並に堅牢なシールドを内側から空間指定で爆破出来るような『スタンド使い』をあの程度ですか! 秋瀬直也を随分と信頼されているようですねぇ!」

 

 ケタケタと『代行者』は狂ったように笑い、豊海柚葉は不機嫌そうに睨み返す。

 相変わらずこの男は人の癇に障るのが大好きなようであり、彼女は苛立ちを籠めて無言で凝視する。

 

「おぉ、怖い怖い。私まで殺されてしまいそうだ。――では、私は私の役目を今度こそ果たすとしますか。ご武運を。仕えるべき主が居なくなってしまっては退屈ですからねぇ」

「誰に物を言ってるの。私を殺せる者なんて最初から存在しないというのに――」

 

 ――そう言い残し、豊海柚葉は唯一度も振り返らずに走る。

 秋瀬直也はこの敵のスタンド使いを倒し、必ず駆けつけると絶対的に信じて――。

 

 

 

 

「……女の子に八つ当たりするなんて最低」

「ぐはっ!? だ、だけどよぉ、シャルロット――」

「……言い訳しない。男の癖に女々しいし、見苦しい」

 

 ジト目で睨むシャルロットからの重圧に屈し、オレは項垂れるように地面に跪いた。

 流石にオレには年下の女の子に罵られて喜ぶ性癖とか無いんで、割かしマジで凹んでいる。

 

 ……自分でも解っている。普段から調子が狂って、見苦しいという事ぐらいは……。

 

「……オレだって大人げないって解ってんだよ。けれどよぉ、オレがあれを認めたら、シスターはどうなる? 忘れ去られるんじゃないかと思って仕方ねぇ……」

 

 だから、何が何でもオレだけはあれを――セラ・オルドレッジの存在を認められない。シスターを取り戻すと誓ったからには、あれとは絶対に相容れない。

 シャルロットの顔が陰る。……難しい問題だ。当人の記憶の問題だ。突破口すら、頭の悪いオレには掴めていない。オレの傍に居るアル・アジフは無言で考え込んでいた。

 

「クロウ兄ちゃん!」

「はやてか。どうしたんだ、声を荒げて――」

 

 振り返った先には車椅子に乗ったはやてと、車椅子を押す『過剰速写』と、微妙な顔をしているセラ・オルドレッジが居て――早くもオレ自身の表情が硬くなったと自覚する。

 

「ぱんぱかぱーん! まずは自己紹介をしよう!」

「は?」

「へ?」

 

 はやては満遍の笑顔でそんな事を言い出し、オレとセラは揃ってその提案に驚いたのだった。

 

「まずは互いの相互理解が大切だと思うんや。クロウ兄ちゃん、セラちゃん。という訳で、名前、年齢、趣味、好きな異性のタイプからや!」

「……うわぁ、最後の最後に地雷を投入してきたよ」

 

 『過剰速写』は後ろに立ちながら、呆れ顔でそう呟く。

 はやての引率で「ささっ」とセラはオレの目の間に配置し――オレ達は気まずい空気に表情を曇らせた。

 

「……コンニチハ」

「……コンニチハ」

 

 まだ朝だが、お互いに片言で挨拶を交わす。

 ……非常に険悪な空気であり、溜息が零れる。だが、はやての配慮を無駄にする訳にもいかず、まずはオレから話す事にした。

 

「クロウ・タイタス、十八歳、趣味は推理小説の鑑賞、好きなタイプはお淑やかな大人の女性だ」

 

 そう言った矢先に、この場に居る全員、はやて、セラ、アル・アジフ、『過剰速写』、シャルロットから「え?」と疑問の声が揃って上げられた。

 ……って、何でだっ!? どうして全員が全員、在り得ない事を聞いたような表情になってやがるんだっ!

 

「ちょっと待ていッ! ――「え?」ってなんだよ!? 特にはやてっ! 何でお前まで驚いた表情してんだよ!」

「……だ、だって、クロウ兄ちゃん……ち、小さい女の人好きなんでしょ? ……シスターさんもアルちゃんもそうやし、私もその……」

「お前までオレをロリコン扱いするか!? つーか、コイツが永遠の幼女なだけで、オレの性癖には全くもって関係なーい!」

 

 後半部分は良く聞こえなかったが、全くもって事実無根だと宣言する!

 何で誰も彼もオレをロリコン扱いするんだ!? オレだって、オレだってなぁ、大人の女性と甘い関係とか憧れたりするんじゃいっ!

 はやては何故だか知らないが、物凄く不機嫌そうにジト目になって、こほん、とわざとらしい咳払いをして仕切り直す。

 

「……まぁええわ。それじゃお次はセラちゃんやでー!」

「……余り意味があるとは思えないけどなぁ」

 

 セラは呆れ顔になりながらも、それでも律儀に答えた。

 

「セラ・オルドリッジ、十歳……じゃなくて、この身体は十四歳だっけ? 趣味は……ぬいぐるみ集め。可愛いものに眼が無かった、かな。好きなタイプは……自分を守ってくれる人? 前世じゃ終ぞ居なかったけど」

 

 歪な自己紹介が終わり、訪れたのは無言の沈黙――解り切っていた結果だけに、自然と心が重くなる。

 

「……はやてちゃん。悪いけど、彼と私が解り合うのは無理だから」

「……それだけは同感だ。オレ達は最初から相容れねぇしな」

 

 互いに譲れず、オレはセラと睨み合う。

 ……自分にとってセラ・オルドレッジは明確な敵だが、彼女自身は許されざる『悪』ではない。運命に翻弄された一人の犠牲者だ。

 それ故に完全に敵だと割り切れず、此処最近の苛立ちの原因になっている。煮え切らない思いで一杯だ……。

 

「――未練がましいね。そんなに贋物の私が大切だったの?」

「――贋物なんかじゃねぇ。前から思っていたが、それは訂正しやがれ……! アイツは、贋物なんかじゃねぇんだよ……!」

 

 売り言葉に買い言葉、挑発的に笑うセラと一触即発の険悪な空気まで発展してしまう。

 だが、アイツを贋物呼ばわりされるのは我慢ならねぇ。今まで必死に頑張ってきたシスターを、お前にだけは否定されたくない――!

 

「ふーん、どう表現して欲しいのかな? 『名無し』のシスター? それとも用無しの別人格かな?」

「テメェ……!」

 

 ブチ切れて張り倒そうとした矢先――咄嗟に庇って地に伏せさせる。

 一瞬遅れて無数の銃撃が教会の扉を蜂の巣にする。なんか似たような事が前にもあったような気がしたが、何でまたこんなに襲撃されやすいんだこの教会は――!?

 シャルロットもまた逸早く反応して礼拝堂に並ぶ席の影に隠れ、『過剰速写』ははやての前に立って真正面から銃弾の嵐を叩き落として行く。

 

「アル・アジフ!」

 

 オレの掛け声と共にマギウス・スタイルとなり、頁の翼をバリケード代わりにして未だに状況判断出来ていないコイツ、セラ・オルドレッジを不本意だが守る。

 

「――『過剰速写』! はやてに傷一つ付けさせるなよ! 死んでも守れッ!」

「誰に物を言ってんだ。それよりテメェ自身の事を心配しろ――!」

 

 生意気な物言いだが、今は頼もしい限りだ。

 困惑したように此方を見上げるセラを無視しながら、シャルロットの安否を確認しようとし――程無く銃声が止まる。

 蜂の巣になった教会の扉を蹴り破って、ごっつい銃火器を肩に背負った茶髪の少女が床に倒れ落ちた扉を土足で踏んで、堂々と侵入してきやがった。

 

「やぁやぁ、久しぶりだね『過剰速写』。――ミサカを殺した責任、取って貰いに来たよぉ……!」

 

 さも愉しそうな狂った笑顔で茶髪の少女は笑い、名指しされた『過剰速写』の表情が鬼気迫るものとなり、無言で此方に視線を向け、即座に頷く。

 

「うわぁっ!?」

 

 セラをお姫様抱っこで持ち上げて、はやての下に即座に馳せ参じ、『過剰速写』は代わりに前に出た。

 いつもの仏頂面の無表情は掻き消え、獰猛な殺意を撒き散らす極悪人の顔立ちとなっていた。

 

「清々しいほど素敵な宣戦布告を有難う。何で生きているとかお決まりの台詞は言わねぇが、もう一度ぶち殺して綺麗さっぱり清算してやるよ……!」

「ありゃま、通じないか。まぁ転生者じゃないし、ネタが古いからかねぇ? ミサカちょ~っとがっかりしてみたり」

 

 ――此処に、教会勢力と学園都市勢力の戦端は唐突に開かれたのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話までの人物設定

 初めて人物設定を作りましたけど、こんなんで良いのかな……?
 何か追加して欲しい点がありましたら、感想板にお願いします。


 名前 秋瀬直也(アキセナオヤ)

 所属 無所属→川田組→裏切り者一行(New)

 死因 『ボス』に心臓を穿ち貫かれて死亡(他人の為の犠牲)

 初演 第一話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 持越 『矢』『ボス』のスタンド

 

 黒髪黒眼、平凡な少年、大抵は私立聖祥の白い制服姿。

 スタンドは蒼いローブを纏った仮面。左側は眼の模様が何個も縦に並んでおり、右眼部分は赤い瞳を不気味に輝かせている。両手の甲にプロペラたいなのがあって、能力使うと回る。

 

 主人公。九歳。スタンド使い。『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』という風を操るスタンドを持つ。

 両親の都合で、四月初めに私立聖祥大付属小学校にテンプレが如く転校して来たのが運の尽き。

 他の二次小説の世界なら普通の一般人宜しく埋もれて普通の生活を送れたが、生憎と此処は魔都『海鳴市』だった。

 余り目立ってないが、魔都『海鳴市』に来てから激戦区の中心を渡り歩くようなドキドキハラハラの生活を送っている。

 

 名前 高町なのは

 所属 無所属→魔術師陣営→裏切り者一行(New)

 死因 一度も死んでない為無し

 初演 第四話

 出演 魔法少女リリカルなのは

 

 魔法少女リリカルなのはの主人公。九歳。ただこの小説の場合は登場まで何気に四話まで掛かっている。

 原作と同じ手順で魔法少女になったと思ったら、初めての相手がバーサーカー(アーカード)を率いるヤンデレな月村すずかという大凶を引き当てる、生粋の凶運の持ち主。ある意味選ばれた者の証です。

 そういえば今思い出したけど、ユーノって何処行ったけ?

 尚、『魔術師』に対する感情は憧れ程度であり、未来の彼女があんだけ病んだのは途中で死んでしまったが故の一方的な恋煩い(重度)である。

 

 名前 月村すずか

 所属 無所属

 死因 一度も死んでいない為無し

 初演 第九話

 出演 魔法少女リリカルなのは

 

 九歳。夜の一族の人。本来なら何の変哲も無い安牌だが、とある同級生の転生者に惚れていたが、武帝勢力に粛清された為、道を致命的に違えた。

 それだけなら無力で害無く終わったのだが、ジュエルシードによって聖杯戦争が勃発したのが運の尽き。バーサーカーという復讐の手段を手に入れた彼女は暴れに暴れ回った。

 この一件が後に響き渡り、『ボス』が川田組を乗っ取って暗躍する遠因となった。

 現在は自宅療養中であり、精神的に復活の見込みは暫く無し。

 

 名前 冬川雪緒(フユカワユキオ)

 所属 川田組

 死因 足止めの為にバーサーカーと戦闘して殺害される(New)

   (先に行け、此処は俺に任せろ)

 初演 第一話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 

 黒髪黒眼、長髪のオールバック、掻き上げた髪は後ろで縛っている。長身でがっちりした体型、厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを靡かせて可愛らしい。

 

 享年二十七歳。任侠。あの『魔術師』の友人になれるほどのコミュ力と多くの部下(スタンド使い)に慕われていた男。見た目が怖い事を割りと気にしていた。

 スタンドは『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』であり、ヴァンプオブチキンの『K』の歌詞から因んだもの。

 能力は単純に凍結させる事だが、かなり強力な類。ただ三百万の生命を保有して大河の如く押し寄せるバーサーカー(アーカードの残骸)とは些か以上に分が悪かった。

 

 名前 三河祐介(ミカワユウスケ)

 所属 川田組

 死因 冬川雪緒の皮を被った『ボス』によって凍結・粉微塵にされて誅殺される(New)

 初演 第十一話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 

 享年二十一歳。スタンド使いで、その卓越した移動速度から伝令役をこなしていた。

 スタンドは『希望の翠(ホープ・グリーン)』で、無能力だが速度だけ突き抜けていた。

 『ボス』の正体を探り、気づいてしまったが故に即座に粛清されてしまう。

 

 名前 樹堂清隆(キドウキヨタカ)

 所属 川田組

 死因 フレイム・タイラントによって心臓爆破(New)

 初演 第四十二話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 

 享年二十四歳。水のスタンド使いであり、雨の中では無敵を誇った。スタンドは『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』。

 だが、高町なのはに超遠距離からの砲撃魔法によって撃破された為、その真価を全く奮えなかった可哀想な人。

 

 名前 ???

 所属 川田組

 死因 敗北して宝石化(New)

 初演 第四十四話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 持越 DS二台 ポケットモンスターBW2

 

 享年三十六歳。ダービー兄弟みたいな、敗者を宝石にするスタンド『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』を持つ。

 彼のポケモンに対する愛は、誰もが認める処であり、秋瀬直也と豊海柚葉の胸に深く刻まれた。

 一方、高町なのはは着いて行けず、常時頭を傾げていたとさ。あの時代、まだ攻撃特殊が分離していなかったし。

 

 名前 赤星有耶(アカボシアリヤ)

 所属 川田組

 死因 ???

 初演 第四十六話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 

 二十二歳。世にも珍しい女性のスタンド使い。襲撃の際に高町なのはを真っ先に戦闘不能にしたが、加減して生命までは取らなかった。

 もしも加減せずにぶっ放していれば、三人同時に始末出来た人。度し難い善人。まぁ冬川雪緒の下に集った大半のスタンド使いは善人である。

 

 名前 『ボス』

 所属 川田組

 死因 ファントム・ブルーに頭部を破壊されて死亡(???)

 初演 第二十六話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 

 秋瀬直也の『二回目』の人生における宿敵。

 回想のみの存在だったが、初出演から二十六話後にまさかの再出演を果たす。

 全盛期の時はスタープラチナ並のパワーと速度を持つ近距離パワー型で、更に『殺されたら十秒間時間を巻き戻す』という反則級の時間操作能力を持っていた。

 

 名前 豊海柚葉(トヨミユズハ)

 所属 不明→裏切り者一行(New)

 死因 不明(???)

 初演 第五話

 出典 ???

 持越 ???

 

 赤髪蒼眼、ポニーテールで後ろ髪がふっさふさ、黒いリボンで着飾っている。腹黒い笑みが似合う美少女で、大抵は私立聖祥の白い制服姿。

 

 九歳。転校生の秋瀬直也を除き、高町なのは世代で唯一生存している転生者。

 作中にて唯一出典すら判明していない人物であり、数多くの謎を秘めているミステリアスな腹黒少女。

 彼女の暗躍が今後の情勢を大きく左右する事は言うまでもない。

 

 名前 神咲悠陽(カンザキユウヒ)

 所属 魔術師勢力

 死因 焼身自殺(焼死)

 初演 第二話

 出典 TYPE-MOON世界(Fate)

 持越 魔術刻印 令呪二画 『聖杯』

 

 真紅の髪に両眼は常に瞑っている。開眼したら赤味が強い虹色の瞳、相手は死ぬ。

 腰の中間ぐらいまで伸びた髪の先端を白いリボンで縛っている。たまにエルヴィが三つ編みに編んだりして遊んでいる。

 赤い浅葱模様が特徴的な黒色の着物、洋風のブーツを着こなす。幕末時代からこの格好を好んでいたらしい。

 

 十八歳。型月世界の魔術師。第二次聖杯戦争の勝利者。魔都『海鳴市』を魔都足らしめる最大の一因。

 時には謀略で転生者同士を潰し合わせ、時には自ら動いて叩き潰したりする、一人で勢力となっている超危険人物。

 基本的に自衛行為しかしないが、自身の死の可能性が及んだ時点で粛清対象となるほど基準が緩い。

 第一次吸血鬼事件以降に最も転生者を殺害した転生者でもある。

 型月世界の魔術師らしく、神秘の秘匿を全く考えない者については最優先で始末対象となる。

 かと言って、彼に親しい者ほど死亡フラグが立ちやすい。敵も味方も平等に死亡フラグを立てる極めて困った人。

 見たら焼死する神域の魔眼持ちなのに、自らのサーヴァントに一目惚れする困ったちゃん。

 

 名前 エルヴィ(エルヴィン・シュレディンガー)

 所属 魔術師勢力

 死因 アーカードに射殺される(???)

 初演 第二話

 出典 HELLSING

 

 赤色寄りの紫髪でツインテール、主と同じく白いリボンを愛用する。吸血鬼特有の鮮血じみた真紅の瞳、九歳ぐらいの小ささ(ただし、吸血鬼ゆえに見てくれの姿形は無意味)

 フリル満載のメイド服、黒毛の猫耳と尻尾、絶対領域のニーソックス。

 

 シュレディンガー准尉の生命の性質を取り込んだ、アーカード直系の吸血鬼。

 ただし、自分では自身の存在を観測出来ないので、『魔術師』に完全依存している。

 主人に何処までも一途な従者で、彼女の判断基準は基本的にご主人様とその他しかない。

 ほぼ無敵の吸血鬼だが、『神父』の人間の限界を尽くした一撃には何故か弱い。

 

 名前 ランサー(クー・フーリン)

 所属 魔術師勢力

 死因 ゲッシュを破らされ、敵に奪われたゲイ・ボルグで刺し貫かれる

 初演 第八話

 出典 TYPE-MOON世界(Fate/stay night Fate/hollow ataraxia Fate/EXTRA)

 

 第五次聖杯戦争、ムーンセルの聖杯戦争に参加するアイルランドの光の御子。

 Fate/stay nightでは他のマスターに奪われて使役され、挙句の果てには「自害しろ、ランサー」と命じられる、安定の幸運Eの兄貴。

 魔都『海鳴市』における第一次聖杯戦争でも案の定『魔術師』に令呪ごと奪われ、扱き使われる。

 ただ実力的に申し分無く、唯一の望みである強者との死闘が存分に叶うので、令呪を失った後も従っている。

 本人は自覚無いが、セイバーとの時空を超えた一戦に漸く決着を着ける事が出来た。

 

 名前 神咲神那(カンザキカンナ) 

 所属 不明(豊海柚葉)

 死因 自らの固有結界によって枯渇死(焼死)

 初演 第三十九話

 出典 TYPE-MOON世界

 

 悠陽と似通った赤髪、赤味掛かった橙色の瞳、流れるような長髪に白いリボンが飾られている。

 彼と同じような黒の着物姿。ペアルック?

 

 神咲悠陽の妹。十二歳。その正体は一回目の世界における実の娘であり、最後の最期まで彼はその事に気づけなかった。

 彼を愛した者は全員ヤンデレになる世界法則でもあるのか、例に漏れずに父親好きのヤンデレ。

 互いの魂を燃やし尽くす固有結界『忘火楽園』で、アーチャーが辿った未来では愛する父親と一緒に燃え果てていた。

 その際、『魔術師』が保有していた聖杯も燃やして、漏れた無色の魔力が海鳴市に未曾有の火災を齎したのは皮肉な話である。

 

 名前 クロウ・タイタス

 所属 無所属→教会勢力

 死因 アル・アジフを次の主に託し、足先から寸刻みにされる(未来への決死の希望)

 初演 第三話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 

 黒髪黒眼、ボサボサの短髪、黒い長袖のを羽織り、下には白い縞模様のシャツ。紺色のズボン。

 

 十八歳。マスターオブネクロノミコン。本人は否定するが、相当のお人好し。

 才能面は欠片も無いが、悪を許せない強い心を持ち、持ち前の正義感が祟って極めて非業の死を遂げている。

 アル・アジフのマスター、シスターに八神はやての事もあり、自動的にロリコン扱いされる可哀想な人。多分、大十字九郎のせい。

 

 名前 ライダー(アル・アジフ)

 所属 クロウ・タイタス→教会勢力

 死因 邪神の企みを見抜けず、トラペゾヘドロンを破壊してしまう

 初演 第七話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 

 魔導書『獣の咆哮』、かの有名な『ネクロノミコン』原典の精霊。

 邪神の野望を打ち砕いて伴侶と一緒に旧神に至った彼女とは違い、最悪のバッドエンドを経て敗れたアル・アジフ。

 聖杯に託す祈りは無限に囚われた大十字九郎の消滅だったが、再び『デモンベイン』を取り戻し、彼を助けて最悪のバッドエンドを打ち砕く気満々になる。

 今現在は恩返しも兼ねて、自身が必要無くなるまでクロウ・タイタスの戦いに付き合う。

 

 名前 八神はやて

 所属 無所属→教会勢力

 死因 一回も死んでない為無し

 初演 第七話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 御存知の通り、闇の書の主。……なのだが、『ヴォルケンリッター』が現れる前に結構な頻度で幾多の事件に巻き込まれている薄幸の美少女。

 だが、こんな過酷な環境下でも日々の幸せを享受して笑っていられる、九歳なのに強く慈悲深い心の持ち主。是非とも曇らせたいものd

 何気に人物紹介で素で作者に忘れ去られていた原作の主要人物。As編があるのか、今現在では不明だが、彼女を巡ってますます闘争が激しくなる予定。

 

 名前 シスター

 所属 教会勢力

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 とある魔術の禁書目録

 持越 『歩く教会』

 

 白い修道服(歩く教会)、金髪碧眼。長々と伸びていないが、サイドテールなど色んな髪型にするぐらいの長さはある。十字架の首飾り。

 

 十四歳。先代『禁書目録(インデックス)』。教会勢力における三人のトップの内の一人。

 自ら『首輪』を噛み砕き、十万三千冊の魔道書の知識を総動員出来る魔神と化した『禁書目録』だが、終ぞ自身の記憶を取り戻せなかった。

 現在は吸血鬼エルヴィの策略によって、消滅した記憶が蘇り、今現在は消される前の記憶しかいない。

 

 名前 『神父』

 所属 教会勢力

 死因 病死(???)

 初演 第五話

 出典 HELLSING

 

 銀髪蒼眼、由緒正しき『武装神父』の正装(丸い眼鏡、白い手袋、十字架の首飾り)

 

 四十一歳。元『十三課(イスカリオテ)』。教会勢力における三人のトップの内の一人。

 普段は温和な人格者だが、敵及び吸血鬼と対する際は、度し難い殲滅主義者としての一面が強く出る。

 アンデルセン神父のように異常な再生能力は無いが、人間としての限界レベルまで己を鍛え上げている。

 特異な能力を持たないが、教会の中で最も傑出した決戦戦力。こんな凶悪な神父に追われたら、化物の吸血鬼も化物呼ばわりするしかない。

 

 名前 『代行者』

 所属 教会勢力→不明(豊海柚葉)

 死因 無限に再生するシエル(エレイシア)に殺害される(???)

 初演 第三話

 出典 TYPE-MOON世界(月姫)

 持越 『第七聖典』『胃界法典』

 

 金髪青眼、長髪。カソックを着こなす。あれ? これ以上書く事が無い……? まぁ男だし良いや。

 

 二十四歳。元『埋葬機関』の代行者。第七位だったが、エレイシア(シエル)に殺害されて地位を奪われる。

 異常なほど肥大化したプライドの持ち主で、誰からも嫌われる稀有な性格の持ち主。マジで起源が『傍迷惑』であり、彼が存在しているだけで敵も味方も何かしらの被害が及んでしまうほど。

 プロジェクトFでのクローンを秋瀬直也と交戦させて、自身の死を偽装し、その後は本来の主である豊海柚葉の命令に従っているようだが……。

 

 名前 ブラッド・レイ

 所属 無所属→教会勢力→無所属→教会勢力(New)

 死因 不明(???)

 初演 第十九話

 出典 ドラゴンクエスト ダイの大冒険

 持越 『真魔剛竜剣』『竜の牙』

 

 黒髪黒眼、短髪。バランのような渋い髭を伸ばそうとしたら、シャルロットに全力で反対され、年齢以上に若く見える自身の顔を憂いている。

 大抵はシャルロットのセンスが光る服装をしており、かなりの頻度で服装が変わるが、男の格好の描写なんて書いていても嬉しくないから省略される運命。

 

 二十七歳。『竜の騎士』。一騎当千の力を持つが、有事以外は無所属を貫いている。

 基本的にシャルロットと一緒に住んでおり、当人としては親子のように接しているが、傍から見ても相思相愛であり、『魔術師』にはスクエア(FF)エニックス(ドラクエ)の夫婦と揶揄されている。

 

 名前 シャルロット

 所属 無所属→教会勢力→無所属→教会勢力(New)

 死因 死都ミュロンドにて聖天使を打ち倒して落下死(???)

 初演 第十九話

 出典 ファイナルファンタジータクティクス

 

 水色の髪のショート、翠眼。金の髪飾りに、蒼い魔術師のローブを羽織る無表情な少女。

 その下は自身の学院の制服であり、良くスカートの裾の短さをブラッドに注意されている。が、彼の前に居る時のみ、こっそりまくって短くしている。

 

 十四歳。『全魔法使い(ソーサラー)』。ラムザ・ベオルブ一行が辿る運命を全知しながら、最期まで付き添った健気な少女。

 無口で中々心を開かないが、ブラッドには心許している。転生者達の争いを嫌って普段は二人一緒に隣町に住んでいるが、元々の住処だった教会勢力が何かと危ないので偶に訪れては力を貸している。

 

 名前 バーサーカー(アーカード)

 所属 月村すずか

 死因 神域の魔眼によって焼却死

 初演 第九話

 出典 HELLSING

 

 吸血鬼アーカードがシュレディンガー准尉の生命を取り込んで消滅し、帰還する為に切り捨てた生命の数。ただし、エルヴィの分の一人分は除かれている。

 もしも本体も召喚されていれば、狂化されていようが理性を保ち、月村すずかを主人と認めたかは極めて不明瞭である。

 基本的にバーサーカーは強すぎるサーヴァントに対する枷なので、バーサーカー以外で召喚された方が強いのは当然である。

 

 名前 『大導師』

 所属 邪神勢力

 死因 『魔術師』に首を斬り落とされて死亡(絶対に目標を成就出来ない)

 初演 第十六話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 

 邪神萌え、しかもよりによって這い寄る混沌『ナイアルラトホテップ』の信仰者。間違ってもニャル子ではない。

 一途な思いの為に世界の一つや二つ捧げても構わない、迷惑極まりない人。街の全勢力をもって討伐しようとしたが、一度は逃げ延びている。

 ゴキブリ並みにしぶとい癖に当人の実力は最強級という厄介極まりない危険人物。

 

 名前 キャスター(ナコト写本)

 所属 邪神勢力

 死因 デモンベインのレムリア・インパクトによって昇華(New)

 初演 第十七話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 

 マスターテリオンに全てを捧げている、最古の魔道書『ナコト写本』の精霊。

 この『ナコト写本』はアル・アジフが辿ったバッドエンドの彼女であり、終始見下していた。

 当人としては昔の主と言えども従う気は無かったが、馬鹿魔力で令呪三画を用いて絶対服従を使われた為、渋々従わざるを得なくなっていた。

 

 名前 アーチャー(高町なのは)

 所属 フェイト・テスタロッサ

 死因 フェイトによって、『魔術師』によって墜落死(愛する者の手で葬られる)

 初演 第十五話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 本当にどうしてこうなった、と言わざるを得ない高町なのはの未来の一つ。

 アーチャーというクラスは大抵反則級に強い奴(英雄王)か、逆行してくる奴(エミヤ)と相場が決まっているのだろうか。

 魔力という枷が無ければ、恐らく最も暴れられたであろうサーヴァント。栄養不足のフェイトさんでは荷が重かった。

 

 名前 セイバー(アルトリア・ペンドラゴン)

 所属 アーチャー

 死因 ゲイ・ボルグで心臓を穿ち貫かれる

 初演 第二十話

 出典 Fate/stay night

 

 アーチャーが反則で召喚した黒化したセイバー。幼い時に呼んでいれば、青かったかも。もしくは意表を突いて白か赤?

 栄養不足のフェイトさんを更に絞った高燃費のサーヴァント。低燃費で効率的なアサシンを呼んでいれば、あるいは結果が変わっていたかもしれない。

 狂化してなかったのに台詞一つしかなかった悲しい人だけど、原作で終ぞ果たせなかったランサーとの決着を果たした。

 

 名前 湊斗忠道(ミナトタダミチ)

 所属 武帝勢力

 死因 不明(???)

 初演 第十三話

 出典 装甲悪鬼村正

 持越 『銀星号』『???』

 

 黒髪黒眼、長髪で丁髷に縛っている。白い侍風の着物を好んで着用し、着崩している。

 良く背に太刀を差している為、銃刀法の厳しい日本では気軽に出歩けないとか。

 

 二十九歳。武帝勢力の長。装甲悪鬼村正の世界の剣冑製造技術が『海鳴市』にある最大の原因。魔都を構築する要因の一人。

 非転生者に転生者に対する復讐の手段を与える組織であり、善悪相殺(敵一人殺したら味方も一人殺さなければならない妖甲村正の呪い)の戒律を条件に剣冑を与える。

 もしくは新たな剣冑を鍛造させる(真打の剣冑は自身の死をもって一領作られる)

 転生者にとって何よりも恐るべき組織であり、極めて強い抑止力となっている。また転生者の存在を知った非転生者の拠所ともなっている。

 

 名前 ワルプルギスの夜

 所属 魔女の集合体

 死因 発狂死

 初演 第三十一話

 出典 魔法少女まどか☆マギカ

 持越 全ての魔女

 

 レジェンド・オブ・戦犯。魔都『海鳴市』にまどか☆マギカの魔女を全部引き連れた転生者。

 尚、『海鳴市』の分の魔女はワルプルギスの夜が顕現した際に全部吸収されて消えたが、ミッドチルダにいる魔女は完全に駆除しきれておらず、未だにイタチごっこしている。

 

 名前 ルーラー(ジャンヌ・ダルク)

 所属 魔術師勢力

 死因 神に身を委ねて焼死

 初演 第三十二話

 出典 Fate/zero Fate/Apocrypha

 

 Fate/zeroのキャスターを狂わせた聖女。でもまぁあんな聖女が火炙りされたら狂っても仕方ないよね。

 『魔術師』と一週間、第二次聖杯戦争を戦い抜いた。恐らく、彼女さえ召喚していなければ、あの『魔術師』は聖杯で第二魔法に至って此処には居なかったとの事。

 いつかちゃんとしたメディアで出現する事を作者は祈ったりしています。『いあいあ、クトゥルフ!』などと呟きながら。

 

 名前 『過剰速写(オーバークロッキー)』

 所属 無所属→教会勢力

 死因 時間操作の使い過ぎによる寿命死(???)

 初演 第三十三話

 出典 とある科学の超電磁砲

 

 赤髪黒眼、生後三日なので髪も肌も異常に綺麗。だが、既に極悪な顔立ちが板に付いている。

 現在の服装は適当に掻っ払った為、ドクロが目立つ趣味の悪い黒服になっている。個人的に変えたいが、居候の身で厚かましいので言えずに居る。

 

 享年十六歳。作者がArcadiaで書いた『とある科学の超電磁砲』原作、とある第八位の風紀委員に出てきた主人公が別ルートを辿り、プロジェクトFの応用で誕生した複製体。

 此方のルートは死んだ双子の妹の複製体『第九複写(ナインオーバー)』を即座に殺害し、逝く処まで逝っちゃった様子。

 コイツのハッピーエンドが見たい人はArcadiaで見てね、と作者は作者は宣伝してみる。

 

 名前 『異端個体(ミサカインベーダー)』

 所属 学園都市勢力

 死因 不明(???)

 初演 第三十三話

 出典 とある科学の超電磁砲 とある魔術の禁書目録

 

 御坂美琴とほぼ同一。常盤台中学の制服までちゃんと揃えている。

 

 肉体年齢十四歳。基本的に肉体は『妹達(シスターズ)』だが、当人が乗っ取る事で超能力者並の能力を行使出来る。

 本来なら残機=『妹達』の数であり、ミサカネットワークが消えない限り死なない存在だった。

 現在の残り残数は二機と本体。ただし、本体は――。

 

 名前 『博士』

 所属 学園都市勢力

 死因 不明(???)

 初演 第三十三話

 出典 とある科学の超電磁砲 とある魔術の禁書目録

 持越 全ての超能力者の遺伝子情報

 

 白髪黒眼、よぼよぼで皺塗れで腰が曲がった白衣の老人。これ以上何を書けと?

 

 五十七歳。学園都市出身のマッドな博士。学園都市の技術がある程度復元されているのは全部この人のせい。

 偶然製造した『妹達』によって『異端個体』の存在を知り、意気投合して協力し、五大組織の一角まで勢力を伸ばす。

 元々研究職の為、研究以外に興味が無い。いい具合にネジが吹っ飛んでいる老人。

 

 名前 御薗斉覇(ミソノサイハ)

 所属 無所属

 死因 エルヴィに血を吸われる(疑心暗鬼で自身を殺す)

 初演 第四話

 出典 とある科学の超電磁砲

 

 あれ? コイツ、どんな外見に設定したっけ……? まぁいいや。

 

 九歳。空間移動能力者。疑心暗鬼に陥って秋瀬直也に襲いかかり、エルヴィに始末される。

 所謂中二病、見えない敵と戦って自滅するタイプ。

 『二回目』においては自爆同然の出来事で暗部と敵対し、最終的に正規ルートを辿った第八位の風紀委員に仕留められている。

 

 名前 ティセ・シュトロハイム

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 緑髪翠眼のショート、丸い眼鏡、童顔。管理局の蒼い制服を着用している。

 

 二十四歳。魔導師ランクSSSという、最強級のミッドチルダの魔導師。

 時空管理局でも最強の戦力と目されているが、本人にその自覚は殆ど無く、ミッドチルダの黒幕会議では積極的に雑用係を担当する。

 色々抜けているようで腹の中が黒いのはミッドチルダの転生者の共通点。

 ミッドチルダの転生者は殆ど二回目であり、三回目の転生者が多い魔都『海鳴市』と比べて切迫感が少ない。

 けれども、勢力的には最大規模なので、海鳴市の全勢力が日本なら、コイツらはアメリカ。

 

 名前 大将閣下

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 五十六歳。黒幕会議では議長役の英国老人。

 

 名前 金髪少女の中将閣下

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 十四歳。管理局の歴史上、最年少で中将まで昇進した期待の新人。

 本人が強者というタイプではなく、人を使う事がこの上無く上手い人。

 

 名前 太っちょの中将閣下

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 最近、金髪少女に階級が並ばれ、穏やかでいられない先任中将。

 不摂生な見た目とは裏腹に武闘派。

 

 名前 フェイト・テスタロッサ

 所属 無所属→時空管理局(New)

 死因 一度も死んでない為無し

 初演 第二十二話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 恐らく今作で最も人生を狂わされた魔法少女。

 母親のプレシア・テスタロッサは生きているが、永久冷凍刑であり、今後の高町なのはとの熾烈な闘争が期待される。

 悪堕ちしたフェイトさんの活躍はこれからだっ!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50/それぞれの攻防戦

 50/それぞれの攻防戦

 

 

(――本当に生きてやがったのか。いや、あれは確かに殺した。此処に居るコイツは別個体と考えるのが至極当然だろう。……まさか、本当に残機が『妹達(シスターズ)』の数だけなのか?)

 

 目の前の御坂美琴に似た誰かを眺めながら、『過剰速写』は敵戦力を分析する。

 一度打倒している以上、所詮は御坂美琴以下に過ぎない『異端個体』に敗北する可能性など皆無だが、敵の意図が掴めずに強い警戒心を抱く。

 

(……楽観視になるが、『妹達』を量産出来ているとか考え辛い。もし嘗ての学園都市のように二万体も揃えられる資本と技術があるのならば、殺害された傍から逐次投入されていただろうし――用意出来ている個数には制限があると見た。問題は、その制限ある個体で何故真正面から仕掛けて来たのか)

 

 何らかの勝算、もしくは別の戦略的な目標があると見て間違い無いだろう。

 どの道、教会内で戦闘するのは回避するべきだろう。此処では流れ弾で死ぬかもしれない人間が居る。

 

 ――最初の一発目から殺す気概で懐から『コルトM1911』を取り出し、十倍速で撃ち放つ。

 

「――ッ!?」

 

 諸々の衝撃に耐え切れずに、自動拳銃はただの一発で木っ端微塵に粉砕し、音速の壁を突き抜けて放たれた致死の銃弾は、『異端個体』の生命を吹き飛ばすには至らなかった。

 

(着弾の瞬間に妙な反発力が生じて致命傷を回避した……? あの一瞬で銃弾と己に磁力による斥力を生じさせたのか? 器用な真似をする)

 

 ダメージのほどは未知数だが、『異端個体』を教会の外に吹き飛ばす事は成功した。

 外には十数名ぐらいの敵対存在を認識出来るが、構うまいと『過剰速写』は外に踊り出る。

 

「――撃てッ、撃てェッ!」

 

 ――外には迷彩服にマスクを装着した武装部隊がアサルトライフルを構えて待ち構えており、一斉に射撃され――『過剰速写』に着弾する一メートル寸前で全ての銃弾はぴたりと『停止』する。

 

「な、何やってやがるッ! 『キャパシティダウン』だッ! 早くしろォッ!」

「またまた懐かしいものを引っ張りだして来たな」

 

 『過剰速写』は特定周波の音波を自身まで届かないように『停止』させながら、徐ろに懐から投擲用のナイフを取り出し、一番近くに居た武装兵の頭部に投げる。

 当然、能力の加速を用いて飛翔したナイフは無常にも彼の脳天を穿ち抜いて殺害し――その手から零れ落ちたアサルトライフルを『過剰速写』は現地調達し、オートからセミオートに切り替えて、一発一発、敵対者の頭部にぶち込んで鴨打ちしていく。

 

「――っ!? な、何故効かない!? あれは能力者である限り――」

「生憎とソレは対策済みだ」

 

 武装部隊から撃っても全ての銃弾は『過剰速写』の一メートル付近で停止し、一人一人順々に仕留め――残らず撃ち殺した後に駄目出しに、能力者の能力行使を阻害する音波を出す音響兵器『キャパシティダウン』を限界まで加速させて自壊させる。

 

(雑魚は片付いたが、ミサカは――?)

「ひゅーひゅー、良い殺しっぷりだねぇ『過剰速写』! ミサカ感動しちゃうよ!」

 

 ――五十メートルは距離を離して『異端個体』が構えている重火器は、明らかに今までの代物とは異質の形状、既存のコンセプトとは別の試みが加えられたもの――そして彼女は、必殺の『超電磁砲』を撃つ時並に、猛々しく高電圧に帯電していた。

 

(――『ガトリングレールガン』……!? 駆動鎧ではなく、第三位の『超電磁砲』によって運用する事が前提の限定軍用モデル!? こんな場所でぶっ放す気か……!)

 

 『過剰速写』の脳裏にとある研究内容を思い浮かばせる。

 ファイブオーバー、純粋な工学技術によって超能力を超える事を想定した『駆動鎧(パワードスーツ)』であり、そのモデルケースの一つに第三位のレールガンがあった。

 彼のオリジナルが生きていた時には構想の段階で実現していなかったが――。

 

 

「――本物の『レールガン』ってヤツを、いっちょお見舞いしてやんよ……!」

 

 

 これが一対一の勝負ならば、全てを回避する事など『過剰速写』にとって容易だった。

 停滞及び停止を総動員して弾速を落として回避すれば良い。だが、此処で問題となるのは『過剰速写』の背後に教会がある事だ。

 その貫通力、連射力、破壊力から一発足りとも背後に通す訳には行かない。撃たれる全てのレールガンを叩き落として『異端個体』を殺さなければならない。

 

(……っ、出来るのか――いや、やるしかねぇ……!)

 

 ガトリングレールガンの猛威から、八神はやてが生き残れる可能性は皆無であり、回避するという選択肢を『過剰速写』は完全破棄する。

 

 『過剰速写』は十倍速で地を駆け抜け――『異端個体』の待つ五十メートル地点まで到達するのに僅か0,6秒、カタログスペックでは分間4000発を誇るガトリングレールガンが十一発から十二発撃たれる間に勝負は決する。

 

「――ッッッ!」

 

 ガトリングレールガンは途方も無い超速度を以って音を置き去りにし――体感時間を十倍速、レールガンの射線上に停滞及び停止を限界まで行使し、それでも捉え切れないレールガンの弾速に慄きながら、未来予知さえ最大限に活用して『第三の腕』で弾き飛ばす……!

 

(……ッッ! クソッ、一発で『第三の腕』の構築がふっ飛ばされた……! 計十回再構築して防ぎ切れるのか――!?)

 

 ――数瞬先に死が見える。演算時間が足りず、五発目で対処出来なくなってレールガンに貫かれて死亡する可能性と、演算速度を限界まで加速させて八発目で限界を超えて自滅する可能性が同時に見え隠れする――。

 

(無理だ――防ぎ切れない……!)

 

 演算速度を更に上乗せしながら、再構築した『第三の腕』で二発目を叩き飛ばし、またもや構築が跡形も無く吹っ飛ぶ。

 この時点で0,1秒の時間が漸く経過する。残り0,5秒――。

 

(――つまり、処理限界を超える五発目に至る前に対処方法を構築し、実行しなければならない)

 

 0,15秒、再び再構築した『第三の腕』で三発目をはたき落とし――修正、一発撃ち落とす毎に自身の走行速度が著しく削り取られ、『異端個体』が射程圏内に入るのは1秒後、更に0,4秒掛かると推測される。

 

 絶望的な試算を打破するべく――刹那を永遠に偽装し、更に思考速度を加速させる。

 血管がブチ切れるような破滅的な感覚を無視し、極限まで0,1秒という時間を引き伸ばして過去の可能性を観覧する。

 

 0,16秒、昨夜の過去視を終え、成果無し。

 0,17秒、二日前の夜に特異な現象を観測する。

 0,18秒、その現象を理解出来なかったが、現状における唯一の希望であると断定する。

 0,19秒、四発目の迎撃準備をすると同時にその特異な現象を一時的に再現するべく演算を開始する。

 

「――ぅぅぅっっっ!」

 

 0,20秒、四発目のレールガンを迎撃する。これ以上は犠牲無くして防御出来ない。

 0,21秒、『第三の腕』の再構築に回した演算能力すら『再現(リプレイ)』の実行に回し、正真正銘、彼の全ての演算能力を総動員する。

 0,22秒、エラー、『再現』しようとしている現象は何一つ解析出来ず、更には超能力の範疇に無い別系統の法則。説明出来ない法則を『再現』する事は出来ない。現工程を破棄し、防御に演算能力を回す事を至高とする。

 0,23秒、却下。分析する必要は無く、現象の理解すら必要無し。ただ再現出来れば問題無い。それのみを再現するのではなく、全環境条件を一斉に再現させれば結果的に完璧な再現になる。

 

 世界を偽装して法則を無視して全行程を省略し――実行、世界を書き換える怪異現象を『再現(リプレイ)』する。

 

 ――温度の無い炎が世界を包み込み、神咲神那の固有結界『忘火楽園』を一時的に顕現させる。

 

「――んなっ!?」

 

 世界が書き換えられ、背後の教会が消え果てた事に『異端個体』は驚嘆し――受ける必要の無くなった『過剰速写』は全力でレールガンの銃弾を躱しながら切迫する。

 

 0,4秒経過。五、六、七、八発目、回避成功。

 ただし、瞬間的にも二十倍速で思考を回した為、負荷の処理の限界が極めて近い。

 0,6秒後の接触で仕留めれなければ、負荷処理で能力を一切使用出来なくなり、逆に仕留められる――。

 またこの世界を塗り替えた現象も、刹那に綻びが生じ――1秒経過するまでに既存の世界に戻ってしまうだろう。

 

(チャンスなんて一度で十分だ――!)

 

 更には懸念すべき事項、この正体不明の世界法則について。

 第二位の『未元物質(ダークマター)』と同等か、それ以上の未知なる脅威を感じ取るも、現状ではこの身に与える影響の分析に演算能力を回す余力は無い。

 一切の可能性を考慮外とし、破棄して突撃する。

 

「ぃぃぃぃ――!?」

 

 0,8秒経過。九、十、十一、十二発目の回避に成功し――『異端個体』はガトリングレールガンを破棄し、レールガンの要領で此方に飛ばす……!?

 『第三の腕』――再構築が間に合わず、これに直撃して後退すれば、もう二度と接近出来ない。――左腕を犠牲にする事を提案し、即時実行する。

 

「……ギ、ガアアアアァァァアアアアアアァ――ッッ!?」

 

 飛来する重火器を左腕で受け止め、体内時間を弄った在り得ざる超反応を以って化勁の要領で受け流す。

 ただ、科学の街の申し子である『過剰速写』に中国武術の功夫などある筈も無く、左腕の肉という肉はズタズタに引き裂け、左腕の骨という骨まで砕け散って――されども走破する速度を0,1秒も損ねずに突っ切る。 

 

「シイイィィァアァ――!」

「き、ひ……!」

 

 『過剰速写』は解放後のダメージを度外視し、自らの右手の手刀に『停止』を施して撃ち放ち――『異端個体』は夥しい雷撃を撒き散らしながら、自身の死を前提に自爆手を放つ。

 

 ――斯くして、『過剰速写』の手刀は『異端個体』の心臓を穿ち貫き、彼女の最後の電撃は防御の手段を用意してなかった彼を容赦無く焼いた。

 

(グ、ガァ……ッッッ!?)

 

 限界寸前まで追い込まれ、意識が途絶えそうになった処を『過剰速写』は何とか踏み留まり、にやりと、血を吐き散らしながら笑った『異端個体』は力無く倒れ去った。

 世界がガラスのように崩れ、元の場所に戻る。意識を失わないように必死に堪えながら、『過剰速写』は前のめりに、地に倒れ伏した。

 

(……ッ、クソッ、アイツ一人に此処まで追い込まれるとは……! こりゃ暫く動けない、か。教会の方は……?)

 

 

 

 

「――ちぇ~、やっぱり殺されちゃったか。残念残念」

 

 最後の一体に乗り移った『異端個体』は肩を回しながら背伸びする。

 相当手酷いダメージを与えたので、彼からの邪魔はもう入らないだろう。

 

「……ミサカ隊長、『竜の騎士』と『神父』を足止めした部隊からの通信が今、完全に途絶えました」

「あんまり時間無いね。それじゃ予定通り作戦実行しましょっか。ゴーゴー!」

 

 『異端個体』を乗せた軍用車は急発進し、教会の正面側からではなく、横合いから全速力で突っ込む。

 後方の席の左右の窓から『RPG-7』を構え、二つの弾道を発射して教会の壁を木っ端微塵に粉砕――突破口を無理矢理作って突撃する。

 

(――えーと、お、ラッキー。『全魔法使い』の奴、『RPG-7』の爆破に巻き込まれてやんの、虫の息じゃん。クロウ・タイタスと八神はやては一緒で、『禁書目録』は孤立している。どっちを攫うかは決まりだね)

 

 教会に突入した『異端個体』は即座に内部の現状を把握する。

 急停止する軍用車から飛び降りた『異端個体』は全方面に十億ボルトの電流を撒き散らして一瞬にしてこの場を完全に制圧する。

 

「ぐがぁっ?!」

「え、な……!?」

「はいはい、アンタはこっちよー!」

 

 唯一『歩く教会』で無事だった『禁書目録』の首根っこを掴み、『異端個体』は電撃能力を用いて増強させた異常な怪力で軍用車まで引きずり込んだ。

 ――この間、僅かに三秒である。 

 

「な、なにを――むぐっ!?」

「そうそう、ふん縛ってぇ――何してんの早く出せッ!」

 

 軍用車は急発進し、彼女達は自分達が開けた穴から悠々と脱出していく。

 

「此方は上手く行きましたね。『過剰速写』はどうします?」

「回収したいのは山々だけど、逃げる方が優先だね。ほら、もう怖い人達が来ちゃったしー」

 

 背後から低空を飛翔して追ってくる『竜の騎士』と、遅れてマギウス・ウィンドで空を舞うクロウ・タイタスの追跡が始まり、まだ気が抜けないと『異端個体』は溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

(――今、この未知のスタンド使いについて解っている事は一つ。それは指鳴り音だ)

 

 先程の爆発で人々が居なくなった無人の街中に立ちながら、オレは周囲を万遍無く警戒する。

 堂々と姿を晒している理由は一つ、此処でなら奇襲される心配が無いからだ。

 

(これは大胆な推測に過ぎないが、鳴らさないと発動出来ない類の能力だと見た。そして鳴ったのが聞こえる位置という事から、奴の射程距離はそんなに長くはない。精々十メートル~十五メートルぐらいだと見た)

 

 よって、遮蔽物があって敵の存在を見過ごす可能性があるような建物内ではなく、見晴らしの良い街中こそ、このスタンド使いを仕留めるのに一番適した場所だ。

 

 ――程無くして、青髪で赤いスーツを着こなした女が、目の前に堂々と現れた。射程距離云々の推測は恐らく当たっていたのだろう。

 まずは最も至難だと思われた第一関門を突破した。

 

「一応聞いておくけど、何故裏切ったのかしら? 私の知る限り、貴方は二度冬川さんに生命を助けられているけど?」

 

 彼女の背後には不死鳥を象ったような鳥型のスタンドが出現しており、右手は指を鳴らす準備を整えている。

 

(あの指鳴らしがキラークイーンみたいな爆破のスイッチなのは疑うまでも無いが――鳥型のスタンド?)

 

 DIOの屋敷の番鳥『ペット・ショップ』の如く襲ってくるのか――いや、考えてみれば、吉良吉影の『キラークイーン』みたいな爆破を空間指定でやってのけるんだ。能力一点特化型なのかもしれない。スタンドの像は飾りの類の――。

 

「――裏切ってなどいない。オレが今、此処で生きているのは冬川雪緒の御蔭だしな。いきなり裏切り者扱いされて、こっちが青天の霹靂だよ」

 

 一歩、無作為に近寄ってみる。距離は目測で十八メートル、此処はまだ安全圏内のようだが、この極限の緊張感は精神的な消耗を強いられる。

 なのはのシールドの内側から爆破した空間指定の精密精度を見る限り、射程距離に入ったら容赦無く体内で爆破とかされかねない。

 

「……ふむ? まるで冬川さんの方がおかしくなった、と言わんばかりの言葉ね。樹堂清隆と同じく、貴方も豊海柚葉に洗脳された口かしら?」

「――樹堂清隆はどうした? まさか……」

「始末したわ。最期まで貴方達の情報を口にしなかったわ。大した洗脳能力だわ。でも、冬川さんが別のスタンド使いに操られているなんて、笑い話ですね」

 

 コイツ、自分の仲間を……!?

 また一歩近寄る。十七メートル、十六メートル。十五メートル――まだ大丈夫なのか。此処からが本番だと、本当に肝が冷えていくが……。

 

「――本当に、樹堂が洗脳されていたと勘違いしているのか?」

 

 自然と近寄っていくが、どんどんあの女の目付きが細くなっていく。

 十四メートル、十三メートル――オレにとって最高なのは、奴の射程距離が九メートル以下である事。それならば、この間合詰めで一方的に打ち勝てる。

 

「嫌だね、自覚出来ない類の洗脳は本当に厄介だわ。――殺すしかないじゃない」

 

 十二メートル、十一メートルの地点で一旦止まる。

 あの女は身構えたまま、動く素振りを見せない。やはり、オレのスタンドの射程距離である十メートルが生と死のボーダーラインになるだろう――。

 

「……そうか。お前は、殺さない」

「? 随分と余裕だね。君は今此処で私に殺されるのに」

 

 それ故に、奴に勝つには――この死のボーダーラインを踏み越える必要がある。逆に言えば、踏み越えた先にしか勝利は無い。

 

 

 

 

(近寄らない……? あと一歩だというのに、今の何気無い挙動で此方の射程距離を完全に計られた……!?)

 

 赤星有耶の想像以上に、この目の前の九歳児はスタンド使いとの戦闘に慣れていた。

 彼女の『炎天下の暴君(フレイム・タイラント)』の射程距離は十メートル、致死圏内に入るには、あと一歩足りない。

 

(……どうする? 今の十一メートルの距離でも、最大火力で爆破すれば十メートル地点に居てもそれなりのダメージが――いや、駄目だ。完全に此方の射程距離を教える事になる)

 

 殺すからには一撃で仕留めるのが鉄則であり、自分から踏み込んで仕掛けるか、彼女は思案する。

 此処まで正確に間合いを見切られたのは初めての経験だった。

 唯一回、指鳴りで能力が発動するという事のみしか知り得ない筈なのに、それだけで此方の射程距離を見定められるなど――秋瀬直也は見た目以上に侮れなかったスタンド使いだった。

 

(それだけの戦闘経験を持ちながら、何故冬川さんを裏切った……!)

 

 その力がどれほど彼に役立てるのか、考えるだけで腹が立つ。やはり、此処で彼を殺さなければならないと改めて決断する。

 

(……最初に仕留めるべきは、高町なのはではなく、コイツだったのか……? 私が見誤ったというの……? っ、何を弱気な……! 違う、追い詰めているのは私の方だッ!)

 

 自分から仕掛けるか、待つか、迷った刹那――自分から左斜め五メートル地点に大きな足音が生じた。

 ステルスで隠したスタンドを事前に配置していた――その地点目掛けて、彼女は迷わず指を鳴らして最大火力で爆破する。

 

「……っ!?」

 

 盛大に爆発するが、手応えらしい手応えは一切無なかった。

 秋瀬直也はそれと同時に此方に向かって走り――ボーダーラインの十メートルを呆気無く踏み越えた。

 

(まずい、初撃を外した以上、奴のスタンドは此方の近くにいる――構うものか、本体を殺せばスタンドなど……!)

 

 此方に走ってくる本体目掛けて爆破を繰り出そうとして、彼女は瞬時に指を鳴らそうとし――ぐぎり、と、軋みを上げて今鳴らそうとした右手を握り潰された。

 

「……あ、がァッ!?」

 

 彼女の細い手先を折り潰しているのは透明な何か――秋瀬直也のスタンドであり、眼の前に居ながら察知出来ない隠匿性に彼女は驚愕し、形振り構わず眼の前に居るであろうスタンドを左手で指を鳴らして爆破しようとしる。

 

「ギ――!?」

 

 待ってましたと言わんばかりに手を掴まれて反対側に逸らされ、限界を超えて折り曲げられ――乾いたような鈍い音を立てて、彼女の細い手先は呆気無く砕けた。

 

「ガァ――ッッ!?」

「おいおい、女なのに凄い悲鳴だな、まだ両手両指が砕けただけだぜ? ――吉良吉影の『キラークイーン』よりヤバいと思ったが、どうやら過大評価だったな」

 

 此処まで本体を好き勝手しておいて、攻撃らしい攻撃を繰り出さない彼女の鳥のスタンドを見ながら、秋瀬直也は自身の分析が大方当たっていた事に安堵する。

 

「その鳥型のスタンド、第七部のスタンドのような飾りなんだろう? スタンドの像を出して置かなければ能力を発動出来ない類のデメリットか? 『キラークイーン』相手じゃオレのスタンドが真正面からこんな真似をするなんて不可能だしな」

 

 砕いた両手を掴んだまま、彼女の顎が蹴り上げられ、強大無比なスタンド能力を持っていた彼女はされども予想以上に呆気無く気絶し、敗北した。

 

「強大なスタンド能力過ぎて、小手先の技術や駆け引きが必要無かった弊害かねぇ? 羨ましい限りだ」

 

 偶然、相性が良かっただけなのか、偶々運が良かっただけなのかはさて置き、此処から早足で立ち去りながら、秋瀬直也は携帯を掛ける。

 この相手とは射程距離さえ負けてなければ大丈夫だと目測を付けていた。逆に近距離パワー型の『キラークイーン』だったら、接近戦でパワー負けして返り討ちになっていたが――。

 

「オレだ。こっちは片付けた。なのはは?」

『命に別状は無いけど、今日中の復帰は不可能ね。どうやら彼女不在で『ボス』を仕留めなければならないようね』

「……完璧な作戦にならないものだな。何処で合流する?」

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『炎天下の暴君(フレイム・タイラント)』 本体:赤星有耶
 破壊力-A スピード-E 射程距離-B(10m)
 持続力-E 精密動作性-A 成長性-E(完成)

 スタンドの像を出している事が条件で、十メートル圏内の好きな場所を爆破出来る。
 指パッチンがスイッチであり、当然ながら両手が砕かれたら爆破すら出来なくなる。
 能力の破壊力は抜群だが、スタンドそのものに戦闘能力は皆無である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51/因縁

 51/因縁

 

 

「走る走るぅ、ミサーカ達ぃー」

「――歌っている場合ですかっ!?」

 

 法定速度無視の速度で、セラ・オルドリッジを誘拐した軍用車両は公道を爆走する。

 彼女自身は即座に手首足首を縄でふん縛って拘束され、今は即効性の薬で意識を失って夢の世界に旅立っている。

 

(目が覚めても悪夢なんてミサカ達は気が利いているねぇ。まぁ問題は此処から逃げられたら、なんだけど――)

 

 助手席から、サイドミラー越しに飛翔してくる二人の影を、『異端個体』は楽しげに眺めていた。

 クロウ・タイタスは遅れて飛翔し、今現在彼女達の車両に物凄い勢いで追随しているのは、阿修羅すら凌駕するほどの激怒の形相に固定されたブラッド・レイである。

 

「わぁお、凄い怒ってるねぇ。何かこう今にも『竜魔人』化する勢いじゃん? 彼の逆鱗を逆撫でしちゃったからねぇ。ミサカ超怖ーい」

「そんな事言ってる場合ですか!? あの飛翔速度じゃすぐに追い付かれますよ!? うわぁっ!?」

 

 怒れる彼から十数発の破壊の弾が放たれ、タイヤ目掛けてひたすら連打される。

 運転手は泣き言を泣き叫びながら、巧みに回避し続け――イオラは他の一般車両に被弾し、現在進行形で彼女達の背後に大事故を量産している。

 額に輝く竜の紋章と他の被害を顧みぬ手加減抜きの攻撃の激しさから、人質の安否をも地味に忘れているんじゃね?と、『異端個体』は僅かながら敵の理性を心配する。

 

「特技は『爆裂呪文(イオラ)』みたいね。『爆裂極大呪文(イオナズン)』だったら引く手数多だっただろうにー。しゃーないなぁ、ミサカの銃寄越してぇー!」

「は、はいっ!」

 

 背後から騒ぐ隊員から狙撃銃並に長身の銃器を受け取り、『異端個体』は窓から乗り出して後方から飛翔する追撃者に照準を合わせる。

 『竜の騎士』は背中から真魔剛竜剣を抜き取り、真正面から迎撃する構えを取る。この在り得ない選択を選んだ様を見て、『異端個体』は相手が本当に理性を失って怒り狂っている事を確信する。

 

「――古臭いファンタジーが、最新鋭の科学に勝てる訳無いじゃん……!」

 

 夥しい高電圧を撒き散らし、正真正銘の本気の本気、専用の銃弾による『超電磁砲』をぶち放ち――不可避にして防御不可能の必滅の魔弾は古代の黴臭い騎士を呆気無く撃ち落とした。

 それが必然の理だと冷然と告げるように――。

 

(……ちぇ~っ、やぁっぱり『竜の騎士』の戦闘経験ってのは侮れないねぇ。あんだけ理性失っていたのに、寸前の処で致命傷回避しやがりましたよ? 人間じゃないねぇって本当に人間じゃなかったけ? 三分の一だけ人間だね?)

 

 地に転がり落ちた『竜の騎士』、そして彼の延命を優先させたクロウ・タイタスを遠目で見届け――『異端個体』はとりあえず逃げ切ったと心底安堵する。

 

(さぁて、賭けはミサカ達の勝ちみたいね。後は勝ち分を一方的に搾取して回収するだけねぇ――)

 

 アウェーでの戦いはこれで終わり、後は勝ちの確定した本拠地での戦闘を待つばかりである。

 全身拘束されながら静かに眠れるセラ・オルドリッジを眺め、『異端個体』は勝ち誇るように邪悪に微笑んだ――。

 

 

 

 

(ふむふむ、あの『禁書目録』の元の人格は非常に強かで注意深い――悪く言えば、酷く臆病か。これは使えるな)

 

 此方への交渉を持ち掛けてきた記憶喪失の『禁書目録』――正確には記憶を抹消される前のセラ・オルドリッジの交渉を、『魔術師』は好感触に受け入れる。

 現在の彼女は教会での立場が非常に危うい。手段さえあれば、彼等は嘗ての『禁書目録』に戻るよう、皆が揃って努力するだろう。

 それはセラ・オルドリッジにとっての消滅を意味し、当人は誰よりも理解して恐怖し、何が何でも自己の存在価値を『教会』の者達に証明しなければならない。

 その孤独な苦境を誰よりも理解し、間接的に利用出来ると『魔術師』はほくそ笑む。

 

(悪い話ではないな。互いに信頼出来るように調整すれば海鳴市の問題は殆ど片付いたのも同然だ。安心して管理局の勢力の排除に乗り出せる)

 

 八神家の者達を管理局に渡さず、共同して管理局の排除を行える。そして『禁書目録』では実現出来なかった同盟を結んでしまえば、その成果と実績から迂闊にはセラ・オルドリッジを排除出来なくなる。

 まさに理想的な一手であり、お互い裏切れないように雁字搦めに条件を纏めれば――此処まで思案し、エルヴィに任せて結論を先延ばしにした事を『魔術師』は後悔する。

 

 ――未だに『魔術師』は全力で怠けて死んだ振りをしたまま、ソファに寝転んでいた。

 ……霊体化したランサーが疑わしい眼で眺めていた事を、彼は気づいていない。

 

(……しくじったなぁ。こんな事なら私が交渉すれば良かった。まぁいいさ。明日の朝にでも再連絡して、話を纏めてしまおう)

 

 過ぎ去った事は仕方ないと、『魔術師』は数少なくなった街の監視用の使い魔を何体か動かしながら、秋瀬直也の近況を探る。

 どうにも今回送り込まれたのは最も魔女狩りを行った爆弾魔のスタンド使いであり、多少なりとも心配する。

 苦戦は必至――その前評判とは裏腹に、秋瀬直也は川田組でも有数の殲滅力を持つスタンド使い相手に無傷で勝利を収め、彼等の心配はするだけ無駄だと判断させられる。

 

(秋瀬直也の方は大丈夫のようだな。この調子で冬川雪緒に化けている屑野郎を殺してくれ。影ながら応援だけはしよう。流石に後始末は私がするが――)

 

 むしろその後が『魔術師』の仕事だ。冬川雪緒の討伐が確認され次第、副長的な立場の者と接触してこの乱を最小限の労力で治める必要がある。

 

 ――その者と、今までの関係を保てるかどうかは未知数であるが。冬川雪緒しか成し得なかった『魔術師』とのラインを保てるかは、五分五分と言った処だろう。

 何方にしろ、手痛い問題である。下部組織に過ぎなかった川田組との関係は、否応無しに変わる事になるだろう。

 

 この争いで唯一の成果と言えば――やはり、豊海柚葉に尽きる。

 

(――やっとその能力に見当が付いたよ、豊海柚葉。なるほど、道理で時間操作能力者と思われる『過剰速写』を憎悪し、脇目も振らずに自らの手で抹消しようとする訳だ。――それにしても何方側かな? 十中八九、あちら側だと思うが)

 

 まだ確定とは言えず、底も見えてないが、その限界は見極められた。まさかあの世界からの転生者だとは想像だにしていなかったが――。

 

(……となると『過剰速写』に予想外の付加価値が生じたか。暫く生かす方向で調整しなければな――)

 

 あれこれ考えながら、その当人達、教会勢力の様子を遠くから探ってみると――。

 

「あああああああぁっ! 何て事しやがるんだ――ッ!」

「わきゃっ!?」

『……何だ何だ?』

 

 既に何者かの勢力の襲撃が終わった直後であり、『過剰速写』とシャルロットが重傷、セラ・オルドリッジの姿は見えず――色々調べる内に学園都市の勢力に強襲され、セラ・オルドリッジが攫われた事実に至る。

 その際にクロウ・タイタスとブラッド・レイが決死の追跡劇を繰り広げていたが、どうにもシャルロットが怪我をして理性を失っていたらしく、『異端個体』から『超電磁砲』を打ち込まれて、ブラッドが負傷、難無く逃げられている。

 

(――今の記憶喪失の『禁書目録』は交渉するに当たって失ってはならない人物。人質に取ったという事は、自らの領域に誘い込んで『過剰速写』を始末する気か――? 八神はやての護衛があるから、教会勢力が動かせるのは恐らく『過剰速写』と一人、クロウ・タイタスかブラッド・レイ――回復役のシャルロットが重傷で意識が無い今、負傷有りの二人で攻め落とせるだろうか?)

 

 よりによって最悪のタイミングで動かれ、不甲斐無い結果を晒している。

 あちらが立てば此方が立たず、此方が立てばあちらが立たず。ままならぬものだと『魔術師』は怒りを顕にする。

 

(いや、攻め落とせずに返り討ちにされた時は完全な『プロジェクトF』が完成して海鳴市の勢力図が引っ繰り返る。介入してでも奴等は此処で始末しなければならない)

 

 動かずに事を傍観していたのは逆に言えば、今のこの状況で動くのは得策じゃないからだが――そうも言ってられない事態である。

 

(問題はもう一つ、秋瀬直也と豊海柚葉だ。あの女が居るからには敗北は在り得ないと思うが、万が一、冬川雪緒の皮を被ったドグサレ野郎に『矢』が奪われた場合、想像外の能力に進化して手が付けられなくなる)

 

 流石の『魔術師』も、『矢』で進化した『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』並のスタンドなど相手にしたくないし、産ませたくもない。

 此方にも万が一の為の一手を差し向けておく必要がある。

 

(魔力貯蔵量は三割弱と言った処か。こんな不完全な状態で二面作戦を敢行しなければいけないとは――)

 

 ――最後の『奥の手』を切るには早すぎる。

 今現在はこの持ち札でやらざるを得ないだろう。

 むくりとソファから起き上がり、『魔術師』は背伸びする。短い休日だったと彼は無念そうに内心悪態吐く。

 

「ランサー、私の魔力の二割を回す。エルヴィ、動くぞ」

 

 エルヴィは精神的に復活を遂げた主人に、はち切れんばかりの笑顔で答えた。

 

「はいっ、ご主人様!」

『……何だ、勝手に復活しやがったか』

 

 

 

 

「――そうか、逃したか」

 

 散々たる状況だと、『過剰速写』は顔を顰めるしかなかった。

 セラ・オルドリッジは攫われ、シャルロットは『RPG-7』の爆風に巻き込まれ、意識不明の重傷、その事で理性を失って追撃したブラッド・レイは『超電磁砲』で迎撃されて負傷、今無事なのはクロウ・タイタスと『神父』、それに八神はやてという悲惨極まる状況だった。

 

「……お前は、奴等の施設から逃げてきたんだろ? 場所を教えろ」

 

 『過剰速写』が寝転んでいる寝室には、『神父』と八神はやて、そして押し掛けたクロウ・タイタスがおり、通夜の如く暗く沈んでいた。

 

「三十分待て、案内してやる」

「そんな悠長な事を言ってられるかッ! 早くしないとアイツの身に何があるか……!」

 

 人質は生きているのならばどんなに穢されても構わない。時間を置けば置くほど、その危険性が高まる一方であり、やはりこの男は生粋のお人好しであると『過剰速写』は羨ましそうに眺めた。

 

「……何だ、嫌っていた割には心配しているのか。それなら――勝算は多い方が良いだろう?」

 

 そう言って、ズダズダに砕け散った左腕の包帯を『過剰速写』は乱雑に解いた。

 その腕は傷一つ無く、感触を確かめるように『過剰速写』は左腕を動かす。応急手当をした当人である『神父』さえも驚く。

 回復魔法を使えるシャルロットが意識を取り戻していない今、『過剰速写』は自力であの複雑骨折に裂傷を治癒した事になるが――。

 

「――人生八十年、七十万飛んで八百時間程度だ。オリジナルが生きた十六年間、140160時間を差し引いて560640時間か。生まれてから盛大に消費しているから、どのくらい減っているのやら」

 

 『過剰速写』は目を細め、悲観するように呟き、僅かに自嘲する。

 それは複製体の自分の寿命がどの程度なのか、全く把握出来ていない事と――『多重能力者(デュアルスキル)』と生涯偽っていた自分が、自分自身の口から己が能力を吐露する事への、二重の感情だった。

 

「オレの能力は『時間操作』で、本来の能力名は『時間暴走(オーバークロック)』という。自らの寿命を消費して時間を操作する。ただし、『時間操作』で生じた肉体的な負荷などは『時間操作』で処理するしかない。使えば使うほど首を絞めて悪循環に陥る能力だ」

 

 『過剰速写』は「短期決戦で片付ける分には問題無いんだがな」と付け足す。

 使えば使うほど、寿命を削る欠陥能力――文字通り、使う度に血肉を削るものだった。

 

 ――つくづく、人質に縁のある人生だと、『過剰速写』は笑うしかない。

 此処でセラ・オルドリッジを見殺せば、自身は最悪だと断じている忌まわしき仇敵まで堕ちる。それだけは、全身全霊を使い果たしても許容出来ない事態であった。

 

(どの道、本来の目的もそれだ。行き掛けの駄賃という訳だ)

 

 ならば、彼の動機は単純明快だ。この極限まで肥大化した矜持を守る為だけに、生命を削って力を振るうのみである。

 

「左腕の怪我は時間を加速して早送りする事で完治した。生じた負荷を処理する時間を、オレに与えてくれ」

 

 それが一体どれほど寿命を消費する選択だったのか、クロウは自ずと悟り――『過剰速写』の微塵も揺るがぬ覚悟を見届け、無言で縦に頷いた。

 

 

「――クロウ・タイタス、お前は何が何でも生き延びてセラ・オルドリッジを救出し、オレは何が何でも連中を皆殺しにする。その逆は在り得ない。役割を履き違えるなよ?」

「……ああ」

 

 

 今まで『過剰速写』に対して八神はやてを誘拐したいけ好かない野郎だとしか思っていなかったが、クロウは自身の第一印象を改める。

 

 ――コイツはどうしようもない悪党だが、最期まで自らのルールに殉じて一本筋を貫き通す凄い男だと、ベクトルは正反対だが、尊敬に値する男だと心底震える。

 

 最後に、『過剰速写』は八神はやての方を振り向いた。彼女は俯き、その表情は窺えなかった。

 

「八神はやて。多分、これでお別れだ。短い間だが、楽しかったよ」

「……駄目やッ! ちゃんと、生きて帰ってくるって約束して……! 駄目だよ、クロさん……!」

 

 目に涙を堪えて、必死に懇願するはやてに、『過剰速写』は目を瞑って首を横に振った。

 

「……それは出来ない。果たす見込みの無い約束を交わす訳にはいかない。――『はやて』、オレを嘘吐きにする気か?」

 

 ――此処に至って、『過剰速写』は初めて彼女の事を名前で呼ぶ。

 下の名前で呼ぶほど親しく語る、それは彼のオリジナルにしても滅多に無い事態であり――其処にどれほどの想いが籠められていたかは、余人には知り得ないだろう。

 

 ――恐らく、自身の領地にて必勝の布陣で待ち望む『異端個体』相手に、相討ちに持っていければ御の字であろうという試算を『過剰速写』は既に出していた。

 初めから、生きて帰れるなどという高望みを捨てて掛からなければ、事は完全に成せないだろうと確信していた。

 

「嘘でもええ、嘘でもええからぁ……!」

 

 遂には泣き出してしまい、『過剰速写』は彼女の頭を撫でて宥める。

 

「……困ったな、女の子の涙は昔から苦手だったが――」

 

 最後に、『過剰速写』は優しい嘘を吐いた。多分、果たされないであろう、尊き日の約束を――。

 

「鋭意努力しよう。――帰って来たら、そうだな。一週間契約を更新する交渉に精を費やすとしよう。こんな贋物でも、君の遊び相手ぐらいはやれるかな?」

 

 

 

 

 柚葉への連絡を終えて、駆け足で指定された場所に赴こうとしたその瞬間、オレは足を止めた。

 

「――な」

 

 其処には、オレの目の前には、此処に居ない筈の人物が立っていたからだ。

 まさか、自ら赴いて来るとは、予想だにしていなかった。

 

 

「――流石だな。あのスタンド使いでも相手にならないとは。そのスタンド能力、微塵も衰えてはいないようだな」

 

 

 最初と出遭った時と同じ服装、厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを首に巻いて悠々と靡かせ――同じ出で立ちで、冬川雪緒は其処に立っていた。

 唯一つ、違う点は――サングラスを外して、胸ポケットに仕舞う。そのどす黒い闇が備わった邪悪な眼だけは、冬川雪緒のものとは何もかも違った。

 そして自分は、この反吐が出そうなほど最悪なまでに濁った邪悪な眼を、誰よりも良く知っている――。

 

「……まさか、貴様なのか……!」

 

 激しい怒りを沸き立たせながら、オレは問い掛ける。

 眼の前に居る誰かは、さも嬉しそうに笑った。冬川雪緒が絶対しないような、醜悪なまでに邪悪な笑みをもって――。

 

「――やはり貴様は感じ取れるか、我が宿敵よ。そうさ、こうして話すのは前世振りだな? 秋瀬直也」

 

 やはり、この男は自分の前世の最後に対峙した最大の敵、最悪のスタンド使い……!

 だが、それならば疑問が残る。奴のスタンド能力は『殺害された瞬間に十秒間だけ時間を巻き戻す』ものであり、他人の死体を乗っ取るような類では無かった筈だ。

 それに転生者でもないのに、何故此処に居るのか――?

 

「暫く見ない内にスタンドが変わったのか? 他人の身体を乗っ取るなんざ、随分ヘボい能力になったもんだ。死んだら巻き戻る能力はどうしたんだ?」

「――格別だな、それを貴様の口から言われるとは。ああ、実に心地良い怒りだ。本当に、どうにかなってしまいそうだ……!」

 

 純然なる怒りに全身を小刻みに震わせながら、冬川雪緒の皮を被った『ボス』は憤怒の形相になる。

 まるで訳が解らないし、逆恨みも良い処だ。今、此処で、誰よりも怒り狂っているのはオレ自身だ……! テメェ如きが冬川雪緒を穢しやがって――!

 

「何で此処に居る、なんて詰まらねぇ質問はしねぇ。興味も無いしな。――その身体は冬川雪緒の物だ。返して貰うぜ」

「ほう、異な事をほざく。この身体は単なる空洞だ、それ故にこの『オレ』が有効活用しているというのになぁ」

 

 ああ、沸き立つ怒りの感情とは裏腹に、どんどん理性は冷めていく。

 その口で一文字一句刻む事すら、もはや許せない。力尽くで黙らせて自殺させてやると、オレはスタンドを出す。

 

「――良いだろう。前世からの決着に幕を下ろしてやろう。だが、その前に――『矢』を使わないのか?」

 

 ――ぴたりと、オレはその言葉に動きを止める。

 

 それは余りにも意外で、不可解過ぎる一言だった。

 『矢』を使って制御出来なくても大惨事、オレが『矢』の力を支配してしまえば、奴がどんな能力に変化していようとも勝機は無くなる。

 それなのに『矢』の使用を勧める理由は何なのか――?

 

(此方が使用すると同時に『矢』を強奪する為か? コイツが、誰よりもオレの能力を知り尽くしているコイツが、そんな馬鹿げた事を可能だと思っているのか?)

 

 ――明らかに『矢』で自分のスタンドを射抜く方が遥かに早い。

 ならば、射抜く直前に『矢』を奪い取る為の、第三者のスタンド使いの存在を疑ったが、周囲100メートルには不審な人物は居ない。

 

(……だが、何故だ? 猛烈なまでに嫌な予感がする)

 

 今までこの感触が外していた事は生憎な事に無く――正体不明の違和感を、思考の奥底に放り投げる。今、オレが全神経を費やしてやるべき事は、奴の能力が発動しないように無力化させるだけの事だ。

 

「何を企んでいるか知らねぇが、必要無ぇよ。テメェは、この秋瀬直也が直々にぶっ飛ばす――!」

 

 そして、前世からの奇妙な因縁を清算すべく、オレ達の死闘は一つ世界を隔てて幕開けたのだった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52/氷天の夜

 52/氷天の夜

 

 

 ――九歳の時、運命の夜は訪れた。

 

 最初、ベッドに寝ていた『彼』は不審な物音を耳にした。

 時刻は午前一時、両親も既に寝静まっている時間帯に生じた異音に、『彼』は幽霊でも出現したのか、その手の恐怖に酷く怯えた。

 

「ひっ……!?」

 

 一度気になってしまったからにはもう眠れない。『彼』は起き上がり、両親の寝室に行って彼等のベッドに潜り込もうとした。

 二人と一緒なら、何も怖くない。父親の汗臭い匂いは嫌いだが、母親の匂いは凄く安心出来る。一人部屋になってから、度々行なっている年少故の行為だった。

 

 ――けれども、今夜、『彼』の前に訪れた恐怖はありもしない幽霊ではなく、より物理的で、より絶望的な恐怖だった。

 

「……何の匂い……?」

 

 階段を降りて下に行く毎に、咽び立つような異臭が鼻に付いた。

 鉄錆びていて、糞を撒き散らしたような、今まで嗅いだ事の無い類の臭気に鼻を摘む。両親の寝室に向かう度に匂いは強くなり、時折何かを突き刺したような鈍い異音もまた小気味良く鳴り響いていた。

 

「……母さん? 父さん?」

 

 寝室の扉を開いた先には――『彼』の想像を超える地獄が待ち侘びていた。

 豆電球に照らされた寝室は、一色の液体に染まっており、バラバラになった誰かの手足が転がり落ちており、こつんと、足先にぶつかったサッカーボール大の物体に『彼』は目を向ける。酷く絶叫し、恐怖に染まった無念の形相の、父親の頭だった。

 

「……あ、あ、あ……!?」

 

 ベッドの中心には帝王切開され、臓器を乱雑に摘出され続けている、微動だにしない変わり果てた母の姿があり――この地獄を現在進行形で作り上げている殺人鬼は、新しい玩具を見つけて、にんまりと邪悪に笑った。

 

「おやおや、坊や。良い子は寝てないと駄目な時間ですよォ?」

「う、あ、あ――!?」

 

 ――『彼』は腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。

 

「駄目だねェ、悪い子だねェ。夜更かしをする悪い子にはお仕置きが必要だよねエエェ……!」

 

 殺人鬼は一歩一歩近寄って、血塗れのサバイバルナイフを振り上げた。

 その一挙一挙を、『彼』は縋るような思いで見届けていた。

 

 ――死にたくなかった。

 ――殺されたくなかった。

 ――どうしようもなく怖くて。

 ――此処には何一つ、救いが無くて。

 

 ――本当にどうしようも無かった。

 

 斯くしてナイフは『彼』の脳天に容赦無く突き刺さり、『彼』は断末魔さえ叫べずに死亡した。

 

「――はっ!?」

 

 ――否、これで終わりではなく、『彼』の眠れる才能の一端を呼び覚まし、始まってしまった。

 

「……え? なッ!?」

「おやおや、坊や。良い子は寝てないと駄目な時間ですよォ?」

 

 ――気づけば、『彼』は十秒前に巻き戻っていた。

 状況を把握出来なかった『彼』は一回目と同じ方法で殺害され、また十秒前に巻き戻る。

 理由は解らないが、殺されたら十秒前に巻き戻るという事を学習し、『彼』は目の前の死に抗い続けた。

 

「う、あ、アアアアアアアアアアアアァァ――ッ!?」

 

 それは客観的に見れば、ほんの一瞬の夜の惨劇。されども、『彼』の主観から見れば、気が遠くなるなるほどの壮絶な死闘だった。

 

 一手一手、死を繰り返す度に、其処に至るまでの工程を伸ばし、必死に足掻いて行く。

 『彼』は死を体験する毎にスポンジが水を吸うように学習し、自身の血肉とする。

 あらゆる可能性を試し、死に至る工程を引き伸ばして行き――遂には、殺人鬼を返り討ちにするに至った。

 

「……くく、あはは、はははは……!」

 

 ――もう、其処に居たのは九歳の『彼』では無かった。

 『彼』の永遠に眠るべき才能は見事に開花してしまった。

 教材が優秀過ぎた為か、『彼』はこの殺人鬼を遥かに超越する邪悪として、血塗れになりながら嘲笑っていた。

 

 ――『彼』はこの世の誰も自分を殺し得ない事を確信し、高らかに勝ち誇った。

 子供特有の無邪気さは一切消え去り、『彼』は自身が世界の中心に立つ支配者である事を自覚する。

 

 この運命の夜、死に絶えた人間の数は三つではなく、四つ。

 人の皮を被った悪魔が人知れずに産まれ堕ち、誰にも聞き届けられないまま、怨嗟の産声を上げた。

 

 

 

 

 ――なるべくしてなったと、セラ・オルドリッジは悲しげに目を瞑る。

 

 八神はやての仲良し案は虚しく飛散し、またもやクロウ・タイタスと口論になる。

 ただ、これは仕方が無い事だとセラ・オルドリッジは個人的に納得している。彼、クロウ・タイタスは『禁書目録』の頃の自分にとって得難き親友だったのだろう。

 

『――未練がましいね。そんなに贋物の私が大切だったの?』

『――贋物なんかじゃねぇ。前から思っていたが、それは訂正しやがれ……! アイツは、贋物なんかじゃねぇんだよ……!』

 

 ――此処まで心配して、本気で怒ってくれる人なんて、セラ・オルドリッジには居なかった。

 だから、涙が出るほど羨ましくて、醜いと理解していても、嫉妬せざるを得なかった。今の彼女には、否、昔から彼女はいつも唯一人で、常に孤独だったのだから――。

 

『ふーん、どう表現して欲しいのかな? 『名無し』のシスター? それとも用無しの別人格かな?』

『テメェ……!』

 

 胸元を掴み掛かれそうになり、怖くて目を瞑ってしまう。

 彼女の着用する『歩く教会』はあらゆる害意から彼女を守護するが、それを理解していてもふてぶてしく構えてなど居られず――それ処か、押し倒されて驚いた拍子に、聞き慣れない銃声が教会を蹂躙した。

 

『――『過剰速写(オーバークロッキー)』! はやてに傷一つ付けさせるなよ! 死んでも守れッ!』

 

 庇って一緒に伏せたクロウの顔は瞬時に歴戦の戦士の物に変わり――その切り替えの早さについて行けず、セラは困惑する。

 

(……なんで――?)

 

 彼は自身が『歩く教会』に守護されている事を誰よりも熟知している。単なる銃弾程度では彼女には傷一つすら刻めない。

 それなのに我が身を盾にして庇った理由が、彼女には見当たらなくて困惑する。優先順位から言えば、自分は後回しで、八神はやてこそ最優先で庇うべきなのに――。

 

 程無くして銃声が止み、御坂美琴に似た誰か――『異端個体』が蜂の巣の扉を蹴り破って現れる。

 

『やぁやぁ、久しぶりだね『過剰速写』。――ミサカを殺した責任、取って貰いに来たよぉ……!』

 

 クロウと『過剰速写』はアイコンタクトで意思疎通し――クロウはセラを抱えてはやての下に馳せ参じ、『過剰速写』は目の前の敵を打倒するべく行動を開始する。

 二人の激戦は教会内では納まらず、外まで持ち込み、幾多の銃声が再び轟いた。

 

「シャルロット! おい、シャルロットッ! そっちは無事か!?」

「……耳がガンガンする。一応、無事」

 

 ――此処に至ってセラは、クロウ・タイタスが自分を『親友の身体』だから助けたのではないと、複雑な気分になりながら理解する。

 放置しても確実に生き残れたのだ、何故助ける必要があるだろうか? ――理解が及ばず、同時にセラは理解を拒んだ。

 

「いい加減、下ろして……!」

「おい待て、危ないから離れるなッ!」

 

 クロウの手を振り払って降りて、セラは離れた場所に立つ。

 未だ断続的に銃声は鳴り響き――一際甲高い異音が轟き渡る。誰もが外の様子に異変が生じた事を察する。

 

「……今の、音は――」

 

 シャルロットがその言葉を言い終わる前に、彼女の居た近くの壁際が爆散して吹き飛ばされ――飛び込んできた軍用車から、先程『過剰速写』が退けた筈の『異端個体』が、悠々と飛び降りて来た。

 一瞬だが、彼女は教会の内部を目敏く確認し、セラと視線が合ってにやりと嘲笑った。

 

 夥しい電流が彼女から生じ――孤立していたセラは彼女の手によって呆気無く拉致された。

 

 車の内部の迷彩服の者に縛られながら抵抗するも、すぐさま薬品を嗅がされて意識が移ろい――セラは、クロウの、無償の好意の手を振り払った事を、心底後悔したのだった。

 

 

 

 

 ――そして、気がつけばセラ・オルドリッジは何もない、一面が真っ黒の空間に居た。

 

 最初は自分は死んでしまったのかと困惑する。一度転生している身だが、この世とあの世の境目なんて観測した事は無く――殺風景過ぎて寂しいと、彼女は孤独を怯える。

 

「――あ」

 

 或いは、孤独だった方がまだ良かったかもしれない。

 セラ・オルドリッジの目の前に立っていたのは、自分に類似した少女だった。

 ただ、その自分に良く似た誰かは恐ろしいほど無機質で、感情らしい感情が欠片も無く――浮世離れした神聖さは、他を拒絶する不可侵の現れである事を、セラは身を持って思い知った。

 

「……あーあ、早かったね。もう少し時間があれば、君の居場所を奪えたのに……」

 

 ――彼女こそが、『禁書目録』となった自分の成れの果て。

 今の今まで自分の代わりに生き続けた少女。クロウ・タイタスが真に守りたかった少女であり、今の無力な自分など一瞬で駆逐出来る悪夢の象徴――。

 

 ――小刻みに震える指先を隠しながら、セラは不遜に振る舞う。虚勢を張って、心の底から湧き出る恐怖を悟られないようにする。

 

 自分が目覚めてから、他人としか思えない『禁書目録』の事を知ってから、一睡足りても安らかに眠れなかった。

 夢の中でさえ自分の内に眠っている『禁書目録』に怯え、一時足りても安心出来なかった。

 そしてこの本物と思われる少女を前にして、恐怖を覚える前に絶望し、セラはあらゆる望みを諦めた。

 あれは根本的に自分とは違う生き物であり、自分が想像していた恐怖を遥かに上回る存在だと感じて――。

 

「……でも、これで安心かな。攫われちゃったけど、自力で何とか出来るんでしょ? ……あー、出来る事なら、痛くしないようにして欲しいな。また死ぬのは怖いし――」

 

 怖くて、涙が勝手に零れる。命乞いが通じる相手なら、セラはみっともなくても実行していただろう。

 けれども、『禁書目録』になった少女は――無言で首を横に振ったのだった。

 

 

 

 

 ――目の前の『ボス』が繰り出したスタンドは、あの夜のバーサーカー戦で一目見た冬川雪緒の純白の人型スタンドであり、見るからに近距離パワー型と言った出で立ちだった。

 

(前世でのあの『スタープラチナ』じみた超パワー超スピードのスタンドじゃない事を喜ぶべきか、別の能力になっている事を嘆くべきか……!)

 

 スタンド使いとは多種多様に富んだ能力者であり、強弱の概念は基本的に無いが、得意分野と不得意分野があって然るべきである。

 自分こと秋瀬直也にとって、一番不得意なスタンドは――コイツのような正統派のスタンド、それもガッチガチの近距離パワー型に他ならない。

 

(このスタンドから生じた冷気――『ホワイト・アルバム』のような凍結なのか? あれほど防御性能は無さそうだが、殴ったこっちの拳が砕けるとかだろうなぁ……)

 

 殴る際は本体か、拳に高圧縮した空気の膜を纏う必要があるだろう。

 そして頼みの綱の『ステルス』はこの男には通じない。前世にしても、タバコの吸い殻を撒かれて居場所を察知され、超高速のラッシュで『ステルス』をぶち抜かれて窮地に陥った記憶がある。

 コイツ相手に風の能力が一時的足りとも使えなくなるのは致命的であるので――『ステルス』を使う事は死を意味する。

 

 ――かつん、かつん、と、奴は悠然と歩み寄って止まる。

 距離は目測で十メートル。掛かって来いという事か――遠慮無くぶちのめしてやる……!

 

「――『ファントム・ブルー』ッッ!」

 

 掛け声と共に『ファントム・ブルー』を繰り出して疾駆させ、奴もまた同時に駆け抜けて冬川のスタンドを前に出す……!

 正統派のスタンド相手に真正面から撃ち合うのは御免だが、それでも一発真正面から打ちのめさないと気に食わない……!

 

「ウゥゥラアアァ――!」

 

 高圧縮した空気の膜を拳限定に纏って連打する。無数に繰り出された拳は互いのスタンドの拳の突き(ラッシュ)によって相殺され――何発かは此方が押し負けた。

 

(――ちぃ、能力使用してもパワーが覆らねぇか……!)

 

 風の守護を貫いて、両拳に凍えるような冷気が浸透する。

 ラッシュの最中、奴は不意打ち気味にローキックを繰り出し、同じく此方も足を浮かして受け流し、生じた隙を見計らって鋭い手刀を奴の頸動脈目掛けて走らせ――掠めて鮮血が舞う。

 

「ヌゥゥ!?」

 

 奴は一旦退いて、首筋に手を当てて負傷の具合を確かめ――傷口を凍結し、出血は最小限に抑えられてしまった。げっ、そんな使い方も出来るのか……!

 軽い凍傷になった指先を舐めながら、割に合わない成果だと目を細める。

 

「――本当に油断ならないな。そんな隠し玉を持っていたとは」

 

 心底感心したように、というよりも、奴は更に警戒心を高める。

 

(そりゃ前回のテメェのスタンドはスタープラチナ並だったからな。防戦一方でまともな打ち合いにはならなかったさ)

 

 スタンドのスピードはほぼ同速、パワーは圧倒的に負けており、風の能力の補助ありでも打ち負ける。

 それなのに奴のスタンド能力は未だに未知数――底が全く見えていないという有様だった。

 

(……これだから地力で負けている近接パワー型の相手は苦手だ……!)

 

 とりあえず、まともに戦って持久戦に持ち込まれてたら、此方の敗北は必至――脳裏に『矢』が過るが、即座に振るい払う。

 

(――解らない事がある。何故、アイツは冬川雪緒のスタンドを使えるのか? 死体に乗り移って寄生しているという事実も気になる。――アイツの『殺されたら十秒間巻き戻る』能力はどうなっているんだ?)

 

 それは、絶対にこの戦闘中に解き明かさなければならない謎であると、自分の直感が警鐘を強く鳴らしている。

 

(スタンドは一人につき一体――奴が奴自身のスタンドを繰り出さない処を見ると、奴のスタンド能力が変異している?)

 

 その過程が猿から人間の進化並に不可解であり、頭を悩ませる。何故、あの最強を誇るスタンドを捨ててまで、こんな能力になっているのか――?

 

「――ふむ、互いに迂闊な接近戦は挑みたくないが故の硬直か。そうだな、前世でも散々だった。貴様とそのスタンドは何をしてくるか解らない」

 

 間合いを離しながら、『ボス』は此方に身体の向きとスタンドを向けながら語る。

 ……非常に嫌な予感がする。何か仕掛けてくるか――? その前に突撃するべきか、それともその手口を確かめてから逆手に取るか?

 

「ご期待に答えて、此方から仕掛けようじゃないか」

 

 奴は徐ろに道路の道端にあった何かを破壊し――って、消火栓じゃねぇか……!?

 際限無く噴き出る水という幾らでも凍らせられる最大の武器を手に入れた『ボス』は極悪に笑う。この野郎、何て事を思い付くんだ! 水と氷、これほど相性の良い物は他に無いだろう……!

 

「――ッ!?」

 

 水の一部が空中で凍結し、氷柱型となり――此方に向かって飛散する。

 一つ二つなら大丈夫だ。殴り飛ばして防げるが、これが十、二十、三十と次々と際限無く繰り出されてしまえば対処出来なくなって圧殺される……!?

 

「ウウゥゥララララララララ――ッ!」

 

 必死に殴り飛ばしながら対処法を考える。目前の死が見え隠れする。不味い、この状況は非常に不味い……!

 咄嗟に対処方法が思いつかず、スタンドを手元に戻して装甲して更に『ステルス』を使って逃げる。長い時間の使用は能力使用が不可能になるので、一旦隠れて風の能力を温存しなければ――。

 

「――フンッ、今更その『ステルス』如きを見破れないと思っているのかァッ!」

 

 『ボス』は膨大な水を瞬時に宙に巻き上げて――天高く舞い上がってから凍結した氷柱は広範囲に降り注いだ……!?

 

(ぐぅぅぅ――!?)

 

 こんな不条理な面攻撃、防げるか……! ひらすら防御に徹しながら全力疾走で逃走し――降り注いだ氷柱から此方の居場所を割り出した『ボス』は一メートル大の氷柱を手元で生成し、全力で殴り飛ばして来た!?

 

「がァッ!?」

 

 見事に被弾して吹っ飛び――完全に防御して怪我などは無いものの、『ステルス』が全部剥がされ、暫く能力使用が不可能となってしまった……!

 

「おやおや、どうしたんだ? 秋瀬直也。随分と苦しそうな顔をしているが――?」

「……っ!」

 

 ぎりぎりと歯軋りしながら、オレは追い詰められた事を認め、何としてもこの苦境を凌がなければならないと、全力で焦る。

 引き攣って脂汗が滲み出ている。それでいて、今は四月にも関わらず、此処は氷点下の気温が如く寒かった――。

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』 本体:冬川雪緒
 破壊力-A スピード-B 射程距離-C(2m)
 持続力-B 精密動作性-C 成長性-E(完成)

 『ホワイト・アルバム』と同規模の凍結能力を持つスタンド。
 スタンドそのものの温度が極端に低い為、迂闊に攻撃すると凍結してしまう。

 本体にとってもこのスタンドは寒いので、冬川雪緒は夏だろうが常に厚着だった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53/正義の味方

 

 

 ――ミサカネットワーク。

 

 それは二万体の『妹達(シスターズ)』の電気操作能力を利用して作られた脳波リンクであり、彼女はその電子の海の中に産まれ落ちた。

 言うなれば、バグみたいな存在だった。巨大な並列コンピュータに匹敵する演算機能を掌握し、唯一人だけ『超能力者(レベル5)』の能力行使を可能とする不確かな存在。

 

 ――彼女が外部の研究者に観測されたのは、ミサカ00001号が『一方通行(アクセラレータ)』と相討ちになった時である。

 

 彼女は『とある魔術の禁書目録』の物語を知っていた。

 最終的に『妹達』は10031人の犠牲で救われる事を熟知していたが、それでも一万人近い死は余りにも多すぎる。

 彼女は自身というイレギュラーな存在の介入によって、その工程を破滅的に短縮出来るのでは、と考えついた。

 

 まず『一方通行』が参加した『絶対能力進化(レベル6シフト)』は、第三位の超能力者『超電磁砲』を128回殺害する事で『一方通行』が絶対能力者に進化する。

 ただし、学園都市でも七人しかいない超能力者を128人も揃える事は不可能であり、代用品として量産型能力者計画の『妹達』を二万体揃える事で代用している。

 だが、彼女は超能力者に匹敵する能力を持っていた。彼女自身が死ぬ毎に個体を乗り換えて128回戦闘すれば、10031人の犠牲は128人の犠牲で済む。

 

 ――その当時の彼女はそれでも多すぎると欲張り、記念すべき第一次実験の時に『一方通行』の殺害を目論見て、これが見事成功してしまう。

 

 唯一人の犠牲で、この巫山戯た計画を頓挫させ――彼女は致命的な間違いを犯した事に、この当時は気づいていなかった。

 この予想外の結果に、研究者達は全力で調査し、ミサカネットワークに漂う彼女の存在が明るみになる。

 その最大最悪のバグ――『異端個体(ミサカインベーダー)』はあろう事か、上位個体であるミサカ20001号『最終信号(ラストオーダー)』の直接指令すら、彼女を乗っ取る事で却下出来る存在であり、反乱防止の安全装置としての役割が果たせない事を、学園都市の研究者達に突き付ける。

 

 ――彼女は、『異端個体』は学園都市の闇を致命的なまでに甘く見ていた。

 制御不可能と判断された『異端個体』を始末する為に、『妹達』全てに廃棄命令が下され、実際に即座に実行された。

 

 青天の霹靂とはまさにこの事であった。

 『異端個体』は必死に抵抗したが、彼女が守れるのは彼女が乗り移った個体ぐらいであり、一切の慈悲無く『妹達』は処分され続け――彼女は最後の一体となってしまった。

 此処まで来れば、もう手を下すまでもない。野放しの複製体の寿命がどれほど短いか、実際に観測して待ち侘びるだけだった。

 

 ――唯一人になった彼女は失意の内に嘆く。どうしてこうなってしまったのかと。

 

 最小限の犠牲で終わらせようとして、二万人全部処分される事態に発展するなど笑い話にもならない。

 無能な働き者と、彼女は自分自身を自己憎悪し、絶望のどん底の只中にて寿命死した。

 

 ――これが救世主になろうとしてなれなかった、彼女の辿った報われない物語である。

 

 

 53/正義の味方

 

 

「ふむ、この『歩く教会』がどのような論理(ロジック)であのような堅牢な防御性能を誇っているのか、科学的に分析すればどのような結果になるか、実に興味深い」

「……うわぁ、女の子の衣服を剥いで服の方にしか興味持てないとか、ミサカ超引いちゃうー」

 

 記憶喪失の『禁書目録』から剥ぎ取った白い修道服『歩く教会』を、『博士』は手触りを確かめたり、物理的な手段で本当に傷付かないのか、手探りで試している。

 その変態じみた光景に、『異端個体』はジト目で咎めた。

 ちなみに記憶喪失の『禁書目録』は現在意識不明で尚且つ下着状態、襲撃者に備えて全員配置させてなければ、いつ下っ端に襲われても可笑しくない破廉恥な格好である。

 

「あれの記憶している十万三千冊の方も興味深いがね、それは『プロジェクトF』で解析出来るだろう?」

「反逆されるフラグでしかないと思うけどー? 前回の失敗から何も学んでないねぇ『博士』」

「いやいや、勿論学んだとも。記憶だけは完全な状態で、肉体面では不完全に調整すれば良いのだろう? 第八位の複製体で其処ら辺のノウハウは掴んだとも」

 

 『異端個体』は「うわぁ」とマジ引きする。

 最近、出来上がった複製体が四肢欠損しているような異常な障害者ばかりだと思ったが、どうやら意図的だったらしい。

 

「そんな方面にばかり力入れているから、完全な複製体を作れないんじゃない?」

「あれの死体さえ手に入れば、完全なる『プロジェクトF』は完成する。ならば、今は下準備を整えるのが最上であろう?」

「取らぬ狸の皮算用って言葉、知ってる?」

 

 研究に対して一途なまでに精力的というか、純粋というべきか――頭の螺子が百本は外れている『博士』は不思議そうに彼女を眺めた。

 

「何だ、此処では絶対に負けないと言ったのは君だと記憶しているが?」

「十中八九、仕留めれると思うよ。第一位様もそれでお陀仏だったしー……」

 

 自分で言って嫌な事を思い出したのか、『異端個体』のテンションは極限まで下がって、飄々としている表情は曇る。

 事情を知っている『博士』はそれに触れず、『歩く教会』弄りを再び始め――侵入者の来訪を告げるサイレンは喧しく鳴り響いた。

 

「おっと、やっと来たみたいね。それじゃミサカは行くねー」

 

 一転して感情が切り替わり、狂々とした顔立ちで彼女はこの場から立ち去る。

 その様子を見ながら、『博士』はビーカーに淹れたコーヒーに口を付けた。

 

「――二万人の死の贖罪か。統計上の数字過ぎて、儂には理解が及ばぬがのう」

 

 

 

 

 ――生まれ故郷はイギリスの農村。

 

 嘗ての故郷である日本の空気とはまるで違ったけど、それでも人並みの幸せが其処にはあった。

 二度目の人生という奇異極まる状況とは裏腹に、其処は余りにも平和過ぎて、セラ・オルドリッジは此処が嘗て産まれた世界の過去であると勘違いした。

 

 ――小さな差異、と言えば、自身が一種の記憶障害、一度覚えた者は絶対に忘れられない完全記憶能力が備わっている事ぐらいであり、セラはそれを勉学に役立つ程度の意識しか無かった。

 それが彼女の運命を大きく狂わす事など、知る由も無い。

 この世界が『とある魔術の禁書目録』の世界であると発覚した時には、既に手遅れだった。

 

 ――結論から言えば、彼女は十歳の時点で完全記憶能力者である事を『必要悪の教会(ネセサリウス)』の魔術師に見初められ、十万三千冊の魔道書を記憶する生きる博物館『禁書目録(インデックス)』に仕立て上げられた。

 

 ――転生者としての記憶を消される前に、セラ・オルドリッジは幾つもの布石を遺した。

 『自動書記(ヨハネのペン)』による『首輪』を破るには十万三千冊以外の知識が必要だと、『首輪』の魔術理論を自力で解かれない為に意図的に検閲された魔道書が必要であると――様々な方法で記憶喪失後の自分に伝わるよう、布石を遺した。

 

 ――そして、数々の布石は次の世界で花開き、セラ・オルドリッジは嘗ての自分を取り戻す。

 

 余りにも遅すぎる帰還であった。

 彼女を知る者は誰もなく、彼女が知っている者もまた誰も居ない。

 まるで世界と断絶されたの如く孤独だった――。

 

 

 

 

「――邪魔だッ! どけぇッ!」

 

 狭い通路には、遅滞戦闘を行う迷彩服の武装兵士が数多く配置されており、マギウス・スタイルのクロウ・タイタスは真正面からの強行突破を敢行する。

 この状態の彼は多少の銃火器を浴びた処で、傷一つ付かない。腐っても『マスターオブネクロノミコン』の彼の侵攻を阻むに至らない。

 

『クロウ、デカいのが出て来たぞ!』

「ちぃ、噂の駆動鎧(パワードスーツ)ってヤツか!? ――ドラム缶?」

『おい馬鹿やめろ。変なキ○ガイを思い出しただろうがぁッ!』

 

 二体の駆動鎧を装甲した敵は、人間では到底扱えない重火器を装備しており――脅威を感じ取ったクロウ・タイタスは全面に防御魔術を構成しながら、銃剣付きの対物ライフルを構える。

 

 ――生身の人間なら、一瞬にして蜂の巣になりかねないガトリング砲を防御魔術が受け止め、クロウはクトゥグァの魔弾を二発撃ち放った。

 

 結果など見るまでも無い。装甲が厚いだけの鉄の棺桶の胴体を真っ二つに両断して過剰殺傷し――クロウは壮絶に舌打ちした。

 この魔都で生きるからには殺し合いなど日常茶飯事だが、それでも普通の人間に過ぎない敵を殺すのは永遠に慣れない。

 胸糞悪い感触が体内に駆け巡り、行き場無く蟠って彷徨う――。

 

「……アル・アジフ。シスター、いや、セラの居場所は?」

『まだ遠いな。――飛ばし過ぎているぞ。敵地のど真ん中で魔力切れになっては洒落にならんぞ?』

「わぁかってるよ……」

 

 焦燥感を抑え込み、クロウは自らの思考に冷静さを取り戻そうとする。

 幾ら十四歳のちんちくりんでも、女は女。人質の身が綺麗である保証は何処にも無い。

 それに此処の連中は、人体実験など非人道的な所業を何の躊躇無く実行する人でなし揃いだ。否応無しに焦る。

 一分一秒でも早く辿り着くには――感情を制御し、冷徹なまでの意志力が必要だ。

 

 ――地下施設に、重苦しい震動が轟く。恐らくは、別方面での『過剰速写』だろう。

 

「あの野郎、派手にやってやがるな。此処が陥没する勢いだぜ――急ぐぞ、アル・アジフ!」

『応とも!』

 

 

 

 

「――私では八神はやてを、クロウちゃんを救えない」

 

 『禁書目録』になった彼女は、悲しげに呟いた。

 十万三千冊の知識があっても、『魔神』の如き力があっても――彼女は八神はやてを、クロウ・タイタスを『魔術師』の手から救えないと吐露する。

 

「……でも、貴女は可能性を示した。あの神咲悠陽と争わずに済む理想的な未来を提示した。それを実現出来るのは、現状では貴女しかいない」

 

 確かに、その交渉を実現出来るのはセラ・オルドリッジしかいない。

 だから身を引く――? セラは信じられず、自分ではない自分の本音を探ろうとし、即座に思い至る。

 

「……それまでは、私の存在を許すって事? はは、終わったら役目御免でアンタに消されるのに?」

 

 流石は記憶を失っても自分だと、その腹黒さを褒めてやりたいぐらい、セラは嘲笑った。交渉の余地の無い脅迫だと同時に泣きたくなった。

 

「――私の目的は、貴女の記憶を取り戻す事。それはあの吸血鬼の御蔭で達成された。けれども、私には一つだけ未練がある」

 

 『禁書目録』になった少女の姿が徐々に薄れていく。

 完全に消える寸前、彼女は『禁書目録』になってから唯一、心の底から望んだ事を口にした。

 

「――クロウちゃんを、助けてあげて」

 

 目を見開いて、セラは消え果てた『禁書目録』の儚い願いを、信じられないものを聞いたような顔で聞き届けた。

 

「……なっ、巫山戯てるの!? 来る訳無いじゃない! 貴女ならまだしも、今の私を助けに来る訳無いじゃない……! 今、この場において助けて欲しいのは私の方だよっ!」

 

 

 

 

 ――そして、目覚めたセラは、当然の如く孤独(ヒトリ)だった。

 

 光さえ無い一室に監禁され、『歩く教会』を剥ぎ取られて下着姿、手首は後ろに拘束されるという無力な少女には不似合いの厳重な具合である。

 

(……アイツが、私を助けに来る訳無いじゃん――)

 

 冷たい地面に顔を押し付けながら、セラは時折響く謎の震動に疑問符を浮かべる。

 よくよく耳を澄ませば、それは爆発音と銃声であり――『此処だ、クロウ!』と、聞き覚えのある声と同時に扉が蹴り破られ、全身血塗れになったクロウ・タイタスが、セラの前に現れたのだった。

 

「よぉ、涼しそうな格好だな」

「……やぁ。デリカシーの欠片も無いね」

「ほっとけよ。これでも結構気にしてるんだぜ?」

 

 クロウは彼女の背後に回り、手首の拘束を一息で両断する。

 よくよく見れば、クロウの身体の血は返り血だけではなく、自分自身の負傷も処々含まれていた。

 

「『歩く教会』を剥ぎ取られた以外は無事なようだな。んじゃ、帰ろうぜ」

 

 クロウの何気無い一言に、セラは表情を曇らせた。

 その言葉は自分のものではなく、『禁書目録』だった彼女のものだ。自分に向けられたものではないと、彼女は自分自身に必死に言い聞かせる。

 

「――助けに来たのは、貴方の言う、シスターの為……? そんなにボロボロになってさ……」

「……何言ってんだ。攫われたら、誰だって助けるに決まってるだろ。シスターの事は、今は後回しだ」

 

 だから、続くその言葉に抗う手段は無く、彼女の涙腺は一気に崩壊した。

 誰も彼女を助けてはくれなかった。記憶が消される寸前も、誰一人助けに来なかった。心底望んだものが此処にあって、嬉しくて悲しくてセラは泣き崩れた――。

 

 

 

 

(……良しッ、奴の風は全部剥ぎ取った。五分は再展開出来まい。後は――)

 

 この機会に徹底的に追い詰め、『矢』を使わせるように仕向けるのみである。

 秋瀬直也は気づいていないが、『彼』と自身のスタンドは共有している。秋瀬直也が自身のスタンドを『矢』で射抜けば、自動的に『彼』もまた『矢』で射抜かれた事になる。

 

 ――同時に二人のスタンドがレクイエム化する事態となる。

 だが、『彼』は自身の勝利を何一つ疑っていなかった。嘗ての最強無敵の能力を取り戻し、更にその先にある領域に辿り着く。

 それでいて秋瀬直也のスタンドに負ける道理など何処にも見い出せない。

 

(元々、奴と『オレ』との戦いに決着は着かない)

 

 秋瀬直也をこの手で殺せば、自殺扱いで十秒間巻き戻ってしまう。それは在り得ない事だが、秋瀬直也が『彼』を殺しても同じ事だ。

 この切っても切れない因縁は、最早『矢』でしか清算出来ないのだ。

 

 ――『彼』は消火栓から湧き出る無尽蔵の水を使い、この場に猛吹雪を巻き起こす。

 三河祐介の時とは違い、幾らでも凍らせられる水が手元にある今、スタンドパワーを損ねる事無く能力を持続出来る。

 極寒の地獄が此処に顕現し、春着だった秋瀬直也の体力と体温を間接的に奪い続ける。

 

(しかし、懸念がある。果たしてこのまま追い詰め続けて、秋瀬直也が素直に『矢』を使うだろうか――?)

 

 あれの根性は筋金入りであり、実際、最期まで妥協しなかった。

 前世での忌まわしき結末を思い出し、『彼』の胸の内に怒りが灯る。だが、これは重大な事である。

 最期まで『矢』を使わず、自分と相討ちになる結末を選んだくらいだ。そのスタンドさえ、『矢』を最期が通り過ぎても手放さなかった。

 

(――何か一手、奴を一押しする一手が必要、なのか――?)

 

 奴自身を追い詰めるだけでは足りない。もう一つ、別の要素で秋瀬直也を精神的に追い詰める必要性を感じる。

 奴自身の死では駄目だ。彼は自身を犠牲に出来る人間だ。自己犠牲だとか蛙の糞に劣る低俗な概念など『彼』には理解出来ないが、その自暴自棄の恐ろしさは身を持って体験している。

 

 ――生成した氷柱を飛ばして断続的に攻撃しながら、『彼』は必死に思考を回す。

 

 家族を人質にする? 否、足りないし、今すぐ用意出来ない。所詮は二回目の両親、秋瀬直也が幾ら甘くても感情移入しているかが問題となる。

 町の人々を盾に取る? 否、不十分だ。あれは博愛主義ではない。正義の味方でもない。無関係な人間程度では揺るがない。

 

 ――『彼』が必要としているルールは、彼が自分以上に大切だと認識している者。これに他ならない。これに該当する者が果たして存在しているか、どうか――?

 

「――ぐッ!?」

 

 思案している内に、秋瀬直也は致命的なミスを犯した。

 凍えて自由の利かなくなった足ですっ転び、致命的な隙を晒した。一回殺して時間を巻き戻して考え直そうと、巨大な氷塊を生成して奴の頭上に放り投げる――。

 

「……っっ?!」

 

 同時に押し潰される激痛を覚悟しながら、『彼』自身も身構え――されども、氷塊は木っ端微塵に砕け散った。

 

「――あら、随分と苦戦しているじゃない」

 

 ――居た。恐らく可能性があるとすれば、彼女に他ならない。

 

 秋瀬直也と同年代の少女、赤髪のポニーテールを揺らす豊海柚葉の出現を、『彼』は心から狂気喝采した――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54/悪の華

 

 

 

 

 ――寸前の処で巨大な氷が破壊され、オレは何とか九死に一生を得る。

 季節外れの白銀の世界に、自分と同年代の赤髪の、白い制服を着た少女は軽やかに降り立った。救いの女神というよりは、混沌とした空間に更なる不条理を齎す邪神じみているが――。

 

「……助かったよ」

 

 どういう方法で、あの巨大な氷塊を破壊したかはこの際問いている暇は無い。

 今は全力で目の前に居る『ボス』を、何としてでも倒さなければならない――。

 

「それで、あれのスタンドの正体は?」

「奴の正体は前に話した『殺したら十秒間巻き戻る』というスタンド使いだ。だが、どうも様子がおかしい。今、奴が使っているのは冬川雪緒のスタンドだ。能力的には『ホワイトアルバム』に匹敵する凍結能力を持っているとしか言えない。――奴自身のスタンド能力が変質している可能性がある」

 

 これらは奴に聞かれぬよう全部小声で「少なくとも、死した冬川雪緒の死体を操れる能力が付随されている」と伝える。

 

「――奴を殺せるか?」

「スタンド能力で十秒間巻き戻るなら殺し切れないけど、一回殺すだけなら容易いと思うわ」

「そうか、じゃあ殺してくれ。その直前に違和感を覚えたら戻って十秒間、時間を置くんだ」

 

 ……我ながら恐ろしい会話だなぁと思う。

 なのはがこの場に居なかったのは逆に幸いだったかもしれない。

 

「オレの方の能力はあと三分間は使えない。その間の援護は期待しないでくれ」

「問題無いわ。私が此処に辿り着いた時点で勝利は揺るがないしねぇ」

 

 

 54/悪の華

 

 

 ――これが豊海柚葉。

 

 魔都海鳴の事実上の支配者である『魔術師』が絶対に排除すべき敵対者と断定しながら、今の今まで直接的に手出ししていない唯一無二の存在。極めて稀な例外(イレギュラー)。

 

(……何だ、どんな怪物かと思いきや、単なる小娘ではないか。この分だと『魔術師』の器も知れるというものだ……!)

 

 氷塊を破壊した能力については解らなかったが、『彼』は単なる九歳の少女であると侮る。

 いや、逆にこれは厄介かもしれない。スタンドで少し撫でただけで殺せてしまいそうだ。――秋瀬直也の復讐心を煽るのならば、殺しても問題無いかと『彼』は即座に判断する。

 『氷天の夜』によって顕現した白銀の世界を、白い制服を着た赤髪の少女が無造作に歩いて行く。

 近寄ってくるなら僥倖だ。即座に縊り殺してやろうと『彼』も歩もうとした瞬間、くいっと、彼女は指を軽く折り曲げる仕草をした。

 

「――っっ?!」

 

 同時に『彼』の、冬川雪緒の首が不可視の力によって締め上げられ――藻掻く間も無く、首の骨が叩き折られて絶命する。

 『彼』のミイラ化したスタンドは訳の解らない内に、強制的に冬川雪緒から這い出させられるのだった――。

 

『――『負け犬の逆襲(アヴェンジ・ザ・ルーザー)』ッッ!? 早く巻き戻せエエエエエエェ――ッ!』

 

 即座に『彼』は自らの素っ首を切り飛ばし、自殺して能力を発動させ――十秒前に巻き戻った。

 

 首は、まだ折られていない。豊海柚葉は悠然と歩み寄ってくる。

 

(……な、馬鹿な……!? こんな一瞬で殺されただとッ!? あの小娘風情に、この『オレ』が……!)

 

 無造作に近寄ってくる彼女を、『彼』は全力で後退して距離を取る。

 全身から気分の悪い脂汗が止め処無く流れ出る。この少女にしか見えない何かの恐怖の片鱗を味わい、『彼』は激しく動揺する。

 

「――ふむ? 一回巻き戻ったようね。どうやら『殺したら十秒間巻き戻る』能力は健在のようねぇ」

 

 ――にたり、と、童話の悪魔や魔女、否、魔王の如く邪悪な微笑みを少女は浮かべる。

 

(……小娘、だと? これの何処が小娘だ……ッ!)

 

 侮り、慢心、油断、それら全ての感情が吹っ飛び、目の前の少女みたいな何かは秋瀬直也を遥かに凌駕する脅威であると『彼』は認識する。否、せざるを得なかった。

 同時に認めたくなかったが――彼女は、自分を上回る巨悪ではないかという疑念が、脳裏に過ぎった。

 吐き気を催す邪悪が正義の味方に倒される法則などこの世界に無いが、悪党はより強大な悪党によって踏み潰されるのが世の常。この小さな女の邪悪の底は、全く見えなかった。

 

(一体何をされた……!? いや、違う。そんな事を悠長に解明する暇は無い。不可視の力で首を折られた。射程は不明だが、明らかに此方より長い――!)

 

 『彼』はスタンドを前面に置き、全力で警戒する。

 念力などの不可視の力ならば、同じようなスタンドで対抗出来るか――試してみる必要があった。

 

(いや、それを試すのは後だッ! 今は――!)

 

 ――『彼』はスタンドを盾にしたまま、一直線に駆け抜ける。奴等は自分の能力の発動条件が他殺から自殺に変わった事を知らない。

 巻き戻りを一回自覚した彼女は『彼』の殺害ではなく、無力化させる事に力を入れる筈だ。

 

(訳が解らんが――あの女が九歳のガキである事は変わるまい……!)

 

 接近戦ならば、如何に不条理な力を持っていたとしても、見た目程度の身体能力であろうし、近接型のスタンドである『氷天の夜』のパワーとスピードを凌駕する事など不可能――そう思っていた時期が、『彼』にもあった。

 

「……え――?」

 

 ――気づけば、四肢が全て切り飛ばされ、達磨になった『彼』は地に転がり落ちており、豊海柚葉に冷然と見下された。

 

 彼女のその澄ました顔に拳を突き落とそうとした刹那、不可視の超速度で、何か恐ろしく鋭利なもので切断された――四肢の傷痕は出血しておらず、須らく焼け焦げていた。

 

「……な、何なんだこれはアアアアアアアアアアァ――ッッ!?」

 

 即座に身体を捨てて、自身のスタンドの首を掻っ切り――また十秒前に巻き戻る。

 

「――ハァ、ハアァッ、ハァッ……!?」

 

 まるで悪夢だった。過呼吸の様子の『彼』を豊海柚葉は楽しげに見て――「あらあら、凄い顔。二回殺されたのかしら?」とずばり言い当ててみせた。

 

『――この私を倒すような勢力があるとすれば、それは彼女に他ならない』

 

 冬川雪緒が記憶する、『魔術師』神咲悠陽の、豊海柚葉への評価がそれだった。

 

 此処に至って、『彼』は『魔術師』が豊海柚葉に挑もうとせず、石橋を叩いて渡るが如く慎重に調査を重ねて来た理由を身を持って実感する。

 この未知数の魔物の実態を掴めるほど、『魔術師』の危険察知の嗅覚は確かなものであり、魔都に君臨する化物の異常さを『彼』に思い知らせる。

 

 ――この理不尽さには覚えがあった。そう、一番最初に能力が発現した、あの運命の夜である。

 

 『彼』はひたすら殺され続けて、唯一度も諦める事無く抗い、遂にはあの殺人鬼を凌駕した。

 其処で手に入れた技術の全てが、後の『彼』の人生の栄光を確かなものにした。

 この目の前の少女の姿をした魔王こそ『彼』の前に現れた最後の試練であり、この人生最大の未曾有の脅威を乗り越えた時、自分は間違い無くこの世の頂点に立てると確信する。

 

「……くく、ははは、ははははははは――!」

 

 故に、その瞬間を以って引き攣った顔は瞬時に狂気喝采のものへと豹変し――『彼』は精神的に立ち直った。

 

 ――『彼』は無限回挑んで、唯一回の勝利をその手にすれば良い。

 

 自殺する事でのみ十秒間の時間を巻き戻す能力が発覚しない限り、『彼』の勝利は約束されたようなものであり、彼は喜んで死に続けた――。

 

 

 

 

 ――フル装備の『過剰速写』は遭遇する全ての敵を射殺しながら突き進んでいく。

 

 セラ・オルドリッジの救出を最優先するクロウ・タイタスとは違って、『過剰速写』の目的は敵対勢力の鏖殺であり、一人残らず生かす気は無かった。

 

(武装した無能力者と駆動鎧だけか。この程度なら能力の行使を最小限に留められる)

 

 未だに『異端個体』は現れず、悲鳴を踏み躙りながら蹂躙していく。

 当然ながら、武装した程度の兵の攻撃など、『過剰速写』に通用する訳が無く――一人一人、能力の使用と弾の消費を最小限に抑えて葬られて逝った。

 

「――手榴弾だっ、手榴弾を投げろッ!」

 

 即興のバリケードに隠れながら、計四個に渡る手榴弾が投げられ、その全てに『停止』を施しながら『過剰速写』は足で受け止め、手早く四回蹴り上げて返却し、相手の足元で『停止』を解除する。

 

(……能力者が全く居ないのが気掛かりだな。尽きたのか?)

 

 特定音波の調整で爆発音を聞き流しながら、『過剰速写』はひたすら前に進み続ける。

 大能力者(レベル4)以上の能力者がいれば、流石の彼も少しは手間取るが――本拠地だというのに出てくる気配すらない。

 

(それどころか、全員が無能力者――というよりも、学園都市で能力開発が行われていない現地人ばかりだ。一体能力者は何処に消えている?)

 

 直感的に、嫌な予感がした。探ってはならないと、今現在考える事ではないと、理由無き拒絶反応が警鐘として発する。

 

(……此処は――)

 

 そしてその原因の一端は、偶然か、必然か、彼の前に現れる。

 ――『超能力者再現(レベル5リライブ)』、その部屋名には見覚えがあった。『過剰速写』が製造され、此処から脱出した――。

 

「――」

 

 ――飛び切り嫌な予感がした。

 

 部屋には意外にも多くの生命が蠢いている。十、二十、否、三十は居る。

 

 ――無視して別の場所に行けと、心の中の何かが全力で告げている。

 

 この部屋の生存者を生かす訳にはいかない。研究者なら尚更だ。アサルトライフルの弾倉を再装填し、『過剰速写』は直感に逆らって扉を蹴り破る。

 

「……っ」

 

 培養器に浮かぶ四肢欠損した誰か、四肢を拘束されて解剖されたまま放置された誰か、脳味噌だけで浮かんでいる誰か、誰か誰か誰か――。

 これが不特定多数の誰かであるのならば、趣味が悪い程度の感慨しか思い浮かばなかっただろう。この手の凄惨な光景は学園都市で見飽きている。

 だが、これが自分の複製体――否、同じ複製体であるという事実は、格別な衝撃を齎した。

 

「――最悪。となると、他の能力者も同じ境遇か……」

 

 同じ世界出身の者でありながら、その世界の者にとって天敵とは悪辣過ぎる事態である。

 性質の悪い事に、これら全て、どう見ても生きていないような個体さえも、僅かながら生きている事実が吐き気を催す。

 培養器に浮かぶ四肢欠損した個体は、此方に目を向け、端的に三文字を呟く。その言葉は声にならずとも、彼には理解出来てしまった。

 恐らく『過剰速写』も同じ立場ならその三文字しか呟かないだろう――。

 

「……ああ、殺してやるとも。今、楽にしてやる」

 

 バッグに詰め込んだ手榴弾の全てを一斉に投げて、自分の別の可能性に弔う。一つ間違えれば自分もこうだったのだろう。

 取るに足らぬ劣化品として製造され、解剖されるだけの実験動物――深い憎悪が滾る。一人残らず生かして帰すかと、改めて決意を新たにする。

 

 バリケードを作って応戦しようとする兵士、逃げ惑う研究者達を一顧だにせず鏖殺し――際立って開けた場所に辿り着く。

 

 地下にも関わらず、広々とした空間であり、病的なまでに真っ白――その中心に、白い迷彩服を着用した『異端個体』は、悠々と待ち侘びていた。

 部屋に踏み入れると同時に扉が閉まり、『異端個体』の背後の出口も封鎖され、完全な密室になる。

 

「やぁやぁ、生まれ故郷に帰って来た気分はどうかなぁ?」

「一人残らず鏖殺する決心が改めて出来たよ」

 

 彼女の手元には専用武装であるガトリングレールガンが無く、挑発的な言葉とは裏腹に『過剰速写』は警戒心を顕にしていた。

 同じ相手と三度も戦う経験など、まず在り得ない。それが二度殺した相手となれば尚更の事である。

 もう彼女は『過剰速写』の『時間暴走(オーバークロック)』を理解しているだろうし、その限界すら掴みつつあるだろう。

 無手の状態で何の勝算無く現れる筈が無い。胸騒ぎが止まらなかった。

 

「一応聞いておくけど、ミサカ達と手を組む気は無い? ぶっちゃけ君さえ協力してくれれば私達はこの魔都の天下取れるんだけど?」

「興味ねぇよ。テメェ等は一人残らずぶち殺されろ」

 

 ぱちぱち、と『異端個体』の周辺に蒼い電流の火花が異常に散っている。だが、それを此方の攻撃に向ける様子は無く――嗅いだ事の無い異臭が鼻に付いた。

 

「そっか。残念残念。それじゃ此処で死んでよ」

 

 『異端個体』の背中にぶら下がっていたフード付きのマスクを着用し――『過剰速写』は戦うまでもなく膝を屈し、喉を抑えて苦しみ悶えた。

 呼吸が、まともに出来なかった――。

 

「っ?! な、にを……!」

『――これはミサカ10032号でも出来た事だよ? ミサカの頂点に立つ私が出来ない訳無いじゃん』

 

 電気による酸素の分解、及びオゾンの生成――此処が絶対の死地であると察した瞬間、『過剰速写』は息を止めて『異端個体』に背後を向け、閉じた扉を『再現(リプレイ)』で抉じ開けようとし――物理的な手段で溶接され、ぴくりとも動かせない事実に絶望する。

 それどころか、この扉は大量の資材を設置され、この扉を通常手段で開けた処で打開策に成り得ない。

 

『むしろ彼女よりもより効率的に、高速に執り行える。あれは強能力者(レベル3)でミサカは超能力者だからねぇ。一八五手で第三位の『超電磁砲』が敗れるぅ? 特定の場所さえ用意出来れば一手で覆るのにねぇ!』

 

 見るからに堅牢な扉を、『過剰速写』は停止、加速、停滞を用いて破壊力を圧縮し、解放して扉の破壊を試みるが――背後からの十億ボルトの電流が、余裕さえ一切無い『過剰速写』に襲い掛かり、破壊作業を妨害してしまう。

 

「――ぅぅぅぅっっっ!?」

『苦し紛れだったミサカ10032号と違って、ミサカは自由に邪魔出来て、自由に自衛出来るんだよ? ほらほら、もっと脳味噌使いなよ!』

 

 追い詰められた『過剰速写』は即座に最大限の加速を用いて『異端個体』に襲い掛かるも――それは今までの超速度と比べれば余りにも遅すぎて、ひょいひょいと躱される。

 その度に、『過剰速写』の速度は見るからに遅くなり――酸素ボンベ付きのマスクを着用した『異端個体』の目元は無様な獲物を嘲笑っていた。

 

『――さて、これと同じ手で第一位様もお陀仏しちゃったけど、その『一方通行(アクセラレータ)』に勝ったアンタは対抗出来るぅ?』

 

 程無くして、『過剰速写』は立っている事すらままならなくなって地に這い蹲り、呼吸出来ずに苦悶しながらその手を何処かへ伸ばし――何度か痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった――。

 

『――呆気無い結末ねぇ。一方通行の方がまだ抵抗したよ?』

 

 ケタケタ笑いながら、『異端個体』は呼吸困難で死に果てた哀れな死者を見下す。

 此処に決着は着いた。これで魔都海鳴の覇権は、彼女達、学園都市の勢力が掴んだ瞬間であった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55/鎮魂歌(レクイエム)

 55/鎮魂歌(レクイエム)

 

 

 ――何かおかしい。

 

 柚葉と対峙する『ボス』の表情が、妙に自信満々になり――口元が不吉なまでに歪んでいた。

 オレは瞬時に察した。奴がこんな顔をするという事は、もう何十・何百回と繰り返した後で、詰みの段階に来ているのだと――。

 

「柚葉、一旦離れろオオオオオオォ――ッ! 数十回、いや、もう数百回以上繰り返して詰みに来ているぞッッ!」

 

 奴は自身の前面にスタンドを配置し、柚葉に向かって悠然と歩み寄る。

 

「……やはり貴様は気づくか。忌々しいな、秋瀬直也。だが、もう遅い――ッッ! 『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』ッ! 能力を解除しろォッ!」

 

 掛け声と共にこの場を支配していた白銀の世界、凍結能力によって凍らされていたもの全てが瞬時に水に戻り――初めて柚葉の表情に驚愕が奔った。

 

「――っ!」

 

 柚葉は即座に、小学生とは思えない脚力で飛び退き、一瞬遅れて水は凍結し――ほんの一瞬でも判断が遅れていたのならば、足元が凍らされ、動きを完全に封じられていた。

 

 ――そして身動き出来ない、極僅かな滞空時間こそ、『ボス』の詰み手だった。

 

 氷結した氷が液体の如く流動する。バラ撒かれた水の全てが掻き集められ、氷の蛇の如く追跡する……!?

 

(んな馬鹿な、固体の氷でそんな事が出来る訳が――いや、コイツ、水と氷、解除と再凍結を連続して繰り返す事でそれを可能としている……!?)

 

 咄嗟に柚葉はその氷の大蛇に向かって右掌を押し出し、何か不可視の力が着弾すると同時に解除して水になってしまい、再凍結させて幾重に別れた氷の蛇の群体が殺到する。

 

「素晴らしい能力だ、冬川雪緒。もっとも貴様はこの領域まで辿り着いていなかっただろうがなァ――!」

 

 刹那に、柚葉から赤い棒状の光が氷の蛇を全て切り払おうと縦横無尽に一閃され――切り払われる寸前に凍結が解除されて、大量の水が彼女の全身に掛かり、柚葉は瞬時に青褪めた。

 

「――な」

「貴様が未来予知じみた直感を持っている事は既に理解している。その程度の物量ぐらい簡単に切り払われる事もな。ならば、予測出来ても防げない攻撃をするまでの事――!」

 

 彼女を濡らした水分は瞬時に再凍結され、氷の茨となって柚葉を雁字搦めに拘束すると同時にその肢体に喰い込ませ、その全身を浅からず傷付ける。

 

「く、あぁっ!?」

「良い声だ。んん~、毎晩聞きたいほど心が洗われる艶やかな音色だ――」

 

 苦悶する柚葉と繋がれた氷の鎖を奴は冬川雪緒のスタンドでたぐり寄せ――クソッ、やらせるかッ!

 

「――『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』ッッ!」

 

 スタンドを走らせて氷の鎖を横合いから粉砕し、また水に戻って凍結して再構築される前に全余力を使って吹き飛ばす。

 幾ら奴の凍結能力に万能じみた応用性が付随されても、それは奴のスタンドと繋がっている事が第一条件だ。能力解除には至らないだろうが、自由に形状変化はしない――!

 

「なっ、秋瀬直也っっ!?」

 

 窮地に陥って、宙に舞っている柚葉をスタンドで拾い上げて救出するも、氷の鎖を吹き飛ばすのにまた使ってしまったから、これでオレの能力が復活するまでまた五分だ。この状況はヤバすぎる。

 

「……っっ! 解け、ない……!」

「無理するな、千切れるぞ……!」

 

 柚葉は自身を拘束する氷の茨を無理矢理解こうとし、余計肉が食い込んで苦痛に顔を歪ませる。

 

(くそッ、予想通り、奴のスタンドから直接切り離しても、柚葉の氷の拘束は解けてねぇ。此処は一先ず――)

 

 逃走して態勢を取り直そうとした瞬間、奴の予想外の事に焦って動揺していた顔が殺意を漲らせたものに瞬時に豹変し――理由はともかく、時間の巻き戻しがあったと断定して本来跳ぼうとした方向とは逆方向に飛ぶ。

 

「――何ィ!?」

 

 その驚きの声は『ボス』からの声であり――逃走しようとした方向には巨大な氷の壁が立ち塞がり、退路を断たれた。

 いや、そんな事は重要ではない。今、この瞬間に考えてなくてはならない事は……!

 

(……何だ、これは? 今の反応は何だ……!? 殺してないのに、いや、奴を殺す可能性が欠片も無かったのに、明らかに時間が巻き戻っていたような反応をしたぞ――?)

 

 それは今までの戦略が根本から引っ繰り返る発見であり、逃走を止め、オレは全力で『ボス』を注視する。

 そして『ボス』は微動だにせず、冬川雪緒の氷のスタンドで仕掛けもせず――此方の様子を驚くぐらい凝視していた。

 

(スタンド能力が変わっていると思ったが、殺されたら十秒間巻き戻る部分も微妙に変わってやがるのか……!?)

 

 そして今、『ボス』が動かずに此方の動きを一挙一動見逃さないように凝視しているのは――この能力への糸口を、何度も巻き戻して時の狭間に葬る気だからか……?

 

「どうした? 逃げるんじゃなかったのかね? 豊海柚葉を救出する為にガス欠の能力を使用してまた五分間使用不可能に陥った。打つ手はあるのか?」

 

 そう言いながら、『ボス』は気付かれぬように後退り――予感が確信に変わる。時を巻き戻す条件が殺害される事では無くなっている……!

 

 

「――時間を巻き戻す条件、どうやら変わっているようだな」

 

 

 ぴたり、と、奴の抜き足が停止する。

 

「おかしいと思ったよ。少しでも違う挙動を見せたら生殺しにするような鬼畜外道の柚葉相手に、数百回以上も繰り返せるなんて」

「……酷い言い草ね。身動き出来ない我が身が呪わしい……」

 

 此方のスタンドの手の中で柚葉はジト目で文句を言うが無視しておく。

 

「他者からの殺害が別条件に変わっている。前よりも自主的に行える方法に――自害か?」

 

 その瞬間、『ボス』の表情が憎悪一色に染まる。半分以上カマかけだったが、その反応をもってオレは確信する。

 

「――つまり、その前に殺せば、お前はもう時間を巻き戻せずに死に果てる……!」

 

 それは殺しても殺せない絶対的な時間操作能力では無くなっているという事――それが奴の変質した能力の正体……!

 

「――やはり『オレ』の天敵は貴様だよ、秋瀬直也。最後に立ち塞がるのは貴様だと思ったよ……!」

 

 地獄の底から這い出たような声をもって、奴は前に一歩踏み出す。

 

「だが、お前は致命的な事を履き違えているぞッ! 能力が使えない状態のお前のスタンドでは『オレ』を殺す事は不可能という点だッッ!」

 

 ……っ、言い返せない泣き処である。

 先程までと比べて、驚異的なまでの応用性を発揮した『氷天の夜』を前に、五分も持ち堪える事は不可能――それは、この場にいる柚葉の死をも意味している。

 

 

「ああ、だから――貴様との因縁は、この『矢』で清算する」

 

 

 漸く覚悟が定まった。前世は自滅を恐れて使えなかった。でも、今はその恐怖すら乗り越えて守らなければいけない奴が隣に居る――。

 柚葉を降ろしてこの手で抱え、『蒼の亡霊』は自分の体内から『矢』を取り出した――。

 

 

 

 

 自身の『自殺で十秒間の時間を巻き戻す』能力が発覚した時は、如何に自殺してこの事実を時の彼方に揉み消すかと苦心したが、事態は『彼』にとって最高の方向に転がった。

 

(そうだ、それだ。貴様と『オレ』の決着を付けるには最早『矢』しかない。使え、己がスタンドを射抜くんだ――ッ!)

 

 秋瀬直也が本当に『彼』に勝利するには、気づかなければいけない事がもう一つあった。それは『彼』のスタンドの本体が秋瀬直也という事実である。

 

(この『オレ』の変質した能力を推測したのは褒めてやろう。だが、秋瀬直也。貴様は其処に辿り着くまでの経緯を全く疑わなかった――!)

 

 それにさえ気づけば、秋瀬直也と『彼』の決着は、第三者の存在の介入で終わる。誰でも良い、秋瀬直也を殺害すれば『彼』もまた死亡する。特にあの豊海柚葉がその事実に気づいたのならば、間髪入れずに実行しただろう。

 

 ――『彼』は必死の形相を浮かべ、全力疾走して『矢』を射抜く動作を阻止せんと演じる。

 

 

 

 

(――おかしい、何か、致命的な部分を食い違っているような、そんな違和感……!)

 

 そして、それを間近で傍観するしかなかった柚葉の脳裏に言い知れぬ危機感が生じていた。

 遥か先の未来は靄が掛かっていて見通せない。けれども、彼女の直感は最大級の警鐘を鳴らしている。

 

(……っ、私が行動不能の以上、現状ではもうこれしか手がない。それなのに何でこんなにも嫌な予感が――)

 

 ふと、脳裏に首が吹っ飛んだ秋瀬直也の姿がフラッシュバックする。

 それは高町家の道場に居た時に、何故かは知らないが、脳裏に過ぎった最悪の光景――それが何を示すのか、彼女にも掴めない。

 

(在り得ざる光景――時の狭間に葬り去られた……?)

 

 そして、閃いた直感は全てを一つの線で繋がってしまい、隠された真実を曝け出す。

 

(……奴は自害で時間を巻き戻す。巻き戻したと思われる拍子に秋瀬直也の首が吹っ飛ぶ。――そもそも、転生者じゃない奴はどうやってこの世界に辿り着いた? 奴の能力の変質の意味は――!)

 

 二回目の世界での、秋瀬直也が『彼』を詰んだ状況を克明に思い起こす。

 秋瀬直也を殺してしまった後、『彼』のスタンド能力が変質し、他殺から自殺へ、他人の死体を操作する類の能力に変化してしまったとするならば――何らかの理由で一緒に死亡したという事になり、『彼』は秋瀬直也と一緒に転生した。

 

 それはつまり――『彼』の本体が秋瀬直也に他ならないという事実。

 

「――駄目、直也君『矢』を使っては……!」

 

 だが、その大推理は結論に至るまで一瞬遅く、『矢』は秋瀬直也の『蒼の亡霊』を射抜いた後だった――。

 

 

 

 『矢』は、確かに秋瀬直也の『蒼の亡霊』の胸を貫き――彼のスタンドに大きな穴を開けて、地面に転がり落ちた。

 

「……ぐ、がっ……!?」

『フフ、ハハハハハハハハハハ――! 勝った、勝ったぞォッ!』

 

 そしてそれとは逆に、冬川雪緒という器を捨てたミイラ化したスタンドは、光り輝いて猛烈に発光する。

 

『貴様は『器』じゃなかったんだ、だから『矢』に拒否された――『矢』の力は、世界を支配する力はこの『オレ』だけのモノだアアアアアアアアアァ――ッ!』

 

 干乾びてミイラ化していたスタンドが、一瞬にして瑞々しく力強く――最強を打ち倒した無敵のスタンドに匹敵した堅牢無比のスタンドに成り変わる。

 否、変化はそれ処に収まらず、熱狂的に凶悪的に無尽蔵に進化していく。

 

『漲る、漲るぞッ! 嘗ての全盛期の力だッ! 嘗て『オレ』が持ち得た不滅の帝王の能力――否、それさえ凌駕する究極の力だァッ!』

 

 超常的な進化の果てに『彼』は『矢』の力を支配し、一部足りとも暴走せずに制御を果たす。

 

『全ての時は我が前に跪く――!』

 

 全ての時間が吹っ飛び――『彼』は一人、誰にも到達出来なかった地平に降り立つ。

 全ての時間軸を、『彼』は其処から残らず観測出来る。在り得ざる時間、本来辿る筈の未来、歪められた正史、その何もかもを『彼』は理解した。

 

『――ハハハッ! これが『矢』の力かァッ! 出来る、時間の流れを自在に遡行出来るッ! 否、遡行だけじゃないッ! 何処をどう弄れば良いのか、全てが解るぞぉ! この『オレ』が、時空間さえ支配して世界の頂点に立った事の証なのだアァ――!』

 

 紛れもなく、此処は神の座、至高の席。

 もはや『彼』は何者の干渉さえも受けぬ存在として世界に君臨した。生まれて初めて、九歳の頃から潜在的に怯えていた死の恐怖から、『彼』は完全に解放されたのだ――!

 

『さぁ、まずは記念すべき誕生祭だッ! 前世からの因縁を晴らす時が来たッ! 我が夜明けは貴様を時間軸から完全消滅させる事から始まるッ!』

 

 『矢』に拒絶された秋瀬直也など既に取るに足らぬ存在だが、これは通過儀礼、過去との決別、宿命への決着である。

 『彼』と秋瀬直也との奇妙な因縁が今、此処で晴らされる――。

 

 

『さらばだ、秋瀬直也。我が生涯の天敵よ――!』

 

 

 前人未到の地平から、『彼』はスタンドの拳を繰り出して秋瀬直也の痕跡を全時間軸から抹消しようとし――その神の如き拳は、秋瀬直也のスタンドに受け止められた。

 

『え? ……な? は――?』

 

 まるで訳が解らなかった。

 此処は上位世界、普遍的な人間が観測する世界とは次元が違うまさに神の境地、それなのに『矢』に拒否された未熟なスタンドが何故、干渉出来るのか――?

 

『――私ハ、本体ヲ守ル為ニ産ミ出サレタ』

 

 秋瀬直也のスタンド『蒼の亡霊』は静かに語り、その仮面が砕け散る。

 赤く光る両眼に、その異形の素顔の額には『矢』が吸い付くように飾られていた。

 

『ダガ、我ガ本体ハ他ノ誰カヲ、守ル道ヲ選ンダ。眼ヲ瞑レバ、安穏ノ日々ヲ享受出来ルノニ――』

 

 秋瀬直也は『矢』に拒否されていなかった。むしろ、『矢』が支配者と選んだのは『彼』ではなく――紛れもなく秋瀬直也だったのだ。

 

『な、何だ。何なんだコレはッ!? ……オ、『オレ』は一体何を見ているッ!?』

 

 咄嗟にスタンドの拳を繰り出すが、そのいずれも『蒼の亡霊』を通り抜け――その正体を掴めず、『彼』は恐怖する。

 今や『彼』は全ての時間軸を観測する神の如きスタンドに他ならない。されども、この亡霊じみたスタンドの時間だけは観測出来なかった。

 

 ――それは『矢』の力をもって進化したスタンド能力でも、この正体不明のスタンドをどうにも出来ない事を意味している――。

 

『故ニ、私ハ『矢』ノ『力』ニヨッテ『解放』サレタ。本来ノ役割カラ、一切合切『解放』サレタノダ――』

 

 このスタンドの言っている言葉を、『彼』は一文字足りても理解出来なかった。

 そして思い起こす。前世において、『彼』を最期に葬ったのは秋瀬直也本人ではなく、死して尚動いた秋瀬直也のスタンド『蒼の亡霊』に他ならない。

 

『貴様ハ幾千幾万ノ時間ヲ繰リ返シ、最善ノ結果ダケヲ選ビ抜イタ。葬ラレタ過程ヲ一顧ダニセズ、幾万幾億ノ想イハ時ノ狭間ニ埋葬サレタ――』

『……何だ、何なんだこのスタンドはッ!? 自律しているのか? それとも秋瀬直也本人さえ知り得ない、全く別の能力を持ち得ていたのか――!?』

 

 時間を止める、時間を吹き飛ばして結果だけを残す、時間を加速させる、時間を巻き戻す――あらゆる時間操作も、この亡霊の言葉を止めるに至らない。

 

『実ニ都合ノ良イ孤独ノ観測者――貴様ヲ殺スノハ、彼方ニ葬リ去ッタ時間ノ重サダ。積ミ重ナッタ想イノ数々ハ、踏ミ躙ラレテ散ッタ意志ノ数々ハ、決シテ無駄デハナカッタ』

 

 そして此方からは触れ得ぬ亡霊の拳が『彼』のスタンドを殴り抜き――其処に物理的な力は存在しなかった。

 けれども、その一撃は間違い無く『彼』を破滅させたのだ。

 

『……何を、何をしたアアアアアアアァ――!?』

 

 まるで未知の攻撃だった。あらゆる死が襲い掛かり、『彼』を無限回に渡るまで殺害していく。

 最初はこの理不尽な攻撃に見当も付かなかったが――やがてそれが自分が体験した死である事を『彼』は悟る。

 

 ――否定し、完全に消え去った筈の死だった。

 

『――コノ私ハ、アラユル束縛カラ『解放』サレタ。時間ノ縛リサエ、私ヲ縛レナイ。ソシテ私ハ『解放』スルダケダ』

 

 幾千幾万の死が回想され――更には自身が時間遡行の果てに摘み取った生命の死、幾万幾億の可能性の世界まで『解放』される。

 

 ――『彼』の魂は、『彼』自身が消し去った時間の重さに耐え切れず、木っ端微塵に砕け散った。

 

 

 

 

 ――そして、冬川雪緒は力無く地面に倒れ伏した。

 

「……能力が、解除された?」

 

 豊海柚葉を束縛していた氷の茨は水になって消え去り――前世からの因縁は、驚くほど呆気無く決着が付いた。

 

「……ねぇ。一体、何をしたの? そのスタンドは、『矢』の力でレクイエム化したの?」

「……まるで解んねぇが、奴に引導を渡した感覚は確かにある」

 

 自身のスタンドを見ながら――『矢』が刺さっても『蒼の亡霊』は何一つ変わった様子も無い。いつも通り無表情の仮面を被ったままである。

 そういえば、唯一『矢』を使ってスタンドを進化させたジョルノ・ジョバァーナも、自身のスタンドの変化を見極められていなかった気がするが、同様の症状なのだろうか……?

 

「……にしても、お互いボロボロになったもんだ。柚葉がやられた時はまじでビビったぜ?」

「……少なくとも幾千回は引導渡してたと思うけど? 数千回も繰り返されたら一回ぐらい負けて当然じゃない?」

 

 むー、と柚葉は不満そうに口を尖らせる。

 その何気無い、子供じみた仕草が可愛らしくて、オレは晴れやかに笑った。

 

「いや、文句じゃないさ。お前も案外人間なんだなぁって思っただけだ」

 

 などと言って……今現在、怪我で動けない柚葉を地に尻餅突きながら抱き抱えている体勢であり、緊急時だったから意識していなかったが、改めて意識して顔が赤くなる。

 そんな此方の純情な顔を、彼女は不思議そうに眺め――こつん、と、第三者の足音に意識を奪われる。

 

「――『魔術師』……!?」

 

 其処に居たのは着物に洋風のブーツを履いた『魔術師』であり、その背後には『使い魔』エルヴィの姿もあった。

 

 ――間違い無く、此処に居ては行けない人物だった。

 

 オレにしがみつく柚葉の手に力が篭り――その余りの弱々しさに、逆に驚く。

 咄嗟に彼女の手を掴んで握り返してみると、その手先は氷の如く冷たい。『ボス』から与えられた負傷は彼女から体温と体力を極限まで奪っていたのか……!?

 

(クソッ、このタイミングで現れたって事は、戦闘で弱った柚葉を此処で片付ける気なのか……!?)

 

 最高のタイミング過ぎて吐き気が出る。オレは彼女を抱えて立ち上がり、『蒼の亡霊』を前に配置する。

 誰が、此処で彼女を死なせるか――!

 

「……今更、何をしに来た? 此処で柚葉を始末しようとするのなら――」

「――そんな事はどうでも良い」

 

 一言でばっさり此方の言葉を切り伏せて、彼はオレ達の前を横切り――『魔術師』は物言わずにうつ伏せになっている冬川雪緒を引っ繰り返して起こす。

 

「……この大馬鹿野郎。年甲斐無く格好付けやがって。実は死んでましたなんて、どういう了見だ……?」

 

 その時の表情は此方から察する事は出来なかった。

 だが、『魔術師』は弱体化して楽に仕留められそうな不倶戴天の怨敵よりも――掛け替えの無い親友の弔いを優先した。その事実が全てだろう。

 

「川田組のゴタゴタは私が全て片付ける。ご苦労だった、秋瀬直也」

 

 眠り続ける冬川雪緒の手を肩に掛け、神咲悠陽は静かに立ち去った。

 エルヴィは此方に一瞥すらせず、主の背後から、その耳と尻尾を垂れ下げながら後を追って行った――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56/過剰速写

 ――斯くして前世からの因縁は決着した。

 それではもう一つの結末を、ご覧に入れよう。

 

 

 56/過剰速写

 

 

(……やっとか、やっと終わりやがったか……!)

 

 ――以上、4587回の時間逆行の果てに元凶は消え失せて、その常人では体験出来ない十秒間の間に死して蘇生した『過剰速写』は行動を開始した。

 

(此処からは、オレだけの『時間』だ――!)

 

 ボスのスタンドではなく、『過剰速写』による十秒間の世界の巻き戻し――その逆行する世界の中で、彼だけは全ての時間法則を無視して通常通り動く。

 

(このオレだけが時間の巻き戻しを観測した。全てが巻き戻る光景すらも――その度にオレは抵抗した。このどうしようもない力で螺旋巻かれる世界に逆らい続けた)

 

 それは幾千回の巻き戻しの果てに『過剰速写』が辿り着いた最果ての境地であり、時間操作能力者である彼以外は観測出来ない時間的空白――彼のみの世界だった。

 それ故に『異端個体』との決着は、『過剰速写』しか観測出来ない巻き戻し最中に成された。

 

(二千回以降だ、指先一つがやっとだったが――この大きな流れに逆らう事が出来た)

 

 ――『過剰速写』を『異端個体』は観測出来ない。

 時間の巻き戻り最中の動きなど、時間操作能力者ではない有象無象が知覚出来る筈が無い。

 正面から心臓を無手で貫かれ、酸素ボンベ付きのマスクを強奪して、『過剰速写』は自身に着用する。

 

(――世界全体の『時間停止』こそがオレの行き着く最果ての境地だと思っていたが、これは予想外の進化だ。むしろ、この時間的な矛盾の孕んだ空白こそ極致だったとは、盲点だ……)

 

 ――時間の巻き戻りは終わり、その在り得ざる時間の狭間で行われた結果だけが残った。

 不可視にして不可避の大逆転だった。

 

「――え? なん、で……」

『確かにお前はオレを殺した。だが、それは一回目に置いてだ』

 

 『過剰速写』は完膚無きまでに『異端個体』に殺されていた。

 だが、その直後に時間は十秒間巻き戻り、殺される前に戻った。その回は空気の略奪に対処出来ずにまた死亡したが――また巻き戻り、『過剰速写』に冷静に思考する機会を与えてしまった。

 

『何処の誰だか知らないが、4587回も巻き戻しやがって。それだけの時間があれば対処法の一つや十つぐらい思い浮かんで実際に試せる。――純粋に運が無かったと思うぜ?』

 

 心臓を穿ち貫いた手刀を抜き取って、物言わぬ『異端個体』の死体を投げ捨てる。

 向こう側の扉を、加速、停滞、停止を全力行使して力を際限無く注ぎ込み――解放して溶接した扉と急設されたバリケードを一蹴する。

 

(さて、最大の窮地は脱したが……はぁ、やりたくないなぁ。やらなきゃ死ぬけど)

 

 これで酸素切れで死亡する心配は完全に排除されたが――『過剰速写』は制御し切れない時間の負荷を二点に掻き集めて意図的に解放する。

 左腕上腕と左脚の膝下部分がトマトのように吹き飛び、彼は苦痛に顔を歪める。ただ出血は無い。『過剰速写』が時間操作の応用で血管の道を作り出して循環しているが故に。

 八神はやての延命処置が此処で生きてくるとは、廻りに巡る皮肉である。

 

(……ただの一回時間を巻き戻して動いた程度でオレの能力限界かよ。四千回も時間遡行を繰り返した野郎はどんだけ規格外なんだ……!)

 

 この時間的な負荷の一点集中も巻き戻し最中に開発した技術であり、自身の肉体が著しく損傷する代わりに負荷は消え去り、能力行使に適した状態に戻る。

 これで行軍速度は非常に遅くなったが、構うまい。もうこの施設に居る者はこの奥に佇む一人のみ――それにこの『AIM拡散力場』には覚えがある。

 

「……もう一体居たか、『異端個体』――同じ奴を四度殺す事になろうとはな」

 

 覚束ない足取りで『過剰速写』は足を進める。

 待っているのならば赴いて、もう一回殺してやるだけである――。

 

 

 

 

「――此処は……」

 

 そして、『過剰速写』が入ったその部屋に明かりは無く、無数の配線が床に乱雑しており、無機質な心電図の音だけが鳴っていた。

 部屋の中心には大きめのベッドが配置されており、透明なビニール幕で隔離されている。まるで無菌室のようだった。

 

「……それが、お前の本体か――」

 

 歩み寄り、ビニール幕のカーテンを抉じ開けて、ベッドに眠っている人物と対面する。

 

 ――其処に眠っていたのは、今までの御坂美琴の姿をしていた『異端個体』とは全くもって結びつかない、干乾びた老人のような植物人間だった。

 

 その手首など掴めば折れる程度の、極限まで削ぎ落とされた姿――生きているのが不思議なほどの有様であり、『過剰速写』さえ絶句する。

 

『元々ミサカネットワークの中に産まれたバグだからね。まともな身体を得られなかったよ』

 

 その無機質な発声は彼女からではなく、周辺機器による補助装置からだった。

 いつも通りなのはその補助装置からの発言だけであり、『まさにゴンさん状態よねぇ。って、アンタは転生者じゃないから通じないか』と軽めに言う。

 『過剰速写』には返す言葉が無かった。

 

『あー、詰まらない同情はヤメてよね。『妹達』を殺し尽くした罰だとミサカは納得してるんだから』

 

 『過剰速写』は「そうか」と返し、持っていたアサルトライフルをオートからセミオートに切り替えて、彼女らしき人物の額に向ける。

 

『銃弾の一発すら無駄だと思うよ? 此処の生命維持装置を止めるだけでミサカは死ねるしぃ』

 

 ――最期まで彼女は命乞いしなかった。

 そのいつもの巫山戯た調子を崩さなかった。

 

 『過剰速写』は無言で首を振る。敬意を表し、最大の敵対者として殺す事が最上の弔いであると、無言で告げる。

 

「……さらばだ。まぁオレもすぐ逝くと思うがな――」

『折角の生命なんだから、精一杯生きなさいよ。アンタの顔なんて当分見たくないしねー』

 

 『過剰速写』は躊躇わずに引き金を引く。

 

『……ごめんね、皆――』

 

 彼女の心音は停止し、無機質な音が部屋中に鳴り続けた。

 

 

 

 

「……『異端個体』が敗れたか」

 

 最大戦力の敗北を確認し、人体実験を平然と実行した『博士』達は施設からの脱出を敢行していた。

 急いで資料整理し、貴重な研究材料の一つとして『歩く教会』もトランクに詰め、彼等は隠し通路を渡り歩く。

 

「こっちです『博士』!」

 

 若き研究員の一人が先導し、早足で『博士』は移動する。

 此処での研究成果は一片も損なわれずに彼の手の中にある。また何処か別の場所でやり直せば良い。

 

(超能力者達の遺伝子はこの手にある。研究成果の殆どはこの脳裏にある。生命さえあれば幾らでもやり直せよう)

 

 時空管理局の一派は彼の研究を高く評価している。プロジェクトFの完成形というカードがある限り、見捨てはしないだろう。

 永遠に続くかと思われた暗い通路を渡り切り、街の夜の光が目に映る。緊張感が解け、『博士』は漸く安堵した。

 

「ふぅ、何とか生き延びられたか――」

 

 ずぶり、と。奇妙な異音が響き渡り、『博士』は血を吐いた。

 

「……、な――?」

 

 『博士』は俯き、自らの胸に生えた赤い槍の穂先をまじまじと見て――それを平然と眺めている若い研究員を次に見た。

 

「き、貴様、裏切った、のか……?」

「いいえー? むしろこっちのが本業ですし」

 

 若き研究員の顔がいきなり崩れ、別の顔が嬉々と嘲笑っていた。

 能力の一つの『肉体変化(メタモルフォーゼ)』なのか、と『博士』は驚愕する。

 だが、この研究員は現地民、転生者ではないし、能力者であるならば『AIM拡散力場』を必ず撒き散らしている筈――。

 

「んー、所謂『これがオレの本体のハンサム顔だッ!』って奴?」

「スタ、ンド、使い――」

 

 最期に、此処が何でもありの魔都である事を再認識し、槍が抜き取られ、『博士』は驚愕の形相のまま絶命する。

 冬川雪緒、ひいては『魔術師』の意向で学園都市の一派に侵入していたスタンド使いは、実体化しているランサーににこりと笑った。

 

「これで奴等の主要研究者を全員始末出来ましたよ、ランサーさん」

「オレとしては退屈な仕事だったがな。それじゃもう一つの方を実行しに行くかねぇ」

 

 愚痴一つ言いながらランサーは再び霊体化して消え、スタンド使いは漸く窮屈な潜入生活を終えられると背伸びしたのだった。

 

 

 

 

(……あー、まずいな。これ)

 

 『過剰速写』は地下施設に時限制限付きの爆薬を設置して、脱出しようとし――言う事の聞かない身体に、他人事のように驚いた。

 

 ――思った以上に、早く限界が来た。

 

 出血は問題無い。この調子なら、意識を失っても無意識下で能力操作して維持出来るだろう。 

 精神的な疲労は凄まじい。四千回も時間の巻き戻しに付き合ったのだ。やられた方は溜まったものじゃない。

 

 今、彼の足を止めた致命的な問題は唯一つ――彼の寿命が、予想外の早さで尽きつつあった。

 

 あれだけ湯水の如く使えば、尽きて当然かと『過剰速写』は受け入れる。

 一見して完璧に見えた複製体だったが、やっぱり寿命面で短命という致命的な欠陥問題があったらしい。

 

(……それとも、世界全体の時間の逆行が此処までハイリスクだったという事、かな? ……四千回の巻き戻し最中に使った能力行使の分も消費扱いなんかねぇ?)

 

 足の力が入らない。移動すらままならない。

 困った事に、寿命が尽きて天寿を全うする前に、施設の爆破に巻き込まれて爆死するという、格好の付かない結末らしい。

 不純だらけで何一つ突き通せなかった悪党に相応しい、惨めな結末である。

 

(あーあ、こりゃはやてとの約束をやっぱり果たせないなぁ)

 

 出来もしない約束をするものではない、と『過剰速写』は自嘲する。

 それでも這いずりながら移動する。爆発まで間に合わないと理解しておきながらも――精一杯、足掻く。

 

(……苦しい。辛い。もう楽になりたい。でも、今、この瞬間――オレは、生きている)

 

 これ以上に素晴らしい事は無い。息を一回吸う事すら億劫だが、鮮烈なまでに生きている実感を齎す。

 双子の妹を殺され、生きたまま精神的に死んでいた自分が、復讐以外の動機で動いている。

 生きるのは何よりも困難で、これほど遣り甲斐のある事は他にない。堪らず笑みが零れた、

 

 ――今、この瞬間、『過剰速写』は初めて生きていると実感出来た。その消え入りそうな生命の鼓動が何よりも愛しかった。

 

(……悪くないな、この身は贋物だけど――オレは『赤坂悠樹(オリジナル)』より幸せだったと断言出来る。どうだ、羨ましいだろう?)

 

 この一点において、オリジナルより勝ったと贋作は笑う。

 ならば、最期まで生き足掻こう。醜く地面を這いずり回って、最期まで汚く生き抜こう。湯水の如く時間を浪費してきた身だが、今はほんの一瞬さえ恋しい。

 

 

(……あぁ、そういえば、一つ先約があったな――)

 

 

 這いずり回り、霞んだ意識さえ途切れそうになった瞬間、遥か先に彼女は立っていた。

 あの時の猫耳の少女、名前は確かリーゼロッテ――もう指先一つさえ動かせないが、『過剰速写』は笑顔で迎えた。

 

「……来て、くれた。のか。良かった。ぎりぎりの処で、間に合ったよ」

 

 汚らしい悪党に華麗な爆死など似合わない。復讐者の手で見送りか、と『過剰速写』は笑いを堪えられずに声を上げた。

 

「――死ぬ前に、早くこの身を殺して、復讐を果たせ。これは死者の為ではなく、生者の為の通過儀礼、だ……!」

 

 仇敵を殺しても殺された者は喜ばない。殺された者が殺してくれと望むか――? 糞食らえな卓上の理論であると『過剰速写』は断言する。

 

 ――復讐とは生きる者の為の特権だ。

 

 大切な者の明日を踏み躙られた者の、怒りと無念と悲しみを晴らす通過儀礼だ。

 それが虚しいだの何だのは、関係無い奴等が決める事ではなく、やった当人が定める事である――。

 

 

 

 

 ――八神はやては願い続けた。

 

 『過剰速写』とクロウ・タイタスの無事を、セラ・オルドリッジを見事救出して無事に帰ってくると――ひたすら待ち続けた。

 

 クロウ・タイタスは帰って来た。血塗れでボロボロになったけど、セラ・オルドリッジを見事助け出して帰って来た。

 後は『過剰速写』だけだ。クロウも無事帰って来たのだ、彼も無事に帰ってくる筈だと、はやては自分に言い聞かせながら待ち続けた。

 

 ――そして、『過剰速写』は猫耳の少女リーゼロッテに肩を担がれて帰って来た。

 

 はやては歓喜した。約束を守って、帰って来てくれたと――リーゼロッテは死人のような顔で、一度もはやてと目を合わさなかった。

 

「クロさん!」

 

 はやての呼びかけに『過剰速写』は答えない。見た処、クロウと同じぐらい酷い怪我であり、意識を失っているのだろうと思った。

 気を失っている処を、このリーゼロッテが助けてくれたのだと――。

 

 

「……違う」

 

 

 リーゼロッテは、静かに否定する。

 

「……違うよ、八神はやて」

「……え?」

 

 悲痛な面持ちをした『神父』がリーゼロッテに駆け寄り、『過剰速写』の身柄を受け取る。

 『過剰速写』は何一つ反応せず、安らかな顔で眠っている。息一つさえせずに――。

 

「……クロ、さん? 嘘、やろ?」

 

 車椅子で駆け寄ろうとし、余りにも急ぎすぎたはやては転倒してしまう。

 それでも、はやては地を引き摺ってでも駆け寄る。信じられないと、信じたくないと、否定するように――。

 

「……」

 

 『神父』は眠れる彼をはやての前に持って行き――はやては『過剰速写』の頬に触れた。恐ろしいほど冷たくて、彼が死んでいる事を否応無しに理解させてしまった。

 

「あ、ああ……っ、っっ!」

 

 はやての泣き声をあげて慟哭し、止め処無く涙を流す。

 

 ――彼とは、『過剰速写』と八神はやては僅か三日だけの関係だった。

 初見で彼女を攫うという最悪な出遭いで、交わした言葉も、他の人と比べれば遥かに少ないだろう。

 でも、彼と友達だったのは自分だけだった。はやては友の死に涙する。

 

「――アンタが、クロさんを殺したんか?」

 

 涙を流しながら、見上げたその眼には感情の色無く、リーゼロッテの姿を映し――。

 

「――ああ、私が殺した」

 

 その言葉をもって憎悪一色に染まった。否、鮮烈に燃え上がった。

 

 

 斯くして、一連の事件は終わりを告げる。

 超能力者一党は彼等の生み出した『過剰速写』によって壊滅し、彼は死に――混迷の魔都は次なる段階に進む。

 

 ――此度の復讐劇は終わりを告げ、されども復讐劇は終わりなく連鎖する。

 次なる大事件のヒロインは間違い無く――彼女、その涙で濡れる両瞳に憎悪の炎を燃やす『八神はやて』に他ならない。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女リリカルなのはA's編
57/四月下旬


 

 

 ――とある少女の話をしよう。

 

 彼女は常に一人だった。彼女は道具として産み出され、人権すら無い環境で精錬された。

 最高の器として、彼の邪悪な野望を叶える最愛の道具として、考え得る限りの方法で強化された。

 

 創造主である彼は、彼女が従順な道具に過ぎないと侮っていた。

 けれども彼女は、彼の想像を超えて邪悪に成長し、その背中を刺されて呆気無く下克上される。

 

 彼女の才覚はこの時点で華開いていた。

 彼女は望むままに世界を自分色に染め上げた。

 彼女が執り行う事が『悪事』である限り、誰一人彼女の悪意を阻止出来なかった。

 

 ――いつしか来るであろう『正義の味方』を待ち侘びて、恋焦がれながら、彼女は際限無い悪意を宇宙に振り撒いた。

 

 いつしか正義の味方を自称していた叛徒は滅び去り、彼女は失意の内にこの世の栄華を極めてしまった。

 いつか必ず現れる『正義の味方』に討ち取られる為に、最強最悪の『悪』となった少女――これを理解出来る者は誰一人居なかった。

 

 だから、彼女は常に孤独であり、最初から理解も求めなかった。

 自分一人で完結している世界、来たるべき異物によって終わる世界、其処に対話の余地すらありもしない。

 

 彼女は必定の滅びを覆して次の世界に産まれた唯一の転生者である。

 事実、彼女は二回目の世界において滅びなかった。永遠の栄華をモノにした。

 空っぽの玉座に座ったまま、至高の頂に座したまま、白紙の世界を黒く塗り替えていく。それは三回目の世界においても同じ事だった。

 

 退屈な流れ作業、それでもこの三回目の世界は役者に恵まれており、此処ならば自身を討ち倒せる『正義の味方』が居るに違いないと考えた。

 『正義の味方』が居ないのならば、自分以上の『悪』でも良い。

 

 ――そして彼女は、彼と出遭った。

 

 

 57/四月下旬

 

 

「自ら生み出した複製体に討ち取られるって、なんか悪の組織っぽくね?」

「支援する組織でなければ拍手喝采、大爆笑したわい! ぐぬぬ、畜生めぇッ!」

 

 ――海鳴市の現地に存在した支援組織が壊滅しました。何を言っているか解らないと思いますが、私も解らないです。

 獅子身中の虫として強力に支援した組織が役割を果たす前に崩壊してしまったのです。此方にとって手痛い失態ですよね、これ。

 

「せめてもうちょっと共喰いしてくれたら良かったのに。内輪揉めで壊滅するとかまじねーよ。技術者も全部駆逐されるし、踏んだり蹴ったりだねぇ」

 

 完全な『プロジェクトF』の完成に期待していただけに、この結末は拍子抜けも良い処です。投資して何一つ回収出来ないとか、最低最悪な有様なのです。

 あれこれお偉い方が愚痴を言い合っていると、久しぶりに備え付けの画面が点灯します。我等の頂点に立つ『教皇猊下』からです。生きていたんですね。

 あ、今日は誰一人欠席していません。珍しいです。

 

『――ふむ。皆、揃っているな?』

 

 黒衣に身を包んだ正体不明の御仁の出現に、我々一同の緩んでいた空気が一気に引き締まります。

 

『魔女の駆逐状況はどうなっている?』

「はい、教皇猊下。ニ・三日中に片付きます。フェイトちゃんは優秀ですから」

 

 元気良く事の成果を発表します。私自身も魔女の排除に駆り出されているけど、その中でフェイトちゃんの働きは褒めたくなるほどです。

 上司の私としても鼻が高いですし、丁度良いストレス解消になっているんじゃないでしょうか? 魔女退治がストレス解消手段になるほど、私生活が切羽詰まっていると言えなくも無いですが。

 

 

『その三日間で魔女を総滅し、可能な限りの戦力を『地球』に派遣するのだ』

 

 

 私達は教皇猊下の直接的な命令に「おお」と緊張感を高めます。遂に来るべき決戦の時が訪れたという感じです。

 

「おお、遂に仕掛けちゃいますか! わくわくしてきますねぇ~」

 

 金髪少女の中将閣下が真っ先に反応し、獲物を前にした野獣が如く獰猛に笑い、他の二人も表情を引き締めます。

 漸くあの『魔術師』に報復する機会が訪れたという訳です。二年前の吸血鬼事件、忘れようとて忘れられません。あれで同僚と同志が何人葬られた事か――。

 

『総指揮はアリア・クロイツ中将、卿が執れ。ティセ・シュトロハイム一等空佐は中将を補佐せよ』

「あいあい。教皇猊下のご期待に答えられますよう、全身全霊を尽くしますよ」

 

 ご指名され、砕けた口調で意思表示した金髪少女の中将閣下――アリア・クロイツ中将に、太っちょの中将は苛立った視線を向けてます。

 不遜な言葉遣いと指揮を任された事への嫉妬でしょう。今後の方針に関わる事を宣告した後、教皇猊下は先に退席し――我々は遂に訪れた復讐の時に戦意を漲らせてました。

 

 ――あの二年前、誰もがミッドチルダで地獄を見て、それでも生き延びた者だけが此処に居ます。

 沢山の同僚がグール化し、元同僚のグールを一体何人殺した事か。……感傷的になってしまいましたね。

 

「それじゃ留守番宜しくねぇ~。私が留守の間に『魔術師』に良い様にやられたら、能力が疑われるよぉ?」

「……フン、誰に物を言ってんだ? あのような俗物にこのミッドチルダを好きなようにさせるものか。精々奴に裏を掛かれぬよう、気張る事だな」

「うわぁ、応援されちゃった。てっきり本音で失敗して降格処分受けろって激励されると思ったのに」

 

 それにしてもこの二人はいつも通り、仲が良いですねぇ。羨ましい限りです。こういう悪友関係は貴重ですよ?

 

「OKOK、二階級特進して来い」

「そうなったら大将閣下殿を差し置いて元帥閣下様かぁ~。やったね、憧れの魔術師(ミラクル)ヤンと同じ地位だね! あれ、ちなみに殉職以外で二階級特進あったけ?」

「いつからこの世界が『銀河英雄伝説』になったんじゃい! 死ね、氏ねじゃなくて死ね!」

 

 

 

 

「――ティセ・シュトロハイム一等空佐。フェイト・テスタロッサについて話があります」

 

 会議室を抜けてぶらぶら歩いていると、とある人物に話し掛けられました。

 緑髪がトレンドマークで、いつまでも若々しさを保つ未亡人、リンディ・ハラオウン提督である。背後には明確な敵意を向けるクロノ・ハラオウン執務官とエイミィさんが待機してます。

 面倒だなぁと思いながら、私は営業スマイルを浮かべて対応する事にします。

 

「はいはい、何ですかな、リンディ・ハラオウン提督? 忙しいので手短に話してくれるとありがたいのですが?」

 

 遠回しに忙しいので後にしろ、と告げたが、どうも伝わらなかったらしい。

 やはり文化の違いか、日本人特有の奥床しい遠回しの言い方では、相手側が空気を読んでくれる事は在り得ないのです。

 

「今の彼女を実戦に配備する事を反対します。今の彼女は、精神的に戦えません」

「? 可笑しな事を言いますね。フェイト・テスタロッサは十分戦えてますよ? 嘱託魔導師として、驚異的な戦果を齎していると私は認識していますが?」

「彼女を、フェイト・テスタロッサを殺す気ですか――!?」

 

 本当に彼女は善人過ぎて感心します。他人の娘を此処まで心配出来るなんて、誰でも出来る事ではありません。

 面倒だなぁと思いつつも、対応する事にします。まぁ最初から、そんな事を私に言っても無駄なんですけどね。お上からの指示ですし。

 

「うーん、人聞きが悪いですね。元犯罪者である彼女に我々管理局は更生の機会を幾度無く与えています。それに彼女は望んで志願していますよ? その彼女の善意を我々が止める権限などありません」

 

 ……まぁ、母親の生命を盾にして「逆らったらどうなるか言わなくても解るよね?」と念頭に置いている訳ですが。

 何事も言い様という事です。相手側が納得するかどうかは別次元の問題ですけど。

 

「――あくまでもフェイト・テスタロッサの自己意志である、と仰るのですね?」

「仰るも何も、当たり前過ぎて言う事すら憚れますわ。一管理局員としては、その志は尊敬に値しますね」

 

 白々しいモノを見るような眼で、リンディ・ハラオウン提督は私を睨みつけます。

 うーん、これ以上無くオブラートに包んで説明したのですが、此方の誠心誠意は伝わらなかったご様子です。残念。

 激発しそうなクロノ・ハラオウン執務官を抑止しつつ、リンディ提督はごほんとわざとらしく咳払いして急に話題を変更します。

 暇じゃないって言ったのに、まだ引き止める気ですか。いい加減、鬱陶しくなります。まだまだ『魔女』狩りをしなければならないのに、職務妨害ですよ、これ。アンタ達の処にも魔女退治回しますよ?

 

「――プレシア・テスタロッサの裁判、少々強引過ぎると思いますが?」

「残念ですが、私の預かり知る事では無いです。随分と先進的な試みで、スピーディに決着付いたみたいですけど」

 

 そちらが用意した弁護人が当日になっていきなり欠席し、此方の用意した弁護人が席に立って十分仕事した事ぐらいしか知らないです。

 面倒になって来たなぁ、と思った時、助けの神はあちらからやってきました。

 

「やぁやぁ、随分と面白い話をしてますねぇ。リンディ・ハラオウン提督」

「……アリア・クロイツ中将」

「あはは。こんな若年者の名を覚えて頂き、誠に光栄ですねぇ」

 

 わぁ、丁度良い処に現れました。これで私が質疑応答する必要がまるで無くなりました。全権を勝手にアリア中将に委ねて空気となって待機します。

 

「アリア・クロイツ中将は先のプレシア・テスタロッサの裁判とフェイト・テスタロッサ、第九十七管理外世界『地球』の事について、どうお考えで?」

「ええ、大変健気ですよねぇ。フェイトちゃんは。我々時空管理局は元次元犯罪者の社会復帰を全力で支援しますよ」

 

 ピカピカの営業スマイルが眩しいです。この答えているようでまるで答えていない政治家返答が何とも素敵です。

 というより、勉強になりますね。この答える必要の無い部分は全力で置き去りにして都合の良い処だけ答えるという手法は。

 ぴきぴき、と音を立てるばかりに怒りで拳を震わすクロノ執務官を舐め回す、というよりも舐めたような眼で見届けながら、アリア・クロイツ中将は突然明後日の方向を向いて話題変更した。

 

「そういえば、リンディ・ハラオウン提督は『闇の書』事件をご存知ですよね? 十一年前でしたっけ? 私がまだ三歳の頃の事件ですよねぇ」

 

 彼女達三人の表情が一気に豹変する。うわぁ、流石に遺族に向かってこんな事を言う度胸は無く、私なんかには到底出来ません。

 

「不幸な事件でしたね。貴女の夫、えーと、名前何でしたっけ?」

「……クライド・ハラオウンです」

「そそ、それ。その時に最期まで居残った彼諸共、船を撃沈させたのがギル・グレアム提督でしたっけ? いやはや尊い犠牲ですねぇ」

 

 アリア中将は人を喰ったような笑顔で、リンディさん達は無表情になって小刻みに震えていたりしてます。

 ……其処まで言っちゃって良いのかなぁ? 今現在でそれを指摘するのは個人的に早すぎるのではないかと愚考しますが。

 

「――何を仰りたいのですか? 遺族としては、極めて不愉快です」

「はは、これは申し訳ございません。何分若年なもので、他の者への気配りが足りないと良く忠告されます。――随分と精力的に活動しているようですよ、業務外の事で」

 

 悪魔のような笑顔で、アリア・クロイツ中将は語り掛けたのでした。

 何というか、私なんかとは役者が違いますね。数段悪辣という意味で。

 

「ああ、そういえばティセちゃん、言い忘れた事があったや。ちょっと一緒に来てくれるー?」

「はいはい、お供します!」

 

 此処に来て露骨に私に話し掛け、私達二人は彼等三人の包囲網を悠々と抜け出したのでした。

 ……扱い辛くなって来ましたねぇ。原作の面々だから色々我慢してますけど。

 

「良いんですか? あんな事を言って」

「無駄に働きたいなら働かせてあげるのが良い上司の条件だよ? 間違い無く内々で処理するだろうから、これでいつでも始末出来るよ」

 

 などと怖い事を言いながら「まぁ公表しても問題無いしねぇ。ある事、無い事が全部押し付けられて、あれらの派閥ごと一掃出来るしねぇ」と悪巧みを語るような顔が、何とも頼もしい事で。

 

「彼女達、自称『良識派』は前提から間違っているんだよ。善人が権力闘争で勝ち残れる訳無いじゃん」

 

 誇らしげな顔でアリア・クロイツ中将は言い放ち、私もまた「ですよねぇー」と全力で同意するのだった。

 

 

 

 

「……飼い犬に噛み付かれたそうだな」

『耳が早いな。流石に頭が摩り替わっているとは思わなくてな、苦労した』

「……心中察する。あれは、惜しい男だった」

 

 純度100%の和室の中、電話の相手は嘗ての旧友からだった。

 湊斗忠道は珍しい、と率直な感想を内に述べる。『魔術師』神咲悠陽とは表面的に敵対関係にある以上、直接的な連絡をしてくる事など緊急時以外は在り得ない。

 

 ――逆に考えれば、この要件は『ワルプルギスの夜』に比肩する重要度という事に他ならない。

 

『――其方の近況はどうだい?』

「貴様達が所構わず派手に暴れ回ってくれたからな、此方で抑える事は不可能だ。近日中に大規模な掃討戦が開始されるだろう」

『おお、怖い怖い。『善悪相殺』なのに良くまぁ殺す気になれるものだ』

 

 茶化す『魔術師』に、湊斗忠道は心底から溜息を吐いた。

 あの『ワルプルギスの夜』で共同作戦を経て、少しは対転生者の感情が落ち着くと思われたが――その後に行われた数々の時点で呆気無く帳消しとなった。

 今では連日して『転生者討つべし!』との声が日増しに強くなり、武帝の頂点に立つ彼でも抑えられなくなっている。

 

「……他人事のように話しているが、その最優先候補地は貴様の領地だぞ?」

『――集団自殺したいの? 私としては他の勢力を削ってくれると嬉しいのだが? 野に下っている有象無象の転生者はまだ幾人か居るだろう? そういう潜在的な危険分子にぶつけろよ』

 

 その『魔術師』の声には欺瞞も虚勢も無い、ただ淡々と事実を突きつけているものであり――海鳴の大結界が復元しない内に討ち取るべきだ、という声が組織内で強いが、馬鹿な話だと湊斗忠道は内心思う。

 

 ――この一切油断ならぬ男が、地脈が完全に破壊されると解っていて、何ら対策を講じないだろうか?

 

 現に今まで『魔術師』は結界の修復を行った形跡は一切無く、その完全なる余裕は見ていて気味が悪い。

 今の『魔術師』の状態は『結界が壊れて隙が生じてますよ、チャンスですので屋敷に来て下さい』と言わんばかりであり、実際に飛び込んで罠の有無を調べるのは別の者にやらせるのが至上だろう。

 

『――近日中に管理局の連中が動く。ミッドチルダにバラ撒いた『魔女』を全て片付けて、可能な限り戦力を投入してくるだろう。それと時期が被らないように留意してくれ』

「……後回しにするか、一気に激発させるか、か。貴様はいつも無理難題を押し付ける」

 

 情報通り、管理局からの大規模な攻勢があるのならば、連中に様子見させるのが最も効率良い。これならば血気に逸る部下達も説得出来るだろう。

 自分達以外の者に尖兵を任せ、その末路を眺めさせれば、自分達がどれほど愚かな行動をしようとしていたか、冷静に分析出来るだろう。

 

「出来る限り先延ばしにしよう。だが、今回までの幾多の事件で、転生者に関する感情は最悪を通り越している。突発事故の可能性は高まるばかりだ」

『其方の管理下から逸脱する恐れがあるか。一応留意しておこう』

 

 気楽なものだと、文句の一つや二つ、言いたくなる。

 敵対者の『魔術師』からすれば、掛かってくるならば殺すだけで良いが、手綱を握る者からすれば、そうも言ってられない。

 

『――それと近辺の異常を見逃すなよ? 獅子身中の虫という言葉があるように、内部の敵は厄介極まる』

「……まさか、貴様が此方の心配をするとはな。明日は槍か、蛙か?」

『そんな天気はねぇよ。単なる気まぐれ――いや、確実に冬川雪緒の影響だな』

 

 電話越しから深々と溜息が吐かれる。冬川雪緒の影響力を失い、川田組を信頼出来なくなった『魔術師』の足元は存外に揺らいでいる。

 互いに苦労は絶えないようだと、湊斗忠道は分析する。

 

 

『そろそろ管理局の勢力を徹底的に叩き潰す。今後、此方の世界に二度と手出し出来ないようにな。――邪魔立てしてくれるなよ?』

 

 

 最後にこう言い残して、返事を聞かずに通話が終了する。 

 

「最早脅迫だな、御堂」

「幾分優しさが加わって従来以上の混沌具合だ」

「あの御仁も難儀なものだ」

 

 彼の半身である劔冑、通称『銀星号』、正式名称・二世右衛門尉村正は、嘗ての人の形態――褐色の肌に白髪、童話のエルフのように長い耳の少女の姿をとって寛いでいた。

 

「平和な治世だというのに、この魔都の争いは一向に絶えないものよ。平和惚けして腐っても、人間の本質というモノは変わらぬものらしい」

「……村正」

 

 善悪相殺の戒律を以って全ての戦いを無益なものにしてしまう劔冑は、改めて問う。

 

「そろそろ答えを聞こう。我が仕手よ。我等村正の掟は『善悪相殺』――前世からの答えを聞こう」

 

 

 

 

 ――『魔術師』との交渉は、『ヴォルケンリッター』に闇の書の頁の蒐集を転生者以外の対象から実行する事、最終的に管理局の勢力を排除して『八神家』を取り入れさせない事を同意させ、あと三つの条件が追加されて即座に締結された。

 

 有事の際の救援要請を互いに断らない事、闇の書の防衛システムの共同破壊、管理局の勢力の排除を一切邪魔しない事の三点である。

 更には信頼の証として、学園都市の勢力の跡地から見つかった『歩く教会』の返還が行われた。

 ……何か変な仕掛けが施されていないか、アル・アジフと一緒に疑ったが、今の処、異常は見当たらなかった。

 

(にしても随分と気前が良いというか、驚くぐらいの変わり身だなぁ)

 

 一度は八神はやてを葬ろうとしたとは思えないぐらいだ。

 傍目から見ても『魔術師』が大きく譲歩したような形であり、何らかの意図があったと思われるが、はやての事で奴と争わずに済んだのは救いである。

 一つの事をやり遂げて安堵した反面、今のオレ達に支配するのは言い知れぬ無気力感だった。

 

 

 ――学園都市の勢力との戦いで、『過剰速写(オーバークロッキー)』は帰らぬ人となった。

 

 

 教会内でのムードメイカーだったはやては見るに耐えないほど落ち込み、その影響はオレ達にも出ている。

 どうやったら、落ち込んでいるはやてを元気付けられるか、空を見上げながら考える。

 彼女一人の笑顔さえ、オレは守れないのかと、自身の無力さに落胆しながら……。

 

「……此処に居たんだ、クロウ、さん」

「……呼び捨てで構わねぇよ。今更さん付けなんて逆に変だし」

 

 黄昏れている処に現れたのはセラであり、珍しく私服である。

 『魔術師』から返して貰った『歩く教会』は洗濯中だったか――?

 

「……これで、はやてに関しては安心だ。改めて礼を言う。……ありがとよ」

「……私は、その、私の為に、しただけだから……」

 

 俯いてセラは言う。その細かい表情は窺えないが、あくまでも自分の為であって、他人の為じゃないと言って。

 

「それでも、礼を言わせてくれ。オレ達じゃ、はやての将来を守れなかった」

 

 元々オレは魔法少女リリカルなのはの世界なんて知らないし、管理局が転生者によって何処まで変質しているかなんて解らないが――はやての将来を、誰かの思惑で著しく制限したくない。

 自分で選び、いずれ自分のその足で歩むべきなのだ。それが周囲に居る一人の大人として、成すべき事である。

 

「……私の方こそ、ありがとう。こんな私なんかを、助けて、くれて……」

 

 また俯きながら、セラは呟くように話し――漸く、一歩、彼女と近寄れた気がした。

 

「よーし! それじゃはやてを元気付ける方法を考えようぜ! オレの脳味噌じゃ全然思い浮かばないから頼るぞ、セラ」

「う、うん、難しい問題だけど、頑張って考えるよ……!」

 

 

 

 

「――これで、内の問題はほぼ全て片付いた。後は貴様だけだ、豊海柚葉」

 

 教会勢力との交渉を即座に締結させ、足元の憂慮をほぼ完全に排除した『魔術師』は魔王の如く邪悪にほくそ笑む。

 漸く一番の敵との決着の時が訪れた。完全無欠なまでの形で討ち滅ぼしてやると、『魔術師』は意気込む。

 

「……ただ、最大の問題にして不確定要素が一つ残っているがな」

 

 謎というヴェールに包まれた豊海柚葉の全容を、『魔術師』はあの一戦で見極めたと言っても過言じゃない。

 その代償に――自身の掌に納まっていた秋瀬直也という駒が、未知数の脅威に成り変わってしまった。

 

 『矢』によって、自身のスタンドをレクイエム化させる事によって――。

 

 これが今現在、『魔術師』が懸念する由々しき事態である。

 

「エルヴィ、ランサー。秋瀬直也は私と豊海柚葉、何方に付くと思う?」

「そんなの決まってるじゃないですか。男という生き物は、絶対に可愛い女の子の方を選びますよー」

「自分の保身の為に女を見捨てるような奴じゃねぇな、あの坊主は」

 

 エルヴィとランサーのさも当然の如く述べられた意見を、『魔術師』もまた無条件で同意する。

 幾らあの豊海柚葉の性根が腐っていようと、同レベルの人間と比べて何方かを選ぶのなら、『魔術師』だって間違い無く男の方では無く、美少女の方を選ぶだろう。

 

 誰だってそうする、オレもそうするレベルの真理である。

 

「……全く、説得出来る人物は居なくなってしまったからな」

 

 此処に冬川雪緒さえ生きていたのならば、義理人情の重みで秋瀬直也を説得する可能性が残されていた。

 この一連の事件で損を被ったのは、間違い無く『魔術師』の陣営である。

 副長の位置に居た者を長に据えて今回のゴタゴタに収拾を付けたが、もう冬川雪緒が居た頃と同じ関係を築く事は不可能である。

 何より『魔術師』自身が今の川田組を信頼出来ない。これは致命的な問題である。

 

「で、どうするんだ? マスター」

「一応、筋は通す。関わらないのならば手出ししないし、今後の安全も保証する。庇い立てするなら後日に片付けるさ」

 

 『魔術師』は自身が絶対に信頼されない類の人間であり、人望の欠片も無い事を熟知している。謀略の才能と人望のセンスは真逆の概念であり、面白いぐらい反比例する。

 だからこそ、人望があって義理堅い冬川雪緒という存在は掛け替えの無い親友だった。彼だからこそ曲者揃いのスタンド使いを統率し、扱う事が出来たのだ。

 

 ――だから、秋瀬直也を此方の味方に引き摺り込む事は不可能であり、明確に敵対するか、観測者として傍観するか、本人に直接問わねばなるまい。

 

「即座に葬らない、だと……!?」

「ご主人様、どうしちゃったんですか!? いつものご主人様なら『見敵必殺(サーチ&デストロイ)』で即座に暗殺する流れですよっ!?」

 

 ランサーとエルヴィは揃って驚いたような表情を浮かべ、その二人の従者の様子に『魔術師』は青筋を立てて怒る。

 

「……あのなぁ、人の事をどう思ってやがるんだよ?」

「愉悦部入り間違い無しの性格破綻者です」

「謀略好きのロクデナシだな」

 

 揃いも揃って即座に言い合い、『魔術師』は笑いながらブチ切れた。

 

「あはは、主を存分に理解してくれる従者を持てて私は幸せ者だ……! 其処に直れ、修正してやるっ!」

「きゃーパワハラ反対ぃー!」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58/彼女の正体

 

 ――その彼に興味を抱いた理由は、一体何だったのだろうか?

 

 この短期間で三回死にかけて生き延びた、類稀な強運だろうか?

 だが、真に強運たる者はそもそも大凶に当たらない。この場合は逆境に強いと評するべきなのだろうか?

 転生者としての強さは中の下、彼より厄介極まる転生者は幾らでも居る。強さという観点では論ずるまでもない微小な存在である。

 

 ――彼女は彼の何処に特異性を見出して接触したのか、その当時は自分自身でも理解出来ていなかった。

 

 彼女の能力は万能と言っても過言じゃないぐらい、強大で汎用性に富んだ能力だった。

 未来予知に匹敵する直感は、真実を容易に看破する。けれども、彼女の知り得ぬ事は見抜けない。

 何故なら最初から見向きもしないからだ。

 

 ――斯くして、魔都海鳴で暗躍する傍ら、彼女は彼との接触を繰り返した。

 いつしか、その優先順位がいつの間にか逆転していた事に、彼女は未だに気づいていなかった。

 

 彼は確かに、彼女が今までに出遭った事の無い類の人間であった。

 強大な力こそ無かったが、その黄金の精神は『巨悪』を打ち砕き、一切損なわれる事無く彼の中に根付いている。

 まるで彼女が夢にまで思い描いた『正義の味方』のようであり、されども自分と相対すれば呆気無く決着付くであろう事に、彼女は一人勝手に深い失望を抱いた。

 

 ――最果ての『悪』である彼女を倒すには、彼は余りにも無力過ぎたのだ。

 

 自分という全てを支配する極星から見れば、彼は弱々しい流れ星――されども、困難に立ち向かう毎にその星の光は輝きも規模も増して行く。

 彼が何処まで行けるのか、最後まで見届けたい気持ちが芽生えていた。もしかしたら、或いは、届くかもしれないと、切に願って――。

 

 ――そして遂に、彼は届いた。『矢』の力を支配し、自分と同じ地平に並んだと確信した。

 

 

 58/彼女の正体

 

 

『Accel Shooter』

「シュート!」

 

 ――なのはのアクセルシューターが飛翔してくる。

 

 数にして十個、周囲を取り囲むように配置され、時間差で雪崩れ込んで来るそれは、嘗ての自分のスタンドでは『ステルス』を使わない限り凌ぎ切れない猛攻である。

 

「シャッ――!」

 

 だがそれを『蒼の亡霊』は尋常ならぬ速度で悉く殴り落としてしまう。

 試運転がてらに動かした時から何となく察知していたが、心臓部のエンジンを数段階上のモノに変えたかの如く――今の『蒼の亡霊』ではこんな無茶な事も簡単に出来てしまう。

 

(……パワー、スピードも段違いに向上してやがる。しかも――)

 

 アクセルシューターを全部無効化して駆け寄る此方に、なのはは空を舞って距離を離そうとし――スタンドを装甲して一気に飛翔する。

 

「え……!?」

 

 ――身体が軽い。風の能力も段違いに向上している。持続時間も、その全体の効果さえもだ。

 

 ジョルノ・ジョバァーナが自身のスタンドに『矢』を使った時、基礎能力も圧倒的に向上していたし、元々の能力も尋常ならぬレベルでパワーアップしていた。

 その影響は自分のスタンドにも適応されているようであり、通常時では短時間且つ短距離の飛翔しか不可能だったが、なのはのような空戦魔導師に追いつくぐらいの出力を瞬時に叩き出すが可能となっている。

 

『Protection』

 

 レイジングハートは自動的に防御魔法を展開し、オレは右拳を握り締め、複数の拳打をぶち込む。

 堅牢な障壁の前に、幾らパワーアップしたと言っても弾き飛ばされるだけかと思われたが――ただの一発で、防御魔法が木っ端微塵に崩れ去った。

 

「そん、な……!?」

「――え? 嘘ぉ……!?」

 

 余りの想像外の出来事に、防御魔法を殴り削る気だった此方の拳が全部スカる。

 瞬間的に飛翔してこの場から即座に離脱し、オレは地面に着地してスタンドの装甲を解いた。

 

「さんきゅー、なのは! もう良いよー!」

「……あ、はーい!」

 

 此処に戦線離脱から復帰したなのはとの実戦式の模擬戦は終わり――やっぱり自身のスタンドはレクイエム化していると結論付ける。

 姿形は全く変わっていないのに――ジョルノの場合は、結構ビジュアル的に変わったのに何故だ?

 頭を傾げていると、近くに降り立ったなのはと自分に向かって白いタオルが投げられ、見物していた柚葉は心底不思議そうに『蒼の亡霊』を凝視していた。

 

「……常時レクイエム化しているの?」

「いや、多分だけど『矢』を抜き取れば普段通りに戻ると思うんだが――その『矢』が見当たらないんだ」

 

 それに、ちょっとだけレクイエムの力の片鱗を味わったような気がして、背筋が寒くなる。

 

「どうやってあの防御魔法を打ち砕いたの? なのはの方は何か解った?」

「……えーと、一撃で防御魔法の構成が吹き飛ばされたみたいで、私には何が何だか……」

 

 自身のスタンドの拳を見ながら、相当ヤバい能力だと何となく察する。

 『矢』によって新たに獲得した能力の発現条件は対象を殴る事であり、どういう法則が働いたのか、ただの一撃でなのはの堅牢極まりない防御魔法が砕かれている。

 

「本体のオレにもよく解んねぇ……だが、人間相手に使う気も試す気も起こらないな」

 

 単純に物理的な攻撃力が高まったとだけでは無いと断言出来る。もっとヤバい片鱗が見え隠れしている。

 ジョルノのゴールド・エクスペリエンス・レクイエムは、攻撃してくる相手の動作や意志の力を全て『ゼロ』に戻してしまう、間違い無く歴代最強のとんでも能力が発現した。オレの『蒼の亡霊』――いや、ファントム・ブルー・レクイエムも、それに匹敵する能力を手に入れてしまっているのか?

 

「ジョルノ・ジョバァーナと一緒なら頭部に来ているんじゃない? その仮面を取ってさ――」

「……スタンドの『癖』みたいなものがあってな。空条承太郎の帽子を触るが如く、仮面に触ろうとすると自動的に反撃されるから嫌だ」

 

 本体のダメージはスタンドへのダメージだというのに、構わず殴られたのは良い思い出である。というか、永遠のトラウマ?

 

「……ねぇ。そのスタンド、明らかに自律してない?」

「あーあー、聞こえない。何を言っているのかまるで聞こえないぞー!」

 

 HAHAHA、まさかそんな訳無いだろう。そんなホラー展開、オレは絶対知らんし、絶対認めんぞ。

 などと現実逃避していたら、ポケットの携帯電話が鳴る。誰からかと思いきや――思わず眉間を顰める。

 

「……『魔術師』から、だと――?」

 

 もうこの時点で嫌な予感しかしない。そんな一日の始まりである――。

 

 

 

 

 ――『魔術師』に呼び出されちゃった。てへっ。……え? 何この超弩級の死亡フラグ?

 

 好きな会合場所を選べ、其処が貴様の死に場所だ、という事だそうなので(後半部分は恐怖に駆られた想像に過ぎないが)、冬川雪緒と生前何度も行き着けた居酒屋で正座で待ち侘びる。

 

(い、いや、落ち着け! 屋敷に来いとは言ってないから、此処でいきなり始末する気は無い、筈……?)

 

 まるで信用出来ない。嫌な汗ばかり流れる。

 程無くして――とは言っても、時間感覚が崩壊して永遠のように感じられたが、三人分の足音が聞こえて、『魔術師』はエルヴィとランサーを引き連れて現れた。

 

「――少し待たせたか、済まないな」

 

 ……あれ、オレ、マジで死んだんじゃね……?

 一応、逃走経路として背後の壁を破壊して脱出するという最終手段を用意しているが、その行動を目の前の英霊と吸血鬼が許してくれるだろうか――?

 

「……秋瀬直也。君が私を信用していない事は十分理解しているが、エルヴィとランサーが姿を最初から現しているのは二人を使って不意打ちしないという意思表示なのだがね……?」

 

 やや呆れたような声で『魔術師』は語り、『魔術師』だけがオレの向かい側の席に座り、エルヴィとランサーはオレ等とは別の、もう一つ向こうの席に座る。

 

(……『魔術師』なりの気遣い? このオレに? 何故? ホワイ? というか、不意打ち云々は抜きにして、二人同時に襲われた時点でオレの人生は終わりなんですけど? それ以前に、アンタすらオレを殺すのなんて簡単だろう……!?)

 

 内心混乱の極致に至っているオレを無視して、『魔術師』は適当に摘めるモノを店員さんに頼む。手馴れている様子であり、まるで常連客のように見えた。

 

「最初に言っておく。川田組の一件、済まなかった。生憎と干渉出来る精神状態では無かったのでな」

「……何かあったのかよ? そういえば柚葉のヤツが微妙な反応していたが」

 

 最初に樹堂清隆が襲ってきた時に動いてくれれば此処まで苦労はしなかったと、ジト目で睨んでおく。

 

「……『柚葉』、か。まぁいい。流石の私も実の娘を殺せば憂鬱になるさ。神咲神那、冬川雪緒から聞いていただろう?」

「実の娘? 妹じゃなくてか?」

「三回目の転生者だったんだよ。二回目と一回目が私の実の娘の――」

 

 いつぞや冬川雪緒から聞いた、この世界での身内が嘗ての世界での娘だと――?

 『魔術師』はいつもの覇気無く「尤も、気づいたのは殺す直前だったがな」と自嘲する。

 

 

「今回の話は単純明快だ。豊海柚葉との決着を近々付ける。私と豊海柚葉、その何方かが確実に死ぬだろう。お前は何方に付く?」

 

 

 面倒な前置き無く、今後の全てに関わる重大な本題を叩き付けてきやがった……!?

 これは迂闊に答える訳にはいかない。エルヴィとランサーの席に一瞬だけ目を向け、目の前の『魔術師』に戻す。

 

(この状況は、致命的にまずい。くそっ、無言の脅迫か!?)

 

 オレとしては、豊海柚葉と『魔術師』、その何方に付くか、簡単に決めれる問題では無いが、『魔術師』としては性急に味方か敵か見極めたいという訳か。

 ……敵対者だと判明した瞬間、傍観席に居る二人が敵になるという寸法なのか。

 

「忌憚無く言ってくれ。わざわざ自身の領域外で会食したんだ、敵対すると言っても此処で葬る事はしない。――亡き友、冬川雪緒に誓おう」

 

 オレは思わず『魔術師』の顔をまじまじと観察する。

 バーサーカーに殺されたと思われた時の『魔術師』の反応、瀕死の豊海柚葉を前に友人の亡骸を優先した『魔術師』を思い出し――その言葉に一片の虚偽が無いと信じる。

 『魔術師』と冬川雪緒の間には、新参者のオレなんかには語れない『友情』があった。それを謀略の材料に使う事は絶対に無いと、オレは信じる。

 

「――どうして、柚葉を排除する必要があるんだ?」

「その質問に答えるには、一つ此方の質問を先に答えて貰う必要がある。――豊海柚葉がどの勢力の人間か、解ったか?」

「……いや、未だに解らない。そもそも、あれが勢力に属するとは考えられないんだが」

 

 強いて言うならば、豊海柚葉は豊海柚葉という勢力の王に他ならない。王者たる彼女が誰かの軍門に下る事など絶対に在り得ない。

 その点は『魔術師』も同意見だったらしい。

 

「もう逆説的に一つしか残ってないんだよ。邪神勢力は滅びて、学園都市の勢力も滅びた。残った三つは海鳴市に元々根付く組織だ。さぁ、最後に何が残っている?」

 

 この居酒屋で冬川雪緒から説明された大勢力は五つ、一つは目の前の『魔術師』勢力、二つ目は『教会』勢力、三つ目は『武帝』勢力、四つ目は『邪神』勢力、五つ目は『学園都市』勢力である。

 ……というか、『武帝』勢力まで海鳴市に元々根付いていた勢力なのかよ。初耳である。

 そのどれもに当て嵌まらず、匹敵する大勢力――? そんなもの……あ。一つだけある。それに思い当たってしまい、同時に訝しむ。

 此方のその様子を見抜いているのか、『魔術師』は話を進める。

 

「――秋瀬直也。私はね、今まで一つだけ掴めなかった情報があったんだよ。あの忌まわしき管理局の頂点が誰なのか、今の今まで掴めなかった。解っているのは、その頂点が『教皇猊下』と呼ばれている事だけだ。だが、今は限り無く真相に近づいていると確信している」

 

 此処まで言われれば、馬鹿でも理解出来る。つまり、『魔術師』が言いたい事は――。

 

「……柚葉が、時空管理局の勢力のトップだって言いたいのか……!?」

「それしか考えられない。――まぁ、殺してみれば解る程度の確信だがな」

 

 脳裏に様々な反論が湧き出るが、ある意味納得している自分が何処かにあるような気がする。

 豊海柚葉が次元世界を牛耳る覇者? 似合い過ぎて笑えねぇぞ。

 ……だが、それにしても、その『教皇猊下』というのは微妙だが。宗教被れしている印象なんて欠片も無いし。むしろイメージ的に神を冒涜して殺す側だろうに。何故に『教皇猊下』なんだろう?

 

「近々管理局の大攻勢が始まる。私はその勢力を全て叩き潰して管理局の転生者達の首を刈り取るつもりだ。特に首魁は絶対にな」

 

 その殺意は自分以外の誰かに向けられたものであり、それを理解していながら背筋が凍える。

 

「それ故に、これは私からの最後の依頼だ。拒否権はある」

 

 丁度この時に『魔術師』が頼んできたモノがテーブルに置かれ、自分の前にも冷えたコーヒーが置かれる。

 『魔術師』とオレは同時に飲み物に手を付け、飲み干す。適当にお代わりを頼み、今回の議題に戻る。

 

「――豊海柚葉を探って、彼女が本当に時空管理局の『教皇猊下』かどうかを確かめてくれ。その上で何方に付くか、はっきり表明して欲しい」

 

 ……これは、まさに人生の分岐路だ。

 受けるにしろ、受けないにしろ、確実に後々まで影響を齎す重大な分岐点だと自覚する。

 

「当然、今までのどんな事よりも危険度は高い。お前が殺した筈の教会勢力の『代行者』、あれも彼女の配下として活動している」

「……何だって?」

「君が殺したのは『プロジェクトF』の産物らしいな。あれが簡単に死に過ぎてずっと疑問に思っていた処だ」

 

 『魔術師』は無表情でそう言い渡し、更に「腐っても代行者、私見だがシエル並の実力者だ」と付け足す。

 オレの戦ったあの代行者はサーヴァントと防戦出来るような超人ではなかった。もしもそんな超人相手なら、黒鍵の一撃さえオレは防げなかった筈だ……。

 

「……柚葉と戦わずに済む道は、無いのか?」

「我が娘は彼女の手引きで差し向けられた刺客だった。まさか時空の彼方で、子殺しを成すとは私自身も思わなかったぞ。――私の監視網を潜り抜けるのにも『プロジェクトF』の産物が使われている」

 

 激しい憎悪を顕にして「今、あの家で暮らしているのは記憶だけ転写した複製体だ」と『魔術師』は憎々しげに言う。

 

「――本音を言うと、私は君を敵に回したくない。正体不明の能力であるレクイエムの事もあるし、冬川雪緒への義理立てもある。協力しなくても、動かないのであれば安全は保証しよう」

 

 ……本当に、冬川雪緒には感謝しても感謝し足りないようだ。身に沁みてそう感じる。

 

「ただし、敵対するのであれば容赦はしない。豊海柚葉と一緒に死んで貰おう」

 

 話は終わりだ、と『魔術師』はお代わりのコーヒーに手を付ける。

 

 ――オレは自分がどういう選択を下すべきか、深く思案する。

 

 何方を選ぼうが、二人が殺し合って何方かが消える。魔都海鳴の未来を定める大一番だ。悩みに悩み抜く。

 そもそもオレは、豊海柚葉についてどう思っているのだろうか?

 

 最初出遭った時は、無関係の者さえ巻き込む『邪悪』だと認識した。

 能力的にも目の前の『魔術師』に匹敵し、直接戦闘だって『ボス』を数千回凌駕するぐらい逸脱している。……違うな、今、考えるべきはそんな事ではない。

 

 朝、登校して朝礼前に教室の前で話し合う事が日常だった。

 散々デートという名目で此方の財布を散財させられた。

 意外に情熱的で、話し合える相手である事も解った。

 あの『魔術師』に匹敵する凶悪な人物だけど、見た目は九歳の少女で、その小さな身体は予想以上に軽かった。

 いつの間にか、彼女と一緒に居る事が、オレの日常になっていた。

 とんだ侵略者だと、オレは笑う。笑わずにいられなかった。

 

 ――認めよう。誤魔化しもせずに、親身になって。

 オレは一人の友人として、彼女に死んで欲しくないと何処かで願っている。

 

「――豊海柚葉が管理局のトップかどうか、確かめる依頼は受ける。だが、条件を一つ付け加えさせろ」

「……聞こう」

 

 『魔術師』は意外そうな顔をした後、その付け加える条件を吟味すべく静かに待ち侘びる。

 

「彼女がそうでない場合は、殺さないと約束してくれ。これを確約してくれない限り、オレは依頼を受けない」

「――ほう。この私に私情を、利己的な復讐心を捨てろ、と言うか」

 

 その時の『魔術師』の顔は獰猛に笑っており、その殺意が自身に向けられた。

 だが、揺るがず、怯えずに睨み返し――『魔術師』は殺意を抑え、晴れやかに笑った。

 

「良いだろう。確たる証拠を持って証明すれば、彼女を殺さないと約束しよう」

 

 オレはほっと一息吐く。だが、まだこれからだ。そんな言葉だけでは一切信用ならないのがこの『魔術師』だ。

 ……本当に付き合っていくのが極めて面倒な性格破綻者だ。これと友情を築けた冬川雪緒は本当に偉大だと思う。

 だが、まぁ面倒なのは豊海柚葉も一緒なので、一人や二人増えた処でどうって事もあるまい。

 

「秋瀬直也、私は君がその場凌ぎの嘘を提出しないと信じる。豊海柚葉と共謀する可能性も絶対に無いと信頼しよう。そんな反吐が出るような裏切りをするぐらいならば、お前は正々堂々挑むだろうしな――私の方から違約させない為に『自己強制証文(セルフギアス・スクロール)』を用意する準備があるが?」

 

 『魔術師』は着物の懐から一巻きの羊皮紙を取り出す。

 それは衛宮切嗣がケイネス・エルメロイ・アーチボルトに『ランサーを自害させる事でケイネス並びにソラウに手を出さない』事を魔術的な作法で確約させたものであり――オレは瞬時に目を細めて首を横に振った。

 

「それは止めておく。ケイネスのように定条文の裏を掻かれそうだからな。ただ――冬川雪緒の名に誓ってくれれば良い」

「――暫く遭わない内に交渉上手になったじゃないか。良いだろう、確たる証拠を持って管理局の首魁でない事を証明すれば、私、神咲悠陽は豊海柚葉を殺さない。我が友、冬川雪緒の名に誓おう」

 

 くく、と笑いながら『魔術師』は羊皮紙を懐に仕舞う。

 『自己強制証文』なんぞに頼った日には、文章の穴を突かれて後日地獄を見たであろう。平然と人を陥れようとするから友達が居ないんだよ、お前は……。

 

「それじゃ最後にアドバイスだ。彼女の家を探索すればはっきりすると思うが、間違い無く死地だ。彼女に殺されない為には――頑張って口説き落としたまえ」

「なっ!? だ、だからオレとアイツはそんな関係じゃ……!」

 

 ま、また巫山戯た事を言いやがったぞ、コイツは!

 やっぱり誤解してるんじゃねぇかとオレは顔を真っ赤にしながら反論し、その様をくつくつと愉悦を感じながら笑う。やっぱりコイツは性格最悪だッ!

 

「好きでも何でもない女の為に生命なんざ賭けられるか」

 

 いや、それは成り行きというか、場の乗りというか、というかオレは誰に釈明しているんだ!?

 不貞腐れたようにオレはコーヒーをがぶ飲みして、咽る。ぐぬぬ、踏んだり蹴ったりだ!

 

「それにな――愛した女が居るなら絶対にその手を離すな。この手をすり抜けて逝かれるのは、結構堪えるぞ」

 

 ……その実体験すら伴った忠告に、オレは何も言えなくなる。

 

「――それに、現状では間違い無く、彼女は最強最悪の転生者だ。もう枷は消えてしまったからな、謀略の面では私ですら到底及ぶまい」

「……枷、だって? あの『ボス』を数千回殺した柚葉が、制限付きだとぉ――ッ!?」

 

 え? 何それ、お願いだから聞き間違えだと言ってくれ。

 心底信じられない顔で『魔術師』の顔を見たが、其処に冗談が入り込む余地は無く――今一度、オレの中に衝撃を齎す。

 

「……マジ、なのか?」

「もう一瞬先の未来予知どころじゃないレベルで感知されているだろうよ。今の私の動向も当然の事ながらな。――唯一つ、例外があるとすれば君だよ、秋瀬直也」

 

 『魔術師』は自分に指差し、邪悪に笑う。

 んな、馬鹿なと言いかけて――その可能性の一つに思い当たる。

 

「……それは、レクイエム化したスタンドがその範疇に収まるかどうかの、推測の話だろう? というか――柚葉の能力を見抜いたのか!? 一体何なんだよ、あれ?」

「おいおい、私の情報源は君だぞ? 君にすら推測出来ていない事を、私が都合良く判明させているとでも思っているのか? あくまで推測の域に過ぎない。的外れかもしれない先入観など植え付けられたくないだろう?」

 

 ……何か、凄い暴論で言いくるめられた気がする。推測でも的外れでも良いから聞きたいが、この調子だと言う気など全く無いな……。

 

「――それでは君の健闘を祈るよ、秋瀬直也。……あれと殺し合わずに済む未来か。あるのならば見てみたいものだ」

 

 『魔術師』が最後に言った、独白に近い言葉はどういう訳か、オレの胸の中に深く刻まれたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59/それぞれの一時

 

 59/それぞれの一時

 

 

 ――魔都『海鳴市』の大勢力の一つ、反転生者の組織である『武帝』の頂点にいる湊斗忠道。

 彼は『二回目』の世界において『湊斗家』に産まれた人間である。

 

 『湊斗家』は装甲悪鬼村正の世界の、南北朝争乱を納めた妖甲『村正』が奉納された旧家であり、湊斗忠道は『湊斗景明』と『湊斗光』が生まれる前の、遥か前の先祖として生を受けた。

 

 ――北朝・南朝に一領ずつ献上された始祖『村正』と二世『村正』は、他と隔絶する頂点の性能を持った至高の劔冑であり、加えて異常な特質を二つ備えていた。

 それが『善悪相殺』の戒律と『精神同調』である。

 

 『善悪相殺』――敵を一人殺したのならば、味方も一人殺さなければならない。悪しき者一人殺したのならば良しき者一人、憎む者を殺したのならば愛しき者も一人。

 村正と結縁した武者はこの掟を背負う。善も悪も殺して、全ての戦いを無意味に帰結させてしまう。

 かの劔冑は独善を許さない。最強の武力を仕手に与えながら、誰よりも武力の行使を自重する事となる。刃の報いは己の身に返るのだから。

 『精神同調』――『村正』は創気、辰気、磁気を『波』として拡散させ、周囲の人間の精神を仕手のそれに同調させる事が出来る。

 つまりは『善悪相殺』の戒律の徹底であり、強制――指揮する一軍全体を村正の思想に沿う集団に変貌させる事が出来る。

 

 ならばこそ、少し思考が回る者の手に渡れば、その『精神同調』の業を使って、敵のみにその『善悪相殺』の戒律を押し付けようとするだろう。

 それを防ぐ為に、両陣営に一領ずつ『村正』を奉納されたのだ。

 戦場が遍く『善悪相殺』の戒律に支配されるのならば、両陣営は迂闊に仕掛ける事は出来まい。血で血を拭う南北朝の乱は、彼等『村正』の理念を以って、穏やかに平和に終息する筈だった。

 

 ――だが、結果として、南北朝の大争乱の最後は、未曾有の殲滅戦争となり、当時の総人口の一割とも二割とも云われる死者を出して閉幕に至る。

 始祖『村正』が奉納された北朝軍の主将は刺客を不意に討ち取ってしまい、その代価に最愛の弟を殺して狂ってしまった。

 

 発狂した主将は『精神同調』――否、『精神汚染』を以って己が全軍を狂気の殺戮集団に豹変させ、二世『村正』を持つ南朝軍の主将は狂気の『波』から自軍を守る為に先立って『精神同調』を使わざるを得なくなり――自身の全軍に『善悪相殺』の戒律を敷く事になり、前代未聞の地獄のような闘争が幕開けた。

 

 ――斯くして、これが稀代の妖甲『村正』に纏わる阿鼻叫喚の物語であり、湊斗家に二世『村正』と三世『村正』が半永久的に死蔵された経緯である。

 

 湊斗忠道は『装甲悪鬼村正』の物語を知っていた。

 それが英雄の物語ではなく、悪鬼の物語である事を。

 そしてそれが自分の代では絶対に起こらない物語だと過信していた。――有り触れた悲劇や惨劇など、何処にでも転がっているというのに。

 

 それは彼の幸せの絶頂期に唐突に訪れた。

 

 ――権力者の気まぐれで、その腹に我が子を孕む結婚前夜の妻が、斬り捨てられたのだ。

 

 その経緯など既に問題では無い。その結果が彼を極限まで絶望させ、世の理不尽さを浮き彫りにさせ、湊斗忠道に二世『村正』と結縁させる動機を与えてしまった。

 

 再び妖甲『村正』は世に解き放たれ、湊斗忠道は復讐の為に殺戮の限りを尽くした。

 

 『善悪相殺』の戒律の抜け道など、彼は知り得ている。敵意が無ければ良いのだ。蟻を踏み潰して「ああ、殺してしまった」と嘆く人間など居ない。

 虫けらを踏み潰す感覚で、自身の前に現れた雑兵を払えば良い。既に二世『村正』――至高の劔冑『銀星号』を駆る彼と他の武者の武力は天と地ほどの差、単なる塵屑に過ぎない。

 憎む者は唯一人、支払える生命は自分唯一人、有象無象になど見向きもせず、彼は狂気を撒き散らしながら走り抜けた。

 

 ――そして、我を取り戻した時、既に妻子を殺した仇敵は死した後だった。

 

 この手で殺めたのか、その実感すら湊斗忠道の手には残っていなかった。

 他の有象無象と同じように呆気無く潰した存在の何を記憶に留められるだろうか。己の生命を代償とした復讐劇は、最早単なる茶番に貶められていた。

 

 

『――オレは『善悪相殺』の戒律を求める。愛した者を殺した怨敵に然るべき報復を。復讐を遂げた我が身に裁きの刃を』

 

 

 二世『村正』と結縁した際の誓いの言葉は、永久に果たされる事無く――殺戮の宴は際限無く続く。

 終わらぬ悪夢を終わらせたのは、三世『村正』を纏った今世の妹であり、されども彼女との死闘は長らく続く。

 

 彼等の戒律は『善悪相殺』、怨敵と化した我が身を殺させれば、妹はその代償を己が生命で支払う事になる。

 何が何でも彼女にだけは殺される訳にはいかなかった。

 

 同時に、彼には自害するという最期の道さえ消え果てていた。

 彼が世で一番憎むは我が身であり、憎しみを籠めて自分を殺せば、『善悪相殺』の戒律はその代償に愛した者を、彼の妹の生命を殺めるだろう。

 

 ――以上が、湊斗忠道の『二回目』の救われない結末。

 

 『善悪相殺』の戒律、其処にあった『村正』の不滅の理念に対し、彼は何ら答えを出せず、ただ同じ悲劇と惨劇の殺戮劇を、大和の歴史に繰り返しただけだった。

 

 

 

 

(あーあ、予想以上に呆気無く結べちゃった。これで――)

 

 ――『魔術師』との交渉はトントン拍子で進み、拍子抜けするほど呆気無く締結された。

 

 これで自分の存在意義が早くも無くなってしまった、とセラ・オルドリッジは目を伏せる。

 事実、彼女は用済みになれば『禁書目録』の自分に消される事を覚悟して、この交渉を全力で成立させた。

 それが、それだけが彼女に出来るクロウ・タイタスへの、唯一の恩返しだったからだ。

 

(……でも、それでも良いやって思える。だって、彼だけは――)

 

 ――誰も、彼女を助けてはくれなかった。

 

 けれども、彼だけは自分を助けてくれた。

 涙が出るほど嬉しくて、それでも本来、彼の友だった者は『禁書目録』の自分であると自覚し、深く悲しんだ。

 

(――なん、で?)

 

 ――だから、交渉が終わってもセラがセラのままだったのは予想外であり、目に見えて困惑する。

 

(もう、私は用済みなのに、何で――?)

 

 あの『禁書目録』の十万三千冊の知識を使えば、自分など簡単に消し飛ばし、身体の主導権を取り戻す事など簡単な筈だ。

 それなのに実行しないのは、本当に彼女がこの身体を受け渡す気なのだろうか――?

 

(本当に幸せになるべきは、私ではない――)

 

 ――果たして、それは、良い事なのだろうか? 間違っている事では無いだろうか?

 

 自分に何度も問い掛ける。所詮、セラ・オルドリッジは『一回目』と『二回目』の主人格に過ぎず、『三回目』の副人格に過ぎない。

 彼を本当に想っているのは『禁書目録』の自分であり、彼が本当に想っているのは『禁書目録』の自分である。其処に自分の出る幕など無い。

 

(……私は、私を返さなければならない――)

 

 ――本当に、これで良いのだろうか。セラ・オルドリッジは何度も問い掛ける。その答えは、明確なほどに出ていた。

 

 

 

 

 ――全然役に立てなかった、と高町なのはは酷く落ち込んでいた。

 

 秋瀬直也と豊海柚葉に必要とされ、意気揚々と挑んで、真っ先に退場した自分を不甲斐無いと思う。

 何でもかんでも上手く行くとは限らない。それは彼女の記念すべき初陣、初めから石に躓いて大転落した戦闘からの教訓ではあるが、情けなくて悲しくなる。

 

 ――強くなりたい。その力で自分の周囲にいる者を守りたい。思いだけが空回りするばかりだと何度目か解らない溜息を吐いた。

 

「……もう、全くっ! こんな美少女達を後にして『魔術師』の呼び出しに応じるとかマジ在り得ないっ! まさか同性愛者……!?」

 

 秋瀬直也が『魔術師』に呼ばれ、立腹な様子の柚葉は愚痴を溢し続けている。

 やっぱりあの二人は仲が良いんだなぁと感心し、彼女の身体の各所に巻かれた包帯を眺めて、改めて自分の無力さを思い知る。

 

「……んー? 何やらお悩みの様子だね、なのは。暇潰しに相談に乗るわよ?」

 

 にんまりと、面白い玩具を見つけたような眼で柚葉は笑い、かなり迷った後、なのはは自身の悩みを打ち明ける事にした。

 

「……えと、ね。私、全然役立ってないよね……?」

「え? 大活躍でしょ。水のスタンド使いを狙撃してないと、私はともかく直也君は死んでいたよ?」

 

 心底不思議そうに柚葉は言う。戯言でもなく、本心からである。

 

「……でも、結局私は真っ先に脱落して、皆に迷惑を掛けちゃったし……柚葉ちゃんのその傷だって――」

「これは私が受けた負傷であって、なのはが刻んだ傷では無いわ。反省出来るのは美点だけど、無意味な自虐は要らないわ」

 

 柚葉はばっさり斬って落とす。だが、一つだけ同情するように付け加える、

 

「……でもまぁ、此処が貴女、高町なのはの舞台でない事は確かね。王には王の、料理人には料理人の、魔導師には魔導師の――相応しき役者を相応しき舞台へ、適材適所に配置するべきだしねぇ」

 

 サーヴァント、魔女、スタンド使い――それらはミッドチルダ式の魔導師である高町なのはが本来相手にするべき敵ではない。

 彼女が最も実力を発揮するのは同系統の魔導師戦に他ならない。彼女の資質はその中でも極上の逸品なのだから――。

 

「――貴女が主役の舞台は必ず訪れる。いずれ、いえ、想像以上に近いかもしれないわ」

 

 その柚葉の言葉はまるで神託、浮世離れした預言者じみていて、何処か不吉な韻を孕んでいた――。

 

 

 

 

 ――フェイト・テスタロッサの眼に光は無く、血塗れの身体を引き摺って歩いていた。

 

 『魔女』の討伐が終わり、今日一日の役目を果たして自由時間となったが――彼女の心の平穏はもう何処にも無かった。

 

(……酷い毎日。記憶の中のアーチャーよりも――)

 

 アーチャーの辿った未来において、管理局での生活は当人の性根が根本から歪むほど最悪の水準だったが、今の自分の現状はそれすら超える劣悪振りである。

 

 ――活路が何一つ見い出せない。

 母親を盾に取られ、何一つ逆らえず、命ぜられるままに汚れ仕事を負う。

 

 弱音なんて吐いた日には心が折れてしまいそうだ。

 使い魔であるアルフにさえ、フェイトは本音を何一つ喋れないほど精神的に追い詰められていた。

 

(……高町なのはさえ、彼等の手に渡せば、母さんを――)

 

 果たして、彼女との約束を、彼等管理局の上層部は守るだろうか?

 フェイト・テスタロッサを自由に意のままにする最高のカードを手放すだろうか?

 そもそも、彼等との口約束が果たされた処で、フェイトの地獄は終わらないだろう。母は自分を愛してくれない。誰も彼女に救いの手を差し伸べてくれない。

 管理局の手駒として、散々使い潰されるのがオチだろう。アーチャーが飼い殺されたように――。

 

「フェイト、さん。その血は……!?」

 

 憂鬱な事を考えて歩いていると、出遭いたくない人に出遭ってしまった。

 リンディ・ハラオウン――アーチャーの辿った未来において、自分の義理の母親になっていた女性であり、現状において唯一手を差し伸べてくれる人物であり、されどもこの破滅的な状況を何一つ打破出来ない人物である。

 

「……リンディ提督。大丈夫です、ただの返り血ですから」

 

 頼っても、彼女にはどうしようも出来ない。それはアーチャーの記憶が証明している。結局、彼女は上層部の意向に逆らい切れない。

 心底心配する彼女の手を振り払い、フェイトは歩いていこうとする。

 

「……本当に、怪我は無い? 体調が悪いのなら――」

「……ごめんなさい。見苦しい処をお見せして。血を、早く拭いたいので失礼します」

 

 有無を言わさずに立ち去って――自身の備え付けの個室に辿り着く。疲弊するフェイトを迎え入れたのは子犬モードのアルフだった。

 

「フェイト!? 大丈夫だった? 怪我は……!?」

「……大丈夫、ただの返り血――シャワー、浴びるね」

 

 フェイトが魔女との戦闘にアルフを連れて行かない理由は、使い魔の彼女を失えば、今度こそ二度と立ち上がれなくなると自覚しているからだった。

 心配する使い魔を無視し、彼女はシャワールームに一人篭る。自身の身体に染み付いた血の臭気が、何とも忌まわしかった。

 

(……どうして、こうなっちゃったのかな?)

 

 一体何を間違えたのか、フェイトには解らなかった。

 この地獄のような日々を、一体誰のせいにして乗り切れば良いのだろうか? 高町なのは? ティセ・シュトロハイム? 会った事もない上層部の誰か?

 憎悪のやり場さえ定まらず、フェイトはシャワーに浴びながら、一人静かに咽び泣いた。

 

「……助けて。誰か、助けてよぉ……!」

 

 

 

 

 ――『過剰速写』の葬儀は粛々と執り行われ、その日以来、八神はやてから笑顔を完全に失わせた。

 

 教会の自分に割り振られた部屋に引き篭もり、食事の時でさえ顔を見せず――電灯さえ付けず、暗闇の中、彼女はじっと窓の外の夜空を見上げていた。

 

 ――彼に誘拐されて、二人で語り合った事を思い出す。

 

 彼は自分が救いようのない悪人であると語った。

 でも、はやてにはそうは思えなかった。人質を大切にするような律儀な悪党など悪党と呼べるだろうか?

 

 ――満天の星と海鳴市の夜景を眺めながら、見えない階段を登り続けたあの時を思い出し、はやての両眼から涙がまた溢れて来る。

 

 ことん、と。背後から音がした。扉も開いていないのに一体誰が――はやてが力無く振り向くと、其処には闇より暗い闇を纏った一人の吸血鬼の少女が立っていた。

 

「――こんばんは、はやてちゃん」

 

 心臓を貫かれて殺されそうになった記憶がフラッシュバックし、咄嗟に悲鳴が出そうになり――その前に瞬時に此方との距離をゼロにした吸血鬼は、自身の唇に人差し指を立てて「しー」と静かにするようにジェスチャーをする。

 

「あー、人呼ばないでくれると嬉しいなぁ。今回の私は敵じゃないですし」

 

 この前、自分の命を取りに来た吸血鬼はいけシャーシャーと「昨日の敵は今日の味方という言葉がありますよ」などと胡散臭そうに笑い、はやては警戒しながら話を聞く事にした。

 

「……どういう事?」

「えーと、そうですね。確かこれだったかな?」

 

 猫耳の吸血鬼はわざとらしく考えるような素振りを見せた後、にんまりと笑った。

 

「――貴女の復讐、ご主人様の命により強力にお手伝いしに来ました。まぁ悪魔の甘言の類ですけど、お話聞きますか?」

 

 それは皮肉にも、復讐に燃えるリーゼロッテを拐かした時と同じ言葉であり、八神はやての瞳に憎悪の炎をどうしようもないほど暗く灯した。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60/下準備

 

 60/下準備

 

 

(――『ファントム・ブルー』が『矢』を手放さない。『ボス』から柚葉を守る為に、オレは『矢』の力を必要とした)

 

 夜、久々に自宅のベッドに寝っ転がりながら、オレは自身のスタンドを出して眺める。

 『ファントム・ブルー』は静かに佇んでいる。見た目こそ変わらないが、内に秘めた驚異的な力は猛々しく荒れ狂っている。

 エンジンを少し掛けただけで、その凄まじい力を体感しているという状況である。

 

(……どういう能力が働いたのか、オレには全く理解出来なかったが――『ボス』は倒され、オレは『矢』の力を不必要なものと考えた)

 

 前世での因縁の敵を葬った以上、もう『矢』の力は必要無い筈である。

 オレ自身、その『矢』の力に恐怖さえ覚えている。暴走せずに制御出来ているが、身震いするほどヤバい能力がその両拳に宿っている事を、オレは実感している。

 

(お前が『矢』の力を必要としているのは、まだ『矢』の力が必要な事態が起こると予測しているのか――?)

 

 『ファントム・ブルー』は何も語らない。予想外の時に好き勝手喋って、此方が必要な時に何も喋らないのはいつも通りだった。

 

(――まぁ信じるさ、何年の付き合いだと思ってやがるんだ)

 

 『矢』の力が必要とされる事態が訪れない事を祈りつつ、オレはスタンドをしまい、静かに目を瞑ったのだった。

 

 ――明日、オレは豊海柚葉の内情を今までに無く、深く切り込む。其処に『魔術師』と争わずに済む、理想的な未来があると信じて。

 

 

 

 

「なん、ですって……!?」

 

 バーサーカー戦で冬川雪緒は死亡し、何者かのスタンドに乗っ取られていた。

 秋瀬直也に私怨があったスタンド使いは彼の裏切りを捏造して川田組のスタンド使いを動員して始末しようとしたが、それを秋瀬直也が葬った。

 『矢』の事に一片も触れずに纏められた報告書を、両手骨折して包帯塗れの赤星有耶は病室で穴が空くほど何度も何度も眺めた。

 

「正気ですか……!? 本当に冬川さんが、誰かに乗っ取られていただと言うつもりですかッ! そんな与太話を本気で信じるつもりですかッッ!」

 

 激怒する有耶の前に立つのは、川田組のスタンド使いの中の副長的な立場、冬川雪緒の腹心だったスタンド使いである男が、疲労感を漂わせて病室の備えの椅子に座っていた。

 

「――『魔術師』からは、秋瀬直也に関して何の連絡も受けてないと通達された。裏切りの事実も無いとな。『魔術師』と冬川さんの奇妙な友人関係は、君も知っているだろう? 冬川さんがそんな不手際を犯すとは考え辛い。何よりも筋が通らない……!」

 

 頭を抱えて、彼は項垂れるように叫んだ。

 彼とて認めたくなかった。今すぐにでも殺された冬川雪緒の敵討ちをしたかった。――『魔術師』の言い分を完全に真に受けた訳ではない。

 だが、あの『魔術師』が動いていて今回の事件を平定させた以上、その意向に逆らう事は死を意味する。

 

 数人のスタンド使いが殺害され、トップさえ失った川田組の組織力は低下している。

 

 ――そして何よりも『魔術師』は冬川雪緒を信頼していたのであって、川田組を信頼していた訳ではない。

 使えない味方、排除すべき敵と認定されたのならば、あの『魔術師』は微塵の容赦無く葬りに来るだろう。

 

「……その贋物の命令で、私は樹堂清隆を誤殺したと言うのかッ!?」

「――あくまでも疑惑の段階で、本来の冬川さんはそんな命令を下さないだろう……」

 

 彼の言い分はまるで自分に言い聞かせているような言葉であり、有耶はその全てをくだらないと一蹴する。

 

「話にならないッ! 物証は!? 明確な証拠はッ?! 私は絶対に信じないぞッ! この一件は『魔術師』と秋瀬直也の共謀だ……! 私達は嵌められたんだッ! 『魔術師』は冬川さんの事が邪魔になったんだッ!」

 

 彼等川田組のスタンド使いは冬川雪緒への忠誠心はあれども、『魔術師』に対する忠誠心は欠片も持ち合わせていない。

 その非業の行いから嫌悪している人間も無数に居るのである。

 

「……どうするんですか? 私達は、あの『魔術師』の狗に成り下がるのですかッ!?」

 

 

 

 

「八神はやて、私は君の事を高く評価している。何故だか解るかね?」

「……んー、初対面の人にそないな事言われても解らへんけどなぁ」

 

 淡い明かりが照らす洋風の部屋の中、『魔術師』はコーヒーを口にしながら、ソファに座らされている八神はやてに話しかける。

 

「確かに今の君自身は限り無く無力だ。足が麻痺していて一般人にも劣る。だが、これから手に入る手駒は極めて優秀だ。四騎の『守護騎士』は総合的に高町なのはとフェイト・テスタロッサより優れている」

「……何か、私への評価が全く無いんだけど?」

「運も実力の内さ。『闇の書』の主に選ばれるという、大凶間違い無しの不運だがな」

 

 『魔術師』は邪悪に笑い、八神はやては不安そうにその様子を眺めている。

 彼女は今まで多種多様の人間を見てきた。清々しいまでに邪神信仰者の狂人、普段は温和だが時々殲滅狂となる神父、『過剰速写』と対峙した目付きが鋭い少女――目の前に居る盲目の魔術師は、今までの他の誰かとも比較にならない、完成された邪悪だった。

 

 自分のルールにしか従わず、他の全てを意に関さずに踏み潰せる、底無しの深淵に君臨する支配者――クロウ・タイタスとは正反対、真逆の、生命の形だった。

 

「『闇の書』の『守護騎士』プログラムの発動は、君の九歳の誕生日、六月四日だが――私の見立てでは若干早まっているようだね。その身に滾る憎悪は良い養分らしい」

 

 今までで一番怖い体験と言えば、この彼の使い魔である吸血鬼に殺されかけた時だとはやては断言出来る。

 ……出来るのだが、直情的な暴力とは違う、全く異質の恐ろしさを、この『魔術師』は常に漂わせていた。

 

「魔力さえ用意出来れば『ヴォルケンリッター』の召喚を早める事が可能という事だ。そして此処に居る私は悪い魔法使いだ」

 

 『魔術師』はテーブルの上に置いてあったナイフを手にし、その刃物の先端を人差し指でなぞり――赤い血の雫が滲み出た。

 立ち上がって八神はやてが座るソファまで赴き、彼はその人差し指を八神はやての目の前に差し出した。

 

「必要分の魔力を貸し出そう。無論、後で利子付きで取り立てるがな。――傍観すれば、復讐こそ果たせないが、君は間違い無く生き残れる。この契約を結べば、後戻り出来なくなるぞ?」

「……構わへん。私は、クロさんを殺したアイツを、絶対に許せない」

 

 はやては恐る恐る血の滴る人差し指を舌で舐め取り――『魔術師』との間に魔力のやり取りをするパスが形成された。

 

「――契約成立だ、『闇の書』の主。君は今、自らの足でこの舞台に立ち上がった」

 

 燃えるような感覚が八神はやての身体を巡り――一緒に持ってきた『闇の書』の鍵は解錠され、独りでに宙に浮かんでぱらぱらと白紙のページが開かれる。

 

 ――此処に、一ヶ月半は早く『ヴォルケンリッター』は召喚されたのだった。

 

 

 

 

「――良いのかよ? あんなガキを巻き込んで」

「好き勝手に暴走させるよりも、ある程度此方の制御下に置いた方が良いだろう」

 

 エルヴィの手によって八神はやてが帰還した後、実体化したランサーはソファに寝転がって批難するような眼差しで『魔術師』を睨む。

 

「それなら素直に真相を明かした方が良いだろ? 『過剰速写(アレ)』は――」

「今、赤の他人である私が言った処で聞く耳など持たぬさ。――人間は都合の良い言葉のみを信じる。良く出来た機能だよ」

 

 真実は何時の世も致死の猛毒である。九歳の少女に知らせるのは酷な現実であると『魔術師』は愉快気に嘲笑う。

 

「それに『有事の際の救援要請を互いに断らない事』を何の為に捩じ込んだと思ってるんだ?」

「……あのガキへの協力を合法化する為かよ。善意の押し付けも良い処だ。こんな形で悪用されるなんざ、奴等も思ってなかっただろうよ」

 

 その一文は初めから『八神はやて』を強力に支援する為に用意したものである。

 有事の際の解釈など幾らでもなるし、はやて自身も教会勢力の一人であるので、文句を言った処で何とでも言い訳出来る。

 

「……ただし、一つ懸念があるがね。今の復讐に囚われた八神はやてが『闇の書』の防衛プログラムを分離出来るのやら――名無しの管理プログラムに名前を与えて手駒にするという感動的なイベントなんだが、其処に至る道筋が一切思い浮かばないな」

 

 もう今の八神はやては純粋な少女では居られない。

 復讐に身を焦がし、仇敵の殺害を切望する少女は、果たして『守護騎士』との信頼関係を築き上げて、名無しの管理プログラムを救う事が出来るだろうか?

 

「――八神はやての始末の算段も、練っていた方が良いかもしれないな」

「……精神的に乗り越える可能性に賭けないのがテメェらしいよなぁ……」

「おいおい、九歳の小娘に高望みするなんて酷な話だろう。誰も彼も『秋瀬直也』のように運命の試練を超えられるとは限らんよ」

 

 彼、秋瀬直也は『矢』の力を支配するに足るスタンド使いになって前世の因縁を清算した。

 だが、歯車が狂った八神はやては、正史の彼女のように『闇の書』の闇を切り捨てて、歴代最後の『夜天の主』になる事が出来るだろうか?

 

 ――何方に転ぼうが、『魔術師』は構わない。両方の対策を用意するまでの事である。

 

「所詮、私は悪い魔法使いさ。無条件でハッピーエンドを齎す事は出来ない。出来る事は、残酷なまでに犠牲と代償を要求して帳尻を合わせる事ぐらいだ」

 

 限り無く残酷な未来を思い描きながら――『魔術師』はほくそ笑む。

 果たして彼等は、クロウ・タイタスは、今の八神はやてを救う事が出来るのだろうか?

 

 

 

 

 ――実に清々しい朝だった。

 

 昨日の夜は久しぶりに自分の本領を発揮出来たような、そんな満足感が胸に満ちている。

 其処に九歳の少女を阿鼻叫喚の死地に送り込む事への罪悪感は皆無である。

 食後の紅茶を優雅に啜りながら、『魔術師』神咲悠陽は嵐の前の静けさに似た尊い朝を満喫していた。この平和な時間がすぐに失われる事を彼は知っている。

 だからこそ、貴重な時間を満喫して英気を養う。魔力の回復が限り無く遅れている今、『魔術師』に出来る事は謀略と傍観ぐらいであり、今日一日は悪巧みしながら徹底的に怠けようと決めていた。

 

 ――その携帯電話が鳴り響くまでは。

 

「……秋瀬直也からだと?」

「あら、珍しいですねぇ」

「昨日の今日で連絡だぁ? おいおい、嫌な予感しかしねぇな……」

 

 こんな早朝から、一体何があったのか。

 彼の心情から考えれば、緊急時以外では絶対に電話を寄越さないだろう。

 急用なのは間違い無い。『魔術師』は2コールで電話に出た。

 

『――『魔術師』! 助けてくれッ! 頭がおかしくなりそうだッ!』

「どうしたんだ? 秋瀬直也。何があった? 冷静に説明しろ」

 

 その切羽詰まった声に、『魔術師』の警戒度が高まる。

 レクイエム化したスタンドを持つ秋瀬直也の動揺具合から、その脅威度を推察し、極めて性質の悪い異常事態が発生したと断定する。

 

 

『い、いやぁ、柚葉の内情を探れって話だろう? それを自然に聞くには……そ、そう、デート、デートプランが必要なんだよおおおおおおぉッ!?』

 

 

 ……小鳥の囀りが実に心地良い。

 流石の『魔術師』も空耳だと思って現実逃避したくなった。

 

「ぎゃはははははははっ! 言うに事欠いてっ、コイツに恋愛事で相談だぁ!? おいおい、坊主! 人選を完全に間違ってやがるぞぉっ!」

 

 ランサーは腹を抱えながら大爆笑し、それでも『魔術師』とエルヴィは停止して再起動出来ずにいた。

 

「――は? ……まさか、それをこの私に相談する気か? 一応言おう、正気か? 新手のスタンド使いの精神攻撃でも受けたのか……?」

 

 『魔術師』は暗に「頭、大丈夫?」と聞いたが、その効果は如何程も無かったようだ。

 

『正気以外でこんな事を相談出来るかッ! デートなんて一回もした事無いぞッ!』

「……何かクソ巫山戯た寝言が聞こえたような気がしたが? 何度もやってるだろテメェ、よりによってあの豊海柚葉と……」

『いやいや、それは成り行きというか、強制的に連行されたというか、完全に受け身みたいなもんで、オレから誘うなんて一回も無かったし……!』

 

 ……どう反応したら良いのか、解らなくなる。

 無言で電話を切ってエルヴィを刺客に送り込むべきか、『魔術師』は半ば本気で思い悩む。

 とりあえず、今の話を纏めて、冷静になってみよう。豊海柚葉の内情を探る為にデートプランが必要だが、思い浮かばずに己に助力を頼んだと。

 

「……事情は大凡理解した、不本意甚だしいがな。だがな、秋瀬直也。人選を明らかに間違っているぞ? これはどう説明する?」

『いや、間違っていない。この街で柚葉の事をオレ以外に理解しているのは、敵である『魔術師』、アンタに他ならないッ!』

 

 電話側から自信満々に断言され――「む」と考え込み、確かに、と納得せざるを得なかった。

 この街であれの事に詳しいのは、電話相手の秋瀬直也を除けば自分自身に他ならない。疑いようのない正論である。

 

「……え? おい、マスター。何で其処で考え込んでるんだ?」

「ご、ご主人様……?」

 

 途端、雲行きが怪しくなった主人の様子に、従者達二人は驚愕の眼差しを向ける。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、との言葉があるように、その敵を最も知ると思われるのは自分である。

 そう考えれば、秋瀬直也が自分に知恵を借りに来たのも至極当然の成り行きだろう。

 

「……敵であるからには、相手の急所も心得ている、か。発想はトチ狂っているが、着眼点は悪くない。――なるほど、認めよう。これが私の適材適所であり、私の専門分野であると」

『おお、頼もしい! 万軍の兵に諸葛亮並の軍師を迎えた気分だぜッ!』

「え? いや、ちょっとッ!? 突っ込みが追い付かねぇぞ!? 坊主もちょっと待ていぃっ!」

 

 ランサーが何か喚いているが、『魔術師』はこれを全力でスルーする。

 不本意極まるが、他人を使って懐柔するという策略ならば、『魔術師』の本業である。

 秋瀬直也を使って豊海柚葉を無力化させて腑抜けに出来るなら、それに越した事も無い。何よりも面白そうであり、例え失敗しようが、その負債を支払うのは秋瀬直也本人である。

 

 ……それを当人は気づいていないようだが。勿論、『魔術師』に教える気など欠片も無い。

 

(……ふむ、この機会、案外馬鹿に出来ないのでは? 成功しようが失敗しようが、私に損は無い。管理局の連中が到着する前に状況を動かせるかもしれない)

 

 ――頼りたいのならば、全力で策を授けてやろう。

 恋のキューピッドではなく、奸計の謀将としての観点ならば、アドバイスも可能である。物は言いようとはこの事であり、恋のキューピッドも奸計の謀将と同一視されるのは甚だ不満だろうが――。

 

「デートスポットは『遊園地』『水族館』『サーカス』など、陳腐であれば陳腐であるほど良い。豊海柚葉は最初こそ小馬鹿にして笑うだろうが、アレの場合は喰わず嫌いだ。絶対に行った事などあるまい。知識と実体験には天と地ほどの差がある事を教えてやれ」

 

 まず、間違い無い。あれが人間として真っ当な生活を送れた訳が無い。

 普通の生活を送れるような環境に居たのならば、あんな人外じみた邪悪は鍛造されないだろう。

 

「おいおい、マスター。幾ら外見が九歳だからって、そりゃ無いだろう?」

「いやいや、ランサー。案外通るかもしれんぞ?」

 

 ジト目で反論するランサーに対し、『魔術師』は不敵に笑う。

 やるからには何であろうが全力投球する。それが言い逃れが利かないほどの恋のキューピッド役として彼が認識したら後で悶えるだろうが、それが彼のスタンスである。

 

「これは個人的な推測に過ぎないが、あれは人間的な日常の営みとは縁遠い人間だ。どんな些細な事でも新鮮さを満喫するだろう。――真っ当な人間の営みを知らないという事を今一度脳裏に刻んでおけ」

 

 あれこれアドバイスしながら、『魔術師』は内心、敵を貶める為の策略だと全力で言い訳して自己暗示までする。

 従者二人の生温い視線を全力で無視しながら――。

 

 

 

 

 ――久方振りの登校、豊海柚葉は教室前の廊下の窓ガラス側に腰を掛けていた。

 

 秋瀬直也が来るまでの定位置が其処であり、朝の短い間の会話を彼女は常に楽しみにしていた。ただ、今日は少し機嫌斜めである。

 

(――さて、あの『魔術師』に何を吹き込まれたのかなぁ?)

 

 自分達よりも、『魔術師』を優先した秋瀬直也の弁解を、彼女は昨日から心待ちしていた。今か今かと待ち侘びていた。

 幾多の生徒が擦れ違い、ふと目に留まる。目的の彼は此方に向かって歩いており――不可解なまでに緊張していた。

 

「――昨日は『魔術師』と何を話したのか、な……?」

 

 そんな自分の問い詰めも、まるで聞こえていない様子であり、秋瀬直也は自分の前に立って、その場で大きく深呼吸を二回ほど繰り返した。

 

「……えと、どうしたの? いきなり深呼吸なんかして」

 

 いつもの彼にはない反応であり、流石の彼女も困惑する。

 極度の緊張を強いられるほどの何かを、『魔術師』に植え付けられたのだろうか? 明確な疑念が芽生えるも、何故か彼女の危険察知に関する直感は働かない。

 乱れた呼吸を正常値に――それでも普段より乱れているが、戻した後、秋瀬直也は意を決したような顔で、漸く口を開いた。

 

「放課後、遊園地に行かないか……?」

「……遊園地?」

 

 ――遊園地。乗り物などの遊具を設けた施設の名称であり、彼女にとって到底縁無き場所である。

 そもそも、その存在意義を疑うレベルである。そんな子供臭い場所の何が面白いのか、まるで解らない。

 秋瀬直也の表情を、柚葉はまじまじと眺める。顔が少し赤く、熱が感じられる。

 そして彼女は彼がその場所に誘っているのか、と結論付ける。『魔術師』との共謀、罠の有無を全力で疑う。

 

「あらあら、それはデートのお誘いかしら?」

「そうだ」

「……え?」

 

 からかうような口調で秋瀬直也の本音を探ろうとし、真顔で返されて彼女は珍しく当惑する。

 其処に害意や負の感情は一切無く、虚偽や誤魔化しの色すら無い。結論付けると、本気で好意からなる誘いであり、柚葉を著しく混乱させる。

 

「……それで、どうなんだよ? 答え」

「……え? えと、その、あの、う、うん、良いけど……?」

 

 言いどもり、咄嗟にそう答えてしまい、狼狽えた彼女は逃げるように自身の教室に走り去った。

 自分の席について、全力で思考を回す。熱暴走したかのように自身の顔が熱い。

 自身の中で渦巻く感情の正体が何なのか、彼女は見当も付かず、ひたすら思い悩んだのだった――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61/二律背反

 

 61/二律背反

 

 

 午前中の授業が終わり、家に帰って私服に着替え、待ち合わせ場所の喫茶店で屯する。

 柚葉を誘う事に何とか成功したが、致命的な問題が一つ浮上した。オレは彼女が来るまでの間、その事について何度も何度も考えていた。

 

(……やっべぇ、昼飯をどうするか、最初に確かめるべきだった……!)

 

 デートなんだから、昼飯はこれから、というノリだろうか? それとも既に食べてきて遊園地へ、という流れなのだろうか?

 こんな事を経験した事の無いオレには、全く理解の及ばぬ領域である……!

 

(うぅぅ、読めねぇ。まるで読めないぞ……!?)

 

 悩みに悩んだ末、オレは食べずに此処で待っている。然りげ無く聞いて、既に昼飯を取っているのならば、遊園地内の露天などで軽く摘めば良い。

 既に食べてきて、柚葉が食ってないという事態に遭遇するよりは幾分もマシである。

 

 ――からん、からん、と来客を告げる扉のベルが店内に鳴り響く。

 

 現れたのは、いつも通り、燃えるような赤髪を黒いリボンでポニーテールに結んでいる柚葉であり、黒一色のワンピースの上に赤色の長袖のシャツを羽織り、黒と朱の縞模様のニーソックスを履きこなす。

 

 ――その服装には見覚えがあった。見覚え処じゃない。オレが選んだ服である。

 

(いつぞやの時に買った服装を此処で着てくるか……!?)

 

 ああ、もう既に顔が赤くなっているのが自覚出来る。これは以前の服選び時に味わった羞恥プレイ以上の衝撃だぞ……!

 此方に気づいた柚葉は一直線に向かって来る。心無しか、少し顔が赤い気がする。

 

「や、やっほー、どうかな……?」

「あ、ああ、凄く可愛い。前に選んだ服、着てきてくれたんだな……」

 

 素直な感想を述べた瞬間、柚葉の顔が一気に真っ赤になる。

 自分から目を逸らし、何度か視線が彷徨った後――此方を振り向いて、邪気無く微笑んだ。

 その殺人的なまでに可愛い微笑みに見惚れて、オレもまた柚葉から視線を逸らさずを得なかった。

 

「ひ、ひ、昼飯はもう済ませたか?」

「あっ、え、えっと、まだだけど、直也君はもう済ませちゃった……?」

「いや、奇遇だな! オレもこれからだっ!」

 

 こんな調子で、今日一日は一体どうなってしまうのだろうか、胸の鼓動が挙動不審に高まるばかりである――。

 

 

 

 

 ――午後一時過ぎ、秋瀬直也と豊海柚葉は揃って遅めの昼食を取り、二人で遊園地に向かう。

 

 暢気なものだと、遥か後方から監視していた川田組の『スタンド使い』は憎悪を滾らせる。

 だが、遊園地という立地条件は彼のスタンドにとって、非常に都合の良い場所である。彼処ならば暗殺に適した死角が無数にある。

 

(……生きて此処から帰れると思うなよ、秋瀬直也。貴様を此処で殺し、『魔術師』を始末して冬川雪緒さんの後継者になるのはこのオレだ――!)

 

 復讐への執念と上昇欲が程良く混ざり合い、その『スタンド使い』の戦意を爆発的に高める。

 秋瀬直也と豊海柚葉が遊園地に入った事を確認し、少し間を空けて、彼もまた入場口に並んだ。

 

「チケット一枚」

「あ、すみません、お客様。本日、転生者及び武帝の方々のご来場はお断りしております」

 

 「は?」と咄嗟に女性従業員の方に振り向いてしまい、彼女の鮮血のように紅い魔眼と眼が合い、完全に囚われてしまう。不意打ちも良い処だった。

 

(……なっ、身体がっ、声も出ねぇ……!?)

 

 徐ろに従業員専用の扉から現れたサングラスにアロハ服を着た男性は硬直して一歩も動けない彼を悠々と担いで攫う。

 その奇怪極まる光景に違和感を覚えた一般人は皆無だった。

 

「――お一人様、特別室にご案内っとな。全く、忙しいバイトだぜ」

 

 身動き取れない彼を、アロハ服の男は手早くふん縛り、猿轡されて――その彼を見下すもう一人の恐るべき青年に気づき、曇った悲鳴を上げる。

 秋瀬直也の次に始末すると息巻いていた『魔術師』が、今此処に居た。

 

 

「今日の貴様等の教訓は、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろ、だな」

 

 

 抵抗一つ出来ない状態で、ラスボスに対面してしまったかの如く絶望する『スタンド使い』の頭部を一息で踏み潰して意識を完全に奪う。

 魔力による強化を施していれば、それだけで殺せる一撃――されども、意識不明と鼻血程度に収まっていた。

 

「だが、貴様等は非常に運が良い。こんな茶番では私も殺る気など欠片も起こるまい。……つーか、こんな三文劇の下仕事を真面目にやったら、私の沽券に関わる」

 

 とは言いつつ、二度と自分に逆らえないように原始的な呪いを刻み、作業が終わると、眠れる彼のポケットに一切の紙を入れて蹴っ飛ばす。

 

(……はぁ、何でこうなったかねぇ?)

 

 ノミ蟲のように転がった同僚の姿に呆れながら、変身能力を持って学園都市の勢力に潜伏していたスタンド使いはその身を回収して何処かに運んでいく。

 現在、川田組は真っ二つに割れている。冬川雪緒の無念を晴らすべく行動する副長派と、『魔術師』の脅威を思い知っているだけに争うべきじゃないと主張する平穏派の二つである。

 

(大多数が副長派なんて、現実が見えていないのか、冬川雪緒さんが慕われすぎだったと嘆くべきか……)

 

 彼はいの一番に『魔術師』に何方に付くのか問い詰められ――『魔術師』に付く事を選んだ。

 冬川雪緒には返せないほどの恩義があるが、死した自分の為に破滅する部下達など見たくないだろう。

 裏切り者扱いされても、卑怯者呼ばわりされようとも、同僚が一人でも多く生き残る道を彼は選んだのだ。

 

(でもまぁ、今はこの茶番に感謝するべきかな? 秋瀬直也。そうじゃなければ、一発で『魔術師』達に殺されている処だ)

 

 意識を取り戻して、胸ポケットの紙切れの内容を見れば、幾人かは考え直すだろう。

 その紙の中の脅迫は、気絶中に刻み込んだ呪いよりも彼等の行動原理を束縛する。流石は『魔術師』、誰よりも悪辣だと恐れる。

 

 ――彼が的外れな方向に畏怖する中、『魔術師』は従業員用の席に座りながら、深い溜息を吐いた。

 

「……今更だが、何やってんだろうなぁ私は。わざわざこんな処にまで赴いてさ」

「最初は狂気の沙汰だと思ったが――案外、律儀だよな、マスター」

「……今日の事は永遠に思い出したくない黒歴史として刻まれそうだ」

 

 

 

 

「凄い凄い! コーヒーカップって乗ってみると結構愉しいものね!」

「……あ、あんなに回しやがって……! つーか、何で柚葉は何事も問題無いんだ!?」

 

 せ、世界が回る……!?

 目眩がする、吐き気もだ……!

 いや、それほどオレの三半規管は弱くないけど、幾ら何でも回し過ぎなのに関わらず、柚葉はけろりとしている理不尽さが許せない……!

 

「あの程度で酔うなんて、まだまだねぇ~」

「いや、普通の人間はあの回転は酷な話だろうに!?」

 

 遊園地に入った当初は調子を取り戻したのか、「子供臭くて恥ずかしい」なんて言っていたが、実際に遊具を体験してみて、柚葉は大層満足そうに満喫している。

 彼女が喰わず嫌い、遊園地など一回も体験した事の無いような人生を送って来たという『魔術師』の仮定は、遠からず当たっているようだ。

 

「ふーん、それじゃ次はあのジェットコースターが良いなぁ! 絶叫マシーンとか言われているけど、実際に乗ったらどんなものかしら?」

「然りげ無く殺しに来ているよなっ!」

 

 少しは手加減してくれ、と泣き言を吐くが、柚葉はお構いなしに此方の手を握って連行しやがる……。

 彼女の手は小さくて柔らかく、仄かに漂う香りも違う。再び柚葉を意識してしまって、どきりとする。

 

(……前世でも、こんな経験は無かったからなぁ)

 

 海鳴市に来てからは、酷いというレベルを軽く通り越したトラブルに何度も何度も遭遇するし、前世も年がら年中スタンド使いとの死闘を繰り広げていたような気がする。

 

(……うっかり、此処が海鳴市である事を忘れてしまいそうなぐらいだ)

 

 遊園地は平日だからか、人は混んでいないが――彼女の目指すジェットコースターにだけは結構な数が並んでいた。人気なのだろうか?

 

『きゃああああああああ――!』

 

 不意に上から幾人もの悲鳴が生じる。

 凄まじい速度で駆け抜けるジェットコースターの迫力は見ているだけでも満点であり――足場が無く、吊り下げてるタイプだと今更ながら気づく。

 

「足の踏ん張りの利かない宙吊り型?」

「席に座るようなのを想像していたけど、こんなのもあるんだね……?」

 

 身長制限は125cm、オレも柚葉もギリギリの処でクリアしている。

 

(……あー、何方かが基準アウトだったなら、別のに行く言い訳になったのに……!)

 

 この場で「別のにしようか?」と提案しても、柚葉に「怖気付いたのぉ?」と小馬鹿にされるだけであり――オレ達は言い出せぬままジェットコースターの乗り場に辿り着いてしまう。

 乗り場から先客の人達が降り立ち、遂にオレ達の番が訪れてしまった。というか、柚葉も緊張した面持ちなのは気のせいだろうか?

 

「こ、これ、乗っている最中に落ちないよね?」

「だ、大丈夫だ。基準はクリアしているから、大丈夫な筈……!?」

「何か自己暗示の類になってるよ!? すっぽ抜けて落ちたりしないよねっ!?」

 

 つーか、これって二人共怖がっていたのに、お互いに言い出せずに此処まで来てしまったという訳……!?

 驚愕の事実が発覚する最中、ジェットコースターに全員乗り継ぎ、出発進行してしまう。

 

 ガラガラと音を立てながら登っていく。

 ――最初は平坦な坂を登っていくだけで、速度もロクに無い。無いのだが、これは坂を登り切って一気に急降下するという、一気に落とされる前の恐怖心が芽生える。

 

「え、えとっ、も、もし落ちたら『ファントム・ブルー』で助けてよねっ!」

「お、おう! オ、オレが落ちてなかったら善処するっ!」

 

 ……いや、スタンドやら訳の解らない能力を持っているけど、怖いものは怖いんだぞ……!?

 段々高度が増して行き、遊園地の他の遊具を高みから見下ろせる。これから疾走して駆け抜けるであろう恐怖もまた跳ね上がるばかりである。

 そして坂を登り切り、オレ達を乗せたジェットコースターは一気に下る。って、何これ殺人的なまでに速ぇしこの急角度はアアアアアァ――!?

 

「うわぁっ!? 無理無理無理無理、まじ怖ぇっ?!」

「――きゃあっ!?」

 

 オレや柚葉どころか、乗った全員が悲鳴を上げる。

 身体を固定させている器具に必死にしがみつき、って、捻り回転があるとか聞いてねぇよ!? ハリケーンの如く振り回されて、とーばーさーれーるぅぅぅぅぅぅ!?

 

 

 

 

「うぅ~。安全だと解っていても、こんな他人任せの装置に身を委ねるのはちょっとした恐怖ね……。体感的な速度も馬鹿にならないしぃ」

 

 ぐてーっと備え付けの椅子に腰掛け、オレ達は休憩していた。

 流石は絶叫度マックスのジェットコースターだ。二度と乗らねぇと誓う。

 

「次は大人し目の乗り物なんてどうだ? ほら、観覧車とか」

「……観覧車ねぇ。あれこそ何が愉しいのか全く理解出来ない乗り物筆頭だけど、乗れば解るのかな?」

「どうなんだろうな? 高い処の景色を眺めて凄い凄いするような印象しか無いな」

 

 オレ自身、あれに乗って何が楽しいのか、全く見い出せない。回っているだけだしなぁ。

 でもまぁ喰わず嫌いという言葉もあるし、案外乗ってみれば解るんじゃないだろうか?

 

「いつの世も人間は高所から他者を見下す事が好きなのかな?」

「観覧車に乗る如きで、妙に哲学的だなぁ」

 

 オレ達は立ち上がって観覧車に向かった。

 

 ――改めて真下から眺めると巨大な遊具である。これが無い遊園地なんて遊園地じゃないと言わんばかりの自己主張である。

 

 オレ達は従業員の指示に従って、タイミング良く観覧車の中に入り込み、かちり、と――外部から危険防止の為の外付けの鍵を掛けられた。

 入ってから気づいたけど、これって……一回転するまで二人っきりの個室じゃねぇか!?

 

(――このタイミングで万が一襲撃されたら叩き割って脱出するしかないな、って、そうじゃねぇっ!)

 

 現実逃避しかけたが、こんなにも互いが近くに居る事を改めて思い知る。

 柚葉は今は向かいに座って外の景色を物珍しそうに眺めていた。年相応の少女の如く、全てに対して興味津々で無邪気な顔立ちだった。

 

(――柚葉は、人間的な営みを何一つ知らない……?)

 

 そう言ったのは『魔術師』だった。一応脳裏の片隅に留めつつ聞き流したが、これは無視して良い事ではない。

 一体どういう人生を辿れば、些細な日常について此処まで無垢――いや、無知でいられるのだろうか?

 

 ――自分なんかとは問題にならないぐらい、彼女の日常は『非日常』だったのではないだろうか?

 

「……なぁ、柚葉」

「なぁに? 直也君」

 

 だから、聞くなら今しかないと思って口にした。

 それが彼女にとって、開いてはいけない地獄の扉であると知らず疑わずに――。

 

 

「お前ってさ、どういう人生を送って来たんだ? ――いや、あくまで興味本位であって、正体を探ろうとかそういう話じゃない」

 

 

 此方を振り向いた柚葉の表情は恐ろしいぐらい無表情であり、観覧車の密室の中に緊迫感が漂う。

 

「――私はね、ずっと『正義の味方』が助けに来るのを待っていたの」

 

 そして、彼女は自ら辿った物語の一端を歌うように口ずさむ。

 助けを乞う言葉とは裏腹に、底知れぬ邪悪を、その両の眼に滾らせて――。

 

「毎日が苦しくて辛くて痛くて、でも、こんな地獄のような日々から誰かが助けてくれるって――幼き私は愚かにも勘違いしていた」

「……勘違い、していたって?」

 

 誰も、来なかったのだろうか? 柚葉は全てを嘲笑うかのように表情を邪悪に歪める。

 

「――『正義の味方』にはね、相応しき舞台が必要なの。小娘一人が泣き叫ぶような地獄の只中も、『正義の味方』には助けるに値しない舞台だったみたい」

 

 そんな筈は無い、と否定した処で、彼女が辿った地獄のような過去は変わらない。

 口を閉ざし、聞き手となる。彼女が自らの過去を話す機会など、今まで一度も無かったが故に――。

 

「――『正義の味方』には倒すべき『悪』が必要だと気づいたの。だから、私は頑張ったよ。相応しき『悪』になれるように、殺して殺して殺し尽くして、この世に存在するあらゆる罪を犯したよ」

 

 向かいの席から、柚葉は自分の座る席に赴き、咄嗟にオレを押し倒して切迫する。

 目と鼻の先には年不相応なまでの艶やかな顔を浮かべた柚葉が居て、オレは緊張感から呼吸を乱す。

 

 ――それは生命の危機に瀕した緊張感からである。

 柚葉から発せられている法外な殺意は、間違い無く、オレ自身に向けられていた。

 

「――それでも『正義の味方』は私の前に現れなかった。正義を自称する叛徒達は根絶やしにされてしまった。その時、私は気づいたわ。気づかずにはいられなかった。この世界には『正義の味方』は最初から存在しないんだと――」

 

 『正義の味方』が居ない、そう語った柚葉の眼に様々な感情が浮かんでは消える。

 熱望、羨望、希望、失望、失意、虚脱、絶望が忙しく浮かんで、消失して最終的に虚無となる。

 

「――失望した。憤慨した。嘲笑した。絶望した。けれども、世界を一つ跨いで、漸く私は『正義の味方』に出遭う事が出来た」

 

 ――柚葉は愛しそうにオレの顔をその手で撫でて、オレは寒気が走った。

 

 その愛情と殺意は、豊海柚葉の中では何一つ矛盾せずに同居して存在している。その理解不能の在り方に、オレは恐怖する。

 愛しているのに殺したい、殺したいぐらい愛している……?

 

「――だから、答えて。直也君。これは貴方にしか答えられない質問、『悪』の極致である私を殺せる『正義の味方』の君に捧げる、私の生涯を賭けた問答なんだから」

 

 柚葉は、常世の世界を支配する魔王の如く威圧感を以って、平伏すオレに問い詰める。

 例えようのない邪悪が此処に居る――最上級の『悪』が、形を成して此処に居る。

 

 

「――どうして、助けてくれなかったの?」

 

 

 けれども、それは、今にも泣き崩れそうな柚葉の顔は、信じて裏切られた子供のように弱々しく――。

 

 

「――どうして、殺しに来てくれなかったの?」

 

 

 その怨念は、憎悪は、暗い情念は、敵意は、殺意は、永遠に消える事無く滾り続けていた。

 

 

「……ねぇ、答えてよ。『悪』は絶対に許されず、相応しき罰を以って裁かれるべきなの。それが正しき物語なのだから――」

 

 

 『正義の味方』を信じて、『悪』の極致に到達した少女。

 誰よりも罪深き『邪悪』でありながら、勧善懲悪の法則を絶対的に信仰する少女。

 その二律背反こそが、豊海柚葉を形成する要素であり、彼女は誰よりも『悪』である自分を、誰よりも許せない――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62/宵闇の雨

 

 

 

 ――彼女は瞬く間に伸し上がり、彼等の頂点に立った。

 

 歴代最強の才覚、悪魔めいた頭脳、そして何よりも『悪』である限り絶対に滅びる事の無い『運命』が、彼等の盟主に相応しいと全ての者に認めさせた。

 

 その行いが『悪』である限り、過程から歪んで結果を導き出す、絶対的な『運命』の持ち主。

 

 だからこそ、『正義』を自称する叛徒を根絶やしにするのは彼女以外を置いて他に居なかった。

 だからこそ、『邪悪』を信望する彼等は彼女の事を絶対視した。

 

 ――彼女こそは自分達を歴史上の勝者にする為に誕生した『救世主』であると信じて疑わなかった。

 

 彼女が『悪』として君臨する限り、最終的に勝利するのは彼女だった。

 正義の芽は根刮ぎ駆逐され、銀河を支配する大帝国には『悪』が栄えた。

 

 ――空の王座に、彼女は一人君臨する。

 彼女を救える『正義』は、この世界の何処にも居ない――。

 

 

 ――そして次の世界にて、彼女は『正義の味方』を遂に見つけ出した。

 

 

 ――秋瀬直也は『矢』の力を支配し、そのスタンドにはゴールド・エクスペリエンス・レクイエムに匹敵する能力が発現した。

 

 それは『自殺すれば十秒間巻き戻る』というスタンドを、本体の自分が死ぬ事無く排除するという規格外の能力。

 詳細は柚葉にとっても謎だが、その能力ならば恐らく自分すら殺せるだろうと見立てる。

 

 ――心から待ち望んでいた。

 彼が、秋瀬直也が自分が待ち望んでいた『正義の味方』であると柚葉は狂気喝采する。

 

 何よりも愛しい。いつも恋焦がれていた。胸が高鳴る。

 君の存在を、悪しき魔王を倒す『正義の味方』を、その誕生をずっと、ずっと待ち望んでいた。

 間違った物語に終止符を、正しき物語の完結を。

 ――『悪』は『正義』に倒され、世は事無しで締め括ろう。

 

 

 

 

「……もし、その時にオレが居て、柚葉の事を知っていたのならば、絶対に助けた。これは間違い無い。絶対だ」

 

 もしも――『if』とは便利な言葉だ。

 在り得なかった事を一時的に仮定する魔法の言葉、所詮は今を見ない都合の良い誤魔化しに過ぎない。 

 

「――そっか。嬉しい……」

 

 それでも、それを解っていて、柚葉は心底安堵して微笑む。

 『正義の味方』はちゃんと存在していて――彼女の世界には居なかっただけだと、結論付けるように。

 

「それじゃあ、私の愛しの『正義の味方』殿。殺すべき『悪』は此処に居るよ――?」

 

 押し倒した状態から一歩退き、柚葉は両手を水平に上げて、全てを迎え入れるように邪気無く微笑む。

 だから、もう我慢なんて出来なかった。

 オレは、柚葉を抱き締めた。強く強く、手放さないように――。

 

「――え?」

 

 ――二つ目の問いは、断じて否だ。オレは、柚葉を殺せない。

 改めて気付かされた。もうどうしようもないぐらい、彼女に入れ込んでいる事実を。孤独の闇の中で一人打ち震える少女をこの手で救いたいと、心の底から願ってしまった――。

 

「オレは、柚葉と一緒に生きたい」

 

 ぴくり、と、抱き締めている柚葉は打ち震えた。此方からは表情は覗えない。

 

「――それが、貴方の答えなの? 秋瀬直也」

「――ああ、これがオレの答えだ。お前が何を背負っているのかは、オレには解らない。けれど、オレはお前の味方で居たい」

 

 それは魔女の釜の底から這い出たような声であり――即座に突き飛ばし、柚葉は拒絶する。

 その時の柚葉の表情は、泣き笑っていた。絶望して憎悪して憤怒して落胆して憐憫して――最終的に虚無になる。

 

「……あ、はは、はははっ! ごめんね、直也君。まだ私に救いがあるなんて、途方も無い勘違いをさせちゃってさ――!」

 

 涙を流しながら、彼女は嘲笑う。ひたすら邪悪に哄笑する。

 触れたら木っ端微塵に壊れてしまいそうな硝子のような危うさに、オレは動けず――。

 

 

「この私が時空管理局の頂点よ? この海鳴市を魔都にした、最大の要因。最悪の外敵にして、全ての黒幕――」

 

 

 ――此処に、彼女自身の自白を持って『魔術師』との交渉は完全に無意味なモノに成り下がった。

 

「……それ、なら、何故――」

「――目的なんて高尚なモノは最初から存在しないわ。私の目の前に『舞台』があっただけ。これだけの役者が出揃っているなら、一人や二人、この私に匹敵する者も現れるでしょ?」

 

 柚葉は邪悪に笑う。身震いするほど、吐き気がするほど悍ましい顔で――。

 

「二年前の私の尖兵――『石仮面の吸血鬼』で頭角を現したのは『魔術師』神咲悠陽だった。逆に利用して転生者の一掃の片棒を担がされるとはね。彼の情報によって高町なのはとの同世代の転生者はほぼ完全に駆逐された」

 

 柚葉は「『悪』の質は全く違うけど、対抗されたのは初めて」と心から賞賛する。

 

「肉の芽を植え付けられて操られていた――まぁ後の布石の為に意図的に派遣した本局の魔導師なんだけど、その救出を口実に海鳴市の転生者全てを一斉に弾圧しようとしたけど、それは『魔術師』によって阻止されちゃった。本局の魔導師を自身の『使い魔』によって吸血鬼化させて逆侵攻されるという返し手は見事だったわぁ」

 

 懐かしむような口調で「未曾有の『生物災害(バイオハザード)』、報告だけで興奮したわ」と柚葉は語る。

 人の命など何とも思わずに――いや、そんなのは最初からだ。柚葉は、自分も他人の生命も、等しく無価値扱いしている。

 

「……まぁ、此方の打つ手の殆どが『魔術師』によって事前に握り潰されたわ。これは割と驚異的な事よ? 海鳴市の転生者は知らないだろうけど、彼さえ居なければ二年前に決着が付いているしねぇ」

 

 ……何も、一つの言葉さえ浮かばない。

 彼女が一つ語れば語るほど『邪悪』である事の証明となる。

 

「――でも、その御蔭で私は直也君に出遭えた。それだけは感謝しないとね」

 

 完成された『邪悪』が全てを嘲笑う。その表情を見ているだけで、オレは……!

 

「最後に特別に教えてあげるわ。私がどの世界出身の転生者なのか――」

 

 そして柚葉は自身の懐から――柄だけの金属片を取り出した。

 三十センチほどの棒状の器具――それが何なのか、一瞬にして悟る。

 それは『彼等』を象徴する武器、独特な音を立てて一メートルほどの赤く光り輝く刀身が生成された。

 

 

「赤い、ライトセイバー……!?」

 

 

 それは銀河に存在する、殆どの物質を容易に切断出来る、超高温の光刃。

 未来予知じみた直感、他人の心を操る――そんなものは、彼女の力のほんの一端でしかなかった。

 

「お前が『教皇猊下』と名乗ったのは――!」

「そ、ちょっとした遊び心。私が『シスの暗黒卿』で銀河帝国の皇帝だからね――!」

 

 赤いライトセイバーが不可視の領域で振るわれ、観覧車の中を切り刻んでオレ達の乗った車両を空中分解させる……!?

 

「なっ!?」

 

 オレは咄嗟に『ファントム・ブルー』を出して纏って、風の能力を使って宙に舞い――柚葉は観覧車の車両を屋根伝いに飛んで一目散に去っていく。

 

「また逢いましょう、直也君。今度は相応しき舞台で、私は貴方を待っているよ――」

「――待てッ、柚葉ッ!」

 

 ――此処で彼女を取り逃したら、二度とこの手に戻らない予感がした。

 

 スタンドを全開駆動させて飛翔して彼女の後を追い駆けようとし――何かの飛翔音、馬鹿げた衝撃を受けて体勢を崩す。遥か遠方から狙撃された……!?

 

「ぐっ、邪魔を、するなあああぁ――!」

 

 

 

 

「――おやおや、驚きましたね。前回までは、一撃で能力使用が不可能の領域に貶められたというのに」

 

 その遥か遠方、遊園地から一キロ離れた場所から狙撃したのは、豊海柚葉の配下である『代行者』であり、新調した対物ライフルを次々と撃ち放つ。

 彼の戦闘目的は主の逃走のサポート、秋瀬直也の戦力分析――個人的な目標として出来るのならば此処で葬り去る気だったが、もうこんな玩具では秋瀬直也を葬れないと認識する。

 

(『ステルス』状態じゃなかったのに関わらず、直撃したのに撃ち落とせず、ニ撃三撃の狙撃は拳で殴り落とされるとは……!)

 

 風の能力の性能が桁外れなまでに向上、それに伴う防御性能・持続時間すら埒外の領域――これでまだ前座なのだから、『矢』の力を畏怖するばかりである。

 

(……ふむ、今は逃げるのが賢明ですね。流石の私も今の秋瀬直也と『魔術師』に挟み撃ちにされるのは御免ですからね)

 

 既に彼の主は逃げ切った。いずれ相応しき舞台で敵対する事を望みながら、『代行者』は二十階建てのビルから飛び降りようとし――不自然な風の流れを感じ取って、咄嗟に飛び退いて黒鍵を三本投擲する。

 

 甲高い音と火花を散らして殴り払われ――『ステルス』を解いた『蒼の亡霊』が姿を現した。 

 

「テメェ、本当に生きてやがったのか……!」

「やぁやぁ、初めましてだね。秋瀬直也」

 

 殺す気で投げたのに関わらず、対応された事を見て、『代行者』は余裕の笑みを浮かべる反面、冷静に秋瀬直也の戦力を見定めようとする。

 今の『ステルス』も、自分から解いたに過ぎず――まだまだ風の能力を使えるだろう。

 

「ふむ、狙撃手の私を先に仕留めに来るとは予想外ですね。――我が君を追うのをもう諦めたのかい? 横槍があった程度で諦めてしまうとは、男が廃りますよ?」

「っ、五月蝿いッ! テメェをもう一度始末してから追うだけだッ!」

 

 『代行者』の予想では、狙撃手の自分など無視して彼の主である豊海柚葉を追うだろうと思っていたが、どうやら秋瀬直也は早々に追跡を諦めたらしい。

 

「――自分も騙せない嘘というのは滑稽なものですね」

 

 『代行者』は脇目も振らずに高らかに哄笑する。余りにも不甲斐無い、余りにも甲斐性無い。

 何処までも追ってくれる事を望んだ我が主が哀れであり、貴様の想いなどその程度に過ぎないと全身全霊で小馬鹿にする。

 

「更に言うならば、私を殺す事も不可能ですがねぇ。あんな出来の悪い複製体を一回殺したぐらいで勝った気になられるのは非常に不愉快ですよ」

「――テメェなんて、最初から眼中にねぇんだよ。この自意識過剰野郎がよォ……!」

 

 ――かちん、と、彼の中の何処かが切れる。

 掴むべき手を手放した、何よりも情けない男の言葉だったが、逆に気に食わない。

 

「なるほど、複製体が苛立つのも解りますね。目上の者に対する言葉が成ってないですね」

「敵に目上もクソもあるかよ。寝言は寝てから言え……!」

 

 『代行者』と秋瀬直也の間に一触即発の緊張感が漂い――二人は同時に踏み込む。

 秋瀬直也は迷う事無くスタンドの拳を最速で繰り出し、『代行者』は人間離れした超人的な身体能力でそれを躱して秋瀬直也の胴体に自らの拳を打ち込んだ――。 

 

「――ガッ!?」

 

 複製体との戦闘時よりも鋭く速く力強い一撃――だが、今回の結果を招いた原因は、そのスタンドを扱う秋瀬直也の精神状態が平常じゃなかった、この事に尽きる。

 どんなに凄いスタンドを持とうが、操る者が冷静でなければ名刀もなまくら刀に堕ちる。

 

「それでは、御機嫌よう。私も暇じゃないのでね」

 

 『代行者』は吹き飛ぶ秋瀬直也を見届けずにビルから飛び降り――スタンドの風の能力で防御したものの、苦悶する秋瀬直也はしゃがみ込んで見届けるしか出来なかった。

 

 

 

 

 ――夕日は落ちて、唐突に雨が降り注ぐ。

 

 心には虚無感が重く伸し掛かり、何かをする気力すら起こらなかった。

 雨宿りをするという至極当然の選択肢すら、今は思い浮かばなかった。

 

「……オレは、一体何をしたかったんだろうな……」

 

 何が『柚葉の味方』で居たい、だ。途中で揺らいで、このざまだ。情けなくて笑うしかない。

 彼女は死の救済を求めた。彼女を止めなければ、犠牲者は出続けるだろう。

 海鳴市で発生する一連の事件の黒幕が彼女である以上、彼女は『ボス』と同じように、排除すべき『邪悪』である。

 

 ――柚葉を助けたい。救いたい。それは一体どうやってだ?

 

 殺して終わらせる事が唯一の救いなのだろうか? 少なくとも、彼女はそれを唯一の救いだと定義している。だが……!

 

 ――彼女を殺せるか、と自身に問う。否、だろう。

 オレは、彼女をもう殺せない。最初に出遭った頃なら、殺せた。でも、彼女という人間を知ってしまったオレは、彼女を唾棄すべき『敵』だと認定出来ない。

 

 そして拒絶された。彼女は恐らく取り返しの付かない事を仕出かすだろう。オレが躊躇しないように、究極の『悪』であろうと奮迅するだろう。

 

 

 からん、と――雨の中、誰かの足音が明確に鳴り響く。

 傘も差さず、自分と同じくずぶ濡れながら力強く立ち塞がったのは、無感情に佇む『魔術師』だった。

 

 

 

 

「――手酷くフラれたようだな。苦労を掛けさせた割には、こんなものか」

 

 見るも無惨な状態で彷徨う秋瀬直也を、『魔術師』は冷然と見下す。

 今日一日の行動は彼の行動原理から掛け離れたモノであった。今、こうしてこの場に居る事も含めて――。

 

「――なぁ、『魔術師』。オレは、一体どうすれば良い……?」

 

 秋瀬直也は力無く、縋るような気持ちで問い掛ける。

 

 『魔術師』は、フンと鼻で笑って一蹴する。

 ――既に、豊海柚葉の能力は判明し、確定すら出来た。もう秋瀬直也に駒としての利用価値は如何程も無い。

 

(そう、もう利用価値は無い。川田組からの矛先から庇う意味も無い。……ふむ、我ながら酔狂な事をする)

 

 その理由について、『魔術師』の中に一つの仮定が浮かび上がっている。

 

 ――存外、彼も秋瀬直也という存在に期待を寄せていたらしい。

 

 自分自身で自嘲して笑い飛ばしたくなるほど唾棄すべき甘ったるい思考である。そしてその期待は――不思議な事に、今も変わらない。

 

「――助言は幾らでも出来る。だがな、秋瀬直也。それではお前の望みは叶うまい。私の勝利条件が豊海柚葉の殺害であり、あれの勝利条件が私の殺害なのだからな」

 

 自分の下について従う以上、豊海柚葉の死は確定事項であり、それを覆す事は基本的に在り得ない。

 

「――お前が私や豊海柚葉と並ぶのならば、自分で考えて自分で行動しろ。少なくとも、今の情けない面構えの貴様と話し合う事は何も無い」

 

 踵を返し、少し助言し過ぎたと自嘲する。

 此処で再び立ち上がれないような男ならば、存在価値すらあるまい。

 

 ――『魔術師』が甘言を弄するのは、相手を格下だと認定している事が前提である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63/第一次攻防戦(魔)

 

 

 

 

 ――彼女は『スターウォーズ』の世界の、古代共和国時代に生を受けた。

 

 未だ『一人の師匠に一人の弟子』という形式が成り立っていない時代、多くの『シス』が仲間割れから内部崩壊に至る前の混沌の時代だった。

 彼女を産み出すに至ったシスの暗黒卿は、数千年早く、フォースの源である『ミディ=クロリアン』に目を付け、その恐るべき研究を完成させたのだった。

 

 ――永遠の命と、シスとしての完全なる器。

 後の選ばれし者であるアナキン・スカイウォーカーと同じ手順で、『ミディ=クロリアン』から彼女は産まれた。

 

 そのシスの暗黒卿の目論見通り、彼女は歴代最強と称するだけの驚異的な潜在能力を有していた。

 彼女という器を、自分の次の肉体に相応しい器に鍛え上げようと、かのシスの暗黒卿はあらゆる責め苦を与えた。

 苦痛が憎悪を生み、選ばれし者の力を更なる次元に昇華させると彼は信じて疑わなかった。

 

 ――事実、それらは全て彼女の血肉となり、彼の知らぬ間に彼の知識すらも吸収して――遂には下克上される。

 『ミディ=クロリアン』による生命の創生及び転生手段さえも、彼女の手に納まっていた。

 

 斯くして選ばれし者の才覚を持ち、歴代最強級のシスの暗黒卿となった彼女はシス側の盟主として君臨し、ジェダイとの戦争に明け暮れた。

 長い歳月を掛けて互いの存亡を賭けた絶滅戦争は継続し、何代かの転生の果てに彼女は全宇宙からジェダイを駆逐し、銀河を支配する大帝国の皇帝となった。

 彼女にとっては不本意極まる結末だった。皮肉にもジェダイが滅びた事によって宇宙から争乱が消え去り――失意と絶望の内に何代目かの器の寿命が訪れ、惰性で次の器に転生する。

 

 ――此処で不思議な事に、彼女は世界を超えた。

 その世界は第一管理世界『ミッドチルダ』であり、原作開始から六十数年前の出来事である。

 

 前の世界で磨いた政略知識、悪魔のような権謀術数をもって彼女は時空管理局を合法的に且つ秘密裏に乗っ取り、自身の手足へと人知れずに変貌させていく。

 全ての下準備が終わった彼女は最高の観客席に次なる器を用意する。

 

 ――『豊海柚葉』、最早忘れ果てていた一回目の自身の名前が、それである。

 

 

 63/第一次攻防戦(魔)

 

 

「紳士淑女の諸君、作戦を説明するぜぇー」

 

 時空管理局・巡航XV級1番艦『ブリュンヒルデ』、その純白の大型次元航行船の会議室には今作戦に参陣する将官達が雁首揃えて集まっています。

 

(というか『ブリュンヒルデ』ですか。明らかに『銀河英雄伝説』のラインハルト・フォン・ローエングラムの旗艦を意識してますよねぇ~)

 

 まぁ基本的にこの場を取り仕切っている金髪少女の中将閣下ことアリア・クロイツ中将と、リンディ艦長以外はモブなので特に話す事は無いですね。

 ……リンディ艦長の背後に立っているクロノ君とエイミィさんが睨んでいるのは気のせいだと信じたいです。

 

「第一目標、第九十七管理外世界、日本の海鳴市、『魔術師』神咲悠陽の邸宅。任務は第一級指定遺失物(ロストロギア)『聖杯(ヘヴンズ・フィール)』の回収だ。広域且つ大規模の次元改変すら可能の第一級封印指定物であり、一個人に委ねて良い代物じゃない。我々時空管理局が責任を以って管理しなければなるまい」

 

 アリア中将はノリノリで説明し、将官達の手元に資料の数々が置かれています。

 まぁうろ覚えの『聖杯』の知識を纏めた「危険です、管理局の手で管理・封印しなければならないです」という根拠を無駄なほど述べた文章なのですが。

 

 ――海鳴市の大結界が効力を失っている今だからこそ、物量で圧倒的に勝る我々に勝機があります。

 『ワルプルギスの夜』、いえ、救済の魔女『クリームヒルト・グレートヒェン』様々ですね。千載一遇の機会を与えてくれるとは、魔女になっても彼女は我々にとって女神だったようです。

 

「第二目標、『武帝』湊斗忠道の邸宅。第一級指定損失物『銀星号』の回収または破壊。次元干渉及び精神汚染を可能とする劔冑だからね、これも我々の専門分野だ」

 

 『銀星号』――二世右衛門尉村正。その驚異的な性能説明は、湊斗光が仕手である事が前提で語られており、明らかに誇大表現だった。

 

(いやまぁ、仕手があの『湊斗光』で、金神の力を得た状態ならば、星すら砕きかねないですけど)

 

 明らかに湊斗忠道は湊斗光以下の存在であり、『善悪相殺』の戒律を徹底しているだけに一般局員を殺せば殺すほど勝手に自滅するので、幾らでも捨て駒を用意出来る自分達にとって、彼等『武帝』の制圧は比較的容易な作業であろう。

 

「第三目標、『教会』クロウ・タイタス。未回収分の『ジュエルシード』二つを差し押さえる。一個人に預けて良い代物じゃないしねぇ」

 

 まぁこれは表側の大義名分であって、本命は『闇の書』なんですけどね。

 八神はやてさえ手に入れれば、教会勢力は自動的に手に入れたも同然なので、ジュエルシードの交渉中に八神はやてを攫う算段です。

 

「――管理外世界の連中に、誰がこの世界の支配者なのか、存分に思い知らせろ!」

 

 ……二年前の光景が脳裏に過ぎる。

 燃え盛る都市、死肉を食らう同僚、吸血鬼に噛まれて『死屍鬼(グール)』と化した友人を撃ち殺す自分――あの時の借りを返す時が、漸く訪れたようです。

 私ことティセ・シュトロハイムは密かに復讐の炎を滾らせる。血の代価は血でのみ支払われる。

 

 ――今宵、魔都の覇権を賭けた侵略戦争が開幕する。

 

 

 

 

「……艦長。我々時空管理局は、一体何なんでしょうね――」

 

 会議室から自分達の船『アースラ』に戻ったクロノは、母であるリンディ艦長に向かって力無く呟いた。

 

「幾ら大義名分を見繕うが、これは明らかな侵略行為だ……! 殺傷設定で、殺す事が前提の任務だなんて――!」

「……クロノ君」

 

 クロノはいつに無く感情的になって、アースラにいる皆の気持ちを代弁する。

 今回の武力行使は、管理外世界への強烈な干渉に他ならない。大義名分こそ第一級指定損失物の回収であるが、その存在の真偽は限り無く不明瞭である。

 

「元次元犯罪者のみで構成された懲罰大隊、Sランク以上の魔導師しか所属していない、アリア・クロイツ中将が指揮する虎の子の精鋭部隊、更にはアルカンシェルの使用許可――過剰殺傷も良い処だッ!」

 

 魔法文明の無い発展途上の管理外世界にこんな法外な戦力を投入すれば、一方的な虐殺にしかならない。

 遣る瀬無い顔で、クロノは叫び、同じ想いをその胸にしながらも、リンディは首を横に振った。

 

「クロノ・ハラオウン執務官、任務の放棄は認められないわ。……私達が居なくなれば、もう誰も歯止めを掛けられないわ」

「……リンディ艦長」

 

 今の彼等に出来る事は、任務を真っ当し、出来る限り犠牲者が出ないように振る舞うのみである。

 ただ、彼等『アースラ』の面々は後詰扱いであり、投入される頃には既に戦線が決した頃だろうが――。

 

「……エイミィ。フェイト・テスタロッサの配置は?」

「特別任務の一点張りで、現状不明のまま。どうもきな臭いわねぇ」

 

 各艦橋の情報伝達をスムーズにするべく、各種情報がリアルタイムに共有されているが――フェイト・テスタロッサ及び使い魔のアルフの配置は意図的に検閲されていた。

 

「……どうやら探る時間も無いみたい。リンディ艦長、作戦、間もなく開始されます」

 

 ――果たして、時空管理局の存在意義を失いかねない大暴挙が一体何処に転がるのか、その時の彼等は知る由も無く――現地時間の午前零時をもって同時三面作戦は決行されたのだった。

 

 

 

 

 ――時空管理局という組織は、碌でも無い組織だ。元次元犯罪者の彼は断言する。

 

 十歳に満たぬ魔導師に取っ捕まってから、彼の人生は暗雲続きだった。

 元次元犯罪者を更生させるという大層な大義名分の懲罰大隊に勝手に所属させられ、時空管理局の暗部を担わされた。

 懲罰大隊としての活動は、ほんの一ヶ月で次元犯罪者であった頃の数倍の罪を犯させた。同時期に所属させられた者の大半は任務中に殉職し、血を見ない日は在り得なかった。

 

(この地獄のような懲罰部隊から抜け出すには功績が必要だ。自身の才覚・能力が管理局に違う使い道があると示す、明確な功績が……!)

 

 魔導師としての腕には自信があったが、機会には恵まれなかった。

 今度こそ、その機会を掴み取り、地獄のような捨て駒部隊から抜け出さなければ生命は無い。

 『魔術師』とかいう次元犯罪者の屋敷の第一陣突入班に配置され、自らのデバイスを握る手に力が入る。

 

『作戦開始だ。突撃、突撃――!』

 

 部隊長の号令を以って彼等碌でなしの懲罰大隊の第一陣は屋敷の扉を蹴り破って突入する。

 既に屋敷の住民は寝静まっているのか、光は無く――それぞれの魔力光(サーチライト)を飛ばして視界を確保する。

 

 豪華絢爛な屋敷であり、玄関先の広間には階段が設置されており、少し上がった先には白紙の絵の額縁が飾られていた。

 

(何だありゃ。趣味の悪い絵でも飾っているもんだが、真っ白ってどういう事だよ?)

 

 珍妙さや奇妙さよりも――不審感が先立つ。ミッドチルダ式の魔法の仕掛けは感知出来なかったが、彼の脳裏にはどんな死地よりも嫌な予感が過ぎった。

 事実、それは最悪な事に合っていた。

 

 きぃぃん、と、軋む音を立てて玄関口の扉は独りでに閉められ、かちりと、前の方から奇妙な音が確かに鳴り響いた。

 疑問に思うと同時に屋敷の両脇に設置されていた高級そうな壺が破裂し、数百に渡るベアリングボールが噴射されて前に居た同僚の魔導師三人を瞬く間にミンチにした。

 

『なっ!? わ、罠だッ! ぎゃああああああ――っ!?』

 

 その三人は悲鳴を上げる事無く絶命し、寸前の処で逃れた魔導師は後退りして――床の落下トラップに引っ掛かり、配置されていた無数の槍に串刺しとなる。

 

『迂闊に動くなッ! トラップだらけだぞ!?』

 

 その彼の声は驚愕する自分自身に向けた声であり、今度は何処から来るのか、警戒すると同時に――何故、あの程度のベアリングボールを防御出来なかったのか、落下し切る前に飛翔出来なかったのか、疑問に思う。

 

『……本部、本部ッ、応答してくれッ! 罠だらけだ、畜生、この屋敷はッ! もう四人やられた――おい、本部、聞いてるのか!?』

 

 念話を必死に飛ばすが、応答が返ってくる事は無い。

 遂には屋敷を照らしていた魔力光さえ勝手に掻き消え――この屋敷の中が魔力結合・魔力効果発生を無効化するAAAランクの魔法防御『AMF(アンチマギリングフィールド)』の影響下にあるのでは、という末恐ろしい仮定が浮かび上がる。

 

(そんな馬鹿なッ!? ブリーフィングではミッドチルダ式以外の魔法技術と聞いたぞ……!?)

 

 またいい加減な説明を受けたのか、と彼は憤慨し、同時に恐怖する。此処は想像以上の死地であると全身全霊で恐れて――。

 魔法が使えない事は即座に全隊員に周知の事実として知れ渡り、部隊は恐慌状態に陥る。

 

『く、クソッ、アイツら俺等を見捨てやがったんだッ! やってられっか、こんな処で死んでたまるかッ!』

『お、俺もだ! 嫌だ、こんな処で死ぬのは――!』

『待て、敵前逃亡は――!』

 

 ニ人、隊員の中で新入りだった者が恐慌に駆られ、出口に向かって逃走し――玄関の扉を開いた先にあったのは、まともな空間では無かった。

 何もかも歪んでいて、次元断層によって引き起こされた虚数空間のような印象を抱かせた。

 

『ギ、ギャアアアアアアアアァ――!? な、何で、どう、なって……?!』

『――!?』

 

 逃走した局員の悲鳴は背後から生じ、その方向に見上げてみれば、彼の身体の半分は白紙の絵画の中に埋まっており――出口に逃走する者は空間転移の罠によって絵画に埋まる事を悟り、続いて後に逃げた彼が転移し――前に居た者と重なってぐちゃぐちゃになって即死する。

 

『……な、何だこれは、この屋敷は何なんだよぉぉぉ!?』

 

 その直後、白紙の絵画から生じた無数の牙に噛み砕かれ、逃走した隊員は絵画に咀嚼されて、元の真っ白の絵画に戻る。

 

 ――この地獄のような屋敷から抜け出すには、この屋敷の主を倒すしか無い。

 頼りの魔法が完全に封じられている今、生き残っている彼は早くも絶望した。

 

 

 

 

「『魔術師』の邸宅に突入した第一陣、通信が途絶えました……!」

「……サーチャーや念話が妨害されている? 第二陣、第三陣、突入開始。状況を解明せよ。第四陣と第五陣は第一種戦闘態勢で待機」

 

 アリア・クロイツ中将は首を傾げながら、それでも適切な命令を下す。

 作戦開始から早くも異常事態の発生に、私達は困惑する。

 

『はい? 幾ら何でも早すぎじゃないですか? 幾ら元次元犯罪者の塵屑共でも、魔力の貯蓄の無い『魔術工房』の攻略ぐらい楽勝でしょうに』

 

 そう、私達の想定では殺されるにしても、『魔術師』、不死の使い魔、ランサーが出現してからだと推測していた。

 生きている価値すら無い塵屑共をぶつけて消耗させて、本命を叩き込もうというのが今回の物量戦である。

 

『まだ最低限の妨害機能が生きていたのかねぇ? まぁ第二陣と第三陣には連絡を直接帰還して寄越すように別命出したから、屋敷の状況は程無く判明するっしょ』

 

 アリア中将からは余裕の声が帰って来て、私も落ち着きを取り戻す。

 しかし、五分毎に一人派遣する予定の連絡員の帰還は無く、第二陣と第三陣が突入してから十五分の時間が無為に経った。

 

 ――明らかに何か異常事態が発生している。アリア中将も同じ結論に至ったのか、私の方に振り向いた。

 

「ティセちゃん、『魔術師』の邸宅にいっちょ次元跳躍魔法をぶち込んでみて。殺傷設定で」

「はいはーい」

 

 デバイスを杖状態にし、カートリッジを六発装填し、空になったカートリッジを捨ててお代わりを再装填し、憎き『魔術師』の屋敷に照準を合わせる。 

 

『ちょっと待って下さいっ! アリア・クロイツ中将、まだ突入した武装局員が……!』

 

 リンディ提督から緊急の念話が飛んでくるも、アリア中将は予想通りと言わんばかりに対応する。

 

「もう既に死んでるっしょ。それに私の推測が正しければ――」

 

 屋敷諸共欠片も残さない気概で次元跳躍魔法を撃ち放ち――コジマ色の緑光は、屋敷とは別の、全く別方向の何もない空中に炸裂した。

 

「……あ、あれ?」

「ああ、もう、やっぱり……! あんの野郎、ハメやがってッッ!」

 

 まさかの失敗に唖然とし、アリア中将は最悪の予感が的中していたと、それに気づかなかった自分自身に憤慨する。

 

「……くそ、やられたッッ! 海鳴市の大結界は既に復元してやがる……!」

「え、えぇ!? そんな、『ワルプルギスの夜』から『魔術師』は海鳴市の大結界の復旧作業を一切行ってないですよっ!?」

「それだよ、それッ! ああもう、最初から行う必要が無かったんだよッッ! あれは万全な状態で待ち構えていやがった……!」

 

 

 

 

「――壊されると解っていて対策練っていない訳が無いだろうに」

 

 屋敷の中で熱々のコーヒーを啜りながら、『魔術師』は有象無象の魔導師が織り成す阿鼻叫喚の地獄をほくそ笑んでいた。

 

「日本は世界有数の地震国家だぞ? 地震の一つや二つで地脈の流れが変わる事ぐらい日常茶飯事さ。独自に地脈の流れを探知して修復する自己再生機能など元から付随している」

 

 救済の魔女によって地脈を掻き回されて海鳴市の大結界が形無しとなったが、地脈の流れが定まった三日目の段階で既に復旧の目処が立っていたのだ。

 

「……うぅ、そんな機能が付いているなら教えて欲しかったです……」

「敵を騙すのは味方からと言うだろう? コーヒーお代わり」

「はぁ~い」

 

 時空管理局側の襲撃と同時に海鳴市の大結界を一瞬にして再建させ、『魔術師』の『魔術工房』はその真価を存分に発揮していた。

 

「……まぁ薄々感じていたけどよぉ。頼みの綱の大結界が喪失したのに、一向に復旧作業しなかったしな」

 

 待機中のランサーはソファに寝転がりながら、不貞腐れたような顔をする。その理屈は解るが、エルヴィと同様に少し不満な様子だった。

 

「私としては『切り札』であり、最大の『隠し玉』だったしな。万全な状態で待ち構えていたら、攻め込んで来ないだろう?」

 

 一秒一秒過ぎる毎に霊脈から捻出された魔力が『魔術工房』に蓄積され、『魔術師』自身の魔力を充填させる。

 久々に魔力に満ちる感触を得ながら、管理局側の無策に『魔術師』は嘲笑う。

 

「やはり指揮系統は委任しているようだな、豊海柚葉。それに、まだ合流していないと見える」

 

 秋瀬直也と破局してから三日、簡易の使い魔などを総動員して捜索に当たったが発見出来ず終いだが、もう問題無いと悟る。

 

 ――既に海鳴市の大結界には一つ、とある仕掛けを付随させた。

 

 策略家として、千里の未来を見通す『シスの暗黒卿』の本領を発揮されれば『魔術師』に勝ち目は無いが、新たな海鳴市の大結界は空間そのものに著しく作用し、透き通るように見通せた未来視を阻害するだろう。

 

「其方はどうかな? 湖の騎士」

「はい、順調に蒐集出来ています」

 

 そして、『魔術師』の前には守護騎士の一人、シャマルが『闇の書』をその手に持っており、急速にページが埋まっていく。

 『魔術工房』に施した新たな細工の一つであり、此処で始末した者のリンカーコアを自動的に且つ効率良く蒐集出来るようになっている。

 邪魔者を排除出来て『闇の書』の頁の蒐集も行える。一石二鳥の手だった。

 

「――愉しい愉しい戦争の時間だ。今日は『海鳴市の大結界』の復活祝いという事で無礼講だ、盛大に歓迎しようじゃないか。我が『魔術工房』の凄惨さ、篤と味わうが良い」

 

 『魔術師』は玉座にて魔王の如く嘲笑いながら、魔術的な仕掛けを次々と作動させていく。

 彼の全身全霊を費やした『魔術工房』に足を踏み入れた無謀な侵入者の処刑は、絶え間無く、恙無く行われ続けたー。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64/第一次攻防戦(武)

 64/第一次攻防戦(武)

 

 

 ――湊斗忠道の妹、湊斗奏(ミナトカナデ)は非凡な人間であった。

 

 才能の点から言えば、彼と比べて二桁は違う。

 奇しくも『湊斗景明』と『湊斗光』の力関係と同じであり――違う点と言えば、古代からの約定に従って三世『村正』を装甲して討ち取りに来たのが彼女だった。

 

 ――ただし、仕手の才能は、劔冑の性能で完全に覆る。

 

 確かに湊斗奏は非凡な仕手だった。

 三世『村正』の陰義である『磁力操作(マグネット・コントロール)』を使い、磁気障壁を常時展開出来るほどの規格外を容易に可能とした。

 だが、時代が追いついていなかった。湊斗景明が編み出した『電磁抜刀(レールガン)』の発想が、この古き時代には無かったのだ。

 

 ――三世『村正』では、『銀星号』には、二世『村正』には届かない。

 

 湊斗忠道では『銀星号』の性能を完全に発揮する事は出来ない。

 そんな事が可能なのは常時無想状態の湊斗光のみであり、それでも『銀星号』の仕手である彼に敵は居なかった。

 

 ――単純な一騎打ちとなれば、湊斗忠道は湊斗奏に負けようが無い。それ故に詰んでいた。

 

 妹を殺せば、『善悪相殺』の戒律が彼を殺す。愛した者を殺せば、最も憎き者を殺さなければならない。それは自害しても同じ事である。

 そして妹に殺されれば、『善悪相殺』の戒律が妹を殺す。彼女が最も憎む者は自分に他ならず、彼女の周囲に斬れる生命は他に無い。

 敵意が無いという事で『善悪相殺』の戒律を無視してきた代償を支払う時が遂に訪れたのだ――。

 

 ――結論から言うと、驚嘆すべき事に、湊斗忠道という人間は最期まで『善悪相殺』の戒律を踏み倒した。

 

 三世『村正』を装甲する仕手の、無尽蔵とも言える熱量を利用し、自分自身を何一つ行動が出来ない地中深くに埋蔵して葬り去る。

 偶然にも『普陀楽城』上空で行われた世紀の決戦――絶対に生還させず、『善悪相殺』の戒律さえ無為に還る、死を前提とした埋葬は地下百十五キロ地点まで皮肉にも到達させたのだった――。

 

 遥か地下に眠る劔冑の根源である『金神』に触れ――死後、皮肉な事に彼は『銀星号』の仕手として完成を迎えたのだった。

 

 

 

 

 『武帝』――彼等は異世界の技術『劔冑(ツルギ)』を纏って戦闘する。

 

 『劔冑』とは使用者に超人的な恩恵を与える鋼鉄の鎧、大業物と呼ばれる逸品では『陰義(シノギ)』と呼ばれる異能さえ発現する。

 事前情報に穴が開くまで見通した彼は、そんな規格外な技術が管理外世界にある異常に疑問を抱き、同時に無駄な詮索を止める。

 此処で重要な問題は、こんな質量兵器も真っ青な武具を使う相手と戦って生還する事である。

 

(……空戦魔導師でないのに空を飛翔し、魔法じみた異能も持ち合わせ、超人的な身体能力も与え、堅牢な防御性能を使用者に与える、か。更には単なる鋼鉄の鎧の分際で自己修復機能もあるだって? 才能重視の魔導師を嘲笑うが如くだな)

 

 ただし、彼等『武帝』が鍛造する『劔冑』には必ず『善悪相殺』の呪いが刻み込まれており、敵を一人殺せば味方を一人殺さなければならない、致命的なまでの欠陥兵器である。

 彼等の人員が五十人程度ならば、此方も五十人殺されれば勝手に全員自害するという事である。

 

(――よって、懲罰大隊を捨て駒に使う事で勝手に自滅する、か。この『武帝』とかの思想・流儀は理解不能だが、お偉い方もお偉い方だ。元次元犯罪者とは言え、容赦無く使い捨てるとはな……)

 

 部隊の指揮官の立場にある彼は事前に知らされているが、部隊員には当然の如く知らされていない。

 下された命令が正真正銘「死んで来い」では誰一人従わないだろう。知らぬが仏とはまさにこの事である。

 此処に落ちてきた連中の大半は人間として底辺、救いようの無い屑だが、それでもなけなしの良心が痛むというものだ。

 

(……特記事項、白銀の劔冑、通称『銀星号』だけは第一級指定損失物。『善悪相殺』の呪いは一緒だが、戦闘能力が隔絶している、か。銀色のだけ注意すれば生き残れるって事か)

 

 そして時間が訪れた。午前零時、同時三面作戦の開始時刻、彼は即座に号令を出して『武帝』の本拠地に殴り込もうとし――ひゅん、と、何かが音速を超えて駆け抜けた。

 

「あ――へ?」

 

 ころんと首の一つが地に落ちて、首無しの魔導師は血の花を咲かせる。殺戮の宴の幕が今開いた。

 

「な……!?」

 

 既に、鋼鉄の武者の集団は彼等魔導師の前に立ち塞がっており――性質の悪い事に、そのどれもが白銀色の武者だった。

 

(……は? 全部『銀色』じゃねぇか!? どれが『銀星号』って奴だよ……!?)

 

 姿形は千差万別だが、どれも気持ち悪いぐらい――白銀の鋼鉄だった。唯一人だけ、先制攻撃で首を切り飛ばした武者だけ、血塗れの刃を手にしていたが。

 

「ち、散れぇッ!」

 

 咄嗟の判断で魔導師達が飛翔して離脱し、白銀の武者の集団も背中の合当理に火を灯して騎航し、真夜中の空中戦となる。

 

「ひっ、来るなぁ……!」

 

 彼等の部隊の魔導師の全員が全員、殺傷設定の攻撃魔法を繰り出す。ランクこそバラバラで下はC、上はAに至るかどうかだが、此処に居る元次元犯罪者の懲罰大隊はいずれも殺し慣れている人間である。

 人体の急所というものを知り尽くし、些細な攻撃魔法でも死に至らしめる事が可能であると熟知している。

 

 ――尤も、この鋼の武者達には、そんな常識などまるで通用しなかった。

 

 ある武者はその魔弾を尋常ならぬ騎航速度で回避し、ある武者は己が太刀で難無く切り払い、ある武者は避けもせずに受けてその甲鉄に傷一つ付かず――驚愕の表情のまま、一太刀を以って斬り伏せられ、黄泉路を辿る。

 

「あ、あ、アアアアアアアアアアアァ――!?」

 

 其処にあるのは、ただ一方的な虐殺であり暴虐、圧倒的な武力による蹂躙でしか無かった。

 騎航し、推進力を上乗せして放たれた一太刀は、彼等程度の防御魔法・バリアジャケットなど容易に切り裂いて致命傷を刻み込む。

 

(おいおいおいおいおいおいッ!? 『善悪相殺』って呪いがあるんじゃなかったのか? 平然と殺しまくっているぞッ?!)

 

 白銀色の武者の集団は縦横無尽に空を舞って獲物の生命を刈り取り、部隊長だった彼は逃げ惑う事しか出来なかった。

 相手の多くは太刀や槍などの近接武器、距離を離せば――そう思った矢先、彼の隣、左に居た魔導師は規格外の大弓によって射抜かれ、右に居た魔導師は生身の人間が扱えないような大型狙撃銃をもって撃ち抜かれ、共に絶命してから墜落する。

 

(な、――あ)

 

 ――そして彼は人生の最期に、不可視の速度で舞う規格外の劔冑を感知する。

 

 首を無手で削ぎ落とされ、落下する最中に彼は気づく。あれこそが『銀星号』であり、初めから敵う相手では無かったのだと――。

 

 

 

 

「――え? 嘘? 『善悪相殺』の戒律を無視している?」

 

 一方的な戦況を眺めながら、アリア・クロイツ中将は驚いた顔をしました。

 最初から派遣した部隊が全滅する事が前提でしたが、『武帝』側の損害は未だにゼロ、これは明らかな異変です。

 

「奴等の劔冑には、須らく『善悪相殺』の戒律が刻まれている筈なのに……」

 

 此方の方は『魔術師』の『魔術工房』と違って、まだ映像があるから分析出来ます。

 ただ、解った事と言えば、『善悪相殺』の戒律を無視している事と、全ての騎影が白銀色に変色している事のみです。

 

『ねぇねぇ、ティセちゃん、仮に『銀星号』の仕手が湊斗光の如く敵意無く殺せる人間だとして、精神同調させれば――今の状況になるよね?』

『……非常に考えたくないですけど、その可能性が極めて濃厚かと……』

 

 精神同調、いえ、『銀星号』の『精神汚染』は劔冑の加護があるのならばある程度防げますが――今の彼等の劔冑を見る限り、最初から受け入れる事が前提のようであり、尚且つ『善悪相殺』の戒律を無視して殺戮出来る、狂気の集団になってます。

 

「……アリア中将、これ以上『武帝』への戦力投入は無駄だと具申します。このまま続けて出てくるのは――」

「劔冑を纏っているのに精神汚染しているという事は、全ての劔冑に『銀星号』の卵が植え付けられているという事。『銀星号』の卵が孵って、最終的には新たな『銀星号』が生まれる事態になりかねない、か――単純な武力では何気に『魔術師』以上にヤバい勢力なのよねぇ、彼処は」

 

 切り札の一つや十つは此方にありますが、現状では彼等を排除する必要性は見当たらないです。

 始末できるなら始末する程度の意識であり、予想外の出血は望むべくものではありません。

 此処で適切な判断を下せるのが、我等のアリア・クロイツ中将閣下です。もう一人の中将の方だとどうなった事やら……。

 

「『善悪相殺』で自滅しない以上、彼等を相手にするのは無駄だね。『武帝』勢力への侵攻は打ち切り、即時撤退で」

 

 まぁ私もアリア中将も、あの白銀の武者達から生き延びられるとは欠片も思っていないですけど。

 

 

 

 

《――全く、此処まで『善悪相殺』の戒律を蔑ろにされるとはな》

『……そう言うな、村正。此処で敵も味方も殺して全滅しては笑い話しかならぬ』

《ああ、御堂が『善悪相殺』を無視するのは、今に始まった事では無いしな――》

 

 精神汚染によって『武帝』の武者全てを支配下に起き、撤退する魔導師の殲滅戦に明け暮れる。

 既に抵抗らしい抵抗は無く、増援もまた無い。この場での勝敗は決している。『銀星号』を纏う湊斗忠道は遥か上空で宙に静止しながら、事を見守る。

 

『――済まぬとは思っている。これは『善悪相殺』の戒律を以って独善を滅ぼそうとしたお前達一門への明確な反逆行為だ』

 

 悪を殺せば善も殺さなければならない。その戒律によって、湊斗忠道の生涯は復讐する相手を殺害する事で完結する筈だった。

 

 ――だが、それは成されなかった。彼は余りにも自分を上手く騙せた。敵意無く人を殺すのが巧み過ぎた。

 

 それは独善とすら呼べない無我であり、されども『村正』一門は自身達の存在意義を根底から否定する彼を許さず――前世では彼の前に三世『村正』が立ち塞がった。

 それすらも欺瞞とペテンで反故し、人類の根絶すら厭わなかった『銀星号』を駆る。

 

《何処まで行っても『善悪相殺』の戒律は付き纏う。何処まで足掻けるか、見届けるまでよ――》

『……そうか。ならば、また彼方まで付き合って貰おう。今のオレには『善悪相殺』の戒律に対する明確な答えは持ち合わせていないしな――』

 

 ――いずれ答えが出るその時まで、それが今の彼と彼女の『結縁』である。

 

 

 

 

「――なっ」

 

 クロノ・ハラオウンは、致命的なまでに海鳴市の住民を侮っていた。

 その驚異的な力は『ワルプルギスの夜』の時に体感していた。あの大規模の破壊力は、個人が手にするには行き過ぎた力だと感じては居た。

 管理外世界にも管理局に対抗出来る力が存在していると、自覚させるには十分過ぎる出来事だった。

 

「……こんな、事って――」

 

 エイミィや、そしてリンディすら、余りの光景に絶句する。

 現在進行形で生命が容赦無く散り、鮮血は溢れ出ている。サーチャーからの凄惨極まる殺戮劇に、艦内の人間は青褪め、吐き気を催す者すら出現する。

 

 

 ――だからこそ、彼はその力が同じ人間には向けられないだろうと、致命的なまでに楽観視していた。

 性善説を唱えるのは勝手だが、押し付けて他人もそうであると過信するのは最も愚かな行為である。

 

 

 クロノの想像を遥かに超えて、海鳴市の住民は争い慣れていた。否、むしろ殺して慣れていたのだ。

 当然の事ながら、その力に都合の良い非殺傷設定など存在しない。また一人、映像の中で空戦魔導師が斬り伏せられ、地に落下していく。

 見るに耐えず、クロノは通信を送る。作戦の指揮を執る中将閣下へと――。

 

「アリア・クロイツ中将ッ! 今すぐ作戦を中断し、全隊撤退するべきです! これ以上の犠牲は――」

『これから散らされる処女のようにぎゃーぎゃー喚くなよ。五月蝿くて敵わないよ、敗北主義者共』

 

 さも面倒臭そうに一蹴される。この地獄の只中に居ても、彼女の様子は何一つ変わっていなかった。

 

『――元次元犯罪者の一人や十人、百人や千人死んだ処で痛手にもなんねぇよ。無駄な食い扶持が減ってむしろ良いじゃん?』

「なっ、ほ、本気で言ってるんですか……!?」

『本気本気、敗北主義者共を吊るし上げて見せしめにしようかなぁって考えるぐらい本気――』

 

 画面のアリア・クロイツ中将は笑いながら――眼が笑っていなかった。心底邪魔者を眺めるような眼でクロノを見ており、寒気と怖気が同時に走った。

 

『あはは、冗談冗談。ビビってやんのー! ――ああでも、これ以上邪魔するなら君から粛清するよ?』

 

 通信は一方的に打ち切られ――クロノは震えながら戦況を見守る。

 海鳴市で巻き起こっている地獄は、まだまだ終わる気配を見せていなかった――。

 

 

 

 

「……一体、今の海鳴市に何が――?」

 

 ――胸騒ぎがした。説明出来ない違和感が、彼女を行動させた理由だった。

 

 今宵、高町なのはは夜の街を飛翔する。

 魔力反応が街のあちらこちらから発せられ、海鳴市が未曾有の事態に陥っている事を彼女に判断させるには十分過ぎる材料だった。

 

(……どうしようも無いぐらい、嫌な予感がする――!)

 

 魔力の反応が強いのは『魔術師』神咲悠陽の邸宅、町外れの『教会』、そして嘗て月村すずかが目指した『武帝』勢力の屋敷であり――なのはは迷わず『魔術師』の邸宅を目指していた。

 まだ状況を把握していない今、自分に何が出来るのかさえ定かでは無いが――咄嗟に生じた予感に従って、なのはは防御魔法を使った。

 

「――!」

 

 黄色い閃光が防御魔法と拮抗し、瞬時に相殺して消え果てる。

 その魔力光には見覚えがあった。嘗て幾度無く戦ったフェイト・テスタロッサのものである――。

 

「フェイトちゃん……!?」

 

 自分と同格の魔導師の出現に、なのはは苦戦する事を覚悟し――遥か先に浮遊していた彼女を見て、戦慄する。

 彼女の眼に光は無く、完全に澱み切っていて――それは未来の自分、アーチャーの淀んだ両瞳より酷い有様だった。

 

「フェイト、ちゃん?」

 

 一体この短期間で何が彼女を追い詰めたのか、なのはには解らなかった。

 ただ解った事は、彼女は『魔術師』の屋敷内で戦闘した時以上に、負の感情を、自分への憎悪を滾らせている事ぐらいであり、身震いする。

 

「貴女さえ連れて行けば、母さんを救える――」

 

 フェイトは譫言のようにそう呟き、バルディッシュを片手に――その彼女のデバイスには、以前では付いていなかったカートリッジ機能が付け加えられていた事に、なのはは目を細める。

 未来の自分を通して、カートリッジ機能についての情報をある程度持っている。

 

 それが無いとあるとでは、戦術の幅が段違いであり――そんな事がどうでも良くなるぐらい、今の彼女は怖かった。

 

「お願いだから、死なないでね――!」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65/第一次攻防戦(教)

 

 

 

「――『ヴォルケンリッター』が既に召喚されている事を、クロウ・タイタスに悟られてはいけない。その理由は解るかな?」

「……クロウ兄ちゃんに気づかれたら、こんな事、絶対止められるから――」

 

 その日、八神はやては『魔術師』と密約を交わした。

 手にしたのは復讐への片道切符、その代償は計り知れず――闇夜に『魔術師』の笑みだけが浮かぶ。

 

「そういう事、愛されている証明だねぇ。まぁ私は悪い魔法使いだから、止めはしないけど――」

 

 傍に控える守護騎士四人の顔には警戒心しかなく、『魔術師』の背後に控えるエルヴィは剣呑な表情で、ランサーは好戦的で獰猛な顔をしていた。

 数の上では守護騎士が有利だが、此処は『魔術師』の領地、数の利など地の利で簡単に覆る。この場で指導権を握っているのは、間違い無く『魔術師』だった。

 

 ――八神はやてとて、最初から理解している。

 この目の前にいる人物が欠片も信頼出来ない事を。誠実で愚直であるクロウ・タイタスとは真逆の道を突き進んでいる鬼畜外道の魔人であると。

 

 だからこそなのか、八神はやては質問した。全く異なる価値観を持つ彼からは、どんな答えが出てくるのか、自身の胸に灯った動機を顧みる為に――。

 

「……『魔術師』さんは、復讐についてどう思ってます?」

「ふむ、主に復讐される側だからな、私は。余り参考にならないと思うが――復讐は生者の特権だ。その点に関しては、私は全面的に肯定するよ。正々堂々殺し合って返り討ちにしてやるぐらいはな」

 

 『魔術師』は興味深そうに話題に乗る。

 

 ――死した『過剰速写』は掛け値無しの復讐者だった。

 けれども、彼の復讐は第三者によって止められ、当人は阻止してくれて安心したとはやてに語った。

 それは彼の復讐が、その過程の時点で余りにも他に被害を齎すから、だろうか?

 『最強』を打ち倒し、歯止めが利かなくなったと彼は語った――。

 

「だが、死者が殺してくれと望んでいる、などという誇大妄想も甚だしい与太話は論外だ。どのように理由を取り繕おうが、復讐は独善的な殺人に過ぎない。物言わぬ死者を盾に正当化するな、とだけ言いたいな」

 

 八神はやての彷徨う心の中を見透かしたように、『魔術師』は釘を刺す。

 死人に口無し、彼等はもう何も語れない。だからこそ、それを理由にする事は『魔術師』は許さないと告げる。

 

「憎いから殺す。悲しいから殺す。心の中にケジメを付ける為に殺す。――復讐はね、死者の為ではなく、生者の為の儀式なんだよ。今一度、その胸に復讐の動機を問うが良い」

 

 

 65/第一次攻防戦(教)

 

 

 ――戦況は一方的であり、魔術工房の最深部に居る『魔術師』の下まで到着した猛者は未だに現れない。

 

 当然である。未だ管理局側は札を一枚も切らずに温存し、此方が疲弊するのを悠然と待っている。

 懲罰大隊など使い捨ての駒に過ぎない。使い潰せば、次は『プロジェクトF』の産物であるクローン兵、『StrikerS』でのガジェットがほぼ無尽蔵に派兵され、昼夜問わずに攻め込まれ、管理局の圧倒的な物量に押し潰されるだろう。

 

 それが『魔術師』と管理局が正面切って戦争した際の、当然の結末である。

 転生者の質は海鳴市側に軍配が上がるが、彼等の保有する兵力という名の量はその質を簡単に踏み潰せる。

 

「――余裕ぶっこいてやがるねぇ。それに『教会』の方は存外に苦戦しているようではないか。出し惜しみしているとも言えるが」

 

 これらの前提を全部理解した上で、余裕さえ浮かべて『魔術師』は嘲笑う。

 何もかも予定通りである。最初から勝ち戦の、圧倒的に有利な状況で戦う管理局の動きは至極読み易い。

 

 ――この戦の指揮を『豊海柚葉』に手渡されれば、戦況は限り無く不明瞭になる。

 

 だが、現地で合流されない限り、指揮権が彼女の手に渡る事は無いだろう。

 合流する為に局員を派遣した日には、泳がせた後に彼女の居場所が判明した瞬間、如何なる犠牲を顧みずにその区画ごと跡形無く爆破する用意が『魔術師』にはある。

 海鳴市の大結界が健在である事が知れた今、向こうも承知だろう。

 

(このチョロい奴が指揮している内に削れるだけ削るのみだ、此方の勝機は今しかない――)

 

 その為の策略は既に用意してあり――だが、予想外の出来事とは、常に起こって欲しくないタイミングで起こるものだ。とどのつまりは、今のように。

 

「……よりによって、何で今日の夜に出歩いてしまうかねぇ? 高町なのは」

 

 

 

 

 ――質量兵器。

 

 大雑把に言えば、魔力を使わない物理兵器であり、ミッドチルダの文明にとっては、百五十年前の過去の遺物である。

 ただ、それら過去の遺物が、魔力を使う魔導師に通らないかと言われれば――否である。

 

「――畜生ッ、畜生ォッ! 何なんだコイツらは……!?」

 

 彼は例に及ばず元次元犯罪者であり、生命のやり取りを行う鉄火場に慣れていた。

 だが、炎の咽る匂いと硝煙の匂いを此処まで嗅いだ事は終ぞ無かっただろう。

 

 ――『教会』では武装神父部隊が即席のバリケードを構築して幾多の重火器で応戦する。

 

 古臭い火薬を使う旧世代の兵器による銃弾など、バリアジャケットの前では、防御魔法の前では脆くも防がれるのみ。

 それが彼等ミッドチルダの者の大多数の認識であり――特別な才能が無くても扱える事、人間の視認速度の限界を超えた速射性と連射性、人を殺すだけに追究された悪辣さを知る者は誰も居なかった。

 

「へっ、黴の生えた旧世代の質量兵器なんぞ――!?」

 

 防御魔法を張ろうが、AK-47による分速六百発の銃弾の嵐は容赦無く削り取って守護を突破し、バリアジャケットを容赦無く貫通して射殺する。

 バリアジャケットそのものに多少の物理的な衝撃を緩和する効果はあるが、旧世代の概念である防弾性能を持っている防護服は皆無であろう。

 ある者は防御魔法の上から大口径の狙撃銃で穿たれ、即死に至る。またある者は虎の子のRPG-7の弾頭を受けて爆散する。

 

「何じゃこりゃっ! 全く受け切れねぇ……!?」

「撃て、撃て撃て撃てェッ! 死にたくないなら撃ち殺せェッ!」

 

 だが、魔導師も容赦無く応戦する。彼らが負けじと放つ攻撃魔法の魔力の光が戦場をより一層混沌とし、バリケードごと打ち砕いて炸裂させる。

 

「所詮奴等は生身だッ! 一発でも攻撃が通れば――!?」

 

 互いの殺傷能力はほぼ互角である事に気づいた魔導師達はなけなしの魔力をひたすら攻撃に費やそうとし――ほんの一瞬にして複数の者の胴体が二つに別れた。

 

「――良い夜だな、異教徒ども」

 

 その人の形をした悪魔は、既に血塗れに染まっている巨大な戦斧を片手に尋常ならぬ速度で駆け抜けて、すれ違った魔導師を全て惨殺していく。

 

「な……!?」

 

 一秒単位で物言わぬ死体を量産していく一騎当千の『神父』に、人生最大の脅威を感じ取った魔導師達は一斉に攻撃魔法を斉射し――『神父』は疾駆しながら巨大な戦斧で致死の魔弾を弾き飛ばし、殺到する魔力光を斬り伏せ、棒立ちする魔導師を打ち払い、死神の如く無作為に両断していく。

 

「――ば、化物だッ! かないっこねぇ……!」

 

 空戦魔導師達は飛翔して空中に活路を求め――首を一斉に斬り落とされて墜落していく。

 既に月を背景に、天には神が鍛えし至高の剣を構える『竜の騎士』が待ち構えていた。

 

「な――あ」

 

 地の敵を『神父』が巨大な戦斧で斬り捨て、宙に舞う敵を『竜の騎士』が真魔剛竜剣で斬り伏せる。

 

 ――彼等の守護する『教会』は未だに健在であった。

 

 

 

 

 ――桃色の魔力の光と金色の魔力の光が夜空に散る。

 

 純白の魔導師は困惑を隠せず、漆黒の魔導師は憎悪を滾らせて、白と黒の流星は交わり合うように交差しながら再度衝突する。

 

「フェイトちゃん、どうして……!?」

 

 雷を帯びた魔力の刃をレイジングハートで受け止めながら、なのはは必死に叫ぶ。

 フェイト・テスタロッサは光無き眼で、末恐ろしいほどの激怒の形相でなのはを射殺さんばかりに睨んでいた。

 

「私達が戦う理由は、もう何処にも無い筈――!」

 

 そう、フェイト・テスタロッサは管理局に投降し、この世界での彼女達は致命的なまでに縁が切れている。

 魔都での高町なのはとフェイト・テスタロッサは致命的に擦れ違い、原作のような親友関係には至らなかった。

 

「……私にはあるよ」

 

 憤怒の形相から、場違いなまでの笑顔に早変わりし、その不安定さがなのはを不安の渦に叩き込む。

 なのはの防御魔法とバルディッシュのアークセイバーが拮抗している最中に、フェイトはカートリッジを二発ロードした。

 

「貴女を彼等管理局に差し出せば、私は母さんを救える」

 

 拮抗は一瞬にして崩れ、なのはの防御魔法が正面から打ち砕かれ――咄嗟に反応して離脱したものの、胸が切り裂かれ、浅い切傷となって出血する。

 

(……痛っ、そんな……!?)

 

 それはつまり――フェイト・テスタロッサが非殺傷設定を完全に切っている事に他ならない。

 

(……っ、命のやり取りは、もう何度も経験している! だけど――)

 

 同格の魔導師相手の殺し合いである事に今更気づき、なのはは呼吸を著しく乱す。

 魔力不足だとか運動過多だとか、そんな理由ではなく、それは驚く事に緊張感からだった。

 

(……何で、今更震えて……!?)

 

 一体何が違うのか? 必ず非殺傷設定だと信じていた、魔導師同士の戦闘の暗黙の了解が破られたからだろうか?

 それとも、此処で負けたら取り返しが付かないから、だろうか――そう思考して気付かされた。

 此処には、助けてくれる人が居ないんだと。神咲悠陽も居なければ、秋瀬直也も居ない。自分一人で戦うのは、一体いつ以来だったか――。

 

(……そんな、事って――)

 

 土壇場で気付かされた。高町なのはは、バーサーカーと戦って敗北した人生最大のトラウマを、全く克服出来ていない事を――。

 ただ遥か彼方に置き去りにしただけで、傍らから見守って貰っていて――。

 

 

「――でもね、気づいたの。気付かされたの。そんなのは二の次なんだって」

 

 

 その手でなのはの柔肌を切り裂いた感触が大層気に入ったのか、アークセイバーを展開しながらフェイトは楽しげに素振りする。

 それでもその底無しの闇を孕んだ瞳は、なのはだけを見ており――寒気が走った。

 

「――私はね、平穏を享受している貴女が憎くて堪らない」

 

 フェイト・テスタロッサは笑う。

 理解出来ない化物を見ているようで、高町なのはは恐怖して怯える。

 その身に纏う堅牢なバリアジャケットも、魔法の杖たるレイジングハートも、彼女の指先の震えを止められない。

 

「私はこんなにも血塗れになって穢されたのに、貴女は綺麗で無垢なままで――それってずるいよね?」

「フェイト、ちゃん――?」

 

 ――怖い。

 

 嘗て『魔術師』の『魔術工房』内で、高町なのははフェイト・テスタロッサの憎悪を受け止められず、錯乱して仕留めた。

 その時の彼女はどうしようもないぐらい怖かった。誰かに憎まれた経験など無かったなのはには、到底受け止められない負の想念だった。

 

 ――だが、今現在の彼女は、何一つ理解出来ない。

 どういう工程でこうなったのか、まるで理解が及ばず、それ故に無条件に恐怖する。

 

「――だからね、一緒に堕ちよう? 同じ境遇になれば、私達は一番の友達になれると思うんだ」

「な、何を、言って……!?」

 

 ――その時、緑色とオレンジ色のチェーンバインドがなのはを拘束する。

 全神経を目の前のフェイト・テスタロッサに集中している事が仇となった。

 

「……っ、ユーノ君に、アルフさん……!?」

 

 身動き一つ出来なくなった今、なのはには新たに現れた敵対者であるユーノ・スクライアと使い魔のアルフに驚嘆の眼差ししか送れず――なのはは思わず絶望する。

 

 ――幾ら高町なのはの素養が突き抜けていたとしても、この堅牢なバインドを解くには時間が掛かる。

 それを、目の前のフェイト・テスタロッサは絶対に許さないだろう。

 

「アンタに恨みは無いけど、全てはフェイトの為だ――!」

 

 アルフは自棄っぱちのように叫んで、拘束の術式を緩めず、ひたすら強固に展開して――独特な音を立てて、バルディッシュのカートリッジが全発ロードされ、形状を変化させて大剣となった黒の杖に雷が落ち、刀身に帯電させる。

 

「雷光一閃」

『――Plasma Zamber Breaker』

 

 その魔法を、高町なのはは未来の知識から知っていた。 

 今、フェイト・テスタロッサが使おうとしているのは、なのはの『スターライトブレイカー』に匹敵するような強大な砲撃魔法――それが、微塵の容赦無く、殺傷設定で放たれようとしている。

 

「――なのは、貴女も耐えて見せて。それでおあいこでしょ? 私が食らったのはディバインバスターだったけど、凄く痛かったんだよ?」

 

 絶望するなのはの返答を待たず、即座に破滅の雷光は撃ち放たれ――なのはは目を瞑る事さえ出来なかった。

 

「――ぁ!?」

 

 レイジングハートは全力で主を守るべく、防御魔法を複数同時展開し、決死の守護さえ轟く雷光は食い破って――白い魔法少女は破滅の雷光に撃ち貫かれて墜落した。

 

 

 

 

(……あ。生き、ている。痛、い……)

 

 ――全身に激痛が走り、涙を流したくなる。

 

 あの破滅の雷光を受けて、高町なのはは何とか生きていた。

 バリアジャケットが焼け焦げて、身体が焼かれ、もう指先一つすら動かせない中、傍らに着地した足音に恐怖する。

 

「あはっ、良かった。なのは、生きてたんだ――」

 

 相変わらず光無き眼で、フェイトは愛しそうに地に伏すなのはを見下す。

 殺す気で撃ったから、もしかしたら死んでしまうかもしれなかったが――予想通り、なのはは丈夫だった。

 この程度では死なないと、未来の知識から確信さえ抱いていた。この玩具は長く時間を掛けて丁寧に壊すべきだと、フェイトは強く想う。

 

「大丈夫だよ。これからなのはは私と同じぐらい壊されて、穢されるだけだから。二人で一緒に堕ちるなら、きっと愉しいよ――」 

 

 彼女の使い魔とユーノ・スクライアもまた地に降りて、身動き出来ない高町なのはを捕獲しようとし――不意にユーノ・スクライアは殴り飛ばされ、彼方に飛ばされる。

 

「――三対一でボコるってのは気に喰わねぇな」

 

 フェイトとアルフはその場から即座に飛び退き、新たな襲撃者の攻撃を回避する。

 

「誰……!?」

 

 待ち望んだ甘美の時を邪魔され、般若の如く形相でフェイト・テスタロッサは襲撃者を睨みつける。

 それは二人組であり、赤い衣装の赤髪の三つ編みおさげの少女と、ピンク色の髪をポニーテールにしている『騎士』だった。

 

「鉄槌の騎士ヴィータ」

「剣の騎士シグナム。主の命により、助太刀する」

 

 ――皮肉にも、正史の『A's』とは逆の立場で、彼女達は参戦したのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66/ジュエルシード

 

 

 66/ジュエルシード

 

 

『――君の罪が何なのか、解るかね? ユーノ・スクライア君』

 

 一面真っ白の取調室にて、声だけが響き渡る。

 ユーノ・スクライアは怯えながら椅子に座り、その声を虚ろな瞳で聞き届けていた。

 

『管理外世界の現地民にデバイスを渡し、ミッドチルダ式の魔法技術を明け渡した。未開人への魔法技術の提供は固く禁止されている』

 

 それは誰もが知っている管理法であり、その事で魔法技術の無い管理外世界の文明を関与させない為の当然の処置である。

 ユーノとて、好きで破った訳ではない。あの時、あの状況では、素質のある者の手を借りるしか手が無かった。

 

『彼処がただの未開世界ならそれだけで済むんだけどねぇ』

 

 威厳ある初老の男の声とは違う、比較的幼い少女の声に、びくり、とユーノは挙動不審に反応する。 

 ユーノ・スクライアが協力要請した現地民、高町なのはの才覚は桁外れだった。何故魔法技術の無い文明にあれだけの人材が眠っていたのか、彼とて首を傾げるレベルだ。

 

 ――ただし、その彼女をもってしても、あの魔都の闇は容赦無く牙を向いて飲み込んだ。

 

 異常極まる怪物達を思い出し、ユーノは頭を抱えて恐怖する。涙さえ、滲み出ていた。

 

『君が渡したのは地獄への片道切符だ。ああ、可哀想に。魔法への才能が開花したばかりに、彼女、高町なのはは地獄の釜を開けてしまった』

 

 その恐怖に耐え切れず、ユーノは彼女を見捨てて時空管理局へ救援を求めた。

 あの時に置ける最善の判断がそれであり――果たして、そうだったのか、と、自分の中の何かが常に問い詰める。

 高町なのはの才覚をもってしても、あの魔都でのジュエルシードの回収は不可能だった。だから、未開世界を自分が発掘した指定損失物(ロストロギア)で滅ぼさない為に、救援を求めに行ったのは最高の選択だった。

 

 ――高町なのはを一人見捨てて逃走しなければ、完璧な解答である。

 

『彼女の人生を狂わせたのは君だ。――君も垣間見たのだろう? あの魔都の異常さを』

 

 ――自分が救援を求めて、彼女にデバイスを渡さなければ、彼女はあの世界の裏側を知らずに平穏に生きられただろう。

 巻き込んで、破滅の道に誘ってしまったのは、間違い無く自分である。

 世界の存亡と一人の平穏、比べるまでもないが――それでも、その道に誘ってしまった自分は、最後まで責任を持つべきでは無いだろうか?

 

『――可哀想に。高町なのはは死を上回る地獄の只中に一人放置された。君の責任だ、ユーノ・スクライア』

 

 その責務を放棄し、管理局に逃走し、一人のうのうと助かったユーノは、当然の如く責められる。

 自分が一番許せないのだ。だから、この言葉に対する抵抗は、何一つ無かった。恐怖に打ち負けた心がヒビ割れ、悲鳴を上げ続ける。

 精神的に際限無く追い詰められ、今のユーノは正常な判断など何一つ下せなかった。

 

「ぼ、僕は、事故で散らばったジュエルシードを――!」

『ああ、解るとも。君の尊き自己犠牲の精神には心打たれる。――ならばこそ、君は彼女を、高町なのはを救うべきではないかい?』

 

 そして、絶好のタイミングで、救いの手が差し伸べられる。

 無論、それは魔都に存在する異常者達と勝るとも劣らぬ悪魔の手であったが――。

 

『君が保護し、高町なのはの身柄を我々管理局が責任を持って預かろう。協力者も出そう。彼女、フェイト・テスタロッサは高町なのはと知り合いでね、スムーズに事が運ぶだろう』

 

 過ちを犯した自分の手で、救う機会が与えられる。

 あの魔都にもう一度行かなければならない事に恐怖したが、高町なのはを一人置き去りにした罪悪感が、一時的に恐怖を上回った。

 

『自分が地獄の只中に居る事に気づいていない高町なのはを救えるのは君だけだ、ユーノ・スクライア。君が彼女に報いたい、恩返しをしたいのならば――勿論、承諾してくれるね?』

 

 

 

 

『――んな馬鹿なッ! 何でまたこの時期に『ヴォルケンリッター』が……!?』

 

 秘密裏に派遣したフェイト・テスタロッサが高町なのはを撃破した処までは良かったが、突如現れたイレギュラーな存在に私達は念話で驚愕する。

 『闇の書』の守護騎士が召喚されるのは六月四日であり、まだ一ヶ月以上先の事である。どういう訳で召喚が早まったのかは未知数です。

 

『原作とまるで反対じゃんっ! おのれぇ、折角、あと一歩の処で高町なのはを手に入れれたのに……!』

 

 顔に一切出さずに、アリア・クロイツ中将は器用に悔しがってます。

 ……しかし、これは想像以上にきな臭いです。この時期に居ない筈の『ヴォルケンリッター』が存在する。誰かしらの意図が見え隠れしているような――。

 ただ、放置しておくには危険過ぎます。折角のフェイトちゃんを奪われる訳にはいきませんしね。

 

『ティーセちゃん、プランD、即時実行で』

『あいあいさー。今、発令しましたー!』

 

 予め打ち合わせしていた強攻策を一つ、実行部隊に命令を下します。

 高町なのはの窮地と、主である八神はやての窮地、そんなのは比べるまでも無いですよね――?

 

 

 

 

『――目標を発見、これより援護に入ります』

『はいよ。それじゃヴィータにシグナム、適度に頑張ってねー』

 

 同盟関係にある『魔術師』からの救援要請を受けて、八神はやては二人の守護騎士を派遣する。

 表立って守護騎士を動かせない以上、代わりに派遣される戦力は魅力的であり、クロウ達に黙秘している罪悪感と、陰ながら役立てる気持ちに板挟みとなる。

 

 ――絶え間無く銃声と爆音が外に響き渡る中、教会内は緊張感こそあれ、未だに突破されずに平穏を保っている。

 

 今、八神はやてはセラと一緒に教会の聖堂内に待機しており、護衛にマギウス・スタイルになっているクロウ・タイタスとシャルロットが配置されている。

 

『ヴィータとシグナムの代わりにランサーさんが来る言うてたけど、私、あの人の事、全然知らないんやけどなぁ。ザフィーラはどう思う?』

『……『魔術師』なる人物は信用出来ませんが、彼の者の武人としての腕前は中々のもの、影で動けぬ我々よりも役立つでしょう』

 

 堅苦しい口調でザフィーラは念話で返答する。

 これで教会の人達の負担を減らせられると、はやては陰ながら喜ぶ。

 

『……そっか。シャマル、其方はどうなん?』

『はい、主はやて。『闇の書』の蒐集は大変捗っています。今現在で五十頁を超えました』

『……んー、その主はやてっての、堅苦しいんやけど』

 

 出来ればもっとフレンドリィに――されども、帰ってきた返答は無機質なものであった。

 

『主を呼び捨てには出来ません』

 

 『ヴォルケンリッター』が召喚されて三日、八神はやては四人との友好を築けずに居た。何処かしらに四人を復讐の道具扱いしている自分に罪悪感が芽生え、一線を越えれずに居たのだ。

 

 ――家族のように、と称された正史の彼女達は、何処にも居なかった。

 

 念話によるコミュニケーションも、最低限の業務連絡みたいなものだ。表立って接せず、影で暗躍させている事が仇となっていた。

 無論、八神はやての精神状態も、その一因を加速させているが――。

 

『――主よ。別働隊に動きがあった。其方に来るぞッ!』

 

 瞬間、ザフィーラからの警告が発せられ――修復したばかりの教会の壁がまたしても破壊され、黒いバリアジャケットの魔導師達が雪崩れ込む。

 その光景を、シャルロットは燃えるような眼で凝視していた。

 以前は壁際に立っていて、RPG-7の爆風に巻き込まれて退場しただけに、今回はその時の分まで仕返すと言わんばかりに――。

 

「――ひるがえりて来たれ、幾重にもその身を刻め。ヘイスト!」

 

 クロウ・タイタスとシャルロットにその補助魔法が掛かり、目に見えて効果が現れる。はやての眼では捉え切れないほど、二人の動きが早くなった。

 

『アトラック=ナチャ!』

 

 更にはアル・アジフが魔力で編んだ蜘蛛の巣を撒き散らし、襲撃者達の行動を先立って妨害する。

 

「バルザイの偃月刀ッ!」

 

 クロウは尋常ならぬ速度でバルザイの偃月刀を召喚して投げ飛ばし、対物ライフルにイタクゥの魔弾を籠めてフルオートで撃ち続けた。

 身動き出来ない魔導師達を回転して飛翔するバルザイの偃月刀が容赦無く引き裂き、回転刃に巻き込まれなかった者をイタクゥの魔弾が自由自在に舞って心臓を撃ち貫いて絶命させていく。

 

「静寂に消えた無尽の言葉の骸達、闇を返す光となれ! リフレク!」

 

 続けてシャルロットの詠唱がもう完成し、透明の膜みたいなものが八神はやてとセラにも包み込み――アトラック=ナチャに拘束されなかった者が光線のような攻撃魔法を繰り出し、透明な膜は不条理にもそれを反射し、術者に返して鮮血の華を咲かせた。

 

「……うわぁ、別系統の魔法も反射するんだね……」

 

 寝起きで『歩く教会』を着ていない、ピンクのパジャマ姿のセラはその魔法を知っていたのか、驚き――八神はやては戦場と化した教会の中で一人身震いする。

 

(……やっぱり、私は足手纏いなんやなぁ――)

 

 今まで何度も生命のやり取りというものを体験して来たが、こんなにも堂々と目視するのは初めてであり、何も出来ずに足手纏いになっている自分を恥じる。

 今でこそセラも自分と同じ立場だが、前までは一線級の戦力として敵を容赦無く駆逐し――やっぱり、真の意味で足手纏いなのは自分一人だけだと落ち込む。

 

(……『闇の書』の主として、私にもやれる事がある。それなのに、私は――)

 

 守護騎士の一人であるザフィーラは、今この場に居る。されども、利己的な復讐を果たしたい八神はやては、『魔術師』に言われるままに彼等の存在を秘匿する。

 守護騎士達が秘匿されていなければ、彼女は復讐を果たせない。三日間だけの友人を殺した、憎き仇敵まで届かない――。

 

 射撃魔法が通用しない事を悟った敵の魔導師達は、戦術を接近戦へと移行し、剣が、槍が、打撃武器が、クロウに殺到する。

 

「ぐ、っ、がぁっ!? ――なぁろおおおぉ!」

 

 初撃を躱し、ニ撃目を翼で受けて防ぎ、三撃目を腹に受けて大きく仰け反り、それでもクロウは血反吐を吐きながら反撃する。

 

 ――血肉を削る勢いでクロウ達は戦い、戦う力を得た八神はやてはのんのんと見物する。これで良いのかと、はやては自分自身に問い詰める。

 

『――主よ右だッ!』

 

 突如、ザフィーラの念話が走り、右を向けば、クロウ達を突破した魔導師の手が自分に降り掛かる寸前であり、車椅子の彼女に即応性を求めるのは酷な話であり――咄嗟に、隣に居たセラが、彼女の前に踊り出た。

 

「――あ」

 

 ――今の彼女は『歩く教会』を着ていない。その耐久力は普通の人間と同じである。

 向かってくる黒い魔導師が持つデバイスは剣状であり、あれに引き裂かれたら、死ぬのは間違い無い。

 

「セラ――!」

 

 クロウが気づいたが、タイミングが悪かった。対物ライフルには再装填が必要であり、バルザイの偃月刀は投げ放っていて手元に無い。手を伸ばして駆けるが、絶望的なまでに間に合わない。

 

 ――セラは、クロウに初めて名前を呼ばれた事を喜び、笑顔で「さよなら」と呟き――目の前の魔導師が三条の光によって引き裂かれ、死体は転がり落ちた。

 

 大量の返り血が彼女に付着し――彼女は歯を食いしばりながら、『自分自身』を罵った。

 

「この、馬鹿……! 愚かしいにも程がある……!」

 

 悪態を吐く彼女の両瞳には血色の魔法陣が浮かんでおり、雰囲気が豹変していた。

 

「シスター!? シスターなのかっ!?」

「話は後だよクロウちゃん、今は――!」

 

 八神はやての下に殺到する魔導師達を打ち払い、目覚めた『禁書目録』は十万三千冊の知識を以って猛威を振るう。

 新たな敵に恐れ戦き、突撃する事を躊躇した魔導師達は背後から心臓を穿ち貫かれ、蒼の槍兵は亡霊の如くこの場に出現したのだった。

 

「ランサー!? 何故此処に……!?」

「待て待て、今日のオレは敵じゃないぜ? 所謂、援軍ってヤツだ――もうその必要性が欠片も感じられないがな」

 

 

 

 

 ――烈火の将と黒の魔法少女が激突し、鉄槌の騎士と狼の使い魔が衝突する。

 

 空中で繰り広げられる激戦をビルの真上で、高町なのはは悔しげに眺めていた。

 ――その力で誰かの役に立ちたい。その願いは、単なる思い上がりに過ぎないのだろうか?

 

(――すずかちゃんの時も、私は何も出来なかった……)

 

 立ち上がって参戦しようと、必死に努力するも、今の彼女の身体は指一つ動かすぐらいが関の山であり、何も出来ない自身の無力さに悔し涙を流す。

 

 ――其処に、かつん、と、足音が鳴り響く。

 その頭から血を流している少年は、高町なのはに助けを求めてレイジングハートを授けた張本人、ユーノ・スクライアだった。

 

「……なの、は」

「ユーノ、君……」

 

 一体いつ以来だろうか。

 高町なのはは己の未熟さを悔いる。自分に力が無かったから、ユーノ・スクライアは自身を見放した。

 彼を助ける力が、自分には無かったからである。なのはは全力で後悔し、心の中でひたすら自傷する。申し訳無さで一杯だった。

 

「……ごめん。君を置いて、一人で逃げ出して――僕は、弱虫で、どうしようもない臆病者だ……」

 

 ただ、それは高町なのはだけでなく、ユーノ・スクライアも同じ話だった。彼は彼女と同じぐらい自責を積もらせていた。

 

「……でも、僕は君を、巻き込んでしまった。そのせいで、君は地獄のような魔都の只中に……」

「……ぇ? ユーノ、君。何、を、言って……?」

 

 ――違う点と言えば、認識の違い。

 高町なのはは魔都で生きる事を望み、ユーノ・スクライアは魔都を否定する。些細とは言えなくもないが、致命的とは言える。

 

「今は、解らなくて良い。君は、僕が助け出す……!」

「……っ、来な、いで……!」

 

 其処にあるのは掛け値無しの善意であり、それが正しい事であるとユーノ・スクライアは信じて疑わない。

 なのははユーノを本能的に否定し――されども、振り払う力さえ、今の彼女には無かった。

 

 

 

 

 ――当然の事ながら、物量に押し潰される未来しか見えない長期戦などに、『魔術師』は付き合う気など毛頭も無かった。

 

「さて、そろそろ仕掛けるか。下らない消耗戦になど付き合ってやる義理は無い」

 

 そもそも管理局の者達が同じ土俵に立っていない以上、『魔術師』は何が何でも同じテーブルに付かせなければならない。

 勝機があるとすれば援軍を完全に断ち切った状態での短期決戦であり、それを叶える八つの宝石が、嘲笑う『魔術師』の掌に浮かんでいた。

 

「あはは、連中も愚かですねぇ。ご主人様がこんな都合の良い代物をただで手放す訳が無いのに」

「その愚かさのお陰で奴等を詰む算段が付いたんだ。此方としてはその愚鈍さに感謝しないとね」

 

 一つは高町なのはの目の前で砕き、後に消費した令呪三つ分は管理局に手渡した。

 そして残り八つの『ジュエルシード』は、未だに『魔術師』の手にあったのだ。

 

「纏めて運用しなければ、小規模の次元震が八回起こる程度だ。それならば地球への影響は微々たるものであり、奴等の補給路を分断するには最適だろう」

 

 ――高町なのはの目の前で一つ砕いたのは、その映像をレイジングハートに記録させる為であり、管理局はこの映像を見て、手に入れた全部を砕いたと断定した。

 愚かしい限りである。魔女が氾濫する海鳴市に『ジュエルシード』をばら撒こうとした恨みを『魔術師』は忘れておらず、意趣返しする機会を虎視眈々と窺っていたのだ。

 

「更には空間の揺らめきを完全なものとして、豊海柚葉の未来予知をある程度は阻害出来るだろう。――こんな美味しい采配、みすみす捨てられるか」

 

 一つずつ魔力を注いで暴走寸前の状態にし、エルヴィに手渡して連中の次元船に輸送させる。

 それを八回繰り返し、『魔術師』はほくそ笑む。連中の慌てる様を思い浮かべながら、初戦は自分達の陣営の完勝であると勝ち誇るように――。

 

 

 

 

「ア、アリア中将ッ! じ、次元震です! 各艦隊の八ヶ所から……!?」

 

 部下から驚愕的な知らせが齎され、瞬時に空間に浮かぶ画面がその危機的状況を図面で表す。

 都合八ヶ所、船隊の全域に被害が及ぶように、計算されたが如く配置された次元震の予兆に戦慄し、アリア・クロイツは瞬時に状況判断して叫んだ。

 

「――全艦に通達、総員退艦命令ッ!」

 

 よもやこの台詞を言う事になろうとは本人さえ思っていなかっただろう。

 歯軋りさえ立てて、全身全霊で悔しがる。

 

「早く通達して脱出しろォッ! 次元震に巻き込まれて塵になるぞッッ!」

 

 艦長が最後まで艦内に残る、という滅びの美学は彼女の中に存在しない。

 ティセ・シュトロハイムの次元跳躍魔法によって、最後の命令の通達後、艦橋に居た管理局員は地球の海鳴市へ脱出を果たす。

 

『あんの野郎、マジ信じらんねぇ! 『ジュエルシード』を砕いていなかったんだッ! 残りの八個を暴走状態で配置した……!』

『えぇっ!? そんな事が都合良く出来る訳――あの『使い魔』か……!』

『艦に侵入して暴れるぐらいするかと思ったら、生易しい考えだったみたいだね……!』

 

 

 ――此処に第一次攻防戦は途中で終結する。

 この暴挙がどれほどの被害を齎したのか、彼女達の頭を全力で抱えさせて――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67/受け継がれたモノ

 

 あれから一日中、何のやる気も起こらず、不貞寝した。

 二日目は、ひたすら考え続けた。

 三日目には吹っ切れた。

 

 

 67/受け継がれたモノ

 

 

 ――とりあえず、何が何でも『魔術師』に捕捉される前に柚葉を見つけ出さなければならない。

 

 この場合、『魔術師』は最大の敵と考えて良いだろう。今回ばかりは彼に頼るという選択肢は在り得ない。

 ……出来れば、最初にして最後になって欲しいが。

 

(――問題は、どうやって潜伏場所を割り出すかだ)

 

 大前提として、『魔術師』の監視の及ばぬ場所に居る事は間違い無い。

 そして恐らく、海鳴市内に居る事も間違い無い。あの柚葉が他の市に逃げて潜伏するとは考え辛い。

 あの性根の悪さだ、見つけられない無能さを嘲笑うかのように海鳴市に隠れ潜んでいるだろう。

 

(管理局の戦力が派遣されても、柚葉は特等席から眺める筈だ……!)

 

 其処まで考えて、海鳴市で『魔術師』の監視の及ばぬ場所とは一体何処だろうか?

 一つは『教会』勢力、定期的に監視用の使い魔を駆除しているようだし、何よりも『教会』勢力の実力者であった『代行者』が彼女の下に居る。比較的、在り得ない話ではないだろう。

 一つは地下の拠点。邪神勢力とか学園都市の勢力はいつの間にか滅びたらしいが、その拠点そのモノは健在らしく――空になった拠点などに監視など送らないだろう。

 

(……アイツの事だから、絶対に心理的な盲点を付いていると思う)

 

 とりあえず、今やるべき事は『教会』勢力への協力要請と情報提供して貰う事だが――贋物とは言え、『代行者』と敵対した事実が非常にネックだ。下手すれば、敵扱いで殺されかねないだろう。

 あれの他に、アンデルセン神父みたいなのと魔術使いたい放題の『禁書目録』が居るって噂だし。あとライダー、アル・アジフを従わせているマスターオブネクロノミコンもか――。

 

(……とは言っても、今更『魔術師』に邪神勢力の跡地と学園都市勢力の跡地を聞く訳にはいかねぇしなぁ……)

 

 聞いた瞬間に使い魔を先に派遣されて、発見されては本末転倒だ。今更な話だが、『魔術師』以外の情報源を確保しておくべきだったか――って、オレにとってそれは柚葉だったか。

 今のオレはニ方面からの情報が途絶え、孤立無援に陥っている状態なのかと、改めて自分の変化した立場を実感する。

 

(あれの視点も常々可笑しいと思っていたが、管理局側なら多少は納得出来るか)

 

 ビルの屋上を駆け抜けながら、スタンドを装甲して飛翔し――目の前に起きている激しい戦闘に今、気づいたのだった。

 

 

 

 

 仰向けに倒れる高町なのはに這い寄るユーノ・スクライアの前に、彼は突風を撒き散らして目の前に立ち塞がった。

 

「……今一状況が解らないけど――大丈夫か、なのは?」

 

 その黒髪黒眼の同年代の少年の事を、ユーノは知らない。一度、管理局と『魔術師』が交渉した折に会ったか、その程度の認識である。

 

「……直也、君……!」

 

 彼は目の前に居るユーノを無視し、倒れるなのはに駆け寄った。その無防備な背中を、ユーノは震えながら見ていた。

 

「邪魔を、しないでくれ……! なのはは、僕が助け出す……!」

「? それなら回復魔法を頼む。見るからにボロボロだし、確かそういうタイプの結界魔法あっただろう?」

 

 ――さも当然のように、彼はそう言い、逆にユーノは戸惑ってしまった。

 

 全く以って話が通じていない。

 それもその筈だ。眼の前に居る秋瀬直也は、ユーノ・スクライアの事を最初から敵として認識していないのだから――。

 

「……え? 君は、何を言って――」

「だから、なのはを助けるんだろ? 現状でそれ以外、何があるんだよ?」

 

 秋瀬直也は物分りの悪い人間に同じ事を二度言うが如く語り聞かせ――逆に、ユーノの心に蔓延っていた憑き物が音を立てて崩れる。

 

 ――天の雷に焼かれ、苦悶する高町なのはを、必要な事だと割り切っていた。

 

 この魔都では、この程度では済まない。いつしか自分の与えた魔法の力が災いとなって、彼女の生命を奪うだろう。そう、自分に言い聞かせていた。

 

「……縁の下の力持ちなのに、何処ほっつき歩いてたんだよ? お前さえ居ればあれもこれもそれも、結構楽に片付いただろうに」

 

 だが、今、高町なのはをそんな目に遭わせたのは自分達に他ならない。

 言い逃れ出来ない事実であり――更に言うならば、彼女には窮地に駆け付けてくれるような親友さえ、此処に存在している。

 

 この魔都から高町なのはを救い出して管理局に保護して貰うという事が、都合の良い独り善がりであると、ユーノは自覚してしまった。

 

「……僕は、一体――」

 

 早くも存在意義を見失い、自失同然となり――天から雷光が此方に降り注ぎ、ユーノは防御すら取る気力も無かった。

 

(……はは、早くも罰が当たったのかな? 完全な人災だけど――)

 

 なのはの方は秋瀬直也が居るのだから、当然回避出来るだろうし、もう自分なんて必要無いだろうと自虐する。

 

 ――されども秋瀬直也は、なのはを脇に抱え、反対側の手でユーノさえ掴んで悠々と脱出した。

 

 天の雷がビルを直撃して倒壊させる様を別のビルの屋上から眺めながら、秋瀬直也は天を仰いでフェイト・テスタロッサを見た。

 

「……あー、少し見ない間に何があったんだ? フェイトの方は。つーか、何気に『ヴォルケンズ』も居るのか!? A'sは一ヶ月は先だろうに」

 

 ぽりぽり、と頭を掻いて、秋瀬直也はなのはとユーノを下ろす。

 最後に一つだけ、ぽかんと呆けているユーノにこう言い残して――。

 

「ユーノ、なのはの事、頼んだぞ!」

 

 その言葉は今までのどんな人の言葉よりも、ユーノの胸に響き、無意識の内に涙を零したのだった。

 

 

 

 

 ――シグナムとの戦闘最中に関わらず、フェイト・テスタロッサが目にしたのは、高町なのはを助けた秋瀬直也の姿だった。

 

(……なんで――)

 

 それはまるでお伽話に出てくるような、鮮烈なまでに『正義の味方』であり――高町なのはの未来、アーチャーの知る秋瀬直也では断じて無かった。

 アーチャーの辿った未来において、秋瀬直也は単なる過去の遺物である。

 スタンドと呼ばれる超能力を持つだけの、海鳴市の火災の折に死んだと推測されている程度の人物である。

 

(……どうして――)

 

 フェイト・テスタロッサは知らない。

 彼がこの領域に至るまでに何があったのかを。

 

(……なのはだけが救われて――)

 

 ――それはまさに生命のバトンだった。

 フェイト・テスタロッサによってアーチャーが召喚されるというイレギュラーによって、死ぬ運命だった神咲悠陽が生き残り、冬川雪緒の遺志を受け継いだ秋瀬直也が『矢』の力を支配し、自身の死の運命さえ乗り越えた。

 

(……私には、何も、誰も――)

 

 元々その素養はあった。偶発的な行動一つが最善の結果を導き出すという必然的な何かが死の運命にあった月村すずかを救い出し、『矢』の力によって後増しされ、本物の『正義の味方』の域に秋瀬直也を高めたのでは無いだろうか――?

 

(……どうして、誰も、助けてくれないの――!)

 

 ――だからこそ、フェイト・テスタロッサは憎悪する。

 全身全霊を籠めて、どん底に堕ちた自分を助けてくれない『正義の味方』を、恋焦がれるように呪う。

 

「――秋瀬直也……!」

 

 目の前に居た絶対の敵対者であるシグナムすら放置して、自分の下に飛翔してきた秋瀬直也を迎え撃つ。

 今の彼こそは今のフェイト・テスタロッサにとって、最大の敵だった。

 彼こそは高町なのはにあって、自分には無い存在。憎悪しても憎悪し足りない、絶対に許容出来ない存在だった。

 

「ああああああああああぁ――!」

 

 ――まるで悲鳴のような雄叫びを上げて、フェイト・テスタロッサは有らん限りの攻撃魔法を繰り出す。

 

「プラズマランサー!」

 

 直線上に射撃される『プラズマランサー』を彼は瞬時に旋回して避ける。

 その飛翔速度は予想以上に速く、ただひたすらに切迫される。

 

「っ、フォトンランサー……!」

 

 カートリッジの全発投入という無理強いで『フォトンランサー・ファランクスシフト』を瞬時に繰り出し、二十基のスフィアによる毎秒七発の斉射を執り行う。

 

「――っ、おいおいおい、オレ相手に其処までやるのかよっ!?」

 

 秋瀬直也は瞬時に後退し、遅滞攻撃しながら凌ぐ。彼の背後にある見えない何かが、魔力の光を打ち消し、不条理に払う。

 途中、バインドを仕込んで秋瀬直也の動きを束縛しようとしたが、バインドが彼の手を拘束した瞬間、瞬時に打ち砕かれ、霧散する。

 

「なっ……!?」

 

 明らかに今の秋瀬直也は、アーチャーの記憶の中にある彼とは何もかも違った。

 次の瞬間には飛翔する秋瀬直也の姿が瞬く間に消え去り――記憶の中にある『ステルス』だと悟り、フェイトは瞬時にフォトンランサーで三百六十度の無差別攻撃を敢行し、魔力の弾が打ち消された右上空に向かって飛翔する。

 

『――Zanber Form』

 

 バルディッシュは大剣状態となり、展開した閃光の剣を振るい――居場所が発覚した秋瀬直也は『ステルス』を解いて、尋常ならぬ速度で疾駆する閃光の刃を『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』の両拳で板挟みし、雷光の刃はフェイトの意志に反して消え去った。

 

「――そん、な……!?」

「ちぃっとばかし痛ぇぞっ!」

 

 刃無き大剣を空振りし、その絶好の隙に秋瀬直也はスタンドの拳――ではなく、掌に圧縮した風の渦を叩き込み、瞬間的な暴風となって炸裂する。

 ただでさえ装甲の薄いバリアジャケットのフェイトには耐え切れず、無情に墜落する。

 

「フェイトっ!?」

 

 鉄槌の騎士ヴィータとの交戦途中だったアルフが中断して彼女の救助に向かい、寸前の処でキャッチする。

 上空に舞う秋瀬直也の姿を憎々しげに睨み付け、アルフは瞬時に離脱を選択する。

 

 ――二人が撤退したのを確認し、守護騎士の二人もまた何処かに飛翔する。

 その様子は、何処か機械的であり、秋瀬直也は思わず首を傾げた。

 

「……ふぅ、冷や汗掻いた。フェイトは敵で、逆にヴィータ、シグナムの方は味方だったのか? まるで逆だよなぁ」

 

 

 

 

「……で、ちゃんと説明してくれるんだろうな? シスター」

「ク、クロウちゃん、その、怒らないで聞いてくれる?」

 

 管理局の猛攻を退け、魔術による治療と教会の修復が終わった後、オレは『シスター』に問い詰めていた。

 ……そう、セラではなく、シスターである。

 もう二度と出会えないぐらい覚悟していた彼女は、生命の窮地に陥るとあっさり表に出てきた。それはつまり――。

 

「……えーと、実は割といつでも表に出られたけど、私はセラ・オルドリッジの記憶を取り戻す為に生まれた人格だから、引き篭っていたの。――うん、やっぱり私引っ込むから……!」

「待て待て待て! 其処に直れ、この馬鹿シスター!」

 

 また精神的に引っ込みそうになる彼女を全力で止め、正座させる。

 恨めしそうな顔で睨んでいるが、無視だ無視ッ!

 

「ひゃうっ!? 怒らないって言ったのにぃ?!」

「この馬鹿野郎! オレ達がどれほど心配したと思ってんだ!?」

 

 ……なんか、あれこれ色々と悩んでいたのが馬鹿みたいである。

 

「野郎じゃないもん、娘だもん!」

「言うに事欠いて其処を突っ込むかっ! そんな小さい事はどうでも良い!」

 

 「小さくないよぉ!」とシスターは文句を言うが、全力でスルーする。

 

「……つーまーりー、記憶の統合が起こらず、二重人格みたいな形に落ち着いたって事か? ちなみに主導権は?」

「……えと、私だね。で、でも、戦闘以外は引っ込んでいるからっ!」

 

 ……ああ、何かもう我慢出来なくなったので、チョップをシスターの脳天にぶち込んでおく。

 

「ちぇい!」

「あいたぁっ!? クロウちゃんが私を打った!?」

 

 シスターは大袈裟に痛がるが、そんなもん構うものかっ。

 

「ちゃんと二人で話し合って決めろ! 幾ら身体の主導権を握っているからと言って一人勝手に決めんなっ! 物凄く不安がっていたぞ、セラの奴は」

「……良く、見てたんだね」

 

 って、何で其処で泣き出しそうな顔になっているんだよ!?

 

 ――あれこれ当人同士が話し合った結果、一日交代という事になったとさ。世は事無し、めでたしめでたしと言った処か?

 

 

 この時、オレはまだ、はやての変化に全く気づいていなかった――。

 

 

 

 

「――ガジェット、ドロイド部隊は共に全滅。武装局員は戦闘態勢で待機してましたので比較的助かりましたが、被害は全戦力の四割強、兵糧と拠点を失い、時空震の影響から暫くミッドチルダとの交信が不可能です」

 

 戦々恐々といった具合で、アリア・クロイツ中将は『教皇猊下』に報告しています。

 私としても全然補佐出来なかったので、同じ心境です。いやぁ、生命で失敗を支払う事は避けたい処です。

 

 ――次元震が八ヶ所から起こり、艦隊はほぼ全滅。生き残っている艦もあるかもしれませんが、現状では次元震の影響で連絡が取れません。

 

 戦場での行方不明は戦死と同意語です。あの『魔術師』にしてやられたという処です。忌々しい。

 映像に浮かぶ『教皇猊下』は相変わらず黒衣に身を包んでいて、全体像が掴めません。

 

『――良い。残存戦力でも我々の勝利は揺るがない。『魔術師』に切り札を先に使わせたのだ。それで良しとしよう』

 

 ――二人共、お咎め無しとされ、ほっと一息吐きます。

 まぁ、現在の我々はガンダム試作2号機の核で船隊を破壊された地球連邦軍と言った処です。一回限りの核を先に使った以上、もう『魔術師』側に今みたいな切り札は無いのです。

 

『補給は此方から手を回そう。現地の支援組織に手配しよう。――『三回目』の転生者を二回目の卿等と同一視するな、それが此度の教訓だ』

 

 ……随分と痛々しい教訓です。こんな大暴挙を取るなんて、我々管理局側では予想外ですからね。人一倍、次元震への脅威を体感してますから。

 

「この失態、必ずや戦果で拭い去って見せます。――して、『教皇猊下』。次なる手はどうしましょうか?」

『オーソドックスに城攻めと行こうじゃないか。外堀を埋めてからな』

 

 城、と言いますと『魔術工房』? 幾ら何でも無謀だと思いますが――外堀を埋める?

 黒い衣を纏った『教皇猊下』から、一つの画像が送られました。地図、でしょうか? それもこの海鳴市の。其処に六つの赤い点が表示されています。

 

『それらが海鳴市の大結界の支点、六ケ所の所在だ。丸裸にしてからあの忌々しい『魔術工房』を潰そうじゃないか』

 

 ……なるほど。これから我々が行うのは、『魔法使いの夜』の蒼崎橙子さんのように、結界の支点を破壊して土地の支配権を奪う、という事なのですね。

 

(……魔力供給さえ無ければ、あの『魔術工房』もただの屋敷――初戦は敗北しましたが、第二戦は取らせて貰いますよ? 『魔術師』)

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68/進展

 

 

「――あはっ、大層な『正義の味方』っぷりね、直也君は」

 

 ――今夜の血沸き踊る闘争を、彼の主はその一言で締め括った。

 

 海鳴市の大結界がいつでも修復出来るのに秘匿していた『魔術師』の事も、善悪相殺の戒律を無視して殺戮集団と化す『武帝』の武者達も、『教会』での『禁書目録』の復活も、秘匿したジュエルシード八つでの次元震で自軍の大部隊に大打撃が与えられた事も、単なる余興としか映っていない様子だった。

 

 ――海鳴市の大結界による空間歪曲の阻害、八回の次元震によって、豊海柚葉のシスとしての未来視は際限無く妨害されたが、ジェダイと闘争を繰り広げていた頃を思い出していつもの事と切り捨てる。

 

「でも、ちょっと妬けちゃうなぁ。私以外の女の子に良い顔してさぁ」

 

 そして傍らで見守っていた『代行者』は、恋焦がれるような笑顔で嫉妬の炎を燃やす豊海柚葉とは別の意味で秋瀬直也という存在を最大限に危惧していた。

 

(まさか、此処まで秋瀬直也に御執心とは――)

 

 救おうとするのではなく、勝手に救ってしまうのが『正義の味方』――そう言わんばかりの彼の活躍は、今や『矢』によって実力さえ伴っている。

 秋瀬直也は、極めて危険な存在であり、最も懸念すべきイレギュラーだった。

 

(……やはり、命令を無視してでも殺すべきでしたかね?)

 

 などと『代行者』は思っているが、本音から言えば、殺せるなら殺していた。

 殺すつもりで拳を打ち出し、寸前の処でスタンドで防がれ、致命傷を回避されているのが実の処だ。

 彼とて主と仰いだ唯一の少女の絶対性を微塵も疑っていない。

 彼女が悪である限り、その運命に敗北は在り得ない。だが、あの秋瀬直也は、その前提さえ覆してしまうのではないだろうか――?

 

(……いえ、まだ様子見するべきですね。『矢』によって発現した能力が未知数な以上、どれほど石橋を叩いても足りないですしね)

 

 そう、彼の特異性を証明するのならば、フェイト・テスタロッサという駒が最適である。あれさえも救って見せるのならば、秋瀬直也は――。

 

(――それとは別に、少し意外でしたね)

 

 ――それはそうと、一つ、疑問点が残る。

 

 第一次攻防戦に失敗して多大な損失を出したアリア・クロイツとティセ・シュトロハイムの事である。

 無慈悲なシスの暗黒卿にしては、敗残者への対応が甘すぎる点だ。

 

「――宜しかったのですか? 彼女達に任せて」

「別にぃ。次、失敗するなら生命で償って貰うまでよ? 昔からやってみたかったんだよねぇ、画面越しからフォース・グリップで処刑するの」

 

 何のお咎めも無かったのではなく、死刑台の十三階段に片足を突っ込んだ事をティセ・シュトロハイムとアリア・クロイツは気づいたのだろうか?

 柚葉は愉しげに「無能な部下を処刑するのは指揮者の特権よねぇ」と、予行練習するが如く右手を開き閉じしていた。

 慈悲深く不問にしたのではなく、無慈悲にも最終勧告だったらしいと『代行者』は鼻で笑った。

 

「――アリアも解っているでしょ。その六つの支点に『魔術師』特製の魔術的な仕掛けが施されている事ぐらい。あれだけの戦力を与えているんだから、その仕掛けを食い破って貰わないと困るわぁ」

 

 

 68/進展

 

 

「……あ、あれ? アリア中将、これって――」

「……うわぁ、大結界の支点の一つは『武帝』の本拠地ですか。無理ゲーすぎね?」

 

 何度見直しても、先程侵攻失敗した地点に赤い点が付けられており、私達は揃って深い溜息を吐きました。

 ガジェットが手元に残っているなら、際限無く投入する事もやぶさかでは無いのですが、生身であれと対決するのは正直勘弁願いたいです。

 

「ティセちゃん、『武帝』の本拠地に突っ込んで跡形も無く爆撃する気無いー? SSSランクの魔導師の本領を発揮してさっ!」

「あはは、嫌ですよ。失敗したら私なんて一瞬で殺されるじゃないですかー」

「だよねぇー。戦い慣れしている『武帝』が対城攻撃に備えてないとは思えないしねー」

 

 初撃で何もかも一切合切決着が付いてくれるのならば、撃破可能ですが――生き延びられた場合、飛んでくるのは『銀星号』です。

 というか、あの『銀星号』の仕手を甘く見すぎていたようです。

 下手すれば、三世村正が行ったような重力操作による離島の防衛を行えるかもしれません。

 

「まずは、それ以外の五つを徹底的に破壊しよう。それで海鳴市の大結界の効力は段違いなまでに下がる筈だよ!」

「そうですよね、多分そうに違いないです!」

 

 などと笑いながら、私とアリア中将は問題を先送りにします。

 周囲の支点を潰してから、全戦力を投入するなら、『銀星号』以外の武者は圧殺出来ます。……その『銀星号』が死活問題ですけど。

 

「虎の子のSランク魔導師も六人ずつ振り分けるかねぇ。どうせ『魔術師』の事だ。大結界の支点に何を仕込んでいるか、解ったものじゃない」

「直接妨害もしてくるかもしれないですしねぇ」

 

 支点攻めという未知の脅威を相手に、はぁと私達二人は溜息吐きます。

 作戦案を煮詰めて実際に発令するのは明日の夜になりますが、早くも気が重いです。折角、地球に帰ってきたのに完全な敵地ですからねぇ、此処は――。

 

 

 

 

「……また、負けちゃった」

「らしくないな、一回二回負けた程度でへこたれるなんて」

 

 あれからユーノ・スクライアの治癒魔法である程度回復し、されども完全な調子に戻っていない高町なのはは秋瀬直也に背負われ、帰り道を歩いていた。

 今回ばかりは暫く立ち直れそうにない、となのはは一人ひたすら落ち込んでいた。

 

「……気づいちゃったの。私は、一人じゃ戦えないほど臆病者なんだって。フェイトちゃんと戦って、ずっと怖かった――」

「……あー、うん、あれは何か、鬼気迫るというか――」

 

 一時的に三対一とは言え、完全な敗北であった。

 よりによって、同系統の魔導師との対決で。終始、精神的に押され、まともに戦えず、呆気無く撃ち落された。

 

 ――果たして、もう自分はフェイト・テスタロッサに敵うだろうか?

 

 今回の戦闘で、もう絶対に敵わないと、完全に心が折れてしまったような気がする。

 次に一対一で戦えたとして、戦いになるだろうか? 致命的なまでの負け癖に加え、デバイスの問題もある。

 あれは管理局の設備が無ければ、搭載出来ない。管理局を敵に回す以上、カートリッジ無しでカートリッジ有りの彼女と戦わなければならない。

 活路なんて、まるで見えなかった――絶望的なまでに、なのはの心が沈む。

 

「ユーノ、フェイトはミッドチルダの方で何があったんだ?」

「……ごめん。僕も詳しい事は――彼女達と組むのは、今日が初めてだったから……」

 

 隣には人型形態のユーノ・スクライアが歩いており、改めて、自分は一人では何も出来ない無力な小娘だと、なのはは全力で自虐する。

 

「……直也君は凄いね。フェイトちゃんにも、勝っちゃってさ――」

「いやいや、元の状態だったら絶対勝てないぞ? 今は反則すれすれの状態みたいなもんだし――でもまぁ、この状態で一回負けたっけなぁ」

 

 そのポロっと出た発言に、なのはは全力で驚き、背負われている状態では秋瀬直也の顔は見えないが、ぷるぷると肩を震わせている様子だった。

 

「――あの野郎、次に出遭ったら絶対一発ぶん殴るっ! おーぼーえーてーやーがーれー!」

 

 感情を爆発させ、秋瀬直也は怒髪天と言った感じで叫ぶ。

 そういえば、この三日間、秋瀬直也の様子は少し変だった。三日前は全力で落ち込んだ様子で――それから豊海柚葉は登校せず、今更考え直せば、明確な異常だった。

 

「よし、それじゃオレの私用に付き合ってくれないか?」

 

 一回叫んですっきりしたのか、晴れやかな口調で秋瀬直也は提案する。

 

「今回の事は一見して管理局と海鳴市の現地勢力の戦争だけど、極限まで突き詰めれば、この代理戦争は『魔術師』と豊海柚葉の殺し合いに過ぎない」

「……え? どうして其処で柚葉ちゃんが……?」

「……アイツが時空管理局の頂点だからだよ。マジ信じらんねぇだろうけど」

 

 三日前から居なくなった彼女と今回の一件が線で繋がる。

 

「この戦乱は『魔術師』か柚葉が死ぬまで終わらない。だから、両者の死闘が始まる前に、オレが柚葉をとっちめて終わらせる。協力してくれないか?」

 

 神咲悠陽は高町なのはにとって恩人であり、憧れの人。豊海柚葉は高町なのはにとって友人。その何方かが絶対死ぬような結末なぞ望めない。

 秋瀬直也の提案は、高町なのはにとっても最善の選択であり、されども、本当に今の自分なんかが力になれるのか、深く疑問を抱く。

 

「柚葉を見つけたら、オレはそっちを全力で優先するが、それまでは一緒に行動出来る。またフェイト達が襲って来ても何とかなるだろう」

「……でも、私なんて足手纏いになるだけじゃ……?」

「何を言ってんだ。万の援軍を得た気分だぞ? 人間なんて一人で出来る事なんて限られているものだ。だから一人より二人、二人より三人の方が絶対に良い」

 

 ――でも、自分はフェイト・テスタロッサにも勝てない役立たずで、彼の足を引っ張る事を全力で恐れる。

 情けない事に心が奮い立たない。また手先が震えて、恐怖が心を支配する。こんな弱い自分が情けなくて、悔しくて、涙が溢れてくる。

 

「それじゃユーノ、今のなのはとフェイトの戦力比を正確に説明してくれ」

「……いきなりだね、直也」

「ミッドチルダ式の魔法はオレの専門外だからな。専門の魔導師に聞くのが一番だろう?」

 

 そう言って、話をユーノに振り、ユーノはこほんと咳払いした。

 

「なのはとフェイトは総合的に見れば互角の魔導師だと思う。でも、今のフェイトにあってなのはに無いものが一つある。それが――」

「カートリッジシステム……」

「うん、元はベルカ式魔法という、嘗てミッドチルダ式と双璧を為した魔法体系。瞬間出力を向上させる為の『ベルカ式カートリッジシステム』なんだ。最近になって急に流行りだした『近代ベルカ式』なんだけど、基本的に『インテリジェントデバイス』と相性が悪い」

 

 未来の高町なのはの記憶では、いつの間にか浸透して、後天的にレイジングハートに搭載した機能である。

 これによって未来の高町なのは達は瞬間的な爆発力を得たが、メンテナンスの頻度は明らかに高くなり、術者への肉体的な負担が問題視されていた事を断片的に回想する。

 

「カートリッジは瞬間出力を高める無理強いの技術でね、デバイスが破損し易い欠点があるんだ。インテリジェントデバイスは元々デリケート、悪く言えば脆弱な構造だから――其処が狙い目だと思う」

「つまり、今のレイジングハートと比べて、カートリッジシステム搭載のバルディッシュは破壊しやすいかもしれないって事か?」

 

 秋瀬直也もその結論に至り、高町なのはは全力で脳内でシュミレーションし、その結論が唯一の光明である事を悟る。

 瞬間的な爆発力に惑わされ、それに関するリスクや肉体的な負担を度外視していた自分を恥じる。

 

「……凄い、凄いよユーノ君っ! 私なんて、同じカートリッジシステムが無ければ、絶対に対抗出来ないって思っていたのに……!」

「三人寄れば文殊の知恵ってヤツだな。専門家に頼ったオレも鼻が高いぜ」

 

 なのはと直也が揃って褒め称え、ユーノは照れ隠すように俯く。

 

 ――斯くして、高町なのはは漸く、魔導師としての正しき師(アドバイザー)を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 ――そして翌日の早朝、オレは高町なのはとフェレット形態のユーノ・スクライアと一緒に町外れの『教会』の前に立っていた。

 

 目的は、協力関係を取り付け、邪神勢力と学園都市の勢力の跡地を教えて貰う為である。

 

(……あー、これはヤバい。素晴らしいぐらいまでに死ぬ予感しかしねぇ……!?)

 

 何なんだろう、この『魔術師』の『魔術工房』に初めて入る時みたいな感覚は。寒くも暑くも無いのに止め処無く汗が流れ出て来やがる。

 

 ――凡そ二度と味わいたくなかった感覚である。いや、考えようによっては更に性質が悪いんじゃないだろうか?

 

 だって、十三課の神父に、必要悪の教会の禁書目録、天下のマスターオブネクロノミコン(アル・アジフはライダーとして召喚)に、竜の騎士とFFTの全魔法使いも追加だっけ? 何でこんな曲者揃いが勢揃いしてんの?って感じなんだが。

 

「……直也君、大丈夫?」

「……い、いやぁ、流石のオレも『魔術師』の『魔術工房』と同レベルの人外魔境に足を踏み入れるには、なけなしの勇気が必要でな……! 微妙に、というか完全に敵対視されているし……」

 

 こんなにも此処に入り辛いのは埋葬機関の『代行者』のせいであり、実は生きていて――ああ、考えるだけで腹が立つ!

 今度出遭ったらスタンドの拳で殴ってやると改めて誓う。

 

「交渉決裂したら、転送魔法とかで即座に逃げ出そう。ユーノ、全力で頼りにしているからな……!」

「……何だか昨日とは違って物凄く後ろ向きだね……」

 

 なのはの肩に居るユーノは緊張感無く、呆れたような顔でそう言い――オレは、恐る恐る教会の扉に手を掛けた。

 

「失礼します! えー、本日は――」

 

 その瞬間、首筋に巨大な戦斧と超鋭利な剣がクロスした状態で寸止めされ――早くも此処に来た事を全力で後悔する有様である。

 巨大な戦斧を片手で扱っている神父さんの顔は超怖いし、オリハルコンの剣を握っている竜の騎士さんの殺意が漲っている獰猛な眼はそれだけで威圧される。

 

「……あー、其方に敵対する意志は全く欠片も微塵も御座いませんので、馬鹿みたいに巨大な戦斧とか真魔剛竜剣とか納めてくれると嬉しいです、はい」

 

 

 

 

「――割かし読めないんだよねぇ、最近の秋瀬直也の行動は」

 

 『魔術師』の『魔術工房』で待機する『湖の騎士』シャマルに向かって、『魔術師』は愉しげに語る。この予期せぬ事態が痛快だと言わんばかりに。

 

「基本的に私達悪党の行動は殺す事にある。世界を縮めて行動範囲を狭める事で駒を進める。けれども、『正義の味方』はどんどん仲間を増やして行動範囲を広げる。生かす事で世界を広げるんだ。彼がそれを理解して実践しているのか、無意識の内にやっているのかは興味深い議題だがね」

 

 恐らくは後者だろうな、と『魔術師』は月村すずかの事を思い出して笑う。

 あの時、少しでも躊躇しなければ『魔術師』の到着が間に合わずに月村すずかは死んでいた。その時から、秋瀬直也にそういう資質があるのではないか、と目を光らせて睨んでいた。

 

「つまり何が言いたいかと言うと、弁解だね。彼等を糸口に守護騎士の存在が発覚するのは私も予想外だ」

 

 ――発覚するなら、昨日の夜だろうと『魔術師』は完全に油断していた。

 生命の窮地に立たされた八神はやてを守護騎士であるザフィーラが庇って、こういう展開だと思っていたが、世の中は上手く出来ているものだと『魔術師』は笑う。

 

 ――まさか、何の関わりが無いからこそ、高町なのはを救援する為に守護騎士を堂々と動かしたのに、昨日の今日で関わりが出来てしまうとは想定外にも程がある。

 

 二時間程度で完結する映画とは違って、何もかも黒幕達の思い通りに行くとは限らない。何方かと言えば、予想外の事態に対処する能力こそ黒幕に求められる資質であろう。

 その点から考えれば、『魔術師』は非常に悪辣である。歪めて曲げる事が彼の本領である。

 

「秋瀬直也から守護騎士の存在が露見するのは時間の問題だ。即刻脱出するんだね、八神はやて。我が屋敷で保護しよう。――君が復讐を諦めるのならば、座して待つのも良いがね」

 

 意地の悪い笑顔を浮かべて呟いた言葉は『湖の騎士』シャマルを通して、八神はやての耳に届いたのだった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69/二つの星

 

 

 

 

「――次元航行が不可能なほどの損傷に、次元震の影響で移動も連絡もままならない。私達が無事なだけでも幸運だったかしら?」

「……まだ、全滅したとは限りません。もう少し落ち着けば、無事だった他の次元艦と合流出来るでしょう」

 

 次元航行艦『アースラ』は、今回出征した艦隊の外縁に配置され、虚数空間の塵屑に成る事だけは回避出来ていた。

 ただし、次元震の影響で艦体・船員共に夥しい損傷を受け、航行不能状態となり、現在は補修作業に全力を費やしている。

 

(……無事、か。果たして、今の管理局にとって何が最善かしら?)

 

 ――司令部からの最後の命令が退艦命令であり、その直後に音信不通となる。

 この『アースラ』内でも幾人かの死傷者が出ているのだ。一体どの程度の局員の生命が虚数空間に散ったか、考えるだけで気が重かった。

 

「艦隊を狙ったかの如く同時発生した八つの次元震、流石に偶然と呼ぶには出来すぎよね」

「……あれらの説明を鵜呑みにするならば、回収目標だった第一級指定損失物(ロストロギア)『聖杯』か『銀星号』ですか? もし、真実であるのならば恐るべき事です」

 

 二つとも次元干渉型のロストロギアと説明されたが、その精度がこれほどまでに精密ならば、管理局の保有する艦隊など意味を成さない。

 個人が所有するには余りにも危険過ぎる代物である。

 

 ――だが、リンディはその推測を首を横に振って否定する。

 

「或いは、未回収分の『ジュエルシード』だったかもね。――クロノ、海鳴市で出遭った『魔術師』神咲悠陽の事、覚えている?」

「……忘れようとて忘れられませんよ。あんなのには後にも先にも出遭った事が無い」

 

 ――吐き捨てるように言って、クロノは眉間を顰めて身震いする。

 

 ティセ・シュトロハイム一等空佐と一緒に、彼等ハラオウン親子は翠屋で『魔術師』に出遭っている。

 ミッドチルダ式の魔法とは別系統の使い手、それだけで恐るべき存在だが、実際に出遭ってみて、クロノは盲目の『魔術師』の化物ぶりを実感する。

 

「……盲目の癖に、まるで全てを見通しているような悪寒がしましたよ」

 

 ただ其処に居るだけで心臓が鷲掴みにされるような桁外れな威圧感、十八歳の青年とは思えない魔的な超越性、その顔から滲み出る埒外の邪悪さ――鮮烈過ぎて、一度見たら二度と忘れられない存在である。

 幾多の次元犯罪者を取り締まってきた彼等でも、本能的な恐怖を抱かせる人の形をした何かに出遭った事は、流石に無かった。

 

「私達は高町なのはさんのレイジングハートが記録していた動画を見て、本当に『ジュエルシード』を砕いたものだと納得したけど、本当に砕いたのはその一つだけだったようね」

「――『ジュエルシード』を使って次元震を……!? 下手すれば、その連鎖反応で『地球』だって吹き飛んでしまいますよ!」

 

 願いを歪に叶える魔力の結晶である『ジュエルシード』を意図的に暴走状態にする事で破壊に用いるなど、正気の沙汰ではない。

 次元震を防ぐ立場にある管理局の者からは、絶対に出ない発想である。彼等は次元世界が如何に脆弱であるかと熟知しているからだ。

 ほんのちょっとしたきっかけで、次元世界はいとも簡単に滅びる。唯一つで滅びかねない次元震を八つも起こすなど、狂気の沙汰である。

 

 ――皮肉にも、これが正鵠を得ていた。

 彼等が敵対する『魔術師』に常人の言う正気など持ち合わせていないのだから。

 

「私達が仕掛けた今回の相手は、それすら厭わない人間だという事よ――時空管理局を独裁国家の如く専横する内患と、その彼等に絶対的に敵対視されている管理外世界の外患、一体何方が厄介かしら?」

 

 様々な事に憂いながら、何一つままならない自分達をリンディは悲観する。

 

「……今の管理局の掲げる正義は、一体誰のモノなのかしら――?」

 

 ――此処に『魔術師』が居たのならば、嘲笑いながら真実を答えただろう。

 時空管理局を秘密裏に支配するシスの暗黒卿、『教皇猊下』豊海柚葉による悪だと――。

 

 

 69/二つの星

 

 

 ――秋瀬直也。

 

 今年の四月から海鳴市に転校して来た九歳のスタンド使い、川田組に所属し、同年代の中で唯一生き残った転生者である。

 

(十人一気に転校して来て、九人が行方不明とは、相変わらずの人外魔境ぶりだなぁ、この魔都『海鳴市』は……)

 

 川田組の誰よりも『魔術師』と関わり合いのある人物であり、その時点で只者じゃない事が明らかであるが、あの『代行者』すら返り討ちにした戦闘能力の持ち主である。

 こうして対面するのは『ワルプルギスの夜』以来であり、教会に訪れたのは『魔術師』の指図なのか、何らかの奸計を施しに来たのか、オレ達は真っ先に疑う。

 

(よりによってあの『高町なのは』も一緒だから、宣戦布告しに来たのかと思ったぞ?)

 

 ただ話を聞いてみると、方針の違いから『魔術師』に敵対するかもしれないから、『教会』の方に情報提供を求めに来たらしい。

 ……らしいのだが、いきなり管理局のトップがこの街に住んでいて、『魔術師』とその転生者の死闘の縮図が昨日の大規模戦闘なんて、到底信じられる話では無かった。

 

「……随分と虫の良い話ですね。貴方と我々には遺恨がある。その事をお忘れですか?」

 

 一応、一応『代行者』は『教会』の一角であり――不慮な事故で、彼から仕掛けた事もあって、お咎め無しで片付けられたが、彼を仕留めた秋瀬直也に対する敵対心は流石に拭えない。

 

(死んでも巡り巡るとは、相変わらず傍迷惑な野郎だぜ……)

 

 ……『代行者』の事もあって、今、交渉の場に立っているのはシスターである。当人も彼なんかの為にしゃしゃり出るのは不本意極まるだろうが。

 

 

「――『代行者』なら生きてるぞ。何でか知らないが柚葉の処で活動してやがる」

 

 

 これまた判断に困る爆弾発言が秋瀬直也の口から出てくる。

 

(アイツが生きているだって? 死体は間違い無くアイツ自身だったが――いや、考えようによっては、実は生きていた、という方が厄介なんじゃ……!?)

 

 豊海柚葉、というのは管理局のトップに立つ転生者の名前であり、オレ達はますます困惑する。

 秋瀬直也は別陣営に立っていて、見てきた視点が違うだけに、情報の差異は当然の事ながらあるだろうが――。

 

「それこそ眉唾物ですね。我々は彼の死体を確認してますし、万が一、生きていたとしても、あのプライドだけは高い彼が他の誰かに従うとは考えられない」

「……オレだって、生きているのを実際に見なければ与太話だって切り捨ててるよ」

 

 理解されない事は秋瀬直也自身も理解していて、難しい顔になり――『魔術師』とは違って、全然顔芸出来ないタイプだなぁ、と人事のように思う。

 『魔術師』に最も近い人間だという事で偏見を持っていたが、どうにも実情は違うようだ。

 

「――だが、一つだけ、奴の生存を証明出来るかもしれない材料がある」

 

 酷く気乗りのしない顔で、秋瀬直也は渋々言う。

 もしも、であるが、『代行者』が生きていて、管理局のトップの転生者の下で暗躍しているとなれば、その飛び火は当然ながらうちら『教会』の全体まで渡る。

 

 ――シスターの眼が冷たく、より鋭くなる。

 

「ほう、何ですか? それは」

「――『第七聖典』だ。あれの性格から、贋物の複製体に『聖典』を持たせるとは考え辛い。『ワルプルギスの夜』の時に見ていたけど、あの銃は今はアンタが使っているんだろう?」

 

 突如、話がオレに向けられ、全員の視点がオレに集中する。

 

「あ、ああ、そうだが――」

「……クロウちゃんの持つ『第七聖典』をどうやって贋物だと証明するんです? まさか、自身に刺して実際に確かめて見ます?」

「ああ、そうしてくれ。それが贋物だと証明されれば、『代行者』は今尚生存していると信じて貰えるだろう?」

 

 ……コイツ、迷わず断言しやがったぞ? 逆に背筋が寒くなる。

 秋瀬直也の背後に居る高町なのはは不安そうに彼の背中を見ていた。

 シスターもまた、迷わず切り返されるとは思ってもおらず、難しい顔になる。

 

「――正気ですか? 本物の『第七聖典』なら、掠っただけで致命傷ですよ? 貴方が考えている以上に、転生者批判の概念武装は強力ですよ?」

「オレはアイツ――『代行者』の性根の悪さを信じている。あのプライドが肥大化した男だ、絶対に贋物如きに『切り札』は持たせない」

 

 ……確かに、アイツの性格から考えれば、贋物如きに『第七聖典』は預けない。

 敵を信頼するなんて、味方を信頼する以上に覚悟が入るだろう。マジで九歳の少年なのか疑わしく――って転生者だから年は関係無いか。

 

「……クロウちゃん」

「お、おう」

 

 シスターに言われ、オレは『代行者』の対物ライフルを招喚する。

 長い銃身の先に無理矢理付属された銃剣部分――これが『第七聖典』の中核である一角獣の角である。

 ただ、このままぶっ刺すのはちょっと不味い。手元が狂ったら贋物でも大惨事になり兼ねないからだ。

 ……本物だったら一発昇天だが、秋瀬直也は覚悟の上だろう。その度胸は見習うべきだろうか?

 

「つーか、これ、銃剣部分、どうやって外すんだ?」

「適当に力任せに外してしまえ。元々邪魔だったしのう」

「おいおい、そんな適当で良いんかよ? 本物なら、霊験あらたかな一角獣の角なんだろう?」

 

 アル・アジフが適当な事を言って、それでも良いか、と銃剣部分を無理矢理引っ張ってみる。

 何でもバイルバンカーにしてもぶっ壊れないぐらい丈夫な概念武装らしいから、多少乱雑に扱っても大丈夫だろう。

 

「ぐぬぬぬ、ふんぬぅぅぅぅ!」

 

 渾身の力で抜き取ろうとするが、中々取れない。

 少し苛立って、魔力を用いて肉体強化して一気に抜き取ろうとし――ぽきん、と、角部分が――っ!?

 

「――お、折れたっ!?」

 

 こ、これはオレのせいなのか!?

 い、いやいやいや、本来の概念武装だったらオレ程度じゃ破壊出来ないから、自動的に贋物だったと証明出来たって事、か? 結果オーライだよなっ!?

 

「……うん、間違い無く贋物だね。超一級の概念武装がこんなに簡単に壊れる訳無いし――」

 

 ……何とも閉まらない結果だが、その結果を目の当たりにして、シスターの眼には殺意と激怒と血色の魔法陣が自然と浮かび上がっていた!?

 

「――あんの野郎ぉ……! 死んでも迷惑掛けて、それでも最高に傍迷惑な奴だったけどこれでお別れねって晴れ晴れとした気分で思っていたら、実は生きていて迷惑掛けていたのかぁっ!」

 

 珍しく感情を荒げて叫び――つーか、其処まで嫌っていたのか、シスターよ。

 何とも痛ましい空気となり、秋瀬直也は何とも言えない表情でシスターのご乱心ざまを見ながら、小声で話し掛けて来た。

 

「……なぁ、もしかしなくても、『代行者』って此処でも嫌われていたのか?」

「……敵味方構わず平等だったからなぁ。悪い意味で」

 

 ある意味、凄い才能だと思う。真似なんて絶対したくないが――。

 

 それにしても、敵対心100%だったシスターを説き伏せてしまうとは、大したもんだと感心する。

 ……した直後、最後に秋瀬直也の前に立ち塞がったのは笑顔の『神父』であり、秋瀬直也は本能的に緊張感を漂わせて硬直する。

 

「一つ、聞いて良いですかね? 秋瀬君」

「……! は、はい、どうぞ」

 

 弛緩した空気が一瞬にして変わる。

 一体、我らが『神父』殿は何を尋ねる気なのか――?

 

「君は何故『魔術師』に敵対する危険性を犯してまで、管理局のトップである転生者を庇うのかね? 其処がどうも納得出来なくてね」

 

 確かに、その最大限の危険と釣り合うメリットがまるで無い。

 其処に秋瀬直也の隠された本心があるのだろうと、皆が一斉に視線を向けて――秋瀬直也は百面相と言った感じで表情を代わる代わる変えて、赤くなった後にごほんと咳払いした。

 

 

「……惚れた弱みです」

 

 

 と、消え入りそうな小声で渋々告げた。両肩を羞恥で震わせながら。

 

 ――オレ達は一斉に大笑いしてしまった。

 

(……何だ。誤解していたけど、珍しいぐらい良い人なんだなぁ、コイツは――)

 

 秋瀬直也は赤くなりながら恨めしい眼で睨んでいたが、お構い無しだ。これが笑わずにいられるかってんの! 羨ましいぐらい青春してんなぁおい!

 全く、『魔術師』絡みだと警戒していたオレ達が馬鹿みたいだ。男が生命を賭ける理由と言えば、それが一番だよなぁ。素直に尊敬するぜ。

 

「そ、そういう事なら、協力しない訳にはいきませんね。我々にとっても憂慮すべき問題ですから」

 

 笑い終わり、こほんと咳払いして、シスターは気を取り直すように宣言した。

 『代行者』の生存が確実視される中、彼の知っている支部を私的に利用されている可能性が高まっているしなぁ。

 

「各支部に通達して教会の勢力圏は虱潰しに探索します」

「ありがたい。それと、邪神勢力と学園都市の勢力の跡地を調べたいんだが、場所を教えてくれないか?」

 

 潜伏場所として目星を立てた場所に、秋瀬直也は案内を頼み――その何方にも縁があったオレが最適だろう。

 

「そんならオレが案内するぜ。学園都市側の地下施設は完全に破壊されたからな、邪神勢力のだな」

 

 そしてオレは秋瀬直也の前に右手を差し出し――彼の小さな右手と握手した。

 

「改めて自己紹介するぜ。オレはクロウ・タイタス。こっちはライダー――まぁ一目で真名が発覚しているだろうから紹介するけど、アル・アジフだ」

「秋瀬直也だ、宜しく」

 

 

 

 

「……へぇ、アンタが高町なのはで、そっちがユーノ・スクライアだったか。噂は聞いているぜ」

「う、噂ですか? それは一体、どんなのでしょうか……?」

 

 寿命が絶対削れたような交渉から一時的に『教会』勢力の協力を取り次ぎ、オレ達はクロウの案内で邪神勢力の跡地を目指していた。

 道中話し合っていると彼、クロウは想像以上にお人好しの善人であり、この魔都にこんな人が居たのかと感動する。……悲しい事に絶滅危惧種並の希少価値である。

 あの永遠のロリーターであるアル・アジフのマスターだからロリコンっぽいけど。

 

(つーか、何でオレが出遭う奴は揃いも揃って悪党揃いなんだろう……?)

 

 ……いやだって、オレが出遭って来た連中なんて、『魔術師』とか柚葉とか、悪が極まったような人物ばっかだし。

 何でこういう善人の方が希少価値高いんだろうなぁ……? 致命的なまでにおかしくね?

 

「えーと、確か大艦巨砲主義の魔砲少女で、桃色の破壊光線で敵を完全沈黙させてからOHANASIをするんだっけ?」

「『全力全壊』が合言葉のハートフルボッコ路線だと聞いたのう。『ワルプルギスの夜』での砲撃魔法は実に見事だった。……うん、汝は、本当に人間か?」

「え? ええっ!? な、何ですかそれはぁ!?」

 

 二人はからかうように、いや、半分ぐらい本気で言ってないか?

 いや、一部は真実であるので、流石のオレも否定したり、擁護したりは出来ないが――。

 

「少年漫画みたいな殴り合いからの友情は個人的には好きだが、まずは対話を第一にしてくれると超嬉しいなぁ! あんなのに撃たれたらショック死する自信がある!」

「や、やらないですし、全部誤解ですっ!」

 

 なのはは必死に誤解を解こうとし、クロウもまた冗談半分でからかう。

 ……何となくだが、彼が『教会』勢力の中心人物なのだろうと、無根拠に思った。

 

「そういえば、ヴォルケンリッター達はどうしたんだ? 教会には居なかったようだけど」

「あ、ヴィータちゃんとシグナムさんに昨日助けられまして、お礼を言いたいです!」

 

 最初は警戒しているから、何処かに忍んでいるのだろうと思っていたが、どうもそういう事をするような性格には思えない。

 なのはの事もあるし、出現時期がズレている事もある。その事で一度出会って話をしたかったが――。

 

「……は?」

 

 ――此処に、うちらと彼等との致命的な齟齬が明らかとなる。

 クロウは心底在り得ないものを聞いたような、そんな顔になる。

 

「ちょっと待て。ヴォルケンリッターが召喚されている? 確か出てくるのは、はやての誕生日の六月四日じゃなかったのか?」

「――クロウ、問題は其処じゃない。早期に召喚されたのに関わらず、あの小娘が汝に隠す理由は何だ……?」

 

 アル・アジフに問われ、クロウはこの事の深刻さを実感する羽目となる。

 そしてオレはこれらの情報を手にとって、ある仮定が脳裏に思い浮かんだのだった。

 

「……一ヶ月前倒しで召喚させる、四騎を秘匿させて暗躍させる、窮地に陥ったなのはを救出させる。こりゃもう『魔術師』の仕業以外考えられないな。柚葉の方じゃねぇ」

 

 四騎の守護騎士を暗躍させるなど、そんな入れ知恵を与える事の出来るのは、魔都でも『魔術師』と豊海柚葉しかおらず、更にはなのはを救助する立場にあるのは『魔術師』の方――逆算的に『魔術師』の仕業としか考えられない。

 

(つーか、こっちにも手を伸ばしていたのか……!?)

 

 事の重大さを理解したクロウは、即座に携帯を掛ける。

 酷く焦り、手先が見るからに震えていた。

 

「――はやては!? 今、其処に居るかッ!?」

 

 叫ぶように喋り――ニ・三点確かめて即座に通話を終わらせる。

 その顔の焦燥感は、事が致命的なまでに不味い方向に進んでいる事を、語らずとも伝えていた。

 

「すまねぇ、急用が出来た!」

「いや、此処まで案内して貰ったら後は大丈夫だ。気をつけろよ」

「そっちもな!」

 

 予想外の方向に転がるが、オレとしても『魔術師』の方に柚葉を探索している事が筒抜けとなり、万が一、邪神勢力の跡地に陣取っていたのならば向こう側にも知られる事となる。

 一刻の猶予も無くなったのはオレも同じであり、オレ達は共に背を向けて疾駆する。互いの無事を、心から祈って――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70/すれ違い

 70/すれ違い

 

 

 ――眼を離した隙に、八神はやては居なくなっていた。

 

 教会内がてんやわんやとなり、『魔術師』の仕業と断定したクロウ・タイタスは彼の『魔術工房』を目指し、セラ・オルドリッジは『魔術師』に電話を掛けた。

 不可侵条約を結んだ以上、協力体制を維持したいのであれば、交渉出来る筈だと信じて――。

 

「貴方が八神はやてを匿っている事は既に解っています。即刻、彼女の引き渡しを要求します」

『――藪から棒だね。まぁ事実であると認めるがね』

 

 予め電話が先に来る事を予期していたかのように、電話越しから聞こえる『魔術師』の声は、苛立つぐらい余裕の口調だった。

 

『此方としては『有事の際の救援要請を互いに断らない』という取り決めに従って、八神はやての救援要請を受諾している。私個人の意見のみで解決出来る問題では無いな』

 

 『魔術師』は愉しげに嘲笑い、セラは初期条件から更に盛り込んだ一文を思い出して表情を歪める。

 あの時、この一文は単なる形式上の取り決めに過ぎなかった。だが、これを見越して盛り込んだというのならば、彼の先見性は驚嘆するしかなく――これはセラの、明らかな失態であった。

 

「……っ、それを条件に盛り込んだのはこの為ですか……!」

『さて、何の事やら。双方合意に基づく結果だと判断するが?』

 

 余り意味の無いと思われる条件を然り気無く通す事で後々に効果を発揮する。油断も隙も無い、悪辣なまでの謀略である。

 同盟を維持しつつ、内に干渉する。表面上は裏切りでないだけに、強硬手段は取りにくい。

 

 ――いや、管理局が全面攻勢を強めている以上、『魔術師』と争う余裕が無い。

 それでも敵対関係になるのならば、今度は手元に居る八神はやての存在がまたネックとなる。

 

「――つまり、貴方ではなく、八神はやてを説得しろと言いたい訳ですね?」

『そういう事になる。私はあくまで彼女の救援要請を受けて行動しているに過ぎないからね。うんうん、同盟者の鑑だろう?』

 

 本当に同盟者の鑑ならば、裏道を突いて陥れるような真似はしないだろう。

 ぎりぎり、と歯軋りを鳴らしながら、セラは『魔術師』と、その悪意に気づけずに隙を与えてしまった自身を呪う。

 

「――クロウが其方に向かっています。同盟者として、勿論、邪魔立てしませんよね?」

『する必要が無いからね、当人同士で幾らでも話し合うが良いさ。今の八神はやてを説得出来るなら、してみると良い』

 

 ――嫌になるほどの余裕が鼻に付く。

 現状では、此方と真正面から争う気は無いが、『魔術師』は自身の勝利を確信しているという有様に疑念を抱く。

 

(……八神はやてを都合の良い手駒と使う為の謀略ならば、絶対にクロウに会わせてはいけない筈なのに――)

 

 この油断ならない男が無根拠で余裕を装う事などしまい。其処には緻密なまでに論理立てられ、明確な勝ち筋があると見て間違い無いだろう。

 それがセラを不安にさせる。幾ら謀略を使って八神はやてを誑かせいても、クロウが説得すれば何もかもご破算となるだろう。

 もしも、そうならない場合があるとするならば――。

 

「……八神はやてが自己意志で頼った、と言いたいのですか? 是非ともその内容をお聞きしたいのですが」

『良い切り口だね、セラ・オルドリッジ。答える義理は基本的に無いが、興が乗ったから話してあげよう』

 

 恩着せがましい言い方に苛立ちを覚えるが、全力で感情を押さえつけ、『魔術師』の返答から解決の糸口を掴もうと必死に思考を働かせる。

 今の自分には、それしか出来ない。何一つ見落とさないように注意し、少しでも違和感を覚えた事を全力で追求し、正しき解答に導くまでだ。

 

『八神はやてはね、三日間だけの友人を殺したリーゼロッテの事が許せないんだ。復讐したいと心底願った。――だが、『教会』に居てはそれは叶わない。それを実現可能とする私に頼ったのは謂わば必然じゃないかね?』

「……卵が先か、鶏が先か――」

『それは些細な問題だよ、セラ・オルドリッジ。そんなものは後からどうにでもなる』

 

 八神はやての復讐心を焚き付けたのは、間違い無く『魔術師』であろう。

 臆面も無く堂々と語られては、返す言葉もあるまい。

 

『何とも健気な話じゃないか。そのひたむきな想いに心打たれてね、全力で応援する所存だよ』

「よくもまぁ白々しい事を……! 貴方は、はやてを殺人者にする気ですかっ!?」

『守護騎士の殺害数が主にもカウントされるのならば、もう済ませてあるよ。まぁ間接的に蒐集しただけだがね』

 

 その言葉に思考が真っ白になり、同時に怒りが湧き上がる。

 八神はやての事を、クロウ・タイタスがどれほど大切に想っていたかは、短い付き合いのセラだって理解している。

 純白の如く無垢な少女を血で穢された事に、怒りに震える。

 

『それで終わりかい? 君はもう少し遣り手だと思ったが、買い被りだったらしい』

 

 だが、『魔術師』から返って来た言葉には失望の色さえ顕になっていた。

 セラは自分が何か見逃してはいけない事を見逃してしまったのでは、と瞬時に冷静になって我に返り、何度も彼の台詞を思い出して分析するが――それが解る前に通話が切られ、無機質な音が耳に鳴り響いた。

 

 

 

 

「厳しい採点だなぁ。どうすれば満点だったんだ?」

「この私が八神はやての事情に精通している事を疑問視するべきだったな」

 

 ランサーは溜息混じりで問うて、『魔術師』は退屈気な顔で語る。

 セラ・オルドリッジは怒りで身を震わす前に、部外者の『魔術師』が八神はやての近況を知り尽くしている事に気づくべきだった。

 

 ――そう、当事者のリーゼロッテの他に唯一人、『魔術師』だけはランサーを通して事の顛末を全知している。

 

「私がランサーを通して『過剰速写』の最期を見届けている事に気づいたのなら、うっかり口が滑っていた処だ」

「……条件が厳しいのやら、緩いのやら――」

 

 それに至ったのならば、セラ・オルドリッジは八神はやてを止められた。

 チャンスも与えて、親切にもヒントも与えた。それで掴めなかったのならば、もうこれはどうしようも無い話である。

 

「少なくとも、聞かれなければ話す理由が無いな。最初にして最後のチャンスを逃したという訳だ。――誰も彼も、秋瀬直也のように最善の結果に辿り着くとは限らんという事だ」

 

 最善の手段が最善の結果を生むとは限らない。時にはとんでもない悪手でも最善の結果を生む場合もある。

 チャンスをモノにして最善の結果に導き出せる。それが『正義の味方』に必要な資質であり、最初から持ち得ない凡人や悪党には永遠に到達出来ない領域である。

 

「あの坊主に関しては、随分と高評価だな」

「場合によっては、私が歪めた最悪の未来図さえ呆気無く覆してしまいそうだからね。それはそれで愉快痛快だが」

 

 話しながら『魔術師』は侵入者の存在を感知する。

 対侵入者用のトラップの大半を停止させ、屋敷内を空間操作する事によって、彼女達の戦いの場を構築する。

 宣言通り、『魔術師』は手を出す気など皆無である。これに関しては彼も傍観者の一人であり、当人同士で決着を付けるべきだと断定する。

 

「――さて、クロウ・タイタスはどうかな? 復讐に囚われた少女の心を救えるのか? 彼にとって、此処が正念場だ」

 

 

 

 

 如何なる罠も正面から突き破る気で『魔術師』の『魔術工房』に乗り込み、マギウス・ウィンドで突っ切り――罠一つ無く潜り抜けられて拍子抜けする。

 程無くして、不自然なまでに広い空間に入った。

 

 ――其処には四騎の守護騎士と、一人の車椅子の少女が待ち侘びていた。

 

 話に聞くヴォルケンリッターだったが、今の四人には機械的な印象しか無い。

 歴代の『闇の書』の主は四騎の守護騎士を単なる道具扱いしたというが、はやてだけは家族扱いして誰にも壊せない絆を構築したという。

 

(――そのエピソードの象徴が、鉄槌の騎士ヴィータの呪いウサギの人形とかいう話だが、何処にもねぇな……)

 

 『教会』の皆に話して貰った魔法少女の物語から、確実に何かが歪んでいる。そう自覚するも、それでも何とかなると楽観視していた――。

 

「……はやて」

「……やっぱり来ちゃうんやなぁ、クロウ兄ちゃん」

 

 残念そうに顔を伏して、はやては笑っていた。

 落ち込んでいるはやてにあれこれ元気付けようと頑張ったが――『過剰速写』の死は、想像以上にはやての心に伸し掛かっていたのだろう……。

 

「帰るぞ、はやて。此処は、お前が居て良い場所じゃない」

「……ううん。今は、帰れない。――アイツを殺すまでは、戻れない」

 

 明確な殺意に伴った発言に、オレは打ち震える。

 はやての口から、そんな言葉が出ている事に、動揺を隠せない。

 

「……お願いだから、止めてくれ。こんな事は、アイツだって望まない……!」

「……うん。クロさんは絶対望まない。それは間違い無いし、私も解ってる。でも、殺してやりたいという私の気持ちは、別の話や――」

 

 はやては晴れやかに笑い、されども、その両瞳には憎悪の炎が狂おしいほど燃え滾っていた。

 

「『魔術師』さんも言っていたけど、復讐は死者の為ではなく、生者の為なんだって。思わず納得しちゃった。――良くあるドラマとかで、死者はそんな事を望まないなんて説得、自分の身になってみるとこれ以上馬鹿らしいものは無いし」

 

 ――思わず、言葉を失う。

 

 もう何もかもが手遅れ過ぎて、何も出来ないような、そんな無力感が心の中に這い上がってくる。

 

「――クロさんを殺して、アイツはのうのうと生きている。それを、私は絶対に許さない……!」

「……っ、それでも駄目だ、はやて……!」

 

 復讐は復讐の連鎖を生む、なんて失った事の無い者の綺麗事は、今のはやてには通じない。

 どうにかして、説得出来るに足る理由を、今、語り聞かせなければならない……!

 

 

「殺されたのに、殺し返すのはあかんの――?」

 

 

 ……っ、だが、今のはやてにどんな言葉が届く……?

 ほんの三日間だけだったが、はやてにとって『過剰速写』は家族のように――家族のように?

 

「お前は、その復讐を守護騎士達にさせる気か……!」

 

 我ながら最低の物言いだ。そう自覚しながら――はやての顔が曇った。

 未だに正史通りの信頼関係を築いていないだろうが、守護騎士達は家族も同然だったと聞く。

 その家族の手を血で穢す事に僅かでも躊躇してくれれば、説得の道は――。

 

「――それの何処に問題がある?」

 

 そんなオレの甘い思惑を一声で斬り捨てたのは、守護騎士の一人、シグナムだった。

 

「我等は『闇の書』の守護騎士、主の願いを叶える為の只の道具に過ぎない」

 

 躊躇事無く機械的に断言し――はやての顔から迷いが完全に消え去ってしまった。

 それは四人の守護騎士を家族扱いから道具扱いにする事を意味しており――はやては、失った家族を優先した。

 

「ご命令を。主はやて」

「死なない程度にボコって追い返して。――ごめんな、クロウ兄ちゃん」

 

 

 

 

「――存外に、退屈な余興になったものだ」

 

 戦闘の結果など見届けるまでもない。説得が失敗に終わった時点で、クロウ・タイタスの敗北は必定である。

 これで八神はやては守護騎士の事を家族として扱う事は永遠に無くなった。復讐の道具として、躊躇無く使い潰すだろう。

 

(――変われば変わるものだな。まぁその原因を作った私の言えた事では無いが)

 

 ひとえに原作での八神はやてと守護騎士達との家族関係は、天涯孤独だったからこそ生じたと言える。

 だが、それを『教会』勢力は、クロウ・タイタスは、事前に孤独を癒してしまった。守護騎士の存在が唯一無二では無くなってしまっていたのだ。

 

 ――そして、『過剰速写』の死が引き金となった。

 家族を失う恐怖を、八神はやての改めて脳裏に刻んでしまった。

 恐怖は奪った者への憎悪へ早変わりし、少女の純真無垢な慈しむ心を曇らせてしまった。

 

(それが守護騎士達を家族認定せず、道具扱いにした一因かねぇ。予期せぬ弊害、運命の皮肉という処か)

 

 だが、これで内に抱えた問題はほぼ無くなったと考えて良い。

 ――いつでも、守護騎士の犠牲だけで『闇の書』を処分する事が出来る。『魔術師』の神域の魔眼は、狂った書だけを焼き滅ぼすぐらい容易い事である。

 

 自身の視覚領域を弄ってバグだけを視覚認識すれば焼き滅ぼす事も理論上は可能かもしれないが、これは『魔術師』にしても命懸けの行為となる。

 其処までする義理も理由も、今回で無くなった。単なる道具を存命させる程度の事に、費やす労力が完全に見合わないからだ。

 

 八神はやては正史通り、『闇の書』の最後の主になるだろう。『夜天の書』の主になる道は完全に潰えたが――。

 

「酷ぇ言い草だな。自分で脚本書いておいてよ」

「悲劇と惨劇の脚本書きとしては、役者にその舞台を乗り越えて欲しいと勝手ながら願っているものよ。此度は閉幕、再演を期待しよう」

 

 既に冷えたコーヒーを口にし、『魔術師』の思考は今夜に執り行われるであろう大結界の支点攻防戦に注がれる。

 『魔術師』の性根に相応しい、最高なまでに悪辣な仕掛けを見破らない限り、管理局の者達は無意味な出血を強いられる。

 勝敗は既に決まっているようなものであり、如何に損害を大きくするか、その一点に『魔術師』の思考が割かれる。それすらも前座に過ぎないが――。

 

「再演だぁ? 明らかに精神的に再起不能だろうよ」

「解ってないな、ランサー。『正義の味方』という人種は叩けば叩くほど強靭になる。すぐに立ち直って復活するさ。間に合うかどうかは未知数だがね――」

 

 

 

 

 レイジングハートによるサーチの結果、邪神勢力の跡地に存在するのは鼠程度である事が判明した。

 つまりは完全に空振りである。急いで来た割にはあんまりな結果である。

 

「……此処じゃないとなると何処だ……?」

 

 学園都市の跡地の方は完全に崩落しているとクロウが言っていたので除外、となると後は――『武帝』の屋敷ぐらい? いや、幾ら何でも入り込むのは不可能だろう。

 元々無いに等しかった手掛かりであり、解決の糸口さえ見当たらない。非常に忌々しいが、振り出しに戻ったという処か。

 

「此処が空振りな以上、『教会』の方の調査待ちだが、二人にもお浚いしておくか」

 

 今一度オレ一人の脳味噌じゃなく、二人の知恵を借りる必要性があるだろう。

 三人揃えば文殊の知恵、何か名案が浮かぶと良いのだが――。

 

「――『魔術師』の簡易使い魔の探査範囲から巧みに逃れていて、他人を嘲笑うような潜伏場所。一体何処かねぇ……」

「僕はその『魔術師』って人の事を良く知らないから、何とも言えないね」

 

 ……魔術師と魔導師、似ているけど、方向性は真逆だからなぁ。ユーノが匙を投げるのも仕方ない事である。

 となると、最後の頼みはなのはだけになるのだが、オレとユーノの視線が一斉に彼女に向けられる。

 なのはは考えるような素振りをし、思い悩んだ末に発言する。

 

「逆に言えば、神咲さんが絶対居ないって断定している場所に居るって事だよね?」

「ああ、それがまた難しい話になるけどな」

 

 そう、簡易使い魔も有限であり、絶対に居ない場所に配置するような無駄は費やせない筈。

 オレならば、除外するような場所は――柚葉の自宅、不登校の学校、教会勢力内、武帝の勢力内、それとあと一つ。

 

 

『また逢いましょう、直也君。今度は相応しき舞台で、私は貴方を待っているよ――』

 

 

 彼女の言う舞台が――柚葉を殺さなければ何一つ解決出来ないような最果ての末期の状況なのか、言葉通りの場所であるのか。

 とりあえず、今日回れるのは後一箇所ぐらいであり、探索範囲を狭める意味でも、確かめておこう。

 

「一応無いと思うが、此方の盲点を突いている可能性もあるしな。一箇所確かめたい場所がある」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71/黄金の精神

 

 

 

 ――勝利は、すぐ其処まであった筈だった。

 

 高町なのはを撃ち落とし、予期せぬ邪魔が入ったが、それでも三対ニ、正体不明の相手をしている内にユーノ・スクライアがなのはを回収する筈だった。

 それで今の最低最悪の状況が変わる訳では無いが、自分より下が居るのならば、それだけで安心出来るだろう。

 

 ――唯一人の乱入者で、状況が何もかも変わってしまった。

 

 どういう訳か、ユーノが寝返り、彼女、フェイト・テスタロッサもまた返り討ちとなってしまった。

 この不条理を何と表現すれば良いだろうか? 『正義の味方』が窮地のヒロインを助けに来たというのか?

 なるほど、文面的には美談である。その『正義の味方』に敵対して敗北する運命になければ、であるが――。

 

 ――何故、高町なのはには助けてくれる人が居て、自分には居ないのだろうか?

 

 悔しくて、憎たらしくて、呪わしい。

 何が何でも、自分と同じ場所に堕としてやると暗い情念が湧き上がり――仮に、高町なのはを捕らえて管理局に渡したとしても、秋瀬直也はそれすら助けてしまうのでは?

 その想像は末恐ろしいまでに彼女の中に蔓延り、一人自分を抱えて打ち震える。

 何もかもが無意味なのではないか、フェイトの中に絶望的なまでの虚無感が広がる。

 

 ――何よりも羨ましかった。そんな人が自分にも居たのならば、その人は自分を救ってくれたのだろうか?

 

 

 71/黄金の精神

 

 

「遊園地?」

「ああ、オレと柚葉が最後に行った場所だ」

 

 ――まぁ、絶対居ないだろうなぁ、と思いつつ来たのは、四日前に来た遊園地である。

 

 ちなみにユーノにはフェレット状態に戻って貰っている。一人分、払わずに済むし、其処は我慢して貰おう。

 

「……それって、デ、デートだよね?」

「き、聞くなっ。恥ずかしいだろ……!」

 

 其処をなのはに聞き返されるのは予想外であり、動揺してしまう。

 ……でもまぁ、最後が最後だっただけに、思い出すだけで落ち込んでしまう。あの時、柚葉を手放さなければ、と何度も思ってしまう。

 

(……四日間経っても、柚葉が斬り壊した観覧車は営業停止しているか。車両一つを丸々用意するとなるとやっぱり時間掛かるかねぇ?)

 

 遠目で停止する観覧車を眺めながら、憂鬱な気分になる。

 多分、手掛かりは期待出来ない。此処には居ない事を証明して、捜索範囲を狭める事ぐらいが関の山だが――。

 

「ちょっとトイレ行ってくる」

 

 一言、なのは達に声を掛けて早足で抜け出し――『後』を追う。

 先程からオレ達を追跡していた男は誘うように裏道に入り、お誂え向きの人通りの無い死角地点に辿り着いて振り返った。

 

「――で、さっきから追跡しているようだが、何者だ? 一体何の用だ?」

 

 ソイツは、髭が生え揃っているが、二十代前半の男だった。

 水色掛かった髪は手入れなど一切せず、ボサボサに伸びており、だらしなさ、というよりも独特な気配の方が圧倒的に勝っていて完全に打ち消している。

 

「私は川田組の副長だ。副長と言っても、組長の下ではなく、冬川さんの一つ下という意味だがね」

 

 淡々とその男は身元を明かし、やっぱりスタンド使いかと納得させる。着ている服そのものは背広だが、雨玉模様入りの独特な超センスはあの世界ならばのものである。

 

「用向きは単なる敵討ちだ、秋瀬直也」

 

 その正々堂々たる宣戦布告に、眉を顰める。

 だが、そういう割には、この男に負の感情を一切無く、敵意さえ感じ取れない。一般的な復讐者というカテゴリーからは著しく逸脱しているような気がする。

 

「……『魔術師』からはどう説明されたんだ?」

「基本的に穴空きだ。あれで納得する方が無理がある」

 

 ……まぁ、ありのまま起こった事をそのまま説明したら、『矢』狙いのスタンド使いが全員一気に敵になるからなぁ。

 『矢』の事をぼかしてくれた事に感謝すべきか、説明不足を嘆くべきか。

 

「――だが、私のスタンド『過去の遺産(レガシー)』の能力は過去視、川田組の中で私だけが君達の戦いの真相を知っている。『矢』の事もだ」

 

 コイツ、『矢』の事を知っている……!?

 

 そして彼の背後からスタンドが出てくる。

 人型のゴツいスタンドであり、手の甲には『ザ・ワールド』のような時計の意匠が刻まれている――近接パワー型か?

 

「あの死体を乗っ取る『スタンド』をこの世界に引き連れて来たのは君だ。遠因ではあるが、君が冬川さんを殺した原因である事は変わるまい。弁解はあるかね?」

「……否定出来ないからな、特に無い」

 

 ――対決は不可避であり、奴は堂々と歩いて距離を詰めてくる。

 オレは奇妙な感覚に囚われながら、『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』を出し、応戦する――。

 

 

 

 

「……遅いね、直也君」

『……うん。でもまぁ、すぐ帰って来ると思うよ』

 

 探査が終わり、豊海柚葉が此処に居ない事を証明した高町なのはは肩にユーノ・スクライアを乗っけて、椅子に座って待っていた。

 

 秋瀬直也が来るまでの合間、高町なのはが思考する事は一つ――如何にフェイト・テスタロッサを落とすべきか、だった。

 

 魔導師としての格は互角、総合的にも劣っていないとは思う。ただ、デバイスにカートリッジシステムが組み込まれており、瞬間的な出力では圧倒的に劣る。

 唯一、優っている点はデバイスの強度であり、これを突く事が出来るか否かで勝敗が決まると言っても過言じゃない。

 

(――カートリッジシステムのせいで防御の上から落とされる危険性がある。短期決戦には最適の仕様だけど、長期戦ならば――)

 

 瞬間出力の向上は、出力を無理矢理捻出させる事であり、総じて疲労感は桁違いである。カートリッジを使用した魔法を何度も空振りさせれば、或いはスタミナ勝ち出来るかもしれない。

 それにフェイト・テスタロッサが軽装甲なのは変わりない。呆気無く落とされる危険性は増えているが、一発デカい魔法を当てれば簡単に撃ち落とせる。

 

 ――戦術や戦闘想定は十分、だが、懸念が一つ。果たして、高町なのはは平常状態で戦えるのだろうか?

 

 前回は終始気負されて、力を発揮出来なかった。

 だが、今回は戦う目的を見出している。絶対に、フェイト・テスタロッサは自分が落とさなければならないと高町なのはは考える。

 

 ――丁度、その時だった。遊園地の全域に結界が張られたのは。

 

「っ、なのは!」

 

 ユーノは肩から降り、人形態に戻って周囲を警戒する。

 なのははレイジングハートを杖状態にし、バリアジャケットを着用する。

 結界によって人払いされ、無人になった遊園地、ジェットコースターのレールの上に、フェイト・テスタロッサは軽やかに降り立った。

 暗く淀んだ眼は、昨晩よりも尚も深刻に歪んでおり――なのはの背筋に寒気が走った。

 

「ユーノ君はアルフさんの相手をお願い」

「……解った。なのはも気をつけて!」

 

 ユーノはフェイトの背後に浮かんでいたアルフに向かい、見上げる形で、もう一人の魔法少女と対面する。

 日に日にやつれており、体調は良さそうに見えない。けれども、淀んだ眼だけは負の方面に爛々と輝いていた。

 

「――今は、秋瀬直也も助けに来れない。幸いにも敵と交戦中だからね」

「そっか。それなら好都合かも」

「?」

 

 手助けが無い事を好都合と返され、フェイトは心底不思議そうになのはを見下ろす。

 

「今日は絶対に負けられない。フェイトちゃんの為にも――」

「……私の? それなら素直に捕まって欲しいなぁ。私の身代わりになってよ、なのは」

「……それじゃ何も変わらない」

 

 首を横に振って、なのはは悲しそうに見上げる。

 その同情の篭った瞳は、フェイトを酷く苛立たせた。

 

 ――そして言葉は途切れ、白の魔法少女と黒の魔法少女は再度激突する。

 譲れない想いを胸に、高町なのはは空を舞い、フェイトは鬱憤と憎悪をぶつけるべく、魔法を繰り出した――。

 

 

 

 

 ――彼のスタンド『過去の遺産(レガシー)』は過去視出来る以外の能力は無いが、生粋の近接パワー型のスタンドだった。

 

 パワーとスピードは一級品であり、視認した対象の過去を自由に観覧出来る彼にとって未知の敵も存知の敵同然。初見殺しが一切通用しない彼は、スタンドバトルの基本を覆しかねない強力な能力の持ち主である。

 

 ――『過去の遺産』による無数の拳を繰り出し、近距離で撃ち合う秋瀬直也の『蒼の亡霊』は無数の蹴りで応じる。

 

 手数は『過去の遺産』が上回るも、蹴りの足数に相殺される。この接触でスピードは『蒼の亡霊』に軍配があがり、パワーは『過去の遺産』が僅かに上回っている事が証明される。

 

「――シィッ!」

 

 『過去の遺産』もまた蹴りの猛撃を繰り出し、『蒼の亡霊』は腕で受け止め、踏み止まれずに吹き飛ぶ。

 いや、蹴りの感触が軽く、自分から飛翔して距離を取った。多少は腕が痺れただろうが、ダメージとまではいかない。

 

(過去の戦歴から、その細腕を叩き折れる威力だったが――)

 

 ただ、レクイエム化しているスタンドに打ち勝てるか、否かと問われれば――無謀の一言に尽きる。

 

(ジョルノ・ジョバァーナもそうだったが、圧倒的なまでに基礎能力が向上しているな――ゼロに戻すという、誰も真実に到達出来ない能力よりはマシであると良いのだが)

 

 その秘めたる能力は拳で殴る事で発現する事は解っているが、内容は未だに不明である。人体に打った事はまだ一度も無い為だ。

 また、その未知の能力に秋瀬直也自身も本能的に恐れている為、スタンドの拳で殴ろうとはしない。

 それで居て互角以上に立ち回れるのは、基礎能力の違いだった。

 

 今のやり取りで此方のスタンドの戦闘能力を大体把握したのか、秋瀬直也のスタンドの両拳の甲のプロペラが旋風を起こし、馬鹿げた速度で飛翔して来た。

 

「……?!」

 

 姿が捉え切れなかったのは途中で『ステルス』を展開した為であり――高密度の風を纏った愚直な突進は、身構えていた『過去の遺産』を簡単に跳ね飛ばし、本体の彼に少なからずダメージを与える。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 吹き飛んで転がって建物の壁に激突し、透明な何かに馬乗りにされる。

 

「――っ!?」

 

 見えない死神が鎌首を上げていた。 

 容赦も欠片も無い連撃である。彼は咄嗟にスタンドの拳のラッシュを繰り出すが、廻し受けの要領で両拳が大きく振り払われ、『ステルス』を解いた『蒼の亡霊』はトドメの拳を馬鹿げた勢いで撃ち出し――ぴたりと、彼の顔面の目の前で止めた。

 

「――何故、打たない?」

 

 互いにスタンドを出したまま停止し、奇妙な空気が漂っていた。

 彼は本体の彼に視線を向けて問い、秋瀬直也はその彼を見定めるように目を細めていた。

 

「復讐に来たって割には変だったからな、アンタ。何方かというと、試している風だった」

 

 ジト目になって、秋瀬直也は明後日の空を見上げる。

 恐らく虚空の先に思い描いた人物は、平然と交渉する素振りを見せて即死級の罠を配置して試す『魔術師』の姿であろう。

 

「第一、自分の能力を喋る段階で疑問符が浮かんだ。過去を見れるなんて、考えるまでも無く重大な武器だしな。確信に変わったのは『矢』の事だ」

 

 此処で、彼は自らの失敗を内心嘆く。

 秋瀬直也の言う通り、彼は試しに来た。秋瀬直也の辿った過去を見届けた彼に、復讐の意欲など皆無だった。

 

「遠回しに自分一人しか知らない事を告げるなんて、始末してくれって言わんばかりだろ? 逆にそれが胡散臭かった」

「――やれやれ、語るに落ちていたという訳か」

 

 あの『矢』を保有している事を他の者に知られて、彼がどういう反応に出るのか。それを見定めたかった。

 此処で自分を問答無用で始末するような人間であるのならば、川田組の全てのスタンド使いを動員してでも倒さなければならない敵である。

 ……自分が亡き後に、生き残りのスタンド使い達が結束して死力を尽くして挑むだろう。良い意味で裏切られたが――。

 

「君の言う通り、私は君を試しに来た。君の戦い振りは過去視で観察したが、君本人の性格は未知数だったからね。『矢』を支配するに足る『スタンド使い』だとしても、その方向性が『悪』では意味が無い」

 

 ――だが、冬川雪緒の見る眼に、狂いは無かった。

 今、殺そうとした敵にすら情けを掛けるようなお人好しの人間が、『悪』である筈が無い。

 その瞳には、黄金のように眩しい精神が光り輝いている。一切似てはいないのに、嘗ての冬川雪緒を連想させた。

 

「――君を、川田組から除籍する。だが我々からは、絶対に手出しする事は無いと約束しよう」

 

 これが川田組の一連の騒動の最後のけじめであり、秋瀬直也もまた静かに受け入れる。

 個人としては、乗っ取られた冬川雪緒を解放してくれた事に感謝する。新たに組織を治める長としては、語れる言葉では無いが――。

 

「そっか。良し、それならちょっと協力してくれ。お前の能力、今のオレにとって一番欲しかったものだし」

「……今、殺しに来た者に協力要請とはな」

「敵で無くなったなら味方にもなれるだろう?」

 

 スタンドをしまい、倒れる自分に秋瀬直也はその小さな手を伸ばし、彼もまた笑いながら、強く握り返した――。

 

 

 

 

 ――高町なのはの動きは精細が欠けていた昨日の夜とは違い、明らかに長期戦狙いだった。

 

「――っ!」

 

 彼女のデバイスにはないカートリッジを存分に使い、爆発的な瞬発力を以って攻めるが、その悉くが受け切られ、また流され、ひたすら距離を開けようと逃走される。

 

「くっ、この……!」

 

 此処に来て、フェイトとなのはの、精神的なアドバンテージが一方的に奪われる。

 短期決戦で仕留めなければ秋瀬直也が援軍として駆け付けてしまう。

 それではまた昨日の焼き直しになってしまう。フェイトの内心の動揺と恐怖は秒毎に増大していく。

 

(折角、秋瀬直也が離れた千載一遇の好機、逃してなるものか……!)

 

 だが、真に気づかないといけなかったのは、高町なのはが援軍待ちの遅滞戦闘を繰り広げているのではなく、虎視眈々と自分の手で仕留める気で待ち侘びていたという事だ。

 

「バルディッシュ!」

『Yes sir』

 

 カードリッジを用いて超高速飛翔からザンバーフォームで斬り掛かり――すれ違うように上空に飛翔し、置き土産に撃ったディバインシューター二つが切迫する。

 

「シュート!」

「っ、そんなもの……!」

 

 魔力の弾による相殺も面倒と、フェイトは雷光の剣で切り払おうとし――狙い澄ましたかのように、飛翔する軌道が変化する。

 雷光の一閃たる斬撃をすり抜け、ディバインシューターの弾はフェイトではなく、デバイスの、よりによってリボルバー型のカートリッジの部分に被弾する。

 

「っ!? バルディッシュ!」

 

 本体破損を防ぐ出力リミッターを解除した状態であるザンバーフォームが崩れ、雷光の刃が維持出来なくなって消失する。

 高出力の魔力が圧縮された弾丸は誘爆こそしなかったが、バルディッシュのコアが点滅し、被害状況が思わしくない事を主に伝える。

 

 ――本来ならば、ディバインシューターの一発や二発、被弾した処でデバイスを破壊する事など不可能であったが、後付のカートリッジシステムが仇となった形である。

 

「レイジングハート!」

『all right』

 

 効果を上げた事を確認した高町なのはは超高速で反転飛翔し、あろう事か、フェイトに切迫して一点攻勢を掛ける。

 

「せーのっ!」

『Flash Impact』

 

 得意の砲撃魔法ではなく、レイジングハートを振り上げて、超高速から圧縮魔力を上乗せした打撃を繰り出して――。

 

「……っ!?」

 

 普段ならば、バルディッシュで受けて余裕で捌ける一撃。

 されども、傷ついたバルディッシュで受ける訳にはいかず、フェイトはその馬鹿みたいな魔力が籠められた一撃を、防御陣を展開した左腕で受け止めてしまう。

 

「あ――」

 

 当然、一瞬足りとも受け止められる筈が無く、フェイトは無情に吹き飛ばされ――容赦無く抜き打ちの『ディバインバスター』の追撃が撃ち放たれた。

 咄嗟にバルディッシュを使って防御魔法を幾重に展開し、回避不可能の破滅の光を受けてしまい、防御陣の上から凄まじい勢いで削られる。

 

(まずい、まずいまずいまずい……!?)

 

 守勢に回りながら、フェイトはこの状況が如何に危険かを理解していた。

 速度特化の魔導師である彼女の防御力は薄く、守勢には脆い。いや、それ以上に不味いのは、防御魔法を使って『ディバインバスター』の砲撃が止むまで立ち止まってしまった以上、高町なのはの詰み手が容赦無く牙を剥く――。

 

『――Restrict Lock』

 

 レイジングハートの死刑宣告じみた音声が、ディバインバスターの轟音の上から鳴り響く。

 ディバインバスターを相殺した瞬間を見計らって、二つのバインドがフェイトの両足を拘束する。全力で振り解こうと魔力を注ぎ――最悪の予想通り、桃色の破滅の光が天に煌めいていた。

 

「あ、あ、あ……!?」

 

 この空域に散らばった未使用の魔力を再び掻き集め、必滅の極光たる『スターライトブレイカー』は遥か上空で魔力の大玉を収束させていた。

 

『――Starlight Breaker!』

 

 其処から放たれるであろう破滅の光にフェイトが絶望する最中、カートリッジの残りを全発ロードしたバルディッシュがザンバーフォームを再度展開させ、自動的に儀式魔法で雷を招来させた。

 

「だ、駄目だよバルディッシュ! これ以上は貴方が……!」

『――No problem』

 

 その短い一言を以って、主を守護せんと罅割れたバルディッシュは最大級の魔法を準備し――想いを汲んだフェイトは断腸の思いで、こんな主に最後まで尽くすデバイスに感謝した。

 

「スターライトブレイカー!」

「プラズマザンバー!」

 

 ――斯くして、二つの巨光は同時に撃ち放たれた。

 

 一発で何もかも崩壊させる破滅の星光に対し、雷光の砲撃は押されつつも拮抗する。

 されども、バルディッシュに無数の罅が入り、破損は宝石部分にさえ及び――バルディッシュが完全に崩壊して砕ける前に、フェイトは砲撃魔法を打ち止めて、その破滅の光に身を委ねた――。

 

 

 

 

 ――昨晩未明の事である。珍しい事に、電話の主は高町なのはだった。

 

「――フェイト・テスタロッサの近況か。勿論、知っているとも。管理局への間諜は結構放っているからね」

『教えて下さい。フェイトちゃんに、何があったのかを――』

 

 そう言われて、『魔術師』は一瞬躊躇する。

 果たしてこれを彼女に言うべきか、伏せるべき、珍しく考え込む。余り気持ちの良いものでは無いのは確かであり――結局、『魔術師』は包み隠さず喋る事にした。

 

「フェイト・テスタロッサの母親、プレシア・テスタロッサが永久冷凍刑に処された。病で幾許も無い身だったからね、これで病死する心配無く永遠に人質に出来るという訳だ」

 

 携帯から息を呑む声が聞こえる。更に「その為に刑を一つ新設するという暴虐振りだ」と『魔術師』は感情無く付け足す。

 

「母親を盾に、フェイト・テスタロッサは管理局の裏の、汚れ仕事を回されたようだ。その手は血塗れになって、その身体と心は醜い欲望に穢された。壊れる寸前まで追い詰められていると言って良い」

 

 よくもまぁ愛情無き母親に利用された少女を、更に転落させたものだと『魔術師』は呆れる。

 それでも完全に崩壊しなかった才覚は凄まじいと評するべきか、迷う処である。

 

「――大方、君を管理局に差し出せば、母親の減刑を『考えてやって良い』という甘言を、唯一つの光明としているのだろう。精神的に潰すのであれば、君の死を偽装するだけでフェイト・テスタロッサは完膚無きまでに崩壊するだろうね」

 

 あくまでも『考えてやって良い』というだけで、実際に確約させている訳ではない。そんな不確かな事に縋らなければならないほど、フェイト・テスタロッサは極限まで追い詰められている。

 精神的に潰すのであれば、これ以上無く簡単に行えるだろうと『魔術師』は嘲る。救いの光明を完全に断たれたその時の彼女の悲哀と涙は、舐めればさぞかし甘い事だろう。

 

『――フェイトちゃんを、助けたいです。どうすれば良いでしょうか?』

 

 予想通り、否、期待通りの答えが返って来て、『魔術師』は淡く微笑んだ。

 そういえば、高町なのはには借りが一つあると『魔術師』は意図的に思い出した。

 

「まず一つ、君が捕まって管理局に差し出されても解決にならない。何かと理由付けて人質を手元に置くだろうからね。この場合の自己犠牲は無意味という事だ。よって君にとってもフェイト・テスタロッサにとっても、高町なのはの敗北は許されない」

 

 下らない逃げ道を予め断っておく。尊い自己犠牲の精神と無意味な結末を履き違わせないように――。

 

「それを達成するオーダーは簡単だ。完膚無きまでぶちのめして彼女の身柄を確保するが良い。幸いにもミッドチルダに用があってエルヴィを派遣するのでな、本命のついでにプレシア・テスタロッサの身柄を回収するぐらい余裕だろう。後は君次第だ」

『あ、ありがとうございます……!』

「礼には及ばない。『ワルプルギスの夜』での奮闘振りを今、正当な報酬として支払うだけだ。――秋瀬直也と協力すれば、フェイト・テスタロッサを落とす事は容易だと思うが、どうせ君の事だ。単騎で挑むのだろう? 勝算はちゃんと用意したのか?」

 

 らしくないなぁ、と『魔術師』は全力で思いながら、親身に話す。昔から魔術師という人種は排他的だが、身内にだけは甘いものだと心の中で全力で言い訳しておく。

 

『はいっ!』

 

 その元気の良い返事に『魔術師』は満足する。

 高町なのはとの通話が終わり、『魔術師』は一人、椅子に座って足を組み、愉しげに笑う。

 

「――世界が此処まで変わっても、結局、フェイト・テスタロッサを救うのは高町なのはか」

 

 その運命の皮肉が面白可笑しく――そういえば『正義の味方』という人種は惹かれ合うように感染する、という事を思い出し、この素晴らしき人間賛歌を称えるように詠った。

 

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『過去の遺産(レガシー)』 本体:副長(名前未登場)
 破壊力-A スピード-A 射程距離-C(2m)
 持続力-B 精密動作性-B 成長性-E(完成)

 過去視する事が出来る、近接パワー型のスタンド。
 観察対象がその場に居るのならば、その人物の辿った過去を当人視点で幾らでも視る事が出来る。ただし、あくまでも視るだけで会話は聞き取れない。
 場の記憶も観覧する事が出来るが、前者のような利便性は一切無い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72/決戦

 

 

 

 

「あんな馬鹿げた収束魔法を撃ち放って、フェイトが死んじゃったらどうするのさっ!」

 

 省エネモードでちっこくなったアルフはぷんぷんと怒りを顕に文句を言い続ける。

 まぁ気持ちは解らなくもない。あの『スターライトブレイカー』なんかは、誰も当たりたくないだろう。

 

 ――あれから合流した時になのはが打倒して気絶したフェイトを見て、一瞬死んでいるのでは?と思ったのは秘密である。

 

 本当なら、協力を約束した彼の『過去の遺産』の過去視をフルに活用して柚葉の下に辿り着きたかったが、気を失っている捕虜のフェイトの確保を優先する。

 彼にしても、川田組であれこれ説明する時間が必要なので、明日からという話になっている。

 ちなみにアルフの方は、主が敗北したと同時に戦闘放棄、管理局の扱いに嫌気が差していたのだろう。

 

「い、いえっ、非殺傷設定ですからっ!」

「あんなのに非殺傷も殺傷もあるもんかっ! うぅ、フェイトぉ……!」

 

 ……現在は、高町家にお邪魔しており、眠れるフェイトの看病に付き添っている。

 死ぬほど疲れているのか、全く目覚める気配が無い。本当に生命に支障無いだろうな……?

 

「……はぁ~。結局、撃ち落されて捕虜になった方がマシとはね」

「……そんなに酷かったのか?」

「酷いなんてもんじゃないよっ! アンタが昨日フェイトを吹き飛ばした事より、百倍酷かったよっ!」

 

 うわぁ、凄い根に持って、アルフが睨んでいる……。

 それを聞いて、桃子さんは笑いながら――威圧感を覚えるような顔で、なのはとオレを順々に見た。

 

「……なのは、秋瀬君。ちょっと良いかしら?」

「お、お母さんっ、誤解なのっ!?」

「い、イジメとかじゃありません! 信じて下さい!」

 

 

 72/決戦 

 

 

 成す術無く槌で打たれ、剣で斬られ、拳で殴られ――オレは、言葉さえ吐けずに打ち倒された。

 

 ――何て言えば良い? どうしたらはやてを説得出来る?

 

 何一つ思い浮かばず、対抗すら出来ず、地に伏している。

 ……いつだってそうだった。力尽くでも勝たねばならぬ場面で、力不足で敗れるのは。

 才能が無いと、そんな事で諦めたくなかった。だから何度も立ち上がり、何度も地に転がされ、動けなくなるまで立ち続けて――結局は、結果は一緒だった。

 

 ――決まって、こういう時は『大十字九郎』ならどうなっていたか、そんな弱音じみた事を考えてしまう。

 

 『大十字九郎』ならば、勝たねばならぬ場面では絶対に負けない。どんな悲劇も喜劇に変えてしまう。

 神の脚本すら変えてしまう生粋の大根役者、ご都合主義の寵児。彼ならば、今のはやてだって救えただろうか?

 

 いつもは此処で終わってしまう。其処で諦めてしまう。自分と『大十字九郎』は何もかも違うのだと自分に言い聞かせるように思い込んで――。

 

(――そうじゃねぇだろ……!)

 

 ぽんと何処からか、解決要素が突如湧いて、ハッピーエンドに至る訳では無い。

 其処に至るまでに『鍵』を持っていなければ、解決出来なくて当然だ。凡人の自分なら尚更の事である。

 此処で言う『鍵』とは一体何だろうか――はやてを説得する『鍵』であり、はやての復讐を諦めさせる『鍵』である。果たして、そんな都合の良い物があるのだろうか?

 

 物理的に出来なくさせるなら、『ヴォルケンリッター』の排除をすれば良い。けれども、はやては絶対に納得しないだろうし、今のこのざまのオレでは不可能だ。

 

 四騎の猛攻に晒され、薄れる意識の中――可能性があるとすれば、死した『過剰速写』しかないと閃く。

 はやての復讐の根源であり、根幹である『過剰速写』ならば――同時に、死人に口無しという残酷な現実が伸し掛かる。

 

(……なぁ、テメェだって不本意だろう? はやてに復讐の真似事なんかさせてよぉ。何かねぇのかよ……)

 

 泣き言のように問い掛け、三日間だけの付き合いの『過剰速写』の事を思い出す。

 『神父』の猛攻を回避し、はやてを拉致した油断ならぬテロリスト。銃器の扱いにも長けており、おまけに時間操作という超能力さえ使う鬼畜外道が板に付いた極悪人。

 だが、はやてとは話が合ったのか、割と親身に話し合っており、強い嫉妬を覚えたものだ。

 

(テメェの一声があれば、はやては、思い直してくれるかもしれねぇってのに……)

 

 悪党には違いなかったが、自身の美学に殉ずるタイプであり、人質を殺される事に何かしらのトラウマがあったのか、我が身を省みずにはやての延命さえしていた。……後から知った事だが、自分の寿命を削って――。

 

 ――自分の死を、あの時点の『過剰速写』は予期していた。

 ならば、自分の死後、はやてがこうなる事を想定していただろうか?

 

(……間違い無く、していた。アイツは、復讐者だった。自身が誰かに殺されたのならば、こうなる事ぐらい容易く予想出来た筈だ……!)

 

 ならばこそ、その『鍵』は死ぬ寸前に『過剰速写』が遺しているのでは、と辿り着き――赤い幼女の巨大なハンマーに殴り飛ばされ、オレは強制的に意識を完全に失った。

 

 

 

 

 そして、次に目が覚めた時には周囲は暗くなっており――付きっ切りで看病していたセラは疲労感を漂わせながらも笑顔を浮かべた。

 隣に居たアル・アジフもまたほっと一息吐き――同じくボコられたが、そっちの方はまだ無事そうだ。

 

「……っ、何時間、意識を失っていた!?」

「……九時間余りだよ。……ごめんなさい、私が『魔術師』との条約に『有事の際の救援要請を互いに断らない事』を盛り込ませたばかりに……!」

 

 セラは心底申し訳無いと俯いて話し、同時に『魔術師』と結んだ条約を思い出し、違和感を覚える。

 この段階から、今の状況を想定していた? 先見の眼があり過ぎるとか、そういう事とは別に、何かが引っ掛かった。

 

「セラ、その時の『魔術師』との会話は覚えているか?」

「……うん、私も完全記憶能力を持っているから、一字一句覚えているよ」

「全部喋ってくれ」

 

 痛む身体を無視して着替えながら、セラに『魔術師』との会話を喋って貰い、オレは違和感の正体を掴むに至った。

 

「……何で此処まで此方の状況を把握してやがるんだ?」

 

 自然に出た言葉は、解答そのモノであり――はやてを説得する『鍵』を、よりによって『魔術師』が握っている事にオレは気づいたのだった。

 即座に『魔術師』の携帯番号を連打し――六回目のコールで嫌々出た。

 

『あんだけボコられてもう立ち直ったのか? 流石だと言いたい処だが、今宵の私は君に付き合うほど暇では無いのだが?』

 

 感心する中で呆れるような、そんな口調であり、退屈な事を吐くようなら即座に切ると無言で告げていた。

 

「――『過剰速写』の死に様を、テメェは知っているな?」

 

 お望み通り、直球で今回の要件を言ってやり――にやり、と、ほくそ笑む奴の姿を幻視した。

 

 

『当然じゃないか。一身上の都合であれに存命して欲しかったからね、ランサーを派遣しておいたよ』

 

 

 悪びれもせず、平然と言いやがった。怒りが身体中に巡り回って脳に集中するが、それら全ての感情を制御する。

 此処からが、本題だからだが――。

 

「――リーゼロッテは、本当に『過剰速写』を殺したのか?」

『いいや。もし殺そうとしたのならば、ランサーに殺されている。そう命じていたからね――純粋に寿命死だよ』

 

 拍子抜けするほど呆気無く『魔術師』は白状した。問われれば正直に喋ると言わんばかりに――。

 

『――正面からの死闘でこそ、殺されたリーゼアリアの無念を晴らせる。学園都市の施設の爆破準備をして力尽きて脱出出来なくなった『過剰速写』を、リーゼロッテは助けた。だが、『過剰速写』の時間操作は自らの時間を消費して行使する類だろう? 『教会』に辿り着く前に天寿を全うしたのさ。もう少し長生きしていれば誤解せずに済んだものを』

 

 それはつまり、リーゼロッテが復讐の連鎖を断ち切ったという事であり、はやての復讐は単なる的外れな八つ当たりに過ぎない事の証明――それを知っていながらはやてを止めなかった『魔術師』に激怒する。

 

「テメェは、その事を伏せて……!」

『聞かれてないし、元より赤の他人の私が言った処で信じないだろう? 暴走寸前の八神はやてをコントロールしてあげたのに酷い言い草だな』

 

 ちゃんちゃら可笑しいという風に電話越しから『魔術師』は笑い、ブチ切れる一歩手前まで殺意が湧くが、今は後回しだ。

 はやてを説得する『鍵』は手に入れた。後は……!

 

「……ふざけんじゃねぇっ! はやては返して貰うぞ……!」

『それならば早めにするんだな。大結界の支点の攻防戦に使おうと思ったが、仇敵を感知する方が先だった』

 

 ……コイツは、今、一体何を言った――?

 

『――解らなかったのか? 八神はやては守護騎士と共にリーゼロッテを追跡していると言った。程無くして本懐を果たすだろうよ』

 

 ……っ、よりによって、今か――!

 

『ああ、待て待て。今切るなよ、後で此方から連絡するのも面倒だし、その機会が永遠に無いかもしれないから。『――約束を果たせずに寿命死する『赤坂悠樹』の贋物を許してくれ』、それが『過剰速写』の遺言だ。赤色の『赤』、坂道の『坂』、悠久の『悠』、樹木の『樹』だ。間違えるなよ』

 

 意味深な事を言って、電話は『魔術師』の方から途切れる。

 オレはその事に関して深く考えずに「アル・アジフ!」と叫び、マギウス・スタイルになって窓から飛翔し、はやての下を目指す。

 

 間に合ってくれと、切に願って――。

 

 

 

 

 ――クロウ・タイタスからの電話を切り、『魔術師』は一息吐く。

 

 支点の攻防戦は今や眼中に無い。海鳴市の大結界の支点は六つで一つ、支点が一つでも残っていれば順次復元される鬼畜仕様、六ケ所を同時攻略されない限り破壊出来ない。

 歩く核兵器のティセ・シュトロハイムやSランクの魔導師を動員すれば、ニ・三箇所はどうにかなるだろうが、気づくまでに他の魔導師に無意味な出血を強いる事が出来る。

 

(オマケに今夜は海鳴市全域に高純度の『AMF』が展開されている。関与せずとも大量に削り取れるだろう)

 

 故に、彼等管理局員の末路がどうなろうと、今の『魔術師』にはどうでも良い事だった。

 時空管理局の首魁である豊海柚葉の居場所を割り出した今となっては、全てが二の次である――。

 

 遠くから破壊音が鳴り響き、ランサーが陽動に成功したと確信する。

 

 サーヴァントを相手に何処まで粘れるか、見ものだと嘲笑い、敵の領地に足を踏み入れる。

 無人の廊下を足音を響かせて歩いて行き、程無くして『魔術師』は目的の人物と相対する。冬川雪緒の遺体を回収した時以来だった。

 

「灯台下暗しとはこの事だな。まさか学校に登校していたとは思わなかったぞ」

 

 ――豊海柚葉の潜伏場所は私立聖祥大学付属小学校、こんな事態になってまだ登校しているとは誰が想像しようか。

 

「――へぇ。まさか、直接赴いて来るとはね。最期まで穴熊に決め込むと思っていたけど」

「いいや、貴様には私自らが引導を渡すと決めていた。私としては規定事項だよ」

 

 柚葉にとっては、此処に辿り着くのは秋瀬直也が最初だろうと思っていただけに、『魔術師』本人が踏み込んでくるとは想像していなかった。

 だが、『魔術師』にとってはこの手で息の根を止めるしかないと判断していただけに、この最終局面は当然の成り行きだった。

 

「あらあら、大胆不敵ねぇ。でも、無謀だわ。使い魔はどうしたのかしら?」

「ミッドチルダで働いているよ。今頃反乱の一つや二つ起こしている頃だろう」

 

 ――二人の会話は基本的に噛み合わない。

 

 豊海柚葉の方は、直接対決になれば百回やって百回勝てると踏んでいる。

 『魔術工房』の奥深くで待ち構えているなら誰も辿り着けないだろうが、単騎での勝負なら簡単に討ち取れるだろう。

 唯一、勝算があるとすれば、不死身の『使い魔』との共闘だろうが、ミッドチルダに派遣したという言葉に嘘や虚勢は無く、逆に彼女を困惑させる。

 

 ――本気で、単騎での決闘でこの自分を殺す気なのだと、彼女は直後に納得する。不可能であるが、と付け足すが。

 

「――私の理想とする超越者は仙人だった、とは蒼崎橙子の言葉だったか。卓越した力と知識を持ちながら何もせず、ただ山奥に佇むのみ。私もその在り方に憧れたものだ」

「ふぅん。卓越した力を死蔵させるなんて無意味だと思うけどねぇ」

「それが出来なくなったのは貴様のせいだろうよ。お前さえ居なければ、私はこの舞台に立つ必要など無かった――」

 

 『魔術師』が無数の転生者が相争う舞台に立ったのは、許容出来ない外敵の存在があったからだ。

 ――それらは力を秘匿して安穏と暮らす自分すら害するものだと直感させ、眠れる獅子はその猛威を思う存分振るうに至った。

 

「頑張る人間を小馬鹿にしながら、羨ましがりながら、その生き様をしかと見届けただろうさ。――長年の恨み言だ、聞き流せ」

 

 豊海柚葉さえ居なければ、神咲悠陽はこの地平に居なかっただろう。

 数多の転生者の中の一人として埋もれ、稀代の謀略家としての才覚も目覚める事は無かっただろう。

 

「――貴様も私も、この舞台に立つべき人間では無かったという事だ。いい加減、場違いだ。疾く退場するべきだろう」

「そういう決め付けは一人で勝手にやってくれない? 他人の私を巻き込むのは止めて欲しいなぁ」

 

 豊海柚葉は平然と言い捨てる。まるで的外れだと言わんばかりに。

 舞台があったからこそ、彼女は此処に居る。役者が相応しいかどうかなど二の次であり、秋瀬直也を生み出すに至った舞台を愛していた。

 

「――安心しろ、貴様を殺す理由は別件だ」

 

 獰猛に笑いながら、『魔術師』は目の前の豊海柚葉に溢れんばかりの憎悪と殺意をぶち撒ける。

 その復讐者の一片の澱み無い純粋な憎悪の心地良さに、柚葉は嘲笑う。

 

「逆恨みも良い処だね。最期まで気づかなかった癖に」

 

 嘗て、柚葉は『魔術師』を謀殺する為に彼の娘を刺客として送り込んだ。

 その結果、『魔術師』は前世の死因すら超えてしまい、実の娘の死を看取った――。

 

「悪党を殺すのに大義やら上等な理由なぞ必要あるか。一身上の都合で十分だ」

「それは同意だね。――邪魔だから死んでくれない? デートの先約があってさ、貴方に構っている時間は無いの」

「そうか。遺体を最初に発見して咽び泣かれるなんて女冥利だな」

 

 柚葉は懐からライトセイバーを取り出し、赤い刀身が展開され――『魔術師』は瞑っていた両眼を開き、赤色が強い虹色の魔眼をもって豊海柚葉を凝視した。

 

 ――視ただけで死を賜る魔眼『バロール』は、されども、史上最強の『シスの暗黒卿』を視ただけで焼死させるに至らなかった。

 

 二人はそれを当然の如く受け入れる。

 バーサーカー戦の時に遠目からその魔眼を目撃して無事だった事が豊海柚葉の根拠であり、その程度で殺せるような奴なら苦労はしないというのが『魔術師』の根拠だった。

 

「そんな面構えだったか。なるほど、秋瀬直也が惚れる訳だ」

「あら、貴方も惚れちゃった?」

「いや、全然。セイバーの方が綺麗だ」

 

 臆面も無しに『魔術師』は笑いながら断言し、柚葉は不機嫌そうに口を尖らせた。

 

「紅蓮の聖女と比べられたら誰だって見劣りするわよ――でも、目の前の美少女を前に別の女の話をするなんて酷いなぁ、マナー違反だよ?」

「ふむ、それもそうだな。失礼した」

 

 『魔術師』の足元から三重の結界が展開され、柚葉もまた超越的な殺意を漲らせた。

 

「――殺すまで愛してやるよ、全身全霊を賭けてなッ!」

「――私の方はお断りかな。貴方を愛して、貴方に殺されなかった女は居ないからね!」

 

 ――今宵、魔都『海鳴市』の覇を賭けた一大決戦が、人知れずに開始された。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73/支点攻略戦

 

 

 ――唐突に、目が覚めた。

 

 時刻は零時、捕虜にしたフェイトは横で静かに眠っており、隣にアルフが丸まっている。

 彼女を監視する事を名目に高町家に泊まり、明日に備えて早めに眠っていたが――胸騒ぎがする。

 

(何なんだ、この感触は……!?)

 

 理由は解らないが、嫌な予感がする。取り返しの付かないぐらい、ヤバいのが――。

 そして気が付けば、『蒼の亡霊』が勝手に出ており、嫌な予感は確信に変わる。

 理由は不明だが、今、行動を起こさなければ絶対に後悔する――そんな確信に突き動かされる。

 

(普段なら闇雲に行動する訳にはいかないって理論武装する処だが、今は闇雲でも動かなければならない……!)

 

 手早く着替え、物音を立てないように高町家から外出する。

 スタンドを装甲し、飛翔し、屋根を飛び舞いながら宛も無く駆ける。

 

(……全く、我ながら馬鹿げた行動だ。行き当たりばったりってレベルじゃねぇぞ! でも、この勘が正しいのならば、オレをその場所に連れて行け――!)

 

 この時、想うのは彼女――柚葉の事であり、理由無く、これから辿り着く場所に彼女が居るのだと根拠無く確信した。

 

 

 73/支点攻略戦

 

 

 ――海鳴市の大結界の支点攻略戦、それが本作戦の概要である。

 

 その六ヶ所はA~F地点と命名され、F地点である『武帝』本拠地を除いて、五カ所を同時攻略するのが今夜の作戦である。

 彼女達六人は、アリア・クロイツ中将の虎の子の精鋭部隊に所属するSランク魔導師であり、他の武装局員を率いてA地点――郊外の森林地帯に侵攻する。

 

(うわぁ、嫌だよ。こんな処に入るなんて)

 

 文明の明かりが届かない闇夜の森林はそれだけで不気味であり、誰しも緊張を隠せない様子だった。

 

(支点とか言われても、具体的にはどんな形なのか、全然説明されてないのよねぇ。遠距離から狙撃すれば良いやって思っていたけど――)

 

 幾十ものサーチャーを飛ばし、支点と思わしき領域の探索したが、それらしきものは見当たらず――最悪な事にアリア・クロイツ中将から直接捜索するように言い渡された。

 

(ああ、もう、これだから別系統の魔法技術は……!)

 

 上官からの命令は絶対、彼女達は消耗品扱いの武装局員を先行させて様子見する。

 何か仕掛けてある事は間違い無い。石橋を叩いて渡っても不十分過ぎると、歴戦の彼女達の勘が告げていた。

 

 ――大規模な捜索に、彼女達に預けられた兵力の八割を投入した時、最初の異変は唐突に訪れた。

 

 大本営への通信が途切れ、魔力結合を解いて魔法を無効化する『AMF(アンチマギリンクフィールド)』が広範囲に渡って展開される。

 性質の悪い事に、距離が離れ過ぎた大本営には念話は届かず、直接人員を送らなければ連絡すらままらない事態となった。

 

(……っ、別系統の魔導師の癖にAAAランクの高位防御魔法をぽんぽんと発動しやがって……!?)

 

 低ランクの魔導師である武装局員の大半が無力化され――森の中で幾人もの悲鳴が轟いた。

 彼女達Sランク魔導師をもってしても、サーチャーの維持すら困難な状況下、貧乏籤を引いた彼女は救援及び様子見に飛翔する事となり、遙か上空から森の全体図を俯瞰する。その頃には悲鳴が森の全体から鳴り響き、儚く消えて逝く。

 

(クソッ、一体何が起きてやがる!?)

 

 幸いにも彼女の魔法適正はAMF環境下でもその戦闘能力は損なわれない。

 悲鳴が鳴り響いた地点を目指し、森の中に降り立ち――濃密な血の匂いはすれども、局員達の姿は見えない。死体すら見つからない始末である。

 

(――雑魚の局員達が殺された事は間違い無いが、何故死体が無い……?)

 

 困惑し、周囲を注意深く眺めていると、樹木に付着した血の跡を発見する。

 夥しい血の量は明らかに致命的な出血であり、やはり死体が無い事に不審感を募らせ――それが彼女の最期の思考となった。

 

 ――彼女は串刺しにされ、一瞬で絶命する。

 

 他でもない、彼女を殺害した凶器は樹木の根であり、無数に絡み付いた根は即死した彼女の遺体を即座に地に埋没させ、血の跡だけが僅かに残り――それすらも愛しそうに吸われ、一切の痕跡が消え失せる。

 

 ――この森一帯は吸血鬼エルヴィの血によって吸血植物化した魔の森。

 

 彼女の眷属という事は、あの恐るべき吸血鬼『アーカード』の眷属と言っても過言ではなく――吸血種の系統は違うが、『魔術師』はこの支点の事を『腑海林』と命名していた。

 

 

 

 

「――B地点の支点が大爆発して、半数持ってかれたぁ!? おいおい、冗談きついぞっ!?」

 

 大本営に居るアリア・クロイツ中将の処に届く情報はほぼ全部バッドニュースであり、職務放棄して逃げたい気持ちになった。

 A地点では既にSランク魔導師がニ名死亡、B地点に至っては三名が何もせず殉職した事が明らかとなる。

 末端の武装局員の犠牲者については聞きたくないほど被害が及んでいた。

 

(つーか、A地点は『腑海林アインナッシュ』かよっ! 二十七祖並の吸血種が近くに居るというのに『教会』仕事しろよ!?)

 

 更には現地の転生者に対して愚痴らずにはいられず、早くも五面作戦に出た事を後悔する羽目となる。

 やはり戦力を分散せずに一箇所に集中させるべきだったのか、いや、Sランク魔導師を其処まで集結させても無駄が出来るだけであり、六人も居れば何とかなる筈だった。

 

「アリア中将っ、C地点とD地点の制圧完了しました~! 此方の損害は特に無いです。幽霊沢山なお化け屋敷とクトゥルフっぽい怪物盛り沢山の海底神殿とか、何処のテーマーパークですかねぇ? 他の地点はどういう状況ですか?」

「A地点は『腑海林アインナッシュ』みたいな状態になっていて八割方行方不明、虎の子も二名持ってかれた。B地点は自爆前提の拠点で半数消滅、こっちに至っては三名だ。もうやってらんねぇっすよ」

 

 帰って来たティセ・シュトロハイム一等空佐から漸くグッドニュースが大本営に齎され、アリア中将は一息吐く。

 

「首尾が良いのはティセちゃんが行った処ぐらいだね。これで三箇所か――」

 

 流石はSSSランクの魔導師、高純度のAMF環境下でも何とも無く、被害無しで制圧出来た。これで支点は三箇所破壊され、形勢は逆転する。

 

「アリア中将、各地点のリアルタイム通信が回復しました!」

「おっ、早速大結界の支点を破壊した影響で、AMFの効力が低下したんかな? ざまぁみろ!」

 

 多大な犠牲を払ったが、大結界の効果が下がるという一定の成果が得られ、アリアはほくそ笑む。

 この強大な支点さえ排除してしまえば、『魔術師』は丸裸となる。そうなればいつでもその頭上にティセ・シュトロハイムの大魔法をぶちかませるだろう。

 

「ティセちゃんはA地点に行って、吸血植物の森を更地にしちゃって~」

「ア、アリア中将っ!?」

「……えー、何? もう予想外の展開発生? 正直そんな展開は沢山ですけど」

 

 残り二箇所の地点で損害が出たのか、それとも『魔術師』側が打って来たのか、後者なら逆に仕留める絶好の機会なので、全兵力をその地点に投入する勢いだが――。

 彼女の前に浮かんだ無数の画面を見て、今度こそ眼を真ん丸にする。声を先に上げたのは、破壊した張本人だった。

 

「え、えぇー!? 完膚無きまで破壊したのに?!」

「ふ、ふざけんじゃねぇぞ!? こんな短時間に復元するってどういう事だ……! あんの『魔術師』めェ……!」

 

 盛大に自爆したB地点、幽霊屋敷のC地点、海底神殿のD地点が完全復元した悪夢めいた光景を、彼等は我が目を疑いながら見る。

 見た通りの光景だが、この現実を受け入れるには、余りにも残酷で不条理だった。

 

「アリア中将、何かこれって六ケ所一気に攻略しなけりゃ逐次復元するっていうパターンじゃ……?」

「考え得る限り最悪な想定だねぇ。マジでそんな予感してきたよ。あの『魔術師』に限っては常に最悪を通り越すしね」

 

 もし、その仮定があっているとするならば、後回しにしていた『武帝』の本拠地が最大のネックとなる。

 アリアから歯軋り音が鳴り響き、親指の爪を齧りながら考え込む。

 このまま無為に出血するか、兵を退いて態勢を立て直すか――何方にしても、『教皇猊下』に失敗者として処断される未来しか見えない。

 

「作戦変更、A、B、E地点は即時撤収。壊しやすい支点、C地点とD地点を可能な限り破壊し続けるよ」

 

 最終目標は『魔術師』の撃破であり、即座にアリアは決断する。

 

「……それって効果はあるのでしょうか?」

「幾ら無限に復元するにしても、限度があるっしょ。AMFの効力が下がっているんだから、破壊し続ければ霊地の貯蔵魔力は削れる……!」

 

 

 

 

 ――炎が舞う。

 

 夜の校舎に、一工程(シングルアクション)の発火魔術が幾十も駆け抜けて、豊海柚葉は左掌を押し出すような挙動を取り、フォースで一息に吹き飛ばす。

 

(舐められたものね――)

 

 強大で不可視の力はそれだけに留まらず、『魔術師』本体の下まで届くが、第三の結界によって防がれて霧散する。

 続いて、左手の指先から青白い電撃――熟練のシスの暗黒卿の奥義である『フォース・ライトニング』を撃ち放ち、一工程で繰り出した拳大の火球の発火魔術で相殺される。

 

(あの魔眼は『フォース・ライトニング』にも作用するのか――)

 

 三重の結界を展開している限り、フォース・グリップなどで仕留める事は不可能だが、この結界の展開中は『魔術師』は動けない。

 空の境界の『荒耶宗蓮』のように、特定の空間を仕切って其処を動かない結界を移動させるなんて真似は出来ない。

 

(――よって、この勝負の帰結は、私が『魔術師』の下に辿り着いて斬り伏せる事のみ)

 

 距離にして十五メートル、豊海柚葉は九歳の少女の身に過ぎないが、フォースによる筋力の増加は彼女を容易く神速の域へ踏み込ませる。

 十メートルぐらいなら一息で走破出来るが、十五メートルとなると半呼吸は必要か――どの道、『魔術師』の命運はその一つと半呼吸で終わる。

 

(……ただ、それを『魔術師』が解っていないとは思えない)

 

 無数の火の矢が撃ち放たれ、飛翔するそれを赤いライトセイバーの剣閃が次々と切り払いながら、柚葉は疾駆する。

 それで一息が終わり、残り半歩でライトセイバーの殺傷圏内に入り――悪寒が走り、即座に後退する。

 

「っ!?」

 

 彼女の足を本能的に後退させたのは幾度無く体験した死の予感――闇夜の校舎に銀閃が駆け抜ける。

 月夜の光を反射させる刀身は寒気が走るほど涼しく、いつの間にか『魔術師』の目は瞑られており、抜き身の太刀と握っていた。

 

(魔術師風情が武士の真似事――?)

 

 距離が十メートル離れて、身に纏う雰囲気の質が豹変した事に僅かながら困惑する。

 

「……やはり勘が良いな。厄介極まるものだ」

 

 『魔術師』は太刀を鞘に仕舞い、魔眼を開けて三重の結界を再展開した。

 

 ――日本刀とライトセイバー、その本質は剣なれども、絶対に噛み合わない。

 ライトセイバーの超高温の光刃は日本刀の刀身など簡単に両断する。得物からして比べ物にならないだろう。

 

(――それなのに、何故か濃密な死の予感がした。ジュエルシードによる次元震、大結界の作用で未来が見え辛いけど……)

 

 ライトセイバーの刃と打ち合えるのは、当然ながら同じライトセイバーだけである。

 踏み込んでいれば、古臭い日本刀の刃など切り裂いた上で『魔術師』の身体を真っ二つに出来るだろう。

 

(――どの道、斬り込む以外の選択肢は無いか)

 

 ライトセイバーの刃を真横に構え、殺し合いへの高揚感と殺意を存分に開放する。

 

 ライトセイバーの戦闘の型は七つ。一つは『シャイ=チョー』、攻撃と防御の基礎が集約された最もシンプルなフォームであり、最初に訓練するものである。

 

 二つ目は『マカシ』。対ライトセイバーの戦いに編み出されたフォームであり、シスとジェダイの闘争が最盛期だった彼女の時代では必須のフォームであり、これを発展させて、より強大な剣術が編み出されていった。

 

 三つ目は『ソレス』、ブラスターの弾を偏向させる訓練で生み出された、防御重視のフォーム。かの有名なジェダイ・マスターである『オビ=ワン・ケノービ』が使用したが、彼等が生まれる遥か古代の彼女の時代では無縁の話である。

 

 四つ目は『アタロ』、全七種類の中で最もアクロバティックなフォームであり、体術に重点を置いたフォーム。『ヒットアンドアウェイ』を信条とするフォームで、全身の柔軟性とフォースを使って飛び跳ねるように動きまわり、全方位から攻撃する。威嚇や牽制の効果が高いが、それを見極められる相手にとっては隙が多いフォームである。

 

 五つ目は『シエン』。『ソレス』・『アタロ』の派生型で、超攻撃型のフォームであり、最も有名なシスの暗黒卿『ダース・ベイダー』が主に使用する。力強い剣の振りが特徴であり、防御型のソレスとは真逆の型である。

 

 六つ目は『ニマン』、一から五までのフォームを組み合わせ、万能ではなく器用貧乏になった型。本末転倒と言って良い。

 

 七つ目は『ジュヨー』、習得の難易度が最も高く、あらゆるフォームを極めた者のみが習得し、制御し得る究極のフォーム。

 彼女、シスの暗黒卿である豊海柚葉が使うのは主にこの七つ目である。

 

 最盛期の彼女はその歴代最強のフォースで、ライトセイバーを使わずとも最強の『シスの暗黒卿』足り得たが――『魔術師』相手の遠距離戦は千日手になる。

 

「ふぅ――っ!」

 

 往年の感触を思い起こし、柚葉は全能力を使って疾駆する。

 今度は一息、一足で十メートルの間合いをゼロにし、赤い剣閃は幾重に振るわれ――『魔術師』の姿が消失していた。

 

 一体何処に――背後から、柚葉は絶望的なまでに死の予感を感じ取った。

 

 柚葉は迷わず、踏み込む右足が砕ける勢いで、死に物狂いで前に飛び――飛翔して宙転し、背後の死角から振るわれた神速の抜刀術は柚葉の背中を掠めるに留まった。

 

(……っ!? この『魔剣』は――!)

 

 即座に反転し、柚葉は鬼気迫る顔で着地した『魔術師』を睨みつけた。

 やはり『魔術師』の目は瞑られており――数々の違和感の正体を掴むに至る。

 

「――上手く行かないものだ。術技(ワザ)は理解しているが、あのタイミングで躱されるようでは単なる曲芸だ。これではあの雑魚と同じだな」

 

 既に『魔術師』の肉体は戦闘用の部品でしかなく、明らかに人間としての機能から逸脱していた。

 そしてそれは不条理な神秘を巻き起こす『魔術師』ではなく――ただ一刀にて条理を覆す剣鬼としてだった。

 

「――魔剣とは理論的に構築され、論理的に行使されなければならない。これは『装甲悪鬼村正』ではなく『刃鳴散らす』が先だったかな?」

 

 ――果たして、一体誰があの男を『魔術師』などと呼んだのだろうか?

 

 身も毛も弥立つ悪鬼は晴れ晴れしく嘲笑う。太刀を嬉々と抜き取って――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74/魔剣

 

「――お父様。何故、概念の無い太刀を『魔術礼装』に?」

 

 遠い昔、遥か過去の事、神咲神那は不思議そうに問う。

 神咲悠陽が使う太刀は、流れの刀匠に打って貰った代物である。それなりに業物ではあるが、魔術的に何ら意味の無いモノだった。

 歳月を経た太刀はそれだけで『概念武装』となる。数百年級の大業物ならば、その蓄積した神秘で魔術的な結界すら容易く切り裂く事が可能だろう。

 

 ――現に、幕末の剣客の中には神咲悠陽の三重の結界を一太刀で引き裂くような怪物も確かに存在している。

 数百年級の大業物の御蔭、ではなく、その才覚のみで成し得るという信じ難い神業であるが――。

 

「この太刀が成すべき事は魔術ではないからだ。今更お浚いするまでもないが、魔術は奇跡・神秘を人為的に『再現』する事。誰も成せん事を成さんとするならば、既存の概念は邪魔でしかない」

「……太刀で、魔術以外の事を? もしや、魔法ですか?」

「純粋な剣技のみで多重屈折現象を起こせるなら、何の苦労もしない。――剣を振るって、起こる事など一つだろう?」

 

 神咲悠陽は試すように言う。こういう時の父はいつも意地悪であり、希望通りの答えを出さなければ失望の念さえ抱かれてしまう。

 神咲神那は全身全霊でその問いに挑み掛かる。

 

「……斬る、もしくは対象の殺傷ですか?」

「その通りだ。それじゃあ、続いて問題だ。――魔剣とは如何なるモノだと思う?」

 

 それは魔術師らしからぬ質問である。

 今の話の流れから、魔術ではない事は明らかである。魔術回路から外界に働きかけて起こす神秘以外の理から成る魔剣――当然ながら、神那とて一度も考えた事の無い議題である。

 

「……常軌を逸脱した術理によって繰り出される絶死の一刀?」

「際立った工夫に依る剣でもなく、稀有の才が生んだモノではなくとも、魔剣と呼ぶに相応しい妖技は存在する。――不純物が多すぎるな。もっともっと単純な事だ」

 

 掠っていたと言われ、神那は自身の解答を再分析する。

 常軌を逸脱した術理以外でも魔剣となる一刀が存在するのであれば、肯定する部分は絶死――必ず殺す、それはつまり――。

 

「……必勝手、ですか?」

「その通り。振るえば確実に勝利する必殺の機構、理論的に構築され、論理的に行使されるのが魔剣だ」

 

 満面の笑顔で頭を撫でられ、満足が行く答えを引き当てられた神那は嬉しそうに喜ぶ。

 

「それではお父様の魔剣は、どのようなものなのでしょうか――?」

 

 

 74/魔剣

 

 

 ――それは今際の記憶、この世で三人の脳裏しか刻まれていない、『過剰速写』の最期の時である。

 

「――おい。何して、るんだよ……?」

 

 心底不思議そうに、心底呆れながら『過剰速写』は肩を貸す少女に話す。

 彼女の名はリーゼロッテ、双子の姉妹の敵を討ちに来た正統な復讐者である。

 双子の兄妹の復讐を願った彼が、同じ双子の姉妹の仇となるのは、皮肉にしては運命的過ぎた――。

 

「……今の貴様を殺して、アリアが納得するもんかっ!」

 

 爆発寸前の地下施設から抜け出し、憎悪を篭めながら彼女は言い捨てた。

 意識が朦朧とする中、『過剰速写』はそういう考え方もあるのか、と思う。

 だが、今、この時に適応されるかと言えば、否だった。

 

「……言って、おくが、次の機会など、無いぞ?」

「その程度の怪我、『教会』の人外共なら何とかなるだろう。……ああもう、貴様を助ける事になるなんて、自己嫌悪したくなる!」

 

 少女は猛然と怒り、『過剰速写』は首を横に振った。

 

 

「……違、う。純粋に、持たない。――寿命が、もう、無いんだ」

 

 

 だから、無意味だと『過剰速写』は話す。次の機会など永遠に訪れない。

 

「能力を使う毎に、寿命を消費する。だからもう、この身体には二分程度の時間しか、残されていない」

 

 オリジナルの己が味わった感触を、彼自身もまた体感する。

 時間の総量は尽きる時のみ、はっきりと発覚する。何という悪辣さだろうか。人生が終わるカウントダウンなど知りたくもない。これは最大の恐怖だった。

 

「……その手で、殺せ。復讐を、果たせ。この生命が、燃え尽きない内に――」

 

 それでも、この生に意味があるとすれば、その一点に尽きる。

 僅か二分間ばかりだが、討たれるならば十分過ぎる時間である。

 

「……アンタは、八神はやてとの約束も、破る気か……!」

 

 だが、その復讐者は在り得ない叱咤をした。 

 何故その約束を知っているのかは、敢えて問わない。ただ、この復讐者は殺さない事を選んだ。

 正義の味方に立ち塞がれ、その手で防がれた自分とは違って、己の意志で――。

 

「それを、言われると、言い返す言葉が、無いな……」

「お前は、八神はやての前で死ねっ! それが私の復讐だ……!」

 

 そう叫んで、共に飛翔し、彼等は『教会』を目指す。

 残り一分――残念ながら、もう間に合わない。そして、このまま死ぬ訳にはいかなかった。

 此処で自分が死ねば、八神はやてはリーゼロッテを心底憎むだろう。彼女が自分を殺したのだと、勘違いして。

 彼女は仇の自分を殺さなかった。その憎しみは的外れである。だから、この遺言は八神はやての為であり、彼女の為だった。

 八神はやてを復讐者にする訳にはいかなかった。人生最後の幼き友を、血で穢す訳にはいかない。

 

「はやてに、伝えてくれ――約束を果たせずに、寿命死する『赤坂悠樹』の、贋物を許してくれ、と」

 

 時間操作による血液循環さえ打ち切り、ほんの僅かだけ猶予を得る。出血死する前の、ほんの数秒ほどであるが――。

 

「赤色の『赤』、坂道の『坂』、悠久の『悠』、樹木の『樹』――これは、はやてにしか教えていない」

 

 それははやてにせがまれて、誰にも内緒にする事を条件に教えた、オリジナルの自身の名前――これを符合にすれば、はやては必ず解ってくれる筈だ。

 

「……馬鹿野郎っ! 死ぬなっ! あと、もう少しで――!?」

 

 言い切り、此処で『過剰速写』は静かに生命活動を停止させる。

 その死に顔は、何処か満ち足りていて、生前の彼を思えば、信じられないほど安らかだった――。

 

 

 

 

 ――そして、八神はやてはリーゼロッテを追い詰めつつあった。

 

(……次元震の影響で、他の次元世界に逃走する事は不可能。年貢の納め時ってヤツかな?)

 

 幾ら格闘戦に秀でた使い魔だとしても、四対一、その四が手練となれば尚の事である。数分も経たずに決着が付くだろう。

 

(思った以上に早く会えそうだよ、アリア――)

 

 ――あの時、リーゼロッテは復讐の相手を失った。

 

 『過剰速写』の遺言を、彼女は理解していた。それは八神はやての為であり、自分自身の為であると。

 八神はやてに『過剰速写』が寿命死である事を伝え、その憎悪の矛先を自分に向けない為のものであると。

 だが、彼女は言わなかった。真実を隠し、自分が殺したと偽った。その理由については、彼女自身も掴めていなかった。

 

(……何で教えなかった、か。そんなの、私が聞きたいよ――)

 

 ――或いは、これが彼女の復讐だったのかもしれない。

 彼が死んでも守ろうとした者を、彼が死んで復讐を果たしたいと願った者を自分の死で穢す、そんな倒錯的で破綻した感情だったのかもしれない。

 

(――良いよ。空っぽの復讐で血塗れになっちゃえ……)

 

 彼女の復讐は果たせず、されども復讐は連鎖する。その皮肉が愉快だと口元が歪む。

 自身を殺したその時こそ、彼女の果たせなかった復讐は完遂する。拭いようの無い汚点を八神はやてに刻み込んで――。

 

(……まるで馬鹿馬鹿しい。我ながら破綻している。気づいていなかったけど、アリア、貴女が殺されて、私も壊れたみたい――)

 

 父の悲願を果たせずに死ぬ事を、謝らずにはいられなかった。

 恐らく、この魔都は『闇の書』とて飲み込んでしまうだろう。自分達が居なくなる事で、『闇の書』を永遠に封印する事は不可能になったが、この程度では滅びまい。

 その時に八神はやてを救える者が居るとは思えないが――或いは、あの『過剰速写』が生きていればどうなっただろうか、そんな無駄な思考を巡らせた。

 

(……あーあ、ごめんね、アリア。お父様の悲願を蔑ろにして……)

 

 あの世に逝って、彼女と対面したのならば、真っ先に謝ろう。悲願も果たせず、復讐も果たせず、此処で討ち死ぬ――主人に対する、双子の姉妹に対する度し難い裏切りだ。

 

(……アンタの復讐を望む八神はやては、歴代の『闇の書』の主と同じだ――地獄から、嘲笑ってやるよ)

 

 

 

 

 ――神域の魔眼『バロール』と、『直死の魔眼』はイコールで括って良いものなのだろうか?

 

 片や視ただけで万物に死を賜る邪眼、片や万物の死を視る魔眼。

 視る事で外界の死に干渉する魔眼と、死を視覚情報として視る魔眼――根源は同じ、本質的には同一だろう。

 

 ――だがしかし、此処で問題になるのは、『魔術師』神咲悠陽には死を理解する機能が無い事である。

 

 そのチャンネルを持ち得ていないが故に、死を視覚情報として捉える事が出来ず、視るだけで死を振り撒く制御不能の邪眼と成り下がっている。

 彼の魔眼が『直死の魔眼』足り得ないのは、死という概念を理解する特別製の脳髄が無いからである。

 モノの死を理解し、視るだけで万物を殺せる――それが完全なる『直死の魔眼』、魔眼『バロール』なのだろう。

 

 ――宝の持ち腐れとは、まさにこの事である。

 死を理解出来ない愚者に、死の魔眼はその性能を最大限に発揮する事は永遠にあるまい。

 

 その理は高々二回、死を体験した程度では覆らず――それ故に、格の高いサーヴァント、魔術の及ぶ領域ではない幻想種には、その死の魔眼も一切通用しない。

 更に言うならば、彼の起源に引き摺られ、その効果が歪んでいる。これでは純然なる死の魔眼とは呼べないだろう。

 

 ――所詮は、人間には過ぎた神域の魔眼。

 されども、それで諦められないからこそ、彼は『魔術師』なのである。

 

 制御が出来ず、何もかも焼き尽くす。それは逆に言えば、殺傷力が平等に分散している事に他ならない。

 無駄の極みである。不純物が余りにも多すぎる。それでは運命改変も単なる発火に堕ちよう。

 結論としては、絶対的な死の呪いが、視界一杯に薄められている。忌むべき事である。

 

 ――それ故に、此処に一つの論理(ロジック)が完成する。

 

 さぁ、魔剣の話をしよう。魔剣とは理論的に構築され、論理的に行使されなければならない。

 

 

 

 

「……驚いたわ。とんだ隠し玉ね」

 

 背中に焼け付く痛み――刀傷は深くはないが、自然と血が止まってくれるほど浅くはない。

 誰もが知らなんだだろう。いや、見た事が無かっただろう。『魔術師』が太刀を振るう姿など――。

 

「――『魔術師』としての自分と、『剣客』としての自分を、スイッチのように意図的に切り替えているのかしら?」

「口数が増えたな。恐れているのか? シスの暗黒卿ともあろう者が」

 

 両眼を瞑って太刀を無形に構える『魔術師』の挑発的な言葉に、柚葉は鼻で笑う。

 

「派手な一発芸に驚いただけよ。魔剣『昼の月』だったけ――本家本元の伊烏義阿だったなら、今ので殺されている処だし」

 

 宙転からの居合術が『昼の月』の本質ではない。それ以前の、間合い取りの妙技が魔剣たる所以である。

 伊烏義阿の才能のみに立脚する魔剣は、余人の手で行われても魔剣足り得ない。

 

 ――そう、仕留めるのならば、今の一刀で仕留めるべきだった。絶好の好機を無為にしたのは『魔術師』である。

 

 『魔術師』なのに太刀を振るう。それは飛び切りの意外性だったが、知り得た今となってはそれすら計算に盛り込まれる。

 シスの暗黒卿たる柚葉の振るうライトセイバーの一撃は全てが必殺、旧世代の遺物たる太刀を溶接して両断し、受け止める事を揺らさぬ致死の一閃である。

 『魔術師』がどの程度の剣の使い手なのか、未だに測りかねる。だが、この得物の差は覆せない。絶対的な優位性である。

 

 ――そして『魔術師』は構えを変える。太刀を担ぐように上段に構え――太刀を構えている時に初めて魔眼を開眼した。

 

 赤い虹色の魔眼が一段と狂々と煌めく。

 初太刀に全てを賭けるが如く意気込みは示現流の流れを組んでいるようであり、何処か我流の崩れが見られる。

 

(――魔剣『鍔眼返し』? いや、それは愚かな選択だ。この私を相手に神速の二撃目は在り得ない)

 

 一太刀にてライトセイバーで太刀を切り払って両断し、そのまま本体を引き裂く未来しか在り得ない。

 次の一合に再現出来ない魔剣『昼の月』のような無様な真似をするならば、確実にそうなるであろう。

 

(――才無く心無く刀刃を弄んだ愚物。相応しき惨めさで死ね!)

 

 豊海柚葉は心の中で言い捨て、最速で駆け抜け、『魔術師』神咲悠陽は微動だにせず待つ。

 

 ――柚葉が右足を強く踏み出すと同時に射出されるように悠陽から袈裟斬りが奔り、その神速の刃に合わせてライトセイバーの光刃を振るう。

 

 柚葉は勝利を確信する。

 不倶戴天の敵として見定めた男の、呆気無い死に様である。

 剣という独擅場たる土俵でシスの暗黒卿に挑んだ『魔術師』という名の愚者の、当然の結末である。

 

 斯くしてライトセイバーの赤い光刃は太刀を両断し、そのまま『魔術師』の首を刎ね飛ばす――筈だった。

 

(……え?)

 

 その条理を、不条理の極みたる『魔剣』が覆す。

 鋼の刃が融解されずにライトセイバーの赤い光刃を断つ、そんな常識外の悪夢めいた光景を、柚葉は驚愕の眼差しで見届けた――。

 

 

 

 

 ――開眼した神咲悠陽の魔眼には、斜めに走る一本の線しか見えていなかった。

 

 それは『直死の魔眼』によるモノの死を視覚した死の線――ではなく、全神経を費やして極限まで視界を絞った結果である。

 視界全部に薄められた死の魔眼の呪いを、一本の線に極限まで凝縮する。死なんてモノを理解するまでもなく、高密度の死が其処に集結していた。

 

 ――無論、これは『直死の魔眼』の保有者が視覚する『死の線』ではない。

 

 死を視覚して捉える事の出来ない者が、死を突く事は出来ない。それは絶対の法則であり――これはまさしく真逆の理論である。

 死が凝縮された線は、最早触れた瞬間に崩壊する特異点、外的要因によって死そのモノに歪められている。

 死を視覚化して視るのではなく、極限まで限定して視た地点を死そのモノに変える。

 

 純度の高い死の収束点は歪められた死因である『焼却』に至らず、太刀の袈裟斬りという原因を与えて『歪曲』させ――死は起こる。

 

 ――それ故に、その極線を辿る魔剣はあらゆる物理法則の阻害を受けずに神速の域で駆け抜け、鋼の刃は空間を引き裂き、ライトセイバーの光刃さえ両断する。

 

 魔剣『死の眼』――神域の魔眼という異能のみに依る、人外魔境の剣。単なる袈裟斬りを必殺に昇華させる魔技。あらゆる存在を引き裂く擬似的な空間切断。

 最早、距離も間合いも関係無い。振るえば、終わる。それが『魔術師』という異能者が編み出した、終の魔剣である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75/前座

 

 

 そして――魔剣『死の眼』を破ったのは、尋常ならぬ神業だった。

 

 柚葉のライトセイバーの刃は、凝縮した『死の線』のラインを、違わず辿った。

 寸分の狂い無く、赤い光刃の先端は、『魔術師』の太刀の銀閃と合わせ鏡のように振るわれた。

 

 ――これが神業でなくて何とする。

 彼女には死を理解する眼も持たずに『死の線』を知覚し、未来予知じみた直感のみで機構を見極め、唯一無二の方法で相殺する。

 

(……冗談じゃない。巫山戯てんのか……!?)

 

 首筋に差し迫った死の気配を、『魔術師』は肌で感じ取った。

 返す刃は当然の如く神速、己の剣では到底間に合わず、受け止められない――剣士としては、豊海柚葉は神咲悠陽の遥か格上、彼は悔し気も無く認める。

 

(……最早諦めるしかないか。剣では貴様の方が遥かに優れている。やはり、接近戦では勝ち目が無いか)

 

 ――神咲悠陽は『魔術師』であり、剣士ではない。

 

 彼の中の美学には、殺法への拘りなど欠片も無い。魔術も剣術も等しく殺人技術であり――他人の土俵で戦わず、自分の土俵で当然の如く勝つのみ。

 敵対者より優れた一面があれば、それを躊躇無く用いるだけの事。

 

(――幾ら貴様は無事でも、この魔眼は使い方次第で何とかなる……!)

 

 線から点へ、豊海柚葉本人ではなく、彼女の足元に死の呪いを最大限に凝縮させる。

 弾けるように爆発し、その直前に柚葉は宙に飛ぶ。宙返りからの斬撃は先程の『昼の月』の意趣返しと思われ――寸前で、柚葉は天井に円を開けて切り裂き、二階へ悠々と脱出した。

 

 ――廊下全体に駆け抜けた灼熱の陽炎は空振りに終わり、『魔術師』は舌打ちした。

 

(……意趣返しに『昼の月』でもやれば、焼死体に出来たものを――)

 

 頑なに瞑られた両眼からは真っ赤な血の涙が溢れる。

 視界を限定した常識外の負荷が限界を超え、内部の機能が色々と千切れたのだろう。この戦闘中での魔眼の使用は絶望視される。

 次に近寄られた時が自身の最期となるだろう。

 

「距離を離したのが運の尽きだ――」

 

 ――それ故に、近寄らせずに殺すのみである。

 繰り返し言うが、神咲悠陽は『魔術師』である。

 

「――フォース如きで退けられるのは、火力が足りないからだな」

 

 両肩の魔術刻印が紅く脈動し、魔術回路を全開稼働させる。

 術式は『原初の炎・簡易版』であり、仕留めるまでに学校が原型を留めているか、微妙な処であるが――。

 

 

 75/前座

 

 

「――クロウ、探す宛はあるのか? 幾ら妾でも、近くに居なければ小娘の魔力は感じ取れないぞ……!」

 

 闇夜に飛翔しながら、アル・アジフは耳元で怒鳴る。

 

「そんな都合良くぽんぽん湧き出る訳ねぇだろっ!」

「なっ!? また向こう見ずに……!」

 

 アル・アジフの言う通り、闇雲に探せば、絶対に間に合わない。

 このままでは絶対に届かない。はやてがリーゼロッテを殺す方が遥かに先だろう。それを覆す何かが必要となる。

 

「オレだって適当に飛翔して発見出来るなんて自惚れてねぇよ!」

 

 ――当然ながら、クロウ・タイタスに探査魔術など使えない。

 むしろ、そんなものに回す余剰魔力など一切存在しない。こういう自分の出来ない事は他人任せが一番だとクロウは骨身に染みていた。

 携帯を取り出し、とある番号に掛ける。その電話の先の主は予め来る事を予期していたのか、一コールで出た。

 

「シスター! 探査魔術とか何かではやての居場所を頼むっ!」

『藪から棒だねクロウちゃんっ! ――まぁそういう無茶振りすると思って、準備は完了していたけど――』

 

 十万三千冊の知識を総動員し、土御門元春が使った探査半径約三キロの『理派四陣』などより遥かに効率良く、広範囲の探査術式を即興で組み上げる。

 『禁書目録』の名に恥じぬ理不尽さで事を成し――電話の先のシスターは今、クロウの居場所もはやての居場所も感知しただろう。

 

『――クロウちゃんから南南西15.8km!』

「ありがとよシスター愛してる!」

『え? ク、クロウちゃん、今なんて――』

 

 答えを聞かずに携帯を切り、クロウはひたすら飛翔する。

 はやての居場所を掴み、全速力で飛ばす。間に合うかどうかは、これで半々と言った具合であり、後は血肉を削って駆け付けるのみである。

 

「よっし! 飛ばすぞ、アル・アジフ!」

「……今だけあの小娘達に同情するぞ」

 

 

 

 

 ――『代行者』は舌打ちする。

 

 目の前の青い槍兵は、間違い無く自分の戦うべき相手では無かった。

 埋葬機関の第七位のシエルですら、防戦一方だという。むしろそれは、防戦になる事を心底から賞賛するべきだろう。

 

(こんな形でシエルを認める事になるのは屈辱ですがねッ!)

 

 ――渾身の力で投擲する『黒鍵』は須らく切り払われる。

 ただでさえ三騎士のサーヴァント、それに『矢避けの加護』があっては通る可能性さえゼロどころかマイナスに陥る。

 牽制にすらならないのは、まずい処の話ではなかった。

 

「へっ、やるじゃねぇかッ!」

 

 ――朱色の魔槍と一角獣の角槍が衝突し、莫大な魔力の火花を散らす。

 明らかに力負けして弾き飛ばされ、ランサーの猛攻はその鋭さを一秒単位で増して行った。

 

「……ッッ!」

 

 元々は霊体のみに効果がある概念武装『第七聖典』、掠りさえすればサーヴァントと言えども甚大なダメージを与えられるが、純粋な槍術の技量でこのサーヴァントに敵う筈があるまい。

 それは彼とて理解している事である。槍の英霊に槍で挑んで勝てる道理は無い。だが、同じ土俵で、技の競い合いに乗ってくれるのならば、ある程度の時間は稼げる。

 

(このサーヴァントは戦闘に興じるタイプですからね……!)

 

 ――今、『代行者』が出来る事は、その生命を賭してこのサーヴァントを一分一秒でも長く足止めする事のみである。

 

 此処で自分が倒れれば、このサーヴァントは己が主の下に駆け付けてしまい、容赦無く葬るだろう。それだけは断じて許せなかった。

 彼に出来る事は死に物狂いで時間稼ぎする事であり、その存命中の間に彼の主が『魔術師』を仕留めれば、自分達の陣営の勝利である。

 

 ――思えば、サーヴァント相手に酔狂な事をしている。『代行者』は笑いが止まらなかった。

 

(……仕方ないじゃないですか。絶対に巡り合えないと思っていた『主』に巡り合ってしまったのですから――!)

 

 そう、誰一人、この『代行者』を有効的に使える者は存在しなかった。

 誰も『代行者』を理解出来ず、運命に導かれるままに破滅していく。自分という駒を使いこなせない上位者を、彼は常に嘲笑っていた。

 

(――あの夜、私は出逢った。完全なる悪の少女に、闇夜の深淵さえ凌駕する真の邪悪に……!)

 

 ――その分、豊海柚葉は完璧だった。

 彼という人間の特性を理解し、彼の起源である『傍迷惑』の影響を一切寄せ付けず、絶対的な悪の権化として君臨する。

 

(これは、一目惚れに入るんですかねぇ……?)

 

 気づけば、自然と膝を折って平伏していた。反骨心塗れの自分が、である。

 その時の彼は反射的に服従した己自身を心底信じられず、だが、この選択は確かに正しかったと絶対的に信仰する。

 

(悪には悪の救世主が必要だ――彼女の為ならば、この生命さえ投げ捨てられる)

 

 一合読み違える毎に浅からぬ傷が刻み込まれ、苦痛に塗れながら『代行者』は狂々と笑う。

 ランサーの魔槍の呪詛が強すぎて回復術式は全く働かないが、『代行者』は生命を極限まで燃やして足止めする。

 

 

 ――主の為に捨て駒となる。これ以上に至福の時は他にあろうか?

 

 

「――!?」

 

 不意に、ランサーが大きく退き、自分とは全く別方向に振り向いた。

 一方的とは言え、戦闘の最中にあるまじき隙――乱れた息を整え、その方向に視線を送る。

 

「な……!?」

 

 一体、如何なる法則が働きかけたのか、『代行者』には想像すら出来ない。

 論理や理論を全て飛躍してすっ飛ばし――秋瀬直也は私立聖祥大付属小学校に辿り着いていた。

 

(何故貴様が此処に……!? どうして、よりによって――!)

 

 理由があるとすれば――最初に思い付いた場所が此処であり、豊海柚葉の性格上、実は登校していたというオチは実に彼女らしいと考えたからだったが、それを『代行者』は知る由も無い。

 

 ――完璧な悪の権化たる少女。だが、目の前のコイツだけは駄目だった。

 

 悪である限り絶対に敗北しない運命の少女を、何とかしてしまう未知の危険性を秘めている。

 そんな言い知れぬ悪寒を、この少年は持ち得ている。何が何でも、此処を通す訳にはいかなかった。

 

「――秋瀬直也ァ!」

 

 だから、『代行者』は躊躇せずに切り札を切った。

 サーヴァント相手では、その身に蓄えた神秘と対魔力で防がれる可能性があっただけに、ただの人間である秋瀬直也に抗う術は皆無である。

 

 その手にあるのはもう一つの切り札、死徒二十七祖第二十四位、エル・ナハトの胃で作られた本体の召喚端末の魔道書『胃界教典』をその手に、絶殺手段が秋瀬直也に行使される――!

 

 経歴は不明、『屈折』とも表現される特異な吸血鬼であり、対死徒最終兵器として埋葬機関の手で幽閉される二十七祖の成れの果て。

 『代行者』がシエルになる前のエレイシアに殺される直前にこっそり隠し持ち、三回目のこの世界に持ち越した無敵の殺害手段である。

 

「っ!? 何だこりゃ……!?」

 

 気づけば、身構えた秋瀬直也は鏡張りの部屋に居て、その部屋の中央には何者かの胃が不気味に蠢いていた。

 

 ――召喚された鏡張りの部屋は、真実、絶対の処刑場だった。

 

 このエル・ナハトの胃は、対象の存在と己の存在を屈折させる事で『ドッペルゲンガー』として強制的に共有させ、心中する事で対象諸共死滅する。

 アヴェンジャーのサーヴァント『アンリ・マユ』の宝具、『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』の自身の傷を相手に共有するものと同一の効果であり――当人が死徒二十七祖の一角で数十年もあれば蘇生する事から、その性能は最弱のサーヴァントのモノより遥かに悪辣だった。

 

「ええい、良く解らんが喰らえッ!」

 

 ――この召喚された鏡張りの部屋に、何の意味があるか、秋瀬直也は一顧だにせず、その奇妙な胃をスタンドで殴った。

 

 本来ならば、単なる自傷行為となって、無意味に終わる行為。

 されども、ファントム・ブルー・レクイエムの真価は、今まさに文字通り解き放たれた――。

 

 

 

 

 ――『ファントム・ブルー・レクイエム』に発現した能力は『解放』だった。

 

 本体の秋瀬直也が知る事は永遠に無いが、このレクイエムはあらゆる制限を『解放』する。

 スタンドの射程距離、スタンドの限界、スタンドを束縛する数多のルール、時間の流れ、重力、そして運命からも、そのスタンドは解き放たれており、また解き放ってしまう。

 

 ――本体を守護する為に生まれたスタンドは、その基本原則からも『解放』され、『解放』という絶対的なルールを叩きつける。

 

 無かった事にした時間を『解放』し、防御魔法を『解放』して跡形無く消え去らせる。

 そんな法外な、限り無く無敵に近い能力が発現したのは、必要に迫られたからであり――『ファントム・ブルー・レクイエム』は、最大の敵である『豊海柚葉』を見据える。

 

 ――『悪』である限り滅びない、絶対的な法則を持つ理外の存在。

 その行いが『悪』であるならば、世界の方から修正が掛かって結果を意のままに歪める至高の魔王。歴代最強のシスの暗黒卿としての力すら、単なるオマケに過ぎない。

 

 

 

 

 ――ぱりん、と乾いた音を立てて硝子張りの部屋は砕け散り、正面には驚愕の顔を浮かべた『代行者』が居た。

 

「ふっ!」

「ぎぃ……?!」

 

 積年の恨み――というほど恨んでいないが、腹パンされた恨みがあるので、呆けている奴の頭にスタンドの蹴りをぶち込んでおく。

 予想外にもクリーンヒットして、『代行者』は遥か彼方に吹き飛ばされる。まぁあれの事だ、この程度では死ぬまい。

 

 目の前の障害を排除し、オレはランサーの方を向く。ランサーが居るという事は、校内での戦闘音は『魔術師』と柚葉のものだろう。

 

 だというのに、ランサーは敵意を抱いていないようだが――。

 

「……オレを止めねぇのか?」

「生憎とオレはアイツの足止めしか命じられてねぇからな」

 

 一応ランサーに聞いておき、楽しげにそう答えられたので「そうか」と言い残し、意図的に見逃してくれる好意に甘えて学校内に入る。

 酷い有様だった。空爆されたかの如く校内は破壊し尽くされおり、それでいて火の手が上がっていないのは奇跡か、或いは意図的なのか。

 

 駆けるオレの前に『魔術師』は音も無く現れた。

 

「――さて、あの時の答えを聞こうか」

 

 血の涙を流し、疲弊している『魔術師』は問い――オレは、ありのまま答える。

 あの夕闇の雨では答えられなかったオレの選択を聞き届けて、『魔術師』は淡く笑った。この男にしては珍しく邪気の無い微笑みだった。

 

「帰って寝る。出番を終えた役者は疾く去るべきだしな。――後はお前が片付けろ」

「……前から思っていたけど、アンタって意外と律儀だよな」

 

 背中を向けて去る『魔術師』にオレは率直な感想を言い、『魔術師』は「そんな巫山戯た寝言を吐いたのは冬川雪緒だけだったよ」と愉しげに言い残した。

 

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『ファントム・ブルー・レクイエム』 本体:秋瀬直也
 破壊力-なし スピード-なし 射程距離-なし
 持続力-なし 精密動作性-なし 成長性-なし

 スタンドが『矢』の力によって進化した姿。
 あらゆる束縛から『解放』され、意志や力、時間の流れ、重力、運命を『解放』する。
 その力に殴られたものは『解放』される。何が『解放』されるかはファントム・ブルー・レクイエム次第である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76/終幕

 

 

 76/終幕

 

 

「よぉ、お早いお帰りだな」

「――何方かが殺されずに終わる。この結末に至るとは私も想像していなかったがね」

 

 ランサーの出迎えを受け、『魔術師』は疲労感を漂わせて答える。

 負傷そのものは魔眼だけだが、満ち溢れていた魔力は八割ほど消失していた。

 

「確実に殺せると踏んでいたのだがな。――ライトセイバーで此方の太刀を斬りに来た時は勝ったと確信したのに、その刹那に此方の袈裟斬りの軌道に合わせるとか、一体どういう事だよ。……はぁ、自信無くすわぁ」

 

 ――確かに此方の魔剣は成った。

 魔術の及ぶ領域ではない神話の幻想種すら殺せる一撃は、物語の魔王の首を斬り飛ばせる至高の一閃は、神殺しすら達成させる出鱈目の神秘は此処に顕在していた。

 

(……そう、刹那も経たずにあれの剣は魔剣を相殺する『魔剣』となった。だが、理外の剣だ。理論も論理も飛躍して過程を省略し、結果だけを齎したようなものだ)

 

 袈裟斬りを繰り出し、その剣に対して、柚葉は一息に斬り飛ばそうとし――接触してライトセイバーの刃を切断した当たりでは、ライトセイバーの刃は中程だった。

 それが一瞬足らずで先端まで引き戻された後に此方の袈裟斬りに合わせられる。神速の変化である。

 ミクロ単位の誤差すら許さぬ神技。ほんの少しでも狂いがあったのならば、此方の空間切断は成り、容赦無く斬り伏せられただろう。

 

(……いや、空間切断が相殺に留まってくれた事を、運が良いと納得するべきか? 向こうの方が僅かでも早かったら、己が魔剣で死んでいた処か――)

 

 質量の無い得物の違いか、シスの暗黒卿としての未来予知と超反応と天賦の技量か――それとも、今の秋瀬直也のような理不尽な英雄的な補正が、彼女自身にも不条理な魔王的な補正でもあるのだろうか?

 

 世界の修正力によって英霊の域に昇華された少女が嘗て居たように、彼女は逆の補正を受けているのではないだろうか――?

 

(この次元世界は泡沫の夢同然だ。だから『指定損失物(ロストロギア)』如きで簡単に滅びる。嘗ての世界に存在した抑止力は此処には存在しない)

 

 そう、ガイア――星の抑止力は存在しない。だが、アラヤ――人類種の抑止力は存在しているのではないだろうか?

 

 ――否、そんなものがこの世界に無くても、前の世界から持ち越せたとしたら?

 

 万が一、そうならば――豊海柚葉という存在を、『魔術師』は想像以上に見誤っていた事となる。

 絶対に勝つ事が出来ない存在が二つ、此処に存在している事になる。これ以上に巫山戯た話は存在しないだろう。

 

(忌々しいな。世界を隔てようが、死の因果を乗り越えようが、貴様は私に立ち塞がるか――)

 

 ――『魔術師』と抑止力は切っても離せない関係である。

 万能の『聖杯』をこの手にしても、彼には使えない理由が用意される。

 世界を変革させる可能性を秘めた『聖杯』は、無意味に使い潰す者の手に渡る。その絶対法則の通りに――。

 

(……まぁそれはどうでも良いか。それよりも魔剣の構造的欠陥か――『直死の魔眼』持ちじゃなければ絶対に突かれないと思っていたが、もう一工夫凝らす必要があるか)

 

 辛くも生命を拾ったのは、或いは自分の方かもしれない。

 そういう考えに至って――自分の悪運も捨てたものじゃないと『魔術師』は笑う。目的を果たせなかった点では敗北だが、生きている時点で揺るぎなき勝利である。

 

「つーか、魔術師なのに剣を使える方が驚きだぞ?」

「最近の魔術師にとって、近接戦闘技術など必修科目だ」

 

 ランサーは真顔で「マジかよ?」と驚き、『魔術師』もまた当然の如く「中国拳法やサブミッションがメジャーらしいぞ」と極端な例を日常茶飯事のように言う。

 その『魔術師』が最近の魔術師でないのは、自明の理であるが。

 

「秋瀬直也が間に合った以上、私は単なる端役だからな。脇役は脇役らしく、特等席で舞台の最後を見届けるさ――」

 

 それぐらいの役得があって然るべきだろうと『魔術師』は笑う。

 その一瞬の火花のように鮮烈な生き様を、嘲笑いながら、羨ましがりながら、祝福しながら、静かに見届ける。

 そんな世捨て人の仙人のような在り方が、今、図らずも叶う――。

 

 

 

 

 ――彼と彼女の結末を語る前に、もう一つの物語の結末を語ろう。

 

 果たしてクロウ・タイタスは間に合ったのか。八神はやてが守護騎士達を使ってリーゼロッテを仕留める前に辿り着けたのか。

 

 抵抗する力を全て欠如させて、直接馬乗りし、ナイフを両手に握り締めて振り下ろす寸前の状態を、間に合ったと言えるだろうか?

 

「やめろ、はやてぇッ! ソイツは『過剰速写』を殺してねェッ!」

 

 クロウは喉を引き裂かん限りの声で叫び、その声はギリギリの処ではやての耳に届き、振り下ろしたナイフが胸を貫く寸前に止まる。

 ゆっくりと、光無き眼ではやては此方を振り向く。四騎の守護騎士は健在であり、新たな敵に対して身構えている。

 

(……関係ねぇ。今、大切なのは――)

 

 ――だが、それらは戦力的に脅威であるが、非常に些細な問題である。

 絆の無い道具達に出る幕など無い。『鍵』を手に入れたクロウが、如何にはやてを説き伏せるか、それだけの問題である。

 

「『――約束を果たせずに寿命死する『赤坂悠樹』の贋物を許してくれ』、それがアイツの遺言だ」

 

 

 

 

『なーなー、クロさんの本当の名前って何なの?』

『それはオリジナルの名前であって、オレのではない』

『何だか明かせない真名みたいな感じ? 魔術(オカルト)的やねー』

 

 それはたった三日間の一時、ベッドの上ではしゃぐはやてと協力する代わりに支給された銃火器を点検する『過剰速写』の日常の一ページである。

 

『……科学の街出身の超能力者の寵児をオカルト呼ばわりとはな』

『私からして見れば、超能力言うのも十分オカルトだけどなぁ~』

 

 その『オカルト』という単語に拒絶反応を起こし、『過剰速写』は手を止めてはやての方に振り向く。

 かなり微妙な表情をしていた事を、はやては思い出す。

 あれこれ思い悩んだ後、『過剰速写』は深々と溜息を吐いた。

 

『解った解った。特別に教えてやろう。ただし、他の誰にも教えるなよ。――この世界でその名前を知っているのは君だけだ』

『わーい、二人だけの秘密やなぁ!』

 

 何だかますますオカルトみたいだと内心思いながら、はやてはその名前を聞く。淡い、されども色褪せない、大切な思い出の一ページだった。

 

「……ッ!? どうして、その名前を……!?」

 

 だから、その名前は、クロウとて知らない筈だった。その名前を持って言われた言葉を、はやては無視出来ない。

 

「アイツがオレに教えると思うか? 赤色の『赤』、坂道の『坂』、悠久の『悠』、樹木の『樹』――符合にすらなる、アイツのオリジナルの名前を」

 

 それはあの時に教えられた通りの言い回しであり、だからこそ混乱する。リーゼロッテが『過剰速写』を殺していない。寿命死とは、一体どういう事だと――。

 

 

『オレの能力は『時間操作』で、本来の能力名は『時間暴走(オーバークロック)』という。自らの寿命を消費して時間を操作する。ただし、『時間操作』で生じた肉体的な負荷などは『時間操作』で処理するしかない。使えば使うほど首を絞めて悪循環に陥る能力だ』

 

 

 鮮やかに『過剰速写』の言葉が蘇り、彼は、全ての寿命を使い果たしてしまったと言うのか――。

 

「ソイツが殺さずに運んで、アイツからの遺言を握り潰した。それを『魔術師』の使い魔、と言ってもランサーの方だが、それが隠れて聞き届けていた」

 

 馬乗りにしたリーゼロッテを見下ろしながら、はやては信じられないと理解を拒否する。

 彼女は無表情だった。其処には死の恐怖も何も無く――抵抗すらしない。幾ら血塗れで、ボロボロでも、小娘一人くらい跳ね除ける力など残っているのに。

 

 ――まるで殺される為に、此処に居る、と感じて、はやては全力でその推論を否定する。

 

「……はやて。リーゼロッテは『過剰速写』を殺していない。お前の復讐は、最初から成り立たないんだ……!」

 

 クロウからの言葉が遠い。それなら、何故、この女はその事を喋らなかったのだろうか?

 何処かで歪められているに違いない。『過剰速写』の名前を、利用して――。

 

「……嘘、や」

 

 でも、『過剰速写』が彼女にその名前を明かすのは、一体どういう状況だろうか?

 拷問や脅迫をされたぐらいで言う訳が無い。その程度が百、千も重なっても屈さないだろう。梃子を使っても語らないだろう。

 無理矢理聞くのは不可能だ。だから、それは彼が望んで言う可能性しかない。

 

 

 望んで言う可能性が生まれるのは、一体どういう状況か?

 それは今のように、誤解しないように遺言を言い遺す時ぐらいではないだろうか――?

 

 

「――嘘やっ!」

「よせ、やめろォッ!」

 

 はやては感情のままにナイフを突き降ろし、クロウは制止させる為に駆ける。絶望的なまでに遅かった。

 

 

『――ったく、最後の最期まで世話を焼かす。はやて、君に復讐なんか似合うものか』

 

 

 斯くして突き落としたナイフはリーゼロッテに刺さる直前に硬い何かにぶち当たって跳ね返され――はやての手から零れ落ちた。

 

「あ……」

 

 それは間に合わなかったクロウ・タイタスからではない。

 アル・アジフの魔術でもない。抵抗一つしないリーゼロッテは勿論、彼女に忠実な道具である守護騎士からでもない。

 

 ――そして間違っても、偶然や奇跡などという都合の良い産物ではない。

 

 最後の寿命を振り絞って最果てまで未来予知し、時間の壁を超越して能力行使した『過剰速写』の、最期の残り香だった――。

 

「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああ――っ!」

 

 それを瞬間的に理解し、はやては絶叫して泣いた。泣き崩れた。

 

 

 

 

 夜の校舎はいつ倒壊しても可笑しくない状況だった。

 融解した大穴が各所にあり、『魔術師』の苛烈な猛攻を物語らせる。敵対者と名が付く者を何もかも焼き尽くす気性には寒気しかしない。

 

 ――無事な階段を登り、オレは迷わず目指す。柚葉は必ず其処に居ると確信しているが故に。

 

 そしてオレの予想通り、彼女は其処に居た。

 いつもの同じ、教室前の廊下に腰を掛けて、待っていた。

 

「……あー、ちょっと待ってくれる? 『魔術師』の馬鹿げた砲撃魔術で耳をやられていてね、直也君の声が良く聞こえないの。全く、大艦巨砲主義の『アーチャー』の師匠に成り得る訳だわ」

 

 耳元を何度も叩きながら、柚葉は笑う。

 こんな猛攻に晒されたに関わらず、傷らしい傷は肩口だけであり――むしろ彼女はお気に入りの服を斬られ、自身の血で穢された事にご立腹な様子だった。

 『魔術師』に吐いた言葉は、聞かれていない様子だった。

 暫くした後、漸く聞こえるようになったのか、元気良さげに微笑んだ。彼女の着ている服は、あの時と同じだった。

 

「――来てくれたんだね、直也君」

「……ああ。お望み通り、決着を付けに来た」

 

 不思議と、出てくる言葉はそれぐらいだった。

 あの時、柚葉を手放して、後悔して――何度も何度も思い悩んで、沢山沢山言いたい言葉があったのに、いざ対面して見ればそれしか出ない。

 いや、むしろこれが一番だと自分自身、納得する。今、口から出る他の言葉など単なる不純物に過ぎない。

 スタンドを出し、戦闘態勢となる。今、必要なのは言葉ではない。

 

「そう、言葉は不要ね――」

 

 そんなものでどうにかなるのならば、千の言葉を連ねるだろう。

 柚葉はライトセイバーの光刃を展開させ、片手で正面に突き出す。

 

 

「――愛している。だから、私を殺すのは貴方が良い」

 

 

 そんな物騒な睦言が宣戦布告であり、オレ達は同時に駆けた。

 振るわれるは神速の剣閃、それを風を高圧縮したファントム・ブルーの拳で迎撃する。いつになく調子が良い。

 本来、不可視である筈の神速の剣捌きさえスタンドの視界は目視し、精密無比に合わせられる。

 

「――っ!」

「……っ!」

 

 ――スタンドの拳と当たったライトセイバーの刃は消し飛び、在り得ざる反動を受けてライトセイバーを振るう柚葉の右手は大きく仰け反る。

 一瞬後にライトセイバーの赤い光刃は再展開され、即座に振るわれ、反対側の腕で刃を殴り飛ばす。

 

(――っ、反応出来る……!)

 

 此処に至って『ファントム・ブルー・レクイエム』は最強の『シスの暗黒卿』である彼女と互角の域に達していると確信する。

 この自分のスタンドは『矢』が必要になると解っていて手放さなかったのだろう。彼女と戦う為に『矢』の力が必要なのだと――。

 

「好き勝手言いやがって……! テメェは、いつも自分勝手だっ!」

「当然っ! それが私だからね!」

「自信満々に言う事かッ! 引っ掻き回される身にもなりやがれっ!」

 

 互いに足を止めてインファイトで打ち合い、思いの丈を心の底から叫ぶ。

 

「あら、それじゃ直也君が私の事を色々引っ掻き回してくれるのかしらっ!」

「卑猥そうな言い回しで何言ってんだっ!?」

「私の初めては、何もかも貴方が良いって言ってるの……!」

 

 空いている左掌から青白い電撃が駆け抜け、風の能力をフルに巻き起こして払い、お返しに極限まで圧縮した烈風を解き放つ。

 だが、それは不可視の力に叩き上げられ、照準がズレて校舎の天井を著しく損傷させる。

 

「少しは校舎を大切にしやがれっ! 明日授業出来ないほどボロボロじゃねぇか!」

「なっ、今壊したのは直也君じゃないっ! それに大半は『魔術師』の仕業よっ! 私は悪くないっ!」

 

 互いにどうしようもない事を叫びながら、更に苛烈にぶつかり合う。

 柚葉の剣閃は一合毎にどんどん加速していく。限界など無いと言わんばかりに速度を増していく。

 此処は一旦引くか――などと弱音じみた思考が流れ、即座に破却する。今一歩引けば、もう二度と柚葉に近寄れない気がする……!

 

「ああもう、解ったッ! つーか、最初から結論出ているしな……!」

「ええ、もうお互い語るまでもないでしょ!」

 

 最早、互いにデッドラインを超えて打ち合い、策も無く技も無く、愚直なまでに近寄っていく。

 剣閃はスタンドの動体視力を持ってしても不可視の領域に達し、理解する前に動かす事で反応の速度を向上させる。

 

 ――柚葉のライトセイバーの構えが変わり、射出するように突きを繰り出し、此方も渾身の拳で迎撃する。

 

 スタンドの拳が衝突すると同時にライトセイバーの刃ははやり弾け飛んで消えて、柚葉のライトセイバーの柄を握る右手は小指と薬指だけで支え、残り三本は開いており、不可視の力に吹き飛ばされた。

 

「――ぐっ!?」

 

 ジェダイやシスお得意のフォースでふっ飛ばしかと理解し――半壊する教室から机や椅子をフォースで引っ張り出し、宙に浮かんでいる。

 本当に力任せに、柚葉はそれらをフォースで投擲してきやがった……!

 

「少しは、教室の備品を、大切にしやがれッ! ――!?」

 

 飛んでくる椅子を前に走って躱し、机をスタンドで殴り砕いて突破し、廊下に立っていた柚葉の姿が消えた……!?

 

 ――居た。あろう事か、壁を伝って走り、逆さまの状態で天井を駆け抜ける……?!

 

 何処の忍者か、退魔一族の暗殺者の生き残りかよ、と内心突っ込んで、スタンドを装甲して『ステルス』を纏って全力で廊下を突っ走る――もとい飛翔した。

 音速を超えて駆け抜けた廊下は、その猛烈な衝撃波だけで硝子の窓、廊下の壁などを全壊させる。

 

(柚葉は……!?)

 

 天からの在り得ざる斬撃を恐れての逃走手段且つ迎撃手法――振り返った先には誰もおらず、ご丁寧な事に廊下の天井の一部分に、嫌になるほど綺麗な円が切り抜かれていた。

 あの刹那にライトセイバーで切り取って脱出したのだろうと想像し、その直後、自身の後ろに何かを切断する音が鳴り響き、丸型に切り取られた天井が落ちる。

 

(来るか……!)

 

 スタンドを本体から分離して構え――音だけで来ない。疑問符が過ぎり――ミシミシと、頗る嫌な音が天井全体から鳴り響いた。

 その嫌な予感は直後に確信となって、廊下の天井全体が一気に落下した……?!

 

「メチャクチャだろう!?」

 

 こんなん自然に落ちる訳ねぇ! 絶対柚葉の仕業だと決めつけ、全力で墜落する天井にオラオラのラッシュでブチかましながら教室方面に逃げ込む――!

 猛々しい倒壊音が背後から響き渡る。何とか踏み潰される前に自身の教室に逃げ込めたようだ。だが、柚葉は何処に――って、此処で仕掛けて来るに決まってるだろう!?

 

「オラァッ!」

 

 反射的に自身の背後に向かってスタンドの拳を繰り出し、手応えを感じると同時にまた光刃が消し飛んだのか、独特の音を立てる。

 

「……っ、後ろに眼があるのかしら! それともお得意の風を読む能力!?」

「いっつもいっつも人の裏を掻く事ばかりしているから読み易いんだよ!」

「な、失礼なッ!」

 

 全力のオラオラのラッシュを繰り出し、柚葉もまた本気でライトセイバーを振るって迎撃する。

 その刃と拳の境内にあった机は切断され粉砕し、飛び散った破片の数々は教室のあちこちに炸裂し、再起不能の傷跡を量産していく。

 

(――前へ、前へ、前へ前へ前へ前へ前へ……!)

 

 スタンドの拳に風を纏うだけでなく、風をジェットのように高圧縮且つ瞬間的に噴射して加速させる。

 一度も試行した事の無いやり方だが、これが自身の奥義であるかのように最速を一発刻みで更新させていく。

 スタンドは精神のパワー、肉体という枷に縛られない生命力の像は容易に限界を突破していく。

 

「――ッ!」

 

 届く。届かせる――その一念を以って、この戦いを制する。

 その想いはただ、眼の前に居る柚葉にのみ向けられていた――。

 

 

 

 

(……ありゃ、詰んじゃった)

 

 幾ら一発毎に速度を上げても、スタンドの拳のラッシュ如きに対応出来ない柚葉ではない。

 だが、ファントム・ブルー・レクイエムの拳が当たれば、どういう訳か、ライトセイバーの光刃が消し飛び、再展開に若干のタイムラグが生じる。

 

 ――刀身が消し飛ぶのは刹那程度の時間だが、その刹那が勝敗を決する。

 

 ライトセイバーの刀身を消し飛ばした最中に拳を叩き込めるようになるまで、目測で後十発――彼女のフォースによる未来予知と完全に合致する。

 

(……更に泣き言を言うなら、『魔術師』から貰った背中の切傷かしら?)

 

 正真正銘、単なる切傷に過ぎなかったが――死力を尽くした戦闘によって限界が訪れる。

 幾らフォースは全盛期でも、その小さな身体は九歳の少女に過ぎない。超人芸を軽々と行えようが、身体の血液の総量は覆せず、活動限界に陥る。

 それでこの愛しい逢瀬が終わってしまう事に、柚葉は名残惜しそうに笑う。

 

 ――『悪』は、『正義の味方』によって打ち倒されなければならない。

 

 それが彼女の知る正しい物語である。斯くして最強最悪の『悪』を凌駕した完全無欠の『正義』は、世界を超えて巨悪を討ち取るに至る。

 秋瀬直也、彼こそは運命の人、魔王たる自身に死を与えて英雄の物語をハッピーエンドで終わらせる『正義の味方』――。

 

 

 ――愛しい愛しい私の英雄殿、この心臓を貫き、君の英雄譚を完遂させよ。

 

 

 これで世界には『正義』が確かに存在したのだと、豊海柚葉は笑いながら逝く事が出来る。

 その誕生を自らの死で祝福しよう。その不朽の英雄譚の完結を心から賞賛しよう。

 

 ――斯くしてライトセイバーの光刃が途切れた刹那に終の拳が振るわれ、手刀にてライトセイバーの柄が切断されて破壊される。

 

 これでもう抗う手段は無い。柚葉は喜んで、彼のスタンドの拳を待ち侘びる。間違い無く、そのスタンドの能力は豊海柚葉を殺せるのだから――。

 

「柚葉――ッ!」

 

 ――最期の拳が放たれる。終幕に相応しい、最速最高の一打だった。

 

 

 

 

 派手に崩壊し、倒壊する校舎を遠目に眺めながら――明日は授業が無いなと、どうでも良い感想が浮かぶ。

 

「……何で?」

 

 この手の中に漸く納まった柚葉は、困惑するように、不満そうに問い質す。

 限界を超えて力尽きて倒れ、もう彼女に戦う力は残っていない。オレの手さえ、振り解けないほどに――。

 

「……時空管理局を影で操っていた『シスの暗黒卿』は、此処で死んだ。校舎の倒壊に巻き込まれて悪役らしく朽ちた。オレが殺した。『悪』は『正義』によって滅びたから何処にも居ない」

 

 初めから、オレは柚葉を殺す気など無い。

 好き勝手に悪行を重ねて、殺して貰って終わりなど誰がやってやるか。オレの気持ちも考えないで、独り善がりにも程がある。

 

『――あれこれ訳解らない事を言っている悪役演じる小娘をぶちのめして、この手に取り戻す』

 

 思えば、あの時に出していれば良かった結論であり、気づいた後は猛烈に後悔したものだ。

 『魔術師』相手に切った啖呵はそれであり、今更ながらかなり恥ずかしくなる。

 

「――此処に居るのは、『正義の味方』に助けを求めた少女だけだ。だから、手を差し伸べなくても声を上げなくても拒否しても、意地でも無理矢理でも助け出してやる」

 

 あの時から、オレの結論は何一つ変わっていない。

 相手の都合とか、背負っているものとか、そんなもんどうでもいいから、と我を突き通す意志が足りなかっただけである。

 お姫様抱っこで抱えている柚葉は驚いた表情をし、次に泣き崩れそうな顔に変わってしまった。

 

「駄目、だよ。そんなの、ただの欺瞞だよ……」

「ああ。――だからどうした?」

 

 そんなもの知るか。テメェ一人の都合だけ押し付けて、此方の都合は遥か彼方の惑星に放置か? ふてぶてしいにも程がある。

 愛しているから殺してくれ? なら、同じく愛したオレの気持ちは何処にいく? 一人になってしまって、何とも滑稽な道化で愚かで馬鹿みたいじゃないかッ!

 もう決めた。お前が好き勝手に押し付けるなら、オレだって我を通す。謝ったって、絶対に譲ってやらない。もうオレが一人勝手に決めた事だ……!

 

「正義の味方は悪の魔王を打ち倒して、囚われのお姫様を救い出したとさ。めでたし、めでたし。――最近の魔王はお姫様の一人二役とか色々複雑だが、それが正しい物語ってもんだろう?」

 

 呆ける彼女の顔を強引に引き寄せ、その唇を奪い取る。強引に、柚葉の柔らかい舌を絡めて貪り尽くす。

 真っ赤になった柚葉の顔を間近で堪能しつつ、唇を離す。名残惜しそうに両者の混ざり合った唾液が架け橋となり、宙に落ちる。

 

「――今はまだ、お互いに小さいし、キスだけしか出来ないからな」

 

 うわぁ、今、最高に臭い事言っている、と自分で自分の台詞が恥ずかしくなり――柚葉は破顔し、涙腺が崩壊し、まるで童女のように泣き崩れてしまった。

 声を上げて泣き叫び、オレはそんな弱々しい彼女をあやしながら強く抱き締める。

 

 

 ――もう、此処に許されざる『悪』は居ない。

 此処に居るのは、やっと正しい救いを得た一人の少女だけである――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

 

 

 

 

「……はぁ~、帰る場所があるって本当に素晴らしい事だよねぇ。失ってみて初めて実感出来るよ」

「死に物狂いで生き延びて、ミッドチルダとの通信が漸く回復したらクーデター勃発ですからねぇ。あの時はびっくりです」

 

 オープンカフェにて寛ぎながら、アリアは弛れるようにオレンジジュースを飲み、対面の席に座るティセは砂糖ありありのコーヒーを飲んだ。

 二人共、管理局の制服姿ではなく、現地のファッション――普遍的な洋服を着ている。それもその筈、今の彼女達は管理局員ではない。帰るべき国を失った敗軍の将である。

 

 ――端的に言うならば、ア・バオア・クー戦でホワイトベースを撃墜されたアムロ達一行といった処か。

 

 あれから三ヶ月の時が経過し、随分と夏らしい気候となった。日本の暑くて鬱陶しい空気を二人は久方振りに味わう事となる。

 

 ――三ヶ月前、支点攻略戦に失敗し、多大な被害を齎したアリア・クロイツは死を覚悟したが、次元震の影響から回復した一報に眼をひん剥く。

 ミッドチルダの本土で大々的なクーデターが勃発し、権力を握っていた最上層の粛清が徹底的に行われ、武力で管理局の中枢を奪取したクーデター一行は都合良く総員自決したという訳の解らない状況である。

 『魔術師』の飼う使い魔エルヴィは、彼等の想像を超える働きをもってミッドチルダにおける支配構造と支配基盤を壊滅させたのである。

 

「……運が悪かったのか、良かったのやら。アイツらはお陀仏だろうし、生きているだけ儲けモンかねぇ?」

「ですねぇ。まずは再就職です」

 

 就職広告に目を通しながら、ティセは爽やかな笑顔を浮かべた。その輝かしい笑顔を見て、アリアは『デスノート』の夜神月の父親を思い出した。

 

「……いやぁ~。物凄くポジティブだね、ティセちゃん」

「アリア中将はどうします? いっその事、学校に通ってみては?」

「元中将だよ。向こうじゃもうA級戦犯扱いで裁判のち処刑される類の」

 

 今更中学校からやり直しとは世も末だ、と思いながら、アリアはオレンジジュースをストローからちゅーちゅー吸った。

 

「そうだねぇ、考える時間だけは沢山ありそうだわ」

 

 

 

 

 ――ティセ・シュトロハイム

 

 ミッドチルダのクーデターで帰る場所を失ったが、心の故郷は日本だっただけに、意外と前向き。

 『魔術師』との闘争は敵わないと理解したので、今後敵対する予定は無いし、『魔術師』の方も表立って敵対しないのならば放置する方針。

 何だかんだ言って、海鳴市に順応し、裏関連の荒事を笑いながら解決していく。

 

 ――アリア・クロイツ

 

 結局、戸籍などを偽造して、私立の中学校に通う。

 裏関連の事には関わらないが、たまにティセに知恵を貸している模様。

 柚葉との個人的な交友関係は続いているようで、よく惚気話と愚痴を聞いて大量の砂糖を吐いているとか。

 

 ――リンディ・ハラオウン

 

 海鳴市撤退戦に総力を尽くし、多くの局員達を死地から救った。

 現在は半壊した時空管理局を立て直すべく、殺人的に忙しい日々を過ごしている。

 その際に、二度と暴走が起こらないように、三権分立の重要性を提唱している。

 

 ――クロノ・ハラオウン

 

 母親の艦長に付き添い、エイミィと一緒に殺人的な仕事量に忙殺されている。

 何気に『闇の書』事件が永久に解決してしまっているが、当人達は知る由も無い。

 第九十七管理外世界への不干渉及び不可侵を声高に叫んでいる。

 

 ――ギル・グレアム

 

 目まぐるしい状況の変化に着いて行けず、いつの間にか『闇の書』事件が解決され、失意の内に隠居しようとしたが、管理局の変革の為に忙殺され、退職のタイミングを完全に失う。

 唯一人となった双子の猫の使い魔が必死にサポートしている。

 『魔術師』は彼を破滅させる気満々だったが、今の忙殺されている現状がいい気味だと笑い、放置している。

 

 ――『神父』

 

 孤児院の経営に力を入れ、精力的に活動する。

 転生者の出生率と孤児は増える一方なので、割と繁盛している。

 夜は異端狩りに吸血鬼狩りなど、相変わらず何の異能力も持たぬ人間ながら、全ての勢力から畏怖される。

 

 ――『代行者』

 

 結局、『教会』に出戻りし、シスターに傍迷惑を掛けてキレさせている。

 それでも虎視眈々と『魔術師』と秋瀬直也の首を狙っているとか。元主への忠誠心は変わらぬ模様。

 

 ――シスター&セラ・オルドレッジ

 

 一日毎に代わり番こに人格を交代し、熱烈にクロウにアタックしている。

 けれど、余り気付かれず、日々、二人の中で愚痴っている。

 出戻って来た『代行者』の弄りはシスター限定であり、セラの時はまともに会話出来る事が発覚する。

 

 ――アル・アジフ

 

 『闇の書』の暴走プログラムをデモンベインのレムリア・インパクトで跡形無くふっ飛ばし、その役目を全て終えて契約を完了し、元の世界に還る。

 その際に令呪ニ画、『魔術師』の協力で自身の限り無く原本に近い写本をクロウに遺す。

 大十字九郎を助け出し、邪神の策謀を完全に打ち砕いたと、クロウ・タイタスは信じている。

 

 ――八神はやて

 

 亡き『過剰速写』の想いを胸に、日々精一杯生きていこうと前向きになる。

 道具扱いした守護騎士達とも、今では家族同然の絆を育んでいる。

 現在はシスターとセラを出し抜く為に守護騎士達を暗躍させたりと、『魔術師』の悪い部分が若干移った模様。

 クロウは全力で嘆き、血の涙を流しながら『魔術師』への正しき怒りを胸に宿らせたとか。

 

 ――『ヴォルケンリッター』

 

 夜天の守護騎士となり、最後の夜天の主に尽す所存。

 デモンベインのレムリア・インパクトで防衛プログラムが昇華された後、『魔術師』が闇の書のバグのみを魔眼で視るという荒業で殺し尽くし、完全な状態でリインフォースが生存する。当人曰く、迷惑料だとか。

 ヴィータはクロウと戯れて時々恥ずかしがってグラーフアイゼンで殴ったり、シグナムは鍛錬を名目にクロウを合法的にボコったり、シャマルは試食係にしてクロウを黄泉路に迷わせたり、リインフォースは申し訳無いと思っていても主はやての謀略に協力したり、ほぼあらゆる面でクロウに被害が及ぶ模様。

 クロウにとって唯一無害なのは狼形態で主を見守るザフィーラだけであり、愚痴を言う仲に。

 

 ――ブラッド・レイ&シャルロット

 

 たまに『教会』に遊びに来る。ヴォルケンリッターも加わって、大所帯となった『教会』の賑わいを気に入っている模様。

 ブラッドの方はシグナムと模擬戦したりして存分に技を競い合い、戯れる二人を密かにシャルロットが嫉妬したとか。

 料理が出来ない事が判明し、シャマルと一緒にシャルロットは料理修行に励む。被害者は主にクロウとブラッド。

 

 ――クロウ・タイタス

 

 アル・アジフとの契約を終え、全てを無事に終わらせる事が出来て燃え尽きていたが、はやてやらシスター&セラやらヴィータやらシグナムやらシャマルやらリインフォースに揉まれ、落ち着く間も無い模様。

 相変わらず際立った才能は無いが、皆の助けを借りて、これからも幾多の困難に立ち向かっていく。

 彼の周囲で恋愛フラグが非常に乱立しているが、当人は余り気づいてない。

 

 ――湊斗忠道&銀星号

 

 如何にして『善悪相殺』の戒律に向き合うか、日々真剣に思い悩み、どのような答えになるか、二世村正は静かに待ち望む。

 組織の方は良くも悪くも繁盛しており、復讐の為に武芸を磨く者達を湊斗忠道は指南し、劔冑を鍛造する者達を二世村正は厳しく鍛える。

 『善悪相殺』の抜け道を模索していた一派は、『魔術師』の横槍で壊滅した模様。外部からの物理的な自浄作用に湊斗忠道は引き攣りながら苦笑したとかしないとか。

 

 ――フェイト・テスタロッサ

 

 エルヴィの頑張りによって母親を取り戻し、感極まって大泣きする。

 漸く彼女を取り巻く歯車が正常に回り、なのはとも和解するに至る。……スターライトブレイカーは原作以上のトラウマとなったが。

 今はアルフと一緒に死病に侵された母親を懸命に看病する。現地での生活は『魔術師』が密かに手回ししたとか。

 

 ――プレシア・テスタロッサ

 

 遅すぎる和解を経て、残りの人生を娘と共に生きる事を誓う。

 娘を亡くしてから消え去った平穏の日々を、余命僅かな彼女は最期に漸く手に入れた。

 

 ――高町なのは

 

 今日も元気良く魔法少女をやっている。

 最近『魔術師』の屋敷に足を運ぶ頻度が増えて、兄が嘆いていたとか。

 月村すずかの下にも良く通っており、時々だが、すずかは笑顔を見せるようになった。

 たまに魑魅魍魎な事態に巻き込まれ、悪戦苦闘するも、周囲の者に頼ったりして精一杯頑張っている。

 

 ――ユーノ・スクライア

 

 フェレット状態でなのはと一緒に暮らし、魔法の指導をしているとか。……早くも師の教導を超えつつあるが。

 ただ、彼女が『魔術師』の屋敷に踏み入る時は終始緊張するも、トラウマを克服するべく努力している。……ランサーの前では完全に石化するが。

 

 ――川田組の副長

 

 残りのスタンド使いを纏め上げ、秋瀬直也に一切手出しさせなかった。

 一際復讐心の強い赤星有耶が川田組から離反したのは別の話。また秋瀬直也に挑んで返り討ちにされたのも別の話である。

 組織の方は『魔術師』とは距離を置き、たまにある秋瀬直也からの応援要請には全力で請け負った。『魔術師』はその様子を見て「何処のスピードワゴン財団だよ」と呆れながら言ったとか。

 

 ――神咲悠陽

 

 海鳴市に足を踏み入れた時空管理局の勢力をほぼ壊滅させ、百年は手出し出来ないようにした。

 大体の問題事が解決し、現在は海鳴市で発生する厄介事の全てを秋瀬直也に回して隠居気味。理想とする仙人生活に近づきつつある。

 それでも問題事は常に湧いてくるので、芽の内に潰すべく、思う存分暗躍しているとか。数多の転生者にとって変わらず絶対的な死神の様子。

 ……あと、謎の事故で崩壊した私立聖祥大付属小学校に、匿名で膨大な復興基金を寄付した。

 

 ――エルヴィ

 

 反乱分子をエロ光線(魔眼)で扇動したり、中将とか大将を暗殺しようとして中将の方には返り討ちに遭ったり、どさくさに紛れて冷凍保存刑に処されたプレシア・テスタロッサを回収したり、獅子奮迅の働きをした。

 したのだが、本編では余り触れられていない事に大層不満を抱いているとか。

 現在もまた『魔術師』の暗躍の尖兵となって、色々やっている。当人は神咲悠陽に仕えられて幸せな様子。

 

 ――ランサー

 

 結果的に最後まで生き残り、『魔術師』に従うサーヴァント。

 秋瀬直也が厄介事に巻き込まれた際の応援役だとか、釣りとかキャンプとかバイトなど、私生活の面でも充実した日々を送っている。

 いつの間にか安定の幸運EランクがDランクに格上げになっていて、その唐突なステータス変動に『魔術師』は声も無く驚き、何故か「裏切られた! テメェは晩年Eランクだろう!?」と憤慨したという。

 

 

 

 

「は、はいっ、あーん」

「あ、あーん……」

 

 お互いに真っ赤に照れながら、柚葉から差し出されたパフェを食べて、口に広がる甘さと幸せを同時に堪能する。

 向かい側の席ではなく、同じ側の席で隣り合わせになりながらイチャつく。他人のそんな光景を見たのならば壁パンものだが、自分ですると何とも恥ずかしいものだ。

 

 ――この海鳴市に来てから色々あったが、この平和な一時を噛み締める。

 

 そう思った矢先に、喧しく携帯が鳴り響く。

 ポケットから取り出すと、よりによって電話の主は『魔術師』からであり――殺意すら滲ませる柚葉に奪い取られ、我が物顔で出られる。

 それ、オレの携帯なんだが……。

 

『もしもし、緊急の案件があるんだが――』

「ちょっと。今、私達はデート中なの。邪魔しないでくれるぅ?」

 

 二の次も言わせずに柚葉は不機嫌さ全開で抗議する。この至福の時間を邪魔された事が相当ご立腹な様子である。

 

『そうか、後にしろ。大事の前の小事だ』

「貴方の依頼こそ小事よ。二人の愛より大切なものなんて無いんだから」

 

 ……って、『魔術師』相手に何を言ってるんだ!? は、恥ずかしいだろ……。

 

『……お前、言っていて恥ずかしくないのか?』

「全然。……というか、自分でやりなさいよ。サーヴァントに吸血鬼も居るんだから」

『ふぅん、良いのかな? 私の記憶が確かならば、秋瀬直也の懐に収まっている泡銭はもう残り少なかった筈だが』

 

 いやいやいや、何でその事を知っているんだよ!? 幾ら依頼主とは言え、此方の財務状況をほぼ完全に把握しているってどういう事だ……!?

 柚葉は驚くオレの顔をまじまじと見て、それが真実であると悟る。

 

「え? 嘘、もうそんなに減っているの……!?」

『散財させている当人が何を言っているか。この傾国の魔女め』

 

 呆れた声が携帯から鳴り響く。……九歳の小学生の身では、毎回のデート代の捻出は厳しい現実です、はい。

 

『さぁ、どうする? 私は何方でも良いのだが』

 

 勝ち誇ったかのような声が携帯から鳴り響き、柚葉は猛烈に悔しそうな顔になる。

 とても仲良さそうだろう? コイツら、三ヶ月前までは壮絶に殺し合っていたんだぜ?

 

「ぐ、ぐぬぬ。か、構わないわっ! 無視して行くわよ、直也君!」

『と、君の未来の嫁は言っているが、どうするんだ? 秋瀬直也。今日はちょっと色を付けようかなぁ? 夏休みも近かろう?』

 

 ……結局、オレが柚葉と『魔術師』の板挟みになるのは、最初から最後まで変わらないんだなぁと現実逃避しながら思う。

 間もなく夏休み、此処ら辺で娯楽費を稼ぐのも悪くない。が、その前に冷静さを完全に失っている柚葉の説得が先か。とほほ……。

 

 

 

 

 ――豊海柚葉

 

 絶対的な補正が消え果て、逆に簡単な事で死にかけるようになる。

 けれども、彼女の傍らに『正義の味方』が居る限り、彼が万難を排するのは間違い無い。

 暗躍をする事は無くなったが、秋瀬直也に近寄る女は絶対に許さない。絶対に。この時ばかりは往年並の補正が働くらしい。

 一夫多妻制は認めていないので、手綱を握ってないと惨劇必須である。

 

 ――秋瀬直也

 

 いつの間にか『矢』が手元に戻り、ほっと一安心。使う機会が無い事を祈りつつ『ファントム・ブルー』の中に保存している。

 そしていつの間にかスタンドが成長し、完成していた。

 日々、完全にデレた豊海柚葉とのバカップルぶりを周囲に見せつけている。相思相愛過ぎて誰もが呆れるとか。

 『魔術師』から大量の厄介事を押し付けられるが、全てをこなして柚葉とのデート資金を入手しているという涙ぐましい努力をしている。

 その際、柚葉と『魔術師』の間で板挟みになって、色々苦労している。

 

 

 

 

 転生者の魔都『海鳴市』――完。

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』 本体:秋瀬直也
 破壊力-C スピード-A 射程距離-B(10m)
 持続力-B 精密動作性-A 成長性-E(完成)

 見た目は変わらないが、完全体まで成長し、基礎能力や風の能力の持続時間が大幅に向上した。
 ……レクイエム時に制限解除した一部の能力値がそのままという疑惑が浮上するが、それはファントム・ブルーしか知り得ない事である。
 スタンドは静かに佇みながら、己が主と共に歩む者を守るのみ――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝・後日談
01/舞台装置



 短編ってどのぐらいの文字数が良いのだろう?
 とりあえず、最初のは本当に短めの舞台説明。



 

 

 01/舞台装置

 

 

「――やぁ、こんにちは。いえ、此処には朝も昼も夜も無いから、おはようでもこんばんはでも無いか。それじゃ万能の挨拶の『御機嫌よう』でも使おうかな?」

 

 ――本来、この次元世界に生まれた転生者は、彼女一人だった。一人の筈だった。

 この物語は最古の転生者から始まる。この世界での一代目の彼女から――。

 

「一応、外見は『豊海柚葉』だけど、僕達に姿形なんて関係無いよね。僕は君が『解放』しようとした『豊海柚葉』の『補正』さ。――誰に説明しているかって? 此処には居ない、有象無象の観測者さん達だよ」

 

 一体どういう理屈でこの世界に転生したのか、彼女は理解出来なかった。

 転生の秘術で新たな個体に生まれ変わる際、誰かに謀殺された可能性を真っ先に疑う。幾ら彼女が最強のシスの暗黒卿でも、産まれる以前は無力に等しい。その時に母体を殺されてはさもありなんである。

 そういう風に彼女は納得したが、実はこれには明確な理由がある。……尤も、彼女はそれを永遠に知り得ないが――。

 

「それにしても君は、いや、君達は稀有な存在だね。後天的に『補正』を得るなんて驚きだし、君に至っては僕を消滅させる為に随分とまぁ凶悪な能力を発現させたものだ。『ボス』用じゃなくて僕用だろう? それ。――尤も、君の本体はそれすら必要としなかったけどね」

 

 ――彼女の世界には、もう彼女を打倒する存在は居ない。その可能性さえ千年の歳月を経ても芽生えて来ない。

 銀河皇帝の至高の座は、彼女を死から徹底的に遠ざけた。神聖不可侵の座は余りにも盤石過ぎた。それは彼女自身の絶対的な補正が保証する。

 

「いじけない、いじけない。君ほど忠義深いスタンドは見た事が無いよ。それは僕が保証するよ。……あれ? 余り嬉しくないようだね。最高級の賛辞だったんだけどなぁ」

 

 死による救済を望む彼女にとって、この状況は何物にも勝る苦痛だった。

 だから、彼女は無意識に願った。この望みが叶う世界に行きたいと――それが、最期まで滅びなかった彼女が世界を飛び越えた真相である。

 

「君達は呼び寄せた転生者の中でも、余り期待出来ない部類だった。『ジョジョの奇妙な冒険』のキーアイテムである『矢』はあれども、君の本体は支配者足り得なかった。相応しきスタンド使いに託すぐらいが関の山だと思っていたけど、何が起こるか解らないものだね」

 

 長年掛けて構築した権力基盤を全て失い――されども、これでは足りなかった。

 また一からやり直している内に、誰一人敵わない至高の座に到達して、同じ事となる。その無駄な繰り返しでは本末転倒過ぎて誰も報われない。

 

「一応、これでも選別していたんだよ? 僕は『豊海柚葉』が『悪』である限り、絶対的で理不尽な『補正』で世界すら改変出来る。無意識の存在に過ぎないけど、『両儀式』や『涼宮ハルヒ』のように、最も神様に近い出鱈目な存在だからね。『豊海柚葉』を殺せる存在は、事前に弾いていたよ」

 

 ――彼女は無作為に引き寄せた。自分と同格に成り得る存在を、自分さえ打倒出来る存在が居る事を願って。

 

「――三回目の転生者は完成しているが故に、劇的な成長性なんて無かった。僕の見立てでは君には成長の余地が残されていたけど、そんなのは微々たるものに過ぎなかった」

 

 まるで引力のように吸い寄せられ、この世界には大量の転生者が生まれた。

 果てには、彼女と同じように別の世界で人生を終えた転生者さえ、死による消滅の理を覆して引き寄せた。

 

「僕の手をすり抜けて、僕と同じ領域まで辿り着いちゃうなんて、そんな抜け道があるなんて知らなんだよ。先天的のは全部弾いたのになぁ」

 

 ――巨悪と相討ちになった転生者が居た。

 ――至高の聖遺物と共に焼身自殺した転生者が居た。

 ――記憶を取り戻せずに失意の内に死んだ転生者が居た。

 ――悪に屈せずに殉じた転生者が居た。

 ――病魔に屈して本願を果たせなかった転生者が居た。

 ――因果の彼方に忘れ果たされた転生者が居た。

 

 これが『三回目』の転生者という在り得ない劇物が発生した原因である。

 その行いが『悪』であるならば、世界の改変すら彼女は可能とする。自覚して行使出来る類の能力では無いが――。

 

 ――彼女は其処に舞台があったから暗躍しただけではなく、この舞台装置そのものだったという話。

 

「僕は『豊海柚葉』が『悪』である限り、絶対的に味方だったけど、今は違うから――結局、彼女を殺すのは僕になりそうだ」

 

 だが、豊海柚葉を秋瀬直也は救ってしまい、彼女は『悪』でなくなってしまった。

 それでもその『補正』は無くならない。彼女自身の為に働かず、むしろ『悪』である事を裏切った彼女を殺す為に脈動する。

 

 ――転生者を招き入れろ。裏切った彼女を殺すべく、より強大な転生者を寄越せ。

 

 

「元々僕は無意識且つ無自覚な『補正』に過ぎないからね、幾ら不本意でもこればかりは変われない。――唯一つの例外を除けば、だけどね」

 

 

 そして、彼女は話し掛けても終始無言で佇んでいる『蒼の亡霊』を、期待の目で見る。

 

「君の能力ならば、僕を跡形無く消せる。どうだい? 君の本体の伴侶の為に、一肌脱ぐ気は無いかな?」

 

 彼女は両手を広げて、自らの死を受け入れるように淡く微笑み――反面、『蒼の亡霊』は微動だにせず、ただ其処に佇むだけだった。

 それは、これ以上無いほど明確な拒絶であり、彼女は溜息を吐いた。

 

「……つれないなぁ。いや、やはり君は『秋瀬直也』のスタンドという訳か。本体と同じ結論とはね――」

 

 「つくづく君と君の本体は思い通りにいかないなぁ」と、彼女はその皮肉を大層気に入って、晴れやかに笑った。

 

「まぁいいか。どうせ僕が全力で殺し掛かっても、君の本体は全部防いでしまいそうだし。此処で見届けるさ。憧れながら、羨ましがりながら、二人の歩む物語を見届けよう――死が二人を分かつまで」

 

 

  

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02/管理局のその後

 

 

 02/管理局のその後

 

 

 第九十七管理外世界への侵略戦争からミッドチルダ本土のクーデター勃発――通称『魔都事変』から三ヶ月が経過した。

 

 もう『海鳴市』という名称を聞いただけで取り乱す局員が多数存在している為、際限無き畏怖と恐怖を籠めて、あの触れざる世界の都市の事を『魔都』と簡潔に呼称する。

 

 作戦開始から未明に発生した八つの次元震により、巡航L級1~7番艦、旗艦である巡航XV級1番艦『ブリュンヒルデ』も撃沈し、無事だった艦艇は巡航L級8番艦『アースラ』のみである。

 この時点で四割余りの尊い人命が次元震によって失った事を明記しておく。

 

 ――最終的な生存者は一割にも満たず、その一割の大半がアースラの船員だったのは言うまでも無い。

 

 生存者は口を揃えて「彼処は地獄すら生温い」とだけ告げ、多くを語らなかった。退職を希望する者も後を絶たなかったが、今現在の支柱を失った時空管理局では叶えられない希望だった。

 

 第一管理世界ミッドチルダで起きたクーデターは小規模のものながら、将官が三十数名ばかり誅殺される。

 犯行グループの声明は不可思議なほど無く、将官達を誅殺した後に全員が自害し、真相は永遠に闇の中に葬られる。

 

 ――今、時空管理局は根本的な改革に迫られている。

 

 ただでさえ日頃から人員不足で嘆いていたのに、此処に来て一気に殉職者が大量発生した。いや、それだけならまだ何とかなったかもしれない。

 一番の問題は上位の将官がほぼ一斉に消え去り――生き残った有志によって、土台柱が揺らいだ管理局の立て直しを余儀なくされた。

 

 もはや、魔法という個々の特別な才覚に頼り切った従来の方式では成り立たない。根本的且つ抜本的な改革が必要とされていた。

 

 そんな混迷の最中、次から次へと問題が勃発する殺人的な状況下で、とある中将閣下が生前に遺した映像が問題視されていた。

 

『――はろーはろー。これを君達が見ているという事は、管理局を支配していた私達一派が破滅して一掃されたという訳だ。世も末だねぇ。権力を握ってこの世の栄華をモノにしても、盛者必衰の理、所詮は泡沫の夢みたいなものかねぇ? 楽出来る処か、余計気苦労して疲れた覚えしか無いけどさ』

 

 ――アリア・クロイツ中将。

 

 僅か十四歳で中将になった少女であり、前体制を悪い意味で象徴する人物である。

 当人物は『魔都事変』での最高指揮官であり、海鳴市での生き残りを収容した『アースラ』に彼女の姿は終ぞ無かった。

 

『ん? 私の感傷なんてどうでも良いって? そう言わさんなよ。権力握って頂点に立っている最中にこんな鬱映像を撮る身になってくれたまえ。……憂鬱だねぇ、ホント』

 

 映像に映る彼女は非常に憂鬱そうに笑う。

 そのあどけない様子を、この問題の映像を見ている将官の一人であるリンディ・ハラオウンは冷めた眼で見ていた。

 

『……まぁ前任者として、後任者に託さないといけない事が多々ある。これを放置したら安心して死ねないからねぇ。この映像は私の自己満足だから、感謝して咽び泣きたまえ。死後、その功績を讃えて銅像を建てるぐらい』

 

 人を喰ったような言動は相変わらずであり、これが本物の彼女であるとリンディは間違い無く確信する。

 

『――まず一つ目、吸血鬼。二年前に徹底的に駆除したんだけど、たまぁに『死屍鬼(グール)』が発生するから、何処かに生き残りが居るのは間違い無いね』

 

 そう、この映像を発見するに至った経緯は、ミッドチルダの辺境で発生した正体不明の事件――動く死体が村を壊滅させた、そんな不可解な報告が原因である。

 そんな奇怪な猟奇事件など今まで類も無く――されども、調べる毎に周期的に発生し、いずれも徹底的に隠蔽工作が施されていた事が発覚する。

 

『未知の風土病の浄化作業――という名目で吸血鬼狩りしていたから、後で詳しく調べてみると良いよ』

 

 映像の最中であるが、此処に招集された将官達はどよめく。

 吸血鬼など、物語の世界にのみ存在するモンスターの一種であり、実在するとは信じ難い事実である。

 

 ――リンディの脳裏に、ティセ・シュトロハイム一等空佐と、第九十七管理外世界に巣食う魔人のやり取りが思い浮かぶ。

 

 

『――二年前の吸血鬼事件、忘れたとは言わせんぞ?』

 

 

 ティセ一等空佐はそれをミッドチルダで起きた『生物災害』であると言い、彼は第九十七管理外世界で起きた『連続殺人事件』だと言った。

 

 ――二年前にミッドチルダ本土で発生した『生物災害』はリンディの記憶にも新しい。だが、不思議と全貌を把握している局員は一人も居なかった。

 

 リンディ達が関わったのは歴史上最大規模の『生物災害(バイオハザード)』の後始末のみであり、時空管理局の公式発表は『とある企業が開発した未知のウィルスが事故で広範囲に散布された』というものであった。

 

『吸血鬼そのものについては今更説明するまでも無いけど――今のミッドチルダに蠢く吸血鬼は二種類に分類される。一つは『石仮面』産の吸血鬼。太陽の光に触れたら律儀に灰になるけど、それ以外の弱点は無い。『波紋』なんて此処には無いしね。『死屍鬼』を量産しているのはこっちだから、見つけ次第、少数精鋭で殲滅する事。街ごと焼滅させるのがお勧めだよ、あれが居座る死都に生者は居ないからね』

 

 『石仮面』や『波紋』などの謎の専門用語に全員が首を傾げ、映像の中のアリア中将は『――無限書庫で『石仮面、その脅威』を参照してねぇ~』と説明する気も無く投げ捨てる。

 この映像鑑賞に出席していたギル・グレアム提督は非常に疲れて、尚且つやつれた表情で、自らの使い魔に無限書庫から捜索するように指示を下した。

 

『もう一つは『魔術師』の使い魔直系の吸血鬼。もう居ないと信じたいけど、念の為、述べておくよ。此方の吸血鬼は太陽を弱点としない。オマケに血を吸えば吸うほど生命をストックする。人間を殺して血を吸った分、『残機』が増えるという認識で良いよ』

 

 仰っている意味が解らず、やはり殆どの者が困惑する。

 

 ――血を吸って、残機が増える。

 それを額面通りに受け取るには、彼等の常識概念が著しく邪魔する。

 

 この中で『魔都』に住まう異常者と直接関わったリンディだけが、その恐ろしさを実感する。

 実際に出遭っているから、尚更であり、今から背筋が震える。

 

『――細かい処は無限書庫の『死の河』を観覧してくれたまえ。二年前の『生物災害』の時の映像記憶も其処に残っている。どんだけ出鱈目な存在か、猿でも解るから』

 

 映像の中のアリア中将は凄むように笑い、この映像を見ている将官の全員の肝が冷える。

 いっその事、此処で映像を打ち切って無かった事にしたいと思う者も居たが、それら異常事態に対応するのは今残った彼等しか居らず――絶望と共に鑑賞せざるを得なかった。

 

『参考までに――二年前の生物災害では、千数百以上の生命を啜った吸血鬼を、それを上回る回数分、ティセちゃんが殺していたね。心臓を一回潰して残機一つ減る感じだから、諦めずに殺し続ければいつかは殺せるかも』

 

 アリア中将はケタケタ笑う。この映像を見る者の心境を想像して、愉快に嘲笑っている。

 

『また血を吸い始め、城壁を築き始めたら残機増えるけどねぇ! ティセちゃんは広域魔法で一切合切吹き飛ばしてから殺し始めたけど』

 

 ――ギリッと、何処からか、誰かからか、歯軋り音が鳴り響いた。

 

 管理局の中で唯一SSSランクの魔導師であるティセ・シュトロハイム一等空佐もまた、『魔都事変』で帰らぬ人となった。そんな滅茶苦茶な事を可能とする規格外の魔導師は、リンディの知る限り一人も居ない。

 

『ち・な・み・に、『魔術師』の使い魔、吸血鬼『エルヴィ』、正式名称『エルヴィン・シュレディンガー』には数多の生命をストックする能力は失っているけど、こっちは観測者である『魔術師』を殺さない限り、何億回殺そうが一瞬にして復活する。……拘束制御術式零号が出来ないとは言え、チートの極みだよね、ホント』

 

 リンディの脳裏に思い浮かんだのは赤紫色の髪をツインテールにした九歳程度の少女の姿であり、とてもそんな規格外の化物には見えなかった。

 などと、思考して――見た目は人間でも、第九十七管理外世界に居た人間は明らかに異質である事を思い出す。

 あれらが同じ人間であるなど、リンディは信じられなかった。

 少なくとも、まともな神経の持ち主なら、八発も次元震を人為的に起こす発想など持たないだろう。

 

『――『何処にも居て、何処にも居ない』という台詞通り、厳密には違うけど、空間移動で時間差無しにミッドチルダと地球の往復すら可能なんだよねぇ。……誰だよ。あの『魔術師』にチート吸血鬼を授けた奴は……』

 

 映像の中のアリア中将はげんなりとした表情で語る。

 ……恐らく、これを拝聴している将官達の表情は、それ以上の疲労感を漂わせている事だろう。 

 

『あー、そうそう。吸血鬼に関する研究データとかは無いから。権力者の野望の一つに永遠の命とか不老不死とかあるけど、人間やめてまでそんなものに縋りたくないしねぇ。……あ、今、私物凄く良い事言った』

 

 アリア中将は会心の笑顔で『人間でいられなかった弱者なんて、不名誉極まりねぇしー』と注釈する。

 

『二つ目は『魔女』。魔法少女の成れの果てが敵とは、随分と皮肉が利いているねぇ』

 

 『吸血鬼』の次は『魔女』――一体彼等は何処までこの異常事態を隠蔽していたのだろうか?

 表沙汰にさえなっていないのは、彼等が上手く対処していた事に他ならず――果たして、今の弱体化した自分達に後任が務まるのか、リンディは深く疑問に思う。

 

『地球に行く前に全部駆除した筈だから、もう居ない筈だけど――取り零した『使い魔』が居たら、いずれ『魔女』に成長しちゃうからねぇ。魔女のデータは全部残っているから、それを参考に仕留めるが良いさ~』

 

 ギル・グレアム提督は頭を抱えて項垂れ、気怠い動作で再び自身の使い魔に指示を下す。

 今日の無限書庫は、てんやわんやだろう。だが、この衝撃の映像を見なくて済むならどれほど幸せか――リンディは現実逃避したくなった。

 

『ただ、余りにも放置しすぎると海鳴市に襲来した超弩級の魔女『ワルプルギスの夜』までなっちゃうから。首都に『アルカンシェル』をぶち込みたくなけりゃ、精々頑張るんだね』

 

 魔都『海鳴市』の総勢力を結集させて事に当たった超弩級の魔女を思い出し――あんなものが管理世界に現れた日には、会議室では『アルカンシェル』を撃つ許可と責任の有無を巡って延々と話し合う事になるだろう。

 

『――三つ目は、『魔術師』神咲悠陽。これは完全に逆恨みだけど、全ての元凶と言っても過言じゃない、史上最大級の人災。ミッドチルダに『吸血鬼』をバラ撒いたのも、『魔女』をバラ撒いたのも、全部コイツのせい……!』

 

 終始笑顔を崩さなかったアリア中将は突如怒りと憎しみを顕にして『ああ、思い出しただけで腸が煮えくり返る……!』と激怒して吐き捨てる。

 彼等にとって、不倶戴天の怨敵がその『魔術師』であり、今考えると、あの第九十七管理外世界への侵略戦争は、彼という唯一人の天敵を討ち取る為の闘争だったのでは無いだろうか――?

 

『事の発端は第九十七管理外世界を管理世界に取り込むべく、色々工作したんだけど、全部看破された上に返されて過剰防衛されたとさ。その結果が二年前の空前絶後の『生物災害』だよ』

 

 ――衝撃の事実がいきなり暴露され、場が騒然とする。

 あの万人規模の史上最悪の災害が人災であるなど、それを受け入れるのは難しいだろう。この事件に関しては誰もが感情的になりかねない。

 

『まぁ私達が居なくなったのなら、もう手出しして来ないと思うけど、手を出すなら先に遺書を書いて遺産分配してから死に支度するんだね。とどのつまりは、今の私のように――』

 

 

 

 

 この映像を見届け、誰もが疲労感を漂わせながら我先に退出していく。

 最後に残ったのは、中央の席で項垂れるギル・グレアムとリンディ・ハラオウンだった。

 

「……グレアム提督」

「……私は彼等の事を何一つ理解出来なかった。早急に排除せねば、管理局という大樹が腐り果てるとは常々思っていたがね」

 

 アリア中将を始めとする一派の専横は良心派の局員達の批判の対象となるも、いずれも実力で退けられた。

 表立って批判する者には不祥事が降って湧き、粛清の嵐は絶えなかった。リンディもまた憂慮する者の一人だった。

 

「彼等の不気味なほどの一致団結は『魔術師』という不倶戴天の外敵を排除する為か……。復讐とは、とにかく視野が狭くなるものだな」

 

 我が事のように、グレアムは独白するように語る。

 

「皮肉な事に、彼等は時空管理局を専横しながら、幾多の困難に人知れず立ち向かっていたという訳か……」

「……私達は、彼等の代役を担う事が出来るのでしょうか?」

 

 『魔都事変』での夥しい犠牲者は全て彼等の所業であるが、彼等は悪党なりに管理局の根幹を担っていた。

 人間とはいつも失って初めて気づく。今、この時のように――。

 

「……今のままでは、恐らく無理だろう。致命的なまでに手が足りない。このままではミッドチルダの治安だけではなく、数多の管理世界まで影響が及ぶ。――才能ある魔導師のみが活躍する時代は、もう終わりなのかもしれんな……」

 

 優れた魔法資質ゆえに管理外世界の住民ながら管理局入りした歴戦の勇士からそんな言葉が漏れるのは皮肉以外、何物でも無い。

 

 ――程無くして幾つかの質量兵器が試験的に解禁され、更には個人の魔法資質の才幹に頼らない局員の育成が考案され、数多の物議を醸す。

 

 非殺傷設定の無い質量兵器への拒絶感、魔法原理主義者と魔法排他主義者の水掛け論争は留まる事を知らず、それでも改革の中心となった局員達は死力を尽くして事に当たった。

 そして、前時代の負の遺産である量産可能のドロイドとガジェット、『プロジェクトF.A.T.E』を利用したクローン兵が白日の下に晒され、更なる論争を苛烈させたのだった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03/ifかもしれないし、正史かもしれない『闇の書事件』の顛末

 03/ifかもしれないし、正史かもしれない『闇の書事件』の顛末

 

 

 それは時空管理局の影響を全排除し、残り全ての問題が消化試合となったある日の昼下がりの事。

 エルヴィは冷たい麦茶を飲んで寛ぐ『魔術師』に思い出したようにとある事を口にした。

 

「それでご主人様、『マテリアルズ』の三人組はどうしますか?」

「……? 何それ? マテリアル・パズルの亜種?」

「え?」

 

 『魔術師』はさも不思議そうな顔をし、まさかの反応にエルヴィは驚愕する。此処に、二人の間で致命的な食い違いが発覚する。

 『マテリアルズ』の三人娘とは『魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-』で初登場した紫天の書のシステム構築体(マテリアル)の事であり、『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』、『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』、『雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)』の事である。

 それぞれが八神はやて、高町なのは、フェイト・テスタロッサを元とした別人格の2Pカラーという認識で良いだろう。

 

「ま、まさか、ご主人様は『魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE』をご存知無いのですか!?」

「……PSPで何か出てたの? というか、PSPなんてモンハン専用機だろ常識的に考えて」

 

 ドリームキャストはPSO専用機という不変の真理を言うように『魔術師』は何故か威張って見せる。

 

 ――これはまずい、とエルヴィは慌てる。

 

 自分達の生きるこの世界にそのPORTABLEの要素があるかどうかは未知数だが、これを『魔術師』が知らないのでは最後に仕損じる可能性さえ生じる。

 エルヴィは掻い摘んで、PORTABLEで発覚した要素、『紫天の書』に関する事を必死に説明する。

 

 

 

 

 ――吸血鬼少女説明中。

 

 

 

 

「……『闇統べる王』に『星光の殲滅者』に『雷刃の襲撃者』に『砕け得ぬ闇』? 中二病でもそんな酷いネーミングは無いと思うぞ?」

「いやいや、普通になのはの原作者がシナリオを担当してますよ!?」

 

 主の危険な発言にエルヴィはあたふたし、『魔術師』は麦茶を飲みながら考え込む。

 

「というか、なのはとフェイトを蒐集させないと星光の何たらと雷刃の何たらの二つは存在出来なさそうだが……」

「殲滅者と襲撃者ですよ」

「……面倒だから、なのは二号にフェイト二号とかで良いんじゃないか?」

「もう、仮面ライダーじゃないんですから」

 

 『魔術師』は面倒臭そうに「この年になると、新しい事は頭に入らん」などとのたまい、エルヴィは「まだ十八歳じゃないですか!」と突っ込む。

 

「しかし、となると――当初の予定では防衛プログラムをデモンベインのレムリア・インパクトでふっ飛ばして無防備になった後に、私の魔眼でバグ部分だけ視覚して闇の書の『闇』とやらを跡形無く焼滅させようとしたんだが、そんな異物が正体なら殺し切れないかもしれないな」

 

 『魔術師』にとって神秘は絶対であり、積み重ねた歴史は魔術を簡単に凌駕する。

 『紫天の書』に『永遠結晶エグザミア』など、夜天の書に匹敵する指定損失物(ロストロギア)が封印されているのならば、彼の魔眼の死の判定を抵抗してしまう可能性が大きい。

 

「……ああ、その為だけに、私に『夜天の書』のオリジナルを無限書庫から探索させた訳ですね……」

「全部丸暗記して、変異している部分全てを焼き払おうとしたが――どうやら私一人では無理のようだ」

 

 『魔術師』は匙を投げる。自分一人で事に当たるのならば、原作通りリインフォースに消えて貰うのが最善だと即断即決して――されども、如何なる勢力の邪魔が入らない今、不可能だと諦めるのは早計であると彼は考える。

 

「全くこういう人を揃えてゴリ押しするのは『正義の味方』の本分だというのにな。まぁたまには良いか」

 

 魔術師的な思考で語るのならば、足りないのならば――自身だけで不可能ならば他から取り寄せれば良い。

 諸々の障害(主に豊海柚葉の妨害工作が9,9割)が排除された今、自分一人で解決する必要性は全く無いのだ。

 

 

 

 

「うわぁ、想像以上に酷ぇ……」

「まぁ、完全に消化試合だよねぇ……」

 

 オレは呟くように口にし、柚葉もまた続いて同意する。

 

 ――此処まで酷くなるとは、此処に集まった連中は思っても居なかっただろう。

 

 事の顛末なんて語るまでも無いが、敢えて語るとするならば、原作通りに蒐集完了(なのはとフェイトも蒐集に協力した)し、管制塔であるリインフォースを切り離し――ユーノとアルフとザフィーラが『闇の書の防衛プログラム』の触手を破壊するという露払いをし、ヴィータと高町なのはの一撃で結界が一層ニ層破壊され、フェイトとシグナムで三層四層が破壊され、全ての防御結界を剥ぎ取り――『魔術師』が都市一つ吹っ飛びそうな『原初の炎・完全儀式版』をぶち放ち、ランサーの『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』が炸裂し、シスターが『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』をぶちかまし、シャルロットが『暗闇の雲(ゾディアーク)』を召喚し、まさかの竜魔人化したブラッドが最大出力で一国が滅びそうな『竜闘気砲呪文(ドルオーラ)』を撃ち放ち――もうこの時点で闇の書の防衛プログラムは原型留めておらず、再生も追いついていなかったが、トドメになのは・フェイト・はやてによる『トリプルブレイカー』が敢行され、外側が全部消滅して露出した本体コアに駄目出しのクロウ&アル・アジフによる『デモンベイン』の『レムリア・インパクト』が決まり、更には『銀星号』による『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』によって因果の彼方に葬られたのだった。

 

 ――どう考えても、完全に『過剰殺傷(オーバーキル)』である。特に『銀星号』の陰義、全くもって必要無かったんじゃね?

 

 此処に集結した当人達にとっても――秋瀬直也や豊海柚葉、エルヴィや『神父』や『代行者』など対軍攻撃を持たない護衛要員が動く手間が無いほど予定調和な、派手な前座に過ぎなかった。

 

「――という訳で、秋瀬直也。スタンドをレクイエム化させて『闇の書』――いや、もう『夜天の書』か。これを殴れ」

「いきなりだなぁおい!?」

 

 派手な前座が終わって、いよいよ本題である。

 『魔術師』はいきなりオレに無茶振りして『夜天の書』を差し出す。

 八神はやても、ヴィータ・シグナム・シャマル・ザフィーラ・リインフォースも、不安そうな眼で『魔術師』の手にある『夜天の書』を眺めていた。

 

「……つーか、レクイエム化した『蒼の亡霊』の能力詳細は本体のオレだって解らないぞ? 最悪の場合、『夜天の書』そのものが消えてなくなるんじゃ……?」

「今日、この日に全員集まって貰ったのは、『デモンベイン』が暴走システムを格好良く仕留めるのを見て貰う為だと思ったのか?」

 

 オレの眼では、日頃溜まったストレスを解消する為のデカい的の射撃場にしか見えなかったが……。

 『ワルプルギスの夜』とは違って、護衛要員が活躍する事は全く無かったし、何で此処に呼ばれたんだろうなぁ、と自身の存在意義を疑っていた処だ。

 

「此処まで雁首揃っているのに、原作通りにリインフォースを犠牲にしてハッピーエンドなんて巫山戯た事は言わないだろうな? 暴走システム――後付けされた名前何だっけ? 『ナハトヴァール』が完全沈黙した今、『銀星号』と『アル・アジフ』ならば色々探れるだろう?」

 

 共に人型に戻った『銀星号』と『アル・アジフ』に視線が集中する。

 ああ、確かにコイツ等は人間など問題にならないぐらいの演算能力があったか。だが、専門分野と聞かれれば頭を傾げざるを得ないぞ?

 

「……異種格闘技を執り行う、などと簡単に言われてもな」

「幾ら同じ魔導書でも、それは行き過ぎた科学の産物。オカルトの極みである妾では専門外も良い処だ」

 

 『銀星号』こと二世村正はジト目で不満そうに言い、アル・アジフもまた批判的に語る。

 それを見越してか、エルヴィは二人にとある情報端末を渡した。ミッドチルダ式の映像端末――?

 

「専門外なのは此方も同じだ。――これが『夜天の書』のオリジナルのデータだ。リインフォースと一緒に三分で頭に叩き込め」

 

 ……相変わらずの便利屋だな、あの神出鬼没の吸血鬼は。無限書庫に忍び寄ってパチったのか? 

 時空管理局の協力が無いのに、こうもトントン拍子で話が進む訳だ。

 

「リインフォースを救うだけなら、私が余分な部分を視て焼き殺すだけで良かったのだが、『紫天の書』の部分が気掛かりでな。『システムU-D』だとか『永遠結晶エグザミア』だとか、私の魔眼でも殺せない異物の恐れがある。中途半端に干渉して藪蛇になるのは回避したい処だ」

 

 それでお鉢に回ったのがオレであると。最初から余りにも不明瞭過ぎる最終手段かよ……。

 

「……あー、話は解った。だが、レクイエム化したスタンドで殴ったら、それこそ何が起こるか解らんぞ?」

「その結果が朧気ながら解る人物が君の隣に居るじゃないか」

 

 と、反射的に隣を向くと、其処には柚葉が居て――シスの暗黒卿としての直感で、事の成否を占うと? 随分と大胆な真似を……。

 

「二人で協力して最善の未来を引き当てろ。バックアップはその他の全員がやる」

 

 そして『魔術師』は嫌らしくにやにや笑い「二人の共同作業という奴だ、初かどうかは知らんがな」と付け足す。

 なっ、九歳同士でそんな事出来るかっ! 顔が赤くなっている事を自覚し、反射的に柚葉の方に視線を送ると、怒りを込めながらも、赤くなりながら『魔術師』を睨んでいた。

 

「……気楽に言ってくれるな」

「あれこれ理屈並べて、結局は行き当たりばったりじゃないか。『魔術師』の名が泣くぞ」

「喧しいわ、女王蟻に古本娘。私とて『指定損失物(ロストロギア)』は専門外だ」

 

 二世村正とアル・アジフの追及に、『魔術師』は不貞腐れたように言う。

 いやいや、一番文句を言いたいのはオレの方だって。また『矢』をスタンドに突き刺すとか、結構恐怖だぞ?

 

「それとも安全を期して、リインフォースに消滅して貰った方が良いかな? 一人の犠牲で全て丸く納まるなら良いとか、随分と冷たくなったものだ。冬川雪緒が聞けば泣くだろうよ」

 

 『魔術師』は「それでも良いがな」と楽しげに語り――八神家からの冷たい視線がぶっ刺さる。

 ……はぁ、と深い溜息を吐く。それを言われては立つ瀬が無い。変な事になっても此処に集まったメンバーなら強引に何とか出来そうだし、補助が柚葉なら安心か。

 

「……っ、解った解った! やりゃ良いんだろ! 柚葉、手伝ってくれ」

「……直也君にお願いされたら断れないわね」

 

 『魔術師』に向かって不満そうに睨みつつ、彼の手から『夜天の書』を奪い取り、柚葉はこっちに来る。

 オレもまた『ファントム・ブルー』の中から『矢』を取り出し、覚悟を決めてその胸に突き刺す。以前とは違い、『矢』はスムーズにスタンドの中に入り込み――レクイエム化したと確信する。

 

「うし、こっちの準備はOK。柚葉、どうだ?」

「……うーん。まぁ大丈夫じゃない?」

「随分と曖昧だな?」

 

 おいおい、唯一の頼りの綱がこんな調子で良いのかよ?

 実行するオレの方が不安になるぞ。

 

「しょうがないでしょ。直也君のそれは私にとっても未知数なんだから。でもまぁ、大丈夫だと思うよ。闇の書が木っ端微塵に破壊されても、『ヴォルケンズ』とリインフォースは無事だしぃ?」

「関係者が青筋立てるような煽り文句を言うんじゃない!?」

 

 もう二度と復活出来なくなるが、それでもリインフォースは死なずに済むだろうけど、ほら、ヴォルケンズとリインフォース、八神はやてに睨まれたじゃないかっ!

 

 すぅ、はぁ、と深々と深呼吸し、精神を落ち着かせ――覚悟を決めて、一息でスタンドの拳を『夜天の書』に突き落とす。

 

「南無三ッ!」

 

 防御魔法を殴れば防御魔法が決壊した。攻撃魔法も対物狙撃銃の弾丸も簡単に撃ち落とせた。破壊的な力なのは間違い無い。どうせなら、この魔導書にあるバグを全部都合良く破壊してくれれば良いのだが――。

 『ファントム・ブルー』の拳が『夜天の書』に打ち込まれ、一瞬だけ光り輝いたような気がした。拳を離すと――別段、何も変わっている様子は無い。防御魔法みたいに消し飛ばなかった事に安堵する。

 つーか、一体この能力はどういうのだろうか? ジョルノのレクイエムみたいに永遠に発覚しないのか?

 

「暴走システムが……『夜天の書』から完全に消え去った……?」

「え? マジで?」

 

 リインフォースが驚いた表情でそう呟き、此処に居る全員が『夜天の書』の状況を把握している残り二人、アル・アジフと二世村正に視線が集中する。

 

「システム的なブラックボックスは完全に消え去ったようだのう」

「……ふむ。叩けば何とかなるとは、書物の癖に旧時代のテレビみたいなものだな」

 

 『アル・アジフ』はそれを拳一つで成したオレのスタンドに興味津々という様子で、二世村正の方は仕手の湊斗忠道が「……村正、お前の口から旧時代のテレビが出てくる事自体が複雑怪奇だろうよ……」と呆れ顔で呟いていた。

 

「と、という事は、リインフォースは消えずに済むん……?」

「拍子抜けするほど呆気無かったが、そうみたいだ」

 

 八神はやては訝しげに『魔術師』に尋ね、全ては解決したと断言する。

 その瞬間に一斉に歓声が湧く。此処に揃った皆が勝鬨を上げるように、盛大に、誇らしく――。

 

 ――と、その瞬間だった。突如、空の空間が揺らぎ、激震する。何かが現れようとしている……!?

 

「な、何事……!?」

 

 そしてそれは黒い闇となって解き放たれ――騎士甲冑を装着した八神はやてと瓜二つの人物が出現した。

 違う点と言えば、髪の毛が銀髪で前髪以外の先端に黒いメッシュが入っており、瞳の色は深い翠色、服の色は八神はやての紺色の部分が黒、上着の白い部分はグレー、黒い部分は紫といった具合であり――。

 

「ふふふ……ははは、はぁーっはっはっはっはっはっはッ! 黒天に座す闇統べる王! 我ッ! 復ッッ! 活ッッッ!」

 

 ……ああ、中身は何もかも違うや、と何か可哀想なものを見るような視線で、空に浮かんで哄笑する八神はやてに似た誰かを見た。

 

「……何あれ? 外見だけ八神はやてで中身が『慢心王(ギルガメッシュ)』を超絶アホみたいにした子狸二号は? 今流行の2Pキャラ?」

「……いやいや。『魔術師』さん、私とて不本意やわ……」

 

 『魔術師』は心底呆れたような顔で述べ、八神はやてもまた苦笑いしながら自分に似た誰かを見ていた。

 

「塵芥ども、頭が高いぞ、ひれ伏――みぎゃぁっ!?」

 

 ……あ、空から落ちた。『魔術師』が重力を操作する魔術を発動させ、墜落させた模様。

 此処一帯は闇の書の防衛プログラムをフルボッコにする為に自身の結界内と化しているから、部分的な重力操作ぐらいお手の物だろう。

 

「私の前でちゃらちゃら飛ぶな、潰すぞ?」

「い、いや、言うより先に実行するのはあいたたた……!?」

 

 更に地に這い蹲る彼女の周辺の重力を強化して身動き一つ取らせない模様。実に鬼畜である。

 

「こらぁー! 王様をイジめるなぁ!」

「……大丈夫ですか? ロード・ディアーチェ」

 

 ――と、次は水色の髪のフェイトと、ツインテールじゃない高町なのはの2Pキャラが現れた。

 

「わ、私……!?」

「うわ、今度はフェイトとなのはの贋物だよ……」

「わ、私のも……!?」

 

 上からフェイト、アルフ、なのはで、ご本人達も大層驚きの様子。

 闇の書の防衛プログラムを排除して、夜天の書のバグが何でか知らない内に一掃されたというのに、問題事は次から次へと排出するものである。

 

 ……まぁ、今揃ったこのメンバーで解決出来ない問題など無いと思うが。此処に居るのは、海鳴市に居る転生者及び魔導師の、ほぼフルメンバーですよ?

 

「……とりあえず、この集団に袋叩きにされてフルボッコになった後にお話をするか、無条件降伏してお話するか、何方が良い? 個人的には前者がお勧めだぞ」

「普通は後者をお勧めするだろうがッ!? ひ、卑怯だぞ、そもそも最初から数が段違いであろうが! 恥を知れッ!」

 

 『魔術師』相手に凄まれ、ディアーチェは地に這い蹲りながら激しく動揺する。

 ……あー、何か本当にアホっぽい慢心王みたいで可愛いなぁ、あの八神はやての2Pキャラ。物凄い小物の悪役キャラというか、当人と違ったキャラ付けで、非常に和むね。

 

「卑怯とか恥知らずとか、最高の褒め言葉だ。久しぶりにそんな敗者の泣き言を聞いたよ。――そうかそうか、前者が良いか。ならば、望み通りにしてやろう。なのは、フェイト、はやて、やっちゃえ」

 

 『魔術師』は生き生きとした表情で死刑宣告を下して「んな、飛べないのによってたかってフルボッコだとぉ!?」「そんな馬鹿なぁー!?」「……あうっち」と、本物の三人娘によって個性的な断末魔が奏でられたとさ。

 

「――で、誰がコイツらの保護者をやるんだ?」

 

 非殺傷設定でノックダウンした三人組を見下ろしながら、『魔術師』は呆れた表情で皆に尋ねる。

 闇の書の防衛プログラムは葬ったが、海鳴市に発生する問題はまだまだ終わらない様子である――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドキッ☆メタだらけの人物設定、ぽろりは無いよ

 『マテリアルズ』の三人娘+一人は後々短編を書くかもしれないから除外です。
 もしかしたら作者に忘れられている人がいるかもしれませんから、「コイツがいねぇじゃねぇか!」というのがありましたらご指摘下さいなー。


 名前 秋瀬直也(アキセナオヤ)

 所属 無所属→川田組→裏切り者一行→無所属という名の新勢力(New)

 死因 『ボス』に心臓を穿ち貫かれて死亡(他人の為の犠牲)、ただし三回目で覆した

 初演 第一話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 持越 『矢』『ボス』のスタンド

 能力 スタンド『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』及び『レクイエム』

 

 黒髪黒眼、平凡な少年、大抵は私立聖祥の白い制服姿。

 私服姿はジョジョ的で奇抜なセンスが光るが、柚葉の受けは悪い模様。

 スタンドは蒼いローブを纏った仮面。左側は眼の模様が何個も縦に並んでおり、右眼部分は赤い瞳を不気味に輝かせている。両手の甲にプロペラたいなのがあって、能力使うと回る。

 レクイエム化しても外見は変わらなかった。仮面の下に隠された素顔には、ゴールド・エクスペリエンスのように額に『矢』があるらしいが、それを覗ける者は残念ながら居ない。

 

 主人公。九歳。スタンド使い。

 

 本筋である『魔術師』と豊海柚葉との暗闘に板挟みになって悪戦苦闘する傍観者という役割で作られ、序盤は主人公よりもその役割の方が大きかった。

 これは『魔術師』と豊海柚葉が舞台の主人公格であっても主人公として書くにはアクが強すぎたが故の苦肉の策。彼等の一人称をほぼ書かなかった理由でもある。

 この二人の事を客観視する、物理的に第三者の視点が欲しかったから生まれた主人公(仮)

 死因的に誰かに希望を遺して散るツェペリさんやシーザーポジションだった為、『魔術師』と豊海柚葉の暗闘が表面化する頃には必要無くなって死んでいるだろうと作者自身、書いた当初は「明日、売られていく子羊を見るよう」に思っていた。

 

 だが、本筋とは関係無い、「彼の前世の最期の敵」を「ジョジョ的に考えて、時間を操る系のボスにしよう!」と突然思いつき――『他者に殺されたら十秒間巻き戻る』という考えられる中で最悪のスタンド使いが爆誕、この魔都『海鳴市』に出る見込みが当時は全く無かったので幾らチートでも問題無かった。

 そして秋瀬直也の運命を劇的に変えた要因、「彼とボスの因縁的に考えて、『矢』ぐらいあってもおかしくないよねぇ」と何も考えずに持ち越して投入したのが運命の別れ道となった。

 この当時では、『矢』は奪われて価値が出る騒動の一端、もしくは制御出来ずに暴走する素晴らしい未来としか作者は考えておらず、行き当たりばったりで後の方で都合良く展開出来る伏線になるものをバラ撒いている最中であった。

 ――北斗の拳で、連載当初はケンシロウの七つの傷が出来た理由を考えていなかったように、悪い部分だけジャンプ式である。

 

 運命が変わったのは作者が『冬川雪緒』の使い道を悩んだ事。実は生きてました、として話の展開上便利な兄貴分キャラを残したが、二十話近く出ていない為、作者自身が存在意義を疑う。

 あれこれ秋瀬直也を動かす為に指示役を残したが、結果的に無くても動いていたので、存在が必要無くて作者は非常に焦った。

 実は生きてました、という人物でダイの大冒険のアバン先生を真っ先に思い出すが、今後の展開に全く役立てないのに生きてましたじゃ余りにも意味が無い。

 そんなご都合主義、作者はどうしても許せませんでした。そして悪魔的に閃いてしまいました。「実は生きてました、ではなく、実は死んでましたにしよう!」と。

 そして急遽、思考の彼方に忘れ果てていた『ボス』を抜擢、非常に諦めが悪そうなので、スタンドが成長(変異?)して死体を乗っ取れるように再配置。まさかの『ジョジョの奇妙な冒険』編が誕生した経緯でした。

 ……この時点で、『矢』を使って前世の怨敵を打ち倒すという未来が確定しましたね。

 

 『矢』を巡る試練を乗り越えた後は名実共に主人公となり、この魔都をボーイ・ミーツ・ガールにしてしまいました。

 遊園地回で、作者の暗黒面に著しいダメージを与えました。甘いラブコメなんて作者はシラフじゃ書けねぇっ!

 多くの死亡フラグを叩き折り、ラスボスさえヒロインにし、バッドエンドを葬り去った作者最大の想定外。……もしかして、作者はコイツのスタンド攻撃受けてね?

 

 

 名前 高町なのは

 所属 無所属→魔術師陣営→裏切り者一行→無所属という名の新勢力(New)

 死因 一度も死んでない為無し

 初演 第四話

 出演 魔法少女リリカルなのは

 

 作者が想定した最初の物語の流れは、転生者達に一切関わらず、表面上は原作通りに踊るというものだったが、「『魔女』が徘徊しているのに、ジュエルシードを原作通り落とすとか無いわー」という事で早くも路線変更。

 「ジュエルシードは全部で二十一個あるし、一人三個配布して令呪扱いで聖杯戦争とか面白くね?」というとち狂った発想で無印の話の流れが完全消滅する。

 月村すずか率いるバーサーカー(アーカード)までは想定内だったが、此処で「残り二枠あるし、横道逸れて遊んでも良っか」という思いつきで、まさかの『アーチャー(未来の高町なのは)』が発生する。しかも、著しく病んでいる。

 そして折角残り一枠なので、サーヴァントである彼女自身にセイバー(黒)を召喚して貰い、夢のセイバーvsランサーの組み合わせが実現する事に。『Fate/stay night』において心臓を貫けなかったゲイ・ボルグが遂に炸裂……あれ、此処は高町なのはのメタ話だったけ。

 

 初戦でバーサーカー(アーカードの残骸)にボロ雑巾にされ、次にアーチャー召喚して未来知識得て歪んだフェイトと戦い、ワルプルギスの夜をスターライトブレイカーですっ飛ばし、雨天時は無敵のスタンド使いを超遠距離からディバインバスターでぶっ飛ばし、『ボス』狩りで一番危険だからナランチャ宜しく真っ先に狙われて脱落し、秋瀬直也のレクイエム化したスタンドの能力向上具合を確かめる為に模擬戦し、悪堕ちしたフェイトとアルフとユーノに成す術無く撃ち落とされ、フェイトに結局原作通りにスターライトブレイカーをぶちかますなど、原作以上に苦難に満ちた波瀾万丈の戦闘を短い期間で体験している。

 

 すずかの時や、フェイトの時など心が折れかかったが、周囲に支えられて、魔法少女をやり通した。

 作者的には管理局に入局しなかった高町なのはを書きたかったので、概ね満足。

 原作でははやてにもフェイトにも言えるが、一人で物事を全て背負い込む傾向があったが、この高町なのはは一人で出来ない事を沢山体験して思い知っているので、一人だけで無理せず、周りに頼るという選択肢を持つ事が最終的に出来るようになった。

 ……ユーノ・スクライアを最初、彼女から離したのもその事を実感させる為だったりする。彼が常時居ると便利過ぎて気付けないし。け、決して作者が忘れた訳じゃないですよ?

 

 尚、ユーノの事もなのはの方で書きますが、便利過ぎたので早期退場。攻撃魔法を使えないだけで、ユーノ君は優秀過ぎたんじゃ。

 色々と迷走してなのはとも一時的に敵対したりしましたが、最終的には元の鞘に納まった模様。この魔都に翻弄された者の一人とも言える。

 

 名前 月村すずか

 所属 無所属

 死因 一度も死んでいない為無し

 初演 第九話

 出演 魔法少女リリカルなのは

 

 九歳。夜の一族の人。

 

 「吸血鬼なんだから呼ばれるサーヴァントも吸血鬼だろう」という発想で、あのアーカードを召喚する事に。

 ただ、当人がマスターに恐らく従わない事、余りにもチート過ぎる事を省みて、確実に劣化するバーサーカーのクラスに、更には城主抜きの残骸だけという変則召喚となる。

 アーカードがクラスの制限無しで現界したら、魔都が死都になるから仕方無い処置である。

 この事件が終わる頃は冬川雪緒が生きていたが、後の都合で実は死んでましたという事になる。

 

 名前 冬川雪緒(フユカワユキオ)

 所属 川田組

 死因 足止めの為にバーサーカーと戦闘して殺害される

   (先に行け、此処は俺に任せろ)

 初演 第一話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 能力 スタンド『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』

 

 黒髪黒眼、長髪のオールバック、掻き上げた髪は後ろで縛っている。長身でがっちりした体型、厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを靡かせて可愛らしい。

 

 享年二十七歳。任侠。『ボス』に乗っ取られてから能力説明された人。

 話の分岐点(作者の思いつき)の犠牲になった。頼りになりすぎると排除される一例である。

 当初は秋瀬直也を動かすに当たって、必要かなぁと思われたが――『矢』出して勝手に動けるようになっていたので、残念ながら必要無かったんだ……。

 

 名前 三河祐介(ミカワユウスケ)

 所属 川田組

 死因 冬川雪緒の皮を被った『ボス』によって凍結・粉微塵にされて誅殺される

 初演 第十一話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 能力 スタンド『希望の翠(ホープ・グリーン)』

 

 享年二十一歳。スタンド使いで、その卓越した移動速度から伝令役をこなしていた。

 スタンドは『希望の翠(ホープ・グリーン)』で、無能力だが速度だけ突き抜けていた。

 『ボス』の正体を探り、気づいてしまったが故に即座に粛清されてしまう。

 

 名前 樹堂清隆(キドウキヨタカ)

 所属 川田組

 死因 フレイム・タイラントによって心臓爆破

 初演 第四十二話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 能力 スタンド『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』

 

 享年二十四歳。水のスタンド使いであり、雨の中では無敵を誇った。スタンドは『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』。

 だが、高町なのはに超遠距離からの砲撃魔法によって撃破された為、その真価を全く奮えなかった可哀想な人。

 

 雨天時は余りにも強かったので、高町なのは以外の攻略は思い付かなかったほど。水のスタンドがジョジョ本編にあんまり出ないのは強力無比過ぎる為だと思われる。

 コイツの能力を考えた当初は、作者は「雨天時にどうやって倒すの?」と思い悩んだ。

 

 名前 ???

 所属 川田組

 死因 敗北して宝石化

 初演 第四十四話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 持越 DS二台 ポケットモンスターBW2

 能力 宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』

 

 享年三十六歳。ダービー兄弟みたいな、敗者を宝石にするスタンド『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』を持つ。

 彼のポケモンに対する愛は、誰もが認める処であり、秋瀬直也と豊海柚葉の胸に深く刻まれた。

 一方、高町なのはは着いて行けず、常時頭を傾げていたとさ。あの時代、まだ攻撃特殊が分離していなかったし。

 

 「ダービー系のスタンド能力を出したい!」という作者の強い欲望で生み出された。だが、単純なゲームでは柚葉に勝てる見込みが全く無いし、見所もありゃしない。

 困った作者は首を傾げて思い悩んだ。そして思い浮かんでしまった。「ゲームなんだから、ポケモンをやっても問題ありませんね!」と。

 この時の作者はのりのりで書いたが、ガチ環境のポケモンバトルを書くのがあんなに苦行だとは知らなんだ……!

 本来は一戦目は負けて、次の試合選択で柚葉がまたポケモンバトルを選んでリベンジするという流れだった。だが、二戦目を構築する気力が作者には無かったんや!

 

 名前 赤星有耶(アカボシアリヤ)

 所属 川田組

 死因 ???

 初演 第四十六話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 能力 『炎天下の暴君(フレイム・タイラント)』

 

 二十ニ歳。世にも珍しい女のスタンド使い。

 

 コイツも能力考えた当初はどうやって勝つんだろうと思い悩んだが、秋瀬直也によって予想以上に呆気無く片付けられた。

 視覚出来ないスタンドが天敵だった。ぶっちゃけ決まったら終わりの能力は(作者的に)使い辛いと思います。

 キラークイーンみたいに人型だったら、まだまだ強かっただろうが、スタンドの像が飾りだった彼女には望むべくも無い。

 

 名前 『ボス』

 所属 川田組

 死因 ファントム・ブルーに頭部を破壊されて死亡(悪は正義によって滅びる)

 初演 第二十六話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 能力 スタンド『負け犬の逆襲(アヴェンジ・ザ・ルーザー)』

 

 最初は回想のみの存在だったが、まさかの大抜擢によって『ジョジョの奇妙な冒険』編のトリを飾る。

 その最期までジョジョ的なラスボスだった。前世の因縁からレクイエム化まで、非常に美味しい役どころである。

 

 コイツを書く時は非常に楽しく書けたが、一回だけコイツが原因で筆が止まった時があった。

 それは――「柚葉を相手にどうやって追い込むの? つーか、間違い無く殺されて勝てないぞ?」と作者自身が思い付かなかったからである……!

 勝てる未来が見えなかったのは作者であり、必死に勝てる手順を思い描いたのは秘密である。

 ファントム・ブルー・レクイエムが柚葉とまともに戦えたのはライトセイバーを拳で弾けたからであって、普通のスタンドは絶対防げないので幾ら反応出来ても死亡確定なのである。

 

 名前 豊海柚葉(トヨミユズハ)

 所属 不明→裏切り者一行→時空管理局→無所属という名の新勢力(New)

 死因 無し(二回目で覆している為)

 初演 第五話

 出典 スター・ウォーズ

 持越 無し(ライトセイバーはミッドチルダで材料を自力で集めて作成)

 能力 フォース(未来予知・念力操作、洗脳など何でもござれ)

 

 赤髪蒼眼、ポニーテールで後ろ髪がふっさふさ、黒いリボンで着飾っている。腹黒い笑みが似合う美少女で、大抵は私立聖祥の白い制服姿。

 私服は黒一色のワンピースの上に赤色の長袖のシャツ、黒と朱の縞模様のニーソックス。秋瀬直也に買って貰った一式で、大切にしているとか。

 

 九歳。ラスボス。ヒロイン。銀河帝国の皇帝、シスの暗黒卿。

 

 作者恒例の悪女ヒロイン。こっちは必ず『正義の味方』に討ち果たされる誰かさんとは違って、悪である限り絶対に滅びない補正持ち。それ故に、彼女を倒すには同格以上の悪を用意するか、彼女を悪の運命から解放すれば良い。

 彼女が本腰を入れて管理局の戦力を指揮していたのならば、海鳴市の大結界が健在な『魔術師』相手でも圧勝していた。

 ただ、その時の彼女の関心は唯一人に注がれていた為、派手な前座扱いに終わった。

 

 当初のエンディングは『魔術師』と相討ち、巨悪が共倒れ、何も残らなかったという虚無エンド。

 共に愚痴を言い合って死ぬという救いの無い内容で、エピローグで後の顛末を淡々と語ろうと思っていた。

 だが、秋瀬直也が予想以上に成長し、その結末を完膚無きまで覆し、居なかった筈の『正義の味方』として彼女を救ってしまった。

 

 その後は、秋瀬直也と一緒に贖い切れない贖罪の方法を考えながら、懸命に生きていく見込みである。

 

 名前 神咲悠陽(カンザキユウヒ)

 所属 魔術師勢力

 死因 焼身自殺(焼死、ただし覆している)

 初演 第二話

 出典 TYPE-MOON世界(Fate)

 持越 魔術刻印 令呪二画 『聖杯』

 能力 魔術、魔眼『バロール』

 

 真紅の髪に両眼は常に瞑っている。開眼したら赤味が強い虹色の瞳。

 腰の中間ぐらいまで伸びた髪の先端を白いリボンで縛っている。たまにエルヴィが三つ編みに編んだりして遊んでいる。

 赤い浅葱模様が特徴的な黒色の着物、洋風のブーツを着こなす。幕末時代からこの格好を好んでいたらしい。

 

 十八歳。魔術師。必要悪。

 

 型月式の魔術師を煮詰めた結果、誕生した正真正銘の人でなし。

 こんな劇物が必要悪の時点で魔都を魔都足らしめている所以である。

 本来は対人特化の戦闘職の魔術師であるが、この魔都では大目に見積もっても『中の上』程度でしかなく、二回目の世界で殆ど必要無かった『勝てる場を作ってから戦う』という鉄則を厳守した結果、謀略関係や結界作りなどの資質に目覚める。

 

 最初に作者が決めていたこの物語の結末は、自分を愛した女性をその手に掛ける呪いじみた補正による豊海柚葉との相討ち。

 

 口には出さないが、秋瀬直也を自身と同格扱いしており、安心して厄介事を押し付ける。その歪な信頼は冬川雪緒と築いたものと同種のものだが、秋瀬直也が知る事は暫く無い。

 

 結局『マテリアルズ』の三人娘を引き取る事となり、『魔術工房』が騒がしくなったとか。

 主に処刑用の『魔術工房』だったが、殺す訳にはいかない来客が多くなった為、抜本的な改革を強いられ、別の意味で苦労する事となる。

 

 作者的には最も書きやすかった人物。

 コイツが自身に降り掛かる厄介事を手段を選ばず利己的に解決しようとし、更なる厄介事を生み、他の人が頑張って最善の結果に至ろうとするのが話の本筋。

 主人公では無いが、海鳴市におけるメインプレイヤーの一人。もう一人は豊海柚葉。主に二人の板挟みになって巻き込まれるのが秋瀬直也の役目。

 

 実は運否天賦の勝負をすれば、誰とでも百戦百敗を誇るほどの異常な不運の持ち主だが、彼の起源が『焼却』と『歪曲』なので、その不幸を他人に転嫁させて破滅させている。

 

 名前 エルヴィ(エルヴィン・シュレディンガー)

 所属 魔術師勢力

 死因 アーカードに射殺される(???)

 初演 第二話

 出典 HELLSING

 能力 シュレディンガー准尉の能力を得たアーカード

 

 赤色寄りの紫髪でツインテール、主と同じく白いリボンを愛用する。吸血鬼特有の鮮血じみた真紅の瞳、九歳ぐらいの小ささ(ただし、吸血鬼ゆえに見てくれの姿形は無意味)

 フリル満載のメイド服、黒毛の猫耳と尻尾、絶対領域のニーソックス。

 

 正真正銘のチート。間違い無く『上の上』の転生者。絶対に殺せない上に何処にでも現れる神出鬼没の吸血鬼。能力の特性上、暗殺し放題で作者も使い処が困ったぐらいである。実質、彼女一人でミッドチルダの乱を起こしている。

 対軍級、対城級の攻撃がなく、アーカードの真骨頂である『死の河』は無いが、HELLSINGの本編終わった後のアーカードはこれぐらい規格外という事である。

 『神父』との宿命の対決をやろうやろうと思っていたが、結局書く機会が無かったのは秘密である。

 

 『魔術師』を敬愛して唯一生き残っている例外的な存在であるが、唯一の死因が『魔術師』の死なので、結局『魔術師』の方に災難が降り掛かる関係。当人達は気づいていない。

 

 名前 ランサー(クー・フーリン)

 所属 魔術師勢力

 死因 ゲッシュを破らされ、敵に奪われたゲイ・ボルグで刺し貫かれる

 初演 第八話

 出典 TYPE-MOON世界(Fate/stay night Fate/hollow ataraxia Fate/EXTRA)

 

 「他人に奪われるサーヴァントなんてランサーだけだよね!」という事で、『魔術師』に奪われて令呪を使われて服従させられた不運の星の下のサーヴァント。

 召喚の際の魔力源が『ジュエルシード』だった為、大半のサーヴァントは歪んでいたが、ランサーの場合は召喚者が非常に歪んでいた為、相性最悪の正統なサーヴァントが召喚された。

 

 これが第四次のランサーだったら、呪いの黒子が迷惑過ぎて最終的に自害させる羽目に。第四次のライダー(イスカンダル)だったら意見が合わずに決裂、ギルガメッシュだったら令呪を奪った時点で自害を強制など、大抵碌でも無い事になっていたが、彼のその性格ゆえに『魔術師』とも比較的上手く付き合えた。

 

 「サーヴァントだからいつでも殺してOKだよね」と作者自身が常々思っていたが、いつの間にか生き残ってしまった。

 

 名前 神咲神那(カンザキカンナ) 

 所属 不明(豊海柚葉)

 死因 自らの固有結界によって枯渇死(焼死)

 初演 第三十九話

 出典 TYPE-MOON世界

 能力 魔術、固有結界『忘火楽園』

 

 悠陽と似通った赤髪、赤味掛かった橙色の瞳、流れるような長髪に白いリボンが飾られている。

 彼と同じような黒の着物姿。ペアルック?

 

 神咲悠陽の妹。十二歳。その正体は一回目の世界における実の娘であり、最後の最期まで彼はその事に気づけなかった。

 彼を愛した者は全員ヤンデレになる世界法則でもあるのか、例に漏れずに父親好きのヤンデレ。

 互いの魂を燃やし尽くす固有結界『忘火楽園』で、アーチャーが辿った未来では愛する父親と一緒に燃え果てていた。

 その際、『魔術師』が保有していた聖杯も燃やして、漏れた無色の魔力が海鳴市に未曾有の火災を齎したのは皮肉な話である。

 

 作者が予め用意していた『魔術師』の死因そのニ。その一は『ワルプルギスの夜』を簡単に葬れたら絶望させる為に現れる『クリームヒルト・グレートヒェン』。

 これらを覆せないようでは柚葉には到底届かないと見込んでいたが、割と簡単に乗り越えたなぁと作者は関心してみたり。

 

 名前 クロウ・タイタス

 所属 無所属→教会勢力

 死因 アル・アジフを次の主に託し、足先から寸刻みにされる(未来への決死の希望)

 初演 第三話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 能力 魔術(ネクロノミコン)

 

 黒髪黒眼、ボサボサの短髪、黒い長袖のを羽織り、下には白い縞模様のシャツ。紺色のズボン。

 

 第二の主人公的な存在。卓越した才能無くして『正義の味方』足り得るか、というテーマの下に作られた『教会』勢力のメインキャラ。

 大十字九郎から才能を剥ぎ取った身も蓋も無い人物造型。戦力的に成長や覚醒の余地が無い正義の味方。

 結果は見ての通り。周囲の全ての人間を頼りつつ、彼は幾多の困難も乗り越えて行くだろう。

 

 『下の上』の転生者。クトゥグアとイタクゥを放てる魔銃を手に入れて漸く『中の下』である。

 エピローグ後はよくシグナムと鍛錬したり、ヴィータに殴られたりして鍛えられているが、成長の見込みは残念ながら無い。

 はやての方が圧倒的に強くなって凹むのは別の話である。

 

 名前 ライダー(アル・アジフ)

 所属 クロウ・タイタス→教会勢力

 死因 邪神の企みを見抜けず、トラペゾヘドロンを破壊してしまう

 初演 第七話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 

 魔導書『獣の咆哮』、かの有名な『ネクロノミコン』原典の精霊。

 邪神の野望を打ち砕いて伴侶と一緒に旧神に至った彼女とは違い、最悪のバッドエンドを経て敗れたアル・アジフ。

 聖杯に託す祈りは無限に囚われた大十字九郎の消滅だったが、再び『デモンベイン』を取り戻し、彼を助けて最悪のバッドエンドを打ち砕く気満々になる。

 今現在は恩返しも兼ねて、自身が必要無くなるまでクロウ・タイタスの戦いに付き合う。

 

 付き合い終わって、『魔術師』や他の人の協力で限り無く原本に近い写本をクロウに遺す。

 元の世界に戻ったら大十字九郎とデモンベインと一緒に神に反逆を仕る事だろう。

 そういえば、何処かの娘は自身の存在が希薄だから、原本に近い力有る写本を求めていたっけ……?

 

 名前 八神はやて

 所属 無所属→教会勢力→魔術師勢力→教会勢力(New)

 死因 一回も死んでない為無し

 初演 第七話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 御存知の通り、闇の書の主。まさかのクロウ・タイタスに対するラスボスとなった。

 だがまぁ、力の差は歴然、戦闘による決着ではなく説得による決着なので、彼女達『ヴォルケンズ』の戦闘描写は殆どキング・クリムゾンされた。

 前代の人形時代の『ヴォルケンズ』なんて書くまでも無いし、彼女達の物語が始まるのは本編の終了後とは皮肉な話である。

 

 名前 シスター&セラ・オルドリッジ

 所属 教会勢力

 死因 ???(不明)

 初演 第三話

 出典 とある魔術の禁書目録

 持越 『歩く教会』

 能力 絶対記憶能力 十万三千冊による魔術

 

 白い修道服(歩く教会)、金髪碧眼。長々と伸びていないが、サイドテールなど色んな髪型にするぐらいの長さはある。十字架の首飾り。

 

 十四歳。先代『禁書目録(インデックス)』。教会勢力における三人のトップの内の一人。

 自ら『首輪』を噛み砕き、十万三千冊の魔道書の知識を総動員出来る魔神と化した『禁書目録』だが、終ぞ自身の記憶を取り戻せなかった。

 

 本編での活躍は余り無かったが、『歩く教会』の鉄壁の防御力もあって『上の下』の転生者。『魔術師』と魔術戦するなら百戦百勝出来たりする。それを『魔術師』自身が体感しているので、まともに戦う事は絶対に無いが。

 

 二人共、クロウに対する想いで共存の道を歩むが、そんな甘々な展開を書けるほど作者は作者は……! なので、その部分は都合良くキング・クリムゾンされた。

 

 名前 『神父』

 所属 教会勢力

 死因 病死(一番の目標を達成出来ずに死去)

 初演 第五話

 出典 HELLSING

 能力 信じ難い事に無し、生身最強の人間

 

 銀髪蒼眼、由緒正しき『武装神父』の正装(丸い眼鏡、白い手袋、十字架の首飾り)

 

 四十一歳。元『十三課(イスカリオテ)』。教会勢力における三人のトップの内の一人。

 普段は温和な人格者だが、敵及び吸血鬼と対する際は、度し難い殲滅主義者としての一面が強く出る。

 アンデルセン神父のように異常な再生能力は無いが、人間としての限界レベルまで己を鍛え上げている。

 特異な能力を持たないが、教会の中で最も傑出した決戦戦力。こんな凶悪な神父に追われたら、化物の吸血鬼も化物呼ばわりするしかない。

 

 信じ難い事に、何ら特異な能力を持たずして『上の下』の転生者。下手したら『上の中』や『上の上』さえ食いかねない。

 

 名前 『代行者』

 所属 教会勢力→不明(豊海柚葉)→教会勢力(New)

 死因 無限に再生するシエル(エレイシア)に殺害される(所謂、噛ませ犬)

 初演 第三話

 出典 TYPE-MOON世界(月姫)

 持越 『第七聖典』『胃界法典』

 能力 洗礼詠唱などの教会の秘蹟

 

 金髪青眼、長髪。カソックを着こなす。あれ? これ以上書く事が無い……? まぁ男だし良いや。

 

 二十四歳。元『埋葬機関』の代行者。第七位だったが、エレイシア(シエル)に殺害されて地位を奪われる。

 異常なほど肥大化したプライドの持ち主で、誰からも嫌われる稀有な性格の持ち主。マジで起源が『傍迷惑』であり、彼が存在しているだけで敵も味方も何かしらの被害が及んでしまうほど。

 プロジェクトFでのクローンを秋瀬直也と交戦させて、自身の死を偽装し、その後は本来の主である豊海柚葉の命令に従っているようだが……。

 

 意外と一途だった人。悪には悪の救世主が必要だったらしい。

 本当の彼は『上の下』の転生者。……さっきからそればっかだって? そのくらいの強さの転生者が物語の中では一番多かったのだ。『魔術師』が真っ当に戦う選択肢を最初から破棄する訳である。

 

 名前 ブラッド・レイ

 所属 無所属→教会勢力→無所属→教会勢力

 死因 愛する者を生かす為に殲滅したら結局手に掛けて絶望して自殺

 初演 第十九話

 出典 ドラゴンクエスト ダイの大冒険

 持越 『真魔剛竜剣』『竜の牙』

 能力 竜の紋章、ドラクエの呪文各種

 

 黒髪黒眼、短髪。バランのような渋い髭を伸ばそうとしたら、シャルロットに全力で反対され、年齢以上に若く見える自身の顔を憂いている。

 大抵はシャルロットのセンスが光る服装をしており、かなりの頻度で服装が変わるが、男の格好の描写なんて書いていても嬉しくないから省略される運命。

 

 二十七歳。『竜の騎士』。一騎当千の力を持つが、有事以外は無所属を貫いている。

 基本的にシャルロットと一緒に住んでおり、当人としては親子のように接しているが、傍から見ても相思相愛であり、『魔術師』にはスクエア(FF)エニックス(ドラクエ)の夫婦と揶揄されている。

 

 『上の中』の転生者。竜魔人化したら『上の上』となる。余りにも強すぎて使い処が困った人。大抵は本領を発揮出来ないような戦場を作者に当てられる。

 

 名前 シャルロット

 所属 無所属→教会勢力→無所属→教会勢力

 死因 死都ミュロンドにて聖天使を打ち倒して落下死(事を成就させて死する)

 初演 第十九話

 出典 ファイナルファンタジータクティクス

 能力 FFT式の全魔法、召喚術

 

 水色の髪のショート、翠眼。金の髪飾りに、蒼い魔術師のローブを羽織る無表情な少女。

 その下は自身の学院の制服であり、良くスカートの裾の短さをブラッドに注意されている。が、彼の前に居る時のみ、こっそりまくって短くしている。

 

 十四歳。『全魔法使い(ソーサラー)』。ラムザ・ベオルブ一行が辿る運命を全知しながら、最期まで付き添った健気な少女。

 無口で中々心を開かないが、ブラッドには心許している。転生者達の争いを嫌って普段は二人一緒に隣町に住んでいるが、元々の住処だった教会勢力が何かと危ないので偶に訪れては力を貸している。

 

 『中の中』の転生者。されども、その大規模な破壊力、時魔法や陰陽術などの万能性は語るまでもなく、後方援護で真髄を発揮する。

 流石に『算術』はチートだったので、彼女は会得していない。

 

 ※6月11日以降 『算術』を会得していないと言ったな、あれは嘘だ。

 

 名前 バーサーカー(アーカード)

 所属 月村すずか

 死因 神域の魔眼によって焼却死

 初演 第九話

 出典 HELLSING

 

 吸血鬼アーカードがシュレディンガー准尉の生命を取り込んで消滅し、帰還する為に切り捨てた生命の数。ただし、エルヴィの分の一人分は除かれている。

 もしも本体も召喚されていれば、狂化されていようが理性を保ち、月村すずかを主人と認めたかは極めて不明瞭である。

 基本的にバーサーカーは強すぎるサーヴァントに対する枷なので、バーサーカー以外で召喚された方が強いのは当然である。

 

 名前 『大導師』

 所属 邪神勢力

 死因 『魔術師』に首を斬り落とされて死亡(絶対に目標を成就出来ない)

 初演 第十六話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 能力 魔術(ナコト写本)

 

 邪神萌え、しかもよりによって這い寄る混沌『ナイアルラトホテップ』の信仰者。間違ってもニャル子ではない。

 一途な思いの為に世界の一つや二つ捧げても構わない、迷惑極まりない人。街の全勢力をもって討伐しようとしたが、一度は逃げ延びている。

 ゴキブリ並みにしぶとい癖に当人の実力は最強級という厄介極まりない危険人物。

 

 困った事に『上の上』の転生者。マスターテリオンの域にはいないが、それでも切迫するぐらいの実力は持っている。

 鬼械神よりも生身での戦いの方を得意としていた。

 

 名前 キャスター(ナコト写本)

 所属 邪神勢力

 死因 デモンベインのレムリア・インパクトによって昇華(New)

 初演 第十七話

 出典 斬魔大聖デモンベイン

 

 マスターテリオンに全てを捧げている、最古の魔道書『ナコト写本』の精霊。

 この『ナコト写本』はアル・アジフが辿ったバッドエンドの彼女であり、終始見下していた。

 当人としては昔の主と言えども従う気は無かったが、馬鹿魔力で令呪三画を用いて絶対服従を使われた為、渋々従わざるを得なくなっていた。

 

 名前 アーチャー(高町なのは)

 所属 フェイト・テスタロッサ

 死因 フェイトによって、『魔術師』によって墜落死(愛する者の手で葬られる)

 初演 第十五話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 本当にどうしてこうなった、と言わざるを得ない高町なのはの未来の一つ。

 アーチャーというクラスは大抵反則級に強い奴(英雄王)か、逆行してくる奴(エミヤ)と相場が決まっているのだろうか。

 魔力という枷が無ければ、恐らく最も暴れられたであろうサーヴァント。栄養不足のフェイトさんでは荷が重かった。

 

 作者がのりのりで書いたが、蓋を開ければ能力的にちょっと暴れたりなかったかなぁと思えるサーヴァント。

 魔力という枷が無ければ、『ワルプルギスの夜』を待たずして海鳴市が更地になっていた。

 

 名前 セイバー(アルトリア・ペンドラゴン)

 所属 アーチャー

 死因 ゲイ・ボルグで心臓を穿ち貫かれる

 初演 第二十話

 出典 Fate/stay night

 

 アーチャーが反則で召喚した黒化したセイバー。幼い時に呼んでいれば、青かったかも。もしくは意表を突いて白か赤?

 栄養不足のフェイトさんを更に絞った高燃費のサーヴァント。低燃費で効率的なアサシンを呼んでいれば、あるいは結果が変わっていたかもしれない。

 狂化してなかったのに台詞一つしかなかった悲しい人だけど、原作で終ぞ果たせなかったランサーとの決着を果たした。

 

 メタ的に言えば、遠い目から見てアーチャーの足枷になっていたサーヴァント。

 ランサーを足止めする為に用意されたが、一人で超遠距離から爆撃していた方がアーチャー的には強かったかもしれない。

 アーチャーなのに近寄るなとあれほどry

 

 名前 湊斗忠道(ミナトタダミチ)

 所属 武帝勢力

 死因 三世村正の力を利用して自身を善悪相殺が発動出来ない地下まで埋葬する

 初演 第十三話

 出典 装甲悪鬼村正

 持越 『銀星号』

 能力 『金神の力』

 

 黒髪黒眼、長髪で丁髷に縛っている。白い侍風の着物を好んで着用し、着崩している。

 良く背に太刀を差している為、銃刀法の厳しい日本では気軽に出歩けないとか。

 

 二十九歳。武帝勢力の長。装甲悪鬼村正の世界の剣冑製造技術が『海鳴市』にある最大の原因。魔都を構築する要因の一人。

 非転生者に転生者に対する復讐の手段を与える組織であり、善悪相殺(敵一人殺したら味方も一人殺さなければならない妖甲村正の呪い)の戒律を条件に剣冑を与える。

 もしくは新たな剣冑を鍛造させる(真打の剣冑は自身の死をもって一領作られる)

 転生者にとって何よりも恐るべき組織であり、極めて強い抑止力となっている。また転生者の存在を知った非転生者の拠所ともなっている。

 

 問答無用なまでに『上の上』の転生者。実は陰義でブラックホールまで生成出来る。

 『ワルプルギスの夜』もそれで葬れたんじゃね?という疑惑があるが、業を返されたら自分が飲み込まれるのでやらなかった。

 

 コイツを自由に動かしたら話が簡単に終わるので、立場に雁字搦めにして迂闊に動けなくしている。

 得てして最強級の転生者には制限が多い。『大導師』にそういう制限らしい制限は無かったが。

 

 名前 ワルプルギスの夜

 所属 魔女の集合体

 死因 発狂死

 初演 第三十一話

 出典 魔法少女まどか☆マギカ

 持越 全ての魔女

 

 レジェンド・オブ・戦犯。魔都『海鳴市』にまどか☆マギカの魔女を全部引き連れた転生者。

 尚、『海鳴市』の分の魔女はワルプルギスの夜が顕現した際に全部吸収されて消えたが、ミッドチルダにいる魔女は完全に駆除しきれておらず、未だにイタチごっこしている。

 

 『ワルプルギスの夜』が簡単に終わったら、裏ボス的な存在として『クリームヒルト・グレートヒェン』にご登場願おうと常々考えていた。

 結界の説明からルーラーの固有結界で葬れるだろうという安心感からである。

 

 名前 ルーラー(ジャンヌ・ダルク)

 所属 魔術師勢力

 死因 神に身を委ねて焼死

 初演 第三十二話

 出典 Fate/zero Fate/Apocrypha

 

 Fate/zeroのキャスターを狂わせた聖女。でもまぁあんな聖女が火炙りされたら狂っても仕方ないよね。

 『魔術師』と一週間、第二次聖杯戦争を戦い抜いた。恐らく、彼女さえ召喚していなければ、あの『魔術師』は聖杯で第二魔法に至って此処には居なかったとの事。

 いつかちゃんとしたメディアで出現する事を作者は祈ったりしています。『いあいあ、クトゥルフ!』などと呟きながら。

 

 第二次聖杯戦争で『魔術師』が策を弄せずに勝てた最大の要因。

 スキルに直感の上位互換である『啓示』がある為、彼女の根拠の無い神託を信じるだけで全ての状況を打開出来た。『魔術師』としては『啓示』に現れない例外を警戒するだけで良かった。

 

 万が一、海鳴市における第一次聖杯戦争で他のサーヴァントと同じく偶然召喚されていたら、『魔術師』は最強のサーヴァント&アドバイザーを手に入れた上で『聖杯』すら使用可能という巫山戯た状況になっていた。

 

 名前 『過剰速写(オーバークロッキー)』

 所属 無所属→教会勢力

 死因 時間操作の使い過ぎによる寿命死(全身全霊を使い果たして死去)

 初演 第三十三話

 出典 とある科学の超電磁砲

 能力 『時間暴走(オーバークロック)』

 

 赤髪黒眼、生後三日なので髪も肌も異常に綺麗。だが、既に極悪な顔立ちが板に付いている。

 現在の服装は適当に掻っ払った為、ドクロが目立つ趣味の悪い黒服になっている。個人的に変えたいが、居候の身で厚かましいので言えずに居る。

 

 享年十六歳。作者がArcadiaで書いた『とある科学の超電磁砲』原作、とある第八位の風紀委員に出てきた主人公が別ルートを辿り、プロジェクトFの応用で誕生した複製体。

 此方のルートは死んだ双子の妹の複製体『第九複写(ナインオーバー)』を即座に殺害し、逝く処まで逝っちゃった様子。

 コイツのハッピーエンドが見たい人はArcadiaで見てね、と作者は作者は宣伝してみる。

 

 『ワルプルギスの夜』も終わって新章という処で、今のままでは一切出て来なかった学園都市の陣営にインパクト足りなくて?と思い至り、急遽お鉢が回った前作主人公。クローンなので転生者じゃない。元々転生者じゃないし。

 最悪のバッドエンドを通った為、魔都に置ける台風の目にしようと思ったが、八神はやてとの接触で色々とご破算に。何気に、悪の極致が正義の味方に返り咲いてしまうほどの大事件である。

 

 八神はやてが復讐鬼になる原因を作り、解消する原因もまた彼であった。

 魔都の中では『上の下』程度。ただし、生身の人間なのでワンチャンで勝負が引っ繰り返る。

 

 名前 『異端個体(ミサカインベーダー)』

 所属 学園都市勢力

 死因 助けようとした妹達を破滅させて孤独死(善意の報い)

 初演 第三十三話

 出典 とある科学の超電磁砲 とある魔術の禁書目録

 能力 電撃系能力(レベル5)

 

 御坂美琴とほぼ同一。常盤台中学の制服までちゃんと揃えている。

 

 肉体年齢十四歳。基本的に肉体は『妹達(シスターズ)』だが、当人が乗っ取る事で超能力者並の能力を行使出来る。

 本来なら残機=『妹達』の数であり、ミサカネットワークが消えない限り死なない存在だった。

 現在の残り残数は二機と本体。ただし、本体はまともに誕生出来なかった。

 元々ミサカネットワークの中のバグみたいなものであり、二回目で自分自身の肉体を持たなかったが故の結果だった。

 

 『上の下』の転生者。このクラスの強さは何気に激戦区である。

 更には多種多様の兵器で自身を補強するタイプであり、格上のブラッドを返り討ちにする快挙も何気に成し遂げていた。

 

 名前 『博士』

 所属 学園都市勢力

 死因 背後からゲイ・ボルグで貫かれる(New)

 初演 第三十三話

 出典 とある科学の超電磁砲 とある魔術の禁書目録

 持越 全ての超能力者の遺伝子情報

 能力 んなもん無い

 

 白髪黒眼、よぼよぼで皺塗れで腰が曲がった白衣の老人。これ以上何を書けと?

 

 五十七歳。学園都市出身のマッドな博士。学園都市の技術がある程度復元されているのは全部この人のせい。

 偶然製造した『妹達』によって『異端個体』の存在を知り、意気投合して協力し、五大組織の一角まで勢力を伸ばす。

 元々研究職の為、研究以外に興味が無い。いい具合にネジが吹っ飛んでいる老人。

 

 『プロジェクトF』って、絶対に完成させてはいけない技術だと作者は思う。

 量産型なのはさんの部隊とか、次元世界の果てまで支配出来そうだ……。

 

 名前 御薗斉覇(ミソノサイハ)

 所属 無所属

 死因 エルヴィに血を吸われる(疑心暗鬼で自身を殺す)

 初演 第四話

 出典 とある科学の超電磁砲

 能力 空間転移(レベル4)

 

 あれ? コイツ、どんな外見に設定したっけ……? まぁいいや。

 

 九歳。空間移動能力者。疑心暗鬼に陥って秋瀬直也に襲いかかり、エルヴィに始末される。

 所謂中二病、見えない敵と戦って自滅するタイプ。

 『二回目』においては自爆同然の出来事で暗部と敵対し、最終的に正規ルートを辿った第八位の風紀委員に仕留められている。

 

 秋瀬直也のお披露目、エルヴィの能力の一端を開示する為に作られた噛ませ犬。けれど、能力的には非常にエグかったりする。

 

 名前 ティセ・シュトロハイム

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 能力 ミッドチルダ式の魔法

 

 緑髪翠眼のショート、丸い眼鏡、童顔。管理局の蒼い制服を着用している。

 

 二十四歳。魔導師ランクSSSという、最強級のミッドチルダの魔導師。

 時空管理局でも最強の戦力と目されているが、本人にその自覚は殆ど無く、ミッドチルダの黒幕会議では積極的に雑用係を担当する。

 色々抜けているようで腹の中が黒いのはミッドチルダの転生者の共通点。

 ミッドチルダの転生者は殆ど二回目であり、三回目の転生者が多い魔都『海鳴市』と比べて切迫感が少ない。

 けれども、勢力的には最大規模なので、海鳴市の全勢力が日本なら、コイツらはアメリカ。

 

 コイツに自由に暴れられたら海鳴市がコジマ色に染まって塵一つ残らず更地になる。

 AMFという制限が無ければなのはを超える馬鹿魔力によってヤバすぎる人間核兵器。何気に『上の中』の転生者。

 作中ではその真価を余り発揮出来なかったが、彼女が『魔術師』の『魔術工房』を直接破壊しに来た場合、『魔術師』は外での迎撃を余儀なくされる。

 性格的に臆病で、自身を過小評価し過ぎだったのが救いだった。

 アリアが彼女を切り札扱いではなく、即時最前線に投入していれば齎される戦果は莫大で、『魔術師』の方もエルヴィを出さざるを得なくなり、結果は大分違った。

 

 名前 大将閣下

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 五十六歳。黒幕会議では議長役の英国老人。

 多分、エルヴィの起こしたクーデターでひっそり殺されている。

 

 名前 アリア・クロイツ

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 能力 ミッドチルダ式の魔法、ただしランクは高くない

 

 十四歳。管理局の歴史上、最年少で中将まで昇進した期待の新人。

 本人が強者というタイプではなく、人を使う事がこの上無く上手い人。

 

 ……なのだが、ミッドチルダでの政略はともかく、魔都の戦乱では力不足だった。相手が悪すぎだったし、彼女が輝くのは一番よりもNo.2である。

 あの膨大な戦力で勝ち切れなかったのは、結果的に柚葉の傍観が原因である。

 

 作者的には書いていて楽しかった人物。その小憎たらしい様は、装甲悪鬼村正の『足利茶々丸』を目指して書かれたものだった。

 

 名前 太っちょの中将閣下

 所属 時空管理局

 死因 不明(???)

 初演 第三話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 能力 近代ベルカ式の魔法

 

 最近、金髪少女に階級が並ばれ、穏やかでいられない先任中将。

 不摂生な見た目とは裏腹に武闘派であり、エルヴィが直接暗殺しに来た際、まさかの返り討ちにしている。

 多分、何処かで生き残って再起を目論んでいる。ティセやアリアが生きている事に気づいておらず、「生前は小憎たらしかったが、死んでしまったら仏だ」と二人の仇を取る事に情熱を燃やしているとか。

 

 名前 フェイト・テスタロッサ

 所属 無所属→時空管理局→無所属(New)

 死因 一度も死んでない為無し

 初演 第二十二話

 出典 魔法少女リリカルなのは

 

 恐らく今作で最も人生を狂わされた魔法少女。

 母親のプレシア・テスタロッサは生きているが、永久冷凍刑であり、今後の高町なのはとの熾烈な闘争が期待される。

 悪堕ちしたフェイトさんの活躍はこれからだっ!

 

 ご期待通りになのは相手に大暴れした。悪堕ちしたフェイトちゃんの新しい一ページを二次小説界の歴史に刻んだと豪語する。作者が思っていた以上に凄まじかった。

 ただ悲しきかな、結局スターライトブレイカーによって撃ち落とされた。なのはとお友達になる為にはあの破滅の光を浴びるしか無いのだろうか、全作者が泣いた!

 

 多くの人が秋瀬直也が救ってフラグを打ち立てると予想していたが、彼女を救えるのはなのはさんだけでしたというオチ。

 というか、ただでさえ不憫な境遇のフェイトちゃんを更に酷くするとか、悪鬼羅刹の所業じゃね?

 

 名前 副長

 所属 川田組

 死因 ???

 初演 六十話

 出典 ジョジョの奇妙な冒険

 能力 『過去の遺産(レガシー)』

 

 二十四歳、川田組のスタンド使いの中でのナンバー2。

 

 水色の髪、手入れされた髭、雨玉模様入りの独特の背広。

 

 豊海柚葉の居場所を突き止められる能力者なのだが、それを行う前に全て終わってしまったのでお役御免となっってしまった。

 本編後はスピードワゴン財団宜しく、秋瀬直也のバックアップに全力を尽くしているとか。

 『魔術師』の方の縁は切れたが、秋瀬直也に押し付けられた厄介事に協力するので、表面的には従来の関係と同じである。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04/彼女と彼の結末

「――吉野御流合戦礼法『迅雷』が崩し」

《蒐窮開闢(おわりをはじめる)、終焉執行(しをおこなう)――》

 

 それは鞘と刀身の間に強烈な磁力反発を生じさせ、抜刀斬撃として解き放つ至高の一刀。一度放たれれば如何な堅牢な城塞とて一太刀で両断する必殺の機構。

 

『……馬鹿な。その陰義は……!?』

《――御堂! 避け、いや、あれを撃たせるなァッ!》

 

 敵手の劔冑から悲鳴のような金打声が発せられるも、余りにも初動が遅かった。

 

「――電磁抜刀・穿(レールガン・ウガチ)ッッ!」

 

 放たれた光速の野太刀は重力制御の障壁を虚空の如く引き裂き――遂にあの白銀の劔冑を両断して撃ち落とし、『三世村正』はその使命を全うした。

 

《――母様(かかさま)……!》

《……見事な至芸だ、冑が娘よ……》

 

 再び世に解き放たれた『二世村正』を、世を地獄に染めるその前に、その手で誅殺する。帝から授かった朝命を、『三世村正』は遂に果たしたのだ。

 

『……かな、で……』

 

 『二世村正』の仕手の断末魔は、呆気無く掻き消された。

 ――そして、魔王を殺して英雄となった少女は『善悪相殺』の戒律の真の意味を知る事となる。

 

「……お兄様、お兄様ぁ……! ――っっっ!?」

 

 ――愛する者を殺したのならば、憎む者を殺すべし。

 世界を滅ぼす魔王を殺したのならば、村正の戒律はその英雄を許さず、新たな魔王として世界を殺戮するのみ――。

 

「あ、あ、あああああああああああぁ――!?」

《御堂!?》

 

 これは英雄の物語。白銀の魔王を討ち滅ぼし、その代償に世界を殺戮する真紅の英雄の物語。何もかも救いが無い、湊斗奏の物語――。

 

 

 

 

「あ、やばっ。何か来ちゃった」

 

 

 

 

「……最近はますます偏向報道が増すばかりだな」

「情報はいつの世も権力者に都合良く加工されて出される。だが、此処まで露骨ではいずれ民衆も気づいてそっぽを向かれるだろう」

 

 同じソファに座りながら、湊斗忠道は褐色の肌に白髪、すらりと伸びた長い耳が特徴的な赤い着物姿の少女――人間形態の『銀星号』と共に報道番組に目を通す。

 とは言え、一つ一つのニュースを取っても酷いものだった。素人目から見ても、望みの方向性に誘導しようと偏り過ぎている。

 年々テレビの報道は詰まらなくなっていくと、湊斗忠道は嘆かずには居られなかった。

 

「……それにしても、此処まで現代に順応するとはな、村正」

「何を言う。我々鍛冶師は時代の流れには敏感だ。古錆びた骨董品扱いしてくれるな、我が仕手よ」

「……ふむ、いやまぁ許せ。常に人間形態でテレビを見て寛いでいるお前など、欠片も想像出来なかったからな」

 

 蝦夷人の特徴的な赤い服装はお馴染みだが、暢気にテレビ鑑賞している姿は至高の劔冑である事を忘れさせる。

 ……尤も、人間形態を取るようになったのは、この世界に転生してからだが――。

 

「待騎状態の女王蟻姿では必要以上に目立つから仕方なかろう。……まあ、この世界では蝦夷人(ドワーフ)も珍妙極まりないようだがな」

「……此処には耳長の人間など存在しないからな」

「どうだか。此処まで高度に情報化された社会でも異能どもは隠れ住んでいるだろう?」

 

 完全に否、と断言出来ないのがこの魔都の悲しい処である。

 原作からして先天的な吸血種『夜の一族』が存在する魔境なのだ、探せばそれぐらい幾らでも居るかもしれない。

 

「例外中の例外だ。特にこの街は――っっ!?」

 

 ――それは性質の悪い冗談だった。

 

 その夜、その瞬間、湊斗忠道は確かに知覚した。してしまった。

 己の中で頑なに封印している『金神』の力、それと同規模の存在の出現を彼の人ならざる感覚が察知した――。

 

「御堂!」

 

 その事は彼の劔冑である二世村正も感知し、白銀の甲鉄の女王蟻姿に戻った彼女を即座に装甲し、湊斗忠道はその座標へと飛翔した。

 

『……これは一体どんな冗談だ? オレの他に『金神』の力を持つ者が現れるなど――』

《あれほど不条理な力だ。何が起こっても然程不思議では無いがな》

 

 彼の二回目の世界で『金神』の力を手にしたのは湊斗忠道だったが、平行世界の可能性は文字通り無限大である。

 彼の世界が原作通りにいかなくとも、『装甲悪鬼村正』の物語が正史通りに奏でられた世界は無数に存在するだろう。

 そして数百年単位の時間旅行すら可能とする『金神』の力だ、世界の壁を乗り越えて現れる程度の事は容易としか言えない。

 

 ――少なくとも、『金神』の力を手にした者は二人居る。

 

 一人は『銀星号』を駆る湊斗光。本家本元であり、彼女と敵対するのならば死を覚悟するしかあるまい。

 何しろ、劔冑は互角というより同じで、仕手の技量の次元が桁外れなまでに隔絶しているという、最初から絶対に敵わない相手だからである。

 もう一人は英雄になった湊斗景明。こっちは違う意味で最悪である。『銀星号』という魔王を倒したが為に、善悪相殺によって人類を総滅させた。

 

『……湊斗光か、湊斗景明か――いずれにしろ、ただで済みそうに無いな』

《あの世界の未来における冑(あれ)の仕手か、冑(あ)が娘の仕手か――相手にとって不足は無いな》

 

 話し合いで事が済めば、それが最善であるが――淡い期待を抱きつつ、次元を超越して現れた予期せぬ来訪者をその眼で視認する。

 

 ――その特徴的な武者姿には、見覚えがあった。懐かしいとさえ言える。

 

 その真紅の武者は『三世右衛門尉村正』であり、此方の『銀星号』と同じように宙にぴたりと静止していた。

 

 ――通常の武者は背中の合当理を噴射させて推進し、騎航する。

 宙に静止し続ける法外な真似など、背伸びしようが出来るものではない。

 

 『二世村正』の陰義である『引辰制御(グラビトン・コントロール)』を得た『三世村正』。

 その時点で、英雄となった湊斗景明の可能性が濃厚であり、されども、湊斗忠道は一目でその仕手が誰なのか、見抜いてしまった。

 

『……馬鹿な、そんな事が……!?』

《……考えようによっては、これも心甲一致か――》

 

 幾ら武者姿であろうが、彼が彼女を見間違う訳が無い。だが、同時に彼女の心は此処に居ないと理解してしまった。

 

『――在り得ない。何処をどう間違えば、奏が英雄となる……!?』

《御堂を殺して英雄となった平行世界の成れの果てが、あれなのだろうよ》

 

 この『金神』の力を得た『三世村正』の仕手は、湊斗忠道の妹である湊斗奏であり、村正一門の劔冑に付属されている精神干渉の力で無我の領域に至っている。

 

 ――つまり、この妹は、自分を殺し、その代償に世界を殺戮し尽くし、次なる世界に跳躍した事に他ならない。

 

《『善悪相殺』に対する解答の極致か、冑が娘よ》

 

 ――相手からの返答は当然の如く無い。

 

 今、『三世村正』が静止しているのは戦闘態勢を整えている最中であり、諸々の制御と処理が終わり次第、機械的に自動的に仕掛けて来るだろう。

 

《――前世からの因縁だな。いや、あれが御堂の前に立ち塞がるのは最早必然か》

 

 湊斗忠道にとって、湊斗奏は『善悪相殺』の戒律に縛られる、この世でたった二人だけの相手である。

 『二世村正』と結縁した事によって敵対し、一族の使命に従って自身を殺そうとした妹を、彼は未だに愛している。

 だが、前世と同じ逃げ道は使えまい。自身を埋葬して『善悪相殺』を回避しても、この妹は構わず世界を殺戮するだろう。そんな事は断じて許せなかった。

 

 

 此処に世界の次元を超えて、妖甲『村正』対『村正』が再び実現する。

 

 

 ――戦の開幕を告げたのは、『三世村正』から解き放たれた磁力操作による精神汚染波の大嵐だった。

 

《これは、汚染波かッ! それも途轍も無い濃度の……!》

 

 刀を納刀し、鍔鳴り音に乗せた磁気汚染は最早物理的な現象として天空を歪曲させて渦巻き、全世界に拡散しようとする。

 

 ――吉野御流『刃鳴』が崩し、『祝(コトホギ)』。

 

『……ッ!? 村正、全力で相殺しろッッ! 人類総自決させられるぞ!?』

《――諒解ッ! 辰気収斂!》

 

 『二世村正』も重力操作による精神汚染波を最大出力で練り出して相殺させる。

 一見して大嵐は過ぎ去ったように見えるが――『銀星号』が討たれれば、全世界に拡散した磁力汚染によって一人残らず玉砕させられる未来が待ち受けている。

 

 ――発生源を断たない限り、人類に未来は無い。

 

『奏……!』

 

 届かぬと知っても、彼女の名を叫ばずには居られなかった。

 最愛の妹にこれ以上殺戮させない為にも――此処で討つしか無かった。

 

 

 

 

 ――白銀の流星と真紅の流星が絶え間無く激突し、交差する。

 

 8の字の軌道を描き、その交差点で刃を交わす『双輪懸』――などまるで無視し、重力操作によって不規則に変則的に飛行し、互いの甲鉄を削っていく。

 一撃一撃の衝突によって空間そのものを激震させ、二騎の戦いの苛烈さを地で見物する彼等に思い知らせる。

 

「――互角、いや、最悪な事に『三世村正』の仕手の方が一枚も二枚も上手だな」

 

 『魔術師』は舌打ちする。異なる世界から現れた英雄は、『銀星号』を駆る湊斗忠道を上回っていた。

 騎体性能こそは互角だが、仕手の技量に圧倒的な差がある。いや、問題は技量などでは無く、互いの心境にある。

 

 ――どういう訳か、今の湊斗忠道は不完全だった。

 

 相手に対する躊躇が、処々に見られる。ただでさえ敵は目に当てられないほど格上なのに、そんな甘さがあっては敗北は必定である。

 

 対する『三世村正』の仕手には一切の躊躇も無い。完全無欠の無我の境地、武芸者として神仙の域に到達している。

 恐らくは劔冑が仕手の心を精神汚染する事によって心甲一致を成し、思考と反応の無駄を極限まで削ぎ落としている結果だろう。

 

「助けに行かなくて良いのー? このままじゃ銀色の人、落とされるよ?」

「レヴィの言う通りです。どうします? 師匠」

 

 『魔術師』と同じく、遠からずに『銀星号』が敗北するという最悪の結論に至ったフェイト・テスタロッサを模した力のマテリアル、レヴィ・ザ・スラッシャーは進言し、理のマテリアルであるシュテル・ザ・デストラクターもまた追随し――『魔術師』は気怠げに首を横に振った。

 

「……誰が師匠か。それは良いとして、誰が行っても足手纏いになるだけだ。あの野太刀の殺傷圏内に入った瞬間に斬り伏せられるだろうよ。遠距離からの支援も同様だ。『三世村正』の矛先が此方に向けられたら誰も生存出来ないな」

「……では、どうすると言うのだ? あの塵芥が撃ち落されるまで暢気に見物か?」

 

 不満そうに顔を顰めたロード・ディアーチェは声を荒げる。

 傲慢そうに見えて、何処までも甘い王様を『魔術師』は好ましく思う。

 

 ――『銀星号』の動きはまだ捉えられるが、『三世村正』の動きは捉え切れない。行動の起こりが見えず、気づいたら攻撃を受けているケースが多々あった。

 その点を分析する限り、今の『三世村正』の仕手は英雄になった湊斗景明ではなく、更に最悪な事に湊斗光に匹敵する法外な仕手であると認めざるを得ない。

 

「湊斗忠道には独力で何とかして貰うしかないな」

 

 ただ、湊斗忠道が撃墜されたその瞬間、相殺していた精神汚染波が全世界に拡散してしまい、完全に詰んでしまう。

 今現在の状況は、『ワルプルギスの夜』が襲来したあの時よりも酷かった。

 既に『教会』や残りの有力な転生者達に連絡して集結しようとしているが、この分では間に合いそうに無いだろう。

 

「――ランサー、エルヴィ、湊斗忠道が討ち取られたら、奴の死骸諸共『原初の炎』で吹っ飛ばす。ディアーチェ、シュテル、レヴィは『三世村正』をひたすらバインドで拘束して行動を阻害、ランサーは宝具を、エルヴィは奴の電磁抜刀を全力で妨害しろ」

 

 言葉では湊斗忠道の敗北後と言っているが、『魔術師』は湊斗忠道が敗れる寸前に諸共葬る気満々だった。

 マテリアルズの三人娘は良く理解していなかったが、ランサーとエルヴィは何となく察していた。

 世界全てと『銀星号』唯一人、『魔術師』が最小限の犠牲を選択するのは言うまでも無い――。

 

「ランサーのゲイ・ボルクで仕留められなかった場合は、死を覚悟しろ。精神汚染波で人類総玉砕する羽目になる」

 

 威力には自信のある『原初の炎』に心臓を必ず穿ち貫く宝具――それでも、あの『三世村正』は対処しかねないと『魔術師』は冷静に戦力分析して危惧する。

 

(躊躇している余裕は何処にも無いぞ、湊斗忠道――)

 

 ――『銀星号』が片付けてくれるならば、最悪の事態は免れられる。

 恐らく『善悪相殺』で彼自身の命を支払う事になるだろうが、皆殺しの最中である『三世村正』が勝利するよりは幾分もマシである。

 

 勝負は何方かが全力での陰義を放つ機会が得られた瞬間に決まる。

 

(どうするんだ? 『銀星号』の陰義の破り方は既に判明しているが、『三世村正』の電磁抜刀は如何に対処する――?)

 

 辰気の地獄である『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』は騎体制御が一瞬でも出来れば『電磁抜刀・穿』によって破れる。

 ならば、その逆――如何なる存在をも斬り伏せる『電磁抜刀・穿』は如何にして破るのか?

 

(耐久特化の『正宗』でさえ耐えられない至強の一撃。撃たせない事こそ一番の対策であるが――)

 

 一度放たれれば、成す術無く斬り伏せられるだろう。それが至高の劔冑である『銀星号』であっても同じ事である。

 これを相殺出来た一閃は、同じく『電磁抜刀・穿』のみであり――この必殺の機構を破らない限り、『三世村正』には勝てない。

 

(――撃たせずに倒す事が出来たのは過去の話だ。今の『三世村正』の騎体速度は『銀星号』に匹敵する)

 

 どういう訳か、磁力操作だけではなく、『銀星号』の陰義である重力操作も『三世村正』は用いて戦っている。湊斗景明が仕手で無いのに関わらず、それを得た経緯など想像すら出来ないが――。

 最高速度では未だに『銀星号』が僅かに上回っているが、再生能力では圧倒的に下回っている。

 『銀星号』は全ての性能において突き抜けている至高の劔冑だが、再生能力と防御性能だけは突き抜けて疎かだ。僅かな損傷が致命打となる。

 完璧な劔冑など存在しないという証左であり、長期戦になればなるほど『銀星号』の優位は消え去っていく。

 

(……まずいな。『金神』の力も相乗して、今の『三世村正』の再生能力は桁外れている) 

 

 損傷した傍から逐次再生して完全に復元する『三世村正』と、小さな損傷が蓄積して性能を下降させていく『銀星号』――分の悪い賭けを早期に出さざるを得ないのは明白だった。

 

 

 

 

『――『電磁加速(リニア・アクセル)』に『辰気加速(グラビティ・アクセル)』……理由は解らぬが、此方の能力の一端を保有している?』

《なれの妹が辿った世界では、野太刀を八つに分割して卵を植えてバラ撒いたのか?》

『さてな。敵に塩を渡す真似など、ただでさえ余裕の無いオレがするとは考えにくいが、此方の陰義を操れるのは違えようの無い事実だ……!』

 

 己が劔冑との皮肉の応酬、だが、戦況は刻一刻と敵手に傾きつつあった。

 衝突し合う毎に互いの甲鉄は損傷するが、『銀星号』の再生能力が戦闘中に発揮される事は無く、『三世村正』の罅割れた甲鉄は瞬く間に修復される。

 全くもって巫山戯た存在だった。同じ『金神』の力を持ちながら、どうにも目の前の敵手は再生能力に特化していた。

 

 無論、最大の泣き処は其処では無いが――。

 

『……だが、奏がこうなっている以上、これが辿った世界ではオレ達は彼女の手で討ち取られている。つまり――』

《御堂の言っていた、冑が娘の必勝手にして至芸『電磁抜刀』を開眼している可能性が濃厚という訳か》

『そういう事だ。使われたら間違い無く終わる……!』

 

 そう、一撃で何もかも一切合切終わらせる終の秘剣を持ち得ている可能性が大いに高かった。

 それ無くして『銀星号』は落とせない。『天座失墜・小彗星(フォーリンダウン レイディバグ)』と『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』を破れない。

 

 だが、逆に言えば――それさえあれば、『銀星号』の必勝手は単なる敗北手に貶される。英雄となった湊斗奏は確実に『銀星号』を斬り伏せるだろう。

 

 早々に切り札を切らなければ勝機を見い出せない状況なのに、迂闊に陰義を繰り出せば敗北する。

 それ故に、敗北を先延ばす行為だと知りつつも、陰義を繰り出す隙を作らせないように、無謀な接近戦に興じている。

 

《だが、長くは持たないぞ……!》

『解っている! だが――!?』

 

 ――そして、互いに尋常ならぬ重力を乗せた剣打と拳打が真正面から衝突した時、如何なる法則が働いたのか、特大の精神汚染波が瞬時に駆け巡った。

 

『これは、何だ……!? 共鳴だと――!?』

《御堂ッ! 気をしっかり持て……! 飲み込まれるぞっ!?》

 

 劔冑の守護すら貫く強く激しい共振、如何に同系統の劔冑とは言え、此処まで共鳴する事は在り得ないが――瞬く間に意識が飲み込まれ、湊斗忠道は一瞬にして彼女が辿った道を理解してしまった。

 

『これ、は――』

 

 『三世村正』の陰義をも利用して、自害によって『善悪相殺』が発動しない地点まで埋葬した『銀星号』――そして、それに呼応して地上に出現した『金神』と戦う『三世村正』の姿。

 ちょこまかと飛び舞う『三世村正』を始末するべく、『金神』は漂流物から必要な存在を取り繕い、復元させて自身の脳に据える。

 

《何と……?!》

 

 神の如く異形は姿を変え――黄金は、白銀の劔冑へと変わる。

 『金神』が模したのは、奇しくもこの世界から退場した己達、『銀星号』と湊斗忠道だった。

 見に覚えの全く無い事態、だが、死者を復元させて模したのならば、その行動原理は自分達とほぼ同一であり、再び『三世村正』との死闘に駆り出され――至高の一刀『電磁抜刀』によって討ち取られた。

 

『……お前は、オレが自決した後の……!?』

 

 そして、世界に地獄が顕現した。『三世村正』の仕手である湊斗奏は『善悪相殺』の戒律によって代償を支払う事になる。

 彼女は無想の境地にて、大義を以って大敵を討ち取ってしまった。それ故に、白銀の魔王を討ち倒して支払うべき代償は人類全てでも尚足りなかった。

 

『……オレが、お前を英雄にしたというのかァ――ッ!』

 

 これが事の顛末、湊斗忠道が『善悪相殺』の戒律を死して踏み倒した結果がこれであった。

 余りにも愚かで、余りにも救いの無い結末――誰一人望まず、世界全てを殺戮して遭いに来た、英雄・湊斗奏の物語だった。

 

 

 

 

 ――湊斗奏は実の兄である湊斗忠道を愛していた。

 

 それは肉親としてではなく、一人の女性としてだった。

 いつからかはもう覚えていないが、それが人の道理・道徳から外れている事を自覚し、ただひたすら胸の奥に仕舞い込んだ。

 

 家から婚約が取り決められ、それでもその人を愛し、幸せの絶頂を迎える兄――奏には、正視する事が出来なかった。

 

 一度感情が溢れ出せば、途方も無い嫉妬と憎悪を撒き散らす事となる。それだけは、彼女自身が許せなかった。

 どうして兄である湊斗忠道を愛してしまったのか。どうして愛した者が兄だったのか。彼が兄でさえ無ければ、実力行使で幾らでも奪えたのに、無力な女など一蹴して手に入れられたのに――神という存在がもし実在するのであれば、何度呪い殺せただろうか。

 

 ――諦めていた。彼が彼女の兄である限り、この想いは間違っているのだと。湊斗奏に勝ち目は無いのだと。

 諦め切れない想いでも、生涯隠し通せた。人並み外れた尋常ならぬ自制心が、それを可能とさえしていた。されども、運命は彼女に好機を与えてしまった。

 

 ――湊斗忠道の伴侶たる女は殺害された。

 

 内心、狂喜乱舞した。相応しい惨めさで果てたのだと、神に祈りが通じたのだと彼女は喜んだ――兄が復讐の為に、家に奉納された呪われし妖甲を手に取るまでは。

 そして彼女もまた、一族の使命を完遂させるべく、『三世村正』の仕手として『二世村正』を討ち取るべく送り出された。

 

 一族の者は致命的なまでに履き違えていた――彼女に、兄を討ち取る気など欠片も無かった。

 

 ――逆に兄を死なせまいと奔走した。

 兄は『善悪相殺』の戒律を以って、仇敵を殺して自身の命を差し出そうとしているのは明白であり――逆に言えば、その仇敵さえ居なければ『善悪相殺』を無視出来る。

 あの女の仇を討つ事など興味も欠片も無いし、むしろ不本意であったが――あの女の為に兄を殺させる訳にはいかない。真っ先に赴いて、彼女は兄の嫁を殺した代官を蟻を踏み潰すかのように殺した。

 

 これで、兄を殺せる者は居ない。兄の心を捕らえる者は誰も居ない。

 

 後は邪魔な劔冑を鋳潰し、兄をその手に入れる。彼女を妨げる者は最早何も無かった。

 けれども、兄は彼女の想いに気づかず、すれ違う。己の身を『善悪相殺』が発動しない地点まで埋葬し、自害してしまった。

 

 ――崩れ落ちる歯車、兄の残り香を求めて、地下深くに埋まっていた神に匹敵する存在『金神』と戦闘し、再び兄に巡り合う。

 

 されども、それは単なる写身だった。中身の無い外見だけの存在の癖に、戦闘力だけは一級品であり――その神じみた力を手にすれば兄の蘇生すら可能だと奏は盲信した。

 

 

 無我の境地に達し、秘めたる魔剣をもって神の化身たる存在を仕留めて――湊斗奏は最期の一手を致命的なまでに履き違えた。

 

 

 姿形だけ兄に似ている何かに一切興味を示さなかったが、彼女を湊斗忠道の妹という運命を与えた神なる存在だけは際限無く憎悪していた。

 つまりは、実の兄を除いて、それだけは彼女にとって『善悪相殺』の範疇だったのだ――。

 

 

 

 

《――御堂ッ!》

『……っ!?』

 

 現実時間として一瞬にも満たない空白の時間――されども、陰義を発動させるには十分過ぎる絶好の隙だった。

 

《蒐窮開闢(おわりをはじめる)、終焉執行(しをおこなう)、虚無発現(そらをあらわす)――》

 

 放たれてはならない終の魔剣の準備が今、成されてしまった。

 その最速の剣閃は、人外筆頭の湊斗光とて捉え切れない。突然変異の複眼を持つ大鳥香奈枝でなければ捉え切れず、更に言うなら、視覚出来たとしても致命打は避けられない。

 回避も防御も不可能。今更『金神』の力を用いて、空間を歪めて距離を離そうとした処で、歪めた空間さえ断ち切られて四散する事になろう。

 

 ――それは『銀星号』の最大の陰義である『飢餓虚空・魔王星』も例外では無い。

 

 回避も防御も相殺も不可能。その全てを乗り越えて『三世村正』を仕留める為の理論が必要となる。

 

『――村正ァッ!』

《蒐窮開闢(おわりをはじめる)、終焉執行(しをおこなう)、虚無発現(そらをあらわす)――!》

 

 『銀星号』の顔の甲鉄が今初めて開かれ、女王蟻の胴体のような合当理に相当する部分が展開される。

 此処に『銀星号』を中心に擬似的なブラックホールが形成され、『三世村正』を飲み込もうと猛威を振るう。だが、騎体制御を奪うには余りにも遅すぎた。

 

 ――『三世村正』の必殺の術式は既に完成していた。

 

《電磁抜刀・穿――!》

 

 光速の剣閃は無限の闇を無造作に斬り裂き――この無謀な賭けは『銀星号』の勝利だった。

 湊斗景明が駆る『三世村正』と、湊斗奏が駆る『三世村正』の差異は二点。湊斗奏の『三世村正』には『金神』の力を持っている事、そしてもう一つは野太刀が『虎徹』じゃない事に尽きる。

 

 ――果たして足利茶々丸の命が吹き込まれた『虎徹』じゃないただの野太刀は、『飢餓虚空・魔王星』を打ち破る程の、原作通りの性能を誇るのだろうか?

 

《――!?》

 

 答えは否である。湊斗忠道が駆る『銀星号』にとって唯一の勝機がそれだった。

 『電磁抜刀・穿』は『飢餓虚空・魔王星』の術式構成を完璧に斬り裂いたが、中心に位置していた『銀星号』を斬り伏せるには至らなかった。

 

『奏……!』

《辰気収斂……!》

 

 されども、無傷ではない。罅割れていない箇所など何処にも見当たらないし、むしろ、墜落しなかったのが奇跡という損傷具合である。

 だが、『銀星号』は止まらず、全身全霊の重力操作によって単なる一撃を必殺の領域に昇華させる。

 

『――吉野御流合戦礼法『月片』が崩し』

 

 高度が圧倒的に足りない。それを魔剣の域に高めるには余りにも足りないが、全身全霊の陰義を打ち放ち、硬直している『三世村正』に引導を渡す機会は今この時しかあるまい――!

 

『天座失墜・小彗星(フォーリンダウン・レイディバグ)!』

 

 突き詰めて言えば、重力加速からの前転踵落としであり、それが不可避の速度を以って繰り出され――『三世村正』に直撃し、炸裂する。

 

 ――二領の、真紅と白銀の劔冑は共に地に墜落したのだった。

 

 

 

 

『……ぐ、がァ……!? 村正、奏、は……!』

 

 地に墜落し、白銀の甲鉄が無惨に砕け――生死を彷徨っている最中である湊斗忠道は敵の生死を己が劔冑に真っ先に問う。

 自身の損傷、そして現在の騎体状況よりも、その方が先決だった。

 

《……高度が、足りなんだな。どうやら、まだまだ、健在のようだ……!》

 

 己の劔冑からの絶望的な報告の後に、目視にて敵騎体を確認する。

 『天座失墜・小彗星』を受けて墜落し、自身よりも遥かに強大な力で地面に叩き付けられたが、『三世村正』はその足で立ち上がり、甲鉄の損傷は少しずつ修復している。

 一撃で仕留められない限り、この『三世村正』は幾らでも再起してしまうだろう。最早瀕死の湊斗忠道に打つ手は無かった。

 

 ――いや、最初から打つ手など一つだったのかもしれない。

 

 仕留め切れなかったのも、高度以前の問題だった。最初の前提から間違っている。

 湊斗忠道に湊斗奏を殺す事は、前世からして不可能だ。不可能だからこそ、地下深くに埋葬して自害したのだ――。

 

『……そう、か。――村正、オレは今まで『善悪相殺』の戒律を無視し続けていたが、最後の最期に頼るようだ……』

《……御、堂。何を――?》

『あれは、オレの罪の具現だ。『善悪相殺』の戒律に背き続けたオレの――あれの悪夢は、オレが終わらさなければならない……』

 

 その矛盾を超えて、英雄となった湊斗奏を殺さなければならない。

 それ故に、それを満たす魔剣論理は唯一つだけであり、これだけは真似をするまいと湊斗忠道は強く誓っていただけに皮肉な話だった。

 仕手の意図を察した『銀星号』は絶句し、されども、その金打声は優しげに奏でられた。

 

《……勝手な奴だ。あれほど我等村正の戒律を無視して――最後の最期に殉ずるか》

『……済まないが、また付き合ってくれ。村正』

《……ああ、また何処までも――》

 

 そして『三世村正』を見据える。自身の甲鉄の損傷の修復に全力を尽くし、機を待ち構えている。

 様々な想いが去来する。前の世界での最愛の妹、一族の掟に従って自分を討ち取りに来た妹、そして英雄になって世界を殺戮した最大の犠牲者――だが、終ぞ言葉は出なかった。そんなものは必要無かった。

 

 ――湊斗忠道は心底憎悪する。

 最愛の妹を英雄にしてしまった原因を、全身全霊で呪う。

 

《……?!》

 

 だから、心底憎悪してその心臓を穿ち貫く。自分自身の手で、完璧な致命傷を施して殺害する。それ故に、絶対の『戒律(ルール)』が発動する。

 

 ――魔剣の話をしよう。魔剣とは理論的に構築され、論理的に行使されなければならない。

 

 

 『善悪相殺』、憎む者を殺したのならば、愛する者も殺すべし。

 

 

 熱量欠乏した四肢に力が灯る。死して尚も遺る想いを胸に『銀星号』は飛翔する。

 『三世村正』は猛然と返しの業を繰り出し――否、何もかも無意味だった。

 

「――ぁ……」

 

 この魔剣は『善悪相殺』の戒律を逆用し、この世で最も憎悪する己の命と引換に、この世で最も愛する者を必ず殺める。

 この魔剣が、『善悪相殺』の掟が、愛の実在を証明する。

 

「――さ、ま。お兄様……!」

 

 

 

 

 そして在り得ない事に、湊斗忠道は再び眼を開いた。

 全身という全身に痛みが生じ、それが皮肉にも自身の生を証明する。

 

「――逝き損ねたようだな、湊斗忠道」

「……神咲悠陽。お前が……?」

 

 傍らには『魔術師』が立っており、『二世村正』は人間形態に戻り、気を失った湊斗忠道を膝枕していた。今の自分と同じく、ボロボロといった有様だった。

 

 ――湊斗忠道は確かに、自身の心臓を穿ち貫き、致命傷を施した。自身を殺害したが故に『善悪相殺』の戒律が発動し、湊斗奏を殺害し得た。

 

 ならばこそ、今、此処で生きている事は異常に他ならず、疑念の視線を『魔術師』に送り、彼は首を横に振った。

 

「いいや、死者蘇生は『魔法』の領域だ。……いや、五つの『魔法』でも完全な死者蘇生は不可能だったな。――これは愛の奇跡、とでも評するべきかな?」

 

 『魔術師』は匙を投げて気怠げに笑う。世界の滅亡の危機が去った安堵も混じり、適当に解説する。

 

「……『魔術師』のお前が、愛を万能の如く語っては、名折れだな」

「何を言ってるんだ、愛に勝るものなんてこの世界の何処にも無いだろうに。それの前では最強も最悪も神様も形無しだ」

 

 余りにもらしくない『魔術師』の言葉に苦笑し、咳き込む。不条理にも生きているとは言え、死の一歩手前なのは変わりないようだ。

 

「奏――『三世村正』は?」

「欠片一つ残さず消え失せたよ。死んで消滅したのか、元の世界に戻ったのか、肉の最後の一片まで愛する者に捧げたのか――その解釈は君に任せよう」

 

 必要事項を言うだけ言って、『魔術師』は「少しは身体を愛えよ」と言い残して去る。

 そしてこの場には湊斗忠道と二世村正のみとなる。

 

「奏……オレに、生きろと言うのか――」

「……御堂」

 

 遥か彼方に去った妹を想い、目を瞑る。様々な想いが胸に蘇り、去来していく。

 

「……どうやらもう少しだけ、付き合いが伸びたようだな」

「……ああ、腐れ縁も此処まで来れば清々しいものだ」

 

 互いにボロボロになりながらも、湊斗忠道は『二世村正』と屈折無く笑い合う。

 

「何処まで行っても『善悪相殺』の戒律は付き纏う。御堂が何処まで足掻けるか、最期まで見届けよう――」

「……そうか。ならば、また彼方まで付き合ってくれ。村正、オレの劔冑よ――」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05/日常の一ページ

 

 

 

 

「――という訳で勝負だー!」

「……一体、どういう訳だ?」

 

 とある日常の昼下がり、今日も無駄に元気一杯なレヴィは屋敷内ではしゃぎ、誰の眼から見ても無謀な提案をした。

 『魔術師』は冷たい麦茶を飲みながら、呆れた顔で問う。

 アホの娘扱いが板に付いたレヴィが突飛な事を言い出すのは今に始まった事では無いが、流石にその自殺願望をお望み通り叶える訳にはいかない。

 

「模擬戦の相手ならランサーかエルヴィが居るだろう?」

「嫌だよ! ランサーは幾ら撃っても軽くあしらわれるし、エルヴィは幾ら撃っても倒せないしっ! 二人共ずっるいんだからぁ!」

 

 ランサーには『矢避けの加護』があるので遠距離魔法は全て封殺され、埒が明かないと接近戦を挑んで返り討ちに遭うのが関の山である。

 エルヴィに関しては無敵の耐久性を誇るので、何もせずに耐えるだけで決着する。

 正直、見ていて面白くなかったが、根負けして凹んだレヴィの姿は傑作だったと『魔術師』は思い出す。それ以降、レヴィがエルヴィに模擬戦を挑む事は無かったと付け足す。

 

「……それで私の方に来た、と」

「そうさぁ。べ、別にこの前の仕返しをしようとか、そういうつもりは欠片も無いよっ!」

「……こういうのを、愛すべき馬鹿と呼ぶべきかねぇ?」

 

 未だに最初にフルボッコにした事を根に持っているのか、と私服姿のシュテルとディアーチェの二人に態々振り向く。

 特にディアーチェの反応が顕著であり、大方ディアーチェが考案し、シュテルが入れ知恵して此方の戦力を探ろうという魂胆だろう。

 

「だが、私を模擬戦の相手にするのは無駄だぞ?」

「あ、勝てる自信無いんだぁ。それで逃げちゃう訳だぁー、大人ってずっるーい」

「概ねその通りだ」

 

 

『え?』

 

 

 その声は、レヴィを除く全員、つまりはシュテルにディアーチェ、エルヴィにランサーからだった。

 

「……何故、其処で全員から疑問の声が上がる?」

「いやだって、レヴィちゃん相手にご主人様が負ける光景なんてどう頑張っても思い浮かべないですよ?」

「エルヴィひっどーい!? 僕だって強いんだぞぉー!」

 

 ぷんぷんと膨れながらレヴィはエルヴィに抗議し、「はいはい、レヴィちゃんは強いですねー」と適当に宥める。

 

「不可解ですね。私達と戦って、師匠が負けると?」

「……いつから私はお前の師になったんだ? シュテル」

「貴方は高町なのはの戦いの師匠です。ならば、師の師は私の師匠同然です」

 

 シュテルの発言に『魔術師』は頭を抱えながら「……いや、その理屈はおかしい」と突っ込むのだった。

 

「……お前達のオリジナルは規格外の中の規格外だ。こんなのが血筋の積み重ねではなく、突発的に産まれるとか魔術師の私に喧嘩売ってるだろう? これが前の世界だったら、捕獲して解剖して標本にするか、次代の後継者を産む為の胎盤にしている処だ」

 

 尤も、神咲の魔道を自分の代で終わらせる事を決意している彼は後継者など知った事じゃなく、後者の方は在り得ない選択肢であるが――。

 

「私達魔術師は魔術的な備えに対しては万全だが、貴様等の魔法のような科学はお門違いだ。そもそも、飛翔する事が出来ない時点で同じ土俵に立てないからな」

「えー? それ言ったらランサーは飛べないのに勝てないよ?」

「神代の英霊と現代の魔術師を比べる事自体が間違いだ」

 

 レヴィの反論に、『魔術師』は全力で呆れながら返す。

 神代の時代に傑出した英雄として名を遺した者と、現代社会の文明発展に追い付かれた近代の魔術師など比べるまでも無い。

 

 その『魔術師』の自虐とも言える弱者発言に「待った」を掛けたのは、彼女達マテリアルの王、ディアーチェだった。

 

「ちょっと待て。我は最初の時、飛んでいたらいきなり墜落(おと)されたぞ?」

「当たり前だろう。飛ばれたら話にならないんだ。最初に墜落させるのは当然の成り行きだろうに」

 

 余りにも噛み合わぬ一言にレヴィは首を傾げる。

 飛翔する事が出来ないから同じ土俵に立てない、だから勝てないと言っているのが『魔術師』だが、そもそも最初の衝突の時に落とされ、逆に勝負にならなかった。

 その食い違いを逸早く解釈したのは、理のマテリアルの名に相応しい賢明さを誇るシュテルだった。

 

「……つまり、模擬戦と実戦は別、という事ですか?」

「正面から対決して問題点を洗うのが模擬戦の目的だからな。そのルールでは私に勝機は無いし、勝機を用意する必要も最初から無い。だから、私との模擬戦は無意味だ」

 

 そもそも、そのルールでは『魔術師』は自身の手口を全力で隠し通す為、開始一秒で「参った」と宣言して終わる未来しか無い。

 

「……むー、じゃあ実戦ではどうなるんだよ?」

「確実に勝てる場を用意してから叩き潰す。例えば高純度のAMF環境下を用意するとか」

「うわぁ、卑怯だぁー! あんな中で僕達が勝てる訳無いじゃん!」

 

 『魔術師』に自己鍛錬で戦力を増強するという発想は殆ど無く、妨害して戦力低下させる事を主眼とする。

 「くかか!」と小物の悪役の如く勝ち誇ったように高笑いしながら――『魔術師』は一転して憂鬱気に溜息を吐いた。

 

「……真正面から戦って、華麗に勝てるならそうしたさ。此処ではそれが全く出来ないからな、策を弄するしかあるまい」

「悪巧みしている時はノリノリだと思ったがなぁ」

「……その苦肉の策が天性の本職だっただけさ、ランサー」

 

 『三回目』の転生者達を『魔術師』は思い浮かべる。

 いずれも化け物揃いであり、魔眼で焼き払えないのならば問答無用に殺される歴然たる戦力差がある。

 大結界に付属した空間の歪みとジュエルシードの次元震で未来予知に関する機能を封殺したと思われた豊海柚葉にさえ、万全を期して勝ち切れなかった。

 

「この魔都で生きるに当たって、私が最初にしなければならなかった事は――異常極まる『三回目』の転生者の中で、自分の戦闘力が底辺レベルだと認識する事だった。これを屈辱と言わずして何を屈辱と言うのやら」

 

 『魔術師』の飲み干したガラスのコップにエルヴィは麦茶を注いで氷を足す。

 

「……意外だな。マスターは何でも出来る万能タイプだと思っていたが?」

「単なる器用貧乏だ。何物にも勝る究極の一点特化ならば、まだ違ったのだがな」

 

 一点特化の才覚にその分野では絶対敵わない。だから、総合力で勝負せざるを得ない。魔術も剣術も殺法の一つとなるのは彼にとっては当然の理だった。

 

「……という事は、従者より弱いの? それって主としてどうなのー?」

「逆だな。従者が主より弱くてどうする? 使えないだろう」

 

 レヴィは小馬鹿にしたように笑い、逆に『魔術師』は一切気にせず、真顔で返す。その価値観の相違に、レヴィは小首を傾げた。

 

「えー? 従者より弱いなんて主としての威厳が保てないでしょ?」

「……だ、そうだが? その辺はどうなんだ?」

「なっ、何故我に聞く!? ……おいこら待てシュテル、何故率先して目を逸らす?」

 

 『魔術師』はディアーチェに話を振り、それと同時にディアーチェに一瞬視線を寄越して逸らしたシュテルの挙動を彼女は見逃さなかった。

 シュテルの様子は普段と然程変わらず、だが、目は明らかに泳いでいた。

 

「……いいえ、私は貴方を尊敬してますよ? ディアーチェ」

「棒読みで言われても嬉しくないわぁ! おのれ、やはりお前には王の偉大さを今一度叩き込まないとならぬようだな……!」

 

 相変わらず彼女等の関係は面白い、と『魔術師』は口に出さずに噛み締める。

 あの三人のオリジナルを参考にしてどうしてこうなるのか、非常に興味深い考察だった。

 

「王様は良いとして、どうしてランサーとエルヴィは自分より弱い主に従ってるの?」

 

 自分達の王を置き去りにして、レヴィは質問の方向性がランサーとエルヴィに仕向けて――先に答えたのはランサーだった。

 

「サーヴァントには絶対命令権である三つの令呪があるからマスターに従わざるを得ないが、今はねぇからなぁ。……魔力の配給があり、魅力的な戦場も十分用意される。それだけでオレは満足だがな」

「戦闘狂(バトルマニア)って奴? ランサーは無欲なんだねぇ」

 

 レヴィは素直に感心し、逆に『魔術師』は「そんな些細な望みすら叶わない環境が異常だよなぁ」と染み染み呟く。

 そもそも聖杯戦争はマスターより強大なサーヴァントを従わせる事が前提なので、のっけからレヴィの前提は間違っている訳だが――。

 

「じゃあじゃあ、エルヴィは?」

「私とご主人様の主従関係は簡単には語り尽くせません。まさに一心同体ですから! きゃっ、言っちゃった!」

「……万年発情してんじゃねぇよ、この吸血猫」

 

 ランサーの売り言葉にエルヴィは「なんですってぇ!?」と激情し、「おう、やるかッ!」と彼も熱り立つ。

 つくづく仲の悪い従者達であり、『魔術師』は麦茶を飲み、中ぐらいになった氷を口の中に放り込み、じゃりじゃり噛み砕いて暑さを凌ぐ。

 

「でもさぁ、力関係が逆なんだから下克上を目指したりとかしないのー? 性格最悪でしょ、コイツ」

「その時点で在り得ないですよー。私の忠誠度はMAX、というか既に上限なんて天元突破っ! いつでも攻略可能でハッピーエンドに至る正統派ヒロインなのですから!」

「……それはつまり、最高にちょろいっつー事じゃねぇのか?」

 

 エルヴィの臆面無しの惚気に、ランサーは辟易としながら突っ込み――殺意の火花が二人の間で散った。

 

「あはは、もう本気で許せねぇです……! 表出ろ、狗っころ」

「狗って言うなッ! テメェとはいつか本気の勝負をしなければならないと常々思っていたよ、猫被りの猫耳娘」

 

 互いに戦闘態勢に入った従者二人は仲良く外に出ていき、『魔術師』は溜息一つ吐いて見送った。

 

「……ありゃー、行っちゃった。止めなくて良いの?」

「従者のストレス解消に貢献するのも主の義務だ」

「……単なる放任主義で面倒から放置だろ、それ」

 

 ディアーチェの突っ込みを『魔術師』は無言で無視する。ランサーが無駄に消耗する魔力と喧嘩を止める手間を省みて、前者の方が労力は少ないと判断する。

 

「……で、結局の処、どうなの? エルヴィの弱味握っているとか?」

「砂漠の中に埋もれた、たった一粒の宝石を偶々探し当てただけさ」

「? エルヴィの落とした宝石? あー、解った。今もまだ隠してるんだー? 意地汚いなぁ」

 

 レヴィは『魔術師』の比喩をそのままに捉え、彼は笑ったまま喋らない。

 虚数の海に漂っていたエルヴィの存在を知覚出来たのは、彼自身が目に頼らぬ感知法に長けていた事に他ならない。

 彼女が手元に居なければ、一体『魔術師』はどうなっていただろうか? 恐らくは、序盤でおっ死んでいる結末が目に見える。

 正真正銘、エルヴィと『魔術師』は一心同体である。彼女は自分の為だけに生き、彼は彼女を自分の眼として手足として存分に活用する。

 

 ――いつか来るであろう、自分の死の際に、彼女の存在をその魔眼で殺す。それが『魔術師』とエルヴィの間に結ばれた絶対の主従関係である。

 

 誰からも知覚されず、虚数の海に永遠に彷徨う事をエルヴィは死より恐れた。だが、幸運な事に、自身を唯一知覚する『魔術師』は彼女を唯一殺せる存在でもあった。

 それはアーカードの残骸を魔眼で葬り去った事で、彼女自身も魔眼で殺せる事を証明している。

 

「それじゃ僕はランサーとエルヴィの戦い見に行くねー! そっちの方が面白そうだし」

 

 一人納得したレヴィは元気良く外に出ていき、『魔術師』にディアーチェ、シュテルは見送る。

 

「やれやれ、オリジナルとは掛け離れた人格だな」

 

 フェイト・テスタロッサとは容姿だけ似ているだけの別人であり――ふと、『魔術師』はディアーチェから不穏な空気を感じた。

 

「――慢心だな。今は頼れる従者二人が居なくてがら空きだぞ?」

「――何だ、王たる身で暗殺者の物真似か? 君なら寝首ではなく、堂々と真正面から首を掻っ切りに来ると思ったのだがな、ロード・ディアーチェ」

 

 彼女達三人にとって『魔術師』は保護者という名の目の上のたんこぶ、自分達を力で束縛する存在に過ぎない。

 結局の処、いつしか打倒する存在である事は関わらず――寝首を掻く暗殺者と同一視されるのは王としての誇りが許さなかった。

 

「ふん、当然だ。いつまでも我を御せると思うなよ」

「そういう偉そうな言葉は『砕け得ぬ闇』を完全制御してから言うんだな」

「う、五月蝿いっ! 検索に手間取っているから仕方なかろう!」

 

 そもそも彼女達は『砕け得ぬ闇』なる存在を完璧に忘れており、現在はディアーチェが所有している『紫天の書』の隠蔽された部分を徹底的に洗っている最中である。

 それさえ終われば、自分達を束縛する者は無くなる。例え、この『魔術師』が相手でも――。

 

 

「――後一つ忠告しておくが、此処での私は少し厄介だぞ?」

 

 

 『魔術師』は魔王の如く嘲笑い、屋敷中から飛び切り不吉で濃密な殺気が一瞬だけ漂った。

 此処は彼の『魔術工房』、此処でならば魔法の真似事さえ可能とする絶対の処刑空間、いつまでも底知れぬ『魔術師』に、ディアーチェは内心舌打ちする。

 

「ご謙遜を。少し程度なんて言葉では計り知れません」

「お前はどっちの味方なのだ!?」

 

 淡々と返すシュテルにディアーチェは全力で突っ込む。

 とりあえず、現状でこの『魔術師』と事を構えるのはマイナスでしかない。今は忍従の時だとディアーチェは自身に言い聞かせた。

 

「……それはそうと、前々から気になっていたが、あの趣味の悪い仮面は何なのだ? 主の品格が知れるぞ」

「……ああ、『石仮面』の事か。元々それの屋敷だったからな、此処は」

 

 今は夏ゆえに使われていない暖炉の上の壁に、その石で作られたかのような無骨で奇妙な仮面が飾られていた。

 

「一応、これも忠告しておこうか。一番事故で何かやらかしかねない奴が居ないから、後で伝えておけ」

 

 無駄に空間歪曲を用いて座ったまま仮面を掴んで手元に引き寄せ、テーブルの上を置く。

 『魔術師』は自身の親指を噛み切り、その仮面に自身の血を垂らす。すると、仮面は即座に反応し、内蔵していた骨針が勢い良く飛び出した。

 

「わぎゃっ!?」

「……おー」

 

 興味津々と見ていたディアーチェは驚き、シュテルもまた興味深そうに仮面を眺めた。

 

 ――『石仮面』、ジョジョの奇妙な冒険の第一部と第二部のキーアイテム。故あってこの『石仮面』はよりによって『魔術師』の手にある。

 当然だが、彼はこの『石仮面』を使っている。無論、自分以外の他の誰かに対してだが――。

 

「これを被って骨針を押された者は『吸血鬼』になる。エルヴィとは違う系統だがな」

「……何だ、『吸血鬼』になって永遠を生きたいのか? 案外、俗物じみているな」

「――太陽の光を浴びれば一瞬で灰になる不死身、不老不死ねぇ。そんな人間以下の何かになりたいとは思えないな」

 

 ディアーチェの小馬鹿にしたような発言を、『魔術師』は即座に切って捨てる。

 

「不死身と不老不死など、有限の生命しか持たない人間が打ち砕いて踏み躙るからこそ悦楽であって――これを破壊しないのは戒めだと思っていたが、どうやら優越感だったらしい」

 

 これを使って仮初めの永遠を手に入れた精神的弱者を嘲笑う為に破壊せずに遺していると自己分析し、『魔術師』は声を出して笑う。

 人間として生きて、人間として死ねなかった化物など、如何なる暴威を振るおうが取るに足らない。人間の可能性はそれすら超えていけると信仰して――。

 

「……相変わらず奇怪極まる人間だな、貴様は」

「魔術師たる生き物は子々孫々まで性格破綻者しか居ないさ」

 

 

 

 

「お邪魔します。シュテルにディアーチェもこんにちは!」

「いらっしゃいませ、ナノハ」

「……ふん、よくまぁこんな幽霊屋敷に足を運ぶものだ」

 

 最早恒例行事となりつつある高町なのはの来訪は、『魔術師』の頭痛の種の一つだった。

 

「……全く、兄の忠告を無視して来るとは悪い妹だ。生憎、エルヴィはランサーと喧嘩中でな。終わってからお茶を運ばそう」

「あ、お構いなくっ」

 

 無敵の不死性を誇るエルヴィと戦うなど、根負けする未来しか無いのに、ランサーは良く頑張るものだと呆れる。

 

「前々から思ってましたけど、どうして兄と忍さんは神咲さんの事を……えと、あんなにも――」

「忌み嫌っているか、だろう? 当然と言えば当然だ、魔術師は常識の外に存在する者。凡そ理解出来ない狂人の類だ。好かれる要素などまるで無いだろうに」

 

 自分自身の行いを顧みる限り、人間として好感を持たれる要素が欠片も無い事を『魔術師』は自覚している。

 

「……何方かと言えば、当人の性格の悪さが原因であろう? 比重的に九割九分九厘。一体何をやらかしたのだ? 正直に言ってみろ」

 

 疑いの目をもって、ディアーチェは問い詰める。

 此処で『魔術師』は少しだけ思案する。別に隠し立てする事でも無いし、高町なのはを此処から引き離すのならば真実を語った方が良いかと即決する。

 

「あれは第二次吸血鬼事件が終結し、私が海鳴市の大結界を構築し終えた後の事だ。この私を危険視した転生者どもが反魔術師同盟という名目で結束し、海鳴市の大結界を即時解体しろと要求した」

 

 馬鹿げた要求だった。折角、前世では全く役立たなかった神咲家継承者としての魔道・知識を存分に使って霊地を掌握したというのに無条件で手放せ、と?

 管理局側(豊海柚葉)にデバイスを恵んで貰って――利用されていると知らずにはしゃいでいるだけの有象無象の分際で何を粋がっているんだと、殺意が芽生えるのは当然の成り行きだった。

 

「年代的には高町恭也と同じ世代が多かったか。その中には彼自身とも友情を育んだ者も居たらしいが、それは私の預かり知る処ではない」

 

 実際、興味が無かったので後からも確かめてすらいない。死人に口無しである。

 『魔術師』が推測する限りでは、その頃に生きていた多くの転生者は彼等との関係を持とうと苦心し、大多数は不気味がられていた。

 

 他人の事を勝手に見知って、物語の中の登場人物の一人と断じている連中と仲良く出来る道理などあるまい。

 

「結論から言えば、その反魔術師同盟は盟主唯一人を残して崩壊した。馬鹿正直に『魔術工房』に押し寄せたと言えば、その結末は大体察せるだろう? ――高町恭也や月村忍と不本意ながら顔見知りになったのはその後だ」

 

 地脈を掌握し、地盤を固め、自身の『魔術工房』の有用性を証明した直後の事だった。

 何をどう間違ったのか、関わる気が一切無かった高町恭也と月村忍と相対したのは――。

 

「彼等の事情は深くは知らないが、二人とその従者はこの屋敷に訪れようとした。一応、一般人である彼等を葬る事は憚れたからな。戦闘不能にしてさくっと記憶操作してお帰り願おうと思ったんだが――伊達や酔狂の血が騒いで御神流とやらに少しだけ興味を抱いてな、私は高町恭也に剣での勝負を挑んでみた」

 

 本当の処は、此処に来たからには生かして返す気など欠片も無かったのだが、その辺は情けないので口を閉ざす。

 

 ――思い出す光景は、高町恭也が見知らぬ名前を叫んで所在の有無を問い、「――お前は踏み潰した蟻個人の識別名称を全知しているのか?」と『魔術師』は挑発し、高町恭也は即座に激昂する。

 

 刃と刃の果し合いになり――一瞬にして後悔したのは勿論『魔術師』の方だった。

 

「だがまぁ、当然の如く剣では奴に勝てなんだよ。早々に見切りをつけて魔術での応戦に切り替えたら、奴に大層罵られてな。魔術が本職なのにそれを邪道と文句付けられるとは予想外さ。結局、勝負は付かずに退けさせたが、アイツは未だにその勝負の事を根に持っているんじゃないか?」

 

 数合足らずで『魔術師』の剣術家としての自負が木っ端微塵に砕かれる。本当に高町家は人間なのかと疑ったものだ。

 だが、殺法に拘りも無ければ貴賎も無い事を信条とする『魔術師』は即座に戦闘スタイルを『剣術』から『魔術』に切り替えた。

 元々魔術師たる存在は常識の天敵であり――高町恭也を常識の範疇に入れるのは激しく抵抗があるが、有効打には違いなかった。

 

「月村忍に至っては、エルヴィの存在かな? 『夜の一族』として、本物の吸血鬼に何か思う処があるのだろう」

 

 そっちの方は月村忍が連れていた機械人形と戯れていたが、詳しい詳細は覚えていない。

 

「という訳で、そんなロクデナシの人間の屋敷に訪れる事は教育上、著しい悪影響を及ぼす。今後控えるように――」

「断固拒否します! 神咲さんは、私の師匠なんですからっ!」

 

 此処まで説明しておいてその一言で斬り捨てられ、『魔術師』は力無く「えぇー……」と呟かざるを得なかった。

 こういう頑固な面は、やはり兄妹なのだなと思うしかあるまい。

 

「……いやいや、教える事など何も無いから」

「免許皆伝ですか。やりましたね、ナノハ。同じ弟子として心から――」

「いや、もうその師匠ネタはいいから」

 

 シュテルが便乗するも、『魔術師』は呆れながら頭を抱える。

 すると、今度は予想外な事に――なのはは涙目になって訴えてきた。……どうにも、自身の同位体であるシュテルに遅れを取っていると勘違いした様子である。

 

「――っ、わ、私もシュテルと同じように魔力を炎に変換出来れば見て貰えるのですか!?」

「……いや、半泣きになって詰め寄られても非常に困るのだが。第一、それ先天的な資質だろ? つーか、そもそも最初から師事してないし」

 

 ……珍しく『魔術師』は狼狽えた。

 

 自分との同位体なのに、シュテルに炎熱変換の資質があった事に一番ショックを受けたのは他ならぬ高町なのは本人だった。

 その時の「師匠とお揃いですね」というシュテルの言葉が彼女の胸にどれだけぶち刺さったかは余人の知る処ではない。

 

「私にも出来た事が、ナノハに出来ない筈がありません」

「お前も何気無い表情で火に油を注ぐなっ!?」

 

 今現在、ツッコミ役が不在なので『魔術師』がそっち方面に回らざるを得なくなり、高町なのははその言葉を信じて静かに燃える。

 根性論如きで生来の資質を覆す事が出来れば苦労などしないのだが――そんな『魔術師』の珍しい一面を垣間見て、ディアーチェは呆れるように勝ち誇るように笑った。

 

「とことん身内には甘いようだな、『魔術師』殿?」

 

 ――今日も海鳴市は概ね平和のようである。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

--/御神の剣士と『魔術師』

 

 

 ――その盲目の悪鬼を、今も鮮明に思い起こせる。

 

 丘の上の幽霊屋敷の前で、遮蔽物の無い荒れくれた草原で、高町恭也はそれと対峙する。

 誰よりも濃厚な血の臭気と死の気配を撒き散らす、黒い喪服じみた和服姿の少年の姿。腰に差す太刀は未だに納刀され、抜刀の構えとなっている。

 

「――」

 

 武の道に生きる者にとって視覚障害は致命的な欠陥であり、常識的に考えれば目の前の敵手は脅威に成り得ない。

 その居合の一刀が肉を引き裂けるか、骨を両断出来るか。否、それどころか、正確に振り抜いて当てる事すら不可能だろう。

 その他の感覚器が異常発達して空間を完全に把握しているなど、フィクションだけの出来事であり――ならばこそ、目の前の敵手はその虚構を現実に堕としめた者に違いなかった。

 

 ――敵手の呼吸は恐ろしいほど静かであり、初動の起こりを一切読み取らせない。

 

 だが、それは単なる勘違いだった。呼吸が静かなどという次元ではなく、戦闘に不必要な呼吸を一切行なっていなかった。

 自己暗示による変態、『彼』の生きた時代では日常茶飯事の戦闘技法は今の平成の世に絶えて久しく、高町恭也がその正体を悟ったのはこの死闘の後の事である。

 

「――っ」

 

 太刀に手を掛ける前に撒き散らしていた暴虐なまでに重圧的な殺意もまた完全に消え去り、今の『彼』は無念無想の域に到達していた。

 その居合の圏内に入った者を無造作に無作為に斬り捨てる。背筋に寒気がする。濃厚なまでの死の気配が、鎌首を上げていた。

 

 ――敵の術技(わざ)は居合、ならばこそ勝機は抜刀される前の『先の先』、抜刀された一刀を受け止めた直後の『後の先』に他ならない。

 

 だが、今の『彼』は武芸者として究極である無想の領域、事の起こりである初動を掴む事は至難の業である。

 故に、『後の先』である小太刀で抜刀斬撃を受け止めてもう片方の小太刀で斬り伏せる事はほぼ不可能――唯一の勝機は『先の先』、抜かせずに斬り伏せる事であり、それを可能とする絶技が彼にはあった。

 

 

 ――小太刀二刀御神流斬式、奥技之極『閃』。

 

 

 御神流の斬・徹・貫の先にある最後の秘技、通常とは桁外れの速度で行動出来る奥義之歩法『神速』の果てにある、力も速さも関係無しであらゆる動きを超越する必殺の機構。

 それならば、目の前の相手の意を捉えられまいが関係無い。

 

 ――初手必殺の意気込みで高町恭也は『神速』の領域にて地を蹴る。

 

 視界全てが白黒となり、自らの動作もスローモーションのように感じられる。

 極限の集中力をもって実行される超高速移動、並の使い手相手ならば目の前に居ながら見失ったと誤解すらしかねない文字通りの神速――されども、敵手は此方を一切見失っていなかった。

 いや、元より盲目、視覚情報以外の何かで感知され続けていると評するべきか。未だに此方は居合の致死圏内に入らず、当然の如く抜刀されていない。

 

 ――其処から『神速』を重ねがけて、御神流の必勝手が今、解き放たれようとしたその瞬間、何よりも鮮明な死が脳裏に過ぎった。

 

 それは『神速』中の白黒の世界において、唯一紅く煌めく死の具現。

 何処でその配色を見たのかは当人にも理解が及ばない。だが、高町恭也は全身全霊で後方に退き――『彼』の太刀は納刀されたままだった。

 

「――っっ!」

 

 そのまま踏み込んでいれば、放たれた居合の一刀を小太刀で受け止め、もう一方の小太刀で仕留められていた――とは、間違っても確信出来なかった。

 何かある。条理を超越した何かを秘めている。あの瞬間に解き放たれようとしていた絶技は高町恭也のものだけでは無かった。

 

 右手の袖に仕込んでいる飛針を一息に二本飛ばし、予想通り神速の居合で迎撃される。再び納刀した後に、地に転がる音が四つ生じた。

 

 ――いとも容易く行われた盲目の剣鬼による斬鉄。

 この結果は目の前の人物に生半可な不意打ちなど意味が無いと取るべきか――敵手が御神流の全容を熟知していると取るべきか。

 

(だが――)

 

 此処まで来れば、認めるしかない――目の前の敵手の性根は完全に腐り切っている鬼畜外道の類だが、その武に捧げた盲目的なまでに真摯な想いは共感せざるを得なかった。

 盲目という先天的なハンデを背負い、されども血の滲む一念で条理を踏みのけて切磋琢磨し――この無我の境地に辿り着いている。

 天性の才覚ではなく、後天的な鍛錬と経験が下地となり、狂気の沙汰と思えるほど積み重ねて、常軌を凌駕した盲目の剣鬼が此処にある。盲目と言えども、決して遅れを取ってなかった。

 

「貴様は、神咲家の者なのか――?」

 

 特異な剣術を伝承する一族に『神咲』という名がある。高町恭也は父親である士郎からいつしか聞いた覚えがある。

 奇しくも目の前の敵手の苗字は『神咲』――だが、神咲悠陽は飛び切り邪悪な嘲笑をもって完全否定した。

 

「その質問に一体何の意味がある? 生後間も無く捨てられた忌み子に血筋も流派も関係無いだろうに」

 

 くつくつと悪鬼は笑い、最後に「――尤も、例えその『神咲』だとしても、私は違う『神咲』だがね」と意味深げに付け足す。

 この言葉の意味が解るのは、ほんの少し先の事だった。

 

「暢気にお喋りする余裕なんてあるのか? 私の飼う吸血鬼は『夜の一族』という紛い物とは格が違うぞ?」

 

 間違っても視線はこの男から片時も離せないが、馬鹿げた轟音が近くから鳴り響いている。

 月村忍を護衛する二体の自動人形の性能に、高町恭也は全幅の信頼を置いている。

 だが、あの二体との戦闘が続行している以上、敵対者は健在し続けている事を認めざるを得ないし、よりによって『吸血鬼』と来た。

 

 『夜の一族』の身体能力の高さ、特異性は熟知しているが――あのような下の妹より年下の少女に此処までの戦闘能力を秘められているとは高町恭也とて予想外である。

 

「配役を間違えたな。あの自動人形二体程度でエルヴィの相手は務まらないだろう」

 

 ――その言葉と同時に高町恭也は地を蹴った。

 

 『神速』を用いるが、『閃』は温存する。

 此方の必勝手は知られている可能性が濃厚の今、相手の必勝手を探らずに飛び込むのは無謀の極みであり――あの死の予感の正体を見極めんとスローモーションの白黒の世界の中、高町恭也は目を凝らす。

 

 神速の中でも霞む速度で抜刀術は繰り出され――先程の死の悪寒は生じず、居合の一閃を右の小太刀で受け止める事に成功する。

 

 右手に痺れるような衝撃が駆け巡り、左の小太刀で無防備となった『彼』の喉を掻っ切ろうとし――否、その一閃は止まってなかった。

 

(……っ?!)

 

 小太刀の刃に太刀の刃が食い込み、一刀両断せんと駆け抜けている最中だった。

 如何なる魔技か、如何なる大業物か、或いはその両方が重なって小太刀の斬鉄を可能とするのか――瞬間、刃筋を立てられぬよう切り払って受け流し、右の小太刀を振るう。

 

 ――取った、という確信は瞬時に覆される。

 既にこの時点で『彼』の左手は鞘を掴んでおらず、脇差を抜刀し、見事に相殺する。

 

 高町恭也は知らぬであろうが、これは吉野御流合戦礼法『比翼』が崩し。木刀を手に取って嘗ての技を修練する湊斗忠道から盗み取った術法の一つ。

 太刀を斬り下ろした刹那、右手を太刀から離して脇差を抜いて斬り上げる。太刀を見切って懐へ飛び入った的に報いる術法――尤も、この場合は斬り下ろしではなく抜刀斬撃、左手にて脇差を抜刀という崩し(アレンジ)であるが。

 

 互いに取って、ままならぬ一瞬の硬直――受け流された太刀の鍔を返し、最速で振るい返し、高町恭也はそれより疾く『彼』を蹴り飛ばして窮地を脱する。

 

「――ぐっ!」

 

 それはまるで鉄の塊を蹴ったような感触だった。人体の腹部を強打した感触とは明らかに違った。

 七、八メートルの距離が開き、仕切り直しとなる。蹴られた当人も仰け反りもせず、涼しい顔でいる。

 

 

「――ふぅ。解っては居たが、剣では敵わぬか」

 

 

 『彼』は太刀と脇差を今一度納刀し、今度は手から離す。

 その自然体は無形の構えとも言えなくもないが、間違っても納刀した状態でする構えではない。

 

 一体、次は何を仕掛けて来るのか、高町恭也は警戒度を上げ――そしてそれは、別の意味での脅威だった。

 

 『彼』の両肩から両腕の末端に渡るまで紅く妖しく発光する。

 袖の下の生身の肉体に、幾学模様の如く紅く発光する何かが刻まれており――地面に魔法陣のような円形の結界が二重に施される。

 

「――何だ、それは……?」

「あれらの事情をある程度知っているのだろう? 私達はそれを更に煮詰めた存在だ」

 

 其処に、無想の領域に居た先程までの『彼』は何処にも居ない。

 呼吸は元に戻り、殺意は漠然と漲り、全く異質なものに変異していた。

 

「――『三回目』の転生者は、どういう訳か前の世界と同一個体・同一名称で産まれる。だから、この世界の『神咲』が退魔師であろうが剣士だろうが私には関係無い」

 

 余りにも隙だらけの姿に訝しみ、再び飛針を二つ投擲し――『彼』の領域に入った瞬間、飛針は突如空間から生じた複数の炎の縄に拘束され、瞬時に融解する。

 

 領域に入った存在を自動的に追尾して絞め殺す常識外の理が其処にあり――。

 

「神咲家八代目当主――『魔術師』神咲悠陽、それが私だ」

 

 恐らく、血の滲む想いで切磋琢磨した努力の結晶である『剣術』を、何の未練も無く捨て去る事が出来る『魔術師』が、全てを嘲笑って立っていた。

 

「……るな」

 

 許せなかった。敵とは言え、剣に対する妄執に似た真摯さに関しては尊敬の念さえ抱いていた。

 御神流の終の奥義に匹敵する絶技さえ、この男は独自に完成させている。

 要人の守護を至上目的とする御神の剣士でありながら、生命を賭しても存分に剣を競い合ってみたいという欲望さえ生じた。

 それなのに――これは何だ。この裏切りは何だ。何故、あっさり捨てられる。恐らくは生涯を賭して研磨したであろう秘剣を――。

 

「――巫山戯るなァッ!」

「――? はてさて、何も巫山戯てはいないが? それにしても随分と余裕だな、高町恭也」

 

 此処から先は語るまでもない。御神の剣士は『魔術師』神咲悠陽と噛み合う事は無く、決定的に決裂する。

 そしてこの懐かしくも忌まわしき夢から覚めた時、高町恭也はいつも考えてしまう。己の剣は彼の剣に届いたのだろうか、と――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06/御神の剣士と『魔術師』

 

 

 

 

「う、うぅ……」

「……あー、よしよし。なのはちゃん、泣かない泣かない。残念ながら、男子としてあるまじき事にっ、ご主人様に泣き落としは通用しないのです……!」

 

 次の日、高町なのはは涙目で『魔術師』の屋敷に訪れた。一枚の封書をその手に持って――。

 

「いや、だって見えねぇし――それにしても高町恭也からの果たし状、ねぇ……」

 

 彼女の兄からの熱烈なラブレターに『魔術師』は辟易とする。

 エルヴィに読んで貰った文章を要約すると、高町なのはの屋敷への訪問権を賭けて、剣士として尋常なる勝負を求むとの事。

 勝てばこれから一切口出しせず、負ければ彼女を出禁にするという趣旨である。

 

「受けないのですか? ご主人様」

「……ふむ。エルヴィ、それはまるで私が受けない事を前提に聞いているようだが?」

 

 まるで責めるような眼で、使い魔の従者は真摯な視線を送る。

 主の思考から、この条件では無条件で降伏する可能性さえあると最大限に危惧して――。

 

「ご主人様にとっては、なのはちゃんを労せずに切り離せる絶好の申し出ですからね~」

「……うぅ」

 

 この屋敷への訪問を『魔術師』が快く思っていないのは高町なのは自身も実感しており――エルヴィ以外にも、他の四人から非難の視線が『魔術師』に刺さる。

 

「ねーねー、こういうのは受けないと男が廃るよねー?」

「……師匠、私は信じてます」

「尻尾を巻いて逃げるのか? 大の男が情けないものだ」

 

 レヴィとシュテルとディアーチェがそれぞれ示し合わせたように言い、『魔術師』は深い溜息を吐いた。

 

「全く酷い言われようだな、この幼女どもは」

「……それでこの決闘状には何て返答するんだ? マスター」

 

 大体予想出来るが、ランサーは敢えて問う。

 この決闘状に『魔術師』のメリットは欠片も無い。むしろ、受けない事にこそ最大のメリットである始末。

 もっと場を整え、断れない理由を作れば乗らざるを得なくなるが、この条件で承諾するとはランサー自身も到底思えなかった。

 

「当然、受けるとも」

「ですよねー。うーん、どうやってご主人様を決闘の場に引き摺り出しますかねぇ……って、え?」

 

 エルヴィもまたその付き合いの深さから主が決闘を拒否する事を前提に語り――何かの聞き間違いだろうか、彼女は自身の吸血鬼としての聴覚を真っ先に疑った。

 

『えぇぇぇ――!?』

 

 その驚愕の声は、なのはを含む全員の意思表示であり、この場に居る誰もが信じられないと我が耳と眼を疑ったのだった。

 

「どうしちゃったの? 変なものでも食べた!?」

「らしくないです、師匠」

「いや、これは孔明の罠だとかそういう悪辣なものに違いないっ!」

 

 レヴィは本気で心配し、シュテルは驚愕の表情で詰め寄り、ディアーチェは『魔術師』の邪悪さを全身全霊で疑う。

 最近居候したマテリアルズの三人娘は見事に『魔術師』を理解していたと言えよう。

 

「……お前等は私を何だと思っているんだ?」

 

 他人に過大評価され、必要以上に畏怖されるのは謀略家として最大限に活用出来るので良いのだが、余りにもあんまりな反応に『魔術師』は青筋を立てた。

 

「いや、明らかにらしくねぇぞ? 剣士としては遥かに格上だと言っていただろうに?」

「当たり前だろう。完成した御神の剣士と剣で競い合うなど、百回やって百回敗北する自信がある。剣士としては絶対勝てないだろう」

 

 元より才能が違う。凡人が幾ら努力して鍛錬を積もうが、一生涯賭けても届かない領域に高町恭也は既に到達している。

 『魔法少女リリカルなのは』の高町恭也は『とらいあんぐるハート3』の幼い日に死す筈だった高町士郎の指導を経て、正しく成長している。否、正しく完成していると言った方が正しいか。

 二年前の時でさえ、高町恭也は奥義の域に到達していた。あの日の夜の事を『魔術師』は思い起こす。

 出すつもりの無かった魔剣『死の眼』を起動しかけ、寸前の処で回避された。果たしてあの時、救われたのは何方だろうか?

 

 ――答えは言うまでもない。『魔術師』の認知外の速度で逃れた高町恭也が奥技之極を繰り出していれば、あの時点で死んでいたのは己の方である。

 

「……まさか、わざと負けるんですか?」

「高町恭也に勝ちを譲るほど、私の人格が出来ていると思ってんの?」

「い、いや、それは在り得ないですけど――やるからには勝たないとなのはちゃんが出禁になりますけど、勝機はあるのですか? あの人達、明らかに人間止めてますよ?」

 

 エルヴィは疑うような眼で己が主を見る。

 擬似的な無想の領域も、あの『神速』の前では意味を成さない。

 『銀星号』のように不可避の戦闘速度を叩き出せるのならば別だが、強化魔術を使ってもその領域には到底届かない。

 剣という土俵では逆立ちをしても絶対に勝てない。それは『魔術師』が二年前に相対した時から抱き続けている、高町恭也への正当な評価だった。

 

 ――同時に、如何なる状況下なら彼を打倒し得るか、この二年間、考え抜いている。

 凡人の嫉妬など天才は一顧だにしないだろうが、その執念の深さを精々甘く見ているが良い。その方が刺す時に容易いと『魔術師』はほくそ笑む。

 

「まともにやれば万が一も勝機は無い。だから、まともにやらないだけの話だ。――唯一度だけなら勝機を用意出来る。あれは骨の髄まで御神の剣士だからな。決闘の趣旨から考えれば本末転倒だが……」

 

 それ故に、『魔術師』は今まで通り、勝てる場を作ってから挑むだけの事である。

 

「あー、また卑怯な事、考えてるー!」

「正攻法で勝てない相手に正攻法で挑んでどうする? 勝たねばならない時に手段など選んでいられるか。――一つ言える事は、決闘に不純物を紛れ込ますべきでは無かったという事だ」

 

 レヴィの言葉を鼻で笑い、『魔術師』はこの上無く邪悪な表情を浮かべ、高町なのはに一つ問うた。

 

「――さて、なのは。私ではなく、兄である高町恭也を信じられるか?」

 

 

 

 

 ――神咲悠陽。

 

 高町恭也と同年代の少年であり、海鳴市で発生する数々の裏の事件の黒幕的存在であり――その名は海鳴市だけではなく、裏の世界においても禁忌に等しいほど轟いている。

 

 彼の者に触れて滅びなかった組織は無く、彼の者の不評を買って栄えた組織もまた皆無である。

 

 超能力者などの特異能力者の発生件数に目を付けた組織は重役・出資者の不審死が相次いで崩壊し、新たな稼ぎ場として海鳴市に乗り出してきた非合法のテロ組織は末端まで狩り尽くされたと言われる。

 また財界・政界にも根深い影響力を及ぼし、決して無視出来ない存在として君臨する――現代社会の闇の『魔王』である。

 

 ――その出自は退魔師として有名な神咲の分家の血筋であり、されども生後間も無く忌み子としてとある孤児院に捨てられたとされる。

 

 生後間も無い赤ん坊の彼に見られた瞬間、産婦人科の医師が自然発火して焼け死んだという眉唾物の逸話が残されているほど、彼は誰からも恐れられていた。

 事実として、彼を担当した医師が原因不明の焼却死に至っている事に、この逸話が曰く付きとして尾鰭を付けて語られる所以である。

 血筋は薄いが、先祖還りした特異な例として予想され、後に神咲の本家の者が接触した噂が流れたが、その後の音沙汰は皆無である。

 

 ――高町士郎が彼を調べた発端は、自身の息子との因縁からだった。

 

 曰く、盲目の剣鬼。この平成の世において、明らかに殺し慣れている異常者。夜の一族とは別系統の吸血鬼を使役する理外の『魔術師』――その時、彼の息子が滲ませた、隠し切れない嫌悪感が印象に残った。

 輪廻転生を経て生まれ変わった『三回目』の転生者――後になればなるほど、少年に似合わない逸脱した手管の数々はその荒唐無稽の話を頷けるものにした。

 

 ――そして二年の歳月が流れ、その神咲悠陽と実際に対面する機会が訪れる。

 

 人の形をした盲目の悪鬼が、其処に立っていた。

 時代錯誤も甚だしい黒の和服を着こなす、場違いなほど濃密な血の香りと不吉な死臭を漂わせた――それは高町士郎が見てきた如何なる強者にも当て嵌まらない、最果ての異常者が其処に居た。

 

 ――ニ世紀前の幕末の剣客とは、得てしてこういうものなのだろうか。

 自分の中に唐突に湧いた第一印象は荒唐無稽であり、されどもある意味、正鵠を得ていた。

 

 末女・高町なのはが巻き込まれた異変、日常の裏側、自身の娘の才覚を必要とする正体不明の第三勢力――目まぐるしいまでの情報量に困惑しながらも、高町士郎は理解に努める。

 その場における彼の立場は明確だった。明らかにその時空管理局と名乗る第三勢力を完全に敵視しており、敵の敵は味方であると如実に示していた。

 高町恭也から聞いた盲目の剣鬼――及び、常軌を逸脱した術を行使する『魔術師』としての印象は、敵でも味方でも油断ならぬ謀略家としての一面に塗り潰される。

 ただ、幸いな事に分別はあった。明確な線引き――子供を危ない事から遠ざけようとする父親のような――なのはが其方側に関与する事への拒否感という一点において同意出来たのだった。

 

 

 

 

「わぁ~、本当になのはそっくりだー!」

 

 自身の妹に良く似た寡黙な少女に抱きつきながら、高町美由希は神咲悠陽を観察する。

 

(うーん、これが恭ちゃんが良く言っていた神咲悠陽かぁ――この三人の保護者役していて、意外と面倒見が良い?)

 

 幼女三人プラス猫耳メイド服の少女、その四人とアロハ服の蒼髪の青年を引き連れて、赤髪の長髪を一つの三つ編みに束ねた盲目の青年は気怠さを前面に出している。

 その猫耳の少女は吸血鬼らしいので――太陽の光を天敵としていないようだが――深くは問わないが、これでは幼女三人の引率役の保護者にしか見えない。

 

(何かこう、恭ちゃんは悪鬼羅刹のように語っていたけど、イメージ全然違うなぁ。こう言っちゃ失礼だけど、恭ちゃんより枯れている印象が……)

 

 見た目は高町恭也と同年代の青年だが、その漂わせる風格と気質は何方かと言うと自分達の父親である高町士郎を思わせる。

 

(私には良く解らないなぁ。ランサーさんみたいに、一目で何かこう違うとは思えないし――)

 

 盲目にも関わらず、どうやって外界を把握しているのかは疑問には思う。

 彼、神咲悠陽は実際に見ているかのように、その行動に淀みなど無い。

 最早それは常識の外に居る事の証明であり、だからこそ美由希には神咲悠陽という存在を計りかねた。

 

(どうにもちぐはぐで――恭ちゃんとの決闘ではっきりするのかなぁ?)

 

 

 

 

 ――高町恭也を静かに見据える。それだけで神咲悠陽は大体把握する。

 

 二年前よりも、三ヶ月前よりも腕を磨いたと見える。既に完成して伸び代の無い自分とは違って、更に出来るようになっている。

 生来の才能の違いに嫉妬する。だが、今日は勝利を奪い、その才能を嘲笑う為に此処に居る。

 

「居合の使い手と聞いて、模擬刀を用意したが――」

「いえ、木刀で結構です」

 

 高町士郎が用意した模擬刀を拒否し、木刀を受け取る。何も自身の業は居合だけではないし、今回の場合は抜刀術では遅い。これが最善の選択である。

 二、三回、素振りする真似をしながら魔術的な仕掛けを施す。保険という意味合いもあるが、より完璧に仕立てあげる為の種である。

 

「――よもや、開始の合図があるまで待て、とは言うまいな? お互いスポーツマンでもあるまい」

「――貴様がその気なら、構わんさ。いつでも来い……!」

 

 ――この宣言通り、既に勝負は開始されている。

 

 試合前にお喋りに講じる、と見せ掛けて何気無く高町恭也の周囲を歩みながら――この戦闘に置ける最重要の要点である間合い取りを始める。

 

(……高町恭也に気づかれたら終わりだ。慎重に、気取られぬように悠然と泰然と傲慢に振る舞いながら騙し通せ――!)

 

 高町家の面々、マテリアルズの三人娘とエルヴィとランサーは道場の壁際にて正座しており――高町なのはの両隣は高町美由希とエルヴィであり、まず第一関門と第二関門をクリアしたと言って良い。

 

(高町恭也と比べて、高町美由希は一段と劣るか。高町士郎と高町恭也が健在の影響か、とらいあんぐるハート3の時の彼女より完成していない――)

 

 最善を尽くすのならば、高町なのはの隣は武の心得が無い高町桃子が良かったが――恐らくは、高町美由希では不慮の事態に反応出来まい。高町士郎でなければ、それで良い。

 

「それならば始める前に一つ問う事がある。高町恭也――貴様にとって『武』とは如何に?」

 

 高町恭也に気取られた様子は無い。第三関門もまたクリアされる。

 正面に高町恭也を見据えながら、自分から見て高町なのはの位置はちょうど135度、距離にして数メートル前後。この角度、この間合いが最高に良い。

 

「――大切なものを守る為の力だ」

「……まさか、そんな下らない綺麗事の御題目を聞く事になろうとはな」

 

 予想通りの答えに、予定通りの挑発を加える。高町恭也には自身が『御神の剣士』である事を強く自覚して貰わなければならない。

 

「武とは殺法、凶法。戈にて止むと書いて『武』の一文字。そんなものを振るって起こる事など唯一つ――対象の殺害のみだ」

 

 戈を止めると書いて『武』の一文字とも読めるが――噯気にも出さずに高町恭也を見据える振りをする。

 高町恭也は静かな怒りを滾らせていた。だが、怒りによる精神的な動揺は無く、感情を完璧に制御している。

 この程度で我を見失っては困る。表面に出さず、神咲悠陽は嘲笑う。

 

「――御神流の理念、穢す事は許さんぞ」

「ならば、殉ずるが良い。御神の剣士としての本懐をな――」

 

 そしてその助言を深く考えさせる訳にはいかない。

 神咲悠陽は木刀の構えを変える――右手の人差し指と中指の間で木刀の柄を挟み、左手の指で刀身を掴む。

 

「――!」

 

 此方の鬼気迫る剣気を察したのか、高町恭也は身構える。

 みしりと、木刀の刀身が軋む音が鈍く響くほどの尋常ならぬ握力が籠められており――其処から放たれる魔剣を、額に汗を流しながら幻視した。

 

 

 

 

 左の指で刀身を掴み、力を籠めてから解き放つという単純な術理――卓上の空論である。

 ただし、其処に木刀の刀身を軋ませるほどの尋常ならぬ力を以って解き放たれれば、空想の剣は現実を犯す魔剣となる。

 

(――それだけではない。あの異様な掴みは何だ?)

 

 人差し指と中指の間に柄を挟む――常識的に考えれば、あんな奇怪な構えで振るえば木刀は彼方にすっ飛ぶだけである。

 だが、刀身を軋ませるほどの強靭な握力に、針の穴を通すような絶妙な握力の調整が加われば――。

 

(――なるほど、あれは間合いを狂わす技法か。手を刀の鍔元から柄尻まで横滑りさせる事で、予想外の伸びを生む。読めたぞ……!)

 

 目の前の魔人が、それを可能とするか否かと問えば――当然の如く可能とするのだろう。この相手は、人外じみた技量など当然の如く持ち得ている。

 だが、その恐るべき工夫も技巧も、看破したとなれば対策も講じられる。想定した間合い外から放たれる事が既に判明しているのだ。誘って空振りさせ――其処を仕留める。勝機は『後の先』にある。

 

 ――じりじりと、高町恭也は正面から間合いを詰めていく。

 

 ただ、高町恭也に限って言えば、『先の先』で仕留める必殺の機構を持ち得ている。

 それを出さないのは様子見でも奥の手の温存でもなく――敵手が未だに手の内を隠しているからだった。

 

(……これは、あの時に感じたものではない。あの時のあれは、この程度のものじゃなかった――!)

 

 皮肉にも、高町恭也が卓越した剣士であったからこそ、神咲悠陽の最奥の剣を朧ながら想像出来てしまい――広がった虚像を巨大なものへと捉えてしまっていた。

 それ故の『見』であり――亀裂の如く口を開いて歪ませ、神咲悠陽は静かに嘲笑った。事、剣術に至っては感情を一切曝け出さない男が、自身の勝利を確信して。

 

 

「立会人を許すべきではなかったな――」

 

 

 その言葉の意味を理解するよりも疾く、彼の魔剣は解き放たれ――虎眼流『星流れ』は見事に空を切った。

 仰け反って回避出来た事よりも――何故、彼が無想の領域から剣を振るわず、事前に意を顕にして放ったのか、止め処無く思考が巡り、疑問符が浮かぶ。

 

 ――予想通り、予想以上に剣の間合いは伸びた。だが、それも『神速』を用いて寸前の処で回避出来た。

 

 この術理に二の太刀は無い。後は、致命的な隙を生じさせた神咲悠陽に二刀を打ち込めば、それで終わる。

 想像以上の呆気無さが、高町恭也に落胆を齎す。二年前の彼は、こんなものでは無かった。だが、それは単なる思い込みだったのだろうか?

 想像力が彼をひたすら過大評価し、見誤り続けた結果がこれなのだろうか。

 ならば、この一刀の杜撰さも納得出来る。邪道な構えをした代償だ。結局、彼の手から木刀がすり抜けて何処かに飛び去り、飛び去り――?

 

(……!?)

 

 目の前の神咲悠陽は、ただひたすら両頬を釣り上げて嘲笑っており――彼の術策に嵌った事を自覚する。

 彼の手からすり抜けて飛翔した木刀の先には、彼の妹である高町なのはが座っていた。

 

(なのは――!)

 

 直撃する軌道の木刀に、高町なのはは微動だに反応出来ず、隣の高町美由希もまた理外の事態に行動が遅れ、隣のエルヴィは「見えていても助ける気は一切無い」とにんまりと笑っていた。

 

 

『ならば、殉ずるが良い。御神の剣士としての本懐をな――』

 

 

 脳裏にその言葉が蘇るよりも疾く、『神速』の上に『神速』を上乗せして――その投擲された一刀が彼の妹に辿り着くよりも疾く弾き飛ばす。

 

(――っっ!?)

 

 小太刀二刀御神流斬式・奥技之極『閃』によって弾き飛ばされた木刀は、粉々に爆砕して欠片も残らず『焼滅』し――此処に至って、釣られたのが自身であると悟らざるを得なかった。

 

「がっっ!?」

 

 鳩尾に鋭い痛みが走り、視界全てが白黒の『神速』から戻される。

 自身の鳩尾にはいつの間にか懐に飛び込んだ神咲悠陽の肘が叩き込まれ、身体を「く」の字に折って空気を全て吐き出してしまい――流れる動作で高町恭也の右腕を逆関節に極めて一本背負いすると同時に叩き折られる。

 

(――ッ、打撃から投げ技……!?)

 

 『投げる』『極める』『折る』の一連の流れが同時に執り行われ、更には受け身を取れぬよう頭部から叩き落される殺人を目的とした古武術――頭部が地に墜落する刹那、神咲悠陽から渾身の蹴りが繰り出される。

 無事な左腕の小太刀で防御しようとし、されども木刀ごと砕かれ、頭部に鋭い蹴撃が炸裂した――。

 

 

 

 

 ――目の前で行われた刹那の応酬を、高町なのはは瞬きせずに見届けた。

 

 予め、彼女にだけはこうすると神咲悠陽から教えられていた。彼からの協力要請は一つ、反射的に防御魔法で防がない事、その一点である。

 それ故に「自分ではなく、高町恭也を信じられるか?」と問うたのである。

 

「……うわぁ、虎眼流『星流れ』かと思ったら『駿河城御前試合』の対『無明逆流れ』で、陸奥圓明流『蛇破山(じゃはざん)』から『雷(いかずち)』とか、ご主人様マジえげつねぇです」

 

 エルヴィは呆れたように感心したように「というか、陸奥圓明流の真似事まで出来たんですね」と語り、『魔術師』は「所詮は猿真似だ」と自嘲する。

 真っ先に正気に戻ったのは、高町美由希であり、なのはの前に踊り出て、敵意を顕にして『魔術師』を睨んだ。

 

「なっ、あ、貴方っ! なのはに向かって……!」

「保険は一応掛けていたが――此処で妹を守らねば、御神流の一分が保たれんだろう?」

 

 清々しいまでの邪悪な笑顔で、『魔術師』は受け答える。

 対御神流の剣士の、唯一度しか通用しない奇策(殺し手)――大切な人を守る事を主眼とする流派ならばこそ、この敗北は必定である。

 

「それに私は信じていたぞ、高町恭也なら絶対に防いでくれるとな――」

 

 敵を信頼するなど、策士としては失格だが、この勝利に一番必要な要素でもあった。

 高町恭也の卓越した技量を信頼出来たからこそ、確実に飛翔させた木刀を撃ち落としてくれると信じたからこそ、構築出来た必勝の理論である。

 

「敗因を敢えてあげるなら、決闘に余分な不純物を紛れ込ませた事だろうよ。其処を履き違えて戦闘に没頭し、戦局を見なんだ――」

 

 高町恭也は兵として戦い、神咲悠陽は将として挑んだ。噛み合わないのは当然である。

 勝利より優先すべき事を眼下に用意し、手段を選ばずに勝利を簒奪した結果がこれである。

 高町恭也と同じように、尋常な勝負を望んでいた高町美由希が受け入れ難いのも当然である。

 

「つまりさ、小難しい事ばっか言ってるけど『なのはに泣きつかれたから何が何でも負ける訳にはいかなかった』って事?」

「レヴィにしては的確ですね」

「でしょうでしょう、僕だって偶には良い事言うでしょシュテルん!」

 

 レヴィとシュテルは『魔術師』の魂胆を見抜いた上で毒気を抜くような和気藹々な漫才をし、邪悪な表情で勝ち誇っていた『魔術師』が思い切りげんなりとした顔をする。

 

「随分と子煩悩な事だな『魔術師』よ」

 

 したり顔でにやにや笑っているディアーチェの顔が尚の事忌々しく――ごほん、とわざとらしい咳払いをして、仕切り直す。

 

「……確かに、我が家は危険極まる魔窟で小学生の教育にも悪いが、その是か否かを決闘の条件にするのは間違っている。それは私の勝利が何よりも証明しているだろう?」

「平然と超絶汚い手使って勝利を掴み取ったご主人様が言うと、説得力ありますねぇ~」

 

 この決闘の勝敗は、『魔術師』の屋敷に訪問する事の善悪を見極める事には成り得ない。決闘の勝敗にそれを盛り込むべきでは無かったのだ。

 それ故に、それが負けられない理由となり、『魔術師』から敗北するという選択肢を奪った。手段を選ばずに本末転倒の――唯一度限りの必勝法を使わせた最大の原因である。

 

「という訳で、これは無効試合だ。当人、高町なのはの意志をもう少し尊重しろ。此方に来る分には、彼女の安全は私が責任を持って保障する。――決闘とやらは勝者も敗者も不在で終わりだ。ちゃっちゃと治療させろ、高町恭也」

 

 先程から気絶している振りをしている高町恭也に向かって、剣では二度と勝てなくなった『魔術師』はそう言い放った。

 

 

 

 

 ――御神の剣士としての本懐を遂げて敗北した事に、高町恭也は何の悔いも無かった。

 

 百回同じ状況になったとして、百回とも同じ行動に出るだろう。

 本能レベルにまで刻まれた御神の剣士としての存在意義を、高町恭也は誇らしく思う。次があるのならば、この事態にならぬよう立ち振る舞う事も出来るだろう。

 

 だが、その決着を剣術以外の――弁舌を以って無意味なものに変えてしまうのならば、問わずにはいられなかった。

 

 二年前から胸の奥に仕舞い込んだ疑問を、決して相容れなかった男の心中を、暴かずにはいられなかった――。

 

「どうして、簡単に捨てられる――?」

 

 剣に全てを捧げた、一筋の人生を歩んで来たからこそ――同じ御神流の使い手以外で、初めて敵わないかもしれないと思った敵手だからこそ、納得が出来なかった。

 その一刀に、どれほどの執念が籠められていたかを回想する。一太刀足りとも、尋常なるものでは無かった。

 あれほど積み重ねた努力の結晶を無為に捨てられるなど、高町恭也には考えられなかった。

 

「……それに対する私の解答は基本的に意味が無いぞ。持つ者に持たざる者の苦悩など絶対に理解出来ないからな。――だが、その不愉快な誤解は正してやろう」

 

 倒れ伏す自分に、神咲悠陽は手を差し伸べる。

 其処には歴然たる嫉妬があった。当然だ、究極の一に辿り着ける者にどう足掻いても辿り着けない者の諦め切れない妄執など永遠に解るまい。

 今更、そんな負け犬の泣き言を口にするまでも無い。届かないと知りつつも手を伸ばし続けるからこそ、彼は誰よりも『魔術師』足り得るのだから――。

 

「何一つ捨ててなどいない。私は何処までも傲慢で欲張りだからな、手に入れた技能を全て使って対抗している。――魔術師の格言には『足りぬのならば他から補えば良い』というものがある。私はそれを合理的に実践しているだけだ」

 

 不貞腐れたように差し出された彼の手を、高町恭也は無事な左手で握り返す。

 

「……そう、か。なぁ、神咲――」

「嫌だ。もう剣では二度と勝てないからな」

「……まだ、何も言ってないぞ? それに、オレはまだ一度も勝ってない」

 

 憑き物が落ちたような透明な心境で再戦を望む高町恭也と、もう二度と付き合うものかと負の感情を滾らす神咲悠陽。

 何て事は無い。結局、この二人は最後まで噛み合わなかったという話である――。

 

 

 

 

「こんにちはー!」

「あ、なのはちゃん。いらっしゃーい」

「……はぁ、どうしてこうなるのかねぇ……?」

 

 それからほぼ毎日、笑顔で屋敷に通い続ける高町なのはに、『魔術師』が何も言えずに頭を抱えるのは別の話である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07/八神はやてと『時間暴走』

 

(――私にとって、この三ヶ月は、九年という短い生涯の中で最も激動の日々でした)

 

 行き倒れしていた処を拾って居候となったクロウ・タイタス、その彼の下に次々と引き寄せられた厄介事に巻き込まれ、最終的には『夜天の書』の主という常識外の存在になっていた。

 

(クロウ兄ちゃんが普通とはちょっと違うのは何となく解っていたけど、自分も外れるとはなぁ~)

 

 ただ赤い鬼械神と白い鬼械神の死闘を見上げる事だけしか出来なかった聖杯戦争の時には、思いもしなかっただろう。

 もしも、あの時点で『夜天の書』の主として目覚めていれば、死闘に赴くクロウを手助けする事が出来ただろうか?

 

(……うーん、簡単に折れてしまうような気がする)

 

 誰かに守られるだけの役立たずから脱却し、クロウの傍らに立って一緒に戦う――願望としては美しいが、あの絶望の化身じみた『大導師』を相手に、最後まで戦い抜く事が出来ただろうか?

 最近になって――魔導師として単騎で模擬戦し、シスターの異常さを体感する事になった八神はやては彼女を物差しにあの時の『大導師』を計る。

 

(『夜天の書』に蒐集された魔法を使ってもほぼ無効化しちゃうシスターさんでも敵わない人だったから――下手したら皆諸共全滅かも?)

 

 八神はやての魔導師としての資質は、クロウ・タイタスなど初期値で圧倒的に凌駕している。

 だが、いや、だからこそ、自身を圧倒的に上回る敵と戦えるかと問われれば――間違い無く否であろう。

 自分より強大な敵に立ち向かえるクロウが眩しく見えると同時に――自身の存在意義が霞んでしまう。

 

(……クロウ兄ちゃんのように、勇気を振り絞って立ち向かえるだろうか?)

 

 それはその機会が実際に訪れるまで判明しない事であるが、はやてはネガティブに沈んでしまう。

 今も昔も、自分はクロウに迷惑を掛けっぱなしだ。あの時も――『過剰速写』が死んで、リーゼロッテを仇敵だと勘違いしたあの時、はやては四人の守護騎士を以って、的外れな復讐を止めようとしたクロウを傷付けてしまった。

 

(……クロウ兄ちゃんは笑って許してくれたけど、私は自分を許せそうにないよ……)

 

 そして何よりも――そんな自分の暴走を死した後に止めてくれた『過剰速写』に顔向け出来ない。

 どうすれば死した彼に報いられるか、はやてには思い付かなかった。申し訳無さと自身への不甲斐無さだけが積もりに積もる。

 

(こんな弱音吐いたら、クロさんに呆れられちゃうかな……?)

 

 教会の近くにある共同墓地、『過剰速写』が眠る小さな墓に、はやては一人訪れていた。

 時刻は午後十時過ぎ、クロウやシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リインフォースも危ないから一緒に付き添うと言ったが、敢えて一人で訪れている。

 一人で色々考えたかったのが最大の理由でもあるし、今は自衛する手段もある。いざとなれば念話で助けを呼ぶ事も出来るだろう。

 

 夜空の半月を眺める――そんな時だった。ふと、自身の隣の空間が歪み、何かが唐突に飛び転んで来たのは。

 

「――っ、何だ何だ……!?」

「……え?」

 

 それは人であり、少年だった。

 何処かの学校の制服じみたブレザーを羽織っており、それには見覚えも欠片も無い。だが、その右腕の袖に付けていた盾の腕章には見覚えがある。――いつしか彼に教えて貰ったものだった。

 

(クロさんが言っていた『風紀委員(ジャッジメント)』の腕章……!?)

 

 よくよく見れば、赤髪であり――記憶の中にあるとある人物と何一つ変わらなかった。

 

「え? 嘘、クロさん……!?」

 

 まるで化けてでた幽霊を見るようにはやては驚き、見慣れぬ車椅子の少女に視線を送った『過剰速写』と瓜二つの誰かは首を傾げて目を細めた。

 

「……何だその黒猫みたいな名前は? 学園都市に八人しか存在しない『超能力者(レベル5)』の第八位に向かってそれは無いだろうに――まさか、外なのか此処は……!」

 

 彼は周囲を忙しく見回し、夜空の月を見上げて唖然とする。

 それはまるで、半月であるのがおかしいと言わんばかりの驚愕の表情であり、考え込む素振りを見せた後、また視線をはやてに戻す。

 

「……其処の君、『学園都市』って知っているか?」

「う、うん。超能力者を開発する都市なんやろ? 此処には無いけど、クロさんが良く説明してた」

 

 その質問に答える最中に――彼の右腕が妙にか細い機械製の義手である事を目の当たりにする。

 その決定的な差異を眼にし、この『過剰速写』に似ている誰かが何なのか、大凡で予想が立てられた。

 

「えと、貴方はクロさん――『過剰速写(オーバークロッキー)』のオリジナルさん……?」

「オレの複製体(クローン)が存在する事は知らなんだが、第八位の『風紀委員(ジャッジメント)』の赤坂悠樹ならオレの事だ」

 

 

 

 

 ――そして、交わる事の無かった二つの物語が交差する。

 

 はやては『過剰速写』の物語を開示し、赤坂悠樹は自ら辿った物語を回帰する。

 

「――なるほど。オレとは違う選択を辿った赤坂悠樹の複製体か。『第九複写(ナインオーバー)』を縊り殺せたとはな……」

 

 やや複雑な感情を顕にした後、悠樹は「魔術とかいうオカルトの次は平行世界かよ。……理解が追い付かんな」と愚痴る。

 この赤坂悠樹は魔術(オカルト)を行使する未知の敵対者と戦闘し、魔術と超能力が交差して正体不明の化学反応を起こし、説明出来ない現象の後に空間転移したと仮定する。

 

(クロさんのオリジナルとは違った選択をした――でも、本質は全然変わってない)

 

 そして、赤坂悠樹は自分が世界の壁を超越した空間転移の現象を『再現(リプレイ)』する事で自分の元の世界に帰還する事が可能であると演算し――能力の負荷が解消されるまで、はやての話し相手を務めた。

 

 互いの事を十全に理解した後、はやては本来言うべきではない言葉を口にしていた。

 

「――あの時、私を止めてくれて、ありがとうございます」

 

 それは故人への言葉、死者にはもう届かぬ未練がましい懺悔――。

 

「このオレに礼を言っても無駄だぞ? 全くの別人だしな。……それにしても、生粋の復讐者が復讐を止めるとは、皮肉も皮肉だ」

 

 赤坂悠樹は笑う。その悪人じみた邪な笑顔は、嘗ての『過剰速写』と何一つ変わらず、涙が零れそうになる。

 

 

「――これは想像でしかないが、その複製体は君に救われたんだと思う。何一つ報われない末路に至ったオレを、原点に回帰させる機会を与えてくれたんだ」

 

 

 そう、誰よりも救われない悪党だった彼は『妹を守りたい』という原点に立ち戻り、正しく間違えた。

 第二の妹を自身の手で殺め、その機会が永遠に訪れなくなった自分の成れの果てにもう一度機会を与えられたのは――まさに奇跡に等しい出来事であると、赤坂悠樹は感慨深く語る。

 

「私は、私、は……!」

 

 涙腺が崩れ、泣き出してしまったはやてを、赤坂悠樹はぽんぽんと静かに頭を撫でて宥める。暫く、泣き声を押し殺した嗚咽が響き渡った。

 

「君は将来大物になるだろうね、最低最悪の悪党を『正義の味方』に立ち戻させたんだから。オレが保障してやるよ」

 

 「やれやれ、子守など似合わないな」と付け出し、邪気無く笑う。

 少しだけ、赤坂悠樹は自分の成れの果てに嫉妬する。自分の死を悼んで泣いてくれる人が居るなんて、これ以上に幸せな事は無いだろう。悪党には過ぎた幸福だった。

 

「……さて、負荷の処理も終わったし、そろそろ戻るよ。残りの余生は全て『第九複写(アイツ)』に捧げると決めているしな。一秒足りても浪費は許されない――」

 

 はやてから離れ、少し皺寄っていた『風紀委員』の腕章を付け直す。その何気無い挙動は、されども何処か誇らしげだった。

 後、幾許生きられるかは当人も預かり知る処ではない。一年は持つかもしれないし、明日にはぽっくり逝っているかもしれない。

 それでも、最期の一瞬まで生き尽くすと決めた。やっと見つけた生きる意味を全力で果たす為に――。

 

 はやては涙を拭い、精一杯の笑顔で見送る。

 この奇跡のような出逢いを感謝し、これが永劫の別れである事を悟って――。

 

「さよなら、八神はやて。短い間だったが、楽しい時間だったよ」

「……さよなら。いや、向こうでも達者で。赤坂さん」

 

 その言葉を最期に、赤坂悠樹は振り返らず、空間の歪みの中に跡形も無く駆け込んで消え果てた。

 

 ――夜風が吹き、一人残されたはやての髪を散らす。

 

 はやての胸の中には、自分でも説明出来ない何かが灯っていた。

 それはとても小さな、だけど暖かい想いの欠片。それが何処に辿り着くかは未だに未知数だけども、少しだけ前向きに――一歩ずつでも良いから前に進んでみようと思った。

 

「クロさん、私、頑張るよ。どうして良いか、まだ全然解らないけど――」

 

 次に此処に来る時は、笑って現状報告出来るように、こんな自分でも誇れるように、まずは精一杯生きよう。

 

「まずは、歩けるようになる事、かな……?」

 

 これは彼女が自らの足で歩き出す物語。

 その些細な切っ掛けに過ぎない、小さな奇跡――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08/英雄の世界

 

 

 

 

「……この有り様は一体何なのだ?」

 

 ジト目で、ディアーチェは変貌した居間を訝しげに眺める。

 其処には所狭しと言わんばかりの宝石の山が散らばっていた。宝石と言っても未加工の原石も混じり、それが多種多様、数え切れないぐらいの種類が用意されている。

 

「『魔術師』としては正しい在り方なのだがな、外れ者の私が言うのもあれだが」

 

 居間の中央に、ソファやテーブルを退けて、『魔術師』は忙しげに水銀で魔法陣を描いている。

 

「うわぁ、綺麗で大きな宝石が一杯だねぇ~。見るからに高そうだけど――」

「迂闊に触れるなよ、レヴィ。壊れる以前に呪われるぞ? 材料費は5000万ポンドだ。流石に懐が寂しくなるな」

「ポンド?」

 

 興味深そうに美術品じみた宝石の数々を眺めているレヴィは不思議そうに頭を傾げ、彼の傍で補佐するエルヴィはどんよりとした表情で注釈した。

 

「……えー、ちなみに、現在の円相場は200円前後です。うぅ、ご主人様に浪費癖は無いと思っていたのですが……」

「魔術は金食い虫だからな、これは我等の宿命と言って良い」

 

 1ポンド=200円。つまり、単純計算であるが、5000万ポンドは日本円に換算すると――。

 

「んなっ!? ひゃ、百億円だとぉっ!?」

「? ねぇねぇ、王様。それってソーダ飴が何個ぐらい買えるの?」

「一億個だ、戯けっ!」

「ええええぇぇぇ――!?」

 

 横脇のテーブルに載せてある多種多様の宝石を眺めながら――注意深く見るまでもなく、何かしら嫌な感触を味わう。

 『魔術師』の呪われる云々は比喩抜きの真実であるとディアーチェは引き摺りながら悟る。

 

「そんな莫大な金を費やして一体何を作る気だ!?」

「別にその大金に見合うものではないさ。文明の利器たるトマホーク五十発の方が遥かに効率的で殺傷力があるだろうよ」

 

 淡々と準備をしながら、『魔術師』は語り――横でエルヴィは「これだから魔術師という人種はぁ……!」と全力で嘆いていた。

 

「この短期間で『とある現象』を二度も観測してな。しかも、二つとも異なる方式でだ。その御蔭で異世界の魔術理論で構築されたあれを七割方理解する事が出来た。資金もある事だし、実際に作ってみて残りの三割を解明してみようと思ってな」

 

 そう語る『魔術師』の表情には普段見られない――学者としての知的探究心が見られ、安全栓の無い狂科学者(マッドサイエンティスト)とは得てしてこういうものであると悟らざるを得なかった。

 

「……何だと? 何やら実験のように聞こえるが……?」

「失敗から学ぶ事が前提だが?」

「んなっ!? 貴様の金銭感覚を真っ先に疑うわッ! 王の我もびっくりな浪費振りだ、貴様に国庫の鍵を預けては一晩で消え失せるだろうよ……!」

 

 失敗前提の実験如きに百億という大金が投入されるなど、現世に疎い闇王(ディアーチェ)でも規格外な事だと喚きたくなった。

 つくづくこの男は理解出来ない。いや、彼のいう『魔術師』なる人種は皆こうなのか、頭が痛くなる思いである。

 

「たかが5000万ポンドで真理に近づけるなら安い買い物だろう? 私が刻む神秘系統では魔術と『魔法』は全くの別物だ。如何に資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な『結果』を齎すものを、我等魔術師は敬意と畏怖を籠めて『魔法』と呼ぶ」

 

 以前にレヴィが「魔術と魔法なんて一緒でしょ?」なんて迂闊な事を言って――それが彼等魔術師にとって禁句だったのか、長々とその違いを解説された事を思い出す。

 あの時はレヴィが涙目になるまで彼等魔術師達の『魔法』の定義を喋り続け、狂気の一端を思い知る事になった。

 

「今回のこれは第二魔法の限定礼装『宝石剣』の再現だ。遠坂家からパクった設計図がまさか役立つとはな」

「んー、でもご主人様、あれって『宝石翁』『魔道元帥』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの系譜じゃないと使えないんじゃ?」

「その通り。残念な事に我が契約の大公はシュバインオーグではない。万が一『宝石剣』を完成させても起動出来ず、無用の長物になるだろう。そんな事は百も承知だ」

 

 一通り魔法陣を書き終えて、額に流れる汗を『魔術師』は袖で拭う。

 それとほぼ同時に、今朝から姿が見えなかったシュテルが居間に現れた。とあるものを携えて――。

 

「ただいま戻りました、師匠。湊斗忠道さんから例の物を受け取って参りました」

「ご苦労、シュテル。これで準備は整ったか」

 

 師匠呼ばわりされているのに関わらず、珍しくスルーして届け物を慎重に受け取る。

 まるで取り扱い注意の危険物に触れるような手先で慎重に――異常なまでに厳重にロックされた金属の鞄を開帳し、その黄金の鉱物は姿を現した。

 それは水晶とも鉱物とも解らぬ未知の物質、此処に集まった全ての宝石よりも――素人目から見ても一目で異常と解るほどの途方も無い代物だった。

 

「――げげぇっ、金神の結晶っ?! こんな劇物を『宝石剣』に組み込む気ですか!?」

「何を言う。これ単体で平行世界への単独移動を可能とする神の結晶だぞ。アレンジするには持って来いの材質だろう」

 

 エルヴィは心底信じられない眼で主に詰め寄り、それとは反比例して『魔術師』は平然と笑う。

 ディアーチェ達は知らないだろうが、これは『装甲悪鬼村正』の世界における劔冑を鍛造する為に必要な水、それの源泉であり、結晶体――つまりはあの『金神』の欠片である。

 

「うっわぁー、独特のアレンジを加えるという、初心者の料理に良く有り勝ちな失敗フラグじゃないですかー! やだこれもぉ~!」

「だから失敗前提なんだろうに。この私が遠坂家の遺伝的疾患のうっかりを犯すとでも思っているのか? 下手すると次元世界が吹っ飛ぶから、ちゃんと廃棄する準備は万端だ」

 

 何やら致命的なまでに不穏な事が聞こえたが、ディアーチェは自身の痛む頭を押さえながら、全力で聞き流す事にする。

 今に始まった事でもない。この男が常識外の生物であるのは最初からである。

 

「……百億円を溝(ドブ)に捨てるか? 考えられんな」

「まぁ正気の沙汰じゃ出来ないな。伊達や酔狂の血が騒いで損得の勘定を度外視してないとやる気にすらならん」

 

 あっけらかんに言って「そもそも根源に至る事を諦めた落伍者が『宝石剣』の作成に挑もうとは片腹が痛いだろうよ」と自嘲しながら言い捨てる。

 

「それじゃ始めようか。ディアーチェ、シュテル、レヴィはバリアジャケットで別世界への転移準備をしとけ。念の為であるが」

 

 その言葉に急いでバリアジャケットを展開して杖を構えた彼女達三人を確認し、テーブルに散乱していた宝石が独りでに宙に浮き、魔法陣の中に浮かぶ。

 

「――魔術回路、起動。術式作動」

 

 最も簡素で原始的で最小限の呪文を以って――屋敷に蓄えられていた魔力が居間の魔法陣に集結する。

 

「融解、合成、鍛造――」

 

 水銀の魔法陣は紅く光り輝き、途方も無いエーテルの渦を巻き起こす。

 数々の宝石、原石は一つに集まり、形が融けて融合していく。一つ交わる毎に空間が軋みを上げるほどの変質が起こり――全ての光を閉じ込めた万華鏡の如く宝石が構築されていく。

 

 ――その工程の最後に『金神』の欠片と交わり、渦巻くエーテルの光が反転する。

 

「――!?」

 

 それは眼が潰れるほどの圧倒的な光だったのか、または全てを飲み込む闇だったのか――此処に居る全員の視界が喪失する。

 

「……――!」

 

 巻き起こる轟音で声も掻き消され――数秒間の空白の後、儀式が成功にしろ失敗にしろ終わり、術者である『魔術師』は綺麗さっぱり消失していた。

 

「……なっ、『魔術師』っ! 何処に行った!?」

 

 万華鏡の如く光り輝いていた宝石も消失し、ただ焼け爛れた水銀の魔法陣だけが余韻として残るのみだった。

 そして誰よりも深刻に、エルヴィは己が主を必死で探し、震えながら絶望する。

 

「……う、そ。ご主人様の存在が、この世界から消え――」

「っ、エルヴィ、貴様、その身体は……!?」

 

 瞬く間にエルヴィの身体が透き通り、何の余韻も残さず、跡形も無く消失する。

 いつも唐突に転移し、所構わず現れる天邪鬼な吸血鬼であるが、今のはいつもと様子が致命的なまでに違った。

 

 そして、トドメに、彼と契約したサーヴァントであるランサーにも変調が訪れていた。

 

「……おいおい、マジかよ。アイツは消えちまうし、マスターからの魔力供給が完全に途切れちまったぞ……!?」

 

 

 

 

「エルヴィ? ランサー? 何処に行った?」

 

 ――気づけば、屋敷には自分一人しか居なかった。

 

 暴走するように荒んだエーテルの奔流に、外界への感覚器官を塗り潰された最中、安全を期してディアーチェ達が別の次元世界に避難したのだろうか?

 

(だとしても、おかしい。エルヴィは避難の必要なんて無いし、何で居ないんだ?)

 

 思わず首を傾げるが、復調した『魔術師』の感覚が彼女の存在を感知する。

 今ので自分の時間感覚の方に変調が訪れたのだろうかと仮定し――弾丸の如く自身の胸に飛び込んで来たエルヴィを支え切れず、地面に背中を強打する事となる。 

 

「――ぐえっ!? エルヴィ、いきなり抱きついてどうした……?」

 

 偶に奇行に出る傾向はあるが、攻撃とも取れない事をするような使い魔では無いが――何故かは解らないが、彼の胸に飛び込んで来たエルヴィは酷く泣き崩れていた。

 

「……ご主人様、ご主人様、ご主人様ぁ……! 本当に、本当にご主人様なのですか……?」

「それ以外の何に見える? ランサーは何処に行った?」

 

 正規の契約ではなく、他のマスターから強奪した結果である為、己がサーヴァントを察知する能力は『魔術師』には欠けている。

 些細な違和感を覚えつつも、何故か泣き崩れているエルヴィに問い――彼女は不思議そうに首を傾げ、気を沈ませながら重々しく告げた。

 

「……ランサーは魔力供給が途絶え、消えてしまいました……」

「は? エルヴィ、どういう――」

 

 マスターが健在な以上、サーヴァントへの魔力供給が途絶える事は無いし、例えこの儀式の異変で契約が解消されたとしても、一瞬で消えるのは在り得ない。

 何かがおかしいと悟り――致命的な誤差に辿り着く。屋敷の結界がおかしい。効力は失われていないが、設置した魔術的な仕掛けが少ない。

 

(……どういう事だ? 私の記憶が確かなら――此処三ヶ月間に新調した仕掛けが全部無いだと?)

 

 宝石剣の作成で、屋敷全体の時間が三ヶ月間逆行してしまったのか――魔術的な探査を『魔術工房』から大結界まで伸ばした時、想定以下の魔力供給量に驚愕する。

 普段の五分の一にも満たない。『魔術工房』どころか霊地にも著しい異変を齎したのか、より詳細な構造把握の為に探査魔術を駆け巡らし――唖然とした。

 

 ――海鳴市の大半が焼け崩れたまま放置され、無人の地と成り果てていた。

 

 此処まで来れば、最早認めざるを得ない。まさかと思いたいが、出揃った状況証拠が現実逃避を阻止する。

 

「……そんな馬鹿な。平行世界に転移しただと……!?」

 

 『宝石剣』の生成はある意味、予期せぬ大成功を収める事となる。

 皮肉な事に『魔術師』は、平行世界への僅かな路を穿つ『宝石剣』の生成の過程で、人間一人の平行世界への移動に成功してしまったのである――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09/『魔術師』と使い魔

 

 

 

 ――初めの一つは全てを変えた。

 ――次の二つは多くを認めた。

 ――受けて三つは未来を示した。

 ――繋ぐ四つは姿を隠した。

 ――終わりの五つ目は、とっくに意義(せき)を失っていた。

 

 神咲悠陽が最初に求めた『魔法』は二つ目の『平行世界の運営』。

 砂漠の中に落ちた一粒の真珠を探し出す以上の根気を費やせば、嘗ての現実世界に辿り着けると信じて追い求めた。

 それは良くも悪くも結果のみを求めていたに過ぎず、唯一度足りてもその地平に立った時の感想を考える事すらしなかった。

 

 ――無限の平行世界を旅する第二の『魔法使い』とは、如何なる存在なのか?

 

 実際に見た事は無いが、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは魔法使いにしては珍しく俗世に関わり合いのある人物であり、偶に魔術協会に来ては弟子を何人か募集し、その殆どを廃人にする災害扱いだった。

 行方不明になっている最中は他の平行世界に行っていると言われ――あの『朱い月』に喧嘩を売ったほどの御仁の事だ。来訪するどの世界でも破天荒な行いをしているのだろう。

 

 ――果たして、そうなのだろうか?

 

 死徒二十七祖の一角に名を連ねる第二の魔法使いが如何に規格外の存在だとしても、無限に存在する平行世界の前に、一々介入する気力など持ち合わせる事が出来るだろうか?

 Aの世界で救われた人が居た。だが、Bの世界では救われずに死ぬ。それが気に食わなくてBの世界に干渉し、その者を救ったとしよう。

 しかし、C、D、E、F――それらの平行世界でも救われずに死ぬとしたら? そんな救われない世界に干渉するよりも、救われる世界を新たに探した方が遥かに効率的だろう。

 つまりは、起点となる世界は特別視しても、その他の万華鏡の如く移ろう可能性など一々構っていられるだろうか?

 多くを認めるという事と、多くを見捨てる事は、同意語では無いだろうか?

 

 ――神咲悠陽の前に立ち塞がった命題とは、まさにそれである。

 

 

 

 

「やたら寒いと思ったら、ジングルベルの季節かよ……」

 

 一瞬だけ魔眼を開けて目視した海鳴市は、一面の雪景色だった。

 崩壊した建物はそのままで、後は純白の雪で埋もれている。何とも侘しい終末の光景に『魔術師』は滅入る。

 

(やれやれ、時間移動も第二魔法の範疇という訳か)

 

 七月から十二月、少なくとも五ヶ月ぐらい差異がある。

 たったそれだけの期間で人一人居なくなった死都になるとは、随分と不甲斐無い結末である。

 屋敷に戻り、この世界のエルヴィが用意した熱いお茶を飲みながら一息付く。

 

「……ご主人様が消えたのは、八ヶ月も前の事です。聖杯戦争を一人勝ちし、ワルプルギスの夜を乗り越え、『闇の書』の主を殺害し――大火災と同時に私は存在出来なくなり、ランサーも程無くして消えました」

 

 意気消沈したエルヴィから語られる、何処かで聞いたような展開に、ますます頭を抱えたくなる。

 この時点で、この世界の神咲悠陽がどのような末路に至ったのか、大体想像出来るものだ。既に死んでいるが、殺意が芽生える。

 

(――この世界の私は神那と一緒に心中した訳だ。子殺しを犯さず、セイバーも再び見送らずに死ぬとか、我ながらぶち殺したくなるな)

 

 娘と心中した結果、持っていた聖杯が破壊され、魔力が溢れて冬木の大火災に匹敵する災厄を撒き散らし、今に至る。

 

「大火災を生き延びた他の転生者達も、共に相争い、悉く自滅して――現在の海鳴市は人一人残っていない死都として隔離・放置されてます……」

 

 こうも簡単に死んだ自分を嘲笑うべきか、自分一人が消えただけでこうなってしまった他の転生者達を嘲笑うべきか、一人死んだ程度でこうなってしまうほど支柱になっていた自身を嘲笑うべきか――。

 深々と溜息を吐きながらお茶を飲み、無言でお代わりを要求する。

 

「確認するぞ、エルヴィ。聖杯戦争でのサーヴァントは、バーサーカーがアーカードの残骸で私の魔眼で仕留め、ライダーがアル・アジフ、キャスターがナコト写本で、その両陣営が衝突した後に横から全力で殴りつけて葬り去り、ランサーがクー・フーリン、アーチャーとセイバーは未召喚で終わったのか?」

「はい、そうです……」

 

 確かめたくなかったし、外れている事を祈ったが、残念ながら予想通りだった。つまり、この世界は――。

 

(よりによってアーチャーの、英雄・高町なのはが誕生する平行世界とはな――)

 

 此方の世界では召喚されたアーチャー、未来の高町なのはが歩んだ世界。

 神咲悠陽が死に、家族も友達も全て失った後に管理局に引き取られ、豊海柚葉が一人勝ちした最悪の世界線。

 

 ……尤も、この世界線があったからこそ、彼の基点世界で英雄となった彼女がアーチャーとして召喚され、神咲悠陽の生存する道筋が生まれたのであるが――。

 

「秋瀬直也は生き残っているか?」

「……いえ、大火災の時に死んだと思います……」

「はっ、清々しいまでに詰んでいるな、この世界線は」

 

 そして彼女への唯一の解決要素も墓の下である。

 本当に救われない、報われない平行世界。自分の死んだ後の世界など知った事じゃないが、生きて垣間見る事になれば憂鬱にもなろう。

 

(だからこそ、なのはが彼処まで歪んだか……)

 

 アーチャーの事を思い出す。捨てられた子犬のように、死んだ飼い主を求めて――英雄に成り果ててまで遭いに来た少女の事を。

 凡そ考えられる全てを失って、残ったものが亡き人物への想いとは、愚か過ぎて救えない。その原因が自分である以上、笑い飛ばせないのが難であるが――。

 あれこれ思慮に耽っていると、突如、エルヴィは彼の胸の中に飛び込んで来た。捨てられた子猫のように全身を震わせて、強く強くしがみついて嗚咽を零した。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私は、ご主人様を守る事が、出来なかった……!」

 

 文句の一つや二つ、恨み言の十や百ぐらい言われる覚悟はしていた。

 彼と彼女の契約は、死が二人を分かつ前に、その魔眼で焼き殺す事であり――彼女を殺さずに勝手に逝ったとなれば、誰が彼女の存在を見つけられるだろうか?

 永遠の孤独に突き落とした自身を恨まず、そんな事を真っ先に謝れては立つ瀬が無かった。

 

「……娘と一緒に呆気無く逝った偽善者の事を責めるべきだな、エルヴィ。お前を殺さずに永遠に一人にした、この世界の私が全面的に悪いのだから――」

 

 その小さな肢体を強く抱き締め、エルヴィは彼の胸の中で泣き叫んだ。

 

(……さて、現状は大体把握した。いい加減、現実逃避を止めて考える時か)

 

 エルヴィを抱き締めながら、神咲悠陽の思考は既に別の処に行っていた。

 宝石剣を作成する過程で、何をどう間違ったのか、完全敗北した平行世界に飛ばされ、選択を余儀無くされている。

 

 ――そう、選択である。

 

 この平行世界に飛ばされた事は意味があるものと盲信して行動するか、基点世界では無いからと全力で無視するか。

 既にこの世界の情勢は決しており、今更挽回出来るレベルではない。魔術師としての思考は此処に潜伏して帰還方法の模索が最上であると唱えている。

 この世界の自分は既に死んでいて、今更別の世界の自分が干渉する理由など無い。見捨てる、見殺す以前に道理が通らない。

 

 そう、それを十全に理解しながら――神咲悠陽は必要無い事を聞き出した。

 

「エルヴィ、なのはと高町家の者は?」

「――、……なの、は? 彼女は、管理局の者に保護されています。高町家の人達はあの大火災で皆死んでます、けど……」

 

 その在り得ざる呼称に、致命的な何かを勘付きつつも、エルヴィは有りのまま答える。

 訝しげに覗き込んだ主の顔には在り得ない事に思案の色が色濃く現れていた。

 

 ――そう、このまま放置すれば、この世界の高町なのはは英雄となり、死して英霊になってアーチャーとして召喚されるだろう。

 

 既に結果がある以上、此処で干渉しても基点世界には一切支障は無い。

 というよりも、その一点のみが、神咲悠陽が思案に暮れる唯一の要素だった。

 

(――焦点は世界の違いか。いや、むしろ逆か)

 

 長い事、考え抜いた後、神咲悠陽は深い溜息を付いた。にも関わらず、その表情は晴れやかなまでに笑っており、その変化を見届けたエルヴィの焦燥は頂点に達した。

 

「エルヴィ、一仕事頼み――」

「お断りします」

 

 即座に拒否し、椅子に座っていた神咲悠陽を床に押し倒し、エルヴィは鬼気迫る表情で馬乗りとなる。

 その鮮血の如く真紅の魔眼には、途方も無い感情の数々が灯っており――『魔術師』は感心するように凶悪に笑う。

 

「――へぇ、お前にこうして反逆されるのは初めての経験だ。理由を聞こうか?」

「……私には、ご主人様を最期まで守る事は出来ません。この世界でご主人様がするべき事は一つだけ、私をその魔眼で殺す事だけです」

 

 優秀な使い魔だ、と『魔術師』は高く評価する。主人の言う事を言う前に察するとは、良く出来た使い魔である。

 その主の余裕が気に食わないのか、床に押し付ける手に力が篭る。

 生まれて初めての主人への反逆に、エルヴィの心中は絶望と自己憎悪で塗り潰されそうになったが、これだけは譲る訳にはいかなかった。

 

「元の世界に帰還する目処が立つまでお付き合いします。ですから、考え直して下さい。それ以上の事はしないと――この世界の行く末がどうなっていようと、違う世界のご主人様には関係無い話です」

 

 ――そう、絶対に滅びる事無いと盲信していた彼女の主は、ある日、突然滅びてしまった。

 

 別の仕事に割り振られ、別行動していた彼女は自身の消失で主の死を悟り、届かぬ叫びを撒き散らし続けた。

 最早彼女は何処にも存在出来ず、何処にも居ない。観測者を失った彼女はこの世界に存在出来ず、虚数の海に漂う事しか出来なかった。

 死すら許されない、絶望の時間。狂う事も許されず、ただ漂い続けて――二度と起こり得ぬ『奇跡』と出遭った。

 

 ――荒れ狂っていた感情が一段落付き、力無く泣き崩れる。違う世界の主の胸を、駄々を捏ねる子供のように叩く。

 

「……もう、嫌なんです。何処にも存在出来ず、誰にも気付かれない永遠の孤独なんて――私には、耐えられないです……!」

 

 最強無敵を誇った不死身の吸血鬼の少女は、童女の如く泣いていた。

 その有様は余りにも弱々しく、余りにも痛々しかった。自身の死で精神的に屈して崩壊している使い魔を見て――彼はそれでも一笑に付した。

 

「――ふむ、さて問題だ。お前の主は、使い魔の涙ながらの説得に心打たれて従うと思うか?」

「……いいえ、笑って無視して自分の意見を貫き通しますね、私のご主人様なら」

「理解ある使い魔を持てて私は幸せだよ、エルヴィ」

 

 『魔術師』は挑発的に嘲笑い、未だに涙を流すエルヴィは目を細める。

 吸血鬼に組み伏せられて尚、彼は一切諦めていない。明らかに詰んでいる状況であるが、この状況下においても彼女の主は何を仕出かすか解ったものではない。

 

「――それでどうやって説き伏せる気ですか? 高町式交渉術でもしてみます?」

「それこそ無駄の極みだろう。ドMの女吸血鬼(ドラキュリーナ)を痛めつけて喜ばせてどうする?」

「んなっ、アーカードならいざ知らず、私もあれと同一視されるのは甚だ不本意ですよ!?」

 

 高町なのはに傾斜する主への皮肉を、神咲悠陽は正面から返す。

 真っ赤になって抗議するエルヴィの様子に「最近のお前からそういう傾向が多々見られたがな」とレヴィとの模擬戦で一切反撃せずに受け切って根負けさせた光景を思い浮かべる。

 

「手っ取り早く、私に従わないならこの両眼を潰すぞ? と脅迫するかねぇ?」

「この状態でそれが出来ると思いですか? ご主人様が自身の眼を潰すより疾く対処出来ますよ。もう二度と離しませんよ――」

「やれやれ、物騒な睦事だな。うん、それじゃ時間が勿体無いし、力技で強引に解決しよう」

 

 どうしていつも自分に求愛する人は唯一人を除いて病んでいるのだろうか?

 その唯一の例外である己が元サーヴァントを思い描きながらも、『魔術師』は楽しげに溜息を吐いた。

 

「吸血鬼相手に力技ですか? もしもそれを本気で言っているのなら、違う世界のご主人様の評価を下げざるを得ませんが――?!」

 

 『魔術師』はエルヴィの開いた口を文字通り塞ぐ。己が唇で、彼女の舌を蹂躙して貪りながら――。

 

 意表を突かれ、思考が真っ白になり、その隙を突いて彼女と彼の姿勢が引っ繰り返り、逆に『魔術師』が真っ赤になって動揺しているエルヴィを組み伏せる形となった。

 

「……ん、んぅっ!?」

 

 その小さな舌を絡め取り、無慈悲に吸い取り、獣の如く暴虐的に犯し尽くす。

 吸血鬼の少女はあろう事か抵抗すら出来ず、思考も挙動も硬直する。この時の彼女は姿形の、少女相応の初な反応しか返せなかった。

 

 ――唐突に唇が離され、唾液の架け橋が一瞬だけ現れる。

 激しく息切れし、エルヴィは何も考えられずに今の未知の感触に陶酔しながら、悩ましい吐息を零した。

 

「な、な、な、なっ……!?」

「知らなかったのか? 私は組み伏せられるよりも組み伏せる方が遥かに好きだぞ?」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10/此方の彼とあちらの彼女

 

 

 

「……うぅ、もうお嫁に行けないぃ……!」

「元々一人一種族の吸血鬼の分際で何を言っているのやら」

 

 水道も電気も既に止められて久しく――掻き集めた大量の雪を発火魔術で溶かして適温まで温め、檜風呂の湯船に浸かりながら二人は寛いでいた。

 神咲悠陽は湯船の端に背凭れを掛け、未だに耳まで真っ赤にするエルヴィはタオルで髪を纏め、彼を背にしてその肢体を委ねていた。

 真っ暗闇での浴槽だが、彼に至っては最初から視覚情報を当てにしておらず、吸血鬼のエルヴィにとってはこの程度の闇など真昼も同然だった。

 

「吸血鬼の癖にキスされたまま血を吸い返さないとか、恥を知るべきじゃね?」

「一体どういう判断基準ですかっ!? 血を吸って死屍鬼(グール)にした日にはご主人様の魔眼が性能劣化して殺せなくなるかもしれないじゃないですかっ!?」

 

 じたばたとエルヴィは恥ずかしがりながら暴れ、湯水が零れ落ちる。

 当然ながら、死屍鬼化させる事への躊躇を計算済みで力尽くの交渉に打って出た訳だが――。

 

「……そ、それに……ご主人様に求められたら、私は絶対逆らえないです……」

 

 掠れるような小声でエルヴィは吐露する。

 自身に背を向けてもじもじする小さな吸血鬼が愛しくなると同時に――一気に憂鬱になる。

 

(……っ――)

 

 ――今の自分が保有する唯一の戦力である彼女を徹底的に使い潰し、最終的に己が魔眼で殺す。

 元よりそれが神咲悠陽とエルヴィの契約関係であり、違約しようの無い未来である。

 自身の死の直前なら、引導を渡してやるのがせめてもの情けだと考えていたが――思考を意図的に停止させる。

 それ以上は考えてはならない。今は、必要無いと神咲悠陽は切り捨てる。

 

「……それで、やるからには勝機はあるんですか? というか、何処までやるんですか?」

「理想を言うならば、ミッドチルダ側の転生者を皆殺し。妥協点は主犯格全員を殺害してからなのはの回収という処か」

「うっわぁー、何方も無理難題じゃないですかっ!?」

 

 此処で問題となるのは、エルヴィを派遣して暗殺し回った場合、自動的に黒幕が神咲悠陽である事が知られ、送り込まれる尖兵に対処する術が無いという事。

 大結界は崩壊したも同然であり、『魔術工房』の機能も極限まで低下している。籠城戦にもならないだろう。

 

 故に――守勢には回れず、攻勢に出るしか勝機は見い出せない。

 

 例えるなら、今のこの状況は、全ての駒を剥ぎ取られた状態で万全の陣地に攻め込むが如くである。

 不死身の竜王を保持していても、裸単騎の王将を討たれたら終わりであり、考えるまでもなく話にならない状態である。

 其処から、如何にして王将同士の一騎打ちに持ち込むか、そういう話である。

 

「ぶっちゃけ教皇――豊海柚葉を殺せば、ミッドチルダの転生者など烏合の衆だ。ただし、奴の正体はシスの暗黒卿、生半可な策略など全て見抜かれて逆に此方が破滅する事になる」

「……あー、あれがミッドチルダのトップだったんですか。教皇名乗っているのはあのローマ教皇リスペクトですかね? ……それで、ご主人様の世界では彼女をどう排除したんです?」

「私とあれとの勝負は引き分けだ。頼もしい『正義の味方』が彼女を救ってしまったからな、端役の私に出番は回ってこなんだ」

 

 秋瀬直也の事を思い起こし――この世界の彼は『矢』を使う前に死んだのだろうと残念がる。

 『レクイエム』に至っていれば、大火災如きで死ななかっただろうが、川田組に反逆者扱いされる前に起こったのならば死ぬしかないだろう。

 

「……まさか、秋瀬直也がですか? それなら残念です。此処ではもう墓の下ですよ?」

「だから、私自身が直接決着を付ける必要がある。それ故に今回は――」

 

 そして神咲悠陽は自らの腹案を打ち明け――今まで彼の謀略の片棒を担いできたエルヴィでも、此処まで無謀な案を聞いたのは初めてだった。

 

「――えーと、正気、ですか?」

「残念ながら正気だ。最善を尽くしたら読まれて上を行かれるだけだからな、逆にこれで良いんだよ。――まぁ案外何とかなるんじゃないか? 今現在は三国志とかでの終盤の消化ゲー状態だ。アイツは今、退屈してるんだよ。この上無くな」

 

 目指すは究極の短期決戦、一発大逆転の王将取りのみ。

 そんな分の悪い賭けを上乗せせずして、豊海柚葉の首までは届かない。

 

「此方の誘いに乗るかどうかは半々だが、私は乗る方に賭けるよ。此処まで挑発されて退いては、頂点に立つ者としての誇りが穢れるだろう」

 

 乗らなかった場合は、長期戦に打って出るしかない。

 自身の行方を徹底的に晦まし、エルヴィによる長期暗殺戦――考えるだけでも滅入るゲリラ戦法であり、その場合は元の世界のランサーを諦めるしかないだろう。

 尤も、時間の流れが同じなのかさえ定かでは無いが――。

 

「問題と言えば、一つだけ。エルヴィ、お前が私を最後まで信頼出来るか、否かだ。そうでなければアイツは私の前に現れない」

 

 ……今のエルヴィとの主従関係は、嘗ての世界ほど完璧ではない。

 この世界の自分は呆気無く死んだのだ。誰が神咲悠陽の命の保障をするだろうか?

 誰よりも彼の死を恐れているのは彼自身ではなく、エルヴィ自身である。

 

「……勝機は、あるのですか?」

「三ヶ月後の私は三ヶ月前――おっと、此処では八ヶ月前か、その私とは違うという事だ。更に言うなら、その三ヶ月はあれの理不尽な補正の支配下から完全脱却した歳月だしな」

 

 ――勝機を用意してから挑め。

 

 それが神咲悠陽の勝負における絶対的な鉄則であり、されども今回は完全な勝機など用意出来まい。

 全てが不明瞭に揺蕩っている。こんな状況で挑むなど、いよいよ焼きが回ったかと言われるような事態であり、それを乗り越えずして目的は果たせない。

 

「今回の勝負は、世界を騙し通せば私の勝ちだ――」

 

 

 

 

「つーまーんーなーいー!」

「おやおや、今日もですか」

 

 この平行世界での勝者、豊海柚葉はミッドチルダにある高級街に住まいを新たにしていた。

 バタバタとソファの上で暴れながら、退屈な日々を死んだ眼で過ごしていた。聞き手の『代行者』は思わず苦笑する。

 

「やっぱり早く潰し過ぎたよねぇ。『魔術師』に神那ぶつけて葬ってから、何一つ詰まらないわ。退屈過ぎて息が詰まって呼吸困難で死にそう」

「あれが海鳴市における天王山でしたからねぇ。その後の全てが消化試合になるのは致し方無い事かと」

 

 そう、あの『魔術師』を葬ってから、自分以外の指し手(プレイヤー)が居なくなった。頭の悪いNPCを相手にするような消化試合だったと柚葉は溜息を吐く。

 

「『銀星号』も『竜の騎士』も大した事無いしー」

「湊斗忠道は人間形態の劔冑を仕留めてから始末し、ブラッド・レイはシャルロットを人質にしてから始末しましたよね?」

「それは私が『悪』だから、手段に制限が無いのは当然じゃない」

 

 戦闘力で言えば、随一だったが、何方も彼女が直接手を下すまでもなく終わった。

 彼等は転生者の中で際立った戦力の持ち主であっても、柚葉と同じ土俵には辿り着けなかった。

 結局、後にも先にも彼女と同じ位置に居たのは『魔術師』神咲悠陽だけだったという話である。

 

「所詮は生身の人間でしかないスタンド使い達はあの大火災で死んじゃうし、生き残った教会勢力と武帝勢力はちょっと一押ししたら相討ちになっちゃうしぃ」

「表面上は対立関係を醸しつつ共存を保っていたのは、あの『魔術師』の手腕でしたからね。支柱が消え去れば後は勝手に崩壊するのみですよ」

「そう、それよ。ラスボスを真っ先に倒しちゃったから手応えも無いのよねぇ」

 

 三国志で曹操の勢力を真っ先に潰して自勢力に併合すれば、後は全て消化試合になるのと同じである。

 在り得る筈の無い大どんでん返しが無い限り、境目を越えれば安定し過ぎて退屈になるのは現実も同じだった。

 

 ――尤も、それは『悪』の頂点に君臨する彼女ならばこその感想であるが。

 

「今考えると、私は期待していたのかも知れないね。あの逃れられない死因を覆し、この私の前に立つ事を――」

「それは些か高望みし過ぎかと。所詮、あの『魔術師』は主には届き得なかった存在ですよ」

 

 その期待は儚くも裏切られ、今の死に勝る退屈に至る。

 あんなにも輝いていた魔都・海鳴市での日々を懐かしむばかりである。

 

 今となっては、彼女の興味対象は一つしかない。

 あの大火災の中でも生き延びた、この世界の元主人公である。

 

「今の唯一の楽しみと言えば、高町なのはぐらいしか居ないわ。何処まで堕ちるのかなぁ、あの娘は」

「やれやれ、将来の災いの芽であると確信しつつ放置ですか」

「何なら、反管理局の組織を一つ乗っ取って管理局崩しでもしようかしら? どの道、将来的に高町なのはを効率良く踊らすには必要な要素だしね」

 

 凡そ全てを失い、管理局に保護された少女。偽りの英雄として祭り上げられる哀れな魔法少女。

 仇敵の下で飼い殺され、今の彼女はどんな心境なのだろうか。

 考えるだけで邪悪な笑顔が浮かぶ。何処まで自分を楽しませてくれるのか、掌に収まっている道化を彼女は全身全霊で慈しんだ。

 

 彼女をどうやって壊そうか、嗜虐心が鎌首を起こして考えている最中――部屋に備え付けている通信端末が鳴り響く。

 

 寝転がって動こうとしない主に代わって、『代行者』は赴いて端末を操作し――表情が歪んだ。

 血塗れた戦場を笑いながら走破する歴戦の『代行者』がこれほど露骨に顔を歪ませるその報告に、今の柚葉の興味が注がれた。

 

「んー、何か面白い事?」

「それを判断するのは貴女自身ですが、退屈はしないでしょう。ティセ・シュトロハイム一等空佐、アリア・クロイツ中将が殺害され、その下手人は現在、中将閣下と交戦中の模様です」

 

 予想外の訃報、そして見てくれは醜いが、個人の武力という観点では随一を誇る中将と互角の戦闘を行なっている事実、敵兵力の異常なまでの強大さに素直に関心する。

 盤上の駒にそれほどの猛威を振るう者は絶えて久しい。むくりと起き上がり、柚葉は嬉々と次の報告を催促する。

 

「――へぇ、下手人は誰? 私の知っている人物? あの二人を暗殺し、彼と互角に戦える抵抗勢力なんてまだ居たんだ」

 

 端末を操作し、空間に画像が表示される。

 其処にはバリアジャケットを纏わず、鍛え抜いた肉体と奇抜な拳法のみで殴りまたは蹴り飛ばしている中将と、人体を一撃で破壊されるような致命打を浴びつつも桁外れの不死性で猛然と対抗する小さな猫耳メイド服の少女が死闘を繰り広げていた。

 

「エルヴィン・シュレディンガー……!」

 

 彼女を見た豊海柚葉は嬉しげに喜んだ。

 嘗て『魔術師』が飼っていたシュレディンガーの猫、不死の怪物が再び姿を現した以上、彼女の存在を確立させるマスターが再び現れた事の証明であり――期待に胸が膨らむ。

 

 ――果たして、彼以外に彼女の存在を確立させ、従わせられる者が居るだろうか?

 

 いや、死んだ彼でなくても、その脅威は『魔術師』と同等と期待するのは間違っているだろうか?

 

「今すぐ海鳴市に部隊を――いや、違うな。ミッドチルダの地図を表示して」

 

 自身で口にしてから、彼女のシスの暗黒卿としての直感が其処には居ないと判断する。

 海鳴市以外の管理外世界に潜伏されていては探すのに手間が生じるだろうと一瞬で思考を巡らせ――されども、数段飛ばしで此処に、この近くに居ると直感する。

 

 ――表示されたミッドチルダ全域の地図を操作し、勘頼りに地図の縮尺をより詳細なものにしていき、とある地点・とある建物で止まる。

 

「此処周辺を完全包囲して。鼠一匹逃がさないように、それも隠密にね。貴方には狙撃班に回って貰おうかしら」

「……其処に居ると? それならば、私も護衛として御一緒した方が――」

「――私の楽しみを奪う気?」

 

 態々危険を犯す必要は無いと『代行者』は暗に言い、彼女は即座に切って捨てた。

 彼女のシスの暗黒卿としての直感が正しければ、此処に居るのはあの『死者』に他ならない。

 ならばこそ、彼女の理性はあらゆる面からそれを否定する。仮に彼だとしたら、彼が此処に赴いている事がそもそも説明が付かない。

 此処は彼にとって絶対の敵地、果たして魔法じみた科学が横行し、神秘という神秘が駆逐されたこの世界で、彼の魔術は如何程の性能を誇るだろうか?

 

(明らかに全性能が激減する。それなのに危険を犯してまで敵の本拠地に直接赴き、挑発する理由は何なのか?)

 

 彼らしからぬ無謀極まりない暴挙、彼でない第三者の犯行ならば意に関さない処だが、其処に居るのは間違い無く彼であると彼女のフォースが感じている。

 

(解る筈も無いか。死者が再び現れる事そのものが起こり得ぬ不条理だしね。中々楽しませてくれるじゃない――)

 

 ――だからこそ、そんな無謀な行為を強行した彼の魂胆を直接聞き出したいと思ったのは至極当然の成り行きであり、娯楽不足で消化不良に陥っている自身の心を何よりも強く動かした。

 

「どうして今更化けて出たかは知らないけど、最後の敗残兵如きに私がどうにか出来るとでも?」

「それこそまさかですよ。あの男程度が、貴女に届く筈が無い」

 

 敵との戦力比は歴然、例え一騎打ちになったとしても揺るがないだろう。

 健気にも『使い魔』を違う用途に使って一人である事を演出しているのだ、敢えて乗って食い破るのもまた格別な趣向であろう。

 

「――それにさ、一流の黒幕として外せない『それも私だ』という暴露話的な展開を一度くらいやって見ても良いでしょ?」

 

 それは、自分に辿り着かずに死んだ者への、痛烈なまでの皮肉だった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11/血染めの聖夜

 

 

 

 

 ――その細い腕(かいな)は人間など簡単にボロ雑巾に出来るほどの理不尽な暴力の塊だった。

 

 吸血鬼としてほぼ最高級の性能を誇り、何処にでも現れられる彼女は不可避の暗殺者として聖夜を血染めにする。

 だから、その男も、背後から一撃で仕留めた二人と同じ結末を辿る筈だった。

 

 ――音速を超えて駆け抜けた手刀が空を切り、エルヴィは気づかぬ内に壁に衝突し、激しく吐血する。

 

「――がァっ!?」

 

 驚愕する彼女の目の前には予測不可能の奇襲に対応し、即座に返り討ちにした中将と呼ばれている人間が居た。

 一体何の冗談なのか、バリアジャケットすら纏っていない、青い制服姿のままだった。

 

「え――?」

「如何にも解せぬ、という顔だな? 吸血鬼の小娘」

 

 右掌を前に掲げ、どっしりとした構えで中将はエルヴィを射抜く。

 その中年男性特有の肥満じみた丸まった肉体は、極限を超えて高圧縮された筋肉の塊である事を悟らざるを得なかった。

 

「元々儂には魔法の才能など欠片も無かった。だが、強さに至る道はそれ一つではあるまい――」

 

 こんな処で躓いては、事に支障を来たす。

 その小さな身体に走る激痛を無視し、壁を蹴って疾駆、両爪を振るう。それだけで人間はこうも簡単にも殺せる。

 

「――?!」

 

 それが化け物たる吸血鬼とただの人間の覆せぬ性能差であり――ならばこそ、何故、自身の両爪が肉を引き裂く前に、顎を殴り抜かれ、腹部を蹴り飛ばされ、地に這い蹲っているのか?

 

「柔よく剛を制す。技とは弱者が強者に打ち克つ為の術よ――!」

 

 ――事実、中将が幾ら人間として優れていようとも、吸血鬼の肉体性能の前では塵屑同然である。

 

 最高速度ではどう足掻いても敵わない。だが、『初速』においてはどうだろうか?

 『意』というものがある。事を実行するに当たり、行動を思い描いて実行に移す。この二つの過程(プロセス)を経て、攻撃は行われる。

 『意』とはその行動の起こり、行動を思い描く段階の前兆を差す。流派によっては殺気や気迫などあれこれ違う言葉で語られる事もあるが概ね一緒の概念である。

 攻撃より先に『意』が放たれる事は無い。その二つの過程のタイムラグを限り無く少なくする事は鍛錬と工夫次第で可能だろうが、武芸者として究極の境地たる無想にでも辿り着かない限り、その理は覆せない。持ち前の暴力で全てを簡単に片付けて来た吸血鬼には到底縁の無い概念である。

 

 ――もしも、その『意』を完璧に察知し、相手の『意』より先に行動出来たとすれば、その圧倒的な『初速』は最高速に到達する前に行動の起こりを全て潰し、人外の怪物であろうと叩き伏せるだろう。

 

 卓上の空論である。内功や技巧という形の無いものを信仰する旧世代の愚者の。

 だが、気が遠くなるほどの鍛錬と反復、愛に似た狂気を以って自己の肉体をひたすら苛め抜き――その境地に一歩足を踏み入れた武侠が此処に居る。

 

(何なのこの人間は……!?)

 

 右腕で振り抜いて首を削ぎ落とそうと思った瞬間には右肩を強打され、行動を潰された硬直を狙ってニの拳が繰り出される。

 行動を潰され、理解出来ずに一方的に拳打を受ける、それの繰り返しだった。

 人間としての性能限界を超えて吸血鬼に匹敵する暴威を振るう『神父』とは全く異質のタイプ、理外の境地に立つ管理局唯一の中国拳法家――張遠麗(チャン・ユェンリー)中将の本領だった。

 

 

 

 

 ――白い粉雪が舞うミッドチルダの星空にて、純白の雪結晶に決して染まらない異物として、赤髪黒和服の『魔術師』は静かに佇んでいた。

 

「――随分と遅い参上だな、重役出勤が板に付いているんじゃないか? もうサンタクロースも夢をバラ撒き終わって帰宅準備に入っているだろうよ」

「ミッドチルダにそんな文化あったかしら? ともあれ、その憎まれ口、どうやら本物の神咲悠陽のようね――」

 

 黒いコートの帽子部分を降ろし、豊海柚葉は雪を振り払う。

 既に管理局員による包囲網は完成しており、指令一つでいつでも狙撃なり何なりで八つ裂きに出来る状態だった。

 

(唯一の懸念は、これが本物かどうか。何処かの人形遣いじゃあるまいし、自身の人形を作る事など不可能だと思うけど――)

 

 彼女の感性からも差異は見られない。此処に居るのは八ヶ月前に逝った筈の『魔術師』神咲悠陽に他ならない。

 だが、それに関わらず、不思議と此処周辺に嫌な感触は無い。油断ならぬこの男の事だ、万全の準備をして待ち構えていると思いきや、何一つ仕掛けが見当たらない。

 儀式場を形成出来ないほど力を失っているのか、または別の思惑があるのか――。

 

「――まさか生きていたとはね。一体どんな魔法を使ったのかしら? でも、遅かったのは貴方の方じゃない? 何もかも終わった後に生き返って来られてもねぇ」

「的外れな事を言う。死者の蘇生は『時間旅行』、『平行世界の運営』、『無の否定』、いずれかの『魔法』が絡む。一介の魔術師には過ぎた領域だろうに」

 

 『魔術師』は小馬鹿にするように嘲笑い、反応を返さずにこの目の前の存在を探る。

 確かに『魔術師』は彼の実の娘である神咲神那と一緒に死んだ。それがどんな理不尽な奇跡が起こったかは知らないが、八ヶ月の時を経て復活したとして――自分が此処に訪れる事がまるで当たり前の反応を示すだろうか?

 

 今の彼の反応は、豊海柚葉が管理局の黒幕である事を明らかに知っている前提だった。

 

「この世界の私は神那と一緒に逝ったのだろう? 此処まで言えば、この私がどういう存在なのか察せるだろう」

 

 察しの悪い子供を諭すような口調で言い、漸く目の前の存在が何なのか、即座に理解する。

 

 ――この目の前の神咲悠陽は、神咲神那を殺し、管理局の手勢を鏖殺し、自分さえ殺して、唯一人の勝利者として君臨した別世界の『魔術師』であると。

 

「へぇ、私を殺した世界から来てくれたんだね。それなら少しは楽しめそうかな?」

「いいや、私はお前を殺してないよ」

「?」

 

 だが、欲しい玩具を手に入れたような彼女の笑顔は一瞬で消え去る。

 平行世界の『魔術師』が此処に存在している以上、彼の辿った世界では自分を打ち倒したものだと推測したが――底知れぬ失望は、瞬時に別のものへと変わる。

 

 

「――お前は救われてしまったからな」

 

 

 一字一句余さず聞き届け、『魔術師』が何を言ったのか理解出来なかった。

 思考が文字通り停止する。一体、どういう経緯を辿ってそうなるのか、彼女には全く想像すら出来なかった。

 

「――……、何を、言って――?」

「解らなかったか? お前はお前の求めた『正義の味方』に救われたんだよ。『悪』として殺されたのではなく、ただの救いを求める少女としてな――」

 

 豊海柚葉の表情から一切の感情が欠落する。

 まるで訳が解らなかった。理解出来なかった。出来の悪い虚言を弄して惑わしているだけだと信じたかった。

 

「……嘘――」

「シスの暗黒卿たる貴様を相手に虚言など意味を成さないだろう。真実こそ心を最も蝕む致死の猛毒である、とは私の持論だぞ?」

 

 だが、この時ばかりは自身の直感を呪う。

 目の前で嘲笑う『魔術師』に、虚偽の色など一切存在しない事を見抜けてしまった。

 それでも、その一言を自然と呟いてしまっていた。

 

「――この世界にも『正義の味方』は居なかった……! いや、万が一出現したとしても、何故私を殺さないッ!? 私は――」

「何故って、そんなに不思議か? 悪い魔王を打ち倒して、捕らわれのお姫様を救ってハッピーエンド。最後に愛は勝つという大喜利なのにな」

 

 豊海柚葉は感情のままに喚き叫び、『魔術師』は平然と受け流す。

 今にも空間そのものが歪みそうな彼女の殺意を浴びて、『魔術師』は冷然と見下していた。

 

「まぁ、私の世界が辿った物語など正直どうでも良い」

 

 『魔術師』は悠然と一歩前に出て、柚葉は自然と一歩退いていた。

 

 ――何もかも解らなかった。目の前の『魔術師』に恐怖に近い感情を抱いている。

 

(……恐怖? 恐怖だって? そんな馬鹿な。嘗て討ち滅ぼし、別の平行世界から訪れた程度の敵に、何を恐れている――!)

 

 今は自分の直感すら信じられず、疑心暗鬼に陥る。

 目の前の男は、いや、嘗ての『魔術師』はこれほどのものだっただろうか? 幾つも手札を隠し持ち、自分と同じ位置に居る指し手――だが、今のこれはどうだろうか?

 

 神咲悠陽とは、これほどまでに見えない魔物だっただろうか――?

 

「私はね、豊海柚葉。一身上の理由で君を殺させて貰うよ。今のお前には欠片も興味を示せないがね」

「……自分の弔い合戦?」

 

 思いつく限り、別の平行世界の彼が自身と敵対する理由などそれぐらいしか思い浮かばず、されども『魔術師』は的外れだと言わんばかりに首を横に振る。

 

「それこそまさかだ。そんなものに興味は持てないな。ある意味、娘殺しも最愛の人を再び見送る事もせずに済んだのだから、この世界の私は幸せだろうよ」

 

 くつくつと『魔術師』は笑い、されども冷たい殺意を常に向けている。

 瞬間、途方も無く嫌な悪寒が過ぎった。此処に居てはならないという警鐘が、彼女の中で全力で鳴り響く。

 

 

「――約束してしまったからな、世界が変わったぐらいで違える訳にはいくまい。英雄・高町なのはの誕生を私は否定する」

 

 

 だが、その言葉で立ち止まってしまう。

 何だそれは、と。将来、高町なのはは亡き者への愛に狂って、破滅の運命を辿るだろう。それは豊海柚葉が生きている限り、確定した未来である。

 しかし、自身と同格の悪党が、そんな下らない低俗な理由で、何ら関係の無い平行世界の自分と、全てを賭けてまで殺し合うのかと――!

 

 ――その異変は一瞬の内に常識を塗り替えてしまった。

 

 淡い粉雪は一瞬にして焔の雪へと変貌し、雪の積もったビルの屋上を紅く赤く朱く毒々しい花畑に変貌させる。

 昼とも夜とも思えないぐちゃぐちゃな色の空が広がり――別法則の異世界は完全に鎖された。

 

「――固有結界……!?」

「何を驚いている? 誰の御蔭でこの境地に辿り着いたと思っているのやら。――固有結界は継承出来るんだよ。神那を殺して生きている以上、私が使えるのは至極当然だろう?」

 

 そう、これがこの世界の彼と、今の『魔術師』の完全な差異。豊海柚葉が読み違えた彼への恐怖の正体。

 それは彼女の補正が完全に働いている最中であるのならば、絶対に辿り着けない魔道の境地。

 彼女の補正の支配下から解き放たれた三ヶ月間で得た、完全無欠の『悪』たる豊海柚葉に対する最終解答――。

 

「お前は『悪』である限り、何が何でも滅びない。その秩序に背こうものなら世界そのものが改変するだろう。それは最早『抑止力』の一種なのだろうね。実に忌々しい限りだ。だが、この世界の中に限ってはそんなものは一切通用しない――」

 

 世界が改変され、その手に神秘を取り戻した『魔術師』は悠然と戦闘態勢に入る。

 もう目の前の、一般魔導師にさえ劣っていた脆弱極まる『魔術師』は、桁外れの脅威と成り果てていた。

 

(――っ、やられたぁ……! 手駒から完全に隔離されて一騎打ちに……ッ!)

 

 此処は彼の固有結界、彼の胃袋の中、彼の『魔術工房』に匹敵する異法の処刑場。この敵の殺し手は自身にも届くと、豊海柚葉は驚愕しながら確信した――。

 

 

 

 

(世界からの修正力が桁外れだが、今回に限って言えば無意味だ。しかし、此処まで反則を投入して五分とはな……!)

 

 ――固有結界、まだ名前は無い。

 神咲神那とジャンヌ・ダルクの固有結界の面影を残しているが、その実は彼以外の存在を全て拒絶する世界。他の侵入者を決して許さず、取り込んだ者を絶対に手放さない当たり、当人の心象風景が色濃く反映されている。

 その名無しの固有結界に舞う焔の雪に触れれば、魂さえ焼き爛れるだろう。

 

「――っ!」

「……っ! 刻印接続、肉体及び治癒強化ッ! 術式選択『原初の炎』――!」

 

 尤も、この敵がその制限時間を悠長に待つ筈も無い。

 豊海柚葉は死に物狂いで侵攻し、『魔術師』もまた時間稼ぎという逃げに出れば一瞬で殺されると判断し、全力で殺しに掛かる。

 

 魔術回路から荒ぶる魔力が神経を焼き、その都度に再生して回転数を更に上げていく――凡そ人間単体に放つ代物ではない、最大規模の神秘を『魔術師』は選択する。

 

(――魔眼、及び魔剣『死の眼』は使えない。この固有結界から脱出する可能性など与えてはならない)

 

 この相手に魔術の炎をぶつけるには絶え間無い面制圧しかないが、威力が低ければフォースで弾かれる。

 コンマ一秒でも遅滞出来たのならば、この相手は準最強の破壊魔術だった『原初の炎・簡易版』からも生き延びる。

 それ故の、一切合切、ただの一撃で決着を付ける核兵器の如き空間焼滅である。

 

 ――僅か一瞬にしてその構築する魔術の脅威を感じ取った豊海柚葉は最速を以って疾駆する。

 

(これは『ワルプルギスの夜』の時に見せていたからな――!)

 

 『原初の炎』は神咲家の魔術の最奥、十以上の小節を以って簡易的な儀式と為す『瞬間契約(テンカウント)』が必要となる。

 明らかに術式を構築するよりも、彼女の方が圧倒的に疾い――!

 

「魔弾形式、炸裂焼夷――!」

 

 十の魔力の塊が灼熱の魔弾に加工され、迫る豊海柚葉を迎え撃つ。

 一瞬にしてどういう質の攻撃魔術なのか見極めた彼女はフォースをもって一息に飛ばす。

 その赤いライトセイバーで切り払ったのならば、一瞬にして圧縮された炎が解放されて火達磨になっただろうが、これでは一瞬の遅滞にすらならない。

 

「はああああああああああああぁ――!」

 

 刃圏に捉えた直後にライトセイバーは神速を以って振るわれ、見事に空振る。

 

「っ!?」

 

 彼女が目の前の空間の歪みを意味を感じ取り、即座に地を蹴って離脱する刹那、その背後に空間転移した『魔術師』から宙転抜刀が繰り出され、浅からぬ裂傷を彼女に刻む。

 いつの間にか手にした太刀による、正面から相手の背後を奇襲する必殺の術理――。

 

「っっ、魔剣『昼の月』――!」

「あれは距離や間合いを狂わす術技だからな……!」

 

 此処は彼の固有結界、彼の胃袋も同じ、此処での空間転移は何よりも容易い――!

 

「――粛ッ!」

 

 空いている左掌を砕けんばかりに握り締め――それ故に何処ぞのラスボスが如く空間を握り潰す行為も可能である。

 

(これで死んでくれれば可愛いのだがな……!)

 

 轟音と焔の雪が舞い、毒々しい花畑を蹂躙する。

 手応えはあった。だが、完全に仕留めてはいない。『原初の炎』の術式構成を自己暗示のみで密かに進め――飛来する赤い何かに反応し切れず、『魔術師』の肩口を穿ち貫いた。

 

「グ、ギィ……!?」

 

 貫通する寸前の処でライトセイバーの柄を握り取り、瞬時に刀身をオフにして手元に確保する。

 肩口に若干無視出来ない風穴が開いたが、完全に焼き切れた為、出血の心配は要らない。生じる激痛もこの程度は詠唱の支障にもならない。

 放置しても魔術刻印が勝手に治癒するだろう。

 

(――! チィッ、もう踏み込んで来たか……!?)

 

 ――痛みに気を取られたのは一瞬、その一瞬で豊海柚葉は自身の間合いまで踏み込み、予備のライトセイバーを振るう。

 

(だが、此方にライトセイバーを渡したのは失策だったな――!)

 

 反射的に奪い取ったライトセイバーをオンにして致死の剣閃を受け止め、抜刀即斬撃で仕留めようとした刹那、血塗れの柚葉はその迂闊さを嘲笑う。

 

 ――かちり、と、フォースの念力によって『魔術師』の持つライトセイバーがオフに切り替わり、受け止めていた刀身が綺麗に消失した。

 

「――!?」

 

 空間転移を以って全力離脱し、それよりも疾く斬り伏せる。

 胸への一閃は一刀両断こそ免れたが、夥しく身体性能を低下させる損傷を『魔術師』に与える。

 

「憧れのライトセイバーを振るった感想は如何かしらっ!」

「っっ、この、小細工を……!」

 

 何方かと言えば、こんな下らない小細工に引っ掛かった自身の迂闊さを『魔術師』は壮絶に呪ってライトセイバーの柄を焼き捨てる。

 

 

 ――嘗ての世界での豊海柚葉との死闘が、互いに探りながらの必殺の機会を辛抱強く待ち望む長期戦前提の模索戦ならば、今のこれは安全圏の一線を大きく踏み外して削り合う短期決戦の消耗戦だった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12/聖夜終了

 

 

 

 そして、決着は呆気無く付いた。

 

 ――二人の勝敗を分けたものは何か?

 

 技の優劣か、執念の差か、或いは天運か、生来の『悪』の質か。いずれも違う。

 結局、幾ら彼女の補正を剥ぎ取っても、幾ら彼が彼女を『悪』ではない哀れな小娘だと見下しても――他人の為に振るう刃は『悪』に非ず、つまりはそういう事だった。

 

「……まさか、こんな半端者に、殺されるとはね――笑い草だわ」

 

 彼の刃は、彼女に致命傷を与えて――彼女の刃は、空を切っていた。

 太刀を引き抜き、豊海柚葉は花畑に倒れた。半死半生の『魔術師』は、まだ生きている彼女を静かに見下ろす。

 意外にも、その死に顔は感情無く透き通っていて、一切の邪念も無かった。

 

「……ねぇ、向こうでの私は……どうなっているの……?」

「……『悪』で無くなったからな、今更罪の重さを体感していて――それでも、あの二人は何処までも歩いて行けるだろうさ」

 

 自分の世界での可能性を最期に話し――死相が浮かぶ少女は淡く微笑んだ。

 

「……そ、っか……そん、な人、が、隣に、居るんだ。我な、がら、羨まし、いなぁ……」

 

 固有結界に舞う焔の雪が彼女を融かし――風が吹き荒れて、彼女は跡形無く分解して消え去った。

 様々な感情が浮かび、余韻を残さずに消える。

 紙一重でも違ったのならば、彼女と相討ちになっていた事だろう。不思議と、憎悪も未練も喝采も湧かず、虚無が支配する。

 

「……まだ、終わりではないしな」

 

 固有結界の維持を止め、自身の再出現位置を展開場所から百メートル後方に移動させ――世界の修正力やら彼女の補正に苛まれ、ほぼ無制限の魔力供給源という役割を全うしていた、この事態の発端とも呼べる魔術礼装を取り出す。

 

 ――オリジナルとは違い、七色ではなく、彼の魔眼が如くやや赤味掛かって歪んでいるが、宝石剣ゼルレッチは確かに脈動していた。

 

 第二の魔法使いの名を冠する宝石剣、その第二魔法の限定礼装は隣り合う世界の壁に極小の穴を開ける程度だが、無限に連なる平行世界の大気から魔力を採取する事が可能であり――規格外な事に無限大の魔力供給を可能とする。

 

「鳴るのが鈴の音でなくて悪いが、代わりに万華鏡の光の輪が舞う。一夜限りの奇跡を拝んで逝ね――!」

 

 自身を包囲していた者達を一掃する為に、紅の極光は七度駆け巡って蹂躙する。

 一撃一撃が対城宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に匹敵する紅光は全てを薙ぎ払い――この世界での決着は、呆気無く付いたのだった。

 

 

 

 

「……ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る――」

 

 嘗ての世界でのクリスマスを思い出し、高町なのはは泣きたくなった。

 あの時は、友人達が居て、家族が居て――今はもう、誰も居ない。

 全てが炎の海に消え果ててしまった。家族も友人も、憧れた人も全て――。

 

「……何で、私だけ生きているんだろう?」

 

 管理局の者が宛てがった住宅にて、なのはは一人孤独に咽び泣く。

 希望も夢も、何一つ見い出せなかった。人生で九回目のクリスマスは絶望の只中、こうして何も起こらず終わり――。

 

 

「――メリークリスマス。サンタクロースはもう閉店だから、此処に居るのは悪い魔法使いだがね」

 

 

 かつん、と――その大胆不敵な不法侵入者は堂々と姿を現した。

 喪服じみた黒の和服が自身の流血で赤く染まり、処々穴が穿たれ、歩けるのが不思議なぐらいの重傷を負った――。

 

「師、匠……? 嘘、だって、神咲さんは……!」

「死者は蘇らないさ。この私は君の師になっていない平行世界の私、と言えば解るかな?」

 

 いつもと変わらぬ、両眼を瞑った状態で「そういえば師匠は此処からか」と一人呟く。

 

「……幻、じゃないですよね……?」

「幻なら、こんなにボロボロな訳無いだろう。君の脳内に居る私が出てくる訳だから――っと」

 

 その言葉を待たずに、なのはは彼の胸に飛び込み、栓が切れたように大声で泣く。

 神咲悠陽は「自分の血で服が汚れてしまうな」などと考えながら、泣き叫ぶなのはを優しく抱く。

 

「帰るぞ、なのは。此処は、子供の教育に悪いからな――」

 

 

 

 

 ――丘の上の屋敷から眺める海鳴市は、一面の雪景色だった。

 

 神咲悠陽に抱えられ、変わり果てた故郷の地を見届ける。

 嘗ての街の面影は殆ど残っておらず、無人の野に降り積もる雪は、ただただ悲しかった。

 八ヶ月前までは、幾多の人々による生活の営みがあっただけに、涙が自然と溢れ出た。

 

「――初めに言うが、この私は一夜限りの泡沫の夢だ。私は私の元居た世界に帰還しなければならない」

 

 そして、彼のこの言葉は、到底受け入れられるものではなかった。

 

「私の世界ではね、フェイト・テスタロッサがアーチャーを召喚した」

「……え?」

「触媒は交換したリボンと彼女の腕に宿った三つのジュエルシード――此処まで言えば、解るだろう?」

 

 それは絶望のどん底で高町なのはが思い描いた唯一の光明、英霊となって嘗ての聖杯戦争に召喚され、この最悪の未来を変える為の唯一の手段。

 

「其処から分岐したのが私の世界だ。色々あって、私は生き残る事が出来たよ。――ったく、英雄にはなるなと、この世界の私も言った筈だぞ」

 

 ――寂しく笑いながら、神咲悠陽は暗く沈む。

 

 どうしてそんな表情をするのか、今の高町なのはには解らなかった。

 でも、今此処で手放せば、もう二度と逢えない予感だけは確かだった、

 

「……嫌、です。一人になるのは、もう嫌……!」

 

 しがみつき、止め処無く泣き喚く。

 家族を失い、友人を失い、凡そ考え得る全てを失った。

 此処で神咲悠陽を手放してしまえば、一生、立ち直れないだろう。

 

「もう、私には、神咲さんしか居ないんです……!」

「……なのは」

 

 神咲悠陽の表情が重く、悲痛に歪む。

 だが、それも一瞬の事だった。すぐ、無表情になる。あらゆる感情を押し殺した、能面の如き貌に――。

 

「――御神美沙斗、高町美由希の実の母親だ。彼女に引き取って貰う。彼女なら、大丈夫だろう」

「神咲さんっ!」

 

 神咲悠陽は眉一つ動かさない。ただ、自身の下唇を噛んでいた。

 

「この世界の神咲悠陽は既に死んでいる。此処に居る私は、姿形が似ているだけの赤の他人に過ぎない。――私はね、アーチャーを殺しているぞ」

 

 その告白に驚き、だが、そんな事は関係無いと叫ぼうとした瞬間、声が出なかった。

 あれほど鮮明だった意識が揺らぎ、暗示を使われた事に気づく。

 

「私は『正義の味方』ではない。だから、結局誰一人救えない。――その生命を、自分の為に使え。私の為なんかに使うな」

 

 自身の掌に必死で爪を食い立てて意識を保とうとし――意識は、途切れてしまった。

 深淵の闇に堕ちる刹那、その声は確かに届いた――。

 

「――さよなら、なのは。せめて良き夢を――」

 

 

 

 

「――良かったのですか?」

「私は『正義の味方』ではない。出来る事は一方的に救うだけで、アフターケアはお門違いだ」

「酷い人ですね。罪作りというか、何と言うべきか――」

 

 眠れる高町なのはを御神美沙斗に引き渡し――眼を背け続けた事を正視する時が、遂に訪れた。訪れてしまった。

 

「……色々言いたい事があったんですけど、いざとなったら、何も出ないものですね」

 

 神咲悠陽は「そうだな」と感情無く返す。返しながら、必死に思案する。

 何でも良い。喋れば良い。それだけで、少しは引き伸ばせる。解っていながら、何一つ、言葉が出なかった。

 喋ればそれで終わってしまうという予感が、あらゆる言葉を封殺してしまう。

 

「帰還方法は、最初から……?」

「まぁ、な。最初の切っ掛けから異常だったしな」

「そう、ですか。少し残念です……」

 

 ――何故、嘘を吐かなかったのだろうか。

 

 帰還方法を模索すると言えば、まだ猶予が出来た。それなのに、自分は何故、馬鹿正直に真実を述べるのか――。

 

 くるりと、横に立っていたエルヴィは振り向き、邪気無く微笑んだ。

 

 

「――私を見つけてくれて、ありがとうございます。エルヴィは、貴方に見つけて貰ったその日からずっと幸せでした」

 

 

 何も、何も言えなかった。口を開けば、彼女の覚悟を穢してしまう。

 

 

 ――お前を殺したくない、と。そう叫ぶ事は絶対に許されない。それは彼女への冒涜だ。

 

 

 ただ、ひたすら歯を食い縛り――不意に、彼女は唇を合わせた。

 あの時のように貪り尽くすような口付けではなく、唇と唇が軽く触れ合うだけの、淡いキスであり――。

 

「ですから、私の事で泣かないで下さい。最後まで不遜に笑って、最期に私を見届けて下さい――」

 

 

 ――そんな貴方を、私は愛していたのですから。

 

 

 

 

 ――呆然と、何もない虚空を視ていた。

 

 一体どれほどの時間を、そんな無意味な余韻に浸っていただろうか。

 涙は枯れ果て、すっかり全身から体温が失われ――神咲悠陽はむくりと立ち上がり、魔眼を開いたまま虚空を睨みつけた。

 

「――それで、私をこの平行世界に送った理由は何ですか?」

「――ほう、気づいていたのか。別の平行世界から覗き見していたのだがな」

 

 其処に音も無く唐突に現れたのは老年の吸血鬼だった。

 灰色の髪に立派な顎髭を生やし、吸血鬼特有の赤い魔眼を持ち、童話の魔法使いのような出で立ちの――神代の魔眼でも焼き払えない至高の存在だった。

 

「当然でしょう。極小の穴しか穿てない宝石剣の作成で、何処をどう間違って第二魔法の成功例になる? 何者かの干渉があったと考えるのが至極当然の思考だ。そんな事が可能なのは、この無限に連なる平行世界でも第二の魔法使いである貴方しか存在しないでしょうに」

 

 曰く、宝石翁。

 曰く、魔道元帥。

 曰く、万華鏡。

 曰く、死徒二十七祖第四位。

 曰く、第二の魔法使い。

 

「――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。まさか、こうして出遭う機会が訪れようとは、様々な感情が溢れ過ぎて言語化出来ませんよ――」

「弟子以外の者で宝石剣の作成に成功した者が出現したのだ。試したくなるのは当然だろう?」

 

 神咲悠陽は殺意を籠めて睨み、老境の魔法使いは人を食ったように笑い返す。

 

「それもどうだか。宝石剣の作成にも干渉していたのでは? 全部貴方の掌で踊らされた気がしますよ。道理で、貴方に弟子入りした魔術師がほぼ全て廃人になる訳だ」

 

 戦力比は話にならないレベルであるが、神咲悠陽は敵意と憎悪と殺気を顕にする。

 あの世界の頂点に立つ『朱い月のブリュンスタッド』に喧嘩を売って滅ぼす時点で、この魔法使いが如何に規格外な存在かは語るまでもない。

 

 ――原初にして最強の『真祖』を討ち滅ぼした相手に、如何にして挑むか。

 全身全霊で思考を巡らせて――暫しの睨み合いの後、神咲悠陽は殺意を解いた。それでも死の魔眼でかの宝石翁を視るのは止めていないが――。

 

「――喰えぬ人だ。まぁいい、邪魔しないで下さい」

「ふむ? 元の平行世界に帰りたいのではないのか? ――それとも、本当の元の世界か?」

 

 自身の心の底を見抜いたかの如く言動に苛立ちを覚えながらも、毅然と睨み返す。

 

「貴方の手は借りませんよ。魔術の基本法則は等価交換。それが『魔法』となれば、一体どんな等価を持っていかれるか、解ったものじゃない。自作自演(マッチポンプ)甚だしいですけどね」

「ほう、この私の手を借りず、自力で帰還するとな? 君は私に向かって『魔法』を実践すると言っているようだが?」

「自分の平行世界ぐらいは簡単に特定出来ますよ。この私と契約したランサーは唯一人ですからね」

 

 自身の宝石剣を起動し、神咲悠陽は無限に並列する平行世界を万華鏡の如く閲覧する。

 今は世界が隔てられ、魔力供給が途絶えているが、当たりを繋げれば――パスから魔力供給が再開される筈である。

 

(……はぁ、砂漠の中から真珠を探し当てるような、信頼関係の強さを実感させるようなイベントなのに、ランサーじゃ燃えねぇな。これがセイバーだったら何一つ申し分無かったのに……)

 

 冗談を考える余裕ぐらいは戻ってきたらしいと自嘲する。

 程無くして、魔力のパスが流れ――元の自分の世界を引き当てたと確信する。

 

「ほう、ほう! 確かにそれは君の世界だ。それで、この後はどうするのだ?」

「……はぁ、本当はやりたくないけれど、まぁ十年あれば再現出来るか――」

 

 興奮するように感心するゼルレッチを無視し――視界の照準(ピント)を宝石剣から垣間見れる平行世界に集中させる。

 

 ――自身の宝石剣を以って魔剣『死の眼』を繰り出す。

 

 視界が歪み、亀裂が入ったかの如く崩壊する――ぱりんと盛大に砕ける宝石剣の自壊と同時に、人一人ぐらい移動出来る次元の孔が開き、神咲悠陽は躊躇せずに飛び込んだのだった。

 

 

 

 

「――ぁ!? ご主人様、ご主人様、ご主人様っ! 死んじゃ駄目です! 絶対に死んじゃ駄目ですよぉ……! ど、どどどうしよう!? 血ぃ吸って吸血鬼に――あぁ、でもご主人様童貞? 前世って範疇に入るのかな?! そそ、それとも石仮面で手っ取り早く人間やめて貰って――」

「落ち着けエルヴィ! 使い魔のお前が一番取り乱してどうするっ! ランサー、『教会』から泉の騎士かシスターを攫って来い! 最速でだッッ!」

「おうよ! それまで意地でも持ち堪えさせろよ……!」

 

 ……予想外の人物が冷静に的確に指示を下し、一番頼りにしている人物が一番取り乱しているのは皮肉な話である。

 自称『王』と、内心小馬鹿にしていたが、案外その資質は確かなものだろうか?

 鈍重なまでに鈍る思考の中、神咲悠陽は率直な感想を抱く。

 

「おおお王様、僕達はどうすれば!?」

「レヴィは応急手当に必要な道具を全部持って来いっ! シュテルはタオルとお湯と洗面器だ……! エルヴィ、この中で貴様が一番その手の事に詳しい筈だ。無駄に取り乱してないで冷静に対処しろッッ!」

「……エルヴィ、気持ちは察せますが、どうか落ち着いて――」

 

 ――しかし、この賑やかまでの騒ぎの御蔭で、無事帰還出来たんだなぁと確信する。

 

「……騒が、しいな、全く……」

「ご主人様……! しゃ、喋っちゃ駄目ですっ! 生命に関わりますっ! あとっ、今意識を手放したら二度と戻って来れませんよ!?」

 

 朦朧とする意識の中、何をそんなに動揺しているのか、疑問視し、自身の状況を今一度分析する。

 

(右肩口に風穴一つに火傷及び出血、胸元に横一文字の裂傷及び火傷、視神経当たりに損傷、両腕の筋繊維が千切れ、魔術回路も処々焼き切れて――此処まではあの平行世界での負傷だが、中身が素敵な具合にシェイクされた上に魔力枯渇か。良く生きているな、これ)

 

 日頃の行いが良いからだろう、と結論付ける。彼を知る者からは全員が全員「ねーよ!」と総ツッコミが入るだろうが――。

 

(――魔法使いからの宿題か。手厳しいものだ)

 

 この平行世界での出来事が宝石剣を作成した者に与えられる宿題だとすれば、答えを出すのに相当時間が掛かるだろう。

 多くを認める事は、多くを見捨てる事。折り合いを付けるか、頑固なまでに貫き通すか――それが『平行世界の運営』なる境地に立つという事の意味なのだろう。

 

(どう足掻いても、次に宝石剣を作成出来るのは十年後だし、ゆっくり考えるとするか……)

 

 そしてまずは、生き延びる事から始めよう。

 簡単には死ねない。何が何でも生き延びてやると活力が湧く。

 魔法使いからの宿題や『魔法』の事も――エルヴィの事も、全ては生き延びてからの話である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EX/番外の番外

 

 

「毎度有難う御座いましたー」

 

 やる気の無い店員の声を聞き流しながら、冷房の行き届いたコンビニから外に出る。

 噎せ返るような熱気だった昼先と比べれば大分マシだが、生温い夜風は気持ちが良いとは到底思えない。

 

(……はぁ、今日も疲れた。ちゃっちゃと帰るかねぇ)

 

 早く家に帰って風呂入って、飯食って買ってきた今週号のジャンプを見て泥のように眠りたい処だ。自然と早足になるのは、勿論、それだけが理由ではない。

 

 ――連続通り魔事件。

 それも全身の血を抜き取って殺害するという極めて猟奇的で、ゴシップ好きの自称ジャーナリストが飛び付きそうな謳い文句、現代に蘇った吸血鬼とか安直に書いていそうだ。

 それが自分の街で実際に起きている事となれば、一分一秒足りとも危険な夜道を歩きたくないのは至極当然の事である。

 

 大体一ヶ月前から発生し、今尚起こり続けていると言われているこの事件。

 最近は報道規制がされて実情が解らないが、犯人が捕まったという一報が無いという事は今尚殺人鬼が徘徊している事に違いない。

 報道されない犠牲者の一人に仲間入りするのは御免被るので、人通りの多い道をなるべく歩きつつ――静まり返った住宅街を恐る恐る歩いて行く。

 

(やっぱり街の活気そのものが失われている感じで、何処か不気味だよなぁ……)

 

 一日でも早く、そのイカれた殺人鬼が逮捕される事を善良な一般市民として願うばかりである。

 これまで誰一人としてすれ違わず、無人の街を行くが如く歩んでいたが――自宅前の寂れた公園にて、第一村人発見する……いや、此処は村じゃないけど。

 

(高校生ぐらいの少女……? いや、男か。紛らわしい髪型だなぁ!)

 

 殺人鬼が徘徊しているのにしょんぼりとブランコに座っているのは、女のごとく長い髪を一本の三つ編みおさげにした細っこい少年であり、見るからに覇気無く、上の空で夜空の月を眺めている。

 

(街全体が危険だというのに、あんな風に呆けているのはそれなりの理由があるんだろうなぁ……あぁ、クソッ!)

 

 事情は全く解らないが、危なっかしくて見ていられない。そう、自分は見過ごす事が出来ず、見ていられなかった。無視出来ない自分の性分が恨めしい。

 心の中で大きく溜息をし、近くにある自販機から適当な缶コーヒーを二個買う。見知らぬ者に対して随分とまぁ太っ腹だなぁと軽い財布から目を逸らしながら自画自賛する。

 

 ――徐ろに歩いて行き、黄昏る少年の目の前に缶コーヒーを一本突き出す。

 

 おさげの少年はさも不思議そうに、そして自分の存在に初めて気づいたように此方を眺めた。

 

「若いのにこの世の終わりみたいな辛気臭い顔しやがって。ほらよ、コーヒーでも飲んで気分転換でもしろ。見ているこっちが滅入る!」

 

 自分でも支離滅裂な事言っているなぁと実感しつつも、此処は勢いで乗り切るとしよう。

 強引に缶コーヒーを一本手渡し、自分もまた少年の隣のブランコに座って陣取り、缶コーヒーを開けて一気に喉に流し込む。

 冷たい感触が喉を伝い、生きている実感と多少の清涼感と幸福感を齎す。そんな此方の様子を興味深く観察しながら、少年もまた缶を開け、コーヒーを口にした。

 

「珍しい類の人間だね、お兄さん。普通、この時間帯にこんな処に居る未成年に関わるなど百害有って一利無しだと言うのに」

「うわぁ、出会って早々タメ口かよ。まぁいいか、オジサンと言われなかったし。それに、それはお互い様だろう。通り魔事件が最近多発しているというのに暢気なものだ。いの一番に襲われちまうぞー?」

 

 珍獣を見るような眼差しで見られているような気がするが、この年のガキだから、まぁ自意識過剰で世間知らずなのは仕方あるまい。大人の余裕を持って接するとしよう。

 暗に通り魔が徘徊しているから危ないぞ、と言ったのだが、それに対する家出少年(仮)の反応は不思議そうにきょとんとしている。まさか、最近のニュースとかを見てなくて、異常性癖の殺人鬼が徘徊している事も知らないとか無いよな?

 だが、次の瞬間、ああ、と納得行ったように少年は笑う。

 

「大丈夫だよ、お兄さん」

「……はぁ、そう信じて疑わなかった奴が新聞やワイドショーで遺体として取り上げられてるんだぞ? 自分だけは襲われないなんて都合の良い錯覚は今後無くすべきだな」

 

 この年代の子供は自分が世界の主人公である事を誰一人疑わない。漫画やアニメで光り輝くような主人公であると無自覚の内に信じている。

 社会という巨大な機構を回す歯車の一つになって実感しない限り、単なる端役である事に気づかないから、当然と言えば当然か。

 

「ふむ?」

 

 ああ、やっぱり解っていない顔している。この年の子供に説明しても実感出来ないから理解を求めるのは酷だろう。

 

 ――人間なんてものは不慮な事故があれば瞬時に、そして呆気無く死んでしまう。

 

 この前だって、火事に取り残された十二歳ぐらいの子供を救おうとして火の中に飛び込んで一緒に焼け死んでしまった人もいるし、偶然落ちてきた鉄塊に踏み潰されて死んだ者もいる。

 ましてや、今は異常な殺人鬼という物理的な死因まで存在している始末だ。危なっかしくて見てられない。

 だから、自分は余計な処まで踏み込まなければ気が済まないんだろうなぁ。溜息が自然と零れ落ちる。

 

「一応これでも人生の先輩だからな、悩み事があるなら聞くぞ?」

「悩み事? お兄さんから見て、自分は悩んでいるように見えた?」

「ああ、超抱え込んでいて、今にも首を吊りそうな勢い。そういうのを見ると目覚めが悪いからな、明日新聞に出ていたら最悪の気分になるぞ! お前責任取れるのか!?」

 

 我ながら理不尽な事を言うなぁ、と思いつつハイテンションで押し切り、少年は面白いモノを見たかのような顔をして、にんまりと此方をまじまじと見る。

 勝手に缶コーヒーをあげるどうでも良い他人から、興味深い対象にランクアップしたという処か?

 

「ははっ、お兄さん、すっごいお人好しで、いつも貧乏籤を自分から引いているっしょ? 馬鹿なぐらい善人(いいひと)なんだね」

「……これは生来の性分だから仕方ねぇだろ。まぁ結局自分の好きなように生きているんだ。自分に嘘付いて見過ごすとか、そっちの方が遥かに馬鹿らしい」

 

 こういう性分だから色々厄介事が押し寄せてくるが、見て見ぬ振りをする方が数倍後悔するので仕方あるまい。

 少年は興味深そうに「なるほど、そういう考え方もあるのか」と感心したような素振りを見せた。

 そして顎に人差し指を当て、少しだけ考えこむ素振りを見せてから語り始めた。

 

「実は自分は小説家志望でね、物語の展開が詰まって悩んでいたのよ。主人公は死んだら強制的に設置されたセーブポイントに巻き戻る無限ループものでね、打開策が見い出せなくて作者自身も悩み抜いていたんだ」

「何じゃそりゃ。そういうのは原因を究明して物語を進めるのが一番の近道だと思うが?」

 

 はて、何かの例えだろうか、それとも真実100%の内容だろうか。どうにも判断出来ない喩え話のようなものを聞きつつ、割と真面目に対応してみる。

 

「……原因、原因かぁ。何だったかなぁ、きっと辿り着いたと思うけど、今現在は忘れているのだから、最高最悪なまでに都合の悪い事だったという事かな」

 

 独白するように呟き、夜空の月を眺めながら少年の顔から感情が消える。

 うーむ、何やら色々混み合った事情でもあるのだろうか? こんな年若い少年に不似合いな、定職間近のサラリーマンのような心底疲れ切って摩耗した顔立ちである。

 暫く沈黙が続き、間を誤魔化すように缶コーヒーを貪る。自分もまた急かさず、同じく缶コーヒーを啜って彼から話すのを待ちながら話の内容を推測したりする。

 

 あくまで推測に過ぎないが、自分ではどうにもならない袋小路に嵌っているという事なのだろうか?

 死んだら強制的に設置されたセーブポイントに巻き戻る無限ループというのがどういう例えなのか、全く解らないが。

 

 あれこれ訝しげに考えている内に、少年は次の言葉を口にした。

 

「それでね、無限ループに陥っている原因は外部依存――本人以外の外因だった。諸々の理由でそれを取り除く事が不可能であり、手詰まりに陥って次なる打開策を求めている。こんな感じかな?」

「ふむふむ、中々ループものらしい仕掛けだなぁ。それじゃループものの定番の記憶の引き継ぎとかを起こして物語を進めるというのは? それ一つは些細な変化だが、一粒の飛沫はいつしか大波になってというのが王道だろう?」

「実に王道的だけど、その万分の一の奇跡が叶って、更に酷い結末になる方が自分的には好みかな?」

 

 少年はそんな事を言いながら心底楽しげに笑い、実に悪趣味だなぁと内心ちょっとだけ引く。ただその笑みはやけに自虐的だったのが気になるが。

 自分以外の外因が悩みであり、自分の手じゃ解決出来ない。遠回しのSOSだろうか? 家庭環境とかそういう類の複雑な話か?

 

「はは、お前って性格とことん螺子曲がっているなぁ。若い内にそんなんじゃ将来心配だぞ?」

「初対面の人に其処まで言われるとは思っていなかったよ。酷い人だなぁ」

 

 はははとお互い気兼ねなく笑い合う。年は違うが、旧来の友と語り合っているかのような気分である。

 そう、こうして素の自分を曝け出して語るのはいつ以来だろうか。社会に順応するというのは自分を押し殺す事であり、在り来りな型に嵌める事である。素の状態で語れる友が近くに居なくなって久しく、自分もまたこういう人間関係に飢えていたのかな、と自己分析してみたりする。

 

「これは直感だけど――お兄さんは案外教師に向いてるんじゃない?」

「よせやい、こんなしがないサラリーマンを前に、教師なんざ柄じゃねぇ」

 

 誰かを指導するなんて、そんな重大な責任を伴う行為はだらしがない自分には烏滸がましい。

 この名前も知らぬ少年からの掛け値なしの褒め言葉と受け取って、気恥ずかしさを誤魔化すように缶コーヒーを口にする。

 

「それじゃ設定を一つ付け足そう。世界の魂の総量は常に一定であり、主人公の能力で世界から追放すると別の世界から一個ズレて収まり、次のループでは別人に成り変わっている。いつかループを解消出来る規格外が発生する事を願って入れ替え続ける。直死の魔眼持ちだとか、アカシックレコードを弄って消去出来る魔導師とか、全てを台無しに出来るデウス・エクス・マキナとかを待ち侘びて」

 

 ふぅむ、良く在り来りな多世界解釈という事だろうか? これが一体何の例えなのか、未だに解らないが――湾曲な言い回しながら、救いの手を求めているという事だろうか?

 

「……いやいや、後半の設定だとまんまパクリになるじゃねぇか」

「ふむ、この案は失敗だね」

 

 あはは、と少年は笑う。ただ、その後、一瞬だけ見せた表情は、何処か悲しげであり、今にも消えそうなぐらい儚かったのは気のせいだろうか? 見逃して良い要素だったのだろうか?

 そして少年の目線が自分の顔から地面に置いている白袋――コンビニのレジ袋に入っている少年ジャンプに注がれる。

 

「その袋に入っているのは今週号のジャンプ?」

「ああ、読むか? 暗い処だから目悪くするかもしれねぇが」

「折角だから読ませて貰うよ。目は大丈夫さ、これでも夜目には自信がある」

 

 ジャンプを袋から開けて渡してから「いや、そういう問題か?」と突っ込むが、手早く奪い取った少年は何処吹く風である。

 そしてじっくり読むかと思いきや、ぱらぱらと流れるようにページを進めていき――酷く退屈気な顔でぱたんと閉じた。何だ、もう既に今週号の内容を見た後なのか?

 

「ああ、今週号は『NARUTO』の第一部終了か」

「割りと良い引きだと思うが、お前さんは不服か?」

 

 少年漫画で良くあるような敵対組織のお披露目で終わりという処で、次なる展開にワクワクするが――少年の顔から見るに、違った感想を抱いているようだ。

 

「これからの内容を考えると色々切なくなるものだよ、今がほぼ全盛期だし。そういうお兄さんは『NARUTO』は好き?」

「わりかし好きな方だぞー。特にガイとかが良いね!」

「うん、確かにあの破天荒さは好ましいキャラクターだ。超濃いしね」

 

 何か色々言っている事がおかしいと思ったが、同じマイト・ガイ好きに出会えて感心する。中々話せる少年じゃないか!

 その時にオレは気づくべきだった。その笑みにはさも当然のように生と死が隣り合わせに同居していた事を――。

 

「――そうか。うん、行き先までは保証出来ないけど、良い旅路である事を祈るよ」

 

 それが生涯最期の言葉であり、意識は其処で途絶える。不思議と痛みも恐怖も無かった。そんなものが生じる前に一回目の人生に幕を降ろされた。

 

 そして在り得ざる『後』が訪れ――少年が自分だけは大丈夫だと確信していた理由と、その例えが例えではなかったのでは、という疑惑が生じたのだが、違う世界で波瀾万丈に生きる自分には関係の無い話である。

 

 

 EX/最大の被害者であり、最大の加害者の話

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

■■■■■■■■■■編
01/神咲悠陽


 

 

 

 ――何の変哲の無い、仕事場からの帰り道。

 

 日々蓄積された疲労感は何処吹く風。

 今日は愛しい愛しい我が娘の誕生日。君が生まれてから数えて十二回目の誕生祭。

 君の笑顔を一分一秒でも早く見たくて、買ってきたプレゼントを片手に、歩を進める足は羽根のように軽く、足取りは自然と早くなる。

 

 ――何の変哲の無かった、仕事場からの帰り道。

 

 夕日が毒々しいまでに紅く、体感温度が数度ほど高くなる。

 一体どんな催し物があったのか、焼け焦げたような異臭が微かに漂う。

 猟奇的な殺人鬼の往来で寂れた大通りに、異常なほどの人の壁が目の前に立ち塞がっていた。

 

 ――物見遊山気分の彼等が眺めていたのは、一件の火事。

 

 如何なる経緯でこうなったのかは想像すら出来ないが、解り易いほど黒く燃えていて「もしもこの中に誰か居たのならば、間違い無く助からないだろう」と根拠無く確信出来たのだった。

 ……急に不安に陥る。自分の家もこうなっていて、妻と娘が取り残されているのではないかという突拍子も無い妄想。笑い飛ばせないのが辛かった。

 これ以上見るべきものはなく、一分一秒でも早く妻と娘の顔が見たかった。

 

 ――だから、その女性の悲鳴を空耳として片付けて、聞かない振りをすれば良かったのだ。この時の選択を、私は生涯後悔する。

 

 悲鳴を上げているのは同年代ぐらいの女性で、今にも猛火の中に飛び込みそうな勢いの処を周囲の人達に取り押さえられている。

 正気を失っているのか、支離滅裂な言動に首を傾げる。

 不思議に思って近くの者から事情を聞くと、簡潔なまでに「――可哀想に。取り残されてるんだとさ、十二歳の娘が」と答えたのだった。

 

 ――何を血迷ったのか、この当時の私は「娘と同じ年頃の少女を見殺しにして、娘に顔向け出来るのだろうか?」と、身の程を弁えずに思ってしまった。

 

 娘に渡す筈だったプレゼントと、端的な遺言を錯乱した女性に言い遺し、私は猛火の中に飛び込んで逝った。

 それより先は覚えていない。決死の覚悟で飛び込んで、救援を待つらしい少女の下に辿り着いたかと問われれば、否だろうなと答えるしかあるまい。

 網膜に焼き付いたのは死の具現たる『炎の海」だけで――ミイラ取りがミイラになるように、私も一緒に焼け死んだのだろう。

 

 ――愚かしいまでの、馬鹿で無意味な焼身自殺である。

 そして性質の悪い事に、それは二度目の人生においても同じ結末だったのだ――。

 

 

 01/神咲悠陽

 

 

 ――遠い遠い昔、遡る事、前世に渡る。

 

 冬木の『聖杯』を持ち帰り、セイバーを亡くした私は失意の内に根源への到達を諦め――その忌むべき落伍者から『聖杯』を殺して奪おうとした実の父親を返り討ちにし、後を追うように殺しに来た妹を焼き殺した直後の話である。

 

 

「――ああ、やはりこうなりましたか」

 

 

 さも当然の如くそんな言ってのけたのは、先々代から仕える家の婦長だった。

 魔術師という奇妙な血族を半世期に渡って客観的に見てきた彼女の言葉は、自失同然の私を現実に引き戻すに足るものだった。

 

「……まるで預言者のような口振りだね、婦長」

「貴方様が御母上を焼き殺して生誕された日から、いつかこうなるであろうと思ってましたよ」

 

 ……此処での前世、つまりは一回目の最期に、我が網膜に焼き付いた光景は燃え滾る炎という死の具現であり――二度目の産声を上げた直後、まだ視覚として機能すらしていない『魔眼』はこの世界での母を焼き殺した。

 今でも覚えている。先程殺したばかりの父親は「それでこそ神咲の魔術師に相応しい」という世迷言を吐いて狂ったように笑い――私は生後間も無く、この男が未来永劫理解出来ない類の人種だと強く悟った。

 

「貴方様は『炎』そのものです。汝が触れし者を全て焼き尽くし、自身への害を他者へと歪めてしまう。奇跡のような『焼却』と『歪曲』の二重属性――必要と有らば、血の繋がった親も妹も躊躇無く殺害する。『魔術師』として正しい在り方です」

 

 その『魔術師』という言葉に、私は眉を顰める。

 セイバーが眠る『聖杯』を万能の願望器として使用する事を拒否したが故に、私は彼等が絶対的に信仰する魔道から外れた。

 そんな異端者は、もはや魔術師とすら呼べない。だからこそ、血族と殺し合う事になったのだ――。

 

「先代は致命的なまでに見誤ってましたね。貴方は誰よりも『魔術師』だったのに、魔術師らしからぬと誤解するとは――」

「……根源への到達を諦めた落伍者が、誰よりも『魔術師』らしい? 笑えない冗談だな」

 

 これ以上、的外れな与太話を続けるようなら『魔眼』で焼き殺す事も視野に入れ、殺意を籠めて笑う。

 だが、婦長には鼻で笑われた。まるで簡単な間違いに気づいていない子供に呆れるような素振りで――。

 

「目的(根源)に至る最適な方法が『魔術』であったからこそ、魔術師は『魔術』を学んでいます。『魔術』よりも優れた方式が発見されたのならば、何の未練無く即座に乗り換えるのが本当の『魔術師』が持つ不文律であり、冷徹なまでの合理性です。『魔術』を絶対視する多くの伝統派から失われた概念ですがね」

 

 婦長は穏やかに笑いながら「だからこそ、貴方様は聖杯戦争の覇者足り得たのでしょうね」と付け足した。

 ……一気に眉間が歪む。自分が犯した最大にして初歩的な過ちに気付かされたが故の反応だった。

 

 

「――そう、貴方様の在り方は血を積み重ねた魔術師ではなく、まるで初代の魔術師のようでした。その八代に渡って受け継いだ『魔術刻印』の妄執の重さを見誤ったのは致し方無い事です」

 

 

 そう、私は今世の父から受け継いだ『魔術刻印』を、魔術を使う上で便利な補助機能としか見てなかった。

 世代を積み重ねて増していく妄執など、意にも介さなかった。根源への到達という益体の無い命題に賭ける執念を見事なまでに、致命的なまでに甘く見積もっていた。

 

 ――それが今世の父との殺し合いまで至った原因であり、またしても後悔する。

 

 いつもそうだった。一回目の最期の時も、セイバーの時も、その後も――永遠に晴れない後悔の念だけが蟠る。

 それら全てを噛み締め、飲み込み、咀嚼して――それでも私は歩を進める。

 

「神那様をどうするつもりですか?」

「連れて行く。育てて私を殺せたのならば、私の全てを受け継がせても良い」

「罪滅ぼしのつもりですか? もしそうならば御止めになった方が宜しいかと」

 

 ――振り向かずに最期の忠言を聞き届ける。

 思えば、彼女の言葉はいつも正視出来ないほど痛々しく、そして正しかった。きっとそれは真実であるからこそ、何よりも深く痛感していたのだろう。

 

「――貴方様の種で、貴方様の思想と魔術を刻んだ後継者が、従来の魔術師になれる筈がありません。その魔眼で神那様を焼き殺し、神咲の魔道を貴方様の代で終わらせるべきです」

 

 ――結局の処、私は我が娘を二重の意味で一度も見ていなかった、という話。救いも何も無く、後悔しか湧かない、そんな報われない結末――。

 

 

(……昔の事を夢として見るとは、起きる前から最悪な気分だ)

 

 

 夢を夢として自覚する事ほど退屈で苦痛なものはない。

 何一つ思い通りに出来ず、傍観する事しか出来ない。夢の中では何でも出来ると思いがちだが、自分の場合は何も出来ない。見る事をやめる事さえも――。

 

 

 ――だから、選択肢すら現れなかった『if』を考えてしまう。

 あの時、消え逝く神那を救う為に『聖杯』を使っていたのならば、と――。

 

 

 ……彼女は、許してくれるだろう。元より万能の釜に自らくべられたのだ、彼女の意思など確かめるまでもない。

 ならば、何故、自分はあの時に、その選択肢すら思い浮かばなかったのか。私はその事実を一生後悔する。

 

(……いや、いつもと同じだ。何方を選ぼうが、選ぶまいが、後悔する事には変わるまい――)

 

 憂鬱な気分になっている内に夢の光景が目まぐるしく移り変わる。

 

(……忌々しいほど懐かしいな、この光景は)

 

 咽返る黒煙、一面に渡る灼熱の炎――それは私にとって原初の死の光景である。

 

 やはりであるが、最初に浮かぶのは猛烈な後悔の念である。私はこの死地に望んで足を踏み入れ、何も成せぬまま焼け死んだ。

 考えようによっては、私の死因は焼死ではなく、焼身自殺なのではないだろうか? 二回目の死はまさにそれであり、中々に笑えない冗談である。

 

(……息苦しい。新鮮さの欠片も無い。早く目覚めてくれないか――ん?)

 

 また最初の死を追体験して終わると思いきや、今回は少し違った。

 ――この死の具現の中に、もう一人、今まで見た事の無い異物が場違いにも現れたのだ。

 

(――何だ、これは?)

 

 それは男性として不似合いなまでに長い後ろ髪を一本の三つ編みおさげに結び、軽快に揺らす少年は――地面に這い蹲って横たわる焼け焦げた自分を見て、この上無く醜悪に嘲笑った。

 

 

「……誰?」

 

 

 此処で視覚情報の全てが闇に鎖され、視覚以外の感覚が鮮明になり――意識が覚醒状態に至った事を自覚するのだった。

 

 

 

 

 ――あの『魔術師』が重傷を負ったという知らせは瞬く間に海鳴市中に知れ渡った。

 

 虎視眈々と彼の寝首を狙う復讐者達には「またか」「釣り乙」「そんな餌で釣られクマー!?」と冷ややかな反応をされ、普通に総スルーされたそうだ。

 

 ……いや、オレ自身はこの対応そのものを信じられないのだが、柚葉が言うには「釣られた人間が居たのは二回目ぐらいまでで、それ以降は負傷の知らせ=屋敷に侵入して死ねという共通認識が出来たほどよ」だそうだ。

 もう何処から突っ込んで良いのか解らないレベルの逸話である。

 

「やぁやぁ、ナオヤがうちに来るなんて珍しいね!」

「……おはよう。朝から元気だな、レヴィ」

「僕はいつでも元気さー!」

 

 ……とりあえず、野暮用もあったので、こうして見舞いに訪れ、フェイト・テスタロッサと瓜二つの少女であるレヴィに出迎えられた訳である。

 

(それにしても『うち』か。まさかこんなに馴染むとはねぇ……)

 

 叩き潰して屈服させた上で『魔術師』の屋敷に引き取る事となったが、当人達が此処まで順応するとは予想外である。

 確か昨日も彼女達が慌てながら『教会』に駆け込んで、必死に救援を求めたとか――。

 

「一応見舞いに来たんだが、『魔術師』の様子はどうなんだ?」

「んー、ぴんぴんしているよー。王様もシュテルんも僕も心配していたのに、損した感じー。王様は『殺しても死なないから心配するだけ無駄だっ!』とか言ってたかな?」

 

 不満たらたらなゆるい感じに返答され、それほど大事に至ってないんだなぁと認識する。

 

「でもまぁ見舞いに来る人なんてナオヤぐらいだし、ユウヒも喜ぶさー。さぁ入って入って」

「あ、あぁ」

 

 レヴィは天真爛漫な笑顔で、まるで我が家に招待するが如く招き寄せ――その場の勢いで屋敷内に踏み入れて、オレは緊張感を高める。

 幾ら見舞い目的でも此処が即死罠が大量設置された『魔術工房』である事には変わらず――元気良く先行して案内するレヴィは何も考えず、廊下をまっすぐ直線に歩いていた。

 

(え? オレの記憶が正しければ、あそこはエルヴィがいつも迂回して歩いていた処なのに――まさか、常駐していた魔術的な罠の数々も、彼女達三人の為に切っているのか……!?)

 

 それはまさに変化しているのは彼女達だけではなく、あの『魔術師』も同様なのかと訝しみ――元気良く行進するレヴィを尻目に、オレはびくびくしながら進んで行くのだった。

 

 

 

 

 そして当の『魔術師』は、いつもと全く変わらない感じで椅子に腰掛けていた。

 怪我をしたという名残は首元の包帯ぐらいしか無く、全くもって病人とは思えない様子だった。

 

「……重傷負ったと聞いた割には随分と元気そうだな」

「前世が前世だからな。魔術刻印は術者の意思に関係無く、刻まれた後継者を強制的に生かそうとする。魔力や生命力、足りなければ寿命を削ってでもな」

 

 ……そういえば、蒼崎青子の方はミンチにされていても生きていたっけ。

 即死しなければ大丈夫のようだから、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトとか遠坂時臣とかも本来は『魔術師』と同様にしぶとかったのだろうか?

 

「それで秋瀬直也、まさか見舞いの言葉を告げる為だけに此処に来たのではあるまい。さっさと本題に入れ」

「……解るもん?」

「此方の人生経験を舐めない事だ。遠慮せずに告げるが良い。現在の私は病み上がりで酷く退屈している」

 

 悠然と寛ぎ、後髪を結んで編んだおさげを指先で弄りながら、相変わらず全てを見通したかのように魔的な笑みを浮かべていらっしゃる。

 この男を相手に隠し事など余りにも無意味だ。オレは深い溜息を吐きつつ、洗い浚い話す事にした。

 

「……相談したい事は、柚葉の事なんだが――」

 

 ――あれから、管理局と海鳴市の大一番から、柚葉は『シスの暗黒卿』としての能力を大半失った。

 千里を見通すが如く見れていた未来像を、殆ど見れなくなった。……卓越した剣術や、瞬間的な直感などは健在だが。

 

 そう、問題は――在り得ないほど不幸が多発するのだ。それも死に直結するレベルの。

 

 道を歩けば車が急に飛び出し、頭上から鉄塊が唐突に落ちるなど日常茶飯事、最早異常なほど殺しに来ている。まるで、世界そのものから拒絶されているかのように――。

 

「ふむ。まぁ当然の成り行きだろうな」

「いやいや、当然な訳無いだろう!?」

「当然なんだよ。私達のような生粋の悪党にとってはな」

 

 この在り得ないレベルの不運を、『魔術師』はさも当然だと断言した。

 彼には、この死が見え隠れする不幸の正体に見当が付いているのだろうか……!?

 

「一つ詰まらない昔話をしよう。一回目の人生の、小学生の頃だったかな。休み時間中にサッカーを……聞いているのか?」

「いや、まずその前提から欠片も想像出来ないんだが!?」

 

 そもそもコイツの小学生時代なんて想像すら出来ないし、ましてや休み時間中にサッカーしている姿などどうやって想像したら良いものか……。

 

「……いや、流石の私も一回目は普通の人間だぞ?」

 

 はいはい、ダウトダウト。一体その戯言を誰が信じるのやら。

 それはこの場に居たレヴィもシュテルもディアーチェもエルヴィもランサーも同じような顔をしていた。

 

「いやだって……なぁ?」

「坊主の言いたい事は十分解るぞ。コイツが普通の人間だった頃がある? ははは、そんなの在り得ねぇし、冗談にしては笑えねぇぞ」

「ですよねー。こればかりはランサーに同意です」

 

 お互いに視線を合わせて、即座に同意する。同じような感想を持っていたようで、自分達の感覚が正常であると安心する。

 

「いや、ランサー。まずはその『普通』の定義について小一時間ほど語り合う必要があるだろうて」

「『普通』って一体何なんだろうねー? 僕、解らないや」

「ええ、単純だからこそ非常に難しい命題ですね」

 

 それは新たに参入した三人娘も同様であり、『魔術師』は心底心外と言わんばかりの不満そうな顔を浮かべていた。

 

「お前等なぁ……。まぁいい。話を進めるぞ」

 

 咳払い一つし、『魔術師』は気を取り直して話し始める。自分の事ながらまるで遠い他人事のように。

 

「その時の私は味方チームへのパスなどのアシストは全部失敗し、パスカットなどの妨害工作は全部成功した。当時は疑問に思わなかったが、今考えれば明確な法則性のある異常だった」

 

 ? 全くもって話が読めないが……。

 困惑した様は自分だけではなく、ランサー、エルヴィ、シュテル、ディアーチェ、レヴィも一緒である。

 

 ――いや、其処に明確な方向性があるとすれば、協力するというプラス要素が失敗して妨害するというマイナス要素のみが成功する……?

 

 まさにこの『魔術師』らしい捻れっぷりである。この法則性を簡易に纏めるのならば――。

 

「ようは方向性の問題だ。悪行に特化している人間は善行をやろうと思っても悉く失敗するという例だ。――あれだ、悪の組織の敵側で矢鱈強かった奴が味方になったら弱くなるような法則?」

「いやそれこそ訳解んねぇよ!?」

 

 ゲームやアニメなどで悪役側だったら強かったが、味方になったら微妙というのは多々ある事だが。

 もうこの時点になれば『魔術師』が何を言おうとしているのか、大体解る。今の柚葉は――。

 

「お前が彼女を救って『悪』でなくなってしまったが故の弊害だろうな。今まで豊海柚葉を後押ししてきた悍ましいほどのプラスの補正が、全て反転してマイナスの補正になっているのだろう」

 

 ……つまりそれは、柚葉に理不尽な死が幾度無く迫っている原因は、他ならぬ自分という事なのか――。

 逃れようのない事実を突きつけられ、オレは俯く。一体、それに対してどうすれば良いのだろうか?

 すがるように『魔術師』を見るが――案の定、彼は自分の様子を感じてか、鼻で笑った。

 

「こればかりは安易な解決策を表示する訳にはいかないな。お前と彼女の問題だ」

 

 ……解っているさ、それぐらいは。

 ただ、自分が原因で彼女に死が迫っている以上、原因を解明して解決する事も出来ないし、解決の糸口すら掴めないとなると――。

 

(――アイツを救った事に、後悔なんてある筈が無い。それでも、自分のせいで死ぬような目に遭っている現状は、何とかしないといけない……!)

 

 その意気だけが空回りして宙を舞うような感触――考えこむ事、数秒か、それとも気づかない内に数分経ったのか、カップを受け皿の上に置く音で意識を現実に戻された。

 意図的に音を立てたのは『魔術師』だった。

 

「――だが、助言をするのならば、上手く付き合う、いや、それすら利用してしまえば良いだけの話だ」

「利用だって?」

 

 また突拍子の無い事を言い出し、オレは困惑する。

 『魔術師』は不敵に笑い――和服の袖から古びた御碗を一つ取り出した。何でそんな処に、とは突っ込まないぞ? 自身の領域内なら空間転移とか平然と実行する化け物じみた魔術師だからなぁ、コイツ。

 テーブルに無造作に置かれた御碗の中には、三つのサイコロが入っていた。

 

「――『チンチロリン』のルールは解っているよな? 『ジョジョの奇妙な冒険』では東方仗助と岸辺露伴の勝負が馴染み深いな。まぁ私と勝負する場合はヒフミ(一ニ三)が無条件の敗北だという事を知っていれば良い」

 

 御碗の中のサイコロ三つを手に取り、『魔術師』はやや投げやりに振る。

 小気味良く回転するサイコロはぶつかりあい、ぴたりと停止する。出た目は、一とニと三――最初から倍付けである。

 

「ありゃ、初めから一ニ三ですね」

 

 従者のエルヴィも呆れる不運さである。

 一投目から大凶レベルのを引くとか、運悪すぎだろう。『魔術師』は一切気にした様子無く第二投を投げやりにし――出た目はまたもや一ニ三だった。

 

「ははっ、運が悪いってレベルじゃねぇなぁ――って、またかよ?」

 

 三投目もまた一ニ三であり、此処に至って誰もが異常であると確信するに至る。

 『魔術師』に驚きの色は一切見て取れない。最初から、これが出て当然という反応だった。

 

「見ての通り、私の不運は最早呪いの域でな。運否天賦の勝負ならば百回やって百回負ける自信がある」

 

 深々と溜息を吐きながら、『魔術師』は憂鬱気に語る。

 ……何というか、運とかそういう次元じゃない、もっと別な法則が働いている気がする。それこそ柚葉に襲い掛かる確定した不幸の数々のような――。

 

「さて、この条件下で私が勝利するにはどうすれば良いと思う?」

「……グラサイを使うとか? あとイカサマ?」

「それすら必要無いよ。簡単な事だ。先行では百戦百敗なのだから、相手に先行を譲れば良い。振ってみろ」

 

 三つのサイコロが入った御碗を『魔術師』は此方側に渡す。

 オレはサイコロに細工が施されてないか、スタンドの視覚で入念に確かめる。見て解る程度の小細工は無い事を確認し、御碗にサイコロを投げる。

 

(いや、幾ら何でもこれは負けようがないだろう……)

 

 サイが御碗の中に回転する最中、『魔術師』は突如テーブルを拳で叩き付けて――一瞬だけ宙に浮いたサイコロは運命的な何かに吸い込まれるように一ニ三の目を出した……!?

 

「あ!?」

 

 後から考えると、何て事はない。『魔術師』が物理的に干渉した結果、必然的に賽の目が一ニ三になっただけの事である。

 偶然の入り込む余地の無い必然である。非常に納得行かないが。

 

「致命的な短所ですら武器になるという例だ。自分がこれ以上無く不幸なら他人に押し付ければ良い」

 

 弱さを強さに変える、という歌のような綺麗事ではなく、弱さを凶器に変えるレベルの強引な力技である。

 自分の前世であるジョジョの奇妙な冒険では非常に馴染み深い概念である。そういう点で第四部のラスボスである『吉良吉影』は怖かった。

 だが、こんな不条理な事を可能とするのは目の前のこの男ぐらいか、嘗ての柚葉ぐらいで――あ。

 

「付き合い方一つで何とでもなるのさ。嘗ては出来ていて、今は従来の付き合い方が出来無くなっているだけだ。――折り合いが付くまで、お前が守ってやれ」

 

 いつの間にか足されていたコーヒーを優雅に飲み、『魔術師』は淡く笑った。この男らしからぬ邪気無き笑みである。

 

「こんな処に来てないで一緒に居てやれ。どうせアイツは此処に来ると聞いて、焼き餅焼いているだろうからな」

 

 

 

 

(……やれやれ、らしくない事をしている――)

 

 急いで豊海柚葉の下に帰る秋瀬直也を見送りながら、『魔術師』は一人思考の裡に内没する。

 自分が死去した平行世界を垣間見て、彼には成さなければならない重要事項が一つ出来てしまった。

 

 ――果たして、この世界でも、自分が居なくなったら回らなくなるのだろうか?

 

 魔都『海鳴市』での表面上の死闘は一段落付き、最大の障害だった管理局の影響を全排除する事に成功した。

 今や自身を脅かす勢力は消え果てた――一見して小競り合いしかない小康状態に見えるが、自分という支柱が消えればこの街はどうなるだろうか?

 

(拭えない不安、微かに臭う死の予感――セイバーと一緒に戦った頃に何度か体感したものだ、余り良くない傾向だな)

 

 自分の死んだ後の世界など知った事じゃない。だが、あの惨状を見せられたからには考えずにはいられない。

 

(……後悔後先立たずか。くだらないな、いつも選択の後には後悔しかないというのに――)

 

 馬鹿馬鹿しい妄想だと笑い飛ばしたかったが、この手の悪い予感は外れた試しが無い。深い溜息一つ吐き捨て、神咲悠陽は思考を入れ替える事にした。

 

(……後釜を任せられるとしたら、秋瀬直也か。ただ彼だけでは足りない)

 

 実力もその精神性も申し分無い。自分ではどう足掻いても手に入らない人徳も彼は持ち得ている。だが、致命的なまでに欠けている要素がある。

 ただし、豊海柚葉と一緒なら、それを補完して補い余る事になるのだが――今の彼女は問題外である。

 

(やれやれ、中々に前途多難だな――)

 

 打てる手があるなら事前に打つべきだと結論付け、同時に警鐘を鳴らす。

 

 ――理論も根拠も無く、その下準備が終われば呆気無く死ぬ。そんな突拍子の無い悪寒が根深く潜む。

 

 前世の前世にしても、自分の死後、妻と娘が生活出来るように幾つも布石を打っていたからこそ安易に死にに逝ったものだ――。

 

 

 

 

「――へぇ、辿り着いていたんだ。でも残念、もうその子は死んでいるんだよなぁ、これが」

 

 笑い話をしよう。火事に取り残された他人の娘を救う為に猛火の中に飛び込み、一緒に焼け死んだ、愚かで馬鹿な男の話である。

 ミイラ取りがミイラになった代表例と世間から判断され、なけなしの勇気は身を滅ぼした蛮勇と多くの者から嘲笑される。

 

「あれ、もう限界? こんな熱苦しい中、待っていたのに冴えない結末だなぁ」

 

 それでも助けを待つ少女の下に辿り着いていた事は、唯一評価出来る。

 例え、その助けを待つ少女が既に息絶えていて、彼の死を賭した行動に全く意味が無かったとしても、それを見届けた彼だけは評価する。

 

「此処まで頑張ったのに報われないものだね。他人の娘を助ける為に勇猛果敢に炎の中に入っていって、一緒に焼け死ぬなんてさ。更には君の娘がその子の母親を殺して自害するんだけど――うーむ、これじゃ独り言だなぁ。詰まらないぞー?」

 

 もっとも、自分の死後の話など聞きたくもないだろうと、彼は自分勝手に判断する。

 最初から彼は他人の主観を必要としていない。世界は自分一人で自己完結しているが故に、この独り言は余りにも意味が無い。結論有りきの話である。

 

「――健闘賞で良いか。うん、折角だし、其処の元凶も、君の娘も一緒に送ってあげるよ。君の娘に関しては、送ろうが送るまいが次周には消えるしね」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

--/■物語

『――、――!?』

 

 何やら機械的な音声が若干漏れており、「まだ足りなかったか」と追加のガムテープで更にぐるぐるまきにし、机の奥底に放り込んでおく。

 二回目ぐらい平穏で穏やかな日常を歩もうとする自分の目の前に突如、理由無く唐突に現れた不純物の処理に無事成功し、「良い仕事したなぁ」と爽快な笑みが溢れる。

 正月元旦に新しいパンツを履いたような爽やかな気分とはまさにこの事だろう。……元ネタなんだっけ?

 

「……しっかし、何で『高価な危険物』がぽんと置かれてやがるんだよ? 主に家のセキュリティ的な意味で、お兄さんびっくりよ」

 

 小学校入学記念の如く置かれ、机の奥底の彼方に放り込んだ『謎の物体A』は、嘗ての一回目の世界で憧れたような憧れてないような魔導師の杖――所謂『デバイス』らしき代物だった。

 

 

 01/魔導師になりません

 

 

 ――理由は解らないけど『デバイス』を手に入れた。さぁ、今日から君も『魔導師』だ!

 

 なんてなると思っているのだろうか?

 オレにはこれが地獄への片道切符にしか見えない。何処ぞの「僕と契約して魔法少女になってよ!」並の落とし穴にしか思えず、受け取り拒否を選んでやった。

 

(これを人知れずに忍び込んで配布した理由は? やった者の意図と目的は? それよりもどうして自分に? ……まさか、転生者として気づかれた? いや、日常的に演じているからその線は薄い。誰も自分が二回目の人生を歩んでいると知った者は居ない。――なら、自分でも気づかないが、魔力――いや、資質? 『リンカーコア』でも持っていたのだろうか? 『闇の書事件』で襲われないだろうな?)

 

 このままゴミの日に紛れ込ませても良いが、こんなオーバースペックの物体が陽の目に触れては色々厄介だろうという理由から、机の中に永久的に死蔵する事を選択する。 

 ……結果として、これが最善の選択だった事を後々に知る事となる。

 

 

 02/魔導師がいっぱい

 

 

「……ああもううるせぇっ!」

 

 深夜、とある轟音で目を覚ました自分は苛立ちを込めて窓の外を睨みつける。

 遥か彼方で、金色の光やら緑色の光やらが華々しく散っており、人目を弁えずにどんぱちやっている模様である。

 

 ――やはりというべきか、なんというべきか、不自然なまでに『デバイス』を配布されたのは自分一人ではなかったようだ。

 

 恐らくは主要キャラ、高町なのはを除くリンカーコア持ちに無差別に配布し、その結果が『魔法』という猛威を振るう無法者の量産である。

 ある日突然、常識外の力を手に入れたら、人という生き物は自分を自制出来ずに舞い上がるものである。その気持ちは分からなくもないが、せめて人知れずに迷惑掛けずにやって欲しいものだ。

 

(……というか、あの魔力光、どっちも初見だなぁ。明らかにおかしい奴は多々居たが、ヤバいほど数いるのかよ……)

 

 色々とげんなりする。一つの舞台に転生者は一人、とは限らず、確認しただけでも十数人以上居る見込みである。

 

(あんなに堂々とやって、目撃者が出たらどう処理するつもりかねぇ? いや、もしかしてあれで隠密行動のつもりなのだろうか?)

 

 便利な結界張っていて、資質のある者のみ知覚出来るとか、そんな都合の良いものを張っているのだろうか?

 ……そんな配慮の出来る奴が、真夜中に堂々と暴れ回らないだろうなぁとため息が溢れる。

 

 一体、この街はこれからどうなるのだろう?

 ――そんな浅い心配は、明らかに認識不足だったと後で思い知る事となるが、この時点で予測するには余りにも酷なものだった。

 

 

 03/武者姿の防護服?

 

 

 月村すずかとフラグ立てていた転生者らしき同級生が『行方不明』となった。

 狂乱する彼女の言葉を全面的に信じるなら「突如空から現れた巨大な鋼鉄の鎧姿の武者が首を両断して容赦無く討ち取った」らしいが――物騒な転生者も居たものだとげんなりする。

 

(しかし、時代錯誤も甚だしい全身和風鎧ねぇ。というか、空を舞う? もしかして劔冑――『装甲悪鬼村正』リスペクト? 趣味が悪いったらありゃしない)

 

 この時から、ある種のきな臭い予感が過ぎり、オレは一層一般人の演技を徹底するよう心掛け――幸いと言うべきか、不幸と呼ぶべきか、その予感は最悪なまでに的中していたのだった。

 

 

 04/魔導師が居なくなりました

 

 

 ――その一週間は最悪の一週間だったと断言出来る。

 

 終わる頃には、窮屈なまでに教室にずらりと並んだ机が幾つも空席になり、そして一気に減った。片付けられた。無くなったというより、亡くなったというべきか。

 

 連続殺人事件、深夜未明に侵入されて家族諸共皆殺しにされる凶悪事件。

 共通点はその同様の手口と、両親の遺体は全身の血を抜かれたが如く干乾びている事、殺害された家族の――オレと同年代の子だけが『行方不明』である事である。

 

 その犠牲者になった彼等と彼女等は等しく『転生者』だろうなぁと一目で解る人物であり、オレは誰にも悟られないように冷や汗を流す。

 

 オレに出来る事は他の一般人の生徒と同じように怯え、動揺するように演技し、誰にも悟られないようにする事のみである。

 

(……あの『デバイス』を配布した者と、殺し回っている狂人は幸運な事に別口か? 完全に組んでいたのなら、今頃オレの命もないだろうし――)

 

 真相の解明など危険過ぎて割に合わない。

 ただ、この最悪の時の中、自身の無事だけを祈るのみだった――。

 

 

 05/唯一にして最も遠い同類

 

 

 誰の思惑かは知らぬが、高町なのは世代の転生者は自分と後一人を除いて一人残らず駆逐された。

 

 ――そう、自分の他に、唯一人だけ生き延びた奴がいる。その事実は恐怖以外、何物でもなかった。

 

(……豊海柚葉。クラスは別だが――あの一回だけ、すれ違った際に理解出来た。あれは自分と同類の、それ以上の猫かぶりだと……!)

 

 その違和感は言語化して説明し辛い。直感だとか、非科学的なものを盛り沢山した経験則――所謂、同類だからこそ出遭った瞬間に解るという類のものである。

 

(そう、自分が気づいたのだから、向こうも恐らく気づいている……)

 

 思い出したくもない。あの一瞬の遭遇の時、奴は自分の目を射抜いて、確かに笑った。今までの演技が全て吹き飛びそうなほどの恐怖を味わった。

 

(あの一瞬だけで十分だ。あれと関わっては駄目だ。あれは自分が触れていい者じゃない。あれの視界に居て良い筈が無い……!)

 

 今のオレに出来る事は絶対にあれと人目の無い場所で遭遇しない事、出来る限り『彼女』の視界に入らない事、それを他人に不自然に思われないようにこなす事のみである。

 

 

 06/原作時期に転校生が大量に来ました

 

 

 この二年間で他の世代の転生者も粗方駆逐され、この原作からかけ離れた『魔都』はある種の小康状態になっていた。

 去年の十二月末には精神が狂い悶えそうな訳解らない天変地異が発生したような気がしたが、オレは何となく、何とか生き延びていた。

 

(……なーんか、日常的に演じ続けていると、元々がどうだったのかあやふやになってくる。これは『自分』として生きていると言えるのだろうか?)

 

 と、やや自分の本幹に関わる疑問が生じるが、見つかったら即死亡のかくれんぼを常時やっている感じなので、今は何よりも生き延びる事を優先する。

 誰だって無意味に死にたくないし、今世の両親に親孝行しない内は死ぬに死ねない。

 

(そういや、『物語』はまもなく始まるって具合だっけ? ……それで都合良く転校生が大量に押し寄せるとか、逆に哀れだな……)

 

 もう見るからに露骨に『なのは』、『アリサ』、『すずか』をうきうき気分で見ている転校生を見ながら、心の中でため息を零すと共に十字を切っておく。

 

 ……一体、何人が生き残る事が出来るだろうか。

 この地獄の一丁目よりも凄惨な『魔都』で、その実態を知って抗える者は現れるだろうか?

 

 

 07/転校生がいなくなりました

 

 

 一日で四人も『行方不明』になりましたとさ。いや、予想通り過ぎて何も言えないけど、あえて言わせて貰う。幾ら何でも早すぎるよ。

 

(その事実を突きつけられた転校生――名前覚えてないな、まぁすぐ居なくなるから覚える価値も無いか。その転校生は、体調不良を装って何処か行ったか)

 

 このまま『彼』も『行方不明』になるのだろうなぁと。

 内情を若干知る自分だけではない。周囲のクラスメイトも同じ感想を抱いていたのだから、この『魔都』の異常さを物語っている。

 

(オレの知っている『魔法少女リリカルなのは』ってのは、もっとハートフルな内容だったと思うんだけどなぁ。一体何処で道を違えたのだろうか)

 

 おっと、いかん。養豚場の豚を見るような目で転校生を見ていた。違えようのない事実だけど。

 『可哀想だけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね』って感じの。

 

(はて、それの元ネタは一体何だったのか、思い出せない――)

 

 

 08/フラグ折りやがりましたよ、コイツ

 

 

 あのまま間違い無く『行方不明』になるだろうなぁと思われた転校生『秋瀬直也』が平然と登校し――我等クラスメイト一同は幽霊を見る目で生還した『彼』を目の当たりにしたのだった。

 

(……ああ、思い出した。『ジョジョの奇妙な冒険』のリサリサ先生だったけ? 何でアイツの顔見て思い出したんだろうなぁ?)

 

 『彼』も『行方不明』になるだろうなぁとお通夜モードだった教室には驚嘆の色が色濃く――高町なのはが感極まって涙するというハプニングも発生した。

 

(そりゃ精神的にきっついよなぁ。顔知り合った奴が何人も消えていくんだし)

 

 明日は我が身かもしれない自分は気が気じゃないが、その動揺すら表に一切出せないもどかしさ。

 果たして、『彼』はこの『魔都』でも生き延びられるほど特別、いや、異常極まる転生者なのだろうか?

 

(何だろうなぁ、期待? それとも嫉妬? 自分で自分の感情が自己分析出来ないのも久しぶりだ)

 

 

 09/例外と同類の邂逅

 

 

 信じられないものを見た。まさしく我が目の正常具合を疑った。

 その日は昼過ぎに学校の窓ガラスが割れたり、校庭の木が何本も折れて倒壊したりと、何かと騒がしい普通な一日だったが、それすら全部吹き飛ばす異常事態が放課後になった直後に訪れた。

 

 ――ホームルームが終わった直後、先生が退出するより早くがらがらと扉が開き、あの、あの『豊海柚葉』が自分の教室のように堂々と入ってきた……!

 

(……は!? 何故お前が? 自分と同じく目立つ行動を極力取らない奴が何故此処に!? え? 何でっ!?)

 

 あの時の自分は動揺がもろに表情に出ているほど混乱していただろう。今考えると一生の不覚である。

 だが、そんな自分の一時の恥などどうでも良い。

 彼女は自分に見向きもせず一直線に――同じく驚愕して硬直している『彼』秋瀬直也の前で立ち止まった。

 

「ちょっと付き合ってくれる?」

 

 ……訳が解らないよ。

 

 気づいた時には教室を騒がせた二人はおらず――その後の二人の行動が記憶に残らないほど、自分は放心していたらしい。

 

(どういう事だ? 明らかに転生者である『彼』と堂々と接触を図るというのは、自分もまた転生者であると宣伝しているようなものであり――『彼女』は一般人の擬態を捨てて、猫かぶりを打ち捨てて、この混迷極まる壇上、つまりは舞台に立ったという事か?)

 

 その日はそればかりしか頭に浮かばず、延々と寝れなかった事だけは覚えている――。

 

 

 10/ボーイ・ミーツ・ガール

 

 

 朝のホームルーム前の日常光景に、廊下で仲良く談笑する『彼』と『彼女』が追加された。

 見えてる異常だが、最早言うまい。今はあの女とまともに話せる君を心から尊敬したい気持ちで一杯だ。

 出来る事なら陰ながら応援したいから、自分の視界から完全に消えてくれる事を望むばかりである。

 

(いやぁ、マジで感動しているよ? あの超怖い女と臆せず話せるその図太い神経に。もし転生者である事を打ち明けて話せるなら、この驚嘆と感動と疑問で一日以上話せる自信があるとも!)

 

 何かもう自分とは違う世界の人間っぽいから、今度からは君の事を秋瀬直也さんと、さん付けで呼ばせて貰おう。勿論、心の中だけだが。

 

 

 11/ボーイ・ミーツ・ガール(2)

 

 

 いやはや、やはり『彼』だけは別格だね。あの秋瀬直也さんは。

 一週間以上欠席して無事再登校する奇跡を起こすなんて、後にも先にも『彼』だけだろう。

 

(……そういや、もう『魔法少女リリカルなのは』の本編は始まっているんだっけ? という事は『夜中に起こった市街地限定の奇妙な地震』も『見るからに日本で起こる規模じゃないスーパーセル』も『ジュエルシード』の仕業なのかー。『ジュエルシード』すげーね)

 

 ……はて、樹木が肥大化して街中騒ぎになる現象は無かった気がするが、あと後者の実際に市民全員が避難する事になったあれはどう考えても別物の何かとしか思えないが、この際気にする事ではないだろう。

 

(さて、大事件だ兄弟。いや、オレに兄弟なんていないが、所謂その場のノリってヤツだ)

 

 通常通りなら、その手の(自分の中での)大事件は豊海柚葉が先立って何か行動し、秋瀬直也の方は完全に受け手なのだが、今回先に動いたのは『彼』の方だったのだ!

 

(そう、それはいつも通り、朝の廊下での逢瀬だったんだ。普段と違う点は豊海柚葉の機嫌が見るからに悪いという事で、今日起こるであろう修羅場を密かに楽しみにしていたのは秘密だ。一体『彼女』の機嫌を損ねるとか命知らずな事を平然とやれるなんてホント凄まじいなぁ、秋瀬直也さんは。まぁそんな大事をしたんだ、『彼』も緊張した面持ちで現れ――不機嫌だった豊海柚葉さえ変に感じるほどの緊張具合だったんだ。つまり、『彼女』の機嫌を損ねた以外の要因だったんだ、その緊張は)

 

 ……一体自分は何で盛り上がっているのか、自分自身が一番解らない始末である。

 そういえば、二人の事を視界外に行ってくれと望んだような気がしたが、誰よりも切実なまでに目で追って見ているのは気のせいだろう。多分、気のせいだ。気のせいったら気のせいである。

 

(そして『彼』は豊海柚葉の前に立って、二回、大きく深呼吸をした。弁解すべき本人など見えてないほどテンパっている様子であり、あの豊海柚葉もその奇妙な空気に飲み込まれていたほどだ。不機嫌を上回る困惑と言うべきか。――そして秋瀬直也さんは何とォッ! 「放課後、遊園地に行かないか……?」と言ったのだったッ!)

 

 うん、ホント、心底、コイツには絶対敵わないねと思ったよ。

 あんな、この世の恐怖全てが馬鹿馬鹿しくなるほど恐ろしい女に、真正面から嘘偽りなくデートのお誘いするなんざ、オレにはもう一回死んでも出来ないだろう。

 

(困惑の一瞬、豊海柚葉はいつもの余裕満々の表情で「あらあら、それはデートのお誘いかしら?」と小馬鹿にしたように笑い――間髪入れずに「そうだ」と秋瀬直也さんは断言したのだった……!)

 

 その後の豊海柚葉の表情は、遠目から見ても顔が真っ赤だと解るほどであり――初めて、此処に至って初めて、豊海柚葉が零した人間らしい表情であり、そんな『彼女』の初々しい姿が、今世で初めて「可愛いな」と血迷ってしまうほどであったのだ……!

 

 

 12/ボーイ・ミーツ・ガール(3)

 

 

 最近、自分の興味関心の全てが『彼』と『彼女』に行っている事に気づいた時、愕然としたね。

 あれほど恐れ、遠ざけようとして離れなかった死の恐怖をすっかり忘却しきっていたのだ。我ながら単純というか、何と言うか……。

 

 さて、その『彼』と『彼女』の初デートは――どうやら、何か破滅的な事態が発生したらしい。

 

 解っている事は『彼女』が此処暫く登校していない事と、『彼』が心此処にあらずという酷い具合に陥っている事。

 色々推測、いや邪推出来なくもないが、敢えて辞めておこう。自分はただの脇役、高町なのは達と関わり合いを持ち、物語の本筋を辿っているであろう二人とは何の関わりのない『一般生徒A』だ。

 二人の事情など一切知らないし、都合の良いアドバイスを与える機会も絶無だ。だから、自分勝手に心の中で応援する事しかしない。

 

 ――此処で終わる筈が無いだろう、と根拠無く確信して。

 

 

 ep/そして

 

 

 気づいたら『彼』と『彼女』は誰が見ても砂糖を吐くぐらいの『バカップル』になっていた。

 何を言っているか、さっっぱり解らないと思うが、オレも解らねぇ。超スピードや催眠術じゃない、もっと恐ろしい片鱗を味わった気分だった。

 

(まぁメタ的に考えれば、物語的な山場を乗り越えて大団円って処か)

 

 ああ、もしも自分が転生前の――従来通りの読み手なら、『彼』と『彼女』の物語を余さず堪能出来ただろうなぁと少しだけ悔しがり、同時に『彼』と『彼女』の物語を全く関係無い第三者として物語に記されていない部分を直接見れた事への優越感に浸る。

 

(これからも自分は、『物語』の本筋には絶対に関わり合わない、路上の石の如く生きているのだろう。――どうだ、羨ましいだろう。こんなに面白い事を間近で見れるんだ。これぐらいの対価があって然るべきだよな)

 

 常日頃転がっている生命の危機に比べれば些細過ぎる報酬だが、名前も無いエキストラには過ぎたものだろう。

 

 ――今日もオレは『彼』と『彼女』の『物語』を見続ける。

 

 自分の『物語』など一向に紡がず、遠い星の彼方に放置して。

 そういうのは今でも机の奥底に放置している『デバイス』を手放した時に、オレの『物語』は始まりもせずに終わったのだろう。主人公足り得る資格を自ら放棄したのだろう。

 それでも良いと思う。誰もが『物語』の主人公にはなれない。誰でも華々しく活躍出来ない。悲しいけど、それが現実である。

 そんな事をしていたら、他の数多の転生者と同じように、『物語』が始まる前に退場していただろう。

 

 けれども、だからこそ、誰もが『傍観者』にはなれる。

 主人公にはなれなくても、語り部にはなれるという事だ。

 

 さて、此処で綺麗に『物語』を締め括ろう。『物語』には題名が必要だ。それがあって初めて『物語』は意味を持ち、そして完結する。

 自分が見届けるこの『物語』を名付けるのなら、その題名は一つしか在り得ないと思う。

 ……まぁ元の世界のあれと被るような気がするが、それにこだわれるのは自分しかいないから、何一つ問題無いだろう。

 

 これは『彼』と『彼女』の初々しいまでの『恋物語』に他ならない、と――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

--/少し昔の話

 

 

 --/少し昔の話

 

 

 ――二年前。当時の海鳴市は大混乱期にあった。

 

 まだ人目を問わずに暴れ回る新参魔導師はマシな部類であり、本当に厄介なのは『魔法』という規格外の力を犯罪に用いる者の存在だった。

 強盗・詐欺・殺人・強姦、ありとあらゆる犯罪を証拠も残さず――正確には立件出来ない方法で執り行う彼等は、法の外の住民であり、公的機関では認識すら出来ない存在である。

 

 ――存在が認められない異能を駆除出来る者は、同じく異能を持つ者のみである。

 

 同じ『スタンド使い』を集める傍ら、自然とその手の事件に関わる事になったのはある意味必然であり、『ジョジョの奇妙な冒険』第四部の――『杜王町』の『スタンド使い』達に共感する事になろうとは思いもしなかっただろう。

 

 その胸に宿す意志は数知れずだが、その方向性は誇りたくなるほど一緒だった。

 

 例えそれが『三回目』であっても、生まれ故郷には愛着を持つ。新たな家族、新たな友人達に恵まれる。

 然るに、愛する者達が暮らすこの街に、忌むべき邪悪の専横を許す訳にはいかない。

 それが『魔法少女リリカルなのは』の物語の舞台である『海鳴市』であろうが、自分達の生まれ故郷となってしまった今となっては全く関係無い話である。

 

 誰かから望まれたからではなく、必要に駆られたからでなく、ただ己が意志で――冬川雪緒は街の裏側の事件に関与する。

 

 その事件もまた、これまでと同様だった。

 今までのと同じように胸糞悪くなる事件であり――違う点があるとすれば、彼が犯人の下に辿り着く頃には別の者の手によって焼殺されていた事に尽きる。

 

 

「ああ、最初に聞いておく事があるが、これはお前の奢りなんだろうな?」

「……よりによって、最初に聞く事がそれか?」

 

 

 そしてその下手人であり、その後、全力で殺し合った男と今、馴染みの居酒屋で、しかも同じ卓で相対しているという奇妙極まる状況に陥っていた。

 

「非常に重要な事だ。人間関係を円滑で進める上で、な。もしかしたら後々の禍根になるかもしれぬだろう?」

「……貴様の中のオレはどれほど小さい人間に映って――いや、思っているんだ?」

「ああ、言わずとも解っているさ。一組織の長たる者の誘いだものな。その寛大な心に感謝するよ」

 

 傍若無人に振る舞う盲目の少年は邪悪に微笑み、それが余りにも似合い過ぎていて何も言えなくなる。

 

 ――この眼の前の赤髪長髪で、腰の中程まで伸びた髪を乱雑に一纏めにし、両眼を常に閉ざす少年の名前は、神咲悠陽。

 

 同じ孤児院出身であり――あの孤児院を運営する『神父』の方針から、彼が『転生者』である事だけは知っている。

 交友などは今まで一切無いが、彼が生まれつき全盲であり、身の回りの世話を数歳年下の少女の『シスター』に一任し、何とか人並みに暮らしていた事だけは周知の事実である。

 

「……普段の盲目の様は擬態か?」

「たかが感覚一つ、視覚に頼らずに外界を把握する事がそんなに難しいと思うか? 大袈裟なんだよ、皆」

 

 目を瞑ったまま、神咲悠陽は淀みない動作で鮪の切り身を箸で掴み、醤油皿に浸してから山葵を摘んで一緒に口の中に放り込み――何一つ不自由無く食事している。

 孤児院に居た時の彼は、何から何まで全介助必要な、目が不自由な障害者だったが、そんなものは欠片も見受けられない。

 ……更に言うならば、彼の人となりは一切記憶に残らないほど希薄で印象に残らないものであり、それが幾重にも積み重ねた猫被りである事は今のふてぶてしい様を見れば明々白々だった。

 

「……『シスター』が見れば、感動して噎び泣くだろうさ」

「依存しているのは自分ではなく、彼女の方だからな。それに関しては私の知った事じゃない」

 

 冬川雪緒渾身の皮肉も何のその、身の回りの世話をほぼ任せっきりにしている恩人の中の恩人である『シスター』に対して、清々しいまでに外道な言い草である。

 よくぞこの肥大した暴君の自我を隠し通すほどの猫を被っていたものだと感心するばかりであり、この邪悪は今までに出遭った事の無いほど強大で、何よりも底知れなかった。

 

「さて、楽しい雑談はまた後にしようか。――お前はこの街の現状をどう思っている?」

 

 両眼を閉ざしながらも、全てを見透かすような――飛び切り嫌な感触を覚える。

 目の前の少年に対して、現状で冬川雪緒が知り得た情報は、狡猾な犯罪者だった『転生者』を先立って処分した事のみであり、その目的も何もかも不明瞭な相手である。

 行き掛けで殺し合い、その最中に取りやめて会話の席に付く相手の腹の中だ、どれほど慎重に石橋を叩いても過分は無いだろう。

 

「『二回目』の連中を把握しているのなら、言う事は一つだけだろう。――酷いものさ。それより輪をかけて酷いのが目の前にいるがな」

「これからもっと酷くなるさ。――『二回目』の転生者に『デバイス』を無料配布した奴の思惑は何処にあるだろうね?」

 

 ……そう、幾ら探ろうとも、誰から『デバイス』を与えられたのか、判明しなかった。

 誰もが口を揃えて「いつの間にか貰っていた」と吐く始末であり、今まで何故とは思っていたが――なればこそ、その黒幕たる者の思惑など思慮外も良い処だ。

 

「今は撒き餌の段階さ。この脚本家は信じられないほど悪辣だ。直に肥えた獲物を刈り取る一手を打ってくるだろう。我々も無事で済まないほどえげつない一手をね――」

 

 目の前の彼は、その元凶を語るように嘲笑う。だが、それは何処か自嘲のようでもある。

 

 ……凡そ、彼の意図は掴めた。だが、だからといって、即座に「はい」と答えられるほど目の前の人間は生易しい性格はしていない。

 

 冬川雪緒は手つかずのオレンジジュースに手を伸ばし、一息に飲み干す。腹の探り合いでは到底勝ち目は無い。

 第一、そんなまどろっこしい事を出来るほど器用な生き方は出来ない。ある種の覚悟を決めて、真正面から腹の中を切り開く事にした。

 

「――小賢しい駆け引きは苦手なんでな、単刀直入に問う。何が言いたい?」

 

 

 

 

「いやいやいや、突っ込みどころ盛り沢山過ぎて何処から突っ込んでいいか解らんのですけど!?」

「……む? 何処がだ?」

 

 今の川田組で唯一『魔術師』と繋がっている――というよりも、ていのいいように使われている――変身能力を持った『スタンド使い』は堪らず叫んだ。

 思い出話をしみじみ語っていた『魔術師』は心底不思議そうに首を傾げていた。

 

「……えーとですね、それじゃまずは一つ目の『シスター』に世話させていたってどういう事です? その『シスター』って教会のあの『禁書目録』の『シスター』ですよね?」

「そうだが、それ以外誰かいるか?」

 

 そう、あの『シスター』である。『教会』勢力の実質ナンバー3、『禁書目録』の――十万三千冊の禁断の知識をフル活用出来る少女の事である。

 膨大無比な知識であらゆる敵を押し潰し、身に纏う『歩く教会』でほぼ全ての攻撃を無効化する、魔術・魔法などといった神秘系統全ての天敵たる少女。

 

「……あー、どうも自分の矮小な脳みそではその光景を全然全く欠片も想像出来ないんですが?」

 

 あの『教会』の二人と同じように、いや、それ以上に無慈悲な少女に世話されていた――? 一体何の冗談だろうか?

 其処らへんを深く問い質したい気持ちで一杯だが――『魔術師』は背筋が凍えるような笑みを浮かべるだけで何も語らない。

 ……やめよう、と即座に判断する。それを聞いて、万が一、あの『シスター』と出会って顔に浮かべてしまった日には、その手で解剖及び拷問されかねない。

 

「……それじゃ二つ目、冬川の旦那と殺し合ってたんですかい? 一体何故……?」

「おいおい、私は『魔術師』だぞ。その正体を隠匿している時に神秘の行使を見られたんだ、目撃者の抹消など日常茶飯事だろうに」

 

 ……ああ、と納得する。目撃者には死を、それは型月世界の魔術師の鉄則である。

 それを同郷の、しかも同じ『三回目』の転生者に対して一切躊躇無く行える非人道性が恐ろしい。ため息ばかりつきたくなる。

 

「――そう、あの時、アイツを仕留めれなかったのは最大の転機だったか。強引に力尽くで事を解決出来ないなら、ひたすら小賢しく搦め手を使うしかあるまい」

 

 『魔術師』は「全く、手だけじゃなく頭も煩わせるなんて、冬木での『聖杯戦争』以来の快挙だぞ、それは」と楽しげに語る。

 ……もしかしなくても、『魔術師』の中の入れてはいけないスイッチを押したのは、冬川雪緒だったのではないだろうか――?

 今となっては、もう一人の当事者が死んだ今となっては、真実は闇の中である。

 

 ――いや、いい加減、問題を誤魔化すのは止めよう。

 

 『魔術師』の口が珍しく軽いのは、そして『スタンド使い』もまた合わせて空回りしているのは、もっともっと別の理由である。

 その原因は、彼らの目の前にあった。彼も、そして『魔術師』神咲悠陽すらも目を背けているものが――。

 

「……三つ目、これはどうして必要だったんです――?」

 

 この忌まわしき場所に、そしてその目の前にある、正視し難いものを嫌悪感全開で睨みつけて――『魔術師』は何処か憂いの色を漂わせて、静かに重く答える。

 

「――冬川雪緒が死んでしまったからな、当初とは違う形で幕引きを演じなければなるまい」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02/クロウ・タイタス

 

 

 

 

「隣のクラスの二名、未だに行方不明だってよ。これでもう一週間だ」

「……マジかよ。時期が時期だからなぁ……」

「自分達も他人事じゃないな……」

 

 それは日常の一頁、部活帰りの夜道での事だった。

 気心知れた親友達との馬鹿話で盛り上がり――気づけば、話題は自然と今流行の猟奇殺人事件のものとなっていた。

 

「しっかしよぉ~、こんだけの事を仕出かしているのに警察は一体何してんだか。税金泥棒も甚だしいぜ」

「まともに税金払ってない学生身分のオレ達が言ってもしゃないけどな」

 

 最近は色々検閲されたのか、ニュースなどでの続報は音沙汰無い。

 だが、誰々が居なくなったとか、封鎖された殺人現場が彼処など、否応無しに耳に入る。

 

「……それにしてもどんな奴が犯人なんだろうな?」

「さてな。此処までイカれている奴なんて想像すら出来ねぇよ。本当に吸血鬼だったりしてな」

「漫画とアニメの見過ぎだ。いや、もしそういう空想上の人外の犯行なら色々『当たり前』だと理解出来るけど、逆に本当に何の変哲の無い人間がやっているならその行動原理が理解出来なくて恐ろしいね」

 

 どれも信憑性が無いほど滅茶苦茶であり、後になればなるほどそんな馬鹿げた犯人像でなければ実現不可能にしか思えない事ばかりで――言い知れぬ危機感と恐怖は積もるばかりである。

 

「ま、今日で全部活動は暫く休止だし、噂の殺人犯が捕まるまでは――あぇ?」

 

 ――結論から言えば、その危機感は致命的なまでに足りなかった訳だ。

 

 だが、その当時の自分達ではその想定は不可能だっただろう。

 一体全体、一秒後に親友の首が文字通り刈り取られ、バスケットボールを鷲掴みにするが如く――腐りかけのトマトみたく潰されている光景など、どう予測してどう対策しろと言うのだろうか。

 

 

『――あれぇ、力加減間違えちゃったや。失敗失敗。あ、次は君を殺すからそっちの君は逃げれば? もしかしたら逃げれるかもしれないよ』

 

 

 ぽんぽんと溢れてはいけないものが溢れている頭部を弄び、あまつさえ人外の力でぐしゃぐしゃに握り潰す。

 ――目の前の自分と何ら年齢の変わらぬ少年は人の形をしただけの空想通りの化け物であり、今までの人生で何よりも絶望的な存在である事を悟らされるには、十分過ぎる演出だった。

 

「ひ、あああああああああああああああああぁ――!?」

 

 今まで聞いた事の無いような悲鳴は隣の友人からであり、脇目も振らずに逃げ出す。

 余りにも呆気無かった親友の死に呆けている自分より、彼の方が冷静だったようだ。

 目の前の殺人鬼は退屈なものを眺めるようにその遠くなる背中を見ているだけで、すぐさま自分の方に興味津々という具合の視線を注いだ。

 

『君の方は逃げないの? というか、まさかと思うけど、この惨状を見て尚立ち向かう気? 残念無念、あまりの惨状に気でも狂っちゃったかな?』

 

 言われて見て、自分は初めて気づいたのだった。その血が出んばかりに握り締めている己の両手に――。

 

「……い、いや、オレは間違い無く、お、お前に殺されるだろうな。化け物野郎……!」

『うんうん、正しい状況認識だね。不思議な事に錯乱状態では無いようだ。じゃあ、何故無駄な抵抗をしようとするんだい? もう絶対に助からないって判断しているんでしょ?』

 

 かたかたと無意識の内に震える。怖かった。恐ろしかった。

 目の前の存在が、ではない。恐怖を通り越して諦観の域にあったから。理不尽極まりない話だが――自分の死は、最早逃れられない決定事項だと納得出来た。

 

 では、何が怖かったのか。いや、何が許せなかったのだろうか――。

 

「                          」

 

 その時、生涯最期に吐いた言葉を、オレは今も思い出せない。

 後髪に一本の三つ編みおさげを揺らした殺人鬼はきょとんとした。鳩に豆鉄砲が当たったかのような顔をし、途端、狂ったように笑った。

 

『ははは! 何それ、この土壇場でそんな発想を出来るなんて良い意味で狂っているよ! どういう生い立ちをすればこんな精神構造になるんかね! 君は本当に日本人?』

 

 余程その啖呵が気に入ったのか、おさげの殺人鬼は脇目も振らずに腹を抱えて大笑いする。

 

『いいね、凄く良い。劇場の主人公みたいに格好良いね、君。じゃあ、足掻いて見せなよ。一分でも一秒でも長く、この私を引き止めて見せなよ! 脇目も振らず君を見捨てた友人を助ける為に、私を愉しませろよ――』

 

 最早語るまでもない、無慈悲で陳腐な結末。

 一秒後に無造作に殺され、何の意味も無く死に果てた無様な男の結末。

 

 

『――これが物語の『正義の味方』なら、大どんでん返しがあって助かる場面だけどさ、君にその資質はあるのかな?』

 

 

 それは奇跡も魔法も救済も何も無い、絶対に変えられない原初の烙印。

 『正義の味方』になれなかった、何者にもなれない男の結末――。

 

 

 

 

 ぱちりと目を開くと、其処には桃色の髪をポニーテルにした凛々しい騎士装束の少女が覗き込んでいた。 

 

「……大丈夫か?」

「~~っっ、だ、大丈夫だ、シグナム。痛いのには慣れているしな」

 

 肉体的なものか、精神的なものかは判断出来なかったが、最低最悪な目眩と嘔吐感を我慢して起き上がり、無事な様を全身でアピールする。

 

「あの一瞬、何かに気を取られたようだが?」

 

 ――そう、今日は、はやての家族の一人となった夜天の騎士シグナムに模擬戦を挑み、当然の如く返り討ちに遭った処である。

 

 実力差は単体での決闘でも明白、自分の敗北で終わる事は目に見えていたが、この敗因は余りにもお粗末過ぎる。

 

(おいおい、自分から言い出したっていうのに、これはねぇだろ……)

 

 おそらく今の自分は苦虫を噛んだような表情をしている事だろう。戦闘形態であるマギウス・スタイルを解き、手元に戻った魔導書を凝視する。

 力そのものは『原書(オリジナル)』と同等という破格の『写本(コピー)』、されども――。

 

「……ああ、もうアイツは居ないんだって改めて実感した処さ。自覚無かったけど、結構頼りっぱなしだったんだなぁ……」

 

 あの場面なら、阿吽の呼吸で『彼女』は最適の術を行使して打開策を講じていただろう。

 無意識の内とは言え、こんな形で別離した『アル・アジフ』の偉大さを思い知らされるとは、とオレことクロウ・タイタスは大きなため息を零したのだった――。

 

 

 

 

「……やっぱり、全然ダメダメじゃん。弱っちぃままで上達の見込みもありゃしねぇ。特に最後のは――」

 

 頭を冷やしてくると神妙な顔のクロウが去った後、密かに二人の訓練光景を眺めていた赤い髪の少女、シグナムと同じくヴォルケンリッターの一人、鉄槌の騎士ヴィータは不満を一切隠さずに――だが、シグナムは首を横に振った。

 

「我々で言うなら、長年連れ添った『融合騎』の補佐を全く得られなくなったような状態だ。慣れるしかあるまいが、これまでの信頼関係が逆に足を引っ張っているのだろう」

 

 ベルカの騎士にとって融合騎が如何なる存在かは同じベルカの騎士の彼女に言われるまでもなく、ヴィータは後に続く言葉を飲み込み、口を噤んだ。

 だが、その顔は誰から見ても不満の色しかなく――シグナムは自分達に芽生えた変化の兆しを淡々と咀嚼する。

 

 

 ――彼女、現在の彼女達の主である『八神はやて』も、歴代の主達のように当初は道具扱いした。

 

 

 己の復讐の道具として、これまでと同じように彼女達を使い潰そうとした。

 異論も是非も無い。元より自分達はそういう存在であり、それだけが存在意義であり、其処に疑問を挟む余地すら無い。無かった筈だ。

 

(変われるものなのだな、我々も――果たしてヴィータはその事に気づいているのだろうか?)

 

 従来の彼女ならば、いや、従来の彼女達なら、主以外の他の人間に興味関心、ましてや不満を抱く事など皆無だった。

 主にひたすら服従していればいい。闇の書の頁蒐集という唯一にして至高目的を完遂させるだけで事足りた。考えるという自由意志など無いし、必要とすらしていなかった。

 

 そう、そんな旧来の主達と同じだった八神はやてが例外になったのは、自分達『ヴォルケンリッター』を一人の人間と同じように接してプログラムの一つに過ぎない自分達に変化を齎した原因は――八神はやての隣に常に居た『彼』であり、また彼女達の知らない既に死した『誰か』だった。

 

「ヴィータ。お前から見て、何が問題だと思う?」

「……場数は踏んでいて、思い切りの良さがある。色々足りないけど、絶望的な状況でも絶対に折れない不屈の精神力を持ってやがる」

 

 あの時、まだ彼女達が単なる復讐の道具だった時、全力で主の行動を止めに来たのがクロウ・タイタスであり、彼女達は命令されるがままに彼を死なぬように退けた。

 誰の目から見ても消化試合だった。目の前のあの男は唯の一人すら満足に退けられないのに4対1という無謀な戦闘となり、当然の如く敗北した。

 

 絶望的な戦力差である。百回やって百回同じ結果に収束するであろう、絶対に覆らぬ結末――それなのに、彼女達は終ぞ彼の心を折れなかった。

 

 絶対的な力によって屈服させる事が出来ず、諦めさせる事が出来ず、最終的に業を煮やしたヴィータの一撃によって頭部を強打して意識を途絶えさせるまで、クロウ・タイタスは信じがたい事に倒れた数だけ立ち上がり続けたのだ。

 

 ――殺さない限り、幾度無く立ち上がり続けるのではないかと、人形だった彼女達に危惧させるほどまでに。いや、今考えるとあれは――。

 

「けれどよ、それに才覚がまるで付いて行ってねぇ。――魔力が全然足りてねぇよ」

 

 クロウ・タイタスが修める『魔術』と彼女らヴォルケンリッターが扱う『魔法』は系統が根本的に異なり、優劣などの比較対象に成り得ないが、それらの神秘を行使する根源的なエネルギーが、クロウには最も欠けている。

 だから、すぐガス欠になる。術の構成や強度にも影響が出る。扱える神秘に比べて、彼は余りにも普遍的な人間で在り過ぎるのだ。

 

「ふっ、良く見ているじゃないか。やはり、こういう事は私などよりもお前の方が格段に向いているようだな」

「は? 柄じゃねぇよ、そんなの――」

 

 性質の悪い冗談だとヴィータは安易に受け流すが、シグナムは全くの本心だった。

 正確に欠点を指摘出来るのは全体像を克明に把握している者の特権であり――遠目から眺めていただけに関わらず、模擬戦の対戦相手だった自分より深く把握しているのにヴィータ本人は気づいているのだろうか?

 その事を指摘すれば、ヴィータは癇癪を起こして有耶無耶になってしまうだろう。

 シグナムは敢えて沈黙し――ヴィータは、クロウが立ち去った先を鬼気迫る表情で睨んでいた。

 

 

「――アイツはもう戦わなくて良い。アタシ達だけで、はやてもアイツも守れば良いじゃないか」

 

 

 そんな言葉がヴィータの口から呟かれた。

 思った以上に、自分達の変化は著しいらしい。

 そんな言葉が自主的に飛び出るとは、あの頃の自分達では在り得ない事だった。

 

「主想いだな、ヴィータ」

「……っ!? 何だよ、悪いかよ!」

「いいや、我らとて同じ想いさ。この剣は最後の『夜天の主』に捧げている。――ふむ、ならば、気が済むまでクロウに言う、いや、ぶつけてくると良い」

 

 事もあろうに、立場的に制止するだろうと思っていたシグナムのまさかの言葉に、ヴィータは驚きを隠せず――されども、全てを見透かしたように淡く笑うシグナムに反発するように睨みつける。

 

「……いいのかよ?」

「ああ。それに――あれはお前が思っているよりも、強い男だ」

「? 訳解んねぇよ」

 

 煙に巻かれたような奇妙な気分になるが、彼女が自分を遮らないのならば、いつも通り真っ先に吶喊して片付けるだけである。

 クロウの後を追って走り去るヴィータの背中を眺めながら、シグナムは自分自身も随分感化されたものだと思い、まるで人間のように独り言を呟いた。

 

「ただ、その『強さ』は主はやてが望むものではないがな――」

 

 

 

 

 ――最初は、主の前に立ち塞がる単なる脆弱な『敵』に過ぎなかった。

 

 その男は主にとっては特別な人間らしく、殺すなと厳命されていたが、それ以外は単なる排除対象に過ぎなかった。

 主を説得出来ずに無様に決裂し、無力なその男は一方的に嬲られるだけだった。

 

 ――早く倒れてしまえ。無機質な眼で見下ろし、騎士一人分の戦闘力にすら満たない男を無言で叩き落とす。

 

 避けれたのは最初のニ・三撃のみであり、その後は致命的な攻撃を浴び続け、勝敗は早くも着いていた。

 けれども、この敵は倒れなかった。無駄なやせ我慢なのは明白であり、無意味というよりも逆効果だ。

 こんなのは抵抗とすら呼べない。傷めつけられる時間が単に増えるだけだ。自傷行為にして自殺行為、その愚挙はそう記されるべきだ。

 

 ――そして遂に倒れた。驚嘆すべき粘り強さだったが、それだけの話である。

 

 これで主からの命令を達成し――その僅かな悲鳴は一体誰から漏れたものだっただろうか。

 あろうことか、あの男は立ち上がった。ボロ雑巾のようになった身体で、立っている事すら精一杯な状態で、意識を朦朧とさせながらも、その眼に宿る戦意の光は些かも衰えていなかった。

 

 ――殴った。斬った。叩きつけた。ありとあらゆる暴力で彼の心を折ろうとした。

 

 手心など一切加えていない。生命を奪わない程度に手加減はしているが、その一撃一撃が心を刈り取るに足る激痛を生むだろう。

 

 何故、この男は耐え続けられるのだろうか。

 何故、この男は立ち上がり続けられるのだろうか。

 何故、この男は立ち向かい続ける事が出来るのだろうか。

 

 敵わない事など彼が一番思い知らされているだろう。

 奇跡や偶然などという不確定要素が入り込む余地もない。それも彼が一番痛感している事だろう。

 諦めの悪いという次元を超えている。このままでは最悪の事態――死さえ起こり得るだろう。

 解らない。まるで解らなかった。もしかしたら、この男は殺さない限り、決して止まらないのでは――?

 

 ――その悲鳴じみた叫びが自分のものだと知ったのは後の事だった。

 加減を忘れた全力の一槌が彼の頭部を強打し、漸く彼の意識を刈り取り、ヴィータは息切れしながら安堵する。

 

 果たしてその安堵は何に対してだったのだろうか。

 主の命令通り、殺さずに無力化出来た事からか? それとも――無限に立ち続けかねないとさえ錯覚した、この男に対する恐怖の裏返しだろうか? 

 

 だが、もうそれについて考える必要も無い。そう思った矢先、彼は再び立ち塞がった。それも主が本願を成就しようとする寸前にだ。

 

 今度ばかりは、殺すしかないと確信していた。

 主の命令に背く事になろうとも、それしか方法がないと断じ――主に対する叛心じみた決意は、幸運な事に杞憂に終わる。

 そう、自分達は主の単なる道具に過ぎず――この戦いは、彼が主を説き伏せるか否かの勝負に過ぎない。

 

 あの男――クロウ・タイタスは主を見事説得し、彼女達守護騎士は戦わずして敗北したのだった。

 

 

 

 

 

(……それは、確かに無念だったけど、それから起こる事に比べれば些細な出来事だった)

 

 歴代の『闇の書』の主によっては戦わずに終わった事も何度かあると、ヴィータは走りながら、此処最近の在り得ない出来事の連続を感慨深く回想する。

 

 ――自分達が本来『夜天の書』の守護騎士である事。

 ――存在が絶望視されていた管制人格の生還及び『闇の書』のバグの完全抹消。

 ――直後に解き放たれた『紫天の書』のマテリアル達。尚、海鳴市の異常な面々にフルボッコにされていたが。

 

 ――そして、自分達を家族と受け入れた『教会』の面々。

 ……一癖も二癖もあるが。特に吸血鬼殲滅狂の『神父』や、傍迷惑極まりない『代行者』や、常に無感情で冷たい『シスター』など、ほぼ全員だったりするが。

 

 従来通りに道具として主に接しようとした守護騎士と、そんな状況を打開したくても出来なかった八神はやての間に立って見事――いや、悪戦苦闘の末に無様に惨めにも解決したのが、クロウ・タイタスだった。

 

(……敵だった時も馬鹿だと思っていたけど、全然違った。物凄い大馬鹿野郎だった!)

 

 クロウ・タイタスという人物は正真正銘の馬鹿である。それに大をつけて良いほどの。

 弱くて頼りない、デリカシーもない、空気も読めない、ロリコンで鈍感で唐変木、そして救いようのない愚鈍さを併せ持った社会不適合者である。

 教会の人の慈悲がなければ一日で食い倒れるであろう、役立たずにして穀潰し――でも、馬鹿だけど愚直なまでに真っ直ぐで、根は真面目で、困っている人を見過ごせず、考えるより先に行動して玉砕して、それでもへこたれずに笑って挑み続けて――。

 

(……ああ、もう、考えるのは後回しだ……! そういうのはアタシの役割じゃない)

 

 ――例え勝算が最初から無くても、クロウ・タイタスは戦ってしまうのだろう。

 あの時は敵対者として未知の脅威に恐れたが、今は味方として失う事を恐怖している事に、ヴィータが気づいているかは定かではない。

 

(そう、アタシがするべき事は単純明快だ――)

 

 普段着から紅い騎士服へ、戦闘装束に早変わりし――後々帽子に付属したのろいうさぎを、ヴィータは愛おしげに撫でる。

 少しだけ浮かんだ憂鬱な色はすぐに消え去り、鉄の伯爵『グラーフアイゼン』を握る手に力が入る。

 

 ――真正面からあらゆる障害を叩き潰す事こそ鉄槌の騎士ヴィータの本領にして面目躍如である。

 

 ただ、ヴィータは気づいていない。

 これから自分が挑もうとしている戦いは力と力のぶつかり合いではなく、前回同様、彼女達が辛酸を舐めた――心を摘む戦いである事を。

 

 

 

 

 もしも、正真正銘正統な『竜の騎士』であるブラッド・レイのように、他に比類無き一騎当千の力があったのならば――。

 

(どんな戦場でも華々しい戦果を挙げれるんだろうなぁ……)

 

 もしも、前代の『禁書目録』である『シスター』のように、十万三千冊に及ぶ深淵なる魔導の知識を持っていたのならば――。

 

(少量の魔力での運用法なんて最初から悩まずに済んだんだろうなぁ……)

 

 もしも、最悪なまでに『魔術師』である神咲悠陽のように、思うがままに世界を歪めて再構築する謀略の才覚があったのならば――。

 

(大抵の問題事を鼻歌交じりで始まる前に終わらせてしまうんだろうなぁ……)

 

 思考がどうしようもない事にズレた、とクロウ・タイタスは大きなため息を吐きながら反省する。

 各々の問題を全部無視した都合の良いだけの妄想に浸るなど、何の解決にもなっていない。

 

(……はぁ、無い物強請りも良い処だな。情けねぇったらありゃしねぇ……)

 

 自分には何も無い。凡人の中の凡人だ。彼らが選ばれた存在なら、自分は絶対に選ばれない存在。端役の中の端役である。

 そんな雑草の中の雑草が麗しく咲く華に対抗しようとする事そのものが烏滸がましい。

 少しでも敵うという思い上がりは、実はとんでもない傲慢なのではないだろうか?

 

 ――何をしようが、絶対に敵わない。例え己が全存在を引き換えにしようとも、遥か彼方に煌めく星の大海には一生手が届かないのと同じ理である。

 

 かつて、一回目に突き付けられた死に勝る宣告。

 そして、二回目でも覆せなかった絶対の法則。

 

(……ま、その辺は受け入れるしかないか)

 

 自分の賭けれるチップは、他の人と比べて遥かに少ない。

 それこそ、常に我が身を切り裂く行為に等しく――座り込みながらあれこれ考えている内に、ふと、視界に小さな紅い影が入り込む。

 

(ん? ヴィータ? 何で騎士服に――)

 

 それはまさしくクロウ・タイタスの戦士としての直感だった。何故騎士服で武器である『グラーフアイゼン』を構えているのか、理解より先にマギウス・スタイルになり――。

 

「――っ!?」

 

 真正面から馬鹿正直に繰り出された槌の一撃を寸前の処で、何とか受け止める事に成功する。

 

「……~~っ、ヴィータ、いきなり何しやがる!?」

 

 いきなり生身に『グラーフアイゼン』を叩きつけるとは一体どういう了見なのだろうか。

 模擬戦の相手がシグナムからヴィータに変わり、内容が奇襲への対応に変わったのだろうか?

 

(も、もしかして……昨日、ヴィータが大切そうに冷蔵庫の奥に隠したプリンを食っちまった事がバレたのか……!?)

 

 クロウの背筋に冷や汗が流れる。

 だが、どういう訳か、それにしては怒気よりも――何やら思い詰めた表情をしている。

 小さい身体の何処から出ているのか解らない、途方も無い馬鹿力にじりじり押されながら、クロウは内心首を傾げていた。

 

 

「弱い奴が戦うなっ! すっこんでろ!」

 

 

 そして飛び出した罵声はクロウの予想の斜め上の言葉であり、なけなしの魔力を燃やして『グラーフアイゼン』の先端を握る両手に力が籠もる。

 

「っ!?」

「……どういう意図でその言葉を投げかけたかは、いまいち解んねぇが――」

 

 徐々に押し返されるとは思ってもいなかったヴィータの顔に、僅かな動揺が走る。

 

「弱い奴は、戦う事すらしちゃいけないってか?」

「ああ、足手纏いで迷惑だっ! 戦うのはアタシ達の仕事だ、だからお前はもう――」

 

 ――戦わなくていい。傷つかなくていい。切望に似た言葉は、空に消える。

 

「違うだろ、そんなんじゃねぇだろ……!」

 

 クロウは憤っていた。これ以上無く怒っていた。傍から見ても敵対した時以上に感情を荒立てていた。

 幾ら罵られようとも構わないが、それだけは駄目だ。彼にとって絶対に超えられない一線がまさにそれだった。

 

「ヴィータ、テメェは敵が自分より強大だったら、大人しく尻尾を巻くのか? いや――お前ら全員、はやてを見捨てて逃げるのか?」

 

 らしくない言葉を吐き――今度はヴィータの顔が沸騰する番だった。

 

「ッ、ふざけんじゃねぇ! アタシらヴォルケンリッターを――!?」

 

 敵が強大でも、決して背中を見せず、主の剣として使命を全うする。

 それが騎士としての誓いであり、誉であり――我が身になって、ヴィータは下の下策であったと自分自身の失態を毒づく。

 

「へっ、そういうこった! 敵が自分より強大なのは当然だ、オレは誰よりも弱っちぃからな……!」

 

 どうにも敵わない強敵が立ち塞がる、それはクロウ・タイタスの戦場において日常茶飯事の出来事である。

 元々強者である彼女達ヴォルケンリッターには極稀の事だが、彼にとっては戦場とは常に逆境であり――。

 

「それでも戦わければいけない時はある。例え、自分の命を捨ててでも――」

「……っ、それじゃはやてが悲しむだろうがッ!」

「!?」

 

 魔力と魔力、意地と意地、譲れぬ想いを胸にぶつかり合い――されども二人は、致命的なまでにすれ違った。

 

 

 

 

「っっ、少しは手加減しろよ」

「……ごめん」

「なぁに殊勝に謝ってやがるんだ、らしくねぇぜ、ヴィータ」

 

 草の上に大の字でぶっ倒れながら、オレとヴィータはそんなしょうもない会話をしていた。

 両者ともに精魂尽きて、互いに荒ぶっていてどうしようもなかった感情に整理をつけている最中である。

 身体のあちこちが痛い。あとでシャマルかシスターに見て貰うか……。

 

「……はぁ、強くなりてぇなぁ……」

「……少しは、頼れ。アタシ達は、そんなに頼りないか……?」

「……いや、頼りになりすぎるさ」

 

 咄嗟に返し、その次に続く言葉が不意に掻き消えてしまう。

 あれ? オレは、その続きに何て言うつもりだったんだ――?

 

 

 

 

 一秒足りても時間稼ぎ出来ずに殺害され、『一回目』の彼が最期の『後』に想った事は――『次はもっと上手くやろう』という常人には到底信じ難きものだった。

 

 嘗ての自分は失敗した。矮小な身で賭けるチップが不足していた事は確かに嘆かわしいが、自己犠牲という最期のカードを無意味に使い潰してしまった。

 だから、次があるならば、その小さすぎる生命を最大効率で使い尽くそう。最善のタイミングで躊躇無く切ろう。――『正義』を執り行おう。

 

「それでも戦わければいけない時はある。例え、自分の命を捨ててでも――」

 

 それは例え話ではなく、虚偽でもなく、虚勢でもなく。

 真実、彼は自己犠牲をいの一番の前提として受け入れている。弱者たる彼にはそれぐらいしか支払えるものがない。

 つまり『大十字九郎』とクロウ・タイタスの最大の差異は、往生際が悪く生き汚く諦めが悪いのではなく、諦めるという選択肢が最初から存在しない事に尽きる。

 

 強大で無慈悲な理不尽に対して、抗うか、否か、なんて選択肢は無く、抗うだけしかない。

 

 その結末が愚かで惨めで無様で苦痛で耐え難いものだと理解していても、壊れたブレーキは未来永劫・過去永劫働かず、アクセル全開で破滅に突き進むしか無いのだ。

 

 彼という人間は、最初から、無意識にしろ意図的にしろ――誰よりも、率先して死に急いでいる。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03/セラ・オルトリッジ

「――ところで『過剰速写(オーバークロッキー)』さん、どうやって『一方通行(アクセラレータ)』に勝ったんです?」

 

 とある日常の一コマ、兼ねてより疑問に思っていた事を、その日、セラは唐突に口にした。

 向かいのテーブルに座って数多の銃器を弄る、存在しない筈の第八位のクローンであり、尚且つ転生者ではないと思われる生粋のイレギュラーは目を細める。

 恐らくは、その学園都市の中で有数の明晰な頭脳で、その質問の意味を瞬時に察したが故にだ。

 

「……ふむ、なるほど。奴の能力の詳細を知っていれば当然の疑問か」

「『一方通行』? クロさんの親戚?」

「似たようなものだ。学園都市に八人しかいない超能力者の一人、奴はその第一位だ」

 

 はやてが首を傾げながら『過剰速写』に視線を送り、彼もまた嫌なものを思い出したのか、眉間に皺がよる。

 今、この段階で彼が反応するものと言えば、その第一位『一方通行』についてだろう。そういう反応も相重なって、セラは益々気になった。

 一応、セラもまた『とある魔術の禁書目録』の世界出身だが、生憎な事にイギリス出身なので、科学サイド、つまりは学園都市の事については原作知識しかない。

 

「あれ、クロさん……正確にはそのオリジナルさんが第八位だっけ? という事は――」

「序列は学園都市にとっての利益が基準だ、能力の強さが基準ではない。プラスどころか、ぶっちぎってのマイナスだった『赤坂悠樹(オリジナル)』が第七位の削板軍覇を差し置いて第八位なのは当然の理だ」

 

 はやての当然すぎる指摘に早口で尚且つ即座に答えるあたり、相当その序列に拘っているなぁとセラは内心思う。

 ようするに、暗に『一番下の序列だからと言っても上の連中に劣る訳じゃない』という少年らしい歳相応な可愛らしげな主張なのである。

 

 

「――だが、第一位『一方通行』と第二位『未元物質(ダークマター)』だけは本当に規格外だ。第七位は例外だがね」

 

 

 その評価は原作からも言われている事である。第三位『超電磁砲』までは格下の、それこそ格下の『大能力者(レベル4)』以下でも勝機は見い出せるが、第二位と第一位は可能性すらないほど隔絶していると。第七位に至っては色々と訳が解らないが。

 それを実体験として知っている彼は如何に『一方通行』を破ったのか、気になる処の話じゃない。そんな手段があるのなら、是非とも聞きたいものである。

 

「それじゃ『一方通行』の反射をどうやって破ったんです? やっぱり木原神拳?」

「……何だそれ? 木原ってあの『木原一族』の木原か?」

「あ、其処の処は知ってるんだ。説明しましょう、木原神拳とは!」

 

 デフォでベクトル操作の設定が反射になっているのなら引けばいいじゃない、というのを真面目に行った正気の沙汰じゃない対『一方通行』用の戦法であり、当然の事ながらそれを聞いた『過剰速写』は胡散臭そうなものを見るような目をした。

 

「……とんでも理論だな。卓上の空論と評する事すら烏滸がましいぞ。反射の自動設定を変えられたら対処しようがないだろうに」

「まぁ生みの親みたいな存在だからこそ可能だったんじゃないですかねー」

 

 どんだけ苦労して『一方通行』にしか通用しない戦法を身につけたのか、数多の畏怖と困惑と共に『木原神拳』と称される所以であり、それを聞き届けた『過剰速写』は「アイツってそんなにヤバい研究者だったのか?」と一人首を傾げた。

 

「確かにアイツの反射膜は光すら通さない絶対の防御だ。――ふむ、改めて考えると、オレの突破法もとんでも理論か」

 

 かかか、と『過剰速写』は邪悪に笑う。自分自身にしか成し得ない突破法の余りの荒唐無稽ぶりを嘲笑うように。

 

「これは今のオレには出来ない事だが――」

 

 

 

 

(ねぇねぇ、『もう一人の私』)

「……何です? というよりも、今更言うのもあれですが、本当にその呼び方で定着させる気ですか?」

(当たり前でしょ? 実際にそうなんだから)

 

 傍目から見れば独り言を白昼堂々呟いている白い修道服の電波系少女に見えなくもないが、さもあらん、『二人』の事情は少々特別である。

 セラ・オルトリッジと『禁書目録(インデックス)』であるシスター、二つの人格は混ざる事無く一つの身体に存在している。

 

 ――元々の主人格はセラであるが、二回目において記憶を全て消されて『禁書目録』として生きて死に、三回目の世界においての主人格はむしろシスターの方であり、彼女達の複雑な共存関係を更に複雑にしている。

 

 今では生死の絡む緊急時以外は一日一交代で人格を入れ替わっており、本日の身体の主導権は『禁書目録』の方のシスターである。

 本来ならば、『禁書目録』としての知識をフル活用出来るシスターなら、無力な存在に過ぎないセラの人格など幾らでも消去出来るというのに、全部取れる筈の主導権を半々にしているという奇妙な共生関係にある。

 

(どうしてこの使われていない部屋だけ定期的に掃除するの? 何か訳有り?)

「……詰まらない感傷です」

 

 其処は孤児院の外れの、相当長い間、誰も使っていない部屋を一人で掃除する事が『禁書目録』の方のシスターの週末の日課であり、セラは首を傾げるばかりである。

 その部屋には私物と呼べるものは無く、どう考えても空き部屋にしか見えないのだが、この部屋だけ良く手入れして特別扱いしているように思える。

 

 どうしても気になるが、今日身体の主導権を持っているのは『もう一人の自分』の方であり、熱心に、されども何処か憂いながら掃除する彼女を客観的に眺めるだけだった。

 

 

 

 

「――という事があったんですよ」

(ななな、何て事をっ! よりによって此処でぶちまけますか、セラ!? よりによって『奴』が一緒に居る時に……!?)

 

 翌日の朝食、気になっている事を『教会』の面々に聞いてみる事にした。今日はお休みの『もう一人の私』は自分の中で慌てふためくが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥である。

 『神父』は目を瞑って淡く笑い、クロウは何処か気まずい表情をし、はやて達とヴォルケンリッター一同は脳裏に?マークを浮かべながら興味津々と耳を傾け――そして最後の一人は飛びきりの笑顔で答えた。

 

「――それはですね、あの部屋が嘗て神咲悠陽が使っていた部屋だからですよ。未だに帰ってくる事を望んでいるとは、健気で甲斐甲斐しいですねぇ!」

(あああああ、この馬鹿っ!?)

 

 それはもう天職を得たとばかりに意気揚々と答えたのは『代行者』さんであり、『もう一人の自分』は怨嗟と共に悲鳴を上げた。

 死亡偽装してまで裏切って、尚且つ平然と出戻りする当たり、彼には恥という概念も無ければ空気を読むという行為そのものも存在しない事は疑う余地も無い。

 

「あの『魔術師』さんの? 確かにこの孤児院出身とは聞いてましたけど、どうしてまた?」

「えぇ、聞きたいですか? 聞きたいですよね。私で良ければ存分に話しますとも!」

(ややややめろぉー! 喋るな口を開くな息を吸うな! 代わってセラ! そいつ殺せないっ!)

 

 何やら自分の中で物凄い勢いで殺意をまき散らす『もう一人の私』だが――いつでも主導権を奪い取れるのに、それだけはしない。

 つまりはそれが私の唯一勝る点、私が今尚無事に存在している理由。彼女は私に、負い目を持っている事。

 私にとっては些細であやふやでいつでも吹き飛んでしまいそうなものだが、『もう一人の私』にとっては死活問題、行動原理すら縛る鎖となっている。

 

「駄目だよ、『もう一人の私』。今日は私の番なんだから。それじゃ『代行者』さん、お願いしますね」

 

 言葉にならない絶句が『もう一人の私』から発せられるも、それを無視して話を進める。もとい、最高に良い笑顔になっている『代行者』さんに語らせる。

 今、この機会を逃せば一生聞けない気がするし、何より当人の話したがらない事は他の人に語らせるしかない。

 

「そうですねぇ、少しだけ昔の話ですよ。まだ神咲悠陽が『魔術師』と呼ばれていない、いえ、型月世界の魔術師であると周囲に知られていない頃の話です」

 

 ……もうその時点で想像出来ないんだけど。

 だって、あの『魔術師』さんだよ? そんな私の表情を察したのか、『代行者』さんはにんまりと笑った。

 

「能ある鷹は爪を隠すという諺通り、神咲悠陽はその全能力を病的なまでに秘匿し、世に悲観的な全盲の少年を装っていた。――まぁ私だけは、彼が『第二次聖杯戦争』の覇者たる魔術師であるのではないかと確信を持てずに疑ってましたがね」

 

 ああ、そういえば『代行者』さんが代行者なのは、あの型月世界の『埋葬機関』出身だったからだ。信仰心とか欠片も無いけど、あの部署は信仰心よりも異端に対する殲滅力重視だった筈……。

 

「……ああ、テメェとアイツは一応同じ世界出身だったけ。その時は知っていても言わなかった癖に……」

 

 同じ思考に至ったクロウはげんなりとした顔でため息を吐いた。……恐らくは、『もう一人の私』に対する配慮、遠慮からだろうか?

 ……少し羨ましく思うと同時に、こんな事を聞いて良かったのだろうか、クロウに軽蔑されないだろうか、改めて疑問に思って揺らいでしまう。

 

「誰一人聞かれませんでしたからね。――尤も、現在と違い、彼の存在など当時は微々たるものでした。大局を見据えた際の小石程度の存在感です」

 

 それでもその私の知らない昔話は魅力的であり――毒を食らわば皿まで、最後まで聞き届けてから『もう一人の私』に誠心誠意で謝るとしよう。

 

「……全然想像出来ないね。という事は、『魔術師』さんは元々原作に関与する気が無かったんじゃ?」

「そうですね、当初の方針はそうだったのでしょう。ならばこそ、それは完璧な処世術と言えるでしょう。我が主の存在を感知しなければ、一生爪を隠したまま埋もれていたでしょうね」

 

 『代行者』さんが主と呼ぶ存在、管理局の影の支配者さんが暗躍しなければ、ずっと埋もれていた……。

 その場合は、私もまた此処に存在しなかっただろうなぁと複雑な気持ちになる。

 

「さて、問題です。セラ、そんな超一級のぐうたら社会不適合者を親身に介護したのは、一体何処の誰でしょうか?」

「ああ、其処から話繋がるんだ。……へぇ、それが『もう一人の私』だったの?」

「そうです、その通りですとも! 彼女がクロウ・タイタス以外の人物にはツンツンで素っ気無いのはご存知でしょうが、当時は彼だけが例外だったのですよ」

 

 いつになくハイテンションに語る『代行者』さんに、いや、その驚愕の過去話に私は驚きを隠せずにいた。

 

「え? ……デレデレ?」

「ええ、デレデレですとも。そうでしたよね? クロウ」

「オ、オレに振るなっ! この件に関しては黙秘権を使用する! だからセラも聞くなよ!?」

 

 慌てふためくクロウを尻目に、『もう一人の私』の方に意識を向けると――何の反応もない。それが逆に怖く思うのは気のせいだろうか……?

 あの『もう一人の私』がデレデレで無能装う『魔術師』さんを介護……!?

 ああ、何その混沌の極み、人間の想像力には限界というものがあって、想定外の事は一切思い浮かべないのだが……。

 

「――しかしまぁ、理想的な依存関係でしたよ。彼と彼女は。それが擬態であり、期間限定だった事を除けば、ですがね」

「……? 良く解らないんだけど?」

「果たして何方が依存していたか、という話ですよ」

 

 その『代行者』さんの意味深な物言いは不可解で、首を傾げる。

 だって、それは全盲装う『魔術師』さんが『もう一人の私』に依存している関係で終始していて、それ以上語る事は無いと思うのだけど?

 そんな私の顔を察してか、『代行者』さんはのんのんと首を振って否定する。

 

「あの当初、彼女は誰にも心を許さなかった。さぞかし二回目の死は凄惨な傷痕を彼女に遺したのでしょう。常に疑心暗鬼に捕らわれ、誰一人信用出来なかった」

 

 その『代行者』さんの意地の悪い悪意は完全に『もう一人の私』に向けられていたけど、僅かに眉間が歪んでしまう。

 二回目、つまりは『もう一人の私』の人生だが、彼女がどういう末路に至ったのか、私は知らない。

 けれども、私の一回目の生涯は――。

 

「自分より明らかに格下で、自分では何一つ出来ず、自分という存在に依存しなければ生きていけない。そんな条件を全て完璧に備えていた当時の神咲悠陽に依存するのは仕方がないでしょうね」

 

 『代行者』さんは「おそらく意図的に誘導されていたでしょうが」と付け足す。

 その時の『魔術師』さんの状況は『もう一人の私』に全てを委ねなければならないという状況(まぁ演技であるが)であり、そんな切羽詰まっている人しか『もう一人の私』は心を開けなかった。

 それほどまでに精神的に追い詰められているほど、彼女が辿った結末は――。

 

「まぁ私から言えるのはこれぐらいです。引き時を弁えないと『シスター』に殺されてしまいますからね」

「いやいや、その一線をアクセル全開で踏み越えておいて良くまぁそんな戯言吐けるな?!」

 

 全力で突っ込むクロウに対し、『代行者』さんは意に関せず、清々しいまでの笑顔で「良い仕事をした!」と言わんばかりである。

 彼の言う仕事はその殆どが他人に対する嫌がらせなのは周知の事実である。

 

「後はご本人の問題ですから。彼女が言い渋るようなら、私が喜んで代弁しましょう」

「あ、えーと、『もう一人の私』から『代行者』さんに伝言だけど――『明日覚えてやがれ』だってさ」

「おぉ、怖い怖い。それでは全力で逃げるとしましょう」

 

 

 

 

 朝食が終わり、セラが何処かに立ち去った後、今まで沈黙して(空気になっていた)八神はやては新たな議題を提示した。

 

「なぁなぁ、『魔術師』さんは何の為に偽装を解いたんかな?」

「ほう、興味深い事ですね、八神はやて」

 

 もちろん、真っ先に食いついたのは『代行者』であり、ヴォルケンリッター一同の視線が自然と鋭くなる。

 ヴィータに関しては「ガルルル!」と声に出して威嚇しているほどだ。

 

「主はやて、その者との会話は――」

「おやおや、随分と殊勝ですねぇ。まるで家臣の鏡のようだ。この前の道具じみていた様子が嘘のようで――随分と人間らしくなるものですねぇシグナム」

 

 率先して矢先に出たシグナムに、威嚇し続けるヴィータ、心配そうにしながらも嫌悪感の混じった視線を送るシャマル、無言で睨む狼形態のザフィーラ、主の背後で敵意を示すリインフォースを順々に眺めながら、『代行者』は醜悪に嘲る。

 

「やっぱりテメェは嫌いだ……!」

 

 ヴィータは感情のままに叫び、『代行者』はご褒美とばかりににんまりと笑う。

 まさしく『代行者』の在り方は害悪そのものであり、基本的にまともな会話は一切期待出来ない。

 

「私は大好きですよ。プログラムに過ぎない君達が滑稽にも人間を装う有り様は中々――おっと、本題は其処じゃないですね」

 

 本来ならもっとかき回して更なる嫌悪感を引き出す処だが、それ以上に面白い話題があるならそれを優先するのは彼の思考原理として当然極まる事だった。

 

「その疑問は何処から生じたものですか? 八神はやて」

「えとな、『魔術師』さんはそのまま偽装していた方が何でも出来たんちゃう?」

「え?」

 

 疑問符を真っ先に浮かべたのはクロウであった。

 

「おいおいはやて、そりゃどういう事だ?」

「だって、誰から見ても無力な人だったんでしょ? 誰にも気付かれずに暗躍し放題やん」

 

 あのまま『教会』の孤児院に居座って、誰にも気付かれずに至高の吸血鬼を使役しながら魔都に謀略を巡らす。

 そんな余りにも無理ゲーな状況を想像し、クロウの顔は一瞬にして真っ青になる。

 

「か、考えてみれば……うわ、それ超恐ろしいぞ!? んん? でも、何でそれしなかったんだ? アイツが考えつかないとは思えないが――」

 

 こんな自分でも気づける事をあの『魔術師』が気づいてないとは到底思えないが――。

 

「おぉ、クロウの癖に其処に気づくとは……!」

「何で本気で驚いてやがるんだ!? 張っ倒すぞ、テメェ!」

「? 褒めたんですよ」

「それで褒めたつもりなら余計性質が悪いわっ!」

 

 相変わらず『代行者』は『代行者』であり――基本的に色々と優秀でありすぎるが故に色々見失っているというか、見過ごしているというか、理解出来ていないというか、ともかくどう足掻いても人付き合い出来ない類の社会不適合者である。

 

「そうですね、『魔術師』神咲悠陽は敢えて表舞台に立ってその矢先を自分に集中させた。神算鬼謀の謀将、悪辣で冷酷無比の彼の行動原理から考えれば明らかな失策です」

 

 その手の暗躍がどれほど有効かは、彼の主、豊海柚葉が実証しているだろう。

 もっとも、彼女に自身の正体を完全に秘匿する、という意識があったかは別問題であるが。

 

「なら、逆に考えてみましょう。矛先を自分に向けさせる事が目的だったのなら――?」

 

 

 

 

 嘗て神咲悠陽が使っていたという部屋に一人乗り込み、使われていないベッドの上に寝転がる。

 此処なら、私と『もう一人の私』以外、誰もいない。

 

「……ねぇ、『もう一人の私』」

(……何ですか? 悠陽の事を更に聞きますか? ええ、今なら何でも答えて差し上げますとも)

 

 物凄くやぐされて自棄っぱちになった『もう一人の私』が恨めしそうに言う。『代行者』さんからの嬉々とした精神攻撃に大分参っている様子である。

 

「……違うよ。もっと重要な話。『もう一人の私』はさ、えと……どういう死に方をしたの?」

 

 その瞬間、言葉を発さなかった『もう一人の私』から様々な感情が伝わる。

 それはとても暗い感情、耐え難い無念であり、涙を打つような悲哀であり、例えようの無い絶望の色だった。

 そして私は、やっぱりと思うのだった。

 心当たりがありすぎた。転生者、それも『三回目』の転生者が抱える絶対的な法則――『一回目』の死は覆せない。形を変えて、姿を変えて、幾ら回避しようがより残酷な形で再現される。

 

(……『代行者』が推測した通りですよ。私は全てに裏切られ、惨めに殺された。私の手には何も残らなかった――私は、貴女を取り戻せなかった)

 

 そう、これが『もう一人の私』が一生涯、いや、今尚抱えた負い目。

 私が、記憶を消去される前に残した布石によって、『もう一人の私』は私を、いや、自分の記憶を取り戻そうと全てを賭けて戦った。

 でも、それは叶わなかった。だって、記憶を失って十万三千冊という途方も無い知識を刻まれても、『もう一人の私』は私なのだから――その死因からは逃れられない。

 

(……貴女は、いえ、失言です、忘れてください)

「ううん、それは駄目。私だけ言わないのはイーブンじゃない」

 

 そう、私と『もう一人の私』は対等じゃない。

 だからこれは、絶対に必要な儀式なのだ。喉がカラカラで、口内が乾く。死の香りが堪らなく不愉快であり、されども紐解く。

 

 私の、一回目の私の最期を――。

 

「――それは災害だった。地震だったのか、津波だったのか、台風だったのか、火事だったのか、あるいは全部だったのか、それすら解らない。けれど、街一つが呆気無く滅びるほどの災害だったんだ」

 

 それは本当に唐突で、何よりも理不尽で不条理な死だった。

 日常というものはこんなにも壊れやすいのかを、つくづく思い知らされた。

 ……今でも原因は解らない。そもそも何が起こったのか、全くもって把握出来ていない。いや、そんなのは関係無い。肝心なのは――。

 

「良く映画であるシーン、崩れた瓦礫に挟まって身動き出来ない状況。それでも私の傍には、私が最も信頼する人が居たんだ」

 

 それは一回目の世界における恋人だったが、今は顔も思い出せない。

 絶対記憶能力を得たのは次の世界での事であり、一回目の出来事は既に摩耗して薄みかかっている。……或いは、忘れたいからなのだろうか。

 

「一人ではどうにもならない。だから、すぐ助けを呼んで来るから待っていてくれ。私は彼の言葉を信じて待った。必ず彼が戻ってきて助けてくれると疑わずに――」

 

 怖かった。こんな状況で一人になったら、絶望した果てに発狂死しそうだった。

 でも、このままでは助からないのは明確であり、一筋の光明に賭けるのは当然の成り行きだ。

 

「数十分だったのか、数時間だったのか、事切れるまでの時間間隔は曖昧ではっきりしないけど――結局、彼は助けに戻ってくる事は無かった。当然だよね、あんな大災害で、他の人に構っていたら自分まで死んじゃうし」

 

 身動きの取れない私を見捨てて一人逃げ出したのか、彼もまた生還出来ずに犠牲者の一人になったのかは定かではない。

 でも事実として、誰も、誰も助けてはくれなかった。天に伸ばす手は何も届かず、その手を引っ張り上げる手もまた無かった。

 そういうものだと一回目の死で思い知らされた。涙を流しながら嗚咽し、絶望しながら死に果てた。だけど、その報われずに力尽きた手は――。

 

「――でも、クロウは助けてくれた」

 

 それはまるで奇跡のような光景だった。

 ボロボロになって傷だらけで血塗れなのに、まるで自分が救われたかのような笑顔を浮かべて差し伸べてくれた手は、何よりも暖かった。何よりも嬉しかった。

 

「また信じても裏切られるかもしれない。傷つくかもしれない。一回目のように、そして私の知らない二回目のように。――でも、それでも私はクロウを信じる」

 

 私にとって、クロウこそが『正義の味方』であり――同時に悲しくなる。

 彼が私だけの『正義の味方』ならどんなに良かったか。

 彼はこれからも無茶し続けるだろう。自分以外の誰かの為に、『もう一人の私』の為に、八神はやての為に、彼女を支えるヴォルケンリッター達の為に。

 そのちっぽけな力で、なけなしの勇気を振り絞って、どんな強大な敵が相手でも立ち向かってしまうだろう。

 

「だけど、私じゃクロウの助けになれない。私には、戦う力が無いから……」

 

 私では、彼の隣に立てない。支えられない。自身の無力さは何一つ変わらない、覆せない事実である。

 

「――だから、手を貸して、『もう一人の私』。だって、貴女には――」

 

 十万三千冊の禁断の知識がある。『魔神』と称されるだけの暴威を振るえる。彼の隣に立つだけでなく、強力に手助け出来る。

 この提案は、自らの主導権を『もう一人の私』に受け渡す行為であり――でも、やっぱり私は『私』だ。そんな腹積もりは、とっくの昔に見抜かれていた。

 

(貴女もですよ、セラ。貴女の方が私より優れている点は幾らでもあるのですから――)

 

 此処に至って、私達はようやく、対等の位置に付けたのかな、と我ながら小さく粋がって良いのだろうか?

 

「うん、それじゃ――一緒に頑張ろう」

 

 

 

 

「――、――」

『ふむ、余命二分三十六秒という処か。まぁ元々助けなんて来ないから関係無い事か』

 

 既にその少女の目に光はなく、彼は彼女を押し潰しているコンクリートの欠片に腰掛けながら独り言を話す。

 目も覆いたくなるような凄惨な災害現場にて、何一つ救おうともせず見殺すなど信じがたい行為であり、その精神性が既に人間から逸脱した――人外の領域にある事の証明でもあった。

 

『それにしても数え切れないほど――いや、正確には最初から数えてないが、まぁ把握出来ないほど無数に追放したが、行き着く世界は同じなのだろうかねー?』

 

 ケタケタ笑いながら『この世界にいつまでも縛られている私には永遠に解らぬ事か』と残念そうに呟く。

 

『ならば、こんな会話をしているのかな? 皆が皆、噂の吸血鬼たる私に殺された事をさ――』

 

 余りにも露骨な共通点だと、三つ編みおさげの少年は一人腹を抱えて哄笑する。

 その最中に、下敷きになった少女の命の炎は静かに燃え落ちていた―。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04/アナザーブラッド

 

 

 

 ――そして、『彼女』は失敗した。

どうしようも無いほど失敗して破滅した。盛大に、美しく儚く、残酷なまでに――。

 

 その敗因は何だったのだろうか。考え得る限り最善を尽くした。成就する為に全てを賭けた。全てを裏切った。世界を敵に回しても勝利する理を事前に用意し尽くした。

 全ては『彼女』の思惑通りに進んだ。あらゆる妨害を想定し、完全なる形で排除した。

 人智を踏み躙り、あらゆる不条理と理不尽を乗り越え、運命さえ手中に収め――本願成就まであと一歩の処で、最後の『敵』と相対する。

 

 ――それは、絶対に負けない勝負だった。

 ――それは、絶対に負けられない勝負だった。

 ――それは、絶対に負ける勝負だった。

 

「あ、あ、あ……!」

 

 言葉にならない絶望の怨嗟が鳴り響く。

 世界を狂わせ、彼方の地平を引き裂きかねない悲鳴は何処までも木霊していく。

 童女のように泣き崩れる彼女を、支える影は最早一つも無い。全て捨てて、全て失った。その果ての結末がこれである。

 

「――これ以上無く上手く行った。

 ――望める限り最上の状況を作り上げた。

 ――それでも失敗した。やっぱり『彼』に覆されてしまった」

 

 あと一歩、あと一歩で事を成就出来た。 

 しかし、その最後の一歩が何千何万何億回と繰り返そうとも辿り着けないのならば、もはやそれは『不可能』と呼ぶべきではないだろうか?

 気づいていない筈はあるまい。それを誰よりも痛感しているのは『彼女』自身であり、だからこそ誰よりも否定しなければならないのは皮肉以外何物でもない。

 

「いい加減、もう諦めたら? 貴女は結局――」

「……五月蝿い。五月蝿い、五月蝿い五月蝿いッ! 私は諦めないッ! 絶対に、絶対に……! ……次こそは、次こそは――!」

 

 ――そう、元より『彼女』に諦めるという選択肢は用意されていない。

 全ての発端が『彼女』の原初の罪であるが故に、『彼女』は未来永劫、過去永劫、自分自身を許す事が出来ない。

 

「……どの道、今回の記憶も封印ね。この結末は、貴女には辛すぎるから――」

 

 諦める事を許されていないから、この終わり無き悪夢は永遠に続くだろう。

 いつか念願叶い、全てを無かった事にするその時まで、少女は狂う事すら出来ずに孤独に踊り続けて、希望という名の地獄の炎に身を焦がし続ける。

 

 ――曲がりなしにも『彼女』は『善』ではない。その対極の『悪』である。世界の怨敵、秩序の破壊者、憎しや憎し全ての元凶――けれども今は、哀れでしかない。

 

 次の回が始まる。幾多の想いに鍵を閉め、狂いに狂った終わり無き輪廻転生がまた――しかし、今回は少し違った。

 

「――おや? これまた珍しい。いやはや、私が発生して以来、初めてのケースかな?」

 

 

 

 

「――という事がありまして」

『おやおや、夜天の書の主ともあろう者が従者を御せないとは情けない』

 

 その日、八神はやてはとある事を相談する為に『魔術師』に電話した。

 もしもこの事をクロウが知ったなら即座に電話を切らせて『魔術師』の危険性と有害性を切実なまでに説くだろう。

 だが、この場に他にいるのは従者の如く、傍らで心配そうにするリインフォースだけであり――クロウとヴィータの激突の一件を、『魔術師』は興味深そうに聞き、尚且つ此方の意図を察しているんだろうなぁとはやては感じていた。

 

「……はは、手厳しいお言葉で。でも、私もクロウ兄ちゃんに危険な目に遭って欲しくないけど、クロウ兄ちゃんは何処までも突っ走って行っちゃうんだろうなぁ……」

『クロウ・タイタスは理解者には恵まれているようだな』

 

 皮肉ではなく、心底そう思っているかのように『魔術師』は相槌を打つ。

 八神はやてと『魔術師』の縁はほとほと奇妙なものだと彼女自身も思う。

 

(……はやて、今でも『魔術師』に相談するのは反対なのですが……)

(大丈夫や、リイン。油断出来ない相手というのは最初の前提からで、それでも話せば解る人だし――)

 

 念話でのリインフォースの忠言を首を小さく横に振って微笑みかける。

 時には刺客を差し向けられて殺そうとしたり、時には謀略の手を差し伸べて駒の一つとして使ったり、時には彼女の家族の一人を救う為に無条件に一肌脱いだり、極めて受動的で変化の激しい縁である。

 それでも、昨日の敵が今日の味方になるのは魔都海鳴ではありふれた出来事である。逆も然りであり、むしろその方が多いような気はするが――。

 

『それで相談事の本題はクロウ・タイタスを手助けしたい、守護騎士達に一戦力として認められるように、何かしらの方法で協力したいという事柄で良いのかな?』

「うんうん! 流石『魔術師』さん、話が早いわぁ」

 

 少しだけ沈黙する。電話越しの相手は何やら思考しているようであり、どのような結論になるのか、はやては少し緊張しながら待ち続ける。

 やがて、考えが纏まったのか、電話越しの『魔術師』は口を開いた。

 

『クロウ・タイタスに足りないものは二つある。致命的な欠落であるが故に、彼は『大十字九郎』には絶対届かない。さて、それは何だと思う?』

 

 ――『大十字九郎』。クロウ・タイタスが今でも憧れる人。彼には出会った事が無いらしいが……。

 クロウ曰く――宇宙の中心で世界一カッコ良いロリコン宣言した偉大なる『正義の味方』、と凄いのかどうか良く解らない説明の、アル・アジフの永遠の伴侶。最後の『死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)』。

 

「……魔力不足、魔力の絶対量が少ないってクロウ兄ちゃんも言ってた」

『そう、言うなれば才能の壁だ。生まれつき強大な魔力を持っている君には無縁の話だがね』

 

 ……そう言われて、割りと真面目に申し訳無くなる。

 才覚とは天から授かるものであって、当人にはどうしようもないが、自分なんかの魔力が半分でもクロウにあれば、あるいは――『魔術師』なら即座にこう答えるだろう、余りにも無意味で不毛な仮定であると。

 そんな事に思考を費やすなら容赦無く落第点を出すんだろうなぁと、『魔術師』特有の他人を無造作に試す意地悪な言葉にはやては苦笑する。

 

「もう一つは、アルちゃんの存在――」

『その通り。今の彼には『アル・アジフ』の存在が欠けている。幾ら原本に限り無く近い写本を持っていようが関係無い。……半端者と落伍者が組み合わさって漸く一人前だったのにな』

 

 内包する魔力貯蔵量と幾多の戦場を共にしたパートナーの不在、これが客観的に見て戦闘者としてのクロウ・タイタスが抱える二つの問題である。

 果たして、『魔術師』でもこの二つを解決する名案はあるのだろうか――と、唐突に、一つの光明が思い浮かぶ。

 

「――あ、『魔術師』さん! 私、思いついたよ!」

 

 問題を再確認して、自分の持ち得る環境を最大限に考えて――理想的な打開策が思い浮かぶ。

 はやては電話を手にしながら、背後に付き添うリインフォースの方に振り向いた。

 

「リイン、クロウ兄ちゃんとユニゾンは可能!?」

「……そうですね、相性次第ではユニゾンも可能かと――」

 

 それは古代ベルガの遺産ともいうべき『ユニゾンデバイス』、融合騎と術者が文字通り『融合』し、魔力の管制・補助を行うものであり、この形式ならば他のデバイスを遥かに超越する反応速度や魔力量を得る事が出来る。

 つまり、魔力量の問題も解決出来る上に、リインフォースの補助が付くという最高の解決策である。だが――。

 

『それは絶対に駄目だ、試行錯誤する事すら大惨事になる』

 

 間髪入れず、しかも深刻な音色を籠めて、『魔術師』は断固否定する。切羽詰まっている、というよりも、鬼気迫るという具合である。

 

「え? ……『魔術師』さん、それはどういう――」

『相性以前の問題だ。クロウ・タイタスと不用意にユニゾンすれば、融合騎の精神と魂が完膚無きまで汚染されて破壊されるぞ』

 

 ……確かに融合騎は術者の融合適正次第で『融合事故』の危険性・事故例があるというが、『魔術師』の言葉からはやる前からの抑止の言葉とは思えないほどの危機感が篭められている。

 

「お言葉ですが、私は並大抵の事では――」

『その並大抵という秤から逸脱しているのだよ、クロウ・タイタスは。あれの前世も、あれ自身もな――』

 

 リインフォースのフォローとも呼べる言葉すら即座に否定し、はやては思わず「?」と首を傾げてしまう。

 つまりは『魔術師』側と八神はやて側で、情報量の差があるという事に他ならない。電話越しの相手により一層耳を傾ける。

 

『八神はやて。君は『魔物の咆哮(アル・アジフ)』を単なる少女として認識しているのだろうが、あれは外道の知識の集大成たる狂気の魔導書――常人が迂闊に閲覧すれば、ただの一頁すら耐え切れずに魂が発狂するぞ? 例えそれが二次的、他人の記憶というフィルターを通してでもな――』

 

 いまいち実感出来ない事だが、これだけ念を押してあの『魔術師』が止めるあたり、はやての想像を超えるほどまずい事なのだろう。

 そう解釈すれば、事の重大さを共有出来る。秤の種類は違うが、それだけは絶対的に信頼出来る事柄である。

 

「……一石二鳥の手だと思ったんやけどなぁ」

『そんなに簡単に片付くほど、物事は単純ではないさ』

「……うぅ、何とも実感の篭ったお言葉で」

 

 ともあれ、未然に重大事故が防がれたとは言え、また振り出しに戻る。

 そういう点では既に『魔術師』に相談した事は正解だった、と前向きに考えて行こうとはやては自分を鼓舞する。

 

『最強の魔導書『アル・アジフ』の代役など誰も務まらない。ましてや、彼女を超える解決案を表示しろと君は言っているんだぞ? それを二重に解決する策など……ふむ、或いは――』

「え? 嘘、何かあるん?」

 

 幾ら『魔術師』と言えども、某青い猫型ロボットのようにそんな都合良く解決策を提示出来るとは思えないが――その心当たりを簡単に思い浮かぶあたり、流石は音に聞こえし『魔術師』と評するべきか。

 

『オリジナルたる『アル・アジフ』、いや、ネクロノミコンはあの世界で一番有名な魔導書さ。それこそ『写本』など幾らでもある。ギリシャ語版、ラテン語版、不完全な英語版、変種たる機械語版、そして――』

 

 一部、それは書物になるのだろうか、と疑問に思うものもあったが、端折らずに耳を澄ませて聞き届ける。

 その、今までの写本とは根本的に違う異質の何かの名称を――。

 

『――ネクロノミコン血液言語版』

 

 

 

 

 ――『彼女』の『血』は識っている。

 あの『無限螺旋』での、終わり無き熾烈な死闘の数々。在り得ざる世界として否定されたその全てを、一部始終を――。

 

 それはその一頁。端の端の端、本筋に至る前の脇役達の物語。数多に存在した『死霊秘法の主』達の苛烈なまでの生き様、熾烈なまでの死に様の記述。

 それはその中でも端の端の端の端、最も脆弱だった主の、最も過酷な戦い。

 

(――情けない。頼りない。弱い。脆い。足りない。無い、無い無い無い無い、まるで無い――)

 

 邪悪との熾烈な死闘を繰り広げた歴代の主の中で、最も無様な物語。

 だからこそ『彼女』は疑問に思う。この主はどうして『死霊秘法の主』になったのか――?

 

(邪悪に対する正しき憎悪? 昏き深き復讐心? 単なる偽善? どれも違う――) 

 

 その主には何も無かった。世界を犯す悍ましき邪悪に対抗する理由が無かった。隠秘学を少々齧っているだけの、何の変哲も無い人間に過ぎなかった。

 

(――そう、これは『お母様(オリジナル)』と契約した事で悪夢に沈んだ絶望の物語。それなのに何故――)

 

 本来は『彼女』にとって思い返す機会さえ無いほど脇道の物語。

 けれども彼は、『クロウ・タイタス』は、歴代の『死霊秘法の主』の中で唯一再契約した者、次代の主が誕生する事は前代の主の死を意味するのに、再び『死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)』になった者。

 『無限螺旋』の最果てで至った『最悪の結末(バッドエンド)』を覆した最大の要因。邪神の脚本を完膚無きまでに覆した史上最大級の『ご都合主義の寵児(デウス・エクス・マキナ)』。

 

(何故、何もかも台無しにする最低最悪の『大根役者(ジョーカー)』に成り得た? あの呪わしく忌々しい『邪神』の策略を打ち砕く一手に成り得たの――?)

 

 『這い寄る混沌』の企みによって宇宙に外なる邪神達が解き放たれ――『魔を断つ剣』は折れて存在すら否定され、最後の『死霊秘法の主』である大十字九郎は絶望すら朽ち果てる悪夢の宇宙で消滅する筈だった。

 

(『ご都合主義の寵児』の手には『魔を断つ剣』が再び、そして『正』と『負』の極限の衝突によって消滅した『■■■■■■■■■』を再構築して統合して――)

 

 それは荒唐無稽な大逆転劇、既に終わった暗黒神話を引っ繰り返す、奇跡という言葉すら馬鹿馬鹿しい問答無用のハッピーエンド。世界の中心で夢見る神様ですら消し去る事の出来ない――いのちの歌。

 

(解らない、分からない、判らない――)

 

 物語の紡ぎ手たる『彼女』が物語を、物語を紐解く。一つ一つ丁寧に、『彼』の物語を紐解いていく。

 それが世界間を移動する際の、字祷子(アザトース)の乱流を奔る際の恒例行事になったのはいつからだろうか。

 と、引き伸ばされていた時間が急速に圧縮されていく。良く慣れ親しんだ、忌み嫌った実世界での顕現の前兆だった。

 

(……もう次の世界? せっかちな早漏さんねぇ――)

 

 『彼女』が紡ぐ物語は『彼』の物語は真逆、救われざる物語、呪われた蛭子の怨念の物語、悪徳の坩堝――。

 次なる遊戯場を『彼女』の色に染め上げてよう――そして新たな世界に立つ。

 

「――?」

 

 最初に感じたのは風、次に音、そして光。

 今回は比較的文明の進んだ街並みであり、普通に人間の住まう世界である事が実に喜ばしい。

 これから紡ぐ物語に恋い焦がれ、生を謳歌する全てを呪いながらも――何処か違和感を覚える。

 

「私は、この世界を知ってる……?」

 

 自身の顕現と同時に血の臭気に犯され、瘴気の風が吹き荒れるほど清浄な世界なのに、異質の魔の気配が其処ら中に漂っている。

 夜の街には只ならぬ魔性の雰囲気が見え隠れする。此処まで歪んでいるのは珍しい。幻都倫敦、魔都上海、帝都東京に匹敵するほどの魔的で妖的で異形で怪異な属性を感じる。

 

「あ、は。ははは。そう、そうなの、随分と気が利いているじゃない……!」

 

 『彼女』は調の狂った甲高い声で嘲笑う。本命ではないにしろ、この世界は待ち望んでいた世界に違いなかった。

 大黄金時代にして大暗黒時代にして大混乱時代の混沌都市『妖都櫃夢(アーカム)』とは別ベクトルの、混迷とした気配――それを『彼女』は知っている。『彼女』の『血』が識っている。

 

「――魔都海鳴。此処に、あの『彼』が居る。此処に、『お母様』に最も近い『ネクロノミコン』がある」

 

 ごった煮の多種多様の魔の気配、それに混じって――懐かしの気配を感じ取る。間違える事など在り得ない。『オリジナル』に限り無く近い写本が、此処にはある。

 今回は如何なる趣向でこの世界を犯し壊し弄ぶか――残念な事に、『彼女』の選択肢は少ない。

 

「……っ、はぁっ、あぁっ……! こんなにボロボロになるまで激しく責め立てるなんて、『騎士殿』は相変わらずはしたないわねぇ……!」

 

 前回の敗北は余りにも、元々不安定だった『彼女』の存在を更に希薄にしてしまった。

 忌まわしき『騎士殿』、度し難い『ドンキホーテ』、その影(シャドウ)たる『彼女』はいつになく消耗し停滞し泡沫となっている。

 

「――あはっ」

 

 されども、『オリジナル』に限り無き近い写本を術式に組み込めば、『彼女』の存在は今まで以上に強固となって実世界に定着し、『彼女』の物語で世界を犯す事も意のままになる。

 

「――物語を創(はじ)めましょう。でたらめを入れて、語りを遮りながら、ゆっくりと一つ一つ、風変わりな出来事を打ち出して、『物語』を育みましょう――!」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05/大十字九朔

 ――『闇の書』の防衛システムを完膚無きまで破壊した夜の事。

 

 予想外の出し物(スタンドで殴って飛び出た紫天の書の三人娘)があったものの、転生者による狂乱の宴は無事終わり、締め括りは一人の魔導探偵と魔導書に委ねられていた。

 

「……アル・アジフ。お前の助けではやてを無事救う事が出来た。こんなオレでも、誰かを救えた――」

「……違う。妾の力じゃない。クロウが最後の最後まで諦めなかったからこそ掴めた――必然の勝利だ」

 

 アル・アジフはいつものように不遜に、堂々と胸を張って勝利宣言する。

 そんな彼女の姿が余りにも様になっていて、クロウから笑みが溢れる。されどもそれは何処か寂しさを伴ったものだった。

 

「その台詞をお前の口から実際に聞けるとはな。感慨深いもんだ――うん、だから、オレの方は大丈夫だ」

 

 此処にマスターとサーヴァントの契約は満了した、とクロウは満足気に笑う。

 それに一番驚愕したのは、事もあろうにサーヴァント側の彼女自身だった。

 

「馬鹿を言え! この魑魅魍魎が跋扈する『魔都』で何をほざくっ! 汝程度など一日足りても生存出来んぞ!」

 

 彼女は真剣に怒っていた。頼りない主の暴挙を咎めるように、真摯にその身を心配して。

 その事に関しては心から嬉しいが、だからこそ、彼女をいつまでも此処に縛り付ける訳にはいかなかった。

 

「――アル・アジフ、お前の本当の『主』は、オレじゃない。大十字九郎の下に早く戻ってやれ、いつまでも出待ちされてちゃ流石に可哀想だぜ」

 

 クロウの中に惜しむ気持ちが無いと言えば真っ赤な嘘になる。

 クロウとて、彼女に居なくなって欲しくはない。それは打算的な考えで言えば世界最強の魔導書たる『彼女』を保有するという戦力面・知識面での充実もあるし、それ以外の事でもある。

 

 ――されども、その気持ちを形にする事は絶対に無い。尾首も出さないと、最初から決めている事だ。

 

 クロウ・タイタスがアル・アジフの事を『アル』と呼ばないのは、彼女の真の主足り得る人物が『大十字九郎』であり、自分自身じゃない事を強く自覚しているからだ。

 そもそも彼の二回目の人生は魔導書『アル・アジフ』を彼の元に届ける為の戦いであり、ならばこそこの別離は必然のものだった。

 彼女とて、一分一秒でも早く、最悪の結末に至って邪神に弄ばれている大十字九郎を助けたい筈だ。

 

「――また妾に、汝を見殺しにさせる気か……?」

 

 だが、その自分自身を納得させたい論理的思考は、目の前の少女の今にも泣き崩れそうな顔で破綻してしまう。

 彼女は邪神との終わり無き死闘で、幾多の主を看取った。彼等の苛烈な生き様を、彼等の凄絶な死に様を、全て焼き付けてきた。

 今でも彼女は歴代の主を敬愛し、信仰し、尊敬している。自分もその一人である事は誇らしく、何よりも嬉しく、同時に困ってしまった。

 

 二人の話が平行線になったその瞬間――待っていたと言わんばかりに口を出したのは、やはりあの男だった。

 

 

「つまりはクロウ・タイタスに何かしらの『力』を残せたら安心して旅立てる、という訳だな?」

 

 

 この宴の黒幕にして首謀者、両眼を瞑りながら全てを見通したかの如く邪悪に嘲笑う『魔術師』神咲悠陽だった。

 

「……いやさ――空気読めよ?」

「読んだとも。涙頂戴の三文劇をハンカチ片手に傍観して絶好のタイミングで此方の本題を切り出したじゃないか」

 

 クロウの真っ当な文句に『魔術師』は悪びれもせずのたまう。

 思いっきり顰蹙を買うが、この底の見えない男の解決案がどのような代物か、出来る事なら聞きたくないが聞かずにはいられなかった。

 

「……腹案があるようだな、『魔術師』」

「おや、君のような高名な魔導書から『魔術師』と呼ばれるとは至れ尽くせりだね。勿論、初めから用意しているとも。それが私にとっての利だからな」

 

 うわぁと、クロウとアル・アジフはジト目で『魔術師』を睨みつける。だが、視界を閉じている彼には視線など一切関知しない。

 胡散臭い事、この上無し。事ある毎に自分達を謀略で排除しようとした人物からの提案を疑念100%で耳を向ける。

 正直、口車に乗せられる事は間違いないので聞きたくなかったが、それでも尚聞かずにはいられないのは彼の悪辣極まる知謀から吐き出される猛毒が悪い意味でも良い意味でも状況を一変させる『劇薬』に違いなかったからだ。

 

 

「令呪は二画残しているな、クロウ・タイタス。ならば、それを上手く使えば原書に限り無く近い写本ぐらい作れるだろうさ。――その材料は此方で全て用意しよう。使い果たして排出された『ジュエルシード』は私が回収しよう。それぐらいの報酬はあって然るべきだろう?」

 

 

 その発想は無かった、というぐらいの一石二鳥の名案である。

 この提案が『魔術師』から齎されなければ、疑う余地無く飛び付いたであろうが、発案者が彼である以上、綺麗すぎる建前の裏のどす黒い思惑などあって当然である。

 

「うっわぁー、怪しい点と突っ込みどころしかねぇ!? 一体何を企んで何を仕掛ける気だ!?」

「当然何か企んで何か仕掛けるとも。君とアル・アジフの美しい主従関係に心打たれて無償で協力する、などという世迷い事よりは遥かに信頼出来るだろう? それぐらいしか此方にメリットが無いしな。これは君達にとっても悪い話では無いと思うがね?」

「いやいや、堂々と仕掛けるとかほざいておいて『はい、そうですか』って頷く馬鹿が何処に居るんだよ!?」

 

 ……確かに、百歩譲って冷静に考えれば、アル・アジフほどの力有る写本を作ろうとして、それに相応しい素材を集めるなど如何程の時と労力・資金を必要とするだろうか。

 そんなのは全くもって見当も付かない。クロウの前世ならともかく、此処は邪神の脅威に晒されていない真っ当な世界、其処から彼の世界由来の代物を集めるなど砂の海に落ちた真珠を探すような話だ。

 だが、目の前の『魔術師』なら、短期間で用意出来るだろう。問題は、そのメリットを補い余って圧倒的に上回るデメリット、不明瞭なまでに隠されている『魔術師』の思惑である。

 平然と日常的に即死級の罠を仕掛ける性根の持ち主だ、安心出来る要素など三千世界を探しても見つかりはしない。

 

 断固拒否の姿勢を崩さないクロウを察してか――『魔術師』の口先は、彼と同じぐらい思い悩んでいるアル・アジフに向けられた。

 

「その仕掛けを事前に完全排除すれば、無償で力有る魔導書作成の素材が手に入るんだ。安いものだろう。――それとも、あれかね? あの『アル・アジフ』ともあろう者が、私如きの些細な魔術的な仕掛けすら見抜けなんだのか?」

 

 クロウよりもアル・アジフの方が御しやすいと判断したのか、だが、その程度の挑発に乗る彼女では「やはり『ナコト写本』より劣るのかね? 世界最強の魔導書よ」――あ、これまずい、と彼女の方に振り向いた時には全て遅かった。

 

 ――それはもう、正統派美少女ヒロインとしてどうよ?という悪鬼羅刹の形相を浮かべた彼女が居た。

 

「――言ってくれた喃(のう)小童っ! 良かろう、貴様の小賢しい仕掛けなど一つ残らず木っ端微塵に粉砕してくれるわァ!」

「いや、ちょっと待て! 勝手に了承するなアル・アジフ!?」

 

 斯くして『魔術師』から齎された魔導書作成の素材を三日三晩――アル・アジフがプライドを捨ててまで『禁書目録』たるシスターの協力まで付けて――入念に吟味した後、巧妙に辛辣なまでに隠されていた致死級の罠を見事取り除き、彼女の分身たる写本が完成した経緯である。

 

 

 

 

『――ネクロノミコン血液言語版?』

 

 さもありなん、そんなものを書物と呼べるだろうか、電話越しの八神はやての疑問の声は当然のものであり、『魔術師』が意図的に隠蔽した情報に気づいた様子は無い。

 もっと解り易く言えば『半人半書』だが、それでは余りにも解り易いヒントなので敢えて伏せる。原作、『斬魔大聖デモンベイン』の続編たる『機神飛翔デモンベイン』にもあった言葉遊びである。

 

「まぁ万が一『彼女』がこの世界に訪れようなら大惨事確定だがね。必然的に『彼』も来るだろうし、被害規模は跳ね上がる一方だろう。邪神の脚本『血の怪異(カラー・ミー・ブラッド・レッド)』に巻き込まれるなんざ御免被るよ」

 

 クロウ・タイタスとアル・アジフとの契約を解消させる事で海鳴市に残る最後のサーヴァントを、最大の脅威たる鬼械神を無血で排除したというのに、別の鬼械神持ちの魔術師の到来など本末転倒も良い処である。

 

「世界を超えて英雄『三世村正』が襲来した。とある『第八位の超能力者』が一時的に迷い込んだ。『第二の魔法使い』に拉致られた。ふむ、となると『彼女』達がこの世界に現れる可能性もゼロではない――」

 

 だが、此処最近の魔都海鳴市は外なる、別の並行世界からの脅威に晒されている。

 元々そういう土俵がある世界ではある。公式でFateの平行世界の物語である『プリズマ☆イリヤ』とのコラボがあったぐらいである。

 

(……うわぁ、凄まじく嫌な事を思い出した――)

 

 ――もっとも、そのコラボ通りにあの世界で魔法少女やっているイリヤスフィール達が訪れた場合、必然的に、『魔術師』にとって最も忌まわしい記憶の一つとして封じられているあの『杖』も一緒に現れる事を意味しており、もしもそんな事が起こったのなら『魔術師』は絶叫と悲鳴を上げながら全身全霊であの『杖』を木っ端微塵に破壊しようとするだろう。

 

(うん、忘れよう。忘れたい。よし、忘れた)

 

 遠坂家の屋敷を踏み躙って宝石剣の設計図を探した折、誤って手にとってしまっていつぞやの四月馬鹿企画のようなあざとい魔法少女姿になってしまった自身のサーヴァントを、『魔術師』は全力で忘却しようと自己暗示までして努める。

 

「いいかい、八神はやて。『彼女』がこの世界に辿り着いたのなら、真っ先にクロウ・タイタスを襲うだろう――正確には、彼の持つ限り無くオリジナルに近い『ネクロノミコン』の写本を奪いにな」

『え? どうして……!?』

「あれの存在は不確かなのさ。宇宙の中心で夢見る神様の泡沫の幻の如く。その存在を世界に結びつける為に必要なのさ、自身に近い存在が――」

 

 未だに生まれ出ない『半人半書』の『影(シャドウ)』、その存在は極めてあやふやであり、だからこそ同質の魔導書『ネクロノミコン』を求める。

 

『その大惨事っちゅうのは、どれぐらいの……?』

「そうだな、あの写本にも『無限螺旋』の記憶があるし、此処での戦いも記憶している。あの世界で存在否定された邪神達も押し寄せるだろうし、最悪の魔術結社『ブラックロッジ』の鬼械神持ちの魔術師も何人か出現するだろうし、魔都で嘗て出現した『ワルプルギスの夜』や救済の魔女『クリームヒルト・グレートヒェン』までも復活するかもな」

 

 『ネクロノミコン血液言語版』、『半人半書』の赤い少女、英雄狂(ドン・キホーテ)の影――『アナザーブラッド』にあの写本が渡れば、この次元世界など瞬く間に邪神の脅威に犯され、死の滅びよりも凄惨な結末になるだろう。

 

 

『ええと、何だか余り実感湧かないけど、世界規模とか宇宙規模まで事態が発展しそうなのは解ったんやけど――どうして『魔術師』さんはそんなに危機感抱いてないん?』

 

 

 ほう、と『魔術師』は少女の成長振りに感心する。

 八神はやては早期からクロウ・タイタスと関係を持ち、『教会』の者達と幾多の修羅場を超えてきた。言うなれば、最も原作から乖離していると言っても過言じゃない。

 原作通りの彼女ならまず気づけない、良い着眼点である。聞き手からの楽しい指摘だ、これでは囀る口も軽くなるものだろう。

 

「良い疑問だ。あと一歩で合格点をあげれるね。其処から思考を少し発展させれば答えに辿り着ける筈だ」

 

 既に答えは彼女自身が言ったようなものだ。

 『魔術師』は期待を込めて待つ。沈黙の時すら愉しんで。

 

『――危機感が無いというよりも、危機として感じてない? 完全に対策済みって訳?』

 

 正解である。既に脅威に成り得ないように手を施しているが故の余裕であった。

 

「外道の知識の集大成たる『ネクロノミコン』の写本、それが存在する際のリスクなど百も承知さ。大抵ろくな事になるまい。それを最後のサーヴァントに無条件で退場して貰う代償に強力に手助けしてやったのに対策を練っていない筈が無いだろう」

 

 『魔術師』にとって、クロウ・タイタスとアル・アジフとは絶対に戦闘したくない組み合わせである。

 どう足掻いても鬼械神の相手など不可能であり――クロウ側からすれば生身の人間をデモンベインで潰すなど論外も甚だしいが――故に矛を交えぬ戦いで排除するしかない。

 

『……あー、でも、あいや、何でも無いですっ』

 

 はやては気まずそうに、されども言葉を濁す。

 大方、見せ用の一つ目の仕掛けを排除した事を言いたいのだろうが、それは何一つ問題無い。

 『魔術師』が施した本命の仕掛けは特定状況下でなければ発覚しない類のものである。

 

「はやて。万が一、ネクロノミコン血液言語版――いや、『アナザーブラッド』が君達の前に現れたのなら、トドメは君が刺すんだ。クロウには出来ないからな」

 

 打つべき手は全て打っている。後は、その結果の後始末である。

 それをまだ九歳の彼女に引導を渡す事を託すなど、良心の呵責という犬にでも食わせればいい要素の他に、自分から不確定要素を増やすような行為である。

 

『……それは、クロウ兄ちゃんが力不足だから?』

「いいや。あの世界の魔導書に宿る精霊は、どいつもこいつも『アル・アジフ』のようなつるぺたロリ少女だからだ」

 

 『魔術師』の冗談混じりの誤魔化しに対し、はやては『あー、なるほどぉ……』と全く疑う余地の無く納得した反応を示した。

 日頃の行いは斯くも大切なものである、と『魔術師』はクロウに僅かながら同情する。

 

 ――不意に、少し遠くから奇妙な爆発音が鳴り響く。その音は電話越しからであった。

 

「……何の音だ?」

『クロウ兄ちゃんの部屋の方から……!? ごめんなさい『魔術師』さん、また今度ッ!』

 

 ツーツーツーと、通話の途絶えた証明たる無機質な音が鳴り響き、『魔術師』は携帯電話を畳み、思案に耽る。

 それは余りにもタイミンが良すぎる異変であった。まさかという思いよりも、やっぱりかという思いの方が存外に強かった。

 

「口は災いの元、それとも語る言葉から災いが寄ってくるのか――」

 

 

 

 

 ――『彼』が『教会』の孤児院の何処の部屋に居るのか、彼女の『血』は識っている。

 

 神を信仰する『教会』の不可侵なまでの神聖さは、彼女の出現と同時に血の瘴気を孕む異界の風に犯される。

 世界を侵す邪悪が清浄なる世界を蝕み続ける。

 そんな悲鳴のような亀裂を、怪異と異変の専門家である『彼』が気づかぬ筈も無い。

 ベッドに寝転がっていた『彼』は即座に起き上がり、術衣形態 (マギウス・スタイル) を取って部屋の窓際の虚空を睨みつける。

 

「――何者だ!」

 

 何処からか頁が舞う。紙片は部屋中に乱れ舞い、やがて一つに収束する。

 それは血のように赤い少女だった。この世界には存在しない筈の、彼の前世に存在した邪悪の化身だった。

 それなのに、何処か別離したあの少女の面影を残す、少女だった。

 

「こんばんはぁ、探偵さん」

 

 調が外れたような甲高い声で挨拶する。透けている赤いスカートをたくしあげて、妖艶に嘲笑って――。

 

「んな……!?」

 

 『彼』のその絶句が如何なる意味を秘めていたのか、赤い少女は考えなかった。

 意味があるとすれば、此処まで明確な敵対者を前に、戦闘者として幾多の修羅場を超えてきた彼が在ろう事に致命的な隙を生じさせた事である。それを見逃すほど彼女はお人好しでなければ、今の彼女にそんな余裕も無なかった。

 

「――縛られるのはお好み? それとも縛る方かしらぁ?」

 

 ――『彼』が気づいた時には、既に全身を拘束された後だった。

 部屋中に巣を構築し、まとわりついて拘束する魔力の糸の正体を、『彼』は驚愕と共に瞬時に看破した。

 

「アトラック=ナチャ!?」

 

 それは『アル・アジフ』に記述された旧支配者の一柱、巨大蜘蛛が織り紡ぐ終焉の糸。『彼』も好んで使用する術式の一つである。

 既にこの時点で王手詰み(チェック・メイト)だった。術衣形態の『彼』にこれを強引に振り解く力はあれども、その合間に少女は『彼』の術衣形態そのものを解呪(ディスペル)出来る。

 通常の魔導書であるならば、そんな真似は絶対に出来ない。最高位の魔導書である『ネクロノミコン』の強力強固な魔術を紐解くなど不可能である。

 だが、同じ『ネクロノミコン』である彼女にとって、暗号解読して術式介入するなど朝飯前だった。

 

「本当はもう少し貴方と会話したかったのだけど――ちょっとだけ後回しするわね?」

 

 赤い少女は無造作に歩み寄り、その指先を『彼』の胸元に優しく突き刺し、無慈悲に術式介入する。

 頁の紙片になって術式が紐解かれ、魔導書に戻った『彼』の『ネクロノミコン』が赤い少女の手に収まる、筈だった。

 

 ――彼女の誤算は術式介入した直後に現れた。

 

「!?」

 

 燃えるような反発、生じる逆侵食。

 術衣形態から湧き出るように展開された幾千幾万幾億の魔術文字は配列を変えながら蠢き、その極大の悪意を形にした一文となる。

 

 ――健康と美容のために、食後に一杯の紅茶を。

 

 銀河英雄伝説で『魔術師』ヤン・ウェンリーが難攻不落のイゼルローン要塞を放棄する際に仕掛けた囮の時限爆弾とは別の本命の罠。

 中枢コンピューター制御システムに秘密裏に仕込まれた停止コードがその一文であった。

 

「――ッ、ああああぁああああぁ!?」

 

 少女の悲鳴が部屋に轟き、部屋の壁際まで吹き飛ばされて背中から衝突する。

 一体何が起こったのか、目の前に居ながら完全に把握していない『彼』は驚愕と共にその光景を見るだけであり――『彼』を縛るアトラック=ナチャの魔力の糸は音も無く消え去った。

 

「なっ、一体どうしたんだ!?」

 

 そして『彼』はある異臭を嗅ぎ、眉を顰める。

 この血のように赤い少女が纏う鮮血の瘴気ではなく、それらがちりちりと焦げる錆鉄のような異臭であり、部屋の床に倒れ伏す赤い少女の肢体は無慈悲に現在進行形で焼かれ続けていた。

 

「……っ、此方の『術式介入(ハッキング)』に対す、る、『対抗術式(カウンタートラップ)』……!? そんな、私の、いえ、『お母様(オリジナル)』の知らない術式が記述されてるなんて――」

 

 赤い少女は予期せぬ理不尽に怨嗟の声をあげ、声にならぬ悲鳴をあげる。

 何故、何故、何故、そして少女はこの悪意が誰のものかを、瞬時に悟る。

 

「――『魔術師』……! 忌々しい、全てが、貴方の掌、という訳……!? あ、あああああぁ――!?」

 

 炎の呪縛が赤い少女を束縛し、際限無く苛み続ける。

 術式介入による一瞬の隙に逆術式介入されて叩き込まれた対抗術式は性質の悪い事に、彼女の良く知る魔術系統と未知の魔術系統の混合術式(ハイブリット)であり、解呪は愚か解析にすら時間が掛かるだろう。

 そしてその時間の出血は、更に彼女の状況を悪化させるのみだった。

 

「クロウ兄ちゃんっ!」

 

 途方も無いほど膨大な魔力を秘めた、別系統の魔法の使い手たる少女が駆けつけ、地に這い蹲る赤い少女に驚き、されども年不相応までの迅速な反応速度に十字架の杖の穂先を突きつけて複数の魔法陣を展開する。

 一つ一つが今の赤い少女を過剰殺傷するに足るふざけた魔力が篭められており、抵抗よりも傍観が先立つ圧倒的なまでに無慈悲な陣容だった。

 

「よせ、はやて!」

「っ!?」

 

 その射線上に『彼』は立ち塞がり、少女は起動しかけた魔法を咄嗟に止める。

 

「……クロウ兄ちゃん、それが『ネクロノミコン血液言語版』で、今襲ってきたんだよね?」

「っ、何処でそれを――『魔術師』からか……!」

 

 『彼』は少女から紡がれた言葉と隠しようのない敵意に歯軋りを鳴らす。

 その内輪揉めを、『彼女』はその身を焼かれながら傍観するしかない。

 『騎士殿』との死闘による度重なる存在の摩耗に、『魔術師』の悪意の術式に身を蝕まれ、身動きすら取れない有り様。まな板の鯉に等しい状況だった。

 

「此処はオレに任せて欲しい。コイツは――だから」

 

 その一部の言葉を聞き取れなかったが、殺意と敵意を向けていた少女は驚愕の表情を浮かべる。

 やがて納得の行かない、煮え切らない表情になるものの、油断無く赤い少女を睨みながら警戒心だけを露わにする。少女に不似合いな殺意は霧散していた。

 『彼』はそんな少女の様子に苦笑しながら、此方に歩み寄ってくる。地に倒れ伏す赤い少女はその様を憎たらしげに睨みつける事ぐらいしか出来なかった。

 

「……なぁに? 探偵さん。羽をもがれて、地に這い蹲る蛾に、お情けでも?」

「……いいや。お前を野放しにする事は出来ない」

 

 でしょうね、と赤い少女は苦しみ悶えながら相槌を打つ。

 此処が悪夢の終焉、自身の心臓に刃を突き刺す者が『騎士殿』ではなく、嘗ての『死霊秘法の主』で、尚且つ最後の舞台に辿り着けずに果てる。茶番も此処に極まりだった。

 少女に出来る事は怨嗟と憎悪の限り、最後の遺言という呪いを告げる事ぐらいであり――術衣形態を解いて片膝を突き、差し出された『彼』の『ネクロノミコン』を、彼女は不思議そうに眺めた。

 

「……え?」

「この魔導書をお前の糧にする代償に、オレと契約しやがれ。オレが死ぬまで付き合って貰うぜ」

 

 それは在り得ない提案だった。

 今、まさにその『ネクロノミコン』を奪おうとした悪意ある賊に強制力の無い契約として差し出すなど、もっての外である。

 それが『彼』と何の縁の無い書なら、まだ納得が入ったかもしれない。だが、その写本は――。

 

「クロウ兄ちゃん、駄目だよそれは……!」

「これはアル・アジフが遺したものだ。だからこそ、オレにコイツを見捨てるなんて選択肢は最初から無いんだ」

 

 一片も揺るぎなく、『彼』は『書』を差し出す。

 『彼』は、何一つ変わっていなかった。『お母様(オリジナル)』に綴られた物語通り、大十字九郎に『アル・アジフ』を届ける為に命を散らせた時のまま――。

 

(……何故? どうして?)

 

 ――だからこそ、赤い少女は解らない。

 何故、『彼』は差し出せるのか。己の生命より大切な『書』を、最終目標だった大十字九郎ではなく『彼女』自身に――。

 

「……度を超えたお人好しね。それとも安っぽい同情かしら?」

「……そんなんじゃねぇよ。オレもアイツと同じく、後味が悪いのが大嫌いなだけだ」

 

 その『彼』の自嘲にはどんな想いが籠められているのか。

 決して届かなかった大十字九郎への羨望か、それとも終生押し殺したアル・アジフへの思慕か――解らない、解らない。彼女には半分も『彼』の事を理解出来ない。

 

「本当に愚かで救い難いわぁ。オリジナルに限り無き近い『ネクロノミコン』を私の糧にして、世界に私の存在をこれ以上無く確立させて――それで裏切らないとでもぉ?」

「刺し違えてでもさせない。……こういう事は彼奴等の仕事だが、まぁ仕方ない。二人の代わりに矯正してやる。なぁ――」

 

 

 ――そっと。

 ――耳元で。

 ――呼んで。

 ――私の名前を。

 

 

「――『大十字九朔(だいじゅうじくざく)」

 

 

 『違えた血(アナザーブラッド)』たる『彼女』の、誰にも紡がれない名前を。

 大十字九郎とアル・アジフとの『半人半書』の『子』の名前を、『彼』は、クロウ・タイタスは告げる。

 

「あ……」

 

 涙で滲んだ緋色の瞳は、その名前を呼んでくれた人を映す。

 何よりも優しく、陽気で、強くて、愛しくて、暖かく紡がれたその言霊は、何よりも『彼女』が切望したものであり、何よりも『彼女』を世界に結び付けるものであった。

 

 

 

 

 ――それは一つの選択の果て。

 

 無限螺旋を打ち破った彼等の、人の身でありながら人を超えて神に至った最も新しき旧神の物語。誰にも消せない、いのちの歌。一つの神話。

 因果を超えて託された生命、それが大十字九郎とアル・アジフの子供、大十字九朔である。

 

 だが、それは彼であって赤い『彼女』ではない。

 

 『彼女』は邪神の策謀によって産み落とされた彼の『影』、同一存在ながら存在しない大十字九朔の『悪』の可能性、辿り着かなかった未来。

 無貌の邪神『這い寄る混沌(ナイアルラトホテップ)』が大十字九郎とアル・アジフの世界に再び降り立つ為の、その為だけに産み落とされた呪われし蛭子。

 

 ――されども、此処に邪神の脚本は根本から崩壊する。

 

 大十字九郎とアル・アジフと遭遇する前に、『彼女』は認知されてしまった。虚構が虚構のまま実在するに至ってしまった。

 彼等の物語を誰よりも知り、誰よりも愛し、誰よりも尊敬する者に、意図せずして邪神をシナリオをも覆す最悪の大根役者の手によって。

 

 これは一つの物語。『血の怪異』に至らなかった『違えた血』の物語。

 

 『魔術師』の呪縛をも跳ね除けて少女は契約の口付けを情熱的に貪るように蠱惑的に誘うように初々しく交わし――此処に『ネクロノミコン血液言語版』は主を得たのだった。

 

 ……完全な後日談だが、この予想外の結末に溜息吐きつつも、『魔術師』は『彼女』から存在構成要素の不足分を補っていた『邪神』の血肉を完全切除する事に尽力したとか――主に苦労したのはまた『矢』をスタンドに突き刺す事になった秋瀬直也であるが。

 

 

 

 

「はい、あーん」

「……な、なぁ、紅朔。一人で食えるんだが――」

「あらあら、こんな間接的じゃなくてもっと直接的、情熱的な口移しがお好みぃ? 朝から大胆なプレイをご所望なのね、ク・ロ・ウ」

 

 ……さて、何でこうなったのだろうか?

 

 所謂、今オレが爽やかな朝に遭遇している異常事態は、リア充の恋人達が良く行って周囲に嫉妬の炎を滾らせるというドキドキ・ワクワク・きゃははうふふのイベントである。

 それを行う相手はオレが新たに契約した魔導書、まぁ正確には『半人半書』の少女なんだが――ちなみに二闘流(トゥーハントゥーソード)の『騎士殿』との差別化を測って大十字『紅』朔となっている。

 

(訳が解らねぇ!? オレ、何か選択肢間違えたか!?)

 

 『教会』に住まう面々の冷たい視線が超絶痛く、胃がきりきりとする。

 コイツ、全部解っていてわざとやってやがるのか!? 主の胃にダイレクトアタックして仕える時間を減らすつもりか!?

 

「あわ、あわわわわ……!?」

 

 はやては顔を赤くして慌てているし、どう考えても健全な少女の道徳上余りにもよろしくありません! 一体全体どうしてこうなった!?

 

「っ、何やってんだよお前ら!?」

「いやいや、オレも一緒にするなよヴィータ!? オレ、完全な被害者だからな!?」

 

 これまた顔を赤くするヴィータに猛抗議され、オレは反射的に泣き事のように言い返す。孔明だ、孔明の罠に違いない!

 そんな動揺するオレの様子を面白可笑しく眺めた赤い少女、大十字紅朔は艶美で凄艶な笑みを浮かべる。

 その仕草は全く似通っていないのに、何処かアル・アジフを連想させて――何故だか自分自身でも解らないが、動悸が激しくなってしまう。一気に不安になる、心臓病の前触れだろうか?

 

「幼稚で初なお子様達ねぇ、私とクロウの熱くて淫らな大人の逢瀬を邪魔しないでくれるぅ?」

 

 いやいや、はやてとヴィータと同じようなロリっ娘のアンタが言っても説得力が――って、シスター、何で殺意(というか両瞳に血の魔法陣)を灯った瞳で紅朔を射抜いていらっしゃる!?

 今にも『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』を発動しそうなぐらい激昂していらっしゃるが……!?

 

「っ、クロウちゃんから今すぐ離れろ、存在そのものが十八禁のエロ本娘っ!」

「なぁに? 嫉妬しているのかしら? 見苦しいわねぇ、自分の想いは一切明かさない癖に――」

「なななななにを……!?」

 

 紅朔はこれ見よがしにオレにくっついてシスターを煽り、収拾が完全につかなくなった場にオレは頭を抱える。

 アル・アジフよ、アンタの娘はアンタ以上のトラブルメイカーになっているよ。オレ程度でそのネジ曲がった性根を矯正出来るか、自信がねぇ。早くも心が折れそうだ……。

 

「くく、あーっはっははははは! クロウ、何ですかこの爛れたラブコメは! 私を笑い殺すつもりですか! はは、ひひっ、腹痛い、苦しい苦しい!」

「ああもう笑い死ねよお前っ!?」

 

 『代行者』は笑い叫びながら腹を抱えて、呼吸困難という具合なまでに盛り上がっていた。そのまま窒息死してくれたら世の為になるだろうと切実に願っておく。

 

 ――こうして、オレ達の新たな日常は赤い少女(インベーダー)によって極めて騒がしいものになっていったのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06/豊海柚葉

 

 ――『炎』、それは何もかも真っ黒に焼き尽くす破壊と破滅の権化。

 

 この魔都で最もそれを連想させる者が誰なのかと問われれば、満場一致で『魔術師』神咲悠陽と答えるだろう。

 その代名詞たる『発火魔術』と知られざる神域の『魔眼』は元より、汝が触れしモノを全て焼き尽くす苛烈な在り方はまさに『炎』という他あるまい。

 

 ――『彼女』にとって、『彼』は誰よりも『死』を体現する人物だった。

 それはまるで『前世』の死の光景をそのまま繰り抜いて出てきたような、性質の悪い冗談そのものだった。

 

 しかし、その属性が『悪』である限り、『彼女』には微塵の恐怖も無かった。

 自分以上の『悪』など存在しない。その自負は揺るぎ無く、むしろ乗り越えて淘汰する対象として――実に踏み潰し甲斐があると歓喜させる。

 

 

 ――だが、今はどうだろうか?

 

 

 何度も夢に見る。

 荒唐無稽で辻褄の合わない、不明瞭で秩序の無い混濁した泡沫の夢を。

 

 ――ある時は『彼女』の一回目における最期の光景。

 

 燃え盛る炎の中で『彼』は誰かを必死に探し続けて、結局見つけられずに焼死する夢。

 これは夢らしく、『彼女』にとってもどう解釈して良いのか解らないものだ。何故あの『魔術師』が無意味に死んでいるのだろうか?

 

 ――ある時は『彼女』と真夜中の学校で殺し合った時の光景。

 

 最期まで徹底的に殺し合って、互いの心臓を刺し貫いて相打ちとなる夢。

 本当に不本意だが、あの場に秋瀬直也が現れなければ、『彼』とこうなっていただろうという予知夢の一種なのだろうか?

 

 ――ある時は焔の雪が舞い散る異界の光景。

 

 在り得ない事だが、他の誰かの為に死闘を挑んだ『彼』によって殺される夢。

 これはもう最大級の悪夢でしかない。一体如何なる法則が働いてあの極大の『悪』が対極の属性の『正義』に変えてしまったのだろうか?

 

 ――そして、ある時はこの魔都の終末の光景。

 

 事の発端は『彼』の『■』、燃え移る炎のように伝播した大混乱は■■■■■によって■■■■■■■の手に■■■■■■■■■■■攫わ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――。

 

 

 

 

「……、」

 

 意識が覚醒し、不意に目覚める。

 言うまでもなく、最悪の目覚めである。

 精神的な疲労感が色強い、何とも気怠い朝だった。

 

「――今の、は……」

 

 ――あの日から、秋瀬直也に敗北したその日から、私は遥か先の未来を一切見れなくなった。

 

 自分と同質の能力者の存在、例えば真逆のフォースの使い手である『ジェダイ』が居るのなら、完全な状態でも先の未来を完全に見定める事は不可能になるが、それでも私には自身の勝利に繋がる道標を、完全なる方程式をいつまでも見失わずに見えていた。

 他に比類無き強大な自我が意に背く事を一切許さず、逆に歪めて自身の思うままに都合の良いように未来図を構築してしまうからだ。

 

「……けれど、今は、何も見えない――」

 

 それは何よりも歯痒く、重く伸し掛かる。

 自身の力が全盛期と比べて、著しく衰退化している。暗黒面のフォースを完全に掌握して支配する力が、今の自分には無い。

 もはや『暗黒卿』を名乗る事すら烏滸がましい有り様だ。弟子が居るなら即座に下克上されているだろう。

 未来視が完全に失われた今、無意識下に流れた予知夢が何を意味しているのか、今の私には何一つ『真』か『偽』か、判別付かなかった――。

 

 

 

 

 ――『正義の味方』は確かに此処に居た。私の『英雄殿』はこの世界にこそ居たのだ。

 

 誰よりも『悪』になった私は遂に、待ち望んだ『彼』と出遭った。『正義』は確かに此処に存在したのだ。

 後は、罪の清算である。誰よりも罪を犯し、誰よりも悪徳を積み重ねた私を殺す事でその英雄譚を完成させる。

 『悪』は『正義』によって討ち果たされなければならない。それが正しき物語である。

 

 ――でも、『彼』は私を殺さなかった。

 

 言葉にならない慟哭と嗚咽と聞き届け、縋る手を引っ張りあげて救い上げてしまった。

 死以外の贖罪を考えていなかった私は、此処に至って初めて、生きて償う方法を探す事になる。

 

 ――何で死ななかった。何で殺されなかった。

 

 名も無き死者達の怨嗟の声が、脳裏に反芻する。極限の『悪』でありながら『正義』に討ち果たされなかった私を、世界は許さない。

 それは正しき物語の流れではない。供物の生贄が捧げられず生を謳歌しては辻褄が合わない。世界は、残酷なまでに無慈悲に私の死を望んでいる。

 

 ――今の私は、何もかも見失って一寸の光無き暗闇の只中に居るようなものだ。

 

 何をしても上手くいかない。気休めの善行を積もうと思っても、必ず失敗して負の方向に進んでしまう。

 それはまるで一回目の時のように、自分の天性が『悪』であると悟る前の、奴隷時代の二回目の時のように、全て上手くいかない。

 

 ――果たして私は、夢の中の『魔術師』のように、『正義』を騙る事が出来るのだろうか?

 

 解らない。解らない。何もかも失敗して憂鬱に沈む終わり無き悪循環の中、私は苦しみ藻掻きながら苦悩する。

 今までの罪罰を償う方法はあるのだろうか。こんな自分でも、少しでも誰かの、愛する人の手助けをする事が出来るのだろうか――。

 暗黒面の使い手の私が縋るのも烏滸がましい事だが、フォースの導きは沈黙したままだった――。

 

 

 

 

 ――さて最初に、これは『魔法少女』の物語である。

 

 良くモノローグで「これは『魔法少女』の物語ではない」と繰り返し断じてきたが、今回ばかりは誰が何と言おうが『魔法少女』の物語である。

 そう、血の涙を流そうが、歯茎から血が滲み出るほど歯軋りしようが、掌の肉が食い破れるほど握り込もうが、生み出された最新の黒歴史に心の底から絶望して頭を抱えようが――これは、『魔法少女』の物語なのである……!

 

 事の顛末はいつも通りの、放課後の帰り道。

 オレと豊海柚葉と高町なのはが、一緒に帰り道を歩いていた時の事だ。

 何で今日に限っていつも通りの帰り道を選んだのか、そんな当たり前の選択肢すら理不尽ながらも後悔の対象になる。

 

 これから起こる事はとにかく、あらゆる意味でとんでもなかったのだ――!

 

 

 

 

 ――『魔術師』に柚葉の現状を相談してから数日、変わらず死に直結する偶然は日常的に起こり、流石の彼女も滅入っていた。

 

「……柚葉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、こんなのすぐ治るよ」

 

 なのはの心配そうな顔に、笑顔で答える柚葉は誰の目から見ても空元気であり、見ている此方が痛くなるような現状である。

 絆創膏まみれの両手はどれも血が滲んでおり、オレは眉を顰める。

 『魔術師』は柚葉の中で折り合いが付くまで守ってやれと言ったが、どうにも彼女の死に直結する不幸は早急な対応策を講じなければならないレベルまで来ている気がする。

 

「顰めっ面ね、直也君。そんなに翠屋のシュークリームを奢るのが嫌かしら?」

「いや、それについては別段構わないが。あれ、結構美味しかったし」

 

 正面向かってお前を心配しているんだ、とは言えないので話題を合わせておく。元よりこの翠屋にシュークリームを食べに行こうと提案をしたのも自分である。

 事の経緯は単純明快、気晴らしに甘味でも食べればその場しのぎの気分転換になるだろう。

 此方の懐は若干痛むが、それぐらいで柚葉の笑顔が買えるなら安いものである。

 

「あれ、直也君は翠屋のシュークリーム食べた事あるの? 私を差し置いてっ!」

「え? 其処、怒る点なの!? つーか、その時って『魔術師』と管理局の執務官のティセとかいう人が翠屋で交渉の席についた時だよ(『25/交渉』参照)。アイツってお前の元部下だったんだろう? お土産の品買っていかなかったっけ?」

 

 その時一緒に居たなのはも「あー……」と遠い昔を思い出すような仕草をする。

 何かもう数ヶ月近く経っている気がするほど朧気にしか覚えていないが――其処を指摘すると、柚葉は目に見えるほど「ぐぬぬ」と悔しがる。

 

「……アリア以外、私が此処に居ると知っている人物なんて向こうには居なかったのよ」 

「あー、それが誰かは知らないが、どう考えても柚葉の自業自得じゃねぇか」

 

 何処ぞの銀河帝国皇帝陛下のように誰にも悟られずに二面生活を送っていた弊害がこれとは、余りにも可愛らしすぎてつい笑ってしまう。

 その様子を「むー」とご機嫌斜めになる我がお姫様に、オレは両手を上げて降参する。

 

「……解った解った、好きなだけ奢るから許してくれ」

「あら、後悔しても知らないよ?」

 

 途端、柚葉は不機嫌そうな顔からしたり顔に変わる。

 惚れた弱みと言うべきか、自分が彼女に口先で勝つ事は殆ど在り得ないのである。まぁそれでも良いやと思ってしまうし。

 

 ――さて、その時、何故か唐突にどうしようも無いほど嫌な予感が生じた。

 

 此処最近、自分のそういう勘が研ぎ澄まされているらしく、大抵当たって欲しくない時ほど的中する具合である。

 真っ先になのはの方に目を向けたが、彼女はその未知の脅威に勘付いた様子も無く――更に言うなら『レイジングハート』の感知外の出来事である証明であり、いつものような柚葉を狙った物理的な現象ではない事の示唆であり――柚葉の方は同じく自分に目線だけを送り、この迫り来る脅威の存在を共有していた。

 

「――『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』!」

 

 即座にスタンドを出して周辺一帯の空気の流れを感知しながら全周囲警戒し――遥か彼方から飛来する棒状の何かを察知する。

 やはりというべきか、柚葉目掛けて飛翔しており――そうはさせるかと、殴り飛ばそうとスタンドの拳を振るう。

 

「オラァッ! ――!?」

 

 確かにその未知の飛翔物をオレは、そして『蒼の亡霊』の人間とは比べ物にならない動体視力は的確に捉えていた。

 だが、それでいて拳を外した原因は、一直線の棒状と思われていた飛翔物が、ぐにゃりと、振り抜いた拳を避けるように奇妙なまでに曲がったからだ。

 無機物かと思ったら、予想外にも何かしらの意思がありやがる……!?

 

「柚葉避け――!?」

 

 そんな危険物を素通りしてしまうという一生物の不覚は、軽々と謎の飛翔物を掴み取った柚葉のお陰で事無きを得る。

 幾ら力が衰退していると言っても、彼女はシスの暗黒卿。数瞬先の未来予知と常軌を逸した反射神経は健在なのだ。

 しかし、此方の拳を回避するような謎の意思がある以上、余り触れて欲しいものでは無かったが――そう、それは本当に、絶対に彼女にだけは触れさせてはいけないものだったのだ……!

 

 

『あはーっ、ナイスキャッチ♪ 血液によるマスター認証及び接触による使用契約を同時に確認っ! 乙女のラヴパゥワーも申し分無いですねー!』

「え? ……え?」

 

 

 絶句する。それは女性声を発するピンク色のステッキだった。

 今どきこんなベタな玩具なんて存在しないだろうというほどのちゃちな、六枚翼の中心に五芒星が鎮座する『杖』であり、理解より早く取り返しの付かない事になったという絶望感が先立った……!

 

『最後に、貴女の名前をお聞かしくださいましぃ~?』

「と、豊海柚葉……っ!?」

 

 本人の意に反して柚葉は自分の名前を呟いてしまい、此処に全ての準備が終わった、終わってしまったのだ……!

 

 

「鏡界回廊最大展開(コンタクトフルオープン)!」

 

 

 その掛け声はあろう事か、満面の笑顔を浮かべて『杖』を振るう柚葉からだった!

 それはもう昼間なのに関わらず眩しいぐらいの光の粒子であり、「……あー」とまるで通夜のような沈痛な面持ちでオレ達は眺めるしかなかった。

 

 ――七色の光にこれでもかと散りばめられた光の羽。取り繕っても誤魔化しようの無いほどの『魔法少女』の変身シーンである。

 

 全力で目を背けたくなったが、これはオレが至らなかったが為の罪の証。断首台に足をかけるような面持ちで全て見届ける。

 

 これでもかというぐらいフリルがついた赤色の手袋。

 いつものポニーテールに黒い大きなリボンによって可愛げに飾られ。

 露出面は全体的に少ないが、へそ部分だけ露出させた純白を基調としたゴスロリ風の赤い衣装は実に魔法少女的で。

 ゆるふわのミニスカートに絶対領域をチラつかせる白いニーソックスが何とも眩しい。

 

「愛と正義の魔法少女カレイドユズハ! 此処に爆誕っ! キラッ☆」

『きゃー! 柚葉さん超素敵ぃー! どんどんぱふぱふー! 『愛と正義(ラブ・アンド・パワー)』とか独善的な響きで最高ですねー! いえーい、私に都合の良い魔法少女ゲットだぜぇー!』

 

 ああ、何処かで見た事のあるような決めポーズを取って天使のような笑顔を浮かべる柚葉は、何処からどう見ても魔法少女である。

 しかも普段の彼女のイメージとはかけ離れた赤白の清純派。泣けるほど、俯きたくなるほど、あの柚葉が魔法少女だったッ!

 

「あわ、あわわわわわ!? ゆ、柚葉ちゃんが突然魔法少女に!?」

 

 本家本元の魔法少女であるなのはもびっくりという有り様である。というか、この唐突な異常事態にまるで着いて行けない……!

 オレもそれで思考が止まっていたらどんだけ幸せだったかなぁと自暴自棄になりたい!

 

「その琥珀(コハ)ッキーな声にぐにょぐにょ曲がる奇怪極まる『杖』は……!? ま、まさか貴様は『カレイドルビー』!? そんな馬鹿な、何故この世界に居るゥ――ッ!?」

 

 つーかこれ、あの『杖』に意識を乗っ取られて好き勝手色物枠にされた遠坂凛と全く同じ状況じゃねぇかよ!? 既にその時点で収集不可能で黒歴史確定済みだぞ畜生っ!?

 

『おやおや、流石は説明台詞を言わせたら作中ナンバーワンの『主人公(仮)』ですね! 知っているのか、雷電!』

「物凄いメタ発言だなおい!? あと男塾ネタとかもう誰も解んねぇよ!? というか、柚葉に何をするだァ――ッ!?」

 

 ぐにょぐにょと、気持ち悪いぐらい器用に曲がりながら、こんな事になった元凶である『杖』は不気味に笑う。

 というか、『杖』が好き勝手に動いて喋る時点で気持ち悪ぃよ!

 

『うっふっふ、私は別に何も強制してませんよー。ただちょっと花を恥じらう乙女の背中を後押ししているだけなのです! 主に私が愉快痛快に楽しめるように!』

「うっわぁー、堂々と清々しいほど邪悪な本音ぶちまけやがったぞこの駄杖……!」

 

 手の施しようの無い邪悪さに戦きつつも、一途の望みを賭けて柚葉の方に視線を送る。

 此方の必死の視線に対し、柚葉は両頬を赤く染めて、はにかむように笑った。

 既に手遅れであり、一途の望みすら無く、神が既に千年前ぐらいに死んでいた事をオレに突きつけたのだった……!

 

「さぁ、直やん! 一緒に『正義』を執り行うわよ! 『悪』の『魔術師』に今日こそ引導を渡して、海鳴市の平和を守るの!」

「直やん!? え? えぇ!? 何その取ってつけた愛称!? い、いやちょっと待って下さい柚葉さん、『魔術師』ってあの『魔術師』の事なのか!? シリアス一辺倒の住民にギャグ時空の空気なんざ読める訳ねぇだろ!?」

 

 ツ、ツッコミが追いつかない!? 訳が解らないよ! おかしいですよ柚葉さん!? あ、頭がどうにかなりそうだ。もうやめて、オレのSAN値はとっくにゼロよ!?

 

「だ、駄目だよ神咲さんに引導渡しちゃ……! 柚葉ちゃん正気に戻って!」

 

 意味の解らない状況で戸惑っていたなのはだが、その『魔術師』に危害を加える一文にてただならぬ事態であると理解し、自身もまた『レイジングハート』によってバリアジャケットを展開して対峙する。

 

『やわー、柚葉さんだけでは飽き足らず、魔法少女力(MSりょく)53万の魔法少女を侍らせているとは出番が無くても『主人公』恐るべし~。でもぉ、今の柚葉さんは負けちゃいないですよー! 魔法少女としても、恋する乙女としても!』

「え? 何それ怖い」

 

 さて、此処で問題。この状況でオレを守るように立つ高町なのはの事を洗脳100%の柚葉はどういう眼で見るでしょうか?

 

 ①「――泥棒猫。殺しておけば良かった」

 ②「――直やん其処どいて。ソイツ殺せない!」

 ③「――直やんは騙されているの。私がその女殺して解決してあげるから、ね? 直やん直やん直やん直やn」

 

 うわぁー、どれでも眼からハイライト消えて何処ぞの主人公のように『鮮血の結末』一直線だぁー。

 柚葉のヤンデレとかマジ笑えない。どうしてこうなった。どうしてこうなった……!

 

「ゆ、柚葉……?」

 

 オレが戦慄しながら恐る恐る柚葉を見ると、不安そうにオレとなのはに眼を配って、更には涙目を浮かべて、それでも何かを決意した表情になっていらっしゃった。

 

「直やん……ううん、私、頑張る! なのはに負けないから!」

「うぇえぇぇ!? ヤンデレとかそういう最近流行りの在り来たりのじゃなくて数世代前の健気な正統派ヒロイン風!? 幾ら何でもおかしいだろ! 本来の属性が全て反転してないか!?」

 

 誰よりも腹黒い少女が、誰よりも真っ白になってる!?

 魔法少女になる事での千変変化とかそういう次元じゃないぞ……!

 

『さっすが直也さんですねー! 其処にお気づきになるとは鼻が高い!』

「……え? 直也君、どういう事……?」

『其処からは私が説明しますよ、なのはさん』

 

 妙に馴れ馴れしい口調で、災厄の元凶たるカレイドルビーはくくくと邪悪な笑みを浮かべながら説明に入る。

 

『直也さんは既にご存知だと思いますけど、改めて自己紹介をっ。私はゼルレッチの糞爺が作った愉快型魔術礼装『カレイドステッキ』に宿るキュートでセクシーな人工天然精霊『カレイドルビー』、ルビーちゃんって呼んで下さいね! 魔法少女に必須なマスコット兼杖みたいな感じです。そちらでいうユーノさんとレイジングハートさんですね!』

「は、はぁ……?」

『まぁあの『魔術師』さんの世界の代物と言えば解りやすいですかねー? 彼と私は切っても切れない関係にあるんですよー?』

 

 は? このギャグ世界の住民たるあの『杖』と『魔術師』に因縁?

 一体どんな事がと疑問な尽きないが『その話はまた後程に――』と意味深に締める。

 

『様々な多機能が搭載された超高性能で素ん晴らしい礼装な私なのですが、そのメインたる機能は『数多の並行世界に存在するマスターからスキルをダウンロードする』という『第二魔法』を限定的に行使するものです! つまり――』

 

 例えば、その術者に紅茶を美味しく淹れる技能がなくても、何処かの並行世界に存在する紅茶を上手く淹れる術者から技能をダウンロードし、自在に使いこなす事が出来るという聞くだけなら万能極まりない礼装の機能。

 その杖に宿る人工天然精霊がまともな性格なら使い勝手の良い最上級の礼装になるのだが、これらの機能を遥かに上回るほど人工天然精霊の性格は破綻している。作成者たるかの宝石翁も匙を投げたほどだ。そして今回は――。

 

『今の柚葉さんは心の底で望んだ通り、完全無欠なまでの『正義の魔法少女』なのですっ! 歴代最悪の『シスの暗黒卿』ではなく歴代最高の『ジェダイの騎士』なのです!』

「――私はこの力で皆を守るっ! フォースは私と共にあり!」

 

 ――今、絶対に聞き逃しちゃいけない事をさらりと言いやがったよな……?

 

 それを理解して考えて行動するよりも早く、六枚翼の星形杖だったルビーが形を変えて、いつも見慣れたライトセーバーの柄となる。

 展開された刃の色は、いつもの禍々しい『赤』ではなく、嘗ての彼女の敵の象徴たる『青』だった。

 そして柚葉はあろう事か、容赦無くなのはに斬りかかった!?

 

『――Protection!』

 

 余りの唐突さにオレもなのはも反応出来ず、唯一反応出来た『レイジングハート』は三重の防御障壁を即座に展開する。

 引き裂かれる事を前提とした、神速にして不可避の斬撃を遅滞させて脱出時間を作る為の、万物を引き裂くライトセーバー用の最高の防御策だった。

 

「え? きゃっ!?」

「同じ魔法少女だけど、今は貴女と戦う運命! なぁのはぁあああぁ!」

「そ、そんなの絶対おかしいよっ!? 柚葉ちゃん!」

 

 昼の道端で魔法少女と魔法少女、対峙したからには勝負以外在り得ないのだろうか?

 飛翔しながらひたすら後退するなのはと、同じく飛翔してひたすら前進制圧しようとする柚葉。そうだよね、魔法少女なんだから空飛んで当然だよね。

 おっと、錯乱していた。今はそんな現実逃避をしている事態ではない……!

 

「――っ、今すぐ距離を離せなのは! 魔法少女相手に近接戦闘は危険だっ!?」

「な、何言ってるの直也君!? 私もその魔法少女の一人だよぉ!?」

『Divine Shooter.』

 

 このままでは逃げ切れないと判断したなのはは複数の魔法弾をばらまく事で相手の侵攻を阻害しようとする。

 幾ら変身時に無尽蔵の魔力配給、Aランク相当の魔術障壁、物理保護、治療促進、身体能力強化が施されているとは言え、なのはからの魔法弾は流石の彼女も無視出来ず、魔法少女と化した柚葉は無造作に魔法弾をライトセーバーで次々と切り伏せていく。

 通用するとは欠片も思っていなかったが、その魔法弾の処理の為になのはとの距離は開いた。

 これならディバインバスターを始めとする超長距離砲撃魔法で間合い外から一撃の下に沈めれる……!

 

「うん、懸命な判断と言いたい処だけど――」

 

 柚葉はライトセーバーの刃を消し、柄を握っていない手を彼方に逃げ切ったなのはに向けて、握り込む。あ、まずい……!

 声を出すより早く、飛翔するなのははぴたりと宙に停止する。当人の意図とは別の停止である事は、彼女の驚愕と動揺の表情を見れば解る。

 

「え? ――っ!? ぁっ!?」

 

 柚葉は握り込んだ手を大きく右に振り払い、それと連動するようになのはもまたその方向に急に吹き飛ばされ、指揮者の如く勢い良く左に振り戻し、同じ方向に飛ぶ。

 そして最後に下に振り下ろし――まずい! なのははろくに抵抗出来ずに一直線に下に墜落する――オレはスタンドを纏って全力で疾駆し、墜落地点間際でなのはをキャッチし、地面への激突から彼女を庇う。

 

「……っ、痛ってぇ~?!」

 

 代わりに背中からもろに地面に激突して苦しみ悶える。

 数瞬、呼吸が出来なかったが――抱えるなのはは「きゅ~……」と、負傷は無いが、どうやら意識を失っている模様だった。

 

「な、直やん大丈夫!?」

 

 それをやった張本人は此方を心配しそうに眺めて――うん、それで確信する。

 

「それ、ライトセーバーを『ジェダイの武器だ』と断じた『シスの暗黒卿』そのものの戦い方じゃないか」

「――っ、違う、私は……!」

 

 柚葉は酷く狼狽する。ルビーによって洗脳されてあの『杖』の意のままに操られている筈の彼女が、である。

 本来、ルビーの完全な支配下で踊らされているのならば、疑問すら抱けない筈だ。

 そして今の状況を裏付けるもう一要素は、これが、この姿が彼女が心の底から望んだものであるという事だ。

 

 ――遠坂凛が幼少期にルビーと契約した際、歌が下手な事を思い悩んでおり、平行世界の自分からダウンロードする事でアイドルになれるほどの歌声を披露した。

 ……その結果がどんな災難になったかは、語る口がひたすら重くなる思いだが。

 

(そうだよなぁ、色物枠の遠坂凛ならともかく、あの柚葉がルビー如きに乗っ取られる筈が無い。それこそ、自らの意思でなければこんな風にはならなかっただろう)

 

 今のこの――他の人に見られたら自殺物の恥ずかしい魔法少女の衣装はともかく――正義の魔法少女、つまりは『シスの暗黒卿』の真逆の存在である『ジェダイの騎士』を装うのならば、これが『悪』でなくなった彼女の葛藤に対するある意味一つの答えなのだろう。

 

「そうじゃないだろ。それが単なる逃げだって事ぐらい、オレなんかより遥かに頭の良いお前は理解してるだろ?」

「っ、直也、君……」

 

 柚葉の表情が暗く沈み、無理して拵えた愛称も元の呼び名に戻る。

 柚葉は力無く着地し、その場に尻餅突いてしまう。いつも無理して装っていた空元気も、今は欠片も纏えてなかった。

 

「確かに並行世界の中にはその可能性があるのだろうが、それは今の柚葉じゃない」

 

 そう、『シスの暗黒卿』ではない『ジェダイの騎士』の豊海柚葉も、この無限に連なる並行世界には存在している。

 確かに『ジェダイの騎士』である彼女の可能性をダウンロードすれば、万事が上手く行くかもしれない。

 だが、それは今の彼女ではない。どう装うが『シスの暗黒卿』として生きた彼女ではない。そんな安易な逃避方法では自分さえ騙し切れず、彼女自身をより一層傷つけるだけである。

 

「……じゃあ、私はどうすれば良いの? 解らない、解らないよぉ……!」

 

 ぽろぽろと、大粒の涙を流しながら柚葉は嗚咽する。

 これが、『悪』でなくなった彼女の今。今にも壊れそうで何よりも脆い、オレ自身が招いた罪の具現。オレが、あの彼女を此処まで弱くしてしまった――。

 

「うん、それは残念だが、オレにも解らない。だから――」

 

 オレは歩み寄って、触れただけで壊れそうな彼女を優しく抱き締める。

 

「その、二人でさ、手探りでも良いから探して行こう。頼むから一人で抱えないでくれ。こんな紛い物の解決策じゃなくて、もっと良い手段はある筈だから――」

 

 柚葉はオレの胸の中に顔を埋めたまま泣き忍び、オレはただ静かにあやす。

 『悪』でなくなった柚葉は何なのか、今はその答えすら満足に言えないけれども、オレは彼女を支えて守ろうと思う。

 

 尚、これは後日談だが――見事にこの魔法少女姿は柚葉の黒歴史となり、絶対に二度と思い出さぬよう恥ずかしがりながら激昂する彼女に詰め寄られたとさ。

 確かにあの姿は普段とのギャップが激しくて正直どうかと思うが――でも、可愛かったぞって言ったら顔を真っ赤にして俯いたっけ。

 

 

 

 

『いやぁ、雨降って地固まるでめでたしめでたし。良い事をした後は気持ちが良いですねぇー』

「――良い話だった、と締め括る気か? 散々引っ掻き回すだけ引っ掻き回して逃走した『杖(ヤツ)』の吐く言葉は格別だね」

 

 がしりと、人知れずに逃走しようとしたルビーを積年の怨念を籠めて掴み上げた者が居た。

 これが女性ならば無理矢理でも契約して難を逃れる処だが、残念ながらその復讐者(アヴェンジャー)は男性である。

 

「何十年振りかねぇ。ああ、これは私の主観時間での事だが。二度と遭うまいと思っていたのだがな……!」

 

 途方も無い怒りを滾らせた盲目の悪鬼が、其処に居た。

 白昼堂々と出歩き、復讐者達からの襲撃を受ける危険性を完全無視して、『魔術師』神咲悠陽は誰も見た事の無いほどの激怒の形相を浮かべて仁王立ちしていた。

 

『あ、あっるぇー。ゆ、悠陽さんじゃありませんかー。こんな処で出遭うなんて奇遇ですねぇー!』

「奇遇ではあるまい。この私に意趣返しする為に『アバター』を差し向けておいて、よりによって豊海柚葉を刺客に仕立てあげようとするとはな。貴様の危険度を私とした事が見誤っていたらしい……!」

 

 この忌まわしき『杖』と彼の因縁は冗談抜きに前世まで遡る。

 『魔術師』が参陣した第二次聖杯戦争で、彼のサーヴァント『セイバー』がうっかりこの『杖』に触れて契約してしまい、危うく聖杯戦争から脱落しかけた、二度と思い出したくない黒歴史である。

 

『や、やだなぁ、軽いジョークですよ、ジョーク。そんなに怒っちゃ大人気無いですよ? ほら、笑って笑って? 笑っている貴方が一番素敵ですよー?』

「ははは、糞も面白くねぇ。うん、残念ながら色物枠と戯れるキャラじゃないんだよね、私は。自分で言うのもなんだが、面白味も欠片も無いと思うよ」

 

 ぶんぶんと素振りの如く振り回す。

 傍目から見れば痛い魔法のステッキを振り回す奇妙な和風青年という謎の構造だが、事前に人払いの結界を張った今、目撃者は当然の如くゼロである。

 

「最初から問答無用だ――死にさらせクソ杖があああああぁーーーー!」

『あ~~~れぇ~~~~!?』

 

 こうして、『悪』はより強大な『悪』によって踏み躙られて滅びたとか、滅びなかったとか――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07/前夜

 

 

「――何故、助けたの? 貴方にとって私は利用価値の欠片も無い筈だけど」

「行き掛けの駄賃だ。そして将来を見越した先行投資という処かな」

 

 ――其処は第九十七管理外世界『地球』、日本の海鳴市の一病院。

 

 プレシア・テスタロッサは永らく途絶えていた意識を取り戻し、彼女の記憶の時系列では事前に交渉していた相手と対峙する事となる。

 真に『万能の願望機』を保有する魔都の魔人『魔術師』神咲悠陽。こうして実際に会うのは初めての事である。

 彼は聞かれてもいないのに丁寧に、彼女が管理局に捕らえられた後の経緯を淡々と説明する。

 

 管理局に拿捕され、冗談の如く人権も何もかも無視して永久冷凍刑に処され、それを人質にフェイト・テスタロッサはその手を血で穢した顛末を――。

 

 この眼の前の油断ならぬ男から与えられた情報を鵜呑みにするなど自殺行為を通り越した愚行だが、彼女の娘の、フェイト・テスタロッサのデバイス『バルディッシュ』の記憶媒体は、それが凡そ真実であるという結論を彼女に下させる。

 むしろ、彼の言葉が全体的にオブラートに包み隠したものであると思えるほど、凄惨で耐え難く悲惨な記憶だった。

 

 ――そして彼は、此処での暮らしを無条件で支援すると、在ろう事か提案した。

 生活に困らぬ程度の資金援助、戸籍、生活基盤を用意するとまで。怪しいを通り越した提案だった。

 

「見え透いた嘘ね。貴方はあれに何の期待も抱いていない。利用価値すら見出していない。違くて?」

 

 そう、その提案は彼にとって一文の得にもならないものであり、むしろ論外と言える。

 提示された条件には何処にも彼にとっての利が見えず、どんな聖人でも疑心暗鬼に陥るような状況だった。

 

「貴方が私達を無償で庇護下に置いて、尚且つ採算の取れる見込みの無い資金援助している。今の状況は異常極まりないわ。一体何を企んでいるのかしら?」

 

 そして更に不可解な点は、詐欺師の常套手段である『信じさせる努力』を、この眼の前の男は全くと言って良いほど行っていない。

 その能力が無いとも思えない。だが、今の彼は気怠さが前面に出ており、両眼を閉ざした無表情からは何も感じ取れない始末である。

 彼は面倒そうに考えるような素振りを見せて、深々と溜息を吐く。

 

 

「私が突きつける条件は唯一つだ。――プレシア・テスタロッサ。貴女はアリシア・テスタロッサの母としてではなく、フェイト・テスタロッサの母として死ね」

 

 

 残り少ない余命をもう一人の生きている娘の為に使えと――それが、彼女にとって何よりも耐え難い所業である事を全知しながら、『魔術師』は淡々と告げる。

 

「……今更、母親として接しろと?」

「あの娘にはそれが必要だ。亡くなった娘の十分の一でもいい、実の娘として接してやれ――実の娘をその手で殺した男の言う台詞では無いがな」

 

 くく、と、『魔術師』は力無く自嘲する。

 目の前の人間から初めて人間らしい感情が見て取れる。後悔、遺恨、憐憫、憎悪、悲哀、忙しく揺らめき、やがて消え失せて虚無となる。

 

「……理由、か。ただのくだらない代償行為さ――」

 

 

 

 

 ――彼女、紫天の書の王、ディアーチェにとって、プレシア・テスタロッサとは臣下の一人の素体となった少女の親という縁遠きものである。

 事実、生前では出遭う事は無く、今日執り行われた――『魔術師』が形式上の喪主を務めた葬式にて一目、その死に顔を見ただけの縁である。

 

 フェイト・テスタロッサが母の死を嘆き悲しむのは当然の事。

 だが、この葬儀にてもう一人だけ、まず在り得ないと思える人物がこの一件で精神的衝撃を深く受けている。それは――。

 

「ねーねー、それって美味しいの?」

「別に。ランサーと違って、私は特別美味しいとは思えないな。健康面の観点から見るなら、遅効性の毒物に他ならないだろう」

 

 レヴィは不思議そうに紫色の液体をガラス越しに眺めながらその人物に尋ねる。

 その人物は、ガラスのグラスに注がれたワインを無表情に飲み干し続ける、『魔術師』神咲悠陽に他ならない。

 

「おいおい、コイツの旨味を解らないなんざ人生の八割は損しているぜ」

「私の人生の八割は酔う余裕など無かったがな」

 

 同じくグラスに注ぎ込まれた酒を美味そうに堪能しながら「なるほど、ちゃんと八割損って訳だ」とランサーは面白可笑しそうに笑う。

 今のこの状況がどれほどの異常かと言えば、ランサー恒例の夜の酒盛りに『魔術師』が加わり、同じペースで飲み続けている事から強く克明に察せるだろう。

 

「? じゃあ、何でそんなの飲むの?」

「素面でいる事に苦痛を感じたからさ、それに伴う一種の現実逃避だろう。今回の件は私とて色々思う処がある」

 

 ランサーと違って『魔術師』は味わいもせず飲み干し、その都度にランサーは空のグラスに酒を継ぎ足す。

 

「……あの女は哀れな女さ。子に先立たれる事ほど親にとって不幸な事は無い。子が親を看取る事こそ、正しい生命の在り方なのにな」

 

 ぽつぽつと、『魔術師』は独白するように言う。

 気のせいではないほど顔は赤くなっており、当人の言うように明らかに酔っていた。

 

「今回の事は、フェイト・テスタロッサにとっては避けようの無い凶事ではあるが、プレシア・テスタロッサにとっては最良の幕引きだ。子に看取られて天命を全う出来たんだ。それ以上の結末はあるまい」

 

 『魔術師』は注がれた杯を静かに口にする。

 こういう個人的な感傷をディアーチェ達の前で話すのは、やはり初めての出来事だった。

 普段喋らない事を頼んでも居ないのに喋ってくれるのだ。ディアーチェは興味津々と耳を傾けていた。

 

(ふむ、此処まで口が軽くなるとは、酒とは侮りがたいな……!)

 

 ――彼女、ロード・ディアーチェにとって『魔術師』とは乗り越えるべき壁である。

 

 彼女達は様々な思惑が折り重なって、常にプログラムの海に閉じ込められ続けてきた。

 そう、三体の『マテリアル』が同時稼働している奇跡に等しい今現在こそ、真の自由を掴み取る千載一遇の好機に他ならない。

 最後のピースである『砕け得ぬ闇』を解放した時、立ち塞がるのは『魔術師』であるのは明白であり、弱味の一つや二つぐらい握ってないと話にもならないだろう。

 

(貴様に打ち堕とされた屈辱、忘れようとて忘れられないぞ……!)

 

 漸く自由になったその時に、身動きを封じられて地に這い蹲って敗北を喫した。今は雌伏の時であると我慢し、虎視眈々と雪辱の機会を待ち侘びていた。

 

「……不謹慎だが、少しだけ彼女の事が羨ましく思うのだよ。それに対する自己嫌悪を許容出来無くて、酒精で誤魔化しているのが現状か。腹立たしいな、全く」

 

 一気に飲み干し、『魔術師』は更なるお代わりを無言で要求する。ランサーもまた受け答えせずに無言で杯に酒を注ぐ。

 誰の眼から見えるほどオーバーペースで飲み続ける『魔術師』に、これでは先に酔い潰れてしまって情報収集どころの話じゃなくなる事を恐れたディアーチェは少しだけ注意を促す。

 あくまでもそこが主題であり、決してこの性悪『魔術師』の安否を心配した訳ではないと、誰にするまでもなく心の中で全力で言い訳する。

 

「……いい加減飲み過ぎだ、それ以上は身体を壊すぞ」

「解ってはいるが、止められないものだ。この一時の酔いに溺れていたいのだろうさ。思考を鈍らせて心を堕落させて、目の前の絶望から一瞬でも背けられるように――」

 

 制止の言葉を掛けられ、『魔術師』は手慰めにグラスの中のワインを回す。盲目の眼差しは、一体何処を見据えているのだろうか――。

 

「――昔話をしよう。在り来たりで退屈な話をな。一回目の私は二つだけ悔いを遺した。一つは両親より先に逝った事、もう一つは子の行く末を見て逝けなかった事だ。私は『親不孝者』であり、どうしようもないほど『子不孝者』さ」

 

 それは『魔術師』の、いや、神咲悠陽の独白のような罪の告解だった。……が、途端、ディアーチェの予想を反して不機嫌極まるという具合に表情が露骨に歪む。

 

「……はぁ、あの『糞野郎(両親)』どもより先に死ぬとかマジ在り得ねぇ。心にも無い弔辞吐いて、やっとくたばりやがって、死んでくれて清々したと見送る事が生き甲斐の一つだったのに」

「いやいやいやっ、お前にとっての『親不孝者』の基準とは一体どうなってるんだ!?」

「親への『憎悪(愛情)』とそれは別問題だ。幾ら憎もうが愛しようが、親であるという事実には変わりないからな」

 

 ディアーチェのツッコミも何のその、彼の中では『親孝行』と親への『憎悪』は両立しているという事となる。

 口調そのものはいつもの変わりないが、やっぱり酔っ払っていて世迷い事を吐いているのではないか、そんな懸念をディアーチェに抱かせた。

 

 ――目の前の彼が三回目の人生を歩んでいるという、人間の中でも特異な生い立ちを辿っているのは前にも聞いた話だ。

 

 だからこそ、その悔いが二つだけという処で引っ掛かりを覚える。

 そう、子が居るなら、当然、あるべき者への配慮が何処にもない事に――。

 

「……まぁ、それはともかく。一回目の伴侶には、何も想う処が無いのか?」

「不思議と無い。あれは私が居なくても逞しく生きていけるだろうからな」

 

 悠陽は一片の迷い無く断言する。……本当に、一回目においては普通の人間だったのか、此処に居る誰もが疑問に思っただろう。

 自称はあくまでも自称に過ぎないかと、ディアーチェは呆れながら頭を抱えた。

 

「一応補足しておくと、私と彼女に一般的な『愛情』や『情愛』という概念は無かった。――話せる女友達という適度で心地良い位置関係だったが、彼女の失恋話に酒の席で付き合ったのが運の尽きだったか。まさか一夜の間違いで見事的中するとはな」

 

 やぐされた顔で「責任を取って『人生の墓場(結婚)』にゴールするという身も蓋も無い話だ」と酒を呷り、エルヴィは主の惨状に「うわぁー」とドン引きし、「やっぱお前って女運無ぇなー」とあっけらかんに笑うランサーは酒を継ぎ足す。

 外見年齢九歳の少女達に話すには生々しい話である。免疫の無いディアーチェは自身の頬の赤みを自覚していたし、シュテルの方は目線を逸らして赤くなっているし、レヴィに関しては意味が解っていないのか首を傾げていた。

 

「……最初、生まれてくる我が子を愛せる自信が無かった。元より『愛』という感情など身勝手な性欲や劣情を都合良く格好付ける言葉程度の認識しか無かった。私の両親もまた幼い頃に散々喧嘩した挙句に離婚しているしな、其処に一抹の幻想すら抱けなかった」

 

 レヴィは意味が解ってか解らないでか「複雑な家庭ってヤツだねー」と適当に相槌を打つ。

 

 

「――けれども、生まれてきた我が子を見て、少しでも力を入れれば砕けてしまいそうな、脆くて弱々しい小さな生命をその手に抱いて、私は思ったんだ。これでもう自分はいつ死んでも構わない、と――」

 

 

 ……一体全体、どうしてそんな結論になるのか、ディアーチェには全く解らなかった。

 それは彼女がプログラムに過ぎないからか、それとも『魔術師』が余りにも常識的な人間とはかけ離れた精神性をしているからか――判別が付かない。

 

「……ちょっと待て。何でそうなる? それと、一回目は普通の人間だった、という以前の言葉は途方も無い戯言か?」

「全くもって心外だな。……まぁこれは、子を実際に持った事の無い者には理解出来ない感情だろうさ」

 

 あはは、と『魔術師』は今までで見た事の無いテンションで笑う。

 酔いによって感情の揺れ幅が増大しているのだろう。でなければ、身の上話など未来永劫口にしなかっただろうし――。

 

「何はともあれ、それからの私は我が子に出来る限り、私の生きた証を残してやる事に躍起になった。あれに看取られて天寿を全うするなら、悔いなど遺らなかったのだから」

 

 良くは解らないし、彼女達にそれに相応する存在は無かったが――これが彼の人並みに生きた頃の、父親としての一面なのだろうか?

 それについての自分の感情が整理する間も無く、『魔術師』の珍しく邪気の無い笑顔は即座に陰りを見せた。

 

「――私の『二回目』の人生は今考えるとボーナスゲームなどではなく、単なる罰ゲームだったようだな。在り得ない選択と機会が得られてしまったせいで、一回目に生きた世界に帰還してその後の自分の家族達を見届けよう、などと一生涯賭けて血迷ったのだから」

 

 その独白に一番驚いたのは、彼のサーヴァントである『ランサー』だった。

 

「……おいおい、それが『聖杯』を望んだ本当の理由かよ?」

「そうさ、ランサー。実に笑えるだろう。魔術師どもの悲願たる『魔法』を、そんな取るに足らぬ些細な我欲の為に目指したのだからな――」

 

 くくく、と暗く嘲笑しながら「他の魔術師が知れば、発狂物だろうな」と、勝ち誇ったように哄笑する。

 笑って笑って笑い続けて、声が乾き切った頃には、それはいつの間にか自嘲に成り果てていた。

 

「けれど、此処で気づくべきだったんだ。確かに一回目の私は『親不孝者』ではあるが、『子不孝者』では無かったと――親が先立つのは当たり前の話で、それは覆すべき理では無かったんだ」

 

 水代わりにワインを喉に流し込み、一息吐く。

 発狂したかのような哄笑から転じて緩慢な憂鬱に変わる。それこそが彼の辿った波瀾万丈の人生そのものだと言わんばかりだった――。

 

「――先天的な素養か、死を体験した賜物か、はたまた前世の残り香か。『二回目』の私が保有した魔眼は規格外極まるものだった。人間風情に神代の魔眼が宿るなど、悲劇でしかない」

 

 『魔術師』は自身について多くを語らない。

 秘匿すべき情報は徹底的に隠し通す性分であり、自身の魔眼についても今まで『マテリアルズ』の三人娘に話した事は無かった。

 

「一回目の最期から、私の眼は『死の形』を網膜に、いや、魂の奥底まで刻み込んでしまったのだろうな。それ以来、私が視るのはいつもいつも同じ地獄だ――『死』が視えずとも『死』が眼下に顕現されるか。『死の線』が視えずとも衝動的に潰したくなる」

 

 そう言って『魔術師』は自身の閉ざされた両の眼に指を置いて圧迫する仕草を見せ、彼女達を、特にエルヴィをひやりとさせる。

 一瞬本気で潰すのでは、とディアーチェに危惧させたが、彼の彷徨う指は両眼を潰す事よりも、理性を濁らせる酒の杯を優先した。

 

「一般人としての常識を引き継いだまま、私は第二の母親を焼き殺した。――『親不孝者』の次が『親殺し』だとはな」

 

 「あっはっは……!」と、『魔術師』は狂ったように悶え笑う。

 ガラスの杯を持つ手は小刻みに震えており、その身に宿る憎悪は如何程のものか、余人には察せないほど膨れ上がっていた。

 

 ――その矛先は余りにも理不尽過ぎる運命に、だとかそういうあやふやなものではなく、おそらくは、自分自身に対してなのだろう。

 

「この瞬間、私は一般人としての感性を完全に捨てざるを得なかった。魔術師としての常識で理論武装しなければ、こんな事は許容出来なかった。そんな安易な逃げ道を選んだ――あの世界の魔術師は、必要あらば親子供も殺す。自分の犯した覆せぬ過失も日常茶飯事なのだと言い訳して」

 

 それは自己嫌悪どころか、もはや自己憎悪の領域であり、酒の進む速度が更に増す。

 

「……初めの内は塗り固められた。蒼崎橙子や荒耶宗蓮、衛宮切嗣などの理想的な魔術師像を前世から知っているからな、私は誰よりも魔術師足り得た」

 

 平坦な口調で、『魔術師』は抑制無く淡々と話す。

 落ち着きが戻ったと思いきや、彼の形相が深い深い奈落のような絶望を前に歪む。

 

「……この時、保険として産まされた次代の後継者が、まさか一回目での私の実の娘だったとは。何で気づけなかったのだろう……?」

 

 ……暫し、重い沈黙が場を支配した。

 酒を呷る事さえせず、彼は嘆く。今の彼は、驚くほど空虚であり、全盛期を誇る十八歳の青年の身でありながら、枯れ木のような老人のように小さく見えた。

 

「歯車が狂ったのは『第二次聖杯戦争』に参戦した事でもなければ、一回目の世界に帰還しようとしたからでもない。『彼女』を、よりによって『彼女』を召喚したからだ――」

 

 ――『彼女』。その言葉にはどれほどの想いが籠められていただろうか。

 

 虚無だった彼に感情の色が再び灯る。

 それは熱に浮かれたような情熱の色のようでもあり、遠き彼方を見据える羨望の色のようでもあり、初々しいまでの恋情の色のようでもあり――打ちし枯れた絶望の色でもあった。

 

「――『聖杯戦争』に挑むに当たって、高名な『英霊』の触媒を手に出来なかった訳ではない。確かに手駒の『英霊』が強力なのに越した事はないが、術者と『英霊』の相性が最悪ならばその戦力も陰り、絶対に勝ち残れない。ならばこそ、自らを触媒として最も相性の良い『英霊』を呼び寄せれば、例え招き寄せられた『英霊』が脆弱でも戦いようなど幾らでもあった」

 

 その話をディアーチェだけでなく『ランサー』も興味津々と聞き届ける。

 彼とて鞍替えせざるを得なかったとは言え、『魔術師』のサーヴァント。マスターからの英霊選びの基準を聞かせられては興味が無い筈があるまい。

 

「そして招き寄せられたのは最優のクラスと名高い『セイバー』、『オルレアンの聖女』――いや、『救国の魔女』ジャンヌ・ダルクだった」

 

 何よりも愛しそうに、何よりも悲しそうに『魔術師』は告げる。

 

「? 何故『救国の魔女』と言い直したのだ?」

 

 当然、その事に対してディアーチェは疑問をぶつける。

 彼女とて『魔術師』の屋敷に滞在する内に、よりによって『魔術師』から一般常識などを叩き込まれ、悪戦苦闘しながら日本史やら世界史やらテーブルマナーやら帝王学さえも覚えさせられた始末。

 百年戦争の末期に活躍したフランスの救国の英雄であるジャンヌ・ダルクの事は、彼女の中の知識にもあった。

 

「『第二次聖杯戦争』は幕末の時代。その当時、未だに『彼女』は魔女の烙印を押されたままであり、その汚名が雪がれるのは一世紀以上先の事だ」

 

 更に「その当時でも『彼女』の殉教は後世の者達によって都合良く美化されていたがな」と極めて険悪な表情で付け足す。

 その燃えるような憎悪が誰に向けられているかは問うまでもない。もしもその当時にタイムスリップするような奇跡でも起きようものなら、『彼女』の宗教裁判に関わった聖職者を一人残らず焼き殺さんばかりの勢いである。

 

「――此処まで条件が揃っているのなら、属性が反転して『反英霊』として呼び寄せられる筈だった。当人が生前如何なる人格だったかは関係無い、無辜の怪物たる『串刺公』のように後世の歪んだ信仰で変質する事も稀ではない――何より召喚者が私だったからな」

 

 ――確かに、と無意識の内に相槌を打ちそうになり、ディアーチェは全ての理性を総動員してその言葉を止める。

 尚、そんな事を考えずにぽろっと零れそうになったレヴィの口はシュテルによって物理的に塞がれていた。

 

「なのに、あれは――私の知る『聖女』として召喚された。あれが、あの状態の『彼女』が、歪んだ信仰に侵食されていない、ありのままの『彼女』が最も相性の良い英霊? 一体何の冗談だ、死因繋がりか? 当時の私にはこの結果を受け入れる事が出来なかった」

 

 自身を触媒として最も相性の良い英霊を呼んだ筈なのに、想定外の事態だと理不尽に怒り――途端、全く別の感情を浮かべていた。

 

「この忌々しい魔眼には『最悪の死』しか映らないのに、『彼女』だけは燃え尽きず、何よりも綺麗で美しくて尊くて――ただの一目で心を奪われたと認めるには、あの時の私は若すぎた」

 

 それは彼にとってどれほどの奇跡だっただろうか――それは当人以外には触れる事さえ許されない聖域だった。

 

 

「――生まれて死んでまた生まれて初めて、私は恋をした。されどもその初恋は、初めから逃れられない破滅が約束されていた」

 

 

 その時の神咲悠陽の表情は窺い知れないものであり、それは無表情よりも読みにくい代物だった。

 

「『彼女』との戦闘面の相性は最高だった。『彼女』は如何なる英霊が相手でも耐え凌げる。『セイバー』が相手のサーヴァントを足止めしている間に私が相手のマスターを仕留める。――それは即ち、例え相手のサーヴァントがどれほど強大な存在でも、私次第で幾らでも勝機を用意出来るという事だ」

 

 ――それが彼とサーヴァントの在り方。

 

 サーヴァントを単なる囮の道具にしか扱わなかった衛宮切嗣とも違う、サーヴァントに全て依存したウェイバー・ベルベットとも違う、サーヴァントに終始振り回されて最終的に裏切られた遠坂時臣とも違う、互いが己が領分でベストを尽くせる理想的な関係がそれだった。

 

「不満そうだな、ランサー」

「おぅおぅ、堂々と惚気やがって。オレじゃ不足か?」

「いや、お前の『魔槍』には全幅の信頼を置いているよ。私の知る正史とは違って、確実に相手の心臓を穿ち貫いているからな。今の処だが」

 

 『魔術師』は不満そうにいるランサーをからかうように笑い「テメェの知る正史って何だよ!?」「毎度毎度お前の槍は何故当たらないんだって言われる次元だよ」「はぁ!? なんじゃそりゃ?!」と、自身の在り得ざる可能性にランサーは全力で戦く。

 そんな二人のやりとりを遮ったのは、相変わらず空気を読まないレヴィだった。

 

「あっるぇー? 以前に基本的な戦闘力は低いって言ってなかったけ?」

「此処にいる連中と比べたらそうだろうさ。ドイツもコイツも揃いに揃って規格外揃いだ。余りの戦力差に泣きたくなるよ」

「いや、貴様も大概というか、同類というか、筆頭というか……」

 

 ディアーチェのツッコミは、どうやら酔っぱらい『魔術師』には届いていないようだ。

 彼女自身『この男には何をやっても敵わないのでは?』という気弱な疑念すら抱いているというのに――。

 

「マスターとマスター、魔術師と魔術師が誰にも邪魔されずに一対一で殺し合う。つまりは、この私が最も得意とする土俵で勝負する訳だ。魔術と魔術の競い合いと勘違いした脳味噌まで黴びた連中は真っ先に脱落したっけな」

 

 あくまでも正々堂々と決闘する気は『魔術師』の中には無いようだとディアーチェは結論付ける。

 愉快痛快に邪悪に嘲笑い「あの時代での『魔術師殺し』とは私の事だしな」と誇らしげに語る。

 

「……『彼女』を呼んだからには『聖杯戦争』の勝利は予定調和だった。問題はその後だ。この『聖杯戦争』での最大の失策は『彼女』を召喚した事に他ならない――初志貫徹するなら、何かしらの『英霊』の触媒を使うべきだったんだ」

 

 ただそんな様子も、一瞬にして陰る。

 

(……? 話に聞く限り、最高のカードを引いたというのにどういう事だ?)

 

 ちびちび煮え切らないように酒を啜りながら、『魔術師』は大きな溜息を吐いた。

 

「一回目の世界に帰還する。それを可能とする神秘は魔術を超えた領域、地平の果ての理、即ち『魔法』に他ならない。元より冬木の『聖杯』はそれに特化している。――『七つ』の『英霊』の魂を『聖杯』にくべて『大聖杯』を起動させる。それで根源への扉は開かれる」

 

 ランサーの目付きが一瞬鋭くなる。

 それもその筈だ。この話は、呼び寄せられる英霊にとっては最高に面白くない話である。

 

「『聖杯戦争』で召喚される『英霊』は全部で七騎、つまり――」

「そうさ、シュテル。――他の六騎のサーヴァントを撃滅した後、令呪をもって自身のサーヴァントを自害させる。最初から、その為の儀式が『聖杯戦争』であり、第二次から追加された令呪はその為にあるものだ」

 

 「第一次での失敗を繰り返さない為にな」と『魔術師』は付け足す。

 何とも悪辣な儀式であると、ディアーチェはげんなりする。性根の悪さでは劣るだろうが、『魔術師』と同類の性悪で存在破綻者が七人も出揃うのだ、ろくな戦争にならないだろう。

 

「当然ながら召喚される『英霊』にその知識は与えられない。この方式を考えた奴は『英雄王』が評する通り、神域の天才だろうね。空の器に過ぎない『万能の願望機』を誘蛾灯に至高の魔力源である『英霊』の魂を呼び寄せるなんてね」

 

 卵が先か鶏が先か――結果的に『万能の願望機』になるのだから、『聖杯戦争』の謳い文句は確かに果たされる。

 そう、全ての『英霊』を『聖杯』に捧げた上で――。

 

「――けれども、『彼女』は最初から、召喚される前から知っていた。この『聖杯戦争』の絡繰りを識ってた、全知していた。例外クラス『ルーラー』の補正なのか、啓示スキルが働いたのかは不明だがな」

 

 一際沈み切った上で――『魔術師』はくつくつと、邪悪に嘲笑った。

 

「――嗚呼、何て都合の良いサーヴァントなのだろうか。それを知りつつ、この私の為に死力を尽くして戦ってくれるなんてね。余程生前と同じ死因を辿りたいらしい、愚かな女だ」

 

 すぐさま哄笑となり、『魔術師』は笑う嗤う哂う。余りにも痛ましくて、見てられなかった。

 

「令呪は二つ温存出来た。如何に対魔力に優れた『セイバー』と言えども、令呪の重ね掛けには抗えまい――いや、違うか。『彼女』に抗う意思が最初から無いのだから、令呪は一つで良かったのか!」

 

 「こんな事に今更気づくなんてな!」と『魔術師』はともかく笑い続けた。

 ――けれども、その顔は、今にも泣き崩れそうなぐらい痛々しく歪んでいた。

 

「……殺せなかった、のだな……」

 

 見ていられなくなったディアーチェは、敢えて口にする。

 かくんと、糸の切れた人形のように、『魔術師』は力無く項垂れた。

 

「この地獄の只中で唯一つだけの尊い光を、何よりも神聖で愛しい希望を、私は手放す事が出来なかった――」

 

 ――それが、彼の唯一にして最大の失敗だった。

 

 些細な野望を叶える道具の為に使役していたのならば、一切迷う事無く切り捨てられただろう。

 元より彼の魔術師としての常識は良心すら傷まなかっただろう。必要な犠牲として嬉々と切り捨てただろう。

 だが、彼が召喚した『彼女』は奇跡的なまでに、誰よりも魔術師然と振る舞えた彼を人間に戻してしまった――。

 

 その葛藤を誰が知るだろうか。悩んで悩んで悩んで悩み抜いて、その終わり無き苦悶の果てに――。

 

「……『聖杯』は、『万能の願望機』は『彼女』にこそ相応しい。救国の為に立ち上がり、最終的には魔女の烙印を押されて何もかも奪われ犯され侵されて火刑に処された。その生涯に救いも報いも何一つ無い。だから、在り得ない救済が一つぐらいあっても許されるだろう……?」

 

 初志貫徹するならば、この『魔術師』の言葉は世迷い事に等しい。

 本末転倒、此処に極まりだ。届かぬ救済を手にする為に『聖杯』を求めたのに、その過程の道具である『奴隷(サーヴァント)』に捧げるなど、愚か極まりない。

 

「救国の英雄としてではなく、一人の人間としての、『彼女』自身の些細な望みなど『聖杯』なら幾らでも叶えられるだろう。幸いな事に第二次までは『聖杯』は正純だ。本来得られなかった平凡で一般的な生涯を全うする事も、もう一度歩む事だって出来た」

 

 『魔術師』は最高の名案だと自画自賛する。

 『聖杯』によって受肉する事で第二の生を謳歌する。何て幸せな未来図か。例えその先が一寸の光すら無い暗闇でも、『彼女』と一緒ならば何処にでも行けた。如何なる不可能も可能に貶めたと豪語する。

 

「それなのに……ッ! アイツは、あの大馬鹿者はッ!」

 

 『魔術師』は心の底から絶叫する。感情の爆発の後、彼は目元部分を片手で押さえた。

 

「……私の最初の願いを成就するにあたって、最後の障害が自分自身である事を『彼女』は察していたのだろう。私が令呪で自害を命じられない事を。――だから、『彼女』は自分自身の手で決着をつけた……」

 

 その選択が『彼女』にとってどのような意味があるか、『魔術師』にとって何を齎すか――当人以外に、口にする権利は無い。

 

「――けれども、私は『彼女』の魂を分解せずに残した。冗談じゃない、勝手な思い違いで自害しやがって。無理矢理でも一生涯付き合って貰うとも……!」

 

 その行為に、魔術的な観点から見れば何ら意味も無い。『万能の願望機』を無意味に使い潰す最悪の結末だ。

 ただ、その身を神に捧げた『彼女』を、神如きに渡したくなかった。恐らくはそんな子供じみた理由なのだろう。

 其処までに『魔術師』は『彼女』を愛し、どうしようも無いほど『彼女』にイカれていたのだ――。

 

「こうして『第二次聖杯戦争』には本来在り得ざる勝利者が生まれたが、『聖杯』は『万能の願望機』としての機能を失ったまま死蔵される。従来通り、参戦した全員が不幸になる結末だ――そして私にとって此処からが本当の地獄の始まりだった訳だが」

 

 再び酒を一気に呷り、より一層顰めっ面が厳しくなる。

 もうこの時点でさえ最悪に等しいのに、まだこの上、いや、下があるのかとディアーチェは戦慄する。

 

「え? 無事に生きて帰ったのに?」

「そうさ、レヴィ。無事に生還して『聖杯』を持ち帰ったからこそ――神咲家七代目当主、つまりは二回目の私の親父殿が許さなかった」

 

 そして待ち受けるは何処までも無残な骨肉の争い。血で血を洗う魔術師の親子の結末である。

 

「魔術師にとって根源への到達は世代を越えて尚受け継がれる宿願、いや、永久に果たせぬ妄執というべきか。代を重ねる毎に増す怨念と無念を、私は受け継いでいながら何一つ理解出来ていなかった」

 

 それが彼の、二回目の生を受けた転生者としての最大の弊害だった。

 

「あの時の私は言うまでもなく全盛期であり、親父殿は老年差し掛かった没落期。『魔術刻印』を受け渡したのだから、魔術師としての格など競うまでもない。何よりも親父殿は戦闘を主眼としない研究職の魔術師、完全に殺害を目的とした戦闘特化の魔術師である私に殺し合いを挑むなど愚かしいにも程がある――そう、愚かなのは私だった」

 

 『魔術師』の苦悩はより深く刻まれ、更に沈む。

 

「諦められないからこそ、彼等は魔術師という永遠に報われない群体であるのにな――結果から言えば、親父殿を返り討ちにし、殺害現場を目撃して離反した二回目の妻である妹も焼き殺した」

 

 ――『彼女』によって、人間としての当たり前な在り方を取り戻した直後に訪れた、魔術師としての日常である。

 

「尊属殺しを二度味わう羽目になり――『三回目』には『子殺し』も加わる訳だ。本格的に『子不孝者』だ。何だこの喜劇は、回を増す毎に酷くなるじゃないか!」

 

 「ははは!」と狂ったように泣き笑い、一切り飽きた後――慣れない自分語りを終えて『魔術師』は本題に入った。

 

 

「――ロード・ディアーチェ。『砕け得ぬ闇』、いや、ユーリ・エーベルヴァインを解放したら、何処なりとも旅立つが良い。もうお前達を縛る鎖は何処にもない」

 

 

 ――ディアーチェは目を見開いて驚く。

 

 ……その算段は、つい数日前に整っていた。

 プレシア・テスタロッサの訃報が重なり、後回しになっていたが――紫天の書から『砕け得ぬ闇』を解放する手立ては、既に付いていた。後は出た処勝負である。

 その『魔術師』の言葉に、ディアーチェの眉間が歪む。シュテルとレヴィも、緊張した様子だった。

 

 ――自分達が真の自由を得る過程で、最大の難関が目の前の男だと今まで思っていた。だが、その男から出た言葉に動揺を隠せない。

 

「……一つだけ聞かせろ。何故、貴様は我等を引き取った?」

「各勢力の力関係上、私が引き取って監視するのが一番の安全策だったからに過ぎないが――いや、建前は止そう。ある種の代償行為なのだろうな」

「代償行為?」

 

 それは端的に言うならば、ある目標に到達する事が不可能になった時、代わりに満足感を得る為の行為を指すが――。

 

「……エルヴィ、後は任せた――」

 

 

 

 

「……あーあ、飲み過ぎですね。やれやれです」

 

 座りながら意識を手放して夢の世界に旅立ったご主人様を、私は溜息混じりで眺める。随分ととんでもない事を任せて眠りに付かれたものである。

 

「……エルヴィ、その代償行為というのは――」

「そうですね、ご主人様に任されたからにはちゃんと答えましょう。素面なら口が裂けても言いませんし、こんな致命的なミス犯さないですからねー」

 

 そう尋ねるディアーチェに、私は思わず笑みが浮かんでしまう。

 微笑ましいとはまさにこの事だ。今の私には彼女達の事が――おっと、その前にご主人様からの説明義務を果たさねばっ。

 

「ご主人様は稀代にして天性の極悪人ですけど――不幸な事に、一般人としての道徳概念は未だに根底にあるんです。普通に生まれて普通に生きた、最初の人生の……」

 

 そう、ご主人様は生まれついての先天的な『悪』ではなく、なるべくしてなった後天的の『悪』である。

 自身が『悪』であると自覚して『悪』を振るう暴君であり、そういう類の『悪』であるからこそ、『悪』には『悪』なりの甘さが残っている。

 それこそ断っても断ち切れない『家族』との宿縁であり――。

 

「ご主人様は貴女三人の事を、本当に『我が子』のように接しているのですよ――」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08/

 

 ――さて、闇統べる王、ロード・ディアーチェの中で『魔術師』神咲悠陽は如何なる存在であるか。

 

 最初は最大の障害である。漸く三基の『マテリアル』が出揃って、何も出来ずに敗北を喫した憎き相手である。

 邪悪に嘲笑う『魔術師』は人としての悪意の極限であり、彼の打倒こそ自分達の真の自由であると反骨心と闘志を滾らせた。

 虎視眈々と、『魔術師』を打倒する算段を三人で練り始める。

 

(そして事もあろうに、この我等を単なる小娘のように扱いおって……!)

 

 『魔術師』は彼女達三人の監視役として名乗りを上げ、その『屋敷』に住まわせる事となる。

 ある程度の自由は許されたが、彼女達に著しく欠けている一般常識や教養に呆れてか、暇あらば自ら指導するという熱心振りだった。

 もっとも、大抵「こんな事も出来ぬのか」「王たる者がこの様では臣下の程度も知れるというものよ」「レヴィすら出来ているぞ?」など壮絶なまでに毒のある挑発で踊らされた事が大半であったが。

 

(……確かに、この世界での出来事は全てが新鮮で、新発見の無い日の方が少なかったか――)

 

 転換期になったのはとある昼下がり、『魔術師』が百億相当の素材を用意して儀式に挑み、この世界から消失した時だった。

 時間的には十数秒に過ぎず、すぐさま何の予兆無く帰還したが、その瀕死の重体という有り様に一番動揺したのは実は彼女自身だった。

 あれほど強大な『悪』であった『魔術師』が、生と死の淵を彷徨っており――彼が不死身の化け物ではなく、単なる人間に過ぎない事を思い知り――事もあろうに、彼女は全力で『魔術師』の命を繋げる事に尽力してしまった。

 

(――違う。これは『王』としての、正しき選択だ……!)

 

 あの時ほど下克上が簡単だった日は無いのに――否、弱り切っている時に挑むなど、寝首を切り取るが如き卑しき行為に等しい。

 『王』としての誇りを十全に全うした上で、完全な状態の『魔術師』を打ち倒さなければ意味が無い。

 ディアーチェは自分の取った行為をそう解釈を付けて納得させる。

 

(――なのに『魔術師』! 貴様にとっては我等など塵芥に等しい存在なのか……!)

 

 

『――ロード・ディアーチェ。『砕け得ぬ闇』、いや、ユーリ・エーベルヴァインを解放したら、何処なりとも旅立つが良い。もうお前達を縛る鎖は何処にもない』

 

 

 先程『魔術師』の口から語られた言葉に、最終的に立ち塞がる最大の敵が『魔術師』ではないという安堵よりも失望と怒りが上回った。

 自分達の事を敵とすら認識していないのかと――それが、親に認めて貰えない、構って貰えない子供の癇癪のようだとは、彼女は気づけない。

 

「――はんっ、万が一にも家族のように思っているのなら、何故……!」

 

 ――自分達がこの屋敷から去る事を、何の未練も無く良しとするのだろうか。

 

 『魔術師』にとって家族という存在が如何に行動原理を縛っているかは、如何に想いで束縛されているか、彼の口から聞き届けた。だからこそ、納得行かない。

 ディアーチェの言葉にしなかった想いを察してか、エルヴィは苦笑しながら答える。

 

「それが『三回目』でのご主人様の結論だからです。本当に大切なものは自分の手から遠ざけるべきだと――誰一人、ご主人様と共には歩めないのですから」

 

 夢の世界に旅立った『魔術師』を介抱しながら、エルヴィは寂しげに笑う。

 それはいつものように自由気ままな猫のように飄々とした風ではなく、今にも消え逝きそうなぐらい儚いものだった。

 

「――だから、『三回目』での家族に生後間も無く御自身を捨てさせた。だから、ご主人様に依存してしまった『禁書目録』の下から去った。……それでも足りなかった。別の並行世界を経て召喚された高町なのはを殺し、再び御自身の手で召喚したサーヴァントを犠牲にして、御自身の本当の娘である神咲神那をその手で殺めた――」

 

 ――誰一人、例外無く焼き尽くしてしまった。

 神咲悠陽が大切に想う人ほど、神咲悠陽を大切に想う人ほど、その理から逃れられなかった。

 

「ご主人様は誰かを守れる『正義の味方』には絶対なれないのです。どんなに望んでも、どんなに足掻いても、その対極の、全てを焼き払う『悪』にしか到れない――」

 

 だからこそ、誰よりも『悪』足り得た『魔術師』は、秋瀬直也のような『正義の味方』を真に体現する奇跡のような存在に、クロウ・タイタスのような無力なれども『正義の味方』を目指せる心強き者に、妬みながらも憎しみながらも――羨ましいと憧れているのだ。

 

(……つまり、それは――!)

 

 ディアーチェの瞳に暗い情念が灯る。

 その小さな異変に『理』のマテリアルであるシュテルは気づいたが、そういう機微に疎い『力』のマテリアルであるレヴィは違う質問をエルヴィとランサーにぶつけた。

 

「……それならエルヴィとランサーは?」

「私はご主人様の寿命が尽きるまでお仕え出来ますけど、最期はご主人様の手で殺される事になってます。それが、私とご主人様の主従関係ですから」

 

 その衝撃的な主従関係の内容に三人のマテリアルは驚く。

 吸血鬼エルヴィは最期の時まで『魔術師』と一緒の道を歩めるけれども、これまでの条理を覆せないとエルヴィは自嘲する。

 

「さて、オレの方はそんな先の事なんざ解らんが――アイツかオレ、何方かが死ねば契約満了だな。そう簡単に殺されてやるつもりもねぇし、アイツもそう簡単にくたばらねぇだろうが。それまではこの第二の生ってヤツを満喫するさ」

 

 ランサーの答えは単純明快であり、戦士としての死生観は揺るぎなかった。

 

 『魔術師』と共に歩むこの二人と、自分達三人、違いがあるとすれば――。

 

 この会話をもって、ディアーチェは決心する。

 夢の世界に旅立った『魔術師』を怒りをもって睨みつけながら、臣下たる二人のマテリアルに念話である通達を下したのだった――。

 

 

 

 

 ――酒盛りが終わり、屋敷の灯火が掻き消えた頃。

 

 ディアーチェとシュテルとレヴィの三人は、バリアジャケットを装着した状態で屋敷を遥か上空から見下ろしていた。

 

「……闇統べる王(ロード・ディアーチェ)。本当に――」

「――今夜、決行する。星光(シュテル)、雷刃(レヴィ)。あの『魔術師』が動けぬ今こそ千載一遇の機会、今は誰も邪魔が入らん」

 

 稼働してから一日も欠かさずに記憶の整理をし続けて、彼女達は全部ではないが、ある程度の記憶を取り戻していた。

 

 ――システムU-D『砕け得ぬ闇』は彼女達の失われた盟主たる存在であり、永遠の闇に沈む彼女を取り戻す為に今の彼女達がある。それこそが彼女達の全存在意義である。

 

 彼女達は四基で一つ、『闇の書』の闇に隔離され、永劫に渡って捕らわれ続けて――今、失われた最後のピースを漸く取り戻す日が訪れたのだ。

 『魔術師』側の事前情報から、『砕け得ぬ闇』が制御不能の暴走状態に至っており、だからこそ彼女は自身に繋がるあらゆる情報を削除・検閲し、二度と目覚めないように自分から闇に沈んだ事が判明している。

 

 ――その原因は『砕け得ぬ闇』自身に制御プログラムが一切存在しない事。

 

 『永遠結晶エグザミア』を核とする特定魔導力を無限に生み出し続ける『無限連環機構』のシステムがU-D『砕け得ぬ闇』である。

 際限無く生み出される魔力は出力暴走の誤作動を起こし、無秩序な破壊しか生まない。

 だが、実際の対処方法は『魔術師』が――正確には原作知識があるエルヴィだが――知っている為、何も問題無い筈だった。

 

「……うーん、王様がそういうなら従うけど――」

「余りお勧め出来ませんね。不測の事態の際、私達だけでは対処出来ない恐れがありますから――」

 

 『魔術師』の見立てでは、人の形をした『闇の書』の防衛システム級の脅威であり、今の海鳴市の全戦力を集めた上で初撃必殺による完封勝利、奇しくも『闇の書』の防衛システムと同じように何もさせずに対処する前提で準備を進めてきたが――。

 

「我等だけでシステムU-D『砕け得ぬ闇』を掌握する。奴の手など借りん……!」

 

 その思惑は、ディアーチェの独断専行によって崩壊する事となる。

 

「……解りました。実を言うと、私も同じ気持ちでしたから。師匠に戦力外通告されるのは、嫌です」

「そうだね、シュテるん。ユウヒに僕達が強くて無敵でカッコ良い事を魅せつけてやらないとねっ!」

 

 ただ、一見して自分勝手な横暴による愚挙にも見えるディアーチェの選択も、臣下の二人には全てお見通しだった。

 

「な!? なななな何を言っておる! 我は我の手で真なる自由をこの手に取り戻さんとだな……!」

 

 慌てふためいてディアーチェは二人の臣下を前に建前を並べるが、その真っ赤な顔では説得力の欠片も無かった。

 

「あー、王様のこれって、確かエルヴィが前に言ってたけど『ツンデレ』ってヤツだよねー?」

「そうですね、ディアーチェは好意に対して素直じゃありませんから」

「きき、貴様等なぁー!? やっぱり我の事を尊敬しておらぬだろぉッ!?」

 

 激昂するディアーチェに「そんな事ありません、私は王の事を尊敬してますよ」とシュテルは棒読みで答えて火に油を注ぐ。

 一切り怒り終わって発散し「ぜぇぜぇ……!」とディアーチェは息切れした頃、シュテルは淡く笑う。

 

「後で皆で――『四人』で謝りましょう。私もお手伝いします」

「怒られるのは嫌だけど、王様一人に押し付けるのはもっと嫌だー!」

 

 レヴィも元気良く笑う。

 そんな二人の顔を見て、ディアーチェはどうしようもないほど愚かで愛しい臣下達に対して小さく溜息を吐いた。

 

「――すまぬな、二人共。力を貸せ、シュテル、レヴィ!」

 

 王の力強き命令に、二人は無言で頷く。

 

(――『魔術師』、貴様が我等を弱者と断じるなら証明してやるとも……!)

 

 紫天の書の盟主をその手に取り戻し、『紫天の書』を完成させる。

 万願を成就しつつも、『魔術師』の非業な運命など自分達は適応外だという力の証明に、これ以上の事は無いだろう――。

 

 

 

 

 ――『魔術師』が『砕け得ぬ闇』の対処を全て自分の予定通りに行いたかった本当の理由は、二次被害の規模が想像付かなかったからに他ならない。

 

 本来の歴史では管理局によって『闇の欠片事件』と名付けられる本件が『魔都』で発生する際、一番危惧しなければならないのはマテリアルの三人と『砕け得ぬ闇』の発生に伴って副産物的に発生する災厄、闇の書の欠片の『思念体』である。

 

 ――土地の記憶を元に構成し、千差万別の人物に象る『思念体』。

 

 魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-においての『思念体』はプレシア・テスタロッサ事件から闇の書事件での登場人物の劣化品コピー市だったが、この『魔都』と化している海鳴市では、単なる取るに足らぬ劣化品でも非常にまずすぎる存在が過去幾多も存在しているからである。

 

「――エエエエエィィィィイイイイイイメンッ!」

 

 その一つが、吸血鬼の殲滅を至上使命とする『神父』が戦斧で粉微塵になるまで引き裂いている、不定形で蠢く亡者の軍勢『死の河』の成れの果てである。

 

「――『アーカード』の『残滓』の『残滓』とは、『ナチ』の『残党』の『残党』より笑えませんねぇ!」

 

 『代行者』は嘲笑いながら、何処からか出した複数の黒鍵を無造作に投擲し、串刺しにした吸血鬼未満の不定形生物を『火葬式典』にて焼き尽くしていく。

 『聖堂教会』の対死徒専門の異端審問部署『埋葬機関』の面目躍如である。

 

「まるで今夜は『ワラキアの夜』か『血の怪異』ですねぇ。『アナザーブラッド』の仕業なら彼女を片付けるだけで終わりなのですがねぇ!」

 

 咽返るような殺意を『味方』に向けながら、『代行者』は嬉々恐々と死地を踏破していく。

 新旧問わず、退場した役者をもご都合良く壇上に無理矢理上げる『舞台装置』を『代行者』は全力で皮肉る。

 その語り手の一人である彼女は、別の事で突き刺すような殺意と憎悪を返していた。

 

「――私を『違えた血』と呼ぶな『代行者』!」

「テメェはこんな状況でも相変わらず全方面に喧嘩売りやがるなぁ……!」

 

 小さなデフォルト状態になった鮮血魔嬢・大十字紅朔と、術衣形態――彼の意向で従来通りのデザイン――で双銃を連射するクロウ・タイタスの新ペアだった。

 

「クトゥグァ! イタクァ!」

 

 暴虐極まる灼熱の炸裂弾が無慈悲に『残骸』を蒸発させ、自由自在な軌道で舞う極低温の自動追尾弾が『残骸』を凍結・粉砕する。

 

「血刃を放つ、断て――!」

 

 その絶死の銃撃による僅かな取り零しも、紅朔の放つ血の刃によって両断され、残骸は原形を保てずに消え失せていく。

 

(ほうほう! これはこれは想像以上の組み合わせですねぇ。此処まで化けるとは――)

 

 大十字九郎とアル・アジフの血を分けた子供である彼女だからこそ、大十字九郎と同じように、炎の神性と氷の神性である二柱の旧支配者を制御出来る『暴君ネロ』の魔銃が召喚可能となり――主に紅朔の芳醇な魔力をもって焔の魔弾と氷の魔弾はアーカードの『残骸』を容赦無く蹂躙する。

 『半人半書』であり、自らも魔力を供給出来る『大十字紅朔』だからこそ可能となった状況である。それはクロウ・タイタスの魔力不足を補い余って足るものだった。

 

「さて、此処は『神父』とその他一同で大丈夫ですね。私は『私用』の方を優先させますのでそれでは――」

「おまっ、こういう時ぐらいまともに働けよっ!?」

 

 物凄い良い笑顔で『代行者』は戦線から影もなく離脱し、その穴埋めにクロウは四苦八苦する。

 

「しっかし『魔術師』の野郎め、事前に知らせるとかほざいてこんな後手後手に回る始末かよ……!」

「音に聞こえし稀代の謀略家『魔術師』殿にも想定外の事はあるって事ねぇ。噂ほどでも無いわぁ……!」

「同じ脚本書きの紅朔が言うと説得力ある、なぁっ! というか、完全に根に持ってねぇか!?」

 

 何やら殺意と怨念が全て『魔術師』に向けられている様子にクロウは冷や汗を流す。

 置き土産の『対介入術式(カウンタートラップ)』に引っ掛かった紅朔としては恨み骨頂なのだろうなぁと、実際にその二人が出遭わない事を祈るばかりである。

 

「クロウ兄ちゃん、紅朔ちゃん、『神父』さん下がって! デカいのかますでぇー!」

 

 空からのはやての言葉に、『神父』とクロウ・タイタスは即座に後退し、馬鹿みたいに巨大な闇の球体が地に炸裂して『残骸』を跡形も無く殲滅する。

 その取り零しを、彼女の守護騎士達が更に刈り取っていく――。

 

「……わぁお、すっげー……」

「……相変わらずの馬鹿魔力ねぇ。あの小狸ちゃんは本当に人類かしら?」

 

 何もかも一発で纏めて終わらせる極大の範囲攻撃に、それを繰り出してまだ余力を残している魔法少女姿のはやてを遠目に眺めながらクロウは身震いする。

 既に消化試合となっている戦闘だが気を引き締めて――懐かしい、禍々しく邪悪な魔力を察知する。

 

「――『大導師』ッ!」

 

 そう、その闇夜の漆黒より深い邪悪の化身たる男は、嘗て魔都海鳴市に存在した五大組織の一つ『這い寄る混沌』の教祖、ナコト写本の担ぎ手である『大導師』であり――此方に向ける眼には獣の如き獰猛な殺意と憎悪しか滾っておらず、理性の色は欠片も無かった。

 

「へっ、セラが言っていた『闇の欠片事件』の本番って事かい。だけどまぁ、再生怪人なんざに負けてたまるかっての!」

「それじゃ、クロウ。此処で『お母様(オリジナル)』との違いを見せつけてあげるわぁ……!」

 

 

 

 

 一方、其処は異世界の戦場と化していた。

 鋼鉄の武者が闇夜の空を舞い、双輪懸にて『猪突戦(ブルファイト)』を繰り広げて雌雄を決する、装甲悪鬼村正の世界での戦場が此処に顕現していた。

 

《――亡者共が此処まで威風堂々と出歩くか。今宵は百鬼夜行か何かか?》

『地獄に近しい場所というのならば、此処での日常も然程変わりはあるまい――』

 

 ――ただ、戦況はただただ一方的だった。

 銀色の軍勢が一方的に堕とし、劔冑姿の『思念体』を蹂躙する。ただそれだけだった。

 

《『魔術師』殿の不手際か。珍しいものだ》

『あれも人間だという事の証左だな。……言っておいて、これほど虚しくなる言葉は他に無いがな』

 

 海鳴市に残存する三大組織、その転生者に対する天敵たる『武帝』の首領、湊斗忠道が手を下すまでも無かった。

 『銀星号』による『精神汚染』にて、『善悪相殺』の理を無視して縦横無尽に戦場を駆け抜ける銀の軍勢によって、思念体は単なる雑念へと堕ちて消えるのみである。

 

《……しかし、中々に滅入るな。幾ら粗悪な『思念体』とは言え、嘗ての同胞達が相手だとはな――》

『これもまた我等の使命、我等の選択の結果なのだろう――一騎残らず刈り取るぞ、村正』

《諒解――御堂、っ!》

 

 そして、遥か空に仁王立ちする彼等の前に立ち塞がって同じように『静止』する機影は、赤い武者なりの劔冑だった。

 

《――冑が娘、か》

『――やはり、中身は無し、か』

 

 千子右衛門尉村正――『三世村正』、湊斗忠道の劔冑である銀星号『二世村正』とは切っても切れない縁にあり、されども他の『思念体』と同じく、仕手の無い不完全な代物だった。

 

《すまぬな、御堂。身内の恥を注ぎたい》

『構わぬさ、村正』

 

 多くを語らずに湊斗忠道は構える。心甲一致とは真逆の位置にある『三世村正』の残骸など技を競うまでもない。勝負は一瞬で終わる――。

 

 

 

 

「――ディバイン、バスター!」

 

 嘗て『魔女』と呼ばれた『思念体』の数々を、白い魔法少女は桃色の破滅の光にて葬っていく。

 

「結界の外を『魔女』どもがうようよとか、今日は『ワルプルギスの夜』かよ!?」

「やめてよね、言ったら実際に来るかもしれないわよ?」

 

 小柄で奇怪な声をあげて踊り狂う『魔女』をスタンドの拳にて穿ち貫き、高速移動で仕掛けてきた『魔女』を赤いライトセーバーが無情に引き裂く。

 想定外の事態を察知した高町なのは、秋瀬直也、豊海柚葉は途中で合流し、此処周辺に蔓延る『魔女』掃除に専念していた。

 

「まぁこんな有り様じゃ、例え出現してもハリボテだろうけどね。『思念体』の構成要素がまるで足りていない、だから『魔女』の能力すら再現出来ていない」

 

 結界の外に出ているのではなく、結界を張れる能力が無いが故の今の惨状である。

 大規模殲滅能力に秀でた高町なのはがいる以上、彼等の敗北の可能性は皆無に等しかった。

 

(――それなのに、どうしてこんなにも嫌な予感が……?)

 

 だが、豊海柚葉だけは、心の中で蝕むように広がる不安を前に危機感を募らせていた――。

 

 

 

 

「システムーD、S、L、退いて下さい。私は貴女達を、壊したくない……!」

 

 金髪の幼い少女が月を背に嘆き、闇色の炎たる『魄翼』を羽撃かせる。

 彼女こそはディアーチェ・シュテル・レヴィが長年求めて解き放とうとしたシステムU-D『砕け得ぬ闇』であり、地に膝を下ろすディアーチェは歯痒い思いで彼女を見上げる。

 

「っ、シュテル、レヴィ……!」

 

 ディアーチェの呼びかけに、二人は答えない。地に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。

 

 ――目覚めたばかりの『砕け得ぬ闇』は、その全性能の数%も発揮出来ていなかった。

 されども、それだけで――なのは達に匹敵するポテンシャルを持つマテリアルの三人を、無傷で返り討ちにするに至る。

 

「くぅ……!」

 

 シュテルが用意した干渉制御ワクチンを撃ち込む事には成功した。

 その過程でシュテルとレヴィは致命的なダメージを受けたが――問題はその後。『闇の書』の防衛システムに匹敵するか、或いは凌駕する多重障壁をディアーチェ単体では突破出来ずにいた。

 

「……貴女を殺したくない。でも、さよならなのです――」

 

 まるで泣き崩れそうな表情で、『砕け得ぬ闇』は止めの一撃を繰り出す。

 逃れられぬ破滅を前に、ディアーチェは目を瞑り――。

 

 

「――やれやれ、酔っ払いに無茶させるな」

 

 

 破滅の一撃の軌道を寸前の処で撃ち落として逸らした『魔術師』は若干息切れしながらも、彼女達の下に辿り着いたのだった。

 

「『魔術師』!? 貴様、酔い潰れていただろうに……!?」

「酔っていられない状況にしておいて良く言う。余所見するな、死ぬぞ」

 

 彼の最も信頼する吸血鬼の従者と槍兵は其処にはおらず、当人にとっても無茶極まる強行軍で辿り着いた事は火を見るより明白だった。

 

「此方の準備を全部台無しにしてくれた文句は後で言うとして――」

 

 『魔術師』は天を見上げる。其処には戸惑いと絶望を色濃く現す『砕け得ぬ闇』が居た。

 そう、それは絶望だ。またもや彼女は壊してしまう。存在しない希望に引き寄せられた哀れな蛾を、握り潰してしまう――。

 

「――人間。貴方も私を救うつもりだと言う気ですか……?」

「いいや、私はお前を救わない。第一『悪』は他人を救いはしないし、元より『正義の味方』のように救う事も出来まい」

 

 本来の物語で『砕け得ぬ闇』と遭遇した際に呟かれた希望溢れる前口上の数々など『魔術師』には似合わない。

 『魔術師』は笑う。それは彼に似合う邪悪な嘲笑ではなく、彼に似合わない邪気無き勝利の笑みだった。

 

 

「――お前は勝手に救われるんだ、お前を想う『王』の手でな――」

 

 

 根拠無しに確信して、絶対的に信仰して、『魔術師』は自信満々に断言する。

 この男に其処まで言わせておいて――何故、いつまでも敗者のように膝を地に付けておけようか……!

 

「言っておくが、手は貸さないぞ。そんな事をしては『味方陣営』を態々弱体化させてしまうからな」

 

 彼は文字通り手を貸さない。自力で立ち上がれと、振り返らずに無言で――信じていた。

 

「……っ、当然だッ! 我を、誰だと思っているッ!」

 

 無理してまで援軍に来ておきながら『魔術師』は「……『ワルプルギスの夜』の時、高町なのはに強化魔術なんて慣れない真似をしたせいで、後に『クリームヒルト・グレートヒェン』が出て来られたからな」と、因果関係の無い事をぼそっと呟く。

 彼の両肩にある魔術刻印が赤く脈動し、次に海鳴の地の結界が大きく脈動する。

 それと同時に、『砕け得ぬ闇』に多重障壁を無視した殺人的な重圧が伸し掛かり――『魔術師』が、その秘めたる神域の魔眼を開眼して『砕け得ぬ闇』を視界に捉えていた。

 

「私に出来る事は敵対者に対する妨害だけだ。多重障壁は全て剥ぎ取るから後は自分で何とかしろ」

「――十分だ!」

 

 ディアーチェは空を駆け、『魔術師』はその場に佇んだまま背後の空間に三層からなる巨大な魔方陣を構築する。

 銃身、魔力圧縮機、砲塔、その三つの役割を分担された西洋系統の魔術であり、圧縮された高密度の焔は矢となり、瞬時に射出される。

 

「そんなの、通用しない――」

 

 幾ら原因不明の重圧によって動きを阻害されていようとも、その程度の雑多な火力では多重障壁の一層すら貫けない――『砕け得ぬ闇』の当然過ぎる見立ては、『魔術師』の撃ち放った一条の破壊槌で穿つ貫かれ、障壁の一層が末端まで侵食されて焼かれ、硝子細工のように崩壊させた事で覆る。

 

「……!?」

 

 『魔術師』の右眼だけ、血が涙のように流れ落ちる。

 

 ――彼は二つの無謀をもってこの奇跡を成立させる。

 一つは左眼を通常通り『砕け得ぬ闇』を眼下に入れて魔眼による重圧(バッドステータス)を入れ、一つは右眼を究極なまでに一点だけに視界を振り絞って破戒の槍の着弾地点を捉える事である。

 

 斯くして高町なのはの『スターライトブレイカー』すら一層の犠牲で完全に防いでしまうような堅牢極まりない障壁も、彼の魔眼の前では紙細工同然以下に堕としめる。

 

 理由はさておき、この場において最も危険な存在が『魔術師』であると『砕け得ぬ闇』に確信させるには十分過ぎる事例であり、その全殲滅力を『魔術師』に注ぐ。

 

「『魔術師』――!?」

 

 ディアーチェの悲鳴は当然の事。当然、これは『魔術師』に防ぐ術は無い。

 彼とて魔術的な障壁を構築出来るが、単体で闇の書の防衛システムに匹敵する『砕け得ぬ闇』の猛攻など一秒足りても防げまい。

 一発一発が致死の闇の焔の魔力弾が無数に降り注ぎ――着弾前に『魔術師』の姿が消える。

 

「……? ――ッ!?」

 

 完全に捉えていたにも関わらず見失い――背後から飛翔した破壊槌によって更に障壁を剥ぎ取られ、『砕け得ぬ闇』は理解出来ずに振り向く。

 

「何処を見てるんだ?」

 

 五十数メートル地点に、『魔術師』は悠然と見上げていた。

 結果的に見れば『空間転移』よる回避であるが、そんな魔法の真似事を『魔術工房』以外の場所で実行すれば唯一度で魔力が尽きるだろう。

 それなのに『魔術師』が余力を残せているのは、自分だけを覆える程度の最小限度での固有結界を展開し、即座に出現位置を空間指定して半径百メートルなら何処にでも移動出来るという反則的な行為を行っているからに他ならない。

 

 ――この方式なら魔力の消耗は最小限に抑えれるだろう。だが、それ以外の、肉体・魔術回路・精神・魂魄については何一つ保証出来ない。

 常に限界を超えて更に更に回転数を上げていく彼の魔術回路は、一秒毎に致命的な損傷を広げて、破滅に至っていく――。

 

 一回行う度に死に歩み寄るような、十三階段を登っていくような自殺行為である。神秘の行使に限界は無いが、その支払う代償には限りがあるというのに――。

 それ無くして唯一人で闇の書の防衛システムに匹敵する多重障壁を剥ぎ取る事など不可能であり、まさに血肉の削り合いが始まる――。

 

「――あああああああああああああぁっ!」

 

 『砕け得ぬ闇』から発せられたのはそのような事を平然と行う未知の人間に対する恐怖であり、『魔術師』は邪悪に嘲笑いながら凄絶なまでに分の悪い削り合いを行う。

 砕いて、消えて、砕いて、消えて、被弾し、砕いて砕いて、消えて、被弾し被弾し被弾し倒れて立ち上がって歯を食い縛り、砕いて砕いて砕いて――遂に全ての障壁を宣言通り焼き払う。

 

「――っ、私は宣言通り役目を果たしたぞッ! 後は、王、お前次第だ……!」

「――大義であるッ!」

 

 全ての魔力を使い切って多重障壁を焼き払い――『魔術師』は闇統べる王に全てを託す。

 所詮は自分はこの場に至っても末端の脇役。最後に締めるのは主人公の役目だと咲き誇るように笑いながら――。

 

「うぅ、ああ、ああああああああああぁ――!」

「もう泣くなッ! 貴様の絶望など、我が『闇』で打ち砕いてくれるわァッ!」

 

 ――此処に、闇の揺り籠の中で一人孤独に泣き崩れる少女の絶望を、偉大なる王様が打ち砕き、彼女達を取り巻く物語は大団円を迎えたのだった。

 

 

 

 

「全く、最後まで手間かけさせおって」

「わ、悪かったなっ! それよりも、貴様は大丈夫なのか……?」

「誰に物言ってるんだ。『悪』は理不尽で強いからこそ『悪』なんだよ」

 

 立っているのが不思議なぐらいのボロボロな状態で、『魔術師』はいつもと同じように傍若無人に虚勢を張って強がる。

 右眼の流血は既に乾き切っており、処々穿たれた魔力弾痕は生々しく――よくまぁ生きていたと互いに笑い合った。

 

「これで君達は『闇の書』から解き放たれて、真の自由を手にした訳だ」

 

 ディアーチェの腕の中には安らかに眠る『砕け得ぬ闇』――いや、ユーリ・エーベルヴァインがいる。

 シュテルとレヴィは負傷激しいが、命に関わるほどの損傷ではないので数日足らずで復帰するだろう。

 これで、彼女達に対する『魔術師』の仕事は終わった、と暗に言う。お別れの時間だと名残惜しく――。

 

「ふんっ、こんないたいけな幼女四人を路頭に迷わす気か!? 貴様に相応しい鬼畜外道の所業だなっ!」

「? 戦闘能力で言えば一勢力築けそうなぐらいのオーバースペックだろうに?」

 

 だが、ディアーチェは急にらしくない事を言い、『魔術師』は首を傾げる。

 全くもって通じていない様子に、ディアーチェは信じられないと我が眼を疑い、猛烈に憤慨する。

 

「ああ、もうっ、普段はあれこれ即座に見抜いて先手打つ癖に、何でこんな時に鈍いのだっ!」

 

 そう、『魔術師』は憎たらしいほどに此方の魂胆を見抜く癖に、何故今のこの時の自分の心中を察せないのか、怒りに怒る。

 そんな様子にぽかーんとし、くっと、『魔術師』は笑いを精一杯堪えたが、僅かながら溢れてしまった。

 

「……なるほど。確かに君達のような生活基盤の無い幼女四人を無情にも追い出したとなれば、ただでさえ最悪に等しい風聞がもっと悪くなるな」

「であろう! ……その、だから――!」

 

 その最後の一言が、言えない。視線を伏せて、気恥ずかしすぎて、拒否される事を恐れて震えて――。

 だから、その最後の一押しは、此処まで勇気を振り絞った彼女に対する敢闘賞として『魔術師』からだった。

 

「全く、仕方ないな。まぁ三人の居候が四人になるだけだ。私は構わないさ。居たいだけ居れば良い――」

 

 ぱぁと、曇っていた顔を飛びきりの笑顔に変えて――ぱしゃっと、生温い液体がディアーチェの顔に掛かった。

 

「――、」

「……え?」

 

 それが一体何なのか、ディアーチェには理解出来なかった。

 いや、理解するのを拒否したというべきか――自身の顔に掛かった液体を、震える手で拭う。それは赤い液体で、鉄錆びた匂いが鼻に付く。血だった。誰の? 

 

「――やっと隙を見せたわね、『魔術師』殿」

 

 それは自分以外の女性の声であり、何故それが『魔術師』の背後から――何故、魔術師の胸の心臓部から誰かの掌によって、穿ち貫いているのだ?

 奇怪なのは、何故その女の掌は血塗れていないのだろうか――?

 

「――っ!」

 

 致命傷を受けて死相が浮かぶ『魔術師』は最後の力を振り絞って一目視ようと悪足掻きし――その神域の魔眼をもって焼き殺そうと振り向こうとし、それより先にクナイによって両眼を引き裂かれ、更に鮮血が舞う。

 

「あ、ああ、『魔術師』ィ――!?」

 

 ディアーチェの叫びは虚しく鳴り響き、それで力尽きた『魔術師』は、その殺害者の腕の中に納まる。

 

 ――それは十六歳程度の少女だった。

 

 黒髪を奇しくも『魔術師』と同じように一本の三つ編みおさげに編んだ、和風ベースの着物を羽織る小柄な少女であり、何より特徴的なのは――五芒星を模った桔梗の中心に極点が鎮座する赤い魔眼と、この世の悪意を極限まで煮詰めたような邪悪な嘲笑みだった――。

 

 

 08/『魔術師』、還らず

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09/嵐の前の静けさ

 

 

 ――果たして『彼女』はいつから裏切っていたのだろうか。

 

 焼け野原と化した忍び里を遠目に眺めながら、死の淵に瀕しているオレは右眼の激痛を堪えながら、そんな詮無き事を考えていた。

 同期の中で誰よりも早く上忍になった。普段はエロくてどうしようもない蝦蟇仙人の『五代目火影』の頭脳として里の発展に誰よりも貢献し、暗部の首魁として暗躍して他国の忍び里を極限まで弱体化させ、また国の大名や上忍・中忍・下忍など幅広い層から人望を集めていた――。

 うちは一族の生き残りという最大のマイナス要素すら覆して、誰よりも『六代目火影』に近い位置に居たのは間違いない。現にオレも、そうなるものだと規定事項として捉えていた。

 

 ――それなのに『彼女』は全てを裏切っていた。

 

 討伐対象のS級犯罪組織『暁』を内にも外にも気付かれずに乗っ取り、木ノ葉隠れの里の人柱力二人を掌握した上で壊滅的な被害を齎した。

 一体いつから、此処までの大事を企てていたのだろうか。うちはイタチを里抜けしなかったうちはサスケが殺した時からか、『暁』の構成員の角都と飛段を仕留めた時からか、風影となった我愛羅が『暁』に拉致された時からか、大蛇丸が綱手を殺して自来也が『五代目火影』を襲名した時からか、それとも――うちはイタチの残した写輪眼の封印を自力で解いて、狂ったように泣き笑っていた時からか――。

 

「……どうして、何故皆を裏切ったッ! ルイ――!」

 

 

 最終章/うちはルイ暴走忍法帳編

 09/嵐の前の静けさ

 

 

 焔の神性、クトゥグアの灼熱の魔弾に貫かれ、『大導師』の思念体は闇に溶けて消えた。そう、忽然と消えたという表現が何よりも的確だった。

 

「――消えた?」

「仕留めた感触は無いわね」

 

 その消え方に違和感が拭えない。

 生前はあんなにも強敵だったのに関わらず、あの思念体は余りにも呆気無かったし、どうも撃ち抜いた感触が得られていない。

 

「……何か、嫌な予感がするな」

 

 後々、此処で完全に仕留めれなかった事を後悔する事になるような、そんな悪寒がする。この手の悪い予感が外した事は、オレの短い人生の中でも不運な事に余り無い。

 

「話に聞く欠片の思念体の消え方じゃなかったしねぇ。私達の初陣にしては物足りないわぁ」

 

 デフォルト状態で人の右肩に寛ぐ紅朔は小馬鹿にしたように嘲笑う。

 私生活ではかなりペースをかき乱されて困ったものだが、頼もしいパートナーの言葉に苦笑する。

 余りの他愛無さに、奇襲でも有るんじゃないかと警戒している最中、その警戒網を突き破って現れた『神父』はこれ以上無く焦燥していた。あの吸血鬼相手に一歩も譲らない、狂気の代弁者たる『神父』がである。

 

「――クロウ、紅朔。『シスター』とはやて達を引き連れて大至急撤収を」

「『神父』? 何か、あったのか……?」

 

 この時点で、何かとんでもない事が起きたという事は明白だった。

 『神父』の顔が目に見えて歪む。この人のこんな表情を見るのは、初めての出来事だった。

 

「……まだ、確定した訳ではありません。話は『教会』で――」

 

 

 

 

「――『悪』はより強大な『悪』によって踏み潰される。半端な真似をするから、こんな無様な結末になるのよ」

 

 心臓を穿ち貫いた掌を抜き取り、糸切れた人形のように崩れそうになった『魔術師』の身体を、その小柄な殺害者はひょいと軽々と肩に担ぐ。

 もはや人としてではなく、腹立たしいまでに単なるモノ扱いだった。

 

「貴様ァ! ――!?」

 

 ディアーチェは片手に眠れるユーリを抱えたまま、激発した殺意をもって魔法を繰りだそうとし――されども、その行為は彼女の気怠げな――蟻の無意味な抵抗を見るような『ひと睨み』によって封殺される。

 

(……な!? 何故、動けん……!)

 

 彼女の桔梗文様の魔眼と目が合った瞬間、ぴたりとも身体を動かせなくなる。感情的に構築して撃ち放とうとした魔法が、完全に止まって霧散する。

 

 ――『魔眼』には大別して二種類に分けられる。

 

 いつしか『魔術師』は嬉々と講釈した事がある。その時、退屈気に聞き流した言葉が脳裏に過る。

 一つは内界的、様々な事柄を視る事に特化した魔眼。外界に働きかける力は薄いが、能力の秘匿性は高く、一概に侮れない代物もある。未来視や直死の魔眼などが――希少性から言えば代表例とはとても言えないが――代表例である。

 一つは外界的、視ただけで外界に作用する類の魔眼。視覚そのものが発動条件であり、魅了の魔眼や灼熱、石化などはその最たるものであり、『魔術師』の魔眼もそのカテゴリーである。

 中には両方の性質を持つ規格外の魔眼もあるが、今、この眼の前の敵の『魔眼』の性質は明らかに後者、外界に作用する拘束の魔眼であり、その術中に嵌ってしまった事を沸騰した理性が理解する。

 

 ――同時に、仇討ち出来ない事への口惜しさよりも、磔にされた蝶の如き状況である事を、ディアーチェは慄きながら悟る。

 

 余りにも不味すぎる状況である。

 シュテルとレヴィはユーリとの戦闘で行動不能の意識不明、ユーリも意識を失っており、『マテリアル』が四基揃ったのに、全滅の危機に瀕していた。

 

 ――赤い魔眼の少女は笑う。それは敵対者に対する慈悲無きものでなく、逢瀬を待ち望んでいたような際限無く愛しげに――。

 

 

「――ありがとう。貴女のお陰で、私はこんなにも容易く『魔術師』を仕留めれたわ。本当に何度感謝しても足りないほどだわぁ」

 

 

 純然なる悪意は、純粋な愛に似ている。

 事実、彼女は本当に感謝していた。自分の意に関わらずに自分の手の中で踊ってくれた愚かしい道化を心底から愛していた。

 

「どうやってあの『魔術工房』から彼を出すか、凄く悩んでいたのよ? それでいて、出歩く際に『シュレディンガーの猫』と『光の御子』が居てはそう簡単には手出し出来なかったしね――」

 

 ディアーチェの顔が、底無しの絶望に歪む。

 彼女の純然なる愛の言葉を遮る事すら、今の彼女には出来なかった。

 

「『魔術師』を絶対不落の『魔術工房』から出して、『吸血鬼』と『槍兵』を剥ぎ取って余力を極限まで削る。嗚呼、完璧だわ。私さえ惚れ惚れする手並みよ――流石は流石は『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』殿!」

 

 ――自分の子供じみた愚行が、神咲悠陽を殺す最大の要因となった。

 

 ぴしり、と。ディアーチェの中の何かが崩れ、音を立てて崩壊していく。

 その絶望に堕ち切った光無き瞳から涙が止め処無く流れ溢れて、誇りを打ち砕かれた王は絶望の絶叫を撒き散らす――。

 

「あ、ああっ、あああああああああああああああああああぁ――!」

 

 

 

 

「……すっげぇ有り様だなぁおい」

 

 『魔女』を蹴散らしてディアーチェ達がいると思われる場所に来たオレ達が見た光景は、隕石でも降り注いで破壊されたかのような外観だった。

 人払いが済んでいるのか、幸いな事に人の気配は感じ取れない。もっとも、此処に一般人が居たのならば災害に巻き込まれるような形で死にかねないが。

 

「――町中で『闇の書』の防衛システム並の戦力が暴れればこうなるよね。まぁ後片付けは『魔術師』の領分よ、私達の考える事じゃないわ」

 

 柚葉は他人事のように、いや、心底他人事なのだろうが――素っ気無い態度を装っているが、オレの眼からは内心焦っているような感じがする。

 

(……何だ? 何が柚葉を此処まで懸念させているんだ……?)

 

 今回の一件が『魔術師』の思惑から外れた突発的な出来事であるのは明白だが、二流の策士もどきとは違って『魔術師』には予想外の展開をも思い通りに方向修正して対処する能力を持ち合わせている。

 そんなに心配する事は無いと思うが――それが柚葉だと、根拠の無い予感だとは笑い飛ばせず、此方まで不安になる。

 

「――いたよ! 王様、シュテル、レヴィ!」

「お前ら無事だったか!」

 

 だが、それも杞憂だったか。なのはが今回の主賓達を逸早く見つけ出す。

 ディアーチェ達はぼろぼろなれども五体満足で健在であり、それと見慣れない金髪の幼女がディアーチェの腕の中で眠っている。

 無事に彼女達の物語が終わったのだと安堵の息を――吐く前に、ディアーチェが真っ赤に腫れた眼で俯いており、傍らに寄り添うシュテルの眼は虚空を彷徨っており、レヴィは声を押し殺して泣き喚いていた。

 

 ――何なんだ、これは。

 何故、そんなに泣いている。

 何故、そんなに悲しんでいる?

 

 金髪の少女、彼女達の長年の目的であるシステムU-D『砕け得ぬ闇』、ユーリ・エーベルヴァインを破壊の運命から解放したというのに――。

 

「……どう、したんだ? 何があった? それに『魔術師』は来てないのか?」

 

 そもそもこの状況下において『魔術師』が此処に辿り着いていない事こそ最大の異常であり――オレの言葉に、ディアーチェが反応して此方に振り向く。

 

 絶望に染まり、泣き崩れる彼女の顔を見て、不意に、冬川雪緒の事を思い出した。

 何故、どうしてよりによって今――などと疑問にすら思わなかった。

 

 もう、理解してしまった。最悪の事態になったのだと。

 だが、だが、あの『魔術師』が、『シスの暗黒卿』の豊海柚葉すら殺せなかったほどの傑物が、この海鳴市で最も『悪』を体現する男が殺されるなど――。

それでも縋るように、当事者たる彼女の言葉で否定して欲しいと願って――当然のように裏切られる。

 

「……『魔術師』は、殺された。我の、せいで――!」

 

 

 

 

――こうして『教会』に来るのはいつ以来だろうか。

 

 あの時はシスの暗黒卿であり、管理局の黒幕である事を明かして消えた柚葉を探す為に協力を要請しに行って、うっかり殺されかけたんだっけ。随分と昔のように感じられる。

 死んだように静まり返った教会の中には現実感が伴わなくて困惑している自分、焦燥感を漂わせながら一人思案に暮れる豊海柚葉、動揺の激しい高町なのはが一纏めになって一角に座っており、何処かに電話している『神父』の報告を待ち侘びている。

 

(……今、此処に居ないのは『竜の騎士』のブラッド・レイと『全魔法使い』のシャルロット、それと『武帝』の湊斗忠道ぐらいか――)

 

 クロウとアナザーブラッド、いや、大十字紅朔には目立った動揺は見られないが、あの『禁書目録』のシスターの方は魂が抜けたように呆然としている。予想外の反応である。

 そして普段はあの性格的に真っ先に絡むであろう『代行者』も壁に腰掛けて沈黙している。

 八神はやてとヴォルケンリッター一同はディアーチェ達の方にいるが、彼女達の反応は芳しくない様子だ。

 

(ユーリの方はまだ意識が戻らないから、個室で休んでいるが――)

 

 そして、此処に『魔術師』はいない。小憎たらしいほど不死身だった『吸血鬼』エルヴィもいない。頼もしい兄貴分だった『ランサー』もいない――。

 

 ぱたん、と。折畳式の携帯を閉じる音が鳴り響く。

 通話を終え、『神父』は酷く疲れた表情になっていた。

 

「湊斗忠道の屋敷がこの海鳴市の大結界の支点の一つという事は――豊海柚葉、君はご存知ですね?」

「……ええ、知っているわ」

「その他にもう一つ、神咲悠陽はある仕掛けを施していました。極単純な魔術的な仕掛けです。――自身の死を、誤認無く知らせる為の」

 

 眉を顰める。息を呑む音が何処からか聞こえる。それは希望を紡ぐものではなく、最後の望みを完全に断つものであった。

 

 

「――湊斗忠道からの連絡で、神咲悠陽の死亡が確定しました。『吸血鬼』エルヴィン・シュレディンガーも『ランサー』も生死不明ですが、死亡したものと扱って良いでしょう」

 

 

 改めてその事実を突きつけられ、自失呆然としたくなる。それが出来ないのは、傍らで自分以上に動揺している人物が居るからだろう。

 

「……嘘、そんな……」

「……なのは」

 

 静かに涙を流す彼女に、オレは掛ける言葉すら思い浮かばない。

 誰よりも『魔術師』の死を信じられないが故なのだろうか。こうしている今にも、実は死んでませんでした、と邪悪な嘲笑いを浮かべて出てくるんじゃないかと――そう、在り得ない事を願って。

 

「……シュテル、解析映像を」

「……はい」

 

 焦燥し切った表情のシュテルは待機状態のデバイスを取り出し、その時の映像を空間に投影する。

 

 ――『魔術師』と同じように髪の毛を一つの三つ編みおさげに編んだ、十六歳程度の少女の姿を目に焼き付ける。

 

 黒い喪服のような着物を上に羽織った忍び装束の少女、一見して凹凸の無い貧相な身体付きに見えるが、その靭やかさは凶悪な肉食獣のそれである。

 赤い奇妙な模様の魔眼の――『魔術師』や最盛期の豊海柚葉に匹敵するか、或いは凌駕する『邪悪』を、この目に焼き付ける。

 

「――『NARUTO』世界出身の『うちは一族』。しかも、性質の悪い事に『万華鏡写輪眼』――下手すると『永遠』のかしら。私が言うのも何だけど、ろくな転生者では無いわね」

 

 柚葉は吐き捨てるように言う。彼女からして此処まで言わせるとは、同族嫌悪だろうか?

 

「……あれは、『写輪眼』なのか?」

「見慣れない形だけど、多分ね。『万華鏡写輪眼』の方は個人個人によって模様が違うようだし――」

 

 『NARUTO』は嘗ての世界で『ジャンプ』に掲載されていたNINJA漫画。その中の『うちは一族』は『写輪眼』という先天性の瞳術を持つ一族だったか。

 だが、その『うちは一族』は一族の中で最も傑出した一人の天才に一人を残して殺される運命。映像の中の転生者は、そのうちは一族皆殺しの夜を乗り越えて生存したというのか――。

 

「……『写輪眼』?」

 

 力無い声で、ディアーチェは尋ねる。

 その『写輪眼』によって戦う事すら叶わずに敗れた彼女は、自失呆然の状態でも聞かずにはいられなかったか――。

 

「『うちは一族』の『血継限界』、ああ、『血継限界』は先天的資質という意味合いで良いわ。此方で言うレアスキルみたいなもの。ずば抜けて高い動体視力の『洞察眼』によって『体術・忍術・幻術』を瞬時にコピーして我が物に出来る他、『幻術眼』と『催眠眼』まで併せ持つ――はぁ、説明してみてなんだけど、何このチート」

 

 この魔都での有数の、チート筆頭の柚葉すら溜息を吐きたくなる規格外っぷりである。

 『魔眼』というものはどれも性質の悪いものばかりだが、その中でも『写輪眼』は最悪の限りと言って良いだろう。

 

(なるほど、確かにこれは最悪なまでにろくでもない――)

 

 ――ただでさえ多くの特殊能力を持つ『写輪眼』、その上位である『万華鏡写輪眼』を開眼しているという事は、自身の目の前で大切な人の死を経験しているという事。それはつまり、大抵の場合は己が手で殺しているという事に他ならない。

 

(最高に楽観視して『万華鏡写輪眼』の瞳術は一つ、左右に違う瞳術を開眼しているなら二つに『須佐能乎』、『永遠』に至っているなら4つに『須佐能乎』か……)

 

 そこまで躊躇いもなく実行する外道ならば、同じく『万華鏡写輪眼』を開眼した者の瞳を抉り取り、自身に移植する事で失明の恐怖から逃れて更なる力を齎す『永遠』の『万華鏡写輪眼』の状態になっている可能性も多大であるだろう。

 

 ――眼を合わせた時点で敗北が決定する。これ以上の初見殺しは他に無いのに、更に更に規格外の瞳術を何個も秘めてやがる。

 

 その相手が『魔術師』を真っ先に狙った理由は――そう考察する処で、柚葉と視線が合い、なるほど、彼女の事だからそれすらも既に考察してある種の結論を下している様子だった。

 

 

「『魔術師』の遺体を持ち帰った事からその目的が『聖杯』であり、ディアーチェ達を殺さずに全員無事に見逃した事から、その目的が完成した『紫天の書』でも代用可能であると考えるのが自然かな、予備(サブプラン)としての温存なら納得が行くし――未だにこの世界が目に見えて改変されず、その目的を達せられていない事から、『魔術師』は『聖杯』を手元に抱えていなかったようね。状況は最悪の一歩手前ね」

 

 

 これだけの判断材料で、柚葉は暫定的な結論を下す。

 なるほど、と、良く此処までの推測でその答えに、しかもこんなにも早く到れるものだと感心する他あるまい。

 

(……けれど、本当に『魔術師』は『聖杯』を持ち歩いていなかったのか? アイツの性格なら――)

 

 ……だが、一つだけ引っ掛かる。あの『魔術師』が、本当にそんな大切な物を手元に抱えていなかったのだろうか?

 あの『聖杯』は『魔術師』にとって『万能の願望機』ではなく、彼の愛するサーヴァントの『揺り籠』だ。自身の命よりも優先したものだ。『二回目』において死して尚手放さなかった物を持っていない――?

 どうも引っ掛かるが、世界が改変されていない以上、あの『うちは一族』の『転生者』の手には『聖杯』が無い事は確実だろうが――。

 

「――本当に大切なものは自分の手から遠ざけるべきだと、エルヴィは『魔術師』の事を言っていた……」

 

 ……ディアーチェの口から、そんな事が語られる。

 自分達よりも間近に居た彼女が言うなら、その通りなのだろうと納得する。

 

「『万能の願望機』たる『聖杯』を使わなければ実現不可能の願望を、『永遠結晶エグザミア』を核とする特定魔導力を無限に生み出し続ける『無限連環機構』で代用可能? ですが、それは――」

「破壊しか出来ない、でしょ? 確かにね、シュテル。規模から言えば、この世界そのものを破壊する事も可能だし――案外、それが目的かもしれないわね。このうちは一族の『転生者』は、どれほど狂っているか私にも解らないわ……」

 

 あくまでも柚葉の推測に過ぎないが、頭の片隅に留めておく価値のある情報である。

 此処でオレも漸く頭が回り始めて、担ぎ手の消えた『聖杯』の事に今更ながら気づいた。

 

「……という事は『聖杯』は『魔術師』の『魔術工房』にあるって事か? ソイツの目的が『聖杯』なら、早く回収しないと――!」

 

 主を失った『魔術工房』がどれほどのものになるかは解らないが、少なくとも生前よりは容易く攻略出来るだろう。

 

「――物理的な理由で不可能よ。もう誰も『聖杯』を手に出来ないわ」

 

 だが、柚葉は深刻な顔で首を横に振った。

 

「あの『魔術師』が遺した死に土産なんて、想像すらしたくないわ。主を守る必要が無くなった『魔術工房』は、魔力が尽きるまで来訪者全てを確実に黄泉路に旅立たせるでしょうね」

 

 ……『魔術師』なら正直やりかねない。

 自身を『魔術工房』の中で打倒する者が居たとしても、律儀に生かして返す気など更々無いだろう。

 自身の生存を度外視した仕掛けがあるとすれば、例えば屋敷中を宇宙空間のような人の生存出来ない環境にしてしまうとか、その程度の凶悪な置き土産の一つや二つぐらいあるかもしれない。

 

「大結界の支点を全部攻略して魔力を枯渇させれば侵入可能になるでしょうけど、その一箇所が『武帝』の本拠地の時点で当分無理ね。放置しているだけで私達は勝手に殺し合うのだから、藪をつついて蛇を出すような真似なんてしないわ」

 

 ……オレ達が殺し合う? そんな馬鹿な。こんな状況では争う処の話じゃない。それは全員の共通認識だろうに。

 

「? おいおい、こんな状況で揉める訳ねぇだろう?」

「違うわ、クロウ・タイタス。そんな状況なのよ、既に――」

 

 クロウやオレ達と、柚葉との意識の違いが明確に感じられる。

 何処か、致命的な部分を食い違っているような、そんな言いようのない危機感が芽生える。

 

「――私達は一刻も早く『うちは一族』の転生者を殺して事態を平定させる必要があるわ。でなければ、私達は遠からずに一人残らず死ぬでしょうね。そうでしょ、『神父』?」

 

 そんな奇妙な状況になる筈が――柚葉と同様の深刻さを、あの『神父』も無言で肯定して醸し出していた。

 

「――ええ、海鳴市の均衡は『魔術師』、『教会』、『武帝』の三竦みによって仮初めの平穏を維持してました。その一角が忽然と無くなってパワーバランスが崩れた今、我々『教会』勢力と、全ての転生者の根絶を求める『武帝』勢力との激突は時間の問題です」

 

 『神父』は疲労感を漂わせて「状況がこうなった以上、湊斗忠道は止められないでしょう」と断言する。

 

 ――いつぞやに、『魔術師』は確かに純然なる『悪』であるが、魔都にとって『必要悪』であると理由無く感じた事がある。

 

 それはまさにその通りであり、彼という個人で『勢力』となっている陣営が消えれば、『魔術師』という得体の知れぬ脅威が消えた今、残りの二つの陣営は正面衝突する道しか無いだろう。

 

(……これを狙って真っ先に『魔術師』を殺したとすれば、この魔都の状況を熟知している事の証明だ。この『うちは一族』の『転生者』は悪辣なまでに大局を見据える事の出来るタイプ――『魔術師』と豊海柚葉と同位置にある『指し手(プレイヤー)』なのか……!)

 

 規格外の先天的素養に、悪魔じみた頭脳の持ち主。天は二物も三物も与えたというのか。

 恐らくは『うちは一族虐殺の夜』さえ乗り越えているんだ、この『うちは一族』の『転生者』は掛け値無しの台風、絶対的な脅威に他ならない……!

 

「――情報が余りにも少なすぎるけど、時間の出血は我々を致死に至らせる。闇雲でも動かざるを得ないわ」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10/舞台裏

 

 

 

 

 ――この物語は『魔法少女』の物語ではない。

 

 前世という規格外の知識を保有して生まれ出た『転生者』の物語である。

 だからこそ、その『転生者』なる存在の発生を単なる偶然、神の悪戯と片付けるのは余りにも愚かで烏滸がましい考えだろう。

 

 ――これは最初にして最後の物語、『転生者』の終わりの物語である。

 

 

 

 

 

 ――そして、初手で全てを終わらせようとした『彼女』の目論見は、最初の一歩で致命的なまでに躓く。

 『魔術師』神咲悠陽が『聖杯』を持ち歩いていなかったという予想外の事実をもって――。

 

「――あら、予想外ですね。『二回目』はそうだったから、今でも持ち歩いているとばかり思ってました。流石はお父様、昔の女なんてぽいっしちゃったんですね」

「……言い訳はそれだけかしら?」

「此方からの文句は山ほどありますわ。心臓を『螺旋丸』で穿ち貫いて両眼まで切り裂くなんて、思わず殺意が零れますよ?」

 

 ――狂おしいまでに、その十二歳の少女は鮮血のように紅い瞳に桁外れの殺意を漲らせて『彼女』の『永遠』の『万華鏡写輪眼』を堂々と見据える。

 

 血のような色合いの赤髪を右側に束ねてサイドテールにした、水色の着物姿の少女の名は神咲神那。

 『魔術師』の『一回目』の娘にして『二回目』の娘、『三回目』の妹にして彼の手で葬られた、既に死した筈の『転生者』である。

 

「……不毛ね。――誤算だったわ、『聖杯』を手元に持ってないとなると――」

「主を守る必要が無くなった『魔術工房』ですか、死に土産が沢山詰め込まれていそうですね。頑張って攻略します?」

「――冗談。そんな悠長な時間は無いわ……!」

 

 『彼女』は似合わず、感情の爆発するままヒステリックに叫ぶ。

 主無き『魔術工房』はいずれ魔力が枯渇し、その防衛機能を失うだろうが、今の『彼女』には――正規のルートでこの世界に産まれる事が出来なかった『彼女』には、それを待つほどの時間は残されていない。

 だからこそ、『魔術師』の秘蔵する『聖杯』を狙ったのだが――。

 

「はい、準備OKですよ」

 

 神咲神那は『魔術師』の遺体から『魔術刻印』を剥ぎ取り、此処に正式に継承する。

 明らかに狂気の沙汰である。『魔術刻印』の継承は後継者への負担が大きい為、段階を踏んで行うのが常道であるが、幾ら肉体面で問題が無いからと言って一気に移植するようなものではない。

 だが、彼女の顔からは地獄の業火に勝る苦痛よりも、高揚感や悦楽感が上回っているのか、何よりも愛しそうに自身の両肩に移植された『魔術刻印』を撫でる。

 

「……ふん――」

 

 理解出来ない存在を理解しようとする努力をかなぐり捨てて『万華鏡写輪眼(め)』を背け、『彼女』は自身の懐から巻物を取り出し、『魔術師』の亡骸を血の一片も残さずに収納する。

 個人情報は多ければ多いほど好ましい。この禁術は『彼女』の影分身が確かにその『眼』で見届けた。『発案者』と『発展者』すら及ばぬ境地に、『彼女』は既に到達している。

 それに生贄には不足していない。『初代』の細胞から作られた人造生命体は『彼女』の手に収まっている。

 

 ――ぱん、と両手の掌を合わせ、『彼女』の生きた世界にて史上最悪の禁術を発動させた。

 

 生贄に塵芥が覆い、口寄せした魂の生前の形を再現する。

 ――二代目火影が考案し、大蛇丸が完成させた『口寄せ・穢土転生』によって、『彼女』は殺害した『魔術師』をも自身の手駒にする。

 

「嗚呼、お父様、お父様お父様お父様……! あら、いけない。髪の毛が解けてしまってます。嘗ての通り、私が編みますとも。あんな泥棒猫の穢れた手じゃなく、私の手で。お父様は髪の手入れをしないし、自分では結べないんですもの――」

 

 神那は『彼女』の見た事のない、歳相応の少女の顔となり――されども、『魔術師』は何一つ答えない。答えられない。

 それは偏に『彼女』の『魔術師』に対する評価である。

 この危険極まる男に、自由意志など一秒足りとも持たせたくなかったからだ。そんな思考時間を与えたなら、瞬時に反逆の一手を打ってくるだろう。

 自己意思無き人形にしてしまっては『魔術師』の駒としての価値は大幅に下がるが――其処はもう一つの駒で埋めるとしよう。

 そのもう一つの駒である神咲神那は、地に腰掛けて動かない『魔術師』の髪の毛を幸せそうに、丁寧に編んでおり――その髪型を見て、『彼女』の顔はぴきりと歪む。

 

「……それの髪型、貴女の趣味?」

「いいえ、私の恩人の髪型を模したものですよ。お父様はその事でいつも首を傾げていましたね――」

 

 ぎしり、と。『彼女』の歯軋り音が鳴り響く。

 神咲神那は聞こえていて無視しているのか、まさかとは思うが端から聞いてないのか、愛しげに髪を編む手を止めなかった。

 

「……事が終われば『魔術師』の自由意志は解放するわ。精々気張る事ね」

「ええ、気張りますとも。それに――個人的に殺したい人達も居る事ですし」

 

 その紅い瞳には愛と狂気が等しく同居しており、『魔術師』のような神域の魔眼では無いのに人外じみた魔性さを秘めている。

 

 ――愛の形は千差万別なれども、この少女の『愛』は、『彼女』には理解出来ない。

 

 彼女の愛する者の自由意志を奪って人形にする――多少の反発があっても逆らえない状況にするつもりだった。

 それなのに、蓋を開けてみれば神咲神那は此方に嫌になるほど協力的である。彼女にとって最大の地雷要素そのものである『魔術師』に関して許し難き一線を何度も軽々越えているというのに――。

 普通の敵対関係にある相手よりも読み辛い状況になっている。こんな不確定要素を使わざるを得ない今の状況に、歯痒さに、『彼女』は内心舌打ちする。

 

「……私が言うのも何だけど、貴女、狂っているわね」

「あら、私の狂気を保証してくれるんですか。ありがたいですね。じゃあ、貴女の正気は誰が保証してくれるのですか?」

 

 首だけを此方に向けて見せるその邪悪な嘲笑いは『魔術師』と瓜二つであり、なるほど、あの親あってこの子かと内心で吐き捨てる。

 

「――そんなもの、疾うの昔に亡くなっているわ」

 

 

 

 

 ――正体不明の『殺人鬼』に殺されたオレは『NARUTO』の世界の、木ノ葉隠れの里に生を受けた。

 

 殺された後の世界がある事も驚きだが、自身の生まれた世界の危うさに嘆きたくなった。

 この世界は生命が限り無く安い世界だ。危険に事欠かない世界だ、力無き者から真っ先に死んでいくだろう。

 だからオレがこの世界の力の象徴である『忍』を目指したのは必然的な事であり、生きる為の最低事項だったのだ。

 

 ――この『NARUTO』の世界において、どうやって生きるべきなのだろうか?

 

 元々頭の出来が良くないオレには方針という方針も思い浮かばない。

 原作通りになぞって、上手く立ち回る? そんな風に生きれるなら苦労しない。

 悶々と悩む日々が続き――それに対する明確な答えが出たのは、二人目の転生者と出遭った時に、だった。

 

 ――彼女は、うちは一族出身の転生者だった。

 

 あの『うちは』である。『写輪眼』という血継限界を持つ天才一族であり、原作開始前にうちはイタチによって一人を残して皆殺しにされる一族である。

 つまりは彼女がうちは一族虐殺の夜を生き延びた時点で、転生者である事の証明みたいなものである。

 オレともう一人の転生者は話し合った末、彼女と接触を持つ事にした。

 

 ――その少女は、色々と飛び抜けていた。

 

 普段は猫を被って虫一匹殺せないような大和撫子を演じるが、その本性は『悪』である。それも極上の類の。

 生き残る為ならば手段を選ばない、悪魔めいた頭脳の持ち主。同じ境遇の、同郷の者でなければまず関わり合いたくない、身を滅ぼしかねないほどの危険な華である。

 触れれば骨の髄まで焼き尽くすような黒炎、なのに、触れただけで壊れそうな硝子細工に見えたのは何故だろうか……?

 

 ――それから、オレ達は三人で、すぐに四人、そして五人になって、共に協力しあって幾多の困難を乗り越えた。

 

 いつしか、オレの中の彼女は大きくなる一方で、それが恋心だと自覚するのに然程時間は掛からなかった。

 でも、オレは彼女の事を、何一つ理解してやれなくて、解った気で居ただけで――。

 

 ――三代目火影が大蛇丸に討たれるも、原作通り『木ノ葉崩し』が失敗に終わる。

 ――原作と同じようにうちはイタチと干柿鬼鮫が訪れたが、何故か真っ先に彼女を狙って、彼女の写輪眼に封印術を施す。

 ――尾獣『六尾』を従える彼女の重要度は『九尾』の人柱力であるうずまきナルトと同等かそれ以上であるせいで、初代火影の孫である綱手姫を五代目火影に襲名させる為にナルトと一緒に旅に出る筈の自来也が里に滞在し、綱手が大蛇丸の両手を治癒して殺害される。

 ――原作から致命的に外れたオレ達の物語は止まらずに紡がれ続ける。

 ――綱手の死を知らされた自来也が五代目火影を襲名し、大蛇丸の音隠れの里を電撃戦にて壊滅させる。

 ――その頃には彼女はうちはイタチの封印術を自力で解き、原作でいう第一部のうちはサスケの里抜けは起こらなかった。

 ――二年程度の歳月が流れて、S級犯罪者の抜け忍十人で構成される『暁』が動き出し、彼女は彼等の撃滅に貢献して、全ては最小限に抑えられる筈だった。

 

 ――彼女が『うちはマダラ』を名乗る誰かを屠り、誰にも気付かれずに乗っ取り、木ノ葉隠れの里が匿う人柱力二人を奪取して、彼女の手による『木ノ葉崩し』が執り行われるまでは――。

 

 

 

 

 そして、此処に来るのは――そう、今思い出した。確か三度目である。

 

 無限とさえ錯覚するほどの書物が立ち並ぶ図書館には、底知れぬ妖気と邪気と怨念と無念と絶望に満ち溢れている。

 それらは前回、前々回に至っても見て取れなかった要素であり、オレは震える手で右眼付近をなぞる。

 鏡が無いし、あの死に勝る激痛もまた今は無いが、その右眼は余りにも視えすぎて気持ち悪い。これが彼女の、うちはルイの視る世界――。

 

「――あら、随分と久しぶりね。ちなみにこれは君の主観時間に合わせての発言だけど。どうも君とは波長が合うようだわ、直接的な繋がりも出来たみたいだし」

 

 ――そして『彼女』は、狂気とも思えるぐらいの殺意を常に此方に向けるうちはルイと瓜二つの『誰か』は、前のように椅子に座って待ち侘びていた。

 

「……おい、何でテメェが殺気立ってるんだ? 普通、逆だろ。この裏切り者……!」

「それはルイであって、この私ではないわ。それにルイは『君達』を裏切ってなどいない。……まぁそれは本当にどうでも良い事だけど。……何とも愚かしい。どうして殺さずに『万華鏡写輪眼』まで移植しただろうね――言うまでもないけどさ」

 

 極めて濃密な殺意の籠もった裸眼で、『彼女』はオレを睨む。

 その容姿は前々のような司書服ではなく、前のようなゴスロリ服でもなく、ルイと同じ忍び装束。少し成長して大人びた、ルイと同じ髪型。これは、今の『彼女』がルイと限りなく近いという示唆なのだろうか?

 

「――可能かもしれない世界、可能かもしれない器。その二つの条件が揃って確定したその瞬間、ルイは必要な記憶を全て取り戻して『世界の怨敵』になる。正確には彼女の目的を果たす過程で『世界』という枠組みが邪魔なだけだけどね。……まさか、今更『世界』が『個人』を犠牲にするのは良くて、『個人』が『世界』を犠牲にするのは悪いとかは言わないよね?」

 

 それは前回での『彼女』の届かなかった忠告であり――余りの暴論に理性が沸騰する。

 

「……意味、解んねぇよ……! どうしてルイはオレ達を裏切った! どうして、あんなに仲が良かったナギを……!」

「最初から裏切ってなどいないわ。ルイが最終目的を達せられれば、君達は本当の意味で救われるのだから――」

 

 その言葉とは裏腹に、『彼女』は絶対的に完全に敵視した眼で此方を射抜く。

 前回の人としての意欲が何一つ感じられなかった『彼女』とは違う、明確なまでの感情表現であり、オレは困惑する。

 感情の振りどころを見失いつつある。今の『彼女』は自分以上に荒れていて、その様を見て、自然と正気に立ち戻ってしまうからだ。

 『彼女』は溜息一つ吐いて、紅茶を口にする。以前のように優雅に味わっている様子も無く、その手は目に見えるほど震えていた。……それは憤りだろうか、それとも恐れなのだろうか――?

 

 ――『彼女』の新たな一面を此処まで垣間見れるのは、この『眼』のお陰なのだろうか……?

 

「一度ぐらい考えた事あるでしょ? 君達『転生者』がどうして存在しているのか。唯一人の例外なら『神の悪戯』程度の偶然で片付けられるけど、それが複数多数存在しているのならば――其処には何か明確な理由・法則があって然るべきでしょう?」

 

 いきなりの方向転換に、眉を顰める。

 この話の切り口の意図は掴めないが、中々に考えさせる話題である。

 

 ……確かに、考えなかった筈もない。

 殺人鬼に殺されて、『NARUTO』の世界に生まれるなんてネットの二次小説みたいな出来事が実際に起こるなんて、想像すらしていなかった。

 

 ――何故? どうして? 理由があるのならば聞きたい、知りたい、そう思わない時など片時も無かった。

 

 だが、それに答える者はおらず、それの答えは何処にも無くて、この新たな現実に生きる事に必死だったから、思考の彼方に葬られていた。

 

「長話になるわ、まぁ座りなさい。――安心しなさいな。前々回話した通り、此処での時間の流れは貴方達が生きる時間とは隔離されているから、幾ら居ようが問題無いわ。もっとも、此処で得た知識を大概は持ち帰られないから、意味が無いと言えば意味が無いね」

 

 殺意を此方に向けたまま、不貞腐れた顔で律儀にもオレの分の紅茶を淹れる。……毒、入ってないよな?

 

「元々意味の無い話だけど――うん、ではこうしよう。私が喋りたいから喋る。これで全てが解決ね」

 

 どうやら自己納得したように小悪魔的に笑い、オレは何も言えなくなる。

 外見が同じだけの別人に見えても、コイツもルイなのだと思い知らされて――腹を括る。此処での出来事が現実世界に何一つ寄与しなくとも、意地でも脳裏に魂魄に刻み込んで思い出してやると強く誓って。

 席に座って、恐る恐る紅茶を口にする。緊張感が先立って、味の方は全然解らなかったが、毒の方は無かったようだ。遅効性だと知らんが。

 

「まずは質問だけど、君は『転生』に関してはどう考えていた?」

「……神様が気まぐれで殺して『転生』させたとか、そういう類の与太話か?」

「良かったわ。万が一、そんな巫山戯た事を本気で信じていられたら、どうしようかなぁと思っていた処よ」

 

 そんな事をしたのならば恐ろしく怖い笑顔で「――このド低能が」と罵った事だろう。

 罵られて快感を覚えるような性癖は持ち合わせていないので遠慮願いたい。そんな冗談じみた思考が過るんだ、自分の精神的不調は一時解消されたらしいと他人事のように思う。

 

「まず最初に、貴方達『転生者』は唯一人の例外――まぁルイの事だけど、それを除いて、同じ人物に殺害されて『起点世界』から放逐されている」

「……は? 何を言って――」

「出だしから躓かれても困るわね。貴方も日向ユウナも岩流ナギも、巷の『吸血鬼』によって殺されたと言ったのよ」

 

 ――は? 一体、何を言ってるんだ、『彼女』は。

 

 ユウナもナギも、事故死してこっちに生まれたと――いや、ナギの方はまだしも、その時のユウナは……まさか、オレと同じように誤魔化した、のか?

 

「……ふぅむ、こうして他の誰かに説明するのは私が発生して以来初めての経験だからね、少しの不手際は見逃して貰えると嬉しいわ」

 

 憂鬱さを全面に押し出して、『彼女』は編み込んだおさげを指先でくるくる弄る。

 ルイも、たまにする仕草である。こういう時の彼女は大抵、懸念があって色々持て余している状況が多い。

 

「まずはルイの最初の物語を語りましょうか。一回目、君達が現実世界と認識している『起点世界』での出来事を――」

 

 何処からか出したブランデーを自身の紅茶に注ぎ、『彼女』は口にする。味わっている様子はなく、顔が苦々しく歪む。

 

「初めに言っておくけど、その『起点世界』にはアニメや漫画・小説の世界のような『異能』が実際に存在していた。本当にそんなものが欠片も無ければ、この『転生者』という存在そのものが最初から在り得なかったのだから、それは納得して貰える?」

「……百歩でも千歩でも万歩でも譲って信じでもしないと、話が先に進めねぇんだろ?」

「あら、物分かりが良くなったじゃない」

 

 くすりと笑い――殺意はそのままだが、いつもの調子に戻ってきたように見える。

 

「一回目のルイはね、規格外の『異能』をもって生まれたの。自身の存在を代償にして対象を必ず強制的に天寿を全うさせる『時間操作』の『異能』――さて、それはどんな形で能力行使されると思う?」

 

 ……いきなり話がぶっ飛んだな。

 それは既に時間操作という次元ではなく、因果律操作という神の領域ではないだろうか――?

 

「……額面通りに受け取るなら、何一つ危険な目に遭う事無く寿命死まで安泰って事か?」

「違うわ。外的要因で殺害される事があるなら、その選択肢の前まで世界の時間を巻き戻すという事よ。対象に自覚させずにね」

 

 世界単位の時間の逆行? しかし、自覚させずに、という部分が引っ掛かる。

 

「無自覚の内に? それじゃ何度も同じ選択肢を選んで死ぬ未来から逃れられないんじゃ?」

「それがそうでも無いのよ。無自覚の内に先の未来を体験しているのだから――殺されたという最悪の未来を追憶しているのだから、数回足らずで違う選択肢を無意識の内に選択する事になるわ」

「……まるでセーブ&ロードだな」

 

 もしもそんな状況が実際に起こりようものなら、その人生はイージーモードに等しいだろう。

 常に死と隣合わせの日常の身では羨ましい限りである。そんな此方の魂胆を察してか、目の前の『彼女』の顔が更に歪む。

 悲哀、憎悪、後悔が混ざり過ぎて渦巻き、混沌となったような顔だった。

 

「その『異能』を、ルイの『父親』は私利私欲の為に自分自身に使わせようとした。それによる娘の死に対して意も関さなかった。――実の『父親』の悍ましい邪悪の意思を察知したルイの『双子の兄』は、最愛の妹を救うべく『父親』に挑み、結果相討ちとなる」

 

 ……ろくでもない『父親』の悍ましさよりも、その『兄』の方に反応する。

 一度だけ、ルイの口から『兄』の存在が語られた事があった。もう名前も顔も覚えていないけど、兄に貰った想いは今も彼女の中にあると、ルイは懐かしそうに寂しく微笑んだ。

 その時、オレの中に渦巻いた感情は嫉妬だった。そこまでルイに想われている『兄』を心底から嫉妬した。

 

 ――それは一人の『兄』としてだっただろうか? それとも、一人の『男』としてだろうか?

 

 それは、今は考える事ではない。思考が脱線した。もう一人の『彼女』の方に意識を向ける。

 

「――死に瀕する『兄』に対し、ルイは『異能』を使ってその死を覆した。これによって『兄』が生き残る未来は生まれたけど、どのような選択肢かはルイにも私にも解らない。少なくともルイの死は確定してしまったのだから――」

 

 それは――命懸けで『妹』を救って本懐を遂げて、それなのに『妹』を救えなかった……どうも、その見ず知らずの『兄』に対して感情移入してしまう。

 同時に、オレの方は、『妹』を守れなかった『兄』として情けなく思う。結果は伴わなかったが、ルイの『兄』は確かに『妹』を守り切ったのだから――。

 

「――気づいた時、ルイは生まれ変わっていた。『異能』の残り香というべき現象かしら、私も断言出来ないけど。世界という理の外から最愛の『兄』の『無限回帰』を固定している副産物が『ルイの転生』と考えればもっともらしくて良いんじゃない? 『兄』が無事天寿を全うすればルイの転生も其処で終わる、神様が恵んで下さったボーナスゲームみたいなものだと、当時のルイは思っていた」

 

 ……其処で話が終わらないのは、既に、今のルイがうちはルイとして生まれた事から察するに余る。

 

「まぁこの時点で一回目での『栄光と破滅を齎す生贄として死ぬ』、いや、『愛する者の為に死ぬ』という死因は完全無欠なまでに成立していたから、その二回目の人生は二十年前後の短い生涯だったけど――それを五回か六回ぐらい繰り返して、いつまでも終わらない転生にルイは『おかしい』と気づいた」

 

 『彼女』は「最初の方は、時間の流れが等しくないから、と思っていたのだけどね」と自嘲する。

 それを語る『彼女』の顔には、絶望の色しか残されていなかった。

 

「――十回二十回三十回、この転生はまだ終わらない。七十回八十回九十回、百回から先は数える事を諦めた。途方も無い無限転生を経た先に、自分と同じ『起点世界』から転生したと思われる存在に初めて遭遇した――此処からが、本当の絶望の始まりだった」

 

 淡々と『彼女』は語る。感情の色を極力排除しようと努めているが、全くもって隠し通せていない現状だった。

 そして、その中には、負の感情に紛れて、今までになかった種類の恐怖、憐憫、悲哀が、籠められていた――。

 

 

「彼等に唯一共通する事は『吸血鬼』に殺された事であり――幾千度目かの転生先、精神干渉系の能力を持ち得たルイは『転生者』の記憶を直接垣間見て、その狂った『吸血鬼』の正体が成長した『兄』である事を知った」

 

 

 ――、――、――、……は?

 

 脳裏に鮮やかに蘇る、ルイと同じ髪型をした醜悪な殺人鬼――あれが、ルイの本当の『兄』だと?

 生命を賭してまで『妹』を救った『兄』と、オレの目の前でオレの妹を陵辱した糞野郎が、同一人物だと……!?

 

 ――右眼が、痛い。オレの中のある感情に呼応するように、酷い激痛を走らせる。

 

 射殺さんばかりの憎悪を籠めて、オレは『彼女』を見据える。

 

「確かにルイの『兄』はルイにはない『異能』を持っていたけど、間違い無く人間だった。後天的に何らかの要因で『吸血鬼化』したのでしょうね。時間を操るような規格外の『異能』が元から存在する『起点世界』だから、吸血鬼や狼男のような伝統的な『異能』も存在していたのかな?」

 

 こっちの動揺を敢えて無視して、『彼女』は語る口を止めない。

 でも、揺るぎなき殺意を向けていた『彼女』は、今は目を背けていた。まさか、この『彼女』が負い目を……?

 重苦しいほどの沈黙の果て、空虚な瞳をした『彼女』は、ゆっくりと語る。その絶望の根源を――。

 

 

「――ルイの『異能』は対象を必ず強制的に天寿を全うさせるもの。果たして『吸血鬼化』した彼に、人間としての天寿に辿り着ける可能性はあるのかな?」

 

 

 ……吸血鬼という怪物は大抵『不老不死』で、心臓に杭を刺されたり、太陽の光で灰にならなければ殺せない。

 果たして、そんな吸血鬼としての普遍的な死に方が、人間の天寿に当て嵌まるだろうか――?

 

「い、いや、それなら吸血鬼になる前に巻き戻れば――!」

「それが出来ていれば、私も貴方も此処には居ないよ。セーブ&ロード、なるほど、君に似合わないほど的確な例えね。それが自分の意志でロードする地点を選べるなら全知全能の神様になれるよ――」

 

 『彼女』は力無い声で「吸血鬼化というバグは、存外に致命的だったようね」と呟く。

 

「無いからこそ『兄』は幾千幾億回繰り返した果ての果て、無意識と無自覚すら意識して自覚して発狂した成れの果て、『基幹世界』から幾千幾万幾億もの魂を追放して、代わりに空いた席に入る存在が事態を解決、いや、少しでも違う方向に持って行ける可能性である事に一途の望みを託して――今、この時もルイの『無限転生』が続いている事から、今尚『転生者』が無尽蔵に増え続けている事から、それが成し得られていない事は明白よね」

 

 ……言葉が、出ない。

 余りにもスケールがデカすぎて、突拍子も無くて、そして受け入れ難くて――。

 

「――そう、ルイこそが君達『転生者』にとっての全ての元凶。ある意味究極の『被害者』であり、依然変わらず究極の『加害者』だね」

 

 もし、そうならば――あの憎んでも憎みきれない仇敵の『妹』にして、その怪物を生み出した元凶であるルイを、オレは、憎まずにいられるだろうか……?

 

「――だから、ルイの願いは唯一つ。最初の過ちを『無かった事』にする事よ――」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

--/外典

 

「――『冬木』での『第二次聖杯戦争』の覇者?」

 

 車椅子の少女、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは訝しげな顔で一族の長である――外見は二十代後半にしか見えない、されども百の歳月を超える魔術師――ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを見た。

 彼女が困惑したのも当然の事。彼、ダーニックが参戦して『大聖杯』を略奪した『冬木』の聖杯戦争は『第三次』であり、それより前の『第二次』の事は若年の彼女には知り得ぬ物語である。

 

「かの極東の地で西洋魔術に通じていた魔術の旧家、神咲家八代目当主『神咲悠陽』。それが『冬木』の聖杯戦争での唯一の勝者だ」

 

 嘗て時計塔にて最高位の階位である『王冠』に上り詰めたほどの魔術師が熱を籠めて話す魔術師、それも冬木方式での唯一の勝利者となれば、フィオレとて興味が湧く。

 今より彼女達は前人未到の七騎対七騎の、赤と黒の陣営で覇を争う『聖杯大戦』に挑む。

 今宵は残り五騎のサーヴァントを同時召喚する日取り、そんな大事の前に話す事が、単なる感傷や昔話程度のものとは思えなかった。

 

「正確には西洋型錬金術、黒魔術、ウィッチクラフト、占星術、カバラ、ルーン、果てには神道に陰陽道をごちゃ混ぜにして別の何かに昇華させた――まさに近代のあの国のような事を何世代も前から行っていた家系だね」

 

 その説明を聞いて、フィオレは感心する処か、逆に困惑する。

 確かに自身の一族、ユグドミレニア一族は浅く広く一族に連なる魔術師をかき集めて来た一族である。フィオレと長のダーニックのミドルネームが違うように、彼等のミドルネームは吸収した一族の名である。それ故に魔術系統も幅広い。

 だが、それぞれの魔術刻印は共通のものではなく、嘗ての一族の刻印をそのまま継承し続けている通り――統合ではあっても競合ではない。

 

「……でも、おじ様。それでは器用貧乏にしかならないのでは?」

 

 例えその全ての魔術系統に通じていたからと言って、その道一つを専門とする魔術師に勝る道理は何処にも無い。

 万能は全能では非ず、単なる器用貧乏に堕ちよう。全てが出来るという事は確かに素晴らしいが、それだけ広く浅いという事を同時に示している。

 それは魔術協会が雑多な魔術師の寄せ集めと嘲笑うユグドミレニア一族に抱く感想と何が変わろうか。

 

「そうではない。その家系の従来の魔術師はそうでも、彼は究極なまでに一つの事柄に特化した魔術師だった。フィオレ、君と同じようにね」

 

 外見では可憐な貴人であり、足が不自由でか弱い印象を抱かれるフィオレだが、彼女はユグドミレニア一族随一の魔術師、二流の魔術師の多い一族の中で突き抜けている一流、ダーニックの後継者と目されている。

 彼女も殆どの魔術が不得手であるが、唯一つだけに限定特化した魔術師であり――果たして聖杯戦争の勝者と成り得た『彼』は、何に特化していたのだろうか?

 

 

「――『魔術師殺し』。末恐ろしい事に、あらゆる魔術系統をそれのみに特化させていたそうだ。記録にある限りでも、彼の地に『聖杯』を奪取する為に足を踏み入れた六十七名の魔術師は、二度と故郷の土を踏む事は無かった」

 

 

 ……それは広く、部分的に深く、特定の事柄に特化した刃物を用途ごとに研ぎ澄ますような在り方だと、フィオレは率直に思う。

 ダーニックは彼に珍しく砕けた表情で「中には『貴族(ロード)』に連なる魔術師も居たようだ」と愉快痛快に笑う。

 

(――八代目の魔術師に関わらず、魔術を探究として神聖視せずに単なる殺害手段として刻んだ? どうも解らないですね。解らないのはおじ様も一緒ですけど)

 

 彼、ダーニックの『貴族』達に対する感情は複雑過ぎて読み切れないが、その何処かに安堵らしきものが見受けられる。

 それは彼が参戦した第三次聖杯戦争で『彼』と出遭わなかった事への安堵、というのは些か穿ち過ぎだろうか。

 

「――第二次聖杯戦争は全サーヴァントが召喚されてから僅か一週間で幕を閉じた。『彼』は一日一殺、一組ずつ確実に脱落させていった。真っ先に脱落したのはアインツベルン、次にマキリ、次に遠坂だったそうだ」

 

 アインツベルン、マキリ、遠坂は『冬木』の聖杯戦争の立役者たる御三家であり、『万能の願望機』である『聖杯』を召喚する儀式を考案した魔術師の一族である。

 それに故に、聖杯戦争の事を誰よりも熟知し、尚且つ現地に居を構える御三家を相手にするのは何よりも困難であるのは明白――それを呆気無く脱落させた『彼』とは、一体どれほど破格な魔術師だったのだろうか?

 いや、それどころか、他のサーヴァントとマスターも六騎全て討ち取るなど、よほどサーヴァントに恵まれたのか――いや、例え最強の大英雄を召喚していたとしても不可能であると魔術師としてのフィオレは確信する。

 

「……信じ難いですね。如何に八代に渡る尊き血筋を受け継いだ魔術師と言えども、如何に優秀な魔術回路を持っていようとも、如何に規格外の英霊を召喚していても、それでは魔力貯蔵量が保たないでしょうに」

 

 そう、サーヴァントは確かに強大無比であるが、彼等の行動の一つ一つさえ莫大な魔力を消費する。それを賄いつつ六騎のサーヴァントと六人のマスターを一日一組ずつ撃滅させていくなど、どう考えても先に魔力が底を尽きるだろう。

 それこそ反則的な、自分達が堂々と行っているような反則級のシステム干渉、魔力の経路(パス)の分割によってマスター以外からの魔力供給をしていない限り、枯渇死するだろう。

 

「『彼』の全能は『魔術師殺し』に特化していたが、その在り方は悪辣なまでに魔術師だったという訳だ。足りないのであれば他から補えば良い。不足分の魔力を『彼』は仕留めたマスターの令呪で補ったそうだ」

 

 フィオレは表情を歪ませて、自身の肉体に刻まれた令呪を一目見る。

 マスターに与えられた、三回限りの絶対命令権。単純な命令の強制だけではなく、行動の強化、純粋魔力に変換する事さえ出来る。

 その三回限りの奇跡だが――無色の魔力として消費型の魔術刻印としての使い方も、可能ではある。

 そんな勿体無い使い方は、令呪が有り余っていない限り出来ないだろうが、なるほど、他のマスターから殺して奪った物を再利用するという観点では、これ以上の成果は無いだろう。

 

(……でも――)

 

 しかし、それでは一つ疑問が残る。フィオレの中でそれは見逃してはならないと魔術師としての感性が囁く。

 令呪の実装は第二次聖杯戦争からだと聞いている。そんな異端な使い方は、主催者側さえ思いつかないような異常な発想では無いだろうか?

 そのフィオレの疑念に、ダーニックは笑顔で迎える。

 

「――どういう訳か、『彼』は主催者である御三家と同じぐらいの、いや、それ以上の知識を持っていたと考えられる。『冬木』での聖杯戦争の仕組みを外来の魔術師とは思えないほど知り尽くしていた。だからこそ真っ先にアインツベルンを脱落させ、彼らが用意する『小聖杯』の器を手中に納めたのだろう」

 

 ダーニックが参戦した第三次聖杯戦争では、途中で『小聖杯』の器を破壊されたと聞く。

 そんな最悪の事態を招かない為に、聖杯の担い手であるアインツベルンを真っ先に脱落させて、最後まで『聖杯』を自らの手で守護したのだろう。

 

「もしもその『彼』が『大聖杯』の存在に気づいていたのならば、第三次聖杯戦争は無かっただろう」

 

 しかし、疑念が一つ解けると同時に新たな疑念が生まれる。どうしてこの第二次聖杯戦争の事をダーニックは詳しく知り得ているのだろうか?

 聖杯戦争に挑むからには過去の戦争を調べるのは当然の事だが、その当時の第二次聖杯戦争は未開の地で執り行われた野蛮な儀式程度の認識しかなく、それ故に必然的に記憶媒体も少ない筈だ。

 そんなフィオレの疑問を察してか、ダーニックは出来の良い生徒を指導する教師のように笑う。

 

「――第二次聖杯戦争には聖堂教会からの監督役が派遣されていなかったが故に文献は少ないが、御三家の一つであるアインツベルンは『彼』を末世までの怨敵と見定めていた」

 

 つまりは、『彼』の情報は未だに『聖杯』への執念を燃やす一族、アインツベルンからの情報であり、その確度は彼等の狂気が保障してくれるだろう。

 

「とは言え、最初に脱落したアインツベルンの知識では『彼』がどのようなサーヴァントを召喚したのか、どのように勝ち抜いたのか、細かい詳細までは不明だがね。今、此処で重要なのは――『彼』は完成した『聖杯』を終生使わずに持ち歩き、そのまま焼死した事だ」

 

 そう、それは数多の英霊が集う『聖杯戦争』で一人勝ちした事よりも、衝撃的な事だった。フィオレにとって、否、根源を目指す全ての魔術師にとってである。

 

「……『万能の願望機』たる『聖杯』を、使わなかった? それがあれば『根源』にさえ届き得るのに?」

「第二次聖杯戦争の終戦後、『彼』は自身の父親と妹を焼き殺している。……理由は不明だが、後一歩で『根源』に届くというのに挑まなかった。当時の全ての魔術師に対する冒涜だ」

 

 恐らくは、それを知る全ての魔術師が失望し、狂おしいほど激怒した事だろう。

 次の段階に行けるのに、その場に踏み留まる停滞を、魔術師たる人種は許さない。

 それが出来るなら何を犠牲にしても次の段階に行くのが魔術師たる人種であり、それを行わない落伍者を誰よりも許せないだろう。

 

「『大聖杯』はトゥリファスに馴染むように少しずつ変質させ、その過程で純粋な英霊だけでなく『英霊としての側面を持つだけの者』の召喚も可能になった――第二次聖杯戦争を勝ち残り、襲い来る全ての魔術師を返り討ちにして生涯『聖杯』を持ち続けた『彼』の不敗の物語は、最新の英雄譚と呼ぶに相応しいものだろう」

 

 そして、フィオレはダーニックの思惑を悟り、驚愕する。

 ダーニックは渾身の笑みで『勝ち誇る』。そう、我々ユグドミレニア一族の悲願は――。

 

「――我々は『彼』を『アサシン』の座に召喚する事で直ちに、魔術協会と戦うまでもなく勝利する。歴史上、中身の満ちた『小聖杯』を持つ唯一無二の存在、魔術師・神咲悠陽を召喚する事でね」

 

 ダーニックが懐から出したのは、拳大のガラスのケースであり、その中には黒ずんだ何らかの欠片があった。

 

「それは、いや、それが――?」

「『彼』が終生持ち歩き、『彼』の遺体と共に灰となった『聖杯』の欠片だ」

 

 それ以上無いほどの『聖遺物』を手にし、ターニックは勝利を確信する。

 『彼』さえ召喚出来れば、魔力の満ちた『小聖杯』を手に入れる事が出来、『大聖杯』を完全な形で起動出来る。

 

 ――これは転生者の物語の外典(アポクリファ)である。

 其処から歪んで燃える物語は確かに、転生者の物語の一つである。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11/最悪の刺客(1)

 

「――以上をもって、この機に乗じて海鳴市に蔓延る転生者を一人残らず撲滅するべきだと我等は愚考します。『武帝』、貴殿の意見は如何でしょうか」

 

 転生者への深い怨恨を抱く『武帝』、その本拠地である和風の屋敷には非転生者である復讐者達が集結しており、彼等の鋭い視線は上座に鎮座する湊斗忠道に向けられていた。

 

 ――『善悪相殺』、憎き仇敵を殺したのならば最愛の人を殺さねばならぬ呪われし妖甲『村正』の掟を突きつけて尚、彼等は自らの命をもって仇たる転生者の首級を所望する。

 

 全員がそれを承諾した上での上訴、これが狂気の沙汰でなくて何を異常と捉えるか。

 全くもって詮無き事であると、力無き彼等に呪われた復讐の刃を与えた湊斗忠道は無駄な思考だと断じて切り捨てる。

 

「――『魔術師』の死を直接確認した者は居ない。この状況があれの仕組んだ罠という可能性も十二分に有り得よう」

 

 白々しい言葉だった。この中で自分だけは、かの『魔術師』の死を確定事項として知り得ているのに――。

 

「――情報を確定させる事が先決だ。あれの死亡を確認しない事には足元を掬われよう」

 

 だが、湊斗忠道の慎重すぎて臆病とも捉えられかねない意見に不思議と反論は上がらない。

 それもその筈だ。これ以上無いほど憎悪されていると同時に、それほどまでにあの『魔術師』という転生者は全ての者に畏怖されている。

 誰しも半信半疑なのだ。あの最悪なまでに悪辣だった転生者が、こんなに呆気無く退場するだろうかと――。

 

 ――今後の方針を決める会議は停滞し、結論を先延ばしする事で一時解散となる。

 

 誰も居なくなった和室の大部屋で、湊斗忠道はぴくりとも変えなかった表情を崩し、疲労感を漂わせて溜息を吐いた。

 

「……止められぬな」

 

 主の言葉を代弁したのは彼の劔冑である――人間形態である事が板についた『二世村正』であり、湊斗忠道は心底憂鬱そうな顔を彼女にだけ見せた。

 

「ああ、時間の問題だ。よりによってこの時期に死ぬとはな、神咲悠陽――」

 

 死せる孔明が生ける仲達を走らせたように、今は『魔術師』の影で抑止出来るが、いつまでも保たないだろう。

 反転性者の一大組織『武帝』勢力と――現在の最大勢力である『教会』勢力の激突はもう時間の問題であり、何方にしろ、共倒れの未来しかない。

 

 ――その時、湊斗忠道は如何なる選択をするだろうか。

 

 自らの手で狂える復讐者達に引導を渡すか。何を今更、それは『罪滅ぼし』でも『偽善』ですらない、ただの『独善』であり、明確な『悪』だ。

 復讐者である湊斗忠道は彼等の在り方を否定出来ない。己が全存在をもって『善悪相殺』を成し遂げる様を、彼は最期まで見届けるしかあるまい。

 

「神咲悠陽がもう少し長く生きていれば――滅ぼせない『悪』が存在し続ければ、時間が彼等に違う選択肢を与えたかもしれなかったが……」

 

 自分で吐いておいて白々しい詭弁である。

 復讐者は初志を貫徹し、最終的に己が刃で自らの首を引き裂くのみ。そんな当たり前な事は前世から既に見定められている事だろうに――。

 

(自分でも変えられなかった滅びの必定を、変えられる者がいるのか、オレはそれを知りたかったのか――)

 

 転生者に対する反抗手段を与える事で、反勢力を纏めて支配下に置く。

 それが魔都海鳴市における『武帝』の知られざる存在意義であるが、存外に湊斗忠道は彼等に肩入れしていたようだ。

 

「――『善悪相殺』、彼等の復讐劇は己の死をもって完結する。『村正』の掟は全ての戦いを無意味に終わらせる」

 

 村正は静かに呟く。それこそが彼女達に刻まれた不滅の理念、常世全ての戦の撲滅を願った村正一門の悲願であり、国を滅ぼしかけた血塗られた呪いである。

 復讐者である我が身と重ね合わせて、彼等が違う選択肢に到れるのか――その行く末は終ぞ見えぬまま、誰も彼も破滅していくだろう。

 

 そんな時だった。彼等二人の感覚が、今一度『金神』の存在を知覚する――在ろう事か、それはすぐ傍の、外の庭からだった。

 

「ッ、村正!」

「諒解、御堂――」

 

 嘗てこの世界にまで襲来した、湊斗忠道の前世の妹『湊斗奏』の思念体が現れたのか、忠道と村正は視線を合わせるだけで以心伝心し、襖を勢い良く開ける。

 

 ――その出遭ってはいけない『敵』と対峙してしまった。

 

 

「――良き月だ。異界の地でも月の見心地は些かも変わらぬ」

 

 

 透き通る女性の声に聞き覚えは無く――庭で踊るように月を見上げる少女の背には『銀色の女王蟻』が静かに待機していた。

 湊斗忠道の表情が一瞬にして凍り付き、村正もまた驚愕に染まる。

 

「冑(あれ)だと……!?」

『ふむ、こうして人の頃の形態を取る冑を客観的に見る事になろうとは思わなんだな』

 

 皮肉に満ちた金打声が脳裏に響き渡る。

 当人が確認したのだ、あの劔冑が『銀星号』として大和を恐怖のどん底に陥れた白銀の魔王、至高の劔冑である『二世村正』の待騎状態である事実は覆せない。

 ならば、その仕手は、一体誰なのだろうか。そんな些細な現実逃避など一切出来なかった。

 

 青味の掛かった黒髪をポニーテールにし、純白のワンピースを纏う少女。

 此処に居るというのに存在感を知覚させない、夢か幻のように希薄な少女。されども単なる思念体では在り得ない脅威が其処にある。そんなものは一人しか在り得ない。

 

 ――否、紛い物の仕手であるのは己の方であり、彼女こそは『銀星号』の正統な仕手。その名は――。

 

「……湊斗、光」

 

 本来の『装甲悪鬼村正』の世界で『銀星号』と結縁する最果ての狂人。

 湊斗景明の義妹、実の娘、父の愛をその手に取り戻す為に世界全てを敵に回した少女――。

 

「ほう。このような地でオレの名が知れ渡っているとは光栄の極みだな」

『十中八九悪名の類だろうよ、御堂』

 

 彼女は誇らしげに笑い、彼女の『銀星号』は素で突っ込む。

 呑気な会話に聞こえるが、湊斗忠道は震えが止まらなかった。

 何故、彼女が此処に居るのか、そんなものは既に存在しているのだから問うまでもない。今、湊斗忠道が問うべき事は一つだった。

 

「……此処に、貴様の求めるものはない」

 

 湊斗光が抱えるは『天下布武』、人類全てと闘い、勝利して神の座に至る事を望み、最悪な事にそれを可能とする超越的な『武』を持つ。

 その言葉は、彼女の物語を知り得た者にしか出ない言葉だった。 

 

「うむ、それは先刻承知なのだが――同じ劔冑の仕手がこうして巡り合うのは運命的な何かを感じるのだが、其方はどうだ?」

「……何が、言いたい?」

 

 顔が歪む。あの『銀星号』は自身の劔冑と同じく『金神』の力を手中に収めており、此処に劔冑の性能差は微塵も無い。

 だが、仕手の能力差は天と地ほど開かれている。――既にあの彼女と殺し合う事を前提に思考している自身を、湊斗忠道は全力で否定したかった。

 

「武者と武者、出遭ったからには死合うが礼儀だろう。それこそ光の願いであるし、それが同じ劔冑の仕手ならば尚更引けぬよな」

 

 月見を終えた少女は此方に振り向き、瞬間、悪寒が走った。

 その瞳には、灯る筈の無い憎悪が、明確なまでに燃え上がっていた――。

 

「――それに、お前達の在り方には少なからず思う処がある」

 

 どうして彼女がこの世界に存在しているのか。そんなものを考える余裕すらない。

 何故なら、彼女は、湊斗光は、湊斗忠道の敵として此処に在るのだから――。

 

「ッッ、村正ァッ!」

「諒解ッ!」

 

 人間形態から女王蟻の形態に戻り、白銀の鋼鉄が砕けて宙に舞う。

 湊斗光の『銀星号』また同じ状態になり、二人は誓約の口上を同時に口にする。

 

 

『――鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理ここに在り――!』

 

 

 此処に、二騎の『銀星号』が、違う歴史を歩んだ『二世村正』が世界の壁を超えて対峙する――。

 

 

 

 

「――直也君、先に『矢』を使っておきましょう。この先、何が起こるか解らないから」

 

 今後の方針について相互理解するに至り、最後に柚葉はオレに向かって進言する。

 

「……ああ」

 

 オレは悩む事無く承諾する。あの『魔術師』さえ呆気無く死んだのだ。この先、何が起きても不思議ではあるまい。

 不測の事態が起こるなど予定通り、ならばこそ万全の状態で迎え撃つだけである。

 自らのスタンドである『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』を出し、そのスタンドの中に保存してある『矢』を取り出す。

 前世では怖くて一度も使えなかったが、此処最近は頼りっぱなしのような気がする。そんな感慨を内心で笑い流して『矢』でスタンドを再び射抜こうとしたその瞬間――炎が教会に走った。

 

「っ!?」

 

 敵襲、と思いきや、その炎には温度が無く――幻影、いや、待て、温度が無いだって?

 この温度の無い炎が何を示すのか、思い至ってしまったが故に硬直し、世界は無造作に書き換えられる。

 

「固有結界!? ……え?」

 

 早速、敵側が大胆にも仕掛けてきたのかと思って身構え――気づけば、教会の外で、一人でぽつんと立っていた。

 隣に居た柚葉も、すぐ近くにいたなのはも、教会に居た面々も其処には居なかった。

 

「何がどうなって――!?」

 

 そしてオレは背後から音も無く忍び寄った襲撃者への対処か、一秒でも早くスタンドに『矢』を突き刺すかを一瞬迷い、迎撃しながら『矢』を突き刺す事にする。

 鞭のようにしなる何かをスタンドの拳を持って打ち払おうとし、途端、言い知れぬ既視感(デジャブ)を覚える。

 打ち払いから風の能力を用いた瞬間的な切断に変更し、血が、舞う。

 

(んな、蛇っ!?)

 

 胴体を引き裂かれた蛇は絶命する事無く飛びつき、『矢』の棒部分を一瞬で噛み砕きやがった――!?

 

(最初から『矢』狙いだと……!?)

 

 『スタンド』に突き刺す前に矢尻が予想外の方向に飛び去り、慌てて手を伸ばし――寸前の処で違う蛇に掠め取られ、飲み込まれる!?

 『矢』を飲み込んだ蛇は主の下に戻り、此処でオレは襲撃者を初めて目にする。

 古びたフードを纏った、血の臭気というよりも尚濃い爛れた腐臭が漂う、顔の見えない相手だった。

 ソイツは即座に――飛ぶように後退し、何の迷い無く逃げの一手を打ちやがった! 相手にとって最善の選択であり、此方にとって最悪の行為だ畜生……!

 

「……ッ、待て――!」

 

 切り札たる『矢』を奪われた以上、あの相手を追わざるを得ない。

 スタンドを身に纏い、風の能力をフルに使って追い縋る。

 柚葉や他の者達の安否が脳裏に一瞬過ったが、『矢』を奪われて悪用されたら今の最悪の事態がより一層悪くなる……!

 

 ――その嫌な予感は決して、間違いでなかった事を後々思い知る事となる。

 

 

 

 

 ――世界は炎の海に覆われ、されども温度は無く、漆黒の天には幾多のオーロラが不気味に輝く。

 

「な、何だこれは……!?」

「炎なのに熱くない……?」

「おそらく違う世界の法則が働いているからでしょう、レヴィ。……ディアーチェ、この現象は師匠の話に出てきた『固有結界』と極めて類似しています」

 

 この固有結界の中に取り残されたのはたったの三人だけ。ディアーチェとシュテルとレヴィの三人だけだった。

 『理』のマテリアルであるシュテルはこの異常を即座に分析し――ぱちぱちぱちと、やる気の無い拍手の音が鳴り響いた。

 

 

「――全く、魔法に限り無く近い大禁呪である『固有結界』を、位置配置の分散程度の為にやらされるとはねぇ。贅沢な事だわ」

 

 

 この場に居ない誰かに対する愚痴を言いながら、この世界の主はもう一人の誰かに抱きついた状態で現れた。

 その十二歳ぐらいの和服の少女に誰かの面影を感じたが、それに眼が行くより先に、もう一人の誰かに集中する。

 喪服のような不吉な純和風の着物に、不似合いの洋物のブーツを履く、赤髪のおさげの青年は――。

 

「――『魔術師』! やはり生きて……」

「死んでるわよ? 貴女達のせいで」

 

 ディアーチェの希望に溢れた言葉は、少女によって即座に否定される。

 その少女は自らの懐から取り出したナイフを、まるでケーキを切り分けるかのような気軽さで『魔術師』の頸動脈を切り裂いた。

 

「っっ!? な――」

 

 ディアーチェの悲鳴は即座に驚愕に変わる。

 ナイフで引き裂かれた首からは出血は無く、独りでに塵芥が覆い重なって元の状態に復元する。

 

「ほら、何処をどう見ても言い逃れできないぐらい正しい『穢土転生体』になってるでしょ?」

 

 少女は自らが引き裂いた箇所を愛しそうに指先でなぞりながら、邪悪に嘲笑う。

 その横顔が、何処か『魔術師』に似ていて――ディアーチェに吐き気を催した。

 

「――他の有象無象はともかく、貴女達三人は私の世界から解放しないわ。……本当は高町なのはも招待したかったけど、先約があるから譲ってあげないとね。その方が面白そうだし」

 

 くすくすと、少女は童女のように笑う。

 されども、その血塗れたように赤い瞳には憎悪と怨念と妄執が渦巻いていた。

 

「――誰だ、貴様は……!?」

「神咲神那。お父様、神咲悠陽の唯一人の、本当の娘よ。――貴女達とは違ってね」

 

 

 

 

「何だ何だぁ!? 一体何が起こりやがった……!?」

 

 世界が塗り替わったと思ったら、いつの間にか外に放り出されて皆とはぐれていた。

 何を言っているかさっぱりだと思うが、オレも訳が解んねぇ。こういう異常の分析は紅朔とかシスターの領分であるが、生憎と今は見当たらない。

 

「あの場に居た全員が同じような状況に陥ってる、のか……?」

 

 だとすれば、ただ分散してさよなら、なんて事態には間違いなくならない。

 注意深く周囲を警戒し、微かに漂う魔の気配を感知する。ついさっき遭遇した旧敵に似通った気配を――。

 

「『大導師』の野郎かっ!?」

 

 まずい。今は紅朔とはぐれているだけに、無力も甚だしい。

 それでも何とか時間稼ぎして紅朔と合流すれば――そんな打算的な思惑は目の前に現れた『黄金の闇』によって木っ端微塵に打ち砕かれる。

 

 

「――如何にも。余は『ブラックロッジ』の大導師なり。自己紹介は必要かな? クロウ・タイタス」

 

 

 その人あらざる者の声は脳裏を揺さぶって吐き気を催し、魔性なまでに耽美な容姿と退廃的な気配を纏う。

 

 ――この人外じみた青年を、オレは知っている。

 

 震えが止まらない。この『邪悪』は、この世界に居て良いものではないのに……!

 

 ――『七頭十角の獣』『背徳の獣』『666の獣』――!

 

「マスターテリオン……!?」

 

 その金色の双眸には一切の光を宿さない。金色の深淵がオレを射抜く。

 あの大十字九郎の宿敵、秘密結社『ブラックロッジ』を束ねる大導師であり、規格外揃いのあの世界において頂点に断つ邪悪の化身――。

 

「……どういうこった? 此処にはアル・アジフも大十字九郎もいねぇぜ?」

 

 何故この世界に化けて出たのか、疑問は尽きないが、何故あの魔人が自分の名を知っているのだろうか?

 あの魔人が興味を示すのはこの宇宙に唯二人のみ、宿敵にして怨敵の大十字九郎とアル・アジフ以外に居ない筈だが――。

 

「此度の『茶番』に余の愛しき怨敵達が居ない事など承知だ。――余は、クロウ・タイタス、貴公に遭いに来た」

 

 ……一体、このマスターテリオンは、どの時間軸の彼だ――?

 かたかたと、何の音かと思いきや、情けない事に自分の歯がぶつかり合って掠れる音だった。

 

「……何故? テメェにとって、オレなんざ大十字九郎より前の『死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)』というだけの、塵芥に等しい存在だろ?」

「その塵芥に等しい存在に全てを引っ繰り返されたのなら、認識を改める必要があるであろう?」

 

 そして、物理的に心臓が止まりかねないほどの、奴の純然なる殺意に晒され、何もしない内に心が折れそうになる。

 勝てる訳が無い。オレは大十字九郎になれない出来損ないに過ぎないのに、本物の『邪悪』を相手にどう足掻けと?

 かたかたと、全身の震えが止まらない。大十字九郎でなければ倒せない『黒の王』相手に、オレに何が出来ると……?

 

「クロウッ! ――っ!?」

 

 その紅朔の声をもって、オレはふと正気に戻る。

 いや、状況は何一つ変わっていないが、この場における自身の敗北は彼女の死でもあり、そんなのは何が何でも認められない。

 なけなしの勇気を振りに振り絞って、目の前の絶対的な『邪悪』に立ち向かう。

 

「役者は揃ったようだな。――出すが良い。己が鬼械神を、『デモンベイン』をッ!」

 

 そしてマスターテリオンは高々に叫ぶ。無限螺旋において片時も離れなかった半身の名を。永遠の伴侶の名を――。

 

「――我が魔導書『ナコト写本』、来い、エセルドレーダ!」

「――イエス、マイマスター。御前に、何処までも……!」

 

 黒い少女が顕現し、マスターテリオンの傍らに寄り添う。

 これまでも、これからも、かつてそうしたように――この世界に召喚された彼女は再び主の下に参じる。

 

「――余の渇きを癒やせ『死霊秘法の主』ッ! クロウ・タイタスッッ!」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12/最悪の刺客(2)

 

 

 

「クロウ兄ちゃん? 皆もいない……?」

 

 世界が歪んだと思ったら、寒空に一人放り出され、事の異常さを察した八神はやては自身の騎士甲冑を纏って車椅子から立ち上がる。

 

『――はやて、無事かっ!?』

『騒がしいぞ、ヴィータ。主よ、どうやら空間転移によって各個分散させられたようです。今そちらに向かいますが故、周囲の警戒を怠らぬよう――』

『……意図的に分散したっちゅう事は、敵さんからの刺客が待ってるって事よね……?』

 

 恐らくは、あの『魔術師』を殺した相手の仕業だろう。どんな悪辣な事が待ち受けていても不思議ではあるまい。

 

 ――かつん、と。

 焦る八神はやての前に立ち塞がった敵は姿を隠さず堂々と、というよりも、敵を敵と認識していない不遜さで現れた。

 

「……何だぁその服は? 其処のガキ、数年後の自分が見たら自殺もんの恥ずかしい服装来てる自覚はある?」

 

 その傲岸不遜の赤髪の少年を、八神はやては知っている。

 右手のか細い機械製の義手も並行世界の彼のままであり、違いがあるとすれば、深く鎖された左眼と――殺意に爛れた右の凶眼に、誇らしげに付けていた『風紀委員(ジャッチメント)』の腕章を付けていない事。

 

「……クロさん!?」

「おいおい、学園都市最強の『超能力者(レベル5)』に向かって黒猫に付けるような名前呼ばわりかぁ? 自殺したいならそう言えよ」

 

 三度の再会。されども、この『彼』はオリジナルのクローンとして産み出された『過剰速写(オーバークロッキー)』でも、別の可能性を辿った『第八位の風紀委員』でもない。

 

(あの左眼……これが、クロさんが言っていた――)

 

 ――『彼』こそは『時間暴走(オーバークロック)』、双子の妹のクローンを縊り殺し、『一方通行(アクセラレータ)』を打倒して歯止めを完全に失った、最悪期の赤坂悠樹に他ならない――。

 

「全くもって訳が解んねぇな。此処は学園都市の外のようだが、AIM拡散力場は同じようにある。さながら誰かが用意した舞台のようだな」

 

 呼吸が止めかねないほどの狂気の殺意を常時ばら撒きながら、赤坂悠樹はぼやく。

 

(……え? このクロさんのオリジナルらしき人は今、何て言った……!?)

 

 今の此処が『学園都市と同じ環境下』――話し合いで何とか解決出来れば、と思っていたはやては即座にその思考を捨てて、飛翔して間合いを離す。

 空を舞った八神はやてを見て、赤坂悠樹は珍しいものを見たかのように感心する。

 

「学園都市産じゃない異能か。天然の『原石』ではないな。その格好といい、本物の『魔法少女』ってヤツか? これが噂の魔術とかいうオカルト?」

 

 心底感心したように観察しながら――赤坂悠樹は着々と目の前の正体不明の少女を無慈悲に即死させる演算を進める。

 

(……っ)

 

 はやては震える拳を握りしめ、自身のデバイスである騎士杖シュベルトクロイツを何度も握り直しながら――一箇所に留まり続けないように、赤坂悠樹の周囲を回るように移動し続ける。

 

「――へぇ」

 

 ――途端、『彼』の殺意しか灯っていない眼の色が変わった。

 絶対的な強者特有の油断と慢心に満ち溢れていたのに、今は強い警戒と疑念と猜疑の色に染まる。

 蛇に睨まれた蛙の心境を、はやては身を持って味わう事となる。

 

 

「――お前、オレの能力を知っているな? 不思議だな、オレの『時間暴走(オーバークロック)』の詳細を知っているのは第二位の糞野郎以外居ない筈だが、まぁどうでもいいや」

 

 

 その一瞬の行為で、『彼』の特定部位の時間停止による『心臓破り』対策の動きだと断じ、その動きに至る経緯を『彼』の頭脳は呆気無く見抜いてみせた。

 人の身に余る強大無比の超能力を持ちながらも、それを理知的に行使する――この『彼』は、掛け値無しの『暴君』だった。

 

「ま、待ってぇな! 私は貴方とは……!」

「とりあえず、殺してからあれこれ思考するとしよう。精々足掻いてオレを愉しませろよ、メスガキ」

 

 

 

 

 教会に居た皆とはぐれた高町なのはは、皆の居場所を探査するべく幾多のサーチャーを飛ばし――途方も無い反応の多さに唖然とした。

 

「え? 何これ……!?」

 

 その反応は十、百、千、万を超えて尚増え続けており、複数の思考行動・魔法処理を並列で行う彼女にも計測不能の域に達していた。

 そして途方も無いほど大きな魔力反応が四つ、その内の一つはすぐさま彼女の前に現れた。

 

「……全く、亡霊をまた呼び寄せて再利用するなんて酷い魔都ね。そう思わない?」

 

 その魔力反応を、高町なのはは知っている。

 嘗てこの海鳴市で執り行われた『聖杯戦争』で『アーチャー』の座に召喚されたサーヴァント、英霊の域に到達した高町なのはの未来の可能性の一つ――。

 

「――『私』」

「――こんばんは、嘗ての『私』。いえ、違う未来を歩む『私』というべきかしら。結局、同じ境遇になったようだけど」

 

 なのはの顔が、酷く歪む。

 この『アーチャー』は『魔術師』が早期に死に絶えた世界の自分の末路。失った人を取り戻すべく、己の全てを賭けて破滅した未だ生まれ得ぬ白き魔王――。

 

(……未だに、信じられない――)

 

 『魔術師』の死を、高町なのはは一切受け入れられず、何一つ実感を持てずに居た。

 実は死んでませんでしたと、何処かで飄々と現れるのではないかと、淡い幻想を抱いて――。

 

 ――けれども、目の前の『彼女』こそ、その先の自分に他ならない。

 憧れの人を亡くして、全てを失った果てにそれしか望めなくなった――。

 

「……っ、どいて下さい、貴女と戦う理由は――」

「私にはあるわ。逆恨みのようなものだけど」

 

 恐ろしく冷たい視線で、『アーチャー』は幼き己を射抜いて見下す。

 自分である筈なのに、高町なのはは何一つ『彼女』の事が解らなかった。どうして自分に意も関さなかった『彼女』が、此処まで執着しているのか、何一つ見えない――。

 

「他の人達を助けたければ、私を殺して征くしかないわ。そういう役目だもの」

 

 『魔術師』を殺した謎の転生者の刺客、それが今の『彼女』に課せられた『強制』なのだろうか?

 戦いは不可避、そして考えるまでもなく、高町なのはにとって最悪の相手だった。未来の自分が相手では、万が一にも億が一にも勝機はあるまい。

 それでも、此処で屈する訳にはいかない。自分の前に最悪の敵が現れているのならば、他の皆も同じような状況に至っているだろう。

 

(私では出来なくても、直也君なら、柚葉ちゃんなら、はやてちゃんなら――)

 

 誰か一人でも切り抜ければ、解決の糸口になり、突破口を見い出せる。可能とか不可能とかいう次元ではなく、最期まで足掻くか否かの話である。

 

 ――自らと殺し合う前に、高町なのはは聞くべきじゃない事を口にした。

 

「……一つ、聞かせて下さい。何故、どうして――神咲さんと、殺し合う事しか出来なかったの……? もっと、別の方法が――」

「――、それを今更聞くの? 結局、このろくでもない魔都で死んでしまったのに……!」

 

 地獄の奥底から発せられたような声で、『彼女』は有り余る憎悪で身を震わせた。

 

「最初に言っておくけど、私達はあの『女』に多種多様な方法で呼び寄せられたけど、完全な支配下には入っていない。いえ、むしろあの『女』は最初から制御を完全に放り投げている」

 

 その発言はあらゆる意味で衝撃的であり――あの途方も無い魔力反応の持ち主全てが、黒幕たる『転生者』の支配下に入っていない? 性質の悪すぎる冗談だった。

 だが、希望ではある。支配下に入っていないのならば、この『彼女』と戦う必要は――。

 

 

「――だから、私も縛られる事無く『私怨』で動ける」

 

 

 そんな儚い希望は、呆気無く打ち消される。

 『自分』から放たれる掛け値無しの憎悪を無防備の心に受けて、なのはは心底恐怖する。

 

 

「……どうして、どうして貴女だけ、この世界の『私』だけ……! 私は、私は、置いて行かれたのに……!」

 

 その憎悪は、届かなかった嘆きは、一体何処に投げられたものだろうか?

 それは固有結界の炎に消えた『魔術師』に対してか、それとも――並行世界で救われて、別離せざるを得なかった事に対してか――。

 

「――嗚呼、憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い、私は『私』が堪らなく憎い……!」

 

 憎悪の炎が『彼女』の眸に灯り、膨大無比の魔力が胎動する。

 今の高町なのはを遥かに超越する魔力が、嘗ての自分を殺さんと一気に放たれる。最悪の呪言と共に、殺意を以って放たれる――。

 

「――貴女は何一つ、大切な者を守れない。他ならぬ未来の私が保障してあげる……!」

 

 

 

 

 ――そして、豊海柚葉の場合は最初から詰んでいた。

 

 固有結界の瞬間解除による配置移動が終えた瞬間、身動き一つ出来ない拘束感が彼女の全身を縛る。

 一体何が――思考より早く、柚葉の直感は自身の影に覆い重なる異形の影に気づいた。

 

(……っ、奈良一族の『影真似の術』!? 本命が直々に相手って訳――!)

 

 それは『NARUTO』に登場するとある一族の秘伝の術、影を自在に操り、接触した対象の動きを術者と同一にする忍術であり、目の前に居るのは『NARUTO』出身の転生者となれば、『魔術師』を殺害した『万華鏡写輪眼』持ちである可能性はまず間違いないだろう。

 

 ――だが、動きを止めるだけでは豊海柚葉は、『シスの暗黒卿』は止められない。

 

 彼女は生来の強力なフォースをもって、無謀にも挑んだ『転生者』を無造作に縊り殺そうとし――フォースを操れない事に驚愕する。

 影真似の術は術者と同じ動きを取らせる術、それ故にフォースの使い方を知らない『NARUTO』出身の転生者が、その能力行使を止められる道理は無い。

 だが、もしも、その『転生者』がフォースの扱い方を知っているとすれば――。

 

(この『転生者』は、『三回目』どころの『転生者』じゃない……!?)

 

 ――くい、と、無理矢理頭を上げさせられ、豊海柚葉は敵対者の『万華鏡写輪眼』を直視してしまい、幻術の術中に嵌って意識を奪われる。

 

(直也、君――)

 

 力無く倒れた豊海柚葉を見下ろし、この事件の黒幕である『彼女』は安堵の溜息を吐く。

 あの異常極まる『転生者』の中で、最も放置しておけない彼女を被害無く無力化に成功し、手中に収める事が出来た。

 

 ――そう、この場では殺さない。彼女には別の使い道がある。

 

 いや、恐らく別の使い道を使わざるを得ないだろう。あの『転生者』達の中で唯一、『彼女』の天敵となる『転生者』は秋瀬直也に他ならない。

 だからこそ、自分の右腕たる腹心を使ったが、それでも安心など一切出来ない。悍ましいほどの希望を抱く『彼等』は間違いなく『彼女』の前に現れる。

 どんな困難も乗り越えて、どんな障害も排除して、必ず『彼女』の前に立ち塞がるだろう。

 その時、この豊海柚葉は切り札となる。意識の無い彼女を手早く縄で拘束し、肩に担ぎ――『彼女』は音も無く飛翔してきた『黒鍵』をクナイで弾いた。

 

「――意外と早いわね。貴方には『魔女』の大群を仕向けた筈だけど?」

「えぇ、途中に居たシスターが全部快く引き受けてくれましたね」

 

 そして目の前に現れたカソック姿の『代行者』に内心舌打ちする。

 とことん自分の企ては自分の思い通りに進まないものだと、いつもの事ながら腹を立てる。

 

「――我が主を返して貰いましょうか」

「へぇ、もう『悪』でなくなった豊海柚葉にまだ忠誠を誓ってるんだ? らしくないわね、『代行者』さん」

「いえいえ、忠臣は二君に仕えずですよ」

 

 此方の皮肉を『代行者』は笑顔で答えながら、決して眼を合わせる事無く、虎視眈々と豊海柚葉の奪還機会を覗っている。

 ただでさえ制御不能の駒を幾つも配置している状況下、此処での足止めは致命的なものに成り兼ねない。

 

「忠臣ねぇ、貴方が? 中々冗談が上手いのね。奸臣の間違いじゃないかしら? 貴方は誰も彼も足を引っ張る事しか出来ない。今も、昔も、これからも――」

「ええ、ですから今、貴女の足を盛大に引っ張ってるじゃないですか」

 

 満面の笑顔で『代行者』は答え、その揺るぎない意思に『彼女』は不愉快極まると舌打ちする。

 無拍子で投げられた『黒鍵』をクナイで切り払い、本命の上空に打ち上げて『影縫い』を狙った一刀を振り向かずにクナイを投げて撃ち落とす。

 

「残念だけど、貴方と遊んでいる時間は無いわ」

 

 空いた親指を噛み切り、その掌を地面に当てる。

 複雑怪奇なる術式が広がり、契約に従い、『彼女』はとある獣を口寄せた。

 

 ――それは、大型の虎ほどの大きさの、黒狗だった。

 『NARUTO』の世界の忍が扱う口寄せ生物、されどもそれは、『NARUTO』世界において重要な意味を持つ、『六尾』の獣だった。

 

「……六尾、『尾獣』……!? 些か形状が違うようですが――」

 

 『代行者』の知る『NARUTO』世界に九匹存在する巨大な魔獣『尾獣』、その『六尾』は白い皮膚にどろどろの粘液で覆われた短足のナメクジのような姿だったと記憶しているが、目の前の赤い魔眼の黒狗は似ても似つかない。

 だが、その強大無比の存在規模は明らかな脅威であり、闇に乗じて消え行く『彼女』を歯軋り立てながら見届けざるを得なかった。

 

「真っ当な『転生者』では無いとは思ってましたが、想像以上のようですね……!」

 

 

 

 

 ――瞬きより疾く、『神父』は目前に現れた『残骸』を戦斧にて切り伏せる。

 

 そう、切り伏せたのは『残骸』の筈であり、もう幾十幾百も引き裂いている。

 にも関わらず、『残骸』は無尽蔵に湧き出て――果てには、『残骸』の筈の『残骸』は嘗ての人のカタチを取り戻していく。

 

「……っ、戦鍋旗(カザン)ッ!?」

 

 ――『彼』の絶対の敵対者であるオスマン帝国が誇るイェニ=チェリ軍団、『彼』の家臣、領民であるワラキア公国軍が次々と這い出てくる。

 

 この地獄の底に勝る光景を、『神父』は知っている。実際にその眼で見た。その場に居た。その場で斬り伏せ続けた――。

 

「邪魔をするなアアアアアアアアアアアァ――!」

 

 死者の軍勢が次々と馳せ参じ、『神父』は一歩も引かずに斬り伏せながら、ただひたすら前へ前へ前へ前を目指す。

 

 ――死者は溢れ出し、最新の重火器で武装した白い法衣を纏う狂気の軍勢と、第三帝国親衛隊の軍服を纏う狂気の軍勢が、新たに現れる。

 

「第九次空中機動『十字軍(クルセイド)』ッッ! 吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団『最後の大隊(ラスト・バタリオン)』ッッッ!」

 

 嘗ての同胞、嘗ての敵まで現れ、『神父』は確信する。

 もうあの『残骸』は『残骸』に非ず、彼等死者の『城主』が、あの恐るべき『吸血鬼』が、この世界に現れたのだ――!

 

 亡者の軍勢が戦列を成す最奥に、その『悪魔(ドラクル)』は立っていた。

 

 

「――久しいな『少年』」

 

 

 その『吸血鬼』は何一つ変わらず、傲岸に不遜に笑っていた。

 英国国教騎士団『HELLSING』の長、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングに使役されている吸血鬼、対化物の切り札、不死王、ドラキュラ伯爵、串刺し公――。

 

「――『アーカード』ォォッ!」

 

 万感の想いを籠めて、『神父』は宿敵の名を叫ぶ。

 

「――お前は『狗』か? 『人』か? それとも『化け物』か?」

 

 最後の部分だけ、溢れんばかりの憎悪を籠めて、吸血鬼アーカードは嘗ての敵対者の一人に問う。

 

「我等は熱心党(イスカリオテ)のユダ。神の代理人、神罰の地上代行者。第九次十字軍遠征の最後の敗残兵――」

 

 違う。違う違う違う違う。そんな陳腐な答えでは『神父』自身が納得行かない。

 『神父』は懐から『銃剣』を取り出し、戦斧と重ね合わせて十字架を模す。

 

 

「――アンデルセン神父の『銃剣(バヨネット)』が貴様の心臓に届き得た事を、此処で証明する」

 

 

 奇跡の残り香、エレナの聖釘を使わなかったアンデルセンは、果たしてアーカードの心臓に届き得たのだろうか――。

 今、その長年の疑問の答えを我が身で証明してみせる。

 

 ――アーカードが亀裂が裂けたかのように笑った。

 心から待ち望んでいたものを、目の前にしたかのような顔だった。

 

「――来い、愛しき怨敵よ。見事証明して魅せよ。幾千幾万の死の河を乗り越え、我が心臓にその『銃剣』を突き立てて魅せよッッ!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13/摂理に抗う者達

「ハインケル。私は――」

「……ご苦労(ほくほう)、何(はに)も言(ひ)うな。安(はふ)らかに眠(ねふ)れ――」

 

 顔に包帯を巻いた神父姿の『彼女』は、長年共に同じ道を歩んだ『彼』に掠れた発音で答える。

 白い、何よりも白い病室のベッドに『彼』は生気無く横たわる。

 誰の眼から見ても、その生命の灯火は消し飛ぶ寸前であり、同じ神父姿の――『彼』の孤児院出身の者達から嗚咽が零れる。

 

 ――それは今際の記憶。『彼』の二回目における最期の光景だった。

 

「……はは、笑い草だ。十三課(イスカリオテ)の死徒が、病如きに倒れ、病床で朽ち果てようとしているなど……! ――またか、またこの結末なのか……!」

 

 ――『彼』は自虐的に、覆らなかった己が運命を全身全霊で嘆き喚く。

 

 元よりこの生命は『彼』の憧れた人が信じる『神』に捧げたもの。

 異教徒と化け物どもの飽くなき死闘で朽ち果てるのならば本望だったが、それすら叶わずに死に絶えるのは耐え難い屈辱だった。

 

「……遅すぎだ、アーカード……! 私は、貴様の主と従者と違って、三十年の歳月を、待つ事が出来なんだ……!」

 

 ――『彼』は病床で涙を流しながら慟哭する。

 

 あの日から、『彼』は在り得ざる再戦の機会を待ち望んでいた。

 化け物を殺す術を一心不乱に磨き続け、狂気の修羅場を幾度も乗り越えて、いつしか『彼』の憧れの『神父』のように対化物用の『鬼札(ジョーカー)』として畏怖され――されども『彼』は化け物ではなく、死の病に敗れ、死の淵にある。

 

「ハイン、ケル。アンデルセン、神父は、エレナの聖釘を、使わずに、人、間のままで、打倒出来た、だろうか……?」

 

 ――あの恐るべき吸血鬼を、人間は人間のままで倒す事が出来るのだろうか……?

 

「――、――、――!」

 

 死の間際に吐かれた言葉がそれであり、ハインケルは包帯に隠れる表情を歪ませて、必死に言葉を紡ぐ。

 あの日以来の、いつもの掠れた発音で――されども『彼』はその言葉を聞き届ける事が叶わず、無念の形相のまま事切れたのだった。

 

 

 

 

「あんのド腐れ外道野郎ぉ~~! 今度という今度は絶対に許さないんだからッ!」

 

 神経がまともな常人では一発でSAN値が直葬しかねない『イヌカレー空間』にて、孤軍奮闘する『シスター』の怒号が響き渡る。

 笑顔で『魔女』を擦り付けた『代行者』に途方も無い怒りを滾らせながら、押し寄せる『魔女』を『シスター』は対『魔女』特化の魔術を即興で組んで次々と駆逐していく。

 

(ああもう、今はそんな事を気にしている場合じゃないよ! 『もう一人の私』!)

「解っていますよセラ! でもこれが叫ばずにいられますかっ!」

 

 主人格であるセラの忠言を尚上回る勢いで、『シスター』は憤怒と共に叫んだ。

 大体の状況を把握している。何者かの『固有結界』によって、『教会』に居た『転生者』は分断され、差し向けられた刺客に足止めされている事を――。

 

『シスターちゃん、街全体を結界で隔離しましたけど――!』

「解ってますシャマル。元を断たないと海鳴市が死都に成り果ててしまいますね……!」

 

 携帯電話を片手に、『シスター』は現状のまずさに歯軋りを鳴らす。

 今、把握しているだけでも『神父』と対峙している吸血鬼『アーカード』、クロウ・タイタスと大十字紅朔が対峙している『マスターテリオン』、そして自分が対峙している『魔女』の軍勢――今はまだ雑魚揃いだが、いずれ舞台装置の魔女『ワルプルギスの夜』と救済の魔女『クリームヒルト・グレートヒェン』が出現すれば、『アーカード』の『死の河』の他に対軍級の脅威がまた増えてしまう。

 

(……っ、こんな時に悠陽が居れば……っ!)

(……『もう一人の私』……)

 

 無意識の内に、死んだ『魔術師』の事を連想してしまい、『シスター』の気が沈む。

 

(これは私一人じゃどうにもならない! せめてクロウちゃん達の『デモンベイン』でも無ければ……!)

 

 ――再生怪人と言えども、海鳴市の総力を結集して漸く片付けた『ワルプルギスの夜』に、あの『魔術師』が反則技を使って退場願った歴代最悪の魔女、幾ら『禁書目録』の彼女一人でも対処出来るレベルではない。

 

『そちらは大丈夫ですか!?』

「大丈夫じゃないですよシャマル! いいからそっちは八神はやての救出を再優先にして、何処でも良いから事態を打開しなさい!」

 

 話す余裕が無くなり、通話を打ち切る。

 

(どうする? このままじゃクロウちゃんが――!)

 

 あの最悪の魔人『マスターテリオン』が駆る鬼械神『リベル・レギス』が相手など悪夢に等しい。万が一にも億が一にも勝機はあるまい。

 何としてでも合流して手助けしたいが、圧倒的なまでの物量で封殺され、身動き一つ出来ずに超巨大魔女で詰む未来が直ぐ其処に迫っており――突如影が差し、『シスター』は見上げる。

 

 ――其処には恵方巻きのような姿の巨大な魔女が、無造作に大口を開けていた。

 

(お菓子の魔女『シャルロッテ』!?)

(避けて『もう一人の私』!? マミるよっ!?)

 

 『歩く教会』の防御性能ならば、単なる『魔女』の噛み付き程度には耐えれるが、飲み込まれて時間ロスするのは――瞬間、桃色の光がお菓子の魔女に炸裂し、一撃の元で消し飛ばす。

 

(!? 高町なのは……いや、違う?)

 

 それを行ったのは白い魔法少女であり、レイジングハートに酷似した杖を持っていたが、どうにもミッドチルダ式の魔導師とは毛色が異なる。

 何より此処に至って初見の、十四歳ぐらいの、輝かしい銀髪をツインテールにした少女だった。

 

 

「こんばんは、私は『例外の魔女』――どういう訳か、今のこの身は『魔法少女』時代のようだけどね」

 

 

 その白い魔法少女は儚く笑い、その言葉を全面的に信じるのならば――今まで一人足りとも現れなかった、キュゥべえと契約した魔法少女まどか☆マギカ式の魔法少女であり、『三回目』の転生者であるのは確実だろう。

 

「まぁ私に限って言えば、『魔法少女』の時も『魔女』の時も姿形は変わらないのだけど」

 

 助けて貰った事には感謝しなければならない身だが、疑問点が多い。

 あの非情なシステムに支配された世界から転生してきたという事は、『魔法少女』から『魔女』に成り果てた後に滅びたという事であり、彼女の言う通り例外的に姿形が変わらなかったと仮定しても、その姿をこの魔都で一度も見ていないというのはおかしな話である。

 

(……味方だと油断させて、闇討ちでもする気――?)

(うーん、考えすぎだと思うけどね、『もう一人の私』)

 

 この緊急時に厄介事がまた一つ増えたという認識でしかなく、そんな疑心を抱くシスターの様子を悟ったのか、白い魔法少女は苦笑する。

 

「此処は私に任せて、早く想い人の下に行くのだ、恋する乙女よ」

「な……!? こ、恋する乙女って……!」

 

 初見の相手にいきなりそんな事を言われて動揺するも、一瞬で冷静に立ち戻って彼女の提案を分析する。

 虚偽や欺瞞の色は見られず、決死の覚悟をその笑みに宿している。だから、一秒でも時間の惜しいこの場で、言わなくても良い事をシスターは口にした。

 

「この数の『魔女』を相手にするなど、幾ら何でも死にますよ?」

 

 冷淡そうな口振りで、特定の相手以外は常に冷たく接しているように見えるが、騙されて擦れた結果であり(前世からの因縁半分、『魔術師』の裏切りが四分の一、『代行者』のからかいが四分の一)、彼女の本質は基本的に度し難いほどお人好しである――。

 

 

「――私はね、最初の一歩を踏み間違えたの。一番安易な逃げ道を選んで、何も成せずに終わってしまった……」

 

 

 その白い魔法少女は前だけを見据える。

 幾多の『魔女』の結界が交じり合った此処は極めつけの異界と化しており、彼女はこの世界の中央に己の杖の穂先を向ける。

 

 

「今宵は私にとって満願成就の夜。だって『魔女』は『魔法少女』が打ち倒すものでしょ――?」

 

 

 彼女が思い浮かべるは桃色の光。絶望の化身たる舞台装置の魔女を跡形も無く吹き飛ばした希望の光。

 最初から『魔法少女』になる際の『祈り』を、魔女化する事を前提に使った彼女には未来永劫届かない境地に、在り得ざる機会を得て今、挑む――。

 

「貴女、名前は?」

「えっと、私の『魔女名』は――」

「そうじゃない。人間としての名前です」

 

 きょとんと、彼女は振り向いた。

 本来存在しない、理性有る『魔女』としての彼女は自分自身の魔女名すら解らない。

 だから名前など存在せず、ただの名無しの『魔女』として暁美ほむらのタイムループに付き添った。

 『例外の魔女』が彼女の呼び名であり、それ以外に必要としなかった。誰も彼も、彼女自身も――。

 

 

 ――貴女、名前は? 魔女名ではなく、人間の頃の名前はあるでしょ?

 

 

 暁美ほむらによって葬られた時間軸の中には、彼女に名前を尋ねた回も、もしかしたらあったかもしれない。

 

「――白(しろ)。苗字は無いから、ただの白だよ」

 

 最高の笑顔をもって、この『三回目』の世界における最初で最後の友人に、彼女は自身の名前を誇らしげに告げた。

 

「では、白。此処は任せますよ」

「うんうん、任せたまえ。元々コイツらは私の負債だしね」

 

 一瞬、何とも聞き捨てならない事が聞こえたが、シスターは振り返らずに走る。

 

 ――目指すは、最弱無敵の鬼械神と最強最悪の鬼械神が世界を壊さんばかりに死闘を繰り広げる、神域の殺戮空間である。

 

 

 

 

 ――死者の軍勢が縦横無尽に侵攻する。

 

 哀れな生贄を悉く串刺しにするべく、『死の河』から這い出た亡者の軍勢は結界による遮断によって無人と化した街を進撃する。

 その規模たるや、総勢342万4866騎。

 唯一人になった領主目指して進撃する『神父』に殺到する直属の軍勢を取り除いても、尚余りある絶望の軍勢は魔都海鳴市を飲み込まんと怒涛の勢いで進軍する。

 

「うっわぁー、これが本家本元の『死の河』ですかい。ミッドチルダの吸血鬼事件の三百倍以上の規模じゃね?」

「計測する限り、総勢342万ですね。流石に掃滅するには魔力が足りないですねー!」

 

 その死者の軍勢の前に、緑色の光が炸裂して一気に消し飛ばす。

 対軍規模の損害だが、すぐさま押し寄せた軍勢によって一瞬生じた空白が埋め尽くされ、上空で見下ろす元管理局執務官であるティセ・シュトロハイムはげんなりした表情を浮かべる。

 

 ――無論、空を飛んでいるからと言って、絶対安全な訳でもない。

 

 耳障りな爆音を鳴らせて、第九次空中機動『十字軍(クルセイド)』の成れ果てである戦略ヘリの大軍が押し寄せてくる。

 空を埋め尽くさんばかりに展開する戦略ヘリの照明は、さながら天使のように見えなくもないが、あれはどう考えても『死の天使』である。

 

「アリアさん、離脱した方が良いと思いますよ。近くの管理外世界に避難する事をお勧めします」

「諦めたら其処で試合終了ですよ? いやいや、大丈夫大丈夫。多分きっと何とかなるさ、ティセちゃん」

 

 ティセの嘗ての上司であり、元管理局の最年少の中将であるアリア・クロイツは軍服のような飾り気の無い白黒のバリアジャケットを珍しく展開し、ティセの後ろで飛翔しながらケタケタ笑う。

 彼女自身の魔導師ランクはそんなに高くなく、個の戦闘力も欠けているので、ティセとしては安全な場所に避難してくれていた方が精神的にありがたいのである。

 

「どんな事態でも何とかする『魔術師』は死んじゃったって話じゃないですか。どうするんですか、これ?」

「それは私達の考える事じゃ無いさ。今はこの無尽蔵の軍勢に一当てして、少しでもいいから穴を開ければ良いさ」

 

 『死の河』を解放したアーカードの殲滅など不可能だが、確かにその程度なら管理局唯一のSSSランクだったティセ・シュトロハイムならやれなくもない。

 少なくとも、今此処に集結している空中戦力は葬れるだろうが、後が続かないのならば意味が無い。

 

「――それにさ、あの性悪『魔術師』が、こんなにも呆気無くくたばると思うぅ? 私達を此処までボロクソにした不倶戴天の宿敵さんはそんな容易い御仁だったかねー?」

 

 ――そう、それである。

 

 何で『魔術師』の死が確定情報のように飛び交っているのか、ティセ達には納得がいかなかった。

 あの『魔術師』が死んだなどという与太話を、一体誰が信じるのだろうか? 生と死の狭間で踊るペテン師に、一体何度、自分達が煮え湯を飲まされたと思っているのだろうか?

 

「ええ、無いですね。こればかりは断言出来ちゃいます! きっと何処かで出待ちのタイミングを見計らってるに違いないです!」

「そうだねぇ、全てを台無しにする切り札の一つや二つ用意してるっしょ。――生きてようが、死んでようがね。ほら、なら私達は『魔術師』の思惑通りに動いてやれば良いだけさ」

 

 上空に展開した戦略ヘリからミサイルが一斉発射され、ティセの杖の一薙ぎによって一斉爆散し、黒き空に巨大な緑色の魔力光を散らせる。

 

「そうですね、適当に葬って適当に任せちゃいますかっ!」

「そそ、こんなので死ぬのは馬鹿らしいってね」

 

 

 

 

 ――『彼』が『主』から与えられた任務は、秋瀬直也の保有する『矢』を使用前に強奪し、彼を戦域から遠ざける事である。

 

 それは穢土転生や類似方法によって呼び寄せられた制御不能の怪物達では達成不可能の任務であり、人間としての理性がある穢土転生体である自分こそが最適任である事は十二分に理解している。

 だが、それは秋瀬直也の眼を見るまでは、である――。

 

(……同じだ。全く同じだ。似ても似つかわしくない風貌の癖に、あの眼だけは全く同じだ――!)

 

 嘗ての世界で『主』の野望を潰した、不倶戴天の天敵たるあの男が持つ、悍ましいまでの希望を宿す黄金の輝きと、全く同じだった。

 彼こそが、あの九歳に満たぬ少年である秋瀬直也が、この世界における『主』の怨敵なのはまず間違いないだろう。

 だからこそ、『彼』の『主』は秋瀬直也と戦わない事を選択した。絶対に対峙しないように戦場を操作した。

 

(――足りない。この相手を戦域から遠ざけるだけでは、足りない……!)

 

 前世における無念が、『彼』の中に慟哭する。

 この相手を『主』に遭わせる訳にはいかない。今、此処で自分が仕留めなければならない。

 本領を発揮出来ない今こそ、秋瀬直也を仕留める千載一遇の機会であり、前世における最大の失敗を償う唯一の手段であると『彼』は信仰する。

 

 ――それは因果な事に、『彼』が今の『主』に仕えた際の初めての命令違反であり、誰にもなれなかった自分が自分勝手に行動する在り得ない様を客観視して戸惑いながらも、『彼』は誇らしげに笑った。

 

 

 

 

「――っ、一体どんな不条理が働いたの……ッ!」

 

 『彼女』は己の『万華鏡写輪眼』に憎悪を籠めて、感情の赴くままに吐き捨てる。

 『彼女』によって用意された一夜限りの劇場、そして破格の配役の数々――だが、そのどれもが『彼女』の思い通りに登場した訳ではなかった。

 

「――『魔術師』、これも貴方の死に土産かしら? 舞台装置の魔女である『ワルプルギスの夜』が全く別の『魔法少女』として登場するなんてね……!」

 

 『彼女』が招いて再現しようとしたのは舞台装置の魔女。

 だが、蓋を開けてみれば『ワルプルギスの夜』を構成しようとしたリソース全てが、あの正体不明の『魔法少女』に消費されて成り変わってしまった。

 『魔法少女』が『魔女』に成り果てるのは当然の理だが、その逆は、『魔女』が『魔法少女』に成り果てるなど在り得ない。在り得てはならない摂理だ。

 

 ――『彼女』は知らない。その『魔法少女』、いや、『例外の魔女』である白の物語を。

 

 白は『二回目』の転生者として生まれ、キュゥべえと契約して『魔法少女』になり、すぐさま『魔女』に成り果てた。

 だが、彼女の『祈り』は『魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい』というある意味究極のメタであり、それ故に『ソウルジェム』が砕けて『グリーフシード』になっても彼女は彼女のままだった。

 紆余曲折を経て『魔女』を吸収して乗っ取る事で『ワルプルギスの夜』を見滝原市から追放しようとして失敗し、『三回目』の転生者として魔都に産まれ落ちた。

 

 ――言うなれば、あの『ワルプルギスの夜』は彼女が成り果てた最終的な姿であり、『ワルプルギスの夜』を再び招く事は彼女を招く事と同意語である。

 

 其処に何らかの法則性――例えば、『聖杯戦争』におけるサーヴァントの召喚システムのような、召喚されるサーヴァントを全盛期、英霊の枠組みに嵌るように執り成されるルールが書き加えられていれば、今回のような奇跡のような必然になるかもしれない。

 

「……土地の記憶を触媒にした特殊な穢土転生だけに、『魔術師』の構築した大結界の干渉を受けた……? だとしても『マスターテリオン』の方は説明出来ない……!」

 

 そう、『彼女』の誤算はそれ一つだけではない。

 あの窮極の魔人である『マスターテリオン』が完全な状態で、自身の魔導書である『ナコト写本』を取り戻した状態で召喚されている事こそ、現状での最大の不条理だった。

 『彼女』は『マスターテリオン』のみを呼び寄せた。さながら『機神飛翔デモンベイン』でアナザーブラッドが手駒として用意した時のように、三位一体を欠いた状態で召喚した。

 その状態でも十二分にクロウ・タイタスとアナザーブラッドが駆る『デモンベイン・ブラッド』を凌駕出来ると計算していたが、『ナコト写本』と共にある状態では天秤が有無を言わさぬ勢いで振り切れてしまうだろう。

 

「――事を急ぐ必要がある、か。まぁいつもの事ね」

 

 『彼女』を中心に、幾千幾万幾億の魔術文字が浮かび上がり、地に刻まれていく。

 それはTYPE-MOON系列の魔術系統のようであり、リリカルなのは系列の魔法系統のようであり、デモンベイン系列の外宇宙の魔術系列のようでもあり、『彼女』に馴染み深いNARUTO世界の複雑怪奇の呪印呪刻のようであり、鋼の錬金術師系列の錬金陣のようであり、灼眼のシャナ系列の紅世由来の自在式のようであり、或いはそのどれでもない別の物語の神秘系統の『全て』だった。

 

 ――あらゆる物語からの複合術式は壮大に凄絶に反発しながら融和しながら絡み合い、海鳴市の霊脈が大きく胎動する。

 この術式が完成した時こそ、『彼女』の世界を侵す願いは成就する――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14/更に戦う者達

 

 

 

 

「紳士淑女の皆様(レディース・エン・ジェントルマン)! お待たせしました、それでは始めましょう。在り得ざる『大根役者』によって覆った舞台の続きを、奇蹟の復活を遂げた『白の王』と戦うまでもなく世界から拒絶された『黒の王』の再起の物語を!」

 

 観客席に誰もいない無人の劇場にて、道化役の黒い女は高々と宣言する。

 

「僕としても驚いたものだよ? 絶望の海に沈んだ『アル・アジフ』に、僕の化身を与えて送り出したのに、帰ってきた彼女は再び『デモンベイン』をその手に取り戻していたのだからね」

 

 彼等の手の届かないほど遠い宇宙に『悪意の種子』を送り込んだのに、悲劇にして惨劇のヒロインたる彼女は『魔を断つ剣』を取り戻して、極上の悲劇と至上の惨劇を三文芝居の喜劇に変えてしまったのだ。

 

 

「――クロウ・タイタス君。僕は君の事を酷く侮っていたようだ」

 

 

 そう、唯一人のイレギュラーによって、彼女が永劫をかけた悲願は打ち砕かれてしまった。

 完全に状況を決した盤上が、在ろう事か、根本から覆ってしまった。これが『ご都合主義』でなくて何をそう評するだろうか。

 

「――其処からはまさにまさに『ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)』の境地だった! 二つの『輝くトラペゾヘドロン』の正と負の極限の衝突によってこの宇宙から消滅させたのに、在ろう事か二つとも再構築して一つに統合するなんてね。彼等流に言うのなら、神ならぬ『人』の身だからこそ出来た事なのかな?」

 

 人の容(カタチ)を保っていた黒い女が揺らぐ。

 

「――『人』として戦い、『人』を超えて、『人』を捨てて神の領域に、邪悪を撃ち滅ぼす為に、私と同じものになって……!」

 

 それは燃ゆる闇黒であり、頭部に浮かぶ三つの焔の眼が憎悪の色に、嫉妬の色に、羨望の色に、忙しく歪む。完全なる神にあらざる、人間らしい揺らぎがあった。

 そして舞台の明かりが消えて、スポットライトが点灯する。

 照らされるは、外なる神が永劫の時を費やして作り上げた窮極の魔人『マスターテリオン』だった。

 

「――足りぬ。足りぬ、足りぬ、足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ……!」

「そう、足りない! 今のあの『大十字九郎』に肩を並べるには、かの『大導師』殿でも今のままでは絶望的なまでに足りない!」

 

 ――クロウ・タイタスによって歪んだ大十字九郎達の物語は、クロウ・タイタスの手によって正規のものへと辿り着き、致命的に違えてしまった。

 

「――だから、用意したとも。君の為に相応しき舞台を、相応しき道具を、相応しき演出を、相応しき贄を!」

 

 本当に奇跡の大逆転劇で最悪のバッドエンドに染まった宇宙を覆してしまったが、『彼』の宿敵『マスターテリオン』を正史通りに邪神の手から解放して『救う』事は無かったのだ。

 

 今もこの黄金の少年は邪神の奏でる脚本に狂い踊らせ続ける――。

 

「さぁ、物語を始めよう! 数奇な運命で魔都化した海鳴市での最終楽章を盛大に奏でよう! 『血の怪異(カラー・ミー・ブラッド・レッド)』から派生させた脚本『王の帰還(リターン・オブ・ザ・キング)』を篤とご覧あれ!」

 

 

 

 

(――体が軽い。まるで自分じゃないみたい)

 

 『例外の魔女』だった魔法少女、白は次々と『魔女』を駆逐していく。

 和服じみた白い羽衣を靡かせ、片手に握る杖から放たれる桃色の極光は嘗て『ワルプルギスの夜』を消し飛ばしたように、押し寄せる『魔女』達を一網打尽にしていく。

 

(……思えば、『魔法少女』として『魔女』を倒すのはこれが初めて――)

 

 白は『魔法少女』になって、程無くして『魔女』になった為、『魔法少女』時代は驚くほど少なく、そして『魔女』との交戦経験は驚くほど少なかった。

 『魔女』化した後は同類の『魔女』からは襲われず、逆に『魔法少女』に襲われる方が多かった程だ。

 

 ――目的の暁美ほむらと接触して協力した際も、裏方のサポートがメインだった。

 

 『祈り』によって人間としての理性を持つ『例外の魔女』だった彼女は、ソウルジェムに溜まった穢れを無尽蔵に吸える。

 呪いの想念じみたそれを大量摂取すると気分がネガティブな方向に悪くなるが、彼女が居る限り、彼女と協力する『魔法少女』はほぼ無尽蔵に魔力を使えるようになる。

 

(基本的に私に戦闘力と呼べるものは無かったから、それが最善だった筈……)

 

 ――サポートとしては、『例外の魔女』の存在はインキュベーター達の基本戦略を揺るがすほどの反則だった筈だ。

 

 ただ、彼女はその存在そのものが『魔法少女』にとってどうしようもないほど害悪だったからこそ、キュゥべぇに放置されていたのだが。

 

(……せめて、跡形も無いぐらい『魔女』然としていたら、違っていたのかな――?)

 

 『例外の魔女』の姿は、どうしようも無いほど『魔法少女』と同一であり――彼女と深く接するほど、『魔法少女』は『魔女』に成り果てる末路を自覚する事となる。

 だから、彼女は『魔法少女』にとって最高の魔力回復アイテムでありながら、無意識の内に破滅させる『魔女』であり、暁美ほむらと組んだ際も、他の『魔法少女』と同盟に至る確率を下げ続けた。

 

(……私の存在が、ほむらを殺した――いつかきっと救われる筈だった物語を、壊してしまった)

 

 鹿目まどかによって救われる暁美ほむらの物語を、彼女が壊してしまった。

 そして何一つ救えず、この世界にも超弩級の災厄を齎してしまった。

 

 ――嗚呼、何と救われない。愚かな害悪。無能の働き手。破滅の使者。

 

 そう、簡単な事だった。絶望の淵に沈んだ『魔女』が希望を紡ぐなんてチャンチャラ可笑しい話だ。

 希望を紡ぐのは『魔法少女』の役割であり、鹿目まどかをも救いたいと願ったのならば――絶望を乗り越えて『魔法少女』として戦うべきだったのだ。

 

 もう彼女の物語は最悪の結末を迎えて終わってしまったけれども、もしもやり直す機会が出来たのならば――。

 

「今度は、間違わない……!」

 

 自分の胸に輝くソウルジェムの様子を見届けながら、精一杯『魔女』と戦う。これ以上の僥倖など在り得ないと、彼女は笑う。

 例え、最後に出てくる相手が舞台装置の魔女『ワルプルギスの夜』でも、最悪の『魔女』を倒して魔女化した『救済の魔女』でも――打ち倒して見せると、心を熱く奮わせる。

 

 

 ――だが、白の最後の相手は、彼女にとってそれを超える最悪の『魔女』だった。

 

 

 突如、周囲に存在していた『魔女』の反応が消えて、乱立していた『魔女』の結界が歪んで崩れ、一つに統合される。

 変化した『魔女』の結界は現実世界と何一つ違いが解らないほど、瓜二つの夜の街となり、その景色を、彼女は良く知っていた。

 

「……え? 『見滝原市』?」

 

 長い放浪の果てに辿り着いた終わりの地、暁美ほむらと無数の周回を歩んだ舞台が其処であり――その無数の繰り返しの記憶は彼女の中にはないが、この『魔女』はどういう訳か『見滝原市』をそのまま模すという結界であり、余程『見滝原市』に執心のあった『魔女』らしいと分析する。

 

「……え?」

 

 この『見滝原市』を模した『結界』から『魔女』の使い魔が続々と現れる。

 まるでブリキの兵隊のように軍勢として姿を現す使い魔は、赤い下渕の眼鏡と三つ編みおさげの、紫のセーラー服を着ており、否応無しに『誰か』を連想させるものだった。

 

 ――そう、その姿は白が見た事無い筈の、最初期の『彼女』を模しているようで――。

 

「何の、冗談……?」

 

 そして『見滝原市』は赤い焔に包まれ、此岸の赤い華を咲かせる。

 さながら『彼女』の名前通りに――脳裏に過った確信に似た推測を、彼女は即座に首を振って否定する。

 

 ――『彼女』の面影を残したブリキの兵隊に混じって、『魔法少女』並に力有る使い魔達が闊歩する。

 

 今はその脅威にすら、目を配る余裕が無い。

 本体は、『魔女』は何処だと、白は全神経を尖らせて検索する。

 それこそが唯一、この身を侵す悪寒を拭い去る方法であり、同時に逃れようのない絶望への入り口だった。

 

 

 ――開幕を知らせるブザーと共に、ビルが砕け落ちて、この『結界』の主である『魔女』は姿を現した。

 

 

「――あの、『魔女』は……!」

 

 

 嘗ての面影を色濃く残し、歯は零れ頭蓋はどろけ目玉も落ちて、約束の華だけが頭部に残っている。

 

 ――『くるみ割りの魔女』。その性質は自己完結。嘗て多くの『種』を打ち砕いたが、壊れた今はその勇姿は無い。

 

 

「――そう、この『魔女』は嘗て『暁美ほむら』と呼ばれた『魔法少女』の成れの果てさ」

 

 

 否定したい真実を残酷に告げるのは、白いネズミのような奇妙な小動物であり、白は驚愕しながらその因縁深き者の名を呟いた。

 

「キュゥべえ……!?」

「やぁ、また会ったね。とは言っても、今の此処に居る『僕』は末端の端末に過ぎないけど」

 

 その赤い瞳には一切の感情の色がなく、機械的に輝くのみ――初めて出遭った時と同じように、キュゥべぇ、いや、インキュベーターは大きい尻尾を揺らしていた。

 

「それにしてもこんなハチャメチャな宇宙があったなんてね。元の宇宙の僕達が知れば驚嘆しただろう」

 

 『くるみ割りの魔女』を遠目に眺めながら「実に残念だ。此処でなら『魔法少女』以外の、いや、それ以上に回収効率の良い方法が見つかるかもしれないのに」と心底残念そうに呟く。

 そんな事はどうでもいい。此処に至って白は、初めてこの眼の前の宇宙生命体に憎悪を向けた。

 

「……あれがほむらなんて在り得ない。ほむらは、私の目の前でソウルジェムを砕かれて――!」

「正確には君が終生大事に持ち歩いた『暁美ほむら』のソウルジェムの残骸を触媒にして、『魔女』に成り果てた可能性の一つを呼び寄せたようだね」

 

 咄嗟に自分の懐を手探り――無かった。捨てられずに最期まで持ち歩いていた筈の、暁美ほむらの砕かれたソウルジェムは、何処にも無かった。

 

「あの『魔女』に宿る呪いの想念から計測するに、此処に存在した全ての『魔女』だけではなく、呼ぶ気の無かった『魔女』の分まで注がれているようだね」

 

 『くるみ割りの魔女』は此方に構う事無く、永遠に渡る処刑台への行進を続ける。

 嘗ての『ワルプルギスの夜』と同じように、存在するだけで周囲に膨大な死の呪いを振りまきながら――。

 

「……ほむら……!」

 

 居ても立ってもいられず、白は『くるみ割りの魔女』に向かって飛び――キュゥべぇはいつもと同じように見届けた。

 

「――どの道、君の結末は変わらない。今の君の構成要素は嘗て『ワルプルギスの夜』だったもの。如何なる法則が働いて『魔女』から『魔法少女』に戻ったのか、実に興味深いけど――ともかく、それは即ち最悪の『魔女』すら打倒出来るほどの最高の『魔法少女』として存在しているという事だ」

 

 そう、今の『例外の魔女』、いや、白は、まるで幾つもの並行世界の可能性を束ねて因果の特異点となった『鹿目まどか』に匹敵するだろう。

 

 ――だからこそ、彼女は詰んでいるのだ。

 あの『魔女』に勝とうが、敗れようが、結末は同じだ。

 

「結局は同じ話、差し引きゼロ――いや、僕達にとっては喜ばしいほどプラスだ。君のソウルジェムが砕けた時、あの『ワルプルギスの夜』を超えた史上最悪の『魔女』が誕生する」

 

 恐らくは、彼女のソウルジェムから産み出される『魔女』は、十日で地球全てを自身の作る『結界』に導いた救済の魔女『クリームヒルト・グレートヒェン』に匹敵するだろう。

 

「――君の『祈り』は『魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい』という『魔法少女』のシステムに対するアンチローゼ。希望と呼ぶには烏滸がましい願いだ。だから、君のソウルジェムが砕けた際に回収したエネルギー量は歴代最小だった」

 

 祈る希望が小さかったからこそ、齎される絶望に難無く耐えられ、白は『魔女化』しても人間としての正気を保っていられたが、それが『ワルプルギスの夜』ほどの規模になれば呆気無く消し飛ぶ事は既に彼女の元の世界で証明されている。

 

「そんな君が何の因果か、最高の『魔法少女』になって蘇って、僕達のエネルギー回収ノルマを達成させてくれようとしてるとはね。やはり君は不条理の極みだよ」

 

 自らの足で死地に乗り込む白を眺めながら「――でも、最後にはいつも役立つよね」と、聞く者がいればこの上無く腹立たしい事をキュゥべぇは語る。

 

 

「思う存分、因縁深き『親友』と殺し合うと良い。『希望』を抱いて戦い、『絶望』に砕け堕ちる。それが『魔法少女』としての正しい在り方さ――」

 

 

 

 

 

「……これは、話に聞く『アーカード』の残骸ではないようだな……!」

 

 隣町から異変を察知して援軍に駆けつけた『竜(ドラゴン)』の騎士、ブラッド・レイは地獄の釜から溢れ出た死の軍勢を斬り伏せながら前進する。

 『竜』の騎士として戦乱の前世を駆け抜けた竜鱗の鎧と、右眼に『竜の牙(ドラゴンファング)』、神々が作った至高の剣『真魔剛竜剣』という完全無欠の最強装備の状態で人外魔境の戦場を駆ける。

 

「……他にも、厄介な奴等が、ちらほらと……!」

 

 その彼に付かず離れず追随するは、『全魔法使い(ソーサラー)』のシャルロットである。

 ディープダンジョンで発掘した『賢者の杖』を片手に、ほぼ全ての状態異常を無効化する赤い『リボン』に、永久的に物理攻撃・魔法攻撃を軽減するプロテス・シェルの加護を持つ青い魔術師のローブ『ローブオブロード』を靡かせ、全属性強化・全属性吸収という規格外の『賢者の指輪』を装備する。

 

「波動に揺れる大気、その風の腕で傷つける命を癒せ! ケアルジャ!」

 

 アンデットである死の軍勢を大いに巻き込んで自分達に回復魔法をかけて、ブラッドと自身の体力を回復すると同時に生無き死者を容赦無く滅する。

 

 ……見る者が見れば、彼女と一緒に旅したFFTの主人公『ラムザ・ベオルブ』が攫われた妹アルマ・ベオルブを放っておいて、どんだけ寄り道してレアアイテム収集に執心していたのか、察するに余る装備状況である。

 

「まずは『アーカード』を倒さん事には身動き出来ないな。『神父』には悪いが――!」

 

 『神父』と『アーカード』の因縁を知りつつも、状況を一つずつ打開していくのは数の暴力で多くの転生者を足止めしている『死の河』の排除が最優先事項だとブラッド・レイは判断し――それが果たせない事を、目の前に現れた強大無比の敵を見て悟る。

 

 

「――ほう、現世に帰還して最初に遭遇するのが『竜』の騎士とはな」

 

 

 ――何だこれは、とブラッド・レイは慄く。

 彼には『竜』の騎士が代々蓄えた『戦闘の遺伝子』が受け継がれている。その記憶を顧みても、あの敵と釣り合う存在は一人足りても居なかった。

 

「……何者――!?」

 

 その銀髪の青年は比類無いほどの覇気と圧倒的な威圧感を纏った『魔族』だった。

 額にある第三の魔眼と、威風堂々と聳え立つ両角以外は人間に酷似しているが、その身に宿す超魔力は或いは――創造主たる『神』に匹敵する。

 

 ――ブラッドが『竜』の騎士に転生して以来、初めて、圧倒的なまでに格上の相手と対峙する――。

 

 

「――余はバーン、大魔王バーンなり」

 

 

 ――大魔王バーン。

 

 それはブラッド・レイが生まれた世界の未来において地上を滅ぼさんとした最強最悪の大魔王。魔界の神という異名は伊達ではなく、その身に蓄えた力をもって真実とする。

 

(……何という事か。ただでさえ、老体の状態で『竜』の騎士の最強戦闘形態(マックスバトルフォーム)である『竜魔人』を上回る敵――それが全盛期の肉体を取り戻した状態で現れるとはな……!)

 

 ――少なくとも、いや、限界まで楽観視しても、二つの『竜の紋章』を宿さない限り太刀打ちすら敵わぬほどの相手。

 

 そんな奇跡のような存在の勇者は、この世界には生憎と居ない。

 

「……これは驚いた。天下の大魔王が、単なる足止め役か? 随分と豪華な配役だな」

「――余を呼び寄せた人間の方針など最初から知らぬし、余自身も何ら縛られてはおらぬ」

「は? 何だと……!?」

 

 そんな馬鹿な、と言いかける口すら止まってしまう。

 こんな未曾有の強さを誇る大魔王を、何の制限無く野放しにする術者の精神がまず信じられなかった。

 

「――嘗ての余は人間達に、神の遺産に、『竜』の騎士に完膚無きまで敗れ去った。だが、こうして再び自由となる肉体を得た以上、もう一度、一からやり直すまでだ」

「……己の世界に帰還して、再び地上を消し飛ばす気か。一度死んだぐらいでは懲りないか」

 

 その人間の短い生涯では考えられないほどの遠大過ぎる構想に毒づきながら、ブラッドは大魔王バーンを睨みつける。

 

「だからこそ、一応聞いておこう。――余の部下になる気は無いか? その力を、余の片腕として振るう気は無いか?」

 

 ――悠然と、身構える事無く大魔王は悪魔の囁きをする。

 何という魅力的な提案だろうか。あんな絶対に敵いっこない大魔王からの最高の提案だ。此処で殺されずに済む、唯一の生存策を向こうから提示してきたのだ。

 

「竜騎将バランが『YES』と答え、勇者ダイが『NO』と答えた問いか」

「貴様ほどの男ならば、余との実力差など見抜けぬ筈があるまい? 故に惜しい。その力を無為に摘み取るのは堪らなく惜しいのだ」

 

 あの大魔王が構えすら取っていないのは、圧倒的なまでに戦力差が開きすぎているからであり、真実、互角の者が生命を散らす『戦闘』になどならず、ただただ一方的な『虐殺』にしかならないだろう。

 

 ――それを解った上で、ブラッド・レイは笑った。腹の底から笑った。獰猛に嘲笑った。

 

 

「――答えは『NO』だ。大魔王バーン、現世に戻ってはしゃいでいる処を悪いが、貴様は此処でもう一度死ね」

 

 

 同時にブラッドは全身全霊を籠めて感謝する。

 今、此処で、自分の前に現れてくれた事を心の底から――。

 

 大魔王バーンの目元が鋭くなる。不愉快なものを見るような眼で失望する。

 

「何とも愚かしい選択だ。『竜』の騎士ともあろう者が人間との混血児のダイと同じように、其処まで肩入れするか」

「むしろ本望だと言わせて貰おう。大魔王、オレは人間がではなく、それ以外が世を乱す時代に生まれたかった。それならばオレは『竜』の騎士の使命とやらを迷う事無く完遂出来たのだからな」

 

 それこそがブラッド・レイの『二回目』の悔い。

 人が世を乱した時代に生まれたからこそ、人を粛清せざるを得なかった。

 彼の名の『レイ』は嘗て愛する者と交わった証。婚姻した妻を、最終的にその手に掛ける事になったが――。

 

「これは驚いたな。竜と魔と人、三界を統べる調停者たる『竜』の騎士に其処まで利己的に人間贔屓する思想の持ち主が居るとはな!」

 

 竜騎将バランとも勇者ダイとも異なる『竜』の騎士を、愚劣極まる男を大魔王は心底から嘲笑する。

 

 ――そう、彼はいつも待ち望んでいた。

 自分の前に強大な『敵』が現れる事を。それが世に仇なす『敵』であるなら尚更だ。何の憂いなく殺す事が出来ると――。

 

「――勘違いするなよ、大魔王。確かにオレでは『竜魔人』になったとしても貴様に到底敵うまい」

「ほう、絶対に打倒出来ぬと知りつつ余に抗うのか? つくづく愚かしいな、人間じみた『竜』の騎士よ」

 

 此処で嘲りを見せながらも、大魔王バーンは一瞬だけ警戒心を露わにする。

 嘗ての自分はその人間を侮り、奇跡のような可能性を掴み取られて敗れ去った。

 単なる、いや、従来通りの『竜』の騎士など恐れるに足らぬが、その『竜』の騎士があの人間達のように抗うのならば――。

 

「――愚かなのは貴方の方よ」

 

 何処からか、女性の声が響き渡る。

 目に見えない『魂』如きでは自身に届かないと、嘗ての大魔王は言った。だが、それに敗れ去った大魔王は今、何を想うか――。

 

「貴方の相手をするのは『私達』よ、大魔王……!」

 

 大魔王バーンの相手は『竜』の騎士ではなく、ブラッド・レイとシャルロットの、世界の境界を超えた最強コンビである。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15/亡霊の讃歌

 

「――ただいま戻りました。吸血鬼『エルヴィ』と『ランサー』の消滅、確かにこの『眼』で見届けましたよ」

 

 時は少しばかり遡り、この事件の黒幕が『魔術師』を穢土転生した直後の事。

 『うちは一族』の『転生者』が穢土転生した最も忠実な部下が音も無く帰還し、最重要項目を報告する。

 その様子を、穢土転生された中で最も忠実じゃない部下となっている神咲神那は意思無き『魔術師』に抱き寄せられながら興味無く聞いていた。

 

「……そう。案外往生際が良いのね。『ランサー』の方はもっと足掻くかと思ったけど」

「タイミングが悪かったですね。ああも殺到されている時にマスターとの契約が切れれば、話に聞くサーヴァントとて為す術が無かったようです」

 

 確かにあの『眼』で一部始終を見届けた以上、ほぼ真実に近しいのは彼等が一番良く知る事であり、その事についてとやかく言う事は神咲神那には無かった。

 彼女の今の興味は、自分以外の手駒にあった。揃いも揃って化物揃い、制御なんて不可能の怪物揃い。こんなのと同列扱いされるのは甚だ不本意な話である。

 

「ふーん、随分と豪華な化物共を用意したようね。穢土転生を使えるとは言え、驚きね」

「この世界が異常だから、としか言い様がないわ。これだけ因縁深き者達が揃っているのならば、私の『眼』で引っ張ってこれるわ」

 

 そう、この『うちは一族』の『左眼』は過去に関して全能を誇る『瞳術』を持つ。それ故に最新参者に関わらず、魔都に巣食う『転生者』の情報を知り尽くしている。

 情報アドバンテージについては、一歩も二歩も先を行き、自身の計画に支障を来たす『転生者』に対して、絶対に打倒出来ない『天敵』を確実にぶつけていく事だろう。

 そんなのは『魔術師』にサーヴァント召喚システムを掌握させて、常に適材適所の英霊を配置出来るような反則的な状況下に等しいだろう。

 

 ――その中で一つ、不可解な点があり、神咲神那は暇潰しに聞いてみる事にした。

 

「なら、あの大魔王バーンは? あれはこの世界の『転生者』とは縁もゆかりも無い筈だけど」

「ああ、それは私の縁よ。アイツ一回殺した事あるし」

 

 などと爆弾発言した後に「もっとも今回召喚するのは正史の大魔王殿だけど」と『うちは一族』の『転生者』は何気無く語る。

 

「え? どうやって? アンタが異常なのは解るけどさ、最後は絶対失敗するタイプでしょ?」

「……失礼な言い草ね。ええ、良いわ。ぶち殺して身の程を弁えさせたいけど聞き流してあげる。その時の私は周回数が少なくて、まだ比較的まともな人間だったわよ」

 

 怒りを堪えながら『うちは一族』の『転生者』は語り出し、神那は何処を突っ込んで良いのか解らなくて「ぇー?」と非常に微妙な表情の顔を浮かべた。

 その反応を見た『うちは一族』の『転生者』は絶対零度の殺意を漲らせた『万華鏡写輪眼』で睨みつけ、物理的に死にそうな視線を向ける始末。

 

 尤も、死んでも穢土転生の縛りで勝手に復活する身なので八つ当たりするだけチャクラの無駄だが――。

 

 自分からまともだの普通だの語る人間に、本当にまともで普通な人間は居ない。その点は突っ込むと時間が無駄に掛かりそうなので、神那は話半分に聞き流した。

 

「私のドラクエ世界で一番なりたい職業は何だと思う?」

「魔王? 凄くお似合いだと思うよ?」

「……なりたくなくてもなってしまう職業なんてなりたくないわ。答えは『モンスターマスター』よ」

 

 その答えに若干驚く。ドラクエシリーズの『モンスターマスター』とは、モンスターを使役して戦う『魔物使い』であり、スピンオフシリーズとして何作か出ている。

 勇者や賢者など多種多様の職がある中、完全に他人もといモンスター任せの地味な職業だと神那は他人事のように思う。

 

「初めてのドラクエ世界で浮かれていてね、それにスタート地点がモンスターだらけの島だったからはしゃいじゃったの」

「え? デルムリン島? という事はダイの双子の妹か姉で、『竜』の騎士と人間の混血児だったんじゃ?」

「何言っているの? 『モンスターマスター』なんだから自分で戦う訳無いじゃない」

 

 ――宝の持ち腐れ、此処に極まりな発言である。

 

 『竜』の騎士の飛び抜けた戦闘力はブラッド・レイを見れば明々白々だが、その超越的な素質を持ちながら使役するモンスターに指示だけ出す魔物使いをやるとは余りにも勿体無さ過ぎる。

 

「……恵まれた才能をゴミ箱に捨てたって事は解ったけどさ、かの大魔王殿にはどうやって打倒したの?」

「ドラクエ世界の歴代魔王全てを使役して、真・大魔王になる前にフルボッコにしたけど? 常時『闇の衣』状態の大魔王ゾーマとかまじ強かったわー」

「うっわぁー、まじ身も蓋もねぇ話ですねー」

 

 デルムリン島で星降りの祠を作って配合しまくり、本物のゴールデンスライムやら神竜、果てには歴代の魔王系を次々に配合して無邪気にはしゃぐ『ダイの大冒険』世界の彼女を思い浮かべる。

 果たしてそんな彼女を、ダイとブラス老はどんな眼で見ていた事やら……。

 

「……ミストバーンとかキルバーンどうしたの?」

「凍てつく波動で『凍れる時の秘法』を解除してマダンテでふっ飛ばし、本体の使い魔を最優先で潰したわ」

 

 数百年に一度の皆既月食の度に『凍れる時の秘法』で全盛期の肉体を封印していたバーン涙目であり、『黒の結晶(コア)』搭載の不死身の人形を操っていたキルバーンの本体涙目である。

 

「結局、歴代の魔王を従わせている私がいつの間にか『大魔王』扱いになったけどねー」

 

 そりゃ『モンスターマスター』を究極なまでに煮詰めれば、新生魔王軍構築にでもなるだろう。

 頭の良い馬鹿ほど厄介なものはないと、神那は呆れた眼で『うちは一族』の『転生者』を見た。

 

「……ソイツ等を呼び寄せれば良かったんじゃ?」

「あの世界での出来事なんて、因果が薄すぎてもう辿れないわ。存在したかの証明なんて、私の記憶の中にしか無いし」

 

 こんな馬鹿話を聞きながら、神咲神那はこの『うちは一族』の『転生者』が『悪』である限りは限り無く『無敵』に近い存在であり、自身の不運による不慮の事態も持ち前の能力で力尽くで排除する事が可能であり――逆に、彼女が本来の目的の為に戦う時、その理不尽で不条理な無敵性を全て失っている皮肉さが何とも可笑しかった。

 

 

 

 

(……あーあ、ヤバイって解っているのに――)

 

 ――この街では生と死が一歩先の出来事である事を、彼女は、アリサ・バニングスは体感として知っている。

 

 いや、彼女だけではない。この海鳴市に生きる全ての世代の者に、無意識の内に刷り込まされている。

 事が公にならないのは、『魔術師』の構築した『大結界』による隠蔽工作が大多数の者に自覚させないのに効果を発揮しているからに他ならない。

 ……尤も、管理者の『魔術師』の死により、今の『大結界』は大多数の機能が沈黙するに至るが――。

 

(……本当に夜は別世界ね、昼とは何もかもが違う)

 

 それが生まれ故郷での話というのは何とも悲しい事だが、事実、一度行方不明になった者で再び発見された者はいないし、彼女自身もまた行方不明者の一人になりかけた事もある。

 一年以上前の白昼堂々行われた誘拐事件、夜でなければ安心という無根拠の驕りが招いた結果がそれであり、その時ばかりは自分も行方不明者の一人になると諦めかけたものだ。

 

(……あの格好付けの馬鹿っ、名乗りもせずにいなくなって、それじゃお礼を言う事も出来ないじゃない……!)

 

 ――その時は、血塗れになりながらも、此方の無事を知って安堵の笑みを浮かべてたお人好しの、名乗りもしなかった自称探偵の少年に助けられた訳だが。

 

(……ああ、怖い。今度は、助けてくれる人なんて居ないんだろうなぁ……)

 

 閑話休題。現在、アリサ・バニングスはあろう事か、夜の海鳴市を無謀にも一人で出歩いていた。当然それには深い理由がある。

 

 ――事の発端は彼女の親友の一人、月村すずか。

 此処最近、彼女は学校を休みがちであり、お見舞いに行っても会えない日々が続いている。

 それは疑う余地の無いほど明確な形で会う事を拒絶されていた。

 

(……『何か』があったなんて、馬鹿にでも解るわよ……!)

 

 彼女のもう一人の親友である高町なのはは何らかの事情を知っているようだが、頑なに口を閉ざし――此処最近に転校してきた秋瀬直也も何か知っている素振りを見せたが、上手く躱されて事態の糸口すら掴めない。

 

 ――そう、我が身を危険に晒さない事には、何一つ踏み込めないのである。

 

 ポケットから携帯電話を取り出して、アリサはアドレス帳から発信する。

 コールは五回、限界まで引き伸ばす当たり、電話に出る事すらも躊躇っているのは明々白々だった。

 

「こんばんは、すずか。夜分遅くにごめんなさい」

『……アリサちゃん。えと、何の――』

「今、貴女の家の前に居るの」

 

 我ながら素っ頓狂な台詞だとアリサは苦笑し、屋敷の一角の部屋のカーテンが勢い良く開かれ――程無くして必死の形相の月村すずかが玄関から現れ、久しぶりの対面が叶った。

 

「や、久しぶり」

「――っ、アリサちゃん、何でこんな危険な真似を……!」

「私だってかなり怖かったけど、こうでもしないとアンタ出てこないじゃない」

 

 自分でもかなり的外れだなぁと思いつつも、自信満々に胸を張って見せる。

 久々に会った友人は――少し、やつれていた。元気というよりも、在り得ない蛮行に驚愕して我が身のように怒り、途端、申し訳無さそうに暗く沈んだ。

 

「……ごめんなさい、私なんかの、せいで……」

「……卑屈になりすぎ。これは私の自分勝手な行動なんだから、すずかが謝る事じゃないよ」

 

 そう、自分の無謀な行動はすずかのせいではない。自分自身の選択である。

 其処に彼女の落ち度は無いし、むしろ迷惑を掛けているのは自分の方だろうなぁと苦笑する。

 

「世間話をする為にこんな危険を犯した訳じゃないから、単刀直入に聞くわ。……何があったの?」

 

 

 

 

 ――その親友の言葉に、月村すずかは凍りついた。

 

 言える筈が無い。的外れの復讐の為に罪も無い人をサーヴァントを維持する為だけに殺し、復讐する相手が既に死んでましたなど、口が裂けても言えない。

 それは自分の償えない罪罰を陽の光に浴びせる事への忌諱か、それとも親友のアリサに失望されて幻滅される事への畏怖か、結果として、すずかはアリサの眼も見れずに震えながら沈黙し――アリサは煮え切らないすずかに、感情的に憤りもせず、静かに尋ねた。

 

「それはなのはや秋瀬は知っていて、私には知られたくない事……?」

 

 目を見開いて、すずかは震えながらアリサを見る。

 

 ――いっその事、自分の罪を告解してしまうのはどうだろうか?

 罪深き自分には憐憫や同情を抱かれる価値すら無いと、最低最悪の人間だと理解して貰えれば、どんなに気が楽か――。

 

「……アリサちゃん、私は――」

 

 言いかけて、説明出来ない違和感が過ぎり――世界は瞬く間に一変していた。

 気づいた時には既に、すずかとアリサしかいなかった玄関口に、無数の人影が立っていた。

 

「え? な、何よアンタら!?」

 

 突如音も無く出現した、身体の損傷の激しいアンデット。

 アリサの視点ではそうとしか見えない、性質の悪い悪夢だったが、すずかの視点ではまた違っていた。正真正銘の、悪夢だった。

 

「あ、あ、あ……!?」

 

 損傷の激しさには個体差があるが、どれも共通して首筋に二つの穿たられた傷痕があり――すずかは顔を蒼白させ、恐怖する。

 

『……よ、くも――』

『……殺し、たな。血を、啜ったな――!』

『……折られ、た。砕か、かれた。飲みこま、れた――!』

 

 見覚えがあった。いや、忘れる筈があるまい。彼等は無作為に選ばれ、摘み取られた哀れな犠牲者――彼女がサーヴァント『バーサーカー』を維持する際に襲って血を吸って原型残らず食わせた、月村すずかが殺した者達だった。

 

「何ぼさっとしてるのよ!? 家に逃げ込むわよ! ――え?」

 

 放心して立ち止まるすずかの手を握って、駄目元で家の中に逃げ込もうとし、立ち塞がった少年にアリサは絶句する。

 

『……痛い、痛いよぉ……』

 

 ――その自分達と同年代と思える少年には首が付いていなかった。

 

『……どうして、どうして……』

「……嘘――」

 

 ――頭無き首から止め処無く血を流し、血の涙を流しながら呪言を吐き散らす頭を片手に携えて。

 

『……すずか。どうして僕の仇を取ってくれないんだい……?』

「……神谷、君……?」

 

 殺されたままの姿で、神谷龍治は月村すずかの罪の証として、其処に立っていた。

 

「あ、はは……」

「すずか!?」

 

 ――ぺたんと、すずかは地面に尻餅突き、恐怖の臨界の余りに乾いた笑みが零れた。

 これ以上の因果応報は無いだろう。出来過ぎているぐらいの罪の形が、そのまま現れていた。

 

 ――ああ、自分は此処で死ぬのだな、と。月村すずかは確信する。

 

 お似合いの結末だ。嘗ての犠牲者達に嬲られて殺される。其処に、月村すずかが抵抗する道理は無い。

 抗う選択肢すら現れず、月村すずかは諦めて、目の前の罪を受け入れる事にした。

 だって、これはもうどうしようもない。殺された恨みで彼等が現れたのなら、何も出来ない自分は殺されてやる事ぐらいしか償う方法は無い。

 

「ちょっと、何座り込んでるの!? すずかっ!」

 

 けれども、全てを諦めて意識を手放す寸前に、親友の声が届く。

 アリサ・バニングスは関係無い。これら全ては自分の罪科であり、それは認めるが、彼女は関係無い筈だ。

 

「逃げ、て。アリサちゃん。彼等は、私が目的だから――」

「馬鹿言わないで!? アンタを置いて逃げれる訳無いでしょ!?」

 

 迫り来る復讐の亡者達に目もくれず、アリサは座り込んだすずかの手を引っ張って一緒に逃げようとする。

 この緊急事態において、余りにも、余りにも正し過ぎて愚かな行動だった。アリサは逃げて生存する機会を、ほぼ完全に失った。

 

 ――最悪の悪夢だった。

 自分一人が自分の罪科で押し潰れて相応の果て方をするのならともかく、この親友を巻き込んでしまうなど死んでも死にきれない出来事だった。

 

(私はどうなってもいい、でも、アリサちゃんは、アリサちゃんだけは……!)

 

 それがどれほど自分勝手な言い分なのかは、すずか自身が理解している。

 彼女が殺した者達にも家族は居ただろうし、そんなのを一切考慮せずに彼女は殺した。一方的に奪った。

 それが回り巡って自身に訪れただけに過ぎず、喚く権利も助けを乞う権利も止める権利もあるまい。

 

(……誰か、誰か――!)

 

 それに、罪人たる自分は、一体誰に祈れば良いだろうか?

 

 ――『神』に?

 こんな血塗れた手の的外れの復讐者に、忌むべき吸血鬼に答える『神』など吐き気を催すような『邪神』ぐらいだろう。

 

 ――『正義の味方』に?

 そんなものが例え存在したとしても、自分は彼等に裁かれる側。『悪』に答える『正義の味方』など月村すずかは知らない。

 

 ――『悪』に?

 一体どんな利益があって救いという名目の魔の手を差し出すだろうか。相応の惨めさで果てよ、とあの盲目の『悪』なら容赦無く見捨てるだろう。

 

 

(……助けて――!)

 

 

 その声は天上の『神』ではなく、地に這い蹲る『正義の味方』でもなく、幕の彼方で嘲笑う『悪』でもなく――。

 

 

「――それらはお前の罪悪感が元になった思念体、夢の欠片。だが、それは悪夢だけではないようだ」

 

 

 亡霊の只中でその声無き叫びに答えるのは、当然の如く『亡霊』だった――。

 

 襲い来る全ての亡者が凍り付き、木っ端微塵に砕かれる。

 最後に残ったのはすずかとアリサを庇うように背を向ける、二メートル大の巨躯であり――厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを首に巻いて悠々と靡かせるその男を、月村すずかは知っている。

 

「……あ、なた、は――」

「久しぶりというのは少し変か、月村すずか」

 

 サングラスを胸のポケットに仕舞い、解けていた髪を後ろに纏めて乱雑に縛り、それから振り向いた男の厳つい顔は、あの時と何一つ変わらない。

 嘗て月村すずかが従わせた『バーサーカー』によってその生命を散らせた者の一人、『スタンド使い』冬川雪緒は威圧感を漂わせて二人を見下ろしていた。

 

「た、助けてくれてありがと。……アンタは、すずかの知り合い?」

「知り合いといえば知り合いか。ただ、本質的には先程の奴等とそう変わらない」

 

 ――だからこそ、この光景は在り得ないものだ。

 彼があの亡者達のように化けて出たのならば、殺した相手である月村すずかに憎悪や怨念を抱くのが当然の事である。

 

「……貴方は私の事を、恨まないのですか? 私に殺された貴方には、私に復讐する権利があります――」

 

 はっきりと呟かれた言葉に、アリサは驚愕し、少ない判断材料から的確に状況を理解し――理解して尚、アリサは冬川雪緒の前に庇うように立ち塞がった。

 その幼き瞳から涙が滲み出るほど怖くても、全身の震えが止まらなくても、親友の前に立ち――その美しいほど正しい姿が、すずかにとって一番堪えた。

 

「アリサちゃん、どいて。私は、貴女に庇って貰えるような人間じゃない。――本当に、人間ですらない……」

「……ああもう、アンタが何も言ってくれないから私だって訳が解らないよっ! でも、此処で退くなら私は最初から此処に居ないっ!」

 

 その様子を見ていた冬川雪緒は気まずそうに頬を掻く。

 

「殺されたのはオレの力不足だったからだ。其処に想う処は多少なりしかないし、そんな事よりも今はするべき事がある」

 

 死者があれこれ迷い出て、現世で何かを成すなど言語道断だが、今宵は別だ。

 自分自身にだけ働いた何らかの法則性は解らず終いだが、あの亡霊達と同じようにならず、人間としての理性有りで行動出来る当たり、こんな小細工を死後成し遂げる相手の心当たりなど『一人』しかあるまい。

 

「……今のオレはサーヴァント以下の亡霊、一夜限りの幻に過ぎん。だから月村すずか、オレに想う処があるのならば、少しだけ協力して欲しい」

 

 だが、元を辿れば今の冬川雪緒は月村すずかの罪悪感が実体化した思念体に過ぎない事には変わらず、その存在意義を反している事から秒単位で存在感が薄れていく。

 その理に逆らって存在するには、実体化させている張本人の協力が必要不可欠だった。

 

「……私には、何も、出来ないです。いえ、何もしない方が――」

 

 ――月村すずかは泣きながら絶望する。

 

 光無き瞳は何も映さず、涙を止め処無く零れ流すのみであり、初めて冬川雪緒の氷のように冷たい瞳に怒りの炎が灯った。

 

「愛で人を殺せるのならば、愛で人を救う事も出来る筈だ。ようは一枚のコインだ、裏か表かは知らんがな。――今のお前は、そのコインを投げる事すらしていない」

 

 死者が生者に説教するなど世も末だが、冬川雪緒は自分自身に呆れつつ静かに怒る。

 それは殺された事に対する『恨み』や『嫌悪』から来る怒りではなく、人を『侮辱』するような怒りでもなく――何の得も無い筈の、自分を殺した『彼女』の行く末を案じたが故の怒りだった。

 

「――甘ったれるな。もう一度、ゼロから始めろ。自分で立ち上がって、自分で歩け。生きている限り、お前の物語は続いていくのだからな。――こんな事、死んだ者に言わせるな馬鹿者」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16/彼と彼女と彼女の心

 

 

 

 

《――去れ、復讐者。精々名高き劔冑を拵えるが良い》

 

 それは数百年振りに現れた、己を求める者。復讐に身を焦がした正常者であり、彼女はにべもなく捨てる。

 妖甲として娘と共に死蔵されていた彼女にとっては、この牢獄から解き放たれる千載一遇の機会であったが――今回は仕手には恵まれなかったと諦める。

 

「――否、オレに必要な劔冑はお前だ、『二世右衛門尉村正』」

 

 その言葉に彼女は反応を示す。災禍を齎す妖甲として死蔵された折、封ずる皆斗家にはその銘は伝えられていない筈である。

 知られざる銘を知っているという事は、その経緯も知っている事であり、彼女には尚の事解らなくなった。

 

「――図らずも、貴様の理念とオレの目的は一致している。百年足らずで忘れ去られる真理ならば、百年来で世に刻み込めば良い」

 

 それが、彼と彼女の出遭い。復讐に狂える常人と、不変の理念を抱きし妖甲の、帯刀儀式(タテワキノギ)――。

 

「――オレは『善悪相殺』の戒律を求める。我が復讐の刃となれ、『村正』。最愛の人を殺した憎き怨敵に裁きの鉄槌を、然るに返す凶刃で我が身を捧げよう」

 

 

 

 

 ――『武帝』。湊斗忠道が率いる反体制の無名軍は、いつしかそう呼ばれた。

 

 遍く戦場に『善悪相殺』の戒律を以って支配する者、南北朝時代の災禍の再来として、超越的な猛威を振るった。

 彼が率いた軍が少数精鋭ながらも無敵足り得たのは、『初代村正』と『二代村正』による悲劇の元凶の『精神同調』にある。

 元々彼は一番最初に自分自身に『精神同調』を施し、人として極限まで無駄を削り取って――愛する者への想いと憎む者への想いだけを残して擬似的な『無想』とし、『二つ』の例外を除いて全ての者を敵意無く殺せる状態に押し上げた。

 

 ――それを『精神同調』で自軍全ての軍に拡散させればどうなるか?

 至極単純な道理、『善悪相殺』の戒律に縛られず、その上、『無想』の境地で『武』を振るう無敵の軍勢に成り下がるのみである。

 

 ……湊斗忠道は『善悪相殺』の戒律を疎かにした訳ではない。むしろ、絶対的な強制力が無くとも『村正』の理念に殉じた。

 彼等『武帝』の軍に『善悪相殺』が成立する時、それは自らの復讐を遂げた時であり――戦の終わりの際の『儀式』の時である。

 

 ――殺した敵兵の数を算出し、同じ数だけ無辜の民を虐殺せしめる。

 

 その行いが凄惨であるほど、世の人々に『武』の真実を叩き込む事が出来よう。

 『武』とは常に『善悪相殺』、戦には正義無し。善も悪も滅ぼし、独善を根絶させる事によって戦を世から撲滅する。

 湊斗忠道は戦場を例外無く支配する為の『精神同調』を逆手に取って『善悪相殺』の範囲外となったが、『村正』が示した真理を自らの意思で完璧に実行した。

 その点では、湊斗忠道は『村正』にとって理想的な仕手と言えた。ただそれは『精神同調』が働いている最中は、である――。

 

 ――そう、湊斗忠道は余りにも、人間として正常過ぎたのだ。

 

 正義を愛し、悪を憎む。そんな真っ当な道徳概念は普通の者、つまりは21世紀の日本人のものと何一つ遜色無く、殺人の罪悪を背負っていくには余りにも重すぎた。

 狂ってしまえば、どれほど楽だっただろうか。そんな逃げ道を歩む事など彼自身が許さず、紙鑢で少しずつ削っていくように精神が摩耗し、彼は徐々に壊れていった。

 復讐という大義名分などない。それは憎き怨敵に対する絶対の免罪符であり、その過程で摘み取られた生命に対する免罪符にはならない。

 

 ――猛々しい武者を殺した。逃げ惑う武者を殺した。

 

 武者と対峙して恐怖して身動き一つ出来なかった兵卒を無造作に虐殺した。そして同じ数だけ『善悪相殺』を名目に無辜の民を手にかけた。

 その中には年老いて歩けない老人もいたし、恋も知らぬ年若い少女もいた。生まれたばかりの赤ん坊さえいた。全て全て、彼はその手に掛けた――。

 

 ――その果てに、湊斗忠道の下に怨敵の訃報が届き、復讐の一念のみに支えられていた彼の全てが決壊したのだった。

 

 それが彼、湊斗忠道の物語。そう、彼の物語である。

 だがしかし、それは、『彼女』の物語ではない――。

 

 

 

 

 ――敵騎『二世右衛門尉村正』、此方と同じく『金神』の力を取り込んだ至高の劔冑。

 

 性能面においてはほぼ同一。差異など『一つ』しかあるまい。

 ならばこそ敵戦力と自戦力を比較する上で最も重要な要素は仕手の能力に他ならず――其処には埋められない差がある。

 

 ――真作と模倣。湊斗光と湊斗忠道の評価はまさにそれに尽きる。

 

 奇しくも構えは同じ。否、偶然ではない。

 同じ流派、吉野御流合戦礼法を修め、同じ劔冑『二世右衛門尉村正』を装甲し――そして何よりも、湊斗忠道は湊斗光を完成形として目指したのだから、この巡り合わせは必然であり、だからこそ逃れられない絶望を生む。

 

『……ほう、蜘蛛の『村正』が景明に行った事とほぼ同一の事を施しているか。その着想は光と景明からか?』

『――?』

 

 湊斗光は天然で『夢想』の域にある怪物、意無くして敵を討てる武神の化身、真に『銀星号』の性能を発揮出来る唯一無二の仕手。

 

 ――仕手としての性能は、何一つ勝る点が無い。それが湊斗忠道が下した湊斗光への正統な評価だった。

 

『不思議か? オレを呼び寄せた者の記憶は光の脳髄にも刻まれている。お前の事も、オレはお前以上に知っているぞ』

 

 そんな相手と同じ条件で仕合うという事は、疑う余地の無く絶対の死が待ち受けている。今、この瞬間での――地上戦での立ち合いは覆しようの無い死地である。

 

 後の先だろうが、先の先だろうが――あらゆる想定で、数手先の死が逃れられない。

 

 最大の泣き処は、ただでさえ此方の勝ち目が那由多の彼方に揺蕩っているというのに、奴が此方の情報を知り得ている事だった。

 白銀の劔冑の下で、湊斗忠道は苦渋の感情を色濃く浮かべる。

 

『『村正』の『精神汚染』をもって自身を無想の域に到達させると同時に敵意無き殺戮魔とする。なるほどなるほど、それが貴様の『善悪相殺』に対する最終解答か! 素晴らしく都合が良いな!』

 

 ……そして、触れてはならぬ化物の逆鱗に触れたかと、全身全霊恐怖する。

 生きた心地がしないとはまさにこの事だ。彼女がその気ならば、瞬きする間も無く死ぬ。無作為に殺されるだろう。

 

 ――確かに、湊斗光の言う通り、自身の『無想』は湊斗光と湊斗景明を参考にして至った、先天的ならぬ後天的な魔境。

 

 いや、村正一門の『善悪相殺』と、それを自身のみならず、自軍にすら強要する為の『精神汚染』をも利用した唯一の『抜け道』である。

 復讐に狂った湊斗忠道は一族に死蔵されていた『銀星号』と結縁したが、狂おしいほどの復讐の念を抱いていても、彼は真っ当な人間。有象無象の人間を敵意無く踏み潰せるほどその精神性は逸脱していない。

 

 ――だから、一番最初に施したのは自身への『精神汚染』だった。

 

 余分なものを省き、簡略化し、効率化し、生身の状態で『兜割り』すら可能な境地に押し上げると同時に――大切な人を思う愛情と、唯一人への復讐心以外の敵意を消した。

 後天的に、自発的に、湊斗光と同じような状態まで、自身を押し上げた――或いは、嘗ての自身を完全に完璧に殺したのだ。

 

『……あの憎き仇敵を殺す前に、我が身を『善悪相殺』の刃で償う事は許されなかった』

 

 支払える生命は自分一人のみ。だからこそ、最初から我が生命をもって憎き仇敵の生命を奪った際の『善悪相殺』の対象にと明確に定めていた。 

 

『ふむ、それは前世でも果たせなかったようだが、幾許かの『例外』が存在している事から、理屈は通る――ならば、一つ聞こう』

 

 ――疑問と言えば、疑問があった。

 

 万が一、億が一、湊斗光と対峙する事があっても、それは武者としての尋常な立ち合いにしかならないだろうと思っていた。

 だが、そうならずに、会話が続いている。確かに彼女は律儀な一面があり、言葉を弄すればどんな些事でも疎かにしない。――それは、自分から話しかければ、の話であり、彼女の裡に滾る疑念こそ自分にとって一番理解出来ないものだった。

 

 

『――何故、今世も己に『精神汚染』を施している? いや、正確には何故常に『精神汚染』された状態なのだ?』

『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――は?』

 

 

 終ぞ気づけなかった己が矛盾を宣告され、湊斗忠道は冗談抜きに思考が停止する。

 生死を分かつこの場において、その動揺は余りにも致命的な隙であり――されども湊斗光は動かない。

 

(――待て。どういう事だ……!?)

 

 いつ、一体いつからだろうか。『精神汚染』が解かれていない?

 それは在り得ない事だ。戦闘が終われば必ず解いていたものだ。第一、戦闘中以外はその境地は必要無い。それは前世からの習慣であり――『いつからそれすら知覚出来なく』なっていた?

 

 ――いや、もしかしたら、今、湊斗光に言われなければ『精神汚染』していたからこそ辿り着いた境地という事さえ、自分自身を騙し切った結果だと誤認していた……?

 

 それすら認識出来ていないという事は、何よりも『精神汚染』で書き換えられていたという証左であろう。

 

『此処にはお前の憎んだ仇敵は何処にもいないぞ。それなのにお前は何故、今も『善悪相殺』の理から外れているのだ?』

 

 ……それは湊斗忠道にとってこれ以上無く悍ましい話だった。

 憎き仇敵への復讐心と大切な人への愛以外の他に全てを削ぎ落した状態を、無意識の内に常時保っていただと――目の前の最果ての狂人と同じような状態に、常に成り下がっていたと……!

 

『他の者には『善悪相殺』の戒律を強制しておいて、自身だけは例外という抜け道を進む。――どうしたら其処まで厚顔無恥な欺瞞を行えるのだ? 是非とも答えて欲しい』

 

 そんなものは、戦闘に特化して全てを削ぎ落した己は自分として行動していたと言えるだろうか。否、悩みも迷いも葛藤すらしない、単なる殺戮人形に等しい。

 『善悪相殺』を成し遂げて悪鬼羅刹の限りを尽くした事への罪悪と苦悩と苦悶と悲哀と後悔を、自分は一体いつ捨てていたのか……!

 

『――『村正』の理念、理解してないとは今更言わせぬぞ?』

 

 動揺しながらも、湊斗忠道は恐る恐る答える。その最初の理念すら、書き換えられていない事を切に願って――。

 

『……『善悪相殺』。己にとっての『悪』は他の者にとっての『善』であり、初めから一つの『悪』を殺すという事は一つの『善』を殺すという事に他ならない。『村正』の掟は戦いという醜い真実を世に知らしめる為に拡大解釈したに過ぎない……』

 

 そう、一人敵を殺せば一人味方を殺さなければならない『善悪相殺』は呪いではなく、村正一門の祈りである。

 結果として、当時の大和国の人口の一割二割を死に絶えさせた妖甲として歴史に刻まれたが――。

 

『――其処まで理解していながら、己の『矛盾』に目を背け続けるか』

 

 まるで掴めない。一体何故、湊斗忠道は自身への『精神汚染』を継続するという結論に至ったのか。

 こんなのは度し難い裏切りに他ならない。彼女達の『善悪相殺』を愚弄するにも程がある。

 何故、何故、一体いつから己は自意識を手放していたのか……!

 

『……ふむ。その様子だと、それすらも『精神汚染』で書き換えているのか。厄介だが――全部、剥ぎ取るとしよう。何、案ずるな。それは一度景明の方で体験している』

《御堂、来るぞ――!》

 

 自分が装甲する方の『村正』が警告を鳴らし――即座に応戦の構えを取る。咄嗟に最適な行動を取れる都合良く調律された思考が呪わしかったが、今は後回しだ。

 今から『精神汚染』を解くのは自殺と同意語、この生涯最大の敵を打倒し得た後、これまでの清算をしなければならない――。

 

 

 

 

 時は少しばかり遡り――英雄となった湊斗奏が『三世村正』を駆って襲来し、湊斗忠道が『善悪相殺』の戒律を逆利用して討ち取った直後の事。

 

「……御、堂――」

 

 二領の劔冑の墜落の余波で瓦礫が散乱し、僅かながら火の手が燻る中、意識を失っている自身の仕手に膝枕をしながら、人の形態をとる『二世村正』は暗く見下ろす。

 仕手の安否を気遣っているのか、または別の懸念が存在するのか――其処には完璧な劔冑たる者には不似合いなほど人間らしい揺らぎが見え隠れしていた。

 

 ――かつんと、最初から隠す気の無い足音が高々に鳴り響く。

 

 『二世村正』の視線の先に居たのは盲目の悪鬼、鮮血の紅の如く麗しき赤髪を靡かせる『魔術師』に他ならなかった。

 

「――『魔術師』」

「そう身構えるな。別に敵対しに来た訳ではない」

 

 敵意や殺意は無くとも「ふむ、忠道の意識が無いのなら好都合か」と、『魔術師』は純然なる悪意をもって嘲笑していた。

 かの御仁の性根が腐り切っている事は『二世村正』自身も知り得ていたが、その悪意の矛先が自身に向けられた事は初めての経験であり、心底不愉快だと眸を細めた。

 

「――私は君の事を完璧な『劔冑』だと思っていた。『三世村正』のような人間らしさの無い、不変の理念を心鉄に打ち込めた『劔冑』だとね」

「……何が言いたい?」

「それが単なる勘違いだった、と私は言いたいのだよ。見かけに依らず、いや、見たところ見事なまでに、完璧なまでに偽っているようだがね――」

 

 ――ぴきりと、『二世村正』が向ける視線に途方も無い熱量が滾り、心胆が凍えるほど法外な殺意が漲る。

 至高の『劔冑』からの、生命の危機に直結するほどの脅威に晒されて尚、『魔術師』は邪悪に笑う。

 主人に使われるだけの道具とは到底思えぬ反応が堪らなく愛しいと、声を出して笑って――。

 

「――仕手への『精神汚染』は可能なのか。それは『三世村正』のみに与えられた機能だと思っていたが。いやはや、仕手自身が意図的に能力行使していたのならば或いは――だとすれば迂闊な話だな、劔冑(どうぐ)に考慮外の可能性(つかいみち)を知らせてしまうなんて」

「――っ!」

 

 彼女の握り締められた拳は皮膚を貫いて流血し、そんな『人』じみた自傷行為を、『魔術師』は心の底から可笑しいと大笑いする。

 そう、劔冑からの殺気は既に通り過ぎて、別のものへと変化していた。

 

「さて、常々疑問に思っていたのだが、今回の一件で確信に変わった。君達『村正』の共鳴で色々垣間見れたしね――」

 

 盲目の『魔術師』はふと自身の言語表現が不正確な事に気づき、「見たというよりも感じたが正解だが」と意味の無い補足をする。

 

 

「――どうして君は『金神』の力を持っているのだい? 『金神』の力で復元され、あの『三世村正』に討ち取られた『銀星号』は写身の筈なのに」

 

 

 ――ぴきりと、硬い何かが物理的に罅割れる音が鳴り響いた。

 それこそが己の存在理由さえ否定しかねない、彼女の罪だった――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17/二つの魔剣

 

 

 

 ――彼女の世界では、『劔冑(つるぎ)』は最強の兵器である。

 

 着用した人間の身体能力を飛躍的に向上させて、超人的な回復能力を齎し、空中を自在に駆ける。

 真打(しんうち)と呼ばれる『劔冑』には『陰義(しのぎ)』なる異能を有するものもある。

 『劔冑』を装甲した者を大和では『武者』と呼び、一騎で百の兵を無傷で凌駕する『武者』は『武者』でしか打倒し得ない存在である。

 戦場の支配者はいつの世も『劔冑』を装甲する『武者』に他ならない。

 

 ――彼女は、鍛冶師である。真打『劔冑』の鍛冶師である。

 

 鍛冶師が鍛造する『劔冑』が生涯一領なのは、製造する過程で自身の身魂を打ち込んで『心鉄』を通すからである。

 元より彼女は劔冑鍛造を生業とする蝦夷の生まれ、身を鉄に変えて『劔冑』と成るは本望であり、彼女は不変の理念を『心鉄』に通した。

 

 ――『二世右衛門尉村正』、後に稀代の妖甲として大和の歴史に刻まれる至高の『劔冑』が彼女である。

 

 彼等、村正一門が鍛造した『劔冑』は百年以上も続く戦乱の世を終わらせる為に、戦の撲滅を願った。

 戦とは我の愛を求めて彼の愛を壊す行為。善であり、悪であり、それらは裏表のコインのように視点の違いで移り変わる――つまり、それは『独善』である。

 その『独善』を滅ぼす為に、『村正』は『劔冑』として性能として頂点に立っている他に、他の『劔冑』には無い異常な特質を二つ持ち得ていた。

 

 一つは『善悪相殺』の戒律、『村正』と結縁する武者に浸透する絶対の強制力。

 

 敵を一人殺せば味方も一人、悪を殺せば善も殺さなければならず、憎む者を殺せば愛する者も殺さなければならない。

 『村正』の仕手は最強級の武力を保有しながら、誰よりも武力の行使を自重せざるを得ないだろう。

 

 二つ目は『精神同調』、『波』を操る事で自身の精神を周囲の者に写身させ、『善悪相殺』の戒律を拡散させるもの。

 

 それ故に『始祖村正』は自身を劔冑に鍛造すると同時に、娘の『二世村正』も劔冑として鍛造させ、北朝と南朝、敵と味方に、対立する両陣営にそれぞれ献上した。

 一方が戦意喪失させる為に『精神同調』の『波』を敵軍に拡散させようとするなら、もう一方は同じ事を敵軍に実行するだろう。

 戦場は遍く『善悪相殺』の戒律で支配され、長きに渡った南北朝の戦乱を平穏に終わらせられる――『村正』の理想は此処に実現する、筈だった。

 

 一つの悲劇が全てを変える。『始祖村正』を賜われた北朝方の主将が刺客を反射的に殺してしまい、返す刃は彼を公私共に支えた最愛の弟を殺して『善悪相殺』を果たしてしまう。

 

 発狂した狂将は『精神同調』の『波』を無差別に撒き散らし、彼が率いる軍は狂気の軍勢となりて襲来し――『二世村正』を賜われた南朝方の主将は『精神汚染』の『波』から自軍を守る為に、自らの『精神同調』によって最初から支配下に置く事しか選択肢が無かった。

 

 ――斯くして前代未聞の殲滅戦争が開幕する。

 僅か一年で当時の全人口の二割以上の死者を出した阿鼻叫喚の地獄が、地上世界に顕現する事となる。

 

 彼女は『善悪相殺』が招いたこの最悪の結末について、想う処が何も無かった訳ではない。

 誰よりも戦乱の終結を願い、されども『妖甲』としての汚名を末代まで被り――だが、結果的に諸人共に戦の愚かさを骨身まで染み込ませた。百年以上続いた戦乱を終わらせる事には成功した。

 『始祖村正』と『二世村正』の理念は此処に果たされる。善なる者によって『善悪相殺』が広められて平和裏に戦乱が終結させるなら良し、悪なる者によって『善悪相殺』に縛られて尚見境無く戦乱を広めるのもまた良しとした。

 

 ――ただ、絶滅の危機に瀕するまで執り行われた凄惨な戦争が齎した平和の時は、僅か数十年しか続かなかったと知った時、彼女は失望し絶望し憤怒した。

 

 

「――ならば、百年来で人々に真理を刻み込めば良い。世が乱れし時に再び歴史の表舞台に立つが良い、至高の劔冑よ。死蔵されている暇など無いぞ?」

 

 

 その言葉は彼女にとって二人目の仕手、湊斗忠道の言葉だった。

 

 

 

 

 ――その戦の終わり、事の発端から付き添った最古参の同胞を湊斗忠道は見送る。

 

 その死因は湊斗忠道による殺害である。

 彼女は復讐を遂げて、その『善悪相殺』の刃を自分にではなく、湊斗忠道に向けてしまった。

 涙無く、表情一つ変えず、即座に返り討ちにした『武帝』を、共に付き従う配下の者さえ声無く批難する。

 

《……御堂。人払いは済ませたぞ――》

 

 彼女は最年少の者であり、最初期の一人。

 異端の教義である『善悪相殺』の思想に共感し、戦場でも戦外でも公私に渡って湊斗忠道を支え、誰の目から見ても慕いながらもその感情を押し殺し――念願の復讐を遂げて、憎き者を殺したのなら愛する者を殺さなければならない『善悪相殺』の理によって己のひた隠していた愛を証明してしまい、愛する者の手によって果てた。

 

「……っ、っっ!」

 

 誰一人居なくなった時、『精神同調』を切った湊斗忠道は無表情を崩し、地面に頭を垂れて、静かに嗚咽する。

 それを、彼の劔冑である『彼女』だけが、その様を見届ける。

 少しずつ削られ、人間として壊れていく主を、それでも狂えない主を、『彼女』は見る事しか出来ない――。

 

 ――敵の刃で散った同胞を見届ける。

 ――復讐を遂げて自刃した同胞を見届ける。

 ――敵を殺した数だけ、無辜の民を殺めた。

 ――無辜の民の死を厭わぬ呪われし死の軍勢たる自軍に反旗を翻した同胞を屠った。

 ――復讐者として襲い来る武者でもない敵を意無く殺した。

 

 それらに対して、何一つ想わぬ人間ならば、此処まで苦しまないだろう――。

 

《……やめるか?》

「……愚問、だな、村正。今更、やめられる筈があるまい。彼等を殺した事を、無意味にする事など出来ない――」

 

 項垂れながらも、湊斗忠道は血反吐を吐きながら、そう言う他あるまい。

 既に彼の手によって正しき未来は消え去っている。その行いがどれほどの愚挙か、不幸な事に大局的に客観視出来る目を彼は持っている。

 

「これは、オレの罪科だ。オレの悪果だ。オレが、最期まで背負わなければならない――!」

 

 仕手の言葉に『彼女』は何も言えず、沈黙するしかなかった。

 

 ――湊斗忠道、死蔵されていた『二世村正』を己が良人の復讐の為に結縁した、異界の知識を持つだけの健常者。

 

 その知識は二百年も三百年も先を行き、行き着かなかった物語をも知っている。

 それ故に、他者への精神干渉でしかなかった『波』を自分自身に使い、武芸者として至高の領域である『無想』の域に到達させ、武者と劔冑の極地である『心甲一致』を容易く成し遂げた。

 敵意無く殺せるが故に『善悪相殺』の戒律に縛られる事無く『武』を奮える、規格外にして異端の発想の持ち主。だが、それだけである。

 彼は、湊斗忠道は余りにも――『健常者』過ぎたのだ。平時ならばそれで良し、だが、戦時ならば、それは悲劇でしかない。

 

 ――だから、その報われない結末を思えば、彼は最初から最期まで『善悪相殺』を蔑ろにするべきだったのだ。

 

 有名無実と化したまま、己が復讐のみを果たすべきだったのだと、不滅の理念をその身に刻んだ筈の彼女が、そう想う。想ってしまった――。

 だから、仕手の意思が死に絶えた後、『彼女』は彼の為に戦ってしまった。『善悪相殺』による戦の根絶を願った『劔冑』が、それ以外の為に戦ってしまった。

 

 ――そして、その結末がこれである。

 

 

「――我が兄を……私の忠道を返せッッ、女王蟻の村正ァ――ッ!」

 

 

 数百年、先駆けて『金神』の目覚め、『金神』の掌握、そして――仕手亡き白銀の『魔王』は、仕手の妹を『英雄』にしてしまった。

 

 

 

 

「――常々疑問に思っていたのだよ。湊斗忠道は湊斗光と比べて遥かに格下だと自己評価するが、私はそうは思わない。同じぐらい遜色無い化物だと私は認識している。その認識の齟齬は行き過ぎた謙遜だと思っていたのだがね」

 

 ――『魔術師』は『銀星号』と呼ばれた彼女の本来の物語を、『装甲悪鬼村正』の物語を知っている。

 

 それに加えて、『魔術師』は湊斗忠道当人の口から彼自身の物語を聞き届けた唯一無二の人物である。

 猫被りの孤児院時代、その技、吉野御流合戦礼法の技法を盗む目的で――シスターの目を盗んで近寄り、修練中の彼に何かと言葉を交わしていたりする。

 転生者を仇敵とする『武帝』のトップながら、『魔術師』個人と奇妙な交流があるのはこの時代からの縁である。

 

 ――だからこそ、この世界で唯一、湊斗忠道の『異常』を正鵠に把握出来たのだろう。

 

 そんな予想外の裁定者の存在に、劔冑である彼女は歯軋りをあげた。

 

「その疑問が解消されたのは管理局の連中が押し寄せてきた折、『精神汚染』によって他の武者を支配下において『善悪相殺』を無視して蹂躙した時だったか。――意無くして敵を殺せる『無想』の軍勢、はっ、笑い草だ。『精神汚染』で発狂させる事しか出来ない湊斗光と比べて尚凌駕している異常だよ、それは」

 

 ――果たして転生者が、元は日本人の感性の持ち主が、そんな途方も無い境地に辿り着けるだろうか。否である。

 

 この時点で、『魔術師』は『銀星号』を排除すべき害悪と見做し、鋳潰して仏像にしてやる気しかなかった。

 危険なのは湊斗忠道ではなく、むしろ劔冑の方だと、既に結論付けていた――。

 

 ――だからこそ、今なのである。

 

 仕手の意識が途絶えている今こそ、容易く『銀星号』を討つ事が出来よう。

 湊斗忠道には若干申し訳無いが、生涯一領の理を反して他の劔冑を見繕って貰うしかあるまい。

 

「湊斗光の『夢想』とは違う境地、何処か作為めいた『無我』ならぬ『無想』――ふと思いついたのだよ、仕手への『精神汚染』が可能ならば、それは容易く成立するとね」

 

 『二世村正』を御する目的で鍛造された『三世村正』にはその機能があった。

 ならば、元々の仕様で無くとも、至高の領域にある『二世村正』ほどの劔冑なら然程難しい話ではないだろう。

 

「だが、新たな疑問が生まれた。湊斗忠道は常時その『無想』の境地にある。この『魔都』において常在戦場の心構えは確かに有用だが、その『無想』は人間としての機能を極限まで削り落として辿り着くモノ、日常生活においては色々不都合が多かろう」

 

 一武芸者として、それがどれほど異常な事か――『魔術師』とて、其処までの境地に至っていない。

 精神操作による自己暗示の魔術を使い、『無想』の真似事まで近寄れるが、それを常時行おうとは『魔術師』とて絶対に思えない。

 

「何しろ悩めない。迷えない。変わらない。そんな完璧に歪んでいるモノを人間とは呼べない。何も変わらずに在るのならば、それは概念と変わるまい」

 

 『魔術師』の脳裏に、生前遭遇してしまった、根源を求めるだけの概念と化した台密の僧の魔術師――『空の境界』での全ての黒幕である荒耶宗蓮の重く暗い姿が思い浮かぶ。

 数少ない視たモノの中で最悪の類であり、前世において唯一仕留めれなかった魔術師を思い出してしまい、『魔術師』は忌々しげに舌打ちする。

 

 

「――つまりは、その『精神汚染』が自らの意思で施したものではなく、『劔冑』の方の意思で、仕手の意思に背いて独断で執り行われているのでは、という疑念に至った訳だ」

 

 

 主導権が『仕手』にあるのならば、何一つ問題無いが、『劔冑』にあるのならば話は別である。

 意思があるように見えて、『劔冑』の操り人形でしかないなど悪夢でしかない。

 

 ――『二世村正』は元々の仕手の湊斗光の規格外っぷりに隠れがちだが、同じぐらい破滅的な思想の持ち主であり、目的の為ならば人類が絶滅しても厭わない。

 

 その理念は心鉄に刻み込まれた折、不滅の概念となっている。

 この魔都の大組織の一角である『武帝』に、彼女の理念が色強く反映されているのならば――如何なる犠牲を払ってでも即刻排除しなければならない。

 

「前置きが長くなったが――君は湊斗光の『銀星号』とはまるで真逆のようだね。あれが敗れし折、『銀星号』は死の眠りに抗わず、湊斗光はそれでも諦めなかったが――君と湊斗忠道の方は君の方が諦めなかった」

 

 ――それが、あの『銀星号』が『金神』の力を持ち得ている事に繋がる。

 

 これは推測でしかないが、湊斗忠道が自身の妹を殺さないように地中深くに埋めて自害して『金神』まで流れ着いた際、既に死去した湊斗忠道は単なる写身に過ぎなかったが、劔冑の彼女は『オリジナル』のままだったのだろう。

 それ故に、あの『銀星号』は『金神』の力を持ってこれたと考えれば――仕手の意思を無視して自らの意思で行動出来る事に他ならない。

 

「――今回の負債は、湊斗忠道のではなく、劔冑のものであったという事かな?」

 

 ある種の確信をもって、『魔術師』は無言で表情を歪ませる『二世村正』に責め問う。

 まるで喜劇だ。劔冑に身も心も奪われた『兄』を取り戻す為に殺して『善悪相殺』の戒律で『英雄』になってしまうなど、哀れすぎて同情心しか湧かない。

 

「本質が損なわれている。恥知らずの欺瞞が間かなり通っている。個人の尊厳が奪われている――」

 

 ――ぴしりと、目の前の彼女から罅割れる音が鳴り響く。

 

 劔冑は不死、されども、心鉄(こころ)が朽ち果てれば滅する。

 自らの理念を完全に否定されれば、劔冑は戦うまでもなく滅びる。

 

「……ならば、如何とする?」

 

 そして彼女は自らを滅ぼす問いをし――不意に『魔術師』の思考が停止した。

 脳裏に埋め尽くすのは『何故』という文字のみ。何故これで死に瀕する、何故彼女がこんな反応をする、何がか致命的に食い違ってる、何かを致命的に見落としている。

 

 ――何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故、何故――。

 

 思考し、考え抜いた末に導き出した自身の結論を他人事のように驚愕し、『魔術師』の顔が一気に歪む。

 

 

「――どうもこうもない。……ああ、割りと真面目にしくじった。これ以上、土足で踏み込むのは野暮な話だ。馬に蹴られて地獄に落ちたくはない」

 

 

 『魔術師』から放たれていた殺意が霧散し、一気にやる気無く脱力する。

 

「……今更、地獄逝きを心配する身か?」

「……あー、そういう事じゃないんだが、まぁどうでもいいか」

 

 はぁ、と疲れたため息を吐き捨て――何故か最近はこんな事ばかりだと内心毒付きながら『魔術師』は未だに意識を失っている湊斗忠道の様子を観測する。

 覚醒の兆しが見受けられる。程無くして意識を取り戻すだろう。

 

「……いずれその対価を君が、いや、『君達』が支払う事になるだろう。踏み倒すのも良し、踏み潰されるのもまた良しだ」

 

 もうこれは自分には関係の無い沿岸の出来事だと、『魔術師』は何もせずに帰り支度を用意する。

 今回も自分の出る幕は無いと、嬉しそうに――。

 

「――それは『悪』である私の役目ではないし、『正義の味方』も役不足だ。その役目は善悪の枠組みに嵌らない完全無欠の『裁定者』か、或いは――」

 

 『魔術師』の、預言者のような言葉が響き渡る。

 おそらく、その役目は――誰よりも真実の、一瞬の儚き『愛』を求めた者が果たすに違いない。

 

 

 

 

(……さて、極めてまずいな――)

 

 自身が無自覚の内に『精神汚染』されたままでいる、そんな湊斗忠道の根幹に関わる致命的な問題を遥か彼方に棚上げてして、冷静に冷酷に現状のまずさを鑑みる。

 

 ――戦闘状況は地上戦、勝負は一撃で決するだろう。

 

 湊斗光と湊斗忠道の劔冑は共に『二世村正』、頂点の攻撃性能と紙装甲に等しい防御性能を顧みれば、両者共に一打で互いを撃破可能である。それも過剰殺傷なまでに。

 だからこそ、湊斗忠道はこの地上戦に勝ち目を思い浮かべられない。この戦闘は純粋なまでに残酷なまでに、仕手の性能の差が如実なまでに出るからである。

 

(目の前の湊斗光は左手を前に送り、右手を引いて構えている。吉野御流合戦礼法、無手構の一つ、槐(えんじゅ)――我流の崩れあり)

 

 左手で防御または囮を仕掛け、敵の攻め手を無効化して右手にて勝つ。それが槐であり、同じ流派を修めた湊斗忠道には手の内は把握しているが――それが認識不可能の戦闘速度で繰り出されれば、湊斗忠道とて対処の仕様が無く四散するだろう。

 

(――果たして、オレは、奴の踏み込む瞬間を捉える事が出来るだろうか?)

 

 対面に構える湊斗光の呼気は掴めない。彼女は天然夢想、神仙の領域に立つ武の化身、湊斗忠道が目指した完全無欠の完成形、『装甲悪鬼村正』での最強最悪の仕手――初動すら反応出来ずに討たれる未来しか見えない。

 

(……今から騎航に移るのは敵に背を見せて逃げるも同然の行為、理屈抜きに死ねる。地上戦を交えるしかあるまい)

 

 つまり、この地上戦であの『銀星号』に勝利する戦闘理論は、此方が先に仕掛けて『先の先』にて有無を言わさずに撃破するか、絶対に躱せず耐えれぬ一撃を躱すか耐えてから反撃する『後の後』――。

 

(――何方も無理だろうな)

 

 ――何方も不可能であり、卓上の空論に堕ちる。

 前者は間違いなく感知されて反応され、不可避の逆撃(カウンター)を叩き込まれて死する。

 後者は劔冑の特性上、圧倒的なまでに攻撃性能が優れ、圧倒的なまでに防御が疎かな為、耐えるという前提が成り立たない。

 

 ――故に、湊斗忠道が取った選択は――。

 

(……村正――)

《――正気か? 御堂……!》

(相手はあの湊斗光が駆る『銀星号』だ。役に立たない一般常識など全部丸めて捨ててしまえ……!)

 

 内部音声、思念だけのやりとりを済ませて――湊斗忠道は構えを変える。

 自身の眼下に腕を交差させる――吉野御流合戦礼法には無い異端の術理は、明らかに攻めを完全に捨てた防御の為の構えであり、自殺行為同然の暴挙である。

 

『――ほう、耐えるつもりか。光の一撃をッ!』

 

 敵手は嬉々として吼える。それに答える必要性を見いだせず、湊斗忠道は沈黙を以って返歌する。

 同じ劔冑を装甲しながら、その分の悪さを把握してない筈があるまい。

 明らかな挑戦である。防御不可能の一撃を耐えた先に必殺の一撃をお見舞いするという意思表示に、敵手は嬉々狂々とする。

 

 ――永遠に等しい一瞬、今か今かと相手の仕掛ける時を絶対に逃さぬように精神を研ぎ澄まして集中させる。

 

 死と生の狭間、何一つ動揺無く機を待てるのは自身が戦闘用に『精神汚染』されている証左であり、客観視しながら自身と湊斗光を把握する。

 精神面での不具合とは裏腹に、感性は驚くほど冴えている。

 屋敷に居る『武帝』の者達の挙動・呼気・動揺を手に取るように把握し、広範囲に渡って拡散している『銀星号』の『精神汚染』の『波』に危機感を抱くも、忽然と消失した人の気配で何らかの対処がされた事で安堵を覚え、遠くで蠢く異形の軍勢の存在を危惧し――必要無い情報を削除していき、目の前の最強の敵手のみ絞る。

 

 ――今、この時、世界は自分と敵だけとなり、単純明快となる。『善』も『悪』も関係あるまい。倒さねば、死ぬだけである。

 

(……――ッッ!)

 

 ――あの湊斗光の動きを、忠道は確かに掴んだ。完全に見切った。

 

 神速にして不可視の速度で駆けて――動かず待ち――間合い前で飛んで前転し踵落とし――思考するより早く防御の両腕を上に仕向けて全力で受け止めようとし――ではなく、手前で着地して致命的な間合いに侵入された刹那に視線が合い――無謀な賭けに勝利した忠道は予定通り防御を胸まで下ろし――。

 

『――天へ、昇れ』

 

 このあるか無いかの刹那を、湊斗忠道は待ち望み、遂に掴むに至った。

 事前に待機させていた術式に熱量を必要分捻出し、条理を覆す呪句(コマンド)を詠唱して即時解放する。

 

 そしてそれは『一つ』ではなく『二つ』である。

 

(――辰気収斂、『磁気鍍装・負極(エンチャント・マイナス)』――!)

《――『ながれ・かえる』》

 

 『重力操作』による辰気障壁は『二世村正』本来の能力であるが、その『磁力操作』は彼女の娘である『三世村正』の――。

 

 

『――! 逆転・江ノ島大襲撃(リバース・エノシマインパクト)ッッ!』

 

 

 ――第三の選択肢、真打劔冑に備わりし異能の具現である『陰義』にて絶体絶命の死地から活路を開く。

 

 甲鉄の強度は辰気障壁にて確保し、磁力化による反作用を鍍装し、双極の磁力を限界まで反発させ――地球の引力圏外まで飛ばされかねない蹴り上げを利用して、即座に此方の必勝手を繰り出す為の超高度を確保する……!

 

『……ッッ!?』

 

 意識が一瞬吹っ飛ぶ。全身が木っ端微塵に砕かれぬほどの衝撃が駆け巡り――そのネーミングセンスはともかく、本当に江ノ島を蹴り飛ばした常識外の襲撃をもって認知不可能の速度で天に飛ばされ――。

 

《――御、堂……!》

 

 何処ぞの、絶対に装甲したくない大名物劔冑の言う通り、この勝負は死ななければ己の勝利である。

 両腕の感覚は無く、木っ端微塵に千切れてなければ僥倖だと即座に割り切り、劔冑の損害状況を把握するより疾く機体を反転させて、万を超える高度から垂直急降下――吉野御流合戦礼法『月片』が崩し、敵手の必勝手をそのまま捧げる……!

 

 ――天座失墜・小彗星(フォーリンダウン・レイディバグ)。 

 

 如何な湊斗光が駆る『銀星号』と言えども、地上にある状態で、此処まで圧倒的なまでに高度の有利を奪ったのならば――白銀の流星を瞬かせる間も無く墜落せしめられる。

 

 

 誰一人見届ける者のおらぬ『白銀の流星』は不可視の戦闘速度で垂直落下し――地上に、何もかも飲み込む『黒い渦』が待ち受けていた。

 

 

『――!?』

《辰気の、地獄……!?》

 

 辰気制御による擬似的な重力崩壊、湊斗光の武の極限。

 一筋の流星など瞬く間に飲み込む終焉の理、『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』――。

 

 ――恐るべきは、常識外の仕手たる湊斗光。

 

 よもや刹那にも満たぬこの短時間で、辰気の地獄を地上世界に顕現させるなど誰が想像しようか。

 湊斗忠道には不可能の御業である。瞬間的に発動させるには構成力が足りない、熱量が致命的なまでに足りない。仕手の性能差が、此処に極まった――。

 

《まずい、御堂――!》

『このまま蹴り飛ばす……!』

《無茶だっっ、あれは……!》

 

 ――否、あれは完全な状態の『飢餓虚空・魔王星』ではない。

 

 あの魔技を繰り出すには地表から近すぎる。近ければ近いほど地球の重力の影響を受けて、重力の渦の効果が激減する。

 それを知りながらも発動させたという事は、あの稀代の化物を首元まで追い詰めている事の証明に他ならない――!

 

 斯くして『白銀の流星』は全てを飲み込まんとする『黒い渦』を蹴り飛ばさんと特攻し――此処に、交わう事の無い二つの『魔剣』が、真の雌雄を決さんと衝突した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18/忍vsスタンド使い

 

 

 

 ――深夜、二つの影が影絵の魔都を暗躍する。

 

 無人のビル街の頂上を足場に、追跡者のオレはビルからビルへと飛び舞っていく。常人離れした逃走速度に、『スタンド』を装甲して必死に喰らいつきながら、決死の追跡劇が此処に執り行われていた。

 

(――っ、アイツの目的はオレを誘き寄せる事か)

 

 『矢』を奪った未知の敵との追跡劇の最中、オレは現状のまずさに眉を顰める。

 逃げ切られる危険性を承知で速度を落としてみれば、前に走る敵は頼まれずとも同じだけ速度を落として一定の距離を保つ。

 振り切る事よりも、誘導する方を主眼と置いている動きに、オレは一つの選択を迫られていた。

 

 ――このまま不毛な追跡劇を続行するか、危険を犯して打開策を取るか、この敵を無視して他に回るか。

 

 最初の選択肢は絶対に選べない。相手の目的である時間稼ぎを達成される上に、誘導されて辿り着く場所は間違いなく相手にとって有利な、自分にとっては死地となる場所だ。今、この瞬間も生命よりも重要な時間が出血しているという認識で良い。

 最後の選択肢もまた選べない。この敵を放置すれば、『矢』を使われる危険性をみすみす放置する事になるし、此方としても『切り札』を失った状態で事に挑まなければならない。

 

 ――それは『矢』を使う事を最初に示唆した柚葉の意見を全面的に無視するという、最大級の愚行を犯す事になる。

 

 それ故に、オレには最初から、あの敵に奪われた『矢』を取り戻し、自身の『スタンド』をレクイエム化させて事に挑むという選択肢しか無いのだ。

 

(相手にとって都合の良い場所まで誘導されるのも面白く無い。危険だが、先に仕掛けるか……!)

 

 装甲する『スタンド』をステルスで姿を隠し、此方を見失った相手に奇襲して『矢』を奪還し、一撃離脱する。

 

 ――その思惑は、ステルスをしたと同時に相手が振り向いた事で崩壊する。

 

 あろう事か、ステルスして光学迷彩的に隠れたオレを、あの敵は確かに『視』ていた。それと同時にオレ自身も、ヤツの異様な左眼がスタンドの視覚に入り――此方を見えて当然かと最大級の危機感と共に納得する。

 

 ――その左の魔眼は、鮮血の如く赤かった。更に言うならば、その万華鏡の如く桔梗模様には見覚えがあった。

 

(アイツの左眼だけ『万華鏡写輪眼』だと……!? それにあの模様、『うちは一族』の『転生者』と同じ……?)

 

 ヤバい。何がヤバいって、『万華鏡写輪眼』の視界の中に一秒でも居る事そのものがヤバい……!

 風の能力を使い、瞬間的な風流で重力に逆らって飛翔し、ヤツの左眼の死角に緊急回避しようとし――その程度では視線を振り払えず、オレの顔の間近に『黒い炎』が予兆無く現れた!?

 

「っっ!?」

 

 即座に、高密度に超圧縮した空気の塊たるステルスを部分解除し、気圧の違いから局所的な暴風が吹き荒み、当たれば焼滅必至の『黒い炎』を咄嗟に回避する。

 

(危ねぇッ! ステルス纏っていなかったら『天照』で焼死だ畜生ッ!)

 

 『矢』を奪ったフードの男は前を変わらず走りながらも憎々しげに、左眼から血を流しながら此方を睨みつける。

 あの『黒い炎』は『万華鏡写輪眼』の瞳術の一つの『天照』。見ただけで対象を焼き尽くすまで消えない『黒い炎』を発生させる火遁系最強の瞳術――。

 冷や汗流れたが、それもこれまでだ。この初見殺しを回避出来た時点で、事の優劣はオレに傾きつつある。

 

(……あの『万華鏡写輪眼』の瞳術が『天照』である以上、そんなに脅威には――!?)

 

 ステルスを纏っている最中に限れば、『天照』を回避する事は至極容易――などという楽観視は、涙のように流れた奴の血が巻き戻るように消えて――背筋に氷柱でも突っ込まれたような説明不能の危機感が発せられる。

 

(――治癒能力? いや、今のはむしろ時間の逆行による復元の類? 真っ当なプロセスじゃなかったぞ……?)

 

 何か引っ掛かる。喉元まで出かかっているが――今は出て来ない。

 ヤツの左眼は依然、ステルスを纏うオレを捉えており――この視界の良い戦場では余りにも分が悪すぎる。

 

「――!」

 

 オレは奴の視界から物理的に外れる為に、脇目も振らず、ビルの屋上に着地せず、意図的に落ちてビルの窓を突き破って一旦離脱する。

 

 ガラスの砕け散る音が鳴り響き――追跡する相手を逃しかねないこの愚行は、されども、オレの生命を奇跡的に救う結果となった。

 

(……まじかよ?)

 

 確かにオレは見届けた。先に走るヤツの左眼からまた血が流れて、オレの本来の着地点の空間一帯が歪んで何処かに飛ばされた感覚を、風使いだからこそ感じ取れた恐怖を余さず味わった――。

 

(『神威』だぁ!? おいおい、話が違うぞ。一つの『万華鏡写輪眼』に一つの瞳術じゃなかったのか?)

 

 何処かの会社のオフィスなのか、デスクがズラリと並んでいる暗闇の社内、遮蔽物に身を隠しながら内心毒付く。

 その『神威』もまた『万華鏡写輪眼』の瞳術の一つ、術者の任意の範囲内の物質を別空間へ転送する、これもまた明らかに致死級の瞳術である。

 

 ――はたけカカシと同じ瞳術を使える事はともかく、問題は一つの『万華鏡写輪眼』で二つの瞳術を使った点にある。

 

 一つの瞳に宿る瞳術は一つの筈。奴のもう一つの瞳は少なくとも『万華鏡写輪眼』じゃなかった。

 それはつまり、はたけカカシのように『うちは一族』以外の者に移植されたという形であって――あの『うちは一族』の『転生者』と瞳の模様が同じという事は、『うちは一族』の『転生者』の瞳は既に交換済みの『永遠』の『万華鏡写輪眼』の状態で、今のフードの男の方には抜き取った元々の瞳を移植したという事なのか?

 

 ――違う。今はそんな複雑な事実関係を推測するだけの余力が無い。

 

 今、全力で気づかなければならないのは、一つしか使えない筈の『万華鏡写輪眼』の瞳術を何故二つも、いや、もしかしたら二つ以上使えるかもしれない点を考えなければ勝機を掴めないだろう。

 

(……いや、待てよ? これは最悪の想定だが、アイツの『万華鏡写輪眼』に宿る瞳術は、『万華鏡写輪眼』の瞳術すらコピーする写輪眼の完全上位互換版なのでは?)

 

 その推測は本当に最悪の想定であり、何の解決にも至らないが――現状では、その前提で動いた方が良いだろう。

 

(『天照』や『神威』の他に、精神世界で殺戮する『月読』や『須佐能乎』も使えるかもしれないと想定した方が良いか――という事は、あの瞳の本当の持ち主である『うちは一族』の『転生者』も使える上に、右眼の方に未知の瞳術が仕込まれていると……どんだけよ?)

 

 敵のチートっぷりにげんなりとしながらも、オレは奴の次の行動に意識を集中させる。

 ビルに逃げ込んだオレを追わずに去るなら全力で追跡しなければならないし、それともオレを殺す為にビルに侵入してくるなら――遮蔽物が幾らでもある此処で決着をつけるしかあるまい。

 

 

 

 

 ――二度、此方を追跡する秋瀬直也は、二度も『万華鏡写輪眼』の瞳術を初見で回避した。

 

(……此処で仕留め損なうか……!)

 

 『彼』の左眼の『万華鏡写輪眼』に宿りし瞳術は一つ。その一つで複数の瞳術と同じような効果を起こしているに過ぎない。

 

 ――『主』の左眼に開眼した他に比類無き究極の瞳術の名は『不完全模写』。

 

 日本神話に因んで名付けられる『万華鏡写輪眼』の瞳術の法則に従わなかったのは、それが異端の『うちは一族』である『主』のみの瞳術であり、「単に適当な神様の名前を見繕って名付けるのが面倒だった」とは当人の身も蓋も無い言である。

 

 ――この瞳術の素晴らしさ、いや、規格外さを一言で説明するのならば、実際に見た事の無い術でもコピー出来るという点にある。

 

 見て写して我が物とする写輪眼の前提を覆す、規格外揃いの『万華鏡写輪眼』の瞳術の中でも尚馬鹿げた瞳術である。

 つまりは、知識として知っているだけで、術者の想像力が追いつけば術として成立してしまえるのだ。

 それ故に『彼』の『主』は見た事の無い『万華鏡写輪眼』の瞳術である『天照』『月読』『神威』『須佐能乎』が使用可能であり、永らく彼女自身、自分に宿った『万華鏡写輪眼』の瞳術の効果を誤解する羽目となった。

 ただ、この瞳術が何故『不完全模写』と名付けられたかというと、厳密には同じような効果になる全く異質の術に過ぎないからであり、全く別の経緯・法則によって想像通りの効果を齎すという、詐称行為に過ぎないからだ。

 

 ――ただ、この瞳術の真の悪辣さは、『贋作』が『真作』に劣る道理は無いと言わんばかりの副次効果にある。

 

 だからこそ『主』が執り行う『口寄せ・穢土転生の術』は一定量の個人情報物質を必要とせず、情報を媒介にするだけで発動可能など、正規の『口寄せ・穢土転生の術』とは細かい前提条件が違っていたりする。

 

(……尤も、僕は『主』とは違って、『万華鏡写輪眼』の瞳術は『天照』と『神威』しか『不完全模写』出来ないけどね――)

 

 どう足掻いても術の構成が想像出来ない『月読』と『須佐能乎』は使えず、自分が使用可能の手札を全て晒してしまい、『彼』は心の中で激しく舌打ちする。

 

(……偶然。彼の運が異常なほど良すぎた、と思えたら良かったのだが――)

 

 相手の能力の相性上、最初の『天照』は悪手だった。自分の世界との違いを痛感した処である。

 彼の世界では『火遁』を『風遁』では防げない。五行の相性上、『火遁』をより強化してしまう性質があるからだ。

 相手が使うのは忍術ではない、その前提が欠如していたが故の失敗だった。

 

(……だが、『神威』の方はそうではない。『万華鏡写輪眼』に宿る瞳術は一つ、その事を知っているのならば、心理的な盲点だった筈だ)

 

 完全な初見殺しの『神威』を、偶然回避した、と片付けて良いのだろうか?

 それが偶然以上の何かに見えて、『彼』は歯痒く思うと同時に、秋瀬直也を絶対に取り逃してはならないと自身に言い聞かせる。

 

(何たる理不尽か。まるで『奴』のようだ……!)

 

 ――『彼』は今際の、最期の怨敵を思い起こす。

 

 あの侍の真似事をしていた木ノ葉隠れの忍の一人を、『主』の『右眼』を移植されたのに、真逆の『瞳術』を開眼させた忌々しい宿敵を――!

 あれに自分ほどの素養や才覚があったとは到底思えない。忍としての才能は、あの『九尾の人柱力』以下だろう。

 負ける要素など欠片も無かった。素養も違う、自力も違う、経験も違う、同じ『主』から『万華鏡写輪眼』を移植され、外付けされた『血継限界』は同条件だった筈だ。百回やって九十九回、己が勝つ勝負だっただろう。

 それなのに自分は敗れた。『英雄』たる本領を発揮され、百回の中の一回を掴まれて、最終的に乗り越えられた――。

 

(――だが、秋瀬直也の『矢(きりふだ)』は此方の手の中。いや、蛇の胃の中か……)

 

 ビルに逃げ込んで身を潜めたのならば、本来の目的である『矢』の奪取は容易に達成出来る。だが、最早それだけでは足りない。

 この敵の生存を『彼』は許せないし、認めない。今の『彼』が『主』に届くとは到底思えないが、『英雄』たる存在はいとも容易くその領域まで数段飛ばしで駆け上ってしまう。

 可能性がある限り、『英雄』は『魔王』に必ず勝利してしまう。

 

 ――此処で、何としても秋瀬直也の息の根を止めなければならない。

 それこそが、無様に朽ち果てた前世での償いであると『彼』は頑なに信ずる。

 

(……隠れ潜む建物ごと『神威』で消し飛ばすか? 失明を覚悟すれば可能だが――)

 

 幾らこの身が穢土転生体であっても、瞳術の代償に光を失った『万華鏡写輪眼』は失明したままであり、切り札の一つを失う。

 あの秋瀬直也さえ殺せられればそれでも構わないのだが――どういう訳か、それで殺し切れる確信が欠片も湧かない。

 

(この手で直接縊り殺さない限り、生存出来る可能性の隙間を絶無にしない限り、何度でも這い出て来そうだね。嗚呼、何とも悍ましい……!)

 

 ならば、逃げる術を皆無に、理不尽と不条理が介入する余地をゼロにしてから『神威』を執り行えば――如何に『英雄』と言えども殺せる。

 

 『彼』は目に止まらぬ速度で印を刻み、不自然な煙が突如発生し――六体に『分身』した『彼』は同時に四方に散って、最後に残った一体は秋瀬直也と同じルートでビルの内部に侵入したのだった。

 

 

 

 

 ――ビルの内部に侵入した『彼』は左眼の『万華鏡写輪眼』で注意深く見回す。

 

 視る事に関して最上級の魔眼を持つと同時に、『彼』にはもう一つ、感知系能力に分類される変温動物の爬虫類じみた熱源探査も得意としている。

 その二つの超感覚を以ってしても、隠れ潜む秋瀬直也の居場所を察知出来なかった。千里を見通せる透視眼たる『白眼』とは違い、『写輪眼』は視界に入れなければ効果を発揮しない。

 

(……チッ、あの『ステルス』は地味に厄介だな)

 

 この『万華鏡写輪眼』の視界に居るのならば幾らでも視認出来るが、圧縮した空気の層を纏う『ステルス』は内部の人間の体温も外界から遮断してしまうのか、副次効果的に『彼』の熱源探査から逃れてしまっている。

 

(隠れ潜んで機を窺っているか。猪口才な――!)

 

 フードの中に潜む大蛇が鎌首を上げて周囲を見回し、それとは別に口寄せた蛇が複数体、地を這いずり回る。

 ビルの部屋中に配置した後、自身と繋がる大蛇を使って、デスクというデスクを片っ端から薙ぎ払う。

 超越的な暴力が破壊の猛威を振るう。このまま隠れ潜む場所ごと薙ぎ払われるか、炙り出されて出てきて苦し紛れを行うか――何方にしろ、発見した瞬間、全周囲から口寄せされた大蛇に襲われ、絶命するだろう。

 

 ――さぁ、何処からでも出て来い、と駆り立てる中、不意に『彼』は背後を振り向く。

 音も無く、気配も無く、存在感すら無く、既に拳を振り上げた亡霊の如き『スタンド』が其処には居たのだった。

 

「――!?」

 

 掌打、掌打、掌打! 無数の掌打が全身に瞬時に叩き込まれ、内部の骨が数箇所以上砕け散ったが、穢土転生体の『彼』にはその程度の損傷など意味が無い。

 時間さえ経過すれば幾らでも勝手に復元する。ノコノコと誘い乗って姿を現した秋瀬直也を絞め殺すべく部屋中の大蛇が殺到し――その全てが空を切る。

 

「……っ、なん、だと……?」

 

 消えた。其処に居た筈の『亡霊』は瞬く間に『万華鏡写輪眼』の視界から消え果てた。自分は元より、口寄せした大蛇達も見失っていた。

 

(――超スピードではない。如何なる速度でもこの『万華鏡写輪眼』からは逃れられない。ならば、催眠術や幻術の類? 馬鹿な、それも『万華鏡写輪眼』なら看破出来るし、あの秋瀬直也は此方の世界の住民ではない『スタンド使い』――『スタンド』?)

 

 ふと、その単語から『主』の言葉が鮮やかに蘇る。

 

『――そう、『スタンド』。『傍に立つ (Stand by me)』が語源かな。守護霊のように術者の傍らに立つ生命のビジョン。秋瀬直也のは珍しく自身の身体に装甲出来るタイプのようね』

 

 本来の『スタンド使い』の『スタンド』は本体と分離した人型の像が多い事は予備知識で知っており、『スタンド』を装甲する秋瀬直也のようなタイプは稀だと言うが――自分の迂闊さに舌打ちする。

 秋瀬直也の場合、必ずしも自分の身体に装甲する必要はなく、必要となれば分離して通常の『スタンド使い』のように運用出来る。

 その射程距離内ならば、幾らでも出したり消したり出来るものであると、『彼』は寝惚けているのかと自責しながら思い出す。

 

(確か秋瀬直也の場合、射程距離は十メートル、その範囲内に本体が居、る――?)

 

 侵入した窓際から一面を無造作に薙ぎ払った為、十メートル以内に本体が居るのならば巻き込まれてなければおかしい。

 いや、それ以前に――ステルス化出来るスタンドと本体が別離したのならば、その体温を知覚出来なければおかしいのである。

 

(……秋瀬直也は十メートル以内、だが、本体の居場所を熱源感知出来ない場所に居る?)

 

 見渡す限りに居ないのに半径十メートル以内に居る、一体何処だと混乱し、『半径』という言葉を脳裏でもう一度口ずさみ――遅れながら、『彼』は気づく。秋瀬直也の現在の居場所は……!

 

「――し、」

 

 『彼』が秋瀬直也の現在位置に気づいたのと、下から床を透過して『ファントム・ブルー』が現れたのは、ほぼ同時だった。

 秋瀬直也のスタンドの掌には拳大の球体の塊があり、それが何かを悟る前に胴体に打ち込まれて――極限まで空気を圧縮されて乱回転させた球体が炸裂して究極の破壊力を発揮する。

 

(螺旋、丸――!?)

 

 それは『彼』にとって馴染み深い、自身を殺した忌々しい術と瓜二つであり――『彼』の身体は煙と共に消失したのだった。

 

 

 

 

(……なっ、影分身の術だと!?)

 

 一本食わせて仕留めたと思いきや、食わされたのはオレ自身だと気づく。

 

 ――影分身の術。それはNARUTO世界で最も有名な忍術ではないだろうか。

 

 通常の分身の術とは違って残像ではなく、実体を作り出し、物理的攻撃の可能な上忍級の高等忍術。落ちこぼれだった主人公、うずまきナルトが最初に習得した禁術である。

 分身体の数だけ本体のチャクラも分割されてしまうという重い欠点があるが、考えてみればその欠点、穢土転生体と思われる『敵』はチャクラが無限に等しい状態なので有名無実と化している。

 

(っ、本体は何処にいやがる……!?)

 

 即座に『スタンド』を手元に戻して装甲し、『ステルス』を展開する。

 能力の持続時間の関係上、残量が実に心許ないが――狩る立場から狩られる立場に逆戻りし、身構えるが、予想外にも敵の追撃が来ない?

 

(影分身を倒した事から、その影分身体の経験は本体に蓄積され、此方の居場所は知られたようなものだが――)

 

 何故、追撃の手が来ない。いや、そもそも、あの行為事態が単なる時間稼ぎに過ぎなかったとしたら――。

 

 

 

 

「……やれやれ、もうやられたか。よりによって『螺旋丸』で仕留められるとは忌々しい。だが、君を屠る準備は既に整ったよ」

 

 一方、『本体』は秋瀬直也が立て篭もるビルを見通せる場所に立っていり、残り四体の影分身はビルの外から地上に降りて、四方に位置していた。

 

 ――四体の影分身は等しく同じタイミングで印を刻み、紫色の壁がビルを完璧に覆う。

 

 忍法・四紫炎陣。嘗て『木ノ葉崩し』の折に三代目火影を隔離する為に、大蛇丸が配下の音の四人衆に使わせた結界忍術。

 この紫の境界に触れし者は焼け死ぬ末路しかなく、脱出不可能となったビルを、『彼』の『万華鏡写輪眼』が嬉々と視る。

 

「それじゃさよならだ、秋瀬直也――!」

 

 左眼から止め処無く血が流れ落ち――指定された空間、隔離されたビル全てを潰さんと、はたけカカシの瞳術『神威』が無慈悲に発動する。

 巨大な建物が塵一つ残らず消え果てるまで、視界が霞んで光が消えるまで瞳術を行使し、――勝利と共に『万華鏡写輪眼』の模様は消え去って失明した。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19/マテリアルズvs魔術師

 

 

 

「――これより第十三回『魔術師』対策定例会議を執り行うッ! 皆の者、忌憚無き意見を発言するが良い!」

 

 とある日の昼下がり、『魔術師』の屋敷の居間にて、自信満々に開催の宣言をするディアーチェに、シュテルの「わーぱちぱち」と相変わらず棒読みで特にやる気の感じられない声が響き渡る。

 

「……いや、ちょっと待て。勝手に進めんな! 人選、明らかに間違ってるだろこれぇ!?」

 

 いつの間にそんな回数も取り行われたか、突っ込み処しか無かったが、そんな事よりももっと重要な事をランサーが必死に突っ込む。

 今回、この会議に招集されたメンバーは『魔術師』を除いて全員。つまりは、彼のサーヴァントであるランサーも、微笑ましいものを見るような感じで暖かい視線を送る吸血鬼・エルヴィも加わっているのである。

 

「何を言う、ランサー。『魔術師』対策を行うに当たって、貴様等二人以上に『魔術師』に詳しい者などおるまいッ!」

「そうですよー、私達に聞かずして誰に聞くんですかー?」

 

 獅子身中の虫はにっこり微笑む。

 本末転倒、此処に極まりであるが、今のランサーに其処を詳しく突っ込む気力は欠片も湧かなかった。

 

「……あー、そうかい。話の腰を折って悪かったな……」

 

 疲れた表情をしたランサーは手振り身振りで先に進めろとジェスチャーする。

 どの道、この屋敷で話す時点で『魔術師』に全て筒抜けであるので、幾ら話し合った処で無意味どころか逆効果であるが――。

 

「はいはい、ディアーチェちゃん、何を聞きたいんですかー?」

「うむ、エルヴィ。我等の独自調査で判明した事実なのだが――」

 

 レヴィの方は話を無視してプリンを頬張って幸せそうにしており、主に小さく「えっへん」と胸を張るシュテルが調査したのだろう。

 

「『魔術師』には家族が――」

「あ、はいはい、駄目です。アウトです。それに触れちゃいけません」

「んな、藪から坊に何だそれはっ!?」

 

 言い切る前に、エルヴィは笑顔で話を遮断する。

 まぁ仕方ないと、ランサーは渋々同調しながら茶を啜る。それはあの『魔術師』の中でも特に触れていけない領域である。

 

 ――それは弱点ではなく、何が起こるか解らない透明な逆鱗のようなものだ。

 

「良いですか、ディアーチェちゃん。普段は極悪非道で他人を面白可笑しく破滅させる事しか考えていないロクでもないご主人様ですが、絶対に触れてはいけない事が二つあります!」

 

 ……中々に酷い言われようである。

 この従者あってあの主ありか、などと考え、自分のマスターでもあるかと心の中で大きな溜息を零した。

 

「一つは『眼』の事。視覚があるのに見れない苦痛は想像絶するものです。ご主人様の魔眼に耐えられる『DS』や『PSP』を自作するか、視覚を使わずに視覚情報を入手する手段を確立させてしまうか、心底思い悩んでましたしね。迂闊にその点を挑発したら後先考えずに『視』られてしまいますよー」

 

 これはランサーもいまいちぴんと来ない事である。

 彼が現世に召喚され、『魔術師』に令呪を奪われて主替えを無理矢理賛同されてから、実際にそうなった機会が無かった為である。

 

「良いですか、ご主人様の自制心と忍耐力が一発で吹っ飛びますから、冗談でも言わないで下さいねー」

「……それなら、魔眼対策をしてから挑発すりゃ良いんじゃねーか?」

 

 『魔術師』の秘蔵する魔眼が人の身に余る宝石級の代物である事しかランサーは知らないが、魔眼は魔眼、対策など幾らでも講じられよう。

 現にランサーならば、例えかの悪名高き堕ちたる女神・メデューサの『石化の魔眼』だろうとルーン魔術で対策を講じられたりする。

 

「……それ、原初のルーン持ちのアンタ以外、誰が出来るんですか? 神代の英雄基準で語ってんじゃねぇですよ、この駄犬」

「んだと、この年中盛り付いたちんちくりんの駄猫が……!」

「ぬぁんですってぇ!? 吸血鬼にとって姿形なんて無意味ですよ!」

 

 ぎぎぎ、とランサーとエルヴィは互いに殺意を撒き散らして睨み合い、火花が散る。

 今にも朱い魔槍を抜き出して死闘を繰り広げそうなランサーと、肘から先が流体になって人外の猛威を存分に奮おうとするエルヴィ――二人は衝突の機を虎視眈々と待ち侘びる。

 

 昼下がりの居間が、神話の英霊と不死の吸血鬼の殺戮空間と化す直前――その間に入ったのは苦労性の王様だった。

 

「ば、馬鹿者ッ! 貴様等が言い争ってどうする!?」

 

 激しく威嚇しあう狗と猫を必死に宥めて――二人は渋々と矛先を下げる。

 

「……まぁ余りお勧め出来ませんね。以前、そういう対策を練って自身の魔眼で自滅させようという輩が居ましたけど、謀略・策略・陰謀という時点でご主人様に事前に看破されてしまいますね。それはご主人様の土俵ですから」

 

 血液入りの紅茶を啜りながら「策士、策を知るって事ですねー」とエルヴィは笑う。

 

「使われた際の対策なんて無意味ですから、使わせないようにするのが至上ですかねー」

 

 それは暗に、遊びの時に魔眼など使わないと言っているようなものであるが、彼女達、特にディアーチェは気づかなかった様子だ。

 

「さて、脱線しましたけど、もう一つは家族の事。具体的には今世で妹として生まれ、前世と前々世で実の娘として生まれた御息女、故・神咲神那様の話ですけど――」

「――ちょっと待て。死んでいるだと?」

「ええ、死んでますよ。今、この世界でのご主人様の御両親の処に住まう神咲神那様は『プロジェクト・F』の産物ですから」

 

 話に加わってなかったレヴィが「え? 僕の『オリジナル』と同じような?」と首を傾げ、「ええ、そうですねー」とエルヴィは少し気落ちしながら返答する。

 

「――その『プロジェクト・F』の産物はご主人様の監視の眼を欺く為に神那様が用意したものであり、神那様はご主人様の手によって殺されています」

 

 こればかりは語る口も重くなろう。沈黙するランサーは元より、エルヴィも方も余り語りたくはない事である。

 

「親が、子を殺したのか……!」

「……あー、待て。待ってやってくれ」

 

 激昂しそうになるディアーチェを前に、ランサーは口を出す。

 ……『その』経験は、彼もあるからだ。胸糞悪い事を思い出したと、ランサーは天を仰いだ。

 

「……エルヴィ、詳しくお聞かせ願っても?」

 

 只ならぬ様子を察知したシュテルが改めてそう聞き、エルヴィは血液入りの紅茶を味わずに飲み干してから、重たい口を開いた。

 

「……そうですね。最初に断っておきますが、私は神那様の話を彼女の視点で、私の主観からの推測を混じえて話す事しか出来ないです。だから偏ってますし、誤っているかもしれません」

 

 ランサーは元より、自分より先に仕えている彼女にとっても、『魔術師』の娘である神咲神那の事は詳しく知らない。

 今となっては、彼女を知る者は『魔術師』しかおらず――あの『魔術師』が絶望に打ちひしがれた姿を思い浮かぶ。

 あんな事になったのは、後にも先にもあれっきりしかない。

 

「――一回目の世界、まだ神咲神那様ではない神那様はご主人様の死後、そう遠くない時期に死去したと思われます。それが他殺か病死か自殺かは断定出来ませんけど、恐らくは自殺でしょうね」

 

 後追い自殺をされるほどまでに、『魔術師』は父親として愛されていたのだろう。恐らくは当人の望んだ方向性とは別方向であるが――。

 

「――二回目の世界、神那様はまたご主人様の御息女として生まれました。神那様は一目でご主人様が一回目での父親であると気づきましたけど、ご主人様は気づけなかった。……これは私の勝手な想像に過ぎないですけど、一目見れば、ご主人様も気づけた筈です……」

 

 しょんぼりと、猫耳を垂れ下げてエルヴィは語る。

 その一目すら叶わなかった事が、彼と彼の娘の運命の皮肉さを物語る。

 

「……神那様がそれに気づいていたかどうかは定かではありませんけど、それからの三十数年余りの逃走生活は、彼女にとっては至福の時だったでしょう。失った父親をその手に取り戻せたのですから――」

 

 『魔術師』にとっては、第二魔法に至って元の世界に帰還するという至上目的を自らの意思で挫折した後の、燃えカスの灰が吹き切れるまでの人生であったが、彼の娘にとっては、失った幸福をその手に取り戻せた唯一の期間だったのだろう。

 

「――人並みの愛情はあったでしょうが、ご主人様には一人の魔術師として、次代の後継者を鍛造するという意味合いしか無かったのです。人生の全てを賭けた大望を自ら諦めざるを得なかったご主人様にとって、最後に残された義務は――神咲家の魔道に背いた御自身を殺害させる事で、家督と遺産を相続させる事でした」

 

 ――息を呑む音が聞こえる。

 こればかりは、この入り乱れた事情は、魔術師の家系故に、と言わざるを得ないだろう。

 

「……元来、魔術師という人種は不可能を目指して必ず挫折する、永遠に報われない群体。けれども、ご主人様は不可能を踏破する挑戦権を得た。百人中百人は戻ってこれないですけど、根源への到達の足掛かりを得てしまった」

 

 魔法を目指した動機が愛ならば、屈した理由もまた愛に他ならない。

 その為に『万能の願望機』を使い潰すなど、他の魔術師が許す筈もあるまい。

 

「……次の段階に進めるのに、志半ばで諦めた落伍者を、魔術師たる人種は許さない。その結果、ご主人様は二回目の人生において、父と妻たる妹を、その手で殺害しています……」

 

 沈黙しながら聞き続けるディアーチェの顔に、困惑の色が見られる。

 普段は見られない一面を語られ、戸惑いを隠せないのだろう。

 

「魔術師たる人種にとって、親兄妹で殺し合うのは日常茶飯事のようですけど――実際にその全てを殺した事のある魔術師は稀でしょうけどね」

 

 それを望むか望まずかは、完全に別次元の問題である。

 

「……神那様にとっては、青天の霹靂だったでしょうね。彼女にとっては死んでまで掴んだ幸福を、自らの手で壊せと言われたようなものですから――」

 

 他人からのまた聞きだというのに、胸糞の悪い話である。

 環境も悪ければ、巡り合わせも悪かった。これはそういう物語である。

 

「神那様は殺せなかった。だから、ご主人様は自分で決着を付けるしかなくなったのです――」

 

 エルヴィの悲しげな言葉に、ディアーチェの顔に嫌悪感に似た怒りが灯る。

 魔術師なる人種が親兄弟を殺す事を躊躇しないのであれば――。

 

「二回目においても、己が娘を、殺したのか……?」

「……いいえ、家督も遺産も全て持ち込んで自殺です。九代目に継承せず、神咲の魔道は八代目、御自身の代で終わらせたのです」

 

 勘違いから来る怒りが霧散し、複雑な表情になる。

 身に過ぎた遺産は身を滅ぼすだけ、そう判断した『魔術師』は自身の後継者に何一つ受け継がせなかった。

 神咲の家督も、神咲家の悲願も、魔術刻印も、『聖杯』も、その遺志さえも――何一つ残さず、遺せずに逝った。

 

「その後の神那様がどのように生きたのかは当人しか知り得ぬ事ですし、私達も想像すら出来ません。……端的に事実のみを語るのならば、この三回目の世界において妹として生まれ、ご主人様と無理心中しようとして失敗した、というだけです」

 

 それに至る経緯を想像するにも、判断材料が少なすぎるし、エルヴィとてそれを知る当人に聞くに聞けなかった事である。

 

「……どうして、こうなったのだ? 『魔術師』は、我が子を愛していなかったのか……?」

 

 ディアーチェの困惑した言葉に、エルヴィは自信を持って首を横に振る。

 

「いいえ、ご主人様は神那様を愛してましたし、神那様もご主人様を愛してました。それでも、人は時としてすれ違う事があるのです――」

 

 そう、この昔話は――この中の誰一人、神咲神那という人間を理解出来ていなかった、というだけの話。

 

 

 

 

 ――『固有結界』。

 

 それは『魔術師』の二回目で生きた世界での大魔術。術者の心象風景をカタチにして現実を浸食させる異界常識。

 無限の剣を複製する錬鉄の固有結界。絆を束ねて無敵の軍勢を再結集させる王の固有結界。焔の雪が舞う名無しの固有結界。いずれも大禁呪の名に相応しい神秘である。

 

 ――世界は温度無き炎の海に覆われ、漆黒の天にはオーロラが不気味に煌めく。

 

 地には花畑の幻が静かに咲き誇り、虚栄の華は温度無き炎に燃えもせず、踏み潰せもしない。ただ其処にあるだけの儚い幻想に過ぎない。

 これが、こんな何もかも滅びた黄昏の終末世界がこの術者の心象風景だと言うのならば――それは明らかに、人間として致命的なまでに欠落しており、尚且つ致命的なまでに壊れているだろう。

 

「……貴様ッ、巫山戯るなぁっ! 実の父を殺され、傀儡にまでされたというのに――!」

 

 ディアーチェの感情の赴くままの叫びは、されどもこの敵手には何一つ届かない。響かない。介さない。

 

「そうねぇ、『穢土転生』で呼び寄せられて、自由意志を奪われて、哀れにもお父様を殺した憎き仇敵の女に良いように使役されて戦わされている――そう答えれば満足かしら?」

 

 何も語れない『魔術師』に抱きつきながらそう断言する神咲神那は、心底幸せそうに微笑んだ。

 余りにも理解に苦しむ、否、理解を隔絶した光景だった。まるで意思疎通が成り立っていなかった。

 

(……何なのだ。何なのだ、此奴はっ!)

 

 その反面、此方に向けてくる絶対零度の殺意は底無しの闇を孕んでおり――くすりと、十二歳の少女の形をした何かは邪悪に嘲笑った。

 

「半分はそうだけど、半分は違うわ。――貴女達が居なければ、お父様があの女如きに殺されるような事態にならなかったもの。ええ、二重の意味で許せないわ。お父様を殺して良いのは私だけなのに――」

 

 ――その深き愛情と昏き殺意は矛盾せずに同居している。

 

 目の前の神咲神那という人間を理解出来ないのは、彼女達の人生経験が少ないからか、それとも非人間であるプラグラム故の限界か――または神咲神那自身が理外の存在だからか?

 

(……っ!)

 

 そして、それとは別に――神咲神那の言葉の刃がディアーチェの胸に突き刺さる。

 今、『魔術師』が殺されてあのような無様を晒している原因は他ならぬ自分であり、自分の選んだ行動の結果であり、言い逃れの出来ない失態であると、自責と自己憎悪で彼女の心がズダズダに引き裂かれる。

 ディアーチェの悲痛に歪む顔を見て、神咲神那は心底不思議そうに眺め、途端破顔して哄笑する。

 

「あら、あれれ? 人形の分際で一丁前に責任感でも覚えているの? お父様を殺す結果になって後悔しているの? まるで『実の娘』みたいな反応ね!」

「……っ」

 

 言い返す言葉を、ディアーチェは持たない。

 彼女は笑う。哂う。嗤う。狂ったように嘲笑い続けて、ぴたりと停止する。

 無表情を通り越して虚無と化した顔を見て、ディアーチェは無意識の内に一歩退いて恐怖する。

 

「その席は私だけのものなのに、厚顔無恥な泥棒猫達に何食わぬ顔で座られるなんて――思わず殺したくなる」

 

 世界が大きく脈動する。憎悪が、嫉妬が、殺意が、悪意が、怨念が、呪念が、遍く全ての感情が温度無き炎と化して狂々と蠢く。

 

 

「――あはっ、簡単には死なないでよ? 私の気が晴れないもの」

 

 

 『魔術師』から名残惜しく離れた神咲神那は彼の前に躍り出て、大合奏の指揮者の如くその両腕を大きく振るう。

 それだけで温度無き虚ろな炎の渦が巻き起こり、精神的動揺でディアーチェの反応が遅れて動けない中、一人眼前に躍り出たシュテルが防御魔法を展開して防ぎ切る。

 

「なっ、シュテル、無茶な真似を――!」

「……っ、いえ、これがこの場における最善の選択です。此処での私は、盾の役割しか果たせません」

 

 温度無き炎はされども防御結界を容易く焼き尽くすが、シュテルは魔力の許す限り多重結界を構築して完全に防御していく。

 それは明らかに湯水の如く魔力を使い果たす行為だった。そんな愚行を『理』のマテリアルである彼女が必要と断じて実行する理由――この時点で、この温度無き炎が想像を超えるほどの悪辣さを秘めているという疑いは明々白々だった。

 

『――此処では、私の『炎』は無力化されるようです。外とは世界の法則が違うのでしょう』

 

 無表情で防御術式を紡ぎながらも、ディアーチェとレヴィに『念話』を送るシュテルは止め処無く冷や汗を流す。

 

『――良いですか、二人共。あの者の『炎』には絶対に触れないように。嫌な予感がします。私達は多少の損傷では活動停止しませんが、あの『炎』は――』

「ご明察通り、私の『炎』は第二要素たる魂を跡形も無く焼き尽くすわ。プログラムに過ぎない貴女達に魂なんて上等な代物があるかは知らないけど、物体の記録である設計図を焼き払われたら修復不可能になるんじゃないかな?」

 

 『念話』を遮り、術者本人からの有り難い解説があった。

 

「……まぁ本来なら、魂が欠片も残らず消滅した私を呼び寄せるなんて不可能なんだけどね。あの女の『穢土転生』、絶対何か変だしー」

 

 戦いの場に不似合いな愚痴は、絶対的な強者故の余裕・油断・慢心。されども致死の炎の脅威に晒されているマテリアルの三機からすれば悪夢でしかない。

 

『――シュテルん、一瞬でも良いからこの『炎』を払える?』

『――可能です、レヴィ。仕留めるなら一撃でお願いします』

 

 絶対的な有利の状況下、慢心して『魔術師』を使う事無く挑んでいる内に――『念話』での瞬時の打ち合わせに異を唱えたのは、他ならぬ彼女達の王だった。

 

『……っ、待てお前等! あれは、アイツは……!』

『それは別問題です『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』。現状では単なる敵でしかありません』

 

 シュテルとレヴィとて、目の前の敵に想う処は多々ある。

 だからこそ、彼女達の王であるディアーチェが一番動揺しているからこそ、『理』のマテリアルである彼女が感情を殺して非情に徹さなければならない。

 

『――師匠の事について考えるのは、後で良いのです。行きますよ、レヴィ』

『あいよ、どんと来いっ!』

 

 合図と共に防御結界を自壊させ――温度無き『炎』を纏めて吹き飛ばし、この『固有結界』の術者との道標が一瞬だけ開かれる。

 彼女にとってはその一瞬で十分だった。『雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)』はその名の通り一迅の雷となりて疾駆し、ぼさっと突っ立っている神咲神那の左肩から斜めに掛けて『バルニフィカス』の大鎌形態で呆気無く両断する。

 

 

『――え?』

 

 

 その動揺は『斬った者』と『斬られた者』、両者からだった。

 斬ったレヴィは余りの呆気無さからであり、斬られた神那は理解に苦しむと言った具合で――人差し指をレヴィの平坦な胸に向けて、最たる呪いとなった『フィンの一撃』がゼロ距離で炸裂する。

 

「っっ、ああああああぁ――?!」

「あら、良い声で鳴くのね」

 

 物理的な破壊力さえ伴う規格外の呪いの一撃を浴びたレヴィは地に転がり落ちて壮絶な激痛に苦悶し、逆に『非殺傷設定』の無い魔力の大鎌で両断された神那の負傷は瞬く間に元通りとなる。

 余りの想定外の事に、ディアーチェとシュテルは声も無く、その反面、神那は不思議そうに首を傾げた。

 

「? 『穢土転生』について何も聞いてないの? 柚葉も色呆けして腑抜けたのかなー? まぁ転生者の常識は非転生者の非常識だし、急場だったから仕方ないかな」

 

 地獄の責め苦にのたうち回るレヴィを一眼さえせず、神那は「んー? お父様の頸動脈を切り裂いた時に実演してたじゃない」と批難がましい視線を送る。

 

「元々この身は死者だから、幾ら身体を傷つけても致命傷にはならず、自動的に修復する。不死身且つ無限のチャクラ、いや、私の場合は無限の魔力を持つという認識で良いかな」

 

 平然と笑いながら「痛い事には変わりないけどねー」と締める。

 

「――『穢土転生』された者は相討ちで勝利を拾える訳。とは言っても、本来に近い仕様で『穢土転生』されている奴は私と『蛇マント』だけのようだけどねー」

 

 そう、三対一という数の上で圧倒的な不利な状況下、神咲神那が安心して慢心していられるのは、彼女が自身の生命を賭けていないからである。

 

「こっちはずるして最初からチートモードなんだよ。貴女達のような馬鹿げた相手に正々堂々と挑む訳無いじゃない」

 

 その悪どい笑顔は良くも悪くも生前の『魔術師』のそれそのモノであり――。

 

「お父様も口を酸っぱくして言っていたでしょ? 確実に勝利出来る場を作ってから挑めってさ。此処は私の『固有結界』の中で私は『穢土転生体』、これじゃ負ける要素を見つける方が難しいわ」

 

 その悪意の具現は彼女達にとって最悪の敵として立ち塞がっていた――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20/ブラッドvsリベル・レギス

 

 

 

 

 

「――クロウ・タイタス。前々から思ってましたが、貴方は馬鹿ですか?」

「……はは、直球だなシスター。痛てっ! もうちょっと優しくしてくれ!」

 

 上半身裸のクロウの負傷箇所に乱雑に包帯を巻きながら、ジト目のシスターは大きな溜息を吐いた。

 

 ――今より一年前の十二月の出来事である。

 

 海鳴市から『二回目』の転生者がほぼ全滅した頃、あの『魔術師』からも「あ、駄目だこいつら。一秒でも早く何とかしないと」と言わしめ、現存するほぼ全ての勢力と共同して魔術結社『這い寄る混沌』を一斉に袋叩きにした。

 大多数の狂信者を有無を言わさず撲滅したものの、トップである『大導師』に見事逃げ遂せられ、確実に後の災いになると『魔術師』はさぞ壮絶なまでに舌打ちしていた事だろう。

 

(……はぁ、悠陽の方は元気そうね。それに比べて私は――)

 

 ――シスターもまた『教会』の戦力として参戦し、最後の最後に不覚を取った。

 

 彼女の『禁書目録』の知識にもない、クトゥルフ神話由来の魔術を回避し損ない――『教会』から袂を分かれて無所属の『転生者』として参戦していたクロウ・タイタスに庇われ、今に至る。

 

「良いですか、貴方のした事は究極的なまでに愚かしい自己満足で、尚且つ無意味な行動に過ぎません。完全な状態の『歩く教会』を装備している私を、生身同然の貴方が庇ってどうするんですか?」

「……いやまぁ、反射的に、ってヤツ?」

「貴方は反射的に自殺行為を犯すのですか? 朝日が差しただけで窒息死するマンボウですか、貴方は」

 

 何言ってるんだ、という表情で、シスターはこのろくに喋った事の無い、へらへら笑っている男に文句を言う。

 

 ――クロウ・タイタス。『這い寄る混沌』の『大導師』と同じ世界出身の『三回目』の『転生者』。

 

 つまりはあの戦力バランスが(主に『鬼械神』のせいで)崩壊している『デモンベイン』の世界に生まれた魔術師の筈なのだが、本当にあの世界出身なのか疑いたくなるほど当人は弱い。脆弱と言っても過言じゃない。

 『教会』の孤児院から出てから、探偵業の真似事をしていると同僚の『代行者』から聞いたが――探偵を真似しているのではなく、とある人物の真似事をしているのでは、と彼女は訝しんだ。

 もしそうならばこの無謀な暴挙にも納得が行き、だからこそ、そんな思い違いをしているのならば正さなければならなかった。

 無意味であったとは言え、助けられた恩はある。それを義務的に果たす為に、シスターは重い口を開いた。

 

 

「この際、はっきりと言いましょう。――クロウ・タイタス。貴方は大十字九郎には絶対なれない。その真似事すら、貴方では荷が重いでしょう」

 

 

 驚くクロウ・タイタスを見据えながら、シスターは感情無く告げる。

 大十字九郎とは『デモンベイン』世界の主人公。お人好しで熱血漢で、誰かを助ける為に危険を顧みずに戦える、この混沌とした世界には存在しない、正真正銘の『正義の味方』である。

 

 そう、この世界には――否、この世界にも居ない存在である。未来永劫、過去永劫に渡って不在の席である。

 

「――身を弁えなさい。貴方は貴方一人守る事すら精一杯で不十分なんです。そんな貴方が他人を庇うなど烏滸がましいと思いませんか?」

 

 大十字九郎ならば、どんな悲劇も喜劇に変えれる。神の脚本すら撃ち砕く最高最悪の大根役者、真の『ご都合主義の寵児(デウス・エクス・マキナ)』――だが、力無き者が彼の行動を真似た処で、彼になれる筈が無い。

 彼が、クロウ・タイタスが『魔術師』神咲悠陽と同じように本性と本領を徹底的に秘匿していたのならば、話は別だが――クロウは、乾いた笑みを浮かべていた。

 

「……言われてみれば、そっか。はは……」

「……何故、其処で笑うのです?」

「いやまぁ、腑に落ちたってヤツかな……? それに口は悪いけど、心配してくれるのはこそばゆいけど有り難いさ」

 

 シスターが「別に貴方の心配など――」と言いかけた処で止まる。その予想外の、在り得ない言葉に遮られて。

 

「――でも、多分、同じような状況になったら、オレは同じ選択肢を取ると思う」

「……話を聞いてなかったのですか? それとも、聞いて理解して尚そんな発言をするほど愚劣なのですか?」

 

 ぴきり、と、シスターは怒りを籠めてクロウを睨む。

 彼女自身、何に対して怒りを抱いているのかも気付かずに――。

 

「猿ですか貴方は? いえ、類人猿の方が学習能力が高いですから、猿以下の人類を何と評すれば良いですか?」

「うわ、ひでぇ言われよう……」

 

 ヘコたれながら笑うクロウだが、其処に自身の言葉を覆す様子はまるで無かった。

 

「オレに出来る事なんてたかが知れてる。この生命を使っても出来る事なんて、それは小さな事だ。……逆に言うならさ、オレにはそれしか出来ない。その出来る事に全力を尽くすのは当然じゃないか?」

 

 なるほど、言葉にしてみればもっともらしく聞こえる。

 そして聞き届けたシスターは自分の中でぷつんと、理性だとか堪忍袋の緒だとか、多分そんなものがぶち切れた音を客観的に聞いた。

 

「……貴方は馬鹿なのではなく、大馬鹿者のようですね。そんなのは当然じゃありません。異常ですよ。その打算に、其処に、貴方自身の生命の勘定が入っていない……!」

 

 ――冗談じゃない、とシスターは烈火の如く怒る。

 

 コイツは、目の前のこの男は、自分と同じく『三回目』の『転生者』ながら、そんな綺麗事ですらない世迷い言を吐くのかと――実際に二回死んでいるのにそんな馬鹿げた事を本気で語るのかと憤る。

 身の程を知りながら弁えずに突っ走って限界を超えるなど、ただの自殺でしかない。

 

「私達がこうして『三回目』の人生を歩めているというのは本当に奇跡に等しい出来事。まさか『四回目』もあるなんて安直な事を考えてるの?」

「そんな楽観視なんて出来ねぇよ、ただ――」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑し、一転、クロウ・タイタスは真剣な表情になる。

 

「――次があるなら、もっと上手くやろうって、一回目死んだ時に決めていたからさ」

「……何を?」

「自分の生命の使い方を」

 

 ――此処に至ってシスターは漸く、クロウ・タイタスという人間があの世界に相応しいイカれた転生者であると、計らずも思い知る事となる。

 

 

 

 

 数百万の軍勢へと成り果てた『死の河』が蠢き、『白い流星』と『黒い渦』が舞い、『くるみ割りの魔女』が世の最果てまで行進する。

 

 ――そして『赤い巨星』が二つ。

 

 数多の強大無比なる存在が闊歩する中、最も逸脱した力の具現は海鳴市の遥か上空で激突を果たしていた。

 

「断鎖術式『ティマイオス』『クリティアス』解放ッ!」

「アトランティス・ストライクゥッ!」

 

 一つはクロウ・タイタスと大十字紅朔が駆る『デモンベイン・ブラッド』。

 血色に統一されて禍々しい雰囲気を漂わすも、その双眸に宿る斬魔の意思は『オリジナル』のものと何一つ遜色無い。

 両脚部シールドに搭載された断鎖術式を解放し、桁外れの時空間歪曲を瞬間的に発生、その世界からの強烈な修正力による反作用で飛翔し――その圧倒的な質量を持って飛び膝蹴りを撃ち放つ。

 

 直撃すれば、如何に鬼械神とて大破は免れぬ必殺の近接粉砕呪法。

 ――されども、もう一つの鬼械神は微動だにせず、その左手を眼下に付き出して、静かに受け入れる。

 

「っっ!?」

 

 もう一つの鬼械神、最悪の魔人『マスターテリオン』と最古の魔導書『ナコト写本』が駆る『リベル・レギス』。

 嘗てこの海鳴市でかの鬼械神と死闘を繰り広げた経験はあるが、今の『リベル・レギス』は嘗ての術者の時とは比べ物にならないほど強大で理不尽だった。

 

「この、紅朔っ!」

「っっ、解ってるわよ! 壱号弐号、緊急解放ッ!」

 

 同じ鬼械神とて撃破するに足る威力を秘めた『アトランティス・ストライク』は、『リベル・レギス』の防御結界に阻まれる。

 あらゆる城壁を撃ち砕く必殺の蹴撃が、いとも容易く阻害され――『デモンベイン・ブラッド』は背部飛行ユニットの『シャンタク』を爆裂させ、渾身の次空間歪曲を炸裂させると同時に戦域から大きく離脱する。

 

「……まぁ、最初から解ってはいたが――」

「……大した化け物っぷりね、大導師『マスターテリオン』殿は……!」

 

 結果としては、かの魔人が織り成す防御結界の呪力が霧散しただけに終わり、『リベル・レギス』は無傷で佇んでいる。

 何の冗談か、機体の前方を覆う背部装甲の竜の翼を解放しないまま――そう、この目の前の『世界の怨敵』は、本気すら出していない。

 

「……今のオレとアイツとの戦力差が大十字九郎とアル・アジフが一回目に戦った時じゃなく、もう一人の大十字九朔程度の時と同じぐらいだと良いんだがな」

「……団栗の背比べよね? それ。あと、もしそうだとしても絶対に敵わないって言っているようじゃない」

 

 喉元から絶望が這い出てくるのを、クロウ・タイタスは苦々しく実感する。

 どういう訳か今の『リベル・レギス』は何かを試すように確かめるように、反撃も迎撃行動にも出ないが、その魔人の気まぐれたる戯れが終われば――無慈悲に瞬殺される未来しかない。

 

(……当然か。オレは、大十字九郎にはなれない――)

 

 あの窮極の魔人と互角に渡り合えるのはこの宇宙で唯一人、大十字九郎に他ならない。

 けれど、此処には皆の愛する『正義の味方』はいない。救ってくれる優しい神様もいない。

 今、奴と同じ土俵に立てるのは同じく鬼械神を持つ自分だけであり――不可能が十・百・千・万・億・兆以上重なろうが、あの『リベル・レギス』を打倒しなければ、この世界に未来は無い。

 

 ――絶対に勝てない。それを誰よりも痛感した上で、絶対に退かさなければならない。

 

 その矛盾したロジックを乗り越えるのに自分の中で使えるのは自分の生命だけであり――クロウ・タイタスが決死の覚悟をした時、『リベル・レギス』に搭乗する『マスターテリオン』の顔には失望が色濃く浮かんでいた。

 

(――弱い。弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い、弱すぎる!)

 

 余りにも程遠い。『マスターテリオン』の、彼の不倶戴天の怨敵には遠く及ばない。

 今の魔人に欠けたる要素は何一つ無い。最悪の魔人のまま、誰に憚る事無くこの世界に存在している。

 穢土転生の縛りや法則、幾度破損しても自然復元する特性すら無視して完全無欠の魔人として存在している。

 

(……足りぬ、足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ! こんな紛い物では我が飢餓は癒やされぬ!)

 

 なればこそ、『彼』に何一つ欠損が無いからこそ、目の前の不出来な役者に憤りを隠せずにいる。

 こんな紛い物を討ち滅ぼした処で、何一つ満たせない。何一つ達せられない。己より遥か先の領域に行ってしまったあの怨敵達に届かない……!

 

 

『――おやおや、大層不満そうだね。大導師殿』

 

 

 その異形の者の聲(こえ)は『リベル・レギス』の堅牢な魔術防壁を完全素通りして、内部に響き渡る。

 無感情だったナコト写本に憎悪と殺意が灯り、『マスターテリオン』もまた眼下の敵を無視して気怠げに虚空を睨みつける。

 

「――これは貴公の見込み違いか?」

『ふふ、果たしてそうかな? でも、確かに『今』のその『彼』では不足だね。これでは君の望みは達せられまいだろう』

 

 幾多の次元を超越して語りかける聲は、大層愉しそうに弾んでいる。

 

「ふむ――」

 

 その意味深な言葉を咀嚼し――今と似たような状況を思い起こす。

 あの最後の回での大十字九郎との初対面を思い出し、『マスターテリオン』は即座に試してみる事にした。

 

 

 

 

「……はぁ、何で今、そんな事を思い出すのやら」

(? 『もう一人の私』、どうしたの?)

 

 一方、『魔女』を白に任せたシスターは夜の無人の街を軽快に走っていた。

 

「何故かは知りませんが、クロウちゃんとの馴れ初めが脳裏に過りました」

(え? クロウとの? ……どんなのだったの? 私の方は初対面最悪だったけど……)

 

 シスターの主人格であるセラのやや不貞腐れた声が脳裏に響く。

 解り易く意訳すれば「この身体は私のもんだオラァ!」という自棄糞気味の宣戦布告だった為、セラは今なお気恥ずかしげに顔を伏せる。

 

「安心して下さい、こっちも似たようなものです。『歩く教会』装備の私を無謀にも庇って……私の知識に無いクトゥルフ系の邪な魔術でしたから、無傷で防げた保障は無かったですけど」

(……んー? あれれ、『もう一人の私』、それは新手の惚気なのかなー?)

「違います。最悪なのはその後です。素直にお礼を言えば良かったのに、私は『余計な事をするな』と痛烈に言ってしまったのです……」

 

 これも全て神咲悠陽のせいだ、とシスターは責任を押し付ける。

 彼の裏切りで、彼女は完全に人間不信となり、一切の交流を断ち、人間関係の成立を病的なまでに拒絶した。

 

 ――そんな自分の殻に引き篭もった彼女に手を差し伸べた者が、自分以上に色々と駄目な人間だったとは誰が思おうか。

 

 ドラゴンに追われた状態で捕らわれのお姫様に「君を助けに来た!」なんて言っているようなものだ。

 これでは否応無しに、不貞腐れてないで頑張るしか無いではないか――。

 

「……さて、現実逃避はこれぐらいにして――」

(……そうだね、どうしようか?)

 

 立ち止まって、遥か上空を見上げれば――最弱無敵の鬼械神『デモンベイン』と、最強最悪の鬼械神『リベル・レギス』が神話級の激闘を繰り広げていた。

 

 ――『リベル・レギス』が十一発のブラックホール弾を生成・射出し、『デモンベイン・ブラッド』は死に物狂いで回避運動を取りながら二丁拳銃の魔銃で反撃する。

 

 クトゥグァの灼熱の魔弾の大半はン・カイの闇に飲み込まれて消失するも、イタクァの極低温の追尾弾が在り得ざる軌道で駆け巡り、次々と『リベル・レギス』に直撃するも、展開する防御結界によって全て掻き消されて無意味に終わる。

 

「あの超甲を貫く以前の問題ですか……!」

 

 ――恐らくは、誰の目から見ても明白である。

 この場における絶対的強者たる『マスターテリオン』は、クロウ達を一瞬で討ち取る事が出来るのに、それをせずに弄んでいる、と――。

 

 ぎりっと、無意識の内に歯軋り音が鳴る。この最悪の敵の存在は忌々しい限りだった。

 

(あんな上空で闘われたら、合流する術なんて無いよ!)

「地上で闘われたら、海鳴市が跡形も無く消滅しますけどね」

 

 このままでは、遠からずに敗北する。クロウ・タイタスは為す術無く殺されるだろう。

 かと言って、此処から援護するとしても何が出来るだろうか。

 攻撃手段は無い訳ではない。『禁書目録』たるシスターの行使する魔術の射程距離は、この地上からも『リベル・レギス』に届き得るだろう。

 ただ問題は、通用する魔術が無いだけである。彼女の持ち得る最大火力である、衛星すら撃ち落とせる『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』でも『マスターテリオン』の気を逸らす事しか出来ないだろう。

 

(……それでは意味が無い。生身の『大導師』さえ仕留めれないのなら、完全上位互換の『マスターテリオン』には到底届かない……!)

 

 だが、シスター自身が『デモンベイン』に搭乗するのならば、彼女自身の十万三千冊の禁断の魔導書の知識を鬼械神を通して翻訳して拡大解釈して行使するのならば――機械仕掛けの神の領域に手が届く。

 それ自体は『大導師』との戦闘の際に証明されている。それで『マスターテリオン』を相手に勝機を見いだせるかは完全に別問題であるが――。

 

「……どうすれば――」

(ッ!? 『もう一人の私』避けてッ!)

 

 急に発せられたセラの悲鳴。意識を現実に戻したシスターが見た光景は、赤い巨大な塊が殺人的な速度で落下する光景であり――それが『デモンベイン・ブラッド』である事を遅れながら悟ったのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21/夜天の書の主vs第八位

 

 

 

「……全く、儂なんぞを『穢土転生』して蘇らせ、やらせる事がオリジナルの『第八位』の下準備とはな」

 

 とあるビルの屋上、双眼鏡を覗いて佇む白衣の老人は、嘗て魔都海鳴に存在した大組織の一つ『超能力者一党』に所属し、ランサーの魔槍に貫かれて絶命した『博士』である。

 彼が『うちは一族』の『転生者』から『穢土転生』で口寄せされた理由はその類稀な頭脳を必要された――からではなく、彼がこの世界に持ち込んだ研究成果の一つを必要とされたからだ。

 

 ――学園都市に住まう全ての学生の『AIM拡散力場』のデータ。

 八人の『超能力者(レベル5)』の遺伝子マップだけではなく、『博士』は複数の研究成果をこの世界に持ち込んだ。

 

 それを元に、あの『うちは一族』の『転生者』は学園都市の『AIM拡散力場』をそのまま口寄せしたのだった。

 今の海鳴市は二百万人の能力者を抱える学園都市の環境と何一つ相違無いどころか、あの『とある魔術の禁書目録』の世界と同一の条件にまで至っている。

 

 ――ただそれは、それだけでは意味の無い行為である。

 

 別段、学園都市産の能力者でなければ呼吸すら出来なくなるとか、そういう事は一切無く、目に見えない粒子の領域で数多の者に何一つ支障無い数値が変わった程度の事である。

 あの世界の魔術師を掃滅させる人工的な異世界創造『虚数学区・五行機関』の展開など想定外(そもそもその効果を受けそうなのが『教会』の『禁書目録』しかいない)なので、明らかに労力と効果が見合っていない悪手である。

 

「――だが、これで『第八位』はこの異界の地で終ぞ発揮出来なかった『本領』を存分に奮えるようになる。学園都市の第一位『一方通行(アクセラレータ)』を打倒し、人工天使『ヒューズ=カザキリ』を撃破し、『神の右席』の一人『前方のヴェント』を返り討ちにしたその力を――」

 

 そう、嘗て『超能力者一党』は一人の超能力者の手によって壊滅した。とある『第八位』の複製体『過剰速写(オーバークロッキー)』の手によってだ。

 同じ超能力者級の『異端個体(ミサカインベーダー)』さえ打ち破った彼は、されども恐るべき事に、持てる能力を十全に発揮出来ていなかったのだ。

 

「八神はやてでは如何程持ち堪えられるやら。……いや、案外、異種格闘技じみた事となって噛み合わないかもしれぬな」

 

 ――実に、実に興味深い一戦である。

 如何なる結果になろうが、既に死した『博士』にとっては些事であり、今現在の、自分自身の内に湧く無限の興味心・好奇心を満たす事こそ至上であった。

 そういう風に生きて、そういう風に死んだ。ならばこそ、今更変わる筈もあるまい。

 

 ――死出の旅路の土産話に一つ、学園都市の全てを敵に回した最強最悪の超能力者と、魔都で生まれた夜天の書の主。

 

 出遭う筈の無かった最高のカードが今巡り合い、数奇の運命の果てに激突する――。

 

 

 

 

 ――それは少し昔の頃。

 第八位の超能力者の複製体である『過剰速写』が『教会』に腰掛けた、ほんの短い時間での話である。

 

「えぇー! それじゃ無敵やないかー!」

 

 八神はやては驚いたように、少し興奮しながら声を上げる。

 感情の起伏が気怠げで薄い『過剰速写』から語られた、学園都市の第一位『一方通行(アクセラレータ)』を打ち破った全盛期の能力はまさに無敵に近いものだった。

 隣に居るセラは「んな滅茶苦茶な。でも、割りと理屈は合ってる?」と小難しげに首を傾げていた。

 

「……そうでもない。現にオレのオリジナルは『幻想殺し(イマジンブレイカー)』とかいう自称『無能力者(レベル0)』に敗北している」

「ありゃ、『過剰速写(オーバークロッキー)』さんも『そげぶ』されちゃったんですか」

 

 『過剰速写』の詰まらげな返答に、セラは清々しいほどの笑顔を浮かべ――はやては意味が解らずに首を傾げた。

 それは『過剰速写』もまた同様であり、何でこんな同情心の籠もった、哀れなものを見るような慈愛溢れる笑顔で迎えられているのか、理由は解らないが少し苛立った。

 

「『そげぶ』?」

「『そ』のふざけた『幻』想を『ぶ』ち殺すの略です。上条さんの決め台詞ですねー」

「何だそりゃ」

 

 セラは凄く良い笑顔で「あの男女平等パンチに殴られるなんて痛かったです?」なんて聞き、『過剰速写』は目を細めて「痛いも何も、あれの右腕に触れたせいで能力制御失って一発致命傷だ」と苛立ちげに吐き捨てる。

 

「やっぱりあの『無能力者』、只者じゃなかったのか……」

「その上条さんって凄い人なんやなぁ」

 

 話に聞く限り、あらゆる異能を打ち消す右腕を持つだけの、その唯一無二の特異性以外はただの一般生徒らしいのだが――。

 ごほん、と咳払いし、『過剰速写』は八神はやての方を見る。未だに微笑ましいものを見るような慈愛の眼差しを向けているセラを無視して。

 

「確かに表示性能(カタログスペック)は突き抜けていたが、オリジナルの精神面は穴だらけだった。自己の能力に対する絶対的な過信、他の全てを弱者と断ずる究極的な慢心、己を最強と自負する肥大化した自尊心、どれを取っても致命的なまでに命取りだ」

 

 一応自分の事なのに酷い言い様で「あの末路は、結局は自業自得という事か……」と彼は自虐的に溜息を吐く。

 そんな彼の様子を面白がって、消沈ぷりに動揺するはやてにセラは耳元で小声で話してくる。

 

「あれは自身の黒歴史に恥ずかしがる中二病卒業後の反応ですから、深く突っ込まないのが優しさです」

「んー、でも、どうしてそうなってるん? 今の冷静沈着なクロさんからは想像出来へんけど」

 

 はやては兼ねてより疑問に思った事を口に出す。

 『過剰速写』が語る彼のオリジナルの事は、能力面もそうだが、今の彼とは全くもって一致していない。

 もはや別人を語っているような聞き心地であり、『過剰速写』はやや複雑な表情を浮かべた。

 

「……オレのオリジナルは無能力判定から超能力者まで伸し上がった稀代の例だ。己が唯一無二の特別な存在である事を信じて疑わなかった。『一方通行』に遭うまではな」

 

 物凄く忌々しそうに、『過剰速写』は『一方通行』の事を語る。

 『一方通行』の事に関してはあらゆるベクトルを操るという反則的な能力しか聞いてないのではやては首を傾げたが、セラが小声で「超能力者はどれも桁外れなまでに性格破綻者なんですよ」と有り難いかどうか判断出来ない注釈をする。

 

「奴に遭ってからは、オリジナルにとって絶対に越えられない壁として常に存在し続けた。その壁を自らの手でぶち壊したんだ、長年の心的な脅威と共に警戒心と危機感、慎重さと用心深さが纏めて流れ出てしまったのだろうな」

 

 『過剰速写』のオリジナルの特異性は、二三〇万人の能力者の頂点に立つ超能力者ながら、常に挑戦者として格上への下克上を目指す心意気を持ち得ていた事だった。

 第八位という末席に位置しながら、第二位を打ち破り、第一位さえ乗り越えて――その時点で、挑戦者としての一面を失ってしまったのは必然であり、来たるべき没落の記念すべき第一歩だった。

 

「……そうだな、全盛期のオリジナルを打倒するなら――まず一つ、其処の白い修道服のような恒久的且つ物理的な耐久力を用意する事」

「? 科学サイドの人間なのに『歩く教会』の事、知っているのですか?」

「殺す処か傷一つ付けれなかったからな、これだからオカルトは嫌いだ」

 

 セラが纏う白い修道服を射殺さんばかりに睨みつけながら、『過剰速写』はジト目になる。

 

「常に移動しながらも付かず離れずの距離を保ち、此方の能力処理が追いつかなくなるほどの飽和攻撃をするだけで良い。それで勝手に死ぬだろうさ」

 

 あっさりと淡々に、『過剰速写』は他人事のように語る。

 流石のセラも、少し毒気が抜かれたような顔になっていた。

 

「そんなに自分の攻略法なんてぺらぺら喋って良いのですか?」

「別に良いさ。そんな状況になったらオレは形振り構わず逃げて闇討ち路線に変更するが、オリジナルのオレは逃げるという選択肢すら浮かばず、馬鹿正直に真正面から打ち砕こうとするだろうな。『一方通行』を打倒した事で得た『最強』という自負はまるで呪いのようだ――ふん、科学の申し子がオカルトじみた事を語る事になろうとはな」

 

 はははと『過剰速写』は乾いた笑みを浮かべる。此処に居ない誰かを嘲るように――。

 

「――『最強』を打破した事で『最強』で無くなってしまうとは、まるで笑劇(ファルス)だ」

 

 

 

 

 ――十字架の杖を右手に、左手に意匠の凝った大きな魔導書を持つ、黒い翼の魔法少女。

 

 十字教のイカれピアス女の同類の『オカルト』かと赤坂悠樹は首を傾げるが、どうにも系統が違うと彼の観測が告げている。

 十字教由来の魔術とかいう『オカルト』と相対した時に生じる説明不能の違和感が全く無い。尚且つ、あの魔法少女の取り巻く現象を、科学の申し子たる彼は大体把握出来てしまっている。

 

(……『オカルト』ではなく『科学』の類なのか? 過ぎたる『科学』は『魔法』と変わらないとは誰の言葉だったかねぇ?)

 

 どうにも訳が解らない状況である。

 外の風景から十数年は遅れている『学園都市』の外である事は明白なのに『学園都市』と同じ『AIM拡散力場』が用意されている。

 更に遥か遠くまで感覚を伸ばせば、正体不明の軍勢が蠢いており、遥か上空には冗談じみた『機械仕掛けの神』が死闘を繰り広げている。

 その混沌ぶりは、彼が反逆した日の『学園都市』に匹敵すると言えよう。

 

(……異常は外界だけではなく、自分自身もか。チッ、記憶が欠如してやがる――)

 

 『一方通行』を打倒し、学園都市の内部に抱える不穏分子を扇動して9月11日に反乱させ、『学園都市』のゴミ処理係を殲滅し、予想外の外からの勢力を叩き潰し、突如湧いた『学園都市』由来の人工天使を玉砕して、最後に立ち塞がった第三位の『超電磁砲』と空間移動能力者を返り討ちにし――記憶は其処で途絶えている。

 作為めいたものを感じずにはいられない。誰かの作った舞台に強制的に招待され、掌で踊らされている気分に陥る。

 

 ――舐められたものだと、その正体不明の誰かに憎悪を滾らせる。

 

 舞台を用意され、役者としての役割を無理矢理言い渡される。それでいて「はい、そうですか」と素直に踊るほど赤坂悠樹はお人好しではない。

 そう、彼は破滅的なまでに悪党である。性格のネジ曲がりっぷりは元より、現在の彼には自制心が欠片も無い。際限無い悪意と憎悪をもって思うままに世界を壊すだけの『悪』である。

 

 ――とりあえず、目の前の少女を殺してから今後の事を考えれば良い。

 嘗ては禁忌にしていた少女殺しすら、今の彼は躊躇い無く実行出来る――。

 

(……問題は、あのガキは何故か此方の能力の詳細を熟知している事か)

 

 ――不可解と言えば、なるほど、最大の異分子である。

 

 初対面に違いないが、同じ場所に三十秒でも留まっていれば実行出来る遠隔操作の部分的な時間停止『心臓潰し』の事も知って対策を講じていたし、自分を中心に円状の膜じみた防御方法――魔法少女的には防御魔法だろうか――を常に実行している。

 

 ――学園都市の第八位『過剰速写』の赤坂悠樹の能力は一般的には複数の多種多様な能力を行使出来る『多重能力(デュアルスキル)』として知られている。

 

 無論、『多重能力』など存在しない。

 あくまでもこれは彼が意図的に講じた能力偽装であり、その能力の本質は単一能力で多重能力だと思えるほどの応用力を見せる『時間操作』である。

 『学園都市』の科学者を欺き、多くの能力者も騙した『時間暴走(オーバークロック)』を何故初対面の相手に知られているのだろうか?

 

(……第五位のような精神干渉系の能力、いや、その手の能力を受けてオレが察知出来ない筈が無い。未来予知系の能力、否、時間操作系で自分が見誤る筈が無い)

 

 結論としては理由は不明だが、能力の詳細を知られているという前提で動いた方が良いだろう。

 

(……ま、どうでもいいか。殺せばただの物言わぬ躯だ。あれこれ考えて損した)

 

 ――この間、僅か約一秒。

 時間操作によって常日頃に加速している思考は瞬時に、結果としては短絡的に目の前の魔法少女の殺害を無慈悲に決定した。

 

 

 

 

 ――八神はやてにとって、当人は不本意ながらも、命の遣り取りは別段珍しい事ではない。

 

 それは闇の書の主だからか、クロウ・タイタスと一緒に居るからかは半々の話だが、周囲の人達、不幸中の幸運に助けられて幾度無く死地を乗り越えている。

 ただ、それはあくまでも受動的、受身の姿勢であり、こうして自分一人で絶対的な脅威に抗うのは初めての経験である。

 

(……怖い。たまらなく怖いなぁ……!)

 

 それも見知ったようで知らない相手、一切の慈悲無く殺意を向けてくる『過剰速写』に似た誰か――はやては自身に問う。彼と戦えるのだろうか?

 目の前の彼ははやてと一緒に短い時間を過ごした『過剰速写』ではない。一瞬だけ邂逅した別の可能性を辿った『過剰速写』のオリジナルでもない。最悪の可能性を辿った『過剰速写』のオリジナルである。

 

(……あの人が私の知るクロさんでなくても、私は戦いたくない――)

 

 ならば、一目散に逃げてしまうのはどうだろうか。

 幾ら空気中の粒子を停止して空を歩けるからといっても、瞬間最大速度はともかく、巡航速度は飛翔する此方に分がある。

 逃げ切るだけなら、そう難しい問題では無いが――。

 

 

『? でも、クロさんは失敗してほっとしている?』

『……『最強』を打倒して、歯止めが利かなくなって――無意識の内に自分を止められる者を求めていた、のかな? 改めて客観視して見ると難しい問題だ。当時のオリジナルは唯一度も顧みずに最期まで破滅に突き進んだのだからな』

 

 

 ならばどうして、彼との会話を今、思い出してしまうのか――。

 

(……クロさんは『クロさん』って呼ばれるの、本当は嫌がっていたけど――)

 

 彼を初めて見た時、何故だか解らないが『迷い猫』のようだと、はやては思った。

 実際、その表現は的を射ていた。勝手に製造されて一人きり、いや、複製体としてこの世界に産み出される前から、彼は一人きりで自分が迷っている事も気づかずに迷い続けてる。

 

 ――複製体の『過剰速写』には救いがあったと信じたい。

 では、この目の前にいる、未だに迷い続けて、声にならない悲鳴と怨嗟をそれを上回る憎悪をもって世界に撒き散らす、彼のオリジナルは――?

 

「……私は、貴方の事は良く知らない。けれど、良く知ってる――」

 

 はやての独白に似た言葉を、赤坂悠樹は聞き届けながら無視し、虎視眈々と殺害方法を考案しながら無造作に歩み寄る。

 距離は二十メートル弱、地上から五メートル当たりの上空に浮かんでいるが、彼の能力からすれば既に安全圏ですらない。

 

 

「貴方が自分で止まれないのなら、私が、止めたる……!」

 

 

 杖を振り上げ、夜天の書を開いて、はやては宣戦布告する。

 その言葉に含む処があったのか、赤坂悠樹はぴたりと立ち止まり、不愉快そうに顔を歪めた。

 

 ――それは嵐の前の静けさのようであり、ふつふつと、彼の表情には途方も無い怒りと憎悪が燃え上がった。

 

「……どっかで聞いたような世迷い事だなおい。そういう台詞はな、このオレに指一本でも触れてから吐きやがれやァッ!」

 

 空気が弾け飛ぶ。初めから加減無しのフルスロット、十倍速をもって赤坂悠樹は切迫し――迎撃の魔法を紡がせる事無く、その大きく振り被った右拳を常時展開する魔法障壁に叩きつけた。

 

「――っ!?」

 

 無論、それだけでは八神はやての魔法障壁を貫く事は到底不可能であり、彼の必殺の代名詞は対象に触れた瞬間から鍛造される。

 触れた対象の時間を『停滞』し――この場合は円状に展開されている防御魔法だけになるが――拳の接触地点の時間を『停止』、そして自身にあらん限りの『加速』を施して停止箇所に無尽蔵の力場を蓄積させて――。

 

「――おい、ガキ。『超電磁砲(レールガン)』って知ってるか? オレのはパチモンだが、折角の機会だから実演してやるよ。『弾』として彼方まで吹っ飛べや……!」

 

 解放する。蓄積された力場は、一瞬にして解き放たれる。

 『一枚目』の魔法障壁が木っ端微塵に弾け飛んで――斯くして八神はやては、音速を超える速度で射出される事となる。

 

「~~~~~!?」

 

 魔法で飛翔する事にはもう慣れたが、こんな音速の壁を超越して飛ばされる経験は流石にこれが初めてである。

 一つ、二つ、三つ、背後にあったビルを纏めてぶち抜いて貫通し、四つ目のビルの着弾した五階部分の階層をほぼ全壊させる代償をもって踏み留まる事に成功する。

 

「~~っ、うぅ、無茶苦茶やわぁ……!」 

 

 咳払いしながらも、全身の激痛で目元に涙を浮かべる八神はやてが五体満足でいるのは魔法障壁を防衛プログラムのように二層三層にも展開していたが故であり、自身のバリアジャケットの頑丈さに心底感謝する。

 

「……で、も、これで、大分時間を出血させた……!」

 

 そう、八神はやてが態々自前で距離を離さず、赤坂悠樹の必殺の一撃を受けた理由は其処にある。

 彼の超能力『時間暴走(オーバークロック)』は自らの時間を用いて時間操作する無理筋の能力。それによって生じる負荷すら時間操作で誤魔化して処理するという、使えば使うほど苦しくなる悪循環極まりない能力である。

 

 ――赤坂悠樹の必殺の一撃を全力で防ぐと同時に限り無く距離を離し、回避も防御も不可能な飽和攻撃を繰り出す。

 

 青写真としては完璧である。

 そう簡単には処理出来ないほどの時間的な負荷を与えた。回避も防御も不可能の大規模魔法を詠唱するだけの距離も手に入れた。問題は――。

 

「……あ、れ――?」

 

 立ち上がろうとし、かくんと、はやては転がり落ちる。

 バリアジャケットを着ているのに、まるで普段のように立ち上がれない事に心底不思議そうに客観視する。

 受けた肉体的ダメージの影響が彼女の想定を超えており、暫し行動不能の状態に陥っている事に尽きる。

 

 

「――へぇ、現代芸術風の愉快なオブジェになっていると思ったが、存外無事なんだな」

 

 

 そして立て直す時間を与えてくれるほど、彼は時間に関しては世界の誰よりも厳しい存在である。

 立ち上がれずに此方を見上げる事しか出来ない八神はやてを見下しながら、赤坂悠樹は崩壊したビルの残骸を踏みしめながら静かに佇む。

 

(っ、やばい……!)

 

 当然、何もしていない訳ではない。身動きの取れない八神はやてを相手に、『心臓潰し』の演算を無慈悲に執り行っている。

 あれをやられては幾ら堅牢な魔法障壁を何層も展開していようが無意味の即死攻撃である。

 

「……!」

 

 三十秒先の死を目の前にして、はやては最後の余力を振り絞って簡易な魔法弾を撃ち放ち――赤坂悠樹は一歩も動かずに両手をポケットに入れたまま、蝿でも払うかのように『不可視の右腕』で弾き飛ばした。

 

「……ん? 最後の抵抗がそれか?」

 

 赤坂悠樹は心底退屈そうな表情で死刑宣告の秒読みを内心で刻み――突如生じた無視出来ぬ変数に舌打ちしながら後方に飛ぶ。

 

 ――ほんの一瞬遅れて、『槌』と『剣』が彼の首があった場所を閃光の如く通り過ぎた。

 

「チッ、頭のイカれた魔法少女風のコスプレイヤーは一人じゃなかったのか」

 

 そうぼやきながら、赤坂悠樹は新たに現れた、八神はやての前に立ち塞がった乱入者達を見下す。

 

「テメェ、はやてに何しやがった……!」

「主はやて、無事で何よりです……!」

「み、んな……!」

 

 夜天の書の主を守護する守護騎士『ヴォルケンリッター』、只今参上す――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22/その死に救い無し

 

 

 

 

 ――目を再び開けた時、世界は十六分割された内の一つのみで、旧世代のブラウン管のテレビのようにモノクロだった。

 

 どうして其処まで視界が壊れていて、映る世界もまた色褪せているのだろうか。

 考えるという行為すら億劫なほど、何も出て来ない。記憶分野の再認が出来なくなっているのだろうか?

 

 ――解らない。何も解らない。ただ気怠くて、酷く眠かった。

 

 目に映る小さな世界は大災害にでも見舞われたのか、とにかく酷い有様で――感傷じみたものが出掛かったが、どういう意味合いだったのか、今の自分では判断出来ない。

 何処も彼処も似たような状態で飽き飽きとする。そこでふと、もう動く機能すら残ってない筈なのに移り行く景色を眺めている事に気づく。

 

 ――感覚すら希薄だが、誰かに肩を担がれて、何処かに向かって歩いているらしい。

 

 その誰かは、ツンツンした短めの黒髪が特徴の、ウニ頭の少年だった。

 知っている人物なのか、知らない人物なのか、それすら思い出せない。

 解る事は、今のポンコツになった自分を必死に救おうとしている事だけである。

 

 ――意識を取り戻した事に気づいたのか、ウニ頭の少年は此方に向かって何か言う。

 

 だが、残念な事にそれすら理解出来ない。異界の未開言語にしか聞こえない。

 恐らくは正確に紡がれた日本語での意思疎通が不可能な現状を省みる限り、今の自分は人間としての必要最低限な機能すら全壊し、そう遠からずに死に絶えるだろうと他人事のように悟る。

 

 ――真っ白な思考に、秒単位で薄れ行く意識。全感覚が麻痺しているのか、恐怖は無い。

 

 これは推測に過ぎないが、こうして思考を巡らせている事が奇跡に等しい出来事なのではないだろうか?

 脳に致命的な損傷を受けて、常人ならば既に植物人間状態に入っているのに、何らかの要因で僅かながらも不完全な意識が残留している。

 非常に迷惑な話である。人以下の壊れた思考力を今際に味わう事になろうとは。自分の生き汚さを嘆くべきか、手を下した野郎の不手際を怒るべきか。

 

 ――どうだっていいや、と最後の思考を投げ捨てる。

 

 思うに、今は自分がどういう人間だったのかさえ思い出せないが、生きる事に何の意味があろうか。

 人間とは一人で生きて、一人で死ぬ。如何なる人生を辿ろうが、死こそが逃れられぬ終焉であり、掛け替えの無い終着駅である。

 どういう経緯で死ぬのか、全然解らないが、全部が全部、消しゴムで消されたみたいに真っ白なのだ。何の未練も生じない。

 元々、自分という人間は死に憧れていたのかもしれない。

 

 ――その底無しの闇に委ねるのに、何の躊躇いがあろうか。

 

 十六分割に割れて不出来な視界を自ら閉ざし、呼吸すら止める。小さく鼓動していた自身の心臓の音が、静かに穏やかに停止した。

 目が覚めても悪夢のような人生を、こうして終える。夢すら見なくなれば、悪夢は夢幻の如く消え果てるだろう。

 だが、今際の時、自分は一つだけ、恐ろしい疑問を抱いてしまった。

 

 

 ――もしも、死のその『先』が存在しているのならば?

 

 

 答えが出る前に、深い深い眠りにつく。その答えが存在しない事を、二度と目覚めない事を切に祈りながら――。

 

 

 

 

(……ふむ、少しばかりまずいな)

 

 敵対勢力をあの『黒羽の少女(八神はやて)』のみに限定していたツケが回ってきたかと、赤坂悠樹は知覚外から新たに現れた五名の敵対者を吟味する。

 あの魔法少女の下には六枚羽の銀髪女と金髪の女、目の前に立ち塞がるは赤い幼女とピンク髪のポニーテールの女、背後には何をとち狂ったか、狗耳の男。

 実に個性溢れる面々であり、仮装舞踏会の中で一人だけ普通の格好をしているような疎外感を覚える――これでは素面の自分が異常みたいに思えてこよう。

 

 その未知の敵対者に対して、赤坂悠樹は一切の脅威すら抱かない。

 

 戦力換算すらせず、踏み潰す雑魚が五体増えただけに過ぎないと断じている。問題は己自身、現在の能力負荷である。

 短期決戦を至上とする彼の超能力『時間暴走(オーバークロック)』は使えば使うほど、生じた負担を処理する為に能力を使わなければならないという悪循環に陥る。

 今現在の負荷は許容範囲内の八割程度、大規模な能力行使が出来なくなり、戦闘続行に著しく支障が出る、色々と切羽詰まる頃合いである。

 

 ――あの黒羽の少女は自身の能力を異常なまでに知っていた。ならば、この新たに現れた五人も知っているという前提で動いた方が良いだろう。

 

 まともな戦況判断が出来るのならば、負荷処理をさせる時間を与えずに畳み掛けて来るだろう。

 流石にそれをやられては負荷を処理する間も無く殺される。敵に負けるというよりも、自業自得の上に自滅に近い形で――。

 

「――まぁ仕方ないか」

 

 この彼が『過剰速写』ならば一撃離脱して立て直す事を選択するであろうが、今の彼は最悪期の赤坂悠樹である。

 自身の時間操作の全てのリソースを負荷処理に当てて――科学とはかけ離れた未知の領域に躊躇い無く手を伸ばす。

 

 ――それが一体何なのかは、第八位の超能力者である赤坂悠樹すら知る由も無い。

 

 赤坂悠樹が行うのは、非常に気に食わないが、第二位『未元物質』の垣根帝督がやっていた正体不明の能力行使の物真似である。

 重要なのは一つだけ。一体何を消費して、如何なる理論で発動しているかは解らないが、その正体不明の力は既存の演算能力に頼らずに発動可能な、素晴らしく都合の良い殺害方法である事のみである。

 

「な……!?」

 

 主である八神はやてを害され、絶対の報復を決意していた鉄槌の騎士ヴィータでさえ、その異常に目をひん剥く。

 赤坂悠樹の背中から正体不明の赤い粒子が翼の如く噴射する。大気がびりびりと震える。途方も無く巨大な力の具現が唐突に生じる。

 

 ――彼の独眼に嘲笑の色が濃く浮かぶ。

 赤坂悠樹は気怠い動作で前に屈み込み、瞬時に自身の身体を反転させる。

 

 ただそれだけの動作。されども、背中から噴射する『赤い翼』はビルを丸ごと一刀両断し、瞬時に飛翔して離脱した赤坂悠樹は先程まで居たビルが一気に崩落する音を見ずに聞き届けた。

 

「――くhr臥キ」

 

 零れた笑みに発音不能のノイズが生じる。

 この『赤い翼』を発動させた時特有の謎現象の一つであり、それに関する考察も何一つ立てれないが――圧倒的なまでの力を振るう事は、それだけで鼻歌を一つ口ずさんでしまうほどの愉悦である。

 

 ――崩壊し、派手な土煙が舞うビルから無数の球体が彼に向かって飛翔する。

 

 これに対して、彼は何一つ行動を取らない。否、取る必要さえ無かった。

 それは鉄槌の騎士ヴィータの中距離誘導型射撃魔法『シュヴァルベフリーゲン』。八発斉射を可能とする超高速の鉄球は、『赤い翼』を展開して宙を舞う赤坂悠樹に命中するより先に見えない何かに衝突し、何処かに弾け飛ぶ。

 

「――囲え、鋼の軛!」

 

 男の声と共に青白い魔力の杭が赤坂悠樹に殺到し、これもまた正体不明の障壁に遮られて届かなかったが、彼の周囲をぐるりと拘束する鎖となって固定化する。

 感心したように「ほう」と、赤坂悠樹は他人事のように高い評価を付けた。

 

「翔けよ、隼――!」

 

 動きを一瞬でも止めたのならば、次に来るのは問答無用の必殺の一撃であり――烈火の将シグナムが持つ炎の魔剣『レヴァンティン』、その第三の弓型形態『ボーゲンフォルム』から放たれる火鳥の矢が二発のカートリッジと共に放たれる。

 『闇の書の防衛システム』の強靭な魔法防壁すら貫いた一撃を、気怠げに手を払うと同時に拘束を薙ぎ払った赤坂悠樹は右手の機械仕掛けの義手をもって、音速を超えて飛翔する火矢を掴み取った。

 

「『超電磁砲』も斯く碼lae3tう一撃だな。第四位なら死rrgじゃね?」

 

 ――シグナムの保有する魔法の中で最たる破壊力を持つ『シュツルムファルケン』と学園都市製の最小限度の機能しか持たない義手の拮抗は一瞬の事であり、普段使われる事の無い義手は呆気無く必殺の火矢を握り潰した。

 

「……『闇の書の防衛システム』の方がまだ可愛げがあるな」

 

 デバイスを弓の状態から剣の状態に戻したシグナムは苦渋を浮かべながら目の前の暴君をそう評する。

 夜天の書の守護騎士『ヴォルケンリッター』と学園都市の第八位『時間暴走』赤坂悠樹の戦闘はまだ始まったばかりである――。

 

 

 

 

(――大丈夫、大丈夫。あの『赤い翼』状態のクロさんのオリジナルさんは『時間操作』を使わないから、理不尽なまでに攻撃力が高くて、理不尽なまでに防御力が高くて、理不尽なまでに速いだけや!)

 

 ヴォルケンリッターの主である八神はやてはリインフォースとシャマルの助けがあってビル崩落から何とか無事脱出し、念話にて指揮官としての能力を存分に振るう。

 元より八神はやての真価は一介の魔導師としてではなく、集団の頭脳として添えられた際に最も効率良く発揮するものである。

 

 ――八神はやてを一対一の状況下で仕留め切れなかった時点で、勝負の天秤は決したと言える。

 

(……なぁ、はやて。一つ聞きたいけどさ、それの何処に安心する要素があるんだよっ!?)

 

 目の前の独眼片翼の魔人の猛攻を必死に躱しながら、ヴィータは念話にて悲鳴をあげる。

 

「テメェ! 少しは周囲の被害とかを考えやがれッ!」

「知るle徊iよッ!」

 

 その何度目かの攻撃の余波で数個目のビルが物理的に崩落し、周囲一帯が唯一人の人間の手によって更地になる勢いである。

 相見えた時から頭の螺子が緩んでいる野郎だと断定していたが、緩んでいる処が螺子そのものが皆無というイカれっぷりである。

 

(大丈夫、ヴィータとシグナムとザフィーラなら凌げる筈や! 多分だけど、クロさんのオリジナルさんが負荷処理を終える前に間に合うと思う!)

 

 確かに、八神はやての目測は正しいとヴィータは判断する。

 目の前のこの敵は強大な力を本能的に振り回すだけの、武術に通じていない素人同然の人間である。

 柔よく剛を制すという言葉通り、単純な暴力を制してこそ技術である。

 

 八神はやての負傷が回復し、あの科学の申し子を一発で撃墜する準備は間もなくであり、勝利は目前である。

 

(けれど、コイツは――!)

 

 だが、目の前のこの敵は、一秒毎に洗練され、一秒毎に進化している。

 手に入れた経験を即座に自らの血肉として更なる戦術・戦略を行使してくる。この化け物は圧倒的な初期性能に関わらず、貪欲なまでに加速的なまでに成長しているのだ――。

 

 ――彼女の騎士としての勘が切実なまでに警鐘を鳴らしている。

 これ以上、この相手に戦闘経験を与えるのは余りにも危険過ぎる、と――。

 

 確かに数秒前の彼ならば、八神はやての必殺の一撃に為す術無く倒されるだろうが、数秒後の彼は果たしてそう断言出来るだろうか?

 

(それに、コイツがはやての言う通りの能力を持っているなら、この『赤い翼』を使い終わる前に片付けないとまずい……!)

 

 

 同時期、この異次元的で刺激的な小競り合いに飽きた赤坂悠樹はさっさと状況を動かそうと思考を巡らせていた。

 

 

(……とは言え、負荷処理は六割ほど。こればかりはこれ以上早められないし――)

 

 この『赤い翼』状態で不本意にも小競り合いになってしまった原因は相手も空を自在に飛翔出来る事に他ならず、接近して致命打を浴びせる機会を作り出せない。

 また、三人の中で一人だけに目標を絞っても、フリーになった二人からの妨害を受けて決まり手にならないもどかしさに内心舌打ちする。

 

(――此処まで来ると単純なコンビネーションとは思えないな。精神同調か視覚共有の類か?)

 

 長期戦は今の彼にとっては望む処なのだが、どうにも説明不能な予感が明確に否と告げている。

 未来を完全に演算するには不確定要素が多すぎて構築出来ないが、ある種の焦りが胸に蟠る。

 

(多少無茶をしてでも切り抜けるべきか。――ふむ、『多少の無茶』か)

 

 電撃的に閃いた新たな発想を元に、赤坂悠樹の悪魔的な頭脳は即座に詰む算段を構築する。

 それを実行するに当たって、最適の戦術プランを即座に組み立てて――。

 

 

 ――赤坂悠樹の動きが変わる。

 

 

 不毛な空中戦をやめて、背中から噴射する『赤い翼』を膨張・肥大化させて、無数の羽を弾丸代わりに射出する。

 

「……っ!?」

 

 防御の上から貫いて致命打になりかねない飽和攻撃に、三騎は回避一辺倒を強いられ――気付かれぬ程度に活路を用意し、意図的に誘導して追い詰めて、目標地点まで誘われた盾の守護獣ザフィーラに対し、赤坂悠樹は鳴らさなくても良い指を小気味良く鳴らした。

 

 ――その現象は『再現(リプレイ)』。

 法則が解明出来ずとも同条件を『再現』すれば、現象は嘗て通りに行使される。

 

「――!?」

 

 数刻前に赤坂悠樹に放たれた『青白い魔力の杭』はそのまま、その発射・着弾地点に誘導されたザフィーラに殺到し、自らの魔法に反応出来ずに貫かれ、副次効果で頑強に拘束される。

 

「っ、ザフィーラ!」

 

 宙に固定され、身動き取れなくなったザフィーラに『赤い翼』の射出は殺到し――即座に、司令塔の八神はやての念話が発せられる前に、シグナムがザフィーラの救援に、ヴィータが囮役を買いでてグラーフアイゼンで殴り飛ばそうと飛翔し切迫する。

 攻撃が通らなくとも、一瞬でもあの『赤い翼』の攻撃を遅滞させれば、シグナムという騎士は活路を開く。信頼という名の確信だった。ただ――。

 

(――駄目、ヴィータ! 逃げてっ!)

 

 八神はやての悲鳴じみた念話の意味を理解した時、赤坂悠樹は『赤い翼』の展開を止めて、一つ眼の凶眼を此方に向けていた後だった。

 

 ――右腕肘部分、左腕肘部分、右足膝部分、左膝部分、いずれも『コンマ一秒単位のタイムラグ無く』、突如現れたナイフによって貫かれる。

 

 

(っっ! これが、『時間停止』――!?)

 

 

 呻く間も無く、いつの間にか正面に居た赤坂悠樹の踵落としがヴィータの頭部に落とされ、為す術無く墜落して地面に激突する。

 意識が揺らぐも、貫かれて尚離さなかったグラーフアイゼンに力を入れて一矢報いようとし、無慈悲に頭を踏み抜かれて、ヴィータは意識を遥か彼方に誘われた。

 

 

 

 

(……そんな、まだ負荷処理の最中の筈!? それなのに限界を超える能力行使したら……!)

 

 はやては遥か上空で自身の計算違いに混乱するも、その原因を即座に突き止める。

 それは彼女の見立てが甘かったのではなく、あの赤坂悠樹が彼女の想像を超えるほど狂っていたからである。

 

 ――『過剰速写』が語った、彼のオリジナルの奥の手。

 学園都市の超能力者の第一位『一方通行』すら打ち破ったのは、AIM拡散力場を連結停止させて、世界の時間の歯車を三秒だけ止める『時間停止』である。

 

 光さえ反射する相手ならば、光の速度すら超越した攻撃なら当たるという理不尽な暴論を、実際可能にする事で彼は第一位を打倒する。

 

 ――当然ながら、赤坂悠樹の奥の手である『時間停止』は現在の彼の負荷の限界を超えた能力行使である。

 

 死なない程度に墜落したヴィータの頭を踏み抜いた後、彼の左腕の肘から手の甲にかけて風船の如く破裂する。

 生じる激痛に苦しみ悶えながらも、尚上回る狂笑を浮かべて――八神はやては能力によって生じた負荷を一点に集めて意図的に暴発させる事で全負荷を一気に解消したのだと、恐怖と共に理解する。

 例え思いついたとしても、それを実際に実行する自傷行為が、はやてには信じ難かったし、その点ではまだオリジナルの赤坂悠樹を見誤っていた。

 

(っ、ヴィータは……!)

 

 赤坂悠樹の破裂して螺子曲がって折れた左手、其処から出血する血が透明の管を通るように循環する。

 嘗ては八神はやての延命の為に用いた能力行使を自身に行使し――未だに意図的にトドメを刺していないヴィータの頭を踏みながら、狂ったように笑う赤坂悠樹は天を、シグナムとザフィーラの方へと見上げた。

 

 

「――安心しろよ。まだ殺していない。十秒後に踏み抜いて殺すけどさ、このまま見殺すか玉砕するかぐらい選ばせてやるよ」

 

 

 三秒間限定の『時間停止』によって有無を言わさず殺していないのはこの為であり、「十、九――」と、赤坂悠樹による正確無比の、無慈悲なカウントダウンが開始された。

 女の子供は殺さない、という禁忌は既に亡く、唯一心の奥底に残っている人質の無力な女子供を殺させないという心の縛りも、戦闘力ある人外には適応外である。

 

(……あかん。どないしたら――!)

 

 ヴィータを助ける為にシグナム・ザフィーラを向かわせれば返り討ち必定、かと言って、見殺す訳にはいかない。

 何方も選べない理不尽な選択肢を突き付けられ、「――八、七」と、刻一刻減る死刑執行へのカウントダウンによって極限の状況下に陥った時、とある小話が脳裏に電撃的に過った。

 

 

『――『悪党』に人質は通用しない。これは覚えておいて損はない小話さ』

 

 

 それは嘗て『魔術師』の屋敷に身を寄せた時の、盲目の魔人からの退屈凌ぎの話だった。

 

『んー? つまり、『魔術師』さんの言う悪党さんは人質に足る存在が無いって事?』

『いいや、そういう意味じゃない。もっともっと単純な、思考の問題さ』

 

 その言葉遊びに理解出来ずに頭を傾げるはやてを、『魔術師』は楽しげに笑う。

 暫く悩んだ後、はやては「降参!」と白旗振って、その答えを求めた。

 

『人質を取られて無理難題の要求をする相手を見た時、私達『悪党』はこう思考するんだ。『馬鹿が、自殺願望でもあるのか?』とね。態々重荷を自分から背負って足を止めてくれるんだ、そんな馬鹿は殺したい放題だろう?』

 

 その暴論にはやては「えぇー?」となるが、さもありなん、『魔術師』の扱う致死の魔弾は百発百中以上の精度だからこそ言える理論では無いだろうか?

 

『何処ぞの国家が掲げる『テロに屈しない』というメッセージは実に理に適っている。要求なんて一切聞かずに容赦無く殲滅するのが正しい対処法なのさ』

 

 はやては「そんなもんなんやなぁ」と感心しながら流す。

 その時は余り重要視していなかったが、大切なのはその後の話だった。

 

『この小話の面白い処はね――超一流の『悪党』は人質が通用しない事を誰よりも痛感しているという事だ』

 

 「え?」と、意外な事を聞いたはやては興味津々と耳を傾ける。

 

『だから、構わず攻撃する素振りを見せれば簡単に人質を手放す。重荷と一緒に死にたくはないからね。悪どくなればなるほど人質を有効利用出来ないのは皮肉な話だ』

『へぇ~、二重の意味で人質が通用しないって事なんかぁ……』

 

 逆説的な視点であるが、だからこそ見落とされがちな観点だった。

 あの赤坂悠樹は掛け値無しの悪党であり――其処から導き出される第三の選択肢を、八神はやては迷い無く選んだ。

 

 

 

 

「五、四――!?」

 

 呑気に数えながら、『時間停止』の演算と気絶するヴィータの顔を木っ端微塵に踏み潰す演算を同時進行で進めていた赤坂悠樹は――その何方も破棄し、命からがら前方に大きく跳んで回避する。

 

「――ッ!」

 

 一瞬前まで赤坂悠樹の心臓部分があった地点には誰かの『手』があり、そのまま倒れるヴィータを掴んで引きずり込んで消える。

 

(部分限定の空間転移? それにしても構わず攻撃してくるとはな。顔に似合わず非情の決断――!?)

 

 敵の予想外の非情さに上方修正するより早く、赤坂悠樹は天を見上げる。

 既に彼の知覚範囲にシグナムとザフィーラの姿はなく、この時点で彼の頭脳は自身が詰んだ事を悟った。

 

 

 ――その混迷なる闇夜を照らす破滅の光は桃色。

 高町なのはを蒐集した折に、広域攻撃属性を付与して独自仕様と化した超弩級の集束砲撃魔法『スターライトブレイカー』が遥か上空から八神はやての手によって放たれた後だった。

 

 

「……え? 何この核兵器? 非核三原則どうした? おいおい、オレの方には核兵器も大丈夫というキャッチフレーズは無いんだけど?」

 

 赤坂悠樹を詰む手段は二つ。能力を使わせ続けて自滅させるか、回避も防御も不可能の超広範囲の一撃で蹴散らすかの二択であり、これは後者だった。

 

(十倍速による緊急離脱、否、間に合わない。あの馬鹿げた桃色の光を『停止』させて殴り飛ばす、否、あれは未知の粒子の結合体、能力処理が間に合わない。『時間停止』は停止中は他の時間操作が行えない為、実行しても意味が無い)

 

 あれこれ高速で打開策が無いかと思考を巡らせながらも、指揮官にして最大火力保持者の八神はやてを取り逃がしたのが最も致命的だったと、己の敗因を冷めた眼で分析する。

 

「……はぁ、訳の解らない地で、訳の解らない奴に殺されるかぁ。実に締まらない最期だったな……」

 

 残された手段は自身にとっての最大の不確定要素、最大出力での『赤い翼』状態で抗う事のみであり――実際にやる前から拮抗しても数秒足らずだろうなぁと、赤坂悠樹は晴れやかに諦めながら笑う。

 目前にまで迫る死の具現は、彼にとって例えようの無いほど魅力的だった。

 

「良いぜ、最期まで抗ってやる。惨めに無様に悪党らしく。オレは、学園都市最強の『超能力者(レベル5)』だからな――!」

 

 ――赤い片羽の天使が桃色の極光に飲み込まれ、地上に煌めく救済の光が混迷の魔都を桃色に照らした。

 

 

 

 

「……や、やった?」

 

 リインフォースとのユニゾンからの高町なのはの代名詞『スターライトブレイカー』が数キロ単位に渡って炸裂し――流石のはやても、こんなものを個人に撃つものじゃないと戦々恐々する。

 

『あの滅びの光を爆心地近くで受けたんです。生きてはいますまい――』

「い、いやいや、非殺傷設定やからな!? あとなのはちゃんの魔法を禁断の大量殺戮魔法扱いするの禁止なっ!」

 

 古代ベルカの融合騎からも『滅びの光』扱いされる魔法って、と色々驚愕しながらも、はやては爆心地目掛けて飛翔する。

 非殺傷設定であり、周辺の建物に影響は無かったが、既にあの赤坂悠樹と守護騎士達の戦闘で見るも無残な現状になっていた。

 

 ――探す事、三十秒余り。はやては赤坂悠樹を発見した。

 

 彼は前のめりに倒れていて、ぴくりとも動かなかった。地に伏せる彼を中心に溢れ出るほどの赤い血が流れ落ちており――覚悟していたとは言え、能力の制御を手放して暴発した後だとはやてに悟らせる。

 

「シャマル! こっちや! クロさんのオリジナルさんを治療してやって!」

 

 自分の治療をして、更には負傷したヴィータの治療中の、今回の影のMVPである泉の騎士シャマルに念話を送った時、ぴくりと、うつ伏せになっている赤坂悠樹に動きがあった。

 

「え……?」

 

 否、それは動きというには、余りにも生理的なものからかけ離れた変化だった。

 流れ出た血が自然と巻き戻り、能力によって自傷して破裂した左腕も自然復元する。

 それはまるで時間を巻き戻したかのようであるが、もしも赤坂悠樹の『時間暴走』でそんな真似をしたのならば、即座に時間の振り戻しがあって結局は必ず破裂する事になる。

 

 ――それは彼の能力以外の作用であり、此処に居る誰もが知らないが、口寄せ『穢土転生』によって呼び寄せられた死人が保有する復元作用だった。

 

 すぐさま息を吹き返し、元通りになった左腕を在り得ないものを見るような眼で確認した赤坂悠樹の顔には、今まで一度も浮かべなかった、深い深い絶望が刻まれていた。

 

「なんだこれは……!? ふざけんな、どういう事だァッ! 何でオレは死んでないッッ!」

 

 最終的に死を望み、唯一の救済たる死さえ奪われた彼に齎されたものは、底無しの絶望だった――。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23/裏表の決まってないコイン

 

 

「……『師匠』ねぇ。正直私に師としての資質は限り無く欠如しているのだが」

「そんな事無いです! 神咲さんは私の得意分野とか即座に見抜いたりして、的確な課題を与えてくれますし――」

 

 必死に言い繕う自称『弟子』の高町なのはに、他称『師匠』の神咲悠陽は椅子に腰掛けながら少しうんざりとした表情を浮かべる。

 本来の彼女の物語ではユーノ・スクライアという魔法の先達がいたが、どういう手違いが起こったのか、彼女の元にフェレットの姿は無く、その代役を不本意ながらも自身が務めざるを得なくなったのは彼としても予想外の出来事である。

 

 ――この在り得ざる日々は違う並行世界での事。高町なのはが英霊に成り果てる世界線での事である。

 

「確かに素質を分析し、能力面を特化させるのは得意分野だがね。……私が言いたいのは思想面の事さ」

 

 憂鬱そうな顔を浮かべる神咲悠陽に、高町なのはは不思議そうに眺める。

 その何も解っていない、純粋な困惑を察した神咲悠陽は深々と溜息を吐いた。

 

「私が自身の事を『悪』だと、人として間違っているものだと自覚しているのは、根底に一回目の人生で培った普遍的な人間としての正常な道徳概念があるからだ。真性の『悪』は自らを『悪』だと自覚していない。信じ難いほど偏屈なまでに『正義』だと、自らの行為全てが完全無欠なまでに正しいものだと錯覚しているものだ」

 

 世界は単純な二色、『善』と『悪』にのみ分けられ、己自身は絶対不変の『善』だと盲信出来るのならば、悩みも迷いも葛藤も何一つ生まれないだろう。

 神咲悠陽は吐き捨てるように「全くもって羨ましい限りだ、そういう度し難い愚物は」と毒づく。

 

「……『正義』と『悪』なんてコインの裏表のようなもの。視点の数だけ見方があり、その境界など常に移ろうもの。だからこそ不変の『絶対悪』は存在せず、同時に絶対的な『善』も存在しない」

 

 その意見には素直に納得出来た。

 例えば周辺国に戦争を仕掛けた独裁者も、その国の人から見れば幾多の災難を振り払った強大な指導者であり、『正義』と『悪』は基本的に両立するものである事が解る。

 だからこそ、自身を最初から『悪』であると断じている神咲悠陽は異質なのであるが――。

 

「つまりは、自ら『悪』だと断定している弱者が、誰かを正しく導ける道理はあるまい」

「……弱、者? えと、師匠が……?」

「誰よりも弱いさ。人として正しい在り方である『正義』を貫けなかったからこそ、私は『悪』としての在り方しか執り行えない」

 

 その彼らしからぬ言葉に、高町なのはは誰よりも困惑する。

 高町なのはが内心憧れたこの人物は善悪かはとりあえず問わないが、理不尽な存在をより強大な理不尽で薙ぎ払う、理屈抜きの絶対的な強者である。

 そんな彼が自身の事を弱者と認めている事実が、とにかく不思議で溜まらなかった。

 

「強くなければ『悪』としての存在意味が無いのに、弱くなければ『悪』になんざ堕ちない。中々皮肉な話だな、これは――」

 

 神咲悠陽は自虐的に笑う。

 此処で――強大な『悪』である彼が自ら望んで『悪』になったのだろうか、という初歩的な疑問に思い至る。

 いつしか話してくれた事だが、彼は『三回目』の転生者。その特異な生い立ちの者は『二回目』に多種多様な世界での資質・技能・記憶を全て受け継いで産まれたというが、肝心の『一回目』は誰しも一般人だったという。

 それは神咲悠陽も例外ではなく――誰もが恐れる『魔術師』の根底には、もはや見る影も無いが、自分達と同じような一般常識・道徳概念があるのではないだろうか?

 

「少し意地の悪い質問をしよう。母と恋人が人質に取られてしまい、どのような選択をしても必ず一人以上の犠牲者が出るとしよう。さぁ、どうする?」

 

 あれこれ考えている間にそんな突拍子も無い質問を投げかけられ、自身の母親である高町桃子の顔と、あろう事か、その恋人役に神咲悠陽の顔が真っ先に浮かんでしまい、なのはは顔を真っ赤にして慌てて首をぶんぶん振るって妄念を薙ぎ払う。

 

(な、何で神咲さんが真っ先に……というか、人質になるビジョンが全く見えないのです)

 

 その突然な様子に当の本人である神咲悠陽は首を傾げて疑問符を浮かべていたが――。

 

(……うーん、こういう質問をしてくる時は――)

 

 大抵、神咲悠陽が意味深な質問を投げかける時は、何かを計り、試している時である。知らぬ内に見計らい、何かしら期待する、対応する者にとってはこれ以上無く困る悪癖である。

 こういう場合、安直な解答が正当ではない。

 人質を救う為に犯人を犠牲にするというのが一見して百点満点の模範解答だろうが、神咲悠陽の場合は容赦無く赤点扱いにしかねない。

 幾ら元の価値観が一般人だっただろうが、現在の彼の価値観は常人には理解し難いほど歪みに歪んでいる。

 

 ――実際にそのような状況下に陥った時、自分はどのような選択をするのだろうか?

 

「……全員助けたいと思うのは、傲慢なのでしょうか?」

「ほう、『全員』か。それは人質に取られた母と恋人だけでなく、その犯人も、という事かね?」

 

 その赤点必須の問題しかない解答を、神咲悠陽はまるで望んでいたかのように嬉々と聞き届ける。

 彼の期待を損ねずに済んで、高町なのはは内心少しだけほっとする。

 

「方法が無い訳ではない。その犯人を説得して自主的に投降させるように仕向ければ良い。だが、これは最も難易度が高いのは言うまでもないし、最も危険度が高い。説得に失敗すれば母も恋人も犯人自身も全員死ぬしかないからね」

 

 意外な事に神咲悠陽はその夢見な妄言を否定せず、その道筋まで細かく推測して語る。

 例えるならそれは遥か上空に掛けられた板一枚の道を歩むような行為であり、更なる泣き所は自身の失敗が自分以外の者にまで及ぶという点である。

 言うは易し。だが、実際にその状況になって、本当にその最も困難で最も危険な道を選べるだろうか?

 

「その最も困難で危険な道を自覚して貫き通せる強さがあるのならば、ソイツは『正義の味方』と呼ぶべきなんだろうね。私には未来永劫なれないが、君ならばそういう存在にいつかなれるさ――」

 

 珍しく邪気無く楽しげに笑いながら断言する悠陽に、なのはは気恥ずかしくなる。

 それと同時に――本当に自分はそんな立派なものになれるのだろうか、と僅かに疑問を抱いてしまう。

 

「ちなみに師匠は、そういう場合に陥ったらどうするんですか?」

「達成困難な最善よりも達成確率が最も高い『次善策』を選ぶだろう。ただし、その、私にとっての『次善策』とは『正義の味方』が最初から選択の余地すら入れない『最悪の策』に他ならないがね」

 

 そうして笑う神咲悠陽の表情には、邪気よりも悍ましい怨念と狂気が見え隠れする。

 これだけでなのはは察してしまった。そういう場面に彼が対面した場合、手段を選ばず――否、手段を選べずに、タイムラグ無く『悪』を成して最小限の犠牲者を切り捨てる事を。

 必要となれば、一人、二人、千人でも、代償を積み上げて目的の成就を完璧に成し遂げるだろうと――。

 

 ――ただ、問題になるのは、彼自身が自分にとっての『最善』であると誰よりも『理解』していても、その事を『納得』しているとは限らない事である。

 

「これは私自身の魂の方向性、根源の渦から生じた混沌衝動『起源』の問題だ。私は思い描いた最善の結果には辿り着けないが、思い描く最悪の結末に歪める事は出来る」

 

 それこそが彼の歪みの本幹。『悪』を自称しながら、誰よりも『正義の味方』足り得る存在に憧れ、誰よりも『悪』としての自身を自己肯定出来ない。故に――。

 

「……だから、私は私自身の選択に、常に後悔しかない。最善の未来を思い描きながらも、最悪の未来しか実現出来ない――私は、『悪』にしかなれない」

 

 其処にどれほどの苦渋があったか、葛藤があったかは、今のなのはには察する事すら出来ない。

 

 ――その自己矛盾は、永遠に晴れる事がない。

 善意で行動した結果、全て失敗に終わった『一回目』の人生のように。

 悪意で行動した結果、全て成功に終わって、されども何一つ掴めなかった『二回目』の人生のように。

 

 それでも、なのはの胸には燃え上がる想いがあった。

 あの日、あの夜、あの背中を見て抱いた想いを、なけなしの勇気を振り絞って、なのはは口にした。

 

「……バーサーカーがすずかちゃんの制御下から外れた時、秋瀬君がすずかちゃんを殺す選択に迫られた時、師匠は、神咲さんはバーサーカーを焼き尽くして最悪の結末を覆しました。――あの時の貴方の背中を見て、まるで御伽話の『正義の味方』みたいで憧れたと言ったら、笑います、か……?」

 

 それはさっき彼自身が言った事でもある。

 『正義』か『悪』だなんて、見方一つで一変する。

 誰よりも悪辣で冷酷無比な『魔術師』の事を、高町なのはには窮地を颯爽と解決する『正義の味方』に見えてしまったのだから――。

 

「――」

 

 その告白を受けて、暫しきょとんと驚いた顔を見せた神咲悠陽は、途端、歯に詰まったものがいつまでも取れない時のような微妙な表情になる。

 

「……むず痒い。――はいはい、この話はもう止めだ、止めっ! 出来る限り忘れろ、いや、絶対忘れろ。これは師匠命令だ!」

「え、えぇー!? こういう時だけ師匠らしくするんですか!?」

「弟子は師匠の横暴さを我慢するのも修行の一環だと昔の偉人は言ったそうだ。ちなみに実際に言ったヤツは知らん」

 

 物凄い暴論で締められ、この話は終わりだとそっぽを向いて捨て去る。

 

「……えと、それじゃ一つだけ聞いていいですか?」

「ほう、なのはも交渉事が上手くなったものだ。良いとも、口封じの為に何でも一つ答えてやろうじゃないか」

「そ、そんなんじゃないですっ!」

 

 お主も悪よのう、という時代劇の代官様みたいな悪どい顔付きをする神咲悠陽を見る限り、自身の役柄を楽しんでいる一面は無きにしてあらずと言った処なのだろうか?

 それはさておき、滅多に無い言質を取っただけに、なのははとある疑問を口にする事にした。

 

 

「――どうして神咲さんは今の、自身の平穏を絶対遵守するという名目で……人には言えないような悪い事をしてでも、自らの意志でやろうと……?」

 

 

 神咲悠陽という人間を語るに至って、最後に現れる疑問がそれであろう、

 そう、彼には見て見ぬふりをする事が出来た。何もかも関わらずに俯瞰して、それでかつ自身のみ安全圏に避難する事など今の状況から考えれば遥かに簡単だろう。

 自分一人の保身を確保するだけならば、彼は簡単にそれを成し遂げる事が出来た。

 

 ――でも、彼は見て見ぬふりをせずに、誰も気づいてなかった悪意に立ち向かった。

 

 言葉に尽くせぬ悪行を駆使してでも完遂させると覚悟した。自己の矛盾を乗り越えて行動しようとしたその原動力は何だったのか。

 

 ――憧れる人の、最初の第一歩が知りたい。

 

「……冬川と同じ事を聞いてくるんだな」

 

 懐かしむように呟き、神咲悠陽は何回も咳払いした後に、漸く、渋々と口にした。

 今、考えると――その必要以上に長い前置きは、気恥ずかしさから来ていたのではないだろうか?

 

「……良いか、他の奴に絶対言うなよ。この私の言葉の重さを履き違えてくれるなよ? 君が私と同系統の魔術師なら『自己強制証明(セルフギアス・スクロール)』で死後の魂をも束縛するほどだ」

「……えーと、それって前、『魔術師の連中はあれを違約不能の絶対の不文律だと勘違いしているからな』って鼻で笑ったヤツじゃ……?」

「なのは。今後の人生の為になる便利な言葉を授けよう。あれはあれ、これはこれだ。んで、その理由は、な――」

 

 

 

 

「――当然の結果よ。『魔法』に出遭って一年未満の私が、未来の『私』に勝てる道理が無いわ」

 

 この組み合わせが最も早く決着が付いたのは、ある意味当然の事である。

 レイジングハートを杖代わりにしなければ立ってすらいられないほど満身創痍の高町なのはは、未だに無傷で天を舞う自身の未来の姿――アーチャーを弱々しく見上げる。

 

(予想以上に手こずった、か……)

 

 それがこの戦闘での、アーチャーの素直な感想だった。

 明らかに過去の自分よりも、あの高町なのはは強かった。自分との交戦の最中、砂が水を吸うように秒単位で成長していった。

 そういえば、神咲悠陽から聞いた事がある。前世の自身の経験を憑依させる事で力とする魔術も存在していたと。それが同一人物ならば、なるほど、在り得ない前提であるが、それと似たような状態を引き起こしたのだろう。

 未来の自分からの戦闘は、恐ろしいほどの速度で力の使い方を最適化させて突然変異にも似た超成長を引き起こした。

 

 ――ただ、それだけの事に過ぎない。

 

 最終形の自身と発展途上の自身、先に限界に到達するのは当然の事ながら過去の自分である。

 最初から解り切った結末であり、予想外にも善戦されたというだけの話である。この天秤の傾きは奇跡が起こらない限り覆らないものである。

 

「立ち上がってどうするの? 貴女は何も守れない。何も変えられない。この『私』がそうだったように――」

「ち、がう。貴女は、ちゃんと……!」

 

 その過去の自分の言葉に、アーチャーの眉がぴくりと動く。

 

「……確かに『私』は一生涯を賭けて英霊の域に達して、最悪の未来に対して一石を投じた。『私』自身は師匠の手で葬られたけど、あの炎の海に消える未来は変えられた……」

 

 ――初めから神咲悠陽の説得は不可能だと解っていた。

 

 彼の動機を唯一知る彼女には、彼の方針を如何なる策・如何なる言葉を尽くしても変えれない事をとうに悟っていた。

 だからこそ力尽くでこの魔都から遠ざけようとして、彼は当然の如くその手を振り払った。

 彼女の一生涯を賭けた逢瀬は失敗に終わったが、未来は変わった。神咲悠陽は自身の死因すら乗り越えて生き延びる事が出来た。

 

 ――だが、ただ、それだけだった。

 

「けれど、またしてもあの人は殺されてしまった……! ……結局、『私』のした事は、殺される時間を少しだけ先伸ばしたに過ぎなかった。『私』の人生は、何の意味も無く無価値なものに過ぎなかった……!」

 

 自身の蛮行はこの世界にバタフライ効果を与えたのは確かである。

 けれども、その歪みは一時的のモノに過ぎず、結局は元の流れに収束する。その目に見えない無意識化の力の流れを彼は、神咲悠陽は『抑止力』と言っていた。

 この世界には星側の抑止力は無いそうだが、霊長たるヒトの抑止力はこの世界にも存在する。

 

 ――それが死後、アーチャーが霊長の守護者『奴隷(サーヴァント)』として時を超えて存在している理由であり、最大の敗因でもあるのは皮肉以外の何物でもない。

 

「……貴女に言っても無駄なのは最初から解ってる。貴女は『私』にならない私だもの。こんなのは、的外れな八つ当たりに過ぎない――」

 

 彼女を穢土転生と良く似た別の術で呼び寄せた者からの強制力は確かにある。

 だが、それはアーチャーにとっては無視出来る程度の代物、令呪のような絶対的な効力は持たない。

 神咲悠陽を殺した仇敵への憎悪の矛先を、ほんの少しの間だけ別方向に誘導しているだけに過ぎない。 

 

(――尤も、殺害対象に認定した私を『私』自身が殺せば、どうなるかなんて誰も解らないけど……)

 

 あれはアーチャーに成り果てない高町なのはではあるが、彼女自身が殺せば、その大きな矛盾による修正で英霊と成り果てている彼女自身も消滅するかもしれない。

 或いは、殺害して術者からの縛りを正規方法で解放した時点で、穢土転生の術を解印して現世に踏み止まれないようにするだろう。

 全くもって此度の茶番は馬鹿馬鹿しいという言葉に尽きる。何もかも中途半端で、何も果たせない。全くもって酷い有様だった。

 

 ――だから、アーチャーに唯一許された自由は、あの『自身』への憎悪を直接叩き付ける事に他ならない。

 

 神咲悠陽が火の海に消え果てない世界線に居た『高町なのは』を、並行世界で助けられた自身より優先されたこの世界の『高町なのは』を、この世界線で神咲悠陽を助けてくれなかった『高町なのは』を――!

 

 止めの一撃は何が良いか――その答えは最初から一つしかなかったが――考えていた時、彼女達が戦闘で撒き散らした魔力の残滓が急速に集められていく。

 

 此処だけではなく、海鳴市全域から。

 桃色の粒子だけでなく、緑色の粒子なども一斉に、遥か上空の何処かに誘われて行く。

 

「……あ」

 

 アーチャーは意外そうな眼で、満身創痍の高町なのはは絶望した表情で。

 彼女でも『彼女』でもない『第三の使い手(八神はやて)』によって余さず回収されたようだと、アーチャーは他人事のように感心する。

 

「――あら、これで『奥の手』も使えないわね」

 

 魔力が無くても最後の最後に使う事が出来る高町なのはの最大の手札、集束砲撃魔法『スターライトブレイカー』、これの超火力の直撃を受ければ、如何にアーチャーと言えども敗北は必定である。

 尤も、彼女自身が今の高町なのは以上の撃ち手ゆえに、同じ土俵に上がれば何方に軍配が上がるかは明々白々であるが――。

 

「……締まらない最期ね。まぁそれも私には相応しいかな」

 

 もはや抵抗すら出来ない高町なのはに、アーチャーは非殺傷設定を切ったアクセルシューターを一発撃ち放つ。

 防御魔法どころか、バリアジャケットが半壊している状況では致死の魔弾であり、それを避ける機動力すら今の高町なのはには無く――。

 

 心臓を撃ち貫く前に、黄色い閃光が絶体絶命の高町なのはを救出する。

 

 その突如現れた第三者を目視しながらも、いや、目視したからこそ、アーチャーは何の対応も出来なかった。

 思い出の黒いリボンは未だに彼女のツインテールにあり、自らが齎した歪みを、アーチャーは改めて目の当たりにする事になる。

 

「……フェイトちゃん」

 

 その呟きは、何方のなのはが言った言葉だろうか。

 

「あら、マスター。いえ、元マスターでしたね。何の用ですか? これでも忙しいんですけど」

 

 慣れない憎まれ口を叩いて、アーチャーは雑念を捨てようとする。

 久々に遭った親友――正確には親友になる前に何もかもぶち壊してしまった別の可能性の親友――は何処かやつれていて、夜の暗闇にも紛れないぐらい顔色が悪くて、眼が真っ赤で充血しており、敵である筈の自分すら安否を気遣いたくなるような惨状だった。

 

「……アーチャー」

 

 それもその筈である。今のフェイトは――。

 

 

「……二日前に、母さんが逝っちゃった」

 

 

 見ている此方がいたたまれない笑顔を見て、アーチャーは絶句する。

 

「アーチャーの辿った世界では、私の母さんは『時の庭園』の崩壊に巻き込まれて、アリシアの亡骸と共に虚数空間へ消えて逝った、だったよね?」

「……えぇ」

 

 プレシア・テスタロッサ。フェイト・テスタロッサを『製造』した大魔導師であり、最期まで彼女の事を自分の娘だと認めずに見捨てた、アーチャーにとっても許せない人物である。

 そう、『時の庭園』の崩壊と共にプレシアの亡骸と虚数空間に消え去った人物が、何故、近日にまで生き残っていたのだろうか――即座に、それ以上考えるなと彼女の中の何かが警鐘する。

 フェイトの話を聞かずに戦うべきだと、有無を言わさずに制圧するべきだと、確信に近い直感をしながら、アーチャーは動けずにいた。

 

 ――それが、自身の齎した最大の罪、あるべき未来を改変した歪だからこそ、処刑宣告を待つ受刑者のように、アーチャーは沈黙する。

 

「私がアーチャーを召喚して、貴女の世界とズレちゃったのかな。『時の庭園』が崩壊する事無く、母さんは管理局の人に確保されて、冗談みたいに永久冷凍刑に処されたの」

「――え?」

 

 フェイトから告げられた信じられない事実に、アーチャーは耳を疑う。

 自身の正常さを疑い、管理局の正気を疑う。確かに自分の世界での管理局の上層部は信じ難いほど人として腐っていたが、まさか其処までするとは想像外の事であった。

 

「……彼らは私にこう言ったの。母さんを助けたければ、言う事を何でも聞けって。まずは全身を拘束されて身動き出来ない次元犯罪者を突き出して『殺せ』って……」

 

 そういう人に言えない暗部が存在していた事は、アーチャーとて知っている。

 だが、彼等が自分とフェイトに求めた役割は清く正しい広告塔であり、表の役割の筈である。故郷は未曾有の事故で消え去ったが、それでも管理局の正義を率先して実践する若きエース・オブ・エース、偽善の厚かましい押し付けの筈である。

 

「……どうしてアーチャーの辿った世界よりも酷くなっちゃったのかな……? その時の私は訳が解らなくて、貴女の事を酷く恨んだ。行き場の無い怒りをなのはにもぶつけた……」

 

 何も、言えなかった。改めて自分の仕出かした罪を見せつけられて、アーチャーの心は罪悪感と自責でズタズタに引き裂かれていた。

 けれども、不謹慎ながら心の底で安堵した。此処で穢土転生されて呼び寄せられた甲斐が、一つだけ生じた。

 

(……一度辿った死因は、決して覆せない、か。私は『転生者』じゃなかったけど、もう同じような存在なのね――)

 

 嘗てのアーチャーは管理局に反旗を翻し、反乱組織のリーダーとして幾多の世界を焼いた。償い切れない罪を犯した。その狂乱の最期に引導を渡したのが、他ならぬ唯一の親友、フェイト・テスタロッサである。

 あの時は泣き喚く親友に一生遺る心の傷を与えてしまったが、今度は憎悪のはけ口になれる。殺されてやる事で幾許か気を晴らす事が出来るだろう。

 

 

「――でも、貴女を召喚していなければ、私は母さんと最期まで過ごせなかった。本当の親子に、なれなかったと思う。その事を、私は貴女に感謝する……」

 

 

 ……だから、それだけは、何が何でも受け入れられなかった。

 驚愕と共に正視出来なかったフェイトの顔を見る。彼女は両眸から涙を零しながら、今にも消え入りそうなぐらい儚く笑っていた。

 

「……何、それ……?」

 

 かたかた、と怯え震える。地獄の釜から這い出たような、自分のものとは思えない低い声だった。

 違う。自分に浴びせられる言葉は感謝の言葉なんかではない。憎悪の言葉だ、罪を責め問う地獄の閻魔の如き責め苦だ。そうでなくてはならない。

 彼女は本来辿る筈だった世界を知る唯一の立証者であり、正しき未来を奪った自分を弾劾する権利が彼女にはある。

 それが、その彼女が、全てを貶めた大罪人を許して良い筈が無い……!

 

「……やめてよ。どうして、今更……!」

 

 ――あの時の貴方の背中を見て、まるで御伽話の『正義の味方』みたいで憧れたと言ったら、笑います、か……?

 

 嘗ての高町なのはが神咲悠陽をそう見たように。

 

 その最も困難で危険な道を自覚して貫き通せる強さがあるのならば、ソイツは『正義の味方』と呼ぶべきなんだろうね。私には未来永劫なれないが、君ならばそういう存在にいつかなれるさ――。

 

 でも、彼女は神咲悠陽の期待に答えられず、彼の憧れた『正義の味方』にはなれなくて――。

 

 『正義』と『悪』はコインの裏表のようなもの。

 更に言うならば、何方が裏で何方が表かなんて定まっておらず、それこそ人の視点の数だけ議論が分かれる。

 

「……っっ!」

 

 声にならぬ悲鳴をあげて、アーチャーは激情の赴くままに魔法を振るい、フェイトが正面から受け答える。

 嘗てのサーヴァントと嘗てのマスターが此処に初めて、交差する――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24/炎の道標

 

 ――昔々の話である。

 

 あの英米同時バイオテロ事件、別名『飛行船事件」より十数年後の出来事。

 第九次十字軍の壊滅的な被害により、力を失いすぎたヴァチカンは百年単位の立て直しを強いられていた。

 一夜の祭典の後始末に十数年経った今尚翻弄されながらも、『彼』は聖王庁のとある最高秘密区画に足を踏み入れようとしていた。

 

 ――あと十数年で、吸血鬼『アーカード』は主の下に帰還する。

 

 三百四十二万四千八百六十七の命を殺し尽くして、唯一人の王となって伯爵は帰還を果たす。

 それを知識として識っている『彼』が彼の不死王を殺し切る武器を欲したのは当然の成り行きであり、それを知らない余人が彼の凶行に待ったを掛けるのは当然の成り行きだった。

 

「……どうかご了承を。此処から先は幾ら貴方達『十三課(イスカリオテ)』でも通す訳にはいきません」

 

 最奥の区画にて立ち塞がったのは同じ神父服の男達であり、『彼』を前に緊張を隠せずにいた。

 第九次十字軍の敗残兵、武装神父隊の生き残り、アレクサンド・アンデルセンの再来と目される『彼』に無条件の畏怖を抱いていた。

 

「――特秘聖遺物管理局第三課『マタイ』、貴様等の役目は何だ?」

 

 腹の底から響き渡る声の重圧に、何人かの額から冷や汗が流れ落ちる。

 だが、言葉を喋るからには対話可能の相手という事であり、説得可能であるという無根拠を抱いた彼等の代表は一歩前に出る。

 

「我等の主に関連するあらゆる聖遺物を手段を選ばず蒐集する事が平常業務であり、貴方達『十三課』に対しては対吸血鬼戦術専門に特化した武装を調達する事ですとも」

「ならば、この先にある特秘聖遺物の受領は、何ら問題の無い筈だが――?」

 

 その配慮無き発言に、吸血鬼殲滅しか能の無い戦闘狂に対して怒りが灯る。

 同じ神を信仰する教徒でありながら、余りにも認識の違いに激怒する。

 

「問題? 問題ですって? あれの『真作(オリジナル)』が現存している事そのものが我々カトリックにとっての前代未聞の死活問題ですよッ! あれは門外不出、未来永劫に渡って人知れずに死蔵されるべきなのです……! いや、出来る事ならば鋳潰すべきだッ!」

 

 息切れしながら感情のままに吐露する彼の代表者に対し、『彼』は最初から同じ眼光を向けるのみだった。

 

「そんな事はどうでも良い。オレは貴様と宗教観を悠長に話し合いに来た訳じゃない。今、重要な事は、あれこそが吸血鬼『アーカード』をも真に殺し切る武器かもしれないという事のみだ」

「検証すら論外だッ! あれから導き出される真実は我々にとって致死の猛毒でしかないッ! アンデルセン神父の後継たる貴方でも、我等の神への信仰心を失う事になるぞ……!」

 

 はなからお話にもならない。それは不幸な事に彼等と『彼』の共通認識だった。

 

「――非常に残念だ。『第三課』が『十三課』を正しく理解していないとはな」

 

 そう、彼等は余りにもまとも過ぎた。宗教人としても、人としても正常過ぎた。狂信者が狂信者足る所以を何一つ理解出来ていなかった。

 

「何故に我等が存在せぬ十三番目の、裏切りの使徒の名を語っているか、ご存知か?」

 

 その時、彼等は初めて『彼』の目を直視してしまい――即座に折れてしまった。

 余りにも隔絶した最果ての狂信者を前に、理解を放棄してしまった。こんな化け物みたいな人間への相互理解を何処かに放り投げてしまった。

 

「我等は使徒にして使徒にあらず、信徒にして信徒にあらず、教徒にして教徒にあらず、逆徒にして逆徒にあらず、我等は死徒。教義の為ならば教祖をも殺す――その狂信こそが『ユダ』の名を持つ『十三課』の原理だ」

 

 カカシのように立ち尽くす『第三課』を素通りし、『彼』はヴァチカンにおける最重要特秘聖遺物の一つを受領する。

 『彼』は吸血鬼『アーカード』が帰還する数年前に病死するが、計らずも、その『切り札』は三回目の世界に持ち込めていたのだった――。

 

 

 

 

 死が溢れる。無数の死人が歓喜と狂気と共に行進する。

 吸血鬼『アーカード』の持つ全ての命を解放して攻撃に叩き込む拘束制御術式『零号』――その中心地は、もはや地獄を視覚化した凄絶な惨殺空間に他ならなかった。

 

「――『代行者』は!? 『シスター』はっ!?」

 

 数え切れないぐらいの死者が止め処無く溢れて、死の河は津波の如く押し寄せる。

 この地獄絵図を前知識として識っている転生者さえ実物を見れば慄くしかないだろうが、そうじゃない非転生者達にとってはこの光景は如何に映ったかは、語るまでもないだろう。

 

「何だこれは、何なんだこれはァッ!?」

 

 その彼等は『教会』の構成員、裏方として『神父』『シスター』『代行者』をサポートする、非転生者で構成された名も無き武装神父隊。

 魔都の闘争を乗り越えた百戦錬磨の兵どもは、されども想像以上の惨劇を前に狂乱し恐怖する。

 

「……こ、これが『神父』が言っていた……!?」

 

 これが『神父』の仇敵たる吸血鬼『アーカード』、脈動して動く領地そのもの――吸血鬼という規格を極限まで煮詰めた果てに突然変異を起こした不可避の災厄。

 

 ――敵が血を流す存在ならば、必ず殺せる。

 不死身の吸血鬼とて、再生力以上の攻撃を加えれば滅びるし、再生を無効化する法もある。そもそも律儀に一対一で挑む事もあるまい。

 圧倒的なまでに性能差が存在する人間の身でも、吸血鬼に対する下克上は可能なのである。

 

 だが、これは――一体一体が吸血鬼で、桁外れなまでに物量に勝る死徒の軍勢を前に、人間は何が出来るだろうか?

 

 神に祈りながら蹂躙されるのみだろうか。今までの矜持を全て捨てて逃走するのみだろうか。

 恐怖が臨界に達して、理性が崩壊する刹那、彼等の一人は在り得ない光景を目の当たりにした。

 

 怒涛の如く押し寄せる死の軍勢を前に、たった一人、正面から斬り伏せながら進撃する『神父』の姿を――。

 

「『神父』!? そんな、一人で突っ込むなんて無茶だ……!」

 

 勇敢を通り越して無謀、誰しもそう思った。

 如何に『神父』が超人的な武勇を誇った処で、それは人間の域に留まる。個として最強の武を誇っても、数の暴力を行使する軍の前には無力である。

 

「無理だっ、こんなの滅茶苦茶だッ! 絶対に敵いっこねぇ……!」

 

 いつか必ず疲弊して程無くして無意味に討ち取られる。誰しも思い描ける絶望的な未来図を前に、彼等の士気は崩壊寸前になり――。

 

 

「――情けない。それで『十三課(イスカリオテ)』の名を語るつもりか?」

 

 

 士気の崩壊を一時的に堰き止めたのは、とある女性の声だった。

 振り向けば、其処には黒いシスター姿の女性がおり――自分達の中に彼女のような人物が居たかどうか、誰しも疑問に思う。

 だが、胸元には十字架の首飾りが揺れており、『教会』の一員である事は確かなのだが――。

 

「目を凝らして良ぉく見ろ。あの死者が軍団を成して行進する『死の河』を、不死の吸血鬼の一部たる哀れな領民達を。――あの中に『神父』と一緒に参戦した『武装神父隊』の連中はいるか?」

 

 妙な事を言う。此処に居る全員は『神父』の世界での話を一度は聞いた事がある。『彼』の世界での事を、吸血鬼『アーカード』の事を――。

 

「見分けは付きやすい筈だ。揃いも揃って同じ神父服、同じ眼鏡、同じ手袋――そうだ、貴様等と同じ格好をしているのだからな」

 

 確かに特徴的な格好であり、この無数の死者の軍勢の中でも一際目立つ存在だろう。

 アラブ系市民の死者、全身鎧を身に纏って騎乗する騎士の死者、第三帝国の武装親衛隊たる吸血鬼の兵士、白衣を纏う十字軍の成れの果て――。

 

「い、いない……? 一人足りても、いないッ!?」

 

 幾ら探しても『武装神父隊』だけは、誰も見つけられなかった。

 黒いシスター姿の女性は当然だと言わんばかりに「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「当たり前だ、誰奴(どいつ)も彼奴(こいつ)も地獄の驀地(まっしぐら)に突撃した。それで且つあの哀れな吸血鬼に誰一人血を吸われていない。何故だか解るか?」

 

 今の吸血鬼『アーカード』は脈動する領地そのものであり、彼がその気になればいつでも血を吸って再び『城壁』を築き上げる事が出来る。

 何とも巫山戯た存在である。吸血鬼『アーカード』はいつでも数百万の生命をストック出来る。殺害した敵対者すら自身の領地に招き入れて兵に出来る。

 今の吸血鬼『アーカード』は、『飛行船事件』での殺害数をも自身の命としている。故に、あの戦場で死亡した者ならば彼として存在している筈なのだが――。

 

「あ、あの地獄から生還したから、か……?」

「ああ、ほんの一部の者は生き延びただろうさ。『神父』もその一人だ。だが、大多数はくたばったさ。自爆特攻してアンデルセン神父の道を文字通り切り開きながらな」

 

 ――その答えが、これである。

 

 文字通り、血肉の一欠片すら残らず、アレクサンド・アンデルセン神父への挺身となったのだ。

 カトリックにおける自殺の禁忌、『最後の審判』における肉体の喪失がどれほど恐ろしい事なのかは語るまでもあるまい。

 それを誰よりも熟知しながら痛感しながら、『十三課』という狂信者は躊躇いなく逝ったのだ――。

 

 ――時到らば銀貨三十枚を神所に投げ込んで、荒縄をもって己の素っ首を吊り下げ、されば徒党を組んで地獄へと下り、隊伍を組みて方陣を布き、黙示の日まで七百四十万五千九百二十六の地獄の悪鬼と合戦所望する。

 

 『十三課』とは、嘘偽り抜きに、それを真に実践する最果ての狂信者の集団である。

 

「お前達は何だ? ただの腰抜けか? 女のように泣きながら虫のようにくたばるヘタレの根性無しか? 糞尿と血のつまった肉の袋か? それとも――」

 

 

 余りにも世界の違いを突き付けられ、矮小な己を顧みて――そして出た答えに、彼等の中の一人は力無く笑った。

 

「……オ、オレはさ、『教義』だとか『思想』だとか、全くもって訳が解らなかった。八百万の神がおわす日本生まれだからな、そんなのにはてんで『熱狂』も『狂信』も出来なんだよ――」

 

 彼等の中の一人から突如飛び出した大胆な告白に、誰もが聞き入る。

 それは皆が誰しも口に出さなかった事ではあるが、誰しも心の中にあった事柄である。

 この世界で最も宗教観に薄い日本人は、この世界で最も狂信者に成り得ない人種なのは明々白々である。だが――。

 

 

「でもさ、オレは『神父』に助けられて、あの姿に憧れたその日から、あの人の力になりたいって、そう思ってるんだ――」

 

 

 此処に居る構成員の大半は吸血鬼による被害者であり、生存者でもある。

 嘗て存在した名も無き転生者の吸血鬼に蹂躙され、辛くも――『神父』の手によって助けられ、生き延びた者達。

 彼等には無数の選択肢が与えられていた。見て見ぬ振りをして日常に戻る事も出来た。全てを忘れて目を背けて生きる事を誰が責めようか。

 

 ――だが、此処に残っている者達は総じて、ただの人間の身でありながら吸血鬼を屠る『神父』に憧れ、その力になりたいと切望した者達のみである。

 

「……何だ、お前もかよ? お互いとんだ不信者だなおい……!」

「おいおい、今更こんな事をカミングアウトかよ。後で宗教裁判だなお前等」

 

 『十三課』における宗教裁判が有無を言わさぬ処刑同然という事を知りながらも「はは、後で、か……!」と彼等は笑い合う。

 未だにあの理不尽極まる吸血鬼に対する恐怖は心の中にある。だが、それを上回る何かが既に彼等の心の中に燃え上がっていた。

 

「……全く、アイツは布教はとにかく下手だったが、人材を育てるのは大の得意だったな――」

 

 その女性は穏やかな表情で「東洋の辺境島国に異端開いて宇宙大統領サマでもやる気かァ?」と笑いながら背を向ける。

 よくよく見れば彼女の細部が透き通っており――それは何度か見た『思念体』が消える前の前兆だった。

 

「ア、アンタは……」

「――ふん、私の事などどうでも良いだろう。今はお前達が『十三課』なのだから」

 

 その存在感が儚く消え果て、足から順々に消失しながらも、黒いシスターは狂々と笑う。少し寂しげに、少し口惜しそうな顔で。

 

 

「行って、終わらせて来い。己の義務を果たせ。今宵は万願成就の夜、勝手に消え果てた夢の残骸への『返歌(リターンマッチ)』だ――」

 

 

 巡り合う事の無かった先達が消え果てて――彼等の表情は一つに定まる。

 目指す地点は単騎で先駆けた『神父』の下、今度は迷う事もあるまい。

 

「行くぞ野郎どもッ! 死力を尽くして『神父』を援護せよ!」

 

 号令の下、新生『十三課』の武装神父隊は一糸乱れず、一直線に地獄に直行する。

 

「オ、オレ、生きて帰ったら『シスター』ちゃんに告白するんだっ!」

「馬鹿野郎っ!? それ超弩級の死亡フラグだろうがぁ! あと『シスター』ちゃんはクロウちゃんの嫁だっ!」

「うっせぇ、あんなロリコン野郎に渡せるかっ! それにアイツ、はやてちゃんや紅朔ちゃんまでぇ……!」

「生きて帰ってからにしろッ! この大馬鹿野郎どもがッ!」

 

 

 

 

「前へ、前へ前へ前へ前へ――!」

 

 『神父』は真正面から死者の軍勢を斬り伏せながら愚直なまでに前進する。

 この無限大量の軍勢を突破せずして吸血鬼『アーカード』の前には立てない。陣の最奥で佇む吸血鬼『アーカード』は狂おしいまでの笑顔を絶やさずにひたすら待ち望む。

 

 ――時折飛翔してくる変化自在の魔弾を無造作に斬り伏せ、死者を両断しながら飛翔するトランプの群れに銃剣の投擲をもって対抗する。

 

 吸血鬼『アーカード』に取り込まれた吸血鬼の中でも指折りの使い手、『魔弾の射手』リップヴァーン・ウィンクル、『伊達男』トバルカイン・アルハンブラの猛攻は一度目撃しているが故に対処可能ではあった。

 

 ――問題はもう一人。縦横無尽に死の軍勢を掻い潜りながら猛攻を加える白い吸血鬼の存在が堪らなく鬱陶しかった。

 

「――ルーク・バレンタインッ!」

 

 嘗てロンドン郊外に位置する英国国教騎士団『HELLSIG』本部に兄弟で殴り込みした吸血鬼、その兄の方。

 噛ませ犬同然の扱いで吸血鬼『アーカード』が使役する黒犬獣バスカヴィルの餌になったが、『飛行船事件』の折に再び顕現して『アーカード』に認められて血を吸われた吸血鬼。

 そのヘタれた精神面はともかく、性能面ではなるほど、あの『アーカード』に認められるだけあって凄まじい敏捷性と反射能力を有しており、幾度無く『神父』の戦斧から逃れていた。

 

 一対一ならば遅れは取らないが、現状では一対数百万。如何とし難い差である。

 

 これら全てが前座であるが故に、負傷などしていられない。この程度の相手で手間取っては玉座に辿り着けない。

 無数の軍勢を斬り伏せながら、リップヴァーン・ウィンクル、トバルカイン・アルハンブラ、ルーク・バレンタインを対処して吸血鬼『アーカード』の下まで辿り着く。

 まさしく無理難題であり、その不可能を可能へと成し得ずして目的までは辿り着けない。否応無しに那由多の彼方に揺蕩う勝機を実感させ、否応無しに狂喜する。

 

 ――アレクサンド・アンデルセン神父は、見事辿り着いた。

 満身創痍で腕が千切れかけた状態から、である。そのたった一つの道標だけで、『神父』は十分だった。

 

 一人ばかり障害が増えた処でそれは同じ話。

 まずは辿り着かなければ話にもならない。自分の生涯を賭けた挑戦は絵空事だと鼻で笑われるだけである。

 

「――邪ァァ魔だァァァァッ!」

 

 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 何物もその刃を妨げる事無く、斬り伏せ続けても、その数百万倍の物量が無謀な挑戦者を押し潰さんと脈動する。

 その様はさながら線香花火であり、一瞬の眩い閃光を放って消える存在に過ぎない。いずれ必ず消え果てる存在に過ぎず――。

 

 『神父』の前方に複数の爆発が起こり、幾許かの余白を作り出す。

 線香花火はいずれ消え逝くが、再び点火して希望という名の炎を灯すのは人間の仕業である。

 

「――『神父』っ!」

 

 複数の重火器を片手に、名も無き武装神父隊が続々と援軍に現れる。

 その様子が余りにも嘗てと酷似していた為、今度は逆の立場である事を強く実感した『神父』は苦笑し――嘗て、最も欲しかった、たった一言の言葉を口にする。

 

「ついて来いッ!」

 

 我ながら酷い人間だと『神父』は自嘲する。この地獄の只中に現れた馬鹿野郎達を諭して帰還させようとせず、地獄に突貫させる。

 『神父』の内に生じた刹那の苦悩とは裏腹に、援軍に現れた武装神父隊の面々は待ってましたと言わんばかりの狂った笑顔を浮かべ、次々と戦線に加わって直接火砲支援(ダイレクトサポート)を行っていく。

 

 ――だが、それでもまだ足りない。

 

 『神父』を吸血鬼『アーカード』の下に辿り着かせるには、まだ奇跡が一つ必要だった。

 『飛行船事件』の時の『アーカード』と比べて、『死の河』の存在規模が格段と増しているが故だ。

 

「ク、ケケ、ケケケケ――?」

 

 多少の負傷を覚悟で幾度目の突撃を繰り出したルーク・バレンタインの処理を決意した時、ジグザグに高速移動して最後のフェイントで正面に位置した彼共々、地面から突如噴出した炎の噴火が一直線に『死の河』を薙ぎ払った。

 

「ギ、イイイイイイイイイイイィ!?」

 

 第一級の吸血鬼たるルーク・バレンタインを瞬時に焼きつくす地獄の業火が誰の仕業なのかは、『神父』は意図的に思考から外した。

 今、この瞬間において重要なのは、この『炎の道』が何者にも遮られる事無く、最奥の『アーカード』へと続いている事のみである。

 『神父』は一切躊躇う事無く、『炎の道』を一直線に全力疾走する。

 

 

『――おやおや、進むべき道は明確なまでに開いておいでですよ?』

 

 

 もし、この場に彼が生きていたとしたら、そんな事を皮肉気に囀るだろうから――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25/遅い遺言

 

 ――さて、恒例の昔話をしよう。

 例の如く、死んでから尚登場し続ける故人達の昔話である。

 

 川田組に、仕留めた魔女のグリーフシードを『魔術師』の下に運ぶ恒例行事があるが、これは新参者をビビらせていびる為に用意された仕事ではなかったりする。

 その本質はジョジョの奇妙な冒険の第五部の、イタリアのギャング組織『情熱(パッショーネ)』の入団試験よりもシビアなものである。

 

『――随分と妄信的な飼い犬だな』

「……開幕一言目にそれか」

『此方が隙を見せれば即座に噛み付く勢いの忠誠度だ。どうやって彼処まで依存するように調教したんだ? 今後の参考の為に聞きたい処だ』

 

 毎回恒例の電話に、冬川雪緒は深いため息を吐く。

 機嫌を損ねて仕留められる、なんて面倒極まりない事態にはならなかったが、『魔術師』からの評価は頗る辛辣なものだった。

 

 

『――問題は、品定めしているのが自分だけだと盲信する、視野の狭い点かな。ある意味厄介だぞ、冬川。自分が賢い生き物と勘違いしている阿呆は手に負えない。アイツは正邪の価値観を他人に依存させて自分の頭で思考しないぞ?』

 

 

 スタンド使いという共通事項で組織拡大するに当たって、ただスタンド使いというだけで信頼する事は到底出来ない。

 

 其処で二人が共謀して画策したのは――川田組の裏の入団試験が、『魔術師』の屋敷にグリーフシードを無事納品する事なのである。

 

 つまり、川田組のスタンド使いは、『魔術師』基準で組織に有害だと判断された瞬間に難癖付けられて暴発を余儀無くされるまで追い詰められて処刑される絶対の死地に、自覚せずに送り込まれていたのである。

 

『一体全体『一回目』と『二回目』はどういう破滅を迎えたのやら。命令には忠実だろうな。それしか寄る辺が無いだろうし、此方の思考と奴の思考にズレが生じていなければ、都合の良い忠犬だろうさ。――あれは正しいと勘違いしたまま致命的に間違えるタイプだ。使い方を誤ると大惨事になるぞ?』

 

 こうして裏試験の後に『魔術師』が忠告してくる時の人材は、限り無くアウトに近いセーフという意味であり、処分を検討しろという事である。

 今回、彼の下に送った人材のプロフィールを眺めながら、冬川雪緒は決断する。

 

「部下の過ちを正すのも、生じた過失に責任を取るのもオレの仕事だ」

『――お前がそう言うなら、私は何も言わないがね。尻拭い出来る程度のミスなら良いがな』

 

 話は終わりだ、と一方的に通話が切られ、アイツなりの心配の仕方か、と冬川雪緒は苦笑する。

 決済したプロフィールに書かれた青髪の女性の名前は赤星有耶(アカボシアリヤ)。

 『魔術師』の分析通り、命令を忠実にこなして間違えてしまった、今回のメインキャラクターである――。

 

 

 

 

「――『魔術師』め、つくづく忌々しい。死んでからも私の邪魔をするか……!」

 

 ぎりっと、『うちは一族』の『転生者』は忌々しげに歯軋り音を鳴らす。

 吸血鬼『アーカード』の『死の河』を一直線に焼き払った魔術は霊地由来の大魔術であり、術者が亡くなっても発動する類の時限付き且つ条件付きのものであると推測せざるを得ない。

 

 ――『彼女』が『魔術師』を穢土転生で呼び寄せたその瞬間から、あれには一秒足りとも自由を許していない。

 

 あの『魔術師』が自分に抵抗する事は不可能であるのは何よりも自分が良く知る処であり、事前に、死ぬ前の生前に仕込まれたものであると苦々しくも認めなければなるまい。

 

「霊地の支点を攻略して、管理地を支配する時間が最初から無かったとは言え、ね――」

 

 ならばこの落ち度は確実に発生する災厄として片付けるべきだろう。

 理解していても感情が納得しない。死んでも立ち塞がるなど忌々しいにも程があり、いっその事、最大の不確定要素である『魔術師』の穢土転生を解いて盤上から排除してみるのはどうだろうか?

 

(あの縛りに縛った状態で反逆の手段を講じられるとは思えないけど、念の為に――ううん、ダメね)

 

 今の『魔術師』の役割は神咲神那への縛り。それが無くなれば、あの愛に狂った娘は間髪入れず反逆するだろう。

 その些細な反逆は穢土転生を解印する事で即座に制圧出来るだろうが、敵に自由枠を作るのは大変宜しくない。

 『マテリアルズ』の三人に脅威など欠片も抱いていないが、蟻の一穴から崩れる城もあるという。その僅かな助力で他の情勢を片付けられる可能性も無きにして非ず。

 理想的な硬直状態を自分から崩すのは余りにも愚かしい行為である。

 

「それにしても――」

 

 少しだけ意外に思う。正直『魔術師』神咲悠陽は自分の死後に対する備えをするような人間だとは思わなかった。

 他人の死も自分の死も日常茶飯事の出来事だと受け入れていても、死を前提とした布石を打つような人間ではなかった筈だ。

 

(私の見立て違いかしら――?)

 

 否、間違っていたとは思えない。今の『彼女』の魔眼はあらゆる真実を無造作に見抜く。

 過去すら見通せる『彼女』の『永遠の万華鏡写輪眼』の観察眼は、誰よりも確実性に富んでいるだろう。

 

「まぁ良いわ――」

 

 多少干渉されようが、『彼女』の布陣は盤石。足止めの役割を十二分に果たしている。『彼女』の放った刺客を返り討ちにして自由枠になった者など未だ居ない。

 

 ――そう、この中で唯一、時間の消耗は『彼女』の味方である。

 

 『彼女』が制御不能の駒を幾つも野に放ったのは、時間を稼ぐ為であり、勝ち逃げする算段があるからである。

 唯一突破して来そうな『正義の味方』に対する『切り札』は此方が握っている。全身拘束され、今尚意識を失って眠り続けている豊海柚葉を愛しげに見下す。

 

 ――今度こそ、今度こそ成就させる。

 世界を犠牲にしてでも構わない。否、彼女が真に事を成就させれば、そんなものは幾らでも捧げられるべきだ――。

 

 

 

 

 ――赤星有耶は『三回目』の転生者であり、スタンド使いであり、嘗ては川田組の一員だった。

 

 ……だった、である。過去形で語らざるを得ないのは、彼女が方針の違いから袂を分かったからである。

 そう、彼女は認められなかった。川田組が冬川雪緒の仇たる秋瀬直也を支援する方針など従えなかった。

 それを認める事は即ち、彼女自身が冬川雪緒の皮を被った誰かの指示を疑いもせず、味方のスタンド使いである樹堂清隆を誤殺した、その事実を無条件に認めるに等しい。

 

(……畜生、畜生畜生畜生畜生畜生オオオオオオォッ!)

 

 ――それだけは、何が何でも認められなかった。とても受け入れがたかった。

 それでは大義名分もクソもない。どうしようもない過失過ぎて、彼女は自分自身を許容出来ない。

 

(……私が、殺したってか? 私のせいで、私の責任で、私の過失で……!)

 

 彼女が己の一分を保つ為には、秋瀬直也が絶対的なまでに『悪』である必要があった。

 ――冬川雪緒を殺害した仇敵であり、仇討ちによる鎮魂こそ正義。

 ……そんな安易な逃げ道など、既に破綻しているロジックに過ぎない事は、彼女自身が誰よりも痛感していただろう。

 それでも彼女は骨折した両手が完治した後、真っ先に秋瀬直也に襲いかかり――再び敗北を喫した。

 

 

(……あれ、何で倒れてるんだ? 私は……?)

 

 

 ――まるで意味が解らなかった。

 今度は手心を加えられて無傷で敗れ去るという末代までの失態だった。

 

(……何で、何で、何で何で何で何で何で――)

 

 互いの能力は既に発覚し、相性的に言えば少し不利な程度で、戦術次第で幾らでも勝機を見いだせる。

 この条件で何故、完全敗北に至るのか、彼女には理解出来なかった。

 あの時に比べて、秋瀬直也のスタンド能力は格段に強くなっている。それは実感出来るが、明確な敗因ではない。

 

(……違う。私は――)

 

 敗因があるとすれば、唯一つ――彼女は、秋瀬直也の手によって負けなければならなかったからだ。

 

(……もう、解ってんだよ。私が偽物に踊らされた愚かな道化って事ぐらい――)

 

 そう、精神的に破綻を来たした彼女は、秋瀬直也に敗北する事で全てを清算しようとした。

 樹堂清隆と、冬川雪緒の皮を被った誰かに粛清された三河祐介が死ぬ事になったのは、偽物だった冬川雪緒を愚かにも見抜けなかった自分のせいであり、自身の度し難い無能が招いた結果であると――。

 

(……だから、私は、アンタに裁いて欲しかったんだ。間違っていると。勘違いの果てに味方を誤殺した途方も無い愚者だと……!)

 

 それを弾劾出来るのは他ならぬ、最初からあの冬川雪緒が偽物であると見抜いて、見事討ち取った秋瀬直也だけなのだ。

 彼には資格がある。力もある。適格者は彼しかいなかった。

 

(……けれど、アンタは、私の的外れな弾劾に一言も答えずに――)

 

 ――だが、秋瀬直也は何も言わなかった。

 此方の破綻した罵倒に何一つ反論せず、襲い掛かる自身を淡々と蝿を振り払うように返り討ちにして、何の主張もせずに、トドメも刺さずに立ち去った。

 

(……違う、か。おいおい、私はそんな事にも気づけなかったのか……ッ!)

 

 正当な弾劾者からの罪を問い質す声は無く、彼女は乾いた笑みが零れた。そんな風に気遣われる資格すら裏切り者の自分には無いのだと自ずと悟って――。

 そう、彼女は裏切ってしまった。この世で何よりも大切だと思っていた冬川雪緒の信頼を、最悪なまでに無残な形で。こんな愚物に掛ける言葉など、最初から存在しまい。

 

 ――その日以来、彼女は自身のスタンド能力『炎天下の暴君(フレイム・タイラント)』を使えなくなった。スタンドのビジョンすら、発現出来なくなった。

 

 スタンドは精神の像であり、なるほど、今の自分は第三部の空条承太郎の母親であるホリィ・ジョースター以下の精神であると自嘲する。

 

 

 そして現在、異常しか溢れ出ていない夜の街を走る彼女の前に、罪の具現が現れていた。

 

 

「……っ!」

 

 今、彼女の目の前に現れたその燃え盛る亡霊は、真っ黒に焦げながら此方に迫ってくる。

 それ以外の特徴と言えば、右足の膝部分から下が無く、心臓部分に大きな風穴が開いている。

 

『――ッオオオオオォ、熱イ、熱イィィィィ……!』

「お、前は――!」

 

 声帯すら焼き爛れているのか、発せられる声は非人間的で聞き覚えはなかったが、彼女にとって、その特徴的な損傷具合は見覚えのあるものであり――その最悪の予想は、望まずとも正しかった。

 

『――ヨクモ、ヨクモ殺シタナァァァァッッ! 『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』ッ!』

 

 そしてその『スタンド』だけは生前のまま――周囲の水分をかき集めて、人型の形で顕現する。

 それは嘗て彼女が偽物の冬川雪緒の命令にしたがって始末した川田組のスタンド使い、樹堂清隆のものであり、彼女は目の前にある覚めない悪夢に声にならない悲鳴をあげた。

 

「~~~~~~~~~~~~~!?」

 

 ――何も考えれず、恐怖で錯乱したまま背後を見せて走ろうとした時、もう一体の亡霊が静かに立ち塞がっていた。

 

『――ォォォオォォォォ――』

 

 その肌が痛いほどの冷気を纏い、人としての原型すら留めずに轟く怨念から生前の姿を思い描く事は不可能だが、展開するスタンドには見覚えがあった。

 限界まで軽量化されたボディに、光り輝く翠色のスタンドの名は『希望の翠(ホープ・グリーン』。偽物の冬川雪緒の存在に気づき、粛清された川田組のスタンド使い、三河祐介のものだった。

 

「あ、あ、あ……!」

 

 二つの亡霊に挟み撃ちにされて逃げ場を失い、恐怖が臨界に達した時、ふと、逆に冷静になってしまった。

 この二人は自分の過失によって死んだようなものだ。ならば、彼等以上に自分を裁くに相応しい者達が他に居るだろうか?

 

(……あれ、なんだ。裏切り者に相応しい結末じゃないか……)

 

 その事実に気づいた瞬間、抵抗する気力が皆無となり、赤星有耶はその場に座り込んでしまった。

 全ては自業自得。秋瀬直也も、こうなるのがお似合いだと思って、自ら手を下さなかったに違いない。

 

 ――どうして自分は、あの偽物の言葉を冬川雪緒のものだと盲信してしまったのだろうか?

 

 考えれば考えるだけ、我が身を毟って死にたくなる。

 出遭って間もない秋瀬直也と、数年来の自分、どうしてこうも差が付いてしまったのか――。

 

 考える事すら面倒になった時、仇敵を前にした二人の亡霊は、されども自分以外の方向に振り向いた。

 

 同じ方向に、であり――妄執だとか怨念、呪念など全て消え去った穏やかな表情で呟いた。

 その言葉を理解出来ず、理解する前に、彼等の真下の地面がヒビ割れて水が噴出し、直後に瞬間凍結して破砕される。

 真夏の夜に舞う一瞬の細氷(ダイヤモンドダスト)――その幻想的な光景を、赤星有耶は心此処に非ずして見惚れる。

 

(……今、アイツは何て言った? 確か――『其処に居たのですか』だって? 誰が? いやそんな……!?)

 

 仇敵をそっちのけで振り向くに足る相手など、彼女達の中では一人しかいない。けれども、その人はとうの昔に死んでいて――。

 

 

「――先に待っていろ、樹堂、三河。オレも、すぐ逝く」

 

 

 ――その大きな背中を、彼女は覚えている。

 

 真夏にも関わらず、厚着で、マフラーまで首に舞いた白い背広姿を――惜しむべきは、今の彼女には何方かなのか、判断出来ない。

 今の彼が本物であるか、偽物であるかさえ解らない。本物であると縋るように、声を出す。

 

「……冬川、さん? 生きて――」

「いや、死んでいる上に、あの二人と同じく亡霊の身だ」

 

 自他共に厳しくも、何処か優しさを内在した眼光を見て――それでも彼が本物の冬川雪緒であると確証を持てない自分を恥じた。

 情けなすぎて涙が零れた。自分を信じられず、何一つ信じられない。どうしようもないほど、彼女は精神的に崩れていた。

 

「……赤星。お前のやった事を、無かった事にする事は出来ない」

 

 そんな彼女に、冬川雪緒は同情一つ寄越さない。

 死した彼に許された奇跡の時間は残り少ない。

 

「一つだけ、お願いを聞いてくれないか?」

「……何、ですか……?」

 

 だから、今から彼女に述べる言葉は残酷かもしれない。それでも、今を生きる者の為に、立ち直る為の一歩になると信じて――。

 

 

「今でなくても良い。秋瀬直也を助けてやってくれ。死んだオレの代わりに、な――」

 

 

 ――余りにも遅すぎる遺言を、彼女は泣きながら嗚咽しながら承諾する。

 

 解決にはなっていない。赤星有耶は今後も自身の過失で悩み続けるだろう。

 冬川雪緒の遺言がどう転ぶかは、遠い未来の話である。それは死者の入り込む領分ではなく、今を生きる者の特権であり、抗いようのない義務である。

 

 冬川雪緒に残された時間は少ない。この場から立ち去ろうとした瞬間、見慣れぬ青年が大声をあげて此方に駆け寄ってくるのを目の当たりにする。

 

「おっ、居た居た。本当に居た! 冬川の旦那ァ!」

「橋本か。……初見の顔で、此方が解っている前提で話しかけるのはやめろと何度も言っただろう」

 

 その青年に見覚えは無いが、それをやるような相手は冬川雪緒も一人しか知らないので、逆算的に特定する。

 自らの名前を呼ばれた青年は、嬉々と子供の如くはしゃいだ。

 

「さっすがぁ! 素顔のハンサム顔じゃないのにオレをオレだと解ってくれるのは冬川の旦那と『魔術師』ぐらいですよー!」

 

 顔が滅茶苦茶に歪んでから現れた、良く見慣れた自称素顔も本当の素顔かは解ったものじゃないが――また見慣れぬ顔に変わった変身能力を有するスタンド使いは全力疾走で乱れた呼吸を整えた後、したり顔で喋る。

 

「それじゃ時間も切迫している事だし、単刀直入に。――秋瀬直也の現在位置と、この事件の黒幕の現在位置、それと言伝で『一宿一飯の恩義は命に勝る』だったかな?」

 

 そう、そのどれもが今の冬川雪緒が欲していた情報であり、最後の意味深な言伝に、彼は淡く笑う。

 それは、とある場所で彼が渋々告げた本当の理由・動機であり――。

 

「――全く、人使いの荒い男だ。使えるものは亡霊でも使うか。……手早く話せ」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26/常夜の魔王

 

――魔王を倒せるのは勇者の一太刀のみ。

 

 これは誰の言葉だっただろうか。あの気高い姫のものだったか、それとも全く油断ならぬ先代勇者のものだっただろうか。

 大魔王バーンは深く考えるまでもないと思考から切り捨てる。

 奇しくも、今現在、かの大魔王の前に立ち塞がるは勇者と魔法使いだった。それだけの話である。

 

(ふむ――バランに匹敵するが、ダイには及ばぬな)

 

 この異世界に現存する純血の『竜』の騎士、名はブラッド・レイ――良くも悪くも竜騎将バランと同等程度の戦力の持ち主であろう。

 確かに『竜』の騎士が代々受け継ぐ『闘いの遺伝子』は大魔王にとっても予測不可能の域であり、警戒に値するが、双竜紋を発現した勇者ダイより圧倒的に劣るのは確実である。

 全盛期の肉体である以上、途中で竜魔人化されても敵ではないと自負する。

 

(となると、不確定要素はあの女の魔法使いか――)

 

 天地魔界において恐るる物無しと自負するが、未知の魔法系統の使い手。幾ら警戒しても足りないだろう。

 そして何よりも、この勇者と魔法使いの組み合わせは、勇者ダイと大魔導士ポップとの闘いを否応無しに連想させる。

 大魔王の最大最強の秘技であった『天地魔闘の構え』を破った、あの二人を――。

 

(ふん、そのような真似をあの二人以外が出来るものなら見てみたいものだ――)

 

 そう、嘗ての大魔王バーンならば、この場に置ける最善手は絶対無敵と自負する『天地魔闘の構え』からの必殺の三連撃を選んだだろう。

 だが、彼がその構えを取らないのは慢心でも余裕でもなく、白一点に染み付いた黒点、つまりは一度敗れたという事実に他ならなかった。――当人は、気づいていないだろうが。

 様子見で待ちの構えを取りながら『天地魔闘の構え』を取らない大魔王バーンに、ブラッドが何を思ったかは定かでは無いが――シャルロットの方は理由は解らないが都合が良いと解釈した。

 

「――マバリア」

 

 その魔法には他の魔法と違って定まった詠唱文は無く、全魔法使いの彼女も習得には酷く苦戦したが、教えて貰った彼の妹曰く『想い』が大切だと語ったのを思い出した。

 斯くしてその最大の補助魔法はブラッドを祝福し――大魔王バーンは神の祝福に似た、忌まわしくも暖かな光を目にして警戒の色を更に強める。

 

 ――毛ほどの油断も慢心もない大魔王バーンだったが、ブラッドの初太刀を許したのは想定した速度を軽く倍は上回っていたからだった。

 

「――!?」

 

 神速を超えて振るわれた真魔剛竜剣の一太刀を、大魔王バーンの全盛期の肉体から放たれた超高速の手刀が弾く。

 無傷で弾きながら、脳裏に疑問符で埋め尽くされる。この不可解な速度は明らかにバラン、いや、ダイをも超えている。

 単なる『竜』の騎士が、人間形態で竜魔人以上の化け物だった勇者の速度を超えている異常には明確な理があるに違いないが、所詮は意表を突いただけの話。斬撃そのものは速度に似通わず軽い。

 

「――『カイザーフェニックス』!」

 

 間髪入れずに繰り出した、大魔王の超魔力から溜め無しで放たれる至高のメラゾーマの前に、森羅万象は灰燼に帰するのみ。

 

 ――魔界の炎の不死鳥は無慈悲に飛翔し、されども、大魔王の脳裏に極めて痛烈な連想が駆け巡る。

 

 この大魔王が誇る魔法を幾度無く無効化及び無力化した、ちっぽけな人間の魔法使いの存在を。そしてこの場にいる魔法使いは既に手を打ってある魔法を詠唱していた――。

 

「静寂に消えた無尽の言葉の骸達、闇を返す光となれ! リフレク!」

 

 『竜』の騎士ブラッド・レイに被弾する直前、彼の周囲に透明な円形の膜が生じて、大魔王が誇る『カイザーフェニックス』をそのまま反射した。

 

「ッ!?」

 

 魔法反射呪文(マホカンタ)はかの大魔王が得意とする魔法であり――大魔導士ポップの胸に仕込まれた伝説の武具『シャハルの鏡』によって反射させられた屈辱の記憶が、皮肉にも精神的にも肉体的にも立て直しを早くする。

 一閃、超高速で繰り出された掌圧が炎の不死鳥を薙ぎ払い――瞬時に繰り出された『三動作目』に、大魔王の顔から一切の余裕を剥奪する。

 

 ――三動作までならば、大魔王バーンは予備動作無く瞬時に繰り出せる。

 それが彼の完全無欠な奥義『天地魔闘の構え』による攻・防・呪文の三動作を可能とする要因であるが、如何に大魔王と言えども三動作後には一瞬の硬直が生じる。

 

「――!」

 

 そのあるか無いかの硬直を突いて腕を切断したのが勇者ダイだったが――ブラッド・レイもまた、その一瞬の硬直を逃さんと右上段の構えから必殺の斬撃を繰り出す。

 それは竜騎将バランの最強剣『ギガブレイク』に酷似したものだったが、この刹那に上級電撃呪文(ギガデイン)を唱える時間は彼とて無かったようだ。

 

(――速度は目に見えて違ったが、余の肉体を傷付ける事すら叶うまい……!)

 

 如何に真魔剛竜剣が神が鍛えしオリハルコンの剣でも、竜闘気を纏っただけの単なる斬撃では至高の肉体である大魔王バーンの肉体に致命打を浴びせる事は不可能。

 薄皮一枚斬られた処で、硬直から回復した大魔王の暗黒闘気を篭めた手刀による防御が間に合う。

 

「――天空を満たす光、一条に集いて神の裁きとなれ! サンダガ! 」

 

 刹那に紡がれた呪文はブラッド・レイのものではなく――大魔王の思惑とは裏腹に、右上段に高々と構える真魔剛竜剣に天からの雷撃が落ちる。

 それは『竜』の騎士による雷撃呪文ではなく、異質の魔法系統を操る全魔法使いシャルロットからの、阿吽の呼吸で放たれた最高の援護魔法だった。

 

「――ッッ!? うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ――あの時、味わった恐怖を、大魔王バーンは身を持って再び刻まれる事となる。

 

 もはやこの必殺の斬撃を無傷で切り抜ける事は不可能。

 ならばこそ、大魔王バーンは防御の奥義である超高速の掌底『フェニックスウィング』によって真魔剛竜剣を防ぐ事はせず、地上最強の剣と自負する手刀『カラミティエンド』をもって、その生命を摘もうとブラッド・レイの心臓目掛けて繰り出す。

 

 ――魔法剣『サンダガ』の一閃は大魔王バーンの左側の心臓まで引き裂き、大魔王バーンの必殺の手刀もまたブラッド・レイの心臓を訳無く穿ち貫いた。

 

「……ッ、良くやったと褒めてやろう。余は貴様の事を少し見縊っていたようだ……!」

 

 三つの内の心臓の一つを竜闘気と魔法剣の組み合わせた一撃で潰され、暫し回復不能に陥ったが、一番厄介な『竜』の騎士の始末が終わって安堵――する前に、死に体の筈のブラッド・レイがバーンの腹部を蹴りあげ、真魔剛竜剣を抜き去って距離を離す。

 

「――?」

 

 死力を振り絞った割には意味の無い行動であり――死に場所は愛する者の膝元がお望みか、という人間独特のくだらない思考回路の末路と判断する。

 だが、ブラッドは一際大きく吐血した後、何事も無かったかのように真魔剛竜剣を右上段に構える姿を見た時、さしもの大魔王バーンも驚嘆した。

 

「貴様、不死身か……!?」

「……はっ、天下の大魔王の言葉とは思えんな……!」

 

 その大魔王バーンのらしからぬ動揺した様子にブラッドは凄絶に笑い、乱れた息もすぐさま整う。

 当然の事ながら、これは理不尽な神の奇跡でもなければ吸血鬼のような不死者だからという訳でもない。シャルロットが施した聖魔法『マバリア』の効果である。

 ファイナルファンタジーシリーズでは比較的マイナーな部類の魔法だが、シャルロットが生まれた世界は『ファイナルファンタジータクティクス(FFT)』の舞台『イヴァリース』であり――その世界における『マバリア』は自動回復する『リジェネ』、物理ダメージを激減させる『プロテス』、魔法ダメージを激減させる『シェル』、時間を倍速させる時魔法『ヘイスト』、そして戦闘不能時に自動蘇生させる『リレイズ』を同時に掛ける補助魔法の中で究極と言えるものである。

 

(理由は解らぬが――ダイと同じぐらいに侮れんか……!)

 

 その驚愕からか、未知に対する恐怖からか――即座に大魔王バーンは右手を天に上げ、左手を地に置く『天地魔闘の構え』を取る。

 

「……」

 

 大魔王バーンが誇る必勝の構えを見て、ブラッドは思わず「ふん」と鼻で笑った。纏っていた緊張感さえ若干薄れていた。

 その小馬鹿にされたような感触に、大魔王のプライドは痛く傷付けられた。大魔王が認めるほどの強者ならば、この構えの恐ろしさも瞬時に見抜く筈だというのに――。

 

「――余のこの構えの意味、解らぬほど愚かとは思えぬが」

「ああ、かの有名な『天地魔闘の構え』だな。実際に拝めるとは思わなかった。そのままずっと構えていてくれ」

「――?」

 

 大魔王の揺ぎない殺意とは裏腹に、ブラッドは気抜けた空気で心底安堵している。その空気の違いは歴然であり、大魔王を酷く苛立たせた。

 それもその筈である。ブラッドに『天地魔闘の構え』を破る自信があるのではなく――。

 

「クポーー! くるくるぴゅ~……モーグリ!」

 

 空気を読まないのはブラッドだけではなく、後方にいるシャルロットでもあり――そのふざけた詠唱で時空を超えて召喚された白く小さな幻獣『モーグリ』は『リレイズ』の効果で死の淵から蘇ったばかりの瀕死のブラッドを回復して元の世界に悠々と還っていく。

 わざわざ召喚魔法で回復したのは『カイザーフェニックス』対策の『リフレク』を無視して回復出来るからであり――此処に至って、大魔王は自身の失策を認めざるを得なかった。

 

(こ、こやつら……!)

 

 ――『天地魔闘の構え』は絶大なる奥義であるが、あくまでも返しの技。

 相手が先に仕掛けて来なければ、その奥義が炸裂する機会は永遠に訪れない。

 

 構えを解かない限り、大魔王バーンは攻撃に打って出れない。ある意味、これは究極の対策法とも言えた。

 事もあろうに、自身の最大の奥義が、確実に尚且つ安全に回復出来る機会としか見られていない。

 この生涯最大の屈辱は、或いはダイとポップに『天地魔闘の構え』を破られた時よりも尚大きいものだった。

 

(この大魔王を此処まで虚仮にするとはな……!)

 

 ――此処に至って大魔王バーンの中に、勇者と魔法使い、何方を優先して仕留めるべきか、前世から突き付けられていた疑問に明確な答えが生じたのだった。

 

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 余りの戦況の悪さに、闇統べる王(ロード・ディアーチェ)は呻く。

 三対ニ、いや、穢土転生された『魔術師』は開幕から何一つ動いていないから実質三対一なのに、彼女達は終わり無き消耗戦を強いられていた。

 

(幾らあれが『魔術師』の実の娘だからと言っても……!)

 

 ――理由は大きく分けて三つ。

 

 一つはこの世界が『固有結界』と呼ばれる、神咲神那の心象世界である事。

 此処では現実とは異なる法則が働いており、炎が熱を持たず、発熱変換の魔術資質を持つ星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)の戦力が半減以下にされている。

 二つ目は穢土転生というものの特性を敵は十二分に活用している事。

 無限の再生力、底無しの活力は正真正銘の真実であるらしく、神咲神那は己の魔術回路の限界を超える魔術行使を平然と成す。

 代償さえ支払えれば幾らでも奇跡を執り行えるかの世界の魔術師にとって、この条件は負ける理由を見出す方が難しいようなものである。

 そして三つ目の理由は――。

 

「――ほらほら、貴女達のような弱者は一秒足りとも思考を止めちゃ駄目だよ?」

「ぐ、ぎぎ、このぉ! ――ッ!?」

 

 彼女、神咲神那が十二歳という幼き見た目に反して、異常なまでに戦い慣れている事。

 無限の再生力から実行される相討ち狙いに警戒しながら雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)が超高速で仕掛けるが、その鎌の一撃は悉く見切られ――刹那、間合いを詰められ、無防備な鳩尾に右肘が強烈に叩き込まれる。

 

「レヴィ!?」

 

 ディアーチェの声は虚しく響き渡る。

 自身の速度がそのまま相手の攻撃力に変換され、進行方向とは真逆の方向に吹っ飛んだレヴィは地に衝突して血を吐き、遂に立てなくなる。

 

「がっ……ぼ、くは、まだ……!」

「本当に丈夫な人形ね。穢土転生体じゃなかったらこっちの腕も逝ってしまっていた処よ」

 

 痛がる素振りさえ見せずに、骨が砕け散った右腕の調子を確かめるが如く動かし――動きを止めた神咲神那を縛るが如く幾重のバインドが束縛する。

 それは虎視眈々と隙を狙っていたシュテルのものであり、神咲神那は詰まらそうな目で一瞥した後、自分ごとバインドを焼き払った。

 

「……っ! これも通じませんか……!」

「そうだね、幾ら殺しても死なないんだから封じてしまえばいい。その発想は買うけどさ、私の炎とは相性が最悪かな。――形無き概念ほど簡単に燃える。貴女達の魔法は行き過ぎた科学の産物のようだけどね」

 

 そう、神咲神那は元々、穢土転生の特権の自傷覚悟の相討ちなんてしなくても、戦闘経験の浅いマテリアルズを片手間で料理出来る、熟練の戦闘者なのである。

 

 ――あの『魔術師』と三十年間余り、『聖杯』を狙う魔術師を退けながら共に歩んだ唯一の後継者に、古武術や殺人術の心得が無い筈もあるまい。

 

(シュテル、レヴィを頼む……!)

(ディアーチェ、何を――)

 

 このままでは望まぬ消耗戦の果てに朽ち果てるのは目に見えた結果。その最悪の未来を打開すべく、ディアーチェは天高く舞い、残りの魔力の全てをその一撃に賭ける。

 

 

「――へぇ、お父様ごと私の世界を壊す気なんだ。随分と薄情なのねぇ」

 

 

 ディアーチェの意図を一瞬で悟った神咲神那は楽しげに囀り、彼女の苦渋に歪んだ顔を嘲笑うのみ。

 その十字架の杖の矛先も鈍る。この魔法を放てば確実に『魔術師』もまた巻き添えになる。

 自分のせいで殺され、物言えぬ操り人形と成り果ててしまった『魔術師』を――。

 

(――問題ありません。師匠があの神咲神那と同じ状態ならば、木っ端微塵に吹き飛ばしても即座に再生するでしょう。……情けない事に、私にも現状ではそれ以上の方法は思いつきません。闇統べる王(ロード・ディアーチェ)、貴女の判断は正しい)

(……っ、当然だ。シュテル、貴様に言われるまでもない……!)

 

 シュテルからの念話が、自身の迷いを晴らすものではなく、『魔術師』を攻撃する事への自責を彼女自身に逸らす為のものであるのは明白であり、その安易で魅力的な責任転換をディアーチェは断固拒否する。

 

(――『魔術師』があのような無様さを晒すのは我の失態だ。我が居なければ、あのような輩に不覚をとって殺される事など絶対になかったッ!)

 

 最早、取り返しの付かない失敗の結果、あの『魔術師』が此処にあり――その上、死後の魂まで愚弄されるなど許せる筈が無い。

 

(アヤツは必ず助け出す!)

 

 その救済の方法が例え、自らの手でもう一度葬る事になっても――それは自分がやらなければならない事だと、ディアーチェは自身に強く言い聞かせる。

 手に持つ紫天の書が独りでに開き、特定ページを開く。途端、彼女の周囲に五つの大きな魔法陣が展開される。

 

「――紫天に吼えよ、我が鼓動、出よ巨獣ジャガーノート!」

 

 荒れ狂う漆黒の魔力が五つの魔法陣から解き放たれ、この歪な世界を壊さんと炸裂する。

 ディアーチェ達は『固有結界』の特性・詳細そのモノは知らないが、異界法則を顕現させる結界魔法の一種と仮定し、空間を構築する強度を上回る魔力ダメージを与えたならば、破壊する事も可能――確かにその理論は正しい。

 

 

「――本当に無力な存在。こんなのがお父様の足を引っ張って死因に成り果てたなんて、腸が煮え繰り返そう」

 

 

 正しいのだが、この『固有結界』を構築する魔術師は『うちは一族』の『転生者』すら理解出来ないと投げ捨てたほどの生粋の狂人。

 彼女の歪な想いで構成された心象世界を破壊するには若干足りなかった。

 

「私の『固有結界』を壊したいのなら『世界を切り裂いた魔剣』でも持ってくるんだね。まぁそんな宝具は『英雄王』以外は持ち得ないと思うけど、――?」

 

 もはや打つ手が何一つ無しとディアーチェが絶望しかけた直後――即座に元通りに再構築される筈だった神咲神那の『固有結界』に罅が入る。

 在り得ない異常である。穢土転生体で魔力が無制限に使える以上、すぐに完全な状態に戻る筈なのに――。

 

 ――ディアーチェの一撃は『固有結界』の破壊までは届かなかったが、無意味では無かった。

 ほんの僅かなれど、空間に綻びを生じさせた。そのあるか無いかの一瞬の揺らぎを観測し――外に居た『彼女』に、ディアーチェを上回る一撃を繰り出す機会を与えたのだった。

 

 

 ――それはガラスの杯が地に落ちて砕け散るように、呆気無かった。

 

 

 それは本当に木っ端微塵に、神咲神那の世界がガラス細工が如く打ち砕かれ、ディアーチェ達は現実世界に帰還する。

 自身の心象世界を破壊された神咲神那は、初めて苦悶の表情を浮かべた。

 

「……ッッ! 私の世界を外から破壊してくるなんて、とんでもない奴ね――!」

 

 忌々しげに舌打ちしながら、飛翔して自分の前に立ち塞がった小さな白い少女を睨みつけた。

 

「ディアーチェ! シュテル! レヴィ! 無事ですか!」

「ユーリ!? どうして此処に……!?」

 

 そのディアーチェ達より頭一つ小さい金髪の少女の名はユーリ・エーベルヴァイン。『闇の書』の最深部に封印されていた『無限連環機構』のシステムの人格プログラム、『システムU-D』、『砕け得ぬ闇』――闇統べる王と『魔術師』が救い出した少女である。

 

「私の絶望は貴女達が打ち砕いてくれました。今度は、私が貴女達を助ける番です……!」

「……! そう、か。ならばその力、我の為に使えッ!」

 

 漆黒の炎の魔力を圧縮させた破壊の権化たる『魄翼』は、今此処に初めて破壊の為だけでなく、誰かを守る為に展開され――『闇の書』の防衛システムにただ個人で匹敵する敵対者の存在に、神咲神那は不愉快そうに表情を歪ませた。

 

「ふん、これで形勢逆転だな! 文句は言わせんぞ……!」

 

 此処に図らずも、歴史上一度も叶わなかった、紫天の盟主と守護者達が集う。

 希望が繋がり、大半の魔力を喪失しながらも息巻くディアーチェに反し、神咲神那の反応は完全に冷め切ったものだった。

 

「そうね。完膚無きまでに逆転してしまったわ。……ああ、文句なんて言わないわ。自分から絶望の扉を開けるなんて、変わった趣味よね――」

 

 さしもの穢土転生体の神咲神那も、四対一ではまともな勝負にならない。

 だから、彼女の取る手なんて一つしか無く――幾ら状況が不利になっても、それだけは取らせるべきではなかった。

 

 

「――お父様、神那を助けて下さいな」

 

 

 神咲神那はさも当然のように、咲き誇る笑顔で勝ち誇りながら再生を終えた『魔術師』に助けを求め――世界は再び炎に包まれて一変する。今度は温度無き炎ではなく、何物も黒く焼き尽くす灼熱の炎をもって。

 

「っ、今度は……!」

「そう、お父様の固有結界だね。四対一なんて不公平だから、参戦して貰うわ」

 

 景色は瞬く間に、目に痛いほど毒々しい赤い紅い朱い花畑に一変し、焔の雪が舞う人外魔境へ早変わりする。

 

「私の固有結界よりもお父様の固有結界の方が凶悪だと思うけどねぇ――え?」

 

 そして神咲神那は目の前の四人の敵よりも『魔術師』の方に振り向いて、在り得ないモノを見たかの如く驚愕する。

 穢土転生の縛りによって物言わぬ人形と化している『魔術師』は無言で――その秘めたる神域の魔眼を、何の予兆無く開帳していたのだった。

 

 ――この歪な世界に幾多無数の赤い線の罅割れが生じ、空間が割れて炎上していく。

 

 世界が焼け落ちて、剥がれ落ちて行く。

 それは新たな異世界が顕現した事よりも、更に上回る異変であるのは目に見えて明らかだった。

 

「――ッ、何だこれは!?」

 

 ディアーチェ達は即座に飛翔して世界の崩壊から逃れようとするが、それはある意味、無意味な行為だった。

 崩壊した先は真の意味で何も無く、堕ちるという意味さえ無いのだから――。

 

 ――固有結界とは、術者の心象風景を具現化させる大禁呪。

 

 踏み留まれる地さえ崩壊し、世界の地平線さえ焼き爛れて――現れいづるは深淵なる虚無であり、時折、気味の悪い『赤い線』が駆け巡って刹那に消える。

 唯一の例外は遥か頭上に残存した黄金色の天体であり、周囲には吐き気がするほど禍々しい赤い線が密集し、神聖不可侵の星を浸食せんと駆け巡っていた。

 

 ――天の月が存在するお陰で、その空間には辛うじて上と下という概念が残っていた。

 

『……あーあ、これは流石の私も予想外だわ。あの女、やってくれるわね……! 私の固有結界が外的要因で壊されて、暫く再展開出来なくなるタイミングを待っていた訳?』

「……! 貴様、何処だ! 何処にいる! 一体何をした……!?」

『私は何もしてないし、何も出来ないわ。現在進行形で底無しの奈落に墜ちて揺蕩っている最中だもの。貴女達と違って飛べないしー』

 

 神咲神那の声は、天の月を上とするなら、その下から響くのみであり、姿形は最早見えない。

 

『やらかしたのは私達を穢土転生したあの女ね。……お父様の起源は『焼却』と『歪曲』だけど『焼いて歪める』ではなく『焼かれて歪んだ』が正しい表記のようね――一回目の死因のせいで本来の起源から変異していた訳かな? 多分、お父様自身も気づいてなかったんだろうけど』

 

 飄々とした口調に隠しようのない憎悪を籠めながら『後天的に起源が変化する例は『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を埋められて起源が『剣』に変異した衛宮士郎だけだっけ』と、どうでも良い異世界の話を吐き捨てる。

 

「何を、何を言っている……!?」

『解らない? 解らないのでしょうね。こういう時に非転生者に一から説明するのは面倒で骨が折れるわ。……お父様の魔眼『バロール』によって自身の心象世界を焼き払えば、歪みの根幹が殺されて最初の起源に戻ってしまうって事。――本来なら、固有結界を維持する魔力も足りないし、何よりも脳髄やら視神経やら魔術回路が再起不能なまでに焼き切れて自殺になるから不可能だったのだけど』

 

 まさしくそれは穢土転生体だからこそ可能となった弊害であり――あの『うちは一族』の『転生者』は『魔術師』自身すら気づかない資質を見抜き、己が為に開眼させようと舞台を整えていたのだろう。

 

『……これは私の推測に過ぎないけど、お父様の本来の起源は『虚無』なのでしょうね。両儀式のように『根源』に繋がっているかは解らないけど、それなら、あの領域に辿り着いてしまう』

「あの領域だと? 勿体振らずに早く話せッ!」

 

 急かすディアーチェに、神咲神那は深々と溜息を吐く。

 前知識が無いから遠回りに説明しているというのに、と聞き分けの無い子供に向けるような気持ちで。

 

 

『――『直死の魔眼』。『モノの死』を形ある視覚情報として視て、捉える異能。お父様の魔眼から幸運にも欠けていた機能がそれよ』

 

 

 『月姫』の主人公・遠野志貴と、『空の境界』の主人公・両儀式が保有する、余りにも有名すぎる魔眼。――されども、絶対に欲しくない異能の名がそれである。

 これを全くの予備知識の無い者に説明するのは、中々骨の折れる作業であると神咲神那は内心毒付く。

 

『この空間にそこら中に走っている赤い線は存在の寿命を視覚的に捉えた『死の線』もどきなのかな? まだこの固有結界が完全に殺されていないという事は、死を捉えるまで辿り着いてないという事――どれぐらいの猶予があるかは解らないけど……』

 

 言うなれば、今の『魔術師』神咲悠陽の固有結界は『焼却』と『歪曲』に歪んだ起源を『虚無』に矯正する――『直死の魔眼』に至る為の儀式場である。

 此処には全てがあって、全てがない。そんなあるかないかのあやふやな概念を殺し尽くして天に煌めく天体を殺した瞬間、この儀式は成ってしまうだろう。

 

『――お父様が『モノの死』を視えるようになれば、全知全能の神様だってひと睨みで殺せるようになる。『死の線』も『死の点』も視るだけでなぞれちゃうのだから、魔眼『バロール』が真の意味で完成しちゃうね』

 

 退屈気な声で『両儀式や遠野志貴を凌駕する、真の『直死の魔眼』使いの誕生だね』なんて呟く。彼女達にはその二人の事など知らないから、何も伝わらないだろうが。

 

 ――現時点でも、『魔術師』神咲悠陽が保有する魔眼の格は両儀式と遠野志貴を凌駕する。

 

 二回目の人生から数えて九十年の歳月を経て『神秘』を蓄えた上に、同じ期間だけ視覚を閉ざしていた弊害で――感覚を消して能力を封じ込めようとした『空の境界』三章『痛覚残留』の浅上藤乃のように――増強の一途を辿っていた。

 おそらくとうの本人は、生まれた当初からオン・オフのきかない制御不能の魔眼ゆえに気づいていないだろうが――。

 

『まぁ当然だけど、私達人間に『死』を理解するという機能は無い。最初から用意されてないという事は、最初から許容出来ないという事。そんな悍ましいものを視覚情報として認識したら、脳の負荷処理が追いつかなくて発狂死するでしょうね。――完全に制御された穢土転生体なら、幾ら発狂していようが性能的に関係無いけど』

 

 ――そう、穢土転生体の『魔術師』が『直死の魔眼』に至ったのならば、もう彼に与えられる救いは何も無い。

 

 如何に『魔術師』と言えども、『直死の魔眼』が眼下に晒す真実の世界には耐えられない。

 魔眼殺しを持つ遠野志貴とは違い、切り替えして『死』を視ない事を選べる両儀式とは違い、最初からオン・オフを切り替える機能が存在しない。

 更には遠野志貴や両儀式に匹敵する異常性も死への達観も彼には持ち合わせていない。その破滅は約束されたものだ。

 

 精神も魂も陵辱し尽くされ、永遠に壊され続けて、それでも唯一の救済たる『死』に至れず――発狂しながら『うちは一族』の『転生者』に使役されるだろう。

 いや、術者が死んでも穢土転生は解けないのだから、最悪の場合は永劫無限に囚われるだろう――。

 

「……どうすれば、どうすればいいのだッ!」

『方法があるとすれば三つかな。一つは『直死の魔眼』に至る前にこの固有結界を完膚無きまで破壊する事。でも、それは『砕け得ぬ闇』が居ても難しいかな。今のこの固有結界は「」じみているから、本当に世界を切り裂いたという対界級の概念が無ければちょっと無理ね』

 

 彼女の語った「」の意味は解らなかったが、確かに今のこの空間は次元断層によって引き起こされた虚数空間じみた代物となっている。

 ディアーチェはシュテルに視線をやって確認を取り、彼女もまた同じ結論に至っていた。

 

『二つ目は穢土転生体のお父様を完全破壊する事。単純明快だけど、それが至難なのは既に解っているでしょ? 私一人の破壊すら不可能だったんだからねぇ。魂魄を浄化・破壊・消滅させる概念武装か、そもそも穢土転生そのモノを無効化する『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』でもなければ無理でしょうね』

 

 語っておきながら最初から無理だと結論付けて『何方にしろ、それらは私達の前世にしか存在しない宝具(シロモノ)だけどねー』と言い捨てる。

 此処に至って、彼女達の魔法系統が発展しすぎてオカルトと区別付かなくなった『科学』である事がデメリットとなる。

 基本的に彼女達の『魔法』と神咲神那達の『魔術』は相性が悪い、というよりも致命的なまでに噛み合わないものである。

 

 ――二つの方法は最初から否定的に語られている通り、本命は三つ目だった。

 

 

『――三つ目はお父様を永久封印する事。『閉じた螺旋(メビウス・リング)』みたいな曖昧な空間遮断では簡単に喰い破られるから、より無慈悲で残酷な『時間凍結』で。嗚呼、貴女達を囚えていた永遠の牢獄よりも酷い結末ね――』

 

 

 ディアーチェは文字通り絶句する。悪寒に耐え切れず、生まれたての子鹿のように震えて――。

 

「……そ、そのような方法、我等には――」

『――あるでしょ? 貴女の『紫天の書』にはその記述ぐらい。『夜天の書』に記された無数の魔法データや機能を丸ごとダウンロードしているのだから。――特に今代の『夜天の書』には『無限書庫』からパチった幾万幾億のデータも含まれているでしょ?』

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27/無言の詩

 

 ――そして、ディアーチェ達は『魔術師』の固有結界の最上部に辿り着く。

 

 突如として現れた足場は何処までも黒く、反面、天上の空を彩るは綺羅びやかなステンドグラスであり、末端から赤い線に浸食され、緩やかに割れて行っている。

 その中心に煌めくは神聖不可侵の黄金の月であり、この世界の主は静かに待ち侘びていた。

 

 ――『魔術師』の神域の魔眼は今や完全な虹色に変異し、その瞳の中央に底無しの深淵を宿している。

 

 もはや死という概念を極限まで圧縮されたかのような、一生物として耐え難い原初の恐怖を見る者全てに与える。

 目元から両頬に掛けて複数の亀裂が生じており、鮮やかな血が涙の如く、止め処無く流れ落ちている。

 それは穢土転生の再生力を持ってしても追いつかない肉体的な負荷の証明であり、精神的な負荷が如何程のものなのかは語るまでもない。

 

「……『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』、本当に――」

「奴を撃破した後、再生する合間を狙って永久封印を施す。やれるな? 『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』」

 

 背後から心配そうに問い掛けるシュテルに、ディアーチェは振り向かずに答える。

 今の『魔術師』は魔術師としては落第者である。魔術刻印を強制的に摘出して継承した為、あるべき補助を失って大魔術の起動すら出来ない。

 

「……良いのですか? 貴女は、彼の事を……」

「……二度も言わせるな、シュテル。我が、やらなければならない事だ。レヴィ、ユーリ、遠慮はいらぬ。元よりそんな余計は配慮をして勝てる相手ではない」

 

 声を振り絞って、ディアーチェは揺らぐ決意を振り払うように歯を食い縛る。

 

 ――ただ、それは魔術師として、であり、戦闘者――否、殺戮者としての彼は既に魔術など欠片も必要としない領域まで到達しつつある。

 

 恐らく今の彼は一度視ただけで彼女等の魔法を射殺せるようになるだろう。その一度限りは大丈夫という制限も、時間経過で程無く消え去る見込みだ。

 更に言うならば、この世界を殺し切るより先に、彼女達の存在の寿命を視覚情報として理解し、防御も回避も不可能な視線による『死の線』引き、もしくは『死の点』を視線で穿つ結末が待ち受けている。

 魔眼でなぞられるのが『死の線』であろうが、『死の点』だろうが、彼女達の躯体プログラムに致命的な損傷を齎し、永遠に再起不能となるだろう。

 

 

「……嗚呼、貴様はあんなにも恐ろしかったのに、今は全く怖くないな――」

 

 

 そう、それなのに、其処まで理解して――在りし日の『魔術師』より弱いと、今にも泣きそうな顔でディアーチェは悔しげに無念そうに断言する。

 個の殺傷力としては究極だろうが、彼の恐ろしさはそんな個々の精強さなどでは無かった。今の彼の状況は、余りにも無残だった。

 

「……解っているとも。今、貴様が自らの意志で口を開けるなら、端的にこう言うだろうさ。全てを理解した上で、我等の葛藤なんてちゃんちゃら可笑しいと鼻で笑って――さっさとやれ、と……!」

 

 ――彼女達『マテリアルズ』を永遠の牢獄から解き放った張本人を、今度は永遠の牢獄に封じる為に戦う。

 この巡り合わせは何処までも悲劇的で、救い難いものだった。

 

 

 

 

 ――星を飲み込む極点と、星を撃ち砕く蹴撃。

 至高の仕手と至高の劔冑が編み出した二つの魔剣が在り得ぬ邂逅を経て、今此処に衝突を果たす。

 

 二つの魔剣の優劣を語れるモノなど、神ならぬ身、誰一人存在しないだろう。

 結果として、損傷しておらぬ箇所が無いほどの重篤な損傷を受けながらも、湊斗忠道が駆る『銀星号』は地に足を踏みしめた。

 

《……新たな宗教が開けそうな気分だ》

『後に、しろ! 応援はしてやる……!』

 

 仕手本人も半死半生で立ち上がる事すら困難な有り様だが、湊斗忠道は身に走る激痛を無視して立ち上がる。

 それはまるで、究極の重力操作である『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』の術式を破られて、その超大な破壊力が我が身に還った敵手が生存していると言わんばかりに――。

 

《待て御堂、あの術式を打ち破られて尚生存していると……!?》

『あの湊斗光があの程度で死んでくれるほど生易しくはあるまい! ――来るぞッ!』

 

 湊斗忠道の予想通り、湊斗光の『銀星号』は健在だった。

 

『――翼を。願いに打ち克つための翼を! 逆襲の青洸(アヴェンジ・ザ・ブルー)ッッ!』

 

 遥か彼方に瞬くは白銀の流星ではなく、青い閃光だった。

 この世のあらゆる抵抗を力尽くで捻じ伏せて飛翔する暴虐的な加速――それは『銀星号』の理論上の最高速を超えていた。

 

《――馬鹿な、五体満足では在り得ないのに……!》

 

 村正の言う事はその通りである。『銀星号』は攻撃性能、速度において頂点に立つ劔冑だが、耐久力と回復性能が劣る。完全無欠の劔冑など無い証左である。

 この白銀の劔冑は少々の損傷でも性能が激減する。最重要箇所の翅が欠けたならば致命的と言って良い。

 

『……認めたくないが、損傷の程度の違いではなく、仕手の性能差としか言えんな……!』

 

 その最果ての速度を、湊斗忠道は識っている。実物は見た事が無いが、知識として――。

 嘗て一つだけ、光速に勝る電磁抜刀の一刀をも勝った超速度があった。そしてその実物を湊斗光はその眼で見届けて、我が物としている事も――。

 

『――辰気加速(グラビティ・アクセル)、電磁加速(リニア・アクセル)!』

《……っっ、諒解ッ!》

 

 騎体の損傷の軽微、仕手の負傷の具合など確認するまでも無い。

 現状、やらなければ死ぬだけであり、自前の辰気操作と三世村正の陰義である磁力操作を更に付加する。

 

 ――斯くして、青い閃光となった湊斗光の『銀星号』と、白い流星となった湊斗忠道の『銀星号』が衝突を果たし、見事撃ち負ける。

 

《……ッ、胸部装甲に深刻な損傷、全性能低下……!》

『ぐぎィ……!』

 

 ほぼ同条件だった。一瞬確認出来た敵の劔冑の損傷具合は満身創痍、此方と大差無い。

 失速し、墜落していく騎体を重力操作で無理矢理捻じ曲げて立て直し――どう考えても間に合わない。更なる追撃が来る……!

 

『――その磁力制御は本来『蜘蛛の村正』のもの。母が娘の甲鉄(ちにく)を喰らったか、『女王蟻の村正』ァッ!』

《耳が痛いな、御堂。まぁ冑(あれ)とて、あれが冑(あ)が可能性の一つとは思いたくないがな――》

 

 敵手の金打声が後から来たのか、先から来たのかさえ判断出来ずに、更なる追撃が加えられ――青い閃光を見切る事すら許されず、成すがままふっ飛ばされる。

 

《――、――、――!》

 

 被害報告をする村正の金打声が遠く――此処に至って、専らの懸念であった仕手の性能差が如実に出始めた事を自覚する。

 

『――奪われている。失われている。損なわれている。断たれている――!』

 

 此方の脳裏に叩きつけられる湊斗光の怒声に恐怖したのは果たして仕手か、それとも劔冑の方か。

 このままでは勝てない。数瞬先の生すら確保出来ない。甲鉄もろとも四散して砕け散り、無様に地に墜落する。覆せぬ絶望が鎌首をあげて手招き、心を折ろうとする。

 

『……村正。オレに施した『精神同調』を切れッ!』

 

 その時だった。湊斗忠道は在り得ない判断を下す。

 彼が此処まで生を繋いでいるのは、自身を『精神汚染』で操作して『無想』の域に到達しているからだ。

 それを切るという事は、現状では自殺以外の何物でも無く――。

 

《――ッ!? だが今は……!》

『逆だ。今をおいて、その機会は永遠に訪れない。早くしろ、勝つ為に断ち切れッ!』

 

 湊斗忠通の意図は解らなかったが、確かに今を置いて機会が無いのは彼女も同意だった。

 

 ――それも良いかもしれない。

 最期までに、主に無断で『精神汚染』を施していた自分の罪を責め問い、弾劾する資格が、彼にはある――。

 

『ぐ、があああああああああああああああああああああああああああああぁ――!』

 

 ――割れんばかりの悲鳴が、湊斗忠道から発せられる。

 駆け巡る記憶、記録、想い、封じられた感情、情報の渦に飲み込まれ、処理出来ずに絶叫をあげる。

 

 ――永遠とさえ錯覚した刹那、湊斗忠通は全てを理解した。

 

 『二回目』に置いて、自身が自害した後に諦めなかった劔冑の事を。

 望みを果たせずに『三世村正』を駆る湊斗奏に討たれて『英雄』にしてしまった顛末を。

 その罪悪感から、彼女は全て自分一人で背負い込んで、『三回目』の己に『精神同調』を施した事を――。

 

『こ、の、馬鹿者が。オレの独り善がりを、お前が真似する事はあるまいに――』

《……御堂、冑は……!》

 

 その震える金打声に、不変の理念を心鉄に打ち込んだ彼女の面影はまるでない。泣き縋る童女のように、弱々しかった。

 一体何が彼女を此処まで変えてしまったのか。今の湊斗忠道には解ってしまう。

 

『……もう、終わりにしよう。二人共が自分勝手な独り善がりをして何が『心甲一致』か。いや、これはある意味、理想的な『心甲一致』だったかもしれんがな――』

 

 ぴたりと、声もなく震える。その次に来る言葉は、恐らく彼女自身を根本的に否定し、致死に至る死刑宣告に他ならないだろう。

 それも当然だ。主を傀儡にし続けた駄作など、鋳潰されて仏像にでもされるべきである。敵の手に討たれて華々しく散る事すら烏滸がましい。

 村正は、無言で待ち受ける。仕手からの当然の弾劾を、当然の報いを、罪状の披露を、前世から今世まで偽り続けた愚かな劔冑への憎しみの言葉を――。

 

 

『――お前の背負った罪を、半分寄越せ。そしてオレの背負った罪を、半分、担ってくれないか……?』

 

 

 けれども、仕手たる湊斗忠道が紡いだ言葉は、彼女と同じぐらい震えていて、拒絶される事を何よりも恐れて、それでもなけなしの勇気を振り絞って紡がれた、誓いの言葉だった。

 

 

『これは、オレの罪科だ。オレの悪果だ。オレが、最期まで背負わなければならない――!』

 

 

 彼にとっての二回目の人生――彼女にとって一回目だが――その言葉を聞いて、去来したものの正体は虚無感に似た悲しみだった。

 道具に過ぎぬ彼女に、仕手の苦しみなど共有出来ない。分かち合う事も出来ない。支え合う事も出来ない。

 壊れ逝く彼を見届ける事しか出来ない。それが嫌で、変えたくて、変えれなくて――初めて仕手に逆らって、その散り際を愚かにも穢して、恥知らずな欺瞞を押し付けて――。

 

《……冑は、御父の名を辱めた駄作だ……! もう、解っていよう……? 『善悪相殺』の呪いで御堂を終生苦しめたのは冑だ! それ処か『善悪相殺』に殉じた御堂を裏切り、今まで欺き続けてきたのも冑だッ! 今更そんな言葉を掛けられる資格は――!》

『……『善悪相殺』の理念を裏切らせたのは、このオレだ――オレが、お前を弱くしてしまった。ならば、お前はオレを許さなくて良いし、オレもお前の事を許さない』

 

 これで――オレ達は漸く対等だと、湊斗忠道は儚げに笑う。

 

 

『……もう、オレにはお前しかいない。お前しか残っていない。死が別つとも連れ添った我が劔冑、村正よ――』

 

 

 二回目の人生において、様々なしがらみから言えなかった主の告白であり――。

 

《……良い、のか? 冑で……》

『同じ事を二度も言わせるな。お前が良い、お前でなければ駄目だ』

 

 此処に至って漸く、誰よりも劔冑を上手く扱って頼らなかった仕手と、誰よりも仕手の身を案じて蔑ろにした劔冑が、真の意味で一騎の武者と成った。

 

 

『嗚呼、やはり此処に――愛はあった』

 

 

 その終始を見届けて、湊斗光は万感の想いで満足気に呟いたのだった。

 

 ――二つの流星はより激しく衝突し、両者一歩も譲らずに天高く登っていく。

 

 奇しくもそれは8の字の軌道を描いて交差点で技の応酬を繰り広げる、武者の基本『双輪懸(フタワガカリ)』の形であり――通常の武者戦と違う点は、両騎とも重力の法則を無視してひたすらに天を目指して飛翔する点にある。

 そんな常識外の事を、全ての劔冑の頂点に立つ『銀星号』――重力操作の陰義を持つ、二世右衛門尉村正のみが可能とする。

 

 ――ならばこそ、この至高の武闘の決着は。

 勝者は天高く羽撃き続けて星となり、敗者は地の底に墜落して眠るに違いない――。

 

 

 

 

 ――ビルに誘い込んだ『万華鏡写輪眼』持ちの襲撃者が影分身体だった、と発覚した時点で、オレは現在の状況が最悪を通り越した事態だと悟る。

 

(……っ、あの野郎の本体は一体何処に、いや、違う。そうじゃない……!)

 

 襲撃者の本体は一体何処に居るのか、それはどうでも良い。考えても解らない事に費やす時間は恐らく無い。

 一刻の猶予に無い。今はまさしく、限りなく死に近い生死の瀬戸際だ……!

 

(――この場に留まるのはとてもまずい、非常にまずいッ!)

 

 こっちが影分身体にかまけて無駄に出血した時間でNARUTO世界の忍――しかも『万華鏡写輪眼』持ちが何を仕掛けられるかなど、確実に此方を捕殺出来る場を用意出来るに決まっているじゃないか……!

 

(『上』に脱出か、『横』から窓をぶち破ってビルから脱出――いや、『下』しかねぇっ! 『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』ッ! 活路を切り拓けッッ!)

 

 風の能力を薄く鋭く疾く操作し、自分の真下の床を円状に切り抜いて最速で階層を下る。

 

(早く、早く早く早く、もっと早く、早く降りろオオオオオオオオオオオェッ!)

 

 ジェットコースターよりもスリリングな、九十度という急角度の垂直落下で四階層、三階層、二階層、一階層、地下一階の階層までぶち抜き――一瞬遅れて、一階層の床に赤い半透明場の膜のようなものが敷かれる。

 床をスタンドの拳で小石サイズに粉砕して投げてみれば、膜の断面に触れた石は瞬時に焼け落ちる。

 

(――あっぶねぇ、間一髪って処かよ……! あれは木ノ葉崩しの時に大蛇丸が配下の四人衆に使わせた結界忍術『四紫炎陣』か? 一瞬遅れていたら有無を言わずに焼死体になっていたぞ……!)

 

 危機を乗り越えてほっと一息ついた刹那、今まで聞いた事の無いような異音が生じ、ビルの地上部分は結界忍術ごと飲み込まれ、恐らくは『万華鏡写輪眼』の瞳術『神威』によって塵一つ残らず消滅する。

 

(……うわぁ、酷ぇ二段構えを見た……!)

 

 蛇のような執拗な執念深さってヤツを目の当たりにした感じだ。

 『矢』を奪うだけでなく、何処までも追い詰めて絶対に殺すっていう漆黒の意思がびんびんと感じる。

 

(――それなら、この『万華鏡写輪眼』持ちは、オレが生きていない事を確認しようとするだろうな)

 

 それこそ『空条承太郎』の死を注意深く確認しようとした『DIO』の如くだろう。だが、それはオレにとってもチャンスである。

 

 ――オレの作った円状の脱出路を覗き込んだ瞬間を狙って、背後からヤツの尾みたいにくっついている蛇を超圧縮した空気の刃で切断、『矢』を奪還してそのまま『レクイエム化』して撃破する。

 

 地下一階を忙しく移動して自分の真上の地上に『ステルス』状態の『青の亡霊』による偵察を送り――予想通り、ボロいフードを纏ったNARUTO世界の忍はオレの生死を確かめんと足を踏み入れて来た。

 

(……奴の左眼の『万華鏡写輪眼』、さっきみたいな五芒星みたいな模様じゃなく、通常時の三つ巴でもなく、中心の点だけ……? もしや、あれが噂の失明状態か?)

 

 ならば、今のアイツに『ステルス』状態の『青の亡霊』は目視出来ない。先程のビルの中での攻防の時よりも遥かに確実に奇襲を叩き込めるだろう。

 程無くしてヤツは『青の亡霊』が切り拓いた円状の空洞を発見して駆け寄り――最高のタイミングで背後から『蒼の亡霊』を襲い掛からせる……!

 

 ――取った、という確信は瞬時に、背後の大蛇が音もなく脈動し、しなる鞭のように『青の亡霊』が薙ぎ払われて、文字通り打ち砕かれる。

 

(――ッッ!? 目視以外の手段で感知されていた……!?)

 

 腹部に強烈な衝撃を受けて咄嗟に吐きそうになるが、何とか堪えて『蒼の亡霊』を消して、自分の元に戻して装甲し、地下一階の天井を切り裂いて地上に脱出する。

 一呼吸遅れて地下から爆発音が響き渡り――古臭いフードを纏った忍は頭巾を乱雑に脱ぎ捨てて、『彼』のトレードマークたる『メガネ』を改めて着用した。

 

 

「――心外だね、秋瀬直也。僕の事を『万華鏡写輪眼』を移植されただけの忍だと思っていたのかい?」

 

 

 蛇じみた粘っこくて嫌味そうな口調で、正体不明『だった』忍は嘲笑する。

 

「……ッ、良く言うぜ。そのメガネを最初から掛けていなかったのは『うちは一族』の『転生者』の入れ知恵か? ――薬師カブト」

「おや、僕の事を知っていたのかい? 『彼女』の言う通り、『転生者』という人種は知った被りの知識で踊ってくれるね」

 

 蛇を扱う、という時点で察するべきだったかもしれない。

 左眼が『万華鏡写輪眼』のせいで人物の特定が遅れたが、NARUTO世界における蛇使いは『三忍』の一人である大蛇丸、その弟子のみたらしアンコ、その師事を受けたうちはサスケ、そして――此処に居る大蛇丸の配下、薬師カブトだけである。

 

「――解せねぇな。テメェは穢土転生の解印の仕方を解っている筈だ。『矢』を奪ったのは穢土転生で呼び寄せた『うちは一族』の『転生者』の意向だろう? 何で従っている?」

「そんなに不思議な事かい? 僕は望んで彼女に従っているというのにね」

 

 そうなっている経緯が全く解らねぇから聞いてるんだよ……!

 一体全体、あの『うちは一族』の『転生者』が辿った物語はどうなってやがるんだ……!

 

 

「それにしても良いのかい? 君には僕と悠長に会話している暇は無いと思うんだよね。――君の『豊海柚葉(オモイビト)』は、僕の主の手の内にあるのに」

「――ッ!」

 

 

 一瞬にして理性という理性が沸騰しかけ、されども、感情的に挑むには目の前の敵は余りにも危険過ぎて、一瞬にして冷める。

 だが、安い挑発に乗らない程度の冷静さに立ち戻った処で、現状の悪条件が変わった訳ではない。

 此方の足止めという目的を果たされている上に、容易に勝てる処か敗色濃厚の手強い相手、これを如何にして短時間で切り抜ける……!?

 

「――最期まで付き合って貰うよ、秋瀬直也ッ!」

 

 欠片も嬉しくもない男からのラブコールに舌打ちしながら身構え――瞬間、駆け抜ける寸前だった薬師カブトの足元が破裂し、膨大な水流で打ち上がった!?

 

「っっっ!?」

 

 咄嗟の事で驚嘆したオレとは違い、打ち上げられた当の本人は水を蹴って後方に脱出しようとし――まるで生きた蛇のように水流が逃げる薬師カブトに追いつき、生やしている大蛇から身体に纏わり付き、流体から固体へ、瞬時に凍結する……?!

 これと同じような現象を、オレは一度だけ見た事がある。これはアイツの身体を乗っ取った『奴』の……!

 

 

「――『奴』の手を真似するのは癪だが、まぁそれはそれ、これはこれだ。有効な手段なら有り難く使わせて貰うとしよう」

 

 

 その低く重く頼もしい限りの声を、オレは確かに聞いた事がある。

 短い付き合いだったが、この魔都における命運を別けた、とある人物の――そう、今宵は死者と冗談が総動員している巫山戯た夜。奴もまた例外じゃなかった……!

 

 

「――くッ!」

 

 

 空中に宙吊りの形で氷の鎖に拘束されかかった薬師カブトは瞬時に大蛇を切り捨てて自分だけ離脱し、『矢』をその胃に封じた大蛇は抵抗すら出来ずに全身氷漬けとなる。

 そして駆け付けた正統派の人型スタンドの拳が一撃の下で粉砕砕氷し――彼のスタンド『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』の手には奪われた『矢』が握られていた。

 

「……冬川!? お前――!?」

「受け取れ秋瀬直也ッ!」

 

 在り得ない遭遇に対応する前に、冬川雪緒は近接型の面目躍如と言わんばかりの、超スピードの投擲で『矢』をオレに投げ渡し――そのまま『蒼の亡霊』の掌でキャッチ&突き刺して間髪入れずに『レクイエム化』する。

 

「――『学校』だ。『私立聖祥大付属小学校』。お前達の学び舎に、今回の事件の黒幕と捕まった豊海柚葉がいる」

「何だって?」

 

 此方から何か言う前に、矢継ぎ早に冬川雪緒は地に降りて際限無く殺気立つ薬師カブトを見据えながら必要事項だけを語る。

 

「詳しい事情を話している時間は無い。あれはオレに任せて行け。お前はお前の役目を果たせ」

 

 ……一瞬の躊躇があった。

 恐らくまた、これが今生の別れとなる、と。

 

 冬川雪緒の死因は、オレと高町なのはを逃す為に絶対に勝てない『バーサーカー』の相手をした事。

 それと同じ事をするのかと思考して――そうじゃないと結論を下す。

 

「――また任せた!」

「――ああ、また任されたとも」

 

 振り返らずに、ただの一瞥する事無く、その一言をもって、オレは走る。

 

「貴様アァ!」

「最期まで付き合って貰うぞ、薬師カブト。お前には関係無い事だが、今回のこれはオレにとっても雪辱戦だからな――」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28/再会の物語

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井は、退屈なほど何も変わらない。

 

 近くに置いた眼鏡を掛けて、溜息混じりにカレンダーを見る。

 カレンダーには退院日が赤丸で囲まれて強調されているけど、果たして転校先の学校で上手くやれるだろうか――?

 そんな風に、未知なる未来に対する憂鬱を醸し出している時だった。病室の扉も開けずに、音も立てずに、『彼女』が現れたのは――。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 

 黒色の、先の尖ったとんがり帽子と童話からそのまま切り出したかのような黒い洋服は、如何にも魔女風の衣装であり――目の前にいるのに信じられないほど存在感が希薄で、髪も眼も衣装も何から何まで黒い、同年代ぐらいの少女は胡散臭い笑顔で尋ねた。

 

「……え? え!? あ、あの、何処から此処に……!?」

「……うーむ、これはこれはもしや、記念すべき一周目?」

 

 人の顔をまじまじと覗き込んだ後、彼女は難しそうな顔をして考え込んで「反応も初々しいし、三つ編みおさげの眼鏡装備だし、『魔女』の存在も知らない状態かぁ……」など、ぶつぶつと意味の解らない事を呟く。

 

「それじゃ『周』を改めるね。これは私の勝手な想像だけど、貴女と会話を交わす事になるのは三周目以降だと思う」

 

 ぺこんと、芝居掛かった仕草でお辞儀した彼女は一瞬にして姿形諸共綺麗に消失する。

 その時の暁美ほむらはこの事を一種の白昼夢だと片付けて――『魔女』だとか『魔法少女』だとか、超常的な現象と遭遇している内に、この奇妙な邂逅を記憶の奥底に埋めたのだった。

 

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井は、退屈なほど何も変わらない。

 

 近くに置いた眼鏡を掛けて、慌ててカレンダーを見る。

 カレンダーには退院日が赤丸で囲まれて強調されて――自分の掌にはキュゥべぇとの契約の証であるソウルジェムが少し濁った状態であった。

 鹿目まどかが『ワルプルギスの夜』によって死亡した一ヶ月前に巻き戻った事を実感した時、記憶の彼方に放り投げられていた『彼女』は再び現れた。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 

 この瞬間、最初の世界で出遭った奇妙な出来事を、暁美ほむらは電撃的に思い出す。

 一周目においては白昼夢だと思い込んだが、『魔法少女』と『魔女』の存在を知って、自身もまた『魔法少女』になり、漸く目の前に居る異常を認識する機会が訪れる。

 

「あ、貴女は……!? 魔法、少女……?」

「ふむふむ、私に対して面識あるっぽいという事は最初の一周目からスタートだったんだ。それでいてその誤解をするとなると――今回は二周目なのかな?」

 

 『彼女』は自身が強く握っているソウルジェムを眺めながら、また考え込むような顔をする。

 程無くして結論が出たのか、『彼女』は小悪魔的な笑顔を浮かべ――ひょいと近寄って人差し指を暁美ほむらのソウルジェムに当てる。

 すると、少しだけ濁っていたソウルジェムから穢れ一つすら無くなり――くすりと得意気に笑う。

 

「それじゃ『周』を改めるわ。三周目からはよろしくね」

「あ、ちょっと待って……!」

 

 そして前回と同じく、今回は人の話を聞かずに、『彼女』は忽然と居なくなった。

 この事を、『魔法少女』としての先輩の巴マミに尋ねたが、彼女も『彼女』のような存在は一切知らないらしく、探しても見つからなく、いつしか忘れて――そして暁美ほむらは『魔法少女』の真実を目の当たりにする。

 

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井、などと見る余裕は無かった。

 

 すぐさま飛び起きた暁美ほむらは、近くに置いた眼鏡に指を掛けたが、手が異常に震えて掛けれない。

 『ワルプルギスの夜』との戦闘で、敗れはしたものの、暁美ほむらも鹿目まどかも生き延びた。

 だが、問題はその後。まどかが急に苦しみ出し、限界まで濁ったソウルジェムが砕けて――。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 

 一字一句違えず尋ねる『彼女』から、いつも浮かべていた笑顔はすぐ消える。

 そんな些細な変化さえ気が回らないほど、今の暁美ほむらは平常心を失っていた。

 

「……どういう、事。貴女は何者? どうして、鹿目さんのソウルジェムから『魔女』が……!」

「……三周目以降で、既に私と面識があるのね」

 

 即座に『彼女』は今まで暁美ほむらが巻き戻して消した時間軸の回数を言い当てて――ベッドの側の椅子に腰掛けた。

 

「――私は例外の魔女。『魔女』に成り果てた魔法少女の中で唯一、人としての理性がある個体」

「魔法少女が、『魔女』に……?」

「うん、ソウルジェムが浄化出来ずに濁り切ったら、割れて『魔女の卵(グリーフシード)』になる。――鹿目まどかが『魔女』になる瞬間を、二周目の終わりにその目で見たんでしょ?」

 

 此処に至って、漸くほむらは平常心を取り戻す。

 『彼女』の言葉から、もう自分一人しか知らない筈の二周目の結末を言い当てられる事の異常さに気づく。

 二周目の世界では、誰一人一周目の世界の出来事を覚えていなかった。鹿目まどかも巴マミもキュゥべぇも――。

 

「貴女は、私の魔法の事を……?」

「知識として『識』っているだけで、今と異なる時間軸の出来事の観測は出来ないよ。時間遡行者としての視点は君だけのモノだ、暁美ほむら。だから、一周目とニ周目の私も最初に何周目か聞いているでしょ? ……聞いているよね?」

 

 どういう訳か、理由は不明だが『彼女』は暁美ほむらの魔法を知っている。

 しかし、『彼女』には無かった事にされた世界の観測は不可能だと言った。その言葉を鵜呑みにするとなると、この眼の前の『彼女』は自分と同じような時に関する魔法を使える訳では無いという事だろうか?

 

「貴女の目的は何……?」

 

 存在そのモノが異常としか言いようの無い理性ある『魔女』に対して、いつでも時間停止が出来るように身構えながら問う。

 

「概ね貴女と同じだけど、私の方はもっと欲張りかな? ――完全無欠のハッピーエンドってヤツを迎えたいだけよ」

 

 

 

 

「……何も、無い……?」

「うん。だって私は『魔女』として活動していない『魔女』だもの。避難場所としては重宝しているけど、獲物を誘い出す必要が無いから防衛機能もいらない。そもそも誰も私の結界には入れないし、必要が無いから『使い魔』も居ない」

 

 『彼女』の『魔女』としての結界は、文字通り何もなかった。

 何処までも白い、真っ白な空白の世界。今まで数多くの『魔女』の結界を見てきた暁美ほむらとて、此処まで何もない結界は見た事が無かった。

 

 ――此処にあるのは何処からか持ってきたお洒落な椅子とテーブルと、何から何まで漆黒に染まった人間の姿の『魔女』だけである。

 

「最初に言うと、私は正真正銘『最弱の魔女』よ。私に出来る事はソウルジェムの穢れを吸い取って食べる事と、貴女の相談相手になる事ぐらいだね」

 

 二人分の紅茶を淹れながら、この結界の主でありながら存在感が希薄な『魔女』は何て事も無いような口調で、とんでもない事を口にしたのだった。

 

「そ、それって、『魔女の卵』が必要無くなるって事じゃ……!?」

「そう都合良く行かないのよね。まず一つに、私は『ワルプルギスの夜』が近くに居る時は結界から出られない。……あれが『魔女』の集合体だって事は巴マミから聞いているでしょ? あんな超弩級の『魔女』の前には私なんて風前の灯みたいなものよ」

 

 ……一番必要な時に穢れを吸い取る活動が出来ない事は心底惜しいが、『ワルプルギスの夜』が来る前ならば、そのアドバンテージは計り知れない。

 目の前の『彼女』と組めば、ソウルジェムの穢れを気にする事無く『魔女の卵』を貯蔵出来るのだ。取れる戦術の幅も大広がりだろう。

 

「二つ目、これが一番のデメリットなんだけど、私は君以外の魔法少女とは組めない」

「……え? ど、どうして!? 貴女が居れば、私達『魔法少女』が『魔女』になるなんて事が無くなるのに……!」

「心情的な問題じゃなくて物理的な問題。……私は気配こそ『魔女』だけど、見た目は魔法少女時代と然程変わらない。――だから、容易に『魔女』が『魔法少女』の成れの果てだって、自ずと悟らせてしまう」

 

 淹れた紅茶を此方の前に置いて、『彼女』は憂鬱気な顔で紅茶を啜った。

 

「――あんな化け物が自分の成れの果てなんて、そんな真実を受け入れられる『魔法少女』は数多いと思う? ……少なくとも、私と最初に組んだ『魔法少女』は真実を認められなくて破滅したわ」

 

 淡々と喋る『彼女』からは、恐ろしい事に何も感じられなかった。

 『魔女』とは呪いの産物、希望の祈りから生まれ、絶望の終わりによって堕ちるモノ。だから『魔女』は救い難いほどの妄執をもって消滅するその日まで呪いを振り撒きながら永遠に徘徊する。

 だけど、この『魔女』である筈の『彼女』からは、絶望も希望も感じられない。いや、そもそも存在そのモノがおかしい。

 

 ――人間としての理性ある『魔女』など、生まれる道理が無い。

 そんなものが自然発生するなど聞いた事が無いし、人為的だとしてもどんな道筋を辿れば生まれいでるだろうか?

 

 或いは――条理にそぐわぬ法則、例えば魔法少女の願いのような、そんなものの影響があれば――。

 

「この物語の主人公は暁美ほむら、貴女よ。貴女が考え、貴女が思うままに行動し、貴女が望む未来に至るまで同じ時間軸を繰り返す。貴女が諦めさえしなければ、破滅の運命にある鹿目まどかを救う事が出来る――」

 

 ……そう、『彼女』は何もかも知りすぎている。

 『魔法少女』の結末を最初から知っている素振りさえあるし、暁美ほむらの魔法を知り尽くしているし、もう誰も知らない筈の自分の願いすら全知している。

 まるで神様の視点を持っているような、そんな言い知れぬ悪寒さえ走る。

 

 ――確かにこの『魔女』は暁美ほむらが出遭った中で最弱の『魔女』だろうが、同時に最も恐ろしい『魔女』であるのは明々白々だった。

 

「……貴女の事を信じるには、不可解な点が幾つもあります」

「ほむら、人が信じやすいのは荒唐無稽な真実よりも受け入れやすい虚実なんだよ。多くの魔法少女が『魔女』に成り果てる真実を信じないように、ね」

 

 深すぎて何も映らない虚無の瞳を此方に向けて「実際にソウルジェムが割れて『魔女』の誕生を見なければ、大多数の魔法少女は信じないでしょうね」と『彼女』は淡々と話す。

 

「いつか本当の事を話せる時が来ると良いなぁ。それは『今』の私じゃないだろうけど。――うん、今のほむらではイベントに必要な好感度が足りなかったんだね!」

 

 ……一体、何処の恋愛ゲームの話なのか、突っ込む気力さえ湧かず――暁美ほむらと『彼女』との、奇妙な二人三脚が始まったのだった。

 

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井を、恐らくは過去最悪の表情で睨みつける。

 

 『彼女』に推奨されなかったが、鹿目まどか、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子に『魔法少女』の真実を喋るも、実際に美樹さやかが魔女化するまで信じて貰えず――発覚した後は狂乱した巴マミによって佐倉杏子が殺され、自分もまた危うく殺されそうになり、寸前の処で鹿目まどかに助けられた。

 集められる最大の戦力で挑むつもりが、結局は過去最悪の戦力で挑む羽目となり、あっさり敗北し――その手で、魔女化寸前まで濁った鹿目まどかのソウルジェムを撃ち砕く事となった。

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 一字一句違えずに常套句を述べる『彼女』を無視して洗面台の方に歩いて行き、魔法で視力を矯正し、手入れが邪魔な三つ編みおさげを一斉に振り解く。

 その様子を、『彼女』は何処か悲しげに見届けていた。

 

「……驚かないのね」

「うん? ああ、イメチェンの話? 私は両方のほむらを『識』っているからね。何方かというと、そっちの方がほむらって感じ」

 

 ……『彼女』が何処まで知っているのか、胡散臭い目を向けながらも――ほむらは深い溜息を吐いた。

 結局『ワルプルギスの夜』との決戦では何処かに消えて全く役に立たないが、愚痴を吐き出すには良い相手だと思って――。

 

「それじゃ引き継ぎ作業よろしく。私は君と違って無かった事にした時間軸の事は解らないからね」

 

 

 

 

 ――それから、幾多の時間軸を消去し、鹿目まどかが生き残る唯一無二の未来を探し続ける。

 

 一体何度繰り返したか、暁美ほむら自身も数え切れない始末。

 だが、彼女が無為にした時間軸の話を聞いて、違う目線で分析する第三者の存在は精神衛生上、非常に有り難かった。

 

 

「――貴女、名前は? 魔女名ではなく、人間の頃の名前はあるでしょ?」

 

 

 ある時、不意に暁美ほむらはそんな事を聞いた。

 いつまでも『名無しの魔女』、『例外の魔女』では味気無い。

 『彼女』は共犯者にして共謀者、唯一違う時間軸の事さえも打ち明けられる相手だが、『彼女』の抱える謎は謎のままだった。

 

 ――名前すら一度も聞いていない事に呆れたのか、それとも別の理由があってか、『彼女』は珍しく微妙な顔立ちになって割りと本気で思い悩む。

 

 暫く悩んだ後、勿体振りながら、というよりも、さも言いたくない表情で、渋々と口を開いた。

 

「……笑わない?」

「笑わない。というより、何で名前に笑う要素があるの? それとも本名がじゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの、すいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ くうねるところにすむところ、やぶらこうじのぶらこうじ、ぱいぽ、ぱいぽ、ぱいぽのしゅーりんがん、しゅーりんがんのぐーりんだい、ぐーりんだいのぽんぽこぴーの、ぽんぽこなーの、ちょうきゅうめいのちょうすけだとか?」

 

 暁美ほむらが繰り出した渾身のギャグも「……凄いね。良くまぁ全文覚えていたのと、一度も噛まずに言えたね。……無駄に時間停止とか使ってないよね?」と真顔で返され、少し凹む。

 うーんと小難しい表情で唸った後、『彼女』は心底嫌そうに白状した。

 

「……白、苗字は無いよ」

「……全体的に黒いのに?」

「それは『魔女』になってからだよ! ああもう、だから言いたくなかったんだよ!」

 

 「むきー!」と叫ぶ『彼女』――いや、白という名前とは裏腹に全身何から何まで真っ黒の『彼女』を眺めつつ、新たな疑問を口にした。

 

「苗字が無い、というのは?」

「そのまんま。知らなかったのかい、女子中学生。日本は明治維新まで庶民に苗字を名乗る権利は無かったんだよ?」

 

 此処に至って『彼女』、いや、白が見た目とは裏腹に予想以上に長生きの『魔女』である事が初めて発覚する。

 

「……貴女っていつ生まれたの?」

「幕末以前かな。正確な年号は解らないよ。そんな余計な知識を学べるほど裕福じゃなかったし、そもそも人間時代も魔法少女時代も短かったからね」

 

 淡々と、まるで他人事のように、懐かしむ素振りさえ見せずに白は語る。

 ……良い機会だ。此処まで聞けたのだから、今日はとことん問い質そうと、暁美ほむらは無表情のポーカーフェイスを装いながら強く決心する。

 

「……貴女は何を願って魔法少女に、いえ、何を願ったら『魔女』でありながら人間としての理性を保てるの?」

「荒唐無稽な前条件があったからだね。多分、前の周の私は説明した方が混乱を招くから確実に濁した話題だよね?」

 

 何周目かは忘れたが、同じような質問を聞いた時、白ははぐらかさずに最初から答えなかった。

 「魔法少女が『魔女』に成り果てる真実を実際に目にしなければ信じない」と言われれば、さもありなん、実体験として納得する他あるまい。

 

「――記憶というのは不確かなものさ。時間の経過で移ろう。時として自分自身でも信じられなくなるほど不明瞭なもの。本当にあった記憶なのか、都合良く取り繕われた妄念なのか、それとも魔法少女の願いのような不条理で捏造されたものか、もう私には判断が付かない」

 

 ……それは、時間遡行者である暁美ほむらも、時折陥る葛藤である。

 特に、鹿目まどかと接する度に、回を増す毎に彼女との齟齬が大きくなり、初志を失いそうになる。

 もしも白という不変の理解者が居なかったら、どれほど精神的に摩耗していた事か――。

 

「細部を省くけど、私は暁美ほむらという魔法少女が歩む物語の結末を識っていた。その在り得ない前提があるのならば、願いに魔女化した後に理性を確保するぐらい簡単じゃないかな?」

「先見? いえ、美国織莉子のような予知……? でも、魔法少女になる前にそれは――」

 

 二度と思い出したくも無い、イレギュラーな魔法少女の名前を自ら呟いてしまい、ほむらは眉間を歪める。

 あの時間軸は酷かった。魔法少女が魔法少女を狩るという『魔法少女狩り』なんてものが起こり、最終的には首謀者の美国織莉子によって鹿目まどかの殺害が成功してしまい――その時間軸を暁美ほむらは即座に無かった事にした。

 

「そういう類かな、正確には違うけど」

 

 思い出してみれば、『魔法少女狩り』という特大のイレギュラーを聞いた白は、物凄く疲れた表情で「今直ぐこの時間軸、リセットしない?」と普段では在り得ない提案をしていた事を思い出す。

 あの時は冗談の一種だと思って片付けたが、予知能力のようなもので識っているのならば――割りかし本気の提案だったのだろう。

 

 ――今まで解らなかった事を答えてくれる白に喜びを覚えると同時に、それでも本当の真実を語ってくれない事に、ほむらは少し悔しかった。

 

「……本当の事、話す気は無いのね」

「実は平成の世に生まれた前世の記憶があって、その世界では鹿目まどかの物語が『魔法少女まどか☆マドカ』というアニメとして鑑賞出来た、なんて言ったら信じてくれる?」

「ふざけてるの? それは今までの貴女の中で一番詰まらない冗談だわ」

 

 面白くない冗談の中で歴代一位だと告げた時の白の顔は、何故か物凄く引き攣った顔で苦笑していた。

 

「……あー、うん、多分、他の魔法少女の願いによる未来視か告知でも受けたのだと納得してくれたまえ」

 

 

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

「どうして……! どうしてなのよっ! 何回やってもアイツに勝てない……!」

 

 ベッドの上で、リセットして戻ってきたばかりの暁美ほむらは、白の常套句を無視して悲痛な叫びをあげた。

 白もまた彼女の反応から、前回の時間軸は飛びきり酷い結末だったのだと自ずと悟った。

 

「……巴マミと『魔法少女』の真実を隠し切った状態で協力関係を築けた。佐倉杏子とも同盟関係を結べた。美樹さやかを魔女化させなかった。今までの中で一番上手く行った。その状態で欠損無く『ワルプルギスの夜』に挑めたのに……! これ以上、どうすれば良いの……!」

 

 現在進行形で呪いを産み出しているソウルジェムから穢れを喰い尽くしながら――魔法少女として最善を尽くして敗れた暁美ほむらの前回を聞き届けた白は、優しく慰める。

 それと同時に、一瞬だけ無表情になり――何かを思いついたようにその漆黒の闇しか渦巻いていない目を輝かせた。

 

「――ほむら。アプローチを変えてみましょう。今までは魔法少女としてのやり方だったけど、今度は『魔女』としてのやり方で」

「『魔女』としての……?」

 

 今までで一度も打ち明けられていない提案に、涙を流すほむらは縋るように白の方に向く。

 

「『ワルプルギスの夜』が『魔女』の集合体って話は最早するまでも無いよね。如何なる現象が働いてああなったかはさておき、『魔女』という呪いを一つに集める事は可能と見るべきだよね」

 

 その念の押しようは当たり前の事であって――されども、何故こんなにも恐ろしく聞こえたのだろうか?

 

「――乗っ取る事が可能なんじゃないかな、って。だって私は『例外の魔女』、『魔女』の中で唯一人間としての理性を持っている個体だもの。私が『ワルプルギスの夜』になってしまえば良い。ああ、何だってこんな簡単な事を思い浮かばなかったのだろう……!」

 

 白は興奮したような口調で「私自身が『アーカード』に対する『シュレディンガーの猫』だったんだ!」と意味不明な事を叫びながら晴れやかに笑う。

 

 

 ――そして迎えるは、歴代最悪の結末だった。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は――」

「――貴女はッッ! 最初からああなると解っていてあんな事を……!」

「うん? あ、あれ、何か私、いや、『前回』の私、やらかしちゃった系?」

 

 ――暁美ほむらが衝動的に無かった事にした前回の時間軸は、結論から言えば上手くいってしまった。

 

 見滝原市の『魔女』を吸収合併し続けて『魔女』としての質を上げ続けた白は遂に『ワルプルギスの夜』を乗っ取る事に成功し――新たな『ワルプルギスの夜』として活動する前に、自身の結界の中に永久に閉じ籠もった。

 

 呆気無く超弩級の魔女が消え果てて、『彼女』の器に収まった結末に、何も言わずに自分の結界の中に消えてしまった『彼女』。

 そして自分以外の全てを拒絶する『彼女』の結界に自分すらも入れなかった時、その白い侵略者は音も立てずに現れた。

 

『――僕は君の事を過小評価していたようだ、暁美ほむら。確かに『彼女』の願いは『ワルプルギスの夜』に成り果てても有効だろうけど、そもそも人とは『ワルプルギスの夜』に成り果てても自己許容出来るのかな?』

 

 ――『魔女』を吸収する度に、『彼女』から感情が消えていった。

 

 無理をしてないか、心配する此方に、『彼女』は無理して笑って「大丈夫だ、問題無い」と答えた。

 

『酷い事をするんだね。僕の見立てでは君は『彼女』と一定以上の友好を築いていたと思っていたけど――君は『親友』が自分の結界の中で一人、永遠に終わる事無く苦しんでも何ともないのかい?』

 

 更には「今までの私は後方援護で怠けて来たんだから、多少頑張らないと罰当たりでしょ?」と、まるで自分を鼓舞するように――。

 

 

「――ちょっと待って。鹿目まどかは生きていたんでしょ? それなのに何で巻き戻したの?」

「――ぇ?」

 

 

 前回の顛末を語り終えて、白から最初に発せられた在り得ない第一声に、ほむらは言葉を失う。

 

「目的を履き違えないで、ほむら。貴女は如何なる犠牲・代償を支払ってでも鹿目まどかを救いたいと願ったんでしょ? その為に数多の時間軸を無為に化して来た。其処に『燃え残りの産業廃棄物』が一つ加わるぐらい大した差は無いでしょ?」

 

 何て事の無いと言わんばかりの表情で、まるで諭すように白は語る。

 

「――貴女はッ、自分の事をどう思っているの!?」

「――ほむら、最初に言っておくけど、貴女の認識は間違っているわ。……此処にあるのは『魔法少女』の燃えカス、『魔女の卵』から孵った『魔女(産業廃棄物)』に過ぎない。……幾ら人間らしい形をしていても『魔女』に過ぎない」

 

 弾けた感情を思うままにぶつけても、返ってくる反応の温度差は激しく、自らを『産業廃棄物』だと語った白は悲しげに笑った。

 

「――『魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい』。それが私の『魔法少女』としての願い。その願い通り、私は唯一人間としての理性がある『例外の魔女』として存在している」

 

 初めて聞く『彼女』の願いは、初めから『魔女』に成り果てる事を前提とした異端の願望であり――絶望の中から生じた、希望に芽吹く為の叛逆の願い。

 

「……でもね、私に残っているのは『人間としての理性』だけなんだ。姿形も人間と酷似しているけど、私はどうしようも無いほど『魔女』なんだよ」

「……っ、確かに貴女は『魔女』だけど、人間の心を持っている『魔女』でしょ? なら――」

 

 白は首を横に振り、恐ろしいほど何もない無表情で答える。

 

 

「――無いよ、そんなもの。ソウルジェムが割れて、人間だった抜け殻を眺めた時から」

 

 

 希望を願い、自らの望みに裏切られて絶望する。最初から『魔女』に成り果てる事を前提とした『彼女』も例外ではなかった。

 

「……ねぇ、ほむら。私は貴女と組む前に一度だけ、他の『魔法少女』と組んだ事があるの。ソウルジェムの穢れを食べるという発想が生まれたのはその時の賜物ね」

 

 確かに一度だけ聞いた事があるが、深く聞けなかった事だった。

 黙るほむらの表情から読み取った『彼女』はくすりと、『魔女』のように邪悪に笑う。

 

「――結果から言うと、その『魔法少女』はいずれ『魔女』に成り果てる真実に辿り着いて破滅した。過程は然程大切じゃないから省略するけど、問題は私自身の感じ方の変化だった」

 

 『彼女』は笑っていたが、同時に、涙を流してないのに泣いてるような顔になっていた。

 

「その緩やかに滅びる過程を見て、私はね、信じられない事に――極上のワインを味わうように『愉悦』を感じていた。綺麗で美しくて何一つ欠点の無い完璧な彼女を、私は気づかない内に妬んでいた。親の敵のように憎んでいた。まるで他の『魔女』のように呪っていた。そして彼女が『魔女』に堕ちる過程を、私は心底楽しんでいた……!」

 

 此処まで感情的に叫ぶ『彼女』の姿を、数多の周回を経たほむらは初めて見る。

 何も、『彼女』の事を何も解っていなかった。何一つ知りもせず、知ろうともせず――絶望に項垂れて尚も笑う『彼女』を、ただ見る事しか出来ない。

 

 

「――ねぇ、ほむら。前回の私はちゃんとやり遂げたんでしょ? 『ワルプルギスの夜』を乗っ取って、結界の中に閉じ籠もったのよね?」

 

 

 ――『彼女』が『魔女』に成り果てた自身を嫌悪、いや、憎悪していたのならば、その最たる存在である『ワルプルギスの夜』に成り果てて、大丈夫な筈は無い。

 

 他ならぬ『彼女』自身が、自己許容出来ない筈である。それなのに――。

 

 

「……やめて。あんな結末、酷すぎる……! あれじゃ、貴女は永遠に救われない……!」

 

 

 永遠の時を、孤独(ひとりぼっち)で、呪いと共に過ごすなど、余りにも酷すぎる――。

 

「そんな大袈裟な。呪いの総量が桁外れになる事以外は、今までの私と同じだよ。私はね、ずっとずっと自分の結界の中に閉じ籠もっていた。気が狂いそうなぐらいの長い時間を此処で過ごして来た――そんな無意味な廃棄物に生まれた意味があるとするならば、今、この時の為に違いない」

 

 『彼女』の説得が不可能だと悟った瞬間、暁美ほむらは無意識の内に、この時間軸を無かった事にした。

 それは今まで経験した中で最短のループであり――。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は――」

「……待って。今は、一人にして――」

「……うん、解った。感情の整理もあるし、武器の貯蔵とかもある。中継ぎの回も重要だよね。それじゃ次の『周』ではよろしく」

 

 

 

 

 ――そして周回を重ねて、暁美ほむらはこの悪辣な螺旋の仕組みを悟る。

 

 至極、簡単な方程式だった。

 鹿目まどかを救うには『彼女』を犠牲にすれば事は容易く、『彼女』を救ったら鹿目まどかが助からないという残酷な二反律――。

 

 

 

 

 ――死刑台に向かう超巨大の『魔女』の腰布が生き物のように蠢き、白い『魔法少女』を無造作に薙ぎ払う。

 

「――ッ!?」

 

 複数のビルに跨って貫通するほど吹き飛ばされ、通常の『魔法少女』ならば精神的な死を迎えるほどの衝撃を受ける。

 

「……ああ、凄く痛いや……」

 

 だが、『彼女』は自身の本体がソウルジェムである事を知っている為、経験則としてソウルジェムが無事な限り死なない事を確信している。

 複雑骨折で折れた骨で内臓に致命的な損傷を受けようが、痛みでショック死するほどの衝撃を受けようが――極論から言えば、痛覚そのものを意図的に完全遮断する事も出来るし、肉体そのものが塵一つ残らず消滅しても、ソウルジェムと魔力さえあれば肉体を再構築する事も可能なのである。

 

 ――痛覚さえ自由自在の『魔法少女』が痛みを感じるとすれば、それは心の問題に他ならない。

 

 瓦礫を押し退けて立ち上がり、満身創痍の白は嘗て暁美ほむらだったモノの成り果ての『くるみ割りの魔女』を見据える。

 無防備なまま攻撃を受ける事、数十回余り。白い衣服は既に血塗れであり、純白は残らず真っ赤に染まっている。

 

 ――『くるみ割りの魔女』の攻撃を受ける度に、暁美ほむらが辿った物語の一端を垣間見る。

 

「……はは、何でこんなにほむらの好感度稼いじゃってるんかなぁ、私。脇役を助ける事を選んだら虚淵式にBADEND確定なのにさ。あ、ほむらは虚淵の事、知らなかったか」

 

 ほむらの呪い(オモイ)を受け取り、白は「失敗したなぁ」とぼやきながら、彼女と『自分の前回』が歩んだ足跡を、一撃毎に血反吐を吐きながら受け取る。

 

「私が思い描いた理想の光景は、ほむらとまどかが笑い合っている姿だったのに、何で其処に私なんかが入っているのかなぁ……」

 

 ぶっちゃけ言えば、白は鹿目まどかに関しては何とも思っていない。

 白が欲した完全無欠のハッピーエンドはほむらがまどかに救済されるのではなく、ほむらがまどかを救済する物語だ。

 

 ――鹿目まどかが円環の理に至る事無く、暁美ほむらが『ワルプルギスの夜』を乗り越える結末。

 

 いずれ『魔法少女』は『魔女』に成り果てる絶望の世界線だが、全ての『魔法少女』の救済など最初から『魔女』に成り果てた白は求めていない。

 頑張る女の子の手助けを、したかっただけである。

 

 ――その果てに破滅させて、『魔女』に成り果てた暁美ほむらと対峙する事になろうとは、余りにも皮肉すぎる巡り合わせである。

 

「――もう此処には救いも何も無いけど、ほむら、貴女に『魔女』として絶望を振り撒く事なんて絶対にさせない」

 

 杖を振り翳す。借り物の力は杖の先端に集結し、白は再び『くるみ割りの魔女』を涙を流しながら見据える。

 誰の『希望/絶望』かは知らないが、最期にあの『魔女』を苦しませずに一撃で屠る力を下さいと、白は切実に願う。

 

 ――背中から、見えない誰かの後押しを受けたような気がした。

 

「ほむら――!」

 

 ――偽りの見滝原市は桃色の光に包まれ、『くるみ割りの魔女』は抵抗すらせずにその救済の光を受け入れたのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29/とある第八位の風紀委員

 

 

 

 ――三十秒前。

 

 赤坂悠樹は『黒羽根の魔法少女(八神はやて)』から放たれた核爆発じみた桃色の光に飲み込まれ、その桁外れの衝撃から意識を失った。

 例え腕が千切れようが、眼を抉られようが、能力制御を一切手放さない『学園都市』きっての狂人だが、非殺傷設定を一応名目としている超弩級の一撃は彼の意識すら問答無用に刈り取った。

 『時間暴走(オーバークロック)』による能力負荷の処理中に意識を手放してしまえば、暴発して人体の内部に致命的な損傷を受け、十中八九の確率で即死する。

 万が一、即死せずに生存していたとしても超能力者として、否、人間として活動出来ないほど致命的な障害を負う事となる。

 負荷が軽い段階で、尚且つ『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』みたいな医者でも居なければ、暴発した時点で生存は絶望的なのである。

 

 ――ならばこそ、今、再び目覚めて生きている自分自身が在り得ない『オカルト』に他ならない。

 

 更には、先程、能力負荷を解消する為に犠牲にして破裂させた左腕も綺麗に完治している。これは『時間暴走』による時間操作では在り得ない。

 苦手な分野であるが、時間の『逆行』は可能ではあるが、怪我した箇所を『逆行』させても結局は純粋な時間経過で負傷が元通りになる。

 『加速』による負傷完治までの時間を破滅的に短縮させる事は可能だが、死んでからの能力行使など理論的に不可能である。

 

「……――ッ!」

 

 生きている事がおかしい。死んでなければならない。

 そう思考した瞬間、赤坂悠樹は左手の握り拳をもって己が頭部を部分『停止』、部分『停滞』、部分『加速』をもって殴り、時間操作によって殺人的な威力なまでに蓄積した力場を一気に解放する。

 

 ――ぐちゃり、と。トマトを潰すような感触で、殴り抜けた頭部が原型を留めずに砕け散る。

 

「なっ!? クロ、さん……!?」

 

 臨戦態勢だった敵対者(夜天の書の主とその守護騎士御一行)が止める間も無い衝動的な自殺は――されども、砕け散った頭部が即座に巻き戻って元通りとなる。

 自分の手で消し飛ばした赤坂悠樹は、元通りになった自らの顔を震える左手で触り、顔を歪ませて絶叫する。

 

「……何だよ、何なんだよこれはぁッ!?」

 

 死なない、のではなく、死ねない。彼の『時間暴走』以外の、別の未知の法則によって生死を弄ばれている。

 これを『学園都市』の未知の技術、と思い込むには余りにも非現実的過ぎる。

 『学園都市』以外の、魔術という『オカルト』の領域からも外れている。

 出鱈目で未知の技術系統だったが、あれはあれで定められた独自の法則通りに動いているシステムの一種だ。此処まで馬鹿げていない。

 

 ――自分の気づかない内に未知の法則に縛られている。

 

 未知の法則に『支配』されている。そんな馬鹿な、と思い浮かぶよりも先に、赤坂悠樹は自分自身を『過去視』する。

 今思えば記憶すら曖昧だ。赤坂悠樹は9月30日に『学園都市』にてありとあらゆる反乱分子を蜂起させて、首謀者として一世一代の大博打に乗り出している最中だった。

 『学園都市』の外の勢力も乱入し、反乱は未曾有の大惨事となり、赤坂悠樹の目論見は十二分に達せられた。

 『学園都市』の力を極限まで削いで、第八位の『超能力者(レベル5)』が『学園都市』から脱走した際の追撃の余力を断ち切り、その空白に最期の野暮用を果たす。

 

 ――最後に御坂美琴と白井黒子が立ち塞がり、返り討ちにした処で、記憶が途切れている。

 

 其処まで場面を飛ばして、再生する。その後に何があったのかを知る為に。

 

 

 

 

『これでもビックリしてるんだぜ? 第八位と第三位、同じ『超能力者』なのにどうして此処まで差が開いたかねぇ? ――正直、此処まで雑魚いとは思わなかった』

 

 御坂美琴と白井黒子を無傷で返り討ちにした赤坂悠樹は地に横たわる二人をトドメを刺すか放置するか、今日の夕食を何にするかという軽い感触で悩んでいた。

 

 ――比較的関わり合いのある人物だったが、今となっては何の感慨も思い浮かばない。

 

 第一位『一方通行(アクセラレータ)』を下す前ならば良い勝負になっただろうが、AIM拡散力場を連結停止する事で三秒間の時間停止を可能となった今では余りにも無力過ぎた。

 

 

『――待てよ』

 

 

 そんな時だった。ボロボロの格好の男子学生が自分の前に立ち塞がったのは。

 赤坂悠樹は白けた表情でその人物を見る。ウニのような黒髪の男子高校生――確か一度だけ見た事がある。御坂美琴と面識がある自称『無能力者(レベル0)』で、名前は思い出せなかった。

 おそらくは最初から覚える気が欠片も無かった為、『学園都市』で八番以内に優秀な脳の何処にも収納されていなかったのだろう。

 

『テメェが、御坂と白井をこんな目に遭わせたのか……!』

『うん? そうだけど? 更に言うなら今夜の事件の首謀者かな? 全ての黒幕ってヤツ――まぁ外から来た連中の事は預かり知らんけど』

 

 ピアスだらけのオカルト女だけは完全な想定外の事態だったが、勝手に暴れてくれる分には有り難い存在だった。

 自供する犯人に対して、この『無能力者』は親の仇でも睨むかのような眼で此方を見据えた。

 

『ん? え? 何その反抗的な眼? まさかこのオレに歯向かう気ぃ? きゃははっ! 何それ、オレを笑い殺す気!? やっべぇ、今までで一番効果的な精神攻撃だわ! オレの能力でも防げねぇや!』

 

 赤坂悠樹は腹を抱えて大笑いする。

 余りにも可笑しすぎて呼吸困難で窒息死しそうになったと、心の底から目の前の『無能力者』を賞賛する。

 

『……逃げ、なさい……! 幾ら、アンタの――がおかしくても、ソイツは、第八位の……あぅっ!?』

『そそ、今此処で良い声で鳴く御坂ちゅぁんの言う通り、第八位の『超能力者』赤坂悠樹とはオレの事だ。命乞いでもしたら? 無様さ加減で見逃してやらん事もないぜ』

 

 倒れる御坂美琴の手をぐりぐりと踏み抜いて、ステレオな悪役っぷりを演出する。

 現時点での序列第八位は第一位を打ち破った事実上最強最悪の『超能力者』であり、『学園都市』中に知れ渡っていると自負する。

 喧嘩を売る相手を間違えた『無能力者』風情がどう反応するか、愉しんで見てみると――。

 

『御坂からその汚ねぇ足をどけやがれこの三下!』

『――あ?』

 

 言うに事欠いて最強の『超能力者』に向かって三下呼ばわりされるとは、赤坂悠樹は夢にも思っていなかっただろう。

 第一位を打倒して歯止めを完全に失った今の彼に、怒りの自制心が欠片も無い事など語るまでもない。

 御坂美琴への興味が一切合切無くなり、赤坂悠樹は初めてまともに目の前の『無能力者』を見据えた。

 

『死んだよ、お前。つーか、殺す。現代芸術風の素敵オブジェに仕上げてやんよ』

 

 心臓停止して即死させるのは芸が無い。能力を使ってでも出来る限り生き延びさせて人間アートにしてやろうと決意する。

 まずは腕の一本や二本でも千切って、足を両方そぎ落として達磨にした後、生きている状態で胸とか背中に生やしてやろう。

 

『ふざけんな、テメェの身勝手でどれほどの人が傷ついたと思ってやがる……!』

『踏み潰されるだけの名無しの弱者の事なんざ知るかよ。それにまだほんの序の口だぜ? これからもっと色々仕出かすから、事の次第によっては『学園都市』在住のニ三○万人も無事で済まないんじゃね?』

『何だって……!? テメェは何をする気だ……!』

 

 そういえば、黒幕として縦横無尽に活躍したは良いが、残念な事に観客が居ない。

 これからぶち殺す相手にぺらぺら喋っても無駄極まるが、生きる事とは無駄の積み重ねであるからには、その無駄を偶には愉しむのも一興だろう。

 

『――そうだな、何をするか、の前に何をやったかを洗い浚い白状するとしよう。オレがした事は『学園都市』に不満を持つ連中を焚き付けて一斉蜂起させた事ぐらいだ。連中の主義・主張にはまるで興味無かったから良く知らないけど、今の『学園都市』は些細な反乱分子の一致団結の反逆によって対処が遅れ、機能不全に陥っている。連中の本懐が遂げられるかどうかは問題じゃない。『学園都市』の対処能力を削ぐ事がオレの目的だった』

 

 話している内に、目の前の『無能力者』は怒りを堪えるかのように握り拳に力を入れる。

 今日日珍しいほど潔癖な正義感の持ち主だと、赤坂悠樹は内心嘲笑う。

 

『――そして何をするのか。まず一つ、十年前にオレの妹を殺した犯人を出来る限り凄惨な方法でぶち殺す。『学園都市』の外の刑務所でのうのうと生きていて罪を償ってます? ふざけんな、死ぬまで死なす。二つ目、オレをこんな糞ったれの『学園都市』に捨てた祖父母を気が済むまでぶち殺す。くたばり損ないだろうが、生きている限りは殺してやるさ。三つ目、これが本命で一つ目と二つ目は余興扱いなんだが、まぁ大筋には関係無いから省くか。――『学園都市』が産んだ科学の申し子たる『超能力者』が史上最悪の蛮行に及べば『学園都市』の存続そのモノが危ぶまれるだろうね。万が一、解体される事になったら『実験体(モルモット)』の学生は何処に引き取られてどう処分されるかな?』

 

 事の重大さに青褪めた『無能力者』に『海外の研究機関に引き取られるなら、生きたまま解体されてホルマリン漬けの標本になるだろうなぁ』と煽る。

 

『……テメェは自分の復讐の為に、『学園都市』の皆を犠牲にするつもりなのかよ……!』

『結果的にそうなるだけで、オレ自身は『学園都市』の連中がどうなろうが至極どうでも良い話だがね』

 

 それで『学園都市』の上層部の連中の首が吹っ飛ぶなら、晴れ晴れとした気分になるだろうが――。

 

『――お前の死んだ妹は、兄が罪を犯す事を望んでいるのか……!』

『は? そんなの望んでいる訳無いじゃん。何それ、オレの妹に対する侮辱? それとも新手の自殺志望?』

 

 説得か説教か新手の精神攻撃かは判断付かなかったが、『無能力者』からの世迷い事を鼻で笑った。

 

『ドラマかアニメの見過ぎじゃねぇの? 復讐に故人の意思が介入する要素なんてねぇんだよ。殺されたヤツが復讐を願ってないとか偽善者の寝言も良い処だ。――人の大切な妹を殺したんだから、殺し返す以外の選択肢なぞ無いだろうに?』

 

 貴方の大切な妹が殺されました。さぁどうしましょう?

 

 答え①殺す

 答え②殺す

 答え③殺す

 

 力が無いなら、己の無力を呪いながら諦めるしか無いだろう。

 だが、今の赤坂悠樹は名実共に最強の『超能力者』であり、彼を閉じ込めていた『学園都市』が止めれないのならば、復讐は確実に果たされる確定事項である。

 そう答えた時、『無能力者』の顔は理解出来ない存在を見るような、そんな顔だった。今更だと嘲笑う。こんな事を仕出かす人間に一般常識やまともな道徳概念がある筈もあるまい。

 

『ああ、この説得のパターンだと次は復讐すれば今度は自分が復讐される立場になるぞって処かな? 復讐の連鎖理論。これ前から思っていたけどさ、凄っげぇくだらねぇよな? だってこれ、大切な人を殺されたけど復讐せずに我慢しましょうって事だろ? 何で最初の加害者を手厚く擁護してるの? 被害者は何もせず泣き寝入りしろって事か? 馬鹿じゃねぇの死ねよ、つーか、そんな与太話を最初に吐いた糞野郎は八つ裂きにされて殺されるべきじゃね?』

『……っ、じゃあテメェは復讐を果たしていつか自分が復讐の対象になった時、どうする気だ!』

『どうもこうも、やれば良いんじゃないかな。遠慮無く殺すけど。ほら、己の無力さを呪いながら諦めれば復讐の連鎖とやらは簡単に解消されるぞ?』

 

 『無能力者』は信じられないという表情になる。

 とは言え、これは言葉遊びの面が強い。前提が違う。赤坂悠樹は残念ながら其処まで長生きしない。

 目的を全て果たす頃には寿命が尽きるだろう。初めからそういう計算である。

 

『お次に来るのは復讐は虚しい、とかか? 別にどうでも良い。そんな個人の主観は実際にしてみないと解らない事だ。多分、長年の憎悪を張らせて気分爽快、スカッとするんじゃないかな? もしくは殺しても殺しても殺し足りないってなると思うけど――』

 

 小馬鹿にしながら『ああ、くっだらねぇ問答に貴重な時間を潰しちまったや』と論ずるまでも無いと断じる。

 

『――テメェがオレを止めたいなら、その小賢しい口で綺麗事の御題目を並べるんじゃなく、力尽くで有無言わさずに殺せば良いんだよ』

 

 無言で『来い』と、無駄な話は終わりだと殺意を撒き散らす。

 

 

『……良いぜ。テメェが言葉は不要って言うなら――まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!』

 

 

 その『無能力者』は右手を力一杯握り締め、愚直なまでに真っ直ぐ走って右腕を振り被り――まずは放たれた右手を掴んでそのまま握り潰そうと、反射神経を倍速状態にした赤坂悠樹は『無能力者』の右拳を容易く掴み取ってしまった。

 

 

『――え?』

 

 

 ――果たしてその声は何方の声だったか。

 

 『無能力者』は赤坂悠樹に掴まれた右手を瞬時に振り払い、もう一度、全身全霊を込めて殴りかかり、見事に空振りとなる。

 それは赤坂悠樹に避けられたのではなく、殴り抜かれるより先に糸の切れた人形のように地面に倒れたからである。

 

 

 ――この『無能力者』上条当麻は第八位の超能力者『時間暴走(オーバークロック)』赤坂悠樹にとって絶対に出遭ってはいけない、最悪の初見殺しである。

 

 

『……は? ……何、だ。その、右、手は――』

『――『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。この手で触ったモノは、原子爆級の火炎の塊だろうが、戦略級の『超電磁砲(レールガン)』だろうが、神様の奇跡だって打ち消せる……テメェが嘲笑った、最弱の『無能力(レベル0)』だ』

 

 ――『超能力』を呆気無く打ち消しておいて、何が『無能力』か。

 

 上条当麻の右手に触れた瞬間、赤坂悠樹の自身に施していた能力制御が全て打ち消された。

 その結果、能力によって処理中だった負荷が一瞬にして解放されてしまい、致命的な暴発となった。

 既に視界は十六分割されたかの如く割れて縮まり、数え切れない内部破裂の致命傷を受け、脳に致命的な損傷を与えられて思考力も秒単位で枯渇して消失していく。

 

 ――余りにも呆気無く訪れた死に、文句の言葉も恨み事の一つも出て来ない。

 

 所詮は死に損ないの悪党一匹、惨めに果てるが定め。

 殺しているのだから、殺されるのも不思議じゃない。元より生に執着していない。生きようと執着しては寿命を削る能力など怖くて使えまい。

 命を賭けて敗れたのならば、潔く死ぬだけであるし、生きたまま鹵獲されて『学園都市』の実験体になるよりは数百倍マシな結末である。

 

 ――それに、初めから生きる目的が希薄の赤坂悠樹にとって生とは苦痛そのモノであり、死こそ唯一の救済だった。

 

 双子の妹が殺されたその時から、彼は精神的に死んでいた。

 そんな死人の自分を取り繕って生きている真似事を繰り返したが、生きる目的を見いだせずに今此処に至る。

 何とも無意味で無価値な人生。だからこそ、生き地獄の終わりたる死は尊いモノであり、自身の能力で寿命を消費し続けた彼の、心の底からの本望でもあった。

 

 

『――あーあ、妹の墓参り。遂に行けなかったなぁ……』

 

 

 ただ、それでいて一つだけ、最期に遺った未練を言葉にした。

 妹を殺されたその日からあらゆるものが燃えていき、全てを焼き尽くす憎悪に変わり、最後の最期に燃え残ったのがその想いだけだった。

 

『……そんなの、何処に居たって出来るだろう! 祈る気持ちさえあれば何処に居たって届くだろう! お前の自殺願望に他の皆を巻き込むなっ!』

 

 自分を打ち倒した誰かの言葉が届き、意味を噛み砕く前に――赤坂悠樹は『超能力者』としての、否、人間としての思考能力を全て喪い、程無く生命活動を完全に停止する。

 

 ――これが後に『0930事件』と呼ばれる未曾有の大事件の、その首謀者の呆気無い最期だった。

 

 

 

 

(……おいおい、どういう冗談だ? 死ねないだけじゃなく、もう既に死んでるだと?)

 

 ――理解が追いつかない。

 

 完全なメタ能力を持つ『無能力者』の存在をあの時まで認識出来なかった事もそうだが、最後の最期に遭遇した『偶然』も出来過ぎている。

 既に死んでいるというのならば、此処は何だ? あの世か、地獄か?

 目の前が真っ黒になるような目眩と同時に――精神操作系の能力の干渉を受けたような強烈な不快感を抱く。

 

(……っ! ざけんなッ!)

 

 ――自由意志を根刮ぎ奪って殺戮人形にせんとする絶対命令権を、即座に逆探知して時間停止し、発生源を特定する。

 

(……うぜぇ、イライラする――!)

 

 自身の左手の五指を時間停止させて、頭の中に直接突っ込み、ぐちゃりと色々掻き回して弄り、自身の頭の中にあった札付きの『異物(クナイ)』を外に摘出し、迷わず握り潰す。

 不愉快極まる精神操作は綺麗さっぱり消えたが、脳内を穿って掻き回した致命傷は秒単位で治癒され――現状は何一つ変わっていなかった。

 

(クソがッ、原因らしき異物を排除した処で、訳の解らない『不死』はそのままってか……!)

 

 未だ姿の見えない元凶に憎悪を滾らせ、絶対の報復を決意すると同時に――探し出す手間が必要無い事に気づく。

 今の赤坂悠樹が真に幾ら自傷しても死なない『不死』の状態ならば、それは己の能力の制限が全て外れているという事に他ならない。

 

 ――それは即ち無限に『加速』させられる事でもあり、無限に『停滞』させられる事でもあり、無限に『停止』させられる事でもあり、無限に『逆行』させられる事である。

 

 今、この瞬間にも赤坂悠樹は世界の終末を演算出来るのだ。

 46億年前の原初の地獄を地球全土に『再生(リプレイ)』する事も可能であるし、引力と斥力の時間を色々弄って月を地球上に落とす事も可能であり、地球の自転・公転運動を無限に『加速』させて太陽系から脱出させる事も可能であり、それらを無限の思考加速によってタイムラグ無しで即座に実現可能であり――お望みの『世界最後の日』を演出する事が出来る。

 

(――はっ、これが『学園都市』が求めた『絶対能力(レベル6)』の境地って処か? ああ、最高に最悪にくっだらねぇ……!)

 

 神に匹敵する万能感はそれを上回る絶望感に押し潰されて虚無感となり――何の未練無く世界を自分ごと握り潰すその前に、確かめておかなければならない事が一つあった。

 この似ているようでかけ離れた世界での唯一の接点、唯一自分を知る存在があの少女であり、それだけは問わなければならない事だった。

 

「……お前は、オレの何を知ってやがる……!」

 

 再び産まれ落ちた憎悪と怨念、殺されても死ねない絶望と焦燥、ありとあらゆる負の感情を籠めて、赤坂悠樹は八神はやてに責め問う。

 この歪ながらも訪れた唯一無二の対話の機会は、八神はやてが赤坂悠樹を一度打倒してからこそ、無視出来ない相手だと認められたからこそ得られたものである。

 それが無ければ、赤坂悠樹は八神はやてを無視して世界の終焉を演算していただろう。

 

 ――ただ、これから八神はやてから開示される真実を思えば、赤坂悠樹は話を聞かずに世界ごと屠った方が良かったかもしれない。

 

 術者を屠っても『穢土転生』は解けず、永遠に彷徨う事になるが、その結末の方が遥かにましだった――。

 

 

「……私は貴方の、貴方のクローン『過剰速写(オーバークロッキー)』――クロさんと、三日間だけ友達だった……」

 

 

 八神はやての悲しげな告白が最後の扉の鍵となり、興味・関心を抱いた赤坂悠樹は迷わず『過去視』で彼女の過去を閲覧してしまった。

 その『パンドラの匣』には真の絶望しか無いのに――。

 

 

 ――その『可能性』だけは、絶対に見るべきではなかった――。

 

 

 

 

 ――彼女の言う自身の偽の能力名を名乗る『過剰速写』は、信じ難い事に『赤坂悠樹(オリジナル)』に匹敵する能力規模と『赤坂悠樹』と同じ記憶を持つ特異個体だった。

 

 第三位『超電磁砲』の複製体を生み出した『量産能力者(レディオノイズ)計画』での『妹達(シスターズ)』は大元の1%程度の力しか受け継がなかった事を考慮すれば、この狂った世界に産み落とされた『過剰速写』の性能は破格と言って良い。

 

 ――だが、その精神性が『赤坂悠樹』と同一のモノかと問われれば疑問視せざるを得ない。

 

 『過剰速写』は自身の最期を明確に覚えていて、尚且つ自身の事を何者かの欲望によって産み落とされた複製体であると自覚している。

 死より先に進んだ『過剰速写』は産まれながら『赤坂悠樹』とは異なる個体であると言えよう。

 

 ――『赤坂悠樹』と『過剰速写』の最大の差異は、憑き物が落ちたかのように冷静な自制心を取り戻している事に他ならない。

 

 最弱の『無能力者』に敗北した事から、何者にも憚る事の無い『最強』じゃなくなった反動なのだろうか。

 もしもそうならば『最強』という呪いは、どれほど『赤坂悠樹』の本質を蝕んでいたか、解ったモノじゃない。

 

 ――話を戻して、『過剰速写』とあの黒羽の少女の出遭いは誘拐犯と人質の関係だった。

 

 あの人間核兵器が車椅子が無ければ移動すらままならない障害者とは驚きだが、あの『過剰速写』と奇妙な友情関係を築いていた事は認められる。

 

 

『――自分の双子の妹の複製体が作られた時、これがオレの人生の最大の分岐になったのだと思う』

 

 

 この魔都の夜景を一望出来る天空にて『過剰複写』が吐露した言葉に、やはり複製体は複製体かと『赤坂悠樹』は鼻で笑う。

 自らの手で殺害した双子の妹の複製体『第九模写(ナインオーバー)』の事を顧みた事など彼の人生で一度も無い。

 正直言えば今の今まで忘れていたぐらいだ。それほどまでに、あの複製体は『赤坂悠樹』の人生において取るに足らぬ要素なのである。

 

『今更気づくなんて救いが無い。永遠に気づかなければ良かった。けれども、気づけて良かった。――劣化品だろうと贋作だろうと、あれはもう一人の妹である事に、変わりなかったのにな……』

 

 そう告白する『過剰速写』を『赤坂悠樹』は冷めた目で見届ける。

 それは自身が複製体だからこそ生じた世迷い事であり、『過剰速写』の事を完全に劣化した別物の何かだと断定する。

 あんな劣悪な複製体を一分一秒でも生存させる事こそ屈辱の極みであり、抹殺する以外の選択肢など無いと断言する。

 

 ――急速に興味を失った『赤坂悠樹』は少女と『過剰速写』の物語を早回しに見届ける。

 

 結果から言えば、自身を生み出した組織を鏖殺し、別の復讐者に殺されたという無様な結末だった。

 悪党に相応しい惨めさで少女の前で朽ち果てた。所詮は複製体と言った処か。ただ、その死を悼んで泣いてくれる者が一人居るだけで若干羨ましかった。

 

 『過剰速写』については完全に興醒めという結果に終わったが、今さっきの少女と復讐に身を焦がす少女は不思議なほど一致しない。

 

 少女は復讐を決意し、『魔術師』と名乗る男の甘言に乗ってその力を手に入れた。

 先程の変な格好の四人組も合流した処を見る限り、この復讐は間違いなく果たされるであろう。

 少女の凶行を止める者が一人居たが、無力な正義は飾り物にも劣る。止めれずに返り討ちになる。

 

 ――実に皮肉な巡り合わせだと『赤坂悠樹』は感じずにはいられない。

 

 己の復讐を果たせなかった者が復讐され、この少女に復讐を決意させた。復讐が途切れて尚、連鎖している。

 この少女の規格外の力なら、この復讐は間違いなく完遂されるだろう。

 その時に、この少女は何を想うのか。死した『過剰速写』を想って泣くのか、憎き仇敵への恨みを晴らせて狂々と笑うのか――復讐を果たせなかった『赤坂悠樹』の興味は其処に絞られた。

 

 ――だからこそ、その結末に驚く。

 

『『――約束を果たせずに寿命死する『赤坂悠樹』の贋物を許してくれ』、それがアイツの遺言だ』

 

 ――殺したと思っていた仇敵は実は『過剰速写』を殺してなかった。

 

 自身の名を使った符号の遺言は先程打ち倒された情けない男から伝わり、それでも信じられない少女は復讐の刃を振り下ろし――それを止めたのは、時間を超越して行使された『過剰速写』の時間操作だった。

 拍子抜けと言えば拍子抜けだが、滑稽な運命の巡り合わせに頭を抱えるしか出来ない。自身の復讐を果たせなかった半端者だが、他人の復讐を止める事は出来るようだ。

 

 ――それから三ヶ月後、精神的に塞ぎ込んでいた少女は『過剰速写』の墓の前で、突如現れた赤坂悠樹と対面する。

 

(――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――、は?)

 

 右腕と左眼が損失している事は『赤坂悠樹』と同じだが、義手の右腕部分の袖に付けてあるのは今や懐かしい『風紀委員(ジャッチメント)』の腕章であり――その時点でおかしい。

 右腕と左眼の損失は『一方通行』との戦闘が原因だ。それを経験して尚、何故捨て去った『風紀委員』の腕章をこの赤坂悠樹は付けている?

 疑問に思うのとその赤坂悠樹から膨大な情報が逆流したのはほぼ同時であり、流出された情報の渦から『赤坂悠樹』はこの赤坂悠樹がどういう道筋を辿ったのか、一瞬で理解してしまった。

 

 ――その赤坂悠樹と『赤坂悠樹』の決定的な差異は唯一つ。

 この赤坂悠樹は『赤坂悠樹』と同じように『第九模写』を殺しに行って、温い事にその手で殺せなかった。

 

 『第九模写』の製造目的は表向きには正体不明の第八位の能力解明の為の複製体だったが、何の間違いが生じたか、在り得ない第九位の超能力者の複製体になったというもの。

 その実情はオリジナルが生存して尚且つ開発を受けていれば九人目の超能力者になったかもしれない、赤坂悠樹の双子の妹の複製体。

 その真の製造目的は何の制限無く活動する第八位の超能力者に対する『首輪』である。確かにこれは赤坂悠樹にとって無視するには余りにも困難な代物だった。

 

 ――『赤坂悠樹』には双子の妹の死が人生最大のトラウマとなって、無力な女子供を殺せないという致命的な弱点があったが、『第九模写』を自らの手で殺害する事で克服してしまっている。

 

 だが、赤坂悠樹は甘い事に『第九模写』を自らの手で殺す事が出来ず――出来なかったが、双子の妹の複製体という存在が一秒でも存在している事を許せなかった。その結論は同じである。

 

 ――それ故に、回りくどい手順を踏む事にした。一時的に保護するが、最終的には他人に殺させる。

 

 後は『第九模写』を殺害した他人を意図的に生かして帰せば、『学園都市』の上層部は双子の妹の複製体に何の価値も無かったと判断するだろう。

 その大立ち回りは上手く行った。未だ『一方通行』との戦闘を経ずにAIM拡散力場の連結凍結による『時間停止』に至っていないが、『学園都市』の刺客を退け、処刑役の選定も終えた。その役に第四位を選ぶ当たり、我ながら良い性格をしている。

 

 一時的な保護者役に御坂美琴と白井黒子を選んだせいで始末させる魂胆を見抜かれ、戦闘になるも返り討ちにし――挑発に挑発を重ねた第四位『原子崩し(メルトダウナー)』麦野沈利の登場で舞台は整った。後は『第九模写』を見殺すだけである。

 

 ――それなのに、赤坂悠樹は『第九模写』を見捨てられなかった。

 

(……馬鹿か? コイツは。何を血迷ってんだ?)

 

 第四位の『原子崩し』は赤坂悠樹にとって組み易い相手であるが、一発でも命中すればそれがそのまま致命打になる事には変わりない。

 その破滅の光を前に庇うなど馬鹿馬鹿しいにも程があるし、始末させる為にこの場を用意したのに本末転倒も良い処である。

 

『――なん、で。どうして。紛い物の私を、何故?』

 

 『第九模写』の疑問は当然のモノである。

 その右腕一本を犠牲にしてまで助けるなど在り得ないし、其処に見合う価値など何処にも無い……!

 

『……いい加減、自分の馬鹿さ加減には飽き飽きしてくる』

 

 赤坂悠樹は振り向かずに、されども、その声には今までに無い暖かみがあり――それはまるで、何かのようだと一瞬脳裏に過って、即座に否定しようとして、

 

 

『――兄が、妹を助けるのに、理由なんざいらねぇんだよ』

 

 

 それは、妹が死んでから永遠に失われた『赤坂悠樹』の根底の行動原理であり――。

 

 ぴしり、と。何かに罅が入った。罅は秒単位で亀裂となり、何の対処すら出来ず、全てが木っ端微塵に砕け散った。

 

 

(……あ。ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ――!)

 

 

 ――世界の果てまで轟き渡る絶望の断末魔は止まらない。

 この時、『赤坂悠樹』は生まれて初めて、心を完膚無きまでへし折った絶望で能力の制御を手放してしまった――。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30/決着

 

 

 ――そして、赤坂悠樹は大の字に倒れた。

 

 完膚無きまでに心が折れた。双子の妹が殺された時と同じように、否、その時よりも更に救いが無い。

 あの時は精神的に死んだが、超能力の発現によって空虚な器に憎悪という炎が注がれた。

 その負の感情を原動力に再起し、人生という膨大な時間を刹那に消費しながら死というゴールまで駆け抜ける事が出来た。

 だが、今はどうか。死はゴールではなく、自分自身の存在も自分の別の『可能性』によって全否定された。

 気づかない内に、赤坂悠樹はこの手で『可能性』を縊り殺していた。最初の願いを踏み躙ってしまっていた。

 世の不条理を更なる不条理で覆す為に悪党に成り下がったのに、いつの間にか初志を見失って悪党以下の何かに成り下がっていた。

 何という滑稽、何という無様。もう自嘲する気力すら無い。もう立ち上がる気力すら彼には無かった。

 

「……え、えとっ! だ、大丈夫です、か……?」

 

 敵対していた少女、いや、自分が一方的に殺そうとした、が正しいか――奇妙な事に自分と関わりのある異世界の少女・八神はやては恐る恐る尋ねる。

 彼女を守護する騎士達は細心の注意を払って警戒しているが、無用の産物である。今の赤坂悠樹は赤子より無害の、二度と立ち上がる事の無い挫折者である。

 

「……大丈夫じゃない。今直ぐ死にたい……」

 

 喋る事すら億劫であり、自分の手足のように自在に使っていた能力の使い方も今は思い出せない。

 双子の妹の複製体を殺す前、そのトラウマが誘発した時に精神的な嘔吐感が生じて一時的に使えなくなったが、今は自分を構築していた歯車が一気に崩れ去っていて、全てが空回りしているような気分である。

 

 ――尤も、使えた処で使う気力、実行する意思が無ければ無意味・無価値なのだが。

 

「……そんな『可能性』があったなんて知らなかった、見たくもなかった……! 今更、オレにどうしろってんだよ……?」

 

 心折れた負け犬は涙を流しながら、そんな女々しい泣き言を口にした。

 何の脈絡も無く叫ばれた意味不明な告白に、守護騎士達は訝しむが、八神はやてだけはその言葉の意味を正確に理解した。

 

「……クロさんと、赤坂さんの事を……?」

 

 八神はやてを通して『過去視』した結果、狂人の域までに偏屈で強靭で堅牢で不屈だった精神が完膚無きまでに砕け散って折れた。

 完璧なまでに自己完結している事で他者の言葉など耳に届かずに何も響かない男だったが、自分の他の『可能性』からの自己否定だけは耐えられなかったのは当然の理である。

 

「……己の無力に泣きたくないから『力』を求めたのに、こんな単純で大切な事をいつの間にか見失っていて、気づかない内にこの手でぶち壊していたってか……!」

 

 双子の妹の複製体を殺す事で『悪』を貫いた赤坂悠樹と、自分の手で殺せずに他人に殺させようとした半端者の『赤坂悠樹』。

 どうして此処まで差が開いたのか、どうして誇らしげに『風紀委員(ジャッチメント)』の腕章を付けたままなのか、理解したくなかった。

 

「……何もかも遅いんだよ。今更過ぎるんだよォッ! 全て手遅れになった後で『可能性』だけを見せつけられてもどうしようもねぇんだよッ! 嗚呼、糞、畜生ォ……!」

 

 絶望の涙を流しながら、魂の慟哭が響き渡る。

 

 

「……悠樹さんは一人で何でも抱え込んで頑張りすぎなんよ。一人で何でも出来ちゃったから、誰かに頼る事が出来なかったんや」

 

 

 その言葉は、彼の幾多の『可能性』を目にした彼女だからこそ口に出来た言葉であり――。

 

「今はゆっくり休んで、またやり直しや。私も、微力ながら手助け出来ると思う」

「……死人に、やり直す機会なんぞ――」

「一回死んだだけでやり直せないとか、この街に生きる人の大部分に喧嘩売っとるで?」

 

 この幼女から飛び出した超理論に、赤坂悠樹は自身の目と耳を真っ先に疑う。

 

「その両足はリハビリ最中の私のと違ってちゃんと動くし、左腕はともかく義手の右手も地味に精密操作出来るっしょ? 見えない右腕は健在やし。目の方は片方無事だし、失明した方も未来も過去も見通せるスーパーな魔眼みたいなもんやないか。ほら、全然大丈夫や!」

 

 小さな胸を張って自信満々に保証する少女の笑顔は眩しすぎて、思わず目を背けてしまう。

 

「……厳しいな、君は。諦めたまま終わらせてくれないのか……?」

「それは駄目や。そうなったら、悠樹さんは『一生』が終わっても後悔し続けてしまう。今、此処でやり直すんや。今度は、間違わないように――」

 

 弱り目に祟り目か、彼女の言葉が胸に無条件に響いて、今までとは別の意味の涙が流れてくる。

 

「……オレの駄目さ加減は半端ねぇぞ……?」

「うん、知ってる。クロさんのオリジナルさんとは思えないほど駄目駄目や」

「……問答無用に君を殺そうとした奴だぞ……?」

「うん、大丈夫。此処では良くある事だし、クロさんとの最初の関係は人質と誘拐犯だったし、今日の敵は明日の友や!」

 

 本当に『学園都市』に匹敵するか凌駕するぐらいロクでもない街だな、と奇しくも複製体の『過剰速写』と同じ感想を抱いて――。

 

 

「――手を、貸してくれないか……? 一人じゃ、立ち上がれそうにもない……」

 

 

 脳裏に、白井黒子、御坂美琴、削板軍覇、黄泉川愛穂、カエル顔の医者の顔が刹那に過ぎる。

 こんなロクでもない悪党の自分にも手を差し伸べてくれた人達が居た事に今更気づいて、静かに涙を流す。

 

 ――今まで他者の手を払いのけ続けていた彼が、初めて助けを求める。

 

 拒絶される事を恐れる左手は目に見えるほど震えており――八神はやては力一杯、その手を掴んだのだった。

 

 

 

 

「――ふむ、存外詰まらぬ結果になったものじゃ。いや、八神はやての原作乖離が予想外の方向に働いたと言うべきかね?」

 

 遠くから事の顛末を見届けた『博士』はそう結論付ける。

 この魔都に住まう転生者達の影響を最も受けたのは高町なのはではなく、フェイト・テスタロッサでもなく、八神はやてに他ならないだろう。

 従来通りの八神はやてならば、この結末にはまず辿り着かない。

 

 

「――しかし、此処で八神はやてが死ねば、どう転ぶかね?」

 

 

 科学者たる者のサガか、『博士』はその最悪の未来図を思い描く。

 絶望の淵から唯一の希望を目の前で潰された時、あの第八位は何処に辿り着いてしまうだろうか?

 今度こそ完全に心折れて廃人になるか、絶望と憤怒の果てに『絶対能力』に辿り着いてしまうだろうか、それとも――全く未知の『可能性』に至ってしまうだろうか?

 思ってしまったが最期、如何なる結果になろうがアクセル全開でぶっ飛ばして見たいと思うのは科学者としての『博士』の悪癖である。

 

 ――既にナノサイズの粒子で、特定周波数で自在に操作可能な殺人兵器『オジギソウ』の散布は完了している。

 

 通常通りの第八位ならば事前に察知されて無力化される可能性があるが、今の彼のボロボロな精神状態では気づけないだろう。

 ラジコンを操作する感覚で、今、この瞬間にも主である八神はやてを守護騎士達に気付かれずに骨と服だけに出来る。

 

 ――いや、それでは演出的に風情が無い。

 彼の双子の妹と同じように頸動脈を切り裂いて殺すか、否、その程度の傷では泉の騎士シャマルに治癒される。此処はその素っ首を削ぎ落として――。

 

 

 ずぶり、と。一度だけ聞いた事のある奇妙な異音が響き渡り、『博士』は嘗てと同じように血を吐いた。

 

 

「……、やれ、やれ――」

 

 

 自分の胸から露出する『何か』など今更見るまでもない。

 今の一刺しで内臓という内臓が徹底的にズタボロにされ、果てには自分の行動をある程度縛っていた『穢土転生』のクナイも一緒に粉砕された事だろう。

 

 

「――とんだネタバレだ。視聴者の一人として演出家に文句を言いたい。これではもう見処が無いではないか」

 

 

 『穢土転生』の縛りから解放された『博士』は何の未練無く消え去った。

 彼には元から赤坂悠樹のようにこの世に対する未練など欠片も持ち合わせていない。人知れずに『博士』は一足先にこの劇場から退場したのだった。

 

 

 

 

 ――そして『彼』は全てを投げ捨てた上で完全に敗北した。

 

 至高の存在として君臨した『彼』が宇宙の彼方で何を想うのか、それは神様さえ知り得ぬ事だろう。

 『彼』は何よりも切望した太陽に照らされながら、未来永劫に渡って漂うのみ。

 

 もしも『彼』に悔いがあるとすれば、それは一体何だろうか?

 

 数千年に及ぶ悲願を果たせなかった事だろうか?

 それとも、取るに足らぬと思っていたちっぽけな人間に邪魔立てされて阻止された事だろうか?

 または、憎き神々の奇跡なんてモノに翻弄され、彼の信仰する『力』が最終的に屈した事だろうか?

 

 ――もしくは、鬼眼の力で魔獣と化して、それでも敗北した自分自身の醜態に対して、だろうか?

 

 それは天界に座する神様すら知らない。地上に暮らす人間にも解らない。彼と戦った勇者にも解らない――。

 

 

 

 

「――此方から攻められぬとでも思ったかッ!」

 

 ――『天地魔闘の構え』を崩した大魔王バーンは無数のイオラを撒き散らす。

 

 大魔王自慢の火炎呪文すらそのまま弾き返す光の円を纏っている『竜』の騎士に通用しないのは百も承知、バーン自身も目潰しついでとしか思っていない。

 

 ――先に片付けるべきは目の前の『竜』の騎士よりも後衛の大魔道士、そう決断した大魔王は隙を作るべくイオナズン級の威力が篭められたイオラを幾十と繰り出す。

 

「――ッ!?」

「む……!」

 

 『竜』の騎士は通用しない攻撃を全部無視して此方に斬り掛かってくるだろうが――その竜の如き猛攻を如何に対処するかを思考していた大魔王バーンの予想とは裏腹に、ブラッドは一部のイオラだけ切り裂いて無力化させる。

 切り捨てたブラッドの表情は何とも言えない、苦々しい表情だった。

 

(何故自動的に反射するのに無駄な行為を――いや、待てよ。あの反射角度のまま弾かれればあの魔道士の女の方に飛んで行っていたか)

 

 優先目的から言えば本命だが、今のイオラは大魔王が意図しない攻撃でもある。

 それもその筈だ。あの魔法を反射する魔法を詠唱したのは彼女であるからこそ、自分自身に施せるのは当然の理である。

 だからこそ、大魔王バーンはイオラを視界汚しの弾幕程度としか認識せず、後方援護に徹するシャルロットに生身からの『必殺』を叩き込む算段を練っていたのだが――瞬時にこの法則性に気づく。

 今まで魔法を反射する相手と相対した事が無いが故に、実際に試した事は一度も無いが、大魔王は迷わず行使する。

 その、全盛期の肉体が戻ってからは肉体一つで事足りるが故に使う必要の無くなったある魔法を――。

 

「『魔法反射呪文(マホカンタ)』、そしてェッ! ――『カイザーフェニックス』ッ!」

 

 自らに魔法反射呪文を施した状態で、自らに『カイザーフェニックス』を撃ち放って反射させる。

 それを目にしたブラッド・レイの顔は瞬時に蒼白となり、全速力を持って回避行動を取る。

 辛くも避け切った『竜』の騎士の表情は無傷で対処出来たのに関わらず、極めて険しかった。

 

「今の焦りようで証明出来たも同然だな。一度反射した魔法は反射出来ないッ! ならば――!」

 

 自らに魔法反射呪文を施したまま、大魔王バーンは自身に無数のイオラを撃ち込んで反射させ、全方位攻撃を再び繰り出す。

 今度は唯一つも反射出来ない、イオラズン級の破壊力のイオラが故に、ブラッドは全力で切り捨てながら回避行動に終始する。

 戦局を一変させた大魔王バーンに余裕が戻り――ブラッドの瞳と肌の色を注意深く観測し、未だ暗黒闘気のダメージによって回復呪文を受け付けない状態だという事に気づく。

 

(――余とした事が騙されたものよ。如何に異界の魔法で死の淵から生還したとは言え、暗黒闘気による回復阻害効果は暫くは有効、瀕死の状態で虚勢を張っていたとはな……!)

 

 今ならあの『竜』の騎士を確実に畳み掛けられる。一撃でも当てれば黄泉路に旅立たせる事が出来よう。

 即断即決、大魔王は地を蹴り、一足にて倍速状態のブラッドに切迫する。

 そして刹那に繰り出すは最大の一撃、オリハルコンの剣すら一刀両断する天地魔界最強の手刀――。

 

「――『カラミティエンド』ッ!」

 

 神々が鍛えし『真魔剛竜剣』ごと両断せんと放たれた必殺の一撃は――、

 

 

「――その胸に怒りあるなら、地に眠る者達、大地の激震となれ! クエイク!」

 

 

 周辺一帯の地面が一斉に3メートル近く隆起するほどの大地震によって遮られ、不発に終わる。

 大振動によって動きを阻害された大魔王バーンと、大振動を利用して一飛びに間合いの外に出た『竜』の騎士ブラッドでは噛み合わず――されども、大魔王の行動はあと二手可能である。

 

「……ッ、猪口才な――!」

 

 再び魔法反射呪文を展開し、再び自身に『カイザーフェニックス』を当てて反射させる。

 今度は『竜』の騎士ではなく、詠唱終了した直後のシャルロットを狙って――。

 

「シャルロットッ! 避け――!?」

 

 炎の不死鳥が飛翔する。瞬時に避けられないと判断したシャルロットは両腕で顔をガードして逆に『カイザーフェニックス』に突っ込む――!

 

「無駄だッ! 骨すら残らず灰となれェッ!」

 

 大魔道士ポップのように分解するのではなく、飛び込んで『カイザーフェニックス』を耐え切る事など竜闘気を纏う『竜』の騎士でなければ不可能である。

 

「フフ、ハハハハ、ハァーッハハハハハハハハ……!」

 

 斯くして異界の魔道士は炎の鳥に飲み込まれ――無傷で生還果たす。

 

「――何だと……!?」

 

 シャルロットが『カイザーフェニックス』をやり通せた理由は装備する伝説級のアイテム『賢者の指輪』による全属性吸収の恩恵――ではない。

 煮え滾る溶岩を温泉代わりにする魔軍司令ハドラーさえ一撃で黒焦げに出来る大魔王自慢の『カイザーフェニックス』はもう炎属性というカテゴリーには納まらず、黒魔法最強の破壊魔法『フレア』の原初の炎のような属性無視の域に達している。

 

「……大丈夫、流石に熱かったけど――」

 

 ――シャルロットが事前にセットしたアビリティは時魔道士の『MPすり替え』と陰陽士の『MP回復移動』である。

 

 『MPすり替え』はHPダメージが発生した際、ダメージ分の数値をMPにすり替える。

 今の『カイザーフェニックス』の一撃で彼女の膨大なMPが一瞬にして底に尽きたが、『MP回復移動』を併せ持つ事でMPが0の時に当てられなければ何度でも耐えられる。……恐怖のチョコボ軍団によるチョコメテオ・チョコボールなどで自身のターンが来ずに畳み掛けられなければ――大魔王バーンで言うなら二・三回連続で『カラミティエンド』を叩き込まれれば流石に死ぬしかないが。

 だが、これでは一発の攻撃を何度でも耐えられるだけで、もう彼女に大掛かりな魔法を詠唱するMPは残されていないのだが――これから行う『詰み手』には一切影響しなかった。

 

「それに――もう準備は終わった」

 

 ――既に場は整えられ、発動条件は成立している。

 シャルロットは心の中で『それ』を呟き、前世から会得したものの味方殺しの恐怖から頑なに封印していたある『術』を解禁する。

 

 それには詠唱も必要無ければMP消費も無い。更には魔法を反射するリフレクの影響すら受けない処か、沈黙状態でも発動可能である。

 敵も味方も区別無く、発動条件を満たしているならば等しく対象となる究極の魔法職の『術』、それは即ち――。

 

 

 ――『ハイト3ホーリー』

 

 

 対象となった大魔王バーン、ブラッド、シャルロットの周囲に聖なる光が集う。

 瞬時に反応した大魔王バーンは魔法反射呪文を張るが、聖なる白光は反射せずに無慈悲に降り注いだ。

 

「――っ、ぐおおおおおおおおおおおぉ――!?」

 

 魔法反射呪文を無視して貫通した魔法に驚愕し、敵である自分だけでなく味方にも等しく行われた無差別攻撃に底知れぬ恐怖を抱き――ブラッドとシャルロットだけはダメージを受けずに逆に回復している事に驚嘆する。

 

(……ぐっ、馬鹿な!?)

 

 シャルロットは『賢者の指輪』の全属性吸収の効果で、ブラッドは鎧の下に着込んだ『カメレオンロープ』の聖属性吸収の効果で――それはファイナルファンタジータクティクスにおける一般職の最大のバランスブレイカー『算術』で敵味方纏めて対象にして敵だけを一方的に屠る時に使う常套手段だった。

 

 『算術士』――それは全ての事象を計算で導出する最強の魔法職。

 詠唱が必要な魔法をMP消費無しで即時発動させる『算術』を行使する。

 

 尤もこれは、条件を満たす者全てに効果発動してしまう為、意図せずに自軍にも被害が及んでしまう可能性の高い諸刃の剣である。

 今回の場合は、大魔王バーンのレベルは不明であるからは条件指定不可能、CT(待機時間)からの条件算出はルカヴィのようなボス級なので条件指定不可能、EXP(経験値)も同様の理由で条件指定不可能――わざわざ『クエイク』を使ってハイト(居る場所の高さ)を条件指定が楽な『3』まで上げたのはこの為である。

 

 ――大魔王バーンにとっての悪夢はこれからである。

 

 『算術』による魔法は須らく詠唱無しのMP消費無しで即時発動するもの。

 つまりは、シャルロットが健在な限り、回避も防御も不可能の『ハイト3ホーリー』は常に降り注ぐのである……!

 

「――オ、オオオオオオオオオオオッ!?」

 

 『ホーリー』による聖なる光を食らいながら、大魔王バーンは同じく聖なる光を浴びながら逆に回復する『竜』の騎士と戦わざるを得なくなり――遅れながら、ブラッド・レイが『竜』の騎士の究極戦闘形態である『竜魔人』とならなかった理由を自ずと悟る事となる。

 

 ――此処に至って大魔王バーンは、目の前の『竜』の騎士が魔獣の如く殺気に満ちた竜騎将バランとも双竜紋を持つ勇者ダイとも異なるタイプの、彼等二人に匹敵するか凌駕するほど厄介な、最悪なまでに『人間』らしい『竜』の騎士であると判断する。

 

 その戦い方は己が強大無比な力を誇らしげに自負する強者のモノではない。

 泥水を啜ってでも賢しく策を練り上げて下克上しようとする、絶対的な弱者である『人間』そのものだった。

 ――大魔道士ポップが示した、一瞬、されども閃光のように生き抜く人間の生き方とはまた別の在り方を正統な『竜』の騎士が示すとは皮肉でしかない。

 

 そして大魔王バーン最大の誤算は女の魔道士――『全魔法使い』シャルロットを人間扱いした事に他ならない。

 

「グ、オオオオオオオオオオオオオオォ――!?」

 

 ――止め処無く降り注ぐ聖なる光に慈悲など無く、ブラッドは構わず斬り掛かる。

 ホーリーを受けながら応戦する大魔王バーンの必殺の手刀がブラッドを傷つけても、即座に落ちるホーリーが暗黒闘気の効果ごとふっ飛ばして刹那に回復させる。

 

(これほどの魔力を、人間が……!? 化物め……!)

 

 最早人間の領域を超えて魔の領域に足を突っ込んだ超魔力から繰り出される白魔法『ホーリー』は無慈悲に大魔王バーンの体力を削っていき――ブラッド・レイが人間のような化物ならば、彼女は化物のような人間に他ならなかった。

 

 

 ――天地に雷鳴の如き轟音が響き渡り、古代の神々の戦場が再現される。

 果たして最後まで立っているのは大魔王か、『竜』の騎士と全魔法使いか、神は知らない。雌雄を決するのは神ならぬ、化物のような化物と、人間のような化物と、化物のような人間だけである――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31/風と共に散りぬ

 

 

 

 『算術』の解禁による終わり無き『ハイト3ホーリー』によって、あの強大無比なる大魔王バーンは――尚も健在だった。

 

(……っ!)

 

 ホーリーによる聖なる光を絶えず受け、ブラッドの猛攻に対して互角の立ち回りをしながら、大魔王は苦痛に表情を歪ませながら凄絶に笑う。

 反面、MP消費無く、我が身が健在な限り撃ち続けれる『全魔法使い(ソーサラー)』シャルロットは動揺の色が隠せずにいた。

 

(……幾ら何でもおかしい。明らかに致命的なダメージを与えている筈なのに――まさか、『回復呪文(ベホマ)』……!?)

 

 体力を全回復する回復呪文で最上位の魔法を、大魔王バーンは当然使える。

 

 ――そしてホーリーによるダメージに回復阻害効果は無い。

 

 それが故に、幾ら食らおうが最後の一撃にならない限り、大魔王バーンはそれこそ炎から蘇る不死鳥のように幾らでも回復出来るのだろう。

 

(……『ダイの大冒険』で暗黒闘気と竜闘気に回復阻害効果が後付けされたのは、ダイ達を回復させないという意味合いよりも、回復魔法を自分一人で使いたい放題の大魔王を倒せるようにした為……!?)

 

 ――その遠大な生命を削り切れるのは、同じく竜闘気に回復阻害効果がある『竜』の騎士の一刀のみ。

 

 それ以外の方法で大魔王バーンを殺すとなれば、体内殲滅の特性を持ち、『相手の全快状態のHP』+『槍の攻撃』のダメージを与える、サーヴァント『ランサー』クー・フーリンの宝具『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』 でも無ければ――既にマスターの『魔術師』が殺害されている為、無い物強請りである。

 

(……けれど、心臓の一つを潰してから有効打を与えられていない。このまま長期戦になったら、竜闘気の回復阻害効果が切れて再生されたら……!)

 

 ――このままでは敗北は必定である。

 

 魔法の使いすぎによる魔力切れなど、あの魔界の神には到底望めない。

 全長3,15kmの超巨大空中要塞・大魔宮『バーンパレス』を片手感で運用出来る超魔力の持ち主だ、そんな常識外の魔力の底など人間には計算出来まい。 

 ブラッドも聖属性吸収による、暗黒闘気の回復阻害効果すら無視した常時回復を頼り、負傷覚悟の攻防に出るが、大魔王バーンの攻撃は一撃必殺の『カラミティエンド』での即死狙いに切り替えており、最適な間合いに踏み込めずに攻めあぐねている。

 

(……陰陽術の『魔吸唱』なら対象の最大MPの3分の1を吸ってMP切れを――駄目ね。全体の3分の1が999という保証は何処にも無いし、通っても一回のみ。あとは魔法反射呪文で防がれる。同じ理由で最大HPの4分の1を吸う『命吸唱』も駄目。そもそもこの二つは『算術』で扱えないし、万が一、ダメージカンストが存在しなかった時の吸収値に私の肉体が耐えられる保証が無い……)

 

 これは完全に検証不十分と言えるが――『ドラゴンボール』で悟空の気を吸い切れずに破裂した敵のように、もしくは過剰回復呪文のように生体組織が壊死するか――吸収しきれなくて破裂する可能性など誰が試そうと思うだろうか。

 『ワルプルギスの夜』の時に割合ダメージである『命吸唱』の使用を躊躇った理由はまさにそれである。

 MP回復移動で先程MPすり替えで全消費したMPを取り戻しつつあるが、果たして算術による『ホーリー』以上に効果がある魔法はあるのだろうか?

 

 ――否、それ以上の打開策が無ければ為す術無く全滅するだけである。

 

(……つまり、今必要な勝利条件は『全回復呪文(ベホマ)』の無効化――だけでは足りない)

 

 ――より無慈悲で、より残酷で、より確実な殺害方法が求められる。

 

 だが、ブラッド・レイの方には大魔王バーンを屠る手札が無い。彼は『竜』の騎士として完成しており、『竜魔人化』という最大の切り札が残っているが、それでも大魔王バーンに及ばないのは自明の理であるし、聖属性吸収(カメレオンローブ)を捨てるほどのメリットは無い。

 それに対して、シャルロットの手札は膨大だ。『FFT』世界に存在するほぼ全ての魔法を習得したからこその『全魔法使い』。それ故に時々自身の使える手札の中で何が最善手なのか、彼女自身すら把握出来ていない事がある。

 

(……どうすれば良い? こんな時『ラムザ』なら、どんな方法を取る……!?)

 

 それがシャルロットの弱点であり、限界でもある。

 彼女には突発的な発想力が欠いている。既存の既成概念を修得する事に特化している為か、新たな戦術を生む独創性が完全に欠如している。

 彼女に出来る事は事前に用意した戦術を用いて、型通りに、予定通りに事を進めるのみ。主導権を失ってからの対処能力など皆無なのである。……あの『魔術師』のように、予期せぬ出来事さえ歪めて最終的に思い通りにしてしまう魔人のようには到底振る舞えない。

 嘗て、この魔都に存在した大組織の一つ『超能力者一党』、その主戦力である『異端個体(ミサカインベーダー)』が『教会』を襲撃した際、奇襲によって呆気無く無力化された事はある意味必然とも言えよう。

 

 ――常に大魔王バーンと斬り結んでいたブラッドがシャルロットの下まで後退したのは丁度マバリアの効果が切れたのとほぼ同時だった。

 

 最初の補助魔法が切れるこのタイミングは非常に危ういタイミングである。

 まだ魔法反射の効果は持続中の為、再びマバリアを施すにはリフレクが効果消失してからではないと駄目だが、大魔王が気づいて攻め込んでくれば全滅必須であるが――シャルロットの下に戻ったブラッドは小声で且つ早口で二言述べる。

 

「――え? で、でも……!?」

 

 ブラッドからの最終手段を脳内で噛み砕きながら、シャルロットは必死に状況整理しながら分析及び試行錯誤する。

 

「従来の大魔王ならまず間違いなく通用しない。だが、あれはあくまでも『穢土転生体』だ。――タイミングは任せる」

 

 息を整えながら、ブラッドは大魔王バーンだけを見据える。

 

 

「攻め手を緩めて良いのか? 竜闘気で与えられたダメージとて時間が経てば治癒可能となる――と言いたい処だが、その眼は何か思いついたようだな」

 

 

 ホーリーのダメージを全回復呪文で癒やした大魔王バーンは余裕を取り戻し、再び『天地魔闘の構え』を取る。

 先程とは状況が違う。時間経過で有利になる大魔王は幾らでも待てるが、ブラッド達の勝機は短期決戦にしかない。

 

「――だが、それは余の『天地魔闘の構え』に挑む事と同意語だぞ?」

「その『天地魔闘の構え』を打ち破ると言ったらどうする? 大魔王」

 

 真魔剛竜剣を再び上段に構えながら大言を言い放つブラッドに、大魔王バーンは鼻で笑う。

 

「双竜紋という、歴代のあらゆる『竜』の騎士を超越したダイと大魔道士ポップが死力を尽くして成し遂げた奇跡の攻防を、単なる『竜』の騎士に過ぎぬ貴様が再現すると?」

「再現するつもりはない。それに奇跡が介在する余地も無い。何故なら大魔王、お前はこれで死ぬからだ――」

 

 随分と人間なのに高評価だな、とポップの事を茶化さず、ブラッドは別方向で挑発する。

 

「……それは人間お得意の虚勢か? ダイの言葉と違って貴様の言葉は軽いな。――何故『竜魔人化』せぬのだ? 貴様から見た余は出し惜しみして勝てる相手なのか?」

 

 ――ぴくりと、戦意を滾らせるブラッドの眼に冷たい感情が一瞬だけ過る。

 

 全力の一撃を放つのならば、『竜』の騎士には『竜魔人』になるという選択肢が真っ先にあがる。

 例え『竜魔人』になった処で全盛期の大魔王バーンの状態には遠く及ばなくとも、全力を尽くさずして大魔王を仕留めるなど空虚な戯言も甚だしい。

 

「確かに『竜魔人』は竜と魔族と人の力を合わせ持った『竜』の騎士の最終戦闘形態。その戦闘力は飛躍的に上がるだろう。人の心が失われる代償にな」

 

 ――ブラッド・レイが『竜魔人』になった回数は、その生涯でも僅か二回だけである。

 

 それは前世での世界のバランスを崩した人間達への粛清の為と、『闇の書』の防衛システムを完全破壊した時のみである。

 後者の場合は戦力過多の消化試合であったが、そんな機会に『竜魔人』となったのは、どの程度、人としての理性を失うのか把握する為であった。

 

 ――検証結果は酷いものだった。

 事前に『闇の書』の防衛システムのみを討伐対象としておきながら、味方となる者達への配慮など銀河の彼方に吹き飛んでいた。

 

 あの時の誰もが知り得ない事だったが――『魔術師』だけは気づいていた可能性が高いが――『闇の書』の防衛システム以上に脅威だったのは『竜魔人化』して人としての理性がほぼ消えたブラッドに他ならなかった。

 

「――常々思っていた。竜の強靭な肉体に、魔族の強大な魔力、そして人の心を持った究極の戦士が『竜』の騎士なら、人の心が占める割合は如何程のものなのだろうな?」

 

 そもそも、そんな超大な力を持ちながら人の心でしかないのが悲劇の源かもしれないとブラッドは既に確信してる。

 ならばこそ、自らに問う意味も無い、わざわざ殺すしかない敵対者と長々と会話する行為は、ブラッドが異質の『竜』の騎士たる所以の――大魔王が信仰する『力』とはまた違う――人間らしい強かさの極地である。

 

「オレは人間の心がそんなに上等なものなのかは正直断言出来ない。光り輝くような神聖で尊い一面もあれば、目を覆いたくなるような醜悪で穢れた一面もある――」

 

 ブラッド・レイは竜騎将バランと同等か、或いは凌駕するほど――人間の悪しき面を絶望的なまでに見せつけられている。

 彼の前世において人間は飽くなき闘争を繰り広げ、世界を我が物として他の種族を一方的に惨殺する、最高に性質の悪い『悪』に他ならなかった。

 あの悪の坩堝を人間の本性などと断じたく無いが、拭い去るには余りにも深すぎる絶望だった。

 

 ……大魔王バーンがブラッドの話に聞き入っている中、シャルロットはリフレクの効果が消えたのを確認してから、マバリアをこっそりかける。

 

 だが、それでも――吐き気を及ぼすような『悪』もいれば、黄金のように眩い『善』もまた確かにあった。

 

 『善』と『悪』、両方兼ね揃えて、尚且つ偏らせる事の出来るのが人間の強みであると信仰する。

 最初から『善性』しかない天使や『悪性』しかない悪魔には出来ない、自ら選んで選択する事を人間だけは出来るのだ。

 

 

「――自分より強き者に立ち向かえる『勇気』を持っているのは人間だけだろうな。……生まれて初めて自身より強大な敵に遭遇し、恐怖に震えて逃げ出したくて堪らないオレだが――ああ、そうだ。オレは今、生まれて初めて『人間』らしく戦える……!」

 

 

 戦術的な時間稼ぎだったが、その言葉は混じりけ無しの本音である。

 大魔王の脳裏には勇者ダイよりも――その傍らで常に死闘を潜り抜けた、単なる人間に過ぎないポップの姿が鮮明なまでに過る。

 

 ――大魔王バーンにとってその理解不能の生き様はまさしく『人間』に他ならなかった。

 

「大魔王バーン、お前を殺すのはお前が否定した人間の魂の力だ……! この必殺の一撃、『竜魔人』を超えると知れッッ!」

 

 雷鳴が轟き、真魔剛竜剣に彼の唱えた『ギガデイン』の雷光が吸収され、大地を激しく揺らす。

 ……その後を見計らって、シャルロットはリフレクを小声で掛けた。

 

 

「――何度も言わせるな。魂如きでは余は殺せんッッ!」

 

 

 

 

 ――この局面でブラッドが繰り出すは竜騎将バランの最強の魔法剣『ギガブレイク』だろうが、それでは大魔王バーンの受けの極技『フェニックスウィング』の前では掠り傷一つ刻めないだろう。

 

 それは両者の共通認識であるからには、この人間らしい小賢しさを持つ『竜』の騎士の決め手は他にあると考えて間違い無いだろう。

 ……如何にも『ギガブレイク』を本命の一撃と宣言しているのが逆に露骨なまでに怪しいとも言える。

 

(……ふむ、となると本命の一撃はあの小娘か? あれはアバンと同じく、何をしてくるか解らぬが故に侮れん……!)

 

 ブラッドに『ギガブレイク』以上の隠し球が無ければ、本命の一撃はシャルロットが放つ事になるが、あの連続魔法(ホーリー)が最大火力であるならば恐るるに足らない。

 だが、彼女が隠し持つ手札は大魔王バーンが真っ先に葬りたかった先代勇者アバンと同等かそれ以上に厄介であると本能が呟いている。むしろ、目の前の『竜』の騎士以上に油断出来ないと言えよう。

 

(いや、待てよ。『竜』の騎士には『ギガブレイク』と同時に繰り出せる技が一つだけあったか――!)

 

 ブラッドの額に輝く竜の紋章を眺めながら、大魔王バーンは全神経を集中させて静かに待ち受ける。

 ダイの場合は拳に紋章があったから『ギガストラッシュ』との同時使用が不可能だったが、従来通り額に竜の紋章があるブラッドには『ギガブレイク』を放ちながら額から紋章の形の竜闘気を放つ『紋章閃』の使用が可能である。

 全開にして放てば山をも砕く破壊力があるが、全身全霊の竜闘気を操って放つ『ギガブレイク』の最中に放つ竜闘気などたかが知れている。

 だが、この人間のように小賢しい『竜』の騎士ならば必殺の一撃を囮にして紋章閃を大魔王バーンにとって致命的な部位を狙うやもしれない。

 

 ――即ち、大魔王バーンの魔力の源である第三の目『鬼眼』。

 この最重要部位を損傷する事になれば、如何に大魔王と言えどもただでは済まないし、この抜け目の無い『竜』の騎士は当然気づいているだろう。

 

 ならばこそ――小賢しい手など圧倒的な力で粉砕してやるまでである。

 

 

 

 

 ――そして、ブラッド・レイは疾駆した。

 仰々しいほどの必殺技をその両手に抱えて。

 

 大魔王バーンも完全な囮と解っていても、『竜』の騎士が天を操った至高の一撃を無視出来ない。

 『天地魔闘の構え』、その最初に放たれる一撃目は予め決まっていた。

 

「『ギガブレイク』!」

「『フェニックスウィング』!」

 

 魔法剣による必殺技と防御の極技は予定調和の如く噛み合って相殺される。

 ブラッドの額の紋章が強く光り輝き、それと同時に『天地魔闘の構え』の二撃目は既に放たれていた。

 

「『カラミティウォール』ッ!」

「――っ!?」

 

 額の『鬼眼』を撃ち抜かんと不意打ちで放たれた紋章閃はより強大な衝撃波の光壁に打ち消され、上方に高速前進する闘気の波に一瞬にして飲み込まれる。

 『天地魔闘の構え』は防御・攻撃・魔法の三手を瞬時に繰り出す天下無双の魔技だが、リフレクによって魔法が封殺されている以上、魔法の『カイザーフェニックス』の代用に違う技が放たれても然程不思議ではあるまい。

 

 ――だが、この大魔王が誇る『カラミティウォール』を無傷で、立ったままいなしてしまった者が過去に一人だけ存在する。

 

 神々の時代より受け継がれた『竜』の騎士の『闘いの遺伝子』を持つ勇者ダイが、光壁と全く同質の竜闘気を垂直に噴出させて身に纏う事によって衝撃波の影響を受ける事無く背後にやり過ごした。

 力の差はあれども同じ『竜』の騎士、その闘いの発想法は当然あるだろう。それは大魔王とて先刻承知だった。

 

 ――敢えて、その活路を与えた。

 無傷で『カラミティウォール』を突破して逆撃する、何とも魅力的な隙間を。

 

 だが、この回避方法は既にダイが披露している為、大魔王バーンにとっても未知の戦闘法では無くなっている。

 よって、この場合は最悪な事に大魔王の想定通りという事となる。大技を無傷で掻い潜る最善手も読まれれば悪手となる。

 

「『カラミティエンド』ッッ!」

 

 オリハルコンすら一刀両断する攻撃の奥義が勝利を確信して放たれる。

 ダイと同じような防御方法を取ってその場に留まったのならば、この一撃はまさに回避不能・防御不能の一手だった。

 

 

 ――『カイザーフェニックス』をリフレクでほぼ無効化した今、『天地魔闘の構え』で繰り出される三撃が『カラミティエンド』『フェニックスウィング』、そして『カラミティウォール』である事をブラッドは確信していた。

 

 

 わざわざ二手費やして魔法反射呪文による『カイザーフェニックス』を繰り出す可能性は低かった。『フェニックスウィング』で『ギガブレイク』を相殺してからその二つを繰り出すなら、三動作を即座に叩きこむ『天地魔闘の構え』も単なる二撃になるからだ。

 この三つの中で最も付け入れる隙がある技は自身の視界すら奪う『カラミティウォール』である。故にブラッドは何が何でも『天地魔闘の構え』の二撃目にそれを使わせる必要があった。――紋章閃は、二撃目に『カラミティウォール』を誘発する良い囮になった。

 

 ――最初に、ブラッドが前世の前世で『カラミティウォール』を見た時、連想したのは『ジョジョの奇妙な冒険』第二部、ジョセフ・ジョースターの波紋の修行時代に出てきた『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』、それから超高圧で吹き出す『油』だった。

 

「――ッ!?」 

 

 確かに神の一刀は『カラミティウォール』をも引き裂いた。ただそれだけであり、一瞬前まで確かに居た筈のブラッドの姿は忽然と消えていた。

 

 

 ――ブラッドの取った対『カラミティウォール』用の戦術は、基本的にダイと同じ方法だった。

 

 

 違う点は多少ダメージを食らう事を覚悟した上で僅かに緩め、地から足を踏み外して衝撃波に完全に身を任せた事のみ。

 結果、大魔王バーンの眼下から消失したブラッドは『カラミティウォール』の最上層部から突き抜けて現れた。

 

 ――これが大魔王が恐れていた『竜』の騎士の『闘いの遺伝子』からの想像を超えた戦闘法なのか、ブラッドが持つ幾多の物語の原作知識からの賜物なのかは、結果が同じ点から論ずる必要は無いだろう。

 

 この攻防の敗因を語るのならば、この大魔王バーンが原作を終えた段階の彼だった事に尽きる。

 幾度無く『天地魔闘の構え』発動直後から次の迎撃体勢が整うまでの微かな硬直時間を突かれた大魔王バーンは『未知の法則性』の助力もあってか、在り得ざる『四撃目』を放つ体勢に既に入っていた。

 

「――『カラミティエンド』ッッ!」

「……ッッ!?」

 

 天から振り下ろされた真魔剛竜剣による渾身の斬撃と、大魔王の神の手刀が遂に交わり――神が鍛えしオリハルコンの刃は容易く砕け散り、ブラッドの竜闘気で守護された肉体を深々と引き裂いた。

 

「ガッ――!?」

 

 一方的に打ち負けたブラッドはボーリングの玉の如く吹き飛び、地に墜落して何度も回り――ぴくりとも動かず、地面に夥しい鮮血を静かに垂れ流した。

 明らかに即死級の致命打――大魔王バーンは勝利を確信し、否、まだ早いと改める。

 先程も即死級の一撃をお見舞いして立ち上がってきた。その死体を塵一つ残らず焼滅させるまでは安心出来ないし、まだ魔道士の女が残っている――。

 

「いかんいかん、奇跡は何度でも起こる。可能性すら根絶やしにせねばな……!」

 

 

「――いいえ、貴方の負けよ。今回の敗因は神様の作為的な奇跡じゃなく、単なる退屈な必然――」

 

 

 当然の如く『カラミティウォール』を無傷で潜り抜けたシャルロットは誇らずに無感情に歌うように宣言する。

 『カラミティウォール』によって地形破壊がされ、既に自分の立ち位置は高度基準点まで落ちたせいで『算術』の条件が高度である事が次の一手で大魔王にバレるだろうが、もう関係無かった。

 

 

「――生命を司る精霊よ、失われゆく魂に今一度命を与えたまえ。アレイズ」

 

 

 ――遠くで倒れるブラッドと大魔王バーンに、天から暖かな光が舞い降りる。

 

 先程の無慈悲な聖なる光とは違う、慈悲深い暖かい光に包まれ、大魔王は攻撃とは言えない特異な魔法に困惑し――地に伏したブラッドは激しい咳払いして息を吹き返し、大魔王バーンの肉体は末端から静かに崩れていった。

 

「……何だこれは……!? 身体が、崩れるッッ!? 何をしたアアアァ――!」

 

 大魔王バーンの、天を左右する最強無敵の肉体が為す術も無く崩れ去っていく。

 その様子を、何とか立ち上がり、砕けた真魔剛竜剣を一瞥したブラッドは静かに見届けていた。

 

「――お前をこの異世界に呼び起こした『穢土転生』は、生きた生贄に死者の魂を留めさせるもの。お前の場合はどういう訳か、完全に蘇生していたようだがな、倒す為には従来通りの状態に戻す必要があった」

 

 ブラッドは淡々と語る。

 如何なる攻撃を用いても元通りの状態になる不死身の『穢土転生体』に戻さなければならなかったなど本末転倒な話だが、この二人に限っては必要不可欠な工程だった。

 

「――『腐生骸屍』、対象に『アンデッド』の状態異常を付与する陰陽術。本来の貴方には一切通用しない状態異常。けれど、元が『穢土転生体』の貴方は別。持ち前の超魔力がどういう不条理で作用して生前の状態に戻っているのかは解らないけど、従来の方向性までは完全に消し去れない。一種の賭けだったけれども、一押しする事で本来の状態に戻った」

 

 ブラッドが大魔王バーンの『天地魔闘の構え』の攻防戦に入った時、『ハイト3』の範囲外に入った瞬間が数瞬だけあった。ブラッドが『カラミティウォール』の噴出を利用して天高く飛び上がった時である。

 この瞬間を狙ってシャルロットは『算術』による『ハイト3腐生骸屍』を発動、彼女自身も効果の対象になったが、全状態異常無効の伝統装備『リボン』によってアンデット化を回避する。

 

 このせいで『穢土転生体』という死人に戻った大魔王バーンが『天地魔闘の構え』発動後の僅かな硬直を無視出来た事だけは誤算だったが――。

 

「……そして、最後の魔法は『アレイズ』、貴方の世界にあったかは知らないけど『完全蘇生呪文(ザオリク)』みたいなもの。アンデットにフェニックスの尾、ゾンビ系のモンスターにベホマは常套手段だけど、貴方はその程度じゃ滅びない――この場合、生贄が蘇って『穢土転生』そのモノが無効化された、のかな?」

 

 つまりはこの世界に留まる依代を失ってしまい、如何な強大な魔力を持つ大魔王と言えども、ただ去るのみなのである。

 

 ――この攻防の敗因を語るのならば、この大魔王バーンが原作を終えた段階の彼だった事に尽きる。

 

 既に死去して『穢土転生』で口寄せされていなければ、この勝ち筋は在り得ないものだった。

 滅びが避けられぬ必定だと悟った大魔王は末端から崩れ落ちる自らの肉体を眺めながら、静かに自嘲する。

 

「……何とも興醒めな幕切れよ。この余が道化に過ぎぬとはな――」

「……何だ、気づいてなかったのか? オレ達がやっていたのは『世界を脅かす大魔王』と『世界を救わんとする勇者』による世紀の大決戦なんかではなく、ただ強大な力を持つだけの『無名の人外』による喧嘩だというのに」

 

 天をも左右する力を持つ者同士の至高の死闘が単なる喧嘩になってしまっている皮肉に大魔王は驚き、天下の大魔王と天下の『竜』の騎士が『無名の人外』扱いという異常さ加減に失笑する。

 どうやらこの異世界は神を凌駕する魔神さえ道化扱いされるような破茶滅茶な世界であると悟って――。

 

「オレ個人としては漸く本願を果たせたがな。無様でも滑稽でもみっともなくとも勝利は勝利だ。この悪辣な運命の悪戯に感謝するとしよう」

 

 人知れず一都市の危機を救うぐらいの地方活動であったが、と自身の成した小事をブラッドは心から誇るように笑う。

 

 

「この死の先にあった茶番に意味があるとするならば――三界を統べる恐怖の魔獣ではなく、偉大なる大魔王として逝け」

 

 

 ――もしも、大魔王バーンが自分の死に悔いが遺ったのならば、全てを投げ捨ててまで変異した魔獣の肉体となった己自身ではないだろうか?

 

 その答えは彼自身の中にしかなく、一笑した大魔王は最期までその事を語らなかった。

 

「――そういえば、お前達の名をまだ聞いてなかったな。名無しの『竜』の騎士に名無しの大魔道士では格好が付くまい」

 

 その肉体が崩れ落ちながらも、大魔王バーンは威風堂々、何一つ変わらぬ威厳のまま己を打倒した者達の名を尋ねる。

 

「ブラッド・レイ」

「……シャルロット、『全魔法使い(ソーサラー)』」

 

 大魔道士から『全魔法使い』にわざわざ訂正するシャルロットに思わず笑う。

 そういえばポップもまた『賢者』を名乗らず、その大魔道士という肩書きを誇らしげに自称した事を思い出す。

 

「異世界に生きる『竜』の騎士ブラッド・レイに『全魔法使い』シャルロット、この大魔王バーンを打ち倒した偉業を誇るが良い――」

 

 この世界の誰も知られない内に達成された偉大な栄誉を大魔王は自ら讃える。

 両足が崩れ、両角も崩れ落ち、最期の一欠片まで崩れ落ちる刹那、大魔王バーンは一つだけ問い掛けた。

 

 

『お前達は愚かで醜い人間達とどう付き合って行くのだ――?』

 

 

 飛散して舞い散った大魔王の姿を、ブラッドとシャルロットは敬意をもって最期まで見届ける。

 その突出し過ぎた力ゆえに、人間でない勇者ダイは彼等人間が望むなら大魔王を倒して地上を去ると答えた。余りにも純粋で気高く、悲しい解答だった。

 それに対する答えはブラッドには持ち合わせていない。幸か不幸か、取り巻く環境そのモノが違うからだ。

 

 

「――遠くで見守りながら、或いは手助けしながら生きて行くさ。残念ながら此処に生きる人間は良い意味でも悪い意味で弱くもなければ可愛くもないからな」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32/最後の幻想

 ――『教会』の地下に新設された区域は、対管理局との集団戦の戦闘経験を生かした籠城戦用の避難区画である。

 

 非戦闘員を危険区域で護衛せざるを得なかった教訓を生かして密かに建設された地下要塞は非常用の脱出路でもあり、日常用の利便性をとことん追求した『秘密基地』でもある。

 その区域の一角に、完全な防音設備が施された射撃場があり――今、標的に被せた『教会』の武装神父達が愛用するカソックコートごと甲高い金属音を立てて撃ち貫かれた。

 

「――まぁ概ね予想通りの結果ですね」

 

 防音ヘッドホンを乱雑に外した『代行者』は大口径の対物ライフルを備え付けの机の上に置き、背後で結果を見届けた『神父』に声をかける。

 

「最新鋭の防弾加工及び『呪的防護処理(エンチャント)』を施しても、対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』に匹敵する大破壊力の前では無力ですね」

 

 『代行者』にしても『神父』にしても、やる前から解っていた当然の結果だったと言える。

 『代行者』の世界で例えるならば、衛宮切嗣の『魔術礼装』のコンテンダーを、言峰綺礼の装備では防げないと言った処か。

 真面目に検証だけしていると思いきや、『代行者』は嘲笑いながら「あの白銀の銃の方ならば、中身の損傷はともかく、一撃二撃は耐えられるかもしれませんが」と嫌味ったらしく付け加える。

 

「これ以上の防御力をお求めになるのならば、あの『禁書目録』から『歩く教会』を剥ぎ取るしかないですね」

「いいえ、これで十分ですとも。ご協力、感謝しますよ」

 

 今回『神父』用の武装として特注した専用カソックコートの出来に『神父』は満足気に笑い、逆に『代行者』は口元を不満気にへの字に変える。

 この結果を何よりも痛感しているのは『神父』に他ならないのに、珍しく『代行者』の方が顔を歪める。

 

 ――今回の仕様が何を意識していたかは、最早言うまでも無いだろう。

 

 『神父』は未だにこの世界に居ない不倶戴天の怨敵の影を、吸血鬼『アーカード』への飽くなき執念を滾らせている。

 今回のこれは最新鋭の科学技術に数々の世界の隠秘学の粋を結集させた試みであったが――突き付けられた現実は生身で装備出来るもので対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』の超破壊力を防ぐ手段は無いという事であった。

 

「この世界にいもしない『宿敵』に対する執念には感服するばかりですが、果たして勝算はあるのですかな? 幾ら貴方が人間としての極限を極めても『再生者(リジェネレーター)』ではない、撃たれれば呆気無く死ぬ程度の純然なる人間に過ぎない」 

 

 一発でも致命傷を回避出来るのならば今回の徒労は実りあるものだと言えるが、そうでないのならば無駄な足掻きに過ぎない。

 人が、化物の中の化物に敵う道理が無いのだと突き付けられているようで、『代行者』自身も我が事のように腹立てる。

 この自分勝手の男にしては自分本位だけではない、余りにも珍しい反応であった。

 

「――ああ、もしやと思いますが、あの『アレクサンド・アンデルセン神父』のように神の奇跡の残り香『エレナの聖釘』のような隠し球でもお有りで?」

 

 だが、それでも『代行者』は『代行者』であり――全方面に悪意をまき散らしながら、極めて小憎たらしい眼で『神父』が扱う戦斧を舐め回すように見る。

 幾多の吸血鬼・人外・人間を等しく屠った丈夫なだけの凶器、その柄部分には若干掠れているが『SECTION 3』と『MATTHEW』なる烙印が刻まれており――この戦斧が『神父』の出身世界、特秘聖遺物管理局、第3課『マタイ』からの『切り札』である事が容易に察せられる。

 自身の得物である戦斧を眺める『神父』の脳裏に前世での苦々しい記憶が過ぎり――同時に、非常に解り難く屈折した形で心配する『代行者』に苦笑いする。

 

「アレクサンド・アンデルセン神父の『銃剣(バヨネット)』が吸血鬼『アーカード』の心臓を貫き得た。それを証明するのは人間の身で行わなければ意味が無い。其処に『神の奇跡』は不要です」

「おやおや! 神父でありながら『神の奇跡』を否定するとは大胆な御方だ! だが、それは貴方個人の心意気の問題であって、私の質問には答えられてませんよ?」

 

 いつもの調子が戻ってきたのか、『代行者』は万人が腹立たしいと思うほど小馬鹿にした表情で笑いながら『神父』に問い詰める。

 

「吸血鬼『アーカード』を打倒する為の条件は一つ、彼に『拘束制御術式零号』を解放させた上で心の臓を貫く。解放の条件は戦略的な状況に左右されますが、今は除外しましょう。話が進みませんからね」

 

 正確にはもう一つあるが、その手段を握っているのは『魔術師』なので此処では除外する。『神父』がアンデルセン神父の人間としての可能性を立証したいのならば、その方法は不要である。

 

「奇跡的な僥倖が幾つも重なり、吸血鬼『アーカード』の前に立てたとしましょう。千人の吸血鬼化武装親衛隊、三千人の第九次空中機動十字軍、それらの全てを犠牲にしなければ立ち会えない刹那に立ち会った時、貴方には勝算があるのですかな?」

 

 奇跡の残骸に成り果てたアレクサンド・アンデルセンさえ届かず、全てを捨てて挑んだウォルター・C・ドルネーズでも届かなかった千載一遇の機会、吸血鬼『アーカード』を物理的に打倒するたった二つの好機に立ち会った時――その夢の続きを、『神父』は何度も何度も想像した。

 死ぬまで想像し続け、死んでも想像し続けた。寝ても覚めても想像し続けたその末の結論はいつも同じだった。

 

 

「――防ぎようの無い『ジャッカル』の銃撃、致命傷を回避出来る算段は『五発』までですね」

 

 

 どう甘く見積もっても、最高の幸運と最高の体調、運命そのものを全部味方に付けても、それが限度であると『神父』は告白する。

 重々しい告白に対して『代行者』は――それとは違う意味で、物凄く、微妙な顔になっていた。

 

「……ああ、あの『神父』。話の腰を折って悪いのですが、あれは『百万発入りのコスモガン』では?」

「そんな訳無いでしょう。原作の漫画やアニメではリロードは気分でしたが、現実では『六発』です。幾らあの吸血鬼の存在そのモノが出鱈目でも、伝説の傭兵のように『無限バンダナ』を装備している訳じゃないのです。現実は漫画やアニメじゃないんですよ?」

 

 そう断言してニコニコ笑う『神父』に、『代行者』は全く納得がいかないという表情で「ぇー……?」と色々詰まった表情を浮かべる。

 その時の『代行者』の心境は、転生してから一番の理不尽に遭遇したかのような心持ちだったとか。

 

「……失礼。ですが、残り『一発』はどうする気ですか? まさか刺し違えても、とお考えならば失笑ですね。相討ちで証明出来たとは思わないで下さいね」

 

 此処まで話しておいて『代行者』は「馬鹿馬鹿しい話でしたね」と自嘲する。

 そもそもこの『三回目』の転生者達が集う世界の舞台は『魔法少女リリカルなのは』であり、『HELLSING』の世界ではない。

 『神父』の前に吸血鬼『アーカード』が立ち塞がる可能性など万の一にも億の一にも兆の一も京の一も無い。それこそ那由多の彼方に揺蕩っている可能性ほどしか無いだろう。

 

 ――それでもと、未練がましく想い続ける己に『神父』は苦笑する。

 

 性能実験が終わり、地上の礼拝堂に戻った二人の前に、珍しい客人が訪れていた。

 

「ご無沙汰しております、『神父』」

「げ」

「二人共、お久しぶりですね」

 

 丁寧に挨拶するブラッド・レイに、『代行者』の姿を見て露骨に嫌悪感を示してしまったシャルロットの二人組であり、当然の事ながら『代行者』は弄りやすい玩具の来訪を心から歓迎する。

 

「おやおや、『人外の騎士』に『異端者』じゃないですか! 良いのですか、昼間から堂々と『教会』に訪れて。貴方達は自身が異端審問される身である事を自覚しているのですか?」

「……お前は相変わらずだな、『代行者』。『魔術師』とは違った意味で難儀な性格だ」

 

 ブラッドのジト目からの率直なツッコミに対し、大抵の罵詈雑音や露骨な嫌悪感は蛙の面に水状態の『代行者』だったが、あの『魔術師』と同一視される事だけは生理的に受け付けないのか、凄まじく嫌そうな表情になっていた。

 

 

 ――とある日の昼下がり、決して叶わぬ万願成就の夜の訪れが間近に迫っていた事を、今の『神父』は知る由も無い――。

 

 

 

 

 ――偶然か、必然か、或いは奇跡か、否、運命である。

 

 無尽蔵の死者の軍勢である『死の河』を一網打尽に貫いた『炎の道』を突き進んで、『神父』は煤けながらも五体満足の状態で吸血鬼『アーカード』の下に辿り着いた。

 

「――あの囲いを突破し、炎の道を切り拓いて私の眼前に立ったか。あの『男達』のように、『アレクサンド・アンデルセン』と同じように……!」

 

 待ち望んでいた宿敵の登場に、最奥で待ち受けていた吸血鬼『アーカード』は顔を歪ませて笑いながら狂喜乱舞する。

 

「夢のようだ、人間とは夢のようだ――」

 

 彼の脳裏に過ぎる光景は二つ。

 一つは百年前のあの日、全身全霊を以って闘い、あの『男達』に完全に敗れ去った。アーサー・ホルムウッド、キンシー・モリス、ジャック・セワード――そして、エイブラハム・ヴァン・ヘルシングに。

 二つ目は最早言うまでも無い。この眼の前の宿敵は、まさに『彼』の再来だった。此処から先は、その夢の続きである。

 

 ――吸血鬼『アーカード』は左手に白銀の銃を、右手にあの時失われた黒鉄の銃『ジャッカル』を当然のように取り出す。

 

 その失われし黒銃が吸血鬼『アーカード』の手にあるのは必然だ。

 これはアンデルセンを倒す為の銃、その後継を自称/他称するのならば、この銃が立ち塞がるのは必然を超えた運命である――。

 

 

「さぁ、来いよ『少年』。敵は目の前だ、此処に居るぞ。見事、私の心の臓腑に『銃剣』を突き立てて魅せろッ! ――『エレナの聖釘』を使わなかった『人間(アンデルセン)』が私を打倒し得た事を証明して魅せよッッ!」

 

 

 吸血鬼『アーカード』からの魂の怨嗟に、語る言葉は既に無い。

 

 

 ――恐らく、前世から、今世に生まれし時から幾星霜、待ちに待ち望んだこの刹那の決着は二つに一つしか無い。

 『神父』が唯一人の城主となった吸血鬼『アーカード』の心臓を貫くか、志半ばで朽ち果てるか、その二つのみである。

 

 

 『神父』は全身全霊を以って駆けた。

 獣じみた咆哮を上げて、儚く散って消えた夢の続きを終わらせる為に。

 

「――!」

 

 飛びきりの狂った笑顔でアーカードは右腕に構える無銘の白銀の銃を呼応するように連続で撃ち放ち――初弾と二発目を戦斧で打ち払い、両腕を交差しながら頭部への銃弾三発を防御し、避け損なった右脇腹に一発浴びるも、最新鋭の防弾加工及び『呪的防護処理(エンチャント)』が施された強化神父服は大口径の銃弾を難無く弾いた。

 中身の損傷具合はともかく、当初の想定通り、白銀の銃では致命打には至らない。

 その事は両者共に想定通りであり――目の前の敵対者が真に嘗ての『宿敵』に匹敵する人間だという事を再認識した吸血鬼『アーカード』は狂気喝采しながら即座に白銀の銃の空の弾装を廃棄して再装填し――本命の黒銃『ジャッカル』の照準を、迫り来る『神父』に定めた。

 

 ――白銀の銃の方は幾ら装填されようが、頭部に命中しなければ牽制打に過ぎない。

 だが、黒銃『ジャッカル』の方は再装填する時間を与える事は絶対的な敗北を意味する。

 故にこの死闘の決着は純銀製マケドニウム加工弾殻、マーベルス化学薬筒NNA9、法儀式済みの水銀弾頭、全長39cm重量16kgの13mm炸裂徹鋼弾の『六発』で決まる。

 

 『神父』は全神経を黒銃『ジャッカル』に集中させ、その銃口の角度から逆算出した着弾地点に発射される前から戦斧を迅速に振るい――銃弾の斬鉄という奇跡の御業を再び実現させる。

 

「……っ!?」

 

 残り五発――だが、表情を暗く歪ませたのは『神父』の方だった。

 今の一撃で歴戦を共に乗り越えた丈夫なだけが取り柄の戦斧にほんの小さな罅が生じた。超威力の銃弾を弾いた衝撃により、両腕に生じた僅かな痺れも見逃せない。

 

 ――続く二撃目も『神父』は難無く斬り伏せる。

 残り四発。だが、戦斧に更なる亀裂が生じて全体に及び――吸血鬼『アーカード』は意図的に戦斧で対応出来るように照準を態々付けてから放っていた。

 

 だからと言って、愚直なまでに前進し続けている限りは回避出来る次元の銃撃ではない。――此処で一歩でも退けば、あの狂王はもう『神父』の前に立たないだろう。それどころか、律儀に一対一の決闘に応じなくなる。

 あの吸血鬼には常に血を吸って幾千幾万の生命を持つという、無敵で不死身で馬鹿馬鹿しい、何もかもがペテンの状態に戻る機会があるのだ。

 人間として正しく挑み続けている限りは吸血鬼『アーカード』は退かない。その勇敢で無謀極まる挑戦を、誰よりも歓喜し狂喜し切望しながら受けて立つだろう。

 

 ――故に、『神父』はただ愚直に突き進むのみ。その死中の中にしか勝機は無いのならば、例え地獄の業火だろうが臆せず飛び込むまでの事。

 

 そして三発目の銃弾は『神父』の戦斧を完全に打ち砕いた。――正しくは、その外殻を、である。

 あの吸血鬼『アーカード』すら眼を限界まで見開き、傍若無人な狂気の笑顔が一瞬にして憎悪漲る激怒の貌に一変する。

 

 

「――『槍』か!」

 

 

 戦斧という堅牢過ぎる外殻から現れたそれは、先端部が欠けた見窄らしい『槍』だった。

 

 吸血鬼『アーカード』はその身に蓄えた膨大な知識から一瞬にしてその『槍』の由来を看破する。

 ローマの歴史上から悉く散失した聖遺物、『聖骸布』『聖杯』『聖釘』――そして最後の一つが『千人長の槍(ロンギヌス)』である。

 不死なる神の子に死を与えた奇跡の残骸たる『聖槍』――なるほど、それならば不死の吸血鬼に死を与える事など造作も無い事だろう。

 彼等の『主』たる存在が如何なる『化物(ミディアン)』に該当するかを考えなければ、これ以上の不死殺しは存在しないだろう。

 教義の為ならば教祖すら殺す彼等『第十三課(イスカリオテ)』でなければ教義的に扱えぬ代物だろう。

 

「お前もかッ! お前もアンデルセンと同じく――ッッッ!」

 

 そんな事はどうでも良い。この槍がロンギヌスという名の、単なる千人長の槍で、神の子の脇腹を突き刺したが故の『奇跡の残骸』――アンデルセンに続き、その後継すらも『奇跡の残骸』を切り札とするかと、吸血鬼『アーカード』は心底から失望し激怒し絶望する。

 

 ――人間でいられなかった弱い化物は、人間が打ち倒さなければならない。その決着に、神の奇跡は不要である。

 

 あらん限りの憎悪を籠めて、吸血鬼『アーカード』は黒銃『ジャッカル』の照準を『槍』に向ける。

 その『奇跡の残骸』に頼るのならば、その腐れた性根と共々、木っ端微塵に打ち砕いてやるまでである。

 

 『神父』は愚直なまでに一直線に、『聖槍』の欠けた穂先を吸血鬼『アーカード』の心臓目掛けて――黒銃『ジャッカル』の四発目の13mm炸裂徹鋼弾は寸分の狂い無く欠けた穂先の先端に弾着し、『聖槍』の刀身が音を立てて罅が生じる。

 間髪入れず五発目の13mm炸裂徹鋼弾が先程と0コンマ一桁も狂わずに同地点に着弾、『奇跡の残骸』はその真価を碌々発揮する事無く木っ端微塵に破砕されたのだった。

 

「――!?」

 

 その驚愕と同時に訪れた狂喜は、吸血鬼『アーカード』のものだった。

 『切り札』を打ち砕かれた『神父』はただの一刹那の遅延無く、否、『聖槍』は彼の『切り札』ではなかった。五発目の13mm炸裂徹鋼弾が『聖槍』を砕く以前に『神父』は『槍』を手放して廃棄し――最初から想定していたかのような淀み無き動作で二振りの『銃剣』を両手に取り出して更に切迫していく。

 

(――オレと『お前』の闘争を彼岸の彼方に追いやった『奇跡の残骸』を、こうまで無碍に扱き下ろすとはな……!)

 

 その『奇跡の残骸』を、ローマが誇る歴史上最上位の聖遺物を、『神父』は最初から黒銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾を二発受け止めるだけの『捨て駒』として使い捨てた。

 その『神父』の無言の意図は、先程の失望と絶望を一転させるに足るものだった。

 

 ――だが、用意周到な布石もその場凌ぎの小細工も此処までだ。『奇跡の残骸』を囮にして尚、黒銃『ジャッカル』には最後の一発が残されている。

 

(さぁ、この最後の一発をどう対処する? どう乗り越えてこの心臓に『銃剣』を突き立てる?)

 

 勝機は幾らか。万に一つか、億に一つか、兆か、或いは京か。

 例え那由多の彼方に揺蕩っていようとも掴んでみせろと、一切照準を付けずに『神父』の頭部に撃ち放つ。

 

 ひたすら距離を詰めて切迫している以上、その黒銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾は回避不可能、更には防御不可能の超威力であり――『神父』は神懸かり的な反応で『銃剣』で斬鉄せんと一閃するが、この時点で神業に等しい偉業だが、物理的に不可能である。

 何よりも『銃剣』の刀身が13mm炸裂徹鋼弾に耐えられない。脆くも『銃剣』は飴細工のように打ち砕かれ、頭部は掠っただけでも破砕して致命傷は免れないだろう。

 

 ――『再生者(リジェネーター)』であるアンデルセンであろうが致命的な一撃になろう。それをただの人間に過ぎぬ『神父』が受ければ、結果など語るまでもあるまい。

 

 そう、『神父』が最後の最後まで温存した二振りの『銃剣』が普通の銃剣であれば、という前提の話である。

 

 

 

 

『――『神父』に日頃のお礼をしたかったが、贈り物が思いつかず。……それでよりによって私に相談するか普通?』

 

 電話の向こうの主である『魔術師』は呆れ果てた音色をあげた。

 『神父』の『教会』出身の『転生者』にとって、『神父』という存在は親にも等しい存在である。……実の両親に捨てられて『教会』に拾われた『転生者』にとっては実の親よりも親らしい存在と言えよう。

 日頃のお礼もこめて父の日に合わせて何か贈り物をしたいと考えたブラッド・レイだが、彼とシャルロットでは名案が思い浮かばず終い。

 其処で――シャルロットの猛烈な反対を押し切って――ブラッドが真っ先に頼った人物は今尚『教会』と敵対する『魔術師』だったのである。

 

「お前ならば最良の答えを導き出すと思ったのだが、それはオレの見込み違いか?」

『解答者の性根を疑えよ、この筋力全振りの脳筋トカゲ騎士。――これは私見だが、悪い女にころっと騙されて破滅するタイプだろ、お前。シャルロットに感謝しろよ』

 

 前世で妻に刺されて殺された事を思い出したブラッドは極めて渋い顔となり、続けて『魔術師』は『良い女に騙されて死ぬなんて男冥利に尽きるだろう?』と嘲笑う。

 結局騙されて死ぬ事には変わりないのか、というツッコミをブラッドは飲み込んだ。そんな事を一々突っ込んでいては話が進まない。

 

「……? どうしたの? また『魔術師』から変な事を吹き込まれた?」

「あ、あぁ、いや、何でもない」

 

 咄嗟にシャルロットの方に振り向いてしまったブラッドを彼女は凄い眼で睨んだが、これは『魔術師』に対する不信感からである。

 正直、シャルロットと『魔術師』の相性は史上最悪である。星座の相性からして最悪な上に『神への信仰心(フェイス)』が限り無くゼロに近く、素でイノセン状態の彼には彼女の誇る魔法が一切合切通用しないのである。

 彼の世界の解釈では『神』とは『世界を創造し得る権能』を持った『神霊』であり、神秘が悉く科学で解明された現代世界では既に形骸化した存在――恐らくは自身の嘗てのサーヴァント『セイバー』に対する、『この世全ての悪』も斯くものドロドロの感情が全ての源泉なのだろうが――と、今は関係無い話である。

 

「……それで、どうなんだ?」

『等価交換を信条とする型月世界の魔術師にそんな無謀な要求するんだ? 実に良い度胸だね。――ああ、そういえば君達には借りがあったね。昨年の2月の連続猟奇殺人事件。その犯人の特定に多大な貢献があったのを忘れていたよ』

 

 脅迫にも似た事を言っておきながらも、神咲悠陽は第四次聖杯戦争の時に言峰綺礼を誘った英雄王のように白々しく語り、珍しい事に協力の姿勢を取る。

 これはブラッドにとって予想通りの、尚且つ都合の良い展開なのだが、感情が納得しないのは別問題である。何故ならば――。

 

「……ちょっと待て。その件は今年の4月の『大導師』が再び邪神召喚未遂を起こした折に『あの時の犯人の始末をさせた貸しを此処で返せ』って逆に要求しただろ!?」

『そういえば、君達には借りがあったね。……何度同じやりとりをさせるつもりだ? 私は村の入口にいる『村人A』じゃないんだぞ? 先に進めないのならば切るぞ』

「……! ああ、そうだったな……! 全くお前は面倒な奴だっ!」

 

 自棄っぱちになりながらブラッドは相槌を打つ。コイツにかかれば借りの借用書も貸しの借用証も思うままだと内心毒付いて。

 

「……それで、贈り物について何か考えがあるか?」

『私としては君達の『神父』に対する理解の無さが嘆かわしいのだけどね。まぁ頼られたからには全力でお答えしようか』

 

 腹立たしく癇に障る言い草に眉を顰めるも、この程度の些細な事で怒っていては性根が歪曲しきったこの人物とは到底付き合えない。

 色々飲み込んで、ブラッドは無言で答えを催促する。

 

『ブラッド・レイ、君の手元に『真魔剛竜剣』があるだろう?』

「? ああ、そりゃダイと違って、これでも正統な『竜』の騎士だからな。それがどうしたんだ?」

『根本から折れ、ぽっきりとな』

「はぁっ!?」

 

 「コイツ、人の愛剣を何だと思ってやがるんだ!」と口が滑りそうになったブラッドを誰が責められようか。

 尚、当の本人がどう思っていたかというと――。

 

『どうせまた勝手に生えてくるんだろう? 伝説の鉱物『オリハルコン』が材料になるのならば、吸血鬼『アーカード』の対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾にすら耐え得る至高の『銃剣(バヨネット)』を鍛造出来るだろうよ』

 

 事もあろうに伝説の武具をトカゲの尻尾扱いにした挙句、材料扱いという酷い有様であったが――『神父』の吸血鬼『アーカード』に対する執念はブラッドとて理解している。

 ならばこそ、対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』でも破壊出来ない『銃剣(バヨネット)』は『神父』にとって極めて有用な筈である。

 その宿敵の吸血鬼『アーカード』がこの世界に居ないという事を除けば、であるが――。

 

『この海鳴市にも伝説の鉱物を扱える人物は――湊斗忠道の持つ『二世村正』なら可能だろう。それは自分で頼んでくれ。鍛造した後は『代行者』か『シスター』に頼んで対吸血鬼用の祝福儀礼を施すんだな。諸君等の健闘を祈る』

 

 「コイツ、最後の最後に一番の難問を残して切りやがった!」など言う暇無く通話が途切れる。

 その後、ブラッド・レイとシャルロットは恐る恐る『武帝』のトップである湊斗忠道とコンタクトを取り、泣く泣く真魔剛竜剣を叩き折って材料にし、再生中は『魔術師』からの闇討ちを特に警戒し――その幾多の世界の可能性が集結して誕生した奇跡の産物である『銃剣』は、父の日の贈り物として『神父』の手に渡されたのである。

 

 

 

 

 ――斯くして、幾多の奇跡のような必然が結実し、『神父』の『銃剣』は黒銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾を両断する。

 

 オリハルコン製の『銃剣』に破損無く、遂に『神父』は自身の想像の中でさえ超えられなかった『六発目』を乗り越える。

 後は再装填する時間を与えずに心臓を貫くのみであり、既に後一刹那あれば事足りる。

 

「――!?」

 

 ――その一刹那、吸血鬼『アーカード』の装いが赤いコートではなく拘束服に豹変し、呪的な魔法陣が烙印された白手袋を眼下に突き出し、『無手』にて突撃の姿勢に移っていた。

 

 何て事も無い。彼は彼一人でも恐るべき吸血鬼である。

 吸血鬼の中でも極上、否、最上位に君臨する夜の王が銃弾が切れたら戦えないなど絶対に在り得ない。

 人間など軽々とボロ雑巾のように引き千切る暴力を以って、吸血鬼『アーカード』は音速を超える手刀にて迎撃する。

 

 その絶死の手刀を切り落とす?

 ――否、腕を切り落として防げば、本体から分離した腕が地を這いずり回り、予想もしない角度から銃撃を受けるだろう。

 無銘の白銀の銃ならまだしも、黒銃『ジャッカル』の場合は一発で致命傷になる。

 

 どうにかして回避、または防御を?

 ――否、吸血鬼の化物じみた身体能力を人間如きが凌駕する道理は無い。この単純にして何よりも理不尽な暴力は文字通り防ぎようが無かった。

 

 つまりはただただ単純に、その致死の手刀が自らの心臓を貫く前に、それより疾く、吸血鬼『アーカード』の心臓を『銃剣』で穿ち貫けば良い。

 全身全霊、過去も未来も全て籠めた一撃を以って、『神父』は二振りの『銃剣』を、自分の心臓が貫かれるより疾く吸血鬼『アーカード』の心臓を貫く為に全てを賭けて刺突した――。

 

 

 ――それが幾星霜の時を超えた長き夜の、叶わぬ夢の続きの終焉だった。

 

 

 

 

 ――赤く燃え盛る炎はさながら日の光のようだった。

 この情景を吸血鬼『アーカード』は忌々しくも、こんなにも美しいものだったかと幾度も想う。

 

 『彼』が死んだ光景はいつもこれだった。500年前のあの日も、100年前のあの日も、そしてついあの日も、全く同じだった。

 いつの間にか地に仰向けで倒れ伏した『彼』の胸には二振りの『銃剣』が突き刺されており、完膚無きまでに、見事なまでに『彼』の心臓を穿ち貫いていた。

 

「――く、ははは……!」

 

 『彼』は楽しい夢を見た子供のように邪気無く笑う。

 遂に遂に遂に、愛しき怨敵の『銃剣』が自身の心の臓腑を穿ち貫いた。人間でいられなかった弱き化物を、人間が打ち倒した。

 幾千幾万の絶望を飲み干した不死身の吸血鬼と言えども滅びが避けられない致命傷だった。

 惜しむべきは自身を打倒した人間の安否を確認出来なかった事だが――満ち足りた表情で吸血鬼『アーカード』は目蓋を閉ざした。

 その長き闘争の日々に、終止符を打とうとした。そんな時だった。

 

 

『――なぁに一人で満足して逝こうとしてるんですか? この精神最弱で駄目駄目な吸血鬼は』

 

 

 その少女の呆れ声は割れ響く歌のように響いた。

 

『貴方の愛しの主からの命令をお忘れですか? 随分と薄情な吸血鬼ですね。脳味噌まで黴びたんなら思い出させてあげますよ』

 

 その呼び声は、全く違うのに『誰か』を連想させて――。

 

『――帰還せよ。幾千幾万に成り果てても、いえ、唯の一人になるまで殺し続けてでも。……だから、三百四十二万四千八百六十七人の中に居た私も容赦無く殺したんでしょ?』

 

 そう、『彼』は自己観測する『シュレディンガーの猫』の命の性質と同化してしまい、自分を自分で認識出来なくなった。

 それでも愛しき主との最後の命令を遂行する為に、三十年の歳月をかけて『彼』の中で『彼』の命を殺し続けていた。

 最後の一人となって、愛しき主と恋しい従僕の下に帰還する為に――。

 

『此処は貴方にとっては夢の狭間、ちゃっちゃと愛しい主人と恋しい下僕の待つ世界に帰りやがれってんの……!』

 

 ――夢はいずれ覚める。吸血鬼『アーカード』が滅びの刹那に紡いだ夢は終わりを告げ、『彼』は自らの意思でこの世界から消え果てて、自らの世界に帰還したのだった――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33/一歩の価値

 

 

 ――私が『彼』に出遭った時、『彼』は私以上に悲観的で生きる気力が欠片も無かった。

 

 『彼』の惨状を篤と語る前に、まずは自分の状況から説明せねばなるまい。

 この時の私は前世において最も信頼していた人に裏切られた上に謀殺され、更には『三回目』のこの世界において実の両親から名付けられる前に捨てられ、産まれながら絶望の淵に立たされていた。

 名無しの『禁書目録(インデックス)』だった私の存在意義は嘗ての自分の記憶を取り戻す事のみであり、一生涯を賭けても叶わずに絶望して、生後は酷い無気力状態に陥っていた。

 

 ――そんな自分に『神父』がどう思ったかは定かではないが、意図的に引き合わせたのが『彼』だった。

 

 生まれつき、いや、若干語弊がある。

 後から『彼』の口から語られた事だが――『二回目』から全盲だったという『彼』には生きる活力と呼べるものがなく、要介護状態で他人の助けを否応無しに受けなければ一日たりても生きられない身で、他者とのコミュニケーションを完全に拒絶していた。

 失語症ならぬ無言症――此処から『彼』の出身世界を悟るのは酷な話だが――自分の絶望で手一杯なのに自分より絶望している人の世話を任せる『神父』の采配は、正直どうかと思う。

 

 ――その時の少年だった『彼』は、死を待つだけの孤独な老人と瓜二つだった。放っておいたら勝手に消え去るような危うさに満ち溢れていた。

 

 人間とは現金なものであり、自分以上に駄目駄目な状態な人間が隣に居ては腐っている暇も与えられまい。『彼』との奇妙な介護生活はこうして始まった。

 無論、全盲の人など介護した事無い私は悪戦苦闘した。

 足りない知識は『神父』の配慮から用意された介護用の教科書を丸暗記して十分となったが、そもそも要介護者である『彼』の受け答え無しの無言・無感情という泣かせっぷりに何度苦渋を飲まされたか、数えたら切りがない。

 それでも『彼』が何を心地良いと感じ、何を不快に感じるのか、些細な反応を見分ける内に徐々に解って来て――。

 

 

『――君の名前。まだ一度も聞いた事無いんだけど?』

 

 

 『彼』との記念すべき第一声は私にとって最も忌まわしき事であり、忙殺されていた私をただの一声で絶望のどん底に押し戻してくれた。

 

『……そんなの、無いよ。私は『禁書目録(インデックス)』で、嘗ての『私』を取り戻せずに殺されて……! この世界でも私は名付けられずに捨てられた……!』

 

 この世全てに対する怨嗟を籠めて、『彼』にぶつけずにはいられなかった。

 『彼』は私からの悪意と殺意、絶望などの負の感情を受け止めて――。

 

 

『……そうか。それじゃ今日から君の事を『シスター』と呼ぼう』

 

 

 白い修道服(『歩く教会』)を着ているから『シスター』――などという極めて安直なネーミングに文句を付ける前に。

 

『いつまでも『インなんとかさん』では格好が付くまい。本当の名前を思い出したら、改めて自己紹介してくれ――』

 

 ――結局、これはあべこべな話。

 

 自分より駄目そうな奴が来て、自分の事など構ってられなくなったのは『彼』も同じであり――強制的に立ち直る必要性に迫られた『彼』は一足先に勝手に居直り、全盲の障害者を完璧に演じ切って見せた。

 

 ――だから、その独り善がりの二人三脚が『彼』から打ち切られるのは当然の話だ。

 

 海鳴市を恐怖のどん底に突き落とした『吸血鬼』による連続殺人事件の終盤、その『吸血鬼』が居座る幽霊屋敷の最奥にて、私は『彼』と相対してしまった。

 

『――割りと早かったね』

 

 其処に居るのは『事件』の主犯の『吸血鬼』の筈なのに、『彼』はまるで屋敷の主のように椅子に腰掛けながら『ジョジョの奇妙な冒険』のキーアイテムの一つである『石仮面』を手慰めに弄っていた。

 

『悠陽……? な、何で此処に……!?』

 

 出遭う事の無い場所での遭遇は私の状況判断能力を極限まで下げた。否、目の前に突き付けられた情況証拠を理解したくなかった、というのが正解だろう。

 

『用済みの玩具を片付けに来たついでに今後の拠点確保かな?』

『何を、言って――』

『正確に説明するなら、この哀れな吸血鬼を使った『事件』の脚本を焼き払って、私の都合良く歪めたんだけどね』

 

 『彼』はくすくすと、今までに見た事も無い邪悪な笑顔を見せる。それなのに、その邪悪な笑顔は『彼』に妙なほど似合っていて――。

 

『前に言っただろう? 一連の『吸血鬼事件』には現地の『協力者』が存在するだろうって。――本物には海の底で永遠に眠って貰って『協力者』に成り代わった私は海鳴市に存在する『転生者』の情報をより詳しく正確に明け渡した。あの吸血鬼は無能ながら実に良い仕事をしてくれたよ。この『事件』の真の黒幕にとってはやり過ぎだったがね』

 

 その特異な手口から、今までに海鳴市に居なかった外来の犯行と推察されていたが、余りにも正確に『転生者』を惨殺する事から『協力者』の存在が朧気に示唆されていたが――本来の『協力者』に成り代わった『彼』が更なる惨劇を脚本する? もうこの時点で私の理解は追いつかなかった。

 

『な、何でそんな事を……!?』

『君は今の『海鳴市』の状況が正常だと断言出来るのかい? 揃いも揃って神秘の秘匿の意味すら解せない有象無象の『転生者』が我が物顔で闊歩してやがる。実に嘆かわしい状況だ』

 

 それも前々から『彼』が指摘した危惧であり、その盲目の貌に嫌悪を超えた憎悪すら滾らせる。

 

『――言って解らぬのであれば、速やかに盤上から退場して貰うしかあるまい。……まぁ私の『元』の世界の流儀だが、『管理者(セカンドオーナー)』としての責務を限定的に果たすとしよう。生前は『魔術協会』とは縁が無かったがね』

 

 その特徴的な専門用語は一度たりとも出身世界の事を話さなかった『彼』が初めて漏らしたあからさまな告白であり、『流れ者にその大役が回ってくるとは、人生とはままらなぬものだ』と苦笑しながらぼやいた。

 

『……悠陽、貴方は――』

『そういえば私の出身世界を一度も話していなかったね。神咲家八代目当主にして冬木での『第二次聖杯戦争』の勝者――『魔術師』神咲悠陽、それが本当の私の肩書きさ』

 

 『彼』の黒い喪服じみた和服の両袖の下から複雑な模様が赤く浮かび上がる。

 この世界から数多の『転生者』を通して再び手に入れた知識から、それがあの世界の魔術師が代々継承する『魔術刻印』であると認めざるを得なかった。

 

『……全部、嘘だったの……? 目が不自由で、一人では生活が困難だったのも……』

『この『魔眼(め)』を迂闊に開けれないのは本当さ。ただ、別に視覚が使えない程度では日常生活に何ら支障も無い。――出来る事ならば、あのまま埋もれていたかったのが偽り無しの本音かな』

 

 はぁ、と、『彼』は深々と溜息を吐いた。その最後に零してしまった本音の告白の意味を解する前に――。

 

 

『――今まで世話になったね、『シスター』。感謝の気持ちで胸が一杯だが、此処でお別れだ』

 

 

 私にとって受け入れられない、簡潔であるが故に何よりも残酷な別離の言葉が胸に突き刺さった。

 

『……やだ。悠陽、置いてかないで。私を『また』捨てないで……!』

 

 私の脳裏にフラッシュバックするは前世での終わり。みっともなく追い縋る言葉を絶対記憶持ちの私は忘れる事すら出来ない。

 

『……私は、悠陽の為なら、何でも出来るよ。これまでの事が全部嘘だって構わない……! ――私は『禁書目録』だよ? 悠陽が言うなら、何だって出来ちゃうよ。誰でも殺せる――』

 

 そんな私に向けた『彼』の表情は何一つ読み取れない無感情そのものであり――。

 

 

『ああ、やっぱり――『君』に『私』は必要無いようだね』

 

 

 とても残念そうに、『彼』はそう締め括った。

 そして『彼』から放たれた型月世界由来の初歩的な暗示の魔術を、私はそれがどういう類の魔術か一瞬にして理解した上で――『彼』が私に敵意を持って魔術を放つ訳が無いと無根拠に信じたくて無防備に受けてしまうという、あらゆる魔術の天敵たる『禁書目録』にあるまじき失態を犯してしまった。

 

 

『――さよなら『シスター』。君のその『力』は、本当に君を必要とする者に差し伸べるといい。自らの意思無く他人に依存するだけの『人形』など私には不要だ』

 

 

 意識が強制的に閉ざされる刹那、『彼』の辛辣な別れの言葉だけが脳裏に残った――。

 

 

 ――『彼』、『魔術師』神咲悠陽を語る上での最大の矛盾点、それは『第一次吸血鬼事件』を境に表舞台に立った事である。

 

 

 『彼』が真に自身の保身のみを追求する人間であるのならば、自身の正体を最後まで秘匿し続けながら暗躍するのが最上の選択だろう。

 事実、『彼』の能力面から考えれば容易に行えた。誰一人、盲目の『彼』を疑わずに縦横無尽に暗躍出来ただろう。――それを、他ならぬ『彼』が理解していなかったとはとても思えない。

 

 此処まで情況証拠が揃っていれば、様々な負の感情で判断力が鈍らなければ、答えは自ずと判明してしまう。『彼』は、最初から――。

 

 

 

 

 ――これは走馬灯である。

 人の死に際の時に見ると言われる一生涯の縮図。

 

 ひとえに絶体絶命の窮地に際して、人生の経験の中から対応手段を探し出す為の現象とも言われている。

 それが真実か虚実かは別問題として、現に『シスター』の記憶には『103000冊』の魔導書から幾百幾千の対応策が展示される。

 

 ――だが、其処に時間制限という条件で再検索すると、要求を達するオーダーは0件となる。

 

 彼女、『シスター』が装備している純白の修道服は『歩く教会』、『とある魔術の禁書目録』世界の絶対的な防御力を誇る霊装であり、『服の形をした教会』である。

 ただ、完全に無敵という訳でもない。――『幻想殺し』という極大の例外を取り除いても『シスター』自身の『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』で消し飛ばす事も可能であるし、過去にあの忌々しい『大導師』の攻撃の衝撃を完全には防げなかった実績がある。

 

 さて、此処で問題となるのは――墜落する『鬼械神』との激突に、『歩く教会』装備の『シスター』が耐えれるか否かである。

 

 奇しくも状況は『斬魔大聖デモンベイン』での、主人公『大十字九郎』とその宿敵『マスターテリオン』が初めて対決した際に、彼の本気を見定める為に――世話になっている毒舌金髪シスター『ライカ・クルセイド』のいる『本物の教会』に『デモンベイン』を意図的に突き落とした時の状況と極めて酷似している。

 

 ――違う点は、原作でのそれは子供めいた悪戯心による脅しだったが、今回の場合は不幸にも『直撃コース』である事のみである。

 人が小さな蟻を踏まないように立ち回れないように、かの神域の魔人にとっては人など蟻同然の存在だと言わんばかりに――。

 

 それが単なる50mの巨大な鉄屑なら余裕で耐えられるだろうが、唯一攻撃を通した者と同じ出身世界の、更にはその世界での魔術理論の極地にして叡智の結晶たる神の模造品『鬼械神』――この法皇級の守護すら余裕で突き通すだろう。

 流石に即死してしまっては『禁書目録』と言えども為す術も無い。同じ世界での他の魔術師と比べて『魔神』じみた即応性を持とうが、数秒の猶予も無ければ叶わぬ出来事である。

 

 つまり結論から言えば、『マスターテリオン』の駆る紅の鬼械神『リベル・レギス』の手によって吹き飛ばされたクロウ・タイタスと大十字紅朔が駆る『デモンベイン・ブラッド』によって、今、『シスター』は踏み潰されて呆気無く即死しようとしている。

 

(……冗談じゃない――!)

 

 考えうる限り最悪の死に様である。そんな出来の悪い笑劇のような死因も最悪に等しいが、何よりもクロウ自身の過失によって殺させるなど、何が何でも絶対に許容出来ない。

 何よりも――そんな事をさせてしまったら、クロウは絶対立ち直れない。永遠に、心折れてしまうだろう。

 

(――!)

 

 ほんの一瞬の猶予。それが『シスター』に許された余命である。

 魔術の構築すら間に合わない刹那を、彼女は一歩、前に足を踏み出すという行為の為に費やした。

 何も彼女は助かる見込みがあったから前に踏み出したのではない。最後の最期まで足掻こうと前に駆け込もうとしたのである。

 ……皮肉な話である。彼女の行使する『とある魔術の禁書目録』の世界の魔術は異世界の法則を現世界に適用し、様々な超常現象を引き起こす才能無き人間の為の技術である。

 それ故に、この場で彼女の命を救うような都合の良い『奇跡』など起こる筈が無いと誰よりも確信しているのに、彼女は絶望せずに最期まで足掻く。

 

 ――今の彼女の命を救うのならば、それこそ空から降ってくるような『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』が必要だ。

 

 非業の死を遂げようとするヒロインをあっさり救済する神の見えざる手のような『ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)』が。そんな荒唐無稽な存在の極地である最弱無敵の『鬼械神(デウス・マキナ)』が死因になるのに関わらず、だ。

 ……そんな起こらない事が確定している『奇跡』を前提に足掻くなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。それは彼女自身が何よりも痛感しているだろう。もしも『彼』が今の『シスター』を見たら何と言うやら――。

 

 

『――それでもなお諦めを踏破するのならば、己の欲望のままに見果てぬ彼方の果てまで征けば良いさ』

 

 

 そんな想像外の幻聴が、耳元から聞こえた気がした。

 それと同時に背中からそっと後押しされるような――ではなく、背中を無遠慮に且つ全力で蹴りつけられたかのような強烈極まる衝撃が『歩く教会』を突き抜けて走り、一歩前に踏み出していた『シスター』の目算を大きく外れた瞬発力を生み――ほんの一瞬遅れて『大質量の物体(デモンベイン)』が落下した際の凄まじい衝撃を間近で受ける。

 

 ――そう、生きている彼女の『間近』にであり、こうも容易く『奇跡』は起こり得た。

 

(――今の、は……!?)

 

 それが如何なる類の『奇跡』だったのか、シスターは考えるのを止める。

 『歩く教会』を突き抜ける衝撃が都合良く生じる『奇跡』など在り得ないの一言に尽きるが、今はどうでも良い事である。そんな『奇跡』の種明かしをする余白は無い。

 

 

「――クロウちゃんッッ!」

 

 

 力一杯、あらん限りの声をあげてその名前を呼ぶ。その声は多種多様の炸裂音に遮られながらも、確かに届いた。

 

『……ッ、シスター!? 何でこんな処に……!?』

『クロウ、早く乗せてッ! 追撃が来る――!』

 

 『デモンベイン』に駆るクロウの驚愕の声は、大十字紅朔のいつもとは異なる余裕の一切無い切迫した声に遮られる。

 即座に『シスター』の視線が遥か上空の――全ての支配者の如く佇む紅の鬼械神『リベル・レギス』に行き、『マスターテリオン』が構築する異界の魔術理論を一目で見抜く。

 

 ――倒れながらも差し伸べられたデモンベインの掌に『シスター』は間髪入れず乗り上げ、開かれたコクピットに即座に搭乗させられる。

 

 それを見計らってか、直後に全てを押し潰す強力無比な重力結界が展開され、既に基点を逆探知出来ていた『シスター』が術式を一瞬にして破壊する。

 

 

『――ほう、あの術式を一瞬にして解呪してしまうとは』

 

 

 魔導図書館たる彼女の面目躍如に、『リベル・レギス』を駆る『マスターテリオン』は初めて純粋に感心する。

 その聲には歓喜さえ滲んでいる。嘗ての宿敵達の健闘を思い描くかのように。

 

「……それは『大導師』ので見ましたからね――」

 

 そんな正真正銘の余裕に対し、『シスター』の受け答えは苦渋に満ちたものだった。

 目の前の魔人は凡そ考え得る限り最強最悪の相手。世界どころか宇宙規模の脅威である。最初から解っていたが、見ただけで解ってしまう『大導師』の駆る『リベル・レギス』との戦力差に戦慄する。

 

 ――此処まで来れば、鈍いクロウ・タイタスでも理解出来てしまう。

 彼、『マスターテリオン』が意図的に自分達を『シスター』の下へと投げ放ち、意図せずに彼女達を潰しかけたという事実を。

 

「『マスターテリオン』ッ! テメェ……!」

『これはすまない、クロウ・タイタス。余は地に這い蹲る小虫を踏み潰さずに歩けるほど繊細では無いのでな』

 

 彼の悪意無しの謝辞に、腹立たしい事に悪意が無いからこそクロウの理性が一気に沸騰する。

 

「クロウ、落ち着いて……!」

「わぁかってるよ! オレみたいな凡人に怒りで我を忘れるなんて主人公のようなブチ切れタイムは用意されてないって事ぐらい……!」

 

 確かに彼のような神域の魔人にとって人間など踏み潰した事にも気づかない羽虫の如き存在に過ぎないだろう。そんな事は百も承知だ。だが――。

 

「――シスターとセラに何しやがるんだッッ!」

 

 それとこれとは話が別である。

 大切な人を理不尽に殺されかけて激昂しない男など誰も居ない。

 極限まで激情した闘争本能の赴くままに二挺魔銃を構築し、一発目から切り札である神獣形態のクトゥグァを撃ち放つ。

 灼熱の旧支配者の一柱は術者の怒りを体現するように荒ぶり、世界を焼く侵しながら進軍する焔の神獣は紅の鬼械神に襲い掛かる。

 

『――!』

 

 紅の鬼械神は先程と同じように回避行動すら取らずに防御結界を展開し――しかし、先程との違いは強固極まりない防御結界が一瞬にして飽和状態になって幾千幾万幾億の魔術文字が焼滅し、此処に至って機体の前方に竜の翼で覆ったままの『リベル・レギス』に先制打が炸裂する。

 

「……え?」

「うっそぉ~……」

 

 この闘い始まって以来の快打に誰よりも驚愕したのが怒りに我を失っていクロウと窘めようとした紅朔なのは皮肉である。

 クロウに至っては身を焦がした怒りの炎が世界の彼方まで吹っ飛んだ勢いである。

 

「……あー、これはあれか? 穏やかな心を持ちながら激しい怒りで新たな力に目覚めたとかいう主人公的な熱血展開?」

「まっさかぁ。生まれが野菜人ならいざ知らず、レベル上限カンスト済みのクロウに限って絶対在り得ないわぁ、絶対在り得ないわぁ!」

「このエロ本娘、わざわざ二度も言いやがったぁ!?」

 

 物凄くメタい事を言い合う二人に、何だか無駄に凄く息が合っているなぁと『シスター』は物凄く怖い眼差しで睨みつけた。

 

「クロウちゃん、呆けてないでしゃきんとする! シャンタクで飛び上がらないと街が全壊するよ! 大十字紅朔、私の席をさっさと用意しなさい……!」

「お、おう、解った……!」

 

 背部ユニットのシャンタクの吹かして飛翔し、クロウは『リベル・レギス』と一定の距離を保ちながら効果の程を観察する。

 紅の鬼械神の超鋼の一部が蒸発しているが、圧倒的な超速度で再生している。

 あれの再生力は想定通りなので言う事は無いが、間違いなく先程の攻撃が通っている。『シスター』が搭乗するまでは掠り傷さえ与えられなかったのに――。

 

「……貴女の仕業? いえ、幾ら貴女一人が加わっても――」

「? とりあえず私の魔術の再翻訳、出来ますね?」

「――っ、当然よぉ。『お母様(オリジナル)』が出来て私の出来ない事なんて何も無いわぁ……!」

 

 この時、紅朔が感じ取ったのは得体の知れない『後押し』だったが、そんなあるかないかさえ定かではない事を考える余裕など目の前の宿敵の事を考えれば皆無である。

 漸く見出した光明を如何に辿って希望を紡ぐか――目の前の絶望の権化を如何に打倒するか、今はそれのみに思考の全てを費やすべきである。

 

「――よしっ。紅朔、シスター、オレに良い考えがある!」

「……ねぇ、クロウ。それ、貴方の元の世界の元祖失敗フラグだって解ってて言ってるぅ?」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34/いのちの歌

「……酷い扱いねぇ。この『子』も泣いちゃうわよぉ?」

「デモンベインは男の子だから歯を食い縛って耐えてくれるさ。……『銀鍵守護神機関』に匹敵する動力源がもう一つあるならこんな事をやらずに済むけどよぉ――」

 

 クロウの案に、紅朔は物凄く不満そうな顔を浮かべるが、渋々納得する。

 

「決め手は解ったけど、問題はどうやって其処まで至るかだね」

「それは向こうの舐めプ具合次第だな、シスター。――高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処すべしだ!」

「……よぉは行き当たりばったりって事じゃない。銀河の英雄達の伝説通りの大惨劇にならない事を祈るばかりだわぁ」

 

 それが大攻勢の基本戦略でないだけマシだが――クロウ達は数百メートル先に佇む『リベル・レギス』を見据える。

 とうの昔に先程の神獣弾による損傷の修復は終わっており――。

 

『――作戦会議は終わったかな? クロウ・タイタス』

「ああ、律儀に待ってくれた大導師様のお陰でな。――どうかそのまま最後まで慢心して油断しまくっていて侮っていて下さいこん畜生ッ!」

 

 ……罵倒しているのか形振り構わず懇願しているのか、良く解らない情けない返しに紅朔が引き攣ったように苦笑する。

 

「……うわぁ、すっげぇ身も蓋も無い卑しい懇願ねぇ。……ヒーロー失格よ、クロウ?」

「うっせぇ、カッコ付けただけで勝率上がるならやってるわ! この世界にはオサレ度で勝敗が決まるようなトンデモルールはねぇんだよ!」

 

 そう、クロウ達の基本戦略は実に単純明快だ。本気を出される前にデモンベインの切り札である第一近接昇華呪法『レムリア・インパクト』を直撃させる。それのみである。

 減衰無く撃ち込めれば如何なる鬼械神を屠れる必滅の一撃であるが、当然の事ながらリベル・レギスが棒立ち状態で受けるなど在り得ないし、リベル・レギスには『レムリア・インパクト』と対をなす負の無限熱量を宿した絶対零度の白く燃える手刀『ハイパーボリア・ゼロドライブ』がある。

 嘗ての『大導師』とのリベル・レギスとの必滅奥義の打ち合いはクロウ達に軍配が上がったが、今そのような事をしようものなら確実に此方が一方的に瘴滅する事となる。

 

 ――つまりはその必滅の一撃を超えて、必滅の術式を叩き込まなければならない。

 

「――っ、行くぞシスター! 紅朔ッ!」

「――おうとも!」

「――行っちゃえ、クロウちゃん!」

 

 クロウ達が手繰り寄せる勝機とはそんな那由多の彼方にもあるかどうか解らない可能性であり――背部の飛行ユニットであるシャンタクから生み出される殺人的加速をもって超高速に飛翔する。

 

「頼むぜぇ、イタクァ!」

 

 既に召喚している二挺魔銃のうち、銀の回転式拳銃の方を乱射する。

 

「あーんど、ニトクリスの鏡ッ!」

 

 追尾性能を持つ氷の魔弾は縦横無尽に駆け巡って、次いで展開した鏡で出来た幻影を発現させるニトクリスの鏡を細かく破砕して散りばめ――六つの魔弾は幾十幾百の魔弾となって幻惑しながら飛翔する。

 対するリベル・レギスは微動だにせず――否、既に黄金の弓を召喚して天に構えて撃ち終わっており、無数の黄金の矢は雨霰の如く降り注いで幻影だろうが実物だろうが構わず全ての魔弾を射抜いて無力化した。

 

「――ッ!?」

 

 当然の事だが、天から降り注ぐ黄金の矢は隠れて潜もうとしたデモンベイン・ブラッドを無情に射抜き――十以上の矢に射抜かれたデモンベインの巨体が血液となりて霧散する。

 

『ふむ――』

 

 紅朔お得意の血液を媒介とした魔術による変わり身であり――リベル・レギスは唯の一瞬の遅延無く矢代わりに放っていた黄金の剣を一閃し、何も無い空間を一刀両断してぱりんと割れる。

 デモンベイン・ブラッドの巨体を全て覆い隠していた『ニトクリスの鏡』は呆気無く破壊され、両断される寸前の処でバルザイの偃月刀以外の三つの剣によって防がれていた。

 

「豊穣神の剣を再現、待機解除――」

 

 その両瞳に血のような魔術陣を浮かべた『シスター』は無表情で詠うように呟く。

 

 ――鬼械神用に拡大翻訳された『シスター』による豊穣神の剣の一振りはデモンベイン・ブラッドに付き添うように背後に纏わり、残り二振りはリベル・レギスの黄金の剣を弾き返し、北欧神話の逸話通りに自動的に宙に舞って確実に敵を仕留めんと飛来する。

 

 二方向、上下から飛翔する勝利の女神の剣は――。

 

『――ABRAHADABRA(アブラハダブラ)』

 

 リベル・レギスの左掌から生じた雷撃をもって一瞬にして塵芥と化す。

 敗北するエピソードの無い剣を、それを上回る超越的な暴力をもって消し飛ばした形である。あんなものが直撃した日には気合で耐えるとかそういう次元を飛び超えて一発で撃墜されるだろう。

 

 ――豊穣神の剣の二振りを破壊するのに費やされた刹那。

 

 一気に間合いを詰めて賭けに出るか、牽制を繰り出しながら決定的な隙を見出すか。

 二つの選択肢がクロウの脳裏に過ぎり――無傷で仕掛けられる機会など今後訪れない、これ以上のターン経過は徒に損傷箇所を増やして可能性を減らすだけだと判断し、クロウは無謀ながらも前者を選択する。

 

「――このまま突っ込むッ!」

 

 両脚部シールドに搭載された断鎖術式『ティマイオス』『クリティアス』を発動させ、時空間を歪曲させて爆発的な推進力を生む。

 勿論、この慣性の法則を無視した瞬間的な移動方法は大十字九郎とアル・アジフが駆る本家デモンベインも活用していたものであり、この程度の機動で意表を突く事は出来ない。

 逆に空間転移を駆使されて、彼なりの意趣返しとして逆に意表を突かれる危険性が大いにあるが、今回に限っては『マスターテリオン』はその選択肢を取らない。何故なら――。

 

「――光射す世界に汝ら暗黒住まう場所無しッ!」

 

 デモンベイン・ブラッドの右掌に宿すは無限熱量の必滅の奥義、ならばこそ返礼すべき必滅の奥義は唯一つ。リベル・レギスの右掌が白く焔える。

 その掌に触れれば一切合財が死の静寂に停止し、跡形も無く消滅する絶対零度の刃。――既に解り切った結末を前に、『マスターテリオン』は冷め切っていた。

 

「――渇かず、飢えず、無に帰れ! レムリアァァ――!」

 

 互いに繰り出すは必滅の奥義。されども、拮抗などしない。

 リベル・レギスの『ハイパーボリア・ゼロドライブ』の前に、デモンベイン・ブラッドの『レムリア・インパクト』は一方的に打ち負けるだろう。

 クロウ・タイタスと『マスターテリオン』では魔術師としての格が余りにも違いすぎる。

 何とも興醒めな結末だと『マスターテリオン』は失望する。大十字九郎以外が駆るデモンベインという普段に無い刺激を期待していただけに、余りにもお粗末な結果だった。

 

 ――そう、必滅の奥義である『レムリア・インパクト』を繰り出せば、同じ必滅の奥義である『ハイパーボリア・ゼロドライブ』をもって対抗されるだけなのに、自ら詰み手を誘発するなど愚か過ぎる選択である。

 

 斯くして『マスターテリオン』の予想通り、デモンベイン・ブラッドの『レムリア・インパクト』はリベル・レギスの『ハイパーボリア・ゼロドライブ』の前に打ち破れ――否、拮抗すらせず、『マスターテリオン』の予想を遥かに超越した呆気無さでデモンベイン・ブラッドの右掌を瞬間瘴滅させる。

 

『――!?』

 

 絶対零度の手刀の直撃と謎の斬撃音はほぼ同時であり、ぱりんと、鏡の割れる音が響き渡る。

 

 ――瞬時に瘴滅したのは何の対抗術式すら纏わずに『無防備』に接触し、最後の豊穣神の剣で自ら切除された右腕までであり、無事な左掌には無限熱量が何一つの減衰無く存在していた。

 

 

「――インパクトォッッ!」

 

 

 この戦いにおいて、天に君臨する魔人は地に這い蹲って足掻く凡人の執念に初めて一本取られる結果となる。

 そう、あくまでも偽装術式が『ニトクリスの鏡』だけならば、幾千幾万幾億と『デモンベイン』と死闘を繰り広げた『マスターテリオン』は事前に察知出来たかもしれない。

 だが、このデモンベイン・ブラッドに乗るは嘗ての宿敵達ではない。獣の咆哮『アル・アジフ』よりも搦め手に長けたネクロノミコン血液原語版たる大十字紅朔に、十万三千冊の魔導書を完全記憶する『禁書目録』たる『シスター』である。

 彼女達に演出された空の右掌は囮としての役割を十二分に果たし――竜の翼を前面に展開したままのリベル・レギスに必滅の奥義をぶちかますに至る。

 

「――昇華ッッ!」

 

 間髪入れず一撃離脱し、質量ゼロ・重力無限・熱量無限大の状況を作り出す結界に封鎖して昇滅させる。

 数多の鬼械神を屠った必滅の奥義は、これ以上無い完璧な形で炸裂したのだった。

 破損箇所――というよりも自傷箇所の右胸部から水銀(アゾート)の血が滝のように流れ落ちる。

 

「……言っとくが、今回はフラグは立てねぇぞ? 紅朔、『自己修復機能(メルクリウス・システマ)』で右腕の復元を急いでくれ……!」

「……もうしてるわ。ええ、此処でお決まりの台詞を言おうとするなら全力で張っ倒す処よ……!」

 

 自傷によって丸ごと損失した右腕部の魔術回路の再構成に全力を費やし、片っ端から修復していく。

 自ら切断してなければ『ハイパーボリア・ゼロドライブ』での過剰殺傷(オーバーキル)が全身に伝達し、一撃の下に瘴滅していたのは此方の方だっただろう。

 

 ――そう、自分達が駆る、遥か格下の乗り手によるデモンベイン・ブラッドが紡いだ『レムリア・インパクト』でも、『マスターテリオン』は対抗策が一つしか無いからこそ此方の思惑通り『ハイパーボリア・ゼロドライブ』を繰り出した。

 

 幾ら愚策と見抜いて勝手に失望していようが、脅威と見做していたからこそ行動を誘導出来たのだ。ならば、その必滅の一撃をまともに受けたのならば――。

 

 

『――はは、はははは、あはははははははははははは……!』

 

 

 その悪意の込められた哄笑は、底冷えする音色の聲は、高らかに奏でられた。

 

「……ッッ、畜生ぉ……!」

「あれで倒せないなんて……!」

 

 シスターの驚愕はクロウとて同じだったが、心の底で「やはりか」という底無しの絶望もまた同時に発せられる。

 必滅の奥義が直撃した程度で滅びるなら、『無限螺旋』の最終局面においてデモンベインとの千日手には陥らない。

 

 ――確かにリベル・レギスは嘗て無い程のダメージを負っていた。

 前面を覆い隠す竜の翼は跡形も無く蒸発し、機体の半分は吹っ飛んでいる。だが――。

 

「嘘でしょ……?」

 

 『無限螺旋』での物語を識っている紅朔さえ信じ難き再生能力で瞬く間にリベル・レギスの超鋼は完全な状態へと復元し――前方を覆う竜の翼が開かれ、悪魔の如き真の姿を顕す。

 

「え……?」

 

 もうそれだけで絶望で心が折れそうになったのに、その絶望には更に続きがあった。

 

 

 ――そして戦場は『神話』を再現し、極限の異形の闇と極限の異形の光が交差する最終血戦場と化す。

 

 

 リベル・レギスが絶対零度の手刀をもって空間を引き裂いて現出させたのは、捻じ曲がった神柱であり、狂った神樹であり、刃の無い神剣であり――それは、デモンベインとの宇宙の最果てで果たされた血闘で失われた筈の神器だった。

 

 

「――シャイニング・トラペゾヘドロン……!?」

 

 

 第零封神昇華呪法。この宇宙で大十字九郎とアル・アジフが駆るデモンベインと『マスターテリオン』とナコト写本が駆るリベル・レギスのみに許された神を屠る絶対執行権。

 何がどう間違っても、クロウ・タイタス如き人間に使う必要の無い、人間を圧倒的に上回る観測者たる邪神達の宇宙を封滅した窮極呪法兵葬である。

 

 ――そして異変は、デモンベイン・ブラッドにも生じる。

 全操縦系統が根刮ぎ剥奪され、操作不能となり、平行世界から無尽蔵のエネルギーを汲み上げる半永久機関『獅子の心臓』が激しく脈動する。

 

「な!? 紅朔、何が、いや、何を――!?」

「違、う……! ダメ、止め、られない――!?」

 

 術者のクロウ・タイタスの手から完全に制御を離れたデモンベイン・ブラッドを、大十字紅朔は自分の意思とは無関係に――右掌に集いし闇の塊、ブラックホールから異形の物質を招喚する。

 

 ――それは七本の支柱によって支えられた、玩具匣だった。

 

「なん、だと……!? これじゃまるで――!」

 

 

 

 

「そうさ、本命の仕掛けを施したのは僕の『歯車(ちにく)』の方ではなく、君の方だ! 『違えた血(アナザーブラッド)』――いや、大十字紅朔君」

 

 何処か知れぬ宇宙の最果てで、異形の女は純然なる悪意を以って吼える。

 全ては、千の無貌、這い寄る混沌、外なる神、ナイアルラトホテップの意のままに――。

 

「これは実に苦労したんだよ? 秋瀬直也君の『レクイエム』に気づかれては元も子も無い。――特定状況下による強制執行。敵対勢力の『第零封神昇華呪法』の発動を条件に強制干渉による対抗術式。この手の仕掛けは発動条件が厳しいほど見つかりにくいからね」

 

 人の形が崩れ、闇に燃ゆる三つの眼を悪意で歪ませながら「奇しくも『魔術師』殿と同じ手管になってしまったけどね」と手口の被りを嘲笑いながら反省する。

 

「――『血の怪異(カラー・ミー・ブラッド・レッド)』から派生させた脚本『王の帰還(リターン・オブ・ザ・キング)』の最終章。それは見ての通り『無限螺旋』での宇宙狂騒曲最終楽章の再現だ!」

 

 二つの相反する『シャイニング・トラペゾヘドロン』の衝突による神器の破壊、それによって神器に封滅された神々の正しい宇宙『アザトースの庭』を解放する事が彼の邪神の目的だった。

 

「ああ、勘違いしてしまうと思うから一つ補足しておくと、此処で言う再現とは僕の思惑通りに相反する『トラペゾヘドロン』の衝突による破壊ではない。――そもそも相反とは同じ力だからこそ成り立つ現象だ。だが、世界の怨敵『マスターテリオン』に対してクロウ・タイタス君、君は余りにも無力だ。彼の魔人と張り合える位階に到達していない。拮抗など到底望めまい」

 

 そう、クロウ・タイタスではどう足掻いても『シャイニング・トラペゾヘドロン』を執行するに足る位階には至れない。英雄の血筋を継ぐ大十字紅朔とは違って可能性すらない。『黒の王』に匹敵する『白の王』にはなれない。

 

「――だからこそ、君が必要なんだ。クロウ・タイタス君! 『大十字九郎』に絶対なれない君だからこそ――『黒の王』の再誕の贄に相応しい!」

 

 黒い女は高らかに宣言する。その純然な悪意は愛の切実さに似ていた。

 

「相反する力が互角ならば僕達『旧支配者(オールド・ワン)』を残らず封印した奴等の神器である『トラペゾヘドロン』を破壊出来る。ならば、その力が互角じゃなければ? ――そうだとも! 『大十字九郎』がやってのけたように一つに統合してしまえるだろう!」

 

 そう、これは再現である。『大十字九郎』がやってのけてしまった事を、今度は『マスターテリオン』が再現する――。

 

「それでこそ『マスターテリオン』は――ヒトとして戦い、戦い抜いてヒトを超え、ヒトを棄て、神の領域に、邪悪を撃ち滅ぼす為に私と同じ存在になった『大十字九郎』に辿り着ける……!」

 

 その果てに『マスターテリオン』が何に成り果てるかは、それは神たる彼女とて知る由も無い事であるし、彼女の手から離れようとも些細な事だ。

 もう一つの宇宙狂騒曲の最終楽章(クライマックス)を、彼女は前人未到の境地から独りで見届ける――。

 

 

 

 

 ――ぴきり、と。何かに罅が入る音が生じる。

 

 何で自分はこんな場違いな処に居るのだろう、と心底不思議そうに頭を傾げる。

 此処は神々の禁忌、宇宙の命運を決める最終血戦場、選ばれた英雄と魔王が覇を競い合う至高の座だ。間違っても選ばれなかった資格無き凡人が居て良い場所じゃない。

 

 ――二つの輝くトラペゾヘドロンの衝突。一方がこの宇宙から拒絶されるだけで納まるか、それとも宇宙単位の未曾有の大災厄と成るか。

 

 自分だけでなく、シスターもセラも、紅朔も運命共同体で道連れだ。

 それどころか海鳴市の皆、否、次元世界に住む全ての人間、否、多元宇宙に存在する全ての人達まで道連れとなるだろう。

 過去も未来も何もかも全て、全ての可能性が此処で潰える。

 そんな途方も無い命の重さなど、背負えない。謝る言葉すら思い浮かばない。辿り着いた全ての破滅に、彼の小さな意地など罅割れ、木っ端微塵に崩壊して折れてしまった。

 

「……あ、ああ。無理、だ。こんなの、オレじゃどうしようも出来ねぇ……!」

 

 既にデモンベイン・ブラッドとリベル・レギスは合わせ鏡のように、数多の魔法陣を巡らせて踊るように最終処刑場を構築していく。

 制御などとうの昔に喪失しているし、この術式に逆らう事すら出来ない。

 

 ――最早、どうしようもない。宇宙を覆い尽くすような途方も無い絶望を前に、遂に心折れて、希望という光が亡くなった瞳から涙を流す。

 

「オレは、オレはぁっ! 『大十字九郎』には、なれない……!」

 

 ……始まりから全否定され、それでも諦め切れずに目指し続けた。

 ……資格が無いのならば、その資格を得ようと足掻き続けた。

 ……力が足りない。才能が無い。無力で愚かしい。そんなの嫌というほど聞き飽きた。

 ……それでも諦めなければ何とかなると信じて、必死に自分を騙り続けた。

 

 ――その独り善がりの果ての結末がこれである。

 

 正真正銘の『正義の味方』、神の脚本すら破壊する『大十字九郎』でもなければ突破出来ない『運命』の前に、宇宙的な悪意の前に遂に屈する。絶望の怨嗟を撒き散らす。

 ちっぽけな勇気は煮え滾る混沌に飲み込まれ、擦り切れて砕け散って無くなる――。

 

 

「――当然だよ。クロウちゃんはクロウちゃんであって、名前が似ていても『大十字九郎』になれっこ無いよ」

 

 

 その暖かくて優しい声は、下の特設した操縦席に居た『シスター』からだった。

 

「クロウちゃんが自分を信じれないのなら、それでも良い。でも――私の信じるクロウちゃんを信じて」

「シスターの信じるオレを……?」

 

 一体、今の自分の何を信じられるのだろうか? 心底不思議そうな顔をしたクロウに『シスター』は力強い笑顔で、咲き誇る花のように自信満々に告白する。

 

「……困った人を見過ごせなくて、見過ごせないほど弱いのに誰にでも手を差し伸べちゃうほどお人好しで、頼りないのに暖かくて――そんなクロウちゃんに、私は救われたんだよ? ――『私』もね」

 

 ――過去に捕らわれた少女と、未来を奪われた少女が居た。

 彼女達に救いの手を差し伸べたのは、奇しくも同じ人だった。

 

「――大丈夫、クロウちゃんなら出来る。最悪のバッドエンドに至った『アル・アジフ』を救っちゃったのは誰だったかな? あんなの、『大十字九郎』にも出来ない事だよ」

 

 ――邪神の策謀を最後まで見抜けずに敗れ去った『魔導書』が居た。

 絶望の淵に沈んだ彼女を引っ張りあげ、その掌に『魔を断つ剣』を取り戻させた人がいた。

 

「八神はやてにしても、クロウちゃんが居なかったらどうなっていた事やら」

 

 ――数多の運命の悪戯に翻弄され、復讐者となった少女が居た。

 その少女の復讐を寸前の処で止めて、正しき遺言を渡した人が居た。

 

「貴方の知る物語では私と九朔は『お父様』と『お母様』の手で救われたんだろうけど――クロウ、貴方は神の脚本を『一言』で崩壊させちゃったのよ?」

 

 下の操縦席で、シャイニング・トラペゾヘドロンの発動準備で全操縦系統を奪われながらも必死に抵抗し続ける紅朔が不敵な笑顔で答える。

 

 ――玩具支配者によって『悪』として世界に拒絶された少女が居た。

 存在すら儚い彼女をそっと耳元で名前を呼んで神様の書いた脚本を打ち砕いた人が居た。

 

「……どんだけ完璧超人なんだよ、そのシスターやセラ、紅朔の信じる『誰かさん』は……」

 

 ――でもその人は、完全無欠なまでの『正義の味方』のように、余裕綽々で常に優雅にこなした訳ではない。

 必死に足掻いて、必死に頑張った末に掴んだ、泥塗れで血塗れの勝利である。誰よりも無力ながら、最後まで諦めなかったからこそ掴めた必然の勝利だった。

 

「……でも、オレは――」

「ううん、クロウちゃんは独りじゃない。私もいるし、セラもいる。大十字紅朔もいる。海鳴市の皆もそれぞれの敵と戦っている。――そして私達の背中には数え切れないほど沢山の人達に支えられている」

 

 「……あ」と、どうしてそんな大切な事をいつの間にか忘れていたのだろう。

 人は独りじゃいられない。独りじゃ生きられない。いつだって誰かに支えられながら生きている。ただの一瞬だって独りじゃない。誰かが背中に居るから、戦える。

 それなのに自分は、いつから自惚れていたのだろう。そんな大切な事を忘れていたなんて、独り善がりも良い処だ。それこそが力の源泉、全ての原動力だというのに――。

 

 

「どうせなら最期まで足掻いて後悔しよう? それでも駄目なら――私達が地獄の底まで一緒に付き合ってあげる」

 

 

 ――今までで一番綺麗な笑顔で『シスター』は答える。

 

 同時に、情けなくなった。みっともなくて死にたくなった。こうまで彼女に言わせるヘタレの根性無しの糞野郎をぶち殺したくなった。

 こんなに良い女に此処まで言われて、奮い立たない男など男じゃない――!

 

「……ああ、くそ、畜生っ、やってやらぁっ!」

 

 既に『シャイニング・トラペゾヘドロン』の詠唱は最終局面に突入し、状況は何一つ好転せぬまま、裁定の時が訪れる。

 何一つ策が無い。打つ手すらない。――だからどうした? 打つ手が無い程度で一々手をこまねいてられない。打つ手も策も無いなら、後は意志と魂で抗え――!

 

 そして世界最後の詩が紡がれる――。

 

 

『――我等は神話を紡ぐ者なり!』

 

 

 

 

 ――そして神話は再現される。

 

 二つの『シャイニング・トラペゾヘドロン』が衝突しあい、二重螺旋を構築しながら絡み合い、鬩ぎ合い、一つに統合されていく。

 

『な――』

 

 そのいつしか見た光景をブラッグロッジの大導師『マスターテリオン』は呆然と眺める。

 それもその筈だ。構成が崩れて吸収されていっているのは、彼が行使する『トラペゾヘドロン』なのだから――。

 

 

「――馬鹿な、在り得ない!?」

 

 

 何処かも知れぬ時空の果てから、人の形が崩れた煮え滾る混沌は驚嘆と驚愕と激怒の色を忙しく移り変えて撒き散らす。

 

「大十字紅朔、君は何処までも不完全な存在だ! その可能性は確かにあれども、今のその君は『大十字九朔(オリジナル)』と別れたままの不完全な『贋作(アナザー)』に過ぎない!」

 

 そう、此処にある大十字紅朔は大十字九朔から別けた半身。その虚ろな存在を確かなものに出来たとしても、最後の鍵たる『騎士殿』が揃わない限り永遠に未完成の個体である。

 

「『禁書目録』、君もだ! 十万三千冊の『魔導書』を記憶していようとも、一冊足りとも『機神招喚』を可能とする最高位の『書』が存在しない! 君の世界の知識は我々の世界のそれより遥かに劣る!」

 

 如何にあの世界で『魔神』と称されようが、あの世界の『魔導書』は最高位の魔術である『機神招喚』には至らない。

 一冊で神を招喚し得る此方の世界と比べれば塵芥に等しい。

 だが――そもそも当初の脚本では、彼女はデモンベインに乗る事無く息絶える筈だった。彼女の死が、彼の悲劇を彩る最後の要素(スパイス)になる筈だった。……誰かの嘲笑う声が、確かに聞こえた。

 

 

「そしてクロウ・タイタス! 君は絶対に『大十字九郎』になれない! それなのに何故――」

 

 

 そう、魔術の才能無き凡人では神殺しの刃たる『大十字九郎』の領域まで成長出来ない。

 ……だが、混沌よ。そもそもその前提が間違いとするのならば――宇宙的な悪意さえ鼻で笑って小馬鹿にする人の悪意が嘲笑う声を更に強くする。

 

 

「そうさ、オレはどう足掻いたって『大十字九郎』にはなれない。だがなぁッ!」

 

 

 デモンベイン・ブラッドの色が鮮血のような朱から、光り輝かんばかりの黄金の色になり――。

 

 

「――オレは、クロウ・タイタスだぁっっっ!」

 

 

 そもそもそんな飛び抜けた才能なんて無くとも、このクロウ・タイタスは既に二度も神の脚本を破砕している事を忘れたのが最大の敗因である。

 彼の存在そのモノが最初から神の思惑を超える存在であり――。

 

「……君もまたそうなのか? 最も新しき旧き神の――だとすれば、此処に『彼等』が現れなかった理由は――!」

 

 ――結局、這い寄る混沌ナイアルラトホテップは未来永劫に渡って敗れ続ける運命に逆らえなかった。ただそれだけの話である。

 

 

 

 

 その暖かくて柔らかな優しい光は、あらゆる防御障壁を突き抜けて絶望の化身たるリベル・レギスを緩やかに解かす。

 

 ――禊の光は嘗ての神話の始まりに見たものと同じ。

 遠い時間の、遠い何処かで、大十字九郎とアル・アジフが駆るデモンベインから放たれた光と同じ――。

 

 全てを融解させる光、されども、マスターテリオンに恐怖は無かった。

 

「ああ、そうか――」

 

 そして彼は全てを悟った。崩れゆく躰を眺めながら、随分と自分達は長い遠回りをしたものだと此処に居ない宿敵達に対して文句を吐露する。

 

「――ター、マスターッッ!」

 

 必死に此方に差し向ける黒い少女の小さな手を掴み、彼は彼女を優しく抱き締めた。

 この絶望の只中に居ても離れなかった『半身』を、愛しげに包み込んだ。

 

「もう良い、大儀であった。エセルドレーダ――」

 

 ――こうして世界の怨敵に祀り上げられた『黄金の獣』は、少しだけ遅かった救済の光に身を委ねたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35/

 

 

 ――『彼』の話をしよう。

 

 『彼』は普通の男子学生だった。余りにも普通過ぎて影が薄く、印象に残りにくい。

 成績も中の中、特別に秀でた分野はなく、それでいて劣る分野もない。何でも卒なくこなして面白味も欠片もない。

 クラスメイトとの人間関係は広く浅い。誰とでも一定以上の交友は出来るが、特別親しい者もいなければ特別仲の悪い者もいない。

 誰かと馬鹿話をしている時も笑っているようで笑っていなく、何処か演技じみたぎこちなさが混じっていて――その眼差しは遥か遠くに向けられており、事実、『彼』は誰も見ていなかったし、何一つ見せてなかったと思う。

 

 ――まるで空気のような『彼』だったのに、私にとっては言い知れぬ違和感となって付き纏う。

 

 私に対しても空気だったのなら思考を割かずに済んだのに、何とも迷惑な話である。

 気になったのならば仕方ない――仕方ないから、生まれた時から取り憑かれている『誰にも見えない背後霊』で殴ってみた。こう、割りかし全力で。

 この時の事を『彼』に聞いたら「……信じらんねぇ、マジ信じらんねぇこの女! 頭のネジが一本二本抜けているとかイカれてるどころの話じゃねぇ!?」と聞くに堪えない暴言が湯水の如く口ずさむが正直どうでも良い。

 

 ――その結果、『彼』は反射的に私の背後霊の拳を止めてしまった。

 

 誰にも見えなかったこれが見えていた。いや、それどころか、『彼』は私と同じだったのだ。

 『彼』から後で聞いた話で恐縮だが、『彼』もまた私と同じ『スタンド使い』だった。誰が決めて、何を語源としたのかは興味なかったんで聞いてなかったが――。

 

 ――それからの『彼』は私にのみ素の自分を見せるようになった。

 

 本当の『彼』は少し臆病で、何かを決断する時に深く考えすぎて躊躇しがちだけど、根は真っ直ぐで、私の事を何故か『ジョジョ』という奇妙な愛称で呼ぶ。

 この時の私は自分と同じ人間をやっと見つけた事で、恥ずかしながら色々のタガが外れて、他にも同じような人がいるんじゃないかと思い、『彼』を道連れに様々な厄介事に首を突っ込んだ。

 『彼』は文句を言いながらも、律儀に付き合ってくれたのだった。

 

 ――『スタンド使い』は『スタンド使い』を引き寄せる。それはもう引力のように、とは『彼』の言葉だったか。

 

 それからは嘘のように私達と同じ『スタンド使い』が見つかり、見つかる度に凄まじい度合いのトラブルに巻き込まれた。

 どいつもこいつも一癖も二癖もある性格で、誰一人まともな奴がいないなぁと『彼』に愚痴ったら「そのまともじゃない奴筆頭が何言ってやがる」と言い返されたっけ。

 そう、この時の私は気づくべきだったのだ。そのルールを知りながら極力関わろうとしなかった『彼』の真意は何処にあったのか――引力に引かれるように出遭う『スタンド使い』が無条件で善人とは限らなかった事を。

 

 

 

 

 ――いつしか彼女に話した事だが、『主人公』の条件は『異常』である事だとオレは述べた。

 ――そして誰よりも邪悪で愛しい彼女は物語に対する『解決要素』を持つ事だと言った。

 

 ……なるほど、もうオレの記憶の中にしかない『彼女』の物語は確かに――異彩を放つほど『異常』な『彼女』が、歯車一つ噛み合わなかったが為に『解決要素』を持てなかった故の物語である。

 

 

 

 

 ――一つの物語の結末を語ろう。

 

 それはもう『彼』の記憶の中にしかない物語。

 誰よりも破天荒で、何よりも眩く光り輝いていた、肩に星の痣も持つ『彼女』の――『彼』の二回目の人生での『ジョジョの奇妙な冒険』の物語。

 

「……この、馬鹿野郎……!」

「……あ、はは。自分でも、馬鹿だと思うけどさ、女の子に『野郎』は無いでしょ……?」

 

 『彼』の腕の中で秒単位で冷たくなっていく血塗れの『少女』は、人質にされた自分ごと敵の『スタンド使い』を貫いたが故の致命傷であり、『彼』は顔をくしゃくしゃにして涙を流す。

 

「……まだ、君の顔はアイツ等に割れてないから、今なら――」

 

 ――またしても、『彼』の前に現れたのはそのフレーズである。

 

 恐らく此処が最後の分岐点である事を『彼』は既に理解している。

 後は一つの不条理を見て見ぬ振りをすれば『彼』は元の日常に戻れる。一回目の人生で回避出来なかった破滅を今度は完全に回避出来る。

 その為に『彼』は『彼女』と協力して組織に立ち向かう際、スタンドを装着して姿を決して明かさなかった。正体不明の『スタンド使い』として振る舞って常に予防線を張っていたのはこの為である。

 

「……いいや、それは出来ない」

 

 それなのに『彼』は静かに首を横に振る。

 『彼女』に感化されたと言えば恐らく世界で一番されたと言える。

 『彼女』は『彼』を最も振り回した人間であり、『彼』は『彼女』に最も振り回された人間だ。

 その『彼女』が巻き起こす破天荒なトラブルに何度も苦心したものの、『彼女』の中にある気高く誇らしい『黄金の精神』に憧れ、見惚れていたのも事実である。

 泣き疲れて心折れた眼差しは手で強引に拭われ、ある種の覚悟が伴った眼差しに変わる。それは『彼女』の瞳の中に輝いていた『黄金』と同じように――。

 

「……お前がする筈だった事を、オレが代わりにする」

「……買い被りすぎだよ、それ」

 

 もう如何なる言葉を尽くしても止めれない、そう悟った『彼女』は残りの余命の全てを『今後』の為に託す。

 打破すべき『ボス』の『スタンド』の一端を、推測も含めて全て全て――。

 

「……ねぇ、最期にお願いしても良いかな?」

「……何だ?」

「……えと、ね。『ジョジョ』という愛称も嫌いじゃなかったんだけど、一度ぐらいは、名前で呼んで欲しいな――」

 

 思えば『彼』が『彼女』に出遭ってから、一度も『彼女』の名前を口にしてない事を今更ながら気づく。

 

「……何だよ、そんな事で良いのかよ」

 

 万感の想いを込めて、『彼』は『彼女』の名前をそっと呟く。

 

「おい、聞いてるのか? お、い――」

 

 けれども、全ての希望を託した『彼女』に、最期の些細な願いを聞き届ける時間すら無く――。

 

 

「散々人の事巻き込んでおいて、最期は聞き届けずにさよならかよ……!」

 

 

 それでも『彼女』の物語は無意味ではなかった。

 『彼女』の『黄金の精神』は傍観者だった『彼』に確かに受け継がれ、『彼』は多くの者を救う『正義の味方』に成り得るだろ。

 

 だが、此処で一つの疑問が残る。

 その万能の救い手たる『正義の味方』を、一体誰が救えるのだろうか――?

 

 

 

 

 ……どうして今、『彼女』の事が脳裏に過ぎったのだろうか?

 

 夜の街を飛び舞いながら、一直線に『私立聖祥大付属小学校』を目指す。

 死んだ筈なのに救援に現れた冬川雪緒が言うには、此処にこの事件の黒幕である『うちは一族の転生者』と、それに捕らわれた柚葉がいるそうだが――。

 

 ――それはまるで運命のようにオレの目の前に立ち塞がる。

 あの時のオレは、選べなかった。オレが決断するよりも早く『彼女』が幕を下ろした。

 

 いつもそうだ。オレは肝心な時に判断を先送りにする。

 あの時に死ぬべきだったのは、間違いなくオレの方だ。立て直す事が出来たのならば『彼女』は確実に『ボス』を倒して生き延びる事が出来ただろう――。

 

 ――何となく予感がした。恐らく、この先に待つのはオレにとって避けられない運命なのだと。

 

「……何だこりゃ?」

 

 そしてオレは『私立聖祥大付属小学校』に辿り着いた。夜の学校に来るのはこれで二度目だが、あの時と違って様子が一変している。

 校庭には神秘の秘匿など度外視した超巨大な魔術陣が形成されており、その異質さは説明不要の悪寒をオレに与える。

 型月式の魔術系統のようであり、なのは式の極まった科学の魔法系統のようでもあり、まどか☆マギカ式の解読不能な魔法系統のようであり、クトゥルフ系統の精神が犯されるようなおぞましさも内蔵している。

 

 とりあえず、何かこの見るからにヤバそうな起動式を『蒼の亡霊』で殴ろうとした矢先。

 

 

「――ストップ。それに触れたら問答無用で愛しの彼女を殺すよ?」

 

 

 この事件の黒幕は悠々と姿を現したのだった。

 それは両瞳が桔梗の万華鏡写輪眼の、おさげの少女だった。

 16歳程度の小柄な少女だが、『魔術師』や嘗ての豊海柚葉も斯くもの邪悪さを撒き散らす、このとんでもない大事件の黒幕だった。

 

「まぁ最初から解り切っていた事だけど。最後に立ち塞がるのは君だと思っていたよ、秋瀬直也」

 

 彼女が人形のように抱き締めながら、首元にクナイを突き付けるは両腕を後ろに拘束された柚葉であり――その瞳に焦点があっておらず、微動だに反応しない事から奴の幻術の術中に陥っている事が容易に伺える。

 

「柚葉を離せ……!」

「あらあら、命令出来る立場かしら? ――それとも、一度立場を解らせないといけないほど愚かなの? ねぇ、どの指が良い? 君が選んでよ」

「やめろォッ! ……やめてくれ……!」

 

 ……解っていたつもりだったが、目の前のこの女の狂いっぷりは想定を大きく超えるものだった。

 この女は必要あると思った瞬間には行動を完遂させる、そんな最大級の悪寒を常に叩きつける。最悪を超える相手に柚葉を人質に取られたと歯軋りをあげる。

 

「物分かりが早くて助かるわ。私が君に突き付ける交換条件は唯一つ」

 

 邪悪に嘲笑いながら、あの『うちは一族の転生者』は勝ち誇るように唯一の要求を突き付ける――。

 

 

「――自害してくれないかな? 自分の『スタンド』で自分の首を掻っ切って。君が死んでくれるなら豊海柚葉の命は保障するよ」

 

 

 ……それは、あの時突き付けられた要求と、全く同じ内容だった。

 

「……その約束を守る根拠は?」

「そんなもの無いわ。そもそも君が選ぶべき選択肢は豊海柚葉を見殺しにして私に挑むか、自害して豊海柚葉の無事を祈るかよ。何方が良い? 手早く決めてくれないとうっかり殺しちゃうよ」

 

 柚葉の首元に突き付けるクナイが皮膚を貫き、一滴の流血が白い制服を穢す。

 清々しいまでに詰み状態だが、このままではいけない。要求通りに自害して柚葉が助からないのではまるで意味が無い。

 

「――『ノトーリアス・B・I・G』を覚えているか?」

「……本体の怨念のエネルギーで死後発現した、自動追跡型の『スタンド』だったね。なるほど、これでは私も迂闊に約束を破る訳にはいかないね」

 

 それは『ジョジョの奇妙な冒険』での第五部のスタンド使い、死をトリガーに発現した無敵に近い『スタンド』であり――ある種の適正はあるだろうが、『スタンド』は死後も活動する事が可能であるという事例である。

 自らの手を下さず、こんな回りくどい手を使うからには、少なくとも奴はレクイエム化した『蒼の亡霊』に脅威を感じている。

 これを戦わずに排除したくば、オレの死後も柚葉を手に掛ける訳にはいかなくなるだろう。

 

「それじゃ遠慮無く死んでね。何か言い遺す言葉でもある? 此方の幻術の術中だけど、彼女の意識はあるのよ?」

 

 

 

 

 ――確かに『正義の味方』は『悪』の極地である『うちは一族の転生者』にとって語り尽くせないほどの不倶戴天の天敵である。

 

 『彼女』の無限に渡る転生先で、無限の敗因となった。敵対した時点で、否、存在した時点で致命的なまでの敗北要素となった。

 幾ら絶望させても『彼等』は諦めない。諦めない限り理不尽な奇跡が連発し、状況を簡単に引っ繰り返してしまう。何ともふざけた馬鹿げた存在である。

 目の前の『スタンド使い』、秋瀬直也は極上の『正義の味方』であるが――彼は『うちは一族の転生者』を滅ぼす役割を持った『正義の味方』ではない。

 今『彼女』が人質にしている豊海柚葉に対する『正義の味方』である。豊海柚葉が『悪』で無くなった今、弱体化しているのは彼女の補正だけではなく、彼の補正もである。

 

 ――ならばこそ、相応しい死に場所を与えてやれば良い。幕引きを彼自身の手で行わせれば良い。

 

「……ごめんな、柚葉。オレには、こんな方法しか思いつかない――」

 

 さぁ、前世での悔いを果たすと良い。遠慮無く死ね。無意味に死ね。秋瀬直也の死と同時に豊海柚葉は『彼女』すら太刀打ち出来ない完全な『悪』に戻るだろうが、同時に殺せば問題無い。

 先程の彼の言う通り、そんな事をすれば彼の『レクイエム』が死後も暴走するだろうが、法則性のある自動駆動型になるのならばあの恐るべき『スタンド』も取るに足らない。

 あの『スタンド』は秋瀬直也が使い、理不尽なまでの『正義の味方』としての補正があるからこそ無敵なのだ。それを剥ぎ取った後ならば『彼女』の『万華鏡写輪眼』でどうにでもなる程度の脅威でしかない。

 

 ――今度こそ、今度こそ、『彼女』は運命に打ち勝った。

 幾千幾万幾億の敗北を乗り越えて、事を成就させる。この世界を犠牲にする事で原初まで逆行して、そして――。

 

 

「――決断出来なかったのか。それとも最善の結果を意図せずに引き寄せたのか? 興味深い考察だな。まぁ今回のは確信犯だろうがね」

 

 

 その在り得ない筈の第三者の声と同時に、『彼女』が賭けれるモノ全てを投資して構築した大儀式の術式が細部から燃える。

 燃える燃える燃える、術式を構成する燃料そのものが燃焼して真っ黒に燃え尽きていく。

 

「あ……!?」

 

 絶句する。世界に対する一度限りの挑戦は、こんなにも一瞬で呆気無く頓挫する。

 在り得ない事態に思考が停止する。……確かに、この世界には彼女の全てを賭けた企みを一瞬で台無しに出来る存在が二人いた。

 

 一人は目の前の秋瀬直也、彼の『スタンド』で殴られたのならば問答無用で全てが『解放』されてしまう。

 だからこそ、『彼女』は彼に対する切り札であり、唯一の弱点である豊海柚葉を確保した。薬師カブトを差し向けつつ、万が一自分の元に辿り着いた際の対抗手段を用意した。

 そしてもう一人は、これこそ絶対に在り得ない。何故なら、そのもう一人は――。

 

「これほどまでに豪華絢爛な魔術儀式を視たのは『アインツベルン』の大結界以来だ。――故に、実に燃やし甲斐がある」

 

 もう一人は人の身で『神の魔眼』を宿して生まれた魔人。常識の天敵でありながら非常識の天敵。

 『彼女』の『万華鏡写輪眼』は、その在り得ざる存在を目視してしまって我が目を疑う。

 

「君の即興詩の舞台が最高潮を迎えているというのに、君の脚本を根本から歪めてやった『黒幕』が不在では華が欠けよう。最後の役者が自主的に馳せ参じてやったぞ――その役割は全てを台無しにする『大根役者』だがね」

 

 後ろ髪がばっさり無くなった事以外は何一つ変わらない風立ちで、その人物はさも当然の如く現れた。

 『彼女』に匹敵する処か、遥かに凌駕するほどの邪悪さで嘲笑いながら――。

 

 

 その彼を見て、秋瀬直也は大きな溜息を吐いて笑った。

 此処が自分の死に場所であると確信しながらも、自分と豊海柚葉、両方が生き延びる道を必死に模索し続けて――行き着いた末の結論が『彼』の存在とは最早笑うしかない。

 

 

「……まぁ薄々勘付いていたが、敢えて言うとしよう。やっぱり生きてやがったか『魔術師』……!」

 

 

 35/『魔術師』の帰還



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36/舞台劇の分類(ジャンル)は『喜劇(コメディ)』

 

 

 

 ――それは唐突に、何の予兆無く行われた。

 

 彼の貫手が彼自身の頭部を正面から穿ち貫いた。

 くちゅくちゅと生理的に受け付けない異音と共に自身の頭部から手探りに弄り――内部から抜き取った『穢土転生体』を完全操作する血塗れのクナイを『魔術師』は退屈そうな眼差しで一瞥し、一瞬で焼滅させる。

 そう、退屈そうに。無感情の筈だった彼に感情の色が灯る。欠損した『穢土転生体』が綺麗に元通りになるのは一瞬後の事である。

 

 ――それは初めから、絶対者による精神支配・肉体支配など抗うまでもない些事だと言わんばかりの無茶苦茶な、僅か一秒未満で終わった反逆劇である。

 

「――『直死』の領域には興味あるが、今の私にはいらんな。――演技ご苦労様、諸君。実に真に迫った名演だったよ」

 

 神域の魔眼を自らの意思で閉ざし、異質の固有結界が消失して現実世界に帰還した彼は此処にいない誰かを邪悪な笑顔で嘲笑う。

 その驚嘆すべき一部始終に対して、その彼と敵対して決死の覚悟すら抱いていたディアーチェ、シュテル、レヴィ、そしてユーリはろくな反応すら出来ずに唖然と見届けた。

 

「あ、お父様。もう終わったのですか?」

 

 その声は『魔術師』の固有結界が変異したと同時に無限落下した神咲神那からであり――彼等と同じく現実世界に帰還した彼女は『魔術師』と同じ手順で、自身の頭部からクナイを摘出し、あっさりと焼き払う。

 一瞬で元通りになった我が娘の無事な様子に、『魔術師』は呆れ顔を浮かべた。

 

「……無限の闇に墜落し続けて、精魂全て燃え尽きて摩耗したというのに良くまぁ――」

「勿論、余裕で大丈夫ですとも。だって私は貴方の娘ですから」

「いや、全くもって関係ねぇよそれ。因果関係皆無だから。勝手に人を人外認定するな」

 

 人は無限に落下し続ければどうなるか。通常では在り得ない状況設定だが、実際に起こり得るのならば――物の数分足らずで発狂するだろう。

 終点の無い墜落は終わりのない拷問であり、逃れようのない原始の恐怖そのものである。これでは物理的な死よりも精神的な死が先に鎌首をあげよう。

 自身の恐怖が自らの精神を蝕んで摩耗させて焼滅させる。――のだが、素で高ランクの『精神汚染』のスキルを持つ神咲神那は平然と乗り越えたのだった。元々気が触れているから狂化しても何一つ変わらないみたいな暴論であるが。

 

「な、な、な……!?」

「どうしたんだ、ディアーチェ? 鳩が豆鉄砲を食ったような、初手『封印されしエクゾディア』のパーツ五枚を揃えられた時の凡骨デュエリストのような、100%の命中率なのに『踏み込みが甘い!』とエリート兵に切り払われたような、ギャンブラーの繰り出したポケモンの一撃必殺技で全抜きされたポケモントレーナーのような、小数点以下の確率で『源氏』シリーズと『正宗』が『メンテナンス』つきのエルムドアから盗める事を気が遠くなるほど試した後に真っ赤な嘘だったと知ったプレイヤーのような顔をしているぞ?」

 

 後半に行けば行くほど『魔術師』のいう例えは解りにくい表現で、「『黒本』まじ許さねぇー……!」と次元を超えても尚抱く個人的な怨念の篭った内容になっていくが、残念な事ながら此処にツッコミ役はいない。

 これじゃ話が進まないと思った『共犯者』は仕方なく口を出す事にした。

 

「お父様、そいつら気づいてなかったんですよ」

「そんな訳無いだろう。一番推察する要素があったのに関わらず気づいていない訳が――」

「どどどどういう事だっ! 貴様ぁっ!」

 

 声を張り上げて、指を指しながらディアーチェは必死に問い質す。

 此処に至って不思議そうに首を傾げていた『魔術師』は彼女達と自分の行き違いを把握し――それはもう、とんでもなく腹立たしい呆れ顔で深い深い溜息を吐いた。

 

「……あんなに酒飲んで酔い潰れた人間が素面で駆けつけられる訳無いだろうに」

 

 

 

 

 ――柔らかく、暖かな光を感じた。

 

 地の底に堕ちたのに、其処は凍えるような冷たさはなく、優しい温もりに満ち溢れる。

 傷つき、疲れ果てて、指一本すら動かなくなった身体に活力が与えられる。このまま身を委ねたいという気怠さに支配され――。

 

 

「――おい、湊斗忠道。お前さ、この私の事を回復役だとか勘違いしてないか? 回復魔術は私が刻んだ魔術の中で最も適正が無かったものだ。……過剰回復で壊死させて再起不能にするのは得意なんだがな」

 

 

 恐怖と共に一瞬にして意識が覚醒する。

 目を開ければ、あの微睡みの中で感じたものとは真逆の悍ましい存在が――あの無駄に長い後ろ髪をばっさり切った状態の『魔術師』神咲悠陽が不機嫌そうな面で其処に居た。

 

「――『村正』、は……!」

 

 死んだとされた男の登場よりも自分の容態よりも先に『彼女』の安否を確かめる。

 『彼女』は自分の横で、人間形態すら保てずに銀色の女王蟻の待機形態に戻っており、見るも無残なほど損傷していたが――生きている。その鼓動は確かに此処にあると確認して涙が零れた。

 気を取り直して、死んだ筈の『魔術師』を直視する。死んだ者が平然と闊歩する異常の夜と言えども、目の前にあるのは極めつけである。

 

「……やはり生きていたか。そんな事だろうと思っていたが――不得意とな。その割には、実用の域にあるようだが?」

「なぁに、聖杯戦争を勝ち抜いた『マスター』としての嗜みさ。男が見栄を張る相手など、惚れた女だけに決まっているだろう」

 

 その『魔術師』の惚気は、湊斗忠道の心に深く突き刺さった。

 それだけの為に、彼は適正の無い魔術を短期間で実用の域まで高めたと言う。条理を覆す原動力の名は、やはり愛に違いない。

 

「そうか、やはりお前は凄い奴だな……」

「……らしくない。お前に褒められる要素など皆無だろうに」

 

 こんなにも一途なまでに愛した人を想えるのかと。

 死が二人を永遠に分かつとも、『魔術師』の心には愛した人への想いが消えずに、それどころか色褪せずに残っている。

 自分には出来なかった事を平然とこなす男に、敵わないなとを心の中で吐露する。そんな湊斗忠道の心を知らず、『魔術師』は一つの疑問を口にする。

 

「それにしても異な事をほざく。お前の処には私の死を知らせる礼装があった筈だが?」

「それを渡されたその日から、一生に一度、絶対に逆手に取って悪用するだろうと思っていたぞ」

 

 『魔術師』は退屈そうな顔で舌打ち一つする。悪戯を失敗した子供のような反応に、思わず笑みが浮かぶ。

 ……と、此処で湊斗忠道はある重大な事を思い出した。彼と戦った敵手の存在である。世界を敵に回しても勝利しかねない規格外の魔王『銀星号』の存在である。彼は彼女と戦い――完膚無きまでに敗れた。

 最高速で衝突し、自分達は墜落し、湊斗光の駆る『銀星号』は天に羽撃き続けた。最後の記憶は其処までである。今、良く生きているものだと、この奇跡を褒めてやりたい。

 

「……湊斗光は?」

「天高く羽撃き続けて星となったよ。――意図的に呼び出された癖に、術者の掌に納まらず、自分勝手に暴れた挙句の自己帰還だ。規格外だと最初から知っていたが、本当に規格外だと思い知らされたな」

 

 物凄く何とも言えない表情で『魔術師』は答える。

 彼の邪悪さを持ってしても、あの『銀の魔王』だけは思い通りにいかなかったらしい。

 

「それにしてもお前、良く生きていたものだ。いや――むしろ何で生きてるんだ? 『銀星号』の装甲の薄さを考えれば、墜落死はほぼ確実だが。これは墜落し慣れている方の『三世村正』の加護と言うべきかな? まぁ全てが私の想定通りに動くとは限らないって事で納得しよう」

 

 疑問を考察しながら勝手に自己解決した『魔術師』は一転して、いつもの表情に戻った。尊大なまでに邪悪な嘲笑に――。

 

「――夢から覚めた心地はどうだ? 湊斗忠道」

「……気づいていたのか」

 

 湊斗忠道が『精神汚染』されていた事実は、湊斗光との死闘で初めて発覚した事実である。

 どういう訳か、前から知っていたようだが――まぁこの眼の前の人物は常に常識の秤に納まらない類の規格外だから、何の不思議もあるまいと納得する。

 

「後はお前達の問題だから、私がとやかく言う事も無いがね――もう今宵の舞台にお前の席は無い。精々養生するんだな」

 

 言うだけ言い残して『魔術師』は立ち去る。

 意識が通常時とは比べ物にもならないほど停滞し、頭の回転が凄まじいほど劣化して思考が鈍いが――此処に至って漸く、あの男から心配されるという青天の霹靂じみた出来事に、湊斗忠道は心底驚嘆したのだった。

 

 

 

 

 偽りの見滝原市と共に『くるみ割りの魔女』が消え去り――変身を解いた白は崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。

 

「……ホント、私の馬鹿、大馬鹿野郎……」

 

 嘗ての親友の成れの果てに引導を渡し、白の頬から涙が止め処無く零れ落ちる。

 

「……在り得ない機会を得て、やり直せるかなって思ったら即座に過去の精算かぁ。ホント、良く出来てるね、泣きたくなるほどだよ……」

 

 この世界において初めて理解出来た、彼女が屠り去った時間軸での彼女と自分の道筋を、白は漸く理解出来た。

 喜びも悲しみも憂いも憎しみも愛しさも、何もかも無為にし続けた時間の数々を全て全て知る事が出来た。全て――自分が元凶である、と。

 

「……ほむら。私なんて救う価値も無いのに……っ」

 

 けれども、そんな感傷に浸ってる時間は残されていない。

 彼女の右手にある白かった筈のソウルジェムは真っ黒に濁り切り、中にいる何かの鼓動が鳴動している。

 この結末は最初から解っていた事だ。如何なる法則が働いたかは解らないが、『ワルプルギスの夜』さえ凌駕する『魔法少女』として白は存在してしまったからには――その結末は最悪を超える『魔女』として散る事のみ。

 幾ら彼女の願いが理性ある『魔女』としての活動を許すとは言え、『ワルプルギスの夜』を超える呪いなど精神が受け入れられない。

 幸いなのはそれ以外の方法で幕を閉じられる事だ。『ソウルジェム』が『グリーフシード』になって『魔女』を孵らせる前に、この手で『ソウルジェム』を砕けば良い。

 

 手にはもう力が入らない。が、自分の『ソウルジェム』を運ぶ程度の握力は残っており――噛み砕いて終わろう、と白は決断する。

 

 映画の予告詐欺のように砕こう。正史の暁美ほむらと違って本当に死亡するだろうが、元より死人が本当に死人になるだけだ。その死体すら夢か幻のように消えるだろう。

 震える手で自身の『ソウルジェム』を口元に――その時、小さな白い影が過ぎった。白の孵化寸前の『ソウルジェム』をその口に咥えて。

 

「――この『ソウルジェム』を砕くなんてとんでもない。勿体無いじゃないか」

「っ、キュゥべぇ……!」

 

 怒りよりも先に、底無しの絶望が心を支配する。

 早く、一秒でも早く砕かなければならないのに、体がもう言う事を聞かない。立ち上がりたくても立ち上がれない。地を這いずる事すらままならない。

 手を伸ばしても届かない場所に、絶望の呪いをばら撒く『ソウルジェム』がある。もう間に合わないと、悟ってしまった心から全ての活力が失われる。

 

「あ、あ……!」

 

 もうどうしようもない。己の絶望によって決壊する寸前――「きゅぷ!?」と、無造作にキュゥべえを踏みつけた誰かが白の『ソウルジェム』を軽々しく拾い上げた。

 唐突に現れた救いの神に、白は破顔し、即座に叫ぶ。

 

「早く、それを砕いてぇ……!」

 

 なのにその拾い上げた人物は白の声が聞こえてないような、元より聞こえた上で無視しているような唯我独尊さで、世界規模すら破滅させかねない絶望の『魔女』を孕んだ『ソウルジェム』に『グリーフシード』らしき物体を押し付けた。

 

 らしきというのは――『グリーフシード』なのだが、中心部に七色に輝く宝石が取り付けられている。差異はそれだけである。

 

 だが、その行動は他の『魔法少女』に対しては正解だが、白の『ソウルジェム』に対しては無意味である。

 

「無駄だよ。彼女のソウルジェムが生み出した呪いは一つの宇宙を覆い尽くすに足るものだ。そんな途方も無い呪いを許容出来る『グリーフシード』なんてどの世界にも存在しないよ」

 

 無慈悲に踏まれながらも、キュゥべえは普段通りに解説する。

 

 ――と、此処で白もある異常に気づいた。

 

 その人物は男性でありながらキュゥべえの存在を認識し、尚且つ物理的に踏み抜いている。そもそも彼等を観測出来るのは『魔法少女』の資質を持つ少女だけであり、更には『グリーフシード』を持っている事から――この人物が此処に現れたのは単なる偶然ではなく、意図的な必然であると推察出来る。

 

 つまりは常軌を覆す『魔法少女』と同じぐらい理不尽な存在で、尚且つ此方の事情を知っている人物となれば――。

 

「――仮に、それほどの許容量が存在する『グリーフシード』があっても孵ってしまうのならば同規模の災厄が発生してしまう。何とも無意味極まりない話だ。その程度の事に私が気づかないとでも?」

 

 最初から砕く以外の方法を持ち得ている事に他ならない。

 

「……え?」

 

 中心部に七色の宝石を埋め込められた『グリーフシード』は白の『ソウルジェム』の呪いを吸い続ける。

 だが、これほどの呪いを吸い切れる『グリーフシード』は存在しない。これは紛れもない真実である。が、その真実に逆らうが如く吸い続ける。世界を終わらすに足る呪いを吸い続ける。それこそ際限が無いと言わんばかりに。

 

「! その宝石の中の歪みは……!?」

 

 キュゥべえの悲鳴みじた声と共に白は見上げる。

 その『グリーフシード』に埋め込められた七色の宝石の中心部には、底無しの『黒い孔』があり、その『ソウルジェム』から吸われた呪いは『黒い孔』に無限に落ち続けている――。

 

 

「――これも『第二魔法』のちょっとした応用だ。それは無限に存在する『並行世界』に堕ち続ける永劫の旅路、呪いは次から次へと隣り合う世界に渡り、永久に孵る事の無い。……一方通行になってしまった『産業廃棄物』の再利用とも言えなくもないがね」

 

 

 そして白はタイミング良く現れた人物が救いの神などではなく、悪魔の如き邪悪な人間である事を悟る。

 

「初めまして『インキュベーター』。思いがけぬ戦果に年甲斐無く歓喜しているよ。――魂の物質化は『第三魔法』の領域だ。私はね、君達の持つ技術や知識に些か以上の興味があるのだよ」

 

 キュゥべぇを踏み抜きながらその人間、長年に渡って伸ばし続けてきた後ろ髪が無い『魔術師』は二重の意味で見下しながら邪悪に微笑んだ。

 このただならぬ人間に対しても、キュゥべぇの反応はいつもと変わらない。一見して変わらないように見えるが――白には僅かな動揺が見て取れた。

 

「それは僕達の目的に協力する代償に、僕達の技術と知識を提供するという協定の申し出なのかな?」

 

 その受け答えに対し、『魔術師』は声を上げて愉快気に笑う。

 

「ああ、そのように聞こえてしまったのか。そんな途方も無い勘違いをさせて済まないな――君達は家畜や実験動物の意思を一々尊重するのかい?」

 

 余りにも的外れな物言いに、腹を抱えながら――。

 

「……これでも僕達は君達人類の事を知的生命体と認めた上で交渉してきたし、人類が家畜を扱うよりはずっと譲歩しているよ」

「それと同じ待遇を私に期待しているのならば大きな間違いだ。私は君達を知的生命体と認めた上で尊厳やら何もかも無視して踏み躙るだけなのだから」

 

 そもそも『魔術師』は最初からキュゥべぇと会話などしていない。

 変わらぬ決定事項を述べただけである。交渉の余地など最初から存在しない事に、キュゥべぇはまだ気づいてない。

 

「……君達人類はいつもそうだ。短絡的で視野の狭い個人視点しか持たず、大局的に物事を見ない。いずれ君達がこの星を離れ、僕達の仲間入りした時に枯れ果てた宇宙を引き渡されても困るよね?」

「そんなの、視界が限り無く閉ざされている私が知った事か。それは星の大海に旅立つ未来の人類が対面すべき宿題だ。私の解決すべき問題ではない」

 

 いずれ宙(ソラ)の果てまで目指す人類が対面する命題など、地を這いつくばって生きる幼年期の人類が挑むべき問題でもない。

 キュゥべぇ達が掲げる宇宙的な問題提起など、『魔術師』は最初から問題視していない、欠片の興味すら抱いてないだろう。

 

「訳が解らないよ。どうして君達は――」

 

 ――不意に、『魔術師』はキュゥべぇを踏んだままの右足を完全に踏み抜き、中身が詰まってる事さえ解らない地球外生命体が四散して飛び散る。

 

「……え?」

 

 唐突の殺害に白が目を見開いて驚く中、四散したキュゥべぇは録画された動画が巻き戻るように――即座に元通りとなる。

 

「予想通り『穢土転生体』か。ならば多少手荒に扱っても問題無いな。――喜べ、君達の言う『感情』という精神疾患が発生するまで無限に死に続けれるぞ」

 

 逃さず摘み上げられたキュゥべぇの表情は相変わらずだが――僅かにその赤い瞳が揺れ動いていた。

 

「――君達が『魔法少女』から希望と絶望の相転移の際に生じたエネルギーを搾取しているように、私もまた君達から何もかも全て一方的に略奪するだけだ。こういうのを我々人類は皮肉を込めて『因果応報』と言うらしいぞ?」

 

 ……結末は決まった。『感情』というものを理解出来ない『インキュベーター』は『穢土転生』の唯一の解放方法である未練無き成仏に永遠に辿り着けない。

 この空間から跡形も無く消え去ったキュゥべぇを待つのは『閉じられた輪(メビウス・リング)』なる密閉空間への空間遮断か、または物理的に行動不能に陥るコンクリート詰めか――何方にしろ、この『魔術師』が彼を逃す余地を絶対に与えない事は確かである。

 

 同情はしない。したくても出来ない。

 何故なら『魔術師』は最初から、宇宙的な悪意を凌駕する殺意を、キュゥべぇではなく白に向けていたのだから――。

 

 

「さて、君の事は何と呼べばいいかな? 元『ワルプルギスの夜』? 元『クリームヒルト・グレートヒェン』? それとも――全ての『魔女』をこの世界に持ってきた『三回目』の転生者かな?」

 

 

 前座は終わりと言わんばかりに、『魔術師』は白の『ソウルジェム』を片手で弄りながら、初めから解り切った質問を敢えて投げかける。

 裁定を待つ罪人というのが今の自分の立場であり、白は「間違いなく殺されるなぁ」と自身の生存を呆気無く諦めた。

 自分の前に彼が立ち塞がるのは、彼との因縁を考えれば必然とさえ言えよう。だが、いや、だからこそ疑問が浮かぶ。白はそれを口にする事にした。

 

「……どうして『ソウルジェム』を砕かなかったのかな? 貴方には私に対して強い遺恨がある。助ける意味は無いと思うのだけど――ただ殺すだけじゃ物足りない、という処かな?」

 

 そう、彼には『ソウルジェム』を浄化させる必要が無い。そのまま砕けば終わる話である。

 だが、それ以上を求めてるとするならば――『魔術師』は嘲笑った。

 

「――然り。私は『クリームヒルト・グレートヒェン』を排除する為に『セイバー』を召喚し、彼女に特攻宝具を使用させてまた自害させてしまった。嗚呼、許し難いな。もはやただ殺すだけでは採算が全く取れない」

 

 愛から生まれた憎悪の矛先は自分にあり、こんなのと比べれば魔女の生み出す呪いなど子供騙しの三文劇にも等しいと思えるほど、ただただ恐ろしかった。

 

「君を酷く責め抜いて殺してやれば、釣りの上に特典もつく。――さて、私からの質問だ。抵抗する気は無いのかい?」

 

 ……それなのに、『魔術師』から返ってきた質問は、人間的な悪意を究極まで煮詰めた恐怖の権化たる彼に余りにも相応しくなかった。

 

「……随分とおかしな事を言うね。私の『ソウルジェム』が貴方の手にある以上、既に詰んでると思うのだけど? 何をするよりも砕く方が早いし、どうせ貴方の事だからそれ以上の事も出来るんでしょ?」

 

 ……立ち上がる気力など、既に白には存在しない。

 自分は彼に殺されて当然の事をした。其処に発狂状態だったから、などという女々しい言い訳など通用する次元ではない。

 この世界に『魔女』という呪いを振り撒いたのは他ならぬ自分である以上、罪過の報いを受けるのは当然の理である。

 

「……それに、これは私の犯した罪だから、別に私がどうなっても構わないよ」

「そうか。ならば言い方を変えよう。――君は暁美ほむらの死をどうしたいんだい?」

 

 それなのに――どうして、何故そこで『暁美ほむら』の名前が出てくるのだろうか?

 

「彼女の死はただ無意味で無価値なものだったのかい? ――大切な親友の救済を蹴ってまで果たした彼女の蛮行は無様なまでに無駄で愚かの極みだったのかい?」

 

 ……客観的に見るのなら、暁美ほむらのした事に意味は無い。

 正しい物語に至る道筋を自分から捨てた世紀の愚行である。救われる救われないにしろ、『円環の理』に至る結末に辿り着けなかった物語である。

 

 ――そして、彼女に間違いを犯させてしまったのは自分である。償っても償い切れない罪が、其処にある。

 

 だからこそ、暁美ほむらの死は無駄だったと――自分だけは、何があろうと絶対に否定してはならない。

 

「それを決めるのは他ならない、今の君自身だ。何の因果が巡ってこうなったかは知らぬが、今、此処に君が存在する以上、答えは君自身の手で出さなければなるまい」

 

 それは全力で生き抜いた彼女に対する宇宙的な冒涜だ。自分と歩んだ彼女を否定する事だ。

 自分自身が惨めで無様で愚かなのは良い。それは彼女自身が一番痛感している事であるし、何を言われようが否定出来ない。

 

 ――だが、彼女の生き様を何も知らない第三者に否定されるのだけは我慢ならない……!

 

「――もう一度聞こう。暁美ほむらの死は無意味なものだったのかい?」

 

 何もかも諦観した心に火が灯る。血が滲み出るほど拳を握り締め、白は重い身体に活を入れて立ち上がる。

 勝機なんてこの状況下では皆無だ。抵抗した瞬間に『ソウルジェム』を砕かれて終わる。だが、その言葉だけは、全存在を賭けて否定する――!

 

 

「無意味なんかじゃ、ない……! 今は、これしか答えられない。けど、けど――!」

 

 

 それは余りにも弱々しい宣言だ。

 論理的な根拠も何一つ無い、ただの無根拠な弁明であり――それでは目の前の悪鬼の理論武装は崩せない。

 それなのに、『魔術師』は満足気に笑った。笑って、彼女の『ソウルジェム』を投げ渡した。余りにも自然過ぎる行為で罠と疑えずに受け取ってしまい――何も起こらない理由が解らなくて、白は逆に疑心暗鬼に陥る。

 

「既に細工は終わった。私がその気ならいつでもその『ソウルジェム』を潰せるし、元より君の『ソウルジェム』が生む呪いを吸い尽くせるのは私の『グリーフシード』だけだ」

 

 一見した処で自身の『ソウルジェム』に何らかの仕掛けがあるのか見て取れなかったが、相手は別系統の神秘の使い手、それも最悪なまでに悪辣な『魔術師』だ。何らかの仕掛けが施されたのはほぼ間違いないだろう。

 

 ――その『魔法』の仕掛けが、本当に種も仕掛けも無いハッタリであるが故に解呪不能という逆説的な事実に、彼女は自ら育てた『魔術師』の偶像によって永遠に気づけないだろう。

 

「――扱き使える『使い魔』がもう一人欲しかった処だ。散々使い潰してボロ雑巾のようにしてやるから精々覚悟すると良いさ」

 

 

 

 







 クラス キャスター
 マスター ????
 真名 神咲悠陽
 性別 男性
 属性 秩序・悪
 筋力■□□□□ E 魔力■■■■□ B
 敏捷■■□□□ D 幸運■□□□□ E
 耐久■□□□□ E 宝具■□□□□ -

 クラス別能力 陣地作成:A 海鳴市で好き勝手した結果、神殿級の陣地を構築可能と判定され
              た。
        道具作成:E 基本的に適正が無いが、殺害・妨害・破壊を意図したものに関して
              はC+判定で作成可能。

 魔術:B あらゆる魔術系統に通じている。万能とは聞こえが良いが器用貧乏。その目的は『殺
     害』である。
 魔眼:A+ 神の魔眼『バロール』だが、彼の起源に著しく引き摺られ、真価を発揮できずにい
      る。
      魔力・幸運・対魔力のいずれかがB以下ならば即死判定。
      一つでもAランクならば、即死を回避出来る判定が生まれる(例え2つのランクがAラ
     ンクでも1つでもB以下なら即死する可能性はある)
      抵抗出来た場合でも、炎属性に対する抵抗を数ランク下げる。
 反骨の相:A+ 同ランクまでの『カリスマ』を無効化する。
        最高ランクを保持する『英雄王』の威光すら彼に届かない。
 無辜の怪物:E 生前の行いから生じたイメージにより過去の在り方をねじ曲げられ、能力・姿
        が変容してしまうスキル。
         彼の場合、魔術師殺しの逸話から低ランクの対魔力、死徒二十七祖の一角を討
        滅した事から吸血鬼特攻、人外じみた戦果から魔と混血だと疑われた為に人外系
        のスキル、今尚生存しているという恐怖から最低ランクの蘇生スキルを保持す
        る。
         本来持ち得なかった多種多様のスキルを最低ランクで保持するが、現状のまま
        では戦術的な意味はなく、多くはデメリットでしかない。が――。
 自己改造:A++ 自身の肉体を魔術によって人外化・または吸血鬼化させる。別の肉体を付属・
         融合させれば『無辜の怪物』で付属した多種多様のスキルをランクアップ出来
         る。このスキルのランクが高くなればなるほど、正純の英雄からは遠ざかる。
         知識として持ちながらも生前は解禁される事の無かった魔術系統。
         ありのままの人間である事を至上とした彼はこれらの魔術知識を迷う事無く死
        蔵したが――果たして、サーヴァントとは彼にとって如何なる種別なのか、それ
        は実際に召喚したマスターのみが知る事となる。

 令呪:- 冬木での第二次聖杯戦争を勝ち抜いたマスターの反則的特権。
      同じく元マスターだったエミヤはアーチャーとして召喚される際、令呪を持ってな
      かったが、他のマスターから令呪を奪い取った逸話が余りにも有名、尚且つ強烈過ぎ
      た為、持ち越せたもの。
      彼が略奪した令呪七画+最初の三画を合わせて十画保持する。海鳴市での令呪は異世
      界産の『ジュエルシード(検閲品)』なので持ち込めなかった。
      彼は本来英霊の域にない下級の亡霊、それを無理矢理サーヴァントシステムのクラス
      の枠に嵌めたが故に必然的に史上最弱の『奴隷(サーヴァント)』となったが、マス
      ターにとっては三画の令呪をもってしても制御出来ない史上最悪の『反逆者(サー
      ヴァント)』と化す。
 『聖杯』:--(EX) 第二次聖杯戦争での戦利品。ただし、自身のサーヴァントだった『彼女』
           の魂を分解していない為、未来永劫に渡って使用不可である。
 『■■■』:EX 雛形が存在している為、検閲を免れた。或いは免れてしまった。
        これがあるせいで『単独行動:EX』を凌駕する自由行動を彼に許してしまう。


 SG・1『光』

 あらゆるモノを焼き尽くす神域の魔眼を持って生まれた彼が見出した光。
 それは冬木での第二次聖杯戦争の折に触媒無しで召喚した、自身のサーヴァントだった。
 生まれて初めて『愛』という感情を知った彼はその感情の赴くままに戦い抜き、本来の歴史では勝者無き決着となった第二次聖杯戦争での勝者となった。不可能を可能に貶めてしまった。
 そう、彼は自らの『愛』を何一つ顧みずに走り抜けた。――『Fate』という物語が、別れの物語である事に最後まで目を逸らしながら。

 『愛』とは彼の原動力であり、弱点であり、また呪いである。
 彼が『愛』した者はその手に残らず、彼を『愛』した者はその身を焼き尽くされるのみ。
 例え『魔眼』が無くとも彼は元々そういう類の、何もかも真っ黒に焼き尽くす太陽の化身の如き災厄である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37/彼と彼の使い魔達のターン

 

 

『――神父、アンデルセン神父っ!』

 

 未だ幼き彼が『彼』の名を叫ぶ。

 帝都ロンドンは未だ敗残兵の化け物達の戦禍に焼かれておらず、先遣された武装神父隊が切り札たる『彼』と合流した際、彼は真っ先に詰め寄って叫んだ。

 

『――アンデルセン先生、『釘』を使っちゃ駄目です……! あの哀れな吸血鬼は人間の手で屠ってやるべきです……!』

 

 宿敵との決着を前に殺意立つ『彼』に、彼は震えながら叫んだ。

 他の武装神父隊の者達が何の事か解らずに首を傾げる中、『彼』は珍しい事に目を見開いて驚き――ほんの一瞬だけ、狂信者としての顔から孤児院を預かる神父としての顔に戻った。

 

『……君は時折、預言者めいた事を言うのだね』

 

 その達観した笑顔を見て、次なる言葉が出なくなった。

 一瞬で悟ってしまった。その時が来たら『彼』は迷う事無く『聖釘』を自身の心臓に突き刺すだろう。

 変わらぬ結末に絶望し、説得する言葉が出ない無力な自分に絶望する――ぽんと、大きすぎる手が、彼の頭を撫でた。

 

 

『――もし、私が『吸血鬼(アーカード)』を倒せなかった時は、君に託しますよ』

 

 

 託されたモノは余りにも大きくて、余りにも重くて、押し潰されそうになったけど、彼は泣きながら頷いた。

 その果たされなかった願いは、次なる世界で結実し――叶わぬ筈だった宿願の達成感はこの胸に、同時に訪れた喪失感から彼は自身の死を疑わなかった。

 

 ――彼の『銃剣』が吸血鬼『アーカード』の心臓を穿ち貫くのと、吸血鬼『アーカード』の手刀が彼の心臓を穿ち貫くのはほぼ同時だった。

 

 悔いは無い。『彼』から託された宿願を果たすのならば、己の生命など安いものだ。漸く彼は『彼』に顔向け出来る。

 この満足感を持って死ねるのならば、何物にも勝る勝利である。これから落ちる辺獄(リンボ)すら天上に等しい心地だ。

 

 ――そしてこの世から去る刹那、彼は在り得ない幻想を視た。

 世界を超えてまで追い続けていた『人』の在りし日の姿を、憧れ続けた『彼』の姿を――。

 

「アンデルセン先生! オレ、やりましたよ! 先生がアイツを倒せる事を――?」

 

 それは今際の際に視た彼の都合の良い幻想――それなのに、『彼』は首を振って彼の後ろを指差した。

 

「……先生?」

 

 不意に振り向いてみれば、其処には盲目赤髪の少年が邪悪な笑顔で仁王立ちしていた。

 その少年の後ろにだぼだぼな白い修道服を着た金髪の少女が怯えながら顔を覗かせていた。

 横には鋼鉄の白い女王蟻と連れ添う泰然とした黒髪の少年が立っていた。

 邪悪な少年を一心に睨む金髪の少年が居た。

 傷だらけの黒髪の少年が精一杯笑っていた。

 竜のように鋭い眼の少年と無表情の水色の髪の少女が共に寄り添いながら立っていた。

 

 他にも他にも沢山沢山立っていて、その誰もが見知った者達であり――夢は其処で目覚めた。

 長い永い夢の続きは、今、終わりを告げたのだった――。

 

 

 

 

「――『神父』! ああ、良かったぁ……!」

 

 目が覚めると『神父』の周りにはこの世界での武装神父隊の面々が泣きながら歓喜しており、しかしながら『神父』は生きて今一度目覚めた事に疑問視する。

 自分は吸血鬼『アーカード』の心臓を貫く代償に、自身の心臓を同時に貫かれた筈――。

 

 

「――残念でした。見事に死に損ないやがったようですね」

 

 

 その声は、少し離れた場所から此方を観察していた――吸血鬼『アーカード』の直系にして異端の女吸血鬼(ドラキュリーナ)、『魔術師』神咲悠陽の第一の使い魔・エルヴィからであり――とある可能性に気づいた『神父』は鬼気迫る顔で自身の首元を手で触って確かめる。

 もしも、万が一、彼女があの方法で自身を存命させたとしたならば――。

 

「……吸血鬼化なんてさせてませんよ。人間として吸血鬼『アーカード』を討ち取った貴方を吸血鬼化させて助けるなんて本末転倒、笑い話にもなりゃしねぇです」

 

 エルヴィはやや小馬鹿にした呆れ顔で答える。武装神父隊の面々が殺気立った顔で睨んでいたが、何処吹く風である。

 『魔術師』の死と共に自己認識する者が居なくなり、彼女は誰からも認識されずに虚数の海に沈んだ――ならばこそ、彼女が今此処にある理由は、もはや言うまでもない。

 『神父』は自身の貫かれた筈の心臓部を改め、黒ずんだ何かが代わりに鼓動している事を確認し、無言の視線を送って女吸血鬼に説明を求めた。

 

「まぁその緊急治療の発想はとある吸血鬼からですけど。真祖の姫『アルクェイド・ブリュンスタッド』が遠野志貴を助ける際に死徒二十七祖の第十位『ネロ・カオス』の残骸、方向性の無い命の種を寄生させて事なきを得た。ご主人様ほどの魔術師ですら偶発性に頼らなければ鍛造出来なかった奇跡の一品物ですよ?」

 

 ――ただし『魔術師』の最初の製造目的は『666』の獣の因子を内在した混沌を侵入者の自動用迎撃装置に仕立てる事だったが、厄介極まる自意識を持たせないように苦心しすぎた為に大失敗し、無色無形ゆえに一つの概念に染まるしかない失敗作を生み出すに至った。

 『殺害』を意図して製造したのに別方向に至ってしまったという稀有な失敗例であり、当人としても狙って鍛造出来ない『合体事故』のようなものである。

 

「例え心臓を破壊されていても即座に代用品に出来る当たり、十年来の魔力を籠めた宝石を無駄消費した遠坂凛涙目ですね。でも――即死していたらどうしようもなかったのは事実です。吸血鬼『アーカード』を倒して満足したのに死に損なったのは、最後の最後で生きようとした貴方御自身のせいです」

 

 ――吸血鬼『アーカード』との最後の決着の瞬間に過ぎったのは、果たして何だったか。

 

 敬愛する『アレキサンドロ・アンデルセン』神父との約束だったか、それとも此処で共に生きた『息子/娘』達の姿だったか――。

 さもあらん、こうして生き恥を晒した自身こそまさにその答えそのものではないか。

 自身の往生際の悪さ、そして今際に湧いた新たな未練に『神父』は憑き物が取れたように笑った。

 

「……貸しが出来ましたね。偶には此方に顔を出すようにと悠陽に伝言を」

「それを了承するかはご主人様次第ですがね。――まぁ一応伝えておきますよ」

 

 

 

 

「……しっかし、良く生きてるなぁオレ達。何か色々訳解らなかったけど、何とかなって良かったぜ」

「……そうだね。あれを理解しちゃったら、多分こっちに戻ってこれずに向こう側の世界に逝っちゃったと思うよ」

 

 オレの掛け値無しの本音に、自身の背中を預けるシスターは脱力しながら相槌打つ。

 『デモンベイン・ブラッド』は『不明なユニット(第零封神昇華呪法)』を使用して半壊状態で全機能停止、オレ達三人は仲良く魔力切れでコクピットの中に倒れこんでいた。

 あの『マスターテリオン』を相手にして生きている事自体が快挙であり、途方も無い奇跡を噛み締めるばかりである。

 

「……はやてや他の皆は大丈夫かなぁ……?」

「……外の様子は解らないけど、案外何とかなってるんじゃない? 私達が『うちは一族の転生者(ラスボス)』より強い『マスターテリオン(隠れボス)』を相手にしたんだから、他の皆はそれだけ楽した筈よ」

 

 受け応えたのは紅朔であり、心配しか出来ない自分が疎ましい。

 もう精魂尽きて、無理矢理駆け付けたとしても足手纏いにしかならない。今の自分達に出来る事は祈る事と、多少の時間を費やして動けるようになるまで体力の回復に務める事のみである。

 

 ――ふと、自身の胸部分に液体的な湿りが感じる。

 

 気づかない内に負傷していたのかと眉を潜める。

 無理をしすぎて内部破裂とかしてるんじゃないかと若干危惧し、またシスターの白の修道服『歩く教会』の背中部分を血で穢してしまった事に自己嫌悪する。

 

 けれど、その出血は自分の衣服の胸部分よりも――シスターの背中部分の方が大きかった。

 

「ん……? おい、シスター!? 背中から血出てるぞ!?」

「え?」

 

 ぽかんと、シスターは不思議そうな顔をする。当人も気づいてなかった……!?

 

「あらあら、負傷した本人に自覚が無いなんて大変だわぁ。お医者様ごっこしないとぉ!」

 

 と、此処で乱入してきた紅朔がシスターを引っ攫って、彼女を後ろ向きに押し倒す。

 って、頬を紅潮させて舌舐めずりしながら一体何をするつもりだ、R-15だったのに一人R-18指定されたエロ本娘!?

 

「ななっ!? 紅朔、やめなさいっ! 離せっ!? クロウちゃん見ないでぇ!?」

「嫌よ嫌よも好きのうち――恋敵を寝取るってこう、背徳的なシチュエーションで燃えるよねぇ……! 大丈夫よぉ、優しく激しく責め抜いてあげるから、天井のシミを数える間に終わるわぁ!」

 

 と、とりあえず、今のオレに出来る事はシスターの尊厳の為にも目を瞑ってやる事ぐらいであり、言い争う声に混じった悩ましい声、服を剥ぎ取る音が聞こえるが全力で聞かぬふりをする。

 こ、これは医療行為だ。決してやましい行為ではない、筈? でも、紅朔がやるせいで18禁指定のエロい行為にしか思えないような……?

 

「――これは。……貴女、『魔術師』殿に何かされてるわよ?」

 

 は? 紅朔から忌々しげに呟かれた予想外の人物に、頑なに瞑っていた目をあっさり開けてしまい――『歩く教会』を剥ぎ取られた素っ裸のシスターの、白い陶磁器のような素肌を目の当たりにしてしまう。

 ブラもせず、白いパンツと白いニーソ姿のシスターは殺人的なまでに官能的で綺麗で――おっと、今はそうじゃない! 沈まれオレの煩悩!

 その背中には血で刻まれた呪印じみたものがあり、同様の呪印が『歩く教会』の裏生地に血文字として刻まれていた。

 

「んな馬鹿な。どうやってシスターを誤魔化してこんな魔術的な仕掛けを施すんだよ?」

 

 シスターは10万冊以上の魔導書を記憶した『禁書目録(インデックス)』だ。例え異界の魔術系統だろうが問題無く解析・察知するだろう。

 彼女が気づかない状況など、それこそ魔術的な仕掛けでない場合のみだ。ただこれが科学的な方法とは思えないから――片方では魔術的な仕組みが成り立たないものならば、どうだろうか?

 ただ、それは『歩く教会』と彼女自身に半々に施された仕掛けという事になり、そんな複雑怪奇なものを仕掛けるタイミングなど存在しただろうか?

 

「……悠陽。あのお節介焼き――」

 

 だが、シスターの方には心当たりがあったらしく、複雑な表情で奴の名前を呟いた。何とも言えないもやもやな気分になる。

 

「あらあら、昔の男の名前を呟くなんて妬けるわねぇ。ねぇクロウ?」

「ななな何言ってやがるんですか。悠陽とはそんな関係じゃ――って何でクロウちゃん普通にガン見してるの!? 見たの? 見たのね!?」

 

 ……あ。やべ。反射的に目を開けてしまったままだった。これ、オレ死んだかも。

 

(隠すほどもない小さな胸に手を当てて隠しながら顔を真っ赤にする涙目のシスターの姿は凄く可愛く――って、違う。オレはロリコンじゃないっ!?)

 

 ま、まだだ! こんな絶望的な状況下でも最後まで諦めちゃいけないって大十字九郎も言ってた!

 という訳で助けてくれ、この社会的に死にそうな状況から脱せる最高の選択肢をオレに届けてくれぇ!

 

 ――その時、この切なる祈りは次元を超えて確かに届いた。

 大十字九郎の素敵な笑顔と共にオレの脳裏に天啓として浮かび上がる3つの選択肢が……!

 

 答え① 綺麗だぞ

 答え② ノーブラなのに何でノーパンじゃねぇんだ?

 答え③ 性欲をもてあます

 

 ……うん、一つ弁明させて貰うが、この時の自分は冷静じゃなかったんだ。どれ選んでも結果が同じだと解らないぐらい錯乱してたんだ。

 どれを選んだかはご想像に任せる。どうせ結果は同じだ。宇宙一のロリコンの大十字九郎に祈った自分が馬鹿だったんだ……!

 

 

 

 

 フェイト・テスタロッサの参戦、そしてその告白により、サーヴァントと成り果てた未来の高町なのは、『アーチャー』は根底から揺るがされる。

 その攻撃から精彩が欠け、撃墜寸前だったこの世界の高町なのはは立て直しに成功したが――。

 

「っ、しま――!?」

「フェイトちゃん!?」

 

 それでも『アーチャー』は狂乱状態から精神的に立て直しせずに戦い、遂にその狂気と悲鳴の一撃が超高速で飛翔するフェイトを捉えて撃墜し――ビルの頂上に落下して身動きの取れないフェイトに向かって『アーチャー』は絶叫しながら神をも砕く追撃を間髪入れず撃ち放った。

 

「ディバイン・バスタアアアアアアアアァァァ――!」

 

 ――桃色の光が、一直線に飛翔する。

 

 全てを穿ち貫く破滅の光は優に対軍級、否、対城級に足を突っ込んだ領域であり、非殺傷設定など期待出来ない一撃は、防御結界すら咄嗟に展開出来ない今のフェイトには過剰殺傷間違い無しであろう。

 視界の隅で高町なのはが此方に向かって急速飛翔しているが、幸いな事に間に合わない。巻き込まれる心配が無い事だけは唯一の救いだった。

 

 斯くして破滅の一撃は今度こそフェイトを塵一つ残さず消滅させ――る前に、別の何かが破滅の光に真っ向から遮った。

 

「――っ!?」

 

 フェイトの眼下に光と共に刻まれた奇怪な文字はミッドチルダの言語と似ているようで全く異質なものであり――刹那に刻まれた神秘的な『18』の文字は破滅の光さえ押し寄せぬ破邪の光となって限界を超えて迸った。

 

 鼓膜を破かんほどの轟音と、失明させかねないほどの極光の後、コンクリートが砕けて軋むビルの音に紛れて風を切る鋭い音が何回か鳴り響いた。

 

 

「――やれやれ。死んだ真似をする事になるわ、同じ奴の心臓を再び穿つ事になるわ、一夜限りの強者共と悉く戦えねぇわ、散々な夜だ……」

 

 

 朱い魔槍を素振りした群青色の槍兵は、死んだ筈の『魔術師』の使い魔の一人。

 上級宝具の一撃すら原初の18のルーンを全て使用する事で防げる、キャスターとしての適正もある芸達者なサーヴァントは恐らく一人だけだろう。

 

「ランサーさん!?」

 

 マスターの死亡と共に消滅したと思われていたサーヴァントの名を、海鳴市における第一次聖杯戦争の唯一の生き残りにして最後の勝者のクラスを、高町なのはは数多の驚愕を持って叫んだ。

 

「多少の魔力消費は大目に見ろよマスター。今夜は予定が狂ったとは言え、元々大盤振る舞いの無礼講なんだろ? ――それと前々から思っていたが、聖杯の補助が無くても『サーヴァント』の現界に支障が無い当たり、テメェの魔力貯蔵量は一般的な魔術師と比べて桁外れなんだろ?」

 

 それは必殺の一撃を難無く防がれて呆然とする『アーチャー』に言った言葉ではなく、今助けられたフェイト・テスタロッサに言った言葉でも状況が解らずに混乱している高町なのはに送った言葉でもない。

 他の者を気にする事無く、乱入者であるランサーは己がマスターの理不尽な文句に受け答える。

 

「そうは言うが、今回のオレはマスターの方針に忠実だぜ? テメェの普段の悪行を見習ったお陰で完璧な『出待ちタイミング』だったじゃねぇか……つーか、最初からそれ狙いかよ? 全く素直じゃねぇな――へいへい、理解のあるマスターを持ててオレは幸せだこんちくしょう……!」

 

 やや不貞腐れた顔で会話を打ち切ったランサーは己が朱い魔槍を肩に担ぎながら天を見上げる。

 

「よぉ、嬢ちゃん。一夜の相手ならオレが最期まで付き合ってやるが?」

「……いいえ。その必要も無くなったわ」

 

 憑き物が取れたかのようなアーチャーの透明な笑顔を眺めながら、やっぱりこうなるのかとランサーは残念そうに溜息を吐いた。

 彼のマスターも、ランサーが到着した時点で事が終わると予想していたが、まさにその通りであり、損な役割に内心舌打ちする。

 ランサーがこうして生存している時点で、否、死を偽装した時点で逆説的に彼のマスターの無事は証明しているようなものだ。

 

 ――胸に蟠った未練が無くなれば、制御されてない『穢土転生体』の『アーチャー』はただ静かに消え去るのみである。

 

「……つれねぇな。何かアイツに言い遺す事はあるか? それぐらいは承るぞ。アイツからの伝言は生憎とねぇが――」

「……無いわ、何も。ホント、何処までもつれない人――」

 

 『アーチャー』は一つだけ文句を言い残して、光の粒子となって消え果てた。

 『魔術師』が今の彼女に対して何も言わなかったように、彼女もまた何も言わずに消えたのだった。

 

 お互いに言い含む処はあっただろうに、それとも言葉などいらないという意思表示なのか――らしくない事を考えてしまったランサーは「やっぱり良い女とは縁がねぇな」と二重の意味で込めてぼやいた。

 

「ランサーさん!? そ、それじゃ――!」

「オレがこうして現界している時点でお察しという訳だ。この手の搦手は性に合わんがな」

 

 詰め寄ってきた高町なのはに、ランサーは隠す事無く自白する。

 死を偽装した自分を堂々と切り出す時点でもう最終局面――あの『魔術師』の事だ、完璧なまでに残酷なまでに『王手詰み(チェック・メイト)』したのだろう。

 

「さてと、退屈なお使いはこれまでだ。『メインディッシュ』が残っていれば良いのだが、まぁ無いだろうなぁ――」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38/『家族』

 

 

 

 ――斯くして『うちは一族の転生者』の『邪悪』な企みは、より強大な『邪悪』によって最高のタイミングで横合いから叩き付けるどころか舞台ごと引っ繰り返される勢いで呆気無く無情に踏み潰された。

 

 驚愕に染まる『万華鏡写輪眼』に映るは後ろ髪がばっさりなくなった以外、何一つ変わらない『魔術師』神咲悠陽に他ならず――間髪入れず、『穢土転生』した神咲悠陽が反逆し、『彼女』の制御から離れて動向が掴めなくなった。

 

「……どんな『魔法』を使ったの? 『第二』か『第三』、それとも『第五』? まさか『聖杯』を使って『魔法』に至った別の並行世界の神咲悠陽――!?」

 

 『彼女』に殺されて『穢土転生』された『魔術師』と、自由自在に暗躍した『魔術師』。二人の神咲悠陽が存在しなければ今の状況は成り立たない。

 ならばこそあれは、冬木での『第二次聖杯戦争』を勝ち抜いて『大聖杯』を起動して『魔法使い』になった神咲悠陽か、サーヴァントとして召喚されて別の聖杯戦争――冬木での第四次か第五次か、或いはルーマニアでの聖杯大戦、月のムーンセルでの聖杯戦争も考えられるか――『万能の願望機』によって受肉を果たした英霊の彼なのだろうか?

 

 神咲悠陽は嘲笑う。余りにも的外れな解答に滑稽だと言わんばかりに――。

 

「おやおや、型月世界の魔術師に無闇に『魔法』などと口にするものではないぞ。この無限の可能性を秘めた並行世界で『魔法使い』に至った私が存在すると仮定した処でこう答えるだろうさ。『――自分の世界の尻拭いぐらい自分でしろ』とな」

 

 今のこの自分が『魔法使い』でない事を宣言した上で「そんな可能性があるとは思えないがな」と『魔法使い』に至る可能性すら否定する。

 

「ならばあの『穢土転生』は何? 今、此処にいるお前は何!? 私が殺した神咲悠陽は間違いなく神咲悠陽だった。だが、今、此処にいるお前もまた神咲悠陽だ。この矛盾をどう説明する!? お前は――」

 

 自身の願いを打ち砕かれた絶望よりも、こんな理不尽な矛盾による驚愕の解明こそ最優先だと『うちは一族の転生者』は叫ぶ。

 最初から考えるまでもない。あの神咲悠陽に自由行動を許した時点で舞台を引っ繰り返されるのは自明の理だ。だからこそ『彼女』は真っ先に彼を脱落させたというのに、もう一人の神咲悠陽が居るなど、どうして想定出来ようか――。

 

 だが、返ってきたのは退屈そうな――それこそ失望すらしている『魔術師』の顔だった。

 

「――その『万華鏡写輪眼(め)』はどうしようもないほど節穴だな。優秀な癖に何一つ『真実』を見抜けない。いや、生半可に優秀過ぎた為に見たモノだけを『真実』と誤認してしまったのか?」

 

 神咲悠陽は古びた箱から煙草を取り出し、魔術の炎で火を付ける。

 口に咥えずに講釈する様は、出来の悪い生徒に教える教師のようだった。

 

 

「ふむ、確かこうだったかな? 『――お前は死んだ筈だ、なんてお決まりの台詞だけはよしてくれよ。器が知れるぞ。余り、私を失望させないでくれ』」

 

 

 その台詞は『空の境界』にて蒼崎橙子がコルネリウス・アルバに言った台詞であり――『彼女』はこの矛盾の仕組みを電撃的に理解すると共に瞬時に否定する。

 

「ッッ、それこそ在り得ない……! あれが『人形』だって? 自身と寸分違わぬ性能の器など蒼崎橙子以外の人物に鍛造出来るものかっ! お前は『作る者』ではない、『壊す者』だ……!」

 

 ……仮に、自身と寸分違わぬ性能の器を鍛造出来ていたのならば、この状況に至った原因の半分は説明出来る。『穢土転生』された彼自身に疑問は残るが、大体の事は説明出来よう。

 だが、そんな『完璧な自身』を造れるのは『うちは一族の転生者』の知る限り、稀代の人形師である蒼崎橙子しかいない。幾ら同じ世界出身だろうが、いや、だからこそ戦闘特化の魔術師である『彼』が彼女の域に至れるとは到底思えない――!

 

「頭固いな。確かに魔術的手法では蒼崎橙子以外の誰があんな真似を出来るものか。ならばこそ答えは至極簡単――私が『魔術』的な手段で鍛造した、とは一言も言ってないぞ?」

「……、え?」

「解り難かったか? あれは過ぎたる『科学』の産物だと言ったんだよ。『プロジェクト・F』と『学園都市』の科学技術の融合、その完成形だ。尤も完全な複製ではなく、私の意思で動かせる人形だがね。十八年間伸ばし続けていた後ろ髪はその触媒に使われたのさ」

 

 『魔術』ではなく『科学』――『魔術師』から飛び出した爆弾発言に、『彼女』の思考が停止する。

 

 ……確かに、この世界にはその2つの技術があり、発展させれば『真作(オリジナル)』と全く同一の『贋作(クローン)』を作る事は可能だろう。偶発性に頼ったとはいえ『過剰速写(オーバークロッキー)』という前例がある。

 

 だが、しかし、なれども――!

 

「そんな。魔術師の、癖に――」

「目的に最も近い道筋が『魔術』だからこそ我々『魔術師』は『魔術』を学ぶ。だが、それよりも効率的な方法が見つかったのならば、例えばその方法が『科学』なら即座に『科学者』に鞍替えするのが『魔術師』たる者の合理性だ。『魔術協会』で貴族ごっこしている脳の黴びた『伝統派(老害)』からは失われた概念だがね――ほら、『壊す者』らしく既存概念を壊してやってるぞ」

 

 『魔術師』はしたり顔で皮肉を言う。

 『魔術』を信仰すれば信仰するほど『科学』から遠ざかる理は、転生者である『彼』には一切通用しない理であった。

 

 『人形』が『彼』が世界を超えても終生持ち歩いた『聖杯』を持っていなかったのは、至極当然の事だったという訳だ――。

 

「――っ、仮にそうだとしても何故こんなにも都合良く……!」

「ふむ、確かに私は君の介入だけは予測出来なかったが――この事件の発端、君の介入を招いた『闇の書の欠片事件』が偶発的事象だと勘違いしているのならばそれは大きな間違いだ」

 

 この事件の発端は、ディアーチェ達が独断でシステムU-D『砕け得ぬ闇』を取り戻そうとした――『魔術師』にとっても予期せぬ事象だったが故に、駆けつけるまでに無理な強行軍を強いられ、『うちは一族の転生者』に暗殺される隙を生じさせた。

 

 だが、派遣されたのが最初から『人形』であるのならば、これは最初からそう仕組まれていたという前提で考えるのが自然であり――。

 

「『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』を焚き付けて暴発させるぐらい同居人の私にとっては何という事も無い。まぁそれ事態はどうでもいい一欠片だ。説明の上では後々必要だがね――君が道化になった原因はね、実は一秒差だったんだ」

「……一秒差、だって……?」

「そう。君はあと一秒、傍観していれば良かったんだ。君が何もせずとも、あの器は機能停止して死を装う手筈だった。そうすれば君は私の偽装死ぐらい簡単に見抜けた筈なのにね」

 

 「正直自分以上に運の無い奴がいるとは思わなんだ」と『魔術師』は心底憐憫する。

 

 

「――最初から『闇の書の欠片事件』は、私の死によって誘発する多種多様の問題に他の者達が対処出来るか、それを試す為の脚本だったのだよ。君の介入によって脚本の書き直しを要求されたが、まぁ私の立ち位置は同じだ」

 

 

 『うちは一族の転生者』はそうとは知らずに、無自覚の内に『魔術師』の『巨大な歯車(シナリオ)』に組み込まれていたに過ぎない、という事になる。

 偽装死するにあたって『魔術師』の事前準備は万全であり、あの『人形』の『魔術師』を殺害した段階でこの敗北は決定していたのだ。

 

「原作と仕様の違う『穢土転生』は君の完全な落ち度だがね。君の『穢土転生』からして仕様がおかしい。魂を分解された我が娘を呼び寄せる時点で死者の魂を口寄せするのではなく、世界からの『情報』を口寄せて再現させている類なのだろう? 死徒二十七祖の第十三位『タタリの夜』に酷似していたのが運の尽きだったな、それは対策済みだ」

 

 『彼女』の『穢土転生』は、大蛇丸が『木ノ葉崩し』の時に歴代火影を口寄せした光景を鴉に変化した影分身が見た結果、自らの術へとコピー出来たものである。

 

 ――だが、『彼女』は疑問に思わなかったようだが、あの最悪の禁術『穢土転生』は通常の写輪眼で見ただけでコピー出来る類の術だろうか? 否である。

 

 『彼女』自身、今まで考えもしなかったし、それ故に検証の余地すらなかった。

 コピーした術が正規のものなのか、それとも『彼女』の『万華鏡写輪眼』の効果で似たような効果を持つ術に過ぎないのかなど――本来模写出来ない術を独自法則で模写出来るという反則性が今回の敗因の一つとなる。

 

「廃棄予定の器を廃棄直前に殺害したという『大凶』を引き当てたのは同情の余地があるが、あれを『人形』だと見抜けなんだのは君の二つ目の落ち度だ。あれの『魔術刻印』はクロウ・タイタスから徴収した『ジュエルシード』による代用品だというのにな」

「――そんな、馬鹿な。その事にこの私が気づかない筈が……っ!?」

「三つ目の落ち度は我が娘、神咲神那を口寄せした事に尽きる。あれは一見して気狂いだが、私の全てを刻んだ唯一の後継者だぞ? 随分と手酷く騙されたようじゃないか」

 

 殺した『魔術師』の『魔術刻印』を神咲神那が自身に移植すると宣言した際、『彼女』は視るのを止めた。

 『魔術刻印』の移植は臓器移植に等しい行為だ。本来ならば徐々に少しずつやっていくものであり、それでも拒絶反応が生じて苦痛が走る。それを幾千幾億の転生から実体験として知っている『うちは一族の転生者』は一気に移植する事が拷問どころの騒ぎじゃない事を身をもって思い知っている。

 だからこそ、そんな暴挙など目にもしたくないと『万華鏡写輪眼(め)』を背けた結果――神咲神那の思惑通り、『魔術刻印』が『ジュエルシード』によって代用している事を隠し通す事に成功する。

 普段から従順そうに気狂いの様を装っていたのは、神咲神那が『うちは一族の転生者』を騙す機会を虎視眈々と覗っていたからである。

 

 あの親にしてあの娘あり、何方にしても意にそぐわぬ者の下につくなど在り得ない選択肢である。

 

 敗北感と絶望感に心折れる寸前に追い詰められながらも、『うちは一族の転生者』にはまだ疑問が残っていた。

 

「――在り得ない。お前は、私の視た『魔術師』神咲悠陽は自分の死後を憂いるような人間ではなかった……!」

 

 ……そう、何がおかしいと言えば、その発端がおかしい。

 この男には誰かに託す希望など持ち合わせていない。自分が死ねば其処までという冷めた死生観の持ち主の筈だ。それが自分の死後を憂いて、偽装死まで織り込んだ脚本を書き上げた動機が余りにも理解出来ない――!

 

「別に不思議な事ではないだろう。『家族』の行く末を案じる事ぐらい私もする」

「……『家族』? 『家族』ですって? それはこの世界で『血』しか繋がってない『家族』の事? それとも自分の手で殺した娘の事?」

 

 余りにも突拍子の無い言葉が飛び出し、『うちは一族の転生者』はまともに受け答えしてないと判断して怒りを露わにする。

 『彼』にとっての『家族』が如何なる存在であるかは『彼』の辿って来た人生を視れば一目瞭然だ。一回目においては幼年期に別れたろくでもない両親、二回目においては『尊属殺し』を三度させた愚者であり――その点については『魔術師』は感情無く肯定する。

 

「三回目の『転生者』という立ち位置の私に『血』の繋がっているだけの赤の他人を『家族』と認識するのは難しい。前世の悔いから最低限の義理は果たすが、所詮はその程度の存在だ。私の行動原理の根本には成り得ない」

 

 『魔術師』神咲悠陽が思い起こすのは、捨てられて『神父』に拾われた夜、冬川雪緒と最初に殺し合った後の居酒屋、シスターと別離した夜、プレシア・テスタロッサをお見舞いに行った最初で最後の昼下がり――『彼』が死んで英霊に成り果てる世界線の師弟に告げた言葉――であり、『彼』は少しだけ自嘲しながら万感の想いを口にする。

 

 

「――うん、神咲悠陽の抱く『家族』の条件とはね、血縁ではなく、同じ釜の飯を食った相手なんだよ」

 

 

 それが一回目では理不尽に離別し、二回目では不条理に殺害し、三回目では生まれた直前に生き別れた『彼』が、転生者としての観点から出した一つの結論である。

 三回目の転生者として、二回目の転生者の姿形のまま生まれた『彼』にとって血の繋がりなどを『家族』の定義には出来ない。元より自身の血を引く者など例外の中の例外である彼の娘を除けばこの世界に存在しない。

 

 幾ら憎んでも、幾ら疎ましいと思っても、結局は世界を超えても執着しているという事であり――。

 

「……何、それ? ふざけてるの? その冗談でも笑えない世迷い事は明らかに矛盾している。ならば何故、その『家族』と該当する者と悉く殺し合っている?」

「別に『家族』と殺し合う事ぐらい日常茶飯事だろう? 愛しくても憎しんでも『家族』は『家族』だからな。それに私は型月世界の『魔術師』だぞ? 既に『家族殺し』なんて前世で散々経験している」

 

 ――結局は、『彼』の動機は一回目の世界からの『代償行為』である。

 神咲悠陽はその核心部分を口にせずに自身の胸にだけ秘める。

 

「……君にとっては、いや、数多の者にとっては些細な事だが、私にとっては命を賭けるに値する理由となった。ただそれだけさ――」

 

 未練がましい動機だと『彼』は自嘲する。

 二回目の世界において切望した故郷に生涯帰れなかった『彼』だからこそ、『家族』達の故郷となった『海鳴市』をどんなに『邪悪』な方法を使ってでも死守する。

 

 ――これがこの世界での神咲悠陽の行動原理である。

 

「君の即興詩は完全に粉砕してやった。次の出し物は何だ? もう無ければ――役目の終えた役者は舞台から退場して貰うしかないな」

 

 火の着いたまま手付かずの煙草を片手に、お喋りは終わりだと死刑宣告を下す。

 

 ――確かに、『うちは一族の転生者』の企みは『魔術師』によって完膚無きまでに焼き払われた。

 

 もう今のこの『彼女』には自身の望みを達成させる為の余力が無いし、このまま消え去る運命に逆らえない。

 だが、それがどんなに細い道筋だろうとも、僅かな可能性がある以上、『彼女』に諦めるという選択肢は無い。例えこの身が『希望』という炎に焼かれても――。

 

「……まだよ。まだ終わっていない! 私の手には豊海柚葉が残っている。さぁ、秋瀬直也。愛しの彼女の命が欲しければ――」

 

 そう、まだ勝機はある。人質となっている豊海柚葉を上手く使って立ち回れば――本物の『彼』が持ち歩く『聖杯』か、秋瀬直也が持つ『矢』でもいい。何方かを奪えば、まだ活路はある。

 だが『魔術師』は大笑いした。腹を抱えてくの字に曲げて、頑なに瞑る両眼に涙さえ浮かべて――。

 

「……何がおかしい!」

「何がって、これで笑うなという方が無理だろう!」

 

 ――おかしい。『魔術師』としても秋瀬直也と敵対したくない筈だ。

 

 『うちは一族の転生者』にとって不倶戴天の天敵であるように、『魔術師』にとっても秋瀬直也は不倶戴天の天敵だ。秋瀬直也はどうしようも無いぐらい『悪』に対する天敵であり、そのスタンド能力もまたどうしようもない反則的なものだ。単純な戦闘になったら一瞬で詰むぐらい解っている筈なのに――。

 

 

「君も十二分なまでに存知だろうに。――『悪党』に人質なんざ通用しねぇんだよ」

 

 

 清々しいぐらい邪悪な嘲笑をもって『魔術師』は一度も口にしていない煙草から魔力を送り――紫煙舞う上空に巨大な魔術陣が姿を現す。

 突如全容を現したAランク以上の大魔術はこの校庭全域を焼滅させるに足る威力を持たされており――『魔術師』による種明かしはこの大魔術を構築する為の時間稼ぎに過ぎなかった事を『うちは一族の転生者』は一瞬で理解する。

 如何な『万華鏡写輪眼』と言えども当人が視なければ意味が無い。煙草の煙を利用し、上空で風力操作などで陣を構築していたとは――だが、まだ詰みではない。

 

 あの程度の大魔術ならば『万華鏡写輪眼』の瞳術の一つ『須佐能乎』の絶対防御の前では――否、これは衛宮切嗣の魔術礼装である『起源弾』のように防いだ瞬間に詰んでしまう類の悪辣極まる一手だと歯軋りを立てる。

 

(――おのれ、おのれおのれ『魔術師』……!)

 

 この広域を焼き払う大魔術は人質諸共『うちは一族の転生者』を屠る目的に放たれたものではなく、人質の存在で身動きが取れなかった秋瀬直也に目に見える人質の危機を与えて――選択の余地を一切合切奪って彼を突撃させるものである。

 

(っ……!)

 

 事実、『須佐能乎』の絶対防御頼りで立ち止まったのならば、突撃する秋瀬直也の『レクイエム』によって『須佐能乎』を打ち砕かれ、三人仲良く黄泉路に辿る処であり――であるからに『うちは一族の転生者』がこの刹那に取れる行動は一つ、決死の覚悟で迫り来る秋瀬直也に豊海柚葉を突き飛ばし、出来る限りこの領域から離脱するのみである。

 

 ――だが、それは自らの唯一無二の勝ち筋を自分から捨てる事であり――。

 

「――柚葉ぁッ!」

 

 自身に向かって突き飛ばされた豊海柚葉をその両の手でキャッチして抱き締めた秋瀬直也は、漆黒の闇夜から迫り来る破滅の炎に対して、自身のスタンド『蒼の亡霊・鎮魂歌(ファントム・ブルー・レクイエム)』の渾身の拳によって殴り飛ばす。

 『魔術師』渾身の儀式魔術『原初の炎』は幻か陽炎が如く四散し――。

 

「『魔術師』ッッ! テメェなぁ!」

「私は信じていたぞ? 秋瀬直也、君なら間違い無く彼女を助け出してみせるとな――」

 

 

 

 






 SG・2『家族』

 一回目においては幼年期に両親共に彼の前から消えて、『愛』というモノが空虚で無意味なモノだと幻滅させた。
 二回目においては誕生と同時に母親を『魔眼』で焼き殺してしまい、魔術師の常識を理論武装する事で『人間性』を喪失し――『第二次聖杯戦争』を経てそれら大切なモノを取り戻した後は『聖杯』を死蔵する事を許さなかった父親を焼き殺し、復讐に燃えた妻たる妹を焼き殺す事で『尊属殺し』を三度も犯す事となる。
 三回目においては転生者を間引いていた医師を『魔眼』で焼き殺した事により、生後間もなく捨てられ――一回目の実の娘にして二回目の実の娘、三回目において妹として生まれた神咲神那をこの手で屠って看取る事となる。

 血縁での『家族』は彼の天敵であり、彼自身もまた血縁での『家族』の天敵である。

 最早呪われた宿縁だが、この魔都『海鳴市』における彼の行動原理は過剰なまでの『自己防衛』の題目に隠された――捨てても捨て切れぬ『家族』への複雑な想いからなる代償行為である。

 ――そう、この三回目の世界においてやっと彼は『家族』を得る。
 血縁によらぬ『家族』であるが故に呪われた宿業を逃れ得る者達を――。

 それは捨てられた彼を引き取った『神父』であり、三回目の『転生者』が集った『教会』の前身の『孤児院』に居た『シスター』を始めとした転生者達であり、初めて自らの本音を打ち明けた冬川雪緒であり――だからこそ彼は『家族』の生きる魔都『海鳴市』を持てる能力の全てを行使して死守する。
 これが正体不明の黒幕として自由自在に暗躍するよりも魔都『海鳴市』の表舞台に現れて全ての矢先を自身に集中させた悪手の理由である。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39/『悪』

 

『――あら、目覚めたの? もう少し寝ていれば良かったのに』

 

 ――思考がぐらぐら揺らぐ微睡みの中、誰かの言葉が脳裏に響き渡る。

 まるで何も見えない暗い昏い深海に沈んでいくよう。状況は大体把握している癖に、一欠片が埋まらず、空回りし続けて藻掻く事すら出来ない。

 

『――無駄よ。貴女は私の幻術に囚われている。無限の微睡みの中、貴女は見届けるしか出来ない』

 

 ……悔しいけど、あの女の言う通り。外部からの強い衝撃でも無い限り、この封殺された精神的な拘束状態を解く事は私でも不可能だろう。

 

『――でも、私のやろうとしている事は、貴女にとっては唯一の救いかもよ?』

 

 ……何を戯言を。その身勝手な自殺願望の何処に救いがあるというのか?

 

『――貴女には償っても償い切れない罪がある。それを精算出来ずに苦しんでいる。だって、気づいているでしょ? 罪を償う都合の良い方法なんてこの世界には無いのだから』

 

 ――。

 

『――でも、もし、間違いを犯す前に無かった事に出来るとしたら。今度こそ正しい選択を選べるなら、その時こそ貴女は自分自身を許す事が出来ると思わない?』

 

 

 

 

「柚葉、大丈夫か……?」

 

 『魔術師』による過激な救出方法には色々と文句はあるが、一先ず横脇に置いて奪還した柚葉に声を掛ける。

 だが、彼女からの反応は無く――焦点のあっていない虚ろな眼にオレは眉を顰める。意識はあるそうだが、未だに幻術の影響下にあって受け答えが出来ないようだ。

 確か『NARUTO』の原作では幻術を解くにはチャクラを乱せば良いという事を思い出し――思い出したものの、そもそもチャクラを操れない上に忍者じゃない自分にどうやって解くんだと文句を言いたくなる。

 

 とらあえず、レクイエム化している『蒼の亡霊』で軽く殴れば解除されるだろうと単純に思い、実際に実行しようとし――それに「待った」をかけたのは『魔術師』だった。

 

「――待て。迂闊に解除しようとするな。幻術の解除をトリガーに発動する罠だったらどうする? 私だったら人質は奪還される前提で『人間爆弾』にするがね」

「……お前が敵じゃなくて良かったと心底思うよ」

 

 相変わらずえげつねぇ、と思いながらも、オレは『魔術師』の言葉を少しばかり疑問視する。

 あの『うちは一族の転生者』の鬼気迫る悔し顔とその反応を感じている『魔術師』の嘲笑から、彼自身はそういう仕掛けが100%無い事を確信しているのだろう。

 それなのに「待った」を掛けるという事は奴の腹に一物あるという事。『魔術師』の腹がどんだけ黒くて底無しの闇を孕んでいるかは言うまでもない。

 この時点で『うちは一族の転生者』に対する警戒心よりも『魔術師』に対する警戒心の方が必然的に強くなる。オレは胡散臭そうなものを見るような眼で間近に歩いてきた『魔術師』を睨んだ。

 

「存分に感謝するが良い。さ、豊海柚葉の事は私に任せて、アイツの始末を先にしろ」

「……うわぁ、纏めて殺そうとした奴に預けるとか激しく抵抗あるぞ? それに良いのか? アイツに一番煮え湯を飲まされたのはアンタだろ?」

 

 そして『魔術師』から言い渡された本題にオレは心底不思議そうに返す。

 復讐・仕返しは悪の華、一番美味しい処を他人に無条件で譲るなど普段の『魔術師』の思考からは考えられない。何か裏があると疑念を抱くのは当然過ぎる反応である。

 対する『魔術師』は浅い溜息を吐いた後、負のオーラを全面に押し出した不機嫌極まる表情に変わる。

 

「……秋瀬直也、お前は私を『シュトロハイム』にしたいのか? 確かに奴には心臓を穿ち貫かれて両眼を引き裂かれた恨みがあるがね。――ああ、痛かった。凄く痛かったとも。感覚共有を解いてなかったからな。暫く悶え苦しんだとも」

 

 物凄く怨念の篭った、尚且つ恨み骨髄といった表情で『魔術師』はつまらなそうに言う。

 

 シュトロハイム――『ジョジョの奇妙な冒険』第二部に出てきた『ルドル・フォン・シュトロハイム』の事か。

 彼は自惚れがやや強いが誇り高きナチス・ドイツの軍人であり、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する重要アイテム『石仮面』研究の責任者であり――『魔術師』が言っているのは『石仮面』を作った『柱の男』の最後の一人『カーズ』に必要の無い止めを刺そうとし、逆に『究極の生命体』になる原因になってしまった人物である。……まぁ、最後の決め手になったのもまた彼なんだが。

 

「不意打ちだったとは言え、私はあれに一度殺されて敗北している。奴に引導を渡すのは裏方に回った私の役目ではない、最後まで劇場に立ち続けたお前の役目だ」

 

 まるで『空の境界』の『荒耶宗蓮』に敗れた『蒼崎橙子』みたいな鮮やかな引き際であり、何か良い感じの言葉で言い包めようとしている感が強いが――要するに、自分ではまともに相手にしたくないと言っているようなものである。

 全ての策を粉砕した今尚『魔術師』は『うちは一族の転生者』を最大限に警戒している事の証左であり、あの『少女』の危険度は微塵も衰えてないという認識なのだろう。

 オレ自身も『魔術師』も、あの『うちは一族の転生者』を絶対に見逃せないという意見は言わずとも一致しており――。

 

 

「――4つ目の落ち度。それは貴方の『人形』を『穢土転生』した事だと思うけど?」

 

 

 『うちは一族の転生者』からの言葉に、瞬時に『魔術師』の顔から感情が消え去った。

 彼の露骨なまでのポーカーフェイスは感情の動きがあったという事の裏返しであり――先程までの様子とは違って『うちは一族の転生者』は艶やかに嘲笑う。

 

「それによって『人形』の脳髄に私の記憶が刻まれ、私の情報が貴方の本体に渡った。――今の貴方は、この私が如何なる存在か、唯一理解出来る存在だと思うけど?」

 

 場違いなまでに余裕そうな表情の中に自嘲が盛り込まれている『うちは一族の転生者』に、『魔術師』は無感情の中から隠しきれぬ憎悪を滲ませて盛大に舌打ちする。

 

 

「――幾多の並行世界を死に渡る『無限転生者』、そして我々転生者が生まれた『元凶』の片割れか。君自身の記憶が正常なものか、その判断には苦しむがね」

 

 

 ……その4つ目の落ち度を指摘しなかった理由は、この事実をそのまま永久の闇に葬り去りたかったからに他ならない。

 一体どういう事だ? アイツがオレ達転生者を生んだ『元凶』の片割れ?

 オレは驚愕の眼を持って『魔術師』と『うちは一族の転生者』を見るが、『魔術師』は敢えて無視する。

 

 

「――神咲悠陽。貴方の本当の願いを私が叶えられるとしたら、貴方はどうする?」

 

 

 

 

「――神咲悠陽。貴方の本当の願いを私が叶えられるとしたら、貴方はどうする?」

 

 

 その悪魔の囁きめいた言葉に、『魔術師』は小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

「……さて、君が私の本当の願いを把握しているとは思えないが?」

「嘗ては『基幹世界』への帰還だった。だけど、貴方は諦めた。――その当時から、貴方にはある疑念があった。果たして一回目の自分が生きた『基幹世界』は自分の知るままなのだろうか?」

 

 『魔術師』の無表情の装いが即座に殺意立った凶相に歪む。

 

「――今の貴方なら、明確な結論が出ている筈よね? この次元世界だけでも数千人規模の転生者、千差万別の死因なれども唯一の共通点、そして噛み合わない『基幹世界』での記憶、其処から導き出される答えは――」

 

 その昔、『魔術師』は自身の『魔術工房』に訪れた無謀な来訪者から戦利品としてあらゆるモノを奪い去った。生命、人としての尊厳、そして『基幹世界』での記憶を、ありとあらゆる方法を使って。

 結果、解った事は九割方の転生者が『巷の吸血鬼』とやらによって殺害されている事。殺害された年数に十数年前後のバラ付きがある事。そして――噛み合わない歴史的重大事件・自然災害の発生年数。酷い時は特定年号の日本の総理の名前さえ十人十色だった。

 その不可解な相違点と『うちは一族の転生者』の記憶の断片を総合すれば、導き出される答えは一つ――。

 

 

「――『基幹世界』は原型を留めないほど改変されている。恐らく私達が生きた痕跡も、いや、存在したという事実も事象の彼方に葬り去られて無かった事にされているだろう。……私の帰るべき『故郷』はもう記憶の中にしかない幻の都という訳だ」

 

 

 あくまでも『うちは一族の転生者』の記憶が正しいという前提の元の仮説に過ぎないが――『基幹世界』は一人の特異点を基軸に永劫回帰しており、その特異点によって『基幹世界』から存在そのモノを弾き出されたのが我々『転生者』なる存在なのだろう。

 放逐された者の席は空席になるのか、それとも全く別の誰かが代わりに座るのかは解らないが、何方にしても『転生者』となった者は『基幹世界』に最初から存在していない事にでもなっているだろう。

 

 ――不意に脳裏に過ったのは、ifの選択肢。

 冬木での『第二次聖杯戦争』を勝ち抜き、『小聖杯』を使って『大聖杯』を起動し、根源に到達して『第二魔法』に至った神咲悠陽が居たのならば――自分の存在そのモノが無かった事にされた『基幹世界』を見て、どう思うだろうか。考えるだけで気が狂いそうになる。

 

「――だけど、私ならば貴方の本当の望みを叶えられる。最初の過ちが起こる前まで逆行する事で、それから起こる全ての事象を無かった事に出来る――世界を一つ食い潰す事で、世界の枠組みを超える事で連鎖的に原初まで遡れる……!」

 

 それが『うちは一族の転生者』の本来の力であり、法外なまでの逆行能力。その狂気の沙汰が可能である事を『魔術師』は正しく認識している。

 

「――神咲悠陽、貴方は私と同じ。最初の一歩を致命的なまでに間違えた人間。取り返せない過ちを未来永劫・過去永劫に後悔し続けた。その苦しみを、嘆きを、悲しみを、私は誰よりも理解出来る」

 

 

 

 

「――神咲悠陽、貴方は私と同じ。最初の一歩を致命的なまでに間違えた人間。取り返せない過ちを未来永劫・過去永劫に後悔し続けた。その苦しみを、嘆きを、悲しみを、私は誰よりも理解出来る」

 

 ……あの『魔術師』に、完成された『悪』そのモノの神咲悠陽に、後悔の念がある?

 『万華鏡写輪眼』の幻術によって行動不能に陥りながらも、彼に一体どんな『自責』があるのか、疑問に思う。

 『魔術師』神咲悠陽が完全に揺るがぬ『悪』であるのは、他人の評価に羽虫ほどの価値も置いてないからだ。

 自分自身の判断基準こそ唯一無二にして絶対の秤であり、他人の言葉で揺らぐ事など無い。だからこそ彼を説き伏せたければ彼自身の『自責』が必要だ。あの彼にそんなものがあるとは到底思えないが――。

 

 

「貴方の手に『聖杯』が握られたのは、きっとこの時の為。さぁ、全てをやり直しましょう? 貴方ほどの強大な自我の持ち主ならば、改変された後の『基幹世界』でも記憶を保持したまま戻れる――火事で逃げ遅れた哀れな少女を助けようとして焼け死んだ一回目の無意味な結末を、その手で変えましょう?」

 

 

 ――火事で逃げ遅れた少女を助けようとして、焼け死んだ――?

 

 確かに私は、『代行者』から『魔術師』の二回目の死因が『焼身自殺』である事を知っている。一回目の死因もそれに則したものだろうと予測はしていたが――不意に繋がってしまった。

 

 ――燃え盛る炎の中で『彼』は誰かを必死に探し続けて、結局見つけられずに焼死する夢。

 

 ……もし幻術が解けていたのならば、私の顔は歪みに歪んでいただろう。

 その誰かが誰だって? ああ、何で今此処で気づいてしまったのだろう。この時ばかりは私の直感が憎たらしい……!

 

 

(……あの神咲悠陽が、一回目の世界において焼け死のうとしていた私を救う為に火に飛び込んで、一緒に焼け死んだ……?)

 

 

 全くもって信じられない。だが、『彼』が誰よりも死を体現する人物だと思ったのは皮肉なまでに正鵠を得ていたという訳だ。

 それは『前世』の死の光景をそのまま繰り抜いて出てきた、性質の悪い冗談そのもの。まさか『彼』との因縁が其処から始まっていたなんて――。

 

(……それなら、そんな間違いを選択してしまった『彼』がやり直しを願ったとしても、私には止められない――)

 

 『彼』がそうなった元凶である私に、『彼』を止める権利も資格も最初から無い。

 神咲悠陽はその事を一生涯に渡って後悔し続けただろう。尊い日常をその為に失った。私の犯した悪に対する後悔とは違う種類のそれだが――故にまずい。この状況は、非常に、とてつもなく。

 

「――確かに、私はあの時の選択を未来永劫・過去永劫に渡って後悔し続ける。ミイラ取りがミイラになって、見知らぬ少女と一緒に仲良く焼け死ぬとか、嗚呼、何て愚かな選択をしたのだろう。何とも馬鹿馬鹿しい、愚かの極みだと。今の私ならば絶対に選択しないし、出来ない事だ。もしやり直せるのならば、違う選択肢を間違いなく選ぶだろう――」

 

 自嘲しながら『魔術師』は胸に永遠と溜まった膿を告白する。

 ――そう、『彼』が『聖杯』を死蔵した最大の理由は自身のサーヴァントの魂だろうが、最初の目的を諦めた理由はそれまでの道筋を思い描けなかったからだ。

 

 『聖杯』は万能の願望機でも『使い手』は万能ではない。『使い手』が過程を思い描けなければ万能の願望機もただの杯に堕ちよう。

 だが、あの『うちは一族の転生者』ならば、『転生者』そのモノの成り立ちを無かった事に出来る。原初への逆行による歴史改変、否、多元宇宙の改変。それを成せれば――故郷に帰りたいと切望した『彼』の原初の望みが忠実に叶えられる。

 

 だから、私は頷くと思った。

 そう、私は――最初から『彼』の事を見誤っていたのだ。

 

 

「――けれども、だからこそ、私の『三回』に渡る人生の中で、それだけが唯一誇れる事だったのだよ」

 

 

 ――その『彼』の口から紡がれた信じられない告白。

 私は幻術の支配下に置かれてなければ『うちは一族の転生者』と同じ表情になっていただろう。

 

「――ぇ? 身の丈を考えずに、何も掴めずに無残に焼け死んだ、あの結末が……?」

「ありったけの勇気を振り絞って『ヒーロー』を目指して志半ばで死んだ。それが一回目の私の死に様であると、私は胸を張って誇らしげに言えるぞ?」

 

 ……どうして、よりによって『彼』がそんな事を断言出来るのだろうか?

 

「私が自分の意志で打算無く自発的に行った『正義』は後にも先にもそれだけだ。結果は伴わなかったのは非常に残念な話だが、結果次第で事の『善悪』が変わる事はあるまい」

 

 出発点は同じなのに、その眼に死が焼き付いて母を焼き払うという私以上に酷い過失無き損失を犯す羽目になったというのに、その最初の過ちを誇るだって――?

 私は救いなんて無いと思って焼け死んで『光』を見失ったのに、救えなくて光も失った『彼』がその『光』を見続けていた、だって――?

 

「それを無かった事にする? 同じ状況を繰り返して別の選択肢を? ――ふざけんな、人生は何度繰り返そうが一度限りの選択の積み重ねだ。其処にどんなに苦渋と苦悶があろうと、一生涯に渡る後悔があろうとも、私の下した一度限りの決断の数々は私の生きた証そのモノだ。それを見ただけに過ぎぬ貴様如きに否定されてたまるか」

 

 『魔術師』神咲悠陽は真正面から言葉の刃で切り捨てる。

 

「それに、やり直すというのならば今、現在進行形で人生をやり直してる最中だ。――消えろ、一夜限りの悪夢の残骸。その手の救済(まやかし)は我々には不要だ」

 

 ……我々『転生者』に対する唯一無二の救済を否定して、『彼』はいつも通り邪悪に嘲笑う。

 今度の今度こそ『うちは一族の転生者』は、『魔術師』神咲悠陽に対して一片の歪みな無き憎悪を吐き散らす。

 

「……ッッ、完全に見誤っていたわ。――この『偽悪者』め……!」

「相変わらず見る眼がない。それに『贋作(フェイク)』が『真作(オリジナル)』を凌駕しないという道理は何処にも無いがな。私の織り成す『虚構(フィクション)』は『現実(リアル)』を悉く凌駕するモノと識れ」

 

 

 

 

 







 SG・3 『悪』

 『彼』の最も秀でた才覚は誰もが知っての通り『悪』である。
 自身の起源である『焼却』と『歪曲』に強く引き摺られている『彼』は、他者の邪魔をするという一分野にかけては全盛期の豊海柚葉に匹敵する。
 だが『彼』自身、自分の在り方を『悪』と断ずるのは一回目の人生の道徳概念・倫理観がそのまま根底にあるからであり、『彼』にとって自身の最適な行動選択肢が『悪』の方向性である事は不本意極まりない処か自己憎悪の対象にすらなっている。

 それ故に――『彼』が『悪』を演じる事で成した『勝利』は『彼』にとって何の価値も無く、同時に無意味と化す。

 『正義』を愛し、『王道』を信仰する『彼』は誰よりも『悪』と『邪道』を忌み嫌うも、『彼』には『悪』と『邪道』しか成せない。
 『邪道』によって簒奪した『勝利』は『彼』に何も齎さず、だからこそ『彼』はあらゆる戦いを無意味に終わらせてしまう運命にある。
 不敗の『魔術師』は『結果』を最優先に求める余り、その『過程』で何一つ掴めずに『勝利』してしまったのである。

 ――もしも『彼』の運命を覆せる者が居たのならば。
 『彼』の描いた『悪』による『邪道』の物語を打破出来るのならば。
 『彼』の愛する『正義』によって『王道』の物語を指し示されたのならば。
 その時こそ『彼』は意味のある有意義な『敗北』を得る事が出来るだろう。

 『彼』の脚本に打ち勝つには見え透いた破滅の影に巧妙に隠れた本命の悪意を回避し、当人が望む最も困難な『王道』の選択肢を見つけて往けば良い。
 そうすれば『彼』は自ら敗北する事を良しとするだろう。

 ただし、『彼』の脚本をより強大な『悪』で覆すのならば覚悟が必要だ。
 その結末を『彼』自身が許容出来ない場合、『彼』はその『敗北』を認めもしなければ受け入れもせず、自身の思い描いた最凶最悪の『悪』を演じて何度でも覆してくるだろう――。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40/黎明



 星の開拓者:-(EX) 人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキ
           ル。あらゆる難航、難行が『不可能なまま』『実現可能な出来事』にな
           る。
           先天的に持ち得ていたのか、それとも達成してしまったからこそ後天的に
           持ち得たのかは不明である。
           彼が特定の動機によって戦う際、発現・発動する隠しスキルであり、本編
           では出現しただけで惑星単位に無条件のゲームオーバー判定を吐き出す討
           滅不可能対象の『クリームヒルト・グレートヒェン』戦の一度しか発動し
           ていない。
           本来、勝者無き決着となる筈の『冬木での第二次聖杯戦争』の勝者とな
           り、世界を改変する可能性を得た彼の軌跡は同系列の並行世界全てに『正
           史』として刻まれる。……神咲悠陽の生きた世界と『代行者』の生きた世
           界は同系列の世界でありながら異なる並行世界の一つである。
           このスキルが発動中の彼は主人公補正持ちのラスボスであり、相手が真祖
           の王だろうが神霊級だろうが全能が少女の形になった何かだろうが、取り
           巻く環境すら改変して那由多の果てに彷徨う勝機を掴める。
           ただし、スキル発動中は理性が半分以上吹っ飛んで半暴走状態となり、無
           意識の内にそうなってる自分自身を自覚出来ないが故に最大のイレギュ
           ラー要素となり――全てを真っ黒に焼き尽くし、彼すら予想出来ない破滅
           の結末が確実に約束される。



 

 

 

 

「――全てを取り戻す為の『過去改変』を望まず、全てを失い続けるだけの『現状維持』を望むか。それがお前の選択なのか、『魔術師』神咲悠陽」

 

 此処は多元宇宙の果ての果て、全にして一、一にして全、全ての可能性の始発点にして終着駅、入り包む超次元の位相空間――其処に、在り得ない事に、一つの生命体として存在する『彼』は事の顛末を全て見届け、心底不思議そうに呟いた。

 

「随分と意外そうだね、『第二』の『魔法使い』。いえ、今回の事件の『本当』の黒幕さん。まさかあの『魔術師』が『無限転生者』の提案に乗ると思っていたのかな?」

「それこそが私の目論見であり、最初に想定した結末だ。その為だけにあの混沌極まる世界に『無限転生者』の残滓を送り込んだのだが、何処で読み違えたのかのう?」

「何処って、最初からでしょ? ……うん、そうだよね。『君』がそれすら解らないのは当然の事なのか」

 

 その在り得ない『部外者』に対応するは、豊海柚葉の姿形をした彼女の『補正』であり、彼女の隣にいる『蒼の亡霊』はその名の如く何も語らずに静かに佇んでいた。

 

「――謀略とは力無き人間に残された最後の足掻き。唯一人で全ての状況を打破出来る神域への到達者には最初から不要な要素、その『センス』が致命的なまでに欠如している『君』の謀略が失敗するのは至極当然の理じゃないかな?」

 

 『彼』は意外そうな顔をし、少し考え込むような素振りを見せた後、無言で続きを催促する。

 豊海柚葉の形をした『補正』は心底うんざりしたような表情を浮かべる。それは『蒼の亡霊』と接する時の彼女とは真逆の反応である事に誰が気づくだろうか。

 

 

「――『君』が絶対的なまでに万能・無敵なのは役者としてであり、舞台に登壇しない脚本家としては三流以下なんだよ。『君』の謀略は最初の一歩目から致命的なまでに破綻している。――『君』と違う選択をした君が、『君』の思惑の範疇にある訳無いじゃないか」

 

 

 『彼』の立派な顎鬚を生やした口元が歪む。

 亀裂の如き笑みから生まれる新たな印象はひたすら邪悪、人としての邪悪の極限が其処にあり、それはあの彼を即座に連想させるに足る仕草だった。

 

「……なるほど、確かにこれは私の落ち度か。『小聖杯』を使用して『大聖杯』を起動して根源に至った私には使わずに死蔵した『私』の思考を読めなんだのは当然であったか。これは盲点だった」

 

 童話に出てくる西欧の魔法使いのような出で立ちは崩れ去り、灰色にくすんだ髪は鮮血のように麗しい真紅に戻り、その吸血鬼特有の赤い瞳を瞑り――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを騙った『魔法使い』は元の和風の姿に戻ったのだった。

 

「――万物の『死』しか映さない盲目暗愚の神眼の持ち主が何を言っているのやら。本気で事を成就させる気があったのなら『君』自身が役者として登壇すれば済む話じゃないか。英霊の域を飛ばして神域さえ踏み躙る『君』なら赤子の手を捻るように簡単な話でしょ?」

「無粋の極みだな。そんなのは子供だけの劇に大人がしゃしゃり出るような行為だ、それこそ『大人気無い』だろうに」

 

 その途方も無い傲慢さは哀れな『人』を見下す超越的な『神』に似ており――事実、目の前の『魔法使い』は『人』の領域など疾うの昔に超えて、『秩序』と対峙する魔法使いの領域すら飛び越えて、前人未到の『神』の領域に足を踏み入れている。

 

 ――こうなって幾つの永劫を越えたかは知らないが、もう人としての視点など持ち得ていないのだろう。

 

「……選択を致命的なまでに違えたとは言え、大元は一緒。その性格の悪さと歪みっぷり、流石に同一人物だね」

 

 ――此処にある『魔法使い』は神咲悠陽という可能性の終焉。

 『第二次聖杯戦争』を勝ち抜いて『大聖杯』を起動させて根源に至り、第二の魔法使いを打破して魔法使いとなり、第二魔法では超えられない筈の『基幹世界』への帰還さえ果たした不可能無き異分子(イレギュラー)――『彼』の前ではあらゆる事象が『可能のまま』『実現不可能な出来事』になる。

 

「それで『君』の想定外の結末に至った訳だけど、どうするんだい?」

「どうするも何も、どうもしないさ。自らの敗北を受け入れる、それだけの事さ。やはり人の世はままならぬが故に面白いな。負けるなんていつ以来の快挙だか」

 

 一片の悔い無き笑顔で『彼』は敗北を受け入れ、その様子に豊海柚葉の形をした『補正』は酷く訝しんだ。

 

「……? 『君』は自分の物語の結末を覆す為に此処に来たんじゃないのかい?」

「ふむ、誤解があるようだから訂正するしよう――私は私とは違う選択をした『私』が自らの選択で破滅していく姿を見たかっただけだが?」

 

 仮に、『魔術師』神咲悠陽が『無限転生者』に賛同して多元宇宙の改変が成ったとしよう。意味の無い仮定だが、その改変後の『基幹世界』で神咲悠陽は転生によって未来永劫に失った『人としてのささやかな幸福』をその手に取り戻す事が出来るだろうか?

 

 ――否、否否否。己自身の今までの歩みを否定した者に輝かしい未来など無い。

 

 無かった事にした過去を自分自身だけは覚えているという事は、自分に対してのみ無くなっていないという事。その事実は未来永劫に渡って付き纏い、永遠に拭えぬ自責となって内側から責め立てるだろう。

 そう、此処に至っても『魔法使い』の本質は『魔術師』と何一つ変わらない。自らの選択で破滅させようとする悪鬼羅刹、否、悪神邪神の類なのである。

 

「私自身の物語は既に『大団円(グランド・フィナーレ)』を迎えているというのに、それを私自身が蒸し返すとは変な話だな。的外れの上に本末転倒だろうよ」

「……『君』はあの結末で満足しているの?」

「――終わり悪くとも全て良し。終わり方の良し悪しはともかく、終わるのは何も悪い事ではない。私が愛する『セイバー』もそうだったが、誰も彼も救われたいと思っていると思うなよ」

 

 ――ああ、やっぱり、と。

 起源を同じくする豊海柚葉の『補正』は自身の本体と同じように、この人物だけは理解に苦しむと苦々しい表情を浮かべる。

 

「――私は全てを見届ける為に帰ってきた。だから、自分の物語が終わった後は他の物語を見届けるさ。楽しみながら失望しながら貶しながら期待しながら――それが特等席に座る『一読者』としての特権だろう?」

 

 

 

 

 ――『魔術師』と最初に出遭った時、オレは何となしに奴の事を『必要悪』だと感じ取った事を不意に思い出した。

 

 自分の利益のみを追求する単純明快な『悪』ではなく、もっと複雑で歪曲した何か――この魔都において最も秀でた『悪』ではあるが、『悪』の一言だけでは語り尽くせない人物像。

 『うちは一族の転生者』が見誤るのも無理はない。恐らくは一番敵対した期間の長い柚葉さえ彼の本質を見抜けてはいなかっただろう。

 『悪』のみの視点で語るには『魔術師』神咲悠陽は甘すぎる。だが、その甘さは付け入る隙などではなく、弱点でもなく、彼の思考をより不明瞭で解り辛くする為の迷彩にしかなってないのは当人の『起源』故か。

 基本的に『魔術師』は完全に詰まずに選択の余地を与えて、自らの選択で破滅させる。彼の悪意で破滅する者は悉く自業自得であり――その悪辣な脚本を乗り越える事を切望しているのは他ならぬ彼自身ではないだろうか?

 

「――ほら、秋瀬直也。最期に、あの過去しか見えてない哀れな女に何か言ってやれ」

 

 とは言え、彼自身が敵でも味方でも油断ならぬ人物であるのは変わりない。

 ……ホント、性根が歪んでるというか、複雑なまでに性格が悪いというか。あれだけ言葉の暴力で叩きのめした相手にこれ以上何を言えって言うんだ。

 確かにあの『うちは一族の転生者』はこの事件の主犯であり、柚葉も攫いやがった奴だが――何かもう怒りどころか憐憫や同情心しか湧かない。

 

 それでも敢えて言うとすれば――。

 

「……テメェ等の話は自己完結し過ぎていて半分以上訳が解らねぇし、そっちの事情なんて一切知らないが――初めから方法が違うんじゃないか? 口車に乗せて扇動するにしろ、真摯に協力を取り付けるにしろ、最初から話し合うべきだったと思う。オレが言えるのはそれだけだ」

 

 何で最初から最終手段の強攻策を取ったか、その辺の事情は知らないが、まずは対話するべきだったと思う。

 ……そんなありきたりな真っ当な事を言ったのに、『魔術師』は両頬を限界まで釣り上げて嘲笑いながら「おやおや、私以上に辛辣な言葉じゃないか」と茶化し、『うちは一族の転生者』に至っては絶望に身を震わせながら顔を歪ませた。

 

「――ッッ、それが出来るなら、それが一度でも叶うなら……ッッ!」

 

 ……多分、この『少女』は柚葉や『魔術師』に匹敵し、或いは凌駕するほどの『悪』だが、その真価を自ら損ねていると思う。

 その感情の正体は判断材料の少ないオレには断言出来ないが、『彼女』がそれをもって事を起こす限り、『彼女』の敗北は不可避の結末となるのでは――無意味な感傷が刹那に過ぎる。

 

 ――もしも出遭い方が違えば、或いは『理解者』に恵まれていたのならば――。

 

 ……詮無き事だな。これ以上はやめよう。こうして相容れぬ敵として対峙した以上、そんな在り得ざる仮定に何の価値も無いし――それはオレの役目ではない。

 

「少しの間、柚葉を任せた」

「ああ、自ら志願したとは言え、個人的に不本意な役回りだが任されたとも。――終わらせて来い、お前ならそれが出来る筈だ」

 

 ……言う方は気楽で良いな、それ。

 

 未だに幻術の術中に嵌っている柚葉を『魔術師』に預けて、オレは『スタンド』と共に愚直に駆ける。

 この一夜の悪夢に終止符を打つ為に――あの『少女』の悪夢を終わらせる為に。

 

 

 

 

 ――来る。この世界で最も悍ましい『正義』の具現が……!

 

 折れかけた心を必死に奮わせ、あらん限りの憎悪と殺意を込めて睨む。

 当然の事だが、目の前の『スタンド使い』は一度足りとも視線を合わせない。

 足元だけを見て此方の動きを把握するこのやり方は木ノ葉隠れの上忍『マイト・ガイ』が実践した写輪眼対策の基本にして究極系であり、これを完璧にやられては写輪眼によって幻術に陥れる機会が皆無となってしまう。

 

 それを即興で行える目の前の『スタンド使い』は、九歳の子供という見た目に反して豊富な戦闘経験を積んでいるという事。――ありていに言って何を仕出かすか解らない。

 

 更に『矢』によって『レクイエム化』したスタンド能力は未知数そのモノ――『攻撃してくる相手の動作や意思の力を『ゼロ』に戻す』、『ジョジョの奇妙な冒険』第五部の主人公ジョルノ・ジョバァーナに発現した絶対無敵の『レクイエム』より有情である事を祈るしかない。

 

 ――最早、私に残された時間は僅かしかない。

 

 今のこの私は『闇の書の欠片事件』における残滓同然の存在。

 正規の方法で転生せず、この異世界に偶然迷い込んだ稀人たる私は力を振るう度に自らの存在を削っている状態――既に夜明けを超えれないのだから、後の無い私にこの場からの逃走は意味が無い。

 

 そして私の勝利条件は二つだけ。

 秋瀬直也を殺害して『矢』を奪って自らに突き刺すか、『魔術師』の持つ『聖杯』を強奪してこの世界を食い潰すか、その二つだけである。

 

 ……後者の方は最初から選べない。今此処にいる『魔術師』が本物である保証が何処にも無いからだ。全ての余力を使って偽物を引いては死んでも死に切れない。

 そう、この局面は最初から『レクイエム化』した『スタンド使い』を打破しろという究極の無理ゲーなのである。

 

 軽く絶望しながら――最後の最期まで抗う。

 可能性が僅かでもある限り、私は諦めない。例えその那由多の彼方に転がる可能性をいつも通り掴めずとも、相応の報いで打ちのめされても手酷く崩れ落ちても、私は手を伸ばし続ける。

 

 私が終わり無き地獄に突き落としてしまった『兄』を、私以外の誰が救えるのか……!

 

 チャクラを練り/存在を削り、印を刻む。

 発動させた術は基本中の基本、恐らくは最初に習得するであろう分身の術。

 実像の無い私の分身が九体――そして一体だけ、残りの稼働時間の半分を削った実体のある『影分身』を二重に変化させて仕込み、本体の私は動かず無造作に突撃させる。

 

「――へっ、どれが本物ってか!」

 

 秋瀬直也の表情は一瞬だけ動いたが、『スタンド』を装甲すらせず、一斉に飛び掛かった分身体を皆纏めてオラオラ/無駄無駄の超高速ラッシュで一気に殴り飛ばす。

 本物が解らないならとにかく全て殴り飛ばせば良い、脳筋極まるが古くからの伝統的戦闘発想法である。が、素直に破壊させてはやらない。

 

「……んな!?」

 

 一、二、三、四、五、六、七、八、九――あの『スタンド』に無造作に殴られて打ち消される分身、そして最後に残った本命の『影分身体』が殴られる寸前に変化の術を解除し、百の鳥に分裂させる。

 

「うちはイタチの鳥分身かッ!?」

 

 分裂して襲い掛かる鳥分身を秋瀬直也の『スタンド』は驚くほどの対応力で殴り消していき――速度だけならば最強のスタンド『星の白金(スタープラチナ)』に匹敵すると目測し――その鳥分身の中に仕込んだ鳥に変化した『影分身体』の『万華鏡写輪眼』が秋瀬直也の瞳と目が合った……!

 

「――!?」

 

 即座に発動させるは『万華鏡写輪眼』の中で最強の精神支配系の幻術『月読』――あの秋瀬直也を空間・時間さえも支配する精神世界に引き摺り込む。

 如何に『レクイエム』と化した『スタンド』だろうが、此処では無力同然。精神的に死ぬまで殺し抜けば――そんな私の思惑は、招待していないのに彼と共にやってきた『蒼の亡霊・鎮魂歌』によって呆気無く打ち砕かれた。

 

『――ッッッ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッッ! ドララララララララララララララララララララアアアアアアアアァッッッ!』

 

 なっ、あの『スタンド』、私の支配する精神世界なのに勝手に動いて、所構わず殴って殴って殴って殴り抜いて、万華鏡写輪眼の瞳術『月読』の支配する精神世界は鏡を割るようにぱりんと割れた……!?

 

「……ッ、なんてデタラメ……!」

 

 一切のタイムラグ無く現実世界に帰還させられた私は内心舌打ちする。これじゃ『月読』を発動させた分のチャクラ/存在時間が無意味に消し飛んだだけだ……!

 咄嗟に退く私に対し、全ての鳥分身を殴り消した秋瀬直也は『スタンド』と共に突撃してくる。――写輪眼による幻術は通用しない。最上位の『月読』が半自動型じみたあの『スタンド』に敗れた以上、秋瀬直也には何も通用しない。これでは何一つ阻害出来ない処か、止められない上に此方の浪費にしかならない。

 そしてこのまま近寄られるのはまずい。非常にまずい! 『星の白金』に匹敵する超速度(スピード)だが、この『万華鏡写輪眼』なら確かに捉えられる。捉えられるが、実際に捌き切れるかは別問題だ――!

 

(――『万華鏡写輪眼』の瞳術の一つ『神威』で丸ごと消し飛ばす? 否、恐らく空間の歪みを感知すると同時に殴られて無力化される。――『天照』で焼滅させる? 否、あの未知の能力で殴り消される以前に風操作能力で吹き飛ばされる。――『須佐能乎』で防御を固める? 否、あの程度の守護、あの『レクイエム』の前には気休めにすらならない。同様に『十拳剣』による封印術も、万が一突き刺して封印に成功したとしても幻術世界を突き破って出てくるだろう。――私の『万華鏡写輪眼』の瞳術で時間逆行させて……そんなあやふやな概念的なものがあれに通じるか! ――あと、何? 何か、何か何か……『万華鏡写輪眼』の瞳術が何一つ通用しない……?)

 

 ……うちは一族に生まれた私を全否定された気分である。

 だが、まだ打つ手はある。残されている。あれが絶対無敵の『スタンド』だとしても、本体は人間だ。切れば血が出て死ぬ程度の脆弱な人間に過ぎない。石仮面を被ったDIOのような驚異的な耐久力・再生能力は有していない。

 

 ――あの拳が間合いに入る前に、ありったけのクナイ・手裏剣を投げる。

 

 雨雪崩の如く飛来するそれらを、秋瀬直也は立ち止まりもせず、的確に『スタンド』で殴り払って突き進んでくる。精密動作も高い水準かと舌打ちする。

 勿論、この程度の弾幕で傷一つ刻めない事は百も承知である。秋瀬直也も同様の確信を抱いているだろうし、私も本命を切るタイミングを見計らっている。

 

 ――と、まずは即死級の小手調べ。

 秋瀬直也の動きがぴたりと停止する。彼の驚愕の瞳は瞬時に下の地面、月夜に照らされた私の影と融合している自身の影を映し――奈良一族から盗み取った『影縛りの術』、とりあえず成功。

 

「っっ!?」

『オラァッ!』

 

 したのも一瞬、あの『スタンド』はお構い無しに動いて繋がった影を拳で地面ごと穿ち貫き、『影縛りの術』による拘束は一瞬で解除され、飛翔するクナイ・手裏剣の嵐を必死に殴り払う。

 そのタイミングを見計らって、秋瀬直也の顔に『万華鏡写輪眼』のピントを合わせ、彼の眼前に『天照』の黒炎を顕現させる。

 

「――?!」

 

 瞬時に圧縮された空気を炸裂させ、クナイ・手裏剣ごと一気に吹き飛ばし――その一瞬、『天照』の黒炎で視界を奪われた瞬間を見計らって『とある特別製のクナイ』を自身の背中側から上空に放り投げる。――ちゃんと秋瀬直也の停止している地点に落ちるように。

 

 ――そのクナイの持ち手部分には特別なマーキングが施されている。

 四代目火影が使った反則的な時空間忍術『飛雷神の術』によって瞬間移動する為の触媒である。

 

 そして此方の予想通り、秋瀬直也は上空から頭部目掛けて落下する本命の『飛雷神の術』のマーキングがされたクナイを察知し、その場から動かずに『スタンド』で取ろうとする。

 掴む一瞬前に『飛雷神の術』で彼の背後に空間転移し、一切の行動すらさせずに一撃の下で絶命させる――!

 

 

「――ああ、それは通さない」

 

 

 それはまるで、伏せていた罠カードを意気揚々とオープンするような気軽さで、『魔術師』神咲悠陽の魔眼はクナイに施された『飛雷神の術』のマーキングをクナイごと焼き払った。

 多くのチャクラ/存在を費やして用意した必勝の策は、戦線離脱していた黒幕のただの一手で呆気無く潰えたのだった。

 

「~~ッッ、貴様ァッ! 『魔術師』ィィ!」

 

 反逆の一手を潰されて激昂した私は怒りに身を任せ、刀身が伸縮自在の『草薙の剣』を最大限に伸ばしながら横振りに薙ぎ払う。

 

「――ッ、避けろ『魔術師』ィッ!」

 

 秋瀬直也ごと一閃せんとした一太刀を彼は咄嗟に飛び越えて回避するも、未だに幻術の支配下で動けない豊海柚葉を抱える『魔術師』神咲悠陽に避ける手段は無く――在り得ない事に、寸前の処で受け止められる。

 火花を散らせて『草薙の剣』を受け止めたのは、膨大な呪いが籠められた朱色の魔槍だった。

 

 

「――遅いぞ、ランサー」

「……やれやれ。手厳しいな、マスター」

 

 

 ……そんな理不尽な文句を、絶対の信頼感を持って『魔術師』は口にした。

 

 霊体化から即座に実体化したのは青い槍兵、この地で行われた『聖杯戦争』の最後の生き残りにして彼のサーヴァントであるランサーであり、『魔術師』は鍔迫り合いにすらなってないほど停止した『草薙の剣』の刀身に触れ――魔力を流されて一瞬で破砕される。

 それは強化魔術の失敗、脆い箇所に過剰に流し込んで物質破壊するという、強化を成功させる気が最初から欠片も無い使い方であり――『蒼い亡霊』の影は、すぐ其処まで忍び寄っていた。

 

「――秋瀬、直也ぁッ!」

 

 蒼い疾風となりて駆け抜けた彼とその『スタンド』は既にその拳を大きく振りかぶっており――最早、接近戦は避けられない。絶対に敵わないと悟りつつも、私の右掌には多重に乱回転したチャクラの球体である『螺旋丸』を形成する。

 

 

 ――そして終わりは一瞬、長い長い悪夢の決着は、やっぱり呆気無くついたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41/転生者は泡沫の夢を見るのか

 

「――仕留めたか?」

「……いや、手応えが無かった。あの土壇場で逃げられたか?」

 

 ――結末は酷く呆気無いものだった。

 

 秋瀬直也が最後の一撃を叩き込む刹那、あの『うちは一族の転生者』は影も形も無く消え果てた。

 見ようによっては『飛雷神の術』でまんまと逃走されたと真っ先に疑う処だが――。

 

「いや、仕留められるより先に『時間切れ』になって消滅したのだろう。興醒めな幕切れだが、最後の悪運だけは強かったようだ」

 

 『魔術師』だけはあの『うちは一族の転生者』が『闇の書の欠片事件』から派生した『思念体』の一つに過ぎない事を知っている。

 限定的な意識、中途半端な存在強度に過ぎない『思念体』なのにあれだけの自由思考を持って猛威を振るったのは恐らくは本体の存在が桁外れの為か、或いは全く『未知の存在』の干渉があったからか――あれが万全の状態で此方の世界に訪れていたのならば、この程度の災厄では済まなかっただろう。

 

「……おい、柚葉は大丈夫なんかよ?」

「ああ、ちょっと待て――」

 

 『魔術師』が抱える豊海柚葉の眼は未だに焦点が合わず、幻術の術中にあり――彼は徐ろに、振り上げた右の握り拳を柚葉の頭に掠るように叩き込んだ。

 

 すこーん、と、それはもう彼主観で気持ちの良い音が鳴り響いた。

 

「――あいたぁっ!? ちょっと何すんのよ!?」

 

 外部からの強い衝撃により物の見事に幻術は解け、痛みによって涙目になった柚葉は頭を抱えながら『魔術師』を睨みつけた。

 

「力加減を意図的に間違えただけだ。囚われのお姫様なんてらしくない役割を演じた小娘に対する鬱憤があるからな、この程度の役得はあって然るべきだと思わないか?」

 

 『魔術師』は悪びれもせず、むしろ「ざまぁ」と言わんばかりの――当人からしたら心の底から晴れ晴れとした、柚葉からはこの上無く憎たらしい笑顔で答える。

 

「『魔術師』なんだから魔術で華麗に解決しなさいよ!」

「魔力を使わずに完了出来る事を、魔力を使って実行するなんてナンセンスだろうよ」

 

 魔術師にあるまじき『魔術師』の解答に、柚葉は「ぐぬぬ」と悔しげな顔で歯軋りを立てる。

 魔力を使わずに事を成す、それを究極なまでに突き詰めて『謀略』に行き着く当たり、この『魔術師』が『魔術師』たる最大の所以だろう。

 

 

 ――『魔術師』の示した在り方は、ある意味、自らの『補正』が裏返って弱体化した豊海柚葉に対する一つの答えだった。

 

 

 『魔術師』は『悪』のまま『正義の味方』を助けるという、本来実現不可能の出来事をこなしてしまっている。

 勿論、『魔術師』も豊海柚葉と同じ程度に『悪』に特化した人間だ。そんな自身の本質に反する事を額面通りに行おうものなら、逆に邪魔してしまい、激しく阻害してしまうだろう。

 だが、『魔術師』は『正義の味方』に敵対する『悪』の邪魔をする事で、自らの本質たる『悪』を損ねる事無く実行しながら結果的に手助けする事に成功している。

 

 ――つまりそれは、『悪』のまま秋瀬直也を手助け出来る可能性を示しているのではないだろうか……?

 

「柚葉ぁっ! ほんっ~~~とぉに、無事で良かったぁ……!」

「な、直也君……!?」

 

 そんな思案に暮れていた柚葉を現実に戻したのは即座に駆け寄った秋瀬直也の抱擁であり、彼女の思考を一気に沸騰させて顔を真っ赤にさせる。

 

 ――不倶戴天の天敵の、外見の年相応の初心さを見届けた『魔術師』は空気を読んで、音も無く立ち去っていた。

 

「神咲悠陽はクールに去るぜ、って感じですかね? にしても相変わらずのバカップルっぷりですね、あの二人は」

 

 いつの間にか主の下に帰還した『吸血鬼』エルヴィは当然の如く『魔術師』の側に立ち――自らの居場所を何処かの『吸血鬼』に誇るように笑う。

 

『……いつの間に帰ってきてたんだよ?』

「……失礼な言い方ですね。今の霊体化しているアンタほど空気になってねぇですよ」

 

 いつもと同じように『なんだとぉ!?』「あぁん!?」と仲良くいがみ合う二人の従者に、『魔術師』は心底呆れた表情で溜息を吐いた。

 

「――役目を終えた役者は疾く去るのみ。……だが、果たして、役目を終えられずに退場出来なかった役者はどうなるのかね?」

 

 『魔術師』の呟く声に答える者はおらず、誰に聞かれる事も無く夜風に紛れて消えた――。

 

 

 

 

 ――冬川雪緒と血で血を洗う死闘を繰り広げた薬師カブトは、しかし彼の主と同じように跡形も無く消失する。

 

 それは他の『穢土転生体』のように未練無く成仏したというよりも、今度こそ主を守るという望みが完全に断たれたが故の絶望で虚無に堕ちたという表現が正しいだろう。

 

「……ふぅ、今度は、最後まで果たせたか――」

 

 事の終わりを悟り、自らの役目を全うした冬川雪緒は地に尻餅を突いて崩れ落ちた。

 その身に刻まれた負傷は悉くが致命傷。彼をこの世に留める月村すずかの念は既に意味を成さず、一秒後には消え逝く我が身を存念一つで必死に誤魔化し続け、死者の存在を排除しようとする世界の修正力にさえ逆らってまで現界し続けていた。

 魂すら秒単位で砕かれる苦痛に堪えていた冬川雪緒は全ての役目を無事終える事が出来て心底安堵し、この世に留まり続けていた自己意思を緩めて――。

 

 

「――死んでからも襤褸雑巾になるまで気張って、馬鹿は死んでも治らないんだな」

 

 

 消え去る寸前に現れた来訪者に、冬川雪緒は静かに苦笑する。

 

「……今更だな。死んで賢くなるのならば、オレ達は全員『賢者』だろうさ」

「……それもそうだな。たかが二回か三回程度死んだぐらいで真理に至れるのならば苦労はしないか」

 

 此処に音も無く悠然と現れた『魔術師』は後ろ髪が切られていない個体――つまりは『穢土転生体』のものであり、そんなものを使ってまで駆け付けた神咲悠陽の必死さを、冬川雪緒は敢えて見て見ぬふりをした。

 

「――それで、どうだった?」

「……首謀者には負け逃げされて、私は勝ち留まりという始末だ。全く持って無意味な勝利だな――」

 

 『魔術師』が当初描いた脚本では、自身の帰還は盛り込まれておらず――死を装って『海鳴市』から去る事を真の目的としていた。

 それこそが神咲悠陽と冬川雪緒が協定を結んだ時から目論んだ終わり方、『海鳴市』にとって有害な『悪』を悉く粛清して間引き切った後の、最後に残った『悪』である『魔術師』の幕引きだった。

 

 ――尤も、『魔術師』の脚本は最初から破綻していたとも言える。

 

 共犯者である冬川雪緒が志半ばで倒れて前提条件が狂い、更には全く予期出来なかった『うちは一族の転生者』の干渉を招いた。

 これによって徹底的に裏方に回って『うちは一族の転生者』の脚本を歪める事に終始追いやられ――当人にとって一番不味い『勝ち方』をしてしまったのである。

 

「未だにそんな勘違いをしているのか。お前は賢しいようで何処か疎いな」

 

 こうなってしまっては愚痴らずにはいられない、といった感じにやぐされる『魔術師』に対し、冬川雪緒は「まるで解っていない」と言わんばかりに深々と溜息を吐いた。

 

「……? どういう事だ?」

「解らないなら言ってやる。お前は自分を必要としない『海鳴市』こそ正常なものだと思っているが、それはオレ達『転生者』のいない正史の『海鳴市』であって、オレ達『転生者』が生きる魔都『海鳴市』の事ではない。――お前はこの魔都『海鳴市』にとって『異物』などではなく、掛け替えの無い『一欠片』だという事だ。故に、お前は『此処』に居て良いんだ――」

 

 その冬川雪緒の言葉に、神咲悠陽は驚き、その表情を歪ませる。

 

「――ったく、此処に至って生者の心配か。何処までも救い難いな、お前は」

「そういう性分だ、死んでも治るものではないから仕方あるまい。これから去り逝く者の戯言だと受け取ってくれ――」

 

 既に冬川雪緒の体は薄く透き通り、末端から光の粒子となって消えて逝っている。

 恐らく次に交わす言葉が今世最後の言葉になるだろう。二人共そう確信し、互いに万感の想いを籠めて口にする。

 

 

「――じゃあな、悠陽。後は任せて良いか?」

「――愚問だな、雪緒。迷わず往生するが良い。精々土産話を楽しみにしていろ」

 

 

 此処に、魔都『海鳴市』にて奇妙な友情を育んだ二人は別れの言葉を今度こそ交わす。

 死者さえ平然と闊歩する異常な夜だからこそ機会無くして途絶した言葉を交わす事が出来た皮肉な巡り合わせに『魔術師』は寂しげに笑った。

 

 冬川雪緒の物語は在り得ざる『再演(ラスト・ダンス)』を経て『終幕(カーテン・コール)』を迎えた。

 友の最期を自身の魂に刻み付けて『魔術師』は先に進む。希望を託された以上、託された者は前に進むしかない。

 

 ――人生は短い。途中下車なんて日常茶飯事だからこそ、二の足で歩ける内に進むしかない。

 一足先に自由になった友を忘れずに、遥か先にある『大団円(グランド・フィナーレ)』に向かって走り続ける。

 

 幸いな事に自分一人ではない。頼れる者達に負債を押し付けながら人生という短い道程を踏破するとしよう。

 これが『うちは一族の転生者』による史上最大規模の即興劇の『終幕』であり――『魔術師』の常闇に封鎖された光無き視界には薄っすらと、新たな絶望の具現たる『赤い線』が静かに脈動していた――。

 

 

 

 

 ――ふと、目が覚めた。

 

 朝焼けは深い霧に遮られ、意識は何処までも朧気で不確か。体の方も少し動かすだけで全身から激痛が走る。

 よくもまぁ余命幾許も無い病身を此処まで徹底的に叩きのめしてくれたものだと、私は私を横抱えする人に文句を言いたくなる。

 

「……ん、起きたか?」

「……うん。少し、長い夢を見ていたみたい……」

 

 そう、長い悪夢に魘されていたんだと思う。

 今代の私はやはり敗北した。全てを裏切って、全てを捨ててまでやろうとした事は、唯一捨てれなかった者に打ち破られ、盛大なまでに御破算となった。

 

 ――本当に、何処までも憎たらしくて愛しい人。私はまたもや届かなかった。

 

「……夢の中の私はまだ諦め切れないで、別の世界で足掻いたの。……結果は酷い結末、歴代一位二位を争う惨敗っぷり……」

 

 ただでさえあの『正義の味方』は規格外だというのに、それと敵対する筈の『偽悪者』にまで邪魔されては為す術もあるまい。

 もうそれだけで泣きそうになるぐらいなのに、自分の方に更なる制限がある始末だ。万全な状態でも敗色濃厚だろうに。

 

 その条件下を定めた者がいるとするならば、ソイツの性格の悪さは折り紙付きだろう――。

 

「……お前は何処の世界に行っても迷惑な奴だよな。散々人の事を振り回しやがってさ――」

「……そうね。それを理解しているのなら――私の身柄を『彼等』に渡せば、君は『英雄』になれるよ――」

 

 そう、今の私は史上最悪の戦争犯罪者。全ての『尾獣』を奪って、全ての里に甚大な被害を齎した第四次忍界大戦の主犯、この世界を滅ぼそうとした『世界の怨敵』――。

 

 

「――誰が渡すかよ。誰が『英雄』なんかになりたいと言った? そんなモノ、糞食らえだ」

 

 

 それなのに、彼は怒った口調で断言した。

 私を庇ってしまえば『英雄』から転落して『世界の怨敵』になってしまうのに、この私に残された時間はもう限り少ないのに――。

 

「それに今更『正義の味方』なんざ名乗る気も無ければその資格すらねぇよ。オレはオレの一存でお前の願いを否定し、完膚無きまで阻止した。――兄を救いたいという願いを知っているのに関わらず。それがオレ達にとって唯一の救いだって事を知っているのに関わらず、だ……」

 

 ……それが、この世界における私の最大の敗因である。

 

 君とさえ出遭わなければ、私は私のまま事を完遂出来たのに――君と一緒に居て、一緒に歩いて、一緒に言葉を交わして、一緒に笑って、一緒に居られずにすれ違って――君を、心の底から愛してしまったから、全ての歯車が狂った。

 君を愛する資格なんて私には無かったのに、君をこの地獄に落としたのは他ならぬ私なのに、最後に立ち塞がるのは君だと解っていたのに、私には君を殺す事がどうしても出来なかった、君を殺す事なんてやっぱり出来なかった。

 

 だって、私の戦う理由は『愛』なのだから、敗れる理由も同じく『愛』なのだろう――。

 

 

「――それでもオレは、お前と一緒に生きたかった。お前のいない世界に、何の意味も見い出せなかった。オレはそんなオレの我侭で、お前の願いを台無しにしたんだ」

 

 

 ――それは余りにも当然過ぎる、最初から約束されていた破滅だった。

 

 

「……ホント、酷い人。その自分勝手さは、誰に似たのかしら……?」

「どう考えてもお前だろう。そんなお前が好きだから、いつの間にかこんなに似ちまったんだろうな――」

 

 ――涙が自然と溢れてくる。

 ……ごめんなさい、兄様。ルイはまた、挫けてしまいました。貴方を救う事が、また出来なかった――。

 

「……敗者が勝者に従うのは世の常。良いわ、今生限り私を好きにして――」

 

 ――死が二人を分かつまで。文字通り、それで終わり。

 もう数年の時も生きられず、死んだ後の私には無限の次が用意されている、けれど――。

 

「……それで、さ。私は、その……君の事を――ヤクモの事を、好きになって、良いのかな――?」

 

 その答えは言葉ではなく、無言の口付けであり、私は目を瞑って身を委ねるのだった――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

 

 

 

「……はぁ、ボスラッシュとか勘弁して貰いたいねぇ。どいつもコイツも再生怪人扱いなのに弱体化してないとか不具合過ぎるっしょ?」

「ミッドチルダでのトラウマが鮮やかに蘇りましたよ。今回のは本家本元の『死の河』ですし。……あれ? このやりとり、前にもしたような――?」

 

 いつぞやのオープンカフェで寛ぎながら、私は砂糖ありありのコーヒーを口にし、アリアさんは全身脱力しながらオレンジジュースを飲んでいます。

 以前にもこんなやりとりをしたなぁと既視感を覚えながらも、いつだったかなぁと思い出せず。

 まぁ思い出せないという事はさして大事な事でも無いという事ですね。

 

「前は二人だけのお茶会だったけど、今回は新入りがいるけどね。やったねティセちゃん家族が増えるよ!」

「それは駄目過ぎるフラグです!?」

 

 極一部の人にとって永遠のトラウマもののフラグを建てたアリアさんに私は「おい馬鹿やめろ」と突っ込みますが、私達二人と同席する『白い魔法少女』――『魔法少女まどか☆マギカ』式の魔法少女である白さんには元ネタが解っていない様子でした。

 

 ……しかし、私から見ても途方も無い魔力の持ち主――まさかの鹿目まどか級の魔法少女らしい――ですが、何処かこう、存在そのモノが幻想で今にも消えてしまいそうな少女という印象が強いです。

 

 明日には独りでに消えている系の薄幸の美少女、というのが第一印象でしょうか。

 

「……えーと、話が見えない、のですが?」

「あー、無理に敬語使う必要無いよ、白ちゃん。年齢不詳・経験不明の『転生者』に年功序列なんて無意味極まる概念だしー。どうせあの『魔術師』の事だ、何の説明無く指定の場所に行けって指示しただけでしょ? アーマードコア並に不親切なチュートリアルだねぇ」

 

 白さんが目を白黒させる中、アリアさんは遠い目をしながら「そーいやそれにこだわった器の小さい男もいたっけ、元気してっかなー?」と、生死不明な元同僚の太っちょの中将閣下に思いをほんの――多分一秒にも満たないぐらいの時間、馳せた。

 まぁ今の白さんが対面した状況は「騙して悪いが仕事なんでね!」という傭兵特有の気前の良い依頼なのでしょう。

 世間慣れしてなさそうな彼女には『魔術師』の悪意がどの方向から来るのか、解らないで困惑しているのでしょう。あの『魔術師』の悪意は彼女の元の世界の『魔女』よりも歪曲しているので非常にやり難いのです。

 

「まぁ私達にしても『資金援助してやるから世間知らずで時代遅れの魔法少女を世話しろ』としか聞いてないけど。根無し草には嬉しい提案だけど、君はぶっちゃけて言えば私達に対する『首輪』だろうね。『魔術師』の都合が悪くなったら『仲間』から『刺客』に早変わり。困った困った、これは切っ先が少しでも揺らぐように好感度稼いでおかないといけないねー」

 

 ……先の大事件で突如誕生した最強規模の魔法少女、白さんは『魔術師』神咲悠陽に殺生与奪を完全に握られているみたいです。

 その彼から受けた最初の命令はとあるオープンカフェで待つ私達と合流する事であり、後の指示は二人から聞けとしか説明されていない。

 一体全体どんな無理難題を押し付けられるか、一種の覚悟を決めてから訪れただけに、私達との空気の差に白さんはただひたすらに疑問符を浮かべるばかりなのでしょう。

 

「さて、とりあえず飲み終わったら生活必需品の買い出し行こうぜー。必要経費だし、精々『魔術師』殿の懐を痛めるとしましょうか」

「い、いや、私にはそういうのは必要無いんだけど――」

 

 元より白さんは『魔法少女まどか☆マギカ』式の魔法少女であり、魂を加工して作られた『ソウルジェム』が本体である事が当たり前になっている節があります。

 故に肉体はどうにでもなる付属品に過ぎず――二回目の世界で数百年間魔女として活動した経験は容易に人間としての営みを忘却させた為、魔力さえあれば幾らでも補える程度の認識しかないのでしょう。

 その人間らしからぬ者の反応を正確に見抜いてか、アリアさんは深々と溜息を吐きました。

 

「やぁれやれ、存在不適合者の社会復帰なんてきつい案件を押し付けられたものだ。――良いかい、白ちゃん。女の子には女の子として生まれたその日から美しく着飾る義務があるのだよ」

「そうですよぉ、経費が下りるんだから使える範囲で使い切ってしまわないと駄目なのです! 迂闊に残すと次の予算で削減されてしまいます!」

 

 ……実体験の篭った世知辛い官僚生活の告白を白さんは敢えてスルーしたようです。

 嗚呼、懐かしいなぁ、管理局での生活は。二度と戻りたくないですけど。

 

「私達は二回目の『転生者』だから、三回目の『転生者』の君が抱く葛藤なんて欠片も共感出来ない。でもね、これだけは断言出来るよ。人生は楽しまなきゃ損って事さ」

 

 

 

 

 ――白

 

 元管理局員のティセ・シュトロハイム、アリア・クロイツと共に奇妙な共同生活を送る事に。

 人間としての感性が戻りきっていない元魔女の魔法少女の社会復帰を、二回目の転生者である彼女達は二回目特有の空気の軽さで強引に推し進めていく事となる。

 週に一度の割合で『魔術師』の屋敷に訪れ、濁った『ソウルジェム』を浄化する作業と共に無理難題を押し付けられる。

 一応報酬は出るが、『ソウルジェム』の浄化作業で(『魔術師』が足元を見て、尚且つ彼の個人的な恨み+愉悦目的の為に)強制徴収されるので生かさず殺さず状態が続く。

 このブラック企業も真っ青な労働条件と最低賃金に「待った!」を掛けるべくアリア&ティセが何処かの暗黒卿の敵側の人達が得意とする『過激な交渉』に訪れるのは別の話である。

 

 ――『闇の書の欠片事件』改め『うちは一族の転生者事件』からの縁で、『教会』の禁書目録『シスター』&セラ・オルドレッジとは一定以上の友好を築いている。

 

 

 

 

「……あー、早く死にたい……」

 

 爽やかな朝、それに真っ向から反するどんよりとした暗闇の雰囲気を漂わす野郎の名は赤坂悠樹。先の事件の黒幕に『穢土転生』され、はやてに倒された『過剰速写(オーバークロッキー)』のオリジナルらしいが……。

 

「……なぁ、コイツ、『過剰速写』のオリジナルの癖に性格違いすぎねぇか?」

「……戦っている時は超テンション高かったんだけどなぁ……」

 

 テーブルに倒れ伏す完全無気力状態のダメ人間を見ながら、隣にいるヴィータは困惑した顔で「もっとこう、精神的にぶっ飛んだヤツだったんだけどなぁ」と首を傾げる。

 つまりこれは何処かの満足同盟のリーダーのような『満足時代(黒歴史)』、『ダークシグナー時代(黒歴史)』、『満足街時代(黒歴史)』みたいな変化だろうか? 全部黒歴史だが。

 

「死にたがり屋が『穢土転生体』になって成仏出来ずにいるとは、随分と愉快な状況ですねぇ」

 

 例え初対面で関わりが無い相手でも突っ掛かる姿勢はいつも通りと言わんばかりの『代行者』だが、いつものヤツの悪態を知っている身としてはキレがいまいち足りない。

 

 まぁ何故かと言えば――。

 

「……お前、絶対安静だろ? 嫌味を言う為だけに態々起き上がってきたのか?」

 

 この前の事件で最も重傷だったのは『代行者』に他ならず、冗談抜きにマジで瀕死の重体で現在進行形で死に掛けている。

 全身包帯姿の『代行者』は決してヤツの普段の素行からシスターやシャマルやシャルロットが回復させる事を拒否したのではなく……さ、流石に此処まで死に掛けていれば拒否しないよな? ――素肌が異常なほど黒く腫れており、長続きする回復阻害効果に苦しんでいる最中である。

 

「……というか、私に『魔女』の大軍を押し付けた癖に何で死に掛けてるんです?」

「おや、此方の怪我を気遣ってくれるんですか? これはこれは怪我をした甲斐があったもんですねぇ!」

 

 ……うん、ジト目のシスターに返す言葉にもいまいちキレがない。

 いつものヤツなら「人形が人の心配をするなんて烏滸がましいと思わないですか?」とかいう具合に更に腹立たしく煽る筈である。

 

 ゴキブリ並にしぶとい生命力で何とか寝たきりになっていないという状況で、一体何が『代行者』を駆り立てているのか、深く疑問に思うばかりである。

 アイツにとって、自分の安否よりも他人の悪態を突く方が優先順位高いのか……?

 

「あらあら、『代行者』さん。嫌味にいつもの切れが足りないわぁ、本格的に参ってるんじゃない?」

「いえいえ、前世での叶わぬ切望を果たして抜け殻となった『神父』ほどではありませんよ。このままぽっくり逝かないか心配ですよ」

 

 いつもの仕返しとばかりに嘲笑う紅朔に『代行者』は笑顔でこの場にいない『神父』をディスっていく。

 「まぁそれはそれで大往生になるんですかねぇ?」と付け足すが、お前は何を頑張っているんだ、額に脂汗滲んでいるぞ。

 

「……お前なぁ。全く、テメェはいつでも全方面に喧嘩売って――」

「――私なら大丈夫ですよ、クロウ」

 

 ……と、噂をすれば何とやら、居間に『神父』が現れた。

 あの事件で前世での宿敵、吸血鬼『アーカード』との決着をつけた『神父』は人生の目標を早々に達成した人のように覇気が無くなり、『教会』の皆を心配させたものだ。

 反面、何一つ心配されない『代行者』との違いは日頃の行いとしか言えないだろう。自業自得である。

 

「残念でしたねぇ『神父』。吸血鬼『アーカード』を仕留めて死ねたのならば、満足の内に――」

「ええ、私自身、それを望んでいた節がありましたが――夢を見ましてね」

 

 ……何やら『代行者』の嫌味が欠片も残さず吹っ飛ぶぐらい不穏な事を聞いた気がするのは気のせい、ではなかった。

 やはりというか、『神父』は刺し違えてでも吸血鬼『アーカード』を仕留められれば良かったと思っており――『魔術師』の『使い魔』の助けがなければただの真実になっていた事に寒気が走る。

 

「その夢には『アンデルセン先生』がいて、私は嬉々と証明出来た事を報告したんですよ。ですが、先生は首を横に振って後ろを指差して――其処には『君達』が居たのです」

 

 ……何とも反応が困る告白をされて、『代行者』は珍しく驚いたり歪んだり百面相をする。

 あの男にしては珍しく、気恥ずかしげにしているのか……!?

 

「……『置き去り』と似たような境遇だと聞いたが、天と地の差だな……」

「いじけない、いじけないっ。隣の芝生は青いってヤツや!」

 

 何でか知らないが、更なる悪循環に陥った赤坂悠樹を――シグナムとシャマル、そして犬状態のザフィーラを引き連れた、車椅子に座ったままのはやてが慰める。

 微妙に慰めの言葉になってない気がするが……。

 

「はいっ」

「……?」

 

 そんなヤツに、はやては手を差し伸べる。奴は不思議そうにその小さな手を見て――。

 

「歩く練習したいから、手ぇ貸して欲しいな――悠樹さん」

 

 はやての晴れやかな笑顔を見て、少し躊躇した後、ヤツは渋々と――性格的に在り得ないと思うが――恐る恐る生身の左手を差し出して、はやてはその震える手をしっかりと掴んだのだった。

 

 

 

 

 ――赤坂悠樹

 

 『穢土転生』に縛られて成仏出来ず、消え去る事も出来ない彼は『教会』に居座る事に。

 今の彼は『穢土転生』の不死性によって能力をデメリット無しで使用可能だが、極度の精神的不調から能力使用が一切不可能になって『無能力者(レベル0)』になっている。

 ……とは言っても、彼自身、超能力なんて無くとも凶悪なテロリストの為、ヘタすると能力が無い方が厄介になる。

 今は八神はやてのリハビリに付き合っており――精神的に立て直して大往生するか、立て直せずに永遠に彷徨い続けるかは遠い未来の話、彼を取り巻く環境次第である。

 

 

 

 

 ――『闇の書の欠片事件』改め『うちは一族の転生者事件』。

 

 主犯がそのまま事件名になった今回の事件は奇跡的に死亡者0名、周囲の建物への甚大な被害もなのは式の結界魔法による修復という名の尊い犠牲(主に出番の無かったユーノ及びミッドチルダ式の魔導師&ベルカ式の騎士が魔力切れになるまで強制労働)によって事無きを得た。

 

 その中で唯一、代償を踏み倒し損ねた『魔術師』はというと――。

 

「それにしても傑作だったわねぇ、種明かしした後のディアーチェの反応。まさか本気で大泣きするとは、流石にそれだけはお父様も予想外だったんじゃないかしら?」

「ううううるさいっ! ああああああれはそう、目にゴミが入ったからだっ!」

 

 ……頭が鈍く痛むのは視界を封鎖していても薄っすらと視える赤い『死の線』だけのせいだろうか?

 今日も仲良く、神咲悠陽の実の娘、神咲神那は赤面しながら涙目になっているディアーチェをおちょくっていた。

 

 ――『うちは一族の転生者』によって殺害された『魔術師』が複製体である事を明かした直後、緊張感が解けたのか、ディアーチェは童女のように大泣きしてしまった。

 

 これには『魔術師』も非常に困った。冬川雪緒が消える前に派遣したいのに一向に泣き止まず、四苦八苦しながら宥める羽目になった。『魔術師』と言えども泣く子には敵わないのである。

 

「……よしよし。駄目ですよ、神那。ディアーチェをいじめちゃ」

「ごめんなさいね、ユーリ。ディアーチェが反応が可愛くてついつい苛めたくなるの」

「ディアーチェが可愛いのは同意ですが、駄目なものは駄目なのです」

 

 それを彼女等『紫天の書』の盟主(幼女)が精一杯背伸びしてぽんぽんとディアーチェの頭を撫でて――はてさて「ユ、ユーリ、何を……!?」と赤面しながら困惑する威厳皆無の『闇統べる王』の方が盟主(笑)だったか、元々『魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE GEARS OF DESTINY-』の予備知識を持たぬ『魔術師』には知り得ぬ事である。

 

(……ふーむ、ユーリの方とは話が通じている? 同レベルの『精神汚染』スキルなど無い筈なのに――?)

 

 そんな微笑ましい光景を「あ、王様照れてる~」とレヴィは水色のキャンディー舐めながら眺めており、シュテルの方は「よもや我等四基が揃って笑い合うその日が来ようとは――」と感激しているようである。

 

「……なるほど、瓜二つだ。その性根の悪さは遺伝か何かか?」

「あははランサー、そんなに褒めなくても」

「褒めてねぇよ。……何だろうな、この違和感というか既視感は。何処かで同じような体験をしたような……?」

 

 向かいのソファに寝転んでいるアロハシャツ姿のランサーは皮肉を言ったが素で流される。基本的に健常者との意思疎通は不可能のようである。

 そして思い悩むランサーの既視感は多分別の世界での出来事であり、エルヴィが「あー、外道麻婆神父とそのドSドM娘の事ですねー。パンツまるみえの」と彼の知り得ぬ世界の事を指摘していたりする。

 

 ――さて、一通り現実逃避し疲れた『魔術師』は目の前の問題にそろそろ目を背けずに取り掛かろうとする。

 

「……おい、神那」

「はいはい、何ですかお父様?」

 

 愛する父からの呼びかけに、神那は目に見えるほど歓喜して答える。

 その様子により一層頭が痛くなる思いをしながら、良く効く頭痛薬の処方でも考えながら『魔術師』はいつもより一段と低い口調で言葉を発する。

 

「……死者の分際でいつまで現世に留まる気だ?」

「さぁ? いつまででしょうね?」

 

 はぐらかすように質問に質問で返す神那に対し、神咲悠陽の表情が無くなる。

 死者が現世に留まり続ける矛盾を許容する気など欠片も無い。出来れば自主的に成仏してくれれば良いのだが――。

 

「――私は私自身の固有結界で魂魄が消滅していますから、今のこの私は世界の記憶から再現されている泡沫の存在。その死者の存在が完全に消え去る時が来るとしたら、それは生者全てに忘れ去られた時でしょうね」

 

 ……そう、此処にある神咲神那は土地もとい世界の記憶から再現された一夜の幻。

 術者から解き放たれた彼女は即座に消え去る筈の亡霊未満の何かに過ぎないが、その理を覆しているのは彼女自身の望外な存在理念――だけではなく、現世において数多の事象を歪ませるほどの『力ある観測者』の存在あっての事だろう。

 

 ――つまりは、彼女がこの世界で最期に立ち会った人間、殺害者にして最愛の父親である『魔術師』自身が娘の事を忘れない限り、その記憶が依代となって存在が確立されてしまっているのだ。

 

「別に死んでるとか生きてるとか、0と1程度の違いしかないです。私は今度こそお父様の娘として最後まで一緒に添い遂げて見せます!」

「いや、死活問題だから。あとそれは娘の役割じゃねぇよ……」

 

 勝手に蘇ってくる系の実娘、字面にするとただのホラーである。

 とは言え、死者が現世に留まってはならないという理論武装を『魔術師』が語るには致命的な穴が幾つもある。

 そもそも『転生者』の存在そのモノが死を経由している結果であるし、死後英霊として信仰された存在を『サーヴァント』として現世に留めさせている身としては説得力も欠片も無い。

 更には最上級の『死者(アンデット)』さえ使役している。……そんな事よりも、何よりも一番の問題は――。

 

 

「……それとも、お父様は、神那が、居ない方がっ、良いのですか……?」

 

 

 神那は泣き崩れる一歩手前の状態でそんな事を問う。

 彼女にはある一つの例外を除いて如何なる言葉も届かない。如何なる言葉でも揺るがないし、惑わない。だが、父の言葉と、それに関連するものだけは例外なのである。

 その父が死ねというのならば迷わず自害するだろうし、成仏しろと言うのならば迷わず消え去るだろう。……この時点で、『魔術師』は大きく溜息を吐いて投了する。

 

「――この馬鹿娘。子を想わぬ親など存在しないわ」

 

 自らの敗北を認めた上で、普段は絶対に口にしない本音を言う。

 「言わせんなよ恥ずかしい」と普段ならそっぽをむいて吐き捨てるような言葉を、今一度だけ語る事にしよう。

 

「私達は愚かしいほど不器用で、最後の最期でしか理解し合えなかったが――今はその最期の先であろう? 『転生者』なら良くある事だ、何も問題あるまい」

 

 死が分かつとも紡がれる奇異な物語。

 なるほど、ならばこそ――この奇跡と偶然の上で成立した父と娘の再会の一幕はまさしく『転生者』の物語に他ならない。

 

 

 

 

 ――神咲神那

 

 神咲悠陽の頭痛の種その2。

 まさかの現世居座りであり、父である神咲悠陽の屋敷に住まう事に。

 魔術の才は父以上なので、その内、いつの間にか素知らぬ顔で『穢土転生体』から生身の肉体に復活しているかもしれない。

 父の魔眼に『死の線』が視えるようになってしまった事を薄々悟っており――目を瞑っていても『死の線』が視えてしまう、常時脳を酷使して寿命がガリガリ削れる末期状態である事が発覚した時、恐らく次に起こる大々的な事件は彼女が主犯で起こすものになる模様。

 

 ――ユーリ・エーベルヴァイン

 

 神咲悠陽の頭痛の種その3。

 正史通り、破壊の因果から解放され、ディアーチェ達と共に『魔術師』の屋敷に住まう事に。

 丁寧語喋り・真面目でド真っ直ぐ・割と天然なのは変わりないが、『魔術師』の事を強く強くライバル視し――ディアーチェのハートを撃ち抜くべく(誤字にあらず)、日夜周囲の人に色々影響受けながら色々と努力し、この小さな紫天の盟主は『魔術師』にとって完全に予想外かつ未曾有のトラブルを量産する事となる。

 何故かは不明だが、大凡大部分の人と会話のドッチボールになる神咲神那とまともに会話出来る数少ない人物であり、何故か波長が合う模様。

 

 ……尚、時間軸的に今回がPSP版の無印にあたり、次回作にあたる彼女達の本来の物語での未消化フラグ(未来及び別の世界線からの来訪者一同)は依然健在したままであり、原作より混沌とした大事件になるのは今から明々白々である。

 

 

 

 

「……結局『魔術師』が生存していた事で街の均衡は元通り。いえ、自分の複製体の『穢土転生』を堂々と確保した分、余計性質が悪いわね」

 

 馴染みの喫茶店で新作パフェを一緒に食べながら、オレと柚葉は疲労感を漂わせながら平和な一時を満喫していた。

 

「……しっかし、あれだけ大暴れされたのに犠牲者無しってのはびっくりだが、一番驚いたのはアリサの事だ。此方の事情の諸々が発覚するとはなぁ」

 

 あの『うちは一族の転生者』が起こした大事件の翌日、アリサ・バニングスがオレと柚葉、そしてなのはを呼んで、どうして自分に月村すずかに関する諸々の事情を説明してくれなかったのか、マジ切れ状態で問い詰めに来た時は焦ったもんだ。

 

 ――問い詰められた高町なのはは混乱状態。オレも何処から説明したら良いのか、というか、何処まで説明して良いのか、てんやわんやである。

 

 その時ばかりは「とんだ置き土産だぜ、冬川……」と思わずにはいられなかったが、その後、月村すずかの復学という予想外のイベントも起こって何が何だかと困惑したものだ。

 

「……私としては、放った矢が戻って来るとは思わなかったけど」

「?」

 

 柚葉が何か微妙そうな顔で言っているが、何はともあれ良い方向に進んでいる、と喜ぶべきなのだろうか?

 月村すずかとの過去に遺恨が無いと言えば嘘になるが、それを支援したのが他ならぬ冬川雪緒ならば――いや、それ以前の問題か。

 やり直す機会を潰すなど、あってはならない。立ち直るのは本人次第だし、今後も様々な問題が立ち塞がるだろうが、微力なれども協力する事は出来よう。

 一番の友人のなのはやアリサが最初から全面的に協力するんだから、オレの出番なんて最初から無いかもしれないが――。

 

「……そういえば。柚葉、あれから不慮な不幸に見舞われてない?」

 

 そうだ、今気づいたが、あの大事件から数日だが、柚葉の手から絆創膏や包帯が完全に消え去っている。

 今まで立て続けに不幸に見舞われて治癒する間も無かったが――そう言った途端、柚葉の表情は更に微妙なものになり、此処に居ない誰かに対する理不尽な怒りを露わにした。

 

「……本当に、ほんっっとうに不本意だけどねっ!」

「? 理由は解らないが、良かったじゃないか。此処最近ずっと心配だったぞ?」

 

 どうやら本人の中で折り合いが付いたようでほっと一息だ。

 ……まぁ何故かは知らないが、誰かに対するヘイトが更に向上しているようだが。一体誰なんだろうなぁー?

 

「大丈夫、次に同じような事があったら縊り殺してやるから!」

 

 ……物騒な物言いをしながら、覇気を纏って柚葉は邪悪に笑う。柚葉のそんな顔、久々に見た気がする。

 

「……うん、その言葉に何処も大丈夫な要素が見当たらないが、安心した。いつもの柚葉の調子に戻ってきたじゃないか」

「……うっ、でも、それって、元の私――『シスの暗黒卿』だった頃の私に戻っているって事でしょ? それは、その……」

 

 のだが、オレの余計な一言でもじもじと、此方の顔色を伺うような弱気な一面を見せてしまう。

 ……そっか、そんな勘違いをさせてしまっていたのか。なら、ちゃんと答えないといけない。

 

 

「――そんな『邪悪』な柚葉を好きになったんだぜ、オレは」

 

 

 そう、元々オレはコイツの性格が最悪なまでに『邪悪』だと解っていながらも惹かれて、いつの間にかどうしようもないぐらい好きになっていた。

 だから、柚葉が抱いている葛藤はオレには最初から無縁のモノであり――ああ、また我ながら恥ずかしい事言ったなぁ、と顔が真っ赤になる思いをしながら同じく茹で上がった柚葉の顔を眺めた。

 

 ――と、唐突にオレの携帯の着信音が鳴り響く。あ、この着メロは……。

 

 いつぞやのように即座に携帯を奪われ、柚葉は怒りと共に叫んだ。

 

「――空気読め!」

『――知らんがな』

 

 この不気味な着メロに登録している人物は唯一人、『魔術師』に他ならない……。

 

『デート中、申し訳無いがね――豊海柚葉、君はよりによってこの私に負債が二つある事を忘れてないか? 一つは人質に取られていた君を無傷で救出した事、もう一つは君の愛する秋瀬直也を死なせずに済ませた事だ』

 

 ……あれ、それってオレに至っては二つ三つどころの負債じゃ『ああ、秋瀬直也に関しての貸し借りは『うちは一族の転生者』を屠ってくれたから±0だ』……え? 何それ逆に気前が良すぎて怖い。

 

「――っ、恩の押し売り? なら前提から間違っているわ。恩という負債はなすりつけられた人が恩だと実感しない限り成り立たないっ!」

 

 おー、平然と恩義を踏み倒す姿勢は正しき邪悪な少女の姿、調子が戻ってきたなぁと笑みを零さずにはいられない。

 だが、相手が些か以上に悪い。何せ相手は――。

 

 

『――へぇ、ふぅん、ほぉぅ、そうなんだぁ。君は随分と薄情な女だね。君にとって秋瀬直也という存在はそれほどまでに軽い存在だったとは知らなんだわ。うん、そういう事なら仕方ないな』

 

 

 ……うん、知ってた。柚葉にとって絶対に許容出来ない札を切ってくるだろうなぁと思ってた。

 オレは小声で「オレの事は気にしなくていいぞ……?」と助言しておいたが、うん、やっぱり彼女自身の矜持が許さなかったようだ。

 

「……貸し一つ」

『何か言ったか? 不毛な会話をする時間も無いし、そろそろ通話を切ろうと思ったのだが――』

「貸し一つ! 私を偶然一度助けた程度で思い上がらないでよねっ!」

 

 ……電話越しから『魔術師』の笑い声が聞こえる。相当笑ってる、メチャクチャ声に出して笑ってやがる……! それに比例して目の前の柚葉の殺意が膨れ上がってますよ!?

 

『あー、腹痛い、片腹大激痛だ……! ……おっと、これ以上からかっては馬に蹴られて地獄に落ちかねないな。貸し一つを消化する機会は別に設けてやるさ』

 

 ……ああ、字面にするなら「片ww腹www大wwww激wwwww痛wwwwww」といった具合に、愉悦ワインを飲みながら物凄く草生やしている状態で『魔術師』は呆気無く通話を切った。

 今回は柚葉の完全敗北である。最初から敗色濃厚だったけど、あの『魔術師』相手にいつでも発行出来る『貸し一つ(絶対命令権)』を温存されるという最悪の事態だ。柚葉は屈辱と怒りに身を震わし――。

 

「~~~っ、決めた。アイツ、いつか絶対ぎゃふんと言わせるぅ!」

「あー、うん。頑張って?」

 

 ……とまぁ、この時はこれがあんな大事件に繋がるとは思いもしなかったが、オレ達『転生者』の日常は騒がしくもいつも通り進んでいくのである――。

 

 

 

 転生者の魔都『海鳴市』――完。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

■■■編 ~海鳴決闘都市編~
00/


「……何だこれ?」

 

 朝、目が覚めると机の上に変な機械らしき物体が置かれていた。

 縦10cm横20cmぐらいの長方形の映像表示装置。少し大きめのスマートフォン――いやいや、この年代には明らかに『オーパーツ(場違いの工芸品)』であり、だとすると『転生者』の持ち物なのだろうか?

 ……仮にそれが誰かの生前の持ち物だったとしても、それが何故オレの処に唐突に置かれているのか、全くもって訳が解らない。いや、それ以前に睡眠中に何者かの侵入を許したという事実の方が重大問題か。平和ボケしていた意識を振り払い、警戒度を数段上げる。

 

「……んー、侵入者の形跡無し、か。素人の犯行じゃないな」

 

 窓に損傷は見当たらない。鍵もついたまま、つまりは完全な密室だった――と探偵物ならお決まりの文句だが、基本的に何でもありの『転生者』にその程度の常識は捨ててしまった方がマシだろう。オレの寝室が二階にあっても何のそのだろう。

 

「……となると、この『謎の物体』をオレの前に置く事が目的だった……? 厄介事の匂いがぷんぷんするなぁ」

 

 気休め程度だが、この『謎の物体』はオレがこの世界に持ち込んでしまった『矢』以上に厄介だという事は無いだろう。凄く安心した。

 

「推理材料はこの『謎の物体』だけか……よし」

 

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、とりあえずスタンド『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』を出して触ってみる。

 持ってみると見た目以上に軽く、右部分の少しだけ露出した角のパーツが可変式で、普段は収納されているようだ。出してみると長方形の本体に三角形の出っ張りが現れ――左側にも開くギミックがあるようだ。

 こっちも開いてみると同じ三角形のパーツだが、何かをはめる窪みがある。一体何を挟むのかは解らないが、今現在は空のようだ。

 

「……結局、これが何なのかが解らない、か」

 

 ……それ以上の事は解らない。起動ボタンらしきものは発見したが、迂闊に起動させて大惨事になっても困る。大惨事になっても特に問題無い場所――『魔術師』の屋敷とか――で試そう。『魔術師』の事だから、こういう『謎の物体』に興味を示すだろう、多分。いや、それ以前に柚葉に見せたら『シスの暗黒卿』的な直感で二弾飛ばしで真実を突き止めるに違いない。

 他に何か異変が無いか、具体的には机の下に隠してある柚葉とのデート資金が荒らされてないか、その他も含めて部屋中を確認したが、変わった点は無い。『謎の物体』という不審物がある以外の異常は無かった。

 

「……とりあえず、学校行った後に『魔術師』の屋敷に訪ねるか」

 

 学生である以上、学校に行くのが一番の仕事だ、とこの時のオレは楽観視してこの『謎の物体』を鞄の中に入れた。

 

 ――この異変がオレの想像を遥かに超える規模の『大異変』だと気づいたのは、私立聖祥大付属小学校に辿り着いた頃だった。

 

 

 

 

「――え?」

 

 ……何が何だか訳が解らない。

 登校途中にもちらほら見て目を疑ったが、どうして皆が皆、左の腕に『謎の物体』を装着しているんだ?

 いや、何だこの違和感は。そう、まるで逆だ。登校途中で遭遇した生徒達から揃いに揃って困惑した眼差しを向けられる。揃いも揃ってオレの何も無い左腕を見て、首を傾げる具合に。

 

 ――そう、何であの『謎の物体』を装着してないんだ?と言わんばかりに。

 

 一晩経ったら皆が皆――小学生からサラリーマン、果てには老人まで――『謎の物体』を利き腕以外に装着しているのが世界の日常になっていた? そんな馬鹿な。一つ隣の『並行世界』に迷い込んだ気分である。『宝石』の『魔法使い』に化かされたか?

 正体不明の焦燥感が歩む足を先へ先へと急がせ、普段より10分以上早く登校してしまった。

 自分のクラスの教室前に、『魔術師』と同じぐらい頼りにしたい豊海柚葉の姿はまだない。逸る気持ちを抑え、教室で自分の席に座って落ち着くとしよう。

 

「直也君、おはよう!」

「ああ、おはよう、なの――」

 

 思わず絶句する。クラスメイトの高町なのは、アリサ・バニングス――最近になって登校してきた月村すずかの三人娘はいつも通りだったのに、三人とも、利き腕じゃない腕にあの『謎の物体』を装着しているゥ――!?

 何なんだ、何なんだあの『謎の物体』はァァァァァ!?

 

「……何なの? そんな幽霊でも見たような眼でもして。って、秋瀬、アンタ『デュエルディスク』はどうしたの?」

「……へ? でゅえるでぃすく?」

 

 アリサから飛び出した意味不明の単語に、頭が真っ白になる。今、このツンデレ娘は何て言った。『デュエルディスク』? 決闘円盤? え? いや、それ何処かで――。

 

「あああああああああ! ゆゆゆ、『遊戯王』だーっっ!」

「わっ!? 突然叫ばないでよ!?」

「す、すまん、アリサっ」

 

 何か見た目が一致せず、コンパクトになりすぎていたが――この『謎の物体』の名前が『デュエルディスク』である以上、あの『遊戯王』に登場したトレーディングカードゲームなのに立ったままゲームが出来る革新的発明品じゃないか!?

 鞄から『デュエルディスク』を取り出し、左腕の押し付け――自動的にリストバンドが出現して固定されてフィットし、カードを置くスペースがソリッドビジョンで展開される――ってこれ質量のあるソリッドビジョン!? 実際に触れれるしそうっぽい! すっげー!と興奮した最中。

 

 ――ブッブー、と機械的な音が鳴る。主に何かやってはいけない事をやってしまった時に鳴るタイプの嫌な音である。

 

「……へ?」

 

 画面を覗き込んで見ると――デッキ及びエクストラデッキがセットされていません、という趣旨の警告文章が。

 

「……アンタ、デッキどうしたのよ?」

「いや、今日起きてから、最初から無かったんだが」

「はぁ!?」

 

 アリサが信じられないほど驚き、そして何故か知らないが、クラス全員を巻き込むほどの大騒ぎとなる。

 え? 何で? どうしたんだ、皆。たかがカードだろ?

 

「盗まれたの!? 『決闘者(デュエリスト)』の魂をっ! ……っ、朝から反応がおかしいと思ったら……!」

 

 何か納得行ったという風に解釈するアリサに「お、おう」と認識の温度差を激しく感じる。

 そしてクラスの反応も酷く同情的であり、何か知らないが、嘗て無いほどの一体感を覚えると同時にこれ以上無い疎外感が胸に染みる……!?

 い、いや、大袈裟だろ、皆……?

 

「――話は聞かせて貰った」

「え? せ、先生!? あ、いや、その……」

 

 と、いつの間にか背後にいた先生が真面目な表情であり――いや、最初から心当たりが皆無なものだから、盗難事件として事を大きくしたくないのだが!?

 

「自らの魂であるデッキを盗まれるなど『決闘者』にあるまじき失態だ。何も言わなくて良い、解っているとも。――今日は公休扱いにしておこう」

 

 え? 何? どういう事なの!? その省略した処を全部説明してくれ!? 一体全体どうなってやがるんだ!? まるで意味が解らんぞッ!

 

「先生! 私も直也君の手伝いを――」

「駄目だ、高町。いや、他の皆もだ――お前達の気持ちは秋瀬に十分伝わっている。だが、しかし、奪われた『魂』を取り戻せるのは己が手のみだッ! それでこそ『決闘者』としての誇りを、矜持を全う出来るだろう!」

 

 「おおっ!」と皆、凄く納得している――つーか、先生ってこんな性格だったけ? 何かカードが全てを優先するという風潮が常識ぽくて非常に怖いのだが。

 

「さぁ、行くが良い! 真の『決闘者』ならばカードの方から導いてくれるだろう!」

 

 ……こ、こうしてオレは誰の支援も得られぬまま、クラスの(重すぎる)期待を背負って無一文の状態で『自らの魂(デッキ)』奪還の旅に出たのだった。魔王討伐の旅に出される『ドラゴンクエスト』だってもうちょっとマシな初期条件だろうに……。

 というか、情報収集ぐらいさせてくれよ。オレは奪われたカードの内容すら知らないのにぃ……。

 

「……な、直也君……!?」

 

 と、皆に見送られて廊下に出ると、其処には柚葉がおり、更に言うならば、オレの左腕に装着した『デュエルディスク』を見て心底絶望に打ち震えた顔になった。この反応はまさか――!

 

「――朝起きたら『遊戯王』の『デュエルディスク』が共通装備になっていた。オレと同じ認識だよな、柚葉……!」

「え、えぇ……良かったぁ。直也君にまで『当たり前だろ』って言われたらどうしようかと……!」

 

 おぉ、良かった。これで柚葉にまで『当たり前でしょ、『決闘者』なら!』と言われた日にはSAN値が0になる処だった!

 そうだ、間違っているのはオレ達じゃない、世界だ!と強く確信し、心底安堵する。柚葉と一緒ならばこの狂った世界も何やかんやでどうにかなるだろう! 頼もしい限りである。

 

「そ、それでさ、直也君」

「どうしたんだ?」

 

 らしくない反応に首を傾げる。何でそんなに借りてきた猫みたいな態度なんだろう?

 もっとこう、いつものように自信満々で傲岸不遜な笑みを見たいのだが。

 

「……私、その、『遊戯王』の事、全く解らないんだけど」

 

 ジーザス……あ、これ完全に詰んだんじゃね?

 

 

 遊戯王編 ~海鳴決闘都市編~

 00/おい(遊戯王二次小説なら)『決闘(デュエル)』しろよ

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01/決めろ尊き融合召喚! チュートリアルデュエル!

 

 

 

 ――そうして、幸運な事にも誰にもエンカウントする事無く『魔術師』の屋敷に到着した。

 

 ほっと一息吐いて入ろうとしたが、どうにも柚葉が微妙な顔をして渋った。

 さもあらん、今まで一度足りとも『魔術師』の屋敷には足を踏み入れなかったし、やはり『魔術師』相手だと色々思う処があるのだろう。

 

「……えと、私も入るの? 絶対に嫌――」

「あれ、柚葉じゃん」

 

 こんな処にいられるかっ、オレは部屋に残る!という典型的な死亡フラグを建てる前に、扉が独りでに開き、現れたのは12歳ぐらいの――何処か『魔術師』の面影を見せる赤髪の少女だった。

 

「げっ、神那……!」

 

 まるで親友のように気軽に声を掛けた赤髪の少女とは違い、柚葉はぎょっとした顔で表情を歪ませる。

 ああ、そういえば今まで話す機会が無かったが、彼女は――。

 

「確か『魔術師』の娘、だよな? 知り合いだったのか? 柚葉」

「そ、それは……」

 

 物凄く言い辛そうな顔をする柚葉に対し、赤髪の少女、神咲神那は笑顔で答える。

 

「うん、そうだよ。共謀してお父様を騙して謀殺された仲だよ!」

「うわぁ、身も蓋も無い上にろくでもねぇ!?」

「……うっ、確かにその通りだけど……!」

 

 ……何か色々省かれているが、それに突っ込む勇気は無い。柚葉の為にスルーする。

 にやにやと何処かの誰かを思わせる邪悪な笑顔で柚葉の微妙な反応を堪能した後、その視線の矛先がオレに降り注がれる。……なんでこう、真顔で眺めていらっしゃるのかな?

 

「それにしても君が秋瀬直也君かぁ。直也君で良い? 私の事は神那でいいよ」

「あ、ああ、よろしくな、神那」

「ふーん、へぇ、ふぅーん、なるほどねぇ、お父様からの評価が異常に高い『転生者』だとは知っていたけど……」

 

 いや、『魔術師』から異常に評価が高いって、そんな怖い話聞きたくなかった……!

 オレ達は9歳、そして神咲神那は12歳、頭一つ分だけ上から見下ろした状態でオレの顔を覗き込んだ後、にやりと神咲神那は柚葉を見て嗤った。あ、嫌な予感というか直感がする。

 

「――ねぇねぇ、柚葉。直也君貰って良い?」

「駄目ッ! 絶対に駄目ッッ!」

「あははっ! 冗談だよ冗談。私はお父様一筋だし。――いやはや愛されてるみたいだね、直也君。まさかあの柚葉がこんな初心な反応するなんて!」

 

 あの柚葉をからかい、目の前で大爆笑する。柚葉も顔を真っ赤にして怒りで震える。

 

「……ああ、うん、お前って本当に『魔術師』の娘だなぁ……」

 

 率直な意見を述べたら、何故かぱぁーっと破顔して天使の如く微笑む。あれ、これ褒め言葉だったの?

 とにかくこのままじゃ話が進まないし、後ろからの柚葉のプレッシャーが怖いのでわざとらしく咳払いして話を進める。

 

「それで『魔術師』に用があるんだが」

「それじゃ私が案内してあげよう。――あ、柚葉もついでに来るー?」

 

 本当についでの如く言われて挑発され――柚葉が直情的に行動した自身を全力で後悔するまま、オレは柚葉を連れて『魔術師』の屋敷に踏み込んだのだった。

 

 

 

 

「――意外と早かったじゃないか。学校が終わった後だと予想していたのだがな」

 

 最初に訪れた頃に比べれば随分と賑やかになったものである。

 左側のソファには専有出来ずにげんなりするランサーと紫天一家(ディアーチェ・レヴィ・シュテル・ユーリ)勢揃いに、お茶やお茶請けを忙しく持ってくるエルヴィ、そして『屋敷』を案内してくれた神咲神那に『魔術師』――って、あれ? 何か物凄い違和感が。

 

 最初の第一声からして何か知っている風だが、いつもの奴と何かが違う? 最近切った後髪はそのまま、和服にブーツもそのまま、目はどんよりと邪悪の色に染まって、って、は!?

 

「って、ちょ、おま!? 魔眼開いてるとか殺す気かッッ!? 無言の宣戦布告……!?」

「問題無いぞ? 今の私の屋敷は永続罠『スキルドレイン』によって効果が無効化されている。つまりは私の制御不能の魔眼の効果も無効化されているお陰で、晴れて裸眼で生の視覚情報を満喫している訳だ」

 

 ……道理で妙なほど機嫌が良い訳だ。こっちは寿命が縮まったぞ。

 しかし、いつもは両眼を瞑っている男が開眼しているとは、何か起こる前兆――いや、もう既に何かが起きていたか。

 

「……オレ達が来る事を予想していたって事は、この『異変』の事にオレ達と同じように気づいてるんだな?」

「いやはや、さしもの私も豊海柚葉と一緒に来るとは予想してなかったよ。其処から何通りかの可能性は推測出来るが、本筋では無いからどうでも良いな。――その質問の答えには『そうであり、そうでない』と答えようか」

 

 ん? 随分と曖昧な解答だ。完全に『異変』に置いていかれているオレ達とは何か違う視点を持っているのか?

 

「君達は今回の『異変』、突如起こった世界法則の改変の影響を一切受けず、無意識の内にキャンセルしたんだろう? だから全てが『決闘』で解決する『遊戯王』の世界法則に改変される前の記憶しかない。――私の場合は意図的に半分受け入れたが故に改変前も改変後の記憶も両方保有している状態にある」

 

 何か良く解らないが「説明係としては最適のポジションじゃないかな?」と当人の言う通り、今回の『異変』を見通せる立場にあるのだろう。

 

「という事は、何が原因なのかも全部解っているのか?」

「何もかも把握しているよ。開示しないけど」

「はぁ!? ど、どういう事だよ?」

 

 雲行きが怪しくなる。原因も何もかも解っている立場なのに『魔術師』が行動に出ていない時点で今回の『異変』を軽く見ているか、または動かない事に『利』があるという事なのか……?

 『魔術師』の事だから確実に後者だろう。

 

「今回の一件で私自身が直接関与する事は一切無い。全部君に任せよう。あ、気持ち遅めに解決してくれたまえ。研究材料が多すぎて目移りしているからね」

 

 ……この時点で、『魔術師』のやる気は別の事に注がれており、この『異変』解決に対して役に立たない事が確定した。

 だが、何の成果もありませんでした、では帰れない。何としても解決の糸口ぐらいの成果らしい成果をもぎ取らなければ……。

 

「……いや、解決するとか言っても方法も道筋も解らんから此処に来たのだが……」

「方法も道筋も明確に示されているではないか。今、この世界のルールは『遊戯王』だ。ならばこそ、単純に『決闘』すれば道は開かれるだろう。幾多の『決闘者』の屍を踏み越えた頃には『黒幕』の方から勝手に現れるさ」

 

 ……気のせいか、普段から見たら在り得ないほど『デュエル脳』になってないか? 『魔術師』。まさかと思うが、抵抗したつもりで抵抗判定失敗してないか……?

 

「……それだがな、そもそもカードが無いのだが。オレの『デュエルディスク』には一枚も収納されてなかったぞ?」

「……は? よりによってあの『デッキ』が無い? そっちの方が大惨事だろうに。一体誰に奪われたのやら――ふむ、仕方あるまい。解決役にデッキが無いのでは物語が始まらないからな」

 

 ……ふむ、『魔術師』はオレの『デッキ』が何だったのか、知っているのか。

 一応どんなのだったか聞こうとした最中、『魔術師』が何もない空間に手を突っ込み、カードの束を取り出してオレの前に置く。

 タイミング逃した感があるが、それらを手に取る。

 

「――カードは貸した。まぁ返さなくて良いよ。どうせ君がこの『異変』を解決すれば跡形も無く消滅してしまうだろうから」

「あ、ああ、ありがとう……?」

 

 妙なほど親切すぎて本当に『魔術師』か疑いながらも、デッキの内容を確認する。

 

「デッキを把握しながら聞け。――何か気づいた事は無いか?」

「何かって……スリーブしてないのか? そのままじゃカードが痛むんじゃ――あれ? 集英社のロゴと収録されたパック名が表示されていない……? アニメ基準なのか!?」

 

 隣にいる柚葉が首を傾げる中、『魔術師』は無言で頷く。

 というか、このカード、何の材質で出来てるんだ? 本当に紙かと疑いたくなる。スタンドで投げたら刺さりそうだぞ、これ。あと、何か知らないが、このデッキから言い知れぬ威圧感を覚える。

 ……まさか、アニメと同じようにモンスターの精霊が宿っているとか、そんな事は無い、よな?

 

「半分はそうだな。だが、カードの効果は全て『遊戯王OCG』基準だ。それに加えてカードは買うものではなく、主に拾うものだ」

「……え? どういう事?」

「刷っている企業が存在せず、いつの間にか存在しているという事だ。その原因は考えるだけ無駄だから改変された世界法則の概念だと思え。と、此処からが重要なポイントなんだが、それ故に禁止制限が無い」

 

 

「……え゛?」

 

 

 何か今、致命的にヤバイ事を聞いた気がするが、脳が受け付けない。嘘だと言ってくれ『魔術師』!

 

「制定する存在がいないし、遥か先の未来のカードまであるんだ。どの時期の改定を基準にするかなんて誰も決めれないだろう。――同じカードを3枚まで、という基本的な事以外は無法地帯になっているのは当然と言えば当然だ。君に貸したデッキにも禁止カードが何枚か含まれているぞ」

 

 やはり世界法則が『遊戯王』になっても『魔都』は『魔都』だったらしい。此処の環境は誰も体験した事の無い未知の脅威に満ち溢れている事が確定した瞬間である。

 唯一の救いは「まぁ後々にエラッタされたカードはエラッタ後のテキストだがね」という『魔術師』の一言であり、環境をカオス一色で染め上げて第一の暗黒期にした《混沌帝龍》や《混沌の黒魔術師》の脅威は消え去り、《ダーク・ダイブ・ボンバー》で爆殺される事は無くなっただろう。

 

「あともう一つ、『闇のゲーム』についてだが――」

「『闇のゲーム』?」

「『遊戯王』伝統の命懸けのゲームの事だが、この『魔都』では流行っていない」

 

 柚葉の反応に気づきつつ、『魔術師』はくつくつと邪悪に笑う。……ああ、柚葉は『遊戯王』の事に精通してない事を見通した上で「苦労するだろうなぁ」という愉悦部特有の笑みである。

 だが、それに反して述べられた事は真逆の事である。禁止制限全てを取っ払った世紀末環境の他に『闇のゲーム』が日常茶飯事と思いきや、違うのか……?

 

「……どういう事だ?」

「本末転倒になるからだよ。本来『闇のゲーム』は勝負の結果、命を落とすものだが、此処では趣旨が逆転して対戦相手を殺せば勝利となってしまってな――『遊戯王』というルールで束縛する事で『転生者』の特異性を完全封殺しているのにそれを発揮させる場を態々用意しては本末転倒だろうよ、という話だ」

 

 ……あー、言われてみれば納得する。

 目の前の『魔術師』とか、柚葉なら真っ先にやりそうだ。彼と彼女に『闇のゲーム』を挑もうものなら、あの手この手でゲーム外での即死攻撃(物理)がいつでも飛んでくるだろう。それも『決闘』を利用した上で確殺しに来る事は目に見えている……。

 

「……ああ、うん、なるほど。すっごい納得した」

「何故私と豊海柚葉の方を交互に見つめながら納得したのかはさておき、万が一『闇のゲーム』を仕掛ける奴が居たのならば容赦など必要あるまい。そんな奴は『決闘者』じゃなく『リアリスト』だからな、そんな自殺願望者はお望み通りに屠ってやれ」

 

 説明を聞きながらデッキの内容確認が終了した。見た感じ結構戦えそうである。禁止カードも6枚ぐらいあるし。

 デッキの初期枚数が51枚なのに引っかかりを覚えるのと、エクストラデッキがほぼシンクロモンスターに偏っているのは気になるが――。

 

「――さて、デッキは把握したな? 『決闘者』なら一目でテキストを記憶するなんて芸当は朝飯前だよな。それじゃ早速チュートリアルで誰かと『決闘』しようか。さて、誰が良いかなぁ」

 

 何て優しいんだ。今日の『魔術師』は本当にいつもの『魔術師』に見えない! 後でどんな要求をされるのか、超怖いんだが!

 

 

「――ナオヤ、貴方の最初の相手は私なのです!」

 

 

 と、最初に名乗り出たのはディアーチェ・レヴィ・シュテルを従える紫天の盟主たる白い幼女ことユーリ・エーベルヴァインだった。

 

「ユ、ユーリ? 大丈夫なのか……?」

「もう、ディアーチェは心配性です! 私のカッコイイところをお見せします!」

 

 この時、オレが気づかなければならなかった点は2点。当然、この時は気づけなかった。

 一つは『遊戯王』というゲームが同じ盤上で同じルールに立たせる以上、『転生者』の特異性を完全封殺している事と、ユーリが対戦相手として言い出した時に『魔術師』がこの上無いほど邪悪に笑っていた事だった。

 

 

 

 

 ――そして『屋敷』の外に出たオレ達は対面に向かい合う。

 

 ユーリ・エーベルヴァイン、前回の異変――の前座の――元凶だった少女であり、一見して単なる金髪幼女にしか見えないが、個人で『闇の書の防衛システム』と同等かそれ以上の戦力を保有する、まさに生きる戦略兵器である。

 ……だが、こんな前情報は一切役に立たない。何せこれからやるのは『遊戯王』であり、彼女の素の能力とは一切関係無いからだ。

 

 ――まぁ個人で『闇の書の防衛システム』を撃破しろ、よりはイージーなクエストだろう。所謂この『決闘』はチュートリアルだし。

 

 左腕に装着した『デュエルディスク』が展開され、質量のあるソリッドビジョンも展開され、セットされていたデッキが自動的にシャッフルされる。凄い機能である。

 

『――デュエル!』

 

 デュエルディスクの画面がオレの先行だと告げている。

 

「オレの先行、ド――あれ?」

 

 勢い良くドローしようとし、ぶーっと警戒音が生じる。何かやってはいけない事をまたやってしまったぽい?

 

「マスタールール3からは先行ドローは廃止になってるぞ」

「そ、そうだったのか。それじゃ改めてオレのターン!」

「今みたいに出来ない処理やイカサマ行為に対しては『デュエルディスク』が警告してくれる。現実世界でのにわか審判とは訳が違うのだよ」

 

 マジで『デュエルディスク』万能だな。五枚の手札を見る。基本的なルールだが、1ターン目は攻撃宣言出来ない。

 初期手札も展開出来る感じじゃないが、自分も相手も無差別に全てのモンスターカードを一掃出来る魔法カード『ブラック・ホール』を握っているのが心強い。次のターンに相手が幾ら展開しても打開出来るだろう。

 

「モンスターをセット、カードを1枚セットしてターンエンド」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→3

  裏守備表示のモンスターカード

 魔法・罠カード

  伏せカード1枚

 

 伏せたモンスターは《ワイトプリンス》、攻撃力・防御力共に0のモンスターだが、このカードが墓地に送られた時、《ワイト》と《ワイト夫人》を墓地に送る墓地肥やし効果がある。

 『遊戯王』において墓地とは『第二の手札』に等しく、『魔術師』から渡されたこのデッキはその墓地をフルに活用する事で真価を発揮する。文字通り、墓地が肥えるほどやれる事が増え、力が増すのだ。

 更に魔法・罠ゾーンに伏せたカードは『聖なるバリア -ミラーフォース-』、相手の攻撃宣言時に発動出来る、相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する強力な罠カードだ。

 出来る事ならばユーリに裏守備表示のワイトプリンスを破壊させた上で『ミラーフォース』で一掃したい処だ。さて、どう出てくる……?

 

「ふふっ、事故ったようですね。でも容赦しません! 私のターン、ドロー!」

 

 中々様になっている感じにユーリは勢い良くドローし、ちらっと引いたカードを見る。

 

 

「――まだ2ターン目、ライフは8000だし、伏せカードもあるから大丈夫、次のターンに何とか出来る、そう思っているのですね、ナオヤ」

 

 

 ……あれ、何か嫌な予感がする。白い幼女がくっくっくと邪悪に笑っていらっしゃる……!?

 

「――それはどうかな、です!」

 

 えぇー、何でその伝統の逆転劇台詞を僅か2ターン目で言われるのですかね? 開始早々に次のターンねぇからってどういう事だ……!?

 

「私は手札から《ファーニマル・ベア》の効果を発動! 《ファーニマル・ベア》の効果は1ターンに1度、このカードを手札から墓地に送り、デッキから『トイポット』を自分の魔法&罠ゾーンにセットする!」

 

 ぬいぐるみみたいなピンクのクマ――背中に申し分程度の白い羽根が生えており、更には天使族らしい――が出落ちして、代わりに魔法&罠ゾーンに1枚のカードがセットされる。

 

「セットした永続魔法『トイポット』をオープン、1ターンに1度、手札を1枚捨てて効果発動! 自分のデッキから1枚カードをドローし、そのカードが『ファーニマル』モンスターだったら手札からモンスター1体を特殊召喚出来る。違った場合はドローしたカードを墓地に捨てる。――ドロー! ドローしたカードは《エッジインプ・チェーン》、『ファーニマル』モンスターじゃないので墓地に。《エッジインプ・チェーン》の効果発動、《エッジインプ・チェーン》の効果は1ターンに1度、このカードが手札・フィールドから墓地に送られた場合、デッキから『デストーイ』カードを1枚手札に加える。私は永続魔法『デストーイ・ファクトリー』を手札に」

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP8000

 手札5→6→5→4→5→4→5

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『トイポット』

 

 何か仰々しい形の黒い悪魔族モンスターが墓地に行ったと思ったら墓地からサーチ効果発動か。

 しかしこの『トイポット』、ドローカードにしてはギャンブル性が強すぎるし、墓地肥やしにしては手札消費が痛い。癖が強すぎなカードだなぁとこの時は楽観視していた。

 

「墓地に捨てた《ファーニマル・ウィング》の効果発動! 《ファーニマル・ウィング》の効果は1ターンに1度、自分フィールドに『トイポット』が存在する場合、墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の『ファーニマル』モンスター1体を除外し、デッキから1枚ドローし、更に『トイポット』を墓地に送る事で1枚ドロー、墓地に送られた『トイポット』の効果発動、このカードが墓地に送られた場合、デッキから《エッジインプ・シザー》1体または『ファーニマル』モンスターを手札に加える。私は《ファーニマル・ラビット》を手札に加える!」

「え? 何その効果!?」

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP8000

 手札5→6→7→8

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 墓地コスト2枚と引き換えに2枚ドローに1枚サーチ効果で手札が3枚も増えただとぉ!?

 

「《ファーニマル・ドッグ》を手札から通常召喚、効果発動、《ファーニマル・ドッグ》の効果は1ターンに1度、このカードが手札から召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから《エッジインプ・シザー》1体または《ファーニマル・ドッグ》以外の『ファーニマル』モンスター1体を手札に加える。私は《ファーニマル・キャット》をサーチ」

 

 更にカテゴリー内での万能サーチ効果が発動する。あれ、これやばくね? い、いや、まだオレの場には裏守備表示の《ワイトプリンス》と皆大好き『聖なるバリア -ミラーフォース-』がある。

 相手が展開すれば展開するだけ傷口が大きくなる布陣だ。今の相手は膨らみ続ける風船のようなものだ。いつか破裂する。

 

「手札から魔法カード『融合』発動! 手札の《ファーニマル・キャット》と《エッジインプ・シザー》を融合! さぁ、現れるのです! 全てを引き裂く密林の魔獣《デストーイ・シザー・タイガー》!」

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP8000

 手札8→7→8→7→5

 《ファーニマル・ドッグ》星4/地属性/天使族/攻1700/守1000

 《デストーイ・シザー・タイガー》星6/闇属性/悪魔族/攻1900/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

 可愛らしい紫色の子猫と鋏が複数合わさったような刃物の悪魔族モンスターが融合し――緑色のトラのぬいぐるみの腹部から大きな鋏の刃が食い破るように登場する。

 開かれた口の奥に悪魔の眼光を宿した、お子様涙目の凶悪そうな融合モンスターになる。……ぬいぐるみのような可愛らしい天使族モンスターが融合すると凶悪な正体を現すとか、そういう感じのテーマなのね。

 

(しかし、『融合』かぁ。相変わらず手札消費が激しいなぁ)

 

 融合召喚は『遊戯王』初期からあった召喚法であり、主に魔法カード『融合』を使って特定のモンスターを素材とした融合モンスターをデッキとは別の『エクストラデッキ』から召喚するものである。……まぁ当時は融合だけだったから『エクストラデッキ』じゃなくて融合デッキとか呼ばれていた。

 後にシンクロやらエクシーズなる新しい召喚法、新しいカテゴリーが出て、色々改定されて『エクストラデッキ』となり、15枚までとなった感じだったか。

 

「《デストーイ・シザー・タイガー》の効果発動、このカードが融合召喚に成功した時、このカードの融合素材としたモンスターの数までフィールドのカードを破壊出来る! 融合素材は2体、私はナオヤの裏守備表示のモンスターと伏せカードを選択!」

「なっ、即座に融合召喚によるディスアドを取り戻せるカード!? 『聖なるバリア -ミラーフォース-』がー!」

 

 この罠カードを入れた張本人はというと「流石は仕事をしない事に定評のある『ミラーフォース』、やっぱり相手の攻撃宣言時まで発動出来ない罠なんて遅いよねー。時代はフリーチェーンよ」なんてのたまいやがってる……!?

 

「っ、墓地に送られた事で《ワイト・プリンス》の効果発動、手札・デッキから《ワイト》《ワイト夫人》を1体ずつ墓地に送る!」

「ふふ、《ワイト》は単体では何の効果も持たない雑魚モンスターですが、墓地に送る事で強大な攻撃力になる《ワイトキング》を主軸に戦うデッキ。――ですが、まるでっ、遅いのです!」

 

 とは言うが、3枚消費で中型モンスター程度を出しては後が続かないだろう、と思いきや――。

 

「融合素材として墓地に送られた《ファーニマル・キャット》の効果発動、《ファーニマル・キャット》の効果は1ターンに1度、このカードが融合召喚の素材として墓地に送られた場合、自分の墓地の『融合』1枚を手札に加える――再び『融合』発動! 場の《ファーニマル・ドッグ》と《デストーイ・シザー・タイガー》、そして手札の《ファーニマル・ラビット》の3体融合! 全てに牙剥く魔境の猛獣《デストーイ・サーベル・タイガー》!」

 

 今度は紫色のトラのぬいぐるみから複数のサーベルが突き出てきて、更にしっぽがまんまサーベルの柄という凶悪なフォルムが出現する。

 墓地に行った『融合』を回収して再び融合召喚を決めるとはびっくりだが、幾らなんでも素材重すぎないか? 『デストーイ』融合モンスターの他に2体なんて――。

 

「《デストーイ・サーベル・タイガー》の効果発動! このカードが融合召喚に成功した時、自分の墓地の『デストーイ』モンスター1体を特殊召喚する。融合素材にした《ファーニマル・ラビット》の効果発動、《ファーニマル・ラビット》の効果は1ターンに1度、このカードが融合召喚の素材になって墓地に送られた場合、自分の墓地の《エッジインプ・シザー》または《ファーニマル・ラビット》以外の『ファーニマル』モンスター1体を手札に加える。私は《ファーニマル・ドッグ》を手札に」

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP8000

 手札5→6→5→4→5

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400/守2000

 《デストーイ・シザー・タイガー》星6/闇属性/悪魔族/攻1900/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

 んな、『融合』による損失を即座に取り戻しやがった!? 嘘だろ、1ターンのうちにこんなに融合出来るもんなのか……!?

 

「まだまだこれからですよ! 魔法カード『簡易融合』発動! 『簡易融合』は1ターンに1度しか発動出来ない」

 

 『簡易融合』だって? 何でまたあのカードを――。

 

「……何か、1ターンに1度とか、そんなのばっかね。まるで念を押すように書かれているけど――」

「その一文が無ければ恐ろしい事になるぞ。あとカード名の指定が無い場合は2枚目の同じカードの効果を発動出来るが、カード名の指定がある場合は出来ない。……カード名指定が無かったから『甲虫装機(インゼクター)』どもは……」

「……え? それってそれだけで意味合いが違うの?」

 

 後ろで観戦していた柚葉が同じ1ターンなのにまだ終わっていない事に驚愕しながら呟くようにそんな事を言い、対する『魔術師』はその一文がついてない方がおかしいと断言し、遠い目をする。

 

「ルールは一見複雑そうだけど複雑だぜ!」

「意味が解らないよっ!」

 

 物凄く腹立たしい笑顔で『魔術師』は柚葉に言い放ち、柚葉は痛む頭を抑えながら叫ぶ。

 ……ま、まぁ、それはともかく、『簡易融合』なんてオレの知っている頃には使えないカードの筆頭で、せいぜいアドバンス召喚にするぐらいしか活用方法が無かった筈だが――。

 

「ライフを1000支払い、レベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する! この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃出来ず、エンドフェイズに破壊される。私が融合召喚するのは《デストーイ・チェーン・シープ》!」

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP8000→7000

 手札5→4

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400/守2000

 《デストーイ・シザー・タイガー》星6/闇属性/悪魔族/攻1900/守1200

 《デストーイ・チェーン・シープ》星5/闇属性/悪魔族/攻2000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

 手札1枚消費とライフポイント1000で素材を無視して融合召喚扱いで出せるのだが、それだけであり、攻撃も出来ないし、このターンのエンドフェイズに自壊してしまう。

 何故こんな使いにくいカードを――。

 

「永続魔法『デストーイ・ファクトリー』を発動! そして効果発動、『デストーイ・ファクトリー』の効果は1ターンに1度、自分の墓地から『融合』魔法カードまたは『フュージョン』魔法カード1枚を除外し、自分の手札・フィールドから『デストーイ』融合モンスターによって決められた融合素材を墓地に送り、その融合モンスターをエクストラデッキから融合召喚する! 『簡易融合』を除外して《デストーイ・チェーン・シープ》と手札の《ファーニマル・ドッグ》を融合し、《デストーイ・サーベル・タイガー》を融合召喚して効果発動、墓地の《デストーイ・チェーン・シープ》を特殊召喚!」

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP7000

 手札4→3

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400/守2000

 《デストーイ・シザー・タイガー》星6/闇属性/悪魔族/攻1900/守1200

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400/守2000

 《デストーイ・チェーン・シープ》星5/闇属性/悪魔族/攻2000/守2000

 魔法・罠カード

  永続魔法『デストーイ・ファクトリー』

 

 ……は? 墓地から特殊召喚する事であっさりデメリットを踏み倒しやがった!?

 

「はぁ!? ちょっと待て、その《デストーイ・サーベル・タイガー》の素材は確か『デストーイ』融合モンスターと2体じゃなかったのか!?」

「違います。正確には『デストーイ』融合モンスターと『ファーニマル』または『エッジインプ』モンスター1体以上です。ちなみに3体以上を素材にして融合召喚された《デストーイ・サーベル・タイガー》は戦闘・効果では破壊されません」

 

 え? そんな超耐性が付属されていたの!?

 

「《デストーイ・シザー・タイガー》を出した時には確信してましたが、手札に《エフェクト・ヴェーラー》無し、一応《幽鬼うさぎ》を警戒していたのですが、無いようですね」

 

 ……あっるぇー、既に場に4体も揃っている融合モンスターの攻撃力の合計が8000超えているのは気のせいだろうか……?

 

「そして最後に! 『魔玩具融合』を発動! 『魔玩具融合』は1ターンに1度しか発動出来ない。自分のフィールド・墓地から『デストーイ』融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する! 私は墓地の《エッジインプ・シザー》《ファーニマル・ラビット》《ファーニマル・キャット》《ファーニマル・ドッグ》の4体を除外して融合召喚! 現れちゃえ、全てを八つ裂く孤高の魔狼《デストーイ・シザー・ウルフ》!」

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP7000

 手札3→2

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400/守2000

 《デストーイ・シザー・タイガー》星6/闇属性/悪魔族/攻1900/守1200

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400/守2000

 《デストーイ・チェーン・シープ》星5/闇属性/悪魔族/攻2000/守2000

 《デストーイ・シザー・ウルフ》星6/闇属性/悪魔族/攻2000/守1500

 魔法・罠カード

  永続魔法『デストーイ・ファクトリー』

 

「ちょ!? 果てには墓地のモンスターを除外して融合召喚だとぉ!?」

 

 見てご覧、柚葉。相手の最初のターンにして場を埋め尽くす5体の融合モンスターを! なお、オレの場には何もない模様……。

 何だこりゃ、何なんだこれはっ!? こんなのオレの知っている『遊戯王』じゃねぇ!

 

「《デストーイ・シザー・ウルフ》は融合素材としたモンスターの数まで1度のバトルフェイズに攻撃出来る! 融合素材としたモンスターは4体、よって4回攻撃出来るのです!」

 

 過剰殺傷(オーバーキル)も良い処だろう!? 何この幼女、超怖い。

 

「なお、《デストーイ・シザー・タイガー》の永続効果、このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分フィールドの『デストーイ』モンスターの攻撃力は自分フィールドの『ファーニマル』モンスター及び『デストーイ』モンスターの数×300アップ。更に更に! 《デストーイ・サーベル・タイガー》にもモンスターゾーンに存在する限り、自分フィールドの『デストーイ』モンスターの攻撃力は400アップする。私のフィールドには《デストーイ・サーベル・タイガー》が2体、よって――」

 

 え? えーと、《デストーイ・シザー・タイガー》の効果で場に『デストーイ』モンスターが5体いるから、5×300の1500、更に《デストーイ・サーベル・タイガー》2体分で800、合計2300ずつ攻撃力が上昇し――。

 

 ユーリ・エーベルヴァイン

 LP7000

 手札2

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400→4700/守2000

 《デストーイ・シザー・タイガー》星6/闇属性/悪魔族/攻1900→4200/守1200

 《デストーイ・サーベル・タイガー》星8/闇属性/悪魔族/攻2400→4700/守2000

 《デストーイ・チェーン・シープ》星5/闇属性/悪魔族/攻2000→4300/守2000

 《デストーイ・シザー・ウルフ》星6/闇属性/悪魔族/攻2000→4300/守1500

 魔法・罠カード

  永続魔法『デストーイ・ファクトリー』

 

 こうなった。なんぞこれ、なんぞこれっっ!?

 えーと、更に《デストーイ・シザー・ウルフ》は4回攻撃だから、合計ダメージは……4700+4200+4700+4300+(4300×4)=35100!?

 

「なんじゃこりゃぁ!? AC3LR並のチュートリアル詐欺を見た!?」

「ナオヤ、手札誘発効果のカードが無いのならば覚悟するのです! モンスター全員でダイレクトアタック!」

 

 ちょっと待て、ライフ8000の状態でも4回以上殺せるじゃないか!?

 幼女の嬉々とした号令と共に『デストーイ』融合モンスター全ての眼光に灯る殺意が凶悪なまでに赤く光り輝き――死刑宣告を下された直後、『魔術師』は背後からわざとらしく注釈する。

 

「――ああ、そうそう。言い忘れたが、それ、質量のあるソリッドビジョンだから本当に痛いぞ?」

「最初に言えええええええええええええええぇぎゃあああああああああああああああああああああああああああ――!?」

 

 秋瀬直也

 LP8000→3300→-900→-5600→-9900→-14200→-18500→-22800→-27100

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02/踊れ直也、死の踊りをォ! vs『魔術師』神咲悠陽

 

「――ふむ、大分回せるようになってきたじゃないか」

「最初の街から旅立つ前に死にそうな勢いだがなっ!」

 

 感心したような『魔術師』の声に、オレは死んだ目をもって無言で答える。……回し方は大体解ったが、勝てるとは言ってない。

 ユーリに後攻1ターンキルされてから他の人と代わる代わるデュエルしたが、いずれも酷いデッキばかりで粉砕・玉砕・大喝采されたのだった。

 

 ディアーチェが言うには「かつての貴様はこの程度じゃなかったぞ!」

 レヴィが言うには「ナオヤ、カードを信じるんだっ!」

 シュテルが言うには「本当に別人のよう……ですが、容赦しません」

 ランサーが言うには「HAHAHA! 悪く思うなよ小僧! 儀式魔法『覚醒の証』により降臨せよ、我が魂《覚醒戦士 クーフーリン》!」

 エルヴィが言うには「サモサモキャットユニフォベルン――(超☆長過ぎるので省略)――ワンターンスリィクェーサー」

 

 ……あれ、何か途中からおかしくなっているような……?

 

「秋瀬直也、君の知っている『遊戯王』の環境は第九期以前のようだね。デュエルは日々進化し続けている。――そして、第九期以降のデッキテーマはかなりの割合でトチ狂っている。留意しておくんだな」

 

 それは身を持って体感した。何であんなに1ターンが長いの? ソリティア(一人遊び)しすぎじゃね?

 そして回してみて率直に思ったのだが――。

 

「……なぁ、『魔術師』。これ、ワイト全部抜いた方が回るんじゃ――」

「それを抜くなんてとんでもない」

 

 ……いやいや、これ、絶対ワイト系を全部抜いてアンデット族モンスターによるシンクロに特化した方が絶対回るだろ?

 ワイト系全種が3枚ずつ入ってるからデッキ枚数が40枚より遥かに超過している訳で――。

 

「え? いやだって――」

「そ れ を 抜 く な ん て と ん で も な い」

「アッハイ」

 

 ……ああ、脳内に『ドラクエ』で呪われた装備をつけてしまった時のBGMが聞こえるような気がする。

 皆から色々とサイドカードを貰ったが、ワイト系の15枚全部抜けないカードと化してしまったぞ……。

 

「……ああ、貸して貰う立場から言うのもあれなんだが、万能の蘇生魔法の『死者蘇生』は無いのか? どんなデッキにも必要カードだろう?」

 

 お手軽に墓地からモンスターを特殊召喚する、まさに『遊戯王』を象徴するカードが見当たらないのに疑問に思うと――。

 

「――無いよ。それだけはこの『魔都』でも誰も持ってない。……いいか、秋瀬直也。それらのカードはデュエルじゃなくても使う事が出来る。だが、『死者蘇生』だけ無いとは何とも意味深な事だな――仮に持っているヤツがいるなら、ソイツが『黒幕』だ」

 

 『魔術師』は何とも言えない表情になり、真剣に語る。

 死んでまた生まれた『転生者』はいても、『死者蘇生』だけは不可能なのか。何とも皮肉めいた巡り合わせだ。

 

 

「さて、だ。最後に『サービス』しよう。私との『決闘』で勝ったら最後まで直接協力してやるぞ?」

 

 

 と、真剣な表情から一変し、これまた邪悪な表情を持って『魔術師』はそんな提案する。というか『遊戯王』で『サービス』と言えばあの『ファンサービス』だよな……?

 やっと最初の村から旅立つレベル1の勇者だというのに、何でいきなり『隠しボス』と戦わねばならないのだ……。

 

「え? いや、遠慮しておきます」

「おやおや、挑まれた勝負を逃げるとか『決闘者』の言葉ではないな。もう一度聞こう、『決闘』するか『決闘』するか、どっちだい?」

「……単にお前個人が『決闘』したいだけじゃねぇか!? あと選択肢が『はい』か『YES』しかねぇ!?」

 

 い、いきなり此処に来て強制負けイベントかよ!?

 ……いや、待てよ。『魔術師』と言えば、あのランサーに匹敵するか、それを凌駕するほどの類稀な不運の持ち主。他人にその凶運を擦り付けなければ運否天賦の勝負は百戦百敗するであろう負の運命力の持ち主だ。

 そんな『魔術師』がデュエルで勝負するとなれば――手札事故は間違い無し。幾らデッキパワーが異常だったとしても、勝てる可能性はある……?

 

「――よし、解った。『魔術師』、オレとデュエルだ!」

「ふふ、そうこなくてはなっ! デュエル!」

 

 そうだ、元の世界法則での強者がこの改変後の世界での強者とは限らない。

 ……あの柚葉だって此処ではデュエルが全く解らないぽんこつキャラだ。『魔術師』がデュエルで役立たなくても、その知識だけでも千金の価値があるだろう。

 

 ――先攻後攻の判定は、『魔術師』が先行だった。

 

 先行ならば攻撃出来ないので確実に次のターンが回ってくると安堵する。他のヤツらに散々1ターンキルされたからなぁ。

 

「――秋瀬直也、君の考えている事など私はお見通しだ。普段からの不運を考えればどんなデッキを使用しようが事故ると思っているのだろう?」

「……違うのか?」

 

 自覚している……? ならば、その持ち前の不運を逆利用して初期手札を固定してくるとかやってくるのか?

 

「そんな道理、凡百の凡骨は縛られても超一流の『決闘者』には通用しない! 最強決闘者の『決闘(デュエル)』は全て必然! ドローカードさえも『決闘者(デュエリスト)』が創造する! シャイニング・ドロー!」

 

 そして『魔術師』は意気揚々と初期手札の五枚をドローする。『オレのこの手が光って唸る!』と言わんばかりの右手で、目映いほど光り輝く5枚のドローって、おいこら待てェ!?

 

「え? ちょ、ま、何をした!? 今の不正行為だろそれ!?」

「何がだ? 単に力強くカードを引いただけだろ? ドローするカードが光り輝くとか『決闘者』では日常茶飯事だ――それに万能の不正探知機である『デュエルディスク』には何の反応も無かったぞ?」

 

 う、た、確かに『デュエルディスク』からは何の警告音も鳴っていない。

 さっき、しょっちゅうやっちゃ駄目な処理をしては警告音を鳴らしていただけに、単純な不正行為は完全にブロックされるだろうし――いや、逆なのか? 『デュエルディスク』が異常を探知しないなら、それらは全部逆説的に有効行為になっちゃうのか!?

 

「――まぁ引きたい時に引きたいカードをドローするぐらい『決闘者』として当然だろ?」

「いやいやいや、それおかしいから! その理屈はおかしい! やっぱお前完全に『遊戯王』に毒されてるだろ!?」

 

 何だそのカードが並ぶ順番とかが勝手に変わる事が前提な異世界の法則を常識みたいに語る言い草は!?

 

 

「――私のターン、手札から速攻魔法『魔導書の神判』発動っ! 『魔導書の神判』は1ターンに1度しか発動出来ない。このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、このカードの発動後に自分または相手が発動した魔法カードの枚数分まで自分のデッキから『魔導書の神判』以外の『魔導書』と名のついた魔法カードを手札に加える。その後、この効果で手札に加えたカードの数以下のレベルを持つ魔法使い族モンスター1体をデッキから特殊召喚出来る!」

 

 

 神咲悠陽

 LP8000

 手札5→4

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 

「げぇっ『魔導』!? そして最初からよりによって歴代最速級で禁止制限にぶち込まれたぶっ壊れ禁止カード!?」

 

 

 うわぁ、最初からそれかよ『魔術師』、他の誰よりも容赦ねぇ……。

 

「? 効果が多いだけで、エンドフェイズにだから弱いんじゃ? さっきまではセットした次のターン以降にしか発動出来ない罠カードも散々遅いって言ってたじゃない?」

「いや、違うんだ柚葉。あのぶっ壊れカードは1枚だけで当時中堅級のデッキテーマだった『魔導』を環境トップまで押し上げた、永久に禁止制限の檻に入るべき最上級の禁止カードなんだ……」

 

 ……しかもその環境は『遊戯王』の歴史上最悪とまで言われる暗黒期、『征竜』『魔導』の二強環境である。

 

「ん~、解らないなぁ。ポケモンで例えて?」

「フライゴンが一つのアイテムでガブリアスを超えてカイオーガと互角に戦えるぐらいヤバくなる」

「なっ!?」

 

 ……まぁ正確には違うのだが、危機感だけは共有して貰えたようだ。

 しかし、『魔導』かぁ。此処から起こり得る事態は『魔導書』魔法カードを連発されてサーチ連打し、エンドフェイズ時にその数だけデッキからサーチされて更に魔法使い族モンスターをデッキから特殊召喚される。

 本来の『魔導』はある程度考えて『魔導書』を使わなければ魔法カードが簡単に尽きてガス欠になってしまうが、『魔導書の神判』があれば魔法カードを使えば使うほど質が良くなる上に魔法カードが枯渇しないという意味不明な状況になる。

 唯一の良心として『魔導書の神判』で『魔導書の神判』はサーチ出来ないが……『グリモの魔導書』以外の『魔導書』をサーチ出来る『グリモの魔導書』、除外された『魔導書』を回収する『アルマの魔導書』すらある為、毎ターン『魔導書の神判』を発動出来るのである。

 

(……うん、オレが祈る事は手札の魔法カードがあと2枚しかない、という手札事故だけだな。3枚まで行くと終わる。主にエンドフェイズに『アイツ』がデッキから出てきて)

 

 ……ちなみに『魔導書の神判』、速攻魔法だから相手ターンだろうと発動出来る。

 相手ターンのスタンバイフェイズに牽制『魔導書の神判』とか頭おかしい事やって、相手の魔法カードの使用を妨害する事すら出来る万能っぷりである。

 せめて万能サーチである『グリモの魔導書』が手札に無い事を祈りながら――されども、『魔術師』が次に場に出したカードは魔法カードではなかった。

 

「そして私はペンデュラムゾーンに《竜剣士ラスターP》と《Emヒグルミ》をセッティング、《竜剣士ラスターP》のペンデュラム効果発動、1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンにカードが存在する場合、そのカードを破壊し、そのカードの同名カード1枚をデッキから手札に加える。破壊された《Emヒグルミ》のモンスター効果発動、フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊された場合、手札・デッキから《Emヒグルミ》以外の『Em』モンスター1体を特殊召喚する。私はデッキから《Emダメージ・ジャグラー》を特殊召喚する」

 

 神咲悠陽

 LP8000

 手札4→2→3

 《Emダメージ・ジャグラー》星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守1000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜剣士ラスターP》スケール5

 

 え? デュエルディスクの両端に魔法カードと効果モンスターカードが組み合わさったような変なカードをセットして、謎の効果で片方のカードを破壊したと思ったらデッキから特殊召喚? なぁにこれぇ?

 

「ペンデュラム……?」

「ああ、それすら忘れ果てて、いや、違った。元から知らないのか。――ペンデュラムモンスターはモンスターカードとして扱えるだけでなく魔法カード扱いでペンデュラムゾーンに設置する事の出来る、モンスターカードと魔法カードが組み合わさったような種類だ。ペンデュラムゾーンに設置されている間は魔法カードとして扱い、カードに記されているペンデュラム効果が適応される。この時にモンスターとしての効果は適応されないが、今の《Emヒグルミ》の効果発動条件がフィールドにいる時に破壊された場合なのでモンスター効果が適応される。あとペンデュラムモンスターがフィールドから墓地に送られる場合、墓地からエクストラデッキに表側状態で加わる特性を持っている。――エクシーズ素材からペンデュラムモンスターが墓地に送られた場合はフィールドから送られてはいないのでそのまま墓地に落ちるし、『手札抹殺』された場合も同様だ。あと《マクロコスモス》や《奈落の落とし穴》で墓地に落ちた瞬間に除外される効果を受けるとエクストラデッキにいかないから注意しろ」

 

 ……異界の言語が聞こえる。まるで頭に入らない。

 

「――ふむ、情報が多すぎて頭に入らないという様子だな。まぁペンデュラムの特性はこのデュエルで嫌というほど思い知るだろうから大丈夫だ」

 

 果たしてその時になってオレの精神が燃え尽きてないか、心配したい処である。

 

「続けるぞ。――手札から《EMドクロバット・ジョーカー》を通常召喚する。効果発動、このカードが召喚に成功した時、デッキから《EMドクロバット・ジョーカー》以外の『EM』モンスター、『魔術師』P(ペンデュラム)モンスター、『オッドアイズ』モンスターの内、いずれか1体を手札に加える。私がサーチするのは《EMペンデュラム・マジシャン》だ」

 

 神咲悠陽

 LP8000

 手札3→2→3

 《Emダメージ・ジャグラー》星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守1000

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜剣士ラスターP》スケール5

 

 道化師っぽい華やかな金髪仮面男が現れ、ハットからぽんと別のマジシャンを出して『魔術師』の手札に送られる。

 

「これで『魔術師』のフィールドにレベル4のモンスターが2体……来るぞ、柚葉っ!」

「え? な、何が?」

 

 

「――レベル4の《Emダメージ・ジャグラー》と《EMドクロバット・ジョーカー》でオーバーレイ! エクシーズ召喚、ランク4《ラヴァルバル・チェイン》!」

 

 

 来たぞ、柚葉!

 2体の同じレベルのモンスターが光となって重なり合い、空間に穴を空けて出現するは炎纏う海竜族モンスター、魔法・罠カードにも対応する生きる万能の墓地肥やし要因!

 

「えくしーず? 『融合』とは違うの? なんかレベルじゃなくてランクになってるけど」

「エクシーズモンスターはレベルの代わりにランクを持つモンスター、融合とは違って魔法カードが無くても自分フィールドの同じレベルのモンスター2体以上を重ねてエクシーズ召喚される。素材となったモンスターは墓地にいかず、エクシーズモンスターの下に重ねられ、主に効果発動のコストとして使われる」

「……えーと、『融合』とは違って専用の魔法カードを必要とせず、回数制限のあるエクストラデッキからのモンスターって事?」

 

 柚葉の質問に対し、無言で頷く。概ねその通りであり、専用魔法カードの必要が無い事からシンクロと同じかそれ以上に利便性に富んだ召喚法である。

 いや、チューナーとそれ以外のモンスターが必要なシンクロよりも簡単だ。何せ同じレベルのモンスターを2体並べるだけで大体召喚出来る。

 今、『魔術師』がエクシーズ召喚した《ラヴァルバル・チェイン》の素材はレベル4のモンスター2体、他に制限も無い。レベル4のモンスターを並べる方法は幾らでもあるので、最も簡単に安易に出せる条件だ。

 

 あとこれは余談だが――『魔術師』から渡されたこのデッキにエクシーズモンスターが一体も無かったのはあれか、遠回しの嫌がらせなのだろうか?

 

「《ラヴァルバル・チェイン》の効果発動、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、デッキからカード1枚選んで墓地に送る。墓地に送るカードは《BF-精鋭のゼピュロス》だ」

 

 神咲悠陽

 LP8000

 手札3

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU2→1

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜剣士ラスターP》スケール5

 

 ブラックフェザー? 一体何なんだこのデッキは。『魔導』と『EM(エンタメイト)』と『Em(エンタメイジ)』に更には『BF(ブラックフェザー)』? 統一感がまるで無い。

 普通はある程度共通のカテゴリーを使わないと回らなくなるものだが……?

 それに『魔導書の神判』を最初に使ったのに全然魔法カード使ってないぞ? 何を仕掛けるつもりだ……?

 

「エクシーズ素材として墓地に落とした《Emダメージ・ジャグラー》の効果発動、《Emダメージ・ジャグラー》の効果は1ターンに1度、自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、デッキから《Emダメージ・ジャグラー》以外の『Em』モンスター1体を手札に加える。私がサーチするのは《Emミラー・コンダクター》」

 

 ん? 今のサーチした《Emミラー・コンダクター》も色枠からペンデュラムモンスターか。《Emダメージ・ジャグラー》はペンデュラムモンスターではなかったが……同じカテゴリーでもペンデュラムモンスターであるのとそうでないのも混ざっているのか?

 

「墓地の《BF-精鋭のゼピュロス》の効果発動、デュエル中に1度だけ、このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドの表側表示のカード1枚を持ち主の手札に戻し、墓地から特殊召喚して400ポイントのダメージを受ける。私はペンデュラムゾーンの《竜剣士ラスターP》を手札に戻す」

 

 神咲悠陽

 LP8000→7600

 手札3→4→5

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《BF-精鋭のゼピュロス》星4/闇属性/鳥獣族/攻1600/守1000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

「そして再びペンデュラムゾーンに《竜剣士ラスターP》と《Emヒグルミ》をセッティングし、《竜剣士ラスターP》の効果発動して《Emヒグルミ》を破壊して同名カードをデッキからサーチ、更に破壊された《Emヒグルミ》の効果で《Emトリック・クラウン》をデッキから特殊召喚する」

 

 神咲悠陽

 LP7600

 手札5→3→4

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《BF-精鋭のゼピュロス》星4/闇属性/鳥獣族/攻1600/守1000

 《Emトリック・クラウン》星4/光属性/魔法使い族/攻1600/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜剣士ラスターP》スケール5

 

 ……あ。《竜剣士ラスターP》のペンデュラム効果に1ターンに1度とは書かれているが、《竜剣士ラスターP》は1ターンに1度って一文が入ってねぇ!?

 そのせいで手札にセルフバウンスさせて再設置した《竜剣士ラスターP》の効果が再度発動可能になり、更に設置した《Emヒグルミ》を破壊して同名カードをサーチしながらデッキから特殊召喚? この一挙動で何アド稼いでやがるんだ!?

 

「更にペンデュラムゾーンに《Emヒグルミ》をセッティングし、速攻魔法『揺れる眼差し』を発動! お互いのPゾーンのカードを全て破壊し、破壊したカードの数によって以下の効果を得る。1枚以上ならば相手に500ダメージ、2枚以上ならばデッキからペンデュラムモンスターを手札に加える。私は《EMリザードロー》をサーチ、《Emヒグルミ》の効果発動、2体目の《Emダメージ・ジャグラー》をデッキから特殊召喚する」

 

 秋瀬直也

 LP8000→7500

 

 ぴしっと、小パンじみたバーンダメージが入るが、問題は其処じゃない。

 また《Emヒグルミ》が破壊されてデッキからレベル4のモンスターが特殊召喚され、『魔術師』の場にレベル4のモンスターが3体も揃ってしまった事だ。

 

 神咲悠陽

 LP7600

 手札4→3→2→3

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《BF-精鋭のゼピュロス》星4/闇属性/鳥獣族/攻1600/守1000

 《Emトリック・クラウン》星4/光属性/魔法使い族/攻1600/守1200

 《Emダメージ・ジャグラー》星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守1000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 

「私はレベル4の《BF-精鋭のゼピュロス》《Emトリック・クラウン》《Emダメージ・ジャグラー》の3体でオーバーレイ、エクシーズ召喚! 現われろ、無慈悲な法の番人! 《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》!」

 

 

 神咲悠陽

 LP7600

 手札3

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》ランク4/光属性/天使族/攻2300/守1600 ORU3

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 1ターン目から《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》を出してくるか……!

 レベル4のモンスター3体という重い召喚条件に相応しい効果を持つガチカード、あのエクシーズモンスターの効果はモンスター・魔法・罠から一つ選んで次の相手ターン終了時まで互いに発動出来なくする封殺効果、モンスター効果か魔法、どちらを封じられても痛いが、このターン、『魔術師』は魔法カードを『揺れる眼差し』の1枚しか使っていない。展開ももう終わりだろうし、まだ活路はある――。

 

 

「――待たせたね、これからがペンデュラムの真髄だ。私はスケール6の《EMリザードロー》とスケール3の《Emミラー・コンダクター》をペンデュラムゾーンにセッティング、これでスケールの間の数字、レベル4からレベル5のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚! 現われろ、私のモンスター達よ!」

「は? すけーる? レベル4からレベル5のモンスターが同時に召喚可能? な、何言ってるんだ、もう手札は1枚しか無いだろ!」

「確かに手札は1枚、先程サーチした《EMペンデュラム・マジシャン》だけだ。だが、エクストラデッキにはあるだろう?」

 

 ……え? あ、確かペンデュラムモンスターはフィールドで破壊されて墓地に行くと表側表示状態でエクストラデッキに行くんだっけ?

 エクストラデッキに行ったペンデュラムモンスターは《竜剣士ラスターP》×2、《Emヒグルミ》×3だが――まさか? エクストラデッキに行くって、そういう意味――!?

 

「エクストラデッキからレベル4の《Emヒグルミ》2体、手札から《EMペンデュラム・マジシャン》をペンデュラム召喚する」

 

 神咲悠陽

 LP7600

 手札3→1→0

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》ランク4/光属性/天使族/攻2300/守1600 ORU3

 《Emヒグルミ》星4/炎属性/魔法使い族/攻1000/守1000

 《Emヒグルミ》星4/炎属性/魔法使い族/攻1000/守1000

 《EMペンデュラム・マジシャン》星4/地属性/魔法使い族/攻1500/守800

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMリザードロー》スケール6

 《Emミラー・コンダクター》スケール3

 

 そ、そんなのありかよ!? ペンデュラムモンスターが墓地に行かずにエクストラデッキに行くのは、そのペンデュラム召喚で再び召喚出来るからだとぉ!?

 

「――《EMペンデュラム・マジシャン》の効果発動、《EMペンデュラム・マジシャン》の効果は1ターンに1度、このカードの特殊召喚に成功した場合、自分フィールドのカードを2枚まで対象に破壊し、破壊した数だけデッキから《EMペンデュラム・マジシャン》以外の『EM』モンスターを手札に加える。なお、同名カードは1枚までだ。私は《Emヒグルミ》2体を破壊し、《EMパートナーガ》と《EMドクロバット・ジョーカー》をサーチ。破壊された2体の《Emヒグルミ》の効果発動、デッキから《Emトリック・クラウン》と《Emダメージ・ジャグラー》を特殊召喚する」

 

 神咲悠陽

 LP7600

 手札0→2

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》ランク4/光属性/天使族/攻2300/守1600 ORU3

 《EMペンデュラム・マジシャン》星4/地属性/魔法使い族/攻1500/守800

 《Emトリック・クラウン》星4/光属性/魔法使い族/攻1600/守1200

 《Emダメージ・ジャグラー》星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守1000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMリザードロー》スケール6

 《Emミラー・コンダクター》スケール3

 

 あ、あ、あ、あ、あっ――。

 《EMペンデュラム・マジシャン》で《Emヒグルミ》2体破壊で2枚サーチして2体デッキから特殊召喚? 1挙動で4アド稼いでね? 何その……何?

 

「レベル4の《EMペンデュラム・マジシャン》《Emトリック・クラウン》《Emダメージ・ジャグラー》の3体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 生まれてきたのが間違いのランク4《星守の騎士 プトレマイオス》!」

 

 またレベル4×3のエクシーズモンスター? しかもコイツは知らないエクシーズモンスターだから、やっぱり狂乱の第九期からの刺客か!?

 

「《星守の騎士 プトレマイオス》の効果発動、このカードのエクシーズ素材を3つ全部取り除き、『No.』モンスター以外の、このカードよりランクが1つ高いエクシーズモンスター1体を自分フィールドにこのカードの上に重ねてエクシーズ召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚出来る。この効果は相手ターンでも発動出来る。――現われろ、ランク5《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》!」

 

 現れるは銀色の機械龍、新たな力を得た古の存在が猛々しく咆哮する――!

 

 つーか、はぁ? レベル4から何でランク5が出てくるんだよ!? 『No.』以外という縛りはあるものの――ってあれ、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》のテキストを良く見てみると……?

 

 《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》

 エクシーズ・効果モンスター

 ランク5/光属性/機械族/攻2100/守1600

 機械族レベル5モンスター×2

 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。

 自分の墓地の「サイバー・ドラゴン」1体を選択して特殊召喚する。

 また、1ターンに1度、自分の手札・フィールド上の

 「サイバー・ドラゴン」1体を除外して発動できる。

 このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、2100ポイントアップする。

 この効果は相手ターンでも発動できる。

 このカードが相手の効果によって墓地へ送られた場合、

 機械族の融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚できる。

 

 首を傾げる効果である。『魔術師』の墓地に当然ながら《サイバー・ドラゴン》はいないので最初の効果は意味無いし、2つ目の効果も《サイバー・ドラゴン》がいないから無いも同然だ。更に3つ目の効果はオレが意図的にやらない限りまず発動出来ない効果だろう。何なんだ、この残念効果は……。

 

「……なぁ、『魔術師』。そのサイバー・ドラゴン、効果すっげー微妙じゃね? サイバーデッキでも使えなさそうなカードだけど――」

「そりゃそうだ。これは下敷きだからな」

「え?」

 

 下敷き? どういう事だってばよ? と、思いきや――。

 

 

「――そしてェ! ランクアップ・エクシーズチェンジ! これがサイバー流が辿り着いた最強進化系ッ! ランク6《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》!」

 

 

 神咲悠陽

 LP7600

 手札2

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》ランク4/光属性/天使族/攻2300/守1600 ORU3

 《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》ランク6/光属性/機械族/攻2100→2500/守1600 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMリザードロー》スケール6

 《Emミラー・コンダクター》スケール3

 

 更に重ねて進化体が出てきた!?

 なんかさっきの銀色の機械龍と同系統の進化版みたいなんだが、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》と比べて禍々しさが半端無い気がするのは気のせいだろうか?

 

「《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》は1ターンに1度、自分フィールドの《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る。このカードの攻撃力はこのカードのエクシーズ素材の数×200アップする。1ターンに1度、フィールドの表側攻撃表示モンスター1体をこのカードの下に重ねてエクシーズ素材に出来る。1ターンに1度、カードの効果が発動した時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いてその発動を無効にし破壊する」

 

 ――は ぁ ?  な ぁ に こ れ ぇ ?

 

「頭おかしい事しか書かれてねぇ!? ライフコスト無しの『神の宣告』内蔵の上に相手モンスター除去も兼ねてコストを手に入れ放題だとぉ!? サイバー流は何処行っちまったのよ!? 明らかに方向性見失ってね!? 最強進化系じゃなくて突然変異だろッ!」

 

 お、オレの知っているサイバー流は、『パワーボンド』を握って1ターンキルするか、握れずに潔く爆散するかの二択しかないリスペクト精神に溢れたデッキで――。

 

「最後に《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》の効果発動、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、カードの種類、モンスター・魔法・罠のうちの一つを宣言して発動する。次の相手ターン終了時まで宣言した種類のカードはお互いに発動出来ない――私は『魔法』を選択する」

 

 もうやめて! オレのSAN値は0よ! もうこれでどうしろってんだ!?

 

「エクシーズ素材として墓地に落ちた《Emトリック・クラウン》の効果発動、《Emトリック・クラウン》の効果は1ターンに1度、墓地に送られた場合、自分の墓地の『Em』モンスター1体を、攻撃力・守備力0にして特殊召喚し、1000ダメージを受ける。私は《Emトリック・クラウン》を守備表示で特殊召喚し、ターンエンド」

 

 神咲悠陽

 LP7600→6600

 手札2

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》ランク4/光属性/天使族/攻2300/守1600 ORU3

 《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》ランク6/光属性/機械族/攻2100/守1600 ORU2

 《Emトリック・クラウン》星4/光属性/魔法使い族/攻1600→0/守1200→0

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMリザードロー》スケール6

 《Emミラー・コンダクター》スケール3

 

 ぐ、ぐぬぬ、《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》で魔法カードを封じられた上に《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》で一回は無効化されて破壊されるだと?

 だ、だが、まだやれる。超絶頑張ってトリシューラでも出せば次のターンのペンデュラム召喚も封じれる!

 

「お、オレのターン――」

「何勘違いしてるんだ?」

「ひょ?」

 

 萎えた心を必死に鼓舞して奮い立たせようと勢い良くドローしようとした瞬間、『魔術師』は本当に懐かしい台詞を言い、思わず乗ってしまった。

 

「まだ私のエンドフェイズは終わってないぜ!」

「な、何言ってるんだ。もうお前はターンエンド宣言したじゃないか!」

 

 え? もしかしてこの流れは……!?

 

「――エンドフェイズ時、『魔導書の神判』の効果でこのターン、発動した魔法カードの枚数分まで自分のデッキから『魔導書の神判』以外の『魔導書』と名のついた魔法カードを手札に加える。このターン、魔法カードが発動した回数は8回、よって8枚サーチ!」

 

 ああ、最初に発動した『魔導書の神判』の効果をすっかり忘れていた。忘れ、――は?

 

「ちょーっと待てェ!? 魔法カードなんて『魔導書の神判』を除けば『揺れる眼差し』しか使ってねぇだろ! 何処からその8回という数字が出てきたアアアアアァ――ッ!」

「忘れたのか? ペンデュラムゾーンに設置されたペンデュラムカードは魔法カード扱いだ……!」

「な、なんだってぇー!?」

 

 そういえばそんな大切な事をさらりと言っていたような気がするゥゥゥゥ――!

 

「『グリモの魔導書』『ゲーテの魔導書』『セフェルの魔導書』『トーラの魔導書』『ヒュグロの魔導書』『魔導書院ラメイソン』『魔導書廊エトワール』『アルマの魔導書』を手札に加え、手札に加えたカードの数以下のレベルの魔法使い族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。私はレベル3の《昇霊術師 ジョウゲン》を守備表示で特殊召喚する」

 

 ……あ、ぽきりと心が折れた音が聞こえる。ダービー兄弟系のスタンド能力者が居たなら即座に魂を取られるぐらいの心折具合である。

 

「ちなみに《昇霊術師 ジョウゲン》の効果は言わずとも解っているよな?」

「……このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにモンスターを特殊召喚出来ない……」

 

 魔法を封じられ、特殊召喚さえ封じられ、好きなタイミングで神の宣告効果を撃てるエクシーズモンスターがいる状態でどうしろと言うのだ!?

 

「おっと、手札が10枚で溢れてしまった。6枚になるまで捨ててターンエンド。さぁ秋瀬直也、君のターンだ!」

 

 神咲悠陽

 LP6600

 手札2→10→6

 《ラヴァルバル・チェイン》ランク4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000 ORU1

 《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》ランク4/光属性/天使族/攻2300/守1600 ORU3

 《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》ランク6/光属性/機械族/攻2100/守1600 ORU2

 《Emトリック・クラウン》星4/光属性/魔法使い族/攻0/守0

 《昇霊術師 ジョウゲン》星3/光属性/魔法使い族/攻200/守1300

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMリザードロー》スケール6

 《Emミラー・コンダクター》スケール3

 

「……あ、サレンダーで」

「サレンダーは認めない。『決闘者』がサレンダーして良い状況は八汰ロックを決められた時だけだ!」

「はぁ? ふざけんな『魔術師』ィ! この状況でどうしろって言うんだッ!」

「《昇霊術師 ジョウゲン》の守備力は1300、それ以上の攻撃力を持つモンスターを通常召喚してバトルで倒してから展開すれば良いじゃないか。『魔導書』がフィールドに無い今が最大のチャンスだぞ? 大丈夫、君なら出来るさ」

「出来るわきゃねぇだろぉぉぉっ! それやっても一回は確実に《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》の妨害食らうじゃねぇか!?」

「そん時に《幽鬼うさぎ》投げりゃいいだろ。まぁ《星守の騎士 プトレマイオス》が効果発動した時に使わなかった時点で無い事は知っていたが」

「大体手札誘発効果のカードを必ず初手に握っている訳――」

 

 オレ達が無駄に言い争う中、柚葉はぽつりと苦悶じみた声を零していた。

 

「……うっ、全く解らない……!?」

 

 




 本日の禁止カード

 『魔導書の神判』
 速攻魔法(禁止カード)
 このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
 このカードの発動後に自分または相手が発動した魔法カードの枚数分まで、
 自分のデッキから「魔導書の神判」以外の
 「魔導書」と名のついた魔法カードを手札に加える。
 その後、この効果で手札に加えたカードの数以下のレベルを持つ
 魔法使い族モンスター1体をデッキから特殊召喚できる。
 「魔導書の神判」は1ターンに1枚しか発動できない。

 これ1枚であの『征竜』と互角に渡り合った、『魔導』というデッキを『神判』にした、遊戯王史上でもトップクラスの戦犯オブ戦犯、禁止の中の禁止カード。
 この時代が暗黒期と呼ばれたのは魔導メタをすれば征竜に勝てず、征竜メタをすれば魔導に勝てないという史上最悪のニ強(クソ)環境だった事が上げられ、もはや『遊戯王』ではなく、『征竜』・『魔導』という別のゲームだった。
 最強のライバルが最強の友とはまさに皮肉な話である。

 《星守の騎士 プトレマイオス》
 エクシーズ・効果モンスター(禁止カード)
 ランク4/光属性/戦士族/攻550/守2600
 レベル4モンスター×2体以上
 (1):このカードのX素材を3つまたは7つ取り除いて発動できる。
 ●3つ:「No.」モンスター以外の、このカードよりランクが1つ高いXモンスター1体を、
 自分フィールドのこのカードの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
 この効果は相手ターンでも発動できる。
 ●7つ:次の相手ターンをスキップする。
 (2):お互いのエンドフェイズ毎に発動できる。
 自分のエクストラデッキの「ステラナイト」カード1枚を選び、
 このカードの下に重ねてX素材とする。

 レベル4のモンスター2体出るデッキのほぼ全てに採用された最新の禁止カード。
 登場から8か月も経たず、229日で禁止に至っており、下級征竜と『魔導書の神判』に次ぐスピード記録である。
 作中では素直に三体素材から絶望の呪文『プトレ・ノヴァ・インフィ』だったが、コイツの害悪さは2体素材でもそのターンのエンドフェイズにエクシーズ素材を増やせて、相手ターンにランク5のエクシーズモンスターになれる事である。
 ランク5のセイクリッド・プレアデスになって相手カードをバウンスさせるも良し、スタンバイフェイズにランク5の《外神アザトート》になって相手のモンスター効果を封殺するのも良し、左近のランク4エクシーズのインフレ具合を象徴するカードだった。

 10月改定でプトレが禁止になったので現環境トップの『EMEm』でインフィを拝む機会は皆無となったが、今ではプトレの代わりに《フレシアの蟲惑魔》が並び、「デッキからトラップカードだとぉ!?」という理不尽を味わう事となる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03/まさかの刺客、てめぇの血は何色だ! vs元管理局の中将(1)

 

 

「……はぁ、酷い目に遭った……」

 

 ぐったりしながら行きつけの喫茶店で柚葉と一緒に一休憩する。

 『魔術師』とのデュエル? あんな状況から覆せるのは同じぐらいぶっ壊れたデッキとピンチの時に欲しいカードを絶対ドロー出来る『決闘者』だけである。

 その両方欠けているオレが何の打開も出来ずにフルボッコにされるのは当然過ぎる成り行きである。

 ……うん、楽観的に考えよう。もうあれ以上の相手はいないだろうと。それなら逆の意味で安心出来よう。

 

「柚葉、どうしたんだ? カードとにらめっこして」

「……私自身のデッキを把握しようとしているんだけど、カードのテキストが異世界の言語にしか見えないぃ……」

 

 ……うん、まぁ、コンマイ語は世界で最も難関な言語だからなぁ。

 初心者の柚葉では何が何だか訳が解らなくなってしまうだろう。何せ実際の『決闘者』にとっても難解であるのだから。

 

「そういえば、柚葉の『シスの暗黒卿』としての直感は働かないのか? こう、三段飛ばしでオレのデッキを盗んだヤツはアイツだー、とか、この次元の元凶はあれだー、とか」

 

 もはや未来予知に近い彼女の直感に期待を寄せるが、更に渋い顔になって顔を横に振る。

 

「……今日起きてから、私の直感は全部狂ったままよ。未来なんて欠片も見えない……」

 

 こ、これは『遊戯王』という世界法則が柚葉の『シスの暗黒卿』としてのフォースすら凌駕しているという事か?

 まぁ普通に考えても、世界の法則を書き換えるような輩だ、それこそ『神』に匹敵するようなレベルじゃないだろうか。

 ……普通にヤバいんじゃないかなぁと思いつつも、まぁ『遊戯王』だから、そんな人智の及ばぬ相手に対してでも『決闘』でなら解決出来る、のか? 『決闘』マジパネェな。

 

「……こんな事なら、私もこの『異変』に飲み込まれていれば――」

 

 そんな事を言って、柚葉は更に落ち込んでしまう。

 ……確かに『魔術師』のように半分受け入れていれば『遊戯王』という世界法則に乗った上で存分に活躍出来ただろうが――。

 

 

「いやいや、勘弁してくれ。こんな世界が改変されるような事態でも案外何とかなるって思えるのは、変わらずにいてくれる柚葉のお陰なんだぞ?」

 

 

 うん、柚葉すら「『決闘者』なら当然よね!」なんて言われた日には精神的に参って卒倒していただろう。

 こうして柚葉が変わらずにいるお陰で絶対に消えない道標となり、この混沌とした世界に飲み込まれる事無く初志を目指せるのだ。

 

 ――と、何故か柚葉の顔が真っ赤になっている。……あれ、オレ、何か恥ずかしい事を言ったけ……?

 

 

「――ぁー、甘ったりぃ。砂糖吐きすぎて死にそうぅ。マスターのおっちゃん、ブルーアイズマウンテン一つ~。飛び切り苦いのちょーだい」

 

 

 と、この妙な空気を読まずに引き裂いて現れたのは十四歳ぐらいの金髪少女であり、注文しながら堂々と柚葉の隣に座る。

 

「アリア!? な、何で此処に?」

「ちーっす、柚葉。そういう柚葉こそ学校サボって愛しの彼とデート? 白昼堂々大胆だねぇー」

 

 まさに「リア充爆発しろ」と言わんばかりの清々しい笑顔で柚葉をからかい、柚葉の方はより一層赤くなってしまう。

 うん、その恥じらう様はもう愛しくて、こっちも赤くなってくる。と、このままでは永遠にからかいフェイズを抜け出せない気がする。

 

「知り合いか? 柚葉。えーと……」

「ああ、こうして直接会うのは初めてかな、秋瀬直也君。君とは縁が無かったからね。私の名前はアリア・クロイツ。よろしくねー。まぁ君の事は柚葉から色々と、そりゃもう砂糖吐き散らすほど聞いてるけどぉ?」

 

 柚葉の知り合い? という事は彼女も『転生者』なのだろうか?

 それに柚葉から色々聞いているとか、彼女と普通に付き合える同性なんて、中々奇異というか特異な人物じゃないだろうか。

 

「で、どうしたの? なんかまた『イベント』に巻き込まれてるんでしょ? 主人公体質にヒロイン体質ってヤツ? 年中面白そうで良いねぇ、対岸の火事として見る分は。――さぁさぁこの私に喋ってご覧。生産性のある行為になるかは知らんけど」

 

 ……ふむ、物は試しだ。世界法則が『遊戯王』に改変されている事以外は話して良いだろう。

 とりあえずはオレの元のデッキとやらを取り戻さない事には始まらないだろうし。

 

 

 ――かくかくしかじか――少年説明中。

 

 

「――へぇ、そんな命知らずが居たんだ。それに『決闘者』の風上にも置けないねぇ。ただ一つ言えるのは、君のデッキを使って『決闘』しようものならすぐ判明しちゃうだろうから、君のデッキを盗んだ犯人は『決闘』しようとしない者だね。ホント、そんなのを『決闘者』とはとても呼べないよ」

 

 香り高いコーヒーを優雅に飲みながらアリアは分析する。

 ふと、注文の紙を見てみると『ブルーアイズマウンテン』と書いており、お値段3000円と書かれている事に密かに驚愕する。

 ただのコーヒー1杯なのにすっげぇ高いぞ!?

 

「――じゃ、秋瀬君、私と『決闘』しようぜ! 君は出逢う相手に片っ端から『決闘』して行けば良いのさ。断るヤツ、もしくは姿を見せないヤツが犯人だろうし」

 

 ふむ、そういうもんなのか……?

 いや、世界の法則が『遊戯王』一色ならば、『デュエル脳』になるのが一番正しいのか? うん、とりあえず負けるにしろ、勝つにしろ、『決闘』しない事には何も始まらないか。

 オレはアリアの提案を了承するのだった。

 

 

 ――後から知ったが、彼女が『二回目』の『転生者』であり――しかもかつての、柚葉が支配していた頃の管理局の中将で――元の世界では『三回目』の『転生者』との能力格差が著しく酷かったが、この世界においてはそんな格差などまるで無かったのだ。

 

 そもそも『転生者』も非転生者もありやしない。

 ――『決闘者』と『決闘者』、此処にはそれしかないのだ。

 

 

 

 

『――デュエル!』

 

 喫茶店の外に出て、オレ達は同時にそう叫ぶ。先攻は――彼女、アリアの方だった。

 

「おっと、私のターンだね」

 

 初期手札の5枚を見て、少しだけ彼女は考える。3秒ぐらいの思案の後、開幕の一手を開示した。

 

「魔法カード『強欲な壺』発動、デッキからカードを2枚ドローするぅ。お、いいもん来たじゃん~」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札5→4→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……あ、最初期に登場した問答無用、強力無比のドローカード。発動条件もコストも無しに手札を1枚増やせる、元祖ドローソースの禁止カードである。

 当然と言えば当然だ。何せ当時から『強欲な壺』が入らないデッキが存在しなかったからだ。当時はデッキ投入率ほぼ100%を誇っていたとか。

 

「更に魔法カード『天使の施し』発動~! 自分のデッキからカードを3枚ドローし、手札から2枚選択して捨てるぅ。ふむふむ、1ターン目から動けって事かなぁ?」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札6→5→8→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 そして次の魔法カードは手札交換・墓地肥やし・デッキ圧縮を1枚でこなす禁止カード……すっげー、この二つが普通に使える環境なんて想像出来ないぞ。

 『強欲な壺』と比べて1枚多くドロー出来るが、2枚捨てなければならない。まぁこれは間違いだ。2枚も墓地に捨てれると書くべきだ。恐ろしいったらありゃしない。

 

「魔法カード『汎神の帝王』発動、手札の『帝王』魔法・罠カード1枚を墓地に送り、デッキから2枚ドローする」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札6→5→4→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 と、『帝王』だと? 『帝』なのか?

 『帝』とは『遊戯王』に古くからあるデッキテーマの一つであり、下級モンスターを生け贄(リリース)して上級モンスターである『帝』モンスターを出すアドバンス召喚を主軸に戦うデッキだ。

 だが、『遊戯王』で通常召喚出来る回数は1ターンに1回、アドバンス召喚も通常召喚に入る。故に今の最新の環境には到底追いつく事が出来ず、回数制限の無い特殊召喚を主軸とするテーマに駆逐され、ファンデッキの地位に収まっていた筈……?

 

 ――ん? ちょっと待て。手札の『帝王』魔法・罠カード1枚を墓地に送らなければ発動出来ないのかぁと思ったが、何かおかしい事しか書かれてないか? それ。

 

「そして墓地に落ちた『汎神の帝王』の更なる効果を発動、『汎神の帝王』のこの効果は1ターンに1度、墓地のこのカードを除外し、デッキから『帝王』魔法・罠カード3枚を相手に見せ、その中から1枚選ばせて、残りをデッキに戻す。私が選択するカードは『帝王の開岩』『帝王の開岩』『帝王の深怨』の3枚だ、どれにするー?」

「はぁ? なんじゃそりゃぁ!? ドローカードと思ったら三択の苦渋の選択だと!? しかも墓地に落ちて即座に発動可能だと!?」

 

 あれ、何か嫌な予感がする。この狂ったような回り、まさか古参と呼ぶに相応しい『帝』も第九期基準になってるのか!?

 

 表示されている二種類の『帝王』カードのテキストを見てみると――。

 

 

 『帝王の開岩』

 永続魔法

 「帝王の開岩」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 (1):このカードが魔法・罠ゾーンに存在する限り、

 自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。

 (2):自分が表側表示でモンスターのアドバンス召喚に成功した時、

 以下の効果から1つを選択して発動できる。

 ●そのモンスターとカード名が異なる

 攻撃力2400/守備力1000のモンスター1体をデッキから手札に加える。

 ●そのモンスターとカード名が異なる

 攻撃力2800/守備力1000のモンスター1体をデッキから手札に加える。

 

 『帝王の深怨』

 通常魔法

 「帝王の深怨」は1ターンに1枚しか発動できない。

 (1):手札の攻撃力2400/守備力1000のモンスター1体

 または攻撃力2800/守備力1000のモンスター1体を相手に見せて発動できる。

 デッキから「帝王の深怨」以外の「帝王」魔法・罠カード1枚を手札に加える。

 

 

 『帝王の開岩』はアドバンス召喚した際に他の『帝』をデッキからサーチする永続魔法、『帝王の深怨』の方は手札の『帝』モンスターを見せる事で『帝王』魔法・罠カードを何でも引っ張って来れる万能サーチカード?

 

「……『帝王の開岩』で」

 

 結局どっちを選んでも『帝王の開岩』は手札に来るので、せめて万能サーチされないように『帝王の開岩』を選ぶ。

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札6→7

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 アリアは笑顔で『帝王の開岩』を手札に加える。あれだけ動いて全く手札減ってねぇ……!?

 

「あいあい、それじゃ永続魔法『帝王の開岩』を発動、このカードが魔法・罠ゾーンに存在する限り、私はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚出来ない。そして『帝王の開岩』は1ターンに1度、私が表側表示でモンスターのアドバンス召喚に成功した時、そのモンスターとカード名が異なる攻撃力2400・守備力1000のモンスターをデッキから手札に加えるか、そのモンスターとカード名が異なる攻撃力2800・守備力1000のモンスター1体をデッキから手札に加える。――まぁ『帝』モンスターを生け贄召喚した時に別の『帝』モンスターをデッキから持ってくる効果だねぇー」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札7→6

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

 

「手札から《天帝従騎イデア》を通常召喚、効果発動。《天帝従騎イデア》の効果は1ターンに1度、このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、デッキから《天帝従騎イデア》以外の攻撃力800・守備力1000のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。そしてこのターン、自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚出来ないんだけど、『帝王の開岩』で被ってるねー。――デッキから《冥帝従騎エイドス》を守備表示で特殊召喚~」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札6→5

 《天帝従騎イデア》星1/光属性/戦士族/攻800/守1000

 《冥帝従騎エイドス》星2/闇属性/魔法使い族/攻800/守1000

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

 

 1枚で2体分の生け贄要因を確保? まぁ次のターンまでに倒してしまえば――。

 

「そして《冥帝従騎エイドス》の効果発動、このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、このターン、自分は通常召喚に加えて1度だけ自分メインフェイズにアドバンス召喚が出来る。――《天帝従騎イデア》と《冥帝従騎エイドス》をリリースして《轟雷帝ザボルグ》をアドバンス召喚~!」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札5→4

 《轟雷帝ザボルグ》星8/光属性/雷族/攻2800/守1000

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

 

 あ、うん、解ってた。やっぱりこれオレの知っている『帝』の動きじゃねぇ!?

 

「《轟雷帝ザボルグ》の効果発動、それにチェーンして『帝王の開岩』の効果発動、更にチェーンして墓地に落ちた《天帝従騎イデア》の効果発動~」

 

 な、一体何が起こるんだ……!?

 

「まずは《天帝従騎イデア》の効果処理からねー、このカードが墓地に送られた場合、除外されている自分の『帝王』魔法・罠カード1枚を手札に加えるー。私は除外されてる『汎神の帝王』を手札に」

 

 げ、あの万能ドローカードがまた手札に戻るのかよ!? つーか除外したのにあっさり戻ってくんなよ!?

 

「続いて永続魔法『帝王の開岩』の効果処理。アドバンス召喚に成功した事でデッキから攻撃力2800・守備力1000の《冥帝エレボス》を手札に加えるねー」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札4→5→6

 《轟雷帝ザボルグ》星8/光属性/雷族/攻2800/守1000

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

 

 おっかしいなぁ、手札がまた6枚に戻りやがった。アドバンス召喚したのに何で減ってないの? 何かおかしくね?

 

「そして最後に、《轟雷帝ザボルグ》がアドバンス召喚に成功した場合、フィールドのモンスター1体を破壊する。私は《轟雷帝ザボルグ》を破壊、たーまやー!」

 

 へ? 自分から自分を破壊した? プレイングミス――なんて到底望めないんだろうなぁ……。

 

「破壊したモンスターが光属性だった場合、その元々のレベルまたはランクの数だけお互いはそれぞれ自分のエクストラデッキからカードを選んで墓地に送る。《轟雷帝ザボルグ》は光属性の上にレベル8、つまり8枚ずつだ――ただし、《轟雷帝ザボルグ》が光属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、豪華特典で墓地に送る相手のカードを私が選べちゃうんだよねー!」

 

 んな、1ターン目からエクストラデッキ破壊だとぉ!?

 エクストラデッキの枚数は15枚、つまり、半分以上削られる訳である。

 そもそもエクストラデッキに頼らない戦い方が主となる『帝』にとって、自分のエクストラデッキを粉砕しても何ら痛手を背負わない。

 それにエクストラデッキのモンスターは一度正規召喚しなければ墓地から特殊召喚する事が出来ない。正規召喚を経ずに落とされたモンスターは完全に死に札となるのだ――。

 

「さーて、『魔術師』から貰ったデッキのエクストラはぁ~と。わー、すっごい白に偏ってるぅー。……あー、苦労するね、これじゃぁ」

 

 その同情が超痛ぇ! そして容赦無く8枚のカードが選出される。

 

「《ミラーフォース・ドラゴン》《デス・ウィルス・ドラゴン》《氷結界の龍 トリシューラ》《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》《ブラック・ローズ・ドラゴン》――あとドラゴン族っぽい《氷結界の龍 ブリューナク》と《TG ハイパー・ライブラリアン》、以上8体墓地行き決定ぃ~!」

 

 ん? 妙な選出だ。他に落とすべきカードがあるのに、何で此処までドラゴン族モンスターに偏ってるんだ? オレとしては助かるが……?

 

「あ、私の方はエクストラデッキから《PSYフレームロード・Ω》×3、《PSYフレームロード・Ζ》×2、《旧神ヌトス》×2、《No.86 H-C ロンゴミアント》の8体を墓地に落とすねー」

 

 ぽいぽいと処理が終わる。1ターン目から大惨事であるが、オレのデッキにはエクストラデッキに頼らずとも高打点になる《ワイトキング》がいる。

 本当に《ワイト》系が必要なのかと思っていたが、それのお陰でまだ何とかなるレベルである。

 

「墓地の《PSYフレームロード・Ω》の効果発動~、このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分または相手の墓地のカード1枚をデッキに戻す。私は1枚目の《PSYフレームロード・Ω》の効果で《旧神ヌトス》、2枚目の《PSYフレームロード・Ω》の効果で2枚目の《旧神ヌトス》をエクストラデッキに戻すねー」

 

 ……何、だと……!? 墓地に行っても悪さするんかよ、そのカード!?

 

「更に墓地の《PSYフレームロード・Ζ》の効果発動、このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分の墓地の『PSYフレーム』カード1枚を手札に加え、このカードをデッキに戻す~。私は3枚目の《PSYフレームロード・Ω》を手札――まぁシンクロモンスターカードだからエクストラデッキに戻るんだけどね」

 

 自爆特攻かと思いきや、8枚中6枚エクストラデッキに戻りやがった!?

 ……これ、もう1回《ザボルグ》出されたら、こっちのエクストラデッキだけ根刮ぎ墓地に送られる事になるのかよ……!?

 

「まだまだ行くよー。魔法カード『帝王の深怨』発動、『帝王の深怨』の効果は1ターンに1度、手札の攻撃力2400・守備力1000のモンスター1体、または攻撃力2800・守備力1000のモンスター1体を相手に見せて、デッキから『帝王の深怨』以外の『帝王』魔法・罠カード1枚を手札に加える。――私は攻撃力2800・守備力1000の《冥帝エレボス》をチラ見せてデッキから永続罠『連撃の帝王』を手札に加えるねー」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札6→5→6

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

 

「更に手札から『汎神の帝王』発動、『帝王』カード1枚捨てて2枚ドロー」

「は? そのドローカード、1ターンに1度の制限無いのかよ!?」

「墓地から除外して3枚苦渋の選択させる効果は1ターンに1度だけど、この効果に制限は無いんだなぁ。――他のカードには大抵ある、墓地に落ちたターンは墓地から除外する効果は使用出来ないって一文も何故か無いしぃ?」

 

 それ、明らかに第九期のカードだろ!? 色々とおかしいって!

 

「墓地の《冥帝従騎エイドス》の効果発動、墓地のこのカードを除外し、《冥帝従騎エイドス》以外の自分の墓地の攻撃力800・守備力1000のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。この効果を使ったターン、自分はエクストラデッキから特殊召喚出来ない。――私はこの効果で墓地の《天帝従騎イデア》を守備表示で特殊召喚するねー」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札6→5→4→6

 《天帝従騎イデア》星1/光属性/戦士族/攻800/守1000

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

 

 げ、また出てきやがった。墓地に行っても効果発動してリリース要員が尽きないのか……!?

 

「まぁ此処で特殊召喚しても《天帝従騎イデア》の効果は2つとも1ターンに1度だから使えないけどね~」

 

 む、そう言われてみれば、これを次の自分のターンでやれば、さっきと同じようにまたデッキから《冥帝従騎エイドス》が特殊召喚されてリリース要員が尽きなくなるのに、何でこのターンに出したんだ? 何か別の意図がある……?

 

「墓地の永続罠『真源の帝王』の効果発動、『真源の帝王』のこの効果は1ターンに1度、このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分の墓地の『帝王』魔法・罠カード1枚を除外し、このカードを通常モンスター(天使族・光・星5・攻1000・守2400)としてモンスターゾーンに守備表示で特殊召喚する。尚、この状態の『真源の帝王』は罠カードとして扱わない」

 

 げ、『帝王』魔法・罠カードを墓地に肥やしていたのはこれが目的か。

 ほぼ無尽蔵なリソースから毎ターン生け贄要因を確保し、更に除外したカードを手札に戻したい放題、なんぞこれ!?

 

「カードを2枚セットしてターンエンド」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札6→4

 《天帝従騎イデア》星1/光属性/戦士族/攻800/守1000

 《真源の帝王》星5/光属性/天使族/攻1000/守2400

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

  伏せカード2枚

 

 敢えてこの2体のモンスターを壁要因として出した……?

 いや、それだけじゃない。先程、アリアがサーチした『連撃の帝王』の効果を、『デュエルディスク』の画面を弄って改めて見てみる。

 

 『連撃の帝王』

 永続罠

 (1):1ターンに1度、相手のメインフェイズ及びバトルフェイズに

 この効果を発動できる。

 モンスター1体をアドバンス召喚する。

 

 うわぁ、相手ターンにアドバンス召喚して相手ターンに動く気満々じゃねぇか!?

 もう1枚のカードも、何か非常にやばそうな予感がする。

 

「オレのターン!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 さて、どうするか。1ターン目でエクストラデッキを8枚も破壊された以上、そっち方面は余り期待出来ない。

 だが、幸運な事にもエクストラデッキに頼らずとも戦える手札が来てくれていた。まずは――。

 

「オレは手札から魔法カード『ブラック・ホール』発動! フィールドのモンスターを全て破壊する!」

「あーりゃりゃ、破壊されて墓地に行った《天帝従騎イデア》の効果発動、除外されている『帝王』魔法・罠カード、『帝王の深怨』を手札に加えるよ~」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6→5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札4→5

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『帝王の開岩』

  伏せカード2枚

 

 良し、壁モンスターは全部排除した。更に!

 

「そして更に魔法カード『ハーピィの羽根帚』を発動! 相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する!」

 

 強大無比の魔法カードで相手の魔法・罠ゾーンのカード3枚を一気に殲滅して丸裸とする。

 

 アリア・クロイツ

 LP8000

 手札5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

「あーあ、『連撃の帝王』と『帝王の烈旋』が台無しだねぇ~。残念残念」

 

 伏せられていたもう1枚は速攻魔法『帝王の烈旋』? なになに?

 

 『帝王の烈旋』

 速攻魔法

 「帝王の烈旋」は1ターンに1枚しか発動できず、

 このカードを発動するターン、

 自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。

 (1):このターン、アドバンス召喚のために自分のモンスターをリリースする場合に1度だけ、

 自分フィールドのモンスター1体の代わりに相手フィールドのモンスター1体をリリースできる。

 

 何この鬼畜生のカード。こっちのモンスターをリリースして展開するとか酷くね? だ、だが、幸運な事にもその危険性を排除出来た訳だ。千載一遇の勝機――!

 

「魔法カード『闇の誘惑』発動、デッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地に送る! ――ドロー! そしてオレは闇属性の《ワイトキング》を除外する!」

「あー、《ワイトキング》を除外するって事は《ワイトメア》が手札にあるんだね」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→3→5→4

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 バレバレであるがスルーする。

 

「更に魔法カード『おろかな埋葬』発動! デッキからモンスター1体を墓地に送る。オレは《ワイトプリンス》を墓地に送り、効果発動、このカードが墓地に送られた場合、デッキ・手札から《ワイト》《ワイト夫人》を1体ずつ墓地に送る」

 

 万能の墓地肥やしカードを発動し、手札が3枚になってしまうが、これで墓地に骸骨のアンデットである《ワイト》達が3体――いや、まだまだ墓地を肥やせる!

 

「魔法カード『生者の書-禁断の呪術』発動、自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を特殊召喚し、相手の墓地に存在するモンスター1体をゲームから除外する。オレは《ワイトプリンス》を特殊召喚し、《天帝従騎イデア》を除外する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3→2

 《ワイトプリンス》星1/闇属性/アンデット族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 『帝』の『従騎』をゲームから除外して小さい王冠を被った貴族風の髑髏モンスターを特殊召喚する。

 この『生者の書-禁断の呪術』、相手の墓地にモンスターがいなければ使えないが、相手の墓地のモンスターも除外出来るので非常に便利である。

 

「ソイツで本当に良いのかなぁ? ――相手の墓地はもっと良く見た方が良いよー?」

 

 なんかアリアが意味深に笑っているが、とりあえずこれで生贄要員の終わり無き確保の流れを断ち切った、と思う。

 

「そして手札からレベル1のチューナーモンスター《グローアップ・バルブ》を通常召喚し――レベル1の《ワイトプリンス》とチューニング! シンクロ召喚! レベル2《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 一輪の花に一つ目という特徴的な植物族モンスターが一つの光の輪となり、その中を身なりの良い骸骨が潜って光となり――エクストラデッキから現れるはF-1の車体と機械族のロボットが合体したようなモンスターだった。

 攻撃力が200なので守備表示だ。コイツは打点用ではなく――。

 

「《フォーミュラ・シンクロン》の効果発動、墓地に落ちた《ワイトプリンス》の効果発動、まずは《ワイトプリンス》から――デッキから《ワイト》《ワイト夫人》を墓地に送る。そして《フォーミュラ・シンクロン》がシンクロ召喚に成功した時、デッキから1枚ドローする」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1→2

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 魔法・罠カード

  無し

 

 むこうと比べれば雀の涙ほどのアドだが、現在、墓地に落ちた《ワイト》モンスターの合計は5枚。更に――!

 

「手札から《ワイトメア》の効果発動、手札のこのカードを墓地に捨てて、ゲームから除外されている自分の《ワイト夫人》または《ワイトキング》をフィールド上に特殊召喚する。フィールドに舞い戻れ、《ワイトキング》!」

 

 そして除外ゾーンからこのデッキのエースモンスターが颯爽と登場する。

 ――青い衣を纏った『死者の王』が、オレのフィールドに君臨する。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻?/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「《ワイトキング》の攻撃力は自分の墓地に存在する《ワイトキング》《ワイト》の数×1000ポイントの数値になる。《ワイト夫人》《ワイトプリンス》《ワイトメア》には墓地に存在する限り《ワイト》として扱う為、今の《ワイトキング》の攻撃力は6000だ!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻?→6000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 ふっふっふ、今や《ワイトキング》はあの《ブルーアイズ》の二倍の攻撃力を持っている上に、万が一、戦闘破壊破壊されても墓地の《ワイト》を除外する事で自己復活出来る超弩級モンスターなのだ!

 

「――バトル! 《ワイトキング》でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 《ワイトキング》がアリアに指差し物凄い勢いで地下から出現した骨の大群が押し寄せ、蹂躙する。

 ……あれ、大丈夫なのか? 超痛そうなんだが。物理的に。

 

「~~っ!? さっすがに攻撃力6000は痛いねぇ、アニメだったら後攻1ターンキルですよ奥さん。――でもおかしいなぁ、私はこのターンに仕留められると思ってたのに」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000→2000

 

 一気に6000もの大ダメージを食らいながらも、それでも浮かべたアリアの不敵な笑みに警戒心を上げる。

 ……その感覚が恐ろしい。6000もの大ダメージを受けた、ではなく、このターンで仕留め損なったという認識でしかない事に恐怖を覚える。

 

「……カードを1枚セットしてターンエンド」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→0

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻6000/守0

 魔法・罠カード

  伏せカード1枚

 

 

 




 本日の禁止カード

 『強欲な壺』
 通常魔法(禁止カード)
 デッキからカードを2枚ドローする。

 シンプル・イズ・ベストを地で行く最強のドローカード。
 『遊戯王』初期のカードでは文章が短いからこそぶっ壊れているカードが数々あり、これはその一枚である。
 どんなカードもデッキから引かねば意味がない中、何のコストも無しに手札を1枚増やす万能カード。
 どんなデッキにも入る事から、『強欲な壺』の入ってないデッキはデッキじゃないとさえ言われていた。
 皆もこれで逆転のカードを引き当てよう!

 ……なお、秋瀬直也のデッキには入ってない。

 『天使の施し』
 通常魔法(禁止カード)
 自分のデッキからカードを3枚ドローし、その後手札を2枚選択して捨てる。

 使われる方にとっては悪魔の如き万能カード。ドローしてデッキ圧縮しつつ墓地においてこそ意味のあるカードを2枚も墓地に送れるスーパーマン。
 制限→禁止→制限→禁止と結構禁止制限の境界を行ったり来たりしていたが、このままの効果で現在の環境に帰ってくる事は絶対に無いだろう。

 ……なお、秋瀬直也のデッキには入ってない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04/汝は『ドラゴン』なり! vsアリア・クロイツ(2)

 

「私のターン、ドロー! ……ふむふむ、此処でこれがまた来ちゃうんだ~」

 

 アリア・クロイツ

 LP8000→2000

 手札5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 にやにやと、アリアは今引いたカードを見て勝利の笑みを浮かべる。

 

「魔法カード『強欲な壺』発動、2枚ドロ~」

「げっ、またかよ!?」

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札6→5→7

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 くっ、またしても無条件の手札補強カード。このターンも『帝』を展開してくるか――と思いきや。

 

「手札から《破壊剣士の伴竜》を通常召喚、効果発動っ!」

「なっ、『帝』じゃない……!?」

「あっれれぇー、だから言ったじゃ~ん。墓地は良く見ておいた方が良いってさ」

 

 え? 彼女の墓地には大量の『帝王』魔法・罠カードと、あとは1ターン目の《轟雷帝ザボルグ》でエクストラデッキ破壊した際に落ちた8枚と――あ、あと『天使の施し』で落とした謎のカード2枚がある……!?

 

「このカードが召喚に成功した時、デッキから《破壊剣士の伴竜》以外の『破壊剣』カード1枚を手札に加える。私は《破壊剣-アームズバスターブレード》を手札に加えるよー」

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札7→6→7

 《破壊剣士の伴竜》星1/光属性/ドラゴン族/攻400/守300

 魔法・罠カード

  無し

 

 『破壊剣』……? 全く知らないカテゴリーだ。一体何をやってくるんだ?

 まるで検討も付かないが、明らかに1ターン目の第九期基準と思われる『帝』の動きと全く異質……?

 

「そして《破壊剣士の伴竜》の第二の効果発動! このカードをリリースし、自分の手札・墓地から『バスター・ブレイダー』1体を選んで特殊召喚する。墓地より蘇れ竜殺しの剣士の再来! 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》!」

「『バスター・ブレイダー』だと!? 初代遊戯王で出てきた『バスター・ブレイダー』じゃないヤツ!? 1ターン目の『天使の施し』で落としたカードの1枚か!?」

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札7

 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》星7/地属性/戦士族/攻2600/守2300

 魔法・罠カード

  無し

 

 そして出てくるは蒼い全身鎧を装着した竜殺しの戦士、オレの知る姿より軽装なような気がする……!

 まさかの初代リメイクカード……!? 即座にテキストを確認してみると――。

 

 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》

 効果モンスター

 星7/地属性/戦士族/攻2600/守2300

 (1):このカードのカード名は、

 フィールド・墓地に存在する限り「バスター・ブレイダー」として扱う。

 (2):相手フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合、

 破壊されたそのモンスター1体を対象として発動できる。

 そのモンスターを装備カード扱いとしてこのカードに装備する。

 (3):1ターンに1度、このカードが装備している

 モンスター1枚を墓地へ送って発動できる。

 墓地へ送ったそのモンスターカードと

 同じ種族の相手フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

 うーん、戦闘を介して同種族限定の全体破壊効果……? 何かさっきから繰り出される壊れカードに毒されたのか、全然大した事無さそうに見える。

 確か初代の方は相手のフィールド・墓地のドラゴン族モンスター×500アップする効果だったのに、変わりすぎじゃね?

 

「そそ、1ターン目の『天使の施し』で密かに墓地に送っていたのだよ。――手札から《破壊剣-ドラゴンバスターブレード》の効果発動、自分メインフェイズに自分フィールドの『バスター・ブレイダー』1体を対象に、手札・フィールドからこのモンスターを装備カード扱いとしてその自分のモンスターに装備する」

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札7→6

 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》星7/地属性/戦士族/攻2600/守2300

 魔法・罠カード

 《破壊剣-ドラゴンバスターブレード》

 

 むむ、『ドラグニティ』みたいな動きを? しかも今装備したあれ、チューナーモンスターでレベル1? あ、これは――。

 

「もう一つの効果発動、このカードが装備されている場合、装備しているこのカードを特殊召喚する。来い、レベル1のチューナーモンスター《破壊剣-ドラゴンバスターブレード》!」

 

 ですよねぇー! 絶対特殊召喚されると思ってた! 『破壊剣』は『バスター・ブレイダー』を軸に展開していくタイプか?

 レベル7の『バスター・ブレイダー』とレベル1のチューナーモンスターが揃ったとなれば、来るのは――!

 

 

「――レベル7の《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》にレベル1の《破壊剣-ドラゴンバスターブレード》をチューニング! シンクロ召喚! レベル8《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》!」

 

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札6

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 魔法・罠カード

  無し

 

 む、見慣れないドラゴンが守備表示でシンクロ召喚?

 レベル8のドラゴン族シンクロモンスターなのに攻撃力が低く、守備力の方が高い? 効果が厄介なタイプだろうか。

 

「《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》が表側表示で存在する限り、相手フィールドのモンスターはドラゴン族になる。――あらら、外見はどう見てもアンデット族モンスターと機械族モンスターみたいだけど、アンタらの正体は『ドラゴン』のようだね!」

「へ?」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族→ドラゴン族/攻200/守1500

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族→ドラゴン族/攻6000/守0

 魔法・罠カード

  伏せカード1枚

 

「永続効果で種族変更!? いやいやいや、お前達のようなドラゴン族がいるか!?」

「いやいや、『バスター・ドラゴン』ちゃんが言うんだから絶対『ドラゴン』だよ! 正体を隠していたなんて酷いなぁ、やっぱり『ドラゴン』は全滅させないと」

 

 え、えぇ? ちょっと待ってくれ、何その言いがかり!?

 ほら、《フォーミュラ・シンクロン》も《ワイトキング》もお互い見合った後に首を全力で横に振ってるじゃないか! つーか、そのシンクロモンスターこそ『ドラゴン』じゃねぇか!

 

「《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》の第二の効果発動! 自分フィールドに『バスター・ブレイダー』モンスターが存在しない場合、1ターンに1度、自分の墓地の『バスター・ブレイダー』1体を対象に特殊召喚する。蘇れ《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》!」

 

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札6

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》星7/地属性/戦士族/攻2600/守2300

 魔法・罠カード

  無し

 

 あっさり復活したー!? そして『ドーモ『バスター・ブレイダー』=サン、アイツ等全員『ドラゴン』デス!』『――『ドラゴン』殺すべし!』と言わんばかりに先程までとは桁外れの殺意を漲ってらっしゃるぅぅぅぅ!

 い、いや、嘗ての効果のままだったらまだしも、今の効果では墓地に送ったカード、この場合戦闘破壊出来るのが《フォーミュラ・シンクロン》だけだから『バスター・ブレイダー』に装備されても機械族モンスターしか破壊出来ない。

 今の状態のままでは例え種族がドラゴン族に変更されても攻撃力6000の《ワイトキング》は倒せない。やっぱり竜殺しはスライム一匹すら倒せない『竜殺し(笑)』のままじゃないか!

 

「――そして手札から速攻魔法『破壊剣士融合』を発動っ!」

「なっ、専用の『融合』魔法カードだと!? しかも速攻魔法!?」

 

 な、何が出てくるんだ? まさか手札に《ブラック・マジシャン》がいて、『バスター・ブレイダー』扱いのヤツと融合して懐かしの《超魔導剣士-ブラック・パラディン》でも出してくるのか!?

 

「『破壊剣士融合』の効果は1ターンに1度、自分の手札及び自分・相手フィールドから融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、『バスター・ブレイダー』を融合素材とするその融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する!」

 

 ……ん? 今、さらっとおかしな事を言わなかったか?

 何か普通にしれっと相手フィールドのモンスターも素材に出来るとか、そんな在り得ない一文が――。

 

「あ、お前機械族っぽいけど『ドラゴン』だよね? 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》と相手フィールドにいるドラゴン族モンスターの《フォーミュラ・シンクロン》を融合っ!」

「なんだとォ――!?」

 

 あー! あっさりとデメリットも無しに『超融合』効果を使いやがったぞー!?

 というか、融合素材が『バスター・ブレイダー』とドラゴン族モンスター? 《超魔導剣士-ブラック・パラディン》じゃない!?

 

 

「――《竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー》を融合召喚~!」

 

 

 初代『バスター・ブレイダー』と同じぐらいがっちがちの全身鎧に白金の煌めきを増設した、新生『竜殺し』がフィールドに爆誕する……!

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札6→5

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー》星8/光属性/戦士族/攻2800/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

 しかし、《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》がいるせいで《ワイトキング》もドラゴン族扱いになっているのに、何でそっちを融合素材にして除去しなかったんだ?

 プレイングミスなんて在り得ないだろうから、その意図が激しく怖い。

 

「このカードは融合召喚でしか特殊召喚出来ない。このカードは直接攻撃出来ない」

 

 むむ? 早速デメリット二つ? 一度墓地に行くと再利用も出来なくなるし、ダイレクトアタックも出来ない? 早くも微妙な匂いが――。

 

「このカードの攻撃力・守備力は相手のフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×1000アップする。君の場にはアンデット族っぽいドラゴンが1体に、墓地に《ミラーフォース・ドラゴン》《デス・ウィルス・ドラゴン》《氷結界の龍 トリシューラ》《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》《ブラック・ローズ・ドラゴン》《氷結界の龍 ブリューナク》……おっと、最後はドラゴン族っぽい海竜族だから6体、つまり攻撃力7000アップして攻撃力9800となる!」

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札5

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー》星8/光属性/戦士族/攻2800→9800/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

「――ぎゃああああっ!? この為に《轟雷帝ザボルグ》でドラゴン族モンスターを優先的に落としていたのか!?」

「そーいう事~」

 

 嘘だろ? 打点だけが取り柄の《ワイトキング》の攻撃力を更に上回って来ただとぉ!?

 

「ああ、あとこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手フィールドのドラゴン族モンスターは守備表示となり、相手はドラゴン族モンスターの効果を発動出来ない」

 

 あ、《ワイトキング》が勝手に守備表示に変更される。

 《ワイトキング》の効果事態は永続効果なので発動出来ないも何も無いから攻撃力はそのままだが、守備力は0なので確実に破壊されてしまう。

 でもこれ、ダイレクトアタック出来ないのにバトルでダメージ与える機会が無くなるとか、やっぱり超絶微妙じゃ――。

 

「あー、微妙そうな残念カードを見るような顔になってるねー。でもこれを聞いて同じ顔をしてられるかな? ――そして最後に、このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える!」

 

 な ぁ に こ れ ぇ !? やっぱり普通にぶっ壊れ効果でした! 『決闘者』の手のひら返しは音速の域にあるのだ。

 

「つ、つまり、ドラゴン族モンスターを強制的に守備表示にさせて効果発動も出来なくした上で何もさせずに貫通ダメージ? それって『竜殺し』としてどうなの……?」

「汝はドラゴンありや? 汝はドラゴンなり~♪ ドラゴン死すべし慈悲は無い! これが竜殺しの真実なのだよ!」

「ひっでぇ冤罪な上にマッチポンプを見た!?」

 

 つまり、こうである。「お前、ドラゴンだよな! ドラゴンだろう! なぁドラゴンだろお前! 首置いてけ! なぁ!」と言わんばかりの殺意である。

 

「更にダメ押しに、手札から《破壊剣-アームズバスターブレード》の効果発動、これもまた『バスター・ブレイダー』に装備させ、装備したこのカードを墓地に送って更に効果を発動、このカードを装備していたモンスターの攻撃力はターン終了時まで1000アップする。これで攻撃力は10800!」

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札5→4

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー》星8/光属性/戦士族/攻9800→10800/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

 とっておきのダメ押しってヤツだ!と言わんばかりに更に攻撃力が上昇する! というか、やるまでもなく1ターンキル出来る攻撃力じゃねぇか!?

 

「ぐっ、《ワイトキング》じゃなく《フォーミュラ・シンクロン》を素材にしたのは――」

「そういう事、《ワイトキング》の守備力は0だしねぇ、過剰殺傷(オーバーキル)は『決闘者』の華よ――バトル! 《竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー》さん、アイツ『ドラゴン』っすよー! アンデット族っぽくて骨しかないけど『ドラゴン』の《ワイトキング》を攻撃! 真・破壊剣一閃!」

 

 まぁ《フォーミュラ・シンクロン》を残していても軽く8000オーバーのダメージなんだが――その過剰殺傷しようとする『決闘者』の慢心が仇となる!

 

 

「かかったなぁッ! 罠カードオープン、『聖なるバリア -ミラーフォース』ッ! 相手モンスターの攻撃宣言時に発動し、相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊するッッ!」

 

 

 ふはははは! 最後に伏せておいたカードはこれだぁ! もう仕事をしないとは言わせない……!

 斬り掛かった『バスター・ブレイダー』の攻撃は聖なるバリアに跳ね返され、逆に破壊される。《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》に関しては守備表示だった為、破壊されずに場に残る。

 

「……うわぁ、げぇー。懐かしの『ミラーフォース』かぁ。最近全然見ないと思ったら忘れた時に来るなぁ。あーあ、折角の《バスター・ブレイダー》がぁー……! ……《バスター・ブレイダー》1体を対象に取る効果だったのなら、『天使の施し』で一緒に落とした罠カード《破壊剣一閃》の効果で無効にして破壊に出来たんだけどなー」

 

 アリアは酷く残念そうに返り討ちになった竜破壊の剣士を見送る。融合召喚でしか特殊召喚出来ない以上、墓地からの再利用は不可能だ。

 即死級の攻撃をなんとか凌いでほっと一息吐く。サイクロンなどの魔法・罠の除去カードを引かれていたらこのターンで死んでいたぜ。

 

 アリア・クロイツ

 LP2000

 手札4

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 魔法・罠カード

  無し

 

「エクストラデッキに《ミラーフォース・ドラゴン》の存在を確認した時点で警戒しておくべきだったねー。バトル終了、メインフェイズ2。それじゃちょぉっと――本気出しちゃおうっかなぁ……!」

 

 このターン、オレを仕留める機会を失ったアリアは意気消沈するどころか、より一層邪悪な笑顔を浮かべる。

 

「――手札から『簡易融合』発動。ライフを1000支払い、レベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚する。まぁこの効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃出来ず、エンドフェイズに自壊するけどこのモンスターの前では関係無いよねー」

 

 此処でライフ半分にあたる1000支払ってまで『簡易融合』……? ユーリの『ファーニマル』ならまだしも、一体何を出してくるんだ……?

 

 

「――レベル4《旧神ノーデン》を融合召喚扱いで特殊召喚する!」

 

 

 アリア・クロイツ

 LP2000→1000

 手札4→3

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 魔法・罠カード

  無し

 

 『旧神』? クトゥルフ神話系のモンスターか? 一見して髭もじゃの海洋おじさん程度にしか見えないが――。

 

「効果発動、このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する――来い、レベル4の《破壊剣-アームズバスターブレード》!」

「はぁ? 手札1枚消費でランク4エクシーズ可能な融合モンスターだとォッ!? 効果おかしいだろそれ! しかもなんで融合召喚じゃなく特殊召喚時!? それ悪用し放題だろ!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札3

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《破壊剣-アームズバスターブレード》星4/闇属性/機械族/攻1600/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

 いや、あのカード単体の異常極まりないパワーカード具合に目を捕らわれていたが、そうじゃない。本当に大事なのは――。

 

「レベル4なのは、さっきついでのように墓地に落としたそのカードだけ……! ――お前、単に過剰殺傷(オーバーキル)するだけの為にソイツを墓地に落としたんじゃなかったのか……!?」

「はっはっは、ワトソン君、今頃気づいたのかい? これを切る事になるとは思わなかったけどねー」

 

 あの手札消費はロマンを求めた行為でも慢心でもなく、この為の、仕留め切れなかった時の為の布石だとォ――!?

 見かけの軽さと違って用意周到過ぎるだろう!? 流石は柚葉の知り合いと言わざるを得ない……!

 

「――レベル4の《旧神ノーデン》と《破壊剣-アームズバスターブレード》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現われろ全ての絶望の始まり、ランク4《No.39 希望皇ホープ》!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札3

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 エクシーズ召喚されるは白き翼纏う戦士であり、何か激しく嫌な予感がするカードであり――。

 

「更にエクシーズチェンジ! ランク4《CNo.39 希望皇ホープレイ》! このカードは自分フィールド上の《No.39 希望皇ホープ》の上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札3

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 魔法・罠カード

  無し

 

 そのカードに重ねて同系統の進化体が出現し、紺色で更にゴテゴテな感じになる。

 だが、攻撃力も守備力もランクも変わっていない。エクシーズ素材が3個に増えただけ――いや、多分厄介な効果を持っているんだろう。

 

 

「そして手札から魔法カード『RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース』を発動ォッ!」

 

 

 なっ、此処でろくにサーチも出来ない『ランクアップマジック』だとぉ!?

 

「らんくあっぷまじっく? 名前の通りだとエクシーズモンスターのランクをあげる魔法カード? 重ねてランクアップするカードが沢山あるのに?」

「いやいや、柚葉さん。そんなお手軽ランクアップ出来るエクシーズカードなんて一握りっすよ。……ドイツ(ライトニング)もコイツ(インフィニティ)も『RUM』必要無い癖に『RUM』必須のエクシーズモンスターより使える効果持ってるけどぉ」

 

 後ろで観戦していた柚葉が疑問を呈すると、アリアが丁寧に答える。

 つまりは、此処で出てくるエクシーズモンスターは、それを使うほどの価値があるという事に他ならない……!

 

「自分フィールド上のランク4のエクシーズモンスター1体を選択し、そのモンスターよりランクが1つ高い『CNo.』と名のついたモンスター1体を自分のエクシーズモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 場の《CNo.39 希望皇ホープレイ》が赤い光となって空間の穴に飲み込まれ、大爆発を起こして新たなエクシーズモンスターが再誕する……!

 

「――現れろ、CNo.101! 満たされぬ魂の守護者よ、暗黒の騎士となって光を砕け! ランク5《S・H・Dark Knight》!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札3→2

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CNo.101 S・H・Dark Knight》ランク5/水属性/水族/攻2800/守1500 ORU4

 魔法・罠カード

  無し

 

 新たに出現した黒鋼の騎士は、これまでのホープ系列とは全く異質のモンスターだった。

 

「《CNo.101 S・H・Dark Knight》の効果発動、1ターンに1度、相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択し、このカードのエクシーズ素材とする! たーしーかー、その《ワイトキング》は《ワイトメア》の効果で除外ゾーンから特殊召喚されたよねぇ?」

「なっ、《ワイトキング》!?」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札2

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CNo.101 S・H・Dark Knight》ランク5/水属性/水族/攻2800/守1500 ORU4→5

 魔法・罠カード

  無し

 

 戦闘において無類の強さを誇る《ワイトキング》だが、戦闘外での効果には無力――何の抵抗も出来ずに《CNo.101 S・H・Dark Knight》のエクシーズ素材として下に重ねられる。

 ……此方の墓地にもいかない除去に眉間を顰める。せめて墓地に行ってくれればまだ使い道があるのに……!

 

 

「更に! 《CNo.101 S・H・Dark Knight》を更にランクアップ・エクシーズチェンジ! 混沌の具現たる軍神よ。切なる望みを我が元へ。集え、七皇の力! ……まぁ七皇の内の一つだけだけど――ランク7《CX 冀望皇バリアン》!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札2

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CX 冀望皇バリアン》ランク7/光属性/戦士族/攻0/守0 ORU6

 魔法・罠カード

  無し

 

 黒鋼の騎士から、真紅の鎧纏い、巨大な盾と二叉の槍を握った『きぼうおう』と名乗るモンスターが降臨する……!

 

「言った傍から『RUM』使わずにランクアップだとッ! しかもランク5から一気にランク7になってるじゃねぇか!?」

 

 攻撃力・守備力が0の時点でもう嫌な予感しかしない。一度でも良いからアニメキャラのように「攻撃力0のモンスターを攻撃表示で? ふざけやがって!」って安心したい処が、現実で攻撃力0のモンスターなんて厄介な効果持ちしかいねぇよ!

 

「ふふふ――このカードは、『CNo.101』~『CNo.107』のいずれかをカード名に含む自分フィールド上のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る。このカードの攻撃力は、このカードのエクシーズ素材の数×1000ポイントアップ――《CX 冀望皇バリアン》のエクシーズ素材の数は6、よって攻撃力6000となる」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札2

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CX 冀望皇バリアン》ランク7/光属性/戦士族/攻0→6000/守0 ORU6

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……攻撃力6000か、次のターンに墓地コストを消費せずに《ワイトキング》を出せれば、同じ攻撃力だから戦闘で相討ちに出来るので自己蘇生で片付けられる。

 

「――まぁこれだけなら召喚条件がクソ重いだけの単なるロマンカードなんだけどさ、お楽しみはこれからさ! 《CX 冀望皇バリアン》の効果発動っ!」

 

 超ノリノリなテンションでアリアは《CX 冀望皇バリアン》の効果を発動させる。一体どんな効果を持ってるんだ……?

 

「1ターンに1度、自分の墓地の『No.』と名のついたモンスター1体を選択し、次の相手のエンドフェイズ時まで、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る」

 

 『No.』の? だが――。

 

「墓地の? そんなのいないじゃないか。『No.』と名のついたエクシーズモンスターは全部ソイツのエクシーズ素材になってるし……」

「いやいや、最初の1ターン目に墓地に落としたじゃないか――《No.86 H-C ロンゴミアント》をっ!」

 

 え? あ、確かに《轟雷帝ザボルグ》の効果で落ちていたような……? どんな効果だったけ、とアリアの方の墓地を選択して見てみると――。

 

 《No.86 H-C ロンゴミアント》

 エクシーズ・効果モンスター

 ランク4/闇属性/戦士族/攻1500/守1500

 戦士族レベル4モンスター×2体以上(最大5体まで)

 (1):相手エンドフェイズ毎に発動する。

 このカードのX素材を1つ取り除く。

 (2):このカードが持っているX素材の数によって、

 このカードは以下の効果を得る。

 ●1つ以上:このカードは戦闘では破壊されない。

 ●2つ以上:このカードの攻撃力・守備力は1500アップする。

 ●3つ以上:このカードはこのカード以外の効果を受けない。

 ●4つ以上:相手はモンスターを召喚・特殊召喚できない。

 ●5つ以上:1ターンに1度、相手フィールドのカードを全て破壊できる。

 

 ――、――、――、――、は? なにこれ? あ、い、今の《CX 冀望皇バリアン》のエクシーズ素材の数は……!?

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札2

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CX 冀望皇バリアン》ランク7/光属性/戦士族/攻6000→7500/守0→1500 ORU6

 魔法・罠カード

  無し

 

 6つ、どう見ても6つ、つまり5つ以上ある。という事は、あれ、あのおかしな効果が全部発動しているゥゥゥゥ――!?

 

「――攻撃力7500、戦闘破壊耐性、このカード以外の効果を受け付けない、相手の召喚・特殊召喚封じ、更には1ターンに1度、相手の場のカードを全て破壊する効果を持ち、唯一の欠点だったエンドフェイズ毎にエクシーズ素材を取り除くデメリットも、先に《CX 冀望皇バリアン》の効果を終了させれば簡単に踏み倒せる」

 

 あ、あ、あ、あっ。

 

「――さぁ、原作の『神』を凌駕する超耐性、超除去力、超攻撃力を持った完全体《CX 冀望皇バリアン》相手に、手札0枚の状態で切り抜けられるかなぁ? 自分にとっての『希望』は他人にとっての『絶望』なんだよねぇ――少年よ、これが『絶望』だ。ターンエンド」

 

 

 

 




 本日の禁止カード

 《旧神ノーデン》
 融合・効果モンスター(禁止カード)
 星4/水属性/天使族/攻2000/守2200
 SモンスターまたはXモンスター+SモンスターまたはXモンスター
 (1):このカードが特殊召喚に成功した時、
 自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象として発動できる。
 そのモンスターを効果を無効にして特殊召喚する。
 このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは除外される。

 最新の禁止カード、生まれてきたのが間違い。二度と戻ってくるなとほぼ全ての『決闘者』の生暖かい声援をもってお別れしたカード。
 『遊戯王』において『神』と名のつくモンスターカードはことごとく残念仕様になるのに関わらず、そんな法則を打ち破ったヤバいカード。
 レベル4なので『簡易融合』一枚で出てきて即座にエクシーズ・シンクロに繋げる。
 更には一見して正規融合召喚の素材はシンクロモンスター2体、エクシーズモンスター2体、またはシンクロモンスター1体エクシーズモンスター1体と、厳しいように見えるが、その融合素材のお陰で速攻魔法『超融合』(制限カード)で相手の展開したエクシーズ・シンクロモンスターを2体除去しながら正規召喚してくるという目も当てられない惨劇を多くの『決闘者』に齎す事となる。

 ……一応とってつけたように《旧神ノーデン》が先にフィールドを離れた時に特殊召喚したレベル4以下のカードが除外されるデメリットがあるが、大抵フィールドを離れる時は一緒なのでデメリット(笑)が一切働いていない。

 このカードを使った(八割ぐらいの成功率の)1ターンキルルートが開発されたが、それでも環境に出て来ないほど今の環境は魑魅魍魎の巣窟となっている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05/新たな帝王《冥帝エレボス》! vsアリア・クロイツ(3)

 

 

 ――なんだあれは、どうすれば良い?

 

 目の前に聳え立つ、『神』を凌駕する巨大な真紅の騎士、絶望の化身《CX 冀望皇バリアン》を前にぽかんと見上げる。

 戦闘では破壊されず、このカード以外の効果を受けず、更には攻撃力7500もある上に最後の頼りの召喚・特殊召喚すら封じられた?

 

 ――このカード以外の効果を受けずって事は、最強の除去である『墓地に送る』すら通用しないという事だ。どうしろってんだ……!?

 

 後出してであれをどうにか出来るカードがあるのか? そもそもこのデッキに何とか出来るカードが存在するのだろうか?

 

(……召喚・特殊召喚が出来ないって事は、モンスターを裏守備表示でセットするしか無い? いや、それじゃアイツの次のターンが来た時、5つ目の効果で全除去されるじゃねぇか)

 

 ――つまり、あのモンスターは、出された時点で詰む類のものだろうか?

 

 召喚条件的に非常に厳しく、エクストラデッキのカードを大量に使うだけに《CX 冀望皇バリアン》がエクシーズ素材を5つ以上持った上で《No.86 H-C ロンゴミアント》の効果を得た時点でどうしようもない。

 アリアの言う通り、手札0枚、フィールドに何もなし、墓地に《ワイト》系モンスターが合計6体いるが、召喚・特殊召喚が出来ない以上、墓地から《ワイトプリンス》の効果を使ってデッキから2枚目の《ワイトキング》を特殊召喚する事は出来ない。

 ……もはや今のオレではあれを何とか出来るカードすら想像出来ない。

 

(……ああ、また負けか――)

 

 別に、この『異変』が起きてから負け越しであり、今日だけで何度も経験した事だ。

 そもそもデッキのパワーがまるで違うのだから、当然と言えば当然だろう。ファンデッキでガチデッキと戦うようなものだ、普通に勝てる筈が無い。

 更に言うならば『遊戯王』次元の流儀にも馴染んでない自分が完璧に馴染み切っている『決闘者』達に簡単に勝てるなんて思う方がおこがましいだろう。

 『デュエルディスク』にセットしているデッキを取り外せば、サレンダー扱いとなって『決闘』は終了する。ただ、それだけだ――。

 

 

「――駄目よ、直也君」

 

 

 だが、オレのサレンダーを止めたのは、柚葉だった。

 

「……いや、これはどう考えても無理だろ。次のドローが何にしろ、どうしようもねぇ……」

「いいえ、信じなさい」

「……何をだよ? 次のドローか? それとも柚葉をか?」

 

 次のドローで逆転の一手を引くなんて、そんなの『遊戯王』の主人公でなければ不可能だろうし、その逆転のカードさえイメージ出来ない。

 更にはいつもは頼りになる柚葉も『遊戯王』の事に関してはあてに出来ない。これで何を信じろというのだ……?

 

「――いいえ、貴方が今、『決闘』している相手を信じなさい」

「……え?」

 

 オレが今、相手にしているアリア・クロイツを……?

 

「顔をあげて、今のアリアがどんな顔をしているか見なさい。――一切の油断無く、次の手を身構えている強敵の顔よ。直也君が勝てる可能性に思い至れなくても、彼女の顔を見れば何か手があるのは明白よ」

 

 ……そうか。このカードを使っている張本人こそ打開策を一番知っているのは自明の理だ。

 当人が一番やられて嫌な事を知っているからこそ、彼女の顔には勝利を確信した慢心の色など皆無、つまりは――オレが知らなくても逆転の一手は何処かにあるって事だ……!

 

「――ありがとう、柚葉。惚れ直した」

「当ぜ――っ!? っっ?!」

 

 柚葉の顔が一瞬にして茹で蛸のように真っ赤になるが、それを見届けるより先に今『決闘』している『決闘者』に振り向く。

 

「……あー、砂糖撒き散らしたくなるような『茶番(ボーイ・ミーツ・ガール)フェイズ』終了した? 早くドローフェイズとスタンバイフェイズ終わらせてメインフェイズに移行して欲しいんだけどぉー」

 

 ……ふむ、『茶番フェイズ』はターン初めのドローフェイズよりも先にあったのか。知らなんだ。

 

(――今のオレにはこの展開を打開するカードすら思い浮かばない。だが、もしもあるなら……!)

 

 デッキトップに手をやり、大きく深呼吸する。

 

(――デッキよ、今はオレの『デッキ』だ。ならば、この詰み状態を打開出来るカードを……!)

 

 

「――オレのターン、ドロオオオオオォ――!」

 

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0→1

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 

 全身全霊を籠めて引いたカードの種類は罠カード、一瞬絶望する。

 今の《CX 冀望皇バリアン》はこのカード以外のあらゆる効果を受けない究極耐性。どんなカードの効果も受け付けない。

 この引いたカードも、結局は無意味であり――いや、違う。待て待て、確かに今の《CX 冀望皇バリアン》は《No.86 H-C ロンゴミアント》の効果で完全無欠となっている、だが、それは――メインフェイズ時に効果を発動して初めて完全となる代物だ。ならば……!

 

「――オレはカードをセットしてターンエンド」

「――エンドフェイズ時、先に《CX 冀望皇バリアン》の効果が終了、《No.86 H-C ロンゴミアント》のエンドフェイズ時にエクシーズ素材を1つ取り除く効果を踏み倒しっと」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→0

  無し

 魔法・罠カード

  伏せカード1枚

 

「――私のターン、ドロー」

 

 ドローフェイズが終了し、スタンバイフェイズに移行し――その瞬間を待っていた!

 

「スタンバイフェイズ時! 罠カードオープン! 『ブレイクスルー・スキル』! 相手フィールドの効果モンスター1体を対象とし、その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする! オレは《CX 冀望皇バリアン》を選択する!」

「ちぇー、やっぱり引かれていたかぁ。それと『強制脱出装置』はトラウマだなぁ」

 

 あの完全無欠と思われた《CX 冀望皇バリアン》が苦悶の声をあげて片膝付く。

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札2→3

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CX 冀望皇バリアン》ランク7/光属性/戦士族/攻6000→0/守0 ORU6

 魔法・罠カード

  無し

 

 なんて事はない。《CX 冀望皇バリアン》の効果は自身のメインフェイズでのみ起動出来る効果であり、元々《CX 冀望皇バリアン》には何の耐性も無い。

 ならばそれが来る前のフェイズでフリーチェーンの効果をぶつけてしまえば、完全無欠の耐性を得る前に無力化出来るのだ……!

 

「けれど、一安心するのはまだ早いよ。私のデッキの本筋は『帝』なんだから――墓地の『汎神の帝王』を除外し、効果発動! デッキから『帝王の深怨』『帝王の深怨』『汎神の帝王』を選択、さぁどれを私の手札に加えさせてくれるぅ?」

 

 げっ、またその三択になっていない三択かよ!?

 ……このターンにドローしたカードは不明だが、残り2枚は最初のターンにサーチした《冥帝エレボス》と『帝王の深怨』だったか。

 ……結局、最初から『帝王の深怨』がある以上、好きなカードをサーチされるのは確定している訳であり、どれを選んでも結果が変わらない。なら――。

 

「――『汎神の帝王』で」

「あいあい、それじゃ手札に来た『汎神の帝王』の効果発動、手札の『帝王の深怨』を捨てて2枚ドロー!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札3→4→2→4

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CX 冀望皇バリアン》ランク7/光属性/戦士族/攻0/守0 ORU6

 魔法・罠カード

  無し

 

 

 

 

(……んー、微妙だ)

 

 他の『帝王』――《天帝アイテール》でも来てくれれば、墓地から生贄要員を確保してアドバンス召喚し、その効果でデッキから攻撃力2400以上で守備力1000の他の『帝』モンスターを特殊召喚出来て、2800+2800+2600=8200のダイレクトアタックで、秋瀬直也の8000のライフを瞬く間に0に出来たのだが、引けず終い。

 

(速攻魔法『破壊剣士の宿命』でも来てりゃ相手の墓地の同じ種族のモンスターを3体まで除外し、『バスター・ブレイダー』の攻撃力を1500アップ出来て『バスター・ドラゴン』も攻撃すれば削り切れたのに『汎神の帝王』の2ドローで引けなかったからなぁ)

 

 結論から言えば、このターン、どれだけ動こうが秋瀬直也のライフを0に出来ない。

 ならば、全てのモンスターを守備表示にし、確実に引導を渡せる機会を虎視眈々と待つ持久戦ならば確実に勝利を拾えるだろう。

 墓地の『帝』魔法・罠カードを1枚除外するだけで永続罠モンスターを壁として毎ターン特殊召喚出来る『帝』にとっては得意分野である。

 

(――うん、却下)

 

 それが最も簡単で確実な戦略と認めつつ、アリアは笑顔でその道筋を破却する。

 だってそれは全然楽しくない。地べたを這いずりながらも勝利を拾う方法であって、勝利を掴み取る方法ではない。

 管理局に所属していた時は絶対に勝たなければならない理由があった。だが、そんな組織のしがらみの無い今はやりたい勝ち方に殉ずる自由がある。

 

(そうさ、不慣れなデッキなのは物足りないけどさ――私は君に、あの秋瀬直也に私の誇れるやり方で勝ちたい……!)

 

 自らの誇りに殉じてこそ『決闘者』であり、賢しいだけの必然手をアリアは捨てる。――確実な勝機を捨てたアリアは、自らの愚行を嘲笑いながらも、何故か最高の笑顔になっていた――。

 

 

 

 

「《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》の効果発動、自分フィールドに『バスター・ブレイダー』モンスターが存在しない場合、1ターンに1度、自分の墓地の『バスター・ブレイダー』1体を特殊召喚する! 再び蘇れ、《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札4

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《CX 冀望皇バリアン》ランク7/光属性/戦士族/攻0/守0 ORU6

 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》星7/地属性/戦士族/攻2600/守2300

 魔法・罠カード

  無し

 

 げっ、また手札消費無しに最上級モンスターが墓地から特殊召喚しやがった! ま、まだ大丈夫だよな……?

 

「そして墓地の『帝王の深怨』を除外し、墓地から永続罠『真源の帝王』を守備表示で特殊召喚し――『真源の帝王』と《CX 冀望皇バリアン》をリリースし、手札から《冥帝エレボス》をアドバンス召喚!」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000

 手札4→3

 《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》星8/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守2800

 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》星7/地属性/戦士族/攻2600/守2300

 《冥帝エレボス》星8/闇属性/アンデット族/攻2800/守1000

 魔法・罠カード

  無し

 

 2体を生け贄とし、アドバンス召喚されるは巨大な椅子に腰掛け、鋭利極まる漆黒の全身鎧姿の――この『帝』デッキにおける支配者たる邪悪な『帝王』だった……!

 

「――なっ、《CX 冀望皇バリアン》を生け贄にしただとぉ!?」

「君の墓地に『ブレイクスルー・スキル』がある以上、本当に攻撃力0の雑魚モンスターになっちゃうからねぇ、そんなモンスターは生け贄にしちゃいましょうねー!」

 

 理屈で解っていても『切り札』たる超弩級モンスターを簡単にリリースするとは……!

 

「《冥帝エレボス》の効果発動! このカードがアドバンス召喚に成功した場合、手札・デッキから『帝王』魔法・罠カード2種類を墓地に送り、相手の手札・フィールド・墓地の中からカード1枚選んでデッキに戻す! 私は『帝王の深怨』と『帝王の開岩』を墓地に落とし、君の墓地の《ワイトプリンス》をデッキに戻す!」

「何だと!?」

 

 うわ、その効果、墓地にも及ぶのかよ!?

 墓地にある自分と他2枚の《ワイト》を除外する事でデッキから《ワイトキング》を特殊召喚出来る《ワイトプリンス》がデッキに戻ってしまった事により、次のターンで《ワイトキング》を特殊召喚する方法を完全に失った……!

 

「――バトル! 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》と《冥帝エレボス》でダイレクトアタック……!」

 

 竜破壊の騎士からの巨剣の一撃に、続いて帝王の拳をまともに受け、オレは大きくバウンドする――。

 

 秋瀬直也

 LP8000→5400→2600

 

「直也君……!」

「~~痛っ! だ、大丈夫だ、柚葉っ。でも『スタンド』で防御してなけりゃ死んでるぞこれ!?」

 

 痛がりつつも、まだライフが残っている事に一息付く。

 

「私はこれでターンエンド――さぁ、秋瀬直也、ラストターンだ……!」

 

 ライフ的に追い詰められ、本当に最後のターンになるが、さっきのターンよりは光明がある。

 次のターンに《ワイトキング》を場に出せれば勝てる……! 《ワイトプリンス》が墓地からデッキに戻されたが、未だに墓地に《ワイト》達は6体いる――引けば勝ちだ!

 

「オレのターン、ド――!?」

 

 あ、れ。デッキトップに手をおいた途端、説明出来ない絶望が過ぎる。

 麻雀でいう、最悪の危険牌を掴んでしまった時と同じような悪寒、だが、それでも引かなければオレのターンは始まらない訳で――。

 

「ド、ドロー!」

 

 ……恐る恐る引いたカードは、ああ、最悪だ。《ワイト》だ。レベル1の攻撃力300守備力200の通常モンスター……何の効果も持たない、一体では何の意味も無い、最弱級のモンスターカード、逆転の手を願う今、一番引きたくないカードだった。

 

「……あ」

 

 ぐにゃぁ~と景色が歪む。此処まで来て、前のターンに奇跡的なドローをして、次のターンのドローはそれを覆すが如く最低のドローだと……!

 何でよりによって、デッキに1枚しか残ってないこのカードを引いてしまったんだ……!

 

 秋瀬直也

 LP8000→2600

 手札0→1

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

「スタンバイフェイズ時、《破戒蛮竜-バスター・ドラゴン》の効果発動。相手ターンに1度、自分フィールドの『バスター・ブレイダー』モンスター1体に自分の墓地の『破壊剣』モンスター1体を装備カード扱いとして装備させる。――私は《破壊剣-ドラゴンバスターブレード》を選択。このカードが装備されている場合、相手はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚出来ない」

 

 何というダメ押しだろうか。いや、この手札では無意味極まりないが。

 こんなカードで一体何処にエクストラデッキから特殊召喚出来る道筋があるのだろうか。――いや、待て。このアリアの行為は無駄な行為なのか?

 

 オレのこの最低最悪の手札は考慮しない事にしても、今のこの時点でアリアは『エクストラデッキから特殊召喚される可能性』を見出し、封じた、のでは?

 

(……つまり、オレが何か見落としているだけで、何か動ける余地が……!?)

 

 今のオレ自身は何も信じれないが、この油断ならぬ対戦者は信頼出来る! 自分の墓地を全部確認する。

 今、オレの墓地にあるカードは下にあるものから、『ブラック・ホール』『ハーピィの羽根帚』『闇の誘惑』『おろかな埋葬』《ワイト》《ワイト夫人》『生者の書-禁断の呪術』《ワイト》《ワイト夫人》――そして、あった。最後の希望が。《グローアップ・バルブ》が!

 

「墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デュエル中に1度だけ、自分のデッキの一番上のカードを墓地に送り、墓地に存在するこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する事が出来る!」

 

 勿論、このレベル1のチューナーを復活させた処で壁にもならない。シンクロ召喚も既に封じられている。

 大切なのはこの効果で『自分のデッキの一番上のカードを墓地に送る』事だッ!

 

「これがオレの最後の足掻きだああぁァ――!」

 

 そして墓地に送られる運命のカードは――。

 

 

「――此処で《馬頭鬼》かぁ。ちぇっ、負けちゃった~。《CX 冀望皇バリアン》をリリースしたのが致命傷となるとはねぇ」

 

 

 残念そうに、されども満足気にアリアは笑った。

 

「墓地の《馬頭鬼》の効果発動! 墓地のこのカードを除外し、自分の墓地のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する! 再び蘇れ《ワイトキング》!」

 

 蘇らせるのは当然、《CX 冀望皇バリアン》のエクシーズ素材となり、《冥帝エレボス》のアドバンス召喚によってリリースされる事でオレの墓地に解き放ってしまった、死者の王《ワイトキング》である。

 

 秋瀬直也

 LP2600

 手札

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族→ドラゴン族/攻100/守100

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族→ドラゴン族/攻?→5000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「あーあ、《破壊剣-ウィザードバスターブレード》でも手札に来てりゃ、『バスター・ブレイダー』に装備して墓地のモンスター効果の発動を封殺出来たんだけどなぁ」

「うげっ、墓地利用を主とするこっちのデッキの致命傷になるメタカードがナチュラルにあったんかよ……」

 

 本当に初代からは想像出来ないぐらい『帝』も『バスター・ブレイダー』も強化されていてびっくりである。

 

「――バトル! 《ワイトキング》で《冥帝エレボス》を攻撃!」

「ふぅ、あざっしたー」

 

 アリア・クロイツ

 LP1000→-1100

 

 

 ソリッドビジョンが消え去り、デュエルの決着は静かに終わりを告げた。

 ……勝った。あのインチキ効果の数々に倒される前に勝てるとは、この勝利を誰よりも信じられないのがオレ自身である。

 

「あぁ、楽しかったぁ。でもやっぱり負けるのは悔しいや。次は本来のデッキでデュエルしようね~」

 

 アリアは笑顔で「じゃーねー」と手を振り、そのままクールに立ち去った。

 ……この『異変』を解決したら元の世界に戻るだろうから、それは絶対果たせない約束だなぁと、静かに心の中に沈んだ。

 

「直也君、おめでとう」

「ああ、やっと初勝利だ。柚葉の言葉が無ければ負けていたぜ」

 

 実際問題、最後まで諦めずにカードを引く事は難しい。その前に心が折れてしまえば可能性に手を伸ばす前に潰えてしまう。

 「ドロー出来る限り諦めない」という言葉は良く聞くけれども、実際にそれを行うのは言う以上に難しいようだ。

 

「――それにしても、最初は《ワイト》は邪魔だと思ったが、特殊召喚封じやエクストラデッキからの召喚封じに対するメタだったのかな? 流石は『魔術師』、其処まで考えていたのか」

 

 どんなカードも使い方次第であり、このデッキから《ワイト》を抜くなと厳命した『魔術師』に一応の感謝を心の中で告げておく。

 

 

 

 

「――え? あのデッキで第九期基準の『帝』相手に勝ったの?」

 

 その一方で、この勝利に誰よりも困惑していたのが使い魔を通して『決闘』を観戦していた『魔術師』だったという事は、オレの知る由も無い話である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06/だが、ヤツは弾けた vsフェイト・テスタロッサ(1)

 ――全く縁の無かった元管理局中将のアリア・クロイツとの『決闘』を通しての出遭いはまさに、改変後の『魔都』を象徴する遭遇では無いだろうか?

 

 果たして元の世界で同じように彼女と出遭ったとしても、同じように爽やかな別離になっただろうか? それに対しては少しばかり首を傾げざるを得ない。

 ……何となしに、今後も通常では在り得ない出遭いが待ってるような気がした。予感というか、直感というか、確信に近い何か――おいおい、柚葉でもあるまいのに。

 そしてこの出遭いもまた――アリア・クロイツとの『決闘』後にすぐ遭遇したとある少女との再会はまさに、カードの導くままに、であった。

 

 

「――秋瀬、直也……?」

 

 

 背後の消え入りそうな声に振り向くと、其処に居たのは自分達と同年代の金髪ツインテールの少女……って、もう一人の魔法少女の――。

 

「フェイト・テスタロッサ……?」

 

 この予想外の遭遇には意表を突かれ、咄嗟に反応を返せない。

 彼女と最後に遭遇したのは三ヶ月以上も前で『闇の書の防衛システム』をフルボッコにした時――まぁその時は『魔術師』に集められ、同じ陣営、味方として共戦する立場だったが、会話一つ行ってなかった――それ以上前だと、管理局と『魔都』の全勢力が大規模抗争に至ったあの時の、敵対して命のやり取りをしていた頃まで遡る。

 

「……ひ、久しぶりだな。オレの事、覚えてくれていたんだなっ」

 

 我ながら、当たり障りの無い言葉を選んだつもりだったが――とは言え、オレと彼女との今の関連性はほぼ絶無に等しいし、どう会話したものか。

 

「……忘れられないよ。だって、貴方は――」

 

 ……? あれ? なんか予想していた反応と違うような?

 この奇妙な空気に首を傾げつつ、デッキを奪われ、盗んだ犯人を探している趣旨を説明し、協力を取り付けようとしたら――。

 

「――っ、私に出来る事なら、何でも協力する……!」

 

 と、非常に頼もしい言葉だが、何故か背筋から冷や汗が流れるような台詞を切実な感じで言ってくださる。

 「ん? 今何でもって言ったよね?」とお決まりの台詞を言い返したいが、年頃の娘が何でもなんて言うんじゃありません! 主にオレの心臓にダイレクトダメージが……!

 

「――直也く~ん、ちょっと」

 

 物凄い力で即座に後ろの襟元を捕まれ、ぐいっと柚葉が物凄く怖い笑顔で顔で問い詰めにくる……!? いやいやいや、待て冤罪だオレは何も知らねぇぞ!?

 

「――どーいう事? 被告には説明責任があるんだけど?」

「容疑者ですらねぇ!? 待て待て、オレだってちんぷんかんぷんだぞ!? ……これは推測に過ぎないが、『遊戯王』次元のオレは、オレと同じ道筋を辿ったと思っていたが、少しだけ違う結果に至ってるのかもしれねぇぞ?」

 

 小声で全力弁解する。最初はオレが『魔都』で体験したあらゆる『異変』を『決闘』で解決しただけだと思っていたが、なーんか違和感が拭えないんだよなぁ。

 

「……む、確かに。……全ての物事が『決闘』で決着がつく以上、この世界に神秘秘匿という概念すら無い――?」

 

 疑惑の念をむけていた柚葉が自身の思考に暮れて、何とか窮地を抜け出したと安堵する。

 

「ああ、何か解ったら連絡くれ。と、連絡先は――」

 

 あ、『デュエルディスク』にそういう機能も付属してるんだと感心しつつお互いの電話番号、メールアドレスを交換し――うん、どうしてそんなに嬉しそうに微笑んでいるのかな、フェイトさん。

 ……うん、オレの『決闘者』としての勘が、今の彼女と接するのは非常に危険だと告げている。即座に別れてオレの本来のデッキの行方もといこの『異変』の黒幕を探しに行くとしよう……!

 

「よし、それじゃ何か解ったら連絡してくれ。それじゃ――」

「――あっ、待って! 直也、さん……!」

 

 うっ、オレとしては呼び止められたくなかったのだが、無視して立ち去る事も出来ない。

 

「な、何かな!?」

 

 ……動揺が口に出てしまう。い、一体何でしょうか……?

 

 

「こんな時に、不謹慎だけど――私と、『決闘』してください!」

 

 

 どうしてその結論に至ったのかは解らないが、蟹みたいな髪型の人に「――おい『決闘』しろよ」と脳内で言われたような気がする……!?

 

 

 

 

 ――この時、豊海柚葉は一秒でも早く『遊戯王』のルールを把握し、自らのデッキを動かせるようにしなければならないと、『シスの暗黒卿』としての直感とは別の『女の直感』で理屈抜きに確信したのだった。

 

 

 

 

『――デュエル!』

 

 という訳で『決闘』である。何も考えずに『決闘』である。『決闘』こそ『遊戯王』において最高のコミュニケーションだから仕方ないよね!

 

「――オレの先行!」

 

 さて、今回のオレの初期手札は――『手札抹殺』《ワイトプリンス》《ゴブリンゾンビ》《馬頭鬼》《ワイトメア》……うーむ、悪くないが、チューナーがいない。いないせいでシンクロ召喚まで行けない。

 此処は迷わず――。

 

「魔法カード『手札抹殺』を発動! お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする! オレは4枚捨てて4枚ドローする!」

「わ、私は5枚捨てて5枚ドロー……!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 さて、相手の墓地に落ちたカードは重要な情報源だとアリアから学んだからには逐一確認せねば。

 フェイトの墓地に落ちた5枚はっと――《幽鬼うさぎ》《エフェクト・ヴェーラー》《バトルフェーダー》《速攻のかかし》『神の宣告』? 手札誘発カードばかりで事故っていたのか、つーか、これじゃどんなデッキかまるで解らねぇ!?

 ま、まぁ、楽観的に考えればあれだけ手札誘発カードが墓地に落ちたんだ。此方の展開を邪魔される可能性は少なくなっただろう。

 

 ――そして新たに引いた4枚のカードを見て、オレは「あれ、これヤバいほど動けね?」と驚愕する。

 

「手札から永続魔法『生還の宝札』を発動! 自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、自分のデッキから1枚ドローする事が出来る!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 このデッキで唯一アドを爆発的に稼げる禁止カードである。墓地にはさっきの『手札抹殺』の効果で《馬頭鬼》が落ちているので――。

 

「墓地の《馬頭鬼》を除外して効果発動! 自分の墓地のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する――蘇れ《ゴブリンゾンビ》! そして墓地からモンスターを特殊召喚した事で『生還の宝札』の効果発動、1枚ドローする!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→4

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 地面を食い破って現れるのは鋭利な片手剣を握った《ゴブリンゾンビ》――って、質量のあるソリッドビジョンだから路上本当に壊れてね? ま、まぁ『決闘』での損傷だから特に問題無いだろう。

 

「速攻魔法『緊急テレポート』発動! 手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズに除外される。――オレはデッキからレベル2のチューナーモンスター《サイ・ガール》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《サイ・ガール》星2/地属性/サイキック族/攻500/守300

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 このアンデット族デッキには珍しくサイキック族の、しかも可愛らしい少女のモンスターが召喚される。

 キュピ☆と言わんばかりのポーズを取っているが、お前の出番のこの一瞬だけだ。

 

「――レベル4の《ゴブリンゾンビ》にレベル2の《サイ・ガール》をチューニング! シンクロ召喚! レベル6《氷結界の龍 ブリューナク》!」

 

 ようやく、前回の『決闘』では一度も出来なかったシンクロ召喚を成功させる。一応、1ターン目という事で警戒して守備表示にしておく。

 シンクロ召喚した氷のドラゴンっぽい海竜族モンスターに対して満足気に笑う。

 いや、まだまだこれからだ! このシンクロ時代の代名詞にして大戦犯の禁止カードを出したからにはもう止まらない!

 

「フィールドから墓地に落ちた《ゴブリンゾンビ》の効果発動、このカードがフィールドから墓地に送られた場合、デッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える。オレは守備力800のアンデット族モンスター《馬頭鬼》を手札に加える!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「手札から装備魔法『早すぎた埋葬』を発動! ライフを800支払い、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して表側攻撃表示で特殊召喚してこのカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。再び《ゴブリンゾンビ》を特殊召喚し、『生還の宝札』の効果で1枚ドローする」

 

 秋瀬直也

 LP8000→7200

 手札4→3→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

  装備魔法『早すぎた埋葬』

 

 ふ、ふふ、ふふふ……!

 遂に《氷結界の龍 ブリューナク》が場にいる状態で装備魔法『早すぎた埋葬』と永続魔法『生還の宝札』が出揃ってしまった。

 

 ――全国1億人の『決闘者』の皆さん、お待たせしました。『アンデシンクロ』復活の時間だアアアアアァァァ! 死 ぬ が よ い !

 

 ……まぁ最狂のシンクロモンスター《ダーク・ダイブ・ボンバー》がエラったされてお亡くなりになっているから先行1ターンキルは出来ないが。

 

「《氷結界の龍 ブリューナク》の効果発動、手札を任意の枚数墓地に捨て、捨てた数だけフィールド上のカードを選択して持ち主の手札に戻す。オレは手札の《馬頭鬼》1枚を捨てて『早すぎた埋葬』を手札に戻す」

 

 秋瀬直也

 LP7200

 手札4→3→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「あ、あれ? 『早すぎた埋葬』を手札に戻したのに、装備していたモンスターはそのまま……?」

「HAHAHA、何を言ってるんだ、柚葉。『早すぎた埋葬』が破壊された時、装備モンスターを破壊するだけじゃないか。このカードがフィールドから離れた場合という一文だったら装備モンスターは破壊されるけどねぇ!」

 

 お解り頂けただろうか? 装備魔法『早すぎた埋葬』はこのカードが破壊された時に装備モンスターを破壊するが、手札に戻すのならば『早すぎた埋葬』で復活させたモンスターに影響は一切無いのだ……!

 

「ね、ねぇ、直也君。気のせいかしら? 《氷結界の龍 ブリューナク》の効果ってさ――1ターンに1度っていう一文が無い気がするんだけど?」

「無いよ。だから手札というコストがある限り何度でも発動出来るよ!」

「何そのぶっ壊れ!? ……ああ、それじゃ見落としていたけど『早すぎた埋葬』の方に1ターンに1度しか発動出来ないという記述が――」

「昔のカードにそんなものは書いてない。だから禁止カードなんだよ」

 

 ――つまり、ライフが続く限り『早すぎた埋葬』で墓地のモンスターを蘇生出来て、蘇生する度に『生還の宝札』の効果で1枚ドロー出来て、《氷結界の龍 ブリューナク》の効果で手札のカードを墓地に送るついでに『早すぎた埋葬』を手札に戻して再利用出来るのだ……!

 

「手札からレベル3のチューナーモンスター《ユニゾンビ》を通常召喚し、レベル4の《ゴブリンゾンビ》とチューニング! シンクロ召喚! レベル7《PSYフレームロード・Ζ》! 《ゴブリンゾンビ》が墓地に送られた事によりデッキから守備力0のアンデット族モンスター《ワイトプリンス》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP7200

 手札4→3→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 これもまた守備表示でシンクロ召喚しておく。ライフがまだまだ減るから、警戒しておくに越した事は無い。

 

「再び装備魔法『早すぎた埋葬』発動、ライフ800支払って墓地の《ゴブリンゾンビ》を蘇生、『生還の宝札』の効果で1枚ドロー。《氷結界の龍 ブリューナク》の効果で手札の《ワイトプリンス》1枚捨てて『早すぎた埋葬』を手札に戻し、墓地に送られた《ワイトプリンス》の効果でデッキから《ワイト》《ワイト夫人》を1枚ずつ墓地に送る」

 

 秋瀬直也

 LP7200→6400

 手札4→3→4→3→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 ハハハ! なんだ、このデッキでもやれるじゃないか!

 どんなデッキでも回る時は回る、解ったぜ『魔術師』! 言葉でなく心が、このデッキの真価をッ!

 

「更に『早すぎた埋葬』発動、ライフ800支払い、《ユニゾンビ》を蘇生、『生還の宝札』の効果で1枚ドロー、《氷結界の龍 ブリューナク》の効果発動、手札の《グローアップ・バルブ》を墓地に捨てて『早すぎた埋葬』を手札に戻す」

 

 秋瀬直也

 LP6400→5600

 手札4→3→4→3→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「《ユニゾンビ》の効果発動! 《ユニゾンビ》の効果は1ターンに1度、デッキからアンデット族モンスター1体を墓地に送り、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。この効果の発動後、ターン終了時までアンデット族以外の自分のモンスターは攻撃出来ないが、1ターン目だから関係無いな――オレはデッキから《ワイトプリンス》を墓地に捨て、《ユニゾンビ》のレベルを1つあげてレベル4にする。墓地に落ちた《ワイトプリンス》の効果発動、《ワイト》《ワイト夫人》を墓地に送る」

 

 せっせと墓地に《ワイト》達を送りながら大量展開していく。『遊戯王』って楽しいね!

 

「レベル4の《ゴブリンゾンビ》にレベル4となった《ユニゾンビ》をチューニング! シンクロ召喚! 《PSYフレームロード・Ω》! 墓地に落ちた《ゴブリンゾンビ》の効果で守備力200のアンデット族モンスター《ワイトメア》をデッキから手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP5600

 手札4→5

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 何か緑の稲妻帯びたサイキック族(光属性)をまた出していく。ちなみにこれも守備表示である。このターンに展開するモンスター全部守備表示だね。

 この《PSYフレーム》、アリアも使ってたし、書いている事もおかしい事しか書いてないから多分第九期のカードなんだろうか?

 ライフはまだ潤沢にあるし(回復する手段があるとは言ってない)、まだまだ行くぞォー!

 

「『早すぎた埋葬』発動、ライフ800支払って《ゴブリンゾンビ》を特殊召喚、『生還の宝札』の効果で1枚ドロー。《氷結界の龍 ブリューナク》の効果で手札の《ワイトメア》捨てて『早すぎた埋葬』を手札に。また『早すぎた埋葬』発動、800支払って《ユニゾンビ》を蘇生して1枚ドロー」

 

 秋瀬直也

 LP5600→4800→4000

 手札5→4→5→4→5→4→5

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

  装備魔法『早すぎた埋葬』

 

「《ユニゾンビ》のもう一つの効果発動、手札を1枚捨て、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。手札の《ゾンビマスター》を墓地に捨てて《ユニゾンビ》のレベルを1つあげてレベル4にする。《氷結界の龍 ブリューナク》の効果で手札1枚捨てて『早すぎた埋葬』を手札に戻す」

 

 これで合計レベルがまた8レベル!

 

「レベル4の《ゴブリンゾンビ》に闇属性チューナーモンスターのレベル4になった《ユニゾンビ》をチューニング! シンクロ召喚! レベル8《魔王龍 ベエルゼ》! 墓地に送られた《ゴブリンゾンビ》の効果でデッキから守備力0のアンデット族モンスター《ワイトキング》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札5→4→3→4→5

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《魔王龍 ベエルゼ》星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守3000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 シンクロ召喚されるはあの《ブルーアイズ》と同じ攻撃力3000のモンスター、更にコイツには戦闘及びカードの効果では破壊されない耐性がある上に、このカードの戦闘及び相手のカードの効果によって自分がダメージを受けた時、このカードの攻撃力はそのダメージの数字分アップする効果を持っている。

 コイツも守備表示で置いているので、まぁ後攻1ターンキルされる事はまず無いだろう。

 

「オレはこれでターンエンド」

 

 

 

 

 




 本日の禁止カード

 『生還の宝札』
 永続魔法(禁止カード)
 自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。

 説明するまでもないパワーカード。
 現在の環境では墓地のモンスターを特殊召喚する事など茶飯前なので未曾有の手札アドを稼げる。
 『魔術師』から貸されたデッキにおいて唯一の手札増強カードだが、決して主人公が使っていいカードじゃない。

 《氷結界の龍 ブリューナク》
 シンクロ・効果モンスター(禁止カード)
 星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 手札を任意の枚数墓地へ捨て、
 捨てた数だけフィールド上のカードを選択して発動できる。
 選択したカードを持ち主の手札に戻す。

 主人公が決して使って良いカードではない、その2。
 狂乱の第九期のカードと比べても遥かに凌駕する狂気のパワーカード。
 KONAMIが1ターンに1度という一文の大切さを学んだ一枚である。
 効果は見ての通り、手札の枚数分だけバウンス効果を使える。しかも回数無制限。シンクロがぶっ壊れていた時代の象徴であり、シンクロ素材の縛りすらない。何だこれ。

 『早すぎた埋葬』
 装備魔法(禁止カード)
 800ライフポイントを払い、
 自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。
 このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

 決して主人公が使って良いカードじゃない、その3。
 無条件で墓地のモンスターを敵味方構わず特殊召喚する『死者蘇生』が制限カード(デッキに1枚しか入れれない)で、何故色々と縛りがある『早すぎた埋葬』が禁止カードなのか、作中で察せる通りである。

 つーか、今回、主人公デッキに入っている畜生禁止カードしか無いんだけd


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07/殺意のホープ一族 vsフェイト・テスタロッサ(2)

 

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《魔王龍 ベエルゼ》星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守3000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「――私のターン! ドロー!」

 

 フェイト・テスタロッサのターンになり、ドローフェイズが終わり、スタンバイフェイズに移行し――。

 

「――スタンバイフェイズ、《PSYフレームロード・Ω》の効果発動! 相手スタンバイフェイズに除外されている自分または相手カード1枚を墓地に戻す。オレは除外されている《馬頭鬼》を墓地に戻す」

 

 除外されていた《馬頭鬼》を墓地に戻す事で、次のオレのターンの時にまた除外する事で墓地のアンデット族モンスターを特殊召喚する事が可能となる。

 相手ターンに悪さをするとか、凶悪極まりないシンクロモンスターである。

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP8000

 手札5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 さて、1ターン目の『手札抹殺』で落ちたカードは大体が手札誘発の、どのデッキにも入る万能カード。

 そのせいでフェイトのデッキがどんなものか、推測すら出来なかったが――果たして、どう出てくる……?

 

 

「――この『決闘』に私の想いを乗せて――魔法カード『天使の施し』を発動! 3枚ドローして2枚捨てる!」

 

 

 うわぁ、アリアの時も思ったが、いいなぁあれ。オレのデッキにも欲しいのに何で『魔術師』はサイドにも入れなかったんだ……!

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP8000

 手札6→5→8→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 おっと、先程の教訓を忘れない。『天使の施し』で墓地に送ったカードは、と――《超電磁タートル》と――。

 

「墓地に落ちた《処刑人-マキュラ》の効果! このカードが墓地へ送られたターン、このカードの持ち主は手札から罠カードを発動する事が出来る!」

「げぇっ《処刑人-マキュラ》!?」

 

 最悪なまでにヤバいカードが落ちたぁー! まずい、非常にまずいぞこれ!

 

「……え? 手札から罠カードを発動する事が出来る……? あれ? 罠カードって一度セットして次のターンにならないと発動出来ないんじゃ?」

 

 柚葉の疑問は尤もだ。うん、通常時のルールならばそれで良いのだが、奴の、《処刑人-マキュラ》の効果はその根本のルールを覆す超ぶっ壊れ効果である。

 

「ああ、そうだ。『魔術師』とかが『罠カードなんて遅すぎ』と言っていた理由がそれだ。だが、あの禁止カードが墓地に落ちた瞬間、手札にある罠が全部いつでも発動可能な速攻魔法になるんだよ……! 故にあれが現役時代だった頃の『決闘者』は相手の墓地に《処刑人-マキュラ》が落ちた瞬間、死を覚悟しなければならなかった……!」

 

 やばいな、一体何が来る? イメージには合わないが、そのままデッキ全部ドローする勢いで《封印されしエクゾディア》を1ターンで揃えて特殊勝利するとか、そんな変化球デッキの可能性も出てきたぞ。

 

 

「手札から《グリーン・ガジェット》を通常召喚してこのカードの効果発動、それにチェーンして手札の《カゲトカゲ》の効果を発動!」

 

 

 と、思ったが、『ガジェット』だと?

 

「自分がレベル4のモンスターの召喚に成功した時、手札の《カゲトカゲ》を特殊召喚出来る。おいで《カゲトカゲ》」

 

 歯車を模した緑の機械族モンスターと、影しか存在しないまっ平らの爬虫類モンスター《カゲトカゲ》が出現する。

 

「そして《グリーン・ガジェット》の効果、このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから《レッド・ガジェット》1枚を手札に加える」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP8000

 手札6→5→4→5

 《グリーン・ガジェット》星4/地属性/機械族/攻1400/守600

 《カゲトカゲ》星4/闇属性/爬虫類族/攻1100/守1500

 魔法・罠カード

  無し

 

 しかし、『ガジェット』とは――古くからあるカテゴリーで、召喚・特殊召喚したら別の色の『ガジェット』をデッキからサーチしてモンスターが途切れる事無くビートダウンを行える、古参のテーマである。

 そのシンプル故の高い適応力から、環境によって姿形を変えて戦い続けた――しかし、今の狂乱極まる時代に通用するかと言われれば、否と答えざるを得ない。

 一応、レベル4のモンスターが2体並んだ事から、ランク4エクシーズに繋げる事が出来るだろうが――。

 

「永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』を発動! 自分フィールド上に『希望皇ホープ』と名のついたモンスターがエクシーズ召喚された時、500ポイントを支払い、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 ……ん? 一気にきな臭くなったぞ?

 『希望皇ホープ』と言ったら、さっき《CX 冀望皇バリアン》になってオレの希望を完全に断とうとしたヤツの系統じゃないか。

 あの時は下敷き扱いだったから、効果の確認、してなかったんだよなぁ。

 

「――私はレベル4の《グリーン・ガジェット》と《カゲトカゲ》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ――我が戦いは此処より始まる。白き翼に望みを託せ、光の使者! 《No.39 希望皇ホープ》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP8000

 手札5→4

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

 

「『希望皇ホープ』と名のついたモンスターがエクシーズ召喚された事で『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』の効果発動、ライフを500ポイント支払い、デッキから1枚ドローする」

 

 ……この時点でフェイト・テスタロッサの手札は4枚、さっきのアリアみたいにエクシーズチェンジされては手札がまだまだ増えてしまうか。

 うん、此処ら辺で動こう。今のオレの場には相手ターンに悪さが出来るシンクロモンスターが2体もいるのだから。

 

「――この瞬間《PSYフレームロード・Ζ》の効果発動! 1ターンに1度、相手フィールドの特殊召喚された表側攻撃表示モンスター1体とフィールドのこのカードを次の自分スタンバイフェイズまで除外する! この効果は相手ターンでも発動出来る! オレが選択するのは当然《No.39 希望皇ホープ》だ!」

 

 大半のエクシーズモンスターの効果は、エクシーズ素材を取り除く事で発動する回数制限タイプだ。数が限られているが故に強力な効果を持つ、それがエクシーズモンスターと言っても過言ではない。

 だが、この効果でエクシーズモンスターを一時的に除外してしまえば、持っていたエクシーズ素材は無条件で墓地に送られ、次のスタンバイフェイズに戻って来ても効果を発動出来なくなる。

 表側攻撃表示でエクシーズ召喚したのが運の尽きである。

 

「更にチェーンして《PSYフレームロード・Ω》の効果も発動! 1ターンに1度、自分・相手のメインフェイズに相手の手札をランダムに1枚選び、そのカードと表側表示のこのカードを次の自分スタンバイフェイズまで表側表示で除外する!」

 

 更には《PSYフレームロード・Ω》の効果も発動し、展開の邪魔をしておく。

 まぁ《処刑人-マキュラ》の効果があるから、一番除外したい手札の罠カードは発動されてしまうだろうが。

 

「……っ、その効果にチェーンして手札から永続罠『血の代償』を発動っ!」

「手札から罠カードだとぉ!?」

 

 げっ、しかもこれも確か禁止カードだった筈だ。という事は懐かしの『代償ガジェット』か!?

 

「……ねぇ、ちょっと。さっき《処刑人-マキュラ》の効果確認していたのに、何で今更言うの?」

「いやまぁこれはお約束ってヤツだ」

 

 シリーズでのお約束というヤツである。最近では平然と『デッキから罠カードを発動するエクシーズモンスター』もいたが。

 

「手札から除外されたカードは――《ZW-阿修羅副腕》?」

「くっ……! さすがだねっ!」

 

 ……フェイトのデッキが『代償ガジェット』と解った今、先程サーチした《レッド・ガジェット》が除外される事を祈ったが、どうやら違うカードが除外されたようだ。

 えーと、何々?

 

 《ZW-阿修羅副腕》

 効果モンスター

 星4/炎属性/天使族/攻1000/守1000

 自分のメインフェイズ時、手札または自分フィールド上のこのモンスターを

 攻撃力1000ポイントアップの装備カード扱いとして

 自分フィールド上の「希望皇ホープ」と名のついたモンスターに装備できる。

 装備モンスターは相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃できる。

 「ZW-阿修羅副腕」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

 ……? 『希望皇ホープ』モンスター限定の装備カード、だと? サポートカードが充実しているのか?

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP8000→7500

 手札4→3→2→3

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《魔王龍 ベエルゼ》星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守3000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「永続罠『血の代償』の効果発動! ライフを500ポイント支払う事でモンスター1体を通常召喚する!」

 

 さて、『代償ガジェット』とは今使った『血の代償』の効果を使って、ライフの続く限り『ガジェット』モンスターを召喚&サーチを繰り返してランク4のエクシーズモンスターを大量展開する事を趣旨とする。

 この『血の代償』と『ガジェット』との相性は完璧であり、決まれば場を埋め尽くすほどのエクシーズモンスターを展開出来るという訳だ。

 

「この効果は自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時にのみ発動出来る! 《レッド・ガジェット》を通常召喚し、効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから《イエロー・ガジェット》を手札に加える。更に『血の代償』の効果発動、ライフ500支払い、《イエロー・ガジェット》を通常召喚、効果発動、このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから《グリーン・ガジェット》を手札に加える」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP7500→7000→6500

 手札3→2→3→2→3

 《レッド・ガジェット》星4/地属性/機械族/攻1300/守1500

 《イエロー・ガジェット》星4/地属性/機械族/攻1200/守1200

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

「え? これって――」

「そう、ガジェットのサーチ効果には1ターンに1度という制限が無いお陰で、ライフと同名カード3枚の底が尽きない限り召喚&サーチを連打出来る……!」

 

 このターンの内にランク4のエクシーズモンスターがあと4体ぐらい並んでしまうという認識で良いだろう。怖い。

 

「《レッド・ガジェット》と《イエロー・ガジェット》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 来てっ、ランク4《No.39 希望皇ホープ》! ライフ500支払い、『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』の効果で1枚ドロー!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP6500→6000

 手札3→4

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 そしてまずいな。ただでさえ、まだ暫く『ガジェット』が途切れないのに、『希望皇ホープ』をエクシーズ・チェンジする事でライフを支払うが『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』で手札アドも稼いでいくのか……!

 

「そしてエクシーズチェンジ! ――このカードは自分フィールド上の『No.39 希望皇ホープ』の上に重ねてエクシーズ召喚する事が出来る! ランク4《CNo.39 希望皇ホープレイ》! ライフ500支払い、『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』の効果で1枚ドロー!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP6000→5500

 手札4→5

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 ライフが尽きるのが先か、展開し終わるのが先か――いや、ライフが尽きる前に展開終わるな、これ。超やばい。

 

「ライフを500支払い、『血の代償』の効果発動して《グリーン・ガジェット》を通常召喚、効果発動、デッキから《レッド・ガジェット》をサーチ、ライフ500払って『血の代償』発動、《レッド・ガジェット》を通常召喚してデッキから《イエロー・ガジェット》を手札に加える」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP5500→5000→4500

 手札5→4→5→4→5

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 《レッド・ガジェット》星4/地属性/機械族/攻1300/守1500

 《グリーン・ガジェット》星4/地属性/機械族/攻1400/守600

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

「レベル4の《レッド・ガジェット》と《グリーン・ガジェット》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク4《No.39 希望皇ホープ》! ライフ500支払い、『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』の効果で1枚ドロー!」

 

 ……除外されたのを合わせて、3枚目の《No.39 希望皇ホープ》?

 まさかと思うが、エクストラデッキに『希望皇ホープ』系のエクシーズモンスターしか入ってないのか……!?

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP4500→4000

 手札5→6

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

「そして《No.39 希望皇ホープ》をエクシーズチェンジ! 2枚目の《CNo.39 希望皇ホープレイ》! ライフを500支払い、『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』で1枚ドロー!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP4000→3500

 手札6→7

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 そして、展開を止めたフェイト・テスタロッサは少し考え込む。

 オレの方はさっきから嫌な予感がして冷や汗を流している。どうしてか解らないが、あの『希望皇ホープ』系列のエクシーズモンスターを見ると、動悸が激しくなる。

 

 ――なんかこう、素直に怖いと言っても良いような、『決闘者』としての恐怖感? ってのがひしひし感じるのだが。

 

「――手札から《RUM-ヌメロン・フォース》を発動! 自分フィールド上のエクシーズモンスター1体を選択し、そのモンスターと同じ種族でランクが1つ高い『CNo.』と名のついたモンスター1体をエクシーズ召喚扱いとして重ねてエクストラデッキから特殊召喚する! その後、この効果で特殊召喚したモンスター以外のフィールド上に表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする!」

 

 んな、また『RUM』か!? サーチするカードが無いから、自力でドローする為にライフを削りまくってまで引いていたというのか!

 しかも、アリアが使っていた《RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース》と違ってランクアップ先に同じ種族でランクが1高いという制限付きだが、その効果でエクシーズ召喚した後にフィールド上の表側表示のカードの効果が全て無効だと!? しかもターン制限無いじゃん!?

 

 

「――混沌を統べる赤き覇王、悠久の戒め解き放ち赫焉となりて闇を打ち払え! 降臨せよ、ランク5《CNo.39 希望皇ホープレイV》!」

 

 

 純白の装甲から灰色の装甲に、そして今回は毒々しいまでに真紅の装甲になって攻撃的になったご様子であり、何故か知らないが、オレを見るその眼に桁外れの殺意を感じる……普通のモンスターじゃないっぽい?

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札7→6

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 《CNo.39 希望皇ホープレイV》ランク5/光属性/戦士族/攻2600/守2000 ORU4

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 《RUM-ヌメロン・フォース》の効果でオレのフィールドに残ってる2体のシンクロモンスターの効果が無効化になり、頼みにしていた《魔王龍 ベエルゼ》の戦闘及び効果への破壊耐性が消え果ててしまった。

 更に痛いのは『生還の宝札』も無効化されてしまった点だ。これは《氷結界の龍 ブリューナグ》の効果で一旦手札に戻さなければ永遠に無効化されたままだが――まぁこのターンが終わるまでに《氷結界の龍 ブリューナグ》が生き残るビジョンは見えないね。というか、オレ自身、生き残れるだろうか……?

 

「《CNo.39 希望皇ホープレイV》の効果発動! このカードが『希望皇ホープ』と名のついたモンスターをエクシーズ素材としている場合、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のモンスター1体を選択して破壊、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える! ――私は《魔王龍 ベエルゼ》を選択!」

 

 げっ。ソイツの効果で破壊されたら3000ダメージで残りライフが1000になっちまうじゃないか!

 

「それは通せないな! 手札から《エフェクト・ヴェーラー》を墓地に送り、相手フィールドの効果モンスター1体の効果をターン終了時まで無効にする!」

「――っ、今の今まで温存していたの……!?」

 

 ……ああ、うん、け、決して『ガジェット』の効果を最初の内に止めておけば良かったなぁと後悔したまま使うタイミングを逃していた訳じゃないんだぞ! この時の為に取っておいたんだ!

 

「――でもっ、まだぁ! 手札から『RUM-アストラル・フォース』を墓地に捨てて――《CNo.39 希望皇ホープレイ》をランクアップ・エクシーズチェンジ!」

 

 もう1枚の『RUM』だとォ!? しかし、なんだこれ、『RUM』魔法カードを使わずに墓地に捨てた?

 

 

「――砕け散った魂の記憶。今、一つの星となりて、天命を貫く霹靂となれ! これがナンバーズの終焉にして頂点! ランク10《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》!」

 

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札6→5

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《CNo.39 希望皇ホープレイV》ランク5/光属性/戦士族/攻2600/守2000 ORU4→3

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 出てきたのは『希望皇ホープ』系列の戦士族モンスターではなく、一気にランク10の白い巨龍……!? しかも攻撃力4000だと……!?

 

「このカードは手札の『RUM』魔法カード1枚を捨て、自分フィールドの『希望皇ホープ』の上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る。――効果発動、1ターンに1度、自分の墓地の『No.』モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効化される――蘇って《No.39 希望皇ホープ》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札5

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《CNo.39 希望皇ホープレイV》ランク5/光属性/戦士族/攻2600/守2000 ORU3

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 あれ、一体いつの間に――あ、《CNo.39 希望皇ホープレイV》の効果発動の時にエクシーズ素材として墓地に落としていたのか!

 おっと、此処で《No.39 希望皇ホープ》の効果を確認しておこう。何故かは知らないが、これからこの先、何度も何度も見かけるような気がする。

 

 《No.39 希望皇ホープ》

 エクシーズ・効果モンスター

 ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000

 レベル4モンスター×2

 (1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、

 このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。

 そのモンスターの攻撃を無効にする。

 (2):このカードがX素材の無い状態で

 攻撃対象に選択された場合に発動する。

 このカードを破壊する。

 

 ――あれ、予想とは違って防御的な効果? あとエクシーズ素材が無いと自壊するデメリットつきか。

 

 これ単体では脅威に成り得ないな。

 

「《No.39 希望皇ホープ》でエクシーズチェンジ! 《CNo.39 希望皇ホープレイ》、そして――ランクアップ・エクシーズチェンジ! ――一粒の希望よ! 今、電光石火の雷となって闇から飛び立て! 現れろランク5《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》!」

 

 ……うん、なんとなくだが、《No.39 希望皇ホープ》も《CNo.39 希望皇ホープレイ》も下敷き扱いなんだろうか。

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札5

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《CNo.39 希望皇ホープレイV》ランク5/光属性/戦士族/攻2600/守2000 ORU3

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

「このカードは自分フィールドのランク4の『希望皇ホープ』モンスターの上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る」」

 

 そして出てきた《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》は白い装甲のままであり、《No.39 希望皇ホープ》の正統進化という感じだった。その効果は――。

 

 

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》

 エクシーズ・効果モンスター

 ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000

 光属性レベル5モンスター×3

 このカードは自分フィールドのランク4の「希望皇ホープ」モンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。

 このカードはX召喚の素材にできない。

 (1):このカードが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時までカードの効果を発動できない。

 (2):このカードが「希望皇ホープ」モンスターをX素材としている場合、

 このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算時に、このカードのX素材を2つ取り除いて発動できる。

 このカードの攻撃力はそのダメージ計算時のみ5000になる。

 

 

 ちょっと待てェ!? 何この殺意の権化!? 一体何処をどう進化させたらこんな凶悪極まる効果になるんだ!?

 バトルフェイズ中にカード効果発動出来なくなる封殺効果に、エクシーズ素材2つ取り除いて攻撃力5000になるだとぉ!?

 あっれぇ、コイツって結果的にレベル4のモンスター2体で出てくるんだよな? 何でそんな緩い条件のエクシーズモンスターが超耐性を持つ大型モンスターを簡単に殴り殺せる効果を持ってるんだ!? OCG版の『神』のカードとかに謝れよ!

 

「――バトル! 《CNo.39 希望皇ホープレイV》で《氷結界の龍 ブリューナク》を攻撃! ホープ剣・Vの字斬り!」

「ぐっ……!」

 

 守備表示にしている為、オレ自身にダメージは無いが、∨の字に斬られ、敢え無く爆発四散、破壊されてしまう。

 

「続いて《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》で《魔王龍 ベエルゼ》を攻撃! ダメージ計算時に効果発動! このカードのエクシーズ素材を2つ取り除き、このカードの攻撃力をダメージ計算時のみ5000にする! ホープ剣ライトニング・スラッシュッ!」

 

 効果が無効化されてないなら戦闘破壊される事は無かったが、今の《魔王龍 ベエルゼ》には何の耐性も無いので呆気無く破壊される。

 これも守備表示にしていた為、オレ自身へのダメージは無い。あの時のオレの中に過ぎった勘は最悪なまでに正しかったと言えよう。

 

「そして《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》でダイレクトアタック! これが通れば――!」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札4→3

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 オレの場にオレを守るモンスターは1体も存在せず、ライフもちょうど4000、《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》のダイレクトアタックを喰らえば丁度ライフが0となって敗北である。

 だが、当然――!

 

「相手モンスターの直接攻撃宣言時、手札の《バトルフェーダー》の効果発動! このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了させる! この効果で特殊召喚されたこのカードはフィールドから離れた場合に除外する」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札3→2

 《バトルフェーダー》星1/闇属性/悪魔族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 守備表示で《バトルフェーダー》を特殊召喚し、バトルを強制的に終了させる。首一枚繋がった感じである。

 

「――っ、凄いっ、凌がれた……!」

「あっぶねぇ、危うく後攻1ターンキルされる処だったぞ……!」

 

 手札に《エフェクト・ヴェーラー》と《バトルフェーダー》があったから乗り切れる自信があったが、《CNo.39 希望皇ホープレイV》に《エフェクト・ヴェーラー》使ってなければ《魔王龍 ベエルゼ》を破壊された上で3000ダメージ受け、バトルフェイズ終了時まで効果を発動させない《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》のダイレクトアタックを喰らって《バトルフェーダー》を発動出来ずに死ぬ処だったぞ……!

 やっぱり気のせいじゃなかった。この『希望皇ホープ』系列のエクシーズモンスターの殺意の高さ、半端ねぇぐらいヤバい……!

 

 

「メインフェイズ2、手札から『RUM-バリアンズ・フォース』を墓地に捨てて――《CNo.39 希望皇ホープレイV》をエクシーズチェンジ!」

 

 

 む、まだ『RUM』を……!? だが、此処から展開? もう『血の代償』と『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』は『RUM ヌメロン・フォース』の効果で無効化されている為、その効果を使用する事は不可能だが――。

 

 

「――縦横無尽なる希望の力、これが新たな時代の天地開闢! ランク0《SNo.0 ホープ・ゼアル》!」

 

 

 んな、ランク5からランク0のエクシーズモンスターだと!?

 と、今度は『ホープ』の名前を持っているが、今までの白い戦士族っぽい感じではなく、人間っぽいモンスター……?

 

「ルール上、このカードのランクは1として扱う。このカードは手札の『RUM』通常魔法カード1枚を捨て、自分フィールドの『希望皇ホープ』モンスターの上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る。――このカードのエクシーズ召喚は無効化されない。このカードのエクシーズ召喚成功時には相手は効果を発動出来ない。このカードの攻撃力・守備力はこのカードのエクシーズ素材の数×1000――《SNo.0 ホープ・ゼアル》のエクシーズ素材は4つ、よって攻撃力・守備力は4000となる!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札5→4

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2→0

 《SNo.0 ホープ・ゼアル》ランク0/光属性/戦士族/攻?→4000/守?→4000 ORU4

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 エクシーズ召喚時に『三幻神』みたいな耐性持ちか。更には《CX 冀望皇バリアン》と同じくエクシーズ素材の数×1000の攻撃力か。

 うん、これも攻撃力4000だが、大した事無いな、と感覚が麻痺してきた。

 

 

「――相手ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、そのターン、相手は効果を発動出来ない」

 

 

 ――は? え? どういう事? ちょっと待て、1つでも厳しかった《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》の効果3つ同時ってどういう事?

 もう何もするな、安らかに死ねって事!? 幾ら『RUM』を使うからとは言え、ちょっとぶっ壊れすぎじゃね!?

 

「私はこれでターンエンド」

 

 ……あー、うん、今まで凄い勘違いしていた。手のひら返しフェイズと勘違いフェイズは『決闘者』の嗜みだしね。

 フェイトさんってもしかして――オレの事、殺したいほど恨んでね……? 怖くて聞けないけど。

 

 

 

 

 




 本日の禁止カード

 《処刑人-マキュラ》
 効果モンスター(禁止カード)
 星4/闇属性/戦士族/攻1600/守1200
 このカードが墓地へ送られたターン、
 このカードの持ち主は手札から罠カードを発動する事ができる

 手札から罠カードを発動出来るようになる、禁止の中の禁止カード。
 昔の『決闘者』はコイツの効果が発動した瞬間、文字通り死を覚悟し、本当に1ターンキルされた。
 罠カードを速攻魔法のように使えるという時点で、頭おかしいカード。

 『血の代償』
 永続罠(禁止カード)
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び
 相手のバトルフェイズ時にのみ発動できる。

 意外と使える期間が多かった禁止カード。『代償ガジェット』のメインエンジン。
 禁止にされるまで14年9ヶ月という歴代最長記録を打ち立てている。禁止カードになった理由はやっぱりエクシーズ導入からの1キルが余りにも容易過ぎる為である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08/『希望』の返歌 vsフェイト・テスタロッサ(3)

 

 ――『闇』のゲーム。

 

 それは遥か数千年前の古来より存在するデュエルモンスターズの『闇』であり、嘗ての海鳴市を『魔都』とした元凶そのモノである。

 質量のあるソリッドビジョンの安全装置を外せば簡単に相手を殺傷出来る暴力となり――更には生来より『異能』を持つ『転生者』の本領を発揮する『殺戮空間(キリング・フィールド)』として悪用される事となる。

 

 ――その当時はライフ0になって決着のつく『決闘』など稀であり、モンスターのダイレクトアタックで致命傷を負う者、モンスター効果や魔法効果・罠効果で精神諸共焼き尽くされる者、相手からのリアルダイレクトアタックで即死する者など日常茶飯事。

 まさに『闇』のゲーム全盛期にして史上最悪の大混乱時代。恐怖と共に語り継がれる魔都『海鳴市』の暗黒期である。

 

 ――そんな阿鼻叫喚の地獄の只中を、『闇』のゲームを否定して貫き通した『決闘者』がいた。

 

 後に『伝説の決闘者』として語り継がれる『彼』は、別段強い『決闘者』ではなかった。

 そもそも皆が挙って投入している禁止級カードが一枚も入ってないデッキなのだ、他の無差別級と比べて劣るのは当然過ぎる話である。

 それに『彼』は『転生者』ではあったけど、所詮は異端揃いの『転生者』の中でも『中の下』程度の存在、しかも『転生者』の利点を存分に活かせる『闇』のゲームを自ら否定している事から非転生者の『決闘者』にさえも劣る存在だった。

 

 ――何度も敗北した。何度も死にかけた。それでも『彼』は諦めずに『決闘』し続けた。

 

 一体何が『彼』を突き動かしていたのかは、当人しか知る由も無い事だが――その蟻の一穴が、最終的にこの『魔都』における終わり無き『闇』のゲームを終わらせるに至った事は確かだった。

 

 ――彼女、フェイト・テスタロッサはその『彼』に挑んだ側の一人であり、『闇』のゲームを仕掛けた側だった。

 

 様々な要因、多種多様の悪意によって弄ばれた結果ではあるが、当時の彼女自身もまた『彼』を強く憎んだ。

 何で高町なのはの時に限って助けに来るのか、何で自分は助けてくれないのか、何で自身のサーヴァントが辿った歴史とは違う道筋を歩んでいるのか、何でそんなに強くあれるのか、どうして『希望』は自身の手のひらから零れ落ちてしまうのか――。

 

 憎しみも、妬みも、憧れも、怒りも、悲しみも、絶望も羨望も諦観も悲哀も何もかも『彼』に全てぶつけた『決闘』の結果は、フェイト・テスタロッサの敗北に終わった。

 その『決闘』で何もかも消え果てたけれども、最後に『彼』から貰った1枚の『希望』だけは残ったのだ――。

 

 

 

 

 いやぁ、割りと自覚無かったが、フェイト・テスタロッサとは何度か殺し合った仲だし、その遺恨が今でも残っていたという説が極めて濃厚じゃないだろうか?

 ……うん、なのはとの事で邪魔した記憶しか無いしな! そして遊戯王次元と化したオレ自身の事が一番解らないが、うん、更に激発するような事を仕出かしたんじゃないだろうか……? この世界のオレ、一体何やったんだ?

 と、とりあえず、今は『決闘』に集中だ!

 

「――オレのターン、ドロー!」

「ドローフェイズ時、《SNo.0 ホープ・ゼアル》の効果発動! 相手ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き――このターン、相手は効果を発動出来ない!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札4

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《SNo.0 ホープ・ゼアル》ランク0/光属性/戦士族/攻4000→3000/守4000→3000 ORU4→3

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 ぐわぁ、やっぱりドローフェイズに全部の効果が封じられた……! これは厳しい、と思いきや――スタンバイフェイズ、さっきのターンに自身の効果で除外した《PSYフレームロード・Ω》と《PSYフレームロード・Ζ》がオレのフィールドに帰ってきた? あれ、効果は発動出来なくなっているが……?

 

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札2→3

 《バトルフェーダー》星1/闇属性/悪魔族/攻0/守0

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札4→5

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《SNo.0 ホープ・ゼアル》ランク0/光属性/戦士族/攻3000/守3000 ORU3

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 ……あ、効果が発動出来なくなっているだけで、既に発動している効果は大丈夫という裁定なのか。

 

「スタンバイフェイズ、前のターンに除外していた《PSYフレームロード・Ζ》と《PSYフレームロード・Ω》がオレのフィールドに戻る。同時に除外していた《No.39 希望皇ホープ》と手札一枚も戻る」

 

 よし、このお陰で《SNo.0 ホープ・ゼアル》の攻略の手段が思いついた。アイツがこの絶対的な効果を発動出来るのは相手ターンだけ、自分のターンの時は何の耐性も無いモンスターだ。次のターンが来たらドローフェイズ時に《PSYフレームロード・Ζ》の効果で除外してしまおう。

 さて、このターン、オレの出来る事は少ない。効果の発動が出来なくなった以上、『早すぎた埋葬』が死に札、既に効果を発動していた『生還の宝札』も『RUM-ヌメロン・フォース』の効果で無効化されている。よし、まずは――。

 

「オレは手札から《ワイトキング》を通常召喚し、《PSYフレームロード・Ζ》と《PSYフレームロード・Ω》を攻撃表示に変更する――オレの墓地にいる《ワイト》は合計11体、よって攻撃力11000となる!」

「っ!?」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札3→2

 《バトルフェーダー》星1/闇属性/悪魔族/攻0/守0

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻?→11000/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 かつてないほどの攻撃力を得た《ワイトキング》が張り切りながら出現する。

 

「バトル! オレは《ワイトキング》で《No.39 希望皇ホープ》を――」

「――『希望』は断ち切らせない! 墓地の《超電磁タートル》の効果発動! 相手バトルフェイズに墓地のこのカードを除外し、そのバトルフェイズを終了させる! この効果はデュエル中に1度しか使用出来ない!」

 

 ……うん、効果の発動を封じられている以上、あれに対処する方法は無い。『天使の施し』で《処刑人-マキュラ》と一緒に落ちた前のターンから解っていた事だ。

 

「バトル終了、メインフェイズ2――」

 

 さて、する事は今引いたこのカードをセットする事ぐらいだが、使い処を間違えなければ大丈夫だろう。

 既にフェイト・テスタロッサは攻勢限界点に達していると見て間違い無いだろう。前のターンで《No.39 希望皇ホープ》3枚、《CNo.39 希望皇ホープレイ》3枚、《CNo.39 希望皇ホープレイV》1枚、《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》1枚、《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》1枚、《SNo.0 ホープ・ゼアル》1枚と、既に10枚もエクストラデッキから使用して残り5枚となっている。

 エクストラデッキ全部が『希望皇ホープ』系列と断定するのは早いが、最初に展開するべき《No.39 希望皇ホープ》を全部使い果たし、次に重ねる《CNo.39 希望皇ホープレイ》も全部使用、恐らくはまだ《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》が2枚エクストラデッキに眠っているだろうが、エクシーズ素材2枚用意出来ないのならば恐れるに足らんだろう。

 残りの3枚が未確定要素であり、それが見えた時こそ勝敗を決する時だろう。

 ――とりあえず、次にオレのターンが来れば、どんな布陣だろうが何とかなる。幾ら《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》が殺意の塊でも、攻撃力5000を超えてしまえばもう一安心だ。

 

 そう、例え《ワイトキング》の打点を超える手段があったとしても――。

 

「オレはカードをセットしてターンエンド!」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札2→1

 《バトルフェーダー》星1/闇属性/悪魔族/攻0/守0

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻11000/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

  伏せカード1枚

 

「私のターン、ドロー!」

「ドローフェイズ時、《PSYフレームロード・Ζ》の効果で自身と《SNo.0 ホープ・ゼアル》を次のオレのスタンバイフェイズまで除外する!」

「っ、《ホープ・ゼアル》……!」

 

 さらば、絶望の化身! これでヤツのエクシーズ素材は全部墓地に送られ、次のターンに戻ってきても効果を使えない上に攻撃力0で棒立ちする事となる!

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札5→6

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

「……っ、《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》の効果発動! 1ターンに1度、墓地の自分の墓地の『No.』モンスター1体を守備表示で特殊召喚する! 蘇って《No.39 希望皇ホープ》!」

「その効果にチェーンして《PSYフレームロード・Ω》の効果発動! 相手の手札をランダムに1枚選び、そのカードとこのカードを次の自分のスタンバイフェイズまで表側表示で除外する!」

 

 さて、この妨害で除外したカードは――罠カード『ブレイクスルー・スキル』か。良いカードを除外出来たものだ。

 これで次のターンでの憂いが一つ無くなった。

 

「蘇生した《希望皇ホープ》でエクシーズ・チェンジ! 宇宙の秩序乱されし時、混沌を照らす一筋の希望が降臨する! 見参! ランク4《SNo.39 希望皇ホープONE》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札6→5

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《SNo.39 希望皇ホープONE》ランク4/光属性/戦士族/攻2510/守2000 ORU1

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 んな、まだチェンジ先の『希望皇ホープ』モンスターがあったのか! だが、これでフェイトのエクストラデッキは残り4枚となる。

 ……しかし、攻撃力2510とは、最近のカードにしては珍しく半端な攻撃力だ。『デュエルディスク』が無ければライフ計算が面倒な事になっていたんだろうなぁ。

 

「そしてランクアップ・チェンジ! ランク5《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》!」

 

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札5

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 2枚目の《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》、しかもエクシーズ素材2個持ち――だが、それでは攻撃力11000の《ワイトキング》は倒せない。

 展開する以上、これを倒せる手段があると見て間違い無いだろう。フェイトの残りのエクストラデッキの枚数は3枚、さぁ、その『切り札』を出してこい……!

 

「――行くよ、直也! 私は手札から『RUM-バリアンズ・フォース』を発動! これで《No.39 希望皇ホープ》をランクアップ・エクシーズチェンジッ!」

 

 また『RUM』か!? 良くサーチカード無い魔法カードをこんなにも手札に引けるもんだな。流石は『決闘者』というべきか。

 

「――重なる想い、繋がる心が世界を変える! 希望に輝く魂よ! ランク5《CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札5→4

 《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》ランク10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守2000 ORU4

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 《CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー》ランク5/光属性/戦士族/攻2800/守2500 ORU1

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 ホープレイ∨が禍々しい進化だったのならば、こっちは正統進化系と言えよう。オレは即座にこのカードのテキストを確認する。

 

 《CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー》

 エクシーズ・効果モンスター

 ランク5/光属性/戦士族/攻2800/守2500

 レベル5モンスター×3

 このカードが攻撃する場合、

 相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

 また、このカードが「希望皇ホープ」と名のついたモンスターを

 エクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。

 ●このカードが相手の表側表示モンスターに攻撃宣言した時、

 このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。

 ターン終了時まで、その相手モンスターの効果は無効化され、

 このカードの攻撃力はその相手モンスターの攻撃力分アップする。

 

 これまた恐ろしや、《オネスト》効果内蔵の戦闘絶対勝利するマンである。

 これとさっき手札除外した時に見えた《ZW-阿修羅副腕》が組み合わさった日には問答無用で全員殴り殺される事だろう。本当に『ホープ』とは殺意溢れる一族である。

 

 ――さて、このタイミングだろう。バトルフェイズに入ったらコイツらの効果で罠カードを発動出来なくなるしな……!

 悪いが、フェイト。この勝負、オレの勝ちだ……!

 

「――罠発動っ! 『死のデッキ破壊ウイルス』! 自分フィールドの攻撃力1000以下の闇属性モンスター1体――攻撃力0の《バトルフェーダー》をリリースし、相手フィールドのモンスター及び相手の手札を全て確認し、その内の攻撃力1500以上のモンスターを全て破壊する!」

「――え?」

 

 フェイトが呆然とする中、自動的に処理が行われてフェイトの残り4枚の手札が開示される。

 

 モンスターカード《イエロー・ガジェット》

 モンスターカード《ZW-阿修羅副腕》

 通常魔法『RUM-アストラル・フォース』

 モンスターカード《Vサラマンダー》

 

 えーと、《イエロー・ガジェット》の攻撃力は1200、《ZW-阿修羅副腕》の攻撃力は1000、《Vサラマンダー》の攻撃力は1500、手札4枚のうち《Vサラマンダー》だけ破壊して墓地行きか。

 

「あ、あ、あっ……!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札4→3

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 場の全ての『希望皇ホープ』が何の抵抗も出来ずに『死のデッキ破壊ウィルス』の効果で一気に破壊され、フィールドががら空きとなる。

 《バトルフェーダー》が手札誘発効果という役割を終えて、更にこんな処で役立つとは予想外である。ちなみに普段は《ワイトプリンス》などを使ってリリース要員にすると同時に墓地に《ワイト》を肥やすとかいう使い方をする。

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札1

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻11000/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「その後、相手はデッキから攻撃力1500以上のモンスターを3体まで選んで破壊出来る。このカードの発生後、次のターンの終了時まで相手が受ける全てのダメージは0となる」

 

 エラッタ後についたデメリットが地味に痛い。

 ちなみにこの攻撃力1500以上のモンスターを3体まで破壊して墓地に送るのは任意効果である。大抵は墓地肥やしの為に逆利用されるし、この次のターンの終了時までダメージが0というのも痛い。無条件で相手に1ターン与えるという事だからなぁ。

 だが、流石に此処からの立て直しは1ターンでは無理だろう。

 

「……わ、私は、これで、ターンエンド……」

 

 3体まで墓地に送る効果を使わず、フェイトは生気無い眼でターンエンドの宣言をする。

 

「オレのターン、ドロー! スタンバイフェイズ時、《PSYフレームロード・Ζ》と《PSYフレームロード・Ω》がオレのフィールドに帰還し、除外した2枚のカードも帰還する」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札1→2

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻11000/守0

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札3→4

 《SNo.0 ホープ・ゼアル》ランク0/光属性/戦士族/攻?→0/守?→0 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 エクシーズ素材を全て失った《SNo.0 ホープ・ゼアル》の攻撃力・守備力は0、もうあの効果を起動する事も出来ない。

 ただ『死のデッキ破壊ウィルス』の効果で、このターンが終わるまではダメージを与える事が出来ない。

 だが、ライフを削れなくても出来る事は沢山あるのだ。

 

「墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! 自分のデッキの一番上のカードを墓地に送り、墓地に存在するこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。この効果はデュエル中に1度しか使用出来ない」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札2

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻11000/守0

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族/攻100/守100

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 落ちたカードは魔法カード『ブラック・ホール』か、地味に痛いな。

 

「レベル1の《ワイトキング》にレベル1のチューナーモンスター《グローアップ・バルブ》をチューニング! シンクロ召喚! レベル2《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札2

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 またもF-1と合体したような機械族モンスターがこのデュエルでも登場である。うん、コイツ便利だからね。

 

「《フォーミュラ・シンクロン》の効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した時、デッキから1枚ドローする!」

 

 ドローしたカードは3枚目の《ワイトメア》――モンスターカードである。よし、これなら――!

 

「手札から魔法カード『生者の書-禁断の呪術-』を発動! 自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚し、相手の墓地に存在するモンスター1体を選択してゲームから除外する。オレは墓地より《ゾンビ・マスター》を特殊召喚し、そっちの墓地にある《No.39 希望皇ホープ》を除外する」

「――ホープ……!」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札2→3→2

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「更に《ゾンビ・マスター》の効果発動! 手札からモンスターカード1枚を墓地に送り、自分または相手の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。――来い、レベル3《ワイト夫人》!」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札2→1

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ワイト夫人》星3/闇属性/アンデット族/攻0/守2200

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「……あっ、3体のモンスターの合計レベルが『9』……!?」

 

 フェイトはオレのやろうとした事に気づき、心底絶望した顔になる。

 ……うん、その悲痛な顔を見るのは非常に心苦しいが、これがこのターン、オレが出来る事であり、残念ながら容赦はしない。

 

「レベル4の《ゾンビ・マスター》にレベル3の《ワイト夫人》、それにレベル2のシンクロチューナーモンスター《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング! ――破壊神より放たれし聖なる槍よ、今こそ魔の都を貫け! シンクロ召喚! レベル9《氷結界の龍 トリシューラ》!」

 

 絶対零度の封印を粉砕・玉砕・大喝采し、3つ首の伝説龍がフィールドに降臨する……!

 さぁ元禁止カード、現在多分制限カードの、シンクロ時代が最も狂っていた時に数多の『決闘者』を絶望に追い込んだ最狂のシンクロモンスターの登場だ! あ、念の為に守備表示で。

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札1

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 コイツのシンクロ素材はチューナー+チューナー以外のモンスター2体と、最低でも素材モンスターが3体必要な重い条件だが、それに見合う効果をコイツは持っている。

 

「あ、あっ、トリ、シューラ……!」

「――このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手の手札・フィールド・墓地のカードをそれぞれ1枚ずつ選んで除外出来る」

 

 そう、コイツは手札・フィールド・墓地、全ての領域から1アドずつ、合計3アドも除外する最強級の除去カードなのだ……!

 

 あとコイツのテキスト的に選んで除外しているように見えるが、対象を取らない除外効果なので、効果の対象にならない耐性持ちモンスターも選んで除外出来る。

 ……選んで除外しているのだから、対象に取る効果じゃないのか!? だって? オレだってちんぷんかんぷんだよ。KONMAI語は世界で最も難解な言語という事で納得してくれ。

 

 全盛期の満足はコイツを1ターンのうちに3体もシンクロ召喚して相手フィールド全てを除外し尽くしたという無慈悲な話は非常に有名である。

 

 ――うん、出されたら叫びたくなるが、出すと凄く気持ち良い。コイツはその無慈悲な効果で多くの『決闘者』を殺してきたが、同時に多くの『決闘者』を救ってきたのだ。

 

「フィールドから《SNo.0 ホープ・ゼアル》、墓地から2枚目の《No.39 希望皇ホープ》、そして手札を1枚除外する!」

 

 除外された手札は……お、これはラッキーだ。効果モンスターの効果を無効化する『ブレイクスルー・スキル』が除外されている。

 これで効果を無効化される心配がほぼ無くなった為、安心して《ワイトキング》を立てれる。

 

「墓地の《馬頭鬼》を除外し、墓地の《ワイトキング》を攻撃表示で特殊召喚する」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札1

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500/守1800

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻0→12000/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 このターンのうちに最後の《ワイトメア》が墓地に落ちたので、これで《ワイトキング》の攻撃力は12000となる。ほぼ理論値じゃないか。

 ……まぁ『死のデッキ破壊ウィルス』のせいでダメージ与えられないから、もうバトルフェイズに入らずにエンド宣言をするしかないのだが。

 

「オレはこれでターンエンドだ」

「……ぁ」

 

 あれ、フェイトさんの反応が無い? あ、ヤバい、目が完璧に死んでいる……!

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札4→3

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 一見して永続魔法と永続罠があるように見えるが、あれは『ヌメロン・フォース』の効果で無効化されている為、ただのカカシと化している。

 

 フェイトのエクストラデッキの残り枚数は僅か2枚。

 《No.39 希望皇ホープ》は1枚墓地で2枚除外。

 《CNo.39 希望皇ホープレイ》は3枚墓地。

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》は2枚墓地。

 《CNo.39 希望皇ホープレイV》《CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー》《SNo.39 希望皇ホープONE》《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》は1枚ずつ墓地。

 《SNo.0 ホープ・ゼアル》は1枚除外――おそらく1枚は3枚目の《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》だとするなら、不確定要素はあと1枚。だが、これはおそらく『RUM』魔法カードを用いてランクアップ・エクシーズ召喚する類だったのだろう。

 

 ――普通に考えれば、もう逆転出来る可能性など皆無に等しいだろう。

 

「……あーあ、直也君。やりすぎて完全に消化試合になっちゃってるじゃない。フェイト・テスタロッサが可哀想だよ」

「いや、やりすぎじゃない」

「……? 流石に此処から逆転するなんて、私にだって無理だって解ってるわよ?」

 

 怪訝な顔をして柚葉は尋ねる。確かに常識的に考えればそうだろう。砂粒ほどの確率など0に等しいだろう。だが――。

 

 

「――いや、ある。『決闘者』が次なる可能性に向かってドローし続ける限り、逆転の可能性は、『希望』の光は決して消えない……!」

 

 

 そう、アリアとの『決闘』でオレがそうだったように、相手のライフを0にしない限り『決闘者』という人種は何処までも足掻く、不屈にして不滅の戦士なのだ……!

 

 

 ――なぁ、お前もそうだろ? フェイト・テスタロッサ!

 

 

 

 

 ――今度は『彼』の眼を、まっすぐ見る。

 こんな私の事を、真摯に信じて見てくれる、まっすぐな眼を――。

 

 ……そうだ、あの時貰った『希望』に答えたくて、今の私は勇気を振り絞って『彼』と『決闘』してるんだ。

 こんな苦境ぐらい、簡単に乗り越えられるほど強くなったと、感謝の気持ちを伝えたくて、なのに私は……!

 

「……また私は、『絶望』の前に心折れて、屈しそうになった。自分の無力さに涙を流して、全て諦めそうになった」

 

 涙で濡れた両眼を乱雑に拭い取り、そのまっすぐな眼を見据える。

 

 

「――でも、貴方が、私に『希望』をくれた貴方が信じてくれるなら、私は――!」

 

 

 もう迷わない。もう何も怖くないっ! 貴方が私を信じてくれる、それだけで私はこんなにも強くなれる――!

 

「――見ていて、直也! これが、私から貴方への全力全開の『返歌』……! このドローに全ての想いを乗せてっ! 私のターン、ドロー!」

 

 デッキトップのカードが目が眩むほど光り輝き、その『希望』の光に答えるべく全身全霊を籠めてドローする!

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札3→4

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

「スタンバイフェイズ、《PSYフレームロード・Ω》の効果発動! 除外されている《馬頭鬼》を墓地に戻す!」

「ホント容赦無いなぁ……でも、来たよ。『希望』に繋がるカードがっ!」

 

 そのまま私は引いたカードを開示する。

 

「私は手札から魔法カード『貪欲な壺』を発動! 自分の墓地のモンスター5体をデッキに加えてシャッフルし、その後、デッキから2枚ドローする!」

「此処で『貪欲な壺』だとォ!?」

 

 このタイミングで起死回生の1枚が来てくれた事に、感謝する。

 『希望』は繋がった。あとはその『希望』をもって勝利を結実させるのみ――!

 

「私は墓地の《No.39 希望皇ホープ》《CNo.39 希望皇ホープレイ》《CNo.39 希望皇ホープレイ》《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》《No.99 希望皇龍ホープドラグーン》の5枚をデッキ――もといエクストラデッキに戻し、2枚ドローする! これが私のラストドロー、2枚ドロー!」

 

 力一杯引き、引いた2枚を確認した瞬間、『彼』は間髪入れず動く。

 

「――《PSYフレームロード・Ω》の効果発動! 1ターンに1度、自分・相手のメインフェイズに相手の手札をランダムに1枚選択し、そのカードとこのカードを自分スタンバイフェイズまで表側表示で除外する!」

 

 思わず顔が引き攣る。最悪のタイミングで最悪の妨害が来た! お願い、どうか――! もう祈るしかない私を他所に、除外するカードがランダムに選出される。

 

「除外されたカードは《ZW-阿修羅副腕》……!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札4→3→5→4

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 明らかに『彼』は引き損ねたという顔をし、私はこの手に残った『希望』に胸を打たれる。

 

「――行くよ! 手札から《ゴブリンドバーグ》を通常召喚! 効果発動、このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。この効果を発動した場合、このカードは守備表示になる! 来てっ、《イエロー・ガジェット》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札4→3→2

 《ゴブリンドバーグ》星4/地属性/戦士族/攻1400/守0

 《イエロー・ガジェット》星4/地属性/機械族/攻1200/守1200

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 これで同じような効果を持つ《ブリキンギョ》が来ていたらアウトだった。エクシーズ召喚する前に《PSYフレームロード・Ζ》の効果を発動されて一緒に除外されて詰む処だった……!

 

「……嘘? これでレベル4のモンスターがまた2体揃った……!」

 

 観戦していた豊海柚葉が信じられない顔でそう呟き、静かに納得する。この局面で揃えられた事に一番驚いているのは私自身なのだから――!

 

「レベル4の《ゴブリンドバーグ》と《イエロー・ガジェット》でオーバーレイ! これが私の最後の『希望』! ランク4《No.39 希望皇ホープ》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札2

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 《No.39 希望皇ホープ》を守備表示でエクシーズ召喚し――。

 

「そして手札から『RUM-アストラル・フォース』を発動っ! 自分フィールドのランクが1番高いエクシーズモンスター1体を、そのモンスターと同じ種族・属性でランクが2高いモンスターを重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 そして私は呼び出す。あの時、貴方から貰った『希望』のカードを!

 

 

「――人が『希望』を越え、『夢』を抱く時、遙かなる彼方に新たな『未来』が現れる! 限界を超え、その手に掴めっ! ランクアップ・エクシーズチェンジ! ランク6《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》!」

 

 

 この戦いの最中に散っていった『希望皇ホープ』達の幻影が一点に剣を重ね合わせて――純白の翼と白金の装甲纏いし『希望皇ホープ』の最終進化系がフィールドに降臨する!

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札2→1

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU3

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

「このカードがエクシーズ召喚に成功した時、相手フィールド上の全てのモンスターの攻撃力は0となる!」

 

 秋瀬直也

 LP4000

 手札1

 《PSYフレームロード・Ζ》星7/光属性/サイキック族/攻2500→0/守1800

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700→0/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻12000→0/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 あれだけ精強を誇った秋瀬直也のモンスター達の攻撃力が0となり――。

 

「っ、だが、まだだっ! 《PSYフレームロード・Ζ》の効果発動! 相手フィールドの特殊召喚された表側攻撃表示モンスター1体を次の自分のスタンバイフェイズまで除外する! ――惜しかったな、フェイト」

 

 無情にも《PSYフレームロード・Ζ》の効果で『攻撃表示』でエクシーズ召喚された《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》を連れ去り、エクシーズ素材となっていた『希望』が墓地に落ちる。

 

 

「いいえ、直也。こういう時、こう言うんだよね? 『――それはどうかな?』って! 私の引いた『希望』は、1枚だけじゃない!」

 

 

 そして私は手札に残った最後の『希望』を発動させる――!

 

「手札から魔法カード『シャッフル・リボーン』発動! 自分フィールドにモンスターが存在しない場合、自分の墓地のモンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズに除外される」

「――あ、まさか……!」

「再びフィールドに蘇れっ! 《No.39 希望皇ホープ》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札1→0

 《No.39 希望皇ホープ》ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 秋瀬直也は驚いた後、「あーあ、こりゃやっちまった」と穏やかに笑った。

 

「エクシーズチェンジ! 《CNo.39 希望皇ホープレイ》! 更にランクアップ・エクシーズチェンジ! 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》!」

 

 フェイト・テスタロッサ

 LP3500

 手札0

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『エクシーズ・チェンジ・タクティクス』

  永続罠『血の代償』

 

 そう、私の勝ち筋は、直也のモンスターの効果で《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》が除外され、《No.39 希望皇ホープ》が墓地に落ちなければ訪れなかった……!

 

「――バトル! 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》で《ワイトキング》を攻撃! そして《ライトニング》の効果は――」

「戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時までカードの効果を発動出来ず、ダメージ計算時にエクシーズ素材を2つ取り除いて計算時のみ攻撃力5000となる。お見事」

 

 《ライトニング》の雷迅の一閃が死者の王を切り裂き、爆散する。

 ――秋瀬直也は何処か満足気な顔で、この『決闘』の終わりを静かに見届けたのだった――。

 

 秋瀬直也

 LP4000→-1000

 

 

 

 

「――まさか《PSYフレームロード・Ζ》の効果で墓穴を掘る羽目になるとはなぁ。でも、滅茶苦茶楽しかったぜ、フェイト。良いデュエル、さんきゅーな!」

 

 ああ、こりゃ完全にプレミスでの敗北だなぁ。

 折角《No.39 希望皇ホープ》を2枚除外したのに、それを生かせなかったとは我ながら情けない。

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》を除外しなければ《PSYフレームロード・Ζ》は破壊されても3000ダメージで済んで、次のターンで決着という流れだったか。

 ……うん、相手ターンに動ける便利な効果に溺れたという訳だ。深く反省するとしよう。

 

 

 ――そして勝ったフェイトはというと……って、何で感極まったような顔で泣いてるの!?

 

 

「なっ、え、え!? だ、大丈夫か? フェイト、ソリッドビジョンが痛かった、とか?」

 

 ああくそ、女の涙は苦手だというのに、どうして良いか解らずにテンパる!? いや、というかオレ自身は1ダメージも与えてないよな!?

 とりあえず駆け寄ってみると、この小さな体の胸に飛び込んできて――!??!?!

 

「ひっぐ、ぅぅん、違、う。嬉し、くてっ、涙が、止まら、ないの……!」

 

 ……あ、うん、こんな胸で良いなら貸すけどさ――。

 

「――なーおーやーくん?」

 

 後ろから生命の危機を切実なまでに感じるぐらいの殺意を浴びているんだが、これ、どうすれば良いかな?

 

 

 

 

 




 ……あれ、最初のデュエルプロットでは秋瀬直也が勝利する予定だったのに、何でデュエルプロットを途中から破棄した上で逆転してるんだろ?
 ホープの主人公補正かな? それともフェイトちゃんのヒロイン補正? 元ラスボスさんのラスボス補正がそろそろ復活しそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09/誇り高きシンクロ召喚! vs『もう一人の私』(1)

 

 

「……しっかし、この世界のオレは一体何したんだろうな? 説明出来ない微妙な違和感を覚えるんだが――」

「……さーねー? きっと沢山の女の子の純情な気持ちを弄んだりしてたんじゃないのー?」

 

 ……うっ、さっきから柚葉の反応が怖い。あ、あれは事故のようなものだ、ノーカンだノーカン!

 ちなみにあの後、フェイトが泣き止むまでオレは背後から柚葉の殺意を浴び続け、胃に深刻なダイレクトアタックを受けたのだった。

 

 ……その後? いや、何もないぞ? 手掛かりがあったら連絡すると、笑顔で別れたんだが――。

 

 何故かは知らないが、柚葉の呆れ顔が心苦しい……。

 いや、多分、この世界特有の事であって、元の世界とは若干以上に違うのだとオレは思うぞ!?

 

「も、もし、万が一そうだとしてもオレがやったんじゃないからなっ!?」

「どーだか? ……私だけじゃ物足りない?」

 

 妙にやぐされたような顔で柚葉はそんな事を聞いてくる。

 ……うん、此処ははっきりと言わねばなるまい。

 

 

「――いや、柚葉だけでオレは満足だよ。また生まれて来て良かったって思えるぐらい」

 

 

 ああもう、こんな恥ずかしい事、言わせんなよ……!

 

「~~~っっ、っっっ!? いつから直也君は、そんな恥ずかしい言葉を抜け抜けと……!」

 

 オレだって自覚して顔真っ赤だこんちくしょう!

 お互いに真っ赤にした顔を見せれず、顔を背ける事、十秒ぐらい。何だか時間の流れが非常に遅く感じる……!

 

「……それじゃ行動で示して」

「行動で?」

「次の目的地に行くまで少し時間あるでしょ。その間に――このデッキの動かし方、教えて?」

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 そして次の目的地、『教会』の門を叩いたのは少し後の事だった。

 

「――お、直也じゃねぇか。それに彼女さんも一緒か。『教会』に来るなんて珍しいな、また何かあったのか?」

「クロウも元気そうだな。……うん、例の如くまた巻き込まれたんだ」

 

 真っ先に話しかけてきたクロウの笑顔が眩しい。同じ苦労人、苦労を分かち合ってくれるか。

 それにしても、此処も随分と大所帯となったものだ。クロウの隣には『シスター』とアナザーブラッ――いや、大十字紅朔、八神はやての隣には何か疲労感漂っている赤髪の少年――コイツだけは見た事無いな。あと守護騎士達(ヴィータ、シグナム、シャマル、狼状態のザフィーラ、リインフォース)、そして『神父』が暖かい笑顔で迎えてくれている。

 

 ……あれ? 誰かいないような? 『竜』の騎士と『全魔法使い』はたまに訪れる勢だから今居ないのは不思議じゃないが、もっとこう、脳裏に粘りついて離れない、キッチンの汚れ並にうざい奴の事を忘れているような――?

 

「……あれ? 『代行者』の野郎は? いや、出来る限り見たくない顔だけど」

 

 どうせ出遭っても生産性の無い腹立たしい嫌味しか言って来ないだろうが、姿形も無いとなると逆に不信感が募る。

 

「……え? 『代行者』の野郎? あれ、今日見た記憶がねぇな……?」

 

 クロウが首を傾げながら自身の記憶を辿る。が、結論は変わらなかったようだ。

 

「……そういえば朝から見てませんね。お陰様で今日は精神的に晴れ晴れと、健やかに過ごせてますが」

 

 続いて『シスター』、酷い言い草である。

 

「あぁ、そういう事ぉ。今日は朝から良い妖気だったのはぁ、あれの顔を見てないからだわぁ!」

 

 そして大十字紅朔はすっげー良い笑顔でもっと酷い事を――って、このどんな事もエロ方面に持って行きがちなエロ本娘に此処まで毒吐かれるまでに嫌われてるのかよ。

 

「いやいや、皆酷いなぁ」

「だって……はやて、実際そうだろ?」

「この場に居ない者の事を陰口のように言うのもあれだが、かの御仁は普段の行いからあれだしな……」

「え、えーと、その、ノ、ノーコメントで……」

「……シャマル、時として無言は言葉にする事よりも残酷な行為だぞ……?」

「……自業自得かと」

 

 上からはやて、ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、リインフォースからの率直な意見でした。

 

「んー、悠樹さんはどう思うー?」

 

 もはや話の趣旨が『みんな『代行者』の事をどう思っているか』にすり替わっている気がするが、最後にやる気の欠片も無い赤髪の少年にはやてが尋ねると――。

 

「……昨夜未明に寝静まった頃にコソコソ出て行った完全武装状態の奴の姿なら、一応確認している……」

 

 と、最後の最後に超有力な証言が飛び出しやがった!

 あー、うん、間違いない。この世界での本来のオレのデッキを奪ったのは奴の仕業か。

 

「えーとだな――」

 

 と、例の如く「かくかくしかじか」とデッキが奪われた旨を伝えていると――。

 

 

「――へぇ、私の呼び出しにも応じないとはね。随分と偉くなったものね……!」

 

 

 『デュエルディスク』に内蔵された通信機能を使った柚葉からの呼び出しに出ない当たり、今回の奴は本気で行方を眩ませているみたいだ。

 

「……ふぅむ、現状では限り無く『黒』に近いようですね。すまない、秋瀬直也君。また彼が迷惑を――」

「いえいえ、『神父』さん。貴方のせいじゃないですよ。それに奴が他人に迷惑を掛けるなんていつもの事じゃないですか。奴にとっちゃ呼吸をするぐらい自然の行為ですよ」

 

 吸血鬼と相手していない状態の『神父』にさえ「それもそうですね」と納得される当たり、他人からの理解が恵まれていると喜ぶべきなのか……?

 

「これで犯人の正体を掴めたが、一体何処にいるやら」

「あ、それなら大丈夫。それぐらいは感知出来るよ」

 

 お、此処で『遊戯王』次元へと改変されていたせいで働かなかった柚葉の『シスの暗黒卿』としての直感が復活したようだ。

 カードの方には発揮しなくても対人には発揮するのか。

 よし、これでデッキ盗犯の方の解決の目処は付いたと思った矢先――唐突に『シスター』は無感情な顔でこう言ったのだった。

 

 

「ああ、そういえば。秋瀬直也、『代行者』の糞野郎に『デッキ』を奪われたのなら、今の貴方のデッキは?」

 

 

「『魔術師』から貸して貰っているが――」

「悠陽から――!?」

 

 え? 何この反応? 何か無感情が板についている『シスター』から感情の色、それも何とも言い難い色の勢いを感じる……!?

 というか、悠陽? あ、『魔術師』の本名か。最近というか最初から今までずっと『魔術師』呼称だったせいで違和感しか無いが――あれ? 何で『シスター』が奴の名前で呼称を……?

 

「――ならば、秋瀬直也。『代行者』を探しに行く前に私と『決闘』です!」

 

 うん、自然な流れで『決闘』に……って何処が自然だ、何故だよ!?

 

「うぇ!? あの、『シスター』さん? 一体どういう訳でそういう結論に至ったんだ!?」

「貴方に戦う理由が無くとも、貴方が悠陽のデッキを持っている以上、私にはあるのですよ……!」

 

 なっ、これは『魔術師』の仕業か!? アイツ、一体何しやがったんだ!? 奴の邪悪な笑顔が脳裏に鮮やかに浮かびやがったぞ……!

 

 

「……へぇ、ふぅーん、そうなんだぁ。妬けちゃうわね、クロウ? 昔の男にまだ熱心なんだぁ。尽くしたのに捨てられちゃった、あんなにあっさり無情に捨てられちゃったのにねぇ……!」

「……あー、いや、シスターの名誉の為にノーコメントで。つーか、紅朔、頼むからシスターの耳に届かないようにしてくれよ!?」

 

 

 

 

『――『デュエル』!』

 

 『教会』の外に出て、皆が観戦する中、オレは『シスター』と『決闘』する。

 思えば、彼女と此処まで喋っている事すら初の体験ではないだろうか? オレの知る『シスター』は14歳ぐらいの金髪少女だが、『歩く教会』という絶対防御を持つ『禁書目録』で無感情で怖い印象しかない。

 

 うん、思えば彼女と『魔術師』との因縁なんて知る由も無かった――と、むこうの先行か。

 

「私の先行! 私は手札から魔法カード『影依融合』を発動! 『影依融合』は1ターンに1度、自分の手札・フィールドから『シャドール』融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、その融合モンスターをエクストラデッキから融合召喚する!」

 

 シャドール・フュージョン? 早速専用『融合』か。……『融合』、場を埋め尽くすデストーイ、うっ、頭が……。

 しかし、ユーリの使う『魔玩具融合(デストーイ・フュージョン)』はフィールド・墓地から除外して融合出来たが、今聞く説明だけだと種族縛りがあるだけの『融合』? 何かあるのか?

 

「私は手札の《シャドール・ヘッジホッグ》と光属性モンスター《超電磁タートル》を融合! ――無窮の空より来たれ、運命の糸を操りし半神半人の巨人よ! 融合召喚! レベル8《エルシャドール・ネフィリム》!」

 

 黒いハリネズミのようなモンスターと、フェイト戦でも見た厄介な亀が融合し、それはもう、『デモンベイン』もかくもというような超巨大なモンスターがフィールドに顕現する。

 

 『シスター』

 LP8000

 手札5→4→2

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

「デ、デケぇ……!? 何て巨大なモンスターだ……!」

 

 紫色の衣を纏う、球体関節が目立つ超巨大な人形は何処か神々しくも禍々しい雰囲気であり、背中から天使の羽根のように無数の影糸が展開される。

 攻撃力は2800程度だが、間違いなく何かを秘めていると確信する……!

 

「《エルシャドール・ネフィリム》の効果発動! このカードが特殊召喚に成功した時、デッキから『シャドール』カード1枚を墓地に送る! 私はデッキから《シャドール・リザード》を墓地に送ります」

 

 特殊召喚時に種族専用縛りつきの『おろかな埋葬』効果か。普通に強いが、やはり『融合』は手札消費が激しすぎるなぁ、とこの時は思っていたよ。

 

「墓地に落ちた《シャドール・ヘッジホッグ》と《シャドール・リザード》の効果発動、まずは《シャドール・リザード》の効果処理から。このカードが効果で墓地に送られた場合、デッキから《シャドール・リザード》以外の『シャドール』カード1枚を墓地に送る。私はデッキから《シャドール・ビースト》を墓地へ」

 

 ん? 更に墓地肥やしだと? まさか効果で墓地に送られたら効果発動というのが共通効果なのか!?

 

「《シャドール・ヘッジホッグ》の効果、このカードが効果で墓地に送られた場合、デッキから《シャドール・ヘッジホッグ》以外の『シャドール』モンスター1体を手札に加える。私は《シャドール・ファルコン》を手札に加えます」

 

 あ、これ絶対第九期のテーマだろ。サーチに次ぐサーチ、怒涛のサーチ力である。

 

「更に墓地に落ちた《シャドール・ビースト》の効果発動、このカードが効果で墓地に送られた場合、デッキから1枚ドローする」

 

 『シスター』

 LP8000

 手札2→3→4

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

 ちょっと待てェ!? 『融合』による損失がまるで無くなってないか!?

 圧倒的な1キル率を誇った『ファーニマル』とは違った意味で嫌な予感がするぞ!

 此処は落ち着いて、あの《エルシャドール・ネフィリム》のテキストを読もう。

 

 《エルシャドール・ネフィリム》

 融合・効果モンスター(禁止カード)

 星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 「シャドール」モンスター+光属性モンスター

 このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。

 (1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。

 デッキから「シャドール」カード1枚を墓地へ送る。

 (2):このカードが特殊召喚されたモンスターと

 戦闘を行うダメージステップ開始時に発動する。

 そのモンスターを破壊する。

 (3):このカードが墓地へ送られた場合、

 自分の墓地の「シャドール」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。

 そのカードを手札に加える。

 

 例の如く禁止カードで、2800打点の癖に戦闘時に対特殊召喚モンスターメタみたいな効果だとぉ!?

 というか、何だよこのガバガバな融合素材指定は! もしかして他の融合モンスターも属性縛りだけなのか!? あ、こっちのモンスター使って『超融合』する未来が見える……。

 しかもコイツ、融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚出来るって、一回正規の融合召喚した後は普通に蘇生可能なのかよ。更に特殊召喚に成功したらシャドールモンスター限定の『おろかな埋葬』効果? 更に更に破壊されて墓地に送られても『影依融合』回収出来るのかよ!? 何か色々とおかしくね?

 

「魔法カード『天使の施し』を発動、3枚ドローして2枚捨てる」

 

 そして皆大好き『天使の施し』、何でオレのデッキに入ってないんだ『魔術師』、このデッキにとっても相性最高だろうに……。

 って――!?

 

「《処刑人-マキュラ》が墓地に落ちた事で、このターン、手札から罠カードを即時発動可能――私はモンスターを裏側守備表示でセットし、手札から罠カード『堕ち影の蠢き』を発動! デッキから『シャドール』カード1枚を墓地に送り、その後、自分フィールドの裏側守備表示の『シャドール』モンスターを任意の数だけ選んで表側守備表示に出来る」

 

 また《処刑人-マキュラ》かよ!? そして専用『おろかな埋葬』にリバースオープン効果だと?

 

「私は《シャドール・ハウンド》を墓地に送り、その効果を発動しません。そして裏側守備表示の《シャドール・ファルコン》を表側守備表示に変更し、効果発動! このカードがリバースした場合、《シャドール・ファルコン》以外の自分の墓地の『シャドール』モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚する。私は《シャドール・ビースト》を裏側守備表示で特殊召喚します」

 

 あ、リバース効果と効果で墓地に落ちた時に発動効果、これが共通効果なのか。一応1ターンに1度、2つの効果のうち1つしか発動出来ないという縛りがあるか。

 

「カードを1枚セットし、ターンエンドです」

 

 『シスター』

 LP8000

 手札4→3→6→4→3→2→1

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 《シャドール・ファルコン》星2/闇属性/魔法使い族/攻600/守1400

  裏側守備表示のモンスター1枚(《シャドール・ビースト》)

 魔法・罠カード

  伏せカード1枚

 

 異質な動きに戸惑いつつも、1ターン自体は他の『決闘者』と比べて短い内容となっている。

 

「オレのターン、ドロー!」

「スタンバイフェイズ時、速攻魔法『神の写し身との接触』を発動! 『神の写し身との接触』は1ターンに1度、自分の手札・フィールドから『シャドール』融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する!」

 

 エルシャドール・フュージョン!? 速攻魔法の『融合』カードだとぉ!?

 い、いや、速攻魔法の『融合』でも相手モンスターを素材として使えないからまだ有情……?

 

「《シャドール・ファルコン》と闇属性の《シャドール・ビースト》を融合! 融合召喚! ――影糸から解放されし闇の探求者よ、運命を支配する楔となれ! レベル5《エルシャドール・ミドラーシュ》!」

 

 漆黒の梟と漆黒の獣が融合し、現れるは空舞う異形のドラゴンの人形を駆る緑髪のポニーテールの、魔導師風の少女の人形、無感情の顔で漆黒の杖を片手に振り翳す。

 

「融合素材として墓地に落ちた《シャドール・ファルコン》と《シャドール・ビースト》の効果発動。まずは《シャドール・ビースト》の効果処理から、デッキから1枚ドロー。続いて《シャドール・ファルコン》の効果、このカードが効果で墓地に送られた場合、このカードを墓地から裏側守備表示で特殊召喚する」

 

 『シスター』

 LP8000

 手札1→2

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 《エルシャドール・ミドラーシュ》星5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守800

  裏側守備表示のモンスター1枚(《シャドール・ファルコン》)

 魔法・罠カード

  無し

 

 おかしいな、錯覚か、『融合』したのにアドが増えているような気がする。

 攻撃力は2200と控えめだが、テキストはっと――。

 

 《エルシャドール・ミドラーシュ》

 融合・効果モンスター

 星5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守800

 「シャドール」モンスター+闇属性モンスター

 このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。

 (1):このカードは相手の効果では破壊されない。

 (2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、

 その間はお互いに1ターンに1度しかモンスターを特殊召喚できない。

 (3):このカードが墓地へ送られた場合、

 自分の墓地の「シャドール」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。

 そのカードを手札に加える。

 

 予想通りのガバガバな融合素材指定、『シャドール』モンスターが融合モンスター以外全部闇属性故にどれでも満たせるという。

 そして相手効果に対する破壊耐性に、1ターンに1度しか特殊召喚出来なくなるまさかの特殊召喚縛り効果だとぉ!? え? これってデッキ次第じゃ《エルシャドール・ミドラーシュ》出された時点で詰むのもあるんじゃ……?

 

(……やばいぞ、これ。制圧系じゃねぇか!)

 

 ……まずいぞ、今の手札ではどうしようもない。

 特殊召喚を1回まで制限した上で2200打点を超えろ、だと? 一回だけしか特殊召喚出来ないなら1ターンのうちにシンクロ召喚や――このデッキにはないが――エクシーズ召喚に繋げれないじゃないか!?

 例え特殊召喚1回で2200打点を超えても、後続には特殊召喚されたモンスター絶対殺すマンの《エルシャドール・ネフィリム》が控えているだと?

 つまり、攻撃力2800以上の《ワイトキング》を用意しても、特殊召喚で出した時点で無情にも破壊されるだけになるって訳か。このデッキで対処方法あるのか……?

 いや、とりあえず動いてから考えよう。

 

「――っ、オレは《ユニゾンビ》を通常召喚し、魔法カード『手札抹殺』を発動! 互いの手札を全て捨て、捨てた枚数分だけカードをドローする。オレが捨てた枚数は4枚、よって4枚ドローする」

「私は2枚、2枚ドローします」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6→5→4→0→4

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「墓地に落ちた《ワイトプリンス》の効果発動、このカードが墓地に送られた場合、デッキから《ワイト》《ワイト夫人》を1枚ずつ墓地に送る」

 

 墓地を肥やしつつ、新たに引いたカード4枚を見て――まさかのサイドから投入したこのカードが役立つとは思ってもいなかった。

 

「速攻魔法『月の書』を発動、フィールドの表側表示モンスター1体を裏側守備表示にする! オレは《エルシャドール・ミドラーシュ》を選択! これで特殊召喚を1ターンに1度だけと封じる効果は消え去ったな!」

「んなっ、《エルシャドール・ミドラーシュ》の破壊耐性を無視出来るカード……!?」

 

 表側表示を裏側守備表示にする、昔からの速攻魔法『月の書』はボードアドバンテージを稼ぐ事は中々出来ないが、例えば自身のモンスターが効果の対象になった時にチェーンして裏側守備表示にする事で効果を不発させる事が出来る。

 または相手モンスターの攻撃宣言時に裏側守備表示にする事で、メインフェイズ2で表示形式変更を出来なくし、裏側守備表示のまま次のターンに回させて無力化する事が出来る。

 更にはリバース効果の再利用、誓約効果のリセット、そして今のように永続効果の遮断など、その汎用性は多岐に渡る。

 テクニカルな使い方だと、召喚時にモンスター効果が発動する起動タイプを、罠カード『ブレイクスルー・スキル』で封じられそうになった時、チェーンして『月の書』でそのモンスターを裏側守備表示にする事で『ブレイクスルー・スキル』の効果だけ不発に終わらせて効果発動を成功させたり出来る。――同様に、永続罠『スキルドレイン』でフィールドの全ての効果モンスターの効果が無効化される環境下でも、『月の書』があれば《氷結界の龍 トリシューラ》の最強除外効果を相手にぶちかます事が可能になるのだ。

 単純な破壊除去では得られない利点がこのカードにはあり、『月の書』の使い方が『決闘者』としての腕の見せ処とは良く言ったものである。

 

「そして永続魔法『生還の宝札』を発動! 自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする事が出来る!」

 

 今回も来てくれた『生還の宝札』に思わず笑顔になる。まぁ今回は『早すぎた埋葬』は無いが――。

 

「《ユニゾンビ》の第一の効果発動! 手札を1枚――《ゾンビ・マスター》を墓地に捨て、フィールドのモンスターのレベルを1上げる。オレはレベル3の《ユニゾンビ》のレベルを4にする」

 

 第二のデッキからアンデット族モンスターを落とす効果は使わない。

 この効果は確かに便利なのだが、使うとアンデット族モンスターしか攻撃出来なくなるというデメリットがある。

 これを忘れていて、シンクロモンスターを展開し終わって「あれ? 攻撃出来ない?」なんて『魔術師』の屋敷で何度も経験した事か。

 

「そして魔法カード『生者の書-禁断の呪術-』を発動! 自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を特殊召喚し、相手の墓地に存在するモンスタ-1体をゲームから除外する。――オレが墓地から特殊召喚するのは《ワイトプリンス》、そして除外するのは《超電磁タートル》だ! 『生還の宝札』の効果で1枚ドロー」

 

 厄介な《超電磁タートル》は除外しようねぇ。あの効果は絶対使わせねぇ。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3→2→1→0→1

 《ユニゾンビ》星3→4/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ワイトプリンス》星1/闇属性/アンデット族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「レベル1の《ワイトプリンス》にレベル4となったチューナーモンスター《ユニゾンビ》をチューニング! シンクロ召喚! 現われろレベル5《TG ハイパー・ライブラリアン》!」

 

 そして現れるは皆大好き電子の魔導師、鬼畜司書と名高い魔法使いモンスターである。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「墓地に落ちた《ワイトプリンス》の効果で2枚目の《ワイト》《ワイト夫人》を墓地に送る」

 

 これで墓地に《ワイト》達は5枚か。まだまだ行くぞぉー!

 

「墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デュエル中に1度だけ、デッキの一番上のカードを墓地に送り、墓地に存在するこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する――『生還の宝札』の効果で更に1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→2

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族/攻100/守100

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 初期手札にあって、『手札抹殺』の効果で墓地に行った《グローアップ・バルブ》を蘇生し、墓地を肥やしつつ1枚ドロー。

 

「そして墓地の《馬頭鬼》を除外し、墓地のアンデット族モンスター《ワイトプリンス》を特殊召喚し、『生還の宝札』の効果でドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→3

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族/攻100/守100

 《ワイトプリンス》星1/闇属性/アンデット族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 まぁ『遊戯王』において墓地とは『第二の手札』、もとい控室である。くっくっく、まだまだ動けるぞー!

 

「レベル1の《ワイトプリンス》にレベル1のチューナーモンスター《グローアップ・バルブ》をチューニング! レベル2のシンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 さぁて、もう毎度恒例の出場となっている《フォーミュラ・シンクロン》のお通りだー!

 

「効果発動、《フォーミュラ・シンクロン》のシンクロ召喚に成功した時、1枚ドローする。更に《TG ハイパー・ライブラリアン》の効果発動! このカードがフィールドに存在し、自分または相手がこのカード以外のシンクロモンスターのシンクロ召喚に成功した場合、デッキから1枚ドローする!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→4→5

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 見よこの爆アド! シンクロ召喚すればするほど手札が増える、これが絆パワーだ!

 

「更に墓地に落ちた《ワイトプリンス》の効果で3枚目の《ワイト》《ワイト夫人》も墓地に」

 

 これで《ワイト》モンスターが7体、3体除外してデッキから《ワイトキング》を出しても攻撃力4000だ。

 だが、今回の主役は《ワイトキング》ではない。不確定だった道筋に光が迸り、光差す道となる。あとはその終点に向かってただひたすら加速するのみ!

 

「手札から2枚目の『生者の書-禁断の呪術-』発動! 墓地の《ゾンビ・マスター》を蘇生し、そっちの墓地にある《シャドール・ビースト》を除外、『生還の宝札』の効果で1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→5

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 《ソンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 手札が豊富になった事で、最初の頃に捨てた《ゾンビ・マスター》をフィールドに戻す。

 

「《ゾンビ・マスター》の効果発動、1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地に送り、自分または相手の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。オレは《ユニゾンビ》を蘇生し、『生還の宝札』効果で1枚ドロー」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→5

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《フォーミュラ・シンクロン》星2/光属性/機械族/攻200/守1500

 《ソンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 『生還の宝札』のお陰で《ゾンビ・マスター》の効果での手札消費が単なる墓地肥やしと化している。全くもって素晴らしいシナジーである。

 ――さて、これで全ての準備は整った! 見せてやろう、このデッキの真の力を!

 

 

「――レベル4の《ゾンビ・マスター》にレベル2のシンクロチューナーモンスター《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング! 艱難辛苦乗り越えて、見せてやろうか男意気! 出遭え! レベル6《ゴヨウ・ガーディアン》!」

 

 

 そして現れるは白化粧の傾奇者といった具合の御用モンスター、シンクロ時代に登場して環境を激変させた禁止モンスターであり――。

 

「アイエエエエェ!? ゴヨウ!? ゴヨウなんで!?」

「ク、クロウ兄ちゃん落ち着いて!?」

 

 今尚このモンスターにトラウマを抱いている『決闘者』は数多い。レベル6のシンクロモンスターの代表格であり、あの《氷結界の龍 ブリューナク》の頼もしき相棒である。

 

「シンクロモンスターがシンクロ召喚された事で《TG ハイパー・ライブラリアン》の効果で1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ゴヨウ・ガーディアン》星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「レベル5のシンクロモンスター《TG ハイパー・ライブラリアン》にレベル3のチューナーモンスター《ユニゾンビ》をチューニング! お上の威光の前にひれ伏せ! レベル8《ゴヨウ・キング》!」

 

 そしてチューナ+チューナー以外のシンクロモンスター1体という重い縛りで出てきたのは《ゴヨウ・ガーディアン》の進化系と言うべきシンクロモンスターである。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6

 《ゴヨウ・ガーディアン》星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「《ゴヨウ・キング》……!? そんなモンスターまで……!」

 

 流石の『シスター』も動揺が激しいようである。……まぁ、『魔術師』から貸して貰ったデッキがこんなんだった、なんて予想出来る奴は居ないだろうな。

 コイツはシンクロ素材から見ての通り、非常に出し辛いが、その分、それに相応しいほどの強力な効果を持っている。……まぁ、初代の《ゴヨウ・ガーディアン》はレベル6で出しやすい上に攻撃力2800打点なんだが。

 

「墓地の《ワイトプリンス》の効果発動、自分の墓地から『ワイト』2体とこのカードを除外し、デッキから《ワイトキング》1体を特殊召喚する。オレは《ワイト》《ワイト夫人》を1枚ずつ除外し、いでよ《ワイトキング》!」

 

 まだまだ終わらない。ついでと言わんばかりにデッキから《ワイトキング》を特殊召喚する。

 

「墓地には《ワイト》2枚、《ワイト夫人》2枚、よって《ワイトキング》の攻撃力は4000となる!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6

 《ゴヨウ・ガーディアン》星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻?→4000/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「《ゴヨウ・キング》で裏側守備表示の《シャドール・ファルコン》を攻撃! 攻撃宣言時、効果発動、このカードの攻撃力はダメージステップ終了時まで自分フィールドの戦士族・地属性のシンクロモンスターの数×400アップする! オレの場にいる戦士族・地属性のシンクロモンスターは2体、よって《ゴヨウ・キング》の攻撃力は800アップして3600になる!」

 

 ……まぁ、あのシンクロ素材でこの限定的過ぎる攻撃力アップしか持たなかったら単なる産業廃棄物カードだったが、『ゴヨウ』モンスターの真骨頂はモンスターを戦闘で破壊した後である。

 守備力1400、更には既に墓地からの蘇生効果を使った《シャドール・ファルコン》はリバース効果を使えず爆発四散――さぁ、此処からが数多の『決闘者』を絶望に陥れた効果の発展型だ!

 

「このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し、墓地に送った時、以下の効果から1つ選択して発動出来る。――破壊したそのモンスターを自分フィールドに特殊召喚するか、相手フィールドの表側表示モンスター1体を選んでコントロールを得るか」

 

 そう、これが『ゴヨウ』モンスターの真骨頂、戦闘破壊した際に発生する相手モンスターの寝取り効果である……!

 

「当然、オレは2つ目の効果を発動し、《エルシャドール・ネフィリム》のコントロールを奪う! さぁゴヨウだぁー! 権力の前にひれ伏せぇい!」

「あああっ、ネフィリムぅぅぅ!」

 

 『シスター』の無表情が一瞬にして悲痛の顔に歪み、あの巨体に縄が雁字搦めとなって《ゴヨウ・キング》が物凄い良い笑顔で一本釣りしてオレのフィールドに来る。

 ははは、敵ならば脅威だが、味方なら頼もしすぎる! そのモンスターはオレが有効的に使ってやるとしよう!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6

 《ゴヨウ・ガーディアン》星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻4000/守0

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「更に《ゴヨウ・ガーディアン》で裏側守備表示の《エルシャドール・ミドラーシュ》を攻撃! ゴヨウ・ラリアット!」

 

 更に続いて『月の書』で裏側守備表示にした《エルシャドール・ミドラーシュ》を攻撃、その守備力は僅か800なので簡単に粉砕する。

 この時点で『シスター』のフィールドはがら空きとなる。

 

「ぐっ、破壊された事で《エルシャドール・ミドラーシュ》の効果発動! このカードが墓地に送られた場合、自分の墓地の『シャドール』魔法・罠カード1枚を手札に加える。私は『影依融合』を手札に戻す!」

 

 『シスター』

 LP8000

 手札2→3

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 本当に墓地に行ってもアドを取るとか厄介極まりないが――。

 

「そんなの関係ねぇ! 《ゴヨウ・ガーディアン》の効果発動! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊して墓地に送った時、そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する! これが権力だ! オレの場に来い《エルシャドール・ミドラーシュ》!」

「うぅぅぅっ、私のミドラーシュまでも……! 悠陽ぃぃぃ!」

 

 ……いやまぁ、このカードを入れたのは『魔術師』だが……怒りの矛先がオレに向いてないから別にいいか。

 紐付十手の縄で、墓地から《エルシャドール・ミドラーシュ》を束縛して一本釣りして我がフィールドに揃う。

 ……無感情な人形だったと思ったが、変な拘束の仕方(亀甲縛り?)になったせいか、やや頬を赤く染め、恨めしそうな眼で此方を見ているのは気のせいだと信じよう。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6

 《ゴヨウ・ガーディアン》星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻4000/守0

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 《エルシャドール・ミドラーシュ》星5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守800

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札

 

 《ゴヨウ・ガーディアン》の効果では表側守備表示で特殊召喚なので奪ったモンスターでは追撃は出来ない。

 とても有情と感じる当たり、時代の流れをひしひしと感じるが、おそらく第九期出身であろう《ゴヨウ・キング》が奪ったモンスターは攻撃表示のままだ。

 

「更に《エルシャドール・ネフィリム》と《ワイトキング》でダイレクトアタック!」

 

 『シスター』

 LP8000→5200→1200

 

 あの巨体からの拳が直接『シスター』を殴りつけ、更には《ワイトキング》もアグレッシブに疾走して直接蹴って追撃する――って、お前、そんな攻撃方法もするんかよ。バリエーション豊かだな。

 それにしてももうちょっと女の子に優しくだな、と思ったが、『歩く教会』装備だから問題無いか。

 2体のモンスターによる攻撃自体は大した事無かったようだが、『シスター』は呆然と奪われたモンスターを眼にし、誰の眼から見ても明らかに動揺の色を強く浮かべる。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」




 本日の禁止カード

 《エルシャドール・ネフィリム》
 融合・効果モンスター(禁止カード)
 星8/光属性/天使族/攻2800/守2500
 「シャドール」モンスター+光属性モンスター
 このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。
 (1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。
 デッキから「シャドール」カード1枚を墓地へ送る。
 (2):このカードが特殊召喚されたモンスターと
 戦闘を行うダメージステップ開始時に発動する。
 そのモンスターを破壊する。
 (3):このカードが墓地へ送られた場合、
 自分の墓地の「シャドール」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。
 そのカードを手札に加える。

 『シャドール』が誇る特殊召喚されたモンスター絶対殺すマンにして『シャドール』から失われたメインアタッカー。
 第九期の中では融合モンスターで唯一の禁止カード。制限に戻しても良いんだよ?

 融合素材がシャドール+光属性なので『超融合』が捗り、尚且つその効果で即座に損失を補うどころかアドを増やせる最高のカード。あ、作者はリアルでも『シャドール』持っているので贔屓全開だよ。仕方ないね。

 ただし、相手がどんなに攻撃力が低くても特殊召喚されたモンスターならダメージ計算を行わずに破壊してしまってダメージを与えれないから注意だ。
 今の環境では《ホープ・ライトニング》で5000オラァで屠られるので、復帰させても大丈夫ですよ(ダイレクトマーケティング)
 1月改定で復帰してエクシーズ狩りさせて下さい黒咲さんが何でもしますから。

 《ゴヨウ・ガーディアン》
 シンクロ・効果モンスター(禁止カード)
 星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
 そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚できる。

 シンクロ初期に大暴れしたシンクロモンスター、同じ縛り無しで属性・同じ戦士族の《大地の騎士ガイアナイト》が泣いている。
 攻撃力2800以下はもれなくゴヨウされるという事で、当時はまじめに打点2800をゴヨウラインとして環境で強く意識されていた。
 新しき召喚法、シンクロ召喚により環境は加速し、数多の『決闘者』達が新しいエースを迎える中、当時ほぼあらゆるデッキに投入された《ゴヨウ・ガーディアン》は数多のモンスターをゴヨウし、数多くの『決闘者』を絶望させた。
 最終的には自分がゴヨウされて禁止カードとなり、伝説へ――と思ったら海外の方では釈放されている。そのうちひょっこり帰ってくるかもしれない。

 ……しかし、今の環境から見ると、レベル6からの2800打点でついでに守備表示で相手モンスターを奪えるだけであり、若干物足りないと思うのは『決闘者』が異常な環境に慣れすぎたせいである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10/『禁書目録』に眠るもう一つの魂! vsセラ・オルドリッジ(2)

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6→4

 《ゴヨウ・ガーディアン》星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻4000/守0

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 《エルシャドール・ミドラーシュ》星5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守800

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

  伏せカード2枚

 

 『シスター』

 LP8000→1200

 手札3

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 いやぁ、壮観壮観。相手モンスターを根刮ぎ寝取って勝ち誇るとか、これが権力ってヤツか。病み付きになる効果である。

 

「……ねぇ、直也君。その『ゴヨウ』モンスターが酷い効果なのは解ったけどさ――《ゴヨウ・ガーディアン》出さずに《氷結界の龍 ブリューナク》の方を出して《エルシャドール・ミドラーシュ》を戻していれば前のターンで終わったんじゃ?」

「……え゛?」

 

 ……あれ、柚葉に言われてみれば――《氷結界の龍 ブリューナク》で《エルシャドール・ミドラーシュ》をバウンスさせ、裏側守備表示の《シャドール・ファルコン》を《ゴヨウ・キング》で破壊し、その効果で《エルシャドール・ネフィリム》を寝取り――。

 

 《氷結界の龍 ブリューナク》攻撃力2300

 《ワイトキング》攻撃力4000

 《エルシャドール・ネフィリム》攻撃力2800

 

 のダイレクトアタックで合計ダメージ9100で終わってたじゃねぇか!?

 

 

 オ レ は 正 気 に 戻 っ た ぞ !

 

 

 って、あああっ、何でみすみす倒せる状況なのに逃しちまったんだ!?

 「これが権力の力だー!」ってお前が一番必要無かったじゃねぇか! 《ゴヨウ・ガーディアン》の方を向けば首を傾げて見てる――って、ソリッドビジョンなのに器用だな!

 い、いや、なんかこう、《ゴヨウ・キング》を出したのなら元祖の《ゴヨウ・ガーディアン》も出さなければという謎の使命感が湧いて……!?

 

「……っ! 貴方は何処まで私を愚弄するのですかぁ……!」

 

 ぎゃあああっ! 『シスター』の両眼に血色の魔法陣が浮かんでいらっしゃる!? あ、明らかにマジ切れしてるんですが、どどどどうしよう!?

 

 

『――まぁまぁ落ち着いて落ち着いて『もう一人の私』。秋瀬君も本来のデッキじゃないから持て余してるんだよ、きっと、多分』

「セ、セラ……?」

 

 

 ……おや、オレを擁護する声? 一体何処から――?

 と、思いきや、突然目の前の『シスター』が謎の光を放ち――え? 何? 何この演出!? 混乱するオレを置いてきぼりにして光が収まると、『シスター』の眼から血色の魔法陣が消え去り、まるで別人のように柔らかな表情になった?

 

「こ、これはまさか――あれ、もしかして『千年アイテム』とか持ってたり?」

「残念ながらそれは持ってないよ。でも、こうして実際に話すのは初めてだね、秋瀬君。初めまして、私はセラ・オルトリッジ。よろしくね」

 

 やはり二重人格? これはまさしく『もう一人の僕』なのか!?

 

「『もう一人の私』はちょぉっと『魔術師』さんの事になると感情的になりすぎるから――此処からは私が相手だよ! 私のターン、ドロー!」

 

 『シスター』→セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札3→4

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 なんて王道的な展開――あれ、これ完全な負けパターンじゃね? 絶対的なピンチに代打が訪れ、圧倒的不利を覆されて『罰ゲーム』コースじゃね?

 

「まずは『もう一人の私』の子達を返して貰うよ! 手札を1枚捨て、速攻魔法『超融合』発動っ!」

「――なっ、『超融合』だとォッ!?」

 

 これはまずい。思わず身構える。

 

「――このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動出来ない。手札を1枚捨てる事で自分・相手フィールドから融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する! 私は君の場の《エルシャドール・ネフィリム》と《エルシャドール・ミドラーシュ》を融合!」

 

 ああっ、2体とも『ゴヨウ』の縄を引き裂き、融合素材として消える……!?

 

「再びフィールドに降臨せよ! レベル8《エルシャドール・ネフィリム》!」

 

 そして再度現れた《エルシャドール・ネフィリム》、だが、これを着地させる訳にはいかない!

 

「『超融合』はカードの効果にチェーンさせない絶対無敵の力、だが、その力によって融合召喚されたモンスターは別だ! 罠カードオープン! 『奈落の落とし穴』! 相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時、その攻撃力1500以上のモンスターを破壊して除外する!」

 

 破壊されて墓地に行かず除外されるなら、墓地に送られた場合に発動する厄介な効果も使えまい!

 

「けれどもそれは召喚を無効にするものではない、召喚に成功した時の効果は発動出来る! 《エルシャドール・ネフィリム》の効果発動! このカードが特殊召喚に成功した場合、デッキから『シャドール』カード1枚を墓地に送る――私は《シャドール・ビースト》を墓地に送る」

 

 ぐっ、確かにその通りだ。『奈落の落とし穴』は『神の宣告』や『神の警告』とは違って召喚自体を無効にするものではない。

 

「墓地に送られた《シャドール・ビースト》、『超融合』によって墓地に送られた《エルシャドール・ネフィリム》と《エルシャドール・ミドラーシュ》の効果発動、『エルシャドール』モンスターが墓地に送られた場合、自分の墓地の『シャドール』魔法・罠カード1枚を手札に加える共通効果を持っている。その効果で墓地の『影依融合』『神の写し身との接触』を回収、そして《シャドール・ビースト》の効果でデッキから1枚ドローする!」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札4→3→2→4→5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 《エルシャドール・ネフィリム》の再臨を防いだものの、手札は5枚まで回復される。うち2枚は融合魔法カード、また融合召喚される布石は整ってしまったか……!

 融合テーマなのに立て直しが容易とか反則過ぎね!?

 

「まずは魔法カード『影依融合』を発動! 『影依融合』は1ターンに1枚しか発動出来ない。けれども『影依融合』の真の効果は――相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、自分のデッキのモンスターも融合素材にする事が出来る!」

「なんだとォッ?! インチキ効果もいい加減にしろ!?」

 

 1ターン目はオレの場に何も居なかったから手札融合だったが、エクストラデッキから召喚されたモンスターがいればデッキから融合可能だと!? なんだそりゃぁ!?

 

「――デッキの《シャドール・ドラゴン》と地属性モンスター《グローアップ・バルブ》を融合! レベル10《エルシャドール・シェキナーガ》!」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札5→4

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

 そして出てきたのは若干色が違うが《エルシャドール・ネフィリム》に酷似した超巨大なモンスターであり、背後に同程度の巨大モンスターを影糸で束縛している……?

 

「墓地に送られた《シャドール・ドラゴン》の効果発動! このカードが効果で墓地に送られた場合、フィールドの魔法・罠カード1枚を破壊する。私は君の伏せカードを選択するよ」

「――っ、『ミラーフォース』がぁ!」

 

 ぐぬぬ、相変わらず仕事出来ないな『ミラーフォース』!

 というか、おいおい、デッキから墓地に送って『サイクロン』効果かよ!? 本当に『シャドール』はとんでもねぇな!

 だが、手札は4枚、残りの融合カードは速攻魔法なれども、今の『影依融合』みたいなデッキ融合は出来ないだろう。あと1体ぐらい融合モンスターを出すのが精一杯だろう。

 

 

「――って考えてるだろうね。残念、『私達』のデッキは『純シャドール』じゃないんだよ」

 

 

 なん、だと? だが、今の処、全部『シャドール』に統一されて――。

 

「手札から魔法カード『光の援軍』発動! 自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送り、デッキからレベル4以下の『ライトロード』と名のついたモンスター1体を手札に加える! 私が加えるのは《ライトロード・サモナー ルミナス》!」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札4→3→4

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

 なっ、此処に来て『ライトロード』だと!?

 『ライトロード』はデッキを自分から墓地に送る事で様々な効果を発動するカード群、って、あ――。

 ……これはやばい。『シャドール』と『ライトロード』、共に墓地に落ちた時に効果を発揮するモンスター達だから、その相性は抜群どころの話じゃない!

 

「更に手札から魔法カード『ソーラー・エクスチェンジ』発動! 手札から『ライトロード』と名のついたモンスター1体を捨て、デッキから2枚ドローし、デッキの上からカードを2枚墓地に送る」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札4→3→2→4

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

 げぇっ、『ライトロード』が誇る手札チェンジ&墓地肥やしカード!

 

「墓地に落ちた《シャドール・ヘッジホッグ》の効果発動! このカードが効果で墓地に落ちた場合、《シャドール・ヘッジホッグ》以外の『シャドール』モンスターをデッキから手札に加える。私は《シャドール・ファルコン》を手札に」

 

 『光の援軍』の場合、墓地に送るカード3枚はコストだから効果は発動しないが、『ソーラー・エクスチェンジ』の場合は効果で2枚墓地送りなので発動する。

 似ているようで違うので注意しよう! さっきの場合だと『超融合』の手札1枚を捨てるのがコストだ。

 

「手札から《ライトロード・アサシン ライデン》を通常召喚、効果発動。《ライトロード・アサシン ライデン》は1ターンに1度、メインフェイズ時に自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送り、その効果で墓地に送ったカードの中に『ライトロード』と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。落ちたカードは《ライトロード・アーチャー フェリス》と《ライトロード・ビースト ウォルフ》、《ライトロード・アサシン ライデン》の攻撃力は200アップする」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札4→5→4

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・アサシン ライデン》星4/光属性/戦士族/攻1700→1900/守1000

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……あれ、『ライトロード』のデッキからカードを墓地に落とす効果は常にエンドフェイズ時の効果、なのにコイツは2枚だけだがメインフェイズ時に撃てる、だと!?

 あと落ちたモンスターがやべぇ! どうしてこうピンポイントに落ちてくれやがったの!?

 

「墓地に送られた《ライトロード・アーチャー フェリス》と《ライトロード・ビースト ウォルフ》の効果発動、このカードがデッキから墓地に送られた場合、墓地から特殊召喚する。《ライトロード・アーチャー フェリス》の効果もモンスターの効果でデッキから墓地に送られた場合、墓地から特殊召喚するもの。おいで、私のモンスター達」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札4

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・アサシン ライデン》星4/光属性/戦士族/攻1900/守1000

 《ライトロード・アーチャー フェリス》星4/光属性/獣戦士族/攻1100/守2000

 《ライトロード・ビースト ウォルフ》星4/光属性/獣戦士族/攻2100/守300

 魔法・罠カード

  無し

 

 あ、これアカンパターンだ。

 

「レベル4の《ライトロード・アサシン ライデン》と《ライトロード・ビースト ウォルフ》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク4《ライトロード・セイント ミネルバ》!」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札4

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・アーチャー フェリス》星4/光属性/獣戦士族/攻1100/守2000

 《ライトロード・セイント ミネルバ》ランク4/光属性/天使族/攻2000/守800 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 現れるは白い梟を片手に従える女神の如き守護天使、って何それ、古くから存在する『ライトロード』にエクシーズモンスターだとォ!?

 

「《ライトロード・セイント ミネルバ》の効果発動! 《ライトロード・セイント ミネルバ》の効果は1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分のデッキから3枚墓地に送り、その中に『ライトロード』カードがあった場合、その数だけ自分はデッキからドローする! 墓地に落ちたカードは《ライトロード・ハンター ライコウ》《ライトロード・マジシャン ライラ》《ライトロード・ビースト ウォルフ》、よって私は3枚ドロー! そしてデッキから墓地に落ちた《ライトロード・ビースト ウォルフ》を特殊召喚!」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札4→7

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・アーチャー フェリス》星4/光属性/獣戦士族/攻1100/守2000

 《ライトロード・セイント ミネルバ》ランク4/光属性/天使族/攻2000/守800 ORU2→1

 《ライトロード・ビースト ウォルフ》星4/光属性/獣戦士族/攻2100/守300

 魔法・罠カード

  無し

 

 当然3枚ドロォー! 何て強運だ、これが真の『決闘者』の力……! そして2体目の《ライトロード・ビースト ウォルフ》が特殊召喚される。

 こ、これでまたレベル4のモンスターが2体……!? 来るぞ、柚葉っ!

 

「レベル4の《ライトロード・アーチャー フェリス》と《ライトロード・ビースト ウォルフ》でオーバーレイ! ランク4《No.39 希望皇ホープ》、更にランクアップ・エクシーズチェンジ! 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》!」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札7

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・セイント ミネルバ》ランク4/光属性/天使族/攻2000/守800 ORU1

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 魔法・罠カード

  無し

 

 ぎゃああああぁっ! 本当に来たァ! しかも絶望の化身《ホープ・ライトニング》じゃねぇか! 今の攻撃力4000の《ワイトキング》じゃ殴り殺される上に蘇生も出来ねぇ!

 

 だ、だが、もうこれで展開は終わった、筈――。

 

 

「――自分の墓地にモンスターが10体以上存在する場合のみ、このカードは特殊召喚する事が出来る。レベル10《究極時械神セフィロン》!」

 

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札7→6

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・セイント ミネルバ》ランク4/光属性/天使族/攻2000/守800 ORU1

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 《究極時械神セフィロン》星10/光属性/天使族/攻4000/守4000

 魔法・罠カード

  無し

 

 此処で《究極時械神セフィロン》だとォ!? アニメ『遊戯王』シリーズ3作目『遊戯王5D's』のラスボス『Z-ONE』の最後の切り札というべきカード、だが、その効果はアニメ版が余りにもぶっ飛んでいた為、OCG版になった折に弱体化した筈だが――。

 

「《究極時械神セフィロン》の効果発動! 1ターンに1度、自分の手札・墓地からレベル8以上の天使族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、攻撃力は4000となる。再度降臨せよ、『もう一人の私』の魂のカード《エルシャドール・ネフィリム》!」

 

 あ、やばい、《エルシャドール・ネフィリム》はレベル8の天使族モンスターだ! これを通したら死ぬ……! このタイミングしかねぇ!

 

「手札から《幽鬼うさぎ》の効果発動! フィールドのモンスターの効果が発動した時、自分の手札・フィールドのこのカードを墓地に送り、フィールドのそのカードを破壊する!」

「むっ、速攻魔法『神の写し身との接触』発動! 手札の《シャドール・ファルコン》と《究極時械神セフィロン》を融合して3体目の《エルシャドール・ネフィリム》を融合召喚! ――そして解っていると思うけど、《幽鬼うさぎ》は効果を無効化する類のカードじゃない。効果を無効化にして攻撃力4000で《エルシャドール・ネフィリム》を特殊召喚する!」

 

 ああ、解っているとも。《幽鬼うさぎ》の効果は透かして無駄に終わったが、4000打点のモンスターを1体排除する事には成功した……!

 

「融合召喚した《エルシャドール・ネフィリム》の効果発動、デッキから永続罠『影依の原核』を墓地に送り、効果発動、このカードが効果で墓地に送られた場合、『影依の原核』以外の自分の墓地の『シャドール』魔法・罠カード1枚を手札に加える。私は『神の写し身との接触』を手札に」

 

 ぐっ、また速攻魔法の『神の写し身との接触』を手札に戻したが、あれは1ターンに1度しか発動出来ない。このターンのバトルフェイズに使われて追撃される事は無くなった。

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札6→4→5

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・セイント ミネルバ》ランク4/光属性/天使族/攻2000/守800 ORU1

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800→4000/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4

 《ゴヨウ・ガーディアン》星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻4000/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「――バトル! 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》で《ワイトキング》を攻撃! ダメージ計算時にエクシーズ素材を2つ取り除き、ダメージ計算時のみ攻撃力5000となる!」

「ぐっ、戦闘破壊なのに《ライトニング》の効果で自己蘇生出来ねぇ……!」

 

 誰だよ、アイツに戦闘行う場合、ダメージステップ終了時までカードの効果を発動出来ないって一文をつけたヤツぅ!?

 

 秋瀬直也

 LP8000→7000

 

 無情にも《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》の一閃で《ワイトキング》が破壊され、自己再生出来ずに墓地に送られる。

 

「攻撃力4000の《エルシャドール・ネフィリム》で《ゴヨウ・ガーディアン》を攻撃!」

 

 秋瀬直也

 LP7000→5800

 

 何か恨みの篭った一撃で《ゴヨウ・ガーディアン》が遥か彼方に吹き飛んで星となる。ああ、権力のモンスターはより強い暴力に葬られるか、いと哀れ。

 

「2体目の《エルシャドール・ネフィリム》で《ゴヨウ・キング》を攻撃! ダメージステップ開始時、特殊召喚されたモンスターと戦闘を行う場合、そのモンスターを破壊する!」

 

 そして特殊召喚されたモンスター絶対殺すマンの効果が発動し、ダメージ計算を行わずに同じ攻撃力の《ゴヨウ・エンペラー》が破壊される。すっごい理不尽だ……!

 これでオレの場は完全にがら空きとなる……!

 

「そして《エルシャドール・シェキナーガ》と《ライトロード・セイント ミネルバ》でダイレクトアタック!」

「ぐおぉっ!?」

 

 秋瀬直也

 LP5800→3200→1200

 

 な、何とか生き延びた! 《究極時械神セフィロン》が残っていたらぴったりライフ0で死ぬ処だったぞ……!

 

「ちぇー、仕留め損なったかぁ。カードを2枚セットしてターンエンド」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札5→3

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・セイント ミネルバ》ランク4/光属性/天使族/攻2000/守800 ORU1

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3→1

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻4000/守2500

 魔法・罠カード

  伏せカード2枚

 

「オレのターン、ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000→1200

 手札4→3→4

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「スタンバイフェイズ時、速攻魔法『神の写し身との接触』を発動! 効果が無効化されている《エルシャドール・ネフィリム》と手札の《シャドール・ドラゴン》を融合! レベル5《エルシャドール・ミドラーシュ》!」

 

 そしてまた《エルシャドール・ミドラーシュ》が来たァ!? また特殊召喚を1ターンに1度の封殺効果かよ!?

 

「墓地に落ちた《エルシャドール・ネフィリム》と《シャドール・ドラゴン》の効果発動。《シャドール・ドラゴン》の効果で『生還の宝札』を破壊、《エルシャドール・ネフィリム》の効果で『影依融合』を手札に加える」

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200

 手札3→4

 《エルシャドール・シェキナーガ》星10/地属性/機械族/攻2600/守3000

 《ライトロード・セイント ミネルバ》ランク4/光属性/天使族/攻2000/守800 ORU1

 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》ランク5/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3→1

 《エルシャドール・ネフィリム》星8/光属性/天使族/攻2800/守2500

 《エルシャドール・ミドラーシュ》星5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守800

 魔法・罠カード

  伏せカード1枚

 

 そして『生還の宝札』も破壊され、本当にフィールドががら空きとなる。

 

「《ミドラーシュ》の効果で特殊召喚は1ターンに1度、更には《シェキナーガ》の効果で特殊召喚されたモンスターの効果発動を無効にして破壊、壁を立てても特殊召喚されたモンスターなら《ネフィリム》が粉砕する。さぁ、どうする? また《ワイトキング》を立てられたら私の負けだけど」

「いいや、このターンで《ワイトキング》を出す事は出来ないな」

 

 この執拗なまでに特殊召喚メタの『シャドール』にとって、通常召喚された《ワイトキング》こそ天敵だろうが、生憎とこのターンに用意する事は出来ない。

 

 

「――だが、その条件ならば簡単だ。1度の特殊召喚で決着を付けれるカードを出せば良いんだろ?」

 

 

 だが、勝利の方程式は既にッ! オレの掌に収まっている!

 

「オレは手札から魔法カード『ミラクルシンクロフュージョン』を発動! 自分のフィールド・墓地から融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、シンクロモンスターを融合素材とする融合モンスターをエクストラデッキから融合召喚する!」

「なっ、そんなカードを……!?」

 

 そう、使い辛い事この上無く、手札に腐りやすいカードだが、これを握っていたからこそ『ゴヨウ』モンスター2体を出したんだ! ……まぁ、そのお陰でこの窮地に陥った訳だが。

 

 

「墓地の戦士族・地属性シンクロモンスター《ゴヨウ・ガーディアン》と《ゴヨウ・キング》を除外し、融合召喚! 古の守護者の魂と新しき王の魂が今1つとなりて昇華する! いでよ荘厳なる捕獲者の血統を受け継ぎし者! レベル10《ゴヨウ・エンペラー》!」

 

 

 そして出現するは『ゴヨウ』達と同じように白化粧で、大きな椅子に座る中華風の少年皇帝、『ゴヨウ』モンスターで唯一の融合モンスターである。

 

 秋瀬直也

 LP1200

 手札4→3

 《ゴヨウ・エンペラー》 星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

「あちゃー、まさかそっちが来るとはなぁ……!」

「――バトル! 《ゴヨウ・エンペラー》で《ライトロード・セイント ミネルバ》を攻撃!」

 

 《ライトロード・セイント ミネルバ》の攻撃力は2000、《ゴヨウ・エンペラー》の攻撃力は3300、セラの残りライフは1200なのでこれで終わりだァー!

 

 セラ・オルトリッジ

 LP1200→-100

 

 《ゴヨウ・エンペラー》の攻撃が無事通り(つーか、口から炎みたいなの吹き出して攻撃するんかよ)、デュエル終了のブザーが鳴る。

 ふぅ、『シャドール』+『ライトロード』、恐ろしい相手だった。

 

「《ワイトキング》が来たら『ブレイクスルー・スキル』で効果を無効化して、返り討ちにする予定だったのになー。ごめんね『もう一人の私』」

「いいえ、セラ、謝るのは私の方です。少しばかり、冷静じゃなかったようです……」

 

 ……そしてあっぶねぇ。勝敗はまさに薄氷の如しという事か。肝に銘じておこう。

 

「秋瀬直也、手間を取らせてすみません。貴方自身の本来のデッキが取り戻せるよう、心から祈っております。――あと『代行者』のド腐れ野郎は遠慮無く容赦無く屠っていいので悪しからず」

 

 い、いや、最後の部分だけ笑顔で言われても怖いのだが……!?

 

 ――そしてパンパンパン、と、やる気無い拍手が響き渡り、振り向いてみると赤髪の少年、確か八神はやてから『悠樹』って呼ばれていたか――って、コイツ、服装違ったし、雰囲気も何か違ったから今の今まで気づけなかったが、オレと柚葉が一緒にいる時にビル一棟ふっ飛ばした超危険な野郎じゃないか!

 

「面白い『決闘』だった。駄賃ついでだ、――『足』は必要無いか?」

 

 その意味深な提案に、オレと柚葉はお互い見合って首を傾げるも――八神はやての方は「おぉ! 悠樹さんがついにやる気に!」と感動した様子であり、余計脳裏に疑問符が途切れないのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11/襲来、最古の悪夢! vs?????(1)

 

 

 ――『D・ホイール』。

 

 デュエルディスクを進化させたそのマシンを駆使して戦う『ライディングデュエル』はスピードとスリルに溢れた最高のショーであり、自由の象徴である。

 

「さぁ乗った乗った、そのサイドカーなら二人ぐらい乗れる」

 

 あ、うん。現実逃避してた。

 目の前にあるバイクのような『デュエルディスク』――いや、『デュエルディスク』搭載のバイクか?――は、まさにあの『D・ホイール』である。

 全体的に赤と黒で彩られた先進的なボディに、横付けで少し大きめのサイドカーが取り付けられている。

 ちなみにこの『D・ホイール』の名前は『小狸号』であるらしい。このサイドカーに主に誰を乗せているのか、付けた名前からそこはかとない反逆心を感じる。

 

「あ、ああ、よろしくな、赤坂」

「……安全運転を頼むわ」

「大丈夫だ、大船に乗った気で安心しろ。生まれてこの方無事故だ」

 

 ……本当に大丈夫なのだろうか? 即座に専用のライダースーツに着替えた彼は、何かさっきの死に勝る気怠さとは一転し、少しだけやる気らしきものが向上しているように見えるのが怖い。

 まさかと思うが、運転した瞬間、性格が変わる類じゃあるまいな……?

 

「行き先はその都度教えるわ」

「ああ、任せておけ」

 

 オレと柚葉はヘルメットを被り、増設されたシートベルトを装着する。

 それを確認した赤坂はヘルメットを被り、意気揚々とエンジン――多分、永久機関のモーメントだろう――に火を入れ――オレ達は柚葉の指し示す方向がままに走り出したのだった。

 

 

 

 

「……やはり疾走るのは良い。嫌な事も頬を打つ風に紛れて消えていく……」

「……ちょっと。感傷に浸るのは別に構わないんだけどさ、なんか異様に速くない? 速度規定守ってる?」

 

 何か異様に過ぎ去る速度の早い景色を見ながら「これ私の体感速度がおかしいんじゃないよね!?」と心配する柚葉を他所に――「あれ?」と首を傾げる。こんな長くて先進的な高速道路、本来の海鳴市にあっただろうか?

 

「大丈夫だ、まだこの『D・ホイール』の性能の半分も出し切っていない」

「いや、そのバイクの限界速度を聞いたんじゃないんだけどっ!?」

「バイクじゃない、『D・ホイール』だ」

 

 ……うん、柚葉。『決闘者』相手に話は基本的に一方通行で、通じない事を前提に置くべきだと思う。

 すぐに普通の車道から街の高層に設置されている高速道路に移りながら、オレは思わず頭を傾げた。

 ……いや、明らかにおかしいだろこれ。

 こんな巨大な高速道路が街のど真ん中に建ってるなら昔から気づいてるだろうし、ならばこそこれは『遊戯王』次元に改変された影響だろうか?

 

「――、っ?!」

 

 何か激しく嫌な予感がする中――突如急激な方向転換が行われ、直後に生じる爆音、おいおい、一体何が……!?

 

「な、何が――!」

「何か虹色の光が飛んで来たから避けたが、あれは何だ? どういう効果だ?」

 

 ああ、赤坂もやっぱり『デュエル脳』なのか。って、虹色の光だぁ? 何だそりゃ!?

 

「――っ、来るよ! 複数、避けてッ!」

「しっかり捕まってろッ!」

 

 柚葉の警告と同時に『D・ホイール』が更に加速し、迫り来る複数の虹色の発光体による射撃を潜り抜けながら急前進して突っ切る事で全回避する……!?

 何ちゅうクソ度胸だ、やっぱりコイツ頭のネジ何本か狂ってやがる、が今はそれが何よりも頼もしい……!

 

「直也君、背後――!」

「『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』ッッ!」

 

 振り向かずに即座にスタンドを出して全力の拳を振るい、襲撃者の繰り出した拳に相殺され、此方のスタンドの射程圏内から離脱される。

 生身で『蒼の亡霊』のパワー・スピードに匹敵するか……!? マジで何者だ! ――あ、スタンドである『蒼の亡霊』は『決闘者』の全員に見えているようだ。カードの精霊も見えるんだしスタンドを目視する事ぐらい当然だよな!

 

「――くっ、フィールド魔法『スピード・ワールド・ネオ』セットオン!」

『『デュエル』モードオン、スタンバイ!』

 

 ん? 何だ? この世界を疾走する違和感の塊は。

 何か一瞬にして世界の法則そのモノを塗り替えられたような――その変化の意味に逸早く気づいえた赤坂は憤怒をもって叫ぶ。

 

「あぁん!? 生身で『決闘疾走(ライディングデュエル)』だと!? ふざけやがってッッッ!」

「ら、らいでぃんぐでゅえる?」

 

 ……え゛? ややややっぱりそうなるのかよォォォォ――ッ!?

 

 

『――『デュエル』が開始されます。『デュエル』が開始されます。ルート上の一般車両は直ちに退避して下さい。『デュエル』が開始されます――』

 

 

 高速道路からそんな警告放送が流れ、更には下層から勝手に道路が出てきて変形し、新たな道が次々と構築されていく!?

 そして一般車両が次々と消えていく。相変わらず一般人に迷惑極まりない公共施設だな!?

 

「え? 直也君何これ!?」

「うわぁ、あの迷惑システムあるんかよ!?」

 

 ネオ童実野シティ名物、ライディングデュエル用の変形道路システム、この『魔都』にもあったんかよ!

 ああ、くそ、『D・ホイール』に乗った瞬間から絶対にあるだろうなぁと思っていたさ! ずっと現実逃避していたかったのに……!

 

「――って、ちょっと待って。ま、まさかこのまま走りながらデュエルするの? 危ないよ!? 降りてしようよ!?」

 

 心底信じられない顔で柚葉はオレと赤坂を見る。オレの方は苦々しく伏せて、赤坂の方はというと――。

 

 

「――当然だろう。それがスピードの中で進化した『ライディングデュエル』だッ! 来るぞ、秋瀬直也ッ! 疾走の方はオレに任せて『決闘』に集中しろッ!」

 

 

 ああ、もうどうにでもなれ! この二人乗りのサイドカーに乗ったままでは狭くて『デュエルディスク』も展開出来ない。ならば――!

 左腕にセットされた『デュエルディスク』を放り投げ、『蒼の亡霊』の左腕に装着して展開し、『D・ホイール』と並列に飛翔しながら謎の襲撃者と共にお決まりの台詞を音頭する。

 

 

『――ライディングデュエル・アクセラレーション!』

 

 

 同時に宣言し、並列して疾走する襲撃者の姿をようやく確認する。

 金髪サイドテールの、黒いゴテゴテの装甲服を着用した16歳ぐらいの少女? 一体誰だ、緑と赤のオッドアイなんて見た事ねぇぞ!

 

「――チィッ、先行を許したか……!」

 

 こっちは三人乗りでサイドカー付き、最初のカーブを突っ切ったのは飛翔するように疾走する襲撃者の少女の方だった。

 ライディングデュエルにおいての先行は最初のカーブを曲がった『決闘者』に訪れる……!

 

「――私の先行! 私は魔法カード『苦渋の選択』を発動! 自分のデッキから5枚選択して相手に見せ、相手が選んだ1枚を手札に加え、残りを墓地に捨てる! 私が選択する5枚はこれよ!」

 

 いきなり最初期時代の禁止カード! これ1枚で『おろかな埋葬』4枚分+サーチという鬼畜禁止カード! ……それと、この決闘疾走を産み出した3作目『5D's』の時とは違い、普通の魔法カードを使ったらバーンダメージ発生とか無くて安心する。

 まぁ、使われたカードは安心なんて欠片も出来ないカードだが――カード名が『苦渋の選択』だが、苦渋の選択をするのはもっぱら使われたプレイヤーである。一体何が来るか――。

 

 《封印されしエクゾディア》

 《封印されし者の右腕》

 《封印されし者の左腕》

 《封印されし者の右足》

 《封印されし者の左足》

 

「なっ、まさかの『エクゾディア』だとォォォ――ッ!?」

 

 まさかよりによってそれを『苦渋の選択』で突き付けてくるか……!? あの時の海馬社長と同じ気持ちを味わったぞッ!

 

「えくぞでぃあ?」

「あれを5枚全部手札に揃えた瞬間にライフを0、デッキを0枚にしてドローさせる以外の方法で問答無用に勝利出来る、『遊戯王』における特殊勝利の開祖だ……!」

 

 『遊戯王』の歴史において最古のデッキがそれであり――そういう意味では、『遊戯王』は始まった当初から文字通り『混沌』だったと言える。

 問題は一体いつの『エクゾディア』デッキか、という処か……!

 

「5枚も揃わないと勝てないなんて随分と遠回りね。揃える前に殴り殺せると思うんだけど」

「――大抵、あの手のデッキはまともに戦わないデッキだ。それどころか、禁止制限すら無いこの環境下じゃ大量のドローカードで1ターンで全部のパーツを揃えるなんて日常茶飯事。――やばい、オレのターン、回ってこないかもしれない……!」

 

 もしも最初期のドローカードで埋められているのならば、オレに次のターンなど回ってこないだろう。

 しかし、『苦渋の選択』でエクゾパーツ5つ突きつけてくるか。どうやって墓地から回収するんだろう? 大量のドローカードで手札を増やしつつデッキ圧縮し、最後に1枚で墓地の通常モンスター2体を回収出来る魔法カード『闇の量産工場』でサルベージするのだろうか?

 

 ……考えても仕方ない。もしもドローカード全投入の最初期ならばこのターンで何も出来ずに死を覚悟するしかあるまい。

 どうせこの『苦渋の選択』は大抵どれを落としても同じだ。

 

「オレは《封印されし者の右腕》を選択する!」

 

 ?????

 LP8000

 手札5→4→5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 謎の少女の手札に《封印されし者の右腕》が入り、残りは全部墓地に送られる。さて、一体どう出てくる……?

 

「私は《封印されし者の右腕》を通常召喚する!」

「何だと?」

 

 ?????

 LP8000

 手札5→4

 《封印されし者の右腕》星1/闇属性/魔法使い族/攻200/守300

 魔法・罠カード

  無し

 

「あんな低ステータスの通常モンスターを召喚……? 一体何を考えて――?」

 

 柚葉さえ訝しむ一手に説明不能の悪寒が生じる。

 単体では何の効果もない、更には最低ランクの攻撃力・守備力の『封印されし』モンスターを通常召喚するだと?

 普通では考えられない一手、絶対に何かある……! 此処でやらなければ負ける予感が生じ、即座に行動に出る。

 

「チェーンして《増殖するG》を発動! このカードは手札から墓地に送る事で1ターンに1度だけ発動出来る。このターン、相手がモンスターの特殊召喚に成功する度にデッキから1枚ドローしなければならない!」

「きゃっ!?」

 

 と、決闘疾走する謎の少女から歳相応の悲鳴が生じる。……まぁ気持ちは解らなくもない。これの『G』はあの黒光りする『G』だしな……。

 

「なな、何てカードをっ!」

「……あ、い、いや、『決闘者』と『G』は意外と身近な存在なんだぜ?」

 

 柚葉からも激しい文句が出るが、こ、これは対特殊召喚メタのカードであって、相手が構わず召喚すれば手札アドが自動的に増えるし、ドローされる事を嫌う相手の行動を抑止出来る、素晴らしい手札誘発カードなんだぞ? あの見るも耐え難い『G』だけど……。

 

「っ、構うものかっ! 私は《封印されし者の右腕》をリリースし、《召喚神エクゾディア》を特殊召喚する!」

 

 1枚ドロー……って、え?

 

 ?????

 LP8000

 手札4→3

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻?/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 そして召喚されるは超巨大な、『右腕』も『左腕』も『右足』も『左足』もある、黄金色に煌めく、全くもって封印されていない『エクゾディア』……!?

 

「何だこりゃ!? こんな『エクゾディア』知らねぇぞ!? これも第九期のカードなのか!?」

「いや、この『エクゾディア』はオレも初めて目にするぞ……!」

 

 この次元の住民である赤坂すら知らないカードだと!? マジであの襲撃者、何者なんだ……!?

 

「このカードは通常召喚出来ない。自分フィールドの『封印されし』モンスター1体をリリースした場合のみ特殊召喚出来る!」

 

 あのカードのテキストを見ようとしたが――見れない? こっちの『デュエルディスク』にデータに無いだと!?

 いや、正常に動いている事からルール違反だとか、違法に製造されたカードとかでは無いと思うから、単にテキストを見れないように違法改造されているだけか……?

 

 

「――このカードの攻撃力は自分の墓地の『封印されし』モンスターの数×1000アップする! そしてこのカードは他のカードの効果を受けない!」

 

 

 ?????

 LP8000

 手札3

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻?→5000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 はあああああああぁ!? 何ぞそりゃあああぁ!? ロンゴミの効果を得た完全体《CX 冀望皇バリアン》は用意するだけでも一苦労なのに、そんなに簡単に出てきて《毒蛇神ヴェノミナーガ》並の完全耐性だと!?

 

「――何、だと……!? 『エクゾディア』で普通にビートダウン!? しかも攻撃力5000の完全耐性だとォ!? 『神』と名のついたカードなのに残念カードじゃないのかよ!?」

 

 突っ込みどころはまだまだあるが、つまりあれは単純に打点で上回って戦闘破壊するしかないのかよ。

 今の攻撃力5000ならまだ《ホープ・ザ・ライトニング》で相討ちに持ち込めるが、当然の事ながらオレのデッキには無い! 非常にまずいが、攻撃力5000程度なら墓地を肥やしまくった《ワイトキング》で何とかなるレベルか……!

 

「更に、墓地のモンスターを全てデッキに戻して《究極封印神エクゾディオス》を特殊召喚する!」

「え?」

 

 その突飛な行為に放心しながらも、特殊召喚された事で1枚ドロー――って、どういう事だよ!? まるで意味が解らないぞッ!

 

 ?????

 LP8000

 手札3→2

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻5000→0/守0

 《究極封印神エクゾディオス》星10/闇属性/魔法使い族/攻?/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 後から出てきたのは懐かしのカード、エクゾディアに酷似しているカードであり、使い処が非常に難しいカード――専用デッキを組んでも動かし辛かったと思うが。

 

「このカードは通常召喚出来ず、自分の墓地のモンスターを全てデッキに戻した場合のみ特殊召喚出来る。このカードはフィールドから離れた場合、ゲームから除外される。――このカードの攻撃力は、自分の墓地の通常モンスターの数×1000アップする」

 

 ?????

 LP8000

 手札2

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻0/守0

 《究極封印神エクゾディオス》星10/闇属性/魔法使い族/攻?→0/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 アニメ効果だとどうしようと思ったが、オレの知る効果のようだ。だが、折角の攻撃力5000を自ら0にするだと……?

 

「あれ? 攻撃力0になっちゃったよ? それに折角墓地に落としたカードもデッキに戻しちゃうなんて……?」

「どういう事だ……? 一体何がしたい? 此処からランク10エクシーズに繋げるのか……? いや、それにしては損失が余りにも多すぎる」

 

 今時手札3枚も消費してランク10エクシーズモンスターを立てても決して損失を補えない。

 まるで相手の出方が解らないと訝しむ中、謎の襲撃者は高速道路を飛翔するかの如く疾走しながら、静かに口元を歪める。これは嘲笑の色か……?

 

「手札から儀式魔法『高等儀式術』を発動! 手札の儀式モンスター1体を選び、そのカードとレベルの合計が同じになるようにデッキから通常モンスターを墓地に送り、儀式モンスターを特殊召喚する!」

 

 ……あ、一体何をしてくるのか、一気に悟って顔が真っ青になる。コイツ、まさかそこまでやるのか――!?

 

「――私が儀式召喚するのはレベル12《崇光なる宣告者》! よってデッキからレベル1の《封印されし者の右腕》3枚《封印されし者の左腕》3枚《封印されし者の右足》3枚《封印されし者の左足》3枚、合計12枚を墓地に送って守備表示で儀式召喚する!」

「――な」

 

 柚葉さえ絶句する。物凄い勢いで墓地に『封印されし』モンスターが大量入荷され――。

 

 ?????

 LP8000

 手札2→1→0

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻0→12000/守0

 《究極封印神エクゾディオス》星10/闇属性/魔法使い族/攻0→12000/守0

 《崇光なる宣告者》星12/光属性/天使族/攻2000/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

 うわあああああぁっ!? 

 コイツ、何てヤツだッ! 一気に墓地に《封印されしエクゾディア》を除く『封印されし』モンスターカード12枚全部を同時に墓地に落としやがった!?

 

「攻撃力12000のモンスターが2体だとォッ!? 何ぞこれ!? グールズより酷ェ!?」

 

 何の耐性も無い《究極封印神エクゾディオス》はどうにでもなるが、他のカードの効果を受けない《召喚神エクゾディア》に関してはマジどうしようもないぞ!?

 

「私はこれでターンエンド――エンドフェイズ、《召喚神エクゾディア》の効果発動! 自分の墓地から『封印されし』モンスター1体を選んで手札に加える。私は《封印されし者の右腕》を手札に加える!」

 

 ?????

 LP8000

 手札0→1

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻12000→11000/守0

 《究極封印神エクゾディオス》星10/闇属性/魔法使い族/攻12000→11000/守0

 《崇光なる宣告者》星12/光属性/天使族/攻2000/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

 何という事だ。1ターン経つ毎に墓地の『封印されし』モンスターを手札に回収して攻撃力は1000下がる。だが――。

 

「……まずいぞ、完全耐性の攻撃力10000以上のモンスターの上に、猶予が少ない……!」

 

 赤坂の言う通りだ。未だデッキに《封印されしエクゾディア》が眠っていると言ってもドロー加速カード及び墓地回収カードでも引かれれば、手札にエクゾディアパーツ5枚揃って特殊勝利という結末がすぐ見える。

 

 つまりは――攻撃力10000以上で尚且つ完全耐性の《召喚神エクゾディア》を、手札にエクゾディアパーツ5枚揃えられる前に何とかしなければならない……!?

 ――このライディングデュエル、最高にハードだぜ……!

 

 

 




 本日の禁止カード

 『苦渋の選択』
 通常魔法(禁止カード)
 自分のデッキからカードを5枚選択して相手に見せる。
 相手はその中から1枚を選択する。
 相手が選択したカード1枚を自分の手札に加え、
 残りのカードを墓地へ捨てる。

 これ一枚で大体何でも出来る万能の墓地肥やし&サーチカード。
 秋瀬直也のデッキに入っていた場合、これ1枚で《馬頭鬼》2体《ワイトプリンス》2体《ワイトキング》1体を相手プレイヤーに突きつければ1ターンで攻撃力6000の《ワイトキング》を必ず立てれる。
 あのデッキにとって最高の相性なんだが、勿論入ってない。

 おそらく、このカードが出た当初は墓地に4枚もカードを送る事がデメリット扱いと開発者側は思っていたのだろうが、墓地が第二の手札である『遊戯王』にとって全てがメリット、つまり1枚で5アドという訳の解らないパワーカードという訳であり、他のぶっ壊れ汎用カードと共に最初の暗黒期を築き上げたのだった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12/未来に向かってライディングデュエル・アクセラレーション! vs?????(2)

 

 

 ――高速道路をスケートのように滑りながら疾走するオッドアイの少女に、超巨大な存在、封印されていない『エクゾディア』とその『亜種』が並列して飛翔していき、少し後ろにレベル12の儀式モンスターがおまけのように並列して飛翔する。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→5→6→7

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ――今、オレ達が行っているのは『ライディングデュエル』、速さの世界に生まれ、更なる次元へ突入した新世代の『決闘』である!

 

 《増殖するG》の効果で3ドローし、オレのターンが回ってきたが、その前に――この謎の襲撃者には聞いておかなければならない事がある。

 

「――お前は何者だッ! オレ個人、いや、違うな。オレ達に対して並ならぬ怨恨を抱いているようだが……!」

 

 超速度で疾走する中、オレは声の限り叫び、『襲撃者の少女』はその緑と赤のオッドアイにあらん限りの憎悪の炎を滾らせていた。

 

 

「……ッッ! そうだよね、貴方達は私の事なんて知る由も無い……! 貴方達『転生者』によって否定された物語の事なんて、一顧だにしなかったでしょうね!」

 

 

 『謎の少女』が感情の荒ぶるままに虹色の光を放ち、赤坂による華麗な『D・ホイール』捌きによって全弾回避される。

 操作性は甘いが、なのはの『アクセルシューター』みたいな性能だろうか? 心なしか、着ている漆黒の装甲服も『バリアジャケット』に見えなくもない……?

 

「否定された物語? 一体何の――」

「大十字紅朔が同じような事を言っていたな。むこうは辿り着かなかった物語だと言っていたが――」

 

 『D・ホイール』を運転する赤坂が言うには、本来産まれる可能性が無かった大十字紅朔と同じ境遇?

 いや、この少女の話からすると、オレ達の手で否定された事に――?

 

 

「――話しても無駄よ、直也君。それは私達が歩んだ歴史では決して辿り着かない虚像の亡霊。永遠に出番の訪れない端役の戯れ言よ」

 

 

 と、サイドカーの隣の席にいる柚葉はヘルメット越しから冷めた眼を向ける。

 無感情を装っているが、無関心ではない様子。という事は、柚葉にはあれが誰なのか、見当が付いているのか?

 

「――そうよ、豊海柚葉。そして秋瀬直也ッッ! 今の私は貴方達に否定された可能性! 完全に折られたフラグの切れ端! 産声さえ上げれなかった名も無き赤ん坊の怨嗟ッ! 誰よりも本来の歴史を改変した『転生者』達を憎む存在よ!」

 

 叫ぶ、叫ぶ。超高速で疾走するデュエルロードに『謎の少女』の悲痛な叫びが響き渡る。

 

「私は貴方達が憎い! 私の産まれる未来を奪った貴方達が! 奪われた明日を一顧だにしない貴方達が! 何で、何で何で何で何で何で何で私だけ、どうして本来の物語にならなかったのッッ!?」

 

 感情の爆発が魔力の暴走を生み、その余波だけでコンクリートの道路を粉砕していく。

 悪路になった道路に少し足を取られながらも、転倒せずに疾走し続けてられるのは『D・ホイーラー』の腕に他ならない……! 更には――。

 

 

『デュエルモード・チェンジ――『闇』のゲーム』

『――警告、警告、『闇』のゲームの発生を確認! 『闇』のゲームの発生を確認ッ! デュエルモードを『闇』のゲームに切り替えますか?』

 

 

 『蒼の亡霊』が装着している『デュエルディスク』からそんな警告音が生じ、『Yes』と『No』の二択が表示される。

 この『闇のゲーム』が『ライディングデュエル』である以上、『魔術師』の言うように『リアルファイト』で片付ける方が困難であり、むこうが先に仕掛けた以上、この『決闘』での敗北は即ち死である事が確定している――。

 

「――ッッ! 遂に仕掛けて来やがったか……! 気をつけろッ!」

 

 赤坂さえ険しい顔で警告し、更に『D・ホイール』を加速させる。

 この世界が『遊戯王』次元に改変されてから初めて体感する生死を賭けたデスゲーム。だが、オレの胸に去来するのは生死を賭けた『決闘』による恐怖でも高揚感でもなかった。

 

 

「――なぁ、そのデッキってお前の本来のデッキじゃないんだろ?」

 

 

 そう言った瞬間、図星だったのか、『謎の少女』の顔が驚愕に染まる。

 

「……っ、一体何を――」

「いや、最高に回ってるように見えて、案外隙だらけだからな。手札は《封印されし者の右腕》1枚、墓地も『封印されし』モンスターが11体のみ――ほら、こっちの展開の邪魔すら出来ないだろ」

 

 何か無理に、中途半端に回ったような感触が残り「何か回せてない時のオレと似たような感じなんだよなぁ」と率直な感想を述べる。

 『魔術師』との屋敷でやったデュエルの大半はそれであり、アイツ等の使う鬼畜なカード達も合い重なって惨敗を連発したしなぁ。

 

「……その詰まらないハッタリは命乞いのつもり? こっちは攻撃力11000の《召喚神エクゾディア》がある以上、幾ら貴方でも絶対突破出来ないわ!」

「――果たして、それはどうかな? どんなモンスターにも攻略手段がある。オレには既に見えてるぞ、完璧そうに見えるこの布陣を崩せる一筋の光を!」

 

 うん、何でだろうな。理由は解らないが、酷く気に食わない。気に食わないから、我慢ならない――。

 

「お前の苦しみも憎しみも、今のオレには理解してやれないけど――今度は、本来のデッキでデュエルしようぜ!」

 

 『蒼の亡霊』で『デュエルディスク』に現れた選択ボタンを刹那に押す、当然『No』だ! ――相手が『闇のゲーム』を押し付けようが関係ねぇ!

 

 

「――オレのターン、ドロー!」

 

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札7→8

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

「手札から魔法カード『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数分だけドローする! オレの捨てる枚数は7枚、よって7枚ドローする!」

「私は1枚捨てて1枚ドロー! この瞬間、手札の《封印されし者の右腕》が墓地に落ちた事で《召喚神エクゾディア》と《究極封印神エクゾディオス》の攻撃力が12000にアップ!」

 

 ?????

 LP8000

 手札1→0→1

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻11000→12000/守0

 《究極封印神エクゾディオス》星10/闇属性/魔法使い族/攻11000→12000/守0

 《崇光なる宣告者》星12/光属性/天使族/攻2000/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

「――ちょっと、あれの攻撃力増やしてどうするのよ!?」

 

 ただでさえどうしようもない《召喚神エクゾディア》の力が更に増し、封印から解き放たれている『エクゾディア』は疾走しながら咆哮する。

 確かにあんなモンスターの攻撃を受けては守備表示のモンスターを出していても上からリアルに殺害されそうな勢いである。

 というよりも、一撃でもまともに喰らえば『D・ホイール』ごとクラッシュして交通事故になる未来が見えるな。

 

「それだよ、まさにその通りだよ、柚葉。あれは他のカードの効果を全て受けないが、自分のモンスター効果で攻撃力が『増減』する。――そう、『増』えたり、『減』ったりするんだ」

 

 そう、それが完全耐性を持つ《召喚神エクゾディア》の攻撃力が変化する唯一のルールである。

 

「――確かに《召喚神エクゾディア》の耐性は惚れ惚れするぐらい完璧さ! だが、その攻撃力を支える『封印されし』モンスターカードはそうではないッッ!」

 

 ならばこそ、付け入る隙は其処に他ならないッ! 如何に強力なモンスターがいても、己の効果という弱点からは絶対に逃れられない!

 

「『手札抹殺』の効果で手札から墓地に送られた《ワイトプリンス》の効果発動、このカードが墓地に送られた場合、デッキから《ワイト》《ワイト夫人》を1体ずつ墓地に送る!」

「――え? 『ワイ、ト』……? そんなっ、あの『デッキ』じゃない……!?」

「……ああ、オレの本来の『デッキ』は『代行者』の野郎に奪われたみたいでな。このデッキは『魔術師』から借りている」

 

 ああ、この少女もオレの本来の『デッキ』を知っているのか。一体どんなデッキなんだろうな?

 とりあえず墓地に《ワイト》《ワイト夫人》《ワイトプリンス》が1枚ずつ落ちる。

 

「手札から《ゾンビ・マスター》を通常召喚し、効果発動。1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地に送り、自分または相手の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。オレは2枚目の《馬頭鬼》を墓地に捨てて《ゴブリンゾンビ》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札8→7→0→7→6→5

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 魔法・罠カード

  無し

 

 隣席にいる柚葉が自身の『デュエルディスク』を弄り、「2枚目? あ、『手札抹殺』で既に落ちてる――」と、1枚目の《馬頭鬼》の居場所を確認する。

 

「レベル4のモンスターが2体……! でも、幾ら狂った効果揃いのランク4エクシーズでも攻撃力12000の《召喚神エクゾディア》を倒せるカードは無いわ! 例え《ダークリベリオン・エクシーズ・ドラゴン》をエクシーズ召喚して《究極封印神エクゾディオス》の攻撃力を半分吸収しても攻撃力8500、今の《召喚神エクゾディア》には届かない!」

「残念だが、このデッキにエクシーズモンスターは1体もいない!」

「え!?」

 

 ……その驚愕は『魔術師』に送ってくれ。そのランク4エクシーズの狂いっぷりを見せつけておいて1枚もいれなかったアイツの性根にな!

 

 まぁ『RUM』が手札にある事が前提なら、ランク4の《希望皇ホープ》からフェイトが使った《CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー》を出して、上から殴り殺す事も出来るし――そもそも光属性モンスターを主に使っているなら、相手がどんな攻撃力でも《オネスト》を握っていれば粉砕出来るだろう。

 戦闘での破壊耐性が無いだけで、随分と撃破する方法が思いつくものである。このデッキには何方も無いのが難点だが――。

 

「墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デュエル中に1度だけ、自分のデッキの一番上のカードを墓地に送り、墓地に存在するこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族/攻100/守100

 魔法・罠カード

  無し

 

 む、デッキトップから落ちたのは未だに出番の無い、このデッキにある禁止カードのうちの一つの魔法カード『大嵐』か。まぁ特に支障無い。最初の『手札抹殺』で墓地に落としたモンスターカードをバンバン使っていこう。

 

「自己蘇生可能なレベル1のチューナーモンスター……!? そしてフィールドの3体のモンスターの合計レベルは9、まさか……!」

「レベル4の《ゾンビ・マスター》とレベル4の《ゴブリンゾンビ》にレベル1のチューナーモンスター《グローアップ・バルブ》をチューニング! ――破壊神より放たれし聖なる槍よ、今こそ魔の都を貫け! シンクロ召喚! レベル9《氷結界の龍 トリシューラ》!」

 

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

 

 そしてシンクロ時代の代名詞、最強最悪の龍が『ライディングデュエル』に登場し、飛翔しながらオレ達に追随する――まずは一回目ェッ!

 

「《氷結界の龍 トリシューラ》がシンクロ召喚された時、相手の手札・フィールド・墓地のカードをそれぞれ1枚ずつ選んで除外出来る! オレはフィールドの《究極封印神エクゾディオス》、墓地の《封印されし者の右腕》、手札1枚を除外する!」

 

 ?????

 LP8000

 手札1→0

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻12000→11000/守0

 《崇光なる宣告者》星12/光属性/天使族/攻2000/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

「ぐっ……!」

 

 《究極封印神エクゾディオス》の方は何の耐性も無いのであっさり除外されて退場する。そして除外された手札の1枚は『強欲な壺』か。危ない危ない、残しておいたら次のオレのターンは無かったな。

 言うまでも無いが、他のカードの効果を受けないという史上稀に見る完全耐性の《召喚神エクゾディア》はフィールドにいる以上、《氷結界の龍 トリシューラ》と言えども除外出来ない。

 先にフィールドにいるなら効果モンスターの効果を無効化する永続罠『スキルドレイン』すら通用しない始末だ!

 

「フィールドから墓地に送られた《ゴブリンゾンビ》の効果発動、デッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える。オレは《ゾンビキャリア》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

「――くっ、《トリシューラ》……! でも、たかが1回シンクロ召喚した程度じゃ――」

「たかが1回程度で済ます訳ねぇだろ! 手札から魔法カード『シンクロキャンセル』発動!」

「なっ、『シンクロキャンセル』!? 何でそんなカードを……!?」

 

 まぁ言いたい気持ちは解る。今までサイドにはあったが、メインに投入したのは今回が初めてだからな。……『D・ホイール』に乗ると決まった瞬間に嫌な予感が生じて入れておいて良かった良かった。

 そして心なしか、更に『D・ホイール』の速度が加速しているような気がする。『蒼の亡霊』が飛翔する速度を地味に上げる。

 オレがシンクロ召喚を決める毎に更なる加速を得ているのか……?

 

「フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を選択してエクストラデッキに戻し、更にエクストラデッキに戻したそのモンスターのシンクロ召喚に使用したシンクロ素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていればその一組を自分フィールド上に特殊召喚出来る! オレは《氷結界の龍 トリシューラ》をエクストラデッキに戻し、オレの墓地の《ゾンビ・マスター》《ゴブリンゾンビ》《グローアップ・バルブ》をフィールドに特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6→5

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族/攻100/守100

 魔法・罠カード

  無し

 

 再び2体のアンデット族モンスターに一つ目の植物族モンスターがフィールドに戻る。……しかし、この3体が飛翔する様って中々シュールだな……!

 

「《ゾンビ・マスター》の効果発動! 手札のモンスターカード《ゾンビキャリア》を墓地に捨て、墓地の《ユニゾンビ》を特殊召喚する! 更に墓地の《馬頭鬼》を除外し、墓地のアンデット族モンスター《ワイト夫人》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族/攻100/守100

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ワイト夫人》星3/闇属性/アンデット族/攻0/守2200

 魔法・罠カード

  無し

 

「――ああ、そっか。カード名入りで1ターンに1度制限じゃないから、墓地経由して特殊召喚すればまた使えるんだね……!」

「そういう事!」

 

 お、柚葉の方も解ってきたじゃないか! さぁさぁ上げていくぞぉー!

 

「レベル3の《ワイト夫人》にレベル3のチューナーモンスター《ユニゾンビ》をチューニング! シンクロ召喚! 現われろレベル6《氷結界の龍 ブリューナク》! 更にレベル4の《ゾンビマスター》とレベル4の《ゴブリンゾンビ》にレベル1のチューナーモンスター《グローアップ・バルブ》をチューニング! 再び降臨せよ《氷結界の龍 トリシューラ》! ――二回目ェッ!」

 

 そして無慈悲な事で有名なニ龍をフィールドに呼び出す!

 《ブリューナク》と《トリシューラ》は共鳴するように大咆哮をあげ、超高速に飛翔しながら世界をも震撼させる。

 

 ……あれ? 『氷結界の龍』はもう一匹いたと思うが、効果も名前も思い出せないな。何故だろう? この二匹に匹敵するぐらい壊れカードだと思うが……?

 

「《氷結界の龍 トリシューラ》がシンクロ召喚された事でフィールドの《崇光なる宣告者》、墓地の2枚目の《封印されし者の右腕》を除外!」

 

 ?????

 LP8000

 手札0

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻11000→10000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 手札は無いので除外は出来ないが、此処に至って『謎の少女』は此方の目論見を悟って顔を歪める。

 

「――ま、さか、このまま《トリシューラ》で『封印されし』モンスターを除外し尽くして《召喚神エクゾディア》を……!? 無理よ、そんなの在り得ない! 『生還の宝札』があるならまだしも、その前に確実に手札が尽きる……!」

 

 そうだな、そんな真似は手札0枚になった方が動ける、『インフェルニティガン』3枚積み《氷結界の龍 トリシューラ》3枚積みの『満足』じゃない限り出来ないだろうし、今回のオレは『生還の宝札』も『早すぎた埋葬』も引けていない。

 

「さぁて、どうかな? 墓地に落ちた《ゴブリンゾンビ》の効果発動、デッキから守備力0のアンデット族モンスター《ワイトプリンス》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→5

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

「墓地の2枚目の《馬頭鬼》を除外し、墓地からアンデット族モンスター《ゴブリンゾンビ》を特殊召喚。そして手札から魔法カード『生者の書-禁断の呪術』を発動! 自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚し、相手の墓地に存在するモンスター1体を選択してゲームから除外する!」

 

 だが甘い! 墓地のモンスターを除外出来るカードは何も《氷結界の龍 トリシューラ》だけじゃないぞ!

 

「オレは墓地のアンデット族モンスター《ユニゾンビ》を特殊召喚し、3枚目の《封印されし者の右腕》を除外する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 ?????

 LP8000

 手札0

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻10000→9000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「あっ……!」

 

 3枚目の《封印されし者の右腕》がゲームから除外され、除外ゾーンから回収する手段が無い限りは『エクゾディア』パーツ5枚揃える事が不可能となる。

 これで手札に5枚揃えての特殊勝利は無くなったな……!

 

「――いいぜェ、最高に乗ってきたなぁ秋瀬ェッ! もっとだ、もっと疾走く、もっと強く――!」

 

 赤坂が狂気喝采し、更にテンションを上げる――まだだ! まだ行ける。まだまだ加速出来るッ!

 

「おうともッッ! その調子でばんばんぶっ飛ばせぇーッ!」

 

 そのオレの意思に呼応するかのように、赤坂の『D・ホイール』捌きが更に鋭利に繊細なまでの挙動となり、全ての要素を併合して加速していく。

 ヘルメット越しから頬を打つ迎え風に恐怖を抱くと同時に芽生える、熱く燃え滾る情動、これがッ、この高揚感が速さの中でのみ生まれる『ライディングデュエル』の醍醐味か――ッッ!

 

「墓地の《ワイトプリンス》の効果発動! 自分の墓地からこのカードと『ワイト』2体を除外し、デッキから《ワイトキング》1体を特殊召喚する! オレは《ワイト》《ワイト夫人》を除外する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻?→0/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「――っ、此処で《ワイトキング》を特殊召喚!? 墓地から『ワイト』が無くなったから攻撃力0だよ!?」

「構わないさっ! 生憎とこのデッキにレベル2のチューナー以外のモンスターはサーチ出来るアンデット族以外に2体だけだからな! ちょっと墓地コストの高い代役さッ!」

 

 柚葉の困惑は尤もだが、そのうちの1体の《増殖するG》はアンデット族モンスターじゃないので蘇生出来ない、もう1体の《デビル・フランケン》は未だにデッキの中だ!

 

「《ユニゾンビ》の第二の効果発動! フィールドのモンスター1体のレベルを1つ上げ、デッキからアンデット族モンスター1体を墓地に送る。この効果の発動後、ターン終了時までアンデット族以外の自分モンスターは攻撃出来ない。――オレは《ユニゾンビ》のレベルを1上げて4にし、デッキから3枚目の《ワイトプリンス》を墓地に送って効果発動、デッキから2枚目の《ワイト》《ワイト夫人》を1枚ずつ墓地に送り、《ワイトキング》の攻撃力は3000となるッ!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《ユニゾンビ》星3→4/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻0→3000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……しかし、飛翔する《ワイトキング》って頭蓋を金色に着色し、黒いマントを装備すればもろ『黄金○ット』だよな……? 飛翔するドラゴン達は絵になるが、飛翔する骸骨はシュールな光景である。

 しかし、これでまた3体の合計レベルが9となった!

 

「《氷結界の龍 ブリューナク》の効果発動! 手札を任意の枚数墓地に捨て、捨てた数だけフィールド上のカードを選択して持ち主の手札に戻す。――オレは2枚目の《ワイトプリンス》を捨て、《氷結界の龍 トリシューラ》を持ち主の手札に戻す。言うまでもないがエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターは手札ではなく、エクストラデッキに戻る。墓地に送られた《ワイトプリンス》の効果発動、デッキから3枚目の《ワイト》《ワイト夫人》を墓地に送り、《ワイトキング》の攻撃力は6000となる」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《ユニゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻3000→6000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 徐々に追いついてくる《ワイトキング》の攻撃力の数値に、『謎の少女』の焦燥感が更に沸き立つ!

 

「レベル4の《ゴブリンゾンビ》とレベル1の《ワイトキング》にレベル4となったチューナーモンスター《ユニゾンビ》をチューニング! レベル9《氷結界の龍 トリシューラ》! ――三回目ェッ!」

 

 無慈悲な龍の絶対零度により、更に『謎の少女』の墓地の『封印されし』モンスターを除外する!

 

「効果発動で墓地の《封印されし者の左腕》を除外! 墓地に落ちた《ゴブリンゾンビ》の効果でデッキから守備力0のアンデット族モンスター、2枚目の《ワイトキング》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→4

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

 ?????

 LP8000

 手札0

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻9000→8000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 これで墓地の『ワイト』モンスターは《ワイト》2体《ワイト夫人》2体《ワイトプリンス》2体《ワイトキング》1体――合計7体となる。

 

「これで『封印されし』モンスターは8体、『ワイト』モンスター」の合計は7体!」

 

 柚葉の言う通り――《ワイトキング》は《召喚神エクゾディア》と同じく、墓地に落ちたカードによって攻撃力を増減させるカード、それを使う彼女が気づかない筈も無い……!

 

「墓地の《ゾンビキャリア》の効果発動! このカードが墓地に存在する場合、手札を1枚デッキの一番上に戻し、《ゾンビキャリア》を墓地から特殊召喚する! この効果で特殊召喚されたこのカードはフィールドから離れた場合、ゲームから除外される!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《ゾンビキャリア》星2/闇属性/アンデット族/攻400/守200

 魔法・罠カード

  無し

 

「《氷結界の龍 ブリューナク》の効果発動、手札を1枚墓地に捨てて《氷結界の龍 トリシューラ》をエクストラデッキに戻す!」

 

 最後の仕込みだ。オレは手札の2枚目の《ワイトキング》をコストとして墓地に捨てる。

 

「――え? 《ワイトキング》を捨てた……?」

 

 対戦相手の驚愕は尤もだろう。次のターンに通常召喚するだけで攻撃力7000になるカードを捨てたのだ、驚くなという方が無理がある。

 

 ――この時点で既に、オレの見えている『道』の終点と彼女の見えている道は、致命的に違えていた。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→2

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゾンビキャリア》星2/闇属性/アンデット族/攻400/守200

 魔法・罠カード

  無し

 

「そして手札から速攻魔法『異次元からの埋葬』を発動! 除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体まで墓地に戻す! オレは除外されている《馬頭鬼》2体と《ワイトプリンス》を墓地に戻す!」

「そんな、此処でそのカードをっっ!?」

 

 除外されたカードを墓地に3枚まで戻すだけだから、普通のデッキではアド稼ぎに繋がらないが、墓地にいる自身を除外して別のアンデット族を特殊召喚出来る《馬頭鬼》を使うアンデシンクロにおいては最高のアドバンテージとなる……!

 これで墓地の『ワイト』モンスターの合計は《ワイト》2体《ワイト夫人》2体《ワイトプリンス》3体に《ワイトキング》2体を合わせて9体! さぁ、最後の仕上げだッ!

 

「墓地の《馬頭鬼》を除外し、墓地のレベル1のアンデット族モンスター《ワイト》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゾンビキャリア》星2/闇属性/アンデット族/攻400/守200

 《ワイト》星1/闇属性/アンデット族/攻300/守200

 魔法・罠カード

  無し

 

 そしてオレの次なる行動を察したのか、赤坂が嬉々とした顔で最大限にアクセルを握り締め――先に見えるコーナーを見る限り、明らかに事故確定のオーバースピードとなる。

 

「――秋瀬直也ッ!」

「――解ってるさッ! いっちょ派手に行けェッッ!」

「――え? 何? ちょっと、次コーナーだよ!? 曲がる気あるの!?」

 

 隣の柚葉が慌てて驚愕するが、ったく、このスピード狂め! さっきまでの気怠い顔は何処行きやがったァッ!

 

 

「レベル6の《氷結界の龍 ブリューナク》とレベル1の《ワイト》に、レベル2のチューナーモンスター《ゾンビキャリア》をチューニング! シンクロ召喚! レベル9《氷結界の龍 トリシューラ》! ――四回目ェッ!」

 

 

 最後のシンクロ召喚によって空前絶後の最大加速を得た『小狸号』はそのままカーブを一直線に踏み越えて、フェンスを飛び越え、コースを踏み外し――地を疾走する『D・ホイール』が文字通り天を舞う。

 地上を這うだけのマシンは地の道を踏み越えて大ジャンプし、遥か先の遠方にある高速道路に見事着地して尚も疾走する。

 

「――っっ?!?! な、なななななんて無茶を!?」

「なぁに言ってんだ、テメェの指し示す方角通りの進行だッ! その行程を破壊的なまでに短縮してやったじゃないかッ!」

 

 ――赤坂の野郎、テンション高ぇなぁおい!?

 まぁオレもノリで同意したからとやかく言えないが――確かに目的の『代行者』のいる方角は常に柚葉から指し示されているが、流石に寿命縮まった。今度はまともな道を疾走ってくれよなッ!

 

 ――少し遅れ、《召喚神エクゾディア》の右掌に乗って渡ってきた来た『謎の少女』の驚愕は並ならぬモノだっただろう。

 

「《トリシューラ》の効果で2枚目の《封印されし者の左腕》を除外ッ!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

「あっ……!」

 

 ?????

 LP8000

 手札0

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻8000→7000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 これで『封印されし』モンスターを合計5体除外し、攻撃力の優劣はこの時点をもって逆転したッ!

 

「墓地の2枚目の《馬頭鬼》を除外し、墓地の《ワイトキング》を特殊召喚する! 墓地の《ワイト》の数は合計8体! よって《ワイトキング》の攻撃力は8000となる!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻?→8000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 《ワイトキング》に攻撃力を逆転された『謎の少女』の驚愕は底知れず、けれども同時に安堵する。

 《ユニゾンビ》の第二の効果を使った以上、このターン、オレはアンデット族モンスターしか攻撃出来ない。

 《召喚神エクゾディア》は戦闘破壊されるが、そのダメージは1000程度、このターンで仕留められる事は無くなったと確信したが故に。だが――。

 

 

「――いいや、このターンで終わりだ。オレの手札の最後の1枚は、2枚目の『生者の書-禁断の呪術』! 墓地の2枚目の《ワイトキング》をフィールドに特殊召喚し、3枚目の《封印されし者の左腕》を除外する!」

 

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→0

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻8000→7000/守0

 《ワイトキング》星1/闇属性/アンデット族/攻?→7000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「そん、な――」

 

 ?????

 LP8000

 手札0

 《召喚神エクゾディア》星10/闇属性/魔法使い族/攻7000→6000/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……勝負あった。

 《氷結界の龍 トリシューラ》は《ユニゾンビ》の第二の効果を使ったせいでこのターン攻撃出来ないが、彼女の手札は0枚、墓地から発動するカードが無い以上、この攻撃を受けて合計8000ダメージとなる『謎の少女』に尽くせる手は既に無い。

 自身の敗北を悟った『謎の少女』は絶望し、光無き眼から溢れんばかりの涙を流す。

 

「――私を『除外』して、永遠の『闇』に葬るの……? いや、いやいやいやいやいやいやいや……! 私はっ、ママ達と一緒にいられる未来が欲しいだけなのに……!」

 

 ……ああ、いきなり攻撃を仕掛けてきた『謎の少女』に何故か敵意を抱けなかったのは、彼女が見た目と違って余りにも――泣きじゃくる小さな子供みたいだからと、無意識の内に悟っていたからか。

 ったく、女の涙は苦手だって言ってるだろうが……!

 

「聞いちゃ駄目よ、直也君。あれには最初から救いが――」

「……一つ良いか?」

 

 柚葉からの忠告を敢えて無視し、オレは『謎の少女』に向き合う。

 ……うん、柚葉の言う事が一番正しいって解ってるし、オレに出来る事なんて最初から無い事も解っている。解り切ってる事さ。だが――。

 

「――もうこの『魔都』では正規の『物語』の流れは途絶え、本来辿り着く筈だった『物語』も別の形に変容しているのは自覚している。……けどさ、どんな形であれ、確固たる『個』として此処に存在しているのはさ、君に繋がる『物語』が存在しているからじゃないのか?」

「――え?」

「まぁ、断言は出来ないけどさ。未来なんてモノは秒単位で変わるからなぁ」

 

 詭弁である事は強く自覚している。この余りにも小さすぎる『希望』が更なる『絶望』の撒き餌になる事も察している。

 そしてこの『約束』も、決して叶わぬものだとも――。

 

 

「……いつかまた、まだ見ぬ未来の先に――こんな危険な『闇のゲーム』じゃなく、普通に『決闘』しようぜ。オレは此処にいつまでも居るからさ――」

 

 

 この果たされぬ『約束』が、オレ自身をも自傷するものだと解り切っている。

 それでも――泣いている子供に手を差し伸べない選択は、選べなかった。

 

「――バトル! 少しだけ痛いぞっ! 《ワイトキング》で《召喚神エクゾディア》を攻撃!」

 

 最初に召喚した《ワイトキング》が飛び出し、対抗して《召喚神エクゾディア》が両手を合わせて破滅の炎が撃ち出し――《ワイトキング》は全て受け切ってからその骨の拳を振り下ろし、その打撃地点から中心に黄金に光り輝く巨体が割れ、幻の召喚神は塵芥と消えていく――。

 

「――ぐぅぅっ!」

 

 ?????

 LP8000→7000

 

「2体目の《ワイトキング》でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 そして2体目の《ワイトキング》もまた飛翔しながら『謎の少女』相手にその拳を振り下ろし――直撃させずに下の道路を木っ端微塵に崩壊させて、その余波をもってこのデュエルに決着を付ける。

 

「あ……――」

 

 ?????

 LP7000→0

 

 デュエルの終了を知らせる音の響きは、いつ聞いても切ない。後味の悪い時は尚更だ――。

 

「――おいッ! お前っ! 名前はっ!?」

 

 だが、最後に、オレは力の限りそう叫び――光の粒となって消え逝く『謎の少女』は最後に笑顔を浮かべて自身の名前を呟き、最後の一文字まで聞き届けた。

 

 

 

 

「……なぁ、柚葉。アイツに繋がる未来は――」

「……多分、無いわ。おそらく誕生すらしないと思うし、万が一誕生したとしても私達と巡り合う事は無いわ」

 

 あれから、赤坂悠樹は元のテンションに戻って、普通に走行し続けている。

 オレはサイドカーの中で揺らされながら、この重苦しい沈黙に耐えれずにぽつりと柚葉に尋ね――返ってくる返答は予想通り気休めにすらならない『残酷な現実』である。

 

「……そっか。出来ない『約束』をしちまったな……」

 

 やはり、心にいつまでも取れない棘のような悔いが残った。オレのやった事はただの自己満足による偽善であり、欺瞞だ。自己嫌悪で嫌になる。

 

 

「――いいえ、それは違うわ。貴方が此処で生きて行く限り、彼女との『約束』は守れるわ」

 

 

 ……どうしてこういう時にそういう事を言うかな、お前は。いつもと比べて優しすぎて、ああ、くそ、もう……!

 

「……それこそ詭弁だろ、全く……ありがと、柚葉」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13/この虫野郎! これが人のやる事かァ! vs『代行者』(1)

 

 

「……此処か?」

 

 辿り着いた先にあったのは10階建ての如何にも廃ビルといった感じの建物であり、視認出来た当初からヤツの狙撃を警戒していたが、何事も無く到着する。

 

「うん、この廃ビルの屋上に居るみたいだね」

「馬鹿と何かは高い処が好きだと言うが、典型的みたいだな」

 

 ヤツがどういう意図で此処を選んだのかは知らんが、とりあえず顔を拝んでから色々文句言いたい。

 

「……ああ、待っているからさっさとぶちのめして来い」

 

 ヘルメットを脱ぎ去った赤坂は『D・ホイール』の運転席に腰掛けたまま、テンション低くそう言う。

 元の低すぎるテンションに戻ってしまったのは名残惜しいが、態々待ってくれてるんだ、さっさと済ませるとしよう。

 

「よし、馬鹿正直に登ってやる義理も無いな。柚葉」

「そうね、一飛びしましょ。身体を預けるわ」

 

 『蒼の亡霊』を装甲し、柚葉をお姫様抱っこする。そしてオレのスタンドの風の能力を最大限にフル活用し――一気に飛翔する。

 

 ――飛び越えた先の廃ビルの屋上の中央に、『代行者』は一人で待ち侘びていた。着地狩りを警戒したが、何もして来なくて拍子抜けする。

 

 

 抱える柚葉を降ろしてからスタンドを消さずにヤツを見据える。うん、普段と変わりないが、やっぱり奴も『デュエルディスク』を装備している……。神父服でそれは凄い違和感である。

 

 

「――随分と遅かったですね、些か退屈してましたよ。寄り道が過ぎるのでは?」

「……はぁ、ヒント無しでその言い草かよ。盗っ人猛々しいとは良く言ったもんだぜ」

 

 ああ、ヤツの嫌らしい嘲笑が気に触る。まぁ此処に来るまで時間が掛かりすぎて、もう日が落ちかけているからなぁ。

 うん、そういう要素を全部無視して、すっごいボッコボコにしたい!

 

「とりあえず、テメェがオレの『デッキ』を盗んだ犯人って事で良いんだよな? 一応聞いておくが、返す気はあるか?」

「ふふっ、返して欲しければ私との『決闘』で勝つ事です。――此処ならば邪魔が入りませんからね」

 

 ……そうかなぁ? さっきからお前が無視している柚葉の殺意は全然そうは言ってないが……。

 それに動じない当たり、面の皮が分厚いってレベルじゃないよな。

 

 

「――さぁ、始めましょうか。昼間までのお遊戯ではない、本物の『闇』のデュエルをッ!」

 

 

 またもや『デュエルディスク』から警告音が生じ――うん、コイツならやってくれると信じていた!

 予想通りの展開にオレと柚葉は揃って安堵の息を吐いた。うん、安定の『リアリスト』で逆に安心した。お前はそうだと信じていたよ。

 

「あ、それでOKなんだ。良かった良かった、テメェは最高に嫌らしいヤツでウザい事この上無い嫌なヤツだが、この世界のテメェは話が早くて助かるぜ。――うん、これも腐れ縁だ。お前の嫌がらせ程度に一々構ってられんから半殺し程度で済ませてやる」

「それなら残り半分は私がやっていい? さっきから理不尽ばかりで鬱憤が溜まっちゃってさ」

 

 ――まるでまな板に置かれた鯉を何方が解体するかの如く軽い会話を交わす。

 

 オレは『蒼の亡霊』を前に繰り出し、柚葉もいつもの邪悪な笑顔を浮かべてライトセーバーを取り出し、独特な音と共に赤い光の刃が生じる。

 

「……は? あの、秋瀬直也? 我が主? 一体何を――?」

 

 何って、いや、お前こそ何で馬鹿正直に『デュエルディスク』を構えて棒立ちしてるの? 何処に所有しているのか解らないぐらい投擲してくる『黒鍵』はどうした? 余りにも隙だらけで逆に殴る気が起こらなかった程だぞ?

 

「……何って『闇のゲーム』なんだろ?」

「……自分で『闇のゲーム』仕掛けておいて何言ってるの?」

 

 オレと柚葉は互いに見合い、揃ってジト目で『代行者』を見る。

 何か『デュエル』しまくりでこの改変された世界法則に完全に馴染んでしまいそうだったが、ようやく元の世界のルールで戦えるから凄い気楽だ。

 『魔術師』から聞く限り、この世界での『闇のゲーム』はリアルファイトでのKOでも特殊勝利出来る『決闘』なんだろ? なら――。

 

「い、いやっ、貴方達こそ何を言ってるのですか!? 何故『デュエルディスク』を構えないのです!? 『決闘者』としての誇りは何処に行ったのですか!?」

 

 ……何だろう、『代行者』の野郎が珍しく狼狽している?

 あの男にしては珍しすぎる反応にどう返して良いか解らない。

 

「いや、人の『デッキ』を盗んだ野郎が言っても説得力皆無じゃねぇか。……というか『闇のゲーム』ってリアルファイトで終わらせて良いんだろ? さっきはどうしようも無かったが――」

「戦闘不能にして意識飛ばしても勝ちなんだから、別にデュエルする必要無いじゃない?」

 

 うん、柚葉の言う通り――『魔術師』の言葉を聞く限り、そういう結論に至るのは自然だよな? どうせこの『魔都』で生きる全ての『転生者』の共通見解だろ?

 それなのに『代行者』の野郎は、何故かこの世が終わったかのような顔をして――。

 

 

「――な、なんて事だ。それを貴方が、よりによってッ! あの秋瀬直也がッ! それを言うのかァッッ!」

 

 

 鬼気迫る顔で本気で憤慨しやがった!? 柚葉も困惑して「え? 何この反応?」と突っ込むが、まるで聞いてないようだ。

 

「――不本意ですが、貴方がそんな様子では『闇』のゲームなどやってられません。秋瀬直也ッ! 私と『決闘』しろォッ!」

「お、おう……?」

「貴方が失ってしまった大切なモノを、この『決闘』で取り戻すのですッッ!」

 

 ……え? い、いや、何でお前、よりによってお前が、闇堕ちした主人公を救うような親友ポジションのような決死の気概で『デュエル』を仕掛けてくるの!?

 柚葉の方も「……ぇー? 何この展開……?」と完全にぽかんとして呆れてるじゃないか。

 

「――『デュエル』!」

「――でゅ、『デュエル』……?」

 

 声が重ならずズレる。うん、もうこの最初の掛け声と同じぐらい、認識の差が致命的なまでにズレてると思う。

 今回のデュエルは……向こうが先行か。過程はともあれ、結局いつもと同じ展開で『デュエル』だが、一体どんなデッキなんだか。

 

「――私は手札から魔法カード『遺言状』を発動! このターン、自分フィールド上のモンスターが自分の墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を特殊召喚する事が出来る!」

 

 うわぁ、最初から最初期の禁止カードかよ? まさか懐かしの『サイエンカタパ』か? いや、《カタパルト・タートル》が『エラッタ』――既に販売されたカードのテキストが後々書き換えられる事――されて1ターンに1度しか効果を使えなくなったから完全消滅した筈……?

 

 ――あれ? そういえばいつ頃『エラッタ』されたっけ?

 

 ルール面からの不備があるなら、即座に効果が書き換えられたカードは結構あったが、昔からのカードの効果が大幅修正(しかも大幅な弱体化)されるなんて珍しすぎる事なら記憶に残る筈なのに……。

 自覚が無いだけで、割りとこの『異変』の影響を知らず知らずの内に受けているのか……? おっと、今は目の前のデュエルに集中だ。

 

「《甲虫装機 グルフ》を通常召喚し、魔法カード『孵化』発動!」

「げぇっ、『インゼクター』!?」

 

 うっわぁ、それ使うんかよ……。おのれ、この虫野郎めぇっ!

 

「昆虫族モンスター? ……直也君の物凄い嫌そうな顔を見る限り、ロクなテーマじゃないと思うけど、どんなの?」

「カード名+1ターンに1度という一文を書き忘れた罪深き虫野郎どもだ……!」

「……あ、大体察したわ」

 

 ……うん、奴等の頭おかしい効果は見ていれば自然に解るだろう。

 

「魔法カード『孵化』は自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、そのモンスターよりレベルの1つ高い昆虫族モンスター1体をデッキから特殊召喚する! 私はレベル2の《甲虫装機 グルフ》をリリースし、デッキからレベル3の昆虫族モンスター《甲虫装機 ダンセル》を特殊召喚する!」

 

 顔の下半分が露出する赤い仮面被り、近未来的な機関銃を構える、戦隊物の変身ヒーローみたいなスーツ着た最低最悪の虫野郎がエントリーだァッ!

 

 ――こればかりは引き攣る顔を抑えられない。

 

 初手から破滅の呪文「ダ ン セ ル 召 喚」である。

 あー、うん、この場合、『代行者』が先行で良かったというべきか。後攻だったら最高なまでに悲惨な事になっていた。

 

「そして《甲虫装機 グルフ》が墓地に送られた事により、『遺言状』の効果発動、デッキから攻撃力1000のモンスター、2体目の《甲虫装機 ダンセル》を特殊召喚!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札5→4→3→2

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 魔法・罠カード

  無し

 

 そうだった……! この世界には禁止制限無いから、この永久の制限カードにすべき戦犯カードを入れたい放題だったッ! 絶望したッ!

 まずい、墓地に《甲虫装機 グルフ》だから、こっちのフィールドに破壊対象が無くても展開し放題じゃねぇか……!

 

「手札から《甲虫装機 ギガマンティス》の効果発動! このカードは手札から装備カード扱いとして自分フィールド上の『甲虫装機』と名のついたモンスターに装備し、装備モンスターの元々の攻撃力が2400となる! 私は1体目の《甲虫装機 ダンセル》に装備!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札2→1

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000→2400/守1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 魔法・罠カード

  《甲虫装機 ギガマンティス》

 

 ……残りの手札1枚が《甲虫装機 ホーネット》じゃない事を切実に祈ろう。

 

「更に1体目の《甲虫装機 ダンセル》の効果発動! 1ターンに1度、自分の手札・墓地から『甲虫装機』と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備出来る。私は手札の《甲虫装機 ホーネット》を装備! 《甲虫装機 ホーネット》が装備カード扱いで装備されている場合、装備モンスターのレベルは3上がり、攻撃力・守備力はこのカードの数値分アップする!」

 

 ――ですよねぇ! やっぱりその最後の1枚は《甲虫装機 ホーネット》かよ! 即座に祈り裏切られたよ!

 ぐ、ぐぬぬ、肝心のこっちの初期手札には《エフェクト・ヴェーラー》が無いし、《甲虫装機 ダンセル》が2体並んでいる以上、あっても展開止めれないから意味ねぇ!

 

 『代行者』

 LP8000

 手札1→0

 《甲虫装機 ダンセル》星3→6/闇属性/昆虫族/攻2400→2900/守1800→2000

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 魔法・罠カード

  《甲虫装機 ギガマンティス》

  《甲虫装機 ホーネット》

 

「……あれ、手札使い切った? もう展開終わり? 装備して攻撃力・守備力を上げる程度ではないでしょ?」

「……ああ、装備して攻撃力・守備力が増えるのは飾りだ。問題は外した後だ! ――此処からが本当の地獄だ!」

「……装備カードを外した後? 装備したのに?」

 

 一体此処から何処まで『ソリティアタイム』が続くか、オレも見当つかないぞ……!

 

「《甲虫装機 ホーネット》の効果発動! 装備カード扱いで装備されているこのカードを墓地に送り、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する! 私は《甲虫装機 ギガマンティス》を選択して破壊する!」

「え? 自らの装備カードを破壊……!?」

 

 そう、一見して自らのフィールドのカードを破壊する愚かしい行為、だが、それがインゼクターだと――。

 

「《甲虫装機 ダンセル》の効果発動! このカードに装備された装備カードが自分の墓地に送られた場合、デッキから《甲虫装機 ダンセル》以外の『甲虫装機』と名のついたモンスター1体を特殊召喚出来る! このカードに装備されていた装備カードが2枚墓地に落ちたのでこの効果は2回発動出来る。私はデッキから《甲虫装機 センチピード》2体を特殊召喚する!」

 

 ちなみにこれは処理的に《甲虫装機 ホーネット》が墓地に落ちてから《甲虫装機 ギガマンティス》が破壊されて墓地に行く為、装備カードが墓地に送られるタイミングがずれているので、《甲虫装機 ダンセル》の効果が2回発動しやがる。マジふざけんな。

 『大嵐』や『ハーピィの羽根帚』などで同時に墓地に送られた場合は1回しか発動しないが――。

 

「……え? 何これ?」

「これがインゼクターだよ。効果使って手札か墓地の『甲虫装機』モンスターを装備するのは1ターンに1度だが、装備カードが墓地に送られた際に発動する効果に1ターンに1度の縛りがねぇんだよ!」

 

 一体何を考えてこのテーマ生み出したんだっ!

 

「なお破壊されて墓地に送られた《甲虫装機 ギガマンティス》の効果は発動しません」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札0

 《甲虫装機 ダンセル》星6→3/闇属性/昆虫族/攻2900→1000/守2000→1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

 次に2体出てくるはゴツい茶色装甲を着た虫スーツの男。お前等のような鬼畜な戦隊ヒーローがいるかっ!

 

「1体目の《甲虫装機 センチピード》の効果発動! 1ターンに1度、自分の手札・墓地から『甲虫装機』と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備する。私は墓地の《甲虫装機 グルフ》を装備! 《甲虫装機 グルフ》が装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは2つ上がり、攻撃力・守備力はこのカードの数値分アップする!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札0

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 センチピード》星3→5/闇属性/昆虫族/攻1600→2100/守1200→1300

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 魔法・罠カード

  《甲虫装機 グルフ》

 

「装備した《甲虫装機 グルフ》の効果発動! 装備カード扱いとして装備されているこのカードを墓地に送り、自分フィールド上のモンスター1体を選択し、レベルを2つまで上げる。私は1体目の《甲虫装機 センチピード》のレベルを1つ上げる!」

 

 げっ、《甲虫装機 グルフ》でレベル操作してレベル4にするだと?

 レベル3主体のそのデッキでランク4エクシーズモンスターを立てる気か……!

 

「そして《甲虫装機 センチピード》の効果発動! このカードに装備された装備カードが自分の墓地へ送られた場合、デッキから『甲虫装機』と名のついたカード1枚を手札に加える事が出来る! 私はデッキから『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』を手札に加える!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札0→1

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 センチピード》星3→4/闇属性/昆虫族/攻2100→1600/守1300→1200

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

「……ねぇ、これ、直也君が先行だったらさ――」

「《甲虫装機 ホーネット》の効果でオレのフィールドがズタズタに破壊された上で大量展開されるという悪夢を経て、容赦無く1キルされただろうな……!」

 

 その点だけは純粋に運が良かったと言えよう。前知識無しに後攻のインゼクターを相手にするとか最悪過ぎる巡り合わせだし。

 

「2体目の《甲虫装機 センチピード》の効果発動、墓地の《甲虫装機 グルフ》を装備し、効果発動させて2体目の《甲虫装機 センチピード》のレベルを1つ上げ、装備したカードを墓地に送られた《甲虫装機 センチピード》の効果でデッキから《甲虫装機 ギガウィービル》をサーチする」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札1→2

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 センチピード》星4/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 《甲虫装機 センチピード》星3→4/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

「レベル4となった《甲虫装機 センチピード》2体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ――愚鈍な獲物誘う魅惑の毒花! ランク4《フレシアの蟲惑魔》!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札2

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 現れたのは誰も彼も死んだ眼をしている五人のロリ幼女達、彼女達は妖しげな笑顔で此方を手招きする。

 ランク4のエクシーズモンスターなのに攻撃力が300と極めて低く、守備表示でエクシーズ召喚された《フレシアの蟲惑魔》。

 あ、これ絶対何かあると確信してテキストを読んで見ると――。

 

 《フレシアの蟲惑魔》

 エクシーズ・効果モンスター

 ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500

 レベル4モンスター×2

 (1):X素材を持ったこのカードは罠カードの効果を受けない。

 (2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、

 「フレシアの蟲惑魔」以外の自分フィールドの「蟲惑魔」モンスターは戦闘・効果で破壊されず、

 相手の効果の対象にならない。

 (3):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、

 発動条件を満たしている「ホール」通常罠カードまたは

 「落とし穴」通常罠カード1枚をデッキから墓地へ送って発動できる。

 この効果は、その罠カード発動時の効果と同じになる。

 この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 何か強くておかしい事しか書かれてなくね!?

 (2)の自分以外の『蟲惑魔』モンスターに戦闘・効果による破壊耐性と効果の対象にならない絶対耐性付与は多分腐るだろうが、コイツ、相手ターンでもデッキから罠カード発動とか頭おかしい事出来るぞ!? 絶対第九期のカードだろこれ!?

 1ターンに1度の縛りはあるが、魔法カードで除去しない限り、必ず『落とし穴』系の罠を食らうハメになるのかよ……。

 

「2体目の《甲虫装機 ダンセル》に装備魔法『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』を装備。このカードは『甲虫装機』と名のついたモンスターのみ装備可能であり、装備モンスターの攻撃力・守備力を800ポイントアップする」

 

 ぐっ、またしても《甲虫装機 ダンセル》に装備カードを……。

 また《ホーネット》装備して外して自分で破壊する事で2アド以上稼がれるのかよ……! アドバンテージって何だろうな、少なくともこんなにぽんぽんと稼がれて良いものじゃない気がする……。

 

「2体目の《甲虫装機 ダンセル》の効果発動、墓地の《甲虫装機 ホーネット》を装備し、装備した《甲虫装機 ホーネット》を墓地に送る事で『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』を破壊する。――装備を破壊されて墓地に送られた《甲虫装機 ダンセル》の効果2回と墓地に送られた『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』の効果発動!」

 

 うわぁ、今日のデュエルの中で一番、一人でやってるよー!

 

「フィールド上に表側表示で存在する『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』が墓地に送られた時、自分の墓地の『甲虫装機』と名のついたモンスター1体を手札に加える。私は墓地の《甲虫装機 ギガマンティス》を手札に加える」

 

 また手札から装備カードになれるカードを回収されたか……!

 

「そして《甲虫装機 ダンセル》の効果でデッキから《甲虫装機 センチピード》《甲虫装機 ホーネット》を特殊召喚する!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札2→1→2

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500 ORU2

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 《甲虫装機 ホーネット》星3/闇属性/昆虫族/攻500/守200

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……しかし、3枚目の《甲虫装機 センチピード》に2枚目の《甲虫装機 ホーネット》か。

 デッキから特殊召喚出来るモンスターを全て使い切る気か? 本当に1ターンの内に全部無くなる勢いで展開しているな。

 普通に考えれば、勝負を決める時にやるべき展開だと思うが――あの性根が『魔術師』レベルに腐っている『代行者』の事だ、確実に何か企んでるな?

 

「レベル3の《甲虫装機 ダンセル》2体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク3《No.20 蟻岩土ブリリアント》!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札2

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500 ORU2

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1600/守1200

 《甲虫装機 ホーネット》星3/闇属性/昆虫族/攻500/守200

 《No.20 蟻岩土ブリリアント》ランク3/光属性/昆虫族/攻1800/守1800 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 次にエクシーズ召喚されたのはランク3の昆虫族モンスター。

 ……うーむ、ランク3はランク4と比べて優しい効果揃いだったから、どんな効果だったか全然覚えてないな。

 

「《No.20 蟻岩土ブリリアント》の効果発動、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力を300ポイントアップさせる!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札2

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300→600/守2500 ORU2

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1600→1900/守1200

 《甲虫装機 ホーネット》星3/闇属性/昆虫族/攻500→800/守200

 《No.20 蟻岩土ブリリアント》ランク3/光属性/昆虫族/攻1800→2100/守1800 ORU2→1

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……む? まだ展開途中だと思うのに、今効果を使うという事は、エクシーズ素材の《ダンセル》を墓地に送る為か。

 最終的に《No.20 蟻岩土ブリリアント》を3体展開した上で3回効果使って全体的に900アップで終わらせるのか?

 それだとモンスターを使い切る勢いで展開するメリットに見合わないか。

 

「手札の《甲虫装機 ギガマンティス》を《甲虫装機 センチピード》に装備し、《甲虫装機 センチピード》の効果で墓地の《甲虫装機 ホーネット》を装備、装備した《甲虫装機 ホーネット》を墓地に送って《甲虫装機 ギガマンティス》を破壊――《甲虫装機 センチピード》のデッキから『甲虫装機』をサーチする効果が2回発動し、更に墓地に落ちた《甲虫装機 ギガマンティス》の効果発動!」

 

 息を吸うように3アド以上の動きを……!?

 

「モンスターに装備された《甲虫装機 ギガマンティス》が墓地に送られた場合、自分の墓地から《甲虫装機 ギガマンティス》以外の『甲虫装機』と名のついたモンスター1体を特殊召喚する! この《甲虫装機 ギガマンティス》の効果は1ターンに1度しか使用出来ない。――私は墓地の《甲虫装機 ダンセル》を特殊召喚! そして《甲虫装機 センチピード》の効果で3枚目の《甲虫装機 ダンセル》、2枚目の『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』を手札に加える!」

 

 この《甲虫装機 ギガマンティス》の蘇生効果だけはカード名付きで1ターンに1度の縛り、だからさっき墓地に落ちて発動条件を満たしたのに関わらず、この効果を発動しなかったのか……!

 

 『代行者』

 LP8000

 手札2→1→3

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻600/守2500 ORU2

 《甲虫装機 センチピード》星3/闇属性/昆虫族/攻1900/守1200

 《甲虫装機 ホーネット》星3/闇属性/昆虫族/攻800/守200

 《No.20 蟻岩土ブリリアント》ランク3/光属性/昆虫族/攻2100/守1800 ORU1

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 魔法・罠カード

  無し

 

 うわ、これで次のターンも破滅の呪文「ダ ン セ ル 召 喚」による展開が来る上に、また《ダンセル》がフィールドに戻ってきたぞー!

 

「レベル3の《甲虫装機 センチピード》と《甲虫装機 ホーネット》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク3《No.47 ナイトメア・シャーク》!」

 

 何か羽根が生えた鮫モンスターがエクシーズ召喚される。

 うーむ、何だろう。微妙な匂いがする……?

 

「《No.47 ナイトメア・シャーク》の効果発動、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の水属性モンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスター以外のモンスターは攻撃出来ず、選択したモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃出来る。私は唯一の水属性の《No.47 ナイトメア・シャーク》を選択する」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻600/守2500 ORU2

 《No.20 蟻岩土ブリリアント》ランク3/光属性/昆虫族/攻2100/守1800 ORU1

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《No.47 ナイトメア・シャーク》ランク3/水属性/海竜族/攻2000/守2000 ORU2→1

 魔法・罠カード

  無し

 

 ふーむ、攻撃力2000のダイレクトアタックが出来るだけのエクシーズモンスターか、攻撃出来ない1ターン目に効果を使用したのは、やはりエクシーズ素材になっている《甲虫装機 センチピード》を墓地に落とす為か。

 しかし、何でまた制圧系のカードじゃなく、こんな微妙な効果のランク3エクシーズを繰り返してるんだ? 終点が全然見えねぇ……!

 

「《甲虫装機 ダンセル》に『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』を装備し、効果発動して墓地の《甲虫装機 ホーネット》を装備、装備した《甲虫装機 ホーネット》を墓地に送って『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』を破壊――《甲虫装機 ダンセル》が2回発動しますが、これ以上場に置く枠が無いので1回だけ、あと墓地に送られた『甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー』の効果発動!」

 

 うっわぁ、フィールドに召喚出来るモンスターカードは5枚まで、特殊召喚しようにもフィールドの枠が無いとか、『満足』じゃないと起こらないような事が起きてるなぁ……。

 

「墓地の《甲虫装機 センチピード》を手札に、《甲虫装機 ダンセル》の効果でデッキから3枚目の《甲虫装機 ホーネット》を特殊召喚する!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3→2→3

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻600/守2500 ORU2

 《No.20 蟻岩土ブリリアント》ランク3/光属性/昆虫族/攻2100/守1800 ORU1

 《甲虫装機 ダンセル》星3/闇属性/昆虫族/攻1000/守1800

 《No.47 ナイトメア・シャーク》ランク3/水属性/海竜族/攻2000/守2000 ORU1

 《甲虫装機 ホーネット》星3/闇属性/昆虫族/攻800/守200

 魔法・罠カード

  無し

 

 あの手札3枚は《甲虫装機 センチピード》《甲虫装機 ダンセル》《甲虫装機 ギガウィービル》か。

 《甲虫装機 ギガウィービル》は《甲虫装機 ギガマンティス》と同じく、手札から装備カード扱いとして装備出来るカードで破壊されて墓地に送られた際、墓地の『甲虫装機』を特殊召喚出来る効果も持っている。

 割りと主要な『甲虫装機』モンスターはデッキから召喚し切っているが、次のターンも《ダンセル》通常召喚から3アド以上稼げる事が確定してやがるぞ……!

 

「レベル3の《甲虫装機 ダンセル》と《甲虫装機 ホーネット》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク3《No.17 リバイス・ドラゴン》!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻600/守2500 ORU2

 《No.20 蟻岩土ブリリアント》ランク3/光属性/昆虫族/攻2100/守1800 ORU1

 《No.47 ナイトメア・シャーク》ランク3/水属性/海竜族/攻2000/守2000 ORU1

 《No.17 リバイス・ドラゴン》ランク3/水属性/ドラゴン族/攻2000/守0 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 そして出てくるは六枚翼の青色のドラゴン、確かエクシーズ導入初期のエクシーズモンスターであり、1ターンに1度、エクシーズ素材を取り除いて攻撃力500上げる程度の、微妙な効果だった筈……?

 

 

「――見せてあげましょう、私の真の『切り札』をッ! エクシーズ素材を持った同じランクの『No.』エクシーズモンスター、ランク3の《No.20 蟻岩土ブリリアント》《No.47 ナイトメア・シャーク》《No.17 リバイス・ドラゴン》の3体でオーバーレイッ!」

 

 

 は? 何だと!? 何そのヘンテコなエクシーズ素材条件!? 

 

「レベルを持たないエクシーズモンスターでエクシーズ召喚だとォッ!?」

 

 そう、エクシーズ召喚は同じレベルを重ねてエクストラデッキから召喚するものであり、同時にエクシーズモンスターの持つのはレベルではなくランク。なので、普通ではエクシーズモンスター同士でエクシーズ召喚するなど不可能なのだが――。

 

 

「――万界に散りし魂の祈りよ! 今こそこの手に集いその姿を現せ! 現われろ、ナンバーズの真の皇よ! ランク12《No.93 希望皇ホープ・カイザー》!」

 

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻600/守2500 ORU2

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3

 魔法・罠カード

  無し

 

 その条件で爆誕したのは、四枚の純白と黄金の翼纏う、《希望皇ホープ》の派生モンスター……!?

 

「――ランク12のエクシーズモンスターだとォ!?」

 

 素材条件が、エクシーズ素材を持った同じランクの『No.』エクシーズモンスター×2体以上だと?

 この条件を満たす為に効果が微妙でもランク3の『No.』エクシーズモンスターをエクシーズ召喚してきたのか……!

 

 

「《No.93 希望皇ホープ・カイザー》の効果発動! 1ターンに1度、自分メインフェイズにこのカードのエクシーズ素材の種類の数までエクストラデッキからランク9以下で攻撃力3000以下の――同じランクは1体までの――『No.』モンスターを効果を無効にして特殊召喚する! その後、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く。このターン、相手が受ける戦闘ダメージは半分になり、自分はモンスターを特殊召喚出来ない!」

 

 

 何だと!? 最初から攻撃出来ない1ターン目じゃデメリット0の効果じゃねぇか!

 

 

「――ランク8《No.107 銀河眼の時空竜》! ランク6《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》! ランク5《No.53 偽骸神 Heart-eartH》!」

 

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻600/守2500 ORU2

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU3→2

 《No.107 銀河眼の時空竜》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2500 ORU0

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU0

 《No.53 偽骸神 Heart-eartH》ランク5/闇属性/悪魔族/攻100/守100 ORU0

 魔法・罠カード

  無し

 

 機械的なフォルムの黒きドラゴンに、《希望皇ホープ》の正統進化系、フェイトの時にも見た《ビヨンド・ザ・ホープ》、そして最後の城に両手が生えたようなモンスターだけ、守備表示で特殊召喚される。

 

 ――効果が無効化され、その上でエクシーズ素材も無いので、この効果で出されたエクシーズモンスターは効果を持たない通常モンスターと同じようなもの。

 定石通りに活用するなら《銀河眼の時空竜》や《ビヨンド・ザ・ホープ》のように攻撃力3000のエクシーズモンスターを出せば最大限に活かせれるが、それなのに最後に出した《No.53 偽骸神 Heart-eartH》の攻撃力・守備力は共に100? その数値の低さが逆に嫌な予感を過ぎらせる……!

 

 

「――私はこれでターンエンド。さぁ、秋瀬直也。かかってこいッッ! 貴方が『デュエル』に賭けた情熱を、その初志を思い出すのですッッ!」

 

 




 本日の禁止カード

 『遺言状』
 通常魔法(禁止カード)
 このターンに自分フィールド上のモンスターが自分の墓地へ送られた時、
 デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 最初期に登場した魔法カード。テキストにやや不備があるが、この効果で特殊召喚出来るのは1体だけである。
 見ての通り、余りにも万能過ぎるサーチ&特殊召喚カード。これで君のデッキから攻撃力1500以下のキーカードをいつでも引っ張り出せるぞー! ……まぁ永久に禁止カードだろうけど。

 なお、このカードを使い、インゼクターどもを展開すると同時にネクロスの儀式モンスターも同時展開しようと企んだが、儀式の神様達の儀式モンスター&儀式魔法サーチ効果が特殊召喚には対応してない事に気づいた作者は泣く泣くこの案を破棄した。仕方ないね。
 素人が下手に複合デッキにするより、一つのデッキテーマでガンガン回した方が事故率が少なく強くなるから仕方ないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14/ダークシグナーだった頃のお前はもっと輝いていたぞ! vs『代行者』(2)

 タイトル詐欺? 予告の台詞が本編中に出て来ない事ぐらい『遊戯王』では日常茶飯事だよな!


 

「オレのターン、ドロー!」

 

 ようやくオレのターンが回ってきて、ドローしたカードを見て顔を引き攣る。

 最高に回った状態ならば、あの布陣すら粉砕して1ターンキル出来るが、この初期手札では到底望めない。

 完全な事故ではないし、動かなければ死ぬ。ならば、初期手札が悪かろうが動くしかあるまい!

 

「オレは手札から魔法カード『クリティウスの牙』を発動! 『クリティウスの牙』は1ターンに1度、『クリティウスの牙』の効果でのみ特殊召喚出来る融合モンスターカードに記された罠カード1枚を自分の手札・フィールドから墓地に送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 この効果から出せる融合モンスターは強力な効果を持っているが、これとその罠カードをサーチする方法は基本的に無いから、これが初のお披露目である。

 

「――オレは手札の『聖なるバリア -ミラーフォース-』を墓地に捨て、《ミラーフォース・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6→5→4

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

 現れるは『ミラーフォース』の力を得た伝説の竜『クリティウス』の化身、このカード、初代遊戯王に登場したカードだが、OCG化してたんだなぁ。

 

「――どうした? 《フレシアの蟲惑魔》の効果は使わないのか?」

「――さて、使うかどうかは私の勝手ですよ」

 

 ちっ、調子に乗って使ってくれれば《ミラーフォース・ドラゴン》だけの犠牲でヤツのフィールドを破壊し尽くせたんだがなぁ……あれ、『奈落の落とし穴』って対象を取る効果だったけ? ……地味に取らなかったような?

 

(……? 『奈落の落とし穴』以外の『落とし穴』を使いたいのか? 他に何あったかな?)

 

 ……現状、これ以上展開しても必ず《フレシアの蟲惑魔》で妨害され、致命的な打撃を受ける事になるだろう。

 特にこの手札じゃリカバリー出来ないので、それは何としても避けたい。……ちょっと勿体無いが――。

 

 

「――バトル! 《ミラーフォース・ドラゴン》で《フレシアの蟲惑魔》を攻撃!」

 

 

 このターンで仕留める事を完全に諦め、邪魔な《フレシアの蟲惑魔》を戦闘で直接排除しよう。

 こっちの攻撃力は2800、あっちの守備力は2500だから、確実に戦闘破壊出来る――。

 

「《フレシアの蟲惑魔》の効果発動! 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、発動条件を満たしている『ホール』通常罠カードまたは『落とし穴』通常罠カード1枚をデッキから墓地に送って発動出来る! この効果は相手ターンでも発動可能! 私がデッキから墓地に送るのは『狡猾な落とし穴』――その効果は自分の墓地に罠カードが存在しない場合、フィールド上のモンスター2体を選択して破壊する」

 

 このタイミングで発動出来る『落とし穴』だと!? まぁ『落とし穴』といったら『奈落の落とし穴』しか覚えてないけど。

 

「ちっ、召喚時じゃなくても発動出来る『落とし穴』があったか……! だが、それで《ミラーフォース・ドラゴン》を選択しちまったらそっちのフィールドは全破壊だぜ!」

「――いいえ、私が選択する2体は《No.93 希望皇ホープ・カイザー》と《No.53 偽骸神 Heart-eartH》です!」

「なっ、自分のエクシーズモンスターを対象だと!?」

 

 さっきまでの自分の装備カードを破壊して大量展開した光景を見てきているだけに、果てしなく嫌な予感がする……!

 

「《No.93 希望皇ホープ・カイザー》は自分フィールドに他の『No.』エクシーズモンスターが存在する限り、戦闘・効果では破壊されない。――そして効果で破壊された《No.53 偽骸神 Heart-eartH》のモンスター効果発動!」

「何? 《ホープ・カイザー》の効果で特殊召喚された『ナンバーズ』は効果が無効化されていたんじゃないのか!?」

「例え効果が無効化されていても墓地から発動する効果は別ですよ!」

 

 ぐっ、厄介極まる耐性に、死者に口ありってヤツか……!

 

「エクシーズ素材の無い《No.53 偽骸神 Heart-eartH》がカードの効果によって破壊された時、墓地のこのカードをエクシーズ素材としてエクストラデッキから《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》1体をエクシーズ召喚扱いとして特殊召喚する!」

「な、何ィ!? デッキから罠カードの次は墓地からエクシーズ召喚だとォ!?」

 

 インチキ効果もいい加減にしやがれよ!?

 

 

「――偽りの骸を捨て、神の龍となりて現われよ! ランク9《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》ッッ!」

 

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻600/守2500 ORU2→1

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 《No.107 銀河眼の時空竜》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2500 ORU0

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU0

 《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》ランク9/闇属性/ドラゴン族/攻0/守0 ORU1

 魔法・罠カード

  無し

 

 偽りの骸を脱ぎ去り、現れるは蛇じみた胴体が果てしなく長く、この廃ビルに巻き付いてなお長い超巨大な最凶龍! だが――。

 

「こんな見た目で攻撃力0? という事は――」

「効果がヤバい系だな……!」

 

 どれどれ、テキストを確認だ。

 

 《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》

 エクシーズ・効果モンスター

 ランク9/闇属性/ドラゴン族/攻0/守0

 レベル9モンスター×3

 このカードは戦闘では破壊されず、

 このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは代わりに相手が受ける。

 相手のエンドフェイズ時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、

 相手フィールド上の、このターンに

 召喚・特殊召喚・セットされたカードを全てゲームから除外する。

 エクシーズ素材を持っているこのカードが破壊された場合、

 このカードを墓地から特殊召喚できる。

 この効果で特殊召喚した時、このカードの攻撃力は

 ゲームから除外されているカードの数×1000ポイントアップする。

 

 ……あ、コイツはやべぇ。処理出来ずにターンエンドしたらこのターンのエンドフェイズに、フィールドにおいたカード全て除外されるじゃねぇか!?

 しかも戦闘耐性に戦闘で発生する戦闘ダメージを相手に受けさせる反射効果、更には破壊された場合でもエクシーズ素材があれば墓地から特殊召喚し、ゲームから除外されているカードの数×1000ポイントの攻撃力になるだぁ!?

 

「――っ、とんでもねぇのが出てきやがったな! 攻撃続行、《ミラーフォース・ドラゴン》で《フレシアの蟲惑魔》を攻撃して破壊っ!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 《No.107 銀河眼の時空竜》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2500 ORU0

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU0

 《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》ランク9/闇属性/ドラゴン族/攻0/守0 ORU1

 魔法・罠カード

  無し

 

 さて、どうにかしてこのターンの内に《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》を除去しないと詰むか。

 道筋が思い描けないが、オレの手札にはまだその可能性は残っている……!

 

「メインフェイズ2、速攻魔法『手札断殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札を2枚墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする!」

「おやおや、私の手札を入れ替えさせて良いのですか?」

「抜かせ、《甲虫装機 センチピード》と《甲虫装機 ギガウィービル》を落とすハメになる癖によぉ……!」

 

 ちっ、奴の手札が2枚なら《ダンセル》を墓地に落とせたものを……!

 とりあえず《ゴブリンゾンビ》《ユニゾンビ》を墓地に送って、新たにドローする2枚に祈るだけだ……!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3→1→3

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

 此処でこの2枚か……ああもうやりゃ良いんだろ!

 

「更に魔法カード『闇の誘惑』を発動! デッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地に送る――2枚ドロー! そして闇属性モンスター《ワイト夫人》を除外する」

 

 ――っ、微かに繋がった! 《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》をこのターンで完全除去する軌跡が光り輝いて結実する!

 

「手札から《ゾンビ・マスター》を通常召喚、効果発動、手札のモンスターカード《グローアップ・バルブ》を墓地に送って、自分の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスター《ユニゾンビ》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→2→4→3→2→1

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「《ユニゾンビ》の第二の効果発動! デッキからアンデット族モンスター《馬頭鬼》を墓地に送り、フィールドの《ユニゾンビ》のレベルを1つ上げる。この効果の発動後、ターン終了時までアンデット族以外の自分モンスターは攻撃出来ない」

 

 もう既にバトルフェイズは終わっているから、この効果は発動し放題だぜ!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3→4/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「墓地の《馬頭鬼》を除外し、オレの墓地のアンデット族モンスター《ゴブリンゾンビ》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 魔法・罠カード

  無し

 

 これでレベル4のチューナー以外のモンスターが2体……! 此処でさっき手札から捨てたカードの効果を発動させる!

 

「墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動、デッキの一番上のカードを墓地に送り、墓地の《グローアップ・バルブ》を特殊召喚する! この効果はデュエル中、1回しか使用出来ない!」

 

 墓地に落ちたのは――《ゾンビキャリア》か! よし、少しだけ運が向いてきたな……!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《グローアップ・バルブ》星1/地属性/植物族/攻100/守100

 魔法・罠カード

  無し

 

「レベル4の《ゾンビ・マスター》とレベル4の《ゴブリンゾンビ》にレベル1のチューナーモンスター《グローアップ・バルブ》をチューニング! シンクロ召喚! ――破壊神より放たれし聖なる槍よ、今こそ魔の都を貫け! レベル9《氷結界の龍 トリシューラ》!」

 

 絶対零度の封印を粉砕し、フィールドに伝説の龍が登場だッ!

 本当にお前は相手に使われると悲鳴あげたくなるが、自分で使うとこれ以上無く頼りになるぜ……!

 

 《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》には厄介な戦闘破壊耐性、そして効果で破壊してもエクシーズ素材があるなら墓地から特殊召喚されるが、除外してしまえば何の効果も発揮出来まい!

 

「《氷結界の龍 トリシューラ》のシンクロ召喚に成功した時、相手のフィールド・手札・墓地のカードを1枚ずつ除外出来る! オレはフィールドの《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》、墓地の《甲虫装機 ダンセル》を除外! そして手札の1枚は――!」

「――っ、手札の《甲虫装機 ダンセル》もですか……!」

 

 よっし! 一番除外して欲しい手札のカードを除外出来たぜ!

 これでエンドフェイズに《No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon》の効果で全除外される脅威は取り除き、更には幸運な事に《甲虫装機 ダンセル》が墓地に1枚、他の『甲虫装機』で蘇生されなければ大量展開も出来まい……!

 

「更に墓地に落ちた《ゴブリンゾンビ》の効果でデッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター《馬頭鬼》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→2

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 《ユニゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

「《ユニゾンビ》の第一の効果発動! 手札を1枚捨て、フィールドの《ユニゾンビ》のレベルを1つ上げる」

 

 当然捨てるのは今、《ゴブリンゾンビ》の効果で持ってきた2枚目の《馬頭鬼》である。だが、このターンは使わない。

 

「更に手札の《ワイトメア》を墓地に捨て、その効果でゲームから除外されている《ワイト夫人》を特殊召喚する!」

 

 これでレベル3のモンスターとレベル5のチューナーモンスターがフィールドに揃った! その合計レベルは8! ならば出すべきシンクロモンスターは――。

 

「レベル3の《ワイト夫人》にレベル5となったチューナーモンスター《ユニゾンビ》をチューニング! シンクロ召喚! レベル8《PSYフレームロード・Ω》!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1→0

 《ミラーフォース・ドラゴン》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守1200

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 《PSYフレームロード・Ω》星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200

 魔法・罠カード

  無し

 

 幾度のデュエルで大活躍した頼れるサイキック族モンスターである。

 

 ……だが、手札を全部使い切ってこの程度の展開とは、非常にまずいな。

 次のターンになれば墓地の《馬頭鬼》2体に《ユニゾンビ》の効果を使ってシンクロ召喚に繋げれる。次のオレのターンがあれば、だが――。

 

「……オレはこれでターンエンド」

「おや、おやおやおやおや、まさかこれで終わりですか? どうやら完全に事故ったようですね――これはこれは、かつての貴方からは考えられない事だ!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3→2

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 《No.107 銀河眼の時空竜》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2500 ORU0

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU0

 魔法・罠カード

  無し

 

「……いや、誰だって手札事故からは逃れられないだろ?」

「今の貴方には、かつて『持っていたモノ』が綺麗さっぱり消失してしまっているッ!  ――誰もが憧れ、誰もが敬い、誰もが妬んだ、全ての『決闘者』の頂点に立った『決闘王(キング・オブ・デュエリスト)』としての秋瀬直也は、此処には居ないッッ!」

 

 ……え? 何それ? 何で武藤遊戯と同じような立場にオレなんかがなっているの? いや、正確にはこの遊戯王次元の『オレ』なんだが。

 そう考えれば、今までの他の人からの反応がかなり違ったのは納得の行く話、なのか……?

 

 

「――そう、今の貴方は『秋瀬直也』ですらないッッ!」

 

 

 ぇー? いや、本当にこの改変された次元での『オレ』ではないから、何も言い返せないけどさ。何かコイツに言われるのだけは納得いかねぇ……!

 

「……えーと、元・直也君?」

「……いや、柚葉、何で知らないのに『元・キング』みたいな扱いを……」

 

 やめてくれ、柚葉。帰りの『D・ホイール』で転倒事故になったら洒落になんねぇだろうが……。

 

「――『運命』さえそのドローで捩じ伏せ、『闇』のデュエルを『光』のデュエルで照らし尽くし、新たな『未来』を切り開いた……『遊戯王』は楽しい事だと、誰もが忘れていた大切な事を思い出させてくれたのは、貴方だった筈だッ!」

 

 ……ああ、うん、「コイツ面倒臭ぇ……」と思いながらも、『決闘者』相手に会話が成立する道理は最初から無かったな!

 

「……そんな貴方が『決闘者』としての『魂』を忘れてしまったのならば――もう一度、思い出させてやりますともッ!」

「……いや、良い事言っているつもりなんだろうが、まずは『デッキ』返せや」

 

 まずは己の犯罪行為から見直せ、そして神父らしく悔い改めろ。

 

「私のターン、ドロー!」

「スタンバイフェイズ、《PSYフレームロード・Ω》の効果で除外されている《馬頭鬼》を墓地に戻す」

 

 墓地に色々落ちているお陰で、手札は無いが、これで次のターンも何かしら展開出来る布石は打った。

 ……まぁ問題は、このターンのうちに仕留められないか、である。それは奴の展開次第だ。既に主立った『甲虫装機』は使い切ってるし、『ダンセル』さえ出されなければ何とか――。

 

「私は魔法カード『貪欲な壺』を発動! 自分の墓地のモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする、私は3枚の《甲虫装機 センチピード》《フレシアの蟲惑魔》《No.20 蟻岩土ブリリアント》をデッキに戻し、その後、2枚ドローする!」

 

 ……げっ、よりによってその魔法カードか……!

 そうだよな、このエクストラ消費量、モンスターカードを枯渇する勢いで展開したのは補うカードが入っていたからか……!

 新たに2枚ドローし、奴の口元が歪む。ッ、このタイミングしかねぇ! この効果に全てを賭ける……!

 

 

「――《PSYフレームロード・Ω》の効果発動! 1ターンに1度、自分・相手のメインフェイズに相手の手札をランダムに1枚選び、そのカードと《PSYフレームロード・Ω》を次の自分のスタンバイフェイズまで表側表示で除外する!」

 

 

 頼む、ヤツのドローした『希望』を、オレにとっての『絶望』を除外しろッ!

 《PSYフレームロード・Ω》と一緒に除外されたヤツのカードは……!?

 

「――ちぃっ、除外されたカードは今引き戻したばかりの《甲虫装機 センチピード》……! どうやら命拾いしたようですね! いえ、調子が戻ってきたと言うべきですかねぇ!」

「本来の『デッキ』じゃなくて調子崩れてるって思ってんなら、ちゃっちゃと返せよテメェ! テメェのせいでどんだけ話が拗れたと思ってんだッ!」

「今の貴方にはとても返せませんねっ!」

 

 ……ああ、もうコイツ、マジ死ねよ!

 

「――ランク8《No.107 銀河眼の時空竜》1体でオーバーレイ! エクシーズ・チェンジ! ランク8《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》!」

 

 げっ、効果無効のエクシーズモンスターから、《ホープ》から《ホープ・ザ・ライトニング》になるかのようにエクシーズチェンジしやがった!

 しかも攻撃力3000から4000かよ!?

 

「このカードは《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》以外の自分フィールドの『ギャラクシーアイズ』エクシーズモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る! そして効果発動! 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールドの表側表示のカード1枚を対象に破壊する! 私が選択するのは《ミラーフォース・ドラゴン》!」

 

 エクシーズ素材を1つ使い、相手フィールドの表側表示カードのみという縛りがあるが、破壊除去も行えるのか……! だが――!

 

「《ミラーフォース・ドラゴン》の効果発動! 自分フィールドのモンスターが相手の効果の対象になった時、相手フィールドのカードを全て破壊する!」

「ですが《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》の効果で破壊されて貰いますよ! なお《No.93 希望皇ホープ・カイザー》には自分のフィールドに他の『No.』エクシーズモンスターが存在する限り戦闘・効果では破壊されませんので《ミラーフォース・ドラゴン》では破壊されません」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札2→3→2→4→3

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0

 《氷結界の龍 トリシューラ》星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

 これでオレのフィールドには《氷結界の龍 トリシューラ》のみ、シンクロ召喚された際の3枚除去が終わった後の《トリシューラ》は何の効果も持たない攻撃力2700のモンスター同然……凌ぎ切れるか……?

 

「《No.93 希望皇ホープ・カイザー》の効果発動! 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材の種類の数までエクストラデッキからランク9以下で攻撃力3000以下の『No.』モンスターを効果を無効にして特殊召喚する! その後にこのカードのエクシーズ素材を1つ取り除く――現われろ、ランク3《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》、ランク4《No.85 クレイジー・ボックス》!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU2→1

 《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》ランク3/水属性/岩石族/攻3000/守3000 ORU0

 《No.85 クレイジー・ボックス》ランク4/闇属性/悪魔族/攻3000/守300 ORU0

 魔法・罠カード

  無し

 

 ヤツの場に召喚されるは毒々しいまでに紫色の巨大ゴーレムに、四角形のパズルみたいなモンスター……いずれも攻撃力3000のモンスターか!

 エクストラデッキを消費しているとは言え、毎ターン《ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン》と同じ攻撃力のモンスターが出てくるとか、やばいな……!

 

「……っ、だが、これを発動させたターン、相手の受ける戦闘ダメージは半分となり、更にモンスターを特殊召喚出来ない、だったな!」

「《PSYフレームロード・Ω》の効果で《甲虫装機 センチピード》を除外されなければこれを使わずに終わっていたのですがね! ――バトルです! 《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》で《氷結界の龍 トリシューラ》を攻撃!」

 

 あ、これ、装備カード、または装備カードになれるモンスターカード握ってやがるな。

 《トリシューラ》が《アシッド・ゴーレム》からの渾身の一撃によって破壊され、その余波がオレに走る……!

 

 秋瀬直也

 LP8000→7850

 

「《No.85 クレイジー・ボックス》と《No.93 希望皇ホープ・カイザー》でダイレクトアタック!」

 

 続いて迫り来る2体のエクシーズモンスターの攻撃を『蒼の亡霊』で全力ガードする! 一々こんな攻撃に当たってられっか、風の能力もフルに使って耐え切る……!

 

 秋瀬直也

 LP7850→6350→5100

 

「~~っっ! スタンドでガードしてるのに、痛い事には変わりねぇ……!」

「バトル終了、メイン2、私はカードを2枚セットしてターンエンドです。――さぁ、次が貴方のラストターンですよ!」

 

 『代行者』

 LP8000

 手札3→1

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU1

 《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》ランク3/水属性/岩石族/攻3000/守3000 ORU0

 《No.85 クレイジー・ボックス》ランク4/闇属性/悪魔族/攻3000/守300 ORU0

 魔法・罠カード

  伏せカード2枚

 

 ちぃ、次のターンになれば戦闘ダメージは元通りになるし、また《PSYフレームロード・Ω》の効果で除外出来るとは限らない、か……!

 

 秋瀬直也

 LP8000→5100

 手札0

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15/ヤツをデュエルで拘束せよ! vs『代行者』(3)

 

 

 

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札0

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 何とか生き残って次のターンを迎えれる事が出来たが、手札は0枚、フィールドにモンスターは無し――スタンバイフェイズ時に《PSYフレームロード・Ω》が帰還してくるが。

 それに対してヤツは――。

 

 『代行者』

 LP8000

 手札1

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU1

 《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》ランク3/水属性/岩石族/攻3000/守3000 ORU0

 《No.85 クレイジー・ボックス》ランク4/闇属性/悪魔族/攻3000/守300 ORU0

 魔法・罠カード

  伏せカード2枚

 

 万全の状態で待ち構えている。次のターンが回れば、奴の手札に通常召喚出来る『甲虫装機』が舞い戻ってしまい、また再びインゼクター共の大量展開が行われ、高確率でこのライフを0にされるだろう。

 ヤツの言う通り、これが文字通り、オレのラストターン。この状況からヤツのライフ8000を0にしろとはかなり厳しい状況だぜ。

 

(墓地には《馬頭鬼》2枚、《グローアップ・バルブ》を蘇生させる時にデッキトップから落ちた《ゾンビキャリア》1枚あるから、シンクロ召喚は確実に出来る、だが――)

 

 奴の場を一掃するなら《ブラック・ローズ・ドラゴン》をシンクロ召喚して全て破壊すれば……いや、耐性持ちの《No.93 希望皇ホープ・カイザー》が残るし、それで此方が力尽きて何も出来なくなる。

 つまりは、墓地の《ゾンビキャリア》を蘇生させるだけにしか使えないカードをドローした瞬間、オレの敗北は決定する訳か。

 

「――さぁ、どうしたのです? 早く最後のドローをしたらどうです? それとも怖気づきましたか?」

「――何を言ってんだ。逆だろ、逆」

 

 そう、限り無く追い詰められ、必定の敗北が目の前に立ち塞がろうとしている。絶体絶命の窮地とはまさにこの事だろう。

 ああ、だからこそ――!

 

 

「――もし、此処から奇跡の大逆転、世紀のどんでん返しを出来るなら、それは最高なまでに愉快痛快だろうさ! なら躊躇う理由もねぇッ! オレのターン、ドロオオオオオオオオオォ――ッ!」

 

 

 来い、オレのデッキに眠る勝利に繋がるカード――!

 全身全霊をもって引いたカードは黄金に光り輝いていたような気がし――ちらりと見る。

 

「……!」

 

 ……来た、本当に来た。『希望』に繋がるカードが! 此処から先は全て未知の可能性を追い求める引き頼りだッ!

 

「スタンバイフェイズ、オレの場に除外された《PSYフレームロード・Ω》が帰還し、同じく除外していた《甲虫装機 センチピード》もテメェの手札に戻る!」

「――罠発動! 『強制脱出装置』! フィールドのモンスター1体を対象とし、そのモンスターを持ち主の手札に戻す! 当然、私が選択するのはその厄介な《PSYフレームロード・Ω》です! それの自身と相手の手札1枚を除外する効果はメインフェイズにしか使用出来ませんからねぇ!」

 

 ぐっ、フリーチェーンの汎用罠カード! 回避不能のタイミングで《PSYフレームロード・Ω》を除去されたか……!

 フィールドからエクストラデッキに戻ってしまい、オレの場は本当にまっ平らとなる。が、奴の伏せカードも1枚となる。

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札0→1

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 奴の残り1枚が速攻魔法『サイクロン』、カウンター罠『神の宣告』なら完全に詰みだが、そうじゃない可能性に賭けるしかねぇ!

 

「――オレの引いたカードはッ! 永続魔法『生還の宝札』! 自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功する時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事が出来る!」

 

 やっと来てくれた! これで墓地からモンスターを復活させる度に1ドローしてアドを稼げる!

 あの異常なアド稼ぎを出来るインゼクターどもに匹敵するぐらいの瞬間爆発力を得たぞッ!

 

「――ッッ、この土壇場で『生還の宝札』を引き当てただとォ!?」

「さぁテメェをぶちのめすカードを引き当てれるか――勝負だッ!」

「望む処ですよォッ! 来いッ!」

 

 さぁ後は展開しながら祈るだけだ! 今度は前のデュエルとは違って全く終点の見えない、純粋な運否天賦の勝負だァ!

 

「まずは墓地の《馬頭鬼》を除外し、《ゾンビ・マスター》を特殊召喚。『生還の宝札』の効果で1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札1→0→1

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 引いたカードは――《ワイト》、よし、モンスターカードなら《ゾンビ・マスター》の効果のコストに出来る!

 

「オレは《ゾンビ・マスター》の効果発動! 手札のモンスターカード《ワイト》を捨て、自分または相手の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスターを特殊召喚する。オレは――」

「残念ですが、通しませんよ! カウンター罠『神の通告』発動! ライフを1500ポイント支払い、モンスターの効果が発動した時、その発動を無効にして破壊する!」

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札1→0

  無し

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 なっ、何だそのカウンター罠!? 『神の宣告』や『神の警告』でもない『神』の罠!? 1500程度のライフでやって良い事じゃねぇぞ!?

 しかも何だ、テキストを読んで見ると――。

 

 『神の通告』

 カウンター罠

 (1):1500LPを払って以下の効果を発動できる。

 ●モンスターの効果が発動した時に発動できる。

 その発動を無効にし破壊する。

 ●自分または相手がモンスターを特殊召喚する際に発動できる。

 その特殊召喚を無効にし、そのモンスターを破壊する。

 

 魔法・罠の効果は無効にして破壊に出来ないが、モンスター効果が発動しても特殊召喚しても無効にして破壊出来る上に『神の宣告』や『神の警告』よりライフコスト優しいのかよ!? 便利過ぎないかそれ!

 

 『代行者』

 LP8000→6500

 

「……っ、まだだッ! 2枚目の《馬頭鬼》を除外し、再び《ゾンビ・マスター》を墓地から特殊召喚! 『生還の宝札』の効果で1枚ドロー!」

 

 これで墓地に《馬頭鬼》は無くなり、展開予定を大きく狂わされたか……!

 だが、この最終局面でライフコスト1500は決して小さくないだろう!

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札0→1

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 そして更にドローしたカードは――魔法カード!? モンスターカードではないので《ゾンビ・マスター》の効果のコストには出来ない。が――。

 

「魔法カード『生者の書-禁断の呪術-』を発動! 自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚し、相手の墓地に存在するモンスター1体をゲームから除外する!」

 

 墓地から特殊召喚出来るカードで、何とか首の皮一枚で繋がったか……!

 

「オレは墓地から《ユニゾンビ》を特殊召喚し、お前の墓地から3枚目の《甲虫装機 ダンセル》を除外する! そして『生還の宝札』の効果で1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札1→0→1

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 これで『甲虫装機』のメインエンジンである《甲虫装機 ダンセル》は3体とも除外したが、ランク3のエクシーズモンスターには除外されたレベル4以下のモンスターを特殊召喚出来る《虚空海竜リヴァイエール》がいるので、気休め程度にしかならない。

 そしてドローしたカードは《ワイトキング》、まだ通常召喚権が残っているが、墓地の《ワイト》は《ワイト》《ワイト夫人》《ワイトメア》の3体だけであり、召喚しても攻撃力3000。相討ちして1枚除外すれば攻撃力2000のモンスターとして追加攻撃出来るかもしれないが――。

 

 いや、このままじゃ届かない。ならば――オレは今引いた『希望』をコストに、更なる可能性に手を伸ばす……!

 

「オレは《ゾンビ・マスター》の効果発動! 手札の《ワイトキング》を墓地に捨て、墓地のレベル4のアンデット族モンスター《ゴブリンゾンビ》を特殊召喚する! 『生還の宝札』の効果で1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札1→0→1

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 そして引いたカードは《デビル・フランケン》……? 今のオレのライフは5100だからぎりぎり支払えるか。

 5000ライフ払えばエクストラデッキから融合モンスター1体を特殊召喚出来るカード。このデッキでこの効果で特殊召喚出来る融合モンスターは《ゴヨウ・エンペラー》のみ。

 確かに《ゴヨウ・エンペラー》の効果は強力だし、攻撃力は3300もある。

 だが、ヤツの場にいる攻撃力3000の《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》と《No.85 クレイジー・ボックス》は《No.93 希望皇ホープ・カイザー》の効果で特殊召喚されたものであり、正規の手順でエクシーズ召喚されてないので蘇生制限に引っ掛かり、戦闘破壊しても墓地から特殊召喚出来ない。折角破壊したモンスターを寝取れないのだ。

 むしろ貴重なモンスターカードの5枠の内、攻撃力700程度の《デビル・フランケン》で消費してしまっては、とてもこのターンのうちに6500のライフを削れない……!

 

 ――いや、待てよ? あれ……? これは――あれがああなって、こうなってああいって、そしてそして……!?

 行けるのか? 間違ってないよな? いや、逆だ。間違えなければ――!

 

「オレは墓地の《ゾンビキャリア》の効果発動! 手札を1枚デッキの一番上に戻し、墓地のこのカードを特殊召喚する! この効果で特殊召喚したこのカードがフィールドから離れた場合、除外される! 『生還の宝札』の効果で1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札1→0→1

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《ゴブリンゾンビ》星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050

 《ゾンビキャリア》星2/闇属性/アンデット族/攻400/守200

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「《ゾンビキャリア》……!? 一体いつの間に――いや、一度だけそのチャンスがあった。まさか《グローアップ・バルブ》を墓地から蘇生する時のコストでデッキトップの1枚で落ちていたのか……!」

 

 その通りさ……! それがこの局面に来て役立つとはな!

 

「レベル4の《ゴブリンゾンビ》にレベル2のチューナーモンスター《ゾンビキャリア》をチューニング! シンクロ召喚! 《氷結界の龍 ブリューナク》!」

 

 そして呼び出すはシンクロ時代の最強シンクロモンスター、フィールドに舞い降りた《ブリューナク》は歓喜の咆哮を三千世界に轟かす……!

 なお、このシンクロ召喚に使った《ゾンビキャリア》はフィールドから離れた事によりゲームから除外される。

 

「墓地に落ちた《ゴブリンゾンビ》の効果発動、このカードがフィールドから墓地に送られた場合、デッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える。オレは守備力200のアンデット族モンスター、2枚目の《ゾンビキャリア》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP5100

 手札1→2

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 これで手札が2枚あり、《ブリューナク》の効果で2枚までバウンス出来るが、それでは奴にトドメを刺せない。

 故に、このカードが必要だったのだ……!

 

「そしてオレは手札から《デビル・フランケン》を通常召喚! 効果発動! ライフを5000支払い、エクストラデッキから融合モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する! 来い! 荘厳なる捕獲者の血統を受け継ぎし者! レベル10《ゴヨウ・エンペラー》!」

 

 秋瀬直也

 LP5100→100

 手札2→1

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《ユニゾンビ》星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《デビル・フランケン》星2/闇属性/機械族/攻700/守500

 《ゴヨウ・エンペラー》星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 《デビル・フランケン》の効果でライフをギリギリまで支払い、正規の召喚じゃない方法で《ゴヨウ・エンペラー》が特殊召喚される。

 

「――此処で《ゴヨウ・エンペラー》……!? 正規召喚されていないエクシーズモンスターを『ゴヨウ』出来ない以上、一体何を――!?」

 

 まだまだ! これからだっ!

 

「オレはレベル2の《デビル・フランケン》にレベル3のチューナーモンスター《ユニゾンビ》をチューニング! レベル5《TG ハイパー・ライブラリアン》!」

 

 秋瀬直也

 LP100

 手札1

 《ゾンビ・マスター》星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゴヨウ・エンペラー》星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 純白の外套纏う鬼畜魔導師が登場し、最後の仕上げだ!

 

「そして《氷結界の龍 ブリューナク》の効果発動! 手札を任意の枚数墓地に捨て、捨てた数だけフィールドのカードを選択して持ち主の手札に戻す! オレは手札を1枚捨て――オレの場の《ゾンビ・マスター》を手札に戻す!」

「な、自分の場のモンスターを戻しただと……!?」

 

 秋瀬直也

 LP100

 手札1→0→1

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゴヨウ・エンペラー》星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 展開の為なら自分のモンスターさえバウンス出来るのが《氷結界の龍 ブリューナク》の利点さ!

 

「《氷結界の龍 ブリューナク》の効果で墓地に落ちた《ソンビキャリア》の効果発動、手札1枚をデッキの一番上に置いて《ゾンビキャリア》を特殊召喚する! 『生還の宝札』の効果で1枚ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP100

 手札1→0→1

 《氷結界の龍 ブリューナク》星6/水属性/海竜族/攻2300/守1400

 《ゴヨウ・エンペラー》星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《ゾンビキャリア》星2/闇属性/アンデット族/攻400/守200

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 《ゴブリンゾンビ》の効果で持ってきた2枚目の《ゾンビキャリア》を特殊召喚し――これで全ての条件は揃った!

 

 

「――レベル6の《氷結界の龍 ブリューナク》にレベル2のチューナーモンスター《ゾンビキャリア》をチューニング! シンクロ召喚! 捕縛者の王よ! 厚顔無恥な盗人をお縄せよ! レベル8《ゴヨウ・キング》!」

 

 

 満を喫して、今のテメェに一番相応しい法と秩序の番人モンスターの登場だ! 生粋の悪人相手とあって《ゴヨウ・キング》の気合は天を衝く勢いだ。ヤツをデュエルで拘束せよッ!

 

「《TG ハイパー・ライブラリアン》の効果発動、このカード以外のシンクロ召喚が成功した場合、デッキから1枚ドローする」

 

 秋瀬直也

 LP100

 手札1→2

 《ゴヨウ・エンペラー》星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻2800/守2000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「――バトル! 《ゴヨウ・キング》で《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》を攻撃! 効果発動! このカードが相手モンスターに攻撃する攻撃宣言時、このカードの攻撃力はダメージステップ終了時まで自分フィールドの戦士族・地属性のシンクロモンスターの数×400アップする! オレの場にその条件に合うモンスターは《ゴヨウ・キング》一体のみ、よって400アップして攻撃力3200となる!」

 

 これで奴の攻撃力3000を上回った!

 《ゴヨウ・キング》は十手を模した巨大な剣を振り下げ、自分以上に大きい《アシッド・ゴーレム》を一刀両断して破壊する!

 

「《No.30 破滅のアシッド・ゴーレム》を粉砕ッ! そして《ゴヨウ・キング》が相手モンスターを破壊して墓地に送った時、破壊したそのモンスターを自分フィールドに特殊召喚するか、相手フィールドの表側表示モンスター1体を選んでコントロールを得る! オレは《No.85 クレイジー・ボックス》のコントロールを奪う! さぁ神妙に『ゴヨウ』だ!」

 

 『代行者』

 LP6500→6300

 

 四角形の奇妙なオブジェみたいなモンスターをぐるぐる巻きにして拘束し、一気に釣り上げて此方のフィールドにコントロールを移す!

 

「ぐっ……!」

 

『代行者』

 LP8000→6500→6300

 手札1

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU1

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP100

 手札2

 《ゴヨウ・エンペラー》星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻3200→2800/守2000

 《No.85 クレイジー・ボックス》ランク4/闇属性/悪魔族/攻3000/守300 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「続いて《No.85 クレイジー・ボックス》で《No.93 希望皇ホープ・カイザー》を攻撃!」

 

 何か四角形のモンスターの一つ目からビームみたいなのが射出、ナンバーズが居なくなった事で破壊耐性を失った《ホープ・カイザー》を撃ち貫き、破壊して一網打尽にする。

 

 『代行者』

 LP6300→5800

 

「元々の持ち主が相手となる自分モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊して墓地に送った時、《ゴヨウ・エンペラー》の効果で破壊したそのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する! オレの場に来い! 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》!」

 

 秋瀬直也

 LP100

 手札2

 《ゴヨウ・エンペラー》星10/地属性/戦士族/攻3300/守2500

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《ゴヨウ・キング》星8/地属性/戦士族/攻3200→2800/守2000

 《No.85 クレイジー・ボックス》ランク4/闇属性/悪魔族/攻3000/守300 ORU0

 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》ランク12/光属性/戦士族/攻2500/守2000 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 《ホープ・カイザー》は正規にエクシーズ召喚され、また特殊召喚に関する制限は何も無い。よって《ゴヨウ・エンペラー》の効果で寝取る事が可能ッ!

 これでヤツの場は完全にがら空きとなった!

 

「――《ゴヨウ・エンペラー》と《TG ハイパー・ライブラリアン》でダイレクトアタック!」

「ぎっ……!?」

 

 『代行者』

 LP5800→2500→100

 

 《ゴヨウ・エンペラー》の謎ブレスと《TG ハイパー・ライブラリアン》の電撃魔法が炸裂し、『代行者』はのたうち回る。

 ……が、ったくよう、何で自分の敗北が決定的になったのに、嬉しそうに笑ってるんだか。気色悪いったらありゃしない!

 

「これで最後だァッ! 《No.93 希望皇ホープ・カイザー》でダイレクトアタック!」

 

 最後に決めるのはヤツ自身が召喚した『希望』――「……やはり、慣れない事はするもんじゃありませんねぇ――」と、静かに自嘲しながら満足気に最後の一撃を受け入れたのだった。

 

 『代行者』

 LP100→-2400

 

 

 

 

「――それが直也君の本来の『デッキ』なの?」

「……ああ、多分そうだと思う。まさか気絶間際にハズレを掴ませたりは――あ、コイツならやりそうで怖いな」

 

 大の字で気絶する『代行者』を横目に、ようやく取り戻した、この世界でのオレの『デッキ』を確認する。

 ペンデュラム召喚が主体のデッキだろうか? という事は自動的に第九期のテーマであり、必然的にオレの知らないカードばかりだった。

 

「どんな感じ? すっごい強い『デッキ』なの?」

「んー? どうなんだろ? 一通り見た感じ、禁止カードは1枚も無いな。ペンデュラム・エクシーズ・シンクロ・融合・儀式、全部の召喚法がある感じ」

 

 こればかりは一回回して見て把握しない事には何とも言えないだろう。

 ただ、今日はもう日が暮れてしまい、夜の時間帯になってしまった。『デッキ』を取り戻すだけで一日終わってしまうとは、この『異変』解決、結構長引くかもしれない。

 

「赤坂を待たせてるし、とりあえず帰ろうか。――この『異変』の黒幕の手掛かりを探すのは明日からかなぁ?」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

--/『魔術師』から借りた使用デッキ

 

 禁止カード6枚

 制限カード8枚(サイドに1枚)

 準制限カード5枚(サイドに2枚)

 デッキ枚数51枚

 

 ・モンスターカード

 

 《ワイト》×3(『魔術師』の呪い枠、これを外すなんてとんでもない)

 《ワイト夫人》×3(『魔術師』の呪い枠、これを外すなんてとんでもない)

 《ワイトプリンス》×3(『魔術師』の呪い枠、これを外すなんてとんでもない)

 《ワイトキング》×3(『魔術師』の呪い枠、これを外すなんてとんでもない)

 《ワイトメア》×3(『魔術師』の呪い枠、これを外すなんてとんでもない)

 《ゾンビ・マスター》×2

 《馬頭鬼》×2(準制限カード)

 《ゴブリンゾンビ》×2

 《ユニゾンビ》×2

 《ゾンビキャリア》×2

 《幽鬼うさぎ》×1

 《増殖するG》×1

 《サイ・ガール》×1

 《エフェクト・ヴェーラー》×1

 《デビル・フランケン》×1

 《グローアップ・バルブ》×1(制限カード)

 

 ・魔法カード

 

 『闇の誘惑』×2(準制限カード)

 『生者の書-禁断の呪術-』×2

 『ワン・フォー・ワン』×1(制限カード)※ただし未登場に終わる

 『クリティウスの牙』×1

 『ハーピィの羽根帚』×1(制限カード)

 『ミラクルシンクロフュージョン』×1

 『ハリケーン』×1(禁止カード)※ただし未登場に終わる

 『ブラック・ホール』×1(制限カード)

 『手札抹殺』×1(制限カード)

 『おろかな埋葬』×1(制限カード)※あれ、これ使ったけ?

 『異次元からの埋葬』×1(制限カード)

 『緊急テレポート』×1

 『生還の宝札』×1(禁止カード)

 『早すぎた埋葬』×1(禁止カード)

 

 ・罠カード

 

 『異次元からの帰還』×1(禁止カード)※ただし未登場に終わる

 『聖なるバリア -ミラーフォース-』×1

 『死のデッキ破壊ウィルス』×1(準制限カード)

 『針虫の巣窟』×1 ※ただし未登場、効果は遅いがおろかな埋葬5枚分だから便利

 

 ・エクストラデッキ

 

 融合モンスター

 《ゴヨウ・エンペラー》×1 ※2回も出番あるなんて予想外

 《ミラーフォース・ドラゴン》×1

 《デス・ウィルス・ドラゴン》×1 ※あれ、こいつ実際に場に出たっけ?

 

 シンクロモンスター

 《氷結界の龍 トリシューラ》×1(制限カード) ※このデッキのMVP

 《魔王龍 ベエルゼ》×1

 《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》×1 ※あれ、こいつ場に出てな……

 《PSYフレームロード・Ω》×1 ※作者の希望枠、影のMVP

 《PSYフレームロード・Ζ》×1

 《ゴヨウ・キング》×1 ※2回も出番あるなんて予想外

 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》×1 ※あれ、場に出たっk

 《ブラック・ローズ・ドラゴン》×1 ※あれれ、コイツも場にd

 《ゴヨウ・ガーディアン》×1(禁止カード)※良く出番あったなぁと

 《氷結界の龍 ブリューナク》×1(禁止カード)※時代が変わっても狂カード

 《TG ハイパー・ライブラリアン》×1(制限カード)

 《フォーミュラ・シンクロン》×1

 

 ・サイド

 

 モンスターカード

 《飛翔するG》×1 ※未使用、フェイトちゃんに投げる予定だったが……絵面が

 《バトルフェーダー》×1

 

 魔法カード

 『ギャラクシー・サイクロン』×1 ※未使用

 『サイクロン』×1 ※あれ、使ったけ? 現実世界では必須だけど

 『月の書』×1(準制限カード)

 『手札断殺』×1

 『シンクロキャンセル』×1

 

 罠カード

 『ブレイクスルー・スキル』×1

 『強制脱出装置』×1

 『魔封じの芳香』×2 ※未使用、対ペンデュラムメタ

 『神の宣告』×1(制限カード)

 

 ・総括

 良くこんな事故率高いデッキで第九期+禁止制限無しの『魔都』を渡り歩いたな、と感心するレベル。

 汎用禁止カードの『強欲な壺』『天使の施し』などをフル投入すればまだ回るデッキになっていただろうが、其処はこのデッキを貸した人の悪意が感じられる。

 思った以上にレベル7のシンクロモンスターの出番が無かった感じであり、出番が無かったシンクロモンスターの大半がレベル7だった。

 新たな《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》の出番を用意出来なかった、無能な作者を許してくれ……。

 

 あ、わざわざデッキ公開してるからお察しの通り、もうこのデッキ使わないでs

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16/はじめてのでゅえる vs豊海柚葉(1)

 

 

「――うん、直也君。私と『デュエル』しなさい!」

 

 あれから赤坂の『D・ホイール』に乗って『教会』まで戻り、解散していつもの喫茶店――裏メニュー的な日替わり定食があるとは中々侮れない――で夕食を取っている最中、柚葉はそんな事を言った。

 

「……え? いきなりどうしたんだ……?」

 

 今日の晩飯はとろとろでプルプルの半熟卵のオムレツカレーだぁっと、現実逃避したい処だが、聞き逃すには危険過ぎる一言である。

 ……まさか、『遊戯王』次元の侵食が柚葉にも訪れたのか、と真面目に驚愕する中、柚葉は物凄く不満そうにぷんぷん膨れている。

 

「ほら、直也君も言ったじゃない。実際に回してみない事には『デッキ』を理解出来ないって。私も実際に回せば理解出来ると思うの! 直也君も本来の『デッキ』を回せるし両得でしょ?」

 

 確かに試運転してみたい気持ちは山々だが、もう日が暮れて暗いぞ、夜の時間だぞ?

 

 ……ちなみに結構遅くなって、母に対する言い訳を考えていたらメールで「事情は先生から聞いてるから解決するまで帰って来なくて良い」と意訳出来る有り難い返事が事前に届いていた。

 ……いや、物分りが良すぎるというか、都合良すぎるというか――あの、一応オレ達、まだ9歳だぞ? 親としてそんなんで良いのか……?

 

「……もう今日は遅いし、明日にしねぇか? 今日は一日中『デュエル』ばっかりだったから疲れたし、その上、この『異変』の黒幕に対する手掛かりが0という徒労の後じゃなぁ……」

 

 全く、あの『代行者』一人にどれだけ引っ掻き回されたか、解ったもんじゃない。

 

 ……あれ、今気づいたが、もし『遊戯王』次元の『異変』起きてなかったら、完全武装の『代行者』に物理的に寝込み襲われるという愉快じゃないイベントが発生していたのか? それ普通に死ねる類の脅威だよな……? うん、最近平和過ぎて若干気を抜きすぎていたようだ……。

 

 ――あれこれ考えていると、柚葉が横にいるオレの顔を覗き込んで無言で睨みつけていらっしゃる。……近い、近いって! あ、あれぇー? 酷くご機嫌斜めのようだが……?

 

「……なぁに? このまま私に一日中お預けして眠れない夜を過ごさせて悶々とさせる気なの? 新手の放置プレイ? 直也君が楽しそうに『デュエル』していたのを指咥えて見ているだけだった私に対する当て付けぇ!?」

 

 柚葉の並ならぬ気迫に圧倒されるものの、ああ、と腑に落ちる。

 ポケモン勝負を傍目から見ていた時のオレと同じ気分だったんだなぁ。思わず共感してしまう。

 

「解った解った! 飯食った後になっ!」

「ふふんっ、覚悟してなさい。私だって、やれば手助け出来るようになるぐらい……」

 

 最後の方は正確には聞こえなかったが――本音を言えばオレ自身も、オレの本来の『デッキ』を回してみたくてうずうずしていた処だ。

 

 ――しかし、柚葉のデッキという事は『あれ』が相手かぁ。

 ……うん、出来る事なら二度と見たくない『奴等』だが、頑張ろう。凄く頑張ろう……。あ、オムレツカレーうめぇ。

 

 

 

 

『――『デュエル』!』

 

 そしてオレと柚葉は夜の街を背景に向き合った。

 最も近い処に最強の敵がいた!的な少年漫画の展開だろうか? しかし、あの『デッキ』を、『遊戯王』にあんまり詳しくない柚葉は扱えるのだろうか……?

 

「……えーと、あっ、私の方が先行……私のターン!」

 

 自分の方が先行である事に気づいた柚葉は自身の手札を睨めっこし、目が泳いでいる? 大丈夫かなぁと心配する。

 

「――私は《焔征竜-ブラスター》を召喚! ……え? あれ? 何で召喚出来ないの? まさか『デュエルディスク』の故障……!?」

 

 柚葉は自信満々に『デュエルディスク』にモンスターカードを置いて――『ブー』と機械的なエラー音が鳴り響き、召喚の処理を行わない。

 

「違う違う、正常だ。それは《焔征竜-ブラスター》のレベルが7だからだ」

 

 ……すっごい懐かしい気持ちになった。昔というか、漫画の頃の最初期は最上級モンスターを出すのにも、そのまま出せたなぁ。

 

「基本的に1~4レベルのモンスターは『下級モンスター』で、特別な効果が無い限りそのまま出せるレベル帯で、5~6レベルは『上級モンスター』という区分、通常召喚するのにモンスターの『生け贄(リリース)』が1体必要なレベル帯で、7レベル以上は『最上級モンスター』、此処からは『生け贄』要因が2体必要だ。ちなみにモンスターをリリースして通常召喚する事を『アドバンス召喚』という」

 

 そうだよなぁ、『アドバンス召喚』なんて『帝』を使ったアリアしか使ってなかった。……いや、もうあの『帝』はかつての『帝』とは別物だけど。

 

「……え? それじゃこのモンスターは『下級モンスター』を2体出さないと『アドバンス召喚』出来ない……?」

「まぁ『アドバンス召喚』はな。その『征竜』は自身の効果で特殊召喚出来るぞ。特殊召喚は通常召喚とは違って何回でも出来る召喚と考えてくれ」

 

 ……そう、もうお解りだと思うが、柚葉のデッキは『征竜』なのである。あの『征竜』なのだ。近年で最凶最悪のカテゴリー、『魔術師』の持つ『魔導』に唯一匹敵する最強のぶっ壊れテーマだ……!

 

 ――かつての『魔都』は、柚葉の『征竜』と『魔術師』の『魔導』の炎に包まれていた!とか、核戦争を凌駕するぐらいの世紀末環境だよな。

 

「……えーと、あ、これね。……ふむふむ、えーと、それじゃ私は手札の《地征竜-リアクタン》と《水征竜-ストリーム》を除外して《焔征竜-ブラスター》を特殊召喚っ!」

「あ」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札5→3→2

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 魔法・罠カード

  無し

 

 のりのりな感じで柚葉は、環境を荒らし回り、全てを道連れにして崩壊させた『征竜』の一つ、赤き焔の化身たる至高のドラゴン、《焔征竜-ブラスター》をフィールドに君臨させる……!

 

「――わぁっ、ちゃんと特殊召喚できたぁ……! 何これカッコいいね、このドラゴン!」

 

 ……うん、今も多くの『決闘者』の一生癒えぬトラウマになっているが、確かにデザインはカッコイイよなぁ。

 はしゃぐ柚葉に水を差すようで悪いが、ちゃんと言わないといけない。

 

「……あー、柚葉、非常に言い難いんだが、その《焔征竜-ブラスター》、というか『最上級モンスター』の『征竜』は共通効果で、特殊召喚したら相手のエンドフェイズ時に手札に戻るぞ?」

 

 まぁその手札に戻る効果、嫌がらせ以外の何物でも無いんだけどな。使うプレイヤーにではなく、相手プレイヤーにとって。

 

「……え? あ、ホントだ、そう書いてる……何これ、相手が何もしなくても手札に戻っちゃうの? 弱くない?」

「基本的に『征竜』はランク7のエクシーズ召喚に繋げたり、チューナーモンスターを出してシンクロ召喚に繋げたりして、毎ターン、他のデッキの切り札級モンスターを大量展開していくぶっ壊れテーマなんだ。……その手札に戻るという点すら厄介極まるんだよなぁ」

 

 容易に特殊召喚が行える以上、『征竜』デッキにとって通常召喚権は余るモノ扱いである。

 その余った召喚権で《光と闇の竜》出したり、《オベリスクの巨神兵》出したり、当時の『決闘者』達の遊び心が光っていたよなぁ……。

 

「え? でも手札にチューナーモンスターいないし、エクシーズするにも特殊召喚するのにドラゴン族モンスター2枚除外するなら、初期手札の5枚で2体出すなんて出来ないじゃない?」

 

 同じレベルのモンスター2体以上を重ねてエクシーズ召喚する事は大丈夫だったか。

 まぁシンクロ召喚以上にエクシーズ召喚見てきたから、其処は理解していると見える。

 

「いや、多分だが、お前の手札、最上級征竜、余裕で2体以上出せたぞ? 除外した下級征竜の効果を読んでみるんだ。まずは《地征竜-リアクタン》の方だ」

 

 《地征竜-リアクタン》

 効果モンスター

 星4/地属性/ドラゴン族/攻1800/守1200

 ドラゴン族または地属性のモンスター1体と

 このカードを手札から捨てて発動できる。

 デッキから「巌征竜-レドックス」1体を特殊召喚する。

 この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 「地征竜-リアクタン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 ……ああ、また『親征竜』と『子征竜』が一緒のデッキと禁止制限無しの世紀末決闘をする事になるとはなぁ。

 

「《巌征竜-レドックス》……?」

「その下級征竜と同じ属性の最上級征竜さ。面倒だから下級征竜を『子征竜』、最上級征竜を『親征竜』と呼称するぞ。『子征竜』の効果は自身と同じ属性のモンスターまたはドラゴン族モンスター1体と一緒に手札から捨てて『親征竜』をデッキから特殊召喚する効果だ。ちなみにこの効果で特殊召喚した『親征竜』はそのターン攻撃出来ないから注意な」

 

 『征竜』使いに『征竜』の説明をするとか、これ、どう考えても自殺志願者だよな……。

 自分から十三階段を登っていくような気分に陥り、物凄く憂鬱な気持ちになるが、ちゃんと説明せねばなるまい。

 

「……それって結局相手ターンのエンドフェイズに手札に戻っちゃうから、意味無いんじゃ? それにこっちも手札消費2枚かぁ……」

「『親征竜』の効果をもう1度読んでみるんだ。自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族または同じ属性のモンスターを合計2体除外して特殊召喚って書いてあるだろ。しかも手札・墓地から」

 

 何で墓地からも特殊召喚出来るんかねぇ……。

 

「……あ、これって『子征竜』の効果で墓地に送ったカードを除外コストに出来るって事?」

「そういう事。『征竜』にとって墓地は第二の手札同然だ。……除外ゾーンさえ第三の手札だけど。――さっきのだと勿体無い使い方だが、《地征竜-リアクタン》と《水征竜-ストリーム》を墓地に送ってデッキから《巌征竜-レドックス》を特殊召喚、そして墓地の2体のドラゴン族モンスターを除外して《焔征竜-ブラスター》を特殊召喚してランク7エクシーズに繋げれたって訳だ。同じ手札消費3枚でも雲泥の差だろ?」

 

 毎ターン、墓地コストが尽きない限りランク7エクシーズを大量に行えるとか、今考えても頭おかしいデッキである。

 例えるなら、他のデッキにとって切り札級のカードによるボスラッシュがずっと途絶えないボスデッキである。

 

「なるほど……それと勿体無いというのは?」

「『子征竜』は墓地にドラゴン族モンスターを送りながら『親征竜』を展開出来るから、なるべく手札からの効果は使って墓地に送りたい。『親征竜』は墓地からも特殊召喚出来るから、なるべく手札コストとして使ってから墓地から特殊召喚したいって訳だ」

 

 そう、『征竜』は手札コスト管理、墓地コスト管理、除外コスト管理、その全ての領域を緻密に計算しながら制圧していくが故に、非常にプレイングの難しいデッキなのだ。

 ――まぁ余りにも地力がありすぎて、適当にプレイしていても制圧出来るんだけどな……。

 

「考えなしに除外しまくっていたら、簡単に墓地コストが尽きて動けなくなるぞ。あと難しいのは『親征竜』の効果は3つあるが、どれも1ターンに1つの効果しか使えない事だ。1つ使うと他の2つの効果が使えないから注意が必要だ」

 

 この段階で柚葉はちんぷんかんぷんと言った感じだが、まぁデッキを回していれば自ずと理解するだろう。

 

「ちなみに同じ属性またはドラゴン族モンスター2体を除外して特殊召喚する効果は全ての『親征竜』の共通効果で、2つ目は手札にある時に自身と同じ属性を墓地に送って固有効果、地属性の《巌征竜-レドックス》なら墓地のモンスター1体を特殊召喚する『死者蘇生』効果、水属性の《瀑征竜-タイダル》ならデッキからモンスター1体を墓地に送る『おろかな埋葬』効果、炎属性の《焔征竜-ブラスター》ならフィールド上のカードを1枚選択して破壊する万能破壊効果、風属性の《嵐征竜-テンペスト》にはデッキからドラゴン族モンスターを手札に加える万能サーチ効果だ」

 

 ……まぁ説明するオレ自身も、『征竜』デッキを回した事は無いので、どうやりくりするのかは解らないがね。

 

「……ねぇねぇ、一つのカードに効果詰め込みすぎじゃない?」

「……ちなみにその『征竜』、『遊戯王』史上でも類を見ないほどの最強最悪のデッキテーマだからな? 四肢をもぎ、翼を剥がし、牙を抜いても強かった。首を落としたら首だけになって他のドラゴンに寄生して暴れ、巣を焼き払ったら胴体を暗黒物質で再構築したと謳われるほどだからなぁ……」

 

 同時代に台頭して暗黒期を齎した『魔導』もとい『魔導書の神判』は歴代最速級の速さで『子征竜』達と共に一発禁止されたが、『征竜』の方は子がいなくても親は強いを地で行き(むしろ対抗馬がいなくなっただけ)、大量のデッキパーツを制限行きにした上で『親征竜』全部を準制限にしても止まらず、『親征竜』全部を制限にして死に絶えたと思ったら宇宙の大いなる闇の力を得て返り咲き、遂には『親征竜』全部を禁止にして『子征竜』だけ釈放された……言うまでもないが、親がいない『子征竜』などただのバニラモンスターである。

 

「そして3つ目の効果、除外された時に同じ属性のドラゴン族モンスターをデッキから手札に加える効果だ。他の効果を使ってなければ、除外してアドを稼げる――上手くやり取りすれば凄ぇ事になるぞ」

 

 この効果で『子征竜』を持ってきたり、他のドラゴン族モンスターをサーチして展開していき、相手の息の根を止める。

 ……あの時代に生きた『決闘者』は、『魔導』・『征竜』を使う者以外、安寧と安息は無かったんだろうなぁ。

 

「それじゃ最初からやり直して――」

「こ、このままで良いわ!」

「ぇー? 大丈夫か? 無理しなくて良いんだぞ……?」

 

 あの、柚葉? 其処は強情を張る処じゃ無いと思うが……?

 

「な、直也君の癖に生意気よ! だだ、大丈夫、此処から奇跡の大逆転が……!」

「1ターン目から奇跡の大逆転頼りにしてどうすんだよ?」

 

 ……正直、そんな無駄使いしたら、幾ら『征竜』でも巻き返せないぞ?

 

「え、えーと……私はこれでターンエンド……」

「……だから言わんこっちゃない。やり直そうぜ?」

「つ、つべこべ言わずかかってきなさいっ!」

 

 あーあ、何も伏せずにターンエンドしちゃったか。

 うーむ、幾らこの『遊戯王』次元への『世界改変』の影響を受けていないとは言っても、やはり『決闘者』に言葉は通じな――不要か。

 

「オレのターン、ドロー……あ」

 

 ……あー、これは酷い手札だ。うん、凄い酷い。オレの本来の『デッキ』よ、オレに何をさせたいんだ……?

 

「オレはペンデュラムゾーンにスケール1の《EMモンキーボード》をセッティング! このカードはもう片方のペンデュラムゾーンに『EM』カードが存在しない場合、このカードのペンデュラムスケールは1から4になる」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6→5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMモンキーボード》スケール1→4

 

 スケールが最小の1から4へ――ペンデュラム召喚で特殊召喚出来るモンスターのレベルはスケールの間の数字、変化している限り4という事は、一番使いやすい4レベルのモンスターを出せないという、結構致命的なデメリットである。

 だが、コイツのペンデュラム効果は――。

 

「《EMモンキーボード》のペンデュラム効果発動、このカードが発動したターンの自分メインフェイズ時、デッキからレベル4以下の『EM』モンスター1体を手札に加える。オレはレベル4の《EMドクロバット・ジョーカー》を手札に加える」

 

 この通り、1枚でペンデュラム召喚に必要なカードをサーチして用意出来るカードなのだ。

 

「そしてオレは《EMドクロバット・ジョーカー》を通常召喚し、効果発動。このカードが召喚に成功した時、デッキから《EMドクロバット・ジョーカー》以外の『EM』モンスター、『魔術師』ペンデュラムモンスター、『オッドアイズ』モンスターの内、いずれか1体を手札に加える。オレはレベル7のペンデュラムモンスター《竜穴の魔術師》を手札に加える!」

 

 『魔術師』のデッキでも見た、愉快に笑う道化師が軽快に召喚され、そのハットから飛び出した鳩達と共に、サーチしたモンスターカードを受け取る。

 しかしこの《EMドクロバット・ジョーカー》、通常召喚した時限定とは言え、物凄い範囲の万能サーチ効果である。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6→5→6

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMモンキーボード》スケール4

 

 初めて触る筈の『デッキ』なのに、何だか凄く馴染むような気がする。

 自然と『デッキ』の動かし方が浮かんでくるような錯覚すら感じる。

 

「フィールド魔法『天空の虹彩』を発動!」

「フィールド魔法?」

「ああ! 専用のフィールドゾーンに置かれる魔法で、フィールドに1枚しか――あれ? それはマスタールール2までで、今は自分と相手のフィールド上に1ヶ所ずつ置き場所があるんだっけ? 自分のフィールドに1枚までしか置けない永続魔法カードみたいなもんで、新しく置き換えるなら古い方は墓地に置かれるって認識で良いぞ」

 

 ……あれ? 何か物凄い違和感。知る筈のない知識を何故か知っていた的な……まぁいいや。

 フィールド魔法『天空の虹彩』が発動すると同時に夜空が淡い虹色に光り輝き、天空から揺れる振り子によって豪華絢爛な幾何学模様が描かれる。

 

「このカードがフィールドゾーンに存在する限り、自分のペンデュラムゾーンの『魔術師』カード、『EM』カード、『オッドアイズ』カードは相手の効果の対象にならない。――効果発動! 『天空の虹彩』の効果は1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドの表側表示のカード1枚を破壊し、デッキから『オッドアイズ』カード1枚を手札に加える。オレはペンデュラムゾーンの《EMモンキーボード》を破壊し、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手札に加える」

 

 展開に邪魔なペンデュラムゾーンの《EMモンキーボード》を破壊し、この『デッキ』のエースモンスターをサーチする。

 にしても凄く便利なサーチ効果だなぁ。『ワイト・アンデシンクロ』の不自由っぷりとは天と地の差である。これが時代の差か……。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6→5→6

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「――さて、これで準備は整った。オレはペンデュラムゾーンにスケール1の《竜脈の魔術師》とスケール8の《竜穴の魔術師》をセッティング! これでレベル2からレベル7のモンスターを同時に召喚可能!」

「え? そ、そんなに幅広く召喚出来るの!?」

 

 『魔術師』の『EMEm』だとレベル4のモンスターを出す事だけを突き詰めたような感じでスケールも3or5(または6)と小さい数字だったが、こっちはレベル7のモンスターを出す事が主眼のようで、スケール8とかが普通にある。

 

「――ペンデュラム召喚! 揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク! エクストラデッキからレベル6《EMモンキーボード》、手札からレベル6《賤竜の魔術師》、そして真打ち登場! 雄々しくも美しく輝く二色の眼(まなこ)! レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》が2体!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6→5→4→1

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《賤竜の魔術師》星6/風属性/魔法使い族/攻2100/守1400

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜脈の魔術師》スケール1

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「そ、そんなっ、4体のモンスターを同時に……!? で、でも、どのモンスターの攻撃力も私の《ブラスター》より低いよ!」

「ああ、今の処はな」

 

 ふふふ、これで止まる訳が無いじゃないかー! 今は『決闘者』として向き合っている以上――この秋瀬直也、容赦せんッッ!

 

「更にレベル6の《EMモンキーボード》と《賤竜の魔術師》をオーバーレイ! エクシーズ召喚! 人が希望を越え、夢を抱く時、遙かなる彼方に新たな未来が現れる! 限界を超え、その手に掴め! ランク6《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》!」

 

 雄々しい掛け声と共に、オレのフィールドにあのエクシーズモンスターが降誕する!

 

「――っ、そのエクシーズモンスターはフェイト・テスタロッサが使っていたものと同じカード……!?」

 

 そう、あっちはレベル4のモンスター主体のデッキだから、出すなら同じ種族・同じ属性のランク4エクシーズモンスターに魔法カード『RUM-アストラル・フォース』が必要だが、レベル6のモンスターをある程度用意出来るこのデッキなら普通にエクシーズ召喚する事も可能なのだ!

 

「《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》の効果発動! このカードがエクシーズ召喚に成功した時、相手フィールド上の全てのモンスターの攻撃力は0となる!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜脈の魔術師》スケール1

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「あぁっ、《ブラスター》の攻撃力が0に……!?」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札2

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800→0/守1800

 魔法・罠カード

  無し

 

 うーむ、もうこのままバトルするだけで終わりそうだが、念には念を入れよう。手を抜くなんて柚葉に失礼だし――うん、悪く思うなよ!

 

「手札から《貴竜の魔術師》の効果発動、このカードが手札・墓地に存在する場合、自分フィールドのレベル7以上の『オッドアイズ』モンスター1体のレベルを3つ下げ、このカードを特殊召喚する!」

 

 オレは敢えて攻撃力0となった《焔征竜-ブラスター》を《竜脈の魔術師》のペンデュラム効果を使って破壊せず――。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→0

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7→4/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《貴竜の魔術師》星3/炎属性/魔法使い族/攻700/守1400

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜脈の魔術師》スケール1

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 白い魔術師風の衣装を来た、ロリな幼女が颯爽と出現する。色々縛りがあるが、このカードはペンデュラムモンスターであり、チューナーでもあるのだ。

 

「レベル4の《EMドクロバット・ジョーカー》にレベル3のチューナーモンスター《貴竜の魔術師》をチューニング! シンクロ召喚! 誇り高き灼熱の調べ、今、二色の眼に宿らん! レベル7《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》!」

 

 最早手慣れたシンクロ召喚によって現れるは灼熱の炎を取り込んだ、ペンデュラムモンスターではなく、シンクロモンスターの《オッドアイズ》であり、二色眼の竜は力強く咆哮する。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星4/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜脈の魔術師》スケール1

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「《貴竜の魔術師》はシンクロ素材にする場合、ドラゴン族モンスターのシンクロ召喚にしか使用出来ず、他のシンクロ素材に『オッドアイズ』モンスター以外のモンスターを使用した場合、持ち主のデッキの一番下に戻す」

 

 シンクロ素材に《オッドアイズ》ではなく《ドクロバット》を使用した為、《貴竜の魔術師》はエクストラデッキにいかず、デッキに戻ってしまう。

 通常時なら自身の効果でレベルを下げた《オッドアイズ》とシンクロ召喚するのが一番だが、今は特に問題無いな。

 

「《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》の効果発動! 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》の効果は1ターンに1度、このカードが特殊召喚に成功した時、自分のペンデュラムゾーンのカード1枚を特殊召喚する。このターン、このカードは攻撃出来ない。――オレはレベル7の《竜穴の魔術師》を守備表示で特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星4/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《竜穴の魔術師》星7/水属性/魔法使い族/攻900/守2700

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 この効果を使うとペンデュラムゾーンのモンスターを特殊召喚してしまい、手札に補うカードが無い限り次のターンにペンデュラム召喚出来なくなる。

 更には《メテオバースト》も攻撃出来なくなるが――このデメリット、割りと簡単に踏み倒せるのである。

 

「レベル7の《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》と《竜穴の魔術師》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現われろ、不滅の絶対零度宿りし気高き龍! ランク7《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》!」

「シンクロからエクシーズ!?」

 

 次に現れる《オッドアイズ》はエクシーズモンスター。

 灼熱の炎を取り込んだニ色眼竜から、今度は絶対零度の取り込んだニ色眼竜に早変わりする。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星4/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》ランク7/水属性/ドラゴン族/攻2800/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「――バトル! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で《焔征竜-ブラスター》! この瞬間、《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》の効果発動! 自分または相手の攻撃宣言時にこのカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、その攻撃を無効にし、その後、自分の手札・墓地から『オッドアイズ』モンスター1体を特殊召喚する! オレが特殊召喚するのはエクシーズ素材として墓地に落ちた《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》だ!」

 

 この通り、攻撃を一回無効化するだけで即座に墓地に落としたエクシーズ素材だった『オッドアイズ』モンスターを特殊召喚出来るのだ!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星4/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》ランク7/水属性/ドラゴン族/攻2800/守2500 ORU2→1

 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「――続いて、2体目の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で《焔征竜-ブラスター》を攻撃! このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる!」

「きゃっ……!」

 

 《ビヨンド・ザ・ホープ》の効果で攻撃力0となっている《焔征竜-ブラスター》を戦闘破壊し、2500の倍の戦闘ダメージ、5000ダメージが衝撃となって柚葉を襲う。

 

 豊海柚葉

 LP8000→3000

 

「――っ、一気に5000ダメージも……!」

「更に《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》、《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》、《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》でダイレクトアタック!」

 

 勿論、最後まで油断せず攻撃宣言し、柚葉は慌ててとあるカードを手に取る。

 

「て、手札から《速攻のかかし》の効果発動! 相手モンスターの直接攻撃宣言時にこのカードを手札から捨てて攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させ……って、またエラー!? ど、どうして……!?」

 

 またもや不適切な処理をした際に生じる警告音が虚しく鳴り響く。やはり手札誘発効果のカードを握っていたか。

 

「あ、使うタイミング的には間違ってないが、その手札誘発カードはモンスター効果だろ? ――《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》がモンスターゾーンに存在する限り、相手はバトルフェイズ中にモンスターの効果を発動出来ない!」

 

 戦闘は続行! 3体のモンスター達は容赦無く決闘者レベル1の初心者に襲いかかる!

 

「きゃああああああああぁ――っ!」

 

 豊海柚葉

 LP3000→0→-2500→-5300

 

 と、柚葉が派手に吹っ飛んだ!? だ、大丈夫か!? 調子に乗ってやり過ぎた……!

 

「大丈夫か!? 柚葉!」

 

 すぐに柚葉の下に駆け寄り、声を掛けると、大の字に倒れていた柚葉はむくりと起き上がり、涙目でこう言った。

 

「……もう一回」

「……え?」

「もう一回『デュエル』よ! 今度はあんなミス犯さないんだからねっ!」

 

 うん、涙目の状態で全力で悔しがる柚葉を見て、なにこの可愛い生き物と思ってしまったのは永遠に秘密にしておこう。言ったら本気で殺されかねない。

 

 

 




 本日の禁止カード

 《焔征竜-ブラスター》
 効果モンスター(禁止カード)
 星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800
 自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族
 または炎属性のモンスターを合計2体除外して発動できる。
 このカードを手札・墓地から特殊召喚する。
 特殊召喚したこのカードは相手のエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
 また、このカードと炎属性モンスター1体を手札から墓地へ捨てる事で、
 フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 このカードが除外された場合、
 デッキからドラゴン族・炎属性モンスター1体を手札に加える事ができる。
 「焔征竜-ブラスター」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 え? 奴等『征竜』の説明を、これを合わせて4回もしなきゃいけないの? 一決闘者として拒絶反応(セイリュウリアリティショック)が既に起きているのだが、と作者すら言わざるを得ない。
 奴等『征竜』にとってのあらゆるメタカードを「手札からブラスターで」という絶望の呪文で屠り去った。特殊召喚されても相手のエンドフェイズに手札に戻る事が嫌がらせなの域にあるのはこの為である。

 決闘者レベル1の決闘初心者のぽんこつ状態の柚葉が使ったせいで悲しい事になったが、次か次の次あたりでコイツ等の真価が存分に見れる事でしょう……(死んだ魚のような眼)

 まさに生まれたのが間違い、どうしてこんな効果を4枚も作ったんだと言わざるを得ないが、最近の環境を見ていると普通に釈放しても大丈夫なのではと血迷うほど現環境は既にぶっ壊れている。
 ペンデュラムと征竜、ゾンビよりもしぶとい事に定評のある両者の軍配が何方にあがるのか、時代の流れに置いて行かれた征竜はとっくの昔にペンデュラムすら凌駕していたのか、今、明らかとなる! 柚葉がぽんこつ状態から卒業すれば、の話である……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17/蘇るトラウマ、全盛期『征竜』! vs豊海柚葉(2)

 

 

 

『――『デュエル』!』

 

 ……さて、これで通算何度目になるだろうか。割りと真面目に数え切れないぐらい柚葉と『決闘』している。

 今の処はまだ負けていないが、一つ前の『決闘』で柚葉は勝利を捨ててまで自身のデッキで出来る事の把握に専念していた。

 そして今回――『決闘者』としての勘が猛烈に危険信号を告げている。柚葉の顔に漲る自信に、邪悪な笑顔に見惚れる。

 確信する、相手はもうデッキに振り回されるだけの素人ではないと……!

 

「――私の先行ッ! 魔法カード『七星の宝刀』を発動! 『七星の宝刀』は1ターンに1度、手札または自分フィールドの表側表示モンスターの中からレベル7モンスター1体を除外し、デッキから2枚ドローする! 除外した《焔征竜-ブラスター》の効果発動、このカードが除外された場合、デッキからドラゴン族・炎属性モンスター1体を手札に加える事が出来る。私はドラゴン族・炎属性モンスターの《炎征竜-バーナー》を手札に加える。《焔征竜-ブラスター》の効果は1ターンに1度しか使用出来ない!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札5→4→3→5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……っ、除外するカードが『征竜』に限れば、手札交換どころかサーチ効果によって1枚のハンド・アドバンテージを獲得出来るドローエンジン!

 

「更に魔法カード『封印の黄金櫃』の効果発動! デッキからカードを1枚選んでゲームから除外し、発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこの効果で除外したカードを手札に加える。私が除外するカードは《瀑征竜-タイダル》、除外された事で効果発動! デッキからドラゴン族・水属性モンスターを1枚手札に加える。私は《幻水龍》を手札に加える!」

 

 うわ、デッキから『征竜』を除外して即座にサーチ効果を発動させる『封印の黄金櫃』……!

 しかも、それから『子征竜』ではなく《幻水龍》をサーチという事は、ランク8エクシーズモンスターを立てる気か……!?

 

「手札から《炎征竜-バーナー》の効果発動、ドラゴン族または炎属性のモンスター1体とこのカードを手札から捨てる事でデッキから《焔征竜-ブラスター》1体を特殊召喚する! この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃出来ない。私は《嵐征竜-テンペスト》を墓地に」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札6→5→6→4

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 魔法・罠カード

  無し

 

「更に手札から《巌征竜-レドックス》の効果発動! このカードと地属性モンスター1枚を手札から墓地に捨てる事で、自分の墓地のモンスター1体を特殊召喚する。私は《幻木龍》を墓地に捨てて《幻木龍》を特殊召喚する!」

 

 んな、《幻木龍》を捨てて《幻木龍》を特殊召喚だと!? 教えてないプレイングを次々と……!

 あ、これはやばい。通常召喚権を温存したまま《幻木龍》を立てるだと。1ターン目から数多の『決闘者』を絶望においやったあの布陣が来る……!?

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札4→2

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 《幻木龍》星4/地属性/ドラゴン族/攻100/守1400

 魔法・罠カード

  無し

 

「自分フィールド上に地属性モンスターが存在する場合、《幻水龍》は手札から特殊召喚出来る! この方法による《幻水龍》の特殊召喚は1ターンに1度しか出来ない」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札2→1

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 《幻木龍》星4/地属性/ドラゴン族/攻100/守1400

 《幻水龍》星8/水属性/ドラゴン族/攻1000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

「《幻木龍》の効果発動! 1ターンに1度、自分フィールド上のドラゴン族・水属性モンスター1体を選択し、そのカードと同じレベルになる! 私はレベル8の《幻水龍》を選択!」

「これでレベル8のモンスターが2体……!」

 

 当然、これで出てくるのは『親征竜』全て制限になって死に絶えたと思った時代に宇宙の果てから現れた大いなる闇の力ッ!

 

「私はレベル8となった《幻木龍》と《幻水龍》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク8《No.107 銀河眼の時空竜》! 更にエクシーズ・チェンジ! ランク8《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》! 更にランクアップ・エクシーズチェンジ! ランク9《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》!」

 

 そのエクシーズモンスターは余りにも異形のドラゴンだった。

 胴体が流体として蠢いている、これまでの正統派のドラゴンだった『ギャラクシーアイズ』系列からかけ離れた異端過ぎるフォルムは、全ての能力を攻撃に特化させたが故の弊害か――。

 

「このカードは自分フィールドの『ギャラクシーアイズ』エクシーズモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚する事も出来る! このカードはエクシーズ召喚の素材に出来ない」

 

 これを見るのは本日2度目、1回目は『代行者』との『決闘』の時だ。その時との最大の違いは――。

 

「このカードがエクシーズ召喚に成功した時、自分のデッキからドラゴン族モンスター3種類を1体ずつ墓地へ送って効果発動、相手はデッキからモンスター3体を除外する! 私は《エクリプス・ワイバーン》《伝説の白石》、そして2枚目の《瀑征竜-タイダル》を墓地に送る」

「『代行者』の時はデッキに3種類もドラゴン族モンスターがいなかったから、その効果は発動出来なかったが……! ぐっ、オレは《相克の魔術師》《法眼の魔術師》《EMシルバー・クロウ》の3枚を除外する……!」

 

 きっつぅ……3枚も任意のドラゴン族モンスターが墓地に行ってしまう上に、こっちは3枚除外。除外するカードをオレ自身が選べるが、痛すぎる……!

 この『デッキ』はペンデュラム召喚主軸のデッキ、ペンデュラムモンスターはフィールドから離れた時、墓地に行かずにエクストラデッキに行くが故に、このデッキは前のデッキと比べて墓地利用するカードに乏しく、除外されたカードに至っては活用方法が皆無なのである……!

 

「墓地に落ちた《エクリプス・ワイバーン》《伝説の白石》の効果発動! 《伝説の白石》が墓地に送られた時、デッキから《青眼の白龍》を手札に加える。《エクリプス・ワイバーン》が墓地に送られた場合、デッキから光属性または闇属性のドラゴン族・レベル7以上のモンスター1体を除外する。その後、墓地の《エクリプス・ワイバーン》が除外された場合、このカードの効果で除外したモンスターを手札に加える事が出来る。私はデッキからレベル8のドラゴン族・光属性モンスター《光と闇の竜》を除外する!」

 

 ……ああ、やっぱりそっちが来るか……!

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1→2

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》ランク9/闇属性/ドラゴン族/攻4000/守0 ORU4

 魔法・罠カード

  無し

 

「墓地の《嵐征竜-テンペスト》の効果発動! 墓地のドラゴン族モンスター《エクリプス・ワイバーン》《伝説の白石》を除外し、このカードを特殊召喚する!」

 

 そしてあっさりと《エクリプス・ワイバーン》が『征竜』の効果で除外されてしまい――除外したカードがあっさりと柚葉の手に……!

 

「《エクリプス・ワイバーン》が除外された事で、このカードの効果で除外した《光と闇の竜》を手札に加える!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札2→3

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》ランク9/闇属性/ドラゴン族/攻4000/守0 ORU4

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200

 魔法・罠カード

  無し

 

「レベル7の《焔征竜-ブラスター》と《嵐征竜-テンペスト》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク7《幻獣機ドラゴサック》!」

 

 現れるは『征竜』に魂を売った――思いっきり風評被害だが――『幻征竜』……! ああ、見慣れた悪夢がまた此処に……!

 

「《幻獣機ドラゴサック》の効果発動! 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上に『幻獣機トークン』(機械族・風・星3・攻/守0)2体を特殊召喚する!」

 

 ちなみにこの『幻征竜』は自分フィールドにトークンが存在する限り戦闘及びカードの効果では破壊されないという強固な耐性を得る。

 『征竜』のお供で初手で出てくる《幻獣機ドラゴサック》はトークン2体を破壊した後じゃなければ破壊出来ない。この1体だけで強固な壁なのである。

 そして、今回に至っては……!

 

 

「速攻魔法『超再生能力』発動、そして私は『幻獣機トークン』2体をリリースし、手札から《光と闇の竜》をアドバンス召喚する!」

 

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札3→2→1

 《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》ランク9/闇属性/ドラゴン族/攻4000/守0 ORU4

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻2600/守2200

 《光と闇の竜》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守2400

 魔法・罠カード

  無し

 

 うわぁ、『超再生能力』最初から握ってやがったのかよ……!

 そして現れるは半身が純白で、半身が漆黒の、神々しいまでに邪悪なドラゴン――!

 ぐぬぬ、もう二度と見たくない布陣がまた眼下に再現されやがった……!

 

「私はこれでターンエンド――エンドフェイズ時、『超再生能力』の効果でこのターン、自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター及び手札・フィールド上からリリースしたドラゴン族モンスターの枚数分だけデッキからドローする。手札から捨てたドラゴン族モンスターの数は4枚、よって4枚ドロー!」

 

 既に発動している効果に対しては《光と闇の竜》の効果は発動しない……!

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札2→1→5

 《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》ランク9/闇属性/ドラゴン族/攻4000/守0 ORU4

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻2600/守2200

 《光と闇の竜》星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守2400

 魔法・罠カード

  無し

 

 あ、あ、あっ。これは完全にあかんパターンだ……!

 

「ぐっ、自力で『サック・ライダー』に辿り着いたのか……!?」

「ふっふっふ、突破出来るものならしてみなさいっ!」

 

 《光と闇の竜》、その効果は効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし、無効にする度に攻撃力・守備力を500ポイントダウンするという強制効果。

 《光と闇の竜》の攻撃力は2800・守備力は2400なので、最高4回まで無効に出来る。それ以降は守備力を500ポイント下げれないので無効に出来なくなる。

 

 ――無効にされた分だけ此方のアドバンテージが削られて不利になるのは、もはや言うまでもあるまい。

 それが最強最悪の『征竜』相手ではカバーの出来ない致命傷となろうし、速攻魔法『超再生能力』で5枚まで手札を戻した今は尚更だ。

 

 

「オレのターン、ドロー!」

 

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 《光と闇の竜》の無効効果は『発動を無効にする』であり、破壊ではない。……まぁ魔法と罠の発動を無効化されたら結果的に墓地に行くので、先行1ターン目にそれをやられてはペンデュラムゾーンにセットしても即座に破壊されて墓地に行ってしまうので、ペンデュラムにとってはナチュラルに天敵だ。

 1ターン中に回数制限のない起動効果を持っているモンスターがあるなら、瞬く間に攻撃力と守備力を限界まで下げれる。例えば《レベル・スティーラー》や《ライトロード・マジシャン ライラ》などが該当し――そのどれもオレの『デッキ』には入っていない……!

 だが、発動に対して強制的に効果発動する事こそ《光と闇の竜》の最大の弱点でもある。過去の遺物よ、時代の違いを思い知れェ!

 

「オレは《EMドグロバット・ジョーカー》を通常召喚し、効果発動! この瞬間、《光と闇の竜》の強制効果が発動して無効にされるのだが――手札から《幽鬼うさぎ》の効果発動! フィールドのモンスターの効果が発動した時、またはフィールドの既に表側表示で存在している魔法・罠カードの効果が発動した時、自分の手札・フィールドのこのカードを墓地に送る事でフィールドのそのカードを破壊する!」

 

 ……ふぅ、《幽鬼うさぎ》が手札にあったお陰でこれ1枚で処理出来たぜ。

 

 和服で白髮ツインテールのロリ幼女は無感情に幽霊の如く忍び寄り、持ってる鎌で一閃し、効果を発動しようとしていた《光と闇の竜》を無造作に破壊する。

 

「え? その《幽鬼うさぎ》にも《光と闇の竜》の無効効果発動しないの?」

「テキストには書いてないが、同一チェーン中では複数回発動しないんだよ。自身の効果にチェーンする事による無限ループを防止する為の措置で――ちなみに効果処理時に既に破壊された《光と闇の竜》は場にいないから《EMドグロバット・ジョーカー》の効果は無効化されない。さぁ破壊された時の強制効果を処理するんだ!」

「このテキストでそれを読み取れって無理難題過ぎない?」

 

 KONMAI語だから致し方無し!

 とは言え、《光と闇の竜》が破壊されて墓地に送られた時の効果も、こっちにとって愉快なものじゃないんだけどなぁ。特に『征竜』にとってはプラスにしかならない。

 

「このカードが破壊されて墓地に送られた時、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択し、自分フィールド上のカードを全て破壊してから選択したモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。私は墓地の《巌征竜-レドックス》を選択し、フィールドが全壊してから守備表示で特殊召喚する」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札5

 《巌征竜-レドックス》星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

 破壊された《光と闇の竜》の効果で自分フィールドが全破壊されて焼け野原となり、《巌征竜-レドックス》だけになるが――これ、墓地に《炎征竜-バーナー》《瀑征竜-タイダル》《焔征竜-ブラスター》《嵐征竜-テンペスト》《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》《No.107 銀河眼の時空竜》《幻木龍》《幻水龍》《光と闇の竜》と、3種類の『親征竜』に他のドラゴン族モンスターが7体、更には風属性の《幻獣機ドラゴサック》が落ちて墓地が肥えただけである。

 言うまでもないが、次のターンを跨げばまた『親征竜』の効果は使用可能になるので、平然と墓地から復活してくる。

 

 ……次のターン回したら絶対死ぬな、これ。

 

「……っ、オレは《EMドクロバット・ジョーカー》の効果発動、デッキから《EMモンキーボード》を手札に加え、ペンデュラムゾーンにセッティング! 《EMモンキーボード》のペンデュラム効果でデッキから《EMペンデュラム・マジシャン》を手札に加える!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6→5→4→5→4→5

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMモンキーボード》1→4

 

「むぅっ、それサーチ連打でずるい~! インチキだぁ~!」

「除外してサーチ連打するインチキ『征竜』使ってるヤツが言う事かよ!?」

 

 全くもって心外である。サーチ出来る範囲はドラゴン族限定だが、そっちの方が広いだろうに……!

 

「オレは《ペンデュラム・マジシャン》をペンデュラムゾーンにセッティング!」

「……あれ? それじゃスケール1と2で……むむ?」

「ああ、間の数字なんてないから、何も出せないぞ――だからこうだ、速攻魔法『揺れる眼差し』を発動! お互いのペンデュラムゾーンのカードを全て破壊し、その後、破壊したカードの枚数によって以下の効果を適応する。1枚以上だと相手に500ダメージを与える、2枚以上だとデッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加える事が出来る。オレは《慧眼の魔術師》の手札に加える」

「あいたっ!? ……むぅ、何でカードゲームなのにダメージ食らったら痛いのよ!?」

 

 だって『遊戯王』だし、ダメージ食らったら痛いのは当然だよな、うん。

 

 豊海柚葉

 LP8000→7500

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→3→4

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

「ペンデュラムゾーンに《竜穴の魔術師》と《慧眼の魔術師》をセッティングして《慧眼の魔術師》のペンデュラム効果発動! もう片方の自分のペンデュラムゾーンに『魔術師』カードまたは『EM』カードが存在する場合、このカードを破壊し、デッキから《慧眼の魔術師》以外の『魔術師』ペンデュラムモンスター1体を自分のペンデュラムゾーンに置く。オレはデッキから《賤竜の魔術師》をセッティング!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→2

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

「――これでレベル3~7のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚! エクストラデッキからレベル6《EMモンキーボード》レベル4《EMペンデュラム・マジシャン》レベル4《慧眼の魔術師》、そして手札からレベル6《マジェスペクター・ユニコーン》!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《EMペンデュラム・マジシャン》星4/地属性/魔法使い族/攻1500/守800

 《慧眼の魔術師》星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守1500

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

 いつものメンツに混じって、一人だけ違うカテゴリーの、先端の一本角に風を纏う麒麟みたいな四足モンスター《マジェスペクター・ユニコーン》が暴風を撒き散らしてペンデュラム召喚される。

 このターンでどうやっても仕留めれないので、今特殊召喚した全てのモンスターを守備表示に、と。通常召喚した《EMドクロバット・ジョーカー》だけは攻撃表示だが、これは問題無い。

 

「《EMペンデュラム・マジシャン》の効果発動、《EMペンデュラム・マジシャン》のモンスター効果は1ターンに1度、このカードが特殊召喚に成功した場合、自分フィールドのカードを2枚まで選択して破壊し、破壊した数だけデッキから《EMペンデュラム・マジシャン》以外の『EM』モンスターを手札に加える。この効果で手札に加えれる同名は1枚までだ」

 

 使ってるオレもあれだが、これ、本当に頭おかしい効果だよな。……あ、『魔術師』に《Emヒグルミ》に使われて制圧された最新のトラウマががが――!

 

「オレはペンデュラムゾーンの《竜穴の魔術師》《賤竜の魔術師》を破壊し、デッキから《EMドクロバット・ジョーカー》《EMモンキーボード》を手札に加える!」

 

 ペンデュラム主軸のデッキにとって、ペンデュラムゾーンにセットしたカードがある限り、ターンを跨げば幾らでもペンデュラム召喚が可能――逆を言えば、これを壊されてしまうと機能停止して動けなくなる。

 相手に壊されるぐらいなら自分から壊して次に備えよう。

 ……まぁ速攻魔法の『サイクロン』があるとそれが仇になるかもしれないが、それはそれ、出された時に考えよう。

 これで次のターンもペンデュラム召喚がほぼ確実に可能となり、更にはレベル6のモンスターも2体用意出来る。逆転への布石は打った。……次のオレのターン、あればいいなぁ。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→3

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《EMペンデュラム・マジシャン》星4/地属性/魔法使い族/攻1500/守800

 《慧眼の魔術師》星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守1500

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 ……うーむ、だが、あの『征竜』の猛攻に耐えれるか心配だ。此処で出し惜しみして殺されるのは本末転倒だし、少し勿体無いが――。

 

「更にレベル4の《EMペンデュラム・マジシャン》と《慧眼の魔術師》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク4《フレシアの蟲惑魔》!」

 

 貴様等『征竜』が禁止入りになって環境から消えた後に弾けたランク4エクシーズの脅威を喰らえェ!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 よし、これで相手ターン中に妨害2回出来る……って、うわっと!? 《フレシアの蟲惑魔》達?――本体は真ん中の際どい衣装のピンク髪の幼女だよな?――が一斉に擦り寄ってきた? 一体何事……? 近いよ、アンタ等。というかどういう原理で自律行動してんの?

 ……何かドイツもコイツも外見は可愛いけどさ、基本的に皆の眼が死んでいて、肉食系の捕食者的な笑顔に寒気を覚えるんだよなぁ。

 

 

「――ねぇ、直也君。それは何の茶番なのかしら? 《幽鬼うさぎ》といい《貴竜の魔術師》といい、そういう小さくて可愛い女の子のカードが趣味なの?」

 

 

 まぁ眼の前にもっと怖い生き物がいるんだけどな! それにしても酷い言い掛かりである。

 

「知らん、そんな事はオレの管轄外だ! 『決闘者』たる者、効果が良ければ《増殖するG》だって平然と使う人種だ! そういう文句はこのソリッドビジョンを開発した海馬社長に言ってくれ! オレはこれでターンエンド」

「相手エンドフェイズ時、特殊召喚された《巌征竜-レドックス》は自身の効果で私の手札に戻る」

 

 豊海柚葉

 LP8000→7500

 手札5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……さて、どう出てくる? 果たして狂乱の第九期のテーマは、史上最悪と名高い『征竜』に打ち勝てるのか――!

 

 

 

 




 本日の禁止カード

 《巌征竜-レドックス》
 効果モンスター(禁止カード)
 星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000
 自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族
 または地属性のモンスターを合計2体除外して発動できる。
 このカードを手札・墓地から特殊召喚する。
 特殊召喚したこのカードは相手のエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
 また、このカードと地属性モンスター1体を手札から墓地へ捨てる事で、
 自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。
 このカードが除外された場合、
 デッキからドラゴン族・地属性モンスター1体を手札に加える事ができる。
 「巌征竜-レドックス」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 《瀑征竜-タイダル》
 効果モンスター(禁止カード)
 星7/水属性/ドラゴン族/攻2600/守2000
 自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族
 または水属性のモンスターを合計2体除外して発動できる。
 このカードを手札・墓地から特殊召喚する。
 特殊召喚したこのカードは相手のエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
 また、このカードと水属性モンスター1体を手札から墓地へ捨てる事で、
 デッキからモンスター1体を墓地へ送る。
 このカードが除外された場合、
 デッキからドラゴン族・水属性モンスター1体を手札に加える事ができる。
 「瀑征竜-タイダル」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 《嵐征竜-テンペスト》
 効果モンスター(禁止カード)
 星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200
 自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族
 または風属性のモンスターを合計2体除外して発動できる。
 このカードを手札・墓地から特殊召喚する。
 特殊召喚したこのカードは相手のエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
 また、このカードと風属性モンスター1体を手札から墓地へ捨てる事で、
 デッキからドラゴン族モンスター1体を手札に加える。
 このカードが除外された場合、
 デッキからドラゴン族・風属性モンスター1体を手札に加える事ができる。
 「嵐征竜-テンペスト」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 説明? もはやいらんっしょ。ちなみに柚葉は全征竜3積みです。
 それだけで禁止カード12枚という最多賞、というか『親征竜』入りの『子征竜』とか最速記録の禁止カードですから、彼女のデッキには最低でも24枚の禁止カードが入ってる事に。どっかの『隠しボス』と同レベルの禁止カード混入具合ですね。

 あっちの人?が十二次元の闇(笑)相手に使った時は1ターンキルしかしてなかったですが、『征竜』の本当に恐ろしいのは簡単に1キル出来る瞬間火力だけではなく、異常なまでの戦線維持能力です。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18/『征竜』と『オッドアイズ』の最強対決ッ! vs豊海柚葉(3)

 

 

「――私のターン、ドロー!」

 

 

 豊海柚葉

 LP7500

 手札6→7

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 さて、現在解っている情報は柚葉の手札に《巌征竜-レドックス》と《青眼の白龍》、墓地に《瀑征竜-タイダル》《焔征竜-ブラスター》《嵐征竜-テンペスト》+餌に出来るドラゴン族モンスターが7体、風属性の《幻獣機ドラゴサック》――うん、このターンの内に『親征竜』全員と顔を合わせる事になりそうだ……。

 除外されているのは《焔征竜-ブラスター》《瀑征竜-タイダル》《エクリプス・ワイバーン》《伝説の白石》であり、《瀑征竜-タイダル》は『封印の黄金櫃』の効果で次のターンに手札に戻る。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 対するオレは《フレシアの蟲惑魔》と《マジェスペクター・ユニコーン》で2回邪魔出来る。果たして乗り切れるだろうか――。

 

「まずはその邪魔な小娘達から死んで貰うわ! 私は手札から《焔征竜-ブラスター》の効果発動! このカードと炎属性モンスター《ガード・オブ・フレムベル》を墓地に捨てて《フレシアの蟲惑魔》を破壊っ!」

「ちょ、どんな引きだよ!?」

 

 此処で3枚目の《焔征竜-ブラスター》の手札効果だとォ!?

 多くのメタカードを潰してきた悪魔の効果により、物凄く遣る瀬無い表情をしながら《フレシアの蟲惑魔》は何の仕事も出来ずに破壊される――非常にやばい。

 

 豊海柚葉

 LP7500

 手札7→5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

「私は墓地の《嵐征竜-テンペスト》の効果発動! 墓地の《瀑征竜-タイダル》《巌征竜-レドックス》を除外してフィールドに特殊召喚! 除外された《瀑征竜-タイダル》《巌征竜-レドックス》の効果でデッキから水属性・ドラゴン族モンスター《幻水龍》、地属性・ドラゴン族モンスター《幻木龍》を手札に加える!」

 

 豊海柚葉

 LP7500

 手札5→7

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200

 魔法・罠カード

  無し

 

 む、わざわざ《瀑征竜-タイダル》《巌征竜-レドックス》を除外してサーチ効果で《幻木龍》《幻水龍》をサーチするという事は、またランク8エクシーズモンスターを立てる気か! だが勿体無い使い方をしたな、もうこのターンに全部の『親征竜』の効果を使ってしまった以上、これで展開は終わりだ。使い処を間違ったな……!

 

「私は《幻木龍》を通常召喚し――」

「《マジェスペクター・ユニコーン》の効果発動! 《マジェスペクター・ユニコーン》の効果は1ターンに1度、自分のモンスターゾーンのペンデュラムモンスター1体と相手フィールドのモンスターを持ち主の手札に戻す。この効果は相手ターンでも発動出来る! オレは《EMドクロバット・ジョーカー》と、そっちの《幻木龍》を手札に戻す!」

 

 出てきた瞬間に旋風に攫われ、《幻木龍》は即座に柚葉の手札に舞い戻る。

 

「ちょっと! 通常召喚でしかサーチ効果を発動しない《EMドクロバット・ジョーカー》を手札に戻してバウンス効果なんて詐欺じゃない!」

「ははは、何とでも言え! ちゃんと知らないモンスターのテキストを確認してないのが悪いんだ!」

 

 よし、完全に凌ぎ切った……! この勝負、オレの勝ちだ……!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→4

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

「まだよッ! 魔法カード『手札抹殺』発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数分だけドローする! 私が捨てるカードは6枚、よって6枚ドロー!」

「げっ、オレは4枚捨てて4枚ドロー!」

 

 ぐ……《EMドクロバット・ジョーカー》2枚と《EMモンキーボード》、《貴竜の魔術師》が墓地に……! 《貴竜の魔術師》はともかく、墓地に落ちた『EM』モンスターの再利用手段が皆無な以上、完全なディスアドであり、次のターンに確実にペンデュラム召喚をする布石が脆くも崩れ去った。

 柚葉の墓地に新たに落ちたカードは《青眼の白龍》《幻木龍》《幻水龍》《伝説の白石》《伝説の白石》《速攻のかかし》か……やはりさっき無理に叩きに行っても《速攻のかかし》で防がれていたか。

 

「墓地に落ちた《伝説の白石》2枚の効果でデッキから《青眼の白龍》を2枚手札に加える!」

 

 豊海柚葉

 LP7500

 手札7→6→0→6→8

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200

 魔法・罠カード

  無し

 

 何で『手札抹殺』を使って逆に手札が増えてるんですかね!

 そして柚葉はにやりと邪悪に笑う。あ、何かやばいカード引きやがった……!

 

「魔法カード『次元融合』を発動! ライフ2000支払い、お互いに除外されたモンスターをそれぞれのフィールド上に可能な限り特殊召喚する! 私は《焔征竜-ブラスター》《瀑征竜-タイダル》《瀑征竜-タイダル》《巌征竜-レドックス》を特殊召喚する!」

 

 豊海柚葉

 LP7500→5500

 手札8→7

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 《瀑征竜-タイダル》星7/水属性/ドラゴン族/攻2600/守2000

 《瀑征竜-タイダル》星7/水属性/ドラゴン族/攻2600/守2000

 《巌征竜-レドックス》星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

 げぇッ! 問答無用の禁止カード……! 除外された『征竜』どもがあっという間に帰還しやがったぞ……!

 フィールド全部が『征竜』に埋め尽くされる、良く見慣れた地獄絵図に圧倒されながらも、オレも柚葉が発動した『次元融合』の効果処理にかかる。

 

「――ッ、オレは除外されていた《相克の魔術師》《法眼の魔術師》《EMシルバー・クロウ》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→0→4

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 《相克の魔術師》星7/闇属性/魔法使い族/攻2500/守500

 《法眼の魔術師》星7/光属性/魔法使い族/攻2000/守2500

 《EMシルバー・クロウ》星4/闇属性/獣族/攻1800/守700

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 《ダークマター》の効果で除外していたのが裏目に出たな! このターンでフィールドのモンスター全部を戦闘破壊されるが――!

 

「手札を1枚捨てて魔法カード『ライトニング・ボルテックス』を発動! 相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊する! これで終わりよ!」

 

 んなっ、此処で無慈悲な相手フィールドモンスター全除去カードかよ!? あああ、オレのモンスター達が……!?

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

「……え? 何で《マジェスペクター・ユニコーン》だけ残ってるの……!?」

「ぐっ、《マジェスペクター・ユニコーン》はモンスターゾーンに存在する限り、相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない!」

「何そのインチキ効果!?」

 

 オレもそう思う! 何でコイツ等、共通効果で相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されないの一文が入ってるの? おかしくね?

 

「――でも、関係無いわ! バトル! 《嵐征竜-テンペスト》で《マジェスペクター・ユニコーン》を攻撃!」

 

 まぁこの超耐性も戦闘破壊には無力であり、《嵐征竜-テンペスト》の激しい攻撃で《マジェスペクター・ユニコーン》が戦闘破壊され、オレのフィールドは文字通りがら空きとなる。

 

「――残りの『征竜』で直也君にダイレクトアタック! これで私の……!」

「――甘いぞ、柚葉! お前の『手札抹殺』は更なる展開の手段を与えたが、オレの手札に起死回生のカードを呼び込んだぞ! 手札から《速攻のかかし》を発動! 相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てる事でその攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

 

 かかし先生を墓地に送り、このターンの戦闘を終了させる。冷や汗が止まらない、『手札抹殺』された時は終わったと思ったぞ……!

 仕留め損ねた柚葉は悔しげに舌打ちする。

 

「――メイン2、レベル7の《嵐征竜-テンペスト》と《焔征竜-ブラスター》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク7《真紅眼の鋼炎竜》!」

 

 エクシーズ召喚されるは懐かしの《レッドアイズ》の派生モンスターであり、しかもランク7のエクシーズモンスターである。

 あれは非常に厄介だ。エクシーズ素材を持っていると効果では破壊されず、更にはエクシーズ素材を持っている限り相手が魔法・罠・モンスター効果を発動する度に500ポイントのバーンダメージを与える。

 一見小さい数字に見えるが、あれを除去するまでにどれほど効果を発動しなければならないのか、苦々しく歯軋りする。

 

「レベル7の《瀑征竜-タイダル》と《巌征竜-レドックス》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク7《幻獣機ドラゴサック》!」

 

 そしてまたもや出てきた『征竜』に魂を売った『幻征竜』! こうもぽんぽんと耐性持ちが……!?

 

「《幻獣機ドラゴサック》の効果発動、1ターンに1度、エクシーズ素材を1つ取り除き、『幻獣機トークン』を2体特殊召喚する」

 

 ぐ、《瀑征竜-タイダル》以外は全員守備表示――1キルショットしにきた後に、この堅牢な布陣の再構築である。

 

「私はカードを1枚セットしてターンエンド」

 

 豊海柚葉

 LP5500

 手札7→5→4

 《瀑征竜-タイダル》星7/水属性/ドラゴン族/攻2600/守2000

 《真紅眼の鋼炎竜》ランク7/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2400 ORU2

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻2600/守2200 ORU2→1

 《幻獣機トークン》レベル3/風属性/機械族/攻0/守0

 《幻獣機トークン》レベル3/風属性/機械族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  伏せカード1枚

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札4→3

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 ――全く、ライフこそ減ってないが、1ターンで即座に削り切られるので全く生きた心地がしない。

 

 だが、生きて次のターンを迎えれる限り、逆転のチャンスは来る……! オレの『デッキ』よ、お前の真の力をオレに見せろ……!

 

「オレのターン! ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→4

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 そして引いたカードをちらっと見る。オレのドローしたカードは《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》……! 来たッ、お前をずっと待っていた!

 

「オレは魔法カード『ペンデュラム・コール』を発動! 『ペンデュラム・コール』は1ターンに1枚しか発動出来ず、『魔術師』ペンデュラムモンスターのペンデュラム効果を発動したターンには発動出来ない! 手札を1枚捨て、カード名が異なる『魔術師』ペンデュラムモンスター2体までをデッキから手札に加える。この効果の発動後、次の相手ターン終了時まで自分のペンデュラムゾーンの『魔術師』カードは効果では破壊されない!」

「な……!? 実質それ1枚でペンデュラム召喚が可能となる上に相手ターンまでもペンデュラムゾーンのカードの破壊耐性付与!? 何それ!? インチキ効果もいい加減にしろー!」

「遊戯王史上最悪のインチキカードを使って言う事かぁ! って、あっちぃ!?」

 

 秋瀬直也

 LP8000→7500

 

 柚葉の理不尽な効果に対する怒りに呼応してか、一足早く《真紅眼の鋼炎竜》が必殺の黒炎弾を射出してきたぞ!? つーかそれ明らかに500ダメージの攻撃じゃねぇ!?

 

「オレはデッキから《竜穴の魔術師》と《相克の魔術師》を手札に加え、ペンデュラムゾーンにセッティング! これで4から7レベルのモンスターが同時に召喚可能! オラァッ!」

 

 ペンデュラムゾーンへの設置によるペンデュラムカードの発動2回に対し、《真紅眼の鋼炎竜》は容赦無くニ連打かまし、オレは食らってられっかと《蒼の亡霊》で殴り飛ばす!

 

「むぅ、ちゃんと受けなさいよ!」

「やだよ、痛ぇんだぞ! ダメージは問題無く処理されている!」

 

 秋瀬直也

 LP7500→7000→6500

 

 

「――ペンデュラム召喚! エクストラデッキよりレベル7《法眼の魔術師》、レベル7《相克の魔術師》、レベル6《マジェスペクター・ユニコーン》、レベル7《竜穴の魔術師》、レベル6《賤竜の魔術師》!」

 

 

 秋瀬直也

 LP8000→7500→7000→6500

 手札4→3→2→4→3→2

 《法眼の魔術師》星7/光属性/魔法使い族/攻2000/守2500

 《相克の魔術師》星7/闇属性/魔法使い族/攻2500/守500

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 《竜穴の魔術師》星7/水属性/魔法使い族/攻900/守2700

 《賤竜の魔術師》星6/風属性/魔法使い族/攻2100/守1400

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《相克の魔術師》スケール3

 

 さぁ、柚葉の伏せたカードは――!

 

「――罠カードオープン! 『奈落の落とし穴』! 相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時、その攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外する! 残念だったわね!」

「ああ、残念だったな。『神の宣告』か『神の通告』だったら柚葉の勝利だったんだがな――」

「……え?」

 

 ――危なかった。《ダークマター》の時に1枚だけしか入ってない《法眼の魔術師》を除外してなければ、今ので致命傷だった。

 

 

「《法眼の魔術師》の効果、このターンにペンデュラム召喚したこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分フィールドの『魔術師』ペンデュラムモンスターは相手の効果では破壊されない! 破壊されないので除外もまたされない! 『奈落の落とし穴』は『神の宣告』や『神の通告』とは違って召喚そのものを無効にするものではないからな――《マジェスペクター・ユニコーン》には持ち前の耐性があるから『奈落の落とし穴』は通用しないぜ!」

 

 

 効果を見た時は微妙効果だと思っていたが、こんな処で役立つとはな……!

 

「そしてオレは《竜穴の魔術師》と《賤竜の魔術師》をリリースし、真打ち登場! 雄々しくも美しく輝く二色の眼! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をアドバンス召喚!」

 

 そして珍しくペンデュラム召喚以外での降臨に、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》はいつも以上の気迫をもって咆哮する。

 柚葉は『奈落の落とし穴』読みで《オッドアイズ》をペンデュラム召喚しなかった事に驚愕しながらも、余裕の表情を浮かべた。

 

「……失敗だったんじゃない? レベル6の《賤竜の魔術師》を残しておけば《マジェスペクター・ユニコーン》とエクシーズ召喚してランク6の《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》を出せて《オッドアイズ》で5000ダメージ与えれたのに」

「おいおい、それじゃこのターンに勝てないだろ」

「え?」

 

 在り得ない言葉を聞き、柚葉はきょとんとする。

 そう、次のターンなど無い。これがこのデュエルのラストターンだ!

 

「オレはレベル7の《法眼の魔術師》と《相克の魔術師》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現われろ、ランク7《真紅眼の鋼炎竜》!」

 

 そして現れるは柚葉のフィールドにもいるレッドアイズの進化系であるエクシーズモンスター、うん、オレのデッキにも入っていたから効果を知っていたんだ。

 

「……まさかさ、何方の場にも《真紅眼の鋼炎竜》がいるという事は、効果発動してダメージが発生した時点で無限ループ?」

「いや、《真紅眼の鋼炎竜》のバーンダメージは永続効果だから効果の発動に入らない。ちなみに相手の場に《魔王龍 ベエルゼ》がいたら無限ループ発生して死ぬ」

 

 少し前まで《魔王龍 ベエルゼ》を使っていたオレとしては恐ろしい話である。

 効果発動で500ダメージ、《魔王龍 ベエルゼ》の効果発動して攻撃力が500アップ、《真紅眼の鋼炎竜》の永続効果で500ダメージ、攻撃力が500アップのまさに無限ループ!

 

「ペンデュラムゾーンにセッティングされている《相克の魔術師》のペンデュラム効果発動! 1ターンに1度、自分フィールドのエクシーズモンスター1体にこのターンだけランクと同じ数値のレベルのモンスターとしてエクシーズ召喚の素材に出来る!」

「……え? エクシーズモンスターはレベルを持たないのにレベルを持たせる? どういう事?」

 

 柚葉の疑問を他所に相手の《真紅眼の鋼炎竜》から黒炎弾が飛んできてまたダメージ、本当に地味じゃないぐらい痛いな、この効果。

 

 秋瀬直也

 LP6500→6000

 

「つまり、こういう事だ――レベル7のドラゴン族モンスター《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とレベル7扱いのドラゴン族モンスター《真紅眼の鋼炎竜》でオーバーレイ!」

「え!? ちょ、何それぇ!?」

 

 《オッドアイズ》と《レッドアイズ》が赤と黒の閃光となり、空間に穴を穿ってオーバーレイ・ネットワークを構築する!

 

「――エクシーズ召喚! 怒りの眼輝けし反逆の龍! !ランク7《覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン》!」

 

 フィールドに降臨するは何処か《オッドアイズ》の印象を残し、《レッドアイズ》とは別系統のドラゴンと融合合体したような真紅と漆黒の龍、殺意の具現たるランク7の――。

 

 

「エクシーズ・ペンデュラムモンスター……!?」

 

 

 秋瀬直也

 LP6500→6000

 手札2→1

 《マジェスペクター・ユニコーン》星6/風属性/魔法使い族/攻2000/守2000

 《覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン》ランク7/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《相克の魔術師》スケール3

 

 そう、エクシーズモンスターであり、ペンデュラムモンスターでもある、新次元の存在である……!

 

「効果発動! このカードがエクシーズモンスターを素材としてエクシーズ召喚に成功した場合、相手フィールドのレベル7以下のモンスターを全て破壊し、破壊した数×1000ポイントのダメージを与える!」

「……!? 私の場にレベル7以下のモンスターは《瀑征竜-タイダル》と《幻獣機トークン》2体の合計3体……!? ~~っっ!」

 

 秋瀬直也

 LP6000→5500

 

 黒炎弾に迎撃されながらも《覇王黒竜》の背中の翼が展開され、迸る稲妻は相手フィールドのレベル7以下のモンスターを無慈悲に殲滅し、更には柚葉をも焼く……!

 

 豊海柚葉

 LP5500→2500

 

「――そして《覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン》はこのターン、1度のバトルフェイズ中に3回攻撃出来る!」

「ななっ、嘘……!?」

 

 豊海柚葉

 LP5500→2500

 手札4

 《真紅眼の鋼炎竜》ランク7/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2400 ORU2

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻2600/守2200 ORU1

 魔法・罠カード

  無し

 

「――バトル! 《覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン》で攻撃! 反旗の逆鱗、ストライク・ディスオベイッ!」

 

 《覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン》は飛翔し、その過程で《真紅眼の鋼炎竜》と《幻獣機ドラゴサック》を一網打尽に破壊し――。

 

「きゃあああああああああああああああぁ――ッ!?」

 

 豊海柚葉

 LP2500→-500

 

 

 

 

「……うぅ、今回の敗因って『奈落の落とし穴』の使うタイミングを間違ったせい……?」

「いや、『奈落の落とし穴』だった時点でだ。ペンデュラム召喚が通って《マジェスペクター・ユニコーン》がいるから、自分の効果使用して手札に戻して《竜穴の魔術師》のペンデュラム効果で伏せカードを割って終了だな」

 

 ついでに言うと、ペンデュラム召喚した《賤竜の魔術師》でも墓地の『魔術師』ペンデュラムモンスターを1枚回収出来たが、今回は《覇王黒竜》が通らないと敗北だったので発動しなかった。

 ……しかし、『遊戯王』初心者の柚葉がこんな短時間で『征竜』をある程度まで回せるようになるとはびっくりである。

 次やったら負けそうだなぁと思いつつ――。

 

 

 ――ぱんぱんぱん、と。乾いた拍手の音が鳴り響く。

 

 

『――いや、それを差し引いても見事なものさ。凄く見応えのある良い『決闘』だったよ』

 

 

 オレと柚葉は同時にその声――少年とも少女とも老人とも思えるような奇妙な聲――の方向に振り向く。

 

「なっ――」

 

 あの柚葉さえそれを見て絶句する。

 ……其処に居たのは人の形をした『何か』だった。

 本当に『何か』としか表現しようがない。――何故ならば、ソイツには眼も無ければ鼻も無い、顔すら無い、本当に人の形をしているだけの『何か』だったからだ……!

 

 ――そう、強いて言うならば、それは、一つの宇宙に匹敵する規模の『闇』と『光』が人の形で鬩ぎ合う、真の『混沌』そのモノだった……!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19/混沌を統べる覇者 vs『ラスボス』(1)

 

 

 

 

「――お前がこの『異変』の黒幕なのか……!?」

 

 目の前の超存在に対して話しかける。人間の言語を使う以上、会話は可能な筈だ。

 ……震えが止まらない。あの存在の事など欠片も理解が及ばないが、軽く人智を超えている存在である事は確かだ……!

 

『まぁ結果的にそうなるんじゃないかな?』

 

 目の前の人の形しかしてない『混沌』は軽い調子で、曖昧に答える。……良かった、一応話は通じるようだ。

 

「……随分と曖昧な返答なんだな」

『この『異変』は私にとっても予想外な展開だった、という話さ』

 

 この如何にも人智超えてそうな『混沌』にしても、今の『魔都』の状態は予想外、だと?

 

『……『遊戯王』が世界法則でない『次元』に足を運んだら自動的に世界法則が『遊戯王』に『改変』されるとか、あの何でもありの『次元』で数多の超展開に慣れてきた私すら驚愕したものだ』

 

 ……なんか、物凄い事をさらりと言わなかったか?

 空気を吸うかのような気軽さで、というよりも存在するだけで世界の法則が『改変』されるとかどういう事だよ!?

 素で概念となった『鹿目まどか』級なのか? いや、それ以前に平然と次元の垣根超えてるから自動的に『第二魔法』の実証例なのか?

 

「……という事は『転生者』なのか? 二回目、いや、『三回目』の?」

『元の起源は君達と同じだったと思うが、この身は世界から除外されていてね、生憎とこうなる前の事はそんなに覚えてない。――この状態になってから『死』という概念が無くなっているから、君達で言う処の二回目の区分になるんじゃないかな?』

 

 ……マジかよ、二回目でこんなバケモノがいたとは、これまでの常識概念が木っ端微塵に砕かれそうだ。

 

 

「――それで、どうすれば世界は元に戻るの? 貴方を倒せば良いのかしら?」

 

 

 明確な敵意を籠めて、柚葉は問う。

 まだ『混沌』の意図は全然掴めてないが、悪意ある存在ならば『矢』を使ってでも立ち向かわなければならない。

 だが、それに対する返答は肩透かしも良い処だった。

 

『いや、別に倒さなくても私がこの『次元』から立ち去れば全てが無かった事になる。元来私はそういう存在だからね。――君達の場合は上位の観測者だからか、世界の『改変』に巻き込まれずに正しい視点を持ち得たのだろう』

 

 ……『混沌』の言葉に虚偽は感じられない。むしろこの存在はそんな事を弄する意味が無いくらいぶっ飛んでると言った方が正しいか。

 

「そっか、良かった良かった。これで今回の『異変』は解決だな!」

『あ、別にすぐ立ち去るとは言ってないぞ?』

「え?」

 

 あれ、帰って寝れば元の世界に戻ってると納得したのに、雲行きが一気に怪しく……?

 

『これだけ『決闘者』達が沢山いるのに『決闘』せずに立ち去れなんて、極上のご馳走の前なのに門前払いされるぐらい酷い話だ。――別にさ、私が満足するまでこの世界に存在する全ての『決闘者』と『決闘』していても良いよね?』

「良くねぇよ!? オレ達の日常をさっさと返せよ!?」

 

 それ一体いつになったら終わるんだよ!? コイツ、もう人間ですらないけど超弩級なまでに駄目人間だっ! 宇宙規模で駄目なヤツだ!

 

 

『――それじゃこうしよう。私との『決闘』で君が勝ったら大人しく立ち去るとしよう。実に単純明快だろ?』

 

 

 ――奴の左腕に『光』と『闇』が溢れて――異形の『デュエルディスク』となり、構える。

 

 ……うん、これだけで解った。コイツ、生粋の『デュエル脳』だ!

 宇宙を左右するほどの力の持ち主なのに悲しいぐらい『デュエル脳』なのである……!

 

 ……結局『魔術師』の言う通り、『決闘』で始まって『決闘』で終わる事になるんだな、この『異変』は。

 

「……オレが負けたら?」

『別に何も。カード化なんて趣味じゃないし、『闇』のゲームとか賭けて失う『命』が無い私相手にやっても意味が無いぞ? ――何度でも挑むと良いさ、私は何度でも受けて立つとも――』

 

 ……良いだろう、やってやろうじゃないか。

 何度も『決闘』する事になるという前提は、裏を返せば絶対の勝利宣言であり、その絶対に勝つのは自分だという鼻っ面を正面から叩き折ってやる……!

 

『――『デュエル』!』

 

 さぁ、これがラストデュエルだ!

 先行はヤツのようである。……デッキの厚さ的にまさかの60枚? 最大上限まで詰め込んだヤツのデッキは一体どんなデッキだろうか――。

 

『――私の先行、魔法カード『天使の施し』を発動、3枚ドローして2枚捨てる。墓地に送った《処刑人-マキュラ》の効果でこのターン、手札から罠カードを発動出来る。私は罠カード『第六感』を発動、1から6までの数字のうち2つ宣言する。相手がサイコロを1回振り、その数が出ればその数の枚数分だけドローする。外れた場合は出た目の枚数だけデッキの上からカードを墓地に送る。私が宣言する数字は5と6だ』

 

 施 し で マ キ ュ ラ 捨 て て 第 六 感 ! ?

 

 ……うわぁ、うわぁーっ、今までの『決闘』もかなり無法地帯だったけどさ、その最後に相応しく、ぶっちぎりでやばい事を最初のターンからしてくるのかよ!?

 

「……ねぇ、直也君。明らかに効果おかしいと思うのだけど、あの『第六感』って絶対禁止カードよね?」

「……ああ、当然禁止カードだ。あれは『遊戯王』を『じゃんけんゲー』から『サイコロゲー』に変えた罪深きカードだ……!」

 

 柚葉は怪訝な顔で「それって運ゲー的な意味合いで大して変わらないんじゃ……?」と首を傾げる。

 まぁともかく罠カード『第六感』は当たったら爆アド、外れても墓地肥やし、頭おかしいカードである。罠カードである事が唯一の欠点なのだが、その欠点も《処刑人-マキュラ》の効果で踏み倒している始末だ。

 で、でもまぁ、あんなの当たる確率は3分の1だ。どうか5と6だけは出ませんように、とソリッドビジョンで渡された大きなサイコロを振り、ころころ転がって――あ。

 

『――出た目は6、よって6枚ドローする』

 

 無情の6だと……!? あれ、そのサイコロ、四五六賽じゃないよね? それとも魂入り?

 

 ???

 LP8000

 手札5→4→7→5→4→10

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

「なぁにこれぇ?」

 

 ……うん、柚葉がそう言いたい気持ちは良く解る。オレの方こそ声高に言いたい。

 

『手札から魔法カード『苦渋の選択』を発動、自分のデッキからカードを5枚選択し、相手が選んだ1枚を手札に加え、残りを墓地に捨てる。私が選択する5枚はこれだ』

 

 《クリッター》

 《黒き森のウィッチ》

 《混沌の黒魔術師》

 《混沌の黒魔術師》

 《混沌の黒魔術師》

 

 また『苦渋の選択』かよ、って? え? 何だこれ?

 《クリッター》と《黒き森のウィッチ》の2つは禁止カードはあるが、あれはフィールドから墓地に行かなければサーチ効果は発動しない。

 そしてかつては最強級の禁止カード、現在は無制限の《混沌の黒魔術師》もエラッタされて見るも無残な効果に――ってちょっと待て。

 

 《クリッター》

 効果モンスター(禁止カード)

 星3/闇属性/悪魔族/攻1000/守600

 このカードが墓地におかれた時、

 自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスターを1枚手札に加え、

 デッキを切り直す

 

 《黒き森のウィッチ》

 効果モンスター(禁止カード)

 星4/闇属性/魔法使い族/攻1100/守1200

 このカードが墓地におかれた時、

 自分のデッキから守備力1500以下のモンスターを1枚手札に加え、

 デッキを切り直す。

 

 《混沌の黒魔術師》

 効果モンスター(禁止カード)

 星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、

 自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。

 このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かず

 ゲームから除外される。

 このカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。

 

「なっ!? 嘘だろ、全部エラッタ前のテキストかよ!? こ、これって《クリッター》と《黒き森のウィッチ》は――」

『エラッタ前だから、何処からでも墓地に送られた時点で効果発動するぞ』

 

 あ、コイツのデッキはまさかッ! 『遊戯王』に最初の暗黒期を齎した『全盛期カオス』ッッ!? そんな馬鹿な、エラッタされて完全に滅びた筈じゃ!?

 

「エラッタ?」

「後からカードのテキストが変更される事だ……! おいおい、そんなのありかよ!?」

 

 返ってくる言葉は無く、『混沌』は無言で『苦渋の選択』の効果処理を催促する。

 ぐっ、《クリッター》と《黒き森のウィッチ》の何方かが墓地に落ちて効果発動してデッキからモンスターをサーチされてしまう。ならば――。

 

「オレは《黒き森のウィッチ》を選択する!」

 

 守備力1500以下の方がサーチ出来る範囲が広い為、《黒き森のウィッチ》を選択する……! くっそ、まさに苦渋の選択過ぎる……!

 

『墓地に落ちた《クリッター》の効果発動、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。私が加えるのは攻撃力0の《幽鬼うさぎ》だ』

 

 ???

 LP8000

 手札10→9→10→11

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 げっ、手札誘発効果の《幽鬼うさぎ》を堂々とサーチして来やがった……!

 『全盛期カオス』の癖に最新のカードを入れてやがるのか!

 

『手札から魔法カード『強引な番兵』を発動、相手の手札を確認し、その中からカード1枚をデッキに戻す――私は君の手札にある《エフェクト・ヴェーラー》をデッキに戻す』

「ハ、ハンデス三種の神器……!?」

 

 ???

 LP8000

 手札11→10

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 手札を全部見られる上に好きなカードをデッキバウンスさせる禁止カードが通ってしまい、オレは唯一の対抗手段だった《エフェクト・ヴェーラー》を失う。

 

『《幽鬼うさぎ》を通常召喚し、魔法カード『簡易融合』を発動、ライフを1000支払い、レベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃出来ず、エンドフェイズに破壊される――現われろ、晴れて禁止となった元環境の破壊者、レベル4《旧神ノーデン》!』

 

 《幽鬼うさぎ》を通常召喚して『簡易融合』で《旧神ノーデン》? 《幽鬼うさぎ》は地味にチューナーモンスターだから、シンクロに繋げるのか?

 

『《旧神ノーデン》の効果発動、このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは除外される。墓地より《処刑人-マキュラ》を特殊召喚する』

 

 ???

 LP8000→7000

 手札10→9→8

 《幽鬼うさぎ》星3/光属性/サイキック族/攻0/守1800

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《処刑人-マキュラ》星4/闇属性/戦士族/攻1600/守1200

 魔法・罠カード

  無し

 

『私はレベル4の《処刑人-マキュラ》にレベル3のチューナーモンスター《幽鬼うさぎ》をチューニング! 闇から出でよ、鉄血の翼! 黒き暴風となりて全ての敵に死を与えん! シンクロ召喚! ――シンクロが生み出した狂気の殺戮兵器! レベル7《ダーク・ダイブ・ボンバー》!』

 

 ???

 LP7000

 手札8

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《ダーク・ダイブ・ボンバー》星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800

 魔法・罠カード

  無し

 

 そして出てくるは数多の『決闘者』の脳裏にトラウマとして刻まれた、元最凶のシンクロモンスター、だが、ヤツはエラッタされて見る影も無くなるほど弱体化して無制限に戻された筈!

 あ。ままま、まさか……!?

 

 《ダーク・ダイブ・ボンバー》

 シンクロ・効果モンスター(禁止カード)

 星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800

 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

 自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動できる。

 リリースしたモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える。

 

 お 前 も か ! そのまさかだよ!

 

 やっぱり『D(誰が)D(どう見ても)B(ぶっ壊れ)』の頃のエラッタ前だこんちくしょおおおおおおおおおおぉ!? 1ターンに1度とメインフェイズ1にしか行えないデメリット効果がついてねええええぇ――!

 

「? どうしたの? 結構微妙な効果だと思うんだけど」

「いや、柚葉。断言して良い。もうこの『デュエル』、オレの次のターンは無い……」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ。まだ相手の1ターン目だよ? 後攻の直也君のターンすら回ってきてないよ……!?」

 

 《エフェクト・ヴェーラー》無い方が悪いといつもなら言われるが、あっても『強引な番兵』でデッキバウンスされたんじゃあああああああぁ――!

 

 

『――そして、手札から魔法カード『死者蘇生』を発動! 自分または相手の墓地のモンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する! 私が特殊召喚するのは《混沌の黒魔術師》!』

 

 

 そしてこの世界に誰も持っていなかった『遊戯王』を象徴する魔法カード『死者蘇生』をもって復活させるは至高の黒魔術師、その絶大なる力で『遊戯王』黎明期に最初の暗黒期を齎した、エラッタ前の全盛期の《混沌の黒魔術師》……!

 

 ???

 LP7000

 手札8→7

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《ダーク・ダイブ・ボンバー》星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  無し

 

『このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事が出来る。私は魔法カード『死者蘇生』を手札に加える』

 

 ……うわぁー。狂乱の第九期に慣れてきた今見てもこの効果だけは在り得ねぇ……。

 

「え? って事は――」

 

 はい、柚葉さん。そうです。其処に『苦渋の選択』で墓地に落ちた《混沌の黒魔術師》があと2体あるじゃろ?

 

『『死者蘇生』で2体目の《混沌の黒魔術師》復活、効果で『死者蘇生』拾って発動して3体目の《混沌の黒魔術師》蘇生、効果発動で『天使の施し』を拾って発動、3枚ドローして2枚捨てる。墓地に捨てた《黒き森のウィッチ》の効果で《エフェクト・ヴェーラー》を手札に加える』

 

 ???

 LP7000

 手札7→8→7→8→7→8→7→10→8→9

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《ダーク・ダイブ・ボンバー》星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  無し

 

 こうなった。な ぁ に こ れ ぇ ?

 

『《ダーク・ダイブ・ボンバー》の効果発動! 自分フィールドのモンスター1体を生け贄に捧げ、そのモンスターのレベル×200のダメージを相手に与える! 私はレベル4の《旧神ノーデン》、レベル8の《混沌の黒魔術師》3体を射出! 合計レベルは28、よって5600のバーンダメージを与える!』

「ぎゃー!?」

 

 秋瀬直也

 LP8000→7200→5600→4000→2400

 

 自身のフィールドのモンスターを全て弾扱いにして《ダーク・ダイブ・ボンバー》は嬉々狂々と長らく失われた本領を発揮してくる!

 やめろぉー! 死にたくないー!

 

「あ、あれ、大したダメージにはならないと思っていたけど……!?」

「エラッタ前のアイツに1ターンに1度の制限なんてないんだよ!? おまけにアイツ、自分自身も射出出来るからあと1000で先行1ターンキルされるんだよ!?」

「えええぇ――!?」

 

 《ダーク・ダイブ・ボンバー》は元からレベル7なので、自分を射出すれば1400ダメージ……! もうライフの猶予があと僅かしかねぇ!

 

 

『――ああ、フィールドを離れた《混沌の黒魔術師》は墓地には行かず、ゲームから除外される』

 

 

 『混沌』は思い出したかのようにそう言い放ち――あ……、何となく察したけど、まさか……!?

 

『更に魔法カード『次元融合』を発動! ライフを2000支払い、お互いに除外されたモンスターをそれぞれのフィールド上に可能な限り特殊召喚する。戻ってこい《混沌の黒魔術師》3体! 3体の効果発動で『死者蘇生』『次元融合』『強引な番兵』回収で』

 

 除外とは一体、うごごご……!? そして簡単に帰ってきて、3体ともタイミング逃さずに効果発動して3枚魔法カード回収だと? 落ちてる魔法カード、全部禁止級ばっかだというのに!?

 

 ???

 LP7000→5000

 手札9→8→11

 《ダーク・ダイブ・ボンバー》星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  無し

 

『これで終わりだ――《ダーク・ダイブ・ボンバー》で《混沌の黒魔術師》3体射出で爆☆殺! あ、ついでに自身も射出で』

「ぎゃああああああああああああぁ――ッ!?」

 

 秋瀬直也

 LP2400→800→-800→-2400→-3800

 

 な ん ぞ こ れ。

 

 ――殺意の《ダーク・ダイブ・ボンバー》によって先行1ターンキルされ、爆発を諸に受けて地面に叩き付けられる。

 今まで酷い『デュエル』ばっかりだったけどさ、流石に先行1ターンキルされた事は無かったぞ?

 

『――まだやるかい? 君が諦めるまで付き合ってあげよう』

 

 ……っ! 上等だこの野郎! オレは即座に起き上がり、また『デュエルディスク』を構える!

 千回負けても一回勝てばオレの勝ちなんだ、オレが勝つまで挑んでやるぅぅぅ!

 

 

 




 本日の禁止カード

 『第六感』
 通常罠(禁止カード)
 自分は1から6までの数字の内2つを宣言する。
 相手がサイコロを1回振り、宣言した数字の内どちらか1つが出た場合、
 その枚数自分はカードをドローする。
 ハズレの場合、出た目の枚数デッキの上からカードを墓地へ送る。

 今の『遊戯王』は狂乱の第九期と呼ばれているが、それよりも狂っている時代が最初期にあった。これはその時のカードの1枚である。
 
 『混沌』の人がやると90%の確率で5と6が出て大量ドロ―される罠カード。ストロングなヒロインとの対戦以外外してない。……外したからといって、墓地を肥やされないとは言ってない。

 《クリッター》
 効果モンスター(禁止カード)※エラッタ前
 星3/闇属性/悪魔族/攻1000/守600
 このカードが墓地におかれた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスターを1枚手札に加え、
 デッキを切り直す

 エラッタ後はフィールドを経由しないとサーチ効果を使えないが、エラッタ前はフィールドに出る必要すら無かった。
 エラッタ前のコイツと相棒の《黒き森のウィッチ》を『苦渋の選択』で3枚2枚選ぶと、デッキからエクゾパーツ4枚サーチした上にエンドフェイズで手札上限によって残りの一枚を捨てればあら不思議、エクゾディアの完成である。
 なお、『混沌』のデッキにはエクゾディアギミックは組み込まれてない。別の特殊勝利は常に入っているのに……。

 《黒き森のウィッチ》
 効果モンスター(禁止カード)※エラッタ前
 星4/闇属性/魔法使い族/攻1100/守1200
 このカードが墓地におかれた時、
 自分のデッキから守備力1500以下のモンスターを1枚手札に加え、
 デッキを切り直す。

 絶望の呪文「ボチヤミサンタイ」で有名な《ダーク・アームド・ドラゴン》をサーチ出来るカード。
 今回の『混沌』のデッキに《ダーク・アームド・ドラゴン》は入ってないが、無くても毎度の如く悪さする。
 《クリッター》とは一緒に悪さをするズッ友である。冤罪ではない。

 《混沌の黒魔術師》
 効果モンスター(禁止カード)※エラッタ前
 星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
 このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かず
 ゲームから除外される。
 このカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。

 『混沌』のデッキにおける過労死枠。墓地に行ってもフィールドに戻され、フィールドから離れて除外されても『次元融合』で戻ってくる。
 エラッタ後は魔法カードを回収するタイミングがエンドフェイズ時に変更され、見る影も無くなった挙句、制限カードから無制限カードへ改定という死体蹴りを食らった。
 まぁそれは現実世界での話なので、此処ではエラッタ前の殺意全開の全盛期《混沌の黒魔術師》が思う存分なまでに猛威を振るう。

 『強引な番兵』
 通常魔法(禁止カード)
 相手の手札を確認し、その中からカードを1枚デッキに戻す。

 ハンデス三種の神器の一つ。こんな畜生カードがあと2枚もある。当然『混沌』のデッキに全部入っている。

 《ダーク・ダイブ・ボンバー》
 シンクロ・効果モンスター(禁止カード)※エラッタ前
 星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動できる。
 リリースしたモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える。

 シンクロが生み出した狂気の代名詞。有名な破滅の呪文『サモサモキャットベルンベルン』で出すべきシンクロモンスター。相手は死ぬ。
 今回は《幽鬼うさぎ》+レベル4モンスターから出てくる。手札から誘発効果を使った後に《旧神ノーデン》と一緒に復活してきそう。
 何処ぞの禁止エクシーズモンスターのせいで『混沌』の今回のデッキのエクストラ枠はいつも以上に圧迫されているので《エフェクト・ヴェーラー》で止めてしまえば再利用される心配も無い。
 ……なお、今回は『遺言状』からエラッタ前の《カタパルトタートル》が飛び出てくる方式なので出番は少なめ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20/誰も体感した事の無い『全盛期カオス』 vs『ラスボス』(2)

 

 

 

『――私の先行、魔法カード『強欲な壺』で2枚ドロー、『天使の施し』で3枚ドローして2枚墓地へ。永続魔法『生還の宝札』発動、『死者蘇生』で『天使の施し』で墓地に送った《混沌の黒魔術師》を特殊召喚、効果発動で『死者蘇生』を回収し、『生還の宝札』の効果で1枚ドロー。再び『死者蘇生』で2体目の《混沌の黒魔術師》を蘇生して『天使の施し』を回収、『生還の宝札』の効果で1枚ドロー。『天使の施し』を発動して3枚ドローして2枚墓地に捨てる』

 

 ???

 LP8000

 手札5→4→6→5→8→6→5→4→5→6→5→6→7→6→9→7

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 なぁにこれぇ、きょ、強大な汎用魔法カードだけでソリティアしてるだと……あ、2回目の『天使の施し』で何気無く《処刑人-マキュラ》を落としてやがるぅぅぅぅ!

 ぐ、ぐぬぬ、何で初手で《幽鬼うさぎ》や《エフェクト・ヴェーラー》来てないんだ……! どっちも1積みだったのが悪いのか!?

 

『墓地の光属性《異次元の女戦士》と闇属性《処刑人-マキュラ》を除外し、《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》を特殊召喚する』

 

 ???

 LP8000

 手札7→6

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 ぐっ……やはり『カオス』の代名詞の一つであるそのカードも入っていたか……!

 墓地の光属性モンスターと闇属性モンスターを1体ずつ除外するだけで特殊召喚出来る攻撃力3000の戦士族モンスター!

 だ、大丈夫だ。奴等は確かに厄介な効果を持っているが、何の耐性も無いモンスター。次のターンさえ回れば……!

 

『レベル8の《混沌の黒魔術師》2体と《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》でオーバーレイ! 3体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚! ランク8《熱血指導王ジャイアントレーナー》!』

 

 ???

 LP8000

 手札6

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU3

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 レベル8のモンスター3体も使ってランク8のエクシーズモンスターを立てただと?

 

『《熱血指導王ジャイアントレーナー》の効果発動、オーバーレイユニットを1つ使い、デッキからカードを1枚ドローし、お互い確認する。確認したカードがモンスターだった場合、更に相手ライフに800ポイントのダメージを与える。この効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。――《熱血指導王ジャイアントレーナー》の効果は1ターンに3度まで使用出来る。私は3回使用! さぁ、ン熱血指導ゥだァ!』

 

 んな、レベル8のモンスター×3という厳しい召喚条件だが、出してしまえば一気にアドを取り戻せるのか!

 なるべくモンスターを引かれないように祈るしかねぇ――。

 空気をも引き裂く勢いで『混沌』は3枚同時にドローする……!

 

『私がドローしたカードは『強引な番兵』『押収』『いたずら好きな双子悪魔』、いずれも魔法カードだ』

 

 『ハンデス三種の神器』が揃い踏みぃ!? 誰だよ、モンスターカード引くなって祈ったヤツは!? もっともっと厄介な禁止魔法カードをドローされたじゃねぇか!?

 

 ???

 LP8000

 手札6→9

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU3→0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

『魔法カード『いたずら好きな双子悪魔』を発動、1000ライフ支払い、相手は手札をランダムに1枚捨て、更にもう1枚選択して捨てる』

 

 ……ぐ、ぐぐ、《天空の虹彩》がピンポイントに墓地に送られ、オレは墓地に落ちても損失の少ない《貴竜の魔術師》を捨てる。

 

『続いて『押収』発動、1000ライフ支払い、相手の手札を確認し、その中からカードを1枚捨てる――《EMモンキーボード》を選択』

 

 ですよねぇ! ちくしょう、何という鬼畜魔法カードだ!

 

『最後のダメ押しに『強引な番兵』を発動、相手の手札を確認し、その中からカードを1枚デッキに戻す。私は《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を選択』

 

 これで手札に残ったのは魔法カード『ペンデュラム・コール』だけ……他に1枚あれば『魔術師』ペンデュラムカードを2枚持ってこれる。次のドローで2枚目の《EMモンキーボード》かそれをサーチ出来る《EMドクロバット・ジョーカー》を引ければまだ何とか……!

 

 ???

 LP8000→7000→6000

 手札9→6

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→3→2→1

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

『そして手札から罠カード『刻の封印』を発動、次の相手ターンのドローフェイズをスキップする』

 

 ……あ、そいや序盤に《マキュラ》落ちてたんだった。

 次のドローカードすらねぇ!? 当然、これも禁止カードの一つである。

 

『カードを2枚セットしてターンエンド』

 

 ???

 LP6000

 手札6→5→3

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

  伏せカード2枚

 

 ぐ、それがあったから『ペンデュラム・コール』ではなく《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》の方をデッキに戻しやがったのか……!

 

「お、オレのターン、ドロー、出来ず……何も、出来ない。ターンエンド……」

 

 ま、まだだ。肝心要の『死者蘇生』は墓地に行ってるし、伏せカード2枚を見る限り、展開するカードが無いと見た……!

 次のターンで仕留められない事を祈り、逆転のドローを待つ……!

 

『私のターン、ドロー』

 

 ――そう思っていた時期が、オレにもありました。

 

『――《八汰烏》を通常召喚』

「……あ」

 

 あ、詰んだ。

 

『――バトル。《八汰烏》でダイレクトアタック、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた場合、次の相手ターンのドローフェイズはスキップされる』

 

 永遠に禁止すべき畜生カードの紫色の鴉がちくりとオレの額に嘴一突きして『混沌』の下へ悠々と飛翔して帰っていく。

 

 秋瀬直也

 LP8000→7800

 

 たかが200ダメージ、されども攻撃が通った瞬間、絶対不屈の『決闘者』の心を簡単に叩き折る致死の一撃である。

 

 ……可能性など無かった。あらゆる逆転の可能性を秘めたドローを封殺する効果によって完全に詰んだ瞬間である。

 

「……サレンダーで」

「……あぁ、これが『魔術師』が言っていた唯一の例外なのね……」

 

 

 

 

「――オレの先行ォ!」

『《増殖するG》で』

 

 ???

 LP8000

 手札5→4

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ぐっ、やっと先行取れたのに最初から《増殖するG》を投げ飛ばしてきたか……!

 あれを使われるとこっちが特殊召喚する度に1枚ドローされる。普段ならばなるべく特殊召喚を抑えてアドを取らせないプレイングをするのだが、目の前の決闘者を前に出し惜しみする事など自ら十三階段の死刑台に登る愚挙に等しい。

 

 ――構うものかっ! 此処は最大限に展開する……!

 

「手札から《EMモンキーボード》をペンデュラムゾーンにセッティング! 効果発動、このカードを発動したターンの自分メインフェイズ時にデッキからレベル4以下の『EM』モンスター1体を手札に加える。オレはレベル4の《EMドクロバット・ジョーカー》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMモンキーボード》スケール1→4

 

「《EMドクロバット・ジョーカー》を通常召喚し、効果発動。デッキから《慧眼の魔術師》を手札に加える!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→5

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMモンキーボード》スケール4

 

 お前には助けられてばかりだが、こんなに便利過ぎたらすぐに禁止カード行きになるんじゃねぇか? まぁ禁止制限が無制限の無法地帯である『魔都』では関係無い事だが。

 

「フィールド魔法『天空の虹彩』を発動! 効果発動で自分フィールドの表側表示の《EMモンキーボード》を破壊し、デッキから《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手札に加える!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→5

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 フィールド魔法の発動と共に天空に描かれるペンデュラムの幾何学模様を眺めつつ、手札に《オッドアイズ》を呼び込む……!

 

「そしてオレは《竜穴の魔術師》と《慧眼の魔術師》をペンデュラムゾーンにセッティング! 《慧眼の魔術師》のペンデュラム効果発動! もう片方の自分のペンデュラムゾーンに『魔術師』カードまたは『EM』カードが存在する場合、このカードを破壊し、デッキから《慧眼の魔術師》以外の『魔術師』ペンデュラムモンスターを1体選び、自分のペンデュラムゾーンに置く! オレは《竜脈の魔術師》をセッティング!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→3

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 よし、これで準備は整った……! 

 

「これでレベル2からレベル7のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚! エクストラデッキよりレベル4《慧眼の魔術師》レベル6《EMモンキーボード》、手札からレベル2《EMトランプ・ガール》に真打ち登場! 雄々しくも美しく輝く二色の眼! レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

『《増殖するG》の効果で1枚ドロー……ふむ、君も《オッドアイズ》を使うのか』

 

 ん? 何か感慨深く《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を見ている……?

 ああ、あとペンデュラム召喚は同時に特殊召喚するものなので、4体同時に特殊召喚しても特殊召喚自体は1回しかしてないから、《増殖するG》の効果でドロー出来る枚数もまた1枚なのである。

 

 ???

 LP8000

 手札4→5

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→1

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《慧眼の魔術師》星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守1500

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《EMトランプ・ガール》星2/闇属性/魔法使い族/攻200/守200

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 《オッドアイズ》以外は守備表示で特殊召喚――どうする、此処で止まれば《増殖するG》の効果は最小限に抑えれるが、この程度の布陣で大丈夫なのか?

 ……いや、食い破られる予感しかしない。フィールドが全滅してもペンデュラムだから次のターンには再展開出来るが、どう考えてもその次のターンが訪れるビジョンが全く無い。此処は更に動く……!

 

「――オレはレベル4の《慧眼の魔術師》と《EMドクロバット・ジョーカー》でオーバーレイ! ランク4《フレシアの蟲惑魔》!」

『更に1枚ドロー』

 

 ???

 LP8000

 手札5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《EMトランプ・ガール》星2/闇属性/魔法使い族/攻200/守200

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 何かこれを出す度に柚葉の機嫌が悪くなるような気がするが、そんな些細な事を言ってられない……!

 罠カードに対する絶対耐性持ちで尚且つデッキから『落とし穴』を発動して相手の展開を邪魔出来るランク4の頼れるメイン盾を特殊召喚し、更に――!

 

「《EMトランプ・ガール》の効果発動! 1ターンに1度、自分メインフェイズに融合モンスターカードによって決められたこのカードを含む融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》と融合!」

 

 『オッドアイズ』モンスター+ペンデュラムモンスターの――。

 

 

「――融合召喚! その二色の眼に尊き風雷を宿せ! レベル7《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》!」

 

 

 翠色の甲殻を身に纏い、迸る稲妻と荒ぶる暴風の力を身に宿した『オッドアイズ』の進化系の1つを守備表示で特殊召喚する!

 コイツは特殊召喚に成功した時に相手フィールドの表側攻撃表示モンスターを手札に戻す効果(1ターン目なので相手の場にモンスターがいないから今回は意味無いが)と、1ターンに1度、このカード以外のモンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時にエクストラデッキから表側表示のペンデュラムモンスター1体をデッキに戻す事でその発動を無効にし破壊する無効効果を搭載している! まさに磐石の布陣である。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《フレシアの蟲惑魔》ランク4/地属性/植物族/攻300/守2500 ORU2

 《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》星7/風属性/ドラゴン族/攻2500/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

『更に1枚ドロー』

「オレはこれでターンエンド! さぁ来いッ! 突破出来るもんならしてみやがれェッ!」

 

 これでヤツの手札は7枚になってしまったが、問題無い! オレにはこの他にも――。

 

『――それじゃ遠慮無く。私のターン、ドロー』

「オレも《増殖するG》を発動! 相手がモンスターの特殊召喚に成功する度にデッキから1枚ドローしなければならない!」

『おや? 良いのかい? 《増殖するG》の効果は強制効果だぞ?』

 

 ???

 LP8000

 手札7→8

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 む? ああ、確かにドローする事が出来るじゃなくてドローしなければならないだから、ドローしたくない時でもドローしないといけないが、そんなドローしたくない時なんてある訳無いじゃないかー。

 

『――私は君のフィールドの《EMモンキーボード》《フレシアの蟲惑魔》《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》の3体を生け贄に捧げ、君のフィールドにレベル10《ラーの翼神竜-球体形》を通常召喚する』

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→0

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 は? オレのモンスター達が全部リリースされ、出てきたのは黄金の球体!? って、今、何と言った?

 

「《ラーの翼神竜》!? その《スフィアモード》だとォッ!? ひ、人のモンスターを勝手に……!?」

『このカードは特殊召喚出来ない。このカードを通常召喚する場合、自分フィールドのモンスター3体を生け贄に捧げて自分フィールドに召喚、または相手フィールドのモンスター3体を生け贄にして相手フィールドに召喚しなければならず、召喚したこのカードのコントロールは次のターンのエンドフェイズに元々の持ち主に戻る』

 

 何じゃそりゃ!? 相手の場に3体モンスターが並んでいた時点で勝手にリリース出来るのかよ!? 何だこれ、明らかに世紀の残念カードだった《ヲー》じゃないぞ!?

 

『――このカードは攻撃出来ず、相手の攻撃・効果の対象にならない。このカードを生け贄に捧げる事で手札・デッキから《ラーの翼神竜》1体を召喚条件を無視し、攻撃力・守備力を4000にして特殊召喚する』

 

 ……ぐ、落ち着け。テキストを見た限り、コイツの攻撃力・守備力は0だが、コイツには攻撃出来ないんだから、《ラーの翼神竜-球体形》しかいないのでオレを攻撃する事は不可能、相手の効果の対象にならないという厄介な耐性は自分で破壊する分には問題無いって事だ。

 奴に渡す前に『天空の虹彩』で破壊出来るから大丈夫だ。この時点でオレは次のターンを拝めると確信する。

 

『魔法カード『手札抹殺』を発動、6枚捨てて6枚ドロー』

 

 あ、オレの手札は0枚なので変わらず。

 

 ???

 LP8000

 手札8→7→6→0→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 えーと、ヤツの墓地には何が落ちた……?

 《エフェクト・ヴェーラー》と《混沌の黒魔術師》と《混沌の黒魔術師》と『心変わり』と『いたずら好きな双子悪魔』に『強奪』? 6枚中5枚禁止カード(及びエラッタ前カード)とか酷くね?

 さっきの時点で《エフェクト・ヴェーラー》を使ってないという事は、このターンにドローしたカードなのかな?

 

『手札から永続魔法『生還の宝札』発動し、魔法カード『簡易融合』発動。ライフを1000支払い、レベル4の融合モンスター《旧神ノーデン》を融合召喚扱いで特殊召喚する。効果発動、墓地のレベル1《エフェクト・ヴェーラー》を特殊召喚。『生還の宝札』の効果で1枚ドロー』

「……え? 《増殖するG》の効果で2枚ドロー!」

 

 ???

 LP8000→7000

 手札6→5→4→5

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《エフェクト・ヴェーラー》星1/光属性/魔法使い族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 おいおい、『生還の宝札』まで発動して《旧神ノーデン》にレベル1のチューナーモンスターを出すって事は、まだまだ動くつもりなのか? オレとしては手札が潤うから良いのだが――。

 

『レベル4の《旧神ノーデン》にレベル1のチューナーモンスター《エフェクト・ヴェーラー》をチューニング! シンクロ召喚! レベル5《TG ハイパー・ライブラリアン》!』

「1枚ドロー」

 

 そして出してきたのは『魔術師』から借りた『ワイト+アンデシンクロ』でもお世話になった鬼畜魔導師である。

 ……《増殖するG》を使われているのに、まだシンクロ召喚する気なのか……? 一体何を考えている?

 

『手札から装備魔法『早すぎた埋葬』を発動、ライフ800ポイント支払い、墓地の《旧神ノーデン》を特殊召喚して装備し、1枚ドロー、《旧神ノーデン》の効果で墓地の《エフェクト・ヴェーラー》を特殊召喚して更に1枚ドロー』

「オレは《増殖するG》の効果で2枚ドロー!」

 

 ???

 LP7000→6200

 手札5→4→5→6

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《エフェクト・ヴェーラー》星1/光属性/魔法使い族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

  装備魔法『早すぎた埋葬』

 

 む、『早すぎた埋葬』も入っているのか。まさかレベル5の《TG ハイパー・ライブラリアン》と《エフェクト・ヴェーラー》をチューニングしてレベル6の《氷結界の龍 ブリューナク》を出してくるのか……!?

 

『レベル4の《旧神ノーデン》にレベル1のチューナーモンスター《エフェクト・ヴェーラー》をチューニング! シンクロ召喚! レベル5《幻層の守護者アルマデス》!』

「1枚ドロー」

 

 ……あれ、違った。またレベル5か。うーむ、効果的にはそんなに脅威じゃないのに何で……?

 

『《TG ハイパー・ライブラリアン》の効果、このカードがフィールドに存在し、自分または相手がこのカード以外のシンクロモンスターのシンクロ召喚に成功した場合、自分はデッキから1枚ドローする』

 

 ???

 LP6200

 手札6→7

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《幻層の守護者アルマデス》星5/光属性/悪魔族/攻2300/守1500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0→6

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

『魔法カード『死者蘇生』を発動! フィールドに蘇らせるのは当然《旧神ノーデン》! 1枚ドローし、効果発動で墓地の《エフェクト・ヴェーラー》復活、1枚ドロー』

「オ、オレは2枚ドロー……?」

 

 ???

 LP6200

 手札7→6→7→8

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《幻層の守護者アルマデス》星5/光属性/悪魔族/攻2300/守1500

 《旧神ノーデン》星4/水属性/天使族/攻2000/守2200

 《エフェクト・ヴェーラー》星1/光属性/魔法使い族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 更に『死者蘇生』でまた《旧神ノーデン》と《エフェクト・ヴェーラー》を墓地から特殊召喚だと?

 またレベル5のシンクロモンスターを出すのか? それともレベル5のモンスター3体並べるのが目的なのか? レベル5×3のエクシーズモンスターで厄介のなんて居たっけ――? いや、此処までやって出す価値のあるモンスターなんて……?

 

『レベル4の《旧神ノーデン》にレベル1のチューナーモンスター《エフェクト・ヴェーラー》をチューニング! シンクロ召喚! レベル5《アクセル・シンクロン》! シンクロ召喚に成功した事で《TG ハイパー・ライブラリアン》で1枚ドロー』

「更に1枚ドロー」

 

 《アクセル・シンクロン》? あれ、名前的に何か嫌な予感がする。《フォーミュラ・シンクロン》みたくシンクロチューナーじゃないだろうな? いや、もしそれでも合計レベルは15だから問題無いか。

 

 ???

 LP6200

 手札8→9

 《TG ハイパー・ライブラリアン》星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800

 《幻層の守護者アルマデス》星5/光属性/悪魔族/攻2300/守1500

 《アクセル・シンクロン》星5/闇属性/機械族/攻500/守2100

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

『《アクセル・シンクロン》の効果発動、1ターンに1度、デッキから『シンクロン』モンスター1体を墓地に送り、以下の効果から1つ選択して発動出来る。墓地に送ったそのモンスターのレベル分だけこのカードのレベルを上げるか――墓地に送ったそのモンスターのレベル分だけこのカードのレベルを下げるか。私はデッキからレベル3《ジャンク・シンクロン》を墓地に送り、《アクセル・シンクロン》のレベルを3下げてレベル2にする!』

 

 ……あ。場のシンクロモンスターの合計レベルがあっさり『12』になった!?

 

『――私はレベル5のシンクロモンスター《TG ハイパー・ライブラリアン》とレベル5のシンクロモンスター《幻層の守護者アルマデス》に、レベル2となったシンクロチューナーモンスター《アクセル・シンクロン》をチューニング!』

 

 5+5+2=12

 

 ば、馬鹿な!? そんなにあっさりとあれを出してくるのかよ!?

 見た限り、それってサーチ出来ない汎用魔法カードである『死者蘇生』と『早すぎた埋葬』を2枚とも使わないと出せないルートだろう……!?

 

 

『――集いし星が一つになる時、破滅を覆した未来を照らす! 光差す道となれ! リミットオーバー・アクセルシンクロオオオオオオォ――ッ!』

 

 

 ――って、『混沌』の全身が眩い限りの黄金色になっていく!? 何の光ィ!?

 

「え? 直也君、何これ。アイツ、何か黄金色に光ってるんだけど!?」

「そんなのオレに聞かれても困る!」

 

 あれか! 『オレはゴールドレアだぜ?』的な感じなのか!?

 

 

『――絆が生み出した進化の光、降誕せよ、レベル12《シューティング・クェーサー・ドラゴン》!』

 

 

 そして招来するは夜の闇を引き裂く、巨大な純白の恒星龍……! マジかよ、それを出す為の専用構築じゃないのに出てくるのかよ……!?

 

 ???

 LP6200

 手札9

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札6→10

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 ――《シューティング・クェーサー・ドラゴン》、今尚シンクロモンスターの頂点に立つカード。

 

 シンクロモンスターのチューナー1体+チューナー以外のシンクロモンスター2体以上という厳しすぎるシンクロ素材故に滅多に見る事は無いが、これ1枚でゲームセットに出来るほどのカードパワーを秘めている。

 

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》

 シンクロ・効果モンスター

 星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 シンクロモンスターのチューナー1体+チューナー以外のシンクロモンスター2体以上

 このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。

 このカードはこのカードのシンクロ素材とした

 チューナー以外のモンスターの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。

 1ターンに1度、魔法・罠・効果モンスターの

 効果の発動を無効にし、破壊する事ができる。

 このカードがフィールド上から離れた時、

 「シューティング・スター・ドラゴン」1体を

 エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。

 

 今の状態でも、ヤツは1度のバトルフェイズで2回攻撃する事が可能であり、尚且つ1ターンに1度だけ、ノーコストで魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし、破壊する事が出来る。

 これだけでも厄介なのに、フィールドから離れたら後詰に《シューティング・スター・ドラゴン》という置き土産まで残す。恒星が消滅しても彗星は走ると言わんばかりだ……!

 だが、これでも攻撃対象に出来ないという永続効果を持っている《ラーの翼神竜-球体形》は突破出来ない。これをこっちに渡したのは最大のミスだったようだな……!

 

『――残り31枚か』

「え?」

 

 31枚? 一体何の数だ?

 

『墓地の光属性《エフェクト・ヴェーラー》と闇属性《混沌の黒魔術師》を除外し、《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》を特殊召喚する』

「1枚ドロー」

『更に墓地の光属性《幻層の守護者アルマデス》と闇属性《混沌の黒魔術師》を除外し、2体目の《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》を特殊召喚』

「また1枚ドロー」

 

 ???

 LP6200

 手札9→8→7

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札10→12

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 まだ展開してくるのか? いや、これは在り得ないだろ。此処までカードを引かせるなんて、次のターンに殺してくれと言っているようなものだぞ?

 

『魔法カード『次元融合』を発動! ライフを2000支払い、互いに除外されたモンスターを可能な限り特殊召喚する。私は除外されていた2体の《混沌の黒魔術師》を特殊召喚する! 効果発動、墓地の魔法カード『死者蘇生』と――『手札抹殺』を手札に加える』

「……あ、テ、テメェ!? まさかそれを狙って……!?」

『ほら、1枚ドローするんだ。《増殖するG》の効果は強制効果だからね。――これで君の手札は13枚、あと8枚か』

 

 ???

 LP6200→4200

 手札7→6→8

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

「え? 直也君、どういう事? その《ラーの翼神竜》がいる限り安心なんじゃ?」

「アイツ最初からライフを0にするんじゃなく、デッキ破壊目的で大量展開していやがったんだよ!? オレのデッキの残り枚数は28枚で手札は13枚、あと8枚引いたらデッキの残り枚数が20枚で手札が21枚となり、今拾ってきた『手札抹殺』で引けるカードが無くなって敗北する事になる……!」

 

 嘘だろ、《増殖するG》使ってデッキアウトで負ける事になるなんて『満足』じゃない限り無理だろ!?

 ぐ、まずい。《エフェクト・ヴェーラー》と《幽鬼うさぎ》早く手札に来い! 1枚だけじゃ《シューティング・クェーサー・ドラゴン》で無効にされて終わる!

 

『私はレベル8の《混沌の黒魔術師》2体と《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク8《熱血指導王ジャイアントレーナー》!』

「ぐぅっ……1枚ドロー!」

 

 ???

 LP4200

 手札8

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU3

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 うわぁ、またソイツかよ!? ……ヤツのデッキは元から60枚、こっちより10枚は多い。あれだけドローしていてもこっちよりまだまだ余裕がありやがる……!

 

『《熱血指導王ジャイアントレーナー》のオーバーレイユニットを全て使い、3回効果発動! ――さぁ、祈れ』

 

 勢い良く3枚ドローし、『混沌』はその3枚を開示する。――げ。

 

『《カタパルト・タートル》《異次元の女戦士》、そして――ああ、此処で来ちゃうのか。3枚目は《混沌帝龍 -終焉の使者-》! 3枚ともモンスターカード、よって2400のダメージを与える! ン熱血指導ゥだァッ!』

 

 何その変なイントネーション!? 《熱血指導王ジャイアントレーナー》の持つバット?から迸る稲妻がオレに襲いかかる……!

 

 秋瀬直也

 LP8000→5600

 

 というか問題は、最後の1枚《混沌帝龍 -終焉の使者-》だ。恐る恐るテキストを見ると――。

 

 《混沌帝龍 -終焉の使者-》

 特殊召喚・効果モンスター(禁止カード)

 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500

 このカードは通常召喚できない。

 自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。

 1000ライフポイントを払う事で、

 お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。

 この効果で墓地に送ったカード1枚につき相手ライフに

 300ポイントダメージを与える。

 

 やっぱりエラッタ前の最強最悪のエンドカードじゃねぇか!?

 もう今の時点でコイツの召喚を通した時点でゲームセットだこんちくしょう!? デッキに《エフェクト・ヴェーラー》は1枚しか入れてないので、またしても完全に詰んだ瞬間である。

 

 ???

 LP4200

 手札8→11

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU3→0

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 秋瀬直也

 LP8000→5600

 手札12→14

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

『魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地より蘇れ《混沌の黒魔術師》! 効果発動で『死者蘇生』を回収して『生還の宝札』の効果で1枚ドロー。更に『死者蘇生』で2体目の《混沌の黒魔術師》を蘇生して『死者蘇生』を回収、1枚ドロー』

「……うぐ、2枚ドロー……!」

 

 ???

 LP4200

 手札11→10→11→12→11→12→13

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU0

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 秋瀬直也

 LP5600

 手札14→16

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「……あれ、ちょっと待って。何で《混沌の黒魔術師》、フィールドから離れたのに除外されてないの?」

『オーバーレイユニット……いや、エクシーズ素材となっているモンスターはフィールド上ではカードとして扱われない。よってフィールドから墓地に送られる扱いにはならないので《混沌の黒魔術師》は自身の効果で除外されない』

 

 柚葉の疑問に律儀に説明したのは『混沌』であり、エクシーズ素材として落とす分には幾らでも墓地に送れて『死者蘇生』で戻せるって事かよ……!?

 つ、つまり、『征竜』でも出来ないランク8エクシーズモンスターの大量展開が可能だとォッ!? シンクロ・エクシーズ召喚が無かった時代のカードがそんな事をやらかすのかよ!?

 

『レベル8の《混沌の黒魔術師》と《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! ランク8《No.107 銀河眼の時空竜》!』

「1枚ドロー……!」

『そして《No.107 銀河眼の時空竜》1体でオーバーレイ! 1体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを再構築! エクシーズ・アーマーチェンジ! ランク8《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》!』

「さ、更にドロー……」

 

 ???

 LP4200

 手札13

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU0

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻4000/守3500 ORU3

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

『《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》の効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイユニットを1つ使い、相手フィールドの表側表示のカード1枚を破壊する。私はフィールド魔法『天空の虹彩』を破壊する』

「ぐっ、エクシーズ素材の《混沌の黒魔術師》を墓地に送る為にわざわざ……!?」

 

 秋瀬直也

 LP5600

 手札16→18

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《竜脈の魔術師》スケール1

 

『再び『死者蘇生』で《混沌の黒魔術師》蘇生し、1枚ドロー、効果で『死者蘇生』を回収し、レベル8の《混沌の黒魔術師》2体でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! ランク8《神竜騎士フェルグラント》!』

「……うわぁ、《神竜騎士フェルグラント》も立てて……2枚ドロー……」

 

 この時点で《エフェクト・ヴェーラー》も《幽鬼うさぎ》も手札に来ない。……まぁ、両方来てももう駄目っぽいが。

 これで手札は20枚……あと1枚ドローしたら『手札抹殺』で血の海を渡る事になる。

 

 ???

 LP4200

 手札13→12→13→14

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《熱血指導王ジャイアントレーナー》ランク8/炎属性/戦士族/攻2800/守2000 ORU0

 《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻4000/守3500 ORU3→2

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 

『――そしてランク8の《熱血指導王ジャイアントレーナー》と《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》でオーバーレイ!』

 

 

「なっ、またエクシーズモンスター同士でエクシーズ召喚!? でも、どっちもナンバーズじゃない……!?」

 

 柚葉の言う通り、《ホープ・カイザー》以外に同じような条件でエクシーズ召喚出来るモンスターが居たのか……!?

 

 

『――天馬、今此処に解き放たれ、縦横無尽に未来へ走る! 踊れ天地開闢ッ! ランク0《FNo.0 未来皇ホープ》!』

 

 

 降臨するは《希望皇ホープ》の派生モンスター? 似ているには似ているが、全体的に赤くて頭部に海老みたいな突起物がついてる?

 ……あ、《増殖するG》の効果で1枚ドローで手札21枚、デッキ残り20枚で詰みました。死体蹴りタイムはいつ終わるのでしょうか?

 

 ???

 LP5000

 手札14

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU2

 《FNo.0 未来皇ホープ》ランク0/光属性/戦士族/攻0/守0 ORU2

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 あ、そうか。コイツも《ホープ・カイザー》と同じ仕様だから、2体のエクシーズモンスターだけエクシーズ素材となり、あとのモンスターは全部墓地に落ちてる……!?

 

『墓地の光属性《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》と《TG ハイパー・ライブラリアン》を除外し、――《混沌帝龍-終焉の使者-》を特殊召喚する!』

 

 ???

 LP5000

 手札14

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》星12/光属性/ドラゴン族/攻4000/守4000

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU2

 《FNo.0 未来皇ホープ》ランク0/光属性/戦士族/攻0/守0 ORU2

 《混沌帝龍-終焉の使者-》星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500

 魔法・罠カード

  永続魔法『生還の宝札』

 

 そして最後に現れるは最強最悪のエンドカードである《カオス・エンペラー・ドラゴン》! 他のカオスモンスターや《八汰烏》と共に当時の『遊戯王』を終わらせた忌まわしきカード! エラッタされて見る影も無くなったと心底「ざまぁ!」と安堵していたのにぃぃぃぃ!

 

 

『――《混沌帝龍-終焉の使者-》に焼かれて死ぬか、『手札抹殺』でデッキアウトするか、君の遺志を尊重しよう』

 

 

 ……うわぁ、選ばせてくれるなんて有情だなぁ。このデュエル、早くも終了である……。

 

 

 




 本日の禁止カード

 『いたずら好きな双子悪魔』
 通常魔法(禁止カード)
 1000ライフポイントを払って発動する。
 相手は手札をランダムに1枚捨て、さらにもう1枚選択して捨てる。

 前回紹介したハンデス三種の神器その2。
 こっちは相手の手札確認出来ないが、1:2交換という鬼畜っぷり。

 『押収』
 通常魔法(禁止カード)
 1000ライフポイントを払って発動する。
 相手の手札を確認し、その中からカードを1枚捨てる。

 前回紹介したハンデス三種の神器その3。
 現在は墓地から効果発動するカードが非常に多い為、相対的に脅威は下がっているが、手札を確認出来る効果は1:1以上の情報アドバンテージとなる。

 『刻の封印』
 通常罠(禁止カード)
 次の相手ターンのドローフェイズをスキップする。

 セットして次のターンに発動したら、その次のターンのドローフェイズをスキップする事になるカード。
 罠カード故に遅すぎて微妙だが、このカードの真価は《処刑人-マキュラ》による速効性の入手――ではなく、《月読命》と《闇の仮面》を使って相手のドローフェイズを無限にスキップさせれるからである。
 幸運な事にそのギミックは『混沌』のデッキには入っていない。

 《八汰烏》
 スピリットモンスター(禁止カード)
 星2/風属性/悪魔族/攻 200/守 100
 このカードは特殊召喚できない。
 召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
 このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた場合、
 次の相手ターンのドローフェイズをスキップする。

 ぶっ壊れカードが出る度に『遊戯王終わったな!』と常々言われているが、本当に終わらせかけた永久禁止カード。
 何も出来ない状態でコイツの攻撃を食らうとデュエルそのものが終わる。

 《混沌帝龍 -終焉の使者-》
 特殊召喚・効果モンスター(禁止カード)
 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
 1000ライフポイントを払う事で、
 お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。
 この効果で墓地に送ったカード1枚につき相手ライフに
 300ポイントダメージを与える。

 遊戯王を一度終わらせたカード。
 コイツが現役の『遊戯王』当時は『カオス』以外のデッキなど存在しなかった。いや、誇張抜きでマジに。
 これも永久に禁止すべきカードであり、二度と陽の目を浴びる事は無いと多くの決闘者達は確信していたが――エラッタされ、かつての凶悪さの残滓しか残ってない状態に、多くの決闘者が涙したとか。

 《混沌帝龍 -終焉の使者-》で「全て壊すんだ」と全てのカードを墓地に送り、《クリッター》か《黒き森のウィッチ》を巻き込んだらあら不思議、デッキから《八汰烏》がサーチされ、出てきて殴ってドローフェイズを飛ばしてくる。
 これが遊戯王史上最悪のコンボ『八汰ロック』である。
 なお『混沌』さんはチャンスがあれば容赦無く仕掛けてくる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21/「何!? 自分語りフェイズとはドローフェイズの前にあるんじゃないのか!?」 vs『ラスボス』(3)

 

 

 

『《カタパルト・タートル》の効果発動! 自分フィールド上に存在するモンスター1体を生け贄に捧げ、そのモンスターの攻撃力の半分のダメージを与える! 私は《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》3体を射出し、4500のバーンダメージ!』

 

 秋瀬直也

 LP8000→3500

 

 あ、あ、あ、禁止魔法カード『遺言状』の効果であっさりデッキから特殊召喚されてきたのは1ターンに1度という一文が入ってない、数多の『決闘者』を爆殺してきたエラッタ前の《カタパルト・タートル》!

 

「ぐぉっ!?」

 

 容赦無く味方モンスターを射出し、1ターン目の先行で4500のバーンダメージ……! アニメ版のライフ4000ならこれで死んでいたぞ!?

 

「しょ、勝利の為に自らのモンスターを犠牲にするなんて『決闘者』の矜持に――」

『案ずるな、これを使っておいて仕留め損なう訳無いだろう?』

「え? そっち!?」

 

 な、何言ってるんだ。もうお前の場には《カタパルト・タートル》しかいねぇじゃないか……!

 

『更に魔法カード『ソウル・チャージ』発動! 『ソウル・チャージ』の発動は1ターンに1度のみ、このカードを発動するターン、バトルフェイズを行えない。自分の墓地のモンスタを任意の数だけ特殊召喚し、この効果で特殊召喚したモンスターの数×1000ライフを失う。私は3体の《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》を特殊召喚して3000ライフ失い、また《カタパルト・タートル》の効果で3体射出ッ! 爆☆殺!』

 

 秋瀬直也

 LP3500→-1000

 

「うううううううぉおおおおおおおおおおおぉ――っ!?」

 

 ま、また2ターン目が訪れずに先行1ターンキルだとぉ!? 一体どんだけキルルートあるんだよそのデッキ!?

 

 ぐ、景色がぐわんぐわん歪んでいる。あれから何度『決闘』したか、まるで思い出せない……! だが、少なくとも今の時点で全敗中なのは確かだ……!

 

「――ちょ、ちょっとタイム!」

 

 柚葉が『待った!』を掛けて、『混沌』は無言で了承する。

 傍に駆け寄った柚葉は割りと深刻なまでに、心配そうな顔で此方を覗き込む。

 

「直也君、大丈夫……!?」

「だ、大丈夫だ。オレはまだ、まだやれる……!」

「全然大丈夫じゃないよ!? パンチドランカーみたいな顔になってるよ!?」

 

 ……う、虚勢の一つや二つ張りたい処だが、精神的な動揺が上回って上手く笑えない。

 肉体的なダメージは少ないのだが、精神的なダメージが蓄積され、グロッキー状態になってやがる……。

 

「……ぐっ、どうやったらあんなのに勝てるんだ? 勝ち筋が全く見えない……!」

 

 善戦でもすれば勝ち筋は浮かび上がってくるものだが、悉くが一方的な敗北の為、もはや何に対処し、どう処理したら良いのか、何もかもが解らなくなってきた……!

 《混沌の黒魔術師》の効果に《エフェクト・ヴェーラー》を投げたら止まるだろうと思ったら、チェーンして速攻魔法『月の書』を使われて回避されたり、効果が通っても手札から2体目の《混沌の黒魔術師》をアドバンス召喚されて無意味に終わったり……一体全体どうすれば良いんだ……!?

 

「……そういえばエラッタされたカードをエラッタ前の効果で使うってルール的にどうなの?」

「……ん? ルール的には、エラッタされたカードはエラッタ前のテキストでもエラッタ後の効果で使わなければならなかった気がするが――」

「……よし」

 

 それを聞いた柚葉は遠くで一人佇む『混沌』を見据える。一体何をするつもりだ……?

 

「――ちょっと、エラッタ前の効果で使うなんて反則じゃない?」

『……ふむ、それを言われると何も言い返せないな』

 

 ……おいおい、確かにエラッタ前のカード使用に対して思う処は多々あるが、対応出来ないカードだからって使わせないようにするってのは、何か違わねぇか?

 柚葉には悪いが、口を挟もうとし――。

 

 

『――カードのテキストが書き換えられる、エラッタされるという現象は『遊戯王』次元ではどう適応されると思う?』

 

 

 む、話のタイミングを逃してしまう。

 エラッタとは運営の都合でカードのテキストを変更する事であって、現実世界では公式が告知して施行となるが――カードが全ての始まりである『遊戯王』次元において、エラッタという現象……?

 想像つかなくて首を傾げる。それは柚葉もまた同じであり――。

 

「……どう、って――?」

『――ある日、何の予兆も無く唐突に、世界の法則が勝手に書き換えられて元からそういうものだったと『改変』されてしまう。……私が他の次元に来訪する事で同様の現象が発生するのは、私自身が何よりもその『世界法則』に縛られているからじゃないかな?』

 

 ……今のオレ達に降り掛かってきたような『世界改変』が起こるって事か……?

 という事は、多くの者にとってそれは、知覚出来ない『改変』って事で――。

 

 

『――過去の栄光も、環境で大暴れして大惨事になった惨劇も、禁止制限の檻に閉じ込められて涙を飲んだ喜劇も、全部全部無かった事にされる。胸にぽっかり穴が空いたような虚無感だった』

 

 

 ……その主観は、オレ達と同じように『改変』に巻き込まれなかった者だけが抱く感傷の一つであり――。

 

『――私はね、それでも彼等を忘れられなかった『決闘者』の成れの果てなのだろうね。己が魂のカードと共に運命を共にし、世界から除外された『何者でもない誰か』――』

 

 ――世界という形の無い最大存在の決定に背いた結果が、目の前の無銘無貌の『混沌』なのだろう。

 

 嘗ての記憶を全て失い、自らの姿形すらも見失し、性別すら不明瞭になり、誰からも知覚されず、決して記憶されない無名の誰か――最初から存在しないのだから、終わりもまた存在しない。それは何て、救いの余地の無い存在なのだろうか――。

 

 

『……そんな『何者でもない誰か』の残滓に過ぎない私から全ての『決闘者』に突き付ける『渇望』は1つだけ――その結論に辿り着くまでに幾星霜の歳月が掛かったけど、とてもシンプルなものだった』

 

 

 ああ、それはやっぱり――。

 

 

『――ただ、ひたすら『決闘(デュエル)』したい。勝ち負けなんてどうでもいい。そんなのは二の次だ。コイツ等と一緒に心行くまで存分に満足するまで『決闘』したい――』

 

 

 ――、……、え?

 ……あれれー? この流れから察するに、嘗ての自分を取り戻す事じゃないの!?

 柚葉もまた同じ気持ちだったようで、絶句しているオレを他所に、凄く複雑そうで微妙な表情を浮かべて問う。

 

「……嘗ての自分を取り戻したいとは思わなかったの?」

『そんなのはどうでもいい。前世からの付き合いの『魂のデッキ』があって、扱う私自身は『決闘者』として万全の状態だ。多少身形を忘れてしまった程度、どうという事もあるまい?』

「いやいやいや、大問題よ!? 死活問題だよねそれぇ!?」

『何を言ってるんだ、カードをセットする手と効果を語る口さえあれば問題無いだろう?』

 

 ……あっるぇー、という事は――『決闘』したいという一念だけで、世界から裏側状態で除外という『遊戯王』でも再利用不可能の除去食らっても構わず動いてるって事なのか?

 ……つくづく『遊戯王』関連は混沌(カオス)な展開の連続だったが、その元凶にして原因の『ラスボス』こそ最も不可解で『混沌』な存在だったという訳か。

 

 

「――貴方はそれで良いの? 貴方の世界干渉は全て『無かった事』になる。誰も貴方を記憶する事は出来ない。未来永劫に渡って『孤独な観測者』に与えられた、これ以上無いほど残酷な運命――それで満足なの?」

 

 

 柚葉の真を捉えた言葉に、無貌の筈の『混沌』が、僅かに揺らいだ気がする。

 でも、それは一瞬だけで――それ以上にはっきりと解るぐらい、コイツは晴れやかに笑いやがった。顔を構成するパーツすら一つも無いのに――。

 

『……結局は誰もが忘れてしまうけれども、瞬きすれば消えてしまう泡沫の夢に過ぎないけれども、元より『決闘』は刹那の宴、一瞬なれども閃光の如き眩く燃えて消えるが定め――本懐である』

 

 そっか。目の前の『混沌』は骨の髄まで、いや、骨すら無いから魂の根底まで『決闘者』なんだ。

 そして『決闘』とは1人でやるものじゃない。2人以上居て初めて成立するものだ。だからこそ世界から除外された『混沌』の渇望は――それのみに尽きるのだろう。

 

『――それに、全部が全部、無意味で無価値だと、事象の地平線の彼方に消え果てる訳では無いさ。君達ならまず覚えていてくれるだろうし――全ての『決闘』は、この私の虚ろな胸に『希望』として、光差す道となって輝いてくれる』

 

 ……ああもう、倒すべき相手がこうだと何だかやり辛いなぁ……!

 

『――おっと、自分語りフェイズに時間を取らせてしまったかな。要望に答えてエラッタ後のでデッキを組もう。少しだけ時間を――』

「――いらねぇよ」

 

 柚葉が見つけた勝利に一番近い鍵を、オレは自らの手で放り捨てる。

 ……うん、馬鹿だなぁ。自分でも馬鹿だと思う。最も安易な方法を破棄するんだから――。

 

「な、直也君!?」

「ごめんな、柚葉――アンタの今使ってる『デッキ』が一番強いんだろ?」

『そりゃ勿論さ。この『全盛期カオス』は今も尚最強のまま、時代と共に進化していると自負するよ』

 

 そうだろうな、そんな姿に成り果てても捨てず、運命を共にした『魂のデッキ』だ、ならばデッキが『決闘者』に答えるのは余りにも当然過ぎる結果だ……!

 

「なら、それを倒さなきゃ意味が無い! 勝つまで挑み続けてやるから逃げんなよ! 幾らでも相手してやるっ!」

 

 こうなりゃ意地だ、絶対にそれを打ち倒してやると挑戦状を叩きつける……!

 『混沌』は目に見えるぐらい狂気喝采し――。

 

 

『――嘗ての『最強』を見事超えてみせよ。君の目の前には次元の彼方に消え去った『歴代最強の亡霊』が『全盛期』以上の力で挑戦を待っている――!』

 

 

 異次元より降り立った覇者が全身全霊を以って答える……!

 盛り上がる中、柚葉は大きな溜息を吐いた。……あ、べ、別に蔑ろにした訳じゃないんだからな……?

 

「提案があるんだけど――私と直也君二人同時に『決闘』するとしたら、どんなレギュレーションになるかしら?」

 

 む、タッグデュエル形式? いや、それだとフィールドと墓地が共有になって、むしろ動きづらくなるような――。

 

 

『――バトルロイヤルモード。君達二人のターンが終わってから私のターン、最初のターンは全員ドロー出来ず、全員攻撃宣言出来ない。乱入ペナルティに関しては相手側プレイヤーに一任しよう』

 

 

 ……おいおい、それで良いのかよ? どうしようもないぐらいそっちが不利だぞ?

 柚葉も同じく、『混沌』から提示された条件が余りにも此方に有利過ぎて、逆にこの内容に穴が無いか疑う。

 この条件を『魔術師』が提示してきたのならば、絶対裏があると確信さえするんだが――。

 

「……2対1、数の差に対するハンデ内容は?」

 

 ただでさえ1人が圧倒的に不利なバトルロイヤルルール、ハンデがあって然るべきだろう。

 手札2倍か、ライフ2倍か、そのどっちかが妥当だと思うが――。

 

 

『――特に何も。私には必要無いよ』

 

 

 ……それは逆に言えば、そんなハンデが無くても勝てると言っているようなものであり――。

 

「――っ! それを負けた理由にしないでよね……!」

 

 それが絶対の自信から来るものだと確信した柚葉は、怒り半分・警戒心全開で『デュエルディスク』を構える。

 話がトントン拍子で進んだが、柚葉と一緒に『決闘』出来るなら、これ以上無いほど頼もしい限りだ……!

 

『――デュエルモード、バトルロイヤルモードに変更』

 

 オレもまた『デュエルディスク』を構え、全員の準備が整う。

 

 

『――デュエル!』

 

 

 




 本日の禁止カード

 《カタパルト・タートル》(エラッタ前のカード)
 効果モンスター
 星5/水属性/水族/攻1000/守2000
 自分のフィールド上に存在するモンスター1体を生け贄に捧げる。
 そのモンスターの攻撃力の半分をダメージとして相手に与える。

 今は1ターンに1度だけ、とエラッタされたので、かつて猛威を振るった最速の1ターンキルデッキ『サイエンカタパ』は消滅した。

 以前にアニメ版効果の『時械神』を使う歴代最強の『ラスボス』とのデュエルで使い、無敵の『時械神』を完全無視して1ターンキルしようとしたが、戦闘及びカードの効果でのダメージが1ターンだけ反転してしまう『レインボー・ライフ』でメタられ、爆☆殺出来なかったが、この中継ぎの回で見事活躍する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22/『三邪神』 vs『ラスボス』(4)

 

 ――先行は柚葉からだった。

 

「私の先行! 私は《幻木龍》を通常召喚し――」

『チェーンして手札から『増殖するG』を発動』

「わっ!? うぅっ、またそれぇ!?」

 

 『増殖するG』に対する生理的な嫌悪感はともかく、このタイミングに使われるのは非常に痛い。

 恐らく柚葉の手札には《幻水龍》がいて、そこからランク8エクシーズモンスターである《No.107 銀河眼の時空竜》から《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》にエクシーズチェンジして『征竜』を落としてから大量展開するつもりだったが、《幻獣機ドラゴサック》を出すまでやってしまうと『混沌』に7ドロー以上される。

 ヤツに其処までの手札アドバンテージを与えてしまったら最後、次のターンが訪れずに1ターンキルされてしまうだろう。……柚葉、どう出る……!

 

「自分フィールドに地属性モンスターが存在する場合、1ターンに1度だけ《幻水龍》は手札から特殊召喚出来る!」

『『増殖するG』の効果で1枚ドロー』

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札5→4→3

 《幻木龍》星4/地属性/ドラゴン族/攻100/守1400

 《幻水龍》星8/水属性/ドラゴン族/攻1000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

「《幻木龍》の効果発動! 1ターンに1度、自分フィールド上のドラゴン族・水属性モンスター1体を選択し、そのモンスターと同じレベルになる! 私はレベル8の《幻水龍》を選択、これで《幻木龍》のレベルは8!」

 

 これでレベル8のモンスターが2体、来るぞ遊馬!

 

「――レベル8となった《幻木龍》と《幻水龍》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク8《神竜騎士フェルグラント》!」

『1枚ドロー』

 

 現れるは光り輝く鎧姿の竜の騎士! 汎用ランク8にして相手ターンにも使えるフリーチェーンの効果が強力な『征竜』の頼れる相棒(玩具)の一つである。

 敵に回すと呻き声を上げたくなるが、味方ならこれほど頼もしいヤツは居ないだろう。特殊召喚回数も最小限に抑えられているし、最高の選択肢と言えよう。

 

「私はこれでターンエンド」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札3

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

「オレのターン! っと、最初のターンは皆ドロー無しだったな」

 

 危うく癖でドローしそうになるが、寸前の処で押し留まる。

 

「オレはペンデュラムゾーンに《EMギタートル》をセッティングし、《EMモンキーボード》をセッティング。《EMギタートル》のペンデュラム効果発動、1ターンに1度だけ、もう片方のペンデュラムゾーンに『EM』カードが発動した場合、デッキから1枚ドローする!」

 

 ギターと亀が融合したかのようなコミカルなモンスターがペンデュラムゾーンから自身のギターを鳴らし、デッキから1枚ドローする。

 

「《EMモンキーボード》のペンデュラム効果発動、《EMモンキーボード》のペンデュラム効果は1ターンに1度、発動したターンのメインフェイズにデッキからレベル4以下の『EM』モンスター1体を手札に加える。オレはレベル4の《EMドクロバット・ジョーカー》を手札に加え、通常召喚して効果発動、デッキから《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手札に加える!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→3→4→5→4→5

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《EMギタートル》スケール6

 《EMモンキーボード》スケール1

 

 好調な出だしであるが、このままではレベル7の《オッドアイズ》をペンデュラム召喚出来ない。ならば――!

 

「魔法カード『揺れる眼差し』を発動、破壊されるペンデュラムゾーンのカードは2枚、よって相手に500ダメージ与える効果とデッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加える効果を発動し、《竜穴の魔術師》を手札に加える」

 

 ???

 LP8000→7500

 

 ペンデュラムゾーンを自らの手で破壊してこじ開けると同時に500のバーンダメージ、そしてデッキから任意のペンデュラムカードをサーチする。

 

「オレは《竜穴の魔術師》と《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をペンデュラムゾーンにセッティングし、フィールド魔法『天空の虹彩』を発動! 効果発動し、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を破壊し、デッキから《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手札に加えてセッティング! これでレベル5から7のモンスターが同時に召喚可能!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札5→4→5→4→3→2→3→2

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》スケール4

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「――揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク! エクストラデッキよりレベル6《EMモンキーボード》レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をペンデュラム召喚!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》スケール4

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 当然《モンキーボード》は守備表示で出しておく。更に……!

 

「そして手札から魔法カード『オッドアイズ・フュージョン』発動! 『オッドアイズ・フュージョン』は1ターンに1度だけ、自分の手札・フィールドからドラゴン族の融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。オレは《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》と《EMドクロバット・ジョーカー》を融合! ――尊き風雷宿りしニ色眼の竜! レベル7《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》星7/風属性/ドラゴン族/攻2500/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》スケール4

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 《ボルテックス》を守備表示で立てる。1ターン目の出だしとしてはまずまずである。

 これでオレも柚葉も相手ターンに1回ずつ邪魔入れれるし、こっちの残り1枚は頼もしい事に《エフェクト・ヴェーラー》、これで《混沌の黒魔術師》の効果を止めてみせる……!

 

「オレはこれでターンエンド、エンドフェイズ、ペンデュラムゾーンの《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のペンデュラム効果発動。《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のペンデュラム効果は1ターンに1度、エンドフェイズ時に自身を破壊し、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスター1体を手札に加える。オレは攻撃力1500の《慧眼の魔術師》を手札に加える」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→2

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》星7/風属性/ドラゴン族/攻2500/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 

『――私のターン』

 

 

 ???

 LP8000→7500

 手札5→4→5→6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

『魔法カード『強欲な壺』を発動、2枚ドローする』

 

 お決まりの初手、無条件で1枚手札を増やせる最強の汎用魔法カードだが、これに《ボルテックス》の効果を使う訳にはいかない。スルーする。

 

『更に魔法カード『天使の施し』発動、……《ボルテックス》の無効効果は?』

「……使わない」

『3枚ドローして2枚捨てる。《処刑人-マキュラ》を墓地に送った事により、このターン、私は手札から罠カードが発動可能となる』

 

 物凄く止めたい衝動に駆られたが、柚葉が出した《フェルグラント》の方の効果は対モンスターにしか使えないから、我慢、我慢……まだ実害は無い……《処刑人-マキュラ》が落ちた為、手札から罠カードが怖すぎるが。

 

 ???

 LP7500

 手札6→5→7→6→9→7

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

『魔法カード『サンダー・ボルト』を発動、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する!』

 

 ……っ、やはり致命的な魔法カードを抱えてやがったか……! それにしても――。

 

「……あ、それはエラッタ前の『相手モンスターを全て破壊する』んじゃないんだな」

『テキストの曖昧さで相手のデッキ・手札の中のモンスターも破壊出来るという拡大解釈は流石に受け入れられない』

 

 ……あー、ヤツにはヤツなりのこだわりがあるようだ。

 そんな拡大解釈が無くてもその禁止魔法カード、ぶっ壊れだもんね。何せ何のコストも無しにこっちのフィールドだけ焼け野原になるんだから。

 

「それは通せねぇな! 《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》の効果発動! 自分のエクストラデッキから表側表示のペンデュラムモンスター《EMギタートル》をデッキに戻し、『サンダー・ボルト』の発動を無効にして破壊する!」

 

 これが本命とは思えないが、止めないと終わる的なものなので止めざるを得ない。さぁ、何を抱えてやがる……!

 

『魔法カード『苦渋の選択』を発動、私が選択する5枚はこれだ』

 

 うーわ、使われたくないカード1位2位を争う禁止魔法カード……! 今回の内容は――。

 

 《混沌の黒魔術師》

 《混沌の黒魔術師》

 《クリッター》

 《黒き森のウィッチ》

 『次元融合』

 

 『次元融合』入りだと? あ、『天使の施し』で《マキュラ》の影に隠れて1枚目の《混沌の黒魔術師》が墓地に落ちてやがる。

 此処で『次元融合』を墓地に送るという事は、既に『死者蘇生』か『早すぎた埋葬』のどっちか、または両方持っている可能性があるか。

 《クリッター》を墓地に落とされたら《幽鬼うさぎ》に《エフェクト・ヴェーラー》《バトルフェーダー》と、奴のデッキに入っている手札誘発カード全種からどれかサーチされてしまう。此処は《幽鬼うさぎ》はサーチ出来ない《黒き森のウィッチ》を墓地に送らせるしかないか……。

 

「オレは《クリッター》を選択する……!」

『《クリッター》を手札に加え、残りの4枚は墓地へ。墓地に落ちた《黒き森のウィッチ》の効果で守備力0の《バトルフェーダー》を手札に加える』

 

 ???

 LP7500

 手札7→6→5→6→7

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 む、《エフェクト・ヴェーラー》じゃなく《バトルフェーダー》を優先しただと?

 いや、確かに考えれば2人から攻撃される訳だから、必然的に場ががら空きになるケースがあった時点で死ぬんだから、それに対する防衛策を先に講じるのは当然か。案外手堅いな……。

 

『手札から罠カード『第六感』を発動、5と6を選択』

 

 そしてこのぶっ壊れカードである。……おかしいな、3分の1でしか当たらないのに、外した処を見た事が無いんだが……。

 

「柚葉、振ってくれ」

「任せなさいっ。1出して最小限の効果に押し留めるわ! とりゃぁーっ!」

 

 そして柚葉は力一杯フルスィングでサイコロを宙に投げ――何度かバウンドした後、ぴたりと止まり、オレ達は二人同時に「げっ」と呻く。

 

『出た目は6、よって6枚ドロー!』

 

 ???

 LP7500

 手札7→6→12

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 何この理不尽な運命力!? アルカナフォース使って『当然正位置ィ!』とかいうレベルであるじゃないか……!?

 

『魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地の《混沌の黒魔術師》を特殊召喚する。効果発動、《混沌の黒魔術師》が特殊召喚された事で墓地の魔法カード1枚を手札に加える。私は『死者蘇生』を手札に加える』

「通さないわ――《神竜騎士フェルグラント》の効果発動! 1ターンに1度、エクシーズ素材を1つ取り除き、フィールドの表側表示モンスター1体を対象に発動! このターン、対象のモンスターは効果が無効になり、このカード以外の効果を受けない。この効果は相手ターンでも発動出来る! これで《混沌の黒魔術師》の魔法カード回収効果は無効よ!」

 

 む、柚葉が先に動いたか。それじゃこっちの《エフェクト・ヴェーラー》は温存しよう。と思いきや――。

 

『――チェーンして速攻魔法『月の書』を発動、フィールドの表側表示モンスター1体を裏側守備表示にする。私は《混沌の黒魔術師》を裏側守備表示にする』

 

 げっ、『月の書』を持っていたのかよ。上手く躱されたかと悔しげに顔を歪ませ――更に柚葉が自身の手札に手を掛ける。って、それは駄目だっ!

 

 

『――待った。今、《幽鬼うさぎ》の効果を発動するなら止めないが、《エフェクト・ヴェーラー》の場合は無意味な消費に終わるから止めるよ』

 

 

 と、オレの制止よりも早く柚葉を止めたのは対戦相手の『混沌』であり、柚葉は自身の手札の一枚を手にしたまま、ぽかんと停止する。

 

『チェーンの処理は最後のカードから順次処理されるのは知っていると思うが、仮にこの場合、『月の書』の発動にチェーンして《エフェクト・ヴェーラー》を投げたとしよう。《エフェクト・ヴェーラー》の効果で《混沌の黒魔術師》の効果は無効化されるが、次の『月の書』の効果で《混沌の黒魔術師》が裏側守備表示になる事で《エフェクト・ヴェーラー》で適用した無効効果が適用されなくなり、続いて《神竜騎士フェルグラント》の効果は表側表示じゃないので適応外、最後に裏側守備表示となった《混沌の魔術師》の効果が正常に発動する為、この場合の《エフェクト・ヴェーラー》は無駄撃ちとなる』

 

 そう、裏側守備表示になるとはフィールドの効果を受けてない状態になるという事と同じ。開けるまでは解らない『シュレディンガーの猫』と同じなのだ。

 これと同じ手段で永続罠『スキルドレイン』適応下の効果モンスターの効果無効状態で、チェーンして『月の書』を使う事で裏側守備表示にし、召喚時の効果を使う事が出来る。

 

『――まぁ結果論になるが、最初に《エフェクト・ヴェーラー》を使い、私に『月の書』を使われた時に《神竜騎士フェルグラント》の効果を使っていれば《フェルグラント》の効果で『月の書』の効果も受けなくなるから初動で止めれたという事だ。高い授業料だが、今後の参考にしたまえ』

 

 ……しかし、相当なお人好しだなぁ。それで無駄撃ちしてくれた方が圧倒的に有利だと言うのに。

 それを理解した柚葉は渋々掴んだカードを引っ込めた。

 

『『月の書』で《混沌の黒魔術師》が裏側守備表示となり、表側表示モンスターしか対象に出来ない《神竜騎士フェルグラント》の効果は不発、よって墓地から魔法カード『死者蘇生』を回収する』

 

 ???

 LP7500

 手札12→11→10→11

  裏側守備表示のモンスターカード1枚(《混沌の黒魔術師》)

 魔法・罠カード

  無し

 

『再び『死者蘇生』を発動、2体目の《混沌の黒魔術師》を墓地より特殊召喚し、効果発動』

「――っ、手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果発動! 相手ターンのメインフェイズにこのカードを手札から墓地に送り、相手フィールドの効果モンスター1体の効果をターン終了時まで無効にする!」

 

 今度は速攻魔法を抱えていなかったようであり、《混沌の黒魔術師》の効果は封じられ、墓地の魔法カードを回収出来ずに終わる。

 最初の1体は裏側守備表示だからこの特殊召喚したターンに形式変更は出来ない、これでランク8エクシーズは封じた……!

 

 ???

 LP7500

 手札11→10

  裏側守備表示のモンスターカード1枚(《混沌の黒魔術師》)

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  無し

 

『フィールド魔法『神縛りの塚』を発動! フィールドのレベル10以上のモンスターは効果の対象にならず、効果では破壊されない』

 

 ん? 何でそんな微妙なフィールド魔法を? 今までで一度も見た事の無い魔法カードの使用に動揺する。

 ヤツのデッキで10レベル以上なんて、レベル12のシンクロモンスター《シューティング・クェーサー・ドラゴン》だけだった気がするが――。

 

『魔法カード『押収』発動、1000ライフ支払い、相手の手札を確認し、1枚選んで捨てさせる。私は少年の方を選択し――《エフェクト・ヴェーラー》を墓地に』

 

 ぐっ、オレの《エフェクト・ヴェーラー》が……! つーか、このタイミングで動かなかったオレにそれを使うって事は、《混沌の黒魔術師》は撒き餌で、本命は別にある……?

 

『《クリッター》を通常召喚し、永続罠『血の代償』を発動。500ライフ支払い、フィールドの裏側守備表示の《混沌の黒魔術師》《混沌の黒魔術師》《クリッター》の3体を生け贄に――原初の恐怖を体感せよ、レベル10《邪神ドレッド・ルート》をアドバンス召喚!』

 

 そして3体のリリースで出されるのは『神』に匹敵する力を持った『邪神』、ただ召喚されるだけで海鳴市全域に激しい雷雲を巻き起こす、暴虐の権化たる巨神……!?

 

「……何これ……? 普通のカードとは何か決定的に違うようだけど――!」

「……確かにあれは、原作の『三幻神』に対抗する為に生み出された『神』のカードだが――」

 

 何だ、この息が詰まるような超越的な威圧感……! 身体の奥底から鋭利な刃物でゴリゴリ貫かれたような恐怖で手が震える……?

 まさかコイツ、原作の『神』と張り合えた漫画版効果なのか!?

 

『このカードは特殊召喚出来ない。自分フィールドのモンスター3体を生け贄とした場合のみ通常召喚出来る。――このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカード以外のフィールドのモンスターの攻撃力・守備力は半分になる』

 

 ……いや、ちゃんとOCG版の効果だ。原作の『神』のカードのように理不尽な耐性がある訳じゃ――って、今は『神縛りの塚』があるせいで効果の対象にならず、効果によって破壊されないという厄介極まりない超耐性に、おまけで相手モンスターを戦闘破壊した時に1000のバーンダメージがついているんだった……!

 

「……え? あれを戦闘破壊するなら、実質攻撃力8000以上じゃないと駄目なの……!?」

「ああ、まともに攻略するならそんな無理難題な数字を叩き付けられる。普段なら効果で除去する処だが、今回はまずいな、ヤツのフィールド魔法『神縛りの塚』を壊さない限り『征竜』にとっても対処方法が無い天敵だぞ……!」

 

 まぁ効果を受けない、じゃないから破壊せず尚且つ対象を取らない除去――例えば《氷結界のトリシューラ》とかなら大丈夫だ。

 あとはオレのデッキの中では《ビヨンド・ザ・ホープ》と《ホープ・ザ・ライトニング》で無理矢理戦闘破壊出来る。……あれ、《ホープ・ザ・ライトニング》で戦闘破壊出来る、よな……?

 あとはあのフィールド魔法『神縛りの塚』自体には何の耐性もないカードだから、あれを真っ先に除去すれば、1ターンすら陽の目を拝めないただの耐性無しモンスターと化す……!

 

『《クリッター》が墓地に送られた事でデッキから攻撃力1500の《異次元の女戦士》を手札に加える』

 

 ???

 LP7500→6500→6000

 手札10→9→8→7→6→5→6

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 ん? 此処で《エフェクト・ヴェーラー》ではなく、《異次元の女戦士》だと?

 

『ライフを500支払って《異次元の女戦士》を通常召喚し、魔法カード『心変わり』を発動、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、このターンのエンドフェイズ時まで選択したモンスターのコントロールを得る。私は《神竜騎士フェルグラント》を選択する』

「え? ちょ、なっ!? 私のモンスターを……!?」

 

 ……あー、柚葉が絶句するのも無理はない。あの禁止魔法カードは、ひたすら理不尽の一言に尽きる。

 苦労して出した大型モンスターをたった1枚で寝取られるんだから……。

 

『装備魔法『強奪』を発動! このカードを装備した相手モンスター1体のコントロールを得る。相手のスタンバイフェイズ毎に相手は1000ライフ回復する。私は《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》に装備』

「なっ!? こっちもかよ!?」

 

 昔の理不尽さに感慨深く思っていたら、同じ理不尽が襲ってきた!? オレの《ボルテックス》がぁー!

 

『ライフを500支払い、《異次元の女戦士》《神竜騎士フェルグラント》《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》の3体を生け贄に――神を超えし『神』の力を活目せよ! レベル10《邪神アバター》をアドバンス召喚!』

 

 またもや3体のリリース!? ああ、オレ達のモンスターがァ――!?

 

 ――それがフィールドに顕現しただけで、体感温度が3度は下がった気がする。

 《邪神ドレッド・ルート》が雷嵐のような苛烈さならば、これは永遠とも思えるぐらいの無の静寂さが何よりも恐ろしかった。

 

 ――ソイツは夜の闇さえ凌駕する、深淵なる闇の球体だった。

 太陽神と対をなす邪神は、さながら皆既日蝕された太陽のように、邪悪に蠢いていた……!

 

『このカードは特殊召喚出来ず、自分フィールドのモンスター3体を生け贄にした場合のみ通常召喚出来る。――このカードが召喚に成功した場合、相手ターンで数えて2ターンの間、相手は魔法・罠カードを発動出来ない』

「え? 嘘、それじゃ――」

 

 《邪神アバター》から闇の波動みたいなものがフィールドに放たれ、見えない重い重圧が押し掛かっているような気がする……!

 モンスターを3体リリースして通常召喚されるが故に滅多に見る事は無いが、コイツの擬似耐性とも言えるべき制圧力はランク4《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》の倍以上で2ターンまでなら途切れ目も無い上に相手限定という桁外れの封殺効果に加え――。

 

『このカードの攻撃力・守備力は《邪神アバター》以外のフィールドの攻撃力が一番高いモンスターの攻撃力+100の数値になる』

 

 常にフィールドにおける最強の攻撃力を上回り続ける規格外の攻撃力と守備力を持つ……!

 《邪神アバター》の姿が変わり、今現在、フィールドで最強の攻撃力・守備力を持つ《邪神ドレッド・ルート》の形を模す。

 性質の悪い事にそれは、あらゆる『原作』を上回る『偶像』である……!

 

 ???

 LP6000→5500→5000

 手札6→5→4→3→2

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻?→4100/守?→4100

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

「……ちょっと待って。何で《邪神アバター》は《邪神ドレッド・ルート》の効果で攻撃力と守備力が半減してないの? 『神縛りの塚』にはそんな効果は書かれてないし……まさかテキストに書いてないけど、あらゆるカードの効果を受けないとかいう完全耐性でもあるの?」

『――まさか。これの『オリジナル』なら『三幻神』の最高神《ラーの翼神竜》と同等の、他の『神』のカードの効果すら一切受け付けない絶対耐性がついていたかもしれないが、これにはそんなものは無いよ』

 

 ……あれ、何かその辺の特殊処理の裁定、最高なまでにちんぷんかんぷんだった気がする……!

 

『――《邪神アバター》の攻撃力・守備力の変動効果は永続効果にして、フィールドのモンスターにどんな攻撃力の変化があろうとこのカードの攻撃力・守備力を一番最後に計算し直す特殊裁定だ』

 

 そう、そのせいで《オネスト》を投げても100上回る数字になってしまうし、数多の耐性持ちモンスターを一方的に虐殺してきた《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》で攻撃力5000オラァしても攻撃力5100になられて戦闘破壊されてしまうという、究極的なまでに戦闘に強いカードなのだ。

 

『――それと同様に、《邪神ドレッド・ルート》の攻撃力・守備力を半分にする永続効果は、あらゆる攻守変動効果の処理を行った最後に適応される特殊裁定となっている』

 

 ……あ、コイツの効果永続効果であらゆる攻守変動効果の処理の最後に行われるなら、《ホープ・ザ・ライトニング》で攻撃力5000になってもすぐに2500になる……!? 

 《ライトニング》のダメージステップ終了時までカードの効果を発動出来ない効果も、永続効果には適応されない……!

 

 それはともかく、あれ、《邪神ドレッド・ルート》と《邪神アバター》、2体とも特殊裁定による攻撃力・守備力変動のタイミングは、同じって事なのか……?

 同じなら何方の永続効果を優先するんだ? 勝手に決めて良いのか?

 

『君達の疑問は尤もだ。この2体の特殊効果の攻撃力確定タイミングは同じだ。フィールドにこの2体が同時に存在する場合、特殊処理によって後から出された方の効果が後に適用される事となる――今の場合だと先に《邪神ドレッド・ルート》の効果で《邪神アバター》の攻撃力・守備力は半減するが、後に適用される《邪神アバター》の効果でフィールドで最も攻撃力の高い《邪神ドレッド・ルート》の攻撃力・守備力4000よりも100上の数値となる』

 

 使っている『混沌』すら困惑するのか、溜息混じりで『出す順番が逆なら《邪神アバター》の攻撃力・守備力は半減されて2050になってしまうのだがね』と注釈する。

 ……なるほど、勉強になった。という事は尚更やべぇ! コイツ等が2体同時に出て、互いに互いの効果を活かしながら2ターンは魔法・罠カード使用不可能だぁ?!

 

(……あ、やべぇ。魔法カードの発動出来ないなら、ペンデュラムゾーンにセットすら出来ねぇ――!?)

 

 普通の魔法・罠カードなら発動は出来なくてもセットは出来るが、ペンデュラムゾーンにセットするペンデュラムモンスターは魔法カードの発動と同じだ。裏側でセットする事は元々出来ないので置く事すら出来ない。つまり――現在、ペンデュラムゾーンが片側しかないオレは、2ターンもペンデュラム召喚が封じられた事になる……!?

 

『魔法カード『簡易融合』発動、ライフを1000支払ってレベル4《旧神ノーデン》を融合召喚扱いで特殊召喚し、その効果で墓地のレベル4《黒き森のウィッチ》を特殊召喚する』

 

 む? 此処でレベル4のモンスターが2体? 来るぞ遊馬!?

 

『――レベル4の《旧神ノーデン》と《黒き森のウィッチ》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現われろランク4《星守の騎士 プトレマイオス》!』

 

 ぎゃあああああぁ!? あの『魔術師』も使っていたぶっ壊れランク4エクシーズモンスター! だが、素材が2つしか無いから、あのナンバーズ以外にランクアップする効果は使えない?

 

『私はこれでターンエンド、互いのエンドフェイズ毎、自分のエクストラデッキの『ステラナイト』カード1枚選び、《星守の騎士 プトレマイオス》の下に重ねてオーバーレイユニットに出来る』

 

 と、思っていた時期がオレにもありました。あ、コイツの効果、何気に相手ターンでも使えるとか頭おかしい事が書かれていたっけ……。

 

 ???

 LP5000→4000

 手札2→1

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻4100/守4100

 《星守の騎士 プトレマイオス》ランク4/光属性/戦士族/攻550→275/守2600→1300 ORU2→3

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 ぐっ、柚葉がいるとは言え、魔法・罠カードが封じられた2ターン、どう凌げば良いんだ……!?

 

 

 




 本日の禁止カード

 『サンダー・ボルト』
 通常魔法(禁止カード)
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 無慈悲な汎用魔法カード。これ1枚で簡単に切り返せるお手軽逆転カード。海外では信じられない事に制限復帰しているらしい。

 『心変わり』
 通常魔法(禁止カード)
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターのコントロールを得る。

 苦労して出したエースモンスターが簡単に寝取られ、フィニッシャーとなって涙を飲んだ決闘者は数知れず。
 簡単にコントロール奪取出来る汎用魔法カード。基本的に寝取られたモンスターがエンドフェイズ時に戻ってくる事は無いと思っていい。生け贄要因にされたりコストにされたり酷い事をされる。

 『強奪』
 装備魔法(禁止カード)
 このカードを装備した相手モンスター1体のコントロールを得る。
 相手のスタンバイフェイズ毎に相手は1000ライフポイント回復する。

  こっちはライフを相手のスタンバイフェイズ毎に1000回復させるかわりに装備している限り永続的にコントロールを奪う。
 いつの世も決闘者は自らのモンスターを寝取られるという恐怖に怯えなければならないらしい。
 今の時代は破壊されただけで装備カードとなって寝取り効果を発揮する《グレイドル》という気の狂ったテーマが出たが、こんなカードでも環境入りしない当たり、今は凄く世紀末――だと思ったら、『EMEm』での先行ルーラーの返しに《グレイドル・イーグル》を自爆特攻させ、寝取ったルーラーで制圧し返すという返し手が生まれてしまった。

 本日の事故要因カード

 『混沌』さんのデッキに入っている、間違いなく抜いた方が良いカード。そんなのが8枚も入っている。
 
 《邪神ドレッド・ルート》
 効果モンスター
 星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000
 このカードは特殊召喚できない。
 自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。
 (1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
 このカード以外のフィールドのモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。

 三邪神の一柱。近年稀に見るほど特殊裁定がややこしいカード。
 何か本編中で強そうに見えるかもしれないが、今の環境では超大型モンスターなど1ターンたりても存在出来ないですからね!
 特にランク4で簡単に出てくる《ダークリベリオン・エクシーズ・ドラゴン》に普通に殴り殺される。
 今回の『混沌』さんのデッキにはフィールド魔法『ブラック・ローズ』が入ってないので、面倒になる心配は無いよ! オレは面倒が大嫌いなんだ。

 《邪神アバター》
 効果モンスター
 星10/闇属性/悪魔族/攻 ?/守 ?
 このカードは特殊召喚できない。
 自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。
 (1):このカードが召喚に成功した場合に発動する。
 相手ターンで数えて2ターンの間、相手は魔法・罠カードを発動できない。
 (2):このカードの攻撃力・守備力は、「邪神アバター」以外の
 フィールドの攻撃力が一番高いモンスターの攻撃力+100の数値になる。

 三邪神の一柱にして最強。……あれ、『三邪神』なんだからもう一匹いたよね、何だっk
 戦闘では無類の強さを誇るが、最近では守備力の方が圧倒的に高く、しかも守備状態で攻撃出来るインチキカードが出たせいで戦闘で簡単に殴り殺されるようになる。
 それでも一度場に出してしまえばその制圧力は凄まじく、出せれば一応強いので、まだ救いがある。
 凄まじく出し辛いのに弱いカードとかは、一体どうすれば良いんだろう。消しゴムとかヲーとかヲーとかヲーとか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23/進撃の『三邪神』 vs『ラスボス』(5)

 

 

「……っ、私のターン、ドロー!」

『ドローフェイズ時、《星守の騎士 プトレマイオス》の効果発動、オーバーレイユニットを3つ取り除き、『No.』モンスター以外の、このカードよりランクが1つ高いエクシーズモンスター1体を自分フィールドのこのカードの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。この効果は相手ターンでも発動出来る。――私はランク5《外神アザトート》をエクシーズ召喚扱いで特殊召喚する』

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札3→2→3

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ???

 LP4000

 手札1

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻4100/守4100

 《外神アザトート》ランク5/闇属性/悪魔族/攻2400→1200/守0 ORU1

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 そして相手ターンにも関わらずエクシーズ召喚扱いで特殊召喚されたのは幾つもの口と眼がある異形のバケモノ……アザトート、元ネタはクトゥルフ神話の盲目暗愚の白痴の外神アザトースか?

 確か外なる神の親玉みたいな存在で、瞬き一つで宇宙を泡沫の夢にするとかいう超存在だった気がするが――あ、クロウ達がいるって事は必然的に『デモンベイン』世界のそれ等は存在するんだよな――知性の無さそうなバケモノという印象以外は大した事無さそうだが――。

 

『――《外神アザトート》がエクシーズ召喚に成功したターン、相手はモンスターの効果を発動出来ない』

「――え? ちょっと、それじゃ……!?」

『更に墓地にオーバーレイユニットだった《黒き森のウィッチ》が落ちた事で効果発動、デッキから守備力400の《聖なる魔術師》を手札に加える』

 

 んな、魔法・罠・モンスター、全ての効果が封じられただとォッ!? インチキ効果も大概にしろッ!

 

「~~っ、モンスターをセットして、ターンエンド……」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札3→2

  裏側守備表示のモンスターカード1枚

 魔法・罠カード

  無し

 

 流石の『征竜』もこうなっては何も出来ない……!

 だが、召喚に成功したターンだけだから、オレのターンではモンスター効果だけは使える……!

 

「――オレのターン、ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1→2

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000→500/守2400→1200

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 オレの引いたカードは……レベル1のチューナーモンスター《調律の魔術師》……!?

 ぐ、駄目だ、こんなカードじゃ何も出来ない……! せめてペンデュラム召喚出来たのならシンクロ召喚で繋げたが、《邪神アバター》の効果でこのターンと次のターンまでペンデュラムゾーンにセットする事すら出来ない。

 

 ……一応、このカードを使えば《メテオバースト》をシンクロ召喚出来て、ペンデュラムゾーンからレベル7の《竜穴の魔術師》を特殊召喚してランク7エクシーズを立てれるが、『神縛りの塚』があるせいで対抗策にすらならない。此処は《アブソリュート》を立てて防御に――。

 

「どう?」

「……『神縛りの塚』が痛すぎる。あれさえ無ければ――」

「なら、任せて。壁モンスターを出しておいてね」

 

 くいっと、柚葉は手札の1枚を意図的に上げて何らかのアピールし――瞬時に柚葉の意図を察知する。

 

「……モンスターをセットし、ターンエンド……!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻500/守1200

  裏側守備表示のモンスターカード1枚

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 オレのフィールドに守備表示のモンスターが2体、これでヤツは――。

 

『私のターン、ドロー』

 

 ???

 LP4000

 手札1→2→3

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻4100/守4100

 《外神アザトート》ランク5/闇属性/悪魔族/攻1200/守0 ORU1

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 流石のヤツも、『死者蘇生』と『次元融合』が手札に無い状態で大量展開は出来ないし、《邪神ドレッド・ルート》の効果で自分の他のモンスターの攻撃力が半減する為、オレ達二人のライフを0に出来る攻撃力は用意出来ない。

 ならば、必然的に――。

 

『――バトル、《外神アザトート》で少女の方の裏守備表示のモンスターを攻撃』

 

 1キルショットを狙える柚葉に照準を絞るだろう……! 攻撃を分散させる真似などするまい!

 

「――っ、破壊されたのは《伝説の白石》、このカードが墓地に送られた時、デッキから《青眼の白龍》1体を手札に加える!」

 

 《外神アザトート》の攻撃によって、柚葉のフィールドの裏守備表示のモンスターは爆発四散し――。

 

 

『《邪神ドレッド・ルート》でダイレクトアタック!』

 

 

 自分以外のモンスターの攻撃力・守備力を半減させる暴虐の化身が膨大な稲妻が鼓動する拳を振り下ろし――。

 

「――手札から《速攻のかかし》発動! 相手モンスターの直接攻撃宣言時にこのカードを手札から捨て、その攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了させる!」

 

 《速攻のかかし》の出現によって寸前の処で止まり、《邪神ドレッド・ルート》は口惜しげに退く。

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札2→3→2

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

『……決め損ねてしまったか。モンスターをセット、カードをセットしてターンエンド』

 

 ???

 LP4000

 手札3→2→1

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻4100/守4100

 《外神アザトート》ランク5/闇属性/悪魔族/攻1200/守0 ORU1

  裏守備表示のモンスターカード1枚

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  伏せカード1枚

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 魔法・罠ゾーンに置かれた伏せカードは未知数であるが、裏守備表示のモンスターカードは《プトレ》のエクシーズ素材として墓地に落ちた《黒き森のウィッチ》からサーチした《聖なる魔術師》……リバースしたら墓地の魔法カードを回収出来る厄介な禁止カードだ。あれに墓地の『死者蘇生』か『次元融合』を回収されたら大惨事になる……!

 

「私のターン! ――来い来い来い、ドロー!」

 

 全身全霊を籠めて柚葉がドローしたカードは、心無しか光り輝いているように見えた……!

 その引いたカードをちらりと見た瞬間、柚葉は不敵に笑った。

 

「柚葉! ヤツの裏守備表示のモンスターをオープンさせるなよ! 《聖なる魔術師》が表側表示になると墓地の魔法カード1枚回収される! ソイツはオレの方で何とか出来るから――」

「うん、そっちは任せた! まずは――」

 

 今の魔法・罠カードが封じられた現状ではレベル10以上のモンスターに厄介な耐性を付与する『神縛りの塚』の対処が出来ない。此処は柚葉頼みだ……!

 

「手札から《炎征竜-バーナー》の効果発動、このカードとドラゴン族モンスター《嵐征竜-テンペスト》を墓地に捨て、デッキから《焔征竜-ブラスター》を特殊召喚!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札2→3→1

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800→1400/守1800→900

 魔法・罠カード

  無し

 

 先程まではモンスター効果すら封じられていたが、モンスター効果さえ封じられなければ『征竜』は幾らでも動ける……!

 

「墓地の《嵐征竜-テンペスト》の効果発動、《幻木龍》《幻水龍》を除外して特殊召喚する!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻1400/守900

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400→1200/守2200→1100

 魔法・罠カード

  無し

 

 そしてこんな制圧下で、こんなにも簡単に柚葉の場にレベル7のモンスターが2体揃う!

 

「レベル7の《焔征竜-ブラスター》と《嵐征竜-テンペスト》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク7《幻獣機ドラゴサック》!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻2600→1300/守2200→1100 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 そして守備表示で出るのは《幻征竜》、此方のオーダーも達成出来て防御も完璧じゃないか!

 

「《幻獣機ドラゴサック》の効果発動! 1ターンに1度、エクシーズ素材を取り除き、自分フィールド上に《幻獣機トークン》2体を特殊召喚する!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻1300/守1100 ORU2→1

 《幻獣機トークン》レベル3/風属性/機械族/攻0/守0

 《幻獣機トークン》レベル3/風属性/機械族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「更に《幻獣機ドラゴサック》の効果発動! 1ターンに1度、自分フィールド上の『幻獣機』と名のついたモンスター1体をリリースし、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する! 私はフィールド魔法『神縛りの塚』を破壊! この効果を発動するターン、このカードは攻撃出来ない」

 

 『邪神』達に厄介な耐性を与えていたフィールドが崩壊する。――これであのレベル10のモンスターはちょっと厄介な効果を持っているだけの、ただのかかしだ! ……あ、『遊戯王』でのかかしはダイレクトアタックを防いでバトルフェイズを強制的に終わらせる有能極まりないカードだが。

 

『フィールド魔法『神縛りの塚』が効果で破壊され墓地に送られた時、デッキから神属性モンスター1体を手札に加える。――私が選択する神属性モンスターは《オシリスの天空竜》だ』

 

 ……え? そのデッキに『三幻神』も入ってるの? いや、さっき《ラーの翼神竜 球体形》があったから《ラーの翼神竜》はいると思ったが、まさか《オベリスクの巨神兵》も含めて全部入っている……!?

 しかし、だとすると何故《オシリスの天空竜》を? 手札は1枚だけだし、この場合は《オベリスクの巨神兵》の方が――まさかあの罠カードは……!?

 だとすれば、このターンにヤツからの妨害は無い……!

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻1300/守1100 ORU1

 《幻獣機トークン》レベル3/風属性/機械族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  無し

 

「これで厄介なフィールド魔法は葬ったわ! 私はこれでターンエンド。直也君、お願い……!」

「おう、任せっとけ! あれさえ無ければこっちのものだ! オレのターン、ドロー!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札1→2

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻500/守1200

  裏側守備表示のモンスターカード1枚

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「オレはレベル1のチューナーモンスター《調律の魔術師》を反転召喚!」

『《調律の魔術師》だと?』

 

 ……まぁそんな反応だよねぇ。オレも何でこれがデッキに入っていたのか、この世界のオレに聞いてやりたい。

 

『きゃはっ!』

 

 反転召喚されたのは白い魔術師風の格好をしたピンク髪の幼女であり、きゅぴ☆と言わんばかりのあざといポーズで登場である。

 というか、その音叉を模した杖は手で持ってないようだが、自動的に浮かぶのね。

 ちなみにコイツの効果は――。

 

 《調律の魔術師》

 チューナー・効果モンスター

 星1/闇属性/魔法使い族/攻 0/守 0

 「調律の魔術師」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 (1):このカードが手札・墓地に存在し、

 自分のPゾーンに「魔術師」カードが2枚存在する場合に発動できる。

 このカードを特殊召喚する。

 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 (2):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動する。

 相手は400LP回復し、その後自分は400ダメージを受ける。

 

 ……何とも言い難い。レベル1のチューナーという事で使い道は沢山あると思うよ?

 

「……ねぇ、直也君。やっぱりそういう可愛い女の子系のカードが好きなの? それにそのカード、どう考えても使えない効果じゃない。同じレベル1チューナーモンスターなら《グローアップ・バルブ》で良いって私でも解るわよ?」

 

 そしてちょっと前まで初心者決闘者だった柚葉にさえそう指摘される始末である。

 えーと、コイツと前のデッキでの影のMVPである《グローアップ・バルブ》と比較? 使い勝手では圧倒的に《グローアップ・バルブ》の方が上だし、《調律の魔術師》の方はというと、デッキトップから有益なカードが墓地に行かないぐらいの利点ぐらいしか見い出せない。

 ……今現在の状況から見ても、ペンデュラムゾーンに設置出来ないので墓地から特殊召喚する効果が使えない。うーむ……。

 

「い、いや、これはデッキに元から入っていたカードで……そ、それに意図的にダメージを受ける事で墓地から特殊召喚出来るカードもいるし、除外ゾーンから墓地に戻せばまた特殊召喚出来てシンクロ召喚に繋げれるぞ!?」

「……どっちのギミックも直也君の『デッキ』には入ってないじゃないっ!」

 

 ……う、それを言われてしまうと痛い。

 そんな柚葉の指摘を受けている《調律の魔術師》だが――何か『頑張るぞー!』的な意気込みで、前に押し出した両手をぐっと握りしめ、凛々しくいらっしゃる。

 

『……あー、茶番フェイズ終わった? 『決闘』の続きをしてくれると有り難いなぁ』

 

 おっと、相手を待たせてしまったか。続きを進めよう。

 

「オレはレベル6の《EMモンキーボード》にレベル1のチューナーモンスター《調律の魔術師》をチューニング! シンクロ召喚! 誇り高き焔纏いしニ色眼の竜! レベル7《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2500→1250/守2000→1000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》の効果発動! このカードが特殊召喚に成功した時、自分のペンデュラムゾーンのカード1枚を特殊召喚する! この効果を使ったターン、《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》は攻撃出来ない。――来い! レベル7《竜穴の魔術師》!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》星7/炎属性/ドラゴン族/攻1250/守1000

 《竜穴の魔術師》星7/水属性/魔法使い族/攻900→450/守2700→1350

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 これでオレの場にレベル7のモンスターが2体揃った! けど、まだ行かないぞ遊馬! その前に――。

 

「――バトル! 《竜穴の魔術師》で裏守備表示のモンスターに攻撃!」

『セットされていたモンスターカードは《聖なる魔術師》で守備力400、《邪神ドレッド・ルート》の効果で半減して守備力200……そのリバース効果は自分の墓地に存在する魔法カード1枚を選択して手札に加えるものだったが――』

「《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》がモンスターゾーンに存在する限り、相手はバトルフェイズ中にモンスターの効果を発動出来ない!」

 

 禁止カードの《聖なる魔術師》はその効果を発揮出来ずに戦闘破壊される。

 

 ???

 LP4000

 手札1→2

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻4100/守4100

 《外神アザトート》ランク5/闇属性/悪魔族/攻1200/守0 ORU1

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  伏せカード1枚

 

「――メイン2、オレはレベル7の《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》と《竜穴の魔術師》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク7《No.11 ビッグ・アイ》!」

 

 そして出てくるのは『眼征竜』とも呼ばれる、かつての『征竜』の玩具の一つ! ガチナンバーズと名高い、ひとつ目の憎いヤツである! 今回は守備表示で。

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

 《No.11 ビッグ・アイ》ランク7/闇属性/魔法使い族/攻2600→1300/守2000→1000 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

「《No.11 ビッグ・アイ》の効果発動! 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールドのモンスター1体のコントロールを得る! この効果を発動するターン、このカードは攻撃出来ない。オレが選択するのは《邪神アバター》!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

 《No.11 ビッグ・アイ》ランク7/闇属性/魔法使い族/攻1300/守1000 ORU2→1

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻4100/守4100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 なんか眼から怪光線が出たと思ったら、オレのフィールドに《邪神アバター》が這い寄って来た! うん、絵面的に完全に悪役だよね、これ。やってる事も鬼畜外道だし。

 これで次のオレのターンのバトルフェイズであの厄介な《邪神ドレッド・ルート》を戦闘破壊できるぞー!

 

「オレはこれでターンエンド」

『――エンドフェイズ時、罠カードオープン』

 

 そして最後に開示された伏せカードは、オレの最悪の予想通りのカードだった……!

 

『――罠カード『第六感』、5・6を選択』

 

 ぐっ、2枚目の『第六感』……! またもやオレ達の眼下に大きめのサイコロが現れる。

 

「……今度は直也君が振って」

「……ああ、でも何故だろうな。オレもこの出る目、当てれそうだよ。どっちかしか出ないだろうし……」

「……凄いね、直也君。うん、私もそんな理不尽な予感がするよ……」

 

 ああ、これはオレのデッキにも『第六感』を入れれば毎回の如く大量ドロー出来るんじゃないだろうか、血迷ってしまうな。

 今度は小さく転がして、ころころ転がり、ああ、やっぱり……。

 

『出た目は5、よって5枚ドロー!』

 

 ぐっ、6出されるよりはマシだと考えよう! しっかし、こんなに大量ドローして良くデッキが尽きないなって、そいやコイツのデッキは60枚と限界まで詰め込んだ枚数だったから、まだ半分程度――おっと、『デュエルディスク』の機能で相手のデッキの残り枚数見れるのか、正確には残り27枚か。普通のデッキなら半分以上ある状態かよ……。

 

『私のターン、ドロー!』

 

 ???

 LP4000

 手札2→7→8

 《邪神ドレッド・ルート》星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000

 《外神アザトート》ランク5/闇属性/悪魔族/攻1200/守0 ORU1

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 

 そして手札補充の終えた『ラスボス』のターンが回ってくる……!

 ライフは4000ぐらい差がついているが、この相手だけは8000ライフがあっても一瞬も安心出来ないぜ……!

 さぁ、どう出てくる……?

 

『《処刑人-マキュラ》を通常召喚し、『血の代償』の効果で500ライフ支払い、《邪神ドレッド・ルート》《外神アザトート》《処刑人-マキュラ》の3体を生け贄に――全てを破壊し尽くせ! 最後の『三邪神』の一柱、レベル10《邪神イレイザー》をアドバンス召喚!』

 

 ――なっ、《邪神ドレッド・ルート》さえリリースして最後の『邪神』を召喚しただとォ!?

 

 ???

 LP4000→3500

 手札8→7→6

 《邪神イレイザー》星10/闇属性/悪魔族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 

 現れるは終焉を告げる最後の『邪神』、機械的なドラゴン? 種族は悪魔族だが。

 色合いや纏う雰囲気は全く異なるが、何処と無く《オシリスの天空竜》みたいな印象があり――。

 

『――このカードは特殊召喚出来ない。自分フィールドのモンスター3体を生け贄にした場合のみ通常召喚出来る。このカードの攻撃力・守備力は相手フィールドのカードの数×1000になる。フィールドのカードの合計数は5枚、よって攻撃力5000・守備力5000となる』

 

 ???

 LP3500

 手札6

 《邪神イレイザー》星10/闇属性/悪魔族/攻?→5000/守?→5000

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 

 《オシリスの天空竜》と同じように攻撃力が変動する効果だったか……!

 

「――だが、こっちの《邪神アバター》の攻撃力・守備力も変動して5100となる!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

 《No.11 ビッグ・アイ》ランク7/闇属性/魔法使い族/攻1300/守1000 ORU1

 《邪神アバター》星10/闇属性/悪魔族/攻?→5100/守?→5100

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 フィールド魔法『天空の虹彩』

 

 こっちの場に《邪神アバター》がいる以上、怖い相手じゃない!

 

『――《邪神イレイザー》の効果発動、自分メインフェイズにこのカードを破壊する』

 

 オレと柚葉も「え?」と言う間も無く、《邪神イレイザー》が自分の効果で爆発四散し、周囲一帯に噴出した黒い血が豪雨の如く降り注ぎ――更には池、否、底無し沼の如く広がってくる!?

 何だこの演出!? ただの破壊され方じゃねぇぞ!?

 

『このカードが破壊され墓地に送られた場合、フィールドのカードを全て破壊する!』

 

 自ら破壊される事で発動する全体除去効果だとォ!?

 オレの場の《ビッグ・アイ》《邪神アバター》が黒い血の池に沈み、フィールド魔法も黒く汚染されて木っ端微塵に破壊される……!

 

「――っ、《幻獣機ドラゴサック》は自分フィールド上にトークンが存在する限り戦闘及びカードの効果では破壊されない!」

 

 柚葉の場にいた《幻獣機ドラゴサック》だけは飛び退いて回避し、《トークン》は飲み込まれて消える――。

 なんてこった、こんなにも簡単に場をがら空きにされるのかよ……!?

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻2600/守2200 ORU1

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 ???

 LP3500

 手札6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 まだヤツのターンは始まったばかり――果たしてこのターン、オレ達は生き延びられるのか……!?

 

 




 本日の禁止カード

 《聖なる魔術師》
 効果モンスター(禁止カード)
 星1/光属性/魔法使い族/攻 300/守 400
 リバース:自分の墓地に存在する魔法カード1枚を選択して手札に加える。

 リバースなので1テンポ遅いが、墓地の魔法カードを回収出来る強力なカード。
 月の書でまた裏側守備表示にすれば再利用出来る。
 このカードをもって『死者蘇生』か『次元融合』の回収を目論んだが、《メテオバースト》の戦闘中、相手はモンスター効果を発動出来ない効果に阻まれて仕事出来ずに破壊された。
 『混沌』さんのデッキだと、リバースした後に『突然変異』でレベル1の禁止融合モンスターに変身する仕事がある。

 本日の事故要因カード

 《邪神イレイザー》
 効果モンスター
 星10/闇属性/悪魔族/攻 ?/守 ?
 このカードは特殊召喚できない。
 自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。
 (1):このカードの攻撃力・守備力は、
 相手フィールドのカードの数×1000になる。
 (2):自分メインフェイズに発動できる。
 このカードを破壊する。
 (3):このカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。
 フィールドのカードを全て破壊する。

 これ、どうやって使えば良いの?と作者が常々思っているカードであり、今の今まで活躍の舞台が無かったが、やっと活躍出来たよ! やったねイレイザーちゃん!
 ……え? 「砕けるのが仕事だ」というゴローニャ扱いで、サックには回避された? なぁにぃ、聞こえんなぁ~!
 この自壊効果、相手ターンでも使えれば優秀だったのに。あと何で原作の墓地送りから破壊効果に劣化したし。というかお前、他の『三邪神』と一緒で特殊召喚出来ないんだから砕けたら再利用も何も出来ないじゃないk

 ……まぁ原作でも使用者に「相手によって左右される不甲斐ないモンスター」と言われ、社長には「人頼みの神」と酷評されてるんですがね……救いはなかった。
 あ、ちなみに原作の漫画版には神のカードと同等の強力な耐性があったよ。『三幻神』と同じくカードのテキストには書かれてないけど。ちなみに全部特殊召喚も可能だったらしい。
 『三幻神』と同じく、第九期の禁止カード行き基準でエラッタされてもいいんじゃよ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24/『三幻神』 vs『ラスボス』(6)

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《幻獣機ドラゴサック》ランク7/風属性/機械族/攻2600/守2200 ORU1

 魔法・罠カード

  無し

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

 ???

 LP3500

 手札6

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

『――墓地の光属性《異次元の女戦士》と闇属性《混沌の黒魔術師》を除外し、《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》を特殊召喚する』

 

 ???

 LP3500

 手札6→5

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 魔法・罠カード

  無し

 

 出てくるは至高の戦士族モンスター、場を全壊した後に出て来られるとは……!

 コイツには2つの効果があり、1つはフィールドのモンスター1体を除外する無慈悲な除去効果、これを使うと攻撃出来なくなるが、強力極まりない単体除去だ。

 もう1つは攻撃で相手モンスターを破壊した時、もう1度だけ続けて攻撃出来る効果、これのお陰で壁モンスターを置いてもライフをゴリゴリ削られる始末だ。

 だが、コイツ1体だけならば次のターンは拝める――。

 

『――手札から罠カード『異次元からの帰還』を発動! ライフを半分支払い、除外された自分モンスターを可能な限りフィールド上に特殊召喚する! 《異次元の女戦士》《混沌の黒魔術師》2体を特殊召喚! 2体の《混沌の黒魔術師》の効果発動で墓地の魔法カード『死者蘇生』と『次元融合』を手札に加える』

 

 懐かしの禁止罠カード!? ……あ、そうだ。このターンの最初に通常召喚したのは《処刑人-マキュラ》であり、《邪神イレイザー》のリリース要員として墓地に落ちている為、手札から罠カードが発動可能になっていたんだ!?

 

「……《聖なる魔術師》がいなくとも、『死者蘇生』と『次元融合」を回収する算段はついていたのかよ……!?」

 

 除外ゾーンからあっさり帰還する《混沌の魔術師》2体……あ、3体じゃないのは、『月の書』で裏側守備表示になっていたのをリリースした為だ。裏側守備表示の状態で墓地に行くとフィールドから離れる扱いにはならないのだ。KONMAI語は難しい……。

 

 ???

 LP3500→1750

 手札5→4→6

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《異次元の女戦士》星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  無し

 

 だが、オレ達の抵抗も無駄では無かったようだ。

 『死者蘇生』と『次元融合』を墓地から回収したのは良いが、それまでにライフを使いすぎ、最早『次元融合』を発動出来るだけのライフポイントは残っていない……!

 

『魔法カード『死者蘇生』で最後の《混沌の黒魔術師》を特殊召喚、効果発動で『死者蘇生』を回収する』

 

 ???

 LP1750

 手札6→5→6

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《異次元の女戦士》星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  無し

 

 ……残っていないのだが、おいおい、軽くオレ達のうちの一人を1キル出来る打点が揃ってるじゃないか……!

 

『――手札から永続罠『血の代償』を発動』

 

 え? 2枚目の『血の代償』だとォ!? 馬鹿な、此処から更に何か出してくるって、あ……!

 

『ライフ500支払って《異次元の女戦士》と《混沌の黒魔術師》を2体を生け贄に――『三幻神』が一柱、レベル10《オシリスの天空竜》をアドバンス召喚!』

 

 ???

 LP1750→1250

 手札6→5→4

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 

 雷鳴と共に天が裂け、断裂した雷雲から現れるは長大な胴体が何処までも伸びる二重顎の赤き龍ッ!

 あの『神』のカードの1枚! まさかコイツを出してくるとは――!?

 

『――このカードを通常召喚する場合、3体を生け贄にして召喚しなければならない。このカードの召喚は無効化されない。このカードの召喚成功時には魔法・罠・モンスターの効果は発動出来ない。このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×1000アップする。私の手札は4枚、よって攻撃力・守備力は4000アップする』

 

 ???

 LP1250

 手札4

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻?→4000/守?→4000

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 

 天より舞い降りし赤き龍は世界を震撼させるほどの咆哮を以って現世への降臨を三千世界に知らしめる。

 この対峙するだけで全身から冷や汗が流れる凄まじい威圧感はまさに『神』と呼ぶに相応しい……!

 

「……あれ、召喚時のみしか耐性無いの?」

『……『王様』の持つオリジナルの『神』のカードには常時耐性あるんだけどね。まぁ仕方ない。原作で桁外れに強かったカードも、そのままの効果でOCG化されるとは限らない……そう、限らないんだ……!』

「あ、えと、その、ごめん……?」

 

 『混沌』の物凄くテンションが下がったどんよりとした様子に、あの柚葉が気まずい表情で謝罪する。

 ……何か、凄い年季の入った怨念を見た気がする。うん、オシリスとオベリスクはまだマシだが、ヲーは酷かったよな……。

 

『――相手モンスターが攻撃表示で召喚・特殊召喚に成功した場合、そのモンスターの攻撃力を2000ダウンさせ、0になった場合、そのモンスターを破壊する』

 

 ……この制圧効果が地味に厄介なんだよなぁ……! これでも劣化しているんだから恐ろしい。原作効果のオシリスだと、攻撃力・守備力が2000削られ――戦闘を経ずに戦闘ダメージ2000みたいな扱いだったか――攻撃力か守備力が0を下回ったら破壊されるという理不尽なものだった。

 OCG版のは反転召喚には反応しないという抜け道があるが、それでもこの制圧効果は居座られては展開が非常に厄介な事になる……!

 

『――レベル8の《混沌の黒魔術師》と《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! ランク8《No.107 銀河眼の時空竜》! 更にエクシーズチェンジ! 1体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを再構築! ランク8《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》!』

 

 ???

 LP1250

 手札4

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻4000/守3500 ORU3

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

 

『《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》の効果発動、1ターンに1度、オーバーレイユニットを1つ使い、相手フィールドの表側表示のカード1枚を破壊する。私は《幻獣機ドラゴサック》を選択する』

「ぐ……!」

 

 《邪神イレイザー》の全体除去効果から逃れた《幻獣機ドラゴサック》が《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》の効果を受けて破壊される。

 これでオレ達のフィールドは本当にがら空きだ……!

 

『『死者蘇生』でオーバーレイユニットとして墓地に落ちた《混沌の黒魔術師》を蘇生、効果発動で『死者蘇生』を回収する』

 

 エクシーズ素材だった《混沌の黒魔術師》が即座に帰還するのは納得がいかないが、これでヤツの展開は終わりか……?

 

『手札から永続魔法『魔力倹約術』を発動、魔法カードを発動する為に払うライフポイントが必要無くなる』

「え? それじゃ……!?」

「しまった、そのカードがあったか……!」

 

 このカード自体は禁止カードでも制限カードでもない、無制限カード。だが、古よりとある禁止カード達を補助してきた魔法カードである……!

 そのカードは言わずもがな――。

 

『魔法カード『次元融合』を発動! ライフ2000コストを踏み倒し、互いに除外されたモンスターをそれぞれのフィールド上に可能な限り特殊召喚する――私は除外された《混沌の黒魔術師》2体をフィールドに特殊召喚する』

「わ、私は《幻水龍》と《幻木龍》を守備表示で特殊召喚する……!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《幻木龍》星4/地属性/ドラゴン族/攻100/守1400

 《幻水龍》星8/水属性/ドラゴン族/攻1000/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 

 オレの方には除外されたモンスターが1体もいないので何も特殊召喚出来ず、柚葉の場に『征竜』を特殊召喚した折に除外したモンスターが2体戻ってきたが――。

 

『2体の《混沌の黒魔術師》の効果発動、墓地の『次元融合』と『強欲な壺』を手札に加える』

 

 ???

 LP1250

 手札4→3→4→3→2→4

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻4000/守3500 ORU3→2

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 

『『強欲な壺』発動、2枚ドローする。……『血の代償』の効果で500ライフ支払い、3体の《混沌の黒魔術師》を生け贄に、第二の『三幻神』――レベル10《オベリスクの巨神兵》をアドバンス召喚!』

 

 ???

 LP1250→750

 手札4→3→5→4

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》ランク8/光属性/ドラゴン族/攻4000/守3500 ORU2

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 

 大地を木っ端微塵に破砕しながら現れるは青の破壊神、最も原作効果に近い効果でOCG化された『神』のカード……!

 

『――このカードを通常召喚する場合、3体を生け贄として召喚しなければならない。このカードの召喚は無効化されない。このカードの召喚成功時には魔法・罠・モンスターの効果は発動出来ない。このカードは効果の対象にならない』

 

 『神縛りの塚』を貼らずとも効果の対象にならない耐性を持つ為、他の『三幻神』と比べて遥かに場持ちが良い……!

 攻守4000という数字も厄介だが、今はレベル4のモンスターが2体揃えば《ホープ・ザ・ライトニング》で簡単に戦闘破壊出来るので別の意味で悲しみを背負っている、が――。

 

『『死者蘇生』を発動して《黒き森のウィッチ》を特殊召喚し、《オベリスクの巨神兵》の効果発動! 自身のフィールドのモンスター2体を生け贄にする事で相手フィールドのモンスターを全て破壊する! この効果を発動するターン、このカードは攻撃宣言出来ない。私は《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》と《黒き森のウィッチ》を生け贄に捧げる』

 

 蒼き破壊神が燃え滾る真紅に発光し――まさに一閃、その無限に迸る波動をもってフィールド全てのモンスターを薙ぎ払い、破壊し尽くす……!

 

「きゃっ!」

「ぐっ!」

 

 その余波だけで遥か彼方に吹き飛ばされそうな勢いだ……!

 『次元融合』で柚葉のフィールドに戻ってきた《幻水龍》と《幻木龍》が為す術も無く破壊される……!

 

『墓地に落ちた《黒き森のウィッチ》の効果で守備力0の《エフェクト・ヴェーラー》を手札に加える』

 

 ぐっ、此処で《エフェクト・ヴェーラー》がヤツの手札に……!

 

 ???

 LP750

 手札4→3→4

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 

 

『――『次元融合』発動! 3体の《混沌の黒魔術師》を特殊召喚し、墓地の『次元融合』『手札抹殺』『強欲な壺』を手札に加える』

 

 

 ???

 LP750

 手札4→3→6

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000→6000/守4000→6000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 

『『強欲な壺』を発動! 2枚ドロー。……やっと来たか。『血の代償』の効果でライフ500支払い、《混沌の黒魔術師》3体を生け贄に捧げ、レベル10《ラーの翼神竜-球体形》をアドバンス召喚する!』

 

 ???

 LP750→250

 手札6→5→7

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻6000→7000/守6000→7000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜-球体形》星10/神属性/幻神獣族/攻?/守?

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 

 そしてフィールドに現れたのはさっきも見た黄金の球体……! おいおい、マジかよ……!?

 

『《ラーの翼神竜-球体形》の効果発動! このカードを生け贄に捧げる事で手札・デッキから《ラーの翼神竜》1体を召喚条件を無視し、攻撃力・守備力を4000にして特殊召喚する! デッキより舞い降りよ不死鳥! 最後の『三幻神』――レベル10《ラーの翼神竜》を特殊召喚する!』

 

 黄金の球体が猛々しい駆動音を立てて猛烈な速度で変形していき、太陽の如く神々しい黄金の不死鳥が闇夜のフィールドに降臨する――!

 

 ???

 LP250

 手札7

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻7000/守7000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻?→4000/守?→4000

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 

 

「……嘘だろ? フィールドに全ての『三幻神』を召喚するなんて――」

 

 

 《オシリスの天空竜》《オベリスクの巨神兵》《ラーの翼神竜》、此処に全ての『三幻神』が揃い踏みし、共に呼応するように咆哮をあげる。

 ただそれだけで地が揺れ、天が荒れ狂った挙句に雲一つ無くなり、真円を描いた満月が偉大なる神々の降臨を称賛するように照らす。

 

『『次元融合』を発動、2体の《混沌の黒魔術師》を特殊召喚し、『強欲な壺』『神縛りの塚』を手札に加えて『強欲な壺』発動、2枚ドロー。そしてフィールド魔法『神縛りの塚』を発動!』

 

 ???

 LP250

 手札7→6→8→7→9→8

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻7000→8000/守7000→8000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 そして墓地から回収したフィールド魔法『神縛りの塚』の力で無敵の耐性を得て、『神』のカードは此処に真の力を発揮出来るようになる……!

 

 

『――バトル! 《オシリスの天空竜》で少女にダイレクトアタック!』

 

 

 《オシリスの天空竜》の下顎が開かれ、膨大な雷の奔流が荒れ狂いながら収束し、瞬時に射出される。

 それはまさに人の身では決して届かぬ天の怒りそのモノであり――。

 

「……ごめん、直也君。あんまり手助け出来なかった……!」

 

 《オシリスの天空竜》の攻撃力は今や8000、此方の無傷のライフを一撃で屠れる攻撃力まであがっており、更には柚葉の手札の最後の1枚は《青眼の白龍》である以上、これを防ぐ手立ては無い。

 

 

「おいおい柚葉、その台詞はまだ早いぜ――なぁ、相手モンスターの直接攻撃宣言時、だから別に自分がダイレクトアタックされてない時でも発動出来るよな?」

 

 

 ――そう、柚葉には。

 オレは渾身の笑みを浮かべて『混沌』にそう聞き――。

 

『自分限定に指定されてないから無論だとも――ふむ、今度はそっちが握っていたか』

 

 この攻撃も不発に終わった事を瞬時に悟った『混沌』は、感情の変化なんて全く読み取れないが、多分物凄く楽しげにに答えた。

 

「オレは手札から《速攻のかかし》を発動! 攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 神の怒りたる破滅の雷に真っ向から立ち塞がり、相殺して役目を終えた《速攻のかかし》は墓地に行く。

 さんきゅー《速攻のかかし》、お前は世界一カッコイイかかしだ。お前が居なかったらオレも柚葉も死んでいたぞ!

 

『――メイン2、魔法カード『手札抹殺』を発動、全てのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数分だけドローする。私が捨てた枚数は7枚、よって7枚ドローする』

 

 此処で『手札抹殺』だと? 確か結構前に回収していたが、《エフェクト・ヴェーラー》を捨てる事になっても使うのか?

 

「私は1枚捨てて1枚ドロー」

「オレも1枚捨てて1枚ドロー」

 

 ???

 LP250

 手札8→7→0→7

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻8000→7000/守8000→7000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 《混沌の黒魔術師》星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 ……ずっと手札に抱えていた《慧眼の魔術師》が墓地に……。相当の痛手である。

 

『そして2枚目の『強欲な壺』発動! 2枚ドローする!』

 

 此処で更にドローカードだと!? おいおい、デッキの残り枚数大丈夫なのか? 『デュエルディスク』を弄って見てみると――残り9枚!?

 60枚あったのに全部使い切る勢いだぞ……!? あ、でも今来たこのカードは『魔術師』から借りたデッキから拝借した魔法カード。オレの元の『デッキ』とは余り相性が良く無いが、この場に置いては最高のカード……!

 

『……この残り枚数で引けなかったか。今回は《聖刻神龍-エネアード》を抜いていたのが仇となったか。やはりプトレ関連3枚は枠がきついな。抜くか……』

 

 『混沌』はぼやきに似た自嘲を零す。

 《聖刻神龍-エネアード》? 確かランク8のエクシーズモンスターで、1ターンに1度、自分の手札・フィールド上のモンスターを任意の数だけリリースして、その数だけフィールドのカードを破壊する効果だったが、こっちのフィールドが全壊している以上、一体何を破壊し――待てよ、3体の『三幻神』が全て揃っていて『神縛りの塚』がある、という事は……!?

 

 ――自分フィールド上の元々のカード名が《オシリスの天空竜》《オベリスクの巨神兵》《ラーの翼神竜》となるモンスターをリリースした場合のみ特殊召喚出来て、尚且つその特殊召喚は無効化されないのに特殊召喚した瞬間、デュエルに特殊勝利出来るレベル12の神属性・創造神族モンスター《光の創造神 ホルアクティ》が入っているのかよ!?

 

 寸前の処で踏み止まったという事か……! ヤツのエクストラデッキに《聖刻神龍-エネアード》が入ったままだったらこのターンにエクシーズ召喚されて自分で『神縛りの塚』を破壊してデッキからサーチされて終わっていた……!

 

 ……何か変な事しているなぁと思ったが、全力で殺しに来ていたのかよ。どんだけキルルートあるんだ、そのデッキ!?

 

 いや、自分達の勝敗を気にしないなら、そんなレア過ぎる光景は見てみたい気がするが。あんな召喚条件の重い『三幻神』がフィールドに3体全部揃うなんて絶無だからなぁ……。

 

『私はレベル8の《混沌の黒魔術師》2体でオーバーレイ、ランク8《神竜騎士フェルグラント》をエクシーズ召喚』

 

 うわ、味方なら頼もしいが、敵だと嫌になる《フェルグラント》がヤツのフィールドに馳せ参じる……!

 

『カードを3枚セットしてターンエンドだ』

 

 ???

 LP250

 手札7→6→8→5

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻7000→5000/守7000→5000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU2

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

  伏せカード3枚

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 




 本日の禁止カード

 『異次元からの帰還』
 通常罠(禁止カード)
 ライフポイントを半分払って発動できる。
 ゲームから除外されている自分のモンスターを
 可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時にゲームから除外される。

 『征竜』で使われたから巻き添え禁止食らったカード。これにより除外ギミックのあったデッキはとばっちりを受けた。《馬頭鬼》を除外から戻すギミックがー!
 ……まぁこんな1ターンキル助長させるような強大なパワーカードは禁止になって然るべきである。

 本日の事故要因カード

 《オシリスの天空竜》
 効果モンスター
 星10/神属性/幻神獣族/攻 ?/守 ?
 このカードを通常召喚する場合、
 3体をリリースして召喚しなければならない。
 (1):このカードの召喚は無効化されない。
 (2):このカードの召喚成功時には、
 魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。
 (3):このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×1000アップする。
 (4):相手モンスターが攻撃表示で召喚・特殊召喚に成功した場合に発動する。
 そのモンスターの攻撃力を2000ダウンさせ、
 0になった場合そのモンスターを破壊する。
 (5):このカードが特殊召喚されている場合、エンドフェイズに発動する。
 このカードを墓地へ送る。

 出して維持出来れば相手の展開を著しく阻害出来る、初代『遊戯王』に登場した『神』のカードの1枚。闇遊戯の切り札。
 ただ、コイツを出すまでの手札消費を考えると、高い攻撃力・守備力を維持するのは極めて難しい。1000でも残ってりゃ召雷弾で攻撃力2000下げれるから戦闘破壊される可能性は下がる筈。
 耐性は皆無な為、除去される時はあっさり除去される。涙を飲んで諦めよう。

 《オベリスクの巨神兵》
 効果モンスター
 星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000
 このカードを通常召喚する場合、
 3体をリリースして召喚しなければならない。
 (1):このカードの召喚は無効化されない。
 (2):このカードの召喚成功時には、
 魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。
 (3):このカードは効果の対象にならない。
 (4):自分フィールドのモンスター2体をリリースして発動できる。
 相手フィールドのモンスターを全て破壊する。
 この効果を発動するターン、このカードは攻撃宣言できない。
 (5):このカードが特殊召喚されている場合、エンドフェイズに発動する。
 このカードを墓地へ送る。

 社長の愛人。比較的原作に近い形でOCG化された『神』のカード。
 ……まぁ原作の方だと2体リリースからの全体除去効果は攻撃力∞による全体攻撃だったから、流石に再現するのは躊躇われたのだろう。
 なお『征竜』・『魔導』時代では『征竜』の頼もしき相棒として対『征竜』に貢献し、割りと対抗策の無かった『征竜』はランク7×3の《No.7 ラッキー・ストライプ》を入れ、一足早いエンタメ対決をしていたとか。

 《ラーの翼神竜》
 効果モンスター
 星10/神属性/幻神獣族/攻 ?/守 ?
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードを通常召喚する場合、
 3体をリリースして召喚しなければならない。
 (1):このカードの召喚は無効化されない。
 (2):このカードの召喚成功時には、
 このカード以外の魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。
 (3):このカードが召喚に成功した時、
 100LPになるようにLPを払って発動できる。
 このカードの攻撃力・守備力は払った数値分アップする。
 (4):1000LPを払い、フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
 そのモンスターを破壊する。

 こ の カ ー ド は 特 殊 召 喚 で き な い 。

マリク「ラーは墓地より蘇る!」※蘇りません
マリク「『神』に魔法・罠は通用しない!」※召喚時以外は通用します
マリク「生け贄にしたモンスターの攻撃力・守備力を吸収!」※出来ません
マリク「『神』をも屠る破壊効果!」※耐性持ちには無力

マリク「なん、だと……!?」

 説明するまでもなく産業廃棄物カード。遊戯王史上最大のがっかりカード。というか何度見る度に数多の決闘者を絶望に追い込むこの数々の効果は一体……。

 どうしてよりによって『神』のカードの中で最強の《ラーの翼神竜》がこうなった……。

 こんなのはラーじゃありません。ヲーの翼神竜かライフちゅっちゅギガントという別モンスターなので、《ラーの翼神竜》はまだOCG化されてなかったんだよ!(現実逃避)

 ……まぁ最近《ラーの翼神竜 球体形》という救済処置が与えられたお陰で、他の『三幻神』と並ぶ程度には使える域になってます。
 この調子で、早く墓地から舞い戻る『不死鳥モード』の実装はよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25/決着 vs『ラスボス』(7)

 

 ???

 LP250

 手札7→6→8→5

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻7000→5000/守7000→5000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU2

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

  伏せカード3枚

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 魔法・罠カードの残り3枠にガン伏せか……!

 だが、ヤツの残りライフは250! もはや風前の灯だ! ……あれ、『揺れる眼差し』以外でオレ達が与えたダメージ無いような……? というか、アニメだとこのライフ3桁の状態は鉄壁状態で、最高なまでに削りにくかったような……?

 ちなみにオレのデッキにランク4《ガガガガンマン》は入ってない!

 

「私のターン、ドロー!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1→0→1→2

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ま、まぁそれはともかく、これで2ターンの間、オレ達の魔法・罠カードの発動を封じてきた《邪神アバター》の効果が切れて使用可能となり、やっと存分に動ける……!

 

「柚葉! このターンからは魔法・罠カードの発動が可能だぞ!」

「――! よし、それなら……! 魔法カード『七星の宝刀』発動! 手札のレベル7モンスター《巌征竜-レドックス》を除外し、2枚ドロー! 除外した《巌征竜-レドックス》の効果発動、デッキからドラゴン族・地属性モンスター《地征竜-リアクタン》を手札に加える!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札2→1→0→2→3

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 

 ああ、そうか。手札1枚の《青眼の白龍》は『混沌』の『手札抹殺』で墓地に行っていたか。

 ならばこの手札は勝ちを焦った『混沌』自身が招いた自業自得である。更には前のターンに『次元融合』を使ったせいで征竜のコストで使ったドラゴン族モンスターがフィールドを経由して墓地に戻ってしまってるから――。

 

「手札の《地征竜-リアクタン》の効果発動、このカードと手札のドラゴン族モンスター《瀑征竜-タイダル》を墓地に捨て、デッキから《巌征竜-レドックス》を特殊召喚する!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札3→1

 《巌征竜-レドックス》星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000

 魔法・罠カード

  無し

 

「墓地の《嵐征竜-テンペスト》の効果発動、墓地の風属性《幻獣機ドラゴサック》と《伝説の白石》を除外し、《嵐征竜-テンペスト》を守備表示で特殊召喚!」

 

 手札1枚の状態からの怒涛の大量展開、敵としてやられたらたまったもんじゃないが、味方としてならこれ以上頼もしいものはないだろう!

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《巌征竜-レドックス》星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200

 魔法・罠カード

  無し

 

「更に墓地の《瀑征竜-タイダル》の効果発動、墓地の《幻水龍》《幻木龍》を除外し、《瀑征竜-タイダル》を特殊召喚! 更に更に墓地の《焔征竜-ブラスター》の効果発動! 《伝説の白石》と《青眼の白龍》を除外し、フィールドに特殊召喚!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《巌征竜-レドックス》星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200

 《瀑征竜-タイダル》星7/水属性/ドラゴン族/攻2600/守2000

 《焔征竜-ブラスター》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

 魔法・罠カード

  無し

 

 わぁお、環境を破壊し尽くした『四征竜』揃い踏みだー! あ、これならオレの出番は無いかも――。

 

「――レベル7の《瀑征竜-タイダル》と《焔征竜-ブラスター》でオーバーレイ! ランク7《No.11 ビッグ・アイ》を守備表示でエクシーズ召喚!」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《巌征竜-レドックス》星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000

 《嵐征竜-テンペスト》星7/風属性/ドラゴン族/攻2400/守2200

 《No.11 ビッグ・アイ》ランク7/闇属性/魔法使い族/攻2600/守2000 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 

 出た! 本家本元からの『眼征竜』だ! 

 

「《No.11 ビッグ・アイ》の効果発動! エクシーズ素材を1つ取り除き、相手モンスターのコントロールを得る! 私が選択するのは《神竜騎士フェルグラント》!」

『《神竜騎士フェルグラント》の効果発動、1ターンに1度、オーバーレイユニットを1つ使い、《No.11 ビッグ・アイ》の効果を無効にし、このカード以外の効果を受けなくする』

 

 まぁ使わざるを得ないだろう。これで《フェルグラント》の厄介な効果はこのターンは使えなくなり――。

 

「レベル7の《巌征竜-レドックス》と《嵐征竜-テンペスト》でオーバーレイ! ランク7《真紅眼の鋼炎竜》を攻撃表示でエクシーズ召喚! 攻撃表示で特殊召喚した以上、《オシリスの天空竜》の誘発効果が強制的に発動して《真紅眼の鋼炎竜》の攻撃力が2000下がり、相手の魔法・罠・モンスター効果が発動する度に《真紅眼の鋼炎竜》は相手に500ポイントのダメージを与える――さぁ、自らの効果で自滅しなさいっ!」

 

 おお、相手の効果を逆利用して自滅させる、これは《オシリスの天空竜》が『ドジリス』ったか……!?

 

 

『――カウンター罠『神の宣告』発動、ライフを半分払ってモンスターの特殊召喚を無効にし、破壊する』

「……あっ。こ、この場合、《真紅眼の鋼炎竜》のバーンダメージ効果は……?」

『そもそも召喚に成功してないから発動する余地も無いね』

 

 

 ???

 LP250→125

 手札5

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻5000/守5000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU2→1

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

  伏せカード2枚

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1

 《No.11 ビッグ・アイ》ランク7/闇属性/魔法使い族/攻2600/守2000 ORU2→1

 魔法・罠カード

  無し

 

 ぐっ……前半に使えばライフコスト4000と膨大な数値だが、デュエル終盤で使えば少ないライフコストで問答無用に無効にして破壊するカウンター罠『神の宣告』を伏せていたか……!

 切り抜けられたかぁ。残念……あれ、柚葉の方がぷるぷると震えて……?

 

「――ええい、死なば諸共! 魔法カード『手札抹殺』を発動! 手札を全部捨て、デッキから捨てた枚数分だけドローする! 私の手札は0枚!」

 

 ――あ。え? 嘘。このタイミングで……!?

 

『――! 私の手札は5枚、5枚捨てて5枚ドロー』

「……あっ! 直也君、アイツのデッキの残り枚数……!」

『……今ので残り4枚だ』

 

 『混沌』は律儀に答えるが、その声の響きに苦渋の色が滲み出ている。

 ヤツの『全盛期カオス』は驚異的な殺意を誇るが、どんなデッキにも弱点はある。

 ――それはデッキ消費が極めて激しいのだ。1ターンで20枚以上使う事もある以上、長期戦になればなるほどその弱点は露呈する。

 

「デッキからドロー出来なくなれば勝ちなんだよね!? それじゃ直也君が前のデッキから入れていた『手札抹殺』を発動できれば――!」

「……ああ、それなんだがな、柚葉……」

 

 違う勝ち筋に光明を見出した柚葉と違って、オレは――。

 

「……お前の『手札抹殺』で捨てる1枚のカードが、オレのデッキに1枚しか入ってない『手札抹殺』なんだ……」

「え゛?」

 

 これから捨てるカードを柚葉に見せて、心底落胆する……何で、よりによってこんなタイミング悪くぅ!?

 

「……あ、あああ、わ、私はこれでターンエンド……」

 

 豊海柚葉

 LP8000

 手札1→0

 《No.11 ビッグ・アイ》ランク7/闇属性/魔法使い族/攻2600/守2000 ORU1

 魔法・罠カード

  無し

 

「オ、オレのターン、ドロー!」

 

 ぐっ、気を取り直すんだ! デッキアウトという勝ち筋が消え去った以上、何とかなるカード来い……!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1→2

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

「――来た! オレは魔法カード『貪欲な壺』を発動! 自分の墓地のモンスター5体を選択してデッキに加えてシャッフルし、その後、自分はデッキから2枚ドローする!」

 

 ペンデュラムの状態ならば墓地に行かずにエクストラデッキに行くが、オレのデッキだとエクシーズ召喚して破壊されたら息切れが激しくなり、立て直しが困難――これはそれを少しだけ緩和させる苦し紛れのカードだったが、此処で役立つとは……!

 

「オレは《竜穴の魔術師》《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》《エフェクト・ヴェーラー》《慧眼の魔術師》をデッキに戻して2枚ドロー!」

 

 来い、起死回生のカードよ! 引いた2枚は魔法カード『ペンデュラム・コール』に《貴竜の魔術師》――そして元からある1枚は――!

 

「魔法カード『ペンデュラム・コール』発動! 『ペンデュラム・コール』は1ターンに1枚しか発動出来ず、『魔術師』ペンデュラムモンスターのペンデュラム効果を発動したターンには発動出来ない。――手札を1枚捨てて発動、カード名が異なる『魔術師』ペンデュラムモンスター2体をデッキから手札に加える! この効果の発動後、次の相手ターン終了時まで自分のペンデュラムゾーンの『魔術師』カードは効果では破壊されない。オレが選択するのは《賤竜の魔術師》と《竜穴の魔術師》だ!」

 

 手札の《貴竜の魔術師》をコストに墓地に送り、2つの『魔術師』を呼び込む……!

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→3→2→1→3

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

  無し

 

「そしてオレはペンデュラムゾーンにスケール8の《竜穴の魔術師》とスケール2《賤竜の魔術師》をセッティング! そして《賤竜の魔術師》のペンデュラム効果発動! もう片方の自分のペンデュラムゾーンに『魔術師』カードが存在する場合、自分のエクストラデッキの表側表示の《賤竜の魔術師》以外の『魔術師』ペンデュラムモンスターまたは『オッドアイズ』ペンデュラムモンスター1体を手札に加える! オレは《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手札に加える! 《賤竜の魔術師》のペンデュラム効果は1ターンに1度しか使用出来ない!」

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札3→2→1→2

  無し

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

「更に《竜穴の魔術師》のペンデュラム効果発動! 1ターンに1度、もう片方の自分のペンデュラムゾーンに『魔術師』カードが存在する場合、手札のペンデュラムモンスターを捨て、フィールドの魔法・罠カード1枚を破壊する。オレは右側の伏せカードを破壊!」

『――破壊されたのはカウンター罠『神の通告』だ』

「……え?」

 

 ……あれ、あれはライフ1500払ってモンスターの特殊召喚とモンスター効果を無効にして破壊する無慈悲なカウンター罠。ブラフで伏せていた?

 いや、あの『混沌』の事だ、使える算段を用意して待っていたに違いない。という事は、伏せられたもう1枚は――まさかライフを回復出来る速攻魔法か……!?

 

 

(……オレの勝ち筋はペンデュラム召喚で手札のレベル6《賤竜の魔術師》とエクストラデッキのレベル6《EMモンキーボード》で《希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》をエクシーズ召喚し、エクシーズ召喚成功時に相手のフィールドのモンスター全ての攻撃力が0になる効果を《フェルグラント》に止めて貰い、墓地から特殊召喚する《貴竜の魔術師》の効果で《オッドアイズ》のレベルを4にし、同じくペンデュラム召喚で特殊召喚したレベル4の《EMドクロバット・ジョーカー》とエクシーズ召喚で《希望皇ホープ》からの《希望皇ホープ・ザ・ライトニング》で攻撃力5000になってトドメを刺す予定だったが――)

 

 

 速攻魔法の『非常食』なら、魔法・罠カードを3枚墓地に送られると殺し切れなくなるし、速攻魔法『神秘の中華なべ』だったら《オシリスの天空竜》を捧げられた時点で削りきれなくなる……!?

 

「……!」

 

 どうする? あの伏せカードがライフ回復系の速攻魔法と確定した訳じゃない。案外通るかもしれない。いや、通らなくても次のターンさえ訪れれば――いや、内心解っている。いや、確信さえしている。

 ――次のターンなど無い。アイツにターンを渡せば、絶対引き当てる。残り4枚の自身のデッキに眠っている《光の創造神 ホルアクティ》を……!

 

(――何か、他に方法は無いのか……? ……あ、『貪欲な壺』で《ビッグ・アイ》を戻しておけば……! いや、《ビッグ・アイ》を後に出しても先に出しても、あれが『神秘の中華なべ』なら《フェルグラント》を料理されてライフを2800回復されて仕留めれずに終わってしまう。完璧にしくじった……? 詰んだか……?)

 

 此処まで来て――あと一歩届かない事実に絶望し、無きに等しい微かな可能性に縋ろうとした瞬間――自暴自棄とも言えるオレの手を止めたのは、半透明の《調律の魔術師》だった。

 

 

「――え?」

 

 

 《調律の魔術師》は首を振り、何かを訴えるような眼でオレを見る……? 一体何を――そういえば墓地に《調律の魔術師》が居て――瞬時に、オレの脳裏に電流が走るかのように、光差す一つの道が示される……!

 

 

「――ペンデュラム召喚! 手札よりレベル6《賤竜の魔術師》、エクストラデッキよりレベル6《EMモンキーボード》レベル4《EMドクロバット・ジョーカー》レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

『攻撃表示でペンデュラム召喚した《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》は《オシリスの天空竜》の召雷弾を受けて貰うぞ――!』

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札2→1→0

 《賤竜の魔術師》星6/風属性/魔法使い族/攻2100/守1400

 《EMモンキーボード》星6/地属性/獣族/攻1000/守2400

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500→500/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

 《オシリスの天空竜》の上顎から自動的に放たれた召雷弾が直撃し、《オッドアイズ》は苦悶の声を上げるも、耐え切る……!

 

「そしてレベル6の《賤竜の魔術師》と《EMモンキーボード》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ――人が希望を越え、夢を抱く時、遙かなる彼方に新たな未来が現れる! 限界を超え、その手に掴め! ランク6《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》!」

 

 これも攻撃表示でエクシーズ召喚だ!

 

「《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》の効果発動! このカードがエクシーズ召喚に成功した時、相手フィールド上の全てのモンスターの攻撃力は0となる!」

『攻撃表示で特殊召喚された事で《オシリスの天空竜》の召雷弾を受けるが、当然その効果は通さない。《神竜騎士フェルグラント》の効果発動! オーバーレイユニットを1つ使い、《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》を無効にし、このカード以外の効果を受けなくする。よって《オシリスの天空竜》の誘発効果で《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》の攻撃力は下がらない』

 

 秋瀬直也

 LP8000

 手札0

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

「――あっ、また自分の効果が仇となったみたいね! 《希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》の攻撃力は3000のまま! 攻撃力2800の《フェルグラント》を攻撃すれば200ダメージ! これで私達の勝利だねっ!」

 

 ???

 LP125

 手札5

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻5000/守5000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU1→0

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

  伏せカード1枚

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 自分達の勝利を確信して微笑む柚葉に対し、オレは首を横に振る。

 

「――いや、違う。それじゃ負ける」

「え? ……あの最後の伏せカード? でもそれって、今、『ペンデュラム・コール』で墓地に送った《貴竜の魔術師》を特殊召喚して、レベル4となった《オッドアイズ》と《ドクロバット》でランク4の《希望皇ホープ》作って《ホープ・ザ・ライトニング》を出しちゃえば――」

「《竜穴の魔術師》の効果で破壊したカウンター罠『神の通告』はライフ1500ポイント必要だ。今残っているもう1枚は、そのライフを補う為の算段だと考えてまず間違い無いだろう……!」

 

 柚葉もその可能性に気づき、一気に顔が険しくなる。

 ――だが、このターンで勝つ手段は他にある……! ――お前の出番だっ!

 

「墓地の《調律の魔術師》の効果発動! 《調律の魔術師》のこの効果は1ターンに1度、このカードが手札・墓地に存在し、自分のペンデュラムゾーンに『魔術師』カードが2枚存在する場合、このカードを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される!」

「――えっ!? 直也君何やって……!?」

 

 まさかだと思うが、コイツが勝利の鍵だァッ!

 墓地より《調律の魔術師》が特殊召喚され、凛々しい笑顔で音叉を模した杖を鳴らし、共鳴させる……!

 

「《調律の魔術師》が召喚・特殊召喚に成功した場合、相手は400ポイント回復し、その後、自分は400ポイントダメージを受ける!」

 

 秋瀬直也

 LP8000→7600

 手札0

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7/闇属性/ドラゴン族/攻500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《調律の魔術師》星1/闇属性/魔法使い族/攻0/守0

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

『……《調律の魔術師》を攻撃表示で特殊召喚した事で《オシリスの天空竜》の召雷弾が発動するが――』

「元々攻撃力0の《調律の魔術師》を破壊する事は出来ない!」

 

 《オシリスの天空竜》の上の顎から発射させれる召雷弾の洗礼を受けるも、《調律の魔術師》は全く怯んだ様子無く健在だ――!

 

 ???

 LP125→525

 手札5

 《オシリスの天空竜》星10/神属性/幻神獣族/攻5000/守5000

 《オベリスクの巨神兵》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《ラーの翼神竜》星10/神属性/幻神獣族/攻4000/守4000

 《神竜騎士フェルグラント》ランク8/光属性/戦士族/攻2800/守1800 ORU0

 魔法・罠カード

  永続罠『血の代償』

  永続魔法『魔力倹約術』

  伏せカード1枚

 フィールド魔法『神縛りの塚』

 

 自分と比べて矮小過ぎる存在なのに、それなのに勇気を持って立ち向かう《調律の魔術師》に、《オシリスの天空竜》が一瞬だけ怯んだような気がする。

 

「何やってんの、何やってんの!? よ、よりによってこの局面で相手のライフ回復させてどうするのよ!?」

「――いや、勝利の布石は既にオレ達の手の中に収まっている! 更にオレは墓地の《貴竜の魔術師》の効果発動! フィールドの《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のレベルを3下げて墓地の《貴竜の魔術師》を守備表示で特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP7600

 手札0

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》星7→4/闇属性/ドラゴン族/攻500/守2000

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《調律の魔術師》星1/闇属性/魔法使い族/攻0/守0

 《貴竜の魔術師》星3/炎属性/魔法使い族/攻700/守1400

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《竜穴の魔術師》スケール8

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

「――オレはレベル4になった《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》にレベル3のチューナーモンスター《貴竜の魔術師》をチューニング! シンクロ召喚! レベル7《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》!」

 

 再度、フィールドに《メテオバースト》が登場し、目の前の『三幻神』に対して宣戦布告の咆哮を轟かせる!

 

「《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》の効果発動! 自分のペンデュラムゾーンの《竜穴の魔術師》を特殊召喚する!」

 

 秋瀬直也

 LP7600

 手札0

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《調律の魔術師》星1/闇属性/魔法使い族/攻0/守0

 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《竜穴の魔術師》星7/水属性/魔法使い族/攻900/守2700

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

「ペンデュラムゾーンの《竜穴の魔術師》を……!?」

「そうさ、コイツじゃなければ駄目だ……!」

 

 《メテオバースト》もレベル7だが、こっちはシンクロモンスターであり、ペンデュラムモンスターじゃなくなってしまっているからな……! ――さぁ最後の仕上げだッ!

 

「――そしてェッ! レベル7の《竜穴の魔術師》にレベル1のチューナーモンスター《調律の魔術師》をチューニング!」

 

 空を飛翔する《調律の魔術師》が光の輪となり、《竜穴の魔術師》がその中心を疾走する――!

 

 

「――剛毅の光を放つ勇者の剣、今此処に閃光と共に目覚めよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士》!」

 

 

 そして此処からシンクロ召喚されるは二剣を操る魔導極めし騎士ッ!

 

 秋瀬直也

 LP7600

 手札0

 《EMドクロバット・ジョーカー》星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守100

 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》ランク6/光属性/戦士族/攻3000/守2500 ORU2

 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》星7/炎属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

 《覚醒の魔導剣士》星8/闇属性/魔法使い族/攻2500/守2000

 魔法・罠カード

  無し

 ペンデュラムゾーン

 《賤竜の魔術師》スケール2

 

「《覚醒の魔導剣士》の効果発動! このカードが『魔術師』ペンデュラムモンスターを素材としてシンクロ召喚に成功した場合、自分の墓地の魔法カード1枚を手札に加える!」

 

 《覚醒の魔導剣士》の周囲に黄金色の時計が出現し――その時計の針は猛烈な速度で逆回転して時を逆巻き、この『決闘』を終わらせる魔法カードを、オレの掌から零れ落ちた勝利の鍵をオレの手に導く!

 

「オレが手札に加える魔法カードは『手札抹殺』! そして発動ォッ!」

 

 それを見届けた『混沌』は、驚くほど穏やかに笑ったような気がした。

 

『――手札を全て捨て、捨てた枚数分だけドローする。私の手札は残り5枚で、デッキは残り4枚――デッキが切れてカードをドロー出来なかった時、その『決闘者』は敗北となる』

 

 

 

 

 ――『決闘』の終了を告げるブザーが鳴り響き、ソリッドビジョンで実体化したモンスター達が静かに消えていく。

 あれほどの威容を誇った『三幻神』達が、静かに眠りにつく――。

 

「――勝った、のか……?」

 

 実感が湧かない。デッキアウトという珍しすぎる勝ち方をしたせいで、何というか、こう、勝った気がしないというか――。

 

「やったやった! 凄い凄いっ!」

「わっ、急に抱きつくな!?」

 

 柚葉が飛び跳ねる勢いで抱きついてきて、びっくりする。

 此処でやっと、あの『混沌』相手に勝つ事が出来たんだなという法外の充実感と今日一日だけで蓄積された桁外れの疲労感で胸が一杯になる。

 

『ああ、君達の勝利で私の敗北だ――やれやれ、デッキ切れで負けたのは『王様』達との『決闘』以来の快挙だよ。それからデッキの枚数は上限近く、尚且つデッキ切れにならないように心掛けていたんだがなぁ――やっぱり『今回』も引けなかったか。正確には引いたけど引けなくなっただが』

 

 目の前の『混沌』はそう感想を述べて、少しだけ未練を零し――それが可笑しかったのか、くすくすと笑う。

 

 

『――ああ、楽しかった。やっぱり『決闘』は最高だ、素敵だ――』

 

 

 我が事のように誇らしげに、自分に打ち勝った勝者を全身全霊で讃える。

 

 噛み締めるようにそう締め括り――目の前の『混沌』の存在が一気に薄れた。

 その超存在が知覚しにくいほどの半透明になり、細部から黒と白の粒子となって崩れていく。

 ……自らの意思で、この世界への顕現を止めた結果なのだろう。元より除外された存在、無理強いの干渉を止めれば世界からの修正力によって消え去るのみ――全ては無かった事になるという虚無感を、改めて実感する。

 

 

『――最後に、この私を倒した『決闘者』の名前を聞いても良いかな? 『少年』と『少女』では味気無さ過ぎるだろう?』

 

 

 なのに、もうコイツに与えられる救いなんて何一つ無いのに、コイツはそんな事を最後に聞いてきた。ったく、最後に聞く事がそれかよ……! 順序が逆だろ普通!

 

「オレは秋瀬直也だ……! そういう事は最初に聞けよな……!」

「豊海柚葉よ、もう二度と遭う事も無いと思うけど――」

 

 オレ達の最初で最後になる自己紹介を『混沌』は確かに聞き届け――あっという間に消え去った。

 ……現れる時も唐突なら、やっぱり去る時も唐突だった。ヤツらしい結末だと、勝手に納得する。

 

 

 ――こうして、オレの体験した中で最も『混沌』な『異変』は、誰の記憶に残る事無く、静かに幕切れたのだった。

 

 

 

 

「……あれ、いつの間に……?」

 

 ――見慣れた天井を見て、即座に自身の寝室である事に気づく。

 

 起き上がり、背筋を伸ばす。……全身が筋肉痛で凄く痛い。昨日だけで無茶と無理の連続を『かっとビングだ、オレェ!』で乗り越えたんだから、当然と言えば当然か。

 凄い長い夢を見た気がするが、携帯電話で日時を確認してみると一日分の日数経過はしてるので――オレにとっては夢じゃなかったようだ。

 ……多くの人にとっては、夢幻の一日なのが寂しいが――。

 

「って、おいおい……間違いなくアイツの仕業だよな?」

 

 ……どうやら残ったのは記憶だけでは無かったらしい。

 全く、最後にとんでもない置き土産を残して行くとはなぁ。

 

「そんなのしなくても簡単に忘れられるキャラじゃねぇよ、お前は――」

 

 オレの机の上には昨日まで無かった遊戯王デュエルモンスターズのカードの束が丁寧に置かれており――一番上のカードを引いてみると、そのカードは《調律の魔術師》だった。

 

「――とりあえずは」

 

 うん、一体何の材質で出来ているのか、激しく気になる処だが――まずはスリーブを買って、全てのカードにいれてあげないとな――。

 

 

 

 

 転生者の魔都『海鳴市』遊戯王編 ~海鳴決闘都市編~ 完

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ&--/使用デッキ

 あ、作中では描写の無い場面でちょいちょいサイドデッキからの投入&交換が行われているので、デッキの総枚数は『ラスボス』の人?以外一定じゃないです。


「――斯くして転生者の魔都『海鳴市』は平常運転、『神』を凌駕する『超存在』が降りても世は事無しで目出度し目出度しか。……うむ、人選を致命的なまでに誤ったのは認めよう。過ちを認めて次の糧にするのは大人の特権だ」

 

 此処は多元宇宙の果ての果ての果て、遥か彼方に位置する超次元の位相空間――其処に居着いた『魔法使い』は「『混沌』すぎて面白い事は面白かったんだがなぁ」と率直な感想を述べる。

 その『魔法使い』を、豊海柚葉と同じ姿形をした『補正』は心底げんなりとした眼で見ていた。隣にいる『亡霊』はいつも通り何も語らず、静かに佇んでいる。

 

「――それでは被告『魔法使い』、自己批判しながら自供書に血文字のサインをして自害したまえ」

「ふむ、どうして旧ソ連式の伝統芸能なのかな?」

 

 ちなみにこの内約は拷問に拷問を重ねて「私はスパイです」と自供させて自主的に自殺させた事に由来され、自供内容の真偽や本当にスパイかどうかは問題ではない。

 ただ今回のこの例は残念ながら間違っている。今回の『異変』の原因は間違いなく『魔法使い』であるのだから――。

 

 

「事の始まりは以前君に『脚本家として三流以下』と評された事だ。……うん、あの時は聞き流したが、後々になると腸が煮え返るほど腹立たしい評価だと思ってな――ああ、これは私自身が認めているが故の自己嫌悪だと思ってくれ。それで自らの脚本力&黒幕力を鍛えるべく他の次元で練習しようと思ったのだよ」

 

 

 そして自白される次元規模の迷惑行為であり、『補正』は率直に「うわぁ……」とドン引きする。

 

「――それで目を付けたのが『遊戯王』次元、元々カオスな世界だけど、あれの禁止制限の境界を木っ端微塵に壊して解き放ったら凄く楽しくなるだろうなぁと思ってちょいと『魔眼』で殺してみたんだよ。……結果から言えば殺せなかったんだがね。中に12次元の闇をも超越する『隠しボス』が存在しているとは思わなんだ」

 

 被告は「いや、正確には殺した直後に元に戻されたんだが。次元単位の『死』からの『再創造』という天地開闢は実に見応えあった」などと意味不明な供述しており、コイツもう次元の平和の為に屠った方が良いんじゃね?と真面目に危惧する。

 

「あとは見ての通りだ。禁止制限を解き放とうとした黒幕である私を探して『混沌』は此方の次元に足を踏み入れ――その時不思議な出来事が起こって宇宙規模の改変が発生し、何故かは知らぬが転生者の魔都『海鳴市』で『決闘都市(バトルシティ)編』が始まった訳だ。あぁ、あの『混沌』の方は困惑しつつも決闘観戦にそっちのけで初志を完全に忘れ去ったようだね」

 

 『補正』は心底疲れた表情で深い深い溜息をつき――。

 

「……そうだね、僕は『君』の事を『脚本家として三流以下』と評したけど訂正するよ。『君』は脚本家失格だ。三流以下程度に押し留めた僕が愚かだったよ。そして黒幕としては――うん、今回はその役目を見事全うしたまえ」

 

 更に(これ以上無いぐらいの)下の評価を下した直後、この超空間に宇宙単位の『光』と『闇』が現出し――人の形しかしていない『混沌』は当たり前の如く現れた。

 

 

『――あ、こんな処に居やがったか』

 

 

 下手人を発見した『混沌』の反応は極めて険悪であり、『補正』は『亡霊』と一緒にとことこ離れて観戦する。

 

「おや、おやおやおや、よもやこんな次元の果ての果ての果てまで来訪してくるとは誠に恐悦至極。――いやはや実に見事で理不尽な『ラスボス』っぷりだったよ、『主演男優』と『主演女優』が初めての共同作業をしても勝てるかどうか解らなかったからね」

『御託は良い――おい、『決闘』しろよ』

「……むぅ、言葉は不要か。良いだろう。君の流儀で決着を付けてやろうじゃないか」

 

 自分で仕掛けておいてこの言い様である。流石の『混沌』もキレ気味であり、ぐつぐつと身体の構成要素の混沌が煮え滾っている。

 

「所詮は『全盛期カオス』などビートダウンの中での最強であり、井の中の蛙! 今まで君達がやっていたモノが『お遊戯』だった事を私が見せてやろう!」

 

 『魔法使い』は何処からか用意した『デュエルディスク』を左腕にセットし――。

 

「――最強決闘者のドローは全て必然! ドローカードさえ『決闘者』が創造する! 全ての光よ、力よ! 我が右腕に宿り、絶望の終焉を奏でろ! シャイニング・ドロー!」

 

 初手、『魔法使い』は正々堂々と不正行為をする。

 『魔術師』のやったのは超一流『決闘者』が辿り着く境地である、あらゆる運命を切り開く自力でのドローだが、『魔法使い』の場合は堂々と持てる異能をフルに使った、カードを書き換えて好きな初期手札を呼び込む。

 当然、『魔法使い』が自ら選出した5枚の初期手札は――。

 

「私の手札は――馬鹿な!? 《おジャマ・グリーン》《おジャマ・イエロー》《おジャマ・ブラック》《おジャマ・ブルー》《おジャマ・レッド》だと!? 揃ってない処かそもそもデッキに入ってないカードが……!?」

『私の引いたカードは《封印されしエクゾディア》。――今『5枚』のカードが全て揃った』

 

 先行が何方かだったのかは然程問題じゃない次元の『決闘』だったようである。

 

「なっ!? カ、カードを書き換えただとォッ!?」

『私の前でカードを書き換えようとしたからこうなる。――言うまでもないが、《封印されしエクゾディア》《封印されし者の右足》《封印されし者の左足》《封印されし者の右腕》《封印されし者の左腕》が手札に全て揃った時、デュエルに勝利する――ルールを守って楽しく『決闘(デュエル)』! 怒りの業火、エクゾード・フレイムッ!』

 

 この超空間に封印から解き放たれた完全体の《エクゾディア》が顕現し、その無限の力をもって驚愕する『魔法使い』に裁きの鉄槌を下す。

 

「――いわああああああああああああああああああああああ~~~~~っっっっっ!?」

 

 何処かの凡骨決闘者のようにこんがり焼かれ、『魔法使い』は呆気無く撃沈する。

 死なんて疾うの昔に超越した身であるだろうが、命の燃料の一欠片まで燃え尽きて、精神的に完全ノックアウトされたようである。

 

「うん、綺麗にオチたね。『魔法使い』ざまぁ。藪を突いて『混沌』出しておいてタダで済まそうなんて虫が良すぎるんじゃないかな?」

 

 それを見届けた『補正』は心底清々しい笑顔を浮かべ――いつも通り『補正』の隣にいる『亡霊』の変化に気づく。

 

「おや、実は気に入ったのかい? それ――」

 

 無言で佇む『亡霊』の左腕には――『彼』の本体が装着し、また『決闘疾走(ライディグ・デュエル)』の時に一度だけ装着した『デュエルディスク』が取り付けられていた――。

 




 秋瀬直也の使用デッキ

 デッキ枚数46枚
 制限カード5枚

 モンスターカード

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》×3
 《竜穴の魔術師》×2
 《竜脈の魔術師》×2
 《相克の魔術師》×2
 《法眼の魔術師》×1
 《賤竜の魔術師》×2
 《慧眼の魔術師》×1(制限カード)
 《貴竜の魔術師》×2
 《調律の魔術師》×1
 《EMモンキーボード》×2
 《EMドクロバット・ジョーカー》×2
 《EMペンデュラム・マジシャン》×1
 《EMトランプ・ガール》×1
 《EMギタートル》×1
 《マジェスペクター・ユニコーン》×1
 《幽鬼うさぎ》×1
 《増殖するG》×1
 《速攻のかかし》×1
 《エフェクト・ヴェーラー》×1
 《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》×1

 魔法カード

 『ハーピィの羽根帚』×1(制限カード)
 『オッドアイズ・フュージョン』×1
 『ブラック・ホール』×1(制限カード)
 『ペンデュラム・コール』×2
 『貪欲な壺』×1(制限カード)
 『オッドアイズ・アドベント』×1
 『揺れる眼差し』×1
 『天空の虹彩』×2

 罠カード

 『神風のバリア -エア・フォース-』×1
 『奈落の落とし穴』×1
 『蟲惑の落とし穴』×1
 『狡猾な落とし穴』×1
 『激流葬』×1
 『強制脱出装置』×1

 エクストラデッキ

 《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》×1
 《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》×1
 《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》×1

 《氷結界の龍 トリシューラ》×1(制限カード)
 《覚醒の魔導剣士》×1
 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》×1

 《覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン》×1
 《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》×1
 《真紅眼の鋼炎竜》×1
 《No.11 ビッグ・アイ》×1
 《幻想の黒魔導師》×1
 《No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》×1
 《No.39 希望皇ホープ》×1
 《SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング》×1
 《フレシアの蟲惑魔》×1


 『混沌』の使用デッキ(『魔都』バージョン)

 デッキ枚数60枚
 禁止カード36枚(うちエラッタカード8枚)
 制限カード9枚
 準制限カード1枚

 サイドに禁止カード5枚(うちエラッタカード1枚)制限カード4枚

 《光の創造神 ホルアクティ》×1
 《オベリスクの巨神兵》×1
 《オシリスの天空竜》×1
 《ラーの翼神竜》×1
 《ラーの翼神竜 球体形》×1
 《邪神アバター》×1
 《邪神ドレッド・ルート》×1
 《邪神イレイザー》×1
 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》×3(制限カード)
 《混沌帝龍 -終焉の使者-》×1(エラッタ前の禁止カード)
 《混沌の魔術師》×3(エラッタ前の禁止カード)
 《カタパルト・タートル》×1(エラッタ前の禁止カード)
 《処刑人-マキュラ》×2(禁止カード)
 《異次元の女戦士》×2
 《黒き森のウィッチ》×1(エラッタ前の禁止カード)
 《クリッター》×1(エラッタ前の禁止カード)
 《ジャンク・シンクロン》×1
 《八汰烏》×1(禁止カード)
 《幽鬼うさぎ》×1
 《増殖するG》×1
 《バトルフェーダー》×1
 《エフェクト・ヴェーラー》×1

 魔法カード

 『簡易融合』×1
 『心変わり』×1(禁止カード)
 『サンダー・ボルト』×1(禁止カード)
 『強奪』×1(禁止カード)
 『ハーピィの羽根帚』×1(制限カード)
 『大嵐』×1(禁止カード)
 『次元融合』×1(禁止カード)
 『強引な番兵』×1(禁止カード)
 『いたずら好きな双子悪魔』×1(禁止カード)
 『押収』×1(禁止カード)
 『突然変異』×1(禁止カード)
 『ソウル・チャージ』×1(制限カード)
 『強欲な壺』×1(禁止カード)
 『天使の施し』×1(禁止カード)
 『手札抹殺』×1(制限カード)
 『苦渋の選択』×1(禁止カード)
 『死者蘇生』×1(制限カード)
 『月の書』×1(準制限カード)
 『神秘の中華なべ』×1
 『魔力倹約術』×1
 『生還の宝札』×1(禁止カード)
 『早すぎた埋葬』×1(禁止カード)
 『神縛りの塚』×1
 『遺言状』×1(禁止カード)

 罠カード

 『第六感』×3(禁止カード)
 『異次元からの帰還』×1(禁止カード)
 『刻の封印』×1(禁止カード)
 『王宮の勅命』×1(禁止カード)
 『血の代償』×1(禁止カード)
 『神の宣告』×1(制限カード)

 エクストラデッキ

 《旧神ノーデン》×1(禁止カード)
 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》×1(禁止カード)

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》×1
 《ダーク・ダイブ・ボンバー》×1(エラッタ前の禁止カード)
 《TG ハイパー・ライブラリアン》×1(制限カード)
 《幻層の守護者アルマデス》×1
 《アクセル・シンクロン》×1

 《ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン》×1
 《No.107 銀河眼の時空竜》×1
 《熱血指導王ジャイアントレーナー》×1
 《神竜騎士フェルグラント》×1
 《外神アザトート》×1
 《星輝士 デルタテロス》×1
 《星守の騎士 プトレマイオス》×1(禁止カード)
 《FNo.0 未来皇ホープ》×1

 サイドデッキ

 《昇霊術師 ジョウゲン》×1

 《No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》×1
 《No.22 不乱健》×1
 《聖刻神龍-エネアード》×1
 《No.23 冥界の霊騎士ランスロット》×1

 魔法カード

 『ブラック・ホール』×1(制限カード)
 『強欲な壺』×1(禁止カード)
 『貪欲な壺』×1(制限カード)
 『天使の施し』×1(禁止カード)
 『死者蘇生』×1(制限カード)
 『超融合』×1(制限カード)

 罠カード

 『現世と冥界の逆転』×1(エラッタ前の禁止カード)
 『ラストバトル!』×1(禁止カード)
 『血の代償』×1(禁止カード)
 『神の通告』×1





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

???
EX/『物語』に残った最後の謎


 ダイレクトマーケティング(迫真)
 あ、ツイッター始めました。
 https://twitter.com/lui_dci?lang=ja


「――レディースエーンジェントルメーン! お待たせしました紳士淑女の諸君! さぁ『物語』を語ろう、お駄賃は見てのお楽しみさ!」

 

 何処ぞ知れぬ位相空間の果ての果ての果て、完全に呆れ果てる『補正』と沈黙する『蒼の亡霊』という二人だけの奇妙な観客の前で『魔法使い』は仰々しい振る舞いで挨拶する。

 

「……うっざ。『エクゾディア』で焼き尽くされたのに今度は『エンタメ』に目覚めたの?」

「『君』は最近辛辣だね、もう少し言葉を飾り給え。私とて泣きたくなるよ。最初の『基幹世界』では一緒に仲良く焼死した仲だったじゃないか」

 

 それは神咲悠陽の一回目と豊海柚葉の一回目であり、此処にある『補正』の自分は関係無いと言いたげにするも、口を閉ざす。

 言葉にしても嬉々と調子に乗らせるだけである。『補正』は心底げんなりしながら面倒な『魔法使い』の話を聞く事にした。……聞いてやらないと後で余計面倒だと判断して。

 

「……それで。今度は何をやらかしたの? 僕は『君』の事に興味無いんだけど」

「ああ、それは二人の『世界』を邪魔するなという事かな? お熱い事で――まぁ至極どうでも良いから無視するとして、今回の私は単なる語り手さ。私にしか語れない『物語』のね」

 

 ……はて、これは異な事をほざく。此処にある『補正』と『亡霊』は正真正銘規格外の存在であり、物語の外側の存在、舞台裏の住民が故に知り得ぬ物語など存在しない。

 『魔法使い』の顛末だって『補正』と『亡霊』は全知しているのに、これ以上語り草となる話があるのだろうか――?

 

 

「――私達を『基幹世界』から放逐した『元凶』、あの『うちは一族の転生者』の本来の『兄』であり、哀れな『吸血鬼』の物語さ。こればかりは君達でも観測出来ないから興味深いだろう?」

 

 

 確かに、こればかりは実際に『基幹世界』に帰還果たした『魔法使い』にしか語れない物語である。

 『魔法使い』は全てを犠牲にして『基幹世界』に帰還したが、其処は既に『彼』が恋焦がれていた望郷では無かった。めでたしめでたしの喜劇で幕引き。それからどう紡がれるのか、『補正』は不覚ながら興味を抱いた。

 何の反応も返さない『亡霊』とは違って『補正』の興味を引けたと確信した『魔法使い』は邪悪に嘲笑い、勿体付けながら語り始めた。

 ――読者の心を一々逆撫でする当たり、やはり『魔法使い』は語り手としても失格であるらしい。

 

「――私が『基幹世界』に帰還した後、最初に行ったのはその『元凶』の抹殺だ。殺して殺して殺し尽くしたんだが、厄介な事に殺した都度に『基幹世界』の時間が巻き戻る。『直死の魔眼』による死点穿ちすら無意味とは『うちは一族の転生者』の次元さえ超越する宇宙規模の呪いには困ったものだ」

 

 『うちは一族の転生者』が遺した呪いは斯くも強大なモノであり、桁外れの殺傷力を持った『魔法使い』でも殺害不可能と銘打つとは驚きである。

 だが、それは個人に及ぶものであり、環境を改変してしまえば――。

 

「――魂魄を焼き尽くしても無駄、時間遡行しようにも『奴』が吸血鬼に噛まれた直後までしか遡れず、宇宙そのモノを破壊しても平然と巻き戻り、『吸血鬼』を『基幹世界』から放逐した瞬間に宇宙が巻き戻る。全く、哀れな『親友』の置かれた現状には同情するよ――」

 

 読者の疑問を先読みして潰してご満悦の『魔法使い』に、『補正』からの顰蹙を買うが、苛立ちや鬱憤を一先ず置いておいて、それ以上に気になるキーワードがあった。

 

「『親友』?」

「あ、気になった? そうだろそうだろ、気になっただろう! 聞きたい? そうだねそうだね、聞きたいよねぇ!」

「うっさい」

 

 物凄くうざかったので『補正』は一言で切り伏せる。その予想外な一言に『魔法使い』はしょんぼりとする。

 

「……君さ、元の豊海柚葉成分が最近強く出てないかい?」

 

 『魔法使い』が何か遣る瀬無い表情になっているが、『補正』は無視する。『亡霊』は沈黙したまま、そんな二人を静かに眺めていた。

 

「まぁ聞きたくないのなら省くが、私は『彼』が何度も何度も破滅していく姿を見届けて無聊を慰めていた訳だ。永劫回帰で徐々に壊れていく『彼』の姿は格別だった――」

「ずっとそっち見ていれば良いのに」

 

 掛け値無しの本音を『補正』は言い放ち、その言葉に『魔法使い』は嬉々狂々と嘲笑う。……はて、『彼』を喜ばせる言葉を放ったつもりは欠片も無いが――。

 

 

「――そう、それだよ。最近の『彼』は『外側』から見ても数十億年規模で変化無し、退屈極まるから此処にいるんだよ」

 

 

 返って来た言葉は不可解な言葉であり――。

 

「逆転の発想に至ったようだけど、絶対失敗すると思うがね。――今の『基幹世界』は『彼』であり、『彼』は『基幹世界』そのモノであり、永劫に目覚めぬ夢の中なのさ」

 

 と、此処で『魔法使い』は仰々しい演技っぽく礼で「めでたしめでたし」と締めてしまう。

 余りの物足りなさに『補正』はきょとんとしてしまう。

 物語の語り手を自称した癖に中途半端にしか語らないとは何たる仕打ちだと文句言いたげに不満顔になり――。

 

「……其処で終わり?」

「うむ、此処で終わりさ。後は『中の人』の物語だからね、他に相応しい語り手がいるだろうよ――」

 

 

 

 




 ――それは最後を超えた先にある最新の物語、あの『娘』の『兄』の物語。

 ある日、何の予告も予兆も無く、1万人のプレイヤーが遊んでいた『ネットゲーム』に酷似した『仮想世界』に自分の作ったキャラで放り込まれた時、主人公・アリカは別の種類の絶望に打ちのめされていた。
 『彼』のリア友、カイエは腹を抱えながら大笑いする。

「――ネットゲーで自分好みの女キャラ作って悦に浸っていたけどさ、ねぇ今どんな気持ち!」

 その日、男でなくなり、赤髪おさげの少女となってしまったアリカは涙ぐみながら『現実世界』への帰還を切実なまでに誓ったのだった。

 カクヨムにてオリジナル小説、アリカの『楽園』、絶賛連載中です!
 ……作者が血の涙を流しながら宣伝活動に費やされるぐらい、このサイトに読者は存在しない……!

 https://kakuyomu.jp/works/4852201425155003967


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

--/幕間の物語 『魔術師』の辿った聖杯戦争

「……私の辿った『聖杯戦争』の物語を聞きたいとな?」

 

 ――とある昼下がり、レヴィは満面な笑顔でそんな事を聞いた。

 それはこの魔都『海鳴市』で行われた『聖杯戦争』の事ではなく、『魔術師』が『二回目』で体験した、冬木における『第二次聖杯戦争』の事を示していた。

 

「うん! 時代の垣根を越えて召喚された数多の英雄達が覇を競う『聖杯戦争』! それをユウヒはどんな卑劣な手管で切り抜けたのかなって気になって。エルヴィもカンナも知らないようだし~!」

 

 ……自分も『娘様』も結果は知れども、至った過程は聞いた事が無い。

 それを聞くという事は、否応無しに『魔術師』神咲悠陽の最も深い部分を抉る事に等しく、その辺の配慮から聞いておらず――『娘様』に至っては『聖女』との逢瀬など絶対に聞きたくないからだろう。

 

 ――微妙な表情をする主人を眺めながら、エルヴィはこの場にいる自分を含めて7人、紫天の一家(ディアーチェ・シュテル・レヴィ・ユーリ)+ご主人様の使い魔その2の駄犬(ランサーのクー・フーリン)と主人の分の飲み物を用意する。氷を投入したグラスにかんかんに冷えた麦茶を次々と注いでいく。

 

 従来の主人ならば、手の内を明かす事になるので、自分の過去を秘匿しただろう。けれどもあの世界の魔術師なんて類は身内に対してはとことん甘く――。

 

「――冬木での『第二次聖杯戦争』、私が存在しない本来の歴史では勝者が決する事無く全滅し、本末転倒という形で終焉したという。……当然と言えば当然だ、あの『第二次聖杯戦争』には評価規格外の『対国宝具』持ちが少なくとも『2体』以上居たからな」

 

 冷えた麦茶を口にしながら、『魔術師』は嗤いながら話す。

 その邪悪さの矛先は敵対した者達への嘲笑であり、何も考えずに走り抜けた自分に対する自嘲でもあった。

 

「『対国宝具』……?」

「国を対象とする超大規模宝具だ。ランサーのゲイ・ボルクが対人宝具、全力で使って対軍宝具に分類される。……対国宝具となると控えめに言っても核兵器並だと思って良い。そんなのが真正面から衝突すれば『聖杯』諸共砕け散る事だろうよ」

 

 あの世界の宝具の代名詞である『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』すらも対城宝具の分類であり、それを遥かに超える規模の宝具など数少ないだろうし、その破壊規模の広さから使い処が困るどころの話ではないだろう。

 

「……しかもよりによってその『2体』が生前からの因縁持ちと来た。彼等の宿命の対決で冬木の地が完全に灰燼に帰さなかったのは、マスターの魔力が足りなくてその『2体』の霊格を完全に再現出来なかったからだろう。――まぁ土台無理な話だ。冬木の『大聖杯』のような、超抜級の魔力炉心でも無い限り本来の性能は発揮出来まい」

 

 『魔術師』は心底疲れた表情で言いつつ「そもそもそんなのを自前で用意出来るのなら『聖杯戦争』に参加する意味は皆無だがな」と補足する。

 

「――さて、その過程はともかく、その結果を大筋として知っていた私の最優先事項は『聖杯』の器の確保だった。戦略が必ず裏目に出る上に途中敗退が抑止力側から確定している『アインツベルン』なんぞに持たせておくには過ぎた宝だ」

「……うわぁ~、儀式の中核を担う『聖杯』の器を鍛造してくれるのに関わらず一参加者扱いになっている錬金術の名家に対して酷い言い草です!」

 

 どっちが酷い言い草だよ、という突っ込みを『魔術師』は敢えてしなかった。

 

「しかし、戦闘に向いていない魔術師の一族とは言え、流石は冬木の『御三家』の一角。召喚した英霊のクラスは三大騎士の一角のアーチャーであり――さっき言った評価規格外、EX判定の宝具持ちの『1人』だった」

 

 心底不思議そうに「召喚の媒介を入手する為に消費する規格外の資金力はどうやって調達してるのやら」と『魔術師』は疑問を抱く。

 ……はて、アーチャーでEX判定の宝具持ちなど、かの有名な『慢心王』だろうか。確かに彼ならば対国宝具ぐらい何個も所有してそうだが、それを凌駕する対界宝具持ちであり――それならば敢えて対国宝具と強調しないだろう。

 

「ああ、エルヴィ。白紙を何枚か持ってきてくれ」

「はいはいー。何に使うんですか?」

「これが無いと『聖杯戦争』って感じがしないだろうさ」

 

 咄嗟に自室に転移し、白紙を拾い上げて居間に帰還し、エルヴィは『魔術師』に白紙を手渡す。

 『魔術師』は手渡された白紙に魔力を籠めて、薄っすらと表面の一部だけ焼き上げて――現れたのは懐かしの『ステータス表』だった。

 

 

 クラス ランサー

 マスター 神咲悠陽

 真名 クー・フーリン

 性別 男性

 属性 秩序・中庸

 筋力■■■■□ B  魔力■■■■□ B

 敏捷■■■■■ A+ 幸運■■□□□ D

 耐久■■■□□ C  宝具■■■■□ B

 

 

「おー、これランサーの?」

「そうだとも、レヴィ。知名度補正無しで劣化しているのにこのステータスとは、流石はケルトの大英雄だ」

「よせやい、褒めたって何も出ねぇぞ?」

 

 ははは、と気分良く笑うランサーに対して、『魔術師』は邪悪にほくそ笑む。この時点でエルヴィは察した。これはおそらく――。

 

「そしてこれがアーチャーのステータスだ」

 

 

 クラス アーチャー

 マスター アインツベルン

 真名 ?????

 性別 男性

 属性 秩序・中庸

 筋力■■■■■ A  魔力■■■■□ B

 敏捷■■■■□ B  幸運■■■■■ A++

 耐久■■■■□ B  宝具■■■■■ EX

 

 

「うわぁ、何これ? 敏捷と魔力以外、全部ランサーより上だね!?」

「……ケッ、持ち前の性能(ステータス)が全てって訳じゃねぇよ」

 

 「不自然に持ち上げておいてこの始末かよ!」とランサーは即座にやぐされる。

 やっぱり噛ませ犬扱いにエルヴィは内心げらげら笑う。……しかし、随分とふざけたステータスである。特に幸運が。其処の幸運Dランクの駄犬に分けてあげても良いだろうに。

 

「見ての通り、全てにおいて恵まれている。流石は『授かりの英雄』だ。嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい境遇だが――アーチャーの癖に弓を使うとかどういう事だよ?」

 

 心底理解出来ない、と言わんばかりの『魔術師』に、エルヴィと神那は「うんうん」と全力で同意するが、ランサー含むディアーチェ・シュテル・レヴィ・ユーリはきょとんと首を傾げる。

 

「……いやいやいや、何言ってるんだ? アーチャーが弓使うのは当然だろ?」

「何言ってるんだ、ランサー。私の知っているアーチャーとは双剣振り回したり、無尽蔵の財宝を手当たり次第撃ち放ったり、桃色の魔力光で全てを薙ぎ払う連中の事だ」

 

 真顔で返されたランサーは困惑しながら「いや、そんなアーチャーは……あれ?」と、見た事が無い筈なのにキザに笑う赤い弓兵と傲岸不遜に馬鹿笑いする黄金の王の姿を幻視したような微妙極まる顔になった。

 

「――そのアーチャーの真名はアルジュナ、インド古代叙事詩『マハーバーラタ』においても中心格、最も綺羅びやかで何から何まで恵まれた大英雄様だ。……まぁ皮肉はさておき、かの『英雄王』に匹敵する超級のサーヴァントだった上に『宿敵』の存在を感知していて戦意向上までしてやがった」

 

 ……随分と凄い大英雄を持ってきたものである。流石はアインツベルン、戦略が全て裏目に出るが、その意味不明な資金力は脅威である。

 

「私のセイバーにとっては些か以上に厳しすぎる相手だった。神弓『ガーンディーヴァ』から放たれる神技じみた弓撃は此方の守護を易々と貫く――人並み外れた魔力貯蔵量を誇る『アインツベルン』のホムンクルスがマスターだからな、アルジュナが殺人的なまでに高燃費のサーヴァントと言えども、初戦では魔力切れなど望めない」

 

 その時の『魔術師』のサーヴァントは最優のクラスであるセイバーであるが――最高に甘く見積もったとしても10:0の相手。相性云々の問題ですらない不条理な戦力差だろう。

 

「……その時の私のサーヴァントがランサーだったのなら――『矢避けの加護』があるから、あの人外の弓撃にも難無く対処出来ただろうな」

 

 あの対国宝具を使わせなければ勝機があるあたり、流石はクー・フーリンだと『魔術師』は珍しく素直に称賛する。

 普段は表に出さないが、『魔術師』のクー・フーリンの評価は破格と言って良い。敵に回したら最悪であり――実際に最初は敵として現れたが故に『魔術工房』の最奥部で「マジかよ!?」と絶叫したほど――味方なら最高に使い勝手の良いサーヴァントという評価は後にも先にも彼だけのものである。

 

「……おいおい、マスターがオレを褒めちぎるたぁ明日の天気は矢雨か隕石か?」

「お前の往生際の悪さと燃費の良さは元から高く評価してるんだがな。草陰から『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』とか公式認定の最強戦術だろ?」

 

 「いやいや、正面から戦わせろよ!?」とランサーは心底から魂の咆哮を轟かす。勿論、マスターの『魔術師』にはその切実な叫びは欠片も届いてないが――。

 

「でも幸運のランクがA++ですから、ゲイ・ボルクを放っても明後日の方向に飛んで行っちゃいそうですね!」

「この駄猫、オレの槍舐めてるだろ? 放つからには基本的に必殺必中だぞ!?」

 

 必殺必中を謳うランサーに対し、エルヴィは「えぇ~、本当にぃ~?」とこの上無く腹立たしい笑顔でおちょくり、ガチギレしたランサーは「テメェ自身の心臓で試してみるか? あぁん!?」と威嚇する。

 『シュレディンガーの猫』である自身の心臓を刺し穿った処で、痛いだけである。……ただし、内臓という内臓を全て穿ち貫かれる為、相当痛そうである。死なない身としては地味に一番嫌な攻撃かもしれない。

 

「さて、どうだか。何せ相手はあの『授かりの英雄』だ、望まずとも勝利に至る道筋が勝手に齎される運命にある。かの英雄と対峙したからにはどんな不条理が起きても不思議ではあるまい。――ただし、それ故に真に望むモノは得られない。特に『宿敵』との対等な条件での決着など、この見果てぬ夢の舞台でも訪れまい」

 

 くく、と『魔術師』は愉悦まみれの邪悪な笑顔を浮かべる。

 ……ああ、あの大英雄に対して何か壮絶なまでにやらかしたんだろうなぁ、と自身の主人の歪みに歪んだ性根を実感する。

 

「『宿敵』?」

 

 小首を傾げて、レヴィは疑問符を浮かべる。

 

「後で説明する事になるが、アルジュナは生涯の『宿敵』を謀殺に近い形で討ち取った。何から何まで他人にお膳立てされて、まさに『授かりの英雄』の称号に相応しく。それが生涯に渡って最大の悔いになったのだろう」

 

 完全無欠の大英雄における唯一の汚点であり、それが発覚しているからには――自身の主人は容赦無く抉るだろう。

 

「その妄執がかの大英雄の最大の弱点だった。『聖杯戦争』に召喚されたからには如何なる状況からも確実に勝利し得る? はっ、笑わせる。『宿敵』が召喚されていた瞬間、『聖杯戦争』という儀式そのモノが崩壊する最大最悪のハズレ枠だというのに――その執着が故に、アルジュナは『聖杯戦争』においての大原則、基本の中の基本を見落としていた」

 

 この時点で、『魔術師』からのアルジュナの評価は極めて低く、尚且つ悪いと断定出来る。

 如何に優秀な駒でも使い勝手が悪ければ台無しだと言わんばかりに――。

 

「アルジュナにとって、その『宿敵』との対決以外の事は全て瑣末。取るに足らぬ些事であり――その結果、セイバーとの交戦中に、別室で観戦していた自身のマスターを私に討ち取られるという世紀の大失態を犯す事になる。アイツには自身がマスターの魔力で現界する稀人(サーヴァント)であるという自覚が欠片も無かったからな」

 

 ……さて、突っ込みどころが多すぎて何処から突っ込んで良いのか、エルヴィは思い悩む。

 

「……え? アインツベルンの戦闘ホムンクルス達に守られているマスターを単独で討ち取ったんですか? あれって基本的に人外性能で結構優秀だったような?」

 

 サーヴァントと比べれば些細な戦力だが、さりとてその怪力は人外性能。文字通りの肉壁に阻まれるので、アインツベルンのマスターには令呪でアルジュナを呼ぶ猶予が十分過ぎるほどある気がするが――。

 

「心無く技も無い人形なんて案山子も同然だ。それに当時の私は肉体的に全盛期だったからな、令呪を使われる前に斬り殺す程度、容易い作業だった。アインツベルンの大結界は事前に魔眼で焼いてるしな」

 

 当人とその娘を除いて、「は?」と驚愕の声が溢れる。

 

「……全盛期?」

「あれれ、ディアーチェ、気づいてなかったの? お父様の現在の戦闘スタイルは老年期の――『シスター』に長年全介護なんてさせてたから全然戻り切ってないのに」

「んな!?」

 

 驚愕の新事実が発覚した瞬間である。

 ……長年、『シスター』に介護されていた為、2年程度の鍛錬では身体能力が戻らなかったのかと今更ながらエルヴィは気づく。

 

 ――という事は、真面目に主人は全盛期言峰綺礼並か、『埋葬機関』の『第七司教』並の、人間の身でありながらサーヴァントと防戦になるレベルのSAMURAIだったのでは……?

 

「……ただ、マスターを屠ってからが本番だった。アーチャーのクラスには『単独行動』というマスターからの魔力供給が途絶えても暫く自立出来るクラススキルがある。アルジュナは自身のマスターの死を察知した直後、自らの宝具を解放して逃走しようとしやがった」

 

 さしものこれは『魔術師』にとっても予想外の展開であり、忌々しげに表情が歪む。

 敵に対する評価はどれほど苦戦したかに尽きる。その点においてはアルジュナは合格点以上をあげたのだろう。

 

「――『破壊神の手翳(パーシュパタ)』、過去・現在・未来における全世界を悉く滅ぼす事の出来ると言われる神代の神造兵器。数少ない対神特攻の宝具で、マスター死去からの魔力不足を差し引いても城の内部を全て吹っ飛ばすには容易い一撃だった」

 

 物凄くげんなりした表情で「本気で使えば世界を7回滅ぼせるというトンデモ性能だからな、余波で死にかけるとか洒落にならない」と『魔術師』は嘗ての事ながら身震いする。

 

「これは此方のマスター殺しの戦果を無意味にされる最悪の行動だ。恥知らずにも主替えを躊躇無く選択する時点で感服すべき執念だがね」

 

 真っ当な英霊では選択肢にすら無いが、単独行動が出来るアーチャーのクラスに手段を選ばずに実行されるときついものである。

 

「何だ、まんまと逃げ遂せられた訳か?」

「――いいや、令呪でセイバーを空間転移させて、背後から仕留めさせて貰ったよ。マスターを殺した後に消費するとは思わなかったがね」

 

 ランサーの小馬鹿にしたような指摘に対し、『魔術師』は腹立たしく言い返す。初戦で3画しかない令呪の内の1画を使用する羽目になったのは流石に痛手である。

 

「何はともあれ、マスター不在での宝具解放だったが故に破壊規模は限定的だったから、『聖杯』の器を破壊されずに無事確保出来た訳だ」

 

 下手すると此処で『聖杯』が破壊されて儀式失敗する可能性があっただけに、『魔術師』は頗る忌々しそうに呟いた。

 

「首尾良く『聖杯』の器を確保出来たが、初戦にして『セイバー』は瀕死の重傷で魔力枯渇気味、貴重な令呪を1画消費した上に半分以上の魔力を浪費してしまった我等だが――」

「あ、飛ばして下さいね。聞きたくありません」

 

 真っ先に反応して遮ったのは『娘様』であり、不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。

 

「……? いや、一体何で――」

「ディ~ア~チェ~! 『聖杯戦争』で異性のサーヴァントが魔力枯渇に陥ったらヤる事は1つしか無いんですよ! 絶対に、絶対に聞きたくありません!」

 

 両耳を塞ぎながら「あーあー!」と叫ぶ神那の蛮行にディアーチェ達は驚くが、エルヴィは「……あぁ~」と納得行ったような顔をする。

 『魔術師』としても語り難い――もとい、語るには気恥ずかしい事なので、これ幸いと意図的に飛ばす。

 

「……バトルロイヤルの鉄則は相性の悪い敵とは戦わず、他陣営を積極的に潰し合わせる事だ。他陣営同士の衝突を誘発させ、弱った処を漁夫の利で収穫するが最も効率が良い攻略法だが――当時の私は、その、何だ? 若気の至り処じゃないぐらい舞い上がっていて、無謀にも全勢力を自らの手で叩き潰すという正気の沙汰じゃない戦略を取っていた。……結果から言えば大正解だったとは言え、微妙極まる話だ」

 

 『魔術師』は眉を潜めながら「真面目に当時の自分の行動指針が理解出来ない始末だ」と当人さえ信じ難きもののように思い返す。

 何処ぞの人形師が自身のサーヴァントの事を語った時のように、得体の知れぬ『何か』に後押しされていたのだろうか?

 ……そういえば、この世界に召喚されたセイバーと一緒にいた時の『魔術師』神咲悠陽は誇張抜きで惑星すら飲み込む極大災厄を退けており――あの時の主人には秋瀬直也のような、あらゆる不可能を簡単に打破出来る理不尽な『補正』すら感じ取れたのは気のせいだろうか?

 

「とりあえず『アインツベルン』のマスターから令呪を略奪し、1画目は自分の魔力に還元、2画目は『セイバー』の魔力に還元という贅沢な使い方をし――2日目、次の目標を御三家の1つであるマキリ、『間桐』に定めた」

 

 次も『御三家』の一角である――慎重過ぎて動かずに機を逸してしまう事に定評のある『間桐』を、どのような手管で攻略していくのだろうか。

 

「絶賛没落している最中とは言え、冬木の地に根を下ろした魔術師の一族。更には初日で『アインツベルン』が脱落した事により、自身の領域である『魔術工房』に引き篭もって静観の構えに出ていた。己が秘術を存分に尽くした『魔術工房』に侵入して戦闘を行うのはサーヴァントという決戦戦力を以ってしても余りにも無謀だ」

 

 サーヴァントがあれば人間程度の神秘など取るに足らぬが、それでも『魔術工房』は何があるか解らず――。

 

「……そうですねー」

「……ああ、そうだな」

「……この『屋敷』の惨状を見れば自ずと、な」

「……文字通りの無理ゲーですね」

「……嫌だよこんな惨殺空間で戦うの」

「……? その『魔術工房』ごと破壊すればOKなのでは?」

 

 上からエルヴィ、ランサー、ディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリの順で率直な感想を述べる。

 此処に居て『魔術工房』の脅威を実感していない者はいないだろう。……最近は『娘様』も混ざって『魔術工房』の即死級罠を一日一個単位で量産しており、対エインズワース(並行世界の正義の味方)用に連中の使う置換魔術を逆利用して強制介入(ハッキング)し、『クラスカード』を媒介にしてその英霊を狂戦士(バーサーカー)付与で強制召喚、一画のみ配布される令呪を強制発動させてマスターと殺し合わせるというえげつない完全メタが出来たとか。

 

(――あのふざけた『クラスカード』の原理が『自身の肉体を媒介とし、その本質を座に居る英霊と置換する』というエインズワースのお家芸たる置換魔術であり、その置換魔術の効果を阻害せずに最大強化してやる事でサーヴァントの対魔力に引っ掛からずに全戦力を剥奪、同時に現界する限り術者の魔力を馬鹿消費して術者を殺しに来る英霊で事後処理するとか、よっぽど人間の身で英霊の力を扱える反則が気に食わなかったのですねー)

 

 もしも『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』に準じる世界からの転生者、または並行世界からの来訪者が現れたら容赦無く自滅させよう、とくつくつ嘲笑していたっけ。

 

「ところでお父様、少し話を遡りますが――『アインツベルン』と交戦する以前に何人、マスターとサーヴァントの正体が判明していたのですか?」

 

 話を遮り、『娘様』はそんな変な事を聞いた。皆が首を傾げる中、『魔術師』だけは意を得たが如く邪悪に笑う。

 

 

「――5人2騎だよ、神那。『アインツベルン』と『遠坂』のサーヴァントの正体は事前に判明済みだ」

 

 

 7人7騎の『聖杯戦争』において、自分達の陣営を除いて半数以上の情報が既に発覚している事に、一同騒然とする。

 

「はぁ!? ど、どういう事だ?」

「どうもこうも、私はこの『聖杯戦争』に文字通り全投資していたからね。十年掛けで自前の諜報機関を冬木の地に潜伏させて蔓延らせるぐらいするさ」

 

 ディアーチェの驚愕に対し、『魔術師』はさも当然のように答える。

 この『聖杯戦争』中の『魔術師』の行動はセイバーと一緒にいるせいで良く言って千変万化、悪く言って脳筋まっしぐらの行き当たりばったりになっているが、それ以前の『魔術師』の行動理念は既に勝っている場を作る事に終始していたのだろう。

 

「んー? あんな人外魔境で諜報活動して生存出来る稀有な人材なんて居たんですか?」

「諜報活動に魔術的素養は必要無いからな、案外誰にでも務まるものさ」

 

 エルヴィの当然過ぎる疑問は「スパイが目立ってどうするんだよ?」という一言によって解消される。

 魔術師が魔術的な痕跡に敏感かつ警戒するのは当然であるが、一般人など警戒に値しない。……其処が盲点となり、7人7騎の聖杯戦争に組織力を持ち込んで圧倒的なまでの情報アドバンテージを取得するに至る。

 

「――『間桐』のサーヴァント、ライダーのクラスで2騎まで絞れたが、いまいち確定しなくてな。何で『無敵艦隊を打ち破った艦隊司令官』と『古代エジプトの太陽王』の情報が錯綜していたのかが今でも解らないが、其処まで内部情報が筒抜けなのは此方の間者が堂々と諜報活動行っていたからであり――『間桐』のマスターを居間で物理的に爆殺(テロ)って終了だ」

 

 物凄く退屈そうな語り草で「程無くして『聖杯』に脱落した正体不明のままのライダーの魂が注がれたとさ」と『魔術師』は『間桐』について語り終えた。

 

「あ、遂に交戦すらせずにサーヴァント脱落させましたよ!? 『星の開拓者』持ちの最強の格上殺しか大英雄3騎相手取っても勝ってしまうような神王様が台無しです!」

 

 図らずして、此度でも『間桐』は動くべき時に動かずに機を逃し、敗退する事となる。自陣にて静観ではなく、『アインツベルン』陣営を下した直後に仕掛ければ勝機はあっただろうに――。

 

「自ら手を下さずに一組脱落させるという結果は上々だが、この段階で他のマスター達に内部工作員の存在を露呈させてしまうのはかなりの痛手だ。その点では初戦のアルジュナ戦を引き摺っているとも言える」

 

 これによって『遠坂』は自陣に引き篭もるという選択肢を失い、生きているであろう間桐臓硯は内部工作員の特定に全ての余力を費やす羽目となって暗躍出来ずに退場する。

 

「――そして3日目の相手は『遠坂』のサーヴァント。既に正体が判明しているのに後回しにせざるを得なかったのは、このランサーがまたもや『英雄王』に匹敵する超級のサーヴァントであり、私にとって最悪なまでに相性の悪い英霊だったからだ」

 

 アルジュナの事を語った時以上のどんよりとした怨念を以って、『魔術師』は忌々しげに語る。

 

「さっきも出たけど、その『英雄王』って?」

「人類最古の物語である『ギルガメシュ叙事詩』の主人公。人類の黎明期に、後に伝説として語り継がれる全ての宝具の原型をその蔵に納めた半人半神の『英雄王』ギルガメッシュの事だ。傲岸不遜で唯我独尊、おまけに傍若無人の暴君だが、まともに活用出来るなら参戦した瞬間に勝利が確定してしまうような反則(チート)だ」

 

 レヴィの質問に対し、『魔術師』は物凄く嫌そうな顔で答える。事前に情報を熟知していても対処出来ないサーヴァント筆頭であるからだ。

 

「私では到底扱えないな、あの『慢心王』様は。召喚した瞬間に令呪3画消費で自害させる以外の対処法が無い。尤も、あれほどの神格ともなると令呪が通用するかどうか激しく疑問だ。……敵として現れた日には、全てを捨てて逃げ出すしかないな」

 

 ごほん、と咳払いし、『魔術師』は脱線した話を元に戻す。

 

「『遠坂』のサーヴァントの正体はカルナ、インド古代叙事詩『マハーバーラタ』の主人公たるアルジュナの『宿敵』、『授かりの英雄』の対極に位置する『施しの英雄』だ」

 

 

 クラス ランサー

 マスター 遠坂

 真名 カルナ

 性別 男性

 属性 秩序・善

 筋力■■■■□ B  魔力■■■■□ B

 敏捷■■■■■ A  幸運■□□□□ E

 耐久■■■■■ A  宝具■■■■■ EX

 

 

「おー、さっきのアルジュナに匹敵するぐらいすっごいねー。でも幸運低すぎない?」

「ランサーたる者、幸運Eは基本中の基本だ」

「ひでぇ言い掛かりだなおい!?」

 

 ランサーの反応に対し「大体テメェは何で勝手に幸運Dになってるんだよ!?」「そんなのオレが知るかよ!?」といつものやり取りをする。

 この通り、ランサーのクラスとは自害クラスと言われるほど幸運に見放されたクラスである。独断と偏見は認める。

 

「……というか、逸話的にEで済むのかってレベルの悲運さだがな。文字通り数多の呪いによって雁字搦めにされて身動き一つ取れなくなってから仕留められたというのに」

 

 そう語る『魔術師』に嘲笑の色はなく、その貌に鬼気迫る怒気が色濃く浮かぶ。

 

「このステータスを見る限り、マスターがアインツベルン並の魔力貯蔵量を持ってない限り在り得ないのだが、当代の三代目『遠坂』当主は其処まで優秀な魔術師ではなかった。突出した才覚の持ち主である二代目当主と比べて余りにも凡骨、それこそ三代目相当でしかなかった。……魔術の世界における三代目の血の積み重ねなど取るに足らぬ些細な歴史だ」

 

 適度に敵マスターの事を取るに足らぬ凡才とディスるが――。

 

「本来ならば最高なまでに燃費の悪いサーヴァント故に、全力を出せない。出せたとしても一瞬程度の魔力放出でマスター側の魔力が枯渇してしまうほどだ」

 

 元々強大であるが故に全力を出せない代表例であるカルナを、『魔術師』は畏怖を以って最大限に評価する。

 

「ただ、このステータスを見る限り――その霊格がほぼ万全に再現されている事から、ただの魔力を籠めた通常斬撃で大山を跡形無く焼き尽くす太陽神の如き暴威も可能と見るべきだろう。令呪による補助があれば尚更だ」

 

 そんな神々の王の威光を体現する大英雄と一騎打ちなどしては幾ら生命があっても足りないだろう。……主人からまともに戦うという選択肢が最初から消え去っている気がする。

 

「おまけにコイツは神々すら破壊出来ない防御型宝具である『黄金の鎧』を生来より纏っている。破壊不能の上にダメージ9割削減、致命傷に近い傷も瞬時に回復する高い自己治癒能力も備えて厄介極まる。――呪いによって性能が削がれてないカルナはアルジュナの万全を凌駕している。流石は『不死身の英雄』だと言えよう」

 

 もうこの時点でカルナの事をアルジュナ以上に評価している事は明白であり、『魔術師』はげんなりした表情で「インドマジぱねぇ」と締めくくる。

 

「……まぁ抜け道はある。内側からの攻撃だけは防御の対象外だから、ランサーの『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』ならカルナすらも一撃で仕留められるだろう。――尤も、贓物という贓物を穿ち貫いても即死せず、意思だけで行動するだろうがな。全く『槍使い』の生き汚さには驚嘆すら覚える」

 

 必殺必中を謳うランサーが「はぁ?」と困惑する最中、『魔術師』は麦茶を一気飲みし、無言で空の器にお代わりを要求する。

 エルヴィによって注ぎ終わったグラスをまた掴み、喉を潤す。……色濃い疲労感が滲む顰めっ面は、カルナによって飲まされた苦渋が滲み出るかの如くだった。

 

「良いか? ランサーのクラスのサーヴァントを令呪で自害させる時はただ『自害せよ』だけでは簡単に死んでくれない。自ら心臓を穿った後に此方の心臓を穿ちに来るだろう。なので『全身全霊を尽くして消えるまで自害し続けろ』と命じて完全に消滅するまで油断しない事だ」

「何の講釈だよそれェ!?」

 

 ……確かに。このランサー、クー・フーリンもあの有名な「――令呪を以って命令する。自害せよ、ランサー」で自身の心臓を問答無用にゲイ・ボルクで穿ち貫いて倒れた後、その命令を下した元マスターの心臓を穿ち貫いている実績がある。

 カルナのクラスもまたそのランサーであるからには――。

 

「あっ、オチ解っちゃいましたよ。カルナさんを何とかして自害させたんですね? ランサーのクラスの伝統です!」

「いやいや何だよその嫌な伝統はァ!?」

 

 何処ぞの光り輝く貌の美丈夫は『自己強制証明』を発動させる代償に自害させられ、エルヴィの親吸血鬼の串刺し公は月の聖杯戦争で自分から自害し、何処かの聖杯大戦では自害どころじゃない悲惨な結末となったり、ランサーのクラスと自害は切っても離せない関係であるのは明々白々である!

 

「……何でさん付けなんだ? まぁ結論から言えばそうだとも。アルジュナと同じく、インドの大英雄と真正面から戦うなんて馬鹿らしい――アルジュナとは違って、何が何でもマスターを絶対に護り抜くカルナは私にとって天敵たる存在だ」

 

 此処でやっと『魔術師』は邪悪に嘲笑う。

 

「『聖杯戦争』に参加するなら、大事な身内は海外に避難させておくんだね。『遠坂』の跡取り娘を拉致して人質にし、令呪を使用して自身のサーヴァントを自害させる事を条件に遠坂の血縁に対して永久的に殺害・傷害行為が出来ないという内容の『自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)』を渡したのさ」

 

 何処ぞの『魔術師殺し』の100年以上早くリスペクトするなんて、流石は我が主人、極悪だなぁとエルヴィが感心した直後、「あれ?」と疑問符が浮かぶ。

 

「……? あれれ、ユウヒ。それじゃ『遠坂』に令呪が2画も残る上に『自己強制証明』が成立後、『遠坂』に対して何一つ抵抗出来ずに殺されるんじゃ?」

 

 そう、レヴィすら気づくほどその『自己強制証明』には穴が多い。『魔術師』には似合わぬ不手際さは逆に――。

 

「……はっ、違うぞレヴィ。これは見え透いた落とし穴だ、奈落にまで一直線に続く、な。――性根の腐った貴様の事だ。最初から契約破棄の手段を用意した上で、この見え見えの欠陥を指摘しなければ容赦無く謀殺するつもりだったのだろう?」

「その通りさ、ディアーチェ。君も私の流儀を理解してきたか」

 

 いつぞやに『自己強制証明』に対してボロクソに言っていた事があったからだとドヤ顔で答えようとした矢先、ユーリが「も、もはや以心伝心の域なのですか!?」と泣き出しそうな顔で勘違いしてしまい、ディアーチェは「ち、違うわユーリ!?」と激しく動揺しながら釈明する事となる。

 

「魔術師達にとって『自己強制証明』での取り決めは絶対だが、魔術師の手管など所詮は人間レベルの飯事。――我が魔眼『バロール』は最初から神域の大神秘、その程度の呪いを焼き尽くして破棄するぐらい朝飯前なのさ」

 

 さらりと人間の身で神代の魔術師が持つ『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』じみた事をやってのけるあたり、例外尽くめの型月世界の中でも例外じみた代物である。

 

「――この『自己強制証明』での穴を敢えて指摘するのならば、生存する形で調整してやろうと思ったのだが、裏の裏を考えずにうっかり自害させたね、当代の『遠坂』は」

 

 結局、『遠坂』は遺伝レベルのうっかりで敗退する未来が確定しているようである。

 

「カルナを令呪によって戦わずに自害させ、一人娘を解放して安堵させた瞬間に今代の『遠坂』の素っ首を斬り落とし――此処からが『施しの英雄』の本領発揮だ、嗚呼、忌々しい……!」

 

 自身の外道極まる悪逆非道の行いを棚に上げ、『魔術師』は全身全霊で吐き捨てる。

 

「カルナを召喚したのは今代の『遠坂』ではなく、実はその一人娘の方であり――言うなれば今代の『遠坂』は娘から令呪を譲り受けた仮のマスターに過ぎない」

 

 ああ、だからマスター絶対護るマンからこんなにも簡単に騙し討ちされたのかとエルヴィは納得する。

 

「後の禍根を断つ為に残った一人娘の方を殺そうとして出来なかった。精神的な問題ではない。物理的な問題でだ」

 

 カルナがサーヴァントとして大当たりなのは、その超級の性能だけでなく――どの聖杯戦争においても、如何なる状況に陥っても、自身のマスターを必ず生還させる事にある。

 

「――2つの要因。それは令呪を以って自らの心臓を貫いて自害したカルナが立ち塞がった事。霊核が打ち砕かれ、既に致命傷を負って一秒足りとも現界出来ない身で、全ての不条理を自らの意思で退けて、な」

 

 殺して蘇る程度なら何処ぞの狂戦士でも出来るが、本当に殺しても死なない不死身っぷりにはお手上げである。

 

「――そしてもう1つは、カルナは自らの『黄金の鎧』をあろう事か、その一人娘に施しやがった。この私が魔眼を使用しても殺し切れない人間が誕生した瞬間だ」

 

 嘗ての出来事ながら、『魔術師』は表情を歪ませて激怒する。

 

「未熟なマスターと致命傷を負ったサーヴァント、されども戦えば勝利どころか逆に敗退すると確信した。屈辱的だが、カルナの要求を全面的に飲んだとも。その一人娘を殺さずに生存させる道筋を確約させられた訳だ」

 

 絶対的な勝者が敗者の意を全面的に汲むなど敗北以上に無惨な事だ。『魔術師』はグラスを傾け、未だに溶けずに残る氷を八つ当たり気味にガリガリと噛み砕く。

 

「? 一時的な虚言を弄したの?」

「いいや、レヴィ。カルナ相手に偽証や虚偽は不可能だ。奴は事の真贋を一目で見抜き、隠された真実を白日に晒す。だからこそ『自己強制証明』でも騙し抜ける私が制約・戒律無しの空約束を死ぬまで護る羽目になった」

 

 疲労感を漂わせながら『魔術師』は深い溜息を吐いた。

 

「……まぁ一人娘の方には新たな『自己強制証明』で縛りに縛ったがね。遠坂家は末代まで私個人に対して絶対服従・敵対行為及び利敵行為の永久禁則が施されてる」

 

 『自己強制証明』に意図的に用意した欠落の意味に気づけず、うっかり失敗してしまった遠坂家は末代まで負債を背負う事になるが、その唯一の対象である当人は死去している為、この世界では関係無い話である。

 

「……ちなみにカルナの消滅が確認されたのはこの聖杯戦争の最終日である7日目、最後の敵対サーヴァントを葬った直後の事だ」

 

 致命傷を負いながら、あらゆる摂理に逆らって現界し続けた驚異的な意思の強さに、誰もが驚愕する。

 『魔術師』がカルナをアルジュナ以上の難敵と評価するには十分過ぎる成果だった。

 

 

 ……さて、此処で語らないが、このタイミングで大事件が生じた。

 宝石剣の設計図を拝見している時、セイバーが誤って愉快型魔術礼装に触れて契約してしまい、非常にあざとい神風魔法少女になってしまう大事故があったが、記憶の底に沈めようと『魔術師』は固く決意する。

 

 

「――4日目、御三家を打ち破って残り3組となった。そろそろ我々を打ち倒す為だけの大連合でも組まれそうな気がしたが、捕捉していた2人のマスター、外来の魔術師で『時計塔』有数の名家出身とかだったが、それらの死が確認された。ご丁寧に令呪が奪われてな」

 

 『魔術師』は心底残念そうに「……マスターが『時計塔』の魔術師のままならちょろかったのに」と恨みがましく吐き捨てる。

 

「そして、その直後に襲来してきたのはキャスターとバーサーカーの2騎だ。キャスターの腕にはご丁寧にも令呪が6画刻まれていた」

 

 

 クラス キャスター?

 マスター キャスター?

 真名 ????

 性別 男性

 属性 ??・?

 筋力■□□□□ E  魔力■■■■■ A++

 敏捷■■■■□ B  幸運■■■■■ A++

 耐久■□□□□ E  宝具■■■■■ A++

 

 クラス バーサーカー

 マスター キャスター?

 真名 ???????

 性別 男性

 属性 混沌・狂

 筋力■■■■■ A  魔力■■■□□ C

 敏捷■■■■■ A+ 幸運■■□□□ D

 耐久■■■■□ B+ 宝具■■■■■ A

 

 

「うわぁ、何かもうステータスだけでも物凄いね!? てか、どうしてキャスターに念を押すように『?』が?」

 

 これまでの表記とは違い、キャスターにだけ『?』が付属しており、不思議に思ったレヴィが尋ねると――。

 

「あれは絶対何か、いや、何もかもおかしかった。明らかに通常のサーヴァントとは格が違った。クラスという器に押し込められて劣化しているのが常だが、一切劣化せずに全盛期以上の状態というか――神霊級というのは得てしてああいう理不尽の権化なのだろうな」

 

 遠い記憶を語るように「本来ならば神霊級の存在など召喚出来ない筈なのにな」と『魔術師』はぼやく。

 アルジュナやカルナと比べて反応が若干薄く、どうも強い印象を抱いてない様子である。

 

「……それに、バーサーカーのクラスというものは元々、弱い英霊を理性を犠牲にする事で補強するクラスなんだが、正体は解らずとも大英雄級の英霊だったのでな――色々と規格外なバーサーカーにセイバーが完全に抑えられ、私は1人であのキャスターと対峙する事になる」

 

 淡々と説明する『魔術師』から負の感情が一切滲んでおらず、此処に居る全員が首を傾げた。

 

「これは聖杯戦争において絶対に遭遇してはならぬ事態だ。人間では英霊に太刀打ち出来ない。人類の尊き幻想である英霊は、最初から人間の扱う魔術より上の存在なのだから」

 

 そう、言っての通り、絶対に遭遇してはならない詰み状況であるのだが――その語り草に危機感は皆無、あくまでも『魔術師』は他人事のように語る。

 

「――ただし、キャスターは配役を違えた。私にバーサーカーを仕向けて、セイバーの足止めに専念すれば完全勝利出来たのにね。キャスターが使役する奇妙な『使い魔』達ならば十分可能だっただろうに」

 

 軽い口調で「未だに正体は解らないが、喋る柱とか笑えるぐらい奇抜だったぞ」と『魔術師』は笑う。

 

「……え? あれ? 話の流れ、何かおかしくありません? あのセイバーさんがご主人様が殺害されるより早くバーサーカーを仕留められるとは思えないのですが?」

 

 どういう訳か、苦戦すらせずに打開してしまったような、そんな軽い調子が見え隠れしていて「流石にそれは在り得ないですよねぇー」とエルヴィが尋ねると――。

 

「? 私があのキャスター?を斬り伏せるのが先だったぞ」

「何平然と人間の身でサーヴァント殺しの偉業を成し遂げているんですか!? 先程自分の言った言葉を思い出してくださいまし!」

 

 ……ああ、やっぱり、我が主人の全盛期は正真正銘の人外だった……!

 

「例外だらけの型月世界出身の私に言う事か? キャスターのクラスに魔術で対抗するなど馬鹿らしいにも程がある。なればこそ武芸で斬り伏せるのは真っ当な勝ち筋じゃないか。例えそれが全判定で万に1つの確率を潜り抜け続けなければ到達出来ない勝機だとしてもな」

 

 ……何だか、全ての幸運判定でスーパークリティカルを出す勢いであり――当人が天元突破するぐらいはっちゃけてしまうから、『魔術師』神咲悠陽における最強のサーヴァントはジャンヌ・ダルクに他ならないのでは、という疑惑が脳裏を過ぎる。

 

「幾千幾億の死線を潜り抜けて、その場で開眼し命名した魔剣『死の眼』によってキャスターを斬り伏せたとさ。……印象が薄いのは仕方ない。セイバーが言うには見る者を映す鏡のような性質だったらしいが――」

「ああ、それじゃご主人様のように邪悪な印象でも抱いたんですか?」

「いいや、あれに対して何も。そもそも見てもいないし」

 

 ……つまりこれは、その時の主人は敵サーヴァントすら眼中に無く、狂える愛の衝動を以って全てを蹂躙し踏破したに過ぎず、精神的に『狂戦士(バーサーカー)』状態だったのでは無いだろうか……?

 

「まぁキャスターを脱落させたは良いが、死に際に6画の令呪を以って――我等との交戦状態に限ってバーサーカーが『受肉』するように仕向けられてな、マスターの魔力枯渇という弱点が無い状態のバーサーカーと耐久戦に突入する事となる」

 

 むしろ置き土産のバーサーカーの方が苦戦したと言いたげであり、余計正体不明のキャスター?に対する哀れさを強める。

 

「……正体は最期まで解らなかったが、あのバーサーカーはさぞかし名高い大英雄だったのだろうな。潔さの対極に位置する生き汚さが気に食わなかったが。――2日間に渡って何度も仕切り直しながら延々と削り合う羽目になった。狂戦士特有の我が身を省みぬ即死級の猛攻を何度も防ぎながらな」

 

 狂化して生前の業は喪失していただろうが、時として圧倒的な暴力は技を凌駕する。……当人感覚で簡単に斬り伏せたキャスター?より評価が高いのは余りにも皮肉じみていた。

 何処ぞの生き汚い事に定評のあるランサーは「ソイツは災難だったな」と軽く受け流す。

 

「最終的に『間桐』と『遠坂』から奪い取った令呪5画を消費し、漸くバーサーカーを討ち取った。――真の悪夢の始まりは此処からだった」

 

 途端、『魔術師』の表情が鬼気迫るほど険しくなる。今日一番の険悪っぷりに全員が驚く。

 

「え? あとはアサシンのサーヴァントだけっしょ? 暗殺者なんて正面から挑めないただの雑魚でしょ」

「そうですね。師匠の陣容から言えば、既に消化試合では?」

「甘いな、レヴィ、シュテル。アサシンのサーヴァントに他のサーヴァントをぶつける事が出来たのならば、一方的に打ち勝てるだろうよ。アサシンはその名の通りマスターしか狙わないがな。――これを見れば、この『聖杯戦争』におけるアサシンがどういう存在だったか、否応無しに解るだろう」

 

 

 クラス アサシン

 マスター ?

 真名 ?

 性別 ?

 属性 ??・?

 筋力□□□□□ 不明  魔力□□□□□ 不明

 敏捷□□□□□ 不明  幸運□□□□□ 不明

 耐久□□□□□ 不明  宝具□□□□□ 不明

 

 

 そして『魔術師』が最後に開示したアサシンの情報欄は、全て不明であった。

 

「……あれれ? 全ステータスが不明だけど?」

「そりゃそうだ。このアサシンは唯一度も知覚出来ず、最初から最期まで正体不明の暗殺者だったからな」

 

 「えぇ!?」とレヴィは驚嘆する。

 

「基本的にアサシンのサーヴァントの持つ気配遮断スキルは攻撃態勢に移行すれば低下する。初撃の暗殺さえ凌げば勝利は貰ったようなものだが――あのアサシンは攻撃態勢に入っても発見出来なかった。私の知覚どころか、セイバーの啓示すら引っ掛からなかったほどだ」

 

 物凄く思い悩んだ顔で「おそらくは何処ぞの『神槍』の『圏境』のような、世界と一体化する類のスキルでも持っていたのだろう」と『魔術師』は推測を立てる。

 

「感知不可能の初撃を回避出来た事が奇跡なら、続くニ撃三撃を回避するのも奇跡が必要だろう。躊躇無く令呪を使用し、セイバーごと空間転移して離脱した。一旦仕切り直さなければ間違いなく暗殺されていたからな」

 

 あの『魔術師』にしても「次に聖杯戦争に参戦する機会があるなら、真っ先に全陣営と同盟してアサシンとそのマスターの陣営を容赦無く袋叩きにするとも」と言わしめるほど最悪の敵だと認定する。

 

「僅かな猶予が得られたが、最後のマスターに関する情報はほぼ皆無。正規の魔術師ではない、予期せぬイレギュラーだと断定出来るが――この正体不明のマスターを探し出すのは不可能と判断し、正体不明のアサシンに対する処刑場の構築を優先した」

 

 「……あ、またサーヴァント殺しやろうとしてますよ」とエルヴィは呆れながら言う。

 

「言葉にすれば簡単だ。奇襲される寸前に神咲家が代々伝える決着術式、完全版『原初の炎』を自身を中心にぶち込むだけの作業だ。アサシンを知覚する方法が無いから、そのタイミングは勘頼みだがな」

 

 それは一回限りの殺害手段であり、失敗すれば次は無いという類の初見殺しだった。

 

「マスターにしては偉く大雑把というか、不確定要素が強すぎる大博打だな?」

「あれ、それだと自分諸共焼け死ぬんじゃ?」

 

 レヴィの単純な疑問に、『魔術師』は笑って答える。

 

「其処はセイバーの宝具で自分の身は護るさ。そして私は唯一の安全地帯である私の背後目掛けて魔剣『死の眼』を放った。……魔術も魔剣も手応え無く、何方で仕留めたかは解らないが、『聖杯』にその魂が注がれた事で初めて存在確認という始末だ」

 

 深い安堵の息を零し、『魔術師』は話を締め括る。

 

「――以上が私の辿った『聖杯戦争』の顛末だ。6騎の贄を以って、私とセイバーが最強である事を証明したとさ。めでたしめでたし」

 

 後の顛末は酒に酔った時に話した通りなので『魔術師』は意図的に省く。素面で語るには余りにも苦痛過ぎるのだろう。

 

「……ところでご主人様、どうしてセイバー、ジャンヌ・ダルクは召喚に応じたのです? 本来、かの聖女には『聖杯』に託す望みは無く、だからこそ本来のクラスは『裁定者(ルーラー)』だというのに」

 

 さて、全部聞き届けた後、最後に胸に蟠った疑問をエルヴィはぶつけてみる。

 

「……確かに、セイバーには現世に何の望みも持たない。けれども、遥か過去に捨て去った未練はあった。――それは、私の最初の願いと奇しくも一致していたのさ」

 

 ……それは、結局生涯帰れなかった故郷に対する未練であり――。

 

「だからこそ、彼女は私の召喚に応じたのだろう。けれども、それは自身の未練を晴らす為ではなく――」

 

 ――同じ苦しみを胸に抱き、帰れぬ故郷への帰還を目指して地獄の如き炎の中で狂い踊る『魔術師』に手を差し伸べた。

 その一念を抱いたからこそ、召喚された聖女はルーラーではなく、願いを果たす為にセイバーのクラスで現界したのだろう。

 

「……ホント、馬鹿なヤツ。何が聖女じゃないだ。――うん、私はセイバーの愚かさを二桁以上見誤っていたとも」

 

 懐かしむ声には多種多様の、複雑なまでの感情が籠められており――。

 

「奇跡的な確率を再び掴み取って、セイバーと再会する機会に恵まれたなら――」

「恵まれたのなら……?」

「――其処から先は内緒だ。妄念を堂々と口にするほど若くないからな」

 

 レヴィは不満そうな膨れ面で「えー! 此処まで話しておいてお預けぇ!?」と文句を言うが、『魔術師』は邪悪に笑って無言で受け流す。

 

 

 ――もしも、その在り得ざる千載一遇の奇跡に恵まれたのならば。

 最果ての愚者として振る舞うのも良し。彼女の意思を無視して強引に事を進めるのも良し。

 ただし今度は、悲しみの涙流して見送る結末以外の喜劇を、切に望むだろう――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。