GOD EATER The another story. (笠間葉月)
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Other side's story. (本編を先にお読みください)
Other side's story. No.0


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
えーっと。今回はまあ、見ての通り本筋とは関係ありません。時系列も本編とは違う位置にあります。
で、じゃあ何だこれはといいますと…
活動報告では既に告知させていただいたんですが、現在小ネタ及びショートストーリーの製作を考え中です。
それに関して皆さんに意見を募っているんですが、どうも集まりが悪い。
というわけで、ここは一つ書いてみて反応を窺おうかな、と思いまして。でこのような形となりました。
もっと詳しいことは活動報告よりどうぞ。

それでは、第一回短編スタートです。


御節料理

 

「えっと。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

「……何だ?いきなり。」

 

12月31日。つまりこの国で大晦日と呼ばれる夜を共にすごし、朝起きた俺へ向けて神楽が放った第一声がこれだった。服装もいつもとは違い、着物。というより、晴れ着に着替えている。俺を起こさないようにやったのだろう。

 

「え?知らないの?新年はいつもこうするじゃん。」

「……知らん。」

 

こう言っては何だが、これまでそういう祭事やらとは無縁に過ごしてきた身だ。知る由もない。

 

「うーん……じゃあソーマ、こうやって座って?」

 

膝を完全に折り曲げ、いわゆる正座の姿勢を見せてくる彼女。

 

「いくらなんでも正座は分かるさ。」

「あ、そっか。まあまあ、早く早く。」

 

呆れるように返した俺を鈴でも鳴るような笑い声で急かす。

それを受けて座った俺に、彼女は続けて示した。

 

「で、こうして手をついて……」

「ああ。」

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。って言いながらお辞儀するの。」

 

自分でもやって見せながら説明するのを見る限り、相当慣れているようだ。

 

「……明けましておめでとうございます。」

「そうそう。」

「今年もよろしくお願いします……これでいいのか?」

「うん。完璧!」

 

予想以上のはしゃぎように苦笑する。まあ、喜んでいるならそれでいいか。

そんな新しい知識を得ているところでインターホンが鳴った。ここは神楽の部屋。誰が来ても不思議ではない。

 

「神楽ちゃん。起きてる?」

「あ、はーい。」

「サクヤか。」

「あら?ソーマもいたの?」

「……まあな。」

 

こいつ相手に、昨日からな、とは言えない。何時間遊ばれるか分かったものじゃない。

 

「さてと。明けましておめでとう。今年もよろしくね?」

「はい。今年もよろしくお願いします。」

 

さっきのように繰り返す二人。……知らなかったのは俺だけなのか?

 

「みんなはまだ寝てるかな?」

「いや……そろそろアリサは起きるだろ。」

「アリサなら昨日結構遅くまで起きていたみたいだったわよ?」

「え?そうなんですか?」

 

少し驚いたように神楽が聞き返す。それもそうだろう。昨日帰投が一番遅かったのはアリサだ。

 

「うーん……見に行く?」

「そうね。床で寝てたりしたら大変だわ。」

 

そういう流れで、俺たちはアリサの部屋を訪ねることになった。

 

   *

 

「アリサー、起きてるー?」

 

アリサの部屋の前に着いたはいいんだけど……インターホンを押しても返事がないし、といって押し入るわけにも行かないので立ち往生。サクヤさんはため息をつき、ソーマは既に退屈そうだ。

 

「アーリーサー……おっと。」

 

ノックをしようと出した手が空を切る。……ぎりぎりで止めた手に目が寄っているアリサが視界に入り……

 

「……ドン引きです。」

「う……ごめん。」

 

ジト目の彼女と目が合った。

 

「冗談です。あ、明けましておめでとうございます。今年も、またよろしくお願いしますね。」

「うん。今年もよろしくお願いします。入っていい?」

「はい。どうぞ。」

 

……ここで私は、返事がなかった理由を知ることとなる。

衣類のはみ出した箪笥。一見整理しておいてあるようでよく見るとぐしゃぐしゃのダンボール。四角い部屋を丸く掃いた後。etc.etc.

……はい。

 

「……いつも通りひどいわね。」

 

アリサがキッチンに行ってからサクヤさんが口を開く。ソーマもそれに続き……

 

「どうやればこうなるんだか……」

 

あ、ちなみにソーマの部屋は私が行くようになってからきれいになっているので勘違いのなきよう。

 

「……大掃除にでも来ようかな……」

「やめてあげなさい……彼女の黒歴史が幕を開けるわ。」

「……ですね。」

 

そうこうしている内にアリサがキッチンから出てきた。彼女が手に持っているのはこの部屋に来るといつも出してもらっている紅茶のセット……などではなく。

 

「御節料理作ってみたんです。けっこうおいしく出来たので、みなさんにも食べてもらいたくて。」

「「……!!」」

 

満面の笑みで小皿がいっぱい乗ったお盆を持つアリサ。だがその小皿には本来御節料理として呼ばれる外見を持つものは一つもなく、代わりに何かこの世界すらも超越しているかのような物。そう。物、が盛り付けられていた。

 

「御節……ああ。新年に食うとかいうやつか。言葉としてしか知らねえが。」

 

と、ソーマが完璧なる死亡フラグを立てる。

 

「この蒲鉾なんかは素手でもいけると思いますよ?」

 

と言って彼女が指差すのは、明らかに蒲鉾の固さを凌駕しているであろう毒々しい紫色の塊。ガタガタでありながらもスライスされているところがなんとも……じゃなくて!

 

「そうか。」

 

何も不審に思わない様子のソーマは、それを一口食べ……

 

「……ぐは……」

 

倒れた。

 

「わあああ!そ、ソーマあ!?」

「あ、アリサ!何で作ったのそれ!」

「え?……えっと……サメの鰭で作るって書いてはあったんですけど、サメの鰭なんて手に入らなくて……仕方ないのでグボロ・グボロのヒレを使って……赤が作れなかったので何となく赤っぽいアイテールの毒粉を練り込んだんですが……」

「ふ、二人とも!それはいいからとにかく医務室!」

「は、はい!」

「わ、分かったわ!」

 

これから数時間後。ソーマは目覚め……もう二度とあいつの料理は食わねえ、と誓っていた。

 

   *

 

P.S.

 

「皆さん。明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」




…えっと…どうでしょう?
なんかいつもとそこまで変わらない気もしますが、とりあえずショートストーリーとかはこんな感じになると思います。
詳細は活動報告に書いてありますので、そちらをご覧ください。


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Other side's story. No.1

どうもどうも。何と言うか…時間が経つのは早いもので、世間は卒業式のラッシュですね。
いきなり何を言い出したかといえば、ですね…
例のアンケート(投票者一名…)なんですが、小ネタをやることに決定したんですよ。
とりあえず手始めにこの時期に合ったものを出そうかなあ、と思いまして…
時間設定はGE本編終了の翌年の三月と、同じく一年半後です。


決意

 

「……」

 

任務終わりの昼下がり。私宛の手紙が届いていた。差出人は、エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。エリックさんの妹だ。

……コウタとの初陣で、私が助けた少女でもある。

 

《……へえ……あの子が……》

【うん。】

 

意外ではあるけど、思い返せばどこか納得できる。そんな決意が、文面からは見て取れた。

 

《……ちゃんと、全部伝えたんだよね?》

【うん。この仕事の、辛さも嬉しさも全部。】

 

……たとえ無理かもしれなくても、少しでもお兄ちゃんと神楽さんに近付きたい、かあ……

_

___

_____

 

「エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。」

「はいっ!」

 

エリナちゃんの卒業式。エリックさんから誘われる形での出席だ。

 

「……ここまでで一番はっきり返事しましたね。」

「ああ。」

 

ソーマとエリックさんの間に入る位置で壁にもたれ掛かり、彼女が証書を手渡されるのを見ていた。……誰よりも堂々としていた、と言っても過言ではないだろう。

……それを見て涙しているのは、他でもなくエリックさんだ。

 

「……お前が泣いてどうすんだ。」

「ああ……いや……すまない。」

「やっぱり喜んであげなきゃだめですよ。病気だって治ったんですから。」

「……ああ……」

 

授与が済むと、それぞれが一言言ってからステージを降りる。ここまでずっと変わり映えのしない発言が繰り返されていただけに、私とソーマは帰る準備に入ろうとしたのだが……

 

「……私が今ここにいられるのは、両親とお兄ちゃん。それに、ある神機使いの方のおかげです。」

 

ステージ上から聞こえたエリナちゃんの声。

 

「……私?」

「だとは思うが……」

 

ソーマと顔を見合わせつつ、彼女の言葉が続くのを待った。

 

「病弱で、ろくに逃げることも出来なかった私を必死で守ってくれたこと、絶対に忘れません。」

「……あ……」

 

言いながら、涙を拭った。

……上げた顔が向けられた先は、完璧に私がいる方向。

 

「この学校にいられたこと、この学校を卒業できること、全部に感謝しています。」

「エリナのやつ……校長まで困ってるじゃないか……」

「はっ。お前の妹らしいじゃねえか。」

 

驚きが張り付いていた顔に、徐々に笑みが浮かんできた。……今更ではあるけど、私はこの子を守れたんだなあ、って思えて……

 

「……私の夢は、その人みたいに誰かを助けられるようになることです。」

 

気が付けば、彼女に向かって親指を立てていた。

 

「たとえその夢が無理かもしれなくても、少しでもお兄ちゃんと神楽さんに近付いてみせます。」

 

……実名が出された瞬間、私は悟った。この話し手に見られつつ親指を立てているどこかの腕輪のない神機使いの誰かさんは、この後しばらくここから動けないだろう、と。

……居住区の情報屋、万屋が流した私の情報のなせる技によって。

_____

___

_

 

《あの時は驚いたよねー。》

【そりゃあねえ。】

 

……適合する神機が見つかった。エリナちゃんからの手紙の内容は、それが主なところだった。

絶対神楽さんみたいに、誰かを助けられる神機使いになります、だそうだ。

 

【……私のあれって助けるに入るのかな?】

《いやいや。どっちかって言えば無理を通しまくった結果でしょ。》

【やっぱりそうだよねえ……】

 

初めてヴァジュラと戦って、ぼろぼろになって。ソーマに背負ってもらいながらアナグラに帰った。そんな外部居住区防衛戦。

 

《まあいいんじゃない?助けたことは助けたんだし。》

【……そんなもんかなあ……】

《そんなもんでしょ。》

 

初めて誰かを守った日だった。今でも、私の中でかなり重要な意味を持つものの一つ……というより、一つの要石に近いものと言えるだろうか。

 

《……これで第一部隊に来たりしたら、面白いね。》

【……それ……たぶんがちがちになっちゃうんだけど……】

 

何にしても……すこし残念だ。この仕事に就くってことは、少なからず自分を身の危険にさらすこと。正直なところ、彼女の家ならば神機使いになることを強要されることはないのだから、この仕事はやめた方がいい……そんな風に言いたい気持ちがあることは否めない。ましてやここは激戦区だ。その危険度は跳ね上がる。

……今になって、もっと強く危険性について説明するべきだったのかな、って思っている自分もいるらしい。

 

《何言っても、やめないと思うよ?》

【……私もそう思う。】

 

……神楽さんと一緒に頑張れること、すごく嬉しいです……か。

 

【よっし!がんばろっ!】

《あれ?いきなりやる気出したね。》

【考えてもしょうがなさそうだし。】

《……はいはい。》

 

……私が救った命が、今度は別の誰かを救うために動こうとしている。どうしてか分からないけど、それが少しだけ嬉しく感じられた。




…小ネタというか何と言うか…まあ、エリナの入隊時期などの考察も含めている感じです。
とりあえずこのような形で出していく予定の「Other side's story. 」なんですが、次の投稿が行われた際に最上部へ移すようにしようと思っております。ちょうど御正月ネタがあるところです。

さて。次回からは「the second break」の内容になるんですが、アーサソールの設定改変がひどいのでマリーは出ません。原作での時間設定は2074年ですが、そちらも変更します。予めご了承ください。
…ちなみに…たぶん今までにないくらいの亀更新が続くかと…申し訳ありません。

それから、小ネタの内容で何かやって欲しい、と言うものがあれば何でもお申し付けください。できる限りやっていきたいと思います。

それではまた次回お会いしましょう。


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Other side's story. No.2

お久しぶりでございます。
今回は番外編。時系列としてはジャヴァウォックの出現前となります。
…いい加減神楽の弱点でも書いておいたほうが良いかなあ…という…


 

弱点?

 

アリスを追いながら欧州を転々……とする中、たまたま本部を拠点とすることになった。

本部、と言うだけあって、ここには各地の支部の最新の情報が届いている。当然その中には極東支部の情報もあるわけだ。

 

「皆さん。極東の情報、持ってきましたよ。」

 

彼は真壁テルオミ。神楽達がグラスゴー支部で会ったというハルオミの弟だそうだが……そのハルオミっからして私は知らないわけで。何かものすごく似てるらしいけど……

 

「……またずいぶんと……」

 

とにかくそのテルが持ってきた資料……まず驚いたのはその量。一年ぶりに仕入れた情報とはいえ、これほどとは思ってもいなかった。

サテライト拠点、感応種、赤い雨……大きなものはこんなものだけど、その他の小さな部分まで考えたらかなりの数だ。特に新型アラガミはずいぶん確認されているらしい。……さすが激戦区……あなどれないなあ……

 

「……うっ……」

 

その新型の情報を見ながら呻く神機使いが一名。神楽である。

 

「何?」

「これ……」

 

彼女が示したのはドレッドパイクと呼ばれる新型アラガミのレポート。角を持った甲殻類のようなアラガミで、戦闘力はかなり低いとのこと。

……その程度のアラガミに対して彼女が懸念する理由は……

 

「……角のある虫みたいだな。」

 

……あった。

 

「何だ?何かあったのか?」

「おう。姉上。いやもうけっこう面白いことが……」

「リンドウさん!ネタにしないでくださいってば!」

 

角のある虫型……それがすでに、神楽には地雷だった。

 

「もうかなり前だよな?」

「神楽がソーマと結婚してすぐの頃だったし……三年前じゃない?」

 

……そういえばあの時はかなり笑ったなあ……

_

___

_____

 

ある日のアナグラベテラン区画。

何人かが集まってちょっとした座談会が開かれていた。まあ自販機の前のソファーに座ってわいわいしながら、比較的弱めの新型アラガミであるヤクシャ対応策を練る、っていうラフなものだけど。

私とソーマとタツミとヒバリ。まあ、メンバーからしてあまり会議に向かないメンツだ。ソーマは一人黙々とその新型のデータを読みつつ会話に入る程度だし、タツミとヒバリは今度のデートはどこに行くかの相談を始めようとすらしている。

 

「きゃあああああ!」

 

そんなとき、アナグラの外にまで聞こえそうな悲鳴が響いた。……が、その声の主が分からない……というより、声には聞き覚えがあるものの……はっきり言ってさっきの悲鳴を上げるような人物とは思われなかったのだ。

その四人の中で、ソーマだけがさらっと……

 

「……ったく……」

 

彼の声に続くかのように奥の扉が……神楽の部屋の扉が開かれ、涙目の第一部隊隊長殿がすっ飛んできた。

……当然、ソーマの背中にに張り付いて喚くわけだ。

 

「虫!虫ぃ!」

 

……

 

「「「……え?」」」

「だから虫っ!」

「……はあ……」

 

ぶんぶんと自分の部屋を指さしつつ腕を上下に……って、たかが虫で叫ぶような玉じゃあないはず……

 

「何だあ?」

 

頭を掻きつつ神楽の部屋へ入ったタツミ。間もなく出て来た彼が持っていたのは……

 

「珍しいなあ……カブトムシだぞこれ。」

 

長短一本ずつの角を持った分厚くて黒い虫。紛れもなくカブトムシだ。

アラガミの出現以降外で見ることはほとんどなくなったが、今でも一応絶滅はしていない。

……でもって、普通は騒がれない虫である。

 

「どっかやって!外!外っ!」

 

……普通は、騒がれない。

 

「お、おう……」

 

エレベーターのボタンを押したタツミ。仲良くにその横に付いたヒバリとこそこそ話しているのを見る限り……うん。察しようか。

到着したエレベーターにコウタとすれ違いで乗り込みつつくすくす笑い続けている……のも察しよう。

で、降りてきたコウタはといえば……

 

「おっす。……て、どしたの?」

 

……腕にカマキリを止まらせていた。

 

「コウタ……それ隠した方が……」

 

嫌な予感しかせず、彼にカマキリを隠すよう伝えたものの……それより神楽の方が早く気付いて……

 

「あ、カマキリ……どこにいたの?」

 

あろうことか彼の腕から手に乗り移らせ、威嚇する姿を見て笑い始めた。

 

「……分からない……」

「えっと……ど、どしたの?」

 

この日、私は神楽の謎の生態を発見したのだった。

_____

___

_

 

「で、後でソーマに聞いたところ……昔寝起きにカブトムシの角が耳に入ったことがトラウマになっていたとか何とか……」

「言わないで!ほんとにトラウマだから!」

「……意外な弱点だな。」

 

しかもカブトムシはアウトでクワガタは大丈夫と言う……角のある虫、がトラウマなのが良く分かる例だ。

 

「俺は後でタツミから聞いたんだが……アナグラの全員が知ってるんじゃないか?」

「……たぶん。」

「ひっ、広めたの!?」

「そりゃまあ……ねえ。」

 

世界最強の神機使いに勝つためにはカブトムシの一匹があればいいなんて……こんな面白い話はない。ネタにするなと言う方が無理な話だ。

 

「つーより……コウタが広めてたよな?」

「と思うよ?いつの間にかみんな知ってたし。」

 

とは言え……二日後には誰もが知っていたみたいだし、コウタからネズミ算式に広まったのだろう。

 

「あの……そのドレッドパイクなんですが……」

「どうかしたのか?」

 

テルがどこか言いにくそうに切り出した。……予想はつくけど。

 

「あまりの弱さに新人教練の際の討伐対象アラガミにしようという動きがありまして……」

「で、でもまだ極東にしかいないんだよね!?ね!?」

 

神楽が慌てて聞く。何が何でも出会いたくないのだろう。しかも彼女は各地で新人教練を任される身……心中お察しする、とでも言ったところだ。

ただ……

 

「……小型って増えやすいんだよねえ……」

「はい。その例に漏れず、極東から全世界へと爆発的に増加中です。昨日はヒマラヤ西端で確認された、と。」

 

目が虚ろな神楽。……彼女の“角のある虫嫌い”の克服は急務になるようだ。




さて、私事になりますが、21日のTGS2014に行って参りました。目的は当然GE2RBの試遊rom。
十五分の時間制限の中、新要素であるブラッドレイジの練習用であるガルム単体討伐ミッション、新骨格パッケージアラガミであるクロムガウェインとの戦闘ミッション、新武器ヴァリアントサイズでのクロムガウェイン討伐を試して参りました。

では、まずはクロムガウェインから。
ものとしてはカリギュラとガルムを足して二で割り、そこに若干世界を拓く者を混ぜ込んだ感じでしょうか。
背中に付いた腕から刃を出しての攻撃や、回転しつつ飛び跳ねるなどの範囲攻撃などが印象的でした。刃はそこまで長くありませんから、けっこう楽に避けられますね。試遊romということもあってか、攻撃はゆるかったように思います。今のままなら突進以外は気を付ける必要がなさそうです。

次にブラッドレイジです。
画面左にゲージが追加。攻撃するとそのゲージが上昇し、四段階まで溜められるようです。
一段階まで溜まれば、そのゲージの更に左にあるトリガーと呼ばれる部分を下にスワイプ出来るようになり、操作が完了すると画面中央に文字がでかでかと表示されます。これかなり邪魔でした。
その文字が消えると、今度は画面右からアラガミの選択を要求するような表示が。それを左にスワイプすると、また画面中央に文字がでかでかと(ry
またまたそれが消えると、ブラッドレイジ開放のための追加条件を指定するように促されます。選び方は、上と同じ操作の後、右下に表示される決定ボタンを押すというもの。
そこまで終了すると、三秒のカウントダウンが始まります。ゼロになると同時にブラッドレイジ開放のための時間が始まり、アラガミ固有の与ダメージ要求値に加え、先に選択した条件の達成が求められます。
それらを全て達成して初めてブラッドレイジが発動。発動中はスタミナが減らず、アラガミの攻撃のほとんどを無効化。攻撃力の劇的な増加に加え、ある程度の肉質無視が入っているようにも感じました。
何と言うか…いろんなところで改善の余地があるシステムですね。

最後にヴァリアントサイズ。
新キャラのリヴィも使うこの刀身ですが、これまで以上に癖のあるものとなりそうです。
□攻撃はショートとロングの間ほどの速度での四連撃。△攻撃は少しリーチが伸びての前方薙ぎ払いが主体。こちらはバスターより少し速いくらいでした。
そして、Rと□を押したあとの攻撃は、元のそれから全て変化します。
まずリーチが尋常ではありませんでした。だいたいCCの1.5倍ですかね。
そのまま□ボタンを押すと、スタミナを消費しつつ無制限に回転攻撃。△ボタンを押せば真上からの振り下ろしとなります。振ったあとに少し硬直があるようです。
速度はバスターの7割ほど。かなり遅くなりますが、その分威力は高そうです。
あ、ちなみにジャンプ攻撃はあまり使い勝手が良くないですね。正直バスターより扱いづらい点があるように思いました。私がショート使いだからかもしれませんが…

以上でTGSレポートとします。PVを見る限りではこの冬発売のようですし、期待が高まりますね。
それでは、また次回お会いしましょう。


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Other side's story. No.3

…皆さん…バレンタインですね…
私ですか?…いえその…あげる側でももらう側でもないと言いますか…はい…
…駅前ではチョコをもらっている人々を見かけました…不思議です…目から汗が出ます…

バレンタイン番外編。…少しでも寂しさを紛らわせるとしましょう。


Valentine's Day

 

2月初頭。任務の受注カウンターで、アリサさんにあることを頼まれていた。

……アナグラの誰もが知っている食べ物事情がいくつかある。ラウンジで出されるムツミちゃんの料理がとてもおいしい。カノンさんのお菓子料理の腕前はプロ級。エミールさんは紅茶を淹れるのが上手。最近知られたこととして、私はコーヒーを淹れるのが得意……神楽さんとソーマさんはもっと上手。神楽さんに頼めばたいていのものは作ってもらえる。渚さんは実は大食らい……

そして……

 

「あ、あの……どのくらいのものを作るんでしょう?」

 

……アリサさんの料理は、神機使いすら死に至らしめる(誇張)レベルだということ。

そのアリサさんが、アナグラのみんなにチョコを振る舞いたいと言うのだ。要するに、私だって料理くらい出来るんです!と言いたいらしく……

 

「簡単でいいんです!おいしければ!」

 

それなら市販のものを買うのが得策なんじゃ……と根底から覆しつつ答えに窮す私。その横のカノンさんはといえば……

 

「よ、よし!任せてください!」

 

……乗り気だった。

となると私も無碍に断るわけにいかない……のかな?

 

「分かりました。それじゃあ、三人で作りましょうか。」

「は、はい!」

 

……大丈夫……なのかなあ……?

 

   *

 

「えっと、まずはこれを溶かします。」

「はい。」

 

カノンさんが取り出したのはチョコの塊。料理用で売っているものだ。

 

「あ、これを溶かしたやつの形を整えるんですね!」

「……それは無理が……」

「あの……これ、苦いんですよ?」

「……え?」

 

カノンさんが買ってきたのがどんなものなのかにもよるけど、今売っている料理用のチョコとなると……カカオの配合がかなり高いものばかりのはず。ミルクやお砂糖を混ぜるのが普通なわけで……

そのチョコに、アリサさんは手を伸ばしていた。

 

「二人とも何言ってるんですか。売っているチョコが苦いわけが……苦っ!」

「まあ……料理用ですし……」

「これを溶かして、お砂糖とかを入れるんですよ。」

「……」

 

うなだれるアリサさん。……どんどん不安になってきた……

 

「あ、そうだ。ヒバリさんの分も買っておいたんです。……別で作りますか?」

 

そう言って、今溶かしているものよりも小振りなチョコの塊をくれたカノンさん。二人分より少し少ないくらいかな?

 

「え……でも……」

「ここは彼氏さんがいる人優先ですよ。私の分は別でありますし、使ってください。」

「それじゃあ……ありがとうございます。今度、何かお返ししますね。」

 

このあとのことを考えると少し申し訳ないけど……甘えさせてもらおう。

 

「ちなみにタツミさんは、甘めのチョコが好きですよ。昔そう言ってました。」

 

……何も言えない…毎年全員に配っているだけはある……

 

   *

 

「整備頼む。」

「OK。……ってうわあ……ずいぶん暴れたね。」

「俺がどうあれ神機は神機だからな……悪い。」

「大丈夫大丈夫。任せといて。」

 

神機はぼろぼろ。本人はピンピンしてる。ちょっと使い方に文句を言ってやりたいところだけど、基礎部分への損傷はないし……何より神機が嬉しそう……まあ、いっか。

 

「そうそう。神楽から届いてたよ。」

「?」

「お返し、考えておきなよ。」

「……ああ。」

 

……顔がほころんでる……ちょっと羨ましいなあ……

 

   *

 

「だ、大丈夫です!今回こそは大丈夫なんです!」

「し、しかし……これはあまりに……そう……焦げていると言うのではないだろうか?」

「……これはないですよ。いろんな意味で。」

「味はたぶん大丈夫です!」

 

……14日。エントランスでは、アリサさんとエミールさん、エリナさんによる不毛な戦闘が行われていた。

 

「あの……カノンさん。味見ってしたんですか?」

「……食べられなかったです……私と作ってたのに何で……」

 

カノンさんが作ったのは、ミルクチョコ、ビターチョコ、ホワイトチョコの三層に分かれたブロックチョコや、内側がちょっとだけ甘いトリュフチョコ等々……アソートになりそうなほどだ。

 

「もしかしてコウタさんって……」

「……去年、毒牙にかかりましたから……いつもの倍近い任務を受けていきました。」

「やっぱり……」

 

今年の生け贄は、エミールさんとハルオミさん、なのかな……?

 

   *

 

「タツミ。ちょっと来てくれ。」

「どうした?」

 

サテライト拠点……の内、まだまだ装甲壁が出来てない、ってところを、俺とブレ公で警備している。大変ではあるんだけど、やっぱ頑張らないとって思えるし……性に合うんだよなあ。

 

「アナグラから届け物だ。」

「補修素材か?」

「それもある。ただ、お前を呼んだのはそれじゃない。」

「と言うと?」

 

いつかは、ここもアナグラみたいにしっかりした装甲壁が完成する。そうすりゃもっとたくさんの人を収容できるようになる。……それまで、それから、頑張らないとな。

 

「ヒバリからだ。」

「ん?あー!そういうことか!」

「カノンからも、俺達二人宛で来ている。何か返さなければな。」

「だな。何かこっちの特産品とか……何が良いと思うよ?」

「俺に聞かないでくれ。そのあたりには疎い。」

「んじゃあ、二人で見に行ってみるか?……そういやあそこの饅頭屋なんかよさそうだな……」

 

……アラガミがいなくなるまで、戦いは続くのかもしれない。戦い続けていたら、いつかアラガミと共存できる方法が見つかるのかもしれない。考えたくはないが、人類が負けるかもしれない。

それでも……

 

「なあブレ公。」

「どうかしたか?」

「これからもよろしくな。」

「……ああ。」




タツミさん役得。アリサはいつも通り。
ヒバリさんって、コーヒー以外の料理とかにはどこからも言及されていないんですよね。何だかたいていの事はそつなくこなしそうですけど…憧れます。

そうそう。ちょっとばかり、RB体験版で転職しました。
ショート使いのままではありますが、BAを風切から螺旋へ(分かる人は分かるはず。体力を削るという、ハイリスクBAです。)。どうやら螺旋の発動条件が変更されたようで、体力が満タンの時でも使えるようになりました。元々は四割以下でないと無理だったんですよね…楽になったものです。

では、良い?バレンタインを。


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Other side's story. No.4

久しぶりの番外編。時間のないときに繋ぎで…とか考えていたくせに、全く機能していない哀しみ()
なので久々に機能させましょうそうしましょう。
…あ、今回は告知メインです。詳しくは後書きで。


珍種のアラガミ

 

   *神楽の場合*

 

私がそのアラガミを目撃したのは、いつも通りに任務をこなし、帰還用のヘリを待っている時のことだった。

曲がりなりにも研究者を父とし、夫にも持つ身。それなりにアラガミについて詳しい自信はあるし、新種が出てきてもその場で分析できる程度には戦い慣れてもいる。

うん。新種なら。珍種は対象外。

 

「……んー……」

 

何というか、その、うん。何て言うんだろうこれ。

強いて言うなら神機の捕喰顎に似たそのアラガミは、食べるでも襲ってくるでもなく、ふよーんと浮かんでいるだけ。青白い体表は僅かに発光し、ちっちゃいくせに隠れる気がない。

いや、うん。本当に何だろうこれ。ちっちゃいアラガミの目撃情報は前から挙がっていたけど、単純に成長途中のオラクル細胞塊だとばかり思っていた。

……いたんだけど、どう見てもアラガミとして一個体になっているわけで。判断に困る。

そのくせ危険性は全く感じられない。勘ではなく偏食場の分析からしてそう思える。放っといても何もしてこないだろうなあ、と。

 

「ちょっと可愛い……かなあ?」

 

これがアラガミである以上は討伐対象なんだけど……ここで少し考えてみよう。

アラガミは倒したところで個々の細胞となって霧散し、別所で集合した上で新たなアラガミとして再生する。アラガミの根絶が事実上不可能なのはこのためだ。

このアラガミも、コアを摘出すれば同じ流れを辿るだろう。霧散したオラクルには元々取っていた形状や性質が記憶されるものの、再集合した際にどんな形になるかは分からない。集まったオラクル細胞のどれが形質を決定付けるかはランダムなのだ。

だとしたら、だ。

このアラガミを倒さない。他のアラガミを倒し続ける。霧散したオラクルがこのアラガミを形成したら倒さず残す……って繰り返したら、なかなか上手いことにならないだろうか。

 

「そこのとこどう思う?」

 

ほらほら。撫でると気持ちよさそうにしているし。まあ普通の人が触ったらどう考えてもアウトだけど。

とは言え、人を積極的に襲ったりせず、そもそも捕喰欲求がきわめて弱いことを考えれば、このアラガミが席巻するアラガミ社会はなかなか良いものに……

 

「あ、神楽さん。そのアラガミからは貴重なコアが入手できる可能性があります。討伐をお願いできますか?」

 

……させてくれないんですね。はい。

 

   *渚の場合*

 

なるほど。ちっこい。

 

「神楽が言ってたのってこいつかな。」

 

確かに彼女の言うとおり、このアラガミが席巻すればずいぶんと平和にはなりそうだ。人を襲わないと言うだけでメリットがある。

……ただ、何も喰っていないと言うことはないだろう。

 

「何喰ってるの。いったい。」

 

つんつん突っついてみると、遊んでもらえると思ったのか、つつつと足にすり寄ってくる。なるほど。あれで案外可愛い物好きのとこはあるし、この愛くるしさというか何というかにやられたわけだ。

普通の神機使いは気付かれた瞬間に逃げられているって話だし、単純に仲間意識でもあるんだろうか。私も神楽も人よりアラガミって言う方が正しいし。

そう考えると何となく複雑だが、まあ、別にいいだろう。

 

「うわっ。ちょっ。乗るなってば。」

 

なんか器用に登られた。しかもこいつ意外と重い。

振り落とすのもなんだから、としばらく放置していると、背中や肩をうろちょろした後、結局頭の上で落ち着いた。自分が重いことを全く自覚していないらしい。

と言うか女の子の髪の上に平然と乗るな。もてないぞ。

……ああいや、もてないのは別に良いか。アラガミに傾倒したり惚れ込んだり素手でタイマン張ったりするバカには毎度毎度困らされてるし。

むしろちょっと可愛いのが問題。このちっこいのが見たいから、とかいうバカな理由で外に出る奴が現れたら……それは殴って連れ帰ればいっか。

で、当座の問題は今からどうするかであって。

 

「倒すのも忍びないんだよね……って言うかいい加減降りてくれない?」

 

頭の上のちっこいのを突っつくも、全く降りる気配がない。引っ剥がせばいい話だけど、なんかなあ。可愛いしなあ。

けどこいつのコア、他の素材に転用出来るらしいし……可能な限り回収、だっけ?もうしばらく遊ばせてやって、その後は素材になってもらおう。

なんて考えつつ、ふと横に目をやる。そこには光の加減でちょうど鏡のようになったステンドグラス。

 

「……あ、こいつ帽子に出来そう。」

 

この時の発想が、後にアモルを求めて壁外へ、な阿呆を量産することを、私はまだ知らなかった。

 

   *結意の場合*

 

これは所謂、大ピンチなのかもしれない。と言うか大ピンチだ。

総数十七体のアラガミに一人囲まれている。互いに牽制し合っているのか襲ってこないのが救いだけど、それがいつまでも続くわけはない。

というかそもそもこのアラガミはいったい何だろう。黒地に赤の口と目。ドレッドパイクより小さいし、ザイゴートみたいに浮いてるし、オウガテイルよりすばしっこいし、何だかもうよく分からない。

 

「……んと……」

 

先制攻撃?ちょっと厳しい。攻撃範囲を考えれば一度に倒せるのは三体程度。ジュリウスさんみたいに血の力とかが使えるなら話は変わるのかもしれないけど、あんなのまだ出来ない。

となれば、一撃入れた後の隙を突かれ、残りの十四体から波状攻撃をもらうのが関の山。いくら小さいと言ったってこの数相手じゃ適わない。

 

「んと……えと……」

 

防御はもっと無理がある。私の神機の盾はバックラーだから、長時間続けようものならじわじわ削られてしまう。じり貧にすらならない。

逃げる……のが得策?だと思うんだけど、通り抜けられる穴はない上、ジャンプで越えられるほど狭い範囲に密集しているわけでもない。飛んで、ステップして、降りたら目の前に。願い下げ。

……あれ?手詰まり?どうしよう。

 

「結意さん。そのアラガミからは貴重なコアが回収出来ることが分かっています。あちらから攻撃してくることはないようなので、安心して対処に当たって下さい。」

「え?あ、ええ?」

 

攻撃してこない?それはアラガミとしてどうなんだろう。

いや、襲ってきてほしいわけじゃないけど、それはそれでここまで悩んでいた自分が虚しい。

 

「……」

 

意を決してそーっと手を伸ばしてみる。逃げるどころか近寄ってきて、何とも手触りの良い毛並みに出迎えられた。

……可愛い。どうしよう。とっても可愛い。倒したくない。アラガミ全部この子達だけならいいのに。

気が付くと他の十六体も近くに来ていた。すりすりして来てなんとも気持ちがいい……?

 

「え?あれ?の、乗らないで……」

 

のし。のし。

……どさっ。のし。

 

「じゅ、ジュリウスさん!誰かあ!助けてくださあい!」

 

その後しばらく、超巨大アバドンに押しつぶされる悪夢に魘されました。

 

   *ソーマの場合*

 

アモル、アバドン。それぞれ色に違いはあるものの、あらゆるアラガミの素材に転用可能な特殊なコアを持つアラガミだ。

神機のアップデートに不可欠なオラクル素材を自由に精製出来るとあって、その需要は大きい。量さえあれば防壁への利用も可能と、神機使いだけでなく技術部からの回収要請もある。

が、これだけ必要性の高いアラガミでありながら、その数はごく僅か。出現位置も不明瞭。何を喰らっているアラガミであり、かつ何を喰らった結果現在に至ったのか全く解明がなされていない。

……いや、いなかった。

 

「……なるほどな。」

 

榊のおっさんが立てた一つの仮説を実証するため、討伐後のウロヴォロスを放置。その後をしばらく観察した。

相性の問題やその他例外は多くあるものの、アラガミの強弱は大小から大まかに判別出来る。巨大アラガミの筆頭たるウロヴォロスは、その論でいけばかなり上位に位置付けされるわけだ。

もしこいつを喰らうアラガミがいるのなら、そいつはかなりの確率でほとんどのアラガミを捕喰出来ることになる。

例えば、このアモルとアバドンのように。

 

「ったく。どっから沸いて出やがった。」

 

ウロヴォロスの死骸に群がる多数の当該アラガミ。コアを目指して捕喰しているわけでないらしく、各々が思い思いの位置を喰らっている。

アラガミの死骸へ偏食傾向が向き、あまりにも多種の形質を取り込み、袋小路に入り込んだ結果。それがこいつらというわけか。自分で狩りをすることもない、完全なスカベンジャー。ある意味で非常に合理的だ。

神楽はアラガミがこいつらだけになったら、と語っていたが、この様子でそれはない。そうなれば食料がなくなり、突き詰めれば貪食なオラクル細胞でしかないこいつらは、別の物に偏食傾向が向くだけだろう。その後はまた別の進化を遂げるに違いない。

ところで、だ。

 

「……おい。乗るな。」

 

……俺の肩を止まり木にするな。




さてさて。では告知です。

明日、3月15日12時に、GOD EATERコラボ企画「【GE作者合同投稿企画】MMOだよ、神喰さん!」が投稿されます。
私のページから…だと飛べないのかな?どうなのかな…匿名設定使ったの初めてだからよく分かりませんが、予約投稿ですし予定時間にはしっかり出ると思います。
原作はGOD EATERで設定していますので、そっから潜るのが確実かもしれません。

さて。それではでは。


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第一章 孤独な二人
初陣


始めまして。終幕ノ余興です。読みは…できたら Start of the End であると覚えてほしいなあ…
実はこれが初投稿です。GE仲間でのんびり書き合っていたのですが、GE2の体験版や発売日発表もあったことだしネット上にも上げてみようということになり、投稿したという次第です。
…しばし主人公のダークっぷりにお付き合いください。


初陣

 

低い機械音を立たせながらエレベーターが止まる。着いたのは人の話し声の多いエントランス。アナグラと呼ばれる、この世界において最も重要な施設の最も人が集まる場所。

降りてきたのは、人目で新人と知れる真新しい制服に身を包んだ一人の女性。

色白な肌に映える、背中の中程まである長い黒髪をポニーテールにし、形の整った鼻と口、それらに呼応するかのようにぴったりな場所に付いた若干大きめの黒い眼を持っている。だが、その眼差しはどこかここではないところを見る……というより、視るようだった。

 

   *

 

「……」

 

黙って右手に付けられた腕輪を見つめる。神機使いとなった証。公認されている人ではないものの証明。複雑な気分、とでも言えばよいのだろうか。

そうして突っ立っていた私を呼ぶ人もいた。

 

「もしかして君なの?俺と同期で入ったって子。」

 

ちょっと変わった服を着た赤毛の男の子。多分私よりも年下だけど、この世界ではそんなもの関係ない。強いもののみが生き残る、ただ弱肉強食へと堕ちた世界…それは、きっと誰もが知っていること。

 

「そうだと思います。神崎神楽です。よろしくお願いします。」

 

人と話せるように修得した作り笑いを浮かべつつ。

自己紹介が遅れた。私は神崎神楽。17歳。血液型はA。身長168cm。体重は……教えない。

 

「敬語なんていいよ。俺はコウタ。こっちこそよろしくな。」

 

当たりのよい感じだ。彼の差し出した手を握る。人の手を握り慣れているような感触を受ける。

一瞬とはいえ俺の方が先輩、なんて言う彼をおもしろく思う。この殺伐とした時代に、彼のような人がいるなんて全く知らなかった。

そんな感じで会話が続く。話すのは専ら彼の方だったのだが。

少し話題も尽きてきた頃、後ろからハイヒールの靴音が聞こえてきた。……聞き覚えがある。極東支部に入って一番最初に耳にした靴音だ。

なんとなく、何か言われる前に立ち上がった。私につられたのか、遅れてコウタも立ち上がる。

一種の威圧感。それだけでも、目の前の人物が相当な修羅場を潜ってきたことがわかる。

 

「教練担当の雨宮ツバキだ。死にたくなければ私の命令には全てはいかyesで答えろ。」

 

命令……たった今あったな。

 

「はい。」

 

コウタは答えない。今命令と言えるものがあったことにまるで気が付いていない。

 

「頭の回転は神崎の方が上か?藤木コウタ。」

「え?あ、はい。」

 

言われて初めて気が付いている。…これでは相当怒られていくことだろう。

 

「新人はラボラトリの榊博士の研究室でメディカルチェックを受けること。話は以上だ。」

 

来たとき同様、ハイヒールの靴音を高らかに響かせながら去ってゆく。

これ以上ここにいる理由は特にないのだから、早くチェックとやらを済ませよう。

 

   *

 

「ふむ。予想よりも726秒も早い。よく来たね、新型君……いや、新型さんだね。ペイラー・榊だ、よろしく。」

 

研究室に入った私を出迎えたのは、切れ長の目をしたいかにも……変人。失敬。いかにも研究者って感じの人だった。

そしてもう一人。

 

「さて、まずは適合おめでとうと言ったところかな。私はこの支部の支部長を務めている……」

 

横から割って入る声があった。もちろん榊博士である。

 

「ヨハネス・フォン・シックザール。僕の古くからの友人さ。……堅物だけどね。」

「ペイラー。少しは場を弁えろと何度言ったらわかるのかね?」

「ふふ。失礼。」

 

怒りまではいかずとも明らかに機嫌を悪くした。腹の底では憤怒しているようにすら思えるが。

この後は単なる説明。その途中の博士の言葉には肝を冷やしたけど。

 

「……ん?……な、何だこれは!」

 

そう叫んだのだ。こうして慌てられると、驚く以上に不安になる。

……ばれたのでは、と。

 

「ペイラー。説明の邪魔だ。」

「いやヨハン、しかし……」

「邪魔だと言っている。そもそもこういう場でそう呼ぶなといつも言っているはずだ。」

 

こんなやりとりで、そのまま博士の言葉はなかったも同然となった。ありがたいことに。

三十分と経たずにメディカルチェックが開始される。……どうか、何もなく済みますように……

 

   *

 

自室で目が覚める。……いつもと同じ夢を見た。思い出したくなくとも覚えていなければいけないあの日の記憶。

そうだ。落ち着いたら任務に行ってこいって言われていたはずだ。

落ちかけた意識を再度揺り起こし、配属時に受け取った服に身を包む。兵種は強襲兵。……露出が多いのが気になるがまあそんなことも言っていられないか。

貰った制御ユニットはベルセルクという肉を切らせて骨を断つ、とでも言うようなもの。回避よりもガード、離脱よりも連撃。ロングブレードという種類の刀身でそういう戦い方を訓練でやっていたら、一撃を重くしろ、と言われ、結果そのベルセルクを受け取った。上級者用の装備らしい。

 

「……ちょうどいい……」

 

ターミナルで自分の神機にそれを付け終わる。さて、初陣だ。

 

   *

 

エントランスに降りたところで声をかけられた。受付にいる人からだ。

 

「神崎神楽さん……ですよね。初めまして、竹田ヒバリです。みなさんの任務のオペレーターをつとめています。ミッションの受注などは私にしてください。あ、何か困ったことがあったときも遠慮なくどうぞ。」

 

こちらも自己紹介で返す。

 

「あ、初めまして。どう考えても迷惑かけると思いますけど、よろしくお願いします。」

 

今日の初任務について説明を受けてからガールズトークへ突入。なんだか気が合う。と言うよりも、彼女が私が話す言葉を選んでいる間しっかりと待ってくれているのが大きい。……人と話さなくなって、久しいから。

同時にここでの簡単な規則なども説明してもらった。いくつかは支部長にも説明してもらったことだったが、彼のような威圧感がないぶん話を聞きやすい。そもそも同じ性別ゆえに少し深いところまで教えてくれるのだ。……何を、とは言わないが。

 

「あ、いらっしゃいましたよ。」

 

エレベーターから降りてきた人を見つつ告げてくる。さっき話の中に出てきたリンドウさんって人だろうか。

 

「お?今度の新入りはずいぶんかわいいんだな。」

 

……反応に困る。とりあえず飄々としていることだけはわかった。

今の言葉を受けて何か言おうとしたヒバリさんより先に口を開く。

 

「初めまして。ご存じのこととは思いますが、神崎神楽です。本日付けで第一部隊に配属されました。以後、よろしくお願いいたします。」

 

あくまでにこやかに、しかし人を寄せ付けないような雰囲気を前面に押し出しつつ。あの日からそういう話し方だけはずっと練習してきた。一人になりたいときのために。それはどうやらこの人にも効果はあるようで。

 

「うっ、お、おう。えっとだな、第一部隊の隊長の雨宮リンドウだ。形式上はお前の上官に当たるわけだが……そんなに構えるな。頼むから。こっちが参っちまう。」

 

辿々しくなったリンドウさんを見てヒバリさんから声がかかる。

 

「すごいですね……」

「いえ、こういう受け答えは練習してきましたから。ざっと五年ほど。」

 

さっきと同じようにあくまでにこやかに。今度は目を笑わせず、後ろから私はキレていますって空気を醸し出しつつ。

 

「こ、怖いです!怖いですって!」

「……冗談ですよ。」

 

何事もなかったかのように元に戻る。作り笑いを浮かべた顔に。

そうしてまた会話が始まりそうになったからか、リンドウさんから声がかかる。

 

「さあて、仕事にでも行こうか。準備は良いか?」

「はい。」

 

   *

 

極東支部からは最も近い位置にある旧市街地。通称贖罪の街。後で聞いたことだが、ここでは神に救いを求めていた人たちが全員アラガミに喰われるということがあったらしい。……神なき時代の反映とすら言われる事件だ、と。

 

「ここもずいぶん廃れちまったなあ……」

 

そんなことを呟くリンドウさん。その表情は一転する。

 

「いいか新入り。命令は三つだ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良ければ不意をついてぶっ殺せ。」

 

そう言いきってから、これじゃ四つかなんて言いつつ頭を掻く。数え違いではないことを祈りたい。

と、彼の端末が鳴る。

 

「っと、わりい。ちょっと待ってくれ。」

 

それを取り出して届いたものを確認する。どことなく苦い表情をしたのはなぜなのか。この時はわからなかった。

さほどかからずにしまう。

 

「待たせたな。うっし、行くか。」

 

飄々とした感じは完全になりを潜め、真剣な表情に変わる。

 

「了解。」

 

初陣だというのに全く緊張していない。アラガミを目前にすることを恐れる気持ちが全くない。死ぬことへの不安も感じない。それ以上の恐怖を味わったから。

出撃位置から右に折れる。ちょうどその場所に目標がいた。

壁を背にしつつ角から様子を窺う。

 

「……ラッキーだな。奇襲がかけられる。」

 

こちらに背を向けているオウガテイル。新人が初めて戦う相手なのだという。

鬼のような面と尻尾がある二本足のアラガミだとは聞いていたが……なるほど。確かに鬼みたいな尻尾だ。

それを見届けてからリンドウさんから無茶な注文が入る。

 

「よし、まずは一人で行ってみろ。」

 

命令のようだ。

 

「はい。」

 

神機を持つ手に力を込める。クロガネと呼ばれるパーツをもったその神機。私にとって、おそらくは持たざるを得ないもの。

真後ろから走り寄る。……捕食の射程に入った。

 

「……」

 

無言で。感情を捨てて。ただただ一つの兵器として。もし私が自分に価値があるといえるものを持っているなら、たぶんこれだけだから。

捕食したのは尻尾。オウガテイルにとって最高の武器となるそこを喰いちぎる。

捕食形態から戻って肩へと神機を回す。振り返ったオウガテイルの頭を狙い……

 

「ん……」

 

切り裂く。返り血が大量にかかった。気持ち悪い……

 

「消えて。」

 

それでもまだ僅かに動く目標へと刀を返す。その時点で動かなくなったそれのコアを、無感情に摘出した。

大きく息を吐く。と同時に感じられる鼻をつく血の臭い。顔にまで付着した血糊を吹こうともせず、空を見上げる。その空はただ青くて……このなにもかも嫌気のさす世界で唯一好きになれたもの。見ているうちに心が落ち着く。

 

『つらくなったら空を見なさい。きっと落ち着くから。』

 

そんな言葉が思い出される。母に教えてもらったこと。

 

「大丈夫そうだな。しかしまあよくこんなに戦え……」

 

終わってからこちらへと歩いてきたリンドウさん。彼の言葉は途中で切られた。

 

「お前……泣いてるのか?」

「え……?」

 

言われるまで気が付かなかった。止めどなく溢れる涙。その涙はどこへ流れるとも知らず……自らが止めることもできなかった。




…どうだったでしょうか?
何せ初投稿なもので文章も拙く…こうしたほうがいいのでは?とかがあればもう何でも感想から言って下さい。
たぶんしばらくの間は一日複数投稿が主になると思います。書きだめが結構あるので。
それではまた次回。


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二日目

えー、前回の読者様からコメントをいただいたので一話もろとも形式を変えてみました。
……サブタイは結構適当ですが……


二日目

 

目が覚める。周りに広がるのは昨日と同じ部屋。それが今を現実として捉えさせる。……どうやら泣きつかれて寝てしまったようだ。頬に付いている涙の跡を感じつつ推測する。

ベッドの横に置いた家族の写真。……思うところは、たくさんある。

 

「おはよう……」

 

空を見上げているとき以外で人になれるたった一つの時間。……五年前の写真と向き合う時間。

それがすぎてから顔を洗う。昨日シャワーすら浴びていなかったから、この日の洗顔は浴室でのものとなった。

淡い水色のネグリジェを脱ぎ、浴室に入って頭からシャワーを浴びる。髪を洗うといつも思い出す。七年前まで短くしていた髪。

 

『お姉ちゃん、髪の毛伸ばしたりしないの?』

 

弟に聞かれて、母にも聞いてみた。

 

『私ってさ、髪伸ばしたら似合うかな?』

 

元々髪を伸ばしていた母は、その言葉にこう答えてくれた。

 

『きっと似合うわ。私の娘だもん。』

 

暖かだった日々。それを思い出すと、今でも感情を抑えられなくなることがある。……昨日のように。

 

   *

 

浴室から出る。腕輪は着替えで邪魔になると誰もが言うらしいが、私の場合は肩が紐のみになっている長めのネグリジェと、服と言えるのかどうかも怪しいような強襲兵服。そこまで邪魔になるはずもない。

身支度を整え終わり、ターミナルを起動させる。メールが一通届いていた。

 

「リンドウさんから?」

 

差出人の表示は雨宮リンドウ。件名はお疲れさん、だ。

 

《昨日はお疲れさんだったな。姉上、つまりはお前の教官からは相当腕がいいって聞いてたんだけどな。正直言ってあそこまで動けるなんてのは全く予想してなかった。んでまあとりあえずそれはおいておいてだ、今日の予定なんだが、今日はサクヤと行ってくれ。うちの遠距離型だ。連携は近距離の奴より面倒だが、援護があるってのは意外と戦いやすいからな。ま、勉強だと思って行ってこい。》

 

「近距離型との連携……」

 

それを昨日教えてもらえなかった気がするのだが……もう気にするつもりもない。あの人があまり頼りにならないのは昨日よくわかったから。

でもサクヤさんか。どんな人なんだろう?第一部隊員は何かと癖のある人が多いって教官に聞いたけど……せめてリンドウさんよりはマシであってほしい。

 

   *

 

「あ、もしかして新しい人?知ってるかもしれないけど、橘サクヤよ。よろしくね。」

 

エントランスに出ると同時にかけられる優しげな口調の言葉。そちらを見て気が付く。

 

「はい。神崎神楽です……」

 

私に話しかけたのは…何というか、すさまじい服装のお姉さんって人だったことに。

 

「ん?どうかしたの?」

「いえ……」

 

そう?、なんて言っているサクヤさん。自分の服装についてなにも考えていないのか?この同じ女の私でも目のやり場に困る服装について?

不自然な目の逸らし方にならないようにヒバリさんに声をかける。

 

「あの、今日の目標って?」

 

苦笑しつつ資料をめくっていくヒバリさん。多分話を振られた理由をわかっている。

 

「対象はコクーンメイデンです。遠距離での攻撃を得意とするアラガミですから、密集している場所に無闇に入っていくのは危険ですね。集中砲火を浴びせられた事例が……それはそれは大量に。」

 

昨日の時点で結構仲が良くなった。……だがそれすらも、所詮は仮初めだと見ている自分がいる。

 

「さ、とにかく行きましょう。」

 

サクヤさんの号令。

 

「はい。」

 

二度目の実戦。それに、特に何も感じることはなかった。

 

   *

 

「風が強いのよねえここ。この服だとばたばたしちゃって。」

「じゃあもっと動きやすいのにすればいいじゃないですか。」

「そうなんだけどねー。気に入ってるのよねえ。」

「はあ……」

 

戦闘エリアである旧都心部。何でも嘆きの平原とか呼ばれているらしい。全く、いいネーミングセンスの持ち主がいたものだ。

……どこからかアラガミの叫びが響く。

 

「早速ブリーフィングを始めるわよ。」

「はい。」

 

リンドウさんと同じように真剣な表情へと移る。

 

「今回の任務では遠距離型の神機使いとの連携を学んでもらうわ。絶対条件は、その神機使いの射線を考えて動くことと、同時にその射程から出ないことよ。」

 

聞きながら頭に叩き込む。

 

「わかった?」

「はい」

 

そう答えると、サクヤさんは少し顔をほころばせた。

 

「素直でよろしい!頼りにしてるわ」

 

言い切るとまた前を向き直り、

 

「さあ、始めるわよ。」

 

と言って飛び降りた。私もそれに続く。

先ほど声の聞こえた東側へと進む。程なくして目標を発見……いや、発見された。

 

「っ……」

 

反射的に横へ飛び退く。さっきまでいた場所にはレーザーによる焦げ跡が付いた。

 

「援護するわ!行って!」

 

サクヤさんからの声。聞き終わるか終わらないかで駆け出す。その横をサクヤさんのレーザーが通り抜け、コクーンメイデンの頭へと吸い込まれていった。同時に発せられるくぐもった叫び。

 

「……黙れ。」

 

また自覚なしに物騒なことを呟く。横薙に振った刀身はアラガミの中心を捉えた。またも降り懸かる返り血。その瞬間だけがしばらく続いたかのような感覚がしてから、切断された上半分がずり落ちる。

 

「見事ねえ。ここまですごい新人は初めて見たかな?」

 

コアを回収し終わった私にサクヤさんが呟く。

 

「……そんなことないです……」

 

なぜだろう……また、一人になりたくなっていた。

 

   *

 

残りの目標も順調に片づけて帰還した私たちを待っていたのは、どう見てもシャワー浴びてきましたって感じのリンドウさん。

 

「よう。無事帰ってきたな。」

「もちろん。それよりこの子すごかったのよー。二発目が届く前に倒しちゃうんだもん。びっくりしたわ。」

 

そう言って私の肩に手を回す。ほめてもらえるのは良いのだが、この二人……なんか妙に仲が良いような……

 

「ほう。こりゃあ新型の面目躍如だな。」

「いえ、そんなこと……」

 

謙遜するが、二人とも何かのスイッチが入ったようで。……その後の言葉は、私を完全にパニックにさせた。

 

「でも、気を付けてね。神機使いはすごい人ほど早死にするっていうくらいだから。」

 

早死にって……死ぬ?それのみに支配された頭の中で再生されていくあの日の出来事。立っていることすら辛い。

 

「じゃあ俺はまだまだってことだな。」

「あなたの場合はその重役出勤癖を何とかしないとだめよ。」

 

記憶の中へと沈んでいく。出ようともがくほどに絡みつく、底なし沼のようなあの日の記憶に……

 

「うーん。そこに持ってかれると辛いなあ。って、おーい?どうかしたか?」

 

誰かが呼んでいる……

 

「え?ねえ、顔色悪いわよ?」

 

だれかのこえがする……

 

「ーーーーーーー!」

 

みみなりが……する……

 

『逃げろ!早く!』

 

……おとが……する……

 

『っ!神楽……ガッ……!』

 

……おとう……さん……




この第二話を最初に読んだときの友人からの感想はこうでした。

「お前一話と同じでダークなのばっか書くよな。」

……好き好んでこうしているわけではないのです。そう、あと二、三話ですね。たしか主人公を明るくしたはず……ってネタバレかな?


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運命(さだめ)のヒト

お久しぶりです。
いつのまにやら多くの人に読んで頂いていたようで…いやもうこんな駄作に付き合ってもらっちゃって…
えー、とりあえず本日は五個ほど一気に載せますので、よろしくお願いします。


運命(さだめ)のヒト

 

「っーーー!」

 

最後まで続いた回想から解放され、とび起きる。……脂汗がひどい。荒く息をつきながら、恐ろしいほどに速くなった動機を落ち着かせようとするが……無理だ。

今日が三回目の部屋での目覚め。……はっきり言って、一度も心地よく起きた試しがない。

 

「あ、れ?」

 

着替えている……いつものネグリジェに。

 

「まあ……いいや……」

 

それよりも汗を流そう。そうすれば多少は落ち着くはずだ。

 

   *

 

浴槽に水をためるという前までそうは出来なかった贅沢な入り方を終えてから着替えを済まし、日課である家族の写真への挨拶もして、食事も済んだしそろそろエントランスへ行こうか、と考えていたときに部屋のインターホンが押された。

 

「サクヤよ。起きてる?」

 

来客があるとは思っていなかった。まあ片付いてるから良い。

 

「はい。あ、どうぞ、入っちゃってください。」

 

ドアのロックを解除しつつ答える。サクヤさんは昨日と同じ服装だった。……同じものを三着で着回している私の言うことではないけど。

 

「もう大丈夫?いきなり倒れたからとりあえず部屋に運んで私が着替えさせて寝かせたんだけど……

汗だくで息切らしてたし……」

 

なるほど。着替えていたのはそういうことか。鍵は教官にでも開けてもらったのだろう。

 

「まあ……何とか大丈夫です……」

 

汗を流して多少は落ち着いた。今日任務に行けと言われても大丈夫なくらいには。

 

「そう。よかった。」

 

安心したような笑み。母を思い出す。

 

「今日はソーマとエリックについて任務に行ってほしいってリンドウが言ってたわ。当然行ければだけど、どう?」

 

聞かれるまでもない。元よりそのつもりだ。

 

「行きます。」

 

   *

 

神機を銃形態にしつつ歩く作戦地は旧工場跡。有害物質が流れる汚染水の川と、同じく有害なガスが壊れた煙突から絶えず立ち上るその地には、すでに二人の神機使いがいた。その中の一人がこちらに気が付き近寄ってくる。

 

「ああ、君が例の新人さんかい?僕はエリック。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。君もせいぜい僕を見習って、人類のため華麗に戦って……」

 

そのくどくどと長ったらしい歌い文句は、もう一人の神機使いの叫びによってかき消される。

 

「エリック!上だ!」

 

反射的に彼の上を見る。そこには大きく口を開けたオウガテイルが迫っていた。

 

「え?わああ!」

 

瞬間、頭の中を駆け巡る思考。

 

『かぐ、ら……逃げ……』

 

頭の中に響くあの日の声。それは目の前の現実と重なって……

意識が途切れる。それと同時に聞いたのは自分の悲鳴。

 

「いやあああああああ!」

 

   *

 

熱い。それだけを感じて目が覚める。

……目に入るのは異常な光景。燃え盛る業火のあいだから見える、未だに残ったパイプラインは全て折れたり無数の穴が空いていたり、はたまた溶けている。地表を覆う鉄板もどろどろになっている部分や逆に集まって山のように固まったところとで分かれている。そしてそれ以上に、どこもかしこも赤いのだ。真新しい鮮血で。自分さえも。

 

「起きたか?」

「え……?」

 

真横から声が聞こえた。そちらを向くと、さっき見たもう一人の神機使い。

 

「俺はソーマ。別に覚えなくていい。とにかく、死にたくなければ俺には近づくな。」

「え……え?」

 

訳が分からない。覚えなくていい?近づくな?初対面でそこまで言ってしまうのか?……人として、生きているのに?

彼が言い終わるのとほぼ同時にエリックさんがやってきた。

 

「おや、目が覚めたようだね。さて……まずは礼を言わなくてはならないな。ありがとう。助けてくれたことを認めようじゃないか。」

 

……?

 

「助けた?私が?」

 

そう聞くとエリックさんはとても驚いたような表情をした。

 

「まさか……覚えていないのか?」

「と言われましても……」

 

唖然とするエリックさん。そんな彼の代わり、とでも言わんばかりのタイミングでソーマさんが口を開いた。

_

___

_____

 

   *

 

いつも通りに始まったあいつの自己紹介。それに半ば呆れるような表情で対応する新入り。腕がいいらしいが、そんなものはどうでもいい。問題は使えるかどうかだということを、これまでの六年間で知っている。その問題をクリアできずに死んだ奴らも。その問題をクリアできずに、目の前の神機使い達を助けられなかった自分も。

そして、あいつらの上にアラガミを見つけた。

 

「エリック!上だ!」

 

どちらも反射的に上を見る。

 

「え?わああ!」

 

ただ叫ぶエリック。俺を僅かながらも認めるあいつの目の前にアラガミが迫った時。

 

「いやあああああああ!」

 

新入りが絶叫した。

 

「っ!?」

 

その手に持ったスナイパーが異常な連射力を持って弾丸を撃ち続ける。全てがオウガテイルに着弾し、塵と化した。

 

「なっ……」

 

そういう呟き以外がでてこねえ。

音を聞きつけてほかのアラガミが集まって来やがる。それに反応してさらにパニックに陥った新入り。その神機が再度弾を撃ち始める。

 

「いやあ!いやあああぁああぁぁ!」

 

その弾はすぐに尽きた。当たり前だ。一匹に何発も馬鹿みてえに撃っている。保つはずがない。

 

「こないで!こないでええ!」

 

本能のように神機を刀に変え、振り回しながらアラガミの群の中に突進していく。その切っ先はどこへとも知らず、時にパイプラインを切り刻み、時に床の鉄板を切り裂いた。

結果、一人で全目標をつぶし、爆発を起こしながら燃える中でぶっ倒れた。

_____

___

_

 

   *

 

「……私が……そんな……?」

「嘘をつく理由がどこにある。」

 

自分がやったなどと言われても、その間の記憶もなければ実感もないのだ。理解できるはずもない。そもそもその間何を考えていたのかすらも覚えていない。

 

「……話は終わりだ。」

 

それだけ告げて去っていくソーマさん。……あれ?なんかあの人私と同じ感じが……いや、そんなは

ずはない。私は名実共に化け物なのだから。でもやっぱり同じような……って堂々巡りになってる。

そんな思想に埋めつくされそうになったところにエリックさんから声がかかる。

 

「気にしないでいい。彼はほとんどの神機使いに対してあんな風に接するからね。」

「そうなんですか?」

 

驚いて聞き返す。

 

「ああ……まともに話しているのは、彼と同じ第一部隊の古株たちと……」

 

エリックさんはいったん言葉を切った。何かあったのかと考えていたのだが……その不安は無駄なものだった。

 

「このあまりに華麗すぎる僕くらいなのだからね。」

 

……私の気を晴らすとかいう目的なんてなくっていいから、せめて心の底からそう思っているというのだけは勘弁してほしい。

 

「さあ、もうそろそろ迎えのヘリが来るはずだ。立てるかい?」

「あ、はい。」

 

やはり……考えないようにしよう。

そう心に決めてから、ソーマさんを追った。

 

   *

 

そのころソーマはヘリの着陸地点へと歩いていた。

 

「……」

 

エリックが殺されそうになって我を失った。フン。そこまではいい。だが……あの目は何だ?

瞳孔は縦に細長くなり、元々黒かった瞳は目映いとすら言えるほどの明るさを持って赤く光った……

 

「……くそっ!」

 

そして何よりも……自分と同じだった。人を拒絶し、信用せず、自らを化け物としているモノの目。作られた表情ばかりが浮かぶ顔。そして五感の全てで周囲を警戒していた。アラガミを、ではなく人間を。

……後ろから足音がした。

 

「っ!」

 

反射的に神機を向ける。

 

「きゃっ!」

「おっと。僕だよ僕。」

 

こいつらか……

 

「……声をかけてから近付けっつってるだろうが」

「ごめんごめん。」

 

チッ……相変わらずと言えば聞こえはいいが……はっきり言って学習しないっつった方が正しいな。

 

「……びっくりした……」

 

エリックの横には例の新人がいた。

 

「お前……名前は。」

 

自分でもなぜ聞いたのかがわからなかった。

 

「えっと、神崎神楽です。先日第一部隊に配属となりました。以後よろしくお願いします。」

 

神崎神楽……

確実に俺と同じものを持っている、もう一人の化け物か……




…言い忘れていたんですが…この小説はある程度の予備知識があることを前提として書いてしまっています。
もしも、訳わかんねえぞ!、ってことがありましたらいくらでも感想から聞いてください。


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侵攻

ソーマとの初陣からの続き=コウタとの初陣です。
が、内容が原作とまったく違います。


侵攻

 

「ふあ……ぁ……」

 

久しぶりに気持ちよく目が覚めた。理由はあの日以外の思い出を夢に見られたから。

 

「……おはよう。」

 

自然と笑みがこぼれる。こういう日は、何となく暖かい。

朝食にしよう。今日は非番だ。出撃してはいけない、ということではないが、やはり一人で出撃していいほど場数を践んではいない。どことなく苦しさを感じる。

決して悲観的になっているわけではない。一応の人としての人生を代償に手に入れた、神機使いとしての人生。

家族……特に父は喜ばなかったかもしれない。でもこれは、あの日自分が生きることを選択した結果だ。だからこそ前に進めてきたと自分でもわかっている。

パンを焼きつつ湯を沸かす間に、そう考えていた。

 

「がらでもないかな?」

 

わざわざ自分から考える必要もない。そう思い返す。どうせ胸にしっかり刻み込んでいるのだから、と。

パンが焼けた。昔母に作り方を教わったリンゴジャムを冷蔵庫から取り出す。

 

「……うん。出来てる。」

 

ちょっとだけ指につけて舐めてみる。よく馴染んだリンゴの味が舌に広がった。

 

「ここで食べちゃえばいっか。」

 

キッチンにおいてある高めの丸椅子に座り、皿に乗せたパンにジャムを付けて頬張る。

二口三口と進んでいく。母も言っていた。このジャムは、パンに合うように作ったのだと。

そのパンを食べ終わり、コーヒーの方に移る。朝はブラックで飲むのが好きだ。特にドリップの。ミルにコーヒー豆を入れて挽いていくと、ほのかに香りが広がってゆく。

その香りを楽しみながらコーヒーを淹れているとインターホンが鳴った。

 

「?」

 

誰だろう?確かリンドウさんたちはみんな任務中だし……

 

「コウタだけど。いる?」

 

なるほど。彼も今日は非番になったのか。

 

「いるよ。入る?」

「あ、じゃあ開けて。」

 

コーヒーを飲みつつロックを解除する。いつものように明るい顔が入ってきた。

 

「おお、さすが。きっちり片付いてる。」

「……そこ?っていうか飲む?」

 

とりあえず無視して彼にもコーヒーを勧める。沸かしたお湯も挽いたコーヒー豆も十分にあるからすぐに淹れられた。

 

「おっ、サンキュー……うっ!苦っ!」

「えっ?そう?」

 

特に配分は変えていないはずなのだが……そう思った矢先、理由が判明した。

 

「ねえ、ミルクは?砂糖は?入れないの?まさかないとか言わないよね?」

 

そういうことか。

子供だと思ってしまったのを悟られないように、牛乳と砂糖をキッチンから持ってくる。

 

「ちゃんとあるんだ。」

「私の場合はいつもブラックだし……いらないかと思ってた。」

 

なんか気まずい雰囲気になってしまった。その空気は彼には耐えがたいものだったようで。

 

「えっと、とりあえずさ、バガラリーってアニメ知ってる?」

 

……バガラリー?

 

「……知らない。有名なの?」

 

正直に聞くと、

 

「知らない!?マジで!?」

「マジでって言われても……」

 

ラジオはフェンリルのニュース、TVも音楽番組くらいまでしか観ない。というか聞かない。はっきり言って映像は完全に無視している。その状況でアニメの題名を言われても知らない以外に答えようがないのだ。しかもそれを聞きながらアラガミについての学術書や論文を読んでいる始末。知りようがない。

そんな私に彼は力説する。気に入っているのはわかるのだが人名を突然出されては……話している内容の一割もわからない。

それがわかってかどうかはわからないが、彼は内容を変えた。

 

「そ、そういえばさ、神楽って神機使いになるまで何してたんだ?」

 

……彼にとっては何も含むところのない質問。そうとわかっていても……人にはわからないくらいの体の震えから始まり、またも甦るあの日の記憶。徐々に震えは強くなる。

 

「ごめん……言いたくない……」

 

やっとのことでそれだけ返す。鼓動が速くなっていく。

 

「そっか。まあでも、なんだかんだ生きてられるんだからいいよな。俺なんて、死んだら母さんも妹も路頭に迷っちゃうからなあ……」

 

……家族の、話。

なおも続いてしまう回想。一人で止めることもできず……こう言っては何だが、そんな私に救済のサイレンが鳴る。

 

「っ……」

「えっ?アラガミ!?」

 

訓練で教官に教えてもらった音。その中の一つと合致する。

……居住区へのアラガミの侵入。それを認識した途端、体の震えが止まった。

 

「コウタ、行くよ。」

「あ、うん!」

 

今、ここには私たちしか残っていない。

 

   *

 

「ヒバリさん、どこに現れ……っていうか地図見せてください。」

 

まだ区域名を覚えていない。地図を見せてもらった方が早いだろう。

 

「こちらです。避難は済みましたから今のところ住民への被害はありませんが……」

 

時間の問題だ。言外にそう物語る口調だった。

 

「どこどこ……っ!」

 

コウタが息をのんだ。

 

「母さん……ノゾミ……」

「え?」

 

途端に駆け出していく。それを止めることは出来なかった。

 

「ヒバリさん。私も出ます。」

 

一蓮托生。無断出撃など言っていられない。この現実を見ていながら、誰が止まって良いと言うのだ。

 

「はい!御武運を!……って、ちょっと待ってください!まだツバキさんに一言も!」

 

それ以上は話そうともせず、彼が走っていった方向……神機保管庫へと行く。入った瞬間に感じられる油臭さと独特な雰囲気。それに構うこともなく自分の神機を掴む。

……ってあれ?ロック解けてる。強引にぶっ壊すくらいの気持ちでいたのに……

 

「すごいねえ新人なのに。こんな事しようなんて簡単に考えられるの、君たちくらいだよ?」

「っ……」

 

横からの声。タンクトップとカーゴパンツという整備士スタイルで全身油まみれの女の子からだった。

いざとなったら気絶させてでも。そう考えた私へ彼女は告げた。

 

「あ、私整備士の……って、そんな場合じゃないね。ほら、行ってきなよ。止めるつもりなんてないんだからさ。」

 

無言で頷いて再度駆け出す。それが、ある種運命とも言うべき出会いであったとも知らず……

 

   *

 

到着して索敵を続けているものの……酷い有様だった。

現地ではつぶれた家がそこら中にあり、そこから飛んだ材木や途端によって歩くことも困難だ。所々で火も上がっている。

 

「わあああ!」

 

その瓦礫を挟んだ向こうからコウタの叫びがした。必死で瓦礫の上に登ってその場所を確認する。囲まれていた。どれも小型ではあるが、群となればそれすらも脅威となる。ガードの出来ない遠距離型なら尚更だ。

 

「コウタ、一旦下がって。」

 

上を取った利点を生かして次々に狙撃する。スナイパーは一発一発を弱点位置に当てろ、という教官の言葉が思い出される。……なるほど。一発で倒すのは大変だが、怯ませることは容易だ。

 

「ごめん!助かった!」

 

そうしてアラガミが怯んでいる間にコウタが離れる。服は所々破れているが動きにダメージは見られない。アラガミの数もちょっとは減ったし、何とかなりそうだ。……そう思って少しばかり安心したのも束の間。

 

「え?」

 

数ブロック先で爆発が起きる。避難が完了していないかもしれない地区だ。

 

「ここお願い。見てくる。」

「わかった!」

 

短い会話。終わる頃には走り出していた。コクーンメイデンの上半身をもらいながら。

途中、爆発が起きたのは二ブロック先であるのを見て取った。強化された脚力と解放状態をフルに活用して、ものの十数秒でたどり着く。

見たのはまさに地獄絵図。周辺家屋はすべて吹き飛ばされている上、さっきの地点よりも火の勢いがすさまじい。その家屋の跡の上に一体のアラガミがいた。

 

「っーーーー!」

 

ターミナルのデータ上で一度だけ見たそれ。記憶が正しければ……

 

「ヴァジュラ……」

 

首から伸びるマントのような放電機関による攻撃を得意とする、新人が相手にするには余りに強すぎる敵。

 

「あ……」

 

だが、それを相手にしなければならない理由があった。

倒壊した家屋の一つに少女がいた。瓦礫に足を挟まれて。ただがくがくと震えて。

……見逃されるはずもない。

ヴァジュラが低い唸り声を上げながらその少女へと近づく。気が付いたときには、もう動き出している体。

 

「っ!」

 

ヴァジュラ種の貫通属性に対する弱点である胴体へとレーザーを撃ち込む。が、それでこちらを気にかける様子はない。

 

「このっ……」

 

それでも撃つ。私を見ろ、私を襲え。そう念じながら。

OPが尽き始めた頃、とうとう標的が私へと変えられた。

苛立っているように見えたそのヴァジュラは、瞬間的に私の右側を取った。

 

「ぐっ!」

 

脇腹に痛みを覚えると同時に大きく飛ばされる。

 

「げほっ……う……」

 

ダメージは大きくない。まだ戦える。

私が立ち上がるのが面白くないかのように吼えるヴァジュラ。それを見ても、不思議と恐怖などが浮かぶことはなかった。

 

「っ……」

 

防戦一方で何が出来るはずもないのだ。神機を刀に変えて前足をはね飛ばしにかかる。そんな私の心は静かに鼓動を打ち、視界が赤く染まる。外の色ではなく……自らの内にある色によって。

そして、自分の体が血にまみれていくのを感じた。

 

「消えろ……今すぐに……ここからっ……!」

 

呟きつつただ切り刻む。浅く、その分数が多い傷が次々にそのヴァジュラの体を飾る。頭を、足を、胴を、尾を。鼻すらも切り飛ばす。が……

 

「あう!」

 

突如として弾き飛ばされた。それが範囲攻撃であったことと神機を三メートルほど吹き飛ばされたこと、恐ろしいほどに大きなダメージを負ったことに気が付いたのは一秒足らずの間。だがヴァジュラにとってそれは、少女へと接近するのに充分すぎた。

その口が開かれる。ひどく、ゆっくりと。

 

「ーーーー!」

 

声にならない叫び。痛みを無視して一気に彼女の元まで走って取ることが出来た行動は……

 

「……殺させ……ない……」

 

少女に被い被さること。

後ろから確実に近付いてくる。

 

『……生……きろ……』

 

耳に響く声。父が死に際に、涙ながらに言った言葉。そうか。これが走馬燈ってやつか。まあいいや。この子は助けられそうだし。

 

『……そうなった……自分を嫌だ……と……思うだろう……けど……な……』

 

……待て。本当に私はそれでいいのか?

 

『無理な……注文だけどな……』

 

諦めているんじゃないのか?所詮化け物である自分に何が出来るのか、と。

 

『……俺の……最期の頼みだ……』

 

……どうせ、いつかは死ぬんだと……

 

『頼む……』

 

そんなことでいいわけがない。あの日、たった一人生き残った私に、こんな形で死ぬ権利はない。

 

『生きろ……!』

 

父が身を挺して守ってくれたこの生命。おいそれと……

 

「お前なんかに……喰われていられるか!」

 

愚考だ。他の人間はそう言うであろう行動を、神機使いになってから初めての自分からの叫びと共にとった。

ヴァジュラの顔面を殴る。普通ならその程度で怯むはずもない。そう、普通なら。

私が殴ったのは、さっき切り潰した左目があった部分。がらんどうになったそこへ、私の拳が深々と突き刺さる。が、捕食はされない。……化け物だから。

当然そんなことをされて平気でいられるヴァジュラなどいない。狙いは再度、私へと向けられる。

怒りを込めて吼える。それが、決定的な隙になるとも知らずに。

 

「うるさい!」

 

残った右目も殴る。グチャリという気味の悪い感触と共に、殴りつけた左手の下でその目が潰れた。

細胞群体であるアラガミと言えど、すでに五感を頼った生活をしている。そしてヴァジュラは耳が悪い。

目は潰れ、鼻孔は血で埋まり、聴覚はほぼ使えない。

こちらを知覚できなくなったヴァジュラから離れ、神機を掴む。

その位置からヴァジュラへの距離、僅か二メートル。その程度の距離は、神機使いの脚力にとって常人の一歩分にも等しい。

 

「っ!」

 

切りつける。先ほどよりも深く、先ほどよりも速く、全てを致命傷にするかのように。

切られた事への怒りで闇雲に爪を振り回すヴァジュラ。が、当たり前だがそんなものに当たるような訓練はしていないし、その程度で離れるつもりもない。

 

「はあ……はあ……」

 

……いいかげん肉体的に限界だ。残った力を全て一撃に込める。

 

「ぁぁぁああああああっ!」

 

顔面から胴の左、後ろ足の向こうまで跳び抜けながら切り裂く。斜めに両断されたヴァジュラの体はゆっくりと、重力に逆らうことなく、崩れ落ちた。

赤く染まっていた視界が色鮮やかになってゆく。結局、仰向けに倒れて動けなくなってしまった。

 

   *

 

数分後、ぎりぎり動ける程度になった自分の体に鞭打ってコアを回収する。忘れかけていた、神機使いにとってとても重要な仕事の一つ。何が良かったのか無傷で回収できた。コウタがいたあたりからはもう何も聞こえない。終わったのかな。

そして少女を助け出す。瓦礫に背中を預けつつ抱きしめたその少女の口から発せられる、たった一つの言葉。

 

「……ありがとう……」

 

言い切ると同時に抱きしめていた腕が胸からお腹まで落ちてゆき、私の膝を枕にして安らかな寝息を立て始める。よほど疲れたのだろう。それは私も同じで……

 

「がんばったね……」

 

膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てる少女の頭を撫でながら……いつのまにかコクリコクリと船をこいでいた。ふふ……さすがに……無理しすぎたかなあ……

 

   *

 

くそったれが……

リンドウに通信が入ったのはすでに三十分前。その間に、いったいどれだけの被害が出ているか知れたもんじゃねえ。

ジープのアクセルは壊れそうなくらいまで踏んでいる。最高速度で吹っ飛ばしているが遠くに見えるアナグラはなかなか近付かない。

 

「リンドウ、状況は?」

「タツミ達が着いた。東は何とかなったから北側に向かう予定だとさ。新人二人は西側にいるらしいが……北の方に中型が結構現れちまったらしい。」

後ろで交わされる会話。その中でなぜか気になるのはあの新人……フン。なぜも何もねえな。同じ化け物だからだ。

 

「第三部隊は外のアラガミをやっているとさ。他の奴らは……今現在自分達の任務中だ。」

「そう……ソーマ、西側に行ける?」

「もともとそっち側にしか着けねえ。作戦地を考えろ。」

「そうね。」

 

まあ、好都合ではある。そう思いつつアクセルを踏む足に力を込めた。それでどうなるわけでもなかったが。

……着いたのはこの十分後だ。同時にリンドウが指示を出す。

 

「お前らは二人を捜せ!俺は残存アラガミがいないか索敵する!」

「了解!」

「ああ。」

 

短く答えて走り出す。……あいつの気配が感じられる……俺と同じ、化け物か。

ジープは放っておく。こんな瓦礫まみれの場所で役に立つわけがない。

そもそもここまでと比べたらよほど短い距離だ。必然的に短時間でたどり着く。そこにいたのは、傷だらけで瓦礫にもたれている神楽と一人の少女。

 

「サクヤ!」

 

こいつは衛生兵としても優秀だ。

 

「分かってる!」

 

すぐに神楽の元へ向かい、状態を確認する。

 

「……大丈夫。深めの怪我もあるけど致命傷はないし、疲れて眠っているだけね。多分ヴァジュラとの戦闘があったんだと思う。服がちょっと焦げてるし……あら?」

「何だ。」

 

いろいろと分析していたサクヤが声を上げる。

 

「手、握ってる。」

「……」

 

ったく……俺にそんなこと言っても意味ねえのくらい知ってんだろうが。

 

「さてと、どう運ぼうかしら?」

 

どう、か……

 

「てめえがそのガキを背負え。こいつは俺が運ぶ。」

「……そ、そうね。それが良いわよね!」

 

……動揺すんじゃねえ……

その後、コウタとかいうアホを連れたリンドウと合流した。西地区をたった二人の新人が、か……

 

   *

 

『あーあ、二人とも遊び疲れてちゃ世話ないなあ。』

 

八年ほど前だったろうか?空き地で弟と遊んで疲れはてて、父の背中で揺られて微睡みつつ両親の話を聞いていた。

 

『しょうがないわよ。まだまだ遊びたいさかりでしょ?元気に育ってくれている証拠よ。』

 

弟を背負った母が言う。

 

『それもそうだ。』

 

私を背負い直す父。その声は優しかった。

 

『そういえば研究は順調なの?最近よく研究室にこもってるけど。』

 

父はフェンリルの研究者だった。時折見せてくれる研究室は、なんだか秘密基地みたいでとても興奮したのを覚えている。

 

『まあ、順調だな。ある程度は完成に近付いてる。』

『曖昧ねえ。』

 

クスクスと笑う母と苦笑する父。二人を見ながら、目を閉じた。

そんな、まだ平和だった頃の記憶。

 

「ん……あれ……?」

 

目を開けるとさっきとは全く違う風景が広がっていた。……いや、一つだけ同じだ。

それは、誰かの背中で揺られていること。目の前にはフードを被った頭……

 

「そっ、ソーマさん!?う……」

 

ちょっと声を出しただけなのにくらくらしてしまう。あんなのと戦うのはやっぱりまだ厳しいなあ。

 

「おー起きたか。」

「あ、気が付いたのね。」

 

左右から声がする。それぞれリンドウさんとサクヤさん。そして、サクヤさんの背中には……

 

「その子……」

 

さっきの少女がいた。

 

「そう。あなたが、助けた命よ。」

 

あなたが。そこを強調していた。

 

「よく頑張ったわ。ヴァジュラと戦ったんでしょ?」

 

頷く。すると、サクヤさんは手を伸ばし、

 

「本当に、よく頑張ったわ。こんな新人は初めてよ。」

 

頭を撫でてくれた。……涙腺がもろくなってゆき……

 

「ひっ……ありがと……ござ……ま……うっ……」

 

言葉にすらならなくなる。

 

「泣いていいのよ。その権利は、いくらでもある。」

 

そんなことを言われて我慢などしていられるはずもなく……

 

「わああああん!」

 

声を上げて泣いた。……ソーマの肩に顔を埋めて……

 

「……フン……」

 

それを、彼は受け入れてくれた。




今回相当長めになってました。…それもこれも、初の大規模戦闘を描くってのであたふたした自分の責任なのですが…


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大型討伐訓練

…少々皆さんに謝罪が…
この回で本日三個目な訳ですが、次の回からが別ファイルとしての保存になっていたために修正が済んでいません。
というわけで今日はここまでとさせて頂きます。すみませんでした。


大型討伐訓練

 

そんなこんなで一般死者及び重傷者を0名に押さえた大規模戦闘から三日後のエントランス。

 

「本日付けで源隊復帰します。いろいろ鈍ってるかもしれないんですが、よろしくおねがいします!」

 

怪我も治り、前線に復帰した。

治療に専念している間、いつも誰かがお見舞いに来てくれた。……ソーマさんが毎日来てくれたことには驚いたけれど。

その間いろいろなことを言われた。リンドウさんやサクヤさんからは明るくなったと言われ、コウタからは笑うようになったと言われ、ソーマさんは、無茶しやがって、だそうだ。そして教官は、無断出撃により、一週間の減棒処分とする。……三者三様とはまさにこのことか。五者と言いたいくらいだ。

 

「おーそうかそうか。これでちったあ楽になるか?」

「リンドウ……そう言うところじゃないでしょ。」

「フン。」

「ぃよっしゃ!後でバガラリー観ようぜ!な?なっ!?」

 

正直言ってもう少し寝ていたかった。

そんな私達を文字通り後目に教官が言った。

 

「日付は未定だがまた一人新型が配属されるそうだ。ロシア支部からの異動となるため、各いろいろと面倒を見てやるように。以上だ。」

 

終わると同時にハイヒールの靴音を響かせながら立ち去る。……その背からは、近付くなオーラがありありと……

でも新型かあ。どんな人が来るんだろう?

そんな風に考える私の顔には……作り笑いではない、本当に心からの笑みが浮かんでいた。

 

   *

 

源隊復帰から約一時間後のジープの中。今日のミッションに向かう四人がいた。メンバーはサクヤさんとソーマさん、それに私とコウタ。何でリンドウさんがいないかっていうと……

_

___

_____

 

出発直前。

 

「えーとだな、今朝旧市街地でアラガミのコア反応が確認されたんだが、それがどうもコンゴウらしい。」

 

リンドウさんが告げた。

コンゴウ。巨大な猿のような容姿を持ったアラガミだったはずだ。手元にあるこれまでの戦闘データによれば……

《直線的な攻撃や範囲の狭い攻撃が多くかわし易いものの、一発一発の威力が高いため確実な回避、もしくは防御が要求される中型アラガミ。聴覚に優れるため、接近時には音を立てないように。弱点は銃剣共に頭。銃であれば背中のパイプ状器官を狙うのも良い。》

ふむ。要は避けちゃえば簡単だよ、と。

 

「んでまあうちにお鉢が回ってきたんだが、今回の任務はおまえ達四人で行ってこい。新人二人の大型演習にもなるだろ。神楽もこの間みたいなのじゃあさすがにまずいからな。勉強してこい。」

 

はい、と素直に返す。あれがまずいというのは自分でも分かっているし、そもそもあれを勝ちと言っていては神機使いの名が廃る。……と、ツバキさんから言われた。

 

「それで、リンドウは?」

 

サクヤさんからの質問。確かにいつも私達と同行していたのだが……

 

「俺はちょいとお忍びのデートに誘われててな。今回は別行動ってことだ。ま、お前達だけでも何とかなるさ。」

 

いつものように飄々とした雰囲気。……だが……今回はどことなく違和感があった。

そんな一抹の不安を感じていたときに彼の端末が鳴った。ポケットから取り出して確かめるリンドウさん。その表情は明らかに曇った。

 

「……早く来ないと帰っちまうとさ。」

 

せっかちな奴だ、とぼやく。

 

「ま、そんな感じで頼むぞ。命令はいつも通り、死ぬな、必ず生きて帰れ、だ。」

 

言い残して去っていった。コウタを除いて、難しい表情をしてしまったのは言うまでもない。

_____

___

_

 

というわけで、そのコンゴウ討伐へと四人が向かっているのだ。

 

「あーあ……どうせなら俺も連れてってくれればいいのに。」

「まさかデートのこと?」

 

後席のコウタが素で言い放つ。聞き返した私への返答はこうだ。

 

「もちろん!」

 

その発言に私とサクヤさんが思いっきり引きかけたとき、ソーマさんが口を開いた。

 

「着いたぞ。さっさと索敵しろ。」

 

渡りに船だ。

 

「あ、はい!」

「お、もう着いたんだ。」

「そうね。」

 

作戦地は贖罪の街。私とソーマさんは西、サクヤさんとコウタは東へと索敵に行った。

 

「あの……ソーマさん……」

 

二人と離れてから礼を言った。それへの返答は余りに意外なもの。

 

「……さんを付けるな。」

 

横を向きつつ言った言葉。えっと、さんを付けるなって……はい?

 

「えっと、呼び捨てにしろと?」

「それ以外に何がある。さん付けで呼ばれるなんざ気味が悪い。」

 

気味が悪い……ずいぶんな言い様だが、きっと居心地が悪いと言いたかったのだ。……きっと。

 

「そ、それじゃ……ソーマ……」

 

依然として横を向いている彼。

 

「あれって……コンゴウですよね?」

「……あ?」

 

北にそびえ立つビルの中程に空いた穴。彼が向いている方向からは見えないその位置に、巨大な猿のようなアラガミがいた。

 

「さっさと信号弾を上げろ。」

 

……ですね。

地面に設置して打つタイプの信号弾。広範囲から見えるように作られた集合信号弾だ。仲間が離れた位置に散らばっているときに使うものだ、とツバキさんが言っていた。

ソーマさ……ソーマはその間にコンゴウへと距離を詰め始めていた。

もといた空洞から圧縮空気を発射するも距離を詰めていくソーマには当たらない。なるほど。確かに直線的だ。

当たらなかったことが不満とでも言うかのように吼えながら降りてくる。そのちょうど降りた瞬間をソーマの神機が切り裂く。……右腕一本が易々と飛んだ。

その攻撃によろめいているところを銃で延べ撃ちにする。そう、確かパイプを狙うと良いとか書いてあった。

だけど……

 

「弾切れか。」

 

いつも使っているSSサイズのレーザーと比べると、このLサイズのOP消費は格段に激しい。一発ごとの威力は高いものの、より正確な狙撃をしないと苦しい弾と言えるだろう。

と、弾幕が切れたのを見計らってかこちらへと回転しながら突っ込んできた。直線的に。

クロガネ長刀型というパーツの利点の一つはそのリーチの長さ。回転に当たらないようにしつつ切るのも造作ない。

 

「んっ……」

 

少し右前に出て切り裂く。向こうから刃に飛び込むような形ではあるのだが、いかんせん相手は回転中。神機を持って行かれないように踏ん張らなければならなかったのも事実だ。あまり多用して良いやり方とは言えない。まあ、ダウンしたから今回は言うことなし。

 

「っ……」

 

そのチャンスを活かさずにはおかない。さっき壊れたパイプをさらに抉り取るように捕食する。

吸収が完了すると同時にあちらこちらを切り飛ばす。また返り血がかかるが気にしない。

 

「いた!」

「援護するわ!」

 

二人も合流する。私一人で撃っていたときとは桁違いの弾丸が放たれ、次々に抉ってゆく。

そして、両腕が飛んだ。

 

「……終わりだ。」

 

ソーマのチャージクラッシュがコンゴウの中央に入る。轟音と共に両断されたその体はずるずると地に落ちていった。

 

   *

 

程なくして帰還した私達を迎えたのはリンドウさんだった。汗を流し、服を着替えた様子がある。

 

「先に帰ってたのね。お疲れさま。」

「ああ。何とか早めに切り上げられた。そっちはどうだ?」

 

サクヤさんとリンドウさん……いつも思うけど、この二人って仲良いなあ。付き合ってるのかな?

 

「御命令に従って、いつも通りだ。」

「問題なしよ。任務は滞りなく完了したし、人も欠けてないわ。」

 

そんな私の疑問を余所に話は続けられる。

 

「おう。ならオーケーだ。……さてと。」

 

リンドウさんが何か言いかけたところでアナウンスが響いた。

 

「業務連絡。本日、第七部隊がウロヴォロスのコアの回収に成功。技術部員は……」

 

そこまで言われたところで下の方から声があがる。

 

「ウロヴォロス!どこの部隊がしとめたんだ!?」

「しかもコア回収成功かよ……ボーナスすげえんだろうな。」

「おい、奢ってもらおうぜ!」

「やめておきなさいよ。みっともない。」

 

そんな言葉が飛び交う中、リンドウさんだけが涼しい顔をしていた。

 

「ウロヴォロスって……何?強いの?」

 

コウタが口を開く。いつだかにターミナルのデータを見たが……

 

「詳しいことは覚えてないんだけど、現在確認されているアラガミ中最大のものだって聞いたことはあるよ。相当強いって話だった。」

「……ターミナルを調べれば出てくる。たまには自分で調べろ。」

 

ソーマがフォローしてくれた。……ちょっと違うか。

そしてサクヤさんからは……

 

「そうね……私達四人じゃ、まだ無理じゃないかな。」

 

決定的な発言。それに対してコウタが騒ぐ。

 

「マジでえ!このメンツでも!?」

「一人二人は死人が出るだろ。」

 

その死人の中に、自分やコウタが入っているであろうことが容易に予想できた。別に卑下しているわけではない。だが直感で感じたのだ。自分達は、まだ弱いと。

 

「まあ、生きていればそのうち戦えるようになるさ。それまで死ぬな。絶対に生きて帰れ。」

 

リンドウさんから発せられる唯一とも言える命令。だが、ソーマにはそれが気に入らないらしく……

 

「その命令……いい加減聞きあきたぜ。」

 

それにどうこうと反応があることもなく、

 

「おー。特にお前には何度でも言っといてやる。ほっとくと自分から死にに行っちまうような奴にはな。」

「チッ……黙れ。」

 

険悪だ……

 

「さあてと。俺は次のデートに備えて精の付くものでも食ってくるかな。」

 

いつもと同じように飄々と言いつつエレベーターに向かうリンドウさん。それにコウタが言う。

 

「まず俺に女の子を紹介するのが先じゃないっすかね?」

「ははは……お前の手には負えないと思うぞ?」

 

そう言い放ちながらエレベーターの中へと消えてゆくリンドウさん。サクヤさんやソーマの表情は何とも言えない不審感を漂わせていた。おそらく私も。

ところで……うだうだと文句を言い続けるこのどうしようもない同期は如何様にするのが得策であろうか?




さて、前回の出来事で結構明るくなった主人公ですが…どうでしょうか?
友人からは「何で始めっからこうしないんだ?」とか言われたんですが…
とにかく、次回からアリサが登場します。この小説内でもさほど立ち位置は変えていませんが、ちょっとばかり性格を変えています。
そして、少々不躾ではあるのですが皆さんへのちょっとしたお願いです。
閲覧者数が伸びているのはありがたいことなのですが、やはりそれだけでは皆さんからの評価がどのようなものなのかが分かりません。
ですので、積極的な評価をお願いします。小説の表示画面の上に『評価を付ける』という項目がありますので、そちらから酷評でも何でも時間があったらつけていってください。ご協力をお願いします。
えーそれでは、また次回もお会いできることを願っています。


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新型仲間

…疲れました…
いえ昨日五話投稿するとか言っておいて三話しか出せなかったものですから…即効で編集作業と修正作業終わらせたんですよ…うああ…疲れたあ…


新型仲間

 

「ふわぁ……」

 

最近は寝起きの気分がいい……

あの防壁が破られた日以来、昔のことをあまり夢に見なくなった。治療で寝ていた三日間も、リンドウさんが怪しかった日も、それから今日までの一月も昔の夢はほとんど見ず、見たとしても良い思い出ばかりだった。精神的に明るくなると悪い夢は見なくなる、とか言うけど本当なんだなあ……

 

「ふふっ……おはよう。」

 

前よりも笑っているようにすら見える写真の中の家族達。

さて、今日はちょっと特別な日だ。話は一昨日に遡る。

_

___

_____

 

いつものようにジャムを塗ったパンをかじっていると、サクヤさんが訪ねてきた。

 

「どうしたんですか?こんな朝早くに来るなんて。」

 

一応言っておこう。時間は午前五時である。

起きる時間は基本的に四時半頃。深く短時間で寝る、というのをやっていたら、いつのまにやら十時に寝て四時半に起きるなんてサイクルがある程度確立されてしまったのだ。

 

「あはは。リンドウが泊まっていかなかったらこのくらいに起きるのよ。」

 

……え?

 

「あ、あの……リンドウさんが泊まってくって……」

 

二人とも大人。幼なじみだという話。えっと……

 

「うーん……神楽ちゃんにはまだ早いかな?」

 

やっぱりそういうことですか……

 

「……そ、その……コーヒー……飲みますか?」

「あー、気にしなくって良いわよ。そんなに長居するようなことでもないし。」

 

いえ……そういうことではなくてですね……

 

「……私の精神安定のためにも飲んでください……」

 

うう……たぶん私の顔真っ赤だ……

 

「あははっ。それじゃあ頂くわ。」

「はい。……どうも……」

 

だめだこりゃ。そう思いつつミルを使ってコーヒーを淹れる。

 

「へえ。良い香り……」

「サクヤさんもそう思いますか?やっぱりこうやって淹れる方が香りが良くなるん……」

 

サクヤさんの方を見て、その後の言葉が言えなくなった。

 

「?どうかした?」

 

そんな私が不思議だったのだろう。サクヤさんが気にしてきた。

 

「あ、いえ……もうそろそろ良いですね。どうぞ。豆はあまり良いものじゃないんですけど……」

「ありがと。……あ、おいしい……」

 

コーヒーを飲んでそんな風な感想を漏らすサクヤさん。……その顔は、さっきから母に似ていた。

 

『うん、おいしい。どんどん上手になってるね。』

 

母から淹れ方を教えてもらってから毎日のようにコーヒーを淹れていた。慣れていくにつれて自分でもちょうど良い時間や量、温度などを探したりしていった。それで母に誉めてもらえるのが純粋に嬉しくて。

 

「そう言ってもらえると嬉しいです。」

 

そうやって誉めてもらえたコーヒーを、また別の人から誉めてもらえるのも……やはり純粋に嬉しかった。

まあ、その後ガールズトーク状態になってしまったのは言うまでもない。男女の話に行きそうになったときは全力で方向転換したけど。

 

   *

 

ガールズトーク開始から十数分後。一つ気になることがあった。

 

「ところで、何かあったんですか?突然だったからなんかうやむやになっちゃいましたけど。」

 

サクヤさんはというと……

 

「……すっかり忘れてたわ……」

「うっ……」

 

どうしてそうなったんですか……あ、リンドウさんのくだりがあったからか。

 

「えっとね、例の新型の新人さんなんだけど、明後日ここに来るらしいのよ。」

「そうなんですか?」

「私も昨日の夜リンドウから聞いたんだけどね。」

 

ああ、と頷く私にサクヤさんは続ける。

 

「それでその教練なんだけど、新型特有の動きを教えてあげてほしいってツバキさんが言ってたらしいの。たとえば銃と剣の切り替えタイミングとか。」

 

ほうほう……えっ?

 

「あの、ここにいる新型って私だけ……ですよね?」

「ええ。だから……」

 

パン、と音を立てながら両の掌を顔の前で合わせるサクヤさん。ちょっと顔を横に倒し、片目を瞑りつつ……

 

「教えてあげて?」

 

………………

 

「えええええっ!ちょっ!私まだ新人……までいかなくっても人に教えられるような状態じゃないですっ!」

「大丈夫!もう一人前よ!もうヴァジュラと一人で戦ったって普通に勝てるじゃない!」

 

ガッツポーズと共に身を乗り出しながら無茶ぶりを言う。

 

「いや確かにヴァジュラなんてかわいい猫ちゃんに見えちゃいますけど……ってそういう問題じゃありません!」

 

一ヶ月の間に自分でも相当強くなったと自負している。この間ヴァジュラを一人で討伐に行くことになってしまったのだが……二戦目にして無傷で勝ってしまった。

その後も実戦経験を積みに積み……いやいや、今はそんなことを語っている場合ではない。

 

「そりゃあ前と比べれば格段に強くなってはいますけど……まだ人に教えられるほどじゃないですし、そもそも戦闘中に形態切り替えなんてほとんどしないですし……」

 

ぶっちゃけた話、こっちが教えてほしいくらいだ。大きめの隙でしか切り替えをしないほどなのだから。

 

「じゃあ、話し相手はかって出てくれる?来る子って、十五歳の女の子らしいの。」

 

……あ……これって逃げられないパターンだ。ニヤニヤしているサクヤさんを見ながらそう感じた。

 

「さすがに私とかリンドウみたいに年が離れていると厳しいし、ソーマはそもそも話そうとするかどうかも怪しいし、コウタは……ねえ。」

「ま、まあそうですね……」

 

きわめて同感。とはいえ……包囲網がさらに狭くなってしまっている。

 

「ってことで、お願い!」

 

さっきみたいに掌を合わせるサクヤさん。逆らえるはずもなく……

 

「……はいぃ……」

 

尻すぼみになりながら引き受けてしまうのだった。はあ……気の合う子だったらいいんだけど……

_____

___

_

なんてやりとりがあったなんて露ほども知らないその新型の子が、今目の前にいる。きれいな子だ。

ロシア人らしいとても白い肌。すらっと長い四肢。マリンブルーの瞳。肩の辺りで切りそろえられた銀髪。端正ながらもどことなくあどけなさを持つ顔立ち。かわいい。っていうか、同じ女の子として羨ましい。服装がすごいけど。

 

「ロシア支部から転属となりました。アリサ・イリーニチナ・アミエーラです。よろしくお願いします。」

 

わっ。声もすっごくきれい……

 

「女の子ならいつでも大歓迎だよ!」

 

コウタの発言。ソーマを始め、アリサちゃんや教官、そして当人を除く全員ががっくりと肩を落とす。が……

 

「よくそんな浮ついた考えでここまで生き残ってこられましたね。」

「へっ?」

 

怒りはないが完全に呆れかえっているようだ。今度はコウタも含めて同じリアクション。つまるところは面食らった。

 

「彼女は実戦経験こそ少ないが演習では優秀な成績を上げている。追い抜かれないように精進しろ。特にコウタ。」

 

教官からの辛辣な一言。

 

「名指し!?」

 

……コウタの嘆きが教官の耳に届くことはなく……

 

   *

 

さてさて、そんなちょっとした騒ぎから三時間後の座礁した空母上では……

 

「遅いですね。」

「まあリンドウさんは重役出勤の常連だから。」

 

任務に向けて待機している私とアリサちゃんがいた。クアトリガというアラガミの討伐任務であるこの任務で、わざわざ出撃ポイントで待機している理由は……リンドウさんがこないこと。

 

「そういえばアリサちゃんてさ……」

 

いろいろと聞いてみようかな、と思ってかけた言葉を遮られる。

 

「呼び捨てにしてください。子供扱いされているようで気分が悪くなります。」

 

うう……なぜこんなにも呼び捨てを好む人々が集まるのであろうか?

 

「じゃ、じゃあアリサってさ、コーヒーとか飲む?」

 

自分でも間の抜けた質問だと思ってしまうが、まあ当たり障りのないところではあるだろう。

 

「何でそんなことを聞かれたのかよくわかりませんが……コーヒーよりは紅茶派です。」

「そっかあ……」

 

そしてなぜコーヒーがあまり好かれないのであろう。

サクヤさんはコーヒーが大好きだそうだが……

リンドウさんは、コーヒー?そんなもんよりビールだビール!

コウタは、えーっ。ジュースの方がいいんだよな。

そしてソーマは……どうでもいい。

それぞれがそんな風に言葉を返してきた。なんだか寂しい……

 

「おー早いなお前ら。」

 

そしてやっと到着するリンドウさん。

 

「相変わらず重役出勤ですね……」

「重役だからな。」

 

いつもの会話なのだが、アリサの場合は違った。

 

「自覚の足らない……せいぜい旧型は旧型なりの仕事をして、くれぐれも邪魔はしないでください。」

 

言い放った。躊躇なく。

 

「ちょっ!アリサ……一応は上官なんだから……」

 

リンドウさんも少し驚いたようだったけど、すぐに私の言葉を遮った。

 

「っはは。ま、足引っ張らないようにがんばらせてもらうさ。」

 

そう軽く言いながらアリサの肩に手を置いたのだが……

 

「きゃあっ!」

 

アリサの方は叫びながら跳び退いた。

 

「……こりゃまたずいぶんと嫌われたもんだな。」

 

リンドウさんはそれについて何を言うでもないが、アリサからしてみるといくら何でも何も言わずにはいられないようで。

 

「あ、あの……すみません。そんなつもりじゃ……」

 

慌てる彼女を落ち着かせようとしてか、または別の理由でか、とにかく彼は落ち着いていた。

 

「……いいか?混乱しちまったときはな、空を見るんだ。そんで動物に似た雲を探してみろ。落ち着くぞ?」

 

経験や場慣れ。飄々とはしているけど、やはりこの人にはなかなかかないそうにない。

でも……空を見るかあ……お母さんと同じこと言ってる。

 

「なっ、何で私がそんなことっ!」

「いいからやれって。とにかく見つけるまではそこを動くな。これは命令だ。」

 

ほんと、かなわないなあ。

 

   *

 

アリサと別れて進むこと一分。再奥地までたどり着いた。ここまで会わなかったことを考えると……地下にいるのだろうか?

 

「アリサのことなんだがな……」

「はい?」

 

リンドウさんが口を開く。いつもとは違って真剣な表情だった。

 

「どうやら結構訳ありらしい。定期的にメンタルケアのプログラムもあるっていうし、まあ何かとみてやってくれ。頼むぞ。」

 

やはり、隊長だ。こんな時はふとそう思う。

 

「サクヤさんからも言われましたよ?話し相手になってあげてほしいって。」

 

そう告げると……

 

「なっ!くっそお……俺の仕事取っちまいやがったな。」

 

悔しそうに言ったものだ。まったく、仲の良いことで。

でも、その悔しそうな表情は次に言ったことと共に消えた。

 

「ところでだ。これは俺からのもう一つの頼みなんだけどな……」

「他にも何かあったんですか?」

「いや何かってほどじゃないんだが……」

 

そう言って続けた。

 

「何となく支部長様が新型をアナグラに集めようとしてる気がしてなあ……それとなく聞いてみてくんねえか?俺が聞くと後がめんどくさそうだからな。」

 

新型を集めている?……そういえば、新型が二人いるのって今のところここだけかもしれない。何かと情報は入りやすい新型配属の知らせだが……まだ一人もいないところだってあるのではなかったか?

……いやそれよりも……

 

「……そもそも聞くのが面倒なんじゃないですか?」

「そうとも言う。」

 

あぁ……やはりそうでしたか……

 

「まあそういうことだから頼む……おお。アリサのやつ、見つけたか。」

 

なんかさっきよりもさらに機嫌が悪くなっているような印象を受けるのだが……あれ?

 

「アリサ!」

 

彼女の後ろに巨大なものが現れる。どこか戦車を思わせる四本の脚部。装甲板を張り合わせたかのような胴体。髑髏状の頭部。左右に張り出したミサイルポッドと呼ばれる器官。間違いなくクアトリガだ。

 

「っ!」

 

振り向いた直後の彼女に六発のミサイルが降り注ぐ。それを……

 

「邪魔!」

 

スプレッドタイプの弾丸で全て撃ち落とした。……ベテランでもなかなか出来ない芸当だ。彼女の腕

は確からしい。

 

「射撃援護お願い!」

 

言葉をかけつつ前に出る。アリサは狙撃兵。私が前衛となるのが得策だ。私の後ろにはリンドウさんが続く。

 

「よーう。いい雲は見つかったか?」

 

なぜ今そんな話を……

 

「オウガテイル型の雲を見つけた自分に腹が立ちました!これで満足ですか!?」

「お、おう……」

 

……この日一番の不幸少女=アリサ。まあ、それはともかくとして……

 

「ちゃんと戦ってってば!」

 

前面の装甲板が開かれ、大型ミサイルを撃とうとしているのをそのミサイルを捕食して止める。直後に爆発。大きなダメージとなったのは疑うまでもない。爆風で飛ばされそうになったけどそこはご愛敬だ。

 

「リンドウさん!アリサ!」

 

二人に一発ずつアラガミバレットを受け渡す。

 

「サンキュー!」

「どうも……」

 

……アリサは素直じゃないだけであると信じたい……

まあ何にしても二人ともちゃんと戦い始めてくれたから良しとしよう。

アリアがクアトリガの頭部へと多数の弾丸を撃ち、その間にリンドウさんが右前足を切り裂いていく。

 

「ふうっ。ったく堅い奴だ。」

「そりゃあ金属みたいなものですから。」

 

一旦下がるリンドウさん。彼の神機はその前足を切断するには及ばず、三分の二まで切れ込みを入れるにとどまった。そして入れ替わりに突っ込む。

それを受けてか私に向けてミサイルが放たれる。

 

「……遅い。」

 

それら六発を回避しつつ後ろへ回り込み足を狙う。

 

「……ん……」

 

やはり堅い。ベルセルク発動中でも一撃で切断するのは骨が折れる。

後ろ足を一本失ったためにバランスが崩れる。最後の回避は、その巨大な胴体に押し潰されないためだ。

そして離れると同時にミサイルポッドが爆発する。アリサの弾丸だ。彼女の足下には数本の使い終わったOアンプルが転がっている。いつのまにか頭部の排熱器官も結合崩壊しているし、相当な数の弾丸を撃ったのだろう。……一度も銃剣の切り替えを行わず、というところに若干問題を感じるが。

という感じでぼろぼろになったクアトリガの前面装甲へとリンドウさんの神機が深々と突き刺さる。……完全に動かなくなった。

それを確認してからリンドウさんがコアを回収する。無傷だ。

 

「何でそんなに上手なんですか?……なんだか羨ましさすら感じるんですが。」

「んー?経験だ経験。」

 

経験かあ……飄々としているけどなんだかんだ言ってやっぱりこの人はすごい。今ではアナグラで一番の古株だし、これまでに討伐してきたアラガミの数だってとんでもなく多いのだろう。ウロヴォロスを一人で討伐したことがあるのは極東支部の中では彼だけなんだし。

 

「さあて、さっさと帰ってビールでも飲むとしますか!」

 

……ちょっと……いやかなり私生活に難ありだが。

そんなリンドウさんを見るアリサの目には、明らかな敵意があるように感じられた。




もうお気付きの方も多いかと思いますが…戦闘シーンを書くのはめちゃくちゃ苦手です。ご容赦を。
っていうか、昨日読み返してて思ったんですけど…原作ととてつもなく違ったストーリーになってますね。今回は特に。
なんとなくクアトが描きたくなってこうなったんですが…にしてもすさまじくストーリーが変わっているんだよなあ…
まあその辺は置いておいて、今日も複数話投稿になると思いますのでお付き合いください。


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確執

どもども。
今回、ちょっとだけアリサの性格が変わります。


確執

 

任務も終わり、シャワーも浴び、部屋にいても暇を持て余してしまいそうだからエントランスへ。

 

「んー……ふう。」

 

身体の筋を伸ばしながらエレベーターから降りる。こんな風にすると結構気持ちがいい。のだけれど……

 

「何度言ったらわかるんだよお前はっ!」

「わっ!」

 

降りた瞬間にこんな罵声が飛んでいては……

 

「そちらこそ何度言えばわかるんですか?わざわざ軸線上から外れた位置から撃ち始めているのにいちいち斜線上に飛び込んで……自分のミスを考えもせずによく人の責任にしていられますね。」

 

またか……

アリサが来てから今日で五日。その間に他の部隊との合同任務もこなしていっているのだが、いかんせん馬が合わないらしい。

叫んでいるのは小川シュンさん。第三部隊唯一人の近距離型神機使いだ。……分不相応な任務を考えなしに受けてしまうことのある先輩というか……ごめんなさい。あんまり先輩とは思えないです。

そのシュンさんは……

 

「てめっふざけんな!」

 

拳を振り抜いた。いくらなんでも黙っているわけにはいかない。アリサとの間に入ってその拳を受け止める。

 

「シュンさん!それはいくらなんでもまずいです!」

 

こうなっているときのシュンさんは叫ばないと何も聞いてくれない。前にコウタが止めに入ってぶっ飛ばされていたこともある。

 

「……お前か……」

 

私にまで敵意を向けないでくださいよ……

 

「そのばかに言っておけ!まともに考えて動けってな!」

 

捨て台詞を吐きながら神機格納庫へと入っていった。

 

「さっきの言葉、そっくりそのまま返しておいてください。」

 

そう言いながらエレベーターへと消えるアリサ。

私は私でアリサの今日の同行者の一人であったソーマに声をかける。彼は下にいた。手足を組み、おもしろくなさそうにフードを被って座っている。

 

「何がどうしてたんですか?」

「……思い出すのもばからしいがな……」

 

そう言いつつも教えてくれた。

 

   *

_

___

_____

 

旧工業地帯の一角。

魚型のアラガミであるグボログボロ。はっきり言って口とヒレしかねえが。基本的に鈍重だが、額の砲塔から放たれる水球に関しては面倒だ。

そいつをジーナと例の新型、そこにシュンの奴を加えた四人で討伐していた。

戦闘開始直後に二人の銃撃が放たれる。どちらも近距離型にとって邪魔にならない位置からだ。

右の胸ビレを砕き、尾ビレを切断し……シュンの奴は砲塔を破壊しようとしていた。その右側をアリサの弾丸が通り抜けている。アサルトだけに連射性は良い。

そのシュンを狙って水球を放つ準備がされ始めた。鈍くせえが。

それに対してあいつが取った行動は……

_____

___

_

 

   *

 

「……まさか、右に避けたんですか?」

「ああ。」

 

シュンさん……それじゃあ八つ当たりですよ……

 

「アリサは銃撃を止めなかったがな。」

 

えっ?

 

「あの、止めなかったって?」

「弾丸がでかいからあのバカが見えなかったんだろ。多分だが。」

 

だとすると……どっちが悪いと言うべきなんだろう?

……どっちが悪いもないか。結局のところはしょうもない二人、と言うくらいでとどまってしまうし。

 

「あら?どうしたの?」

 

カウンターの向こう側からサクヤさんが降りてきた。私たちが一緒にいるとは思っていなかったのか、どこか意外そうな口調だ。

 

「それが……またアリサとシュンさんがいざこざを起こしちゃって、ソーマに何があったのか聞いてたんです。」

 

そういうとサクヤさんの表情が驚きのものに変わった。

 

「ソーマに!?教えてくれたの!?」

「うるせえ……」

 

えっと、何がどうしてそういう会話が成立するのかがわからない私はどうすれば……

 

「ソーマが人と関わることなんて滅多にないのに……」

「……」

 

……彼が人と関わろうとしない理由には最近気が付いた。たぶん、私と同じような理由だ。でもそれは今どうでもいいのでは?

 

「それにしてもアリサも困ったわねえ……なかなかここの神機使いと馴染めないみたいだし……」

「ロシア支部でも仲の良い人はそんなにいなかったそうです。……仲のよかった人は、死んでしまったりしたって……」

「なるほどね……」

 

彼女とまともに話しているのはここではまだ私だけだ。他の神機使いは彼女を敬遠、あるいは無視する者すらいる。状況は芳しくない。

 

「まあとにかく、力になってあげてね。あなたにはある程度心を開いているみたいだし。」

 

出来る範囲にはなってしまうが……いつまでもそんなことを言っていられない。

 

「はい。」

 

はっきりと答えた。

 

   *

 

ってわけで今彼女の部屋の前に来ているのだが……

 

「何でサクヤって人といいあなたといいいきなり訪ねてくるんですか!しかも汗流していたときに限って!」

 

と言いながらかれこれ十分は経過している。どう考えても着替えとかではないドタバタとした音が響いているが、いったい何が起こっているんだろう?

 

「お待たせしました……」

 

部屋の扉を開けて顔を出したのは汗だくで息を切らせているアリサ。汗を流したって言ってたのに……

 

「う、うん……おじゃまします。」

 

通された彼女の部屋は何ともこざっぱりとしていて清潔感が漂っていて……タンスの隙間から服が飛び出ていてベッドの下から下着の紐らしきものが顔をのぞかせていて部屋の片隅に干された布団の後ろから段ボールが垣間見えていてとまあすさまじい……そうか。これが十分間の出来事か。

 

「紅茶しかありませんが……どうぞ。」

 

えっと……照れ隠し?なように思える。

 

「うん。ありがとう。」

 

おそらくは来客用の椅子に座っての会話。向かい合っているのだが……さてさて、どこから切り出したものか。

 

「これ、ロシアの?なんか普通の紅茶とは違う感じがするけど……」

「私、ロシア人ですよ?」

「なるほど。」

 

ふむふむ。こういう香りなんだ……味もちょっと変わってる。これもいいなあ。

 

「それで、何の用ですか?」

 

そうだった。

 

「まあ用ってほどじゃないんだけど……ここの暮らしには慣れた?」

 

とにかく当たり障りのないところから。

 

「さすがにまだ五日間しか経っていませんからどうとも言えません。」

「あははっ。確かにここって入り組んでるもんねえ。」

 

どこの支部もある程度の統一性はあるものの……極東支部は増改築を繰り返しているため、他の支部よりも入り組んだ形になってしまったという。初めの頃は私も苦労した。……まあ、今でも少し苦労するけど。

 

「そもそもここには調子に乗った人が多すぎです。」

「調子に乗った人?」

 

うーん……なんか自分から話し出してくれているから助かるんだけど……調子に乗った、かあ。結構すさまじいな。

 

「強くもないのに先輩面をしたり、お金のことしか頭になかったり、自分の狙撃以外全く考えずにいたり……」

 

シュンさんとカレルさんとジーナさん。うーん……辛辣だ……

 

「人を助けることだけ考えてアラガミの討伐を疎かにしたり、戦術理論だけ考えていたり、誤射以外に脳がまったくなかったり……」

 

タツミさんとブレンダンさんとカノンさんのこと……

 

「仕事しないくせにリーダー風吹かせたり、回復弾に集中してまともなダメージを与えるのを忘れていたり、バカなことばっかり言っていたり……」

 

リンドウさんとサクヤさんとコウタ……

 

「ちょっとばかり強いからっていつも人を小馬鹿にするような態度を取っていたり……」

 

……消去法で……ソーマ……

 

「ねえ……」

 

私の言葉は届いていない。

 

「誰も彼もふざけた人ばかり……そんなことでアラガミが倒せるわけがないのを全く理解してな

い。」

「ちょっと……」

 

……押さえられるかわからない……

 

「あんなことで神機使いを名乗っているなんて……」

「だから……」

 

……黙れ……

 

「笑わせてくれま……」

「黙れっ!」

 

バシッ……そんな音が響いた。

 

「うっ……つ……」

 

同時にアリサが吹っ飛ぶ。頬を押さえながら起き上がる彼女と、ピリピリとする掌。

でも、悪いとは思わなかった。

 

「……ちょうどいいから言っておく。あなたがそれぞれに感じていることは他の人も薄々と思っていることが多いけどね、シュンさんもカレルさんもジーナさんもアラガミと戦うことへの決意はあなたなんかよりももっとしっかりとしてる。タツミさんやブレンダンさんだってあなたが言うようにアラガミをすぐに倒したい。そうじゃないと被害はもっと大きくなるから。だけどあの人達は防衛班なの。目の前に襲われそうな人がいたら、アラガミを倒すよりも先にその人を助けるのが最優先事項とされている、ね。カノンさんだって誤射を減らす為に毎日二時間は練習場にいる。高い適合率故のものを直そうとしてる。リンドウさんもサクヤさんも、常に仲間のことを考えて動いている。だめな人に見られようと攻撃のチャンスを逃そうと、仲間を助けようとするからそうなるの。」

 

語気が激しくならないようにするのが精一杯。怒りまで抑えられるような状態ではなかった。

 

「……あなたの話だと、ソーマが人を小馬鹿にしてるってことになるよね。」

 

アリサの胸ぐらを掴んでしまう。怯えている彼女を無理矢理引きずり起こして……

 

「彼はあなたなんかと比べ物にならない物を負っている!あなたみたいに唯憎しみに駆られてアラガミを殺そうとしている奴とは違うの!……だいたい……」

 

止められない……ここまで激昂したのは久しぶりすぎて……思考は冷静なのに、感情が体を突き動かしてしまう。

 

「いい加減気付け!一番調子に乗ってるのは自分だろ!」

 

アリサを放りとばして部屋を出た。

 

   *

 

……自分の部屋に入って、鍵をかける。

 

「……はあ……」

 

何であそこまで言ってしまったんだろう……彼女が不安定なのは知っていたのに……

 

『ちょっとばかり強いからっていつも人を小馬鹿にするような態度を取っていたり……』

 

「っ!」

 

壁を殴る。そうか私は……ソーマが貶されたことが一番嫌だったんだ……

……ターミナルについているランプが点滅していた。個人の部屋にあるターミナルに備え付けられているメール受信時に点滅するランプだ。

 

「……あ……」

 

差出人はアリサ。すみません、と件名にあった。

 

『すみませんでした。今更ですが、シュンさんとのことがあって興奮していたようです。今後とも、よろしくお願いします。』

 

「アリサ……」

 

……彼女の方が大人だ。私なんかよりもずっと。

そう自分を窘めながら、返信画面を開いた。

 

   *

 

……何なんだあいつらは……急に仲良くなったみてえだが……

ついぼやいてしまうのは……あいつら。つまりは神楽と例のアリサとか言うくそ生意気な二人が妙に仲が良いからだ。

 

「ふふふ。雨降って地固まるね。」

 

……あ?

 

「お前……何かやっただろ。」

 

隣に来てニヤニヤとあいつらを見るサクヤ。間違いない。何かやってやがる。

 

「別にい♪ちょっとばかり偽装してメールを送っただけよ♪……はあ、やっぱり若いって良いわねえ」

 

……放っておくか。




うーん、サクヤさんがしたたかなお姉さんになって行っているが良いのだろうか?


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蒼穹の月

…まんまです。タイトルが完全にそのまんまです。
これしか思いつかなかったんだよ!しょうがないだろ!だいたい○×□+@*・・_#%$=/……!(←言葉にならない言い訳)



蒼穹の月

 

さてさて、そんな大騒ぎから一週間が過ぎた頃……

 

「偵察任務、ですか?」

「おう。旧市街地のな。」

 

エントランスの二階では私とアリサ、そしてリンドウさんの三人がブリーフィングをしていた。

 

「下の臨時のかわいこちゃんの話ではだな……これまで未確認のコア反応波形が確認されたってことらしい。」

 

実は今日、ヒバリさんが休暇をもらって休みなのだ。支部長から日頃の頑張りのご褒美、と言う形のサプライズで貰ったらしく、オペレーターには別の人が付いている。まあ当然、いつものローテーションとは違う人という意味だから、臨時のかわいこちゃんとか言うリンドウさんの言葉は微妙に違う。

ちなみにヒバリさんはものすごく嬉しそうだった。訳を聞いたら、極東支部主催のバーゲンが開かれるのだとか。うーん……私も行きたかった。

 

「それで……何で私達を?」

「まあ一番は偵察任務の経験を積ませること。それと、いざ戦うとなっても問題ないと判断したってこと。んでもって第一部隊のメンバーを出しすぎるわけにはいかないってこと。さらに言えば最近おまえ達のコンビネーションが良いってことだ。」

「なるほど。」

 

なんかずいぶん誉められた感じがするのだが……

 

「あなたがそこまで誉めてくると逆に不気味なんですが……」

「うん。確かに。」

 

さっすがアリサ。同じようなことを感じてくれていた。……対してがっくりって感じのリンドウさん。

 

「……まあそんなわけだからよ……二時間後ぐらいにさっき言った地点に来ておいてくれ……」

 

ああ……エレベーターに乗り込む彼の背中から哀愁が……

 

   *

 

「来ない……」

「来ませんね……」

 

二人の不満げな声が重なる。理由はいつも通り。リンドウさんの重役出勤故である。

と、そこへ私達を二十分は待たせた自称重役さんが到着。

 

「おーう悪い悪い。遅れちまったか?」

 

相変わらずというかどうしようもないというか……

 

「はい。かれこれ十分は遅れています。」

「二時間後と言うからそれより少し早めに来てみれば……やっぱり遅れましたか。」

 

辛辣な私達。

 

「……悪い……さあ……行こうぜ……」

 

肩を落として歩き出すリンドウさんであった。

 

   *

 

そんなかんじで偵察開始後五分。教会の南東の端まで来た。ここまでの接触はなしっと。

そしてその南東の角をリンドウさんを先頭に北に折れて、と。

 

「お?何だ?何であいつらがいるんだ?」

「え?」

「何が……」

 

リンドウさんが見ていたのは教会の北東の角。そこにいたのは……

 

「何っ?」

「あれ?リンドウさん、何でここに?」

「どうして同一区画に二つのチームが……?どういうことっ?」

 

ソーマとサクヤさんとコウタ。第一部隊が全員、あり得ない形で出会ったのだ。

通常、一つの地域には一チームしか送られない。複数のチームが同じ場所に存在していては、神機使いの人数不足を補えなくなるからだ。当然、もともといたチームからの増援要請で合流することはあるものの、今回に関してはそんなわけもない。

 

「考えるのは後にしよう。とにかくさっさと済ませて帰るぞ。俺たちは中、おまえ達は外を警戒。良いな。」

 

こういうときのリーダーシップはさすがと言わざるを得ない。私とアリサは彼について教会内へと入り……同時に、最奥の破壊された壁。外と通じるその穴にアラガミが飛び入った。

私達を認めた瞬間に床へと飛び降りるそのアラガミ。

ヴァジュラだと思いそうになって、それは違うと悟る。骨格はヴァジュラだが、顔の部分が虎ではなく石膏の女神像のような物で形成され、背中のマントは青へと変わり、纏う雰囲気すらも違う。……どこか周囲を冷たくするかのよう。

 

「下がれアリサ!後方支援を頼む!神楽はこのまま前衛!」

「了解。」

 

……何だろう、この感じ……何かとてつもないことが起こるとでも言うような……

 

「くっそ……!堅えな!」

 

予感にかまけている場合ではないか。

 

「くっ……」

 

リンドウさんに続き左前足を切ろうとするものの、弾かれる。この白い部分は無理なようだ。そういった白く覆われた部分を除くと……現実的なのは胴体を攻撃すること。

 

「ふぅ……」

 

息を吐き出しつつ胴体を切り裂く。……どちらにしてもすさまじく堅い。斜め上から浅めに狙ったというのに、その切っ先は振り抜くことが出来なかった。

 

「神楽!下がれ!」

「っ!」

 

右足で蹴りつつ神機を抜き取る。真後ろへと離れた瞬間、足下からは氷の柱が幾本も突き出した。

そうしてアリサの辺りまで下がった私に聞こえる二つの音。

一つは外での戦闘音。目の前のアラガミと同じ声も聞こえた。……そしてもう一つ……

 

「……パパ……?ママっ……?やめて……食べないで……!」

「アリサ?」

「アリサ!どうしたあ!」

 

リンドウさんの声と重なる。が、それが聞こえている様子はない。

 

「……アジン……ドゥヴァ……トゥリー……」

 

こんどはそんな訳の分からないことまで言い出した。……その銃口が向けられた先にはリンドウさんがいた。

 

「アリサ?ねえアリサっ!……うっ……くう!」

 

後ろから飛んできた何か。弾き飛ばした最初の一発が壁に突き刺さり、それが氷柱のような氷弾であることを知る。続けて飛来した氷弾はガードしたのだが、シールドの特性上若干のダメージはくらってしまう。

その氷弾の、本来の標的であったアリサは……

 

「いやああ!やめてえええ!」

 

撃った。……真上に。

同時に感じる、先ほどの範囲攻撃の予兆。

 

「このっ……!」

 

まずアリサをこの部屋の外へと投げ飛ばす。……何ヶ所か擦りむいてしまうだろうが致し方ない。

その直後に足下から氷の柱が立ち上る。

 

「あうっ!」

 

……ダメージは大きい。それもとてつもなく……だが、致命傷ではないのも確かなのだ。

さあ、戦え。誰も死なせないために。

 

   *

 

「っ!何だ!」

 

中からの轟音。まずいことになっているのは間違いねえ。

 

「あなた……!いったい何を!」

 

先に中に入ったサクヤの声。誰に向かって……くそっ。考える暇もねえな。

 

「チッ!少し黙れ!」

 

剥き出しの肩を下段から切り上げる。判断しようとしていようが何していようが攻撃して来やがって……

 

「えっ!?通信が通じな……うわっ!」

 

コウタも教会内部へと引き下がる。……俺も下がるしかねえか。

入ると同時に声がする。

 

「命令だ!アリサを連れてさっさとアナグラに戻れ!」

「リンドウ!あなたも!」

「悪いがこいつらの相手してから帰るわ。配給ビール、取っておいてくれよ!」

 

何で崩れていやがる……

 

「だめよ!私も残って戦うわ!」

「聞こえないのか!アリサを連れてとっととアナグラに戻れ!サクヤ、全員を統率!ソーマ、退路を

開け!」

 

中からは未だに轟音がする。……この状況で、生きて帰ることができる確率は……

……神楽が……いない……?

 

「サクヤさん!行こう!このままじゃ全員共倒れだよ!」

「いやよ!リンドウ!」

 

その叫びに答えて、中から聞こえた声。

 

「サクヤさん!ソーマ!コウタ!行ってください!絶対に生きて帰りますから!」

 

……神楽……?

 

「ふざけるな!この状況で……」

 

俺の声は途中でかき消された。

 

「絶対に生きて帰ります!」

「っ……」

 

この状況……こっちの戦闘音も聞こえているこの状況で言い切った?

 

「私はもう……誰も死なせない!これ以上、誰かに大切な人を失う苦しみを味あわせない!……だから絶対に生きて帰ります!……ソーマ……私を信じてください。」

 

……こいつは……

 

「……行くぞ!」

 

二人に声をかける。サクヤすらも自ら動いた。コウタはアリサを背負う。

生きて帰る。あいつの言葉に、答えなくてどうする……

……ただ自分に言い聞かせている俺がいた。

 

   *

 

「……行ったか……」

「……行ってくれましたね……」

 

崩れた瓦礫に背を預けてぐったり座っている。そんな状態での締まらない会話。でも、どことなく、本当にどことなく安堵に包まれていた。これで四人は生き残ってくれる。そう……ソーマも。

一体目との交戦開始からしばらくして、三体までは倒した。それらが入ってきた穴からは、また別の個体が来る。残りがいくついるのかはわからない。

 

「はあ。ちょっとくらい休憩させてくれよ。体が保たないぜ……」

「ふふ……ほんとですねえ。まだ一本吸ってないんじゃないですか?」

「ま……こいつは捨てるっきゃねえなあ……」

 

三分の一ほど吸ったタバコを投げ捨てるリンドウさん。

何でだろう……こんな絶望的な状況で思い出すのは……

 

「……ソーマ……」

 

彼の背中で泣いたあの日。五年前からずっと忘れていた人の温もりを、彼は思い出させてくれた。

人でないものが、そんなものを求めて良いはずがない。そんな風に思って閉じこもっていた殻を、全部取り去ってくれた。

生きて帰る。自分でそう誓った。

そして、彼は応えてくれた。

 

「神楽あ……背中は預けたぜ。」

「……預かります。あ、交換条件で私の背中をお願いしますので。」

 

前はこんな言葉なんて言えなかった。彼が救ってくれて、やっと言えるようになった。

 

「ったく……緊張感ねえなあ……」

「緊張感ゼロの人が隣にいますから。」

「っはは。言うようになったな。……さあ、もう一踏ん張りだ。」

 

まだまだ、なんにも恩返しできていない。

 

「一踏ん張りで済むと良いんですけど。」

「おいおい……」

「冗談ですよ。……頑張りましょう?」

「おう。」

 

ソーマ……私は……生きて帰りますから。




今のところストーリー改変が一番大きいかもしれません。コウタとの初陣といい勝負ってところですかね…


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何を理由に

蒼穹の月後、アナグラの中でのお話です。とりあえずここまでがこの小説の第一部です。


何を理由に

 

アナグラだ……

失神しているアリサをコウタが背負い、俺とサクヤがアラガミをつぶしつつここまで引いた。グレネードも切れた……ぎりぎりだな。

 

「お前達!無事か!?」

 

ツバキか……もう少し整理がついてから顔を合わせたかったんだが……

 

「サクヤは軽傷だ。コウタも問題ない。……問題あんのはこいつと……残った二人だけだ……」

 

自分の怪我は無視する。たかが右腕の骨折。この程度で死にはしない。

……エントランスには沈黙が流れる。

 

「報告はまだ良い!救護班!アリサを病室に運べ!……ソーマ、お前も怪我の治療を済ませておけ。その状況でも、下手をしたら出撃させるかもしれん。理由は不明だが、数カ所でアラガミが活性化している。」

 

活性化。その言葉に体が反応する。あいつらはどうなっている……応急処置を受けながら、最悪の想像をしてしまう。

 

「二人の反応は途切れ途切れだがキャッチしている。今はまだ大丈夫だ。あの地域のアラガミの討伐もかねてタツミ達を出してある。」

「……わかった。」

 

正直納得出来ていないと言っていい。今でさえあの場所に行こうとするのを押しとどめるので精一杯だ。

 

「ツバキさん!」

 

切羽詰まったヒバリの声。

 

「神楽さんの腕輪反応が……消えました……」

 

……は?

 

「途切れているだけという可能性は!?」

「リンドウさんの反応をキャッチしています……」

 

何て言ってる……

 

「タツミ達と連絡は!?」

「通信障害がひどく、不能のままです……ただ……」

 

……思考がはっきりしない。浮かぶのは全てあいつの顔。これまでに俺に見せた、全ての顔が浮かぶ。

 

「ただ何だ!?」

 

何をバカな……あいつは生きて帰ってくると言ったはずだ……また自分に言い聞かせようとしている。

 

「……リンドウさんが……アラガミと一緒に近付いています……」

 

この言葉で目が覚めた。

 

「どこだ?」

「もう防壁の西ゲート前にいます。」

「だったら早く開けろ。」

 

……アラガミと一緒……

 

「そ、そんなっ!そんなことしたら防壁内にアラガミが!」

「それはアラガミじゃねえ!いいからさっさと開けろ!」

 

吐き捨ててゲートへ向かう。止める声がするが知ったことじゃない。

あいつは絶対に生きて帰ってくる。あいつ自身がそう誓ったのだから。

 

   *

 

……そして五時間後。大量発生したアラガミの討伐も済んだアナグラ。その第二病室。

 

「……」

 

その部屋のベッドに、神楽が寝ていた。腕輪をなくし、包帯に全身を包まれて。

二人が来たであろう防壁のゲートへ突っ走った俺は、途中で二人と会った。……ふらふらと力なく歩くリンドウ。そしてその背に背負われた……

そのリンドウの比ではないほどに大怪我を全身に負って意識のない神楽。

俺を例のアラガミの爪から救って、その隙を他の二体に連続で攻撃された。自身の治療に向かう前にリンドウはそう言った。その時に腕輪が破壊され、意識がなくなり、少しして起きあがったときに、端から見てもただのアラガミだと思えるほどに暴走した、と……

ベッドの横に置かれた椅子。右腕を吊られた状態でそれに座り、すでに三時間は経過している。……リンドウは根を詰めるなと言った。サクヤは俺のせいではないと。コウタすらも、俺のおかげであいつらだけでも戦える状態で戻れたのだと、そう言った。だが……

 

「くそっ……」

 

膝に左肘を乗せて、その手で頭を抱えた。

 

『絶対に生きて帰ります!』

 

あの時お前はそう言ったはずだ……いや、生きて帰って来てはいる……だが……

 

『私はもう……誰も死なせない!これ以上、誰かに大切な人を失う苦しみを味あわせない!』

 

こんな状態で……こんな姿で……

 

『……だから……絶対に生きて帰ります!』

 

こんなことで、帰って来たなどと誰が言えるものか。意識のないお前がいたところで惨めになるだけだというのに……

 

『……ソーマ……私を……信じてください。』

 

信じたさ。お前は帰ってくると。きっと無事で、と……

 

『……行くぞ!』

 

頭を押さえていた手を目頭へと動かした。……その程度で、これが止まるはずもないが……

 

『……行くぞ!』

 

再度頭に甦る自分の言葉。

すまない。これは俺の責任だ。

だが……それをわかっていても尚願いがある。

 

「……後生だ……俺を、独りにしないでくれ……!」

 

   *

 

……沈んでいく……私の意識が、私の心が。

起きたいのにそれが出来ない。

私……今どこにいるんだろう?

 

「おーい。朝だぞー。起きろー。」

 

……あれ?お父さん?

 

「えー……まだ良いじゃん……」

 

何で怜の声まで……

 

「だーめ。ほら、お姉ちゃんは起きたわよ?」

 

……えっと、お母さん?何で普通に指さされてるんだろう?

 

「あれ?えっと……」

「どうしたあ?何か夢でも見たかあ?」

 

夢……そうか、夢なのかな。

きっとそうだ。お父さんもお母さんも、怜だっている。あんな嫌な世界が現実であるはずがない。

 

「何でもない。おはよう。」

 

そうだ。またいつもの一日が始まるんだ。みんながいる一日が。

 

「ほら怜?早く起きなきゃ。もう八時だよー。」

 

並んで置かれたベッド。隣で眠る弟を起こすのもいつもの一日。

 

「まだ寝たいい……」

「起きなさーい!」

 

駄々をこねたら脇の下を擽る。きゃあきゃあ言いながらどたばたとする怜を面白がっていたりして。

 

「起きた?」

「起きた起きたあ!」

 

いつもの一日……でも、そこには今いてほしい人はいない。

 

「……」

 

唐突に終わりを告げた、仮初めの毎日なんだ。

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

毎日が楽しくって、いつまでも続くだろうと思っていた。

 

「……お姉ちゃんね、行くところがあるの。」

 

その陰に隠れていただけの、現実ばかりのこの世界における本物の毎日。

 

「だから……行くね。」

 

行って来ますじゃない。行く……いや、還るのだ。私がいるべき世界へ。彼が待つ世界へ。

 

「さよなら。いつか、ずっと遠い未来までね……」

 

家族が消えた。家も、街も、何もかも全て消えていった。残ったのは、私と、一枚の扉。あの最悪の日、たった一つだけ残っていた私の家を示すもの。

その扉を、押し開ける。

瞬間、その扉さえも消え去って……私は光に包まれていった。

 

   *

 

人の夢。人は、それに対して自ら儚いと言った。今はその気持ちがよくわかる。

神楽は目を覚まさない。……俺はまた独りになるのか?……あまりに愚問だ。こいつがいなければ、この世界に同族がいるはずもねえ。

 

「……っ!」

 

……膝の間に垂れた左手が、何かを感じ取る。

祈るように閉じていた眼。それを開いた。……俺の左手に触れる、色白の小さな左手。

反射的に神楽の顔を見た。

 

「……えっと……ただいまです。」

 

彼女の目は薄く開けられ、間違いなく俺を見ていた。その目尻に光るものをためながら。

気が付くと、俺は神楽を抱きしめていた。左手だけであっても、どこにも行かせまいと力強く。

そして……俺の背に手が回されていく。弱く、しかしはっきりとした感触。俺をこの場から離れさせまいとするかのように、次第に強く抱きしめてゆく。

 

「やっと……またあえた……」

 

夢を見ているとでもいった表情でそう言った。

 

「こっちの台詞だ……心配かけさせやがって……」

 

……人のことを、初めて愛おしいと思った。兵器として生まれ、兵器として死ぬはずだった俺に、感情をくれた。その彼女を、ただ愛おしいと……

横向きにぴったりと押し当てられた顔。安心しきった表情。その全てが好ましく、愛おしかった。

 

「……安心したら……コーヒーが飲みたくなってきたんだけど……」

 

……あ?

 

「えっと、飲んでも大丈夫かな?」

 

ったく……何を上目遣いになってるんだか……

 

「怪我人は怪我人らしく茶でも飲んでろ。コーヒーは怪我を治してから飲め。」

「あうう……」

 

笑っていた。生まれてから今まで一度たりとも笑わなかった俺が、笑っていた。

 

「笑わないでよお……コーヒー大好きなんだもん……」

「っはは……悪い」

 

……俺の中には、新しい感情が芽生えていた……

 

「……」

「どうしたの?」

 

後に恋と呼ぶものだと知るその感情は、言葉として彼女へと向けられた。

 

「……俺は……お前のために生きたい。……それでも、いいか?」

 

人として生きる理由。それは、彼女と共にいることとして顕現した。

 

「……私も、そうして良い?」

 

長くはない回答。俺の中で、幾度も繰り返される。

 

「当たり前だ……」

 

さらに強く抱きしめた。……それは、神楽も同じこと。

俺が、兵器として生きることを捨てた瞬間だった。




…長かった。非常に長かった。一部だけでこんなに時間がかかるなんて思っていなかった。
男主でクリアして、
「逃げるなあ!」
が聞きたくて女主にして…ソーマとくっ付けたくなった衝動。
どのタイミングが良いかって考えたらまず蒼穹の月直後が出てきて、さあそこでどうやるかって考えたら
「リンドウと閉じ込めちゃえば?んで二人で生還して、重症で病室にいる女主を思って自分の全てに悲観している悲劇のソーマ君と淡く切なくガチラブにしt(ry)」
というこれまでも何度か出てきた友人からのありがたい助言をいただいて、その内10%を採用。…なにせやつは妄想がひどくって…
んでこうなった次第です。
…読ませたらぼろ泣きしてたけど…
そんなわけで、次回から第二章に入ります。…おっそろしく長くなりそうなので、これからも末永くよろしくお願いします。


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第二章 自分という名の存在
“いつも”の変化


お久しぶりです。いやあ、やっと合宿が終わりました。地味に長ええ…
今回から第二章となりますが…神楽の性格が思いっきり明るくなります。
…と、言うよりも…これが本来の性格であったというか…いやいや、ネタばれに繋がっちゃいますね。
そんなわけで、どうぞお楽しみください。本日は二話投稿の予定です。


“いつも”の変化

 

さて、そんなこんなからしばらくして今自室にいるのだが、さすがにあれはひどいような気がする。

たとえ動けるのだとしても私は怪我人のはずだ。それがなぜ目が覚めた途端に自室療養にされなければいけないのか!という話である。いやまあ理由は単純なんだけど。

そもそも論として第二病室は正確には病室ではない。新しい神機使いが来たときのため、または何かしらの会議を行うため、はたまたいざという時の民間人の収容するために随時空けてある部屋にベッドをおいたにすぎないのだ。そして第一病室はアリサが使用中。現在面会謝絶。まあ大丈夫だとは思うのだが……

とか何とか愚痴ってはいるが、その実すごく気分がいい。……当然だ。

 

「はぁ……やっぱりコーヒーが飲めるっていいなあ……」

「お前な、少しは療養中だってのを……」

「むう。堅いなあ相変わらず。もう一杯飲んで柔らかい考えを持ったらどうかな?」

 

ソーマと一緒にコーヒー飲めるんだもん。気分が良くならないはずもない。しかもソーマも怪我人だからいくらでも独り占め。

……さっき様子を見に来たリンドウさん達第一部隊員曰く、なんか……また性格変わったな、とのこと。……自覚はないが……変わったのだろうか?

別にこれといって変わったところはないはずなのだが……彼と並んでソファーに座って時折彼の肩に頭を乗せたり手を結んだりしながら楽しく談笑。何かおかしいのだろうか?

 

「それにしても右腕折られちゃうとは……ずいぶんこっぴどくやられてるねえ。」

「お前が言うな!」

 

あらら。きっちり返されちゃった。……うん。なんか嬉しい。

が、そんな時間を邪魔する無粋な輩が約一名。

 

「えーっと……神崎神楽君はすぐに研究室に来てくれ。ちょっと重要な話があるからね。」

……館内放送で私を呼ぶペイラー・榊……博士。

 

「うーん……ソーマ、一緒に来て。」

「待て、俺は呼ばれてねえ。」

 

相変わらず堅い彼である。

 

「良いじゃん良いじゃん♪」

 

その左手に抱きつきながら彼の肩に頭をすりすり。あ、端から見たら猫だ、今の私。

 

「……」

「ごろにゃ~ん♪」

「なっ!?」

 

ふむふむ。予想外の出来事には耐性がないのか。完全に力が抜け落ちたようだ。

 

「よし行こう!」

「なっ……なあっ!?ちょっと待て!」

 

叫ぶソーマ。そんな彼を引っ張っていく私。……うーん……端から見た感想が怖い。

 

   *

 

「ええっと……神楽君を呼んだはずなんだが……」

「……連行され……」

「成り行きです。」

 

よし。封じ込め完了。

 

「それで……何がどうして私が呼ばれたのかさっさと聞きたいのですが。」

 

うん。それが問題なんだよね。まあだいたい予測は付いてるんだけど……

 

「当然、その右腕と君の体についてさ。」

「やっぱりですか。」

 

協会に閉じこめられたときに壊された腕輪。普通なら壊された時点でアラガミ化が進行し始めるのだが、私の場合は何も起こっていない。

それは単に……

 

「君の体は……全てオラクル細胞で構成されているようだ。」

「そうですよ?」

 

……知ってるし。

 

「やっぱり……あの腕輪は飾りだったのかい?」

「アラガミの反応を隠すための装置とのことですが?」

 

ぶっちゃけた話、無粋なる榊……博士に言われるまでもなく、私はアラガミだ。経緯は、まだソーマにすら話していない。

ちなみにその装置はここの職員の人が秘密裏に入れ替えてくれたもの。……ちょっとしたコネがある。

 

「……調べて良いかい?」

 

そんなことだろうと思いました……

 

「またずいぶんとすごいことを言いますね……」

「まあ……学者の性、というところかな?やっぱり目の前に良い研究対象がいるとねえ。」

 

……研究対象?

 

「……そんなふざけた理由でしたら……どうぞ御逝去なさりやがってください♪」

 

手を下腹部の前で重ね、首を右に倒し、満面の笑みを浮かべつつ眼を笑わせず、後ろに私は怒っていますオーラを出しながら、あくまで言葉は……あれ?なんか日本語としておかしい文章になってるような……まあ良いか。

同時にきびすを返す。……扉の前で暇そうに突っ立っていたソーマの手を握りながら。

 

   *

 

その後二人して支部長に呼び出されて……長々と面倒な……訂正。ありがたいお言葉を賜り、私だけ先に帰されてしまい……

 

「暇だよお……」

「そう言われましても……」

 

エントランスでヒバリさんに絡んでいるという次第だ。

 

「暇だっていうのは私たちにとってはアラガミが来ていないってことですし、それはそれで良いんじゃないですか?」

「そうなんだけどさあ……毎日出撃してたから、出撃もなくソーマといるわけでもなくってなるとちょっと……」

 

一昨日までだったら……ソーマと、じゃなくってみんなとだったのかなあ。

 

「え、えっと、それならリンドウさんやサクヤさんに会いに行くというのは?」

「却下。あのイチャイチャ状態に入る勇気はない。」

「な、なるほど……」

 

あの二人……実はこの間帰還してからというもの、リンドウさんの部屋でずっとイチャイチャしているのだ。あの中に入ったら生きて帰ってこられるかすら怪しい。

 

「そ、それじゃあコウタさんに……」

「もっと却下。コウタと一緒にいたらバガラリーっていうのを五時間は見る羽目になる。」

「う……」

 

前に彼の部屋にいったことがあるのだが……棚の上には何かのフィギュア、床にはジュースなどの缶、ベッドの横には何かの映像ディスク、スクリーンには誰かが映っているという確実に異質な状態。しかもそこに入って五分でバガラリーなるものを一話から見せられた。……もう勘弁。

 

「だったら……第二第三部隊の方のところにでも……」

「うーん……部屋に遊びに行くような仲の人がいないんだよねえ。ほら、カノンさんは自主訓練中だし。」

「……八方塞がりですね……」

「そうなんだよ。」

 

だからここに来てヒバリさんに絡んでいるのだ。

「そういえばアリサさん、まだ面会謝絶らしいですけど……大丈夫でしょうか……」

「さっき病室の横を通ったときは寝てたみたいだけど……ずいぶん静かだったし。何とかなるといいんだけどね。あのときはずいぶん取り乱してたし、もしかしたら昔何かあったのかな?」

 

それは自分がそうであるが故の考え。一概に彼女に当てはめて良いものではないことはわかっているのだが……

 

『……パパ……?ママっ……?やめて……食べないでっ……!』

 

あのとき彼女が言った言葉が思い出される。食べないで……か。

 

「あの……神楽さん?」

 

ヒバリさんの声で我に返る。

 

「あ、ううん。何でもない。」

「そうですか?」

 

まだ疑っているようだけど、こればっかりは彼女に話したってしょうがない。まだ確証も何もないのだ。いたずらに噂を立てるわけにもいかないだろう。

 

「ところで、腕輪なくって大丈夫なんですか?……というか……アナグラの中に常にアラガミの反応があると私としても……その……」

 

ああ確かに……いくら何でも自分の家みたいな場所にアラガミがいるって出てたらねえ。

 

「うーん……とりあえず隠す必要もなくなったから、私のコア反応だけは表示しないようにとか……いろいろ対策を取ろうとはしてるらしいよ?最有力はあの腕輪みたいなのを付けておくってことだけど。今リッカが作ってくれてるんだ。……重いからやなんだけどねえ……」

「あ、そうなんですか。いつまでもこの状態だとさすがにまずいですからねえ……」

 

さすがに言葉には出さないが……言外に早くしてほしい、というニュアンスが含まれている。まあ、当然だ。だいたいヒバリさんは悪気があってそう思っているわけではない。単純に落ち着かないのだろう。

 

「そういえば、神楽さんとリンドウさんが倒した例のヴァジュラ種なんですけど……名称、どうします?」

「名称?」

 

……とてつもなく面倒でとてつもなく嫌なアラガミだったが、やっぱり興味はある。……名称をどうするって?

 

「神楽さんとリンドウさんが初の接触者兼初の討伐者なので、一応名前を付けても良いことになっているんです。……リンドウさんは勝手にやってくれ、だそうですが……」

 

ほうほう。

 

「うーん……Prettily-Martyr……ちょっと語呂が……プリティヴィ・マータ……うん。これで決定で。」

「プリティヴィ・マータ、ですね。本部に送信しておきます。ところで、何か意味があるんですか?」

 

意味はまあ直訳で良いんだけど……

 

「元はPrettily-Martyr。直訳で、上品な殉教者って感じかな。あれのイメージが私の中でそんなのだし。」

 

と、そこへ……

 

「それはインド神話の地母神の名前だろうが……どっからどうやったら全く同じ名前を全く違う言語で表現できる。」

 

ソーマが来た。

はっきり言っておくが……私は今までとてつもなく暇だった。それは単にソーマがいなくなったから。そして……その彼がエレベーターから降りてきたとすれば……

 

「やったあ!暇が解消される!ヒバリさん!またね!」

 

……第一部隊員曰く、なんか前の明るい性格になったところっからさらに変わった、性格によって……

 

「おまっ!いきなり抱きつくんじゃ……ヒバリ!何でニヤニヤしてやがる!」

「いいえ?とっても微笑ましいなあ、なんてこと考えてませんよ?」

「考えてるじゃねえか!」

 

って流れに発展するのであった。

そんな、新しい“いつも”。




…お分かりかと思いますが、今回は完全にコメディ状態です。
ここまでがなんとなくシリアスだったので…


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嵐の前の静けさ

すみません。結構時間が空いてしまいました。
なんかタイトルからして怪しいですが、今回はそこまで大きな進展がありません。
作者のぐだぐだにお付き合いください。


嵐の前の静けさ

 

さてさて、なかなかにしょうもない日々が十日目を迎えた日。

 

「んー……久しぶりのミッションでこれかあ。」

 

源隊復帰を果たした私とソーマは、エリックさんと共にあるミッションに赴いていた。場所はまたまた贖罪の街。

 

「ふふふ……安心したまえよ神楽君。接触禁忌種といえどたかがスサノオ一匹。いざとなったらこの僕が華麗に助けてあげようじゃ……のわああああ!」

「上に注意するようにしても横が留守じゃあだめですよ?」

「上に注意したところで横ががら空きでどうする?」

 

何があったかと言えば……

いつものようにキザで自己満足な言葉を並べ連ねていたエリックさん。彼の真横の崖の下からスサノオが飛び出し、その神機の捕食形態ににた形状の腕から光弾を発射したのだ。

その光弾を、彼の横十センチに突き出した私とソーマの神機の刀身が全てカバーしたという次第で……

 

「消えろ。」

 

その数秒後にはソーマの手によってスサノオの右腕が切り落とされている、ということである。

 

「ソーマ!刀は弾くから足切って!」

 

神機を銃に変形させながら彼に言う。スサノオとの戦闘では足を切ってダウンさせるのは重要な意味を持つ。が、その足にたどり着くまえに尻尾の刀を潜り抜けなければならず、それが熟練の神機使いでも難しいとされているのだ。

 

「ああ。」

 

短い回答。同時に足へと突っ込んでいく。

それを阻もうとする刀を……

 

「邪魔。」

 

弾丸で弾き返す。今日はアサルトだ。連射性も問題ない。

 

「フン。」

 

三回ほどそうして弾いた頃、ソーマが右前足を切り飛ばす。続いて右後ろ足、横薙に振って左前足と後ろ足とを順に切断した。そうしている間も執拗に彼を狙っていた刀は、私の弾丸ですでにぼろぼろ。かろうじで原型を留めている程度だ。

 

「エリックさん!お願いします!」

 

完全にダウンし、ソーマが一旦離れると同時に接近する。銃撃手はエリックさんと交代だ。

 

「ああ。華麗なる僕が……」

「どうでもいいからさっさと残りの神機を狙ってください!」

 

誤解なきよう。別にエリックさんがだめな人だと思っているわけでは……ちょっとあるかも。

私が狙っているのはもうほとんど壊れている刀。左の神機に向かって飛んでいくエリックさんの銃弾の横を走りながら自身の神機を刀に変える。

 

「よ……っと。」

 

こちら側に向けられた左前足の切断面を捕食する。後ろから迫ってきたスサノオの刀は……

 

「往生際が悪いんだよ。」

 

ソーマにガードされる。

 

「さっすがあ。抑えといてね。」

「こいつが引かなければな。」

 

だから相変わらず堅いと……ま、いっか。

目標の切断位置は私の真上。バーストの恩恵を受け、二段ジャンプをしてそこまで到達する。

 

「んっ!」

 

下から尻尾を切り上げる。スサノオの部位の中でも特に柔らかいそこは、いともたやすく切断できた。

その痛みからか暴れようとするスサノオ。……その体は、とうとう左腕も破壊されてしまったがために何一つ残っていない。

そんな状態を後目に空中で神機を銃にし、ソーマに向かってアラガミバレットを全弾受け渡す。

 

「あと頼んだ!」

「もうやってるだろ。」

 

チャージクラッシュの体制に入っているソーマ。彼の神機から黒いオーラが発生する。

 

「終わりだ……!」

 

その一撃は、スサノオの体を半分に切断して尚地面まで穿った。

 

   *

 

「あー……コア回収やりたかったのにぃ。」

 

空中でほぼ真下へとアラガミバレットを連射する暴挙を行って、相当高くまで反動で上がっていってしまった。結局地上まで来たときにはソーマがコアの回収を済ませているという……

 

「……悪い。」

 

顔を背けながら詫びてくれるソーマ。……なんか……Sに目覚めそうな私がいる。

 

「冗談。ほら、早く帰ろっ?」

 

……こうしてミッションに出て改めて感じる。彼と、一緒にいられる。そんな幸せ。

 

「……そうだな。」

 

微笑みながら返してくれる。そんな彼も、同じだったらいいな。

 

   *

 

「神楽お姉ちゃーん!エリックー!」

 

アナグラに帰り着くなり呼ばれる私。

 

「エリナちゃん。来てたの?」

「うん!」

 

声の主はエリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。エリックの妹さんだ。何でこんな風に呼ばれているかって言うとだ。あのコウタとの初合同任務となったアラガミの外部居住区襲撃で私が助けた少女が、実はエリナちゃんだったことに起因しているわけで……まあ、ちょっと嬉しくもあったり、同時に少し寂しかったり。

 

「君の方が先に呼ばれるとは……兄として複雑だよ……」

「そ、そうは言われましても……」

 

なんか微妙な空気になっている私たちに構わず、エリナはじゃれついてくる。

 

「お姉ちゃんもエリックも遊んで?サッカーしよ?」

 

……お姉ちゃん……かあ……

 

『お姉ちゃん!早く公園行こうよ!置いてっちゃうよ!』

 

懐かしい。でももう、フラッシュバックを起こすことはない。

 

「神楽?どうかしたか?」

 

ソーマの声で我に返る。

 

「お姉ちゃんって呼ばれると、ちょっと懐かしいんだ。」

 

……私の言わんとしていることは理解してくれたようで……

 

「……行ってこい。報告はしておいてやる。」

「……うん。」

 

やっぱり、彼は優しい。

心の中で彼に礼を言いつつ、エリナちゃんが手を振っている一般出入り口へと向かった。

 

   *

 

「お姉ちゃん遅いよお!」

「ごめんごめん。さ、行こっか。」

「エリナ……神楽はお前の友達では……」

「大丈夫ですよ?私も楽しいですし。」

「やったあ!」

 

気が付けば当たり前となり、気が付けば周りの神機使い達が微笑んでいる光景。そんなものが、あいつの周りでは増えていっている。

腕輪のない神楽。彼女はすでに第一部隊の中心的な存在になっている。アナグラの、といっても過言ではないだろう。

俺を取り巻く環境も、前と比べれば格段に良くなった。死神と呼ばれていた、昔の俺。それが今では他の部隊から名指しで同行を頼まれることすらある。全てが神楽のおかげだ。彼女がどう思うかはわからないが、俺はそう思っている。

 

「おー、仲良し三人組は今日も遊びに行くのか?」

 

エレベーターから降りてきたリンドウ。

 

「ああ。」

 

報告を済ませるか。そう思ってエントランスの一階に向かう。

 

「エリックも言ってたからなあ。エリナに姉が出来たみたいだとかなんとか。」

「……自分の妹じゃねえのがミソだな。」

「っはは。違いない。」

 

典型的なシスコン……まあ、あいつらしいと言えばあいつらしい。

話している内にカウンターに着く。

 

「スサノオの討伐は完了だ。記録つけておいてくれ。それと……」

 

その先をヒバリに奪われる。

 

「神楽さんとエリックさんの外出許可ですね。了解しました。」

 

どうやら俺が思う以上に当たり前の光景となっているようだ。

 

   *

 

その十分後と言ったところか。

 

「そういやお前、支部長のやつは順調なのか?」

 

リンドウの部屋にいた。

 

「相変わらず、無茶なものをやらされているさ。」

 

今日のスサノオの討伐。珍しく他の神機使いの同行を許可された特務だった。さすがに神楽と二人は厳しいような気がしてエリックの奴も連れていったが……はっきり言って二人で十分だったな。

支部長直轄任務である特務は、その性質上特務を任されていない神機使いを同行させることは特に指示がなければ禁止されている。

特務の目的はアラガミのコアの回収。任務ごとに種別は違うが、それだけは変わることがない。……訳わかんねえことに使ってやがる様だが……

 

「そうか。最近は特務も増えてきてるからなあ……あの支部長は何やってるかわかったもんじゃないな。」

「俺が知るか。」

 

というより知ってたら苦労しない。

……俺がやることは、どうせ変わらないだろうが。どうせあいつと生きようとするだけだ。

 

「まあ良いさ。ところでだ、神楽とはどこまでいってんだ?」

 

……は?

 

「おいリンドウ。今度は神楽なしであの教会に閉じ込めてやろうか?」

「……それは勘弁だな……」

「ならふざけたこと聞くんじゃねえ。」

「委細承知。まったく……冗談ぐらい言わせ……冗談だ冗談!」

 

……腿にナイフがあった。……ちょうど良い。このくらいじゃねえとこいつは黙らねえ。

結局そこで黙らせてから話題もなくなり、さほど経たずに別れた。……めんどくせえおっさんだ。

 

   *

 

「おねーちゃーん、またねー!」

 

離れたところから手を振っているエリナちゃんに、アナグラの入り口から大きく手を振り返す。彼女が見えなくなるまで振っていた。

 

「すまないね。いつも遊んでもらってしまって。」

 

隣にはエリックさんがいる。その表情は終始綻んでいた。

 

「だからあ、私だって楽しいから大丈夫ですってば。」

 

エリナちゃんとあの日死に別れた弟。二人は、どことなく似ていた。重ねる対象ではないとわかっていても感じてしまうそれは、私の心を童心に帰らせてくれる。

 

「彼女がいつも言っているよ。本当にお姉ちゃんが出来たみたいだ、とね。僕としてはちょっと複雑なんだけど……」

「複雑?」

 

その意図するところを測りかねた。

「いやあ……自分でも華麗でないと思ってしまうのだが、なんだかエリナは最近君と一緒にいることの方が多い気がしてね。そう……やきもちを焼いているとでも言うのかな。」

「……大丈夫ですよ。」

「えっ?」

 

私とよく一緒にいる。それは間違いじゃない。だけどやきもちを焼くような内容でもないのだ。

 

「だってエリナちゃん、私と一緒にいる時ってエリックさんの話ばっかりですから。」

「そうなのか?」

 

周りにエリックさんがいなかった場合、ほぼ確実に主語がエリックになる。その全てが、ほめ言葉へと繋がっていくのだ。

 

「エリックはいつも守ってくれるの、とか、エリックはいつも遊んでくれるの、とか……すごく嬉しそうに。」

「そう言ってもらえてるなら嬉しいんだけどね……僕は僕で結局のところ、君に守られっぱなしだ。この間エリナを守ってくれたのさえ、君じゃないか……」

「関係ありません。」

「……どうして?」

 

なんだか半信半疑な様子のエリックさん。

 

「エリックさんとエリナさんは……兄妹じゃないですか……」

「っ……すまない……」

 

私が家族を失っていることは、もうアナグラに知れ渡っている。というか、自分からソーマやほかの何人かに伝えたのだ。

 

「いえ。大丈夫ですから。」

 

兄妹。一見強くはないその繋がり。でも本当は……何より大切だと知っている繋がり。二人には、それがあるのだ。

 

「だから、安心してください。彼女にとっての優先順位は、私なんかよりもあなたの方がずっと高いですから。」

 

自分でも諦めを含んだ発言だと思う。彼女とは、最高でも親友止まりだろう。

 

「……それでも……またエリナと遊んでやってくれるかい?」

 

……そう言う心配がまず出てくるんだから大丈夫。そう思いを込めて言った。

 

「もちろんです!」

 

   *

 

エリックさんとはエントランスで別れた。どことなくいつもより嬉しそうだったな。

それでこの後何をするか考えようとしたところにヒバリさんから声がかかった。

 

「あ、神楽さん。」

「んー?どしたの?」

 

……間の抜けた、と自ずから思ってしまう返事だ。

 

「アリサさんのことなんですけど、大車先生がいらっしゃるときは面会可能になりましたよ。」

 

聞き慣れない言葉が出てきた。大車先生?

 

「えっと、その先生って……誰のこと?」

 

そう聞かれると予想していたようで、すぐに説明してくれた。

 

「アリサさんの主治医の方で、本名は大車ダイゴって言うんです。アリサさんのメンタルケアも行ってるんですけど、そのおかげか新型神機にも精通しているんだそうですよ。確かこの支部へは……アリサさんと一緒に移動してきていましたね。」

「へえ……まだ会ったことないなあ。」

 

正直とても会ってみたい。新型神機にも精通しているのなら尚更だ。

 

「ねえねえ、今日その先生ってどこにいるの?」

「ちょっと待ってください……あ、もう帰宅されてますね……ちょっと変わり者なんですよ。わざわざ外部居住区の宿舎に入ってらして……支部長から大きめの個室を与えられたそうなんですけどね……普段は宿舎の方で生活しているそうです。」

 

「そっかあ。」

 

残念。まだいるんだったらすぐ会いに行こうと思ったのに。

 

「あ……」

「どうしたんですか?」

 

ちょっと待てよ?アリサの面会は大車先生がいるとき限りで、その大車先生が今いないってことは……

 

「アリサのお見舞いも行けないのかあ……」

「あー……そうですねえ……」

 

はあ……明日まで待つしかないなあ……




ある日の友人の言葉。
「エリナにさ、お兄ちゃんとか呼ばれてみたいよな!」
たしかエリナの情報が開示された直後に言っていたはず…
それが湾曲して捻じ曲がってちょうど超電磁砲の黒子の
「お姉さま!」
を超電磁砲Sで見て…こうなりました。いやあ…どうしてこうなった!
…と、私は私自身への無意味な問いかけをします。


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うねり出す激流

えー予め申し上げておきますが、この辺りでとてつもなく原作から吹き飛びます。後で若干戻るとは思いますが…


うねり出す激流

 

「ふあ……あ……朝だあ……」

 

手元の時計は午前四時を指している。うーん……夢も見ないほど爆睡してた。さすがにエリナちゃんと遊ぶとバテるなあ。あのくらいの子って私たちとは別のベクトルで体力あるんだよなあ……特に遊び続ける体力なんて底なし。

 

「ふふっ……おはよ。」

 

家族ときっちり別れた後でも続けている日課。日に日に笑っていくようにすら感じる。

 

「♪~」

 

ソーマと一緒に聴いた曲を鼻歌で歌いながらキッチンへ。食パンを取り出してトースターに放り込み、焼き終わったらジャムを付けて口へと運ぶ。

 

「今度のは質が良いかな?」

 

このご時世だ。食べられるだけありがたいのだが……昨日使いきった六枚切りの食パンは味がいまいちだった。材料となる小麦粉の種類が不定だからである。時にパンにするのに全く合わないようなものを使っている場合もあり……いやいやもうやめよう。確実に堂々巡りになる。

 

「ごちそうさまでした。」

 

さあてコーヒーだコーヒーだ。

 

「っと?」

 

と思ったところでインターホンが押される。この時間に……誰だろう?

 

「はーい……あ、サクヤさん。おはようございます。」

 

扉を開けて外を確認するとサクヤさんがいた。そういえば前にもこのくらいの時間に来てたっけ。

 

「おはよう。ちょっと質問があるんだけど……いい?」

「えっ?良いですけど……何かありました?」

 

まだ何があったってわけじゃないんだけど……。そう言ってソファーに座るサクヤさん。コーヒーを二人分淹れてから横に座る。

 

「えへへ。この間良いコーヒー豆が手に入ったんですよ。」

「本当?じゃあ早速……」

 

一口飲むと同時に表情が変わる。

 

「わっ。本当においしい。」

「サクヤさんもそう思いますよね。グアマテラって言うんですけど……最近はその作付け自体が減ってきちゃってなかなか手には入らないんです……こんなにおいしいのに……」

 

とりあえずは来客用にしよう、なんて考えていたのだが……

 

「えっと、ところで、さ。……最近リンドウに変なところってある?」

「変な……ですか?」

「ええ。」

 

サクヤさんから出たのはそんな質問。リンドウさんに変なところがないかどうか?

 

「特に変だと思うようなところはありませんけど……おかしなことがあったんですか?」

 

聞き返すと、それがね、と一拍置いて言った。

 

「“お忍びのデート”が多いのよ。」

「それって……」

 

記憶をたぐり寄せ……そうだ、あの大型討伐演習の時にそんな言葉がリンドウさんの口から出てきていた。あの日はたしか、ウロヴォロスのコアを無傷で回収した部隊がいるって館内放送があったっけ。

 

「前からちょっとはそう言って出てたんだけど……最近は回数が異常に多いのよ。ほぼ毎日。」

 

リンドウさんがデートと言っているものが極秘任務か、またはそれに準ずるものであることには私も薄々気が付いている。だからこそほぼ毎日、というのは明らかにおかしい。

が、同時に私にどうこうできるような問題でもなさそうだ……

 

「うーん……投げやりになっちゃうんですけど、この際直接聞いてみる、っていうのはどうですか?」

「直接?」

 

言われた意味をいまいち理解できていないらしい。

 

「はい。えっと、その、つまりですね……ふ、二人はその、えー、たた、大変親密な仲ですから……ですね……」

「あ、それこそベッドの中で聞いちゃえってこと?」

「はうあ!さ、サクヤさん!ち、ち、直で言わないでくださいよお!」

 

ひーん……また私の顔絶対真っ赤だあ……

 

「うん……ありがとう。神楽ちゃんに話せてちょっとすっきりした。」

「そ、それは何よりです……」

 

何よりなんですけど落ち着くまで待って……何でこんな時にソーマの顔が思い浮かぶの!落ち着けない!

 

「じゃあ、またねー。コーヒーごちそうさま。」

「あ、はい。」

 

そう言って部屋を出るサクヤさん……から、深呼吸している私に爆弾が落とされる。

 

「ソーマとは早く既成事実作っちゃいなさいよ?最近女性陣に人気急増中なんだから。」

 

これは……新手のいじめなのだろうか……

 

   *

 

そんなはちゃめちゃからだいたい三時間後。この日の任務の受注のためエントランスへ降りてきた。

 

「おはよー。」

「あ、おはようございます。」

 

……ありゃ?ヒバリさんしかいないのか。

 

「それで、今日大車先生がいるのって何時くらいまで?」

 

アリサのお見舞いに行きたい。でもって大車先生に会ってみたい、ということである。

 

「一旦お昼で帰って、その後再出勤するかは微妙……お昼前に行った方が良さそうですよ?」

 

ふむふむ。じゃあ速攻で任務終わらせるか。

 

「わかった。任務はどんなのがアサインされてるの?」

「そうですね……急を要するものには廃寺エリアでのコンゴウ堕天種、旧都心部エリアでのボルグ・カムラン、それに空母跡のヴァジュラ、これらの討伐要請が来ています。」

 

白猿とサソリと猫か。

 

「じゃあ猫……ヴァジュラ行ってくる。」

「了解しました。お気をつけて。」

 

よおし……行き帰り含め二時間かけずに終わらせてやろう。

 

   *

 

それから三十分ほど後のエントランス。

 

「おはようございます。リンドウさん、ソーマさん。」

「よう。」

「ああ。」

 

くそったれな特務を受けるために俺とリンドウが降りてきていた。

 

「そういえば神楽さんにはもう伝えたんですけど、アリサさんと面会可能になりましたよ。主治医の大車先生がいるとき限りですけど。」

 

あいつの面会か。いったい何が起こったんだかもわからねえが……いや、何でああなったかの方が重要か。

 

「そうか。んじゃあ後で行ってやんねえとな。」

「うーん……リンドウさんが普通に行って大丈夫ですかね……?」

 

どこか不安そうなヒバリ。まあ無理もねえ。

 

「本人がこれだ。ある程度回復してればどうとでもなるだろ。」

 

……何でてめえら二人して驚愕してやがる……

 

「ソーマ……お前ほんとに丸くなったよな……」

「……神楽さん効果ですね……」

 

……だからてめえら……

 

「……どうでも良いだろ今は。支部長の野郎から特務が来てんだ。早くしろ。」

 

そう。俺はだべりに来たわけじゃねえんだったな。

 

「特務ですね……あ、ポセイドン二体の討伐依頼が来てます。それで間違いないですか?」

 

ポセイドン。クアトリガ種の第一種接触禁忌種のアラガミ。ったく、この間のスサノオといいこいつといい面倒な奴ばかり……

 

「ほうほう……おいソーマ、こいつでいいんだっけか?」

「当たり前だ。特務がそんなにあるわけねえだろ。」

 

相も変わらず頼りんなんねえリーダーだ。

 

「じゃあこの内容で受注しておきますね。お気をつけて。」

 

リンドウが答えて手を振る。

さて、行くか。くそったれだが……多少はましになった仕事に。

 

   *

 

地響きと共に地に伏すヴァジュラ。……の三体目。

 

「んもう!こんなにいるなんて聞いてない!」

 

意気揚々と出撃して二十分で到着して……すぐに一体見つけて戦闘開始……後三秒でもう一体、十秒で更に一体……

 

「ぬう……後で調査隊に文句言ってやろ。」

 

その調査隊がコウタ率いる部隊であったりする。ちなみにここにヴァジュラがいるのを発見したのは昨日で、しかも偵察任務の帰りにヘリから見たというのだから……

 

「ヒバリさーん、終わったよー。」

 

通信。早く迎えに来てもらいたいのだ。……何せ三体同時に相手していたのだから……疲れたのである。

 

「了解です。近くのヘリを向かわせますね。」

 

近くの?

 

「おお。ほんとに近くだ。」

 

そのヘリは真上にいた。

 

「とりあえずそれに相乗りしちゃってください。出払っているヘリが多いので。」

「そういえばいっぱい来てたんだよねー。」

 

朝から三ヶ所に急を要するレベルのアラガミ。最近多くなってきた襲撃回数の中でも珍しい。まあ……一日に三ヶ所はざらになってしまっているのだが。

とか何とか言っている間にヘリが着陸。相乗り相手は、と?

 

「あ、ソーマ!……とリンドウさん。」

「……さりげなく俺を忘れそうだったのは気のせいか?」

 

ぐっ……鋭い……

 

「きっ、気のせいですよお。あはは……」

 

……ごまかせてないな……結局それについていじられながらソーマの左をとる。

 

「ソーマ達は何の任務だったの?」

「クアトリガだ。」

「そうだな。」

 

?なんか二人の様子がおかしい……

 

「あー、いつものデート……」

「……何でお前はそういうところに聡いんだ……」

 

さて、私は何も聞いていない。

 

「そうそう、アリサのお見舞い行かない?」

 

実のところ、ちょっと一人で行くのは気が引けている。何か大変な状態であろうことは予想がついているし……私……アリサのこと投げ飛ばしてるんだもん……

 

「ふうむ……俺は無理だなあ。ちょっとサクヤんとこ行かないとならないからなあ……」

 

そうですかビールですか。っていうかリンドウさんには聞いてません。確実に来ないと思ってるので。

 

「ったく……しょうがねえな。何時に行けばいい。」

「やった!じゃあ帰り着いたらすぐってことで!」

 

良かったあ……一人で行くのはやっぱり、ねえ……

 

   *

 

そういうわけで病室前にいるんだが……

 

「……何でお前さっきから躊躇してんだ……」

 

扉を開けようとしてはやめ、ノックしようとしてはやめ、それがすでに五分継続している。

 

「いやあ……投げ飛ばしてるからさあ……怒ってるんじゃないかと考えると……どうにも……」

「……そういう問題じゃねえだろ……入るぞ。」

「ちょっ!心の準備!」

「いらねえ。」

 

心の準備……何時間かかるか知れたもんじゃねえからな。

中に入った俺たちを迎えたのは……病室でありながらタバコふかしてやがる爺。あまり良い印象は受けない。

 

「やあ、君達か。……初めまして。大車だ。えっと……」

「あっ、神野神楽です。こちらこそ初めまして。」

「……ソーマだ。そんなことより……何でこんなところでそんなもの吸ってやがる。」

 

自分でもこの質問が始めに来るってのは驚くな。

 

「ああ、これは電子タバコさ。いくら何でも病室で本物は吸わないよ。」

 

偽善者くせえ笑みを浮かべながら言う。紛らわしいことしやがって……

 

「あの……ところでこれは……」

 

神楽の質問。目線の先にはアリサがいた。……ただ昏々と眠り続けている。

 

「起きていると常に錯乱してしまってね……効き目の高い鎮静剤を打ったんだ。当分は目を覚まさないだろう。……目を覚ましたら、またカウンセリングをしていく予定さ。」

 

相変わらずの嘘くせえ笑み。はっきり言って虫酸が走る……

 

「そうですか……」

 

ベッドの横の丸椅子に座りつつ答えているが……話はあまり聞いてないか。単純にアリサが心配らしい。

 

「で、こいつが目を覚ますとして……どのくらいかかる。」

「今使っている鎮静剤は効き目が強いからね。早くても何週間かかかるだろう。」

 

……何週間も寝ているような“鎮静剤”か……フン……笑わせてくれる。

 

「えっ……」

 

神楽が声を上げた。俺たちの会話にではなく、おそらくは自身に起こったことに。……彼女の手はアリサの手に触れていた。

……同時に、アリサが目を覚ました。

 

「……今……あなた……の……」

 

それだけ言い残して再度眠ったが……大車の野郎の慌て様が尋常ではなかった。

 

「い、意識を取り戻した……だと……?し、失礼する!」

 

病室を出つつ端末を取り出していく。足を挟み、扉を閉め切らずにおいた俺の耳に聞こえたのはこんな声だった。

 

「はい……おそらくは例の感応現象と言うものであると……はい。はい。どうしましょう?隔離しますか?……で、ではこのまま、と?……はい……ええ、もちろんです……」

 

ここから先は聞こえなかった。エレベーターに乗ったようだ。

隔離……また随分と物騒なことを言ってやがる。

 

「ねえねえソーマ。」

「何だ?」

 

神楽に声をかけられる。……いつもの如く袖を引っ張られながら。

 

「……ちょっと博士のとこ付いてきて。」

 

……袖を持つ手に更に力がこもったのは気のせいではないだろう。

 

「しょうがねえな……」

「わーい。」

 

いつも通りの喜び方。だが、その声にはいつもはない暗さがあった。

 

   *

 

「とまあアリサの記憶か何かが頭の中に流れてきたんですけど……何だったんですかね?」

 

かくかくしかじかで研究室に来た。ソーマは仏頂面だけど。

さっき病室でアリサの手に触れたとき、スライドショーのように様々な場面が頭に浮かんだ。全て私の知らないこと。こう言っては何だけど……ちょっと気味が悪いので、とりあえず何か知ってそうな人=博士に聞こうと思って研究室まで足を運んだわけだ。

 

「ふむ。詳しくは知らないけど、それはたぶん感応現象と言うものだろう。」

「かんのうげんしょう?」

「……」

 

ソーマが黙ってるのが気になるけど……何それ?聞いたことすらない。

 

「新型神機使い同士の間で起こる特殊な現象なんだけど、その発生条件や発生時の状態などは未だ不明。本部でも研究が進められているらしい。尤も、観察中に感応現象が発生したことすらないようでね。はっきり言って何もわかっていないのさ。」

 

要は訳が分からないものってことかあ。いやそれよりも……

 

「……目を爛々と輝かせてこちらを見るの……是非ともやめてほしいんですが……」

 

……私のこと被検体としてみてる目だ。絶対。

 

「それで?他に何かねえのか。」

 

その先もソーマが続けた。

 

「本部の方ではちょっとはあるかもしれないけどね……ここには特にデータがない。……えっと、ソーマ?その恐ろしい目線を向けないでもらえると嬉しいんだけど……」

「無理だ。」

 

……二人とも相変わらずだった。

 

   *

 

あの後何を話すでもなくなった私達は自室に戻った。どうせならもうちょっと一緒にいたかったけど……

 

「夜中0時……」

 

無理。明日も任務だし。

ネグリジェに着替え寝る体制に入った時、ターミナルのランプが点滅しているのに気付いた。

 

「誰かな……ってあれ?リンドウさん?」

 

届いていたメールはリンドウさんからのもの。

 

「っ!」

 

その文面は、驚き以外の何者にもならなかった。




いや本当に原作無視って言うか何て言うか…ある意味で原作に忠実とはいえ…っとお。ここから先は次話でどうぞ。


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行く人

行く、を逝く、に脳内変換してはいけません。
いくら原作ストーリー上そうなった人がいたとしてもいけません。


行く人

 

翌日明朝……

 

「第一部隊長であるリンドウだが……失踪した。」

 

ツバキさんの言葉。エントランスに集められた私達が、各見せる反応。

 

「……」

 

黙って顔をしかめるソーマ。

 

「……そう……ですか……」

 

驚きを隠せないながらもどこか納得した様子のサクヤさん。

 

「え、えっと……何で?」

 

……とりあえずコウタは放置の方向としよう。

 

「理由は不明だが、あいつは自分で腕輪反応を隠している。どうやってかもわからん上、これでは追跡できない。今のところは各部隊に任務帰りに空から確認させているが……それで発見できる可能性は極めて低いだろう。」

 

腕輪反応を自分で隠している、か……私みたいになっても大丈夫ってわけもないし……最低でも偏食因子の投与としての役割は果たさせてるよね。

 

「偏食因子が保管庫から相当消えているが、おそらくはリンドウが持ち去ったと思われる。第一部隊はその補充に当たってくれ。」

「フン。リーダーのケツは隊員が拭けってか。」

「その解釈でも良いが……」

 

ツバキさんが口ごもる。何かあったのだろうか?

 

「持ち出された偏食因子がどれも強力なアラガミ由来のものであるため、お前達でなければ確実に集められるかが怪しい、というのが一番の理由だ。」

 

……なんという……まさかそれが狙いだったとか?

 

「アリサのこともあっていろいろと思うところはあるだろうが、今は目の前のことに集中しろ。最近はアラガミも活性化しているからな。」

 

私とリンドウさんが教会に閉じこめられたのを皮切りに、とでも言う感じで起こったアラガミの活性化。以前と比べ、防壁を破られることも多くなっている。そんな状況でいない人間のことを考えてもしょうがないだろう。

だから今は……

 

「了解!」

 

私が今出来ることを精一杯やろう。

 

   *

 

話が終わってから三々五々に散った私達。その後私自身はというと……

 

「ふう。討伐完了っと。」

 

地下鉄跡での任務を完了させていた。目標はマグマ適応型ボルグ・カムラン。ついでにヴァジュラテイル。

何はともあれアナグラに通信して回収してもらうだけだ。

 

「あ、ヒバリさん。任務終わったよ。」

「はい。お疲れさまでした。すぐにヘリを出し……」

 

通信はそこで遮られた。後に聞こえたのはノイズと……何かが天井を破ったとでも言うような轟音。そしてアラガミの声。近い。だというのに種別が分からない。聞いたことのない声だった。

 

「ヒバリさん!?応答して!……だめか……」

 

いくら呼びかけても向こうからの返答はない。聞こえるのは戦闘音のみ。

 

「……」

 

……通信機に内蔵してもらった非常事態ボタンを押した。

 

   *

 

ダッシュで音がした地点に向かった私の目に飛び込んだのは見覚えのないアラガミと一人で対峙するソーマ。……明らかに劣勢で。

 

「ソーマっ!」

 

そのアラガミは……言うなれば黒いヴァジュラだった。だがその顔は人面となり、全身からまがまがしい何かを発しているかのように帯電している。間違いなく上位種。いや、別種と考えて良いかもしれない。それ以前に間違いなく起こってるよ……面倒……

 

「っ!?何でお前がここにいるんだ?」

「ここ元々私の作戦区域。ソーマとあのアラガミがさっき降ってきて……っていうかあれ何?」

「俺に聞くな。」

 

話した限り彼は大丈夫そうだ。ただし、疲労の仕方が尋常ではない。

 

「っ!何発入れたの!?」

 

発せられた雷球をガードしつつ聞く。後ずさりもしているが。

 

「……一発もっ……入ってねえ!」

 

その言葉通り、と言うべきか。彼が振った神機の切っ先はいとも簡単にかわされた。

そのかわした後の隙を狙って神機を振るうものの……

 

「速い……」

 

同じく空を切る。続けて振っていくものの結果は変わらず、私の方にも疲労が蓄積していく。

そうして避ける間にも攻撃してくるのだから……

 

「……これっ……どうしろっ……て……言う……わけ……?」

「……知るか……だいたいこいつは……討伐対象じゃねえ……」

 

……そうでもなければこんなのと一人で戦ってるわけがない……って、今はそんなことはどうでもいいんだけど。問題はどう討伐するか、またはどう撤退するか。

 

「……逃げるの……試した?」

 

一応聞いてみる。おそらく試したろうとは思うけど……

 

「そもそもグレネードを持ってきてねえ……」

 

……えっと……お疲れさまです。

でもそれだったら好都合。これで試したとか言われたらやりようがないけど、まだ試してないんだったら効果はあるかもしれない。

 

「んっ!」

 

角に退きながらグレネードを地面に投げつける。……他種のアラガミと比べてずいぶん効果があるようで。

 

「……ビンゴだな。今の内に引くぞ。」

「分かってる。」

 

その隙をどうにかついてぎりぎりで逃げ出した。

 

   *

 

「というわけで、突っ走ってたらヒバリさんから通信が入ってやっとの思いでヘリに乗って帰ってきたんだけど……さすがに疲れた……」

 

命辛々帰還したアナグラのエントランスのソファーにコウタが座っていた。のんびりと。

 

「大変だったんだ……こっちじゃあ二人と通信が切れてちょっと騒ぎになってたよ。何が起こった!って。ソーマが通信不能になった直後だったからさ。神楽まで切れたの。しかも非常信号が出てたもんな。」

ツバキさんの声真似をしながら言う。一人が通信不能になったならその場所での電波障害であると結論付けられるが、別地域にいたはずの二人目が同じく通信不能になったとしたらただ事ではないと推察される。まあもっとも、腕輪反応の有無も関わってくる。私の場合、今のところコア反応が代用されてるんだけど……一向に解決される様子のない腕輪の代用品問題はどうしたものか。

なんてことをコウタの正面に座りながら考える。隣にはソーマが座った。同時に彼が口を開く。

 

「それで?あの新種の情報は何かあるのか?」

 

例のアラガミの特徴はヘリの中で伝えてある。情報があればもう出て来ているはずだ。

 

「うーん……これと言って特にって感じ。似たような状況になったことはあってもソーマ達が戦ったアラガミに類似するのはいないみたいでさ。とりあえずはヴァジュラの変異種だろうって見方が一番有力かな。」

「そうか。」

 

……くそったれが。間違いなくそう思っている。

 

「ところで、さあ。」

 

コウタが話を変える。

 

「リンドウさん、どうしたんだろうな……何か知らない?」

 

そう聞かれるであろうことは予測済みだ。

 

「知らない……私も聞きたいくらい。」

 

ソーマは相変わらずの仏頂面だ。……知らないオーラ全開で。

 

「そうだよなあ。いったいどこ放浪してんだ?」

 

結局その話もここで打ち切り。分からないことについてどれだけ議論しても分からないのだ。コウタはそう判断したらしい。

その後も話題は絶えず、世間話程度の話が二三続いた後でアリサの話に入った。

 

「アリサ、神楽達が見舞いに行った頃から容態が好転したらしくってさ、大車先生って人がいなくっても面会できるようになったって。さっきヒバリさんが言ってた。まだ寝てることが多いですけど、だって。」

 

寝てることが多いか……効き目の高い鎮静剤とか言ってたけどもう信用できない。ソーマが聞いたところだと私達を隔離するか、なんて言ってたらしいし。やばいものとか投与しててもおかしくなさそうだ。

 

「そうなんだ。じゃあ今日も行ってくるかな。ソーマ、どうする?」

「この後は無理だ。支部長に呼ばれてるからな。」

「……私に嫌そうな顔してもどうしようもないと思うよ?」

 

そんなふうに言うと、悪い、と言っていつも謝ってくれる。いつもならじゃれつくところだが……目の前にコウタがいてはそうもいかない。残念だ……

と、コウタの端末のアラームが鳴る。例のバガラリーの主題歌だったか?とりあえず分かりやすい。

 

「あ、じゃあ俺この後任務だからさ。じゃあな!」

「そっか。行ってらっしゃい。」

 

出撃ゲートへと向かう彼の背に手を振りつつソーマに向き直る。

 

「やっぱり……ソーマも知ってるの?」

「……知ってるわけじゃねえ。」

 

今日の様子からしてサクヤさんも知っているだろうけど……そう思い出しつつの小声の会話。

 

「まあどうせ、あいつはしぶとく生きてやがるだろ。あれだけの偏食因子を持ち逃げしている時点で何かするつもりだろうからな。だいたいあのやろうのしぶとさは……」

 

とっさに耳をふさぐ。おかげであの単語を聞かなくて済んだ……私が苦手とするあの黒くて平べったいやつの名前を。

 

   *

 

という感じで私にとって若干修羅場と化したエントランスから向かった先は病室。目的は当然アリサのお見舞い。

 

「アリサー。入るよー……って寝てるか。」

 

思った通りというか、安らかなとまではいかない寝息を立てて寝ているアリサ。彼女のベッドの横にある丸椅子に腰掛ける。

 

「……」

 

自分の右手。あの時、彼女に変化をもたらすことに成功した右手。……また、おこってくれるだろうか?

 

「……ま、そんなに都合よく起こるわけないかな。博士も不確定要素が多いって言ってたし。」

 

だから何気なく、特に何を期待するでもなく、ただ純粋にアリサの手を握った。




ある意味で原作に忠実です。ええある意味で。
リンドウさんがいなくならないとこっから先の展開がやり辛くてしょうがないじゃないか!
と、気が付いたのはいつだったかなあ…


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記憶

感応現象回です。と言っても、感応現象の描写が占める割合は少なめなんですけどね(笑)


記憶

 

『もういいかい?』

『まあだだよ。』

 

いつの間にか私はタンスっぽいものの中にいた。小さく開けられた両開きの扉。その隙間から外を窺っているのだが、体が動かないのだ。ピクリとも、まではいかない程度ではあるが、自分の体のような感触はあるのに自分で動かせないからそう思えて……まるで誰かの体に入っているかのようだった。

 

『もういいかい?』

 

男性の声。そう言えばさっきは女性だったような……っていうか、かくれんぼの最中なのかな?でもこんなところでかくれんぼした覚えなんてないし……そもそもさっきから聞こえている声も誰のものかわからないし……

 

『まあだだよ。』

 

先ほどの問いかけに答えた声。それが自分の口から発せられたものであるのに気が付くのには少し時間がかかった。いやいや、そもそも論としてこの体は本当に私の体か?だいたい今の声って相当幼い女の子の声だったよね?

そんな私の思考はお構いなしに外の状況は変化する。

 

『もういいかい?』

 

初めよりも高い声。

 

『もういいよ!』

 

自分のように感じられるこの体から発せられる声。……それが皮切りでもあるかのように、遠くから叫びが聞こえた。

 

『アラガミだ!アラガミが来たぞ!』

 

その声を聞き取ったときだ。目の前に二人の姿が現れた。男女一人ずつ。年は三十代半ば頃のように見える。その二人はこちらへと向かっていた。

 

『もういいかい?』

 

再度女性が言う……それが、最期。

突如として現れたアラガミ……黒いヴァジュラによって、その二人は一呑みにされた。

同時に言った言葉……

 

『……パパ……?ママっ……?やめて……食べないで……!』

 

聞き覚えのある言葉だ。まさか……

……その言葉を聞きつけてか、黒いヴァジュラはゆっくりとこちらを見る。その口から赤い液体を滴らせながら……

 

『いやああ!やめてえええ!』

 

……絶叫。あの日のアリサのように。

そこまでで場面が移る。今度は……神機の適合テストのようだ。台の上にはアリサの神機がある。

 

『……幼い君は……さぞかし自分の無力さを呪ったことだろう……』

 

上から声がする。その声はどこか支部長に似ていた。

それを聞いてから腕輪に手を合わせる。前触れもなく降ってくる上の部分。それに挟まれると同時に激痛が走る。

 

『その苦しみに打ち勝てば、君は親の敵を討つための力を得るのだ!』

 

痛みに悶えて叫ぶのをよそに再度上から声がかかる。

 

『そうだ!戦え!打ち勝て!』

 

また場面が変わって次は病室。ただ……極東支部とは少し違うようだ。もしかしたらロシア支部の病室かもしれない。確かアリサは元々そこにいたはずだ。

さっきまでと違うのは、どことなく意識がはっきりしないこと。私の意識は異常なしだが、アリサと思われるこの体の意識がはっきりしない。

 

『こいつらが君たちの敵、アラガミだよ。』

 

気が付くと、ベッドの前に巨大なモニターが置かれている。病室には不釣り合いだ。

その画面は数秒ごとに変わり、様々なアラガミを映し出していった。

 

『あら……がみ?』

 

……どうやら相当に朦朧としているようだ。返事にも生気がない。

 

『そうだよ。こわーいこわーいアラガミだ。そして最後に、こいつが……』

 

その大車の声に似た言葉と共に画面がまた変わる。映されたのは黒いヴァジュラ。だが……

 

『君のパパとママを食べちゃった、アラガミだ!』

 

それは瞬時にまた変わって……リンドウさんを映した。……なるほど。アリサがあの時錯乱した理由はこれか……

 

『パパ……ママ……』

 

譫言のように繰り返す。その言葉だけははっきりしていた。

 

『でも……もう君は戦えるだろう?』

 

また横から言われる。少し遅れて右腕がピクリと波打った。腕輪の付いた右腕が。

 

『簡単なことさ。こいつに向かって引き金を引けばいいんだよ。』

 

悪寒の走りまくる口調で物騒なことを言ってのける。私がもし本当にこの場にいたら……人でなくなるかもしれないと思うほどに。

 

『ひきがねを……ひく……』

 

……答える声。それを聞いてやっとわかった。これは洗脳だ。

 

『そうさ。こう唱えて引き金を引くんだ。』

 

おそらくはリンドウさんを殺す……いや、邪魔な者達を全て消すための。

 

『アジン……ドゥヴァ……トゥリー!』

 

強い声が耳元でする。意味はよく分からないが……こういうときだ。どうせ1、2、3、とかそう言う

類のものだろう。

 

『アジン……ドゥヴァ……トゥリー……』

 

また譫言のように繰り返す彼女。……横で押さえようともせずに発せられる下ひた笑い。

 

『そうだよ、そう唱えるだけで君は強い子になれるんだ。』

 

……はっきり言って、今すぐにどこかへ消し去ってやりたい。

 

『アジン……ドゥヴァ……トゥリー……』

 

最後までそう繰り返していた。

 

   *

 

「……」

 

気が付けば元の場所。少し遅れてアリサも目を覚ます。

 

「……あなたは……」

「おはよう。気分はどう?」

 

なるべく自然に。まあたぶん私に彼女の記憶が見えたことくらいは気が付いているだろうけど。

 

「……かくれんぼをしてたんです……」

 

俯きつつ語る。

 

「パパとママを困らせてやろうって思って、タンスの中で。……もういいかい、まあだだよ……って……」

 

まだ握っている手。徐々に力がこもっていく。

 

「そしたら突然、アラガミだ!アラガミが来たぞ!って声に変わって……」

 

……その先を言うのを恐れるかのように一瞬止まる。

 

「……私が悪いんです……私があんなところいつまでも隠れてさえいなければ……」

 

嗚咽混じりになる声。

 

「……だから、私が新型神機の適合者だって聞いたとき、すごく嬉しかったんです。これでパパとママの敵が討てるって思えて……」

 

……同じような過去を持っている。でも昔抱いていた神機使いへの考えは違っていた。……私の場合……義務感。何となく、不思議だ。

 

「それなのに……何で私あんなことっ……!」

 

とうとう泣き崩れてしまう。……リンドウさんのことを言っているのだろう。

 

「……私……どうしたらっ……」

 

顔を上げてこちらを見る。……年相応の表情。本当は、とても優しい子なのだ……

 

「大丈夫。今は事情があってここにはいないけど、リンドウさんも無事だから。だから気に病むことない。今は、ゆっくり休もう?」

 

抱きしめて背中をさする。……そういえば……怜が泣いたときもこうして宥めてた……泣いているときは誰しも素直になるものだ。

 

「はいっ……」

 

……泣きじゃくってはいるけど、その声はずいぶん明るくなった。

 

   *

 

しばらく泣いた後、彼女は自分から離れた。

 

「もう大丈夫?」

「はい……ありがとうございます……この間もこうして手を握っててくれたの……あなただったんですね……」

 

一昔前のアリサからは想像も付かないような穏やかな表情。

……本当は、黒いヴァジュラについて聞きたい気持ちがあるのも否めない。そしてあの洗脳についても……ただ、今は無理だろう。そう思って別の質問をする。……ある意味一番気になっていることだ。

 

「えっと、ねえねえアリサ……」

「あ、はい。」

「……私の記憶って……なにが見えた……の?」

 

……できたら昔のことが知られていないといいなあ、なんて思いつつ……

 

「……ソーマのことばっかりでした……」

「……え……」

 

ええっと、うん、あの、む、昔のことが知られてなかったのはいいけど……別の意味で恥ずかしい!それってつまりじゃれつきまくってることバレたってことじゃん!

……気が付けば……二人で顔を赤くして下を見ているのであった。

 

   *

 

病室でそんなやり取りがされていた頃の贖罪の街。

 

「こちらソーマ。現在までアラガミとの接触はなし。引き続き索敵する。」

 

索敵任務が特務か……

支部長に呼び出され……何を任されるかと思えば旧市街地の索敵。いったいここに何がいる……

そう心の内で愚痴りながら教会の横を通ろうとしたときだ。

 

「……?」

 

……一瞬だが、何かが教会内に入っていったように見えた。

 

「人か?」

 

アラガミにしては小さかったように思う。と言っても、こんなところに人がいるはずがねえんだが……まあいい。確かめれば済むことだ。思い直して教会に入る。

 

「誰だ。いるなら出てこい。」

 

割れたステンドグラスに彩られた内部。そこに特に気配はなかった。

 

「……気のせいか。」

 

当然だな。こんなところに人がいるはずもねえ。アラガミだったら今ので飛び出ている。

 

「ソーマだ。目標との接触はなかった。回収頼む。」

 

……とにかく帰るか。

 

   *

 

帰投して神機保管庫に着く。いたのは神楽とリッカ。

 

「あ、おかえりー。」

「ああ。」

 

声を上げた神楽は心なしか明るい気分であるように見える。

 

「えへへー。パーツの強化終わったんだー。」

「自信作だよ。素材がよくって、パラメータの上昇幅が高いんだ。」

 

そういうことか。通りでリッカといるわけだ。

 

「メンテ頼む。それで?アリサのやつはどうした?」

 

リッカに神機を渡してから聞く。……リッカは受け取ると同時に鼻歌なんてしながら奥に行った。……相変わらずの神機好き、と言ったところだな。

 

「もう行ってきた。もう目も覚めてるし、原隊復帰までそんなにかからないと思うよ。」

「そうか。……また何かやっただろ。」

「ええまあ。感応現象を少しばかり。」

 

……いたずらでもして来たかのような口調と、嬉しくて仕方がないとでも言うような表情。自然と口をついて出るのはこんな言葉。

 

「……よかったな。」

「うん!」

 

満面の笑みだ。見てるこっちが微笑んでしまうほどの。

 

「ソーマは……偵察任務にでも行ってきたの?」

「何で分かる。」

 

図星だが図星になった理由が分からない。

 

「服が汚れてない。」

「……それだけか。」

「もちろん。討伐任務だったら……土まみれとか泥まみれとかぐしょ濡れとか……」

 

ったく……土まみれだの泥まみれだの好き勝手なことを言って……?

 

「おい、ぐしょ濡れはねえぞ。」

「あれ?バレた?」

 

……バレただと……?

 

「……てめえ……」

 

……そう言ったときには鬼ごっこが始まっていた……ったく、しょうもねえ彼女だ……

 

   *

 

「はあ……」

 

何度目かも分からないため息をもらす。

ソファーに座りながら自室を見回す。……リンドウがいないと、この部屋はこんなにも寂しいものだったのね……なんて、いつもこの部屋で一緒にいたわけでもないのに的外れかしら?

あの日神楽ちゃんに聞いて正解だったのか失敗だったのか……理由を知ることはできたけど、ある意味それが彼の失踪を招いたのかもしれない。

 

「……またいつか、どこかで会おう、ね……」

 

夜中に届いていたメール。最後に書かれたその文が思い出される。

 

「ふう。くよくよしてても、仕方ないかな。」

 

ほかの第一部隊員にも面目立たないし、なにより二人も抜けてしまって大きな戦力ダウンをしてしまっているのだ。一人悩む暇はない。自分にそう言い聞かせて立ち上がる。

何か飲もう。そう思って冷蔵庫を開ける。

 

「あ……んもう。こんなに貯まってる……」

 

消費者がいなければ減るはずもないビール。リンドウが取りに来るから、と取りだめておいているのだが……

 

「リンドウがいなくっちゃあ意味ないわよねえ……ん?」

 

そのビールの中から一本を取ったとき、底から何かが落ちた。

 

「ディスク?」

 

……そのディスクは、歯車を狂わせる楔のほんの一本目に過ぎなかった。




「不穏だなあ」
友人談。
今回はここから先への布石って役割が強いです。でもって原作とはディスクの位置づけがちょっと違います。
さすがにリンドウさんの腕ぱっくんちょをこの流れでやるわけにはいきませんから。


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変わりゆくもの

今回のサブタイですが、例によって深い意味はありません。
…くそお…夏休みが終わってしまった…


変わりゆくもの

 

「おはよう。」

 

毎朝の日課。写真の中で笑っている家族への挨拶。

アリサも目が覚めたし今日もお見舞いに行くとして……残りの時間はどうしようか?

そりゃあまあ、一人で出撃って言うのもありなんだけど……何せ今日は久しぶりの休暇なのだ。というか初めての、と言えるかもしれない。前回の休暇はアラガミの襲撃で潰れちゃったわけで。

今日休暇になっているのは私とサクヤさん。ソーマとコウタは明後日だ。……残念……

 

「うーん……サクヤさんのとこにでも行こうかなあ。」

 

結局思いついたのはそんなことだった。

 

   *

 

二時間後。もちろん朝六時である。

 

「サクヤさーん。」

 

特に気がねなく部屋のドアをノックしたのだが……

 

「っ!誰っ?」

 

……え、えっと?何でそんな身構えたような……

 

「神楽ですけど……今ダメですか?」

 

返事は……

 

「あなたかあ。そこじゃ何だし、入って。」

 

……なぜに安心したような口調なのであろうか?ま、とりあえず入ろう。

 

「おはようございます。……やっぱり休暇って暇ですよお。」

「あはは。ソーマは休暇じゃないもんね。」

 

……バレた。

 

「別に任務に行ってもいいとは思うんですけど……なんせまともな休暇は初めてになりそうですから。」

「あ、そういえば前の休暇って……」

「……猫との初戦闘でした。」

 

顔を見合わせて笑う。……その内止まらなくなり……サクヤさんに何かのスイッチが入った。

 

「あーっはは!そういえば神楽ちゃんが赤ん坊みたいに泣いたりっ!」

「ちょっ!」

「ソーマまで感化されてたあ!あ、あははっ!」

「さ、サクヤさあん!」

 

遊ばれている。絶対遊ばれている。

と、サクヤさんは笑い、私は真っ赤になってじたばたすること二分。

 

「そうそう、試したわよ。結果大成功。」

「へ?」

 

前触れもなく言ったサクヤさん。何のことだか分からなくて首を傾げる。

 

「ほら、リンドウが最近デートに行くことが多いって言ったときのアドバイス。」

「えっと……!」

 

確かに聞かれた。確かに答えた。……そう。

 

「ベ・ッ・ド・の・な・か・で♪聞いたもんねー。うーん。ピロートークって偉大だわー。」

「ひゃあっ!」

 

……戻りかけた顔色は再度真っ赤になり……それはすぐに戻された。他でもないサクヤさんの言葉によって。

 

「……うん……全部、聞いたわ……」

「……」

 

サクヤさんの目はどこか遠くを見るようで……目の前にいるのに、まるでここにはいないかのように思えた。

 

「あの様子だと……あなたも知ってるの?」

「……メールで……リンドウさんから送られてきました。」

「そう。」

 

そこでサクヤさんはポケットへと手を伸ばした。取り出したのは一枚のディスク。

 

「それは?」

「リンドウからのメッセージよ。これと同じディスクを探し出せって。情報を入れてあるらしいわ。」

 

リンドウさんらしくもない手の込んだ受け渡し。それほどに大きな相手なのだからしょうがないだろう。

 

「二分ノ一って書いてあるし……全部で二つかな。ある場所に隠したって、このディスクに残されている。これに入っていたのは文章データだったわ。私宛の手紙。」

 

ある場所……サクヤさんとリンドウさんにとっての思い出の地なのだろうか……今はまだ分からない。まあ、私の勘は結構当たるようだけど。

 

「……暇があったら、でいいんだけど、ちょっと探してみてほしいの。……いい?」

「……それ、結構卑怯ですよお?」

 

全く。そう言われて探さないわけになどいかないではないか。

 

「もちろん探します。乗りかかった船ですから。」

「ええ。ありがとう……」

 

心地よい沈黙が続く。にしても、よっぽど好きなんだなあ。二人とも。……なんて言ったら絶対反撃されるんだろうなあ。

その沈黙を破ったのは私。

 

「あの、アリサのお見舞い行きません?」

「……そうね。もうちょっとしたら行くわ。先に行いってていいわよ。」

「そうですか?」

 

じゃあお言葉に甘えてお先に、と思って部屋を出ようとしたときだ。

 

「……神楽ちゃん……」

 

サクヤさんに呼び止められた。振り向いて確認したその表情はとても穏やかに笑っている。

 

「……ありがとう。」

「いえ……後で病室で合流しましょうね。」

「ええ。」

 

……よかった。もう、そんなに悩んでないみたいだ。

 

   *

 

「六時……」

 

不覚だ……まさかこんな時間に起きるなんて……絶対リズム崩れてる。絶対。

 

「こんな時間じゃあ二度寝するわけにも……」

 

正確には現在六時三十七分。二度寝してたら誰かがきてあられもない寝相姿を見られたりしそうだし……何にもせずにぼんやりするなんてちょっと寂しいし……

 

「……こういうときに神楽さんが来てくれるとなあ……?……っひゃああっ!」

 

後半はドアを見てからの言葉。たぶん寝てるのをじゃましたら悪いとかそういう理由だったとは思うのだけれど……少し扉を開けてこっちを見ている神楽さんがいたのだ。布製の袋をを下げ、完全に表情を固めて。っていうか徐々に赤くして。

 

「……ま、まさか来てくれたらなあ、なんて言ってもらえるとは思ってなかったなあ……」

「な、な、何であなたが赤くなるんですか!それよりっ、の、ノックしてくださいよ!」

「いやあ時間が時間だから寝てるかと思って……」

 

くっ……やっぱりそれか……

 

「構いません!起きてなかったときにとんでもない寝相見られるよりはましですっ!」

 

こちらが言うと同時に神楽さんが驚愕する。

 

「寝相ひどいの!?アリサが!?」

「!」

 

まずい。言ってしまった……

 

「……はい……」

 

気まずい空気になる。……なるべく周りを見てから発言しよう。独り言すらどこかで聞かれそう……っていうか今聞かれたし。

 

「え、えーっと、調子どう?」

「調子はいいですけど機嫌が悪いです!」

 

実のところ、機嫌はいい。こうして神楽さんが今日もお見舞いに来てくれているからだ。が、さっきのことがあるからどうしてもこうなる。……昔から気が付いていることだが、どうやら私は素直な方ではないらしい。

 

「ま、まあまあ。リンゴ買ってきたからさあ、これ食べて機嫌直しなよ。」

 

と言って袋から赤い果物を取り出す。……見覚えがない。

 

「何ですか?それ。」

 

聞くと、ちょっと懐かしそうな表情をした。

 

「お母さんがよく買ってきてくれた果物なんだ。……食べたこと、ない?」

「……始めて見ました。ロシアの方だとグレープとかが果物の代表格だったし……こっちに来てからは全然果物を食べたりしてないので。」

 

実際には他のものの方がよく食べられているけど、たぶんこっちではこれを例に取る方がいい。

 

「なるほど。」

 

再度答えつつ袋からいろいろと取り出していく。お皿と果物ナイフ。それにフォークもあった。

 

「皮剥かなくっても食べられることは食べられるんだけどねえ……私の好みの問題が……」

 

と言いつつ丸剥きで皮を剥いていくのだが……速い。異常なまでに。どうして4cm大の果物の皮が十秒ちょっとで剥けるんだろうか?

 

「……何でそんなに速いんですか?」

「……慣れ?だと思う。」

 

しれっと言ってのける。そういう問題じゃないと思うんだけど……

結果、皮を剥いて六等分して芯を取るまで一分半くらいしかかからないという……

 

「はい。これでOK。」

「ありがとうございます。」

 

お皿の上に出されたこのリンゴって言う果物を口に運ぶ。

 

「……おいしいです。」

 

甘すぎず、といって酸っぱくない。シャリシャリとした食感もいい。適度な水分を含んで……これまでリンゴを食べてこなかったのが残念なほどだ。

 

「でしょー。ほらほら、まだあるよ。」

「……って言いつつちゃっかり二切れ目に手を伸ばしているのはどう解釈すればいいんですか!?」

「んー?気にしない気にしない。」

 

こ、この人は……

そんな感じでしばらく談笑しているとドアが開いた。……入ってきたのはサクヤさん。

 

「あ、どもども。」

 

神楽さんはそう軽く言っているのだが……私は事情が事情だけにそうもいかない。

 

「……何しに……来たんですか……?」

 

警戒しつつ聞く。

 

「大丈夫。ただのお見舞いよ。……それと……あの日、いったい何があったのか聞きたいの。」

「そう……ですか。」

 

……当然だろう……そしてそれを話すことは私の義務でもある。

大きく深呼吸をしてから、口を開いた。

 

   *

 

「……それでなぜかあの時……私の中でリンドウさんがアラガミになってて……!」

 

……声が震え出す。初めからここまで話すだけでももう汗だくだ。

 

「……気が付いたらっ……リンドウさんに神機を向けてて……ぁあああぁぁあ!」

 

……頭が痛い。内側から砕かれるような気分ですらある。

 

「アリサ……無理はしなくていいから……」

 

そう言って神楽さんが背中を撫でてくれてやっと落ち着く。

……息を整え、残りをすべて話した。リンドウさんの言葉を思い出したこと。そして……天井を撃ったこと……

言い終わると同時に目眩がひどくなる。吐きそうなほどに。

 

「大丈夫だよ。大丈夫。よく話せた。」

 

そんな私を、神楽さんはベッドの方に腰を移してしっかりと抱きしめてくれて……

 

「神楽ちゃん、ちょっとお願いね。飲み物買ってくるから。」

 

サクヤさんが病室を出て……神楽さんの胸で泣いた。私がそうしやすいように、靴まで脱いで体制を変えてくれて……そのまま意識が途切れた……

 

   *

 

サクヤさんが戻ってきたのは五分くらい経ってから。

 

「ごめんごめん。そこの自販機使えなくって上まで……って、あらあら。」

「あはは……いつの間にやらって感じですね。」

 

サクヤさんの途中の言葉から小声。理由は……ベッドの上でひざを曲げて座る私の膝の上で、アリサが寝ているからである。私の胴に手を回し、離すまいとしっかり抱きしめて。その背を優しくゆっくりと叩いている。怜がよくこうして寝てしまったからお手のものだ。と言っても、だ……言っておくが私の服は強襲兵用の衣服であって……お腹周りは裸だ。ちょっとくすぐったい……

 

「……とりあえずしばらくこうしてるしかないですね。」

 

そろそろソーマも帰ってくるだろうけど、アリサをこのままにはできないし……それ以上に……

 

「そう言ってるにしては嬉しそうね。はい、神楽ちゃんの分。コーヒーでよかった?」

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

そう……なぜか嬉しいのだ。……と言うより、どうしても懐かしい。お父さんやお母さんの膝で眠った日々。怜に膝枕してあげていた日々。それらが思い出される……

 

「先に戻ってるわね。これ、アリサが起きたらあげておいて。」

 

と言って横の引き出しの上にアップルジュースを置いていく。その背を見送って……

……日頃の疲れからだろうか?私まで眠っていた。




第一部隊女性陣のみの回は今回が初…かな?
作者の趣味の関係上、若干百合っぽくなってしまうのはご容赦ください。いや本当に。
さて、本日はあと二話ほど投稿する予定です。…もうそろそろ一日複数話が限界に近づいてますが…


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奔流

えー、前回例によってとか言った割に今回のサブタイは結構意味が深いです。
まあ、お楽しみください。


奔流

 

「む……」

 

さて、翌日エントランスに降りた私はそう声を上げた。昨日病室で目を覚まし、アリサが起きるまで待ち、自室に戻ってからまた寝て、今日の朝起きて、日課をこなしてご飯食べて、二時間ばかり本読んで、エントランスに降りてきたのだが……好奇心に満ち溢れた目で私に駆け寄ってくるバカ、じゃなくってコウタが約一名。

 

「なあなあ、もしかして神楽って同性愛……」

「なわけないでしょ!」

「ぎいぃやあああああっ!」

 

……そしてそのバカの股間を蹴り上げる私。どうせ今日が非番な奴の外傷など知ったことではない。それも少しすれば治るようなもの……気にする必要はない。

そのときエントランスにいたのは、ソーマとヒバリさんとタツミさん。ソーマは忍び笑い。ヒバリさんは爆笑を堪えていて、タツミさんは……?何で顔色が悪いんでしょうねえ?でもって何で目を逸らすんでしょうねえ?全然わからないなあ。

 

「……いったい何がどうしたの?」

 

とりあえずソーマへ。予想が付いていないわけではないが。

 

「お、お前がアリサと寝てたからだろっ……く……くくく……」

「いやあれは成り行きで……」

 

笑いながら答えるソーマと狼狽する私。苦笑いのまま固まったヒバリさんと青ざめたタツミさん。白目剥いて大の字に倒れているコウタ……

 

「うわあ……また異質な光景だね。何があったか普通分からないはずなのに分かるって……」

 

そこにメンテ終わりのリッカさんまで来るんだから……

 

「よ、予想が付くって……付きますね。」

「でしょ?」

 

いつものごとく流れの掴めない挨拶だ。終わると同時にコウタを診に行くとはさすが神機及び使用者整備士(仮)。にしても……

 

「はあ。コウタに見られるとは……全然考えてなかった。」

「俺は関係なしか?」

「ソーマは見ても誤解しないじゃん。」

「まあ、確かにな。」

 

うん。本当に無警戒だった。帰ってきてアリサのお見舞いに来ることは簡単に予想が付くはずなのに……

と、ソーマが腰を上げる。

 

「どしたの?」

 

特に何も言わず立ち上がった時点で特別任務っぽいけど……

 

「偵察任務だ。……来るか?」

「いいの?」

 

特別任務かと思ったのだが……行っていいのだろうか?

 

「今回は許可されてるからな。」

「あ、なるほど。」

 

どうやら勘は当たっていたようだ。

 

   *

 

廃寺。偵察エリアはそこだった。

 

「……いつもより天気悪いね。」

 

ここでは雪が降っていることが普通なほどだが、今日は特別ひどい。吹雪だ。前見えない。って言うか向かい風。歩くの大変。白のスイーパーにしてきて正解だった……ってわけでもない。風になびいちゃって動きにくい。

まあそんな文句ばかりの私の横では……

 

「だから探すんだとさ。吹雪の中に隠れてるとでも言うつもりか?……ったく支部長のやろう……」

 

ソーマも文句を言う。……この日が一年でもっともひどい天気ではないかとすら思えるくらいだから仕方がない。測定方法ないけど。測定機置いたってすぐにアラガミに破壊されるのだから意味がない。

 

「東から回ってくれ。俺は西から行く。」

「了解。気をつけてね。」

「フン。お互い様だろうが。」

 

さて、何がいるのか知らないけど、索敵開始だ。

 

   *

 

「いたか?」

「いない。」

 

東西から回って北の本堂前へ。合流したものの、結局何も見つからなかった。

 

「後は……真ん中の通路だけだよね。」

「ああ。チッ。戻るしかねえ……!」

「っ!」

 

二人同時に気が付いた。何かがいる、と。アラガミでもなく人でもなく、何かが。

 

「行くぞ。」

 

本堂へゆっくりと向かうソーマ。無言で頷きを返し後に続く。

屋根が所々崩れていると言っても建物は建物。中に入ると外の吹雪をだいたい防ぐことができた。というかそんなことはどうでもいい。問題は……

 

「?」

 

壊れた仏像の前に、少女がいたことだ。いや、少女というのは適切ではない。

 

「ソーマ、この子……」

「アラガミ……だな。何がどうしてんのかわけが分からねえが。」

 

目の前の、体色が真っ白な少女のようなものから発せられる気配は、間違いなくアラガミのものだ。だというのに、人の気配も混じっている……はっきり言って存在からして謎だ。

 

「探せって言われてたのこの子なのかな?」

「分からねえ。つってもこれだけ珍しい奴だと……有り得るな。捕獲できれば楽なんだが……」

 

発見時から全く変わらない表情。姿勢もこれといって変化なし。こちらの出方を伺っているようにも見えるが、そもそもそんなことをするアラガミがいるだろうか?

と、突然動いた。突然すぎてこちらの対応が間に合わないほどに。向かったのは北西の壁に空いた大穴。

 

「あっ!」

「なっ!」

 

時を同じくして本堂東側の壁が破られる。瓦礫と共に入ってきたのは黒いヴァジュラ。

 

「こんな時に……っ!」

 

飛ばされた瓦礫。その中の一つが少女型のアラガミに当たる。

 

「神楽!あれを守れ!」

 

ソーマから発せられた意外な言葉。その理由は単純だった。黒いヴァジュラの目は少女型のアラガミに向けられていたのだ。

 

「分かった!」

 

私が言うか言わないかの内にソーマが仕掛ける。頭を狙っての左からの薙払い。上に跳躍されて空を切った刃を体ごと回転させて振り下ろしへと転じる。

 

「くっ……」

 

今度は壁を蹴って避けられる。東側の残った部分を吹き飛ばしつつだ。そのままソーマを飛び越えてこちらへと突進してくる。

 

「この……!」

 

それに向かってスプレッドタイプの弾丸を放つ。それすらも後ろに跳ばれて外れた。

その跳んだ先のすぐ後ろでは彼が攻撃態勢に入っている。着地点からの切り上げ。タイミングもぴったりだ。…だったのだが……

 

「ガッ……」

「!」

 

逆にソーマが吹き飛ばされる。空中で放電するなど……聞いたことがない。

 

「ソーマ!」

「構うな!そいつを守る方に集中しろ!」

 

……見た目ほどダメージは大きくないようだ。叱咤されたとおりこの子を守ることにする。

前足を振り抜き、その爪で切り裂こうと向かってくる。真後ろにこの子がいる以上避けられない。

 

「くうっ……」

 

神機で受け止め踏みとどまる。ヴァジュラ種である以上はここから背後に攻撃することはまずない。……そう思って、油断した。周りの気配を読んでいなかった。特に、真後ろを。

轟音が響き、後ろの壁が壊され、焦って確認した少女はまだ同じ場所にいて……

 

「神楽っ!逃げろっ!」

 

上を見たら……プリティヴィ・マータが飛び込んでいた。

 

「ーーーっ!」

 

……その口が大きく開かれ……

 

「……えっ?」

 

上半身だけが頭上を飛び越えていった。

……下半身は少女の腕の中へと消えていた。神機の捕食形態のような腕の中へ。

 

「無事かっ!?」

 

彼の声に振り向いたその一瞬。数秒にも満たないその一瞬の間に、少女も黒いヴァジュラも消えていた。

 

「私は大丈夫だけど……なにが……」

 

憶測混じりのことでないと予測すらつけられない。

 

「黒い奴にかぶってたからな……」

「わかんないか。」

 

その会話の間にソーマがコアを回収した。一応、だけど。半身なくなっていたら死骸にコアがあるかは怪しい。

 

「……無傷か。」

「ラッキーだね。」

「ああ。言い訳も立つ。」

 

言い訳……?

 

「あの子のことは報告しないってことでいいの?」

 

そう聞くと彼は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「はっ。報告できるような材料もねえからな。」

「うわあ……でも賛成。」

 

私を守ってくれたなどという考えは持たない。アラガミにそんな人間的な感情が宿るという保証はないから。ただ、根拠も確証もないけど……それを差し引いても彼女は敵ではないとも感じた。

 

「……戻ろっか。」

「そうだな。」

 

どことなく沈んだ感情。それはソーマも同じであるようで……

外の吹雪は土砂降りに変わり、空に浮かぶ真っ黒な雲の中からは雷鳴が轟いていた。

 

   *

 

自室のシャワー室で汗を流す。……俺の部屋の中で唯一まともな状態を保っている場所だ。

 

「あいつ……」

 

廃寺で見たあのアラガミ。気配はあの時と同じ、旧市街地で感じたものだ。

 

「……チッ。」

 

頭から離れない。人型で純白とも言えるあの体。だが……間違いなく俺も同じもの。捕喰本能に染まった、人型のアラガミ。

 

「クソッ!」

 

壁を殴りつける。……タイルが割れ、周囲にヒビが入った。

神楽も同じものを背負っている。そしてそれを受け入れている。だからこそ俺はあいつに惹かれた。だから俺はあいつを支えようと思った。守ろうと思った。俺が支えられる場所を。彼女の中でまだ弱くもろい部分を。……だが現実はどうだ?支えようと思っていながら支えられ、守ろうとしながら守れず。結局自分を受け入れることもできていない。

 

「……すまない……」

 

ここで言ったところで、彼女に聞こえるはずもない。

 

   *

 

「はあ……」

 

……帰ってきてからいったい何度溜息をついただろう。頭の中は、ソーマと彼女のことでいっぱいだった。

 

「だめだなあ……私。」

 

彼と一緒にいたいって、彼と進んでいきたいって、そんな風に考えていたはずなのに……私は未だに、自分がアラガミであることを本当の意味では受け入れていなかった。あの子の背後から漂うかのような捕食本能の気配。同じものが私の中にあり、いつ人を襲うかわからない。理解していたはずのその事実が重くのし掛かる。……同じものを持っているというのに、ソーマとはなんと違うことか……

 

「……ソーマ……」

 

目を閉じて枕を抱き寄せる。彼が私だけに見せる優しげな笑みが頭に浮かんで……

 

「……ごめんね……」

 

……なんて……聞こえるはずもないというのに……

 

   *

 

翌日から、彼との会話が減った。




破局です。一種の破局です。でも長続きは《ピー》
おっと、放送禁止のようですね。


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異常事態

…おぞましいほど原作から離れていることに気付く作者でございました。
まずい…収拾付くかなこれ…


異常事態

 

一週間後。未だにソーマとはギクシャクしたまま……こちらから話すことができず、そのせいか彼からもあまり話を振らなくなってしまった。

 

「でもよかったよな。アリサ、復帰できるみたいだし。」

「……うん……」

「あーでも大丈夫かなあ……最近ヴァジュラ種の目撃情報増えてるけど……」

「……うん……」

「……聞いてる?」

「……うん……」

「……神楽ー?」

 

名前を呼ばれたことに気付くのに数秒、目の前にコウタがいたことに気付くのにさらに数秒。

 

「……あれっ?コウタ、いつの間にそこにいたの?」

「ちょっ!元々いたって!」

「……そうだっけ……」

 

だめだ……周りが全く見えていない。ちょっとでも気を抜くとソーマのことばかり頭に浮かんでいる。私、どうしたらいいんだろう……

そうやってまた自分の世界に飛んでしまいそうだった意識はエレベーターのドアが開く音で戻される。出てきたのはアリサだった。

 

「本日付けで……原隊復帰になりました。また……よろしくお願いします……」

 

前の彼女からは想像もつかないような、暗く沈んだ声。俯きがちに告げたその言葉にコウタが返す。

 

「実戦にはいつから復帰なの?」

「まだ……決まっていません……」

「そうなんだ……」

 

その会話に入ることもできず、ただ突っ立っていた。

……そして聞こえたのは一階からの声。

 

「おい聞いたかよ、例の新型やっと復帰したらしいぜ。」

 

アリサがビクリと肩を震わせる。

 

「ああ。リンドウさんと神楽さんを閉じこめた奴だろ……神楽さんがいなけりゃあ二人とも死んでたんじゃねえの?」

「そうそいつだよ。で、結局パニクって戦えなくなってたんだってさ。」

「プッハハ!ただの役立たずじゃねえか!」

 

聞こえよがしとはこのことを言うのだろう。

 

「……あなた達も……笑えばいいじゃないですか……」

 

諦めを含んだアリサの言葉。やはりコウタが返す。

 

「俺達は笑ったりしないよ。」

「えっ?」

 

……達、と言われては黙ってもいられないだろう。

 

「あれがアリサのせいじゃないことは私達は分かってる。……あんな風に言う人はいるかもしれないけど……そんなのはこれから見返せばいいよ。どうせその場その場で意見を変えるだろうから。」

 

……気付かぬ内に浮かべていた作り笑い。久しぶりに使っていた。まあ、アリサの表情もちょっとは良くなったからいいだろう。

 

「あの……もう一度私に、ちゃんと……」

 

一言一言絞り出すように答えていく彼女。……その後の言葉は、さすがに想定外だった。

 

「戦い方を教えてくれませんか?」

 

俯いていた顔を上げ、決意に満ちた目を向けつつそう言った。……その言葉に応えたい。けど……

 

「……ごめん。私は……ちょっと無理……」

 

そう答える以外のことができなかった。

 

「……そう……ですか……」

 

ほとんど泣きそうなアリサに申し訳なさを感じつつも、諦めてくれたことを喜んでいる私がいた。

 

「……ごめんね……今日もこれから任務だから……」

 

……平原でウロヴォロスの討伐。それが今日の任務内容だ。……同行者はいない。自分から、断った。

 

   *

 

出撃ゲートへと向かった神楽さん。……異常なほど思い詰めた表情をしていた。

 

「……神楽さん、どうかしたんですか?」

 

事情を知っているかもしれないコウタに聞いてはみる。

 

「うーん……俺も詳しくは分からないんだけど、何日か前から妙にとんでもない任務ばっか受けててさ、口数もめっきり減ったわ話しかけてもなかなか気付かないわ……ソーマともろくに話してないからなあ……今日なんかソロでウロヴォロスだし……」

 

ソロでウロヴォロス……神楽さんならば可能ではあるだろうが、そんなこと好き好んでやるものではない。

 

「ソーマも無茶な任務ばっか受けてるし……もう第一部隊がそもそもやばいんだよな……神楽とソーマは今言った通りだし、リンドウさんはいなくなっちゃうし、サクヤさんもあんまり部屋から出て来ないし……」

 

リンドウさんがいなくなったのはツバキさんからも聞いた。私の責任はないと言われたが、やはり原因となってしまったのではと考えてしまう。

 

「それで、戦い方を教えてほしいって……どしたの?元々強いじゃん。」

「……自分が守りたいものを、守りたいんです。」

 

それが理由。……守りたいと考えるだけで守れるのだったら苦労しない。私が守るための力を持っていなかったからこその頼みだ。

 

「……守りたいもの、か。」

 

守りたいものが守れずに消えたロシアでの日々。それを繰り返したくはない。

 

「分かった。俺でよければ付き合うよ。さすがに新型特有のは無理だけどさ。」

 

コウタからの提案。ありがたく受けよう。

 

「はい!」

 

   *

 

地響きを立てながらウロヴォロスが倒れる。そのコアを回収してアナグラに通信を繋いだ。

 

「……ヒバリさん、終わったよ。」

「お疲れさまでした。今迎えのヘリを出します。」

 

色褪せて見える世界。モノクロで、自分だけが浮き立っているかのようだ。

大きな被害はなく完了した任務。無傷で回収できたコア。普通ならば大喜びしてもいいような結果なのに……

ほとんどダメージのない体は、そこに立っているのを拒絶する。

 

「……何なんだろ……」

 

膝から染み込んでくる冷たい水。ついさっきまで戦って火照っていた体が急速に冷えていく。……雨で冷えた頬を雨とは別のものが伝った。隣には誰もいない。如実に感じられる事実。

空を見上げても、広がるのは灰色の空。そこに誰がいるというわけでもなく、それで気が晴れるということもなく。ただ寂しさのみが募る。

 

「私って……何なんだろ……」

 

もう自分がここにいるのかすら分からなかった。

 

   *

 

空母の上に累々と転がるアラガミの死体。そのどれもが第二種接触禁忌種だ。

 

「……終わりか。」

 

周りにアラガミの気配がないのを確認して回収を頼む。

 

「任務完了だ。回収頼む。」

「あ、はい。今地下鉄跡の方にヘリが出ているのでそれに回ってもらいますね。」

「ああ。」

 

……全く気が晴れない。これだけのアラガミを相手にしていながら、頭の中では神楽のことを考えている。

 

「……クソッ……」

 

瓦礫に背を預ける。何をしていても頭に浮かんでしまう彼女のこと。……辛いという以前に自分がふがいない。

 

   *

 

ヘリに先に乗っていたのはサクヤだった。

 

「お前か。」

「あら、ソーマじゃない。」

 

向かいの席に座って何をするでもなく外を眺める。アラガミの死骸はすでに霧散し、見えるのはぶっ壊れた空母と夕日を受けてまぶしいほどに光る海のみだ。

 

「乱気流があるんで迂回します。ちょっと時間かかるんでお願いします。」

 

操縦席の方からの声。帰り着くのは遅くなりそうだな。

 

「元気ないわねえ。」

「……」

 

元気がない……それとは少し違うだろう。自分が自分でない、何かが欠けちまっていると、そう感じている。

 

「神楽ちゃん、どうするの?」

 

……サクヤの口調はいつもよりも厳しいものになっていた。同性だからこそ分かるものでもあるのだろうか。

 

「……一つ、聞きたい。」

「え?」

 

絞り出すように言ってみる。

 

「俺は……あいつの側にいる資格があるのか?」

「……」

「あいつのことを考えてやってもいいと思うか?」

「……」

 

会話はそこで途切れる。俺はサクヤからの返答を待ち、サクヤは……考え込みつつ面食らっているかのようだ。そのサクヤが口を開いたとき、まず出てきたのは……

 

「当たり前よ。」

 

……救われた、それが表現として正しかった。

 

「最近あの子の顔見てる?あなたとあまり話さなくなってからずっとひどい顔してるわよ?……何があったかは知らないけど、あの子もたぶん悩んでるわ。毎日毎日泣きはらした後みたいに目を赤くして、話しかけてもろくに反応しないし、任務もとてつもないのばかり受けていつもふらふらになって帰ってきてる。……だから……」

 

いったん言葉を切った。

 

「今日帰ったら話を聞いてあげなさい。あのくらいの歳の女の子って、外から見えるよりずっと弱いんだから……あなたから聞かないと、いつまでも話は進まないわよ?」

 

……あのくらいの歳の女の子。その言葉が出てくる時点でこいつは俺よりも分かっているのだろう。その進言を無闇に切り捨てるはずもない。

 

「……ああ。そうするさ。」

「うん、よろしい。」

 

まあ、後の問題は切り出し方だな。そう考えて目を閉じる。

……同時に凄まじい衝撃がヘリを襲った。

 

「っ!何だっ!?」

「ソーマ!後ろ!」

 

言われて後ろを見やる。そこには操縦席がある……はずだった。

操縦席はパイロットごと、文字通り消えていた。空いた穴から見える地表にはウロヴォロス種の第一種接触禁忌種であるアマテラスが確認できる。間違いなく今の衝撃の元凶だろう。それが三体。それぞれが想像を絶する数の小~大型のアラガミを従えている。

 

「サクヤ!飛び降りろ!」

 

神機を取って飛び降りる。途端にヘリは火に包まれた。一秒でも遅れていれば爆発に巻き込まれて死んでいただろう。

 

「端から潰す!行くぞ!」

「了解!」

 

……死なずにいられることが奇跡であるような状態。だが俺は、死ぬ気など微塵もない。

……あいつと話しもせずに、死んでたまるものか……!

 

   *

 

その少し前のこと。

 

「それじゃ、メンテしとくね。」

「うん……」

 

相変わらず自分でも上の空な感じでふらふらとエントランスに入る。ちょうど任務終わりの時間だったのだろう。そこには結構な人数がいた。

 

「お帰り。どうだった?」

「あ、おかえりなさい。」

 

コウタとアリサからの声に反応するのに数秒かかった。

 

「……何とか終わった。……コア無傷で取れたから上々だと思う……」

 

その後はほとんど何も聞いていなかった。すごいとかいろいろ言われた気がするけど、たぶん生返事しかしていないだろう。……やはり頭の中は……

 

「……ソーマ……っ……」

 

口にまで出てしまうとは考えていなかった。

 

「あ、あの……神楽さん……本当に大丈夫ですか?」

 

アリサから聞かれ、また反応が遅れる。……その言葉へ答える前に警報が鳴り響いた。

 

「旧市街地西南西10キロ地点付近にて多数のアラガミが出現。接触禁忌種多数につき各部隊長及び第一部隊のみ出撃してください。」

「うわあ……俺らは全員かよ。アリサ、行ける?」

「大型は苦しいかもしれませんが……行けます!」

 

二人の会話を聞いて気が付いた。……ソーマがまだ帰ってきていない?

 

「また、現在現地で第一部隊員二名が交戦中。その救……」

「っ!」

 

先も聞かずに駆けだした。……ジープなら運転できる。

……今行くから。絶対すぐにそこに行くから。だから……死なないで。




…書きながら思ったこと。
「うわあ…アマテ三体とか死ぬわ。なんであいつら銃利かないんだし!バトルスタイル総崩れだっつーの!」
…実はこの作者、どんな装備での出撃だとしても強化パーツの「狙撃の名手」をはずさない生粋の銃主体型神機使いでして。いやもうアマテ倒すのとウロヴォ倒すのとだと時間が倍近くにまでなるという…
あ、ちなみにもう一話投稿します。あまりにもぶつ切れなので。


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すれ違って互いに気付く

…今更ながら、一日四話って新記録だったかもしれませんね。


すれ違って互いに気付く

 

止める間もなくすっ飛んでっちゃった神楽において行かれた俺とアリサは、タツミさんと同じヘリに乗って現地に向かっていた。

 

「……西南西10キロか。たぶんもう着いてるな。」

 

冷静に考えるタツミさんの前でそわそわと落ち着けないでいた。

 

「そんな冷静に考えてる場合じゃないですって!何がどうなってるか分かんない場所に主力三人まず投入されてるってどういう!」

「いやいや、とにかく落ち付けって。こんな時に焦ってもどうにもならないんだよ。問題は着いたときにどうするかであって、今どうするかじゃないんだからよ。」

 

諭されて少し考え直す。

 

「だいたいあの三人だったら滅多なことじゃ死なないしな。のんびりしてらんないってのは正解でも、そこについてああだこうだ言うのは不正解だろ?」

「……はあ……」

 

彼らの強さは知っている。……知っているだけに心配なのだ。死に急ぎはしないか、と。

 

「あと五分以内に着きます!降下準備してください!」

 

パイロットが声を張り上げた。にわかに緊張が高まる。

 

「うっし、準備だ。お前ら、あんまり離れるなよ。」

「了解!」

「了解です。」

 

……問題の時間の始まりだ。

 

   *

 

「道を……」

 

五分。ジープをオシャカにしてまでかっ飛ばした結果の到着タイムだ。

 

「空けろ!」

 

目の前にあるもの全て切り飛ばして突き進む。……まだ二人はいない。

髪も服もどこもかしこも鮮血にまみれ、体のどこを見ても赤く染まっている。そんなことで止まるつもりもないが。

 

「!」

 

走りに移行してから最初の大型種が姿を現した。……初手からスサノオとは……またすごいことになっている。

 

「だから……」

 

その尻尾に付いた刀が振られる。狙いは違わず、私を確実に串刺しにできる攻撃だ。

 

「道を空けろって……」

 

その刀をいなしつつ懐へ飛び込み、真上に神機を構える。

 

「言ってるでしょ!」

 

途切れかけた解放状態を再度の捕喰で回復させる。真上にあったスサノオの胴体は跡形もなく消え失せた。上から降ってくる血飛沫に構いもせずまた駆け出す。

スサノオを越えたところで見えたのは……アマテラスのようだ。第一種接触禁忌種の中でも特に警戒されるアラガミ。そのアマテラスの死体が二つと、完全な状態で残っているのが一体。その最後の一体らしきアマテラスが何かに向かって攻撃しているのが見て取れた。距離、目測にして約2キロ。その位置からは神機からのレーザーも撃たれていた。

 

「っ!」

 

さらに足を速める。……徐々に視界が赤く染まってゆく。頭ははっきりしているのに、自分の中でアラガミが強くなっている。こんなことは初めてだ。

……別にアラガミになったっていい。自分のことなんてどうだっていい。ただ、ソーマを助けたかった。

 

   *

 

少し前。極東支部寄りの位置から爆発音が鳴り響いた。そちらを見れば、未だに黒煙が立ち上っている。

大型種討伐合計数19体。中型種討伐合計数37体。……小型はすでに、数えるのが面倒なほど潰している。三桁は軽く越えるだろう。

 

「ソーマ!あとどのくらいなの!」

「分かるわけねえだろ!」

 

サクヤすらも弱音を吐き始めている。……当然だ。並の神機使いだったらそもそも生きてはいないような状況下に置かれているんだからな。

一旦周囲のアラガミと距離をとり、遠方まで見回す。

 

「……チッ。」

 

見渡す限り赤い大地とアラガミの群。状況は絶望的、アナグラから援軍が来たとしても間に合う可能性は限りなく低い上、その後切り抜けることがそもそも苦しい。……いったいどうしろってんだ……

物資も切れ、全身怪我に覆われ、前後左右をまるでここに集められたかのような数のアラガミに包囲され……久しぶりに自らの死が頭をよぎる。

 

「バカなことを……」

 

考えていいものか。幾多の死の上に立っていながら……

だから活路を探して……

すぐ近く。本当にすぐ近くに、今一番会いたかった彼女を見つけた。

 

「ソーマ!」

 

……後ろにゼウス二体引き連れてくるか普通……そんな考えも今は捨てよう。

後ろから迫っているアマテラスを構うことはない。一気に駆け出す。……神楽とすれ違うまで三秒。彼女の速さを、もう体が覚えていた。いつの間にか……数え切れないほどの回数、共に任務に出たんだな。

すれ違いざまの頷き。意味は単純だ。

ゼウス二体の間。その真下から一気に跳躍する。

 

「沈め!」

 

左の一体の頭へと刃を深く食い込ませ、それを軸にさらに上へと飛び上がる。同時に神機を引き抜いた。

 

「っ!」

 

頭上へと振りあげた神機はその狙いを違うことなく、残ったゼウスを地表まで叩きつけた。

 

   *

 

討伐総数……大型種23体、中型種30体、小型種は……分からない。外傷いっぱいアイテムなし、通信不能の満身創痍。それでも足は絶対に止まらない。

確実に近付いているさっきの場所。彼が戦っているであろうその場所は……

 

「ソーマ!」

 

彼の姿と共に唐突に目の前に現れた。

後ろからゼウスに追いかけられながらの登場……なかなかに滑稽な図だ。でもそれでいい。やっと彼に会えたのだ。無事、とは言えなくても、彼がそこにいた。

後ろにいるアマテラスに構わず私の後ろを見据える。

すれ違いながら交わした頷きの意味。互いに背中を任せられる相手への委託。……笑っていた。

アマテラスの腕が絡み合いながら向かってくる。それを上に跳躍して避け、足場としてさらに先へ。ばらけていくその触手を一本一本着実に進んでいく。目指すは頭の女神像。

 

「っ!」

 

渡っていくはずの触手上を別の腕が襲う。私よりも大きなそれを補食してもっと上へ。あと3メートル。最後に残った足場を蹴り女神像の真上へ。こちらを見上げたその顔に向かって神機を下方垂直に構える。

 

「落ちろっ!」

 

吸い込まれるように女神像に突き刺さって、そのままの勢いで地表まで貫いた。

 

   *

 

アマテラスが散ってからすさまじい勢いで討伐が進んだ。元々機動力がないと戦いづらく、その上銃がろくに効かなかったのだから当然だろう。ソーマとサクヤさんのコンビではちょっと面倒な相手だ。

 

「……っはあぁぁ……」

 

周りにアラガミがいない。それを確認したとたんに気が抜けて盛大にため息を付く。

 

「……悪かったな。」

 

横にはソーマがいて、もう普通に話しかけてくれる。

 

「……そう言う場面じゃないよ?」

「ああ……」

 

彼は少し黙って……

 

「……ありがとう。」

 

そう言って、私を抱きしめて。

 

「……うん……」

 

初めて彼の背にいたときのような暖かさに包まれる。体を完全に預けて、首に回した手に支えられるようにくっついて……そうやって赤ん坊みたいにしていると、予想外のことが起こった。

 

「…?…!?」

「…!!」

 

……感応現象である。元々それがどういうものか知っていた私は一瞬で驚愕。ソーマは何が起こったか今一理解できていない模様。パッと離れた私達。……それはさておき、互いに何を知ったかと言えば……

 

「……くっ……」

「……ぷっ……」

 

そっくりそのまま、自分が考えていたこと、である。

 

「くくく……!」

「あっあははっ!」

 

一緒に吹き出して一緒に笑って。……きっとこれからも、そうして二人で行くのだろう。いろんなものを乗り越えて、いろんなことを楽しんで、いっぱい笑って、いっぱい泣いて。

そんな生活が、今はとても楽しいです。空を見上げて、私は初めて生きることが楽しいと、家族にそう言った。

そうだ、今私はこんなにも……

 

「……ん……」

 

こうして……自然と唇が引きつけられて。深く深く、口付けを交わして。

 

「……大好き……」

 

……とても楽しくって、とっても……しあわせです。




ちょっと無茶振りです。でもなんとなく有りそうな気がするんですよね。アラガミとほぼ同じだったら。
根拠は…GEコミカライズ、the spiral fateの方をご覧ください。次話でも説明を入れてあるにはあるのですが、おそらくコミックのほうが分かりやすいかと。
それでは皆様、また次回。


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プレゼント

お久しぶりでございます。いやしかし…自分でも思いますが…不定期更新ですね。すみません。
本日も複数話投稿でいきたいと思います。内容としては二人のデートですね。


プレゼント

 

ちょっとあたふたしながらもほんわかとした翌日のこと。いつもはポニーテールにまとめている髪を今日はまとめずに風任せ。そんな、髪を振り乱し、ちょっとばかり準備を進めていた。

……突然ながら、私は今素晴らしく上機嫌で素晴らしく沈んでいる。……意味が分からないだろうが……その理由の説明以前に知ってほしいことがいくつか。

まず一つ目。実はアラガミの血液は化学物質を含むものが多く、あまりにも大量に浴びてしまうとその時着ていた衣服が使えなくなることがある。身体そのものには特に影響は出ないが。

二つ目。昨日の超大型戦闘で返り血まみれになった強襲兵服は当然の如く使えなくなった。つまりは新しい服を作るか何かしなければならない。

三つ目。現在の財布の残金はパーツの強化費用でほぼスッカラカン。

四つ目。壊したジープ代が給料から引かれた……

五つ目。とどめ……服のストックなし。もともと持っていたスイーパーは運悪く洗濯してしまっており、現在乾燥中。

もう分かったと思うが……戦闘服が全くない上に一月それが続くかもしれない状況になってしまった、というのが昨日の帰還報告及び訓告後一時間まで。

で、見かねたソーマが服を買ってくれるということになり、二人で休暇を取って(っていうか二人で療養中。過労でぶっ倒れたのだ。二人そろって。)今日出かけようということにまでなった。これが上機嫌な理由だ。……がしかし……

 

「何でこんな服しかないんだろう……」

 

神機使いになってからというもの、強襲兵服とネグリジェくらいしか着てなかったせいで、普段着はといえば……肩が紐だけの、白を基調として、青のアクセントが付いているワンピースのみ。丈は膝まで。神機使いになる前から来ているお気に入りの服。

外の季節は夏。……おかしくはない。おかしくはないさ。だが……一緒に買い物ってことは……

 

「……初デート……がこれえ?」

 

って話だ。……これが沈んでいる理由。もうちょっと勝負服的なものでも作っていれば……

……まあいつまでもこうしてはいられない。仕方がないので麦わら帽子なんてものをひっ被って、手には手作り弁当入りバスケットを持ち、サンダルを履いてエントランスへと降りた。彼が決めた行き先は外部居住区の一角らしい。まさかの行きつけの呉服屋だとか。そして最終地点は……居住区民のデートスポットだ。

 

   *

 

「最低でも……足りなくなることはないな。」

 

財布に入れた金額を確かめつつ呟く。50000fc。これで足りないようなことは……あっては困る。昨日の神楽でもあるまい。ジープ一台……凄まじい額だ。

 

「あら、どうかしたの?療養中じゃなかった?」

 

エントランスに降りてきたサクヤに聞かれる。俺と比べてダメージもずいぶん軽く済んだらしく、今日もまたコウタとアリサと共に出撃だと言う。……やばいアラガミはだいたい俺に集まって来やがるんだったな。

 

「外出許可は取った。……神楽の着るもんがねえからな。」

「ああ……そういえば……」

「……今のところあいつは一文無しだ。」

 

いつもケラケラと笑っている表情も苦笑いに変わる。……ジープを壊していたのは俺も予想外だった。あの黒煙がそれだったのか?

 

「ま、まあ、行ってらっしゃい。私すぐ任務だから。」

「……ああ。」

 

あいつなりに気を使ったのか。そんなことを考えながらサクヤを見送る。

その後程なくして神楽が降りてきた。

 

「お待たせっ!……って……」

「……何だ?」

 

降りてきたと同時に固まる。その目線は俺の服に向けられていた。

 

「かっこいい……」

「……そういうことをさらっと言うな……」

 

……さすがにいつもの服装で来ていいはずがないと思い、たまにしか着ていなかったダークブルーのジーンズに同型色のポロシャツ。その上にリバーシブルタイプの薄いシャツを羽織っている。……裏地がやはりダークブルー、表は黒とグレーのチェック柄だ。靴もそれに合わせて黒に銀のラインが入ったスニーカーを選んでいる。……ファッションとかいうものに興味があったほんの僅かな時代の遺品と言えるものばかりだが……

対して神楽はと言えば……?何を不安そうにしているんだ?

 

「ところでソーマ……これ、大丈夫かな?」

 

……そのどこに問題があると思っている、とはあえて聞くまい。……不安になる理由が分からなくなるほど似合っていた。

肩紐のみで吊された白のワンピースに明るい茶色のビーチサンダル風のスポーツサンダル。頭には麦わら帽子を被り、その縁からは風に流されて黒髪が広がる。そんな中で少しだけ入ったワンピースの青が映えている上、前で組むような形にした両手には小さめのバスケットを持っている……気取らずも可愛いとかどっかに載りそうな勢いだ。

 

「お前、その格好が似合ってることに気づいてないだろ。」

「……似合って……る?」

 

目をしばたかせ自身を見回す神楽。……その状態を似合っていると言わずに何を似合うと言えと……

 

「ああ。十二分にな。……そろそろ行くぞ。」

「あ、うん。……えへへ……」

 

鼻の下を人差し指で擦りつつ照れ笑い……これが意図的でないのが恐ろしい。本気だったらタツミすら手中に収めるだろう。……あのヒバリに一途と公言しているアホすらも。

 

   *

 

外部居住区には結構いろいろなお店や屋台が並んでいる。ごくごく普通の日用品から何が何だか分からない怪しげなものまで、隅から隅まで探して回ってしまえばほぼ全てのものが揃うほどだ。

 

「ソーマが言ってたお店ってどの辺にあるの?」

 

アナグラを出てから数分。時間が時間だから人通りもさほど多くはなく、二人で手を繋いでテクテクと歩いていた。ワンピースを棚引かせつつ吹く風も涼しく、絶好のデート日よりだ。目当ての呉服店はというと少し奥まったところにあるようで、だんだんと周囲の屋台などが少なくなってくる。

 

「あと二、三分だ。……近いくせに入り組んだところにあるからな。ったくあの変人め……」

 

さっきから道を間違えないように確認しながら歩いているように見える。どうやら途轍もなく分かりにくいところにあるらしい。

 

「変人?」

「まあな。」

 

変人って……いったいどういう意味でなのだろう?純粋に気になるのが半分、ソーマが変人というのはどんな人なのかというところに半分。

 

「……相当儲かっているはずなのに建物として店を持たねえ……だいたい自分の家すらすでに家とは呼べねえ……あいつが変人でなかったら誰が変わってるのか聞きたいくらいの変人だからな。覚悟しろよ。」

「うわあ……」

 

前言撤回。ソーマにここまで言わせる人物とはいったいどのような人なのか気になるのが十割に変更。

そんな若干の不安要素を含みつつの初デート。正直言わなくてもすごく楽しい。昨日あんなことがあったばかりだというのも重なってか、ソーマが隣にいるだけで嬉しくて仕方がない。しかも手を繋いで歩いていて……

 

「えへへ。」

 

自然と顔がほころんでしまう。それを微笑みながら見てくれる彼もいて……幸せってこういうことかあ、なんて思ったりするのだ。

 

   *

 

「ここだな。」

 

そう言って彼が止まったのはごくごく普通の民家らしき建物の前。一応呉服屋と看板は出ているものの、それに気付かなければ何の変哲もないただの家だ。

 

「ここ?誰か住んでそうだけど……」

「店の主人の家だ。もっとも、住むための部屋は一つしかないらしいがな。」

「あ、そういうこと。」

 

ためらいもなく扉を開いて中に入っていくソーマに続く。

 

「おい、いるか?」

「おじゃましまーす……わっ。」

 

中に入ると同時にありとあらゆる服が目に飛び込む。ターミナルで売っている数を遙かに凌駕するバリエーション。オーダーメイドを受け付けているとの張り紙も出ている。

 

「すごいね……」

「種類だけだったらターミナルの三倍はある。素材の問題がでかいが。」

 

三倍という数に驚いていると、奥から一人のおじいさんが出てきた。

 

「…お前か。確か17日ぶりだな。」

「相変わらず正確だなあんたは。」

 

……えっと?いきなり出てきていきなり時間を告げていきなりソーマが答えて……?戸惑っているとソーマが助け船を出してくれた。

 

「この爺は妙に覚えが良くてな。一度来た客の顔と名前を確実に覚える上に、その来店日時まで正確に覚えやがる。しかもそれをいちいち聞いてくるからな……近所でも変人で通っているほどだ。」

「……すご……」

 

改めて見てみると、どことなく威厳のある顔つきの楽しいおじいさんって感じで、見た目的には60代半ば頃。……にしては異常なほど引き締まった体つきに思える。着ている服は上下共に作業用のだぼっとした衣服だ。

 

「神機使いの同僚か?桐生忠志だ。ところでソーマ君よ、いったいいつの間に色男になりやがったんだ?」

 

……横を向きつつ片手で額を押さえるソーマと真っ赤になって俯いてもじもじする私。

 

「えっと、その……は、初めまして。神野神楽……です。」

 

どうにか自己紹介は済ませる。

 

「なるほど。神野さんか。……お前のオーダーはこの子用か?」

 

……オーダー?

 

「ああ。出来てるんだろ?あれだけの材料と一晩……あんたには十分すぎるだろうが。」

「?……??」

 

何が何だか話の脈絡すら掴めずに二人を交互に見やる。

 

「すぐに分かる。」

 

そう言って私の頭に手を乗せるソーマ。

 

「むう……」

 

……なんか納得できないっていうか何ていうか……

 

   *

 

その後私達は奥の布を被ったケースの前に案内された。

 

「自信作だ。ま、心行くまで見てみろ。」

 

桐生さんがそのケースの横に立つ。

 

「よっと。」

 

被さっていた布を一気に取り払って……

 

「わあ……」

「……良い出来だ。さすがだな。」

「おうよ!」

 

……中に入っていたのは一着の服を着たマネキン。

 

「……きれい……」

 

前にアーカイプで見た剣道着という服の上を膝上10センチくらいまで伸ばし、肩から先を取り払って、その上から細い帯を締めている。生地の色は白だ。右側に三ヶ所、赤い飾り紐もある。

腰からは1メートルほどのどこか柔らかな色合いの赤マントが同じく細い帯で止められ、さながらスカートのように広がっている。その下から覗く足には、太股に白地に赤の飾り縫いが付いた布製のリングが、膝から下に白を基調として黒のアクセントが入ったブーツを履いていた。

腕は肘の上5センチほどの位置から袖のような物のみが被せられ、太股にあるのと同じリングで着せられている。形状としては、こちらも前にアーカイプで見た巫女という女の子達が着ていた服の袖のように見え、こちらも白地に赤の飾り縫いが付いている。

肩には金属の肩当てが止められ、その縁から50センチほどのマントが広がっていた。こちらは赤を基調としている。

頭には髪飾り。枝垂れ桜をモチーフにしたような髪留めと、その花びらのような形状のリボンの二つだ。リボンの方はマネキンの頭にポニーテールを作っている。

そして何より、白地のワンピースには桜吹雪があしらわれていた。

その全てが調和していて……思わず魅入ってしまう。

 

「……気に入ったか?」

 

隣では満足げに笑っているソーマ。彼はケースの中の下の方にある一点を指さした。……そこには筆記体でこう書かれた一枚のプレート。

《To Kagura. From Soma.》

 

「とっても!」

 

思わず抱きつく。ただただ嬉しい。彼からの、初めての贈り物だ。

 

「おまっ……ここは店の中っ……!」

「あ……」

 

言われて慌てて離れて……ものの見事に爆笑を堪えている桐生さんがいることに気付く。

 

「え、えと!あのっ!」

「……ったく……」

 

ううう……またやっちゃった……

 

「ええとだ、とりあえず料金の方は12000fcだな。残った素材の分引いた額だ。」

 

笑いながら桐生さんが言ったのだが……12000!?服の料金じゃない……

 

「以外と安く済んだじゃねえか。」

「バーロー。お前が持ってきた素材がどんだけあったよ?」

 

私の目の前で交わされる会話。……嫌な予感が……

 

「……接触禁忌種系統の素材を各数十、だったか?」

「うそっ!」

「マジだ。お前さんの写真と素材と……いきなり持ってきて似合う服作れってんだからよお。ひっくり返ったねどうも。」

 

……ひょえええ……

 

「ま、その分ちょっとやそっとじゃ……と言うより、それがアラガミ程度の物からだったら絶対に破れねえし変質もしねえし……今んとこ世界最強の服だろうなあ……偏食因子で織ってるようなもんだからな。」

 

……安心した。一番の問題は返り血なわけで……

 

「ねえねえ、着て帰ってもいい?」

 

嬉しすぎてついそう聞いてしまう。

 

「あっちが試着室だったはずだ。待ってるから着てこい。」

 

そして、彼は優しく笑ってくれている。

 

「うん!」

 

桐生さんに服を運んでもらいながら試着室に駆けていった。……似合うといいなあ……

 

   *

 

「ずいぶんといい子を捕まえたもんじゃねえか。ええ?」

「…いろいろとな。」

 

戻ってきた桐生に料金を渡しながら話す。

……喜んでもらえるかが実際不安だった。ここに来るまでの道中もあちらこちらを訳もなく見ていたし、冷や汗を押さえるのに必死だったと言っていい。だからこそ、嬉しかった。たぶんあいつ以上に。

 

「そういや百田の奴はどうしてる?ここ二三ヶ月会ってねえからな。」

 

アナグラのエントランスに入り浸っているあの百田の爺と桐生とは過去に軍の同じ部隊でやっていたらしい。その後百田は神機使いに、桐生は軍の解体後にここを開いた。俺がこの店を知っていたのは百田の奴に教えられたからだ。元は普通の呉服屋だったらしいが、神機使いの増加に伴って戦闘服も作るようになったという。今ではアナグラ公認のアラガミ由来繊維織り師だ。……もっとも、神機使いの間での知名度は低いのだが。現役の神機使いでここを行きつけにしているのは俺とリンドウ、そしてサクヤくらいだ。

 

「相変わらずうちに入り浸ってるさ。酒飲み相手がいなくなって寂しがってるぜ?」

「……ああ、リンドウのことか。」

 

桐生は万屋とも親交がある。そのためアナグラ内の事情にも精通し、隠れた情報屋として外部居住区のご意見番と化すこともしばしばあるらしい。……元気な爺だ。

 

「まあ……たまには休みにして、あいつと飲みにでも行ってやるかねえ。」

「そうしとけ。じゃねえとエントランスが騒がしい。」

「っはっはっは!正直だなおい!」

 

一時期に比べて外部居住区の雰囲気も相当明るくなった。その影にはこいつのような人間がいたことも事実だ。

 

「……そろそろ出てくんじゃねえか?」

 

言われて時計を見る。……五分。確かにそろそろ……

 

「お待たせっ!」

 

なんとなくデジャヴな発言と共にこちらに見せたのは満面の笑み。これまで集めた素材を放り出した甲斐もあったというものだ。

 

「よく似合ってる。」

「ほんと!?」

「ああ。」

 

よほど嬉しいのかその場で一回転する神楽。二枚のマントや振り袖がたなびく。

 

「…守ってやれよ?」

 

横から言われた言葉。桐生はアラガミの襲撃で三年ほど前に妻を亡くしている。子宝には恵まれなかったが、近辺ではおしどり夫婦として有名だった。

 

「……当たり前だ。」

 

心からの言葉だ。

 

「……ならいい。……さて、この後はどうすんだ?」

 

後半は神楽にも聞こえるように言っていた。

 

「……この状況で外部居住区に出てまで行くところって言ったら……わかるんじゃねえのか?」

「おお、あそこか?……つーかお前……いつもは一人で行って……」

「言うな。」

 

目の前にはワクワクした目を向けている神楽がいる。あまり待たせるわけにもいかないだろう。

 

「行くか。」

「うん!」

 

答えて子犬のように付いてくる彼女。……それを見て改めて思う。支えるのではなく、支え合っていこうと。

 

「また来いよー。」

「もちろん!」

 

隣で桐生に手を振る彼女は、これまでで一番楽しそうだった。




今気付きましたが、今回結構長かったんですね。
桐生のアイディアはサクヤさんの服の説明から出てきました。なんでもサクヤさんの服であるシングルクロスはオーダーメイドなのだとか。
で、なんだか地味にファッショナブルなソーマもそういう店を知っててもおかしくないよな。なんて思い立ってこのようになりました。
それではまたしばらくお付き合いください。


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デートスポット

デート回その二です。とりあえずデートそのものは今回で終わり。


デートスポット

 

「この服すごいなあ。こんなにしっかりしてるのにこんなに軽いなんて。」

「そう作れるのもあいつの腕だ。並の奴だとそうはならないらしい。」

「わあお。」

 

桐生さんのお店を出てすぐに大通りに出た。……周りで自分の服について話しているのが聞こえる。どれも誉め言葉ばかりで何だか楽しい。

元々着ていた服はもらった紙袋に入れてある。自然にソーマが受け取ってくれて、それが無性に嬉しくなったり。

に、してもだ。

 

「……すごい人だね。ここって。」

 

桐生さんのお店に行くときに通った通りとはまるで人の量が違った。気をつけて歩かないと簡単に肩がぶつかってしまう。手を握ってくれているからソーマと離れることはないだろうけど。

 

「ここはこの辺りで一番でかい通りだからな。」

「だからこんなに…」

 

道の脇には処狭しと出店が並び、その後ろにはさっきの桐生さんのお店のように自宅をそのまま使っているようなお店もちらほらとある。それらの入り口を邪魔しないように出店が並んでいて、一見無秩序ながら見ていて苦しくない配置がなされていた。

 

「食材に関して言えば間違いなくアナグラの負けだ。量の問題はあるにしろ、アナグラだと手に入らないような物を売っていることも相当あるからな。」

「へえ……」

 

……かと言ってあのすさまじく大きいトウモロコシみたいなのがいっぱいあるのはごめんだけど……

 

「ところで、アナグラの方に進んでるけどそっちなの?」

 

実はさっきから進行方向にはアナグラが見えている。……どこに行こうとしているのかますます分からない。

 

「変わった場所だからな。」

「……?」

 

小首を傾げる。変わった場所って……なんか今日は変わったものばかりだなあ……

そうやって話しつつ歩くこと五分。ソーマがある建物の前で止まった。

 

「ここ?」

「ああ。」

 

そこはアナグラ管轄の動植物園だった。名前は《アサイラム》。一時避難所という動植物園には似合わないこの名前はいつか元の場所へ帰ることを願ってのものだという。一般にも開放されている施設で、緊急時には地下に引っ込めることが出来るようになっているらしい。比較的残存個体数の多いものを集めたドーム状の建物だということなのだが、私はまだ一度も来たことがない。……というか、そもそも神機使いはあまり来ない場所なのだとか。基本的に居住区民の憩いの場だ。

園内での飲食は自由、受付は腕輪を見せるだけでフリーパスのようだが……私は大丈夫なのだろうか?

そう考えたのがわかったのか彼から明確な言葉が飛んでくる。

 

「お前は有名だから問題ない。」

「……むう……」

 

そりゃまあ腕輪のない神機使いなんて他にいるわけもないし、運営も多少考えているかもしれないけど……なんか複雑だ。

 

「神機使い二名だ。」

「……承知いたしました。どうぞお入りください。」

 

……答えるまでの間は考えないでおこう。

二重扉を抜けて中に入る。目に飛び込むのは別世界。

 

「わあ……」

「動物が20種、植物が43種だ。環境管理はフロア別らしい。」

 

外の世界から消えてしまった幾多の木々が生い茂り、その枝には小鳥が止まる。幹の間を様々な動物が駆け回り、足下の草原ではひなたぼっこをするものもいる。……これまで来ていなくてよかった。そんな風に思いながらゆっくり歩いていく。

と、四つ足のスリムな動物が近寄ってきて……その体を私にそっと押し当てた。

 

「きゃっ。……えっと……?」

「鹿だな。」

 

ソーマが教えてくれたものの……しか?

 

「昔はあちこちの山の中に生息していたらしい。そいつは雌だ。雄には角がある。……撫でてやれば喜ぶ。」

 

言われて背中を撫でる。硬めの毛がさわさわと気持ちいい。鹿の方も心地良いのか目を閉じる。

 

「……ほんとだ。人懐っこいんだね。」

「馴れてるからな。……まずは奥まで行くか?」

「うん。」

 

最奥まで行くと、そこは小高い丘になっていた。その上で足を前に投げ出して座る。……鹿は私の横に寝転がった。……なんと芸達者なことだろうか。

 

「確かにデート向きだね。」

「……自分で言うか?」

「えへへ。」

 

周りにも二三組男女がいる。デートスポットとして相当有名なのだろう。

 

「おっ……?」

「どうしたの……って、いつの間に……」

 

座っているのを見てか何なのか、ソーマの肩に小鳥が止まった。

 

「メジロ……だったか。」

 

呟いている。なるほど、確かに目の周りが白い。……じゃなくって。

 

「ずいぶん馴れてない?」

 

……周りのカップルの中にも座っている人はいるのだが……鳥が肩に止まっているのはソーマだけだ。

 

「ここは落ち着くからな。他の神機使いがあまり来ねえからよく来たってだけだ。」

「……そういうこと。」

 

その場所に私を連れてきてくれた。……ちょっとこそばゆいような、つい顔がほころんでしまうというか……顔が赤くなっているのが分かって、彼とは反対にいる鹿を撫でてみたりして。

 

「あ、そうだ。お弁当作ってきたんだけど、食べる?」

 

あまりたいした物でもないのだが……っていうかもっと時間がほしかった……

 

「……そうだな。時間もちょうどいい。」

「それじゃあ……」

 

手元のバスケットを膝の上に乗せ、その蓋を開ける。

 

「サンドイッチか。」

「……普通のじゃないんだけどね。」

「……?」

 

確かに入っているのはごくごく普通のサンドイッチのみだ。具はキャベツに卵、ハムなどの王道食材。気分でリンゴジャムも付けられるように持ってきてある。……が、それだけでは女の子としてどうも寂しい!というわけで……

 

「……このパン、自家製なの。」

 

……発端はある日の食パン。いつものようにジャムを付けて頬張ったあの時の……えっと……な、何とも独特で個性的で表現のしがたい……端的に言おう。不味い、ひどい、救いようのない味ときたら……そんなこんなでパンの作り方を調べ、時間のあるときには自分で作ることにしたのだ。

 

「マジか……?」

「マジ。ってわあ!」

 

ソーマの驚き顔を観察しようとしたのも束の間。匂いに惹かれたのか横にいた鹿が脇の下から顔を出してきた。

 

「……お前もずいぶん懐かれたな。」

「みたい……わわわ!今あげるから!」

 

もぞもぞ動いてせっついてくるのであった。

ソーマと鹿、それぞれにサンドイッチを渡す。ソーマは少しちぎって小鳥にもあげていた。

 

「……旨い。」

「でしょお。どうしても売ってるパンって原材料が変わっちゃうし、そもそもパンには向かないのまで使うことがあるから。だから調べたんだー。」

 

製品単位で材料不足でも、個人の単位なら全く問題はない。だからこそ時間があるときはいつも自家製のものを作っておく。基本は一週間分だ。それ以上は日持ちしない。

 

「そいつががっつくのも分かるな。」

「あはは。確かに。」

 

鹿の方はと言えばさっきから脇目も振らずに食べている。……そしてそれは、ソーマも似たようなもの。サクヤさんはよくリンドウさんに作ってあげていたと言うが、その気持ちがとても理解できる。好きな人に自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえて、嬉しいと思わない人はいないだろう。

私は、美味しそうに食べてくれるソーマの顔をずっと見ていた……

 

   *

 

「ただいまー。」

 

その後もしばらく園内で過ごし、帰ったのは二時間ほど経ってから。エントランスにはヒバリさんを始め、サクヤさんやカノンさんもいた。

 

「あら?その服……」

「えへへ。ソーマからのプレゼントです。」

 

サクヤさんが気付いたのに続いて二人も反応を見せる。

 

「わあ!すっごく似合ってるじゃないですか!」

「うー……羨ましいです……」

 

……みんなに後であのお店を案内しようかな?

 

「先に部屋に戻ってる。また後でな。」

「あ、うん。」

 

ソーマとはこの後夕食も一緒に食べる約束をしている。自慢の手料理の見せ所だ。

……あれ?

 

「あのう……なぜにそんな至近距離に近づいていらっしゃるので……?」

 

いつの間にやらヒバリさんもカウンターの外に出てきて……いつの間にやら三人に囲まれていた。

 

「さて、私達はあなたに聞かなければいけないことがあるわ。」

「……えっと?あのー……さ、サクヤ、さん?」

 

いつもと比べて明らかに目の色がおかしい。新しいおもちゃを見つけてそれをねらう蛇の目にでもなったかのような、というかまさにその目だ。

 

「ソーマとはどこまでいったのかしら?」

 

……え……っと……

 

「ふえええええっ!?」

 

ちょっ!どこまでって!これ絶対行き先とかの話じゃないよね!っていうか三人とも目がおかしいって!

 

「昨日キスしてたのは見たけど……今日はどうなったのかしらあ?」

「えっ!わっ!ちょっ!」

 

そもそも昨日見られてたっ!?いつ!?……ってあの時か。

 

「べ、別に今日は何も……」

「へぇえ……何もないくらいだったのに手を繋いで帰ってくるのお?」

「ひゃん!」

 

今更だが、私はちょっと恥ずかしくなるようなことに滅法弱い。そのせいかこういう時はいつもいじられてしまう。何というか……勘弁してください……

そこからずっといじられそうになった私を救ったのは……

 

「えーっと、神楽君とソーマは至急研究室まで来てほしい。重要な通達があるからね。」

 

思いもかけず、博士からの呼び出しだった。

 

   *

 

「失礼します。あ、ソーマ先に来てたんだ。」

「ああ。」

 

三人が私が呼ばれた放送に気を取られている隙にダッシュで逃走。命辛々逃げきった。

 

「いやあ大変だった!やっと分かったよ!」

 

そして研究室に入った私の前には何やらものすごく喜んでいる博士が……

 

「あの……何かあったんですか?」

「何かも何も!」

 

喜ぶと同時にずいぶんと興奮しているようだ。……ますます訳が分からない。

 

「例の感応現象の理由だよ!ほら昨日の……」

 

昨日の感応現象……ソーマとの間で起こったあれか。そういえば博士には言っておいたんだっけ。新型同士じゃないのにって思って調べてもらおうとしたんだった。

 

「良いかい?その原因はね……偏食場さ!」

 

……はい?

 

「えっと……偏食場って、あのアラガミ固有の?」

「そう。どんなアラガミもある特定の周波数を持った偏食場というものを発している。それによって僕達がアラガミの場所や種類を特定できるのは知っているね?」

「それは知ってますけど……」

 

偏食場、というのはアラガミが独自に持った波動の総称だ。個体によって若干の違いはあるものの、種別として見た場合にはほとんど同じような波形なのである地点のアラガミが何なのかを特定するためにも用いられる。

 

「で、君達は自分のコアを持っていて、自分自身で偏食場を発しているというわけだ。」

「いやまあそれはそうですが……」

 

話が飛んでいるような気がする。

 

「それを踏まえて……ここからは僕の仮説だ。」

 

仮説かよ。一瞬でそう思った。

 

「実は同じような偏食場を持ったものが近くにいるとそれぞれに影響を及ぼし合うことは前から知られているんだが、今回もそれと似たようなものだと推察される。」

「……またはっきりしねえ結論だな。」

 

ソーマも呆れている。……似たようなものってどういう状況だ?

 

「つまりは、脳の中に入った偏食因子やオラクル細胞が共鳴すれば、記憶を共有したりということが起こるかもしれない、ってことさ。いやあ、実に興味深いと思わないかい!?」

 

……博士がしゃべっている間欠伸をしない。そんなミッションが追加された瞬間だった。




今回出てきた感応現象はスパイラルフェイトでの博士の説明からきています。ちなみに同じ原理で感応種の能力も発動しているっぽいんですよね。
さて、次話から神楽の過去編に移ります。これまでも推測だけはできるような描写を織り交ぜてきましたが、とりあえず神楽がアラガミとのハイブリッドになった日、そしてその二日前を描きます。


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過去

予告通り過去編です。…ソーマの過去もこんな風に書きそうな自分が…


過去

 

面倒な講義を聞き終えた俺達はそのまま神楽の部屋へ直行。部屋に入ると彼女は肩当てを外した。

 

「さすがに普通にしているときに付けるものじゃないみたいだね……」

「一応戦闘服だからな。」

 

肩の部分が金属であるためか若干重かったようだ。実際のところ普段着ではないのだから致し方ない。

 

「さてと、準備してくるね。」

 

そう言って部屋の奥へ向かう。その先は、俺にはほぼ縁のないキッチンだ。

 

「あいつらしい……」

 

部屋はどこもこざっぱりとしている。本棚には学術書や論文が並び、棚の上にはいつでも使えるような配置でいくつかの日用品が置かれている。そんな中で、一つだけ目立つものがあった。

 

「写真か。」

 

ベッドの横の台の上。他には何も乗っていないそこに、一枚の写真があった。日付は五年前の2066年7月7日。今でも極少数の家庭で親しまれている七夕という行事だろうか?家族のような四人全員で浴衣を着ている。

 

「……こいつ……」

 

その中の一人。娘であると思われる少女は神楽に似ていた。にしても……

 

「2066年?」

 

記憶が正しければその年の7月7日に……

 

「……っ!」

 

写真の奥。民家が写るそのさらに奥に見覚えのある建物があった。……旧第一ハイヴ中央拠点。研究者の街とまで呼ばれた、フェンリル所属の研究者が多く住んでいた街の拠点だ。そしてその街は……2066年7月7日、壊滅した。……生存者はほんの数名。特に被害が大きかった南部地域では一人しかいなかったという。

 

「お待たせー♪これね、今日の朝から仕込みして……」

 

底の深い鍋を持ってキッチンから出てきた神楽が固まる。……顔色は……お世辞にも良いとは言えない。

 

「しまうの……忘れてたね……」

「……悪い……」

「ううん。ちょっと待ってて。」

 

言い残してまた奥へ戻っていく。程なくして出てきたときには、鍋を置いてきていた。

 

「今日ね、昔のことも言おうと思ってたんだ。……見覚えあるんでしょ?」

「……ああ。」

 

半ば諦めているかのように語りだした神楽。それに対して嘘をつくわけにもいかない。

 

「私は、五年前まで第一ハイヴの南部に住んでたの。……あの日もそこにいた。」

「……」

 

ぽつりぽつりと。しかし確実に言葉を紡いでいった。

 

   *

_

___

_____

 

2066年7月5日。お母さんが第八ハイヴ、つまりはアナグラに行っていたその日にある人が私の家を訪ねてきた。お父さんの研究者仲間の楠さんだ。神機の整備士にしてそのエキスパートだとか。

 

「よーう神野。久しぶりだなあ。」

「何が久しぶりだよ。昨日も映像通信で会ってるだろ?」

「気分だ気分!」

 

楠さんは根っから明るくって、いつも笑っている。だからなのか何なのか……

 

「あー!おじさんだ!」

 

……来ると怜がはしゃぐ。玄関の声がリビングにまで響いてくるほどだ。

ちなみにそれを止めに行くのは私の仕事。

 

「怜、はしゃぎすぎ。……すみません。いつもいつもこんな調子で……コーヒー飲みます?」

 

アイスで淹れたコーヒーを差し出しながら聞く。……飲みますも何もないな。

 

「あ、悪いねいつも。……っていうかまたお姉さんって感じになってるな……」

「最近じゃあ冬香の代わりまで務めてるさ。女の子がしっかりしているってのは本当だな。」

 

自分の目の前で交わされるそんな会話がちょっと恥ずかしい。……いやその前にだ。本人の前でそう言うことさらっと言うか普通……

 

「んで?呼んだからには完成が近いんだよな?なっ?」

「近いって言うか、ものとしてはほとんど完成したさ。凡庸性がこっからの課題だな。今日いくつか渡す。……プロトタイプだから性能は気にすんなよ?」

 

二人は再度会話に入る。なんでもお父さんが作っているのは複合コアと呼ばれるものらしく、それをどうにかすると神機使いを今よりずっと簡単に増やしていくことが出来るらしい。一つのコアでの適合範囲が広がるとか……説明してもらったときには良くわからなかったけど、これだけ楠さんが喜んでいるんだから相当すごいことなんだろう。

 

「とにかく研究室に来いって。見せてやるからさ。」

 

得意げだ。

お父さんの研究室はこの家の中にある。地下一階に作られたそこは色々な機械が置いてあって、さながら秘密基地のようなのだ。……なのだが……

 

「……ちゃんと片付けてる?」

「……だ、大丈夫だ。こいつはあの部屋ん中見慣れてるし……」

 

……とてつもなく、散らかっているのだ。お母さんは入ろうともしない。昔ドライバーを踏んじゃって転んだことがあるらしい……

 

「っははは!頭上がんないんだなあ!」

「ぐっ……」

 

それでも……二人連れだって研究室に向かうのだった。

 

   *

 

神機使いを効率よく増やす。それは研究者達の長年の目標だ。それに対して俺が出した結論は複合コアの開発だった。

 

「……これか?」

 

楠をケースの前まで案内した。中には直径三センチほどの球体が四個並んでいる。色は様々だ。

 

「ああ。とりあえずは俺を含めた家族四人の遺伝子情報を元にしてみている。まだまだ問題は多いけど……一応の適合係数はありそうだ。」

 

何種類かのアラガミ素材を組み合わせて作った疑似コアに使用者の遺伝子情報を組み込んで作る。素材はフェンリルから支給されたものを使った。

 

「問題ってのは?」

「それぞれの遺伝子で作ったやつをマウス30匹で試したんだが、今のままだと五割方失敗に終わる。成功しても捕食本能が強いみたいで、成功した16匹の内15匹が狂暴化。最後に残った一匹も運動能力とかの向上は特に見られなかった。」

「まだ調整が必要か……今度は別のアラガミ素材で試してみるか?極東支部長にお前の部屋を用意してもらえるように頼んでみるからさ。」

「……そうだな。とにかく、報告も兼ねて一度支部に出向くだろうからその時に聞くか。」

 

俺の研究が役に立つのなら。その一心でこれまで研究してきた。……未だ深刻な神機使い不足。その解決の糸口が掴めそうなのだ。断る理由もあるまい。

 

「ま、その辺のややこしい話は後にして……飯まだだろ?作ってあるんだ。」

「んじゃあ頂くかな。そのために昼飯抜いたんだ。」

「おいおい……」

 

そんな俺の理解者は、いつも場を明るくしてくれている。……ありがたい限りだ。

 

   *

 

「あれ?もういいの?」

 

リビングに来た二人。さっき研究室に行ってからまだ10分くらいしか経っていない。いつもなら一時間は中でしゃべっているのに……

 

「詳しい話はまた今度ってことになったんだよ。」

「でまあ……飯だ飯。こいつ昼飯食ってきてないらしい。」

 

……相変わらずしょうもないお二人だことで……

 

「はいはい。じゃあ、楠さんの分も用意しますね。」

 

というわけで台所へ。……私がリビングからいなくなった瞬間に怜がはしゃぎだしたのは気にしないことにしよう。

夕食は冷やし中華だ。なぜか家族揃ってこの料理が大好きで、夏は週に一回くらいのペースで食べている。麺の質がバラバラで困るんだけど……このご時世では仕方がない。

 

「お待たせー。」

 

麺つゆとお椀を四人分と、大皿に盛った麺をお盆に乗せて持っていく。それぞれに配った瞬間から取り合うかのように食べ始めるのは見慣れた光景だ。

その後はだいたい団欒になっていく。話題は極東支部施設内でのことが多い。ソースは当然楠さんだ。

ただし、その団欒が終わると二人だけで仕事の話を始める。

 

「いやそれがな、ここは簡単なんだけどそうするとだいたいこっちが……」

「だったらこっちを……」

 

……いったいどこから取り出したのか……図面まで出したらもう止まらない。

 

「……寝よっか。」

「……うん。」

 

そーっとお父さんの横にビールを置いて、怜と一緒に二階のベッドに向かう。……いつものことだ。

……補足。現在夜九時である。……もう寝よう。明日はお母さんも帰ってくるんだし。

これが、あの日から二日前の出来事だった。

_____

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   *

 

「……楠……リッカの親父か?」

「うん。リッカさんの話もよくしてた。」

 

ソファーに座って話していたが……意外だ。自分でもここまですらすらと話せるとは思っていなかった。もちろんあの日の出来事ではないのだから話すのが苦しいということはない。……ちょっと前までは、昔のことを思い出すだけで吐き気がしていたのに……

 

「大丈夫か?」

「えっ?」

 

つと、彼の腕が肩に回された。

 

「……震えてるぞ。」

「あ……」

 

言われて初めて気が付く。……そうか。いくらすらすら話せていても、まだ私は怖いんだ。……あの日のことを思い出すのが。

そうやって震えている私にシャツがかけられる。

 

「ありがと……」

 

横に座ったソーマの顔はとても暖かくて……

 

「無理はするなよ。」

「……うん……」

 

肩に回された手を、しっかりと握っていた。




少し短めです。次話があまりに内容が重いもので…


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災厄は突然に

本日はこの回で終了です。…うう…この回を描くのにいったい何日かかったんだろう…


災厄は突然に

 

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2066年7月7日……私にとって、仮初めの日常が終わりを告げた一日だ……

 

「ただいまー。買ってきたよー。」

 

お母さんと朝から買い出しに出た。目当ては七夕飾りだ。っていうか……竹重い……みんなで行けばよかった……

 

「やったあ!」

 

ダッシュで突っ込んできたのはもちろん怜だ。短冊を持っている……何とも準備のいいことだ。

 

「焦らない。外に立ててからよ。」

「えー……」

 

最近は七夕を祝う家も少ないけど、それでも街路の屋台は貴重な収入だとばかりにいい竹を仕入れてくる。私の家は毎年祝っているから、予め仕入れてもらうように頼んでいる。……なんで毎年かと言ったら……

 

「早く早く!」

「相変わらず七夕好きねえ。」

「ほんと。誰に似たんだろ?」

「さあ……」

 

言わずもがな。怜が騒ぐから。ちなみに端午の節句をすっぽかそうがクリスマスをすっぽかそうが騒がない。自分の誕生日と七夕だけは外さないおもしろい弟である。

とにもかくにもお母さんと協力して竹を庭に立てる。その作業が終わった頃にお父さんが地下から上がってきた。

 

「おー?またずいぶん良いのが来たなあ。」

「あ、おはよー。今さっき買ってきたとこなんだ。」

 

おはようとは言っているがお父さんが起きているのは私たちよりもずっと早い時間だ。が、起きてすぐに研究室にこもるため顔を合わせるのは八時くらいになる。

 

「そうかそうか。……俺も書かないとな。短冊。」

「まだ書いてなかったの!?」

 

驚く私にお母さんが辛辣な一言を告げる。

 

「お父さんがそんなに早く書いておくわけないじゃない。」

「……確かに。」

 

……劣性と見たか家の中へと退却する我が父。それにじゃれつきながらついていく怜。

 

「ま、いっか。お母さん、短冊取りに行こう?」

「そうね。……にしてもあの二人ってよく似てるわあ。」

 

……その二人から、私とお母さんは似たもの同士と思われていることは知る由もない。

 

   *

 

短冊を持って再度庭に出た私はぼんやりと空を見上げていた。

 

「いい天気……」

 

今日はみんなで第八ハイヴに行くことになっている。お父さんの作った複合コアを届けるのだとか。極東支部の設備を使ってもっとちゃんとした試験をするんだ、とか言っていた。この天気なら絶好の旅日よりになるだろう。……アラガミに脅えながらだけど。

 

「あれえ?お姉ちゃんだけ?」

 

横から声がかかる。怪訝そうな顔をした怜が庭先に出てきていた。

 

「今はね。お母さんはさっき短冊取りに行ったし……お父さんは?」

「短冊書いてるよ。」

「そっか。」

 

……ずいぶん暇なようだ。ちょっとむくれている。

 

「……つまんない……」

「そう言われてもなあ……」

 

暇だと私に言われても……

 

「……ひま……」

「えっと……」

 

だ、だからね……

 

「あら、もう二人とも出てきたの?」

「早いなあ。」

 

また横からかかる声。

 

「……助かったあ……」

「やっと来た!遅いよお!」

 

ぎりぎりセーフ。堂々巡りにならずに済んだ。

家族四人が揃ったところで、同時に短冊をかける。怜の短冊を一番上の枝にかけるのが毎年の通例になっている。でないと拗ねてしまうのだ。

 

「よっし、写真撮ろうか。」

「おー!」

 

押入の中から取り出した三脚にカメラをセットし、タイマーを十秒に合わせる。短冊をかけ終わった竹を後ろにして一列に並んで位置を決める。

 

「撮るぞー。」

 

シャッターを押すのはお父さんだ。ボタンを押したらすぐに走ってこないと間に合わないのが面倒だといつも愚痴っているけど、なぜか毎回自分から押しに行く。単純にこの仕事が気に入っているのだろうと勝手に結論付けているが。

 

「3、2、1……」

 

きっかり十秒でシャッター音が鳴る。この写真も、リビングに飾らないとなあ……

_____

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   *

 

「それがその写真か?」

「うん。カメラは壊れちゃってたけど、メモリーが無事だったから。」

 

リビングに飾られたはずのその写真は、今私の手の中にある。それに写っている家族は満面の笑みを浮かべていた。

 

「続き、いい?」

「……ああ。」

 

ずっと抱きしめてくれているソーマの肩に頭を垂れて、続きを話した。

 

   *

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_____

 

写真を撮ってから一時間くらい経ったろうか。第八ハイヴに向かう準備ができた。

 

「さあて、行くかあ。」

「相変わらず間が抜けた合図だね……」

「良いんだ!俺は間が抜けている!」

「……えばるところじゃないってば。」

 

この居住区の外壁までは歩き、そこからはフェンリルのジープに乗っていく。第八ハイヴから神機使いも来てくれるのだとか。……全く、すごいお父さんだ。

怜はお父さんにじゃれつきながら歩き、私はお母さんと話しながら歩く。……怜はたまに私にもじゃれつくけど。

 

「みんなで第八ハイヴに行くの、久しぶりだね。」

「そうねえ。前は怜のDNAサンプル提出だったかしら……」

「……だったっけ?」

 

だめだ。もう忘れている。覚えているのは極東支部が面白いところだったことだけだ。

 

「……お父さんの研究、役に立つといいね。」

「ええ。……きっとやってくれるわ。あの人って、昔から破天荒だったもの。」

「……そっか。」

 

……それが、最後の会話だった。

耳をつんざくような緊急サイレンが鳴り、報道官が緊迫した声で告げる。

 

「外壁内部にアラガミが侵入!避難命令が発令されたのは……」

 

そこで言葉が途切れた。……ほんの一秒にも満たないその時間は、後に続く言葉をさらに恐ろしいものへと変えた。

 

「全地区に避難命令が発令されました!皆さん、最寄りのシェルターへ入ってください!繰り返します!」

 

……お父さんの表情が変わる。

 

「全地区……そんなもの収容しきるはずがない……」

「そんな!」

 

……でも、嘘じゃない。直感がそう告げていた。お父さんは普通の人が知らないようなところまで知っているのだ。

 

「できて四分の一だ。それ以外は……」

 

その先を言わなかった。……それがさらに不安を煽っていく。

 

「……怖いよお……」

「大丈夫だから。大丈夫。」

 

怜にいたっては涙目。……無理もない。私だって泣きたいほどだ。

 

「一か八かだ。中央施設に行こう。シェルターよりも装甲は弱いが、その分かなり広いはずだ。」

 

決断したのはお父さんだった。こういう時は本当に頼りになってくれる。

……その状況を壊したのは一体のオウガテイル。それは私達を見つけて、さも嬉しそうに吠えた。

 

「逃げろ!早く!」

 

お父さんが叫んだ。私が知る限り……初めてだった。

全員で走り出すが……逃げきれない。当然だろう。神機使いですら簡単には追い越せない相手なのだ。ただの人間が勝てるはずもない。

 

「わあああああ!……」

「っ!怜!?」

 

……気が付かなかったのが運の尽きだったのか……逃げようとした方向には別のオウガテイルがいて……その口には赤い液体が付いていた。

 

「りょ……う……?」

 

がっくりと膝をつく……ここで私はすでに大きな間違いを犯していた。失った人がどれだけ大切な人だったとしても、アラガミに囲まれていたら嘆く暇などなかったのだ。

 

「っ!神楽……ガッ!」

「……えっ……?」

 

始めに出てきたオウガテイルは針を放っていた。私に向かってきたそれを、お父さんが身を挺して守って……そのわき腹に、深々と針が突き刺さっていた。そしてそれは、もう一体も同じだったのだ……

 

「かぐ、ら……逃げ……」

 

お母さんにも、同じようにして針が突き刺さっていて……でも刺さっている場所は左胸で……

……それから目を逸らした私は地面に落ちた青い複合コアを見つけた。そしてそれに向けられた、アラガミの異常な捕食本能を肌で感じていた。

 

『青はお前のだぞ。』

 

コアが出来たときにそれを私達に見せたお父さんが言った言葉。

 

「っ!」

 

反射的にその複合コアを庇うようにして被い被さった。……それが全ての終わり。そして始まり……

 

「神楽……よせ……」

 

……その音はもう、私には聞こえていなかった。

 

   *

 

気が付けば周りには何もなくなっていた。……いや、それは正しくないな。アラガミの死体が転がっている。

 

「……え……?」

 

……手におかしな感触があった。ぬるっとしてなま暖かくて……見れば血だらけの腕。

 

「うそっ……何これ……」

 

自分の体に傷はなく、だとすれば何の血か……答えはあまりにもはっきりとしすぎていた。……私が、素手で、アラガミを殺したのだ。

その事実からまた目を背けて……あるものを見つけた。

 

「お父さん!」

 

血を流し、見るからに虫の息となった父。

 

「お父さん!起きてよお!お父さん!」

 

……肩を持って揺すって……そうしたら、その口からとても小さな声が発せられた。

 

「……生……きろ……」

「えっ……」

 

半分自暴自棄になっていただけに、その言葉は利いた。

 

「……そうなった……自分を嫌だ……と……思うだろう……けど……な……」

 

弱々しく、それでも言葉は紡がれる。

 

「無理な……注文だけどな……」

 

人でなくなった自分に、利いた言葉だった。

 

「……俺の……最期の頼みだ……」

「……最期なんて……やだよ……」

 

まだ生きていてほしい。理性で無理だと知っていても、感情の波は押さえられない。

 

「頼む……」

 

涙でグシャグシャになった私の顔を、お父さんは自らの手で包んだ。

 

「生きろ……!」

 

……つよかった。最期まで。だから、私も最後に強くなれた。

 

「……必ず……生きるから……!」

 

……手が落ちた。……その死に顔の、なんと安らかであったことか。

_____

___

_

 

   *

 

沈黙が流れる部屋。……神楽の体は、大きく震えている。

 

「……その後はお父さんの研究者友達の家に引き取られたの。その人が計らってくれて、私は17まで人として生きてたんだ。あ、腕輪をすり替えてくれたのも、お父さんの知り合いの人なの。」

 

……人として。その言葉の重みを改めて実感した。

震え続けているか細い体。幹から遠く離れた位置に付く木の枝のように軽く折れてしまいそうなその体を、強く強く抱きしめる。今までとは違って胸に抱き寄せて。

 

「ちょっと前まではね……思い出す度にくらくらしてたんだ……吐きそうになったこともある。」

 

ぽつりぽつりと語っていく。

……その姿が、余りに痛々しかった。

 

「もういい。」

「え……?」

 

言葉は勝手に口をついて出ていく。

 

「もう一人で生きようとするな。俺がそばにいる。何があろうが俺が同じ場所で生きている。だから……だからもう一人で生きようとするな。」

 

人に想いを伝える。それがこれほどまでのことだとは思っていなかった。

 

「……うん……」

 

……目に涙を浮かべつつも、笑っていた。

 

   *

 

「うん。もう平気。……よっし!遅くなっちゃったけど、ご飯食べよう?」

 

どのくらい彼の胸の上にいたかはわからない。でも前よりもずっとすっきりした。……乗り越えたわけではない。あの時のことを乗り越えられるかすらも疑問だ。だけど、彼はそばにいてくれると言った。なら……私もそうしよう。

 

「……そうだな。そのために来たんだったか。」

「あー……やっぱり忘れてた?」

「あんな話の後じゃあそうなるだろ……」

「だよねえ……」

 

……また、ここから歩きだそう。その一歩目は……些か小さい気もするが彼に手料理を食べてもらうことだ。メニューは肉じゃが。……お母さんに教えてもらった、初めての料理だ。

 

『いつか好きな人ができたら、その人に作ってあげなさい。』

 

……お母さん、私が初めてこの料理を作ったのは、この人のためですよ……

旨いな、と言いながら食べてくれているソーマを見ながら、そうどこへともなく伝えていた。

 

「……ねえソーマ……」

「どうした?」

「……今夜は……ずっと一緒にいさせて……」

「……ああ。もちろんだ。」

「うん……」




うー…重い…
あ、ちなみに肉じゃがって、女子が男子に作ってあげたい料理No.1だったこともあるそうです。
…と、非リア充は自分にはほぼ関係が現れそうにないことを言ってみたり。
ちなみにこちらでの原稿はシオの保護の回に入っています。だいたいそこまでが十話近くあるのかな?いくらか編集作業が終わったら随時出していきますのでよろしくお願いします。


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第三章 進む神話
そしていつもの一日へ


いやはや…お久しぶりでございますです。
もーめんどくさい定期テストとか言うやからがですねウダウダウダ…
まあその辺の私事は置いておくとしまして。今回はさほど物語に進展はありません。のんびりお付き合いください。


そしていつもの一日へ

 

……隣にソーマがいる。私と同じ、生まれたままの格好だ。

 

「ふふっ……おはよう。」

 

それでも日課は欠かさない。その日の始まりの合図だから。

 

「日課か?」

 

突然声がかかる。聞き慣れた、愛しい声。

 

「あ、うん。……起きてたんだ。」

「横で動かれたらな。」

「あはは。確かに。」

 

手元に置いておいた下着を着る。昨日買ってもらった服はクローゼットにしまったから取りに行かないと。

 

「今日はどうするんだ?」

 

彼も立ち上がり、ソファーの上に脱いでいた服を着る。

 

「うーん……とりあえずは重たくないミッションかなあ。一応病み上がりだし。」

「まあ、それもそうだ。」

 

その会話の間に着替えを済ませる。

 

「……戦闘服じゃねえんだったな。悪い。着替えてくる。」

「うん。それじゃあまた後で。」

「ああ。」

 

さてと、今日はどんな日になるかなあ。

 

   *

 

「おはよー。」

 

エントランスに出て……あれ?何でこんなに人が……

 

「あれ?神楽さん、今日ずいぶんゆっくりしてますね。どうかしたんですか?」

 

……アリサから聞かれる。……えっと、ゆっくりってまさか……

 

「いつも二時間くらい前には出てるって聞いてたんですけど……」

「あ、アリサ、今何時?」

「もう九時ですよ?」

 

……どうやら相当ぐっすりと眠ていたようだ。いつもならその二、三時間前には出撃しているのに……

 

「え、えーっと……アリサは今日行く任務って決まってるの?」

「はい。コウタとまた軽めの任務に行くんです。一応前線にも復帰しましたけど、もうちょっと勘を取り戻さないといけませんから。」

 

コウタと一緒にかあ。アリサも変わったなあ。

 

「そっかあ……ごめんね。あの時断っちゃって……」

 

彼女から戦い方を教えてほしいと頼まれたとき、私は自分本位なことで断っていた。たしかに、承ける義務があったわけではない。でもその行為が彼女を悲しませたのも事実だろう。

 

「そんな、大丈夫ですよ。いろいろあって大変みたいだっていうのはコウタから聞きましたから。」

「……コウタからっていうのが地味に不安なんだけど……」

「その辺も大丈夫です。脚色してそうなところは信じてませんから。」

 

……さすがというか何というか……

 

「あはは……まあとにかく、がんばってね。」

「はい!それにしても、その服すごく似合ってますよ。ソーマからのプレゼントでしたっけ。」

「あ、うん。ありがと。……戦闘服ではあるんだけどねえ……なんか任務に着ていきたくないくらいだよ。」

「……けど他の服がないと。」

「その通り。」

 

その後すぐに出撃ゲートへと向かったアリサ。その背にはもう迷いは感じられず、かつこれまでの意固地になっているような様子もなくなっていた。そういえば、彼女の評価も上がり始めているらしい。これまでの戦績とあわせて最近の彼女の変わり具合がいい方向に向かっているようだ。

 

「あれ?今日は遅いんだね。」

 

その出撃ゲートから出てくる人もいた。

 

「おはよーリッカさん。いやあ……遅いっていうかぐっすり寝てたっていうか……」

「ふーん。あ、神機の方はフルメンテかけておいたよ。……しかしまあずいぶんと乱雑な扱いをしてくれちゃったようだねえ……」

「うぐっ!」

 

ソーマを助けに行った時……実は神機がほぼ限界になってしまった。理由は単純で、私の使い方があの日特に荒かったから。

その私をじと目で見ているリッカさんが目の前にいるわけで……

 

「……ごめんなさい。」

「よろしい。」

 

……いいのか?本当に……

 

「しかしまあ……きれいだねえ、その服。」

「あ、それ本日二回目。さっきアリサからも言ってもらったんだー。やっぱり、けっこうそんなふうに思ったりするの?さっきからいろんな方向から羨ましいオーラを浴びせられてるんだけど……」

 

こっちが窮屈になりそうなほどの羨望の、といえば聞こえのいい嫉妬の目線。ええっと……結構怖いよ?

 

「私はそうでもないかなあ……きれいだとは思うけど、私自身はファッションに興味がある訳じゃないからね。」

「……そういうもの?」

「じゃないの?」

 

うーん……そんなものかあ……

 

「さあて、そろそろメンテに戻るよ。とにかく、今日は無理しないように。いいね?」

「わかってる。じゃあ、また後で。」

 

手を振りながらまた格納庫へと歩いていくリッカさん。昨日あんな話をした後だからだろうか。なんだか不思議な気持ちだ。

その後ろ姿を見送ったくらいでエレベーターのドアが開いた。

 

「……この時間だと多いな。」

「まあ、ねえ……」

 

降りてきたのはソーマだ。

 

「任務はどうするんだ?」

「まだ決めてない。降りた瞬間にアリサとリッカさんに続けざまに捕まって……」

「……なるほどな……」

 

二人でエントランスの一階に降り、カウンターへと向かう。

 

「おはよ。すっかり寝坊しちゃった。」

「おはようございます。確かに……いつもと比べると大寝坊ですね……」

 

……し、辛辣なお言葉で……

 

「んとさ、今日軽めの任務って入ってない?」

「軽めですか……あ、旧市街地にグボロ・グボロの堕天種が出現してますね。それと平原にシユウが一体。こちらも堕天種です。」

 

……最近、堕天種が急増している。先日の超大規模発生の時にも堕天種の数が半数を占めていた。

 

「ふむふむ。ソーマ、どっちにする?」

 

とりあえずソーマに確認。私はどっちでもいいんだけど……

 

「まあ、旧市街の方だな。」

「そう?じゃあグボロの方受注で。」

 

ソーマの提案によりグボロに行くことになった。にしてもずいぶん決めるの早かったなあ……何かあるのかな?

 

「了解しました。あ、病み上がりなんですから……」

 

ヒバリさんから忠告が入りそうになる。

 

「わかってる。無茶はしないで帰ってくるって。」

「はい。それではお気を付けて。」

 

さあてさて、前線復帰だ。

 

   *

 

「へーえ。じゃあ神楽のやつ元気になったんだ。」

「はい。もう体の方も何でもなさそうでした。」

 

平原でのボルグ・カムランの討伐。それが今日の任務内容だった。今は迎えのヘリを待っているところだ。

 

「神楽が元気じゃないと結構大変だからなあ。四日前なんて、スサノオの討伐に第三部隊がかり出されそうだったんだぜ?神楽がやばいから休ませないとってツバキさんが考えたみたいでさ。でもうちは誰も残ってなかったし第二部隊も任務中で、あやうく第三部隊が出そうなところで結局神楽が帰って来ちゃったから……」

「……逆効果だった、と。」

「そういうこと。」

 

……スサノオの討伐……帰ってきてから行ったってまさか……

 

「……その前に行っていた任務って何だったんですか?」

「セクメトの討伐。シユウの第二種接触禁忌種だって聞いたことがあるけど……」

 

接触禁忌種とのソロ戦を一日に二回なんて……聞いただけでも吐き気がするようなハードスケジュールだ。私だったら間違いなく潰れている。

 

「それにしても、もう三回になるんだな。アリサと任務に出たのって。」

 

話題を変えつつどこか感慨深げな様子で話しているコウタ。

 

「……そうですね。ちょうど一昨日からですし。それがどうかしたんですか?」

「いや、やっぱりアリサって強いんだなあって思ってさ。」

「え?」

 

予想外の発言だった。……私が強い、それ自体はこれまでも何度か言われてきていた。とはいえ、それはあくまでも戦闘時の評価を受けるときであってこういう時に言われるようなことではない。

 

「だってさ、あんなことがあった後じゃあ俺だったら絶対動けないよ。特に自分から戦線復帰なんて考えもしないと思う。」

 

私の様子を若干伺いながら話しているように見えた。

 

「なのにアリサはもう何度もリハビリも兼ねて実戦に出てる。だからすごいなって思ったんだ。」

「……」

 

対して私は無言。何を言えばいいのかも分からず、何をしようとするでもなくコウタの話を聞いていた。

 

「なんて、俺が言うことじゃないよな。まあとにかく、これからもがんばろうぜ。」

「……はい!」

 

そんな私に、文句一つ言わずに付き合ってくれている。それを嬉しいとすら感じるようになっていた。

 

   *

 

同じ頃、旧市街の教会跡。

 

「よっ……と。」

 

ちょうどグボロ・グボロの堕天種の討伐が完了していた。

 

「うん。普通かな。」

「そんなもんだろ。」

 

コアを無傷で回収したわけでもなく、特にレア物を手に入れたわけでもない。何の変哲もない戦果だ。

 

「ヒバリさん、回収お願い。」

 

無線でヒバリさんに任務完了を告げる。その間ソーマはといえば……

 

「……何してるの?」

 

北東の角の床を凝視していた。

 

「来てみろ。」

「?」

 

答える間もその位置から目を離さない。よっぽど気になる物があるようだ。

傍に行くと、彼はある一点を指さした。そこには真っ白な何かの欠片のような物が落ちている。

 

「何だか分かるか?」

「分かるかって……?」

「恐らくだが、例の人型アラガミの一部だ。形からして結晶化しているだけの頭髪だな。」

 

そういわれて記憶を探る。……朧気ではあるが……実際それに酷似しているようだ。

 

「確かに……でも何で?」

「そこまでは分からねえが……まあアラガミ同士でやり合ったときに落ちたのかもな。結晶になってんのは瓦礫から何か溶けだしてるだけだろ。」

 

そう言いながら腰を屈め、一瞬指先で触れてみてからその結晶を持った。もしかしてこれみたいなのを探すのが目的だったのかな。すぐここに決めたのって。

 

「とにかく戻ったら榊のやつに渡そう。……多少なり何か分かればいいんだけどな……」

「まあ少しは頼りになる人だし、大丈夫じゃない?」

 

少しは、だが。

 

「そう願う。」

 

苦笑しながら笑った彼に続いて教会を後にした。何か分かるかなあ……




ふう。もうGE2発売までそう日がないというのに…まだここか。


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昇進

本日二話目の投稿。神楽が隊長になる回ですね。


昇進

 

翌朝のことである。

 

「え?召集?」

 

いつものように任務に出ようとした私はカウンターでそれを聞いた。

 

「はい。ツバキさんから第一部隊員全員に当てて召集がかかっています。何でも第一部隊に重要な通達があるとのことですよ?」

「重要な通達ねえ……」

 

……まずい。心当たりがいっぱいだ。特にリンドウさん関係で。

 

「まあでも仕方ないか。……ねえねえ、そのアップルジュースちょうだい。」

 

後半は万屋に言った言葉だ。こちらが投げた代金を受け取ると、同じように缶を放ってくる。

 

「特にやることもないし、ここで待ってるよ。」

 

言いながらタブを引き上げる。

その後もしばらく話を続けること10分。エレベーターの扉が開いた。

 

「あ、おはようございます。……ってあれ?神楽さん?」

「おっすヒバリちゃん!頼んでおいた任務受注できてる?」

 

降りてきたのはカノンさんとタツミさん。ブレンダンさんは……そういえば今日は非番だっけ。

 

「おはよー。何かうちに召集かかってるっていうから待ってるんだ。カノンさん達は?」

「普通に任務です。……ちょっと私の射撃練習を兼ねてですね……」

 

ああ……そういうことか……

そして苦笑いを浮かべる私の横では……

 

「もちろんです。こちらですよね?」

 

タツミさんに任務詳細のレポートを渡すヒバリさんがいる。

 

「えーっと……サリエルの討伐任務……お、これだこれだ。さっすがヒバリさん!」

「……はあ……」

 

無駄に誉めちぎるタツミさん。……ため息を付いたヒバリさんはカノンさんへと目配せする。

 

「……タツミさん、とにかく早く行きましょうよ。」

「お?……ああそういえばそうか。んじゃヒバリさん、帰ってきたらデートでm」

「お断りします。」

 

この一言で意気消沈したタツミさんはカノンさんに引きずられていく形で任務へ。……それを見送るヒバリさんの表情は、なんだか寂しそうだった。

 

   *

 

それから一時間ほどで第一部隊の今いる全員が集まった。

 

「全員召集か……ここまで突然ってのは初めてだな。」

「呼ばれる理由はいっぱいあるけどね。」

「リンドウが見つかったわけもないし……」

「何なんでしょう。コウタ、何か聞いてます?」

「いやいや、俺が知ってるわけないじゃん。」

 

各何が何だか分からずに話し合う。実際呼ばれる理由はあっても前触れがなさ過ぎだ。

 

「すっごく嫌な予感がする……」

「これは……もう考えても無駄だな。」

 

呆れているかのように溜息をつくソーマ。その溜息に重なるようなタイミングで耳慣れた靴音が近付いてきた。

 

「全員集まっているな。」

 

私たちを見回してから言う。答えたのはサクヤさん。

 

「はい……それで、何かあったんですか?」

「焦るな。別に何があったわけではない。」

 

……何かあったわけでは、ないって……

 

「第一部隊のリーダーの件だ。もっとも、リンドウのことでは無いがな。」

 

ツバキさんの言葉はこう続いた。

 

「本日の任務の完了を持って、神野神楽を第一部隊隊長に免ずる。これは決定事項だ。」

 

……ふむふむ。私が第一部隊長になることになっ……た……?

 

「ち、ちょっ……えええええ!」

 

驚く私。……それを余所に失礼な奴がいたりする。

 

「すげえ……出世じゃん。大出世じゃん!こういうの何て言うんだっけ?下克上!?」

「……それ、裏切りですよ?」

「わああ!二人とも何でそんなほのぼのした話にっ!」

 

第一部隊。どの支部でも、そこに所属しているのは超一級の神機使い。当然その隊長には相応の腕と指揮力、人望や、果ては新人育成能力まで要求される。

ツバキさんから定期的に送られてくる私の成績を見た場合、ひとまず一つ目は何とかクリアできているかもしれない。が、作戦指揮なんてやったこともないし、人望で言ったらまだサクヤさんの方が上だろうし、新人育成にいたってはその経験すらない。

 

「喚くな。お前のこれまでの戦績や人格を考えての結論だ。」

「そう言われましてもっ!ほ、ほらここにはソーマとか!」

「待て、何で俺が出てくる。俺は隊長になる気はねえぞ。」

「そんなこと言わないでよお!」

 

今現在、第一部隊には隊長がいない。当然ながらリンドウさんが失踪したからである。ちなみに臨時で務めていたのはサクヤさんだ。

 

「え、えと……何で私なんですか?」

 

とりあえず気を取り直して聞いてみる。……おそらく、もう何も変わらないだろうが。

 

「さっきも言ったが、一つはお前の最近の戦績だ。もうソーマにも劣らないようだからな。」

「は、はあ……でもまだソーマの方が経験も積んでいるし……」

 

それでもあたふたと逃れようとする私。……うう……我ながらかっこわるいなあ……

 

「そこで考慮されたのがお前の人格だ。ソーマは隊長向きではない。」

「当たり前だ。誰があんな面倒な役職に向いてるってんだ。」

 

……ソーマ……それけっこう自分を卑下しちゃってない?

 

「サクヤがサポートに向いていることはもとより分かっていること。アリサはまだここでの日数が足りなさすぎる。コウタは論外だ。」

「えっ!?」

「……まさか自分も候補にいるとか考えていたんですか?」

「うーん……実際リーダーってやりにくいのよねえ。」

 

三人は三人で好き勝手に言ってるし!

 

「結局のところ、お前が一番適任だということだ。本日の任務から帰投したらすぐに支部長室に来るように。以上。」

 

再度私の方を向きながらそれだけ言い残し、反論する暇もなく去っていったのだった。

 

「……なぜに……」

「とりあえず受けるしかなさそうだな。」

「うう……」

 

……決定。リンドウさんが帰ってきたら一発殴ってやろう。

 

   *

 

「す、すごいことになってますね……」

「すごい云々の前に面倒だよお……」

 

そしてどうするでもなく任務の受注に向かった私。

 

「今日入っている任務は……あーどの地域にも複数体いますね。単体任務は第二部隊が遂行中です。そろそろ終わる頃ですね。」

「……もうどれでもいいよ……どれでも……」

 

うん……アマテラス二体とかスサノオ二体とかそんな面倒にも程があるやつじゃなければどれでも……

 

「えっと、それではポセイドン三体が空母エリアに出現していますのでそちらを……」

「却下!」

「冗談ですよ。」

 

……ヒバリさんが意地悪だよお……

 

「あまり辛くないものだと……旧工場エリアのヴァジュラとマグマ適応型ボルグ・カムランの討伐任務ですね。」

「まあその辺だったら良いかな。それじゃあそれを……」

 

とりあえずヒバリさんの薦めに従ってその任務を受注しようとしたときだ。

 

「ヒバ……さん!た、タツ……が……タ……ミさんが!ウ……ロスが来……それ……っ!」

 

カウンターの上に置かれた端末にカノンさんから通信が入る。こちらが受け取る前に声が聞こえたということは……緊急回線だろう。ノイズがひどいところをみるに、相当やばい状況下におかれていると考えて間違いない。

 

「私達で出る!通信こっちに繋いで!」

「了解しました!」

 

通信機にイヤホンを繋いでそれを耳に付けながら、一旦部屋に戻った残りの第一部隊員を集めるためにカウンターのマイクをこちらに向ける。

 

「第一部隊、出撃します。詳細は追って伝えます。」

 

……これじゃあ本当にリーダーみたいだ。のんびりしてはいられないながらも考えていた。

 

「神楽さん、繋ぎます!」

 

ヒバリさんから声がかかる。同時に耳に付けているイヤホンから声がした。

 

「かぐ……ん!……ミさんが!」

「落ち着いて。まずはどうしたのかから伝えて。」

 

そこで一旦言葉が切れる。風の音が強くなったし、アラガミの様子を確認しているようだ。

 

「任務……了して、そっち……通し……入れよ……って言……たら……ロヴォス……て……」

「うん。」

 

これは……よほどまずいことになっているということなのか?

 

「わた……気付……なく……タツミさ……庇っ……く……て……怪我……て……」

 

ちょうどみんなも降りてきた。

 

「大丈夫。私達が着いたら、すぐサクヤさんにそっちに行ってもらうから。場所はどこ?カノンさんに怪我はない?」

「ひが……ビルの1か……です……しは全ぜ……い丈……で……」

「了解。切るね。」

 

みんなの方を向く。

 

「……行くよ。」

 

   *

 

「……何でそんなところにいつまでもいるんだ?」

「タツミさんが怪我してるから二人は動けないみたい。」

 

ヘリの中で状況説明。もうそろそろ着く頃だ。

 

「説明した通り、私達は平原の東側に降下。サクヤさんは大型救急キットを持って東端のビルの一階へ。それをコウタとアリサで援護。治療中は攻撃が届かないように防衛。」

「分かったわ。」

「了解です。」

「おっしゃ!任せろ!」

 

三人とも返事をする。

 

「私とソーマはウロヴォロスにそのまま突っ込んで攪乱。」

「ああ。」

 

そこからはしばらく無言になった。沈黙を破ったのはヘリのパイロット。

 

「あと一分で降下地点です。」

「了解。準備して。」

 

……といってもやることはない。神機を掴んで降下体制を取る。乱戦になるだろうから今日はバックラーだ。

 

「カウントします。10、9、8、7……」

 

……さて。

 

「3、2、1、0!」

「作戦開始!」




結構突然過ぎな気もするんですけどねえ。尺と話の密度の問題が…


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本心

三話目です。うーん…単純な伏線回でもやっぱこういうすごい戦闘になる系は話が長くなりますねえ。


本心

 

神楽さんたちが出撃した直後。

 

『ヒバリさん!た、タツミさんが……タツミさんが!ウロヴォロスが来てそれで……っ!』

 

「タツミさん……」

 

いつも鬱陶しいほどにまとわりついて、軽々しいにも程があるほどデートに誘って……でも嫌いになれなくて、いつの間にか惹かれていた。

オペレーターとしてここへ来て、中がどんな風になっているのかも分からなくて。勝手も知らなくて……そんな私を、最初に助けてくれたのはタツミさんだった。

その内、だんだん軽い告白みたいなものが混じってきた……初めの頃は何が何だか分からなくてただ困惑。カノンさんに相談して、タツミさんが本当に私を好きでいてくれているのを知って。

だからこそ、そんな軽い告白が悲しかった。

もうこれで一年くらい経っただろうか。いつか真面目にデートに誘ってくれたら、一緒においしいご飯を食べようって決めていた。

 

「……ばか……」

 

なのに一人で怪我して……心配かけて……

振り払っても振り払っても……脳裏に浮かぶのは、冷たくなった彼。

 

「っ……!」

 

途端に喉の奥から嫌なものがこみ上げてくる。それを口ごと右の手のひらで押さえて、左手は倒れそうになる体を支えるためにカウンターについた。

 

「いやっ……しなないで……」

 

……涙が、あふれた。

 

   *

 

「作戦開始!」

 

私、ソーマ、サクヤさん、アリサ、コウタの順でヘリから飛び降りる。

降下高度は二百メートル。そのくらいでなければヘリが撃ち落とされてしまうのだ。ちなみに神機使いならその程度の高度は余裕である。

 

「当たれっ!」

 

その高度から一番近い位置にいるウロヴォロスへと狙撃用に作ったバレットを放つ。若干のホーミングも付けてあるからちょっとぶれたくらいなら問題ない。

着弾後、そのウロヴォロスが威嚇している間に地表まで降りきり、所定の行動が開始される。ビルまでの距離は十メートルほどだ。

 

「ソーマ!右!」

「ああ。」

 

アリサとコウタの銃弾が降り注ぐ。その下を突っ走り、二体いるウロヴォロスの左に私が、右にソーマが仕掛けた。

足下から伸びる触手を避けつつ距離を詰める。狙うのは目。足でもいいけど……援護なしに飛び込めるほど安全な場所でもない。

 

「んっ……」

 

二メートルくらいまで近付いたところで神機を横に構えつつ複眼の正面へと飛び上がる。

 

「せいっ!」

 

空中で体を捻り、横薙に複眼を切り裂く。

その痛みからか暴れ出した触手のうち一本がこちらへと向かってきた。

 

「とと……」

 

特に慌てることもせずにガードして受け流したのだが、当然空中でそんなことをすれば少しばかり吹き飛ぶわけで。ウロヴォロスの右前へと空中を漂って……同時にソーマが叫んだ。

 

「神楽!下だ!」

「え?わっ!」

 

その飛んでいる間を狙ったかのように真下からもう一体の触手が伸びる。間一髪でガードは出来たが……ソーマの声がなければと思うとぞっとする。

 

「ごめん。ありがと。」

「ああ。」

 

スタングレネードを使い、少し距離を取って様子を見ても特に変わったところは見られない。が、そう断言するにはさっきの攻撃はタイミングが良すぎた。偶然と言ってしまえばそれまで。でもそうでないとしたら……

 

「……連携してるのかな?」

「まだ分からねえだろ。」

「だよね。」

 

スタンから覚めた二体が再度こちらに気付いた。堂々巡りな話はひとまず置いておこう。

 

「後ろからチェックしてみてくれ。一度潜り込む。」

「分かった。気を付けてね。」

「当たり前だ。」

 

神機を銃に切り替えつつソーマを見送る。……さて、連携しているかどうか……

自分へ向かって突き出された触手をいなしつつ手前の一体の懐へと潜るソーマ。それを援護するために奥の一体の複眼へと弾丸を撃ち込む。

その間に彼は足を切りつつこちら側へと飛び出る。……その刹那、と言うべきか。

 

「ソーマっ!」

「っ!」

 

その飛び出た勢いが収まらない内に、彼の後ろにまず一本。そのすぐ後に左右にも一本ずつ触手が突き出る。

 

「くそが!」

 

対してソーマが取ったのは神機を体ごと右回りに一回転させること。同時に右へと跳び退く。その一瞬後に彼がいた場所をレーザーが焼き払った。

 

「一旦下がって!」

 

私は私でスタングレネードを投げつける。効果時間はさっきより短いだろうが彼が下がるには十分だ。

 

「……間違いねえな。」

「うん。連携してる。」

 

タイミングが合っただけなら、動きを止めるための行動などアラガミが取るはずがないのだ。

 

「でも何で……単純に進化しただけ?」

「或いは何かが電波か何かで操っているか……まあさすがに有り得ねえな。」

 

ソーマも不思議そうに言う。その言葉の、どこかが引っかかった。

 

「ソーマ、もう一回言って。」

「?さすがに有り得ねえ……」

「それの前。」

「電波か何かで操っているか、っつっただけだぞ?」

 

……電波か何か……もしそうだとすれば、説明のつくものが一つ。

 

『ヒバ……さん!た、タツ……が……タ……ミさんが!ウ……ロスが来……それ……っ!』

『ひが……ビルの一か……です……たしは全……い丈夫……す……』

 

「あのノイズ……」

 

二人がいる東のビル……この辺りで一番高い場所だけど……電波を飛ばすには絶好の場所ってことだよね……

確証はない。でもここまで考えて、動かないというのは性に合わなかった。

 

「ソーマ!10分持ちこたえて!」

「……何か分かったのか?」

 

訳が分からないと言った顔で私を見るソーマ。

 

「勘!」

 

本当にただの勘だ。確証も保証もない。それでも……

 

「……七分で頼む。」

 

ソーマは任せてくれた。

 

「了解!」

 

目指すは東のビルの屋上。何があるかは全く分からない。でも絶対に何かがあるはずだ。勘だけでそう断言できた。

 

   *

 

神楽がビルへと走って行ってから五分。……いい加減限界だ。

 

「っ!またか!」

 

ばかデカい体に挟まれそうになったのをグレネードを使いつつ切り抜ける。さっきから避けたところにだけ仕掛けてきやがって……

 

「……ちっ……切れたか……」

 

手持ちのスタングレネードが切れたとなると……もう下がって下がって下がりまくる以外に方法はねえな。

そう考えている僅かな時間だけでもレーザーが放たれる。

 

「ったく……いちいちめんどくせえ……!」

 

またも進行方向から触手が伸びている。今度はぎりぎりで避けたものの……

 

「ぐっ……」

 

その避けた方向から触手が回される。回避中では飛び上がることも出来ない。……その触手に飛ばされた方向は、さきほどと同じように三本の触手が伸びている場所だった。

それに反応してレーザーが向けられる……まずいな。ガードしても衝撃を受け流せない。ある程度のダメージを覚悟するしかないだろう。

そして防御に入ろうとしたとき……突然、触手がうねった。

 

「!」

 

そのうねりによって出来た隙間をすり抜ける。転がり出たすぐ後ろをまたレーザーが焼き払った。

 

「左の頼んだああああああ!」

 

同時に遙か上方から聞こえる声。徐々に大きくなっていく。あいつが示した左の一体はすぐ側にいた。

 

「フン……」

 

……連携が見られなくなっている。

 

「よくもまあ……」

 

なぜか頭でも殴られたかのようにくらくらしているその無駄にデカい図体の最高点より高く跳び、普通なら地上で行うはずの動作で力を込める。

 

「やってくれたな!」

 

黒だか紫だかよく分からねえオーラで二倍になった刀身をこのくそ野郎の頭がぶった切れる角度で振り降ろし、勢いそのままに地表まで抉ってから止まる。少し後に上からウロヴォロスの……言うなれば生首が降ってきた。

……その生首を蹴り飛ばしている自分がいたのには笑ったが。

 

「お疲れ。大丈夫だった?」

 

ずるずると崩れていくもう一体のウロヴォロスを背に歩いてくる神楽。その額をつつく。

 

「うっ。な、何するかな!」

「ったく……もうちょっと早くしてくれ。死ぬかと思った。」

「間に合ったでしょ!」

 

頬を膨らませてむくれる彼女。……それを見て愛しいと思うのは、きっと素晴らしいことなんだろう。

 

「ああ。さすがだ。」

 

彼女の肩に手を置きつつ言えば、頬を少し赤く染める。

 

「えへへ。」

 

最近の癖なのだろうか?人差し指で鼻の下を擦る彼女の仕草はとてもよく似合っている。

 

「さっさとコアを回収するぞ。放っといて良いものでもねえ。」

「あ、うん。」

 

それぞれが討伐したウロヴォロスの元へと回収に向かう。……さて、そろそろタツミの方も動けるか?

 

   *

 

時計を見やる……二時間……まだそれだけしか経っていないの……?

 

「……いや……」

 

……青白くその場に横たわるタツミさんの姿。頭にいつまでも張り付いて離れないそれのせいで、私はすっかり参ってしまっていた。

 

「ヒバリ……」

 

カウンターについた手すらも離せない私にリッカさんが付いていてくれている。私の背をゆっくりと往復するリッカさんの手が異様なほどはっきりと感じられて……

 

「……っ!」

 

……手元にある端末が、無線を受信する。表示されたIDは神楽さんのものだった。

 

「神楽さん!?タツミさんは!?」

 

答えは、ちょっと遠回しにこう返された。

 

「無事、任務完了だよ?」

「!」

 

その言葉で膝がガクリと崩れる。

 

「ひ、ヒバリ!?どうしたの!?大丈夫!?」

 

リッカさんはそんな私を心配しているようだが……深い安堵感に包まれていた私はそれに答えていなかった。

 

「よかった……よかった……」

 

ぼろぼろと大粒の涙がこぼれる。口を突いて出た言葉を聞いてかリッカさんもしゃがんで背を撫でてくれた。

 

「タツミさんに替わる?」

 

神楽さんからの好意だ。でも私はちょっとしゃくりあげながらきっぱりと断った。

 

「……アナグラに……帰るまでが、ミッションですよ?……帰って来なきゃ、一言も、口をきいてあげないって、伝えちゃってください。」

 

   *

 

「……だそうです。」

 

今の内に言っておこう。通信機は当然オープンだ。近くにいれば向こうからの声も聞こえる。

 

「ははは!ま、そりゃそうだ!」

 

私の少し後ろには、左腕を首から吊り、膝から角度を固定された右足をぶらぶらさせながらソーマに肩を借りているタツミさんがいる。……それ以外の部位もいたるところに包帯が巻かれているけど。ちなみに他の三人は小型の掃討に向かった。出発の時点で10体ほどが確認されてはいたのだ。

 

「……帰ったら本気でいかないとな。」

「え?」

 

タツミさんから発せられた言葉の意味を測りかねて聞き返す。

 

「いや、何でもねえよ。ただ……」

 

言葉を切って空を仰ぐ。

 

「……このご時世だ。俺みたいなのが一緒にいてもな、とか思ってたんだけどさ……」

 

馬鹿らしいと自分に言うかのような表情だ。……そしてそれは、一気に決意を持った物へと変わる。

 

「このご時世だからこそ、全部全力でやってやろうって、全部限界以上でやってやろうって、今は本気でそう思う。」

 

……いつもとは全く違う、どこか憧れるほどの一面だった。




あかん。タツミをイケメンにし過ぎちまった(笑)


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誰かの企み

四話目の投稿。…切れ目の変人が動き出します。


誰かの企み

 

任務から帰投した私の前にとても楽しそうなヒバリさんがいる。

 

「それでそのお店、料理がすっごく美味しいって評判だったんです。」

「へえ。ってことは……タツミさん本気で美味しいところ探してたのかな?」

「だと思いますよ?早く行きたいなあ……」

「あいつ……意外とマメだったんだな。」

 

タツミさんたちを助けに行ったあの日から三日。本気でプロポーズし……ようとしたタツミさんが開きかけた口をヒバリさんの唇が塞ぐ形でカップル成立した二人は、タツミさんの怪我が治り次第、夕食を食べに行くことに決まったそうだ。場所はタツミさんが前から誘っていた和食料理店なのだという。和食、というところがちょっと意外だと噂になっていたり。

私は私で隊長への昇格が決定。それに伴って、階級も小尉へと上がった。とはいっても周りとの関係は全然変わっていない。変わった物はといえば自室がベテラン区画に移されるくらいだ。……準備は今日完了する予定。

 

「あ、それと神楽さんとソーマさんに榊博士から呼び出しがかかっています。先日持ってきた物が何なのか分かったから来てほしい、とのことです。」

 

持ってきたもの、というのは、あの日ビルの屋上にあった物の一つだ。他にもいろいろとあったのだが……大型の機械ばかりであったため持ち帰るには至らなかった。近日中に回収部隊が送られることになっている。

 

「やっと終わったのか……」

 

ソーマは呆れ顔。……まあ確かに、あの暇人が三日もかけるなんて長ったらしいったら……

……いや、そもそもあれはそんなことが言えたものではないか。

 

「まあまあ、とにかく早く済ませようよ。じゃあまたね、ヒバリさん。」

「はい。」

 

手を振りながらエントランスを後にする。……さて……何だったか聞きたいような聞きたくないような……

 

   *

 

「失礼し……どうしたんですかこれ?」

 

研究室に入った私たちを迎えたのは……

 

「や、やあ……すまないがこの書類をどかしてくれないかな……」

 

いつものコンソールの後ろで書類の山に文字通り押しつぶされている博士だった。

ぎゃあぎゃあと騒ぎながら書類をどかし、かつそれを整理すること数10分。ようやく博士が動けるところまでには片付いた。

 

「いやあすまない。ちょっと書類を探していたらその山が崩れちゃってねえ。」

「片付けながらやってください!」

「……言っても無駄なんじゃねえのか?」

 

実際ソーマの言う通りなのは今は考えないようにして、とにかく本題に入ろう。

 

「で、結局何だったんですか?」

 

……その問いに対する答えはあまりにも突飛な物だった。

 

「……その前に……神楽君、君の見解を聞こうか。これは何だと思う?」

 

博士は先日私が持ち帰った物を手に持って、もう片方の手の指で指した。

円柱上の容器の中に入った、光沢のない直径十数センチの白い球体。持ってきたときとはケースが違うから容器は博士の私物なのだろう。

そして、実際私には心当たりがあった。

 

「……複合コア、だと思います。」

 

博士は渋い顔を、ソーマはほんの少しだけ驚いた表情をする。

 

「僕の結論もそうさ。ただし、君のお父さんである神野桜鹿(おうか)博士の理論とは全く違うものから作られた物のようだけどね。」

「父のとは違う、ですか?」

「とにかくこれを見てほしい。」

 

そう言って部屋の奥からパネルを引っ張り出し、コンソールで操作した。映し出されたのは何かのレポートのような画面。球体が左右に一つずつあり、それぞれの横に文章が、さらに端の方には何かの数値が羅列されていた。その数値の中には所々赤く塗り分けられた箇所があった。

 

「右は桜鹿博士の最終レポートを抜粋したもの、左はこれについて僕なりにまとめたものの中から右と対応した部分を抜粋したものだ。赤文字になっているのは互いに全く違っている部分さ。ちなみにコアKは桜鹿博士の作った複合コアのことで、コアXは君が持ち帰った物のことだ。」

 

博士からそう説明を受ける。

 

「比較して分かったのは、コアKには人との適合を目的とした改良があったということ。コアXには変色場を強くするような操作がされていたことだね。」

 

……えっと?

 

「あのー……コアXの方が全然分からないんですが……」

「……今の話で分かる奴がいるのか?」

 

一応お父さんが作ったコアの方はよく知っているし簡単に分かるんだけど……

 

「うーん……ちょっと説明が難しいんだが……まあつまりはアラガミに影響がある感応現象を起こすみたいなんだ。」

「アラガミに?」

 

まあ確かに……いつだかに博士が言っていたように、感応現象の原因が偏食場同士の干渉にあるんだとしたら有り得るのかもしれないけど……

 

「何でこんなものを作ったのかは全くもって分からない。ただ……」

 

博士はそこで一瞬迷っているかのような表情を見せた。……結局次に口を開いたときには別の言葉が発せられる。

 

「いや、この話は終わりにしよう。まだ結論を出すのは性急すぎるからね。」

「え?」

「それともう一つ、君達がこの間旧市街地から持ち帰ったものだけどね……」

 

……これはこれ以上聞いても何も教えてはもらえないだろう。

 

「まだまだサンプル不足だから何とも言えないけど、確かなのはあれがアラガミのものであること。そしてその組織構成が人の頭髪に酷似していることの二つだ。……あれはとても興味深いよ。また見つけたら持ってきてほしい。」

「あ、はい。」

「……あればな。」

 

うん。とりあえずはあの子がアラガミではあるんだって分かっただけでも良しとしようか。

 

「ああそうだ。君は一回ヨハンのところに行くといいよ。彼が話したがっていたからね。」

「?」

 

博士がヨハンと呼ぶのは……支部長だよね?何で私と話したがってるんだろう?

 

「隊長への昇格が決まっただろう?その祝辞の一つも言っておかないと、だってさ。いやあ、彼もちゃんと支部長やってるね。」

「あ、なるほど。」

 

……それだけじゃない気がする……そう、漠然とした不安があった。

 

   *

 

「終わったか?」

「特務任された。」

「……そうか……深入りはするなよ。」

 

あの変人の部屋を後にしてすぐ支部長室へと向かった。神楽への話とかいうのは五分少々で終わり……

 

「深入り……?あ、あとソーマをよろしくだって。」

「……んのやろう……」

 

この扉蹴り壊してやろうか。そう思ったときに気が付いた。

 

「どうかしたのか?」

 

声が笑っている割に妙に思い詰めた表情。いつもが明るいだけに違和感が大きい。

 

「……うん……ちょっと……」

 

そこまで言いかけて、彼女は突然意識を失った。

 

「っ!おいっ!」

 

倒れる寸前で抱えることはできたが……特に熱がある様子もないのに呼吸が荒い。あたかも何かに魘されているようだった。

 

「……」

 

結論は俺の部屋に運ぶことだった。

 

   *

 

結局彼女が意識を失っていたのはほんの数分。目覚めるとすぐ状況は理解したらしい。……一応言っておくが寝ていたのはソファーの上だ。その隣に俺が座っていた。

 

「あはは……ごめんね。いきなり倒れちゃって……」

 

真っ青な顔で必死に笑っていた。

 

「……コアのこと、か?」

 

こいつが倒れた理由に少なからず関係しているであろうこと。聞けば、すこし青くなりつつびくりと体を震わせる。

 

「……でかな……」

「?」

「何で……こんなことに使われちゃってるのかな……」

 

つ、と涙が頬を伝う。それを皮切りに大粒の涙をこぼしていった。

 

「お父さんが……あんなに頑張って作ったのに……何で……」

「……フェンリルも、結局は一枚岩じゃねえ。」

 

神楽を抱き寄せつつ答える。……いや、答えにすらなっていないだろう。何と言えばいいのかなど全く分かっていないのだ。

だから少しでも考えを別に逸らさせようとした。不自然でなく、かつ全く関係がないに等しい事柄。その中ですぐに言えたのは……自分の過去の話だ。

 

「……マーナガルム計画……聞いたことあるか?」

「え……?」

 

あるはずもない。あの時のことを知っているのは今では極僅か……知っているものには戒厳令が敷かれた上、少しでもあれに関わった研究者の多くが第一ハイヴに住んでいたのだ。最後に立ち会った者達は、二人を除いて亡くなっている。

 

「俺がこういう体になった実験だ。マウスの段階で成功していただけのことを、人にいきなり適用した。」

「それって……」

「……胎内にいる胎児に、偏食因子を投与する。そうすれば生まれつき神機への適合係数を持ったアラガミと人間のハイブリッドが生まれることはマウスでの実験で確認されていた。」

 

詳しいことは当事者の俺もよく知らない。全て知っているのはおそらくたったの二人……あの変人と支部長の野郎だ。

 

「実験は結局失敗だった。俺を生んだ直後にお袋はアラガミ化したらしい。その実験中に助かったのは支部長と俺だけだ。」

「……」

 

じっと聞いていた神楽の目からはもう新たな涙は流れていない。……一応気は逸らせたか。

 

「これ以上のことは知らねえ……機会があったらあの変人にでも聞いてみろ。まあ、素直には教えてこねえだろうけどな。」

 

自分の言い方に苦笑いしちまうが……まあいい。

 

「……とにかく、結局のところフェンリルも一枚岩じゃねえんだ。はっきり言って技術の悪用があっても何もおかしくはない。」

「……うん……」

 

悲しげな表情にはなっても泣きはしない。ひとまずは落ち着いたのだろう。

 

「ただし、それが禁止事項だってのも事実だからな。発覚すれば極刑も有り得るレベルの重罪だ。ちなみに……捕獲権は俺達にもある。」

「……?」

 

いまいち的を得ていないのだろう。きょとんとでも付けたくなるような顔で俺の次の言葉を待っている。

 

「要は……お前の親父が残したものを使った野郎なんざ、俺達が捕まえればいいってことだ。……余裕で軍法会議に送れるさ。」

「……ほんとに?」

「ああ。」

 

後で神楽が言った言葉によれば、この時の俺は随分と痛快そうな意地の悪い笑みを浮かべていたらしい。

……彼女の親父が作り上げた複合コア。それがこうして使われることを不快に思うのは俺も同じだ。

 

「……っていうかソーマってさ……」

「あ?」

「すっごく口下手だよね。」

 

……この直後、彼女の額にデコピンが飛んだのは言うまでもない。

 

   *

 

余談だけど、この日の真夜中にエイジス島のシステムが誤作動を起こした。エイジス島に設置された観測機からアラガミの反応があったのに、そこにはアラガミの影も形もなく、外壁をぐるっと見回しても特に何の被害もなかったと報告された。

そして……叩き起こされたのは私とソーマである。センサーの異常?腹立たしい……エイジスに安物使うな!




…とりあえず本日はこれで終了ですね。この後になるとほんとに原作の本筋に関わる所になるので。
…編集せねば…


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蠢き出すのは二つの歯車

どーもど-も。終幕の余興です。いやあ…ここのSSも賑わってきましたねえウハウハ
今日はこれ一本のみの投稿でいきたいと思います。…これの後まで出すと収拾つけにくいので。主に投稿数で。
あ、ちなみにほとんど伏線回です。前回のやつが絡みまくりですが。


蠢き出すのは二つの歯車

 

私が隊長になってから今日で一週間。その間だけで三つも特務が出るとは思っていなかった。暇を持て余しそうだから、と、別に義務ではないものでも行くという……自分でも辟易する。

そして今日はといえば……

 

「博士からミッション任されたんだけど。」

「確かにソーマさんと一緒に行ってくれという謎の任務が発注されていますが……何なんでしょう?」

「さあ……」

 

今朝、ターミナルに届いていたメールに気付きそれを確認。内容は博士からの頼み事だ。まあ別に変なものではないのだが……あの博士からごくごく普通の討伐任務……しかも禁忌種でも何でもないただのヴァジュラとそれに付き従っている小型種の討伐?明らかに怪しい。支部長が出張しているからってなにをやろうっていうのだろうか。

 

「えっと、どうしますか?ソーマさんももうすぐ降りてくる頃だと思いますけど……」

「……行くしかないんじゃないかな?すっごく嫌な予感がするけど。何かの片棒担がせようとしてるとかだと面倒だよねえ……」

「ありそうですね……」

 

と、そうやってヒバリさんと上司への愚痴りをしていたときだ。

 

「よう。元気そうだな。」

 

エントランスの二階からタツミさんが降りてきた。そういえば今日復帰だったんだっけ。

 

「おはよ。今日から復帰だよね。」

 

ヒバリさん?見るからに顔がほころんだよ?いやあ、しっかり恋人やってるなあ。

 

「一応な。ま、始めは軽めにってかんじだ。」

「そういうの以外は受注させないもんだ。」

 

にこにこしながら舌を出してって……これはなんだかんだ言ってタツミさんのこと大好きだったな。

 

「じゃあソーマが来たらすぐに行くから、その任務受注しておいて。」

「了解しました。お気を付けて。」

 

それで二階に上がったはいいものの……人がイチャイチャしてるのって……外から見てるとすごく恥ずかしいんだ……

 

   *

 

「……ふう……」

 

リンドウがいなくなって、アリサが復帰して、神楽ちゃんが隊長になって。周りはいろいろ変わっている。

そんな中で全く進展していないディスク探し。彼が残したというもう一枚のディスクの隠し場所のヒントがないかと思ったけれど……

 

「全く、どこに隠したのよ……」

 

ヒントの欠片すら見つからない。心当たりはだいたい探したし、神楽ちゃんに聞いてもそれらしいものは見つかってないって言ってるし……

ひとまずターミナルの電源を落としていろいろと考えていると、ちょっと控えめなノックの音が響いた。

 

「あの……私です。今いいですか?」

 

続いて声がした。

 

「あ、アリサ?いいわよ。入って。」

「失礼します。」

 

入ってきた彼女は若干緊張しているようだ。肩が固まっている。

 

「どうかした?」

「あ、えっと……」

 

……半分以上分かりきっている質問ね。そう自分を笑ってしまう。

 

「リンドウのことなら何も気にしないで。あの人ったら昔っから放浪癖があったから。」

 

冗談混じりに言うと、彼女の肩から若干力が抜けた。

 

「ありがとうございます……」

 

……と言っても、まだまだ申し訳ないですって全身で言ってるけど。

とりあえず紅茶でも淹れよう。そう思い立って部屋の奥を向いたときだ。

 

「あの!」

「?」

 

突然、アリサが強い口調で呼び止めてきた。ほんの少しだけ震えた声で、軽く握った手を腰の前で合わせて。

 

「あの、私にも……何かできることはありませんか?」

 

心に決めています。と、涙をたたえた目で語っていた。

だからそんなに気にしなくてもいいわ。いつもならそう言ったと思う。でも今は……なんだかアリサの覚悟を無駄にはしたくなかった。

リンドウに話を聞いたときに、手伝うと言えなかった自分を思いだしていた。

 

「……ちょっとこっちに来て。」

 

声をかけつつターミナルへと向き直る。話すよりもこの方が早いだろう。

ちらっと横目で彼女を確認すると、目元を手の甲でこすりながらこちらに来ているのが見て取れた。それから目を離しつつポケットへと手をやる。取り出したのは当然あのディスクだ。

 

「それは?」

「……彼が残していったもの。私へのメッセージよ。」

 

ターミナルでそのデータを開いて彼女に見せる。内容はもう見飽きたほどの彼の言葉。

そして最後まで送ったときに彼女が口を開いた。

 

「……文書データなのに……END?」

「え?」

 

言葉の意味を測りきれずに聞き返す。

 

「あ、いえ……この最後の行、メールならまだしも……」

 

最後に付けられていたENDの文字を指しながら言う。

 

「文書データ……それも手紙として送っているのにENDを入れるんでしょうか……」

 

と、アリサはおもむろにページを下にスクロールし始めた。……しかも、それが大正解。

 

『その隠し場所だが、ヒントはお前が初陣で一番驚いていたものだ。まあ、黒いしちょっと形違うけどな。とにかく誰かに見られても多少は何とかなるようにこうして書いておく。……回収には第一部隊で行けよ?ーリンドウよりーP.S.帰ったら、飯でも食いに行こうや。』

 

「……あらま。」

「いつものリンドウさんらしくない回りくどいやり方ですね……」

 

そんな場合ではないと分かっていながらもくすくすと笑ってしまう。本当に彼らしくない。出会ったころは、ただ無鉄砲だったというのに。

でも一番驚いたものねえ……なんか何もかもに驚いていたような……ちょっと時間かかるかしら。

 

   *

 

「さてソーマ、一つ質問があります。……この気配はあれですか?っていうかあれですよね?あれだよね?」

「……繰り返さなくてもそうだろ。こっちに来るつもりはなさそうだけどな。」

 

任務を終えた私が何で騒いでいるかと言えば、単純に近くに少女型アラガミの気配がしているからである。……コアを回収したあたりから恨めしそうな視線まであったりして……

 

「……帰るぞ。いちいち気にし過ぎてもどうしようもねえ。」

「むう……」

 

神機を肩に担いで歩き出すソーマ。それにただ付いていくのもしゃくなので彼の横に立って手の指を絡める。

 

「おまっ……まだ任務中……」

「堅いこと言わない!」

 

少女型以外の気配は全くない。今こうしているくらいなら大丈夫。

……とかなんとか理由を付けて彼にじゃれつく私であった。

 

   *

 

「♪~」

 

それからしばらくして、私は自室で料理本なんてものを読みつつ、流行のバラードを口ずさみながらコーヒーを飲んでいた。もう少ししたらまた任務に出るつもりだ。……神機の強化をしたせいでお金が……

 

「へえ。これみんな好きかなあ?」

 

飲み終えたコーヒーのカップをテーブルの上に置き、ビーフストロガノフという料理のページに目を止める。味もしっかりしていそうだし、何よりいっぱい作り易そうだ。一日くらいなら保つのもいい。

再来週、第一部隊のみんなで晩御飯を一緒に食べようと考えているのだ。ただ、何せこの物不足の時代だ。直前になって用意し始めたのでは材料が買えなかったなんてオチにもなりかねない。前は買い置きがあったから助かったけど、さすがに何回もそれでやっていくわけにもいかない。

 

「でもこの間も煮込み系だったし……別のも作ろうかな……」

 

置いたカップの横に積まれた数冊の料理本。ケーキの本も買ってある。そういえば昔は料理本なんて全く読まなかったなあ。

楽しく悩みつつ、再度手に取ったカップが空になっているのを思い出す。……とりあえずコーヒーのおかわりを淹れて……

 

「ん?メール?」

 

料理本から目を離して一番に気がついたのはターミナルのランプの点滅だった。

誰からだろうと思いつつそのメールを開く。

 

「サクヤさん?」

 

ちょっと珍しい人からのメールだな、なんて思いつつ本文を見ていく。

 

「黒いヴァジュラについて教えてほしい?」

 

サクヤさんも遭遇したのだろうか?でも今のところは私とソーマの前にしか現れていないはず……

 

「……午後の任務終わりかなあ……」

 

何にしても隠すようなことはないのだ。今日の内にサクヤさんのところに行って話しておこう。

……その今日の内というのが、後々ぎりぎりになったのは別の話だ。

 

   *

 

……一方エイジスでは……

 

「しかしまあ……よくここまでやったもんだな。あの支部長様は。」

「そりゃあこれは一大事業なわけだし、結構本部からも援助があるんじゃねえの?」

「技術者系はわんさか来てるらしいぜ?定期的にさ。」

「ああ、そういえばガーランド博士も来てたよな。ヨハネス支部長の弟なんだっけ?」

「だった……と思う。」

「おいおい……テキトーだな。」

 

通路を歩いていく二人の工員らしき者たちの会話。……それが上から聞かれているとは誰も考えるまい。

 

「ほうほう、ガーランド博士ねえ。たしかアラガミ進化論……っと。」

 

そろそろ偏食因子を投与する方がいいな。そう思ってねぐらに戻っていく。……いいかげんこの通気口生活とはおさらばしたいんだけどなあ……いや、通気口生活じゃないな。

食料は倉庫から掻っ払ってるわ寝床は工員の部屋からクッションを強奪してきてるわ……完全に泥棒生活だ。この家業でも食えんじゃ……いやいや、サクヤに殺される。

そんなどうしようもないことを考えつつ、ふと第一部隊へ残したディスクを思い出す。

 

「……そろそろあれを見つけてもいい頃だと思うんだけどなあ……」

 

特務中に見かけた黒いヴァジュラ……昔ロシアで見たあのアラガミが空母にいたのは驚いた。と同時に、第一部隊へ間違いなく、かつ支部長に見つかる可能性が限りなく低い状態で二枚目のディスクを受け渡す方法も思いついたのだからある意味ラッキーだったのだろう。

 

「……お?」

 

そんなことを考えながら通気口の中を進んでいると、下にいた支部長を見つけた。その横には……

 

「……誰だ?」

 

色はあまりはっきりとしないが……黄色っぽいシャツの上から白衣を着ている。にしても悪人面だ。もじゃもじゃの頭に布を巻き、メガネをかけ、不精髭に覆われた口でたばこをくわえている。

 

「ノヴァの様子は?」

「問題ありません。入れ物はほぼ完成です。あとはコアと特異点だけ、というところまできました。」

「ならいい。……それともう一つ。リンドウの始末に失敗したようだが……なにか問題が起きているということはないのだろうな?」

 

自分の名前が出て思わず苦笑する。いくらなんでもここにいるとは考えないだろう。

 

「リンドウの行方は現在も捜索中です。見つけたらすぐにアリサを行かせます。」

「使えるのか?」

「洗脳はそう簡単には解けませんから。」

 

……なるほど。あん時のはこいつの仕業か……

 

「……次はしくじるな。」

「もちろんです。」

 

その言葉を最後に別れた二人はそれぞれ別の方向へと向かった。……よくまあこんな場所で……ま、支部長の部屋は本部に監視されてるから妥当なのかねえ。

 

「ノヴァか……」

 

さっきの会話で出てきた言葉。終末捕食のトリガーの名前だったっけか……支部長たちが言ってるのが何のことかよくわかんないんだよなあ……やっぱ中心部か?

 

「……行ってみっか。」

 

本部にもさっさと伝えないとどうしようもない。とりあえず偏食因子の投与が済んだら中心部まで行くとしよう。

そのノヴァとか言う物が、今回の現況ともなるのを知るのはもう少しあとのことになる。




原作無視。…ここまでやっていいのかどうかはおいておこうと勝手に決めたりする。

私事ですが、今日は共闘学園の文化祭に行って来ました。なんとGE2ブースが一番でかいという…すばらしい。
今回はマルドゥークとコンゴウ堕天二体の同時討伐。そしてデミウルゴスと寒冷地適応型ザイゴート三体の同時討伐という若干初心者向けとは言い難くなっているミッションをやらせていただきました。
まあマルドゥークが弱いのはおいておいて(いやほんとガルムに毛が生えた程度っていう)、コンゴウ堕天は強くなってましたねえ。速度は上がってるしパワーも跳ね上がってるし。グボたんと同じくらいの超強化がされてました。
ザイゴートはまあいつも通りけったるい風船。
が、デミウルゴスの硬さがチートですね。のんびり動くのは良いんですが、一発一発がやっぱり痛いです。前足が露出するのも意外と短時間なので、破砕系で足を崩すか、ショートとかでこつこつ露出部を狙うのが基本戦術になりそうです。銃で狙うのも良さそうですね。
それと、どうやら「アバドン」というシステムが追加されているようです。発動条件、その内容共に不明ですが、レア報酬率が上がってくれる類のものみたいです。大吉効果付加って感じなんですかね?
BAもいろいろ公開されたんですが、ショートとバスター、それにスピアに関しては特筆する点は全くありません。それぞれ△ボタン攻撃、空中△攻撃、CC系統でした。全部その攻撃が強化されるのに留まるものが公開されただけでしたね。
特筆するならまずハンマーです。ブースト非使用時の攻撃でスタミナが回復するっていうブースター好きにはたまらないBAがあるみたいです。上手く使えば、半永久的にブースト攻撃ができるかもしれません。
それにロングが…ロングがちょっとチート過ぎやしないかいって感想がありましてですね…
いやあ、おそらくはゼロスタンス系からの派生だと思うんですが…□ボタン攻撃の斬撃が飛ぶんですよ。文字通り。射程はバレットの極短い弾丸くらいですが、近接武器でそれはないよって感じでした。
…私はショートばっかりなのでどちらも使いませんでしたが…

こんなところでレポートは終わりにします。何にしてもいろいろと公開されていて楽しい限りでした。マルドゥフルボッコが特に。
あ、もし会場にいた、とか、ニコ生とかで見ていた、って人がいたら分かるかもしれないんですが、このSS作者は二回目のクイズ大会で鞄貰いました。四問正解は楽しかったなあ。
それではまた次回。


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捕獲?いいえ保護です

お久しぶりでございます…なんか毎回こう始めているような…まあいっか。
GE2発売から三日間徹夜してストーリーとキャラエピ終わらせて使う武器は一通り揃えて一人楽しく今作の餌アラガミヴィーナスさんをパクモグし続けて今に至ります。
…いえこっちの方をやっていなかったわけではありませんよ?
そんなこんなでシオ保護回です。


捕獲?いいえ保護です

 

「いやあ、ご苦労様!たぶん今日が最後のお願いだ。」

「……顔が近いです。」

 

乗り出していた身を戻していく目の前の博士。何が嬉しいのかよく分からないけど、最後だって言うならいいだろう。これまでやってきた八回のミッションは無駄ではなかったということだ。

 

「で?今日は何をしろってんだ。面倒なもんばっかやらせやがって……」

 

いつものようにエントランスに降りた私とソーマは、やはりいつものようにヒバリさんから呼び出しを告げられた。装備の強化がしたいのを押さえつつ来たものの……無駄な長話でソーマはすでに不機嫌に……

 

「うん。今回はね……」

 

   *

 

「受け渡します!」

「サンキュ!」

 

シユウがふらついている間にコウタへとアラガミバレットを受け渡しつつ神機を剣形態へ。サクヤさんはシユウの向こう側だから受け渡せないけど……大丈夫。まだリンクバーストの時間は残ってる。

体勢を立て直した目標の翼を引き裂く。その痛みからかダウンしたシユウから一旦離れる。

 

「畳みかけるわよ!」

「了解!」

 

私が下がったのを確認しつつのサクヤさんの号令で二人がアラガミバレットを放つ。両方とも濃縮瀑炎玉だ。

 

「これで……」

 

その爆発が収まりきったのとタイミングを合わせてシユウの頭から神機で貫く。

 

「終わり!」

 

刃の背に手を当てて下へと思いっきり押し切る。数秒の痙攣の後、ピクリとも動かなくなった。

 

「さ、コアを回収しちゃわないとね。」

「あ、はい。」

 

一つ息を吐いてから捕食体制に入る。……そのまま喰らってしまおうとしたのだが……

 

「それ、ちょっと待った。」

 

   *

 

……お、気配が消えた。終わったかな?

 

「……終わったみてえだな。」

「だね。」

 

最近気が付いたことだが、どうやら私とソーマは集中すれば近くにいるアラガミの気配をある程度正確に感じ取れるようだ。範囲は五十メートルくらいだろう。

 

「ふむ。じゃあ少し急がないと。」

 

……この廃寺エリアまで連れていってくれとか頼んできた博士曰く、コア同士の共鳴が起こって云々。

 

「もうそこにいますよ?」

「え?ああ、本当だね。」

 

私たちから少しだけ離れた石段の上に三人はいた。コアを回収しようとするアリサへと博士が声をかける。

 

「それ、ちょっと待った。」

 

三人とも何事かというような表情で振り向いた。

 

「えっ?」

「博士?何でここに?」

「二人まで……」

 

それぞれに不振がるみんなへと博士が再度声をかけた。

 

「話は後だ。とにかくそのアラガミはそのままにして、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

 

訝しげな表情を浮かべながらも石段横の衝立に全員が隠れる。……さて……

 

「……あそこかな?」

「ああ。」

 

シユウの死骸が横たわっている場所のさらに東側にある崖の上。気配はそこにある。よく知るものだ。

 

「あの……何が来るんですか?」

 

アリサが聞いてくるが……はっきり言おう。

 

「私もよく分かんない。……まあ分かんないって言うよりも、ある意味分かりたくないのかもね。」

 

後半はほとんど独り言だ。実際、あの子がアラガミだっていうことはもう分かっているし……それをなかなか受け入れようとしない自分がいることも自覚している。

 

「……あまり知りたいとは思ってなかったことは確かだな……」

「……うん……」

 

彼の声も沈んでいた。

それでも、私たちの言葉とはとは対照的な博士の言葉で気持ちを入れ替える。

 

「来たよ……!」

 

さっき放っておいたシユウの死骸の上に、少女型のアラガミはいた。コアを漁って口元に持ってって……ん?ああ、食べたのか。

 

「よし、頼むよ。」

「了解。」

 

四人へ手で合図する。……リーダーってやっぱりちょっと面倒だなあ。

そのアラガミを囲むような形で五人が配置に付く。それに何かを感じたのか、あちこちに血を付着させながらこちらを振り向いた。

 

「オナカ……スイ……タ……ヨ?」

 

……なかなかに恐ろしい光景だ。コウタは息をのみ、アリサは明らかに敵意を剥き出しにしている。……って……しゃべった!?

 

「いやあ、ごくろうさま!」

 

そこへ博士が出てくる。少女型の視線は博士の方向へと動いた。

 

「ソーマと神楽君もありがとう。おかげでこの場にいあわすことができたよ。」

「いやそれはいいんですけど……」

 

私たちにそう言った後、少女型へも話しかけた。いったいぜんたい何を考えているのか分からない。

 

「これまでお預けにしていてすまなかったね。君も一緒に来てくれるかな?」

 

当の少女型はといえば、構えつつ後ずさっている。怯えているのが見て……いや、感じ取れた。でもそこに敵意は微塵も感じられない。これだけの人に囲まれたことも、この博士みたいな反応をされたこともないのだろう。

たぶん、彼女がこれまでに出会った人間は……本当の意味ではいないのだ。

 

「……博士、ちょっと下がってください。」

「え?」

 

博士と……彼女の間に入る。

 

「大丈夫。おいで?」

 

手を開いている自分に自分でも驚いた。ついさっきまで受け入れようとは考えもしなかったのに……

そんなほんの一瞬で変化した私の心は、昔家族と過ごしていた時のように暖かかった。後でアリサが話していたところによれば表情まで優しくなっていたらしい。

それが通じたのかは分からないけど、彼女は少し固まってから満面の笑みで飛び込んで、私はそれを何の抵抗もなく受け止めていた。同時にどこかの光景が目に映る。

海沿いの町。エイジス島を臨むその場所で、たくさんの崩れた家屋が散っている。血の飛び散ったその惨状の中、倒れ伏す人間の少女。その体からは徐々に色が抜けていき、最後は真っ白になって立ち上がった。自分の体を見て、泣き叫んで。泣き止んだ頃にはその目に人としての光はなくなっていた。……アラガミ化した、ということなのだろう。これまでもそういった事例は発生している。この子と違って、本当にただのアラガミになってしまったらしいけど。

……最後に見たのはエイジス島。どこか違和感があるその島が徐々に消えていった。

その島が、今私の右側に見える。……感応現象が終わったのだろう。

 

「……もう、大丈夫だからね。」

 

頭をすり付けるようにしながら抱きつく少女。その白く小さな頭を撫でた。ちょっぴり強く抱きしめながら。

 

   *

 

それからしばらくして。

 

「「「ええええええええ!」」」

「だよねー♪」

「当たり前だろ。」

 

ソファーに座った私。私の膝に座ってアラガミのコアのストックやアラガミ素材を食べている少女。横に立っているソーマ。……訳の分からないとんでもないポーズを取っている三人。あいかわらずのんびりしている博士。そんな6人が研究室でだべっていた。

 

「あの……今何て……」

「うん。何度でも言おう。あれはアラガミだよ。」

 

この子を手で示しつつ語る。その落ち着いた口調に対して他の三人はそうもいかないようで。

 

「ちょっ!まっ!あぶっ!」

「ええっ!あ……」

 

わたわたと騒ぐアリサとコウタへソーマが少し笑いながら口を開いた。

 

「……人は喰わねえだろ。間違いなく。」

 

そう言いつつ彼女の頭を撫でる。それに目を細めて気持ちよさそうにしている様はどう見ても幼い少女にしか見えない。

 

「偏食傾向がさらに上位のアラガミに向いているようだからね。さっきみたいによほどお腹が空いていなければ問題ないさ。」

 

博士からの補足もあって、三人はやっとまともな体制へと戻った。

 

「とにかくあの子のことは誰に対しても秘密にすること。いいね?」

 

続く言葉。今度はサクヤさんが反論する形となった。

 

「しかし……せめて教官と支部長には報告しなければ……」

 

が……

 

「サクヤ君。君は、人類の守護者たる神機使いが、その前線基地であるアナグラに、アラガミを連れ込んだ、と、そう報告する気なんだね?」

「それは……」

 

さらに言葉を繋げようとするサクヤさんに、博士が続けて耳打ちする。何を話したのかはわからないけど……それを最後に二人の会話は終わった。

 

「そう。すでに僕らは共犯者というわけさ。よろしく頼むよ。」

 

いつも以上に怪しい微笑を浮かべながら語る博士を余所に、私と私の膝の上にいる少女とは顔を見合わせて笑っていた。

 

   *

 

「でも驚いたよね。あの子、全然アラガミって感じがしないし。」

「違うのは飯くらいだろ。……まだ知能は低いみてえだが。」

「それはその内なんとでもなるんじゃない?」

「多分な。一応アラガミである以上、学習能力は高いはずだ。」

 

博士の話では、もともとの人間としての記憶が若干ながら残っており、かつ私との感応現象でいくらかの知識の共有をしたのではないか、とのことだ。だからこそ人を捕喰対象とは考えず、かつこれ以上の外見的変化は見込まれないのだとか。彼の言い方を借りるなら、人と同じくとりあえずの進化の袋小路に入ったアラガミ、そんな位置づけらしい。

その後も博士の話は続いたのだが、その議論の中心であった当の彼女が寝てしまったわけで。解散した後、とりあえずソーマと私の部屋に来たのだ。

 

「……兵糧責めやらされてたとは思ってなかったけど。」

「コアも回収しろってのがあれのためだってのもな。」

「まさかご飯だなんて思わなかったよ……」

 

これまで博士に任されてきた八回の任務では全てコアを回収してくるようにと指示があった。研究にでも使うのかと思っていたら……あの子のご飯か。うん、盲点だった。

コーヒーを淹れるためにミルで豆を挽きながら少し考えてみる。といっても、何かわかるわけではない。ちょっとした考えの整理だ。

昔は人間で、アラガミに襲われてたまたまアラガミになって、それで放浪してたのを博士が保護して……あれ?

……何で今まで計測機にもかからなかったんだろう……

 

「どうかしたか?」

 

ソファーに座ったソーマが怪訝そうな顔で聞いてくる。

 

「うーんと……今日みたいに博士が位置を特定できるようなあの子が、何でアナグラそのものの探知に引っかからなかったのかなあ、って思ったんだけど……」

「……」

 

……彼自身も何とも言えないようだ。腕組みをしながら考え込んでいる。

 

「はい、コーヒー。」

「悪いな。」

 

その彼にコーヒーを差し出して私も座る。なおも考え込む彼はゆっくりとそのコーヒーを飲んでから言ってくれた。

 

「……旨い。」

「えへへ。」

 

自分でもわかるほどにこにこしながら鼻の下を人差し指でこする。こそばゆくなったときの癖だ。ソーマも含めた第一部隊の皆曰く、ずいぶんと可愛い仕草らしい。

 

「あ、ごめんね。変なこと聞いて。ひとまずおいといて良いよ。わかんないことだらけなんだから。」

 

なおも考えを巡らせる彼に言う。

 

「……それもそうか。」

 

難しい顔からふっと優しい表情になってこちらを向いた。私が大好きな表情の一つだ。

 

「うんうん。」

 

座ったまま彼にすり寄って肩に頭を垂れる。いつもはそうするだけでいろいろな不安が軽くなる。いろいろあったから私自身混乱して……だからそれを晴らそうとしたのだが……

思い浮かんでしまうのは彼女との感応現象で見たエイジス島。……何でこんなにも怖く感じるのだろう……

 

   *

 

その頃、一機のヘリがアナグラからエイジスへと飛んでいた。

 

「なあアリサ。それって何なんだっけ?」

「……エイジス島に設置するための探知機です。この間不具合が起こったから取り替えるって教官が言ってたの聞いてなかったんですか?」

 

相変わらずというか……どうしようもないほどのバカっていうか……本当に毎回毎回ブリーフィングの内容が頭に入っていないんだから……

 

「あー、この間神楽とソーマが出たやつか。」

「何でそういうのは覚えているんですか……」

 

横の座席の上で固定された探知機が入っているというアタッシュケースを見やる。私とサクヤさん、それにコウタでこれをエイジスまで運ぶのがこの任務の目的。一日に何度も任務に出ることは少ないけど、まあ討伐任務二つではないから無理ではない。それにしても……何だか探知機にしては小さいような感じがする。前に運んだことがあるけど、確かその時は一抱えもある本体が神機のケースと同じくらいの大きさのケースに入れられていたはずだ。対して今回はごくごく普通の大きさのケース……それこそバレットやアラガミのコアの運搬に使うのと同じサイズなのだから、本当に探知機なのか?と少し変なところで疑っている自分がいる。

 

「サクヤさん、あとどのくらい?」

 

コウタが前の席にいるサクヤさんに声をかける。ちなみにサクヤさんは今はパイロットの補佐役に回っている。やっぱり操縦可能な人が少ないっていうのは大変だ。

 

「だいたい十分くらいね。着陸準備はしておいて。」

「了解。」

「わかりました。」

 

なんとなく不安だけど……まあいいか。とにかく任務を終わらせよう。自分の中でそう切り替えた。




シオの過去は完全に私のイメージですのであしからず…


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諸刃の盾

今回のタイトルですが、決して打ち間違いではありません。
ちなみに言っておくと、神の見えざる手、が経済用語であるのも知っています。
↑友人に聞かれた奴。


諸刃の盾

 

「チッ……」

 

横から飛び込んできたコンゴウを一太刀で切り裂く。補足するなら……今のが七体目だ。

 

「んしょ!っと……」

 

真っ二つになって転がったそれのコアを俺の後ろにいた神楽が回収する。若干振り向いて確認すれば汗だくで息を荒くした彼女が目に入った。……俺も似たようなもんか。

 

「これで何体目だっけ?」

 

溜め息をつきながらの言葉。

 

「七体だ。……まだ必要だけどな。」

「うー……もう疲れたよお……」

「同感だ……あの痩せ狐が……」

 

話は数時間前に遡る。

_

___

_____

 

「やあソーマ。それに神楽君。呼び出してすまないね。」

 

また、呼び出され、神楽共々研究室に来ていた。……神楽の場合はこの五日間毎日来ていたが。

 

「かぐらー。」

「おはよう。博士に変な事されたりしなかった?」

「……神楽君……」

 

例のガキも知能が発達した。今では大抵の日常会話が出来るらしい。神楽がここへ来ていたのもこいつといるのが目的だ。

 

「で、今日はどんな面倒事を任せるつもりで呼んだんですか?」

「ですかー?」

 

二人で遊びながら言う。言い方は気にしてはどうしようもないところだろう。

 

「う、あ、ああ……えっとだね……」

 

どもりながらの言葉をそこで区切る。そわそわとしながら次の言葉が出てきたのだが……それへの反応は見事にかぶった。

 

「……その子のご飯のストックがないんだ。」

「……はい?」

「……あ?」

「んー?」

 

一瞬の沈黙の後、神楽が騒ぎだす。

 

「何でそういう状態になるまで放っといたんですか!なくなりそうだってわかったら貯蔵庫からもらってくればいいじゃないですか!」

「いやあ、貯蔵庫から無断で持ち出しているのがばれちゃってねえ。その子の事は隠し通せたんだけどねえ。いやあ、参った参った。」

「参ったじゃない!」

「はいいい!」

 

……出来の悪い漫才でも見ているかのような気分だ。本人達は至って真剣なんだろうが。

 

「……まさかコアを取って来てくれとか言うんじゃねえだろうな?」

「まさにその通りなんだ。頼まれてくれるかい?」

 

半ギレでの質問に悪びれずに答える切れ目野郎……殴りてえとすら思うが……どうやら神楽も同じであるようだ。

 

「そうですかわかりました。それでは本日の任務に向けて神機を強化いたしますのでその費用を是非ともお支払いいただければ、と。任務報酬に上乗せする形での支払いを希望いたします。」

 

明らかにぶちキレている。その表情がすばらしく笑顔であるのもいつも通り……青筋を立てるってのはこの事か。

 

「……し、承知したよ……」

 

それに半分怯えながら後ずさる変人を後目に俺たちは研究室を出た。

_____

___

_

 

で、こういう事になっているわけだ。今のところは頗る順調に進んでいる。それというのも……

 

「にしても、これ効果あるね。五分くらいでこんなに集められるんだ。」

 

俺達から数メートルの位置に、例の複合コアがカプセルに入って置かれている。アラガミの注意を引く性質を持った偏食場を発するとかいう話だったな。実際ここまでの五分強で七体のコアを手に入れているわけだから、こういう時なら役に立つものであるのは間違いない。補足するなら、今日のコア回収はこれの実験も兼ねている。

 

「……複雑か?」

「え?……あ……」

 

自分でも気が付いていなかったのだろう。複合コアを見る彼女の顔は、怒りや悲しみを無秩序に織り交ぜたような表情を浮かべていた。

 

「まだ……ちょっとね。」

 

神機を持っていない左手で俯き気味の頬を掻きつつ答える。……どうしても払拭できないものはあるのだろう。

 

「……戻ったら市街地の商店街にでも行くか?」

 

かける言葉がろくに見つからずそう聞いた。俯いていた顔を上げ、少し恥ずかしそうな表情をする。

 

「あ、うん。……ごめんね。気使わせちゃって。」

「気にするな。とにかくあと二、三体であがるぞ。」

「うん。」

 

離れた場所に現れたアラガミ達を見据えつつ頷いていた。

 

   *

 

二人がコアをかき集めているのとほぼ同時刻のエイジス島沿岸。

 

「コウタ、何か見えるか?」

「ちょっと焦げた痕みたいなのはありますけど……爆発が起こったような感じじゃないっすよ?」

 

任務を終え、バガラリーでも見ようかと考えていた時、タツミさんと一緒にエイジス島を確認してこいとツバキさんに偵察を任された。定点カメラが外壁での爆発らしきものを捉えたらしい。

 

「そうか。それじゃあもう一周確認してから帰ろう。」

「了解。」

 

ボートの上で双眼鏡を使いつつ見回っていく。エイジス防衛は第三部隊の仕事だけど、今は別の任務に出ているから仕方ないんだよな。

 

「お?」

 

そんな感じで見ているとタツミさんが声を上げた。同時に船を止め、その少し後に双眼鏡を俺の頭ごと回した。

 

「あそこ動いてないか?」

「へ?」

 

向けられた先はたった今自分が焦げ付いていると思った場所だ。周りの外壁と比べて黒ずんでいて、かつ少し管状に盛り上がっている。爆発云々の報告があったから焦げた痕だと思ったのだが……

 

「特に動いてはいなさそうですけど……」

「そうか……んじゃまあいいか。進むぞ。」

 

タツミさんにそう言われた頃には、俺の頭は終わった後の報告書の面倒くささに飛んでいた。

 

   *

 

「コアは博士に渡したし神機も整備に出したし。あとはソーマのこと待つだけだけど……」

 

今日はソーマが報告書をまとめている。二人で任務に出るときはいつも代わる代わる報告書を書いていて、今日は彼の担当なのだ。

 

「早く来ないかなあ……」

 

のんびりと小説を読みつつ、久しぶりに角砂糖とミルクを入れた二杯目のコーヒーを飲み干す。にしても暇だ……なんとなくお腹空いてるし……どうしよう。なにか軽いものでも食べようかな。

そんな風に考えついて立ち上がった。そのままキッチンに向かおうとベッドとテーブルの間まで出たのだが……

 

「……あれ……?」

 

胸の辺りが異常に痛い。でも人間の痛みじゃない。……これって……

 

「う……あ……」

 

痛みはどんどん強くなり、その内に胸を押さえてうずくまる。

 

「あっ……くぅ……」

 

うずくまるのすらも辛くなっていって横倒しになって倒れた。……全く収まる気配がない。

 

「うっ……げぁ……」

 

夕食前の空っぽのお腹から胃液が逆流する。意識を保つのすらもう苦行だ。

そういう状態の私の耳にかろうじでインターホンの音が届く。

 

「俺だ。もう行けるか?」

 

……ソーマだ……

 

「神楽?」

「……そ……ま……たす……て……」

 

かすれた声で言う。

 

「おい!神楽!」

 

ロックが解かれる音を最後に私の意識は完全に途絶えた。

 

   *

 

「……」

 

……どこ……だろ……病室……?

 

「体そのものには何もない。一応彼女の部屋の方も確認はしたけど、外から入ってきたのだって君だけだったろう。」

「だったら何でこうなってんだ。」

「……ここの中には、原因になりそうな物はないんだけどね……」

 

……この声って……

 

「ソー……マ……?」

 

少しだけ頭を横に回す。彼はすぐそばにいた。

 

「気付いたか?」

「う……ん。まだぼんやりするけど……」

「そうか……」

 

しゃがんで私と目線を会わせていた彼の肩から大きくついた息と共に力が抜ける。

 

「体はまだ痛むかい?」

 

その向こう側にいた博士からも聞かれる。

 

「……もう痛くはないですけど……あまり動きたくないです……」

 

……熱があるようだ。全身すさまじく重くなったように感じるし、頭もぐわんぐわんして異常なほど気だるい。

 

「無理しなくていい。……無事でよかった……」

「ごめんね……心配かけちゃった……」

「気にするな。……お互い様みたいなもんだろ。」

「ふふふ……そうかも……んっ……」

 

寝ているとどうしても周りが見えないから体を起こす。力の入らない背をソーマに抱えてもらい、結局ベッドに座った彼の体に寄りかかる形になった。……荒く息をつく以外はないのだけれど。

 

「さて、とりあえず続きから話そうか。」

 

私が座るのを確かめてから博士が口を開いた。

 

「さっきソーマに言った通り、神楽君自身とこのアナグラの中には神楽君が倒れるような原因は全くなかった。だからちょっと外の方も確認したんだけどね……」

 

そこまで言うと、博士はポケットから四つ折りになった数枚の紙を取り出してソーマに手渡した。その紙に目を通した彼の表情が変わる。

 

「どういうことだ。」

 

私に紙を渡しつつ厳しい表情で博士を見る。何が何だかわからないままに私も紙を見る。……レポートのようだ。

 

「……エイジス島から……偏食場……?」

「たぶん、君が倒れた理由はそれだ。その偏食場が発生した原因は全く分かっていないんだけどね。」

「それでどうやってこれが倒れた理由になるんだ。」

 

ソーマの問いかけに博士は無言で逆のポケットから紙を取り出す。やはり四つ折りにされたその紙には二つの波形が印刷されていた。……ずいぶん似ているようだが……

 

「上がその偏食場。下は神楽君のコアが持つ偏食場だ。」

「え……?」

「……似てるな……」

 

……そういえば自分の偏食場をこうして見るのは初めてだった。そんなことを考えながら博士の次の言葉を待つ。

 

「これだけ波形の似ているコア同士であれば、非接触時でも感応現象、もしくはそれに類似するものが起こる可能性はある。さらに可能性の話をするなら、片方の偏食場に何らかの異常があった時にもう片方へその影響が出る、なんてこともあるかもしれない。まあこれはあくまで僕の仮説だから何とも言えないけどね。」

 

異常……だめだ。頭がくらくらしちゃって全然考えられないや……

 

「簡単に言えば、ある個体のダメージが偏食場が似ている個体にコピーされてしまうのさ。程度は分からないけど、君の様子を見るにかなりの割合で受けてしまうんだろうね。」

 

あ、それなら分かる。

 

「エイジス島……持ち手に刃でも付いているのかもしれないね。」

 

いつも以上に怪しい微笑を浮かべつつ小さくそう呟いていた。

 

「とりあえずこの件はヨハンに報告しておくよ。神楽君は回復したらすぐ戻っても大丈夫だからね。」

「あ、はい……」

 

それだけ言い残して博士は病室を出ていった。

 

「……」

 

で、その博士が立っていた位置に屈んだソーマがいたりする。

 

「……どうしたの?」

 

特に返事はせず立ち上がった彼の手には何かのディスクが握られていた。それを私に差し出しつつ口を開く。

 

「あの変人が置いてったんだろうさ。」

 

表面に書かれていたのは十八年前の日付がいくつか。十八年前っていうと……

 

「大方マーナガルム関連の記録だろ。……ったく、何がしてえんだあの変人は……」

「そっか。十八年前ってソーマの……」

「ああ。俺が産まれた年だ。」

 

ちょっとだけ笑みを浮かべながら答え、やはりちょっとだけ苦笑する。そんな彼が新鮮でいつの間にか見つめていた。

でまあ話題もなくなって、しばらくお互いの温度を楽しむような格好で座り、その状態で十分も経った頃には私の調子もよくなっていた。

 

「そろそろ部屋に戻るか?」

それが分かってか彼はそう聞いてきた。確かに戻っても大丈夫なんだけど……でもなあ……

 

「ううん。まだちょっとだけ……」

 

なんだか、いつもよりあったかい……この感覚をまだ独り占めしたかった。




そろそろ佳境?…に入りたいけど…


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ディアウス・ピター

帝王です帝王です。でもまだまともに戦わない帝王です。


ディアウス・ピター

 

あのコア回収騒動から二日後の夜更け。ほぼ一日中任務をこなしていた私はアリサと部屋でおしゃべりして楽しみつつ時間を潰していた。

 

「ふう。今日も終わったあー。」

「ちょっと大変でしたよね……」

「そもそも偵察が雑!なんでハガンコンゴウ一体の討伐でコアが四個も回収できるの……」

 

昼間こなした任務は私とアリサの二人でハガンコンゴウ一体の討伐……のはずが、まさかの同種が追加で三体来るっていう……ちなみにソーマ達は第六部隊と合同で地下鉄跡のアラガミ掃討に向かった。三体の大型アラガミが出現したらしい。

 

「いくら群になりやすいからってあれはおかしい!」

「そうですよ!最近の調査隊、いいかげんすぎます!」

 

コーヒーと紅茶をそれぞれ持ちながらここから数分にわたってギャアギャア……うん。とりあえず割愛。

 

「まあ偵察班が一つ減っちゃったのもあるからね。多少は仕方ないと思うけど。」

「市街地防衛に回されてるんでしたっけ。カノンさんは一日にいくつも任務を受けることがなくなったって喜んでました。」

 

ここ最近のアラガミ増加に伴って市街地への被害も多くなってしまっていた。それを緩和するために、元々三つあった偵察班の内一つを完全に市街地防衛用に切り替えたらしい。

 

「でも偵察の精度が落ちちゃったのはやっぱりね……辛いものがどうしても……」

「……今度教官に直訴……できませんね。」

「うん。怖すぎ。」

 

苦笑いするアリサと爆笑寸前の私。端から見たらおもしろい光景だろう。

 

「あ、そういえば今度の休暇に食べる料理ってもう決めてあるんですか?買い出しとかがあれば手伝いますけど。」

「うん。もう決めたよ。買い出しも昨日ソーマと行ってきたから……とりあえず作る方で援護頼んだ。」

 

親指を立てて彼女へ向ける。私自身は特に深い意味を持たずにやったのだが……

 

「あれ?どうかした?」

「いえ……えっとですね……」

 

困ったような表情できょろきょろ止めを泳がせているアリサ。

 

「……もしかして料理が出来ないとか?」

「うう……」

 

……俯いてがっくりと肩を落としているところから察するに図星なのだろう。が、さすがにここで放っておくのは忍びない。

 

「うーん……それじゃあ、今度暇があるときに教えようか?アリサがよければだけど。」

 

この言葉を受けてか何なのか、さらに上半身が前に倒れて突っ伏すような形になる。

 

「……はい……よろしくお願いします……」

 

……なんだかんだ料理が出来ないのが恥ずかしいといったところだろうか?ぶるぶると悔しそうに震える肩が何とも可愛い。

そしてぼそりと呟く。

 

「……こんなんじゃあコウタにお礼できない……」

「……」

 

自分でも分かるほどにぴくりと動いた耳と爛々と輝き出す目。コウタにお礼?コウタにお礼をしたいとな?

 

「へえーえ……コウタにお礼がしたいんだあ。さては復帰直前に付き合ってもらってたお礼かなあ?」

「ふあっ!?」

 

にやけながら彼女をいじり出す私。

 

「いやあ……うん。彼も最近かっこいいからねえ。っていうか見かけによらず気も利くし。うんうん。分かるなあ。実は頼りになるもんなあ。」

「いっ!いやっ!あのっ!いえっ!そのっ!」

「アーリサぁ……言葉になってないよお?」

「うぐ!」

 

耳まで赤くしてどたばたするアリサを見てふと思う。……なるほど。サクヤさんが私をいじっていたのはこの楽しさを知っていたからか。

 

「よろしい。ならとことん、確実に、何が何でも、すばらしい腕前にしてあげよう。……徹底的にね。」

 

ちょっと黒いイタズラ心が首をもたげているけど気にしない。教えるときにサクヤさんとカノンさんも先生にしようとか考えてるなんてそんなことあるけど気にしない。でもってカノンさんをどうやって任務中のテンションに持っていこうかとか考えているはずがあるに決まっているけどやっぱりきにしない。

 

「……徹底的にっていうのにいやな予感しかしませんよ……」

「そーおー?気にしない気にしない。」

 

明らかに何か企んでいる人の声で言っても意味ないけど。

 

「でも、そっか。きっとコウタも喜ぶよ。アリサが料理作ってあげたら。」

「……そうだといいんですけど……どうしても料理が上手くならなくって……」

「はじめはそんなんだって。」

 

……初めてソーマに夕食をごちそうした時を思い出す。いつもは良く出来たくらいにしか思っていなかった自分の料理が、なんだかとってもポカポカするものになっていたっけ。彼がおいしそうに食べてくれるだけで自分まで幸せになれた。

 

「がんばろ?」

「……はい!」

 

一昔前の彼女からは想像もつかないような嬉しそうな表情だった。

 

   *

 

翌朝。結局あの後は何もせずに寝た。さすがに疲れていたし、少しくらいは寝た方が良い。

まあ、それでいつまでも寝てはいられないのでいつもと同じくらいの時間にエントランスに降りる。まだソーマは来てないかなあ……なんて思っていたのだが。

 

「あれ?」

 

エレベーターを降りてすぐのソファーに、珍しくフードをとったソーマが腰掛けていた。でもこっちに気付く気配がない。

 

「ソーマ?どうしたのこんな早くに。」

 

聞かれて初めて私がいるのに気が付いたようだ。

 

「お前か。昨日ちょっとな。」

「ちょっと?」

 

彼の横に座り、少しだけ沈んだ声色に聞き返す。

 

「ああ。後でツバキから話があるはずだ。」

「……それ、一大事って言わない?」

「まだそこまではいかねえさ。こっちの人的被害に関しては軽傷者一名だからな。」

 

と言って右腕の袖をめくる。元々浅黒い肌だから分かりにくいけど、手首の上から肘の近くまで少し火傷しているようだ。まあ、神機使いの治癒力なら全く問題はないくらいのものだとは思うけど。

 

「うわあ……大丈夫?痛くない?」

「ああ。別にこのくらいなら……それ以上にこれの原因の方が問題だ。」

「原因って……」

 

袖をまた下ろしながら少し苦々しげな顔をする。

 

「例の黒いヴァジュラ。これの他にあいつに第六部隊のやつが神機を壊された。」

 

自分の右腕を指さしながらの彼の言葉が終わるか終わらないかで出撃ゲートが開いた。会話が聞こえていたのか、頬の油をいつもより多くして伸びをしながら出てきたリッカさんが口を開く。

 

「壊されたのは銃身パーツの方なんだけどね。本体はだいたい無事だから何とかなったよ。」

 

と言いつつ欠伸をかみ殺している。徹夜だったのだろう。

 

「お疲れさま。でもそんなに大変なことになってたんだ……」

「帰ってきたと思ったら神機は壊れてるし珍しくソーマが怪我してるし第六部隊の人はビビってるし……援護に出たはずのサクヤさんは怖い顔してるしコウタはうるさいし……けっこう大変だったんだよ……」

「……その光景が想像できるのってだめかな?」

「い、いいんじゃないかな?」

 

苦笑いして顔を見合わせる。

 

「とりあえず私は寝てくるよ……さすがに徹夜だから……」

「あ、うん。おやすみ。」

 

ふらふらと後ろ手に手を振りながら保管庫の奥へと歩いていく。いやほんと頭が下がります。

 

「これまでは俺らだけだったからまだ何とかなったけどな。今回は……」

「第六部隊がいたってこと?」

「……ああ。」

 

ため息をつき、背もたれに体を預けながら彼は話を続けた。

 

「あいつらが弱いわけじゃねえ。あのヴァジュラが強すぎるだけだ。……俺達だけなら周りを気にし過ぎずに戦えるが、他の奴らはどうもそうはいかないらしい。周りにいるやつとどう組んで動くかを無理に考え続けながら動いてやがった。」

「しょうがないよ。第六部隊は前まで偵察部隊だったし……」

「それもある。つっても、少なくともあいつらはあれとはまともに戦えないのも事実だ。」

 

苦虫を噛み潰したような、とはこういう顔を言うのだと説明に使えそうな表情だった。

 

「それを判断したからツバキも俺達に話をしようとしてるんだろうさ。」

 

言い終わると大きく欠伸をした。……もしかして……

 

「……ソーマも徹夜?」

「ああ……お前が来る少し前に報告書を出した。」

 

頭を振りながら息をついている。よほど眠いのだろう。

 

「少し寝ちゃったら?部屋に戻るほどの時間はないけど……」

「……そうする……」

 

そのまま頭を垂らすような格好で動かなくなる。……早い……

 

「……私もまだ眠いなあ……」

 

私の方も話し相手がいなくなったからかどっと眠気が押し寄せた。

 

「……ん……」

 

うとうとしながらコテっと倒れたのはソーマの肩の上だった。

 

「……お前……」

「いいの。」

 

……この後、話をしようと降りてきたツバキさんに丸めた資料で軽く頭をはたかれて起こされたのは言うまでもない。

 

   *

 

「……ここまでが現在までに周辺地域で起こっているこのアラガミによる被害や戦闘だ。何か質問は?」

 

ツバキさんの声がエントランス全体に響きわたる。……っていうか戦闘って……ほとんど私とソーマのじゃん。

 

「特に無いか。ならアラガミそのものの説明に移る。あまり情報はないがこれからの参考にしてほしい。」

 

そう言いながら私達に資料を配る。その中には写真もあった。これまで戦うのに精一杯だった上、暗い場所での戦闘がほとんどでろくに観察できていなかったからちょうど良い。

 

「……あれ?」

 

が、その写真を見る内に何かが引っかかった。それに気付いたのとほぼ同時に横でアリサが息を呑む。

 

「……これは……私の両親を殺したアラガミです……」

 

くしゃっという音と共に彼女が持っていた資料が皺だらけになる。……確かにこれはあの時感応現象で見たアラガミと同じだ。

 

「そうだ。公式な記録にはないが、このアラガミは過去にロシアでリンドウが確認している。」

「えっ?」

 

サクヤさんが驚いたような声を出す。……当然だろう。サクヤさんから聞いた話では、もう一枚のディスクはこのアラガミが持っている可能性が高いのだから。

 

「その時に提出された報告書にはある地域が壊滅したとあった。だが確認されたアラガミは0。黒いヴァジュラに関しては情報不足としてカウントされていないということだそうだ。……一地域が、こいつのみによって壊滅させられたのと同義だ。」

 

全員が押し黙る。抑揚が強くない落ち着いた声であるだけに重みがあった。

 

「以後、本アラガミをディアウス・ピターと呼称。第一部隊へ討伐命令を発する。以上、解散!」

 

討伐命令が第一部隊へと限定されている。このアラガミの危険性がさらに認識されたような気分だった。




…サブタイトルが詐欺ですよねえ…すみません。
あ、次話も同じ日の話です。


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各々の思い

空気な人が固体になります。


各々の思い

 

任務を終わらせて帰ってきてからほんの数10分後。

 

「こんにち……わっ!とお……」

「かぐらだー!」

 

こっそり見終わったディスクをこっそり返そうとして研究室に入った私に飛びついてくるアラガミの子。毎日こんな風に歓迎してくれて嬉しい限りだ。

 

「相変わらず子犬みてえに……お前もずいぶん懐かれてるな。」

「えへへ。」

 

お腹に頬をスリスリとして満面の笑みで抱きしめてくるこの子を見て苦笑しつつソーマが言う。久しぶりにソーマも誘ってきた。

 

「あれ?博士は?」

 

この子から目を離して部屋を見回しても博士は見つからない。この時間にここにいないのは珍しいなあ。

 

「はかせはねー……んーと、りっかのとこにいくっていってたー。」

「なるほど。保管庫か。」

「……また何か企んでんじゃねえだろうな……」

 

ソーマが不穏なことを言っているけどとりあえずノータッチの方向で。

立ち話を続ける理由はないのでソファーに座る。ソーマは横の低い衝立にだが。さらに言えば私の上に少女が座ったのだが。

その私の膝に座ってこっちを見る姿を見ながらふと気が付く。

 

「……そういえばさ……」

「あ?」

「この子まだ名前付けてないんだよね。」

「……まあ、そうだな。はっきり言って子犬みてえだって以外の感想はろくに持ったことがないんだが……」

 

確かに子犬みたいではある。とはいえ、コイヌ、なんて名前にするのはいかがなものか。

 

「……子犬系統で何か名前に使えるやつってあったか?」

「よっぽど子犬のイメージが強いんだね……」

「んー?」

 

のほほんとしているこの子は今自分が子犬とされそうなことにはまるで気が付いていないようだ。

 

「外国語で子犬って何だっけ?」

「puppy、hu:ndchen、cagnolino、perrito、chiot……俺が知ってるのはこのくらいだな。ロシア語のが知りてえならアリサに聞いてくれ。」

 

一気に並べられた単語たち……にしてもいろいろあるなあ……えっと?パピー、ヒュントヒェン、カニョリーノ、ペリート、シオ……むう……シオ……ふむふむ……

 

「決定!」

「かぐらー?」

「……主語と目的語を付けろ。」

 

独特な返答を返しているが、まあとりあえず決定だ。

 

「この子の名前はシオに決定で。」

「……理由は?」

「ノリとフィーリング!」

 

明らかに呆れているソーマと頭の上にクエスチョンマークが三つくらい浮かんでいる命名シオ。その様子を見て彼女の顔を覗きこむ。

 

「あなたの名前は、今日からシオだよ?」

 

おそらく私は今、満面の笑みを浮かべているに違いない。あまりにも自分の周りの全てが不安に感じられる今、それを一時でも忘れていられるのだから。

 

「しお?」

 

首を傾げるシオを見ながらどうしてもそんな風に考えていた。

 

「うん!」

 

あきれつつも優しく微笑んでくれるソーマと、きっと満面の笑みから表情を変えていない私と、ぱっと笑顔になったシオ。私達……家族みたいだ。束の間の平穏の中、そう思った。

 

   *

 

夕暮れ時の平原。

 

「……ここには何もいなさそうだな。」

「次のポイントへ行くかい?」

「うーん……もうちょっとここから見ておきませんか?」

「というよりコウタ、まだここに来てから五分も経っていませんよ。」

 

緊急の討伐任務は神楽さんたちが受けていったため、今日は偵察任務に出ている。メンバーは私とコウタ、エリックさんとカノンさんだ。

 

「それもそっか。……よっし、とりあえず二手に分かれて少し範囲を広げよう。俺とアリサはこのまま前。エリックさんとカノンさんは後にってことで。」

「分かりました。」

「ふっ……華麗な僕が華麗に偵察して見せようじゃ……」

 

予想通り意味の分からない返答をしようとしたエリックさんをカノンさんが急かす。

 

「エリックさん、行きますよ?」

「お、おい!僕の言葉を聞こうともせず……」

 

それでもまだ何か言おうとする彼へカノンさんは神機の銃口を向けた。任務中のテンションになっていることは間違いない。

 

「行きますよ?」

「……」

 

うなだれるエリックさんを引っ張る形で歩いていく。……その顔が私を見ながら笑みを浮かべているのはなぜなのだろう……

 

「アリサ、俺達も早く行こうぜ。」

「あ、はい。」

 

いつものように軽く笑いつつコウタが私を呼ぶ。……目が合っただけで赤くなってしまう私の顔。今日が晴れで良かった。夕日に照らされていれば顔が赤いのはバレなくて済むから。

 

「そういえば明後日だよな。みんなで晩飯食おうっていう日。」

「アラガミが襲ってこなければ、ですけど。」

「……問題はそこか。」

 

腕を組んで首を傾けつつ前を歩く彼の背中が揺れる。

 

『ソーマに初めて背負ってもらった時ね、すっごくあったかかったんだ。』

 

私が戦線復帰する前にお見舞いに来てくれた神楽さんが言っていたことが思い出される。

 

『誰かに抱きしめてもらってるみたいだった。今考えると、その時がソーマを好きになった最初の時だったんだろうなって思う。』

 

なんとなく緊張していた私を安心させるためか、簡単に昔話をしていた神楽さん。言いつつ笑っていたっけ。なんだかすごく幸せそうだった。

……コウタの背中も、あったかいのかな……

 

「……い……おーい、アリサー?」

「え?あ……すみません。」

 

気が付くとコウタは私よりずいぶん先を歩いていた。ぼんやり考えながら歩いているうちに離れてしまったようだ。

小走りに彼の近くへ行こうとし……

 

「コウタ!後ろにいます!」

 

彼から離れたところにいるクアトリガに気付いた。まだ向こうはこっちを見つけてはいないようだ。

 

「クアトリガか……ちょっと苦手なんだよなあ。」

 

そんな風に言いながらバレットを氷属性に切り替えている。

 

「そんなこと言っている場合じゃないですよ?」

「だよな。よし、俺が引きつけるから前衛頼んだ。」

「了解です。」

 

二人だけで戦うのは久しぶりだ。それだというのに全く不安がない。

 

「早く終わらせて、早く帰りましょう。」

「おう!」

 

親指を立てた彼の笑顔がとっても眩しかった。

 

   *

 

「サクヤさん……」

「え?」

 

第二部隊との任務から帰投し、保管庫で神機をリッカに渡した直後、彼女は私を呼び止めた。

 

「この神機、フルメンテかける方がいいんじゃないかな。一日で終わるから。」

 

私がオペレーターをしていた頃からの付き合いの彼女は、私に言葉をかけながら神機を細部まで見ていく。特に使い心地が変わったとかはなかったけど……

 

「やっぱりちょっと無理させ過ぎ。銃身パーツとの結合部が弱くなってるし、あまり放っておくとまずいよ。」

「そうなの?」

「少なくともいつも通りに扱える状態じゃないのは確かだと思う。最近厳しい相手に向かい過ぎてない?それもスナイパーには近距離って言えるような位置で。」

 

まあ実際そうであることは否めない。遠距離型なのに前衛に近いポジションにいることは多くなってしまっている。

 

「うーん……じゃあお願いするわ。あ、できたら強化もしておいて。素材は渡すから。」

「分かった。メンテナンスの申請は出しておくから、明日はのんびり休んでなよ。目の下に隈できてるよ?」

「……それは昨日遅かったからだと思うけど……」

 

そんな会話の途中で外へと繋がるゲートが開く。帰ってきたのはアリサ達だった。

 

「もう!変な風に前に出るからです!」

「いや俺が出たんじゃなくって避けた方向にクアトリガが突進していただけで……」

「それ思いっきり前に出てるじゃないですか!」

「えええ……」

 

何があったのかコウタに叱責と思わしき罵倒を投げつけているアリサ。その後ろには笑いたいのをがんばって堪えているようなカノンちゃんとエリックがいる。

 

「何があったんだか。」

「さあ……何にしてもずいぶん微笑ましい光景だね。おーい、どうしたの?」

 

四人の方へ歩いていくリッカ。彼女がすさまじい声を上げたのはその直後だった。

 

「あっ!神機壊れてる!どうやったらこうなるのよ!」

「えーっと……」

 

コウタが気まずそうな顔をしているあたりから察するに、彼の神機が壊れているのだろうが……

 

「どうやったら銃身がポッキリ折れるのか説明してもらおうか。」

「……クアトリガの突進を銃身で受けました……」

「……明日任務後にここに来るように。」

「……はい……」

 

彼女が怒ったときは凄まじい。特に神機保管庫に相手を呼んだときが一番凄いのだとか。

 

「……というよりも……コウタ、これの他のパーツ持っていませんよね?」

 

うなだれるコウタとプルプルと怒りを露わに震えているリッカを余所にアリサが口を開いた。

 

「確か教官からもらったから他のがないんだ、とか言ってましたけど……」

「このパーツは一応直せるけど……そうか。明日任務に出られないのか……」

「はい……」

 

ここに用意されている予備パーツはどれも初期型。とても今の彼が受けている任務で使える代物ではない。

 

「……はあ……」

「アリサ?」

 

いきなり溜息をついてすぐ傍のコンソールを操作し始めるアリサ。そのコンソールの後ろからロックされたパーツの固定器具が現れる。

それを開け、入っていたものを取り出す。出てきたのはアリサの神機に付いているアサルトにそっくりな青い銃身。

 

「サイレントクライ……私がロシアにいたときに使っていたものです。今私が使っている神機と対になるように作られたんですけど、輸送中にいろいろあって使えなくなってしまって……結局こっちに来てからは今のだけ使ってましたから、これが直ってからもずっとロックしていたんです。」

 

懐かしそうにパーツを持っていたアリサはそれをコウタへと差し出す。

 

「復帰前に付き合ってもらっていたお礼です。……大切に使ってくださいよ?」

 

ぽかーんとしているエリックとカノンちゃん。驚きを隠せない私とリッカ。目をパチパチとさせているコウタ。アリサはそれらを無視してコウタの手にパーツを握らせた。

 

「壊したりしたら、ただじゃおきませんから。」

 

……嬉しそうなアリサの顔。それを見て、神機使いになった日を思い出した。

神機使いとしての初陣の日。リンドウとの合同任務だった。

 

『神機使い就任おめでとう。』

『……あまり嬉しいものじゃないと思うんだけど……』

 

呆れる私を余所に彼はずっとニヤニヤしていたっけ。

 

『まあそう言うなって。ほら。就任祝い。』

『ちょっ……大きすぎない?何が入ってるのよ。』

『開ければ分かる。』

 

見るからに何か企んでいそうないたずらっ子の表情で言っていた。

 

『……神機のパーツ?しかも銃身……』

 

白く長いパーツ。綺麗だって一番最初に思った。

 

『お前が適合者だって聞いて急いで作ってもらったんだ。性能は折り紙付きだぞ?』

『相変わらずこういうことだけ上手いんだから……ありがとう。大切にするわ。』

 

満足そうに笑った彼の横顔。今でも鮮明に思い出せる。

 

『おう。さて、それじゃあ初陣と行きますか。新入り。』

『了解です。上官殿。』

『っとお。そう来るか。』

 

記憶を辿れば、彼と一緒にこなした数々の任務まで思い出される。……気が付けば涙が一粒だけ頬を伝っていた。

 

「……思い出しでもした?」

 

横にいたリッカは目敏くそれに気付く。

 

「ええ。……がんばらないとね。」

 

彼女は涙を拭った私の背中を軽く叩いてから四人の神機を受け取りに行った。

 

   *

 

そのころエイジス島では……

 

「ったく……どういうことだ?」

 

二日前から腕輪のレーダーがエイジス島内にアラガミの反応を捉えている。それもずいぶん大きい。

 

「……どう見ても中央部だよな。この間見に行ったときはこんな反応なかったぞ?」

 

この間見に行ったときにあったのは妙にでかい人面のみ。組織はオラクル細胞でできていたようだったが、それには捕食のための動きも、偏食場も、果ては生物ならば当然持っている程度の温度も存在していなかった。

それが二日前、いきなり強力な偏食場を発し、かつ一部を動かすまでにいたって外壁を少しだけ破壊して止まった。同時に島内ではありとあらゆる技術者や神機使いが走り回ったのだ。

 

「……意味が分からん。」

 

まあ、触らぬ神に祟りなしか。




…今更にもほどがありますが…こんなにリンドウさん出していいんでしょうか…?
なににしても本日の投稿はこれで終わりです。では最後に…
ブラスト用バレット紹介コーナー!…え?いらない?まあそう言わずに。

1 M装飾弾丸:直進/短 上90度
 2 M制御:その場で停止/制限時間長 BB充填 1の自然消滅時
  3 M制御:その場で停止/制限時間長 BB充填 2の自然消滅時
   4 M制御:その場で停止/制限時間長 BB充填 3の自然消滅時
    5 M制御:その場で停止/制限時間長 BB充填 4の自然消滅時 下60度
     6 M制御:敵の方を向く/制限時間普通 BB充填 5の自然消滅時 下120度
      7 L弾丸:強ホーミング/全方向 BB抗重力弾
       8 LL爆発:爆発/通常 BB識別効果

…どうぞラーヴァナ辺りので撃ってみてください。


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バイキングデート

きたあああ!
あ、すみません。
やっと面倒な十日間が終わり、本日より大型投稿開始でございます。
その数なんと十四話!
と、いうわけで。第一回目の投稿を始めます。


バイキングデート

 

「あー。第一部隊の隊員は全員研究室に来てほしい。ディアウス・ピターのことで分かったことがあるからね。」

 

エントランスでリッカさんと話していた私の耳に入ってきたのはそんな博士の言葉だった。

ディアウス・ピターについての話をされた日から二日。ちょうど晩御飯を第一部隊のみんなで、という予定が立っている。今日はみんなソロで行ってアラガミを減らしてこようとか言っていたのだが、そこへ博士からの呼び出し……いやな予感が……

 

「あーあ……呼ばれてるね……」

「うん……」

 

リッカさんも苦笑い。その彼女から質問が投げかけられる。

 

「ところでさ。U-RK0707って聞き覚えある?」

「?」

 

いきなり謎の文字列を聞いて困惑する。彼女のことだから変な冗談を言っているってわけじゃないと思うけど……

 

「一昨日サクヤさんの神機をフルメンテかけようって話になったんだけど、サクヤさんの神機って結構使ってるからさ。あまり負担をかけないようなやり方ないかなあって思ってお父さんの日記とか見てた時に見つけたんだ。他にも何かの図面とか他の文字と数字の羅列とかいろいろ。」

 

首を傾げながら聞いてくるリッカさん。……U-RK0707……

 

「うーん……特に聞いた覚えはないと思う。それにしても七夕みたいな数字だね。」

「後ろの五桁はいくつかあったんだ。えっと……」

 

そう言ってポケットから手帳を取り出していく。彼女の手帳だから、きっと気になった部分だけを書き移してきたのだろう。

 

「あ、あった。……えっと、U-KK0707、U-RK0707、S-OK0707、S-HK0707。この四つは特記事項って感じで書かれてた。それとAK-tαからAK-tηまでずらっと。」

 

まあ確かに下五桁は多いみたいだ。

 

「全然わかんない。」

「だよね……いやあそれが書いてあったページに冬香さんの名前があったからさ。」

 

……え……?

 

「……お母さんの?」

 

冬香。私のお母さんの名前だ。人から名前を聞いたのはすごく久しぶりだと気付く。最後に聞いたのは私を引き取ってくれたお父さんの研究者仲間のおじさんからだったろうか。

 

「冬香さんがアナグラに手続きをしに来るからおみやげを用意しないとって。そのページに殴り書きみたいに書いてあったんだ。」

「へえ……」

 

それじゃあ私とも少なからず関係があるのかもしれないなあ。そんなことを考えつつ今さっき博士から呼び出されていたのを思い出す。

 

「あ、ごめんね。博士のとこ行かないと。」

「だね。行ってらっしゃい。」

「うん。それと、出来れば後でその手帳見せてほしいんだけど……」

 

私のお願いにリッカさんは快く答えてくれた。

 

「もちろん。都合が良いときに来てよ。」

「ありがと!」

 

会話を終えてエレベーターへ。今日は無理そうだし、明日の任務終わりにでも行くとしよう。

 

   *

 

私が研究室に着いた頃にはもうソーマ以外のみんなが集まっていた。

 

「ノラミ!」

「……どん引きです。」

「何でだよ!」

 

が、その集まっていたところに入った私がはじめに聞いたのはそんな訳の分からない会話。

 

「かぐらー。おはよー。」

 

何となく欠伸をかみ殺しているかのような声を出すシオ。その後ろには博士が立っていた。

 

「やあ。いきなりで悪いんだけど……」

「はい?」

 

博士は博士でシオを指さして話し始める。

 

「この子に名前を付けてあげてくれないか?」

 

……へ?

 

「やっぱり名前がないと不便だからって、そういうことらしいですよ?」

 

アリサが横から説明を入れる。

 

「ノラミだ!神楽もノラミが良いと思うよな!な!」

 

……コウタは放っておいて……えっと?

 

「……名前って……シオのですか?」

 

一瞬全員が固まる。その硬直が解けたとき、四人の声がハモった。

 

「「「「え?」」」」

「いやだから……」

 

何か私も反応に困る。っていうかもしかして二人で決めちゃったらだめだった?

そんな一抹の不安が芽生えたのとほぼ同時にソーマも入ってきた。

 

「それで今度はどういう面倒事を押しつけるつも……何やってんだ?シオのやつがどうかしたのか?」

「「「「は?」」」」

 

ソーマも面食らっている。珍しいからこのまま鑑賞……じゃなくって!

 

「いやその……一昨日ソーマとここに来て……それでこの子の名前……」

 

と、このベストタイミングで彼女が自己主張する。

 

「シオだよ!」

「……って決めちゃったんだけど……」

「「「「……」」」」

「勝手に決めるなって感じか?」

「……そうだったのかも……」

 

この後、約10分間にわたって私とソーマはいろいろと言われることになる。

 

   *

 

「……さて、本題に移っても良いかい?」

 

博士が口を開いたのはみんなが落ち着いてから。そういえばここに呼ばれたのって一体何の用があったんだろう……

 

「今日、今のところは手が空いている人はいるかい?このメンツだけで任務に行こうとしているっていうのでも構わないんだけど……」

 

どことなく要領を得ない条件だ。つまり何がどうしたのだろう。

 

「もし空いているなら、彼女……シオを食事に連れていってくれないか?」

「……食事?って言うと……」

 

シオの食事ってことはつまり……アラガミのコア?

 

「要はシオを連れて任務に行ってほしいのさ。ルートは僕が確保するからね。」

 

博士からの説明はこうだった。

シオのご飯は元々アラガミのコアだ。ただ、コアよりは好かないけど他のアラガミ素材も新しいものならどんどん食べるらしい。ちなみに喰い溜めが可能だ。

それらを念頭に置いた上での現在の状況だが……第一部隊全員が一日に回収するコアの数≒シオの一日のご飯に使うコアの数、である。いくら何でもこれでは厳しいと前から言っていた。よほどどうしようもないときは博士がコアリポジットからもらってくるわけだが、それも前に一度見つかっているからあまり多用できたものではない。

でもって博士の研究室には外と直通の、人が五人くらい並んでも通れるような幅の輸送路がある。本来の用途は研究資材の搬入だ。エレベーターで運べないものを主に扱うらしい。そこを使えばシオがいることはバレないし、アラガミの反応を隠す技術は私が一番始めに付けられたあの腕輪のを流用すればいい。……完成済みらしい。

 

「……というわけで、シオにアラガミを丸ごと食べさせようと思ったのさ。これまでの状況から考えると、ヴァジュラサイズのアラガミを全て食べ尽くせば三日くらいは持ちそうなんだ。まあ行けるのは一週間に一回……怪しまれると面倒だからね。」

 

説明を終えた博士は私達にどうだい?って感じの目でこっちを見ている。

そういうことなら断る理由はないし、とりあえず博士が変な実験に付き合わせようとしているわけでもなさそうだ。

 

「私はまだ任務の受注もしてないです。みんなは?」

 

まあ受注していないって言うかエントランスに降りたときにリッカさんに捕まったって言うか……

 

「俺は行ける。」

 

ソーマがまず答えた。続いてアリサ、サクヤさんも口を開く。

 

「私も大丈夫です。」

「今起きたばかり。行けるわ。」

 

が、いつもなら最もやかましく騒ぐはずのコウタが返事をしない。

 

「コウタ?」

 

全員いぶかしんでいる中……鼾が聞こえた。

 

「……禁忌種討伐の任務でも受注しよう。できれば複数体の。」

「そうね。」

「賛成です。」

「三体が理想だな。」

 

……当然、振り分けは私とソーマとシオ、アリサとサクヤさん、残りだ。

 

   *

 

一時間後。なにやらシオがワクワクし始めている任務地。

なんと運の良いことでしょう。旧市街地にスサノオとポセイドンとゼウスが一体ずつだなんて。

 

「さて、それじゃあさっき言った通りに別れて索敵。発見次第強襲で。」

 

爽やかに笑って、かつわざとコウタの方を見ずに通達。

 

「……マジで?」

「だーかーらー。言ったじゃん。分け方の理由はちゃんと。」

 

……はっきり言おう。ただのこじつけに近い理由だ。

シオがどこかへ行きそうになっても私とソーマなら位置が分かるし、追いかけることも容易。サクヤさんは援護が一番向いているからアリサを前衛にした形で組めるように。コウタは……ま、大丈夫じゃない?っていう理由だ。

 

「まあとにかく冗談はおいておいて……コウタは目標の位置を常に特定して。一体だけ残してどっか行かれた、なんてことになったら笑われちゃうからね。他の討伐対象と合流しそうだったら攻撃。ある程度そこから引き離した後、グレネードで隠れること。なるべく早くそっちに行くから。」

「……さんきゅう……」

 

それでも俺は一人なのか、なんて表情をしているが……放置の方向で。

 

「よし。索敵開始!」

「おー!」

 

……なんか気が抜けたような気がするけどこれも放置の方向で。

 

   *

 

「ごはんだー!」

「チッ!」

「あっ!」

 

任務開始から五秒のことである。

 

「あとお願いします!」

 

東へと突っ走っていったシオと、それにいち早く気が付いたソーマ。後のことをサクヤさんに任せて私も追う。……方向から言って東端の小部屋だ。

 

「あ、そういうことか。」

 

一番奥で私が追いついたとき、ちょうどスサノオがシオとソーマに気が付いていた。……どうやらシオは、速攻でスサノオの気配を察知したらしい。食欲ってすごいなあ。

 

「とー!」

「へ?」

 

右手から何かが生えた。刀?

その刀のようなものでスサノオの足を狙う。が、そこはどうしても経験が浅いのだろう。上への警戒がおざなりだ。

 

「チッ!」

 

ソーマがシオの上に神機を振るう。金属同士がこすれたような高い音の後、振り降ろされていた尻尾が止まる。同時にシオの右手が足を捉えて右上がりの裂傷を刻み込む。

 

「もう!尻尾は弾くからやって!」

 

……ヤケクソ。神機を銃に切り替え、アサルトの連射力にものを言わせて振り回される刀を撃ち抜き続ける。

 

「イタダキマス!」

 

その痛みからかスサノオがよろめき、その足に白い口のような何かが喰らい付く。シオの右手であると気が付くのにコンマ数秒。そこから右手が神機なんだと気が付くのにさらにコンマ数秒。その白い口はスサノオの左前足を喰いちぎりつつ元の刀のような形へと戻っていく。

その間ソーマは尻尾の根本を切りつけていた。シオが派手な動きをするからか、スサノオは彼女ばかりを狙っているようだ。

そうして攻撃されていた尻尾と刀とが結合崩壊した頃に神機の引き金がカチッという高い音を立てる。

 

「弾切れか。」

 

前衛に飛び込んで、ボロボロになって速度の落ちた尻尾と刀を走って避けつつ足を切り結ぶ。四肢に浅く大量に刻まれた傷から鮮血が飛び散った。ロングはこういうときが便利だっていつも思うなあ。

 

「神楽!来るぞ!」

「!」

 

スサノオの体が不自然にねじれている。回転の予備動作だろう。ソーマが装甲を開いているし間違いない。

それを確認し、シオを抱える。あ、やっぱり軽い。

 

「?」

「跳ぶよ!」

 

ねじれた体の隙間。ぎりぎり通れるくらいに開いた真上へ跳躍する。直後に回転が始まった。着地前に終わるくらいのタイミングとスピードだ。

 

「うわあ!」

「シオ、後は自分でね。」

 

着地したときスサノオの後ろ側に立つような位置へシオを放る。……その顔が笑みを浮かべているのは気にしないことにしてと。

そのシオを放った方向。回転を終えて元の位置へと尻尾を戻していく真上から落ち始める。

 

「そこ!」

 

落下中に神機を垂直に構え、尻尾と刀の結合部を貫く。弱点位置を突き刺されたからか悲鳴を上げるスサノオ。そのちぎれかけの刀の付け根へとインパルスエッジを放つ。貫通系のタイプじゃないけど、これだけぼろぼろなら十分だ。

繋ぎ止めていた尻尾が離れる。インパルスエッジからの反動でほんの一瞬遅れて顔を上げると、狭い通路へ飛び込んだスサノオがこちらへ口のような右手を開いてこちらへ向けているのが見えた。光弾を撃つつもりだろう。……そして、その向こう側のソーマも確認する。

 

「お願い!」

「ああ。」

 

狭い通路を塞ぐ体の中で唯一空いている足の間からこちらへステップで抜ける。顔の真下にいきなり現れたソーマに対応する術は、今のスサノオにはない。

右腕の付け根をソーマの神機が通り抜けていく。少し遅れて右腕が落ち……

 

「ごはーん!」

 

……後ろではさっき切り取った刀をおいしそうに食べるシオがいたり……後で腕も食べるんだろうなあ……

でもってソーマは私の右まで下がってる。……なんだかんだ言ってシオが心配なのかな?

 

「そろそろ片づける。隙を作ってくれ。」

「わかった。何秒後?」

「完了から十秒以内。」

「了解。そっちに吹っ飛ばすからね。」

 

足に力を込めて床を蹴り出す。残った左腕を振り回して接近を防ごうとするのをその腕を切り飛ばして近付く。

 

「よっ……と。」

 

ソーマと同じように足の間を抜けて後ろに回り、片手で神機からの遠心力を受け流していく。……受け流しつつ捕食形態を起動させるわけだけど。

 

「んしょ!」

 

なるべくシオが食べる部分が多くなるように、地面との接触面に近いところを捕喰する。左側の足を両方とも失い、バランスを取れずに倒れる。

銃形態に変えて入手したバレットを確認。爆発系だ。

ソーマは……ちょうどチャージ完了か。

 

「行くよ!」

 

後方上に飛んでスサノオの手前の床へアラガミバレットを放つ。その爆発と爆風とに踏ん張ることの出来ない巨体が吹き飛んで……

 

「フンっ!」

 

ソーマの神機が真っ二つに切り開いたのだった。

 

   *

 

反動でけっこう吹っ飛ばされた私が戻った頃には、ソーマは服に付いたほこりを軽く払っていて、スサノオの死骸の半分がシオの腕の中に消えていた。

 

「……ずいぶんとんでもないやり方だな……」

「あはは……」

 

残った半分の死骸を見つつ苦笑するソーマ。シオはシオでその半分の方へと嬉しそうに歩いていく。

 

「あいつらはどうなってるんだ?」

「通信は入ってないけど……ここじゃあ信号弾も見えないもん。よくわかんないよ。」

 

壁と天井に囲まれている。ここは合流されにくくていいんだけど、信号弾を上げるくらいじゃ見えないのが難点だ。

そんな会話をしているとシオが食事を終えて走ってきた。

 

「おわったー。」

「よっし。シオ、とりあえずみんなと合流……」

「いっくぞー!」

 

……また一人で走りだそうとしたところをソーマに捕まえられるのだった。




シオの出撃に関しては完全に自己解釈です。
はあ…にしてもリッカが言ったあの変な文字列を考えるのには苦労しました…


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パーティー

二話目!あ、ちなみに今日は四話投稿しますので。


パーティー

 

さて。

 

「お疲れ。」

「お疲れ、じゃないよ!」

「コウタ……うるさいです。」

「ちょっ!?」

 

指示通りポセイドンを引きつけていたコウタ。……西の小部屋で逃げ場なし。ゼウスと交戦していたアリサ達と合流してからそっちに行ったら、ほとんど討伐完了っていう状況。強くなってるなあ。

 

「まあまあ。帰ったらみんなでご飯なんだから。」

「……丸く収めようとしてない?」

「何のこと?」

「なんのことー?」

 

シオも真似をする。二重の攻撃でうなだれるコウタはいるけど、そろそろ回収ポイントに向かわないと。

 

「じゃあ帰ろうか。」

「おー。」

 

何にしてもだ。早く帰って晩御飯の準備をしておこう。

 

   *

 

それからしばらくして。

 

「……よくもまあ勝手気ままにやってくれたな。」

「お?えらいか?」

「何がだ!」

 

ヘラヘラ笑いながらばたばたと落ち着かねえ。……ったく……

 

「ふむ。じゃあシオは禁忌種三匹を丸ごと食べたのか。さすがは大喰らいだね。」

「……大喰い云々の話じゃねえだろ。」

 

神楽はサクヤと晩飯の準備、アリサはエントランスまで報告、コウタは神機の確認で保管庫。こいつは俺の担当か。

 

「あまりにも自由すぎだ。」

「まあそこは彼女もアラガミだから仕方がないさ。元が人間だったとは言っても、今は捕喰本能が強いことに変わりはない。」

 

こっちを見ながら首を傾げるシオのその目。初めに見たときよりもずいぶんと人間らしくなったような気もするが、その奥にはしっかりとアラガミの眼差しがある。

 

「……そろそろ聞かせろ。」

 

俺がいきなり質問したのに驚く様子もなく、シオを彼女の部屋に入れてから返してきた。

 

「何を、なんて聞く必要はないね。シオのことだろう?特に僕がなぜその子を保護したかについてかな?」

「察しが良くて助かる。」

 

……まあそれについてはだいたい分かっているんだが。

 

「さてと……君は、特異点については知っているよね?」

「支部長のやろうが探しているやつだろ。それが何の役に立つかは知らねえが。」

 

特務の最終目標にも設定されている特異点の回収。何らかのアラガミのコアである事は間違いないようだが……

 

「簡単に言えば、終末捕喰の鍵さ。」

「……鍵だと?」

 

超大型のアラガミによってこの星そのものが捕喰される。それを終末捕喰と言うらしいが、実際に発生するかどうかは不明。今のところ、考え得る最大のアラガミでもエイジス島は捕喰できないとされ、終末捕喰は起こらない確率が極めて高い、というのが定説だ。

 

「うん。特異点とは終末捕食を引き起こすアラガミ、ノヴァのコア足りうる唯一無二の存在を指す。それがどのようなものかは、ヨハン自身も分かっていないようだけどね。」

 

謎めいた、或いは満足そうな笑み。いつもの如く何を考えているのかわかりゃしねえ。

 

「分かっているのは、その特異点を保有するアラガミが持つ偏食場波形。そして……知能がある、ということだ。」

「……それがシオだ、と?」

 

ついさっきシオを入れた部屋の扉を見る。

 

「その通り。彼女こそが、特異点さ。僕はヨハンに彼女を渡したくないから彼女を保護したんだ。彼女が特異点となったのは、あくまで偶々だろうけどね。」

 

どことなく自慢げな表情だ。……あといくつか聞いておくか。

 

「何であいつはアナグラのレーダーにかからなかった。それだけ分かってんならあいつを見つけるのは容易だったはずだろ。」

 

一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに薄ら笑いに変わる。

 

「……ちょっとばかりレーダーの情報に細工を、ね。」

 

……相変わらずとんでもねえ事をしやがる……

 

「最後に一つ聞かせろ。……支部長の奴はシオを……」

「それ以上は言わないように。君だけじゃない。第一部隊そのものが危険にさらされるからね。」

 

間髪入れずに榊が止める。……この件に関してはこれ以上聞かねえ方が良いか。

 

   *

 

午後六時。

 

「えー、それでは!遅ればせながら神楽の隊長就任パーティーを始めたいと思います!」

「私の?そのためだっけ?」

「ちょっと違ったような気もするけど……良いんじゃないかしら?実際あなたの昇格はまだ祝ってなかったんだから。ね?」

「コウタが音頭をとるのはどうかと思いますけど……」

「ちょっ!?」

 

屋上に置かれたテーブルには料理がたくさん。私とソーマが並んで座り、アリサとサクヤさんが私たちの前、コウタはなぜか上座へ。

 

「うーん……そんな隊長らしいことできてないんだけどなあ……」

 

自分がこれまでやってきたのって新人の時からそんなに変わってないんだけど……

 

「そんなことないですよ。私のことだって助けてくれましたし、いつもすごく頑張ってるじゃないですか。」

「ええ。そんなに気にすることないわ。隊長の仕事は、みんなを生きて帰らせる事よ。」

 

ソーマもコウタも笑って私を見ている。……なんか恥ずかしい。指で掻く自分の頬が熱くなっているのが分かるくらいだ。

 

「ほら、そういう話はおいといてさ。それでは皆様!コップをお持ちください!」

「だからなんでてめえが……」

「あはは!まあまあ、いいじゃんいいじゃん。コウタが司会っていうのも面白いし。」

 

各がコップを持つ。アリサはアイスティー、サクヤさんはウーロン茶、コウタはコーラで、私とソーマはアイスコーヒー。なんと統一性のない……ま、いっか。

 

「かんぱーい!」

「「「乾杯!」」」

「乾杯。」

 

コウタに続いてコップを掲げる。さて、パーティーだパーティーだ。

メインはビーフストロガノフとご飯。そこにいろいろなサイドメニューを作っていった。……食べきれるかな?ちょっと作りすぎちゃった気もするんだよね……

なんてちょっと気にしつつソーマの方を見る。どうやらエビチリを食べているようだ。

 

「うまいな……なんて言うんだ?」

 

自分のお皿を指さして質問。私が見たのに気が付いたのだろう。

 

「エビチリって言うの。サクヤさんと一緒に作ったんだ。おいしいソース教えてもらっちゃった。」

「たまたま考えてみたことがあったのよ。……なんか納得いかなかったことがあったから。」

「なるほどな。」

 

そんな短い会話をしている間も彼は他の料理を少しずつ食べていく。ちなみにコウタは相変わらずうめえうめえとか言いながらがっつき、アリサは……

 

「何でこんな風においしく作れるんだろう……」

 

……触らないでおこう。

 

「……うまいのは良いんだが……」

「え?」

「……こっちが足らねえ。」

 

ソーマが私に見せたのはすでに空になったご飯用のお皿。

 

「あ、おかわりよそってくるね。」

「頼む。」

 

苦笑する彼からお皿を受け取って別のテーブルに置かれた炊飯器へと向かう。今更ながら夜風が気持ちいい。少し雲がある空には、きれいな月も浮かんでいる。

 

「……ふふ。」

 

やっぱり、好きな人においしく食べてもらえるのって嬉しいな。

 

   *

 

その日の夜。片付けも済んでみんな自室へと入った頃。

 

「……ディアウス・ピターによる被害、ですか。」

 

私はツバキさんからエントランスに呼び出されていた。ここにいるのは私とツバキさんの他はヒバリさんのみだ。

 

「第三ハイヴの隔壁、及び内部施設が破壊されてしまったんです。避難は間に合ったので民間人への被害は全くありませんでしたが……」

「さすがに悠長に構えてはいられない、と。」

「そういうことだ。」

 

確かにこれまではこの地域でピターによる被害は報告されてこなかったわけだし、一大事であると言えるだろう。

 

「近日中に第一部隊に目標の討伐に出てもらう。現在目標は第三ハイヴ付近にいるが、やつはある地点に留まることが少ないため、ヘリで広範囲を移動する可能性があると思われる。」

 

厳しい表情。討伐のチャンスを窺っているのもそろそろ限界、と言うことなのだろう。

 

「目標への対処方法等、全てが不明。お前とソーマの戦闘報告以外の情報も無きに等しい。……準備を怠るな。」

「了解。あ、みんなへの通達は私が?」

「あいつらには明日の朝伝える。まだ第三ハイヴからの詳しい情報が届いていないからな。はっきりと状況が分かってからの方が良いだろう。」

 

私の方には先行通達って感じだったんだ。

「分かりました。じゃあ明日の朝集まるようにっていうのだけ伝えておきます。」

「よろしく頼む。」

 

そのままツバキさんはエレベーターに入っていった。……なんか緊張する……

 

「実際行動パターンもないんです。ほんの一時間前に旧市街地にいたと思ったらいつの間にか平原エリアまで移動していたり、廃寺での捕食行動が目撃されたと思ったら今度は地下鉄跡でマグマの上を闊歩しているのが確認されたり……もう予測すら立てられませんよ……」

 

ヒバリさんも困っている。確かにあれとはいろんなところで交戦した。気候も何もお構いなしとでも言いたいかのようだ。

 

「ヘリでも追いつけるかどうか分かんないんだよね……むちゃくちゃ速いし、何より燃料が持つかどうか。」

「そこはこちらでも方法を検討中なんです。今のところ二機体制で動かす予定ではあるんですが、それだと他の地域の防衛が疎かになってしまいますから……」

「行き詰まってるかあ……」

 

これ以上考えても堂々巡りかな……

 

「まあ、とりあえず今日はもう寝るよ。明日忙しくなりそうだしね。」

「そうですね。それでは、お疲れさまでした。」

 

時間を確認。あれ、十一時過ぎてる。

 

「ヒバリさんもお疲れさま。また明日ね。」

 

……戻ってもなかなか眠れなさそうだあ……




そういえば原作では結局就任祝いやってないんですよね…隊長になってもやること変わんないし…
次回は黒トラとの…え、えっと…黒t…


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討伐作戦

前回でなんか捉えにくいとか言っておきながらの今回です。まあ理由はしっかりあるのでご容赦を。


討伐作戦

 

翌朝。

 

「全員いるな。」

 

朝八時、エントランスにいつもより厳しいツバキさんの声が響いた。

 

「昨夜、第三ハイヴがディアウス・ピターによって襲撃された。」

「……黒いヴァジュラに、ですか?」

 

サクヤさんが聞き返す。……全身を少しだけ強ばらせている。

 

「間違いない。常駐していた神機使いにも確認を取ったそうだ。」

 

一旦言葉を切り、ツバキさんが抱えていた資料をめくっていく。報告などが書かれているのだろう。

 

「民間人への被害はなし。神機使いも全く欠けてはいない。だが、隔壁に直径八メートルほどの穴が貫通し、十ある食料庫の内一つが全壊、二つが半壊。居住施設も五棟が破壊された。決して軽いとは言えないレベルの被害だ。」

「その後目標は?」

 

今度はアリサが口を開いた。彼女にとっても因縁のある相手だからどうしても逸ってしまうのだろう。

 

「今は第三ハイヴ北西10キロ地点にいる。周囲を警戒している様子があるため、再度襲撃しようと試みている可能性も捨てられない。」

 

……でもまあ好都合かな。動いてないなら対処しやすい。

 

「これまでの行動からして、今をおいて討伐のチャンスはない。五分で準備を整えろ。今日の任務は奴の討伐だ。拒否権はない。」

 

今日までに聞いた中でもっとも厳しい言い方だった。

 

   *

 

「……そんなわけで、とりあえずコアは破壊しないこと。原形はなるべく留めたまま倒すこと。無理ならしょうがないんだけど、ひとまずそういう方向でお願いね。」

 

移動中のヘリの中、まだリンドウさんからのメッセージを知らないソーマとコウタに注意を促していた。

 

「へー……リンドウさんも面倒なこと出来るんだな。」

「バカがバカなりに足りねえ頭でも使ったか。」

「……二人とも……」

 

溜め息をつく私。正面ではアリサとサクヤさんが笑いを堪えている。

 

「まあ、あと20分くらいで目標付近だからね……作戦は頭に入ってる?」

 

出撃前にみんなに簡単なレポートを渡しておいた。昨日の夜、あのアラガミと戦うならどうするかを自分なりに纏めておいたものだ。

 

「コウタでも分かるように作ったつもりだったんだけど……大丈夫だった?」

「扱いひどくない!?」

「妥当ですよ。」

 

……問題なさそうだ。そう判断する。

 

「……ふあ……」

 

にしても眠いなあ……そういえば昨日作戦考えてたからあまり寝られてなかったんだっけ……

 

「少し寝てろ。……昨日ほとんど寝てねえんだろ。」

 

肩が抱かれ、ソーマに引き寄せられる。ちょうど頭が彼の方に乗るような位置だ。その格好になるだけで一気に眠くなっていく。

 

「そうね。ちょっと隈も出来てるし。」

 

サクヤさんにも言われる。……じゃあお言葉に甘えて……

 

   *

 

「……いたな。神楽、そろそろだ。」

「……ん……ふああ……」

 

ソーマに起こされる。

第三ハイヴから約7キロの地点。ヘリから確認できている第三ハイヴ方面へと動く影は紛れもなく黒いヴァジュラだ。

 

「目標直上まで約五分。機体が発見されるのを防ぐため、二分後には降下してください。」

 

パイロットから声がかかる。同時に神機を手に取って立ち上がる。

 

「んー……よっし。みんな、落ち着いてね。」

 

体を伸ばしつつ声をかける。少し寝られたからずいぶんすっきりした。……あとは頑張るだけだ。

 

「……5、4、3、2、1、0!」

「降下開始!五秒後、バレット一斉射!」

 

……この奇襲がどこまで通用するだろう。そんな一抹の不安は捨て、対アラガミ装甲製の床を蹴る。

 

「2!1!発射!」

 

タイミングはピッタリ。まだ向こうにも気付かれていない。その状況の中、四本の銃身からバレットが放たれる。どれも一発の威力が高いタイプ……せめて一個だけでも当たれば……そんなほとんど懇願しているような攻撃。だから、次の瞬間に訳が分からなくなる。

 

「成功!」

「よっしゃあ!命中!」

「まだ気は抜けないわよ!」

 

三人が喜ぶ側で私とソーマはどうしてもいぶかしむのをやめられなかった。

 

「……え?」

「たまたま……か?」

 

全弾命中などあるはずもない。そう考えていたからこその第一波攻撃が四人での一斉射だった。それが初っぱなから当たるって……どういうこと?

 

「チッ……切り替えろ!次は!」

 

ソーマの声で我に返る。任務中にいつまでも考え込んではいられないか。

 

「アリサ!ブレードに変えて!近接でマントから!」

「了解!」

 

私も銃から刀へと神機を変形させる。……気付かれてから最初の攻撃……

 

「二人は引きつけ続けて!」

「おう!」

「分かったわ!」

 

Oアンプルの容器が降ってくる。それに続いていくつもの銃弾が降り注ぎ……当たった。耳元を過ぎる風の音に混じってどこか悲痛な叫びすら響く。

 

「……まさか……」

 

……考えるのは後だ。神機を垂直に構える準備をしつつ二人へ合図する。

 

「後十秒!8!7!6!」

 

残りは各自で数える。さすがに全部数えていられる状況ではない。

 

「っ!」

 

高高度からの勢いを乗せた捕喰攻撃が三つ、銃撃から逃れようとするピターのマントを抉り取る。自分への反動を受け流しつつ神機を引き抜き、それによって出来た裂傷へとさらに銃弾が降り注ぐ。

 

「離れて!ソーマはグレネードを!」

「ああ!」

「はい!」

 

私が神機を変形させ終わると同時にグレネードが破裂。アリサは距離をとり、私は閃光の中僅かに見える影へとアラガミバレットを一発ずつ受け渡す。もう一つはアリサへだ。

 

「うっし!着地!」

「離れるわよ!」

 

光も音も消え、混乱しているピターの向こう側に二人が確認できた。上手くいったようだ。

 

「全員攻撃開始!」

 

グレネードの効果中全く動かないのに関しては地下鉄跡で戦ったときと同じだ。スタンの効果が高いのは間違いないらしい。

前足に狙いをつけ、神機を横薙に振るう。

 

「……か……ったい……」

 

籠手のように足を守る部位に当たり、ろくに傷付けられずに弾かれた。……切断だけじゃだめか。

 

「フン!」

 

私の横ではソーマが頭を叩き潰している。ダウンしていても呻いているあたり、相当効果のある部位のようだ。

 

「アリサとコウタは破砕系で前足!サクヤさんは貫通系でマント!」

 

それぞれに指示を出して胴体を喰らう。こっちは何にも守られていない分柔らかい。

 

「っ!」

 

近接で切り始めてから十秒弱。ピターが起き、同時に活性化。

私とソーマはピターが威嚇している間に離れ、挑発ホルモンを使用する。アラガミの注意を引くためのアイテムだ。私達がまず囮になっていく方が良いだろう。

 

「どうする?」

「右に頼む。」

「りょーかい。」

 

明らかにこちらを見ているのを確認してからそれぞれ別の方向に動く。ピターが初めに狙いを付けたのはソーマの方だった。地面が抉れるほどの勢いで蹴りだし、彼に突進していく。

 

「チッ……」

 

装甲を開いて受け止めた。神機のど真ん中で受けているため、ガリガリと音を立てながら両方とも止まる。

その止まった隙に三人の銃弾が浴びせられる。ソーマは向こう側だからアリサとコウタの弾丸が誤射される心配はないし、サクヤさんもマントを狙っているからそっちに弾丸が飛ぶこともない。

銃撃で呻いているピターの前足をソーマの神機が捕喰。三分の一ほど喰いちぎられ、再度倒れ伏す。

 

「アリサ!お願い!」

「はい!」

 

アラガミバレットを受け渡される。彼女の足下にはすでにOアンプルの空容器が四つ……そろそろこの攻撃も限界だろう。いい加減止めをさす方が良い。

 

「止め行くよ!」

 

銃弾の下を走り抜けながら胴体を横に切り裂き、その傷口を横切るようにに神機を逆一文字に振り上げる。……アラガミに十字の傷はちょっと違う気もするがまあいい。

ぼろぼろになりながらもまた立ち上がる。その回復力には感服するけど、そろそろ面倒だ。

 

「ソーマ!行ける!?」

「いつでもこい!」

 

後ろ足の間から前足の間まで神機を上に構えて走り、まっすぐ傷を作る。鮮血が降り注いで気味悪いけど仕方ない。

 

「んっ!」

 

頭の下に来たのと同時に神機をさらに上に突き上げつつ前に振り下ろす。地面に突き刺さった刃を支点にふわっと体が浮き上がり、逆さまのままソーマと目が合う。

 

「あと頼んだよ?」

「その格好で言うか?」

「そこは追求しない方向で。」

 

吹っ飛んでいる私の横をソーマの神機が通り抜け、ついさっき私が作った切り口にぴったりと当たる。

 

「……終わりだ。」

 

その刃が地面につくと、ピターの体は左右に開けながら倒れた。

 

   *

 

「……あれ?ここにもない?」

「リンドウがいくらバカでも……捕喰されるような形で渡しはしないはずなんだけどね……」

 

数分後、倒れ伏したピターを前に私達は困惑していた。……捕喰しようが何をしようがディスクらしき物がないのである。ちなみにソーマとコウタは周辺の索敵中。ヘリが来られるかを見てきている。

 

「そろそろ霧散するはずですから……それで出てくるといいんですけど……」

 

アリサも渋い顔だ。

……本当にこいつなのかな……そんな考えが頭をよぎる。こいつは明らかに弱かった。ヴァジュラに毛が生えたような程度でしかない。これまで戦ってきたあのアラガミはもっと強かったし、完全にこっちの動きを読んでいた。

 

「おーっす。終わったぜー。」

 

そこに二人が帰ってきた。様子を見るに特に何もなかったのだろう。

 

「お疲れさま。回収呼んでも大丈夫?」

「とりあえずこの辺はクリア。大丈夫っしょ。」

「そっか。それじゃあ……」

 

答えながら無線を取り出す。

 

「んーと。……あれ?」

 

……繋がらない?

 

「どうかしたのか?」

「アナグラに繋がらないんだけど……壊れたかな?」

 

ソーマも無線を取り出してアナグラに繋ごうとする。

 

「……」

「繋がらない?」

「ああ。理由は分かんねえが。」

 

まあ第三ハイヴも近いし大丈夫だとは思うけど……下手したらアラガミの影響だし、ちょっと広範囲を索敵する方が良いかなあ。

 

「それじゃあ、今度は全員で索敵しよっか。とりあえず……?」

 

突然暗くなる空。上を見れば分厚い黒雲が目に入る。

 

「夕立でも来るかな?」

「そうね……なるべく早く帰りたいけど……」

 

うーん……これはさっさと帰らないと面倒になりそう。

 

「えっと。二人はさっき回ったところをもう一回。サクヤさんとアリサは第三ハイヴ方面を索敵。」

 

私はヘリの着陸地点を見てこないと。そこが一番問題なんだから。

 

「それじゃあ、索敵か……」

 

みんなに号令をかけようと顔を上げる。ちょうどその方向にアラガミがいた。シルエットでしか見えていないが、どうやら新種のようだ。

 

「何かあったの?」

「神楽さん?」

「おーい、どしたの?」

 

三人が聞いてくるけどそっちに注意を払えない。……体が震えている。神機使いになって、アラガミを前にして初めて怖いと感じている。

 

「神楽?……っ!お前等!後ろだ!」

 

彼の叫びで我に返る。

 

「戦闘態勢!新種みたいだから、気を抜かないで!」

 

……言い終わったのかどうか……それすら分からないほどの速さで距離を詰められていた。

 

「……えっ……?」

 

近くで見てはっきりと分かった、五メートルを遙かに超えているであろうそのアラガミの姿。

金色の、虎のように鋭くしなやかに伸びた四肢と細く長めの首、そして綺麗に括れた胴体と二股に分かれた長い尻尾。

首の付け根からは漆黒のマントがたなびく。後ろ足の付け根から尻尾側へと放射状に生えた平たい金属のような白銀の鎧と、前足の付け根から頭の方向へ向かって延びるやはり金属のような刃。虎としての比率からは明らかに長い耳の上側にも同様の物がある。

耳の他は虎と同じような形状の頭の上顎からは頭の長さと同じほどの牙が一対。

四肢の下半分くらいも明るい銅色の装甲がついている。外側に向かってそれぞれに一つずつ排熱口のような部位が飛び出ているようにも見えた。

……それだけなら、ただの新種で済んだ。

気配が、あの黒いヴァジュラと同じだった。

 

「いつっ……」

 

その前足についた刃が心臓に突き刺さる寸前に装甲で防ぐ。……もう一本は私の左上腕を浅く抉っていき、盾での衝撃吸収がしきれずに十メートル近く吹き飛ばされる。

 

「神楽!」

「大丈夫!全然深くないから!」

 

……正直、けっこう痛いけど……まだ動けるのにそんなことを言っていられない。

 

「きゃあっ!」

 

鈍い轟音と共にアリサの悲鳴が響き、彼女の体が吹き飛ぶ。彼女がいたはずの位置に焦げ跡……雷球で吹き飛ばされたようだ。

 

「アリサ!うわっ!」

 

アリサを気にしたコウタの目の前を尻尾が掠める。……さっきのピターと比べて明らかに早い。

 

「サクヤさん!アリサの回復を!」

「分かったわ!」

 

指示を出し、前衛に向かう。連続で飛ばされる雷球を避けつつだから思うように進めない。しかも左腕がしっかりと動かせないから神機が重い。……最悪だ。

それでも何とか距離を詰め終え、攻撃に入ろうとしたときだった。

四肢についていた排熱口みたいな部分から胴体と同じくらいの長さの翼が生えた。よく見れば雷で形成されているそれが出現した瞬間、同じく雷による半径二十メートル近い範囲攻撃が発生する。と同時に……

 

「飛んだ!?」

「来るぞ!気をつけろ!」

 

周りの木々よりも高いところまで一気に跳び上がった。その位置で吠えたのに呼応するかのようにそこら中に稲妻が走り、空が稲光による青に染まる。

 

「何を……」

 

降りてくる気配もなくただ黒雲からあのアラガミのマントへと雷が降り注いでいる。あれだけの行動をしている辺り、この状況はあのアラガミによる物だろうが……

 

「……電気を集めてるの……?」

 

サクヤさんが震え声で呟く。

マントに雷を受け、大きく開いた口に雷球を作ってゆく。それはすでにアラガミを覆い尽くせるほどに膨張していた。首をゆっくりと回すアラガミ。遠目に僅かに見えるそれはほくそ笑んでいるかのよう。

 

「あ……」

 

撃ち出された雷球。近付いて来るそれに、体が勝手に反応した。

次の瞬間には閃光の中にいた。




…ごめん黒にゃん…
と、とりあえず次の話が本日ラストです。


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不穏の刻

大型投稿一日目最後の投稿。
ひとまず戦闘から離れ、アナグラの中での話に戻ります。


不穏の刻

 

……どこだろうここ……真っ暗だ。

 

「……要は完全に理論値か。」

「そりゃあ現物がないわけだしな。対人適合可能なやつは、これまでの試作品と合わせて考えるとこうなりそうってこと。まあそっちはいいんだ。用があるのはさっき見せたやつでさ。」

 

聞き覚えのある声。楠さんとお父さんだ。……ん?じゃあこれは夢だったりするの?

 

「……あれをどうしろと。人との適合がないタイプなんだろ?」

「どうしろって言うんじゃなくって、どうしてみたいって聞きたいんだ。極東最高の整備士さんに。」

「言い過ぎだっての。」

 

声だけでも照れているのが分かる。

 

「そうだなあ……あれだけ良い数値が出てるなら、今までになかった神機を作ってみたい、ってのはあるねえ。」

 

興味津々、と言ったところだろうか。声が弾んでいる。神機の整備士としてはどうしても楽しくなるんだ、といった感じだ。

 

「……やってみるか?」

 

お父さんの悪巧みをしているときの声。いたずらっ子みたいだっていつも考えていた。

 

「……マジで?」

「さっきのタイプの完成品とデータをくれてやろうではないか。」

「ありがとうございます!」

 

……だめだこの二人。

 

「んで?今日は泊まってくのか?」

「いやいや……そんな良い物を貰えるんだったら速攻で帰って……」

「だと思ったよ。ま、リッカちゃんによろしくな。」

 

しかし相変わらず仲良いなあ。ちょっと笑っちゃうほどに。

 

   *

 

「……?」

「起きたか?」

 

声がする。寝起きでぼんやりする頭を回すと、何カ所かに包帯を巻いて立つソーマを見つけた。

 

「ん?あ、ソーマ。おはよ……?」

 

病室か。……って、病室!?

 

「あのアラガミは!?……っう……」

 

飛び起きかけた瞬間、ベッドからほとんど浮いていない時点でとてつもない目眩に襲われる。

 

「起き上がるな。今の今まで気絶してたんだぞ。」

「う……ん……」

 

ぐわんぐわんと揺さぶられているかのような気持ち悪さ。彼は私を寝かせてから口を開いた。

 

「あのアラガミだったら俺らを喰わずに行きやがった。捕喰対象から外れてんだろ。」

 

何とも言えない表情で語る。実際、人を捕食対象にしないアラガミは珍しいのだ。

 

「お前があの雷球を止めたのはいいが、さすがに防ぎきれなかったからな……全員で麻痺してる間に、ピターの死体を喰いつくして逃げた。」

「喰った?」

「ああ。きれいさっぱりな。」

 

意外だ。明らかに同種だと思ったのに……

アラガミの偏食傾向は、いかなる場合でも同種の捕食を避けるように働く性質がある。それゆえに同種に近いピターをあのアラガミが補食するのはそうそうあり得る話ではないのだ。

 

「……まあ、とりあえずはいいや。みんなは?」

「サクヤは部屋だ。あとの二人は研究室にいる。」

 

コウタとアリサが研究室に、っていうのはいいとして。サクヤさんは部屋かあ……大丈夫かな?

 

「お前はもう少し寝てろ。怪我は浅いっつっても無理しすぎだ。」

 

ちょっと厳しい口調。心配をかけてしまったんだろう。

 

「う……ごめんなさい……」

 

彼から目を離した私。その頭に向かって彼の手が動き、少しびくっとした私を優しく撫でる。顔を上げれば微笑んでいる彼と目が合った。

 

「何かあれば起こしてやるから。」

 

まったく。こういう時に急にかっこよくなるんだもんなあ……

 

「うん。ありがと。」

 

今の状況では不謹慎かもしれないけど、幸せだなあ、って思うよ。

 

   *

 

目の前でシオちゃんが遊んでいる。こうして見ていると、本当に人間の子供に思えるからすごい。

 

「ふうむ。じゃあ、そのアラガミは雷を自分で集めて使ってきたのかい?」

「集めて、なのかは分かりませんけど……最低でも何らかの用途に使っていたことは確かです。」

「やばかったよなあ。いきなり跳んだと思ったらさ、そこからあのとんでもない攻撃してきたしさあ……つーか速かった。ガチで。」

 

未だ興奮冷めやらぬ、といった様子のコウタ。呆れることは呆れるけど確かに彼の言うとおりだ。

 

「中遠距離で撃ってたんですけど……目で追うのが精一杯でした。」

「アリサのとこまで一足だったもんな。十メートルは軽く離れてたのに。」

 

……それだけじゃない。最初、あのアラガミは前足の付け根にあった刃で攻撃してきたのだ。その攻撃を避けた方向から足が吹き飛んできた。……動きを完全に読まれていた、ということなんだろう。

 

「僕はそのアラガミの強さよりも、君達を捕喰しなかったことの方が興味があるね。」

 

博士が言ったのはそんな言葉。

 

「基本的にアラガミは人を補食対象として捉えている。そうでないのはシオだけだと思っていたんだけどね……」

「んー?なんだー?」

 

シオちゃんはいつもの調子でごろごろと転がっている。その頭を撫でつつ博士にさらに聞いていった。

 

「まさかあのアラガミが人からなったものだって言うんですか?」

「そうは言わないさ。ただ、いったい人以外の何に偏食傾向が向いているのか気になるんだ。……同種すら捕食するという点でも特殊だからね。」

 

いつものように怪しげな笑みで語る。確かにあれは驚いた……それにしてもこの博士は相変わらず変なところを気にする。

 

「これは僕の興味だし、探ってくれとは言わないけど……もし分かったら教えてほしい。」

 

ぼーっと聞いていたコウタが口を開き答える。

 

「はあ……でもそういうのは神楽に言う方が……」

「……まさか今リーダーに余計なこと考えさせようって言うんですか?怪我してるんですよ?」

「あ、そっか。」

「……どん引きです……」

 

ほんとにどうしようもない……コウタがまともになる日って来るんだろうか……

 

   *

 

切れ目への報告が済んだんだろう。神楽が寝付いてからしばらく経った頃、アリサとコウタが病室に来た。

 

「おーっす……って、神楽寝てんのか。」

「当たり前です。っていうかもう少し静かにしようとか考えないんですか?」

 

小声で喚きながらバカの口を押さえるアリサ。……はっきり言わせてもらえれば……てめえら帰れ、に集約できる。

 

「リーダー、大丈夫ですか?」

「怪我は浅い。疲れただけだろ。」

 

口を押さえられてじたばたしている方は放っておくことにする。

 

「それで?榊の野郎がなんか言ってたのか?」

「特に何も。分かったことがあれば是非教えてほしいとは言っていましたが。偏食傾向に興味があるみたいですけど、探ってみてくれとも言われませんでしたし。」

 

そう聞いてほっとする。何かやってくれとか言われていたとしたら神楽は休みなどしなくなるだろう。

……頑張り過ぎなんだ。こいつは。

 

「とりあえず私たちは部屋に戻りますね。あ、何か飲み物とか買ってきますか?」

「もう買ってある。お前らもさっさと休め。」

 

コウタがアリサの手を外した。

 

「同じことお前にも言っとグフア!」

 

……アリサ、鳩尾はやめておけ。神機使いがやるとしゃれにならねえぞ。

 

「それじゃあ、失礼しました。」

「ああ。悪かったな。」

 

悶絶しているコウタを引きずって出ていく。……気を使わせたか。

 

「……」

 

あのアラガミの話題になったからか、ふと思い出す。

以前戦った黒いヴァジュラと新型のあのアラガミ……思い返せる範囲内であれば気配が完全に同じだった。おそらくは神楽も気付いているだろう。

 

「今はいいか。」

 

神楽の頭を撫でる。いい夢でも見ているのか、少し笑って気持ちよさそうに寝息を立てている彼女。

 

「ったく……無理はさせられねえな。」

 

彼女の怪我……まだ伝えていない大事。……起きたら伝えるか。今は寝させる方がいい。

 

   *

 

「面倒な事するわねえ……」

 

手に持った写真へ愚痴る。写っているのは私とリンドウとツバキさん。

 

「慣れないことするものじゃないって知ってるくせに。」

 

私の初任務。それは、彼が隊長になって間もない頃、初めて迎えた新人の付き添い任務だった。慣れない指導を、勝手の分からない遠距離型にしようとして。ツバキさんに先に聞いておいたことと真逆のことを言って慌てて訂正して……

でも、私をずっと助けてくれた。

 

「帰ってきたら……思いっきり愚痴ってやるから覚悟しなさいよ?」

 

写真を置く。そろそろ夕飯の準備をしないと。そう思って冷蔵庫を見る。

 

「……あ……ビールが期限切れちゃうわね。」

 

リンドウがいないとこうも減りが遅いものなのか。驚き以上に彼の飲みっぷりに感服する。

 

「たまには飲もうかしら?」

 

久しぶりにツバキさんを誘って、リンドウの愚痴でも言い合うとしよう。

 

   *

 

「へっくし!」

 

……サクヤのやつ……俺の噂でも言ってんのか?それともただの風邪か?……いや……まさか姉上が……

 

「ぶえっくし!」

 

……確定だ。二人で噂してやがる。

エイジスの外壁にへばりついて外を見ていると、意外といろいろと起こるもんだと気がつく。

 

「あーあー……そこでそっちに避けるなって。」

 

今なんかはエイジス施設外で第三部隊がコンゴウと戦闘中だ。二体同時だから少し厄介なようだが。

でもって何でこんなとこにいるかと言ったらだ……

 

「この部分か。っあー……こりゃあ完全にあのデカブツの部位だな。」

 

エイジスの外壁で爆発があったから調べとけ、なんていう指令が届いたからだ。

腕輪信号のジャミング装置をもらい、エイジスに潜入しろと言われ……しかもここでも指令が来るんかい……面倒なおっさん達だなまったく。

それにしても……そろそろ増援をよこしてほしいねえ。まともに潜入してきてくれる増援を。本部っから来る奴らは支部長が押さえるし、隠れて来ようって奴らも結局ここまで辿り着けずに見つかった。第一部隊にあのプログラムを渡してあるっつっても、あいつらもどこまでやるか分かんねえからな。最悪支部長へ受け渡されて俺も見つかってThe endか。

 

「……報告……するほど情報ねえんだよなあ……」

 

支部長に見つからないために報告は最小限にすることにしている。この程度のことが分かったくらいで報告を飛ばしていたら、即刻見つかるだろう。エイジスの回線をジャックしてっから、以上に増加させたりしたら一発で怪しまれる。

 

「さて……戻るか。」

 

また明日、明るい時間帯に来てみっか。もうちょい何か分かるかもしれない……ま、あんま期待してもどうしようもないけどなあ……

 

「ぶわっくしょい!」




ふー…一種の充足感&疲労。
いやほんとに…この十日間夜の睡眠時間を返上して編集してたもので…やっとそれが実る日が!っていう感じですね。
まあそんなこんなで、本日の投稿は終了です。
で、ですね…
話の都合上明日の投稿数がとんでもないことに(七話)なります。
そして大型投稿での投稿話数を間違えてました。十四話です。十四話。いやあ…我ながら無理するなあ。
それでは、また明日お会いしましょう。


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“アラガミ”

大型投稿二日目!…七話投稿はやりすぎな気がしますがお気になさらずに。
片手でキーボードな電車生活もやっと収束したわけですから、ゆるーくやっていきたいですね。
…大型投稿やってるやつの台詞じゃねえよ?
…お、お気になさらずに…


“アラガミ”

 

「状況の説明を求めます。」

「原因不明だ。」

「状況の、説明を求めます。」

「見ての通りだ。」

「……だけ?」

「あの変態が推論しか立ててねえ。」

 

彼の言葉を聞いて、乗り出していた体を戻す。

新種のあのアラガミとの戦闘から二日。私も回復したから、あれによる被害は片付いた……はずだがしかし。

 

「何なのこれ……」

「全く分からねえ。」

 

包帯を取った左上腕。つまるところは、前回の戦闘で私が一番深手を負ったところ。そこだけに謎の羽がびっしり。10センチ弱で真っ白な何の変哲もない羽が、私の左腕から……生えている。

 

「榊が言ってたことだけどな……」

「うんうん。」

「お前の体が限界近くまで消耗したことでお前のコアが反応し、負傷部位の修復に動いた結果だろう、だとさ。これまでそれがなかったのは、そもそもでコアが休眠状態にあったからかもしれねえらしい。まあたしかに、リンドウの時やらこの間倒れた時やら……なんだかんだでコアが活動し始める要素はあったな。」

 

……はあ……

 

「結局のところ正確には何も分からない、と。」

「ああ。」

 

っていうかこのままだといろいろ面倒……

 

「一過性の物だってのは分かってるから安心しろ。結合が弱い。」

「あ、じゃあ大丈夫だね。」

 

よかったあ……今ですらアラガミ隊長っていう変な二つ名が付きそうだったんだもん。これで本当にアラガミの部位が生えちゃったら……よし。考えないようにしよう。

 

「神機の補修も済んでるはずだ。行きたければ任務に出てもいいはずだが……どうする?」

「じゃあ軽めの行こう?」

 

本当に軽めだった試しがない、とヒバリさんに言われてしまっているのだが。

 

「残念ながら……榊から呼ばれてんだ。」

「え……」

 

……ごめんなさいヒバリさん。また無理しそうです。

 

   *

 

エントランスに電子音が響いた。カウンターの上、備え付けのコンソールへの無線受信音だ。

 

「アナグラです……あ、タツミ。終わったの?」

 

無線の向こう側から聞こえたのは彼の声。こうして、任務地から無線が入ったときに聞く彼の声は何だかいつもと違っていて……何だかかっこいい。

 

「あー……まあ俺の方の任務は終わったんだけどな。とりあえず先に報告だ。」

「報告?」

 

報告はレポートで、と相場が決まっているけど……

 

「例の新型がいる。ほら……第一部隊が戦ったやつ。」

「え?またあのアラガミが?」

 

上にいたサクヤさんが降りてくる足音を聞きつつ、急いで彼がいるはずの廃寺付近をサーチする。……反応は第二部隊の三人のみ。

 

「今一番上の寺の屋根から確認してるんだ。目測で廃寺南一キロくらいだと思う。」

「ちょっと待って。……うん。反応確認。」

 

距離は830。気付かれることはないだろうけど、このまま回収を出すわけにはいかない距離。

 

「ちょっとまずいわね……タツミ、絶対に見つかったらだめよ。あいつとむやみに戦ったら死にかねないわ。ヒバリちゃん、ナビゲートしてあげて。」

「分かってるさ。ヒバリ、頼むぞ。」

「もちろん。任せて。」

 

第一部隊が初接触してからというもの、だいたい三時間に一回のペースでアナグラ周辺であのアラガミが観測される。幸いにもコア反応が強いため、ここから接触せずに済むルートを指示できるのだが……

 

「そろそろ根本的な解決が必要だな。」

「え?あ、教官。」

 

いつの間にかカウンターの前に立っていたツバキさん。コンソールの画面を見続けていたせいで気が付かなかった。

 

「やつの呼称などが本部で決定した。対応策などはここに一任されているが……まだ考えられるような状況ではないだろう。」

「そうですね……まだ第一部隊の初交戦例しかありませんし……あ、タツミ。一時の方向に進んで。」

 

なんとなくアナグラを中心とした円を描くように行動することだけは分かっている。極東支部を狙っているのかは分からないけど……

 

「神楽達はどうした?」

「神楽ちゃんとソーマは博士からの任務で空母。コウタとアリサちゃんは偵察任務に出ています。戻ってくるにはまだ少しかかると思いますけど……」

「そうか。……神楽が戻ってきたら、暇なときにお前と私の部屋に来るよう伝えてくれ。」

 

ツバキさんが言った意外な言葉。自室に来るように、なんて初めてかもしれない。

 

「……あの愚弟のこともあるからな。あいつ個人に言う方が良いだろう。」

「リンドウの……ですか。」

 

サクヤさんがピクッと一瞬だけ体を震わせる。リンドウさんの話題になると最近はいつもこんな感じだ。

 

「未だに行方も分からないが……いくつか伝えるべき事があるだろうからな。」

「……何か、知っているんですか?」

「ここでは言えん。……知っているとは言っても、ほんの少ししかないのだが。」

 

複雑な表情を浮かべるサクヤさん。そうこう話している内にタツミ達が安全圏に出る。

 

「タツミ、もうアナグラに直進しても大丈夫。少し進んだところに回収ポイントを設定するから。気を付けてね。」

 

……本当に。せめて帰投時の対策だけでも、いい加減何とかしないと。

 

   *

 

「やっと終わったあ……」

「疲れさせやがる……」

 

任された任務はボルグ・カムラン一体の討伐。相当軽い任務と言えるだろう。

 

「イタダキマス!」

 

……シオがいなければ、だけど。

 

「……いつもの倍は疲れたよ……」

「榊の野郎……こういう時に限ってこいつのお守りを任せやがって……」

 

口々に文句を言う私たち。シオはのんびりご飯中。

 

「お?」

 

そんなところに無線が入る。ヒバリさんだ。

 

「はいはい。もう任務は終わってるよ。」

「いえ。その話ではなく……例のアラガミなんですが、今アナグラのレーダーで反応を捉えているんです。」

「え?そうなの?」

「はい。とりあえずはち合わせないようにルートを指示するので、移動してもらえますか?」

 

いつもと声の様子は変わらないから問題は起きていないみたいだ。

 

「分かった。ちょっと待ってて。」

 

無線をいったん切ってソーマの方を向く。同時に彼から怪訝そうな声が発せられた。

 

「何かあったのか?」

「あのアラガミがアナグラの近くにいるんだって。」

「またか……」

 

顔をしかめてため息をついて。彼も何度かこういうことがあったって言ってるし、いい加減うんざりしているのかな。

 

「かぐらー。そーまー。」

「あ?」

「ん?」

 

そんな話をしていたところにシオから声がかかる。何かと思って振り返って……

 

「いっしょにたべよー?」

 

固まった。

 

「いや一応だけど人なわけだから……」

「さすがに喰わねえな……」

 

まあ確かに私たちは半分以上アラガミだし、シオがこんな風にいうのも間違いじゃないと思うけど……

 

「でもふたりのなかのあらがみは、たべたいーっていってるよ?」

「……」

「……」

 

顔を見合わせる。自分では全く感知できない感情。自分がそう感じているかどうかすら分からない。

どれだけ自分がアラガミであることを受け入れていてもこうストレートに言われたら……なんとなく居心地が悪い。

 

「シオ。早く喰べて帰ろう?私たちは大丈夫だから。」

「そうかー。じゃあ、イタダキマス!」

 

おいしそうに食べ始めるシオと、どんどん減っていくボルグ・カムランの死体。

……彼女からは、私やソーマも、こうしてアラガミを食べる一個体に見えているのだろうか。

 

   *

 

「やっぱり同じなのかなあ……」

「何がだ?」

 

帰り着いて、結局私の部屋で二人で過ごしていた。

 

「私たちとシオのこと。はいコーヒー。」

「悪いな。」

 

テーブルの横に立っているソーマへコーヒーを渡してから座る。なんだかこうしてこの部屋で話すのも久しぶりだ。最近はエントランスとか病室とかが主だったし。

 

「……人間に産まれて、途中でアラガミになってんだ。アラガミの割合はあいつの方が強いみてえだが……それだけにアラガミの性質が強く出てる。個体差は認識し始めたようだがな。」

「個体差?」

「俺はお前より肌が黒い。お前は俺よりも線が細い。そういう個人個人の差だ。アラガミの割合がどこまでいっているか、もな。」

「なるほど。」

 

意外と博士と話しているようだ。もしかして私が病室で寝ている間に聞いてたのかな。

 

「……受け入れたつもりでも、なんだかんだ直接言われると気分はよくねえんだな……」

「そりゃそうでしょ。……まあ……今日初めて知ったけど……」

 

認めていないとかではない。単純に慣れていないのだと自分では思う。いつも周りから人として扱われているのはやっぱり大きいのが起因するのだろうが、いきなりアラガミとして見られたら困惑するようだ。

 

「まあ、この話は終わりだ。考えてもこればっかりはな。」

「およ?結構早く割り切ったね。」

「すぐに自分で何とか出来るもんじゃねえからな。」

 

そう言って笑う。柔らかくって、暖かな表情。サクヤさんがいたずらっ子みたいって言ったり、コウタが取っつきやすそうな顔って言ったり、アリサが一緒にいてほしくなるって言ったりする、私が大好きな表情。

……どこかお父さんの面影を重ねてしまうのは……私がまだ、ちょっと甘えていたいからなのだろうか。

 

「……」

「?どうかしたのか?」

 

見つめている私に気が付いて問いかけ、ソファーに座る。

 

「何でもないよー。」

 

ゆっくりとソーマに抱きついた。

 

「……ったく。何甘えてんだよ。」

 

一瞬驚いたようにして、すぐ後にはコーヒーを持っていない方の手で頭を撫でてくれる。

 

「いいの。」

 

やっぱり、安心する。

 

   *

 

部屋の扉がノックされる。

 

「おーっす。博士っから届け物……あれ?」

「リーダー?入りますよ?」

 

返事がないのを不思議に思ったのか、扉の開閉ボタンをボタンを押してみたようだ。鍵はかかっていない。

 

「神楽ー……ってそういうことか。」

「あ……寝ちゃってたんですか。」

「悪い。できたら静かにしてやってくれ。」

 

小さな寝息をたてつつずいぶんと嬉しそうな顔をしながら眠っている神楽。病み上がりでシオの付き添いなんてものを任されたんだ。こいつでなくても疲れはてるに決まっている。

……ソファーの上で抱きついたまま離れねえのには参ったが。

 

「いやあ。相変わらずお熱いことで。」

「コウタ。明日俺とお前だけで任務にでも行くか?禁忌種を十頭ほど任せてやる。」

「……冗談だって……」

 

いつもいつもしょうもねえことを……そう思いつつも、こいつの明るさには時に救われる。

 

「とりあえず、リーダーが起きたら渡しておいてください。この間の戦闘で分かった事をまとめた物だそうです。」

「分かった。にしても榊のやろう……興味のあることだけは早えな……」

 

ついこの間の戦闘データをもうまとめたか。他の仕事も、そのくらいの早さでやってほしいんだがな。

 

「それと、そろそろ支部長が帰ってくるらしいんですけど……シオちゃんの服を何とかしよう、とか言ってました。」

「あいつの服?」

 

そういえばただの布切れしかねえんだったか……

 

「っていうかあれでよく保ってたよな。ただのぼろ切れじゃん。」

「だから調達するんですよ。……っていうか普通の服を着てもらうらしいですけど。」

 

神楽は神楽でこれだけ話していても起きる気配がない。それに気が付いたのか、アリサが部屋を出る動きを見せる。

 

「じゃあ、そろそろ戻りますね。」

「ああ。お前等もさっさと休めよ。」

 

そう言葉をかけると、コウタが彼にしては意外なことを言った。

 

「それ、神楽にも言っとけよ。俺からも言ってたってさ。」

 

珍しく真面目なことを言い残して出ていく。……アリサが面食らっていたのも当然なほどに。

 

「……ったく。」

 

気が付けば俺も笑っていた。

 

   *

 

「ちょっと意外でした。」

「へ?何が?」

 

リーダーの部屋を出てから、私とコウタは新人区画のエレベーター前で話していた。

 

「コウタがあんなに気の利いたことを言った事がです。いつもは……どうしようもないほどバカなことしか言わないのに。」

 

がっくりと肩を落とす。そういうことを言いたい訳じゃないんだけど。

 

「悲しまないでくださいよ。これでも褒めてるんですから。」

「……バカなこと言ってる、って褒め言葉かな?」

「そうですね……世間一般では貶し言葉です。」

「ちょっ……フォローしといてそれ!?」

 

いつも通りの反応だ。

 

「嘘ですよ。」

「?」

 

訳が分からないと言いたいんだろう。実際、私もさっきみたいに言われてすぐ理解できる自信は欠片もない。

 

「まあ、いっか。」

 

でも、彼は突然そんな風に切り替えた。

 

「前にも言ったかもしんないけど、神楽って俺の同期なんだよ。それに今は大事な仲間だろ?……うまく言えないけどさ……やっぱ、無理はしてほしくないし……なんつーか……」

 

言葉がうまくまとまらない、と言った様子で思案顔になる。しばらくしてから再度口を開いた。

 

「うん。ソーマほど出来るかって聞かれたら無理だろうけど……俺たちが支えられるところは何が何でも支えたいって、あいつが無理してるの見るといつもそう思うんだ。大変だけどさ。」

 

とくんと、心臓が大きく鼓動を打ったのが自分でもわかった。

……かっこいいな。なんて、そんな風に考えている私。遊んでいるように見えて、本当はしっかりしていて……自分を自分で持っている彼。

 

「……もう。反則ですよ?」

「?」

 

そういう彼の前にいる素直じゃない私は、いつも頬が赤くなっているのを悟られないようにしてしまうけれど。




…いちゃこらいちゃこら…ほんとに仲のよろしいこと…おっとソーマにぶっ飛ばされてしまう。
えっと、次はシオの服を何とかしようの回ですね。


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博士の依頼……その幾つ目か

二日目の二つ目です。
今回…おそらくプレイヤーの皆さんはこのシーンで笑ったはず。


博士の依頼……その幾つ目か

 

翌朝。

 

「ん……」

 

なんかすっごくよく寝たなあ……あれ?いつも起きたときと景色が違う?

 

「とうとう起きなかったな。」

 

ほぼ真上から声がした……?

 

「ふえ?」

 

目をこすりつつ起き上がり、なにやら座るのにちょうどいい形のベッドの上に腰掛けて……へ?ソーマ?

 

「ふええええ!?」

「……騒ぐな。」

 

え、え、えっと!?記憶が……記憶がっ!

 

「まあずいぶんよく寝てたな。ったく……そんだけ寝れんだったら普段から寝てろ。コウタにまで言われてたぞ。無理すんなってな。」

 

ソーマは落ち着いてるけど私はそれどころではない。必死に記憶をたぐり寄せてこうなった経緯を……あ、寝落ちしたのか。それも彼を枕にして。

 

「……ごめん。」

「寝顔を拝ませてもらったからな。チャラだ。」

「そこ!?」

 

……遊ばれてる気がする。実際笑ってるし。

 

「ああそれと……腕、見てみろ。」

「ん?あ、消えてる。」

 

昨日まで残っていたあの白い羽が消えていた。生えていたところには傷一つなくなっている。

 

「とりあえずこの話はおいておいていいだろ。榊から呼ばれてる。」

「……また?」

「ああ。まただ。」

 

彼が発した是非とも無視したい不吉な言……訂正。なるべくあってほしくない状況を示す言葉に反応して身構える。まあここで身構えてもどうしようもないのだけれど。

 

「行くか?用事はさっさと済ませるに限るからな。」

「気は進まないけどねえ……」

「仕方ねえさ。あいつ曰く、俺たちは共犯者だ。」

「うう……」

 

半ば強引なあの契約がまさかこんな時にまで効力を持つとは……そんな重たい考えを引きずりつつ博士の研究室へ向かうのだった。

 

   *

 

「おーっす。」

「おっす!」

「何ですかその下品な挨拶……そんなの覚えさせないでください。生物学的にどん引きです。」

「そこから!?」

 

シオのはしゃぐような挨拶とアリサの罵倒と騒ぐコウタ。いつも通りの研究室である。

 

「さてと。これで全員だね。」

 

最後に到着したコウタを見ながらそう切り出す博士。こちらもいつも通り何を考えているかが読めない微笑を浮かべている。

 

「いきなり呼びつけてすまなかったね。……僕にはどうしようもない問題が発生してしまって……」

「……すっごく嫌な予感しかしないんですが。」

「そうね……またとんでもないことをさせられそう。」

「……僕には信用って物が全くなかったんだね……」

 

アリサとサクヤさんの毒でぼろぼろになる。でも実際二人の言う通りだから何もフォローできない。

その博士が気を取り直し……

 

「……彼女に服を着せてやってくれないか?」

 

沈黙。

 

「「「「「は?」」」」」

 

そしてソーマまでハモった疑問文……というか一文字。

 

「様々なアプローチを試みたんだけど、全て失敗してしまった。僕たちが着ている服は肌に合わないみたいで……」

 

博士の言葉を遮りつつシオが自己主張。

 

「きちきちちくちくやだー!」

「……なんだかんだ言ってアラガミなところも残ってるんだね。もう人と完全に同じところまで来てたのかと思ってたよ。」

「そもそも人工繊維がうざってえんだろ。その旗は偏食因子だからな。」

「なるほど。」

 

……っていうか……まさか問題ってこのこと?意外とまともだった。

 

「まあそんなわけさ。とりあえずここは女性陣の力を借りようと思ってね。」

 

女性陣のねえ……

 

「じゃあ何で俺まで呼んだんだ……」

「ソーマは私の付き添いって形で良いんじゃない?」

「……」

 

首の後ろを掻くソーマであった。

 

「うーん……俺は役に立てそうにないし、今ちょうどバガラリーがいいところだったんだ。頼んだよ!」

 

てくてくと去っていくコウタ。その後ろから怒りをはらんだ声が飛ぶ。

 

「……逃げたわね。」

「……逃げましたね。」

「……逃げたね。」

「……逃げやがったな。」

 

四人がそれぞれの言い方で聞こえよがしに言う……が、コウタは聞こえないフリで足を速めていったのだった。

 

「とりあえずやってみましょう。コウタは放っておいて。」

 

サクヤさんが切り替えるとアリサも考え始める。

 

「そうですね。……天然繊維とかなら大丈夫でしょうか?」

 

ちなみに話には加わる気のないソーマと会話を興味津々で聞いているシオと会話内容に興味津々な博士も半分放置である。

 

「天然繊維かあ……二三着持ってるけど、着せてみる?嫌がらなかったら、後でシオ専用のを買ってくるとしてさ。」

「あ、じゃあお願いします。」

 

アリサの言葉を受けてとりあえず服を取りに行くことにする。さて……着てくれるといいんだけど。

 

   *

 

五分後。

 

「シオー。ちょっとおいでー。」

「なーにー?」

 

サクヤさんに呼ばれて私たちと一緒に観察室、通称シオの部屋へ入るシオ。

 

「ねえねえシオ。これ着てみない?」

 

彼女に服を広げてみせる。目の前に下げるような形。

天然繊維は今ではすごく貴重だ。私が持っているのはお母さんのお下がり。シャツとスカートだ。よっぽどでないと着ない……というかよっぽどでも着ないレベルである。まあ私の肌に合わないものだったこともあるけど。……偏食因子を組み込んだ今の服がとても着心地が良いことは気にしないことにする。

 

「……んー……」

 

手だけ伸ばして触る。……その直後。

 

「ちくちく!やだ!」

「え!これも!?」

 

予想外の反応。天然繊維も無理って……

 

「……子供は素直じゃないといけないのよーん?」

「あの……サクヤさん?」

 

何か企んでいるような口調になったサクヤさんをいぶかしむアリサ。次の瞬間のサクヤさんの行動は予想もつかず……

 

「慣れるまで我慢しなさーい!」

「え?」

「さ、サクヤさん?」

「やだー!」

 

がしっと後ろから抱きしめて動けないようにするなんて……肉食系なのかな?

 

「ささ、神楽ちゃん。着せちゃって着せちゃって。」

「えーっと……無理矢理はさすがに……」

 

躊躇う私とは裏腹のアリサもいたりして……

 

「でもありかもしれないですね……」

「あれ?実はアリサってS?」

「ちょっとリーダー!何でそうなるんですか!」

 

……そんなふうに騒いでいたのが間違いだったのかもしれない。

 

「いーやーだー!」

 

右手を神機にしたシオ。その先端から弾丸が飛び出し……

 

「わわわ!」

「きゃあ!」

「うそ!」

 

   *

 

シオが部屋に入っていった後。

 

「それにしても……君たちには本当に驚かされるよ。」

「あ?」

 

榊が突然脈絡なしに話し出した。

 

「とつぜんアラガミと共同生活を送ることになったというのにこの短期間で順応している。その柔軟性が、予測できない未来を生むのかもしれないね。」

「……てめえの方が予測できねえな。シオに何をするつもりで捕まえたんだ。」

 

一瞬だけ驚いたような表情をし、すぐに元のように話し出す。

 

「前にも言ったじゃないか。単純な興味だよ。僕は、彼女に何もしないし、僕は、君たちとシオが一緒にいてくれればそれで十分なのさ。」

「……僕は、か。」

 

それもそうだろうな。そう自己完結させる。

……部屋に轟音が響いたのはその直後だった。

 

「……何だ?」

「さあ……」

 

すこししてから土煙と共にせき込みながら三人が出てくる。

 

「シオちゃんが……けほ。」

「扉を壊して外に……」

「っていうかサクヤさんがあ……けほ。」

 

順番に言っていく。……何があったかはだいたい予想できるが。

 

「……本当に……予測できない……」

「そんなこと言ってる場合か。連れ戻すぞ。」

「分かってるよお……ひゃあ!目に砂があ!」

 

……自分で目をこすって自分で目に砂を入れちまってんじゃねえのか?

 

「厄日だな。」

「言わないでよお!うう……目が……」

 

……厄日だな。

 

   *

 

「ったく。どこまで行ったんだか。」

 

研究室を片付けている神楽とサクヤを除いた三人で手分けして廃寺内を捜索。……エリアとしては旧工場、旧市街地に続いて三つ目となるここに着いてすでに20分近くが経過したというのに全く見つかっていない。

そうして再奥の本殿に入る。

 

「……おい。いるんだろ。」

 

探していないのはここだけだ。

 

「……いないよー……」

 

少し笑ってしまう。奥の壊れた仏像の裏だろう。

 

「かくれんぼは終わりだ。帰るぞ。」

「きちきちちくちくやだー!」

 

白い腕が仏像の裏に見え隠れした。どことなく間の抜けた回答ばかりが帰ってきているがまあそんなものだろう。

 

「……結局はアラガミか。」

 

どこか自分を指すかのように思える自分の発言。

 

「そーま、もうおこってない?かぐらも?」

「あ?」

 

突然全く違う話題に変えるシオ。

 

「そーまもかぐらも、きのう……いやそうだった。」

「……昨日……か。」

 

三人で任務に行き、シオに完全なアラガミとして接してこられた。確かに居心地は悪かったが……

 

「もともと怒ってねえよ。安心しろ。」

「そっかー。」

 

二人がいるであろう南の方へ振り向く。俺が目を離したのを確認したからか、軽い足音が近づいてきた。

 

「おーい!シオー!」

「シオちゃーん!」

 

アリサとコウタの声が聞こえる。

 

「……考えてもみろ。」

 

彼女が真横に来たのと同時に話す。

 

「神楽はもとより……あいつらも、予防接種程度とはいえ偏食因子を埋め込んでんだ。俺以上に救われねえっつっても良い。」

 

特に何か言うでもなく聞いていたシオが口を開いた。

 

「うん。しお、わかるよ。みんなおなじだって、かんじるよ。」

 

珍しく……というより、初めて人間くさいことを言ってのけた。おもしろい奴だ、と……最近はいつもそう思う。

 

「……ったく……」

 

くしゃくしゃといつもより強めに頭を撫でる。

 

「?……???」

 

何がなんだか分からないとでも言うような様子だ。……まあ。

それでもいいか。

さっさと帰ろう。少なくとも、帰る場所ならあるんだ。

 

   *

 

「まったくもう……」

「つ、疲れたー……」

 

帰ってきたソーマ達。……というかソーマとシオと死体が二つ。

 

「そんなに疲れたの?」

「エリア三つはいくらなんでも疲れますよ……そ、それじゃあ私はもう寝ますね……」

「お、俺も……あとよろしくなあ……」

 

二人がそれぞれの自室へと帰っていく。

 

「と、ところでシオ?」

「……」

 

さて、シオはといえば……

 

「……さくや……おこってる……」

 

明らかに怒っているサクヤさんに怯えて私の足に後ろからしがみついて隠れようとしている。が……がしかし、だ。

 

「いや別にシオに怒っているんじゃないんだから大丈夫……」

「……こわい……」

「……はあ……」

 

何があったか。それは至って単純である。

_

___

_____

 

「サクヤ君、とりあえずこれをそっちに運んでくれないか?神楽君はそこの箱を中に頼むよ。」

「はいはい。」

「あ、これですか?」

「うん。それだ。」

 

順調に片付けが進んでいく研究室。その中をサクヤさんの怒りを含んだ呟きが静かに、ただ静かに満たした。

 

「……博士。何ですかこれは?」

「どうかしたのかい?サクヤく……」

 

博士が唐突に固まる。サクヤさんが持っていたのは……何あれ?なんとなく腕輪に似た形だけど、それと比べると少し太めでかつ長い。あれなら二の腕が半分くらい埋まるだろう。

 

「一緒にあった冊子に腕輪信号云々と……ぜひ詳しい説明を聞きたいです。どうぞ講義を。それから実際の使用者を私が知っている人物の範囲内でお願いいたします。あ、当然現在使用中の方を。」

「いや……えっと……」

 

サクヤさんが今さっき持っていた箱の中を見る。底の方に冊子が一つあるだけだ。サクヤさんが持っている謎の機械Xとその説明書が入っていた、というあたりなのだろう。

 

「……えっと?……本機は神機使いの腕輪信号を増幅させる物の試作品である。確認のため、信号を隠す、通常、信号を増幅する、の三段階を選択できるように設計されており……ほうほう。博士。これはいったい何なのか私も気になりますね。ぜひさっきの条件に私にも分かる人、というのを追加する方向で。」

「あ……えっとだね……いやその……」

「「は、か、せ?」」

「……はい……」

 

二人で虐めたかいあってか陥落する榊博士。それから話したところによると……

 

「リンドウが支部長に対しての調査を行うように本部からの指令を受けていた、ですって?」

「でもってそれをツバキさんも知ってると?」

 

……サクヤさんと私が今日中にツバキさんのところへ行こうと決めたのはこれから間もなくであり……

_____

___

_

 

「サクヤさんは今も絶賛憤慨中なのでした。」

「……あのやろう……何やってんのかと思ったらエイジスでのんびりしてやがんのか……」

 

ちなみに今の話し中にシオは部屋に。サクヤさんは……

 

「さ、神楽ちゃん。行くわよ。」

「私にまで怒らないでください!こ、怖いです!」




原作ストーリーでは女性なのに手伝わない女主人公。…あれですね。女性として数えられていないフラグですね。


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真相

まあなんだかんだと三つ目でございます。
ちなみに今回からツバキさんが目立つ位置へ出てきます。
ちなみにちなみにツバキさんの部屋なんて私の想像でしかないです。
ちなみにち(以下略)今回場面転換なしです。


真相

 

「失礼し……ちょっ!サクヤさん!まだ待って!わああ!」

「……ちっ……生意気に鍵かけて……ぶっ飛ばそうかしら……」

「怖いです!怖すぎますってっ!」

 

普段穏やかな人ほど怒らせてはいけないと言うが……全くもってその通りだ。ツバキさんの部屋にノックもなしで入ろうだなんて恐ろしすぎる。

 

「今が何時だと思っている。もう他の奴らは寝ているぞ。」

「ひゃああ!」

 

真後ろから声がして、振り返ってみればツバキさんが立っているという……

 

「こんばんは。呼ばれていたので来ました。」

「さ、サクヤさあん!」

 

それを何とも思わず……というか思う気もなさそうなサクヤさんは初めから挑発的だ。おそらく、ツバキさんが真相を知っていることを知っているからこその行動だろうけど……無理。私には無理。

 

「……なるほどな。博士にでも聞いてきたか?……入れ。立ち話では落ち着けんだろう。」

 

が、当のツバキさんは自分に非があると考えてなのか怒りもしない。それに拍子抜けしたサクヤさんの怒りが薄れる。

 

「……私……ずいぶんすさまじい事してた?」

 

……ぶんぶんと風が鳴るほどに首を縦に振る私。なんて怖い人だ。怒っている間の記憶があまりないらしい。

まあ、とりあえずそれはおいておいて……

ツバキさんの部屋は旧時代の純日本家屋の一室を元にしている。和室、と一般的には括られるそうだが、なんでも書院造りという様式なのだとか。まあ、装飾がそうというだけで、使っている建材は私たちの部屋と変わらない。元の部屋の骨組みも同じだ。

その部屋の真ん中にある卓袱台の周りに、ツバキさんを上座にして座る。……当然、座布団だ。私は家に畳敷きの(といってもカーペットに近いのだけれど。ちなみにお父さんの趣味。研究の成果として造ってもらったらしい)部屋があったから慣れているが、サクヤさんは正座に苦戦中。

 

「別に正座でなくても良い。だいたいサクヤ……この間飲んだときは完全に崩していただろうが。」

「……こういうときだからって思ったんですけど……それじゃあお言葉に甘えて。」

 

足を崩して座り直すサクヤさん。その間にツバキさんは何かの資料を取り出す。

 

「とりあえず、こっちを先に話しておこうか。」

 

ツバキさんが見せた面に書いてあったのはインドラの四文字。……何だろう?

 

「例のアラガミに関する資料だ。もう少しまとまったら、全体へブリーフィングをするつもりだがな。戦闘経験があるお前には先に教えておきたい。」

「私……ですか。」

「ああ。まあ要点だけ掻い摘んで話すか。」

 

とりあえず私に、っていうのが結構怖いけど……

 

「まずは奴の呼称だ。これに関しては本部に任せた。なにせお前が倒れていては発見者に名称を決めさせる、というのもやりづらいのでな。」

「そうですね……私たちもそういう雰囲気ではありませんでしたから。」

 

サクヤさんが同意する。まあ、本部なら私が考えるようなのより良い名前にしてくれるだろう。……青猫ちゃんの名前が言いにくいことに気が着いたのはいつだったかなあ……

 

「名称はインドラ。ヴァジュラ神族の特異変異種。ランクは第一種接触禁忌種だ。……それ以上のランクを作ろうという話まであったらしい。」

 

……第一種の上ってどうなるんだろう……

 

「奴への対策は、この支部以外では立てようがないため記載なし。討伐における注意事項等も情報不足につき同じく記載なし。他に書いてあるのは……特筆点があるだけだ。」

「特筆点、ですか?」

「あまりそういうのは感じられませんでしたけど……恐ろしく強いアラガミというだけじゃないんですか?」

「……ああ。」

 

声のトーンが落ちた。いつも声がほとんど変わらないだけあって緊張感が漂う。

 

「やつには脳がある。人の倍近くな。」

「……?」

「脳……ですか?」

 

予想もしていない言葉に一瞬思考が停止する。

 

「偵察班が携行したスキャナーの画像から脳組織が確認された。これがそうだ。」

 

ぱさりと投げられた紙。何かの画像……

 

「えっと、インドラ……の頭のスキャン画像ですか?」

「そうだ。最大望遠だから質は気にするな。」

 

頭部の半分近くを占める白く示された部分。……たしかあれの頭は私の背丈くらいあったから……

 

「大きいですね……普通じゃ考えられないくらい。」

 

比率としては人とさほど変わりない。が、元の大きさが余りにも違いすぎる。

 

「この他に、脊髄部にも脳に酷似した組織が確認された。学者達は運動制御用の部分だと推論づけている。大昔にそういう生き物はいたらしい。」

 

運動制御用かあ……あれ?ってことはこっちの頭にある方は……

 

「まさかこれ全部が思考に使われてるって事ですか?」

 

サクヤさんが問いかけた。ツバキさんはそれに無言で頷く。

 

「それであるが故に、ディアウス・ピターを捕喰したものと考えられる。」

「え?」

「アラガミが喰った物の特性を取り込むのは知っているだろう?それがもし、自分と同系統の能力を持つものであったなら、純粋に強化されたとしてもおかしくはない。それなら例の大型雷球も説明がつく。」

 

要は自分が強くなるために近種を捕喰していた、ということなのだろう。……恐ろしいことに。

 

「インドラに関してはこれ以上の情報はない。今のところ奴一体しか確認されていないのもあって、奴の調査が進みにくいこともある。……さて。私の愚弟の話でもしようか。」

 

話が変わった。と同時に、サクヤさんが身を強ばらせる。

 

「そう緊張するな。私も詳しいところは知らん。」

「……そうですか……」

 

そんな風に言われても、真剣な面持ちは崩さない。……っていうか、ここに喧嘩腰で乗り込んだのってそもそもそのことが原因だったっけ。

 

「それで?博士にどこまで聞いてきたんだ?」

「博士がリーク元っていうのは確定ですか……」

「当然だ。」

 

うわあ……信用ないなあ……

 

「リンドウが本部から指令を受けていたこと。その内容が支部長に対する調査であること。そしてたった今も調査中であること。だいたいこの三つです。」

「基本的なことは知っているか。なら話は早い。……少し待っていろ。」

 

そう言って立ち上がる。そのまま奥へ向かい、本棚の下にある鍵付き金庫から紙の束を取り出してきた。

 

「あいつが調査したことをまとめたレポートだ。……読ませることはできん。」

 

表面にトップシークレットの文字と本部の押印。……読んだりでもしたら、すごく上の人たちに消されそうな雰囲気だ。

 

「内容はエイジス計画と支部長の動向、かつ……」

 

言うかどうかを悩むように言葉を切って。口を開くまでに相当長くかかった。

 

「……アーク計画の全容。」

「アーク計画?」

「それって……何なんですか?ターミナルにもなかったような気がするんですけど……っていうか、論文にも上がってませんよね?」

「ああ。支部長と博士。そして、支部長の調査を命じられた私とリンドウ以外は全く知らない……というより、知る由もない計画だ。」

 

アークって放電現象の名前……だったよね。一体全体どういう計画なんだろう……

 

「はっきり言っておくが、今アナグラに教官として勤務している以上私の口からは何も言えん。……私が脱走兵か何かにならない限りな。」

「……そうですか……」

 

脱走兵。とても重たいその言葉を身に沁みて感じていた矢先、ツバキさんはとんでもないことを言ってのけた。

 

「リンドウからのディスクでも見つけろ。どうせ計画についても書いているだろうさ。」

 

何が何だかわからずに固まる私とサクヤさん。

 

「知らないとでも思っていたか?」

「……えっと……」

「……は、はい……」

 

先に硬直が解けたサクヤさんに続いて首を竦めながら頷く。……どこまで知っているんだろうこの人は……

 

「あれはそもそも私のアイディアだ。対アラガミ装甲製の容器に入れたディスクをアラガミに飲ませる。そしてそれを第一部隊に回収させることで……」

「私たちに何かをさせようとしている、ってことですか?」

 

そう聞くと、ツバキさんは申し訳なさそうな表情で俯いた。

 

「……お前達にはすまないと思っている。これはあくまで私とリンドウが受けたものであって、お前達を巻き込んでいいようなものではない。それどころか……アーク計画が存在することを知っている、という時点で、支部長に狙われる危険性すら発生する。……例のアラガミを呼び寄せる複合コアや……アリサが錯乱したあの任務……あれも支部長、または彼に与する者による策であった可能性が高い。リンドウや第一部隊を消すための、な。」

 

そこまで言って、言葉を切った。立てていた膝を正座にし……私達に土下座した。

 

「えっ……ツバキさん?」

「あ、あの……そんな……」

 

狼狽える私達に、言った。

 

「……本当に……申し訳ない。」

 

しばらく何も言えず、ただ呆然として。そこから復活したときに口をついて出たのは……

 

「手伝います。リンドウさんが残したディスクも、すぐに見つけてみせます。」

 

身を乗り出すようにして頭を上げたツバキさん。

 

「だが……さっきも言ったようにこれに関わることは支部長に狙われることに直結……」

 

その言葉はサクヤさんが切った。

 

「大丈夫です。あの、リンドウが生きていられるんですから。私達がやられるなんてあり得ません。」

「うわあ……未来の夫さんをそんな風に……」

「いいのよ。夫婦なんてこんなものがちょうど良いって言うし。」

「……ふっ……」

 

横で聞こえた吹き出したような音。

 

「あ、やっと元に戻りましたね。」

「ああ。お前達第一部隊相手に悩んでも、どうやら意味がないようだからな。」

「それに気が付いたの……今更ですか?」

「いや。リンドウが隊長に就いた瞬間からだ。」

 

そんなツバキさんの言葉に笑う。特にサクヤさんは爆笑してたり。

ひとしきり笑って落ち着いた頃、ツバキさんがいつものように命令を下した。

 

「第一部隊へ命ず。本日より、可能な限り早くリンドウがどこかにいるアラガミに喰わせたディスクを見つけ出せ。どんな手を使っても確保しろ。目の前に支部長がいようが本部のお偉方がいようが何がいようが全員退けて手に入れろ。方法も結果も問わん。」

「質問!民間人は!」

「救え馬鹿者!」

「了解であります!上官殿!」

 

良かった。みんないつも通りに戻った。それが何だかすごく嬉しく思えた。




…えーとですね…
要は私の中でのツバキさん像がこんな感じなんですはい!
ツバキさんのファンの皆様ごめんなさい!


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ドレス

四コメ!間違えた!四個目!
↑前回の後書きからテンションが戻っていない奴。


ドレス

 

「さてと。」

 

とりあえずコーヒーを飲もうと思う二日後の任務終わりの午前十時である。

なんでもリッカさんが一肌脱いだらしく……というか博士にそうせざるを得ない指令を受けたらしく……シオの服が完成したのだという。アラガミ素材で作ったものだとか。……まあ、リッカさんが、というより……私の服を作った人でもあるあの桐生さんに手伝ってもらったリッカさんが、ということらしいけど。アラガミ素材での縫製ができるのは、この極東支部には桐生さんくらいしかいないのだとか。

 

「どんなのに仕上がってるんだろう……」

 

なんかあの二人が作ったって……ものすごくとんでもないのになってる気がする。

 

   *

 

とりあえず研究室へ。何せ暇なのだ。

 

「はーかーせー。シオにはもう着せたの?」

 

扉を開けつつ聞く。……いつも通り、コンソールをいじっている博士がいるだけだったけど。

 

「いや。今はまだ作った服に慣れてもらっているところさ。前みたいに嫌がって逃げ出されたらかなわないからね。」

「そういう状況ですか。」

 

時間が時間だからみんなまだ来ていない。……旧市街地でシユウ堕天種二体という、元は10分で終わるはずのミッション。それが乱入してきたサリエル、帰還途中に救援要請をキャッチしてハガンコンゴウも潰しに行って……結果、やばい任務を受けたときと変わらないほどの時間がかかってしまった。……アラガミに好かれても嬉しくないの!ってかんじで本気を出したものだから……一瞬で終わりましたとも。

 

「今回の服はずいぶん気に入っているみたいだから……このまま着てくれると嬉しいね。」

「へえ……」

 

彼女がいるであろう部屋を見る。防音だから中の声とかは聞こえないけど、その服をちょいちょい突っついている光景が目に浮かびそうだ。

 

「とりあえずみんなが来るまで待っているといい。まだしばらく出ては来なさそうだから……おや?」

 

モニターを見ていた博士がそんな風に言ったのとどちらが早かったか。プシュッという音を立ててシオの部屋の扉が開いた。シオのことを知らない人がいなければロックは解いてあるらしいから、きっとシオが自分で開けたのだろう。

 

「あ!」

「ほう。予想より1735秒も早い。気に入ってくれたかい?」

 

出てきたシオを見て私と榊博士はそれぞれに反応する。

白を基調とし、何ヶ所かに装飾をつけてあるシンプルなドレス。彼女の肌とほぼ同じ色であることも相まって、独特な美しさと可愛さを持っている。

 

「にあうかー?」

 

満足そうに聞いてくるシオ。

 

「似合う似合う!」

「うん。予想以上の仕上がりだ。後で二人にお礼をしないとね。」

 

そうやって褒めれば、どこかこそばゆいかのような仕草で……

 

「えへへ。」

 

なんて笑ってみせる。……っていうか私の笑い方が移ったの?

 

「榊、入るぞ。」

 

インターホンからソーマの声がした。

 

「そーまだ!」

 

……同時にシオが駆けだしていったり。だがしかし。

 

「きゃあ!」

「え?のわあ!」

「あらら。」

「……はあ……」

 

呆れるソーマと何だか面白がっていそうなサクヤさん。理由は単純。部屋に入ったコウタとアリサがシオに吹っ飛ばされたからである。それも棚に向かって……コウタがアリサのクッションになり、そのアリサがシオのクッションになる形で……ごん!とかいうちょっと危険な音も響いた。痛そう……

 

「……どうやったらこう毎日毎日面白おかしく過ごしてられんだ?」

「いや今のは私じゃないですよ。」

「俺でもないぞ!前言撤回しろ!」

「しおもちがうよー。」

「お前だろ。」

 

ソーマに引き起こされるシオ。それに続いてアリサとコウタも起き上がる。……騒ぎながら。

 

「それにしても、似合ってるじゃないシオ。」

「本当。……私もこういう服、一枚くらい欲しいなあ……」

 

サクヤさんとアリサが感嘆の声を漏らし、とりあえず状況が収まる。アリサの場合は感嘆と言うより羨望かもしれないけど。

 

「ここまで来ると完全に女の子だよな。その内食べ物も同じになったりして。」

 

コウタはコウタで何かよくわからない感想を持ったようだ。

そしてソーマは……

 

「……桐生の奴……やっぱりお前のと似たような作りにしたか。縫製なんかほぼ同じだぞ。」

「そこって気にするとこ?」

「ってわけじゃねえけどな。」

 

そう言ってシオの頭を撫でている。

……その表情が一瞬にして固まった。というか全員が驚きで固まった。

 

「……歌?」

「シオちゃん?」

 

シオが鼻歌を始めたのだ。……っていうかどこで覚えたんだろう……

その歌が終わると、今さっき服に賞賛の意を示していたみんなが再度褒めたたえる。

 

「すごい……すごいじゃないですかシオちゃん!」

「えへへー。」

「本当……でも、歌なんてどこで覚えたの?」

 

図らずもサクヤさんが私の疑問を代弁してくれた。でもってそれに対するシオの爆弾発言。

 

「そーまといっしょにきいたんだよー。」

「「「「はい?」」」」

 

わっ……最近ハモること多いなあ……じゃなくって。

 

「何々?ソーマ、いつの間にそんなに仲良くなってたの?」

「……別にお前が寝てる間こいつが暇そうだったから……」

 

なにやら引こうとする体制のソーマ。……よし。

 

「アリサ!コウタ!退路塞いで!サクヤさんとシオでバックアップ!」

 

……ここから数10分にわたってソーマが遊ばれたのは言うまでもない。

 

   *

 

そんなどたばたからしばらくして。私とサクヤさんはエントランスの二階で話していた。

 

「なかなかインドラの方は進みませんね……」

「そうね……まあ、この支部が攻撃されたことがないのが幸いだけど……そろそろ辛いわね。」

 

支部から離れた位置をただ周回する形で、進行上にいるヴァジュラ種を捕食しながら移動している。神機使いへの被害と民間人への被害は共に0。本来なら喜ぶべきことなんだけど……

 

「ヘリで追えるようなやつでもないのがちょっと面倒ですよ。追えるならすぐにでも出撃しちゃうのに……」

「こればっかりは、焦っても仕方なさそうね。」

 

インドラの移動速度は瞬間的には既存アラガミの十倍近くあり、持続的なものでも三倍にはなるそうだ。偵察班の話では、脚部から雷のようなものをブースターのように発射しながら走っているのだとか。おそらくはあのときに見た翼の出し口からのものだろう。あの出力で吹っ飛ばれたらたまったものではない。

 

「待つしかないんですかねえ……討伐のチャンスとか。」

「そうねえ……」

 

もどかしさが募る。目の前にあるのに、手を伸ばすと遠ざかってしまうかのような……

 

「ったあ……疲れた……」

 

保管庫とのゲートが開いた。出てきたのは第二部隊とエリックさん。

 

「お?どうかしたのか?」

「例のアラガミの件で話し合い中よ。なにも変わらないのが悔しいけど。」

 

タツミさんの質問にサクヤさんが答える。

 

「最近多いからな。あいつのせいで帰還ルートが変わること変わること。」

「今日も遠回りしてきたんですよ。おかげで別のアラガミの群と遭遇しちゃって……」

 

ブレンダンさんとカノンさんも口々に言う。やっぱり結構大変なことになってるんだ……が、そうとはとうてい思えない人が一人。

 

「まあ、この僕にかかってしまえばアラガミの群の追加など……」

「お前今日後ろから喰われかけただろ。」

「なっ!あれは華麗に油断させるための作戦であって……」

 

いつも通りだったんですか。

 

「たしか……喰わないでくれっ!って叫んでたよな。」

「そうですね……その後の記憶はないんですけど。」

 

カノンさんがぼそりと呟く。……人格変わって記憶がないってけっこうホラーだよ……あ、ついこの間サクヤさんも同じような状況になってたっけ。

 

「エリックを喰おうとしたヴァジュラテイルを切ろうとした俺を吹っ飛ばしながらヴァジュラテイルを消し炭にしていたんだが……」

 

ブレンダンさんが何とはなしと言った様子で言う。こういうときにそうされると、当人としては逆に恐ろしいことを知らないんだろうけど。

 

「えっ!ご、ごめんなさい!」

「いや別に……」

 

もう慣れてる。そんな言葉が聞こえた気がしたが……まあいいや。

 

「昨日は第三部隊がそうなったらしいです。他の部隊も遠回りを余儀なくされているらしくって……」

「まあ仕方ないって言っちまえばそこまでだな。やっぱりあれもアラガミなんだし、俺らがどうにかできるとすれば、それは討伐以外は何にもないだろ。あ、今日は解散していいぞ。お疲れさま。」

 

最後に他のメンバーへ声をかけるタツミさん。同じ隊長として、このリーダーシップには憧れる。

 

「とりあえず報告済ませてくるな。この件に関してはツバキさん達上の人らも動いてるはずだ。焦っても何もない。」

 

……もっと前から動いてます。とは言えないよねえ……

 

「そうね。とにかく、お疲れさま。」

「お疲れさまでした。」

 

後ろ手に手を振りつつ降りていくタツミさん。すぐ後にヒバリさんとの談笑が聞こえ始める。

 

「私たちはこの間以降何もないけど……やっぱりまずいわね。」

「第六部隊なんかは遭遇寸前までいったそうです。このままじゃ本当に人的被害が出ちゃいますよ。」

 

この間の戦闘を思い出す。……あそこまで第一部隊がやられたのは初めてだ。

その後は特に何も話さず、流れで別れた。どこか重たい空気のまま……

 

   *

 

いつものごとく密談の交わされる夜のエイジス。……今回は中央部か。

 

「……あと少し。あとは特異点さえ手に入れば……」

「本体の方はもう完成。私の計算では、これ以上の捕食は通常のアラガミ素材で十分だ。下手にコアを食べさせたりしたら逆に狂う。」

「ガーランド。お前の協力に感謝するよ。お前がいなければこれほど早くノヴァを完成させることはできなかった。」

「自分の理論を実証するのに最適な場所を用意してもらったんだ。私の方こそ感謝します。ヨハネス支部長。」

 

自分の真下で交わされる不穏な会話。っていうか、この足場大丈夫だよな?いきなり崩れるなんざごめんだぜ?

 

「そういえば……あなたの方の研究は順調なんですか?なんでも既存のアラガミを強化したとか……」

 

ついさっき支部長にガーランドと呼ばれた男がもじゃ毛の科学者へと問いかける。……たしか大車とかいうやつだったな。

 

「まあまあだな。黒いヴァジュラを見つけたんでそいつを強化したさ。」

 

……黒いヴァジュラって……まさか俺がディスクを隠した奴のことか?あれは個体数っから少ないんだよな……だから選んだんだが……裏目に出ちまったか?

 

「出力を強化。思考を強化。その他諸々、思いつく限りの強化を施した。そしたらどうだい。化け物の完成だ。」

 

下品な笑い声を響かせながら四つ折りの紙を取り出す。……写真があるが……何だありゃ?完全に虎だな。尻尾が二股なのが笑えるだけの。

 

「こいつの制御には成功。前回のように、喰わずに戻ることはないでしょう。……支部長。あなたからもらった例のものを使わせてもらいましたよ。」

 

……例のもの?

 

「桜鹿博士の息子のコア……か。好きに使え。あれは協力の対価だ。」

「このノヴァには彼の嫁さんのコアを使ったはず……どうなるか楽しみで仕方がない。」

 

ってことは……複合コアか?なんか本部から資料が来てたよな……何年も前に極東支部のコア・リポジット(コアの保管庫)から盗難されたって話……ありゃ支部長が流したダミー情報だったのか?

 

「人が操ることのできるアラガミ……私とは違う視点からのものなのだろう?期待している。」

「これはこれは。ご期待に添えるように働きましょう。……まずは……」

 

大車が言葉を切る。徐々に薄ら笑いが顔を覆いはじめ……

 

「第一部隊から消し去るとしましょう。彼らが出てこられる十分な理由を渡して……」




ガーランドって結構使えますよね。実際にアーク計画で動いていたかは分かりませんけど。
某宣伝部長…えっと、シックザールの白髪支部長がムービー中に捕食管理をしていたって言ってますから、強制進化云々でいたんじゃないかなあ、という想像です。


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嵐の中

五個目ですね。
とりあえず、今回と次回は完全に続き物です。
そんなわけで今回の後書きと次回の前書きはありません。


嵐の中

 

翌朝午前三時半。いつもの目覚ましではなく、極東支部の揺れで目が覚めた。それがアラガミの襲撃だと気が付くのにさほど時間はかからず、三分後には簡易食料をおなかに入れながら着替えを済ませていた。

 

「神楽、起きてるか?」

 

程なくしてソーマが訪ねてくる。彼も同じように起きたのだろう。

 

「準備もできてるよ。」

 

言いつつドアから走り出て、エレベーターのボタンをやや乱暴に押す。

 

「……あいつだと思う?」

「捨て切れねえな。」

 

エレベーターが到着する。乗り込むと同時にサクヤさんが部屋から出てきた。

 

「ごめん。お待たせ。」

「早く乗れ。……いい予感はしねえ。」

 

ぴりぴりとした雰囲気を醸し出しつつソーマが言う。

エレベーターは一旦新人区画で止まった。乗ってきたのはアリサとコウタ。

 

「お。みんないるじゃん。」

「コウタが起きたのが一番奇跡です。」

「……ヒデエ……」

 

二人ともある程度は眠れているようだ。時間が時間だけに不安だったけど、これなら何とかなるだろう。

エントランスに着く。ドアが開くと同時に、ツバキさんが声をかけた。

 

「悪いがブリーフィングを行っている暇はない。手短に話すぞ。」

 

各々が頷くのを確認するやいつもより速いペースで話し始める。

 

「たった今、東西南北全てのゲート付近をヴァジュラが破壊。侵入した。現在東西、及び北地区の防衛を当直の第二から第四部隊で行っているが、残り二部隊が偵察任務で留守にしている。よって、第一部隊は南地区の防衛に当たれ。また……」

 

ツバキさんがほんの一瞬だけ躊躇った。が、すぐに取り直して話を続ける。

 

「お前達が抗戦した例のアラガミ。インドラと誇称されたアラガミの反応を検知している。本アラガミは高度な知性を有していると見られるため、遭遇した場合は……」

 

そこでどこか自嘲するかのような表情を浮かべ、すぐに次の言葉を発する。

 

「ふっ……お前達に言ってもどうしようもないな。何としても潰せ。以上だ。行け!」

「了解!」

 

……これが、千載一遇のチャンスだ。たぶんサクヤさんも、そう思っているのだろう。

 

   *

 

豪雨の降り注ぐ外部居住区を走る。極東支部中央施設からは約三百メートル。

 

「残り百メートル。その先の路地を右に折れた位置で会敵します。」

 

ヒバリさんからの通信を頼りにヴァジュラを発見する。

 

「各個攻撃!三分で終わらせるよ!」

 

威嚇しているヴァジュラの顔面へとソーマ、マントが持ち上がって無防備になっている腹部へアリサ、前足へは私がそれぞれ仕掛ける。サクヤさんとコウタは尻尾を狙ってバレットを放った。

……が。

 

「なっ……」

「切れない!?」

「こっちもだ!弾が弾かれた!」

「レーザーも……」

「胴体も無理です!」

 

誤認とも攻撃が弾かれ、状況を飲み込めずに困惑する。どう考えてもヴァジュラの堅さではない。

……そして、そのヴァジュラが霧散した。

 

「えっ……?」

「……何が起こりやがった……」

 

文字通り、霧と化したのだ。これでは討伐も何もない。

 

「全アラガミの反応消失!?こんなことって!」

 

ヒバリさんの声がインカムから聞こえる。

 

「ヒバリさん!どうなってるの!?」

「わかりません……こんなことこれまで一度も……」

 

ヒバリさんとの会話が、極東支部に落ちた雷によって中断される。

 

「聞こえる!?ヒバリさん!?……電波障害かな……」

 

雷が落ちたんじゃあ仕方ないか。そんな風に思った矢先だった。

 

「リーダー!あれ!」

 

アリサが叫んだ。彼女が指さしているのはアナグラの施設の屋上。つまり今さっき雷が落ちた場所。

そこにいる、インドラだった。

 

「……ずいぶん派手なお出ましね……」

 

確実にこちらを見据えている。日が出ていないから前回のようにシルエットになってはいない。

 

「戦闘体型を維持しつつ展開!屋根の上でも何でも使いなさい!」

 

そういえばここまでの命令形を使うのは初めてだ。五秒もしない内に無理になるであろう関係のない思考を巡らせる。

インドラが、屈んだ。

 

「くっ……うう……」

 

目視不能な速度で突撃してきたインドラの刃を受け止めた。今度は腕を抉られないように体を微妙に捻る。

 

「止ま……れっ!」

 

盾と刃の接触点を支点に、上向きだった神機の刃を無理矢理下に向けて地面に突き刺す。ガリガリとけたたましい音を立て、後ろにあったトタン置き場を吹き飛ばしつつ止まった。

間を置かず広がっていたみんなが上からかかる。それぞれが別の場所を狙っているんだ。一発くらいは当たるはず。

……それすら、甘かった。

足の装甲が帯電し、火花が散り始めた。四人はまだ空中。

 

「防いで!」

 

聞こえたかどうか……それすらわからないほどの速度で、四肢から稲妻が走り出た。それら全てがみんなを捉えて。

轟音が響く中、吹き飛ばされる四人。それを確認した頃には、目の前のアラガミは口に雷球を作っていた。

 

「……やば……」

 

動けば切られる。動かなければ吹き飛ばされる。どちらを取るか考える間もなく雷球が撃ち出された。あの時と比べればはるかに小さいはずのそれを盾で受け止めた私は、家屋を貫通しつつ一ブロック以上飛ばされる。

 

「ちっ……おい!無事か!」

 

……怪我は……ない。打ち身は数えないけど。

 

「……小細工しても無駄かなあ……」

 

こちらを見据えながらも周りで立ち上がったみんなの動きを察知している。……別の方向から狙うだの何だの考えている場合じゃない。

 

「総員攻撃!」

 

……それでも、まずは一発。一発からでも当てなかったら、勝機なんて見えるはずもない。

私が正面から気を引き、アリサとソーマが横から切りかかり、コウタとサクヤさんが後ろから狙う。

ソーマの上段からの剣劇を左に跳びすさることで回避し、その方向にいたアリサの横薙を無理矢理上に跳び直して避ける。後ろから狙っていた二人の弾丸を足から翼を作り出して弾き飛ばし、元の地点へ戻って着地の瞬間を狙った私の神機の切っ先を前足の刃で受け止めいなす。

 

「くそっ……埒が開かねえぞ!」

「アリサ!後ろから!サクヤさん!グレネード試して!」

「はい!コウタ!援護お願いします!」

「任せろ!」

「了解!こっち向かせて!」

 

短い会話を交わしつつ動き回り、また連続での攻撃を行っていく。

右からと後ろから。それぞれで切りかかる私とアリサ。その両方を足の装甲で止め、コウタが放った弾丸を口からの雷球で叩き落とし、顔の真下から切り上げたソーマの神機を伸びた犬歯で受け……その頭が止まった。

 

「グレネード!」

 

サクヤさんの使ったスタングレネードにかかる。

 

「効いた!」

 

……元の種族が影響しているのか、倒れはしないけどふらつかせるところまではいけた。

 

「行きます!」

「おっしゃあ!」

 

まず攻撃したのはアリサとコウタだった。インパルスエッジを織り交ぜつつ連撃を加えるアリサと、その連射力をフルに活用したコウタとの攻撃がすべてインドラへと注ぎ込まれていく。

 

「ソーマ!私達も!」

「わかってる!」

「頭から潰すわ!」

 

ソーマが上段から頭を切り潰す。バスターの重量でそのまま地面へと叩きつけ、その叩きつけられた頭へとサクヤさんの神機からレーザーが発射される。

そうして更にふらつかせたところに、前足の装甲板の隙間を私が。後ろ足をアリサが切り裂いていく。それぞれが十回ほど入ったろうか。

 

「壊れた!」

「後ろ足もいけました!」

 

前足の結合崩壊。機動力を潰すには十分かつ、相当なダメージを与えられている証だ。アリサの声も後に続く。

 

「神楽さん!聞こえますか!」

 

そうこうしている内に通信が回復した。ヒバリさんの声が豪雨の中をかい潜るように耳に入る。

 

「聞こえてる!通信回復したよ!」

 

雨の音に負けないように叫びつつ少し距離をとる。いくらダウンに近い状態と言っても、このインドラを前にしながらいつも通りに通信を交わせる自信は欠片もない。

 

「今その地点に向かって、別種のアラガミが進行中です!数え切れません!」

「……え……?」

 

唐突なヒバリさんの言葉に動揺した。別種の数え切れないほどのアラガミが進行中……そんなのに今来られたら……

 

「他の部隊は!?こっちは絶対無理!」

「第五、第六部隊がすでに交戦中です!第二から第四部隊も出現したアラガミの方へ向かっていますが到底押さえ切れません!」

「何とかして数を減らして!」

 

どうにかしないと。ただそう考えていて……それに気を取られすぎていた。

 

「神楽!」

「っ!」

 

ソーマの声で我に返り、ほんの数メートル前から突進してきているインドラを見た。

 

「くあっ……」

 

刃をかわすことは出来たものの、脇腹に頭突きを食らう。吹き飛ばされた体が次に感じたのは背中に打ち当たる二本の刃の腹。……吹き飛ばないように押さえられたようだ。

気を失いそうになり、何が何だかわからないままに雷球を浴びせられた。それが直撃した右肩にすさまじい暑さを感じながら他のアラガミの声を耳にする。その声が終わらないほどの時間で家屋に突っ込んだ。

 

「うあ……っつう……」

 

右肩を火傷している。神機をちゃんと振れるかどうか……

向こうでは戦闘音が続いている。早く行かないと。その考えだけが頭をかけ巡り、左手を支えにしながら立ち上がろうとし……何かを手に取る形になった。

 

「……うそ……まさか……」

 

転がっていたのは複合コア。この間榊博士に渡したものとは違うが、間違いなく誰かが作ったコアだった。

周りを見ればありとあらゆる機材が並んでいる。それらは全て、タツミさんを助けに行ったときに見たものと同じだった。

 

「……」

 

泣き出しそうで、でも涙が出なくて。そんな私の目に見えるのは、吹き飛ばしてしまった家屋の壁の穴の向こうの、多数のアラガミ。

 

「……もういいよ。こんなの……もういい……」

 

コアを神機で喰らった。悲しくなりそうなほどに体中が活性化していく。

床を蹴って外へ飛び出す。途端に大型から小型まで多数のアラガミを目の前にする形になった。

でも狙いはそっちじゃない。

後ろの屋根の上にいたオウガテイルが私が向けた背中へと突っ込んできたのをそちらを見ずに片手で切り裂き、浮かび上がった上半身を捕喰させる。

 

「インドラは……」

 

ソーマとアリサがそれぞれ左右の前足を狙い、遠距離からは胴体へと弾丸が降り注いでいる状態。それらの攻撃のいくつかは、インドラをしっかりと痛めつけていた。足を壊したのは意味があったようだ。

 

「ソーマ!アリサ!」

 

たった今捕食したばかりのオウガテイルのアラガミバレットを二人へ受け渡す。

 

「助かる!」

「よし!これで!」

 

近距離から三人で本気で攻めていける。ここからは、もう逃がさない。

……そんな風に勝ち気になったのがいけなかったのかもしれない。

 

「……えっ?」

 

走り出し、後ろのアラガミから距離が少し離れたとき……

その場所に雷が落ち、同時に黒く光る霧のようなオラクル細胞がインドラへと流れていった。



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雷神ノ堕ツル刻

雷神ノ堕ツル刻

 

「足が!?」

「うわっ!やっと壊したのに!」

 

流れていったオラクル細胞が後ろ足と前足に集中し、結合崩壊部分を修復した。……きりがない。そう考えるべきなのだろうか。

 

「……コアの破壊を最優先!」

「!」

「神楽ちゃん!?」

 

苦渋の決断だ。ディスクがあることは覚えているし、コアを回収すべきだというのも理解しているけど……そんな悠長なことを言っていられるとはもう思えない。

 

「ここでインドラを討伐する!」

 

はっきりそう叫ぶ。動きながらでも、みんなの表情が変わったのが見て取れた。

 

「みんな!さっきと同じようにいくよ!サクヤさんはグレネードの準備!コウタは私と別方向から銃撃!アリサとソーマは右前足と後ろ足に再度狙いを集中!」

 

回復直後に後ろへ跳んだとき、一瞬だけど右に傾いた。きっと左前足の方がまだ強く動かせるんだ。

 

「アリサ!後ろから頼む!」

「はい!」

 

ソーマがインドラの後ろ足を狙って切り上げる。前から私が弾丸を撃っているため前へは避けられない。かといって横は家屋が建ち並んでいてあまり動けない。

インドラがとったのは、その場から動かずに前から飛んでくるバレットを前足からの翼で叩き落とすことだった。当然ながら、ソーマの神機はインドラの後ろ足を捉える結果となる。

 

「コウタ!左から撃って!アリサは右前足を!」

「いきます!」

「任せろ!」

 

叩き落とされたバレットが爆発を起こし、インドラの頭が仰け反る。頭が上がったことで重心が後ろにより、ソーマの攻撃でのダメージでバランスが崩れる。伸びきった右前足へのアリサの攻撃が裂傷が刻み、体全体が右側へと傾いたところでコウタのバレットが左側から吹き飛ばし、ダウンさせた。

 

「いけるわね!」

 

未だに残る爆炎の中をサクヤさんが突っ切って……閃光と甲高い音が鳴り響いた。

と同時に……

 

「きゃあ!」

「サクヤさん!?」

 

たった今グレネードを炸裂させたはずのサクヤさんが逆にこちらへ飛ばされてきた。その体を受け止めつつアリサの声を聞く。

 

「リーダー!伏せて!」

 

理解する間もなく私まで飛ばされた。が、痛みはない。どうやら風圧のようだ。

急いでインドラがいたはずの場所を確認するが、そこにその姿はすでになく……空が不自然な青に染まりつつ稲妻を走らせた。……あの時と同じ、超広範囲攻撃だろう。

 

「こっちを見てない!?」

 

コウタが叫ぶ。……グレネードの効果が残っているのか、または別の理由からか。雷を翼に受けるインドラの頭はこちらを向いておらず、雷球を放つと思われる方向にあるのは極東支部の中央施設。……つまりはアナグラだ。

 

「嘘……あんなのがまともに当たったら!」

 

……いかに極東支部と言えど、あの威力では無事では済まない……というより、全壊する危険性すらある。

 

「っ!」

「おい!神楽!」

「待って!」

「リーダー!?」

「ちょっ……今は!」

 

制止する声。……私ならまだ防いでも生きていられる。だったら私が行くしかない。そんな考えに支配された体は独りでに動き、視界を赤く染めていった。

……その真っ赤な目に映ったのは、あの時のように頭を回すインドラの……

勝ち誇ったかのような笑み。

 

「やらせる、わけ……」

 

蹴り出した地面が吹き飛ぶのがわかる。自分の体がとうに人の速度を超えているのがわかる。

それがアラガミの力で、使い続けるのが危険なことは私が一番よく知っている。感情に任せていたら、自分が何をしているのかすらわからなくなることも知っている。それがみんなを危険に晒すようなことであっても、私は最後まで止まれないことだって知っている。

それでも。それでも私は……

 

「あんたなんかに!やらせない!」

 

もし私にアナグラを守る力があるのなら……力を貸しなさい。私の中のアラガミ。たった一つの、お父さんの形見。

たとえ私という存在がなくなるとしても……それでも私は、みんなの、彼の居場所を守りたい。

だから……

 

《はいはい。ほんと。いつも無茶ばっかりだね。》

 

唐突に聞こえた、女の子の声。初めは気付くのが精一杯だった。

 

《終わったら、お話でもしようよ。》

 

どこから聞こえてくるのか……その声は、自分の足音さえ聞こえない豪雨の中で妙にはっきりと響いてきた。

 

《大丈夫。片付けくらい、任せちゃおう?》

 

視界に、色が戻った。

 

   *

 

「っ!」

「おい!神楽!」

 

突然走り出した神楽を止めようと叫ぶ。……聞く様子はない。

 

「待って!」

「リーダー!?」

「ちょっ……今は!」

 

他の奴らからも同様だ。

 

「くそっ……お前等!なんとかしてあの野郎をこっちに気づかせろ!」

 

遠距離型の二人へ命令を出す。

 

「わかった!ソーマは!?」

「神楽を追う!アリサ!奴の真下まで走れ!着地と同時に攻撃しろ!」

「了解!」

 

神楽がいないときは俺かサクヤが指示を出す。もともと決めていたからこそ、これほど迅速に動けている。……神楽の発案だ。

 

「この!気付け!」

「このままじゃ……」

 

俺とは逆方向に走っていくアリサの声はもう聞こえず、コウタとサクヤの声だけがかすかに耳に入って消えた。後に聞こえるのは雨音のみ。

 

「待て!神楽!」

 

ほんの十数メートル。だがその距離は、この雨の中では音を届けるには遠すぎる。

 

「……た……かに……ない!」

 

その中でかすかに聞こえた彼女の声。……次の瞬間に、全てが蒼い閃光の中に包まれる。

 

「なっ……」

 

閃光から一拍遅れて聞こえる轟音。そこからさらに遅れて、凄まじい風圧が襲ってくる。

 

「くっ……何だ!」

 

空中で体制を立て直し、両足に加えて神機を持っていない左手まで使って半分伏せるようにしつつ止まる。

……光で焼き付いていた目が元に戻り、始めに見たのは……

 

「……神楽……なのか?」

 

アナグラとインドラの間に浮かぶ、蒼く発光する白い翼を持った人影。神楽の神機を右手に持ち、その神機の切っ先をインドラに向ける“存在”。白髪に二房の金髪と、金色の目を持つ、女性の形をした発光体。

その神機の先端から螺旋を描くように翼と同じ色の羽が浮かび、その羽が作る円の部分の空間が歪んでいる。

 

「っ!またか!」

 

インドラが再度雷球を形作る。今度はさらに大きく。それも短時間で。

それが撃ち出され、羽の円へと衝突する。

 

「……?」

 

が、その雷球は円に当たると同時に再度閃光を放ちつつただの雷光として散った。

そして、口が開かれる。相当な距離があるはずだというのに、その言葉は膨大な質量を持って耳に響く。

 

《堕ちなさい。》

 

ズン、という重苦しい音と共に一瞬だけ重力が増す。崩折れないように神機を地面に突き立てる。……宙に浮かぶもの達に起こったのは、インドラの胸から出た球体を布でくるむ様に掴むだけのこと。たったそれだけで、インドラはその姿を変えながら地へ落ちた。

 

「……半ブロック先か。」

 

神楽のことも気になるが、まずあいつから何とかしないとどうしようもない。未だ宙に浮かんだままのそれから目を離し、墜落点へと走った。

 

   *

 

「そんな……ばかな……こんなことが……こんなことがっ!」

 

エイジスの一室。大車の部屋として備えられた増築部分。その部屋の主はさっきからよくわからん映像を見てああだこうだと騒いでいる。……ターミナルの画面だから俺のところからはよく見えないんだが……戦闘か?

 

「くそっ……回復用にアラガミまで集めたんだぞ!出力もあれだけ強化したんだぞ!素早さも!耐久性も!何もかも!全て!」

 

……うるさい奴だな。どこまでいこうが完璧なものなんか作れないだろうに。

 

「こんなものが人であるはずがない……もうただのアラガミ……いや……」

 

久しぶりに声が小さくなる。かすかに聞こえたのは……

 

「化け物め……」

 

それだけ言い残して去っていく大車。ドアを開け、早足で歩いていく。

さて。俺はどうするか……とりあえずガーランドの部屋でものぞいてくかなあ……




ふう…やっとここまで来た。
えっと、今回が六個目なので、本日の投稿は次回で終わりです。


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それから

本日最後の投稿です。
でもってですね、
【】
なんてのが出てきたら、それは神楽の心の中での声です。心理描写等はこれからも一人称本文で行いますので、とりあえず謎の【】は神楽の言葉だとだけ、まずは理解してください。
《》もある人物…今回正体が判明する人物特有の発言として使用しますので、そちらも合わせてご理解ください。


それから

 

「むう……」

《どうかした?》

「どうかしたも何も……えっと……そろそろ起きたいなー……って。」

《まだ起きるとつらいよ?私もけっこう疲れちゃったから……たぶんいつもみたいに支えていられないと思う。神楽の自然治癒力も落ちてるんだもん。》

「う……」

 

あれから二日。みんなはどうしているんだろう……

_

___

_____

 

「……何がどうしたからこうなってるんですか?」

「私に聞かれても……」

「俺もわかんない。」

「知るか。」

 

ディアウス・ピターの姿となったインドラだったアラガミ。それはすでに、あまりの高所から落ちたダメージで事切れていた。

 

「とりあえずディスクがあったからいいかもしれないけど……」

「そうですね……何にしても、それに関しては最高ですよ。」

 

ちなみに、私は全自動降下中だ。自分の意志で体を動かせないから放置。

 

「……だ、誰……っていうか、人間?」

 

私に最初に気付いて狼狽するコウタ。まあ……そりゃあそうだよね……私の服を着て、私の神機を持って、あろうことか翼を生やしてパタパタ降りてきてるのを見ているわけだし。この謎の話し相手曰く、体型や顔形は微妙に変わっており、目や髪の色に至っては全くの別物になっているそうだが。

 

【……っていうかそろそろ戻してよ……】

《だーめ。はっきり言っておくけど、普通の人間だったら始めにインドラの刃を受け止めた時点で、その形すら保てなくなってるんだよ?それこそZ指定クラスのグロテスクな光景がたった今この場にあってもおかしくないほどのダメージを……》

【……いやもういいから。そこまで聞くと怖いって。】

 

どうやら言っても無駄なようだ。……というか、相手が誰なのかすらわかっていないんだから。

と、私の口が勝手に動いた。

 

「じゃあソーマ。この子の事、後はよろしく。」

「……は?」

「えっと……?」

「あの……誰なの?」

「……やべえ……なんか現実なのか夢なのか分かんなくなってきた。」

 

それぞれに困惑。……はっきり言っていいだろうか?私が一番わかんない。

で、その私の体はソーマの耳元へ囁く格好になる。

 

「あなたなら分かるだろうけど、私は神楽の腕に生えていた白い羽の持ち主だよ?」

 

……混乱している上にろくに脳味噌が動かない私には何がなんだか分からないのだが……どうやらソーマは何か理解したようだ。

 

「了解だ。こっちは俺らで何とかする。」

「どもども。じゃ、お休みー……」

 

その言葉を最後に視界が真っ暗になった。

_____

___

_

 

というのが、今私の前でふわふわ漂っている彼女に動かされていた間のこと。まあふわふわ漂っているのは私もなんだけど。

 

《まあつまるところはさ、これまで神楽が無理をしても倒れなかったのは、神楽の中に入っちゃった複合コアに形成された私が治癒力を高めたりダメージをある程度請け負ったりしたからであって。私が疲れている今起きちゃうと、人一人が亡くなるレベルのダメージと疲労が一度に押し寄せる危険性すらあるって事なの。ここまでわかってくれた?》

「まあそれは分かったんだけど……」

《じゃあ寝よう。》

「展開早いって!」

 

この少女の名前は伊邪那美(いざなみ)。年は私と同じだという。……が、彼女曰く、こんな面倒な書き方する名前はいやなんだ、ということらしく……とりあえずイザナミで落ち着いた。片仮名にしただけじゃん、とは彼女のために言わないことにする。

っていうか、彼女の容姿が羨ましいんだよね……

腰まで届くような、白髪の中に金色に輝く髪が左右に一房ずつ揺れるさらさらの髪。

肌の色はアリサと同じかそれより白い。光沢ときめの細やかさで言ったら、間違いなくイザナミが上だろう。

大きくも小さくもない胸やすっきりと括れた腰回り。細くしなやかな手足と首……全体的にはスレンダーな体型と言うのが近いだろう。

鼻筋もきれいだし、口の形も整ってるし、目の位置も大きさもちょうどよすぎて困るくらいだし、耳は少し尖っていてなんだか神話の世界の人みたいだし、顎もシュッとしていて……とどめは金色の目と純白の翼ですか。

……負け。完敗。I'm loser.

ちなみに服は白に近い水色の半袖のワンピース。同じ色のサンダル履き。

さ、気を取り直してと。

 

「まだ聞きたいことがあるんだよ。……とりあえず……」

《怜君のコアのこと?》

「そうそれ。」

 

インドラから取り出したあの球体。……記憶が正しければ、お父さんに見せてもらった怜の複合コアだった。……それがなぜ。ただその思考だけが脳内を駆け巡っている。

 

《あれは間違いなく、神楽と私が一つになっちゃったときに回収された怜君のコアだよ。その後どういうルートを辿ったか詳しいところは分からないけど、少なくともあのディアウス・ピターを人為的に改造した人間の手によって、全く傷付けられることなくインドラにするために組み込まれたのは確か。その改造した人間っていうのが誰かは分かんないけど。ただまあ……ちょっと傷付くね。》

「え?」

 

彼女からの説明以上に、彼女自身が傷付くと言ったことに驚いた。

 

《あのコアは、神楽の弟のコアであると同時に私の弟だから。それがあんな使い方されるなんて腹立つと思わない?》

「……とっくに煮えくり返ってる。」

《でしょー?》

 

……結構気が合うかな。

 

《あと何かある?》

「うーん……とりあえず、今回みたいな事があった影響が知りたいかなあ。ほら、次がないとは限らないから。」

 

なんか無責任な気もするけど、アラガミを体内に持つ以上は知っておいた方がいいだろう。

 

《ぜひとも次を起こさないようにしてほしいけど……その辺は気にしなくっていいよ。そういうフィードバックは、これまで通り私がカバーする。》

「いいの?」

 

それじゃあイザナミに悪くないかな。そんな風に思ったり。

 

《うまく言えないかもなんだけど……ほら、さっき言ったように、神楽のことを私は何度も救ってきたわけでしょ?でもそんなふうに神楽を助けられるのも神楽が私と一つになってくれたからで……うー……だーめだ。なんか言葉にはできないや。以外と難しいんだね、話すのって。すっごく楽しいけどさ。》

 

……聞いてもどうしようもないのかな。自分の中で軽く結論づけて、ついさっきの彼女の言葉に話題を切り替える。

 

「話すのが……楽しい?」

《だって……私ってこれまでずーっと一人でぼーっと過ごしてただけみたいなものなんだよ?そりゃあ、神楽が危ないときは助けたりもしたけどさ。そんなのしかできないなんてつまんないし。だから、神楽限定でもこうして話せるのが楽しくって仕方ないんだ。》

「なるほど。……けっこう深いね……」

《人にとってはそうかも。》

 

二人で笑い合う。……でも、それが楽しいから不安が頭をよぎった。

 

「ねえ……私が起きても……こうして話せる?」

 

自分でも驚くほどに不安げな声でそんな風に聞くと、イザナミは一瞬驚いたような表情をしてからクスリと笑った。

 

《大丈夫。私の方も神楽との線を繋げられたし、これからはいつでも話せるよ?》

「ほんと!?」

《うそつく理由なんてありませーん。あ、こうやって顔を合わせられるのは神楽が寝ているときだけだけど。それも神楽から呼んでくれたとき限定になるかなあ……でも、さ……いっぱい、おしゃべりしよう?プライベートは守ってあげるから。》

 

……へ?プライベートって……

 

《どうもベッドの上では背骨を撫でられるのが弱いようですねえ。あ、それと首筋……特にうなじなんかも?》

「わあああ!なんてとこ観察して……!」

《いやあ。あの頃は接続を切る方法すら見つけてなかったもので。》

「ひーん……」

 

一番恥ずかしいところをばっちり見られてたなんて……

 

《にしてもソーマって優しいんだねー。私も惚れちゃいそう。》

「だめ!ソーマは私の彼氏なの!」

《冗談だよー。ほらほら、早く寝ないとソーマに会うのが先になっちゃうよ?》

「……丸め込んでない?」

《えっへへー。》

 

……丸め込まれた。

 

   *

 

「コウタ、そこの柱支えててください。」

「わかった。にしても派手に壊れてるなあ……」

 

倒壊した家屋の建て直し。インドラとの先頭からすでに三日。未だにリーダーは起きていないけど、外部居住区の被害はある程度回復している。

 

「あの出力じゃあこうなりますよ。翼だけで通常の落雷に近い電力があったそうですから。」

「マジか……」

 

極東支部の神機使いたちも、暇なときにこっちを手伝っている。……主に私たちが、だけど。

禁忌種などのアラガミが出現することが少なくなり、それによって捕喰される率が下がった小型種の群が頻繁に発生している。それらは基本的に防衛班が討伐しているため、第一部隊はなんだかんだ言って時間が空くわけだ。

ただ、サクヤさんは例のディスクについて調べるので手いっぱい。ソーマはリーダーが回収していたコアを調べたりするのを手伝っているみたいで……結果的に私とコウタで手伝いに出ることになる。

 

「おーい。次こっち頼めるか?」

「あ、はい。ここが一区切りついたら行きますね。」

 

おかげで居住区の人とも仲良くなれたからいいけど。

 

「よっし。これでいいかな。」

「そうですね。さ、次行きますよ。」

「分かってるって。」

 

……というより……コウタと二人でいることが何となく嬉しいのだけれど。

 

   *

 

「何か見つかったかい?」

「こいつにも何もねえな……データベースは?」

 

分厚いファイルを机に上に放る。

 

「私の方にもないね。おそらく、リッカ君のお父さんのファイル以外にはデータは残されていなかったんだろう。前にも言った通り、桜鹿博士は一匹狼だったからね。」

 

神楽が回収していたコアを解析。それをリッカが照合したところ、あいつの親父のファイル内に全く同じ数値を示すデータがあったらしい。照合と同時にロックが解かれたそのファイル名はU-RK0707。神崎怜……神楽の弟のDNAが用いられた複合コアだと、明記されていたという。

他にも情報がないかと過去のデータをチェックしているのだが……数百枚もの紙の束の中には、全く関係のない事柄しかなかった。

 

「とりあえず神楽君が起きるのを待つ他なさそうだね。」

「そうか……で、リッカは何かやってんのか?最近見ねえが。」

 

いつもなら一日の半分以上を保管庫で過ごすはずのリッカがこの三日間ほとんど見かけない。といって複合コアのデータをさらに探しているという風でもない。

 

「リッカ君は彼女のお父さんが残していたものを作っている最中だ。……複合コアを使った神機、だそうだよ。もっとも、コアの使用に関しては神楽君が起きてから許可を取るつもりみたいだけどね。それまでは仮接続に留めるそうだ。まあ、何にしてもおもしろい物が出来上がりそうだね。」

「それでか。……まあいい。他に未整理のやつはねえのか?」

「とりあえずはないかな。神楽君のお見舞いにでも行ってきたらどうだい?」

「そうさせてもらう。」

 

広げた資料を整理しつつ、リッカがやっているという神機制作に思考を向ける。……あいつがやりそうなことだ。誰が使えるのかが気になるところだが。

 

   *

 

「お疲れさま、といったところだな。」

「それこの間戻ったときにも言ってましたよ?」

「別にいいだろう?さて……」

 

飲みに来ている。

 

「あのバカが残していったディスク……どうなんだ?」

「はっきり言いますと、もっと分かりやすく書いておきなさい。って感じです。」

 

ディスクを見つけたはいいものの……内容がわかりにくくて仕方ない。こっちが予備知識なしで読むことを明らかに想定していない書き方だ。

 

「それで私のところへ来た、ということか。」

「ツバキさんなら分かることがあるだろう、っていう算段です。」

「素直なやつだ……よし。見てみるか。」

 

コンソールの電源を入れるツバキさん。何か分かるといいんだけど……

 

   *

 

エイジスの廊下がにわかに慌ただしくなった。アラガミによる襲撃があったのだろう。外では戦闘音も響いている。

 

「……またか。」

「アラガミの活性化か。小型限定らしいけど……なんだろうな。」

「さあ?」

 

自室へ戻っていく工員達。その真上をもぞもぞと動いていく。いい加減、配管の中を動き回るのも面倒なんだよなあ……

 

「活性化ねえ……」

 

一昨日だったか。うちの支部長殿とあの髭もじゃがギャイギャイ騒いでたのは。

 

「人工のアラガミ……ま、あのサイズがあるんだから作れんのか。……っつーかソーマも似たようなもんだっけ……」

 

口論の内容は髭もじゃの作ったアラガミが第一部隊に討伐されたことへの叱責。……この計画を悟られたくねえってのが見え見えだな。複合コアを回収したのが自分だってのが知れたら、いまやってる計画も悟られかねないって危惧してんだろうが……

 

「ま、これであいつらの手に渡ってくれたかな。」

 

さあ、いつでも来い。あとは計画を潰すだけだ。

……たぶん。




リンドウさんが頼りない…元からか。
まあそれは放置として、これで本日の投稿、そして第三章が終わりとなります。
…あと何話で終われるのか見当もつきませんが。


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第四章 偽りの幸せ
支部長帰宅。その他諸々


とうとう三日目です。大型投稿も今日で最後となります。
今回より物語は第四章へと突入。もうそろそろ終わりでしょうか。


第四章 偽りの幸せ

 

支部長帰宅。その他諸々

 

《おはよー。もう起きていいよ。》

「……」

《おーい。四日後の朝だよー。》

「……くう……」

《……ソーマに会えるよー。》

「ふえ?ソーマ?」

 

……いない。

 

《やっと起きた。まったく。》

「……?あ。」

 

聞こえているのがイザナミの声だと気が付き、意識を彼女へ話す方に向ける。

 

【おはよ。……ちゃんと話せてるんだ。】

《もちろん。》

 

よかった。またああいう事がないと会えなくなっちゃう、なんて絶対に嫌だもん。

 

《とりあえず、ご飯食べて。全部それからだからね。》

【……確かに。お腹空いてる。】

 

彼女の言う通りだ。今誰かが持ってきてくれたら泣いて喜びたいくらいの空腹感がずっしりとのしかかっている。

 

《……四日も寝ていてそうなってなかったら怖いって……》

【それもそうだね……】

 

イザナミの方が私の体のこと分かってたりして……

 

《よっし。じゃあナースコール。さっさと呼ぼう。》

【だから早いって!】

 

   *

 

それと同じ頃、研究室では榊とリッカが俺に講義をしていた。

 

「これがヴァジュラが消えた理由か?」

「おそらく。まあ、検証もしていないから確証はないけどね。」

 

榊から渡されたのは分厚いレポート。俺たちとインドラの戦闘記録を解析した結果をまとめたのだという。……あの短時間の戦闘記録を四日かけないと作れなかった、ってことか。

 

「……オラクル細胞の結合率操作、か。本当にできるのか?」

「それはわからないけど、仮説としてはそれが最有力だ。そして実際の観測結果からも、あれとの戦闘中に数回、空気中のオラクル濃度が変化していたことが確認されている。」

「そうか……」

 

自身のオラクル結合率を操作、もともと平均値の何倍もの結合密度を持つ自分のオラクル細胞の一部を切り離し、ある地点に別種のアラガミを作る。超硬質のヴァジュラ一体なら、だいたい足一本か尾一本で生成可能。当然そうして生成したアラガミを再度自身の部位に戻すことも出来る。とはいえ、同種のアラガミを作るには自身のオラクル細胞の全てが必要になるため、それはさすがに不可能、と。

また、自身の結合率を限りなくゼロに近づけることで空中に目視不能な形で浮遊する事も可能。表現としては、細胞単位での浮遊状態、と表すことが出来る。この場合、雷雲の中を移動したり、そもそも自分の雷などによって自分の周りに雷雲を作ったりということができると推察。それによって、落雷を起こしつつその地点に出現するなどという離れ業を行える可能性は高く、実体を保持しながらの高速移動なども可能であるだろう……

 

「夢物語に近いが……まあ、説明は付くな。」

「初めはどれもこんなものさ。といって、検証可能な状態になってほしいとは思わないけどね。」

 

要は同型種の出現は危惧している、と。……いくらこいつとはいえ当たり前か。

榊の話が一区切りついたところでリッカが口を開いた。……というより、その機会を狙っていたようだ。

 

「それからインドラに埋め込まれていたコアから作った神機のサンプル……実は作動が不安定なんだ。たぶん、安定するためにはまた何か別のものが必要なんだと思うんだけど……」

「仕事が早いな。」

 

不安定……まあまだ分かっていない部分が多い以上、仕方ないのだろう。

 

「まあ、その辺は追々探っていくけどね。他に何か質問はある?」

「いや。俺からは何も。」

「そう?じゃあ私は戻るよ。まだまだ調べたいことがたくさんあるからね。」

 

そう言って小走りに出ていく。……いったいどこまでやるつもりなんだか。

 

「ああそれと。例の他のアラガミを吸収した、という話だけど、あれはどうも普通に攻撃してコアの活動を停止させてから、制御下を離れたオラクル細胞を取り込んだもののようだね。何の変哲もない、とまではいかないけど……まあこれに関しては不思議でも何ともない。」

「そうか……」

 

満足げに話す榊に少し意識が飛びながら返事をする。

 

「僕の話も終わりだ。シオは寝ているから、とりあえず神楽君のところにでも行ってあげたらどうだい?」

 

……まだ六時か。シオが起きるのはいつも九時頃だからな。

 

「そうさせてもらう。……お疲れ。どうせ推論立てで寝てねえんだろ?」

 

目の下に隈を作っている時点でまるわかりだ。

 

「その通り。少し寝るさ。」

 

肩を叩きながら言う榊。まあ、好きにさせておくか。

 

「ただ、ソーマ君。」

「あ?」

 

奥の部屋へ行きかけた榊が唐突に言葉を発した。

 

「君も、ちゃんと寝ることをおすすめするよ?神楽君の分まで任務をこなそうとしているようだけど、無理は禁物だからね。」

「……ああ。分かってはいるさ。」

 

君も、の部分を強調する発言。自分でも無理をしているのは理解している。

それでも……これ以上あいつをまずい状態にはできない。直感でそう感じていた。

 

   *

 

看護婦さんにご飯(お粥。……しっかり食べたいよお……)を持ってきてもらい、もぐもぐと食べること10分。聞き慣れてしまった病室のドアが開く音と共にソーマが入ってきた。

 

「ん。おはほ。」

 

言い切ってから口の中に入っていたお粥を飲み込む。……完食。これならあと三杯はいける。

 

「起きてたのか。……大丈夫そうだな。」

《おー。ソーマじゃん。実はこの四日間毎日来てた唯一の人。》

 

イザナミが面白がるように言った。

 

「……他の人は毎日じゃなかったんだ……って、あ。間違えた。」

《こんな時に間違えてどうするの。》

【ごめんごめん。まだ慣れなくって。】

 

イザナミと話すときはこっちじゃなかったんだった。……今更思い出しても遅いけど。

 

「誰と話してんだ?」

 

……やはり怪訝そうなソーマに聞かれる。ま、確かソーマはこの間何となく察してたっぽいし……

 

「私のコア。」

 

特に何でもないことのように伝えると、なぜか彼は頭を押さえた。

 

「どしたの?」

「いや……なんでもない。……こっちでも夢物語か……」

 

……何がなんだかわからないけどとりあえず問題なさそうなので放置。

 

「ねえねえ。みんな今どうしてるの?」

「サクヤはツバキとディスクを調べてる。他の二人は外部居住区の家屋やらを直してるみてえだな。」

「?」

 

家屋を直すって……

 

「お前がぶち抜いたりインドラが破壊したり跳弾で風穴が空いたり……そういうのを修復中だ。被害がでかいから少しでも人手がいるらしい。」

「あ、そういうこと。」

《結構大変だったんだね。》

 

ひょこひょこ会話に出てくるイザナミ。……彼女もソーマと話せれば楽なんだけど……

 

「何にしても……四日前のあれは何だったのか聞かせてもらいたいんだが。」

 

ソーマが話題を変える。……四日前、というと?

 

《ほらほら、インドラと戦った日だよ。聞いてるのはたぶん私が出てた間のこと。》

【あー……それか。】

 

説明を受けて初めて理解する。そういえば四日間寝てたんだ。

 

「んと……なんか私のコアに人格が出来てて……まあイザナミって言うんだけど。その子がやったことだからよくわかんない。」

「……あいつか。」

 

なんだか納得した様子だけど……ま、いっか。私も説明するの大変だし。

 

「辿々しいなあもう。要は神楽を媒介に私がやったこと!終わり!」

 

勝手に私の口が動き出した。……犯人は当然、イザナミである。

 

「ちょっ!いきなり何するの!」

《だってー。まどろっこしいんだもん。あ、それとまた間違ってるよ?》

 

とぼけるかのように笑う彼女。が、私はそうも言っていられない。

 

【予告くらいしなさい!っていうか勝手に使うな!】

《いやいや。私が使ったのはあくまでも、神楽の体に散らばった私の偏食因子だから。》

 

……反論不能である事を悟る私。そしてソーマは……

 

「……苦労するな。」

「人事みたいに言わないで……って、人事か。」

 

なんだか、結局いつもの調子だ。そう思えることが楽しい。

 

「ああそれと……」

「ん?」

 

話を変えようとする口調で口を開くソーマ。まあ、四日間も寝ていたんだから話さないといけない事も多いんだろう。

 

「お前の服。背中が破れたから桐生に縫い直しを頼んでおいた。部屋に戻ったら着てみてくれ。少し形も変えさせたからな。」

「形?」

 

そんなに体型は変わってないと思うんだけど……そんな的外れなことを考えたり。

 

「……あの翼を出せるようにした。って言った方が分かりやすいか?」

《それ嬉しい。……でも……次いつ出なきゃいけなくなるんだろう?》

 

イザナミはイザナミで不安そうに呟く。今回みたいに、彼女に前に出てもらわないといけないような状況には確かになりたくない。

 

「わかった。ありがとね。」

「ああ。」

 

と、彼は少し首の後ろを掻き……私の頭に手をそっと乗せた。

 

「……おかえり。」

 

そっか。四日間寝ちゃってたんだもんね。

 

「んと……ただいま。」

《……また仲睦まじいことで。》

 

呆れるようなイザナミの声を聞きながら、束の間の暖かさに身を任せていた。

 

   *

 

「護送ヘリの着陸を確認。お疲れさまでした。何か問題はありませんか?」

 

支部長がヨーロッパへの出張から帰ってきた。昨日タツミとジーナさんが護送ヘリで出たわけだから、アラガミとの接触もなく順調に帰ってこられたのだろう。

 

「俺らも支部長もパイロットも問題なしだ。とりあえずヘリの整備だけリッカ達に頼んでおいてくれ。」

「うん。じゃあ報告書の提出、お願いね。」

「分かってるって。じゃ、後でな。」

 

無線が切れた。どれだけこの仕事を続けていても、任務に出ていた人達が無事に帰ってきたときの帰還報告にはやっぱり安心させられる。

 

「タツミさん達、帰ってきたんですか?」

 

ちょうど任務を受けに来ていたカノンさんから聞かれる。

 

「あ、はい。帰投中も何もなかったそうです。」

 

そういえば博士が支部長が帰ってきたら教えてほしいって言ってたっけ。それを思い出して私は博士にメールで連絡したのだった。

 

   *

 

それからほんの数時間後。

 

「やあ。向こうで収穫はあったのかい?」

「……それよりもペイラー。入るときは許可くらい取ったらどうだ?」

「まあまあ。次からは注意するさ。それで、結果は?」

「特異点反応は確かに確認されていたようだが、あいにく何も。……この極東地域にいることはほぼ確定した。」

 

彼の出張……本当にヨーロッパへ行ったのなら、それは特異点反応が確認されたとのデータの確認が目的だ。

まあそのデータは、僕が作ったものだけどね。

 

「すでに捜索も開始している。匿われている、または捕らわれている線も含めてな。」

「というと?」

 

……彼の様子からして僕がもう発見したことは気が付いていないみたいだけど……

 

「あのカルト集団……最近活動が活発化しているらしい。自分達を捕食しないアラガミを見つけたとしたら、その活発化にも説明が付くと思うのだが、どうだ?」

 

ははあ……そっちから推測したのか。

アラガミを神と崇めるカルト集団による被害はこの二週間余りの間で激増している。つい先日も、その集団とは無関係な一般人がアラガミに捕喰されかけた。

 

「何とも言えないね。推論を立てるとすれば……例えば人と同じような進化を遂げたなら、自分と同系統のものを捕食しない、というアラガミの偏食傾向によって人が捕食対象から外れることは……あり得るかもしれないね。アラガミを神として崇めている彼らだ。そんなアラガミが現れたとしたら、狂喜乱舞すること請け合いだろう。」

「そうか。……まあいい。私がいない間に何か変わったことは?」

「いつも通り……まではいかなかったかな。新種のアラガミが出てね。四日前に第一部隊長が負傷。ついさっきまで眠っていたよ。明日には退院すると思う。」

 

他にはシオのことがあったけどね。

 

「……彼女も病室に好かれているな。まるで新人の頃のソーマだ。」

「彼も病室によく入っていたね。雨宮姉弟をずいぶんドタバタさせて。」

 

他愛もない会話。ヨハン……それもそろそろ、終わりに近づいているのかい?




そういえば博士視点は初めてでしたっけ。やっぱり難しいですね。
本日投稿予定の残り二話ですが、この回の投稿が終わった後に章管理を行うので少し間が開くかと思います。


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どたばたの前半

さてと。
なんかわけの分からないサブタイですが、とりあえずこの回と次とが続き物なのでこういうことになってます。
…と言いつつ次回のサブタイとの共通点がまったくないのですが…


どたばたの前半

 

「んしょ。おはよ。」

 

いつも通り家族の写真へと声をかける。

あれからさらに二日。退院後初の朝だ。ちなみに八時。

 

《お。起きた起きた。夜中にメール来てたよ?》

 

彼女と話すことが出来るようになって一番楽になったのがこれかもしれない。

コアであるが故に睡眠その他色々なことを必要としない彼女は、どうも私が寝ている間も起きていられるらしい。だから夜中にメールが来たら朝一で教えてもらえる。……ターミナルからの受信音はなかなかに小さいので、眠りの浅い私でも全く気づかないのである。

まあ、彼女自身私が起きている間にいくらか寝るのを生活の一環にしているようだが。ある程度のリズムを組みたいらしい。

 

【そっか。ありがとね。んで……誰だった?】

《受信音全部同じにしている人の台詞じゃないよねそれ。》

【……はい。】

 

……だって設定面倒なんだもん……

と、そんなどうしようもない会話はおいておくとして。

 

【お。サクヤさんだ。】

《あーそういう。》

 

アリサと一緒に来てほしい。サクヤさんからのメールにはそうあった。ディスクを調べ終わったのだろう。

 

《どうする?もう行く?》

【受信時間見ようよ……】

 

受信したのは三時。ということはほぼ間違いなく、ツバキさんと話していたのだろう。まだ寝て……いや、ベッドに横になったばかりかもしれない。

 

【ひとまず任務に行ってからかなあ。】

 

とは言ったものの……ソーマはコウタと偵察に行ってるらしいし……あ、そういえばアリサもタツミさん達と行くんだったっけ。しかもサクヤさん誘いにくいし……よし。一人で行こう。でも今日は別に行かなきゃいけない訳じゃないんだよね……

そんな考えを巡らせていると、イザナミがふてくされたように呟く。

 

《むう……早く知りたい。》

【我慢。そしてまずはご飯。】

《はーい。》

 

まあ、早く知りたいのは私もなんだけど……こればっかりはねえ……

 

   *

 

「おっす。待った?」

「いや。だいたい集合時間にはまだあるだろ。」

 

地下鉄跡で偵察任務。それもソーマと二人か……なんか久しぶりだな。

 

「だってお前いつも仏頂面じゃん。知らないやつっから見たら怒ってるって思われるぜ?」

「仕方ねえだろ。真顔がこれだ。」

 

そう言って顔を背ける。ま、ここで初めて会ったときよりずっとましかな?

……何をしにここへ来た、か。二言三言の自己紹介の後でそう聞かれたはずだ。家族を守れたらそれが一番、ってそう答えたっけ。

 

「さっさと行くぞ。」

「わかった。」

 

少し先に行っていたソーマを走って追いかける。そこで、ふと思いついた。

 

「なあなあ。今日さ、俺んち来ない?」

「あ?」

「いやそれがさ……第一部隊のこととか色々書いて家にメールしたりするんだけどさ。そうしたら妹がみんなに会いたいって言ってるらしいんだ。んで俺今日いったん家に帰るんだけど……どう?来ない?」

 

……まあはっきり言うと、ソーマに会いたいみたいなんだけど……ソーマにはもう彼女がいるんだぞーって言っても会いたいって言ってたし。が、それ以上に……

 

「今日か……ずいぶんいきなりだな。」

「あ、もしかして忙しい?」

「いや。そういう訳じゃないんだが……」

 

……こいつ……またこの後任務に出るつもりかな?

 

「もう一個任務行く、とか言うなよな。」

「……」

 

最近ソーマが任務に出すぎだっていうのを、ちょうど今日の出撃時にヒバリさんから聞いた。たぶん神楽に少しでも無理をさせないように頑張っているんだろうけど……そんな風に任務に行きまくって神楽がぼろぼろになっていた前例がある以上は、こいつにも休みを取らせないとだめだ。

 

「ああもう来い!アナグラまで帰ったら……いや!帰り道でそんまま寄ってけ!っていうか泊まってけ!ジープは俺が返しといてやる!」

「は!?ちょっと待て!」

 

そうこうしている内にグボロ・グボロの堕天種を見つける。

 

「よし!あいつ倒したらすぐ行くぞ!……ジープ運転すんの俺だから拒否権なしな。」

 

行かない、なんて言っても、こっちが強引に連れていけばいいんだ。……そうでもないとこいつは休まないだろう。

 

「ったく……仕方ねえな。コウタ、背中は任せる。頼むぞ。」

「任せとけ!」

 

よおし……今日は速攻でいくか。

 

   *

 

「……あれ?このパン出来悪い?」

 

結局今日は任務なし。……行かない、というのではなく、そもそも任務がないのだ。急を要するものがないだけではなく、位置を特定しているアラガミが一体もいないらしい。……なぜなのか聞くとヒバリさんは曖昧な答えを返してきたが。

でもって今日ソーマは帰ってこないらしい。なんでもコウタの家に連行されることに決まったのだとか。

更にインドラ討伐の時に見つけたあのアラガミを引き寄せる機械のことも報告した。

というわけで、私は朝の食パンを作ろうとしているのである。……が。

 

「うーん……小麦粉は変えてないんだけどなあ……」

 

とりあえず表面は焼き色がついている。ただ、持ったときの感触がぐねぐねしているのだ。焼き上がりのふかふかしたあの触り心地はいったいどこへ……

ちなみにイザナミは寝ている。……まあ寝ているというのが正しいかどうかはともかくとして、だけど。

 

「……あ……」

 

と、ひとまずそのパンを二つに割ってみたところ……

 

「あちゃあ……もしかしてオーブンがだめになっちゃったかな?」

 

中に火が全く通っていない。そのせいで生地が膨らんでいない。そりゃあ失敗するよねえ。

……っていうか、オーブンの中もほとんどあったまってないじゃん。

 

「リッカさんに見てもらおうかな……」

 

こんな流れで、私はエレベーターへ向かったのだった。

 

   *

 

エントランスに降り、そのままの足で保管庫へ入る。リッカさんはすぐそこにいた。

 

「リッカさーん。オーブンの調子が悪いみたいなんだけど……?」

 

彼女が入って右側のある一点を、端末を片手に凝視しているのに気が付いた。そこにあったのは、巨大な刀のようなもの。

どこもかしこも真っ白。すこしだけ入ったラインの部分だけが、白でなく黒で着色されていた。

二つの刃があるようで、一方はその私の神機に似た形状、もう一方はコンバットナイフのような形で持ち手に直に取り付けられており、その刃は持ち手の向こう側を通りつつ逆側のブレードの刃へと繋がっている。その間だけは、自分の方へ曲線を描いている。

そのナイフの真逆にはまるで銃身のようなパーツが、ナイフと同じ様な取り付け方をされていた。ブレードの腹に向かって、その外側から斜めに短くなっていくような縦幅が長いバレル。その根本付近からは、持ち手部分をいくらか覆う様な鍔が延びている。

そんな風にして取り付けられた銃身のさらに向こう側。ナイフよりも外側へせり出している長いブレード。神機の方のブレードを太刀としたなら、こちらはレイピアと言えるだろう。私のものと比べて細く長く、そして畳むことが出来なくなっているのか繋ぎ目が一切ない。

そして、持ち手と銃身らしきものとの繋ぎ目にはケーブルが繋がっている。その先にはカプセルがあり……

 

「あ、もしかして……」

 

少し近づく。やはり、そのカプセルの中身は銀色の球体。怜の複合コアだ。

 

「リーッカさん。」

「わっ!っとと……もう。いきなり何……あれ?今日何もないんじゃなかったっけ?」

 

後ろから声をかけつつ両肩をポン、と叩く。それだけで思いっきり驚いたリッカさん。

 

「んと、なんか部屋のオーブンの調子が悪くって。それで見てもらおうかなーって思って来たんだけど……」

 

目線をリッカさんから刀のようなものへ移す。

 

「これって、昨日病室に来て怜のコアを使ってもいいか、って聞いてきたやつ?」

「そうなんだけどね……どうも数値といい何といい安定しなくって……あ、触っちゃだめだからね?」

「分かってるって。でも、そっかあ……やっぱり難しいのかなあ……」

 

リッカさんのお父さんが残した図面から作った。そこまではもう聞いてある。なんでも、前に見せてもらった手帳に書いてあった図面なのだとか。

 

「まあ、複合コアでの神機作成自体が初の試みだからね。お父さんも結局はやっていないわけだし……五里どころか何百里も濃霧に呑まれているような感じだよ。」

 

端末を置いて私の方を見るリッカさん。……なんだかんだとぼやきつつも、その顔はとても楽しそうに笑っている。

 

「それと。最近ずいぶん無茶してるみたいだけど……」

「う……ごめんなさい。」

 

口調が変わった。……ちょっと怒ってるかも……

 

「君も神機も、替えなんてどこにもないんだからね?特に君の神機は……君にしか使えないんだから。」

「え?」

 

リッカさんが言った意外な言葉。私にしか使えないって……普通にアラガミのコアから作ったものなんだから、ごくごく希には使える人が複数名いる……最低でも、永久に私以外が使えないと言うのはないはずなんだけど……

 

「君の神機……実は、複合コアを使っているの。たぶん私のお父さんがあなたのお父さんからもらった中の、今残っている唯一の完成品。」

「……え?」

 

完成品……ということは、私のコアと同じ様なものなのだろう。

 

「解析したら君のコアと同じ数値が出たんだ。きっと、桜鹿博士がもともといくつか作ったんだと思う。……日付をよく見たらね……第一ハイヴが壊滅する前日に、あの手帳に書いてあったデータを解析していたの。」

 

なおも続くリッカさんの言葉。にわかには信じられないけど、彼女が言うのだから間違いないのだろう。

 

「だから、君がこの間手帳を見に来てくれたときに話していたことと重ねると……」

 

手帳を見せてもらったときに私の過去のことは掻い摘んで話してある。

 

「……七月五日にもらったコアを、その翌日に解析して、七月七日に来るはずだった私達へのお土産を用意しようとしてた、ってこと?」

「そうなると思う。……まあ、お土産の内訳は面白かったけどね。」

 

話が変わったな、と思いつつ……お土産の内訳が気になる。

 

「えっと、桜鹿博士にはお酒、冬香さんにはスカーフ、君と怜君にはそれぞれ服と玩具。……まあ見事にそれぞれを捉えたお土産だことで。」

「あはは!でもらしい、っていえばらしいよね!」

「いやあ……我が父ながらこのセンスには感服するよ。」

 

そうしてひとしきり笑ってからリッカさんが話を続けた。

 

「まあそういうわけだからさ。みんなが大切なのはいいけど、自分も大切にしなよ?装甲勝手に強化しておいたから、後で素材とお金ちょうだいね?」

「え!この間のブレードの強化でお金も素材も……」

「言い訳無用。さーて。オーブンだっけ?見に行こうか。」

「ちょっ……リッカさん!?」

 

……いつものように負ける私であった。




私にとってのリッカさんって、なんだか主人公で遊ぶ癖がある人になってるんですよね。GE2でキャラエピ進めたら更にそれが固定されちゃって…


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交錯

はい。前回の続き物のくせに前回と全く繋がりのなさそうなサブタイですね。
…っていうのはおいておいて…
大型投稿三日目三つ目。ラスト行きます!


交錯

 

リッカさんにオーブンを直してもらい、素材を渡して早二十分。すでに時刻は午後三時。

 

《わー……すっからかん。327fcって……どうやったらこうなるの?》

【う……】

 

神機の装甲の強化。リッカさんによる好意……なんだとは思うんだけど、せめてこっちが準備するまで待ってほしかったと思うお財布事情である。

まあいろいろと素材はあるからそれを売ればいい。だからこうしてターミナルをいじっているんだけど……

 

《いざという時に限って何だかどれもいつか必要になる気がして捨てられない神楽ちゃんであった。》

【うう……】

 

一応普段から倉庫の中は整理している方なのだ。いらない素材があってもどうしようもないから、なんて思いつつ売り払い、そのお金をいつもの食費に回して少し贅沢をする。そんな感じなんだけど……

 

《でもって昨日本当にいらない素材は売っちゃってた神楽ちゃんであった。》

【うぐ……】

 

……と、いうわけで……

 

【……諦めよう。そしてサクヤさんのところへ行こう。】

 

ここで失礼なことを言うイザナミがいるのはいつものことである。

 

《え?まさか先輩にたかる気じゃ……》

【するか!】

 

……まあ、晩御飯くらいは一緒に食べようかな。なんて思ったりはしているのだけど。とりあえず一緒に作って食べると……あ。

 

「そういえばアリサ……教えてほしいって言ってたっけ。」

 

結構経ってるけど、ちょうどいい。三人でわいわい作るとしよう。

 

   *

 

サクヤさんの部屋に着いたときには、すでに二人は紅茶を飲みながら談笑していた。

 

「あ、リーダー。待ってましたよ?」

「ごめんごめん。」

「紅茶淹れるわね。」

「あ、ありがとうございます。」

 

そんな会話を交わしつつソファーに腰掛ける。席は壁側のアリサの隣だ。

 

「はい。神楽ちゃんの。」

「ありがとうございます。……あ、おいしい。」

 

サクヤさんは紅茶にはこだわりがあるのだとか。茶葉をいろいろ買ってきているのを見たことがある、とヒバリさんが言っていた。……でもコーヒーもこだわっていたような……もしかして飲み物全般?

 

「そういえば今日はソーマもコウタも帰ってこないのよね。……ありがたいことに。」

 

蔭をおびたサクヤさんの言葉。その手には一枚のディスク。

 

「あのディスクですか。」

「ええ。中身もなかなかすごかったわ。ツバキさんに手伝ってもらって、やっと意味を理解するくらいにね。」

 

……朝届いていたメールの受信時間の謎がここで解けた。よく見ると、サクヤさんの顔にうっすらと隈ができている。

 

「まったくもって面倒な事してくれたものね。帰ったら文句言ってやらないと。」

「あはは。……なんかすごそうな気がするのって気のせいですか?」

「大丈夫よ。半日言い続けるだけだから。」

 

えっと……

 

「そ、それはそうと。それの中ってどんな事が書いてあったんですか?」

 

アリサが話を元に戻す。なんともすばらしいタイミングであると言わざるを得ない。

 

「そうね。そろそろ見せましょうか。」

 

そう言って立ち上がるサクヤさん。私とアリサもそれに続き、ターミナルの前まで来る。

無言でディスクをセットし、パスワードを入力していく。

 

「パスワード……かかってたんですか?」

「あ、ううん。これは私がかけたの。こんな重要な物にパスもかけないなんて……リンドウも用心深いのか何も考えてないのかわからないわね。」

 

……サクヤさんが文句ばっかりになるのも分かるなあ。

そうこうしている内にファイルが開かれた。……アーク計画の見出し。全容、詳細等があるその中に……搭乗者名簿?それにプロジェクトファイル?

 

「とりあえず全容からね。」

「あ、はい。」

 

ちょっと気になる見出しだったけど、まずは全体を把握しないとわからなさそうだし……

画面いっぱいに表示された文書を読み進めていく。……内容は突飛なことばかり。

人工的に作り出した、終末捕食の現況たるアラガミであるノヴァ……世界を喰らうと言われるそれを用いて人工的に終末捕食を発生させ、地球をリセットする。

その際、支部長によって選抜された人間たちは改修された宇宙船によって大気圏外へ避難。終末捕食が終わり、全てがリセットされた地球で再度人の文明を構築する……

 

「……またわけの分からないこと言ってますね……」

「っていうより、こんなこと可能なんですか?」

 

私達からの質問を受けたサクヤさんはこう答えた。

 

「榊博士が、もうずっと前から提唱している説よ。ノヴァと終末捕食はね。科学者としては最高峰の榊博士が言っていたことなら、あり得るわ。」

「なるほど。」

 

確かに科学者としてはすばらしい。なんだかんだと博士の論文は目にするし。

 

「で、これが本当として……」

 

そう言ってさっきのファイルの中から名簿を選択するサクヤさん。

 

「おそらく、これが宇宙船の搭乗者名簿……と、ツバキさんが言ってたわ。」

 

ツバキさんが、というところにアリサが反応する。

 

「……さりげなく責任転嫁しました?」

「だって私には全く分からなかったんだから……それはともかくとして、二人とも……これを見て何か気が付くことはない?」

 

名簿は横書きで、左から人名、身分等の補足事項の順で書かれている。共通点があるのは補足事項のところだった。

 

「ほとんど……フェンリルの支部の支部長とか、本部の重役とか……あとは科学者とかですね。みんなフェンリル関係みたいですけど……」

「あ、ほんとですね。」

 

それを発見した私とアリサを見てサクヤさんが口を開く。

 

「そう。利権がらみか何かは分からないけどね。」

 

支部長がやっているのはとてつもなく大きな計画だ。資金、物資、その他いろいろな面で、こうしてフェンリルの重役に餌を与えることは私達が考える以上に意味を持っているのだろう。そうだとすれば、このメンバーも当然のものなのだろう。

 

「さてと。とりあえず関係が深いのはこのくらいね。」

 

それだけ言って、プロジェクトファイルについては何も言わないままターミナルの電源を落とした。

 

「え?サクヤさん、さっきのプロジェクトファイルって……」

 

アリサが問う。それに対し、サクヤさんはただこう告げた。

 

「あれに関しては、扱いが決まってから教えるわ。」

 

首を傾げる私とアリサを余所に、サクヤさんは空の紅茶のカップを持ってキッチンへと消えた。

 

   *

 

「ごめんなー。ノゾミのやつ、お前に会ってみたいってずっと言っててさあ……ちゃんと休ませてやりたかったんだけど……」

「気にするな。アラガミが来るかもしれねえってアナグラで考えているより、こっちでお前の妹の相手をしてた方がずっと休まる。」

 

少しだけ笑いつつコウタを見る。結局、こいつの妹の相手をするような形になった。

 

「今は神楽といると……逆に気い張ってるみてえだからな。あいつには悪いと思うんだが……」

「まあまあ。それもあいつのこと心配してるだけなんだろ?」

「……ああ。」

 

それが行き過ぎなのは自分でも分かっている。……分かっているだけに、なかなか改善方法が見つからない。

神楽が自分からやられにいくようなことはないと確信している。が、誰かを守ろうと思っているときのあいつは全く後のことを考えない。それが彼女の生い立ちに原因があり、俺からどうするという問題だとは言えない。それが、俺がどうしても不安になる原因だ。

 

「……あいつは……無理をし過ぎだ。それがどうも危なっかしい。」

「まあなー。一応神楽も分かってはいるみたいだけど……やっぱ、この間のインドラの時みたいになるとヒヤヒヤするよなあ。」

 

……アナグラを守りたい。その一心で、危うく命を落としかけた。それを間近で見た後では心配せずにはなかなかいられない。

 

「でもさあ。」

 

コウタが話を切り替えるように言い出した。

 

「ソーマは、神楽が死ぬと思ってるのか?」

 

目の前のアホ面が発したのは、俺を上から押しつぶしてくるかのような言葉。

 

「別にそう言う訳じゃないんだろ?んじゃあ良いんじゃねえの?」

「……どういう意味だ?」

「そりゃまあ、あいつも危なっかしいけどさ。でもそれにいちいち神経質に反応してたら身が持たないぜ?だいたいあいつちょっとやそっとじゃ怪我もしないんだし。」

 

なんとなく言いたいことだけは伝わってくる発言。……実際、いちいちそうやって反応する気はないが……

 

「ほら、これまでもちゃんと帰ってきてるしとりあえず生きてるじゃん。……それに、あいつが一番無理してたのはお前とほとんど話していなかったときだったし。」

 

……少し話が逸れたような気がする。これは止める方がいいだろう。

 

「そうだな……適当なときに話して見るさ。もっとも、聞くかどうかは分からねえけどな。」

「……あ、そうか。……まあそんなら良いんだけど……」

 

話を途中で止めることになったからか少し話し足りないような表情のコウタ。

 

「また相談に乗ってくれないか?」

 

……そのコウタに、これからも意外と助けられそうだ。今はそう思う。

 

   *

 

……翌日。アナグラに帰った俺を迎えたのが腹を下した瀕死の神楽であったことは気にしないでおく。




…アリサですね。間違いなくアリサですね。
と、いうわけで、ついに大型投稿終了となりました。なんか面倒なこと始めやがったなこの野郎と思ったかもしれませんが、ぜひこれからもお付き合いください。


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特異点の発動

おはこんばんにちは!お久しぶりです終焉ノ余興です。
あの大型投稿から早一ヶ月。電車の中とか寝る間を削った空き時間とか…
そんなこんなでやっと次話投稿です。
…一話だけですが。


特異点の発動

 

サクヤさんにディスクの中身について説明してもらってから数日。特に変わったこともないままに今日に至る。

そして今日は久しぶりにシオのご飯調達。というかお目付け役だ。メンバーは私以下第一部隊女性陣。ダイニングは空母跡。

 

「いたわ。クアトリガだけみたいね。」

大型の数も少し増え始め、アナグラを相当数の神機使いが出払うこともあるようになってきている。今日もシユウ堕天種とクアトリガを同時に討伐しなければならないほどだ。

そのクアトリガをたった今見つけたわけで。

 

「ごは……」

「まだですよ。シオちゃんはもうちょっと落ち着いてください……」

 

呆れ気味のアリサに抑えられるシオ。その様子を眺めつつ私とサクヤさんは忍び笑いを漏らす。

 

「よっし。行くよ!」

 

   *

 

「メンテ終わった?」

「バッチリだと思うよ?要望のあった重心位置も変えてみたし。また何かあったら言ってよ。」

 

神楽達が出撃してから二時間弱。もうそろそろ終わる頃だろう。

 

「けっこう大幅に動かしたから今日はテストくらいにした方がいいかも。」

 

コウタの神機を見つつ語るリッカ。その横には俺の神機も並んでいる。

 

「で、ソーマのなんだけど……こっちも要望通り、重心を前にずらしておいたよ。その分刀身を伸ばしたから、リーチに気を付けてね。」

「ああ。素材はどうする?」

「もうリストは送ったから暇なときに持ってきて。あ、コウタもね。」

「……あんま残ってないんだよな……」

 

相変わらず仕事が速い……そう感心したのとほぼ同時に、開いていたゲートからヒバリの声が入ってくる。

 

「エイジス内部にアラガミが侵入しました!ソーマさん、コウタさん、出撃を!」

「エイジス!?」

「リッカ!」

 

ロックを解除しろ。その言葉は神機のロックが解かれる音にかき消される。

 

「無理はしないでよ!」

 

彼女の言葉を背中に受けつつ、神機を掴んで輸送ヘリへ向かおうと格納庫奥のゲートへ走り出す。

 

「ヒバリさん!種別は?」

 

後ろを走るコウタが携帯端末で連絡を取る。

その直後。

 

「ソーマ!待った!」

「何だ!」

 

突然制止したコウタに罵声を浴びせつつ止まり……

 

「……探知機の誤作動っぽいって……」

 

肩を落とした。

 

   *

 

出撃から二時間経ったくらいだろうか。討伐もシオのご飯も完了し、少しみんなで話していた。見ているのは、エイジス島。

 

「大きいよね。」

 

感嘆とも皮肉とも取れる声で呟くサクヤさん。

 

「エイジス島……ですか?」

「ええ。」

 

もとは希望だと信じていた。あれの建造が完了すれば、私の家族みたいにアラガミに殺されてしまう人も、それによって悲しむ人もきっといなくなる。そう信じていた。

信じて……いたのに……

 

「……そろそろ帰ろっか。」

 

なんだかいたたまれなくなってみんなに声をかける。シオをあまり長く外に出しておくわけにもいかないだろうし……

 

《大丈夫?》

 

イザナミから心配そうな声で聞かれる。

 

【……正直、ちょっと辛いよ。】

《……そっか……》

 

私と同じような思いがあるのだろうか?彼女の声も沈んでいる。

そして、私がイザナミと話を終えたのとほぼ同時にそれらは起こった。

まず爆発音。音はエイジス島から響いてきた。そちらを確認すれば、黒煙の立ち上るこちら側の外壁が目に入る。それを詳しく見ようと双眼鏡をのぞき込む私へサクヤさんが叫ぶ。

 

「アラガミなの!?」

 

が、そこにアラガミは見えず、その黒煙が立ち上る外壁部分のすぐ横にある足場から駆け下りる作業員がいるのみ。工事中の事故なのだろうか?

 

「アラガミはいないみたいですけど……アリサ、ヒバリさんに繋いで。サクヤさんはシオを連れて来てください。残った小型を食べに行ったみたいなので。」

「はい。」

「分かったわ。」

 

桟橋へ走っていくサクヤさんと急いでアナグラへ通信を繋ぐアリサ。その間私はエイジスの確認を続ける。

 

「……特にアラガミが来たというわけではないそうです。一瞬装置が誤作動を起こしたりはあったそうですけど。」

「誤作動?」

「いきなりエイジスの内部からアラガミの反応が出たらしいです。コウタ達が出撃しようとした直後に消えたって……単純な誤作動らしいですよ?」

 

エイジス島に設置しておくセンサーてこの間置き換えなかったっけ……そんな疑問はサクヤさんの声でかき消される。

 

「シオがいないわ!」

「えっ?でもさっき桟橋に残りを食べに……」

 

ひょこひょこと嬉しそうに歩いていったはずだ。いつもならそこで待っているか戻ってくるかなんだけど……

 

「あ、シオちゃんいましたよ!」

 

と、アリサが声を上げる。同時に指さす先には空母の海側の端に向かって歩くシオ。桟橋とは逆の方向だ。

 

「シオー!戻っておいでー!」

 

サクヤさんがまず呼びかけた。……が、全く気が付く気配がない。それどころか、エイジスを見つめたまま歩き続けている。

その口から漏れる言葉。

 

「……ヨンデル……」

《神楽!まずい!絶対に止めるよ!》

 

焦った口調で突然叫ぶイザナミ。その言葉と同時に私の足は地を蹴った。

 

【え?え、え、え?】

《あの子を抱き止めて!》

 

ふわっと体が浮き上がる。その刹那速度が飛躍的にあがり、地面すれすれを飛ぶようにシオの元へ向かっていく。イザナミが翼を生やしたようだ。

 

【……なんか分かんないけど、了解!】

 

シオを抱き止め、その直後にイザナミが急制動をかけた。

 

「神楽ちゃん!大丈夫!?」

「リーダー!シオちゃん!」

 

後ろから聞こえる二人の声に一旦振り返る。

 

「大丈夫!ちょっと待ってて!」

 

答えた後、抱き止めたときに気を失ったシオを見つつイザナミに言う。

 

【……後で説明してよ?】

《分かってる。》

 

見えはしないが、真剣な面もちをしているであろう彼女を感じ取れた。

 

   *

 

その三十分後。博士の研究室へシオを運んだ私は自室のソファーに横になって目を閉じていた。イザナミと面と向かって話すためだ。

 

「……で、どういうことなの?いきなり体動かすわいきなり飛ばすわ……」

《ごめん……》

「いや怒ってるとかじゃないけど……」

 

あの時シオに何かが起こっていた。そしてそれがまずい方向のものであることは容易に想像できる。でなければイザナミがあんな風に動くはずはないだろう。

 

《サクヤさん達も驚かせちゃったよね……》

「そりゃそうでしょ。あれじゃあ私が自由にやってるみたいだもん。」

 

実際のところ疲労とかはイザナミが受けてくれているし、私自身についてはほぼノーリスクだ。別に侵食が進むこともなく(というよりすでに100パーセント侵食されているし)、そもそも一人で出たときはイザナミに言って生やしてもらったこともある。……ウロヴォロス種の団体様御一行と戦うためだった。

と言っても長く続くようなものではなく、彼女が私の体を完全に動かしているのでなければせいぜい十秒……長くもって三十秒が限界だ。

 

「その辺は後できっちり説明するとして……私が聞きたいのはなんであんなに慌てて止めたのかだよ。」

 

少しだけ黙ってからイザナミは言葉を紡いでいった。

 

《シオが……終末捕喰の発生原因の一つになる、って、そう言ったら信じてくれる?》

「……?」

 

信じられる云々の前にその言い方がよく分からなかった。終末捕喰って、ノヴァって言うアラガミが起こすんじゃなかったっけ?

 

《終末捕喰がノヴァによって引き起こされる。これは誰でも知っていることだけど、そのコアについてはほとんど知られていない。それは、ノヴァとは別の所を発生点としたものであって、ノヴァとは元々別のものなの。》

「え、えと……うん。」

《そのコアは俗に特異点って呼ばれてる。支部長が探しているのはそれね。》

「……うん……」

《ノヴァが終末捕喰を起こすにはノヴァ本体に元々あったコアに特異点が吸収される必要がある。だから、ノヴァはある時期になると特異点を呼び寄せ始める。その一発目が、さっき。》

「……」

《……分かる?》

「半分くらい。」

 

苦笑いを浮かべるイザナミ。そんな表情をされても、分からないものは分からないわけで……

 

《うーんと、簡単に言えば終末捕喰にはシオが必要なの。シオのコアがないとノヴァが動かない。っていうか、終末捕喰を起こせない状態のままになるって言った方が正しいかな。》

「ふーん……なんか面倒なアラガミだね。」

《まあ、世界最大のアラガミだし。》

 

腕を頭の後ろで組んで足をぶらぶらさせながら浮いている。ほんと面倒な奴だなあ、とでも言いたさそうな顔で。

そして私には一つの疑問が浮かぶ。

 

「あれ?でも何でそんなに詳しいの?いくら同じアラガミだからって異様に詳しくない?」

 

その言葉に、彼女は一瞬身を強ばらせた。

 

《……じゃあ、もう一つ信じてほしい。》

「え?うん……」

 

特に否定する理由もない。そのまま続きを促した。

……その、続きを聞いたことを、私はしばらく後悔することになる。

 

《ノヴァは……特異点を吸収するまでは普通のアラガミと変わらない、コアを持った一体のアラガミで……そのノヴァの今のコアは……》

 

また何秒か口を閉ざし、意を決したかのようにおもむろに最後の言葉を口に出した。

 

《S-HK0707……神楽の、お母さんのコア……》

 

……いったいどれほどの時間がその後の沈黙に費やされたか。私には知る術もなかった。

 

   *

 

「それで、海に……と言うよりエイジスに向かおうとしたシオを、神楽君が止めたんだね?」

「はい。リーダーがあの時みたいに飛んで……シオちゃん、どうしちゃったんでしょうか……」

 

リーダーは自室。サクヤさんはシオの食料を追加で取りに行き、私はひとまず今日のことを報告するために博士の部屋に来た。事の次第を説明していくのと呼応するかのように博士の表情も難しいものへと変わっていく。

 

「今の時点では何とも言えないね。まあ何にしても、君達が無事で何よりだよ。下手をすれば四人揃ってどこかへ、なんて事にもなりかねなかったわけだからね。」

「はい……」

 

そこまで聞くと、博士は端末を操作して一つのデータを開いた。見る限りでは探査装置のログのようだ。

 

「シオに異変が起こる直前にエイジスで爆発らしきものが起こったって言ってたね?」

「あ、私達が見たのは煙が上っていたところだったので本当に爆発があったかは……でも爆発音がしたのは確かです。」

「うん。で、時間的にはちょうどその頃だと思うんだけど……ああ、これだ。」

 

そんな風に言いながらある時間のログを拡大する。

 

「エイジスでのアラガミ反応。これ自体はすぐに消えていて、普通に考えたら誤作動としか思えない。ただ、ね……」

「何かあるんですか?」

 

またその中からごく短い時間を選んで拡大。そこからは、それまでは全て0より上に出ていたログの波形がほんの一瞬だけ負の方向へ飛び出ているのが確認できた。

 

「……これはリンドウ君の腕輪信号を隠すのに使用されているECM(妨害電波)とかなり似た波形なんだ。が、当然彼の腕輪の発信器の内蔵電源はとっくに切れているだろうし、例え彼が充電していたとしてもそれは例の機械の上から可能なように作られている。この電波は使用開始の瞬間にしか計測できないようにされているから、この波形の発生源が彼であるとは到底思えないんだ。」

 

長く、かつややこしい話に若干オーバーヒート気味の頭で必死に追いついている私を構うことなく博士は話し続ける。

 

「で、腕輪信号は元はと言えば偏食因子からの偏食場を増幅したものを指している言葉なのは知っているだろう?それの固有波形で人物を特定するわけだけど……つまり、この波形はアラガミの反応を隠すために用いられるものと考えても差し支えはなくて、って……大丈夫かい?」

「……もう分からないです……」

 

ギブアップだ。

 

「……まあ簡単に言うと、ヨハンがエイジスの中で何してるか分かったものじゃない、ってことさ。こういうものが出てきた以上、あの中で終末捕喰の準備が進められていたとしてもおかしい話じゃないね。」

 

……あれ?何で博士が……

 

「ああ、僕は彼自身からアーク計画への協力を何度も……というか今も持ちかけられていてね。それを君達三人が探っていることも知っているし、そもそも雨宮姉弟が調べていることも知っているよ。彼らについては僕も共犯さ。」

「あ、だから腕輪の……」

「うん。あれは僕が改造したものさ。だからこの波形にも気が付けたんだけど……」

 

言葉を切り、いつもとは打って変わって真剣な表情をする博士。

 

「そろそろ気を付ける方がいいよ。ヨハンが動こうとしている。特異点であるシオに異変があったのもそれと関連しているはずだ。」

 

……この後、シオが特異点という言葉に驚いた私が博士を質問責めにしたり私の頭がパンクしたりしたのは言うまでもない。相変わらず話し始めると止まらない人だ……

その博士が、最後にこう言った。

 

「ああそれから……サクヤ君の動きにも気を付けた方がいい。こちらに害は……さほど、ないだろうけどね。」

 

   *

 

「……リンドウ……」

 

神楽ちゃんとアリサちゃんには、なんだかとても悪いことをしているような気がするけど……

 

「あなたの、頼みみたいなものよね。」

 

これは、彼の恋人として、私がやらないといけないことだ。低い唸りをあげるターミナルの、彼が残したプロジェクトファイルの画面を見ながら決意した。




…マッドサイエンティストをとうとうこのポジションにしてしまった…
どうも公式小説でのある行動が頭を駆け巡り…あれ?もしかして博士も調査に加わってるとかにしたら楽しいことに以下略。
えっと、ひとまず次の投稿は半月以内に行います。やっぱり編集を一つずつ集中的に出来るのはいいですね。
それでは、また次の回でお会いしましょう。


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物語に追いつけぬ者達

どもども。再来週までには、とか言っておきながらたった三日で投稿です。
…いやあ…月日が経つのは遅いものですね。これで春になった頃には月日が経つのは早いものですね、とか言ってそうですが。
まあ今回も一話投稿ですのでどうぞごゆっくりお楽しみください。


物語に追いつけぬ者達

 

翌日の朝である。

 

「……」

《……え、えっとお……》

 

いつも通りに。でも、昨日のイザナミの話によって何となく沈んだ気持ちで起きた私を待っていたのは二通のメール。

サクヤさんとアリサから届いたそれぞれのメールを前に、私はターミナルの前で仁王立ちする以外なかった。……まあ呆気に取られたって言うか呆れてものも言えないっていうか……

 

「……あの二人は……(怒)」

《ま、まあまあ。まずは落ち着いて……》

【落ち着けるかあ!】

《……ですよね。》

 

そんな漫才じみたことをしつつ、自室のドアが開く時間すらもどかしくなりながらツバキさんの部屋へ行く私であった。

 

   *

 

「……さすがに警備が厳重ね……」

 

ここまでの通路ですら数え切れないほどの警備システムが配置され、それに発見されたのも一度や二度ではない。その度に警備員を気絶させたり果てはシステム自体を破壊したり……懲罰房行きは確実だと自分でも思う。

 

「そろそろ中心地のはず……?」

 

今いるのはかなり大きな空間の真ん中あたり。その真上に、半球体の何かがあった。

 

「これは……」

「侵入者……まさかとは、思っていたのだがね。やはり君か。」

 

それの正体を確かめる暇もなく、聞き覚えのある声とレーザーが飛んでくる。

 

「くっ!」

 

一発目を何とか避け、声の主を確かめようとするが……

 

「っ!」

 

さらにレーザーが向かってくる。

当たる。そう思って身構えたときだった。

 

「伏せてください!」

 

後ろから声が聞こえたと思ったら、真っ赤な神機を持って飛び込んでくるアリサが目の前に立っていた。装甲を展開し、レーザーを防いでからその出所へと弾丸を放つ。遅れて爆発音が鳴り響いた。

 

「ふう……危なかったですね。」

 

息を切らしながらも落ち着いた様子で言う彼女。が、私の方はそう落ち着いてなどいられない。

アリサちゃんと神楽ちゃんにプロジェクトファイルについては何も伝えず、二人に被害の無いように一人でここへ来たのだ。……だというのに……

 

「アリサちゃん!?どうしてここに……」

「話は後ですよ。今は……」

 

そう言って前を向く。遅れて聞こえてくる、先ほどの声。今度はリフトに乗った本人も出てくる。

 

「エイジス島……思っていた場所と違って落胆したかね?」

「支部長……」

 

乗っていたのは支部長一人。あざ笑うかのような表情で私達を見下ろしていた。

 

「人類最後の希望?終末捕喰にも耐えうる最後の砦?ばかばかしい……こんな島は私の計画の隠れ蓑でしかない。」

「このっ……!」

 

神機を構え駆け出すアリサ。

 

「待ってアリサ!」

「でも!」

「ここで怒ってもどうにもならないわ!」

「っ……はい……」

 

暗い表情でさっきいた場所より少し前まで下がる。支部長の方は、それに目を向けることもなかった。

 

「ノヴァを人工的に作り出し、優れた人間たちを大気圏外まで逃がしておくことでこの地球を、アラガミのいない世界に戻す。……宇宙船を手に入れるために、かなりの数の金の亡者を乗せる話にしていたが……まあ、勝手に喜んでいればいい。」

「……彼が手に入れていたリストは嘘の物だってわけね……」

 

呟くように言った私の言葉には気付かずに支部長は話し続ける。

 

「さて……非常に残念なことだが、君達はこれでそのリストから外れてしまった……」

「こっちから願い下げよ!」

「当たり前です!そんな計画、認めません!」

 

二人同時に否定の意を示す。……それに対し……

 

「安心したまえ。君達をアナグラに戻すわけにはいかないのだからね。大車!」

「?」

「え……?」

 

聞き覚えのない名前に困惑する私と、どうやら私とは別の理由から戸惑っている様子のアリサ。どちらの目線もリフトの横の台の上へ向けられた。

 

「やあ、アリサ。久しぶりだね。」

「大車……先生?」

「知ってるの?」

「私の主治医です。……最近は見かけなかったんですけど……」

 

なるほど。だからさっき……

 

「そんなに殺し足りないなら、また手伝ってあげようねえ。」

「……は?」

 

何を言っているんだろう。ただそれだけの考えしか浮かばない言葉だった。

……そして……

 

「アージン!」

「!」

 

アリサが身を強ばらせる。

 

「ドゥヴァ!」

「……アリサ?」

 

その体から一瞬力が抜け……

 

「トゥリー!」

 

私に、銃口を向けた。ぱっと見ではその目からは精気が感じられず、リンドウが閉じこめられたときと同じような様子だった。

 

「さあ撃て!アリサ!私の最高傑作!」

 

叫ぶ大車。再度びくりと身を震わせるアリサ。が、彼に操られているとは思えない彼女の動き。

 

「……アリサ……」

 

一瞬だけ口元をほころばせ、口を微妙に開けたり閉じたりしていた。間違いなく自分の意志で、だ。

大車や支部長からは彼女の背中しか見えないだろう。……あと少しで邪魔者を片付けられると思っているに違いない。

その二人が見ている彼女は私に向かって……しんじてください……一文字ずつそう言っていた。

小さく頷いてから彼女へ向かって駆け出す。少しだけ顔を綻ばせるアリサ。

 

「アリサー!」

 

その私の動きに続いて響く、げひた笑い。

 

「ははは!血迷ったかサクヤ!」

 

瞬間、彼女は撃った。

攻撃用ではない。ただ一発の回復弾を。

すれ違いざま聞いた彼女の言葉。

 

「後で、怒りますよ?」

 

……床へグレネードを投げながら思った。怒り始めたら長いだろうなあ。下手に隠さないでおけばよかったわ、と。

 

   *

 

「っ!」

 

突然の閃光で目が眩む。真上で俺が見てるって事も予想……するわけねえか。

グレネードの効果が切れた頃にはすでに二人の姿はなく、俺より少し遅れて目が慣れてきた様子の二人が騒ぎ出した。

 

「くそっ……回復弾か!」

「……面倒を増やしてくれる……大車!アーサソールに追わせろ!」

「はっ!」

 

アーサソール?例の……本部で研究が続いている新型神機使い部隊だよな……新型神機の開発時にテストパイロットとして薬物や遺伝子操作で産み出したフェンリルの汚点の象徴だったはずだが……

……何かあるな。あの部隊に変な噂はつきもんだし。無感情で無機質で人間性がないだの……普通の新型と感応現象を起こしたときにその新型が発狂しただの……最初に作られた奴がすでにアラガミとの何らかの交信をやっていただの……つーか新型神機が出来る前からやばい奴だった。そんくらいは本部長に聞いたことがあるがねえ……そういや極東でも実験中の事故があったとか何とか……

そうこう考えを巡らせている内に、下ではもろもろの作業が済まされていた。大車はどこかへ連絡……おそらくはアーサソールに対してだろう。でもって支部長は島内の異常の確認か。端末片手に無線で話しまくってやがる。相変わらず手際のいいことで。

 

「……俺も、そろそろ動くか。」

 

昨日、大きく動いたノヴァ。外壁の一部を破壊し、一時大騒ぎを起こした。この間から餌やってる様子もねえし……

今の内に、どっか切っとくかねえ。

 

   *

 

「ツバキさん!」

 

ちょうど飲み物を買っていたツバキさんを呼ぶ。いきなり呼ばれたからか、少しだけ慌てるようにこちらを振り向いた。

 

「……もう少し静かにしておけ。まだ五時だ。」

「あ、すみません……」

 

そういえば起きてすぐに来たんだっけ……たしかに大声を出していい時間ではない。

 

「よし。で、何があった?そこまで慌てて……まあお前に限っては珍しい話ではないが……」

「慌てなきゃいけないことが多いんです。」

「……ああ。」

 

がっくりと肩を落とす。ツバキさんも頭を抱えている辺り……

 

「あの愚弟に始まり……今はどうもサクヤたちが独断先行しているようだな。私の方にはメールが来ていたが、そのことか?」

「はい。サクヤさんは迷惑をかけたくないとか。アリサも私が何とかしますって……そういう問題じゃないのに……」

 

届いていたのは、サクヤさんからのビデオと文書ファイルが添付されたメールと、アリサからのサクヤさんを追うといった趣旨のメールの二つ。たぶんあの二人は、この問題がどこまでデリケートな問題なのか自覚していないのだろう。サクヤさんはリンドウさんからのメッセージで動いているんだろうし、アリサもサクヤさんが動いちゃったから、とかそのくらいな気がする。

と……

 

「あ!神楽!ツバキさんも!」

 

……なんということでしょう。この時間にコウタが動いているなんて。

 

「……今日は何が降るだろうな?」

「……月が降るかもしれませんね。」

 

まあ、そんな馬鹿話はおいておくとして……

 

「何がどうしたの?この時間に起きてるなんて……」

「いや……アリサが……」

 

彼の話は、昨日の夜に移る。

 

   *

_

___

_____

 

バガラリーも見たし、そろそろ寝ようかと思った頃。

 

「あの……コウタ?起きてますか?」

 

珍しい……というより初めて、アリサが俺の部屋に訪れた。

 

「え?アリサ?」

 

鍵を開け、彼女を中に招き入れる。これから任務なのだろうか?荷物などもしっかりと準備していた。

 

「すみません。ちょっと、いいですか?」

「あ、うん。……なんもないけど。」

 

あるものといったらコーラくらいだ。アリサがいつも飲んでいるような紅茶なんてものはない。

アリサにはソファーに座ってもらったのだが……それにしても、自分の部屋に同い年の女の子がいるのがこれほど気恥ずかしいことだとは思わなかった。神楽が来たときは何とも思わなかったのに、今はなぜか心臓が破裂しそうなほど速く打っている。

ひとまずそれを悟られないようにコーラをコップに注いで持ってきたけど……落ち着かないのが自分でも笑えてしまうほどだ。

 

「これから任務?」

 

それを渡しつつ聞くと、彼女は少し俯きながら答えた。

 

「ええ。……そんな感じです。」

 

いつもはっきりと答えるからか若干の違和感を感じる。どうかしたのかと聞く前に、アリサが口を開いた。

 

「……これからエイジスに行くんです。」

「偵察任務か。あそこって夜はアラガミ見えにくいから……」

「いえ。任務じゃないんです。」

「……え?」

 

申し訳なさそうな顔でこちらを見る。

 

「信じられないかもしれないんですけど……エイジス島の中でエイジス計画じゃない計画が進んでて、それを止めに行くんです。」

 

あまりに突飛な話に頭がショートする。……つまり……どういうことなんだ?

 

「……最期かも、しれないから。」

「え?お、おい、アリサ?」

 

物騒なことを言って、彼女は立ち上がった。まだ座ってもいなかった俺を少しだけ上目遣いに見るような格好で。

その腕が、首に回されてきた。微かに甘い香りが漂う。

 

「……え……っと……」

 

その格好のままほんの数秒。すごく長く思えたその時間が過ぎたとき、彼女は不意に動いた。遅れて気付く、重なった唇の感触。それから……首に針が刺さったかのような、微弱な痛み。

 

「……ごめんなさい……大好きです……」

「アリ……サ……何を……」

 

薄れていく意識の中最後に感じていたのは、自分の体を支える腕の感触と、彼女から香るシャンプーの香りと……

目に映る、涙に塗れたアリサの顔だった。

_____

___

_

 

   *

 

「……いい夢、見れてよかったね。」

「夢じゃないって!」

 

ぬう……アリサがコウタのことを気にしているのは知ってたけど……ずいぶんすごいなあ……

 

「……すでに向こうでは何か起こっている頃だろうな。……二人だけで行くには、相手が悪すぎる。」

「最悪の場合、も考えないといけないって事……」

「やめろ!」

 

壁を叩く音と共にコウタが叫ぶ。……何も、言えなかった。

 

「落ち着け。まだそうなったと決まったわけではない。神楽、ひとまずソーマを連れてこい。サクヤからの情報を全員で共有する。」

「はい。」

 

……どうか、無事でいて。




…書いてるこっちが気恥ずかしくなる!
はあ…とうとう第一部隊を全員くっつけちゃいました。しかも部隊内で。

さて皆様、
God eater 「past you and Now I」
という小説をご存知でしょうか?
突然何を。と思っているかもしれませんが、実はこの小説、私の知り合いが書き始めたものなんです。
私の小説とは違い、おそらくコメディより戦闘シーンが多くなるんじゃないかと。けっこう荒々しい性格なので…
今日初投稿を迎えたのですが、何分全てが手探りでの投稿となっているようでして…
やれR-18設定入れちゃったりだのやれジャンルを新しく作っちゃったりだの…
いやいやそんなこと言ってる場合じゃない。
まあ…ぜひそちらのほうも読んで頂けたら、と思います。

えっと、次回投稿もそう遠くないと思います。一話ずつですしね。
それでは、また次回お会いしましょう。


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家族

わーい!神速種さんソロパフェSSS+できたあー!
もう前作で鬼神竜帝パフェクリしたとき並みの嬉しさですよ。
…え?そんなことはどうでもいいから早く本編始めろ?
…り、了解でございます(しょぼーん)


家族

 

「じゃあ、みんなアーク計画がどういうものなのかは知っているんですね?」

「ええ。エイジスの中で見つけたデータも、中の管制室から送ったわ。ビデオファイルに偽装した通信回線もあるから大丈夫よ。」

 

偽装、か。さすがだなって思う。私はそんなこと考えもしなかった。

 

「それにしても、アリサちゃんも無茶するわねえ……コウタに告白して、私のこと助けに来て……ついでに何十個も爆弾を仕掛けておくなんて……鬼ね。」

「鬼って……だって言わずになんて来られなかったから……」

 

誰にも言わずに行こう。そう思っていたけど……

 

「……自分の想いくらい……伝えたいじゃないですか……」

 

ぼそりと呟いた言葉。聞こえてはいたようだけど、サクヤさんは何も言わなかった。

 

「さあ。そろそろ行きましょうか。もう少し行ったところに第一ハイヴ跡があるはずよ。」

 

第一ハイヴ。リーダーの生まれ育った地で、かつリーダーが家族を失った地。

そこでしばらく身を隠すのだ。地下に手付かずの非常食も数多く残っている可能性もある。今持っているもので足りなくなることが万一にでも考えられるからお誂え向きだ。

 

「はい。」

 

と、ちょうど端末が受信音を響かせた。

……最期になんてしてたまるものかと、自分で言っておきながらそう思っていた。

 

   *

 

「……また面倒なことをしやがって……」

「まあまあ……もう言っても始まらないんだから。で、大丈夫ですか?」

 

ビデオだと思って開いたら、始まったのはサクヤとのビデオ通話だった。

始まると同時に悪態をついた俺を神楽が止め、なんとなくそのまま話し手は神楽になった。

 

「なんとかね。アリサも助けてくれたし、とりあえずは無事よ。」

「よかったあ……」

 

大きく息を吐きながら肩から力を抜く神楽と、小さく安堵の溜息をつくツバキ。俺自身も少しだけ笑みを浮かべているようだ。

その後はしばらく向こうの話を聞いた。アーク計画そのものについてはサクヤからのメールで知ったが……あのくそ野郎がそんなことまでしてたなんてな……

二人の話が一段落ついた頃、アリサが話を変えた。

 

「あの……コウタは……」

 

ずっとあいつの声がしないことを不審に思ったのだろう。どこか不安気だった。

 

「……」

「……あいつは……」

 

返事をしない神楽の代わりに答えようとしたところで、ツバキが手で制してきた。

 

「コウタは家に帰った。……アーク計画のことを知って……実際のリストに自分と自分の家族の名前があることを知った直後にな。」

「……アーク計画に賛同するなら、私達とはあまり関わらない方がいいでしょうから……」

 

重苦しい雰囲気の中でサクヤが口を開き、続いて神楽も話す。

 

「家族を守れるなら、恨まれ役だろうと何だろうとやってやる。そんな風に言ってました。」

「……そう。」

 

ただのバカだと思っていたが……案外そうでもないらしい。

にしても……

 

「あのくそが……わけ分かんねえこと始めやがって……」

「でも支部長、あなたのお父さんは、リストにあなたの名前を乗せているわ。」

 

サクヤの言葉は、俺を変なところで憤慨させた。

 

「あいつは親父じゃねえ!」

 

……意味もなくキレて、意味もなくツバキの部屋を出た。

今更になって何を父親ぶろうとしてやがる。許してくれとでも言うつもりか。思考を埋めるのは全て自分勝手にしか思えない感情のみだった。

 

「あっ……ソーマ!」

 

後ろから追いかける神楽を振り払うように足早にエレベーターの前まで来た俺は、ボタンを押してからその横の壁を殴りつける。

……ばかばかしい……自分でもそう思った。

 

「……ソーマ……」

 

後ろからかかる声に振り向く。拳をどけた位置には無数のひび割れが入り、その拳からは若干血がにじんでいた。

 

「……悪い。」

「ねえ……支部長のこと……嫌いなの?」

 

俯きながら唐突に発せられた言葉。……答えなど、考えるまでもない。

 

「嫌いだな。……憎んですらいる。」

「……どう……して?」

「あのディスク……お前も見ただろ。俺をこんな体にしたのも、その後ここまでねじ曲がったのもあの野郎の……」

「でも……お父さん……なんでしょ?」

 

……何が言いたいのかは何となく分かっていた。それでも、自分の中でこれまで積み重ねられた感情は容易に消えるものではなく……

 

「関係ねえ。」

 

エレベーターが到着した音にかき消されそうな、微かな一言。が、彼女は違った。

 

「でも生きてるんだよ!?」

 

俯いていた顔を上げ、俺を責めるように見る。……大粒の涙を流しながら。

それを見ても俺は同じ答えしか返せなかった。

 

「……それでも俺は、あいつを親父とは認めねえ。」

「っ……もういい!」

 

エレベーターに駆け込む神楽。……真横を通る彼女へ言葉をかけることすら出来ずに突っ立っていて……

 

「クソッ!」

 

その自分が不甲斐なくて、もう一度壁を殴りつけた。

 

   *

 

「たっだいまー!」

 

自分の家。そういえば、ついこの間ソーマを連れてきたんだっけ。今回違うのはあいつがいないことのみだ。神機の持ち出し許可ももらっている。

 

「あ!お兄ちゃん!」

「お帰りなさい。ご飯出来てるけど、食べる?」

 

先に連絡をしておいたからか、二人ともすぐに出てきた。……ポケットに入れた方の手で、アナグラを出る前に支部長から受け取ってきたカードタイプのチケットを握る。何をしても家族を守らないと。そう思った結果だ。

 

「おおっ!サンキュー!まだ朝飯も食ってないから腹ぺこでさあ……」

 

と言ってもまだ朝七時半。いつもなら寝ている時間だから、はっきり言って早めの朝飯だ。

 

「今日の卵焼き、ノゾミが作ったんだからね?残しちゃだめだよ?」

「マジで!?……お、お代わりあるか?」

「ばっちり。」

「いよっしゃあ!」

 

ガッツポーズを取ってみせると、ノゾミは満面の笑みを浮かべた。……でも……

実際のところ思い浮かぶのは、朝飯を食わずに討伐に出たときに自分の分の携帯食料をくれたアリサ。

……心の中で言っただけでは届くはずがない彼女への謝罪が、頭に浮かんでは染み込むように消えていく。

 

「どうしたの?」

 

目の前のノゾミは、俺がここにいるだけで楽しそうにしてくれているというのに。

 

「あ、うん。なんでもない。」

 

……ほんと、ごめん。

 

   *

 

「……はあ……」

 

私、ばかだ。

ソーマがこれまでどれだけ苦しんで来たかちゃんと知ってるはずなのに。アラガミと人の間にいることがどれだけ辛いことか身に沁みて分かってるはずなのに……

エレベーターに駆け込んで、無意識に押していたのは自室がある階のボタン。……隣はソーマの部屋だ。

自室の中で何度も溜息をついている。何杯もコーヒーを飲んで、幾度となく頭を掻いて。

 

「何であんなこと言っちゃったんだろ……」

 

何がもういい、だ。彼が歩んできたのは、私のよりずっとひどい人生だったというのに……そう思うとまた大きなため息が口からこぼれ出る。

 

《……えっと……神楽、ちょっと……》

【あ、ごめん。何?】

 

イザナミが呼んでいることに気付く。

 

《支部長が来るようにって、放送で呼んでる。》

【……わかった。】

 

来い、と言うなら……行ってやる。アーク計画なんて認める気は更々ないのだ。

……えと、シャワー浴びてから。

 

   *

 

……アリサさんとサクヤさんとコウタさんがいないって……けっこう忙しくなってっちゃうかな。

 

「ヒバリ。任務完了だ。あ、他やばいところってあるか?」

 

今もタツミが一人で出撃している。ソロで出るのなんていつもは第一部隊の人達くらいなのに。

 

「今は何ともないけど、もしかしたらまた後で出なきゃいけなくなるかも……」

「げっ。さすがに第一部隊がまともに動いてねえのは辛いか。」

「うん……緊急性はないんだけど、禁忌種がいるの。神楽さんとソーマさんが二人とも出てる時とかに来られたら、急いで部隊を編成して、なんてことになると思う。」

 

この忙しいときに迷惑なことだ。よりによって接触禁忌種だなんて……

 

「はあ……うっし、了解だ。とりあえず帰ってからだな。」

「うん。気を付けてね。」

 

溜息をついてから、明るく言った彼を頼もしいと思う。……なんか、歴戦の神機使いっていうか不思議な風格っていうか……彼と初めて会った頃と比べたら雲泥の差だ。

 

「おう。じゃあ、切るぞ。」

 

プツッ、と言う音を鳴らしながら通信が切れる。……おにぎりとか、準備しておこうかなあ。

と……

 

「第二、第三部隊のメンバーに、帰ってきたら私のところへ来るように言ってくれ。一人ずつでもいい。」

「え……はい……」

 

Sound only と表示された通信相手。どうも今日は支部長に呼ばれる人が多い。

さっきは神楽さん。次にソーマさん。その後でツバキさんや整備班の人達。この様子だと、他の部隊やオペレーターも呼ばれるだろう。

が、それだけだったら全体に放送をかけるかそもそも集会を開くかすればいいだけだ。

 

「……なんなんだろう……」

 

三つ編みに変えた髪をくるくるといじりながら悩んでいた。




…相変わらずの二人です。
あ、今回に関しては前のようにダークな雰囲気にするつもりはありません。実際原稿もひどい状態にはしていませんので。
にしても、です。
鉄砲大好きな私が鉄砲で虐める隙のないあの神速種にパフェクリするって…えと、富Pさんごめんなさい。
っていうか最近更新ペースが異常なほど早くなってる気がします。
…おそらく長くは続かないのでご了承ください。


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揺れ動く人

と、まあそんな感じで本日二話目です。


揺れ動く人

 

支部長がアナグラの全員をそれぞれ呼んでから五日が過ぎた。最近はアーク計画の話題ばかり……賛成派と、反対派。アナグラの中がそれで二分されてるかのような状況だ。私みたいなまだ中立の立場にいる人はどんどん少なくなっている。全員が箱舟……つまりは宇宙船に乗る権利を与えられているからこうなっているんだろう。まあ、もうある程度の賛成派はエイジスに行っているけど。

そして今は……

 

「……謝らねえと、とは思うんだがな……」

「そりゃそうだよ。なんだかんだ言って、今もちゃんと生きている家族がいるのっていいことなんだから。」

 

実際、私もちょっと羨ましいなあって思うしね。

神機のメンテナンスを頼みに来たソーマ。そのついで、と言っては何だけど、神楽とのことを聞いてみた。……私がどうこうしていいような問題ではないような気もするけど……まあ、昔から知っている仲だけに気になってしまうのだ。

 

「……どうもその辺が掴みにくくてな……お袋のことなんざ全く覚えてねえのと、物心ついた頃にはあの支部長を血縁とは思ってなかった事の二つのせいだろうが……」

「あー……なるほどねえ。」

 

今回は何か言うつもりはない。二人とも、会話はちゃんとしてるし無茶してる様子もないし、ちゃんと自分が悪いところがあったって自覚もしている。きっと時間が解決してくれるだろう。ただ……

 

「君達がギクシャクしてると、なんか調子狂うっていうか……」

 

ベタベタしてる、ということはないけど……それでもそれぞれのことを愛してるんだなあと感じられるそんな二人。今は……なんかぎこちなくってどうしても違和感がある。それによってアナグラの雰囲気が変わってしまったとすら思うほどだ。……実際変わってはいるのだが。

 

「適当にタイミング見つけて謝っておきなよ。あるいは神楽が謝ってきたら君も謝る。いい?」

「分かってるさ。悪かったな。時間使わせて。」

 

ちょっと照れたように頭を掻くソーマ。

 

「ならよし!神機の方は今日中に終わらせとくね。」

「頼む。」

 

自嘲するような笑みを浮かべつつ言って、彼は保管庫を後にした。

……その五分後。

 

「ただいまー。」

 

件の彼女が任務から帰ってきた。

 

「お帰り。……おお……また派手にやってきたね?」

 

平原での任務だったからか泥だらけだ。擦り傷や切り傷もいつもより多いように見える。神機にもちょっと無理をさせた形跡があるところを見ると、予定外のアラガミが現れたのかもしれない。

 

「あはは……ちょっと増援がいらっしゃいまして。」

「やっぱりねえ……とりあえず神機セットしちゃって。すぐメンテ始めるから。」

「あ、うん。」

 

カシャンと耳慣れた音が響く。手元のコンソールには彼女の神機の状態が表示され……あーあ……刃もライフリングもすごいねこれは。

それを確認しつつ、彼女に問いかける。

 

「それで、ソーマとはちゃんと仲直りできそう?」

「……えと……」

 

少し目線を下げる。手も少し握っている……っていうか、別に責めてるわけじゃないんだけど……

 

「別に仲が悪くなったって事じゃないんだけど……なんかギクシャクしちゃっててさ……早く謝んないととは思うんだけど……」

「タイミング逃した、って?」

「うん……」

 

そんな風に答えながら自分の神機が入ったケースに触れる。どうしたもんかなあ……って、そんな言葉が聞こえてきそうな表情だ。

 

「すぐに謝ればよかったんだけど……直後に支部長に呼ばれちゃったんだ。ソーマも私の後で呼ばれてたし。」

「アーク計画、だっけ。」

「うん。で、結局すぐには会えなくってさあ……ご飯にでも誘えれば楽なんだけど、そうできるような状況でもないしね。今のところは、タイミングを探ってる。」

 

……恋人って、こんなもんかなあって思う二人だ。ここまで同じように考えてるなんて。

 

「ソーマも同じように言ってたよ。謝らなきゃとは思ってるけど、タイミングが見つからないって。……見事に同じ事言ってるねえ。」

 

言われて顔を赤らめる神楽。あいかわらずこういう言い方に耐性無いなあ。

 

「……そ、そうなんだ……よかったあ……」

 

小声ではあったけど、ものすごい勢いで安堵した声だった。……ほんと。不器用な二人だよ。

そして……さらに会話を続けようと口を開こうとしたときだった。

 

「わっ!」

「な、何!」

 

突然の爆音と振動。下の階からだ。

 

「ちょっと見てくる!」

「分かった!」

 

私も神機をチェックしないと……

……この揺れがここからの全ての始まりだとは、この時の私には知る由もない。

 

   *

 

「そして!俺の神機が大量の弾丸を放ったのだ!どうだ!」

「すごーい!さすがお兄ちゃん!」

「それにしても、ずいぶん頑張ってるのねえ……ちゃんと寝られてる?」

「大丈夫大丈夫。無茶はしないって。」

 

家族との団欒も五日目を迎え、今は俺の任務中の出来事を……ちょっと誇張を含めて話している。

でも……

 

『じゃあ、みんな助かるの!?ノゾミのお友達も、近所の人もみんな!?』

 

頭を埋め尽くす、チケットを見せたときのノゾミの言葉。……友達どころか、ただの知り合い程度の人も助かることを望んでいた。

 

「まあ、みんなも助けてくれるから。アリサの回復弾なんかはすっげえ助かるよ。」

 

アリサ。その名前を口に出すだけで、ごめんって言っている自分がいる。

 

「へえ……アリサさんにも会ってみたいなあ……」

「あ……うん……ま、まあ、いつか連れて……」

 

言い辛いその言葉は、突然の揺れと停電に遮られた。

 

「あれ?地震かな?」

 

とくに警報も鳴っていないし……アラガミじゃないよな。

停電はすぐに収まり、付けられていたテレビが消えていた映像を再度映し出す。……それは……

 

「フェンリル極東支部中央施設がアラガミによって襲撃されたとの情報が入りました。が、現在フェンリルからの発表等は出ていません。繰り返します……」

「っ!」

 

大急ぎで部屋を出て無線を博士へ繋ぐ。

 

「コウタく……すか?……オが、浚われ……た。……みも……こっちに…………」

「博士?博士!?……くっそ……切れた……」

 

再度かけようと、今度は別の周波数に変える。……でも聞こえてきたのは博士の声ではなく……

 

「サクヤさん!まだ右に!」

「くっ!どうしていきなり!」

 

……アリサ……?

 

「E地区から入るわよ!ゲートまで踏ん張って!」

「はい!」

 

E地区って……この辺じゃん。それに気付いた途端に、どうしようと自分に問いかけ始めていた。

 

「……行ってあげなさい?」

 

後ろからかかる声。いつの間にか、母さんが出てきていた。……どこから聞いていたのかは分からないけど……

 

「でも……俺が行ったら箱舟に……」

「これ。」

 

俺の言葉を遮って母さんが取り出したのは、支部長からのチケット。鈍い銀色の光沢を持ったそれを、母さんは二枚持っていた。

 

「お前が帰ってくる前に、私達にも届いたの。……コウタの気持ちはすごくうれしい。けどね……」

 

気まずくて、俯いた。

 

「私は、コウタやノゾミと一緒にいるときが、一番幸せなのよ。」

「っ……!」

 

やば……なんか、泣きそうだ。

その泣きそうな顔を見られないように靴を履いていると、ノゾミが出てきた。いつもと同じ、いろんな事が楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

「あれ?お兄ちゃん、出かけるの?早く帰ってきてね?」

「あ、うん。分かってるって。」

 

……まあ、帰ってくるの、早くて明日だよなあ……

 

「ノゾミね、遊んでるときとかご飯食べてるときとかより、お兄ちゃんとお母さんと一緒にいるときが一番楽しいんだ。だから……すぐ帰って来なきゃ怒るからねえ?」

 

ずいっと体を乗り出して。にやにやとちょっと笑ってしまうような表情で言っていた。

 

「……ったくさあ……親子で同じ事言うなよな……」

 

……この二人のためにも、俺はアーク計画を止めてやる。

さあ、涙を拭え藤木コウタ15歳。

 

「うん……行ってくる!」

 

   *

 

アーク計画が箱舟への搭乗者に開示され、その大半がエイジスへ行った。それを知った私達はアナグラに帰っているのだが……そのゲートを目前にして、廃墟となった旧外部居住区跡で多数のアラガミに襲われていた。

禁忌種も多数含むその群に奇襲され、明らかな劣勢。そんな中私は……

 

「アリサ!後ろ!」

 

ごめんなさいコウタ。もう……アラガミに、喰われそうです。

 

「……まだ、いろいろ話したかったなあ……」

 

びっくりするほど、静かな気持ちで呟いた。

避ける隙間も、その体力も残っていない。神機もぼろぼろ……刀身なんて折れていないのが不思議なくらいだ。

前にいるポセイドンを見ながら、後ろから来るスサノオの喚起の叫びを聞いていた。

ああ……本当に……まだいっぱい、おしゃべりしたかったなあ……

 

「アリサ!今すぐ伏せろ!」

 

幻聴みたいですね……最期にあなたの声が聞けるなんて、私ってすごく幸せなのかな……

……って、伏せろ?

 

「……えっ……?」

 

背に受けた爆発音と強い風圧。振り向くとそこにアラガミの姿はなく、右の方へ吹き飛んだスサノオの死体があるのみ。直後にポセイドンも同様となる。

 

「最期とか!……ごめんとか!」

 

そして……へたっ、と座り込んだままの私に叫ぶコウタが、屋根の上にいた。

 

「一人で……勝手に言っといて!……そんなんで済むと思うなよ!」

「で、でも……」

 

近寄ってきたアラガミを撃ち飛ばしながらコウタは叫ぶ。

 

「好きなやつに!……死んでいいなんて!……考えるわけねえだろ!……いい加減!目覚ませよ!このバカアリサ!」

 

……なっ!?

 

「バカとはなんですか!あなたの方がよっぽどバカです!このオタクコウタ!」

「ぬぐ!な、何がオタクだ!関係ないじゃんか!」

「大ありです!大ありでいいんです!」

 

かっこいいって思ったけど……前言、いや、全言撤回!やっぱり最悪!

 

「二人とも何してるの!走るわよ!」

 

……でも、その最悪な人のおかげで道は開けていた。……もう……

 

「おっしゃ!……アリサ、行くぞ。」

「……はい!」

 

全くもって面倒なことに……最悪のくせに、最高なんだよなあ。

 

   *

 

榊博士の研究室。一番始めに確認に来たその部屋の前にはすでにソーマがいた。

 

「くそ……シオどころか榊の野郎までいねえ……」

「まさか博士まで浚われたなんて事……ないよね?」

「わからねえ……」

 

はっきり言って、八方塞がりだ。……無意識に彼の腕に触れて……その手がぴくりと動いた瞬間、私は離してしまった。

 

「あ……ご、ごめん……」

「いや……別に……」

 

……うーん……どうすれば謝れるか……って、そんなこと考えてる場合じゃないんだけど。

 

「シオが浚われたのね?」

 

そんな私たちの背にかかる、ちょっとだけ懐かしい声。

 

「サクヤさん!」

「……ったく……勝手に縁を切ったんじゃなかったのかよ?」

 

厳しいことを言いつつもソーマは笑っている。

 

「二人で悲鳴上げてるんじゃないかって思って、戻ってきたんですよ。感謝してください。」

「……なんか違わない?」

 

くすくす笑ってしまう。アリサもサクヤさんも元気そうで良かった。

 

「アリサ!エイジスになら行けそうだ!」

 

そのアリサとサクヤさんの後ろからツバキさんと共に現れたのはコウタ。……なんで合流してるんだか。

 

「みんな……お帰り。」

「それは全部終わってからね。今はまだ、安心なんてできないわよ?」

「あ、そうですね。すみません。」

 

苦笑してしまうほどいつものみんなだ。それに安堵する。

そしてまたエレベーターが開いた。……出てきたのはツバキさん。

 

「……よくもまあぬけぬけと帰ってきたな……」

 

その顔を怒りに染めながら、だ。

 

「あ……お、おひさしぶりでしゅねきょうきゃん!」

「え、ええ!ほんとうひ!」

「おいおいおまへら!ろえつまわってねえおろえつ!」

 

……何も言わなくていいと思うんだ。ここで何か突っ込みを入れたら、絶対負けだから。

 

「……ふっ……まだ、いいさ。」

 

ツバキさんが言ったこの言葉は三人を震え上がらせるに十分な破壊力を持っていた、というのは言うまでもないだろう。ついでに私とソーマに忍び笑いをもたらすのにもやはり十分だった。

 

「エイジスに行くのか?」

「あ、まだ輸送路が残ってたんで。」

 

答えたのはコウタ。……輸送路?

 

「榊博士が言ってたんだ。エイジス建設の初期段階ではアナグラから資材を運ぶことが多かったって。それが残ってないかなって……まだちゃんとあったから良かったよ。」

 

……意外と講義聞いてたんだ。

 

「……あそこの鍵なら私が持っている。準備くらいはしてから向かえ。」

 

ツバキさんからの言葉を全員が噛み締め、一人ずつエレベーターに乗り込んでいった。

その扉が閉まる直前、私達へたった一つだけ命令が下された。

 

「死ぬな!必ず、生きて帰れ!」




…あれ?ツバキさんとコウタがなんか妙にかっこよくなってるような…
まあいっか!
えっと、今日の投稿はこれで最後です。前回の後書きでも言った通り、この投稿頻度はあまり持たないことが予想されていまして。
ええ。次話がいつまで、とかも分かりません。
最低でも一月以内には出せるようがんばります。
…とか言って、またすぐ出しちゃうような気もしますけどねえ…(大きなフラグ)


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思惑

うーんと…大体一週間くらいですね。皆様お久しぶりです。
いやあ…この数日間の忙しさと楽しさときたらもう…
あれ?頭が痛い。
えっと、ひとまず今回から無印でのボス戦開始ですね。長くなりますが、お付き合いください。


思惑

 

……さて……もう何ヶ所かノヴァを切ってるわけだが……

 

「あのちっこいの……誰だ?」

 

白い少女。全身に青く光るラインが無数に走って……つーかあれ人か?顔に埋まってないか?

 

「……さてどうするか……お?」

 

そんな折、エレベーターが開いた。

 

   *

 

「っ……」

 

エレベーターが開くと同時に、どこか懐かしく……でも胸が張り裂けそうなほど悲しい。そんな感情が押し寄せてきた。感覚と言った方が近いかもしれない。

 

《……お母さん、だね。》

【たぶん。】

 

だけど今は、そんな感情は捨てておこう。感傷に浸るのは後でいくらでもできるんだから。

エレベーターのドアの向こう側は半球型の空間が広がっていた。その縁には、等間隔にカプセル状の照明のようなものが配置されている。床にも大量のライトがあり、全体を少しオレンジがかった色で照らしていた。

そして、エレベーターとは反対側。その方向には……

 

「ノヴァかな。」

「だろうな。……チッ……ぶっつぶすのも簡単じゃねえか……」

 

巨大な女性の頭が、逆さまにぶら下がっていた。その首の辺りからはすさまじい数の触手が伸びていて、この空間全体を囲んでいる。

その額に、シオがいた。

 

「シオ!」

「嘘……」

 

まさかもう特異点として回収されてしまったのか?そんな最悪の事態を想像してしまう。

 

「遠すぎる……こっからじゃ撃てないな……」

「レーザーも届きませんね……」

 

後ろではアリサとコウタが小声で話し合う。……実際、ここからだと支部長に気付かれずに狙って撃つのは無理だ。

 

「神楽ちゃん。何とかシオだけでも始めに助けられない?」

 

たぶん翼を使って、と言いたいんだろう。……けど……

 

《三秒はないと、まともにスピード出せないからね?》

【わかってる。】

 

イザナミから申告される。……翼を作り出すのは早くても、飛び始めるのには少しかかっていることはこれまででも確認済みだ。

 

「気付かれず、は無理ですね……向こうに着く前に何か対策をとられると思います。」

「……まずいわね……」

 

状況は最悪と言わざるを得ない、か。

 

「ソーマ……ずいぶんとこのアラガミと仲が良かったようだな。」

 

ちょうどシオが捕らえられている場所の真下辺りには支部長がいた。……さながら、神にでもなったかのような態度だ。

そして……

 

「それは愚策と言うものだぞ?息子よ。」

「黙れ!」

 

……その後に続く言葉が予想できてしまう。

 

「てめえを親父と思ったことなんざ一度も……!」

 

そこまで言って、私を見て言葉を切った。たぶん私が……泣きそうな表情でもしていたのだろう。

 

「悪い……」

「ん……」

 

やっぱり……だめだなあ……

 

「……所詮人は人だ。神になど、勝てるはずもない。ならば神を使えばいい。……間違っていると思うか!そこにいるんだろう!ペイラー!」

 

後半のみ、別の方向を見ながら叫んでいた。……その方向からは博士が出てくる。

……っていうか浚われたわけじゃなかったんだ……

 

「君をヨーロッパに行かせたりしたけど……どうやらすでに手遅れだったようだね。そんなにアイーシャを奪ったアラガミが許せないのかい?」

「……君も、妻を失えば分かるだろうさ。たとえどんなことをしてでも私はアラガミを絶滅させる。君がどう考えていようと、この計画の邪魔をさせるわけにはいかないのだよ。」

 

どうやら私達の知らないところでいろいろとやっていたらしい。……ヨーロッパ出張まで博士の策略だった、とは驚きだ。

その二人の会話に業を煮やしたのか、ソーマが声を荒げる。

 

「そんなことはどうでもいい!シオを解放し……あ?」

 

が、その彼が言葉を切らざるを得なくなる。……というよりも、支部長を含めその場の全員が絶句した。

 

「……っと……よう。」

 

まあ、何があったかっていうのは実に単純だ。ノヴァらしき巨大な顔の上から神機を持ったリンドウさんが降りてきて、その途中でシオを捕まえて一緒に支部長の近くに着地しただけ。だが。だがしかし。

ノヴァらしき顔の上、から……神機を持ったリンドウさんが、降りてきて……その途中で、シオを捕まえて……一緒に支部長の近くに、着地。やっていることの突拍子もないことといったらそれはもう表彰されてもおかしくないレベルだ。

 

「……え、えっと……アリサ……ここに来たときにいた?」

「……見かけてすらいないです。」

「まさか失踪してからずっとここにいたってのか?」

「……考えるのやめる方が賢明かも……」

《激しく同感。》

 

各々勝手なことを言っているけど、サクヤさんはそうもいかないらしい。

 

「……いきなりいなくなってどこにいるのかと思えば……」

「サ、サクヤ?」

「とっととこっちに来なさい!雨宮リンドウ!」

 

……うわあ……フルネーム言ってるよ……

で、そのリンドウさんが走り出そうとしたときに支部長が我に返り……リンドウさんに銃を向けた。

 

「そのアラガミをこっちに渡したまえ!今すぐに……」

 

……その銃はサクヤさんに弾き飛ばされたのだが。っていうか狙撃の腕がすごすぎるよ……

弾き飛ばされた衝撃に手首を押さえる支部長。その間に、リンドウさんは私達のところまで走ってくる。

 

「あとできっちり説明してもらうわよ!」

「す、すみませんでした……」

 

憤怒するサクヤさん。怯えるリンドウさん。平静を装うとするが苦笑を隠し切れていないソーマ。それに何か言うのがすでに怖い残り三名。まあ、すぐに収まったんだし……いっか。

 

「……お?かぐらだー!」

「わぶ!」

 

リンドウさんの腕に抱えられていたシオが目を覚まし、あろうことか私の顔面へ飛びつく。……い、息が……

 

「シ、シオ!苦しいって!」

 

彼女を引き剥がす。……あれ?青いラインが消えてる?……理由として考えつくのって……

 

「リンドウさん。何かしました?」

「いや……俺はあのデカブツをちょいとばかり切ったくらいだ。」

「確実にそれです。グッジョブです。」

 

まあ、とりあえず何とかなった。あとは……

 

「ヨハン。ここは、素直に投降した方がいいと思うね。特異点を持たないノヴァはただのオラクル細胞の固まりでしかない。研究室を襲ったアーサソールも、もうしばらくしないとここへは来られないだろう。」

 

……アーサソール……?

 

「リンドウさん。あーさなんとかって、何?」

「本部が研究中の新型部隊だ。新型神機の構想ができあがった頃に薬物や遺伝子の改造によって強制的に作り出された、十名弱の新型神機使い達で構成されていてな。……フェンリルの汚点の一つだ。今は支部長が自由に扱える位置に置かれちまってる。」

 

コウタが質問。こういうときでも躊躇なく質問ができるって、ある意味得な性格だ。

でも……なるほど。たしかに神機使いであれば、研究室を襲撃するのも容易だろう。

 

「……ふっ……ふふふ……」

「……」

 

博士からの言葉に、支部長は不敵な笑いをこぼし……横の端末を操作した。

 

「なら、そのアラガミを奪い返させてもらおうか。」

 

低い機械音を響かせながら、繭か卵のような形をしたものが支部長が立っている高台に向かって右側にせり上がってくる。

 

「たとえ人を捨ててでも、私はこの計画を完遂する。……それが、アイーシャへのせめてもの罪滅ぼしだ。」

 

上昇が止まり、殻が外側へ向かって割れた。中に入っていたのはノヴァと同じ顔を持ち、その頭の上に太陽を連想させるようなリングを持つ長髪の女性型と、巨大な腕とずんぐりとした胴体とを持つどこか男性を思わせるものとの、二体のアラガミ。その男性型の方の背中が開き、支部長がそこへ飛び込んだ。直後に開いていた部分が閉じる。

 

「ヨハン……今の君は、人でも、神でもない。でも君は……それすら知っていてその道を選んだのだろうね。」

 

私達の間を通りつつ、博士はアナグラへのゲートの方へ歩き始める。

 

「今は君たちに任せよう。ゴッドイーター。」

 

メガネの位置を直しつつ、下がっていった。

 

「……ふー……」

《さあて。何とかしちゃおっか。》

 

ここからは、私達の戦いだ。

 

「突撃!」

 

   *

 

「第四部隊は北西、第二ハイヴ駐屯部隊は南に向かえ!第二部隊!現在第六部隊が通路に向かっている。それまで持ちこたえろ!」

 

臨時で十個のモニターと端末を取り出したカウンターの中。ツバキさんと私で全部隊への指示を行っていた。

 

「東よりさらに多数のアラガミが接近!第四ハイヴ駐屯部隊!突破されます!」

「第三ハイヴの部隊から増援を向かわせろ!そこを抜かれたら終わりだ!」

「はい!」

 

んもう!こんなに声張り上げるのって初めて!

 

「くっそ……切りがない!第六部隊は後どのくらいだ!」

 

タツミからの通信。……今、エイジスへの通路を第二部隊が三人だけで守っている。

 

「あと十分で着くから!それまで頑張って!」

「了解……だ!ヒバリ、お前も頑張れよ。」

「うん。もちろん。」

 

絶対に、神楽さん達のところにアラガミを向かわせない。それが全員の共通の意識だった。

……やるしか、ないよね。




私の中での最終戦闘最大の功労者がヒバリさんなんですよ…
いやだってタツミさんがエイジスへは一匹も行かせない云々って言ってたし、もしかしてオペレートすごく忙しかったんじゃあ…なんて思うわけです。
…では、残り数話ですね。お楽しみください。


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神と人と

…この回、全て戦闘となります。


神と人と

 

戦闘開始から五分。まだまともなダメージを与えられていない。

 

「ヒバリさん!増援来られそう!?」

「無理です!例の機械が無数に設置されていて、アナグラの防衛すら厳しくって!」

 

……このままじゃ埒があかない。なんてことも言ってられないか。

ゴオン、という低く太い音と風圧を発生させながら、繰り出された男性型の右腕をソーマが止める。

 

「リンドウ!神楽!」

「おう!サクヤ!バックアップ頼む!」

「ええ!」

「わかった!」

 

サクヤさんが引きつける中仕掛ける。男性型には攻撃が通らないのは確認済み……まずは女性型に突っ込んでみるしかない。

当然、それを黙って見ているような相手ではない。男性型が女性型を守護するかのように左腕をリンドウさんへ振り抜く。

 

「させるか!」

 

その腕をコウタの弾丸が弾き飛ばす。それに怒ったのか、女性型がオラクルのフィールドを形成。ソーマが下がり、自由になった男性型がコウタへと光弾を発射する。

 

「コウタ!下がって!」

 

その光弾をアリサがガードする。……すばらしく息の合っていることだ。

攻撃の終了と同時にシオが空中から捕喰を試みる。狙いは女性型の頭の上に浮かんだ輪っかだ。

 

「イタダキマス!」

 

が、男性型に両腕で防がれる。すさまじく硬質の腕は、シオの捕喰形態でも僅かに削られる程度。だが……

 

「ソーマ!」

「ああ!」

 

リンドウさんからの号令。今、女性型はがら空きだ。

 

「うおらあ!」

「フン!」

 

左右からの同時攻撃。どちらも足と頭髪とを切り裂ける角度で振られた、最高の一撃。でも……

女性型の両腕が伸び、しなやかに振り回されて吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

「なっ……」

 

二人ともざっと十メートルは飛ばされ、脇腹を押さえつつ立ち上がる。

 

「ったく……どうしろってんだ……」

 

と、ヒバリさんから通信が入った。全員へバラバラに飛ばされている光弾を避けつつそれを聞く。

 

「支部長の極秘ファイル内にそのアラガミのデータがありました!名称はアルダ・ノーヴァ。女性型を女神、男性型を男神と呼び、男神への攻撃はアルダ・ノーヴァ攻撃中にのみ有効。女神への攻撃は常にある程度の効果を持ちますが、こちらも攻撃中の方が有効です。さらに女神への攻撃は男神が防ぐようになっているため、男神を先に潰すか引き離すかしてください!」

 

潰す……なんてことしたら支部長がどうなるかわからないし……引き離すって言われても……

 

「どうやって!?」

「方法はお任せします!データには何もないんです!せめて動けないように!」

「……わかった!みんな聞いたね!」

 

全員、ほんの一瞬だけこっちを見た。大丈夫そうだ。

 

「まずは男神を止めるよ!」

 

   *

 

その頃。エイジスへの連絡通路。

 

「ブレンダン!左の頼む!」

「了解だ!」

 

天井が破られ、大量のアラガミがなだれ込んでいた。どうやらここの上に洞窟か何かがあるらしい。……破られたのが地面のある場所でよかったと言うべきなのだろう。海中から抜かれたら全員溺れちまう。

第六部隊はここへ来るまでの間に禁忌種と接触。現在はそれと戦闘中で、こっちに来られそうもない。

 

「た、タツミさん!Oアンプルありませんか!」

 

カノンが叫ぶ。すでに彼女の足下にはむすうにプラスチックの破片が散っており、手持ちを使い切ったのであろうことが窺える。一人が携行できる量では、これ以上の戦闘は不可能であることは明白だ。

ジープの中には大量にあるけどな……

 

「自分で取りに行ってくれ!それまでお前の分は俺が押さえる!」

「はい!」

 

……ボルグ・カムランにアイテールか……とんでもないことになってるよなあ。

強制解放剤を使用し、むりやりバースト状態へ。無理な移行で削られた体力を回復錠で戻しつつ攻める。

 

「おらあ!」

 

空中へ跳び上がり、アイテールを剣の腹で叩き落とす。その位置から斜めに滑空し、ボルグ・カムランを貫いてから元の位置へ。床にへたり込んでいるアイテールの頭を切り飛ばして活動を停止させる。

 

「はあっ!」

 

ブレンダンのチャージクラッシュで吹き飛ばされてくる、半分だけになったコンゴウ堕天種。一撃で潰したのだろう。……それだけの速さでやっていても、天井に開いた穴からは次々にアラガミが飛び込んできている。……休む間などない。

それでも、ここが第一部隊にとって最後の砦みたいなもんだ。言い過ぎかもしれないが実際ここが崩されたらエイジスに大量のアラガミが入ることになる。ただでさえ辛い状況にそれはどうあっても防ぐしかない。

 

「お待たせしました!」

「おう!……さて。ブレ公!まだ行けるよな?」

「お前こそ大丈夫だろうな?」

 

今日に限ってはカノンも誤射が少ない……というか、今のところ一度に入ってくるのが一人一体分のペースだから誤射の確率がそもそも少ない。いつもならそれだけで全員被弾は少なくなるはずだが、すでにぼろぼろだ。

さっさと増援が来てくれるといいんだが……そう思わないではいられないな。

 

   *

 

「くっ……うう……!」

 

横薙に振るわれた男神の右腕を鍔迫り合いになりながら止める。……というより、床に刃を突き刺して無理矢理止めたようなものだ。

横からはソーマとシオが飛び込もうとするが、光弾に阻まれている。その隙を狙ってのサクヤさんをはじめとした三人の集中砲火も女神に届く前に男神の左腕に弾かれて……あれ?リンドウさんどこ行ったんだろう?

 

「喰い千切れ!」

 

真上から聞こえた声。見上げる間もなく何かが降ってきて……男神の右腕が消える。

 

「……どっから降って来てるんですか……」

 

何かってもちろん……床まで抉るほどの捕喰を遂げたリンドウさんだ。

 

「へっ……どんだけここにいたと思ってんだよ……」

「……お疲れさまです……」

 

……涙目に近いリンドウさん。当然距離を取りながら話しているわけだけど……そういえばここに何ヶ月かいたんだっけ。上から降ってきたとしても不思議じゃない。……かもしれない。

 

「リーダー!交代お願いします!」

「わかった!リンドウさん。とにかく女神を。」

「おう。……さあて。次はどっから行くかねえ。」

「普通に行ってください!」

 

後ろ手に親指を立てながら横へ行くリンドウさん。私は私で神機を銃に切り替え……られなかった。

 

「神楽!行ったぞ!」

 

女神だけが這うように突進してきたから……っていうか、単体で動けるわけ!?

 

「ああもう!」

 

斜め上に向かって跳んで避ける。……失敗だったけど。

 

「神楽ちゃん!前!」

 

女神を見ていた私にサクヤさんが叫んだ。前を見れば、すでに目の前に男神の左腕があり……

 

「かっ……はっ……」

 

見事に腹部を直撃し、為すすべもなく吹き飛ばされてエレベーター側にある高台へ打ち付けられる。

 

「……っつう……自由度高すぎない……?」

 

回復錠を奥歯で噛み潰しつつ立ち上がるが……次の攻撃方法がぜんぜん思いつかない。スタングレネードは男神も女神も目を手で隠して防ぐし、トラップは見て回避してるし……

 

《考えてもどうしようもないでしょ?》

【うん……それもそうだね。】

 

片腕がなくなった。それだけで、ここからはずいぶんやりやすくなるはずだ。

 

《で、さあ……ちょっと提案が……》

【え?どうしたの?】

 

アルダ・ノーヴァの周囲を回りつつ銃で牽制しながら会話する。サクヤさんとコウタも同じように動きながら攻撃中だ。近接で動いている四人は残りの左腕や女神を切ろうと奮闘。

その最中にのんびり話しているのもどうかとは思うのだが、彼女の話が無意味に終わったことはない。

 

《えっと、さっき気付いたんだけど……どうもあのアルダ・ノーヴァの男神のコアが、神楽のお父さんのコアみたいなんだよ。》

 

イザナミが放った余りに衝撃的な一言。それに頭が追いつく前に、神機を持つ手に力がこもっていた。

怜のコアを使ったインドラ。お母さんのコアを使ったノヴァ。それに続いてお父さんのコアまでもがこんな事に使われているなんて……聞くのすら敬遠したいような事実だ。

 

【……どこまで私の家族を愚弄しているわけ?】

 

ふつふつとこみ上げる怒り。それを諭しつつイザナミは続ける。

 

《落ち着いて?怒るのは後でもできるから。》

【うん……それで、提案って?】

《まあ、つまるところは……支部長を引きずり出しちゃおうってことなんだけどね。結論は簡単でしょ?》

 

さらっとものすごいことを言ってのけるなあ……けど……

 

【勝算は?】

《未知数、かな。》

【……言い方変える。100%無理な確率は?】

《それは0だね。》

 

突拍子もなくて、わけ分からなくて、そもそもどういう方法ならそれができるかも不明。でも、できるかもしれないと聞いただけで決定だ。このじり貧の状態を続けるよりよっぽど有意義だろう。

 

《インドラにやったのと同じようにいけると思うんだ。偏食場は似ているわけだし、いざとなったら感応現象で取り出すことも出来ると思う。インドラの時は両方やってたけど……》

 

感応現象で、というのがちょっと面白いけど、ソーマとも起こった現象なんだ。アラガミに対してもいくらかは可能なんだろう。

 

《やる?》

【もちろん。】

 

そこからはイザナミの説明を受けつつ攻撃を繰り返す。……アイテムをここまで使ったのは久しぶりだ。

そしてその説明が終わった頃……

 

「エイジスへの最終防衛ライン、突破されました!」

 

……一番まずい状態を告げるヒバリさんからの通信が、インカムからの音を支配した。

 

   *

 

その少し前。

 

「……けっこう片付いてきたな。」

「そろそろアラガミの数も底が見えてきましたね。」

「おいおい……油断するなよ?まだどっから来るか分からないんだぞ?」

 

通路へ入ってくるアラガミの数も減り、やっと戦闘のペースが落ち着いてきたため、短い時間ではあるがこまめに休憩が取れるようになってきた。これも上で頑張っている奴らのおかげだろう。第六部隊も、もうそろそろ来られそうだと通信があった。

まあ、まだ全て倒したわけではないのだが。

 

「っとお。お出ましだな。ブレ公。種類は?」

「双眼鏡で見えるのは……大型はサリエル一体だな。小型も二、三体しかいない。」

 

本当によく頑張ってくれているものだ。後で飯でもおごるとしようか。

 

「うっし。カノンは小型を頼む。サリエルは俺が叩き落とすから、ブレンダンはそこをついてくれ。」

「はい!」

「了解。」

 

簡単に取り決め、前へ出る。そんなときに通信が入った。

 

「タツミ!後ろに大型アラガミ多数接近!」

「後ろ?つっても今ここにいるのは……」

 

振り向くのとどちらが早かっただろうか。後方20メートルほど先。……とうてい追いつけない位置の天井が落ち、禁忌種を含むアラガミの大群がなだれ込んだ。

 

「ヒバリ!第一部隊に警告!俺らは防衛線を下げる!」

「わ、わかった!」

 

……まずもって、とんでもない状態になったとしか考えられなかった。




あと一話。とりあえずアルさんとの戦闘はそこで終わりとなります。…長かったなあ…
とか言ってみたり。


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最後に訪れた平穏

三話目…なんか更新話数が増えている気がするけど気にしない。


最後に訪れた平穏

 

「みんな聞こえた!?」

「聞こえてる!頼めるか!?」

「了解!」

 

ソーマからの言葉。それを受けて通路に走り込もうとするが……すでに遅かった。

エレベーターを大げさなほど吹き飛ばしながら入ってきたのは、スサノオを先頭とするアラガミの大群。後ろを見やるが……どうもこれらは全て一人でやるしかないらしい。

 

【イザナミ。翼の準備お願い。もしかしたら使うかも。】

 

最終手段に、と思って使わずにいたが……そうも言っていられないだろう。

 

《でもここで翼なんて使ったら……》

 

彼女の作戦ではあの翼を使う。でも、もしここで翼を使用した場合には私の体に限界……というか、付加がかからないリミットを越える可能性がある。と言っても……それを躊躇して全員倒れたりなんかしたら目も当てられないわけで。

 

【もちろん最後の手段だよ。でも、使わなきゃだめなときには使うから。】

《……OK。いつでも使えるようにしておくね。》

【ありがと。】

 

アルダ・ノーヴァとの戦闘音を背中に受けつつ、床を蹴った。

始めに狙いを定めたのはスサノオのすぐ後ろにいたグボロ・グボロ寒冷地適応型。低い姿勢を保ち、一気に接近して横薙に切り裂く。勢いそのままスサノオの左後ろ足に三分の一ほど食い込ませ、インパルスエッジを乱射する。……ここで、二体沈黙。

 

「次……っ!」

 

その死体となったグボロ・グボロの体を貫く形でレーザーが照射される。間一髪で避け、相手を確認。……アイテールが一体、ゼウスが二体。

ひとまずスサノオを壁にするようにぐるっと回って近くまで行く。……そこからはもう無茶するしかない。

 

「せーのっ!」

 

神機の刃を上に向けつつ跳び、一体目のゼウスを縦に裂く。それが落ちる前に足場にしてまた上へと跳んだ。

少し遅れてもう一体のゼウスとアイテールが同じ高度へ来ようとする。神機を逆手に持ち替え、まずはアイテールの頭へ。スカート状の部位に着地するようになりながら刃を突き立て、それを引き抜くと同時に真横に来たゼウスの胴体を切断。……この時点で五体。が、その倍異常の数のアラガミがエレベーター付近にたむろしていた。

その内の一体であるディアウス・ピターが跳び掛かりの準備を見せる。それへのガードのために身構え……同時にアリサの声を聞いた。

 

「リーダー!ガードして!」

 

急いで下を見、アルダ・ノーヴァが何かしようとしているのを確認する。……体力は少ない。どちらか一方だけでもまともにくらったら、今は生きていられる自身がない。

 

【イザナミ!】

《うー……もう!分かった!》

 

こんちくしょう、と言いたそうな声。でも背中には確かな重量が加算される。

 

「この……!」

 

両手を広げ、右をピター、左をアルダ・ノーヴァに向ける。その手のひらの少し先に青い羽根が集まり、渦を巻き始める。

 

「くっ……」

 

ほぼ同時に来た二つの衝撃。右の衝撃は、初めの一回からものの数秒で消し飛んだ。……アルダ・ノーヴァが掲げる天輪から発せられた、とてつもない大きさのレーザーに焼き払われる形で。

右からの衝撃が消えたと同時に、空いた右手を左手と合わせる。片手じゃあ耐えられそうにない。

約十秒ほどの照射が終了したときにはすでにエレベーターの前にいたアラガミの姿はなく、アルダ・ノーヴァ本体は……みんなにかかりっきりになっていた。

 

《神楽!時間的にももう行くしかないよ!》

【……うん!】

 

高高度から突進する。神機をいつでも最速で振れるように構え、女神本体へ突っ込んでいく。

それを見た男神が女神と共に下がりつつ拳を振り抜いた。

 

「っ……そんなくらいで!」

 

ぼろぼろになった服から露出した腹部をかすめる男神の腕。少し切ったようだが、考える時間すら惜しいとばかりに神機を回して腕を跳ねる。

 

《そのまま男神のコアを……!》

 

行ける、とはまだ思わせてくれないらしく……今度は女神が伸ばした腕を光弾と共に振り回す。

……近寄る隙がない。そう諦めかけたときにみんなが活路を開いてくれた。

 

「受け取ってください!」

 

アリサがアラガミバレットを受け渡してくれる。

 

「何とかしろよ!リーダーさん!」

 

リンドウさんが女神の片腕を止めてくれる。

 

「使って!」

 

サクヤさんが回復弾を撃ってくれる。

 

「シオもやるぞー!」

 

シオが動きの止まった女神を吹き飛ばしてくれる。

 

「後頼んだぜ!」

 

コウタが逃げる男神の後ろへ弾丸を撃って退路を縮めてくれる。

そして……

 

「やれ!神楽!」

 

ソーマが、男神を完全に止めてくれた。

 

「了解!」

 

あとは、私が最後の仕上げをするだけ。全員が、生きて明日を迎えるために。

……だけ、と思っていた。

 

「えっ……?」

 

翼が、消えた。

 

《神楽、ごめん!でもこれ以上は……!》

 

私が限界だ。そう言いたいんだろう。終わりを目前にして、後少しで全部元通りになって……その状況で、私が限界だって。

 

「……いやだ……」

 

すごくゆっくりと降りていく。心とは裏腹に、体は妙に素直に着陸態勢を取っていた。

 

「やだよ……何もできないなんてやだ……」

 

五年前の記憶が蘇る。無力で何もできない私から、世界は何もかも奪っていった。

腹部を貫かれ、手を伸ばす間もなく倒れた怜。何とかして私を逃がそうと、私の盾になって亡くなったお母さん。私の目の前で、最期まで私のために生きてくれたお父さん。全員の顔が、思い浮かんでは消えた。

 

〔何もできない訳ないだろ?〕

 

そんな私の頭に、唐突に響いた声。懐かしい、お父さんの声。

 

〔お前はもう、一人じゃない。俺や冬香や怜は確かにいないけどな。でも、仲間がいるんだろ?〕

《……これって……あのコアから?》

 

イザナミが呟く言葉も耳には入らなかった。

 

【でも……このままじゃみんなを助けられない!】

 

私自身の限界。そこから起こる悲しみは、水を吸って重くなった敷き布のようにのし掛かる。

 

〔じゃあ何かすればいいの。何もできななら、何もできないことをまずしちゃうのよ。〕

【……お母さん?】

 

幻聴でも聞こえているのかは知らないが、記憶にはない二人の声が頭を駆け巡る。……相変わらず、地面はなかなか近づかない。

 

〔何もできないのが過ぎれば、後に残るのは何かできる自分なんだから。〕

 

……何もできないをやる。それって、今なのかな?

 

〔大丈夫。あなたが本当に何もできなくなるなんてあるわけないわ。〕

【何でそう言いきれるの!?私にはもう何も思いつかない!このあとどうすればいいかも分からない!自分が生きる方法すら分からない!それなのにどうしてそう言いきれるの!】

 

何もできない自分がこれほど辛いことだなんて思ってもみなかった。そんな私へ、二人はただこう言ってくれた。

 

〔お前は……俺と冬香の、たった一人の最高の娘だろう?〕

 

速度が、戻った。

足が床を捉える。その確かな感触を一瞬だけ楽しんで……

 

「行ってきます!」

 

蹴った。

翼がもう一度出現。それに加えてブースターのようなものも同じ場所から発生する。

甲高い音の直後にブースターが火をはきだした。蒼い炎に押されて加速する。

避けようのない数の光弾を飛ばす男神へ、その光弾に皮膚を裂かれながらも止まらずに。まっすぐ。ただただ一直線に。

 

「負けてられるかああああ!」

 

伸ばした手が、コアに触れた。

 

   *

 

それから、ほんの五分ばかり後。

 

【……つ、疲れたああぁぁぁ……】

《当たり前でしょ!》

 

うつ伏せでぶっ倒れている私と、仰向けに寝ている支部長とが向きも何も揃わない形で介抱されていた。まあ、支部長の方は気を失っているだけだけど。

 

「ったく……あんな無茶するからだ。」

「するからだー!」

「うう……ごめん……」

 

……まだ仲直りもしていないからなのかな?こんな風に笑いながら話していても、彼は私のことをいつもみたいに撫でてくれたりということはなかった。

 

「でも、本当にお疲れさま。コーヒー飲む?」

 

それでもソーマは、自分の水筒に自分では飲まないはずのコーヒーを入れてきてくれていて……まあこの時渡された水筒が彼のものだったと教えられたのはこれより後なんだけど。しかもジープから取って来て渡してくれたのサクヤさんだし。

 

「ありがとうございます……うー……もう動きたくなーい……」

「おいおい。家に帰るまでがミッションだぞ?」

「通路の制圧も何とかなりそうだって話です。もう少ししたら行けるみたいですよ?」

 

そっかあ……なんかずごく長かったけど、ひとまずはこれで終わったのかなあ……

 

「……くっ……」

「あっ!みんな!支部長起きたぞ!」

 

コウタの言葉に全員が反応する。彼のいる方向には頭を押さえつつ起き上がる支部長がいた。

 

「……失敗……か……」

「当たり前ね。あなたがやっていたことは人類への反逆でしかないわ。」

 

厳しく告げるサクヤさん。アリサも同意の意を示す。……ソーマは……立ったまま、自分には関係ないとばかりに目を瞑っていた。

 

「反逆か……確かだな。」

 

支部長自身、ばかばかしいと自嘲するかのように言っていた。

 

「ここで私を殺しても罪には問われない。……大勢に死を強いる形を取った私だ。生きる資格など、もうないだろうさ。」

《……自分でそう言っちゃうかあ……》

【でも状況が状況だから……】

 

なんとなく、そう思ってしまうのも無理はないと思う。それが正しいとは全く考えていないけど。

それはみんな同じようだ。特にリンドウさんは。

 

「……ちょっといいか?支部長。」

「支部長、と呼ばなくてもいい。……君の功績を讃えられないのが残念だがね。」

 

相当参ってるなあ……

 

「まあその辺はどうでもいいんだけどな……エイジスにあるあんたのデスクからちょいとばかり拝借してコピーさせてもらったもんだ。」

 

そう言って投げたのは……建造計画書?

 

「……」

「ノヴァに対する偏食因子。配ったんだろ?」

「えっ?」

《偏食因子を配った?》

 

つまりどういうことなのかがよく分からないんだけど……

 

「ああ、その計画書なんだが……中身は新型のシェルターの図面なんだ。対ノヴァ偏食因子を組み込むように設計されてるから、おそらくは終末捕喰にも耐えられる。」

「……じゃあここで止めたのって……」

 

もしかして意味がないんじゃないのか?そんな風に思いそうになった頭を支部長の言葉が止めた。

 

「全世界での建造数は僅かに三つ。収容数で考えた場合、極東支部の住民を全員入れられるかどうかも怪しい。」

 

目を閉じて、呆れたように笑っている。

 

「資源を最小限にしたつもりでも、救えない人間が圧倒的に多い。たとえ建造が済んでいたとしても、人という種がそこで生きていたという証拠が全て消え失せるのでは……結局、それはただの気休めだ。」

 

そう言って計画書を指さす。

と、ソーマがその計画書を手に取った。これまで全く動かなかった彼に支部長すらも目を向ける。

 

「……どうかしたの?」

「いや……」

 

彼の言葉を待って全員が固まる中、語った。

 

「……研究者としてなら、認めてやるよ。」

 

また言葉を切って、一回だけ大きく息をついて。ソーマらしくないそんな行動の後……

 

「クソ親父。」

 

……さて。ここで泣いたのが支部長じゃなくって私だったっていうのは、アナグラのみんなには秘密にしよう。

まったく……素直じゃないんだから。




…神楽じゃないけど、つ、疲れたああ…
ほんと戦闘シーンって書くのが大変で…そのくせ書き始めると止まらないこの性分。書きながらおちた事もしばしば…いやいや黒歴史を語ってる場合じゃない。
次回、第四章ラストの回です。あとはエピローグ…



に、するとでも?


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神の砲口

こんな楽しいことアルさんくらいで終わらせる気ありません。当然です。
…こっから、完全なオリジナルストーリーです。


神の砲口

 

「さて。休憩もできたんだし……そろそろ行こう?」

 

それはアルダ・ノーヴァを倒してから三十分ほどたった頃。通路の制圧や、極東支部周辺の安全も確認できたそうだ。

 

「そうですね。……コウタ、お疲れさまです。」

「う、うん。……アリサも。」

 

それぞれに笑ったり……

 

「……帰ったら……きっちり!何もかも!教えてもらうわよ!」

「ま、まあまあ……その前に姉上がぶん殴りに……」

「じゃあその後ね。楽しみにしておいて?」

「……遺書でも書くか……」

 

えと、怒ったり。

あ、ちなみに榊博士と支部長。それにシオは一足先に向かえに来たツバキさんと共にアナグラへ。まあいろいろとあるだろうけど……なんだかいろいろなことが良い方向に向かいそうな予感がする。

よし。私も準備を……

 

「っ……」

 

と思ったけど、思いっきり立ち眩んだ。……その背を、ソーマが支えてくれる。

 

「大丈夫か?」

「……あぅぅ……」

「……何語だ……」

 

なんだかどうしようもないな。私って。そんなことを考えた矢先。

 

「その……悪かったな。」

 

こっちから言い出そうって思っていただけに、なんだか負けた気分だ。

 

「あ、ううん!……えっと、私の方こそ……ごめんね。」

 

このやり取り……後で子供の仲直りみたいだったってサクヤさんにからかわれることになる。

後はコアを回収して……それで帰り着けば、この件はほぼ終わり。久しぶりに有休でも取っちゃおうかなあ。それで外部居住区にお買い物とか……あ、ソーマと一日ゆっくり過ごすのも良いかな?そうやって、楽しみなことは次々に思いつく。

……そして……

それは突然だった。

 

「……?」

「音?」

 

なんだか変な、甲高いような……逆にとても低いような、そんな音が聞こえたのが始まり。

 

「……は?」

「……え?」

 

次は、ソーマの胴体が貫かれていった。

 

「……な……」

「ソーマ!」

 

……彼が、一気に後ろへ。何かに引っ張られて。

とてもゆっくり流れるかのような時間は僅か一秒にも満たない。みんなが気付いたのは、すでにソーマがノヴァの下の高台まで行った後。

 

「久しぶりだね。神楽君。」

 

横たわるソーマの横に立っている大車。……何か、バイザーのようなものをかぶっていた。

 

「くそっ!」

 

リンドウさんが走り出す。……その体が、元の位置よりずっと後ろまで吹き飛んだ。

 

「リンドウ!」

 

サクヤさんが回復に向かおうとして、リンドウさんのところへ行き着く前に全方向からの至近距離光弾に打ちのめされる。

 

「どこにいるんだよ!」

「見えない……そんな……!」

 

……そう。ソーマも、リンドウさんもサクヤさんも、一体何にやられたのか認識できなかった。それがアラガミなのか、人なのか。それすらも。

そして……

ヴン、と低い音が響き……アリサとコウタの後ろにそれが姿を現した。

人型のアラガミ。背には割れたステンドガラスのような羽を六枚持ち、黒い両腕にはアルダ・ノーヴァが持つものをさらに禍々しくしたかのような暗い赤のリングが一つずつ。

浮遊に特化したかのような、膝を上方向へ尖らせ、足首をまっすぐにし、膝からつま先までが一つの部位であるかのような黒金の足。それをささえる腰も、歩くには小さいように思える。逆三角形を描く、やはり黒の部位だった。

胴体のベースはアルダ・ノーヴァの女神のものと似たような形状。相違点はといえば、その背に五対の突起があり、その内一番上と真ん中、一番下から翼が生えていることと、全体が黒いこと。胸の少し前の位置から、それぞれ一対ずつの脇の下と肩を通る、そのアラガミの腕の長さほどのスパイクがあること。そもそも体型が男性型であることだ。

四本のスパイクの内の肩の上を通るものからは、肩から上腕にかけてをカバーするような装甲がある。漆黒に発光する赤のラインが入っていた。

頭部は目から鼻のあたりに赤いクリスタルの仮面のようなものがあるのみ。無表情な口には何も付いておらず、あとは耳があるような位置から斜め後方へ二本ずつのスパイクがあるくらいのシンプルなもの。色はまたも黒だ。

 

「なっ!?」

「うそっ……どこから!?」

 

その両腕が、二人にそれぞれ向けられた。同時にリングが少し前に出て、手の前に掲げられるようになって……

前触れなく、レーザーが発せられた。

その閃光に一瞬目を背け、再びそこを見たときには倒れ伏した二人がいるのみ。アラガミは大車の隣にいた。

 

「オラクル細胞による光学迷彩の持続時間はこんなものか。機械式よりは短いが……十分だな。」

 

手に持ったコンソールに何かを打ち込んでいく。何かのデータでもあるのだろうか……

 

「ソーマを返しなさい!いったい何のつもり!?」

 

それに彼は答えることなく、アラガミのみが動いた。……手からリングを離し、それぞれアルダ・ノーヴァとノヴァへ向け、手そのものは私に向けて。

 

「やれ。オルタナティヴ。」

 

三方向に、レーザーが放たれた。

……その後は……何も、覚えていない。

 

   *

 

「気が付いたか?」

 

……ここ……どこ……?……目が……ぜんぜん見えない……

 

「気分はどう……なんて、聞いていいような状態じゃないわね……」

 

……頭が痛い……気持ち悪い……

 

「コウタとリンドウさん、呼んできますか?」

「やめておきなさい。あんなうるさいの呼んでどうするの。」

「……そうですね……」

 

……なんか口元が暑い……横はへんにピッピッってうるさい……

 

【……イザ……ナミ……?】

 

あれ……?返事しないな……

 

【ねえ……イザナミ……】

 

……っていうか……この気持ち悪さ……どこかで……

ああ、そっか……いつだかにコアがダメージ受けたって……そのときと似てるんだ……

……じゃあ……え?まさか……

 

【イザナミ……?イザナミ?ねえ……返事して!】

 

そうだ。ソーマは?ソーマはどこにいるの!?

 

「……そ……ま……どこ……」

 

あるのは重たい布と体を包む包帯の感触と、酸素マスクを付けられた口の暑さ。そして細い針が入った腕からのほんの少しだけ感じる痛み。彼の手の温かさはどこにもなく……横で鳴っていた機械音が、ピピピ、なんていう危険を感じさせるようなものへと変わる。

 

「まずい!博士を呼べ!」

「はい!」

「リーダー!しっかりしてください!返事して!」

 

……そっか……

 

「そー……ま……そおま……やだ……いっちゃ……やだ……」

 

もう私、一人なんだ。

 

   *

 

三日前。ぼろぼろで帰ってきた第一部隊のみんな。……神楽の以外は、修復できたけど……

 

「これは……もう無理かな……」

 

神楽の神機はコアまでやられていた。……アーティフィシャルCNSの完全な破壊……すでに原形を留めていないから、持ってこられた破片の内どこがどこなのかすら分からない。

 

「……お疲れさま。よく頑張った。」

 

もう、破棄するしかないだろう。

神楽には複合コアを使った例の神機を渡すことになるけど……彼女のコアが活動を停止している今、適合が可能かどうかは不明だ。それどころか数値が安定しなければ使用許可は出せない。

リンドウさんによれば、大車が連れて来たと思わしき新種のアラガミに神楽以外の全員が戦闘不能に追い込まれた状況下、神機も自分もぼろぼろだった神楽が戦い続けてくれていたそうだ。……結果は大敗。本調子の三分の一も出せなかったため、神機を破壊され、彼女も大怪我を負い……ソーマを、連れ去られた、と……

最終的にはアナグラからの救出部隊がぎりぎりで到着し、なんとかアラガミと大車を撤退に追い込むことには成功。アラガミそのものへも攻撃は出来たと言うが、大車が操っていた、というのを考えれば……次はもっと強くなっているだろう。……アーク計画が片付いたと思ったらこれかあ……

 

「この支部……いろいろ大変だったよね……本当に、お疲れさま。」

 

今のところ緊急の出動は少ない。……せめて、神楽が治るまではこのままで……

 

   *

 

「大車がアーサソールを従えている可能性が高い、か。」

「そうだね。僕の研究室を襲ったのも彼らだ。ご丁寧に名乗って行ってくれたから間違いないと見ていいだろう。」

「支部長が帰ってくれば、もっとはっきりするさ。まあ、ひとまずはこんなもんだな。」

 

博士と姉上にエイジスに潜入していた間に知ったことを説明。本当なら姉上にいろいろ叱責を受けた後ですぐに言うつもりだったんだけどなあ。なんせ帰った直後から大騒ぎだ。俺もこの二人も、初めて気を緩めることができている。

支部長は本部へ招聘された。今回の事態についての説明が主なものだそうだが……まあアナグラの支部長はよくできているもんで……本部の奴らの大半を元より味方に引き込んでいたらしい。バラされちゃ困るってんで、事実は向こうがすでに歪めている。警備不足によって発生したアラガミの襲撃。それに伴うエイジス島の崩壊とエイジス計画の頓挫。その責任を云々……どうせすぐ戻ってくるだろう。それなりの処分はあるだろうが。

 

「……まあ、一応ご苦労だったと言っておこうか。今になって叱ってもどうしようもなさそうだ。」

「おお?いつにもまして寛大な姉上……」

「ここでそう呼ぶな!何度言えば分かる!」

 

……変わんねえか。

 

「さてと。じゃあ神楽君のことでも話そうか。」

 

博士からの言葉に俺も姉上も止まった。……また、あいつに守られたな……

 

「……とりあえず現状だけど……かなりまずい。」

「先ほど一瞬目を覚まし、直後にバイタルが急変していてな。何をどうすればいいかも分からん。」

「……そうか……」

 

アルダ・ノーヴァとの戦闘ですでに疲れ果てていた。そこから一時間以上、その状態でのトップスピード……それもアラガミの能力を無理矢理使いながら戦い続けたんだ。無理もない。

 

「神楽君のあの異常なまでの強さや回復力は、全てアラガミとしての部分が働いていることによるものだ。だからこれまで、多少の無茶や怪我なら一瞬で前線復帰した。ただ……今回に関しては話は別だ。」

「別?」

 

あいつがコアを破壊されるほどの深手を負ったようには見えなかったんだが……

 

「彼女のコアが活動を停止している。おそらくは、別の複合コアが破壊されたことによる偏食場共振が原因だろう。」

 

偏食場共振……っつーと……何だ?

 

「偏食場共振……まあ、僕が便宜上層呼んでいるんだ。神楽君のコアと類似するコア。つまり、彼女の家族のDNAを元にして作られた複合コアが損傷した場合、彼女のコアそのものもダメージを受けることを呼んでいる。原因は偏食場の酷似だ。原理はよく分からないけどね。」

 

そう言って博士が取り出したのは、監視カメラ映像の切り抜きの写真。場所や写っているものからして、あの日のエイジスだろう。

 

「この写真からも分かるとおり、敵はアルダ・ノーヴァとノヴァの両方を完全に消滅させている。で、この瞬間から数秒間観測された非常に強力な偏食場があってね。それが神楽君の持つコアの偏食場と酷似していたんだ。」

「……なるほどな……」

「ではあれらに用いられていたのも複合コアであると?」

「推測の域は、出ないけどね。神楽君が目を覚ましたら聞いてみようとは思うんだけど……いったいどれだけかかるか分からない今、考えていられる事柄ではないだろう。」

 

……よく分からねえことだらけ……だな。分からないなりに、そう感じた。




四章完結。
え?内容が重い?
…気にしないでください。
次回からは、終章、という形で進めます。まあなんだか話数が少なくなる予感しかしませんが…
いやあ…なんだかなあ…

あ、四章完結の記念に、それぞれの章にタイトルを付けます。
…相変わらず面倒なタイトルだなあ、とでも考えつつ、ご覧ください。


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終章 今、此の刻を生きる
沈黙


お久しぶり…も甚だしいですね。すみません。
終章に入るに当たって全体に読み直しをかけたら…
あれ?なんでこここんなことに?
って箇所がいっぱいあったのが原因です。はい私の計画性のなさのせいです。…元はちゃんと繋がるはずだったんだけどなあ…
まあそんな自虐与太話はおいておくといたしまして…
本日は二話投稿。アルダ・ノーヴァ戦以後のお話の入り口ですね。お楽しみください。


終章 今、此の刻を生きる

 

沈黙

 

「今日は……今日も特に大きなアラガミの反応はありませんね。」

「またか……例のアラガミは?」

 

更に四日。アラガミの反応が異常なまでに減り、俺達の仕事はかなり少なくなっていた。偵察班が偶然捉えた映像には、あの時大車が連れていたアラガミが数十に及ぶかと思われる大型アラガミを一瞬で焼き払うという光景が映っていた。……直後に偵察班は重傷を負っている。

奴の名称は大車の発言からオルタナティヴに決定された。どういう意図でのこの名前かは全くもって分からないわけだが……何にしろ、厄介なやつが現れたもんだ。

 

「一応反応は捉えています。目には見えなくなるそうですけど、偏食場までは隠していないみたいですね。」

「討伐には行けそうか?」

 

今現在第一部隊は四人しかいないようなものだ。俺とサクヤ。それにアリサとコウタ。……と言っても、この一週間の間は一度も出撃していない。まあ、怪我の治療に専念できるのはそれはそれで有り難いことではある。

が、主戦力の二人が現在前線より離脱中ってのはやはり辛い。今接触禁忌種の大群なんかが来たらここは一瞬で壊滅するだろう。

神楽は相変わらず目を覚まさず……というより、目を覚ましても譫言でソーマを呼んで、すぐに気を失うことの繰り返しだ。そのソーマに至っては生死すら不明。すでにMIA(任務中行方不明)からKIA(任務中死亡)へ変えた方がいいのではないか、と言う話すら出ている。

 

「討伐はたぶん無理だと思います。巡行速度がインドラの1,2倍に近くって……レーダーでの反応も飛び飛びにしか映らないんです。」

 

今日までのヒバリの話では、オルタナティヴは極東支部周辺でアラガミを捕喰しつつ徐々に離れているらしい。餌を求めて、なのか、何か別の目的のため、なのか……それすら分からないものの、彼女は常にオルタナティヴの動きを監視してくれている。

 

「だろうなあ……」

 

カウンターに腰掛けてタバコを吸おうとし……最後の一本であることに気付く。そういや……エイジスに忍び込んでからずっと買ってなかったんだっけか。

……吸う本数はセーブしてたっつーのに……これが三十箱目だったんだな。

 

「……嫌な雰囲気だよなあ……」

 

釈然としない感情。今すぐに叫ぶのを堪えるのが、すでに苦しかった。

 

   *

 

病室の扉が開いた。この一週間、ここに入っているのは神楽さんだけ……いつもならちょっとした怪我の治療でって人が二、三人はいるのに。アラガミの数が減っているからだろうか?

 

「よっ。飲み物買ってきたよ。紅茶がなかったからコーヒーにしたんだけど……」

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

入ってきたのはコウタ一人。たしかリンドウさんは残った雑務をやっていて……サクヤさんはその手伝いをしながらオルタナティヴへの対応策を探っているんだっけ。

缶コーヒーを渡しつつ、彼が話し始めた。

 

「看病しすぎて倒れるなよ?最近あんま寝てなさそうだし。」

「大丈夫ですよ。全く寝てない訳じゃありませんから。」

 

そう言って、神楽さんに向き直りつつ笑ってみせる。……が、彼は軽く笑みを浮かべるのすら止めて端末を取り出し、自撮り用のカメラを起動しつつ私に画面を向けた。

 

「そんなに見事な顔してたら、嫌でも気にするっての。」

 

当然、皮肉だ。画面に映し出されたのは、病気にでもかかっているかのようにひどい顔をした私だった。

 

「……そう……ですよね。すみません。」

 

なんだかいろいろと申し訳ない。この間からコウタには迷惑をかけっぱなしだ。

 

「神楽が心配なのも分かるけどさ。アリサが倒れちゃったら元も子もないだろ?」

「はい……」

 

……ちゃんと寝ろ、と言いつつコーヒーを買ってくるのもどうかと思うんだけど……

 

「……じゃあ……」

「?」

 

彼の袖を引っ張って横の椅子に座ってもらう。……なんか気恥ずかしいけど……

 

「ちょっ……」

「静かにしてください。寝るんですから。」

 

こうやって神楽さんが昏睡状態にある目の前でこうしているのは不謹慎だと思うけど、彼に寄りかかって寝ていることに安心感を得ている自分がいる。……神楽さんはよくソーマの肩を枕にしてたっけ。……なんだか分かる気がする。

 

「……寝るなら部屋の方がいいと思うんだけど……」

「ここでいいんです。」

 

あとはコウタが野暮なことを言わなければ、完璧なんだろう。

……神楽さんが目を覚まさないのは……ソーマがここにいないことも原因の一つではあるのだろうか。

 

   *

 

「ああ、これだね。サクヤ君。ちょっと来てくれるかい?」

 

博士が納得したような声を上げた。研究室の中にあった資料を確かめる手を止める。

 

「支部長が言っていたデータですか?」

「うん。その中でも、複合コアに関する部分さ。」

 

本部に招聘される前に支部長が伝えていったパスワード。彼の持つ極秘データファイルのパスワードだったのが分かったのが一昨日。大っぴらにどれのパスワードだ、と言うと本部での査問会で問題にでもなるのか、支部長のファイルのパスワードなのか他のものなのかも分からなかったのが時間がかかった主な理由だと言える。

そしてこの二日間、多くのダミーを持ったそのファイルの中から今回の件に関係するものを探していたのだ。

 

「……そもそもあの日第一ハイヴがアラガミに襲われたのすら、人為的なものだったようだね。」

 

そのデータを見ることができる位置へ移動しつつ博士の言葉に耳を傾ける。

 

「桜鹿博士はずっと一人で研究していた。その進捗や結果を知っていたのは、彼の家族と、ただ一人彼が協力してもらうように頼んでいた楠博士のみだ。当然その内容をヨハンも知りたいと思っていたし、結果等を一定期間ごとに提供するように要請もしていたよ。……全く、取り合ってもらえなかったそうだけどね。」

「取り合わなかった?」

 

フェンリルの科学者である以上、支部長からの要請とあってはほぼ命令のようなもののはずなのだが……

 

「……過去に、大きな実験事故があったんだ。神機使いを生み出すためにある二人の科学者が奔走したものでね。」

 

いつも細く開いている目が更に細くなった。声の調子も懐かしむようになった印象がある。

 

「あの頃はそもそも研究者が少なくてね。彼自身はその実験に反対していたから参加はしていなかったんだけど、彼の知り合いも……たしか彼の恩師なんかもいたはずだ。ああ、ちなみに途中までは僕も参加していたんだよ。奔走していた二人、というのと……そう、親友関係にあった、と言うのかな。」

 

特に何かこちらから聞くこともないので相槌を打ちつつ聞く。それにしても、いったいどういう関係があるのだろうか?

 

「その実験の結果は、実験参加者の内たった二人を残して全員死亡するという悲惨なものだった。現在はその内容を少しでも知るものには戒厳令が出ているよ。フェンリルの汚点の一つだからね。」

「はあ……でもそれと本当に関係があるんですか?」

 

さすがにしびれを切らして問いかける。が、博士はいつも通りの不適な笑みを浮かべるのみ。

 

「まあ焦らないで聞いてくれたまえ。えっと……ああそうそう。その実験が行われている間、桜鹿博士は複合コア理論を早くも提唱していたんだ。アラガミにコアがあること自体は分かっていたし、神機の理論も楠博士がすでに組み上げていたからね。ただ、そのころの彼の複合コアは神機のアーティフィシャルCNSのみを作るというものだったんだよ。人との適合係数なんて全く分かっていなかったし、それ以上に楠博士も神機は誰でも使えるものを目指して考察を進めていた。……さて、問題はここからさ。」

「はい……」

 

……正直長い……

 

「桜鹿博士は実験を進める内にあることに気が付いた。ちょうど一番最初の複合コアが完成した頃かな。神機を動かす事なんて夢のまた夢、とも言えるそれが完成したところで、彼はコア自体がすでに一つの生物であることを知ったのさ。これは、さっき言ったある二人の実験でも判明していなかったことだよ。」

 

コンソールを操作して、博士から見て左上にある画面にグラフや表などを映す。

 

「これ……たしかオペレーター研修の時に見せられたものですよね?」

「そう。今では誰もが知っている、アラガミと人の違いを説明するために用いられるデータさ。」

 

オペレーター時代の研修期間。かなりハードなものだったが、その手始めに見せられた記憶がある。

 

「コアが生物である、と分かったところで、神機が生体兵器である、ということの推測も出来たんだろう。彼が残したレポートの中に人が神機を使うための考察なんかもあった。……簡単に言えば、神機を使うには人が半分アラガミになる必要がある、だそうだよ。そして、人とアラガミが一つの個体で半々になる事なんて不可能に近い、とも書いてあったね。……その人とアラガミを半々にする、と言うのをやろうとしていたのが、初めに言った実験だった。」

「……失敗を予期したんですか?」

「それどころじゃない。桜鹿博士は実験関係者……そのリーダーにまで警告していたよ。その実験は失敗する、とね。警告は、予想される結果も共に送られていた。……実際の結果と寸分変わらなかった。僕がそれに対して起こしたことと言えば、親友を救いたい一心で偏食因子の初期型を入れたお守りを送ることだけだったよ。」

 

自分をあざ笑う。そんな苦笑を浮かべながら話を続ける。

 

「……彼らは桜鹿博士の警告を全く取り合わなかった。自分たちが失敗する事なんて、予想してすらいなかったんだろうね。……その実験のリーダーは、ヨハネス・フォン・シックザールだ。」

「支部長が?」

「そう。その一件で、ヨハンと桜鹿博士との間になかなか複雑な関係が出来上がってしまってね。ヨハンは桜鹿博士に強く言えなくなったし、桜鹿博士もヨハンを信用しなくなった。それが、桜鹿博士が複合コアに関するデータを開示しなかった理由さ。ヨハンの実験に共に反対していた楠博士と僕には、多少教えてくれていたけどね。」

 

若干誇らしげな表情をしながらも、その声のトーンはいつもと比べ落ち気味だ。やはり、思うところは多いのだろう。

 

「さて……とりあえずここからがヨハンが持っていたデータの内容になるんだけど……これはリンドウ君にも来てもらった方が良いだろうね。現状彼が第一部隊長なわけだから……おや?」

 

博士の言葉を遮るようにシオちゃんの部屋の扉が開いた。中からはどこか眠そうな表情をしたシオちゃんが出てくる。

 

「おはよー。」

 

この一週間……というか、アーク計画を止めてからほんの三日程度の間に彼女には大きな変化があった。今も少しずつ続いているその変化の理由は、榊博士曰く……

 

『ノヴァが消滅したことで特異点としての、さらにはアラガミとしての部分が薄れていったんだろう。別の言い方をするなら……そうだね。人間に戻りつつある。そんな感じかな。一体それがどこまでいくのかは分からないけどね。』

 

とのことだが……

 

「サクヤ、どうかした?」

 

何というか……とても人間らしくなった、と言うのだろうか。これまで真っ白だった肌には徐々に色味が増し、今では肌色と言ってもいいくらいにはなっている。ほとんど固まっていた髪の毛も、徐々に一本ずつに分かれてきているし……それどころか今は首と背中の境目まで伸びてきた。博士の話ではメラニン色素に近いものの形成も見受けられるらしい。その内色も付いていくのだろうか。

……まあ、一番の変化はその性格にあるようにも思えるわけだが……

 

「ちょっと神楽ちゃんのことでね……」

「……まだ起きない?」

「ええ……傷の治りも驚くほど遅いのよ。たぶん、普通の人よりも。」

 

シオちゃんを初めて紹介されたとして、今の彼女を十二歳くらいの女の子だと信じる人は……いや。たぶん、信じない人の方が少ないだろう。

 

「神楽君の傷の治りが遅いのは……おそらく、彼女自身の自然治癒力がすでに存在しないからだろう。」

「存在しない?」

「うん。彼女の体の細胞は、もうオラクル細胞以外では構成されていないんだよ。それだけに本来人に備わっているべき免疫機能や治癒作用も彼女のコアが動いていないと働かないようでね。今はコアが自己修復を続けているわけだから……たぶん、その修復が終わらないと彼女自身は回復の兆しすら見せないだろう。」

「神楽……前ちょっと違ったけど、今は私と同じ。コアが安定してて私みたいにならないだけ。……だと思う。」

 

シオちゃんがちょっと抽象的な説明を挟む。……それにしても今の言葉……少しずつ、昔のことを思い出しているのだろうか。

 

「……まあとりあえず、リンドウ君を呼んできてくれるかい?話は全て、それからにしよう。」

 

私の疑問は、口にする前に言えない雰囲気へと追いやられたのだった。




マーナガルム計画の裏の自己解釈と、GE2へ繋げるための準備なども兼ねています。
…というのは今は関係ありませんし、ひとまず先に進みます。


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全ての始まり

神楽の過去談の裏側、といったところでしょうか。
なんだか前話に引き続き裏側の話が続きますが…気にせずお読みください。


全ての始まり

 

「……起きた……?」

「あ、はい……おかげでゆっくり寝られました。」

 

火でもついたかのように真っ赤になっている自分の顔が彼女の目に映り込む。若干寝ぼけているのか半開きになったその目と、少しだけ赤らめた顔とが……男として……何というか……

 

「……何か変なこと考えてませんか?」

「い、いやいや!そんなわけが!」

「あるんですね。」

 

見事に言い当てられて何も言い返せなくなる。まあ、元々言い返して良いような状況でもないんだけどなあ……

 

「どん引きですけど……まあいいです。」

「それ良いって言ってなくない?」

「……疑り深いですね……本当にいいですって。許してあげます」

 

くすくすと笑いながら話すアリサ。……なんだろう。なんか無茶苦茶かわいい。

 

「えっと……あ、そうだ。疲れ取れた?」

 

どうしようもなくなって当たり障りのなさそうな事を聞いてみる。さっきよりもずいぶんすっきりとした表情をしているようにも思えるけど、実際どうなのかは聞かないと分からないし……そんな理由付けをしている自分に笑わざるを得ない。

 

「そうですね。……なんか、すみません。」

「え?」

 

唐突に発せられた謝罪。

 

「ちゃんと休まなきゃ、とは思うんですけど……リンドウさんと神楽さんを閉じ込めたり、復帰のときにあなたにずっと手伝ってもらったり……支部長から逃げていたときも、サクヤさんにはずっと迷惑かけっぱなしだったんです。だからどうしても、頑張らなきゃって……そんな風に思っちゃうんですよ。」

 

……何と言うのだろう。やつれた笑み……自嘲……今の彼女に合っていそうで、だけどそれだけだと表し切れていない。そんな表情でこちらを見ていた。

 

「よし!じゃあそういうときはアリサを休ませて俺も休む!」

「……あの……」

 

自分でも何言ってるのかわかんないけど、いつの間にかそんな言葉が口をついて出ていた。後で考え直してみたけど……たぶんアリサのそんな表情を見ていたくなかったんだと思う。

 

「……相変わらず、どうしようもないですね。」

「ちょっ!?な、なんかひど……」

「ひどくないです。」

 

まあ、普通に笑ってくれたからいいや。勝手ながらそう結論づける。

……その直後、神楽が声を出した。

 

「……ぅ……」

「神楽?おーい?」

 

が、その声は徐々に苦しげなものへと変わっていった。

 

「神楽さん?神楽さん!?」

「大丈夫か!?おい!……うわっ!」

 

ベッドの横の機械が何か危険を知らせるような音を発すると同時に、神楽が吐血する。布団の中だから何がどうしているのか分からないけど、心臓の辺りを抑えつつ悶えているくらいは見て取れた。

 

「は、博士呼んでくる!」

「はい!」

 

……神楽がこうなったのはこれで三回目。博士の話では、本格的に死の危険が出る回数だった。

 

   *

 

その少し前。

 

「……さて。じゃあリンドウ君も来たことだし、ヨハンが残したデータを見ていこうか。」

 

サクヤから俺が呼ばれた理由を軽く説明してもらい終わったのを見ると、博士はすぐに話を始めた。ちなみに彼の横ではシオが壁に凭れて立っている。サクヤ達の話では、この一週間で彼女にかなりの変化があったらしい。特異点としての彼女が消えたせいだろう、とか何とか。

 

「彼が残したデータは、五年前の七月七日のある事件。そして、そこから発生した実験の記録などだね。」

「ってーと……第一ハイヴか?」

「その通り。」

 

五年前……つまりは2066年の七月七日にあった事件なんざ第一ハイヴの壊滅以外にない。神楽の家族の死亡理由でもあるそれは、あの頃のフェンリルや神機使いの対応速度の遅さを象徴するものとして、フェンリル関係者の中では重要視する者も多い事件だ。

 

「君達も知っての通り、ヨハンが桜鹿博士のコアを手に入れる結果となったのは、この事件で桜鹿博士が亡くなられたからだ。エイジスから帰るジープの中で彼も言っていたよ。この日、桜鹿博士が死亡……いや。殺害されていなければ、このアーク計画を実行するなんて夢のまた夢だったってね。」

「あの……神楽ちゃんの話だと、家族はみんなアラガミに、って……」

 

サクヤが訝しげな様子で聞き返す。実際に神楽は、家族が誰かに殺された、とは全く言っていない。殺害という単語が適するのかと聞かれたら、迷いなくNOと答えるだろう。

 

「うん。見た目はそうだっただろうね。」

「?」

「見た目って……んなもん見た目も何もないんじゃないのか?」

「いいや。これが極めて重大な問題なんだ。シオ。そこのディスプレイをこっちにくれるかい?」

「うん。」

 

シオがコンソールの向こう側から取り出した大型のディスプレイの画面へ支部長のデータを映し出す。

 

「アーサソールがアラガミを操ることが出来る。リンドウ君は聞いたことがあるんじゃないかな?」

「まあその話なら聞き覚えは……って言っても、あれはただの噂話だろ?」

「と、されてはいるね。でもそれは、紛れもない事実さ。」

 

真面目な表情を顔に張り付けたまま語る博士。ひとまずはその言葉を待つ。

 

「アーサソール……新型神機の構想が練られた際に、フェンリル本部が遺伝子操作や薬品等の、それこそ人体改造とも言うべき方法で無理矢理に生み出した者達だ。その副作用で感情がなくなったとも言われているね。」

 

ディスプレイに表示されたデータよりも前に別のグラフが表示された。一般人、旧型神機使い、新型神機使い、アーサソール、アラガミの五種類の項目が見て取れる。どれも偏食場の波形だとあるが……

 

「これを見て分かる通り、一般人はもちろんのこと、旧型神機使いにも偏食場が存在しない。まあ実際には少しだけあるわけだけど、計測器で簡単に読みとれるほどじゃあないね。新型神機使いになると、アラガミとは波形が完全に違うけど、固有の偏食場が計測されている。これの共鳴のようなものが感応現象だというのは、君達も知っている話だね。……さて。問題はアーサソールの偏食場とアラガミの偏食場だ。」

 

ここでサクヤが口を開いた。そういやアーサソールに追いかけ回されたんだったか。

 

「……似てますね。」

「そう。この二つは極めてよく似ている。その偏食場の強さも、新型神機使いとは比べものにならない。……これらの間で感応現象を起こすことも可能だろうね。」

 

感応現象が偏食場同士の共鳴……だとすれば、それも不可能な話ではないのだろう。

 

「アラガミを呼び集めた複合コアの件もある。やり方や原理に関しては全くもって分からないけど、彼らがアラガミを操ることが出来ることは間違いない。でなければ、彼のデータにこんなことが書いてあるはずもないからね。」

 

先ほど開かれたデータが閉じられ、代わりに元々表示されていたものの一部分が拡大される。

 

『大車がアーサソールによってアラガミを第一ハイヴへ集結させ、その内神崎桜鹿氏を襲撃するアラガミのみ操作させて彼と彼の妻、息子を殺害したらしく、同氏が所持していた完成版複合コアを回収してきた。四種類あり、その内赤と青は一つずつ、後の二種は二つずつ。赤はアラガミに捕喰され、青は桜鹿氏の娘が振れた際に消失したらしい。アラガミ化の兆候が見られたという話だ。……ひとまずは二つあるものから実験に用いることにする。……大車のやり方には賛同しかねる。第一ハイヴの住民へ、冥福を。』

 

「これは……その頃からだってのか……」

 

日記形式とおぼしきその文章を読み終わり、博士へ目で続きを促す。

 

「このしばらく後に、二つずつあったコアは実験などでどちらも一つ消費したと書いてあったよ。その後、ノヴァやインドラ、アルダ・ノーヴァのコアとして残ったものも使われたんだろう。例のアラガミを呼び寄せていた複合コアなんかは、その実験中に発見された副産物、なんてところなのかもしれないね。大車自身もあちらこちらに研究施設を持っていた形跡もあるみたいだし……まあ何にしても、彼らがアラガミを操れることは認めるしかない。」

「私を浚いに来たときも、たぶん私を操ったんだって思う。えっと……自分の体じゃない?みたいだったことは覚えてる。」

「そうなの?」

「うん。……何となくだけど。」

 

辿々しいながらも、以前よりもかなり複雑な意志疎通をしているらしい。……それが本当なら、あと何週間かすればほぼ完璧に人と同じような存在となるだろう。

 

「ヨハンの残したデータで分かったことは、今はこれだけだね。新しいデータが見つかれば変わるだろうけど……彼が伝えてくれたのはパスワード一つだけだ。もう何か分かるとは考えない方が良さそうだね。」

「そうか……まあ、これで大っぴらに大車を追跡できそうだな。本部へは?」

「僕が伝えるよ。向こうに顔は効くからね。」

 

そんな会話を交わし、そろそろ自室へ戻ろうかと考えた時だ。

 

「博士!神楽が!」

 

……顔面蒼白のコウタが駆け込んで来、そのすぐ後ろで病室の扉が吹き飛んだ。同時にアリサが壁に叩きつけられ、廊下の証明が落ちる。

 

「アリサ!?」

 

コウタが駆け寄り、一瞬病室の中を見た後で向こう側へとアリサを抱えたまま転がっていく。

……二人が病室の前から離れた直後、今さっき彼女が叩きつけられた壁を……黒い翼を生やした神楽が拳で打ち抜いた。

 

「博士!これは!?」

「おそらく……彼女のコアの暴走……アラガミ化の一種と見るのが妥当だろう。」

 

言葉を交わす二人の前に立ち、一メートルほどの範囲に黒い衝撃波を発し続ける神楽を見やる。

黒の翼を背から生やしつつ、同じ色の羽を体の周囲で渦巻かせつつ拳を壁から引き抜いた彼女。その目は鈍く光る真紅に染まり、解けた髪は白と左右一房ずつの金髪へと変色していた。

 

「みん……な……逃げ……」

 

その口が開き、衝撃波の風圧にかき消されそうな弱々しい声が漏れ出る。

 

「大きすぎる負荷のせいで、コアそのものがオーバーロードした……或いは神楽君を生き長らえさせるために無理矢理起動しようとした結果……どちらにしても……」

「そんなこと言ってると本当に手遅れになる。」

 

榊博士の言葉がシオによって唐突に遮られる。そのまま前に出てこようとする彼女。だが、今目の前にいる神楽は俺の手にも余ることが明白な存在だ。彼女に何とか出来るとは思えない。

 

「シオ!下がれ!お前が何とか出来る相手じゃ……」

 

コウタから檄が飛んだ。……ついさっき眼前を拳が通り抜けただけあって状況をもっともよく理解しているのかもしれない。

 

「私よりあなた達の方が危ない。」

 

そのコウタへ淡々と答え、俺の制止もどこ吹く風と前に出る。一種の畏敬の念すら感じさせるような雰囲気を纏っていた。

……神楽がそれへ狙いを定めたのはほぼ同時だった。

言葉を発する暇もなく振り抜かれた彼女の拳を身をほんの少しだけ捻って避けつつ、その胸へ手を触れた。

 

「大丈夫。まだ眠って。」

 

黒い翼が消え、目の色が戻っていく。……髪の色が戻らないのが気になるが……

 

「……シ……オ……?」

「ううん。今は渚(なぎさ)。でも、気にしないで?今は眠っていいの。神楽のすることは、まだ先だから。」

 

片言ながらも何か意味深な言葉を言ったシオと気を失っていく神楽とを見つつ、その疑問を押し込めた。




…さて…次話投稿がいつになるやら…
いろいろと話を組むには…やっぱりまだかかりそうですね。
ラストバトルなんかは一つの時間軸を何回か往復しないとまずそうですし…っと…これ以上は言わないでおきます。
それでは、また次回お会いしましょう。


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ただ流れる日々

…えっと…た、大変長らくお待たせいたしました。
とにかく最終話までしっかり書いて、あちこちの辻褄合わせて云々。結果ここまでかかったという…
…はい。私がへたれなだけです。
まあそんなこんなで、あれやこれやからの続きです。


ただ流れる日々

 

翌日。

完膚なきまでに破壊されてしまった病室の修復と片付け。そんな……任務が第一部隊に発行されていた。

 

「ったく派手にやっちまったなあ……」

「そんなこと言っても始まらないわよ。」

 

サクヤに諭されつつ、主に大きめの瓦礫を片付ける。今日も大型アラガミは出現してない。

 

「あ、これ持って行きますね。」

「無理すんなよ。」

「大丈夫ですよ。片手でもこのくらいなら持てますから。」

 

病室の中から埃や砂の詰まったゴミ袋を持ったアリサがコウタの言葉に答えつつ出てくる。昨日のあれで左腕にヒビが入ってしまったらしく、首から吊られている。数日で治る、との話だ。自分もそうだが、神機使いの治癒力の高さには感服するな。

 

「そういや、シオはどうしてんだ?」

 

昨日、神楽が気を失った直後……シオの体には劇的な変化が起こった。というより、完全に人と同じ体になった、と言うべきだろうか。……暗い中だっただけにはっきりとは分からなかったが。

 

「今は榊博士と話してるわ。アラガミになる前の記憶もある程度取り戻したそうよ。」

「ほう……」

 

珍しいこともあるもんだ……と思った直後、研究室の扉が開く。

 

「手伝おうか?」

 

出て来たのは後ろに榊博士を従えたシオだった。

出て来て大丈夫なのかと一瞬心配になるが……エイジスから戻った時に、アナグラにいる奴ら全員に見られてたんだったっけか。保護観察目的もあって研究室外にはほとんど出さないが、もう隠す必要はなくなっているらしい。シオについてのアナグラの意見も、概ね肯定的な方向へ傾いていると言う。

 

「お。んじゃあシオは……」

 

コウタが言葉をかける。……のだが……

 

「シオじゃなくて渚だって昨日……あ、四人には言ってないか。」

 

明るい中でしっかりと見て、改めて彼女の変化に驚く。

シオの面影のある端整な顔立ちと、元と何ら変わらない青い目。そして、ちゃんと一本ずつに分かれて背中へ流されている、首筋を覆う程度に伸びた茶髪とが、アリサと同じほどの白さになった肌に映える。表情も自然なものだし、線の細さも健康的な少女の範囲に入るだろう。

年齢的には……十二か十三歳。あどけなさを残しつつも、どこか大人びた雰囲気を漂わせてもいる。

 

「……初めましては変だし……改めまして、かな。渚です。……まあ……シオでも良いけど……」

「調べてみたんだが、どうやら昨日の神楽君の偏食場が影響を及ぼしたらしくてね。特異点としての働きが弱まったことも関係があるんだろう。」

 

最後の方になるに連れて小さくなった渚の声に博士の声が続く。若干恥ずかしそうにしている彼女との差が笑えてしまうが……彼女の名誉のためにも言わない方が良いだろう。

 

「神楽ちゃん、どうですか?」

 

昨日のあの騒ぎの後、博士の判断で神楽を観察室に移した。シオの部屋……今は渚の部屋となった、中に入って右側にある観察室と対称の位置にある実験室の奥にベッドを運んだだけではあるのだが……まあ観察室と言っても問題はないはずだ。

 

「どうとも言えないね。コアの方は渚君のおかげで修復できたようなんだけど、神楽君自身の体はまだまだ……というより、コアの活動は再開されていなくてね……暴走したり、ということはないだろうけど、回復にはまだ掛かるだろう。」

「そうですか……」

 

二人の会話の間に渚は病室の中に入って行き、すぐにゴミ袋を持ってエレベーターに向かった。コウタも同じようにゴミを運びつつ付き添う。

 

「ただ、彼女のコアが活動していない理由が全く分からないんだ。コアは完全に修復されているし、偏食場も昨日の暴走波形から正常波形に戻っている。……彼女自身の怪我を治すために動き出さないのがなぜなのか、が分からないと、治療も施せないからね。はっきり言って八方塞がりだ。」

 

ため息をつきながら語る。……八方塞がりだ、と言えば……

 

「支部長の方はどうなんだ?とっとと戻ってくるさ、とか言ってたよな?」

「まだ審議が終わっていないようだよ。話が彼に有利な方へ動いているとは言っても、ヨハンの処分をどうするかに関しては査問会側も慎重にならざるを得ないらしい。終わったら向こうから連絡が来るはずだから、気長に待つしかないね。」

 

こっちには気長に待つ余裕はあんまないんだけどな……大車の件を考えると、支部長の帰りが早いに越したことはないだろうし……

そんなことを話している内にエレベーターがまた開く。アリサに加え、さっき降りていった二人も戻ってきた。

 

「えっと……あといくつありましたっけ?」

「ゴミ?たぶん俺と渚が持ってたので全部だと思うけど……」

「新しく出てなければ最後だよ。」

 

そう話す三人へサクヤが声をかける。

 

「そろそろご飯にしない?時間もちょうどいいし。」

「あ、そうですね。」

「んじゃあ何か適当に買って……あれ?渚は何食うんだ?」

 

再度エレベーターに向かおうとした足を止めつつコウタが問いかける。たしかに、昨日の一件があるまではアラガミのコアのストックを食べていた彼女だ。いくら今ほぼ人に戻ったとはいえ、そのまま食べられるかどうかは微妙と言わざるを得ないだろう。

……直後に渚本人が答えた。

 

「パンとコーヒー。できたらリンゴジャムも。」

「あ、もう食べられるんだ……って、なんでそんな明確に……」

「神楽が前に食べてた。」

 

……女性陣を中心に笑いを巻き起こしたのは言うまでもない。

 

   *

 

「シュン!カノン!一旦下がれ!」

「つってもそっちに行っちまうだろうが!」

「いいから下がれ!回復しろ!」

「は、はい!」

 

第二部隊と第三部隊の合同任務。……工場跡にて、接触禁忌種を含め大型種六体の同時討伐。工場から漏れ出るガスと荷電性アラガミによる電磁波の影響で霧と電波障害が発生し、アナグラとの通信は繋がらないと言うとんでもない状況。本来ならこんな任務はアサインされるはずもないんだが……

あれからまだ一週間ちょっと。第一部隊を動かすわけにはいかないというツバキさんの判断により、アナグラの全員で大型が出現していないことにしている。その分俺たちにかなりとんでもない任務が来ちまうわけだが……あいつらに伝えているほどではないにしろ、アラガミが少なくなっているのは事実だ。ぎりぎり何とかなる。……っつーより、何とかする。

 

「ブレンダン!そっちは!」

 

無線機に向かって叫ぶ。西側にいる向こうからの答えがあると同時に、耳に入る戦闘音が二倍に増える。

 

「タツミか!?はっきり言ってかなり苦しいが……何とかする!っ!ジーナ!回復しろ!そいつは俺が抑える!」

「お願いするわ!……早く散らないかしら……」

 

援護は期待できそうもない。向こうもこっちも三体だ。とにかくどっちかが速攻で終わらせるしかないだろう。

……どうしても、第一部隊の手が借りたくなるな……

 

「タツミ!お前も回復しろよ!」

 

シュンが俺の前に出つつ叫ぶ。

 

「悪い!サンキュー……!」

 

そして後ろに下がったとき、視界の右端に何かが映った。ここは東の端。その先は海だ。

急いで確認し……人型の浮遊するものを見て取る。一週間前、エイジス島での戦闘映像記録で見たやつだった。

 

「シュン!早く物陰に入れ!」

「は!?いきなり何……」

 

一瞬こちらを降り向いた彼の背を掠めつつ極太のレーザーが通り抜ける。その熱さを感じてか、吹っ飛ぶかのように俺の方へ回避した。

 

「……は?」

 

後に残ったのは、消し炭になったアラガミと撃ち抜かれた工場のみ。無線から響く声が三人分あるのが妙に安心感を持たせてくれた。

 

「総員撤退!臨時の回収地点まで戻る!」

 

……オルタナティヴとの、第一部隊以外の初接触だった。

 

   *

 

「第二部隊と第三部隊がオルタナティヴと接触ねえ……」

 

リンドウと共にツバキさんに呼ばれ、約三十分。話されたのは、これまで私達が出撃しなくてもいいようにアナグラのみんなが頑張っていてくれたこと。そして、私達以外で初のオルタナティヴとの接触があったことの二つだ。

 

「これまでにも接触寸前になったことはあったんだが、今回は状況がな。電波障害のせいでこちらから連絡がつかなかった。全員無事で済んだのが不幸中の幸いだな。」

 

……第一部隊の全員がものの十数秒で戦闘不能に追い込まれるような相手だったことを考えると……不幸中の幸い、と言うよりも、もはや奇跡に近いのかもしれない。

 

「こうなっては、もうお前達を休ませておくなどとは考えていられん。明日からは全ての任務を通常通りにアサインさせる。良いな?」

「はい。……それで……オルタナティヴに動きは?」

「今は工場跡でアラガミを捕喰している。その内また別の場所へ移動するだろうな。この間から二時間以上同じ場所にいたことがないのは知っているだろう?」

 

二時間、というのもかなり控えめな言い方だ。ヒバリちゃんの話では、一時間いれば長い方……場合によっては捕喰しつつ移動しているらしい。

そして、動きが止まったのを確認してからヘリでその場へ向かうのに……工場なら一時間半は最低でもかかる。全ての準備が整っているところから換算してそれであることを考えると、実際には二時間から三時間を要するだろう。

 

「八方塞がり……ですか。」

「ああ。」

 

たばこを吹かし始めたリンドウも口を開く。

 

「っつーかタツミのやつ。どうやってあれを見つけたんだ?偵察班が進行ルート上に何回か張ったときも、ずっと目には見えないままだったんだろ?」

 

彼の言葉に私もツバキさんも疑問を抱く。たしかに、これまであれを捉えられた映像は……あの時エイジスにあった監視カメラに写ったもののみのはずだ。

 

「リンドウ。今日の工場跡付近の気象状態、電波状態、偏食場状態、とにかく分かることは何でも調べて博士に伝えろ。サクヤは至急偵察に向かえ。やつの予想進行ルート上に張り込んで、もう一度確認しろ。」

「おう。」

「わかりました。」

 

……希望論を言うつもりはないけれど……もしかしたら、オルタナティヴに対抗できるかもしれない。ここにいる全員が、その可能性を確信した。




シオを完全に人にしていいのかって聞かれると…うーん…どうなんでしょう…


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全て進み出す

二話目です。戦闘とかよりこういう何とはなしな場面の方が書くのに神経使って…


全て進み出す

 

タツミ達がオルタナティヴと接触してから三日が過ぎた。今のところ、リンドウさんの疑問について博士が推論を立てては消しが繰り返されている。

その間にあったことと言えば……支部長の処分が決定したことくらいだろうか。

 

「にしても解雇処分ねえ……」

「解雇じゃなくて解任なんだって。支部長からは降りるけど、結局のところはここで研究者として続けるように、って指示が出たみたいだよ?」

 

オペレーターという職業柄、こういう情報はかなり早く伝えられる。だから噂を聞きつけたタツミが聞きに来ているわけだ。……まあ、今日中にツバキさんからみんなに正式な発表があるだろう。何せこの支部を左右する問題なのだ。いつまでものんびりしてはいられない。

 

「後任の支部長は?」

「こっちで決めていいみたいだけど……どうなるかはまだ未定だって。」

「……本部の奴ら……投げやがったな……」

「まあまあ……」

 

面倒なことしやがって。そう言うかのような表情で悪態をつく。……そういえば、私にこの件を伝えたときのツバキさんも同じことを言っていたっけ。

 

「さて……んじゃあ、そろそろ任務行ってくる。」

「あ、うん。行ってらっしゃい。」

 

結局、第二部隊と第三部隊はまだ忙しい。大型の数は少ないものの、その出現位置はどれもバラバラなのだ。

……神楽さんとソーマさんは、こういうとき真っ先に一人で討伐して来てくれていた。それを思うと二人が戦闘不能のこの状況がより一層苦しいものに感じられる。

上へと歩いていく彼へ手を振りつつ、ちょっとだけため息をついた。

 

   *

 

「博士ー。……あれ?」

「しっ。寝てるから。」

 

コンソールに突っ伏す博士を指さしつつ伝える。昨日も一昨日も徹夜であれこれ考えていた。今まで見た中で一番楽しそうに推論立てていたことに関しては触れる気すらない。

 

「……資料持ってきてくれって頼まれてたんだけど……」

「私がもらっとく。後で渡すよ。」

「あ、そんじゃあ頼んだ。」

 

コウタから分厚い紙の束とメモリーを受け取る。……どうやら何種類かのフィルターをつけたカメラでのオルタナティヴの撮影記録が主なものらしい。オルタナティヴが通過した際の大気の動き、電磁波、熱反応等も記録していたようだ。

 

「アリサは?」

「サクヤさんと話してるんじゃないかな?まだ治ってないはずだし……リンドウさんもツバキさんと話があるって言ってた。」

「ふうん……」

 

なら今日はこの後も暇なままだろう。博士が起きていればいろいろな手伝いをして暇を潰せるが、この状況では……だいたいこの部屋に面白い本も何もないことが問題だ。何が面白いのか分からないややこしい資料と無駄に分厚くて手に取る気にすらならないレポートと怪しげな液体の入った瓶とその他諸々etc.etc.……

まあ、思い出した記憶の整理をする時間が出来たと考えれば特だ。まだまだはっきりしているのは自分の名前くらいのもの。漠然とした断片的な過去が次々に思い出されていて……逆に面倒だとすら思う。

 

「神楽、どう?目覚ましそう?」

「……神楽がすべきことをするときに。」

「……?」

 

いまいち要領を得ていない様子。でも私は、ああ言う以外の伝え方を取る気はない。

 

「そういえば、博士が私を第一部隊に仮編入しようって言ってた。いざって時は、僕よりも彼らの方が対応できるだろうって。」

「マジ!?良かったあ……今日なんてテスカトリポカに一人で向かう羽目になってさあ……人手不足もいい加減にしろって言うか……」

 

なんだか妙に喜んでいるコウタ。……ぜひとも私の戦闘経験が浅いことを考慮してもらいたいものだ。いくら神機らしきものが扱えると言っても、経験に勝るものはどこにもないのだから。

そしてそれ以上に、未だ私に対する考えが二つに割れていることを考えなければいけない。博士としては第一部隊に私を編入することでその問題を払拭しようという考えであるようだが、その行為は第一部隊への一種の敬遠を同時に発生させるだろう。神楽やソーマのような前例があるとは言え、私は一度完璧なアラガミになっている。二人のようにすぐ受け入れられるとは考えにくい。

……と、こんな風に異常なほど冷静に最悪の状況まで考えてしまうから……

 

「……っていうか、渚ってすっげえ大人びて見えるんだよな……見た目はそんな感じじゃないのに。」

「それ何回目?まさか嫌味?」

「単純にすげえって思ってるだけだって!」

 

みんなにこう思われてしまうのだろう。もう少し楽観的になる方がいいのだろうか?

そんなちょっとした思考を巡らせていたときだった。

 

「む……おおコウタ君。持ってきてくれたかい?」

「そのために来たんすよ。」

「はいこれ。寝てたから受け取っておいた。」

 

博士が起きた。ぼんやりとしながらもレポートに目を通し……

 

「見つけたあ!」

「うおっ!?」

「……騒ぐ必要あるの?」

 

ものすごい勢いで歓喜した。

 

   *

 

「リッカ君!大至急これから送る図面のものを神機使いの人数分作ってくれ!費用と素材は僕の元共犯者に任せるよ!」

 

保管庫に響いた、テレビ電話の着信音。誰かと思えば……

 

「……声が大きいんですが……」

 

異常なほどテンションの高い博士だった。

 

「ああすまない。でもどうしても嬉しくってね。いやあ……寝ているだけでこんな風に分かるなんて夢のようだよ!」

「……分かった夢でも見ているんじゃないですか……?」

「分かった夢を見たから分かったのさ!」

 

……寝起きの博士。何かに例えるなら……そう。酒癖の悪い冴えないおじさん、かな。

そうこうしている内にデータが送られてくる。これは……ゴーグルだろうか?図面だけだと……超音波の発信器と、その受信機?

 

「オルタナティヴが光学迷彩を使っているのは知っているね?おそらくオラクル細胞を動力としているとは思うんだが、とりあえずこれまでの観測で、熱反応や音、さらには質量までも計測できなかった。ここまでくると、オラクル細胞と機械の複合型と見るのが妥当だろう。」

「はいはい。」

 

珍しく分かりやすい言い方だ。その博士の後ろでは、渚がディスプレイを取り出している。

 

「博士。準備できたよ。」

「ありがとう。さてリッカ君。ここからが本題だ。」

 

そうこちらに告げつつ、ディスプレイにいくつかのデータを映し出した。

 

「これまでのことをふまえて、僕なりに計測項目を組んだものを偵察班に渡したんだ。予測ルート上に仕掛けてもらってね。やっとそのデータが出たよ。」

 

複数表示された中から一つだけ拡大した。……音波反射?

 

「あれを完全に計測できた唯一の物だ。他は、あれが使用しているであろう機械の熱源反応だけだった。ただし、それだけじゃあオルタナティヴの位置しか特定できない。戦闘には全く使えないわけだよ。」

「あ、もしかしてあの図面って……」

 

さっき見た図面に超音波に関する記載があったことを思い出す。

 

「そう。超音波の発信器と受信機を小型化したものさ。理論的にね。旧時代にもこういうゴーグルはあったみたいだよ。」

 

……だとすれば……あとは実際にどうすれば作れるかと、作った後の動作確認と……それから動力かな。バッテリーで二時間は絶対に持たないといけないよね。欲を言えば三時間だけど……どこまでできるかはやってみないと。

そんな風に構想を練っていると、博士の後ろからコウタが顔を出した。

 

「とりあえずそっちに素材持ってくよ。そこに書いてあるの以外に必要そうなのってある?」

「うーん……あ、プラスチックとかの切断用カッターがけっこう疲れてきてるんだ。コウタの部屋のキッチンに、備え付けの砥石ってなかった?できたらそれを持ってきてほしいかな。私のやつ、この間割れちゃったんだよ。」

「OK。じゃあ、切るよ。」

 

プツッと、音を立てつつ向こうの画面が消える。

さて……久々の(趣味としてじゃない)大きな仕事だ。

 

「よおし!やるぞー!」

 

   *

 

夕方。姉上が部隊長や各部署の主要な職員へ招集をかけた。ついでと言わんばかりに他の隊員や職員も集まっているわけだが。

 

「知っている者もいるだろうが、シックザール支部長の処分が決定した。処分は支部長職の解任。今後はこの支部で研究者として働くことになるそうだ。」

 

アーク計画の全容はすでにアナグラ中に知れ渡っている。そこかしこで、意外と軽く済んだだの、まあ妥当なところだろうだの。各が口々に意見を述べ始めた。

そのざわめきを、再度エントランスに響いた姉上の声が制する。

 

「しばらくの間、支部長代理として榊博士を立てる。正式な支部長の指名もこちらに一任されているため、その辺りはまた決定することになるだろうが……ひとまず、前支部長を第一部隊に護送してもらいたい。」

「俺達が?」

 

意外な発言……と言うほどでもないが、突然の指名に聞き返す。まあ姉上は何でもないことのように言ったわけだが……

 

「他に適任がいるのか?」

「……それもそうか。」

「とにかく後で第一部隊全員で私の部屋に来い。説明はそこで行う。」

 

俺が頷いたのを確認すると、再度全員に向き直って告げた。

 

「予定では、明日の朝から数日間第一部隊がそれに動くことになる。その間、アナグラの防衛を厳に。ヘリの進行ルート上のアラガミの殲滅も怠るな。」

 

一日じゃ済まねえのかよ。そう思ったのは言うまでもない。




本日の投稿は残り一話。たぶん、一番区切りがいいところがこの回の終わりなんですけど…
まあ、気にしない方向で。


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霧中の夢

神楽の方へ少し話を飛ばします。あ、アナグラ側とかなり時間の流れが違っているので、その辺は切り離して考える形で。


霧中の夢

 

……あれからどれくらい経ったのだろう?どこかまとわりつくような霧の中、立てた膝に顔を埋める。時間感覚を取り戻そうとし……やめた。

 

【……イザナミ……】

 

これまで何度呼んでも彼女からの答えはなく、喪失感にも似たもの悲しさと、幾分かの……安心感を感じていた。

もしかして、このまま人に戻れるのかな……ほんの数ヶ月まえに捨てたはずの感情が蘇る。

顔を上げれば、そこには私を見下ろして立つもう一人の“私”がいて……ただ、自己否定に陶酔する。

私がアラガミでなかったなら、こんな思いをすることはなかったろうに……目の前の“私”への罪悪感も感じながら、また頭を垂れた。

 

【ソーマ……どこにいるの……?】

 

目を覚ましても彼はいない。それを悟ったときから、私は目覚める努力をやめていた。……逆に目覚めない努力をしていると言ってもいい。彼のいない世界で、今まで通りに生きるなんて……そんなこと、出来るはずもない。

 

【……】

 

おそらくは数日前になあるであろう、あの暴走。思い出す度、私があくまでもアラガミであり、人と平穏を生きるなんて望んではいけないことの証明にも思えてくる。あのシオに似た少女がいなかったら、私はみんなを……

……考えたくもない。

そうだ。このまま眠ったままでいれば、いつかは一人でいなくなれるはずなんだ。きっとみんなならソーマも助けてくれる。……私みたいな危なすぎるものが動くよりずっといい。

ずっと、このまま……

 

   *

 

「……まさか初任務がヨハネスの護送、とはね……笑えない。」

「つっても姉上の指示だからなあ……」

 

まがりなりにも前支部長である人を呼び捨てにするってのは……俺は注意した方がいいのか?どっちなんだ?

高度三千メートルを飛ぶジェットヘリの中。最新式の護送ヘリであるだけあって、いつもの神機使い輸送ヘリより乗り心地がいい。その分、速度は格段に遅いわけだが。

……まあ、一日中空の上っつーのはさすがにかったるいんだが。

 

「あ、そういえば渚ちゃんの神機ってどうなってるの?シオちゃんは手から生えてたみたいだったけど……」

 

サクヤが質問を投げかける。たしかに、エイジスで見たときにはそんな神機らしきものを使っていたみたいだったな。こうして前とは違う体になったことがどこまで影響を及ぼしているかは分からないが……

 

「形も色も大差はないかな。」

 

そう言いつつ右手を前に差し出し、指先から神機を形作った。少しシンプルになったようだが……記憶にあるものとそこまでの差はない。

 

「何だかんだ言ってアラガミだったときの記憶もあるわけだし……あまり変わらない。実戦がどうなるかはやってみないと分からないけど。」

「その辺は追々だよ。あんま気にすんなって。」

 

コウタの言葉にアリサも同意の意を示す。……渚を第一部隊に編入したのは正解だな。

その後もしばらくのんびりとした会話が続いた。ヘリがアラガミに襲われることもなく、任務はすこぶる順調だと言えるだろう。行きがこれだと逆に怖えっつーのはある訳なんだが……今そんなことを考えてもどうしようもない。行きは行き、帰りは帰りだ。

 

「そろそろ本部に着きますよ。」

 

話題が尽き欠けた頃に、パイロットがスピーカーから呼びかけてきた。各降りる準備を始め、話は前支部長に関するものへ切り替る。

 

「結局……どうするのが正解だったんだろうって、最近思うんです。」

「え?」

「だって、アーク計画には例えどれだけ少なくても絶対に救える生命があったじゃないですか。でも今の私達は、状況によっては自分を守るだけで精一杯になったりして……私達はああやって動きましたけど、実際にはどっちが良かったのかなあ、って。」

 

いろいろと悩み所でもある部分をアリサが口にした。……特に何か思うわけでもないような表情で言ってはいるが、本人としてもかなり考えているのだろう。

 

「じゃあ、後悔してる?この星の全ての人が助かる道を残したこと。」

 

その彼女へ渚が問う。目を閉じ微笑みつつ語るその様は、一種の神々しささえ漂わせていた。

 

「……いいえ。全く。」

「なら、いいんじゃない?アリサは自分が正しいと思うことを貫き通した。アナグラの全員がそれを知っている。あの日戦った全員も、同じように自分の意志を貫いた。それは、その行動が正しいかどうかなんかより、ずっと大切なこと。でしょ?」

 

目を瞬かせる渚以外の全員。……っつーか……

 

「……なあサクヤ……あいつ何歳なんだ?」

「それ聞くとあの子怒るわよ?」

「……聞こえてるんだけど。」

 

俺達を笑顔で見る彼女からは……何か明らかにやばいものが感じられた。どう考えても、それ以上言ったらどうなるか分かっているよね、とかそう言う趣旨のことを秘めた表情だ。

 

「着陸します。ベルトを締めておいてください。」

 

再度スピーカーから流れた声でその会話も終わる。……若干の安堵を残したのは言うまでもない。

 

「帰りはツバキさんが合流するんだっけ?」

「はい。博士との話し合いが済んだらこっちに来るって。そう言ってました。」

 

……行きは行き、帰りは帰り……だな……

 

   *

 

「……ねえ……」

 

何もしていないと自分すら忘れそうで。ちょっとだけ“私”へ話しかけてみた。その答えは予想していたよりずっと早く、私の耳へ届く。

 

「何?」

 

私と同じ外見の“私”から、すごく冷たい声が発せられた。背筋を凍らされたのではないかと思うほどの畏れと共にびくりと体を震わせた私を、“私”はやはり冷徹な目で見据えていた。

 

「私……いついなくなれるの?」

「逆に聞こうか。その程度の思考すら、人に頼らないと生きていけなくなったの?」

 

……そっか。これはあくまで“私”なんだ。ほんの数ヶ月前までの、彼と出会う前までの私。自分以外を信じなかった私だ。

 

「……もう、何も分からないから。」

「……そう。だったら……」

 

“私”が右腕を真横へゆっくりと引き上げた。その手にちょうど収まる位置へ、すでに懐かしい私の神機が出現する。

 

「さっさと消えなさい。お前みたいな臆病者がいても、父さん達の仇なんて取れるわけがない。」

 

……妙に生き長らえてるなあ、って思ったら……なるほど……私は、“私”に殺されるのか。

なんだか悟ったように、異常に静かにその切っ先を待っていた。

 

   *

 

翌日。朝早くに姉上を乗せたジェットヘリが本部へ飛んできた。当然ながら俺は向かえに出て来たわけだが……そこにもう二人。渚と前支部長だ。

 

「早かったね。……オルタナティヴ、もう来たんだ。」

「……口の聞き方を問う気はないが……なぜ分かった?」

「気にしない気にしない。」

 

いたずらでも企んでいそうな表情で笑う渚。どうにもこいつには予知能力がある気がしてならないんだが……

 

「渚の言う通りだ。お前達が出た日の夜から、少しずつではあるがオルタナティヴがアナグラへ接近を開始した。今日中にこちらを発つ。」

「……あいつも面倒なものを……」

「アーク計画すらも隠れ蓑にされたんだよ。あなたがエイジス計画を隠れ蓑にしたように。楯の裏の聖櫃(せいひつ。別名を、契約の箱。またはアークとも言う。モーセの十戒を刻んだ石版を収めた箱のこと。)の中は、隠し事にはもってこいだったと思わない?」

 

はっきり言ってどっからどこまでが何なのかも分からないのはおいとくとしてだ……前支部長にすらタメ口か。ここまでくると渚の周囲が危険地帯になるんじゃないか?

……そんなどうしようもない思考を止め、姉上からの状況の説明を聞く。

 

「極東支部への到達予想時刻は明後日の午前1:30だ。はっきり言って、今すぐ出立するくらいの方がいいだろうな。」

 

一応、いざとなったらすぐに出られるようにと指示は出してある。十分もあれば出発の準備は整うだろう。

 

「それからこれだ。お前達の分だけ先に作らせておいた。」

 

姉上が取り出したのは人数分のゴーグル。幅十五センチ、縦五センチ、厚さ三センチ程。かなりごついボディを持ったそれに、やはり幅広のゴムがついている。リッカが作っていたという、超音波式のゴーグルだろう。

 

「原理が原理だけに内側へ映像が映るまでに若干のラグがある。動作時間も最長で三時間が限界だ。それには注意しろ。」

「了解。……んで、神楽は?」

 

聞くと、顔を背けつつ苦々しげな表情を浮かべた。

 

「目を覚ます気配もない。病室の修復が済んでから移したのは良いが、あいつの体そのものの治癒はほとんど進んでいないからな……博士はまだかかると言っていた。」

「そうか……ソーマもまだ見つかってないのか?」

「ああ。腕輪反応どころかあいつ自身の痕跡すら見つかっていない。」

 

渚を加えても五人か。それだけでオルタナティヴに勝てるかと聞かれたらかなり苦しいと言わざるを得ないだろうが……

 

「……分かった。とにかくあいつらに知らせてくる。」

「頼む。」

 

……神楽ならやるしかないと答えるだろう。第一部隊を預かる以上、俺もやるしかない。

 

   *

 

「……最後にもう一度だけチャンスをあげようか。」

 

神機を構えたまま、“私”がそう告げた。

 

「考え直す?」

 

無感情な声なのに、彼女が怒っていることだけ感じられた。体だけは同じだからなのだろうか?……怒って、泣いていた。

 

「……ううん。あなたなら、きっとソーマを助けられると思うから。」

 

戦うことを拒絶している今の私。そんな私より、“私”の方がいいに決まっている。

 

「……彼を、よろしくお願いします。」

 

無言で私の言葉を聞いている“私”。その表情を確かめようともせず、ただただ言葉を紡いでいった。

 

「ソーマ、意外と寂しがり屋だから。苦労するだろうし、私も苦労かけてたし……きっとあなたのことだって困らせちゃうけど……」

 

頬を伝う涙の感触が心地いい。私には、まだ悲しむっていう感情が残っていたんだって。何も考えられなくなっていた私にも、まだ残っているものがあったんだって。そう考えるだけでなんだか嬉しくて、悲しかった。

 

「だから……」

「いつまで言うつもりだ!」

 

突然に耳を打った叱責と、胸ぐらを捕まれ、引き寄せられるる感覚とが私を襲う。

 

「そんなに消えたいか!自分が嫌か!あんた自身であいつを助けたくないか!」

 

徐々に力が籠もりつつ私を引き寄せていく。近付くほどに、彼女の感情が私へ流れ込んだ。

……怒りと、嘆き。ない交ぜになったそれらに溺れていく。

 

「……でも……」

「あいつをよろしく?本気で言ってんの?」

「そんな……だって私……っ!」

 

平手が頬へ飛んできた。妙にゆっくりと散っていく涙が、どこからか差し始めた光に反射して輝く。

 

「あいつが好きになったのは誰だよ!私じゃないだろ!」

 

これまでで一番大きな声と、一番大きな感情の波。

固まっていた私の体が、“私”の細い腕に包まれる。

 

「……行ってこい。あいつはあんたを待ってる。完全にアラガミになりたいなんざ、思うはずもないからな。」

「あ……」

「私じゃない。あんたがいかなきゃ、意味がないんだ。」

 

さっきまでが嘘みたいに優しい声だった。……なんだか、全てを受け入れてくれる人の腕、とでも言うような……

その腕が私の肩を掴むようなところまで彼女は引き下がった。霧の晴れた真っ白な空間と、彼女の顔とが鮮やかに私の視界を満たす。

 

「だいたいあんたがいなくなって私が残れるわけないでしょうが!本体どっちだと……思って……」

「……うん。ありがとう……」

 

私がどんな表情をしていたのかは全く分からない。でも、目があった瞬間に“私”は言葉を切った。

 

「行ってきます。」

「……気を付けて。」

 

……覚悟を決めた。私は、ソーマを人として……

……絶対に、アラガミになんてさせない。




えっと…次回から数えて六話で、GE編の完結を見込んでいるんですが…それに伴い皆様へ質問です。
…GE2に入る前に、漫画版のストーリーや三年後のアナグラ全体等を書いたほうがいいか、そうでないか。これについて希望がございましたら、感想欄より投票してください。
これについて実はかなり悩んでいまして…どっちにしても更新ペースはあまり変わらないとは思うのですが、なかなか決めかねているという…
とりあえず、本日より一週間。来週の火曜日まで、投票を受け付ける形にしたいと思います。一つも投票がなかった場合は、直にGE2のストーリーへ入るつもりです。

それから、クレイドルの行動も書くつもりでして…一応私もしっかりと用意はしているのですが、そのクレイドル側の物語も皆様からご希望があれば、出来るだけ組み込もうと思っております。
主にその物語でのキャラクター、舞台、物語の筋等を書いていただけるとありがたいです。

では、また近いうちにお会いしましょう。(後は手直しだああ!うおおおお!)


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最期の戦い

お待たせしました。…い、意外と推敲に時間がかかりましたね…
本日は六話投稿。一気にエピローグまで吹っ飛びます。


最期の戦い

 

……極東支部から、北西へ約七十キロ。土砂降りのその地。

 

「……ただいま。」

 

これまで訪れようとすらしなかった、第一ハイヴ跡だ。

ゲートを壊したりジープを奪ったり。みんなには……悪いことしてる。分かっていても止まることが出来なかった。意識を取り戻した私が捉えたのは、ごく小さなソーマの気配。本当に……よくこんなにも離れた場所の気配を察知できたものだ。

 

「ぁ……」

 

ふらついて、近場の瓦礫を掴んで何とか姿勢を保って……こんな状態の私が行ったところで何が出来るのか。それを考えなかったわけではない。だけど……

アラガミに近付いているソーマに対抗できるとすれば、それは今、私以外の誰でもないだろう。

自分が今倒れそうだったという自覚も、怪我が残っているはずの部分からの痛みも……何一つまともに感じ取らずに、ある地点だけを目指して進んでいた。

 

   *

 

その少し前。

 

「ツバキさん!」

 

エントランスに突然に響いたリッカさんの声。たった今エレベーターから降りてきた彼女の顔は、困惑というか焦燥というか……それらをない交ぜにしたような表情を浮かべつつ、大丈夫なのかと思ってしまうくらいに蒼白だった。

 

「ヒバリ!ツバキさんは!?」

「お、落ち着いてください。いったい……それにツバキさんは、第一部隊のみなさんと前支部長のお迎えに行ってますからここにはいませんよ?」

 

ツバキさんがいないと見ると、真っ先に来たのはカウンターにいた私の目の前。……目の前と言うにふさわしく、鼻がくっつきそうなほどの距離だった。

 

「神楽がいないの!」

「神楽さんが?でもまだ意識もまともに戻ってなかったんじゃ……」

「今お見舞いに行ってきたんだよ!でも布団しかなくって……っ!」

 

リッカさんの言葉を遮るかのように流れ出した警報音と爆発音。同時に、神機保管庫とエントランスの間のゲートが崩れ、直後に隔壁が降りる。が、崩れたゲートの瓦礫によって降りきらず、かつそこへ二度目の衝撃が加わったのか機械によって開けるのが不可能ではないかと思うほどに変形した。

 

「ちょ……ヒバリ!全館に招集かけて!」

「は、はい!」

 

即座にアナウンス用のスイッチを入れる。

 

「アナグラ内にいる全職員に通達します。神機保管庫、エントランス間のゲート及び隔壁が何らかの影響で破損しました。手の空いている方は、速やかに復旧に当たってください。」

 

……まずい予感。それ以外を感じる余裕は欠片も残っていなかった。

 

   *

 

歩んでいた足を止める。……私の横には、見覚えのある扉が一枚横たわっていて……

 

「……」

 

それは、五年前まで私の家があった場所。唯一残った扉も、今ではこうして倒れてしまっているのか……

 

「……行こうか。怜。」

 

手に持った、なんだかやけに重たくて長いもの。怜のコアを使った神機だ。……手のひらから私を徐々に侵喰しながら稼働している。イザナミが動いていないから、適合が完全には出来ていないのだろう。

でもその侵喰の痛みすら、今は感じていなくて。

……私は……死んでいるのだろうか?

そんな訳の分からない問いを自分へ投げかけて。

そうしていると、またふらついた。後ろの地面には点々と血がついている。傷口が開いているのかもしれない。……眠いなあ……

 

「……もうちょっとだけ……動かなきゃ……もうちょっと……」

 

せめて、彼をこの手で。

 

   *

 

「おいおい……ヒバリ、どうなってんだ?」

「それが私にも……と、とにかくそっちから瓦礫をどかせられない?こっちからじゃ取れないのがあるみたいなの。」

 

任務を終えて帰ってきた俺たちを待っていたのは……まあ、天井の抜けた神機保管庫と、その天井の残骸によって破壊されたゲートっつった感じのものだった。……そのままだが。

その瓦礫を挟み、無線で会話しているわけだ。

 

「……それよか……なあ、そっちにいるやつら全員エントランスの一階に降りてくれないか?」

 

こっちにいるのは俺とブレンダンとカノン。いつも通りのメンツだ。

 

「あ、うん。……って……壊すの!?」

「瓦礫が飛ばないようにはするさ。……どうもゆっくりしていられる状況でもなさそうだからな。あー、その瓦礫もっと奥にやってくれ。」

「こいつか?分かった。」

 

言いながら俺とブレンダンで瓦礫をどかしにかかる。吹き飛びそうな瓦礫を取っ払えば……たぶん、カノンは上手くやれるはずだ。

 

「それはそうだけど……大丈夫?」

「……たぶん。」

「……」

 

向こうの沈黙がちょっとばかり苦しいが、ヒバリの話では神楽がいなくなっているってのまで重なっているらしい。悠長に構えていられるとは思えない。

 

「……怪我しちゃだめだからね?」

 

沈黙を破った心配そうな声。怪我をする予定なんて全くないというのに。

 

「大丈夫だって。なんとかしてやるさ。」

 

そうこうしている内に瓦礫が片付く。あとは……

 

「うっし。カノン、とりあえず放射系で焼き切る感じで頼む。……爆発系使うなよ?」

「……き、緊張します……」

 

がちがちのカノンが仕事するだけだ。

 

   *

 

もう一度、足を止めた。

 

「久しぶり。ソーマ。」

 

こちらに背を向けるソーマ。真っ黒になった神機を持って、真っ黒な靴を履いて。まるでローブのような黒のロングコートと、全く同じ色のスリムなスラックスを身につけて。それらと対照的であるべきだった彼の白髪は、背中までの長さを持つと共に黒へと変色していた。

私の声にゆっくりと振り向いた彼。その目には、記憶にあるような優しさも何もなく……ふと寂しさに襲われた。

 

「……ごめんね。私、待たせちゃったよね。」

 

ぼろぼろになった彼からのプレゼント。俯いた目線に映り込んだ、涙の理由の一つ。

それを見ても、今は目元が熱くなることすらない。

チャリ、っと彼の神機が鳴る。私を敵として……いや。もうそれすら考えていないのかもしれない。

 

「大丈夫だよ?あなたに、絶対に人は殺させない。あなたを悪者になんてさせないから。」

 

……たとえ差し違える結果になってでも、私は……私があなたを“アラガミ”になんてさせない。

足を一歩引いてすぐに動ける体制を取ったソーマ。迷いのない動きだった。……そっか。もうあなたは、私を私だって認識できないんだね。

 

『生きろ……!』

 

お父さんの言葉が頭に蘇る。続けざまに、お母さんや怜の顔も思い浮かんだ。

……思い浮かんでは、消えていった。

 

「……あとで、また会えるよね!」

 

もう、決めたんだ。

接続を無理矢理上げた神機からの侵喰。その神機の刃が纏う、無数の黒い雷のようなオーラ。

背中に重量が追加される感触。無理矢理過ぎたそれに、体が悲鳴を上げる感触。全て感じているはずなのに、それはどこか遠いところにある物語のようで。

ぽろぽろとこぼれる感情を閉め出し……

……黒い羽が、舞った。

 

   *

 

「?なんだありゃあ……おーい、姉上ー。」

 

前支部長を乗せたヘリの中。極東支部の北北西を飛ぶその中から、妙なものが見えた。

 

「リンドウ……何度そう呼ぶなと言えば……何だあれは?」

 

俺の指す窓から外を見た姉上も俺と同じ反応を示した。それを不思議に思ったのか、他に乗っていた全員が窓の外を見るようにする。

 

「……黒い……光の柱?なのかしら。」

「コウタ。見覚え……あるわけないですよね。すみません。」

「うん。いくらなんでもあんな天候はないし。……でも何なんだあれ。」

 

第一部隊……その中の、今まともに動いているメンバーだ。神楽が失踪しているとさっき連絡があったところを考えれば、アナグラにいる第一部隊全員と言って差し支えないだろう。

 

「何か見覚えないっすかね。前支部長。」

 

もっとも食い入るように見ていた彼へと問いかける。……まあ、答えは予想通りだったが。

 

「……さすがにない。研究中に見たものならまだ推測も出来たんだが……」

 

口を右手で覆うようにしつつ考える。……っていうか、それって誰も分からねえのと同じ意味じゃないのか?

そうとってかどうかは分からないが、姉上が指示を出した。

 

「リンドウ。二号機に飛び移って状況を見てきてくれ。サクヤと渚も頼む。」

「了解です。」

「うん。」

「おっし。おーいパイロット。聞こえてたなー?」

 

返事の代わりに親指を立てた右手が座席の隙間へ一瞬出される。

 

「……そう。早かったね。」

 

横に立った渚の言葉が、異常なほどに不安をかき立てた。

 

   *

 

「あ、切れました!」

「よし!どいてろ!」

 

カノンさんが合図すると、ブレンダンさんの声と共にゲートが吹き飛ぶ。続いてタツミの声もエントランスに響いた。

 

「ヒバリ!みんな!大丈夫か!」

 

私だけ名前で呼んでもらえたことを嬉しく思いそうになりつつ、そんな場合ではないと頭を切り替える。……今はまだ何かに喜んでいられるときではない。

 

「こっちはみんな大丈夫なんだけど……途中に神楽さんいなかった?」

「神楽?……いや、見なかったな。何かあったのか?」

 

上で吹き飛んだゲートなどを片付けている間にこれまでの簡単な説明をする。話していく内に彼の表情が変わっていった。

 

「……神楽がいなくなったって……いったいどこ行ったんだ?」

「それが分からなくて……あっちこっちのカメラを確認したんだけど、ジープも一台なくなってるの。もしかしたら神楽さんが取ってったのかも……」

「マジかよ……探しに行く……にしても目星が付かないか。」

 

八方塞がり、とはこういうことを言うのだろう。彼と二人でどうしようかと考え込んでしまう。

 

「第一部隊は?」

「今こっちに向かってる。リンドウさんとサクヤさんは後になるって、さっき連絡があったの。」

「後?」

 

怪訝そうな彼にまた説明を始める。

 

「途中で黒い光の柱を見た、とか……その確認に行ったんだって。もう少ししたら映像が来ると思うんだけど……」

「なるほどな。」

 

どうしたらいいのか全く分からないし、今はツバキさんたちが帰ってくるのを待つ方がいいだろう。……警報が鳴ったのはそう思った矢先だった。

 

「どこだ?」

「えっと……北に一体と南西に二体……あれ?」

「どうかしたのか?」

 

警報の鳴り続けるアナグラ。……が、その警報が明らかに長かった。いつもだったら五秒ほどで止まるはず……

嫌な予感がしてレーダーの表示範囲を広域に切り替える。

 

「……うそ……」

 

表示されたのは増え続けるアラガミ反応。その全てがアナグラへ向かって動いていた。

同時に神機使いの反応も捉えるが、名前がなかなか表示されない。極東支部所属の人ではないようだ。

 

「くそっ!俺達は出る!どこに行けばいい!?」

 

コンソールをのぞき込んでいたタツミが語気も荒く言った。急いで出撃中の部隊が交戦できない中で一番近い位置を探す。

 

「南南西五キロ地点!」

 

もう上へ行った彼へ伝えると、神機のロックが解かれる音がした。第二部隊なら南側のある程度を任せられるだろう。

残りの部隊へ指示を出すために再度コンソールを見る。ちょうど未確認の神機使いの名前や部隊名も表示されていた。

 

「……アーサソール……」




戦闘直前までです。次回から本格的に戦闘に入ります。


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存在の証明

二話目です。ほぼソーマとの戦闘回ですかね。


存在の証明

 

「くっ……」

 

上段から思いっきり振り下ろされたソーマの神機。力の入らない腕で止められるとは到底思えず、体を捻ってぎりぎりで避ける。

その位置から重たい神機を横薙に振るう。……まともに動けるように翼を無理矢理出しているせいだろうか。いつもよりゆるい切っ先が彼を捉えることはなかった。

 

「……やっぱり……強いね。」

 

……一撃でいいだろう。一撃でいいから、本気を出せれば。そうすればきっと彼の神機を飛ばすことは出来るはずだ。

でも今の私がまともに出来るのはただの回避行動くらいのもの。……この状態で本気が出せるとは思えない。

 

「あんまり使いたくないんだけど……」

 

普段なら戦闘開始直後の全くダメージがないときにしか使わない強制解放剤。……チャンスがあれば、使う方がいいだろう。そう思って口に含む。

様子をうかがっているソーマを見据え、その隙を探る。

 

「……まあ、すぐに見つかるはずないよね。」

 

神機を構え直す。……ちゃんとした攻撃を初撃からやるなら……空中からだろうか。

考えついたときには体が動き始めていた。自分でも意識しない内に、どうにも戦っていくための体になってしまっていたらしい。

 

「当たっ……れっ!」

 

空中から斜め上に切り下ろしつつ解放剤の使用タイミングを伺う。舌の裏に転がったそれを噛み潰せばいいだけだ。

私の攻撃を受け止めたソーマがその切っ先をずらし、同時にかなりの速度で振り下ろした。その刃に絡まるようにして神機ごと私も地上へ。屈み込むようにしつつ、彼の足下に近い位置へ着地する。

……彼の神機は、完全に振り切られていた。

 

「……」

 

解放剤を噛み潰す。痛みに襲われているはずなのだが、それ以上に全身が活性化する方を感じていた。

今度は斜め下から切り上げた。伸びきった腕に持たれた彼の神機の刃の突起が私の神機を捕まえる。

 

「っ!」

 

そのまま羽ばたき、勢いを乗せて更に上方へと切り上げていく。

 

「!」

 

彼の神機が跳ね飛んだ。初めて出来た大きな隙を活かさない手はなく、私の神機は彼の足へ裂傷を刻み込む。仰向けに倒れるソーマ。その体を峰打ちで瓦礫へと叩きつける。

 

「……」

 

ほんと。何やってるんだろうね。好きな人をこうやって切り刻んで、自分を切り刻んで。

堂々巡りでしかないその考察を頭から追い出して彼を貫くような形で神機を構え……突き出した。……ううん。突き出そうとした。

……決意したはずのその腕は、今になって震えだしていた。

 

「……出来ない……」

 

かたかたと神機ごと震える手をなんとかして止めようとするが、一旦震え始めたそれは容易には止まらない。

あと三センチ。たったそれだけの距離が、途方もなく遠かった。

 

「……出来るわけないよ……」

 

背中が軽くなる。同時に舞った、無数の黒い羽。

彼の足はもう再生を始めていて。それが無性に悔しくて膝をついてしまった。

 

「……決めたのに……ソーマをアラガミになんてさせないって決めたのに……」

 

これまで全く流れなかった分が全て流れるかのように溢れ出した涙が視界を遮った。

……それが、大きく揺らぐ。

 

「うぁっ……」

 

瓦礫に叩きつけられて初めて、自分がソーマに蹴り飛ばされたんだと気付く。脇腹にあった傷が開く感触が唐突に私を襲って……それを皮切りに、これまでなかった感覚全てが蘇った。

体中を走る痛み。降りしきる雨に濡れる肌。貧血でくらくらする頭。侵食されつつある右腕。無理なことをしたせいで痛む、アラガミとしての私。これらの内の大半を、イザナミが引き受けてくれていたというのか……今更になって、罪悪感に襲われた。

 

「……ソーマ……」

 

迷いなくこちらへ歩んでくる彼の姿。それとはあまりに対照的な私の姿。

そんな彼の手からは、三本のクローのようなものが生えていた。

 

「……え……?」

 

……彼の左手のクローが、私の右腕を貫いた。

 

「……やだ……やだ……」

 

痛みよりも先に感じたのはただの虚無感。続いてかたかたと鳴る自分の歯音が耳に届く。彼はもういない。私が知っていたソーマはもうどこにもいない、と。……叶うはずもない儚い希望が、彼自身によって砕かれた。

無意識に感覚を切り離そうとしたからか、右腕への侵喰速度が跳ね上がる。

 

「……帰ってきてよ……ソーマ……私……ここにいるんだよ……?」

 

届くはずもない言葉。それに答えるかのように、彼は右手をゆっくりと上げていった。……私の首を切れる位置へ。

 

「っ……」

 

その手が動いた瞬間に、私は目を閉じた。

 

   *

 

「状況は!」

「神楽さんがソーマさんと交戦中です!……でも……」

 

前支部長の声が響いたエントランス。アーサソールと彼らが操るアラガミへの対応で人のいなくなったエントランスに、四人の姿が現れる。

 

「お前たちはアナグラの防衛に向かえ!」

「はい!」

「了解!」

 

アリサさんとコウタさんはツバキさんの号令で準備を始め、程なくして開きっぱなしのゲートへ消えた。指示を終えたツバキさんも、カウンターの中に入ってオペレートの準備を始める。

 

「……これは……」

「……」

 

前支部長が見つめるモニターに映っているのはリンドウさんとサクヤさんが乗るヘリに取り付けられた望遠カメラからの映像。

 

「フェンリル極東支部第一部隊所属神野神楽中尉!」

 

彼の言葉は、そう始まった。

 

   *

 

……いつになったら彼は私を殺すのだろう。それとも、私が気付いていないだけなのだろうか。

いぶかしみながらも目を開けることが出来ない。何だか、これ以上今の彼を見たくなかった。

……それにしても、彼が動く気配が全くない。いい加減、目を開けてみようか。自分が生きているのか死んでいるのか位は分かるだろう。

そう思って、開けるタイミングを考えていると……

 

「……くっ……」

 

彼が、呻いた。

 

「……ソー……マ……?」

 

薄く目を開いた。いつの間にか止んでいた雨。

彼は、さっき私の腕を貫いた姿勢のまま震えていた。

 

「ぐっ……」

 

さっきより苦しそうな呻き声を発し、私の肩からクローを抜いて後ずさる。

 

「っ!」

 

引き抜かれた傷から流れる真っ赤な血のなま暖かさと同時に感じた痛み。さっきまで全く感じなかったそれが急に姿を現していた。

 

「……そっか。」

 

何かに悶えるかのように……殺気すら消えた彼は、私へ何か訴えるような目を向けていた。

……殺してくれ。とでも言うかのように。

 

「ごめん。なんか私、迷ってた。」

 

あなたがどうであっても……私は……

 

「フェンリル極東支部第一部隊所属神野神楽中尉!」

「ひゃっ!」

 

突然の怒号。耳元で聞こえたそれが、いつものくせで付けていたインカムからのものだと気付くのに数秒。接続は切っていたはずだから、たぶん緊急救難信号回線だろう。

 

「し、支部長ですか?」

「……前、な。」

 

まだキーンとしている耳をインカムごと押さえつつ会話する。ソーマの様子はさっきから変わらない。

 

「一体、何をぼさっとしている。」

「……え……?」

 

なんだか怒っているような声色の質問の意図を量りかねて聞き返す。

 

「お前に任されているのは何だ。成そうとしていたことは何だ。」

「……」

 

支部長向きの人だ。こんな時だというのにそう思う。

……ソーマがどう、じゃない。私が、どうしたいか。

 

「……孫の顔の一つくらい、拝ませてみせろ。」

「ちょっ!」

 

たった今いい人だって思っていたところなのに……取り消し!ま、孫の顔って!

 

「お前たちへの懲罰は両名とも無事に帰投した場合のみ免除する!私を止めたお前にそれが出来ないとは言わせん!」

 

無茶を言ってくれる。初めから助けられないと結論づけていた私に対してそれは酷だとは思わないのだろうか?

……まあ、それでもいい。

 

「了解です!孫の顔の一つや二つ見せてさしあげます!」

「……頼んだぞ。」

 

プツっと通信が切れる。ソーマは動いていない。腕をだらりと垂らし、前のめりになったまま止まっていた。

 

「ソーマ。あなたがどう思っているかは分からない。」

 

ピクリとほんの少しだけ動いた彼。

 

「だから……助けるね。」

 

言った瞬間、彼は音もなく飛びすさった。こちらへ向けた目には、少しだけ人の目の色が戻っているような気すらする。

私の方では全身の傷がすさまじい速度で修復されていく。……あれから何日経っているのかは分からないけど……まったくよくこれほどの怪我で今まで生きていたものだ。

 

「……怜。おいで。」

 

侵喰された右腕は、すでにその形を変え始めていた。灰色の羽のような装甲を鱗状に生やすような二の腕。装飾のあるガントレットとでも言ったところだろうか。腕そのものの細さはさほど変わっていない。

 

「っ!」

 

右腕を激痛が襲う。……喰われる、というのはこんな気持ちなのだろうか。

少しだけその痛みが収まった頃には、神機が半分以下まで減っていた。代わりに私の腕は灰色から純白へ。一部では白銀色も見られた。

ソーマはといえば、私を警戒しつつ自分の神機を取りに動いていた。……さっきの彼が何だったのか、と思うほどの敵意を剥き出しにして。

しばらくすると神機はなくなり、灰色だった二の腕は白と銀色とで彩られている。

ほんの少しだけ力を込めると、怜の神機と似たような輪郭を持ったものが手から生えた。刀身は少し細くなり、銃身は若干短めに。私の戦い方にはぴったりかもしれない。

五本の指の付け根と手首から生えたそれには持ち手まで生成され、楕円を半分にした感じのものが持ち手全体に渡って手をカバーする。

元々刻まれていたラインは全て蒼く発光し、かつそれらが全て繋がっている。振ったら綺麗だろうなあ、なんて的外れなことを考えてしまったり。

 

「ふう……」

 

これで最後にしよう。こんなことはもう懲り懲りだ。

 

「……行くよ。ソーマ。」

 

翼とブースターを出し、それの発するいつもより鮮やかな蒼い光に照らされつつ彼を見据えた。

 

   *

 

「大型アラガミの討伐、及びアーサソールの確保完了!」

 

神楽さんが前支部長との通信を終えたのと時を同じくして、反応を捉えていたアラガミの討伐とアーサソールの確保が完了した。……時間にして、三時間以上戦っていただろう。

……あとは神楽さんだけだ。

 

「第二部隊はアーサソールを第五部隊に引き渡してそのまま外壁の被害状況の確認。第三から第五部隊はアナグラへアーサソールを連行。第六部隊は支部周辺の警戒だ。アリサとコウタは残存する小型種を討伐しろ。」

 

ツバキさんからの指示に、息を切らしつつも答える声が無線から響く。博士の話では、アーサソールの戦闘技術は低く、このアラガミを操るという能力が使えなければ……新人ならまだしも、ベテラン神機使いが一対一以上で苦戦するような相手ではないそうだ。

 

「終わったな。」

「はい。……さすがに疲れました。」

「ああ。お疲れ、と言いたいが……まだ神楽がな。」

「……そうですね。」

 

神楽さんの方は未だに戦闘が続いている。ヘリから送られてくる映像は、ちょっと前までとは打って変わって神楽さんが優勢。ツバキさんもああは言っているけど、その表情は比較的晴れやかだ。

……そうして、安心していたのも束の間だった。

 

「ヘリより緊急連絡!リンドウさん達がオルタナティヴと交戦中!」

「くそっ……空いている神機使いを向かわせろ!」

 

……まだ、終わりそうもない。




次は他の面子(主に第一部隊)の状況に入りますよー。


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黒の裏側

…今更ながら…戦闘回とか言いながら戦闘少ない気が…
…むう…


黒の裏側

 

「あははっ!ほらほらあ!」

 

カノンが暴走する極東支部外部居住区から南南西へ約五キロの地点。大型だけで十を越えるその群と戦っている。

……そのアラガミの向こう側に、時折見えるバイザーを付けた人影。

 

「……あいつか……」

 

アーサソールがアラガミを操る、か。噂は聞いたことあったっつっても、実際に見ると不気味だな。

 

「タツミ!一体流れた!」

「任せろ!あ、ブレ公!クアトリガから頼む!」

「了解!」

 

三人で三本の防衛戦を張る無茶ぶり。だが、アーサソールの動きの基本が極東支部へアラガミを動かすことが主体となっている事を考えれば、一番前にいる奴を潰すのが早い。

っていっても大型は俺らを狙うようにしてやがるみたいなんだよなあ……

 

「うおりゃあ!」

 

今も小型が前二人を抜けてきたわけで、だ。あの二人が二人して回避されるのは大型からの攻撃が普通と比べて鋭いからだと言える。

 

「っ!くそ……踏み込み切んねえ……」

 

一撃の下にヴァジュラテイルを斬り伏せ、神機が完全に振り切られたところへクアトリガが遠距離攻撃を仕掛けてくる。無理矢理回避したところで、さらに別の小型に飛びかかられる、と。まあ……かなり辛い状況だ。第一部隊がいないのがやっぱきついな。

 

「タツミ!後続のアラガミが切れた!がんばって!」

「おう!」

 

それでもアラガミの数は確実に減っている。このペースなら、ここに関してはもうすぐ終わるだろう。……どうせ次の場所へ行くわけだが……

 

「最期の一踏ん張りだ!気ぃ抜くなよ!」

「了解だ!」

「はい!」

 

   *

 

黒い光が見えた辺りまで来た。

 

「ハッチを開けてくれ!一回下を確認する!」

 

パイロットへ機内無線を使って言う。ほんの数秒後にハッチが開き、外の空気が強風に乗って入り込んできた。……外は雨。望遠鏡で辺りを見回す。

 

「何か見える!?」

「ちょっと待ってくれ!」

 

機体を叩く雨音と強い風とにかき消されそうになりながらも答え、視界の悪い中で必死に目を凝らす。

雨の中で二つの点が動いているのがぎりぎり見える程度……それが何かまでは全く分からない。

 

「もうちょっと下がれないか!?」

「やってみます!」

 

パイロットの声と同時に少しずつではあるが地上が近付いていく。二つの点が徐々に人の形を取り始め、その服装や動きなどが鮮明になるにつれ……

 

「……あいつら……」

 

一秒足らずの間に刃が二度は重なる。時折離れ仕掛け直しはしているようだが、その離れている時間すら余りに短い。……この戦いの決着が、どちらが先にほんの数ミリのずれを持つかで決まるのが明白なほどの死闘だった。

……黒い翼を持つ神楽と、黒一色の服に身を包んだソーマ。神機を振るその一挙手一投足が、痛々しい。

 

「サクヤ!あいつらだ!」

 

神機を手に取って降下準備を始める。サクヤも俺に続いて準備を始めた。……が。

 

「だめ!」

 

渚が俺達を留めた。

 

「今行ったら最悪全員がソーマにやられる!」

「そうは言っても……」

「神楽だから今生きてるだけ!リンドウ達より、神楽の方がソーマの動きを知ってるのは分かってるでしょ!」

 

……ソーマとの付き合いが長いだけあって、あいつの動きはよく知っている。だが……俺がこの数ヶ月の間同じミッションに出ていなかったことを考えると……

 

「リンドウ。サクヤ。とにかく今は神楽に任せて。」

「……分かったわ。」

「……ああ。ハッチを閉じてくれ!機体下部のカメラで極東支部にリアルタイムで状況を伝えろ!」

「了解です!」

 

……今は見守ろう。それがあいつらの為だ。……無理矢理そう結論づけた。

 

   *

 

「……よくもまあ面倒かけてくれたよねえ……」

「お、おいタツミ!」

「やべえ!抑えるぞ!」

 

……周りに散らばるアラガミの内、半分以上に焼けただれた風穴が空き……カノンのぶちギレ具合を思わせる。

戦闘開始から三十分。アラガミという生きた防壁を失ったアーサソールは、その悲劇的なまでの戦闘力で虚しく数秒の応戦を行った後……カノンにぶっ飛ばされてご用となった。

 

「離せええ……え?あれ?みなさん……どうかしたんですか?」

「お前が暴走してたんだろうが!」

「えええ!?」

 

……まあ、悲劇的な、というのはアーサソールの戦闘力だけじゃないわけだが。うちの部隊の(味方)被弾率も相当のものだ。

 

「ヒバリ。聞こえるか?」

「うん。お疲れさま。あ、そろそろ第五部隊がそっちに着くよ。」

「おう。」

 

第五部隊にこいつを回収してもらったら……あとは外壁の損傷具合の確認か。

 

「全部終わったら久々に飯でも食うか?俺のおごりだ。」

「ほんとですか!?」

「さすが隊長だな。ありがたく頂くよ。」

 

……できれば、アナグラの全員で食いてえなあ……隊長達で割り勘ならいけるだろ。

 

   *

 

アーサソールの捕獲が済む直前。

 

「だめだってば!今行ったらリンドウまで死んじゃうかもしれないんだよ!?」

「だからってあいつがやられるのを黙って見てらんねえだろ!」

 

神楽が、殺されかけていた。

窓から望遠鏡でそれを見ていたリンドウが飛び降りようとし、彼を何とか留めている状況。行動を起こしてこそいないが、サクヤも私を睨んでいる。

 

「神楽はまだ生きてる!私達が出ていいのは神楽が全く戦えなくなってから……」

「そんなことはどうでもいい!仲間が死にそうだってのに何で助けに行けねえんだ!」

 

……彼にはこの先を見ることはできない。私だけが、神楽を生かすための方法を知っているんだ。

 

「あなたのすることはまだここにはないの!今あの場所に誰かが行ったらソーマは間違いなくアラガミになる!だからまだ待って!」

 

アラガミであるからこそ、ほんの少しだけ“今”から目を離せる。……それを説明しても分かってもらえるはずはない。

 

「……でも神楽ちゃんは、今ソーマにやられそうなのよ?」

「ソーマはまだアラガミじゃない!まだ神楽を殺せない!」

「そんな保証がどこにある!」

「っ!」

 

……分かってもらえない。元から予想はしていたけど、どうしても悲しくなる。

 

「……お願いだよ……今行くのは絶対だめなの……」

 

久しく忘れていた悲しいという感情に押された涙腺がもろくなって、少しだけ涙が流れた。

 

「……?ねえリンドウ。あの二人……離れてない?」

「は?」

 

サクヤの言葉を聞いて、リンドウが再度望遠鏡を覗く。

 

「……あいつら……何やってんだ……?」

 

彼が何を見ているのかは分からないけど……ひとまず二人が止まってくれたのは事実であるようだ。

それが分かると同時に、もう一つの予感に気付く。

 

「掴まって!」

「え?」

「お、おい。どうしたんだ?」

「いいから!何でもいいから掴まって!」

 

その直後。衝撃がヘリを襲った。

 

「……来た……」

 

ヘリの斜め下。オルタナティヴがこちらを見上げるようにして浮かんでいた。

 

「あれが俺のすることか?」

 

リンドウが苦笑いを浮かべつつ聞いてきた。……ものの見事に、あいつかよ……って感じの表情で。

 

「そう。あいつを、神楽のところへ行かせないこと。」

「……まじかよ……」

 

大きなため息を一つだけついて、号令をかけた。

 

「行くぞ!」

 

   *

 

「……神楽のやつ……」

「ちゃんとこの前のとんでもない出費のこと覚えてるんでしょうか……」

 

神楽がジープを持ってっちゃったせいで……アナグラはまたも輸送手段を減らした。とにかく俺とアリサが残ったもう一台のジープで先行することにはなったものの……

 

「ヘリの準備ってどのくらいかかるんだ?」

「燃料その他であと三時間はかかるって言ってました。それ以前にヘリポートが……」

「……何かあったの?」

「私達が着陸したポートなんですけど、かなり大きいヒビが入ってたそうです。離陸して持つかどうか分からないって、リッカさんが。」

 

神楽の攻撃の余波がそんなところにまで届いている、ってのが怖い。あいつ……アラガミの方の力とか上がってるのかな?

 

「リンドウさん達はもう戦ってるんだっけ?」

「交戦開始する、って言った直後から腕輪反応が消えたそうです。あの辺り一帯に電波障害が出たみたいで……あ、通信は繋がるって言ってました。」

 

三人ともゴーグルは持っているし……いくら何でも保ってるよな……

 

「……速度上げるぞ。」

 

アクセルを踏む足が痺れるほど、強く踏んづけた。

 

   *

 

普通の風景に緑の線を加えたような映像が目に映り込む。着け心地も良いし、このゴーグルならそんなに邪魔にはならないだろう。

そんな映像の中に、一つだけ赤の線で表示されるものがあった。……オルタナティヴの輪郭。微妙と言えば微妙なそのオルタナティヴが、今は三時間の生命線だ。

 

「くっ!」

「リンドウ!下がって!ひとまず抑えるから!」

「悪い!頼む!」

 

姉上が言っていた表示までのラグ。……かなり苦しいと言えるだろう。コンマ数秒での行動に対して、それよりコンマ0数秒だけ早い表示ってのもまた……乙なものだ。

俺とサクヤがそれに苦しむ中、渚だけは少し違っていた。

 

「っ!」

 

神機を振った渚に一瞬遅れてオルタナティヴの腕が弾かれた。……この短時間の戦闘……それを経ただけで、次の行動を僅かな予備動作から見極められるようにまでなったのだろう。俺達よりもしっかりとした反応が出来ている。

とはいえ……

 

「あつっ!」

 

……まだその速度に完全に対応できてはいないらしく、だいたい十回ほど刀が打ち合うと一発は叩き込まれてしまっている。あいつに任せ続けるわけにはいかない。

 

「使って!」

「おう!」

 

一旦下がった渚からバレットを受け渡されながら前に出る。……さて。ここからどこまで抑えられるか……後ろからはサクヤがレーザーを撃ち続けているものの、あまり期待はしない方がいいだろう。

斜めに振り上げた神機が若干遅れた映像と共に止められ、その手から輪が抜け出る。咄嗟に後ろに引き、地面を焼いたレーザーに冷や汗を流しつつ神機を横に構え……回転しながらレーザーを発し出したのを見て攻撃を踏みとどまった。ガードするもその衝撃を殺せず、何メートルかずり下がらせられてしまい、直後にバーストが切れる。……一進一退、だったらまだ良いんだけどな。

 

「アリサから連絡!もうちょっとでこっちに来られるって!」

 

サクヤからの朗報。それを聞いて俺も渚も若干安堵の表情を浮かべる。

 

「多少は楽になってくれっと嬉しいんだがなあ……」

「同感。」

 

戦闘開始から僅か十分。すでに疲労が溜まりつつあった。




次は再度神楽達の方へ。…本編はあと二話です。


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帰ろう!

…これまで「この回は長かった」だの「なんか書くのにすごく時間使いました」だの言ってきましたが…記録更新です。
…この回だけで二週間近くかかるとはまったく思っていませんでした。


帰ろう!

 

……何度目の鍔迫り合いになるのか。通信を終えてから五分。迷いのある彼の攻撃。弾いて彼を切る私。その繰り返しだった。

 

「そこ!」

 

今もまた、一瞬彼の神機が揺れた。条件反射のように刃をいなして斜め下から腕を切る。

当然ただ切らせるような相手ではなく、その切っ先は腕の皮膚を切り裂くにとどまってしまうけど……

 

「……ごめん。もうちょっとだから。」

 

何十ヶ所もの浅い切り傷からの出血はすでに彼を苦しめるに十分な量になったことだろう。ふらふらと力なく立つ姿を見て……何となくだけど、悪いことしてるなあ、と思っている。

傷が回復しても体力が回復したわけではない私も、翼とブースターを出し続けたせいでとんでもなく疲れた。解除したら立っていられるかどうか分からない。

と、一瞬だけぐらついた彼がこちらへ突っ込んできた。横向きに構えた神機は、間違いなく私の胴体を両断できる速度を持っている。

 

「っ!」

 

彼の神機よりも長い刀身を両手で振り下ろし、火花を散らせながらまた押し合いに入る。……さっきから神機が打ち当たる度に足下の土が跳ね飛んでいるんだけど……気にしたら負けだろう。

しばらく押し合いになって、唐突に彼が左手を神機から離した。その手からはあのクローが皮膚を突き破りつつ姿を現す。

 

「くっ……!」

 

私も右手から生えた神機の持ち手と刃を一度切り離す。左手のみで大型の刃を支えつつ、彼の繰り出したクローを右手に残っているナイフで受け止める。両端にブレードがある、というのもなかなか便利なものだ。

……そのナイフとクローが当たるだけで衝撃波が発生するのだから、この辺りはもうすごい事になっているだろう。

 

「みんな……みんな待ってるから……」

 

両手を大きく開き、彼の神機と左手とを一度に弾く。左手首を少し回してブレード部分を右手と触れさせ、切り離していた部分も含めて神機を右手に戻す。……これはいよいよアラガミになったな、なんて考えちゃうけど。

 

「だから……帰ろう!」

 

ブースターの出力を上げ……彼の胸に右手を合わせた。

 

   *

 

感応現象特有の目眩のような状態が過ぎ去り、ただただ白く光る空間のみが広がる場所のみが目に入った。

彼の姿を求めて辺りを見回す。彼がいると思っていたのだが……ここで何かしないといけないのだろうか?

と、一番初めに見たはずの方向から何かの気配がした。首が折れるのではないかというほどの速度でそちらを見る。

……いつの間にか、そこに誰かの影が見えた。……さっき戦っていた彼と同じ輪郭。

 

「ソーマ!」

 

声が届くはずもない距離。……というより、ここで声というものが意味を持つのかも分からない。

でも、彼がこちらを向いたことだけは事実だった。

そしてその声も。

 

「……ったく。無茶しやがって……」

「っ……!」

 

タッと、一歩だけ駆け出した。たったそれだけ。疲れもしないほど小さな小さな動きなのに、彼との距離が一歩分縮まる。

次の一歩。また次の……一歩一歩踏み出す度に、彼との思い出が頭に浮かんでは更に強く頭に刻み込まれていく。

……最後の一歩は、彼に抱きつく一歩だった。

 

「ばか……ばかっ……一人で遠く行って……寂しかったんだよ!?」

 

悲しいのか嬉しいのかも分からないグシャグシャの感情の赴くままに彼の胸を叩いた。ぽすぽすと……何となく気が抜けるような音を立てながら。

いったい何日ぶりなのだろう。……彼は変わっていない。

 

「悪い。……ありがとう。」

 

ぶんぶんと彼の胸の上で泣きじゃくりながら頭を横に振る。彼に抱きしめられている今、謝罪も感謝も聞きたくなかった。

 

「もうどこにもいかない?絶対、そばにいてくれる?」

 

ただ、ここにいてほしかった。

 

「……もちろんだ。」

 

……彼は私を泣きやませない方法でも研究しているのだろうか。どうにも涙が止まる気配がないのが何だか悔しくて、手を彼の背中に回して強く抱きしめる。

 

「ところでお前……」

「え?」

 

私を安心させるような優しい声色から、どこか疑問のあるような声色へと変わった。左手を私の髪へ持っていき、その一房を優しく手に取る。

 

「髪……染めたのか?目の色も変わってるが……」

「……?」

 

何を言っているのだろう、と思いつつ彼の持つ私の髪を見る。

……すぐに意味を理解した。ついでに指で涙を拭き取る。

 

「……えっと……」

 

白髪と、左右一房ずつの金髪。……間違いようがないほどにイザナミの髪色だ。目に関しては鏡で見てみないと分からないけど。

 

「うん。あとで説明するね。」

 

正直自分でもよく分からないけど、たぶんコアとの同化が進んだだの何だの……き、きっとそういう……いう……えっと……うん。ちゃんと説明できる自信ないなあ。しかも手のことも説明しなきゃいけないんだっけ。聞いてこない辺り、戦っていた間のことはいくらか分かっているみたいだけど。

そんな風にちゃんと周りが見えてきて、やっと彼の変化にも気が付いた。

 

「ソーマも神機真っ白だよ?服も。」

 

言われて初めて気が付いたのかちょっと焦ったように全身を確認していく。……そういえばソーマが焦っているのって初めて見たかも。

 

「……いったい何なんだ……ったく……」

「私に聞かれても……」

 

それを聞きたいのは私も同じだ。……なんて、言ったってどうしようもないだろう。

 

「よっし!……帰ろっか。」

「ああ。」

 

   *

 

目を開き、状況を確認する。背に生やしていた翼もブースターもなくなり、追い風になびいた髪が黒に戻っているのが視界を少しだけ埋めるのを感じつつ、ぼんやりと周りを見回した。……不思議なほど、私の翼に似た蒼に染まる空。

……手には、バカみたいにしっくりくる彼の手のひらの感触。

 

「……髪戻ってる……」

「目もな。……アナグラに着いたら、二人揃って榊のおもちゃか……」

「うひゃあ……あっ……」

 

かくっと膝から力が抜ける。倒れ込む前に彼に支えられ、ぼんやりと彼を見つめる。……どうやら疲れすぎたようだ。

 

「大丈夫か?」

「うん……ソーマこそ大丈夫なの?」

「……俺も正直疲れたさ。」

 

平たい瓦礫を背に出来る位置に私を座らせ、すぐ横に腰掛けるソーマ。大きく息を吐き、私を見て苦笑する。

 

「え?な、何?」

「……帰ったらまず顔洗えよ?」

「……そっちこそ……」

 

そりゃあまあ……今はすっきり晴れてるって言ってもさっきは土砂降りだったわけで……泥だらけになるなんて仕方ないではないか。……なんて文句も言えないくらいに疲れちゃってるわけだけど。

 

「……親父は?」

「私今日まで寝てたんだけど……」

「それもそうか……」

 

また苦笑を浮かべ、頬を膨らませた私を見て必死にこらえようとし……吹き出しての繰り返しが三回ほど。

 

「……ひどくない?」

「いや……何つーかな……」

 

苦笑から、私が大好きな優しい笑みへ。少しだけ自分の顔が赤くなったのを感じつつ彼の次の言葉を聞いた。

 

「久々にお前と話せたからな。……何つーか……嬉しいんだ。」

「あ……」

 

外に響いてるんじゃないかと思うほど大きく打つ心臓が、恥ずかしさをさらに強くする。

 

「……ありがとう。」

 

すっ、と、疲れた目では追えないような早さで唇が重ねられた。突然のことに驚いて、遅れて暖かな感触が唇を支配する。ちょっとだけ力が籠もりすぎな彼の腕に引き寄せられ、ぼろぼろになった服から露出する肌を彼のコートが撫でる。絡められた舌が意識を飛ばしてくる。……そんな、今感じている彼全てが愛おしい。

 

「……そろそろ、帰るか。もう時間はあるんだ。」

「うん。」

 

先に立ち上がって、私へ手を伸ばすソーマ。その手を取って立ち上がり、立ち眩みを抑えつつ彼を見つめる。

 

「……どうかしたか?」

「えへへ。何でもない!」

 

帰ったらみんなに勢いよくただいまって言わないと。上から響き始めたヘリの音を耳にしつつ考えていたのは、そんな他愛もないことだった。




リンドウ達の方へ話を戻し、本編終了となります。


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第一部隊、ラストミッション

ここ何話か少し長いですかね…
まあ、今回で終わりなので…
あ、エピローグがあったか。


第一部隊、ラストミッション

 

「コウタ君。アリサ君。ちょっといいかな?」

 

第一ハイヴ跡から約二十キロ。ヒバリさんの話では、ここから約十キロでリンドウさん達の戦闘区域付近には着けるらしい。

そんな場所にたどり着いたジープに、榊博士が通信を入れてきた。

 

「博士?何かあったんですか?」

 

運転中のコウタに代わって答えると、今度はツバキさんの言葉がスピーカーから発せられる。

 

「オルタナティヴとの予想戦闘地点から今どのくらいだ?」

「だいたい十キロです。動いている可能性はありますけど……」

 

三人との通信は途絶したまま。戦闘中に別の地点に動いた可能性は十二分にあるし、場合によってはもっとひどいことになっているかもしれない。

 

「そうか。……なら話は早いな。」

「?」

 

意図を掴みにくい言葉から、ツバキさんの話は始まった。

 

   *

 

「……リンドウ。サクヤ。あとどのくらいいける?」

「正直……限界に近いな。」

「私も……」

 

膝が笑い始めている。……年は取りたくないもんだ。

スタングレネードを休憩に使うほど、全員が疲弊していた。ついさっき博士から届いた通信では、アリサ達はこっちに来ないことになっちまったらしい。

 

「アリサ達、うまくやってくれると良いわね。」

「じゃなかったらここで終わりだ。……さて。再開だな。」

 

話している間にオルタナティヴが目を覚ました。貴重な攻撃のチャンスを使えなかったのは心苦しいんだが……それすら仕方ないと思うほどに体は言うことを聞かない。後衛のサクヤすらぼろぼろだ。

 

「チッ!」

 

こちらに気付くと同時に放たれたレーザーを受け止める。その間に渚が近付き、ほとんど体ごと突きを繰り出すも横に動かれて外れた。

 

「サクヤ!」

「ええ!」

 

避けた後の硬直を狙ってこちらからもレーザーが多数放たれる。それにホーミングがついていると見るや、斜め前に出るようにして避けつつ俺へと攻撃対象を設定した。

両手から輪を外し、それぞれ別々に動かして光弾を乱射。避けるので精一杯になった俺を本体が狙ってくる。拳が振り下ろされ、オラクルの刃が眼前を掠め、脇腹をスパイクの如き足が通り抜け、直径にメートルを超えそうなレーザーが神機ごと俺を吹き飛ばす。それら全て、まともに当たれば一撃で戦闘不能に追い込まれることが明白だった。

 

「くそっ!」

「下がって!そのままじゃまずい!」

 

……下がりたいのは山々だ。このまま生きていられるとも思えないし、思う気もない。どこかで俺が負けるだろう。だが……

 

『そう。あいつを、神楽のところへ行かせないこと。』

 

俺の後ろにあるはずの神楽達の戦闘区域まで、あと三キロ。徐々に押された結果だ。

 

「これ以上下がれねえだろ!」

 

鍔迫り合いになったところから、オルタナティヴを弾き飛ばす。追い打ちに薙払いをかけ、ほんの数メートルではあるが押し戻し、一瞬の硬直を与えた。

 

「ぶちかませ!」

 

その背をサクヤの銃撃が襲う。多段ヒット用に作られた弾丸が止めどなく装甲を穿ち、オルタナティヴをそこから動かさない。

 

「グレネード!いくよ!」

 

閃光と爆音に感覚を奪われたのか、レーザーに押される形で倒れ伏した。投げ出された両腕が一秒足らずの間に渚によって斬り飛ばされ、本体を守っていた輪も二つとも俺の神機が喰らう。

 

「リロードするわ!」

 

そこまででサクヤの方の弾丸が切れた。銃撃が止み、俺達も攻撃に区切りをつけ……休む。

 

「くっ……」

「だから無茶するなって!サクヤ!あいつは私が見張る!」

「お願い!」

 

やつからの連撃の間に脇腹をやられたらしい。レーザーによるものなのか、その傷からの出血はなかった。……代わりにすさまじい熱がそこを苦しめ続ける。

 

「っつつ……」

「我慢しなさい!」

 

コールドスプレーを噴射され、焼け付くような痛みが追加されるが……まあ、後で楽なんだから良いだろう。

 

「来るよ!」

 

渚が叫んだ。すでにオルタナティヴはダウンから復帰し、こちらを見据えている。両腕を失って尚、その姿が発する威圧感が精神的にもこちらを押してくるほどだ。……っつーかキレてないか?

 

「しゃあねえ。もう一踏ん張りだ!……と信じようか。」

「……また不吉な言い方ねえ。」

「そう言うなよ。」

 

……だが、サクヤの不吉な予感は的中した。

戦闘開始から、三時間が経過したのだ。

 

「きゃあ!」

 

……サクヤが、悲鳴を上げた。

 

   *

 

その頃。予測戦闘地点から南へ一キロほど進んだ地点。そこでジープを止めていた。

 

「……全部機械?」

 

ツバキさんと博士が代わる代わる作戦を説明すること……すでにかなりの長時間。博士の口からは、ちょっと意外なことが発せられた。

 

「ありとあらゆる場合を考えてみたんだけど……どうやっても、オラクル細胞で何かの反応を消すことは出来ないと思うんだ。はっきり言ってオラクル細胞自体が反応の固まりみたいなものだし、そもそもオラクル細胞は人の作った技術でもなければそう簡単には会得できないはずだ。光学迷彩なんて使えるとは思えないんだよ。」

「……?」

 

ややこしい話が出てきて少し混乱する私とコウタ。それを悟ったのか、博士は少し噛み砕いて説明し出した。

 

「オラクル細胞が、捕喰したものの性質を取り込むことで進化するのは知っているだろう?そしてその過程がかなり長いことも。」

「はい。」

「当然、複合的な能力が生じることはある。オラクル細胞以外のものを一度も取り込まなければ、独自の進化を遂げる傾向にあることも知られているわけだ。だから一概には言えないんだけど……僕の仮説では、現在オルタナティヴが使っている光学迷彩は、オラクル細胞を動力とするだけのただの機械さ。」

 

……御託はともかくとして、一応あの光学迷彩がアラガミの能力ではない、ってことは理解できた。でもそれがどう……

 

「そこまでを踏まえて、お前達に頼んだことの意味だ。」

「……機械を操っている人間がいるって事ですか?」

 

ツバキさんからの命令で向かっているのは、戦闘が開始される直前から微弱ながら電波が発せられている地点だ。アラガミが電波に酷似したものを発することは珍しくないから、普段なら無視されるレベルだという。

だが、戦闘開始直前から、というのが気にかかったらしい。それを博士に伝えたところ、目を爛々と輝かせてあれこれ考え始めたのだとか。その結果、今に至るそうだ。

 

「博士の推測だ。実際にその通りだとは限らん。」

「それでも、試す価値はあるんすよね?」

 

やってやる、と言わんばかりの表情でコウタが問いかけた。答えるツバキさんの声も、心なしか楽しげに思える。

 

「もちろんだ。」

 

ジープの窓からは、丘の上にある大量の機材が見えていた。

 

   *

 

戦闘開始から、三時間一分。

 

「く……そ……」

 

サクヤに続いてリンドウまで倒れていた。二人とも、起きあがろうとする度に震えながら地に伏すの繰り返しだ。

かく言う私も、音だけじゃ限界がありすぎる。

 

「くぅ……」

 

攻撃手段なんて足しか残っていないというのに、まるで三カ所から同時にやられているかのような感覚すら覚える速さ。ラグがあったとは言え、視覚を頼りに出来ていたときと比べると桁違いの辛さを持って襲ってきている。

 

「この!」

 

風を切る音を頼りに神機を構え、確かな手応えを感じる。間違いなく足を止めた。

……そう思ったのも束の間。オルタナティヴを抑えるために止まった私の背を、もう一本の足が蹴り飛ばす。

 

「かっ……」

 

足と足との間で板挟みになり、そのまま持ち上げられる。一周して頭から叩きつけるつもりだろうか?

 

「はな……せっ!」

 

ぎりぎり足と体との間に入り込んでいた神機を振り上げ、少しだけ出来た隙間から身を捩って抜け出す。その直後、私が落ちたかもしれない場所に亀裂が走った。……抜け出せなかったらと思うとぞっとする。

体勢を立て直しつつ着地し、耳を澄ませ……自分の鳩尾の辺りで風を切る音を感じ取る。

 

「っ!」

 

声にならない叫びを上げつつ、瓦礫まで吹き飛ぶ。息をしたいというのに……咳と共に喉の奥から出てくる血のせいで上手く呼吸が出来ない。

……うずくまった私の背を、すさまじい衝撃が襲った。

 

「あう!」

 

何メートルか転がった。すでに体が言うことを聞いてくれない。

震えながらさっき私がいた場所を見ると……

 

「……さすが……だね……二人とも……」

 

徐々に光学迷彩が解けていっていた。オルタナティヴが色を持って姿を現し、一種の神々しさを漂わせつつ諦めを抱かせる。

 

「……ごめん……神楽……」

 

……ここから言って、届くだろうか?……届くといいなあ……

 

   *

 

「急ぐぞ!」

「はい!」

 

……ジープの荷台に、少々私の過去に関する怨み混じりに関節をきめつつ縛り上げた大車が乗っている。ロシアの借りを極東で返したからって問題はないだろう。もがもがとうるさいけど……とにかくこれで一段落だ。

リンドウさん達の戦闘区域までの距離は一キロ強。あと何十秒かすればたどり着く。

のだが……

 

「くそっ!あれ渚か!?」

「たぶん!」

 

渚の前に仁王立ちするオルタナティヴ。その姿はもう見えていた。……その腕の辺りから、オラクルの槍が形成されるところまではっきりと、だ。

 

「間に合わ……っ!」

「えっ!?」

 

突如として、オルタナティヴが吹き飛んだ。続いて、宙を舞ったその巨体が地面へ叩きつけられる。

……倒れたそれの両側を囲むように、土煙が上がった。

 

   *

 

「間に合ったあ!速いねえソーマ。」

「お前には言われたくねえな。直前で前に出たのはどいつだ?」

「気にしない気にしない!」

 

手を繋いでのんびり歩き、ひとまずヘリの着陸地点へ向かっていたわけだが……仲間がぼろぼろにやられていて黙っている気は毛頭ないのだ。

にしても、飛んできた私はともかくとして私に足でついてきたソーマは一体どういう……

 

「……かぐ……ら……?」

「ごめん。遅れちゃった。」

 

あの時一回だけ見た少女。……なるほど。やっぱりシオだ。アラガミとしての気配に関してはほとんど差が見られない。

……彼女がいなければ、今の私はここにはいない。

 

「アリサ!」

「はい!」

 

ジープの急停止音と共に回復弾が三発放たれ、倒れている三人へ一発ずつ届いた。

……二人がいなかったら、たぶんリンドウさん達を助けられなかっただろう。

 

「……よくもやってくれたな……」

「リンドウ。援護するわ。」

 

明らかにキレている二人が危ない笑みを浮かべつつオルタナティヴを睨みつけている。

……彼らがいなかったとしたら、ソーマとの戦いにオルタナティヴが乱入していたかもしれない。

 

「……さてと。」

 

そのオルタナティヴはといえば、たった今起き上がったところだ。私達を見て再度臨戦態勢を整え始めている。

 

「……神楽……」

 

そんな中、一人誰とも雰囲気の違う少女がいた。不安げな表情と、信じられないと言った感じの声色。

 

「えへへ。ただいま。」

「まだだろ。」

「……むう……」

 

……彼がいなかったら。もし彼と出会わなかったら。私は今、アラガミと人のどちらであったろう?人の皮を被ったアラガミか、アラガミの皮を被った人か。いずれにしろ、こんな風に誰かと話すことは出来なかったに違いない。

 

「フェンリル極東支部第一戦闘部隊!」

 

誰かが欠けていたら、誰もここにはいないだろう。

 

「突撃!」

 

……この神話の、終幕だ。




正直神楽とソーマをここで出してよかったのか今でも迷っているんですが…まあ、タイトルもタイトルなので。
では、最終回です。


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エピローグ

エピローグです。誰が何と言おうとエピローグです。
…けっこう無理な終わらせ方したような気もしますが…エピローグです。


エピローグ

 

「博士。頼まれてた資料、持ってきたよ。」

「お、ありがとう。何か飲むかい?」

 

あれから二ヵ月が過ぎた。

 

「……まさかまた変なもの作ったわけ?」

「いやいや。今度は絶対おいしいと思うよ?」

 

……ここまでが吹っ飛びすぎていたのだろうか。非常にゆっくりと流れたようにすら感じるその二月の間に、実にいろいろなことがあった。

 

「……あの初恋ジュースとか言う悲劇的な失敗作がありながら信用するとでも?」

「……渚君。騙されたと思ってどうだい?」

 

まずリンドウとサクヤの結婚。まあ、あの二人が未だに結婚していなかったこと自体が奇跡に思えるけどね。

 

「前回そう言ってコウタを騙したのはどこの誰だか思い出してみようか。」

「……だ、誰だったかな……」

 

それと、名目上の支部長交代人事。……これが本当に名目上で……

肩書きとしては、ペイラー・榊支部長と、ヨハネス・フォン・シックザール博士。だがこの二人……変えるのが面倒だ、とか言って……極東支部内ではペイラー・榊博士と、ヨハネス・フォン・シックザール支部長で通してしまっている。この支部の二大エースもそう呼んでいる以上誰も何も言わないのが、これまたその状況をすごい勢いで浸透させてしまい……目の前の博士ときたら、その内本部から正式な事例を出させてしまいたいね、だの何だのと言う始末。……フェンリルという集団の中で、こいつほど面倒な人間が何人いるだろう。

 

「……じゃあ、その自信満々の新作Xを自分で試してみてくれない?い……」

「た、試したとも!」

 

大車は本部の査問会から軍法会議行き。その後、拘置所で自ら命を絶ったという。

そして、ヨハネスが共犯だと供述した、彼の弟であるガーランド。極東からの脱出は確認されているものの、そこから先の目撃証言がない。今のところは逃亡中という扱いだけど、近い内に死亡と認定されるだろう。

 

「今ここで。最後まで言わせてよ。」

「……」

 

複合コアに関しては、現存するレポートなどを元にリッカが研究を引き継ぐことになった。神楽も諸手を上げて賛成していたし、何も問題はないはずだ。リッカなら、きっとあの研究を成功させられる。

 

「さあ。」

「い、いや……」

 

そうそう。ソーマの暴走に使われたものがかなり面白いものだったことも分かった。私も驚いたけど、神楽のコアだったのだ。

どれだけ調べてみても、一つだけその現状がヨハネスのレポートに書かれていなかった青いコア。神楽曰く、それは彼女のDNAを使用したものであるとのこと。

……問題は、二人が帰ってきたときの検査で、ソーマの偏食場波形に神楽の持つ偏食場と若干ではあるが類似する点があることが見つかったことだ。それ以前の検査ではそんなものは全くなかったらしく、ソーマ自身が何か球体のようなものを埋め込まれた記憶はある、と言っていることから、博士が神楽のコアが使用されたのではないかと仮定。後日、私がアラガミの部分を見比べてみたところ……神楽の体の中にある球体と同じ形状かつ同じ反応のものがあることが分かった。

それが分かってから、ヨハネスも参加して再検査。結果……詳しいことは何も分からずに終わっただけだった。現在の科学力の悲劇とでも言っておこう。

……まあ、二人は私達が知る以前から薄々感づいていたようだけど。

 

「おいしいんでしょ?」

「……害はないさ。」

 

神楽の腕やソーマの神機は、もう今の状態が普通であるかのように受け入れられている。神楽に至っては非戦闘時なら人の腕に戻せるほどなのだから恐ろしい。

それに、二人が戦闘時になるとその戦闘能力が跳ね上がっていることも明らかになった。ソーマは全般的な運動性能、神楽は主に速度と感覚器官の感度がそれぞれ向上するらしい。

余談だが、神楽が右腕を神機に変えている間……彼女の目はなぜか金色になっているとか。背中からは常に小さなブースター炎のようなものが発せられているとの報告。本気を出すと髪の毛の色まで変化してしまう……まあ、見事にアラガミだ。人のことを言えたものでもないが。

 

「おいしいんだよね?」

「……食べても問題はないね。」

 

その二人の偏食場が衝突した余波なのか、今の第一ハイヴ跡にはアラガミが全く近寄らない範囲がある。直径にして約一キロという非常に狭い範囲ではあるが、その中にはオラクル細胞が一つたりとも存在しないらしい。オラクル細胞を持ち込むことも持ち出すことも出来るというのに……アラガミは絶対に近寄らないのだとか。

中心地から神楽の偏食場と同じ波形が計測されていることから、間違いなく彼女の行動によるものであることは断定済み。……が、その現象における原因や原理は何一つ分かっていない。

博士の仮定では、弱肉強食の行き着く先だろうとのことだ。つまりは神楽が最強のアラガミであることに起因していると言いたいらしい。

……今、人という種に存在する唯一の安息の地だ。

 

「……さっきおいしいって言ってたよね?」

「いやあ……アラガミにとってはおいしいかなあ……と……」

 

コウタやアリサは相変わらず。気が合うのか合わないのか……どうにもよく分からないけど、少なくともあの二人はすごくいいコンビだと思う。凸凹コンビだけどね。

そんな二人も、最近は互いを大切な人として見ることが多くなったような気がする。それぞれを見る目がすごく優しいと言うか、なんだか楽しげって言うか。神楽とソーマほどではないにしろ、二人でいる時間はとても多いようだ。

……リンドウとサクヤは……まあ、夫婦だから。

 

「……わかった。私も試すから一緒に試してみよう。」

「や、やめてくれ!僕が悪かった!」

 

あとは……タツミとヒバリかな。何でも、最近ヒバリのシフト交代が多いのだとか。その全ての日程がタツミの休暇と重なっているらしい。その分はちゃんと他のシフトで仕事してるからいい、と……大多数の人は言うわけだが……中には彼氏との交際を羨ましがって嫉妬の目線を送るものも。おかげでタツミとご飯に行き辛い、ってぼやいていた。

 

「毒を喰らわば……何だっけ?」

「皿も何もないから毒も食べたくないよ!」

 

私は私で博士の手伝いと神機使いとをのんびりとやっている。かなり問題のある人だ、とは言っても、それなりに実績を上げている優秀な科学者であり、かつアラガミ研究の第一人者である博士の側で動く方が……まあ、私としても若干の安心感を得る一つの材料となるわけだ。

……便利に使われている感はどうやっても拭えないけど。

 

「……ど、く?」

「うっ……」

 

……そんな中で私が一番驚いているのは……神楽とソーマが生きていることだ。

 

「おかしいなあ。おいしくって人に害のないものを作成者自身が毒って呼ぶなんて……」

「い、いやそれはその……」

 

リンドウ達を本気で止めていたのは、神楽がソーマと差し違える“先”を見たから。そこに彼らはいなかった。その状況を守るのが、私のすることだって思っていた。

……でも二人は、どういうルートを辿ったのか知らないけどこの“今”を生きている。……どこまでもとんでもない二人だ。予測なんて到底出来ないところで神話を編み続けていたらしい。

 

「……おや?どこに行くのかなペイラー?」

「ちょっと用事を思いだしてね。すぐ戻るよ。」

 

……まあ、そんなことがあるから彼らは楽しいのだけれど。

 

「……待とうか狐。」

「行ってきます!」

 

……何となく、人間だった頃を思い出させる。過去を悔いるなんて、私としては無駄なこと……したくはないけど。

 

ひとまず私のすることは……このど阿呆をとっつかまえる事だ。

 

   *

 

「おわあ……いっぱいだあ……」

 

教会跡地。いつもいつもご苦労様です、って言いたいくらい、ここにはよくアラガミが集まるわけで。

今日なんて朝から三体の大型種が捕捉されてるっていう……ちなみにここに来るまでに追加四体。

 

「双眼鏡覗いてたって減るわけじゃねえだろ。とっとと準備済ませとけ。」

「むう……」

 

今日はソーマと二人で任務だ。ゲートを潜る時……お前らが行ったらすぐ終わるだろ、って目線を向けられるのが……うーん……どう反応していいやら……

 

「どう攻める?」

「……普通に考えて、挟み撃ちだろうな。」

「一体ずつに出来ないかな?」

「そもそも必要ねえだろ。気配からしてただの雑魚だ。」

「……まあそれはそうだけど……」

 

分散させようと思った頃には終わっているだろうし、どうやってもかかる時間は同じだ。最近は接触禁忌種が複数とかでなければ何も問題ない。とは言っても……当然、油断は禁物、だけどね。

でも今日は……それが分かっていて尚早く済ませてしまいたい理由があった。

 

「……今日は早く終わらせたいじゃん。」

「まあ……な。」

 

……その理由は、一つだけ。

アナグラに帰ったら、ソーマにはタキシード、私にはウェディングドレスが待っている。桐生さんお手製だ。ちなみに素材と代金は自分持ち。

会場は……第一ハイヴ跡。先月建てられた、慰霊碑の前。

……家族に伝えたい。そう言ったら、彼が支部長と博士にいつの間にか掛け合ってくれたんだって。

 

「早く終わらせてえなら尚更とっとと行かねえとだめだと思うが?」

「だよねえ……」

 

っていうか今日は非番のはずだったのに……どうしてこう私の非番は潰されることが多いのだろう?

 

「……そろそろ始めるか。」

 

……なんて不満も、彼のいたずらっぽい笑みにかき消されてしまうわけだけど。

 

「……うん!」

 

ソーマが白い神機を握り、私は手から神機が生える。……初めは戸惑ったけどもう慣れたものだ。桐生さんに織ってもらった新しい戦闘服の方も、今の私のこの謎な能力に合わせてもらえている。

 

「……ふふっ……」

 

……いろんな事が、いろんな風に過ぎた。悲しくも、楽しくて……寂しくも、柔らかで。どれも今ではいい思い出だ。

 

「どうかしたか?」

「ん?ううん。何でもない。」

 

今はこの幸せを噛みしめよう。神話を紡ぎ、世界を生きよう。非情で残酷なこの世界を、何度でも歩んでいこう。

それは、復習の代わりに家族へ誓った新しい道標。道のない道に立つ、一柱。

 

 

人でもなく、アラガミでもなく……私を生きよう。

 

 

《あーあ。またカッコつけちゃって。》

【その言い方はないでしょ。ほら、行くよ!】

《はいはい。》

 

 

 

……これは、私が紡いだ、私だけの物語。

いつか誰かに語り継ぐ、たった一つの小さな神話。




いやあ…終わりました。
思えば…初の感想に歓喜したり初の評価に飛び上がったり…
大型投稿したり全修正かけたり…
…あれ?なんかけっこう面倒なことしかしてないような…
…いやもう本当に申し訳ありませんでした。
やっぱり最終回に向けて完全にプロットを練ってから作らないとだめですよねえ…

まあ何にしても、ここまで書いてこられたのは読者様あってこそのものと思っております。拙い文章と謎な作者にここまでお付き合い頂いてくださったこと、心よりお礼申し上げます。

さて。先日の投稿でも述べさせて頂いたのですが、現在複数の投票を実施中です。

1:コミック「the second break」のストーリーの有無。

2:GE2本編中に描く予定である、クレイドルの活動への意見。

3:まだまだ続いている、小ネタ系の有無。

今のところはこのくらいですね。1,2は次の火曜日(18日)まで。3は特に期限はありません。感想欄や、メッセージ機能での投票をお願いいたします。

というわけでもう一度。
ここまで読んでくださった読者様方。本当にありがとうございました。
引き続き、「GOD EATER The another story.」をよろしくお願いいたします。

…はあ…早くアップデート来ないかなあ…


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Broken "The second break"
新しい神話の始まり


…えと…その…
た、大変長らくお待たせいたしまひた!
…噛んだ…
ま、まあ…何はともあれコミック版のストーリーに入ります。と言っても…
アーサソールの設定改変のせいであの二人は出せないわ伏線の関係やら何やらで神楽たちも書かなきゃいけないわ…
はあ…長くなりそうです…


新しい神話の始まり

 

「……い。」

 

肌に触れる布団の感触の他に、頬から伝わったごく小さな圧迫感。それが誰かの指によるものであることに気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

「おい。神楽。そろそろ起きろ。」

「んみゅ……あ、ソーマ……おはよ……」

 

重たい瞼をこじ開け、寝転がったまま彼を見る。時刻は朝の八時。いつもならとっくに起きて朝食まで済ませている時間なんだけど……

 

「さすがに疲れてたか?」

「……そりゃまあ……」

 

昨日寝付けたのは……今から三時間ほど前だろうか。あちらこちらでの救援要請やアラガミの増援。最近のアラガミの増加を物語るかのような忙しさだったことくらいしか覚えていないほど大変だった。同じくかなり無理をしていた(いやまあ私がさせたようなものなんだけど……)イザナミも、今は動いている様子がない。

……西暦、2073年。あれから二年の月日を経ても尚、私達は戦っている。人を守るって言いながら、守れなかった人を悼む暇もなく。

 

「おはよう。」

 

家族の写真に向かっても挨拶を済ませる。……正直もっと寝ていたいのだが、今日はそうもいかない。

 

「親父に呼ばれてんだろ?」

「うん。概要はもう説明してもらったけどね。」

 

運悪くお義父さん……支部長(半年前にまた二人が入れ替わった。誰も文句は言わない……っていうより、またか、って思ってたみたい)から呼ばれているのだ。理由は若干特殊な任務の説明。特務と考えていいだろう。

 

「極東各地を回ってもらう、とか何とか……アラガミの調査が目的なんだって。」

「あいつがやりそうなことだな。」

「ちなみに発案者は博士なのでした。」

「……あの二人が、って言い直した方がいいか?」

「うん。」

 

少し前から同じ部屋になった彼。ここ最近の極東支部所属神機使いの増加の煽りを食う形ではあるんだけど……実質、私達からの要望のようなものだった。通常ならば受理されない部屋替えが命令として降りてきたわけだし。

……腕輪なしで纏まっているっていうのも乙なものだって思わないかい?なんて言ってきた博士に対しては……一瞬殺意を覚えたけど。

 

「ソーマも呼ばれてるんだっけ?」

「俺は別件だ。あいつらも同じもんをやらされるってのは聞いたが……」

「まだ詳細不明?」

「ああ。そんなところだ。」

 

その煽りは、一週間ほど前に第一部隊にも広がった。

 

「はあ……今日からは独立部隊かあ……」

 

来月から前線に出る新人二人の第一部隊配属が決定した、というのが主な原因。もともと人数が多かっただけあって、ツバキさんやお義父さん、榊博士が話し合った末、第一部隊から別部隊を作成することになったらしい。

ちなみに、その新人二人の内一人はエリナちゃんなのだ。もう一人はエリックさんの旧友だとか。

戦闘指導教官はコウタとエリックさん。……三人が話し始めるといろいろ止まらなくって困る。コウタの感想だ。

 

「独立部隊っつっても、別にやることはそこまで変わんねえだろ。……あの二人の直轄になるくらいか。」

「だといいんだけど……」

 

ひとまずは私とリンドウさんが先行して第一部隊から離脱。来月にはソーマとアリサも同じ措置を採られるそうだ。渚に関しては自由意志、とのこと。サクヤさんが産休に入ったし……現状、確実に残るのはコウタだけになる。

しかもソーマは研究者にもなったから……さてどうなることやら、って感じだ。

 

「あ、そういえば新しい制服ってもう届いたの?」

 

その独立部隊であることを示すため制服を新調。私とソーマの分は桐生さんに織ってもらったそうだ。おかげで貯金が飛ぶこと飛ぶこと……

 

「昨日お前が帰ってくる前にな。」

 

答えながら部屋の奥からケースを取り出してきた。いつも服が入っているものよりも少し大きめだ。

 

「こっちがお前のやつだ。」

 

これまで着てきた服と大差ないものが渡される。背の部分についたエンブレムにオリーブの葉が象られているのが目に新しい。

とりあえずその場で袖を通す。着替えを別の部屋で行うような間柄でもない。

 

「……ちょっと大きいかな?変じゃない?」

「大丈夫だ。」

 

返答を聞きつつ、彼からコーヒーを受け取る。

……そうそう。実はコーヒーに関しては彼と気が合わない、というのを、この同棲生活が始まってすぐに発見した。

私の趣味が移ったのか、いつの間にかコーヒーをミルで淹れていたソーマ。その彼が淹れたコーヒーを飲んだときに気が付いた。

……彼はどうやら熱めのアメリカンコーヒーが好きらしい、と。ちなみに私が好きなのは、少しだけぬるめのエスプレッソである。

が、私のコーヒーに関しての拘りはそこで引けるようなレベルではない。ソーマもソーマでそういうところはなぜか頑固だ。

結果……

 

「……にしても、あのセットが二つも並んでるって……」

「仕方ねえだろ。それとも、あの騒ぎをもう一回繰り広げてみるか?」

「……それはパス。」

 

……ミルといい豆の瓶といい……コーヒーに関する何もかもが二つずつカウンターの上に置かれている。この間来たアリサが面食らっていたが……まあ、この生活の中ではすでに欠かせない措置の一つだ。シャワーの時間をずらす必要もない私達だが、ここだけはどちらも譲らなかったのだから。

なんてことを考えていると、彼の端末が短く鳴った。非緊急時のコール音だ。

 

「時間?」

「ああ。」

 

この任務が始まれば、しばらくはここを離れることになる。ソーマも後で私の方へ合流するとはいえ一ヶ月は離れ離れだ。

 

「……」

「どうかしたか?」

 

すっと近付いて、軽く唇を重ねた。今ではかなり頻繁に行うことだけど……こういう時は、何か違った意味を持つように思う。

 

「行ってらっしゃい。」

「……ああ。行ってくる。」

 

……この二時間後のヘリの中……リンドウさんが昔同じことをしていたと聞いてひっくり返り、それが俗に死亡フラグというものであると聞いてすごく不安になって、さらにその不安を払拭しようとした直後にヘリの真下に来たアラガミをメッタ切りにしたというのは……全て別の話だ。うん。全部。

 

   *

 

「でさっ!画面越しにあいつが言ってくれるわけだよ!」

「……お兄ちゃんかっこいいね、ですか……何回目ですか?」

 

エレベーターを降りると同時に聞こえたそんな会話。確かめるまでもなくあの二人だ。

 

「ソーマ……何とかしてください……」

 

俺に気付いたアリサに言われるが……それが出来れば二年前から苦労はしていない。

 

「……応援はしてやる。」

 

どこかしら間の抜けたやり取り。……とても支部長室の前で行う会話とは思えないことは気にしても無駄だろう。

 

「そういえばさ。このエンブレムって何か意味あるのかな?」

 

当然、二人も新しい制服を受け取っている。背中のエンブレムには、通常のフェンリルマークとの明らかな差……つまりはオリーブの葉が、かなりの存在感を持って縫い取られていた。

 

「極東支部の独立部隊だってのを分かりやすくするためだろ。広範囲を動くらしいからな。」

「……俺も?」

「お前まで動きはしねえだろうが……一応こっちにも所属する形にすんじゃねえのか?」

「マジか……」

 

肩を落としため息をつくコウタを後目にノックなしでドアを開けた。いつまでもこんなところでのんびりしている理由はない。

 

「ん。来た来た。」

「やあ。待っていたよ。」

「すみません。お待たせしました。」

 

ソファーに座って会話でもしていた様子の親父と博士。その横には先に来ていたらしい渚が立っている。

 

「まったく……ノックくらいはしてほしいものだ。」

「フン。親父の部屋に入るのにか?」

 

親父とはごくごく普通に言葉を交わしている。……何も思うところがないかと聞かれたら……否と答えるだろう。まだまだお互いに気を使うことは多い。

それでも、神楽のおかげでかなり楽にはなってきた。……いつか……そう遠くない日に、お袋について話すようにもなる……今はそう思う。

 

「ほんっと……相変わらずだね。仲がいいのか悪いのか……」

 

からかうように言う渚だが……俺や神楽以上にアラガミであるせいか、彼女は二年前から外見すら変化がない。もともと大人びていたこともあって性格もほぼ変化なしだ。……最近は外見について若干の僻みが出てきているらしいと神楽から聞いたが……

その神楽は……俺個人としては、二年前と比べてかなり変わった様に思う。

別に外見がどう、と言うことではない。背が少し伸び、髪をまとめなくなったものの(本気になると勝手に解けることがあって面倒、だそうだ)、もともとの細身で華奢な体つきは全く変わっていない。表情からあどけなさがほぼ無くなったくらいだろう。

 

「さて。これで全員だね。」

 

ひとまず会話に区切りがついたのを見計らって博士が切り出した。

 

「とりあえず簡単な説明からいこうか。今、この極東支部の居住環境及び住居数は十分かな?」

 

分かり切った質問ではあるものの、若干答えにくい部類に入るだろう。……ある意味、その原因は俺達だ。

だからこそ、なのか……答えたのはコウタだった。

 

「……何一つ足りてない……かな。俺ん家の近場でも家がない人達のコロニーが出来てるし、そもそも土地も仕事もないらしくって。」

「そう。この極東支部中央施設内でも物資は不足しているんだ。その外側となっては……分かるね?」

 

その状況に不満を覚えたやつらが暴動を起こしつつある。耳に新しいニュースの一つだ。

 

「なるべく援助はしているが、ここの生産力にも限界はある。人員にもな。どうやりくりしても支援の手が回りきらないのが現状だ。外壁内部で手一杯……外には何もできん。本部に物資の要請はかけたが……どこも似たようなものだからな。」

 

立ち上がり、部屋の左奥の絵画の前に向かった親父。自分を選ぶか、人を選ぶか。そんな意味を持ったものが描かれているらしい。

 

「よって、こちらで出来ることはこちらでやるしかない。では博士。説明を頼む。」

「そうだね。そろそろ始めようか。とりあえずこれを。」

 

博士から資料が配られる。数枚の紙にグラフ付きでまとめられたレポート……こいつにしては短めだ。それだけ分かっていないことが多いのかもしれないが。

 

「最近の研究で、アラガミそれぞれにいくらかの行動パターンがあることが分かったんだが……知ってるかい?」

「行動パターン……ですか?」

「本部が行っている研究の一つだ。気候、時間、周辺の生物の有無、その他諸々……多岐に渡る調査項目を、長時間記録し続ける。今年で……五年目だったか?」

 

責任者はラケル・クラウディウスとレア・クラウディウス。実の姉妹である彼女らが、各々の研究のために協力して行ってきたものだ。

 

「その通り。その研究結果はさっき渡したレポートに簡単に書いてあるから割愛するよ。」

 

行動パターン……その個体のみが保有する習慣や癖、行動範囲などがこれに当たるが、アラガミそのものの生態についての研究も満足でなかった頃からのプロジェクトのため、古いデータの正確さはあまり信用できない。最近では各支部へデータ提供を求めることもあったらしい。

 

「君達に頼みたいのは、この行動パターンによって生じるであろう安全圏の特定なんだ。」

「安全圏?」

「アラガミがあまり通らない区域、って言った方が分かりやすいかな。そういう場所に拠点があったら……」

 

……控えめに見て……目が輝いている。返答を期待しているときの顔だ。

 

「ひとまずの土地不足が解消され、かつ建設のための人手が必要になって仕事も発生する。外壁の外だってのが辛いところか。」

 

メリットは大きい。当然、それに伴ってデメリットも発生するが……それを差し引いたとしても、いい話ではある。

 

「土地がないおかげで、建設資材だけは余っている。なるべく広い安全圏を見つけてほしい。」

 

親父も親父で乗り気なのだろう。……レポートにどの程度の広さが良いかまで書いてあるのがその証拠だ。

 

「ソーマ、アリサ、渚の三人で安全圏の特定。コウタはあの二人の指導をしつつここから指示を出してくれ。」

 

それぞれが発した了承の声の後、コウタのため息だけが部屋に響いた。……探し回るのと指示を出しつつ教官として動くのと……どっちが楽なのかは考えないことにしようとこの瞬間に決めていた。




今日はこの回のみの投稿とさせて頂きます。たぶん次まで同時に出すとなるとキリが悪くなるでしょうし…
何より突貫工事になりそうですし…
とりあえずは1.4アップデートをのんびり待ちつつ書いていこうと思います。
…インフラで参加者を募って、っていうのも面白そうですね…
それではまた次回お会いしましょう。


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ありふれた毎日とありふれない今日

ふう。なんとか四月中に出せました(笑)
なんとか新編の方も軌道に乗り始めましたし、頑張っていかないとですね。
まあそんなわけで、本日は三話投稿となります。


 

ありふれた毎日とありふれない今日

 

「着いたか。降りるぞ。」

 

作戦開始から丸一日。ここまで数回の補給を受けつつツバキさんとリンドウさんと一緒にヘリに揺られた時間だ。二人の過去話が聞けて結構楽しかったけど……

 

「……さすがに肩凝るなあ……」

「大丈夫か?……つっても俺も似たようなもんか……」

 

肩を少し回したり揉んでみたりしながらヘリを降りる。リンドウさんに至っては風が鳴りそうなほどぶんぶんと腕を振り回し、すたすたと歩いているツバキさんもヘリの中では時折体を解していた。長時間ヘリの中、っていうのはやっぱり……疲れてしょうがない……

 

「えっと……ここで補給を受けた後で本部まで行くんですよね?」

「そうだ。本部にいる間に欧州は全て回るからな。準備はしておけ。」

「はい。」

 

北米支部。極東ほどではないにしろ、激戦区として名を馳せる地域の一つ。ブレンダンさんの出身地が近いって話だ。

 

《しっかし長かったねえ。あのヘリもっと速く飛ばないの?》

【まあ種別としては護送用ヘリに近いし……】

《にしたってさあ……》

【……うん。遅い。】

 

イザナミも不満が爆発しているようだ。もともとのんびり屋なだけあって、うるさくはないのがせめてもの救いだろう。

 

「極東支部所属、雨宮ツバキ。並びに雨宮リンドウ、神楽・シックザール、到着した。燃料等の補給を頼む。」

 

テキパキと事務員に報告を済ませるツバキさん。その間、私とリンドウさんはヘリの外でこの後の行程を確認するわけだが……

 

「相変わらずこういう時は早えなあ……」

「リンドウさんはああいうの後回しにし過ぎですよ。……っていうか、今はとりあえず本部に着いてからの行動とか確認しないと。」

「……すまん。」

 

アナグラにいると名前で呼び合っていたから実感が湧かなかったけど、私って神楽・シックザールなんだなあ……

 

《前の苗字が懐かしい?》

【……少しはね。】

 

慣れ親しんできたものがなくなっていく。そうやって次に進んでいくんだろうって、最近は思うようになった。過去に捕らわれずに生きるとか……よく分からないけど、それに近いのだろうか?

……にしても神楽・シックザールって……ちょっと語呂が悪いような気がする……

 

「本部に着き次第、ひとまずアラガミの掃討から始める。初めは本部から半径五キロの範囲だ。その後は欧州北部から時計回りに進み、最後はグラスゴー支部へ。そっからは俺らの仕事に専念する。」

 

現在、本部周辺ではこの二年間で急速に増加したハンニバルと呼ばれるアラガミが数多く出現している。今のところ、そのハンニバルとの交戦経験がもっとも多いのが私達なのだ。この辺りの神機使いへのレクチャーも兼ねて戦うことにはなるだろう。

 

「ま、とにかく早めに終わらせようや。」

「……早めって……」

 

……果たしてこのテンションのリンドウさんが真面目にやるかどうか、ってところに問題があるけど……

 

   *

 

神楽達が北米支部に着く半日前。

 

「いや、助かりましたよ。護衛も全員やられちゃいまして。」

「あ、いえ。私達こそ……」

 

ちょっとばかりテンションの高い女性が運転する車に乗っていた。

……話はすごく単純。ヘリがシユウの変種らしきアラガミに墜とされたのだ。ついでにヘリに積んでおいたアイテムは全損。神機を持って飛び降りられたのがすでに幸運だ。

でまあどうしたものかってなっているところに銃声が聞こえ……

 

「ところで、あんなところで何してたんです?迷子とか?」

「……ま、まあ……そんな感じです……」

 

とにかく駆けつけてみたら、この異常に賑やかなサツキがただの銃でオウガテイルと戦っているのを見つけた、と。

そのまま彼女の車に乗せてもらっているのだが……なんで外でフェンリルマークの付いた車が走ってるわけ?

 

「あ、もしかしてあの爆発してたヘリにでも乗ってたとかですか。」

「はい……」

 

……っていうかこの人……明らかに……

 

「ちょっ……それマジで笑えるんですけど……って思ってる?」

「バレました?」

「そりゃあそうあからさまだとね。」

 

……完全に楽しんでいる人の表情だ。たぶん悪い人ではないけど。

と、そんな話をしていると……上からいくつか機械が降ってきた。

 

「っと……」

「ぐっ……」

 

……真横を通り抜けた無線機。前にいるソーマに至っては脳天を直撃している。

 

「そ、ソーマ……大丈夫ですか?」

 

声をかけられたソーマは……悶絶中。

 

「ねえアリサ……席、換わらない?」

「……遠慮しておきます。」

 

外は山道だし……まだまだこの機械の雨は続くことだろう。できればもう少し落ち着いて走ってほしいものだが……

 

「あれ?あの雲……」

 

窓の外に広がり始めた赤い雲。アリサは特に何も感じていないようだが、私には……いや、おそらくソーマにも……それが異質なものであると理解できた。

……同時に自分と同じ様なものだとも。

 

「赤乱雲ですね。もうちょっと急ぎますか。」

「積乱雲?」

「……」

 

何にしてもあの雲が降らせる雨は普通じゃない。それだけは確かだ。

……とすると……うん。今見回っておかないと。

 

「……ちょっとこの辺を見回ってくるよ。サツキ、車止めてくれる?」

「いやいや。ダメですって。あの雲見ました?」

「見たよ?だから行くの。」

 

さっきのアラガミがどんな奴か……それだけは確かめておかないと、“先”が分からない。

 

「あの雨が降り出したら、私とソーマ以外は外に出られないと思うから。」

「いやだから……」

 

サツキが何か言おうとしたのをソーマが遮った。たぶん私の考えが分かったんだろう。

 

「俺らがどこに行くか分かってんのか?」

「ソーマを探せばいいんじゃない?」

「……それもそうだな。」

 

偏食場なら距離があっても問題ない。ましてやソーマや神楽の偏食場は普通のアラガミの比ではないのだ。車で動ける程度だったら……ロストするはずもない。

 

「……分かりましたよ渚さん。もう勝手にしてください。」

 

サツキのため息と共に車が止まった。……こちらを軽く振り向きながら手をひらひらと振りつつのため息だけど。ほんと、勝手にしてくれってことらしい。

 

「ん。じゃあ行ってくる。」

 

これ以上会話していてもどうしようもなさそうだし、さっさとドアを開けて車を降りる。雨に濡れても問題はないだろうけど……あまり気持ちのいいものでもないだろう。

 

「……絶対に雨には濡れないでくださいよ!」

 

サツキの言葉が背に届いた。……濡れないでって言われても……あのアラガミを見つけて、ついでにあの雲の正体も突き止めて、ってところまではやらないと。

……中身のない了解の意を示しつつ、森の方へと歩いていった。

 

   *

 

渚が降りてから十数分。

 

「見えましたよ。」

 

森と崖に挟まれ、恐ろしいほどに曲がりくねった道を抜けた。……いったい何度機材が降ってきたのか……数えるのも腹が立つ。

 

「女神の森……ネモス・ディアナです。」

 

窓の外に見えたのはドーム状の建造物。大きさだけで考えれば小さめのハイヴほどにはなるだろう。

……だが、フェンリルのハイヴにドーム状の建造物はない。

 

「……フェンリルの施設じゃねえな。」

「えっ?」

「ご名答。ほぼ自治区ですよ。」

 

おそらくは極東支部や近隣のハイヴへ収容しきれなくなった人々の集団が住んでいる……というより、寄り集まって造り上げた場所、と言ったところか。

 

「シックザール支部長が再任してしばらくした頃に発見されましたけどねー。ま、極秘事項にはしてくれるみたいだから良いですけど。」

「援助は?」

「建築資材とオラクルリソースのみ、ですね。頑張っても手に入らないものと向こうの余り物をもらってるわけでして。無償でくれてるのがありがたいっちゃありがたい……」

 

若干引っかかる言い方。それについて聞く前にアリサが口を開いた。

 

「ありがたいと言えば……ですか?」

「そりゃそうですよー。援助してもらってるってことはいつでもアナグラに懐柔される可能性があるし、何よりフェンリルには所属してないから神機使いまでは配備されないし。エイジス島からオラクル資源をくすねてるのがバレてるのを考えたら、逆に良いんでしょうけど。」

 

そうこうしている内に入り口らしき場所までたどり着いた。番兵が二人。銃しか持っていない状況でどうするのか、と聞きたいのはひとまず堪える。

 

「じゃ、行ってくるんで。車の中で待っててくださいね。」

 

意気揚々と降りるサツキ。ドアが閉まってからアリサが尋ねてくる。

 

「あの……ここってどういう場所なんですか?」

「……推測だが、極東支部から追い出された人の集落だろう。珍しい話じゃねえ。」

「……珍しくない……って……何とか出来ないんですか?」

「そのための作戦がこれだろ。」

 

……何にしてもここの上層部には見つからない方が良いかもしれない。さっきのサツキの言い方からすると、神機使いはかなり煙たがられるはずだ。

 

「お待たせしましたっと。さっさと入りますか。」

 

前触れもなく運転席のドアが開き、先ほどのテンションのままのサツキが戻ってきた。少し遅れてゲートが開き出す。

……っつーよりも渚のやろう……どっから入るかまで考えてたか?

 

   *

 

「……なるほど……サツキが雨に濡れるなって言ってたのはこのせいなんだ……」

 

降り出した雨に濡らした皮膚。……その部分が雨水を捕喰していた。さっきから服が濡れないのもそれが原因だろう。偏食因子で織っているんだから当然だ。

この赤い雨がオラクル細胞を含んでいるのか、あるいはオラクル細胞が雨になっているのか。どっちなのかははっきりしないけど、この雨の中で動けるのは……オラクル細胞で構成される生物……私と神楽とソーマ、それにアラガミだけだろう。偏食傾向が分からないけど、周りの植物が捕喰されないのを見る限りでは……最低でも動物が対象とされたものではあるようだ。

その雨の中で悠々とザイゴートを喰らっている数体のシユウの変種。アラガミに影響がないのは間違いないらしい。

通常のシユウと比べて色が濃く、背に触手のようなものが見受けられる。それがいったいどういうものなのかは分からないけど……

 

「!」

 

頭上から唐突に感じられた何かの気配が背筋を凍らせる。ついさっきまでは全く感じなかったそれがどうしようもなく恐ろしいものに思えた。

 

「……」

 

私が隠れている岩の上の方にでもいるのだろうか。出っ張った部分があるおかげで、気付かれてはいないらしい。

……そしてまた唐突に……シユウの断絶魔が響いた。

 

「えっ!?」

 

殺気も音も微塵もなかった。ただただ突然の断絶魔が再度背筋を凍らせる。

……“私”が感じた、六年ぶりの恐怖だった。




書いてて思ったんですけど…
神楽・シックザールって想像以上に語呂悪いですね…


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邂逅

…ネモス・ディアナと神楽達の方…行き来しているうちに時間軸ずれそう…


 

邂逅

 

《……めんどい。》

【初っぱなからこれはないよね……】

 

本部到着から30分。……近くの廃ビル群にて第一回目の戦闘である。

 

《普通いくらかは掃討しておくもんじゃないの!?本部から人が来た時なんて一日中走り回って潰したよね!?》

【ま、まあまあ……】

《あーもう!本気出そう本気!手伝うから!》

【……それもっと疲れない?】

《うぐっ……》

 

……イザナミが精神体で本当によかった。これで普通に外で生きていたら……たぶん本部長が今日殉職することになるだろうし……うん。本当によかった。

と言っても、いくら喜怒哀楽が若干激しい方の彼女だってただアラガミを掃討する羽目になっただけでここまで怒りはしない。問題はもう少し別のところだ。

 

「さて。じゃあ作戦説明から入ろうか。」

「はい!」

「了解です!」

 

……本部単位での中堅とベテランが一人ずつ。極東支部の基準だと……今回が二回目か三回目の戦闘になるド素人と、とりあえず大型を任されるようになってきた新人脱出頃のコンビだ。それで階級が少尉と中尉なんだから恐ろしい。

ちなみに極東支部でのその階級はタツミさんやジーナさんクラス。一応補足するなら、ツバキさんが中佐、リンドウさんがこの間の昇進で大尉、私は独立部隊の隊長になることが決まったときに少佐へ昇格してしまった。ちなみにソーマも少佐である。

で、アリサとコウタが中尉になって……渚も少尉への昇格が決定。と考えると……

少尉=禁忌種を一人で倒せて五体以上のアラガミを同時に相手に出来る人……かな?

その階級を持っているのに大型二体以上を同時に相手にしたことすらない(本部長談)って……

 

《こいつらってハンニバルと戦えるの?》

【本部長にこの人達と戦ってくれって言われちゃってるんだよ……】

《……翼の準備は?》

【……よろしくお願いいたします。】

《了解でございます。》

 

……そりゃあ……腹も立つよね……

 

「……というわけだけど、何か質問は?」

「ありません。」

「大丈夫です。」

 

本当に大丈夫なのかって聞きたくなるのを必死で押さえ……

 

「作戦開始!」

 

   *

 

……悪寒の元凶。たった一体の人型アラガミ。

大きさとしては……成人男性の二倍ほどの身長がありそうだ。……形状のベースは完璧に女性だが。

肘から下が丸ごと刃になったような腕。ほぼ空中に浮いているからか、足も膝から下はスパイク状だ。

人で言えば骨盤に当たる位置から、前部分を空ける形で放射状に延びるスカートのような部位。同じ形状のものが両肩を覆うように生えている。

肩胛骨から腰までを基点に斜辺を下にして出っ張った三角形。そっちはそっちでどうやらブースターに近いものが形成されているらしい。

頭は楕円形のヘルメットを被ったような形をし、外から見えるのは口と鼻のみ。後ろにたなびく髪がそれをいっそう際立たせる。

それら全てが、赤く不透明なクリスタルのようなもので形作られていた。

……間違いなく初めて見るアラガミだ。なのに……

……それが何なのか、どこかで知っている気がする。そして忘れてはいけない、とも。

 

「っ!気付かれた!?」

 

そのアラガミが、シユウの変種を襲うのを止めた。残っていた個体は散り散りに逃げ出していく。

急いで岩陰に引っ込み、気配だけで位置を確かめようとし……

 

「!」

 

……目の前に立たれたことに、遅すぎるにも程があるほど遅く気付いた。

 

「くっ!」

 

右手に神機を形成しつつ岩とアラガミとの隙間をすり抜ける。ちょっとばかり恨めしく思う小柄な体ではあるけど、こういう時には頗る便利だ。

三メートルほど距離を取って一気に振り向く。こちらを振り向くようにして立っている姿がすでに恐ろしいほどに、このアラガミが発する気配は異常だった。

 

「……」

 

その状態のまま十秒。アラガミはやはり唐突に行動を起こした。

……手の刃と足のスパイクを、人のそれとほぼ同じ形状へと変化させたのだ。

 

「……っ!」

 

それを確認してからいったい何秒経ったと言うのか……何も分からぬままに、アラガミに捕まえられていた。

……無理だ。直感的に、それ以上に瞬間的にそう感じた。

 

「?」

 

だがいつまで経っても私を捕喰する気配がない。それどころか優しく抱きしめてすらいる。……恐怖とは違う別の感情が湧き出るほどに。

 

《ーーー》

 

落ち着いてくると同時に徐々に聞こえ始めた音。言葉だと気付くのには少し時間が必要だった。

 

《……元気そうで……よかった……》

「……えっ……」

 

……初めの感覚が確信に変わった。私は、絶対にこのアラガミを……彼女を知っていた。アラガミになる前のどこかで。

 

《……そう……そんなことが……やっぱりあの子……》

 

とても懐かしい……でも同時に、張り裂けそうな程に辛い……そんな感情。

 

《……あの子に会ったら……助けてあげてね……》

 

あの子……?

 

《……もう行かなくちゃ……どこかでまた……会えると嬉しいな……》

 

抱きしめる腕に力がこもった。何があっても離したくないと言うかのような、緩やかで力強い抱擁。ずっと強ばっていた筋肉が弛緩し、彼女の腕に身を任せる。

 

《……愛してる……》

 

……そして、また気付かぬ間にいなくなった。日が差し始めた中、残ったのは抱きしめていた腕の感触と……

 

「……何で……泣いてるの……?」

 

ぽたぽたとこぼれ落ちる涙だけだった。

 

   *

 

「……こっから南西10キロ地点での反応の確認……その後北へ13キロの地点でも同様に確認……他六回か。けっこう多いな。」

「どれもかなりの時間をおいての観測結果だ。確認時間同士の間は、完全にセンサー外へ出ていたものと推測されている。」

 

原始的なアラガミの反応……俺達がここまで来た理由がそれだ。博士の話では、限りなく純粋なオラクル細胞によって構成されたアラガミである可能性が高いらしい。

でまあそいつの反応記録を追っているわけなんだが……本部が所有するセンサーの感度は10キロから15キロ。これまでのところは端の方をうろうろしている程度だろう。

 

「まだこれしか資料がないからな。あまりこちらから動くというわけにもいかないが……」

「探すってのは?」

「ここや他の支部を使う条件にアラガミの掃討が挙げられている。それが終わらんと何も出来んさ。」

 

……面倒な条件だ。これが政治の世界とか言うやつなんだろうか。

 

「……ただいまです……」

 

そんなどうしようもない話が終わったところに神楽が戻ってきた。やけに疲れた表情をしているが……

 

「……あの……ここってこれまでどうやって保ってたんですか?」

 

明らかにもう嫌だ、といった様子で聞いてきた。……何となく察しが付いちまうのが恐ろしい。

 

「……気にしたら負けだ。」

「……うう……」

 

……どうやら長丁場になりそうだ。サクヤに連絡くらいはしないとな。

 

   *

 

ドアのノックの音が響いた。

 

「あ、私出てきますね。」

「おお。悪いな。」

 

サツキに案内されたのは、中心地からはかなり離れた場所にある一軒の民家だった。

住人は一人。芦原八雲とか言うらしいが……まあ、ジジイだ。

 

「……そういやあんたら。赤い雨には降られなかったのか?」

「赤い雨?あの妙に赤い雲のことか?」

 

軍が存在していた頃、ゲンとは同期だったらしい。……間違いなく極東支部を追い出された一人だ。

 

「降られちゃいねえのか。いや、なんせあの雨に当たったやつが流行り病にかかっててな。それで死んだのも出てきてる。」

「流行り病?」

「初めはただの風邪みたいなんだが、だんだんひどくなってってな。熱は出るわ咳は出るわ血い吐くわ……なんでも、末期には体に蜘蛛に似た形の痣が出るんだとよ。それが出たら……今んところは助かったやつはいねえって話だ。」

「……なるほどな。」

 

アナグラにはまだあの雨は降っていない。……つっても、時間の問題だろう。雲を止めておくような技術なんざどこにもねえ。

 

「ああそれと……」

「何だ?」

「とりあえず、ここの行政府には見つかんないようにしとけよ?あいつらかなり根に持つ奴らばっかりだからな。」

 

ここに来るまでにも何度か住民に行き会っている。大半は物珍しそうに見つつ離れていくだけだったが、中には明らかな敵意を込めた目線が感じられた。援助を受けていることは知っていても過去に自分達を追い出した事実は変わらない。彼らの意識はその辺りにあるんだろう。

……その代表格が行政府だとしても……おかしくはない。

 

「……ところで……ここの防衛はどうやってんだ?ただの銃でアラガミに対抗してるわけじゃねえんだろ?」

「ま、そりゃな……?」

 

けたたましい足音の後、リビングのドアが勢いよく開かれた。

 

「……ずいぶん騒々しい客だな。」

 

入ってきたのはアリサを後ろ手に拘束した四十代後半と思しき男。服装を見る限りではここでの権力者の一人なんだろう。後ろには銃を持った兵士らしきやつらが数名待機している。

……にしても……拘束されてんだったらもう少し辛そうな表情をしたらどうなんだか……

 

「君達が来なければうるさくはならなかったが?」

「……その辺はアラガミにでも言ってくれ。」

 

神機はひとまず隠してあるが……あまり長くなると見つかりそうだ。とっとと話を終わらせた方がいいだろう。

 

「で、何の用だ?食事会への招待ってわけでもなさそうだが。」

「分からないか?ソーマ・シックザール君?」

「……」

 

俺のことを知っている……となると、元極東支部在住どころじゃなさそうだな。アナグラで働いていたと考えて良いかもしれない。

 

「……拘束しろ。」

「はっ!」

 

命令を受けた兵士が俺の後ろへ回り、ごくごく普通の縄で腕を縛ってきた。……正直こんなものは楽に引きちぎれるが……まあまだ穏便にいこう。

 

「那智よお……別にそいつらが追い出したわけじゃねえだろうよ。捕まえる必要はねえと思うがね。」

 

八雲が口を開いたのは、ちょうど俺が部屋を出る直前だった。那智と呼ばれた、指導者らしき人物が立ち止まったのを受けて俺を囲んでいた兵士も立ち止まる。

 

「……フン……ああ、気にしなくていい。連れて行け。」

 

……どこかで昔の自分を那智に重ねていた。……何でだかな……

 

「すみません……」

「別にお前が謝るようなことじゃねえさ。人相手に本気で、ってのはさすがにアウトだからな。」

「あ、いえ……すぐに戻って伝えた方がよかったな、と……」

「……否定はしねえ。」

 

アリサと共に外に出され、とりあえずは次に何をするべきかを考えつつ言葉を交わす。……実際、すぐに伝えに来てくれるのが一番ありがたかったが……そういう機転がすぐに利くような状況でもない。

 

「……渚のやつ……どこまで行ってやがる……」

「もしかして中に入れないんでしょうか……」

「有り得るな。……まあ、どっかから忍び込んでくるだろうさ。」

 

……今来てくれると助かる、と言いたいのを留めつつ……実際どこにいるかを探ってみる。

神楽ほどの自由度はないが、偏食場の探索程度なら好きに出来るようになった。……というより、俺の体が何ともない限界がそこらしい。あの日と同じところまでアラガミの能力を使った瞬間ぶっ倒れたのは……今となっては忘れ去りたい思いでだ。

その偏食場の探索は、渚以外のそれを感じ取った。

 

「っ!」

「えっ?そ、ソーマ?」

 

……外壁が、抜かれた。




場面は違うのに話は続きもの、って回…これまで全然なかったような気がする…まあいいか。


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ラストです。…それにしても本当に四月中ギリギリだったなあ…


 

 

本部到着から半日。

 

「もうグラスゴーに行くって……予定も何もないですね……」

 

……予定が大狂いしていた。

最後に行くはずだったグラスゴー支部。その周辺でのハンニバル種出現回数が突然増加したそうだ。

 

「にしてもカリギュラか……厄介だな。」

「変種らしき反応も確認しているそうだ。準備は入念にな。」

「はい。」

 

極東支部での初観測後、各地でその存在が確認され始めたハンニバル種。その種類は現在までに確認されたもので二種類。

一種類目は今現在通常種と呼ばれている、体色が全体的に白い種類。左腕の籠手や背中の逆鱗と呼ばれる部位、右手に炎の槍を作り出すなど、特徴の多いアラガミだ。

二種類目は腕から大型のブレードを形成するものだ。背中にはブースターがあり、高速の滑空を行うことで知られている。こちらはカリギュラという名称が別途付けられた。体色は青。

初観測から間もない頃は、再生するコアを持っていたことから“不死のアラガミ”と呼ばれていたが……私と渚はごくごく普通に討伐することが出来ていた。博士曰く、オラクル細胞が人の細胞と交わったことで起こった進化でどうのこうの……まあとりあえずは、私達の神機から採取した偏食因子と幾度か回収されたハンニバルのコアとで、通常の神機も対応できるようになったわけだ。

……にしてもこの体……意外なところで役に立ったものだ。

 

《変種ねえ……》

【どうかしたの?】

《まさかそれ相手にあのどうしようもないレベルのが動いてるわけじゃないよね?》

【……考えたくないかも……】

 

……どちらにしろ、ヘリでの移動中にアラガミとはち合わせる可能性も考えた方が良さそうだ。アラガミがいきなり増加した時なんて、どこかがとんでもないことになるに決まっている。

 

【……ソーマの方、大丈夫かな?】

《大丈夫でしょ。落ち着いたら連絡したら?》

【うん。そうする。】

 

二十歳にもなっていちいち心配するのもどうかとは思うけど……

……なぜか胸騒ぎがしていた。これから何かが起こる、と。

 

   *

 

「先に行ってくれ!神機も頼む!」

「はい!」

 

手を縛っていた縄を引きちぎり、周りの兵士を間髪入れずに昏倒させる。倒れていく兵士の隙間を縫ってアリサが走っていった。

 

「貴様!何をしている!」

 

中から出てきた那智が罵声を発するが、生憎こっちにはその程度で止まる気など毛頭ない。

 

「ここには神機使いはいねえんだろ?」

「だからと言って貴様らが動くところではない!」

「……住民を殺す気か?」

 

今どちらが得策かなんざ分かり切っているはずだ。そういう意味を込めて告げた。

……が……

 

「勝手に捨てておきながら今更何を言っている!」

 

恨み……周りなど見えず、その対象へ最大限の意趣返しをすることを生き甲斐にまでする。そんな感情だ。

……そしてそれに身を焼いている間は、何一つ先へは進めない。

 

「……あんたも逃げろ。ここまで来てもおかしくねえ。」

「なっ……!」

 

と、遅れて中から出てきた兵士が彼を説得にかかった。

 

「総統!ここは危険です!」

「……分かっている。」

 

憎しみを込めた目のまま去っていった那智。……自分を重ねていた理由が、若干分かったように思えていた。

 

   *

 

その少し前。

 

「……これは何とも……」

 

天辺までアラガミ装甲に囲まれた中にどうにかして入る……そんな難題に直面していた。

一番初めに試したのは……そのまま入ること。外見上14歳頃のままだし行けるかなー……なんて思ったりしたんだけど……まさか通行許可証が必要だとは……いやまあ考えてなかった訳じゃなかったけど……外にいる見た目はごくごく普通の幼気な少女くらいは入れてくれたっていいじゃないか。……ペッタンコだけど……

 

「……はあ……」

 

二人と話していれば少しは気も紛れるんだろうけど……

思い出さないといけないことのようで……でも思い出すのが辛いことにも感じられて。考えているだけでもどかしい。

 

「……?」

 

視界の端に何かが映った。どうやら何かが飛んでいるようだが……

 

「……まさかあのシユウ?」

 

勘弁してほしいんだけど。なんて考えている場合でもない。シユウ二体の周りにはザイゴートも多数……となると、ここで抑え切るのは厳しいだろう。地上にまでアラガミが来たりなんかしたら……

 

「よし。」

 

この際だから混乱に乗じて中に入ろう。アラガミは中に入ってからでも倒せるし、何よりソーマ達もいるんだ。ひとまず数を減らしておけば問題はあるまい。

 

「……ちょっと憂さ晴らしに付き合ってもらうから。」

 

   *

 

……ザイゴートが三体。オウガテイルが三体。ヴァジュラが二体。それから外壁の上にあのシユウの変種が一体……その後ろの外壁が壊れているのを見る限り、さっきの爆発音はそこの破壊時のものだろう。

 

「悪い!待たせた!」

「遅いです!」

 

戦闘開始から二分程経ってのソーマの到着。まあ……遅れたは遅れたけど、彼がいるだけでずいぶん違うんだから別にいいかな。

 

「ヴァジュラは俺が抑える!周りのを何とかしてくれ!」

「はい!」

 

……言い切る頃には実践しているのを半ば恐ろしく思いつつ、狙いを小型のみに絞る。

近くにいたオウガテイルの首を斬り落とし、返す刀で上のザイゴートを両断。後ろに下がりつつ横を通り抜けた二体のオウガテイルを神機を一周させるようにして斬り伏せ、銃に切り替えてから残りのザイゴートを片付ける。

……それにしても……なんでこれだけのアラガミが来てるのに外からまた入ってくる様子がないんだろう……

 

「……後はあいつか。」

 

ソーマもソーマでヴァジュラを始末していた。その目はすでに外壁の上のシユウへと向けられている。

 

「ここを頼む。どうせまだいるだろ。」

「はい。」

 

シユウの背に波打つ触手。異常なほどの存在感を持つそれを、なぜか触れてはいけないもののように思っていた。

 

   *

 

「……ふむ。」

 

屍がざっと12体……少し離れたところにはシユウの変種がさらに数体、と。

 

「大丈夫かな?あいつが本気出したら……」

 

外壁の穴からも見えるシユウの変種。通常種どころか、おそらくはセクメトよりも面倒な相手だ。特にアリサにとっては……たぶんだけど、戦えない相手になる。

 

「……あ、そういえばあそこから入れるかな?」

 

……まあその心配以上に、私にとってはここの中に入れるかが問題なわけだけど。

 

   *

 

外壁の方へ走っていくソーマ。それに気付いたシユウがついに動いた。

 

「っ!?」

「何だ!?」

 

……奇声と呼べるほどの咆哮。耳をつんざくその声が響いた直後、神機を持ち上げられなくなった。

 

「……?」

 

通常、接続状態にある神機からの重量は実際のそれよりも遙かに軽いものになる。接続が切れていることは、即ちそれ本来の重量を持ってそこに存在し、神機使いと言えどもろくに振ることすら叶わないことを意味するのだ。

……私の神機の現状が、それだった。

 

「えっ……?」

 

いつも自分の腕に答えてくれていた相棒が、今は行動の邪魔者として腕にぶら下がっていた。……意味が分からない。なぜ、どうして、と……ただただ短い疑問文だけが頭の中を駆けめぐる。

 

「おい!さっさと避けろ!」

 

ソーマの声で我に返る。上げた目に映るのは、ごくごく普通に神機を扱っているソーマと、私に狙いを定めて滑空してきているシユウ。……距離、五メートル。

 

「あ……」

 

非常にゆっくりと流れていく時間の中、とにかく次の行動を考えた。神機を持って避ける?間に合わない。神機を捨てて避ける?間に合わない。神機を無理矢理動かす?出来るとは思えない。スタングレネードでも投げる?……いや。そんなものはヘリが墜ちたときに全部オシャカになっている。

……この際だから拳でも振り抜いてみようか。そんなことを本気で考えたときだった。

 

「伏せて!」

 

……シユウが吹き飛び、頭の上すれすれを細い何かが通り抜ける。続いて小さな足音が聞こえた。

 

「……ふう……無事?」

 

手を差し出している渚。……その体が返り血に染まっているのは……もしかして外で戦っていたからなのだろうか?

 

「すみません……助かりました。」

「神機は?」

 

言われて初めて、まともに動かせるようになっていることに気付く。……あのシユウが原因だった、ということなのだろうけど……

 

「ソーマ!まだ来るよ!」

「……チッ……」

 

あのシユウが吠えた直後も普通に動いていたソーマ。全く影響を受けず、私を助けてくれた渚。

……私だけ、動けなかった。

 

「アリサはひとまず下がって。あいつらは私達でやるから。」

 

穴から飛び込んできた三体のシユウ。全部変種だ。

その中の一体がさっきと全く同じ咆哮を発し、神機が動かせなくなった。

 

「ソーマ!二体お願い!」

「ああ!」

 

どうしようもなく……もどかしい。

 

「……私だけ……役立たずじゃないですか……!」

 

……柄をどれほど強く握りしめても、神機は動かない。いつも自分の手足のように思っていた切っ先は、その剣閃を見せることはない。

気が付けば……シユウは二体にまで減っていた。

 

「っ!」

 

突然外壁の下部分が打ち破られる。またアラガミが来たのか、と思いきや、入ってきたのはロボットのような人型の機械。手には板のようなものを持っている。持ち手があるのを考えると、おそらくは何らかの武器なのだろう。

 

「……何……」

 

そのロボットが残っている二体のシユウの内のソーマが相手をしている方へ飛びかかる。一足で二メートル。それもロボットとは思えないなめらかさで、だ。

そのままの速度で武器らしき板を振り抜き、シユウの翼を叩き折る。

 

「……味方か?」

 

逃げるシユウを追いつめ、板を突き刺すようにして頭を叩き割った。知能があるのかと思うほどに素早く、かつ無駄のない動き……熟練の神機使いでもここまで鮮やかにはなかなかいかないだろう。

ソーマもその間に渚と合流し、最後のシユウを潰していた。

 

「大丈夫か?」

「……はい……」

 

……ものの一分足らず。私が動けないでいる間に、アラガミは全部倒された。

 

「ソーマ!まだ終わってない!」

「あ?」

 

渚の声に反応して振り向いたソーマ。その彼が吹き飛ばされ、先にあった民家の壁を破壊しつつ中へ入る。

 

「ぐっ……」

 

彼の代わりに目の前に現れたロボット。横薙に振られたのであろう板は私の頭すれすれで止まっていた。

 

「……やってくれたな……」

 

ソーマが動いたのを見るや彼の方へと歩き出す。

……その背中に付いた丸い発光体の中で、フェンリルのマークが朧気に映っていた。

 

「……フン……」

 

今度はソーマから動いた。ついさっき自分が通った穴を潜り抜け、片手で神機を振るう。

ロボットの方もそれに反応し、鈍い音を立てつつ鍔迫り合いへ。が、すぐにソーマが押し負ける。

一瞬だけ離れ、今度は下段から胴を狙って振り上げる。再度阻まれるが、鍔迫り合いには持ち込まずに剣戟の応酬が開始された。

上段からの振り下ろしを弾き、剣の腹で頭を狙う。その刃の付け根を抑えつつ横から薙払うように大きく仕掛け、その切っ先も石突きで地面へ落とされた。

どちらがどちらとも分からない刀のやり取り。それが三十合は続いた頃だった。

 

「……止まった?」

 

二人とも刀を振り上げたまま、一瞬だけ硬直した。すぐにソーマだけは特に何でもないように動き始め、間違いなく悪役であるとすら思うほどの笑みを浮かべる。

 

「ハッ……燃料切れか。」

 

……どうやら最初の不意打ちがかなり頭に来ているらしい。やっと叩き壊せるとばかりに、両手で思いっきり薙払う体制へ入ったところからも明らかだ。

が……

 

「ソーマ。待って。」

「あ?」

 

その彼を渚が止める。彼女の言葉から一呼吸おいて、先ほどロボットが空けた穴から一台のトラックが見え始めた。

……フェンリル本部のロゴ入りだ。

 

「……戻ろう。あれは味方じゃない。」

 

かなり不吉な発言に、私もソーマも従う他なかった。




…いつもより少しキリが悪いかもしれませんが…この後まで書いてると七話投稿とか普通にありそうなんで勘弁してください…
にしてもアプデ…来ませんね…昨日は何箇所かのスレが埋まったみたいですけど…
…製作陣ちゃんと生きてるかな?
きたらその日中にサバイバル99をクリアしようかと思っているんですが…
ま、まあとりあえず、次回もよろしくお願いします。


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依り代

…予想以上に時間がかかった…なぜだ…
あ、どうもどうも。お久しぶりです。やっと出せるところまで書けました。
何が問題って渚視点が書きにくいから(ただの言い訳ですお待たせして本当に申し訳ございません)


 

依り代

 

グラスゴー支部に着いてからしばらく経った頃、私の端末へ無線が入った。ちなみにイザナミは睡眠中である。……最近寝てばっかりなのは気にしない。

 

「神楽です。」

「俺だ。今いいか?」

「あ、ソーマ?うん。大丈夫。」

 

スピーカーから聞こえたのは数日ぶりとなるソーマの声。私自身気付かぬ内に声が弾む。

 

「今グラスゴー支部にいるんだ。予定は大狂いだけど。そっちは?」

 

……まあ大狂いと言っても……本部の時みたいに着いた途端任務、なんてことにはなっていないんだから良しとしよう。小部屋も借りられてるし。

グラスゴー支部の神機使いは三人。アラガミの出現数こそ少ないものの、比較的強い個体が出現しやすい地域にあるこの支部を三人で保たせていると聞いた時は目を丸くした。今は三人とも任務に出ているそうだ。

 

「……最悪だ。」

「……ええと?それはつまり?」

 

彼が最悪とまで言うとなると……予定も何もない、ってことなのだろうか。

 

「出て早々にヘリが墜とされた。巡り巡って独立ハイヴの中だ。」

「独立ハイヴ?」

「ああ。極東支部から追い出された奴らが防壁まで組み上げて住んでるらしい。一応親父には知られてるみてえだが……」

「極秘事項にでもなってるの?」

「そうらしい。さすがに現状はコウタに知らせたが。」

 

追い出された人が寄り集まって住み始めることは珍しい話ではないと聞いたことはある。と言っても、今の状況で防壁も神機使いもなしの場所で生き抜くことはほぼ不可能だ。よって……それらは発見される前に壊滅する結果となる。

彼のいるハイヴはそうした集落の貴重な例と言ったところだろうか。しかも防壁まで持っているとなったら、貴重な例どころではない。

……博士が知ったら喜び勇んで乗り込んでいくんだろうなあ……

 

「……でもそこの防衛って……神機使いは派遣されてないよね?」

「ああ。派遣された覚えもねえ。」

 

……追い出された時点で神機使いには頼らない、って決めているのかもしれないなあ……そう、自分の過去を思い出しつつ思った。

……もしあの時神機使いが来るのが一秒でも早かったとしたら、もしかしたらみんな助かったんじゃないか……そんな風に考えたことがないなんて、口が裂けても言えないから。

 

「昼にアラガミが来てな。とりあえず対処はしたんだが……」

「うん。」

「……途中で妙に動きのいい人型の機械に乱入された。」

 

はっきり言って意味が分からない。アラガミと変な機械と、一体どこに関係があるのだろう。

 

「……まさかその機械がアラガミを倒したの?」

「ああ。」

「……ほんとに?」

「……実際に見ておいて何だが……俺もわけが分からねえ。分かってんのはそれが本部の研究の一環だってことだけだ。それの後に来たトラックに本部のロゴが入ってやがった。」

 

本部の研究……とすると、本部の中の誰かも彼がいる独立ハイヴの存在を知っているのだろう。下手したら本部そのものは知らないかもしれない。でなければそのハイヴでの運用は難しいだろう。

 

「とりあえずそいつに会ったら気を付けろ。お前は攻撃されるかもしれねえからな。」

「……えっと?」

「俺が攻撃された。」

「……アラガミにオートで攻撃してるのかな?」

「分からん。」

 

間髪入れずに聞こえたため息が彼の言葉をいっそう重くする。それなりに強い相手だったみたいだ。

と、話が一区切り付いたところで扉がノックされた。続いてリンドウさんの声がインターホン越しに響く。

 

「神楽。ここのが戻って来たっつーから挨拶行くぞ。」

「あ、分かりました。」

 

まあ……恒例行事、と言ったところだろう。他の支部へ行ったときの礼儀だ。

 

「ごねんね。ちょっと行ってくる。」

「ああ。お休み。」

「お休み。また今度ね。」

 

後ろ髪を引かれつつ、通信終了のボタンを押した。

 

   *

 

サツキのトラックの外で二人の無線を聞くでもなく聞きつつ……どう考えても意識がどこかに飛んでいるアリサに声をかけた。

 

「……アリサ……」

「……」

「ねえアリサ。」

「ふえっ!?」

 

……やっと反応したか……

 

「……あ、渚……」

「……大丈夫?ずっと元気ないけど。」

 

まあ大方、さっき戦えなかったのが不甲斐ないとか……そんなところだろう。彼女はそういう人だ。

 

「……大丈夫です。」

「どこが……端から見ても完全に沈んでる。」

「……」

 

そうやって自分への責任をしっかり考えられること……それはすごく良いことだ。自分を卑下できる人はそういないから。

でも彼女はそれを考え過ぎている。何をどう頑張っても、出来ないことは出来ないことだ。それは出来る人に任せればいい。

……出来ないことをやろうとしても、失敗しか生まない。

 

「……ちょっと外に出ない?この辺ぐるっと回る感じで。」

「……はい……」

 

了承はしたものの動きが重い。……そんなに思い詰めてもどうしようもないのに……

 

「林の中にでも入って涼もうよ。」

 

手を取って少しだけ引っ張るように林の中に入る。ハイヴの中だというのにこれほどの植物があるっていうのは……ちょっと羨ましい。

 

「……二人とも……戦えてましたよね……」

「え?」

 

ぼそっと呟いたアリサ。はっきり聞こえなかったわけではないけど、何となく聞き返した。

 

「昼のアラガミ……あのシユウの変種、私何も出来ませんでした。」

「仕方ないよ。あいつは神機を止めてた。」

「でも二人は戦えてたじゃないですか……私だけ役立たずで……」

 

……これはまた重傷だ。どうしたものか……

 

「ソーマだって神機で戦ってるのに……」

「そりゃまあ全く同じオラクル細胞だからね。さすがに動きは悪くなってたけど。」

 

二年前に彼が侵喰した自身の神機。私同様、自らのオラクル細胞と全く同じもので構成されたそれすらもあのアラガミの影響を受けていた。

……もし彼が本気で戦えていたなら、あのロボットが乱入する前に片が付いていただろう。別にあの時“先”を見たわけじゃないけど、そのくらいは容易に察することが出来る。

 

「……二人が羨ましいです……」

 

……彼女としてはなんとはなしの発言だろう。単純に自分だけ戦えなかったことが情けないとか、任せっ切りには出来ないとか。そんな考えの基の発言だとは思う。けど……

 

「私としては、戦えない方が羨ましいけど?」

「えっ?」

「だってほら。」

 

右手を見せる。……腕輪がない、なのに神機を繰る手。それを見た途端にアリサの表情が変わった。

 

「……すみません……」

「いや私は別に良いんだけど……ソーマと神楽の前じゃ言わない方がいいよ。」

「はい……」

 

……まずい。余計に沈ませたかな?

 

「……どうする?そろそろ……?」

 

戻るかと聞こうとしたところで誰かの歌が聞こえた。八雲の家とは逆の方だ。

 

「……行ってみようか。」

「はい。」

 

林の少し奥まった辺り。……というかここまで大きいなら森と言う方が正しいかもしれないが……とりあえず少し奥の方へ進むと、若干開けた場所があった。

……近付いていく内に聞き取れたのはレクイエムの独唱。静かで澄みきった……なのに凛と響く、そんな声。

 

「……」

「……」

 

すぐ近くまで行き着いた。歌っていたのは、温和しそうで、でも芯は強そうな少女……薄手のワンピースに身を包み、長い髪を揺らしながら……先のアラガミの襲撃で亡くなった人々の仮墓地の前で歌っていた。

私もアリサも何も言わずに聞き入る。……どこかもの悲しいながらもまたどこかでは勇気づけてくれるかのような歌声を、邪魔したくはなかった。

……のだが……

 

「あ……」

「……」

 

アリサが枝を踏んづけた。パキッ、と小気味良い音が木々の間に反響していく。

 

「っ!」

 

振り向いた少女。年はアリサと同じくらいだろうか。

端整な顔立ちとすらりと長く延びた四肢……よし。容姿の観察は止めよう。悲しくなる。

 

「あっ……ご、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃ……」

 

アリサが謝罪するも、明らかに警戒したままの少女。あまり人に慣れていないのだろうか。

 

「……聞き入ってたら枝踏んづけたのがいるだけだから。気にしないで。」

「……すみません……」

 

うなだれるアリサを見て少しは気を緩めたようだ。いくぶんか表情が和らぎ、歌っていたときに見せていた落ち着きを取り戻している。

 

「さっき歌ってたのって……鎮魂歌?」

 

当たり障りのない質問をしてみる。……まあ聴いたことのある歌だったし、それがレクイエムだっていうのも知ってはいるけど。

 

「うん……このくらいしか出来ないから……」

「……そっか。」

 

……きっとこれまでもずっと歌ってきたんだろう。おそらくはこれからも。

 

「……神機使いの方……?」

 

言い当てられたのに少し驚く。私を見て分かるはずがないし、アリサの方も右手首まで袖を下ろして……

 

「……アリサ。袖。」

 

……いなかった。

 

「えっ?」

「いやだから袖。隠せてないって。」

「……あ……」

 

急いで手首まですっぽりと覆うがもう遅い。少女の方もやっぱり、と言いたげな顔をしている。

 

「気にしなくていいよ。戦ってくれたって聞いてるから。」

 

言われた途端にアリサの表情が曇る。……向こうは気付いていないようだ。ひとまず遮る方がいいだろう。

 

「……さてと。まあとりあえず、こっちがアリサ。私は渚ね。」

「あ、うん。えっと……ユノです。芦原ユノ。」

 

……芦原?

 

「もしかしてあの那智って人の親戚?」

 

今度はユノの表情が曇る番だった。あまり聞かれたいことではないのかもしれない。

 

「……親戚って言うか……娘なの。だからいつもあの塔から出してもらえなくって。」

 

彼女が指さしたのは中央部に聳える行政府舎。屋根を支えるように立つそこから出してもらえないと言うことは……

 

「……抜け出してきた?」

「そんな感じ。」

 

はにかみながら言うことじゃないと思うんだけど……彼女としては外にいること自体が楽しいのかもしれない。

そのはにかんだ表情のまま、今度は彼女が質問してきた。

 

「そういえばフェンリルのマークが入った車両って見てない?それかサツキって人。」

 

よく知った名前を聞いて面食らい……当人の声を足下から聞き取った。

 

「……チッ……やっぱり安物マイクじゃ音悪いわね……」

 

妙にごつい録音機に繋いだヘッドホンで何かを聞きつつぼそぼそ呟いている……そんなサツキの姿がそこにあった。手にマイクを持っているのが謎だが。

 

「……何やってんの?」

「ん?あー……いやちょっとばかりさっきの歌を録音したんですけどね。どうにも音の拾いが悪くって。」

 

茂みの中からもぞもぞ抜け出しつつ答えるサツキ。その姿を見てユノが笑う。

 

「いくら流したいからってそんなところで……」

「流す?」

 

アリサが聞いた。……少しは楽になってきているんだろうか?

 

「ユノの歌をFCS(フェンリルのメディアチャンネル。この時代唯一の公式放送機関でもある。)の回線をジャックして流すんですよ。本人からは断られてましたけど。」

「じゃあさっきのって……」

「盗撮です。」

 

……ダメだ。この人は頭のネジが変な方向に曲がっているらしい。

ユノもユノでサツキを見かねたのか、ため息をついてから言い放った。

 

「許可取ってくれなきゃダメって言ったでしょ。……もともとそのために来たのに……」

 

……拗ねた。っていうか抜け出したのってそのため?

 

「ごめんごめん。……じゃあさっそくお願いできる?」

「……もう……」

 

謝りながら歩いていくサツキと、まだ少し拗ねながらついて行くユノ。……その二人を見ながらアリサが呟いた。

 

「……私って……だめですね……」

 

……かける言葉を知っていたら。本気でそう思っていた。




原作無視?何のことでございましょう。
コミックを既にお読みの方は気付いているかと思いますが、この小説のほうでは原作の裏側をメインに書いています。
…私の勝手な想像百パーセントなのは気にしないでくださいお願いします…


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取捨選択

本日二話目。ちなみに今日は合計四話投稿です。
…UA数の表示を各話のべ人数にして欲しいと思っているのは私だけではないはず。


 

取捨選択

 

《……あれ?なんか楽しそうなことになってない?》

 

……支部恒例?の歓迎会の最中、イザナミが目を覚ました。

 

【あ、おはよ。ちょうど歓迎会やってもらってるところだよ。】

《なるほど。》

 

開始から一時間。アラガミの掃討も完了し、明日までは確実にのんびり出来るとのことで、この支部の部隊長のケイトさんの部屋で歓迎会……というか、すでに飲み会である。

……テーブルの上にはすでに三本の空き瓶。それでも飲む勢いが衰えない約三名。……ある意味アラガミよりも恐ろしい……

 

「ごめんね……ハルって飲み始めると止まらなくって。」

「いえ……そんなこと言ったらあの二人だって止まらないどころじゃないので……」

 

……酔っぱらいのおっさんになったリンドウさんと、完全に悪酔いモードに入ったツバキさん。そしてどうやら似たような状況にある、ケイトさんの婚約者のハルオミさん。

……結論から言えば……止めに入った瞬間にこっちが生命の危険にさらされる。その光景を見つつ会話していれば、まあ当然ながら頭を抱えたくなるわけだ。

 

「そもそもケイトさんが五本もビールなんて持ってくるから……」

「まあまあ。こういう時くらいしか思いっきり飲める時なんてないんだから。ギルも飲んだら?」

「……遠慮しときます。」

 

今現在正気を保っているのは三名と一名。私とケイトさんとギルバート。それにイザナミだ。

私とケイトさんは少し飲んでほろ酔い気分になった後、グラス一杯をチビチビ飲みつつほのぼの談話中。ギルは元々あまり飲まないらしい。……飲むときはかなりの酒豪だそうだが……

 

《……にしてもあの三人よく飲むね……》

【飲み始めると止まらないから……】

 

いったいどこから持ってきたのか……卓袱台を囲んでぐびぐび飲みながら談義するリンドウさん達。止まる気配など欠片もない。

 

「そういえば極東ってどんな感じ?ハルの出身地だって言うんだけどぜんぜん教えてくれなくって。」

「あまりこの辺と変わらないです。アラガミは多いけど……」

「へえ。……なんか激戦区だからもっとカツカツしてるかと思ってた。」

「まあ……それなりには。でも最近は本部からの援助も増えたから多少は何とかなってます。」

 

……あくまでも、多少は、だけど。たぶんどこもそんなものだ。

 

「そっか……何にしても心強いよ。そんな場所から部隊長が来てくれてるんだし。」

「あはは……」

 

……かなり期待されているようだ。……大したことは出来ないんだけどなあ……

 

《……頑張れ。》

【丸投げしないでよお……】

 

   *

 

「……ああ。分かってるさ。」

「そうかい?なら良いんだけど……」

 

サツキが森の方へ行ってから20分強……そろそろ帰ってくるだろうか。

 

「そろそろ切るぞ。他に何かあるか?」

「いや。とりあえず、何かあったらかけてくれたまえ。なるべく出られるようにしておくよ。」

「ああ。」

 

……次の段階……か。

 

「あれ?誰かにかけてたの?」

 

無線機を置き、思考を巡らせようかと思ったところで渚に声をかけられた。後ろにアリサがいるとなると……気晴らしに外に出たのだろうか。サツキともう一人別のやつがいるのが謎だが。

 

「いや……暇してただけだ。」

「ふうん。」

 

信じるでも疑うでもなく俺の横に立つ渚。アリサも俯きつつ立ち止まる。

 

「んじゃあユノ。こっちこっち。」

「うん。」

 

サツキのトラックの中に入り何かを始めた二人。……知り合いだろうか。

 

「FCSジャックしてあの子の歌を流すんだって。」

「歌?」

 

わざわざフェンリルのチャンネルをジャックして歌を流す……正直何がしたいのか分からねえが……

 

「面白そうだよね。」

「……まあな。」

 

なぜか悪くないとすら感じた。こういう時に何を、だのと言うやつはいるだろうが……逆にこういう時だから、それをやろうとしているのかもしれない。二人を見ているとそう思える。

 

「……ところでそいつ。どうしたんだ?」

 

どこか楽しそうに話しているサツキ達とは対照的なアリサ。自分の話になっていることすら気付いていないらしい。

 

「昼の戦闘で何も出来なかった自分に悲観中。」

「……」

「元気づけようと思って外に連れ出したはいいんだけど……」

 

渚が呆れ気味にため息をついた。……まあ悲観してもおかしくはねえだろうが……はっきり言ってそのままでいられても困る。

 

「……ったく……」

 

ラックの上に置いておいた無線機を手に取り、ある端末へかける。……コウタのものだ。

 

「はいはい。コウタっす。」

「!」

 

彼の声が聞こえた瞬間に顔を上げたアリサ。その反応をもう少し見てみたい気もするが……そういう時でもない。

 

「言いたいことがあるんなら言っとけ。」

「あ……」

 

無線機をアリサに押しつけ、渚を半ば強引に引っ張っていく。……一人にしてやった方が楽だろう。

 

「……また荒療治だね……」

「他に方法が?」

「最善策だと思うよ?」

 

いつも通りの何かを見透かしているような笑みで答え、その表情をすぐに消した。残ったのはどこか悲しそうな顔のみ。

 

「……」

「どうかしたか?」

「ん?……ちょっとね。」

 

空を仰ぐようにしつつため息をついた。二年前から更に人間らしくなった渚だが……こうして憂う彼女を見たのは初めてかもしれない。

 

「アリサがさっき言ってたんだ。あのアラガミと戦えるのが羨ましいって。」

 

あれと戦える……つまりはアラガミであることを羨ましいと言っているのと同義だ。他から見れば羨ましい部分もあるだろうが、当人としてはそう思われるのを快くは思えない。

 

「……これまであまり気にしてなかったんだけどさ。何かそう考えると、ソーマと神楽って強いなあって思ったんだ。」

「強い?」

「……どんどん昔のことを思い出してきてるんだよ。……アラガミになった時のことも。」

 

自嘲するかのような笑みを浮かべ、木に背を預けて俯きつつ語る。あまりそうは見えないが少し言いにくいのだろう。

 

「……そのアラガミになったきっかけがさ、すごく悲しいことだった、ってことは思い出せた。何があったかなんてまだ思い出せてないのに……」

「……」

「そしたら何か怖くなってさ。何があったか分からないのに悲しかったことだけ分かっちゃったからかな……」

 

いつものような淡々とした口調ではありつつも、どこかで泣き出しそうな声で言葉を紡いでいく。ここまで感情を露わにしたのは間違いなく初めてだ。

 

「……でも二人は自分の生い立ちも全部知っててしっかり過ごしてるでしょ?アリサじゃないけど……やっぱり羨ましいよ……私はそんなに強くなれないもん……」

 

……彼女の大人びた様子は全て無理をしてのものだったのかもしれない。今目の前にいるのは、見た目相応の少女だ。

 

「……神楽が週に一回は出撃が遅くなってるってのは知ってるか?」

「?」

「……だいたいは週に一回……多いときは毎日……まあ頻度はいい。」

 

……だが彼女が言ったのは彼女だけが思っていることではない。

 

「……真夜中に魘されて飛び起きることがあってな。だいたいはあいつがアラガミになった日のことを夢に見たときらしい。」

「えっ……」

 

そうなったときはしばらく怯えて泣き続ける。俺がいないときだと尚更だと言っていた。

……はっきり言ってあいつは自身の過去を克服していない……俺が言えた義理でもねえが。

 

「あいつはまだ少しだけ七年前にいる。……俺も同じだ。」

 

奇妙な静寂に包まれる。どちらも言葉を発することなく、またどちらも何かを言おうとするかのように。

 

「ソーマ!渚!」

 

……まあ、ある意味で良いタイミングだ。

 

「何だ。」

「どうしたの?」

 

同時に聞いた俺達に、なぜかとてつもなく楽しげにこう聞いた。

 

「そろそろ羽目を外しませんか?」

 

……その満面の笑みを見て、嫌な予感を感じたのは俺だけではないと信じたい。

 

   *

 

「くしゅっ!」

 

……ソーマが噂してるかな?

宴会……もとい歓迎会も終わり、とりあえずは割り当てられた部屋でコーヒーを淹れた。……豆を持ってくるのは結構大変だったけど……

 

【イザナミ、起きてる?】

《……一応……》

 

結局歓迎会が終わる頃にまた寝始めたイザナミ。それからは寝たり起きたりを十数分おきに繰り返している。

 

【……最近寝過ぎじゃない?】

《眠いんだよ……》

【にしたって……】

 

……一月ほど前までは一日中起きていることも珍しくなかったのだが……どうかしたのだろうか?

 

【そういえば、例のアラガミの反応っぽいのって感じてる?】

《今のところ全然。ほんとにこの辺にいる?ほぼ既存種だよ?》

【ほぼ?】

《一体だけ何か違うんだよ。カリギュラにかなり似てるけど。》

 

コーヒーを飲みつつそのカリギュラに似た反応を探ってみる。……まあ私がやって捉えられるかはかなり微妙だけど。

 

【……分かんないや。】

《かなり遠いから。私も時折察知するくらい。》

【そっかあ……】

 

私達が追っているアラガミ……追跡理由は、その反応が私やソーマ、更に渚と似ていることだ。博士の推測では人がアラガミ化した結果である可能性がある、とのこと。それでいて既存のアラガミと似た部分は全くないため、特異種であることは間違いない。

 

《……でもそれ以前に……》

【ん?】

 

イザナミが話題を変えた。……こういう変え方をするときはだいたいとんでもないことを言うときだ。

 

《神楽が極東から離れたことの方が問題かも。》

【私?】

《アラガミにとって極東一の驚異は何だと思う?》

【えっと……】

《……自分だって気付こうよ……》

 

……あまり自覚はないんだけど……そうなんだろうか。

 

《で、今追跡中のアラガミは神楽とソーマと渚の反応と似たようなものがある。向こうからしてもこれは同じ。ここまで良い?》

【……うん……】

《その自分と似ているのを見つけて近付きたいと思った。でもなんか危ないのがいる。あ、これ神楽ね。仕方ないから他のところをぶらついてたら危ないのがこっちに来た。よし逃げるついでにいつだかの似てるやつでも見に行こう。私がそこにいたら、こう考えるかな。》

 

……えっと……?

 

【ソーマのところに行ったって?】

《かもしれない。》

 

……不吉だなあ……なんて若干的外れなことを思ったときだった。

 

「支部周辺にアラガミが出現。出撃可能の神機使いはエントランスに集合してください。」

 

急を告げるアナウンス。……いくら掃討したって言っても、来るときは来るのがアラガミだった。

 

【……もうちょっと起きててよ?】

《うー……》

 

不満げなイザナミだがこればっかりは仕方ない。コーヒーを飲み干し、エントランスに向かった。




そういえば最近友人からこう言われてます。
「お前サブタイとか台詞とか懲り過ぎ。」
…は、はい…
と言いつつ今回のサブタイはあまり考えずに付けていると言う…


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今出来ること

戦闘回です。
…いやもう…アーサソールの設定改変がこの辺りで猛威を…


 

今出来ること

 

八雲の家からしばらく歩いた場所。昨日例のアラガミが穴をぶち空けた辺りだ。

 

「……本当にやるつもりかな?」

「さあな。」

 

話は昨日の夜へ遡る。

 

_

___

_____

 

「……は?」

「……行政府に乗り込む?」

 

異常なほど楽しげに告げたアリサへ二人して聞き返した。……それすらも楽しいと言いそうな勢いで首を縦に振られたが……

 

「私達の仕事はこういうところに住んでる人をちゃんとしたハイヴに住まわせていられるようにそのハイヴ建設地を探す仕事なんですよ?だったらまずは協力してもらわなきゃだめじゃないですか。」

 

早口でまくし立てるアリサ。……興奮しすぎだ、と言いたい。まあ間違っちゃいねえのは認めるにしても、いったいそれがどうねじ曲がって行政府に行くことに繋がるのか……

 

「問題は那智さんです。あの人がNOって言ってる間はたぶんここはこのままですから。」

「……逆にあいつが動けば他も動く……そう言いたいのか?」

「はい。」

 

……虫が良すぎるとまではいかないかもしれない。昼間の兵士の様子を見る限り、あの那智の野郎はここでの絶大な権力者だ。

 

「でもこっちから呼んだところで来るとは思えませんから。だから向こうに出向くんです。」

 

……止められない。俺も渚も、それをすぐに悟った。

_____

___

_

 

「……で、本当に来るんだろうな?」

「来るよ。あの変種はまだいるから。」

 

来なかったらどうするんだと聞きたい気持ちもあるが、俺の知る限りこいつの予見が外れたことはない。素直に聞いておく方が無難だろう。

 

「……ソーマ。」

「あ?」

「昨日は……ありがとう。」

「……気にするな。」

 

……自身がアラガミであることへの不安。それを一番感じているのは……もしかしたらこいつなのかもしれないな……

 

「……来るよ。」

 

彼女の言葉から一拍遅れ、外壁の外からアラガミの雄叫びが轟いた。

 

   *

 

グラスゴー支部から西へ七キロ。

 

《けっこう多いね。》

【うん。】

 

アラガミの出現地点は四カ所。私とリンドウさんで一カ所ずつ受け持っている。あとの二カ所はケイトさん達だ。

 

「リンドウさん。どんな感じですか?」

「こっちは少な目だな。終わったらグラスゴーのやつらの方に行くつもりだ。」

 

無線の向こうから届くのんびりとした声。少な目となると……小型を含めて五、六体だろうか。どうやら私は一番多い場所を担当しているようだ。

 

「了解です。」

 

……大型が三体と小型が十二……十三かな?あまり時間をかけるのも不安だし……

 

【イザナミ。久しぶりにとばすよ。】

《ん。準備は?》

【一応お願い。】

《OK。じゃ、行こうか。》

 

……カリギュラの変種。なぜかそれが気になっていた。

 

   *

 

入ってきたのは五体のシユウ変種。それにザイゴートやサリエルなどの飛行系アラガミが多数……シユウを全て抑えた場合、ここで何とか出来る数はたかが知れている。

 

「アリサ!かなりそっちに行くぞ!」

「はい!」

 

無線機からもすでにアラガミの咆哮が聞こえている。すぐに戦闘が開始されるだろう。

 

「シユウはお願い!いくらかは上の抑えないと!」

「分かってる!」

 

飛んでいるアラガミを撃ち落としつつ徐々に行政府へ向かって動く渚。それを追おうとしたシユウを神機の腹で吹き飛ばす。

 

「……」

 

咆哮で若干神機が重くなった。……問題は昨日のロボット……戦闘が長引けばあれに乱入されるだろう。

 

「チッ……」

 

飛びかかってきたシユウの頭部を神機の先で潰しつつ地面に叩きつけ、刃に引っかかったそれで火球の発射態勢に入っていた二体を弾く。外壁まで飛んだそれらへ追撃を加えようとするも、残りの二体が放った火球に阻まれた。

 

「っ!」

 

……戦闘が起こす轟音の中、エンジン音が微かに耳に届く。昨日よりも早い……となると、もう一度ここへアラガミが来るのをほぼ見越していたのだろうか。何にしてもこれ以上時間をかけるのはまずそうだ。

残り四体……せめてあと二体は減らす必要があるな……

 

   *

 

「下がって!ここで食い止めます!」

 

会議室の窓から見える群。ザイゴートを斥候に据えたサリエル種だ。

 

「アリサ!かなりそっちに行くぞ!」

「はい!」

 

無線から響いたソーマの声に答えつつアラガミの数を数える。下から渚が撃ち落としてくれてはいるけど……ざっと十体はここまで来るだろう。

 

「当たれっ!」

 

窓ガラスを蹴破って一番近くにいるザイゴートから撃ち抜く。少しでも数を減らさないと……室内で何体ものアラガミに囲まれたくはない。

……それでも、減らせたのは三体程度。

 

「くっ!」

 

真下から壁が抜かれたような音が響いた。鳴き声しか聞こえないが、間違いなくサリエルはいる。床下からレーザーが発射されるのはかなり危険だ。

……が、そっちに気を取られてばかりもいられない。

会議室の壁の向こう……そこからも同じようにザイゴートの鳴き声が聞こえ始めていた。行政府の裏から入られていたということなのだろう。

 

「……またずいぶんと引き連れてこられたみたいですね……」

 

床を撃ち抜き、下の階へ飛び込んだ。直後に発せられたサリエルのレーザーを横に飛んで避けつつ、低い天井に阻まれた頭部を蜂の巣にする。

そのサリエルが空けたと思しき穴から次々にアラガミが入ってきている……ここが防衛線だ。

……昨日コウタに言われた。自分に出来ることをやればいいって。自分に出来ないことはきっと誰かが出来るから。

だから、アラガミに向かって淡々と言い放った。

 

「ここから先は通しませんよ?」

 

   *

 

シユウ残り三体。一体は瀕死だと考えれば実質的には残り二体だ。

……そのタイミングで例のロボットが乱入してきた。数にして三体。昨日とは違い、今回は刀を持っている。

 

「クソッ!」

 

シユウが片付いた後でこいつらも相手にする必要がある。初めはそう思った。

……そのロボットの狙いは……どうやら俺らしい。

昨日の時点で一体だけを相手にしてほぼ互角……シユウの変種の影響がある点は昨日と変わっていない。それが三体いるとなると、下手をすれば負ける。

 

「ソーマ!そっちは!」

「少し黙っててくれ!」

 

襟元へ返事をする間に二回切られかけた。上段から振り下ろされた刀を避け、それが穿った不安定な地面の上で火球を止めつつ神機を支柱にして薙払いから逃れ、最後にはシユウに突進されて吹き飛ばされる。

家屋をぶち抜いて反対側の路地でやっと体勢を立て直した直後、ロボットが石突きを下にして降ってきた。転がって避ければ今度は火球に追われ、最後の一発に当たってまた何メートルかを飛ばされてしまう。

 

『たぶんだけど、君や神楽君、それに渚君は、そろそろ次の段階にシフトすると思うんだ。』

 

……昨日、二人が森の中にいたときの榊との通信が頭に蘇る。

 

『どういうことだ?』

『神楽君はアラガミになってから七年目。能力の発現からは二年だ。君は生まれつきだから二十一年目。発現は神楽君とさほど変わらないね。』

 

……次の段階だか何だか知らねえが……この完全に不利な状況だとそのシフトを期待しちまうな。

 

『アラガミの進化はとても早い。これは捕喰によって食べたものの性質を取り込むからだ。』

『そんな新人にするような話を聞かせるためにわざわざ繋がせたんじゃねえだろうな?』

『もちろん。まあ焦らないでくれたまえよ。』

『……』

『さっきも言った通り、アラガミには食べたものの性質を取り込む能力がある。どうやらこれは、君達も同じようでね。』

 

何でも良い。こいつらをぶっ潰すしかねえんだ。

 

『神機での捕喰の際に、微量ながら君達も捕喰をしているんだよ。神機と体の細胞が同じだからだろうね。つまり、君達は戦闘の度に進化しているわけさ。ただそれがあまりに微量であるため、発現は少し時間を必要とする。』

『それが新しい段階か?』

『そう。ただここで少し問題があって……』

『何だ?』

『神楽君の場合は、彼女が話していた……えっと、彼女のコアに形成された人格……まあなかなか信じ難い話ではあるわけだけど、その人格があるおかげでコアの暴走や過剰な進化は起こらないみたいなんだ。そうじゃなかったらこれまでの段階で自我を失っていただろうからね。渚君の場合も一度生命活動が停止してからオラクル細胞で再構築されたようだから、進化による負荷はあっても暴走まではないだろう。……ただ君はそうもいかないかもしれない。』

 

頭で分かってはいても、体は危険信号を発し続けていた。……同時に体の奥底から何かが吹き上がってくる。

 

『……くれぐれも、気を付けてくれ。今の君を止められるのは神楽君しかいないだろうからね。』

 

……頼んだぞ。

 

   *

 

「……これ以上は無理かな……」

 

飛んでいたアラガミは全て施設内に入った。それもほぼ最上階だ。今から一人で上がっていくより、ソーマの方を何とかするが得策だろう。アリサは負けないし。

周りに落ちているアラガミの死骸を見回しつつ通信機を手に取った。かなりすごい音が響いているけど……大丈夫かな?

 

「ソーマ!そっちは!」

「少し黙っててくれ!」

 

……やばいらしい。

 

「急がないと……」

 

何でか分からないけどソーマだけ“先”が見えない。……こんなことは初めてだ。

瓦礫まみれの地面を蹴って突き進みつつアリサにも通信を試みる。

 

「大丈夫!?」

「こっちは何とか!……っ!」

「アリサ!?」

 

鈍い音の後、通信が途絶した。……通信機が壊されたのだろうか……そうであってほしい。

 

「……くっ……」

 

足を速める。……今私がやらなきゃいけないのは……

 

   *

 

「ユノっ!返事をしろ!」

 

フェンリルでもなく、極東支部でもなく、独立部隊「クレイドル」として援助する。

……ふざけたことを……

 

「フェンリルの能無しどもが……」

 

実験の一環として神機兵を配備するだと?有事に限って結局何もしない!所詮フェンリルなどそんなものだ!

……ただただそんな考えのまま、ユノの部屋へ内線をかける自分がばからしい。

……本当は……神機使いに頼っていればこうはならなかったと分かっている……

 

「那智ぃ!」

「!」

 

耳慣れた声。……いつから疎ましいと思うようになったのかも分からない父の声が、自分を思考の渦から引き戻した。

 

「何やってやがる!さっさと出ろ!ユノも外だ!」

 

ユノが外にいる。父以外の人間から言われたら、俺はどうした?

……出た、だろうな。

 

「っ!私はここの総統だ!なぜ出なければならない!このネモス・ディアナはもう終わる!俺にはここにいる義務がある!」

 

矛盾やエゴや愚かしさにまみれた自分。それを外から見ていたら、俺はどうしただろう……あざ笑った?賞賛した?

 

「バカ野郎!」

 

……罵るんだろうか……

 

「何のためにあいつらが戦ってくれてんのか考えやがれ!だいたいてめえは昔っから頭ばっか堅え……」

 

俺を諭す親父。その姿を遮って、風船のようなアラガミが上から降りてきた。

 

「くっくそお!」

 

必死でデスクの上にあるはずの銃を探し……

……手で弾き落としていた。

 

「那智!」

 

……閃光と爆音。

目と耳が戻ったとき、親父は壁まで吹き飛んでいた。




次回も変わらず戦闘です。…にしても…
…意外と那智視点が書きやすい…渚視点が難しいだけに他の人の視点が楽です(笑)


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思いと想い

本日最後の投稿です。
…かなり文字数が多くなっちゃったんですが…ご容赦ください。


 

思いと想い

 

《……疲れた……》

【けっこういっぱいいたね……】

 

初めにいたアラガミはすぐに倒せたものの……

 

「すまん。ちょっとばかり対応しきれなくてな……」

「仕方ないですよ……何体いましたっけ……」

「分からん。何十体かいなかったか?」

 

変な偏食場が発生したと思ったら、突然リンドウさんの方へアラガミが集まり始めたのだ。他の二カ所に変化がなかったため、とにかく急いでリンドウさんに合流。アラガミ自体はそれほど強くなかったおかげで疲れる程度で済んだ。……いやまあ済んだというか……済ませた。

 

「向こうはどうだ?」

「調べますか?」

「頼む。ちょいといやな予感もするからなあ……」

 

……リンドウさんも何か変な感じは受けているらしい。いくら偏食場によるものであったにしても、ある地点に向かってアラガミが集まるなんてそうそう起こることではない。

 

【イザナミ。お願いできる?】

《はいはい。》

 

しかも集まったのはリンドウさんの担当場所だ。アラガミの本能なら私になるだろうし……それ以前にケイトさんとギルのところや、ハルさんのところへ行かなかったのも気になる。

 

《……!神楽!》

【えっ?】

 

慌てた口調のイザナミ。その声のすぐ後に、オープンチャンネルに通信が入った。

 

「ハル!聞こえる!?お願い!こっちに合流して!」

 

緊迫したケイトさんの声。その向こうにある咆哮が更に不安をかき立てる。

 

《カリギュラの変種っぽいのがいる!飛ぶよ!》

【えっ!?ちょ、ちょっ!】

 

久しぶりにイザナミが私のコントロールを取った。……それだけの緊急事態……ということなんだろう。

……彼女がここまでやるのは、誰かが生命の危険にあるときだけだ。

 

   *

 

縦長の六角形状の真っ黒な五十センチ弱の筒。開いた側と逆側に二十センチほどの排気筒のようなものが三本一組で九本。

少しだけ残っている自我が自らの左腕をそう表現した。たった今直径二メートル近いレーザーをロボットに向けて放った砲塔だ。

 

「……失せろ……」

 

火球を放ったシユウ。それに対して再度砲塔が火を噴いた。……火球をいとも容易く飲み込みつつ、その深紅の全身を炭にする。

……視界が……赤い……

 

「……?」

 

だが次の攻撃はなかった。記憶が正しければ、六体に囲まれていたはず……俺が倒したのは二体だけだ。

 

《……》

 

どこからか声が聞こえた。自分の内から響くようで、かつ外から耳を介して聞いたかのような音響を持ったそれが鮮明になるにつれ、自身の視界すらも色を取り戻していく。

 

《……呑まれないで……その力はいけない……》

 

……左腕は変わっていない。自我を取り戻した以外は何も変化がないようだが……

 

《……あなたは……なすべきことをしないと……》

 

気が付けば、ほんの数メートルを隔てた空中にアラガミがいた。赤い人型の、表情すら持っている個体。

 

「お前……」

《……渚を……よろしくお願いします……》

 

言い残し、唐突に消え失せた。

 

「……」

 

どうやら他にアラガミはいない……となれば、行政府に向かうのが得策だ。

蹴った地面を凹ませつつ走り出した。

 

   *

 

「この……バカ野郎!技術屋のくせにスタングレネードの一つも持ってねえのか!」

 

上へ逃げていったアラガミ。それを確認するや否や、親父はそう言い放った。

 

「……模範的な道具の使いかを実演してくださってどうも……私にはかまわなくて結構。余計なことをせずに早くシェルターに……」

 

立ち上がろうとした瞬間、力の入らない腰が崩れ落ちた。

 

「腰抜かしてる奴に言われてもな。」

「っ……」

 

……心では、ただただ面目ないと思っている。親子としての感情を失ったわけでも人としての情を投げ捨てたわけでもないのだ。

それでも……

 

「ほれ。とっとと立て。男だろ……」

 

俺は、どこかで過去に執着して意固地になっていた。

 

「……あんたは昔っからそうだ……」

「あん?」

 

上で響いている戦闘音。今自分たちのために戦っている神機使いがいることを……これほどまでに嬉しく、かつ疎ましいと思ったことがあっただろうか……

 

「ゴッドイーターに立場を奪われても……母さんがアラガミに喰われても……フェンリルのせいで居場所を奪われても!」

 

いつだかに親父が言った言葉を思い出す。

……いつまでやられたらやり返すつもりでいやがる。その言葉は、俺を更に意固地にさせていった。迷いを抱きたくはなかった。

 

「何一つ守ることも出来ずに!」

 

自分が正しいと信じたかった。フェンリルが間違っていると思いたかった。

次第にそれはただの固定観念へと生まれ変わり、少しでも違うと思う度、不死鳥のごとく俺を支配していた。

 

「全部諦めたあんたが!今更俺に何を言うんだ!ええ!?」

 

……もしそうやって、自分の想いのみに呑まれなかったら……

 

「……ま、そうだな……」

 

今、俺はどうしていられたんだろう……

 

「あいつも……喰われた連中も……俺はなあんも……」

 

親父はどうしていただろう……

 

「でもよお那智……おめえは俺とは頭の出来がちげえだろうが……」

 

……親父は今……

 

「……その頭でよ……もっといろんなやつを守ってやれよ……」

 

……左半身を……失っていなかっただろうか……

 

「……ほれ……さっさと逃げろ……神さんの声が聞こえんだろ……?」

 

壁を打ち破って入ってくるアラガミを、すでに親父は見ていない……大量に入ってきたアラガミを一撃で引き裂いた深紅の人型アラガミが見えていないんだ……

 

「この……」

 

座り込んだのは、銃のすぐ横だった。

 

「化け物が!」

 

   *

 

「あのアラガミっ!」

 

ソーマの元へ向かおうとしていた私の視界に映り込んだ赤い人型アラガミ。唐突に消え失せ、その姿は忽然と消えた。

 

「まさか!」

 

勘以外の何物でもないけど、あのアラガミは行政府の中に飛んだ。それが意味するところが、また見えない。

 

「だめ!そっちは……っ!」

 

彼女は人を喰わないだろう。でもそこは問題じゃなかった。

 

「行かないで!」

 

……涙を流した。……後ろにあのアラガミの気配を感じながら。

……一瞬瞑った目を開いたとき、私は那智と八雲を視界に捉えていた。

 

   *

 

アラガミが底をつき始めた。一時は窓の外に延々と連なっているかのように見えたアラガミの群も、残るは三体。

……ついさっき部屋に設置されていた電話機から聞こえた那智さんと八雲さんの会話。それが余りに緊迫していただけに、今の静寂が恐ろしい。

 

「くっ……!」

 

三体しかいないとは言っても、狭い空間でサリエル種に囲まれているのはかなり辛い。一回の攻撃を避ける度にまた別の個体が仕掛けてくる中で接近するのは無理があるだろう。

しかもさっきザイゴートが上がってきた穴の下に八雲さん達がいることを考えると……動ける範囲はかなり限られる。

 

「アリサ!そこを動くな!」

 

いきなり聞こえた肉声に驚き、一瞬体が固まった。それと全く同時に三体のサリエル種が焼き尽くされ、灰すら残さず消え失せる。

 

「無事か?」

 

声の主はソーマ。……だが……

 

「その左腕……どうしたんですか?」

 

まるで大口径のランチャーであるかのような左腕を元の人の腕へと戻す、なんて……どうにも変な状況であるとしか言いようがない。

 

「知らん。」

 

……即答ですか……

 

「他はもういねえのか?」

「あ、いえ……下に那智さんと八雲さんが……」

 

二人がいることを伝えようとしたとき、それとは全く別の声が遮った。

 

「化け物が!」

 

……続いたのは一発の銃声。そして……

 

「うっ……く……」

 

……耳慣れた、一人の少女の苦悶だった。

 

   *

 

……撃たれた。それを自覚するのに少しだけかかり、気付くと同時に激痛に襲われる。

 

「うっ……く……」

 

右脇腹の焼け付くような痛み。だけどそれ以上に、私は自分の後ろの彼女がまずいことを悟っていられた。

 

「待って!だめ!」

《あいつはあなたを傷つけた。だから許さない。》

 

……あの時のどこか包み込むような優しさは形を潜め、ただただ憎悪だけが渦巻いている。このままじゃ……きっと彼女は那智を殺してしまう。

 

「私は大丈夫だから!人を殺しちゃだめ!」

《……嘘は言わなくて良い。痛いなら痛いって言って良いの。》

 

どこかで聞いた言葉だった。もう何年も前……きっとアラガミになる前に。

だからこそ彼女を止めたい。それが偽りのない本心だ。

 

「止まって!お願い!」

 

尚も進もうとする彼女を抱き止める。……動いただけで気絶しそうな痛みが脇腹から脳天まで突き上げ、短く呻いてしまいながら。

 

《……ほら。痛がってる……》

「大丈夫だよ!大丈夫だから……」

 

目が熱くなっていく。自分の言葉を聞いてもらえないのが悲しいんじゃない。痛いから泣いているわけでもない。ただただ彼女を人殺しにしたくなかった。

 

「……私達は……まだいないんだよ……」

 

……何が言いたいのか分からないまま、口をついて出ようとする言葉をそのまま発するしかない。痛みと妙な疲労のせいで、すでに頭が動いてくれないから。

だけど、一つだけ言いたいことが頭に浮かんでいた。

 

「だからお願い……」

《でも……》

 

……それが意味するところなんて、分かりはしないけど。

 

「母さん!」

 

……そう最後に叫んだところで、私は彼女に抱きしめられていた。あの時と同じ優しさに包まれながら。

 

《……分かった……またね……》

「っ!」

 

フッ、と……また唐突に、かつ忽然とどこかへ消えた。支えを失った私を誰かが支えてくれ、そのままそれへと体を預ける。

 

「大丈夫か?」

「……うん……」

 

銃弾なんて本当は掠っただけのようで、床に溜まった血の量だってすごく少なくて。たったこれだけの血が、彼女をあんなに激昂させていたのかと思うとどうしようもなく悲しくなって。

 

「あの……何がどうして……」

「分からない……でも……」

 

止めようのない涙。その意味を知りつつ、ただただ悲しいとだけ……

 

「……分からないことが……悲しい……」

 

   *

 

《見えた!》

【うん!】

 

飛び始めてから三分。倒れているケイトさんと、体色が赤いカリギュラ、それを引き付けつつケイトさんから離れるギルが見えた。

 

【どっちに行くの!?】

《ケイトの方!》

 

ずっと切羽詰まった口調のイザナミ。……ここまで飛んでいる速度も間違いなく最高速を維持している。

 

「神楽!ギルからも緊急通信が入った!どっちに行くつもりだ!?」

 

ジープのエンジン音にかき消されそうなリンドウさんの声が、同じく風圧に負けそうな通信機のスピーカーから流れた。ギルからの緊急通信となると……おそらくはあの赤いカリギュラとの戦闘だろう。

気配からして、ギルだけだと撃退も厳しそうだ。

 

「ケイトさんの方に行きます!今どこにいますか!?」

「さっきの地点から西に三キロの地点だ!」

「そこから北西に四キロ進んでください!だいたいその辺りにギルがいます!」

「了解だ!」

 

通信が切れた音をかろうじで聞き取り、意識をケイトさんの方へ戻す。地表は目前だ。

 

《降りるよ!》

【分かってる!】

 

着地と同時に翼とブースターが消滅する。イザナミも息を切らしているし、これ以上の飛行はあまり保たないだろう。

 

「ケイトさん!」

 

右腕の腕輪から黒いオラクル細胞が木の根のように二の腕を覆っていた。偏食場を確かめるまでもなく、アラガミ化が始まっている。もう間もなく本格的な侵喰が開始されるだろう。

 

「……ごめん……ドジ踏んじゃった……」

「しゃべらないでください!救護班は!?」

「ギルが呼んでくれたって……でも間に合わない……よね。」

 

……あまり考えたくはないが……救護班が着くまでの時間と侵喰が一定以上まで進む時間とは比べるまでもない。

 

「……私を殺して。」

「そんなこと言わないでください!」

「……みんなを殺したくないんだ……好きな人だっているんだから……」

 

弱々しくなっていく声とは裏腹に、彼女の言葉に宿っていく強い意志。

……好きな人を殺したくない。私が一番よく知っている感情の一つだ。

 

「……」

 

無言で神機を出した。それを見たケイトさんの表情がほころぶ。

……でもその神機を、イザナミが強制的に仕舞った。

 

《神楽!助けるよ!》

【えっ?】

《負荷かかったらごめん!》

 

これまでにない重量の翼とブースターが展開された。右腕も神機こそ出てはいないものの、いつもの量とは比べものにならない量の翅鎧に覆われる。

風になびいた髪の色すら白と金へと移り変わり、体の感覚が明らかに変化していた……人のそれではなく、アラガミの感覚だ。

 

《いくよ!》

 

ブースターが点火される。いつもの二連式ではなく、二つのブースターに三つか四つずつ口があるようだ。それら全てからすさまじい勢いで青い光の粉と共にバーナー炎が発せられていく。まるで空間を全て埋め尽くそうかというかのように。

それに呼応して翼も動き出した。羽ばたくのではなく、羽を放出する機関として。これまでで最大のサイズを誇る翼が、二対になって球状に羽を配するように放っていく。

双方の勢いに押されるようにして足下の地面も崩れた。ケイトさんの体を放たれた羽が支えつつ、私を中心に半径三メートルほどの範囲にある地面が吹き飛び、消滅する。

 

【えっ!?い、イザナミっ!?】

《話しかけないで!》

 

徐々に私の体が重くなっていく。……さっきの飛行だけでイザナミの方での負荷吸収がいっぱいになっていたのだろう。彼女の声も、心なしか苦しげだ。

それとは反対にブースターの出力は上がっていく。いつの間にか衝撃波すら発生し、周辺にあったはずの廃墟群を吹き飛ばしていた。……周りに人がいなくて良かったとここまで思ったのは初めてだ。

 

【せめて説明!】

《後でするから!》

 

……私の方の負荷が限界に達しかけたとき、とうとうケイトさん自身にも変化が起こった。

右腕を喰らっていた腕輪からのオラクルが消滅。それどころか、侵喰されていた部分も治っていった。

 

【……っ……イザナミ……もう……】

 

……それを確認できたとき、とうとう私も意識を失った。




ここ最近のGE仲間談義。
…1.4さっさと来いよこん畜生めえ!
全てこれに集約できますね…良いのか悪いのか…
配信予定は今月末。詳しい情報は追って知らせるそうですが@GEブログ、そんなこと構わずみんなで騒いでます。

で、ですね…
何でいきなりこんな話をし出したかって言ったら…
…なんだか読者参加のマルチがやりたくなりまして。パスワード機能とかあったら楽だよねー、とか…時間とか決めて呼びかけたら集まるかなー、とか。
まあそんなことをのんびり考えているわけです。
というわけで、皆様へ質問です。
読者参加型マルチプレイをやるなら参加したい、あるいは私を呼びたい、という方はいらっしゃいますでしょうか?
返答はこの小説の感想欄、これまでの活動報告への感想欄、私のアカウントへのメッセージのいずれかからお願いいたします。
また、パスワード機能が実装されていた場合はメッセージ機能を用いてのパスワード配布を行いたいと思っていますので、参加希望の方はなるべくアカウントを作っておいてください。

ちなみに、私の実力による、という方へ説明を。気にしない方は次の空行まで読み飛ばして頂いて結構です。
使用剣種はショート。銃は基本非使用ですが、使って欲しい、というときはスピン中のウロヴォの背骨も撃ち抜く狙撃精度で乱射いたします(笑)
同時戦闘可能数は大型のみで四対から五体。小型に囲まれつつ、という状況ですと三体程度です。二体までならどちらも全結合崩壊で討伐可能ですので、素材狙いの方もご安心ください。
総合的なところは…ハンニバル神速種との戦闘で、ソロ一回目でノーアイテム、ソロ五回目にはパーフェクトSSS+でのクリアを、どちらも銃非使用で、という辺りでご理解いただけますでしょうか。
…まあ自分で言うのも何ですが、全国的に見てもかなり上位に入るかと思います。タイムアタックには不向き(武器の種別上)ですけど…

まあ…長くなってしまいましたが、とりあえずそんな感じでお願いします。
さらに詳しいところに関しては1.4配信後、今回と同じような形で告知する予定です。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。


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ロスト

…亀ですね…これもう間違いなく亀ですね…
あ、お久しぶりでございます。マルチに潜って暴れまわる日々を送っております。
…いえこっちもちゃんと書いているんですよ?ただ単にPC開かなかったから投稿してなかっただけで…
…いやもうほんとすみませんでした。
原稿はGE2の第五話まで入ってるっていうのに、こっちはまだコミック版も終わってないって…
…えと。すみませんでした(二回目)


 

ロスト

 

翌日。ひとまずシユウ種の大半を撃破できたらしく、周辺にあれの反応はなくなっていた。

 

「……大丈夫ですか?」

「そう見えるか?」

「……いいえ……」

 

……頭の中で割れ鐘をぶっ叩いているかのような頭痛に見舞われているのだが……神楽が全力を出す度に疲れ果てていたのはこのせいか……

 

「今日は那智に呼ばれてんだろ?」

「はい。例の援助とかネモス・ディアナからのデータ提供とかの話し合いをしたいそうです。」

「……あの堅物がな……」

 

親父が死んだ。その事実は、やはり大きかったのだろう……

 

「……神楽に連絡してくる。」

「あ、はい。じゃあ私もそろそろ……」

 

……静かな家。昨日まで八雲がいたとは思えないほど、妙にしっくりとくる静寂だ。

 

「……どーも。」

「ああ。」

 

家を出ると同時にサツキに声をかけられた。不機嫌そうな表情でトラックのドアに背を預けている。

 

「……何かあったのか?」

「何かも何も……総統がアリサさんを呼んでるんでしょ?これまでなかったことだから特ダネになるかと思って行政府に潜入してたら……まあ素晴らしすぎて本当に泣けるほど厳戒態勢でして。見事にほっぽりだされましたよ。ったく私を誰だと……」

 

……こいつもこいつでどうしようもねえ。分かってはいたが再認識した。

 

「で、通信機でも使います?」

「ああ。いいか?」

「どーぞどーぞ。その間次の潜入方法を考えますので。」

「……」

 

放っておこう。下手に何か言うとこっちが危険だ。

とりあえずサツキから手渡された通信機を操作し、神楽の端末へとかける。……向こうの時間は朝六時。いつもなら起きている時間だ。特に問題はないだろう。

 

「おう。誰だ?」

「……は?」

 

……答えたのはリンドウのようだ。番号は間違えていないと思うんだが……

 

「あーソーマか。神楽ならまだ寝てるぞ。」

「寝てる?その前に何でてめえがあいつの端末を持ってんだ?」

「……ま、あいつが全力出し過ぎただけだ。」

「……」

 

要は疲れ果ててぶっ倒れているわけか……まあそれなら大丈夫だろう。心配ではあるが、最低でも大怪我をしたって訳じゃないはずだ。

 

「何かあったのか?こっちはそろそろアナグラに帰るんだが……」

「まあかなりいろいろとなあ……込み入った話になるから神楽に聞いた方が良いぞ。後でかけ直させるか?」

「頼む。」

 

……こっちのことくらいは言っても良いかもしれないが、俺や渚の状況を考えると神楽相手に話した方が無難だろう。いくらリンドウがベテランとは言え、アラガミとしての部分には当然疎い。

 

「他なんかあるか?ちょいとばかりこっちは大騒ぎなんだが……」

「いや。悪かったな。神楽に無理するなって伝えておいてくれ。」

「おう。じゃあな。」

 

大騒ぎ……しかも神楽が全力でやったということは……向こうも向こうでかなりの戦闘があったのだろう。

……こっちはまだ続きそうだが……

 

「……ったく……」

 

現在、午後二時。寝室に引きこもっているやつが一名。

……泣き疲れて寝た後、全く起きる気配がないが……そろそろ起こしておかねえと帰るときが面倒になる。

問題は……すでに三回起こしに行っている上、その三回とも布団にしがみついて動かなかったことだ。寝たい、ではなく……外に出たくない、と言いながら。

 

   *

 

「よう。」

「……リンドウさん……」

 

……一晩中見守っていたのだろう。ベッドの横に座るギルの顔には、明らかな疲労の色があった。

 

「あんまり根を詰めない方がいいぞ?」

「はい……」

 

攻撃を受け動けなくなったケイト。それを見て、即座にカリギュラを引き付けつつ離れたらしい。俺が合流した頃には劣性ながら戦闘中だった。

 

「ハルオミは?」

「任務記録を作ってます。……俺が書かなきゃだめだろ、って言ってました。」

「そうか……」

 

一番辛いのはあいつだろうに……

 

「……んで、どうだって?」

 

神楽に発見されたケイト。ギルの話ではアラガミ化が始まっていたそうだが、ハルオミがぶっ倒れた神楽と共に回収、搬送したときには、アラガミ化の形跡は全くなかったらしい。だが……

 

「アラガミ化はありません。腕輪も修復しましたから復帰はすぐにでも……起きればすぐに復帰できるそうです。」

 

……今の彼女の状態はいわゆる昏睡状態だ。アラガミ化のショックが原因だろう。

 

「……例のカリギュラ……他の地域に移動したそうですね。」

「らしいな。……ハルオミのやつ、そこへの異動願い出したんだって?」

「はい……」

 

追うんだろう。婚約者の神機が刺さった、そのアラガミを。

 

「お前はどうすんだ?」

 

ピクリと体を強ばらせたギル。……思うところはあるらしい。

 

「……フェンリル極致化技術開発局って知ってますか?」

「あー……最近発足準備に入った神機使い部隊だったっけか?偏食因子が違うとか何とか……」

「その部隊から誘いが来てるんです。その偏食因子に適合確率があるらしくって。」

 

偏食因子の研究はまだまだ続いている。その一環として発見されたのが、そのフェンリル極致化うんたらかんたらの偏食因子だそうだ。アラガミや神機、ひいては神機使いの研究のために設立された部署であり、その新しい偏食因子を投与された神機使い部隊が所属するとのこと。各地を転々としつつ稼働する予定らしい。

 

「……そこに行こうかと思ってます。」

「……」

「もちろんこの支部に他の神機使いが来てからにはなると思いますけど……俺だって、あいつと戦いたいんです。」

「……下手すりゃ接触も出来ないまま終わるぞ。それでもか?」

 

立ち上がり、俺の目をまっすぐに見た。……決意は固いらしい。

 

「そこで多少なり強くなれれば、ケイトさんみたいな人を少しは減らせますから。」

 

……彼と同じように考えていたとして、実際にそれを口に出せるだろうか。俺は……間違いなく無理だ。

それだけに、俺には止められないことを悟った。少しその部隊の様子を見てからにしろ。フェンリルは綺麗な組織じゃない。言いたいことはあるが、おそらく彼にそう言えるのは……彼と同じことを言える奴だけだろう。

……無理するな、と心の中で彼に言いつつ、外に出たときだった。

 

「なあ聞いたか?」

「何を?」

 

事務員らしき二人の会話が聞こえた。支部内での軽い噂話でもしているんだろうか。

 

「あのギルバートって神機使いさ、ケイトさんのこと見捨てて逃げたらしいぞ。」

「だから今昏睡状態になってんの?」

「かもな……」

 

……噂話……か……

 

   *

 

家に戻った俺を、何でもないかのように渚が迎えた。

 

「おはよ。」

「……いつ起きたんだ?」

「さっき。」

 

さっきまでの三回は何だったのか……眠そうな様子も、気怠そうな雰囲気もないのが腹立たしい。

 

「アリサは?」

「那智に呼ばれてる。今頃ああだこうだと面倒な話でもしてんだろ。」

「ふうん。」

 

が、いつもと変わらない中にもどこか思い詰めた様子が感じられた。別に言動や行動にそれが現れているわけではないが。

 

「で、今日はどうするの?」

「もうしばらくしたらコウタが来る。諸々が片付けば、後は帰るだけだ。」

 

昨日のことはまだ理解しきっていない。あまりにも情報が少なすぎる。それでもこいつにとっては、かなり重要な意味を持つ何かとして認識されるものなんだろう。

 

「……私は帰らない。」

「……あ?」

 

突然妙なことを言い出した渚。……それも止めても聞かないときの表情で。

 

「……あのアラガミが欧州に飛んでったみたいでさ。……それを追いたいんだ。」

「神楽達と合流するのか?」

「……たぶん。神楽達が探してるのも、きっと母さんだから。」

 

……あれが自身の母だ、ということだけは確信しているのかもしれない。過去を思い出せないまでも、直感でそう判断したのか……またはそれ以外の理由か。何にしてもここまで決意を固めているのであれば、俺には止める理由がない。

 

「……コウタに連絡しておけ。ヘリは二台で来いってな。」

「……良いの?」

「止めてほしいならいくらでも止めてやるが?」

 

良いと言われないと思っていたのか完全に面食らった様子の渚を見て少し面白くなる。こいつでもこういう時はあるんだな、と……若干の驚きを隠せなかったが。

 

「……ごめん。ありがとう。」

「気にするな。」

 

……本当は、まだまだ見た目相応の少女なんだろう。どこかで無理をして、どこかで取り繕うしかない状況に置かれ続けただけの……

 

「何かあったら連絡しろ。こっちでも例のアラガミの観測は続ける。」

「うん。お願い。」

 

……ただただ孤独でいようとした過去の自分に、どうしても彼女が重なった。

 

   *

 

「……ここは……」

「黒蛛病患者の病棟だ。赤い雨に濡れる、または感染者に触れることで感染する、若干の潜伏期間を持った不治の病だというところまでは分かっている。」

 

力なく様々な機器に繋がれてベッドに寝転がる十数名の患者。歳や性別はバラバラだけど、腕や足に蜘蛛のような形の痣が浮かんでいることだけは共通している。

 

「あの痣は?」

「黒蛛病特有の症状の一つだ。末期になり、あれが体のあちらこちらに浮かぶと……もう何をしても助からない。対処療法もほとんど効果がなくなる。」

「じゃあここにいる人たちは……」

「……あと一月以内に治療法が見つかれば……まあ、何度そう思ったか分からないが。」

 

まだアナグラには降っていない赤い雨。私達が知らないそれが、ここではずっと猛威を奮っている。

……被害地域が広がるのは時間の問題だろう。

 

「……君達への対価は、ここの患者達や病死者の記録、ネモス・ディアナそのものや赤い雨に関するデータの提供。さらに余っている土地を任意で提供する。それで構わないな?」

「もちろんです。……でも、本当に対価なんて……」

「……恩も返させてはくれないのか?」

「あ、いえ……そういう訳じゃ……」

 

……やられたらやり返す。そんなもの、続けていたって意味がないとは思わないか?……初対面の時は思いっきりやり返しそうな雰囲気で接してきていたのに、今日は会った瞬間にそう言い出した那智さん。

思うところがあったのかはたまたユノさんに平手打ちでもくらったのか……ほほに真っ赤な手の跡をつけた彼は、すでに前の彼とは違っていた。

 

「……ただし。」

「はい。」

 

……出来ることから、出来たようだ。

 

「シックザールが間違っていると判断したときは、俺は迷いなくお前達に牙を剥くつもりだ。……分かっているだろうな?」

 

……あのロボット……神機兵が、このネモス・ディアナへアラガミを誘導していた。それは、昨日の戦闘後に外をかけ回ったソーマが、アラガミに襲われて乗員が全滅していたトラックの中から見つけた事実だ。

 

「そのときは是非呼んでください。お手伝いします。」

 

手を差し出しつつはっきりと答えた。

ソーマと私と渚と……たぶん神楽さんやリンドウさん、コウタもこっちにつくだろう。フェンリルが本気になっても勝てないはずだ。

 

「……そういうことをそういう顔で言わないでくれないか?気が抜ける。」

「……すみません……」

 

……どうやら満面の笑みでも浮かべていたらしい。さすがにそんな表情で言うことではなかった。

 

「……あの……それで、八雲さんは……」

「彼の自宅の横の森だ。そこの慰霊碑に埋葬された。アラガミに襲われての死亡だからな。」

「……すみません……」

 

二度目の謝罪。今度は恥じらいではなく、純粋に八雲さんを守れなかったことへの罪悪感からだ。

 

「……謝らなくていい。どちらにしろ、彼はもう長くなかった。」

「えっ?」

「遺体から蜘蛛型の痣が発見された。アラガミが来なかったとしても……保って数週間。すでに明日をも知れぬ身だったようだ。」

「……」

 

こちらに背を向けたまま歩き出した那智さん。表情を伺うことは出来ないけど、口調は淡々としていた。まるで感情を込めるのを恐れるかのように。

 

「まだ……恨んでいるんですか?」

「……どうだろうな……」

 

足を止め、数秒間黙った後……

 

「……まあ、悪い親父ではなかったことくらいは認めている。」

 

振り向いたその顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。




…ソーマと那智さんがどうしても被る…うーん…だいたいあの二人ってさりげなく共通点が…これは富Pの陰謀かな?
あ、コミック版のストーリーは次回で終了。その後に人物紹介を投稿したいと思います。


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全ての外側で

そういえばGE2の主人公と神楽ってなんか性格似てるような気がするなあ、とか考えながらこの回書いてたんですよね。一応のプロットは完成していたので。
っていうかこのままじゃあコウタが空気に…


 

全ての外側で

 

午前十時。

 

「……うう……」

《あ、おはよ。》

【おはよ。じゃない!】

 

起き上がった。……起き上がったとも。頭の中で誰かがキャンプファイヤーをしながら踊っているかのような高熱と頭痛に見舞われつつ、目眩を起こして即座にベッドにぶっ倒れながら。

 

【……頭痛い……熱い……くらくらする……】

《おーい?大丈夫かー?》

【誰のせいだと思ってるの!?……いたた……】

《まあまあ落ち着いて。》

【……ちっ……そっちに起きてれば殴れたのに……】

《こわっ!》

 

まあ冗談にする気はあまりない冗談はさておき……

 

【……で、いったい何したの?これまでにないレベルの出力だったけど。】

 

別に地面を穿ったり衝撃波で廃墟群を吹き飛ばしたりしたことはある。でもそれは、どちらもソーマとの戦闘で彼と本気で刃を交わしていたときの話だ。その場に留まって、ではない。

 

《うーんと……つまるところはケイトのアラガミ化を止めた、ってことなんだけど……》

【そんなこと今まで出来たっけ?】

《神楽が右手でコアを回収するときにさ、ほとんどは怜のコアの方に吸収されるんだけど、ほんの少しだけ神楽の体と私の本体とにも融合されるんだ。神楽の体は私の本体と直結してるから、その分は統合できるかな。》

【なるほど。】

 

……あまり実感がわかないけど……まあこういうところに関しては当然イザナミの方がよく理解している。私のために表現をかみ砕いているとしても大方の意味は違わないだろう。

 

《そうすると、だんだん吸収した分が増えてくでしょ?この場合の吸収ってアラガミの捕喰と変わらないから、最終的に捕喰進化と同じルートをたどるわけ。二年間もあれば何かしらの進化には十分すぎる量が蓄積されると考えると、その先を理解するのも楽かな。》

【……あれ?それって渚とソーマも同じなんじゃない?】

《そりゃね。あの二人にも変化が出る頃じゃないかな。》

【ふむ……】

 

一応人として生きているだけあって、アラガミと同じ形での進化をしたっていうのが何だか新鮮に感じられた。自分がアラガミである事実を常に念頭に置いていても、そこまで同じになっているとは考えていなかったからだろうか。

 

《まああんまり深く考えなくっていいよ。そんなに頻繁に起こることでもないからね。》

【むう……】

 

頻繁に起こりはしないと言われても、私にとってはかなり重要だ。何せイザナミは実際に起こってからでないと伝えてくれないのだから。

……全く……そろそろ予め伝えておくってことを覚えてほしいものだ。

 

   *

 

「……よし。」

 

迎えに来たヘリで海を渡り、ひとまず本部まで。その半径二十キロ圏内で、自分の能力の限界を知るためにも転移を繰り返してみた。

……結果は……かなりいい。が、同時に使い勝手はあまりよくない。

回数そのものの限界はかなり高い位置にあるようだ。何度か転移してみたが……特に疲労が溜まったとか、時間がかかるようになった、ということはなかった。約三十キロの限界距離にも変化はない。初めの転移の疲れは何だったのか、と不思議になるくらいだ。

ただし、一度転移すると、最低でも五分間は次の転移が出来なかった。肉体的な問題ではなかったようだし……たぶん転移が何らかの環境的な変化を誘発してしまうのだろう。

つまるところ、この能力を使用しての短期決戦が求められるときにはさほど役に立たない、ということだ。単発ならいいんだけど。

 

「いただきます。」

 

……そして今は食事中である。ヘリが飛ぶまでにはまだまだ時間があるのだ。

 

「……」

 

もそもそとパンをかじりつつスープを飲んで……そんな時でも、考えるのは母さんのことばかりだった。

母さんがなんでアラガミになったのか。なんで今になって私の前に姿を現したのか。考えれば考えるほど分からないことだらけだ。

……自分がアラガミになった経緯も思い出せないままに考えることではない、ということなんだろうか……

家族のことでも、自分のことでも。何か一つでも思い出せたら、私は何かを知ることが出来るんだろうか……

 

「……はあ……」

 

自分で自分に問うたとしても、答えられるのは自分だけ。でもその答えを持っていない私は、ただただため息をつくほかなかった。

後に流れるのは奇妙な静寂。パンをかじる音だけがつまらなそうに木霊して、寂しいのにどこか心地よくて。

気が付けばまた泣きそうで……私が私として生きてきた二年間。その間ろくに流していなかった涙を、この数日間でどれだけ絞り出したんだろう。

 

「……どこにいるの……?母さん……」

 

……もう一度……ううん。まだ何度でも、母さんに会いたい……

 

   *

 

「へえ……えっと……私の右手みたいな感じ?」

「だいたいそれで合ってるはずだ。」

 

ソーマの左手に現れたという高出力の砲塔。彼が博士に聞いたところ、アラガミの部分が遂げた進化の一つだろう、と返答されたとのこと。私がアラガミ化を止められるようになったのも同じだそうだ。

渚は渚で転移が出来るようになったとか何とか……いよいよ生き物の域から外れてきてしまったらしい……

 

「で渚がこっちに向かっていると。」

「ああ。最短距離でな。」

 

主要な支部を何カ所か回った私達とは違い、彼女は直で本部まで飛んでいる。明日か明後日にはここに着くだろう。

 

「こっちで接触したアラガミを追いたいんだとさ。……たぶんお前達が今探している奴と同じ個体だ。」

「同じ?」

「……渚の母親がアラガミ化した結果である可能性が高い。観測された偏食場もそっちで観測されたものと酷似しているからな。」

 

……イザナミが言っていた、私を危険視しての対象アラガミの行動。ソーマ達の方を確認できたことでひとまずの目的を果たしたのだろうか?

 

《……むしろこっちにも用があるのかもよ?》

【私に?】

《そこまでは……もしかしたらこの地域の何かかもしれないし。》

 

今日私が起きてから一度も寝ていないイザナミ。彼女曰く、進化が終わったからかコアが安定し始めたらしい。

 

「……それから渚から伝言だ。」

「ん?」

「そのアラガミを見つけても、絶対に攻撃するな、だとさ。」

「……?」

 

攻撃するな……?

 

「俺もそのアラガミには会ったんだが、どうも人としての記憶やら人格やらを完璧に残しているような節がある。実際、そいつが人に攻撃しようとしたのは一回だけだ。……おそらくだが、あのアラガミに攻撃する必要はねえ。」

 

明らかな矛盾。彼の場合、人に攻撃しようとした時点でこちらが討伐する必要のある相手だと考える。……それは私も同じだ。

でもその彼が、一回とは言っても人に攻撃を仕掛けたアラガミに攻撃するなと言っている。

 

「でも襲おうとはしたんだよね?」

「……そのアラガミを撃とうとした奴がいてな。結局それを庇った渚が撃たれたたんだが……それに逆上して、だ。」

「……むう……」

 

彼がアラガミと呼ぶのは、見た目までアラガミである個体だ。完全にアラガミ化し、人としての体組織を持たなくなって尚そうした行動を取る……有り得るだろうか?

 

【……どう?】

《有り得なくはないと信じたいけど……実際見てみないと何とも言えないかな。》

【そっかあ……】

 

イザナミとしても疑問符の付く部分があるようだ。ひとまず自分の目で確かめる以外ないのかもしれない。

 

「……とりあえず私も私で確かめてからにしていい?」

「ああ。分かってる。」

 

……人を襲わないアラガミ。別にいないとは思わない。と言うより、そもそもいないとしたら私は何なのか、という話に発展するのだ。いないはずがない。

それでも、人として生きている今そういうアラガミがいることを想像するのは……さすがに容易ではない。自分と同じだと考えるにも、そのアラガミを見たことがないせいで実感がわかないわけで。

 

「……すまん。そろそろいいか?まだ検査が残ってんだ。」

「あ、うん。ごめんね。長々話しちゃって。」

 

……かく言う私も、来週には一度アナグラに戻って検査だ。渚も、こっちで活動するための手続きが終わり次第同様の処置を執られるとのこと。また一日かかるのかな……

 

《……むー……検査面倒なんだけど……》

【まあまあ……】

 

確かに面倒だけど……この体の宿命だと考えるしかないだろう。

 

「じゃあ、またね。何かあったら連絡する。」

「ああ。」

 

短い答えの後でプツリと切れた通信。途端に睡魔に襲われる。

 

【……まだ昼なのに……】

《疲れてるんだよ。寝といた方が良いって。》

【だから誰のせいだと……眠……】

《……寝ときなってば……》

 

……私はこれからどこに向かうんだろう……人の外側にいながらにして、人の内で生きる……そんな自分へと、毎日問いかけ続けていた。




これでコミック版の章は完結となります。
…え?伏線がいっぱい見えるんだが、ですって?
そうしないはずがないじゃないですかー(笑)
いやもう…友人からも「お前どんだけ書く気だ?」とか聞かれる始末ですからね。
…正直言って自分でもどこまで行くかが分からないという…
とりあえず、本日の本編投稿はここで終了となります。この後に人物紹介、小説内設定の二つを投稿いたしますので、よろしければお読みください。


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GE2編へ入るにあたって(GE編、The second break編を先にお読みください)
人物紹介


…は、8235文字…なぜに…
いや何が原因って、純粋にいろいろ書き過ぎただけですね。
外見に関しては本編中にあるものと大差ないので、その辺は読み飛ばしてもぜんぜん大丈夫です。
…まあ人物紹介を読まないと先のストーリーの理解に支障が出る、ということはありませんので、本当に「よろしければお読みください」の範疇です。
…裏設定はけっこう書いちゃってますが…


神楽・シックザール(かぐら・しっくざーる) 旧姓:神崎(かんざき)

 

概要

 

 パーソナルデータ

 

女性 二十歳(2074年現在)

血液型:A 身長:169cm 体重:特秘事項

所属:フェンリル極東支部独立支援部隊クレイドル

 

心臓付近に自身のDNA情報を組み込んだ複合コアを持つ腕輪を持たない神機使い。

性格は温厚。明るく外向的で、誰とでもいい仲を築くことが出来、頭の回転も速い。

だが、照れる、困る、焦る、恥じらう等々に関してはなかなか止まらず、ついでに少しだけ天然かつおっちょこちょい。それをよく知る元第一部隊の面々からはそれで遊ばれることもしばしば。

極度のコーヒー好きであり、遠征時にもコーヒー豆を持って行く。湯温を一番いい温度にするためにコンロを改造しようとして、リッカにものすごく怒られたこともあるのはアナグラでは有名な話。ちなみにいつぞやのオーブン故障はこれとは全く関係ないのであしからず。

元第一ハイヴ在住者であり、オラクル研究の第一人者であった故神崎桜鹿の娘。母である故神崎冬香より料理をはじめとする家事をさりげなく叩き込まれ、かなり家庭的な女性となった。

現在はソーマと夫婦関係にある。

 

 

 過去

 

2066年7月7日。桜鹿が作成した複合コアを狙っての大車とアーサソールによる第一ハイヴ襲撃で両親と弟を亡くし、その時に桜鹿が落とした青い複合コアに触れたためアラガミ化。その後は彼の研究者仲間へ引き取られ、そこで五年間を過ごした。

その間、あまり人に寄られず、かつ話しかけられたらまともに応答できるように自らの人格を形成。常に冷めた嫌みな人を演じつつ、ぎりぎりで人間生活を送ることが出来るまでに回復した。

十七で神機使いとなり、ソーマと出会う。本能的かつ直感的にアラガミと人の間にいることを察知。それから紆余曲折を経て、元の明るい性格を取り戻す。

コアに形成された疑似人格であるイザナミの存在に気付いたのはその数ヶ月後。アラガミの能力開花も同時点。その能力によって、アルダ・ノーヴァ内からのヨハネス摘出、大車によって完全にアラガミとなったソーマの救出まで行った。

2071年末、ソーマと結婚。人前でイチャツいていないのが奇跡だ、と言われるほどのおしどり夫婦とのこと。が、二人とも頑固なせいで喧嘩になるとなかなか止まらない。そのくせ仲直りは異常に早い。

……渚曰く……

「いろんな意味で似たもの夫婦だからほっとけばいいんじゃない?」

だそうだ。

2074年現在、世界各地の支部を転々としている。

 

 

 余談1

 

彼女が着ているのは、ソーマとのデートの際に彼がプレゼントしたもの。

数回の仕立て直しを経て今に至る。

 

  服の見た目

 

膝上10センチくらいまでの丈、右側に三カ所赤の飾り紐、同色の細帯で締めるタイプの、白く肩から先のない着物。

腰からは1メートルほどの、どこか柔らかな色合いの赤マントが同じく細い帯で止められ、さながらスカートのように広がっている。その下から覗く足には、太股に白地に赤の飾り縫いが付いた布製のリングが、膝から下には白を基調として黒のアクセントが入ったブーツを履く。

左腕には肘の上5センチほどの位置から袖のような物のみが被せられ、太股にあるのと同じリングで着せられている。形状的には巫女服の袖に近く、こちらも白地に赤の飾り縫いが付き。

背中には記事が若干被さるように織られたスリットがあり、翼やブースターを通すことができる。この設計に神楽はいつもご満悦だとか。

 

 

 余談2

 

彼女の体重は当然フェンリルの神機使いの身体データとして保存されてはいるものの、彼女がアラガミであることを理由にそこだけ特秘事項にされている。当然、神楽自身が行ったもの。ソーマだけはそのデータを知っているそうだ。

それを興味本位で暴こうとしたある神機使いKは、彼女との任務時に大型種五体の目の前で置き去りにされ、気持ちがいいほどの敗走を余儀なくされたとか。その間神楽自身は禁忌種三体を無傷でほふっていたらしい。

……その後、似たようなことをソーマにもやられたのは別の話だ。

 

 

外見

 

 非戦闘時

 

純血の日本人としてはかなりの色白。彼女自身、祖父母か曾祖父母にヨーロッパ出身の人がいるのではないか、と考えたこともあるが、紛れもなく純血の日本人だ。

顔は全体、部分問わず整った形をしている。目の色は黒。

とうとう腰まで伸びた髪は、現在は特にまとめずに風任せにしている。イザナミが前に出たときに解けてしまうことがあるのも、その理由であるとか。

比較的スレンダーな体型であり、極東支部内では胸が小さめの女性に分類される。本人は若干気にしている様子。

……年下の比較対照(アリサ)、同年代の比較対照(カノン)、年上の比較対照(ツバキ)の全員が自分より胸が大きいのだから仕方がない……のかもしれない。

当然ながら、一般的な基準で見ればごくごく普通のサイズである。

 

 戦闘時

 

目の色が金色へと変色。右腕も純白の羽に包まれる。彼女自身が本気を出した場合には、それに右腕からの翅鎧形成と髪色の変化も追加される。変化後は白髪に左右一房ずつの金髪。

背中からはほんの少しだけブースター炎のようなものが発せられているが、本人自覚なし。他の支部へ援助へ赴いた際、そこの神機使いが卒倒しかけたこともあるそうだ。

 

 暴走時

 

目が赤く発光、視界も赤くなる。

原因は主に精神的な負担の過多。さらに、彼女自身の疲労によるオラクル細胞の制御不能が挙げられる。

意識がありながら暴走する場合と錯乱しつつ暴走する場合の二通りに分かれ、基本はどちらも周辺のアラガミの過剰な殲滅行為が発生するが、コア本体が暴走した場合には周囲への無差別な攻撃が開始されることがある。

 

 

神機

 

神楽の右手から生える、継ぎ目のない純白の刀身。全体に蒼く発光する直線のラインが入っており、それが簡単な幾何学模様を描きつつ繋がっている。

前後に刃があり、前方は細身のブレード、後方はコンバットナイフ型。各2m,0,5m。ナイフ型は持ち手にほぼ直接取り付けられている。

刃の部分は弓なりに連結しているが、持ち手をまたいでいる箇所だけは手の方へ近付くような曲線を描きつつ若干の厚みを持つため、盾として使用されることもあるようだ。

リッカが作成したときには存在していた銃身は神楽が戦闘を重ねる内に消滅。現状、彼女は遠距離攻撃を行えない。もともとろくに使っていなかったせいもあり、オラクル細胞が不要と判断したのではないかとの推論が博士より挙げられている。

また、前後の刀身は切り離して使用することも出来ることが確認済み。前方のブレードが持ち手の一部と共に外れ、一応は投げることも可能なようだ。

この神機の使用中、速度と感覚器官の感度が向上する。

 

 

アラガミとしての能力

 

アラガミの能力の使用。つまりはオラクル細胞の制御解除を行った場合、通常は背から蒼く発光する一対の白い翼とブースターが出現し、高速での移動や翅状のオラクル放出、さらにオラクル細胞の操作などが可能となる。操作範囲は直径10~15メートルほど。

ただし、ケイト救出の際の翼の巨大化やブースターの増強など、場合によってその形状や動きは変化する。

限界値はイザナミ、神楽両者の限界を突破した時点。その間行っていた行動にもよるが、二十分程度なら大きな問題は出ないようだ。

 

 暴走時

 

黒色の翼の展開、同色のオラクルによる攻撃、純粋な攻撃力の大幅な増強などが起こる。ただし、それら全てが彼女への膨大な負荷として返るため、普段はイザナミが確実に抑えている。

 

 

実は……

 

初めは男性主人公(15)だった→恋愛云々入れるとほぼほぼアリサに確定なのに気付いた→ふとありきたりだなあと思った→女性キャラ(12)にした→ソーマかコウタが相手だと悟った→コウタを取るとアリサがぼっちだと考えた→相手をソーマにした→歳を確認した→間違いなくソーマのロリコン疑惑が確定すると気付いた→歳を14まで引き上げた→アリサと被った→17まで引き上げた→ソーマとの恋愛理由を考えた→アラガミにすればいいと気付いた→完成。異論は認めないもん!

 

 

   *

 

ソーマ・シックザール

 

原作キャラにつき概要、外見の一部を割愛。

 

 

本小説における追加設定

 

アルダ・ノーヴァ戦後、ヨハネスと和解。現在は彼を迷いなく父として認めている。呼び方は公私問わず「親父」。

ちなみに神楽も彼を公私問わず「お義父さん」と呼んでいるため、二人のおしどり夫婦っぷりが表れている一例だと考える者も少なくない。

ヨハネス本人としては、公の場では支部長と呼んでもらいたい様子。

 

大車によって神楽のDNA情報を含んだコアを埋め込まれ、その結果完全なアラガミ化を遂げる。

神楽のコアが使われた理由は、同じ反応を持つ神楽がいる極東支部を襲わせようとしたため。あの時点では彼女が昏睡状態にあり、コアの活動が半停止状態にあったため想定されていた効果は生まれなかったが、彼女の弟である神崎怜のコアを用いたインドラが極東支部を狙い続けていたことからその効果の程は伺える。

だがそれがもたらした結果は神楽の覚醒と進化。最終的には彼女がソーマの救出に成功し、大車自身は拘置所で自ら命を絶った。

 

 

外見 暴走時

 

髪が背中まで伸び、黒髪に変容。神機もそれに反応して全体が漆黒に彩られる。

指の間からクローを展開させることも可能になるが、皮膚を突き破りつつ生成されるため彼自身へのダメージにも繋がってしまう。

……どこかのウ○ヴァ○ンみたいに一瞬で再生することはないので、地味にそこからの出血が響いたりする模様。

本編中に描写はないが、瞳孔も縦長になる。

 

 

神機

 

原作通りの白いイーブルワン。ただし、アラガミ化の際にソーマからの侵喰を受けたため、偏食因子は彼の体細胞と全く同一のものに変化。適合率は計測不能である。

神機の使用中、ソーマは全般的な運動性能が向上している。

 

 

アラガミとしての能力

 

神機兵とシユウの変種によって窮地に立たされたことでオラクル細胞が変異、及び進化した結果、左腕から砲塔を生成することが出来るようになった。

発射されるのは純粋なレーザーなのだが、出力が高すぎるため撃っている間の方向転換は厳しい。連射も暴走中以外は不可能、と、かなり制限の強い能力である。

縦長の六角形状の真っ黒な五十センチ弱の筒。手首から肘の方へ向けて二十センチほどの排気筒のようなものが三本一組で九本という外見を持ち、神楽の右腕と同じく展開や収納は自由。とはいえ彼女の神機はもともとあったものを取り込んで現在の形を取っており、ソーマの左腕の場合は使った分だけ疲労などのフィードバックが起こる。

 

 

   *

 

イザナミ

 

概要

 

 パーソナルデータ 思念体のため神楽の観察に基づいた値を記載。正確な値は全て不明。

 

女性 外見としては十五歳頃。DNA情報で考えた場合には二十歳(2074年現在)

血液型:なし 身長:160~170cm 体重:……考えない!

所属:フェンリル極東支部独立支援部隊クレイドル隊長神楽・シックザール体内コア

 

2066年7月7日に神楽を侵喰、かつその体内に留まったコアに形成された疑似人格。本編中に記載はないが、彼女が形成された理由は神楽を慰めようとコアが動いたからである。が、神楽自身が自身がアラガミであることを拒絶していたがためにインドラ戦までほぼ休眠状態におかれていた。

少しだけ拗ねたような口調で話すことが多いが、これは自分を受け入れてくれている神楽に感謝しているため。元々の性格故に、その感情を悟られるのが恥ずかしいと思ってしまうからである。

だいたいの場合は神楽よりものんびりしているが、やるときはとことんやる性格。時として神楽の体を動かして行動することもある。

が、100%予告なしのため神楽にこっぴどく叱られることも。

 

 余談

 

「The second break」編にて寝まくっていた彼女だが、これはアラガミとしての進化によるコアの不安定化によるもの。

ソーマや渚にも進化はあったが、彼らの場合は外部影響による突然変異に近いため(それぞれ、生命の危機、母との邂逅)特に身体的な影響は出ていない。

 

 

外見

 

腰より下まで延びる、白髪の中に金色に輝く髪が左右に一房ずつ揺れるさらさらの髪。

肌の色はほとんど混じり気のない白。光沢ときめの細やかさに関しては、間違いなく人が勝てないレベルにある。

大きくも小さくもない胸やすっきりと括れた腰回りに、細くしなやかな手足と首を持ち、神楽と同じくアナグラ基準ではスレンダー。何度も言うが、一般基準ではごくごく普通の体型である。

形の整った口と鼻筋、位置も大きさもちょうどいい金色の目、少し尖った耳にシュッとした顎、と、かなり反則的な顔立ちを持つ。

服は白に近い水色の半袖のワンピース。同じ色のサンダル履き。さらに背には常時純白の翼が羽ばたいている。

ちなみにこれら全てを見た神楽は自らを負け犬と評した。

 

 

   *

 

 

概要

 

 パーソナルデータ

 

女性 外見は十四歳頃。ただし二年前より変化がないため、正確な値は不明(2074年現在)

血液型:判別不能 身長:142cm 体重:37,7kg

所属:フェンリル極東支部独立支援部体クレイドル

 

2071年にその時の第一部隊が保護目的で極東支部へ連れ込んだアラガミの少女「シオ」の果ての姿。シオがアラガミ化する以前の姿であると推察されている。

周囲を気遣うことの多い彼女だが、性格自体は穏便かつ冷淡。あまり笑う方ではなく、人が楽しげに談笑しているところには特に用がない限り入ろうとしない。

その性格故一人でいたがることが多い。今は神機使い用の個室を与えられているが、任務以外で外に出ることは多くないと言う。

理由は自分の過去を思い出せていないから。もしかしたら人を喰らったことがあるかもしれない、という不安が常にあり、それを考えるとどうしても他の人と楽しく話せなくなるらしい。

外見からは想像もできないほど大人びており、精神年齢で考えれば間違いなく保護観察者の榊より上である。そのせいかどうかは分からないが、博士の手綱を取るのが一番上手い。現状彼の暴走をどんなときでも止められるのは彼女だけ。

神楽、ソーマのどちらよりもアラガミに近く、二人よりも特異な能力を有していることも特徴の一つ。

 

 過去

 

2071年以前に沿岸部にてアラガミ化したと見られている。極東支部では特異点として観測され、ヨハネスと榊だけはその存在を知っていた。

ヨハネスが行おうとしたアーク計画に博士が賛同せず、アーク計画の要となるシオを保護。それからしばらくの間を彼の研究室の観察室で過ごす。

シオがアナグラにいることを突き止めたヨハネスがアーサソールに指示して彼女を誘拐し、アーク計画の慣行を謀ったものの、エイジス島にて調査を進めていたリンドウによって救出される。

計画の阻止、及びヨハネスの確保の後、極東支部へ帰還。ノヴァが破壊されたことよって特異点としての意義をなくした彼女はアラガミ化以前と思われる「渚」へと、肉体的にも精神的にも変化を遂げた。

三年が経った現在、神楽、リンドウ、ツバキと共に母と思われるアラガミを追っている。

 

 

外見

 

顎の細い端整な顔立ちと、シオだった頃と何ら変わらない青い目を持ち、淡い茶髪は首筋を覆う程度に伸びている。

肌は白。昔の名残なのか、きめの細かいそれには若干陶器のような光沢がある。感触はごくごく普通の人の肌と同じ。

少々細すぎたシオとは違い、健康的な少女の範囲に入るまでになっている。痩せ気味なのは少し筋肉質だ、という噂も。

が、本人としては全く成長しない自分の幼女体型が我慢ならないらしく……最近は神楽やアリサを見て妬ましそうにすることもあるそうだ。

 

 

神機

 

基本的な形状はシオだった頃と同じ。

刀身が一回り細くなり、銃口が若干後退、円形の小さな盾などが相違点として挙げられる。

過去の本能的な戦い方から戦略的な戦い方へと移ったことで変化が促されたと見られており、これを研究している榊は……

「アラガミの進化過程の解明の一助になるはずだよ。」

と語ったそうだ。

 

 

アラガミとしての能力

 

 予知

 

予知限界は数時間から一月。これは彼女の体調などによって変動するわけではない。

また、何も知らない状態から予知が出来るというわけでもなく、彼女が知った情報からの推察に依存する面がある。彼女自身がこの能力で察知できるのはかなりぼんやりとした予感に近いもののみであり、残りはその時の状況や何らかの効果をもたらすであろうものについての情報から彼女が立てた推察によって補われているとのこと。

そのため、彼女は一週間駒での予知しか口に出さないことにしているそうだ。

 

 転移

 

回数の限界は今のところ不明。ほぼ無制限である可能性もある。

距離限界は約三十キロ。ただし離れれば離れるほど任意の場所への転移は難しくなるため、実質的な限界距離は5~10キロ程度と思われる。

一度転移を行うと五分は次の転移が出来ず、若干ではあるが転移距離と転移不可時間は比例関係にある。渚の推測では、何らかの環境的な変化が要因だろうとのこと。単発だったら役に立つと彼女が結論づけた理由はここだ。

転移は元々彼女の母と思われるアラガミが使用できていた能力であり、会得にはそのアラガミが深く関わっていると見られている。

 

 

   ***

 

神楽の家族

 

 

神崎桜鹿(かんざき おうか)

 

概要

 

 パーソナルデータ

 

故人

男性 享年38歳(2066年)

血液型:A 身長178cm 体重:59,8kg

住居:旧フェンリル極東支部第一ハイヴ

 

神楽の父。アラガミのコアについての研究と、人体とオラクル細胞の関係性の研究の第一人者。マーナガルム計画に対して一番最初に警鐘を鳴らした人物でもある。

研究以外の面はただのだめ親父だったそうだ。

神機使いの理論が提唱されると同時にそれに関する研究を開始。研究内容は適合率99,9%異常の人造コアを作ることだった。

アラガミの素材を用いてコアを作成、その過程で被験者のDNAを組み込むという方法を採り、始めからその被験者に適合する偏食因子を作ろうと奔走した。

彼が描いたのは、志願者が神機使いになり、適合確率があるという理由だけで徴兵されることのない世界。これは共に研究者を目指した友人が、その夢半ばにして神機使いになり、そのまま殉職してしまったことを発端とする思いである。

2066年7月7日。作成に成功した四種の複合コアを狙っての大車の謀略によって死亡。

 

 

   *

 

神崎冬香(かんざき ふゆか) 旧姓:岬(みさき)

 

概要

 

故人

女性 享年36歳(2066年)

血液型:AB 身長:161cm 体重:48,7kg

住居:旧フェンリル極東支部第一ハイヴ

 

神楽の母。温厚ではあるが、神楽の躾や教育に関してはさりげなく厳格。

家事全般が恐ろしく得意であり、現在の神楽の料理の腕は彼女が教え込んだことによるもの。その他にも掃除、洗濯、礼儀作法、etc.etc.……端から見たらやりすぎなほどに神楽へ叩き込んだのだが……実はやってる方もやられた方も自覚がなかったとか。神楽自身、それを教えてもらうのを少し楽しみにしていたらしい。

研究以外はてんでだめだった桜鹿が生きていられたのは彼女のおかげである。

ちなみに彼女自身の教養に関してもやはり母から教えを受けたもの。そちらもそちらでとてつもなく厳しかったと言う。

 

 

   *

 

神崎怜(かんざき りょう)

 

概要

 

故人

男性 享年10歳(2066年)

血液型:B 身長:143cm 体重:39,9kg

住居:旧フェンリル極東支部第一ハイヴ

 

神楽の弟。俗に言うやんちゃ坊主である。

遊び出すとなかなか止まらないが、特に危険なことをするわけでもないため桜鹿も冬香も口うるさく注意することもなく、神楽も遊び相手になることが多かった。本人としてもかなり楽しんでいた模様。

ちなみに冬香の指導は神楽に対するものではないにしろ彼にも及んでおり、冬香も神楽もいないときは彼が家事をすることもあった。

が、少々不器用であるために料理の腕は人並みかそれより少し下。そのせいかあまり家事を好んで行うことは少なかったようだ。

 

 

   ***

 

その他のオリジナルキャラクター

 

桐生忠志(きりゅう ただし)

 

概要

 

 パーソナルデータ

 

男性 70歳(2074年現在)

血液型:O 身長:174cm 体重:61,3kg 

住居:フェンリル極東支部居住区

 

アラガミ素材の織り士。神楽、ソーマ、渚の三人の服は全て彼が織ったものである。

軍の解体まで従事し続けた彼は極東支部ではかなり顔が広く、ゲンや万屋、那智とも面識があるため、居住区のご意見番や情報屋として知られている面もある。




…自分でも読んでみました。
…硬い、長い、本編関係なさそう。
うーん…三拍子揃ってる…


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小説内設定

こっちもこっちでけっこう長ったらしいです。文字数はまともですが…
内容は改変されている設定…上田エリックとかですね。それからオリジナルの設定です。こちらはオリジナルアラガミも含んでいます。
五十音順ですので、ストーリーを読んでいる最中に「あれ?これどうなってたっけ?」みたいなことになった際にもご活用ください。


改変されている設定

 

 

アーサソール

 

公式ではギース達の部隊として発足したものだが、この小説中では新型神機の開発段階で薬物等を使用して作られた神機使い部隊となっている。

第一ハイヴを襲う、アナグラへアラガミを誘導する、シオを連れ去る、と、彼らが物語で果たした役割は意外と大きい。

 

 

雨宮リンドウ

 

ミッション蒼窮の月にて神楽と共に協会内に閉じ込められ、最終的には暴走した彼女のおかげで九死に一生を得た。

原作のように右腕がアラガミ化しているということはないため、まだまだ旧型神機使い。

結局エイジスに無事潜入。あれこれ調べ尽くし、ついでにあちらこちらのケーブルをぶった切るという悪戯まで果たしてからノヴァの額よりシオを助け出すに至った。

……エイジスには今でも彼が住んでいた跡があるとの噂が……

 

 

エイジス島

 

アーク計画の失敗後様々な議論が行われた末、ひとまず放置と決定。解体するには大きすぎ、かつ修復するには破損個所が多すぎるためだと言う。

オルタナティヴの砲撃によって天井から床まで大穴が空き、元は円形だったところも三日月型になってしまっている。

ノヴァの触手を喰らおうと近付くアラガミが後を絶えないため、残っているデータの回収はまだ完了していない。最近ではヨハネスと榊の二人が、回収任務でもやった方が良いだろうか、と話しているそうだ。

 

 

エリック・デア=フォーゲルヴァイデ

 

原作では序盤で壮絶な最期を遂げたわけだが、こちらでは錯乱した神楽に助けられ生存中。まだまだいつもの調子で華麗に吹っ飛ばされている。

妹のエリナの入隊でかなり気合いが入っているらしい。

 

 

大車

 

2066年の第一ハイヴ襲撃から始まり、蒼窮の月におけるリンドウの殺害未遂、インドラの作成と極東支部襲撃、エイジス島の破壊、ソーマのアラガミ化などを極東で行った。

2071年にコウタとアリサが捕縛。軍法会議後に送られた拘置所で自ら命を絶った

 

 

ガーランド・シックザール

 

大車の失墜後、アーク計画に深く関わっていた三人の内で一人逃亡していた彼。

極東からの脱出後の目撃証言がなかったが、それからしばらくして黒海の岸に打ち上げられていた彼の白骨死体が発見された。

アーク計画においてはノヴァの進化の管理を主に行い、終末捕喰の準備を無事整えられた背景には彼の働きが存在している。

 

 

クロガネ

 

複合コアの持ち主が使う神機をリッカの父が考えた結果のパーツの総称であり、基本性能は既存のものに劣るものの、複合コアをアーティフィシャルCNSとして用いた神機に取り付けて使用することで、展開されるオラクル濃度を高くできるように設計されている。この場合には既存のパーツを若干上回る性能を示し、特にアラガミを切断する速度の差が顕著である。

また、後に出てくるブラッド隊のクロガネは神楽が使用していたクロガネの戦闘データを元に作成されたものであり、複合コアではなくP66偏食因子(ブラッド隊に投与されている偏食因子)に反応するよう作られている。

……これはあくまでこの小説中の設定です。

 

 

シオ

 

ノヴァによる終末捕喰の特異点であったが、そのノヴァの消滅によって役目を失い、アラガミ化前の人格と思われる渚として存命。

現在はアナグラの神機使いである。

 

 

 

月である。緑にも何にもなっていないただの月である。

……この小説においての原作無視は宇宙空間にも広がっているのであった。

 

 

複合コア

 

神崎桜鹿が自身の研究過程で開発した人工コアであり、純粋なオラクル細胞から作ったコアに人のDNAを組み込むことで作られる。

目的は誰もが神機使いになれるようにすること。はじめから適合確率のある偏食因子を作ることが出来る、という画期的な発明だった。

亡き桜鹿に変わり、現在はリッカがその研究を行っている。彼女自身はこれを誰でも使うことの出来る神機を作るために研究したいそうだ。

 

 

ヨハネス・フォン・シックザール

 

原作ではアーク計画の失敗の歳に死亡したが、こちらではまだまだ元気である。

アルダ・ノーヴァ男神のコアを桜鹿の複合コアとしたことにより神楽に摘出され、現在は相変わらずの敏腕っぷりで職務をこなしつつ孫の誕生を心待ちにするいいお爺さ……失敬。支部長である。

 

 

   *

 

オリジナル設定

 

 

インドラ

 

大車が神崎怜の複合コアを用いて作成した人造アラガミ。ベースはディアウス・ピターだが、その性能は大きく異なる。

 

 外見

 

金色の、虎のように鋭くしなやかに伸びた四肢と細く長めの首、そして綺麗に括れた胴体と二股に分かれた長い尻尾。

首の付け根からは漆黒のマントがたなびく。後ろ足の付け根から尻尾側へと放射状に生えた平たい金属のような白銀の鎧と、前足の付け根から頭の方向へ向かって延びるやはり金属のような刃。虎としての比率からは明らかに長い耳の上側にも同様の物があり、上顎からは頭の長さと同じほどの牙が一対。

四肢の下半分くらいも明るい銅色の装甲がついており、外側に向かってそれぞれに一つずつ排熱口のような部位が飛び出ている。

 

 固有の能力

 

自身のオラクル結合率を操作し、もともと平均値の何倍もの結合密度を持つ自分のオラクル細胞の一部を切り離すことができる。

切り離した部位での別種アラガミの作成も可能であり、超硬質のヴァジュラ一体なら、だいたい足一本か尾一本を必要とする。

当然そうして生成したアラガミを再度自身の部位に戻すことも出来るわけだが、同種のアラガミを作るには自身のオラクル細胞の全てが必要になるためさすがに不可能。

また、自身の結合率を限りなくゼロに近づけることで空中に目視不能な形で浮遊する事もできる。

これは細胞単位での浮遊状態と考えられており、雷雲の中の移動、自分の周囲への雷雲形成、落雷と同時にその地点に出現、実体を保持しつつの高速移動なども可能とされている。

 

 

オルタナティヴ

 

インドラと同じく大車が作ったアラガミ。ベースはツクヨミ。コアは桜鹿の研究を元にしつつ独自に作成されたものである。

 

 外見

 

全体的には人間の男性型のアラガミである。ベースはツクヨミだが、それよりも一回り大きく、色もほぼ黒一色と、元の姿からはかなり離れている。

背に割れたステンドガラスのような六枚の羽と五対の突起がある。胸の少し前の位置からは、それぞれ一対ずつの脇の下と肩を通る、腕の長さほどのスパイクがあり、肩の上を通る二本からは、肩から上腕にかけてをカバーするような、漆黒に発光する赤のラインが入った装甲がある。

腕には暗い赤のリングが一つずつ取り付けられているのみ。黒金の足は膝からつま先までが一つの部位であり、膝は上方向へ尖り、足首もまっすぐに伸ばされている。浮遊に特化しているため、黒の逆三角形状の腰はかなり小さい。

頭部には目から鼻のあたりに赤いクリスタルの仮面、耳があるはずの位置からは斜め後方へ二本ずつのスパイクがある程度のシンプルなもの。

 

 固有の能力

 

元になったツクヨミが持つ能力に加え、インドラの能力を応用した高速移動、機械による光学迷彩を持つ。

光学迷彩は体内に埋め込まれた機器を外部より操作することで発動させており、動力はオルタナティヴのオラクル細胞。

動力が自身の構成物のため、いつまでも使用可能なものではない。さらにオルタナティヴが使用するわけではないため、機器の操作者がいなければそれを使うことも出来ないと……かなり欠陥だらけの能力である。

機械は回収されたものの、神楽が使用していたクロガネと同じくオルタナティヴのオラクル細胞に反応して作動するものだったことが判明。今のところ再利用の目処も立っていないため……リッカの遊び道具となっている。

 

 

フェンリル極東支部第一ハイヴ

 

通称「科学者の街」。2066年に壊滅。その後破棄され、現在はそこで死亡した人々の慰霊碑が建てられている。

神楽が生まれ育った地であり、位置はアナグラより北西へ約七十キロ。

GE本編最終章にて神楽とソーマが戦闘。その時の偏食場の影響で、この付近はアラガミが存在しない空間となっている。

科学者の街、という愛称の由来は、当時このハイヴに極東支部の研究者が数多く集まっていたこと。神楽の父もその一人である。

ちなみに本編中でただ極東支部と書いている場合、それは全て「フェンリル極東支部第八ハイヴ」であるアナグラを指しているのであしからず。

 

 

誘導コア

 

複合コアの解析結果と、アーサソールの実験データとを元に、アラガミが寄りつくような偏食場を発するよう大車が作成した複合コア。極東支部へのアラガミの誘導にも使用された。本編中には「誘導コア」という名称は出ていない。

複合コアの悪用例の一つであるため、神楽にとっては忌むべき対象。彼女たっての願いにより、誘導コアを戦略的に使ってはどうか、という一部の神機使いからの提案は取り下げられている。




…そういえばエイジスで戦闘、とか書くときどうしよう…けっこう大穴が開いているんだよなあ…(汗)
さて。本日はこれで全て終了とさせて頂こうと思います。

…が…
私をマルチで見た、って方はいらっしゃるんでしょうかね…かなりの数のルームに参加させて頂いたのですが…


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Chapter 1. 黙示録
α01.始まりの詩


前回投稿から…一月くらいですね。お待たせいたしました。
GE2編へ突入することもあって、ここまでの話の確認やプロットの構築等々どたばたした結果がこれです。
…つ、疲れましたです…いやほんと…

GOD EATER the another story. Chapter 1. 黙示録 始まります。


始まりの詩

 

気が付くと、お父さんは私を冷たい目で見ていた。

 

「お前が生まれたからあいつは逝ったんだ。」

 

ああ……この話、何度目だっけ。

 

「そんな話やめてっていつも言ってるでしょ!」

 

そう……この話が出る度に、お姉ちゃんは私を庇っていた。

 

「うるさい!あいつのことをろくに覚えてもいないくせに良くそんなことが言えるな!」

「それとこれとどういう関係があるわけ!?自分の娘は生まれながらの人殺しですってそんなに自慢したい!?」

 

もういいよ。どうせ私が悪いんだから。

 

「黙れ!」

 

ほら……またお父さん怒っちゃった……大丈夫だよ。私、もう我慢できるもん。もう九歳なんだよ?

 

「……失せろ。」

「……は?」

「さっさと俺の前から失せろ!」

 

……普通の人は、こう言われてどう思うのかな……私は何も……本当に何も思わない。

 

「バカじゃないの!?どうしてそんなこと……」

「いいよ。気にしないで。」

「っ!」

 

出て行って、どうやって暮らそうかな……

 

「そうか。嬉しいよ。さあ早く消え失せてくれ。」

「うん。」

「ちょっ……本気!?」

「うん。本気だよ?」

 

嫌だなあ……なんでこんな世界に生まれたんだろう……

ねえ……二人もそう思うでしょ?

……生まれ変わるの、どこがいい?

 

《さあな。ま、目の前からいなくなればいいんだってさ。どうする?》

【……いなくなろうよ。逆にさ。】

_____

___

_

___

_____

 

「……なるほど。つまりあなたが……」

「なあに?」

 

……何があったかをぼんやりと覚えている。でもそれが、私にとっての何なのか……少しずつ忘れていっているようだ。

とりあえず私の前には車椅子に乗った女の人がいる。それは本当のことみたい。

 

「いいえ。あなた……お父さんか、お母さんは?」

「……んー……なんかみんなどっか行っちゃった。」

「……そう。」

 

さらさらした金色のきれいな髪の毛。触ったら、すごく気持ちよさそう。

……でも……目を細くして、唇の角っこをちょこっとだけ上に上げるその表情を、私は知らない。憂いや悲しみや、苦しみや。他のどんな表情も知っているのに、その純粋でどこか温かな表情がどういう意味なのかを私は全く知らない。

 

「……可哀想に……」

「ううん。私嬉しいよ?」

「どうして?」

 

こうして、私の腕ごと背中まで包む仕草の意味を、私は知らない。その手が私を撫でる感触も、ただの感触でしかない。

 

「お父さん、嬉しいって言ってた。私にそんなこと一度も言ってなかったもん。だから私、嬉しい。」

「……じゃあ、どうして泣いているの?」

 

ぽろぽろと目から出てくるしょっぱい水を指で掬う女の人。でも、その細くてきれいな指についたその水を見る私は……その水をやはり知らない。

 

「……それ、なあに?」

「これは涙。人が、悲しいと思ったときに流すもの。」

「……悲しい?」

 

ふうん……じゃあ今私は悲しいのか。

 

「……今日から、私と家族になりましょうか。」

「?」

 

家族。言葉しか、知らない言葉。

 

「私はラケル。今日からは、私がお母さん。」

「らける……?らける……おかあさん?」

「そうよ。お母さんの家には、あなたの他にもいろんな子がいるの。きっとお友達もたくさん出来るでしょう。」

 

友達……って、何だろう?

 

「あなたのお名前、教えてくれる?」

「……鼓。鼓結意(つづみ ゆい)。」

「結意ちゃん、ね。すてきな名前だわ。」

 

……まあ、どうだっていいや。

……あれ?私、なんでこんなところにいるんだっけ?

_____

___

_

 

   *

 

ごく小さな機械音が響く中、寝ぼけた頭が天井を天井と認めるのに五分。スヌーズのかかった目覚まし時計の二度目のアラームを消そうと右手を動かし、同時に手首に突き刺すような痛みを感じるのにまた数秒。

 

「……いったぁ……」

 

ふかふかのベッドの上で転がった、たった今目覚めたばかりの鏡の中の少女。

肩までの黒髪(寝癖あり)、薄く開いた碧眼(寝ぼけ眼)、悲しくなるほどスレンダーな体型(私の年じゃ普通?)、整っている方ではあろう顔立ち(自信なし)。そして右手首の大きな固まり(重い)。

その固まりを押さえながら、横になって悶えていた。

 

「こんなに痛いなんて聞いてないよ……」

 

フェンリル極何とか技術かんとか局通称ブラッド。お義母さん曰く、次世代の神機使いを担う重要な存在だそうなんだけれども……なんだか自分でもよくわからないままにその候補生になっちゃったのだ。実感のない中、右手首の黒い固まりだけがその何よりの証拠って言うか……

 

「これより、山岳地帯へ入ります。職員は揺れに備えてください。」

 

注意を引きつけるようなチャイムに続いて流れた放送。それを聞き流しつつ、顔を洗おうとぼんやり洗面所へ向かおうとし……見当違いの場所へ進んでいたところで揺れに襲われて壁にぶつかった。ものの見事に額を打ち付けてぼんやりしていた脳味噌が一気に……文字通り叩き起こされたような気がする。

 

「……うー……」

 

そういえば前まで住んでいた部屋と違うんだ。それに気付いて、今度はしっかりと起きた頭で洗面所を探す。

私の神機使いとして最初の朝は、こうして始まった。

 

   *

 

「ダミーの討伐完了。次のステップに移ります。」

「はい!お願いします!」

 

殺風景な訓練場を駆け回りつつダミーアラガミを潰す新人候補生。ブラッドの制服に包まれたその姿を、ラケル博士と共に観察していた。

 

「……良く動くな。」

「彼女の適合係数はあなたに匹敵しているわ。このくらいできても、おかしくはないでしょう。」

 

鼓結意。以前からよく知っている少女だ。

ラケル博士に聞いたところによれば、五年前にハイヴ外の壊滅した集落のはずれでさまよっていた彼女を保護、そのまま博士が運営する自動養護施設「マグノリア・コンパス」に引き取られ……

 

「はああっ!」

「ターゲットη、討伐を確認しました。」

 

昨日神機使いとしてここに来た、という次第らしい。このフライアにおける三人目の神機使いだ。……移動要塞と言いつつも、実質的には小さな戦力でしかない。

 

「そうそう。ここに来るのが決まったときにあなたの話もしたのですが……」

「俺がこっちに来てからのことか?」

「もちろん。」

 

……そして、俺と鼓は面識がある。と言うより、ラケル博士の話では俺が一番話していたのは鼓であるし、鼓が一番話していたのもまたしかりなのだと言う。彼女の過去について若干ながら知っているのはそのためだと言える。

 

「あの子、ジュリウスもフライアにいるって言った途端に嬉しそうに笑ったわ。」

「……嬉しそうに?」

「ええ。」

 

あいつに好かれるようなことをした覚えなど微塵もない。そもそも人に好かれる行動がどのようなものかも分かっていない者が、無意識の内にその行動を取れるか、と聞かれたら……迷わず否と答えるだろう。

 

「それにしても……ご覧なさい。ジュリウス。」

 

名前を呼ばれ、少し深い思考に陶酔していた頭を揺り戻す。ラケル博士が指さしていたのは、彼女の前にあるコンソールの一画面。先ほどターゲットを討伐した瞬間の映像だった。

そこにオラクル細胞の動きのデータを合わせているらしく、鼓が振るショートブレードに沿って赤く塗りつぶされているかのようだった。

 

「密度が濃いな。初の使用でここまでいったか。」

「それだけではありませんよ?」

 

画面の一部分を拡大し、オラクルでの色の変化をさらに強くする。……彼女から半径1メートル強の範囲に、ごく小さなオラクル反応が点在していた。

 

「……まさか……」

「ええ。おそらく。」

 

満足げに頷く彼女と、若干ながらそれと対照的な俺の考えとが一致した。

 

「結意……もう血の力に目覚め始めているのね。」

「ばかな。俺ですらどれだけかかったか……」

「……彼女は萌芽を待つ種の水であり、土であるもの。そして、それ以前に女王たる種子。素質はありすぎるほどあるということね。」

 

謎めいた言葉を言い、また訓練場へ向き直る。

 

「そういえばジュリウス。あなたなぜ結意のことは名前で呼ばないの?」

 

かなり話がずれたと気付きつつも、博士との会話が無益になった試しがないために何とも思わず答えていた。

 

「鼓が名字から自己紹介をしたから……だろう。」

「……それだけ?」

「自分の名前が好きなら、おそらく名前から。名字が好きならその逆。俺がそうだからな。勝手にそう考えている。」

 

……問題はほとんどの場合は名前から名乗られていることだ。そのせいで、鼓だけが浮き出ているかのようになっているらしい。

 

「……ふふっ……」

 

どことなく儚げな笑みをこぼした博士。楽しげな声のまま、その先を言った。

 

「あなたが自分を基準にするなんて珍しいわ。」

「人に聞くより自分で考えた方が早そうだっただけだ。」

「……そう。」

 

……ただし、彼女に関してはその限りではないらしい。

一度だけ、彼女の名前について彼女から聞いたことがある。亡くなった母が、命の他に自分に残していってくれたものなんです、と。だからこの名前が大好きなんですよ、とまで言っていたのだが……生憎その頃には彼女を名字で呼ぶのが定着してしまい、名前で呼び直すに至らなかったのが現実だ。

 

「訓練終了。次はもう少し厳しくても大丈夫そうですね。」

「勘弁してください……」

 

訓練場から皮肉ともとれそうなアナウンスと、疲れ果てた鼓の声とが響く。それに続き、博士が俺へ声をかけた。

 

「彼女に会いに行ったら?積もる話もあるでしょう。」

「そうだな。……お疲れさま。ラケル博士。」

「ええ。行ってらっしゃい。」

 

先ほどと同じ儚げな笑みを浮かべた彼女に見送られ、部屋を出た。

……最後に会ってからどのくらい経ったのか。積もる話も、どこまで積もるか分かったものじゃないな。




初手からいろいろ書くのもどうかとは思ったんですが、それなりのペースで進めていかないとどうなるかわかったものではないので…
そういえば、今回のタイトルの頭に「α01.」とあるのにお気づきでしょうか?
GE2編では「α」をブラッド、「β」をクレイドルや極東支部側の物語として区分し、最低でも彼らが合流するまではこの形で進行する予定です。
一話に双方の話が盛り込まれる場合は、

   *
  α

であるとか、または何かしら分かりやすい方法で記載し、回の中で区分するかと。その話のサブタイには、「α」も「β」も付けずにおこうと思っております。

さて。本日は残り二話です。引き続きお楽しみください。


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α02.過ぎた日々の中に

小説情報の編集がかなりめんど…いやいや。大変です。
…にしてもジュリウス視点って…すごく書きにくいです…


過ぎた日々の中に

 

「ジュリウスさん!」

 

訓練場から出たところに、ここで一番会いたかった人がいた。

 

「久しぶりだな。……それにしても、驚いた。お前がここに来るとは正直考えもしていなかったからな。」

「私だってここに来るなんて考えませんでしたよ。」

 

お義母さん以外に話し相手がいないことを寂しいと感じられるようになった頃、ジュリウスさんに会わせてもらった。……確かあの時、ジュリウスさんはまず私がラケル博士のことをお義母さんって呼んでいるのに驚いていたっけ。

お父さんもお姉ちゃんもアラガミに殺されて離れ離れになって……あれから特に何でもない毎日に特に何でもなく過ぎていかれていた私が、お義母さんの次に本当の家族だって思った人。

 

「あ、もしかしてさっきの訓練、上で見てたんですか?」

 

手に持った資料のようなものに気付いて聞いてみる。すーっといたずらっ子みたいに手を伸ばしていくと、ジュリウスさんは苦笑しながらそれを隠した。

 

「こっちはもう一人のデータだ。お前のはラケル博士が調べている。」

「もう一人?」

「ああ。お前の同期になる。」

 

同期がいると聞いて、ちょっと残念な気持ちと安心感とを同時に感じる。自分のペースで自分なりにやりたい、って思う反面、一緒にがんばる人がいて、その人と切磋琢磨できるかもしれないことを嬉しく思って……なんか、いいなって。

そんな風に感じていたら、ジュリウスさんが私の頭を撫でた。

 

「さっきの訓練。見事だった。」

「え?……ほんとですか?」

「別に嘘を言う必要はないだろう。実際、あそこまでやれるとは思っていなかった。」

 

……自分でもばからしくなるほど、満面の笑みを浮かべている自分に気付く。自分に正直……と言えば聞こえはいいだろうけど、ただの子供の方が近いかな?

 

「よかったー……すっごく不安だったんですよ。」

「不安?」

 

どこか不思議そうに聞き返したジュリウスさん。そんな彼に……変わってないな、ってちょっと安心しながら続けた。

 

「だって、ジュリウスさんもここにいるって聞いてたし……みっともないとこなんて見せたくなかったですから。」

 

意地、と言って差し支えないだろう。ずっと兄のように思っていた人を、どこかで見返してみたい。そんなただの意地だ。

 

「……やっぱり……おかしいですか?」

 

さっきから真顔で聞いていたジュリウスさんを見て、ふと不安になる。……新人がいきなりこんなこと言っていいんだろうか?

でもその不安が杞憂であることを、彼自身がすぐに示してくれた。

 

「いい心がけだ。俺はそう思う。」

 

私の短い髪をとかすように撫でながら続けていく。

 

「新人の頃は皆、不安や一種の焦燥にかられる。……俺もそうだ。」

「ジュリウスさんも?」

「……俺の場合、俺を拾ってくれたラケル博士に恩返しがしたいと。それだけ考えていた。そのために焦りながらな。」

 

私の頭から手を離し、壁によりかかって私の同期の子のデータを見始めたジュリウスさん。仕事をしている彼を見るのは初めてだからか、少し緊張している自分がいた。

 

「ただある時、そういう生き方が間違いだと気付いたんだ。……そう気付くとどうも以前の自分がバカらしく思えたんだが……それからは自分として戦ってきた。」

 

……こういうのを精神論って言うんだろうか?今の私には分からない。けどすごく重要な気がする話。

そこまで言い切り、時計を見てから再度口を開いた。

 

「……鼓、続きは後にしよう。予定がある。」

「あ、ごめんなさい。引き留めちゃいましたか?」

 

私のために話していてくれたのが分かるだけに少し申し訳なく思う。それでいて、そんな私へ微笑みかけてから続けてくれるのが、ちょこっとだけ嬉しい。

……でも、やっぱり名前では呼んでもらえない……

 

「気にするな。……お前の同期だが、今はロビーにいるはずだ。軽く挨拶でも済ませておくといい。」

「はい。」

 

ジュリウスさんに名字で呼ばれる度……嫌われているような気がして辛いのだ。

 

   *

 

「……ナナさん。訓練直後の大量の飲食はあまりおすすめできませんが?」

「むご?」

 

訓練が終わった後、何だかものすごくお腹がへった。部屋の清掃の間おでんパンを外に出しておいたのを大正解だったと思いつつ十個目を口に運んでいく。金髪のオペレーターさんに声をかけられたのはそんなとき。

 

「あいほうふあいほうふ!(大丈夫大丈夫!)もご……あはひっへはへへも(あたしって食べても)もぎゅ……全然太らないんだよー。」

「食べ終わってから話しては?」

「まあまあ。それ……んぐ。おいひいへふぉ?(おいしいでしょ?)」

「……」

 

さっき渡したおでんパンを不思議そうに見ながらも若干笑顔を浮かべつつ食べてくれている……えっと……フランさんだっけ?

 

「これがおいしいことは同意します。」

 

くすっと笑いながら次の一口に取りかかるフランさんを見つつ、私も十一個目に手を伸ばす。……このパンはどうしてこうも食べる手を止めさせないのだろう?

 

「とは言っても……そろそろ食べ終わる方がよろしいかと。腹痛で戦えない、なんて緊急時には通用しませんよ?」

「いやーお腹減っちゃって……」

 

頭を掻きつつもぐもぐと食べている私を見てフランさんは呆れ顔。なんか間が保ちにくいなあ……と考え始めた頃に、ロビーのエレベーターが少し大げさな到着音を上げた。

 

「……えっと……」

 

出て来たのは私より少しだけ年下らしき女の子。きょろきょろと何かを探しつつこちらへ歩いてくる。

 

「どうかしましたか?」

「えっ?あ、その……同期の人がこっちにいるって……」

 

フランさんから声をかけられると同時にほんの少しだけ身を強ばらせた。人に慣れていないのかもしれない。

ブラッドの制服と帽子に身を包み、フランさんの前でたじたじになる少女。歳は……十二か十三歳頃かな?全体的に痩せ形で、周りを落ち着かせるような雰囲気を持ちつつ少し活発な印象も与えてくる不思議な子だ。

肩の上で切り揃えた黒髪に、深い青の瞳。鼻の線はくっきりとしていて、口は小さめ、と。どこかあどけなさの残る顔立ちでありながら、その華奢な右手には私が昨日もらったばかりの黒い腕輪と同じものがまとわりついている。

……特に見た目に変なところはないけど、違和感とは表現しにくい違和感が自然と感じられた。

 

「結意さんの同期……」

 

ゆい……日本語の名前だし、ハーフだったりするのかな?

 

「……ナナさんですね。そちらでパンを食べ続けている方です。」

「ん?もぐ……」

 

名前を呼ばれ、ひとまず観察を中断する。私の方を見た彼女とは自然と目が合った。

 

「あ、えっと、鼓。鼓結意です。よろしくお願いします。」

「うん。香月ナナ。同じくブラッドの新入りです。よろしくね。」

 

こちらの返しを聞いてすぐに肩からの力が抜けていた。……人に慣れていない、というわけではないのだろうか?

 

「お近付きの印に……はい。おでんパン!」

 

私なりの挨拶だ。初対面の人には、持ち合わせがあったらおでんパンを渡すようにしている。受け取り方でその人の人柄もだいたい分かってくるし、けっこう気に入っている挨拶だ。

……まあ、ほとんどの人はまず見た目で迷うんだけど……

 

「おでんパン?」

「うん。お母さん直伝ナナ特製!」

 

縦に割ったパンの間に串でまとめたおでんを丸ごと挟む、という大胆な発想。お母さんがこれを思い付いた経緯を是非とも知りたかったけれど……

 

「……いただきます。」

 

どことなく覚悟を決めた様子で小さくかじった。と同時に、その表情が驚きに染まる。

 

「おいしい……」

「でしょー?」

 

そこからはぱくぱくとテンポよく食べていき……全部食べた頃には満足げな表情でおでんの串を捨てに行っていた。

……食べる姿がリスみたいだ、とは言わない方が良いのかな?

 

「まだあるよ?」

「あ、いえ……さすがにお腹いっぱいですし……」

 

苦笑しつつも礼儀正しく断った彼女をいつの間にか気に入っていた。なんだかいい友達になれそうだ。

 

「ナナさん。そろそろ次の訓練の時間ですが。」

「あ、ほんとだ。」

 

立ち上がると少し寂しそうに、もう行っちゃうの?、と言いたげな目線を向けてきた。……なんだか抱きしめたくなる衝動を必死で抑えつつ、とりあえず安心させられるような声をかける。

 

「また後でねー!」

 

ぱっと明るくなったのを面白いと思いつつ、エレベーターへと乗り込んだ。

 

   *

 

「ふーん。じゃあ知り合いなんだ。」

「そういうことになる。」

 

こいつの昔話を聞けるなんて……明日雪でも降りそうだ。

 

「ロミオ。」

「ん?」

 

ジュリウスは元々自分のことを積極的に話そうとする方じゃない。一応マグノリア・コンパスにいた頃だって噂ぐらいは聞いてたけど、人の噂はあてにならないものだと今は思う。その時に聞いたのとジュリウス本人との差はかなり激しいわけだし。

 

「俺は神機使いとしては二年目でしかない。しかもあいつらにとってはお前も先輩だ。」

「お、おう……」

「……いろいろあるとは思うが、よろしく頼む。」

 

差し出された手を取り、その重さを何となく実感する。若干震えたその手からジュリウスの緊張が伝わってくる分余計に、だ。

 

「りょーかい。頑張ろうぜ。」

「ああ。」

 

初めて見る緊張した彼の様子に、何か悪戯心が沸き起こってきた。っていうか……まさかこいつ……

 

「もしかしてジュリウス……その結意って子が好きだったりすんの?」

 

一瞬の硬直と何となく感じられた彼の焦燥。これはきたか、と思いつつ彼の返答を待った。……のだが……

 

「……分からない。」

「おいおい……」

「ただ……出来ることなら鼓を守ってやりたい。それだけは思う。」

「……それって……」

 

好きってのと同じじゃないの?と言いたくなったが、きっと彼にとっては本当にそこまでなのだろう。……こいつがどっかずれてるのは初対面の時から感づいている。

 

「どうかしたか?」

「……いんや。何でもねえよ。」

 

……っていうか任務前がこれって良いのか?

 

「アラガミが接近中。まもなく戦闘エリアに侵入します。よろしいですか?」

 

無線機からフランさんが告げた言葉。二人して苦笑しつつ気を引き締める。

 

「来たか。始めるぞ。」

「おう。」

 

返ったら挨拶の一つでもしとかないと。そう頭の片隅で考えつつ、ジュリウスに続いていた。




ロミオってゲーム内だとけっこう強いんですよね(他のブラッド隊員と比べ。主に戦闘不能率)もうちょっと立ててあげても良かったのに。
にしても、確認していて思いましたがやっぱりハイペースですね。もう少し落としても大丈夫かな?


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β01.いくつかの苦悩

クレイドル回です。
っていうか神楽と渚回ですね。メインがそうですし…


 

いくつかの苦悩

 

「……全く……」

「ほんとどうしようもないね……」

 

……飲んだくれ、二名。

 

「……ほっとこう。」

「OK。」

 

この一年間、渚が遭遇したというアラガミ……呼称「アリス」を捜索しつつ欧州地域を転々としている。反応そのものはこの辺りで確認され続けているし、別の地域にいるとは考えにくいのだ。

 

《なんであの二人はオフの日なら毎日飲めるわけ?》

【……まあ二日酔いで出ることはないし……】

 

……そのアリスが渚の母親であるかどうかに関しては、今はまだ何も分かっていない。

 

「昨日どこで観測されてたんだっけ?」

「えっと……ロシア西部からギリシャ北西部にかけてを移動。その後転移した模様……だって。」

「……つかまんないなあ……」

 

部屋を出て会話を続ける。……どこか寂しそうな彼女。アリスとの接触が出来ていないことに一番焦りを感じているのは渚だろう。

 

「……最近さ。まだ思い出してない部分の夢とかよく見るんだよ。」

 

ぽつりと呟くように言いつつこのロシア支部の屋上に出て行った。どこにだって何にもないけど、星空だけは変わらずそこにある。

 

「一番思い出したいことはなかなか見られないんだけどね。断片的に分かってきたんだよ。昔のこと。」

「……」

 

どこか悔しそうに小石を蹴飛ばし、そのすぐ後にため息をついた。このところずっとこんな調子だ。

 

「……そのせいでなんか怖くってさ。一番思い出したいことが思い出せないのって、そもそもその思い出したいことがなかったからじゃないかって考え出しちゃったから。」

 

これまで強がっていたのか、それとも強がるしかなかったのか。今の彼女はどこか違和感を感じさせながらも、またどこかではしっくりくるように思えて……それが昔の自分を感じさせていて、ちょっとだけ辛かった。

 

「……あ、ごめん。こんな話して……」

「ううん。大丈夫。」

 

経験上、彼女が抱えている思いはため込まない方がいい類のものだ。愚痴みたいになっても吐き出した方が楽になる。

 

《自分で言う?》

【……面目次第もございません。】

 

……なんかすごく耳に痛いツッコミが聞こえた気がするけど……

 

「……明日オフだよね?」

「え?そうだけど……」

 

まあ、気にしても仕方がないだろう。

 

「ショッピングでも行こうよ。ちょっとならおごれるから。」

「……うん。」

 

少し自嘲するような笑みが浮かんだ。こういう言い方はちょっとひどいかもしれないけど、ずっと渚らしいとすら感じる。

 

「……神楽。」

「ん?」

「……ありがと。」

 

……一瞬だけ、彼女が妹であるかのように思えた。

 

   *

 

「討伐対象アラガミの殲滅を確認。お疲れさまでした。」

 

無線からの言葉が安堵と疲労を同時に呼び起こした。……これでなんとか、明日は出撃せずに済むだろう。

 

「……頼むヒバリ。飯用意しといてくれ……」

「はいはい。そろそろ交代だから、作って待ってるね。」

「サンクス……」

 

タツミとのミッション……だが、もともとそうだったわけではない。

 

「あんまこういうこと言うのも良くないとは思うんだけどよ……やっぱあいつらと戦えるってのは羨ましいな。」

「フン。なんなら喰われてみたらどうだ?」

「……さすがに遠慮しとく……」

 

ネモス・ディアナでの一件以降、感応種と呼ばれるアラガミが爆発的に増加した。そいつらと戦えるのは今のアナグラには俺しかいない。

その感応種が出現した場合、俺は自分の任務を放り出してでもそっちに向かう必要がある。……その一例が今日だ。

中型種二体……それも完全に分断できている状態だったため、タツミが一人で出撃。が、討伐対象の殲滅後に感応種が出現し、結果別地域で任務に当たっていた俺が向かうことになった。……ったく……いちいち仕事増やしやがって……

 

「……大丈夫か?」

「神機の重さを実感できるぜ……」

 

石垣に凭れて座り込んだタツミ。神機もかなり傷付いている。……待たせちまったか……

 

「っつーよりお前もそうとうひどいぞ?ちゃんと寝てるか?」

「……今日ぐらいはしっかり寝られると願いたいな……」

 

感応種が増加してからは深夜の出撃も珍しくはなくなった。……まあ、おとといから休みなく来てやがるのを考えれば……今日の夜くらいは休めるだろう。

 

「再来週からお前もサテライト拠点に行くんだったか?」

「おう。ブレ公は来週からだ。」

 

ネモス・ディアナの建設方法の調査、並びにこれまでのアラガミの行動パターン調査を経て、アナグラ周辺に次々にハイヴが建設されている。

サテライト拠点と呼ばれるそのハイヴには第二、第三部隊員が一人ずつ配備される予定であり、それぞれが自身の持ち場を防衛する形にするらしい。

 

「カノンはこっちに残るけどな。アナグラにも一人ぐらい残ってる方が俺も楽だ。」

「そうか。……しっかりやれよ。じゃねえと俺が疲れる。」

「はははっ!ま、なんとかやってみるさ。」

 

……言うまでもなく、アナグラの戦力は激減する。補充は一人来るらしいが、新人二人を抱えたままではあまり変わらないだろう。

 

「俺がα地点、ブレ公がη地点……んでエリックがθ地点か。けっこうばらけるなあ……」

「仕方ねえだろ。かなり散らばってんだ。」

「そりゃあなあ……もうちょい近くってもいいと思うんだが……」

「共倒れ希望か?」

「……さすがにそれはまずいか。」

 

アラガミがあまり通らない場所……当然ながら、アラガミ天下の中ではその範囲は極度に狭く、かつ離れることになる。

 

「リンドウさん達は?」

「まだまだかかりそうだな。昨日神楽から連絡はあったんだが……」

「マジか……」

 

……できるだけ早く戻ってきてほしいものだ。そう考えずにはいられない。

 

   *

 

翌日。

 

「……ふむ。」

「どう?」

「あ、待って。今開ける。」

 

欧州での作戦中、一番驚いたのはそこの住民達の服装だった。

比較的アラガミも人もが少ないためか飼育されている家畜の数が多く、その中でも羊の頭数は群を抜いており……

……何が余るって衣服用の糸と生地が余るのだ。まあ、自然と服は安価に、かつ呉服屋も少々豪華になり……

 

「……どう……かな?」

 

ショッピングはそこで締めということにもなりやすいわけだ。

 

「似合う似合う!」

「……神楽がはしゃいでどうするの……」

 

アリサがファッションにうるさかったのも頷けるなあ、と思いつつ、試着室の鏡に映った自分を見る。

淡い緑色の七分袖のシャツに、薄茶色のカーディガン。踝の上までの、水色のレース付きのグリーンのスカート。それに踵が低めの焦げ茶色のヒールと……落ち着いた色合いが好きなだけに、こういう服が似合うことを少し嬉しいと感じていた。

……神楽のコーディネートに感謝だ。

 

「そちらでご購入なさいますか?」

 

まあどこにでも商売上手な人はいるらしい。

 

「どうする?」

「……これがいい。」

 

……別に似合うからどう、とかはあまり考えていない。そりゃまあ似合わないものを着る気はないけど、これがいい、って思ったのは実際のところそれが理由ではなかった。

 

「じゃあこれで。」

「かしこまりました。」

 

誰かに選んでもらったもの、という事実が、それを欲しいと思わせていたのだ。

 

「23000fcになります。」

 

店員が告げた金額を聞いて若干の申し訳なさを感じたが、それについて何か言おうとする前に微笑んだ神楽と目が合った。

……今、彼女の目に私はどう映っているんだろう……

 

「妹さんですか?」

 

支払いを済ませた神楽へ店員が問いかけた。……まあ見た目からそう判断したのだろう。

特に気にせず、その店員へ違うと言おうとしたときだった。

 

「……?」

 

顔面蒼白で、少し震えながら立ち尽くしている神楽。息も少しだけ荒くなっている。

……まあひとまず、ここから出られるようにした方が良いだろう。どうも話すことすら出来そうにない。

 

「あ、いえ。仕事上の先輩なんです。」

「そうでしたか。大変失礼いたしました。またのご来店をお待ちしております。」

 

気付かれないように神楽の手を引きつつ店を出る。少し行ったところの広場にベンチがあったはずだ。

……問題はそこまで歩けるかどうか……

 

「……大丈夫?」

「……」

 

……彼女の様子を見て、何も考えずに彼女ごと転移した。

 

   *

 

「はい。コーヒー。飲める?」

「……うん……」

 

とりあえず自室へ転移し、彼女をソファーに座らせてから十数分後。ようやく少し落ち着き始めた彼女へコーヒーを渡し、私もミルクを入れたコーヒーを飲もうとしていた。

 

「……ごめんね。私が誘ったのに……」

「気にしなくていいって。もともと私のせいだったんだから。」

 

私の言葉に少しは安心したのか、やっと少しだけ笑みを取り戻してコーヒーに口を付けた神楽。疲れた笑みではあるけど、全く笑っていないのよりはずっとましだ。

 

「……さっき店員さんに、渚が妹なのか、って聞かれたときにね……ちょっと怜のこと思い出しちゃったんだ。普段は思い出さないように気を付けてるんだけど……」

「そっか……」

 

微妙に嗚咽が混ざりそうな声色で語る神楽にかける言葉が見つからない。……情けない、としか感じられなかった。

 

「……一つお願いしてもいい?」

「ん?」

 

だからこそ、私に出来ることなら何とかやってあげないと、とすぐに思えた。……それが良いのか悪いのかは分からないけど。

 

「少しだけ……妹だって思って……いい?」

 

くしゃくしゃになりそうな彼女を見て、一年前のソーマの発言を思い出した。

 

『……真夜中に魘されて飛び起きることがあってな。だいたいはあいつがアラガミになった日のことを夢に見たときらしい。』

 

週に一回は出撃が遅い……それは、どうやら今も同じらしい。一昨日も少し起きるのが遅かった。

 

「いいよ。ずっとでも。」

 

私を抱きしめた神楽の、少し力が入り過ぎな腕がむしろ心地良い。体系的にも若干息がし辛くなるはずなんだけど……

 

「……私も、姉さんだって思うから。」

 

泣きじゃくり方がひどくなった彼女を見つつ、本当に姉妹だったらどれほど楽だったかと思わず考えていた。……想像しただけで、それを強く望み出そうとする自分すらそこにいる。

……私の家族……たぶん、母さん以外はもう生きてはいないだろう。母さんも生きていると言っていいかどうか……

それだけに家族を欲していたことに気が付いた。誰もいないことを不安と思ったのはいつからだったか……

 

「……あ。」

「……?」

 

完璧にシリアスになっていた私の頭に、神楽を元気にする笑い話が唐突に思い浮かんだ。

 

「この状況って……ソーマは……義兄さん?」

「……あ……」

 

……ここから数分。私の部屋で二人分の笑い声が響き続けたのだった。




リアルで知り合いの読者様方からの意見。
「神楽がチート。」
「主人公強すぎだろ。」
「え?こいつ完璧過ぎね?」
…そんなにすごい人とは書いているつもりがなかったのですが…
私の中では、メンタル面が強い人ランキングぶっちぎりの一位が渚(主に立ち直りの早さ。でも正直イザナミの方がすごいかも…)。ワーストが神楽なんですよね…意見の相違ってものなんでしょうか?
…そろそろあの番外編でも出すか…
では、本日の投稿はこれで終了とさせて頂きます。次回もよろしくお願いいたします。


追記
番外編に関しましては、読者様からのリクエストがあった場合それを最優先として書いていく方針です。
こんなのを書いて欲しい、などの要望がございましたら、ご遠慮なくお申し付けください。


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α03.戦場

前回投稿からまた半月と少しでしょうか。お久しぶりです。
夏も本番。暑い日が続いておりますが、皆様はどのようにお過ごしでしょうか。
…え?私ですか?
…家から出ようともしないに決まってるじゃないですかあ(汗)
用のあるとき以外出ないです。はい。
まあ、とりあえず話を戻しましょう。
今回は結意の初陣と、クレイドルの方でのある事件が一区切り付くまで。計四話の投稿となります。お楽しみください。


戦場

 

廃墟、と言うものに、あまりいい感情を抱いたことはない。

崩れかけのドーム、風化しそうな本が並ぶ巨大な棚、瓦礫に埋め尽くされた広場。……動きにくくはない。見通しだっていい。遮蔽物もある。アラガミとの戦闘にはきっとすごくいい地形なんだとは思う。

でもそこが廃墟であるという事実が、何か嫌な感情を引き出してきていた。

 

「来たか。」

 

昔は植物園と図書館だったという建物が並ぶ都市跡。最近アラガミの通り道になっていることが分かったんだそうだけど……

 

「ブラッド候補生二名、到着しましたー!」

 

元気のいいナナさんに続いてトコトコと歩きつつ周りを見て……そんな時間が終わりを告げた。

 

「……準備は良いな。これより実地訓練を開始する。目標は六体。いずれも小型種だ。内二体は遠距離攻撃を行う。注意しろ。」

 

何でもないことのように告げ、行くぞ、と言わんばかりに背を向けたジュリウスさん。私としてはジュリウスさんに続くのがいいかな、って感じだったんだけど……

 

「あのう……これって実戦……ですよね?」

「ああ。そうでなければ実地訓練の意味がない。」

 

……実戦。そう聞いた瞬間、微妙に恐怖が背中を駆け抜けた。

 

「気にするな。お前達は死なせん。」

 

でもジュリウスさんは笑顔でそう言い切って……遠いなあ、って、ちょっとだけ寂しくなる。

 

「……はい。」

 

ぎりぎり笑顔で返事を返すことが出来た私に少しだけ微笑んでくれていた。……この人はいったい何度この場所に立ったんだろう……

 

「!」

 

そのジュリウスさんの後ろから一体のアラガミが現れた。訓練でも見た、オウガテイルというアラガミだったはず……いや。今はそれはどうだっていいんだ。

明らかに私たちを喰らいに来たオウガテイルを見て、まずナナさんがしゃがみ込んだ。それに反応したのか、狙いが完全にナナさんに定められる。

私も動けなかった。はっきりとした死の予感が全身を硬直させている。

……なのに……なんで私はナナさんを守るように覆い被さることが出来ているんだろう?

 

「無事か?」

 

アラガミのうなり声の中で聞こえた、落ち着いた問いかけ。恐る恐る顔を上げれば、オウガテイルの顎の付け根に左腕を挟み込んだジュリウスさんが目に入る。

 

「さて……」

 

右手に持った神機を剣形態へと切り替え、左腕を引き抜くと同時に斜めに切って吹き飛ばす。その一連の動きに無駄はなく、一日二日では到底追い付けそうもない距離を感じさせた。

 

「……ここは戦場だ。少しの油断が命取りになる。」

 

大き過ぎる背中を向けたジュリウスさん。ずっと見ていたはずのその姿が、記憶にある何もかもと違っていた。

 

「作戦開始だ。」

 

   *

 

「ラケル博士。観測機器の設置が完了しました。」

「ありがとう。……」

「何か問題は?」

「いいえ。大丈夫よ。ジュリウス達のサポート、お願いね。」

「はい。」

 

突然の指示だというのに……本当にすばらしいオペレーター……これならいつでも結意の観測が出来そう。

 

「……相変わらずすごい数値……血の力の覚醒もすぐかしら?」

 

ナナのレベルは新人の標準より二周りほど高いくらい。それだけでもかなりの素質だというのに、そのさらに二割り増しのところに結意はいる。ジュリウスと比べても戦闘経験を鑑みれば遜色ない……むしろ上だろうか?

ブレードに展開されているオラクルの密度は変わらないものの、時折発生する地面からのオラクル量は訓練の時よりも若干多くなっている。

……この調子なら……私の計画は一つか二つステップを飛び越せそうだ。

 

「いつっ……」

 

少しだけ頭痛に見舞われた。……徐々に強くなるそれのせいで考え事が出来なくなる。

 

「まだ残って……残りカスのくせに……」

 

……仕方がない。またちょっとばかり黙らせに行くとしよう。

 

   *

 

「一体もらった!」

 

開始早々、一体のアラガミの頭が飛ばされた。やったのは鼓だ。

 

「わー……結意ちゃんすごい!」

 

……訓練の時もそうだったが、どうも戦闘になると積極的に前に出ようとする癖があるようだ。癖と言うより性格だろうか?まあその辺りは特に問題ではないが……

 

「ナナ。左端からだ。」

「あ、了解!」

 

ほんの数十秒で二体を沈黙させている……ということは、あまりもたもたしているとナナが実戦を経験できなくなるわけだ。

アラガミに向かって少々の警戒を持ちつつ走っていくナナ。……彼女の戦闘が始まるまでにもう一体潰されそうだな。

 

「……鼓。あまり無茶はするな。」

 

通信機に向かって声をかける。が、返ってきたのは予想を遙かに超える言葉。

 

「大丈夫ですよ……すっごく楽しい……」

 

……初陣……のはずだが……こんなことを言える新人がいるのか?

そうして少しばかり面食らっている間にも、彼女はアラガミを切り刻んでいた。横一文字に切断した直後、刀を返して縦にさらに切り分け……四つに分かれ撥ね飛んだのを見るや、弧を描くように神機を振ってまた切り裂く。

……明らかに楽しんでいる。それも、おそらくは死と隣り合わせであることを完璧に理解しておきながら。

 

「……」

 

後で軽く話しておく方がいいかもしれないな……

 

「ジュリウス隊長。新手が接近中です。」

「数は?」

「三体のオウガテイルと思われます。」

 

二人の動きで最後の一体も虫の息になっている。三体程度ならどうとでもなるだろう。

 

「対応しよう。位置情報を頼む。」

「了解。」

 

会話の間にナナがドレッドパイクを宙に跳ね上げていた。最初の訓練では振り回されるだけだったハンマーもだいたい使いこなせているようだ。

……問題は鼓か……

 

「まだ生きてる!やった!」

 

歓喜の声と共に出窓を足場にして壁面を駆け上がり、間合いに入ると同時に切り上げて落下を止めつつ対象を若干上へ引き上げ、双方空中に留まるような形のまま熟練の神機使いに匹敵する速度で八つ裂きにする。最後の切り下ろしでまた自分だけが若干上へと飛び上がり、その場で銃に切り替えてすでに絶命しているドレッドパイクへと狙撃弾を撃ち込んだ。

……いつもの彼女ではない……と言えば聞こえは良いが、ほぼ錯乱状態と言って差し支えないだろう。

 

「位置情報の送信、完了しました。三十秒以内に接触します。」

「……ああ。」

 

ちょうどいいタイミング……ではある。とはいえ、これ以上二人を戦わせるのは少々不安だ。

 

「新手が来る。お前達は下がっていろ。」

 

二人の方へ歩きつつ声をかける。周囲を警戒しながらナナは下がり、俺が若干前に出る形まで行った。……が、鼓は……

 

「何で?」

 

普段の大人しい性格は欠片もなく、そこには殺戮を楽しむだけの異常者がいるだけだった。

 

「命令だ。下がれ。」

「……チッ……」

 

……鼓を知っている人間が今の彼女を見たとしたら……おそらくはかなりの混乱を感じるだろう。いつもは大人しく、特段目立つわけでもない少女の発言ではない。

 

「アラガミ、戦闘エリアに侵入します。」

 

廃ビルの上から飛び降りてきた三体のオウガテイルを確認しつつ、次の言葉を考えた。鼓に何らかの影響を与えることなく、伝えたいことのみを簡潔に伝える方法……

 

「……ブラッドのみに備わっているとされる血の力……その発現であるブラッドアーツ。お前達の当面の目標は、経験を積み、生き残り、血の力を覚醒させることだ。」

 

自分の血の力を発動させる。仲間を解放状態へ導く……今のところ、世界中にたった一つしか発見されていない血の力になるわけか……

 

「力が……漲る……」

「……?」

 

……どうやら、血の力がどういうものかを教えるのにもちょうど良いらしい。

 

「今から俺のブラッドアーツを見せる。少し離れていろ。」

 

効果範囲から二人とも外れたのを確認し、神機を居合いの形に構える。三体とも若干の距離を取ってはいるが……問題はなさそうだ。

 

「はあっ!」

 

神機を振り抜きつつオウガテイルの間を跳び抜けた。それぞれに当たった部分からさらに斬撃が加えられていく。

二人は……ナナに関してはかなり驚いているようだが……鼓がどうなのかが全くわからない。無表情を貫き通している。

……何にしても言わなければいけないことを言い切るのが先決か……

 

「人々を守り、他の神機使いの模範となるべくしてブラッド隊は設立された。それは期待の現れであり、今なお続くこの時代への希望の象徴だ。だからこそ、俺達に失敗は許されない。」

 

一年前、同じことをラケル博士から言われた。あの頃はまだ分からなかったが、今はこの言葉がどれほどのことを表しているかが良く分かる。

 

「……信頼に足る力を見せてくれ。」

 

わざと鼓に若干顔を向けつつ、ただただ淡々と言い切った。




…結意が危ない?いえいえ。今回限り(予定)の仕様です。


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α04.血の声に従って

推敲しているときに気付きましたが、GE2編ではこれまでと比べてその場での説明を薄く書いているみたいですね…
違和感を感じることもあるかとは思いますが、最終話までには全て回収していきますので、今はこのまま読んで頂けるとありがたいです。


 

血の声に従って

 

「えっと……失礼します。」

 

初陣は無事終了。部屋まで帰り着き、やっとのんびりできるかなあ、とか思っていたのだが……

お義母さんが呼んでる、と放送で告げられた。それも大至急……

 

「いらっしゃい。元気だった?」

「うん。」

 

いつもの車椅子ではなく、研究室のソファーに腰掛けているお義母さん。数冊の本や何かの紙の束なども横に置いてある。マグノリア・コンパスの研究室にも入ったことがないだけあって何だか新鮮だ。

 

「車椅子は?」

「車輪が取れたの。修理してもらっているわ。」

「そっかあ……あ、座っていい?」

「ええ。」

 

ミルクティーを受け取りつつお義母さんの横に座る。一年……いや、一年半ぶりかもしれない。お義母さんのくれるミルクティーの甘さも、自然と懐かしさを呼び起こした。

 

「ふふっ……前に会ったときは膝に乗せていられたのに。大きくなったのね。」

「そうかな?」

「ええ。もう私と背も変わらないもの。」

 

頭を撫でる手につられるようにすり寄り、懐かしい感覚に身を任せる。初めて撫でてもらったときは……少しだけ怖かったっけ。

 

「ジュリウスから聞いたわ。すごく頑張ったって。」

「うーん……」

「どうかしたの?」

 

今日の任務中のことははっきり覚えてる。けど、それが本当に自分でやっていたことなのか、と聞かれると……正直分からない。いつもならあんなこと……

 

「うー……」

「……それでね。ジュリウスからこうも聞いたの。いつもの結意じゃないみたいだったって。」

 

……ジュリウスさんも気付いていたのだろうか?でもまあ、それならそれで話は早いかもしれない。

 

「何か……自分でやってるのに自分じゃないみたいな感じだった。」

「……そう……」

 

手元の本の中から一冊を手にとってパラパラと開いていくお義母さん。しばらくすると、目当てのページが見つかったのかめくる手を止めた。

 

「……神機使いの初陣では、初めての戦場という環境や神機との接続による軽いフィードバックによって精神昂揚状態となる場合がある。数回の実戦を積むことで解消される模様だが、希に錯乱することもあるため注意が必要である。……たぶんこのせいね。」

 

読み上げを済ませて本を閉じると、笑顔で私を引き寄せた。……のを良いことに、膝枕をねだってみる。……いやまあもう枕にしちゃってるんだけど……

 

「少し怖かったんでしょう?」

「う……」

 

……実際、自分が自分じゃないような感覚は怖かった。それが感覚に収まらず、もし現実に私が私じゃなくなっていたら……なんて考えちゃったわけだし……

 

「大丈夫。ここには私もジュリウスもいるもの。怖がることなんてないわ。」

「……うん。」

 

体をお義母さんの方に向かって転がし、手をお腹に回して抱きついた。……不安は……なかなかはがれてくれない。

 

「もう……子供みたい。」

「まだ子供だもん。」

 

十二歳だったらまだ許され……ると願う。

 

「……怖かったわね。でも大丈夫。あなたのことは、絶対に守るわ。」

「うん。」

 

……安心したからなのか、どっと眠気が押し寄せてきた。

 

「眠いの?」

「うん……」

 

背中がゆったりとしたリズムで優しく叩かれ、よりいっそう眠気が増していく。……このまま寝ちゃっていい……のかな?

 

「初めての実戦で疲れたのね。ゆっくり休んだ方が良いわ。」

「……ここでいい……?」

「ええ。」

 

マグノリア・コンパスではなかなかできなかったお義母さんの独り占め。それができることにちょっとばかりの優越感を抱きつつ、睡魔に身を任せていった。

 

   *

 

……眠った。薬は効いたらしい。

 

「……さてと。アブソル。今日のはあなたの仕業ね?」

 

返事は……ないか。今は表層まで出る気はない、ということだろう。

 

「とりあえず二人もはぐらかすけれど、あまり目立ったことをすると感づかれるわ。特にジュリウスに。気を付けなさい。」

 

そろそろお姉さまが車椅子を持ってくる頃……結意が起きたら、庭園に行かせてジュリウスを呼ばないと。

 

   *

 

「鼓がいない中でどうかとも思うが先に紹介しておこう。ロミオだ。」

 

結意ちゃんが呼び出しを受けた直後、隊長が部屋を訪ねてきた。用件はフライアの神機使いの紹介、とのことで……

 

「えっと、ナナだっけ?噂で聞いてるよ。特にこいつから。」

「隊長から?」

「俺は新人が入ったことを伝えただけだ。」

 

おちゃらけた雰囲気だけど、何とはなしに自信を感じさせるような人だ。やっぱり戦っているとそうなってくるんだろうか。

 

「ロミオ・レオーニ。フライアでは二番目の神機使いで、神機はバスターを使ってるよ。……ひとまずこんなもんかな?」

「問題ない。付け加えるなら、俺は神機使いになってから一年。こいつはそろそろ八ヶ月になる。」

 

けっこうにぎやかで明るい性格のようだ。隊長とは若干対照的だけど……何だかこの二人仲良いなあ……

 

「あれ?隊長と、ロミオ先輩と、結意ちゃんと、私……だけですか?」

「ああ。そもそも俺たちブラッドに投与される偏食因子は通常の神機使いのものとは全くの別物だ。それだけに適合者が限られている。今のところは四人だけだが……ロミオ?」

 

隊長が怪訝そうに声をかけた。何かと思って見てみれば……

 

「先輩……いいね……何かいい響き!」

「……あのー……先輩?」

 

……なぜか妙なテンションになった先輩……あ、もしかして先輩って言わない方が良いのかな?

 

「よし!先輩に聞きたいことがあったら遠慮なく聞いて良いぞ!」

 

そういえばここの神機使いは四人……内二人が私と結意ちゃん、ってことは、ロミオ先輩にとっては初めての後輩なのかあ……通りで。

 

「じゃあ質問!血の力って何ですか?」

「うっ……い、いい質問だね。えっと……血の力って言うのは……」

 

……あれ?

 

「いや。その辺はジュリウスの方が詳しいから!」

「……」

「……」

 

まさか最初の自信は……虚栄心?

 

「……先の戦闘でも教えたが、血の力はブラッドのみに備わっている特殊な力のことだ。経験を積み、個々が成長することによって覚醒するとされている。」

 

真面目な表情ではあるけど、特に威圧感があるわけではない。

……ロミオ先輩には悪いけど、こういう人の方が先輩って感じがする。

 

「それに際し最も重要と思われているのが、精神面での成長だ。」

「精神面?」

「ああ。ブラッドアーツが血の力の発現だという話はしたな?」

「えっと……あ、はい。」

「ブラッドアーツはその他に意志の力の発現だ、と言われることもある。自身の成すべきことを成し、自らを高めようとする意志。例え自分を危険に晒すとしても、誰かのために動こうとする意志。……どれが正解でも、どれが間違いでもない。」

 

振り返って庭園の奥へと歩いていく隊長。木漏れ日を再現した庭園の光の中に立つ姿は、どこか威厳を漂わせている。

 

「……今のところ、血の力についてのはっきりとした定義はあってないようなものだ。あるのは方法論と自分のみ……その方法論すらも合っているかどうかは怪しい。」

 

……要するに何も分からない……?

 

「それだけに自分を信じることが重要になる……これは俺の持論だがな。」

 

話に一区切りつき、若干の沈黙が流れ始めた。……考えれば考えるほど、私なんかに隊長が言うようなことを出来るのか、と不安になってくる。

それに気付いたのだろうか?さっきまでの真面目な表情の中に少しばかりの笑みを浮かべつつ、私とロミオ先輩とにこう告げた。

 

「心配するな。お前達なら、いつか必ず血の力を手に出来るさ。」

 

……それがいつなのかが分かれば楽なんだけどなあ……なんて、贅沢なことを考えてしまう。

結意ちゃんが来たのはそんな頃だった。

 

「あ、ジュリウスさん!お義母さんが来て欲しいって!」

 

エレベーターを出ると同時に小走りでこちらへ向かいつつ、なんとなく可愛いと思ってしまうような声で隊長を呼んだ。……こう言っていいのか分からないけど、なんだか子犬のような仕草に思えて仕方がない。

 

「分かった。……ああ、ロミオ。彼女がもう一人の新人だ。自己紹介を済ませておいてくれ。」

「ほー……あの子がジュリウスの想い人か。」

「……違うと言ったはずだ。」

「冗談冗談!」

 

……結意ちゃんがたどり着く前に交わされた会話。にしてもこの二人ってけっこう仲良いんだなあ……羨ましい。

 

「話が終わったら解散で構わない。ナナも疲れたはずだ。今日はゆっくり休め。」

「はーい。」

 

いつか必ず。さっき言われた言葉が、若干の責任感を伴って響き続けていた。

 

   *

 

「失礼する。……鼓とナナのデータか?」

 

研究室のディスプレイに映し出されていたのは、先の戦闘時の映像とそれぞれの時点での数値。さらに二人と俺の初陣時と現在との比較用と思われるグラフだった。

 

「ええ。さすが、神に選ばれし子供達……すばらしいわ。」

「……確かにすごいな。俺の初陣以上じゃないのか?」

「いくつかはそう……と言っても、総合的にはやはりあなたが上ね。」

 

総合的には上。それは、鼓に対してはかなり大きな意味を持つ言葉だった。

持久力、瞬発力、耐久力、攻撃力、判断力とに大きく分けられたデータ。内、前四つが俺の初陣時を越えている。現在のものすら、瞬発力と攻撃力に関しては彼女が上だ。

……問題は判断力。

映像でも彼女が自らアラガミの中心へ飛び込む様子が捉えられており、かつ敵の攻撃に対する回避行動も危なっかしい面が目立つ。攻撃は最大の防御とは言うが……アラガミとの戦闘では、防御こそが防御だ。攻撃はその合間に行うべきものでしかない。

 

「ナナは瞬発力と判断力が標準レベル。持久力と耐久力が秀でているけれど……ハンマーを使っているのを考えると、もう少し攻撃力が欲しいところかしらね。」

「まだ力のかけ方を掴んでいないんだろう。ハンマー使いがほかにいると良かったんだが……」

「きっと自分で見つけられるわ。彼女としてもその方がいいでしょう。」

 

満足げともとれる笑みを浮かべつつさらに詳細なデータを開いていく。次々に映し出されるそれらの中、とりわけ目を引いたのはオラクルの凝集率についてのデータだった。

 

「訓練との比較……なのか?」

 

鼓の数値が訓練から初陣までで倍に膨れ上がっていた。……異常な速度、と言わざるを得ないだろう。

 

「実戦の時の様子と関係が?」

「あれは純粋に極度の緊張を受けた影響と考えるのが妥当……でもこっちは……計器の異常かもしれないわね。」

 

そうでもなければあり得ない。実戦に出ることで成長する神機使いは少なくないと言うが、ここまでとなると成長の域を外れている。

 

「一応チェックさせておきましょうか。」

 

タッチパネルが操作され、整備班へ報告される。……相変わらずこの機械の操作方法は分からないな……いったいどうやって動かしているのか……

 

「さてと。あなたへの話はこっちよ。」

 

これまで映し出されていたデータが全て閉じられ、全く別のものが開かれる。パーソナルデータのようだが……

 

「これは?」

「今適合試験準備に入っている神機使い。元はグラスゴー支部で動いていたそうよ?」

「……すでにベテラン……ということか?」

「そうらしいわ。……第二世代型からの転向、という話だもの。」

 

第二世代型とブラッドの第三世代型との間に神機の差はほとんどない。血の力とブラッドアーツが特別、というだけであり、それらを使わなければただの新型と変わらないからだ。

そう考えれば……かなりいい人材と言えるだろう。

 

「……ただ……」

「?」

「新型の出現時に、負傷した上官を放置してその場から逃走したという神機使い……その上官は別支部の神機使いによって救出されたものの、現在は植物状態……この話、聞いたことはない?」

「……フラッギング・ギル……」

 

かなり前のことであるだけあって、すでに信憑性には欠けることのみが噂として流れている。ひとまず確からしいのは、今現在各地で確認されている背に神機が突き刺さった赤いカリギュラに襲われたこと。そして、負傷した上官はラケル博士の言う通り植物状態のままであること。

 

「本名は……ギルバート・マクレインだったか?」

「ええ……」

 

実際に彼が逃走したのかどうか。上官を放置したのか、それともアラガミを引き離そうとしただけなのか。その辺りに関しては、人によって言うことがまちまちだ。上官から少し離れた場所で単身戦闘を続けていた、という話もある。

 

「入隊予定は来週……少し気を使ってあげて。ここには人付き合いに慣れていない子が多いから……」

 

その筆頭に言うか、とは思いつつ……来たら少し話でもしておこうかと思考を巡らせる。むしろロミオに頼むのも良さそうだ。

 

「ああ。何とか努力はしていく。」

「ありがとう。……他に何かある?」

「いや、問題ない。」

 

自分の苦手なことでも一定水準以上を常に要求される……隊長、というのも面倒な仕事だな……




ちょっと時間軸がずれそう…
あ、次回からはクレイドル編です。


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β02.二つ目

ストーリー上ここまでクレイドルを盛り込んでいいのかは悩み所ですが…後々を考えると今入れておいたほうがいいと感じる不思議(汗)


 

二つ目

 

「極東支部独立支援部体クレイドル隊員は、一三○○に第三会議室に集合しろ。繰り返す……」

 

ツバキさんの声がスピーカーからずっしりと響きわたった。

 

【……】

《おーい?起きてるー?》

【……起きてる……】

 

……いや正直あと五、六時間寝ていたいくらいなんだけど……

 

【……動きたくない……】

《また徹夜だったしねえ……私も何か動きたくないよ。》

 

例え激戦区でないとしても、アラガミはいつでもアラガミだ。戦場だってどこになるかは分からない。

……昨日の夜からロシア支部外周に多数のアラガミが出現していた。主に東側だ。

その数に救援要請が出され、本部にいた私達は急遽そちらへ移動……そのまま戦闘となり、結果徹夜で討伐作戦に参加することに……渚は次々に転移してちまこま潰しまわり、リンドウさんは防衛ラインで指揮を執りつつ戦闘、私は接触禁忌種を誘い出して単身討伐……と。

 

【もっと寝ようよお……】

《呼ばれてるでしょうが。》

【……うう……】

 

ちなみにツバキさんは徹夜でオペレーティングをしていた。十を越える地点での戦闘と、二十余名の神機使い全員の、だ。なんでも大規模な戦闘に慣れていないこの支部のオペレーターに業を煮やしたとか……

最終的なアラガミの数は数百に及んだと見られ、その原因の解明が着々と進行中……そろそろ終わった頃かもしれない。

 

《……動ける?》

【ん……何とか……】

 

問題は、その数百という数字が中、大型種のみでのものであること。……が、それで小型が多かったか、と聞かれると……実際のところそうでもないのだ。

内訳としては、第一種接触禁忌種が二割、第二種の大型が一割、同じく中型が三割、通常の大型種が一割と、中型種が二割、残りの一割程度が小型種……

……言われるまでもなく、異常だ。何かしら原因があると見て間違いない。

 

【……行かなきゃだめだよね……】

《そりゃねえ。雷に打たれたいなら話は別だけど……》

 

……も……嫌……寝たい……

 

   *

 

「よう。」

「お疲れ。」

 

神楽が来た。……目の下に超大型の隈を作りながら、だ。……大丈夫だろうか?

 

「お疲れ様でした。……ふあ……」

「大丈夫?」

 

欠伸をしながらソファーまで歩き……っていうか危なっかしくって見てられないんだけど……

 

「……ほら。」

「ごめん……ありがと……」

 

差し出された手を迷いなく掴んでいる辺り……起きているのも辛いのだろう。いつもの彼女なら多少なり強がって一度は断るはずだ。

……要請が出ると同時に最終防衛ラインまで飛び、そのまま十時間以上戦闘。それで疲れなかったら生き物じゃない。

しかも彼女は一昨日の夜の睡眠時間が一時間半。……ほぼ二徹だ。

 

「さっきちょっとだけツバキが来たんだけど、とりあえずのアラガミの出現理由が分かったから伝えたいんだって……って、ほんとに大丈夫?」

「……すぅ……」

「……だめだな。寝かせとけ。」

 

ソファーに座るなり寝始めた神楽。……起こしておくのも酷だろう。

 

「こういうときにソーマがいると一番良いんだけどね。」

「まあなあ……」

 

ツバキも少し考えてあげればいいのに……とは思いつつ、こうして唐突に呼び出すからには何かしら理由があることも想像していた。意味のないことをする人ではない。

 

「集まっているか?」

 

件の人が手に分厚い資料を持って現れた。……その顔にも、少々疲労の色が見られる。

 

「一応は。けど……」

 

とうとう私の膝に倒れ込んでしまった神楽。……この間のデジャヴのようにも思えるのだが……

 

「……もう少し待った方が良かったか……後で話を伝えておいてくれ。」

「ん。」

「おう。」

 

彼女としてもさすがに起こせないのだろうか。昨日の戦闘における最大の功労者は、私の膝の上で口をほんの少しだけ開けながら寝息を立てていることを許されたらしい。

 

「昨日のアラガミの襲撃だが、ある一体のアラガミによるものであると判明した。」

「一体?あの数がか?」

「……リンドウ。ロシア東部の原子力発電所爆破作戦を覚えているか?」

 

……爆破作戦?

 

「ソーマの初陣の時だよな?」

「そうだ。」

 

分厚い資料の中からあるページを選んで開いたツバキ。それを私が読むより先に、説明が開始された。

 

「2065年。増え続けるアラガミに対して行われた作戦だ。ロシア東部の原子力発電所へ誘い込み、その発電炉を自爆させる。……まだ神機使いがほとんどいなかった頃の話だ。」

「俺と姉上とソーマがその誘い混みの担当でな。危うく爆発に飲み込まれかけたりもしたんだが……」

 

ぼんやりと語っていたリンドウが口をつぐんだ。意図的に何かを言うことを避けるかのように。

 

「……その時に何かあった?」

「まあ、な。……どうする?」

 

ツバキへと問いかけたリンドウ。……特秘事項の一つ……とかそんなところだろうか?

 

「おそらく、お前が今考えているものが今回の原因だ。伝えないわけにもいくまい。」

「……マジかよ……」

 

考えをまとめようとするかのように若干顔を下へ向け、そのまま一分強……

そして、意を決したかのように顔を上げた。

 

「……俺……っつーより、俺達自身あの時何があったかはよく分からないんだが……少なくとも、俺達が生きてんのはアラガミのおかげだ。シルエット程度しか見てないけどな。」

「どんな感じだった?」

「四つ足の獣……だったよな?」

「おそらくそうだろう。」

 

……ふむ。要は分かんねえんだよなあ……と言いたいわけか。

 

「そのアラガミの反応は極東支部からも一瞬ではあるが観測された。時間的には出現直後……そのアラガミが爆発を押さえ込んだときと推測されている。実際、その瞬間にしか姿は現していない。」

「……え?戦ってないってこと?」

「捕喰対象から外れてんだとは思うんだがなあ……気付いたらそこにいなかった、っつーか……」

「爆発が収まった直後に焼け焦げたオラクルの塊を確認。私達を回収した部隊の中に研究者も数名いたため、その場で他のアラガミが持つオラクル細胞との相違点を探らせたもののどれにも当てはまらず、そのオラクル細胞が新種、あるいは固有種のものと判明し、かつ残っていた塊の組成からそれがコアであると断定され……爆発で死滅したものと判断した。」

 

……えっと?わざわざそう言うってことはつまり……

 

「問題はここからだ。昨日午前十時頃、極東地域でそのアラガミと同じ偏食場が発生。同午後四時半頃、ロシア東部原子力発電所爆破後にて再度観測。同五時頃、ロシア東部からのアラガミの撤退。同六時、ロシア支部第一防衛ラインへアラガミの第一派が到着……」

「あのアラガミの大群が、単純にその偏食場を感じ取って逃げてきたって?」

「そう考えるのが妥当だろう。」

 

ツバキの言葉を受け、ちょっとばかり偏食場を探ってみる。……と言っても、この資料によればここからは相当な距離がある。感じ取れても微弱なものでしかないだろう。いやむしろ感じ取れた時点でやばいって言うか……

 

「っ!?」

 

……甘かった。

感じたことのないほどの悪寒、想像などできるはずもない敵意、そして、体を全く動かせなくなるほどの恐怖。

今より近い場所で感じたら、と思うだけで逃げ出したくなる。……でも、それ以上に恐ろしく思うことがあった。

 

「……見つけたか?」

「何……こいつ……嘘……」

 

……覚えがある。

 

「……母さん……?」

 

偏食場はアラガミ一体につき一種類。同種のアラガミはその偏食場の中に共通点があるため、種別の判別が可能となる。

……ではあるアラガミと偏食場が全く同じである場合は?答は簡単だ。同じ個体であるか、そのアラガミが何らかの能力によってそうしているかの二つしかない。

 

「ああ。現在観測されている偏食場はアリスのものだ。……が、アリスはロシア支部の東側三十キロ地点にいることが確認されている。他種のアラガミと戦闘行動を続けながらな。」

「戦闘?んな場所でか?」

「すでに討伐されたアラガミが進んでいた場合、ロシア支部を襲撃していたことが予想されている。それを防いでいる……断言はできないが、その可能性は高いだろう。」

 

……深く安堵している自分がいた。アラガミがいることに安心する、なんて……神機使いとしては失格だ。

 

「……アリスと思われるアラガミが別種のアラガミと戦闘を続けていたのはこれが最初でもない。私としても、守ってくれていると思いたいところさ。」

「初めてじゃない?」

 

ツバキの発言にリンドウが食いついた。確かにそんな話は聞いたことがない。知っているのは、アリスの初観測が三年前であることくらい……

 

「あれの初観測は三年前。あの事件の日のエイジスだ。」

「おいおい。んな話聞いてねえぞ?」

「お前達には伝えていなかったからな。あの状況でさらに混乱させてもどうしようもないだろう?」

 

……私自身はまだはっきりと思い出せていない部分の記憶だ。断片的なものなら覚えているけど、それ以外の部分は靄がかかったみたいになっている。

 

「神楽が倒れた直後に一時的に観測され、救出部隊到着までの十数分間オルタナティヴと戦闘行動を続けていたことが偏食場の観測データから確認されている。」

「リンドウは見たの?」

「いや……俺は神楽がやられた辺りで気い失ったからなあ……」

 

じゃあ本当にそうだったかは分かってないってことかあ……

 

「……今分かっていることは以上だ。他に何か分かれば追って沙汰する。」

「了解だ。」

「……はい……」

 

……力が抜けている。少し休んでから行こう……

……あ、神楽どうしよう?ベッドに放り込もうかな?

 

   *

 

「支部長、榊博士。ツバキさんからの連絡が入りました。」

 

研究室に親父、俺に次いで三人目の来客があった。

 

「やあヒバリ君。で、彼らはどうするって?」

「現状、ロシア東部にて確認されているアラガミに動き出す気配がないことを考慮し、しばらくはアリスの追跡を取りやめ、ロシア支部にて対応準備を整える。とのことです。」

「……妥当だな。あれと戦えるとは思えねえ。」

 

……任務終わりに唐突に感じた悪寒。アラガミにとってもそれは同じなのか、一部のアラガミがアナグラへ侵攻したりもした。……数は少なかったが。

 

「あれ……ですか?」

「……昔一度だけ……な。」

「すまないがこれは特秘事項だ。直接の被害がない状況で話せるものではない。」

「はあ……?」

 

怪訝そうなヒバリ。……そういえばまだサクヤがオペレーターだった頃か……こいつが知らねえのも頷ける。

 

「ツバキさんからの連絡はこれだけなんですが……私は外した方が良いですか?」

「……そうだね。少し機密が多い話だ。」

 

榊の言葉を聞いてすぐに一礼して部屋を出ていった。……理解が早くて助かる。

あれは機密と言うより不明な点が多すぎるが故、調査終了まで、という期限付きで秘匿されているデータだ。が、あれは反応炉の爆発……つまり、今現在あの場所の中心地に入ることは難しく……アラガミすら確認されていない、「外界から隔離された地域」の一つである、と言って差し支えない場所だ。

データの閲覧を許可されているのは大尉以上の人間達。よって、神楽は少し前にそれを知っている。

 

「さて。ソーマ君。件のアラガミについてどう思う?」

「……あの時はまだ正確な偏食場までは感じ取れなかったが……おそらく同じ個体だ。」

 

爆発の中、一瞬だけ見えた獣型のシルエット……見た途端に寒気がした。こんなものが世界にいるのか、だのと感じたことも覚えている。

任務終わりに感じた悪寒も、その寒気と似たような感覚だった。そもそも並のアラガミに対して俺がここまでの畏れを抱くとは思えない。

 

「極東で一回、ロシア東部で一回……だったか?」

「その通り。極東での信号はすでに途絶えているし、明日か明後日にでも第一部隊に偵察をしてもらう予定だよ。」

「ロシアへの偵察は?」

「それはロシア支部の連中に任せる。こちらはこちらでやることがあるだろう?」

 

親父の言う通り……とは言え、一刻も早くこの気配の現況を確認しておきたい、という思いはある。

……正直俺も偵察できるとは思っていないが。

 

「とりあえず、こっちでの反応があった地点を調べるときに新人二人の偵察任務訓練も兼ねようかと思っていてね。君も行ってもらえるかい?」

「了解だ。後で日取りを決めておいてくれ。」

 

……新人のお守りか……




ソーマ達がロシア東部で確認した、というアラガミは確かにPVに出ているのですが、それについての記述が公式から出ていない(見落としているだけかもしれないので、ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて頂けると助かります。)ため…とりあえずストーリーに組み込んじゃおう。って感じです。
次話が今回ラストの投稿ですね。
…ちょっとGEに関係のない告知なんかもするつもりですので、どうぞ最後までご覧ください。


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β03.騒がしさ

当初の予定。
ブラッドが五話くらい進む→クレイドルが二話くらい進む。
…ちょっと狂っちゃったかな?


騒がしさ

 

旧市街地から山岳、一時海岸まで抜け、また内陸へ戻りつつ山岳地域の外れへ。そこからはヘリを降りて本格的な偵察任務となる。今は降下予定地点へ向かっているところだ。

 

「結局ここまでは何もありませんでしたね。」

「ああ。」

「……何かいそうですか?」

「いや……この辺りには何もいねえだろ。むしろあっちの奴の方が気配が強え。」

 

西側へ顎をしゃくる。……正直、あの元凶からぶっ潰してやりたくもあるが……今のままで戦えるとは思えないだけあって、討伐を考える度に舌打ちを続けている。

 

「ソーマさん。神楽さん達から連絡ってあったんですか?」

 

彼女はエリナ。エリックの妹であり、神楽が初めて助けたやつだ。……あまり戦場に立ってほしくない、とは言っていたが……あいつは人の生き方に口を出す質じゃねえ。

 

「ツバキからまとめてな。ロシア支部で待機するらしい。」

「待機ですか?」

「ロシア東部の奴が動き出すとまずいだろ?」

 

頷いたエリナを見て、やはりどこかエリックに似ているなと感じた。頷く仕草が瓜二つだ。

……いや。エリックの方が仰々しかったことは否めねえか。

 

「じゃあ動き出した場合は……」

「まずロシア支部にいるやつらが対応する。……つっても、まともに戦えるのは神楽と渚くらいだろうな。」

「私達は動かないんですか?」

「向こうから要請が来たらすぐ動くことにはなるが……こっちはこっちで激戦区だ。あまり人員を出すわけにもいかねえ。」

 

それどころか、おそらく俺は動けない。感応種が今のところ極東地域でしか確認されていないことを考えると、俺、神楽、渚の内の誰か一人はアナグラにいる必要があるからだ。

……討伐隊が全滅しかけた、となれば話は別だろうが。

 

「案ずるなエリナよ。」

 

……無駄な発現が開始された。それを感じたのは俺だけではないだろう。

エミール・フォン・シュトラスブルグ。エリックやエリナの家……つまり、フォーゲルヴァイデ家と対を成す名門一族の御曹司であり、エリックとは元クラスメートという旧知の仲……と、まあ肩書きだけは立派なもんだ。

問題はその性格……

 

「たとえどのようなアラガミが来ようとも……このエミール、命に代えて君を守って見せようではないか!」

「……いや別にどうでも良いから。」

 

エリックに輪をかけた仰々しさ……そこに、エリックの友人である、という訳の分からねえ自負……何をトチ狂ったのか、エリナを守るのは自分の役目、だのと騒いでいるわけだ。

が、エリナはすでに中型種を任せる程度なら差し障りないところまでは来ている。エミールも同レベルだ。……要は、守る守られるの関係ではない、ということになる。

それに加えてエリナは異常なほどプライドが高い一面を持つ。つまりは……

 

「何を言う!我が唯一のライバルであるエリックの妹……それだけで!僕には君を守る理由がある!」

「だからいらないってば!そもそも自分の心配したら!?昨日なんて私に助けられてたくせに!」

「なっ!あ、あれは卑劣なアラガミが!」

「卑劣って……突進に突進で応えるってどういう思考回路してるのよ!」

「それこそ騎士道!面と向かってこそ意味があるのだ!」

「相手は騎士じゃないでしょうが!」

 

……こういう時、まとめるのは部隊長だ。……普通なら、だが。

 

「だから喧嘩するなって……」

「コウタ隊長は黙ってて!」

「これは我々の問題!口出し無用!」

 

……まあ、威厳も何もねえわけだ。

 

「……俺って何だっけ?」

「隊長のはずだが?」

「コウタ。頑張ってください。」

「……」

 

つい先日も隊長という役目について相談をしてきていた。こいつはこいつなりに考えているんだろう。

……ただ単にエリナとエミールの二人が隊員としてはかなり扱い辛い性格であるだけだ。

 

「まもなく降下地点です。準備をお願いします。」

 

パイロットからの通達に二人も喧嘩を止めた。……何だかんだ言って、こいつらもしっかりと自分のやるべきことは理解している。普段は喧嘩ばかりだが……戦闘ではあまり心配する必要には迫られないのもそこから来ているのかもしれない。

 

「それとソーマさん。降下地点から南西2,5キロの位置に感応種と思われるアラガミと他二体の中型種の反応を確認しました。対応をお願いできますか?」

「ああ。回収はどうする?」

「討伐完了次第連絡を。」

「了解だ。」

 

極東支部からかなり離れているとは言え、感応種は現在の最優先討伐対象だ。無視はできない。

 

「大丈夫ですか?」

「昨日はあまり忙しくなかったからな。行けるさ。」

 

感応種を一手に引き受けている分、それら以外のアラガミは他のやつらがだいたい対応してくれている。ありがたい限りだ。……正直申し訳なくもあるが。

 

「先に降りる。ハッチを開けてくれ。」

「はい。お願いします。」

 

なるべく早めに終わらせるとしよう。今日の目的は偵察だ。

 

   *

 

防衛戦から二日。ロシア支部は負傷した外部居住区民で溢れかえっていた。

 

「……やっぱり少しは流れちゃったみたいだね……」

「あの数だったし……でもまあ、怪我って言ってもほとんどが軽傷だし。誰も亡くならなかっただけでも良かったんじゃない?」

 

昨日までは一人で一部屋を使わせてもらえていた私達も、部屋を空けるために相部屋を申し出た。リンドウさんは男性だから一人。一つの部屋に入れるのは二人までだから、ツバキさんも一人。相部屋は私と渚だ。

……ちなみにこれはここのオペレーターからの進言でもある。支部内にアラガミがいるような気がする、というのはどこでも言われることらしい。アナグラのように対策が採られていなければ尚更だろう。

昨日からアラガミを食い止めていたアリスはと言えば、ロシア支部東十数キロまで後退している。その五キロ先には神機使いによる防衛戦が張られているのだが、彼らが接近すると途端に支部から百キロは離れたところまで転移してしまうため……絶賛放置中だ。

 

《かなり潰したと思ったんだけどなあ……》

【でも私達が対応したのってほとんど禁忌種だから……通常種はかなり通しちゃってたんじゃない?】

《そんなもんかなあ……》

 

ちょっとばかり不満げなイザナミに答えつつ、二人分のコーヒーを淹れていく。

 

「砂糖とかミルクとかっている?」

「ミルクだけ。少しで良いよ。」

 

例のアラガミへの警戒が続いたこの二日……結局、何事もなく過ぎた。……進展も、だ。

唯一進んだことは当該アラガミの呼称の決定……全く同じ偏食場を持つアリスにちなんで、と言うことらしいのだが……

 

「……ジャヴァウォック……ねえ……」

「言いにくくて仕方ないんだけど。」

 

……ロシア東部から全く動かない、なんていうアラガミに対して、本部どころかフェンリルという組織そのものが対応を決めかねている。明け方に偵察機が飛んでカメラで記録したときも攻撃はしてこなかったそうだ。純粋に距離があっただけかもしれないけど。

最大望遠で撮られた写真から察するに、細身の獣……あえて言うなら狐に近い外見の超大型アラガミらしい。細かい部分が全く分からないのはまあ仕方ないだろう。

 

《その内バンダースナッチとか出てきたりして。》

【洒落になってないよ……】

 

何のためにそこに留まっているのかだけでも分かれば楽なんだけどなあ……なんて思いつつ、渚にコーヒーを渡す。

 

「ありがと。……うん。やっぱりおいしい。」

「当然。」

 

……ただのアラガミではない。それ以外何一つ分かっていないって言うのは……けっこう不安なものだ。

 

「……」

「どうしたの?」

「ん?いや……その……」

 

どこか不自然な様子の渚。両手でカップを持ったまま少し考え込むかのようだった。

 

「……どうしてもさ。アリスとかジャヴァウォックとかのこと考えると、家族云々まで気にしちゃうんだ。最近はいろいろ思い出してきてるし。」

「……」

「でもそうやって思い出したことの中に家族のことって何もなくてさ。人として生まれた以上、絶対に親がいるはずでしょ?だけどそれが曖昧になってるから……」

 

その先は何も言われなくても何となく分かった。……同時に、彼女の中の不安が人が綺麗に取り払える類のものではないことも。

 

「……私が言えたことじゃないかもしれないんだけど……」

「?」

「悩んで悩んで悩み抜いて、そしたら割り切っちゃおうよ。もしかしたらいつかひょんなことで思い出すかもしれないんだし。」

「……また荒療治を……」

 

ため息を付いた渚。彼女には少し無責任な発言を繰り返すことになるけど……

 

「それはそうだけど……でも成るように成るって。」

「成せば成る、とも言うけど?」

「それは自分が出来ることなら、でしょ?」

「……」

「やることやり切ったんだから。後は流れてみよう?」

 

……彼女にこう言える根拠……それはただ単に、私が自分の体について受け入れるまでの過程で行ったのがそれだった、ということだけだ。正直彼女に当てはまるか、と聞かれたら、否と答えるほかない。

でも、残念ながら私はそれ以外の方法を知らない。……実際、それしか出来ないから家族のことをあまり深くは考えないようにしているのだ。

 

《……》

【……イザナミ……なんか……その……】

《沈黙が耳に痛い、と。》

【……はい。】

 

……本当は彼女自身が思い出すことが一番いいんだけど……こればっかりは私には……

 

「……がと……」

「え?何?」

 

はっきり聞こえなかったけど、口が動いたのだけは見えた。……まあ、罵倒されても仕方ないだろうなあ……

 

「ううん。何でもない。」

「そう?」

 

軽く笑顔を浮かべつつコーヒーを飲み干した渚は、そのままカップを置いてこう告げた。

 

「母さんに会ってきても良いかな?」

 

……いつもなら驚いたところだろうけど、今は何だか納得できた。

 

「……追い付ける?」

「追い付いてみせるよ。」

「分かった。二人には伝えておくね。」

 

……決意のこもった目……彼女なりの結論が出たのだろうか。

 

「けじめ付けてくる。」

「……行ってらっしゃい。」

 

極めて自然に、これから食事にでも行くような口調で言い切っていた。

 

   *

 

支部を出るのとほぼ同時に転移した。距離にして十数キロ。ちょっとした断崖が連なる地帯だ。

 

《……》

 

そして、三メートル。私に背を向けて立つ、母さんとの距離だ。

 

「……久しぶり。」

《……ええ。》

 

一年前と何一つ変わっていない。違うのは、全身がアラガミの返り血で染まっていることだけだ。

 

「どのくらい戦ってたの?」

《あなた達よりは短いわ。》

「そっか。」

 

けじめを付ける、と言って出てきたは良いものの……その後を全く考えていなかったことに気付く。会話が捗らないのが良い証拠だ。

 

《あなたは?》

「え?」

《何かしようとして来たんでしょ?》

「……うん。そうなんだけど……」

 

……何かしよう……そう。本当に“何か”しよう。それだけ考えていた。“先”なんて何一つ見えないし、“何か”が何なのかも全く分からないけど。

 

「……先輩に言われたんだよ。家族のことを思い出せなくって悩むくらいならいっそ割り切っちゃえって。でも私はそんなに器用じゃないし、自分をコントロールできる方でもないし……」

《……それで私に昔のことを聞いてみようって?》

「そうじゃない。」

 

過去のことは意地でも思い出すつもりだ。だから悩むし、考え込む。……でも何一つ思い出せていない今、それが間違いかもしれないって考え始めた自分もいる……

だからこそ、神楽にかけてみたいって思った……って言うより、かける他ないのだ。それが成るように成るっていう曖昧な可能性であったとしても。

 

「けど、せめて母さんが教えても良いって考えている範囲のことは教えてほしい……って……今現在のことでも良いからって……そう思って……」

《……》

 

尻すぼみになった言葉。ほとんど表情の変化がない母さんの顔からは、その感情が窺えない。

 

「……やっぱり……だめかな?」

 

……予想はしていたことだ。母さんは私への干渉を極力避けて来ている。今話せているのも、ある意味奇跡に近い。

 

《……聞きたいことは何?》

「えっ?」

《今のあなたに教えて良いことはたくさんある。でも、それらを全て知ったとしても、あなたにはどうしようもないことばかり……だから一つだけ、あなたの知りたいことを教えるわ。》

 

たった一つだけ。でも、私の知りたいことを教えてくれる。そう言われた途端に、聞きたかったはずの全てを聞けなくなっていた。

何で私はアラガミになったのか。それ以前に母さんがそうなったのはどうしてなのか。家族はどんな人達だったのか。今生きているのか。

……私は本当に、母さんの子なのか。

 

「……」

 

まとまらない思考を必死でたぐって、そのせいで余計に絡まらせて。一つだけ知りたいことを知ることが出来るのに、その知りたいことを見つけられない。

 

《……まとまってからでいい。あなたからは逃げないから。》

「っ……」

 

……悔しかった。

別に悔しいなんて思う理由はないはずだ。ただ単に考えがまとまらなくなっただけであって、何かが出来ないことが確定したわけじゃない。たった今、逃げないと、まとまってからで良いと言われてもいる。

……でも、その悔しいと思う理由がないことそのものが悔しかった。

 

《またね。》

 

目の前からいなくなった母さんを目で追おうとして、でも追えないことに気が付いて……

 

「あああああああ!」

 

断崖の岩を殴りながら、意味もなく叫んでいた。




さて。ここまでで本日の投稿は終了となりますが…ここでちょっとした告知をば。
…えー…この小説が連載中だというのに申し訳ないとも思うのですが…
オリジナル小説、始めます(汗)
あ、今回汗ばっかりだ。
というのも、実はその小説、すでに半年以上プロットを練っていたものでして。あまり放置していると変な方向に曲がっちゃいそうだったんです。
ちょうど初投稿から一年が経過するかしないかでもありますし、ここは一発書いてみよう!と…
思い立ったが吉日なのか善は急げなのか、いやむしろ厄日になるのか回り道したほうがいいのかは分かりませんが、決意した次第です。
まあそんなわけで、興味のある方はご覧ください。
 タイトル
  カプリッツォ-神々の宴-
 URL
  http://novel.syosetu.org/32067/1.html
あ、一応戦闘物です。恋愛ストーリーとかだと無駄にのろけちゃいそうなので。

それでは、長くなりましたが本日はここでお別れとさせていただきます。


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α05.誰の口にも戸は立てられず

……一ヶ月ぶりですねm(__)m
何と言いますかその…投稿が遅れましたこと心よりお詫び申し上げます。
八月下旬から謎の忙しさに見舞われ、毎日十五分ほどで書いていた小説も…現状二日おき程度でしか書けていないというですね…

…本当に申し訳(ry

と、まあそんなわけで、第八話、始めたいと思います。


 

誰の口にも戸は立てられず

 

「……そろそろかしら……」

「何がだ?」

 

鼓とナナが入隊してから数日。二人とも五回の実戦を経験し、小型ならば何一つ支障なく相手に出来るようになっていた。今日はロミオの監督の元、シミュレーションで中型種との戦闘訓練だ。

ロシアでは新種の出現に伴ったアラガミの襲撃があったそうだが、フライアには特に影響がない。順調に極東支部へ向かっている。

 

「このアラガミが実体を保持できなくなる瞬間。……あくまで予測でしかないけれど、もうそろそろ消滅するはずよ?」

「なぜその予測が?」

 

聞いてもくすくすと楽しげに笑うばかりの博士に少々の疑問を抱きつつ、その理由を俺が知る必要の無いものとして結論づけた。知るべきことは隠さないだろう。

ジャヴァウォックと名付けられた件のアラガミ。極東支部のある部隊が追跡している、アリスというアラガミにちなんでその呼称が決定したそうだが……アリスに関してのデータは極東支部外には秘匿とされており、俺が閲覧不可能な場所にある。

 

「……そういえば……確か今日はギルバートが来る予定……何か問題はありそう?」

「心配はいらないだろう。人の過去についてどうこう言う奴らでもない。」

 

……むしろ自分の過去の方を恐れる者もいる。孤児とあっては尚更だ。

 

「そう。……前も言ったけれど、お願いね?」

「ああ。」

 

噂通りか……あるいはその真逆か。どちらにしても、気を使わなければまずいか。

 

   *

 

訓練も終わり、ロビーに戻りがてらナナさんとロミオさんとにいろいろとアドバイスをもらったり、逆に提案してみたりしていた。

 

「もうちょっと隙を見た方がよくないか?」

「でもショートだとダメージが入りにくくって……どうしても攻撃しなきゃって思っちゃうんです。」

「中型種は一発一発が小型の比じゃないからさ。むしろ動き回って攪乱する、ってのも手だぜ?」

「キョロキョロしてるときなら私も入りやすいよー。」

「そういうものですか……」

 

二人の神機は一発一発が強いタイプ。その分攻撃速度は遅めで、攻勢に出るにはそれなりの隙が必要なのだとか。

 

「ナナももっと回避を考えた方が良いぞ?ガードが速いわけじゃないんだし。」

「うーん……なんかタイミングが分かんなくって……」

「あ、回避のタイミングなら教えられそうです。」

「ほんと!?教えて教えて!」

 

対して、私の神機はダメージを与えるには手数が必要となる。その代わり、小さな隙でもちょこちょこ飛び込んで攻撃する、というヒットアンドアウェイの戦法が可能だ。

ジュリウスさんはその中間に位置するタイプの刀身を使っている。ある程度の隙があれば攻撃が可能で、一発一発もやはりある程度のダメージになるが、ガードで張り付いての連撃、回避を主体に攪乱、などの若干特殊な戦い方は行いにくいらしい。

 

「あれ?誰だ?」

 

ロビーに入ると同時にロミオさんが疑問符付きの声を上げた。軽く指さした方向には、確かに知らない人が立っている。

 

「腕輪してますね。黒いの。」

「んじゃあ新入りかな?」

「えっ?もしかして……後輩!?」

「いやいや。まだ分かんないって。」

 

フランさんと話す、長身長髪の人。その立ち姿は実際堂々としていて、何だか歴戦の神機使い、みたいな感じだった。

 

「……ここにいる神機使いは何人だ?」

「ギルさんを含め五人です。後ろに三名いらっしゃいますが。」

 

会話が聞こえる範囲に来た辺りでフランさんが私達を手で示した。一拍遅れて振り返ったその人の顔には若干の傷があって、本当にベテランのような雰囲気を醸し出している。……もしかしてそうなのだろうか。

 

「ああ、悪い。気付かなくてな。」

 

苦笑しつつ、穏やかに言った。優しい人のようだ。

……そう思ったんだけど……

 

「いいって。……っつーか、新入りだよな?どっから来たんだ?」

 

ロミオさんのごくごく普通の質問に対して返ってきたのは、握りしめられた拳だった。

 

   *

 

「……」

 

人がいるときはたいてい何かしらの会話が行われているロビー。が、今は違うようだ。

 

「状況を説明してもらおうか。」

 

立ち尽くす鼓とナナ。平静を保つようにしつつも驚いているのを隠せていないフラン。尻餅をついたような格好のロミオ。拳を戻していくギルバート。……何があったかは想像が付く。

 

「あんたが隊長か?」

 

何かにいらつきを……と言うより、怒りを感じている様子のギルバートが口を開いた。それがロミオ自身に向けられているようには思えないが。

 

「こいつがムカついたから殴った。懲罰房でも除隊でも勝手にしてくれ。」

 

階段へ向かいつつ言い放った彼に対し、俺を含めて誰一人言葉をかけられなかった。

 

「……ロミオ。何があった?」

「前にいたとこ聞いたんだよ。そしたらいきなり殴ってきて……」

「でもさあ……ロミオ先輩も適当に聞き過ぎじゃない?嫌なことあったかもしれないよ?」

 

二人の発言を聞き、俺自身にも非があったことに気付く。

ギルバートは元々グラスゴー支部の神機使い……その頃の事件で、彼は上官殺しと言うレッテルを貼られている。初対面の相手に元の所属を聞かれたとして、快く答えられるはずがない。

誤解を招かない程度には伝えておくべきだったな……

 

「……」

「鼓?大丈夫か?」

 

硬直したままの鼓。……そういえば、マグノリア・コンパスでも喧嘩を見たときはこうして固まっていた。俺かラケル博士が声をかけない限りそのままだったはずだ。

 

「は、はい。何とか……」

 

なるべく早くロミオとギルバートの間柄を改善する必要がある。……と言っても、生憎それは俺が最も苦手とするものだ。ナナもこういうことに向くとは思えない。ロミオは得意だろうが……

 

「ちっくしょー……あいつから謝ってこなかったらぜってー口聞かねえぞ。」

「ロミオ先輩。それ駄々っ子みたいだよ?」

「知るか!」

 

……果たして彼がこの関係改善に適任か否か。考えずとも、答えは出ている。

残るは……

 

   *

 

「……あの……ギルバート……さん?」

 

ロミオさんとギルバートさんの仲直りの仲介。ジュリウスさんから任せられた以上何とかしないととは思うんだけど……

 

「ギルでいい。……悪かったな。」

「あ、いえ……私は別に……」

 

むしろそれをロミオさんに言ってあげてください。……なんて、はっきり言えるといいんだけど……

 

「それで?俺への処罰でも伝えに来たんだろ?」

 

本当は優しくて穏やかな人なんだろう。純粋に自分の過去に触れられたくない、とか……ただそれだけ。さっきジュリウスさんに聞いたようなことがあったなら尚更だ。

 

「……ロミオさんとの仲直りが処罰だそうです。」

 

一瞬間をおいた後、小さく吹き出した。

 

「なるほどな。面白い隊長だ。」

 

ジュリウスさんに聞いた、上官殺しの噂の話。……本当にこの人がそんなことをしたのだろうか?

疑問というか、疑念というか。そういったものを感じつつ、ギルさんが手を差し出してきたのを確認する。

 

「ギルバート・マクレイン。元第二世代型神機使いだ。槍はそれなりに使う。」

「えっと、鼓結意です。……その……新人です。」

 

自己紹介、と言えるのかは分からないけど、自分を端的に説明すると今はこうなりそうだ。

……でもスピアかあ……ちょこっとくらいは立ち回りとか教えてもらえるかな?

 

   *

 

しばらく誰もいなくなっていたロビーにナナさんが戻ってきた。任務は終わっているのに何を……と思いきや、彼女が足を進めたのは私がいる場所。

 

「ねえねえ。あのギルって人って、昔何があったの?」

「先ほどジュリウス隊長より説明がありましたが。」

「ほとんど噂のことだけだったからさあ……フランちゃんなら何か知ってるかなあ、って思って。」

 

……なるほど。結意さんは知るはずもなく、ロミオさんには聞けない。ジュリウス隊長ならば知っているだろうけど、さっき説明してもらっただけに気が進まない。本人などもっての外……結局私に回ってきた、ってところだろう。

 

「私も詳しいところは知りませんが、一年前に出現した新種のアラガミとの戦闘が原因だったそうです。」

「新種?」

「カリギュラの変種だそうですが……ご存じですか?」

「ちょっと待って。」

 

小走りにターミナルへ向かい、いくつかの画面を経てから戻ってきた。右上に青いアラガミの姿……カリギュラの項目を見てきたらしい。

 

「よろしいですか?」

「うん。」

 

……若干の機密事項を含むだけあって話すのに気を使う。が、ナナさんの階級では閲覧できないのも事実だ。機密に抵触しない程度に教えないと。

 

「その変種との戦闘の際、ギルバートさんの上官が負傷。同時に腕輪を破壊され、侵喰が始まったそうです。」

「その人が今植物状態にある人?」

「はい。状況を不利とみた彼はその場からアラガミを引き離し、戦闘を続行。上官の方は近くにいた別の神機使いによって救出され、何とか一命を取り留めたものの現在は植物状態にあります。」

 

上官の名前、近くにいたという神機使い、そのどちらも明らかにされていない。……と言うより、私の権限では見ることが出来ないレベルの機密として設定されている。

 

「その人ってもう……?」

「回復の見込みは高いそうですが、すでに一年が経過していることもあって、彼の上官殺しの汚名を流布させる一因にもなっているようですね。その方の延命治療を続けているのも、婚約者の方たっての願いがあるからだ、と。治療費も神機使いに対する保証期間を過ぎたため、その婚約者の方が全額負担しているとのことです。……まあ、これはグラスゴーの知り合いからの情報ですので……鵜呑みには出来ませんね。」

 

ギルバートさんの判断は正しい。移動中に救護、回収要請も出している上、ヘリが降りても何一つ問題がないところまで引き離して戦闘を続け、その場から移動しないように努めていた。……全くもって非の打ち所のない行動だ。近くに神機使いがいたのなら、最悪の事態にも対処できる。

 

「端的に言ってしまえば、彼の行動には何一つ問題がなかった……神機使いとしてはですが。」

「?」

「彼が報告書にまとめた中に、負傷した上官を狙ったのを確認し、すでにダメージが蓄積されていた右腕を攻撃した、とあったそうです。また、救出されたとはいえ上官がアラガミ化しかけたことは事実であったため、彼に対し査問会が開かれました。……その際には、一度だけ上官を囮にしてしまった、とはっきり告げたそうです。」

 

……それがどのような状況でそうなったのか。そもそも彼は上官を助けようもなかったのか。その辺りが分からない以上、結論を出すのは早計だと言わざるを得ない。

それでも噂は一人歩きするものだ。一度流れてしまった以上は……

 

「そっかあ……ありがとね!」

 

また小走りで去っていったナナさんを見送りつつ予定進路を確認した。

……激戦区極東。ひとまずの目的地への進路だ。




フラン視点は始めてかな?なかなか正確の掴みにくい人がGE2には多くて…二次創作泣かせですね…
本日は残り二話の予定です。


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β04.絶対的に足りなかったもの

そういえばサブタイトルの区分である「α」「β」って、皆さんとしてはどうですか?
半分は自分が分かりやすくするためのものですので、正直邪魔、もっと別ので良いんじゃないか、等ありましたら、遠慮なく仰ってください。


 

絶対的に足りなかったもの

 

ジャヴァウォックの影響からか、この辺りのアラガミはめっきり減った。……その減ったアラガミを防衛線にいる神機使いとアリスがだいたい片付けているんだから尚更だ。

訓練場は新人達が占領中。欧州各地の神機使いが集まったとは言え、どこの支部も主戦力は保持しておきたいところ。増援に来た人達の中には新人がちらほら……とは言え、当然ベテラン神機使いも派遣されている。彼らは新人にとっていい訓練教官であり、こぞって訓練場を使って自身の鍛錬に励むわけだ。

……だからこそ、と言うか……何らかの施設を使用した訓練をしようと思い、かつ教官以外を希望した場合、ある一つに限定される。

 

「……もうちょっと近くからやった方がいいかな?」

「そうしたら?久しぶりなんでしょ?」

 

ふさぎ込んでいた渚を、気晴らしに、と言って射撃訓練に引っ張り出した。……出たら出たで何だかんだ元気に振る舞うのを見て少し申し訳なくもなるのだが。

 

「集弾率83%……渚は?」

「92%だけど……そっちより近いし。同じくらいじゃない?」

 

ロシア支部の射撃訓練場は、実銃と神機共用で全長70メートル。欧州防衛の要というだけあって、他の支部よりも訓練設備は整っている。

……それ以上にアラガミが少ないこともあるのだが……極東支部なら討伐しても討伐しても湧き出てくるアラガミが訓練道具だし。

 

《基礎訓練が終わったら即実戦だったっけ。……正直冷や冷やした覚えしかないんだけど……》

【う……】

 

私は実銃、渚は新作のバレットの試し撃ち。神機から銃が失われた私にとってはあまり縁のないところだけど、とりあえず表示される数値とその見た目で何だかすごいことだけは分かった。……彼女にはバレット作りの才能でもあるのだろうか?

 

「っていうか何で実銃なんて……使うときなんてある?」

「……一応ね……あまり使うときが来てほしいとは思わないけど。」

「?」

 

……三年前。捕らえられた大車を見て一瞬だけ殺意が芽生え、同時に人に対して神機を使いたくないという自らの想いに気が付いた。でも、あの時の敵はアラガミではなく人……最悪の事態に最悪の手段をとれなくては、また同じことが起こったときに何も出来ずに終わってしまうかもしれない。

 

《いざとなったら?》

【……任せるよ。私だけで出来る気はしないし。】

《……了解。》

 

神機を使いたくなかった理由は、何度考えてもこれがお父さんの研究が出した一つの結論であり形だったから。……なら、ただの武器なら……なんて根拠のないところへ行き着いて、一昨年から実銃での射撃訓練を始めた。

 

「……そろそろご飯食べない?いい時間だし。」

 

やっている身でこんなことを言うのも何だけど、この訓練は無意味に終わってほしい。人相手はもう嫌だ。

 

「引っ張り出したんだから当然おごりだよね?」

「……はい。」

 

まあ最近は何も壊していない……じゃなくて、支払先がないし。一人分くらいは余裕だろう。

 

「何食べるの?」

「うーん……ボルシチとか?」

「分かった。」

 

それ以前に今日の目的は渚を元気づけることだ。一食くらい、おごってあげるものだろう。

 

   *

 

「……全く動かないな。姉上、どう思う?」

「何かを待っているか、何かをしているか……どちらにしろ警戒しておくに越したことはない。」

 

防衛線は定時交代制。個人個人に時間が割り当てられているため、そこにいる神機使いの所属は様々だ。

ただし最前線でのオペレーション経験がある人材が少ないせいで、姉上の担当時間は他より長い。当然ながら俺がそれに被ることもあるわけだ。

 

「そろそろ動いても良さそうなんだがなあ……何も喰ってないんだろ?」

「……捕喰の必要があるかどうかを疑うほどにな。」

 

悪態をつくかのように言い放った姉上。俺もさらに何か聞くでもなく、ジャヴァウォックの映像監視を続けた。

その場に留まって動かないアラガミ……コクーンメイデンのような足のない類を抜けば、人類が初めて遭遇するタイプか。できればこのまま消えて……

 

「……ん?」

 

突然ジャヴァウォックが動き出した。……と言うより、身悶えし始めた。

 

「戦闘準備は?」

「全員整っているはずだ。」

 

戦闘の心配をしつつ画面をのぞき込み……数秒後に口を開けたまま固まった。

 

   *

 

ロシア支部にはこれで三回目の訪問……それら全てでボルシチを食べている。何せ本場とあって味が多様というか多すぎるというか。食堂のメニューの中で圧倒的な存在感を放つそれを選ばずにはいられないほどだ。

……その日に仕入れられた材料によっては作ることが出来ないものも出てくるそうだが。

 

「神楽って前何選んだんだっけ?」

「前は……あ、これこれ。このシュリンプのやつ。」

 

……こういうのをガールズトーク、とでも言うのだろうか。正直、アラガミである自分がこうして誰かと笑っていられることが当たり前になっている今の現状が……すごく怖い。

 

「今度アリサにお勧めとか聞いてみよっか。」

「変わったやつ薦めてくるんじゃない?」

 

ふとした拍子にこうした小さな楽しさを全て失うかもしれない。そうなったら、きっと私は人として暮らせなくなる。

人を喰らった可能性があるという事実は、どんなときでもこういった思考を産出していた。

 

「ロシア支部内の全神機使いへ通達。ジャヴァウォックの消滅が確認されました。技術部隊は遠征準備をしてください。」

 

それを半強制的に止めたアナウンス。そこかしこでざわめきや小さな歓声が起こる。……私達も同様だ。

 

「良かったあ……また大戦闘になるかと思ってたよ……」

「もう寝込みたくないって?」

「当然!」

 

……まあ、彼女にとってはそこが一番重要なんだろう。能力使用がそのまま負荷になる、というのも難儀なもののはずだ。

 

「あ、そういえばアリスは?まだいる?」

 

神楽に言われて初めて、アリスがジャヴァウォックを見張っていたことを思い出した。結局何も聞けずに帰ってきたけど……今も待っていてくれているのだろうか。

 

「ちょっと待って。」

 

東へ向けて若干広範囲に。小さな反応も逃さないようにゆっくりと。……いつの間にか、この索敵も上手くなったな……

 

「……?」

 

母さんを見つける前に何か別の偏食場に当たった。どうもかなり広範囲に散っているもののようだ。

……何だろう?懐かしい……

 

『俺に会え!まだもう一人いるはずだ!』

 

突然頭に呼び起こされた声。まだ思い出していなかった部分だろう。……でも……

 

『でもあなたは!?』

『奴を抑える!』

『無茶言わないで!』

『あいつらが残ってるのとどっちが無茶だ!さっさと行きやがれ!』

 

これはいつで、話しているのって……いったい誰?

 

『……これが最後じゃねえんだ。』

『……冗談……じゃないよね。』

『ああ。』

 

徐々に脳裏に浮かび始めたその時の光景。……ここって……エイジスへの通路?いつの?

 

『てめえから離れっとさすがに長くは保たねえ。なるべく早く逃がしてくれよ。』

『……これでお別れ?』

『俺とは……たぶんな。』

 

ぼやけた通路と、はっきり見える少年。まるで二カ所を同時に見ているかのようだ。

 

『いいか?俺のことはしばらく忘れろ。その方が都合がいいはずだ。』

『……』

『……頼んだぞ。』

 

一瞬目の前が真っ白になり、気が付くとそこには誰もいなくなっていた。さっきまで靄がかかっていた周りの景色も鮮明……いや、はっき見えるようになった、と言うべきだろう。それがいったい何を示すものなのかは分からないけど……

 

「……渚?」

 

怪訝そうな神楽の声に我に返り、いつの間にか捉えていた母さんの反応を確認する。……そこまで速くはない速度で、もといた地点から北西へ移動しているようだ。人が住んでいる地域が全くない場所を選んでいるのだろう。

 

「あ、ごめんごめん。……アリスは北西に移動中。しばらくしたら別の支部から連絡が来ると思う。」

「ふうん……北西に外部コロニーとかってあったっけ?」

「ない。それにコロニーに当たっても何もしないでしょ。」

「それもそうだね。」

 

……でもさっきの……いったい何だったんだろう?




そろそろアリス視点が書きたくなってきた…でもそうするとネタバレが…


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α06.対話

本日ラストの投稿。伏線回どころか、謎回です。


 

対話

 

日付が変わってから二時間強。研究室へ一本の連絡があった。

 

「ラケル博士。ジャヴァウォックの消滅が確認されました。」

 

……予想よりも少し長く保った……少し見積もりを誤ったかしら?

 

「分かったわ。遅くまでありがとう。ゆっくり休んで。」

「はい。失礼します。」

 

素直な子だ。詮索もしないし、必要なことさえ教えればどの仕事も完璧にこなしてくれる。

 

「フラン……だったかしら。よくやってくれるじゃない。」

「ええ。お姉さまも何か頼んでみる?」

 

お姉さまがやっている研究では助手は必要ないかもしれないけれど……役に立たないということはないはず。むしろ次々に仕事を任せたくなるだろう。

……その方が都合もいい。

 

「今は大丈夫よ。それに、あまり人に教えたいと思う研究でもないし。」

 

神機兵の有人制御。ネモス・ディアナでは神機使いを襲ってしまったそれも、数日前の実験では搭乗者の意識がかなりはっきりしており、かなり正確な挙動も出来ていたそうだ。神機兵そのものの性能が向上したこともあるかもしれない。

 

「ブラッドの調子は?」

「さあ……でも、予想よりはずっと良い方。すこぶる、まではいかないけれど。」

 

概ね予想通り……とは言え、彼らは手綱を握るにはなかなか強すぎる。注意していなければ計画は総崩れになりかねない。

 

「……そろそろ戻るわね。あなたも早く寝なさい。」

「ええ。おやすみなさい、お姉さま。」

 

……この調子なら少し計画を早められるかもしれない。その場合のプランでも練ろうかしら?

 

   *

 

「下がれ!」

「はいっ!」

 

後ろに下がってからコンマ数秒。コンゴウが自身の周囲に衝撃波を発生させた。

 

「畳みかけるぞ!」

「は、はいっ!」

 

ギルさんに頼み込み、実戦での回避や攻撃のタイミングを教わっている。

私は元々攻撃重視で、ロミオさんやジュリウスさんから回避をもっとしっかり行うように、と言われていた。つまるところ攻撃回数は多かったわけだ。

今はギルさんの号令で回避をやっている。当然、回避の回数は増え、若干の余裕を持った動きになっているはずだ。

……一定時間当たりの攻撃回数の自己ベストを更新しながら、だが。

 

「敵オラクル反応消失。コアの回収を。」

 

無線から聞こえたフランさんの声。その発言が終わる前に、ギルさんはコアを回収し終えていた。

 

「お疲れ。どうだ?」

 

動いた回数は変わらないはずなのに息の上がり方が全然違う。やっぱり実戦経験の差って大きいのかな……

 

「つ、疲れました……」

「まだ回避に無駄があるんだろ。その辺りは慣れるしかないさ。」

「そういうものですか……」

「そういうもんだ。」

 

まだ一桁の実戦回数。先は長そうだ。

 

「また何かあったら言ってくれ。」

「はい。」

 

極東支部にはかなり近付いている。まだ実感はないけど、ジュリウスさんの話では徐々にアラガミが強くなっているらしい。

……私も早く一人前にならないと……

 

   *

 

「……つまるところ、任務でアラガミを深追いし過ぎ、回収が難しい場所まで来てしまった。急いで極東支部へ連絡したところ、フライアが近いことを通達され、挨拶も兼ねて行ってこいと命令が下った、と。そういう理解で間違いないか?」

 

突然フライアに訪れた極東支部からの神機使い。話を聞く限りではただ無茶をしただけのようにも思えるが、本人としては違うと主張したいらしい。

 

「ブラッド隊長。それは間違いというもの。アラガミは闇の眷属……騎士である僕には!それらを滅する義務があるのです!……とは言え、この不肖の身一つのために遠隔地まで回収に来ていただくことは我が騎士道に反する……よって手が必要であるところへ赴くという騎士の勤めを果たすべきと考え、泣く泣くアナグラへの帰投を断り、アラガミと戦いつつ我らが極東支部へと向かうフライアへ一時的な異動を願い出たのです!」

 

エミール・フォン・シュトラスブルグ。フェンリルを支える大財閥の一つであるシュトラスブルグ家の御曹司……最近頭角を表してきた極東支部の期待の新人の片割れだという話も聞く。実際大型種を相手に、ぎりぎりではありながらも単身勝利を収めていた。

 

「……とりあえず、神機の整備はすでに始めている。部屋もこちらで用意はするが、さすがに突然の来訪だったからな。もう少し待ってもらうことにはなる。それで構わないか?」

「待つのも騎士の仕事の内……何時間でも待って見せましょう!」

 

……問題は一々仰々しいことか。

 

「あ、ジュリウスさん……と……?」

 

背後からの声に振り返ると、そこには鼓とギルの姿があった。

 

「む?隊長殿。彼らは?」

「ブラッドの隊員だ。鼓、ギル。こちらはエミール。極東支部の神機使いだ。」

 

恭しい、と言えば聞こえが良い御辞儀をしたエミール。……が、彼自身の仰々しさと相まってむしろやりすぎの感を抱かせる。

対して、ギルは笑みを浮かべつつ挨拶を返すのみ。鼓も軽く頭を下げただけだ。郷に入れば郷に従え、とは……先人達というものは良い言葉を考えるな。

 

「最近はアラガミも強くなってきてるからな。よろしく頼む。」

「無論!君達もここのアラガミに苦戦しているかもしれないが、この僕が来た以上は心配いらないと思ってくれたまえ。」

「は、はあ……?」

 

……困惑するのも無理はない……というより、こういうタイプは全くと言っていいほどいないのだ。戸惑わない方が異常だろう。

 

「我々の勝利は!約束されている!」

 

ある意味、社会勉強だな。

 

   *

 

「……?」

 

夕暮れ時。晴れていればシェルターが開かれる庭園には先客がいた。

……夕日に照らされる木陰で眠る鼓だ。……今日は確かギルとコンゴウの討伐にいったはず……それほど疲れたのだろうか?

……まあそれはおいておくとして……まずいな。

今は雲もほとんどない綺麗な夕暮れ時。つまり、シェルターが開いているのだ。ここのガラスは若干薄く、夜になると肌寒くなることもある。

神機使いと言えど元はただの人間。こんな場所で一夜を明かそうものなら当然風邪をひくことになる。

 

「鼓。」

「……」

 

肩を揺すっても起きる気配がない。……とりあえず毛布でも持ってくるか。

 

「やあ。誰かさん。」

 

突然後ろから聞こえた言葉。……エレベーターは一度も開いていないはず……待機していた職員か?

そう思って振り返ったのだが、目に入ったのは全く見覚えのない少年。鼓と歳はそう変わらないように思えるが、それだけにここにいるわけがない。

 

「ああ、申し子か。こっちでの初対面があんたってのも面白いな。」

「……名乗れ。」

 

見覚えがない相手、あるいは博士などから紹介されていない相手。俺の中では、それをまず敵と判断するようになっている。……戦闘訓練の果ての結果だが、この性格が幸いしたことは多い。

 

「おいおい落ち着けよ。せっかちだと嫌われるぜ?」

「生憎そういうことを気にする質でもない。名乗れ。」

「ふうん……昔とはずいぶん変わったんだなあ。」

「何?」

 

昔……と言うことは、どこかで顔を合わせていたというのか?

 

「他人に怯え倒して過ごしていた頃くらいしか知らないんだよなー。俺がマグノリアに着いた辺りのさ。」

「……会ったことがあるとでも言いたいのか?」

「いや?一応初対面だけど?」

 

ケラケラと笑いながら、他に何をするでもなく俺の様子を窺う少年。……それに徐々に苛立ちを覚え始めていた。

 

「ふざけるのもいい加減にしろ。」

「俺は全くふざけてないんだけどなあ……実際顔を合わせたのは初めてだし、俺は昔のあんたを知ってるし。ま、仲良くしようぜー。申し子君?」

「……黙れ……」

「おお怖。」

 

危険を感じるような相手ではないのは確かだが、どうもおかしい。ここにいることだけではなく、眼前の少年に対して自分が抱く苛立ちが戦闘中に感じる一種の昂揚に似ている。

 

「……つっても……」

 

それを不審に思っていたから……いや。その程度の理由ではなしに、一瞬で距離を詰められた。

 

「!」

「あんたと喧嘩してもねえ……弱いみたいだし……」

 

……俺が話していたはずの少年が消え、代わりに右腕を引きつつ目の前に出現したのだ。

 

「……どうせ面白くない。」

 

唐突に感じた腹部への違和感。それが痛みだと気付いた頃には、視界がブラックアウトしていた。

 

   *

 

「ずいぶんと楽しんできたのね。」

 

……おいおい……去年辺りから外見変わってねえぞ?やっぱこいつバケモンだな。

 

「楽しんで……ねえ……正直申し子君は弱くってさあ。」

「面白くなかった?」

「話し相手にはいいんじゃね?」

 

かれこれ十七年前になるのか。こいつに初めて会ったのは……

 

「んで?あいつをここまで連れてきたってことは、そろそろ始めんだろ?」

「そうね。……でももう少しいろいろと整ってからでないと……失敗はしたくないもの。」

 

……いや。初めて会ったのはこいつじゃない。

 

「なあおい。ラケルはどうした?」

「……ここでは……いいえ。今はどこに行っても私がラケル・クラウディウス。……そういえばあなたに会ったのは彼女の方だったわね。」

「なるほど。じゃあお前、あん時の裏っ側か。」

「ええ。そうなるわ。」

 

昔は本体に干渉する程度だったってのに……今じゃあ支配権掌握かよ。

 

「ところでアブソル。あなた、本体はどうしたの?」

「だいたいこっちに飛ばせたさ。だからここまで出て来れてんだ。」

「……あなたのおかげでどこもかしこも大慌てよ?」

「仕方ねえだろ?まさかこうなるなんて思ってなかったんだしよ。」

 

正直俺から離れた場所で覚醒するとは思っていなかったが……それはそれ。ちょいとばかりただ遊んでいられる時間が出来たと考えればいい。俺もこっちまで問題なく来れたことだし。

 

「……コアは?お父様はあの場所でコアの焦げ炭を見つけたって言っていたのだけれど。」

「ハッ!分裂させた本人がよく言うぜ。……まあ……そのおかげでここにいられるんだが……」

「他に二人いたはずよ?」

「お前も知ってんだろ?一人目はあん時に死んじまったし、次の一人も例のやつで“前”に飛ばされてる。……お前に会ったのもそいつだろ。」

 

……もしも飛ばされた日がほんの少しでも遅かったとしたら、俺は今こうしてこいつに手を貸しているはずもないんだよな。どういう因果だか。

 

「……ラケル。あいつに話しかけられるのはいつになる。」

「何とも言えない、というのが正直なところ……ただ、最低でも次の覚醒までは無理だと思っていいでしょう。」

「……」

 

……時間がない。このままだと、あのどっかの何かに俺が俺として出会えなくなる。

 

「……俺が会った奴は分かったのか?」

「いいえ。……極東支部で会ったことは間違いないの?」

「っつーよりその周辺のはずだ。……まさか極秘事項にでもなってる、とか言わねえよな?」

「外で閲覧可能に設定されているデータがあまり多くないの。現在調査中、と言ってはいるけれど、実際には明かすことが出来ないデータだからだ、という見方が一般的……向こうに着いてからでないと、いろいろ苦しそうね。」

 

さっさとしねえと次のサイクルが始まっちまうだろう。今度は自然発生的に……

 

「……人を喰わねえ終末捕喰……本当に出来るんだよな?」

「可能性はさすがに低いけれど、理論上は可能。後は特異点次第と言ったところよ。」

 

人に助けられた過去と、自身が特異点の一つである現実。それらは重なり合い、結果としてある想いを生んだ。

……一度起こってしまえば、終末捕喰はその後絶対に発生しない。だったら……

他の何を犠牲にしてでも、人を生かすための終末捕喰を起こしてやる。




この回は正直このタイミングにするかどうかをかなり悩みました。ジュリウスとの会話の件まではいいんですが、ラケルとのそれはかなり先のほうにつながるもので…
…さて。少々この場をお借りし、皆さんへお詫びをしようかと思います。
実は、八月下旬からかなり忙しくなったことで、現在も小説を書く時間がかなり少なくなっています。
執筆を止めることは絶対にしませんが、これまでも亀だった更新がさらに亀になることが予想されます。
なるべく早く出したいとは思いますが、何分文才のないもので…編集を数回通しておかないと、はっきりいって日本語として成り立たないレベルとなってしまうのです。
楽しみに待ってくださっている皆様には申し訳ない限りなのですが、ご理解の程、よろしくお願いいたします。


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α07.波立つもの

…えー…
二ヵ月半ぶりの投稿ですね(((殴(--)
いやもう何と言いますか…リアルが忙しかったのもありますが、それ以上にRBの扱いが全く決まらず…こうしてお待たせすることになってしまいました。申し訳ありません。
何とか方針も決めることが出来ましたので、本日の投稿終了時に報告させて頂きます。


 

波立つもの

 

ジャヴァウォックの消滅から三日が過ぎた。結局、そのジャヴァウォックそのものからの影響は私達にはほぼなかったんだけど……

 

「どのルートもアラガミが進行中です。ここで待機するか、このまま進んでいずれかの群を一掃していくかになりますが。」

「待つとしてどのくらいかかるか分かるか?」

「最低でも一週間。欲を言えば二週間、ここに留まる必要があります。」

 

ジュリウスさんとフランさんが話しているのは、ここから極東支部までのルートについて。ジャヴァウォックを気にかける必要もなくなり、今までより速度を上げようか、と、元は考えていたそうだ。

けど、あのアラガミの消滅から半日もしない内にアラガミの大移動が始まった。お義母さんが言うには、ジャヴァウォックを恐れてこの辺りを離れていたアラガミが戻ってきたのかもしれない、とか……結局立ち往生してしまっている。

少しずつ討伐していると言っても如何せん数が多く、今日もギルさんとエミールさんの同行の元、ウコンバサラ二体の討伐任務に当たる予定だ。

 

「長いな……群全ての規模は?」

「禁忌種を含め大型三体を中心とし、中型種は約十体、小型は五体ほどの固まりになりつつ散開しています。数としては数十体に及ぶと、偵察班からの最新の報告にありました。」

 

ジャヴァウォックが出現している間中、なんか嫌な空気だなあとは思っていたけど……アラガミにとってはもっとひどいものだったのかな、なんて……ちょっと的外れなことを考えつつ階段の上にいるジュリウスさんをぼんやりと見つめる。昔はあまり見せなかった、少し怖い真剣な顔。

 

「悪い。待たせたか?」

 

エレベーターが開く音から一拍遅れてギルさんの声が耳に届いた。あとはエミールさんだけだ。

 

「大丈夫です。……えと……エミールさんは?」

「討伐対象の資料を読んでから行く、だとさ。すぐ来るだろ。」

 

……どうせなら昨日の内に読んでおいてほしかったなあ……

 

   *

 

「よいしょっ!」

 

飛びかかってきたオウガテイルをハンマーで弾き飛ばし、その後ろから発射されたグボロの水球を余裕を持って防いだナナ。彼女が同行者となった任務もそろそろ二桁……強くなるわけだ。

 

「よしナナ!そろそろ終わらせるぞ!」

「うん!」

 

ナナをねらって再度充填を始めた砲塔を叩き割り、それに呻いた隙をついて歯を数本吹き飛ばす。同じ隙をナナも見逃さず、背ビレを壊した。

まだ深入りしすぎることもあるけど……この調子じゃあいつか抜かれるんだろうな……

 

「とどめっ!」

 

砲塔の割り口から刀身全体を突き刺し、そのまま上へと切り開いた。そこまでで絶命したグボロのコアを、着地したばかりのナナが回収する。

 

「ナナ、お疲れ。」

「ロミオ先輩もねー。」

 

片手を挙げたナナに答えつつフライアへと通信を入れ、帰投準備を進める。俺とジュリウスだけだったらかなり苦しくなっていたであろうこの状況も、何だかんだとこなせている。

 

「討伐完了。ヘリ出せる?」

「了解しました。」

 

ナナも結意も上達が早くって、何かすぐに俺を越えそうだ。……それが微妙に不安でもあるわけで……

 

「ロミオ先輩。回収終わったよ。」

「ん?あ、サンキュー。」

 

まだ一回一回の数は少ないけど、こうも連日出撃するようになると疲れも溜まってくる。ナナの顔にも微妙に隈があるし、かなりのハードスケジュールになっていることは間違いない。

とんでもないエースがいればいいのにな……そう考えずにはどうしてもいられなかった。

 

   *

 

すでに戦闘音が響いている廃工場エリア。たぶんエミールさんだろう。

 

「目標は二体だ。もう一匹を探すぞ。」

「はい。」

 

ギルさんの後に続いて走り、フライアから送られる反応を追いかける。戦闘音とは反対側のようだ。

降下地点から数百メートルを走った辺りでウコンバサラを見つけた。手で合図を出し先攻したギルさんに続き、私も切り込む。

 

「深入りしすぎるな!」

「はい!」

 

彼に戦闘指南を受けるようになってからよく言われるのが、いくらショートだと言っても突っ込みすぎ、ということだ。どうやら私には戦闘になると興奮する癖がある……というか高揚してしまうようで、もう一発もう一発と考える内に回避できない位置まで入ったりしているらしい。実際にそのせいで大きめの攻撃をくらったこともあるし……

 

「さっさと下がれ!来るぞ!」

「っ!」

 

……そう。例えば今のように。

 

「あうっ……」

 

かろうじでガード出来た、は、ガードしていないのと同じだ。ジュリウスさんにもよく言われることなんだけど……

ほとんど吹っ飛ばされるように防いだ私と入れ替わりで仕掛け、無理のないところまで攻撃した後すぐに離れたギルさん。……要するに、私はその正反対に見えているわけだ。

 

「終わりだ!」

 

串刺しにするように突き出された槍がしっかりと胴を捉え、力ない叫びと共に目標が完全に停止。ひとまず戦闘終了だ。

 

「……その……すみません……」

「気を付けろ。相手が相手ならもっとまずいことになる……分かってんだろ?」

「はい……」

 

また怒られちゃった……早く直さないとなあ……

 

「あいつは……まだあそこか。行くぞ。」

「あ、はい。」

 

走り出したギルさん。やっぱり、一日二日で追い付けるようなものでもないんだと……最近はよく思う。

そのギルさんだが……角を曲がったところで唐突に立ち止まった。

 

「……何やってんだあいつ……」

「え?」

 

視線の先にあったのはウコンバサラに飛ばされるエミールさんの姿。正面から突っ込んでは正面から弾き飛ばされるというなかなか器用なことを続けているようだ。

 

「くっ……!闇の眷属共!」

 

……けんぞく?

 

「あの……ギルさん。けんぞくって……」

「何かしらの配下にいる奴のことだ。……正直こんな単語を直に聞くとは思わなかったんだが……」

「覚悟ッ!ぐふぉあああ!」

 

真っ正面から突っ込んで、真っ正面から弾き返されたエミールさん。……って……え?

 

「……ウコンバサラへの正攻法って……」

「ああ。複数相手ならともかく、一対一なら横から攻めるもんだ。」

「ですよね……」

 

私でも正面からは行かないのに……ギルさんも呆れ顔だ。

 

「……なかなかやるな……だが!今度はこちらの番だ!」

 

どう見てもまた正面から飛び込む構え。これは……止めた方がいいのかな?でも何だか……

 

「エミール・スペシャル・ウルトrあああああ!」

 

ある意味、この先を見てみたいきもする。当然、エミールさんが本格的に危なくなったら飛び込まないといけないけど、でもそれまでは……

 

「チッ……一人で突っ走りやがって……おい結意。さっさと片付けるぞ。」

「ここは僕に任せてくれ!ここは僕のっ!僕の騎士道を、君たちに示してみせる!」

 

私にはエミールさんほどの決意がない。お義母さんから適合者だって言われて神機使いになって、ジュリウスさんにちょっとでも認めてもらいたくて頑張って。戦うことに関してはあまり強い決意とかがないのだ。

それだけに、と言うか、エミールさんの戦う理由みたいなものを見てみたい。

 

「いいだろう……こちらも死力を持って相手してやrぐああああ!」

 

……見て……みたいんだけど……

 

「お前の騎士道とやらに付き合ってる暇はないんでな。さっさと終わらせてもらうぞ……?」

 

気が付けばギルさんの着ている上着の裾を引っ張っていた。それだけで察してくれたのか……

 

「……勝手にしろ。」

 

と、完全に呆れ果てているのを隠そうともしない口調で言いつつ止まってくれた。

 

「ゴ……ゴッドイーターの戦いは……ただの戦いではない……」

 

息を切らせながらそう語り出した。ギルさんの表情は変わらないままだけど、少しだけ肩の力が抜けているように思える。

 

「この絶望の世に於いて!神機使いは!人々の希望の依り代だ!」

 

考えたこともなかったなあ、と、心の中で小さく笑った。自分が人に必要とされる存在だなんて、これまで考えたことも……

 

「正義が勝つから、民は明日を信じ!正義が負けぬから皆、前を向いて生きる!」

 

でもそれが、エミールさんの戦う理由。私にはたどり着けないかもしれないところにある、どこか高尚な決意なんだろう。

 

「故に僕は……騎士は……!絶対に……倒れるわけにはいかないのだ!」

 

ウコンバサラの突進を上に飛び上がって回避し、そこから頭に向かってハンマーを振り下ろしていくエミールさん。吸い込まれるようにして入ったその一打は、ただそれだけで相手を絶命させていた。

 

「……フン。バカなりに、筋は通ったやつみたいだな。」

「や……やったぞ……騎士道の、騎士道精神の勝利だ!」

 

にしても……この二人って、気が合わなさそうだなあ……

 

   *

 

「ラケル博士。ここからのルートについて相談がある。」

「何?入ってらっしゃい。」

 

いつも通り大量の機器を操作していた博士。いつ見ても計器類に押しつぶされそうな部屋だ。

 

「何かあったの?ジュリウス。」

「まだ何も。ただ、この先はどうルートを取ったとしてもアラガミの群とぶつかるしかないらしい。」

「それで私に相談しに来た、というわけね?」

「ああ。」

 

ちょっとした集団程度なら突き抜けていけるだろうが、今回はそうもいかない。鼓とナナにとっては初の大規模戦闘になることも考えると、少しでも安全な方を採りたいところだ。

 

「現状このフライアがまともに進めると思われるルートは四本。その内の一本は一度引き返して回り道をする、だけれど、それはしないことにしたのかしら?」

「俺はともかく、職員やロミオに長旅の疲れが出始めている。ここに停留しているせいもあるだろう。そう考えると、引き返すのは手段から外した方が良い。」

「それなら一番最初の予定進路を進めば問題はないでしょう。私個人の見立てだけれど、このルートが一番アラガミとの戦闘が少ないはずよ?」

「そうか……」

 

……博士の意見も踏まえて、もう一度フランと相談した方が良いかもしれないな……そんなことを考え始めたときだった。

 

「ラケル。グレム局長がお呼びよ。……あら、ジュリウス。最近あまり見なかったわね。」

「最近はあまりこっちに顔を出していなかったからな。……では、俺はこれで。」

 

レア博士もそれほどこっちに来ている素振りはないが……それ以上に俺が来ていないのが原因だろう。

……今は無事に極東支部に着くことが目的だ。それ以外をその上として考える必要はない。




…久しぶり過ぎて前書きと後書きが書きにくい…


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β05.渦に飲まれて

最近はアリスが出ているときが一番筆が進みます。
…それ以上にアブソルが書きたかったりもしますが…


 

渦に飲まれて

 

「以上がジャヴァウォック消滅地点調査任務の概要だ。何か質問は?」

 

こりこりとコーヒー豆を挽く音が響く部屋での会議。私が借りている部屋で話し合いをすることは珍しいため、この際みんなにコーヒーでも振る舞おうかと思っているわけだ。

……あわよくばコーヒー好きの増加を……

 

「前に調査部隊が行かなかったっけか?」

「一度はな。最近は変色因子濃度が上昇し、いつアラガミが発生してもおかしくない状況でもある。神機使いでない者が行くには危険すぎるとの判断があったらしい。」

「調査内容は?」

「残留物の捜索、周辺への影響、調べられることは何でも調べろと指示が出ている。」

 

ロシア支部での生活もかなり長くなっている。アリスの動きを追いたいところなんだけど……こればっかりは仕方ない。

 

「コーヒー出来たよ。ミルクとか砂糖とかいる?」

「ミルクだけ。少しでいいよ。」

 

ジャヴァウォックそのものがもたらした影響は少ないものの、それを恐れて右往左往する内にハイヴに当たったアラガミによる被害や、消滅に際して一斉に動き出した群による支部襲撃はかなりの規模だ。放置は出来ないし、かといって根本的な解決策もなかなか採りにくい。

 

《……まだあの場所行きたくないんだけど……》

【私も……いやな感じだよね……】

 

しかも消滅地点では空気中のオラクル細胞が活性化しているとの報告が上がっているとのことだし……根本的な解決策がとれないだけに、最も厄介なタイプと言えるだろう。

 

「出発は二時間後だ。何が起こるかは分からん。準備は入念にしておけ。」

「了解です。どうぞ。」

「む?ああ、すまないな。」

 

そういえばツバキさんにコーヒーを出したことってあんまり無いなあ、と、完全にずれたことを考えながら二人へも差し出す。

 

【ジャヴァウォックそのものの気配はないのに……】

《偏食場は若干残ってる。いやな予感、とかはそのせいじゃない?》

【なのかな?】

《と思うよ?》

 

不安の理由は何となく分かっている。同時にそれが正しくないとも。たぶんイザナミもそれを分かっているからこう言っているんだろう。

……シオと偏食場が似ているのだ。出現中はほとんど怖いとしか思っていなかったせいで気付かなかったけど……

そのくせ渚と似ているとは全く思わない。シオと渚の偏食場はあまり違いがないはずなのだが。

 

「そうだな……現地に着いたら神楽と渚はまとまって動いてくれ。お前達に影響がないとは限らんからな。……どちらかが暴走したときに抑えられるのはやはりお前達だろう。」

「ん。分かった。」

「了解です。」

 

あまり考えたくはないけど……実際あり得ることではある。オラクル細胞の活性化が見られるとあれば尚更だ。

 

「俺は?」

「お前は新人達の監督に当たれ。正確な数は分からんが、ざっと十人程度はいるはずだ。ここに残る神機使いの数を考えれば……そちらに回されるベテランは一人か二人だろうからな。手伝いに行った方がいい。」

「おう。」

 

新人かあ……

 

《神楽は参考にならないもんね。》

【うぐ……】

 

   *

 

荒涼とした調査区域。軽く見て回っただけでもかなりの残留オラクルが採取できた。

 

「サンプルってこのくらいでいいかな?」

「いいんじゃない?」

 

採取用ケース三つが満杯。四つ目も三割ほど埋まったし、これ以上取るのは無意味だろう。

 

《にしても、まだ結構残ってるね。やっぱり細胞自体も特殊?》

【うーん……どうなんだろう?他のと違うような気もするけど……正直どれでもそうだし……】

《それもそっか。》

 

アラガミの細胞は個体によってかなり感じが違う。元がオラクル細胞であるとはいえ、捕喰したものによってその成長や進化の方向性も変わるせいだ。

同種のアラガミであれば当然共通点はある。……それでも差があるのがすごいところだけど。

 

「そろそろ次に行く?」

「うーん……もうちょっと見回ってからにしない?」

 

……今現在感じているのは細胞自体の感覚よりもこの周辺に残っているジャヴァウォックの気配にも似た違和感なんだけど……

 

「分かった。……って言ってもこの辺もう何にも……?」

 

渚の言葉が突然切られた。彼女が見ているのは私の後ろ側。そちらを振り向く前に、彼女が声を上げた。

 

「神楽。全体に撤退命令出して。」

「え?」

「もう少し調べたくはあるけど……あの雲はまずい。」

 

戻していた顔を再度振り向かせ、彼女の言う雲を確認した。場所としてはジャヴァウォックが出現していた辺り……そこを中心として、赤い積乱雲が発生している。

 

「こっちに来たときに話したでしょ?あれが赤乱雲。」

「黒蛛病の原因って言ってたやつ?」

 

黙って頷いた渚。……でもどうして突然この地域にまで発生し出したのだろう?

 

《気にしてる暇、ないと思うよ?》

【……うん。】

 

こちらも頷き返し、通信機を取る。雲自体は小さいし、今のところ中央部まで入っている人はいないはずだ。というか元々私達の担当区域だったわけだし……

 

「ツバキさん。赤乱雲が確認されました。消えるまでは撤退した方が良さそうです。」

「例の赤い雲か?」

「はい。渚もそう言ってます。」

「そうか……よし。撤退命令はこちらから出しておく。お前達は赤い雲の観測を続けてくれ。危険だと判断した場合はすぐ退くように。」

「了解。」

 

観測を続ける……とは言っても……

 

「どうしろって?」

「観測を続けてくれ、って言われたけど……」

「……中に誰もいないか見てくる方がいいかもね。私と神楽だったら大丈夫だから。」

「大丈夫?」

 

一滴でも触れたらアウトだと聞いていたんだけど……何かあるのだろうか?

 

「あの雨、オラクル細胞には無害なんだ。だからアラガミはあの中でも動けるし、私達も全身偏食因子だから。あ、ソーマも同じね。あの雨が降っているところにいたけど特に問題なかったから、たぶん大丈夫だと思う。」

「へえ……」

 

この体も何かと面白いところで役に立つ……というか強みになるというか。どちらにしろ、けっこう助かることに間違いはない。

 

《三年前まで恨んでたのってどこの誰だったかなあ?》

【う……】

 

そこは言わないでおいてほしかった……

 

「どうする?」

「……一応見てこよう。アラガミが出たりするとまずいだろうし。」

 

人はいないはずだけど、私達の他はあの雲の下にいられないとなれば……アラガミに追い込まれて、なんてこともあり得なくはない。

 

「分かった。サンプルどうしようか?」

「持って行っても大丈夫だとは思うけど……!」

 

突然後方から気配がした。すぐ近く……どころか神機のリーチ内だ。

しかもその気配の強さが尋常ではない。それだけで考えれば禁忌種を上回っている。

 

【イザナミ!】

《OK!》

 

ブースターまで展開し、最高速度で刀を横に薙いだ。……こういうときはこの体がすごく嬉しく感じられる。

その切っ先自体からは堅く防がれた感触のみが腕に伝わり、それと同時にブースターを点火し離脱。横に回り込んで次の攻撃を仕掛け……

 

「待って!」

「っ!?」

 

渚に止められた。

 

《……すみません。突然すぎましたね。》

 

彼女に止められてから一拍おいて、イザナミが話しかけてきたときのような頭に直接聞こえる声が届いた。が、声がイザナミではない。

 

《あ、神楽。相手見てみて。》

【?】

 

今度はイザナミからの声だ。それに従って、たった今切りつけようとしたものを見る。

成人男性ほどの身長に、スパイク上の部位をいくつか持った赤いクリスタル状の体を持つ人型のアラガミ。……アリスだ。

 

「大丈夫だよ。私達のことは襲ったりしないでしょ?」

《ええ。そんなことしたら渚に嫌われるもの。》

 

なるほど。私と渚の両方に送ってるわけか。

若干状況が飲み込めないけど……ひとまず警戒する必要はなさそうだ。

 

《渚の先輩の方……ですね。娘がお世話になっております。》

【いえ、あの……神楽です。こちらこそ……】

《おーいこらー。緊張してどうするー。》

【仕方ないでしょ!】

 

あ……そういえばこの会話……

 

「……変なこと話してないよね?」

 

やっぱり私の方のは渚には聞こえていないらしい。

 

《さあ……どうかしら?》

「母さん!?」

 

……アリス……っていうか渚のお母さんってかなりいたずら好きだったりするのかな?心なしか面白がっているようにも見えるし。

 

《神楽さんでしたね。あの付近の神機使いは追い払っておきました。新人ばかりでしたので。》

「え?」

「何でそんなことしたの?私達で何とでも出来るのに。」

 

渚の言葉にアリスは首を振った。それだけのリスクを犯すような理由があるのだろうか?

 

《極東で降っているものと濃度が違うから。あなたや神楽さんでも危ないの。》

「濃度……ですか?」

 

極東での赤い雨は見たことがないけど……

 

《理由は教えられませんが、あの雨が極東のものと比べものにならないことだけは分かってください。アラガミですら避けるようなものですから。》

「教えられない?」

《……と言うより、今伝えたとしても理解できないものではないか、と……謝った理解を持ってしまうのも危険な類ですし……》

 

困っているかのような声色。ちゃんと教えてほしい、と言う思いはあるものの、きっと彼女の言うことも事実なのだろうと考えそれを抑え込む。

 

「……分かった。」

《……ありがとう。教えられるときになったら必ず教えるから。》

 

いったい何が原因なのか。何となく予想はつくものの、それだけだと若干的を外している気がする。

 

《ジャヴァウォック……だけじゃないよね。たぶん。》

【そう思うけど……イザナミは何か分からないの?】

《全く。》

【だよね。】

 

イザナミも知っていることと知らないことの差が激しいんだよなあ……

 

《……私はこれで。神楽さん、渚のこと、これからもよろしくお願いしますね。》

「……はい。」

 

……アリスを見ながら少しだけ、お母さんのことを思いだしている。小さいけど大切な、家族の記憶。

 

《大丈夫?》

【……うん。いつもなら悲しくなるのに、なんだか嬉しいから。】

《そっか。》

 

離れていくアリスのまとっている母親らしい雰囲気がそうさせたのかもしれない。どちらにしろ、胸の奥がじんわりと温かくなるような気持ちのいい感覚だ。

 

「待って。」

 

私がそんな感覚に浸っている中、渚がアリスを呼び止めた。

 

「……一つだけ聞いていい?」

《聞きたいこと、まとまった?》

「うん。」

 

前に会ったときに話したことなのだろうか?渚の目には決意の色が見て取れた。

 

「……母さんは……私が産まれてよかったって、私の母さんでよかったって思ってくれてる?」

 

一瞬だけ固まり、その後迷いなく渚に近寄って彼女を抱きしめたアリス。

 

《私はね、私があなたを産んだ、なんて思ってない。……あなたが私のところに産まれてくれて、私のそばにいてくれたの。》

 

言葉を失っている渚へとさらに続ける。

……私が、一度として聞けなかった言葉……

 

《あなたの母親でいられて本当によかった。あなたが産まれてくれたこと、泣いちゃうくらい嬉しかった。》

「……」

《……大好きよ。渚。》

「っ……」

 

彼女の泣き声が響く中、私はただただ苦しくなっていく胸を抱えていた。




そろそろただ優しいだけのお母さんを卒業させたい衝動が…(汗)
あ、本日は残り二話となります。


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β06.来訪者

ところで2プレイヤーの皆さん。ここまでで明らかに吹っ飛ばしているエピソードがあったのって気付いてますか?
…実は飛ばす結果になるのを考えもせず、この話に組み込むプロットを練っていました(汗)


 

 来訪者

 

「本日付けで第四部隊隊長となる真壁ハルオミだ。ま、うちは二人しかいないってことだしな。仲良くやっていこうじゃないか。」

「第四部隊の台場カノンです。よろしくお願いします。……と言うか……いきなり隊長なんですか?」

 

エントランスの二階から聞こえる話し声。カノンと、一昨日アナグラに到着したハルオミとか言う神機使いの二人だ。

 

「そこは俺も驚いたんだが……ま、一応神機使いとしては長いからなあ。」

「おお、なるほど。」

「ここしばらくあちこち動いてるから、けっこう顔は広いんだぞ?」

「へええ……」

 

ジャヴァウォックの消滅以後、この辺りの感応種の数が減少した。レーダーの記録によれば北西方面、つまりはジャヴァウォックがいた方角へ移動したようだが……何かしら関係があるのだろう。

建造中のサテライト拠点も危ぶまれてはいたが、結局どこも大きな被害を受けることなく済んだらしい。防衛に走り回っていたアリサも、すでに疲れは取れているようだ。

 

「ハルオミさんってここに異動申請したんですよね?」

「らしいな。物好きだとしか思わねえが。」

 

……神楽から聞いた話が事実なら、あいつが物好きだからというのは理由にならない。とはいえそれを簡単に他のやつに明かして良いかと聞かれれば、やはり否だ。

 

「それでも助かります。ここの人不足は深刻ですから。」

「まあな……」

 

一日に討伐すべきアラガミが減ったわけではないが、強力なアラガミはかなり減ったように思う。減ったと言うよりは感応種に引かれて周辺地域から去った、と表現するのが正しいか。

その分否応なしに増えた小型種や中型種は、エリナにとって格好の戦闘訓練相手らしい。連日コウタやエリックの監督の元で任務に出ている。

あいつらがいない時は俺も手伝うことがあるのだが……正直新人教練は苦手だ。神楽の時は事情が事情だけにまだやる気にもなれ、かつ手が掛からないだけあって問題はなかった。今思えば、初めからとんでもない奴だったんだな。

 

「エミールのやつはどうしてる?」

「フライアが山岳地帯でアラガミの群に当たって立ち往生してるそうで……まだ戻って来そうにないですね。」

 

本部方面からこっちに向かっている……となれば、ちょうど異動していたアラガミにぶつかるわけか。少しまずいな。

 

「そうか……ヒバリ。感応種とフライアの接触はありそうか?」

「あ、はい。ちょっと待ってくださいね。」

 

壁に設置されたディスプレイに広域レーダーの観測情報が映し出された。こことフライアとの距離はまだかなりあるようだ。

そのフライア周辺の山岳地帯をいくつかに分けるようにアラガミが進行しており、軽く確認しただけでも戦闘を避けられるルートは存在しないように思える。

 

「……やっぱり多いですね。」

「感応種の位置を重ねます。」

 

アナグラから半径30キロ圏内には全く反応なし。30キロから50キロの間に一体。他はフライア方面へ移動中。もしくはその周辺や向こう側だ。数にして10体程度といったところか。

 

「一度も遭遇せずに、とはいかないかもしれませんね……」

 

フライアの戦力……ブラッド隊がどれほどのものかは分からないが、いつでも出られるようにしておく方が良さそうだな。

 

   *

 

その日の夜。特に緊急の任務もなく、かといってやることもない。

そういう時は軽く飲むのが通例となっていた。

 

「あ、ソーマさん。いらっしゃい。」

 

彼女はムツミ。ここの清掃員の孫らしい。増設されたラウンジで料理を作る役を担ってくれており、おかげで神楽が欧州にいる今も旨い飯が食える。

どちらの方が上手いかと聞かれれば……さすがに神楽の方だろう。和洋折衷何でも作る上、俺が隠し味で何を好むかまで完璧に把握されていてはかなわない。何より作ってきた回数が違う。

……たまにやらかしてはくれるが……

 

「一杯もらえるか?余ってるやつで……」

 

グラスを取りそこまで言い掛けたところで、横から何かを注がれた。赤ワインのようだが……

 

「これでいいなら奢るぞ。」

「……普通は新入りが奢られる側じゃねえのか?」

「まあまあ。これからお世話になる先輩に向けての敬意だと思ってくれよ。」

 

自身のグラスを向けてきたハルオミ。面白いやつだと思いつつそれに答える。

 

「乾杯。」

「ああ。」

 

酸味が少ない……そこそこ上物のようだ。

 

「良い酒だな。ここに置いてたのか?」

「俺の第二の故郷の酒さ。ちょいと取り寄せといた。」

「なるほどな。」

 

そういえばリンドウもたまにやっていたと思いつつ、ボトルのラベルを確認する。グラスゴー支部製……か。

 

「……神楽から話は聞いてる。まだ追ってるのか?」

「神楽って……去年グラスゴーに来た?」

「ああ。」

 

俺のことは特に話していないのか。実際必要ないことを言うやつでもないからな……

 

「ソーマ・シックザール。あいつの夫だ。」

「ほう……」

 

驚いた顔をしてはいるが、どこか妙に納得したようでもある。似たもの同士とはよく言われるが……

 

「ま、俺もばからしいとは思うんだけどなあ……何か仕返ししたいと言うか……敵討ちじゃないけど討ちたいと言うか……」

「ケイト……だったか。」

「……この一年寝っぱなしだ。回復の兆しもまだ見られていないらしい。」

 

静かに言ってはいるが、どこか憤りすら感じさせる表情だ。神楽の話ではこいつはケイトとやらがやられた場所にはいられなかったらしいが……そのせいかもしれないな。

 

「ところでよ。赤いカリギュラってこの辺りで見かけてるか?」

 

若干無理をするように話題を切り替え、ワインをさらに一口飲んだハルオミ。にしても赤いカリギュラか……

 

「俺は見てねえが……少し前に話は届いたな。他でごたついてた分放っておかれたはずだが。」

「ならこの辺にはいるんだな?」

「別の地域に移っていなければの話だが……それに関しては間違いないはずだ。」

 

それからしばらく話した後……

 

「どうした?」

「フライアに感応種が接近中です。会敵には時間がありますが、他にやってもらいたいこともあるので……」

「分かった。すぐ行く。」

 

端末へかかってきたヒバリからの通信。予想はしていたが……早かったな。

 

「任務か?」

「ああ。悪いな。」

 

席を立った俺へハルオミが次いで言葉をかける。

 

「また飲もうや。」

 

向けられた拳に答えつつ、1人のダチを思い出した。

 

「リンドウと気が合っただろ。」

「……よく分かったな。」

「見れば分かる。」

 

   *

 

「ごめんね。本当は直接向かう予定だったんだけど……」

 

ヒバリから頼まれたのは、まずフライアへの支援遠征。そして……

 

「気にするな。俺も俺で向こうに用があるからな。」

 

芦原ユノの護衛だった。

北米支部から異動する過程でアラガミをなるべく避けながら飛んでいたところ、そのままフライアへ向かうには若干燃料に不安が出てきたらしい。

そこで極東支部を経由することになり、ついでに護衛の神機使いを付けてもらえれば……という話になったそうだ。

……俺を護衛に付けさせたのが榊だ、という話だが……要するに、感応種を減らしてくれると助かるんだよ、だの、サンプルが欲しいなあ、だのということだろう。ったく……

 

「北米支部で、神機使いが足りないから護衛が付けられない、って言われてたの。こっちでも厳しいかなって思ってたよ。」

「一週間前ならこっちもそうだっただろうな……」

「そうなの?」

「ああ。」

 

初めはアリサに行かせようとも考えていたらしいが、あいつは感応種と戦えない。判断はそこから来ているのだろう。

 

「ユノ。そろそろ準備でき……護衛ってあなたですか。」

「不満か?」

 

ヘリの方から歩いてきたサツキ。……ムカつく態度もそのままに、と言ったところか。

 

「いーえ。人くれるんならどなたでもー。」

「サツキ!すみません……サツキって昔から全然変わってなくて……」

「……だろうな。」

 

まあ、ムカつくが悪いやつじゃねえ。

 

「せいぜいしっかり守って下さいよー。」

「もう……よろしくね。ソーマさん。」

「ソーマでいい。」

 

……ハルオミとリンドウも似ていたが……神楽とこいつもどっか似てやがるな……

 

   *

 

フェンリル本部到着から数時間。

 

「くしゅっ!」

 

……ソーマ……もしかして私の噂話でもしてるのかな?

 

「風邪でもひいた?」

「ううん。たぶんソーマ。」

「……なるほど。」

 

本部手前での戦闘で疲れたのか、イザナミは起きている気配がない。戦闘になりそうなら起こしてと言ってはいたけど……起こしたときにちゃんと起きるのかな?

 

「そういえばアリスがいつもより近くにいるって話だけど……」

「一昨日神楽に会ったでしょ?たぶんそれで神楽への警戒を解いたんだと思う。」

「そうなの?」

「……自分がアラガミから見るとどう見えるかって気にしたことないでしょ。」

「うん。」

 

というか自分では分からないわけで……イザナミも前に似たようなことを言ってたっけ。

 

「すごく簡単に言うなら、神楽の偏食場はジャヴァウォックよりも強いんだよ。それが悪寒だとか殺気を伴わないだけでさ。」

「ふむ。」

「普通のアラガミならそういう殺気を感じ取って逃げるわけだから、この間のジャヴァウォックの偏食場でほぼ間違いなく逃げ出す。でも神楽の偏食場からはそういうのをあまり感じないから逃げ出さない。」

「……ふむ……」

 

ちょっと分からなくなってきた……

 

「でもアリスみたいに一定以上の知能がある場合、偏食場の強さも考慮する。たとえ害がなさそうであっても自分より何倍も強い相手だと分かれば……知能があるなら逃げ出すと思わない?」

「……ふむう……」

「……実感が沸かない、と。」

「うん。」

「そこだけ元気だね……」

 

リンドウさん、今頃ビール二本目とか開けてるだろうなあ……とか関係ないことを考え始めた頭を必死でこちらに引き戻す。……でもよく分からない……

 

「なら……実践してみようか。」

「実践?」

「神楽のには及ばないけどね。」

 

椅子から立ち上がり、神機を出現させた渚。

 

「……いくよ……」

 

彼女がそう告げた直後、彼女から感じられる偏食場のレベルが格段に増加した。何となく包み込むようだけど、その境目がはっきりしている感じのパルスだ。その強さは尋常ではないが。

 

「どう?嫌だって思う?」

「嫌な感じは全然しないけど……」

「じゃあこっちは?」

 

偏食場に強い殺気が混ざった。……何と言うか……この場から即刻離れたいような感じだ。

 

「……なるほど……」

「分かった?」

「よく分かった。」

 

神機をしまい、椅子に座り直した渚。強い偏食場も収まったようだ。

 

「例えるなら、初めのが神楽。その次がジャヴァウォックってところかな。二回目のは言わずもがなだけど……初めのやつ、私からのだって知らなかったら近付いてる?」

 

嫌な感じだ、とは全く感じなかったけど、偏食場自体はとても強い。アラガミの強さが偏食場の強さにある程度比例するわけだから……

 

「……進んで近付こうとは思わないかなあ……」

「でしょ?アリスもそれと同じ。戦わなくても良い強い相手となんて、まずは会わないに越したことはないんだしさ。」

 

そういえば……あの時赤いカリギュラも逃げてったっけ。たしかケイトさんを助けようとして能力を最高値で使ってたから……普段の何倍かの偏食場は出してたんだろうなあ。

 

「っていうか、アリスは結局どうするわけ?追っても何もないと思うけど?」

「あ、うん。ツバキさんと話し合ったんだけど、もうしばらく動向を確認したらいったん極東支部に戻ることになりそう。アリスのサンプルも取れたからね。」

「アリスの?いつ?」

「ジャヴァウォックがいた辺りに一緒に落ちてた。……まあ調べるまでは分からなかったんだけど……」

 

アラガミを抑えている間にどこかを破壊されたのだろう。小さな欠片が複数個落ちていた。

私達の任務は“アリスのサンプル回収、もしくは討伐”が主だったところ。その目的は果たせたことになる。

イレギュラーはアリスが元々人であった可能性が高かったこと、そしてジャヴァウォックの出現だ。

 

「他にもいくつか考えてるから、まとまったらまたみんなで話し合いかな。」

「ふうん。」

 

……何だか、渚がすごく明るくなったような気がする。今の彼女の目には、私はどう映っているんだろう……




…ユノのフライア訪問…原作ではもっと前だったんですよね…ソーマを送り込みたいがためにこのタイミングまでずらしてます(笑)


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血の運命

タイトルで気付いた方もいらっしゃるかと思いますが、今回、初のブラッド極東混合回です。
極東側で出てくるのがソーマだけなのは…気にしない方向でどうぞ(--;)


 

 血の運命

 

「……」

 

……初の単独戦闘。小型ばかりが集まっている地点を担当するとはいえ、その重圧はすさまじい。

アラガミの群の一部にフライアが発見されたらしく、十数体にも及ぶ数がこちらへ向かっていた。その討伐任務が出されたんだけど……フライアにいる神機使いを四カ所に分散させる、というなかなか斬新なもの……ジュリウスさん、ギルさんとナナさん、ロミオさん、そして私とエミールさんという分け方だ。

が、私とエミールさんが任された区域に接近する大型アラガミが発見され……

 

「エミールさん……遅いなあ……」

 

エミールさんがその対応、私が元々の区域を受け持つことに……

 

「結意さん。まもなくアラガミがそちらへたどり着きます。」

「は、はい……」

 

広域レーダーに数体のアラガミ反応が映し出された時、フランさんから通信が入った。緊張で体が強ばる。

 

「数は多いですが、全て小型種と思われます。危険と判断される場合には他の区域へこちらから救援要請をかけますので、落ち着いて対処してください。」

「……はい。」

 

気遣ってもらった……のだろうか?

 

「……これまでの戦績には全て目を通していますが、結意さんが苦戦する状況ではありません。怪我一つしないで帰ってこられると思います。」

 

いつもよりも少し優しげな口調で励ましてくれたフランさん。その声に若干の安心感を覚えつつ、徐々に近付いてきているアラガミの気配へ注意を向ける。

 

「御武運を。」

 

……何だか、胸がざわざわしている。単独戦闘だから……なのだろうか……

 

   *

 

「進路上にアラガミの群を捕捉しました。」

「迂回できそうか?」

「……厳しそうですね。極東支部で確認したときはこの辺の山岳地帯に分散してたんで。」

 

偏食場からすれば……その群以外にこのヘリを襲える距離にいるアラガミはいないようだ。山岳地帯の峠を縫う形で進んでいるだけあって、他の群との距離が開けているのだろう。

 

「……分かった。このまま進め。アラガミは何とかする。」

「お願いします。」

 

俺はともかく、後続のユノやサツキはさすがに疲れているはずだ。あまり長々と飛んでいるわけにもいかない。

 

「終わったら連絡する。適当なところで拾ってくれ。」

「分かりました。……では、ハッチ開放します。」

 

外壁の手すりに掴まりつつ周辺を確認すると、すでに数体のアラガミがこちらに気付きかけていた。今のところ耳が鋭いやつばかりだが……見つけられた場合、即座にヘリを落とされるだろう。

 

「行ってくる。」

 

   *

 

どれくらい経っただろう。かなり長い間戦っていたようでもあり、すぐに終わったようでもあり……まあいつもより息が上がっているんだから、きっと長めの戦闘だったんだろうなあ……

 

「あの、フランさん。他にこっちに来ているアラガミっていますか?」

「少々お待ちください。」

 

そこら中に散乱したアラガミの死骸を確認しつつ、結局何体倒したのかを数えてみる。中型種も大型種もいなかったけど、途中で裁ききれないくらいの数になったりもした。

……約、三十体。というより三十体以上。そこから先は数える余裕がなくなった。

 

「……エミールさんが大型種と交戦しつつそちらへ接近して……」

 

通信がブツリと途切れ、すぐ後に繋ぎ直される。

 

「接近中のアラガミは新型種の模様。交戦終了区域からそちらへ向かってもらいますので、回避に専念しつつ抑えてください。」

「新型……?」

 

聞いたとたんに体が強ばった。初めて遭遇することへの恐怖より、何かが沸々とわき上がって、そのせいで息苦しくなって……何が何だか分からないまま、私は神機を握る手に力を込めていた。

 

「うおおおお!なぜだ!なぜ神機が動かない!」

 

後ろの方から聞こえた声に振り向くと、白と赤の狼のようなアラガミに追われているエミールさんが視界に映った。……いつだかにジュリウスさんやギルさんと討伐に行ったガルムと似ているけど……

 

「ごふう!」

 

前足で弾き飛ばされたエミールさん。倒れた彼には目もくれず、そのアラガミは私を見据えていた。

 

《ーーー》

「……っ……」

 

キーンと……耳鳴りのような音が頭に響く。息が荒くなっているし、軽い酸欠でも起こしたのだろうか。

不思議と、アラガミの動きがスローに見えた。神機をどう払えば、相手がどう動くのかが何となく予想できる。

……違う。アラガミが、私の思い通りに動いてるんだ。

 

「はぁぁあああああっ!」

 

斜め下からアラガミの頭を切り上げ、そのまま宙へと振り抜いた。

……同時に、刀身を包み込むように黒いオラクルが発生して、通常の三倍程度の刃が形成されていく。奥へ奥へと突き進むそれの先端からさらに十本近くの針状のオラクルが追撃し、貫いた。

 

「ぅ……」

 

神機を降ろした途端、大きく視界が揺らぎ始め……痛みに悶えるかのようにのたうち回る敵を確認しておく余裕もないほどの疲労感に襲われる。

……これ以上、動けそうもない。

視界の端で、私を見据えながら起き上がるアラガミの姿がぼんやりと蠢いたのを最後に、私の意識はプツリと途切れていた。

 

   *

 

ヘリから降りて五分、といったところか。ざっと十二、三体は斬ったはず……近場に気配もない。ヘリが来たとしても何ら問題はないだろう。

 

「俺だ。聞こえるか?」

「感度良好。何かありましたか?」

 

通信機の向こうから聞こえるパイロットの声。向こうも順調に飛べているようだ。

 

「こっちは粗方片付いたが……ヘリのレーダーに映ってる奴はいるか?」

「特に何も。ただ……フライアっからはオープンチャンネルで救援要請が出てますね。」

「救援……?」

 

フライアからの救援……向こうの神機使いが戦闘中ということか。

 

「ソーマさんがいる地点から三キロ北西へ移動した辺りで戦闘が行われているようです。向かえますか?」

「緊急か?」

「っぽいですね。」

 

とはいえ、携帯式の通信機では拾えない距離からの要請だ。急がなければ間に合わないだろう。

 

「……分かった。そっちはフライアに向かっていてくれ。進路上はクリアのはずだ。」

「了解。」

 

まあ、何とかする以外にないな。

 

   *

 

「……血の力……これは……鼓か?」

 

予想していたよりもかなり早い。博士の言う女王たる種子……その素質ということだろうか?

 

「ジュリウス隊長。結意さんが新型種と交戦中です。向かえますか?」

「新型?分かった。位置を頼む。」

「了解。位置情報、送ります。」

 

この辺りでも新型種が出るのか、と半ばため息をつきつつ鼓へと通信を入れる。返事は出来ないかもしれないが……

 

「鼓。無事か?」

「……お、あんたか。久しぶりじゃん。」

「!」

 

声は確かに鼓のもの……だが口調は別人のものだ。考え違いでなければ、以前庭園で会った侵入者がこの話し方をしていたはず……

 

「貴様……なぜそこにいる。」

「まあそこは自分で考えなって。」

「とぼけるな!」

 

怒号に返されたのは小さな笑い声のみ。それが止むと同時に、突然真面目な声色で語り始めた。

 

「そんなことはさておき、だ。早く来な。リミットは……十分ってとこだな。」

「……何?」

「こいつがアラガミに堕ちるまでの時間さ。俺が抑えておけんのはギリ十分。それ以上経ったら、俺はこいつに呑まれる。そうなりゃもう何にも出来ねえんだよなあ……リンクさえありゃいいんだが……」

「おい!何を言っている!」

「じゃ、頑張れ。あとは知らん。」

 

半分は焦り、半分は怒りで、地面を蹴り出していた。

 

   *

 

……とはいったものの……もうこいつ以外器がねえんだよなあ……

 

《おい。聞こえっか?返事してみろ。》

【……】

 

やっぱ気付かねえよな。偏食場と力とってなると……あー……まずい。十分ないんじゃねえのかこれ……ラケルのやつもここじゃ対応できるはずがない、と。

……まあ暴走に関しては予想してたんだが……

 

《とりあえずそいつ戻せって。誰か来ても助けらんねえぞ。》

【……】

《……だめか。やべえな……》

 

さすがに俺の本体を作るとは考えてなかったな……んだっけ?ジャヴァウォックだっけ?ラケルがそう言ってたはず……サイズが小さいのが救いってとこか。

……まあ、小さくなったっつーか……進化したのかもしんねえな。前より獣っぽさが増してやがる。それともあれか?もっと前の形に戻ったのか?

というのはおいておくとして……ジュリウスは無理だろ?他の奴なんざもっと無理だろ?んじゃああれに任せるか。

 

   *

 

「救援要請地点……こっから北に300。それで合ってるか?」

「そこです。どうですか?」

 

どうも何もない、というのが正直な感想だ。

周囲には中型種がたむろし、廃ビルの上には最近発見されたガルムとか言うアラガミに似た、赤い布らしきものを持つ白い個体が鎮座していた。

それが見据え、中型種が一様に襲いかかっているある一点。そこからは黒いオラクルで形作られた狐のような何かが蠢いて……いや。周りのアラガミを喰らっている。地面に薄い膜のようなオラクルを広げ、それら全てで捕喰しているようだ。

……そのオラクルの中央部で、捕喰すらされずに横たわっている神機使いらしき影が見えた。

 

「……何とかなるだろ。先に飛べるところまで行ってくれ。終わったら向かう。」

「了解。頼みます。」

 

……にしてもあの神機使い、ジャヴァウォックと偏食場が少しばかり似てやがるな。あれみてえな気味の悪さは感じねえが……

 

「おー。やっと来たか。」

 

斜め上からの声。見れば、さっきまでは気配すらなかった瓦礫の上に一人の少年が座っていた。歳は……大方14か15……とは言っても、口調や外見に不相応な落ち着きも垣間見える。

……まあどうせ……

 

「……一般人が入ってくるような場所じゃねえはずだが。」

「おいおい。分かってるだろ?俺は……」

「フン。俺の前に好き好んで出て来るアラガミがいるか。」

「やっぱ気付いてんじゃん。回りくどいなあ。」

 

偏食場がある時点でそうだ、と言いたいところだが、普通のアラガミにしては微弱なように思える。ちょうどコアを摘出した直後のアラガミの死骸と同程度……どういうことだ?

 

「ま、いいや。とりあえずさあ……あれ何とかしてくれない?」

「……」

「一発ぶち込めば静かになると思うからさ。いけるだろ?」

「……人にもの頼むときの口調じゃねえな。何様のつもりだ?」

 

正直なところ、個人的にこいつが気に食わない。アラガミだからだのという単純な話ではなく、こいつの存在自体が気に食わないと……なぜかそう感じている。

理性的にではなく、むしろ本能的に、だ。

 

「……人に、ねえ。」

「あ?」

「俺はアラガミさ。半分だけでも、あんたと同じだ。」

「……チッ……」

 

これ以上、何か言うのもばからしいな。

 

「……少し離れろ。」

「お、んじゃ頼むよ。」

 

……不本意だが、あの神機使いを放置することも出来ない。オラクル濃度からして……あいつにダメージは出さずにいける。

この腕を使うのも、久しぶりだな。




さて。ここで本日の投稿が終了となりますので…GE2RBの扱いについてご説明します。
まず、基本的にはRBのストーリーを含める形で進行いたします。公式サイトやブログを見る限り、新キャラ達はかなり設定が深いようですし…これから登場しないとしても、何らかの形で大きな影響を及ぼしていくと考えられるためです。
それに伴い、これまでよりも大きな原作改変、さらには一部の設定変更もあるかと。それらが苦手な方には申し訳ないのですが、ご理解ください。
さらに、2のみでプロットを練っていただけあって、RBの追加は必然的にシナリオの組み換えを迫るものとなります。よって、(これまでもそうでしたが…)以降の投稿ペースはかなりの亀更新になることが予想されます。なるべく早く出そうとは思うのですが…いかんせんリアルも多忙となりますので…
とりあえず、現時点での報告は以上です。何かしら他に決定した際には、本編ではなく活動報告で告知する場合もあるかと思います。もしよろしければそちらもご確認ください。

それでは、また次回お会いしましょう。


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自己暗示

お久しぶり…でありながら、本日は一話のみ投稿です。
GE2編16話より「Chapter 2. 宣告」へ入るため、こうなりました。
…そして今回もブラッド、極東合同回…どころか、久しぶりにあの二人が…っていうかほとんど本編に影響がないのに1000文字持ってってる人達って…


 

 自己暗示

 

大規模作戦から一夜空け、フライアは進行ペースを取り戻した。こちらの損害は数値上ゼロ。むしろ今現在はプラスだ。

……鼓が起きないことを除けば、だが。

 

「ここにいたか。」

「ああ、シックザール博士。俺に何か?」

「ソーマでいい。ここでの立場はお前が上だろ。」

 

夜明けとほぼ同時に病室前へやってきた彼女の救出者。ラケル博士が言うには……俺に鼓の救出は出来なかった、だそうだ。

 

「そいつの様子を見に来たんだが……どうだ?」

「まだ面会不能だ。体に異常はないそうだが……何とも言えない。」

「……そいつがどうなっていたかは知っているのか?」

「ラケル博士からデータは見させてもらった。オラクルを操っていた、と……本当か?」

「事実だ。……安心しろ。俺以外は見ていない。エミールは気絶してたみてえだからな。」

 

あり得ないことに対して何の躊躇もなく回答した。極東支部には三人アラガミがいる……どこでも噂になっていたことだが、その張本人にとって、鼓がやったことは異常性こそあれ、あり得ないことではないのだろう。

 

「……こいつの出生は?」

「データには残っていなかった。……ブラッドの神機使いは皆、元々マグノリア・コンパスと呼ばれる孤児院にいたんだが、そのせいか出自がはっきりしない隊員もいる。ラケル博士はある程度知っているようだが、俺から聞いたこともなければ、博士から伝えてきたこともない。」

 

彼女の秘密主義は時に行き過ぎにもなる。実際、それがまずいことになったことはないが。

 

「ソーマ。……鼓を何だと考えている?」

「……アラガミと人間との間の存在だ。神機使いとは全く別のくくりのな。」

「……少なくとも純粋な人ではない、と?」

「だろうな。」

 

腕輪のない神機使い……俄には信じ難いが、彼もアラガミとの間にいるわけだ。それだけに何かを感じると言うことなのだろうか。

 

「……明日にはユノに本部からの迎えが来る。あいつがここを発ったら、俺も極東支部に帰るつもりだが……構わないか?」

「ああ。支援、感謝する。」

 

異常性という面においてはさほど差がないのかもしれないが、彼が歩んできた人生は非情なまでに厳しいものだったと聞いている。その彼から見て、鼓はどう映っているのか。鼓を何だと考えているか、という以外に尋ねたいものではある。だが……その答えに一種の嫌悪を覚えそうな自分がいることも確かだ。今は聞かない方が良いのだろう。

 

「山脈を越えた辺りから、またアラガミのレベルが上がるはずだ。気を付けろよ。」

「了解した。」

 

病室を出るソーマの背を見送りつつ、そんなよく分からない感情に支配されていた。

 

   *

 

「よう。ラケル。」

 

こいつが庭園にいるとは……珍しいこともあるな。

 

「結意には会えた?」

「まだ起きてねえよ。どっかの誰かさんと違って、寝てるときに呼びかけられるほどリンクは張ってねえしな。」

 

俺とあいつは確かに一番初めから同じ体にいたが……それでもリンクは薄い。

 

「神楽・シックザールのこと?」

「そ。あいつ、コアをコアとして取り込んでんだよ。その分精神的なリンクが尋常じゃない。これまで一度しか暴走らしい暴走をしてねえのもそのおかげだろうな。」

 

一度会話出来ればそれなりにはなるだろう……まあ、どこまでいけるかは未知数なわけだが。

 

「ラケル。局長がお呼びよ。」

「ええ。すぐ行くわ。お姉様。」

 

レアに呼ばれ、去り際にこちらへと視線を送ったラケル。その目だけでも、人ならざるものを感じさせる。……相変わらず化け物としか言いようがない。

 

   *

 

ここにいる間は、と割り当てられた部屋。生活感がまるでない部屋というのも久しぶりだ。

その一角にあるクローゼットに荷物を置いた頃、神楽から連絡が入った。

 

「俺だ。どうかしたか?」

「ううん。ちょっと話したくなっちゃって。」

 

……少し声が震えている。

 

「ったく。何かあったんだろ。」

「……うん……ちょっとだけ。」

 

三年間。今考えてみると短い期間にも思えるが、その間だけで彼女がどういうときにどんな行動をするか、だいたい知ることが出来た。

……本当にそれを隠したいとき、神楽は何一つ普段と変わらない。その反動からか……その隠したいことに関係のない相手には若干頼りがちになる。相手が俺や渚なら、疲れて寝るまで泣いていることもあるが……他の男の前でそうはならないのは安心だ。

 

「こんな事言うのって変かもしれないんだけど、私とソーマと渚ってほとんどアラガミでしょ?神機使いが戦っている相手もアラガミでしょ?アリスもアラガミでしょ?……結局、アラガミって何なのかなあ、って考えてたら……なんか悩んじゃって。」

「……まあ、確かにな。」

「自分がアラガミだ、っていうのは受け入れたつもりだったんだけど……アラガミって何なのか、で悩むなんて思ってなかったから。……ちょっとだけでも良いからソーマと話したくなっちゃって……えっと……」

 

少し照れているような声。……何を今更、という気もするほどに、いろいろなところで悩むやつだ。

 

「あまり気に病むな。何が原因で発生したのかも分かってねえのに、それが何なのかなんざ、はっきりするはずがねえだろ?」

「それはそうだけど……ソーマは気にならないの?」

「さすがに気にはなってるさ。産まれたときからな。」

「そう……だよね。」

 

俺の場合、産まれたときからアラガミだっただけに、神楽よりも割り切って考えることが多いらしい。……どうせ割り切れてはいないだろうが。

 

「ソーマはいつ自分がアラガミだって実感したの?」

「物心付いた頃だ。……他の奴らとは違う、くらいだったが。」

 

そういえばこういう会話をするのは初めてか、と、少しばかり新鮮な感覚を覚えた。互いに避けがちになる話題だったからか、自分たちとアラガミとの関係について話すことは少なく、そちらに話が向きそうになると何とはなしに別のことを話したり……共に過ごしておきながら、意外と遠慮することは多いのかもしれない。

 

「お前は?」

「……ソーマに初めて会ったとき……かな。」

「……」

「まだまだ慣れてなかった戦場で、私と同じ雰囲気の人に出会って、その人が人じゃないって感じて、じゃあ私もなんだなあ、って。そんな感じ。」

 

声は暗いながらも震えてはいないようだ。ある程度言い尽くしたらしい。

 

「……ごめんね。いきなりこんな話して。」

「気にするな。愚痴ぐらいいつでも聞いてやる。」

 

……あの神機使いのことくらいは伝える方がいいかもしれないな。

 

「ジャヴァウォックに変化はあるか?」

「え?別に何ともないけど……そっちで何かあったの?」

「昨日、ユノの護衛中にフライアから救援要請があってな。その地点で神機使いが一人暴走していやがった。」

「……暴走って……それじゃあその人って、半分アラガミだったりするの?フライアは動いてるんだよね?」

「可能性は高い。」

 

純粋な偏食因子の暴走であることも考えられる。が、フライアが健在であった以上、それは起こりにくいと判断するのが妥当な線だろう。

 

「そいつの偏食場がジャヴァウォックと似ていてな。誤差の範囲内っつっても問題ない程度だが……あれのはかなり特徴的だ。あまりそうだとも思えねえ。」

「うーん……こっちは変化なしだよ?私達も次の作戦の準備とかしてるし。」

「そうか。ならいいんだが。」

 

次の作戦……たしか、新型アラガミの追跡だったか。ジャヴァウォックが出現した直後から確認され出したとか言う話だったはずだ。

 

「ふわ……」

「寝不足か?」

「あ、ううん。ちょっと今日忙しくて……」

 

こっちは明朝。となると、向こうは深夜か。寝付けなくなりでもして、こうして連絡を入れてきたのかもしれない。

 

「ったく……無茶はするなよ。」

「分かってるよお……」

 

頼まれたら断らない性格……それが裏目に出る例の一つだな。

 

   *

 

……そろそろか。

 

「……あれ?」

 

ベッドから起き上がり、一番最初に目に入るであろう位置。そこに立ってこう告げた。

 

「一応始めまして。宿主さん。」

 

あれだけの力を使ったとなれば、こいつも俺を認識できるようになったはずだ。ラケルの言う覚醒も済んだわけだしな。

そう思っていたのだが……

 

「えっと……あれ?なんで寝てるんだっけ……まだ作戦……」

「……おいおい。無視するんじゃ……」

「小型と戦って、その後で白いアラガミが来て……あ、そうだ。新型の……あれ?それで……どうしたんだっけ?ジュリウスさんが助けてくれた……のかな?」

 

……覚えていない、と言うことは予想していた。おそらくはその説明から始めることになるだろうとも考えていた。だが……まさかまだ俺を認識できていないのか?俺の力を丸ごと使ったってのに?

 

「んと……ナースコールってあったっけ?」

 

俺が知っているこの時点からの“先”では、全て結意が俺に気付いている。……成功したのか?それとも失敗したのか?

……どちらにしろ、こいつと話せねえのはデメリットだ。

そんな俺の思考とは何の関係もなく結意がスティック状の機械のボタンを押してから数分後、看護婦が一人やってきた。体の具合やら何やらを訊ねるだけ……となると、あいつら以外には暴走は伝えられていないのか。

 

「……くそっ……」

 

……練り直しだ。

 

   *

 

「おや?どうかしたのかい?」

「私が考え事をしているのがおかしい、と?」

 

久しぶりに屋上に出てみれば、それより久しく見ていなかった、友人の物思いに耽る顔を拝むことが出来た。そういえばこういう会話も、いつ以来になるかな?

 

「おかしくはないさ。でも、珍しいことではある。……やはり、ラケル博士が気になるのかな?」

「当然だろう?彼女はある意味ではソーマを超える症例だ。知らないわけではあるまい。」

「もちろん知っているとも。とはいえ、僕はその場に立ち会ったわけじゃないからね。マーナガルム計画外におけるP73偏食因子投与者の、最初で最後の生き残り、としか知らないよ。」

「私が考え事をするには、それだけで十分だとは思わないかね?」

「……そうだね。」

 

直接投与されたわけでもないのに命を落としたアイーシャと、その天文学的な確率の中を生き延びたラケル博士。複雑なところなんだろう。

……でも、彼が悩んでいるのはそこだけじゃないはずだ。

 

「ところでヨハン。ソーマにどう説明するかは決まったのかい?」

「ペイラー。私はどうやら、君がなかなか親友を作ることが出来なかった理由をもっと早く教えた方がよかったようだな。」

「うん。それはぜひ知りたかったね。」

 

図星、だったかな。

 

「悩むのは良いけど……彼も君も、もう取り繕った会話は求めていない。これが僕の見解だ。」

「……」

「また、図星かな?」

「……君が狐と呼ばれる理由も教えてほしいのかね?」

「いい愛称だと自負しているよ。」

 

昔はこういう話なんてしていなかったことが不思議なほど、滑らかに皮肉とすかしとが飛び交っている。……人の適応力も、捨てたものじゃないね。

 

「あ、そうそう。この間リンドウ君とツバキ君から上物の赤ワインが送られてきたんだ。たまには二人で飲まないかい?」

「頂こう。」




はい。支部長と博士です。いったい何話ぶりの登場になるんでしょうか…私としては書き易い人ランキングで五本の指に入りそうな二人なんですが…
ところで、GE2RB発売まで一ヶ月となりましたが…
…ぶっちゃけると、皆さんは何が楽しみですか?
私は断然神融種でして…何せブラッドレイジはやりにくかったしヴァリアントサイズはショート使いとしては使う予定がほぼないですし、NPC育成はたぶん適当にやっちゃいますし、スキルインストールも何種類にやるかなあ程度ですし。
ストーリーの方にはもちろん興味ありではありますが、正直狐さん(キュウビ)の神融種(ムクロキュウビ)が一番楽しみ…特別なショートをください(・・)/~
そういえば、神融種はPVとかを合わせると全て判明しましたね。

ショート:ムクロキュウビ  (キュウビ)
ロング :名称不明     (世界を拓く者)
バスター:名称不明     (ヤクシャ・ラージャ)
ハンマー:ラセツコンゴウ  (コンゴウ)
スピア :カリギュラ・ゼノ (カリギュラ)
サイズ :マグナガウェイン (クロムガウェイン)

とのことで…
…クロム君がちゃんと強くなってるといいなあ…
それでは、また次回お会いしましょう。


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Chapter 2. 宣告
β01.微妙な進展


お久しぶりでございます。GE2RBのストーリーのせいで全ての下書きを破棄することになった私でございますorz
何と言うか…いやもう、運営さん勘弁してつかあさい(・・;)
とまあそんなわけで、本日はこれまでの投稿の遅れに対する謝罪と、運営への嘆きとを込め、三話投稿とさせていただきます。どうぞお付き合いください


 

 微妙な進展

 

「いいか?命令は三つ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良ければ隙をついてぶっ潰せ。……あ……これじゃ四つか?」

「分かりました!」

 

新人教習では毎回告げている言葉……これで緊張が解れるかどうかは分からないが、何もないよりはマシだろう。

 

「私からは一つだけ。何があっても仲間は信じること。背中を預けろ、とまでは言わないけど、そこに仲間がいることだけは忘れないで。」

「はい!」

 

四人を同時に見るのは辛いから、という理由でこの任務に出るよう指示された神楽。さまになったもんだ。三年前はこいつも新人だったんだよなあ……

 

「さあて。そろそろ始めっか。神楽。任務説明頼めるか?」

「……タバコですか。」

「おう。」

 

いかにフェンリル本部であっても、神機使い不足は深刻。常に適合者を求めているのが実状だ。が……

 

「この任務の討伐対象はオウガテイルとナイトホロウが三体ずつ。オウガテイルは接近戦が得意、ナイトホロウは中遠距離しかできない。一見して楽な任務ではあるけど、こういう組み合わせのところに闇雲に飛び込むのはすごく危険だから、覚えておいて。」

「りょ、了解です。」

 

それよりも問題は、本部には新人の指導教官も不足していることのようだ。

神機使いの異動は別段変わったことではない。どこかの支部で人員が不足していれば、その時点で比較的余裕があるところから派遣することはよくある。とはいえ余裕のある支部などどこにもない。あくまで人員は譲り合いであり、有能な神機使いはどこの支部も離したがらず、動くのは中堅手前クラス……それでも本部からの誘いはほとんどの神機使いが受けるわけだが、そいつらは指導教官の経験がないことも多く、しかも本部自体がアラガミが少ない地域に設立されているとあっては……まあ、実地指導教官はなかなか育たないだろう。

 

「よっし。それじゃあ、作戦開始!」

 

   *

 

「……」

「どうだ?」

「……一応いるね。」

 

アリスの追跡、ジャヴァウォックへの警戒。その二つが一段落……と言うより、ひとまずの完了を迎え、それと同時に任務が更新された。それもジャヴァウォックに関係してはいるけど……

 

「場所は分かるか?」

「半径五キロ圏内をかけずり回る気があるなら教えるけど?」

「広いな……」

 

キュウビと仮登録されたアラガミ。ジャヴァウォックの出現の少し後に、一度だけ確認されたらしい。探ってみて初めて分かったけど……面白い偏食場だ。

 

「偵察班が見つけるのを待つ。それまでは待機だ。」

 

残留オラクルから判明していることとして、そのオラクル細胞が非常に純粋で原始的なものである、なんてものがあるとか何とか……

 

「……やっぱりさ、ツバキって変わってるよね。」

「そうか?」

「普通の人なら、私と神楽に行かせるんじゃない?たかが半径五キロだろとか言ってさ。」

「……お前達は人だ。奴隷でもアラガミでもない。」

 

……ほんと、変わってるよ。

 

「……キュウビのサンプル、今日送るんだっけ?」

「送ることが出来れば、今日だ。」

「何でも喰らうから?」

「うむ。偏食因子だろうと装甲壁だろうと時間さえかければ捕喰出来るらしい。向こうに着くまで保つかどうかだな。」

 

何だかんだ言って、榊はオラクル細胞の権威らしい。本部で研究する分が確保された途端、今度は極東に送ろうとし始めた。……というより、本部が行き詰まったみたいだけど。

 

「お前達が回収したときはどうだった?」

「かなり強いオラクル細胞だった、かな。何もせずに触れるほど簡単じゃなかった。」

 

多少なり保護しておかないと、こちらの手を捕喰されそうなレベル。あまりにも純粋だからこそ、何でも取り込もうとするんじゃないか、というのが私の素人なりの見解だ。

……神楽も同意見だったけど。

 

「正直、コアの形じゃないと向こうまで保たないと思う。あれは本当に何でも食べるだろうから。」

「ふむ……」

「何なら母さんに手伝ってくれるように頼んでみようか。私とか神楽よりも正確な位置が分かるはずだけど?」

「それほど急ぐ用でもないさ。というより、彼女に頼ると公式の説明が出来ん。」

「あー……そういえば。」

 

神楽とソーマは元々の登録情報から、私は榊とヨハネスの裏操作と、公式に神機使い?として認められているため、その行動には公的な説明を持たせられる。

ただ、母さんの場合はアラガミとして登録されているわけだ。たとえ人としての人格を残しているとしても、その行動はアラガミの行動として認識される。そういう諸々のことが、ツバキにとってはやりづらいところなんだろう。

 

「気長でいいさ。こちらに大きな被害が出ているわけでもないからな。」

 

ジャヴァウォックが出現した地点は、発電所の自爆から今までずっと隔絶されていた。……その中で独自の進化を遂げたアラガミがキュウビ、と結論付けられたわけだけど……それより何より……

 

「……暇。」

「言うな。」

 

   *

 

《むー……》

 

任務が終わる直前、作戦地域へアリスが接近していると連絡が入った。リンドウさんに新人を任せ、その対応に当たることになったわけなんだけど……

 

【どう?】

《そろそろ来る……かな。》

【そっか。】

《こっちから行く方がいいんじゃない?》

【うーん……一応殿だし……】

 

……新人達を失うわけにはいかない。それも、今回は事情がかなり特殊だ。

 

『ブラッド?』

『うむ。彼らはP63偏食因子を投与されている。ラケル博士がここを発つときに残していた適合者リストから選抜した者達なのだが……ここで実地訓練を積んだ後、フライアへ異動する予定でな。その……まあ、お守りを頼みたい。』

『お守り……』

『P63型はラケル博士が独自に研究していた。その分、我々には分からん部分もある。恥ずかしい話だが……何が起こるかも分からんのだ。場合によっては、彼らに拒絶反応が出ることも考えられる。』

『要するに、そうなった場合はアラガミ化の阻止、ないしは……ってことですか?』

『……嫌な仕事ではあるだろうが……よろしく頼む。』

 

昨日の昼間、本部長から伝えられたことが頭の中でよみがえる。……離れるわけにはいかない。

 

《お、来るよ。》

【……だね。】

 

こちらの攻撃も、向こうの手も届く距離。そこに彼女は転移してきた。悲しいことに、アラガミとしてのランクは私が上だ。……信用されてる、ってことなのかな?

 

《お久しぶりです。神楽さん。》

【いえ……あの、渚はいませんけど……】

《今日はあなたにお話が。》

 

話……いったい何だろうか?ジャヴァウォックのこと?彼女のこと?渚のこと?極東のこと?それとも、キュウビのこと?

……こうして考えると、いろいろ問題抱えちゃってるんだなあ……

 

《今から十数分後。さっき神楽さんが一緒にいた新人たちのアラガミ化が始まります。》

【えっ!?】

 

……予想外、とも言えないけど、それがなければいいと思っていたことでもあった。なぜそんなことが分かるのかと語気を荒げてしまいそうだけど、それに意味がないことに気付いている自分もいる。まだ人の部分がある渚ですら、若干の未来予知に似たことが出来る。それはつまり、この二人の間に本当に親子関係があり、かつアラガミ化の原因が同じであると仮定すれば……彼女にはさらに正確な予知が出来る、そういうことだ。

 

《……もし、今よりアラガミになりたくないと考えるのであれば、彼らを助けてはいけない。》

【……】

《あなたがまだ人でいたいなら助けないで。その口実なら私を使えばいいはずよ。》

【……】

 

ケイトさんを助けたとき、私の中で、人の部分が少しだけ消えた。P53型はとても安定していて、まともにしていれば侵喰も起こりにくいはず。

……そのP53型を取り込むだけで、私から人の部分が減った。

P63型はそれよりずっと不安定だ。それを取り込めばどうなるか。想像はつく。

 

【アラガミとして対処しろ、ってこと……ですよね。】

《……ごめんなさい。でもそうしないと……》

【構いません。】

《……それは、どちらが?》

【……私は、自分がアラガミになることを厭わない。……こっちです。】

 

……私には、誰かを助ける力がある。私が助けられなかった人達もいる。

ばからしいと自分でも思う程、その自負があった。

 

【一人でも助けられるなら、死んでも助けます。】

《……恋人もいるんでしょう?》

【……はい……夫です。】

《ある時、彼の暴走を止めたの。あなたをとても想っているのが分かったわ。子供も欲しいって考え……》

【無理……なんですよ。】

 

とくん、と……自分の言葉に悲しんだ。

 

【……彼と結ばれたときから、ずっと二人でそう話してきました。いつか私達が戦わなくてもいいようになったら、家族を増やしちゃおう、って。でも……いつだかに気付いたんです。私の体は、入ってきた彼のものを喰い尽くしていた……子供なんて、夢のまた夢だ、って……極東にいたときに診てもらったんですけど、私のオラクル細胞が強すぎて、残っていられないんだ、って……】

 

動悸が速くなって、呼吸も荒くなって。もう嫌だと思いながらもその言葉を紡ぐのをやめない……やめられない。

 

【彼が私を愛してくれていることはもちろん分かっています。彼がこういうことで私を嫌う人ではないことも知っています。……私も、彼を愛しています。でも……】

 

……ごめん。本当にごめん。そこに彼がいるわけでもないのに、心の中で泣きながら叫んだ。

 

「……私が私であるだけで、本当にそれだけで、他の人なら可能であったはずの彼の夢を一つ、潰しているんです。」

 

思わず口をついて出る、死にたくなるような現実。……私が、病的なまでに人を守らなきゃと思う理由でもあるのかな……

 

《……愛する人に先立たれることがどういうことか、あなたは知っていますよね。》

【っ!】

 

……気付いたときには、そこにアリスの姿はなかった。体の一部であるはずの神機が、嫌になるほど重い。

 

【行くよ。イザナミ。】

《神楽……》

【やらなくちゃ。……翼、制御お願いね。】

《……分かった。》




うん。本家関係ないのってかなり楽(いやあるでしょうが)


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β02.One-sided our hope.

二話目、っと。あちゃあ…いろんな人が空気だ…


 One-sided our hope.

 

迂闊だった。

突然苦しみだした新人達。神機からでも腕輪からでもない侵喰が原因らしい。……初陣の指導教官が注意を払うべきことだってのに……

腕輪は無事。本人達に怪我もない。……だとすれば偏食因子の拒絶反応……経験がないわけじゃあないんだが……最近じゃかなり珍しい。

 

「こちらリンドウ!救護部隊を要請!」

「了解!作戦区域周辺の安全を確認後、直ちに向かわせます!」

 

オペレーターは一級品。おそらく、この辺りがクリアだとすぐに気付けるはずだ。……間に合うか?いや……

 

「神楽!聞こえるか!」

「向かってます!」

 

もう気付いている、か。何とかなるといいんだが……

 

   *

 

『初めまして。オリジナルさん。』

『……誰?』

『誰、っていうか、アラガミだね。たった今あんたの家族を殺した奴らと同じさ。』

 

神楽と初めて……本当に初めて会ったときだった、かな。考えてみれば、今私がいるのも彼女のおかげかあ。

 

『さて。聡明なオリジナルさんに質問しよう。あんたはあたしを受け入れるかどうか選択する権利がある。あたしがあんたのDNAを元に作られた存在だからだ。』

『じゃあ、お父さんが作ったコアなんだ。』

『そうとも言うね。……さあ、どうする?受け入れて、化け物として、捕喰者として、人類の敵として、全てを壊す力を持って生きるかい?受け入れず、家族の仇を全て、希望の一つすらない世界を全て、あんたも含めて何もかもなかったことにするかい?あたしに喰われたあんたに残された選択肢……二つに一つだ。さあ、選べオリジナル。』

 

どっちにしたって、あの時の私は神楽を喰らうつもりでいた。終末捕喰を起こすつもりでいた。私にはそれだけの力があったし、それは今も変わらない。

……ジャヴァウォックの、数百あるコアの内の一つ。世界中に張り巡らされたあれの本体の、地殻変動で千切れた部分から抜け落ちたそれを元に、私は作られた。

ノヴァのおかげで、ジャヴァウォックはずいぶんと食い荒らされたみたい……というより、ノヴァの触手がジャヴァウォックの根を伝って伸びた、のかな。……神楽にすら教えていないことの一つ……ただただ一緒にいたいから。

 

『……受け入れるよ。』

『ふうん。てっきり逆を選ぶかと……』

『誰かを守ることが出来て、お父さんの分もお母さんの分も怜の分も生きられるかもしれなくて、しかもあなたと友達になれる。だから、受け入れるよ。』

『……は?』

『生きたら生きた分だけ、私はこの世界のきれいなものを見つけたい。死んだら死んだで、私はこの希望の欠片もない世界の小さな幸せを、全身で祝福したい。だから……』

 

これがこの歳の女の言葉かよ。……本気でそう思った。そんな彼女だからこそ、私は惹かれたのかもしれない。

 

『お、おい……あんた、何言ってんのか分かって……』

『うん。』

『それで何で……』

『……あなたは敵じゃない。ううん。アラガミはみんな、敵じゃない。いつか分かり合える日が来るはずだから。平和を叫んで武器を取る、なんて矛盾しすぎだけど……それでも私は、あなたと見る世界を見たい。』

『……バカにも程があるだろ……』

『そうかな?』

『そうだ!……ったくさあ……もー……ああもう!』

 

そう。ここで諦めた。こいつはものすごく頭が良すぎる、ただのバカだ、と。

だから私は……

 

『……おいで。全身全霊で受け止めてあげるから。』

『バカだよ……ほんっとにバカだ!』

『……伊邪那美がそう言うなら、そうかも。』

『……いざなみ?』

『あなたの名前。今決めたの。』

 

この名前を名乗れば思い出してくれるか、と思っていたんだけどなあ……

 

『……じゃあ、あとはお願いね。伊邪那美。』

『は?……っておい!しっかりしろオリジナル!……くそっ……!』

 

……多分、神楽の何かが、あの時に死んだ。本来ならあそこで死ぬはずだった彼女が生きるための代償……今はそう考えている。純粋に、精神的な自己防衛かもしれないけど。

それと同時に、私の中では何かが生まれていた。果てしなく巨大な進化の形で。

 

『……私の目が白くなったって、神楽に心残りがなくなって、ものすっごく幸せだったって昔のことを振り返るまで、何が何でも死なせてあげないからね……覚悟しなよ!』

 

……神楽。私は、あなたにもらった“この希望の欠片もない世界の小さな幸せ”に誓って、こんなところであなたを死なせたりなんか、絶対にしないからね。

 

【見えた。……ごめん。力を貸して。】

《分かってる。今更止めたって、聞かないでしょ。》

【……ごめん。】

 

あと何秒であそこまでたどり着くだろう?……ひどい偏食場だ。P63型……だったっけ……不安定どころじゃない。本当に適合する人以外、どんなに頑張っても喰われて終わるかもしれない。

……それでも助けるんだね。

 

「リンドウさん!離れて!」

「頼む!」

 

全身に膨大な負荷がかかり始めた。そのほとんどをこっちに流しつつ、新人達から吸収した偏食因子の状況を探る。

 

「……嘘……血を喰らってる……」

 

神楽の中で最も人に近い部分を優先的に喰らっている。それだけの知性……というか本能……何にしても、それに準ずるものが細胞単位で存在するってことか。

 

《神楽!吸収緩めて!このままじゃあなたが喰らい尽くされる!》

【……そっか。】

 

……変わらない。死んでもいいって思いながらやってるんだ。

 

【私が私じゃなくなっちゃったら、お願い。私を殺して。】

《ばか!何言ってんの!》

 

いつもそうだ。あなたはいつも、自分を後回しにする。

 

《まだやりたいことだってあるんでしょ!こんなところで本気で死ぬつもり!?》

【……私はね、ソーマの夢を叶えたかった。ソーマが喜んでくれることがしたかった。そのためならどんなに辛くても頑張れるって思ってた。……でも私は、結局それを潰しただけ。】

 

今だってそうだ。ソーマソーマって、自分を優先しようとは絶対にしない。

自分の言葉で傷ついて、自分の言葉で錯乱して、自分を自分で捨てようとして!……そう言えればいいのに、言おうとすると喉がひしゃげたみたいに声が出なくなる。

 

【……もう少し、かな。それじゃあ、最後までやっちゃおうか。】

《この……大バカ!》

 

ああもう……バカは私もだ。言うべきことを言わないで、何を言おうとしてるんだろう。

 

「家族の分まで生きるってのはどうしたの!あれは嘘だとでも言うつもり!?いい加減を目覚ましなさい!オリジナル!」

 

……私はいったい、何をしたんだろう?

 

   *

 

目を覚ましたとき、私のお腹は……見覚えのある顔に押し潰されていた。

 

「……イザナミ?」

 

半身だけ起こして呼びかけてみる。……夢?……にしてはリアルだし……でも私の中じゃない……

 

「ん……?あ、起きたんだ……おはよー……」

「お、おはよう……」

 

右腕に包帯が巻かれてはいるけど、特に痛むとかそういったこともない。ケイトさんの時はものすごく疲れたのに……それより、彼らを助けた以上はまともにはいられないはず。どうしてここにいるんだろう?

 

「体は痛む?」

「全然……」

「……良かった。感謝してよ。私がどんだけ頑張って神楽を生かしたって……」

 

……話が見えない。少なくとも、イザナミが私の外に出ていて、何が何だかよく分からないけど私のために何かしてくれた、ということではあるみたいだけど……

 

「どういうこと?」

「神楽を意図的に暴走させただけ。……すっごく痛かったけどね。」

「暴走!?みんなは!?」

 

私が暴走したとなると、かなりの高確率で周りに被害が出ているはずだ。思い出せる限り、意識がなくなったのは新人達を助けた直後……もしその時に、であるなら、彼らやリンドウさんはその影響を受けたことになる。

……そんな私の心配とは裏腹に、イザナミは激怒した。

 

「またそうやって!少しは自分を優先させたらどうなの!?」

「だ、だって……」

「神楽はいつもそう!少しくらいあなたのことを考えてよ!あの日みたいに私を変えちゃうくらい我が儘を言ってよ!」

「……イザナミ……?」

 

彼女が怒るのを見るのは初めてだ。……そんなに、私は悪いことをしていたのだろうか?

 

「ごめん……」

「……どうせ、だけど生き方は変えないよ、とか言うんでしょ。」

「……ごめん。」

 

責める口調にはなっていない。……どこで間違えたんだろう?どこが彼女を怒らせていたんだろう?考えても分からないけど、考えずにはいられない。そんな問いだった。

 

「……そんな風に、我が儘の一つくらい言ってよね。」

「え?」

「生き方は変えたくない、って。怒られても言ったんだから、我が儘でしょ。」

「……」

 

……それだけ?

 

「……初めて会ったとき、私がどんな決意をしたか教えてあげようか。」

「インドラと戦ったとき?」

「ううん。もっと前。」

 

それ以前に会ったことがあっただろうか?彼女からすれば私を見ていた……いや。そういうことを“会う”とは、イザナミは言わないはずだ。

 

「神楽が何もかも幸せで、もう何も心残りがないって思えるまで、絶対に死なせない。」

「……」

「……まあ、その逆を行っちゃったけどね。」

「え?」

「右腕。……戻んなくなっちゃった……」

 

だから怪我もなさそうなのに包帯が巻かれているのか、と……笑いがこみ上げるほど冷静だった。それじゃあ、私はもっとアラガミになったんだね。私はまだソーマの夢を、彼が知らないところで踏み潰しちゃうんだね。……嫌になるほど、冷静だった。

 

「……P63型はもう大丈夫。神楽が暴走している間に、適合したみたいだから。」

「そっか。」

「ごめん……本当に……」

 

謝る彼女の姿が、ついさっきの私のそれと重なった。

 

「……イザナミも同じだね。」

「?」

「私のことばっかり考えてる。」

「う……し、仕方ないでしょ。私は神楽がいなくちゃ……」

「ふふっ……」

 

……彼女となら出来るだろうか?

ううん。出来なくてもいい。イザナミと一緒に頑張った、その事実があればいいや。

 

「まだ本気で諦めたわけじゃないんだ。ソーマとの子供のこと。」

「……ほんとに?」

「うん。ただ、それ以上に助けられる何かを全部助けたいって思っちゃうだけで……」

 

旧第一ハイヴただ一人の生き残り。それだけで、私はとんでもない数の屍の上に立っている。それに責任を感じている、というわけでは……おそらくない。ただ、私はあの日死んだ人の分、誰かを助けないといけない……幼い頃に考え続けたそれが、今では暗示のように頭に張り付いて離れない。まるで底無し沼のように、動けば動いただけ沈んでいく。

 

「もしかしたら、一回くらいは私の体も見逃してくれるんじゃないかなあ、って。……無理かもしれないけど、もうちょっと頑張るつもりではあるんだよ。」

「……」

「……自分で言うのも何だけど、バカだよね。アラガミになればなるほど、それから遠ざかるのに。」

 

嗤うなら嗤え。お前はただのバカだと、世界中で嗤えばいい。誰かを助けられるだけの力を、ただそれだけのためだけに使っていくこと。それが誰かを助ける力を持つアラガミの、もはや細胞単位でしか人でなくなった私の贖罪だ。

……三年と少し前まで考え続けたそれは、今も私にこびり付く。

 

「……そろそろ戻るよ。こっちで維持するのって、ちょっと疲れるからさ。」

「分かった。」

「後で渚にお礼言っておきなよ。みんなの避難とか暴走の抑止とか、全部やってくれたんだから。」

「……うん。」

 

確か三年前に……ソーマが浚われていたときに暴走した私を止めてくれたのも、まだシオだった渚だっけ。迷惑かけっぱなしだなあ……

 

「……私がやりたいこと、か……」

「え?」

「イザナミ。私はね、私が助けられるものが一つでもあるなら、それを何が何でも助けたい。」

 

この遠征の間、何度もそんな場面に遭遇した。支部を守ろうと戦って、疲れてアラガミの前で膝をついた神機使い。アラガミに囲まれて、今にも喰われそうになっている民間人。腕輪を破壊され、アラガミ化しようとしている神機使い。

助けられた人もいた。……でも、助けられなかった人の方が多い。

アラガミ化を止められると言っても、それには上限がある。……第二段階まで。アラガミとしての部位が、体の外側に大きく見られるようになるまで。……そう。それまで、だ。それを過ぎたら……

……助けたいと言いながら、何度切ってきたことだろう……

 

「私のために死んだ人達の分、助けたい。助けられなかった人達の分まで助けたいんだよ。」

「だからって……」

「うん。自分が死んじゃったら、何にもならないよね。」

 

……分かってるけど、それでも助けたい。これは私の我が儘だ。

 

「……それでも、やらせてくれる?」

「……止めても聞かないくせに……」

「そうかも。……ごめんね。」

 

はあ……なんか、すごく会いたいなあ……ソーマ……

 

   *

 

……私に何が出来る?私に何が出来た?考えろ。神楽の我が儘じゃない。神楽の願いを、夢を叶えるには、私は何をすればいい?

 

「……何にも出来ないじゃない……」

『……私の目が白くなったって、神楽に心残りがなくなって、ものすっごく幸せだったって昔のことを振り返るまで、何が何でも死なせてあげないからね……覚悟しなよ!』

「死なせないだけで……何が出来るんだって……」

 

私が消えれば、神楽は夢を叶えられる?……無理。その瞬間にアラガミになって終わるだけだ。

じゃあ、体内での捕喰行動を抑えればいい?……ダメに決まっている。神楽は自分のことを優先させたりはしない。抑えている間も任務に出て、コアを回収する。回収すればするだけ、そこから極々少量とはいえオラクル細胞を……自分以外のオラクル細胞を吸収する。その時に吸収した分を喰らわなかったら、神楽はやっぱりアラガミになる。

 

「この、役立たず。」

『バカだよ……ほんっとにバカだ!』

「……バカは……私だ。」




さり気なく神楽の過去編その二を放り込むスタイル。
次で本日の投稿はラストとなります。


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β03.降りしきる雨の中で

ラスト!
うん。久しぶりの二人組みかもしれない(笑)


 降りしきる雨の中で

 

リンドウさんから連絡が入ったとき、アナグラではほとんどの神機使いが赤い雨のせいで暇を持て余していた。

 

「じゃあとりあえずみんな無事、なんですよね?」

「おう。それに関しちゃ問題ない。」

 

隣にいるソーマが小さく息を吐いた。右腕が人間型に戻らなくなっているとはいえ、神楽が無事だったことに安心したのかな。

 

「そっちはどうだ?」

「最近は赤い雨のせいで何も出来ねえ日が多い。アラガミも少ねえのが救いだが。」

「その様子なら、特にやばいことにはなってないか。」

「一応、な。隊長職にぶっ潰されそうな奴くらいはいるさ。」

「……俺?」

「他に誰がいる?」

 

失礼な、と言いたいところだけど、反論出来ないのも事実……リンドウさん、神楽と続いてきた第一部隊長の肩書きは、想像以上に重たい。

……出来ないことまで無理してやってるわけじゃない。けど、出来るようになることを要求されるものも、それなりにあった。

 

「なるほどなあ……コウタ君。先々代隊長に聞きたいことはあるかね?」

「……まずはサボり方を。」

「そいつは俺も聞きてえな。」

「……いや……あれはサボっていたってわけじゃ……」

 

端から見ればただのサボり魔。特務とかを鑑みてもそれなりにサボり癖のある人。……まともに第一部隊長に雑務系統の仕事が回るようになった理由は、神楽がそういう仕事もそこそこ得意かつ好んでやる方だったから、だ。それ以前は……リンドウさんに任せても、といった感じで、雑務は他の隊長か、ヒバリさん達が引き受けていた。

……神楽の欠点で思いつくのは、ほとんど自分一人でやっちゃうこと位なんだよなあ……もっと周りを頼れって、何度か言った覚えもあるんだけど……たぶん今回もそうだったんだろうな。

 

「おいコウタ。こいつから習えるのは榊のおっさんのいなし方だけだ。俺もあれだけは尊敬できる。」

「おお……」

「……お前ら俺をいじめて楽しいか?」

「良い娯楽だ。」

「まあそれなりに。」

 

とは言え、この人はこの人でやっぱりすごい。

まだ討伐方法も確立されていなかった頃にウロヴォロスを一人で討伐してコアを持ち帰ったり、本部からの命でアーク計画を探り出したり、新人の指導教官としてその初陣に出撃したときの全員生還率が全神機使い中トップだったり……まあ最後に関しては神楽が追い越しちゃったけど、今でもリンドウさんは、あちこちの支部から賞賛される人らしい。

 

「あー……まあコウタ君。三つだけ覚えておきたまえ。」

「はい?」

「死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ。運が良ければ……」

「不意をついてぶっ殺せ。あ、これじゃ四つか?」

「覚えてたか。」

「そりゃあまあ……」

 

この冗談じみた言い方のおかげで、初陣の時は少しだけ緊張が解れた。でもそれを今聞かせて……つまりはどういうことなんだろう?

 

「隊長なんざ簡単だ。自分にやることはいつまでも同じで、そこに味方がやばかったら逃げさせる、ってのがちょいとばかり顔を覗かせる。そんだけだ。で、そいつが回復するまでの何十秒かを持ちこたえて、やばけりゃやっぱり、逃げて隠れて不意をついてぶっ殺す。今のお前なら、難しい話じゃないはずだぞ。」

 

……なるほど。やっぱりこの人は上手いな。

 

「初めて心の底からリンドウさんを尊敬出来ましたよ……」

「……初めてかよ……」

「妥当だろ。」

 

   *

 

「じゃあ、そちらは問題ありませんね?」

「シェルターも完成してるしな。何とかなるさ。心配してくれてありがとよ。」

「いえ。それでは、失礼します。」

 

サテライト拠点に影響はなし……今のところ、赤い雨に降られているのはここだけらしい。

 

「皆さん、大丈夫でしたか?」

「何とか。向こうは降っていないみたいです。」

 

赤い雨が降っていようと何だろうと、ヒバリさんはモニターと睨めっこだ。こうして見てくれているからこそ、のんびり出来る時間も作ることが出来る。今ののんびりは、あまり好きではないけれど。

 

「あまり根を詰めすぎないで下さいね。心配なのは分かりますけど、アリサさんが倒れたら元も子もないですから。」

「そう……ですね。すみません。」

 

クレイドルとして、神機使いとして、私がやると決めたから、やらなければいけないこと。ずっとそう考えながら頑張ってきている。……最近はどうしても、手が回り辛くなってきちゃった、かな?

感応種は依然として驚異であり、未だその対策はただの対処療法……あれらと戦えるのがソーマだけ、というのはやはり大きい。

 

「たまには気晴らしでもどうですか?ちょうどエリナさんが訓練に入っていますし、その指導とか。」

「なるほど……」

 

……休んだらどうか、とは言わない。まるで私が、休むのは嫌だ、と答えてくると知っていたかのように。さすがはヒバリさんだ。

 

「やってみます。訓練場ですよね?」

「はい。まだまだ冷や冷やさせてくれる子ですし、ビシバシやっちゃってくださいね。」

「あはは……」

 

にこやかではあるけど……本心から言っているのだろう。目が笑っていない。

……何年もこの仕事をやっていると、必然的に同僚の死には直面する。私もそうだ。かなり前のことなのに……未だにその頃のことは、鮮明に思い出せる。……二度と見たくない。

 

「久しぶりに厳しくいこうかなあ……」

 

……そういえば、三年前の原隊復帰直後に神楽さんについてもらったときも、けっこう厳しかったっけ。口調も表情も言い方も何一つ強い部分はないのに、要求されるものはとても高くて……でもそれが出来るようになると、まるで自分のことのように喜んで、褒めてくれた。

私にも出来るだろうか?彼女とは背負うものの大きさが違いすぎる、私にも。

 

   *

 

「はああっ!」

 

最初の頃と比べると上達した。それは確かなこと……でもまだ、課題は多いかな。

 

「あれ?アリサじゃん。」

 

訓練場の上の方にある様々な計器類が置かれたこの部屋。訓練の監督にも使われるわけで……そのために来たのだろう。後ろからの声に振り返ると、端末を手にしたコウタが立っていた。

 

「ちょっと暇つぶしと休憩でもしようかなと。」

「なるほど。」

 

休憩、というのがおかしかったのか、軽く苦笑された。何となく釈然としないなあ……

 

「そのついでにエリナの指導?」

「そんなところです。」

 

スピアの扱いはそれなりに上手い。けど、盾も銃もほとんど使わないというのは……いただけないかな。

 

「助かるよ。俺、銃しか分かんないからさ。」

「私だってスピアはあまり分かりませんよ。……盾の扱いには、いろいろ言いたいことがありますけど。」

「だよな。」

 

そういえば、こうしてコウタと二人で話すのは久しぶりだ。いつもサテライト拠点のこととかその日の仕事のこととか……今も仕事のことと言えば仕事のことだけど、普段の静かに張りつめた雰囲気がないからか、少し違ったものに感じる。

 

「……なんだか、こうして話すの、久しぶりですね。」

「え?二人で話すことってけっこうなかったっけ?」

「全部堅苦しい話題ばっかりだったじゃないですか。」

「あー……確かに。」

 

言われるまで気付かないのは……どっちだろう?気にするほどのことでもなかったのか、気にする余裕もなかったのか。

……今の彼の場合、後者かな。私も、ついさっきまでそんなことは微塵も考えていなかったわけだし。

 

「……忙しくなっちゃいましたね。」

「俺はまだいいって。エミールは未だに正面からの突撃しかしないし、エリナは攻撃を重視しすぎだけど、何だかんだ言って俺の負担は少ないんだからさ。」

「それ、少ないって言いませんよ?」

「アリサと比べれば、ってこと。」

 

……言い返せないのが少し悔しい。

 

「ちゃんと休めよな。」

「……少しは休んでます。」

「ちゃんと。」

「……」

 

昔はただのお調子者だったのに……いつの間にこんなしっかり者っぽくなってたんですか。そう聞きたいくらい、彼が頼もしく見える。

 

「……今のは盾で防ぐべきですね。」

 

……それが何だか悔しいから、無理矢理話題を変えた。

 

「マジで?」

「あそこで回避すると、他のアラガミから食らいやすいですから。ガードして受け流した方が次に対応できます。」

「へえ……さすが。」

「新人時代に何度もやらかしましたから。」

「はははっ!なるほど。」

 

そんなにおかしかっただろうか?……まあ、いいか。

 

「俺も銃のこと、ちゃんと教えないとなー。」

「ふふっ。頑張ってくださいね。隊長さん。」

「重たいなあ……まあ、旧型は旧型なりに頑張るよ。」

「ぶっ!?」

 

……三年前の黒歴史を掘り返された。そんな……というか、まさにその気分だ。

 

「な、何でそんなの覚えてるんですか!」

「ん?いや……俺って神楽と同期じゃん。なのにあいつだけものすごく強かったんだよ。アリサからあれ聞くまではずっと、追い付け追い越せって頑張ってたんだけど……当然、勝てなくって。ま、それを割り切らせてくれた、って言うか、自分なりに頑張る、ってことを教えてくれた、って言うか……」

「御託はいいです!忘れてください!今すぐ!」

「わ、分かった分かった!分かったから襟離してくれ!く、首がっ!」

 

そんなこんなやっていると、スピーカーからエリナの怒号が響いた。

……マイクのスイッチが入りっぱなしだ……

 

「マイクつけっぱなしで何騒いでるんですか!そんな口喧嘩アラガミも食いません!」

 

……この日、私とコウタは夜遅くまで彼女の訓練に付き合わされることとなった。……仕事の方が楽だったなあ……

 

   *

 

《……そう。そんなことが……》

「そのイザナミって子が言うには、ね。信じていいとは思うけど……まだよく分かんない。」

 

コアに人格が宿るのかどうか。自称神楽のコアのイザナミを定義するためには、まずそれを考える必要がある。

私個人の見解ではYesだ。母さんや私のような例もあるし、100%宿らない、ということはないだろう。……彼女が本当にそうであるかは別として、だけど。

少なくともあのイザナミは人じゃない。だとして何か。問題はそこにある。……神楽に聞けば済む話ではあるけど……聞いていいか定かでもないし……

 

「母さんは……母さんだよね。私も私だし。」

《ええ。》

「……うー……」

 

変な会話だ……自分で言うのも何だけど。




と、いうわけで…本日の投稿を終了します。
…三月下旬のアップデート宣言からの予告なしで30日に配信とは…運営もやるなあ…


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α01.重たい肩書き

どひゃあ…ものすごく投稿間隔が開いてしまいました…申し訳ございません。
えっと、理由は二つありまして、一つはリアル多忙(いつも通り)。そしてもう一つが、当サイト内での、あるGE企画に招待して頂いたこと、になります。
とりあえず詳細は後ほど。本日は二話投稿です。


重たい肩書き

 

「本日付けでブラッドに配属となりました、シエル・アランソンと申します。至らぬ点などあるかと思いますが、よろしくお願い致します。」

 

私の、というより、その場にいたジュリウスさんと本人を除く全員の感想は、堅い挨拶だなあ、だった。

 

「実戦経験こそ少ないが、演習や座学の成績はブラッド隊でトップクラスに入る。お前達も気を抜くなよ。」

 

ジュリウスさんとはマグノリア・コンパスにいた頃から知り合いだったとか……でも、特別クラスにはいなかったはずだし……上級クラスとかかな?

 

「彼女の入隊によりブラッドも六人になったわけだが、これに際して副隊長を任命しようと思う。」

 

話は聞いているけど興味なさ気なナナさんに、なぜか沸き立つ二人。そんなにすごいことなのかな?

 

「ま、やっぱ俺だよな。ブラッドじゃジュリウスに次いでベテランなんだし。」

「お前が?寝言は寝て言うもんだ。」

「何だと!だいたいお前はいつも射線考えずに出やがって!後衛の邪魔だっての!」

「誰の邪魔だ?言ってみろよ。」

「私じゃないよー。」

「その……私のでもないです。」

「うっさい!俺のだよ!バーカ!」

 

こんなことがあると、マグノリアではお義母さんが止めていた。そのお義母さんは今、クスクス笑いながら眺めている。

 

「……盛り上がっているところすまないが、副隊長は鼓に任せる。」

 

あ、ジュリウスさん、もう決めてたんだ。えっと、鼓……ん?私?

 

「えええっ!?」

「早くに血の力に目覚めたこと。皆からの人望も厚いこと。任せるに足る腕を持つこと。これらが鼓を選んだ主な理由だ。依存はないか?」

 

あるに決まっている。そう思っていたんだけど……

 

「なるほどな。了解だ。」

「結意ちゃんなら大丈夫だねー。」

「ちぇーっ。まあいいや。よろしくな!」

 

三人とも、賛同の意を示してきた。……そんな役目を担えるほど強くないし、上手く出来る気もしないし……

 

「心配するな。お前なら大丈夫だ。」

「だ、だって……その……」

「戦術理論はシエルに習うといい。俺より詳しいだろう。」

 

そんな私の思いに反し、ジュリウスさんは決定を変えるつもりがないらしい。お義母さんに至っては応援してくる始末……

 

「大丈夫よ。あなたならきっと、上手くやれるわ。」

「でも……」

「この人選は、私とジュリウスで話し合って決めたことよ。心配いらないわ。」

「うう……」

 

……断らせてはくれないらしい……

 

「では、これで解散とする。シエル。後で鼓と簡単に意見交換をしておくように。」

「了解しました。」

「はい……」

 

   *

 

「なあなあ。いきなり副隊長なんて頼んで大丈夫か?結意のやつかなり困ってたぞ?」

「あれに関しちゃ俺もこいつに同意だ。指揮を執るには経験が足りなさ過ぎる。」

 

この二人のことだ。自分が適任だ、と思っているわけではないだろう。純粋に鼓が副隊長となることに、問題や疑問を感じていると言ったところか。

確かに二人の言う通り、あの人選には無理がある。あの判断に大きな間違いはないだろうが、それでもいささか性急と言わざるを得ない。

 

「その点については俺も博士に尋ねた。ただ、性格、技量、その他諸々を考えると、確かに鼓は副隊長として適任だ。博士の考えでは、早い段階から部隊指揮の経験を積ませようということらしい。」

「それは分かるんだけどさ……」

「当然、しばらくは俺達でフォローしつつということにはなる。……ギル。部隊指揮の経験は?」

「いや……まともにやったことはない。ブラッドでそれがあるのはあんただけだろ。」

 

……予想はしていたが、楽ではない、か。仕方ないな。

 

「……ところで、今は極東に向かってるんだよな?」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「前に、極東の神機使いに会ったことがある。その人がいるかどうかを知りたい。」

 

ギルが聞いている人物……例の半人半神の神機使いのことだろうか?

 

「極東側に聞くことは出来るが……」

「そうか……いや。そこまではしなくていい。」

 

グラスゴーでの事件の際、極東の神機使いがそこにいたことは知られている。おそらくその時……

 

「……その神機使いとは?」

「俺の目標だ。……絶対に追い付けないがな。」

「そんなんが目標って……追い付けなきゃ意味ないじゃん。」

「はっ。かもな。」

 

……本人が良いというなら、俺が気にすることもないか。

 

   *

 

「ふむ……では、神機使いとしての戦闘経験はまだ少ない、と……」

「は、はい……」

「立場上、結意さんが私の上にいます。敬語は必要ありませんが?」

「だって……その……」

 

下で繰り広げられる結意ちゃんへの質問責め。……大変そう……

 

「隊長、何で結意ちゃんにしたのかな?」

「オペレーターの目からにはなりますが、ナナさんは経験が足りませんし、ロミオさんは周りを見る目が足りません。ギルさんも前に出過ぎる傾向があります。そう考えると、結意さんはある意味で適任かと。」

「なのかなあ?」

 

こうして見ていると、シエルちゃんと結意ちゃんはいくつかの面で真逆らしい。はっきりと物を言うかどうか。自分の意見を前に出すかどうか。

……でも、仲良くなれないようにも見えないなあ……

 

「ここ最近のデータを元に作成した、各個人のトレーニングメニューです。実行許可を。」

「トレーニング?」

 

そんな結意ちゃんの雰囲気が変わった。

 

「……だめ。」

「問題はないはずですが……各々に不足している要素をすべて補うものにしてあります。」

「こんなの、みんなヘトヘトになっちゃいます。」

「神機使いの回復力であれば、これにより予測される程度の疲労はミッションに支障を来すレベルではありません。実行すべきです。」

 

……シエルちゃん、頑固だなあ。

 

「……ブラッド隊副隊長として命令します。このトレーニング案を破棄して下さい。」

「しかし……」

 

次の瞬間、空気が変わった。どす黒い怒りというか、憎悪というか……いつもの結意ちゃんからは信じられないような、殺気にも似た何かが感じられて……

 

「……聞こえませんでしたか?シエルさん。このトレーニング案は破棄。今後、こういった無理のあるメニューを作成することも禁じます。」

 

足がすくんでいる。フランさんに至っては、小刻みに震えているほどだ。

 

「りょ……了解……」

「ん……じゃあ、私は部屋に戻りますね。何かあれば来て下さい。」

 

結意ちゃんがエレベーターに入り、その扉が閉まった瞬間、フランさんはカウンターに手をつき、私は大きく息を吐いて、シエルちゃんはその場に膝をついた。

その彼女のところまで行くと、息を荒くしつつがたがたと震えているのが分かった。……あんな結意ちゃんを目の前にしていたら、そうもなるだろう。

 

「えっと……大丈夫?」

「……はい……ナナさん……でしたね。結意さんは、その……」

「あんなの初めて見たよ。」

 

ひどいことに、さっきのシエルちゃんが私じゃなくてよかった、って思っている私がいる。

 

「……アラガミと、神機なしで対峙している。そんな感覚でした。」

 

でも、結意ちゃんがあんなになるなんて……いったいどんなメニューだったんだろう?

そう思って、近くに落ちていた端末を拾い上げる。

 

「……ねえねえシエルちゃん。」

「何でしょうか?」

「これは怒るよ……」

 

……ちょっと、無理があり過ぎかな。

 

   *

 

「……鼓が?」

「ええ。ナナとフランから。かなり怖かったそうよ。」

 

いったい何がどうしてそうなったのか。いや。何がどうしたのかは想像に難くない。あの二人の性格からして、ちょっとした言い争いのようなものは必然的に起こるだろう。

問題はそこではなく、フランが恐れるほどの行為を鼓が出来るかどうか、だ。

 

「シエルったら、かなり無茶な訓練メニューを提出したらしいわ。それに怒ったそうだけど……」

「あいつがそれだけのことで、そこまで憤慨するかどうか、か。」

「ええ。誰かが怖がるようなこと、する子ではないでしょう?」

 

少し困ったような顔で首を傾げる博士に向かって頷く。だいたいマグノリアでも、他人の喧嘩を見て泣き出すようなやつだった。明らかに彼女らしからぬ行動と言えるだろう。

 

「それで、少しお願いしたいのだけれど……」

「俺に出来ることであれば。」

「ありがとう。空いている時間だけでも、結意の様子を見守っておいてあげてほしいの。もしかすると、血の力に目覚めたことによる精神的な不安定化、なんてこともあるかもしれないわ。」

 

血の力はそもそもとして不確定な部分が多い。博士が言うようなことも考えられる。

特に鼓はあの前例のない状況下……極東の神機使いがいなければ、おそらく救出もままならなかったであろう形で覚醒を果たした。気にし過ぎにはならないだろう。

 

「了解した。可能な限り様子は見ておこう。」

「お願いね。」




やっとシエルを出せた…やっと結意が副体長になった…


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α02.交錯

さてさて。
…書くことが多過ぎてやばいです(汗)


交錯

 

「ジュリウス隊長。少しよろしいですか?」

 

ミッションに出ようとした直後、フランに呼び止められた。……おそらくはここ最近の任務遂行効率に関する案件だろう。昨日も博士から相談を受けたところだ。

 

「……どの程度落ちている?」

「約30%、といったところです。特にシエルさんが主体として動いた場合は、最大で50%……」

「そうか。対策は?」

「模索中です。……正直、どうすればいいかだけなら簡単ですが。」

「だろうな。」

 

シエルに協調性が芽生えればいい。端的に言えばそうなのだが、強要できるものでもない。

 

「シエルは元々俺の護衛として訓練を受けたからな。その分、教科書を額面通りに捉えがちらしい。」

「その分……というと?」

「そのために短期間で英才教育を受けた。そういう意味だ。」

「なるほど。」

 

そしてそれ以上に、彼女が一人での戦闘に特化していることもある。誰かと協力しての戦闘や、総合的な状況の分析が苦手なのだろう。

 

「鼓には?」

「伝達済みです。結意さんも困っているようでしたが……」

「……」

「ナナさんはそれほどでもありませんが、ロミオさんとギルさんの不満はかなり寄せられているそうです。今回ばかりは、二人も気が合うようですね。」

 

半ば呆れ気味に告げたフランだが、彼女自身も困り果てていると見える。オペレートにも支障が出ているとするならば、早急に手を打つ必要があるだろう。

だが、問題はどうやるか、だ。

 

「……近々局長からの指令が降りるそうだ。それまでには何とかしよう。」

「はい。こちらでも、出来ることはやってみます。」

 

   *

 

「結意ちゃん!どうする!?」

「追撃します!」

 

廃棄されたダム上での戦闘……一本道のこの場所だと、標的に合流されやすいのが難点。

 

「ブラッドβ!もう少し引き離せますか!?」

『OK!やってみる!』

 

ヴァジュラとコンゴウ一体ずつ、どちらも基本種だから厳しい任務じゃないって思っていたんだけど……どうやらかなりの数のアラガミを喰らって強くなった個体だったらしく、苦戦を強いられている。

 

『副隊長。コンゴウは群で行動するアラガミです。移動時に他の個体に発見される危険性を鑑み、現区域での戦闘行動継続を進言します。』

 

……また、か。

 

「ヴァジュラが合流したときのリスクを考えろ!」

『対コンゴウ戦術マニュアルでは、他の個体が存在しないことが確認されている区域で、一体ずつ処理することが推奨されています。統制のとれた動きをするであろうコンゴウの群より、現在戦闘状態にあるものとの同時戦闘が安全であると……』

「実戦に教科書なんざ持ち込むな!」

 

ここ最近はいつもこんな調子だ。実戦的な判断を、シエルさんがマニュアル面から否定する。そこにギルさんやロミオさんが反論して……その繰り返し。

 

『ブラッドα。南西より、コンゴウ一体が接近中。間もなく戦闘区域へ侵入します。』

「くそっ……ヴァジュラは俺が抑える!お前等はコンゴウを引きつけろ!」

「はい!」

「りょうかーい!」

 

無線の向こう側では、未だに口論が続いている。

 

『いったん端まで行こう!』

『いいえ。こうしてコンゴウが来たという事は、付近に群がいる可能性が高いです。この場に留まって……』

『そんなこと言ってる場合かよ!早く行くぞ!』

 

ジュリウスさんみたいに出来れば、もうちょっと仲良くできるのかな……なんて、自分勝手でテキトウなことを考えてしまう。

 

「結意ちゃん!」

 

ナナさんが指さす方を見ると、今まさにコンゴウが私たちの横を通過しようとしているところだった。

 

「っ!」

 

右足を一歩後ろへ。力をためると同時に、神機を黒いオラクルが包み込む。

 

「えいっ!」

 

踏み込みつつ、神機を突き出す。纏っていたオラクルが棘状になって幾本も飛んでいき、コンゴウの胴体を貫いた。

……大したダメージは与えられていない。やっぱり、まだ上手く使えていない、かな。

 

   *

 

「……ひどいわね。」

「ええ。大きな被害にはなっていないけれど。」

 

大きいかどうかが問題じゃない。そう言った方がいいのかもしれないけれど、ならどこが問題なのか、と聞かれたら、あまり答えられる自信がない。

 

「最近はいつもこんな感じなの?」

「ええ。ジュリウスならもう少し上手く御しているのだけれど。」

「……彼女が副隊長になったのはつい最近でしょう?それでこんな……」

「いいえお姉様。これが結意にとってどれほど辛いものであれ、私の目的のためには必要だもの。」

 

目的。ラケルにとって、その目的が最優先なのだろう。私にとっても、そのために働くことが最優先なのだから。

 

「そろそろ極東支部に着くことを考えると、早めに対策するべきね。」

「もちろん。ジュリウスにはもう頼んだし、何より……」

 

言葉を切ったラケル。久しく見なかった光景だ。

 

「何より?」

「いいえ。何でもないわ。」

「……クジョウ博士は?」

「あと明日にはここに到着するそうよ。無人制御と有人制御……期待しているわ。お姉様。」

 

私に期待されてもね。そう告げる代わりに肩を竦めた。今回の実験は無人制御下にある神機兵の運用テストであって、無人と有人のどちらが優れているかの検証ではないのだから。

 

「シエルには、後でちゃんと話しておかないとね。」

「ふふっ。あの子に任せればいいのです。」

 

ほんの一瞬、言葉が切られた。

 

「結意に。」

 

   *

 

「でやあっ!」

 

ナナさんの神機が振り下ろされ、コンゴウの頭部を粉砕する。

……どのくらい経ったのだろう。結局、分断は成功し、複数のアラガミを相手取るなんて事は起こらないままに任務は終了した。

 

『付近にアラガミの反応はありません。すぐにヘリを向かわせます。合流地点はポイントA。』

『了解だ。そっちに向かう。』

 

ヴァジュラと一人で戦っていたギルさん。次々に聞こえる声の中で、一番疲れているように思える。

 

「あの……大丈夫ですか?」

『何とかな……お前らは?』

「痣だらけだよお……」

『ははっ!そんなことが言えてんなら問題ねえさ。』

 

ナナさんは比較的元気そう。とはいっても、いつもよりずっと息が上がっているし、服も埃まみれ……見た目よりも疲れているだろう。

だけど、それらを全く気にしない人だっていた。……シエルさんだ。

 

『副隊長。先ほどの指示の件ですが……』

『あの状況ではあれがベストだ。分からねえわけじゃねえだろ。』

『分かれてなきゃ大怪我してたかもしれないんだぞ。ジュリウスだって、きっと同じ指示してたし。』

 

ギルさんが割って入り、ロミオさんもそこへ続く。……私のせい、なのだろうか?皆が、シエルさんも含めた皆が納得できる指示を出せなかったから、こうなっているのだろうか?

 

「その……ごめんなさい……」

「結意ちゃんが謝る事じゃないってば。みんな助かったんだもん。」

「……」

 

……帰ったら、どうするべきだったのか聞いてみよう。ジュリウスさんやお義母さんなら、きっと何か教えてくれるはずだ。

 

   *

 

レアと入れ違いに、俺はラケルの研究室へと足を踏み入れた。

 

「よう。」

「珍しい。ちゃんと入り口から入ってくるなんて。」

「気分だ。……結意のやつなら、今そこでレアと話してるぜ。」

「そう……わざわざそれを言いに?」

「暇なだけだ。」

 

……嫌な笑みだ。正直言って、虫酸が走る。

あの日俺を“そうであるもの”として迎えたあいつの表情は、もっと気分が良いものだったってのに……同じ半人半神でこうも違うのか、と、半ば呆れ、半ば諦めつつ感じた。

 

「お姉様には、シエルのことをお願いねと言うように頼んであるわ。あなたが冷や冷やするようなことも少なくなるでしょう。」

「どうだか。何のきっかけもなしに、あのシエルとか言うのが変わるとは思えねえがな。」

 

ラケルの口角が上がる。嫌な笑み、が、とことん嫌な笑み、まで格上げされた。誰かが何かを企んでいるときほど、見ていて気分が悪くなる顔はない。

 

「彼女は萌芽の時を待つ種子にして、すでに女王の位にある。きっかけなんて向こうからやって来るわ。」

「……そうかい。」

 

もういい。話題を変えよう。

 

「……何度か聞いてるが、結意のやつが俺を認識するのはいつになる。あんたの当初の予測じゃあ、この間の暴走で可能になってたはずだろうが。」

「おそらく、結意の意識が判然としている状態で、あなたが前面に出る必要があるでしょう。」

「不可能だ。」

「不可能ではないはずよ。それが果てしなく困難であるだけ。あなたになら出来る。いいえ。出来ないわけがないのだから。」

 

腹が立つ、という感情を、俺はこいつから学んだ。というよりも、マイナスの感情の大半をこいつに対して抱いた。

プラスの感情をあいつらから。マイナスをこいつから。歪だが、そうして心の紛い物を得たことで、俺は人の紛い物としてこいつと会話しているわけだ。

 

「出来るのでしょう?世界を喰らうアラガミなのだから。」

 

……ちっ……腹立つ……

 

「……また来る。」




ところで皆様、お気付きの方はいらっしゃいますでしょうか。
こちらの小説、この回で記念すべき100話目を迎えました!
ここまで続けてこられたのも、読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
そしてこのスーパー亀さんの私を、どうかこれからも温かい目で見守ってくださいませ。

と、まあこの話はここで切りまして…前話でお伝えした、ある企画についてのお話をさせて頂こうかと。
実は五月の終わり頃、「ウンバボ族の強襲( http://syosetu.org/?mode=user&uid=68721 )」という方からあるお誘いを頂きました。
アニメ化に際して、ハーメルンでGE小説を書いている人々でのコラボをしないか、というものでして…(喜び勇んで)参加いたしました。
ものとしては、参加する書き手が、各々一話ずつ作成し、短編小説のような形で投稿していく、という形式です(投稿はウンバボ族の強襲様が一手に引き受けてくださりました。ありがとうございます)。
私の書いたものは明日投稿される予定ですが、取り急ぎご報告&宣伝まで。
企画頁↓
http://novel.syosetu.org/55471/

ではでは、また次回お会いしましょう。


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β04.割れた片鱗

大変長らくお待たせしました…
書こう書こうと思いつつ、時間が取れずずるずると…申し訳ないです。
本日、三話投稿となります。


割れた片鱗

 

「依然として偏食場は発生しているようですが、ジャヴァウォックの再出現はしばらくないと見て良さそうです。」

 

オペレーターからの報告。微妙な報告だな、と言いたいが、それ以上のことは推測の域を出すことすら出来ないのは皆承知の上だ。

 

「消滅時の強さのまま、ってことか?」

「いいえ。徐々に減衰しています。完全になくなるのも時間の問題かと。」

 

姉上は本部でのお偉方会議、渚は対ジャヴァウォック前線拠点に駐留。

そんな中で行われたこの話し合いのため、周辺支部から精鋭クラスの神機使いが集められ……神楽はその間のアラガミ討伐任務を一手に引き受けると断言し、今もどこかを駆けずり回っているらしい。

 

「出てこないなら出てこないに越したことはないけどなあ……」

「つっても解決にはなってねえぞ。」

「問題はそこね……再出現するとして、最短で何時間とか分かってる?」

「試算はされました。ただ、数時間から数日で再出現が可能である、というところまでしか……」

「なら一時間で考えようか。当該地点まで一時間で行けるのは?」

 

どこの支部からも手が上がらない。現状、ロシア東部にはハイヴはあってもフェンリル支部はない。三時間ならともかく、一時間で辿り着ける神機使いは……

 

「……一応うちは行けるな。神楽か渚なら何とか、ってとこだ。」

「彼女らは最後の手段だろう。いくら半アラガミだと言っても、常時当てにしてはいられない。」

 

こいつらは、アラガミの危険性も、アラガミの強さも、全て知っていてこれが言えている。ルーキーはただ畏怖し、中堅クラスは対応出来ず、ここにいるベテラン連中は危険性を熟知した上で戦力として頼り……その上は、ただただ便利なものとして、あるいは危険物としてしか見ていない。

 

「二時間以内なら……少しはあるか。」

「ええ。私達はその区域ね。」

「こっちもだ。……つっても、俺んとこから人が出せるかは分かんねえ。」

「人数が、ってことか?」

「ベテランクラスが俺しかいねえんだ。出てる間に支部がやられたら……」

 

極東支部は、他の支部に比べて倍以上の神機使いが常駐している。その分アラガミも……言い訳がましいが、他地域の約三倍。人対アラガミの比率は、どこも同じようなものだ。

 

「……ひとまず再出現時には、出動可能な神機使いを第二防衛ライン中央拠点に集結させる。その後、四人体制での小隊に分割し、別々の方向から第一防衛ラインへ。これに関しては変更しない方が良さそうだな。」

「今はそれがベストね。出来ることなら第一防衛ラインに集まりたいけど……」

「敵の攻撃範囲も分かっていない以上、初手から接近するのは危険だ。分かってるだろ?」

「もちろんよ。……ところで、極東支部ではあれとの遭遇経験があると聞いたけど……何か知らないの?」

 

……俺と姉上、それにソーマのことだ。っつってもなあ……

 

「確かに遭遇はしたんだが……正直、俺らも何も分からん。ぎりぎり目視できたくらいだったからな。」

「なるほどね……」

「それでも目視したことがあるのは大きい。大まかでもいいんだ。弱点っぽいところとかなかったか?」

「さっぱりだ。爆風やら何やらのせいで、朧気にしか見えてなかったしなあ……」

 

そしてまた、話は若干進んで振り出しに戻る。二歩進んで一歩下がるようにしながらも実践的かつ実戦的な話へと進んでいけるのは、偏に皆がベテランであるが故なのだろう。

 

「近距離戦はほぼ不可能、だったか?」

「はい。赤い雨……でしたっけ。ジャヴァウォックを中心に降り続いていましたので、おそらく接近することすらままならないと思われます。」

 

八方塞がり、とは、こういうことを言うのだろう。何人かのため息が、何度目かも分からず木霊した。

 

   *

 

死屍累々。極東ほどではないけど、やっぱりアラガミは多い。

ベテラン神機使いがいない、というだけで、この辺りの支部はその機能を停止してしまう。新人だけで戦闘には出せない、そんなところかな。

 

《他にはいる?》

【いない。少なくともこの辺りにはね。】

《そっか。》

 

……そういえば、本当はソーマもこっちに来るはずだったんだっけ。唐突にそれを思い出した。

 

『え?来られない?』

『ああ。さすがに状況がまずいからな。親父と榊が残れっつってきてやがる。』

『……そっか……』

 

一年前、ケイトさんのアラガミ化を止めてしばらく経ってから、報告(主に私の進化について)のため極東に戻ったとき。赤い雨や感応種との戦闘のために、ソーマはアリス追跡の予定メンバーから外れた。その時は渚も残るはずだったんだけど、出発の前日に、本人がお義父さんに掛け合ったのだと言う。

……たぶん、私は寂しいのだろう。本当は一緒にいられたはずなのに、と。

アラガミの力の恐ろしさを、改めて認識させられたから、かもしれない。……あのP63型は、なぜかも分からないけど……怖かった。

 

《はあ……新人でもいいから出してくれないかなあ……》

【無理でしょ。頭も慣習もお堅い偉い人たちなんだし。】

《……言うね。》

【そりゃもちろん。】

 

私のことを信用している支部長やフェンリル幹部は少ない。きっと、いつアラガミ側に回るか分からないから、とか、そんな理由で。私自身にそんな気は毛頭無いのだけれど、人の思考ほど目に見えないものはない。

神機使いは概ね好意的。それでも、懐疑的な視線は常に感じられる。……同時に、一種の恨みに近いものも。

私はそれをよく知っている。大切な人を殺された事への、怒りと悲しみと、発露できない憎しみの感情だ。……つい三年前まで、私が持っていた感情だ。

 

《ある程度見回ったら帰ろっか。そろそろ話し合いも終わるだろうし。》

【だね。】

 

戻ったら、久しぶりにブランデーでも飲むことにしよう。

 

   *

 

何というか、私一人で出来ることなんて高が知れてるなあ、と……久々にそれを感じた。何がきっかけというわけでもなく、ちょっとした発作のように襲いかかってきたような。そのくせ、何かに呼び起こされたような。そういう変わった感覚だった。

こういう時、お酒もコーヒーも、ちょっとした気晴らしにとても良い。もちろんコーヒーの方が好きなんだけど、何かしらで嫌気が差したときは、軽く酔ってしまうのも手のようだ。

……そんなわけで、私は三杯目に手を出している。

 

《飲み過ぎじゃない?》

【平気。】

 

普段からそんなに飲む方でもなく……基本は一杯か二杯で打ち止め。たいしてお酒に強いわけでもないし、何より出来上がった状態で任務には出られないから。

けど、今日はなんだか、しっかり酔いたい気分だった。

 

《……ほろ酔いくらいでやめときなよ。》

【分かってる。】

 

昔、本部に初めて召喚されたとき。偉い人たちの仏頂面の裏に感じた、私への疑念や思惑、勝手な皮算用に、利用価値の品定め。それらをとっとと忘れたくて、ものすごい勢いで呷ったことがある。その時のことをソーマに聞いたところ……泥酔したあげく泣き上戸になって、そのままぐっすり寝ちゃったそうだ。

今でも偉い人達からの目は何一つ変わらず、居心地の悪い日々が続いている……早く全部終わらせて、帰りたい。

 

【そういえば、アリスはどの辺りか分かる?】

《微妙。第一防衛ラインの外、ってくらい。》

【動いてないの?】

《たぶんね。》

 

まあ、アラガミである時点で食べ物には困らないだろうけど……彼女がそこにいる、ということは、ジャヴァウォックが再出現する確率もあると示唆しているわけだ。

 

【……このくらいでやめとこうか。】

《……十分飲み過ぎだと思うけど?》

【うう……】

 

   *

 

「ええい!どいつもこいつも!」

 

……荒れてんなあ……

 

「あの平和ボケしたハゲ面どもが!せいぜい前線に出てからものを言え!」

「お、おーい。姉上?そろそろやめた方が……」

「そう呼ぶなと言ったろうが!」

「てっ!」

 

手近にあったファイルの角で頭を殴ってきた姉上に対し、このところは何も言ってこなかったじゃないかと文句を言い掛け……おそらく三倍になって返って来るであろうその得物を見てやめた。

要するに、状況を理解していない上層部の連中に嫌気が差したらしい。あれらが気にしているのは自分たちの安全であって、ジャヴァウォックに対しての対応やら何やらではなかっただの何だの……本部が襲撃されたら我々はどこに行けばいいとか、現戦力でジャヴァウォックを避難が済むまで留めておけるかとか、そもそも何で倒せないんだとか……現場にいる面々が聞いたら、その会議の出席者の半数が殉職したであろう会話が繰り広げられたそうだ。

 

「あれだけアラガミが少ない場所で!あれだけのんびり平和に過ごしていれば!確かに奴らは安全だろうな!ええい!腹立たしい!」

 

……ウォッカでも買ってきてやろうか。

 

   *

 

「渚少尉。」

「どうかした?」

 

少尉、ってものが、極東の外じゃなかなかの地位を持てるんだなあと実感する。指揮系統の比較的上の方に陣取り、指示を仰がれることもしばしばあり……おそらくだけど、私という個体の信用はこれによるものが大きい。

 

「いえ。定時連絡に。」

「OK。様子は?」

「依然姿見えず。偏食場減衰も先ほどとあまり変わらない速度です。」

「偏食場があること以外異常なしか。分かった。」

 

所詮はアラガミだろう。この声を抑えているのは私の少尉という肩書きだ。神楽は元々神機使いだったし、ソーマも言われなくなるだけの時間、人でいた。

が、困ったことに私は最初から今までアラガミだ。本当に最初の部分はまだ断片的にしか思い出せていないし、何よりその頃は人だったと照明する方法も、そもそもそういう私がいたことを示すものもないのだから。

 

「ジャヴァウォックはいいとして……アリスは?」

「こちらも変わりません。第一防衛ラインの向こう側で止まっています。……あれ、本当に安全なんですか?」

 

そう。この疑念だ。

自分たちを襲ってこないという現状があっても、アラガミであるというただそれだけで、人は安全かどうかを問う。仕方のないことだろう。極東メンバー以外は、私も神楽も全面的には信用できないわけだし。私の場合はそれすら危ういけど。

 

「本格的に異常なし……OK。ありがとう。」

「では、次の定時連絡で。」

 

……下がる彼の目には、明らかに警戒の色が見える。俺を食うんじゃないだろうな。一種の怯えを地盤とした警戒か、はたまた逆か。そこまで推し量ることは、残念ながら出来そうにない。

 

「……まだかかるなあ。」

 

一人ごちてはみたが、空しくなるだけだった。




残り二話はαへ。


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α03.骸

主人公が主人公だけあって、なかなか他と絡ませにくい現状…


 

 

「……と、いうのが今回の作戦の大まかな概要だ。」

 

クジョウ、って人がフライアに来た数日後、ジュリウスさんが全員を集めた。

神機兵無人運用試験の監督及び護衛……神機兵、って、今使われているのは初めて見るかもしれない。プロトタイプだ、ってお義母さんが昔見せてくれたのはあったけど、画像のそれは似ても似つかなかった。

 

「基本は一機に一人なのか?」

「そうだ。α、β、γを結意、δをシエルに護衛してもらいたい。」

「了解しました。」

「分かりました。」

 

護衛、と言うか、半分は監督らしい。ちゃんと動いているかをチェック項目ごとに確認したり、暴走しないか見張ったり。

私の方では連携テスト、シエルさんの方で単独運用テスト、ということらしく、数の差はそこから来ているのだとか。

シエルさんは搭乗経験があるらしいけど……今回は無人試験だし、乗ったりは出来ないかなあ……

 

「ナナ、ギル、ロミオの三人は、各々で担当区域を防衛。演習区域にアラガミを入らせるな。」

「了解だ。」

「はーい。」

「任せとけって。」

 

やっぱり、ジュリウスさんはみんなへの指示が上手い。私もいつか、あんな風に出来るかな……

 

「出発は3時間後。準備を済ませておくように。」

 

   *

 

今のところすこぶる順調……なのかな。

通信を聞く限り、シエルさんの方も問題なく進んでいるらしいし……この調子ならたいしてかからずに終わるだろう。

 

『そっちはどうだ?』

『異常なーし。』

『俺の方も何もない。』

 

あまり格好いいとは言えないけど、性能はいいみたい。演習用ターゲットはすぐに壊せたし、機動性も高い。その内こういうのが主力になるのかなあ……

……そうなったら、私はどうなるんだろう。ジュリウスさんは?みんなは?お義母さんは?

なんとなく、欠点の一つでも見つかってほしい。そんなふうにも思えた。

 

『……あれ?』

 

不意に声があがった。ロミオさんだ。ずいぶん怪訝そうな声だけど……

 

『ロミオ、どうした?』

『いや。なんか変な雲が……』

『方角は?』

『えーっと……南西かな』

 

私もそっちを見てみる。確かに、そこだけ雲の色が違っていた。

 

『……赤い雨か。総員、作戦を一時中断。続きはまた別の機会に行おう。』

 

そのジュリウスさんの発言とどちらが早かっただろうか。

 

「……?」

『神機兵αより、異常な反応を確認!結意さん!気をつけてください!』

 

背中が弾け飛び、ギザギザとした部位が出現した。それだけじゃない。どこか獣みたいな態勢も取っている。

……雰囲気で何となく分かった。何がどうしたのか分からないけど、これはアラガミだ。

 

『隊長!βが機能停止しました!』

『まずいな……ひとまず、三人は帰投しろ。シエルは結意のカバーに向か……』

『何をバカなことを言っている!βが動かないならそれを死守しろ!』

 

誰だっけ。局長?だかが会話に参加してきた。……そこから先を、正直聞く余裕はなかったけど。

 

「っ!」

 

αが攻撃してきたから。

神機使いを相手取ったらこんな感じだろうか。アラガミとしか思えなくなったとはいえ、元が神機使いの戦闘データ。攻撃はとても鋭くて……壊す以外の止め方を思いつかない。その壊す、というのも大変そうだ。

 

「……」

 

一旦距離をとり、銃撃に移行する。追随してあちらもオラクル弾を放つ。

たいした威力にならないことを知っていてか、避ける素振りもなく弾丸と共に突っ込んでくる神機兵。私はと言えばその弾丸を避け、次の一撃をいなして、と、なかなか攻撃に入れない。

 

「?……あ。」

 

気付けば、βとγも同様の変異が発生している。

そこは赤い雨が降る戦場だった。

 

   *

 

「……勝手にしているといい。こちらはこちらの方法でやらせてもらう。」

 

グレム局長の説得を諦め、なおも喚く彼を無視して指示を出しに戻る。

 

「ジュリウス隊長!結意さん、シエルさん両名と通信途絶!周辺区域の反応も取れません!」

「赤い雨は。」

「すでに二人の担当域に入ったものと……」

「……呼びかけを続けてくれ。」

 

……最後に、鼓の息をのむような音と、金属同士が打ち合わされるような音とが聞こえた。神機兵αと交戦中と見て間違いないだろう。

反応からして、シエルの方にも複数のアラガミが向かっていた。βが動けばまだよかったが……

覚悟はしておく必要があるだろう、と、短くはない経験が告げていた。

 

『……た……長……』

 

……幾ばくかの時間の後、シエルから通信が入った。

 

   *

 

雨の音。自分の息づかい。ゆっくりと打つ心臓の音。

自分と屋根にしている神機兵。それから地形。あとは、赤い雲と赤い雨。

今私の周りにあるものは、これで全部。……これが、孤独、というものなのかもしれない。

 

「……私は、死ぬんでしょうか。」

 

今更ながら、なんだかんだで誰かが側にいたのだな、と。それを理解した。ラケル先生、レア先生、ジュリウス。ほとんどはその三人だけだったけど、最近になって他にも……

結意さんは大丈夫だろうか。最後の通信からして、たぶん私より大変な状況。なかなかに最悪の状態のはずだ。

……こちらも、人のことは言えないらしい。

 

「二体……」

 

シユウとボルグ・カムラン。通常種なのがせめてもの救いだけど、赤い雨の中で両方相手に出来るか、と聞かれると自信がない。一方を防ぐ間にもう一方に……というのはよくある話だ。

それどころか、奥の方にも数体見える。全てこちらに向かっているし……絶望的な状況だ。

 

「……動かないでいいですよ。シエルさん。」

「!」

 

……救援が来た。最初はそう思えたけど、お世辞にもそう言えた状況じゃなかった。

あちらこちらに傷を作り、若干覚束ない足取りで赤い雨の中を進んでくる結意さん。救援と呼ぶにはいささか問題がある。

 

「早く屋根があるところへ!それ以上は危険です!」

「大丈夫です……これ以上濡れても、たいして変わりません……」

 

半分に折れた刀身パーツからも、すでにかなりの戦闘を行ったのだと分かる。盾に至っては吹き飛んで……まさか、三体相手に戦ってきたのだろうか。

……そんなことは今はいい。今最善の策は……

結意さんが戦い、少なくともその間私は無事でいること……?

 

「……私は副隊長だから。守らなきゃ……だから命令です。動かないでください。」

 

私の中の何かが、命令という言葉に反応した。従わなければ。……最低だ。

……そんなことを考えている間に、結意さんは一撃でシユウを撃破していた。

腹部でコアごと両断されたそれ。振り抜いた勢いそのまま一回転しながら前進。着地点で突きの態勢を取り、ボルグ・カムランの口めがけて突撃する。

 

「くっ!」

 

……死に際の、といったところだろうか。尻尾の槍が私へ突き出された。

さっきの命令、と言う言葉の圧力で、反応が一瞬遅れていた。間に合わないと思った時点で、私は目をつむる。

 

「……?」

 

いつまでも襲ってこない痛みに目を開けば……結意さんの腹部を槍が貫いていた。

 

「結意さん!」

 

ああ、私にもこういう声が出せたのだな、と。場違いな思考というのは、本当に場違いに起こるものらしい。

悲痛、と言うのが似合う声音に返される。いや。返したわけではなかったのだろう。ただ私に聞こえる声だっただけなのだ。

 

「……おいしそう……」

 

   *

 

「それを報告書に書くかどうか、私に聞きに来たの?」

「はい。結意さんの行動は、ある種アラガミに近しいものがあったと判断しています。ただ平然と報告書にまとめていいものか判断が付かないため、まず先生に報告を、と。」

 

結意に存在するのは、ひとまずの彼女の人格と、アブソルの人格部分。それだけだと思っていたけれど……オラクル細胞自体にも何かあるということかしら。いい発見ね。

 

「いい判断だったわ。と言いたいけれど、理由はそれだけじゃないでしょう?」

「……」

 

沈黙。答えるかと思ったけれど、どうやら本人にも分かっていないようね。とはいえこれで、女王様の兵隊が一人増えたかしら。

 

「結意に黒蛛病は見られなかったわ。神機兵を壊した、ということで処罰は下っているけれど。」

 

シエルの話では、残ったアラガミを素手で倒し、そのコアを食らい尽くした、とか。傷が回復したのもそれが原因ね。

黒蛛病に関してはあの子がかかるはずもないし。行動からして、予想通り。少し前倒しは出来そうだけれど、おおむね計画変更はなしでよさそう。

 

「あの……結意さんは独房に?」

「ええ。面会も可能よ。」

「分かりました。……この件は……」

「報告書にはまとめなくていいわ。局長には私からごまかしを入れておくから。」

「了解。失礼します。」

 

……ええ。ごまかしておくわ。いずれにしろもみ消したもの。




引き続きα。次話でまた一区切り、ですかね。


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α04.人間ごっこ

三話目。本日ラストとなります。


 

人間ごっこ

 

独房から出た日。シエルさんに、私は呼ばれていた。

場所は庭園。そういえば、ジュリウスさんもシエルさんもここが好きなんだっけ。

ギルさんは部屋でビリヤードしてることが多いし、ロミオさんもゲームしてるし、ナナさんはとりあえず何か食べてるし……意外と、自分からここに来ることは珍しい。

 

「……前回の作戦……助けていただき、ありがとうございました。」

 

つきん、と胸が痛んだ。

話はお義母さんから聞いている。というか、私自身も何をしていたか覚えている。あまりにも深手を負ったことによって、体内のオラクル細胞が過剰に動いてしまった結果……と言われたけれど、どうあれ私はアラガミを食べたんだ。普通じゃない。

それを見ていたはずのシエルさんに、ありがとうと言われた。……どういたしまして、と、素直には言えない。

 

「……」

「あのことなら気にしないでください。私の不始末でもあります。」

「?」

「私が動いていればあんなことにはならなかったんです。結意さんの責任ではありません。」

 

……シエルさん、って、こういう人だっけ?

いや。それは今はいい。シエルさんが気にしないでいいと言ってくれたとしても、私は……

 

「どうしても何かで折り合いをつけたい、と言うことであれば、一つ頼みごとが。」

「え?」

 

そこで言葉を切っていた。シエルさんとしては珍しいかもしれない。

長い沈黙の後、彼女はこう言った。

 

「私と……友達になってください!」

 

がばっ、と音がするほどの勢いで頭を下げられ困惑する。私は絶対にどこかがおかしいのに、なぜそんな風に言ってくれるの?

……だけど、同時に嬉しかった。

 

「あ、えと……こ、こちらこそ……です。」

 

かっこつかないなあ、と、先日の発言を思い出しながら笑った。私は副隊長だから……だからって、変に気負うことはなかったんだな、と。

……極東に到着する、ほんの六時間前のことだった。

 

   *

 

「ギル。一つ頼みがあるんだが……」

「わざわざ改まってどうした。ずいぶん重要そうだが。」

 

こいつが俺を呼び止めることは多くない。むしろ珍しい、と言った方が正しいだろう。いずれにしろ、それなり以上に重要な用事なのだろう。

……だとしてなぜ俺に?ロミオはバカだが、ジュリウスにとっては最も長く付き合いのある奴のはずだ。

 

「前に、半人半神の神機使いを探している、と言っていたが……実際にその神機使いとは会ったのか?」

「一応な。あまり話したわけじゃないが。……前も気になったんだが、まさか知らないのか?名前とか。」

「神機使いになる前はそもそもマグノリアの外のことは気にしなかったし、なってからはずっとフライアだ。たいして気にする理由もなかった。」

「なるほどな……その神機使い……神楽さんって言うんだが、さっきも言った通り、一応会ったことはある。半人半神ってのに頷けるくらいには。」

 

腕が神機になるような人だ。確かに、半分神、と言えるだろう。

 

「……なら話は早い。」

「は?」

 

何の話がだ、と聞き返そうかと思って、やめた。こいつの顔はそういうことをテキトウに聞いていい感じじゃない。何か、言ってはいけないことだが、言わなければならない。そんなことについて言う決心を固めようとするかのような……言わばそんな感じだ。

 

「鼓のことだが……おそらく、その神楽と言う神機使いに類似する部分がある。」

「……は?」

 

オウムか。俺は。そう突っ込みたくなるのを必死で堪えつつ、質問していく。というより、問い質していく。

 

「まず言わせてもらうが、あの人と同じだの、似ているだの、ってのはほぼあり得ないはずだ。助けてもらった側で言うのは気が引けるが、さすがにあれで人、と呼ぶのは無理だしな。」

「……一応これを渡しておく。暇な時に見てくれ。」

 

ジュリウスが渡してきたのは、あまり見なくなった紙媒体の資料。表紙だけだと何が書いてあるか分からないようになっている。こういう措置が取られているとすると……何らかの機密か、それに類似するもの、だろう。

 

「聞くが、これを読むことで何かあったりするのか?」

「いや。俺個人が秘匿しているだけだ。心配は要らない。」

「……ますます分からん……」

「読んでもらえれば分かる。……基本的に鼓には、俺かお前で同行するようにする。その理由もそいつで分かるさ。」

「まずは読め、と。了解だ。」

「すまない。」

 

こいつの様子を見るだけで、どこか嫌な予感がしたのは……言うまでもないだろう。

 

   *

 

ジュリウスから受け取った資料に目を通し……俺は途方にくれていた。

結意が……言うなればやらかしていたこと。オラクル細胞を操ったり、アラガミを素手で討伐したり、果てはコアを食らったり……神楽さんでもこんなことはしていなかったはずだ。まあ最後に関しては、ある意味でやっているかもしれないが……

いや。にしたってここまでじゃない。直に食らう、なんてことはしないはずだ。神機越しに毎回食っているのだとしても、さすがにこれは……

或いは、この資料が嘘……それもない。ジュリウスはそんな無意味なことをするタチでもない。

どこかで改竄、もしくは誇張された可能性は?やはりないだろう。ソースは実録やシエル。誇張が発生する部分が思い付かない。

 

「……」

 

救いを求めるように、俺は端末を取った。

長いコール音の後、不意に声が届けられた。かなり懐かしい声だ。

 

「はい。神楽です。」

「ギルバートです。ギルバート・マクレイン。」

「んーと……あ、グラスゴーの?」

「はい。今はフライアですが……」

「……フライア?」

 

疑問符……だが、フライアが分からない、と言った様子じゃない。俺がフライアにいることだろうか?

 

「いろいろありまして……適合するようだったんで、そのまま。」

「ああうん。君に問題がないならいいんだけど……ひとまず、何かあった?」

「何かあったと言うか……何があったか自分でも整理がつかない感じです。」

「?」

 

概略を説明する。結意がひとまず何をしたのか、それに対して、何が起こったのか。

意外にも、神楽さんは驚いた様子がなかった。

 

「んー……うん。状況は分かった。」

「……なんか、驚かないっすね。」

「ソーマにね。ちょっと前に聞いたんだ。フライアに半分アラガミの人がいるかも、って。」

 

そういうことか、と一人納得する。確かにこのオラクル細胞を操った、というとき、ソーマさんはここに来ていた。

 

「まあ、そんなわけです。」

「……何が聞きたい?たぶん、君が疑問に思ってることくらいは答えられる。」

「……何が、ってほど、俺の中でまとまってなくて……一応、結意が本当にそうなのかどうかっていうのと、俺は何をすればいいかっていうのと……そのくらいしか。」

「この段階でそれが考えられるなら、だいたい大丈夫かな。答えはするけど、又聞きだから……本当にそれでいいかどうかは自分で確かめてね?」

「分かってます……っていうか、分かってるつもりです。」

 

……本当に分かっているか?俺は。

考えるだけ無駄にも思うが、一度自問した。残念ながら声は返せない。声が返せない以上、回答なんざ夢のまた夢だろう。

 

「まずその結意、って神機使いの子……ほぼ確定で、アラガミの部分を持ってる。ただ……変異があるわけじゃないんでしょ?」

「今のところは。素手でぶん殴ったりもしてましたけど……」

「……その程度……ううん。これはいいかな。何にしても、その子はいくらかアラガミだと思う。」

 

最初の発言について聞きたい気持ちはあった。ただ、同時にタブーのようにも感じる。

聞いていい範疇じゃないのだ、と。

 

「次に君が何をすればいいか、だけど……結意って子が暴走したら、何をおいてもソーマに連絡すること。フライアより先でいい。」

「それじゃ指揮系統が……」

「……あまりこういうの、好きじゃないけど……これは命令。神楽・シックザール少佐としてのね。この命令は、他の少佐以上から別命を受けない限り、持続するものとします。」

「……了解。なんか、変わりましたね。」

 

二年も前だが……こんな人だったろうか。ずいぶん押すようになったな、と感じる。

 

「いろいろあったから……フライアに関することでもね。」

「こっちに?」

「まだ確証もないし詳しくは言わないけど……ラケル博士には気をつけて。いい?」

「……分かりました。」

 

有無を言わさない、そんな雰囲気。いろいろあったのだと察するには十分だった。

 

「ソーマの連絡先、送っておくね。ソーマには私から伝えておくから。」

「頼みます。それじゃあ。」

「ん。頑張ってね。」

 

何と言うか……どこか、突き放すように話している気がした。突き放さなければいけない、と言いたいかのように。




次回から極東支部と合流の予定…変更する可能性もありますが、おそらくはαとしてまとめるのはしばらくなくなります。
また、少々忙しくなってしまい…今後も投稿ペースが落ちていくことが予想されます。申し訳ありません。
失踪せず、細々続けていく所存です。


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Chapter 3. 啓示
世界で一番危険な保護区


またけっこう空いてしまいました…お待たせして申し訳ありません。
RB編を組み込む、となると、何やかんや変えないといけない部分が多いことに気付き…改めて読み返していたらこんな時期に。
とまあ計画性に問題のある話はさておき、本日は六話投稿です。


 

世界で一番危険な保護区

 

極東支部中央施設へとヘリで移動した私たちを、白髪の人が迎えてくれた。腕輪してないし、白衣っぽいし……科学者なのかな。

 

「久しぶり、になるか。フライア及びブラッド隊、極東支部に到着した。」

「ああ。……初対面の奴もいるな。極東支部クレイドル隊所属のソーマ・シックザール。こんな形だが神機使いだ。」

 

右腕を軽く上げつつ、さも当然のごとくそう言った。腕輪なしで神機って使えたっけ……?

 

「……道中いろいろあったらしいな。」

「?」

 

なぜか私を見ながら言っている。初対面だと思うんだけど……

 

「その辺りの話も含めて、まずは支部長にお会いしたい。いい時間があれば合わせよう。」

「いや。このまま案内する。こちらとしてもいくつかやりたいことがあるしな。」

「了解した。お願いする。」

 

マグノリアとフライア以外に入ったのはいつ以来だろう。幼い頃の記憶はひどく曖昧だ。

いつだかにお義母さんに拾ってもらったのは覚えているけど……それ以前は漠然と嫌だったなあ、と思うだけで、具体的に何があったかは覚えていない。

そうこう考えているうちに支部長室までたどり着き、入るよう促される。

 

「失礼します。」

 

ジュリウスさんを先頭に入り……ソーマさんに似た人と、細い目の人を確認する。

 

「フェンリル極致化技術開発局所属ブラッド隊、極東支部に到着しました。これより当地での任務を開始します。」

「うむ。遠路はるばるご苦労だった。極東支部支部長、ヨハネス・フォン・シックザールだ。」

「ジュリウス・ヴィスコンティ君、だったかな。よろしく頼むよ。まずは……」

「ペイラー。話中だ。」

「そう硬いことを言わないでくれたまえ。僕だってすぐやることがあるんだから。」

 

そう言いながら、ペイラーさんは私を見た。

 

「ちょっと来てくれるかい?ソーマも。」

「分かっている。……心配するな。ちょっとした検査だ。」

 

ジュリウスさんの方を見たけど、私に頷くのみ。元々話が通っていたのかもしれない。

 

「はい……」

 

そのまま、私は上の階へと連れられていった。

 

   *

 

「さて。ひとまず君達に頼みたい仕事に関してだ。」

 

鼓が二人と連れ立って出た後、ヨハネス支部長が切り出した。

 

「無駄に有名なだけあって知っていると思うが、ここ極東は激戦区だ。自慢するわけではないが、他のフェンリル支部とは比較にならないほどのアラガミを抱え、やはり比較にならないような高レベルの神機使いを保有している。最近では赤い雨にも悩まされているが……それ以上に感応種だ。君達に頼みたいこと、というのもこれに関連する。」

「感応種に対する戦力として働いてほしい、と?」

「端的に言えばそうだ。」

 

概ね予想通り……戦力としては若干不十分とも言えるが、感応種に対抗出来る力、というのは大きい。やはりそこを目的としているのだろう。

ソーマの話では極東支部で感応種に対抗出来るのは彼を含め三人。うち二人はユーラシアに行っている。こちらに期待するのも頷ける、というものだ。

 

「感応種への対応。及び非ブラッド神機使いにおける対処法の模索。これらをお願いしたい。」

「前者は了解しましたが、後者に関しては正直難しいかもしれません。一般の神機使いが戦える相手か、と聞かれたら、かなり厳しいものがあります。あの能力を抜きとしても。」

 

個体そのものがあれらは強い。ただの神機使いが対応できるかどうか……というのが、俺個人の感想だった。一人で相対したいとも思わない。

 

「承知の上だ。だから模索でいい。」

「了解。可能な限り遂行します。」

 

やり手だな、と素直に感じた。同時に危険な人だとも。彼が何か企んだとしたら、最後まで気付く自信があまりない。

 

「それともう一つ。これは仕事ではなく指示、が正しいだろう。」

「……」

「鼓結意、だったかな。彼女が任務に出る場合、単独出撃を禁じる。可能な限り君かソーマが同行するように。」

「分かっています。こちらでも、ギルバートにはそう伝えました。」

「彼か。神楽君とは会ったことがあると聞いている。」

 

記憶が正しければ、ソーマはこの支部長の息子。その妻である神楽という神機使いは、彼にとって義理の娘になるのだろう。それを君付けで呼ぶ。つまりは、それほどの実力者であり影響力を持った人物、ということなのだろうか。

いずれにしろ、全面的に信用出来るか、顔を合わせていない今は分からない。

 

「少し前に配属された神機使いが、グラスゴーの出身だったはずだ。もしよかったら会わせるといい。」

「了解。伝えておきます。」

 

仕事はいつまでも山積か。隊長の宿命だな。

 

   *

 

「あの……」

 

戸惑っていた。何にかと言えば、状況に。

 

「いつも通りやっていいよ。成績を付ける訳じゃないからね。」

「いや……ええと……検査じゃ……」

「ああ。こちらとしてもブラッド隊と共同戦線を張ることになる。各々の戦い方は見ておきたい。」

 

連れて来られたのは訓練場。ダミーターゲットが数体配置され、神機を持つ私の方を向いていた。

要するに戦って見せてほしい、ということみたいだけど……

もちろん、ダミーだから怖くはない。危なくなったらちゃんと止めてくれるし、止まってくれるから。困ったのはそこじゃないのだ。

 

「でも……その……」

 

またおかしくなったりしないだろうか。

またアラガミになったりしないだろうか。

また我を忘れて暴れたりしないだろうか。

私の中で渦巻いているのは、そういうどうしようもない不安達。

 

「……心配するな。お前みたいなののプロフェッショナルが二人いる。」

「……?」

「半分アラガミなのは俺も同じだ。まあ、お前がどのレベルかは知らねえが。」

 

……じゃあ、大丈夫なのかな。

私は怯えながら、神機を握りなおした。

 

   *

 

結意の戦闘を見つつ、俺と博士はやっぱりな、と目で会話していた。

彼女の神機は、すでに壊れている。

アーティフィシャルCNSの損壊。リッカに見せたが、修復は難しいそうだ。

だが、俺は形状だけでも直せないか、と頼んでいた。理由は単純だ。

 

「データはこう出たよ。」

「……だろうな。俺も同じだ。」

 

俺の目と、オラクル検知用の機器。どちらも同じ結果を見出している。

形だけ直っている張りぼて神機がオラクル細胞を纏っている、と。

神機の刀身は、その刃にオラクル細胞を展開することで喰い裂いている。通常の刀では全く傷を与えられないアラガミに、有効な手段としてある所以だ。

銃もまた同じ。オラクル細胞を弾として撃ち出すことで、その効果を持つに至っている。

楯の場合、その表面をオラクル細胞で覆うことで、攻撃を喰って防ぐ。つまるところ、全てオラクル細胞を利用しているわけだ。俺、神楽、渚。半神面子は、そもそもオラクル細胞で武器を象るわけだが。

そしてこいつはと言えば。

 

「自分のオラクル、だろうね。」

「ああ。厚くはないが、間違いない。」

 

張りぼての周囲にオラクルの粒子が見える。神機使いまでなら見えもしないような小さな粒だ。

俺が見ているそれと連動して、計器が示すオラクル反応も形を変える。

 

「どう見る。」

「何とも言えないね。データが少ないし、君達と質が異なるのだってある。ある意味で神楽君には近いけどね。」

「あいつのは神機の延長だ。神機ってものを理解し尽くした上で、それを最大限以上に引き出すよう使ってる。だがこいつは……」

「神機を神機として扱う、という意味では変わらないだろう?彼女の場合、ある種の本能でやっているのかもしれないね。」

 

自覚のない力。

困ったことに、それを自覚させる術を俺達は持っていない。

 

「無意識か。」

「あくまで僕の推測さ。とはいえ、もしそうなら由々しき事態と言える。」

「気付かせる方法は?」

「君達の方が詳しいんじゃないかな、と言いたいけど、そうだね。三人とも、最初からアラガミの力については自覚があったし……」

「そういうことだ。あいにく、何も分かってねえ奴の教官は出来ねえぞ。」

 

神楽は、多少なり知識がある状態であの体になった。その時点で一度暴走し、自分の力については痛いほど分かっていたはずだ。

俺は元々そうあるように生まれた。さすがに初めからこうってわけじゃなかったが、アラガミの力ってものについては一定以上の理解があった。

渚でも、俺や神楽のような基盤がなくとも、シオだった時代に培ったものがある。自分を御す方法には長けていたわけだ。

つまり俺達は、最初を知らない。

 

「で、どうする。」

「乱暴なことを言ってしまうと、意識のある状態で暴走するのが一番かもしれないね。あるいは、暴走直後に意識を取り戻すか。」

「要するに暴走させろ、とでも言うつもりか?」

「結論から言えばその通り。君も神楽君も、暴走を経験しつつアラガミの体と折り合いを付けた。違ってはいないだろう?」

「……」

「……心配しなくていいよ。僕だって、意図的に暴走させようとは思わない。むしろ暴走なんてしない方がずっといいからね。」

 

弾丸を作り出して撃つ彼女を見ながら、俺達はそれ以上、言葉を交わすことはなかった。




次話以降、三話分がβとなります。
キリのいいところまで、と考えている方、ご留意ください。


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β01.鉄条網で編まれた梯子

本日二話目。神楽達の方のお話です。


 

鉄条網で編まれた梯子

 

「……なんでよ……」

 

私は、泣いていた。

悲しい。

ううん。怒ってる。

……やっぱり、悲しい。

 

「なんで……ここにいるの……」

《落ち着いて。あの時のあいつじゃないのは分かるでしょ。》

 

なぜ。

 

「分かってる!分かってるけど……!」

《……まずはあいつを倒すのが先。他のことは、それから考えよう?》

 

ねえ、なぜ。

なぜ、インドラがここにいるの。

 

「もう……私を壊さないで!」

 

   *

 

──数時間前──

 

「回収任務、ですか。」

「うむ。ジャヴァウォックの姿は見られないが、あれの細胞が残留している可能性は十分にある。それの回収が任務だそうだ。」

 

ツバキさん経由で受け取ったわけだけど……まあ要するに、私みたいなのに任せるべき任務だ、と判断されたのかもしれない。

 

「状況自体はまともになっているが、まだまだ危険地帯だ。気は抜かないように。」

「了解。……それで……どのくらいの大きさが必要なんですか?」

「なるべく大きなものがいい、とは指示にあるが、無理はしなくていい。あくまで可能な範囲内だ。」

 

赤い雨が降り止み、ジャヴァウォックもいない……とはいえ、何が起こるか分からない。最悪の場合は一人で帰って来られる神機使いを、ということなのだろう。

こういう時は便利に使うんだから……全く。

 

《不満?》

【そりゃあ……うん。】

 

私はアラガミだ。それを、こっちに来てからずいぶん再認識させられたように思う。

他の神機使い達はどこか距離を置いているし、出撃回数もずいぶん少ない。出るとすれば明らかにまともな神機使いに任せられないような事態のみと……半ば捨て駒扱いされているかもしれない。

私は普通の人から見れば恐るべき敵の仲間、なんだろうな。

転移こそ出来ないが、他の面で渚を大きく上回る。自分の力が、今は疎ましい。

 

「分かりました。見つけたら取って来ます。」

「頼んだぞ。」

 

……でも、これは嫌いじゃない。

この力があったから、私はソーマに会えた。極東支部の人に会うことが出来た。

私が押し潰されないでいられる、唯一の理由だ。

 

「……来週、少し暇が出来る。何か奢ろう。」

「……」

 

これほどまでに世界は残酷で、私の周りは温かい。

この世界を、壊されたくはない。

 

「んー……お酒のないところでお願いします。」

「却下だ。」

「ですよね。」

 

   *

 

久々の司令室はずいぶん変な空気だった。

だらけている、と言うわけではないけど、緊張感を感じるわけでもない。まあ当然だろう。

ジャヴァウォックは消滅して久しく、アリスは何もしてこない。私たちがキュウビ追跡にレーダーを借りてもいるけど、うろちょろしてるわ近付きはしないわ、進展は皆無に等しい。

その司令室の椅子の一つに座る。

 

「お疲れ。」

「おう。変わってくれ。」

「面倒。だいたい、私じゃ新人は怖がるでしょ。」

 

リンドウは新人教導。私は私で、中堅以上……あくまでこっちの基準での中堅以上へ、戦術指導をしていた。

そういうことが出来ている理由には、もちろんリンドウからの推薦もある。アラガミの身でも、一応ベテランだから。教官には使えるだろう、と言ってくれたらしい。おかげで妙な経歴ながら、一定の信頼を得るに至った。

なぜ中堅以上か、と言えば、私は実戦的な教え方しか出来ないから、基礎の基礎くらいは出来ていないと困るわけで。新人研修は担当出来ないからだ。

ちなみに……神楽の場合、新人を教えるのが上手い。が、ここでは任されていない。なぜか。

……スパルタだったらしい。というか、一瞬だけど極東基準で動いたらしい。

普通なら、その辺りでミスをするような性格じゃない。……とすれば。

 

「話し方さえ気を付ければ大丈夫だと思うんだがなあ。」

「面倒。」

「だよな。……二人は?」

「神楽に回った任務のブリーフィング。少しは気晴らしになると良いけどね。」

 

神楽自身が、かなり参っている、ということだ。

シオの時に、神楽とは微弱ながら感応現象が何度か起こっていた。まだ断片的にしか思い出せていない内の一部。

……流れ込んできたのは負の感情。

寂しい、悲しい、辛い、苦しい。そういうのに埋め尽くされる中、ソーマや他の極東支部の人間が支えだったようだ。

 

「回収任務ねえ……だいたい、ジャヴァウォックの組織片ならもう手には入ってるんだが。」

「ま、生きてて大きいのも欲しいんでしょ。ちっちゃいのじゃなくてさ。」

「それもそうか。っと……そろそろ開始する。」

「はいはい。偏食場異常なし。ブリーフィング通り、目標はヴァジュラテイル二体。及びザイゴート。数は三。」

 

今、その支えがずいぶん弱い。

ずっと前の……三、あるいは四年前までの彼女なら、それで押し潰されはしなかったろう。病的なまでに自分を殺し、一つの兵器として研ぎ澄ますような時期があったことも、感応現象は伝えてきた。そう、その頃なら、重圧に負けはしなかったはずだ。

だが今の彼女は。細い支柱一本に全体重をかけるような、悲惨なバランスの元で立っている。

さらにタチの悪いことに、神楽はそういう自分を見せないのも上手い。行動の端々から弱っていると予想することは出来ても、どの程度まずいかが分からない。

……ソーマって、その意味じゃすごいな。さすがバカップル。

 

「……板に付いてきたな、お前。」

「ええもう。毎度毎度大立ち回りやらかしてくれる誰かさんのせいでね。オペレーティングくらい上手くもなるでしょうが。」

「はっはっは。誰のことだろうなあ。」

「……殴るよ?神機で。」

「悪い悪い。ったく。昔の姉上を思い出すな。」

「そりゃまあ、基礎叩き込んできたのツバキだし。」

 

こっちに来てから、ツバキはオペレーターの基本を教えてきた。お前も部隊指揮くらいやるかもしれないから、だそうだ。

まあ確かに、向いているかもな、と自分で思う。究極的にはまずいところに行って救援して、すぐ戻るってことも出来るわけだし。

……私の居場所を作ろうとしてくれている。口に出すのは少し恥ずかしいけど、素直に嬉しかった。

 

「じゃ、グッドラック。」

 

このくそったれな世界に祝福を。

 

   *

 

【このくらいなら大丈夫かな?】

《ここまでに見つけた中じゃ一番大きいんじゃない?細胞は死んでるけど。》

【んー……どうしようか。生きてる方がいいよね?】

《そりゃね。でも、かなり難しいと思う。離れて時間が経ちすぎてるから。》

 

ジャヴァウォック出現跡地は、なかなかに妙な様相を呈していた。

例えるなら森。死んだオラクル細胞が、昔の樹海、なんて場所みたいに乱立している。

とはいえそのオラクル細胞はごく薄い膜のようなもので、研究に使うには一目で不十分とわかった。

だから必然的に、探すのは落ちている細胞塊となるが……これがまた難しい。

 

《ん。神楽。九時方向。》

【何が来てる?】

 

絶えずこの地に戻ってきたアラガミが襲ってくるからだ。偏食場や、神機で食らった反応……こう言ってよければ味で判別するしかないくらい、アラガミの死骸で埋め尽くしてしまう。

 

《黒猫と白猫と赤の子猫。》

【……せめて名前で……】

《面倒じゃない?あれ長いし言いにくいし。》

【それは分かるんだけどさあ……】

 

どうもこの辺りはヴァジュラ種やその近縁種が多いらしい。というか、足が速い中で強い部類が、出戻り組ではヴァジュラ種なのだろう。私以外に倒されたアラガミも転がっている。

 

《とりあえず、これだけ持って行ってから倒しておこうか。》

【はいはい。負荷は受け持つ……終わったら休憩してよ?】

《分かってる。》

 

こんな状況だから、私にお鉢が回ってきたんだな、と感じていた。

今、この周辺に。人はいない。

 

   *

 

「アリス接近!距離100、北西!」

 

司令室の空気を俄に張り詰めたものにしたのは、若いオペレーターのその一言だった。

 

「私が行くよ。リンドウ達のオペレーティング、替わって。」

 

立ち上がって転移を使う。そういえば、私はどうやってこれを使っているんだろうな。

行こう、と思うと、自然とどうすればいいかが分かる。不思議な力だ。

 

「……っと。」

 

さっきの言葉を頼りに跳ぶと、ちょうど母さんが視認出来た。

 

「おはよ。そろそろこんにちはかな。」

《そうね。もう十時くらいだから。》

「……どうしたの?」

 

本来なら、母と娘がしばらくぶりに会った、という、話も盛り上がる状況なのだろう。けど悲しいことに、話すような話題も持っていなかった。

 

《……人の元を離れる準備を、した方がいいかもしれない。》




文字数の基準が少し下がったかもしれない…


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β02.瓦解

三話目。…やはり前話と比べると長くなっていますね。これで前と同じくらいなのですが。


 

瓦解

 

「じゃあ、お願いね。」

 

ヘリのパイロットは軽く敬礼して、回収物を運んでいく。少しだけ私の右手を見ながら。

 

「……」

《まあ……物珍しいだろうけど。ああいう目は好きじゃない。》

 

イザナミも不満を漏らす。別に、見ないで、とは言わない。だけど、見られるのもあまり好きじゃない。

 

《……帰りたい?》

【……ちょっとね。】

 

嘘だ。本当は、今すぐ帰ってしまいたい。

羽を広げて、ブースターに火を入れて、最高速度で跳んでいってしまいたい。

……心まで完全にアラガミになれたのなら、どれほど幸せだろう。

 

《……》

【大丈夫。まだ、大丈夫だから。】

 

だから行こう。さっき近付いていたアラガミを倒しに。私の存在意義のために。

 

   *

 

母さんと私は、しばらく黙っていた。

予想していたことではある。けど、失われていて欲しいと思っていたことでもある。

 

「……じゃあ、私はまだシオなんだ。」

 

沈黙を破った。話していないと、押し潰れそうだった。

 

「ねえ、どのくらい保つ?」

《分からない。でも、いつか必ず。》

「地球を食べたくなる、って?」

 

母さんは、その赤い頭を上下に往復させた。頷いたのだ、と分かるまでに数秒かかった辺り、私の頭はぐしゃぐしゃなのだろう。

終末捕喰なんて、私は起こしたくない。

でも、私はまだ特異点だと母さんは言う。

ノヴァなどなくとも、いつか私は、世界を喰らうアラガミになるのだ、と。

 

「……なんか、実感わかない。」

《あなたは、私のお腹の中にいた頃に、アラガミになった。》

「……」

《今だから分かるけれど、どうやら私は、あのジャヴァウォックのオラクル細胞に侵喰されていたのね。気付かぬ内に子供を産んでいたわ。》

 

それは、いつ?私は聞けなかった。

 

《ジャヴァウォックはね、アラガミの母にして、終着点なの。》

「どういうこと?」

《全てのアラガミがジャヴァウォックから始まり、また全てのアラガミがジャヴァウォックになる。》

「……?」

《……いつか分かるわ。》

 

母さんは、どこまで何を知っているのだろう。

たぶん私より、ソーマや神楽より。アラガミだった期間は長い。いったい、何に気付いているのだろう。

……そうじゃない。私が、何かに気付けていないんだ。

 

「私がノヴァになったとしても、それを止めてくれる人がいるんだ。」

 

だからそれに気付くまで、私は私でいる。

 

「だから、私はまだ人と生きる。」

《……》

 

母さんはしばらく黙っていた。私を諭す言葉を見つけようとするかのように。

でも、私は折れない。私はアラガミで特異点だけど、あの時、神楽は私を抱き留めてくれた。シオの人格がなくなった今でもはっきり覚えている。

だから。というわけなのかどうかは判然としないけど、私は私である限り、人の味方で居続ける。

 

《……後悔だけは、しないでね。》

 

そう言って、母さんはどこかへと転移していった。

 

「……」

 

   *

 

どうもおかしいな、と、感じ始めている。

いや、本当は最初から感じていたのだが、たまたまかもしれないと結論を後に回していたのだ。

その後、で感じる。やっぱり、おかしい。

 

《南から二体追加!五十秒後に合流されるよ!》

【OK!】

 

私を囲むように、アラガミのリングが出来ていた。

丸くなるように倒していった覚えはないし、何より無傷のアラガミが、自分の出番を待ちながらリングを作っているのだ。それも私の常射程外から。

別に届かない距離じゃないけど、オラクルの消費が激しくなる。最終的な数が分からない現状だと、無茶は危険だ。

そもそも集まっているアラガミ自体はさほど驚異じゃない。ヴァジュラ種を中心に小型が多数。近接だけで相手取れる。

 

「っ!」

 

手近なオウガテイルを切り結び、足場として奥のヴァジュラへ。リングの一体だ。

 

《右!》

 

イザナミの言う通り、右側にいたピターが雷球を放つ。それを切り裂きながら減速し、地面に降りたところを狙って再度雷球。今度は私ではなく、その前の地面を狙っていた。

私を出さないつもりなんだ、と。何度目か分からない確認を終える。

 

【どう思う?】

《ヴァジュラ種が共同で捕喰する、ってのは珍しくなかったけど……さすがに妙だね。》

【……まっずいなあ……】

 

今、拠点の方にアラガミの大群が現れたりしたら……渚やリンドウさんがしばらくは持ちこたえてくれるだろうけど、こっちと同じくらい出現されたらかなり厳しい。

 

【イザナミ!レンジ解放!】

《さすがに仕方ないね……いくよ!》

 

刀身にオラクルを集中させる。普段は翼に回す分を使って消費を抑え、刀を延長させる形で。

大丈夫。見える範囲は飲み込める。

 

「せえのっ!」

 

人気の実体部分のみが風切りの音を立てながら、そのさらに先にあるオラクルによってリングが薙がれる。上下に分かれたアラガミ達が一拍遅れて崩れ落ちた。

斬ると同時に多少喰らったから、消費は思ったより少ない。もちろん、疲れはしたけど。

……多少喰らったから、かあ。

もしかしたら、自分が思っている以上に辛くなっているのかもしれない。極東支部のみんなと離れていることが、意外なほどに重たく圧し掛かっている。

 

【…戻ろうか。】

《ソーマとでも話したら?ちょっとは気が紛れるでしょ。》

 

イザナミは、こういう時に必ず、私を気遣ってくれる。ソーマと同じ。

……だから、今心配されるのは……ちょっとだけ辛い。

 

【ううん。ソーマに心配かけるわけにもいかないから。アナグラで頑張ってるんだもん。】

《……無茶はしないでよ。》

【分かって……】

 

それは、あまりに唐突だった。

私からほんの数メートル前にある地面が弾け飛ぶ。

私より速い何かがさも隕石であるかのようにして、私の目の前に……そう、笑顔で。笑顔で突っ込んできたと気付いたのは、後ろにいくらか跳んだ後だった。

土煙が晴れるより先に、私はそいつの正体に感付く。

 

「う……そ……」

 

誰が間違えるものか。誰が、自分の弟を間違えるものか。

あの時、倒したはずなのに。怜は私の神機……この右手にいるはずなのに。

 

「……なんでよ……」

 

私は、泣いていた。

悲しい。

ううん。怒ってる。

……やっぱり、悲しい。

 

「なんで……ここにいるの……」

《落ち着いて。あの時のあいつじゃないのは分かるでしょ。》

 

なぜ。

 

「分かってる!分かってるけど……!」

《……まずはあいつを倒すのが先。他のことは、それから考えよう?》

 

ねえ、なぜ。

なぜ、インドラがここにいるの。

 

「もう……私を壊さないで!」

 

気付いた時には、私の足は地面を蹴っていた。

数メートルの間合いが一瞬にして詰められ、私の右手が振り払われる。

 

「くっ……」

 

対してインドラはといえば、少し体を捻って、その肩にある刀で受け流すのみ。

焦るな。今の私なら、こいつにくらい勝てる。

冷静な私がそう諭すけど、その今の私、は、まともに考えている余裕はなかった。

 

「あああああああああっ!」

 

右上段。切返し。引き切り。踏み込んで突き。

相手はその全てを、僅かな動きでいなす。

ここに至ってようやく私は気が付いた。以前戦った個体より、こいつは動きがよくなっている。

あのアラガミを作る厄介な能力がどうなっているかは分からないけど……それでも、ただ相手取るには辛い敵だ。

 

《ああもう!落ち着いてってば!》

「黙ってて!」

 

分かっている。冷静にならなきゃ、こいつには当たらない。さっきのでいくらか体力を使っちゃったから、あまり無理も出来ない。

分かってるけど……

 

「もうやめてよ!父さんも母さんも怜も、ゆっくり眠らせてあげてよ!」

 

怒りなのか悲しみなのか、全く判然としない感情で埋め尽くされていく。

制御が甘くなっているのかもしれない。自然と、オラクルは刀に集まっていた。

 

「これ以上……悪夢なんて見たくない……」

 

……ああ、黒いな。私の神機、こんなに黒かったっけ。

そうか。これが今の私の色なんだ。

人でなくなり、アラガミにもなれず、宙ぶらりんで、とりあえず生きているだけ。

そんな私に、白も青も似合わない。

私は黒でいい。

荒ぶる神になろう。

 

【……イザナミ。】

《全く。やっと落ち着いた?》

【うん。】

 

ごめんね。あなたの安心は、すぐ壊れるかもしれない。

 

「……じゃあ、全力でいこうか。」

 

   *

 

「状況は。」

 

帰投するが早いか、大混乱中の司令室に突っ込んできたリンドウ。帰りのヘリで連絡は受けていたらしい。

 

「悪いニュースともっと悪いニュースと最悪のニュース。ついでによく分からないニュース。どれから聞きたい?」

「そうだなあ……まだマシな方から頼む。」

「OK。悪いニュースは、神楽が本気出してるってこと。それも、たぶんだけどコアの制御が緩い状態でね。」

 

神楽のオラクルは基本的に、白から青辺りで発光する。質量的な使い方より放出的な使い方が多いけど、いずれにしてもその二色で大別されているのだ。

 

「見れば分かるだろうけど、神楽の反応がある地域に黒い靄がかかってるでしょ。望遠だからはっきりしないけどね。」

「三年前のと同じってことか。」

「たぶん。あの時は暴走に近かったけど、今回は一応制御されてるから……まあ、まだマシ。」

「で、次は。」

 

ずいぶん普通に話を進めるね。その言葉を言う暇は、実はあまりない。

 

「ヴァジュラ種が大量発生中。この辺でピタークラスまで相手に出来るの、多くないよ。」

「あー……今戻ったばっかりなんだが……」

「つべこべ言わない。話聞いたらさっさと行きなよ。」

「へいへい。……最悪ってのは?」

 

おそらくだけど、悪い方の二つが重ならなければ、ここまで大混乱にはなっていない。

 

「ジャヴァウォックの偏食場が再確認されてる。」

「本体は?」

「出てない。って言っても、時間の問題かもね。」

 

偏食場が確認された。これはほとんど、そこにアラガミがいるのとイコールだ。

例外は計器の故障か、私や母さんみたいないつの間にか消えているやつ。要するにほぼ有り得ない。

 

「……ついでってのは?」

「これ見て。神楽の辺りで確認されている偏食場。……神楽のはなくしてるからね。」

 

リンドウにモニターの一つを見せる。そこには、二種類のアラガミの照合結果が表示されていた。

 

「……インドラ?」

「記録は漁ったけど、確認されたのは極東だけ。それも三年前の短期間ね。」

「一応そういうのがいたってのは記録で見たが……」

「そのコア、何だったか知ってる?」

「いや。」

 

報告書は読んだけど、隅々までじゃない、ってところらしい。実際、リンドウはあの時エイジスでうろちょろしていたし……インドラも再出現はしなかったから、当然と言えば当然の帰結だろう。

 

「神崎桜鹿博士が作った複合コア、知ってるでしょ。神楽の実の父親の。」

「あー。そいつに関しちゃ俺も調べたなあ。」

「いろいろ省くけど、その複合コアだったんだよ。インドラのコアはね。」

 

嫌な予感がずっとしている。

ここ最近、何かと不安定な状態が続いていた神楽が、そんなものを目にして冷静でいられるだろうか。

……というか、冷静でいられなかったのはすでに分かっている。半暴走状態に陥っている以上、それは明確だ。

問題はその後にある。

 

「救援は?」

「行けると思う?私はまだ死にたくないよ。」

 

半暴走、で収まればまあいい。そこまでなら意図的に引き出せるだろうし、意図的に戻ることも出来る。

ただ、それ以上になったなら、心か体のどちらか。または両方に影響が出るはずだ。

……こっちの騒ぎを、向こうにまで波及させるわけには行かない。

 

「……じゃ、行ってらっしゃい。ノルマ二十ね。」

「へいへい。老体にむち打って参ります。」

 

ツバキが増援の話を付けているけど、正直当てにはならない。

 

「さてと……ちょっと手足になってもらうからね。」

 

私は自分のオラクルを、計器類に流し込んだ。




(さすがに話すネタがあまりありません)


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β03.神の側人

四話目。ここまでで、βが一段落となります。


 

神の側人

 

「第二部隊、北北東よりヴァジュラを中心とする中小アラガミ接近。数七。」

 

機械、というのは、なかなか便利なものだ。もちろん使いこなせれば。

 

「第六部隊β。付近にアラガミの反応なし。αと合流し対処。西、距離1km。」

 

私は正直、扱いが上手い方とは言えない。肘を付いただけで反応するタッチパネルには何度も舌打ちを浴びせたし、無駄な情報が多すぎるスクリーンを幾度となく睨みつけた。

 

「リンドウ。第一部隊の救援に向かって。見えるでしょ。」

 

思い付いた乱暴な方法。その機械を直に操る、というもの。存外何とかなるものだ。

レーダーの探知範囲に介入して、私が把握している情報を叩き込む。

モニターには私が欲しいと思った情報が、欲しいと思った時点で表示されている。

タッチパネルの電源は落とした。そんなものは必要ない。

 

「半径3km外には出させないからね……覚悟してよアラガミ共。」

 

   *

 

「ねえイザナミ!美味しいねこいつ!」

 

さっきまでが嘘みたい。そうか。こんなに強くて憎らしい敵だって、私は簡単に勝てるんだ。

倒せばご飯も手に入る。一石二鳥。にしてもこいつの腕は美味しい。

 

《か……ら……落ち着……》

「何言ってるか聞こえないよ!もっとはっきり言わなきゃさあ!」

 

父さんを愚弄した罰だ。怜を辱めた報いだ。私を壊した償いだ。

何度でも苦しめばいい。最強のアラガミに弄ばれて、ぼろぼろになりながら壊れていくがいい。最期の最期に命乞いをして見せろ。

 

「分かってるかなあ!君が壊したんだよ!私を!だから君もさあ!」

 

コアを取り出さないと倒れないのはよく知っている。だからこそ、私はこいつを倒さない。何回も何十回も何百回も何千回も殺して壊してやる。

私にはそれが出来るんだから。アラガミに堕ちた今、躊躇なんて物は必要ない。

喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰い尽くして。生まれたことを後悔するまで捻り潰してあげる。

 

「ほらほら!まだ終わってないでしょう!」

 

ああ、面白い。

神機が骨を裂く感触が。

拳が装甲を打ち砕く感触が。

喰らい付いた肉の食感が。

なんて心地良いんだろう。ぞぶり、と簡単に歯が通り、口の中に血と肉の味が広がっていく。

幸福感と充足感。

けど、まだ足りない。もっと食べたい。やっぱり、まだこいつは殺せない。

 

「神楽!聞こえてる!?応答して!」

 

……ああ、通信機か。

 

「うるさいよ。ご飯の時は静かにしなくちゃ。」

 

言ってから通信機を投げ捨て、神機で叩き壊す。

こんなに楽しいこと、誰にも邪魔されたくないもの。

私は再度足に力を込め、インドラの鼻っ面へ飛びかかる。体が軽い。これがアラガミだ。私の力だ。

 

「ほらほらあ!首落としちゃうよっ!」

 

紙一重で肩の装甲に防がれた一太刀を滑らせ、耳と頭の一部を切り取る。迷いなく口で捕らえ、咀嚼し……胸の高鳴りをまた感じていく。

足掻かんとばかり吐き出された雷球を切り飛ばして……ああ、なんて楽しいんだろう。そんな風に、ガードを甘くしちゃダメだよ。

 

「あっははは!足なくなっちゃったねえ!さあ、どうするの!?」

 

足。少し大きいな。仕方ない。神機で喰おう。

右前足を失ったインドラは、空気中からオラクル細胞をかき集める。なかなかの速度で生え始めたそれを私は放置し、まだ口を付けていなかったマントに狙いを定めた。

 

「次はそこにしようかなあ……?」

 

舌なめずりしていた私は、妙な音が耳に飛び込んできたのに気付いた。

空から何か降ってくるような音。何だろう。

そう思って上を見上げた頃には、轟音と共に、インドラが倒れていた。

 

「……」

 

インドラを刺し貫くアリスの腕。

一切の無駄なくコアを捉えたそれは、つまり私の食事が行えなくなることを意味していた。

 

《その様子……存外、弱かったということでしょうか。》

「……ねえ、まだ喰い足りないんだけど。」

 

あと一口。ううん。二口。

……やっぱり、もっといっぱい。

 

「足りない分はさあ!君でいいよね!」

 

地を蹴った私は、アリスに辿り着く前に制止していた。

 

《もう何年か前に、これが出来るようだとよかったんですが……》

「……」

 

改めて、私は周囲を見回す。

雷に焼き払われた地平。

幾多のクレーターが穿たれた地表。

土埃と炭化したオラクル細胞が渦を巻く空気。

 

「うぷっ……」

 

喉の奥からこみ上げる血と肉の臭い。

口を抑えた手を滑らせる汗と血液。

それから、真っ黒の神機と、真っ黒の羽根。

 

《正気は戻りましたか?》

「わた……なに……」

 

これは、本当に私がやったこと?

周囲の光景があの日と重なる。家族を失った日。ハイヴごと、その時の全てを失った日。

あの時も、私の手は血にまみれていた。

 

《……娘が心配しています。なるべく早く、帰ってあげてください。》

 

アリスはそう言って、私に背を向ける。

 

《いずれ、自ら消えるべきなのでしょうね。私も、娘も、あなたも、極東の彼も。》

 

   *

 

騒然と、とまでは行かないけど、エントランスは穏やかとは言えない雰囲気に包まれていた。

 

「……ただいま。」

 

帰ってきた神楽の様子のせいだ。

……おおよそ私やリンドウ、ツバキ以外の面々は、インドラの凄まじさを物語る姿、として。インドラへの恐怖心と共に見ているんだろう。周囲で交わされる会話も、そういった類で埋め尽くされている。

結局神楽が戻ってきたのは、周辺のアラガミを掃討し終わってから。疲れた疲れたと口々に言う神機使い達が休むそこへ、彼女は血塗れ埃まみれのボロボロな状態で帰投した。

様子からして、本人が怪我をしている風ではない。

 

「とにかく、シャワー浴びなよ。背中流してあげるから。」

「……うん。」

「リンドウ。ツバキ。報告書は後にしてもらっておいて。」

「分かってるさ。姉上よお。上の面々頼めるか?」

「姉上はよせと言っているだろう。そちらはやっておく。お前は他の各方面に申し入れておけ。」

 

……だけど、私達は気付いている。というより、予想が付いている、だろうか。

今の彼女の様子は、暴走を終えた時のそれだ。

服の破れ方、本人の気持ちの沈み方。そう何度も見たことがあるわけではないにしろ、なかなかに特徴的なのだ。

加えて私は、もう一つ気付けてしまう。

 

「喰ったの?」

 

神楽に割り当てられた部屋に入るなり、私はそう質問した。

 

「……っ……」

「……そう。」

 

彼女の細胞が変質している。上位互換として、ではなく、別の能力を手に入れたような、そんな感じ。

つまり、何かしらを取り込んだ、ということ。

 

「ま、ひとまず流そうか。それじゃ気持ち悪いでしょ。」

 

なんとなく動きが緩慢な彼女を引っ張るようにしてシャワーを浴びさせる。

裸の背中を見ながら、三年前のことを思い出していた。

自分が何なのかも分からず、ただ本能的にアラガミを喰らい、人を避けていたあの頃。

何があったかすら思い出せず、自分の存在に恐れすら感じていたあの頃。

 

『大丈夫。おいで。』

 

私は、神楽が広げてくれた腕に、救われたんだ。

そこに至ってようやく、人の温かさを知った。ようやく、自分の何たるかを理解した。

終末捕喰なんて起こしやしない。私は、人とアラガミが共存出来る世界……もし無理だとするなら、アラガミのいない。そう。私すらいない世界を、人のために実現してみせる。

私は、人に救われたのだから。

 

「……神楽。一個だけ分かってて欲しいんだけど。今いい?」

「……」

 

小さいながらも頷きを確認する。

 

「私は、神楽っていう人間に救われたんだよ。」

 

何も言わない神楽の肩が震えている。意味は、伝わったろうか。

 

「……また、一緒に買い物、行こうか。」

 

彼女が頷いてくれた。そのことに、私はまた少し、救われていた。




渚みたいな妹がいたらなあ…とか思ってしまう今日この頃。
次話より、α(というより極東支部)部分となります。残り二話。


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何にもない日

五話目。極東支部でのお話。
なんというか、可能な限り合わせているのですが、βとの時間差はどうしても出てきますね…


 

何にもない日

 

『神機の修復はおおよそ何とかなっているようだが、どうしても改修は必要だな。しばらく暇になるとは思うが、適当に過ごしていてくれ。』

 

昨日、ソーマさんに言われた言葉。一度も出撃しないって久しぶりだなあ……

そんなことを思いながらナナさんとロミオ先輩を見送って、ちょこっとラウンジを覗いてみる。ここでは昨日、私達の歓迎会を開いてくれた。

 

「驚きましたよ。あれから、ずっとここに?」

 

ギルさんと……誰かが話していた。昨日見たような見てなかったような……

 

「いんや。あちこち転々としてた……お、ブラッドのちびっ子。」

「ちび……」

「ハルさん……」

 

気付かれた、というか、半分呼ばれたようなので、その二人へと近付いてく。

 

「まともに自己紹介はしてないか。真壁ハルオミだ。」

「鼓結意です。」

 

背高いなあ……これなら、私はたしかにちびっ子だ。

そんなちょっぴり的外れなことを考えながら、ギルさんからの説明を聞く。

 

「ハルさんは俺がグラスゴーにいた頃の先輩、っつーか上司だ。一年前に別れたんだが……」

「俺としちゃあ、お前がここに来たことの方が驚きだっての。こちとら……」

 

少し言葉を詰まらせる。その後を、ギルさんが受け取った。

 

「……やっぱり、あいつを追ってるんすか。」

「まあなあ……目撃情報がある度に異動申請して、ここに流れてた。……って、結意ちゃんがついて来れないよな。悪い悪い。」

「あ、いえ……」

「赤いカリギュラ、ってのを一年前に見てな。わけあって追ってる。」

 

データベースの映像を思い返す。カリギュラって、青じゃなかったっけ?だから追っているんだろうか。

 

「それよか、昨日は寝られたかい?環境が変わるとどうって奴もいるからなあ。」

「俺は問題なく。」

「はい。何とか。」

「……さすが……若いな……」

「ハルさん、さては寝付けなかったとか?」

「……」

 

これが哀愁とか言うもの……なのかもしれない。ハルオミさんの様子は、なかなかに残念な人のそれだった。

とはいえ……一年ぶりに会うんだと、昔話とかの邪魔になっちゃうかな。

 

「ええと……それじゃあ、失礼します。昨日あまり見て回れませんでしたから……」

「ああ。のんびりして来い。」

 

極東支部。見て回れるところは、まだまだあるのだ。

 

   *

 

「うん。それはそっち。五番のパーツ持ってきて。」

 

神機保管庫。どうやら整備場も兼ねているらしいそこは、フライアとは比べ物にならないくらい大きい。それだけ神機使いも多いのかな。

 

「あとは装甲治して……あれ。いらっしゃい。ええと……」

 

そこで作業していた一人が声をかけてくれた。油まみれの顔を、同じく油まみれの手袋で拭っている。

 

「あ、鼓結意です。」

「結意ちゃんね。楠リッカ。ここの整備士だよ。」

 

この人、もしかしたらけっこう偉いのかもしれない。他の整備士に指示とか出してるし……

そのリッカさんが見ていたのが、私の神機だと気付く。

 

「私の……」

 

……使ったとき、何かおかしいな、とは気付いていた。

何と言えばいいのだろう。神機そのものの意思、だろうか。そういうものが、一切感じられなかった。

以前は何とはなしに受け取っていたそれがない。意外なほど空虚に感じるものだ。

 

「けっこう損傷は酷かったけどね。何とか直ったよ。」

「……」

 

さっきと言葉の感じが違った。治す、でなく、直す。

やっぱり、この神機は死んでいるのだ。

 

「……死んだ神機は、生き返りますか?」

 

そう聞くと、リッカさんは別段不思議な顔もせず答えた。

 

「さすがに気付かれちゃうか。君の予想通り、この神機はほとんど死んでるんだ。」

「……」

「アーティフィシャルCNSの破損。穏やかに使う分には問題ないけど、無理をすると動かなくなると思う。気を付けてね。」

「……分かりました。」

 

無茶するな、から、無茶できない、に変わっちゃったな。

私が感じたのは、それだけだった。

 

   *

 

出て行く結意ちゃんを見送る。勘がいい子、と言えばそれまで。だけど、おそらくそれだけじゃない。

神楽や渚と同じ……なのだろう。神機の、ひいてはアラガミの声を聞けてしまう。

経験則で聞こえるような気がする私と違って、そもそもで聞こえる。羨ましいな、と素直に思ってしまう。

 

「リッカ。頼んでいた件だが。」

 

ソーマが入ってきた。頼んでいた件。つまりは、結意ちゃんの神機のこと。

 

「一応ね。オラクル伝導効率は極限まで高めてある。……けど、その分じゃじゃ馬になったと思うよ?」

「それは問題ない。ジュリウスの奴に教導を頼んである。」

「それならいいんだけどさ。あ、あともう一つ。」

 

さっきの会話を掻い摘んで話す。ソーマの表情は、大きくは変わらない。

 

「……なるほどな。」

「誤魔化したけど……どうかな。誤魔化し切れたかは分からない。」

 

アラガミであることの危うさ。神機の暴走、とか、神機からの侵喰、とか。そういうものを見てきたから、彼らほどじゃないけど理解しているつもりではある。

だから、あまり彼女に戦って欲しいとは思えなかった。

 

「神機をリミッターにすることは出来るか?」

「試したことないからなあ……それに、実験するには危険すぎるよ。」

「そうか……」

「神楽が帰ってきたら、いくつか模索してみる。アラガミと神機、って面だと、私より上だからね。」

「……たしかに、あいつに勝てる気はしねえな。」

 

苦笑。そういえば、久しぶりに見た気がする。神楽が向こうに行ってからと言うもの、ソーマはどことなく昔に戻っていたから。

話していると、彼の端末が鳴る。着信らしい。

 

「悪い。」

「神楽から?」

「……いや、渚だ。」

 

……彼の表情は、どこか強ばっていた。

 

   *

 

「情報は集まらず……ですか。」

「まあなあ……目撃情報だけはあるんだが、なかなか一所に留まらない。」

 

一年……いや、もう少し経つだろうか。こうしてハルさんと酒を飲むのは久しぶりだ。

 

「ケイトの神機が突き刺さってるってのは確認してるんだ。奴で間違いない。」

「……」

 

奴。

俺が何も出来ず、ケイトさんを今の状態まで追い込んでしまった、奴。

ケイトさんが目を覚ます様子は、まだないという。

 

「ギル……気に病むな。お前のせいじゃないさ。」

「……それでも、あの時俺が何も出来なかったのは事実ですから。神楽さんがいなかったら、ケイトさんを殺すしかなかった。」

「今生きているならそれで十分だろ?無理に戦ってお前が死ぬ方が、あいつにとっても辛い。」

 

返す言葉を見つけられない。謝罪を言う場面でもなく、といって別のことを言える状況でもない。

俺がもっと強かったら……こうはならなかっただろうか。

 

「にしても、どう倒したもんかねえ……」

「……」

 

ケイトさんでろくに歯が立たなかった相手。

神楽さんを見て逃げるだけの判断力もある。

……俺とハルさんだけで勝てる相手ではないだろうことは、容易に想像が付いた。

 

「……副隊長なら……多少はいけるかもしれません。」

「さっきの子か。」

 

ハルさんは顎に手を当てて考えた後、平然と言った。

 

「いいかもな。」

「……意外と軽いっすね。」

「実際、けっこう強いんだろ。見りゃわかる。」

 

経験がものを言う、というのはこういうことなのだろう。この人は昔から、妙に聡いところがある。

 

「ただ、あの子に手伝ってもらうか決めるの、少し後でいいか?」

「いいっすけど……」

「……どうもな、空っぽな感じがするんだ。あの子の強さってのがさ。」

「空っぽ……ですか。」

「何だろうな。パンパンに膨れた風船みたいなんだ。ちょいとつつくと割れそう……少し違うが、まあそんな感じだ。」

 

虚構。

それは、あいつっていう人間を示す言葉なのかもしれなかった。

 

   *

 

任務から戻り、部屋に入って最初に聞いたのは……轟音だった。

おそらくはソーマの部屋から。

 

「ソーマ?大丈夫?」

「……ああ。」

 

彼の部屋……神楽と結ばれてから、修理を行ったその部屋は、壁が見事に抉れていた。

 

「……いや大丈夫じゃないだろ……何かあった?」

「……」

 

しばらく沈黙が続く。

……三年前、最初に会ったときのソーマって、こんな感じだったな。

 

「なあ、コウタ。どうすれば強くなれる。」

「へ?」

「どうすれば、あいつを守れるくらい強くなれる。」

 

うん。どうやら思った以上に重症らしい。俺にこんなことを聞いてくるのがいい証拠だ。

ソーマと俺を比べたら、どう考えたってソーマの方が強い。年季も実力も実績も、当たり前のようにこいつの方が上だ。

でもまあ……そういうことじゃないよな。

 

「全くさあ……昔からそうだけど。」

「……」

「強くなりたいならさ、もっと周りを頼ればいいじゃんか。」

「……頼る、か……」

 

守る、っていうのがどれだけ大変か、第一部隊長になってから嫌と言うほど思い知った。

エリナは突っ込みすぎだわ、エミールは無茶しすぎだわ。何度投げ出したくなったか分からない。というか、今でも投げ出しそうになる。

それでもやっていられるのは、もっとベテランの人達がアドバイスしてくれたり、励ましてくれたりするからだ。

ハルさんはルーキーとの関わり方を教えてくれるし、タツミさんはリーダーとしての立ち回りを見せてくれた。

戦闘の教え方はリンドウさんやツバキさんが叩き込んでくれたし、オペレートの生かし方はヒバリさんが説明してくれた。

しかも、俺が隊長になると決まったとき、神楽が各方面に根回しや下準備をしていてくれたようなのだ。

俺は支えられている。改めて、それを実感したのだ。

 

「おう!俺も頼れよ?」

「ふん。神楽の百分の一でも出来るようになってから言え。」

「え、まだ一パーセント未満っすか……」

「……冗談だ。」

 

期待に応えよう、ではない。

出来ることから、出来うる限りやっていく。

 

「……たまには頼るさ。」

 

……こいつ、何やかんや神楽より素直だよなあ……




次話で本日の投稿、終了です。


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雨の日

六話目(サブタイに捻りがないとか言わない)
極東支部だと、誰視点にするか悩みます。


 

雨の日

 

「……」

「……」

 

極東支部に着いて数日。赤乱雲が観測されているこの日、結意がフライアに来た。

何かあったろうか、と思えば、膝枕してほしい、とか。ホームシックに近いのだろうか。

私としてはある意味好都合で、企みの手を休めるのに異論はなかった。

 

「……んで、どうなってる。」

「ずいぶん焦っているのね。それでどうにかなる問題でもないでしょう?」

「分かっている。だからどうなんだと聞いてんだろうが。」

 

本人は気付いているだろうか。アブソルの意思自体は、結意が暴走する度に明確な物になっていく。

結意からアブソルが見えないのでなく、アブソルの側でその準備が整っていない。私の予測はそこにある。

はっきり言って結意が彼を知覚しないのが最も望ましいのだけれど、したとして大きな影響もない。要するに、私としてはどちらでもいいのだ。

 

「さあ。どうなっているのかしら。」

「ったく……とぼけるな。どうせ予想は付いてんじゃねえのか。」

「確証のない話は好きじゃないもの。」

 

膝の上で安らかに寝息を立てる結意。私の愛しい女王。最後に全てを喰らうのは、あなたとジュリウス、どちらかしら。

 

「だいたい、私よりあなたの方が理解しているでしょう?あなたの体なんだから。」

「支配権はまだそいつだ。……いや、まず一つはっきりさせておく。」

「何かしら?」

「俺はそいつを支配する気なんざない。俺がやるのは、喰わない終末捕喰だ。」

「ふふっ。相変わらず惚れ惚れするような矛盾ね。喰らわずにどう起こすつもりなのかしら。」

「それを模索するためにこいつと話そうってんだ。」

 

喰いたくない、と願うアラガミ。それがなぜかは、彼はなかなか話そうとしない。

もちろん、そんなものは計画に関係などしない。とはいえ興味はある。

聞き出そうとしても無駄なのは分かっているし……らしいものが出てきたらカマでもかけようかしら。

 

「ところで、あんなことをして何をするつもり?」

「……インドラのことか。」

「ええ。あのアラガミのオラクル細胞は三年前に完全に消滅しているはず。再出現したなんて有り得ないでしょう?」

 

どうやったか、は判然としない。それでも彼がやった、というのは分かる。

資料を見る限り、あのインドラとやらのコアは桜鹿理論による複合コア。その原料に、ロシアで採取されていたジャヴァウォックの細胞片が使われていたことは確認している。

ならば簡単なことだろう。アブソルはそのジャヴァウォックのコアの一つなのだから。

 

「……三人、とっとと極東に来させたいのがいる。」

「三人?二人かと思ったのだけれど。」

 

あとの一人も予測は出来る。といっても確証がない。

彼は彼で教えるつもりはなさそうだし、こちらに影響がない限り好きにさせておこう。

 

「それで、その三人で何をするつもり?」

「来てから話す。」

 

……食えないやつ。いずれこいつは、消滅させる方が無難かもしれない。

 

   *

 

赤い雨で外に出られないからか、久しぶりに射撃訓練場でコウタに会った。

 

「よっす。」

「珍しいですね。ここで会うの。」

「あー……確かに。アリサ、忙しいもんな。」

 

寝る間も惜しんで作業しても終わらないサテライト拠点関連の雑務。それさえも、赤い雨の前では一時的な収束を見せてしまう。

彼も彼で、この雨では任務に出られない。

それでもここに来る、ということは、何となく体を動かしていないと気が済まないのだろう。

 

「お互い様です。」

「かもなあ。」

 

赤い雨。感応種。ジャヴァウォック。問題が山積しすぎていて、何から手を着けていいか分からない。

クレイドルとして残っているのはいいけど、リーダー達が大変らしい今、何も出来ないのが歯痒い。

何かすることはないか、と考えて、何もないと結論づけられてしまうことが、どうにも悔しいのだ。

 

「そういえば、エリナちゃん達は?」

「暇持て余してる。訓練場、ブラッドの人達が使ってるみたいでさ。」

「へえ……」

「ほら、例の……血がどうとかって。」

「……血の力です。」

「そうそれ。」

 

感応種に対抗しうる力。幾度となく辛酸を舐めさせられた側からすると、羨ましくもある。

ただ……神楽さん達からのP63因子に関する報告を聞いた身としては、諸手を上げて、とはなかなかいかない。

 

「なんか、もう一人使えるようになったらしくてさ。その訓練中。」

「現状は三名、ですか。」

「かな。隊長と副隊長はここに来る前から使えてたらしいし。」

 

安定していようとも暴走の危険をはらんだ神機使い。

 

「……危ういですね。」

 

懐疑心、とまではいかないものの、全面的に信じていられる力ではない。そう感じていた。

 

   *

 

「……そうか。」

 

渚から、再度連絡を受けていた。

神楽のことだ。

 

「軽度のPTSD、だってさ。しばらく休めば改善はするだろうけど、根治出来るかどうかは分からないって。」

 

戦闘中、必ずと言っていいほど荒れるらしい。

詳しくは言わないが、おそらく発言に関してはいつも通りなのだろう。ただ、アラガミを駆逐すること。それに強く囚われている……なんて辺りだろうと想像が付く。

会敵と同時に滅多切りにしている、とか。端的にはそんなところか。

 

「あいつは何て?」

「血の気ゼロで大丈夫とか言ってるよ。」

「……まあ、だろうな。」

「しばらくは私が励ませるけど、正直その限界も近いと思う。ツバキが極東に戻れないか掛け合ってるとこ。」

 

掛け合う。

少し前なら、そんな必要はなかっただろう。

俺達のような存在を疎ましく思う連中は多く、また手元に置いておきたいと考える奴もいない。あまりに御せずあまりに強大な物など、利用価値がないからだ。

だが今は違う。

ジャヴァウォックの脅威に晒されている、本部を含む欧州各支部からすれば、神楽と渚は極大戦力でしかない。

なくなればこちらが困る。多少荒れた程度で帰してなどいられない。要するにそういうことだ。

 

「……チッ。」

「落ち着きなよ。気持ちは分かるけどさ。」

「……分かってる。」

 

……はっきり言えば、分かろうと思うことすら煩わしい。

だが俺が取り乱すことで何が起こるわけでもない。神楽の耳に入れば、むしろあいつを追い詰めるだろう。

 

「……そっちに行ってやれればいいが、そうもいかなくてな。感応種は元より、赤いカリギュラが接近してやがる。」

「神楽達が戦った奴だっけ?」

「ああ。わけあって知らせてはいねえが。」

「あー……ハルオミ、だっけ。恋人やられたんだって?」

「教えりゃ何もかもかなぐり捨てて行くだろうからな。討伐の必要が出るまでは明かさないように言ってある。」

 

向こうに行ければ。何度考えたか分からない。

感応種さえいなければ、今頃ここにいないだろう。

 

「……もうしばらく頼むぞ。」

「はいはい。全く。君らって夫婦で弱いよね……」

「手厳しいな。」

 

……俺もあいつも、幸せ者だ。

 

   *

 

仕事の少ない保管庫の中、結意ちゃんの神機を見ていた。

 

「……コアの再生と破壊、かあ……」

 

数回のテストを経て、分かったことがある。

アーティフィシャルCNSの傷の位置が毎回変わっていたのだ。

考えられる要因はいくつかあるけど、中でも有力なのが、再生され、破壊された、というもの。

博士から渡されたデータでは、CNSに流れ込むオラクルの流れが確認できる。

治すために流し込んで、むしろ内側から喰い破った。のだろうか。

いずれにしろ、初めて見る光景だった。

 

「うーん……動作は完全に停止してるし……」

 

修復して、喰う。

……喰って、修復する。

逆にすれば、まるで終末捕喰の一ページだ。

地球全体を喰い尽くして、人もアラガミもいない、まっさらな星にする。壊れた地球を治すかのように。

だとして……彼女は、特異点だとでも言うのだろうか?

 

「……やめやめ!帰ってきたら神楽に聞こっと。」




終了。
次の投稿は、赤いカリギュラ関連+アルファくらい…になるでしょうか。

そういえば。この作品のUA数を時折確認したりするのですが、投稿直後に見て下さっている方がとても多いようで…お気に入り登録もして頂いているのでしょうか。感謝の至りです。
亀更新が続きますが…きっと、たぶん、おそらく、次は早めに投稿できるかと。

それでは、また次回お会い出来ることを願っております。


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朱の氷

久々に大きな間は空けずに投稿出来ました。
世の中はポケモンGOで盛り上がっていますが、相変わらずGEやってる。そんな私です。
前回投稿時の予告通り、本日はルフス・カリギュラ戦+α。計六話の投稿となります。


 

朱の氷

 

極東支部に到着して一週間。私の神機の改修も終わって、ここ二日は任務にも出ている。

そんな頃にあって、何人かの神機使いが召集されていた。

コウタさんとハルオミさん、ジュリウスさん。ついでに私。

どうやら討伐部隊の上の方、を集めたようで、なんだか私だけ場違いな感じがする。

 

「過日より、極東支部周辺では赤いカリギュラの目撃報告が相次いでいるのは知っているかい?」

「……」

 

ハルオミさんだけ、その雰囲気が変わった。

……赤いカリギュラ。ギルさんがグラスゴーで遭遇した相手。

 

「実はその偏食場をレーダーが捉えてね。何かしら対応策は考えておこう、と、ソーマと話したんだ。」

「博士ー。カリギュラって赤だったっけ?」

「もちろん違う。だからこそ、注意すべき対象として見ているんだ。」

 

榊博士がモニターに情報を映し出す。一年前の抗戦記録、のようだ。

 

「こりゃ……あの時の……」

「そう。君を始めとする当時のグラスゴーの神機使い。それから、アナグラの神機使いが遭遇した際のデータだよ。」

「お前らの報告と、神楽からの報告を合わせてある。役に立つかは分からねえが、少なくともどういう相手かは確認出来るはずだ。」

「……恩に着る。」

「礼を言うくらいならコアでも回収してこい。意趣返しは結構だが、それもお前の仕事の内だ。」

「……」

 

ずいぶん突き放すように言うソーマさん。怒っている……のだろうか?少なくとも、機嫌が良さそうには見えない。

 

「まあ落ち着きたまえ。赤いカリギュラに関してはヒバリ君にもデータを渡してある。タイミングが合うようなら、彼女から討伐依頼が出されるはずだよ。」

「タイミング……とは?」

「ここ数日、赤い雨が多くなっているからね。無闇に出撃させられないのが現状さ。」

 

赤い雨の中でも、ソーマさんは戦えるらしい。聞いた話では半分アラガミだから、とか……

よく分からないけど、それはつまり、私も戦える、ということなのだろうか。

……もしそうなのだとしたら、やっぱり私はアラガミなのだろうか。

 

「さて。他に質問がないようなら解散としよう。」

 

……私は、どっちなのだろう。

 

   *

 

「ソーマさんのここ数日間……ですか?」

「うん。討伐履歴見られるかな。」

 

リッカさんがこういう頼みごとをしてくるのは珍しくない。神機の状態から気になったり、そもそも本人の様子から、なんてこともある。

とはいえ、ソーマさんの任務歴を見たい、というのは久しぶりだった。

 

「五日前、グボロ・グボロ堕天種1、アイテール1。四日前、赤い雨につき出撃なし。一昨々日、プリティヴィ・マータ2、ヴァジュラテイル5。同日、コンゴウ2、クアドリガ堕天種1。一昨日、赤い雨につき出撃なし。昨日、ボルグ・カムラン堕天種1、スサノオ1。以上です。」

「……本当にそれだけ?実際にはもっと、とかない?」

「最終報告でも同じですけど……何かあったんですか?」

 

もっと多いはずだ、というような口振り。とはいえ、それ以上の記録がないのも確かだ。

 

「それがさ……ソーマの神機、異様に傷が多いんだよ。」

「傷?」

「うん。無茶した傷。前から無理してる傷はあったんだけど、無茶はしてなかったからさ。ちょっと気になって。」

 

確かに、ここ数日のソーマさんには疲れが見えていた。任務自体は特に厳しいものはなかったはずなのに……と感じていた部分もある。それが無茶にも繋がっていたのだろうか。

……だとしたら、何となく分かる気がする。

 

「……神楽さんが離れているから、かもしれませんね。」

「さすが恋人持ち。言うことが違うよ……」

「ちょっ……リッカさん!からかわないで下さい!」

 

全くこの人は……

そう思いつつ、タツミのことを考える自分がいる。定期的に連絡をくれるけど、やっぱり近くにいてくれた方が嬉しい。

 

「うん。でもまあ、それは私も考えたんだ。あの二人と来たら時間があれば引っ付いてたし。」

「そうですね……」

 

ここにいたって、私は一つ思い出す。

ずっと神楽さんから寄せられていたクレイドルの報告書の名義に、いつの間にか渚さんが加わっていたこと。

……前回の報告書……確か三日前。渚さんの名義しかなかったはずだ。

 

「……」

「どうかした?」

「あ、いえ。ちょっと引っかかることはあったんですが……たぶん思い違いです。」

「……?」

 

極東支部は、三年ぶりに困難に直面しているのだ。迂闊に波風は立てられない。

このことはまだ、私の胸にしまっておこう。

 

「まあ、何にせよソーマには注意しておかないと。神機壊さないでよって。」

「……あの二人、さすが夫婦ですね。」

「……うん。夫婦でよくまあ同じ注意をさせてくれるよ。」

 

片方は見事に壊しましたよね、とは、言わないでおいた。

 

   *

 

「赤いカリギュラかあ……なあソーマ、それってほんとにいるの?」

「神楽も見たらしい。いると考えて間違いねえだろ。」

 

ブリーフィングが終われば任務。休みがないのはいつものことだけど、家に帰れないのはなかなか面白くない。

週に一回。せめて二週に一回。……いやまあ、週一回ってのは一度も実現できてないけど……もう少し暇があってもいいのに、と最近思う。

これをもっと厳しくしたスケジュールで、リンドウさんや神楽は動いていたんだなと思うと……いや、比べるのはよそう……

 

「アラガミの色が変わるってのは別に珍しい話じゃねえ。その特性が変わっていようがいまいが、色素さえ取り込んじまえば済むからな。」

「今回のは?」

「報告から考えるなら、おそらくは特性も変わってる。ブレードの伸長が見られたらしい。」

「うへえ……」

 

あれが長くなったのか……旧遠距離型にも盾付けられないかな……

 

「……話は終わりだ。いたぞ。」

 

シユウ種の群を削れ。これが今回の任務だった。

中型以上の群が見つかったのはしばらくぶりだ。元々群を作りやすいコンゴウなんかはともかく、シユウ種はそう多くない。博士は赤い雨の影響だと見ているらしいけど……それ以上は別言語だった。

 

「援護頼む。」

「OK!」

 

その群。目視できる範囲で三体の通常種、一体の堕天種……のようだ。

そこへ、ソーマは平然と突っ込んでいく。

 

「……っておいおい……」

 

手前に射線が通るのはありがたい。といっても、ソーマってここまで無茶なことする奴だったっけ?

……いや、そんなはずはない。飛び込みがちでも無茶はしないのがあいつのスタンス……のはず……

 

「ソーマ!あんま突っ込むなって!」

「問題ない!手前二体は任せる!」

 

視線からして、奥にさらにいるらしい。

 

「……だああもう!調子狂うな!」

 

胴体に狙いを定め乱射する。精度はよくないけど、まずは注意を引くところからだ。

 

「奥は!」

「セクメトと通常種が一体ずつだ!」

 

大きめの群に当たったか、と考える暇はあまりない。バラ捲きで気を引けた堕天種と通常種一体を引き寄せ、いったんその場を離れる。

シユウ種四体。さすがのあいつも、それ以上は骨が折れる。

アンプルからオラクルを補充し、追尾弾で再度狙っていく。……こっちも人のこと言ってられないか。

 

「こういう時は……新型が羨ましいな!」

 

旧型は旧型なりに。いつだかにアリサが言っていた言葉らしい。確かにその通りだ。

その時は悪口として言ったみたいだけど、今考えると、むしろ旧型使いはそうじゃないといけない。なんて思うようになった。

新型に出来ることは新型に任せる。俺は自分に出来ることを最大限にやっていく。たぶん、そういうことだ。

 

「ソーマ!あと三分あればそっちに行ける!大丈夫か!」

 

通信機に投げかける。応答はすぐにあった。

 

「来るな!」

「はあ!?」

 

予想外の言葉。その理由はすぐに分かった。

 

「感応種接近!反応照合結果より、イェン・ツィーと思われます!」

「まじかよ……予想到達時間は!?」

「交戦エリア二つの中間地点、一分後!コウタさんは当該地点から離れてください!」

「こっちは二分かかる!それまで見つかるな!」

「無理はすんなよな!」

 

この群……感応種のせいで集まってたのか?

もしそうだとすると、戦える人数が少ない現状だと非常にまずい。対策マニュアルがあるとはいえ……あくまで逃げられる状態を前提としたもの。使えない場合の方が多い。

……旧型は旧型なりに。つっても、出来ないのは悔しいな。

 

   *

 

感応種の討伐もなんとか済んで、互いに疲れた表情を見せつつヘリを待つ。

 

「……ソーマさ、何かあった?」

「……」

 

会った頃だと、何でもない、とか言っていただろうけど。そう思うと、今のこいつは分かりやすい。

 

「やっぱりか……無茶すると思ったんだよ。」

「そうらしいな。リッカにも言われた。」

「ったくさあ、いちいち一人で抱え込むなよな。話聞くだけなら俺も出来るんだぜ?」

「……ああ。」

 

もちろん、こいつの悩みを解消できるとは言わない。言っちゃ何だけど境遇が違いすぎるし、背負っているものも全く別だ。

だからそれは他の出来る奴に任せる。俺は聞くところまで。

 

「……この間、渚から連絡があった。」

「渚?神楽じゃなくて?」

「ああ。」

「何て?」

「……神楽が、少しまずいらしい。……おい。なんだその顔は。」

「いやあ……仲睦まじいことで……」

「殴るぞ。」

 

拳が当たってから宣言される。

 

「ちょっ!それ殴る前に言う台詞だろ!」

「知るか。」

 

……一応、こいつの限界値は越えていないらしい。わりと冗談になっていないけど、冗談を飛ばせている。

 

「……それで、神楽がまずいって?」

「渚からの口伝えだからな。はっきりとは分からん……先に言っておく。あまり他の奴には話すな。下手に混乱していられる状況じゃねえ。」

「分かってるって。これでも第一部隊の隊長だぞ?」

「……そうだな。」

 

ソーマは言葉を選びつつ話し始めた。又聞きもいいところだから、俺がどこまで正確に理解できたかは分からないけど……あまりよくない状況なのははっきり分かる。

 

「……なるほどなあ……」

「いつか来るかもしれない、とは思っていたが……インドラはあいつには因縁が深すぎる。そうなったのも無理はない。」

「コアの照合とかは?」

「残っていなかったらしい。渚の推測だと、アリスが食らったんだろう、とさ。」

「そっか……」

 

神楽の過去は少しだけ聞いた。インドラとの戦闘の後、自分の体について説明するために……だったと思う。

あいつのコアのこと。家族のこと。まあ、説明自体は要点をまとめていた感じだったから、詳しく知っているわけじゃない。

それでも、神楽にとってのインドラがどういう存在なのか、は何となく分かる。アラガミ化した家族……よりもっと嫌なものかもしれない。

 

「感応種とか赤い雨とか、そういうのがなければ良かったんだけどなあ……」

「いきなり何だ。」

「いや、どっちもなかったらさ、お前も向こう行けるだろ?……って言うか、行きたくて仕方ないんだろ。」

「……」

「今は出来ることやってようぜ。お前がそんなだと、俺が困るからさ。」

「お前の都合で動かすな。ったく……」

 

   *

 

「赤いの?感応種?」

「いや。報告を見る限りそうではない。堕天種に近いと見ていい。」

 

件の赤いカリギュラに関するブリーフィング。ブラッドだけで集まるの、久しぶりかもしれない。

 

「ふーん……」

「一年前こいつと戦ったときは、感応種特有の神機不活化は発生しなかった。目撃証言が頼りだが、おそらく形態も変わっていない。」

「一年の間に進化した可能性は?」

「ほとんどないだろう。あの時点で、形状やら性質やらは固まっていた。」

 

話し手はもっぱらジュリウスさんとギルさん。さすがと言うか……私よりずっと、報告からいろいろなことを見ていた。

私の何倍も長く神機使いとして戦ってきた。つまりはその実績なんだろう。

 

「カリギュラそのものとの交戦記録は多々あるが……ギル。差異はあるか?」

「俺もそこまで戦ったことはないんだが、大きな違いは少ない。ブレードがでかいのと、あとは……速いってとこか。」

「その他は概ね通常種と同じ、と見ていいな?」

「ああ、問題ない。」

 

追い付きたいな、という思いと、追いかけていたいな、という思い。反するようで意外と両立している。

追い越したいと思わないのは……甘えだろうか?

 

「では各自。遭遇した場合に備えておくこと。解散。」

 

ジュリウスさんの号令。これを聞ける、というのが、未だに現実味を帯びていない。

マグノリアにいた頃、ずっと憧れていて。そのジュリウスさんが今すごく近くにいる。

……まるで夢みたいだ。

そう。それを、他の全部と一緒に夢であってほしいって考える自分もいる。私が半分アラガミみたいなものってことも、全部。




赤ギュラ任務の直後に青ギュラ行くと、なんだか被弾率が上がるのは私だけではないはず。


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β04.欲の性

本日二話目。ユーラシア組のお話。


 

欲の性

 

いつぶりになるんだっけか。姉上も混じって飯になった。

神楽の一件があったからだろう。渚含め、上は扱いに慎重にならざるを得なくなったと見える。その煽り……というか恩恵が、俺達にも回ってきたってわけだ。

 

「リンドウ。それ取って。」

「ほれ。」

「あ、ドレッシングじゃなくてソースの方。」

 

こうして見る分には何も人と変わらないのだが……まあ、三年間一緒にいた俺達と違って、そう判断できない面もあるんだろう。

実際、極東の新入りはこいつらとソーマを色眼鏡で見る傾向はある。

それがすぐなくなるのは、単純に周りがそうだから、ってだけなんだな。

 

「んで、神楽。体の方は……」

 

……それでも、時として色眼鏡がかかることは、俺達にもある。

例えば……いつの間にか五人前を平らげていたとき。

 

「?……あ……」

「ああ、いや。食う分にはいいんだが……そんなに食う奴だったか?」

 

食堂、という環境である以上、買えばあるだけ食うことは出来る。配給分しか得られない民間と、神機使いの最大の差とも言えるだろう。

……ただ……さすがに、五人前食う奴はそういない。

 

「まだ完調ではないんだろう。体を治そうとして食欲が高まっただけさ。」

「……」

 

それでもいつもの五倍は食わんだろう……とは、言えない。

 

「……ごめんなさい。もう少し、休んでます。」

「ちょっ。……見てくる。あれで一人にしてられないからね。」

 

席を立った神楽に続いて、渚も出ていく。ここ数日、というか例の一件以来、あの二人はよく一緒にいるようになった。

その流れのまま姉弟水入らず……なら聞こえはいいが。

 

「んで、姉上。」

「そう呼ぶなと。何だ。」

「アナグラに送った神楽の検査結果、もう返ってきたか?」

「詳しいことは直接調べないと何とも言えない、と注釈付きでな。聞くか?」

「まあ、対応するとしたら俺か渚だからなあ。」

 

検査。と言っても、よくある形の検査ではない。

渚がサンプルを取り、基本的なチェックを行った後に極東に送る、という、ある種研究に近いものだった。

それだけ俺達の理解が追い付かない場所にいるってことなんだかな……

 

「インドラの特性については目を通したか?」

「あー……見たにゃ見たが……面倒なとこは頭いいのに任せるわ。」

「少しはまじめに答えろ。ともかく、目は通したようだな。」

「実物見てないもんで。」

「……まあいい。要するに、オラクル細胞一つ一つが、一個体として動く……というようなものらしい。」

 

結合密度を自由に組み替える、か。それを使って近縁種を形作ることも可能らしいが……にわかには信じ難いな。

 

「その分本来の結合密度が高い、とのことだが、どうも似たような現象が見られたそうだ。」

「神楽にか?」

「うむ。」

 

資料を投げて寄越す。博士からのレポートらしい。

 

「オラクル細胞の密度が飛躍的に上昇している……か。」

「あの異常な食欲も、一気に増加したオラクル細胞の維持のためだろう。いずれは落ち着くだろう、とさ。」

「はあ……なかなか参ったな、こりゃ。」

 

アラガミの大量発生の次は食糧難。なんてことになったり……なんとか避けたいところだ。

 

「そういや、結局キュウビのサンプルは?」

「途中で細胞壁が保たなくなったらしい。やむなく廃棄した、とのことだ。」

「また探すしかねえか……ったく。」

 

採取時の検査ですら、妙なものだと分かるサンプルだった。細かく調べて何が出て来るか分かったものじゃないが、それだけに調べるべき対象ではある。

キュウビそのものと戦闘できれば手っ取り早いんだが……あいにく探している場合でもない。

 

「目撃情報が頼りではあるが、一応残留オラクルの目星はついている。いずれ回収に向かってもらうさ。」

「へーへー。ところで、極東帰りの打診は?」

「何とも言えん。神楽の一件で早まるかとも思ったが……」

 

戦力にして最大の敵。それが今の神楽やソーマ、渚への評価だ。

これまでは戦力としてだけ見られていたが、いくらかの暴走を見せつけられれば、最大の敵としての意味も自ずから見える。

手元に置いておきたがる腑抜けどもも、多少は考えを変えるというものだ。

 

「インドラを倒していた、というのがどうもな。」

「ってーと?」

「フェンリル支部最強の極東支部を壊滅寸前に追い込んだアラガミを、一人で対処した。暴走よりそちらを取る阿呆共もいるらしい。」

「……まあ、面と向かって牙剥いたこともないしなあ。」

「そうなれば、こちらは無事では済まんだろうがな。」

 

神楽が諸刃の剣だってのをしっかり分かっているのは、結局のところは極東の人間だけだ、ということなんだろう。

それどころか、一番それを分かっているのが本人ときた。

 

「しばらくは、可能な限り早く戻れるよう陳情していくしかない。心のケアは上司の務めだぞ。」

「上司は俺だけじゃないと思うんですがね。」

「言うな。現場に立てるのはお前だけだろう。」

 

   *

 

さて。私に出来るのは何だろう。

ただ励ます、ってわけにもいかないし、ソーマに頼ってもどうしようもない。

通話で云々、なんてやったら、ホームシック強化版でボロボロになるのも目に見えてるし……と言って根本的な解決はベタベタ夫婦にやらせておくが吉。

 

「入るよー。」

 

予想通り、と言うか何と言うか。神楽はベッドに突っ伏していた。

 

「……いや、食べてすぐ寝てどうすんの。太るよ?」

「……」

 

ずるずると体を起こし、顔を向ける。

……それを見て、私は少し身構えた。

 

「……戦闘中じゃないでしょ。目、ちゃんと覚ましなよ。」

 

金色の目。つまるところ、アラガミ側が強く出ている。

現状では……捕喰欲求。だろうか。何にせよ良い状態とは言い難い。

一気に増えた細胞分補充できれば、また落ち着くとは思うけど……

 

「……おいしそう……」

「神楽!」

「!?」

 

……名前を呼ばれて気付ける程度。アラガミ化までは、まだ行かずに済むかな。

神楽が完全にアラガミ化したとして……どうなるだろうか。私みたいにアラガミへの偏食が向けばいいけど。

場合によっては人に向いたっておかしくない。そうなる前に止めるのも、きっと私の役目だ。

 

「……渚?どうしたの?」

「任務。」

「え?」

「だーから。適当に任務行くよ。」

 

今はまず、この捕喰欲求から何とかするとしよう。

 

   *

 

支部からそれなりに離れた作戦エリア。ヘリは降ろせず車両も通りにくい、とあって、偵察も深くは行っていない地域。

大型種の発見報告と、偏食場解析だけで発行された任務だったけど……どうやら当たりだったらしい。

 

「んーと……あっちか。」

 

到着時点で二体の大型、一体の中型。戦闘の音に引かれてか、追加も入ってきている。

可能な限り大量に食わせる、という目的で考えれば、見事に当たりだ。

 

「……渚。」

「ん?」

「ごめん……離れててくれていいよ。」

 

……始終この調子なのを除けば、順調に進んでもいる。

 

「今の私じゃ、渚を食らうかもしれないから……」

「はいはい。そんなこと言ってられる間は問題ないっての。行くよ。」

 

我ながら強引なのは自覚している。とはいえ神楽が神楽として話せている以上、事実問題はないのだ。

神楽が完全に取り込まれた場合、その意識は絶対に出てこない。

もしそうなった時は……どうだろう。回復手段はあるんだろうか。

自我を完全に失い、かつあのイザナミとかいう人格……うん、まあ人格までもが出てこなかった場合。私もソーマも、それを知らない。

だからこそ、二人は約束しているんだろう。そうなったら必ず止める、って。

……羨ましいな。

私には、それを約束してくれる特別な人はいないんだから。

 

「……神楽。」

「え?」

「私がさ、ノヴァになったら、どうする?」

 

一瞬の沈黙。たぶん、意味を量ろうとしているんだろう。

私としては……どうだろう。何も考えてないかもしれないし、少し前の母さんの言葉が効いてるのかもしれない。

私はまだ、シオだ。

 

「止めるよ。必ず。」

「……もし、ソーマが同時に暴走してたら?」

「……」

 

我ながら意地の悪い質問だ。神楽にとって、ソーマが一番だっていうのは分かっているのに。

……ううん。分かっているからこそ、かな。

分かっているから、でもって、それがちょっと悔しいから、私はこんな質問をしているんだろう。

 

「……ソーマを、優先する。」

 

答えに安心した自分と、少し悲しくて、悔しい自分。

うん。それでいい。成長すらしない歪な私なんかよりずっと、二人は人間なんだから。

私が世界を喰らうとき、せめて一緒に……

 

「その後で、渚も止めてみせる。」

 

……ずるいな、神楽は。

 

「……出来る?」

「ふふっ。ソーマもいるんだもん。出来るよ。」

「……」

 

そうか。ソーマも、私を止めてくれるんだったか。

……つくづく私は幸せ者だ。ついでに馬鹿だ。

 

「……よし。悔しいから後出ししようか。」

「?」

「私も同じだよ。きっと、二人とも止めてみせる。」

 

もし私と同じ境遇になった誰かがいるなら、どうかその人に同じ祝福を。

……なんて、ちょっと格好付けすぎかな。

 

「ってわけで、ちょっとは元気出してよ。極東で焦るのもいるんだから。」

「……」

 

神楽はまた、押し黙る。どうやら今回のはかなり堪えたらしい。

弟のコアで構築されたアラガミ……か。

私に弟とかがいたら、どんな感じだったのかな。

仲良くできたかな。喧嘩ばっかりだったりしたかな。

 

「……まあ、ゆっくりでいいけどね。とりあえずは目下の問題の解決から進めようか。」

 

……いずれにしろ、さ。

家族の記憶が残ってるの、私はどうしても羨ましいよ。




主人公を成長させた弊害=敵を加速度的に強くさせざるを得ない。
ざっと読み直して、それを実感した気がします…


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序列

三話目。何と言うか、ジュリウスとソーマの口調…微妙に被ります。


 

序列

 

「ハルさん。俺だって、この一年で努力してきたつもりです。」

「……」

 

赤いカリギュラを潰しに行く。そう決断……というより、無謀な挑戦をすると、つい一時間ほど前に聞かされた。

半分は俺もそうするつもりだったと言える。ただまあ、立場ってものもあって、さすがに実行には移せなかった。

だからだろう。こいつが突っ込んでってくれるってんなら、それもいいかもしれないとは思う。

 

「……なあ、ギル。」

 

……それでも、こいつにはまだ。俺にだって、一人であれと対峙するには早いのだと理解出来る。

だからヒバリには、緊急性がない限りは隠すように言っておいたわけだが……返ってこいつの決意を固めちまったのかもしれない。

 

「俺も、お前が努力してきたってのを否定するつもりはない。戦績やら何やらでも強くなったのは分かるさ。」

「なら……」

「ただな、それでも足りないってのも分かる。お前が弱いんじゃない。ケイトが強かったからな。」

「……」

「あいつは、あの頃の俺よりスキルは上だったんだぜ?今よりゃ弱いがお前もいたんだ。なのに勝てなかった。」

 

神楽……だったか。極東から来てくれてなかったら、ケイトはギルに介錯されていたことだろう。

そして、俺は何も出来なかった。これも間違いない。

正直なところ、こいつにはもっと何か出来なかったのかって想いもある。もっと頑張ってりゃあ、今頃ケイトと隠居暮らしでも出来たんじゃないかって考えもある。

それが無駄な考えだってことも、十分分かっている。あいつが生きているってだけで奇跡なんだ。

 

「……じゃあ、どうしろって言うんですか。指くわえて見てろって言うんじゃないっすよね。」

「当たり前だろ。……ただ、俺もお前も、まだ力不足だ。どうしてもな。」

 

ケイトがいれば、少しは違ったろうか。

 

「……ブラッドには慣れたか?」

「ええ、まあ。年下の扱いには困りますけど。」

「そーかそーか。一年前の俺の前で言ってみやがれ。」

「……すんません。」

「冗談だ。……そうか。そんならいい。」

 

ブラッドか……

 

「あの副隊長、面白い奴だよな。」

「結意っすか?どっちかって言うと、危なっかしい奴です。」

「そこがだよ。ケイトと似てる。」

 

半分アラガミだ、って聞いて、一瞬神楽のことも頭に浮かんだ。

それがどうだ。落ち着きはないわ、ちっちゃいわ、ろくに似ちゃいない。

……そのくせ、常に思い詰めているとこだけは共通する。そんな奴だ。

なんでケイトに似てるって思ったんだか……

 

「あいつにさ、頼もうかって思うんだ。」

「頼む?」

「……手伝ってくれって。」

「……やめた方がいいっすよ。」

 

ギルがこう言うのは珍しい。いや、赤いカリギュラ関連なら頷けなくはないが……

 

「神楽さんもあいつも、俺は間近で見ることが出来ました。まあ、あいつに関しては直接見たわけじゃないですが。」

「……」

「……あいつは、もっと別のもんです。神楽さんと同じだって見ちゃいけない……」

「ギル。」

 

……薄々感づいてはいた。

あの二人の明確な違い。

……自分を理解しているか否か。

だがそれでも、頼むならあいつしかいない、と。そう感じていた。

 

「お前の、今の仲間、だろ?」

「……」

「前は向けてないけどな、向く努力はしようぜ。」

 

   *

 

ジュリウスさんを除く全員の召集、という、珍しいものがかかった。

なんでも、私の血の力に関するものらしい。予め私だけは説明してもらったけど、他の人の血の力への目覚めを誘発するもの、とか……

その指定時間は五分後。なんだけど……

 

「ロミオとナナは任務からの帰投中。ギルは……何か用事でもあるのでしょうか。」

 

お義母さんが部屋の中で待っている……ものの、五人の召集に対し二人だけで入るのは忍びない。

……と、シエルさんに言われて、扉の前で待つ格好になっている。

 

「……結意さんとこうして二人で話すのは、久しぶりですね。」

「えと……」

 

二人だけでお話。というのに慣れていないせいなのだろうか。こういう時、どう会話したらいいのか分からない。

 

「私はこれまで……いえ、結意さんに助けてもらうまで、命令を至上のものとして生きてきました。マグノリア・コンパスではジュリウスの護衛として。フライアでは神機使いとして。」

 

護衛。それはつまり、私よりジュリウスさんの近くにいた、ということなのだろう。

羨ましいと思ったり、私みたいなのが近くにいるより、ずっといいとも思ったり……

 

「……だというのに、命令違反に私は助けられました。それも自分の身を省みない無謀な方法で。」

「……ごめんなさい……」

「あ、いえ。責めているわけでは……むしろ感謝しているんです。」

 

……私に、感謝される資格なんて、あるんだろうか。

感謝って、私みたいなのに向けられて、いいものなんだろうか。

 

「結意さんのおかげで私は……命令よりも、自分よりも、大切なものに出会えました。」

「……」

「……とても、あたたかい。」

 

シエルさんにとって、私は何なのだろう。

人?アラガミ?

……聞くのは、やっぱり怖い。

 

「あ、二人ともー。」

「おーっす。」

 

二人が帰ってきた……ものの、ギルさんはなかなか来ない。何かあったのだろうか。

 

「あれ?ギルは?」

「不明です。任務に出ているというわけでもありません。」

「んじゃあ、もう入っちゃう?時間過ぎてんでしょ?」

 

半ば無意識に頷いた。

待つのと、お義母さんと会うの。後者を優先したい私がとても強い。

 

「どうしますか?」

「えと……入って待ってても……大丈夫ですよね?」

 

……ブラッドのみんなは、とても大切だって思う。

けど……まだ、それ以上にジュリウスさんとお義母さんが大切だって、そう思っている。

 

   *

 

ブラッドの隊長との任務か。何度か顔は合わせているが、まともに任務に出るのは初めてだったな。

 

「……」

「……」

 

単独でもなしにここまで静か、ってのも、ずいぶん久しぶりだ。

こいつがわざわざ二人だけで任務に連れ出した理由は察しが付いている。おそらく、あの結意とかいう神機使いのことだ。

どこまでどう話したものかは悩むが、少なくとも、聞かれて隠す必要はあまり感じない。

 

「……何か聞きてえんじゃねえのか。」

「申し訳ない。それは確かだ……ただ……」

「何から聞けばいいのか分からないって顔だな。」

「全くその通り、と言わざるを得ない。聞くべきことは分かっているつもりだ。ただ、その順序に悩んでいる。」

 

順序、か。

そんなものがあるなら、神楽も俺も、ここまで苦しむことはなかっただろうな。

 

「……焦るな。お前があいつを追い詰めでもしたら、確実に最悪の状況を招く。」

「理解はしている。」

 

……大まかに言ってしまえばこいつ自身も同じものだ、とは気付いているのだろうか。

聞いてどうなることでもないが、いつまでも聞かずにいられる類でもないように感じられる。一番面倒なやつだ。

 

「帰投まであまり時間もない。聞けねえなら、もう一度まとめてから声をかけろ。」

「……なら、これだけ聞かせてもらいたい。」

「何だ。」

「いい言い方が思い付かないからな。率直に聞く。……暴走させない方法はあるか?」

 

……抑えろ。

こっちが聞きたい。ああそうだ。だが抑えろ。

俺が激昂する意味は、全くない。

 

「……確実な方法はない。」

「曖昧でいい。可能性だけでも、何かないだろうか。」

「二つ、あるにはある。一つは本人で出来ること。もう一つは本人に出来ないことだ。」

「それは?」

「自分の力を自覚すること。信用できる人間が傍にいてやること。あいにく、それ以上の方法を俺は知らねえ。」

 

だめだな。今はあまり、抑えられそうにない。

 

「逆に聞く。アラガミは人の中で、どう生きればいい。」

「……それは……」

「まずは理解しろ。ただの人間どころか、神機使いからも外れちまったんだ。同族以外に本当の意味での理解者もいねえ。」

「……」

「あの結意ってやつも、そこに足を踏み入れた。……結局はそういうことだ。お前は支えになれるかもしれねえが、救いにはなれねえ。」

「……ご忠告感謝する。」

 

……俺だって、神楽の救いになれているか自信はないんだ。




次回よりルフス戦。二話続きます。


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磨耗

四話目。ルフス戦、スタートです。


 

磨耗

 

「赤いカリギュラの反応を検知!海岸地帯に接近中です!付近に数体の小型アラガミも確認!」

 

数は少ないながらも広範囲にばらけて出現していたアラガミ。その対応でそこそこ人が出払っていた極東支部。それを狙うようなタイミングだった。

有事のため、と待機していた私とギルさん。それからハルオミさん。

……二人の雰囲気は正直近付き難いものすらある。

 

「副隊長。」

「あ、えと、準備出来てます。」

「……助かる。」

 

……私は、出撃していいのだろうか。

お義母さんが言っていた。アラガミみたいな事をしでかしたのは、いつも私の意識が途切れていたとき。

赤いカリギュラは話を聞くだけで強そうで、正直、怖かった。

もし赤いカリギュラにやられて、私が意識を失ったら。その時私は何をするのか、想像が全くつかない。

 

「……頼む。力を貸してくれ。」

 

頷く……けど、あまり行きたいとは思えない。

それでも行かなきゃいけない。お義母さんだって、頑張れっていつも励ましてくれるんだから。

不安に無理矢理蓋をして、私はヘリへ向かった。

 

   *

 

「こちらソーマ。赤いカリギュラを確認した。……本気か?」

「もちろんだとも。まあ、危なくなったら動いてくれたまえ。」

 

食えないおっさんだ。そう思いつつも、この判断は正しい。同時になかなか出来ないものでもある。

結意の現状を知る。あわよくば、元グラスゴー組の気分の払拭を狙う。

その安全対策に俺を配置し、基本は動かさない……並の人間なら、即座に俺を動かして事を済ませるはずだ。

素直に認めるのはどことなく腹が立つが、やり手だ。俺自身もそれに助けられている部分が少なからずある。

 

「神楽君がいれば、アラガミ化を抑える、なんて事も出来たろうけど……こればっかりは仕方ないね。」

「フン。あいにく、あいつほど上手くねえんでな。」

「……向こうが心配かい?」

「……」

「安心したまえ。どうしようもなくなったら、無理矢理にでもこっちに帰還させるよ。」

「……本部の弱みでも握ってんじゃねえだろうな?」

 

間が空く。

 

「いいや?そんなもの持っているわけないだろう?」

「……」

 

食えないにも程がある。それでいるからこそ、俺達は極東でまともに過ごせているんだが。

 

「ところで、対象の様子は?」

「数カ所に損傷がある。一年前のだろうが……」

「ふむ。ずいぶん遅いね。」

「……背中に神機が刺さってるな。おそらくはそのせいだ。」

 

装甲の吹き飛んだ新型神機。持ち主はケイト……だったか。

背中に刺さっていることで、回復阻害にでもなっているんだろう。

 

「再確認しよう。彼女、鼓結意のアラガミ化。ないしアラガミとしての割合を推し量ること。これが第一目標だ。」

「最初に言ったが、あまり正確に出来ると思うな。本気を出したならともかく、現状はレーダーにもかからない奴だ。」

「分かっているとも。二点目として、彼女が暴走した場合、確実に制止すること。言いたくはないが、生死も問わない。」

「……おい。まだ何か隠してるだろ。」

「確証がないだけさ。それに、僕じゃなくリッカ君からの推論でね。」

 

何となくではあるが、その推論とやらも察しがつく。結意の偏食場は妙だ。

……いや。考えるのは後でいい。今は何が起こっても問題ないように、体勢を整えているべきだろう。

 

「そろそろ三人が降下するだろう。頼んだよ。」

「ああ。」

 

   *

 

「目標は2ブロック先だ!挟撃する!」

「了解!ハルさん、そっち頼みましたよ!」

 

任務開始時の降下は、実は少しだけ好きだ。

始まる前の張り詰めた空気が一瞬だけ自分だけのものになって、クッションみたいに包んでくれる。

だから、好きなのだ。……宙にいる自分が本当の自分なのだと。そう感じるほどに。

 

「目標発見!」

「こっちはあと二十秒かかる!先に叩け!」

 

データベースとは全く色の違う、真っ赤なカリギュラ。

ギルさんは、なんだかいつもより速かった。

 

「おらあっ!」

 

突き。突き。幾度となく追い詰めるように、鋭い突きが繰り出される。

いつもよりずっと荒々しい攻撃。鬼気迫る、と言うんだろうか。

 

「援護します。」

 

対して、私の心は静かだった。

動き回って攪乱しつつ、後脚を切り結ぶ。斜め後ろから斜め後ろへ。シエルさんに教えてもらったショートの基本戦法。

視界に一瞬入ってすぐ消える。それが、最も機動力を活かせるらしい。

……その基本以外のことを、なるべくしたくない。

 

「ブレードが壊れてる!そっちなら攻撃も薄いはずだ!」

「分かりました。」

 

……怖い。

これまでアラガミと戦ってきて、ほとんど感じたことのないはずの感情を、自分に抱いている。

大丈夫、だよね。暴走なんて、しないよね。

……私はいつか、取り返しの付かないことを、してしまわないよね?

 

「遅れた!ギル!前衛は任せる!」

「了解!」

 

二人は綺麗に連携して攻撃している。たぶん、私に合わせてもくれているだろう。

冷静になろう。冷静に。

私一人の迷いのせいで、失敗するわけにはいかないんだ。

 

「……仕掛けます。」

 

冷静に、相手の弱点を見極めて。私がこの力を使うんだ。

後ろに一歩。大きく踏み出して、突き出す。

 

「っ……」

 

神機の先端から大量のオラクル針が放出されると同時に、体から大きく力が抜ける感覚に襲われる。

赤黒くて禍々しい、私の色。

その針を、カリギュラは大きく飛んで避けた。

 

「来るぞ!構えろ!」

 

私に向かって、ブレードを開いて滑空してこようとしている。避けるのは間に合わない。

盾を開き、真正面から受け止め……

 

「……あ。」

 

弾き飛ばされる。

 

「ギル!援護頼む!」

「了解!」

 

ハルさんが乱射する中、ギルさんが突っ込んでいく。五メートル近く浮遊しながら、妙に静かにその様を見ていた。

二人とも、真剣だ。

仇っていうのもあると思う。けど二人はきっと、神機使いとしての職務を全うするために、本機で戦っている。

……私は、神機使いとして戦えるだろうか。

アラガミだって言われて、なんだかむしろすっきりした自分がいた。ううん。いる。

神機使いじゃなくっても良いのかもなって。私はただの私で良いのかもなって。そう思えたんだと思う。

 

「くそ……近づけねえ……」

「無理するな!隙は作る!」

 

ジュリウスさんに憧れて……お義母さんから神機使いになれるって聞いたときは、すごく嬉しかった。嬉しかったはず。

今は……全部重い。

副隊長であることが、ブラッドであることが、神機使いであることが。

……人であることが。

 

「……」

 

声が聞こえる。これはたぶん、私の声だ。

 

【捨てちゃおう。苦しい想いなんて、したくないよ。】

 

全部アラガミになったなら、きっと心が軽くなる。

 

【わざわざ人でいる必要なんてないんだ。きっとそうだ。アラガミでいられるなら、それでいいんだ。】

 

そうすれば怖いことなんてなくなる。嫌なことだってなくなる。

 

【周りの全部を消しちゃおう。】

 

……この星ごと、喰らい尽くしてしまえ。

 

   *

 

空気が変わった。

 

「博士。そっちで異常は。」

「偏食場が増大している。大丈夫かい?」

「……余裕があるとは言い難いな。」

 

暴走の前兆。外側から、内側から、何度も見せつけられてきた現象だ。これに関して勘違いすることはない。

 

「交戦準備に入る。……最悪、介錯も視野に入れるしかねえ。」

「そうか……いや、君に任せよう。頼んだよ、ソーマ。」

「分かってる。」

 

俺を、俺たちを、殺戮兵器になどしない。

あいつを止めると決意し、あいつに止められると覚悟した。そうまでして人であろうとした以上、同じ力は死力を持って抑えさせてもらう。

業の深いことだとは分かっているつもりだ。同じものでありながら、俺は躊躇なく消そうとしている。

……あいつなら、どうしたか。

おそらく俺より長く助けることを考え、決断したなら俺より早く、介錯に動くだろう。

あるいは、自分を犠牲にするかもしれない。俺に止めてくれと言いながら。

冗談じゃねえ。

 

「……悪いな。」

 

守らせてもらう。あいつも、俺も、あいつが愛する世界も。




次話へ続きます。


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記憶にないこと

五話目。引き続きルフス戦です。


 

記憶にないこと

 

母さんとも違う。神楽とも、ソーマとも違う。といって他のアラガミでもない。何かの気配。

自室でのんびりしていた私を襲ったのは、その気配の持ち主に感覚が直結したかのような、異様な感触だった。

 

「な……に……」

 

張り裂けそうな恨み。砕けそうな悲しみ。それらの隙間を埋める諦めの感情。

これは私のものじゃない。私がこれまでに出会った誰のものでもない。アラガミがこんな複雑な感情に囚われるはずもない。

……周りに二人。それから、アラガミが一体。かなり離れたところに……ソーマ?だろうか。

やっぱり私の感覚じゃない。これはどこの誰とも知らない何かの感覚だ。

その何かに向け、ソーマが殺気を向けている。

半ば無意識の内に、端末を手に取っていた。

 

「こちら極東支部。何かありましたか?渚さん。」

「ソーマに繋いで!早く!」

 

何も分からない。分からないけど。

……分かるはずなんてないけど、この何かは、私が守らなきゃいけないんだ。

 

   *

 

「だめ!殺さないで!」

 

渚から通信が入ったと言われ、取り次がれてコンマ数秒。構えることが出来るはずもなく、耳に怒号が投げ込まれた。

 

「……てめえ……声落とせ……」

「どうでもいい!とにかく攻撃しちゃだめだっての!」

「……暴走寸前の半アラガミのガキだ。手出ししねえでいるなら、間違いなく二人殉職する。」

「暴走してから考えればいいでしょ!」

 

確かにそれを考えなかったわけじゃない。暴走してから抑えても、おそらくは間に合うだろう。

だがそのおそらく、に入らない数パーセント。そいつを見逃したせいで二人死なせたとしたら、俺はただの人殺しだ。

……いや、待て。

 

「おい渚。お前、どこで聞いた。」

「何を!」

「お前に伝えた覚えはねえぞ。なんで半アラガミがいるって知ってんだ。」

 

極東支部外秘。いくつかの事件を隠蔽するに至ったアナグラじゃあ、この指示はなかなか強い。

ギルの奴がそれ以前に伝えたにしろ、その先はリンドウか神楽。二人とも必要なしに口外する性格じゃねえ。

アリスか?いや。それも考えにくい。可能な限り自分を隠しているような奴が、わざわざ伝えに行くとも……

他にあり得るとすれば博士……ぎりぎりリッカもか。こいつらも話を広げる真似はしないだろう。

 

「だいたい、そっからどうやってこっちの状況が分かった。まさか来てるってんじゃ……」

「分かんないよ!」

 

悲鳴にすら近い怒号。

 

「何にも分かんないよ!分かんないけど!」

「……」

「私が守らなきゃいけないんだ!いけなかったんだ!だから!」

「……おい。」

「だから……だから……」

 

……神楽と出会ってから、一つ弱くなったものがある。

あいつが泣き虫だからだろう。どうも、泣いている奴には強く出られない。

 

「……一分待つ。それがリミットだ。」

 

……進んで泣き落としを使う奴じゃねえのが救いか。

 

   *

 

「結意ちゃんは……動けそうにねえか。」

「ハルさん!エリアを変えましょう!」

「……そうだな。何とかして引きつけるぞ!」

「了解!」

 

……声がする。二人とも、まだ戦ってるんだ。

もういいんだよ。私が全部終わらせる。終わらせちゃえば、楽になる。

この星はどんな味がするだろう。石と、土と、木と、水。油と、灰と、火と、炭。獣と、魚と、鳥と、人と、神。

食べたことがない物はどれだけあるんだろう。美味しい物はどれだけあるだろう。

……全部食べたら、最後に私を食べよう。

 

「……?」

 

何か見える……?

瓦礫の山。地平線まで埋め尽くしていそうなほどの、たくさんの廃墟の群。

そのいくつかでは火がくすぶっていて、あちこちから呻き声も聞こえている。

誰か泣いてる。誰だろう。見回しても誰もいなくて、それが自分だと気付く。

 

『逃げて逃げて……全て忘れるの。今日という日はなかったんだって。』

 

誰かの声が思い起こされる。誰なのか全く分からないのに、ただただ懐かしい。

その声が聞こえるのと同時に、他のものも見えてきた。

 

『そして生きて。結意はどうなっても、絶対に結意だから。結意のままだから。』

 

私のすぐ前で血を流しながら倒れている、女の子。さっきの声はこの子から発せられたのだろうか。

私はその子を揺すりながら、泣いていた。

 

『お姉ちゃんは絶対、忘れないから。』

 

あまりに朧気で顔すら分からないのに、なぜだろう。懐かしくて、悲しくて、寂しい。

か細くなっていく呼吸が、心を締め付ける。

 

『あはは……泣かないでよ。大丈夫。きっと世界は、そんなに苦しいものじゃないから。』

 

あなたは誰?私のことを知っているの?お姉ちゃんってどういうこと?

聞きたいことばかりなのに、口が動くことはない。

 

『……だから、生きて。約束だよ。結意。』

 

……守らなくちゃいけない。誰だかなんて分からないけど、大切な人との約束なんだ。

世界を食い尽くすなんて馬鹿なこと言ってられない。生き延びる。生き延びてやる。この誰かに会って、全部問いただすんだ。

私は誰って。あなたは誰って。

この命が続く限り、いつか絶対に。

 

「くそっ……さっさと来い!」

「ったく。あん時といい今といい、女に恨みでもあんのかね……フェロモン使うぞ!カバー頼む!」

 

二人は戦っている。私だけ戦わないなんて、そんなのだめだ。

ほら。ブレードが迫っている。

 

「……集まって。」

 

……不思議な感覚だ。何が出来るか分からないのに、何をどうすべきか、頭に浮かんでくる。

持ち上げた神機の先端を中心に、オラクルの壁が作られた。ブレードが当たる衝撃を肌で感じながら、接触面を喰らっていく。

 

「……大丈夫。まだ戦えます。」

 

静かな鼓動が聞こえる。体は熱くなっているのに、頭の中はとてもクリアに、ひんやりしている。

 

「副隊長!無理はするなよ!」

「……名前で呼んで下さい。私は、鼓結意ですから。」

 

幾度となくジュリウスさんに言いたいと思った言葉。最初にギルさんに言うことになるとは、あまり思っていなかった。

そうだ。私は鼓結意。アラガミなんかじゃない。結意は結意だ。誰かが忘れないでいてくれる、結意だ。

 

「前衛替わります。援護を。」

 

足に触れる地面が愛おしい。あの人が愛していたであろうこの地面。

それをしっかり踏み締めて、神機を横に薙ぐ。刃が届く距離でなくたって、届かせてみせる。

切っ先から溢れ出た何本かのオラクルがカリギュラの胴体を貫いた。これが私の力。これが私自身。

よろめくカリギュラの懐に入って、さっきのオラクルの余韻に包まれる神機で連撃を加える。

 

「気をつけろ!そこはそいつの間合いだぞ!」

 

後ろではハルさんとギルさんが十字砲火を浴びせていて……そうか。私は私で、しかも一人でもないんだ。

呻きながら、カリギュラは私に攻撃してきた。真下にいる相手の方が攻撃しやすいんだろう。

神機を地面に突き刺して足場にし、そのまま跳び上がる。振り抜かれた腕はその神機に当たって止まった。

……おいで。私のオラクル。

 

「動きを止めます。前衛、替わって下さい。」

 

突き刺さった神機から出て潜行したオラクルの針が、地面から生えるように突き刺さり、貫通する。

……上からだとよく分かる、カリギュラの背に刺さった神機。白と薄桃の、綺麗なの。

それを掴み、引き抜いた。

 

「よせ!止まってるか分からねえ!」

「……大丈夫です。」

 

声が聞こえる。知らない女の人の声。

誰かを守ろうって、ずっと頑張っていた人の声。

 

「動いて。最後の仕事だよ。」

 

オラクルを注ぎ込んで、半ば無理矢理起動する。綺麗な金色だったCNSが真紅に輝いて、私の声に答えてくれる。

そういえば、今までに出したオラクルも真紅だ。黒なんかじゃない、私の色。

その真紅を神機で拾い上げて、引っ張る。つり上がるようにして頭を上げたカリギュラ。

私はオラクルを後方の地面に投げ飛ばして、神機を背中へ突き入れる。傷口を深くするように。

 

「結意!離れろ!」

 

下から聞こえた声。ギルさんの声。

背中に立つ神機をさらに蹴り入れ、足場にしながら斜めに跳躍する。

 

「届けえええ!」

 

黒と紫のスピアが、赤いオラクルを纏いながらコアを正確に貫いて……カリギュラは倒れ伏した。

 

「……終わったな。ギル。」

「……はい。」

 

手を叩き合う二人。

私はといえば、オラクルを解除して……そのまま視界は、真っ黒に染まっていった。

 

   *

 

「その結果がこれ、と。」

「ああ。もちろん確証はないが、可能性は高い。」

 

ケイト。神楽達が一年前に会ったんだっけ。

……この仕事もベテランだと思ったんだけどな……さすがにこれは初めてだ。

 

「侵喰率は?」

「約-20%。……変な言い方だけど、たぶんそう言うのが正しいと思う。」

 

マイナス。うん、確かにマイナスなんだ。

本来侵喰する側が、侵喰されたんだから。

 

「……一応聞いておくが、神機が侵喰された前例はあるか?」

「二つの例外を除けばない、かな。」

「例外?」

「一つは侵喰じゃなく、融合したケース。神楽の神機ね。」

「……融合か。」

「うん。神機を自分の体の一部にした、だから。有り体に言えば侵喰だけど、ちょっと意味合いがずれるからそう呼んでる。吸収とも違うしね。」

 

神機には偏食因子が多く使われている。アラガミに捕喰されにくいのはそのせいだし、だからこそこうして、一年もの間突き刺さったまま保持されていた。

つまり、いやつまるまでもなく、これは異常なのだ。神機を好んで喰らうスサノオだって、偏食因子部分だけは食べられない。だから破片が出てくる。

 

「もう一つは君だけど……自覚ある?」

「……なかった、な。言われて納得はできる。」

「よろしい。君の神機の場合、侵喰されたと言うよりは……取り込んで変異した。かな。」

「取り込んだ?」

「言い方はいろいろありそうだけどね。神機使いの偏食因子もオラクル細胞に変わりはないから、ほんの少しの変異は起こすんだよ。それを神機側で調整するか、神機に調整されるか。ってわけ。」

 

さらなる例外は渚。まあ、そもそも自分の細胞を変形させているわけだから……これはカリギュラのブレードだとか、ヴィーナスの攻撃器官だとかに近い。

 

「……結意の検査は念入りに行っておく。」

「私の勘だけど、何もないんじゃないかな。侵喰した側だし……」

 

そう、それからもう一つ。

 

「ところでさ、ソーマ。」

「何だ。」

「……なんで被侵喰部からノヴァの細胞が出たのかって、分かる?」

 

   *

 

赤いカリギュラが倒れたのを境に、視覚は元に戻った。

二人分の音と光と匂いと感触と、加えて感情をも処理していた脳味噌は、とっくにオーバーヒート気味になっている。

 

「……っはあ……」

 

全身から力が抜け、ベッドに俯せに倒れ込んでようやく、自分の顔が濡れていることに気付く。

目の感じからして泣いていたということだろうか。よく分からないけど、何かしら私の心に訴えかける物があったのかもしれない。

……あるいは、記憶に。

 

「……おい。渚。」

「分かってる……私の勝ちだね。」

「勝ちも何もねえだろ。……運が良かっただけだ。」

「……それも、分かってる。」

 

そう。破滅的なまでに運が良かった。それはつまり、次もこう上手く行くことなんてない。そういうこと。

 

「……結意って、誰?」

「少し前にアナグラに着いたブラッドの副隊長だ。俺たちと同じ類のな。」

「……そっか。」

 

……極東に帰りたい。何でかなんて分からなくても、私はあの子を守らなくちゃいけない。

 

「ソーマ。一つ頼みごと。」

「何だ。」

「……私が帰るまで、その子を死なせないで。」

「……約束は出来ねえ。相手が誰だったとしても、止められなくなったなら必ず終わらせる。お互いにその覚悟があるから、俺も神楽もお前も、人に混じっていられるんだろうが。」

「分かってる。……だから、出来るだけでもいいんだ。」

 

絶対に守るのは、私の役目だから。




オリキャラで一番気に入っているの、渚だったりします。


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待つ人々

六話目。本日最後の投稿です。


 

待つ人々

 

「……」

 

目が覚めたとき、またか、って思った。

病室の風景とか空気とかっていうのは、フライアと極東支部とであまり変わらないみたい。

いつもと違うのは誰もいないってことだけど……ううん。誰かがいることの方が珍しいんだろう。みんな、私が寝ていても任務があるんだから。

とはいえある意味で好都合。あの人が誰なのか、考える時間もほしかった。

……そういえばどうして、半分アラガミになったんだっけ……

 

「……あれ?」

 

……心当たりが一つもない。

違う。心当たりがないんじゃなくて、記憶が全くない。

気付いたらお義母さんがいて、いつの間にかジュリウスさんと会っていて……それは全て、この三年間のこと。

……じゃあ何で、お義母さんが義母だって、分かってるの?

 

「……聞くこと、増えちゃった……」

 

早く会いたいな。どこにいるんだろう。

……死んじゃってる、とは、あまり思いたくない。私を覚えていてくれる人がいないのは、寂しいから。

 

   *

 

サテライト拠点巡回、なんていうなかなか大変な仕事にも、徐々に慣れてきた。多くの人の協力もあって、軌道に乗り始めたことも理由の一つかもしれない。

問題は山積。やることしかない。それでも、自分に出来ることを続けていられるのは、気が紛れる。

感応種に対して何も出来ないことが、あまりに歯痒いから。

 

「アリサさん。これ、頼まれていた資料。」

 

ユノさんも各サテライトを回りつつ、こうして手を貸してくれる。

彼女もいつだかに言っていたっけ。歌うことで役に立てるなら、歌うのが私の仕事なんです、って。

 

「ありがとうございます。……やっぱり、西の方は遅れ気味ですか。アナグラにかけあってみます。」

「支部から遠い場所ほど、物資がアラガミに襲われやすいって。一番足りないのは医療物資みたい。」

「装甲壁のリソースとどちらを優先するか悩み所ですね……」

 

輸送車も人員も、割く数には限界がある。人員はまだサテライト側から融通が利かせられるとはいえ、時として護衛が必要な場合もあるし、何より一般人をあまり危険に晒すわけにもいかない。

燃料も赤い雨によるオラクル資源の回収不足から、正直極東支部だけでカツカツな状態が続いている。運用したくても出来ないのが現状だ。

 

「赤い雨の被害はどうですか?」

「シェルターを最優先で作ったから、そこまで大きくないよ。……数で見れば、なんだけど……」

「治療が間に合わない、と……やはり、医療物資を優先させましょう。装甲壁がどうにか出来るまでは、私達で対応します。」

 

芦原さん達は、こういうことをずっと続けてきたんだな。なんて、今更過ぎる感想を持つ。

何も出来ない中で出来ることを見出し、ギリギリにギリギリを重ねて生きてきたんだ。

 

「……大丈夫?疲れてるんじゃない?」

「このくらい平気です。そもそも、私が動かなきゃどうにもなりませんから。」

「ならいいんだけど……」

 

平気じゃなくちゃいけない。神楽さん達はユーラシアを駆け回っていて、ソーマは感応種の対応に追われている。

コウタも第一部隊長として頑張っているし、防衛班だってサテライト拠点をいくつも掛け持ちしている。

他の神機使いだって、暇な人は一人としていない。私だけ休もうなんて許されないんだ。

 

「あ、そうそう。今度アナグラに行くんだ。」

「そうなんですか?」

「うん。ネモス・ディアナからの定期報告ついで。ブラッドも来てるっていうから、挨拶してこいって。」

 

ついで、と本人は言っているけど、事実上の親善大使のようなものと考えていいのだろう。

極東支部へは、引き続き支援を行うこと。ブラッドへは、駐屯中の救援受諾要請。ユノさんの立場はそのくらい強固な物になっている。

ネモス・ディアナ総統の娘にして、世界に名を知られた歌姫。

本人が考えている以上に、その発言力は強いんだけど……

 

「それじゃあ、私が護衛に付きますね。」

「え?でも、こっちのこともあるし……」

「天下の芦原ユノに雑な護衛をつけた、なんて知れたら、アナグラの立場がありません。」

「そんな立派なものじゃないのに……」

「そうですね。本物は勝手に孤児院を回って、私達に大騒ぎさせるのが趣味ですし。」

「う……あれはその……」

「冗談です。向こうへはいつ?」

「えっと……一週間後。」

 

……立場だけ考えたなら、もはや天上人にすら近いユノさん。

私はどうも、いろいろなものに置いていかれている。そんな気がしていた。

 

   *

 

「悲願の達成を祝って、っと。」

「ケイトさんの回復を願って。」

「お、それいいなあ。俺もそうしとくか。」

「両方でいいんじゃないすか?」

「そうだな……んじゃま、乾杯。」

「乾杯。」

 

結意が病室にいる中、俺とハルさんは酒を飲み交わしていた。復帰を待つか話し合ったものの、悲願達成当日に飲みたい、と意見が合致した。

あいつが復帰したら、また飲み直すとしよう。と言っても飲むのは俺とハルさんだけだろうが。

 

「こっちが落ち着いたら、二人で見舞いに行くか。」

「そうっすね……結局、同じタイミングで行ったこともないですし。」

「お互い会い辛かったからなあ……」

 

大半の神機使いが床に入った後のラウンジ。さすがに、年齢的には思いっきり子供のムツミがいるはずもない。

本来なら入ることも難しいであろうこの時間のラウンジを使えるのは、ヒバリのおかげだった。

 

「さすがに、夜通し飲む、なんてことはしないで下さいね?」

「しないしない。飲もうと思えば飲めるけどな。」

「無理言ってますし、長居せず戻ります。」

 

飲んでいるのも、彼女が作ったカクテルだ。意外と言えば意外。ただまあ、なんとなく納得出来る。

甘みの中に仄かな酸味を利かせた、独特な味わい。舌触りが柔らかいこともあって、疲れが取れていく。

 

「こう見えてな、飲み物類はめっぽう強いんだぞ。」

「仕事柄、外には出ませんから。コーヒーとかカクテルとか、そういうのばっかり得意になっちゃって……」

「整備班の連中もいろいろ上手かったりするからなあ……仲良くしとけよ?」

「飲み物目当てっすか……」

「食い物もある。リッカのカレーとか。」

 

……そういえば、久しくこういう空気には触れてこなかったと改めて実感する。

グラスゴーにいた頃は、三人でよく談笑していたってのに……

 

「神機使いでも得意な方はいらっしゃるんですよ?エミールさんは紅茶。今はいませんが、神楽さんはコーヒーが。」

「カノンも菓子作らせたらダントツだしなあ。食事って面じゃムツミちゃんがいるし……あの歳でよくやる。」

「単純なスキル面では神楽さんの方が上手ですけど、食材の節約だとかに秀でてますから。あの子が来てくれてから、ここの食糧事情ってずいぶんよくなったんですよ?」

「他の支部と比べても、飲食物には味も量も困らない……ここって最前線だよな?」

「……みんな、どうしても不安なんです。」

 

少し暗い口振り。何がどうあれ、神機使いってものの危険性は変わらないのだろう。

 

「朝は笑いながら出た人が、お昼には冷たくなって……あるいは遺品すら残らなくて。神機だって回収されないかもしれない。私達に出来ることと言えば、仕事としての役割を除けば無事帰ってくることを祈るだけなんです。」

「反面、俺達に出来ることと言えば……んなこと考える暇もなく必死で戦うってことだけだ。」

「タツミ……あ、防衛班の人間からも、そう言われました。任務中にその場にいない人のことを考える余裕はほとんどない。恋人だとしても、その場にいないなら気にしやしない、って。」

 

ケイトさんは……どうだっただろうか。あの時、ハルさんのことを少しは考えられたのだろうか。

自分だったら、と考える。俺はあの赤いカリギュラと戦いながら、ケイトさんのことをどれだけ考えられただろう。

……笑いすらこみ上げるほど、僅かに頭に浮かべただけ、だったかもしれない。

 

「だからせめて、どこか少しでも支えられる部分があるなら、全力で支えたいんです。」

「それが……」

 

グラスを軽く持ち上げる。いつの間にか、空になっていた。

 

「はい。今は趣味に近いですが、カクテルを作ったりし始めたのはそういう理由です。」

 

彼女はそのグラスを俺の手から回収し、別のカクテルを用意する。

ハルさんにも渡されたそのカクテルを一口飲み干すと、再度言葉が投げかけられた。

 

「……今日は、よかったです。強敵と分かっている相手だったのに、大怪我を負っただとか、そういうのはありませんでしたから。」

「……」

「だけどどうしても……そうなったら、って怖さは、拭えないんです。」

 

……さっきのと比べて、かなり辛い。

 

「あまり、無茶はしないでくださいね?」

 

オペレーターとして、若くしてベテランの域。神機使いの死と想像以上に付き合ってきたのであろう彼女に、俺もハルさんも、何も言うことが出来なかった。




ユノさんの登場が遅くなっている要因は、主に結意だったりします。何せGE世界ではコミュ力に欠ける子。
にしても、ヒバリさん以外の視点から彼女に焦点を絞った場面はこれが初…?でしょうか。案外書いていないものです。

にしても、いつの間にやら七月も終わりが見えて…GE六歳の折には何かあったりするんですかね…
イベントがあるようなら、(時間に余裕があれば)何か特別編でも作りたいものです。

さてさて。それでは、また次回お会いしましょう。


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Chapter 4. 虚心坦懐
歌姫


前回投稿から早五ヶ月…五ヶ月(汗
お待たせいたしました。ナナ編、及びChapter 4、開幕です。
おそらく、過去最長になるでしょうか。本日は十話纏めての投稿となります。小出しにしようと思っていたのに、切り所が見付からなくて書き抜くしかなくなった阿呆の例がこちら…


 

歌姫

 

「じゃあ、これ。頼まれていたものです。」

「ありがと。これで何とか進められるよ。」

「よくまあ……歌姫を運送業者代わりにするもんですよ。おたくの技術者は。」

「そう言わずに。一応、オラクルリソースと交換なんでしょ?」

「それはそうですけどね。」

 

エントランスに降りると、見覚えのない二人がリッカさんと会話していた。

釈然としない様子の女の人と、苦笑するリッカさん。それを見てニコニコしている女の人。

……それを見るなりテンションが上がるロミオ先輩とナナさん。つまるところ、知り合い……ということなのだろうか?

 

「あ、みんな。久しぶり。」

「ユノさん久しぶりー!おでんパン食べる?」

「うおおお!ユノさん!」

「はいはい。騒いだら罰金取りますよ。」

「うえっ!?」

「……馬鹿が……」

 

見回してみれば、いつもより少しだけ活気があるように思う。このユノさんって人が来たのが要因……なんだろうか。

 

「あの、ジュリウスさん。久しぶりって……?」

「以前マルドゥークと戦闘した前後にフライアにいらしたことがある。ちょうど、お前の意識がなかった時だ。」

「あ……」

 

そういえば、私はいろいろあって気を失ったんだっけ……それなりに寝てたから、覚えていないのも不思議じゃないかもしれない。

 

「えっと……結意さん、かな。初めまして。」

「あ、えと、えと……は、初めまして。鼓結意……です。」

 

綺麗な人。こういう人のことを、住む世界が違う人、とか言ったりするんだろうか。

年上の人ばかりの環境だけど、それでもこういう感じの人はあまり見ない気がする。

 

「ごめんね。前に行ったときに会えればよかったんだけど、あまり長居出来なかったから。」

「いえ……」

 

そう言われても、自分の意識がなかったときのことだから何とも答えづらい。

……こういう時は、自分の人見知りが恨めしくなる。

 

「ユノさん。支部長が報告について聞きたいと……?」

 

もう一人、初対面の人がいた。この人は……神機使いみたい。

 

「その腕輪……ブラッド隊の方々ですね。クレイドル所属、アリサ・アミエーラです。」

「ブラッド隊隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。隊員との挨拶はまた時間のあるときに。」

 

自然な動作で握手を交わす二人。このくらい出来るようになったら、もう少し初対面でも話せるようになるんだろうか。

 

「本当はもっと早く挨拶出来たらよかったんですけど……なかなかそうもいかなくて。」

「サテライト拠点、ですか?」

「作業が進むようで進まないんです。頓挫しないだけマシですけど。」

「資材の面で問題が出ている、と聞いています。よろしければ、フライアから提供できるよう掛け合いますが。」

「いえ。極東管轄外に援助を求めるとなると、もっと上でゴタゴタしますから。」

 

聞いていて頭がこんがらがりそうな話……見る限り、ナナさんやロミオさんも同じみたい。

人見知りもそう。こういう頭を使うのもそう。

なかなか、ジュリウスさんに追いつけない。

 

「ただ……そうですね。近々サテライト拠点周辺で、大規模掃討戦を行う予定なんです。それを手伝っていただければと。」

「了解しました。どうか遠慮なく。」

「感謝します。それじゃあ、ユノさん。」

「うん。じゃあみんな、また後で。」

 

連れだってエレベーターに向かう二人を見ながら、私はどうにも、もやもやしたものを抱えていた。

 

   *

 

「よーし次。D7からD11までを5マイクロ単位で連続投入。その後、三回に分けて遠心分離。」

「ああ。」

 

ソーマに指示を出す、って、結構新鮮だなって思う。

もちろん、ソーマ以外に任せられる類の仕事じゃない。機械で出来ないような精密作業で、かつ彼じゃないと危険極まりないのが難点……

その作業を最低でも百個単位で行った研究者が、八年前にいた。

 

「桜鹿博士って、やっぱり偉人だと思うよ。」

「……」

 

着手した複合コア作成実験。ヒトDNAを組み込む勇気も技術も理論体系もないから、ごく純粋なコアを作るところから始めている。

使えるとしたら……ソーマか、神楽か、渚か。普通の神機使いじゃ触ることも出来ないかもしれない。

それでも、これが完成し、実用段階までこぎ着ければ……

 

「希望する人間が皆神機使いになり、望まない徴用がなくなる……」

「前者は、少なくとも可能だろうな。」

 

今やっているのはそういう研究。桜鹿博士が完成させたものの、その多くが失われた技術。

それを神楽が五年、加えてソーマと二年かけて、基礎理論までを構築し……私が受け取ったもの。お願いしますと、ただ一言だけ言って頭を下げていた神楽の様子は、今も記憶に残っている。

 

「完成次第、実地運用に回そうと思うんだ。」

「……結意の神機か。」

「うん。本人が希望すればだけど。」

 

思えば、人工のコアを利用した神機なら、作ったことがあるんだな。なんて今更な感傷を抱く。それとしての形は残っていないにしろ、神楽が使っている右腕は、元はと言えば桜鹿博士の複合コアの神機だ。

今度は一から作る。コアも、神機本体も。アーティフィシャルCNSとは規格が異なるから、形状もずいぶん違う物になるだろう。

……技術者の性だろうか。わくわくする私がいた。

是非とも研究者としての桜鹿博士と話してみたかったな。この技術に触れる度、そう思う。

 

「ま、その前にお伺いを立てないとね。」

「……喜ぶさ。あいつなら。」

 

お父さん。神崎との繋がりは、互いの娘にまで波及してるよ。桜鹿博士なんてたまに来るおじさん程度の人だったのにね。

 

   *

 

件の掃討戦のためにジュリウスさんが話し合いで抜け、ギルさんも血の力に関するメディカルチェックへ。トレーニングメニューを組んでいたロミオさんも出ない。

そんなわけで、私とシエルさん、ナナさんの三人で任務に出ていた。

 

「小型の足止めを!」

「はい!」

 

赤いカリギュラと戦ったときみたいなことをすると、簡単に動けなくなるというのには、復帰前になんとなく気が付いた。ソーマさんが言うには、アラガミとしての力の副作用……だとか。

それでも、きっとこの力は。ジュリウスさんに追いついて、あの誰かを捜すのにきっと役に立つ。そう思う。

だから無理のない範囲……自由に動かせる盾。みたいに使っている。

 

「はっ!」

 

デミウルゴスに斬りかかるシエルさん。その背に数体の小型が迫っていた。

 

「……落ち着いて……」

 

ヴァジュラテイルの火球を半球状に展開したオラクルで防ぎつつ、ドレッドパイクを狙撃。

以前は周りの攻撃に警戒して上手くいかなかったスナイプも、こうしてオラクルを使えるようになって格段に上達したように思う。

シエルさんに教えてもらったこともしっかり組み込みつつ……うん。今度、バレットの作り方も教えてもらおう。

 

「っ……」

 

とはいえ、さすがに近接攻撃を完全に防げるほどの密度で張っていられるわけじゃない。特に中型以上となると、一カ所に集中させておかないと簡単に抜かれてしまう。

コンゴウ堕天種の突進を回避しつつ、ナナさんに声をかけた。

 

「ナナさん!お願いし……ナナさん?」

 

何となく、フラフラしている。

 

「……あ……ごめん。ぼーっとしてた。」

 

少し調子も悪そうだけど……大丈夫だろうか?

 

「いやー……お腹減っちゃって、っとお!」

 

言いながらコンゴウを叩き飛ばす。一応、なんとかなりそう……には見える。

 

「あの、無理しないで……」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」

 

結局その後はいつも通りで、損害もほぼなく任務は終わった。ナナさんも何事もないように見える。

……ううん。何事もないと信じていたい。私は私で、しばらく考えたいことが多すぎるから。

 

   *

 

日が落ちて少し経った頃合いのエントランスに、いくらかの面々を集めていた。

俺、ジュリウス、アリサ、コウタ、ハルオミ。そこにヒバリが加わっている。大規模掃討戦への作戦会議だ。

アラガミの数が多いわけではない。が、その展開範囲が広い。手の限られているこちらからすると、かなり厄介な状況になる。

 

「なるほど。では我々は、芦原ユノをネモス・ディアナへ護送した後、周辺のアラガミを掃討する、と。」

「ああ。護送は空路で行う。進路上に関しては先に掃除を済ませる予定だ。第四部隊はサテライト拠点間を移動しつつ、進路周辺のアラガミを撃破。案内を兼ね、これにアリサが同行する。第一部隊にはアナグラ防衛を任せる。」

 

サテライト拠点が増えたことで、確かに人の収容率は格段に上がった。だが同時に、神機使いの負担が増えたことも否めない。

三年前まで六つの部隊が常駐していたアナグラも、サテライト防衛のため人員を割いた結果、現在は二つに留まっている。

 

「OK。ソーマは?」

「あくまで感応種を優先しつつ戦局の厳しいところに入る予定だ。俺を宛てにした展開は避けろ。」

「現在までのところ、近隣に感応種の反応は確認されていません。が、万が一遭遇した場合にはネモス・ディアナ担当のブラッド隊。もしくは遊撃にあたるソーマさんに対応をお願いすることになります。」

「把握した。我々以外の二地点以上で同時に感応種が現れた場合は?」

「可能な限り俺一人で対応する。ネモス・ディアナ周辺は他と比べてアラガミが多い。下手に割いて全体が崩れるようなら、そもそも作戦の意味がねえ。」

 

人の数に比例して……とまではいかないながら、人が多い場所にはアラガミが多い傾向にあることは確かだ。

だからこそ頭数のあるブラッドを配置するが、これは同時に感応種への対応難を意味する。難しいところと言うしかない。

フライアから回されたレポートによれば、結意との同行によってブラッド以外でも血の力を発現出来る可能性があるらしい。ただそれも、何かと病室に放り込まれがちな現状ではそれも進んでいない。本人が内向的なのもまた要因の一つだろう。

だいたい、そもそも不安定な代物である血の力に頼っての作戦展開は無謀だ。フライア側の判断はともかく、俺はそう考えている。

……俺の力も、神楽や渚の力も、だ。

 

「私達のルートはどうしますか?」

「ネモス・ディアナに近いサテライトから順に回るのを基本とするが、指定はしねえ。状況に応じて決めてもらうことになる。」

 

……どこかのタイミングで、ラケル博士に会う必要もありそうだな。

 

「作戦については以上だ。発動は近日中。決定次第連絡する。確認されているアラガミの情報についてはヒバリに聞け。」

 

解散し、ソファに腰掛ける。こういうのはどうも慣れねえ。

 

「お疲れ。何か飲む?」

「いや、いい。……ったく。面倒だ。」

「そうは言っても、階級はかなり上の方じゃないですか。相応な責任ですよ。」

「好きで上がったわけでもねえ。」

 

俺の他にアリサとコウタが残った。考えてみれば、旧第一部隊員が三人も揃うのは久々になるだろうか。

 

「まあでも、けっこう重たいよなあ。上にいるのって。」

「コウタはそういう厳しさを学ぶべきです。」

「え。」

「え。じゃありませんよ。神楽さんの百分の一でも仕事してから言って下さい。」

「アリサもそれ言う!?俺の扱いひどくね!?」

 

……この面子だからこそ、話せることもある。

 

「……ブラッドの副隊長。どう思う。」

「どうって?この間のこと?」

「ああ。記録は見ただろ。」

 

俺達が俺達でいられる場所を作ってくれたこいつらだからこそ、俺はこういう話題も振ることが出来る。

何かしらの判断材料にするには弱いだろう。それでも、俺以外の意見がほしかった。

固定観念の混じらない、とでも言えばいいか。ごく普通の神機使いから見た、あいつの印象。

おそらくは、その意見こそが適当となる場面も存在する。

 

「すげえな、って思ったよ。あの赤いカリギュラ、データは見たけど強そうじゃん。」

「そうですね……ただ、どこか振り回されてる気もします。あまり知識もないですし、下手なことは言えませんけど。」

「あー。なんか、ソーマ助けに行った時の神楽みたいだよな。」

 

よく見ている。口にこそ出さないが、暴走寸前だったことにも察しは付いているかもしれない。

 

「まあ、やばいことにならなければ大丈夫だと思うよ。前例見てたからかもしれないけどさ。」

「少なくとも何のきっかけもなしに暴走、なんてことはなさそうですし。危なくなったら考える、でいいんじゃないですか?」

 

俺達はもしかすると、自分の危険性を過大視しているのかもな。

そう考えるべきでないのは重々承知だが、こいつらと話しているとそんな思考にも行き当たる。

 

「そうか……悪い。時間をとらせたな。」

「いいって。……つっても意外と遅いのか……」

「始まったのも遅かったですからね。今日はもう休みましょう。」

「だな。」

 

こいつらがこう考えていてくれることを、吉と取るか凶と取るか。

……どちらにも転ぶ。今はそう、考えることにした。




さすがに、十話分も書くことがないです…新作はほぼ情報出てないですし、紙スペックなスマホさんはGEO動きませんでしたし…
というわけで、次は125話後書きにて。


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知らないところで進むもの

 

知らないところで進むもの

 

「……」

 

ここに来るのは久しぶりだな。フライアのエントランスで、ぼんやりとそんな感情を抱いていた。

極東支部に来てからは基本的にアナグラの中で過ごしていたし、お義母さんから呼ばれることもなかったから……

こっちに来てその理由も分かった。あの神機兵っていうのを実用化するために、なんだかいろいろ頑張ってるらしい。

……昔から、研究者、としてのお義母さんは、なんとなく近寄り難い。

私と違う世界の人になっちゃったみたいで、事実知識も遠く及ばない。

そこに私の頭を撫でてくれるお義母さんがいるのか、どうしても分からなくなってしまうのだ。

そういえば、お義母さんに初めて会ったのはいつだっけ。

 

「結意さん。掃討戦に関してお話が。」

 

シエルさんが話しかけてきたのはそんな長ったらしい思考を巡らせているときだった。

 

「ひゃ!?」

「あっ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」

「おおかた寝ぼけてたんだろ。ここしばらく出撃も多かったしな。」

 

いつの間にか、ジュリウスさんとロミオさん以外の全員が集まっていた。いったいどれだけの間こうしていたんだろう……

 

「小動物は外敵から身を守るため、常に周囲への警戒を怠らないはずなのですが……」

「……リスか何かと同一視してどうする……」

 

リス。それはある意味……本当にある意味で、正しい気がした。

人以外のもの。その一点において。

以前ほどそれを気に病むことはなくなったけど、全くかと言えばもちろん違う。

特に任務に出ているとどうしても、ここが私の居場所なのだと。そう感じてしまう。

 

「それよりシエル。あのバカがどこにいるか分かるか?」

「ロミオならトレーニングルームにいるはずです。先日、メニューを組んでほしいと相談を受けました。」

「またか?」

「はい。過度な運動は逆効果になりかねない、とは伝えましたが、頑として。」

 

ロミオさんがトレーニングに打ち込み始めたのはいつからだったか。少なくとも、昨日今日ってレベルでもなかったように思う。

気付いた頃には量を増やしていた。それがなんとなく、苦しい。……ジュリウスさんならもっと早く気付いていたりしたんじゃないかって。

……なんて考えながら、視界の外で何かが倒れる音を耳にした。

 

「おいナナ?大丈夫か?」

 

倒れたナナさん。声をかけられても、答えることがない。

 

「ギル!医療班を!結意さんはラケル先生に!」

「分かった!」

「は、はい!」

 

……虫の知らせ、というのだろうか。

ロミオさんや、ナナさん。こういう異常が重なっていることに、私は強く、嫌なものを感じていた。

 

   *

 

「そう。ナナが……」

「血の力の目覚めが近いのでしょう。薬でフラッシュバックが抑えられていないということは、向かい合う姿勢に移っているということ。いい傾向だわ。」

 

そう。これは吉兆。私の目的にまた一歩近づいている。

かわいそうなお姉さま。あなたは私の考える何事も、分かりはしないのね。

 

「向かい合って大丈夫なの?あの子、いろいろあったって言ってたじゃない。」

「……ふふっ。」

「ラケル?」

「面白いお姉さま。たかがゴッドイーターチルドレンというだけでしょう?」

「たかがって……」

 

神機使いを親に持ったことで、生まれつき偏食因子を体に持っている。

P73型偏食因子の完全な成功例と近い状態だけれど、その実態は大きく違う。

放っておいて死ぬか、生きていられるか。そんな違い。

 

「たかが、よ。神機使いの母を持ち、その母を目の前でアラガミに殺され、助けに来た他の神機使いまでもが間近でほふられた。ただそれだけ。結意の方がずっと大変だったもの。あの子を人にするまで、ずいぶんかかったのよ?」

 

同時に、あの子が人になったことが最大の不安定要素。もちろんそれを狙ってはいた。ただその形が、私の手の平になかったというだけのこと。

……結意はなぜ人心を得たのか。憶測は立てど、確信が得られない。

 

「……」

「心配なさらないで。結意も、ナナも、私達の目や手が届いているんだもの。」

 

だから、あの子が結意という殻を破るその日まで。

イレギュラーなんて起こらないわ。そのために、わざわざあんな入れ物に仕立てたんだもの。

 

「……そう……そう、ね。あなたがミスをするとは考えにくいわね。」

「お褒めに与り光栄ですわ。」

 

あの子はいつか、この世界を一つにする存在。

結びなさい。意志も、躰も。

そうして憂うの。互いが互いを慰み者にするこの世界を。

……ああ、待ち遠しい。

 

   *

 

フライアの中というのを、どうも落ち着かない場所のように感じることがある。

神機使いとして配属されたためだろうか。おそらくは職場としての意識が強いのだろう。

そういう中にあって、庭園は異質な空間だった。

おぼろげな記憶にある家にも、マグノリアにも、ここのような場所がなかったから。そう考えている。

 

「らしくねえな。感傷にでも浸ってんのか?申し子。」

「……お前か。」

 

極東支部に着く前。鼓が暴走した時以来か。

神機使いでも職員でもない少年。初めは博士達が同乗させたのかとも思ったが、本人達は見たこともないと言う。

 

「んだよ。案外驚かねえじゃんか。」

「……」

「ま、んなこたどうでもいいけどな。」

「用件は何だ。」

 

正体が分からないから、というわけではないが、こいつと話したいとは思わない。

無意識に警戒している。つまりはそういうことなのだろう。

……その警戒が、鼓のアラガミの部分へ向けているものと同一であることにも、すでに気付いている。

 

「何てこたねえよ。ただの質問だ。」

「内容は。」

「お前らから見て、ラケルはどういう奴だ。」

「……ラケル博士か。」

 

改めて考えると、意外に判然としない。

鼓は義母として慕い、ナナもおそらくは似たようなところ。ロミオやシエルの場合は師弟感覚が強いだろう。ギルは博士としての印象で固められているように思う。

拾われた恩。育ての母としての尊敬。抱いているものこそあるが、案外固定的な印象は存在しないようだ。

 

「一言で表現できる感情は持っていない。感謝し、尊敬し、その役に立つ。考えていることはその辺りだ。」

「……」

「……何だ。」

「いや。まあ、そうか……邪魔したな。」

 

後ろ手に手を振りつつ出て行こうとする。その足を、一度止めた。

 

「面白いことを教えておいてやろうか。」

「言ってみろ。」

「俺は鼓結意って存在と、十四年肉体を共有している。」

「……十四年だと?あいつは……」

 

言い終わるより早く、姿がかき消えた。何を言った。何が言いたかった。

……あいつは、十二だろう?

 

   *

 

「……それで何で俺のところに来る。」

「詳しい可能性がある人物を考慮した結果と思ってもらいたい。少なくとも、半アラガミに関して最も詳しいのは、接触可能な中ではあなただ。」

 

ある意味、この状況は幸運だったかもしれない。

こいつの性格からして、神楽がいたならまず間違いなく、あいつに聞いただろう。

 

「……生まれた時点とは別に、オラクル細胞を基準とした年齢ってのを考えることは出来る。」

「つまり?」

「半アラガミってのは、その成り立ちはともかくとしてオラクル細胞と人間の細胞とを併せ持っている。これは分かるか。」

「問題ない。」

「人間の細胞は、基本的に出生時点を基準として年齢を重ねる。まあ、当たり前の話だ。」

「オラクル細胞は?」

「そいつが半アラガミとなった時点。あるいは、何らかの変異を遂げた時点。これが基準だ。必然的に人間の細胞とは差異が生じる。」

 

もっとも、俺は元々この体。この差異は存在しないことになる。

神楽の場合、出生が二十年前。半アラガミとなったのは八年前。この十二年がそのまま差異と換算できる。

 

「ほとんどの場合、人間の細胞側が長く生きている。……お前が聞いた話じゃ逆らしいな。」

「真実と仮定すれば、おそらく。」

「……あり得なくはねえが、自然発生するとも思えない。」

「……」

「一度完全にアラガミとなり、そのオラクル細胞の一部が以前の細胞に擬態する……オラクル細胞単位で考えれば退化に等しい。」

 

その退化に等しいことが、渚で起こった。

神楽との感応現象。博士や第一部隊……俺達で接することで芽生えた、あるいは復活した人の感情。

ノヴァとの半融合。特異点としての偏食場の喪失。そして再度、今度は暴走した神楽との接触。

どれがどこまで寄与したかは不明と言わざるを得ない。だが、そういう本来ならそう起こらない事象が起因していたこと。これは確かだ。

 

「あいつはマグノリア・コンパスにいたのか?」

「ああ。ラケル博士は、五年前に保護した、と。」

「……分かった。後はこちらで調べる。」

「そちらで?しかし……」

「俺達が最も必要とするのは安定だ。身体面はもちろんだが、精神面でも重要な意味を持つ。」

 

自分に言い聞かせるように話していたと、この時になって気付いた。

 

「あのガキの場合、てめえらの中の誰がいなくなったとしても壊れるだろ。」

「……」

「心配するな。分かり次第連絡する。」

「……了解した。お願いする。」

 

研究室を出たジュリウス。それを見送るなり、時間を確かめてから端末を手に取る。

 

「リンドウか。俺だ。大至急頼みたいことがある。」



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弾かれた人の町

 

弾かれた人の町

 

「あ、見えてきた。」

 

護送ヘリの中、横に座るユノさんが声を上げた。

 

「あれが?」

「うん。ネモス・ディアナ。サテライト拠点の原型かな。」

「ありゃあ……屋根か?」

「……この辺りはアナグラより雨が多いから。それに、その方がリソースを節約出来たんだって。」

「へ?なんで?」

「壁だけにすると、それを支えるための基礎がたくさん必要になるでしょ?オラクルリソースは壁だけの方が節約出来たけど、他の建材を考えたらこの方がよかったみたい。」

 

なんだか難しい話になっている気がして、ひとまずそのネモス・ディアナを観察することに集中した。

極東支部よりずっと規模は小さいけど、そこに人が住んでいるって、なんとなく感じられる。

 

「それだけ逼迫してたってことですよ。フライア、でしたっけ?あれ一個で、いくつサテライトが作れるか考えたことあります?」

 

フライアは、フェンリルの技術を結集させて造られた。なんて話を聞いたこともある。

節約して建てられたサテライト拠点。差は……どのくらいあるんだろう。

 

「ほんっと。フェンリルもあんな玩具造ってないで、さっさと支部増やしたらどうなんですかね。極東だけですよ。曲がりなりにも対策取ってるのって。それも全く足りてないわけで……」

「サツキ!言い過ぎ!」

「……はいはい。ま、どれだけ増やしたところで、神機使いがいないと意味ないですけど。天下のゴッドイーター様にお護りいただけないなら、簡単に全滅しますからね。」

 

ギルさんは腕組みして静かに。ロミオさんは文句を言いたそうにして、ジュリウスさんがそれを止めている。

シエルさんは口元に手を当てていて、ナナさんは頭にクエスチョンマークを浮かべている。きっと、フライアとサテライト拠点とを比較しているんだろう。

私は。

 

「……守られてない人と、守れない人は、生きてなんていられない。」

「……鼓?」

「結意さん?どうかしましたか?」

「だからね、壊れるの。全部全部。次に何が起こるかも分からないままぐしゃぐしゃって。」

 

いつの間にか、耳も目も全く利かなくなっていた

 

「壊れるのってとっても綺麗だよ?ばきって。ぐちゃって。どんどん小さくなって、すごく可愛い。」

「おい、結意。何言ってる。」

「あ、あれ?こいつこんなだったっけ……」

「結意ちゃん?おーい?」

 

それは自分を自分じゃないところから感じているような感覚。

少なくとも、私を動かせないことだけが確かだった。

 

「それでね?真っ赤な花が咲くの。たくさん。お花畑になるくらい。」

「あのー。まさか、サイコパス連れて来てるんじゃないでしょうね?」

「いや、本来こういうことを言う性格では……」

「結意さん?大丈夫?」

 

肩に何かが触れた。その感覚とほぼ同時に、色と音が戻っていく。

 

「……?」

 

触覚を頼りに辿っていくと、ユノさんが肩を軽く揺すっていることに気付いた。

周りの皆も怪訝そうな顔でこっちを見ていて、私だけが何があったのか理解できずにいる。

 

「あ、あの……?」

「あれ。戻った。」

「……疲れたか?そういうことならまだいいんだが……」

 

……私は、何を言って、何をしていたんだろう?

そんな微妙な不安感と共に、ヘリはネモス・ディアナへたどり着いた。

 

   *

 

作戦の準備をジュリウスさん、シエルさんの二人に任せ、四人で散策することにした。

……んだけど、ロミオさんは興味津々で走ってっちゃうし、ギルさんは作戦まで寝るって言うし、ナナさんは食べ歩くってどこか行っちゃったし。

結果、私は一人で散策していた。

 

「……」

 

極東支部の中は、粗末ながらしっかりした建物が多かった。もちろん壁外居住区はボロボロだったけど、それでも案外丈夫そうに見える。そんな場所。

だけどここは、どこを見てもすぐ壊れそうな建物ばかりだった。

これが、資材の不足、ってことなのかな。

住む人々は興味深そうに私の右手を見ている。神機使いが珍しい……ということなのかもしれない。

サテライト拠点の防衛に当たる人員も足りないって言ってたっけ。ここに常駐するようなことも、やっぱりやりにくいんだろうか。

 

「……?」

 

ふと、妙な匂いに気付いた。

懐かしいような、暖かいような、だけど苦しい匂い。

そっとその匂いを辿ると、中央の塔みたいな建物に行き着いた。

屋根状に造られたオラクル装甲壁を支える支柱の役割。そんなふうに見える建物。たしか、ジュリウスさんとシエルさんが作戦準備をしているのもここだったと思う。

そのすぐ近くの地面に、小さな赤い欠片が落ちていた。

 

「何だろう……これ……」

 

真っ赤な水晶。そんな風に言うのが正しいような気のする、とても小さな欠片。匂いはそれから出ていた。

私はそっと、それを手に取る。

 

『うっ……く……』

 

右脇腹から血を流す女の子が、ぼんやりと見えた。

私はそれを見るなり、軽く下を向いていた顔を上げる。どこかの建物の中、半身を失ったお爺さんと、銃を構えた男の人が視界に入った。

 

『待って!だめ!』

『あいつはあなたを傷つけた。だから許さない。』

 

女の子……といっても、私より少し上かもしれない子が、私に向かって叫ぶ。

それを聞きながらも、前へ進もうとした。

 

『私は大丈夫だから!人を殺しちゃだめ!』

『……嘘は言わなくて良い。痛いなら痛いって言って良いの。』

 

それでも制止する彼女に、私は言う。おそらくは私ではない誰かだけど。

……でもこの言葉は、私がいつだかに、誰かに言った言葉だ。

痛いの、我慢しなくていいんだよって。

同じだけ、相手を痛くすればいい……って……?

待って。本当に、私はそんなことを言っていたの?

 

『止まって!お願い!』

 

私の混乱を余所に、目の前で展開される光景は進んでいく。痛みに顔を歪ませながら、彼女は私に抱きついていた。

たぶん、お腹辺り。そのバランスから、この体がかなり大きいことに気付く。

 

『……ほら。痛がってる……』

『大丈夫だよ!大丈夫だから……』

 

……泣いている。

この子だけじゃない。私も、涙を流さずに泣いている。

これは、誰?

 

『……私達は……まだいないんだよ……』

 

まだ、いない。

それが人の世界にいない。なんて意味だと、なぜか理解できた。

きっとそれは私も同じで、普通の人と生きていることは全くないのだ。

そうして私は、もう一つ、気付く。

 

『だからお願い……』

『でも……』

 

この子の声は、あの時の。赤いカリギュラと戦ったときに聞いた、あの声だ。

 

『母さん!』

 

その言葉を聞くや否や、私は彼女を抱きしめていた。

大切な宝物のように、大切に、柔らかく、だけど精一杯。

 

『……分かった……またね……』

 

パキン、と音がして、この幻覚とも何とも付かないものは終わった。

手のひらに乗せた赤い欠片はいつしか割れ、ほとんど粉みたいになっている。

 

「……何……?今の……」

 

私の疑問に答えてくれる人は、ここにはいない。

いるのはいつからか涙を流し続ける私。他に誰も、いはしなかった。

 

   *

 

しばらくして召集がかかり、ジュリウスさんのいる中央施設の一室に向かった。

たぶん、目が赤かったんだろう。皆から心配されたけど、私自身何が何やら分からなかったから、大丈夫と言うしかなかった。

 

「では、作戦を説明する。シエル。」

「アラガミの反応が観測されている地点及び、その出現が予測される範囲から、部隊を南北に分けることが有効であると判断しました。隊長、ロミオ、私の三名で南側。結意さん、ギル、ナナの三名で北側のアラガミを掃討します。展開位置はネモス・ディアナ第一防衛ラインより2キロ地点。これを我々の防衛ラインとし、内側にアラガミを通さないこと。これを最優先目標とします。」

「南は俺が指揮を執る。鼓。北側はお前に任せる。やれるな?」

「はい。」

 

……さっきまで泣いていたとは思えないほど、心は静かだった。

ううん。むしろ高鳴ってるんだ。もうすぐ戦闘だからって、高鳴っているのに、落ち着いている。

 

「予想されるアラガミの数は南北で拮抗。大型種こそ少ないが、中、小型種は相当数が確認されている。各自、気を抜くな。」

「感応種への対応はどうする。」

「こちらへ要請が回った場合、まず結意さんと私で出ます。その場合は北側の指揮をギルが受け持ってください。」

「当然、どちらかにアラガミが偏る可能性も考えられる。その際には余裕のある側のみ対応に動くこと。可能な限り二名で出るようにしろ。」

 

ジュリウスさんからの指示を聞きながら、自分の鼓動を確かめた。

大きく、速く、だけど静かに。

もうすぐ戦える。もうすぐ、私の居場所に行ける。

殺意を纏ってやってくるアラガミと、あと少しでやり合える。

……早く。早く。

疼いてたまらない。なぜって不思議に思う暇すらない。

 

「発動は一時間後。移動は三十分後に開始する。各自早急に準備を進めるように。以上だ。」

 

早く、その生命をちょうだい。



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引き寄せられたもの達

 

引き寄せられたもの達

 

ヘリで降下した直後から戦闘は開始された。

 

「降下地点を中心に防衛を行います!ギルさんは右翼に進みつつ迎撃、ナナさんは接近してきた敵を遠ざけてください!左翼は私が担当します!」

「了解だ!」

「分かった……」

 

ナナさんの返事が少し弱いけど、正直気にする余裕はない。

直前情報に比べてアラガミの集まりがいい。もたもたしていると大群に囲まれかねない。

……さすがにこっちも死ぬ気はないのだ。

 

「……ギルさん。交戦範囲をナナさんの近くに限定し、サポートを行ってください。」

「分かった……おい!お前も離れすぎるな!」

「えっ?」

 

ギルさんからの応答で、自分が降下地点からかなり離れていたことに気付いた。

ギルさんとナナさんが遠くにいる。その直線上をアラガミの死体が埋めていることを考えれば、私が倒して進んだ。ということなのだろう。

……いけない。私はやっぱり、どこかで戦場を自分の居場所と思っている。

そんなことは考えちゃいけないって分かっているのに、私はここで生きるべきだって。

 

「……戻ります!」

 

かつ、この現状に興奮すらしている。

ナナさんの調子が悪い。つまりは、私が対応する必要のあるアラガミが増えるということ。

増えれば増える分だけ、私は戦っていられる。それがたまらなく嬉しくて、心がわき踊る。

これはやっぱり、異常なことなのだろう。

それでも……

 

「ふふっ……」

 

神機越しに感じる、骨肉を断つ感触。これに快感を感じるようになったのはいつからだったろう。

ううん。……いつから、なんて言い方は正しくない。たぶんこれは、最初から感じていたものだ。

私の中のどこかで、ずっと気持ちいいと感じていたものだ。

自分がそう感じていることを怖いって思う部分もある。けどそれは、この快感に全く適うものじゃなくて、むしろ増幅させるように働いていた。

 

「ブラッドβ!周辺よりアラガミが接近中!」

 

通信機から響く声で我に返る。高揚感が続くまま、変な形で冷静に。

……まだ増える。嬉しい。

そう感じている自分に、嫌気がさした。

 

「数をお願いします!」

「東側より五体……いえ、六……七……八……嘘。増え続けてる!?」

「……他の部隊に余裕が出次第救援要請を!それまではこちらで!」

 

嬉しい。

奥底で、そういう感情ばかりが膨らんでいく。舌なめずりしている私もいる。

 

「おいナナ!どうした!」

 

ギルさんの声が響いて、私はもう一度我に返った。ナナさんが神機の構えを解いている。

何か、ぶつぶつ呟いているようにも見えるけど……ここからだと全然聞こえない。

 

「その付近から、照合不能の偏食場が観測されています!感応種に注意を……」

「……たぶん、ナナさんです。」

 

遠くで膝を付くナナさんを見つつアラガミを斬って、私は慌てる風でもなくそう答えた。

ナナさんのところに行きたい。たぶんこれは、他のアラガミにも共通する思いだ。

 

「三人とも、大丈夫か!」

「ジュリウス!いったいどうなってる!」

「分からないが、ナナの血の力である可能性が高い……話は後だ。こちらから退路を開く。それまで持ちこたえろ!」

 

……アラガミに共通する感情を、私は抱いている。

もうこの衝動に任せてしまえ。戦いたいと、喰らいたいと思う心に委ねてしまえ。

そうしたらきっと、怖いものはなくなって……

 

「ギルさん。ジュリウスさん。西側のアラガミ群を。数は減っているはずです。」

「ナナは!」

「東側の迎撃と併せて対応します。」

 

……そうだね。うん。それでいいんだよ。

あの日だって私はそうした。怖いものがなくなるように、自分がしたいように。

またそうしよう。一番怖いものがなくなるように。

 

「……あれ?」

 

ねえ、私。

ねえ、鼓結意。

あの日って、なに?

 

   *

 

「ナナのことは任せる。第四部隊が針路上の掃討を行ってはいるが、気を抜くなよ。」

「任しとけって。とりあえず、榊博士のとこに運んでおけばいいんだよな。」

「隊長もお気をつけて。ギルが対応に当たってはいますが、まだ周辺のアラガミ反応は観測されています。」

「分かっている。」

 

鼓達への救援は成功したものの、二つの問題に直面した。

一つはナナのことだ。おそらくは血の力の暴走。現在も偏食場が出続けていることを鑑み、アナグラにあるという偏食場遮断室に入れることになった。

当然ながら根本的な解決には断じてならない。あくまで対処療法にすぎず、最悪その対処が意味を成さなくなる可能性も0ではない。

もう一つは、鼓に関してだ。

 

「……」

「大丈夫?」

「あ、はい。怪我とかはしてないです。」

 

……正直なところ、対処方法が見えない。

以前から兆候のあった戦闘時の人格変貌。これまではただの気分の高揚と見ていられたが、どうもそれだけではないらしい。

アラガミとの戦闘において、ある程度性格が変わったようになる。これ自体は珍しい話でもない。

特に神機との適合係数が高い場合、その傾向も強いと言われている。鼓の数値なら十分にあり得ることだ。

……だが、そういうレベルでないことは確認した。

 

「任せてしまって申し訳ありません。この後の芦原総統への報告が終わるまで、お願い出来ますか。」

 

あの状況下にありながら、彼女はアラガミをいたぶることに意識を傾けていた。

他の例の場合、少なくとも戦闘において完全に非効率な行動は取らないことが一般的と言う。

だが今回は違う。明らかに非効率。かつ自身に危険の及ぶ可能性すらある行動だ。

そしてそれ以上に……

 

『楽しい……あ、もっとちっちゃくしたら、食べやすいね。』

 

幸い、と言うべきか、実際にそうするようなことは阻止できた。

……考えるのはよそう。今俺がすべきは疑念を持つことではない。

何より幸運だったと言えるのは、鼓自身がその間のことを覚えていないことだ。

 

「気にしないで。こういうの、けっこう慣れてるんだ。年下の子とはよく一緒にいるから。」

「感謝します。」

 

移動含め、会うまではいくらか時間がある。長くはないが十分だ。

端末からラケル博士にかける。通信状態は良いとは言えないが、この際気にしてなどいられない。

 

「極東支部から報告を受けたわ。大丈夫?」

「俺は何も。シエル、ギル、ロミオの三名も大事ない。」

「……そう。」

 

彼女の声はどこか安心する。これを慕情と言うのなら、俺にとって博士は母としての存在になるだろう。

だが、俺はそれが正確な表現でないとどこかで理解してもいる。短くとも実の母と暮らしたあの期間とは、明らかに形の異なる感情なのだ。

……あいつに聞かれたからか。こうして考えるのは。

だが改めて考えると……取り繕われた感情に、気付かずにいられない。

慕情によく似ながらも、どこか乖離したこれはつまり何なのか。表現するに足る言葉を、俺は知らないらしい。

 

「ナナはおそらく血の力の暴走……問題は鼓と見ている。」

「結意は今?」

「ユノに付いてもらっている。落ち着いてはいるが、平常とは言い難い。」

 

今、俺が博士に聞くべきことは何だろうか。

細かい報告など後でいくらでも出来る。今聞かなければいけないことは……

 

「……ラケル博士。鼓は……いったい何だ。」

 

……これで正しいだろうか。

 

「結意は結意よ。人から外れてしまったけれど、アラガミでは断じてない。たった一人の結意。それがあの子。そうでしょう?」

 

そうだ。これは確かに、俺が求めていた答えだ。

だが同時に、それが真実と言えるかどうかに疑問が残る。明らかに豹変している現状にあって、本当にそう言っていいのだろうか、と。

 

「……」

「さあ、ジュリウス。まだそちらで済ませることがあるのでしょう?お話はまた今度にしましょう。」

「……了解した。失礼する。」

 

今度、か。

はたして改めて論を交わしたとして、進展があるものだろうか。

俺からは実状がろくに分からず、本人すら判然としているようには思えない。

話すべきは、鼓と博士になるだろうが……鼓自身がそれをよしとしない可能性すら考えられる。

覚えていないとしても、その異常性を最も知覚しているのは鼓だ。かつ、自分のことを話す性格でもない。

博士を母と同義に慕っているとはいえ、頼るかどうか……

 

「芦原総統。ブラッド隊隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。先の件の報告にあがりました。」

 

……冷静になれ。今俺がすべきは、思い悩むことではない。

そして俺に出来ることは、鼓を護っていくことだ。



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β01.始原細胞

 

始原細胞

 

《……暇。》

【いいことでしょ。】

 

実際にはこれまでが忙しかっただけ……そう思う。

とにかくアラガミとの戦闘を繰り返し、この捕喰欲求をどうにかしていく。そのために連日連夜出撃していたから……

……ある意味で、何も考えないでいられる時間も増えていた。それは良いことだったんだと思う。

 

【ねえ。イザナミ。】

《何?》

【もう一度インドラが出たらさ……私、勝てるのかな。】

《取り乱さなければね。》

【……】

 

私にとって、インドラは何だったんだろう。

家族の仇?違う。

怜?ううん。コアは完全に違っていた。同じなのは外見と、偏食場だけ。

……こうして考えると、意外なほどに取り乱す理由がなかったと気付く。

確かに三年前のあれは、私にとって特別な意味を持つアラガミだったけど、この間現れた個体は一体のアラガミ以上では断じてない。

冷静に考えればあの場でも気付いたはずなのに……それだけ、疲れているんだろうか。

……あれ?

コアが違うのに、偏食場が同じ?

 

《……アラガミのコアは、取り込んだ人間のDNAに適応することはあっても、取り込んでもいないものの模倣はしない。》

【そう……だよね……】

 

だとすれば、理由は一つしかない。

オラクル細胞の組成が同じ。つまり……

……あのインドラが、おそらくはジャヴァウォックが原因で出現したことは分かっている。

全く同じでなかったにしろ、そのオラクル細胞は類似していた。……偏食場も。

どうして今まで気付かなかったのか。ううん。きっと、気付いていないフリをしていたんだ。

 

【……答えたくないかもしれないけど、答えて。】

《……》

【イザナミ。あなたは……ううん。複合コアは、ジャヴァウォックから作られたの?】

 

   *

 

ソーマからの連絡を受けて数日。極秘で本部へマグノリア・コンパス潜入の打診をしたが、いつ返答が来るかは何とも言えない。

まあ、のんびり待つ他ないわけだ。暇なときはタバコでも吸ってりゃいい。屋上も開放されてる。

神楽が来たのは、ちょうどそういう時だった。

 

「……少し、いいですか?」

 

ここしばらく……ざっと三年は見なかった、人を寄せ付けない顔。

いつもの思い悩む感じとも違う辺り、何かとんでもないことがあったと考えて間違いはなさそうだ。

 

「ロシア東部原子力発電所爆破によるアラガミ掃討作戦。……ジャヴァウォックをリンドウさん達が確認したのって、その時ですよね。」

「だなあ……つっても、それがどうかしたか?」

「ジャヴァウォックの組織片を回収したりって、しませんでした?」

 

……極秘事項のはずだ。

あの時期の神機使いってのは、まだまだピストル型が現役の時代。混乱を招かないようにとジャヴァウォックの存在は秘匿された。

何しろウロヴォロスなんざ討伐不可能なアラガミとされてもいたわけで、それを遙かに越える大きさのアラガミなんざ、存在を認めること自体無理があったわけだ。

 

「……どこで知った?」

「話は後です。……クレイドル隊長として命令します。答えてください。」

「……」

 

三年前。自分がアラガミであることを隠し、家族の敵討ちのためにアラガミと戦っていた頃。

今のこいつは、あの頃にそっくりだ。

 

「回収班が俺たちと一緒に回収したって話だ。何せ特殊にも程がある試料だったしな。」

「それはどこへ?」

「極東の回収物資としてだからなあ……アナグラ……あの時期じゃあ、第一ハイヴのはずだ。」

「……やっぱり、そうだったんですね。」

 

第一ハイヴ。自分で言いながら、ひっかかることがあった。

 

「……お前の故郷……だったよな?」

「はい。」

「いや待て。そもそもどこで聞いたんだ?確信でもあったみたいな……」

「父の作った全ての複合コアに、ジャヴァウォックのオラクル細胞が使われています。」

 

……ある意味、最初から考えておくべきことだった。

神楽がアラガミとなった五年前の時点で、回収したジャヴァウォックの試料は一定の研究が進んでいたことだろう。

そしてこいつ自身、研究が行われていた第一ハイヴの出身だ。可能性は十分にあった。

……だがなぜ今になって……

 

「……私のコアに聞きました。複合コアは全て、ジャヴァウォックのオラクル細胞を利用して作られたものだ、と。」

「コアに?」

 

頷く神楽。……俺は……極東支部は、見誤っていたのかもしれない。

神楽は人間の想定を遙かに越えるレベルで危険をはらみ、アラガミとして大成している。

 

「……あの作戦、ユーラシア東部にアラガミが多かったから行われたんですよね?」

「ああ。」

「おそらくその時点で、ジャヴァウォックは存在していたものと思われます。オラクル細胞も散らばっていたかも……」

 

さすが……と言うべきか。こいつが研究者でないのは損失だな。

 

「確かに、特異な偏食場が存在するってのは観測されてた。それがアラガミによるものかどうかは全く分からなかったんだが……」

 

あの作戦は、今になって考えればお粗末にも程がある代物だった。

アラガミの特性を考えるわけでもなく、ひとまず集まっているからやってみるか。

根底にあった発想がそのレベルだった上、放射性物質やらを喰らって進化するアラガミの存在も考慮しなかった。

立案に関わっていればまともな作戦を立てられたとは思わない。だが、少なくとももう少し堅実な方法は採れたのではないか。どうしてもそう感じる。

 

「作戦以前に、その組織は回収されましたか?」

「分からん。今と違ってな、神機使いってもんが弱かった。実力も立場も……オラクル細胞を押し固めた弾丸を撃ってる軍隊の方が、頭数も権限もでかかったんだ。こちとら使い捨ての尖兵でしかなかったってわけだ。」

 

爆心地に囮として捨て置かれる程度には……無駄遣いの出来る資源と見られていただろう。

 

「あー……俺からも一ついいか?」

「はい。」

「お前の言う通りと考えて、ジャヴァウォックはつまり?」

「……ひどく複雑なオラクル細胞の塊。あるいは全く逆の、極限まで始原的な、レトロオラクル細胞に似たものの塊……」

「そうか。うっし。キュウビ追跡の打診もしとくか……」

「も?」

「ん?ああ。ちょいとあってな。別件で上に掛け合ってる。」

 

こいつが関わるかが分からない以上、詳細は話せない……な。うん。

ただまあ、それ以上に……

 

「……根は詰めるなよ。ひでえ顔だぞ。」

「あ……」

「キュウビもジャヴァウォックもそうだが、お前だっていろいろ未知数だ。無理はするな。」

 

……ま、俺が言ってもあんま聞かねえかねえ……

 

   *

 

「探査範囲の拡大を確認。全てのレーダーの活性化が終了しました。お疲れさまです。」

 

偏食場レーダー。その精度と探査範囲の弱さは、けっこう前から言われていたことらしい。

それにオラクルを流し込んで活性化させる。というのが、今日の私の任務だった。

……面倒。

 

「ん。じゃ、ちょっと寄り道するから。」

「え?はあ……」

 

……それでも受けたのには、一つだけ理由がある。

 

「これで映らないよ。母さん。」

 

アリスの偏食場に限定して、レーダーに映らないようにすること。

どうせ私や神楽からはバレバレだし、ジャヴァウォックと類似しているとは言え見分けるのは容易い。

……母さんが言った、私への我が儘だった。

 

《……ありがとう。この辺り、少し懐かしかったから……》

「懐かしい?」

 

旧ドイツ郊外。駐留地点からいくらか距離もあり、この位置に来るまでいくつかの支部を巡る羽目にもなった。能力が幸いして、たいした時間はかからなかったが。

 

《あなたのお父さんの故郷だったのよ。この辺りが。》

「へえ……」

《まだアラガミが出現する前……正確には、人が世界を席巻していた頃に出会って……気が合ったのかしらね。意気投合したわ。》

 

表情が現れるはずもない顔は、心なしか照れているように見える。

 

《それが、今から二十年と少し前。それから……五年後ね。あなたが生まれたの。》

「じゃあ、私は二十歳近いわけ。」

《ええ。神楽さんより少し下よ。》

 

こんな形で自分の出生を知ることになるなんて思いもしなかったけど、これはこれで、ある意味面白い。

もう少し踏み込んで聞いてみようか。思った矢先、母さんの声はトーンが大きく落ちた。

 

《……その時点で、あなたはアラガミだったわ。》

 

自分を責めるような口調に何を聞くことも出来ず、無理とまでは行かない方向転換をする。

 

「……前聞いたときから気になってたんだけどさ。ジャヴァウォックに侵食されてたってどういうこと?」

 

私がお腹の中にいるときに、侵食されていた。母さんはそう言っていた。

 

《……ごく僅かずつ喰われていたの。体の内側から。》

「内側?」

《食べ物に混ざっていた……いいえ。混ぜられていたのかもしれない。》

「……」

《あなたのお父さんは、そこそこ裕福な家の楽師だった。その家で開かれるパーティーで演奏したり、娘さんに教えたり……そのお礼にって、時折お菓子を焼いてきてくれて……たぶん、それに混ぜ込まれていたんだと思う。》

 

……理解が追い付かない。

何?はめられたとか、そういうこと?

 

《あなたが動かないといけない時期がもうすぐ来るわ。》

「……どういうこと?」

《……しばらく、さよならね。》

「ちょっ。待って……」

 

母さんが消えた。それも私の探知範囲外まで。

そういう事実は簡単に理解できるのに、母さんの言葉の意味がろくに見えない。いつかみたいに“先”が見えるようなこともない。

……私に、どうしろって言うの。



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歪曲

 

歪曲

 

とてもいい。この子の力は、やはり私の思った通りだ。

 

「……ナナさんね、なんだか、すごく美味しそうに見えた。」

「美味しそう?」

「うん。傍に行って食べたいって。」

 

ナナの血の力を考えればそうなって当然……少し効きが強いけれど、それだけ結意がアラガミとして大成し始めているということだろう。

懸案事項は、少しアラガミに寄るのが早いこと。

アラガミを引きつける力。ナナの血の力に誘われるのは当たり前とは言え、美味しそうとまで感じるのはまだ早い。

あまりあからさまになると、ブラッドどころか極東の神機使いにも不審がられることになる。

 

「ふふ。面白いことを言うのね。そんなに美味しそうだったの?」

「ん……」

 

少し軌道修正をする……いずれはそんな必要も出るだろうか。

 

「他の人の前で言っちゃだめよ?変な子だと思われるもの。」

「そう……かな。」

「ええ。」

 

……やはり、サテライトに行く前と比べて著しく人間性が薄れたように見える……自分がアラガミだと言うことを自覚し始めたのかもしれない。

自覚することはいい。問題はそれが一段跳ばしになったこと。

おそらく今の結意は、自分の発言が人からどう見られるかを考えていない。

 

「人間は臆病だもの。」

「……そっか。そうだね。」

 

……いや。違う。今の彼女はもっと何か……

 

「ねえ。お義母さん。」

 

壊れているのに冷静。落ち着いているのに焦燥。どこまでもアンバランスだと言うのに、そのまま均整を保っている。

 

「私ね、昔のことを思い出してみたの。」

 

その言葉は、そんな彼女への違和感がどうでもよくなるほど待ちわびたもの。

ようやく。ようやく行き着いたのね、結意。偉いわ。

さあ。開花の時よ。結意。早く手向けてちょうだい。死にゆく星へ献花を。

これを待っていた。彼女が自らに疑問を持つ時を、心の底から待っていた。

 

「……お姉ちゃんがいないの。どうして?」

 

   *

 

「端的に言えば、ナナ君の血の力が彼女の意志に反して発動した。ということだね?」

「ジュリウスからは、そう。」

 

……なぜ俺が……いや、判断の理由は分からなくもないが……

今のブラッドで、半アラガミの神機使いとの接触回数が最も多く、かつ先日の一件での結意も見ている。

ジュリウスの奴が俺を派遣したのは、おおよそそういう理由からだろう。

……正直、この学術的な話ってのは得意じゃないんだがな……

 

「なるほど。だとすると、ナナ君の血の力はアラガミを引き寄せる。いわば誘因とも言うべき力なんだろう。」

「はあ……」

「ジュリウス君の統制。シエル君の直覚。それから君の鼓舞。発現は、ナナ君で四番目かな。」

「四番目?」

 

ジュリウスの後に結意が来るはずだ。ラケル博士の話では、あいつの血の力は喚起。ナナは五番目になる……

 

「結意君の力のことを言いたい。違うかい?」

「そうです。あいつはジュリウスの後に……」

「うん。確かにそう見えるだろうね。」

「見える?」

「ジュリウス君も知らなかったようだけど……どうやら、フライアの博士達は心配性みたいだ。」

「もったいぶらないでください。どういうことですか。」

 

血の力でないというなら、これだけ連続して発現しているのは何故だ。

その質問を投げる前に、博士は言い始めた。

 

「君やナナ君の場合、アナグラに着いてから発現しているだろう?だからこちらでも観測出来たんだが、さすがにそれ以前の三人についてはどうともし難くてね。ラケル博士に情報開示を求めたんだ。」

「発現時の、ですか?」

「そう。向こうも快く開示してくれたんだけどね。一個だけおかしいんだよ。」

 

コンソールを数度叩き、いくつかのグラフを表示する。

 

「結意君の喚起が情報通りのものである場合、ブラッド隊以外の神機使いにもブラッドアーツが発現していなければ、辻褄が合わない。」

「……はあ?」

「直接的な言い方をするなら、結意君の血の力は発現していない。あるいは発現しているけど、喚起とは違う何かだ、ということさ。」

「いや、しかし……」

「分かっているよ。喚起という力がなければ、君たちがこれほどまでに早く、血の力を発現させることもなかったろう。」

 

表示されたグラフの内三つがクローズアップされる。

神楽・シックザール。ソーマ・シックザール。渚。それぞれに振られた名前はそんなものだった。

 

「これは?」

「極東支部所属の半アラガミ神機使い達。そのアラガミとしての能力使用時の偏食場波形さ。重ねるよ。」

 

数カ所で一致している……というのを言いたいのだろうか。

 

「ここに、こちらで確認した結意君の波形を重ねる。」

「あいつの?」

「いろいろあってね。実は彼女は神機を使っている間、必ず能力を使っているんだ。」

 

鼓結意、と銘打たれたグラフは、他三つと同じ位置で一致点がある。

 

「彼女の神機は、君たちがここに到着した時点で完全に壊れている。それが神機として動いているのは、単にオラクルを彼女自身が配しているからだ。」

「……それが、これだと。」

「察しがいいね。僕に言わせるなら、結意君は血の力を、血の力ではない形で発現している。」

 

言葉を切った博士に頷きを送る。

……聞いておかなければいけない気がした。ジュリウスが俺をここに寄越した理由が、きっとここにある。

ラケル博士が隠そうとしていることを、ラケル博士に知られず、理解しなければならない。

 

「シエル君を始め、君たち三人の血の力を強制的に目覚めさせた、アラガミとしての力。言うなれば……支配。かな。」

 

……ラケル博士は、いったい何をしようとしている。

 

   *

 

第一ハイヴ跡地。

中心部はオラクル細胞の存在しない領域になっているものの、外周部は未だ、神の世界でしかない。

……リンドウから連絡のあった、ジャヴァウォックの組織片。あるとすればここだ。

 

「どうだ。」

「ダメっぽい。瓦礫が多すぎて、見た目も分かんないんじゃ探しようがないって。」

「同じく。どうする?ソーマ。」

 

親父に確認は取った。確かに、正体不明のオラクル細胞塊がここに運ばれていた、と。

そのままの勢いで回収を特務指定しやがったのは……一発ぶん殴るかとも思ったが、その迅速さが取り柄でもある。

結果として各部隊の隊長が動くことになっちまったが……まあ、何とかなるだろう。

 

「にしても、ここがねえ……」

「あ?」

「暴走させられた愛しの王子様を、命がけで救った姫君の……うぐっ!」

「殴られてえか。」

「……大丈夫っすか?ハルさん。」

「て、手加減してくれると助かるんだがな……」

「却下だ。」

 

……言い方はともかく、確かにそうだ。

あいつの故郷だった場所で、俺はあいつと戦った。

 

「なあ。帰るまでちょっと余裕あるんだろ?」

「時間は多めに申告してある。状況も分からなかったからな。」

「じゃあさ、慰霊碑寄ってこうぜ。ここまで来ることって少ないんだし。」

「……ああ。」

 

遺体のない墓。それ自体は、このご時世じゃ珍しくない。

だがどうも……自分と少なからず関わりのある場所がそういう状態にあるってのは、やるせないもんだな。

 

「……行くか。花もねえが」

「深くは気にしなくて良いもんだぞ。大事なのは、忘れてやらないことだしな。」

「お!ハルさん、たまには良いこと言いますね。」

「……さり気なく抉りに来てないか?」

 

飽きない連中だ。

 

「にしても、オラクル細胞が存在しない、ねえ……」

「ああ……いや。その認識で構わない。」

「違うのか?」

「外から自然には入ってこないだけだ。オラクル細胞自体は、別に影響なんざ受けてねえ。」

 

誘因が可能なら、排他も可能。その良い例だ。どちらかと言えば本能的に避けているだけだろうが。

それだけに、ここに来る度思い知らされる。アラガミへの戦力でありこそすれ、アラガミがいない世界においては兵器と何ら変わりないのが神機使いであり、その神機使いがアラガミの次に矛を向けるであろう対象が俺達だ。

立場上明らかに矛盾しちゃいるが、少なくともあいつと生きていられる間は、アラガミが幅を利かせていてもらいたい。

この体は、所詮人間にとっては危険物以外の何物でもない。

 

「あー……確かに、この辺でアラガミって出ないような……」

「一体も出てないだろう。いい加減、そういう資料にも目を通せ。」

「……気が向いたらってことで……」

 

……だがおそらく、ここは俺かあいつが死んだ時点でその効力を失うだろう。

アラガミが寄りつかない絡繰りはあくまで偏食場であり、推論段階ではあるが、元となったコアが動いているからこそ存続している状態にある。

俺とあいつの偏食場が、たまたま上手い具合にぶつかり、たまたま残留した。たったそれだけの不安定な聖域。

神機使いを引退したら、あいつはその研究でも始めるだろうか。

 

「……」

 

……そうだな。ここに家を建てても良いかもしれない。

俺とあいつと、もう少し増えるだろうか。夢物語だとは思わない。

 

「おーい。置いてくぞ。」

「ああ、悪い。」



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誰かのためと自分のため

 

誰かのためと自分のため

 

屋上で、ユノさんが歌っていた。

……悲しい歌。あまり知識はないけど、きっと、誰かを悼む歌なんだろう。

 

「……」

 

近くまで行っても、なかなか気付かれない。集中しているのかな。

それとも、私がここにいない。なんてことだったりするんだろうか。

……それでもいいかもな。どこかで、私は思っていた。

私がいなければ生きていられた命もあるって、それを知った。知る事実を、思い出してしまった。

私は……

 

「……結意ちゃん?」

「あ……」

 

いつの間にか気付かれていた。残念。どうやら私は、消えられたわけじゃなかったらしい。

 

「大丈夫?元気なさそうだけど……」

「……はい。大丈夫です。」

 

人が怖かった理由も、分かった。

……ただただ怖かったんだ。本当に。いつか復讐されるかもしれないから。

私のせいで死んだ人達。私が殺した人達。全部が寄り集まって、私の中で恐怖の形を作っていた。

それを理解したから、怖くなくなったんだろう。復讐するような人は誰もいないって、知っているから。

 

「さっきの歌って……」

「鎮魂歌。時々歌ってるんだ。戦うことは出来ないけど、せめてゆっくり眠れるようにって。」

 

……そうか。この人も、怖いんだ。

自分の見ていないところで死ぬ人。それは、自分がそこにいたら、もしかしたら助けられたかも知れない人。

どれだけ可能性が低くても、その事実は揺るがない。

同時に、自分がそこにいなければ生きていたかもしれない人。そんな人だって、やっぱりいる。

 

「あの……」

「ん?」

「鎮魂歌だけど鎮魂歌じゃない……と言うか……そんな歌って、ありませんか?」

「……?」

「たぶん死んでいるけど、けどもしかしたら生きているかも知れなくて……それで、もし死んでいたなら、きっとそれは私のせいで……」

 

そう。きっと私のせい。顔すら思い出せないままだけど、あの人が死んでいるなら、それは私のせい。ムカつくほど確実で、叫びたくなるほどどうしようもなく、私のせい。

何があったのかだって覚えていないけど。

あの日って、つまり何だったのか分からないけど。

 

「……万に一つも生きていられないようなことを、私がしでかしてると思うんです。」

 

それは確信。不確かな事実に抱いた、運命みたいな感情。

聞いたユノさんは、困ったように笑っていた。

 

「ごめんね。ちょっと嬉しくて。」

「?」

「結意ちゃんって、なんだか距離があるような気がしたから。そうやって自分のことを話してくれたの、ちょっとだけ嬉しいんだ。」

 

……私に使う言葉として、嬉しい、なんて、あっていいんだろうか。

 

「んー……鎮魂歌だけど鎮魂歌じゃない、かあ……」

「……」

 

ううん。だめだ。嬉しいなんて言われちゃいけない。

恨みを。妬みを。怨嗟を叩きつけられこそすれ、プラスな言葉なんてかけてもらっちゃいけない。

 

「……ごめんなさい。変なお願いしちゃって。話して少し楽になったので、もう大丈夫です。」

「え?でも……」

 

ミリミリ、と軋む胸の中。本当に痛いような気もして、私はそこを抑えながら逃げるように立ち去った。

そう。それに、もうすぐ来る。それが今立ち去る理由。それ以上も以下もない。ないんだよ結意。私は神機使いなんだから、ちゃんとアラガミを倒さなきゃ。

 

「……そうでしょ?お姉ちゃん。」

 

   *

 

「極東支部より北西方面!アラガミの群が接近中です!出られますか!?」

 

厳しい、と言っていられる状態でもない。掃討作戦はブラッドの不手際で不完全燃焼に終わったに等しく、他の部隊はそれにかかっている。

今アナグラで動けるメンツと言えば、ナナ以外のブラッド隊くらいなもの。幸いにして三人がエントランスにいる。

 

「ギル。シエル。先行して出撃してくれ。偵察部隊からの情報を待つより、こちらで確認する方がいい。」

「ナナはどうする。」

「待機だ。この状況下で再度暴走した場合、被害の規模が計り知れない。」

 

ロミオと鼓はアナグラにいるはずだが……鼓の状況を鑑みる限り、二人だけで出させるわけにもいかない。

 

「アラガミの群を発見した場合、まずは注意を逸らすことに専念。俺と鼓、ロミオで追って出撃する。本格的な戦闘はそれからにしろ。」

「了解。隊長もお気をつけて。」

 

言って行かせようとした矢先、別の警報が鳴り響いた。

……車両格納庫への無許可立ち入り……だったか?これは。

 

「何があった。」

「格納庫側からの連絡はなし。アラガミの侵入ではないようですが……これ、腕輪反応?」

「腕輪?」

 

誰の、と聞くまでもない。

今アナグラにいる面々を考えれば、わざわざ無許可であそこに行く神機使いなど一人しかいないだろう。

その一人が、現状大きな問題でもある。

 

「偏食場の確認を!ギル!シエル!追って無線で指示する!ロミオの神機を持って出撃してくれ!」

「ナナか!くそ……」

「ロミオに通達を!ヘリポートに直行しろと!」

「はい!」

 

神機格納庫へ入る二人。続けて鼓から無線が入った。

 

「ジュリウスさん。今どこですか?」

「エントランスだ。お前は。」

「外です。」

「……外?」

 

市街地にいる、ということだろうか?

 

「無線指揮車……なのかな。ナナさんが乗っている車両を追っています。極東支部を北側から出て、そのまま大回りで北西へ。アラガミの群にかするようなルートで……たぶん廃寺方面……もう間もなく到着すると思います。」

「待て鼓!神機は!」

 

フライアにあるならまだ持って行ったとも考えられるが、彼女の神機はここの格納庫だ。その上、進行方向からしても寄っているとは考えづらい。

とすれば、神機なしで出ていることになる。

 

「……?だって、必要ないじゃないですか。」

 

さも当然の如くそんなことを言ってのけた。

……知っているさ。確かに、あれはもう壊れている。使い物にはなっていない。同時に、問題はそんなところでもない。

お前は人間で、神機使いだろう。アラガミではないだろう。

 

「ふざけるな!」

「え?」

「お前の神機を持って行く!そこから動くな!これは命令だ!」

 

失いたくない。失うものか。お前は俺の部下だ。仲間だ。戦友だ。ブラッド隊の誰一人として欠けさせなどするものか。

命がけで守ってやる。お前達がいて、ようやくブラッド隊になるんだ。

 

   *

 

手ぶらで外に出ている違和感は、むしろ心地よかった。

あの日もこうして……いやまあ、あの日っていつなのかって想いはまだあるんだけど……それでも、軽い右手が体に馴染む。

 

「よかった。」

 

戦うな、とは言われなかった。

 

「あ、でも……だいたいナナさんの方に行っちゃうかな?」

 

それは嫌だ。せっかく引き剥がそうと思ったのに、それじゃあ意味がない。

……ナナさんと同じ偏食場、出せるかな。

試してみよう。ちょっとくらいなら出来るかもしれない。

心を落ち着けて。アラガミから美味しそうって見られるように。湖面に小さな波紋を立てるように、ゆっくりゆっくり広げよう。

 

「……」

 

パキパキと小さな音があちこちで響く。オラクルが空気に擦れる音。普通なら聞こえないその音が、しっとりと耳に馴染む。

……幼い頃、ずっとこれを聞いていた気がする。小さく小さく。だけど確かな、記憶の中の音。私が私を見ていない記憶の音。

あとはこれを。

 

「……せー……の。」

 

大きくするだけ。

遠くでナナさんが発しているオラクルとぶつかって、一際大きな音を立てる。少し圧しちゃったみたいだけど、ナナさんまでは届いていないだろうから……まあ、これでいいや。

色々なものにぶつかって跳ね返る波は、何がどこにあるかも教えてくれる。シエルさんとギルさんが乗ったヘリが廃寺方面に飛んでいたり、その先にたくさんのアラガミと、ナナさんがいたり。あ、遠くにジュリウスさんもいる。ちょっと先に極東支部。

それらよりずっと近くに、アラガミもいる。

 

「いらっしゃい。」

 

美味しそう、とはもう思っていない。と言って、他に何を思うわけでもない。道端の石ころ一つ一つに、毎度毎度何かしらの感情を抱く人はいないだろう。

ああそうか。これが今の私なのか、と。

心の中はバカみたいに静かで、しっとりと濡れている。ここは冷たい霧の中。

おかしいね。ぐしゃぐしゃのはずなのに。私は三歳で、中身は十四歳で。しかも十二歳までいる。まとまらないはずの私は、けれど一つだった。

 

「……始めよう。このままじゃ、危ないもんね。」

 

ジュリウスさんを危ない目に遭わせたくない。ブラッドの皆には、ずっと生きていてほしい。

それが私の戦う理由。それ以上も以下も、いらない。

皆を守れるなら、私はアラガミの王になろう。

 

   *

 

「ごめん!お待たせ!」

「早くしろ!」

 

神機は俺達が持って行ったにも関わらず、ロミオは遅かった。

 

「出してくれ!ったく。何してやがった。」

「悪かったっての!これだよこれ。」

 

バックパックからアルミの包みを取り出す。中身は……いや。突き破っている串でもろバレか。

 

「おでんパン……ですか?」

「ナナの奴、たぶん腹空かせてるだろ?だったら持ってってやらないとさ。」

「バカが。それより救援が先だろうが。」

「なにおう!」

「文句あるか。」

 

……こいつに苛々するのは今に始まった話じゃない。昔から無駄は多い奴で、神機使いとしてはブラッドで古参に当たる俺からすれば、あまりに突っ込みどころがありすぎる。

だが、まあそれはさほど気にならない。純粋に経験値の差もある。こいつの突進力が有用なときも多い。

それでも最近のこいつは……

 

「戦闘前の無駄な消耗は避けるべきと考えますが。」

「……」

「……分かってる。」

 

生き急いでいるように見えて仕方ない。無理な訓練メニューで疲労が溜まり続けているのは見ていれば分かる。

その様が、僅かにケイトさんを思わせる。神機使いとして最後まで、最期まで戦い続けることを決意し、貫いたあの人は……そうであったが故にいつもボロボロだった。

 

「あれは……ナナさんが乗っていた車両?」

「腕輪反応はもう少し先だな。壊れて捨てたか?」

 

地上を見ながらも、俺の頭はロミオに何を言ってやろうかなんて考えで埋まっていた。

この状況でナナに食い物持ってってやろう、とか考えられる奴、お前しかいないんだろうが。生き急いでんじゃねえ。

そう本心を組み立てたのは一瞬で、次の瞬間には小言や文句の類に変わっていた。



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戦う理由

 

戦う理由

 

「ここまで来れば……」

 

ここまで来れば、アナグラは大丈夫。アラガミは引き付けられているはず。

私のせいでアナグラの皆を危ない目になんか遭わせられない。

望んでもいない誘引なんていう力。使うなら、誰かの役に立てるなら今しかない。私自身を囮にしてアナグラの皆を守る以外、使い道はないんだ。

 

「私がやらなくっちゃ。今度は、私が守るんだ。」

 

お母さんと、何人もの神機使いを殺したアラガミの大群。もしかしたら、私が引き寄せちゃったのかな。だとしたら烏滸がましいけど、今はお願い。手を添えるだけでもいいから。

目の前には四体のヴァジュラテイル。奥にはコンゴウが見えていて、確かシユウ種も群がいたはず。

絶体絶命、かなあ。

 

「……上等!」

 

倒してみせる。守ってみせる。私に出来ることは、それだけだから。

 

   *

 

突然の呼び戻しにヘリの中で状況の説明を受けながら、安心とも焦燥ともつかない感情を抱いていた。

状況は芳しくない。ながらも、極東支部そのものへの被害はないと考えて構わない。それだけに、この後どうなるかはなかなか読めない。非常に面倒な絵を描いている。

 

「ってーと、俺らはアナグラで待機かね。」

「だろうな。見事にもぬけの空だ。」

 

ブラッド隊に任せていた支部防衛。それが動いていない。神機使いの人数不足ってのは結局のところ慢性的だ。六人加わっても、どうにもならない局面は多い。

そんな中で、安全地帯で瓦礫漁りをしている隊長格三人……ともなれば、呼び戻されて当然だろう。

 

「あんま、ブラッドにゃ頼りたくねえなあ……」

「へ?あー。ギルって、ハルさんの元部下でしたっけ。」

「それはまあそうなんだけどな。別に、あいつに手柄取られるーとか、んなこた考えてない。俺が懸念してるのはもっと別のとこさ。」

「……鼓結意。違うか?」

「まあ、な。」

 

どうする?と軽く目を向けてきたハルオミに続きを促す。俺のことは気にしなくていい。むしろ、俺以外の意見を聞きたいと思っていた。

 

「グラスゴーで見たが、やっぱなあ……あのいわゆるアラガミの力ってのは、そう簡単に制御できるもんじゃないと思ってる。言っちゃ何だが、ソーマ。その点に関してはお前も不安だ。」

「それでいい。」

 

むしろ、そうであってもらいたい。俺自身がこの力は不安に感じている。

 

「つっても、それなりに制御していることも知っている。だから正直、お前等三人に関しちゃ強くは気にしてない。……んだが、あの子はどうも……」

「制御する前に使われているように見える……だろ。」

「そういうこと……って、おーい。コウタ。湯気出てるぞ。」

「……んが?」

 

一度、オラクルに関する基礎講義でも突っ込んでやろうか。寝られない環境で。

 

   *

 

「三十七……三十八……三十九……」

 

少し引き付けすぎたかもしれない。都合四十体目の屍を作りながら、私はぼんやり考えた。一体一体は何てことはない相手でも、こう数が多いと骨が折れる。それこそ、限界が見えるくらいに。

そしてもう一つ。数とは別に、面倒な点があった。

 

「四十三……あ。またやっちゃった。」

 

神機を軸に放出しているのとはわけが違い、距離が離れるほどに狙いがばらける。追尾もさせられない。放出量を増やして、点でなく面で攻撃する必要がある。

ゆっくり狙えばそんなことはない……と思うけど、さすがにそんな余裕はない。

ああでも、なるほど。つまるところ私の力は、範囲攻撃だとかに向いているのだろう。狙い撃ちが出来ないなら、当たるまで攻撃を広げればいい。広く、広く。どこまでも広く爆心を広げれば、私の手はどこまでも届く。

もちろんそれは色々無理があって、結局は放射状にオラクルを飛ばすのに落ち着くんだけど。

……オラクル切れ、なんて言い方が正しいだろうか。ともかくも、もうそんなことが出来るほど、余力はないのだ。

 

「五十……」

 

近くまで来たドレッドパイクの群を、横薙ぎに喰い裂く。放出するわけじゃないなら、ずいぶん安定させられるみたい。

……盾にしか使っていなかったのに。私はいつの間に、これほど自由に扱えるようになっていたんだろう。

飛ばしたものはともかく、腕に象ったオラクルの刃の根本から先端まで。地面をしっかり掴めるように作り上げたスパイクの一本一本まで。背中を基点に、自由に動かせる形にした盾代わりの義肢の隅々まで。

それらが全て皮膚や骨の延長のように、私の感覚として広がっていく。増やせば増やしただけ、減らせば減らしただけ、ずっと昔からそうだったかのように感じられる。

 

「……まだ……」

 

私の背中には、とても。どこまでも。語り尽くせないほど大切な人がいるんだと。食べてしまいたいほど守りたいものがあるんだと。

そのことに、私は私でなくなって初めて気が付いた。

だけど、困ったな。なんだか眠いや。疲れちゃった。

ねえジュリウスさん。私、けっこう頑張りました。いっぱいいっぱい、皆のことを守りました。

あと少しだけ……あと、ほんの少しだけ戦えるんです。生きて、絶えるまで戦って……そうしたら、誉めてくれますか?私を、一度だけでも名前で呼んでくれますか?

私がいたから生きている人がいるって、そう思わせてくれますか?

 

   *

 

……覚悟はしていたけど、予想を遙かに上回る数のアラガミに囲まれている。

いやでも、車で逃げていたときよりはけっこう減ってるかもしれない。なんとか終わりが見えてきているし、これなら……

 

「……あれ?」

 

かくっ、と、膝が折れた。

気付けば足はガクガクと震えていて、神機を持つ手の感触も定かじゃない。長時間の戦闘で疲れ果てたってこと……なんだろう。

あと少しなのに。アラガミの群にも、もう終わりが見えているのに。私はこんなところで立ち止まってなんかいられないのに。

だから、もう一体。それが終わったらまたもう一体。一体ずつでも、前に進むんだ。

 

「だから、お母さん。」

 

あなたを死なせた私だけど。

 

「力を貸してね。」

 

間に合うかな。ちょっと厳しいかも。目の前で口を開くオウガテイルに、のろのろとハンマーを振るって……

瞬間、その姿は視界から消えていた。

 

「おう!いくらでも貸してやるぜ!」

 

代わりに、ロミオ先輩が入っている。

 

「シエル!残りは!」

「小型十一、中型二!」

「中型は引き付ける!小型を掃除しろ!」

「了解!」

 

シエルちゃんに、ギル。

なんで?どうして?なぜ皆がここにいるの?

 

「ダメだよ!私の側に来ちゃ……」

「よっ、ナナ。よく頑張った。あとは先輩に任しとけ。」

 

違うよ。そんなことはどうだっていいの。私の側にいたら、どんどんアラガミに囲まれちゃう。

そんなの嫌だ。私のせいで皆が死ぬのなんて、絶対に。

 

「逃げて!私がいたら、どんどんアラガミが寄って来ちゃう!」

「良いじゃねえか!手間が省ける!」

「追跡の必要がない。可能な限り疲労を抑えるべき戦闘において、非常に有用な戦術です……大型一体、作戦エリアに侵入!ロミオ!ここは頼みます!」

「分かった!」

 

逃げて。お願いだから。

ああもう。どうして私は、嫌なのに嬉しいの。

 

「やだよ!皆が死んじゃったり危ない目に遭うなんて、絶対……」

「るっせえな……」

「えっ……?」

 

ギルの言葉が弁を遮る。

 

「お前からすれば違うだろうがな、俺らから見りゃお前も皆の中に入るだろうが!」

「ギル……」

 

それは予想外で、苦しくて、嬉しくて、何だかよく分からない涙を止め処なく流させる。

私は、生きていてもいいの?

 

「お前のおかげで、極東支部は無傷だぜ。ほんと頑張ったよな。」

「ロミオ先輩……」

「ナナ。あなたは、今何をしてほしいですか?」

「シエルちゃん……」

 

私は……

 

「……ごめんね、みんな。勝手だけど……」

 

もし、みんなといてもいいのなら……

 

「力を貸して!」

 

こんなに嬉しいことはない。

 

   *

 

「っぁ……」

 

オラクルが消えた。まだ盾代わりの一本だけだけど、よくよく気を付けて見てみれば、他もずいぶん希薄になっている。

ここが私の限界点。戦いきれなくなった。そういう、とても単純な事実で、事態だ。

防げなかった氷柱で皮膚は裂け、傷口はピキピキと凍り付いている。血が出ていないのはある意味でありがたく、氷が奪う体温がどこまでも苦しい。

途中から数えるのをやめた討伐数は、今も尚増えている。今なお、私は引き寄せ続けている。

ナナさんの偏食場の真似事なんてもうしていないのに。つまるところ、私自身が寄せ餌の役割を果たしている……ということなのだろう。

 

「……まだ。」

 

それでも、まだ。

インカムからナナさん達の声が聞こえる。皆で一緒に戦っている。私、少しは役に立てたかな。

だから、まだ。

この声が聞こえなくなる時まで。ナナさん達が戦闘を終えるその時まで。

もうオラクルをいくつもいくつも形成している余力はないから、そう。刃とスパイクだけでいい。それだけあれば、私はまだ戦える。

 

「……ジュリウスさん……」

 

嘘でもいいから、誉めてくださいね。怒っていてもいいから、頭を撫でてくださいね。

バカで親不孝で不躾な私の、末期のお願いはそれにします。



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誰もが一人も死なせたくないから

 

誰もが一人も死なせたくないから

 

あれだけ多かったアラガミは、いつしか残り一体にまで減っていた。

私だけじゃどうにもならなかったであろうそれは、大切な三人が加わってくれたことでようやく、成し遂げられている。

バカだな、私。初めっから、頼ったって良かったんだ。そのことに今更気が付いた。

 

「これで……」

 

帰ったら、いっぱいありがとうを言おう。いっぱいごめんなさいを言おう。

 

「お終い!」

 

きっと、今日一番の鉄槌を叩き込みながら、私はおかしくてたまらない。

ついさっきまで空っぽだった背中を皆が守ってくれている。皆の背中を、私が守っている。

これが守りたいということ。その本当の意味なのかな。バカな私はよく分からないけど、それでも、重たくて、心地良いことは分かる。

 

「ほら。腹減ったろ?」

 

ロミオ先輩から渡されるおでんパン。時間と場所とでひんやりしているそれは、不思議と温かい。

 

「えへへ……冷めちゃってるよ……」

 

それどころか、動き回ったせいで汁が外側にはみ出している。アルミ箔の内側はべっとりとしていた。

だけど、それがなぜだか嬉しい。

 

「でも、美味しい……美味しいよ。」

 

ここで私は、遅ればせながらあることに気付く。

 

「って、あれ?隊長と結意ちゃんは?」

 

自惚れみたいだけど、こういう時は全員が来てくれるのがセオリーだったりするものじゃないんだろうか。隊長と副隊長、その両方がいないというのは、どうにもおかしい話にも思える。

聞くと、三人は顔を見合わせた後……

 

「そうだよ!結意もだ!」

「行くぞ!そういやもう一人迷子がいやがった!」

「連戦ですが、行けますか?」

 

行けるよ。行けるけど……

 

「あー……えと、どゆこと?」

 

まずは説明がほしいなあ、なんて思う私だった。

 

   *

 

早く、速く。足で追いつけるかどうか分かったものでないにしろ、ヘリを二機使うわけにはいかず、だからこそ気が逸る。

届くか?間に合うか?鼓は今どこに?

自然発火でもしそうな程熱くなった脳髄は、スライドショー気分で最悪の光景を思い浮かべ続け、熱を保ったまま極寒へと落ちる。

 

「くっ……」

 

不自然に重い左手は、鼓の神機の重さ。もはや形を保つのみとなったそれは、俺が触れても何も起こらない。

確かにこんなもの、あってもなくても似たようなものだろう。ああそうだろう。それがどうした。

あいつは神機使いだ。人間だ。誰が否定しようと、ブラッドの誰一人としてあいつを化け物とは思っていない。

歳に対して酷く冷静沈着で、経験より過分に強くありながら、年相応に青く、見た目通りに弱い。博士に甘えることが多く、隊員からはある種のマスコットのように思われ、何かと場を和ませる。

それが、ブラッド隊副隊長鼓結意という人間だ。

その姿を俺はようやく、視界の終端に捉えた。

 

「鼓!」

 

まだ声は届かない。そんな距離からでさえ、アラガミに幾周か囲まれた向こうにいる彼女が限界であると見て取れる。

最も外側にいた小型種を切り結びながらひた走る。速く。もっと速く。誰一人こぼさないように。

膝を付く鼓を見ながら、慣れない左の投擲体勢に入っていた。

あいつの目の前で、アラガミ達は心なしか歓喜している。幾多の同胞をほふった天敵へ、逆襲するその時が来たとばかりに。

させるものか。

妹のようなあいつを、失ってなどなるものか。

慣れない左の、慣れない全力の投擲。関節が悲鳴を上げるのもかまわずに、俺は彼女の牙を投げ飛ばした。

 

   *

 

インカムから聞こえる声は、ナナさんや皆の無事を告げている。ちょっぴり涙声で、いつもよりは静かに騒ぐように。

よかった。皆を守ることが出来た。

ようやく果ての見えてきたアラガミ達は、それでも困ったことに、今から全て殲滅するにはやはり多い。疲労とオラクル切れ。重くのしかかるそれらが、ある種の絶望を伴っている。

あと何体いるだろう。あと何体、私は戦うことが出来るだろう。あとどれだけの間、私は生きていられるだろう。

 

「……」

 

だけどね、あんまり怖くないの。今なら私は、私がいたことで守れた人がいるって思えるから。

私がいなければ生きていたであろう人はその何倍もいるけれど。それでも。

五人だけかもしれない。もしかしたら、それより少ないかもしれない。それでも。

一人くらいの役には立てたかなって、そう思えるから。

思えるから。思えるでしょ。思ってよ。この期に及んで白馬の王子様なんて期待しないでよ。生きていたいなんて考えないでよ。

 

「……ジュリウスさん……」

 

想い人の名前を口にしてしまう。ごく小さな声でも、大きな未練のようにのし掛かってきている。

抱く想いは、いったい何だろう。恋、とは違う気がする。お兄ちゃんがいたら、ちょうどこんな感じなのかな。

……ダメでしょ。結意。あなたが口にするべきは別れの言葉。ほら。口を開けて。

眼前に迫ったボルグ・カムランの針より数瞬早く、私は言う。

 

「たすけて……」

 

届かないはずの言葉。それに返されるのは、目前に迫った痛みであるべき。

 

「……え……?」

 

返礼は、後ろ……つまりは極東支部側から吹っ飛んで針を弾いた、濃縮オラクルのアンプルが括り付けられた私の神機。

そして、急ブレーキをかけるようにザリザリと鳴った足音。

 

「ああ、何度でも助けよう。隊長として、ジュリウス・ヴィスコンティとして、俺の手が届く限り助けてみせる。」

 

遅れて怒気をはらんだ声。およそ初めて耳にする彼のその声は、むしろ温かい。

 

「なんで……」

 

振り向くのが怖い。もしかしてこれは走馬燈ってやつで、振り向くと私の死体があるんじゃないだろうかとか、そんな想念に囚われる。

 

「だから、俺の側を離れるな!お前を死なせてでも生き残りたい人間など、ブラッドに置いた覚えはない!」

 

ねえ、本当に、あなたはそこにいるんですか?

とても怖いです。早く確かめたいのに、振り向く勇気すら出せないんです。

 

「間に合ったか!ナナ!」

「任せて!さー、こっちだよ!」

「ロミオはナナのカバーを!ギル、右に!」

「ああ!」

 

でも、そう。前の方で始まった戦闘は、間違いなくそこで起こっている。

じゃあ、やっぱり、そこにいてくれるんですか?

私の真後ろで聞こえる足音は、幻聴なんかではないんですか?

 

「鼓。」

「……はい。」

 

そうだ。チビな私の頭上を抜け、アラガミに突き立てられた神機は。

埃と誇りにまみれた黒と金の刃は。

私の頭に乗せられた、この手は……

ぜったい、ぜったい、ぜんぶが、ほんものだ。

 

「よく頑張った。」

「……はいっ……!」

 

夢になんてするものか。夢と言われて誰が信じるものか。

私はここにいる。ジュリウスさんもここにいる。みんなみんな、すぐ側にいる。

 

「まだ終わっていない。立てるな?」

「はい!」

 

足下のアンプルを起き上がりながら使う。微々たるものではあるけど、体の中でオラクルが流れ出す。

壊れて意味を成さないはずの神機を掴む。重たくなった右手は少しばかりの違和感と、幾重にも重なった安心感。

その刃にオラクルを充たして。

 

「直線上のアラガミを撃破する!その後、左右に分かれ挟撃!」

「はいっ!」

 

私はまだ、生きていてもいいですか?

 

   *

 

想定外だ。

もちろん、当初の想定から外れたと言うだけに過ぎない。全体を俯瞰すればたいした問題ではないし、ここからの修正も容易。大きな路線変更が必要になるわけでもない。

ただ、これまで予想を裏切らなかったあの子が、ここに至って大きくズレたのはやはり予想外だ。何かしらの外的要因が加わったとしか思えない。

様子を見るに、アブソルによるものではない。最も、あれが変な動きを見せることはないだろうが。

 

「……目星は付くのだけど……」

 

と言うより、あれの動きでないと半ば確信したことで、消去法的に見えてくる。

あの子の言ったお姉ちゃん。おそらくはそれ、ないしその周辺の影響。

そう思いつつも、どこかで違和感がある。そうではないと直感的な理解を持っているような、曖昧だがある意味最も信頼のおける、ただの勘。

もし結意が何もかも思い出したのなら……あの子の家族は、そもそも生きて会ったことのない母親を除いて禁忌であるべきなのだ。だからこそ私を母代わりとさせ、ジュリウスを兄か父親のように思わせることに成功した。

……考えれば考えるほどに分からない。どこで歯車がズレた?

確かめる必要がある。結論づけ、一つ連絡を入れた。

 

「お姉さま。マグノリアに、本部から査察が入るようです。」

 

査察とは名ばかりの強制捜査だろうが。

 

「出来損ないの零を起こしておきましょう。」

 

あの子の姉が何をしたのか、私は探らねばならない。



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題名を付けられなかった戯曲

 

題名を付けられなかった戯曲

 

ふわふわとした感触で目を覚まし、同時にそれが夢なのだと確信する。

……近頃、こういう夢を毎夜見る。確か、昔のことを思い出そうとした日から。

 

「いい?結意。ここが今日から、あなたのお家よ。」

 

お義母さんに話しかけられる。……より正確に言うならば、お義母さんに話しかけられている私を見ている。

そして、今この視点こそが、私の記憶と呼ばれる物であることを知っている。あの日思い出したものがこれであると、確かに理解している。

これは五年前の記憶と呼ばれる物……私がマグノリア・コンパスに引き取られた日、ということになっている日の、記録。

 

「おうち……?」

「そう。ここで、みんなと一緒に暮らすのよ。」

 

この日からおおよそ二年後まで、この私が私を見ている視点で記録が構築されている。しっかり私の視点として記憶しているのは、たったの三年間。

そして、この日より前の記憶と呼ばれる物も全て、私のものじゃない。

お父さんと話した記録。

お母さんと遊んだ記録。

三人で食卓を囲んだ記録。

アラガミに二人を殺された記録。

どれも記録だ。記憶じゃない。これは私のものじゃない。いなければならない人がいないことを、私は知っている。

そうやって考える内、目の前で再生されていた記録は、板切れに描かれた物として浮かび始める。私はその板切れを押しのけて、先へ進んでいく。

 

『逃げて逃げて……全て忘れるの。今日という日はなかったんだって。』

 

そうしてしばらく行くと、瓦礫の山の中で女の子を前に泣く場面がやってくる。

それは確かに、私の記憶。

 

『そして生きて。結意はどうなっても、絶対に結意だから。結意のままだから。』

 

あなたは誰?どうして私を知っているの?

聞きたいことはいっぱいあるけど、記憶の中の私は泣くばかり。そんなことは出来やしない。

無情にも巻き戻しすら許されないそれは、そこからもまだ続く。

 

『お姉ちゃんは絶対、忘れないから。』

 

お姉ちゃん、と言うあなたは誰?それは、血縁としての意味?それとも、近所のお姉さんとか、そういう意味?

 

『あはは……泣かないでよ。大丈夫。きっと世界は、そんなに苦しいものじゃないから。』

 

血だらけで倒れている彼女はただ、言葉を紡いでいく。

どこから見ても手遅れなのが明らかで、いくつもの致命傷を前に私は何をすることも出来ない。

 

『……だから、生きて。約束だよ。結意。』

 

かくん、と。元々弛緩していた体から、完全に力が抜ける。

それを見ながら、私は言うのだ。

泣いていた私は形を潜めて、唇を噛んでへの字になっていた口を、にんまりと開かせて。

 

『旨そうだな。これ。』

 

だめ!

 

『だめ!』

 

私と記憶の中の私の口が連動する。別に私が言わせたわけじゃない。この時、私は同じように言っただけのこと。

 

『なんで!?なんでよ!私こんなことしてなんて言ってない!』

『はあ?あんたが望んだから汚れ役引き受けてやったんだろうが。』

『違う違う違う!こんなの違う!』

 

それは奇妙な一人芝居。私は私を御すために、全力で叫んでいる。

 

『もう……もう全部消えちゃえ!みんなみんなだいっきらい!』

『……だったら……』

 

瞬間、私は自分の体から追い出される。視界が奪われるとかそういう話じゃなく、私がそこから消えていく。なんて感覚。

 

『あんたも道連れだ。手前勝手に作られて、手前勝手に消されるもんか。』

 

直後に全身が引き裂かれるような痛みを味わいながら、夢の中で私は意識を失っていく。それが目覚める直前のものだというのもよく知っている。

だから私は問いかける。この夢の中、最後にだけ会える彼に。

 

「あれは、あなた?」

 

その問いにあまり意味はない。違うことは感覚で理解しているし、そもそも、見た目の性別から何から違うのだ。

彼は……いや、それは嘆息して答える。

 

「いや。……まあ、全く違うわけでもないが。」

 

しっとりと覚醒に向け沈んでいく中、それの表情は窺い知れない。

だと言うのに、きっと呆れと自嘲と後悔の混ざった、そんな顔をしているのだろうと。私は確信にも似た予想を立て、瞼の裏に投影しているのだ。

 

「……今また同じことになったら、あなたは同じことをする?」

「それはない。……馬鹿がいてな。案外人間も綺麗なもんだと、まあ、そう思わされた。」

「じゃあ……」

 

朦朧とし始めた意識でもう一度問う。それはきっと、それがきっと、一番大事なこと。

 

「あなたは、私の味方をしてくれる?」

 

素直に答えない。その代わりだと言わんばかりに、それは跪く。

そうして芝居がかった忠誠を、手の甲への口付けと共に誓って。

 

「……命令を。我が王。俺は主に従おう。」

 

私は小さくそれに微笑みを返す。王なんかより、どうせなら白馬の王子様を待つプリンセスが好みだけど。

でもまあ、女王様の役割のジュリウスさんなんて言うのも、ちょっと面白い。だとしてナイトは?ルークは?ビショップは?配役は存外足りなくて。

 

「……アブソル。ジャヴァウォックが一人たるあなたに命じます。この世界と人間を、愛してあげてください。」

 

私の知らない固有名詞が二つ、私の知るものとして頭に浮かぶ。

それはきっと、本当の私の記憶にすらないはずの、存在し得なかった言葉。

 

「御心のままに。しかし有り難いな。それは俺の意志でもある。」

 

そうして、もう一つ微笑を送って。

寝汗でぐっしょりになりながら、私は半日ぶりに……ゆっくりと目を開く。

 

   *

 

ここ何日か、夜毎何かの夢を見ている。

たぶん、私がなくした記憶の断片とか、そういうのだったりするんだろう。起きたとき覚えていないのが恨めしい。

でも今日は……意外なことに、一つだけ覚えていた。跪いて手の甲に唇を……と。およそやりそうにない動きを、どうやら夢の中の私はしくさっていたらしい。

 

「おはよー。」

「おはよ……ねえ渚。寝癖すごいよ。」

「へ?……うわっ。鳥の巣だこれ。」

 

母さんがどこかに行って、数日。アリスもジャヴァウォックもその偏食場すら観測されず、何とも張りのない日々が続いている。

 

「ま、シャワー浴びれば大丈夫でしょ。」

 

その上、今は神楽が相部屋……食事の用意も何もしなくていい……というか、する余地のない状態。ぐうたらに拍車がかかる。

家事の一つくらいしておこうか、と考えた頃には終わっている、ある意味恐ろしい生活だ。このハイスペックとソーマが果たして釣り合うのか……いやまあ、何かで釣り合うから鴛鴦夫婦なんだろうけど。共依存出来る程度に良い組み合わせと言うのが正しいかもしれない。

なんて考えながら、それはある種自分もだろう、と突っ込みを入れる。神楽がこの場にいることが、精神的な安定をもたらしていることは確かなのだ。

 

「あ、リンドウさんから連絡。近々マグノリア・コンパスに行くって。」

「マグノリア?」

 

確か、孤児院か何か……ちょうど極東支部にいるって言う、ブラッド付きの博士が運営する施設だっけ。

 

「ふーん……いつぞやのアレ?」

 

P66偏食因子。それがもたらした事故は、あの後も数件発生した。

今ではP66型を使っての神機使い増員は行われていない。あれに適合した、って人も多少なりいたから、現職の神機使いたちは少なからず落胆している。

 

「それもあるけど、ソーマが調べてほしいことがあるんだって。ついでに、偉い人達の思惑が少し。」

「何それ。」

「いくつかの技術を独占するラケル・クラウディウス並びにレア・クラウディウスの研究データを入手したい……ってことみたい。」

「ってことは、行くって言うか忍び込むわけ?」

「うん。ほら、得意な人がいるから。」

 

傍らから指令書らしきものを取り出す。

潜入班には……ああ、うん。適任。

 

「エイジス潜入の功績は大きい、っと。リンドウも便利屋になってきたね。」

「あはは……」

 

まあ、極東支部の人員は須く便利屋扱いされている気もするけど。四人しかいない面子を四人とも使うつもりらしいし、その役割も……何というか、雑用臭い。

 

「にしても、なんか今日は元気だね。ソーマから電話でもあった?」

「ん?ううん。そういうのじゃなくて……」

 

このところ、素晴らしく暗黒面に落っこちていた気がしたんだけど……今日はずいぶんすっきりしている。

こうなる理由と言えばそう多くはなく、その大部分はソーマに寄るもの……なんだけど。

 

「リンドウさんに、根詰めるな、って……」

 

珍しいこともあるものだ。なんて、不躾に思った矢先。

 

「……言われたんだけど詰めた結果、気付いたら机に突っ伏してて……」

「……」

「お陰様で何やかんや惰眠を貪ったはいいんだけど、今度は首が痛くって……どうしようもないからベッドで横になって、また寝て……睡魔ってすごいんだね。」

「いや、睡魔云々は問題じゃないでしょそれ。」

「うっ……」

 

まあ、存外彼女も人間、と言うことなのだろう。ある意味喜ばしい。

 

「でも、ちゃんと寝てから考えてみると、案外どうにもならないことで悩んでるんだな、って……そう思えて。」

「とは言うものの、悩むのは止まらないから困ったものだ、って?」

「ん……たぶん、またすぐ思い詰めちゃうかな。」

「相変わらず面倒な性格だよね。神楽って。」

「そんなはっきり言わなくても……」

 

人心すら一時は……いや、突き詰めれば今も失っているような私より、彼女は人間だ。

アラガミとして私より強い彼女を人間と評するのは不自然で……抵抗すらある。それでも、事実は揺るがない。

 

「あ、そうだ……」

 

ふと思い立った、なんて様子で、神楽は端末を取る。

 

「どしたの?」

「うん。ちょっとリッカさんに。朝メールが来てたから、その返事。」

「……電話で?」

「電話で。」

 

ここで私は気付く。きっと、寝不足だの何だのって言うのはメインじゃない。

きっとそのメールとやらが、鬱屈した気分を吹き飛ばすに足るものだったんだろう。リッカからとなれば内容もだいたい見える。

 

「そか。じゃ、私は一人で任務行こっと。」

「え?別に長くは……」

「いーの。話したいだけ話しといでよ。」

 

どうせ長話になるくせに。苦笑を抑えつつ、エントランスに向かいながら端末を操作する。

 

「あ、ツバキ。十分後くらいにハンカチ持って屋上行っといて。……違う違う。別に“先”がどうとかじゃない。」

 

たぶんそのくらいで、嬉しくて大泣きする子供がいるからさ。

 

   *

 

支部のアンテナは屋上にある。支部内ならそれを介さず通話することも可能だけど、外との通話には必須な施設。

個人端末とアンテナの通信が最もよく通るのは屋上で……絶対に途切れさせたくない会話のために、寒空の下に私は出て来ていた。

 

「……あ、もしもし。リッカさん?」

 

トクントクン、と、心臓が高鳴っている。

 

「メール、見たよ。」

 

狂おしいほどの歓喜に、体がバラバラになりそうだ。

ねえ、父さん。あなたの技術は、今もしっかり生きています。

 

「もう神機は作ったの?……うん。うん……あはは!先に作っちゃったんだ!」

 

父さんが作って、私とソーマが復元して、リッカさんがもう一度、形にした。

見えますか?私の中にしかいなかったのに、今ではこんなに多くの人が、あなたを知っています。

嬉しい反面、ちょっぴり悔しいです。私だけの父さんじゃなくなっちゃいました。

 

「ナイフ?そんなに小さくなったんだ……あ、ううん!嫌なんじゃなくて、驚いちゃって。……あー。そもそもコアがちっちゃいってこと?……なるほどねえ。先はまだまだって感じ?……ん。がんばろうね。そっち戻ったら、結果合わせて再考する。」

 

母さん。見えますか?こんなに多くの人が、父さんを支えています。まるで自分のことみたいに誇らしいんです。

怜。凄いでしょ。私たちの父さんは、頭おかしいんじゃないの?って思うくらい、立派な人だったんだよ?あなたは地下室そんなに好きじゃなかったけど、あそこで世界がひっくり返るような研究が進んでたの、知ってた?

 

「うん……え?……あれ?なんでだろ……なんか、これ、止まんない……」

 

どうしよう。涙が止まらない。嬉しくてたまらないのに。こうして父さんが生きていることが、どこまでも誇らしいのに。

どうしよう。顔がぐちゃぐちゃだ。笑いたいのに、どこもかしこもシワクチャになっちゃう。

ああ、どうしようどうしよう。嬉し泣きなんていつぶりだろ。わかんないや。力入んない。立ってらんない。ああもう。ほんと、これどうしよう。

 

「……ありがとう……ありがとう、リッカさん……」

 

かき抱く肩が震えている。付いた膝が笑っている。間に落ちる涙で、小さな水たまりが出来ていく。

父さん、見ていてください。今はまだ全然届かないけれど、いつか追い越してみせるから。

ああ、どうしよう。もう端末も持っていられないほど、泣いて泣いて力が抜けちゃう。

 

「……リッカか。私だ。すまんな。話せる様子でもない。……ああ。また何かあれば、かけてやってくれ。」

 

その端末を、後ろからやってきたツバキさんが拾い上げた。

 

「こんなところで座り込むな。風邪を引くぞ。」

 

肩にかけられる上着の暖かさと、涙を拭いてくれる手の柔らかさ。それは、いつかの母さんを思い出させるのに十分で。

私はまた、泣いてしまうのだ。




ジュリウスみたいな兄か結意みたいな妹がほしいです(唐突)
段々と中の人の想いがにじみ出始めたような…まあ元々そうだったような…それはさておき。

先日、GER、GE2RB共にアプデが来ましたね。ミッションなかったですけど。神機もなかったですけど。砂でもショートでもいいのでください(地団駄
久々にRBを引っ張り出しましたが…捕食ってあんなにやり辛かったんですね。Rの捕食モーションにずいぶん助けられていたのを痛感しました。
よくよく見れば、Rで弐式(従来のコンボ捕食)も射程が延びているようですし…
とは言え、やっぱりバレットの自由度はRBが優ってますね…砂BBの残留弾の復活を切に願っていたりします。

なんて、色々話してますけども。一番文句があるのはそこじゃなくて。
…バーリオルぅ…
 ※破砕無属性ショート。切断スピアやら何やらと同系列のあれ。
なぜRにはバーリオル君がいないとですか。ベナンダンテ(切断無属性ショート。マルドゥーク装備)は対象アラガミがいないからまだしも…
シュヴァリエ(貫通無属性ショート。短剣勢にとってはお馴染み)含めて物理属性コンプリートしていたと言うのに、何故に解雇されとるとですか…
衣装も減り、神機も減り。戻ってみて痛感したせいで、インフラが一瞬で過疎に陥った理由が垣間見えた気がします。かむばっくばーりおる。

そんなわけで(どういうわけだ)、新作に一番期待しているのはバーリオル復活だったりします。破砕ショートがあるだけで捗る任務がゴロゴロと。
感応種も神融種も、その他2074年世代の新種たちも、何も言わずに復活するでしょうからね…システム面は気にしなくていいから、何卒バーリオル…
というか、システム面の変更はしないでください。狙撃判定の再認識が面倒です(をい


…あら?なんかすごい長くなってる(
さて。次回投稿ですが…ロミオ編を今月~来月中に突っ込めるかな?なんてところです。ナナ編のチェック中に書き進んだ分がそこそこありますので。
何とか新作の詳細発表までには、RB編までしっかり終わらせたいところですね。

…なお、新作が出た場合、そちらのストーリーも作成するかどうか。こちらは未定です。
無印編から始まり、少々原作改変がマッハですので…Rのストーリーなんて、ここじゃ成立しませんよ?どうしてくれるんですか(知らん
月の緑化が絡んだ瞬間に「HAHAHA!詰んだ!」ですし…うん。見て考えます。
…え?GEOのシナリオ?私の環境ってアンドロ4.0台で止まってるんですよ無茶言わんといてくだしあ(目逸らし

さてさて。長くなってしまいましたが、本日はこの辺りで。
また次回、お会いしましょう。


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Chapter 5. 階
可燃性の暇


こんばんは。クリスマスですね。私も昼はルースワール島でデートして来ました。楽しかったです。はい。
あ、ちなみにルースワール島は地図にない島です。はい。「よるのないくに」ってゲームをプレイすると行くことが出来ます。はい。

なんてことはさておき。何とか十二月中に叩き上げることが出来ました。本日は九話投稿です。ちょうど、ロミオ編部分ですね。
書きたい部分に徐々に差し掛かってきたおかげで、存外筆が進んでいたりします。
それでは、また後程お会いしましょう。


 

可燃性の暇

 

ナナさんがアナグラを飛び出し、ついでに私も鉄砲玉のように吹っ飛んでいった翌日。監督不行き届き、なんていうので臨席した榊博士諸共こっぴどく叱られた、そんな午後。

私は、この日二度目の呼び出しを受けた。

場所は神機保管庫。私の神機についての話らしい。

 

「……ふへ……」

 

訪れたその場所で見たのは、何というか……渾身の力作を完成させた子供だった。

にやけた口の代わりに言葉を入れるなら、ついにやったぜ、とか、そんな感じ。クマと油まみれの顔で、表情だけは妙にツヤツヤしている。このまま後ろに倒れ込んで寝ちゃいそうな雰囲気まで揃っていて……

そのくせ、見ているのはちょっと趣のある、アンティーク調のナイフ。持ち手の方が少し大きめで、何か仕掛けがあるのかな、なんて思う。

 

「リッカさん……?」

「へへ……へ?」

 

にへら顔のリッカさんは数秒目を合わせた後、ごしごしと顔をこすって表情を戻す。オイルでベタベタの手がさらに油を塗りたくるけど、全く気になっている様子がない。

 

「あー、ごめん。いろいろ思うところがあって。」

 

いつもの調子に戻ったのを確認し、近くに寄る。遠目からはナイフとしか見えなかったそれらは、よくよく見ればオラクル細胞で組まれているようだった。

神機にある物と比べ、かなり小さな球体……おそらくはコアもある。ということは、これは神機なのだろうか。

疑問を呈するより早く、説明が飛んできた。

 

「神崎式複合コアをベースにアレンジした、人工コア利用型神機のプロトタイプ。まあ、オリジナルは誰が見ても普通の神機レベルだったから、これはまだまだだけどね。」

 

……よく知らない単語がポンポン出て来た気がする。

 

「どう足掻いても少量でしか安定させられなかったから、いっそのこと小型化したんだ。その分コアとして神機を維持する機能は低下するから、こうして小さなものにする必要がある。その状態で火力を持たせるにはオラクル伝導効率と瞬間放出量を上げるのがベストでね。オラクル配列が密になるよう、刃の素材を厳選。加えてオラクル濃縮率を上昇させてるんだ。」

「……」

「ちなみに複合コアを利用した神機のオリジナルの場合、複合コアから供給されるオラクルが働きやすいパーツを用いることで特有の出力不足を補ってた。そもそもそれを作ったのは桜鹿博士とも交流のあった私のお父さんでね、この神機を作るときの参考にも……聞いてる?」

「……ふぇ……?」

 

無理ですリッカさん。なんか凄いんだってことしか分かんないです。

 

「そのくらいにしておけ。座学じゃねえ。」

「えー……」

「……神楽が帰って来ればいくらでも話せるだろ。ったく。……おい。」

 

最後のはどうやら私に向けられた呼びかけのようで、プシュプシュと音を立てる頭を無理矢理動かしてソーマさんの顔を見た。なんだか視界がパチパチしているのは……うん。気のせいじゃないと思う。

 

「単刀直入に聞く。これははっきり言って、安全性に関して保証はない。」

「作った側としては安全って言いたいけど、何せ初の試みだからさ。一定の危険性はどうしてもあるんだ。」

「その上で聞く。これを使う気はあるか?」

 

使えるのなら、別に断る理由があるわけじゃない。

けど、それは私が使っていいのだろうか。もっとちゃんとした人が使うべき物、なんじゃないだろうか。

そんな私の懸念を見透かしたように、二人は重ねて言う。

 

「お前が神機がなくても戦えることは分かっている。今の神機を使うというならそれでも良い。お前がこれを使いたいなら使えばいい、それだけの話だ。」

「補足すると、データを見る限り神機なしより神機ありの方が、君は格段に上手く立ち回ってる。オラクルの軸に使っているんだろうね。……で、作り手の自惚れがちょっとは入るけど、この神機はそれに向いているんだ。」

 

固定用のケースに触れながら、説明はさらに続く。

 

「さっきも言ったように、オラクルの伝導率が高いんだ。昨日の戦闘で使っていたようなオラクルの刃も、ローコストで発生させられると思う。」

 

……その説明は、もうあまり聞いていなくて。

もちろん、聞いても分からないっていうのが少しある。けどそれ以上に。

使っていいのなら、あとは一つだけ。リッカさんが触れている固定ケースに、私もまた触れて、一言問うた。

 

「いい?」

 

返事はない。そりゃそうだ。神機だもの。

だけど、確かに分かる。私がアラガミだからなのか、この神機が特別なのか。どちらなのか、はたまた別の理由があるのか。

そんなものはどうでも良くて、重要なのはその返答。

 

「……使わせてもらっても、良いですか?」

 

よろしくね、と。心の中で呟いた。

 

   *

 

「ふむ。では、一度患者の収容状況などを把握する必要がある、と。」

 

ラケル博士からのレポートに目を通し、おそらくはその内容を完璧に把握したであろう極東支部支部長。なるほど。ブラッドの局長殿と比べ、内部からの評価が高いことも頷ける。

噂によれば本部にも顔が利き、同時に敵も多い……それはつまり有能であり有用。かつ、我を通す人間と言うことだろう。見る限りとことん現実主義で、おそらくは現場主義か。

 

「ラケル博士からはそのように。フライアにもスペースは十全にあるものの、設備に関して足るか否かが問題であるとのことです。」

「承知した。状況に関しては……こちらから資料を出す程度で収まるようには思えないが、どうすると?」

「こちらから人員を派遣します。私と、ブラッドからもう一人。フライア付きの職員を数名。ついては、案内に極東支部側から人員派遣を願いたいのですが。」

「サテライト拠点の、か。アリサかコウタに指示を入れておく。日程などは追って沙汰しよう。」

「感謝します。」

 

……この男と駆け引きはしたくないな。知らず、思っている。

 

「時に、ブラッドの隊員は独断での行動が好きなようだが。」

「申し訳ありません。責任は、隊長たる私にあります。処罰は何なりと。」

「いいや、構わんよ。こちらも人のことをとやかく言えたものではない。」

 

では何を?と目で問う。彼にこれ以上は必要あるまい。

答える前に、あちらも目のみで……簡単なことだ、と。伝えてくる。

 

「カルネアデスの板を知っているかね?」

「己を助くか他者を助くか、ですか?」

「そうだ。君はどうする。」

「私は……」

 

ブラッドの隊長として。

 

「他者を。」

「なるほど。」

 

どこか寂しげに笑って、彼は続けた。

 

「覚えておくと良い。他者を犠牲に生き残った人間は、存外それについて自分を責めるものだ。」

「……」

「お互い、身勝手なのだろうね。」

 

身勝手。そうなのだろうか。

俺のことは二の次で、ブラッドの彼らを生かしたいと、それは身勝手な考えになるのだろうか。

……自分の根幹を占める何かに一石を投じられ、促されるまま退出した。

 

   *

 

これまでも数回入ったことのある訓練場は、いつにもまして賑やかだった。

それというのも、技術班が軒並み見物に来ていて……口々にやいやい騒ぎながら、その中心でリッカさんが誇らしげにしているわけだ。

 

「……あの……」

 

……タイプ6からシミュレーターが進んでない原因も、たぶん。

でもまあ、ある意味で良い訓練になる。複数の小型種と一体の中型種なんて構図は実地でもよくある光景だし。本来なら繰り返してまでやる意味は薄い気がするけど、使用感がまるで違う武器においては有用だ。

ナックルガードが付いたナイフ、なんてものを握ったのは初めてで……切る刺すに加え拳すら基本形にするそれは、主に三つ目のせいで非常に難しい。

加えて、刃が飛ぶ。

 

「あっ……この……」

 

親指で押すための射出ボタンは、鍔迫り合いになると予期せず押されやすい。これはまあ、慣れだろう。そもそも鍔迫り合いをするような武器でもないし。

これが、持ち手に組み込まれていた仕掛け。ワイヤーで結び付けられた刃を振り回す、リーチの短さを補う代物。なんだけど。

そのワイヤーがこれまた扱いづらく、終いには千切れてしまった。苛々したので鎖状のオラクルを操作綱に使っている。戦闘中に吹っ飛んだら面倒だし、ワイヤーはなくしてもらっちゃおう。

……恨めしいことに、そうして操作出来るようになると素晴らしく使える機能になった。基本的に展開させっぱなしの刃状のオラクルが相まって、攻撃力も申し分ない。

 

「……」

 

楽しいな、と、自然に思う。私が私に使える力を注ぎ込める、そんな感覚。

細く繋がった刃を回しながら、その様を夢想して……こそばゆくも、このトーテンタンツに昂揚した。

……昂揚、なのだ。ほんの少し前まで忌避と嫌悪を抱いていたものへ、私は今お腹の底から昂ぶっている。恐れるのでなく、畏れるのでもなく、ただ私の一部として認識し、研ぐ。その度に清冽な色を帯びる私自身を、さらに研ぐ。

誰も死なせないように。何もこぼさないように。

誰も、殺さないように。

私は自分自身を、一振りの刀とばかり鍛え、誂えるのだ。

……もうすぐ、この愛しい時に終わりが来ると。来てしまうと。何を持ってか理解出来てしまうから。

どうしてもそれを認めたくなくて、私は何一つこの手からこぼれない力を、こぼさない力を、欲してしまうのだ。



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実在しない感傷

 

実在しない感傷

 

連日無理すらある訓練をこなし、新しい神機に慣れた頃。ジュリウスさんとアリサさんと共に、支部長に呼び出された。

 

「さて。先日、ブラッド隊長と黒蛛病患者をフライアで受け入れる旨について協議した。それを受けての任務と思ってもらいたい。」

 

そうなんですか?とジュリウスさんに目で問うと、軽い頷きが返ってくる。やっぱり隊長って言うのは、いろいろ仕事が多いものらしい。

きっと、私にあれこれ回らないように。なんて面もあるのかな……だのと自惚れてしまう。

 

「まずは現状の確認が最優先との結論で合致したのでね。ブラッドの二人は査察。アリサ君はその案内を行う形になる。加えてフライアから数名が同行する予定だ。失礼のないように。」

「了解です。って言うか、誰に向かって言ってるんですか。」

「いらぬ心配かね?」

「当たり前です。」

 

……何だろう。アリサさんに頭が上がっていないように見える……支部長って偉いんじゃなかったっけ?

 

「よろしい。ペイラー。黒蛛病患者に対する注意事項を。」

 

言って、横に立っていた榊博士に目を向ける。

 

「まあ、基本は君たちも知っての通りだけどね。接触感染の例は数件あっても、本当にそれによるものだったのか、あるいは赤い雨に知らず打たれていたのか分からないし、そもそも赤い雨以外に明確な感染経路が確認出来ていない。おおよその目星は付いていても、確証には至っていないのが現状だ。サテライトでは、簡易な隔離用テントなどで治療を行っているんだったね?」

「はい。本来はちゃんとした医療施設に収容するべきですけど、大半は作業員の詰め所すら満足に建てられていませんから。増え続ける患者のためにいちいち建設していては、拠点そのものの構築に支障が出る、と報告を受けています。」

「ありがとう。だとすると、やはり対策は十全と言い難い。患者との接触はもちろん、接近も控えるようにしてくれたまえ。黒蛛病に冒されたゴッドイーターなんて、笑い話にもならないからね。」

 

心なしか私の方を見ながら言う博士。確かに、笑い話にならないし、ならなくなるところだった。

……ダメだよ。私。そんなことになったら、誰も守れないから。

守らなくちゃいけないんだから。私のせいで死んだ人の分、私がいたから生きている人を。それはきっと、私の贖罪になる。

思い、また自嘲する。何に対しての贖罪かすら思い出せないくせに、よく言ったものだ。

 

「全てのサテライト拠点を回ることは数の面から見て難しい。よって、君達にはネモス・ディアナをその例として確認してもらうことになる。一度訪れた場所なら、他より幾分か都合もいいはずだ。」

「お気遣い、感謝します。あちらでアラガミと遭遇した場合は?」

「応戦願う。いる神機使いを動かさずにいられるほど、余裕のある場所でもない。」

 

それはきっと、アナグラも、ブラッドも同じなんだろうな……と、軽く目を伏せる。

誰にも戦ってほしくない。戦うしかない世界だと、思いたくはない。

 

「出立は明後日。予定では一○○○だが、アラガミの出現状況によっては前後する。以上だ。質問がなければ下がりたまえ。」

 

心の中で、小さく、小さく。世界を嫌悪した。

 

   *

 

「最近さあ。ジュリウスと結意がすっぱ抜かれること多いよな。」

 

言葉通り二人がいない任務で、ロミオ先輩はそんなことを言った。

多い……のかな?まあでも、確かにこの四人で任務、とか、ちょくちょくある気はする。

 

「そうは言っても、立場だけでもブラッドの隊長と副隊長。特におかしな点はありません。」

「いや、そりゃ分かるんだけどさ。」

 

何となく、ロミオ先輩の言うことは分かる気がした。

ちょっぴり負けた気がするのだ。同じ時期に神機使いになったのに、結意ちゃんは私よりずっと早く血の力に目覚めたし、私よりずっと強い。この間だって結局守られたのはこっちで、下手したらアナグラにアラガミが押し寄せるところだった。

だから、負けた気がする。って言うかたぶん負けてる。悔しいとかじゃなく、事実としてそう思う。

 

「ま、いっか。」

 

もしかしたら、ロミオ先輩はそれを悔しいって思っているのかもしれない。

 

「……ロミオ。一つ言っておくことがある。」

「え?」

 

それはきっと、焦りに似ているんだろう。血の力が暴走して、それを早く制御出来るようにならなきゃって、焦った私のような……そういう、どうしようもない焦燥とか、なんか、そんなの。

 

「一人で出過ぎるな。お前がフォローすべき時もある。今日、何度いいのをもらいかけた。」

「えー……いやー……固いこと言うなって!為せば成るって言うじゃん!」

「おい……」

「危ないときはカバー頼んます、って。ずっとそうだったろ?」

「最近のお前は目に余るっつってんだ。無理な訓練なんざして……」

「大丈夫だっての!こう見えても体力あるんだぜ?」

 

へらへら笑うロミオ先輩と、眉間に皺の寄ったギル。

私はシエルちゃんと顔を見合わせながら、ギル寄りの意見を持って見ている。

……だけど、きっと。たぶんだけど、血の力が暴走した直後の私は、ロミオ先輩寄りだった。それがどうにもむず痒い。

 

「ま、まあまあ落ち着いて二人とも。もしかして、お腹減った?おでんパン食べる?」

「おおっ!サンキューナナ!」

「……俺はいい。」

 

何が、というわけじゃなく、漠然と嫌な予感がした。

ブラッドがブラッドじゃなくなっちゃうような、すごく嫌なことが起きようとしているような、暗いにもほどがある予感。

口に出すのが怖くて、私はそれを誰に言うでもなく、胸の内に押し込めた。

 

   *

 

ナナさんの一件以来、だろうか。少なくともタイミングはその辺りから、リッカさんの機嫌がすこぶる良い。

一人の機嫌が良いとつられてしまうのが集団心理と言うものらしく、その明るさはエントランスに連日波及していた。任務の受注に来る神機使いもどこか朗らかなのだから、効果のほどが伺える。

 

「なんだか、最近ご機嫌ですね。」

「へ?そうかな?」

「はい。いつもよりニヤニヤしてますよ?」

「ニ、ニヤニヤ……」

 

ごしごしと顔をこするリッカさん。毎度のことながら油にまみれた手は、パックでもするように塗り広げてしまっている。

 

「件の、試作型神機ですか?」

「まあね。本体の出力が低すぎて、神楽とかソーマとか渚とか、あと結意ちゃんとかじゃないと、まともに使えないけど。」

「だからテスターを……」

「そ。データが取れたら、またいろいろやってみるつもりなんだ。コアの性能さえ底上げ出来れば、普通の神機も作れると思う。」

 

配属され立ての頃を少し思い出す。あの頃はまだ神機を作ることすらままならず、その上偏食因子投与の成功率が極めて低かった。神機を作るにはアラガミのコアが必要で、コアを集めるには神機使いが必要で、神機使いを増やすには投与成功率を上げる必要があって、上げるにはアラガミの研究が不可欠で……巡り巡って、アラガミの研究に神機が必要だった。

道端に落ちているアラガミ由来の素材や何やをかき集め、何とか作ったピストル型神機。最初期のそれの残存数は、今もって新型神機の数を圧倒的に凌駕する。今も昔も、問題は何一つ変わっていない。

 

「先は長そうだよ。」

 

彼女の肩をすくめる姿も、これまたあまり変わっていないのだけど。

 

「そういえば、ツバキさんから連絡がありましたよ。諸々の検査も兼ねて、神楽さんと渚さんが近々帰ってくるそうです。」

「へえ……いつぶりだっけ?」

「この一年はずっと向こうにいましたから……そのまま一年ぶりくらいですね。」

 

アナグラはと言えば、新しい人が増えても、古い人がいなくなることはあまりなかった。もちろん、時に死者は出る。あくまで他と比べての話で、ここが最前線であり、危険極まりない戦場であることに変わりはない。

ここにいることへの巨大すぎて漠然とした不安感はいつまでも払拭されないけど、今は誰もが帰ってくると信じられる。

そこにはきっと願望も含まれているだろう。欠けてほしくない、なんて思いが、一つ二つ山を成しているはず。

けど、まあ、それもいいかなって。

 

「コウタ辺りが騒ぎそうだね。出迎えパーティーしよう、とか。」

「……」

「あれ、どうかした?」

「いえ……アリサさんに厨房に立たせないようにしないと、と……」

「ああ……」

 

こういうバカな話で笑えるのが、とても貴重なことだと思うから。



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β01.交わっては通り過ぎる

 

交わっては通り過ぎる

 

「あー、こちらラット1。侵入経路を二カ所確保した。」

「ラット2了解。」

「ラット3了解。入ります。」

 

マグノリア・コンパス。ラケル・クラウディウスが所有する孤児院であるそこに、俺は本部所属の二人を率いて忍び込んでいた。

ソーマからの連絡を受けての行動だったが、意外にすんなり通ったように思う。過去のエイジス潜入の功績のせいか、どうやらこういう任務に使える、と思われたらしい。

 

「確認する。本部との通信は可能か?」

「……いえ。微弱ではありますがECMが張られています。短波通信が利くだけ儲けもんっすね。」

「あまり強いと本部も気付くからなあ……まあいい。予定通り、三方向から研究施設の捜索を開始する。パパラッチ。情報頼む。」

「しばらく直進。突き当たりで左。そしたら二つ目で右。……って言うか、そのコードネームなんとかならない?」

「んー?ま、気にするな。」

 

少し前に神楽が報告を出した、P66型偏食因子に対する疑念。それを建前上の理由として、クラウディウス姉妹の失脚を狙っている、ってところか。本部の連中はこれだから好かない。

エイジスの時も、発端はやはりそれだった。ヨハネス支部長の権力を削ぐためにと始まった捜査が、たまたま功をそうし今に至る。

だからまあ、正直無意味に等しい作業が待っていると言っていいが……こういう任務は報酬も弾んでいるものだ。

二人はそれ目当て。俺は……いや、少しはそれ目当てではあるか。

 

「……子供がいませんね。職員も少ないような……」

「別働隊が動いてる。神機使いのチャリティー活動、ってな。子供らは広場に集まってるさ。」

「職員は?」

「そっちは査察入れてんだ。いろいろ突っ込みまくる鬼女だからな……だいたい張り付けておけるだろ。」

 

神機使いを引退したら、こういう裏も裏な仕事で稼ぐのも悪くないかもしれない。

もちろん、それまでに生きていくに十分な稼ぎは得られるだろうが……子持ちがどんだけかかるかなんざ、分かったもんじゃないしなあ。

 

   *

 

右耳のインカムからリンドウ達の声。左耳からは子供達の甲高い声。なかなか辛い音響な気がする。

 

「渚ねーちゃん!次ねーちゃんが鬼だぞ!」

「わーかった分かった。えーと、何人いるっけ?」

「んとねー……三十六人!」

「多っ!捕まえきれるかな……」

 

容姿が容姿なだけあって、どうやら子供受け……というか、相手には向いているらしい。なかなか複雑ではあるけど。

周りにいるほとんどが十歳程度。低いところだと五歳くらいだろうか。

つまりはそれだけ、低い年代の孤児が出ているわけだ。この辺りは本部管轄地域もあるってのに、笑わせる。

 

「じゃあ、二十秒な!」

 

子供らが数えつつ方々へ逃げる。その間私は、数カ所の監視カメラから映像をもらう。

最近になって、私のオラクル細胞の特性がようやく把握出来た。転移だけだと思っていたら機械にねじ込めた辺り、何かと多様かもしれないとは思っていたけど、存外汎用性が高いらしい。

 

「パパラッチよりラット1。次の交差で右。続いて左、左、直進。これミスるとはち合わせるよ。」

 

今やっているのは、遠くにある監視カメラに微量のオラクルを入れておき、その映像をリアルタイムで確認する、というもの。

機械感応、とでも言ったところだろうか。それなりに遠隔操作も利いて、使い勝手がすこぶる良い。この遠隔操作が出来るって言うのを応用したのが転移だったりするのだろう。

まあ、数カ所入り込めない場所もあるし、探査用の偏食場すら通らない地点すらある。万能とは行かないらしい。

 

「二十!」

「うっし。」

 

リンドウ達の針路探査、神楽や他の神機使いの様子見。加えて、ツバキにリンドウから離れる形になるよう査察ルートを指定する。

それらを連動させられるのはなかなか便利なもので、実質この作戦の正否は私にものし掛かっている。面倒極まりない。

 

「いっくよー。」

 

しかも、体の方は別個で役割が持たされている。

子供らの相手。ちなみにワンパク担当。

だいたい世代ごとに神機使いを割り振っていて、神楽は上の子達。あれで並の研究者以上に知識はあるから、上手いこと先生役が出来るらしい。家事も得意とあって、その辺りを教えたり、単純に食事や何やを作ってやることも出来る。

でまあ、元の性格がかなり温和しい。かつ、右腕の羽根についてある程度理解を示せる相手でないと、なかなか動きづらいってことで……

 

「負けたら罰ゲームだぞ!」

「ちょっ!それ聞いてない!って言うかあんたらやってない!」

「ねーちゃんだから罰ゲームありなの!」

 

こういうドタバタするやつは、私にお鉢が回ってくる。

まあでも、私としても都合はいい。あの妙な一件以降少し考えすぎている部分があったから、何かしらでリフレッシュしたい気持ちが強かった。

視覚にカメラの映像を投影しつつ、私も遊ぶとしよう。加減は……そんなにしなくていっか。ワンパク共だし。

 

   *

 

料理。裁縫。

半ば日課のようでもあったそれらを、そう頻繁にはやっていなかったなと気付く。

ただ、何より笑ってしまうのは、カモフラージュで付けている腕輪が邪魔で邪魔で仕方ないこと。最初に付けたときもそうだったな、なんて、体に当たる度懐かしくなってしまう。

 

「神楽さん。片付けはやっておきますね。」

「あ、うん。お願い。」

 

ここにいるのが五人。渚のところに四十人程度。他にも小隊規模で神機使いが同じ動きをしているから……ばらつきはあるにしろ、数百人規模ということになる。

この子達は十代後半。まだ仕事をしようと思えば生計を立てられる可能性もないわけじゃない。特にここの教育水準を考えれば、フェンリル内で働いても不思議じゃないだろう。

その何倍もの孤児が、ここにはいる。大半はこの子達より若い。押さないとすら言える子だっている。

私もほんの少し運が悪ければ、こういうところに入っていたのだろう。父さんの名前と、築いてきた信頼と。それらのおかげで今の私はいる。引き取られず路上で死んでいても、なんらおかしい話はなかったのだ。

 

「こんなに美味しいの食べたのって久しぶりです。ここのご飯って、味よりバランスばっかりだから。」

 

……母さんに、教えてもらえたこと。

 

『うん。よく出来てる。美味しいわ。』

 

この子達は、それすらなかったんだ。

 

「味で考えると、どうしても偏っちゃうこともあるから。もっと食べ物が増えればいいんだけど……」

「そういう研究とかってあるんですか?」

「うん。そこまで規模は大きくないけど、一応ね。」

 

私にとってごく当たり前の知識が、人によっては聞き覚えがあるくらいだったり、全く知らないことだったりする。昔から経験してきたことだし、きっとこれからもそうだろう。

ここの子達は基本的に、現代において教育水準の高い部類に入る。理事長が研究者、というのもあるだろう。そちらに大きく力を入れているのは、パッと見ただけで伺える。

だがそれでも。いやだからこそ、だろうか。料理や裁縫なんてものに堪能な子は、ほとんどいない。

 

「いいなあ。私も料理出来たらなあ……」

「神楽さんは、誰に教えてもらったんですか?」

「母さんに……だけど、教えてもらったというか、自分でやってみたくなった、かな。」

 

少しぼやかす。家族というものをあまり意識させたくはない。

こういうところに入っていたとしたら、私はどのくらい家事をやっていただろう。少なくとも、今ほど率先して動きはしなかったろうし、技術的にも大きく劣っていたと思う。

母さんから学び、養い子である身から家事を引き受けた。それでようやく今の私がいる。

どちらが幸せだったか。この子達には悪いけど、比べるべくもないと、そう思ってしまっていた。

 

「こういうの、自分で出来たらなあ、って。他にもいろいろあったんだけどね。」

「へえ……神楽さんのお母さんって、どんな人なんですか?」

 

なんて考えていたからか、その質問には不意をつかれた。

避けた方がいいかな、と思っていた話題だけど……むしろ逆なのかもしれない。

 

「んー……何て言うのかな。教えるときは毎回鬼だったけど……」

「鬼……ですか。」

「聞いたら怒りそうだけどね。でもまあ、いろいろなことを教えてくれたし、いつも気にかけてくれた。……弟もいて、二人で遊んでいた時はいつも、笑って見守っていてくれたよ。」

「くれた、って……」

 

聡い子。

 

《大丈夫?》

【……うん。】

 

いつかこういう日も来るのかな、と思っていた。生き残った者の務めとして、その日を語り継ぐ。

もちろん覚えていることなんて少なくて、自分の周りのことで精一杯。それでも私が語る言葉は、生き残りとしての責任を伴うんだろう。

 

「2066年7月7日、フェンリル極東支部第一ハイヴがアラガミの襲撃により壊滅。死者行方不明者は総人口マイナス一人。」

 

外部居住区の人数なんて今でも把握されていない。だから、生き残りから逆算するような言い方になってしまう。

きっと、アナグラが壊滅しても似たような表現が用いられるのだろう。

 

「唐突かつ大規模な被害に、神機使いは誰一人間に合わなかった。そもそも当時はピストル型神機が現役の時代で、一人二人来たところで何の役にも立たないような、そういう状況だった。極東支部も自分たちの防衛に精一杯でしかなくて、ハイヴを気にかける余裕もない……今でこそ防衛班を置いているけど、それが出来るようになったのも、存外最近のこと。」

 

だから私には語り継ぐ義務が生じる。極東最悪の人災を、あちこちボヤかしながら。

 

「逃げようとする足は動かなくて、結局私が生き残ったのは、運と奇跡と父さんのお陰……」

 

気付けば私以外が発する音は、洗い終わった食器から滴る水滴のみになっていた。

……少し、この子達には踏み込みすぎる話題になっていたろうか。

 

「……ごめんね。こんな話して。」

「あ、いえ!聞いたのは私ですから……」

 

だけどそうして踏み込んだからこそ、私はあることに気付いた。

それは意識することが少なくなっていた。もしかしたら、忘れかけていたかもしれないこと。

生きろ、と。ただそう一言、父さんが残してくれた。だから私はここにいる。

 

「一つだけ、お願いしていい?」

 

みんなが頷く。

これから私が言う言葉は、どんな意味を持つんだろう。

私にとってそれはきっと、父さんとの約束の再確認。

 

「覚えていないかもしれない。恨みだってあるかもしれないけど。」

 

私が一番伝えなくちゃいけない、たった一つの言葉。

危ないところだった。語り継ぐとか言いながら、一番言わなくちゃいけないことを言いそびれるところだったじゃないか。それなりに親不孝者だ。

 

「みんなを産んでくれた人。育ててくれた人。愛してくれた人。関わった人全員のために、生きて。誰かのために生きるって馬鹿みたいに重いけど、一人で生きるには、私達は弱すぎるから。」

 

……生きろ、私。

 

「神楽!裏に来て!リンドウが交戦してる!」

 

インカムから響く声。渚の声だ。

 

《新種の大型が一……他に、中型以下が接近中。》

【うん。】

 

生きる責任。私のそれは、ただ生き延びるだけじゃない。それだけで終わらせるつもりはない。

誰かを守りたいから、だから生きる。あの日にそう決めたから。

サイレンが鳴り始める室内。私は一人、立ち上がる。

 

「大丈夫。」

 

不安そうに私を見る子達。ああ、そうかと。八年前の私も、きっとこんな顔をしていたんだ。

生き抜け。私。手が届くだけでも、私を増やすな。

 

   *

 

避難誘導をしてから向かったそこは、なかなかに混戦の様相を呈していた。

 

「遅れました!」

 

リンドウさんと渚。あとの二人は本部の神機使いだろうか。一人は倒れ、もう一人がその救援に当たっている。

 

「すまん!あっちの二人を頼む!」

「はい!」

 

……私も現金というか単純というか。少し前まで灰色がかっていた神機は、以前の白を取り戻しつつある。

まだ全部払拭出来たわけじゃない。インドラに重なった怜が見えなくなったわけでもない。それでも、少しは楽になった、のかな。

 

「下がって!避難誘導をお願いします!」

 

二人を背に守りつつ、アラガミを確認する。

けっこう大きい……というか、これは……

 

「……これ、零號神機兵?」

 

昔、レポートだけなら見たことがある。クラウディウス博士が作り出した神機兵のプロトタイプ。

 

「リンドウさん!いったいどこから出てきたんですか!」

「後で話す!」

 

私や渚のことを知らない人がここには多い。下手に能力を使うのは避けたいところ……

 

《あんまり強くはなさそうだけど……どうする?》

【……ううん。】

 

……いいや。守ると決めている。

たとえどんな目を向けられるのだとしても、私がそう決めたから。

 

【全力で行くよ。イザナミ。】

 

私が守ってみせる。



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β02.綻び

 

綻び

 

「リンドウさん!本部に照会を!クラウディウス博士のレポート内に情報があるはずです!」

 

建物への流れ弾を防ぎつつ言う。その気になれば何てことのない相手とは言え、普通の子がいる前で下手な真似はしたくない。

だいたい、私も渚も腕輪がある。普通の神機を使っている普通の神機使い、を演じる手前、まずもってその気になってはいけないだろう。神機だってそれっぽい形に形成している。

よって情報が必要だ。なるべく詳細なものが。さすがに、無策に突っ込むのは怖いものがある。

あるのだが……

 

「さっきからやってる!」

 

言われ、私も通信機を動かす。

……短距離も通じない?

 

「まさか……」

 

零號を見やる。もしかして、こいつが通信障害でも引き起こしているのだろうか?

だとすると厄介なことになる。今最も必要なのは、私達にとっては情報でも、他にとっては状況だ。

ここはもちろん、外から接近する個体が、どこにどれだけいるか。それが分からない限り避難もままならない。

 

「神楽!そのまま流れ弾を処理!一発も漏らすな!渚!ここのシステム全部握れ!お前がレーダーだ!」

「了解!」

「OK!ったくもう……人使い荒いったら!」

 

リンドウさんから指示が飛ぶ。聞きながら、私はどうも違和感を感じていた。

精緻な記憶が残っているわけじゃないけど、零はこんなに強い、というか、使える代物だったろうか。

レポートでは試作品にして実用に耐えないもの、なんて扱いだったはずなのに。いくら情報がないとは言え、リンドウさんと張り合う時点で大方のアラガミとは戦える。常識の域まで制限した運動性ではあるものの、私を吹き飛ばすほどの攻撃は十二分な威力を持っている。

誰かが改良した?でも、誰が?

 

【誰だと思う?】

《分かってて聞いてるでしょ。それ。》

【……うん。】

 

二人いる。そしておそらく、一人に絞る必要はない。

一人は理論、一人は技術。察するにそんなところだ。

 

「掌握完了!シェルター外に人はいないよ!」

 

……なんだろ。腹立つ。

桜鹿博士、ソーマ博士。大好きな二人が持つ肩書きが、どうにも汚されている気がする。

 

「……ああもう!」

 

人がいないなら気にする必要はない。いやまあ、建物の近くはまずいけど。

延々続く流れ弾の一つを、その横っ面に叩き返す。全員がしばらく守勢に回っていたことで、それが都合一発目。

 

「おいで!相手したげる!」

 

ちょっと鬱憤晴らさせなさい。文句は生みの親三名に言うこと。

 

   *

 

チャリティー活動、査察。それぞれ称して行われた別働隊もあの状況では引き上げる他なく、俺達も俺達で、いるとバレる前に撤退した。

曲がりなりにもフェンリル管轄の建物からアラガミが出たことで、上層部は希に見る騒ぎになっている。報告もそこそこに叩き出された会議室は、入れ替わりで大勢の役員が突っ込んで行った。

おそらく、あの資料で余計に場は混乱することだろう。何も不審な点がないとなれば、誰かに責任を擦り付けるなり何なり、スケープゴートを立てる必要がある。

……研究や運営に関しては、だ。

 

「あ、いたいた。おーいリンドウ。」

 

妙な点が出るなら、ほぼ間違いなく人。あそこに入り、出て行った孤児から出る。研究室にそれがなかったと考えると、おそらく別の場所に保管されており……

 

「ツバキさんから打ち上げ代もらいました。どうします?」

 

あるであろう場所へは、姉上が行っている。

しかしまあ、賢しい部下ってのは上司にとっちゃ面倒極まりないな。

 

「んじゃま、たまにゃあ飲みにでも行くか。」

「えー。どうせなら美味しいものでも食べましょうよ。」

「って言うか、私がいると居酒屋なんて入れないんじゃない?」

 

うちの鬼姉が打ち上げ代なんざ出すわけがない。だいたい、俺はともかく神楽は財布の紐がキツいのだ。

彼女が手に持っている封筒は確かに現金入りなのだろうが……なるほど。たまには外で食べてこいと、姉上からと思しきメモが付いている。

どこに何の目と耳があるか分からない。三年前に学んでいる。

 

「うし。渚おいてけば飲み屋にぐほっ!」

「誰を置いてくって?」

 

望ましいのは本部の外にあるどこかしらの個室だが……あまりそういうのに詳しくはない。

 

「それじゃあ、お酒が飲める料亭とかにします?ちょっと良さそうなお店見つけたんです。」

「賛成。」

「だな。」

 

調べてでも来たのか、そもそも店漁りが好きなのか。いずれにせよ、異存はなかった。

 

   *

 

食物の不足と共に停滞する食文化も、本部管轄居住区ともなればそれなりに残り、多少の発展すら遂げている。支部にもあるにはあるが、比べるべくもない。

それらの大半はフェンリルにおける権力者や出資者、あるいはただの富豪達向けに商う店であり、密談に用いられもすると聞いたことはあった。

神楽が見つけてきたのも、やはりそういう類の料亭だった。

 

「……こーして見るとさ、お育ちが違うよね。これ。」

「え?」

 

渚が隣の神楽を見て言う。

並んでいるのは、所謂懐石料理なんてやつなのだろう。食べ慣れているとは到底言えない……むしろ、本格的な物は初めて食べたであろうそれに苦戦する約二名を後目に、見事な所作でもって食べ進める。端から見れば、上流階級と平民の絵になるだろう。

 

「ほら。それとか。何がどうして置くも持つも箸持ち替えてんの。しかも自然に。その上頻繁に。」

「そう?こういうとこじゃ普通……」

「リンドウ。こういう店のご経験は?」

「なし。」

 

まあ、とは言えこいつのことだ。ソーマと食べ歩いたなり何なり、祝い事か談話にでも使うことがあったのだろう。今では俺より特殊任務にも就いている。作法に関しては元々学んでいたろうが。

 

「んで、だ。」

「そうですね。そろそろ……」

 

言いつつ書類を取り出す。

 

「ツバキさんがコピーを取ってきた名簿です。マグノリアへの入出者を年毎に纏めたものと、同じく年毎の在籍者……それぞれの最新に当たるのがこれらです。」

「ふーん……あ、こいつ。鬼の時にタックルかましてきた奴だ。」

「ちゃんといる?」

「私のとこにいたのは全員。」

「こっちも、かな。……レンチン卵君発見。」

 

苦笑と青筋を織り交ぜつつ、互いが相手した子供らについて笑い合うチャリティー班二人。

会話の中、若干寂しげな声が混じっているのも気のせいではないだろう。

 

「ま、その辺はひとまず置いといてだ。調べるぞ。」

「はい。ひとまず……全部纏めてみましょうか。出ているのに入っていない、とかがあれば、一番分かりやすいです。」

 

目算でも百は軽い束に、内心嘆息しつつ取りかかった。

正直事務の連中に任せたいところではあるが、こればかりはそうもいかない。最も調べたい部分は上にとって関係ないに等しく、どころか極東には大いに関わる。諸々の事件や内情によって各方面から睨まれているこちらとしては、下手な情報を掴まれても困るのだ。

よって、まずは秘密裏に動く他ない。ソーマもそれを踏まえて俺に話を持って来たはずだ。神楽も頭は回るが、生い立ち故か人を疑うことに不得手。と言うより、嫌悪を抱いている節がある。彼女から見て明らかにそうでない場合を除いて、相手を善としてしまう。

……思うに、それはおそらく正しい。推奨される生き方ではないが、理想論の一つだ。全ての人間がそう考えるようになれば、なかなか清い世界が生まれるだろう。同時にほぼ間違いなく実現しない理想でもある。

こいつを見るにつけ、人の在り方ってものを考えさせられる。

 

「うわっ。何これ。多くない?」

「五年前……その時期、どこかの支部が壊滅しかけたから、それじゃないかな。」

「なーる。流石博識。」

「んー……ちょっと私と似てる子がいたんだ。日本人名で、たった一人生き残ったって。」

 

渚も渚だ。記憶云々を考えれば、ある意味三歳児。それでいて他人の機微には異常なほど敏く、俺が知る限りの誰より状況を読むことに関して一日の長がある。彼女の言う“先”ってのは要するにその集積だろう。世界の全てを知るものが予測を行った場合、それは予知になる。

この二人の目から、人間はどう映っているのか。救いようのない生き物、でないことを祈る。

 

   *

 

数時間後、机にぶっ倒れている渚と、天を仰ぐ神楽とを目にしていた。かく言う俺も、ずるずると椅子から滑り落ちそうになっている。

 

「あー……もう……成果なし……」

「件の結意って子も別に変なとこないし……ちゃんと入ってちゃんと出て……と。はあ。」

「孤児になったのは九歳で……神機使いになったのは十二。今そうだよね。」

「だったはず。神機使いの若年化って、わりとすごかったんだ。」

 

微苦笑しつつ語る二人。

だが、ふと。記憶に引っかかることがあった。

 

「三年前……ねえ。」

 

鼓結意が孤児となった時期。額面通りなら三年前になる。それがおかしい。

 

「五年前っつってたんだがなあ……」

「何がですか?」

「結意ってのをラケル・クラウディウスが引き取ったのが五年前、ってな。ソーマがブラッドの隊長から聞いたらしい。」

 

もちろん、情報が狂った可能性はある。引き取ってから二年、自分の元に置いていた可能性もだ。

だが、であればどこで。あるいはなぜ。問題は再度生じる。

もしその問題がビンゴなら……場合によっちゃ大当たりだ。

 

「……どうした?」

「いえ。ちょっと調べ物を……」

 

しばらく顎に手をやっていたかと思えば、端末を取り出して何事かし始めている。神楽も神楽で何か思うところがあった、と言うことか。

 

「ま、マグノリア入出だし。外れっぽさは未だ健在と。」

「そんでも一応極東にゃ教えとくさ。少なくとも五年前から二年間は所在がはっきりしてない、なんて言い方は出来るからなあ。」

「ラケルってのに直接聞けると早いんだけどね。」

「やめとけやめとけ。怪しさしかねえの相手したってしょうもない。……っと?」

 

ガタン、と音が響いた。見回せばそれは、神楽が自分の端末を落としたことによるもの。

それを拾うこともなく、彼女は片手で頭を抱えながら大きく嘆息する。

 

「ちょ。大丈夫?顔色悪くない?」

「……大丈夫。自分の間抜けさ加減に呆れただけだから……」

 

言いおいて、ようやく画面が付きっぱなしの端末を拾い、こちらに向けた。

 

「五年前です。あーもう……思いっきり自分基準でした。考えてみれば、まともな子供が一人で生き残るなんてほぼないんですよ。」

 

バックライトを強くしながら、もう一度嘆息する。表示は至極単純な大きめの文字。

生存者:1

鼓 結意



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蜘蛛の巣

 

蜘蛛の巣

 

「針路上にアラガミを確認。数3。種別照合、ヨルムンガントです。」

「了解した。開けてくれ。時間が惜しい。」

 

ネモス・ディアナへの道中は、なかなか苛烈なものとなっていた。

掃討作戦の事実上の失敗、斥候の不在、先だって鼓が相当数を討伐したことによる縄張り変動が引き起こした大移動。諸々の要素が重なったことで、高度を取ってもアラガミと遭遇している。

 

「どうしますか?」

 

隣に座る鼓が聞いてくる。アリサがコパイとしてナビに当たっている以上、二人で対応するしかない。

 

「三体となると遠距離攻撃だけで対応できるか怪しい。先制攻撃で二体を潰した後、ヘリを足場に一合で残りを叩く。行けるな?」

「はい。」

 

昔の彼女を知る身からすると、どうもこの落ち着きに違和感を抱いてしまう。場慣れと言えばそれまでだが、ある種の人格の変容に等しいと。そう思えて仕方ない。

 

「……ジュリウスさん?」

「ああ、いや。何でもない。」

 

それでいて本人は至極平静を保っている。俺の不安や懸念は杞憂であると一蹴しかねないが、そうであるからこそ疑念が積もっていく。

すなわち、過去にもこんなことはなかったか、と。

いや、あった。あったことを俺は覚えている。

 

「右の一体で良いですか?」

「問題ない。こちらはお前に合わせよう。」

 

この落ち着きは、以前の鼓に酷似している。

以前の……戦闘直前の、嵐の前の静けさに似た、不気味な落ち着き。

だが同時に、やはり違うのだ。どこかが決定的に異なっている。少なくとも、あの頃のような不安定さが感じられない。

良い変化と言えるはずだ。常に落ち着いて任務に当たる神機使いは、理想型の一つでもある。

……全く喜べないのは、やはり何かの予感なのだろうか。

 

「各パイロットへ。一号機は上昇しつつ直進。二、三号機は高度を下げつつ後退。楔型に展開してくれ。」

 

傍らに目を向けると、まだ見慣れない神機を命綱に体を乗り出す鼓と目が合った。突き出している右手の前には、円を描いて配置されたオラクル針が浮遊している。

出会った頃からつい最近まで、目が合えば必ず、慌てたように視線を逸らしていた。決して視線を交わすことが嫌いなのでなく、ただ人見知りであるが故の反射行動。ロミオは明るく元気づけ、ナナは猫でも可愛がるようにかいぐり、シエルは苦笑しながら人見知りを治す術を生真面目に語り、ギルは同じように苦笑しながら肩を竦める。それがいつもの光景だった。俺も、おそらくそんなものだろう。

今、彼女は微笑すら浮かべている。対応を決めかね、曖昧に頷くのみの俺はどれほど虚しいものとして映っているのか。

 

「いきます。」

 

神機使いになりたての頃と比べて、髪も伸びたし背も伸びた。どこか顔つきも大人びており、あどけなさも徐々にだが薄れていっている。

そういう変化を毎日のように見てきたはずだ。他の隊員より若い彼女のそれは明らかに顕著で、気にせずとも理解出来るものだったはずだ。

だが、この変容は知らない。気付いたことなど一度もない。

どのタイミングで何を原因に如何にしてこれほど……と、かける言葉すら選べないまま、間抜けに思考を続けている。

……これはおそらく、俺の弱さだ。

 

   *

 

ジュリウスさんがこっちを見てる。そこにある感情は、ごちゃ混ぜだけど、ある種の恐怖。

はい。それでいいんです。私はそうであるべきで、アラガミの王として畏れの対象でなければならない。

手元のオラクルを見やる。充填率はこんなものだろうか。上限が分からないせいで、いまいち加減も判然としない。もしかしたら、上限なんてないのかもしれない。

私はつまりそういうもので、時が来たら、この世界を呑み込むのだ。象られた外郭を纏い、核として終末捕喰を引き起こすのだ、と。誰に言われるまでもない。私は私自身でそれを自覚している。

 

「いきます。」

 

オラクル針を撃ち出す。軸がない分精度に難が出ることを、これまた考えるまでもなく理解していた。要するに、そうであるとずっと昔から理解している。いつ使ったのか分からないけど、神機なしで撃ち出したことは、おそらく一度や二度ではない。ナナさんが鉄砲玉になったときだって、無意識の内に気付いていた。

六発で一揃えの弾丸を、リボルバーのようにくるくる回して、撃った側から再充填。ちょっとくらい外れたって構わない。十に九当たればそれでいい。その九発が確実に穿つから。

 

「……」

 

ジュリウスさんの方をそっと横目で確認した。そろそろ終わりそう。きっと、ジュリウスさんもこっちの様子に気付いている。

残りは……まあ、やってしまおう。こっちが早く終わるのは分かっていたし。

 

「三号機。仰角五度、一時方向に旋回しつつ待機してください。そちらに移ります。」

 

ある意味ちょうどいいのだ。試したいこともある。

私は床を作ることが出来るだろうか。

刃、針、盾、鎖。いろいろ作ってはみたけど、ちまちま動かすのは面倒で。だったらいっそ、動くための土台を形成出来はしないだろうか。

あまりに大規模になりそうだから保留していたそれを、ちょっと試してみよう。

 

「先行します。」

 

まだ距離がある。近くじゃよく分からないから、とりあえずこの辺から。

真下にオラクルを展開させながら、事も無げに飛び降りた。数瞬の自由落下の後、得られたのは確かな足場の感触。慣れればもっと自由になるだろうけど、今はひとまずフラットな道だけで。

空を走って近付いて、空飛ぶアラガミと同じ高度で切り結ぶ。鎖と刃とを同時に同時に形成しながら、現行のどの近接神機より長いリーチを振り回す度、鮮血が花火を作る。振り回しながらその動線上に針を作って、楔のように打ち込んでいく。

ああ、鎖にも攻撃力を付与したらいいかもしれない。動きながら思うのは、ちょっと的外れなプラン。

だって急がないといけないから。私を取り巻く世界はあまりに高速で、ちょっと気を抜くだけで激流に呑まれてしまうから。ジュリウスさんより先に、完成されなければいけないから。茨の冠を被る王は一人でいいのだから。独りであることが正しいのだから。

 

「……」

 

私は、人間が大好きなのだから。

 

   *

 

ブラッドの極東残留組は延々とギスギスした雰囲気が続いていた。日に日に強くなるせいで収まる気配なんて全くなく、いつ爆発するか分からないような、どうにも不安定な状態。

 

「いやー。ブラッドも強くなったよな。俺とジュリウスしかいなかった頃なんて、ろくな任務やってらんなかったんだぜ?それが今じゃ……」

「おい。」

 

だからこの時、私とシエルちゃんは……顔を見合わせて、ちょっとだけやっぱり、なんて思っていた。

エレベーターの駆動音が、少し重たい。

 

「ん?」

「さっきの……いや。ここんとこ毎日だ。難だあの体たらくは。」

「どーしたんだよギル。毎日楽勝だろ?余裕じゃん。」

 

ギルがどこかのタイミングで突っかかるって、きっとそうなる気がしていた。万に一つ何も言わなくても、たぶん私か、シエルちゃんが口火を切ったと思う。

そのくらい最近のロミオ先輩はらしくない。ちょっと前からそうだったけど、無理な訓練メニューで任務にも影響が出てるんだって、見てれば分かる。

 

「余裕?笑わせるな。それは油断だろうが。今日何度ナナに助けられた。」

「チームワークがいい証拠だろ?あんま固くなるなって……」

「それとも、後輩に抜かれてやる気でもなくなったか?」

 

ギルの言葉は私にも刺さった。正直、優越感を感じていなかったと言えば嘘になる。

ブラッドに配属された当初、いろいろ気にかけてくれる先輩として見ていた人を、ちょっと追い越せた気がして。

 

「だったらいっそやめちまえ。他人の心配して怪我なんざしたくねえ。」

「ギル!言い過ぎです!」

 

さすがにシエルちゃんが止めに入ったけど、もう遅い。

 

「ふざけんなよ……」

「あ?……ぐっ!」

 

振り向きざまに突き出された拳は、ガードのない顔面に吸い込まれた。出会ったときとは逆の構図で……ギルはその場に尻餅を付く。

 

「何が分かんだよお前にさあ!」

 

私達しかいないことも災いしている。殴られたギルはともかく、シエルちゃんと二人で抑えれば何とかなるかもしれないけど……

普段ニコニコしているロミオ先輩が怒っているのは案外怖くて、動けない。

 

「ああそうだよ!抜かれまくってるよ!お前やシエルならともかく、ナナにも結意にも抜かれたよ!それでも俺に出来ることないかって必死に探してんじゃんか!」

 

もしかしたら、ギルも同じなのかもしれない。何でもない時なら今頃立ち上がって殴り返しているはずなのに、今は座ったままだ。

 

「俺にはお前らみたいな経験なんてないし!」

 

シエルちゃんとギルを指して。

 

「ナナみたいに開き直れたりしないし!」

 

違うよ。ロミオ先輩。私が元気になれたのは、ロミオ先輩も含めてみんながいたからで……

 

「結意みたいに化け物でもないんだよ!」

 

結意ちゃんは……まあ確かに別格に見えるけど。

それでも、ちゃんと私達の仲間だよ。

 

「俺はどうせ役立たずで……お前らのなかじゃ、俺の居場所なんか、なくて……っ!」

 

そのまま、先輩はエレベーターに飛び乗って、私達が止める間もなく扉を閉めてしまう。

ジュリウスも結意ちゃんもいないことが、極大の欠落であると……この時改めて理解した。



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手の平に収まらないこと

 

手の平に収まらないこと

 

「では、失礼します。」

 

長期の滞在とあって、中央区内をしばらく案内された。襟章からそれなりの地位にあるであろう人物を付ける辺り、極東とネモス・ディアナの関係は悪くないのだろう。

貸し与えられた部屋も、上等とまでは行かないが、臨時としては十分すぎる。俺や鼓はともかく、他の職員へも個室が用意されていた。アリサは普段からここを利用する関係上、別個で部屋を持っているらしい。

ひとまず、俺の部屋に集まっての打ち合わせ。アラガミとの交戦で時間を食ったため、各診療施設を回るのは明日からになるらしい。

 

「順番は一任されていますし……まずは大きめのところからにしましょうか。近くに一つありますから。」

「そこの収容人数は?」

「三十人です。当初はここだけで対応していましたが、それも適わなくなった辺りから第二、第三診療所を仮設しています。現在は六つが運用されていますが、やはり手が足りません。」

 

L字のソファに座っての会話。俺の隣には鼓が座り、アリサの隣は資料が占有している。内装は極東の個室に近いようだ。

こうして見れば、なるほど。ネモス・ディアナの総統が元フェンリル技術者というのも頷ける。

 

「こう言っては何ですが、やはりフライアは研究施設を兼ねているだけあって人員が豊富です。アナグラの管轄ではないから、なんて言うだけで現場を抑えられる段階を越えてしまって……」

「お気になさらず。駐留地での援助も、ブラッドとフライアの運用目的に含まれています。」

「助かります。少なくはありますが、こちらも可能な限りの情報開示を行いますので。」

 

……正直なところ、フライアに不気味さを感じる点はそこだ。

研究施設、というお題目は分かっている。が、そうだとしても研究者や医療従事者が、少々多すぎはしないか、と……

こうなることを予測していたか、ブラッドをモルモットと考えているか。そのどちらか、あるいは両方ではないのか。内心で考えてしまう。

 

「一応、ここで気を付けるべき点を……結意さん?」

「……んぅ……」

 

言われて確認すると、鼓は少々眠たげにしていた。よくよく考えてみれば、ああしてアラガミの力を使った直後に寝なかったことは多くない。

 

「辛いなら横になって良い。どう……メール?」

 

それと同時、端末がメールが届けられたことを告げる。アリサに目で確認した上で端末を取り出し、表示した。

差出人はナナ。ロミオがギルと仲違いを起こし、飛び出ていった、と……

 

「俺はどうも、隊長に向かないのかもしれません。」

「……大丈夫です。メンバーが勝手にすっ飛んでくの、極東じゃお家芸に近いですから。」

 

それはどうなのだと若干呆れつつも、鼓に画面を見せる。

 

「これだけ確認してくれ。事によると、急ぐ必要もある。」

「……」

 

見て、彼女はクスっと一つ笑い。

 

「ロミオ先輩らしいですね……大丈夫。きっとすぐ、戻ってきます……」

 

くて、と、そのままこちらに倒れ込んだ。少し体を寄せていたせいもあり、どうやら枕になってしまったらしい。

抱え上げようかと思えば、いつの間にか服の裾が掴まれている。なかなか動けそうにない。

 

「寝ちゃいました?」

「ええ。そのようです。」

「まあ、それならそれで。結意さんには後ほど伝えてください。」

「……これもお家芸、と?」

 

あまりに動じない様子を見て問う。極東が激戦区というのは聞いていたものの、それはこういう意味ではないだろう。

 

「と言うか、人前でも構わずイチャイチャして甘えて抱きついて……なんて人が隊長でしたからね。旧第一部隊は。その頃からいるメンバーなら見慣れてます。」

 

それは本当にどうなんだと。人のことは言えないかもしれないが。

 

「しかし……」

「良いんじゃないですか?兄に甘える妹みたいで。」

 

言われ、若干好ましく思えたのは事実だ。

ラケル博士とレア博士は親の枠。シエルは長女。ナナは次女。ギルと俺で長男と次男のどちらかになり、ロミオは三男。鼓はおそらく、末子の三女にでもなるのだろう。

それはきっと、良い家族であってくれるはずだと。小さく自惚れた。

 

   *

 

夜中でもない限り無駄に盛り上がっているラウンジは、どうにも暗い雰囲気に包まれていた。

原因は明白。妙に沈んでいるブラッドの三人と見ていい。もっとも本当に沈んでいるのは二人であり、一人は焦りと怒りが混ざっているようだが。

 

「あれは?」

「ロミオさんが出てっちゃったんだって。ギルさんと喧嘩したみたい。」

 

ここにいれば嫌でも会話が聞こえるのだろう。僅かにそちらから距離を取りつつ、ムツミは心配そうに眺めていた。

脱走兵だの何だの物騒な単語が聞こえてくる辺り、事態は良いとは言えないらしい。腕輪反応を追跡することは可能だろうが、状況が状況だ。

 

「赤い雨が降りそうだから探しに行けないって、さっきヒバリさんが言いに来てたよ。」

 

俺が行くか、と逡巡し、やめる。はっきり言って一人の脱走兵にかかずらっている場合でもない。

ここ数日は研究室に籠もりきりの生活が続いていた。リンドウから連絡のあった五年前の襲撃事件とやらを調べる必要があり……向こうがやれば、ラケルに感付かれる可能性があまりに高すぎる。

だが、悪い意味で思った通り。大きな事故は隠蔽される傾向にある。まともに探して情報が出る類でもなかった。

方々への根回し含め、詳細を知るにはしばらくかかるだろう。

 

「何食べる?」

「いや。コーヒーだけで良い。すぐ戻る。」

 

食べている時間が惜しい。神楽が見れば意地でも食わせに来ただろうと思いつつも、早く調べる必要を建前にした探求心が邪魔をする。存外俺も、そういう気質が強いらしい。

 

「怒られるよー?神楽さんって、けっこうそういうの煩いんでしょ?」

「まあ、な。そのくせ自分には頓着しねえ。」

 

言いながらもコーヒーの用意を進める。普段なら自分で淹れるところだが、あれはどうも時間が要る。味は落ちるものの、早さを考えれば必然的にこちらを選ぶことになってしまう。

この興味はどこから出ているのか……ある程度、予測は付いている。

おそらく、神楽や俺とは別の形でアラガミになった……その形を知りたいのだ。

 

「あーあ。ナナさんに味見してほしい物があったんだけど……あそこに持ってくのもなあ……」

「……」

 

……知りたいのだが……これは、逃がしてもらえそうにない。

 

「ったく。良い嫁になるだろうな。」

「えへへ。コウタさんから教えてもらっちゃって。」

「……あ?」

「ソーマってああ見えて甘っちょろいから、チラチラ見ながら言えばだいたいOKするぜ、だって。」

 

我ながら大きい溜息が出たように思う。どこかのタイミングでどつきに行くとしよう。

そう小さく決意を固める中出されたのは、見覚えはあるが少々違うものだった。

 

「おでんパンに倣って、肉じゃがパン!どうかな?」

 

なるほど。本家と比べて意外性は欠けるが、外れはしないだろう。

 

「……悪くないな。」

 

咀嚼する度、自分が思った以上に疲れていたことを自覚する。この体は無理も利くが、それに頼りがちになっていけない。

そして同時に、僅かばかりの不足感。量にではなく、これでは足りない、と、細胞の一つ一つが呻いている。

 

「もう少し汁は切っていいだろうが、他は及第点だ。」

「うー……なんか辛口だよ?ソーマさん。」

「いや、旨いんだが……まあ、そうだな。」

 

立ち上がりつつコーヒーを呷る。仕方ない。このまま任務に行こう。

かれこれ三日は出ていない……ということはつまり、オラクル細胞は喰っていない。

 

「そろそろ神楽が帰ってくる。パンに合う肉じゃがの作り方でも教えてもらえ。」

 

ああ、全く。面倒な体だ。

 

   *

 

目を覚ましたのは、夕方になってからだった。

アナグラの私室と違い外の光が入ってくる部屋は、夕焼けの色に染まっている。かれこれ四半日近く寝ていたらしい。

ソファで寝たせいか僅かに固まった体が、日の熱でじんわりと暖まってきていた。

特に頭の下……いや、待ちなさい私。これはそうじゃないでしょう。

 

「……」

 

もぞ、と体を上向けると、そのままジュリウスさんと目が合った。ああ、やっぱり。

 

「……おはようございます。ジュリウスさん。」

 

その顔、驚いた顔ですね。慌てると思ってました?

意地悪に聞いてみたい気持ちが先行し、それでいて、何も言うことが出来ない。

 

「休めたか?」

「それはもう……たっぷり。」

 

なぜだろう。嫌な予感が止まらない。この先にどう足掻いても覆せない哀しみがあるような気がして、胸が張り裂けそうだ。

何か変な夢でも見たんだっけ?ううん。そんなはずはない。あれはいつもの夢だ。いつもの、思い出さなくちゃならない日の夢。

あの日何をしたか知っている。何があったかも知っている。断片的には思い出している。あともう少し、思い出さなくちゃいけない、そんな日の夢。

だからそれは関係なくて、なのに胸は張り裂けそうで。

 

「鼓?」

 

私は何を恐れているの?

問うまでもなく答えは出ていて、でもだからこそ、余計に苦しくなる。

せめて涙を見られたくなくて、ジュリウスさんのお腹に顔を埋めた。

 

「ごめんなさい……少し、このままで……」

 

聞こえる呼吸音は、一つは規則正しく、一つは乱れている。後者が自分の物だと分かっているのに、どこか別の人のそれであるように思えてならない。

きっと、別の人であってほしいとか、そんなことを考えているからだ。こんなに恐い思いなんて、したくない。

 

「……心配するな。ロミオはすぐ戻って来るさ。お前もそう言っただろう。」

 

違う。違うんです。ロミオ先輩は本当に、すぐ戻ってくるって信じられるんです。

私が恐いのは彼じゃなく……

 

「もう……誰かと、離れるの……嫌です……」

 

ジュリウスさんと……あなたがいなくなってしまうことが、とても恐いんです。

あなたがいなくなってしまうことを小さく確信している私が……あまりに恐くて、砕けそうなんです。

 

「分かっている。ナナも、ギルも、シエルも。上手くやってくれるはずだ。」

 

お願い。そこにあなたを入れて。

あなたもいなくなりはしないと、安心をください。

あなたがいない世界は……嫌なんです。

 

「お前のことも、俺が守ってみせる。」

 

嫌だ。やめて。私がみんなを、ブラッドのみんなを守りたいんです。そこにジュリウスさんにいてほしいんです。

心は声にならず、ただ断続的な嗚咽が咽から響いていた。



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粘着質な時間

 

粘着質な時間

 

雨は、夜になっても降り続いていた。

飛び出して、フラフラして、赤い雨の警報が鳴って、近くの民家に入らせてもらって。それに神機使いって言う立場は少なからず貢献していて……良くも悪くも、この腕輪は特別な物なんだって、実感した。

 

「こりゃあ、一晩は出られないかもしれないねえ……泊まっていきなさいな。ロミオちゃん。」

「え?でも……」

「遠慮はいらん。どうせわしらしか住んどらんし、年寄りの話し相手になってやるくらいのつもりでいい。」

 

その民家に住むじいちゃんとばあちゃんは、物のついでになんて言いながら、いろいろなことを聞いてきた。途中から俺も話すのが楽しくなって、気付けば喋りっぱなしだ。

内容はブラッド、ブラッド、ブラッド……極東の人に極東支部の話をしてもしょうがない、って最初は思ったけど、たぶん話したいから話してるんだと思う。

 

「んじゃあ、えっと……どこまで話したっけ?」

 

ジュリウスは俺の前からブラッドで、ものすごく強い。

ナナと結意は俺の後に入ってきて、ムードメーカー役と、副隊長。

その次がギル。あまり気が合う奴じゃないけど、経験豊富で戦い方も上手い。

最後にシエルが配属になった。ちょっと融通利かないけど、めちゃくちゃ頭が良い。

そういうことを話し続けて……

続けるほど、俺は役立たずじゃないかって、思う。

 

「ジュリウスのやつ、人付き合いとかド下手だからさ。俺がそういうの、取り持ったんだ。」

 

それがどうした。

 

「ま、副隊長になれなかったのは悔しかったけど。それでも俺……っていうか、だから俺、みんな仲良く出来るようにって頑張ってさ。」

 

だから何だよ。

 

「けど、ギルとはちょっと上手くいかなくて……」

 

上手くやらなかったのは俺だろうが。

 

「そりゃまあ、失敗したのは俺だったけどさ……」

 

言い訳してんなよ。

 

「ロミオ。」

「え?」

「お前さんはもう少し、胸を張った方がいいな。」

 

じいちゃんの言葉は、チクチクと胸に突き刺さる。

ああ、そうだ。俺は自信がないんだ。それは分かってる。

けどさ。どうしようもないんだよ。俺は弱くて、頭も悪くて、たいした働きも出来ないで……

 

「ロミオちゃんが頑張ってくれているから、戦えない人達が助かってるんだよ。」

「けど俺……逃げて……」

「逃げるのと休むのは違うでしょう?」

 

泣きそうなのを、恥ずかしいから我慢する。

いろいろ吐き出して、理解してもらう。それは初めての経験だった。

 

「寝るまでまだある。言いたいだけ吐き出しておきなさい。人間はそのために、誰かといるんだ。」

 

その日俺は、瞼が重くなっても話し続けた。

 

   *

 

屋根に雨が当たっている。

と言ってもこの建物の屋根じゃなくて、ネモス・ディアナの天蓋のこと。オラクル装甲壁と通常建材を組み合わせたそれは、場所によって僅かに異なる音を発している。

私は、楽器のようにも聞こえるその音に耳を傾けながら、浅い微睡みに沈んでいた。

自分の内側に潜ろうとしながらも、心のどこかで拒否している。思い出さなきゃ。思い出したくない。何度も何度もその繰り返し。

でも、一番邪魔しているのは感情じゃなくて、この雨。

今すぐ外に出て、土砂降りの中を素足で駆け回って、くるくる、くるくる、踊りたい。ぺちゃっとした土の感触を楽しみながら、雨粒の滴る木々を慈しむように引っかきたい。上を向いて口を開けて、楽しさに笑いすぎて渇いた喉を潤したい。

この雨に打たれることがつまりどういう事か理解しているのに、なぜだろう。そうしたくてたまらないのだ。

 

「……むぅ……」

 

ああ、もう。寝付けない。昼間に寝ちゃったせいだ。寝ちゃえば変なこと考えないで済むだろうに。せめてこの微睡みがもう少し深ければ、思考もまとまらず嫌な気分には……

……ううん。嫌では、ない。むしろ衝動を我慢するのが、むず痒くて心地よくすらある。

行きたいな。ダメだよ。やっぱり少しくらい。怒られちゃうよ。

小さくふわふわした葛藤に身を任せて、行かないことを最終的に選択する。選択した上で、まだたゆたう。しばらくグチャグチャしていた私に、それは甘美な刺激を伴っている。

さて。しかしどうしようか。寝付くまでベッドの中をもぞもぞするのは魅力的だけど、同時にちょっとつまらない。きっと諸々の不安もあって、じっとしているのが少し辛いのだ。

どうしようかとしばらく悩んで、その思考も楽しんで、一つ思い出す。

それは数日前の光景。盗み聞きの演奏会。部屋の窓を開けて、まずは大きく息を吸う。

次に少し待つ。言葉が出てくるまでの間、自然に沸き上がってくれるであろうフレーズを待ちわびて。

最後に。

 

「O Tannenbaum, o Tannenbaum, Wie treu sind deine Blaetter!」

『O Tannenbaum, o Tannenbaum, Wie treu sind deine Blaetter!』

 

ついて出たのが日本語でないことに僅かな驚きを抱きつつ、呼び起こされる記憶に身を任せた。

 

「Du gruenst nicht nur zur Sommerzeit, Neinnauch im Winter wenn es schneit.」

『それ、なあに?』

 

今より幼い私が誰かに尋ねている。覚えたばかりの言葉を使って、問うていた。

私と似た声の彼女は、笑いながら答えた。

 

「O Tannenbaum, o Tannenbaum, Wie treu sind deine Blaetter!」

『キャロル、っていうんだよ!クリスマスキャロル!』

 

ベッドらしき場所の上ではしゃぐ私と、そこに付けられた柵の向こうで笑う彼女。

それは間違いなく楽しい記憶。

 

「O Tannenbaum, o Tannenbaum, Du kannst mir sehr gefallen!」

『キャロル……たのしそう!ゆいもやる!』

 

二番に入った歌は途切れることなく続き、私は存外歌が上手いことを教えてくる。

記憶も、やはり止まらない。ここで止まることが最善だと、どこかで私が叫んでいるのに。

 

「Wie oft hat schon zur Winterszeit, Ein Baum von dir mich hoch erfreut!」

『じゃあ、せーの!』

 

これは私の、最初で最大の、そして最後の失敗。これ以降の全ては副次的なものに過ぎず、だからこそ、修正することなど出来はしなかった。

 

「O Tannenbaum, o Tannenbaum, Du kannst mir sehr gefallen!」

『O Tannenbaum, o Tannenbaum, Du kannst mir sehr gefallen!』

 

その時、人が入ってきた。二十歳をいくぶんか過ぎた男の人。私と彼女は彼の名前を知っているし、逆もまたそう。

 

「O Tannenbaum, o Tannenbaum, Dein Kleid will mich was lehren:」

『何……してる……?』

 

実の娘に向けるにはあまりに奇妙な、恐れをはらんだ声。

……至極、当然の反応だった。

 

「Die Hoffnung und Bestaendigkeit, Gibt Mut und Kraft zu jeder Zeit!」

『あ、お父さん!あのね、あのね?結意ともみの木を……』

 

彼が目にしたのは、二人の娘が歌っている光景。

 

「O Tannenbaum, o Tannenbaum, Dein Kleid will mich was lehren!」

『そんなことを聞いているんじゃない!』

 

……ただ、それだけ。

その片方が、ほんの一ヶ月前に生まれたばかりであることを除き、ただそれだけのこと。

もし重ねて提起するなら、歌っている歌が、今は住んですらいない祖国の歌である、やはりまた、それだけのこと。

 

『お前……ああ、くそ。何なんだお前……』

 

だから、彼の反応は至極真っ当なのだ。自分の妻がその命に代えてこの世に産み落とした娘が……

 

『化け物……!』

 

……で、あったのだから。

呪わしい。忌まわしい。消え失せろ死んでしまえ。彼の内に渦巻くのはそういう強い負の感情。

私はその全てを直に受けた。人間の感情なんてこれ以上ないほど読みやすく、言語的な知識はともかくも、概念的な理解に困りようがなくて。

そうして、私は壊れていく。私の中に、私自身を創出する。

人間の私を救ってくれる、化け物の私。話し相手で、理解者で、誰より近しい存在。

 

「私……卑怯だ……」

 

……きっと私は、耐え切れなかったのだ。当然、彼女はそれを知っていた。最後に私が拒絶してしまった彼女は、私を救うためだけに、最短で最善の策を採っただけ。人道的観点ってものを無視してしまえば、俗に言う難しい選択の大半が一択問題に突き落とされる。

ごめんなさい。バンダースナッチ。私あなたに謝らなくちゃ。

鏡の国に行けるなら、私はどんなこともしよう。



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β03.水底から響く歌

 

水底から響く歌

 

「全く……なんで私が……」

 

向いていることは自覚しつつも、面倒な作業を押しつけられたという感想は揺るがない。

今回もまた出所はソーマ……と、リンドウは言っていたが、実際のところはさらに前段階で、彼自身がソーマに頼んでいたことだ。

すなわち、ジャヴァウォックの組織片捜索。どうせ暇なんだし……こっちでもありそうな場所を探してみようじゃないか、と。そういうことらしい。

 

「……イライラするなあもう!」

 

その流れの下何をしているかといえば、マグノリア・コンパスで瓦礫撤去なんて不毛なことをしているわけで。

一件が本部預かりになったことで無人と化したそこは、元々あった機材で監視態勢が敷かれている。周囲には鉄柵が張られ、外部からの侵入者を阻んでもいる。

そのどちらも無駄となれば、そりゃあまあ私にお鉢が回るだろう。ここの機材にはオラクルを仕込んでいたし、鉄柵なんて飛び越える必要すらないわけで。

 

「だいたい!建物一個潰れてんのにどうしろっての!あんの大酒飲みの放蕩爺!」

 

女遊びはしてないけど。

 

「何がムカつくって、あるからムカつく!」

 

……なければ拳なり爪先なり叩き込めたというのに、ジャヴァウォックの組織片が確かにあるのだ。

それは、前回偏食場が届かなかった場所の一つ。位置的に零號神機兵が出て来た辺りでもある。

 

「ああもう……ほんと、もう……」

 

分かってる。それらはどれも言い訳だ。私がイライラしているのはそんなことじゃない。

だからって、何がどうしてイライラしているか正確に説明出来るわけでもない。ただ漠然と、瓦礫の山という光景に対しやり切れなさを感じている。そのやり切れなさが何から来るものなのかよく分からなくて、腹立たしい。

母さんの行方は分からないし……全く。

 

「……で、これか。」

 

ようやく瓦礫を取り除き、見慣れない何かの容器を発見する。何をどうやっているか知らないけど、これでジャヴァウォックのオラクル細胞を保存しているんだろう。

にしても容器が無事で良かった。そのままだとさすがに厳しいものがある。

……それ以前に、今まで組織が残っているのが恐ろしいんだけど。コアから離れた状態じゃ短期間しか保たないはずなのに。

 

「はあ。帰ろ帰ろ。余計嫌になってきた。」

 

それからもう一つ、気付いている。

私は、このオラクル細胞に惹かれている。やはり何故かは分からなくて、苛立ちの原因になってくれやがるところも変わらない。

しかし甘美なのだ。その苛立ちも、惹かれる感情も。これに出会わなければならなくて、同時に忌避しなければならなくて。詩的に言うなら、呪われた愛し子、とか、そんな感じ。

 

「……」

 

とりあえず、目的は達した。さっさと帰って、のんびりするとしよう。

 

   *

 

マグノリアの捜査に続き、キュウビの追跡再開が正式に承認された。お偉方もジャヴァウォックへの警戒が緩みつつあるらしい。

やることは今までと大きくは変わらない。駐留する支部での協力をしつつ、目撃情報や偏食場観測から後手後手に追いかける。レーダーの性能は渚の手によって飛躍的に上昇したが、方法にまでそれを求めるのは酷と言うものだ。

もっとも、それによる効果は上がっているらしい。

 

「増えたか……」

 

目撃情報は以前と変わりないものの、偏食場は頻繁に捉えられるようになった。一匹しかいないかもしれないと考えられていたキュウビが、同時に複数地点で観測されるケースも出て来ている。

朧気になら生息地域も把握可能な段階にあり……だからこそ、結論は早かった。

 

「こりゃ、思っていたより早く帰ることになりそうだなあ。」

「おそらくな。我々の任がこちらにシフトする以上、戻らないという解はない。」

 

徐々に東に動いていると思しき分布域。先にあるのは極東支部であり、程なく列島への上陸を果たすだろう。

そろそろ極東に戻ろうと考えていたところにこれだ。

しかも向こうはきな臭いことになっている、と……アナグラは厄介な星の下に建てられたのだと思えて仕方ない。

 

「支部長と博士には先に連絡を入れておけ。我々が戻るとなれば、上で通す話もあるだろう。」

「へいへい。」

 

しかしどうしたものか。部屋を出る姉上を見送りつつ思案する。

現状極東で騒いでいる諸々は、厄介事まみれの中でも群を抜いている。何が問題かも明白で、それ故に質が悪い。

大きく絡んでいるのが外部の部隊。それも、本部直轄と来た。

うちだけの問題なら、厄介ではあるもののここまで複雑ではなかったろう。良くも悪くも慣れている。

 

「……まさかな。」

 

我ながら嫌な想像にたどり着く。

そうであることを想定して極東を舞台に選んだ……ないと言い切れないだけに、洒落になっていない。

さらに、もはや嫌悪を抱くのは……俺の勘が、それを前提に動けと言っていることだ。ったく。冗談じゃない。

 

「当たるんだよなあ……こういうの。」

 

残りも少なくなったビールを開けながら、まずはダラケたい衝動に駆られた。

 

   *

 

神楽が帰ってきたのは、昼食から数時間後の、そろそろ軽くつまもうかなんて頃合いだった。

マグノリアの査察からこっち、キッチンに立つ回数が僅かに増えている彼女。正しくは極東にいた頃と同程度に戻りつつある、だが、一年近く減っていたのだから、前者の言い方がしっくり来る。

朝食は作る。昼は配給が多め。帰りの時間によって夜作るかどうか決まる。だったのが、朝晩欠かさないように。昼だけは食べる余裕があるか分からないからと、今も作らないことが多い。

そういう変化によって半ば当然のように残り物も出、軽食につまむのが常となるのだ。私のぐうたら生活は、神楽のせいで加速する。

 

「んぐ……お帰りー。」

 

しかも、今日は玩具もあるわけで。

 

「ただいま。あ、それ?ジャヴァウォックのって。」

 

こっそり確保した手前、所持もこっそりやるしかない。あまりこういうものを部屋に置くのは気が引けるけど、まあ、背に腹ってことで。

……おそらく、代えられるとしてもこうしたろうが。

本当に……何がどうして、これほど惹かれるのか。そもそも惹かれるって言い方が正しいのかすら分からない。判然としているのは、論理としてでなく感覚として、直感の類として、自分がそれを求めていることのみ。

けれど手にした今、別に満足したとか達成感があるとかはない。手に入れるのは過程なのか、満足の後にあるものだったのか。諸々は絶対に解けない命題でもあるかの如く、いくらかの意識を考察に奪い取っている。

 

「そ。ちょっと驚いたよ。この状態できっちり残ってた。」

 

容器から取り出して見ても、それは変わらない。風変わりなオラクル細胞としてあるだけで、他には何もないのだ。

まあ実際、面白いものではある。コアでもないのに残存し、しっかりと偏食場を発している。こんなのは初めてだし、そもそもイレギュラーなはず。

あるいは規範の内だろうか。だとして……

 

「……何だろう……コアの集まりだったりするのかな。これ。」

「やっぱりそう思う?」

「うん。ないとは思うけど……」

 

単細胞のコアだとするなら、あるいは。私達の意見はそこで合致する。

一応、オラクル細胞は単細胞生物だ。一個一個の細胞が独立して生きているし、アラガミはあくまでオラクル細胞の集合体でしかない。規格外にでっかくなった細胞群体。だからまあ、別におかしい論ではないはず。

そうは言っても、コアはコアの役割を果たすオラクル細胞の集まり、ではある。ミクロン単位でバラバラにしたら、そのまま霧散して終わるのが普通なわけで、こうして僅かなサンプルとして残ることはあり得ないと言っていい。

あり得ないが、それ以外の可能性も考えづらい、と。要はそんなところ。1-1=1が成り立ってしまっているような、おかしな状態。いやまあ、アラガミ自体そういう部分はあるけど。

気になることはもう一つ。

 

「これさ、喰おうとしないんだよ。」

 

捕喰作用がずいぶん希薄。ないと言っていいほど弱い。

実際、そうでなくて回収は出来なかっただろうし、保管も望むべくもない。これまでジャヴァウォックの組織片として回収されたものは、それを理由に軒並み処分されている。偏食因子やらで長く抑えておけるほど楽な相手ではなく、ともすれば周り中まとめて喰い荒らしかねなかったから、らしい。

キュウビの組織でも似たような事態に陥ったはずだ。対応する偏食因子がなかったことで、保管も運送も失敗に終わっている。こちらから喰うことは出来ても、喰わないよう抑えておくことはまた別問題だ。

……この疑問、神楽にとっては難しいものでもなかったらしい。

 

「不活性化してるから……かな。」

「何それ?」

「んと……ジャヴァウォックとノヴァって、比べてみたことある?」

 

言われ、記憶にある限りで比較する。

 

「……あー……あー?似てるね。」

 

もっとも、同種かと聞かれると微妙なところだけど。一応類似点の一つ二つならある。

 

「この間、インドラが出たでしょ?改めて考えると、ジャヴァウォックと似てるとこがあって……他のも見てみたんだ。」

「その中にノヴァもいたって?」

「うん。さすがに驚いたけど。」

 

ジャヴァウォックの偏食場がいくつかのアラガミと酷似、ないし類似していることは前から分かっていたし、あまり不思議な話でもない。

その中に人造であるはずのノヴァがいる、というのは、なかなか面白い話だ。

 

「どっちが似たのかなって考えたら、たぶんノヴァの方。けど、お義父さんがノヴァを作るときにはジャヴァウォックの組織は使われてないから……勝手に取り込んだとか、そういうことかなって。」

「あー……なんとなく分かった。あの触手?」

「そうそう。世界中に広がってるなら、食べてもおかしくないなあ、って。」

 

だとして、本来ならノヴァがジャヴァウォックに喰われるはずだ。オラクル細胞は何もかも喰らうからこそ、そういう力関係は明白になる。

 

「そうなると、ジャヴァウォックがノヴァを食べないでいないとおかしい。なら、捕喰本能が黙っている部分があるはず。そういう部分の細胞なんじゃないかな。それ。」

「ややこしい奴……」

 

手慰みつつ嘆息する。素手で触れても特に何も起こらないことが、神楽の論をいくらか裏付けていた。

 

「……ん?」

 

会話の切れ目。特に次の話題を投げかけることなくぼーっとしていたところに、何かの音が聞こえてくる。

それはどうも、私の手の上から流れているようで。

 

「どうかした?」

「や、なんか音が……」

 

私の耳でほとんど聞こえないって相当だな、なんて思いつつ耳を近付ける。

この時、どこかで気付いていた。

私はこれを待っていたのだと。これを逃してはならないと、無意識の内に理解していたのだと。

音は、誰かの歌だ。

 

「……あ……」

 

O Tannenbaum, o Tannenbaum, Wie treu sind deine Blaetter!

知っている。一度も聞いたことなんてない。

知っている。姓を持たない渚の記憶にこの歌はない。

Du gruenst nicht nur zur Sommerzeit, Neinnauch im Winter wenn es schneit.

知らない。私は確かに歌っていた。

知らない。まだ名字を持っていた頃の記憶に確かにある。

O Tannenbaum, o Tannenbaum, Wie treu sind deine Blaetter!

 

「ああ……ああああああ!」

 

知らず、絶叫していた。

歌は二番へ三番へ。終わると、リピートするかのように一番から。

 

「渚!?」

 

目の前には確かに神楽がいて、私の現実が今ここであることを告げている。

同時に、意識だけが別の地点へ。別の時間へ。冒した一つ目の罪を想起する。

 

「いけなかった……」

 

それさえなければ、とは言わない。その時点を乗り切ったとしても、およそ一年程度は同じ危険が付きまとったろう。

だが、たとえそうだとしても。あの瞬間に冒した間違いは、事実として覆らない。

ボロボロだった父親。一月前に死んでいた母親。

聖誕祭が近くって、小さな病院では小さな合唱団がキャロルを歌っていた。歌はとても綺麗で、私ははしゃぎながら、入院している子供らに混じって教えてもらったのだ。

 

「間違えちゃいけなかった!歌わせちゃいけなかった!話させちゃいけなかったのに!」

「えっと……ええ?お、落ち着いて渚。どうしたの?」

 

とっても綺麗だったから、どうしてもあの子と。妹と歌いたくなって。私の中にいた神は、それを可能だと笑った。

言葉を教えた。歌を教えた。あの子が持っていた神がまた、それを可能にした。

そして目の前で、キャロルを歌って見せた。興味を持つと知っていた。興味を持つよう知識を与えた。刹那に叩き込んだ。

 

「全部私のせいだった!父さんが壊れたのも!集落を壊したのも!何人も何人も死んだのも!全部私のせいだった!」

 

そして、生後一ヶ月の赤ん坊は、あまりに早熟な三歳児をコピーされる。

知っていた。分かっていた。赤ん坊は言葉なんて話さないし、歌なんて以ての外。あーとかうーとか言いながら、天使の笑みってやつを振りまくものだって。誰かの庇護がないと生きていけなくて、私はその庇護を、子供なりに与えないといけないって。

その中に、異常な知識も早すぎる精神も含まれてやしないって。

 

「私の!私が!わたし、が……」

 

きっとあるはずだったものを、壊したのは私だ。

 

「鼓渚が……結意の全部を壊したんだ……」

 

ああ、本当に。なんて特異点にふさわしいモノだったことだろう。

大切な存在の世界を壊せるのなら、全て喰らい尽くすなど、造作もなくて。

断片に過ぎない始まりの記憶は、シオを肯定するには充分すぎて。

 

「私……最低だ……」



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信じたもの

 

信じたもの

 

外部居住区のベッド。初めて体験したそれはどうにも、堅さと頑丈さに絶大な信頼のおけるものだった。寝心地より耐久性を重視しているのだろうと分かるそいつのせいで、あちこち痛い。

が、まあ借り物に贅沢を言うわけにもいかず。と言うかむしろ感謝しなきゃいけない。いろいろな意味で、その堅さはむしろ温かかった。

 

「まだいたっていいんだよ?」

「あはは……ま、俺がいなくちゃすっげー暗くなるやつばっかだからさ。早く帰んないと。」

 

俺も、あいつらがいないと暗くなってるし。

 

「そうかい。気を付けてねえ。」

「ばあちゃんもな。高いとこにあんま物置くなよ?」

「困ったときは、また取ってもらおうかしらねえ。」

「え……俺その度に往復すんのか……」

 

ここも居心地は良いけど……

やっぱり、仲間のとこが一番なんだ。

 

「じいちゃんも、元気で。今度中に来るときはさ、いつでも呼んでよ。荷物持ちくらいにはなれるぜ?」

「ははは。そうだな。頼らせてもらうよ。」

 

夜中まで降り続いていた赤い雨も、朝日を受けて乾いている。ギルとも……雨降って云々って言葉があるらしいし。仲直りできるだろうか。

 

「んじゃ、そろそろ帰るよ。」

 

遠くでサイレンが鳴っている。アラガミが出た、ということだ。

俺は神機使いで、弱いけど戦えるから。戦えない人のためになんて殊勝なこと考えられるほど強くないけど、それでも戦うんだ。

 

「今度は食い物持ってくるから、旨いもの作ってくれよな!」

 

駆け出し、端末を手にとって。

 

「ごーめんごめん!とりあえず、神機持ってきて!」

 

決意新たに……とは言えない。正直まだモヤモヤしてるし、強くなった後も、時折悶々とするんだろう。

だから、今まで通り、頑張る。

 

   *

 

駐留二日目。マグノリア・コンパスへ差し込む光は、天蓋で異常なほど乱反射していた。

それも、赤く。半透明のフィルターを通したかのように、あちらこちらが赤い光に包まれている。

 

「昨夜遅くから、赤い雨が雪に変化したそうです。」

「上空は低温だった……というわけでもない。」

「ええ。だったら地上付近ももっと寒かったはずですし、赤い雨そのものに何らかの影響が加わったとしか……」

 

黒蛛病患者収容施設も例外ではなく……あまり赤色を見せるのは精神衛生上良くないだろうとの判断から、青白い照明が増設されていた。

そこの係員からアリサを経由し、この事態についての説明を受ける。傍らでは鼓が施設についての説明をメモに纏めていた。

 

「幸い、積もった雪は溶け始めているそうです。午後には何ともなくなるだろう、と。ヘリの運用も可能です。」

「極東支部への影響は?」

「ありません。雪に変化したのは、ここを中心とした半径約3kmの範囲。誤差は大きめで、地形や風向きなどの影響が強く出ている模様です。」

 

感応種か、と、比較的理性的な思考が判断を下す。

そして……感覚的には、鼓ではないか、と。

 

「……では、予定通り本日中に施設の調査。間に合うようなら夜には戻ります。」

「分かりました。一応、総統さんに一報入れてきますね。」

 

アリサが出、こちらは二人になる。フライアの職員はさらに事務的な調査を行っているため、こうして話を聞くのは自然と俺たちの役割になっていた。

 

「ジュリウスさん。」

 

彼女の方の話も一段落付いたのか、メモを手渡してくる。経験不足からくる見辛さはあるものの、さして問題にはならない。

 

「大丈夫そうですか?」

「ああ。問題ない。……念のため、2ページと6ページについては実物を確認してくれ。」

「はい。」

 

だが、言いしれない違和感はついて回る。こういう作業は苦手だったのに、と。

こういった面でも変化が出ている……ということなのだろうが、これもまた他と同じく、良い変化と言えるかどうか分からない。普段なら成長したと思えることが、一連の流れを含めて考えると不安要素になっていく。

 

「……」

 

……いや。切り替えよう。考えずにいて良いことではなく、しかし今延々と思い悩むべき事でもない。

施設はどうにも安普請なものだった。元々仮設だったものを使い続けているような、十分とは言えない設備で回っている。

新しく建てられたものはもう少しマシかもしれないが、最も数を抱えている場所がこれというのは少々楽観できないものがある。フライアでの受け入れが必要というのは、かなり切羽詰まった段階での判断らしい。

 

「そうもなる……か。」

 

極東は、言ってしまえばブラックボックスの塊だ。フェンリル支部最大戦力にして、同時に暗部。大岩の寄せ集めの要石。なくてはならないが、あることが前提である故に注目されない。

頓挫したままのエイジス計画。腕輪のない神機使い。戦力的には支部に匹敵する独立部隊。大量の支部外秘事項。サテライト拠点。ネモス・ディアナ。

外部からの干渉を絶っている事柄に溢れた極東にとって、黒蛛病患者の受け入れ要請はしたくなかったことの一つでもあるだろう。ラケル博士やレア博士はともかく、局長は何らかの条件を出しておかしくない。

一枚岩のフェンリル……は、おそらく訪れないだろうな。

 

「ん?」

 

端末がメールの受信を告げる。

取り出せば、ロミオの文字。

やー悪い悪い!もう大丈夫!

 

「……全く。」

 

……俺達は、一枚岩でいよう。

 

「せめて、何が大丈夫なのかくらい書け。ロミオ。」

 

   *

 

「ヘリの到着まで約十五分。合流地点で待っていてください。」

 

一日ぶりの通信に鼓膜が震わされる。インカムの感触も、少し離しているだけでどこか新鮮だった。

 

「その……俺……」

「目ぇ瞑れ。」

 

謝ろうと思ったところに被せるように、ギルがそう言ってくる。

 

「へ?目?」

「こういう時くらい黙って言う通りにしろ。」

 

よく分からない命令に渋々ながら従った直後、小さくも鈍い音が額から響いた。

いつだかに顎に叩き込まれた拳と、非常によく似た感触。額を抑えながら目を開けば、握り拳がそこにあった。

 

「休暇届は勝手に出した。貸しだ。」

「えっ!いつの間に!?」

「気付いてなかったんですか?ロミオが出てすぐ、支部長室に行ってましたよ?」

 

ああもう。三人でマイペースに進めやがって。

 

「……今日は良い動きだった。次も期待している。」

 

すたすた歩いていくギルを指さしながら、ナナとシエルはくすくす笑う。

 

「ギルねー。一番心配してたんだよ?」

「はっきりとは言いませんでしたが、静かだな、とか、どこ行ってやがる、とか。バレバレとはああいうのを言うのですね。」

 

あーあ。カッコ付けさせといてやろうぜ?あいつ、ブラッドで一番シャイだぞ?たぶん。

言おうと思った言葉は案外出ないもので、口をついて出たのはもっと別の話。

 

「にしても、ジュリウスも結意もいないと、なんかしまらないなー。」

「あ!それ私も思った!」

「いつも代理っぽくなるの、ギルですからね……私は堅苦しいそうですし。」

 

そうそう。シエルは堅苦しいんだって、何度も言ったの俺だったなあ。

 

「あー……根に持ってる?」

「耳にたこが出来たので、何かで意趣返しをしようと考えていました。」

「なるほど……じゃあ私も後輩扱いされた仕返し!」

「お前はほんとに後輩だろ!」

 

先輩面して、ろくに先輩らしいこと出来なかったけど。

 

「何だよもー。悩んでた俺がバカみたいじゃんか。」

「そりゃあ、ねえ?」

「違いますか?」

「だー!違わないです!すんませんした!」

 

ま、いいや。俺は俺らしく行こう。

 

「うっし!作戦終了!帰ろう!」

「おおっ!?なんかリーダーっぽい!」

「いいからさっさとしろ。置いてくぞ。」

「ギル。針路確認は私の方が向いてますよ。」

 

こんなでも、俺はブラッドだから。

みんなより弱いし、血の力だって目覚めてない。経験不足も良いとこで、知識だってろくにない。

それでもまあ、いいや。マイペースでも。それが俺で、そんな俺がいるのがブラッドだから、一人で頑張ろうとする必要もきっとない。

役に立てるようになるまでもう少しかかりそうだけど、それも俺らしい。かもしれないから。

 

「あ、そうだ。ロミオ先輩。チキン5ピースね!」

「は!?」

「いいですね。私は3ピース。」

「……8。」

「くそ……財布が軽くなる……」

 

うっし。のんびり、行ってみよう。




本日の投稿は以上になります。
ぶっちゃけた話、ここまでは一週間ほど前に書きあがっていたのですが…O tannenbaumを突っ込んだので、どうせならクリスマスにしよう、なんてノリが発生しました。
ドイツのクリスマスキャロルで、日本ではもみの木、として親しまれていたりします。キャロル系では珍しく、ちょっぴり物悲しい雰囲気だったり。
あ、余談ながら、ウムラウトは代用表記を用いています。ツールの関係上と、ページが対応しているか不安だったのと。

にしても…書いていて時系列が不安です(
計算してはあるはずなんですが…大丈夫かなあ…
…うん。まあ、たぶん大丈夫でしょう。たぶん。

次回投稿に関してですが、現状未定です。また何ヶ月か空くかなあ、と思いつつも、もしかしたらちゃちゃっと書けちゃったりするかも?という。オリジナル要素が一層深くなる段階に入ったので、いい感じで読めません。
そんなわけで、気長にお待ちいただければ幸いです。


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Chapter 6. 諧謔
共鳴


お待たせしました。春眠暁を覚えずがフライングかましやがりまして、朝起きるのがドンドン億劫になっている私です。
どーしてこう、季節外れって言うのは妙な魅力があるんですかね。眠い(
さて。本日はChapter 6の投稿。話数は十三話。多いわ私の阿呆。
だいたい7-6で二分出来るので、それがお勧めだったりします…


 

共鳴

 

「このくらいなら、フライアでほぼ全面的な受け入れが可能でしょう。」

 

ジュリウスが持ってきた資料に、分かり切っていた返答を返す。患者数を見ればこちらのキャパシティとの比較は簡単な話だったし、激戦区とは言え一支部に過ぎない極東に、設備面で劣るはずもない。

あくまで目的は二人……特に結意を、引き離しておくこと。

 

「設備を整えるよう、技術部に打診しておかないとね。お願いできますか?」

「了解。帰りがけに伝えておきます。」

「ありがとう。それから、結意のことなのだけれど……」

 

ロミオが悩んでいたのは知っていた。そのせいでブラッドがギスギスしていたことも。

仲裁役がいなくなれば勝手に進む段階に来たのなら、こちらから外してやればいい。最大の不安定要素も一緒に取り払っておけば、こちらのルートを逸れる恐れはない。

二人を調査に遣ったのはそのためであり、調査そのものは何一つ興味がない。黒蛛病患者を手に入れる段取りを整える程度だ。

 

「向こうで、何か変わった様子は?」

「……以前と比べれば、やはり大きく変化しています。望ましい変化である反面、急激であるのが気になる……」

「そう……やはり、と言うべきかしらね。」

「最近は、一人で思い詰めていることも多いようです。」

「思い詰めて?」

「決意しようとしているような……何がと言うわけでもありませんが。」

 

さて。しかし本当にどうしたものか。

正直なところ、彼女がここまで変化するのは想定外。もう少し小規模な変化は予想していたけれど……私の知らない何かがある、と言うことか、あるいはただ読み違えただけか。

後者ならいい。前者であったときが問題。そうであった場合、下手をすれば全てが止まる。

 

「ところで、ジュリウス。言葉尻が丁寧になりましたね。」

 

少し前まで、ですもますも使わなかったのに。

……そういえば、これも予想外ではあった。彼はずっとこのままかと思っていたのに。

 

「……俺も変わった、と言うことでしょうね。ブラッドはある種、そう言う力にも長けている節があります。」

「そう。」

 

当初の予定に対してイレギュラーが多い。ジュリウスは結意に引っ張られる形かもしれないが、それでもだ。

やはり一度、二人を追い込む必要がある。特に結意は……そう、壊さなければ。

全く。魚の卵から鳥が生まれたような気分だ。このままでは水槽から出てしまう。

 

「……結意を呼んできてもらえますか?あの子に任せたい仕事があるの。」

「仕事?」

「ええ。と言っても、今のあの子には大して難しくないでしょうけど。」

 

……極東も、徐々に何かしらに気付きつつあるようだし。

この辺りで一つ、盤面を入れ替えるとしましょうか。

 

   *

 

ピアノが静かに木霊している。

音の主は、ノリとテンションのまま演奏を任されたユノさん。周りにはコウタさんとアリサさん、シエルさん。

少し遠くではギルさんとソーマさんがビリヤードに興じていた。難しい顔で座っていたソーマさんを、ギルさんが誘った形だったと思う。

 

「……さすがに当たらないな。」

「手玉独占もここまでっすね。このゲームはもらいます。」

 

そんなゆったりした空間でちびちびと、コーヒーを飲む。なぜか紅茶や他の飲み物と比べ種類が充実していて……眺めていたら、ソーマさんから勧められたもの。ブラックはやっぱり苦いから、ミルクと砂糖をたっぷり。

 

「やっぱり、ピアノっていいですよね……ここのところコウタが……何でしたっけ?あのよく分からないの。」

「コイメカ!何度も言ってるだろ?」

「あーはいはい。まあその何とかっていうのを流してるせいで、どうも雰囲気が壊れていたというか……」

 

曲の合間に入る会話が、私は一番好きかな。

カウンターに肘を付きながら、そんなことを考える。

 

「でも、あのシプレさん。私もちょっと好きなんだ。」

「へ?マジ!?」

「うん。ほら、今はまともに知られている歌手が少ないから。……好きって言うより、気になるって言う方が正しいのかな。」

「確かに、昔からある歌を歌う人はいますけど、一から作るなんてほぼいませんからね。」

 

シプレ……シプレ……いつだかにコウタさんとロミオ先輩が盛り上がっていたっけ。

 

「……歌と言えば……」

 

不意にアリサさんがこっちを見た。

眺めていたから、当然ながら目が合って。それがちょっぴりバツが悪い。

 

「結意さん、ネモス・ディアナで歌ってませんでした?」

「……」

 

言われ、少し面食らう。

 

「……あ、その……聞いてました?」

「聞いたと言うか……窓開けたら聞こえたので。確か、日本ではもみの木、でしたっけ。」

 

もみの木。そうか、そういう名前なんだ。詩と曲調だけが記憶にあった歌の名前を、図らずも知る。

ああ、でもこれ、恥ずかしいな。聞かれてたなんて。

 

「もみの木なら、私弾けるかも。」

 

ちょっぴり誇らしげなユノさんは、軽くメロディーを確認して弾き始める。それはまさしくこの間歌った曲。

旋律が流れる度、あらがい難い衝動に襲われる。嫌な思い出がへばりついていたけれど、私が覚えている唯一の曲であることに変わりはなく。

自分の中から今度こそ消えてしまわないよう、もう一度刻みつけたくなって。

 

「歌う?」

 

そしてどうやら、演奏者にはばれてしまったらしく。

 

「……はい。」

 

勧められた伴奏者の隣なんて特等席に座り、一節一節。

 

「O Tannenbaum, o Tannenbaum……」

 

恥ずかしさから少し声を落としながら、歌うことにした。

 

   *

 

思いの外絵になるコンサートが始まると同時、俺はラウンジから出ることを選択した。

 

「……悪い。こいつは預ける。」

「ああ、はい。またいつか。」

 

要領を得ない顔のギルにキューを渡しつつ、急ぎ足に研究室へ。

……あの程度で、支部のレーダーは鳴らない。

 

「やあソーマ。これは、君ではないね?」

 

期待はしていなかったが、榊のおっさんがいたのは運が良い。機器を動かす手間が省けた。

頷きを返しながらモニターを確認する。

 

「どうなってる。」

「五番モニターに纏めてある。結意君は今何を?」

「ラウンジでも見てみろ。」

 

いくつかの観測データが表示されたモニターをこちらに向け、外付けのコンソールを繋いで操作する。

微弱な偏食場。その波形はブラッドの血の力に似ているが、これまで確認されたどれとも違う。

……が、見覚えの一つもないものではない。

 

「ふむ……なるほど。見る限り、完全に無意識のようだね。一応確認したいんだけど、それは先日のものと同じかい?」

「……いや。誤差の範囲内だが、少し違う。」

 

先日。アリサ達がネモス・ディアナに行っていた日の夜観測された、微弱な偏食場。

警報が鳴るほどではなく、距離故にデータ上でしか見ることのなかったそれ。はっきり言って、俺も観測機器の故障か何かかもしれないと考えていた。

が、そうでないことが確定的になった。図らずも本人からの言質も取れている。

 

「前回も、どうやら歌っていたらしい。」

「なら、結意君が歌った時にこの偏食場が確認される、ということになる。実に興味深いね。」

「アラガミの動きは。」

「影響はないと考えていいだろう。もっとも、これ以上強くなったら保証の限りではない。」

「だろうな……」

「それで、ソーマ。君の所見を聞きたい。」

 

飄々とはしつつも、声音の真剣味が深まる。

 

「なぜこの偏食場は、普段の結意君のものとは異なっていると思う?」

 

最大の問題はそこにあった。偏食場は多少の誤差こそあれど、個体、ないし種族で一定となっている。

この偏食場が結意のものだと判明した今、なぜ歌っている間に観測されているのかだの何だのを論じる前に解決すべき命題だった。

意図的に発することは出来ても、その根底には必ず、個体の波形がある。……なければならない。だが今、彼女の発する偏食場にそれは観測されていない。

 

「……コアが二つ。ないしそれ以上ある。あり得ないが、あるとしてそんなところだろう。」

「アラガミの基礎理論が覆るね。僕も同じ意見だけど、君の言う通りあり得ないし、そういう形跡もない。」

 

半アラガミ、という体質上、事あるごとに検査は行っている。先日のナナの一件がその最新データであり、コアが複数だのという異常は存在しなかった。

 

「さて。困ったね。」

「……ならそういう顔をしろ。」

 

いつものにやついた面構えで言う彼に嘆息し、現状での結論を保留した。



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β01.姉

 

 

渚が半狂乱に陥った日から、一週間近くが経過した。

 

「渚!出過ぎ!」

「大丈夫だってば!」

 

一頻り叫び、泣き、そのまま疲れて眠った彼女はしかし、翌日には表面上いつもと変わらない渚に戻っていた。

任務も日常生活も、端から見ておかしいと感じられる部分はほとんどなく。リンドウさんに報告だけはしたものの、さすがにそれでどうにかなる問題でもない。

そんなだから、私も何も言えない。大丈夫だからと悲痛な面持ちで告げられては、こちらから何かすることは……性格的に難しかった。

加えて……これはタイミングが悪い、と言えばいいのだろうか。彼女に妙な能力が二つほど発現した。普通の神機使いが持ち合わせているものではなく、アラガミとしての力でもない。

一つは、神機での攻撃に付与されるオラクル刃。斬撃の直後に鎌鼬のように直進するそれは、以前には見られなかったもの。

まあでも、それ自体はさほど気にはならない。オラクルを使用しての攻撃なんてのは私やソーマにだって可能だし、今更騒ぐようなものじゃないのだ。

もう一つは……

 

「……ほら。どこ見てんの。」

 

一時的に、アラガミからの捕捉を完全に消失させる力。

私にまでその効果は及び、彼女の姿、立てる音。その両面で朧気になる。僅かながら知覚できるのは、ほんの少しだけ存在する人間の感覚器官が得る情報があるからだろう。

渚以外のオラクル細胞に対し、視覚情報及び聴覚情報の受容を不可能とする、偏食場パルス。正体はつまりそれ。

あるいは純粋な能力の強化の副産物、と言う見方は出来る。事実転移の連続使用も可能になっているみたいだし、見たところ限界距離も伸びている節がある。

……それでも、明らかにアラガミとしての力とはベクトルが異なっている気がしてならない。自身のオラクル操作が渚の能力であって、自分以外のオラクルに影響を及ぼすなんてことはなかったはずだから。

 

「終わり……でいいんだっけ?対象は全部やったよね?」

「あ……うん。」

 

何を思っているのか推し量ることが出来ない。何より本人が口を噤んでいる時点で、下手なことを言えないのだ。

結意、って、ブラッドの?その子がどうかしたの?

鼓渚って言ってたけど、もしかして渚の名字、鼓だった?

間違えたって、何を?それに、何を壊したって言うの?歌うって、どういうこと?

父さんって、集落って、いったい何?

疑問だけならいくらでもあって、だけど聞いていいのがどれなのか、聞くべきが何なのか、全く分からない。渚には何度も元気づけてもらったのに、私は何も出来ないのかって……お腹の奥がもやもやしてくる。

 

「……はあ……」

 

ああ、本当に。助けられてばっかりだ。助ける側に回ったことがどれほどあったろう。思えば、怜にだって助けられることが多かった気がする。あの子は明るくて、外向的で。存外人の機微にも聡くって、だけど相手には悟られていると気付かせなくて。

お姉ちゃんらしいこと、実はあんまり出来てなかったんだろうな。右手の神機を見ながら、ちょっぴり反省。

 

「ね、渚。たまには買い物とか行かない?」

 

今から埋め合わせ。なんて、ちょっと無理があるかな。

 

「買い物?何の?」

「んー……やっぱりアナグラの皆へのお土産とか……あとは見て考えよう?」

 

支部内で大半は完結し、外はあらゆる面において保証外。自然と買い物に出よう、なんて意識はなくなりがちで、面白い店があったかどうかなんて覚えていない。

知識不足は提案の曖昧さに直結して、このくらいしか言うことは出来なくて。これが私の精一杯。

 

「……行くなら場所決めなっての。見て回るだけで日が暮れるんだから。男共みたいに即断即決とかアホみたいでしょうが。」

「う……」

「って言っても、どうせ暇かあ……」

 

少し間をおいて、渚は言う。

 

「じゃあさ、複合コアに関してと、神機のこと。レクチャーしてよ。」

「レクチャー?」

 

意外な発言に、一瞬思考が止まる。そもそも複合コアも神機も、私達は直感で分かるはずなのに、と。

それをふまえて考えたら、むしろ納得した。

 

「複合コア型神機、だっけ。一本作りたいんだ。」

 

わざわざ人に教えを乞うとなれば、そういうことになる。感覚でどうにかなる問題を越え、かつ非公開であるが故に独学が不可能なもの。

今更何のために、なんて聞くのも野暮な気がして、そのまま答えた。

 

「んと……いつから?」

「極東に戻ったらすぐ。」

「それだと……覚えても技術が付いて来ないから、作るのはリッカさんとソーマに任せること。いい?」

「分かってる。って言うか、神楽は作らないんだ。」

「そりゃまあ……」

 

リッカさんにはたぶん負けるけど……はっきり言って、ソーマと同じくらいには出来ると思う。

理由はそこじゃなくて。

 

「私達三人ともやるのはね。一人くらい、任務に出てなくちゃ。」

 

格好の付かない真似をして、初っ端から醜態を晒しちゃったけど。

それでも私に出来ることがあるんだから、全力を注いでやるって。ちっちゃな決意なのだ。

 

   *

 

「一人くらい、任務に出てなくちゃ。」

 

言って苦笑する神楽は、ここ最近どこか嬉しそうにしていることが多い。これほど分かりやすいものもそうないだろうが、極東にもうすぐ帰ることが理由だ。

対して私は……どうなんだろう。空元気を振りかざしてはいるものの、簡単に看破されている辺り何の役にも立ってはいないと思う。

そもそもこれは空元気と呼ぶんだろうか。ぐっちゃぐちゃでよく分からないから、ひとまず体裁を整えやすい感情を使っているだけ。元気じゃなく、私の中身全部が空っぽ。きっと元気の仮面を被ってるとか、そういう変に格好付けた言葉が当てはまる。

 

「ソーマといちゃつく時間がなくなるぞー。」

「大丈夫大丈夫。速攻で片付けて帰るから。」

「……いや、いちゃつくってのに狼狽とかないの……」

「え?あ……」

 

鼓渚。総計十七年と少しを生きているらしい私は、十一年の空隙を挟んで記憶を保持している。十一年の内にも断片的な記憶はあるが、その大半が無声映画かスライドショーのような、基本的に役に立たないもの。

だが三年ごとに分かたれた連続の記憶は、主に前三年分で私を定義出来てしまう。

 

「……ちょっと衝動に身を任せるだけだもん……」

「ああ、うん……大丈夫。いちゃつかなかったら天変地異の前触れだと思ってる。」

「う……」

 

2057年。私は、どこかの支部のどこかの屋敷で働く両親の元に生まれていた。所謂クォーターというやつだったみたいだけど、その辺りはまだ曖昧だ。

三年後に妹が生まれ、さらに一ヶ月後……大きすぎる過ちの記憶を最後に、あとはスライドショー。

そう。その三年。たった三年で、私は十歳かそこらにはなっていた。

一年目は二倍。二年目は三倍。三年目は四倍。加速度的に時というモノが細分化され、私が生きる世界は酷く緩慢で、あまりに手に取りやすい、極大の玩具になっていった。

おかしいことだと分かっていたし、その速度が限界点であると理解もしていた。それ以上は神童だの天才だのから、化け物に昇華し忌避されるのだと。人間として許容される臨海点が、自分にとってはかなり低いものだと。

だが、それでも。

いくら神の力を携え、破滅的なまでに自滅を誘発する、アラガミの吸収力を持っていても。

所詮心は十歳程度。足掻いたところで子供であり、好奇心に殺される中の一つでしかなかった。

 

「全く。って言うか土産って言ってたけど、多少は決めてあるわけ?」

「一応ね。でもまあ、カタログだけ見て買うのもちょっと。」

「ふーん。」

 

十一年経って、ほぼ全ての記憶を消失しながら……まずシオとしての記憶を持つようになる。神楽との感応現象を皮切りに、言ってしまえば人間的な機能を有し始めたのだろう。記憶、感情、思考。どれも、この時期から急激に発達した。

アーク計画の進行と共に私の中のアラガミは活性化し、特異点として成立し始める。自我による制御が利かないことも多くなり、ものの見事に記憶がすっ飛んでいる期間があったりと。おそらく、あの頃の第一部隊から見ればシオがおかしくなった、って感じだったろう。

そして、計画の失敗はシオから渚への変遷……回帰を果たさせるに至った。体を失った終末捕喰のコア、となったことで、特異点用の活動が不要になったからだ、と思っている。

それから、三年。何かの嫌がらせかと思うほど全く成長しない体を持ちながら、渚として生き、今に至る。

こうして考えると、なんとまあ悲惨なことか。覚えているような推し量っているような。第三者が成長記録をつけるのでも、主観視点の何倍かマシじゃないのか。だいたい、すっ飛んでいる期間が長すぎるのだ。曲がりなりにも生きていただろう。もう少し何とかしたらどうだ。

もう少し、何とかなったって、いいじゃないか。

 

「アナグラに付いたら、まず何しようか。」

「初っ端パーティーにでも引きずり出されるんじゃない?どうせ、コウタ辺りがやろうって言い出してるでしょ。」

「あー、そうかも……」

「……何か思うところでも?」

「いや、その……アリサが厨房に立ってないといいなあって……」

「……」

 

何をしても取り返せない過ちを冒した自分への怒り。

家族とそれに付随する全てを叩き壊したことへの嫌悪。

壊されたことすら分からず父親から否定された結意への慟哭。

忘れてはならないはずの大半が記憶にないことへの焦慮。

 

「アリサの料理なら、見た目で分けられるから。」

「……そうだね。」

 

私の中であまりに多くのものが蠢きすぎて、単一化することが全く出来ない。不純物を大量に投げ込まれたまま、大釜にかけられてじっくりかき回されているような、叫びだしたくも叫ぶことを選択出来ない感覚。最終的に感覚、と曖昧に表現せざるを得ないことで、余計に不純物が混ざっていく。

だが、その状態にある種の充足感を得ている自分もいる。ずっと空いていたせいでそもそも気付いてすらいなかった穴ぼこに、雑多ではあるが詰め物がされた。言うなればそんなところだと、説明は付くが理解は出来ない。

ああ、くそ。十一年分を思い出せたらきっと、全部分かるのに。

 

「どうかした?」

 

知らず、歯噛みしていた。思い出すまで何も出来そうにない自分。思い出しても何が出来るか分からない自分。

 

「何でもない。」

 

曖昧に濁すことしかしない、自分。

何もかもが自己嫌悪に繋がっていて、一つだけでもそれには充分すぎて。

私は自然と、もう一度歯噛みしていた。



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誰も死なない技術

 

誰も死なない技術

 

「D地点よりウコンバサラ一体の侵入を確認。必要素材の一つが該当するそうです。追加の討伐対象に指定します。」

 

ネモス・ディアナから戻り、ブラッドの皆とのんびり出来たのも束の間。今度はフライアに呼ばれていた。

久しぶりのフランさんのオペレートと、まだ慣れない単独任務。不安があるわけじゃない。けど、意外と体は動かない。

神機のせいもあるかな、とは思う。短いはずのパーツでも私の背丈を超える武器だったのが、今は袖に隠せてしまうような大きさ。右手に感じていた重量感と質量感が一気に失われて、何かしっくりこないなって、小さく感じているから。

 

「あつっ……」

 

そうは言っても一番大きいのは、やっぱり誰もいないこと。毎度毎度、勝手に動いて勝手に戦って。だけど誰かが背中にいてくれた。どう頑張ったって無防備な背中を、皆で守り合っていた。

背後から肩口に飛んできた光弾に身を打たれて、当たり前のことに今更気付く私。なんとまあ、考えの足りない。

高く高く昇りたくて、無理矢理足場まで作った挙げ句、足首に絡まった鎖に気付けない。私はつまりそういうもので、だからこそ、あらゆる場面で間違え続けてきたんだろう。

 

「く……ぁあっ!」

 

きっと足が動かないことに気付くまで、鎖があることに気付かないだろう私。そんな自分を振り切るように、アラガミを斬り伏せて、撃ち抜いて。

戦う分だけ心の中で膨らんでいく、チクチクする塊に吐き気がして。

 

「アラガミの沈黙を確認。討伐対象残数一。A、C両地点には、未だ多数のコクーンメイデンが確認されています。ご注意を。」

「っはい!」

 

たべたい。

おなかすいた。

もっと。もっと。

おおきなたべものを。

 

「ああ……もう!」

 

もうやめて。そんなこと言わないで。私はそんなこと望んでない。私の中の彼だって、望んでなんかいないのに。

なんで。どうして。嫌なことがあったとしても、この世界が大好きなのに。ジュリウスさんと、皆と出会えたことが嬉しくて、とてもとても誇らしいのに。その全てを喰らえとなぜ思っているの。

 

「全討伐対象の撃破を確認。周辺にアラガミの反応はありません。お疲れさまです。」

 

沸々と沸き上がる欲求は、次第にあらがい難いものになっていくようで。

私は小さく、恐怖する。

 

   *

 

フライアに戻れば、フランさんと……クジョウ?博士に出迎えられた。

 

「ええと……これと、これ、でしたか?」

 

アタッシュケースに入った素材を渡す。アラガミの討伐と、コアの回収と。それから素材の入手が、今回の目的だった。

無人制御型神機兵の研究。それは、私にとっても魅力的なことで。けれど同時に、不安なことで。

 

「ああ、ありがとうございます。これで一層、研究が進められます。」

 

どことなく頼りない……言ってしまえば大半において挙動不審な人。けれどお義母さんが援助を惜しんでいないということは、つまりそれだけ優秀な人。

この人はいずれ、無人制御の神機兵を完成させることだろう。そこにはいろんな人からの助力があったりするだろうけど、本人が道を違えない限り確かなことだと信じているし、理屈ではない部分で分かっている。

それが意味するところは、すなわち皆が死ななくていい世界が来るってこと。神機使いが必要なくなるっていうこと。

私の手の届く世界が狭まってしまうこと。私が守ることの出来る何かが、減ってしまうということ。

 

「あの……」

「は、はい?」

 

私の知らないところで惨劇が続き、私が何も出来ないところで、いろんなものが壊れていく。そういうこと。

不安は曖昧な言葉でもって表出する。

 

「無人神機兵は、本当に、戦えますか?」

「もちろんですとも!ぜ、前回の起動試験こそ失敗に終わりましたが……ラケル博士の助力を得た今!あのようなことは二度と起こり得るはずもないのです!」

「……」

 

お義母さんの助力。

それ以上に不安なモノなど、結局のところ存在しない。

 

「成功してみせますとも……ええ!私とラケル博士のこれからのためにも!」

「これから?」

「い、いえいえ!決して変な話ではなく……その、研究者として協力を続けていくと申しますか……」

 

ねえ、お義母さん。ラケル・クラウディウスはどこにいるの?あなたはそうではないのでしょう?

あなたはもっと禍々しい、こちら側の異物でしょう?

問うたところで変わりはしないだろう。分かっているから、先延ばす。

……訊けば、今の日溜まりがなくなると分かっている。偽りであろうとも、お義母さんがお義母さんでいてくれるなら。私はそれでもいいと……ダメだと叫ぶ自分を殺して、考えている。

 

「ああ、その……そう!あなたの神機、前々から気になっていたのですが……あれでどう捕喰を?コアの回収が出来ているあたり、やっているのでしょう?」

「捕喰……ですか?」

 

神機にくっつけているオラクルを引っ張る。これは、ソーマさんから言われたこと。

砲身は弾頭の制御にも使われる。可能な限り接続を絶つな。

要は枷、なのだろう。あるいは暴走を抑制するための、ちっちゃい命綱のような。

 

「オラクル細胞の内包量は少ないですから、ちょぴっとですけど……」

 

捕喰口の展開をしてみせる。刃が外れ、接続部からじゅわ、と染み出るように発生したそれは……例えるならパペットで。

本当は内包量が問題なんじゃなく、私が怖がって、注ぎ込んでいないだけだと……分かっている。

 

「刀は飛ばせますから、射程は気にならなくて……あの?」

「ほおぉ……これが……この機構、もしや神機兵にも……」

 

クジョウ博士はと言えば、何事か手帳に書き始めていた。根っからの研究者気質、というか、意外と上手なスケッチが可愛いというか。

 

「あまりお気になさらなくていいと思います。先程も、オペレートシステムを組み込めないか、とか仰っていましたから。」

 

フランさんが肩を竦めながら笑う。ああ、本当に。この人はきっと、とても優秀なんだろうな。

だからお願い。気が付いて。あなたが憧れるあの人は、そんなに綺麗なものじゃない。

むしろ、汚泥にまみれた存在なんだって。……それでも私よりずっとマシだけど、だからって、羨望を向ける相手ではないんだって。曇ったレンズさえなければ、あなたには至極簡単なことのはずでしょう?

 

「それにしても、なんだか可愛いですね……毛でも生えていれば何かの動物みたいな……」

「……わんわん?」

 

だけど、それを言えるほど、私に勇気なんてなくて。

やることと言えば、フランさんの発言に合わせて小さなパペットを動かすくらい。

 

「ぷっ……あはは!結意さんそれ反則……あははは!」

 

彼女の壷に叩き込めたことを、気恥ずかしそうに誇るくらい。

意気地なし。臆病者。何度自分を罵ったか。両手足ではもはや数え切れない。

 

   *

 

「チェック。」

「悪いな。まだだ。」

 

数日ぶりに戻ったブラッドは、以前より僅かに結束が強くなっているように思えた。

おそらく、ギルとロミオの仲が解消された……と言うより、むしろ互いに遠慮が皆無になったと言う方が正しいようにも感じるが、それに起因するものだろう。ある種のいがみ合いから、切磋琢磨に近い形になった。望ましい変化だ。

 

「おおし!ジュリウス!そんまま押せー!」

「ギル負けるなー!ロミオ先輩にチキン奢らせるよー!」

 

……これはどうも、何か違うと思うが……まあ、いいだろう。

 

「明るくなったな。」

「馬鹿騒ぎしているだけだろう。」

 

言いつつ、彼も何やかんやで楽しんでいる。チェスを楽しむ空気でないのは否めなずも、それはそれでブラッドらしい。

 

「先日の一件で、ナナがロミオにチキンを奢らせましたから。味を占めたのでしょう。……ところでギル。最短十七手で詰まされますよ。」

「ぶっ。」

「シエル。局が延びるぞ。」

「少しはひっかき回した方が面白いかと。」

 

そう言えば、ブラッドらしい、とはどういうことだろう。あまりに自然に考えていたせいで、その定義が定まっていなかったことに気付く。

考えれば考えるほど、案外言葉にならないものだと気付く。賑やかというのは確かに当てはまるが、それだけで語ることの出来るものではない。

何せ、今感じているブラッドらしい、も、どこか足りないのだから。

 

「ふはは!見たかナナ!ジュリウスのチェスの腕は、散々負かされたからよく知ってるぜ!」

「せこい!先輩のくせにせこい!ギル!勝てるよね!?勝ってよ!?勝て!」

「……ここまで外野が煩いゲームってのも珍しいな。」

「ああ……ここまで賑やかな部隊もそうない。」

 

おそらくそれは、ここにいない一人の空気。副隊長である以前に、ブラッド隊員として。鼓はずいぶんと、大きな存在になっている。

本人にとってそれは重責でもあろうが、周囲は得てして、感じるままに扱うものだ。

 

「そういえば、生産の関係上チキンは値上がりしているそうですよ?」

「えっ!?」

「っしゃあ!」

「……ったく……」

「ふっ。」

 

……こういうのをひっくるめて、ブラッドらしいと感じているのだろうな。

俺はおそらく、これが守りたいのだろう。ブラッドらしいと感じるものと、それを作り上げている彼らを。

ああ、守りたい。守らなければならない。命に代えてもだ。

だから守らせてくれ、と。小さく願っていた。



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軋む歯車

 

軋む歯車

 

「こ、これは……」

「これまでのデータを元に作成した、神機兵の制御プログラムです。ブラッドのデータを利用した関係で、少々ブラックボックスを多くしてしまいましたけれど……」

 

珍しくエントランスにいたお義母さんは、さらに珍しいことにクジョウ博士と話していた。

……は、いいんだけど……やっぱり何度見てもこの二人が一緒にいるのは、絵的に何とも言えないものがある。

無理矢理にでも例えたら……結婚詐欺に引っかかりかけている冴えないおじさん、と言うか……いやでもお金とかが動いているわけじゃないんだから、やっぱり違う。と思う。

 

「既存のプログラムにインストールするだけで運用出来るはずですから、どうかそのままに。」

「もちろんですとも!あなたの作ったプログラム……必ずや!無人運用を成功させてみせますとも!」

「ええ。期待しています。」

 

神機兵の無人運用は、段階としては大詰め、状況は停滞、なんて奇妙な様相を呈していた。基本となる部分は完成したけど、細かく確認していくと粗だらけ。一定の成果は上げつつも実質的には意味がない、と。

クジョウ博士の焦りは素材を渡すときに見るだけでもはっきりしていて……喜んでいるのは、そういう理由もあるのだろう。

 

「それはそうと……な、なぜ私に援助して下さるのです?レア博士とは対極を為す研究ですが……」

「ブラッドの子らが愛しいから、ですよ。」

 

はっきりと。息を潜めているせいか、妙にそれは大きく響いて。

あまりに淀みないから、私はそれが、嘘でないにしろ本心でもないと確信出来た。

 

「あの子達が出撃したと聞く度、心配で胸が張り裂けそうになります。出来ることなら、ずっと一緒に、一つ屋根の下で……と。危険な目に遭う必要はないと、そう言ってあげたいのです。」

「それで、無人神機兵を……」

「ええ。神機兵を有人運用するとなれば、戦闘経験のある神機使いが優先してパイロットに選ばれるでしょう。あの子達も、きっと……」

 

ねえ。愛しいって、どういう意味?

大切なもの、って。失いたくない、物だって。そういう意味?

途端に不吉な思いに囚われて、ぐっと足を抱き寄せる。

 

「ご安心下さい!もう時間はかけません!む、無人神機兵の完成は間近に……」

「それから、ね?クジョウ博士。」

「はっ、はい?」

 

太股が痛くなるほど抱き寄せる足は、けれど暖かみなんて持っていない。

これがもし人だったら、暖かいのだろうか。お義母さんや、ジュリウスさんだったら、少しは安心出来るのだろうか。

こうして疑ってしまうと分かっていたら、疑う前に抱きしめてもらったろうに。その温もりを想像するのでなく、実際に感じられたろうに。

 

「私は、あなたにも興味があるのですよ?」

「……わ、私に、ですか?」

「ええ……さあ、お話はこの辺りで。お渡ししたもの、有効に使って下さいね。」

「は、は、は……はいいっ!」

 

研究区画にすっ飛んでいったクジョウ博士を見送り、お義母さんもエレベーターに向かう。すれ違っても全く気付かなかった辺り、クジョウ博士は相当浮かれているのだろう。

……あの人、これまで女の人と付き合ったこととかないんだろうな、と。場違いな予想を抱いていた。

 

   *

 

「あ、ロミオさん。」

 

また厄介なことになりそうだな、なんて思いつつ、エレベーターから降りてきたロミオさんを呼び止める。この案件に関してはブラッドに通す必要があるだろう。

 

「ジュリウス隊長に、急ぎ通達してもらいたいことが……」

「ジュリウスに?」

「はい。マルドゥークの一件は覚えていますか?」

 

感応種への対抗戦力。極東支部が全面的に動かせるのはソーマさんだけで、ブラッドはブラッドの運用方針に則っての協力という形になる。こちらの命令だけで動くには、やはり諸々複雑らしい。

正直なところ、そのシステムに不安を覚えないと言えば嘘になる。オペレーティングの問題以前に、何か企まれていても気付けないかもしれないから。

 

「先ほど、レーダーがあのマルドゥークを捉えました。前回の戦闘時から計算した場合、すでに相当の進化を遂げているものと思われます。」

 

実際、マグノリア・コンパスは児童養護施設以上の何かだったことが確認されてしまっている。言ってしまえば密接な繋がりのあるフライアも、そうでない保証はどこにもない。

……とは言うものの、疑いすぎであってほしい。この三年間が異常事態の連続だったから、物事を悪く考えているのだと。

 

「日程などは未定ですが、どこかのタイミングでブラッド隊には遠征に出てもらうかもしれない、と、支部長から通達がありました。」

「オッケー。ジュリウスに伝えとけばいいんだっけ?」

「はい。お願いします。」

 

それにしても、こうしてオペレーターとして働いているとよく分かる。ブラッドのメンバーは全員、ここに来た時と比べて強くなっているし、内面的にずいぶん変わった。

安心してオペレート出来るか、と聞かれると、正直否だ。そもそも誰のオペレートをしていたって、常に不安で仕方ない。

そういう意味じゃなく……なんと言えばいいのだろう。危うさがなくなって、同時に脆くなったような。

個々人で立っている部分が極端に少なくなったような、そんな気がする。

背中を預ける、に似た部分はあるだろう。ただ、そう。預けっぱなしなのだ。

……彼らは仲間の死を、直視することは出来ないだろう。漠然と、しかし巨大な不安要素。

 

「あ、まだ何かあるの?」

「……いえ。もし何か質問があれば、榊博士に聞いてください。」

 

けれどそんな中にあって、なぜだろうか。結意さんだけは、一人のように思えるのだ。

これは以前までなかった感覚。正確には、ナナさんの一件があって以来感じるようになったもの。

今までに何度か、他の人から感じたことのあるものだ。

 

「分かった。んじゃ、行ってくる。」

 

思考に埋もれながら、とりあえず手を振り返す。

そう。結意さんから感じているのは、神楽さんやソーマさんから常々感じていたのと同じ感覚だろう。

すなわち、一人で抱え込もうとすること。何もかも一人でやろうとして……なまじ優秀なものだから、出来ると信じ込んでしまっていて頼ることを思い付きもしない。本当はあの二人だって、両の手に収まらない範疇のことは出来っこないのに。

今は……渚さんを含めた三人の間だけで、ではあるものの、少しは頼ることを覚えたらしいけど。

と言うか、結意さんのあれはジュリウスさんから派生したものだろうか。どうも隊長ってものの重圧に……ある種の固執をしているような、そんな気がする。

 

「榊博士。今し方、ロミオさんにマルドゥークの件を伝えました。追って、ブラッド隊長より連絡もあるかと。」

「ふむ。彼は何か言ってたかい?」

「いえ。特には。」

 

連絡した先からの要領を得ない質問に首を傾げる。

 

「マルドゥークの件は一応フライアにも伝えておいたんだけどね。そうなると、まだ彼らに話は行っていなかったかな。」

 

またか、と。疑いすぎであってほしい事柄を、またも裏付けるような動き。

フライアは……と言うより、ラケル博士は、いったい何を考え何をしようとしているのか。腹の底が見えない人というのはどうも苦手だ。

 

「あちらからは防衛用に神機兵を活用する準備がある、と返答を受けている。断る理由はあまりなくてね。マグノリア・コンパスの件を、こちらが詳細に知っているとも思われたくない。」

 

……もしかして、人のことは言えないだろうか。極東支部も、外から見れば何考えてるのか分からないし。

 

「そうですね……打診しておいてもらえますか?」

「そのつもりだよ。端末に基本情報を表示させるよう、情報開示も求めておこう。」

「お願いします。」

 

赤い雨、感応種。

その二つで手一杯のようなものなのに、よくまあ極東支部は面倒事の塊になるものだ。あるいは狙われたのかもしれないが。

他の支部からすれば、妙に秘密主義でブラックボックスの多い場所……謀略に向いていると思われても、仕方ない部分が確かにあるから。

平穏無事にとはいかずとも、もう少しなだらかな日々になってくれないものかと。この頃よく思う。



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望郷の終わり

 

望郷の終わり

 

やっと、か。もう、か。どちらと取るかは各々違うにしても、極東へ戻る段にたどり着いた。途中アラガミの討伐をしながらになるから、そこそこ長い道程になりそうだ。

アラガミが現れる以前は、旅客機とやらで十時間程度だったと言うこの家路。今の私にはそれすら遅い。

今すぐ転移していってしまいたい。ほんの一万キロといくらかしかないんだ。千回も繰り返せば優に着けてしまうはずなのに。

……だけど……行って何をするんだろう。極東に行くことを何かのポーズにしようとしてるんじゃないのか。

私の妹は結意……だけど、極東にいる結意がそうだとは限らないし……いや、これが言い訳にすぎないことも、感覚的に結意は極東にいるんだと確信していることも分かっている。

けど、それでも。今更どの面下げて、それも何をしようとしているのか。全く分からないのだ。

 

「みんな、どうしてるかな。」

 

……ところで、だ。

 

「あのさ。」

「ん?」

「五分前にも同じこと言ってる。」

 

こんの頭ん中お花畑はどうしてくれようか。

うん。愛しの旦那様に会えるって浮かれ倒してるのは分かってるよ?顔にやけっぱなしだよ?で、それ何日続ける気?

全く持って……結婚生活とやらは本当にろくでもないらしい。

 

「そう?今日はまだ一回だけだと思うけど……」

「一日千秋なんて体現しなくていいって……」

 

お陰様で五分おきに思考がリセットされて、ちょうど良いと言えばちょうど良いのだが。

それとも、そうなるよう狙ってやっているのか……いや。これは素だ。

 

「でもまあ、見事に便利に使われちゃったね。道すがら何回戦闘になると思う?」

「どっかの馬鹿でかいのが追っ払ってくれたし、たいしていないでしょ。……一回でも多いって言うんだろうけど。」

「そんなことは……ちょっとあるけどさ。」

 

早く帰りたいというところでは意見の一致を見ているものの、その有り様は大きく違っている。片や会いたい人がいるからで、片やよく分からない。本当に、こう言うときの対比はしたくないものだ。してしまうのは性だろうか。

極東での第一目的に結意が含まれることは分かっているのに、詳細どころか概要すら判然としないのも、やはり性……であってくれると嬉しいけど、言ってしまえば逃避か韜晦。

先送りに出来ない問題ほど、先送りにしたくなるのは……きっと私が、これまでで最も大事な決断から逃げて、挙げ句取り返しが付かないところまで吹っ飛ばしてしまったから。

その決断とやらがいつ、どんな形だったか思い出せないけど……まあ、たぶんそういうことだろう。

 

「……あ、ヘリの準備出来たって。行こうか。」

 

本格的に家路に付けば、何か思い付くだろうか。それとも、やっぱり先送りにしてしまうだろうか。

自分自身すら分からない今、何一つとして理解に至らなかった。

 

   *

 

「お待たせしました。」

「おう。さっさと荷物つっこんどけ。そっちの準備が出来次第出るぞ。」

「はい。」

 

ヘリポートにはリンドウとツバキが待っていた。二人は極東には帰らず、手前のアジア圏をしばらく回るらしい。

キュウビの反応は極東地域に見られ始めているものの、現状最も多いのはその手前。ジャヴァウォックの組織片を持ち帰るのを私達に任せ、キュウビ追跡に専念するらしい。

 

「みんなどうしてるかなあ。」

「リンドウ。これ何とかして。五分おきに言ってる。」

「……そりゃ不治の病だな。」

 

……と、いうのがこちらに用意された理由。実際には、極東に戦力が過剰集中することを変な形で恐れたお偉方の都合。

私や神楽は体の検査もあるってことで押し通したものの、だったら残り二人はこっちで使わせろ……と。

確かにこの二人、いるといないとじゃ指揮系統で差が出る。上っ面だけならアラガミ組が帰るわけで、戦力的には申し分ないけど。掘り下げればそういう問題が出るとなれば……なかなか上手いこと削られた。

 

「ヘリはいつでも出られる。準備はいいか?」

「荷物よし土産よし人員よし神機よし、と。んじゃま行くかね。」

「渚。忘れ物ない?途中で引き返すとか嫌だよ?」

「素直でよろしい……大丈夫でしょ。」

 

長距離移動とあって、ヘリは普段より少し質がいい。座面は柔らかいし、振動も抑える造りに見える。

むしろ落ち着かないそれは、今の私にとってはありがたいと言えない部類のものだ。

 

「昨日の夜ソーマから連絡があってな。俺達が帰り着いたタイミングで作戦を展開するらしい。」

「作戦?」

「感応種征伐……どっちかっつーと遠征に、ブラッドを遣るって話だ。こちとらも多少はかり出されると見ていい。」

「神機使い暇なしですね。」

「だなあ。」

 

ヘリが上昇を始めると、何とも腹立たしい振動が眠気を誘ってきた。眠くさせるくせに妙に揺り起こす、と言うか。

なんだかもう面倒になって、ちょいちょいと隣の神楽をつつく。

 

「何?」

「寝る。付いたら起こして。」

 

返事を待たず毛布を引っ張り出し、頭からひっ被る。

聞きたくない。見たくない。知りたくない。今は何もかも、私を惨めに感じさせた。

 

   *

 

頭の後ろがチリチリする。最近になってから感じるようになったこれは、どうやらアラガミの気配によるものらしい。

今度のはとても遠い。なのに、なんだか近い。遠く感じるだけなのか、あまりに気配が強いのか。あるいは……極々単純に、近しい存在なのか。

ああでも、そういえばこの気配自体は初めて感じる。似たようなものならアナグラの周りをグルグルしてた気がするのに。これは遠すぎて方向すらよく分からない。

 

「ブラッド副隊長による検証エリア確保を確認。神機兵全機、システムオールグリーン。」

 

一体の大型種、複数の中型種、多数の小型種。比較的多く見られる状況で、無人神機兵が……要するに、使えるかどうか。それを測る指標として誂えられている。と言うか誂えた。

 

「神機兵α及びβを初期前衛。γ、δ、εを初期後衛へ配置。以降の判断を、神機兵各機オペレーティングシステムへ一任します。クジョウ博士。よろしいですね?」

「はっ、はい……ええ、αとγをそれぞれのリーダー機に……収集されたデータの分析を担当させてください。」

「了解。神機兵αを初期前衛、γを初期後衛のリーダー機に設定。狭域戦術データリンクを構築し、全機への反映を行います。β、δ、εにアクセスポートを作成。α、γ間での通信を最優先に設定。」

 

……何語だろう?日本語じゃないよね?……ないよね?

 

「結意さん。破壊されそうな神機兵は可及的速やかに回収。その他気になることがあったら、いつでも仰ってください。」

「はい。」

 

うん、まあ、私がやることは結局それだけのはず。たぶん大丈夫。

 

「では、これより複合型戦闘試験を開始します。」

 

神機兵が動き出す。先には残しておいたアラガミが屯して、そのさらに先は何もいない。正直なところ指定アラガミ以外には一太刀も浴びせない、なんて指示でテンヤワンヤだったけど、これで最終試験ならいろいろ……諦めも付いた。だいたい私は狙いを付けるのは苦手なんだから、もう少し適任者を呼んでほしいものだ。ただの殲滅ならともかく。

 

「……後衛からの着弾を確認しました。前衛、対象の間合いに入ります。」

 

……ここで失敗してくれたなら、無人神機兵は使われないで済む。

あくまで機械だったはずなのだ。神機の延長線上だったはずなのだ。

なのに今のこれは、どこまでも生き物のよう。機械でなく、神機でなく。アラガミ。人類の新たな力だなんてとんでもない……と。そんな風に思えてしまう。あの子達が人に与えるのは、安寧でなく恐怖だって。

 

「ウコンバサラを撃破。続いて小型種の掃討を開始。」

 

この試験は成功する。まるでアラガミのような神機兵だからこそ、私にはいろいろなことが分かって。この程度の状況に苦戦するようなものじゃないだろう。

ならいっそ、この手で。そう思わないわけじゃないけど……無意味だ。私がいなければ成功していたかもしれないなら、もう一度作って……今度はもっと性能のいいものに仕上げてくる。

悲しいな。強くなったのに。弱虫で泣き虫で臆病者でちっぽけなりに、頑張ってきたはずなのに。両の手に出来ることはこんなにも少なく、何だって簡単にこぼれ落ちる。

 

「α、δで群の分断に入りました。γを主軸とし、他三機が援護中。」

 

おっきくなって。私の手。

こぼすのなんて、もう嫌だよ。



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渦中にて

 

渦中にて

 

神機兵の正式配備、というニュースに、サテライト拠点は久方ぶりに沸いていた。

 

「すごいですね。どこもすごい人気……」

「極東支部のみんなはよくしてくれてるけど、やっぱり……ね。常駐出来ているわけじゃないし、何かしらあると安心するんだと思う。」

「なるほど。……でもこれ、はっきり言って最初の印象が最悪過ぎて何とも言えないです。」

 

神機兵を最初に見たのはネモス・ディアナだった。同じく初遭遇の感応種と戦闘中、割り込んでこっちにまで攻撃してきた人型機械。

ユノさんと並び歩きつつ後ろに連れるこれは、あの時とほとんど変わっていない。中身はずいぶん良くなったと言うが……いかなものか。

 

「……昔のダメダメだったって頃の神機兵だって、私達にとってはやっぱり、希望の光みたいなものだったから。」

「あ……すみません。」

「ううん!そういう意味で言ったんじゃなくって。サテライトに配備してもらえるのも極東支部のみんなのおかげだもん。」

「それ以前に、完成までこぎ着けたのはブラッド副隊長らしいですけど。」

 

その当人はと言えば、後ろの方でブラッドの面々と歩いているはずだ。

このパレード……いや、正確には暴走警戒用の隊列は、先頭に私とユノさん。間に神機兵を挟み、最後尾にブラッドを配している。こっちの戦力が少なすぎる気もするが……名目上、ネモス・ディアナ総統の娘が安全性の保証と共に歩き、神機兵のお目見えとするものなわけで。真隣にぞろぞろいては格好が付かないということらしい。

結局のところフェンリルからすれば、体のいい広告塔なのだ。フェンリル対立派の民衆に対し、効率よく働きかけることの出来る人物としてしか見られていない。

……なんて、私が憤るのもおかしな話か。

 

「この後って、何かの作戦の会議だっけ?」

「ええ。最近この辺りで見かけてるマルドゥークに関しての……と言っても、こっちで分かっていることなんてほぼないですし、役に立つかどうか。」

 

サテライト拠点のいくつかを不定期に襲撃する感応種。住民の間では多少なり話題に上ることも多いらしく、そういった意味でも余裕のない案件になっている。

何が問題って、感応種に対抗出来るのが極東ではソーマだけであることと、そもそもマルドゥークが前線に出てくることが希なこと。アラガミを引き寄せるなんて、またずいぶん厄介な能力を手にしたものだ。

 

「ブラッドは交戦経験があると聞きますから、正直そっち頼みになっちゃいそうです。」

 

ブラッドに頼る、というのは、なるべくなら避けたい事態だ。彼らはあくまで本部付きな上、こう言っては何だけど危うい。血の力も不安定な部分が多いみたいだし、最悪いつぞやのナナさんのようなことが起こりかねないとあっては……

考えても始まらないのは分かっているつもりでも、やっぱり考えてしまうのは職業病だろうか。

 

   *

 

パレード用に装飾が施された神機兵は、これまで見慣れていたのと違って何となく華やかだ。

……戦っている姿を見た身としては、劇薬に星のシールでも貼っているような違和感しか感じられないんだけど。

 

「でかいよなあ。大きさだけならアラガミみたいっつーか。」

「元は有人運用を主眼として作られたものですから、必然的にこのくらいになるのでしょう。」

「こいつらコクピットとかあるの?」

「完全無人にした際に取り外したという話も聞きますが……どうなのですか?」

 

ぼんやり眺めていると、なぜか話の矛先が私に向いていた。そう言えば試験中は私くらいしか見てなかったんだっけ。

 

「……どう、なんでしょう?」

 

ある意味当然のことながら……分からない。いろいろごちゃごちゃやっていたのは見たけど、詳しく何をしていたのかは聞いてない。

というわけでジュリウスさんに振る。

 

「換装式にしたと聞いている。今は演算補助機器で埋められているが……」

「ふーん。じゃあ乗れないんだ。」

「ああ。お偉方の都合もあったはずだ。無人運用の安全性を説くと言うのに、操縦席があっては格好が付かない。」

 

安全性。

私には……これが安全だと、どうしても思えない。

 

「まだしばらくは極東支部近辺での戦闘データ収集を行う……要するに、それだけ信頼を得る必要もあると言うことでしょうか。」

「はん。そんなもんに頼ろうってのがまず間違いだろうが。」

「えー。いいじゃんギル。神機兵が量産されたら、すっごく楽に……」

「なった挙げ句、俺らはお払い箱だ。」

 

ギルさんの言葉に、何となく緊張が走ったような気がした。

そう。そうなのだ。これが完成して、いっぱい作られたら、私達はもはや用済みになる。それはきっと喜ばしいことで、もう怖い思いをしなくて良くなるってことなのに。

なぜか、胸が苦しくなる。

 

「それもまだ先の話になるだろう。その頃には、少しのんびりしたいとも思えるさ。」

 

ジュリウスさんの言葉は、どこか自分に言い聞かせるようで。

私はそれを聞いて、もっと胸が苦しくなるのだ。

 

   *

 

「以上がマルドゥークによるこれまでの被害です。見ての通り、と言いますか、マルドゥーク自身ではなく引き連れてきた他のアラガミによるものが主であり、親玉に当たるマルドゥークの討伐は急務であるとされています。」

 

数枚の写真が記憶の中にあるアラガミと合致する。エミールさん……だっけ?極東支部の人がこれに追っかけられていた気がする。

 

「本アラガミはこの先の丘陵地帯を塒としており、不定期に降りてきては襲撃。こちらの配備が完了する頃には退却を始めているという点を鑑みると、知性が高いことが伺えます。」

「現在までに、マルドゥークとの直接的な戦闘は?」

「ありません。ソーマ辺りを派遣出来れば手っ取り早いんですが、感応種の危険がどこにもある以上、彼を極東支部から長期に渡り離すのは得策でない、と。……ブラッド隊では戦闘経験があると聞きましたが……」

「あるにはある、程度です。……鼓。何かあるか?」

 

話が振られた。そりゃまあ、そうだろう。一応戦ったことには戦ったのだ。

とは言え何か、と言われても何もない。血の力の覚醒やらもっとよく分からないことやらで、正直当時の記憶はほぼないし、大半が聞いたことでしかないわけで。

 

「……動きはガルムに似てた……ような……」

「やはり、そちらでもあまり?」

「すみません……」

 

本当に、あれは戦闘経験があると言っていいものかどうか。正直ないと言った方が早い気がする。

 

「新種に対策立てられねえのはいつものことだ。それで、どうする?」

「何にせよ感応種であることは明白ですから、ブラッド隊の皆さんで遠征に出て頂く予定です。それなりに長い行程になるでしょうから、準備は入念に……型どおりになってしまいますが。」

「基本的に、丘陵地帯から動かないと見ても?」

「微妙なところですね。丘陵地帯で目撃されることが多いですが、常に観測できているわけでもありませんし。もしかすると普段はうろうろしているかもしれません。」

「以前こちらで戦闘した際の地点を考えれば、相応の距離を移動していることになります。一所に留まる気質でない可能性も……」

 

……ああもうこのインテリ集団。三人ほど頭から湯気出てるのに気付いてください。

 

「ひとまず、現段階で立てられる対策は二つ。一つは先に周辺のアラガミを掃討しておくこと。もう一つは、こちらの動きを妨げない範囲で狭い場所に追い込むこと。普段とそう変わりませんが、マルドゥークに対しては特に有効であると思われます。」

「機動力と感応波への対応か……偏食場パルスの範囲は?」

「現段階までに確認されているのは半径300m。ただ、他の感応種を参考にするならばこの三倍から五倍程度はあると見ていいだろう、とレポートが上がっています。」

 

1kmあったらどれだけのアラガミが寄ってくるんだろう、と考えると、なかなか寒気がする。退路を開くのも一苦労……というか、普通にやってたらもはやいろいろ無理なんじゃないかって。

 

「こちらからは以上になります。これ以上は推論に推論を重ねたようなものばかりなので、現状は当てになりませんが……気になる点があればいつでも聞きに来てください。」

「情報提供に感謝します。各員。慣れない任務で疲れもあるはずだ。明日の警護に差し支えぬよう、しっかりと休息を取るように。鼓は少し残ってくれ。マルドゥークに関していくつか確認したい。」

「はい。」

「では、解散。」

 

壊れた機械のようにプスプスと音を立てながら出て行くのが二人と、書類片手に議論を交わすのも二人。

何度見たか分からないこの光景。消えてほしくないと願うもの。

だけどそういうものに限って……

 

『……だから、生きて。約束だよ。結意。』

 

失ってようやく、消えてしまったことに気付くんだって、そう知ってしまった。

 

「ジュリウスさん。」

 

アリサさんを手伝って、片付けを進めていたジュリウスさんに声をかける。

その表情も失いたくない。いつもはちょっぴり怖いような面構えのくせに、こういう時は柔和になってくれる顔。

私はこの人に、得られなかった父の愛を重ねていたのだろう。頭を撫でてくれる大きな手。聞くと落ち着く静かな声。背負われていると眠たくなるしっかりした背中。

 

「ちゃんと、そばにいてくださいね。」

 

今は簡単に届くところにあって……いつか自分から、卒業したいもの達。

 

「……守ってみせるさ。ブラッド全員、誰一人欠けさせなどしない。」

 

だから、ああ、だから一言でいいんです。ただ一言、ここにいると。ただそれだけ言ってください。

娘でなくて構いませんから。家族でなくたって構いませんから。俺はいなくならないって、言ってください。

私はもう、あなたが戦場にいることにすら耐えられないのに。



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夢の迷ひ路

 

夢の迷ひ路

 

家に帰ると、妹は顔に青あざを作って倒れていた。

 

「ただいま……結意!?ちょっと!どうしたのこれ!」

 

どうしたの、と。そう聞いたのは何度目だっただろう。この子が生まれて五年。幾度となく顔を腫れ上がらせ、また幾度となくぐったりと倒れていた彼女を、何度抱き起こしたことだろう。

 

「お帰り。お姉ちゃん。」

「お帰りじゃないってば!父さんは!?」

「外、行ったよ。たぶんまたお酒。」

「あのバカ……結意もだよ!何でそんなにどーでもいいみたいに!」

 

こういう時の結意は毎回、どこか他人事のように語っていた。私はそれに嫌に腹が立って、同じように毎回怒鳴ってしまう。

本当は怒鳴るんじゃなく、別のことをするべきなんだって分かっていたけど……じゃあそれって何なんだって考えると、いつもよく分からなくなる。

きっと私にとってもこれは他人事だったのだろう。父さんに殴られているのが私じゃないことにどこかで安堵して、殴られていた結意を気遣うことで優しい姉の役柄に甘んじて。

何より、私自身は化け物と呼ばれないことを幸いと思っていた。

 

「……おいで。冷やそう。」

「うん。」

 

同時に、どこか疎ましく感じていた。

父さんは結意に、いつもこう言う。お前さえいなければ、って。お前が生まれなかったらって。

私も、同じように思っていた。結意が生まれなければ、母さんは死ななかったかもしれない。少なくとも父さんは、昔のように優しくて強い人だったろう。

何もかも自分のせいのくせして、あらゆる罪を転嫁して。何ともまあ、最低の姉だったことだ。

 

「結意も、自分で傷が治せたら良かったのにね。」

 

だけど仕方ないじゃないか。孤独だったんだから。寂しかったんだから。体の中で渦巻く人間以外の何かが、どうしようもなく恐ろしかったんだから。

自分と同じものが出来たとき、それを喜んで何が悪かったと言うんだ。手っ取り早く本当に同じものにしたことの何が。三歳児にまともな考えを求めるな。誰だって同じ状況になれば、同じことをしたに決まってるんだ。

 

「もっと化け物になっちゃうよ?」

「……それでも、いいよ。そうなればきっと、二人でどこにでも行ける。」

 

別に私一人だったらどこに行っても生きてられるんだから。

時計ウサギを追いかけて穴に落っこちたって、ドレッサーの鏡にズブズブ吸い込まれたって、私は死なないし何とでもなるんだから。

 

「じゃあ、鏡の国に行きたい。」

「いいねそれ。まずドレッサー見つけなきゃ。」

 

よもや母さんも、二歳児に読み聞かせた本をばっちり覚えられていたとは思わなかっただろうけど。母さんが好きだったアリスは、私にとって一種のバイブルになっていた。

母さんにアリス、と名前を付けたのも、きっとその記憶が起因しているんだろう。発見者だから、と名前を決めさせられたとき、一番最初に浮かんだのがそれだった。

……そしてこの頃の私にとっては……結意に読み聞かせて、いつか二人でここじゃない場所に行きたいね、と。優しい姉を演じる道具だった。

 

「行って、何しようか。」

「ジャヴァウォック探し。」

「……いやそれはちょっと。」

「じゃあバンダースナッチ。」

「まず最初の詩から離れよ?」

「……ジャブジャブ鳥?」

「……」

 

……そういう逃避だったけど、私にとって結意とふれ合う時間は代え難い宝物だった。

考えてみれば、懺悔の意味合いも持っていたのだろう。私が下手な真似をしなければ、母さんはいなくても懸命に生きている、そこそこ幸せな家族だったかもしれないから。

一緒にいよう。傍にいよう。この世界が終わっても、私達は離れない。人柱のように扱いながらも、根底ではいつもそう思っていた。

あなたを一人にはしないから、って。

 

   *

 

「でも、もしかしたら可愛いかもしれないよ?」

 

叩かれたところは、別に痛くも何ともなかった。

痛みは彼女が全部引き受けてくれてたし、アザは皮膚の色をちょっと変えていただけ。こうしていればお姉ちゃんは優しくしてくれるし、私は甘えていられた。

 

《バンダースナッチねえ。》

【うん。あなたの名前。本から取ったの。】

 

私の中で育っていくもの。元々は、私と一緒にいてくれる何かって妄想だったけど。いつしか彼女は本当にそこにいた。

叩かれた体が痛いから、痛みを引き受けてくれる誰かを。

罵られた心が辛いから、辛さを貰い受けてくれる誰かを。

お姉ちゃんと、もう一人。私を助けてくれるもの。

 

「そうは言うけどさ。気を付けろーとか、近付くなーとか、なんかもう危なそうな雰囲気しかしないじゃん。」

「そうかなあ?」

「そうだよ。」

 

頭を撫でてくれる小さな手。聞くと安らぐ凛とした声。抱きしめられていると眠たくなる柔らかな腕。

お姉ちゃんがくれるものはいっぱいあって、得られない母親の情をそこに感じていた。

だから、騙す。お父さんは、本当は頬を平手で叩くくらいしかしていないけど。そこに青あざを彩って、痛みでぐったりしているように見せかけた。何度も。何度も。慌てるように心配してくれるお姉ちゃんが、ずっと傍にいてくれるように。

 

「私はやっぱり、ちっちゃくなってキノコの森でも歩きたいかな。」

「なら時計ウサギ探し?」

「だね。穴ぼこに案内してもらわないと。」

 

思えば、この頃には私はずいぶん歪んでいたのだと思う。

 

「でも、ここじゃないならどこでもいいよ。」

「そんなことっ……」

「きっとどこだって綺麗だよ。お茶会も開けない場所だって、トランプ兵の死体だらけだって。きっときっと、ここよりずっと綺麗だよ。」

「……そんなこと、言わないでよ……」

 

誰を殺すつもりもなかった。ただ、ちょっと驚かせて、逃げるお父さんを見て二人でクスクス笑いたかっただけ。そんな表層心理。

だけれど、奥底では何を考えていただろう。

 

《ま、実際ゴミ溜めみたいなもんだよな。この世界。》

【そうかな?】

《じゃねえの?》

【……そうかも。】

 

こんな世界消えてしまえ、って。嫌なもの全部なくなっちゃえ、って。そんな風に考えてなかったなんて言い切れる?

だってバンダースナッチは、私のお願いを聞いてくれる、私だけのお友達だったじゃない。私が考えてもいないことを、彼女がするはずはないでしょう。

……自分で思っているより、ずっと疲れた笑みでも浮かべていたのだろう。お姉ちゃんは悲痛に、涙を必死で押し止めながら、言った。

 

「いつか、綺麗にしてみせるから。結意がどこでだって笑えるように、頑張るから……」

 

   *

 

「……さ……渚。」

 

肩を揺すられ、我ながら深く眠っていたことに気付く。都合三回目になるフライトは、もう二時間後に迫っていた。

行程としてはこれが最後。飛び立って、降りたら極東だ。

 

「……おはよ。神楽。」

「大丈夫?ちょっと魘されてたけど……」

 

喉はカラカラ。関節が悲鳴を上げ、頭は鉛でも詰め込まれたみたいに重い。なるほど。確かにひどく魘されるなり何なりしていたらしい。

けど、まあ。

 

「いい夢で魘されるって、私も器用だね。」

「……?」

「こっちの話。気にしないで。」

 

あれはいい夢、だろう。どうせ悪夢しか見ないだろうし、悪夢基準ならマシな方だと思う。

もっと酷い記憶は……私が何十人かいれば、両手足で何とか数えきれるだろうか。せめて百まではいらないと信じたい。

 

「そろそろ出発だから。けっこう長いフライトみたいだけど、終わればアナグラだよ。」

 

少なくとも悪夢でなかったのは……神楽が近くにいたからだろうか。

私は彼女の何を持って、三年前に信用したのかと。自意識ってものを得てからずっと考えてきた。

本能的な面で考えたとして、シオと神楽だったら神楽の方が上だったはずだ。アラガミにとって強弱はそのまま食物連鎖の階層に相当する。安心とか、信頼とか、そういうものを抱きようがない。

感情や理性か、と聞かれると、これも怪しい。当時そんな高尚なものがあったとも思えないし。

結論はやっぱり出ないんだけど……実際、何でだったのかは気になるのだ。こういうところから彼女との差が出ているような気すらして。

 

「分かってる。……とりあえず、そのニヤケ面何とかしたら?」

「……」

 

やっぱり、何だか虚しい。神楽には帰ることへの明確な目的があるのに、私には……

強いて言うなら、さっきのあれ。結意が笑えるように、って。

けどもう失敗している。あの子は取り返しのつかないことを……いや。取り返しの付かないことをするほどに、私があの子を追い込んだのだ。

手を差し伸べるフリをして、自分の傷口を舐めていただけだったから、助けたつもりでその実何にもしていなくて、結意を壊してしまった。

……今更、どの面下げて会えばいいっての。

 

   *

 

目が覚めれば、そこは見慣れた天井の広がる私の部屋。極東支部に割り当てられたのじゃなくって、フライアの。

パレード中の神機兵の挙動を聞かせてほしい、なんて呼び出しがかかって、一日が経った今日。呼び出した当のお義母さんはずいぶん忙しいようで、未だに話すことが出来ていない。

……でも、今の私にとってそれは、あまり気にならないことで。

 

「もうすぐ、だよね。」

 

少しずつ近くなってきた、あの気配。私と似た何かだと気付くのにも、たいして無理はなくて。

生きているの?また会えるの?きっと、昔より手は大きくなっていて、だけど声はそのまんまで、抱きしめる温もりも記憶の通りで。

ねえ、お姉ちゃん。謝りたいこと、いっぱいあるんだ。騙して、欺いて、裏切って、何度も何度も酷いことをしちゃったよね。

話したいこともたくさんあるよ。お姉ちゃんと離ればなれになってから、笑っちゃうほどいろんなことがあったから。

そうだ。ジュリウスさんのこと、紹介しなくちゃね。ブラッドのみんなのことも。私が知り合った人、みんな教えたい。

 

「……綺麗なもの、たくさんあったよ。」

 

お姉ちゃんはもしかして知っていたのかな。世界は案外、綺麗なもので溢れているって。それはとても羨ましくて、何となく嫉妬しちゃうけど。だから一緒に見に行きたいんだ。見て聞いて、生きていきたいんだ。

失いたくない大切なもの全部、この手に留めながら。怖いことだってそりゃああるけど、そこにはいつだって、綺麗なものが一緒だから。

だから、早く来て。元気な姿を見せて。殺してしまったと思っていた、最初の大切な人。

いっぱいのごめんなさいと、たくさんのありがとうで迎えるから。




一区切り!すでのな(唐突な艦これ感


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嵐が来る前に

 

嵐が来る前に

 

「極東支部南第一防衛ライン内に多数のアラガミ出現!アラガミ装甲壁到達予想まで二十分!映像、出ます!」

 

神楽達の帰りを待つ中、切迫した声がスピーカーから響いた。一拍遅れてそこら中のモニターに観測機器からの映像が映し出される。

 

「第一、第四部隊は直ちに出撃!ブラッド隊は居住区の避難誘導を行いつつ広範囲に展開!以後、ブラッド隊展開域を最終防衛ラインに設定します!」

「うっし。エリナ、エミール!行くぞ!」

「任せたまえ隊長!あの程度、我がポラーシュタぐほお!」

「バカなこと言ってないでさっさと行けっての!」

 

広範囲に渡って陥没した地面から景気よく流れ出るアラガミの大群。おそらくは支部北西側か。珍しい数ではないが、そうあることでもない。

問題は出現位置だ。防衛ラインの内側ともなれば、どれだけ急いでも外部居住区に少なからず被害が出る。群の進行方向はバラバラだが、目算で半分近くはこちらに向かっていることを考えれば、それなりにまずい状況と言える。

 

「ヒバリ。感応種はいるか。」

「現在のところは確認出来ません。ソーマさんには、有事に備えて待機するようにと支部長より指示が出されています。」

「……妥当か。」

 

歯痒い、とはこういう感情を言うのだろう。対感応種要員として必要なのは分かる。だが、それだけに俺自身で出来ることが減少していると、常々感じられて仕方ない。

俺が出ればすぐ終わるだろ、と。

それが諸々の点で無理のある考えであることは自覚している。連戦の利く体でもなく、下手に酷使できるほど信頼の置ける力でもない。一度暴走すれば、抑えられる奴のいない今の極東は簡単に壊滅しかねない。

 

「ちっ……」

 

思えば、神楽に惹かれたのはそのせいもあったのだろう。あいつがいれば色々なものに気兼ねなく生きていられると、どこかで感じた。自惚れるようだが、あいつにとってもそれはおそらく同じことだ。

きっかけはなかった。熟慮したわけでもなかった。ごく単純な共依存の結果として、感情としては余りに歪な何かを抱いたのだ。

俺達は結局、そう言う生き物ということか。単体で生きることは適わず、といって群の中にいられる存在でもなく、いくつかで傷を舐め合う他ない。

そこまで考えて、そう言えばと思い当たるものがあった。

 

「……神楽達のルートは。」

 

   *

 

極東支部まで、順調にいってあと三時間か四時間といったところ。隣のバカップル片割れは、本人も気付いていないのか延々とそわそわしている。気持ちは分かったからちょっとは落ち着け……なんて、窘めたとして何分もつか。

 

「すみません。しばらくここで待機します。」

 

だからまあ、パイロットが突然そんなことを言い出せば、捨てられた猫のごとく……

 

「何かありました?」

 

は、さすがにならないらしい。仕事熱心と言うかなんと言うか。

 

「極東支部近辺でアラガミが出現したそうです。このまま進むと戦闘区域に入るようで。」

「規模は?」

「……平時と比べれば多いようですが、こちらへの救援要請はありません。」

 

むしろ、ショックを受けたのは私の方だった。

胸騒ぎがする。いや、していたのだ。ずっと前、極東に飛ぶ前から。あれやこれやを思い出してきた頃には既に感じていたこと。

守りたい、守らなければいけないものが、また戦ってしまう。それが嫌で仕方ない。

 

「……アラガミに気付かれない程度の距離で待機してください。最悪こちらから救援が可能な範囲が望ましいですが、可能ですか?」

「出来る限り。ただ、こいつで戦闘機動は無理がありますから、あまり期待はしないでくださいよ。」

「分かっています。」

 

ギリ、と小さな音が聞こえた。神楽が歯を噛み締めた音だと気付くのに少しかかり、理解して初めて、彼女が焦っていると知った。

 

「神楽?」

「……私の嫌な予感って、当たるんだよね。」

「えっ……ちょっと!それどういう!」

 

知らず声が大きくなる。

嫌な予感って何。極東支部は大丈夫なの。結意は無事だよね。

矢継ぎ早に口から零れそうになる詰問は、矢継ぎ早過ぎて出口で詰まってしまう。一つも聞けないでいることがさらに私を焦らせて、余計に言葉が押し寄せた。出口のないまま、ぐしゃぐしゃになる。

 

「分からない……けど。」

 

パリパリとオラクルが弾けそうになっていた。私のじゃなく神楽の。

それを見て、私は何も言えなくなってしまう。

 

「……この空気は、嫌い。」

 

……雨雲が、迫っていた。

 

   *

 

支部南西から南東にかけ、俺、ナナ、ギル、ロミオ、シエルと並んでいる。武器のカバー範囲から策定した配置だった。

 

「鼓との連絡は?」

「まだだ。フランにも確認したが、どうもそれどころじゃないらしい。」

 

五人という人数は、防衛線を張るにはやはり十分とは言えない。特にカバー範囲の広い鼓が入っていないとあって、正直なところ一カ所くらいは楽に抜かれてしまいそうな印象すら受ける。

問題の鼓と連絡が取れず、フライアにはいるだろうと確認しようにもそれが出来ないと言われては、こちらですることは残っていない。ひとまず五人で維持するのみだ。

 

「……話してる場合じゃないらしいな。お出ましだ。」

 

互いが見えない距離ではないものの、声は張り上げても届かない。危ないからと救援に行ける距離でないことは、僅かに全員を焦らせている。

 

「最悪そっちに漏れるかもしれねえ。頼んだぞ。」

「ひえー。隣私だよー。」

「……げっ。俺もだ。」

 

ぼやいたからと言って帰ってくれる相手ではないが、何かの気まぐれでも起こしてほしいと思わないわけでもない。

こちらにも向かってきているアラガミを見据えつつ、全体に告げた。

 

「距離的に余裕はない。各員、取りこぼさぬよう注意しろ。」

「赤い雨の降雨予想が五時間後。時間はありますが、長時間の戦闘はこちらの危険性も上昇します。シェルターへの避難誘導のタイミングを考えれば、長くとも二時間以内での決着を見る必要があるでしょう。」

 

精度は上がっているが、前後一時間は見た方がいいと未だに言われている赤い雨の予想。観測態勢を考えれば当然ではあるが、外に出るこちらからするともう少し何とかしてもらいたいところではある。

 

「シエルちゃん。こういう時は嘘でも楽しいことを……」

「楽しいこと……ですか?私が言うと場が凍りそうですが……」

「……確かにな。お前の仕事だろ。ナナ。」

「ギルにしちゃ当たってんじゃん。」

 

……彼らにかかっては、リラックス用の話題か。

 

「おしゃべりはここまでだ。来るぞ!」

 

   *

 

ざわっ、と、首の後ろが波立った。

 

「……」

「どうかしたの?結意。」

 

膝枕される体勢で寝ころんで、頭を撫でてもらった、ただその瞬間。

なぜだろう。分かり切っている理由を自問する。温かくないのは、なぜだろう。

 

「……アラガミ。」

「特に連絡はないけれど……」

「うん。外は分からない。」

 

本当に、外は分からない。別にフライアの壁が分厚いとかそんな理由じゃない。

いや、まあ、実際壁の厚さで分かりにくいのは確かだけど。今はそれが問題なんじゃない。

近くに大きなアラガミがいるから、分からない。

 

「アラガミは、お義母さんだよ?」

 

言い方は……でも、正しいのだろうか?アラガミとはどこか違う。だけど、アラガミ以外の表現を持たない私には、ただアラガミとだけ認識できた。

それはある意味で、似た気配を持つソーマさんをアラガミと罵るようなものだったけど。

……アラガミがアラガミと呼ぶものは、果たして何なのだろう。答えが出ないであろう疑問も、頭をもたげる。

 

「そう。」

「怒らないの?」

「どうして?」

「アラガミって言われたら、人は怒るよ。」

「私はアラガミなんでしょう?」

 

否定してほしかった。そう思わなかったと言えば嘘になる。

否定されたところで私は悲しくなるだけだと分かっているけど、それでも、形だけでいいから人間のお義母さんであってほしかった。

触れる前からそうだと知っていたけれど、触れた途端に確信に変わったけれど。

 

「……怒ってほしかった。」

「そう。」

 

世間話でもするような口調が、どうしようもなく悲しかった。



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放逐

 

放逐

 

カバー範囲にナイトホロウとコクーンメイデン。これらの位置は固定である以上、優先度は下。中型種はコンゴウが通常種堕天種共に一。一体逃さなければもう一体もここに残るだろう。

大型種でテスカトリポカ……まだ距離はある。

 

「各員!状況!」

 

コンゴウの突進を流しつつインカムに叫ぶ。戦闘開始から十分弱。すでに見える範囲だけで混戦の様相を呈していた。

 

「俺は大丈夫!ただ、増えたらきつい!」

「対応可能ですが、狙撃の余裕はありません。近接範囲外ではこぼれます。」

 

左翼、余力なし。見える限り、シエルの付近にガルムがいる。原因はこれか。

 

「まだまだ平気!」

 

右翼、さすがと言うべきか、ナナの継戦能力に助けられている。

 

「ロミオ達の方から流れてくる奴が……っ!……そっち側に流さないようにはしてるが、溜まる一方だ!」

「了解した!ナナ!こちらに引きつけろ!」

「まっかせといて!」

 

少なくとも、突破されることだけは防がなくてはならない。ここが最後の砦である以上尚更だ。

とは言え……数だけならさほどのものではないが、大きくばらけている。一体潰す間に一体追加されるとなれば休む暇など欠片もなく、連戦に次ぐ連戦から全体が圧し負けるのは時間の問題だろう。

何とか打開策を、と考え始めたとき、二つ同時に通信が入った。

 

「複数のサテライト拠点よりアラガミ襲撃の報告!複数の感応種を確認!防衛班が対処に当たっているものの、手が足りません!」

「こちらフライア。神機兵出撃準備が整いました。極東支部より許可があり次第展開します。」

 

……グッドニュースとバッドニュースを一つずつとは気前の良い。

 

「こちらブラッド!言いたくはないが、俺達も手が足りていない!」

「うちも正直サテライトに回す余裕はないって!」

「第四部隊同じく!」

 

かなりの声が張り上げられつつも、それでようやく戦闘音に勝る程度。前線もまたこちらと大差ない。

必然的に事態はフライアの神機兵頼み……

 

「極東支部よりフライアへ!支部長認可、降りました!」

「了解。神機兵、発進します。」

 

お手並み拝見、と、平時ならばなるのだった。

 

   *

 

「サテライトには俺が行く。要請地点は。」

「第一、第四、第八です!追ってデータを送ります!」

 

極東支部に加え、サテライト拠点への襲撃。これが初めてではないにしろ少々タイミングには出来すぎの感がある。

偶然か、作為的なものか。マルドゥークという例が現れた以上後者と見るべきであり、そうでなくとも感応種への対応が出来ない防衛班をそのままにする選択肢はなかった。

頭数の問題でブラッドに向かってもらいたいところではあるけど……今下がらせたら防衛戦が瓦解しかねない。ソーマさんに行ってもらうのが得策、だと思う。

それにしても……

 

「機械的……」

 

投入された神機兵は全て自律モード。受信したデータから最適な行動を選択し、戦闘行動を行う……

ああもう。怒りを覚えるほどに最適だ。アラガミの殲滅という一面だけなら。

神機兵のとったコースは群の寸断を行い、続けて後続を殲滅。最後に今前線にいるアラガミを掃討するというもの。これではまるで……何と言うか、人間を囮にしているかのようだ。

オペレーターとして働いて来て常々思っていたこと。神機は、未だ人間の手に余るものだと言うこと。

そんな神機を、さらに手に余る存在が握っている。

 

「フライアへ!半数の神機兵に、現在の前線に展開するよう指示を出してください!」

「了解。展開域を設定します。」

 

もしも。本当にもしもであってほしいけど、神機兵が人間に牙をむいたとしたら。

その時神機使いはあれらに勝ることが出来るのだろうか。勝てると思いたいが、楽観できない。

……それはそれとして、ただでさえ警報音が鳴りっぱなしの状況で神機兵のモニタリングが追加されるのはいろいろ言いたいことがある。今度インターフェイスの改善要望でも出しておこう。

 

「穴からは……もう来てない。」

 

最初の大穴からはもう一体も出てきていない。山場は過ぎたはず。神機兵が戦闘に入ったら、一度ブラッドを下がらせよう。彼らは長丁場に慣れていないんだし。

 

「コウタさん!聞こえますか!」

「感度良好!何!」

「アラガミの増援、ありません!現在戦闘中のアラガミで最後です!」

「分かった!」

 

……慣れすぎているのもどうかと思うけど。

まあ、私としては安心感が僅かに得られてほっとする。

 

「極東支部!」

 

そんな比較的長丁場に慣れているはずのハルオミさんが切羽詰まった声を上げたのは、ちょうど胸をなで下ろせそうかと思った矢先のこと。

 

「赤乱雲だ!すぐ来やがる!」

 

   *

 

戦闘中の赤乱雲との遭遇はこれまでにも数回あった。極東支部に着く前、フライアでの神機兵運用試験を始め、外で赤い雨に降られたことは一度や二度ではない。

が、フライアを含め拠点付近でのそれは初。それも防衛戦の最中となれば尚更だ。少なからず動揺が全体で見られるのも、仕方のないことだ。

 

「フラン!極東第一、第四部隊側。及びこちらに神機兵を集中させろ!」

「やっています!」

「ナナ!ロミオ!先に離脱し住民を中央シェルターへ避難誘導!急げ!」

「ジュリウス達は!」

「神機兵が来るまでここを抑える!」

 

元々、俺は隊長の器ではないだろう。

冷静な判断は出来る。状況分析も得手と言える。隣の仲間を守ることも、さして難しいとは思わない。

その上で断じよう。俺は隊長の器ではない。

足りないのだ。何かが。俺以外のブラッド隊員が全員持っているであろう何かが。

彼らに告げたならこう返されるに違いない。それを埋め合わせるのが仲間だ、と。

……こちらから埋められる物など、そうありはしないだろうに。

 

「赤乱雲の接近に伴い、間もなく通信障害が発生します!各自短波通信に切り替えてください!」

 

どこかでブラッド……いや、関わった全ての人物に、あらゆるものを押し付け、依託し、委任し、かつ依存しながらも拘泥していた。

こうであれ、と。拘りというものは常にあり、俺のそれは、自分に出来ないことを何もかも引き受けていてほしい、という、ずいぶん都合のいい、自己中心的な代物だった。

社交性をロミオに求め、盛り上げ役をナナに任せ、ある種の激情をギルに外注し、第三者視点での分析をシエルへ任じた。それらを上手く調律するよう、おそらくは出会った当初から鼓を仕込んだ。俺自身の調整すらあいつにやらせていただろう。

だからこその一線。名字で自己紹介がなされたから、などという単純な形でなく、確実に自身との同一視を行わぬよう設計し、名前で呼ぶことを拒んだ。

 

「電波障害の発生を確認!探査機器によるアラガミの検知機能が低下しています!」

「シエル!可能な限り広範囲をモニタリング!後衛に回れ!」

「了解!」

「ギルは俺と前衛!神機兵到着まで一匹も通すな!」

「分かってる!」

 

俺に残っているのが隊長という仰々しさだけは一端の肩書きであるのなら。

俺がするべきは、少なくともそれを裏切らないことだ。

 

   *

 

私にとって、ジュリウスさんとは何だろう。

先輩、違う。友達、違う。恋人、片思いですらない。他人ではあり得ないけど、存外示す言葉が見つからない。

お義母さんはそのままお義母さんだった。ロミオさんは先輩で、ナナさんは同期……ううん。姉のように思っていたかもしれない。シエルさんは優しい先生で、ギルさんもそんな感じ。なんて言うか、教官、って呼びたくなるような。

 

「あなたは意志。ジュリウスは器よ。」

 

お義母さんは、さも当然のごとくそう言うけれど。

 

「それは、お義母さんの中でだよ。」

 

私にとってジュリウスさんは器なんて曖昧なものじゃなく、とにかく掛け替えのない人だ。

だからこそ、はっきりしたことが言えないのがもどかしい。

 

「あなたにとっても変わらない。いつか、あなたはジュリウスを手足とするの。」

「ううん。私はそんなことしたくない。」

 

冷たい手が頭をなでる。

 

「ジュリウスとずっと、一緒にいられるのよ?」

 

ジュリウスさんと、ずっと一緒。

それはなんと甘美で、なんと蠱惑的な誘いなのか。どこにも行ってほしくない大切な人が、ずっとずっと、私の傍にいてくれる。

……だけど。

 

「私は、神機使いだから。」

 

神機使い。そう呼ばれるには、ずいぶん歪ではある。

でも私は、やはり神機使いなのだ。そこに主観も客観もないし、大きすぎるエゴは許されない。世界と自分の望みを、天秤に掛けてはいけない。

私は神機使いとして、ジュリウスさん達と一緒に戦って、一緒に守っていくのだ。

 

「殺しちゃった人の分くらいは、守らないといけないから。」

「……そう。でもね、結意。」

「ん。」

 

耳元にかかる息。まるで吹雪の中みたいな、冷たい吐息。

 

「あなたが気に病むことはないのよ。」

「……?」

「そうさせたのは、あなたのお姉さんでしょう?」

 

心には、もう幾筋も亀裂が走っていた。



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降るもの

 

降るもの

 

結局、神機兵との交代が完了したのは赤い雨が降り始める直前だった。

 

「ジュリウス!こっち!」

 

ナナが手を振るシェルター入り口。入っていくらもしない内に真後ろでポツポツと雨音が響き、さらに遠方での戦闘音をかき消していく。

 

「収容状況は。」

「だいたい入ってるとは思うけど……名簿とか付けてたわけじゃないから、今コウタさん達が確認してる。」

「分かった。各員、落ち着き次第偏食因子の補充を行え。場合によっては再度戦闘に戻ることになる。」

「OK。んじゃ、俺は手伝ってくるよ。」

 

レーダーが使えないとは言え、経験上どの程度のアラガミが集まっていたかは分かる。神機兵での対応にも限界があることを考えれば、そう簡単に収束するとも考えにくい。

降雨予想は三十分後まで……それまでに終わればよし。終わらなければこちらから出張る必要がある。言ってしまえばいつも通りか。

 

「通信はどうだ。」

「短波通信でもノイズが入ります。有線端末もあることですし、そちらの方が。」

「探知は出来るか?」

「さすがに、ここからでは防壁内が限界です。」

「突破されたかどうかが分かるなら十分だ。頼む。」

「了解。」

 

となれば、フライアとの通信は極東支部側でも途絶しているだろう。電波強度を考えれば可能性はあるにしろ、密な連携が取れるとは思えない。

なるべく早く鼓の消息を知りたいところではあるが、こればかりはどうしようもない。いくら何でも赤い雨の中を突っ切っていくわけにもいくまい。

 

「ギル。念のため目視での観測を。監視塔があったはずだ。」

「ああ。」

 

全く。本格的に手が足りんな。

 

   *

 

私達がそれに気付いたのは、おそらく全く同じタイミングだったと思う。

 

「神楽。」

「うん。」

 

力をレーダーにのみ割り振ったとき、探知範囲はあちこちに設置された機械のそれを上回る。だからきっと、このヘリはもちろん、極東支部も気付いてはいないだろう。

……もしここが極東支部なら、この時点で動き出すことが出来る。半アラガミの立場ってものが一定まで確立されているからだ。主にバカップルの功績。

ただ、このヘリは本部管轄に近い。

 

「……ヘリ側か、極東支部からか。どっちになると思う?」

「試してるけど、極東と繋がらなくて。たぶんヘリから。」

「じゃ、ちょっと遅めと。」

「だと思う。」

 

この三年間で大きく変わったことはいくつかある。新種の発見ラッシュがよく起こる極東では尚更だ。

内一つが、大型飛行型アラガミの出現。ヨルムンガントと名付けられたこいつは、ちっぽけな羽で蛇みたいな巨体をぶんぶん吹っ飛ばしている。

はっきり言ってデカいのが飛び回るだけで驚異。地上からの狙撃やヘリからのラペリングといった対応策が確立されるまで私や神楽が対応し、事なきを得るに至った。

……で、それが大群になったとしたらどうなるか。想像に難くない。

 

「私の出番かな。」

「だろうね。何とかしなさい最強。」

「……その呼び方も何とかならない?」

「事実でしょうが。こーの最強のアラガミめ。」

「名誉なのか不名誉なのか、って、けっこう分からないんだね。」

 

極東支部北部。数……六。ついでに、ヨルムンガントの上に数体。アラガミが降下作戦を展開するとは、ここまでくると世も末だ。

とにかく上は飛べる神楽が何とかするしかない。私の場合、確かに転移で飛び回れるけど……何十回も連発できる物じゃないわけで。

それに、その……状況的に不安は別のところにあるのだ。

結意は大丈夫なの?って。

 

「……ふふ。」

 

なんて思っていたら、不意に神楽が笑った。

いや、たぶん悲しんだ。

 

「今度は何思い煩ってんの。」

「ん?あー……なんて言うのかなあ。」

 

神楽がこうして何かしらの感情を笑って誤魔化すことは少ない。誤魔化すときは、そうしないと泣くときだ。

 

「こういう事態に陥る度に、私って女の幸せから遠ざかるんだなあって。」

「?」

「天使と過ごすこと。サクヤさんは、天使じゃなくて悪魔よー?って苦笑いするけどね。」

「……ずいぶん要領を得ない発言だことで。」

「ごめんごめん。」

 

本当は、分かってる。神楽が何を考えているかも、それがどうしようもないことで、私に出来ることなんて一つもないことも。

 

「……やっぱり、お母さんにはなれないかなあ……」

 

笑わないでよ。慰めらんないでしょ。

 

「ねえ。渚。」

「……何。」

「要請が来たら、あなたが極東に行けるよう口実を作るから。」

「いいよ。別に。」

 

よくない。

 

「弟でも妹でも、一緒にいられる方が絶対いいもん。」

「会わせる顔がないってば。」

 

顔がなくても会うしかないでしょうが。

……私ときたら無様なもので、こんな時まで二律背反を気取るのだ。

 

   *

 

「結意。ちょっとどいてくれる?」

 

お義母さんが優しい口調で言う。膝枕をずっと続けて疲れたから、なんて理由じゃ断じてない、と確信する。

きゅ、と強く裾を握れば、同じくらい優しい手が頭をなでた。

 

「大丈夫よ。どこかに行ったりしないから。」

 

むしろ、どこかへ行ってしまっていい。会えないのは苦しいけれど、二度と帰ってこなくたっていい。

何をしようとしているの。今あなたのアラガミは、すごくすごく、どす黒いよ。

引き留めるしかなくて、けど言葉が出ないから、痛くないように足を握りしめた。

 

「もう。甘えん坊ね。」

 

優しい言葉が突き刺さる。なでる手は殴打のよう。耳に触れる足ですら、凍てついて痛いほど。

今この人を離したら、絶対にいやなことが起こる。苦しいことか、悲しいことか、中身は分からないけど、絶対に。

だって恐いんだもの。お義母さんと呼んでいたこの人……ううん。アラガミが。

 

「……あなた、誰?」

「え?」

「お義母さんじゃない。誰?」

 

お義母さんはずっと、ずっと、人間でいてくれたのに。

こいつは違う。お義母さんじゃないと、自分からあざ笑うかのように告げている。

 

「おかしな子ね。ずっと私をお義母さんって呼んでたのはあなたじゃない。」

「違う。あなたはお義母さんじゃない。」

「同じよ。結意。……ああでも、まともなラケル・クラウディウスをお義母さん、って呼びたいなら、確かに私はそうじゃない。でもね?」

 

彼女はポケットに手をやり、何かを取り出しながら言う。

 

「あなたの前に、一度だってそれが表れたことがあったかしら。」

「……嘘……」

「素直な子で助かったわ。結意。こんなにも長い間、簡単に騙されてくれたんですものね。」

 

取り出したのは、何かのスイッチ。ごく普通であるはずのそれが、異様なまでに禍々しく見えて。

絶対に押させてはいけないと感じながらも、動くことすら出来ないままそれを許してしまった。

 

「雨は止まない。時計仕掛けの傀儡達は、いつまでもいつまでも、止まり続ける。」

「何をしたの……?」

「私は何もしない。ここからはね。」

 

ずい、と近付けられた顔。反対に、彼女のアラガミの気配は隠されていく。

恐くなって、距離をとる。

 

「あなたが、喰らうの。……っ!」

 

何の兆候もなく彼女の体は吹っ飛び、私から見て真正面の壁に押し付けられた。

例えば透明人間にでも突き飛ばされたような。

 

「……ああ、そうだったわね、アブソル。あなたは馬鹿で助かった。人間を喰らわない終末捕喰ですって?そんなものを、いったいいくつの意志が望んでいると思っていたの。」

 

何が何だかなんて全く分からないけど、一つだけ確かなことがある。

今すぐ、ここから出なければいけないということだ。

 

   *

 

「何のつもりだ貴様!」

 

あれは確かな約定だったはずだ。終末捕喰と、関連する知識の提供。その代償に、俺主導での終末捕喰の手助けをする。

だがこいつは、いつからだ。間違いなくこの三年間のどこか。こいつは俺を使い捨てるつもりで。

鼓結意を特異点とするためだけに利用しやがった。

 

「……ああ、そうだったわね、アブソル。あなたは馬鹿で助かった。人間を喰らわない終末捕喰ですって?そんなものを、いったいいくつの意志が望んでいると思っていたの。」

「ぁあ!?」

「あなたがくれた知識は役に立ったわ。喰え喰えやかましい本能に方向性をくれたんですものね。おかげで今じゃ、あなたより上位に立つことも出来た。何なら教えてあげましょうか?意志の内訳でも。」

「俺の他は一人だ!他に誰がいる!」

 

その一人も、宿主の甲斐あって終末捕喰なんざ望んじゃいない。三年前に確認済みだ。

 

「二人、でいいのね?」

「当たり前だろうが!」

「三人よ。」

「なわけね……くっ!」

 

……喰われていた。胸ぐらを掴んでいた手。どころか腕まで。

喰うつもり、と言うアドバンテージがあるにしろ、捕喰可否はアラガミの強さに起因する。つまり。

今、俺はこいつより下位だ。

反射的に離した手をさも面白いと言わんばかりに眺めながら、こいつは続けた。

 

「なんなら見て行きなさい。特等席よ。」

 

モニターの電源が入れられる。映っているのは、極東のノースゲート付近。

アラガミに襲撃されるその場所だった。



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たまゆらのうた

 

たまゆらのうた

 

「ジュリウス!ロミオ先輩が外行っちゃった!」

 

ナナの切羽詰まった声、と言うのも珍しいかもしれない。などと思う暇はなく、続けざまに通信が入った。

 

「こちら極東支部!神機兵が次々に停止していきます!」

「北の空にアラガミが見える!数六!でけえぞ!」

「隊長。避難者の確認が完了しました。北部外部居住区の住人が収容されていません。」

「把握した。ロミオは俺が連れ戻す。ギル、監視を続行。ナナ、シエル、住民を可能な限りシェルター奥に誘導しろ。」

 

極東支部からの有線通信と、三人からの無線。半ば混線気味になりはしたものの状況は理解できる。

ノースゲートへのアラガミ襲撃。神機兵の停止。ロミオが外へ向かったとなれば、確実に北だろう。

問題は先の戦闘区域……

 

「ジュ……スさ……づみ……す……」

「結意さん?短波通信を使用してください。赤い雨での電波障害が発生しています。」

 

……全く。もう少し早く来てほしかったものだ。

 

「繋がった!ジュリウスさん!」

「今どこにいる!」

「フライアを出ました!支部南側です!」

 

不幸中の幸い……少々不幸が大きすぎるきらいはあるが、こういうことを言うのだろう。

 

「付近にアラガミは確認できるか!」

「交戦中です!」

「対応は!」

「何とか!」

「よし。可能な限り継戦!殲滅に成功した場合、支部北側に移動しろ!」

「はい!」

 

赤い雨の中を走る。装備はレインコート。

ロミオも、同じ状態で向かったはずだ。一人で戦闘などさせられない。

 

   *

 

うっわ。最初にそう思った。ジュリウスとか結意ちゃんとか、なんかもうおかしいくらい強いのがいないとやばいんじゃね?って。

けど次に、俺が守るんだって思った。

 

「うおおおお!」

 

俺を助けてくれた人たちを、俺が守るんだって。

ここはじいちゃん達が住んでいる場所なんだ。だからさ。

 

「お前ら勝手に、暴れてんじゃねえ!」

 

ガルムと……なんだっけあいつ。空飛んでるの。見たことない。

地上では前足で転がされ、空からは牙が降ってきて。すっげえ洒落になんないよなって、その次に思った。

それでやっぱり、俺が守るって、そう思うんだ。

だってほら。俺の装備って守るための装備みたいなもんじゃん?一発がデカい刀と、射程の短い銃と、メチャメチャ堅い盾だし。

 

「くそっ……おらあ!」

 

ああもう、いったいな畜生。空見ながら地上とか無理だって。ジュリウスじゃないんだから。

……ほんと、あいつじゃないんだから。

 

「おっせえよジュリウス!」

「元気そうで何よりだ。背中は任せる!」

「俺、腹も任せた!」

「難しい注文だ!」

 

昔から、ブラッドに入ったことを後悔したり、嫌だって思ったりすることが多かった。

ジュリウスの奴メチャメチャ強いし、同期なのに追い付ける気しないし。

後輩もどんどん入ってくるのに、どいつもこいつも追い抜いて行きやがるし。

そのくせ俺は全然成長できなくて、いつも惨めな気分になるし。

 

「うわっ!ジュリウス!上の届かない!?」

 

ほんと、ブラッドって楽しいんだ。

 

「アサルトでは無理だ!降りてきたところを攻撃するしかない!」

「マジで!?」

 

って言うか、この状況ってなんかいいな。メチャメチャ強いジュリウスと一緒に、同じアラガミに苦戦してる。

正直降りてきたとこ攻撃、とか出来ないけどさ。盾開いてゴツゴツやってるだけだし。

終わったら盾しまって、近場にいる奴を……

 

「え?」

 

近場にいる奴、って言ったって。それはおかしいって。

何で空の奴がいたはずの場所に、こいつがいるんだよ。なんだっけ。マルドゥークだっけ。

って言うか何だこれ。世界がスローって言うやつ?走馬燈的な?

 

「ガッ……」

 

けど、それは唐突に終わりを告げて。

俺の体は、すげえ勢いで横に吹っ飛んでいた。

 

   *

 

ロミオがかなりの攻撃を受けた、と気付いてから、そのアラガミを視認していた。

マルドゥーク。ガルム神属感応種。アラガミを統率する力を有し、過去に一度だけ遭遇した相手。

何を思うより先にバカな、と頭に浮かんだ。先ほどまで、ガルム二体にヨルムンガント六体のみだったはずだ。もちろん異常なほど手厚い歓迎だが、そこに追加を許した覚えはない。

であれば最初からいたと?あり得ない。見回しても、このサイズが隠れていられるスペースなど……

 

「……上か!」

 

マルドゥークが咆哮すると同時に、空からさらに三体のガルムが飛来した。

ヨルムンガントの上から、だ。

 

「……くそっ……どっから……」

 

内一体は起き上がったロミオにほど近い位置。ガルムの攻撃行動で考えれば十分射程内だろう。

 

「ぐっ……このっ!」

 

防いだ。そう思った直後、別の一体が攻撃を加える。

明らかに統率されているのだ、と、実感を伴って理解した。正直なところ話を聞くだけでは、ナナの誘因のように範囲内のアラガミを引き寄せているだけだろうと考えていたが、これはそういう次元の話ではない。

まずはマルドゥークを。狙いを一体に絞らなければ、この状況を打開することは出来ない。弱い個体から片付けたいところではあるが、そんなことを考えていては先にやられてしまう。

 

「はあああ!」

 

可能な限り止まらずに攻撃を加え、統率を乱しにかかる。こういう特性の性か、こいつ単体の戦闘力はさして高くない。

やれる……と、思ったのがまず穴となったか。

いいや。そもそも上、ヨルムンガントの存在を忘れていたのだろう。

 

「ぐ……があっ!」

 

これはどちらだ。尻尾か?頭か?

いずれにせよ、叩き潰されたことに違いはない。甚大なダメージを受けたことにもだ。手足の二、三本は折れている。肋も何本無事か分からない。

そして、攻撃の手が緩んだ時点で、俺達の負けは確定したのだろう。

 

「うあああ!」

 

ロミオの叫びを最後に、俺の意識は途切れていった。

 

   *

 

少し悲しくて、とても悔しくて、ものすごく嬉しい。それぞれ全く別のことが原因だから、混じらずそのまま感じられる。

赤い雨が何でもないことが悲しい。

お義母さんの言っていたことが、どうしようもなく悔しい。

ジュリウスさんの役に立てるって、そう思うと体がはちきれそうなくらい嬉しい。

 

「ジュリウスさん!」

 

今、そこに行きます。

通信聞いてました。ロミオさんもそこにいるんですよね。本当に、先輩なのに、全然先輩っぽくなくて……いい意味でですよ?

 

「掃討完了!北側に向かってます!」

 

ジュリウスさんも先輩って感じしないですよね。頼れる人なのは間違いないし、そりゃもう格好いいんですけど、なにか違うんです。

それでいてただ隊長って人でもないですし。はっきりしてほしいです。

 

「今どこですか!レーダーが映らないんです!」

 

と言うか、よく考えたらいろいろお礼しなきゃいけないことが溜まってる気がします。是非とも誉めてほしいことも。

一緒にいると、忘れちゃうことも多いんですね。

ねえ、ジュリウスさん。だから。

 

「返事してください!」

 

ここからでも見える。大きな飛行型アラガミが六体に、ガルム神属がいっぱい。こっちも六体でいいだろうか。

あんなのと二人で戦ってるなんて無茶にもほどがある。少なくとも、私は御免被りたい。

……お願いだから、戦っていて。アラガミが全然動いていないのって、相手が消耗しているからなんでしょう?

 

「ジュリウスさん!」

 

その場にたどり着く。

その光景を見る。

その事態を理解する。

 

「……どいて……」

 

ふらふらと、アラガミに退かせつつ彼に歩み寄った。倒れ伏す彼。血だまりの中の彼。

少し離れたところではロミオさんが倒れている。同じように、血だまり。

 

「……ジュリウスさん……返事して、ください……」

 

肩に触れることすら、恐ろしくて出来ない。

分かってしまうのが恐いのだ。

手足はどれも四カ所以上で折れ曲がり、胸は潰れ、腹部から腰部にかけてねじ切れるかのようにひしゃげている。顔だってあちこち引き裂けていたり、そもそも頭が凹んでいる。

 

「嫌ですよ……神機使いって頑丈なんですよね……大丈夫ですよね……」

 

きっとロミオさんだって大丈夫。ほら。ちょっとお腹に穴が空いているくらいで、そんな酷くないんだから。

ジュリウスさん。触っても冷たいのって、雨のせいですよね。これだけ冷たいのに降られてたらそりゃあ冷たくなりますよ。

ねえ、もう、本当に。

 

「嫌だ……こんな……こんなのないですよ……」

 

……寝言は寝て言おうよ。私。

死んでるんだよ。二人とも。

ああもう、本当に。

 

「もう嫌……こんな世界……」

 

消えてなくなってしまえ。



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「針路上、ヨルムンガントを確認しました。」

 

警戒から臨戦に態勢を移す。どの程度待っただろう。数分、ではあるはずだけど。

私はどうも、ずいぶん焦っているらしい。何時間も待たされた気分だ。

 

「了解。こちらで対処します。」

「よろしいのですか?しばらく待てば極東から討伐部隊が出されると思われますが。」

「赤い雨の中、いつまでも止まっているわけにもいきませんから。」

「分かりました。ハッチを開きます。」

 

渚も……同じみたいだ。

 

《おいこら。焦っても無駄でしょ。ソーマはこの程度じゃ何ともないって。》

【ううん。ソーマもそりゃ心配だけど、そもそもね。】

《嫌な予感がするって?》

【うん。】

 

悪い予感は当たる。良い予感というのは、そもそも感じられる物でもない。

不平等甚だしいけど、そういうもの、なのかな。良い予感なんてそもそも信じられないだろうし。

……自分でも卑屈に思えてくる。良い予感を信じられないって、どういうネガティブ思考なんだって。昔からそうなんだから仕方ないか。

 

「地上での戦闘も予想されるから、渚はそっちへ。ヨルムンガントは私が何とかして、そのまま極東支部に状況確認に向かいます。」

「はいはい。似合わないぞー。上官面。」

「……それ言う?」

「言う。ま、いいけどね。」

 

この遠征、何度渚に助けられたことだろう。

ひとまず恩返し一回目だ。

 

「3カウントで降下。5カウントで移動開始。1、2……」

 

くん、と飛び跳ねるようにハッチから出て、自由落下。昔はちょっと怖かったりしたんだけど、飛べるようになるとむしろ新鮮で面白いと感じるようになった。

生き物は何かと慣れるものだ、と。我ながら笑ってしまう。

 

「4!5!」

 

羽とブースター。これも、慣れた。

私がアラガミである証拠だから、これも以前はある種の嫌悪を抱いていたと言っていい。

でもこれがなければソーマと出会わなかったし、極東のみんなもそう。そもそも八年前に私は死んでいたことだろう。

 

【悪くないよね。意外と。】

《意外は余計。》

【あはは。よし。じゃあ行くよ。】

《どーぞ。》

 

聞こえる音が一段高くなり、いろいろなものが後ろに吹っ飛んでいく。

その中には空中で消える渚がいたり、ついさっき乗っていたヘリがあったり、赤い雲の流れがあったりする。

 

《インドラの吸収で速度三割増。急制動は利きにくくなってるので注意ってことで。》

【あ、やっぱり速くなってる?】

《そりゃね。アホみたいに速いの喰えばそうもなるよ。》

 

前方。ヨルムンガント接触まで三秒。

 

【イザナミ!全開!】

《待ってました!》

 

急制動が利かないなら、一合で六体全て倒せばいい。乱暴な解決法でもそれを可能にするだけ私は強いから。

母になれずとも構わない。私は、私の守りたい全てを守る。

 

「せえのっ!」

 

長大のオラクル刃を形成したまま、地面に対し水平に一回転する。のんびりやっていれば取りこぼしが出るわけだから、実感はないけど相当の速度で回ったのだろう。

六回の手応えプラスアルファ。アルファ分は、一体を二回以上切ったときの分。

それから、肌に伝わった感触の分だ。

 

《神楽!雨がおかしい!》

 

赤い雨はオラクル細胞の塊みたいなものだ。捕喰能力こそ低く、かつ偏食傾向も強いものの、捕喰対象はしっかり食べる。

ただ、私……というかアラガミは対象外。アラガミ側が喰らうことはあっても赤い雨に喰われることはない。

はずが、この雨は私を喰らおうとしている。まあこの程度で喰われないけど。

 

「ちゃ……く……ちっ!」

 

……この道沿いの人ごめんなさい。ちょっと穿っちゃいました。

心の中で呟きながら、とにかく周囲を確認する。ヘリの辺りでは違和感はなかった。となれば支部周辺のはず。

異変はいくつかあった。

フライアからの妙な偏食場。

ノースゲート付近から感じられる、渚に似た偏食場。暴走中っぽいけどどうも違う。

そして、赤い雨。

 

「嫌な予感にも程度ってほしいなあ。」

 

動いている。雨粒が動くことはないだろうから、これはおそらく雨粒に含まれたオラクル細胞が動いているのだろう。

おそらく、一個一個がアラガミとして。家屋も地面も防壁も何もかも捕喰対象にしている。

 

《何考えてるか余裕で分かるけど、極東支部くらいなら囲えるよ。》

【お墨付き感謝。じゃ、ちょっと無茶しようか。】

《いつもでしょうが。全く。》

【小言は後で。】

《ぶーぶー。》

 

細胞単位で喰っているなら、こちらも細胞単位で対抗すればいいという話で。

インドラの能力を吸収しているなら出来ないことはないと思う。実際、イザナミも出来るって言ってるんだし。

 

「状況からして、たぶん結意ちゃんって子がやらかしてるんだよね。」

 

何か目的でもあるんだろう。が。

悪いけど、ここは私の守りたいもの筆頭だ。

 

「最強をなめないで。」

 

   *

 

転移一回。次いで……なんだろこいつ。よく分かんないけど犬っぽいアラガミ二体の処理。残り四体の内一体だけ白いのは……親玉だろうか。私見てものすっごい勢いで逃げてったけど。

そいつらの手前。座り込む少女を見て、私の心臓はぶっ壊れそうになる。

誰に言われずとも分かる。あれが。

 

「結意……結意!」

 

駆け寄ろうとして、私の足は止まる。

三体の犬アラガミが突然悶え苦しみ……溶けていったのだ。文字通り。

同じタイミングで雨が変性した。本来アラガミへの捕喰は行わないはずのそれが、今は何でも喰らい尽くそうとしている。

 

「……ほほー。面白い奴が来たもんだ。」

 

一瞬、誰がその言葉を発したのか分からなかった。私じゃないし、記憶の中の結意はそんな発言をする子じゃない。

だけど、どう見て、どう聞いても、それは彼女の口から発せられたもの。

 

「あんた……誰。」

「あ?あー。愛しの妹にでも会いたかったか?残念だなあ。あと一歩遅かった。」

「だから誰って聞いてんのよ!」

 

結意だって可能性はある。記憶が正しいなら五年間離別していたんだから、その間に性格が変わりました、くらいあって不思議じゃない。

けど、それでも、これが結意だなんて信じられないし、信じたくない。

 

「はっ。なら聞くが、お前は誰だ?」

「渚!鼓渚!どうせ分かってんでしょうが!」

「鼓渚、ねえ。おっかしいなあ。」

「何が!」

 

こういう手合いに激昂するのは無意味だと分かっている。挑発に乗るだけ無駄だ。

その無駄をしてでも、目の前の相手をどこかにやってしまいたい。

 

「……あん?」

 

相手の目線が極東支部に注がれた。見れば、青いオラクルがドーム状に形成されている。

 

「面倒くせえことしやがる。せっかくの予行演習が台無しだ。」

「……予行って、何の。」

「見りゃ分かるだろ?終末捕喰のだ。あわよくばそのまま起こしてやろうと思ったんだが……さすがに足りねえか。」

 

足りない。

そう評する現状で、極東支部外側の地面は大きく陥没している。下の方に……人?だろうか。二人、おそらく死体が見えている。

 

「んで、だ。あんたは知らないのかもしれねえがな?鼓結意の姉、鼓渚は……」

 

ニタリ、と笑みを挟み。

 

「死んでるはずなんだわ。」

 

そうだった、と。一度完全にアラガミになっていた以上、私は人間としては死んでいたことになる。

だけど、アラガミになってから戻ったじゃないか。そう言おうとしたものの。

 

「ちなみにアラガミに一度でも成った場合ぃ、その後形成された意識はぁ、例え人間時代の記憶及び性格その他全て持っていたとしてもぉ、模倣に過ぎないわけでぇす。……っくく。そんで?あんた誰だ?」

「私……私は……」

「分かんねえよなあ当たり前だ!人間じゃねえ!アラガミに堕ちきったわけでもねえ!持ってる意識は紛い物!体は全部オラクル製!さあほら言ってみろ!てめえは誰だよ自称鼓渚さんよ!」

「うるさい!」

 

ほとんど反射的に攻撃に入っていた。これ以上喋らせたくない、と、その一心で。

もしかしたら、体はほぼ間違いなく結意だってことを忘れていたのかもしれない。やっぱり私は最悪の姉だ。

こいつも、当然のごとくそこをついてくる。

 

「姉が妹に刀を向ける?こりゃあ傑作だな!反吐が出る!」

 

いなされた勢いを、転移で回転をショートカットしながら次の攻撃に乗せる。二、三合と続ける度に速度と威力は上がっていくものの、単調さも増すせいかやはりいなされる。

 

「私は渚じゃないって言ったのはあんたでしょうが!だいたい!」

 

向きを変え、都合十七度目。

威力も速度も方向も、全て申し分ない域に入ってようやく、いなすことなく受け止めた。つまりこれ以上は避けるしかなくなるわけだ。むしろオラクル刃があるとはいえ、この小さい神機でよくここまで、と考えるべきなのだろう。

 

「あんたを結意だと認めた覚えはない!」

「そうかよ!ならあたしは誰だ!あんたは誰だ!いやむしろ何だ!ええ!」

 

空中に形成されたオラクルの刃が同時に襲ってくる。こいつの能力はつまりこれ、なのだろうか。どう見てもこのオラクル、放出したものじゃなく赤い雨から引っ張り出したものだ。

多段攻撃に対応するため、もう一本神機を手に作りながら叫ぶ。

 

「んなもん決まってんでしょうが!」

 

こんなオラクルの刃にやられるために、極東に戻ってきたわけじゃない。

 

「私もあんたも化け物だ!」

「そうだよ化け物さ!人間じゃねえ!あんたはシオ!あたしはバンダースナッチ!見事にらしい名前まで持ってる!」

「違う!もう私はシオじゃない!世界を喰らおうなんて思ってない!」

 

こんな胸に突き刺さる会話のために、生きてきたわけでもない。

 

「誰が何と言おうと私は私だ!」

 

私は。

 

「たとえ化け物でも特異点でも、私は鼓渚だ!それ以上も以下もない!」

 

もう後悔しないために。

 

「まだ言いたいことがあるなら言ってみろ!」

「ああ!まだ一個残ってる!」

 

もう二度と間違えないために、ここにいる。

 

「結意から伝言だ。てめえと話したくなんざねえ、とさ。」

 

なのに、なのにそんなこと言われたら、私は何も出来なくなっちゃうじゃないか。

 

「そりゃそうだと思わねえか?母親はいねえったって、家族三人仲良く過ごせたかもしれなかったんだぜ?それをてめえが……」

「……やめて……」

「どこまでも見事に跡形もなく叩き壊し……」

 

ダメだって。それを言わないで。

 

「愛しの妹にそれはそれはゴミ屑みてえな人生送らせたんだもんなあ!自分の仇と誰が話すかよ!ぶわああか!」

「あぐっ!」

 

鳩尾に拳をもらい、意識が遠のく。全身余すところなく隙を晒していたのだから、これは当然の帰結だろう。

それ以外にも何かが干渉して体が動きにくくなっている。結果として、これ以上の活動が不可能な域まで追い込まれていた。

 

「おっと。あんにゃろ動きやがったか。」

 

さっき死体があった方をこいつは向いているけど、私はそちらを向くことが出来ない。もう少しで途切れる意識。指先を動かすので精一杯なのだ。

……それでも、結意に手を伸ばす。

 

「結意……」

「おいおい何度言わせんだ?」

 

お願いだから、あの日のように。

私はまだ一言謝ることすら出来ていないんだ。

 

「……お姉ちゃんなんかと、話したくないよ。」

「っ!」

「っはは!どうよ似てた?ただの演技ならよかったのになあ……残念でした!こりゃあいつの代弁だ!二度と面見せんなよ化け物が!」

 

背を向けて歩き出すのを、私はただ、見ていることしか出来ない。

薄らぐ意識は、泣くことすら許してくれなかった。



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雨上がり

雨上がり

 

「コウタ。ああいうのなんて言うか知ってます?」

「バカップルだよな。どう見ても。」

「隊長の言ってたことが寸分違わないの初めて見た……」

「騎士たるもの、男女の逢瀬に口は差し挟まぬもの!」

 

……こいつら。

 

「人の病室で騒いでんじゃねえ。」

 

俺が戻ってきた頃には、情けないことにほぼ収束した後だった。

聞く限りでは過去希に見るレベルの状況だったにも関わらず、被害は最小限。最終的な立役者が疲れ果ててぶっ倒れていても、文句を言う者はいないだろう。一度起きて俺を枕にしなければ、だが。寝にくいだろうに、こっちの方が熟睡しているのが何とも言えない。

 

「いいじゃないですか。なんとか無事に済んだんですから。」

「無事、か。」

 

無事と言うには少々。いや、明らかに語弊がある。

極東支部側で動ける神機使いはサテライトにいた人員のみ。昨日対応していた面々は、軒並み検査待ちとなっている。

……分からないことが多過ぎる。渚の話では、ブラッドの副隊長が暴走に近い状態に陥り、戦闘にまで発展したと言う。だがそのわりに、こちらの益になる行動を取っていたことも事実だ。

 

「検査は済んだんだったな。」

「ええ。ブラッドアーツ、でしたっけ。血の力とは少し違うそうですけど。」

 

ブラッド以外の神機使いでも感応種に対抗出来る可能性。以前から結意の能力として推論が立てられていたものだ。

それを、あの一時で丸ごとやってのけた。

 

「俺とハルさんもさっき終わったけど、同じだった。」

「だろうな。状況から見てそれ以外考えにくい。」

 

感応種への対抗策が出来た、と言う意味では幸運だろう。が、手放しで喜んでいられるわけもない。

 

「結局、ブラッドはどうなるわけ?まさか今まで通りってことは……」

「……どうだかな。」

 

ブラッドは……はっきり言って、俺達より大分まずい状態にある。

少なくとも死傷者のなかったアナグラと違い、隊員の一人が死亡、隊長も重症。加えて副隊長も意識不明。

つまるところ、壊滅だ。……結意の奴が意識不明、ってのは、フライアからの伝達でしかないが。

 

「ロミオさんの葬儀は明日フライアで執り行うそうです。昨日の回収時点であちらに運ばれていますし、おそらく埋葬も済ませておくつもりかと。」

「こう言っちゃ何だが、ブラッドは向こうの博士の研究結果だ。見せたくねえのもあるだろ。……こっちからは誰が行く。」

「あちらの計らいで、特に制限はありませんから……」

「行きたい奴が、か。」

「行かない理由もありませんけどね。」

 

フライアはフライアで、件の神機兵の停止やブラッドの現状から大騒ぎになっていると聞く。

……とんだ茶番だ。あの神機兵、観測データだけでも外部から止められた形跡がある。

 

「……時間か。外に行ってくる。こいつを頼んだ。」

「おう。」

 

それら以上に今現在最大の問題は、防壁外の復旧作業だ。

神楽がオラクルを張ったからいいものの、その外側は甚大な被害を被っている。赤い雨の捕喰傾向変性。地面が広範囲に渡って抉り取られ、最も深い地点で5m程度の陥没が発生している。

まるで終末捕喰でも起こそうとしたかのように。そう感じるのは、事実そうだったからか、あるいは俺自身、アラガミとしてそれを望んでしまっている部分があるからなのか。

正直なところ探っておきたい部分ではあるが、余計なことを考えていられる場合でもないこともまた、事実だった。

 

   *

 

ジュリウス・ヴィスコンティ。

フライア所属、ブラッド隊長。

結意の上官。

 

「……ぐ……」

 

呻きながら目を開けた彼に、ユノが声をかけた。

 

「あ、気付きました?」

 

……結意があんなことになった、原因。

 

「医務室……か……?」

「ええ。極東支部の。」

「……我ながら、よく生きていたものだ……っつ。」

 

彼の怪我はずいぶんすさまじいものだったらしい。実際、生きているのが不思議なほどに。

回収はフライア主導で行われ、ひとまず神機兵の諸々が片付くまで、彼と動ける三人はアナグラで待機。

私は結局、結意にもう一度会うことすら叶わないままに医務室で目を覚ました。

 

「……そりゃ痛いだろうね。諸々聞くついでにカルテも見たよ。上腕骨折、額関節脱臼、肋骨は折れた七本の内二本が内蔵に突き刺さってたってさ。」

「なるほどな……ああ、失敬。自己紹介が……」

「いい。資料で見てる。」

 

むしろ今は、あんたの声を聞きたくない。

 

「こちら、クレイドルの……え?」

 

ユノが私の紹介を始めようとし、私は私で、その彼女の弁を遮る。

自己紹介?必要あるようには思えない。

 

「私も案外、しっかりした感情ってのを持ってたみたいでさ。悪いけど怪我人だからとか考えてる余裕ないんだ。」

 

彼の胸ぐらを掴む。手にはギプスの感触が伝わるも、むしろその奥に殴打でもぶち込んでやりたくなる。

って言うかそもそも、掴んだときの勢いで殴ってるか。どうでもいいや。あんたの肋骨が追加で折れようが知ったことじゃない。むしろバキバキに折れてしまえ。

 

「ぐっ……」

「あんたがしっかりしてれば!結意もあんなことにはならなかった!」

 

あそこで転がってたのあんたでしょ。死体だと思ったら無様に死に損なって、ベッドの上でいいご身分じゃない。

ふざけるな。

 

「独断専行のバカ助けに行ったら自分まで一緒にやられました!?しかももう一人は死にました!?あんたこそバカじゃないの!副隊長までボロボロにした気分はどう!」

「渚さん!」

「勝手に行かせちゃったのも監督不行き届きが原因だってねえ!笑わせる!何が隊長!?何がブラッド!?役立たずが役立たず率いてるだけでしょうが!」

「渚さん落ち着いて!ジュリウスさんだって必死に……」

「何をどう必死にやったっての!必死に大ポカかまして部隊員二人道連れにしましたとでも!?ああそれなら大正解だよね!人の妹ぶっ壊しといて図に乗るな!」

 

ああもう、本当にふざけるな。私。

 

「いもう……と……?」

「知らなかっただの何だの聞く気はない!結意は私の妹だ!結意は……!」

「だめ!もうやめて!」

 

引きはがされる。もちろん、ユノの力で何とかなる体のつもりはない。

単純に、私が手を離したのだ。

 

「最っ低の姉を持っちゃった、妹だ……」

 

ジュリウスのせいだ……って、そんなの八つ当たりだって、よく分かってる。過去から今に至るまでどれもこれも私の責任だ。

私がバカな真似をしなければ結意は人間として生きていられたし、父さんに嫌悪されることもなかったし、神機使いになることもなかったし、こんな事態に巻き込まれることもなかった。

全て私のせいなのに、私はジュリウスっていう都合のいい相手に押し付けようとしている。

 

「……ごめん。頭冷やしてくる。」

「渚さ……」

 

どうにもその場にいるのが苦しくなって、行く宛もないのに病室を飛び出した。

私は、本当に、どうしようもなく、最低だ。

 

   *

 

「あ、その……大丈夫ですか?」

「ギプスがなければ少々まずかったでしょうが……ええ。何とか。」

 

鼓に似ていた。おそらく、姉妹だというのは間違いないのだろう。

本当によく似ている。性格は真逆……とまではいかないにしろ異なるが、容姿や細かな仕草がそっくりだった。

 

「彼女は?」

「渚さん……クレイドル隊の隊員です。えと、ソーマさんと同じような体、で通じますか?」

「おおよそは。……鼓、渚。ですか?」

「……以前お会いしたときは、ただ渚、と。」

 

複雑な事情がある。端的に言ってしまえばそういうことなのだろう。そもそも、腕輪のない神機使いがすなわちどういった扱いになっているのか、想像が全く及ばないわけでもない。

加えて、鼓はラケル博士が直々に連れ帰った子供だったと聞く。往々にしてそう言った子供たちは、特殊な環境に育っていたはずだ。姉と生き別れていた、程度なら十分あり得る。

 

「ブラッドの皆さんに伝えてもらってきます。ちょうど出払ってて。」

「出払っている?」

「……」

 

一瞬沈黙が流れ、続けられる。

 

「結意さんの、感応波、でしたっけ。そのせいでブラッド以外の人達が外に出られないみたいで、復旧作業をブラッド隊が全面的に引き受けているんです。ナナさんと、シエルさんと、ギルさん。」

「ロミオは……」

「……KIA、だそうです。」

「……」

 

そうか、と。俺は彼らを、二人も守ることが出来なかったのか。

もしかしたら、俺が守られた側なのかもしれない。そう思うと不甲斐なさに吐き気がする。

 

「とにかく、行ってきますね。皆さん心配していましたから。」

「……先に、榊博士に伝えて頂けますか。」

「分かりました。それじゃあ。」

 

……自分の身も守れない人間が、他人を守れるわけなどない。

 

「黒蛛病、か。」

 

これはつまり、その証明だったのだろう。

 

   *

 

「いっやー!やっぱ外は良いなおい!」

 

……アブソルは静かに面倒くさかったが、彼女は面倒でない分やかましい。

二人で足して割られていろ、と思いつつも、それを隠し会話する。

 

「ご機嫌ね。」

「ま、そりゃな。五年ぶりだ。」

「ご帰還早々厄介事をいくつも作ってくれちゃって。感謝するわ。盛大に。」

「お褒めに与り光栄だねえ。」

「貶してるのよ。」

 

アブソル。すなわち三年前の特異点から表出した意志は、特異点が極東の旧第一部隊と過ごした日々により、人間というものを愛するようになっていた。そもそもノヴァが存在しなかったなら、三年前の特異点は終末捕喰すら起こさなかったに違いない。アブソルはその感覚を強く受け継いでいる。

神楽・シックザールに付随すると思われる意志も、やはり神楽・シックザールとの日々から終末捕喰に反対している。こちらはノヴァのような器もないことから、やはり終末捕喰など起こすまい。

その意味で、彼女は理想的だ。終末捕喰を純粋に発生させる意志として動くことだろう。何しろ人や世界に悲観しているのだから。

 

「あなたの気紛れにも困ったものね。三人とも死なせた方が楽だったでしょうに。」

「ジュリウスは器になる。ロミオはあんたが黒蛛病キャリアに使えるだろ?」

「鼓渚は?」

「ありゃ別だ。潰しとこうにもお宅のロミオ君が邪魔しくさってね。」

「そういうこと。」

 

オラクル細胞の不活性化。停止と言って差し支えない。その状況の彼女に望むのは酷な話だったか。

 

「ま、ちょいと治すのが早かった。まさか起きるとは思わねえって。」

「私の作品よ?」

「へいへい。んで?あたしはこれから何すりゃいい。」

「そうね……しばらくは待機になるでしょう。こちらとしても、機を伺う必要はあるもの。」

 

明日はロミオの葬儀……そこでジュリウスを懐柔するのは簡単な話だとしても、ブラッドを極東に押し付ける作業がある。準備を整えるのはその後になるだろうし、そこそこ時間はかかるだろうか。

 

「了解だ女狐。」

「ずいぶんな物言いね。怪物。」

 

それにしても……

 

「外見が同じでこうも違うのは、なかなか面白いわ。」

「ん?ああ……結意も出てこねえしな。誰とも話したくないらしい。」

「だからあなたが?」

「あいつがそれを望み続ける限り、だが。別に不都合はねえだろ?」

「そうね。」

 

少し妬ましくなる。希望を叶えるため存在する意志、なんてものは、私にはなかったものだ。

 

「欲を言えば、甘えてくるあの子が可愛かったのに、かしら。」

「ははっ!あたしはやらねえぞ。」

「でしょうね。どうせ、あの子もそうしたくないんでしょう?」

「ご明察。」

 

まあ別に、そういう些事はどうでもいい。結意がどうであろうと意志が終末捕喰を肯定するのなら問題ない。

 

「さあ。お人形遊びを始めましょう。」




気付かれてる気がしますが。
バンダースナッチ書いてて楽しいれす(ウハウハ
こう、何と言いますか、いろんな意味で性格的に問題あるキャラクターって大好きです。はい。
基本的に表しやすいのもありますし、何よりテンション上がります。いろんな意味で。

さてと…んー…一応、2のお話も折り返し、になるのかな?
RB編追加の決定であちこち掘り起こすような組み方をしちゃったので、辻褄が合ってるかあちこち心配だったり。オリキャラが濃すぎるのが主な原因。

まあいいやたぶんなんとかなるよねええええ!(をい

そうそう。このチャプターを書いている間に、一個短編出してたりします。
もはや二次創作というよりノベライズになっちゃいましたが…まあ、うん。
こちらとは書き方を変えているので(というかいろいろ度外視しているので)、いつもと違う感じが見られるかもしれません。

次のチャプター、どこまで進むか未知数だったりします。2エンディングまで行っちゃうかもしれませんし、〇犬討伐までかもですし。〇犬までだと話数が大して行かない気もするんですよね。
そんな感じで…どのくらいですかね。また二ヶ月から三ヶ月くらいの間で投稿出来れば、ってとこでしょうか。気長に待っていただければ幸いです。
ではでは、また次回にー。


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Chapter 7. 偏執病
被虐的な嗜虐


こんにちは。え?はえーよホセ?
…ドヤァ(殴ってよし

というのは冗談と致しまして、ちょいとばかり告知したいことがございまして。活動報告にもぶっこむ予定ではありますがこちらにもと。
ですので今回はチャプター単位での投稿ではなく、一話のみ投げ込む形となります。ご了承くださいな。


被虐的な嗜虐

 

お父さんが嫌いだった。

 

『渚!どこにいる!』

 

お父さんは時々大声で叫んだ。

 

『くそ……おい!渚は!』

『お姉ちゃんはお買い物だよ。お父さん。』

 

お父さんはよく私を殴った。

 

『俺はお前の親父じゃない!お前に親がいるものか!』

『じゃあ、なんて呼べばいいの?』

 

お父さんはいつも私を見て、怯えた目をした。

 

『うるさい!話しかけるな!』

 

お父さんは、お父さんは。

とにかく殴りつけてくるお父さんは、私が痛がらないでいるともっと殴った。

 

『痛いだろ!痛いって言えよ!』

『痛くないよ?』

『そんなわけないだろうが!この化け物が!』

 

痛い、と、一言言ったところで止まりはしないだろうに。化け物のくせに痛いわけないだろう、とか、返答があるに決まっている。

最初の頃は本当に痛かった。一番初めは三歳になる前だった。

痛い、痛いよお父さん。なんで殴るの?私何もしてないのに。

泣いたし、叫んだ。お父さんはやめてくれなかった。

 

『あ、折れちゃった。』

『なぜだ!なぜ何でもない風にいられる!』

『何でって、何でもないからだよ?』

『だからそんなわけないんだよ!』

 

その内、痛いと思うことはなくなった。私じゃない私が痛いを持ってってくれるようになった。

“私”は小洒落た雰囲気と芝居がかった仕草で、初めまして鼓結意。鏡の向こうは苦しそうだねえ。なんて。

本当に鏡の中から話しかけてきたものだから、私は“私”に、バンダースナッチと名付けた。

なにせ私は化け物らしいし、ならアリスじゃなくジャヴァウォックがお似合いだから。化け物は化け物とダンスを踊るのがいいと思う。

 

「ちなみに鼓渚は、自分の母親にアリスと名付けた。」

【うん。】

「ジャヴァウォックはまあ、偶然だ。だが偶然は得てして必然の重なりでもある。てめえら家族に縁深いアラガミがその名を得たのも、ある種の必然だったろうさ。」

【うん。】

 

今、“私”は私の表にいる。私は“私”がいた鏡の中に。

“私”は私の望みを叶えてくれる。

 

「その通り。あたしはあんたの望みを叶えるためにいる。どうだい?五年前の深層心理が表層に昇った感想は。」

【分からない。でも、なんだかスッキリしてる。】

「なぜ。」

 

“私”は私も知らない私を知っている。

 

【お父さんを殺したのも、お姉ちゃんを殺したのも、ちゃんと私の殺意だったって気付けたから。】

「そりゃ絶望するとこだろ。」

【ううん。私のこと、自分で分かったことが嬉しいんだ。だからスッキリした。】

「……まあ、人って生き物は、自分自身の考えすら表層部にあるもの以外知覚することはない。ある種の自己防衛だ。ガチの本音ってのは、時に自我を破壊する。」

 

何より、私を人間だと言ってくれる。

十四年生きてきて、そう言ってくれたのは“私”だけだった。お父さんはもとよりお姉ちゃんすら口を噤み、お義母さんも本当の意味でそう告げたことはない。

 

「それで?望みは?」

 

だから、私が知覚する私の最大限で、接していられる。

 

【こんな世界、壊して。】

 

私に出来ないことだって、彼女には出来てしまうから。

 

「っくく。ああ。あんたの望みはきっちり叶えてやる。」

 

まあ、お酒飲むのはちょっと頂けないんだけど。

でもきっと、心の奥底では飲んでみたいなあとか、考えていたんだろう。

 

「せっかくの大舞台だ。華々しくいこうじゃねえか。」

 

   *

 

ロミオ・レオーニ。ブラッド隊員だという彼の葬儀が行われる中、私は満足に動かせない体と一緒に寝転がっていた。

正直危なかった。最強をなめるな、とか格好付けておきながら、彼が発した感応波に止まりかけたんだから。

あれはおそらく、オラクル細胞なら分け隔てなく不活性化させるに違いない。私が止まらずにいたのだって力業だ。

 

《補充はまだかかるよ。けっこう落としてる。》

【何割くらい?】

《現状、四割が完全消失。回収した内の半分は今も不活性……一回捨てちゃった方が早いけど、どうする?》

【分かった。お願い。】

《はいはい。じゃ、喪失量は六割と。さすがに九割方吹っ飛ぶと面倒だね。》

 

バリア表層から感応波を発生し、相殺する。それでも表層から中層までは影響を受け、不活性化しては追加する鼬ごっこだった。

範囲が範囲だったせいで被害は膨大なものとなり……身体機能の動力源でもあるオラクルは、平時と比べて枯渇しているに等しい。

要するに動けないのだ。

 

「それで、行かなくていいの?」

 

ただ、彼女は違うはず。

 

「……ブラッドとまともに面識があるわけじゃないし。いいでしょ。別に。」

 

確かに感応波の影響下ではあったろうが、私のように、放出したオラクルを失ったわけじゃない。純粋な不活性化。区分としてはただの疲労だ。

その回復も、二日あって間に合わないものではない。と言うか私が寝ている間に復調しているはずだ。

 

「結意ちゃん、だっけ?その子は……」

「その話はしないで。ブラッドにも、何も言ってない。」

 

実のところ、あの騒動からこっち、何があったかまともに聞いていない。一度目は覚ましたけど、会話が出来る状態でもなく、近場に最高品質の枕があったからそのまま熟睡したし。

ようやくある程度回復して起きてみれば、横に渚がいる他誰もいない上、支部内にソーマがいないみたいだったし。

……と言うか、中央施設までしか探知出来ないっていろいろ……さすがに無茶し過ぎただろうか。

 

《小言でも聞く気になった?》

【……何時間続くか分からないからやめとく……】

《よろしい。まあでも、今回はそんなに怒ってない。暴走じゃなかったし。》

【あはは……そんなに、なんだ。】

《やっぱり言ってあげようか?》

【ご、ご容赦を……】

 

ロミオの葬儀が執り行われる、というのも、渚から聞いて初めて知った。もっとも、開始時刻はまだ先らしい。

だから行かないのか、と聞いてるんだけど……

 

「その……何かあった?」

「……」

「何なら、ブラッドの人達に聞いてみたら?ギルには会ったことあるけど、けっこういい人……」

「うるさい!」

 

事情が分からない今、どうも何を言うべきか見えてこず。どうやら怒らせてしまっているようで。

 

「同じ姉って境遇だったからってアドバイス?誰も彼も神楽みたいに出来るわけない!だいたい神楽は、ソーマがいれば何だって良いんでしょうが!」

「あ……」

「毎度毎度偉そうにさ!何が分かるの!何知ってるの!私正しいですみたいな顔していちいち指図しないで!」

 

見事に逆鱗に触れたのか、そのまま出て行ってしまった。

 

【ソーマがいれば何だって良い……かあ。】

《実際、そういうとこはあるでしょ。世界とソーマを天秤に掛けたらどっち取るわけ。》

【うん。分かってる。図星ってけっこう来るね。】

 

今はもう、家族と呼べる人は彼しかいないから。

結局のところ、彼を特別に思う理由はそこなのだ。半アラガミだから惹かれたのが事実でも、今はただ、家族であることが何より大切で。

だから渚には、私と同じ思いをしてほしくはない。二人とも生きているんだから、別れる必要も何かを諦める必要もないじゃない。

……やっぱり、エゴなのだろうか。

 

【……もうちょっと寝ておくよ。いろいろ、お願いね。】

《はいはい。》

 

   *

 

「一応彼女も民間人なのだから、あまり気安く入らせてはいけませんよ?ジュリウス。」

 

ロミオは彼の性格を表すかのように、神機使いを始めとし、フライアの職員、アナグラの人員に至るまで、これほど人がいたのかと思うほど大勢に見送られた。

そこに鼓の姿はなく、俺自身満身創痍と言って過言でない格好での出席。叶うなら、ブラッド全員で見送ってやりたかった。

 

「彼女の歌……いや、彼女自身をかもしれないが、ロミオはずいぶん気に入っていた。彼女には俺が無理を……」

「分かっています。形だけでも窘めなければいけない立場なのです。」

 

葬儀の最中、ラケル博士から声をかけられた。

俺の望みへの一番の近道がある、と。

 

「ロミオも結意も、あなたやブラッドの皆を好いていたのですね。ずっと一緒にいたいとよく言っていました。」

「……鼓は、今?」

「昏睡状態にあります。……面会は出来ませんよ?」

「……ああ。」

 

俺の望み……ブラッドが発足してから変わっていないそれは、ある種の誓約だった。

隊員を誰一人として死なせない。そのために腕を磨き、これまで戦ってきたはずだった。

だが、現実はどうだ。一人が死亡。一人が昏睡だと言う。原因など聞かずとも分かる。俺がこうして生きているということは、彼女が死力を尽くして守り続けたということだろう。全く、何が隊長だ。

 

「……あなたとこうして話すのは、存外久しぶりだ。」

「ふふ。あなた達が極東に入り浸っていたんでしょう?」

「ああ。それで……」

 

彼女の言う、近道とやらがあるのなら。

俺はそれに死力を尽くさなければならない。

 

「無人神機兵の教導。つまり、新任の神機使いへの教育のようなものを、神機兵に対して行う。もちろんそのままでは出来ませんから、専用の機材と、あなたの血の力が必要なのです。」

「俺の?」

「……端的に言ってしまえば、神機兵単体での戦闘能力はベテランの神機使いに匹敵します。しかし現状は神機使いに未だ大きく劣る。問題点は複数での連携が出来ていない点にある。となれば……」

「……集団を関連づけて動かすことで連携をサンプリングし、そのシステムを構築する、と……」

「ええ。とは言え、単純に人が指示を出しているのではリアルタイムの動作は難しい。だからこそあなたの血の力で、連携方法を学ばせるのです。」

 

無人神機兵は、神機使いに変わる人類の守護者としてこれまで期待されてきた。

理由は明白だ。神機使いや有人神機兵と違い、人名が危険に晒されることが極端に少ない。言ってしまえば人もリソースであり、その量が大きく限られている以上、損耗は少なければ少ないほど良い。

だからこその無人制御だった。だが先日の原因不明の停止など、問題は山積している。

……逆に言えば、それらの問題さえクリアしてしまえば、無人神機兵は実働レベルまで持っていけるはずなのだ。

 

「それさえ済めば、神機兵は完成するのか?」

「正直なところ、他にも問題はありますが。約束しましょう。あなた達のためにも、完成させてみせるわ。」

 

神機使いが戦場に出る必要が、なくなるはずなのだ。

 

「……分かった。何をすればいい。」

 

ならば俺は、地獄にも堕ちよう。




さてさて。
えーとですね…皆さん。
GOD EATER ONLINEがアンドロイド端末へもう配信されてるのご存知です?()
2ch本スレ常駐民ってこともあって、そこそこ情報が早かったのですが…いやもうほんと、配信日くらい告知しろや阿呆(げふげふ
事前登録者へのメールもなかったとのことで、ご存じない方がほとんどではないかと思います。

で、ですよ。以前GOD EATERのアニメがありまして、その際GOD EATERを原作とした二次創作作者でコラボがあったんですね。
二回ありまして、それぞれ「【GE作者合同投稿企画】アニメ化ですよ、神喰さん!」「【GE作者合同投稿企画】聖なる夜だよ、神喰さん!」というもの。
どうせだしGEO配信でもコラボしたいなあ。配信日決まったらあちこちに声かけてみようかなあ。と考えておりました。
…いやまあ公式さん、予告もしてくれなかったんですけども(

そんなわけで真夜中の傍迷惑な時間に方々掛け合いましたところ、すでに数名から快いお返事を頂きまして。無事、開催の運びとなる見込みです。
なかなか急ぎでお声かけしたため、あまり多くの方に出来たわけではないのですが…
ですのでひとまず、こちらでも告知と募集、ですかね。を行おうかと思います。

○参加資格
GOD EATERを原作とする二次創作をハーメルンにて投稿していること。
GEOプレイ有無は問いません。

〇参加受付期間
~2/25

感想、またはユーザー間メッセージから言っていただければ、より詳細なお話をしようと思います。

と、こんな感じですかね。なんとも宣伝臭いものになってしまいましたが、要するにコラボやるよお、ってお話でした。
ではでは、また次回に。


P.S.
 今回の企画主催に際しまして、前回、前々回コラボ主催者の「ウンバボ族の強襲」様よりノウハウの伝授等、様々な支援、鞭撻の程を賜りました。この場を借りてお礼申し上げます。


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誰が為にも鳴らず

前回更新
2017/03/14

今日
2018/08/01

時計の故障ですかね?(殴って良し

冗談はさておき、「一年と」四か月半ぶりですね。「一年と」四か月半
……いやもうほんとお待たせ致しました(
活動報告にはちょろっと書いていたんですが、しばらく企画物に参加しておりまして。そちらが落ち着いた(と言うか外れさせて頂いた)ので、またぼちぼちと書いて行きます。
今回はこのお話をするための投稿なので、話数はこれだけです。半年くらいの間にまたしっかり投げます。
一話ごとの方がプレビューも伸びるんですけどね。個人的に切りよく投げたい。

では、長らくお待たせいたしました。GOD EATER the another story。再開です。


 

誰が為にも鳴らず

 

「お久しぶりです。お義父さん。」

 

本当に久し振りだ。まともに顔を会わせたのは一年ぶりになるだろうか。

極東にいた時は特務や何やでちょくちょく訪れていた支部長室は、笑いがこみ上げるほど変わっていなかった。

 

「うむ。長旅ご苦労だった。まずは座ってくれ。堅苦しいのもこのくらいでよかろう。」

「はい。それで……」

 

ジャヴァウォックのこと、アリスのこと、元々の目的だったレトロオラクル細胞のこと。

報告することは多かった割に中身はスカスカ。一番説明を要したのが私の体についてだった辺り、時間に対して実りのない遠征だったらしい。

 

「君にとっては因縁の相手かね。」

「そう……ですね。たぶん。」

「たぶん、か。」

「正直、落ち着いてみると実感はあまり沸かないんです。」

 

インドラ。

おそらく、本当におそらくだけど、父さんが作ったコアによって原初のアラガミの力を得たヴァジュラの成れの果て。

観測数2だの、オラクル資料未回収だの、とにかく研究の進んでいないアラガミ。

そして何より、私というアラガミにもっとも近しい存在。

 

「結局のところあれは弟のコアを持った個体ではありませんでしたし、どこまで気にしたものか。」

「突き詰めたならばあれもアラガミの一種でしかない。次、あれと対峙した時、戦えるかね?」

「まだ自信はありませんけど……私は、神機使いですから。」

 

戦える戦えないではなく、戦うしかないのだ。

……全く持って。この遠征の中、まともに実りがあったとすれば一つだけだ。

 

「うむ。……さて。報告書を上げた後、わざわざここまで来たのだ。何か内密に知らせたいことでもある、と?」

「どこまで内密にしたものか、とは思いますが。」

「分かった。それについてはこちらで判断しよう。」

「助かります。」

 

ジャヴァウォック自体に関して話すべきことは多くなかった。何せ直接対峙したわけでもなく、結果を見たなら現れて消えただけのアラガミとなれば、議論する内容は薄っぺらなものになる。

話したかったのは、ジャヴァウォックと終末捕喰の関係性。

 

「ジャヴァウォック、と個体名が付けられていますが、あれは一部に過ぎないと考えています。」

「あれ一体ではない。あるいは表出しているあれの数倍が未だ隠れている、ということかね。」

「後者です。ノヴァの件、覚えていらっしゃいますよね。」

「あまつさえ私が主導したのだ。覚えていないわけもない。」

「ノヴァの触手……残滓として処分しましたけど、あれの広まり方に違和感を覚えたことは?」

「はやすぎる、とは常々感じていた。時間的にも速度的にも、巨大とは言え一体のアラガミに可能なそれを上回る。」

 

お義父さんはそこで言葉を切り、少し考えるような仕草を見せる。

 

「ジャヴァウォックを喰った結果、と言いたい。」

「はい。」

 

オラクル細胞の進化は、進化と言うより模倣に近しい部分がある。何かしらが可能な生物になるのではなく、可能となる仕組みを集合体として獲得する。全としての個。アラガミとはそういうものだ、と言うのは、彼や榊博士が提唱した事実の一つでもある。

その特性上、オラクル細胞を取り込んだ時の方が変化が早く、かつ劇的になる。発電器を取り込むより、発電器を模したオラクル器官を取り込む方が手っ取り早い、ってこと。全くその通りになればいいわけだから、当然と言えば当然のことだろう。

ノヴァは当初、ただのアラガミでしかなかったはずだ。それが短期間で終末捕喰を引き起こすに至ったのは……

 

「本来ならば終末捕喰を引き起こしていたジャヴァウォックを喰らったことで、ノヴァはようやくノヴァ足り得た。元々地中を覆っていたジャヴァウォックを用いたならば展開速度も相応となる。」

「おそらくは。」

「ひとまずの辻褄は合っている。だが一つ。」

 

そう。だが一つ。この仮説だけだと矛盾が生じる。

 

「特異点に関して、ですか。」

「うむ。ジャヴァウォックが本来ノヴァ……真のノヴァと仮に呼ぶが。であったのならば、特異点が私の作ったノヴァに誘引されるには幾分か無理がある。むしろ、外敵として排除に来るのが相場ではないかね?」

 

自分の体を喰っているものを、真のノヴァ側が認めるか。私の直感ではノー。認めない。

 

「予測に過ぎませんが、特異点自体が一定の判断基準と決定権を持っている。あるいはシオ、渚自体が特異点として歪だった。さらにはその両方。辺りでしょうか。」

「万能な解、か。」

「さすがにそうなりますよ。ただ……」

 

私も、全く根拠なしにこういうものを言うつもりはない。曲がりなりにも研究者の娘で妻。仮説には事実を、だ。

 

「赤い雨が特異点選定システムであることは確かですから。」

「君自身の見解かね?」

「私のアラガミが告げた事実です。」

 

……寝てるけど。

 

「だとして、先の仮説に対して何が言える。」

「現出したジャヴァウォックの周囲では常に超高濃度の赤い雨が降り注いでいました。回収したサンプルは未だ調査中ですが、現段階でも赤い雨との類似性が見受けられます。」

「報告は受けている。一致率は同一個体の範囲内だそうだ。」

「はい。そしてもし、赤い雨に適合した人物がいた場合……」

「ジャヴァウォックの偏食因子に適合した神機使いとなり得る。」

「あるいは自我を保ったままアラガミとなる。つまりはシオと同様の状態です。」

「ならば、本来特異点とは赤い雨によって選定された真のノヴァへの適合者である。然るに赤い雨の介在がなかったであろう先代特異点は異質と考察可能。と?」

「ただし、ジャヴァウォックに適合しない限り特異点とはならない。赤い雨ではない何らかの形であれのオラクル細胞を獲得したことになります。」

 

しばしの沈黙の後。

 

「……あくまで仮説、として受け止めておこう。」

 

そう。これは未だに仮説なのだ。私は私自身とイザナミとでほぼ間違いのない事実だと分かるけど、それでも断言しきれない部分がある。つまり他の人からすれば荒唐無稽な戯れ言。認める認めないの前にあり得ない。

あり得ないのだが……まあ、この人含め一部のぶっ飛んでいる人々は、一つの考えとして受け止める。そういう人に囲まれているのは幸せなことだろう。

 

「言うと思いました。それじゃあ、いくつか仕事もあるので。」

「うむ。ご苦労だった。」

 

……さて。がっつり落ち込んじゃったお姫様はどうしたものか。

 

   *

 

こいつの顔を画面越しに見る。どこか妙な気分だ。通信機越しの声なら幾度となく聞いたが、映像として見ることはなかった。

 

「久しぶりだな。三人とも。」

 

それだけ今のこいつが遠くにいる、と言うことなのか、あるいは俺達が進まなかっただけなのかは分からない。だがどちらにせよ、支部を少し探せば面と向かって話すことが出来る段階は、いつしか過ぎていたのだろう。

だいぶん猥雑な手順を踏んで実現したこの会談は、その事実を如実に感じさせる。

 

「元気そうで何よりだ、とは、言えないか。」

「……ねえ、ジュリウス。どうして何も言わずにいなくなっちゃったの?ロミオ先輩も結意ちゃんもいなくなって、どうしたらいいか分かんないよ。」

 

主に話すのはナナだ。予想通りではある。俺はさして話そうと思うことがなく、シエルはこういう状況でいちいち聞く質ではない。

それでも、俺達の意識は同じところにあるだろう。すなわちこいつの真意が知りたい。形が違えど、その一点で差異はない。

 

「ラケル博士主導のプログラムに従事するためだ。今はこれしか言えない。」

「それは……聞いたけど……」

 

グレム局長発、ヨハネス支部長経由の辞令は、ラケル・クラウディウス主導の計画のため、ジュリウスはブラッド隊を離籍。ロミオのKIA及び結意の無期限戦線離脱を鑑み、その他のブラッド隊員三名を極東支部付きとする、というものだった。

俺達はそんなお為ごかしが聞きたかったんじゃない。お前ならそれくらい分かるだろう。

 

「マルドゥーク……ロミオの仇のアラガミが、極東周辺地域で目撃されている。近日中に討伐指令が下りるだろう。」

 

話題がすり替えられる。それも、こちらから切ることを許さない内容に。

ブラッドを大切にするだのと言ったのはどこのどいつだ。今のお前は、俺達を蔑ろにしているだけだろうが。

 

「話は以上だ。俺も暇ではない。」

「ジュリウス!」

 

切られた通信が、今のあいつとの関係性を物語る。情はなく事務的。所属の違う、ほぼ無関係な間柄。

知らず、部屋を後にした。




……え?なんで半年くらいの間で、とか長く取っているかって?
……察して?(一年四か月半とか自分でも内容忘れかけですはい


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