Fate/箱庭の英雄達 (夢見 双月)
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銀に輝く小さな英雄編
春と入居と英霊召喚


どうも夢見の双月といいます。
気軽にゆめみんとでも呼んでね☆

基本的におふざけ満載でいくつもりですので、不快な描写などございましたら我慢して見てください。作者は一切責任は負いません。

ある程度の話は決めてありますが、「この英霊たちの掛け合いが見たい!」などありましたら感想欄にでもどうぞ(露骨な感想稼ぎ)


 召喚に応じ、参上した。–––––

 

 

 ––––––問おう。貴様が私のマスターか。

 

 

 

 

 

 

 

 春は出会いと別れの季節。なんて当たり前の事だろうと言われるけれど。実際、この季節になるにつれ「もうそろそろかぁ」なんて感傷に浸るかのように意識してしまうのは当然の事だろうと思う。

 

 いつもバカをやっていた後輩達にも、表情に曇りが出てきた。その中の一人はもう既に泣いていた。「泣いでまぜん!!」なんて言うから、「うるせぇよ泣き虫」と、冗談交じりに頭をガシガシ撫でておいた。

 

 高校生の終わりを告げる最後の行事、卒業式。先輩たちが旅立った時と同じように普通に行われ、やや早めに進行し、滞りなく終わった。

 

「また来れたらいいな」とは思うが、実際にはあまり来れないだろうと思い、慕ってくれていた後輩たちに心の中で謝っておく。

 

 俺はこの町を離れてしまうのだから。

 

 経緯はこうだ。高2の進路決めの際、親に「K市立冬木大学に行け」と念を押され、特に進路を決めていなかった俺は、言われるがままにそこを目指した。おかげで受験勉強や試験対策で地獄を見た。そういえば受験前、父親に「その先は地獄だぞ」と言われたっけ。理解は出来たが、何故か「お前が言うな」とも思った。

 

 そして合格したはいいが、遠くとも実家から通うつもりだった俺に、下宿先を用意していると突然父親が言い放った。

 

 曰く、お前の育ての親がいい歳なので、面倒を見なければならない。だがお前には自由に過ごしてもらいたい。住んだ家を売り払って実家の近くに住まわせる事にした。こっちの心配はしなくていいし、お前なら自立する事が出来るだろう。……ということらしい。

 とにかく、そういう事はもっと先に言えと、父親のケツを蹴っておいた。何故か俺の足の方が痛かった。

 

 

 

 

 これが高校生の春、俺の別れの季節の話。

 

 

 

 

 そしてこれからが大学生の春、出会いの季節である。

 

 

 

 

 そこで俺は、運命的な出会いをすることになる。

 

 

 

 

 3月末、荷造りが向こうの下宿先に届いたということで、十数年お世話になった実家に別れを告げて、下宿先に向かった。寂しさこそあったが今は仕方ない事だと割り切っている。

 

 しかし、問題はそこではなかった。

 

「どこだ、下宿先は……!」

 

 迷子になった。まさか地図やマップアプリを見ても分からないとは思わなかった。俺が方向音痴な所為ではないと思う。……多分。

 

 周りの人に聞いたら「あれ」と言って方角を指すので、そっちへふらふら、あっちでふらふら、また見知らぬ人に目的地を言うと、今度は別の方向を指して「あれ」という。しかも、みんな口を揃えて「あっち」ではなく「あれ」というのだから訳がわからん。

 

 そして通算五人目の人に声を掛けた。

 

「す、すいません。道を聞きたいんですけどいいですか?」

「む? 私かね。構わんよ、どこに行きたいんだ?」

 

 その人は、褐色肌の白髪が印象的だった。濃いグレーのシャツと黒いスーツパンツという服装で、飾り気のないシンプルな組み合わせながらもその男には似合っていた。勝手な想像だが、腕時計を見ながらケータイを掛けている姿がとても似合いそうだ。

 こんなカッコいい人に呼びかけて大丈夫かな、と思いながら道を尋ねる。

「冬木カムクラマンションというところです」

「む……? 君が……。いや、君は大学生かね?」

 少し驚いた仕草を見せた後、素性を聞いてきた。悪い人ではないと思うので答える。

「そうですよ。でもこの下宿先の場所が見つけられなくて。他の人たちにも聞いたんですが、方向を指差すばかりで全然分からないんです」

「ふむ、そういうことか。それはおそらくちょっとした先入観からくる勘違いだろう。君はその下宿先をありきたりな小さなマンションかなにかだと思ってないかね?」

「まぁ、普通そうでしょうね?」

「それは誤りだ。彼らが指差したのは方向ではなく、あの建設途中のあの高層マンションの事だろう」

「え? えっ、はぁ!?」

 あれが下宿先!? 高っ! 家賃払える気がしないんだけど!? というか、確かにみんなあの高層マンションの方に指差してた気がするけど、まさかあれだとは……!? しかも建設途中って、そんなの地図に載ってる訳ないじゃん!! 

「『灯台下暗し』ということわざがあるが、まさか灯台そのものを見失う者がいるとはな」

「うぐっ」

 くくくっ、と皮肉を言いながらニヒルに笑う白髪男。思わず言葉に詰まる。

「まぁいい。私も寄り道しながらそこへ帰るところだ。一緒にどうかね?」

「は、ハイ。……はい?」

「紹介が遅れたな。冬木カムクラマンションS11号室のエミヤだ。よろしく頼む」

「えっ! あ、大和です。よろしく……お願いします」

 まさか同じところに住む人とは思わなかった。口を引攣らせながら思う。もしかして、スゴイ所に来てしまった? 

 

 

「着いたぞ。ここだ」

「その前に。何ですかその大量の袋は?」

「君も見ていただろう? 買い出しだよ」

「その量の話です。寄り道が買い物ってのは分かってますが、それでも多くないですか?」

「普通の事だが?」

「普通の人は肉屋に『ショーケースの中の物を全て売ってくれ』なんて言わないです」

「むっ」

「しかももう面倒なのか、仕入れ業者の方に電話してたじゃないですか。後から配送って何ですか。持ってる袋だけでもエンゲル係数9割超えてるんじゃね、ってぐらいの量なのに」

「……実はマンションの隣人にセイ……アルトリアという女性がいてね。よく食事を振舞うのだが彼女はかなりの健啖家で、成人男子の10人前ぐらいならば容易く食べれてしまうのだ」

「それならこの量は納得ですね。一週間持つかだとは思いますが」

 

「いや、これは今日の分だけだが?」

「10人前どころじゃないねぇ!? アルトリアさんって何者なんですか!?」

 

「あぁ違う、そうじゃない。彼女一人だけではないんだ」

「……あー、彼女みたいな人が大飯食らいが何人かいるって事ですか。それならまだ納得出来ますね」

 

「アルトリアは10人ぐらいいるんだ」

「あなたはここ数分間でバカになってませんか?」

 

「……着いたぞ」

「分かりやすいぐらいに露骨に話題逸らしましたね」

「ここが冬木カムクラマンションだ」

 

「おお……」

 冬木カムクラマンション。

 今現在も15階以上はあるのに、未だに増設をやめない不思議なマンションである。エミヤさんから聞いた話では、なんでもここに住みたい人はかなりいるそうで、AUO? という人が指揮を執って進めているらしい。お陰で冬木でありながら都会と殆ど変わらない高層マンションになってしまい、かなり目立ってしまっているそう。こんなところにこれから住むことになるなんて、全然実感が湧かない。家のヤツらがどうやってここの居住権を手に入れたのか知りたくて仕方がない。

 

「何をしている。中に入るぞ」

「あ、ハイ!」

 エミヤさんについて行くように、俺は中に入っていった。

 

「すごい綺麗だ……!」

「新築だから当たり前ではあるがね。さて、受付にいるかどうか……」

 

 エミヤさんはそう言いながら受付に向かう。

 しばらく、内装に見惚れているとエミヤさんともう一人の声が聞こえる。

 

「わっ、わっ! エミヤくん!?」

「それでも代理管理人か? 少なくとも、そんな風にダラけられる役職ではないはずだが」

「ごめんって! 昨日どうしてもやらなきゃいけないことがあって、たまたま徹夜しちゃったんだよ!」

「お前の『たまたま』はいつもと同義だろう。……少しは身体を労われ。疲労に効くものを今度持ってくる」

「ははは、ありがとう。助かるよ」

「それと、仕事で悪いが新しい入居者だ。手続きを頼む。おい、いつまで見ている。こっちだ」

「あっ、すいません。つい……」

 

 壁や飾りを見ていた俺は、指摘されてから焦って受付に立った。

 

「あ! 君が今日入居する子だね。僕はここで代理の管理人させてもらっている者だ。確認のため、名前を言ってくれるかい」

「はい、大和と言います」

「ヤマトくんだね。うん、難しい手続きは親御さんがやってくれているから、君はここにサインをしてくれ」

「分かりました」

 

 受付の男性が名前記入欄を優しく指差す。名前を書いて、他の既に記入されている欄を見回していると建物についての簡単な質問が湧いてきた。どうせなので雑談代わりに聞いてみる事にした。

 

「ここってどんなところ何ですか?」

「どんなところ? うーん、……たぶん、いや、かなり個性的な人が多いかな? でも、君ならきっと馴染めるよ! 僕が保証しよう! さっ、これが君の鍵で番号はS171だから18階になるね」

「えっ、高いですね……!? テレビで見たやつだと、高ければ高いほど家賃とかも高いって聞いたんですけど……」

「あはは、ウチはちょっと違うね。実はニーズとしては下の階の方が人気なんだ。理由は何てことない事だし、それだけが人気の理由という訳でもないけど。それじゃあ、そろそろ部屋を見てくるといいよ。それと、テーブルに置いてある冊子は読んでおいてくれ。はい、これが鍵だよ」

「はい! 改めて。大和と言います。なにとぞどうぞ宜しくお願いします。ところでお名前は……」

「あれ? まだ名乗ってなかったっかい? 

 

 ロマニ・アーキマン。

 

 みんなからはロマンと呼ばれているよ。ここの住民に代わって歓迎しよう、ヤマトくん」

「はい!」

 

 

「済んだようだな。では行こうか」

「はい! 待っていてくれてすいません。荷物もあるのに」

「これぐらい大した事ではない。それに後はエレベーターの案内ぐらいしか出来ないからな」

「ありがとうございます」

「構わんさ。こちらも好きでやっている事だ」

 受付を後にする。ひと段落ついたらロマンさんとまた会話したいと思いながら、エミヤさんと共にエレベーターに向かった。

 

 2階と18階のボタンを押し、エレベーターの扉が閉まるのを待つ。広めのスペースのためか、エミヤさんの買い物した袋があっても全然狭く感じない。

「それにしても、8個もエレベーターがあるとは思いませんでした」

「ここの住民は人柄ゆえか、他の部屋に遊びに行く者が多い。その時滞りなく行けるための配慮だ。英雄王もこういう時のみ芸が細かい。しかし助かっているよ」

「……あの、AUOってどういう方なんですか?」

「後で嫌でも分かる。そうだ、言い忘れていたが君を含む新しい入居者への歓迎会が明日の夜に地下一階の多目的ホールで行われる。予定を空けておいてくれると助かる」

「わかりました。楽しみにしておきますね」

「適度に楽しんでくれればいい。ではこれで」

 気付いたら2階になっていたようだ。軽い会釈で返し、エミヤさんを見送った。

 どんな部屋なのだろう。凄く楽しみになってきた。

 少し急ぐように閉ボタンを押す。扉が閉まり、

 

『18階です』

 

 すぐ開いた。

 

「早ァッ!?」

 

 技術力が高すぎる。建設を行なっているらしいAUOの事が本気で気になった。

 

 

 

 

「S171号室はここか。エレベーターからは遠いな」

 

 廊下はHの字になっており、付近のマップを見るに左上に位置している所にS171号室がある。向かっているついでに他の部屋を見たが、当然扉は閉まっている。他の人達はまだいないのだろうか。少し寂しいかもしれないが、ロマンさんはここは人気だと言っていた。しばらくすれば賑やかになるだろう。

 ドアの鍵を開け、取っ手に手を掛ける。

 

 そこで見たのは、

 

 

 

 

 

 驚くほどに、普通の部屋だった。

 荷解きされていない自分の荷物は綺麗に置かれている。

 リビング、キッチン、寝室、トイレ、風呂場。個人的には風呂場とトイレが分かれているのは嬉しい。そして、一人暮らしには勿体ない程の広さ。これに何の不満があろうか。これに文句をいうなら相当な傲岸不遜なバカに違いない。俺にとっては十分だ。

「うわっ、本棚が既に置いてある! こっちで買おうか悩んでたけど、使っていいのか、これ。テーブルも冷蔵庫もあるじゃないか! 至れり尽くせりじゃないか!?」

 あれこれとサービスが垣間見えてかなり興奮している。物を置いてくれているだけだが、それでも嬉しいものは嬉しい。実は、両親の茶目っ気(?)で家の前情報を知らされていないこともあって、ただただ感激していた。ここが自分の部屋になるとはとても思えない。さっさと荷解きをして、ゆっくりしよう! 

 

 

 

 

「ふぅ、ひと段落したぁー!」

 疲れた。こんなに荷物多かったっけ? 実家でまとめている時は、あれもこれもと色々入れてたような気もするが、今開けて見ると要らないものもいくつかあった。思い出のあるものとかは実家に置いていった方がよかったかもしれない。予想以上に時間がかかってしまった。

 

「ん?」

 ふと、テーブルの上の冊子を見つける。確か、ロマンが言っていたものだ。表紙をちらりと読む。すると見慣れない単語が目には飛び込んで来た。

 

 

 

「サーヴァント……召喚……? 何だこれ?」

 

 

 ここはただのマンションではないと、頭の中で警報が鳴り響く。その冊子には警戒するべき何かが感じられた。

 

『簡単なサーヴァント召喚の仕方〈雑種でもわかる! 〉』

 

 あと、少しイラついた。雑種ってなんだ。

 

 

 

 

 

「そもそも、サーヴァントってなんだ? 全然分からん。召喚? ドッキリかサプライズの類か?」

 カーペットに寝転がりながら、表紙を見る。うん、まったく分からん。開けた方がいいんだろうけどなぁ。ロマンも「読んでね!」とか言ってた気がするし。

「わぷっ」

 ゆっくり開けると厚い紙が一枚、重力に従って顔に落ちる。何重にも折られているので広げると、魔法陣のようなものが描かれてあった。どうしろと? 

 冊子の開いてあるページには、

 

『ステップ1!! 同梱してある魔法陣を敷こう!』

 

 魔法陣? あ、この紙だ。早速やってみる。何が出てくるのかという事に興味が出てきた。好奇心のままにやり始める。

「どうせならテーブルとカーペットをどかして、床に敷こう。……よし、それで次は?」

 

『ステップ2!! 魔法陣に手をかざし、次の詠唱を唱えよう!』

 

「召喚するための儀式的なものか。よし! やってやる!」

 

 手をかざし、冊子の通りに呪文を連ねる。

 

「モトに銀と鉄。ん? これソか? 振り仮名が小さくてよく読めん! 何だこれは!」

 ……連ねる事は出来なかった。漢字と英語には人一倍弱い大和であった。

 

「 ソに? イシズエに? 石と契約のたいこー。 祖には我が大師シュバインオーグ。……誰だ。降り立つ風には壁を。 四方? の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る……、至る……。三十路? ……サンサロは循環せよ!」

 

 ぐだぐだなまま詠唱は続く。

 

「閉じよ? みたせ? どっち言えばいいんだ!! みたせみたせみたせみたせみたせ! 繰り返すつどに五度。ただ、満たされるコク……あ、トキだこれ。……を破却する」

 

 それでも、気づいたら無我夢中で唱え続ける自分がいた。たかがこんなオモチャに何を必死になっているのか。脳裏にそんな自分の声が聞こえた気がした。

 

「アンファング……違う! セットッ!」

 

 脳裏の声に「いや」と答える。嘘でもいい。出ないなら出なくてもいいけど、男としては、特撮やアニメを見てきた自分としては、こういうものに憧れるものがあるんだ。やらせろ。失敗しても黒歴史が増えるだけだ。

 

「–––––––告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。 我はこの世……常世総ての善と成る者、 我は常世総ての悪を敷く者。されど汝はその眼を混沌に曇らせ……侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者––––––!」

 

 俺なんかの元に来てくれる奴なら上等、どんな奴が来ても仲良くなれる自信がある。だから、来るなら来い。全力で歓迎してやる……! 

 

「汝三大のコトダマを纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手!!」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 静寂。何も起こらない。間違えたところがないか、冊子を見直す。

 

「……あ。言い忘れてた。『よ』」

 

 一瞬の事だった。魔法陣が爆発した。少なくとも俺にはそう思えた。

 

 魔力が魔法陣を駆け巡る。

 鮮明に輝き、青く漂う大気が肉体を構築する。

 唐突に、自分のチカラの源のようなものが流れていったのを自覚する。

 

 かくして、その英霊は引き寄せられたかのように誕生する。

 

「どわぁぁああああ!!!」

 

 俺は吹き飛ばされた。飛ばされたせいで壁に頭を打ち付け、しばらくおさえて悶えていた。

 

「イッテェ! なんなんだよもう!?」

 

「問おう」

 

「……あ?」

 

 目の前にいる何かが問いかける。

 

 

 お前が、私のマスターか。

 

 

 その何かの全貌を視認する。一糸まとわぬ姿のそれは、白銀の髪を留め、小柄ながらも筋肉の力強さを主張している。その凛とした目はあらゆる獲物を射抜くような戦士のそれである。それら一言で表すならまさしく美し–––––––

 

「……んっ?」

 

 待て、俺はなんて言った。()()()()()()? 

 

 …………。

 

 思考が追いついた途端、俺の中の何かが弾けた。

 

「なんで裸なんだぁぁああ!?!?」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 その日、少年は運命的な出会いを果たす。

 

 黄金ではなく、白銀の邂逅。

 

 しかしそれは、かつてのあの夜(stay night)とは似て非なるものだった。




エミヤ「アルトリアって10人いるんだ」
全裸「お前が私のマスターか」
大和「常識人がいねぇ!?」
ロマン「……僕は?」

大和
本作の主人公。なんやかんやで魔の巣窟に引っ越した哀れな大学生。苦手なものは漢字と英語と歴史と……。幸運値はきっとE。

エミヤ
いつものニヒルな正義の味方。(これでも)比較的常識人。今作ではアーチャーよりもシェフとして活躍する事が多い。かも。

ロマン
どこかの医療班じゃなくても隠れた苦労人。大和らマスター達の心の安寧。たまに男の美女(誤字にあらず)に襲われるとかなんとか。

ゼンラウーマン
なんとなくわかると思うが、大和のサーヴァント。「だーれだ?」と言いたいが、タグのせいでバレバレである。





両親
大和を魔の巣窟へ送り出した諸悪の根源。父は厳しく律し、母は優しく諭すタイプ。この二人の波状攻撃により、大和への仕送りをなくすという、愉悦麻婆神父と同じぐらいの悪行を純粋にやってくる。彼らは共に天然。

次回「変態vs痴女」お楽しみに!


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白銀とヘンタイの邂逅

 FGOはアガルタまで終わっていますが、ちょくちょくネタバレのところに行ってしまい、真名など知っているところはいくつかあります。
 ですが、しばらくは剣豪七番勝負とセイレムのサーヴァント達は参加しないと思います。
 おそらく、最低限ストーリーの中でのサーヴァント達の立ち回りを見てからじゃないと矛盾だらけになってしまうからです。
じゃないと、武蔵がスタンド出した挙句トランザムライザーしたり、宝蔵院胤舜が分身したりと訳がわからない展開になるので。
 え? どっちもやってる? えー。


 私は座にいた。

 

「座」とは英雄の記録である。と、聞いた。詳しいことは知らん。

 

 不意に、色んな英雄達が、一箇所に呼ばれて行っている事を感じた。どうでもいいと思っていた。事実、私の感情はそうだった。私の知ったことではない、と無関心を貫いていたと思う。

 しかし、私が恨みを持つアイツはまだ向こうに呼ばれていないという。何故かは分からないが、これはチャンスであるだろう。私が行けばアイツの顔を見なくてすむ。そもそも、私と同じような場所にいる事さえ腹に据えかねていたのだ。

 

 なら、呼ばれるのも悪くはない。そう思った。

 

 座から、引き抜かれている感覚が少し不快だ。荒波に溺れながら、何かに引っ張られていくような感覚が近いだろうか。だが不快ではあっても、不満を漏らすまでではない。女王は寛容である故に。

 

 しかし、英霊召喚とはこんなに不安定なものだろうか? 

 先程から引かれている感覚が時折歪み、さらには止まる事もある。ちょっとした疑問を持ちながらも召喚は進んでいく。

 

 徐々にマスターになるであろう者の声が聞こえてくる。……男か。なんとも言えない気持ちになる。まぁいい、気に入らなければそれ相応の対応をすればいいだけだ。

 

 召喚の詠唱も終盤になり、男の声もはっきり聞こえるようになる。

 いよいよ対面の時だ。僅かに気分を高揚させ、現世に向かう。

 そして詠唱の終わりまであと二節。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手––––!!」

 

 

 そして、止まった。目の前で。

 

 

 ……え? 

 

 どういう事だ? え? もう目の前だぞ? なぜ召喚されないのだ!? 

 

 訳がわからず混乱する。すると腑抜けた声で、

 

「……あ、言い忘れてた。『よ』」

 

 結果として、そのサーヴァントは散々に振り回された形で召喚された。

 

 

 

 

 思い出すのは嫌な思い出ばかり。特に女関係には碌な思い出がない。小五の時に露出狂(女)に「ショタ万歳!!」と裸を見せられてから、女性の神秘を見て気絶するほどのトラウマ物になった。親戚の思春期真っ只中の年上と着替え場で出会った途端のサーチアンドデストロイ。こちらも漏れなく気絶している。

 

 そしたら、俺の身体が何をトチ狂ったのか、「やられる前に気絶しよう」ということになり。女性を意識すればするほど意識が遠のくという、割と将来に響く呪いが出来上がった。

 そんな女難の相どころか、神々から女運がないように造られたような俺に、痴女召喚なんて有り得ない話なわけで。

 

 そんな思考のなか、俺は自宅の布団で目覚めた。

 

「見知らぬ天井だ」

 

 まぁ、当たり前だ。ここは寝た事もない俺の部屋。初めての就寝が気絶とは予想すら出来まい。あと、何故気絶したかは忘れたし思い出したくない。痴女なんて知らん! ……あの後、確か寝たんだった。そうだ、確かそうだ。変な冊子なんて見てないし、痴女もいない。いたら嬉しいかもしれないが、あれは夢だ。そうだ、夢なんだ。

 

「ようやく目覚めたか、マスター」

 

 いたら嬉しいと言ったな? あれは嘘だ。全っ然嬉しくない。痴女がいて嬉しい訳がないんだ

 

「おい不法侵入だ痴女。さっさと出て行け。貴様に話すことはない」

「微かな現代の知識で貴様を慣れぬ方法で運んでやったにもかかわらず、僅かな感謝もないか。貴様という器が知れるぞ」

「うっせぇ痴女。……ってかおめぇ、服あんじゃねぇか。しかもまるで俺がついさっきまで着てたやつみた……い……に」

 

 首から下を確認する。まさかッ……! 

 

 

「ん? いくら私でも裸は辛いのでな。服を借りている」

 

 

「俺から借りてんじゃねェ──!!」

 

 俺は速やかにタンスに走っていった。

 

「おい変態」

「なんだ痴女」

「何故私は正座とやらをさせられているんだ」

「見て分からんか? 裁判だ」

「変態が何を言っている」

「そっくりそのまま返してやる。変態行為(パンイチ)も貴様が原因で起こったことだ。よって、正当な判決を下す」

「貴様に裁判とやらの真似事が出来るとは思えんぞ」

 

「死刑」

「理不尽すぎるだろう!? どこが正当だ!?」

 

 理不尽? 何を言っているんだッ! 

 

「黙れ! どこの世界に全裸で現れて、颯爽と男をパンイチにするバカがいるんだ!」

「話を聞け! 私にだって言い分はある!」

「命乞いのつもりかぁ? 追い剥ぎ痴女の分際で!」

「お前の服を借りたのは他の服の場所が分からなかったからだ! 見つかり次第着せるつもりでいたぞ!」

「ならわざわざ剥ぎ取って着る必要ねぇじゃねぇか! 気絶してた俺の為に大好きな裸でも晒しとけやぁ!!」

「私の身体と貴様の粗末な肉体を一緒にするな馬鹿者! 下着一つ残しておいただけ慈悲だろう!!」

「貴様も男は股間さえ隠していれば大丈夫だと言うのか!? パンイチで外へ出てみろ! 一発でゴートゥープリズンなんだぞ!」

「ええい、うるさい!! そもそもの今回の召喚はイレギュラーが多すぎるんだ!!」

「ああッ!? 召喚!?」

「今回の召喚は異様に不安定だった! 何度も召喚が中止されたかのように止まった! こんなことは異例の筈だ!! そのせいで私も魔力が不十分な裸のままで召喚されたのだ!!」

「そんなもん知るか……」

 

 召喚してたときの自分を振り返る。

 そういえば、結構詠唱文間違えちゃってたな。冊子読むために何回も中断したっけ。追い剥ぎ痴女が裸なのもそのせい? つまり……。

 

「ウン、知ラナイナー」

「おい、何故顔を後ろに向ける」

 

 

 やばい、俺のせいじゃん。

 

 

「いや別になんでもねぇし。首の運動してるだけだし。限界越えようとしてるだけなんでお気になさらず」

「……む」

 

 ちぃぃ……! かなり苦し紛れだ……! 誤魔化せる気がしないが、このまま行くしかない……! 

 

「……急にトレーニングしたくなるとは珍しい奴だな」

 

 嘘だろォォォオオ!?!? まさか!? まさかのセーフ!? バカじゃないのかこいつ!? 

 

「そ、そうなんすよー、あ、アッハッハ」

「女王は寛容である」

 

 許してくれたようだ。多分。危ないところだった。……ん? 女王? 寛容? どゆこと? 

 

 おもむろに首を掴まれる。錆びれた機械のようにギギギと振り向く、いや、振り向かざるを得なかった。

 

「私の目の前で死ぬ事を赦す」

 

 目が笑ってない。殺意が滲み出てる。これアカン。アカンヤツや。

 

「判決を下す。死刑、だ」

 

 

「お前のせいかぁぁぁあ!!!!」

「ギャァァアアア!!!!!」

 

 

 

 

「貴様のせいで全裸になり、召喚のタイミングさえズラされて大変だったのだぞ!」

「ソッスネ」

 

「だが女王は寛容である。それだけで済んだだけ良かったと思え」

「ソッスネ。女王ノ寛容サニ、マジ涙ッスワー」

 

「……貴様話を聞いているのか」

「キイテマスヨ」

 ただ、感情が伴っていないだけで。身体全体が痛くてしょうがない。

 

「ともかく、改めて、だ。今は……そうだな。『エルドラドのバーサーカー』とでも呼んでもらおう」

「うん? 『エルドラドのバーサーカー』? ちょっと長くない? なんとかならん?」

「知るか」

「縮めて『エルちゃん』なんてどうだ? それなら言いやすい」

「エルっ……なんか呼ばれなれん! 別のにしろ」

「ワガママだな。まぁ女王だもんな。じゃあ、バーサーカーから縮めて」

 

「バーちゃんはどうだ?」

「殴るぞ貴様」

「もう殴ってるんですが?」

 

 脳筋じゃないか(驚愕)

 いやマジでこいつ手が出るの早くない? 

 

「もういい! 私のことは『バーサーカー』と呼べ!」

「あいよ、バーサーカー。俺は大和だ。よろしくな」

「むっ。私はマスターと呼ぶから名乗らなくても構わないが」

「いや何言ってんだ、覚えとけや。お互いに名前も知らない関係はごめんなんでな」

「……っ! ……分かった。覚えておこう」

 顔が引きつった? ああ、バーちゃ……バーサーカーは仮名だからかな。仕方ないだろ、人によって事情はあるし。俺にも事情あるし。

 

 案外こいつはそこら辺はしっかりしたい性分なのかもしれないな。あと、心の中でバーちゃんって言いかけた時の殺意がやばかった。なんでわかんの? 

 

「よし。その服脱げ」

「な……!? 貴様性懲りも無く……!」

「違うわ脳筋痴女! その服はさっきまで俺が着てた物だから、新しいのに替えろ! いつまでもそんなの着させてたまるか」

「ああ、そうか、わかった。……先程から、急に先程と態度が変わったな。頭でも打ったか?」

「あいにく様、召喚して吹っ飛んだ時に打ってね。お前が誰だろうが、俺が召喚して出てきたんだろ? なら、最低限の世話ぐらいしなきゃな」

 

『やるなら最後までやりきれ』というのが、ウチの爺さんからの教訓だ。そんな爺さんは、昔、バレないように浮気をしてバレない内に別れたという猛者だったりする。ちょっと前にばれて「時効だぁ」とか言いながら家族にフルボッコになってたけど。

 

「……」

「まったく、ロマンさんの言った通りだな。こんな個性的な奴がまさか魔法陣から来るなんて思わねぇよ。まぁ、それはそれで面白いからいっか。おい、飯食えるか? 買い出し行って来るから留守番頼む」

「……ふっ、ああ。だが私も行こう。外の世界には興味がある。エスコートとやら、頼むぞ?」

「はいはい、お嬢様っと」

 

 

 

 

「いや、ダメだよね。普通に」

「「え?」」

 

 管理人のロマンが何もかもをぶった斬る。

 

 何故、買い出しがいけないんだ!? 

 

「何も知らないのかい?」

「実はサーヴァントすらよくわかってないです」

「本当にマスターか貴様は」

「うるせぇ痴女」

「やるか変態」

 

 ロマンは、ははは、と乾いた笑いを見せた。

 

「サーヴァントというのは過去の英雄、偉人が使い魔になった存在だ。簡単だけど、今はこの認識でいい。大和くん、そんな昔の人たちが現代のルールを守れると思うかい?」

「お前英雄だったんか。でも、確かにそう言われると……」

「なんだと!? 私がこの程度の文明を理解出来ないとでもいうのか!?」

「まぁ例外はもちろんいるしね。とりあえず君には、簡単な現代の質問に答えてもらおう」

 

 そう言いながらロマンはパネルをいくつか持って来て、一つずつ見せてきた。

 

「ふん。どこからでも来るがいい!!」

「じゃあ、これは?」

「あ、信号だ」

「大和くん、君が答えたら意味がないよ。君までダメな訳じゃないよ?」

「えっ! あ、すいません。変な勘違いを……」

「じゃあ……えっと、なんて呼べばいいかな」

「バーサーカーと呼べばいいそうですよ」

「バーサーカー。うーんそうだな……。この信号が赤になったとき、どうすればいいかな?」

 

「……ムムム」

 

「「……」」

 

「……?」

「じゃあなバーサーカー。留守番頼むわ」

「ま、待ってくれ!? 私も行きたいんだ!! チャンスを! 頼む!!」

「とりあえず当てずっぽうでもいいから、頑張ってみて」

 

 ニッコリと笑うロマン。優しさが滲み出てるようだ。

 

「歩行者用の信号だから、中に人がいるだろ? 下の緑と比べてちゃんと考えろ」

 

 ロマンがこっちをみてくる。

 君も甘いね、と言われた気がした。

 ロマン程じゃないです、と目で見て返しといた。

 

「下は……緑で……動いて……上は……赤で……止まってて……」

「……っ! こ……」

「「こ?」」

「コロして!! いいよー……みたいなー……」

 

 どんどん声が小さくなるバーサーカー。さっきまでの威勢はどこへ。そんな彼女に手を置き、微笑む。すると彼女もホッとしたように笑った。その顔はまるで、昔読んだ蜘蛛の糸を掴んで九死に一生を得た悪人のような顔だった。

 

「それじゃあロマン。そいつは俺の部屋に投げ入れといてくれ」

 

 まぁ物語的に、そのあと糸は千切れるのだが。

 

「ああああすまない!? 次は当てる!! 当てるから! お願い、待って!」

「えぇー」

「まぁまぁ、それぐらいサーヴァント達にとって、外は新鮮でみて回りたいと思える場所なのさ」

「……そんなもんなんですかね」

「そうさ。あの英雄王にして『飽きさせることはない』と言わしめたぐらいだしねぇ」

「……AUOの人物像がなんか凄い人という認識しかないんですが」

「ある意味合ってるよ。ある意味」

「マスター、いいか?」

 かなり真剣な目つきで睨まれる。嫌な予感しかしないが、一応振り向く。

「……どうした?」

「単刀直入に言おう。マスター達もこんな問題出来ないのではないか? 私を貶めるためのものではないのか!?」

「……いじめてるわけじゃないぞ。あれぐらい簡単に……」

「どう考えても分かるわけがないだろう!? さっぱり見当がつかんのだ!! 答えてみろ!!」

「なんでだ」

「答えられるわけがない! 分かったら……」

「停止」

「は?」

「停止。あの人のマークは立って待て、という意味だ。乗り物が多い時代には順番待ちの合図が必要なんだよ。緑の方は動いている人がいるから、進めという意味合いの合図だ」

 

「……うぅぅ……ッ!」

「分かった。分かったから。悔しそうに唇を噛んで泣くな、な? ロマン、もう一問ないか?」

「……!? いいのか!?」

「そんぐらいならいいだろ。その代わり、ダメだったら今日は諦めろ。ロマンさん、どうっすか」

「いいよ。特別に次の問題だ」

「今度こそ……!」

(不安だなぁ……)

 

「お会計で635円払わないといけません。この硬貨、紙幣からどれか一つだけ選び、ぴったりになるように店員さんに渡してください」

「あー」

「あぇ?」

「どうかな? 大和くんはどうだい?」

「流石に分かりますけど……成る程、分からない時には全然分からなくなる問題の出し方ですね」

「もう分かったのか!? ぬぬぬ……!!」

 

「ロマン。さっきまで喧嘩してたはずの奴が凄い微笑ましく思えるのだが」

「ギャップってやつだね! 分かるよ」

「同士だ」

「同士だね」

 

「分かった!」

「お、やっとか」

「では答えをどうぞ」

「使うのはこれだ!」

「おっ、千円」

「いいね。それで、ぴったり払うためにどうする?」

 

「635円分の大きさに破る!! (キリッ」

 

「わーただの紙くずだー」

「約束だ。帰ってろ」

「何故だ!?」

「『何故だ!?』じゃねーよ!? この金作るのに多少なりとも時間と労力がかかってんの! それを破るバカがいるかって話だ」

「わざわざ紙にしてあるなんて、このぐらいの用途しか見当たらないだろう!! どうすればよかったんだ!?」

「向こうの人、つまり店側にぴったりにして貰えばいい。お釣りって分かるか? 千円払って、残りの365円返してもらうんだよ」

「くっ、ううっ……もう帰る!」

「何食べたい?」

「肉!」

「りょーかい。……すいませんロマンさん」

「このぐらい大丈夫だよ。また話そう。あと、敬語もなくていいからね」

 

 ロマンに見送られながら外に出る。もう辺りは暗くなってきたので早足で近くの店に向かう。

 バーサーカー、あんなに必死になってな。外にそんな魅力なんざ無いと思うが……。

 ふと、足を止めて空を見る。小さい光がチラチラと見えた。

 

 昔の星は、確かはっきり見えたんだよな。ふと、どこかの知識を思い出す。確か、空気が悪くなって見えづらくなったとか。

 

『それぐらいサーヴァント達にとって、外は新鮮でみて回りたいと思える場所なのさ』

 

「俺も異世界とか行ったら、満天の星空とか街並みを見て回りたいと思うわな」

 確か……バーサーカーとかエミヤさんって、偉人や英雄なんだっけ。それでもバーサーカーみたいにはしゃぎたいと思えるところ、なのか。

 

「案外、英雄も人間と変わらないな」

 

 さっさと買い物を終わらせて、この世界のことの話でもしよう。きっと目を輝かせてくれるだろうな。

 

 

「おい変態(笑)」

「なんだ脳筋追い剥ぎ痴女」

「これがデジャヴとかいうやつか?」

「そうだ。既視感とも呼ばれ、正座しているお前とその前に立っている俺を、まるで見たことがあるように感じる事をいう」

「だがこれは貴様が出かける前にやった事だろう! 今度はなんだ!?」

「こんなに部屋の中が散らばってたら嫌でも怒鳴りたくなるわ!! 自由か!! ある意味劇的ビフォーアフターだわ!! 何をどうしたら一時間弱でこんなに散らかすことが出来んだよ!?」

 

「猿が窓から入ってきた」

「通るかそんな嘘!! おいこっちみろやてめぇ」

「こっちを見るな変態。だが、出した物が同じところに全然入らないのだ!? 貴様、どんな魔術を使ってしまっていたんだ!?」

「魔術じゃねぇ、技術だ。収納術っつー整理整頓の為の知識の基礎だこんなもん」

「シューノージツ!? そんな恐ろしいモノがこの世に存在するなど!?」

「話聞いてるかおまえ?」

 

 こんなもん、最近の男子には必須科目ですよ? たぶん。

 

「まぁいい、時間ねぇから片付けながら言わせて貰うけど、散らかすのは構わん。百歩譲ってだ。だが、必ず片付けろ。こんなもんそこら辺の子供でもやることだからな。まず、恥ずかしくないぐらいの常識をだな……」

「……! ……!? ……っ!?!?」

「なぁ話聞いてるか?」

「頭を掴むな! というか、それどころではないだろう!? なんだそのスピードは!? 今の間にかもうほとんど終わってるではないか!」

「長い間やってれば簡単に出来るぞこんなの。見たところリビングとキッチンぐらいしか散らかってなかったな。キッチンは料理と同時進行でやればいいか」

「すごいな……」

「おい、とりあえず初日だし、今日は簡単なものを作るからな」

「ああ、分かった。お前に任せよう」

「出来たぞ」

「早 す ぎ だ ろ う !?」

「そんなことねぇよ。全ての行程を同時進行したらこんなもんだ。よし、食うぞ」

「何者なんだこいつは……」

 

 何者? ただの人間ですよ。英雄様にここまで言われるとは思わなかったけど。

 

「白米と味噌汁、そんで豚キムチ! かなり即席食品に頼ったが、味はなかなかイケるぞ。無論、自分で作った方が美味いけどな。どうだ?」

「……! ……ッ!!! (ガツガツ)」

「言葉に出ないくらい美味いか。てか、お前箸使えるのな」

「……ゴクン! ふぅ、箸は練習済みだ! (ドヤァ!」

 

(日本で騒ぐ外国人とかと同じテンションなんだよなぁ)

 

「って、豚キムチなくなってる!? おい……」

「……(もぐもぐ)」

「……」

「……(もきゅもきゅ)」

「……」

「……〜♪」

「……怒る気も失せた、さっさと食うか」

「?」

 

 

「そういえば、マスターのブタキムチはどこにあるんだ?」

 

「てめぇのハラの中じゃぁぁぁああ!!!」

「蹴るな馬鹿者!」

 

 空気読めやこのバカ!! 

 

 

「ごちそうさまでした」

「ごっそさん」

「む、ちゃんとしろ。ジャポン人は礼に厳しいと聞く。貴様はその程度も出来んのか?」

「感謝さえ伝わってりゃいいんだよ。ジャポンってなんだ。……ところでさ、バーサーカー」

「……なんだ?」

「今、この世界について知りたい事はないか?」

「どういう事だ?」

「なんというか、そのままっつーか……興味あるんだろ? この世界に。俺でよければある程度の事は教えてやるよ」

「ふむ、……今はこれといって聞きたい事はないな」

 

 バーサーカーはそう言い切った。

 

「そうなのか?」

「ああ、自分の知りたい事は自分の目で見た方がいいだろう? そのような自己満足に過ぎんがな。ただ、些細なことでいいのならば、今朝見つけたものでな……」

「なんだ?」

 

 

DVD(コレ)の使い方を教えて欲しい」

 

 

「……なにぃ!?」

 何故ヤツがアレを持っている!? しかも俺の秘蔵コレクションの中の最上級だと!? バカな!? あれだけはバレないように、布団といっしょに寝室の物置に……布団と……!? 

 

(ま、まさかこいつ……!? 回収していやがったのか!? 召喚で気絶している時に! 布団を出すと同時に!?)

 

 まずい、ヤツを刺激しないように回収しなくては……! 幸い、ヤツはどんなものかまともに分かってはいない。

 ならば! 

 

「そ、そのAVどこにあったんだー? 探してたんだよそれー。どこにあったんだい?」

 

 見つけた場所の話で逸らして、隙を見て回収するッ! あとはうやむやにすれば……!? 

 

「これはエーブイというのか? ますます興味が出てきたな。あとでどう使うのかちゃんと教えてくれ」

 

 しまったぁ!? 知らない単語に興味を持つのは自明の理だったはずなのに! くそっ、ミスった! どうする!? 俺!? 

 

「と、とにかく、どこにあったか教えてくれよ。どこに紛れ込んでいたか知りたいんだ」

 

 時間稼ぎをしなければ。一緒に視聴、なんて事態になったら目も当てられん……!? 

 

「そうか。こっちだ。寝室の物置の隅にあったぞ」

 

 ん? ……!? 背中が隙だらけだ! そうか、後ろから奪えば……! イケるッ! だが、一番の懸念事項はヤツが右手で持っていること。俺はバーサーカーの左側に位置していて遠いし、何より手で持っている場合、ガッチリ持ってて奪えない可能性もある……! チャンスを待つんだ! 虎視眈々と狙っていけッ! 

 

「ここだ。ここに隠されているかのようにあった……」

 

 今だぁ!!! 状況の説明にうつつを抜かす貴様の命取りよ……! 今、AVに注意を向けてはおるまい!! 終わりだ、バーサーカー!! 

 

 

「……!? フン!!」

「くぺっ」

 

 首の骨が折れた。気がした。

 

「……? ま、マスター!? 一体何が起きたのだ!?」

 

 何だ……!? 何が起きた!? バーサーカーが振り向いたと思った途端、顎に強い衝撃が……!? 首がめっちゃ痛いし、意識が飛びかけたぞ!? まさか、俺の狙いが分かった上で、的確に処理しにきたのか!? 

 

「……言わない私が悪かったが、背後に気配を感じると条件反射で攻撃してしまうんだ。すまない、マスター」

 

 どこの戦士だお前は。女王じゃなかったのか!? 

 

「しかし、何故私の背後にいたのだ。まるで私に襲いかかろうとでも……」

「違うんだバーサーカー。近くにいたハエが気になってな。捕まえようとしたんだ。まさか攻撃を食らうとは思わなかったが」

「うっ、それはすまないことをしたか」

 

 チョロイ。怪しまれこそしたが、何とかなった。しかし、ヤツが戦闘民族の中の女王だったのは誤算だ。蝶よ花よと愛でられた上での女王じゃなかった……! そうなると、難易度は格段に跳ね上がる。くっ、どうすればいい!? 

 

「そうだ!! 風呂入らないか!? 既に風呂場は洗ってあるし、そういった諸々を済ませてからにしようじゃないか!!」

「マスター、何か隠してないか?」

「全然?」

「そのトボけた顔をやめろ。風呂……沐浴か。確かに入って見たくもある」

 

 思ったより好感触! やはり女性はキレイ好きな人が多い。入っているスキにAVを回収すればイケる! 

 

「……よし、お前も一緒に入れ」

「おう! ……ん?」

「よし、行くぞ」

「待て待て待てぇーい! 何トチ狂ってんだ痴女!? ダメに決まっているだろう!」

「分かっている! だが、業腹だが現代式の沐浴は分からん! だから貴様に恥を忍んで頼んでいる!」

「恥を忍ぶどころか、吹き飛ばしてるヤツが何も言う! 今の会話に恥じらいなんぞ少しもなかったぞ!?」

「うるさい! さっさと行くぞ!」

「まてぇ! ぐおぇっ」

 

 首! 首が絞まってるからやめろぉ……。

 

「恥ずかしいのはわかるが、何故目隠しをしているんだ?」

「体質の問題だ。気にしないでくれ」

 

 まずい。非常にまずい。本来はバーサーカーが風呂に入ってる間に盗むつもりだったのに!? くそ、落ち着け!! 俺の女を意識しただけで気絶するこの体質は今回においてかなり不利に働く。しかも視認だけでなく、接触さえも過剰ならば失神する……! 未だセーフなのは母親のみのこの体質はバーサーカーだろうと例外はないだろう。

 即ち、この作戦は、気絶せずに風呂の入り方をレクチャーし、先に上がることでやっとたどり着く鬼門……! 

 そして、タオル二つを目隠しと腰に巻くことで万端な準備をしているにも関わらず、ヤツはちゃんと全裸。……まぁ普段は全裸だもんな。今回の俺のタオルが特別なんだ。そうなんだ。どうしてこうなったぁあ!!! 

 

「は、入るぞ」

「あ、ああ」

 

 お互いにギクシャクしながら入るが、意味合いが異なる。かたや無知による困惑と期待、かたやトラウマによる煩悩との勝負。その火蓋が切って落とされたのだ……! 

「まず、湯船に入る前に身体を洗う。基本は頭にシャンプー、首から下全体にボディソープだ。他にも色々あるがまた今度にして、やっていこうか」

「あ、ああ……」

「どうした? 言いたいことあるなら言えよ。こっちは見れないんだから」

「む……ならいうが、マスターは思いのほかがっしりしているな。鍛えているのか身体が引き締まっているぞ」

「なぁ!? そう言う事じゃねぇ!! 風呂の事で気になることを言え!!」

「す、すまん!」

「……ったく、シャワー分かるか?」

「分からん」

 

「そうか。確かここに……ん。これがシャワーで、身体を濡らしたり、シャンプーやボディソープを流すために使う。ここに確か捻るとこが……あった。あるから、捻って出す」

「おお……」

「最初は冷たいから気をつけろ。日本の風呂はシャワーも湯船も熱いと思うぐらいの温度が普通だ。よし、いい感じの温度になった。頭からやるが、目をつぶっとけ。髪留めとかは取っているか?」

「ああ、取っているぞ」

「簡単な洗い方をコツと共に教えてやる。軽く手で混ぜて泡だて、ゴシゴシと洗う。コツは爪を立てずに指の腹で洗うのと、地肌を洗うイメージを持つことだ。髪も当然洗うがな」

 

「あー。気持ちいいな。いいものだ」

「よし、後は自分でやってみろ。がんばれ」

「ああ、待っててくれ。すぐマスターして見せよう!」

「マスターだけに?」

「死ね」

 

 軽い冗談なのに俺のバーサーカーが辛辣過ぎて泣ける。しかし、案外髪の毛を洗う事で意識することはなかったな。あれか? 子供にやってる感覚か。バーサーカーはちっさいからなぁ……。ギリギリ子供って意識があるんだろうなぁ。

 風呂桶を借りて、身体を洗い流してから湯船に入る。はふぅ、と息が抜けたような声を出してくつろぐ。風呂とは良いものだ。

 

 ちょっとして、シャワーの音がし始めた。

 

 ……。

 

 いや!? 何考えてんだおれ!? 確かに美人ではあるけど! 変な妄想するのはダメだろ! 犯罪案件だぞ!? 思わず悶え、顔が赤くなる。あ、今ちょっとクラッ、とした。やばい。目を隠してるのもあって、慎重に動かないと。

 

「?」

 

 いや、顔が赤いのは風呂があったかいからだ。そうに決まってる。決して変な事を考えてる訳では……

 

「マスター?」

「ホワイッ!?」

「さっきからどうした? なんかこう……気持ち悪いが」

「い、いやァ、何でもない。振りほどきたい煩悩がこびりついて離れなかっただけだ」

「……?? まぁいい、頭が終わったぞ」

「そうか。じゃあ後ろに身体を洗う為のタオルがある。それにボディソープをつけて擦れ。以上だ」

「……」

「ふぅ……」

 

「……」

「……」

「……」

「……なんだよ!? 視線感じるなぁ!!」

「いや、やってくれないのか?」

「はぁ!?」

「お手本だ。さっきやってくれたろう」

「頭はな!? 身体は出来るわけないだろうが!」

「安心しろ。私の身体に恥じらうところなどない!!」

「テメェの問題じゃねぇんだっての!! おれの問題なの!!」

「ふむ……、さては貴様童て……」

「いい加減にしろよ!? ちくしょう!! やりゃいいんだろやりゃ!!」

「ヤケクソ気味じゃないか……」

 

「いいか、前は自分でやれ。下半身もだ。おれは背中だけやる。いいな?」

「……それは別に確認しなくても」

「イイナ」

「……はい」

 

 珍しく言うことを聞いてくれるバーサーカー。いくら声が笑ってないからって、そこまで怯えることあるか? ……え? 表情もない? うそー。……マジで女の子はニガテなんです。特に触るのと裸を見るのは。だから無心になるしかないのです。それしか方法がナイノデス。コミュニケーションだけなら問題ないんだけどなぁ……。

 泡立てたタオルをバーサーカーの背中に当てる。背中がビクン、となった。かわいい。

 

「当たってる!? (何これ!? 的な意味で)」

「当ててんだよ(タオルを)。いいから動くな、俺に任せとけ」

「いや、やめ、なにを……!? (タオルがザラザラしてる!? の意)」

「動かすぞ(タオルを)」

「あ、い、……はぁ! いい、気持ち、いいな、これは……!」

「出来るだけ優しくするな?」

「頼む……! はぁんっ! ああ、あ! くっ、うう……!」

「……」

「んっ……! くぅっ、あ、ふぅん……! あ、ああ!」

「終わったぞ」

「ふぅ……、はぁ……」

 

 

「……いや、うるさいんだが」

「んなぁ!?」

 

 すっごいポカポカされる俺。いやさ、そんなに喘ぐような人だと思いませんやん。敏感だと思わないじゃん! 目隠ししてるから視界がない分余計につらいんですよ。さっきから精神的ダメージがきつくて意識が朦朧としてるんですよ。ホント、やめてもらえませんかねぇ……。

 

「頼むからエロい事言うのダメ。喘ぐのもダメ。オーケー?」

「それはマスターが上手いから……」

「貴様ぁ!! ワザとか!? 舌の根も乾かぬうちにぃ!!」

「普通に褒めただけだが!?」

 

 いいからもうヤメロォ!! こいつ天然か! 天然で殺しにきてるんじゃないか!? 

 

「ああもう、あとはやれ! なっ! 自分でやれば変な声も出さねぇだろ!!」

 

 あー、顔が熱い。なんでこうなったんだチクショウ!! 俺のせいだったなコンニャロメ!! 

 

「よし、終わったな。代われ、早急に。肩まで浸かれ、目隠し外すからな」

「わかった。わかったから急かすな」

 湯船から出て、代わる。目隠しをようやく外してバーサーカーの方を見る。うん、横からなら顔しか見えない。やっと落ち着いた。でももう一度隠すけどね! 

 

 色々手早く終わらせて、目的のブツ(AV)を回収しなければ。

 

 髪を洗う。ふと、視線を感じる。至近距離から。洗うのをやめてバーサーカーの方向を見る。すっごいジロジロ俺を見てる気がする。

 

「なんだ? 言いたいことでも?」

「い、いや!! なんでもない、気にしないでくれ」

「お、おう」

 

 髪を洗う。視線を感じる。

 

「なぁ」

「気にしないでくれ」

「……」

 

 髪を水で流す。視線を……

 

「だぁぁ!! なんだよさっきから!! 逆に気にするわ!! やめろ!!」

「気にしないで……」

「出来たらとっくにやってるわ! なに見てんだ!?」

「あまり、男というものを見たことがなくてな」

「変態発言だな」

「違う! 身体の仕組みを見ている。マスターみたいな体型の人間は多いのか?」

「あー、良くも悪くも十人十色、俺みたいに多少は筋肉あるヤツもいれば、太ったヤツや細いヤツ、男なのに女みたいなヤツもいる」

「そうか。マスターは鍛えていたのか」

 

 身体を洗い始める。

 

「そう面白い話でもないがな。剣道部だったんだが、イマイチ合わなくてな。試合には勝ってたんだが、ほとんどのヤツに怪我させちまってたんだ。そのうち、罪悪感で振れなくなって、やめちまった」

「ケンドー?」

「剣での殺し合いを非殺傷のスポーツにしたものだ。ルールもちゃんとあってな。活人剣っつったっけ? そんな感じのスポーツさ」

「剣が上手いのか」

「勢い余るぐらいにはな」

「今度、戦ってみるか?」

「いや、いいよ。お前は女王なんだろ?」

「女王以前に、戦士だ。それとも、私に傷を付けられるというのなら見くびられたものだな」

「……」

「非殺傷の剣と言っていたが、お前には剣で競うよりも剣で闘うのが優れていただけだろう。それになんの問題がある。女王は寛大である。お前が望むなら、応え、成長の機会を与えよう。生憎、今はそれしか取り柄もない」

 

 気づいたら、身体を洗う手は止まっていた。シャワーで流し、目隠し用のタオルを取ろうとして、取れなかった。

 

 バーサーカーの手の温もりが、手首に感じられた。

 

「もういいだろう」

「いやよくねぇよ。取らせろ」

「分かっている。身体を洗うためならともかく、風呂に入るにはタオルは不粋なのだろう? 無理を言っているのは分かる。背中合わせでなんとかしろ」

「……まったく」

 

 仕方なく折れた。タオルを二枚とも風呂桶に置いておき、背中が触れ合い、水かさが増した。バーサーカーの背中は小さいはずなのに、不思議な安心感があった。

 

「ブクブクガボボボ……」

「体勢変えろよ」

 

 肩まで浸かってたバーサーカーの顔が半分沈んだ。

 

 

 

「「……はふぅ……」」

 

 

 

「なぁ、バーサーカー……」

 

 何の気なしに声をかける。

 

「……バーサーカー?」

 

 だが、返事がない。思わず振り返った。

 

「バーサーカー!?」

 

 バーサーカーから返事がない! それどころかなんかぐったりしてる……!? のぼせたのか!? 

 即座に抱え上げ浴室からでる。タオルを適当に掴み、バーサーカーを拭いながらキッチンに向かう。

 

「すまん、急に頭が回らなく……」

「ただの脱水症状だ! 水飲みゃ戻る! ここらへんでもたれてろ!」

「くっ、今更だが、私は受肉していたのか……」

 

 よくわからない単語が出てきたので、とりあえずは聞き流し、コップに水道水を注ぐ。

 

「飲めるか? ほら」

「……んくっ、んくっ…………はぁ、はぁ」

「まったく、焦らさんなよ……よかった」

「助かった。こんな醜態を見せてなんと言えばいいか……」

「困った時はお互い様、昔からあるこの国のことわざだ。気にすんなよ。ありがとう、とでも言っとけ」

「ああ、ありがとうマスター」

 

「ところで、いいかマスター」

 

 

 

「……なんだ?」

 

「もしかして……」

 

 正直……咄嗟に動けたけど……

 

「私もお前も」

 

 そろそろ限界なんだよね……

 

「裸じゃあ……」

 

 バッチリ見ましたし、背中に触れた手の感触も残ってますとも。

 

「あとは、任せたぞ。バーサーカー」

「マスタァァア!? マスターが白目向いて、泡吹いて倒れた!?」

 

 そんな気はしてたんだ。結局、裸拝んでバタンキューエンド。俺に幸運値なんてないに等しいのだから。

 女に物理的に弱い体質。それによる黒歴史がまた増えた。

 

 

「大丈夫かマスター!? マスター!!」

 

 

 

 

 

「……あっ」

 

 

 

 

 

「これが人類の神秘……!?」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「……すまないマスター」

 訂正、二つ黒歴史が増えたっぽい

 

 

 

 

「長い……長い夢を見ていたようだ。実はバーサーカーなんて……」

「起きたかマスター」

「……現実逃避を邪魔しないでくれませんか?」

「?」

 

 二度目の(自分の家で)知らない天井。もはや布団が、リスタート地点である。

 

「服持って来てくれ。そんで着替えるから開けるなよ」

 

 裸も同様。うなだれるのもひどく疲れそうだ。なら、前へ進もう。ダサくてもいいじゃないか。ゆっくり進みましょうや。俺も、バーサーカーも。

 

「服はどこだ? どこにある?」

「俺が行くから絶対こっち見んなよ!? 絶対な!?」

「あ、ああ。……もう見てしまったのだが」

「なんか言ったか!?」

「なにも言っていない!!」

 

 

「あ〜、疲れた!! もう動きたくない!!」

「同感だ」

 

 1日で色んな事が起こりすぎだ。

 テーブルをずらし、カーペットの上で寝転がる俺とバーサーカー。バーサーカーは俺の看病と同時に濡れたところを拭いてくれていた。あと、俺の体質を知った。「だから召喚の時に気絶したのか。てっきり魔力がないからだと……」と言っていたが、魔力については俺はよく分かっていない。だから、今度教えてくれそうな人を……ロマン辺り? エミヤさんでもいいかな、時間があったら聞いてみよう。

 

「じゃあ寝るか」

「待て」

「……なんだ脳筋追い剥ぎ全裸痴女。まだアダ名を追加されたいか」

「潰すぞ貴様。もう寝るのか?」

「ああ」

「ふーん、そうか……」

「……なんだよ」

「いや、AV(コレ)の使い方を教えてもらってないと思ってな」

 

 ……あっ。

 

「おやすみ」

「おい待て貴様」

「断る! 今まで忘れちゃってたが、ここまで来たなら奪うことは無理でも視聴させることまではさせるたまるものかぁ!!」

「くっ、貴様ぁ!! 怪しいとは思っていたがそういう魂胆だったか!? 卑怯だぞッ!?」

「はっ、卑怯もラッキョウも大好物だぜぇ!! 隠していたものを見つけたお前が悪い! 中身を見れずに悶々とした日々を送れぇ!!」

「許さんぞマスターッ!! 潰れて死ねぇぇぇえええ!!」

「かかって来いやぁぁぁあ!!! 死んでも死守してやらぁぁぁあ!!!」

 

 

「……」

「……」

「……かわいいな」

「ソッスネ」

「なんで隠してた?」

アニマルビデオ(AV)を持ってるっていうことが恥ずかしくて、つい」

「まぁいい。答えは得た。罰はなしにしておこう」

「これ以上ボコボコにするならテメェは悪魔だ」

「あ?」

「全てにおいて素晴らしいのは貴女です。貴女ほど美しい聖人を見た事がありません」

 

 

「よし、殺す」

「なんでだぁぁぁああ!!!」

 

 

 断末魔は廊下まで響いたと言う。しかし、幸いにも周りに聞くものはいなかった。

 

 夜は更ける。

 今確かに、この状況を楽しんでる俺がいた。




ヤマト
対女性最弱マスター。エルドラドのバーサーカーのマスター。気絶の下りは、「女の子と一つ屋根の下だと絶対数話で間違いが起こる」というR-18への恐怖から泣く泣く設定をつけた。そういうのまだ書けないんです。ごめんね。……だけどこの主人公はトラウマなんかすぐに乗り越えて間違いを起こしそうだよなぁ……。多分大丈夫!(フラグ)

エルドラドのバーサーカー
美しき脳筋追い剥ぎ全裸痴女。美しいと言われると殺意を抱く。

ロマン
心優しきオトン。仕事の疲れは他人には絶対に見せない強靭なひと。
オカンとのBL展開はない(断定)。


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2日目、白銀の同居人

正月小話(遅かった分のちょっとした埋め合わせ)

ヤマト
「あけおめ! ことよろ! 初詣行こうぜ!」
バーサーカー
「ハツモウデ……! 早速行くぞ!」
ロマン
「だから、まだ外出はダメだって」
バーサーカー
「……っ!! おみくじ……っ! 屋台……っ!!」
ヤマト
「泣くほどかよ」



エミヤ
「雑煮だ。バーサーカー、食べるか?」
バーサーカー
「……!」コクッ
エミヤ
「しかし気をつけろ。餅はよく噛んで食べ……」
バーサーカー
「かっ、くかっ、がっ……」
エミヤ
「早速か!?待っていろ!ヤマトもこっちに来てくれ!」
ヤマト
「かっ、くかっ、がっ……」
エミヤ
「貴様もか!?」


 俺は白い世界の真ん中にいた。空も、床も、横も、真っ白な世界。

 ただ俺はおぼろげながらも歩き続けた。

 誰かが倒れている。無視して歩き続ける。今の俺にはあまり関係のない些事らしい。見向きもせずに、浮かされたかのような心持ちの俺は歩き続けた。

 

 幾人の死体があり、その悉くを無視し続け、歩き続ける。

 

 しばらくして、俺の足は止まる。気になるものを見つけた。目の前には、木に寄りかかるひとりの男がいた。男が呟く。

 

「––––––––––––––」

 

 俺にはなんと言っているかわからない。いや、聞き取れなかった。それはまるで、俺には言っていないようで。

 

「おい、どこを見ている」

 

 振り返ると同時に、誰かに顔を殴られた。銀色の髪をした美しい女性だった。と、思う。

 

 その時、やっとここが夢だと悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここには、まだ来るな」

 

 

 

 銀髪の女性が泣きそうになりながらそう口を開いたのが、酷く印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっつぅ……」

 

 痛い。鼻が猛烈に痛い。顔の上にはバーサーカーの腕があった。バーサーカー本人はスヤスヤと寝ている。

 

 こいつ。寝相で攻撃してきやがった。しかも多分、肘が顔に当たった。大分痛い。

 

 近くの時計に目をやる。まだ五時を回り始めたところらしい。寝るとまた攻撃を食らいそうだから、体を起こす。

 

 昨日の夜に、バーサーカーは「美しい」と言われるのが嫌いということが分かった。冗談で言ったのにボコボコにされた俺が言うんだ、間違いない。横腹とかはまだ痛い。こいつ……。

 

 その後、布団が一つしかないと気付いて、俺が気を使う前に俺を布団に引きずり込んだ。……「寝る場所でちゃんと寝るべき」だったっけか? 妙なところで律儀な奴だ。

 

 バーサーカーの寝顔に目をやる。安らかな寝顔はまだ子供のようだった。なんだか悔しくてほっぺたをつっつく。

 

「んにゅ」

「……おまえは美しいってよりは、かわいい、だろ……」

 

 夢で見た女性。美しいというのはまさしくあんな人の事だろう、と。どんな顔だったかはもう覚えてないが、そんな気がした。

 

 

 ……。

 …………。

 ………………ん? 

 ……なに口走ってんだ俺は!? 

 

「は!? き、聞いてなかったろうな? 目は瞑ってる、寝息は平常……大丈夫か? ……はぁ、朝飯……はなかったな、買ってくるか。あー何言ってんだ俺は」

 

 布団から出て、リビングに向かう。窓のカーテンを開くと、日が昇り始めていたばかりだった。早朝からフルボッコはごめんだ。

 

 バーサーカーがこちらに振り向いていた事に気付くことはなかった。

 

「おはよう」

「おはよーさん、いい天気だな」

 

 あいさつこそしっかりしているが、目をこすりながら言っているので大分寝惚けているように見える。多分、寝起きはいい方なのだろう。目覚ましもないのによく起きられるものだ。俺は普段は目覚まし時計がないと起きられない。今回が特別だろう。

 

「単純なものだが許せよ。今日は食パンだ」

 

 マーガリンを塗ってテーブルに出す。事前にジャムとか蜂蜜を適当に置いておいたが、まさかそのままかぶりつくとは思わなかった。

 

「美味しい–––––!」

 

 目をキラキラと輝かせながら言うんですもん。何というか、ね。やっぱりかわいいんだよね。バーサーカーは嬉しさを言葉にすることはほとんどない分、顔とかに分かりやすく出るんだよね。

 

「これとか付けて食え。美味いぞ」

 

 ジャムとかつけてあげて、反応とか見たくなるよね。

 

「〜♪ 。……ご馳走さま!!」

 

「はいよ。あと、これ。忘れてたけど、これで歯を磨いてこい。洗面所にある歯磨き粉つけてパパッとやっちまえ」

「分かった、ありがとう」

 

 バーサーカーがテテテ、と洗面所に行った後しばらくして、「わ、私は朝からなんて醜態を……」なんて言葉がブツブツ聞こえてきた。完全に目が覚めたのだろう。とりあえず聞かなかったことにしておいた。

 

「今日は何をするんだ」

「お隣さん……はまだいねぇし、下の階に行ってあいさつ回りに行こう。周りの人と繋がりを持たないとな。でも今はまだ朝だし、贈り物も作りたいからしばらくは出かけないかな。あと、夜に俺らの歓迎会があるんだと。お前もちゃんと来いよ」

「分かった。ところでその大きな器はなんだ?」

 

 横からバーサーカーが見てくる。ふと下を見ると、小さなイスを台の代わりにしてた。完全に子供のそれじゃないか……。

 

「贈り物作りだよ。どうせなら手作りをと思ってな」

 

 やっぱり引越しの挨拶だし、贈り物は蕎麦だろう。そう独り言で呟き、木鉢にそば粉と小麦粉を入れて混ぜていく。

 

「こな遊びは楽しいのか?」

「うっせぇぞ。……バーサーカー、そこに水あるだろ。それを半分入れてくれ」

「入れていいのか?」

「ああ」

「分かった」

 

 バーサーカーが入れようとした瞬間にバーサーカーが、ぐらっ、とした。バランスを崩したようで、イスが傾き落ちていくバーサーカー。手に持っていた水はそれぞれの放物線を美しく描き、溢れていく。そばを作っている木鉢へ向けて。

 

「あっ」

 

「えっ」

 

 俺は一拍遅れて状況を認識する。脳細胞がトップギアだぜ。

 

 うん、水が半分以上木鉢に入っていく勢いだ。「半分入れろ」と言ったにも関わらず。このままだと粉がびちゃびちゃのダマだらけになってしまう。嘘だと言ってよ。割とマジで。

 このそば粉は自分の中では結構貴重なので失敗して無駄にはしたくない。木鉢自体も重いので動かして避ける事も不可能だろう。

 

 ならば、どうやって切り抜けるか。

 

 俺の答えは、半分以上の水が入っても問題ない状況を即座に作る。それが最適な対処法と考える。

 

 つまり、水が全て落ちる前に混ぜきる––––! 

 

「うおおおおああああああ!!!」

「がぁぁぁあああ!?!?」

 

 結局、俺は訳のわからないハッスルをする羽目になり、バーサーカーは額をシンクにぶつけて悶絶してた。

 

「おい、ポンコツ」

「……なんだ」

「『なんだ』じゃねぇ。今日の昼飯が大量の蕎麦がきになるとこだったんだが?」

「なんだそれは」

「蕎麦がきに食いつくな。まず言うことがあるだろう」

「……すまなかった」

「よし。そこらへんで暇を潰してろ。料理はあとで教えてやるから」

「分かった……」

 

 なんとか丸まった生地を休ませる。

 本当に危なかった。蕎麦は結構繊細な料理のため、あの一瞬でダメになる事は容易に想像出来る。自分で言うのもあれだが、途中で俺の手が八つまで残像を残してかき混ぜてたのは信じられなかった。まぁとりあえずはこれでいい。疲れた。

 ふと、買い出しで買っておいたあるものが目にとまる。

 

 

 ついでだ、待ってる間にバーサーカーの料理技術をちゃんと見ておこう。

 

 

「バーサーカー」

「どうしたマスター」

「即席麺って知ってるか? カップ麺とも言うが」

「ん? ソクセキ? 麺は分かるが、ソクセキとはなんだ?」

「今時間があるから、作ってみろ」

「なっ!? 出来るわけないだろう!! れしぴとやらもなしに……」

「レシピはいらん。ほら、表面につくりかたは書いてあるだろ。なんも口出ししないから作ってみろ」

「だ、だが……」

「口出しはしないが協力はしてやる。あと、出来たものは俺が食べるからな」

「何故だ?」

「『自分が食べられれば問題ない』ってフォローが出来ちまうからさ。人間、他人のものを作った方が大体は丁寧に作るものだろ?」

「ほぅ……なるほどな」

「作るのはこれだ」

「『カップ焼きそば』か……。お前の作っているものと焼いたそばの違いはなんだ?」

「作ってみれば分かるさ。何事もチャレンジだ、やってみな」

 

 やってみな、とは言ったが、内心とても穏やかではない。不安が渦巻いているけどな! 

 

「ああ。このビニールを切るものを貸してくれないか?」

「ハサミでいいか?」

 

 

 

「色々書いてあるが、まぁなんとかなるだろう。フタを剥がすか」

「あっ」

「……えっ?」

 

 

 

「なんだと!? 半分だけ剥がすとはなんだッ!? ふざけるな!!」

「碌に読まずに全部剥がしたお前が悪い。二個目は頑張れ」

 

 

 

「中に色々入っているな。中身を確認するか。これは粉のようだが」

「……(ずぞぞっ)」←フタが開いた一個目を調理して処理中

 

「……ぬぬぬ」←ソースを開けている

「……」

 

「目がぁ!?」←ソースがかかった

「……」

 

「……ぬぬぬ」←マヨを開けている

「……」

 

「目がぁ!?」←マヨがかかった

「……仰向けになれ。目薬さしてやっから」

 

 

 

 

「くそぅ。かやく? とやらも全部開けて入れてしまえ! マスター、お湯を頼む!」

「ほらよ」

「準備がいいな」

「お湯以外を頼まれたら準備が必要だったがな」

「ほう、偶然というのはすごいな」

(暗に俺が言いたいこと理解してないなコイツ)

 

 

 

 

「サンプン! どうやって測ればいい!?」

「これがゼロになって音が鳴ったらいいぞ」

「こんなのもあるのか……」

 

 

 

 

「ユギリグチを開けて、お湯を出す」

「ここでやるなよ? キッチンのシンクに捨ててこいよ?」

 

「………………分かっている」

(うっわ、わかりやすっ)

 

「アッヅイッ!!!」

(あとで保冷剤でも持たせて、冷やさせよう)

 

 

 

 

「やっと……、やっと! 出来た……! しかし、イメージよりも大分色が薄いな……。味見してみるか?」

 

「……うっわ薄っす」

(知ってた。ソースとか全部入れた後にお湯入れて捨ててたし)

 

「食べろ」

(いや渡すなよ)

 

 

 

 

「……(ずぞぞっ)」←結局食べる

「……(ドキドキ)」

 

「……今度から料理は一緒にやろう」

「本当かっ!?」

「下手くそだから教える、って意味だからな? 何故出来ていると思った?」

 

「!?」

「だからなんでそこで驚く事が出来るんだ」

 

 

「蕎麦の生地も休んだ事だし、チャチャっと終わらせようか」

 

 打ち粉を振り、蕎麦の生地を置き、延しを始める。バーサーカーは隣で大人しく見ている。保冷剤を持ちながら。

 麺棒を二つ使い、さらに延していく。さっさと折りたたみ、切ってゆく。

 

「おぉ……は、早いな……」

 

 小分けにしてビニールに入れ、熱を使って密封。2人前ずつ入れてラッピングをしていく。これで完成。

 

「えっ、……えっ!?」

「10時か、挨拶周りには丁度いいな。そろそろ行くが、お前はどうする?」

「い、行かせてもらう。……何者なんだ私のマスターは」

 普通のマスターだろ? 慣れれば誰でも出来るだろうに。

 

 高速エレベーターを降りる。一つ下の階の方には行ったことがなかったのだが、思ったより新鮮だった。廊下の配色が俺の18階とはかなり変わっており、俺の階は白と淡い青のツートンカラーで、こちらはピンクとオレンジに変わっていた。構造は変わっていないが、色彩だけで廊下のイメージは大分変わっていた。これなら、興味本位で他の階の廊下がどんな色をしているか気になる。

 

 実はこのマンション、廊下からは外を見る事がほとんど出来ない。小さな窓がいくつかある程度だ。だからこそ、余計壁の色とかしか見るものがないというのはある。絵画とか置くのもいいかもしれない。今度AUOとやらに進言してみようかな。

 

「どこから行く?」

「まぁ、順番に行くか」

 

 S171号室の下、S161号室を訪れる。チャイムを鳴らし、しばらく応答を待つ。

 ドアが開き、姿を見せたのは長身の男性。

 

「なんだ」

 

 と、だけ口を開いた。普通の表情が睨んでいるようにも見える。しかし、不機嫌というわけではなさそうだ。

 

「上に越してきた、ヤマトと言います。周りの皆さんに挨拶をと。こちら、つまらないものですが」

「悪りぃな。……蕎麦か、久しく食ってねぇな。ありがとよ」

「えー! 蕎麦ですか!? 沖田さんも食べたいです!」

 

 唐突に、快活な和服の女性が後ろからひょっこり出てきた。

 

「沖田、おめぇ……」

「今から食べますか? ざる蕎麦ならすぐ出来ますよ」

「本当ですか!? もらいますとも! さぁ、中にどうぞ!」

「……重ね重ね悪いな。上がってくれ」

「分かりました。バーサーカー、入ろう」

「ああ」

「ん? 真名も教えてくれてないのか?」

 

 長身の男性が問いかけてくる。

 

「ええ、本人の事情で」

「そうか……。そうだな、紹介が遅れた。土方だ。で、向こうの馬鹿が沖田だ」

「馬鹿じゃないですぅ! 沖田さんは凄いんですからね!」

「どんな風に凄いんですか?」

「それはもう新撰組ですし、敵の拠点に押し入って敵をバッタバッタ……こふッ!?」

「沖田さんが死んだ!?」

 

 このひとでなし!!? 

 

「何が起きたのだ!?」

「気にすんな。コイツのスキルの『病弱』だ。すぐ起きる。すぐ起きなきゃ俺が切る」

「ふ、復活です! 土方さん! 復活しましたから、その刀を納めてくれませんかねぇ!?」

 

「マスター、シンセングミとはなんだ?」

「ああ、確か江戸時代後期に活躍した、政府にとって良くない相手を切り捨てる人斬り集団のことだ」

「ほう……、剣が上手いのか?」

「そうですよー! 沖田さんは凄いんです!」

「そう考えると凄いな……! あんたは本物の新撰組副長の土方歳三さんか!」

「ああ、そうだ」

 

「あれ、私は!? 私!!」

「沖田さんは……新撰組にいたっけ?」

「いないのか?」

「いますよ!? なんで土方さんだけ分かって、私を知らないんですかぁ! 新撰組一番隊隊長、沖田総司ですよ!」

 

「いいか、バーサーカー。こういうのを偽物、又は詐欺という。史実の沖田総司は男だからな」

「お前は最低なんだな?」

「どうして信じてくれないんですか!? 女の子でも本物ですよー!! かっこいいんですよー!!」

 

「本物なら自分で本物とは言わないだろ」

「お前は最低だな」

「取りつく島もない!?」

 

「はっはっは! 史実がどうあれ、コイツは一番隊隊長の沖田総司だ。俺が保証してやる。沖田ぁ、てめぇも難儀な奴だな」

「全くです……。もー! そばくださいよー!」

「悪かったって。厨房を借ります、ささっと茹でてくるよ」

「私も行こう、マスター」

「茹でるだけなんだが……お前は向こうで談笑でもしてろ」

「む、わかった……」

 

 しゅん、とするな。すぐ終わるから。

 サーヴァント達が話を聴きながらお湯を沸かす。こういう隣人同士の繋がりというのは悪くない。少し顔を綻ばせながら調理を進める。

 

「ところで質問です! バーサーカーさんとヤマトさんはどんな関係ですか?」

「どういうことだ?」

「いやー、結構仲よさそうなんで。てっきり恋人同士の関係かと……」

 

 こういう会話を聞きながらってのは良いな。料理が捗る。

 

「ふむ……裸を見せ合った仲ではあるな」

「ファッ!?」

「!?」

 

 おっと、何かがおかしい。このままだと俺が社会的に死にそうだ。沖田さんは奇怪な声を上げ、土方さんはお茶を噴きこぼしている。

 

「知り合ってすぐにそれって……」

「おい、ちょっと待つんだ、落ち着け沖田さん。それには誤解が「風呂とやらに一緒に入ってくれたぞ」あっ、もうダメだこれ」

 

 諦めた。もう俺は今日死ぬかもしれない。

 土方さんがこっちに来る。茹でているので目が離せないが、さっきと気配が全然違う。怒気と殺気が孕んでいる。こいつぁやべぇや。

 

「士道不覚悟だ。腹ぁ切れ」

「理不尽だぁ!?」

 

 

「なんだ、誤解ですか。びっくりしました」

「マスター? なぜ私を殴るんだ? 頭のたんこぶが痛いのだが」

「事故だけど……風呂を教えるためとはいえ、何やってたんだ俺……」

「やれやれ……」

 

 空気が完全におかしくなってしまったので、さっさとざるつゆも用意して、全員に渡す。

 

「わさびも置いときますね。すいませんがネギはないです」

「ここまでしてもらって、それ以上のことを言う気はねぇ。さっきのも、この蕎麦に免じてやる」

「助かります」

 

 本当に。許されなかったら、切腹以外の謝罪方法が思いつかない。

 

「……マスター、もしかしてこのツユも作ったのか?」

 

 さっきまでなかっただろう蕎麦つゆに疑問を持つバーサーカー。

 

「いや、流石にそんなことは出来ないよ」

「だろうな。流石にこれは……」

「予め実家で作ってきたやつだ」

「こっちに来てから作ったかどうかは聞いてないぞ!? というか本当に凄いなマスター!?」

「つゆも、って……もしかしてこの蕎麦手作りですか!? 沖田さんてっきり市販のかと……あ、ビニールにヤマト印ってかいてある!?」

「……美味いな。ああ、美味い」

「えっ、本当ですか!? 沖田さんも……うわ、美味ッ!! ナニコレ!?」

「美味しい……。マスター、これは魔法か何かか? あんな粉からこんな美味しいものが出来るとは思えん」

「魔法じゃない、技術だよ。こればっかりは蕎麦を初めて作ったひとが凄いけどな。俺は蕎麦の作り方をしっかりなぞっただけに過ぎんさ」

 

 かなり好評のようで良かった。土方さんに至っては天を仰いでるし。沖田さんとバーサーカーの二人も驚きを隠せていない。

 

「おかわりー!」

「……悪い、頼めるか?」

「多目に作ったんだ。たくさん食べてくれ」

 

 

「美味かった。またよろしく頼む」

「今度はそっちに遊びに行きますねー!」

 

「また今度!」

「行こうマスター」

 

 お土産にもう少し、蕎麦をおすそ分けして後にする。まだ沢山挨拶する人はいるんだ。時間が足りない。

 

「しかし、こんな樽をもらうとは思わなかったぞ」

「俺もだ。しかも中身全部タクアンだしな……匂いがすごい。そういや、お前は蕎麦お代わりしなかったな」

 

「まだ部屋が残ってるからな」

「お前は各部屋で食べるつもりか」

 

 

「S162号室さん、か。すいませーん!」

 

 チャイムを押した瞬間に、

 

「なんぞー!!」

「ぐべぁ!?」

 

 勢い良く出てくる雅で小さな女の子。によって吹っ飛ぶ俺。

 

「ん? お主、何の用じゃ?」

「私は付き添いだ。用があるマスターは今しがたあそこまで吹き飛ばされた」

「えー? ……あ、あれ?」

「あれだ」

 

 一つ前のS161号室まで戻された俺。ドアノブが刺さった。比喩とかじゃなく、マジで刺さった。めっちゃ痛い。肋骨が抉れたかと思った……! 

 

「S……171号室のっ……ヤマトだ……!! 引っ越してきたので、挨拶、をと……!!」

「……そ、そうであったか!? 苦しゅうない、疾く許せ! ……えーっと、ごめんね?」

「……ハ? ユルサン、ハヲクイシバレ」

 

「クタバレェェエ──ー!!」

「痛い痛い痛い痛いー!! 助けてマスター!! いや──!!」

 

 ちっこいサーヴァントの悲鳴を聞きつけて、メガネをかけた無害そうな男性がドアから顔を出す。

 

「どうしました!? あ、こんにちは。うちの茶々が何か粗相でも?」

「私のマスターがドアにぶつかり、吹き飛んだ」

「だから折檻中だ。もうしばらく借りる」

 

「そういうことですか。なら、いいですよ」

「良くないー!! 助けてー!!」

 

 ふんっ、アイアンクローごときで悲鳴をあげるとは情けない。実家周りの悪ガキでももう少し足掻いたものを。次は軽い関節技を極めてやろう。

 向こうでバーサーカーとコイツのマスターが会話している。

 

「上に引越した挨拶だ。これはつまらんものだが蕎麦だ。あとで美味しく食べてくれ」

「あぁ、ありがとうございます。お名前は?」

「今はエルドラドのバーサーカーで通っている。向こうはマスターのヤマトだ」

「僕はマスターの木田です。しがない会社員なのであまり会えないかも知れませんがよろしくお願いします」

「よろしく頼む」

 

「助けてよー! 何で悠長に会話なんかしてるのー!?」

「ふんっ」

「ちょっと待って!? なんかありえない方向に足が曲がったんだけど!? 茶々の足今どうなってるの!?」

「茶々、あまり遊んでないで。今日はわざわざありがとうございます」

「遊んでないよ!? バーカバーカ!! ぜったい伯母上に言いつけてやるからな!! 伯母上にやられてしまえー!!」

 

「なら言いつけないようにもう少し折檻(きょういく)しないとな」

「教育じゃない!? 誤魔化しても茶々にはわかるんじゃけど!?」

 

「オバウエ? おかしな名前だな」

「違うよ、彼女はあの織田信長の姪なのさ。知ってるかい?」

「いや、知らん。こちらに来たばかりなのでな」

「今度会ってみるといいですよ。茶々と一緒で面白い人だ。女性ですけどね」

「元々男性なのか? ……性別が違う英雄多すぎないか?」

 

 

 

「時間をとってすまなかったな。これ返すよ」

「……ウゲェ……」

「ありがとう、ヤマトくん。大丈夫? 茶々」

「あやつヤバいぞ……。わらわの炎をものともしないんじゃけど……」

「……君もなかなかに逸脱してる一般人なんだね」

「ん? そうか?」

 

 俺がバーサーカーに聞くと、

 

「ん? お前はそうだぞマスター」

 

 と言われた。解せぬ。

 

「もう、茶々ふて寝する!! 木田! ぱふぇ買ってきて!」

「はいはい分かりましたよ。それでは僕はこれで」

「こちらこそ。また会えたら」

「よろしく頼むぞ」

「二度と来るなー!」

 

 

「面白い子だったな」

「あれだけボコボコにして何を言う」

「次! S163号室! 行こうか」

「ここだな」

 

「すいませーん、上のS171号室の者です。ご挨拶に来ました」

 

 ぬっ、と出て来たのは、青い髪の美女。

 

「何?」

 

 冷たく言い放たれたその言葉は、まるでつららの様だった。言葉を向けられた普通の人間なら震え上がらせる程だろう。だが、目の前にいるのは、

「つまらない物ですがこちらを。ヤマトと言います。こちらはバーサーカー。これから共々よろしくお願いします」

 

 残念ながら普通の人間ではない(らしい)俺だ。お辞儀をして蕎麦を差し出す。

 

「そう」

 

 しかし、受け取る事もせず、見定めるかのように視線を向ける青い髪の女性。

 

「……おい、なんだ貴様は」

 

 対応の悪さが癇に障った様で、睨むバーサーカーを諌める。

 

「おい、バーサーカー。敵意を見せるな、友好的にしろ」

「……ふん」

「……ちっ」

 

 仕方ない。こういった存在がどういうものか、浅学のバーサーカーに教えるとしよう。

 

「いいかバーサーカーこういう人種は通称ツンデレと言ってな。ツンツンしていても裏の感情では歓迎していたりするもんだ。今のところ、『嬉しいけど、どう歓迎すればいいか分からないわ』という心情だ」

「えっ!? ちがっ……」

 

「こういうのは男女間で本当に顕著でな。マスターが男ならツンで突き放しつつ、デレよ時にはデレデレになったり甘えたりすると相場は決まっているもんだ」

「ちょっ」

 

「なるほどな。気難しくも、心を許した相手には優しくなったり甘えたりするということか」

「あんたたち、一体何を」

「理解が速いな、そういう事だ。こういうのは無理に受け止めずに、遠目でニヤニヤして微笑んでおけばいい」

「ほほう」

「……」

 

「「……(ニヤニヤ)」」

「……死にたいならそう言いなさい」

 

「そんなわけないじゃないですか(ニヤニヤ)」

「死にたがるバカなどいないぞ(ニヤニヤ)」

「殺す」

 

 ドアが全力で開け放たれ、ツンデレが臨戦態勢に入る。それに対する俺たちの反応は対照的だった。

 

「…………私よりもないな。まぁ、元気出せ」

「どこ見て言ってるのよ!! ……というか、そいつは何でもう死んでるの!?」

「マスターのスキルでな、下心=即死だそうだ。お前の下半身のせいだろう。もう少し露出を控えろ。そこまで行ったら、もう全てさらけ出しているのと変わらんぞ」

「あら。私の美が分からないのかしら」

「分かったからマスターは死んでいるのだが……まぁいい、失礼した。蕎麦だ、受け取れ。いわば迷惑料だな。マスターと美味しく食べてくれ。またな」

 女性は蕎麦を受け取り、少しため息を吐いた。その後、思い出したかの様に、ヤマトを担ぐバーサーカーを止める。

 

「あ、そうそう待ちなさい」

「なんだ」

「メルトリリスよ。メルトとでも呼びなさい。そこのマスターは手は器用かしら?」

「知らん。だが、料理には秀でるものがある。それを食べれば分かると思うぞ、メルト」

「……そう、ありがと」

「では、マスター共々よろしく頼む」

 

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)が見えた」

「何をバカなことを言っている」

「まぁいいか、次行こう」

「S164号室か。メルトのような性格でなければいいが」

「メルト? ああ、さっきのヤツか。大丈夫だ、きっと隣の部屋とのキャラ被りはないだろ」

「……何を言っているんだ?」

 

「すみませーん!」

「はーい」

 

 出て来たのは小柄な可愛い子だった。もしかすると小学生とも、と思える身長で、風貌から幼さが抜けきっていない様に感じられた。

 

「……なんというか、庇護欲が駆り立てられるな」

「そうだな。S171号室のヤマトと、バーサーカーだ。引っ越してきたから挨拶に来た。つまらないものだが蕎麦だ。受け取ってもらいたい」

「わ、わざわざありがとうございます! マスターの千春です! よろしくお願いします!」

「チハルか……。覚えておかなければ」

「チハルくん。出来れば、君のサーヴァント……だっけか。会わせてもらいたい。どうせなら両方と知り合いになりたいからな」

 

「「えっ?」」

「ん? どうかしたか?」

 

 二人してこっちを見る。おかしい事でも言ったか? 

 

「マスター、今、チハル『くん』と言わなかったか? それはまるで、彼女が男の子みたいな……」

「なんで分かったんですか!?」

「えっ? ……はぁぁあ!? 男なのか!?」

 

 あからさまに驚くバーサーカー。何を驚くことがあるんだ。

 

「男だろう。どう考えても」

「な、何故分かったマスター!?」

「それは……ん? ぶべらっはぁ!?」

 

 答えようとした瞬間、俺の意識は空へ飛んだ。

 

「マスター!? 一体何が……!?」

「あっ、リップ」

「な、あ……!?」

「どうかしたんですか? な、なんで人が倒れてるんですか!?」

「リップ、というのか。お前のせいなのだが……こっちは凄まじいな」

 

 

「……うぐっ、一体何が起きたんだ?」

「起きたかマスター。マスターの目に毒だったのでな、早めに贈り物をして切り上げさせてもらった。リップと言うらしいが、気をつけろ」

「何を気をつければいいんだ。エンカウントするなってことか?」

「凄まじいぞ……あれは」

「何のことなんだ?」

 

 突然のこと過ぎて覚えてないぞ。おい、なぜ遠い目をしている。何が起きたんだ。

 

 

 

 

「……ところで、何でチハルが男だと分かった?」

「体質と性癖」

 

 男の娘は守備範囲ではない。だから体質としても反応せず、憤死することはないのだ。おそらく裸を見ても大丈夫。

 

「おい変態」

「うるさい」

 

 死なないだけマシだろう。ゴミを見るような目をやめろ。

 

 

「S165号室!」

 

『修学旅行いってマース☆ JKセイバー』

 

 ドアの前に、そんな紙が貼り出されていた。

 

「「……」」

 

「JKなら仕方ない。修学旅行だもんな」

「それ以前にサーヴァントだ。マスター」

 

 

「S166号室!」

 

『センパイのところに居ます♡ BB』

 

「JKがいるならセンパイも……」

「いるわけないだろう」

「……何の略なんだろうな?」

「……分からん」

「テキトーにビッグボインとでもしとくか」

 

 

「S167号室!」

 

『隣にいます』

 

「「隣に?」」

「こっちか?」

 

 

 

『B168』

 

「「……」」

「……やめよう」

「マスター、部屋のSとBの違いは……?」

「それは分からん。だが、俺がここに入ると、直感で死ぬと分かるぞ。なんというか……邪悪な性欲の権化みたいなのがいる気がする」

「……やめておくか?」

「そうする」

 

 

「S169号室だ。鳴らすぞ」

 

 チャイムを鳴らそうとした。すると、バーサーカーがそれを手で制した。

 

「どうした」

「しっ。先にS170号室だ。男の悲鳴のようなものが聞こえた」

「……ロマンさんが言っていたが、防音は完璧のはずだ。お前の直感もあるのか?」

「……」

 

 無言で、しかし静かに頷いた。S170号室のチャイムを先に鳴らす。厚いドアが大きく感じた。

 

「……」

「……」

「反応がねぇぞ」

「カギも開いてるみたいだな」

 

 お互いに目をやる。

 

「外で待機。念の為警戒をな。1分経っても戻って来なかったら来てくれ」

「了解だマスター」

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

 中に入る。何かしらの問題があったら対処しなければ。部屋全体が暗い紫色になっており、不気味な雰囲気が漂う。

 

「––––––」

「––––––!!」

 

 リビングの方で声が聞こえる。息を殺しながら、ドアを開け様子を伺う。

「にっはっはっは–––––! 次はどの拷問にしようかのー♪」

「テメェ、この拷問ロリ!! いい加減にしろぉぉおお!! 武則天だかなんだか知らんが、一々拷問するんじゃねぇ!! てか! この手下みたいな奴ら毎回いるけどホントになに!? 顔見えないからコワイんだけど!?」

「妾を退屈させるのがいかんのじゃ!! という事で石もう一個追加ねー☆」

「ギャァァアアア!!」

「……」

 

 ロリコンが処刑されていた。俺が頭から崩れ落ちたのは悪くないはずだ。チャイムの音なんか聞こえないワケだ。こんなにはしゃいでいたらな。

 ……どうしようこの中に入りたくない。無関係でいたいと本能で感じた。

 

 たまたまロリコンと目が合う。アイコンタクトをしているようなので会話を試みる。

 

(良いところに来た、助けてくれ!! 礼ならする!! 死にそうなんだ!!)

(そうなのか大変だな)

(他人事だなテメェ!? 頼むよ!!)

(……やってはみるよ)

 

 今度は小さいロリの方を向く。紫の髪が魅力的で可愛い。目が合うとこちらも細い目で何かを言っているようなので何を言っているか読み取る。

 

(其方もコレをやられたいのか? よいぞ! はやくこっちにk)

 

「失礼しました。また後日伺いますね」

「おおぉい!?!?」

 

 すまん。名も知らぬロリコンよ。俺とて命は惜しい。

 

「貴様裏切るのか!? これが人間のやるこt」

 

 

 扉を閉める。……まぁ悪かったと思う。だが、お前のことは忘れない。……あれ、あいつの名前なんだっけ? ま、いっか。

 

 何食わぬ顔で外に出る。

 バーサーカーが怪訝な顔をして聞いてくる。

 

「どうだったんだ?」

「………………うん、取り込み中だった」

「そうなのか。無事ならいい」

 

 二人ともS170号室を後にした。

 

 

「ここで最後だな。S169号室。順番が変わってしまったが」

「ここも何故か開いているな。……少々、全員不用心が過ぎるのではないか? 警戒はしておく」

「行ってくる。待ってろ」

「分かっている、さっきと同じだろう?」

 

 先程と同じ要領でドアを開け、中を覗く。

 

 

「とりあえず土下座をやめて!? 大丈夫だから!! 出かけるだけだから!!」

「すいません死んでしまいます……孤独死してしまいます……」

「かれこれもうこれ二時間だよ二時間!? お腹すいたの! 昼ごはん買いに行きたいの! 孤独死の前に餓死しちゃうんだけど!!」

「それは困ります……でも置いて行かないで下さい。その間にだれかに襲われでもしたら……」

「あーもう!! 足を掴まないでっ!! そんな人居るわけ……」

 

 ないでしょ、と続けようとしたのだろう。俺と目が合い、硬直する。静寂が訪れ、なんとも言えない空間が生成される。

 

「「「……」」」

 

 俺は口を開く。

 

「……うん、趣味は人それぞれですよね。はい。人に言えない何かってみんな持っていると思うんですよ。はい。なので……」

 

 

 

 

「土下座を強要させて悦ぶ変人とは決して言わないので何もしないで下さいごゆっくりッ!!!」

 

「ステイッッ!!!!」

「くっ!?」

 

 目の前の女性の鬼気迫る気迫に体が震え、動きを封じられる。

 くっ、遅かったか……!? 

 

「誤解があるの。話を聞きなさい、いいわね?」

「? ……? 、?」

 

 土下座していた褐色の女性はまだ事態を把握していないようだ。何故だ、貴女は今酷い事をされてるんですよ!? 侮辱されているに等しい事をしているのに何故疑問符を出してるんですか!?!? 

 

「偏見と誤解しかない目でこっちを見ないで。とりあえず、その『11』まで打った携帯をしまいなさい」

 

 ちぃ……! あと少しだったのに……ッ! 警察への通報の道を潰されたか……!! 

 

「まず話を聞いて。違うの。私が彼女から土下座されて困っているだけなの。だからあなたが思っているような誰が電話の子機に手を近づけろと言ったぁ!!?」

「バレたか!? くっ! 往生際の悪いやつめ!! 素直にお縄につけ!!」

「だから誤解なの!! 本当に何もやってないのよ!! 脊髄抜き取るわよ!?」

「そんな脅迫聞いたことないわ!! ってか、怖ッ!?」

 

「あの……」

「何よキャスター!」

 

 彼女(キャスターという名前の人?)が、口を挟んできた。変人女が八つ当たりするかのように叫ぶ。

 

「あなたは入ってきていますが、不審者でしょうか? すいません、死にたくないので……答えてもらえると……」

「……」

「……」

 

 二人ともキャスターを見、それぞれお互いを見やる。再び、静寂が流れた。

 

 

 

 

 ……………………あ。

 

 

 

 

 

 

「「動くなぁッッ!!」」

 

 

「黙れ変人女! 携帯を置け!!」

「うるさい不審者! 携帯を置きなさい!!」

 

 

「警察はやめろ!! お前はくたばれ!!」

「警察はやめて!! あなたは死になさい!!」

 

 

「「違う! 誤解なんだ(なの)!!」」

 

 しまったッ! 普通にチャイム押せばよかった! 前の部屋に毒されて勝手に入ってきてしまっていた……!! 

 しかし、それはそうとコイツは一旦ムショに送らなければ……! 人に土下座を強要なんて、やっていい事ではない……! 

 

「こんなすれ違いは、物語でも中々ないのではないでしょうか……?」

 

 キャスターさんが何か呟いているが、何を言っているかはよくわからない。そんなことよりも目の前のコイツだ……! 

 

「どうすればいいんだ……!?」

「一旦落ち着きましょう。その後に私から語ればいいでしょう」

 

「同感だな。やり方は任せろ」

「はい」

 

 ……ん? え、キャスターさん? 誰と会話しているの? 

 

 そう振り向いた瞬間、小さな手が俺の意識を刈り取った。

 

「んへぇ」

「にょひぃ」

 

「喧嘩両成敗だ。悪く思うな」

「少々手荒ではないですか?」

「生憎、これしか方法を知らん。マスター両名共、頭を冷やせ」

 

 朧げな視界で見えたのは、バーサーカーと同じく倒れていく変人女だった。そういえばさっきと同じなら1分過ぎてから入ってきているんだっけ。時間ってすぐ過ぎるんだね。

 

 

 

 いや、俺は今日で何回気絶するんだ。このツッコミに応える者はいなかった。

 

 

 

「「すいませんでした」」

 

 お互いに気に食わない顔で言葉だけの謝罪を口にする。

 

 キャスターの……えーっと、シェヘラザードさん? でしたっけ? が名前とともに経緯を話してくれた。

 

 シェ、シェヘラ……キャスターのマスターである変人女と一緒に何故言わなかったのかと聞くと「二人とも興奮していて、聞く耳持たなかったと思います……」と言われた。解せぬ。これにはバーサーカーも頷いていた。解せぬ。

 

「シェヘラさん。さすがに……」

「シェヘラザードです」

 

「……シェヘラザードさん。さすがにそれはないですよ。こっちの変人女「あ?」見目麗しき女性(笑)ならともかく、俺はちゃんと話を聞いていましたって」

「そうよキャスター。コイツのようなバカみたいな不審者「おん?」紳士的な男の子(爆笑)ごときと違って、ちゃんと理解したのに」

「寝言は寝て言え」

「ぶっ転がすわよ」

「あ?」

「はん?」

 

「ストップだ二人とも。また失神したいなら止めんが」

「お互いの顔の距離が近すぎませんか? ……実は仲が良いのでは……」

 

「「それはない」」

 

「……息がピッタリだな。睨まれてもこれは文句言えんぞ」

「待ってくださいよサダルスードさん!!」

「シェヘラザードです」

 

「待ってくださいよシェヘラザードさん!! こんな女と一緒にしないでください!!」

「こっちから願い下げよ!!」

 

「喧嘩腰だな。なんとかならないか」

「どうすればいいのでしょう……? ……ところでバーサーカー、それはなんですか?」

「これか? ああ、これを渡すのが目的だったのだ。私とマスターのヤマトはこの間に引っ越してきたばかりでな。挨拶回りを兼ねて蕎麦を渡している」

「えっ!? 蕎麦なの!? 貰える!?」

 

 変人女がものすごい勢いでバーサーカーに近づく。これにはバーサーカーも驚いて後ろにのけぞった。近い近い。

 

「あ、ああ……」

「よかったぁー! キャスターったら、外に出してくれないのよ。私はご飯なんて作れないのに、昨日丁度備蓄がなくなっちゃって。それで外に買い物に行こうとしたらこんな事に……」

「なるほど、だからお腹が空いているのか」

 

 相槌を打ちながら、バーサーカーは状況を理解し始めた。

 

「すみませんが……私のマスターの為に早速食べてもよろしいでしょうか?」

 

「待つんだザバーニーヤさん!!」

「シェヘラザードです」

「マスターはそろそろ名前を覚えろ」

 

「待つんだシェヘラザードさん!! へっへっへ、シェヘラザードさんには食べさせるが、貴様はどうかな? 変人女ぁ……!」

「くっ、どういうことよ!? 後、私にもちゃんと名前……」

「そんな事はどうでもいい!! ふっふっふ、貴様にはタダではやらん……! そうだな、『私が悪かったですから許してくださいヤマト様』と言ってくれたら……」

 

「私が悪かったですから死んでくださいヤマト様」

「表に出ろ」

「上等よ」

「やめんか馬鹿ども。マスターもさっさと作りに行け」

「楽しそうで何よりです……」

 

「「楽しくなんかない!!」」

「……お前達は打ち合わせでもしているのか?」

 

 

「生きててよかった……! おいじい……!!」

「こんな物がこの世に……いえ、これを昔から食べることが出来た人たちを羨ましく思いますね」

 

 渋々ここで湯がいた蕎麦だが、ここでも好評だった。というか変人女、お前……泣くほどかぁ? 感情の喜怒哀楽がとても激しいな。

 

「そうだろう。これには私も一目置くぐらいだ。ところでマスター、今日はこれで最後だろう? おかわりだ!」

「はいはい、と」

「出来れば毎日食べたい!! これ、どこで売ってるの!? 教えて!!」

「売ってるって言えば売っているが……それは非売品だ」

「え!? そ、そんなぁ……」

 

 絶望に暮れて落ち込む女。キャスターは疑問があるようで、分かりやすく顔を傾けて聞いてきた。

 

「非売品なら、何故そんな貴重な物をくれたのですか?」

「……ああ、そういう事じゃない。手作りだからって意味だよ」

「へ?」

 

 女の目が点になる。信じられない、と目で語っているようだ。

 

「ほ、本当ですか……!? 月並みの事しか言えませんが、美味しかったです……」

 キャスターさんからの賛辞に思わず口角が上がる。

「ありがとうな。やっぱり美味いと言ってくれるのは嬉しいもんだ」

「えっ? あなたの手作り? そっちのサーヴァントの方じゃなくて?」

「ん? そうだよ。なんか文句あるか変人女」

 

 

「…………………………結婚してください」

「だが断る」

 

 

「即答!? なんで!? 私はあなたが欲しいの!!」

「完全に料理人としてしか見てねぇじゃねぇか!! そんなのはごめんだ!!」

「せめて私に味噌汁を毎日作って!!」

「最大限の譲歩でプロポーズかよ!? いい加減にしろよお前!?」

 

 マスター二人がギャーギャーと騒いでいた時、蚊帳の外のサーヴァント二人はお互いの思いを知ろうと、二人をロクに止めずにお互いを見据える。

 

 

「それにしてもエルドラドのバーサーカー。あの時以来ですね」

「そうだな、不夜城のキャスター」

「……あなたは、この世界に何の目的があって現界したのですか?」

「……」

 

 バーサーカーは口を噤んだ。しばらく思案したように俯き、ゆっくりと口にしていった。

 

「さぁな、大した目的などはない。強いて言うならアキレウスの奴がいない事だな。ただ、マスターがあれならば退屈はしないだろうよ。貴様は自分のマスターに何を見る」

「そうですね……。彼女は感情が激しいですが、私を見捨てないお人好しでもあります。なんと言えばいいか……彼女のためならば、喜んで語りましょう。そう思える方ですね。死ねと言われるならば別ですが」

「そうか……似たようなものだな。相性とでもいうか、そういったものがピッタリ当てはまっている。そんな感じはある。これが縁による召喚だというならば、聖杯戦争でも気の合う者同士と共に戦えば良いものを。……ふふっ、それと勝つ事はまた別か」

 

「あなたは……。いえ、元は敵同士だったからでしょうね。貴女のその顔は初めて見ました」

「む? ……変な顔だったか?」

「いいえ、いい笑顔でしたよ」

「そうか……」

 

「わぁったよ!! 今度またなんか作ってやるから!! それでいいな!?」

「やだ!! 明日の朝また来てよ!!」

「どんだけワガママなんだよお前は!? 食い意地張りすぎだろ!?」

 

「そろそろお暇しよう。機会はこれから幾らでもあるだろう」

「またいらしてください。その時にはちゃんともてなしますね」

 

 

 

「だー終わったぁぁああ……! 疲れたっ!」

「この程度で疲れるのか。貧弱だな」

「お前は基本歩くか食ってるだけだろ」

「疲れていると言いながら、マスターは何を書いているんだ?」

「さっきの人たちの名前を整理しているんだよ」

 

 土方歳三さん、沖田(偽)

 クソガキ(茶々)、木田さん

 メルト、(マスター?)

 リップ、チハルくん

 JKセイバー 挨拶出来ず

 BB(ビッグボイン) 挨拶出来ず

 邪悪な性欲の権化 挨拶出来ず

 しぇへら……キャスター、変人女

 ロリとロリコン

 

「改めて並べるとヤバイ奴しか居なくない? チハルくんはともかく、木田さんさえ癒しに思えてきた」

「気のせいだマスター」

「本当に?」

「…………多分」

「断言してくれよバーサーカー!?」

 

 

 

 夕陽が眠るかの様に地平に吸い込まれ、空の色が変わる。赤から一瞬だけ緑になったかと思えば、青が深くなっていく。反対側では月が映えてくる頃合いだろう。

 

 様々な人とたった一日で出会い、関わった。しかし、これでもまだ一部なのだ。全体像はいまだ見えない。

 体が震える。

 期待が膨らむ。不安はかき消される。楽しみが抑えられない。

 

 まだ、面白い人達がいる––––––! 

 

 そろそろ、エミヤが言っていた歓迎会が始まる頃だろう。俺たちも向かわなければ。

「行くか、バーサーカー」

「待て。この服でいいのか? まだお前の借り物で……」

「いいだろそのぐらい。かしこまったパーティーじゃああるまいし。半袖で恥ずかしいなら何か羽織るか?」

「いや、いい」

 

「よし、行こうか!」

「……ああ!」

 

 玄関のドアを開ける。

 

 

 この時はまだ二人は知らなかった。

 

 最凶最悪の空間が二人を待っている事に。




ヤマト
相変わらずエロに弱いため、メルトとリップをまともに見ていない残念主人公。快楽天は直感で回避した。実家にて蕎麦を買うことが出来ます。

エルドラドのバーサーカー
ポンコツ。

沖田(偽)
女の子。縮地が凄いのだが、戦いの機会が少ないため病弱スキルだけが目立っている。

土方歳三
新撰組副長。頼れる兄貴。

茶々
ノッブの姪。作者はB三枚目のスペシウム風の攻撃が好き。

木田
人畜無害の社畜。絵に描いたような草食系メガネ男子。

メルト
間桐桜。フルネームはメルトリリス。下がヤバイ方。

リップ
間桐桜。フルネームはパッションリップ。上がヤバイ方。

JKセイバー
ギャル系サーヴァント筆頭。今回は出番なし。

BB
間桐桜。ヤマトのあだ名は案外的を射ている?今回出番なし。先輩とは一体誰だ?

邪悪な性欲の権化
快楽天ビーストの常にヤバイ奴。ヤマトと話すにはヤマトの方のレベルが足りない。

ロリ
拷問大好き。

ロリコン
拷問大好き(名誉毀損)

シェヘラザード
名前が言いにくいのでヤマトは絶対間違える。ヤマトがちゃんと名前を言えた時、それは世界の終わりを意味する。

変人女
名前が出なかった可哀想な人。食い意地は全てに優先するぜ!らしい。

夢見の双月
寝正月に突入し、「月一で投稿したいなぁ、次は年末年始に投稿しよう」という思いを見事玉砕。土下座をしながらこの紹介を書いていた。

ごめんね。



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2日目 明けない夜 前編

こんにちは。こんばんは。おやすみなさい。

起きてぇぇ!!!

前編・中編・後編に分けて書きたい(願望)
「燃え尽き症候群には負けないんだからねッ!」と言って、見事に無気力になった作者デス。
ゆるーく頑張ってまいります。



 エレベーターに乗り、地下一階へ向かう。前にエミヤさんに教えてもらった場所と時間通りである。

 こういうのはマナーとして、五分遅めに来るのが正しかった筈だ。待ち合わせには早めであるべきだ。しかし、あまりにも楽しみだったので結局は丁度の時間に来てしまった。

 

 エミヤさん曰く、歓迎会の会場入り口である。

 

「マスター。ドアが三つあるが、どっちに向かえばいい?」

 見ると、エレベーターを中心にして両端と真ん中にドアが見える。

「ここの階には多目的室一部屋しかないらしいから、どこからでも入れるんじゃないか?……というか、目の前に説明が書いてあるじゃねぇか。……ふむ、壁を作って最大三部屋にまで分割出来るらしい」

「そうなのか」

 

 バーサーカーは先に目を付けた中央のドアに向かっていった。俺はそれを尻目に左側のドアに向かう。すると、ずんずんと音を立ててバーサーカーが戻ってきた。

 

「待てマスター」

「どうかしたか?」

「何故一緒のドアに来ない?」

「いや、ドアごとに模様が違うみたいだから確認しに行こうと」

「模様は一緒だろう、何を言っている。さっさと行くぞマスター」

 

 そう言ってバーサーカーは左へ向かった。俺は行った事を確認してから右のドアへ向かうと、今度はバーサーカーが走って来た。

 

「マスター!」

「どうかしたか?」

「どうかしたか、ではない!明らかに私を避けてるだろう!?」

 

「おいバーサーカー、あれを見ろ」

「何をだ!?」

「あれだ、あれ。ほら、ドアの向かいの隅っこにあるあれだ」

「……んぅ?」

 

 遠くてよく見えないのか、隅っこに近づくバーサーカー。離れてからしばらくして、そんな彼女に対し俺はこう伝える。

 

「ほら、何もないだろ?」

 

 

「おちょくってるのか貴様は」

「ちょっとした出来心だった。すまん」

 もう少し早く、おちょくられている事に気付くと思ってた。

 

 正直な話、バーサーカーは騙されやすい体質だ。騙されている過程の行動が偉そうな普段とのギャップがあってなかなか面白い。バレた後に睨まれるからマジで怖いけど。

 

「さっさと行くぞ!」

「どっちに?」

「真ん中だ!」

「じゃあ俺は……」

「お前も来い!さっさと!」

「イダダダダ!?耳を掴むな耳を!!」

 

 耳を犠牲にしながら、ドアの前で心を整える。

 

 バーサーカーと息を合わせ、せーので思い切り開く。

 

 中に入るとそこには、煌びやかとした––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「シロウ、おかわりです」」」」

 

「体は剣で出来ている。ち、血潮は鉄で、心はガラススススsss……」

 

「セイバー共ぉ!!この我に酒を入れよ!!」

 

「「そんな命令聞くかカリバー!!」」

 

「「ついでに死ね!!ロンゴミニアド!!」」

 

「おのれぇぇえええ!?!?」

 

「行くぜフェルグス!!」

 

「応さ!!」

 

「いいさね!あっはっはぁ!!やっちまえー!」

 

「アウトォ!!」

 

「セーフゥ!!」

 

「「よよいの……!!」」

 

 

 

 扉を閉める。

 

 思わずしゃがんで片膝になり、片手で目を覆う。

 バーサーカーでさえ両手をついていた。

 

 

 

 

 –––––––そこには煌びやかな地獄絵図があった。

 

 

 

 

 おかしい、想像してたのと違う。

「わーいわーい」と和やかな俺らの歓迎会のはずが、その名目をぶら下げて「ヒャッハー」な飲み会をしているようにしか見えない。青い髪の男と豪傑と言えるマッチョが野球拳やってたし。

 さらに、俺を萎えさせるように暴動の嵐が渦巻いている。聖なる光が、邪悪な闇が、一直線に金ピカ鎧の男を炭にしていた姿を見て、明らかに来る所を間違えたと確信出来る。

 ……というか、エミヤが今壊れてなかった?

 

 どうするかと二の足を踏んでいると、後ろから声がかかった。

「何やってんのよ?入らないの?」

 

「ん?ああ、変人女か」

「違うわよ!?」

「何ッ!?変人女じゃない!?じゃあ誰だお前は!?」

「そういう事じゃない!!ちゃんと理沙って名前があるの!!そっちで呼んで!!」

 シェヘラ……しぇ……キャスターのマスターである理沙は叫ぶように言った。

「ところで何しに来たんだ、へん……り……変人女」

「なんで迷うのよ!?しかも挙句に違うし!!私も歓迎会に誘われたのよ!」

「不夜城のキャスターはどうした?」

 復帰したバーサーカーが口を挟む。

「不夜……?ああ、キャスターは不参加ですって。嫌な予感がするからって。でも、たかが歓迎会でしょう?そんな危険な事があるわけないでしょ」

 

 –––––ウン、ソーダネ。

 

 あからさまに横に目を逸らした俺たちを見て、理沙が訝しむ。

「どうしたの?」

「い、いや、何も?」

「……?まぁいいわ、先に入ってるわね」

「おい!?やめ……」

 理沙は俺の制止を気にも留めずにさっさと扉を開き、

 

「……」

 

 閉じて、座った。

 

 –––––あれ、なんかデシャヴ。

 

 理沙は手で顔を覆う。そして小さく囁くように。

「なによあれ……」

 と呟いた。

 おれ達は何も言えなかった。

 

 

 

「どうする?俺たちは誘われた立場だ。参加しなければ心象は悪くなるだろう。だが、あそこに飛び込むのは至難の業と言える。そこで、君達の意見を求めたい」

 

「帰るぞ」

「帰りましょう」

 

「満場一致で何よりだ」

 

 三人の決断は早かった。足音を極力無くし、忍者の如く颯爽と逃げ出す。

 あのカオス過ぎる空間で生きて居られる気がしない。察知されていない今がチャンス……!ここの三人で口裏を合わせて『忘れてましたっ!!』と言い張ろう。そうしよう。

 

 エレベーターのボタンを連打する。

 その間に理沙は階段の方へ逃げていった。理沙は別行動を取るようだ。

 バーサーカーは俺の近くで周辺の警戒を行なっている。

 

 大丈夫だ。誰も廊下には出てこない……!

 

 エレベーターの表示が一階に変わる。よし、これで俺たちの勝ちだ。思わず汗を拭う。

 

 この戦い……我々の勝利だ!!

 

 

 

 

「……っ!?マスターッ!!」

 

 何事か、とバーサーカーに振り向く。しかし、その行動が全てを決定付けた。不意に流れる芳醇な料理の香り。それは振り向いた事で背後になったエレベーターから漂うモノだった。そこに居たのは…………、

 

「ん?君達、見たことない顔だね?君達が新しい入居者?」

 

 地獄への片道切符。エレベーターで料理を運ぶ女性だった。

 

 

 

「「いえ、違います」」

 即座に対応する俺たち。自身の危機を告げる警報が頭の中で以前うるさく鳴り響いている。

「え?そう?何号室の人かな?多分私とは初対面だと思うけど」

 

「S26号室です」

 悠然と嘘を吐く俺。

「……そこは私の部屋なんだけど」

 おっと失敗したようだ。

 

(マスターッ!?何をしている!?)

(分かっている!上手くフォローするから!!)

 

「ち、違うんですよ。間違えちゃったんですよ」

 口をあたかも滑らしたように繕いながら訂正を試みる。

「そうだよね。流石にそんな嘘……」

 

 

「あなたのいるべき部屋が違うんです」

「怒られたいのかな?」

 苦笑いしていた女性に殺気が籠もった。

 

 

「……っ!……!!」

「分かった!悪かった!悪かったから、無言で蹴るなバーサーカー!!」

 

 

「どうしたんですか?ブーディカさん」

 バーサーカーの虐待に耐えていると、綺麗な女性二人目が横から現れた。こちらは、今現在笑っていない笑顔の人の赤とオレンジの間の色みたいな髪色と比べると、綺麗な金髪でまた違った魅力がある。

 その金髪の女性は首を傾げながら聞いてきた。

 

「ああ、この子達がおかしな事を言ってるから困ってて。ところで、ジャンヌちゃんの抱えてるその子は?」

 

「この子ですか?おそらく、新しく入って来た子の一人ですよ。先程階段でぶつかって転がっていってしまって……。気絶してしまったのでついでに看病しようかと」

 

「うん、いいと思うよ。それより、次は君達の番だよ?何で嘘を吐いて誤魔化そうとしてるのかな?怒らないから教えなさい」

 

 ブーディカさんが母親のような穏やかと厳しさで迫ってくる。俺とバーサーカーはすかさず同じ所へ指を指す。

 

「「こいつがやれって言ったので」」

 

「君達はよく悪びれもなく言えるね!?」

 

 死人に口無し。指を指したのは担がれていた理沙の方。ブーディカさんは一周回って驚愕していた。ジャンヌさんも「えっ!?」と困惑している。

 

 俺は涙を流して訴える。必殺・泣き落としだ。

「だってそいつ、中が入りづらい雰囲気と分かった途端、『サボろうぜ』とか言ってきて……!俺は流されるままに……」

 

「ちょっと!?何デマ流してくれてるの!?」

 

 悪いタイミングで理沙が目覚める。邪魔なので、

 

「バーサーカー」

 

「ふっ!」

 

「ぶえぁっ!?」

 

 バーサーカーの強烈ビンタでもう一回気絶してもらおう。許せ。

 

 

「……俺は流されるままに付き合わされて……!」

 

「もうここまで行ったら君達は天才だよ」

「とにかく、一緒に行きましょう」

 

「「何故だァァアア!?!?」」

 

 完璧に誤魔化せたはずなのに!?

 

 嫌だ!明らかに恐ろしいと分かっている場所に行けるかッ!!俺をナメるなよ!どんな手段を使ってでも脱出して……

 

 

 

 

「俺は無力だ……」

 

 ジャンヌさんの『神明裁決』スキルというものによってバーサーカーが暴れられなくなり、俺が必死に暴れてもブーディカさんの抱擁(即死付与)によって失神。

 

 

 その間に話は進んだようで、目覚めた頃には自己紹介の時間が設けられていた。「マスターで最後だ」とバーサーカーが言っていたので、急いで立ち上がる。

 

 

 

 失神から醒めた怠さを払い、辺りを見回す。

 

 全ての人が俺に注目していた。

 

 思わず目を見開く。

 

 

 

 英雄達の視線の交錯に、ここが世界の中心と幻視した。

 

 

 

 

 

 実は土方さんに会った時に気付いた事がある。

 

 マスターと呼ばれる人はともかく、もう一人の召喚された人間は普通の人間ではない。俺の所に現れたバーサーカーも例外ではないだろう。

 

 そして有名な名前が頭の中で飛び交う。

 土方歳三、沖田総司、茶々、織田信長。

 ブーディカさんは分からなかったが、ジャンヌは恐らく、()()ジャンヌ・ダルクだろう。

 

 ただの与太話かも知れない。偶然なのかも知れない。

 

 でも土方さんは言っていた。「こいつは本物の沖田だ」と。

 

 お互いがお互いに本物だと証明しているならば、きっと。

 あの時目の前にいたのは誰もが聞いたことはあるあの有名な英雄で。

 

 

 ここにいるのも、数々の伝説を残した英雄達なのだ。

 そんな彼らの視線の先に俺がいる。

 

 体の震えが止まらない。それは決して恐怖じゃない、武者震いだ。

 

 

 その気づきが、確かな実感へ。

 より身近に、より近くに漂う威圧感は知識としての『英雄』は消し飛んだ。

 

 

 前を向く。彼の英雄達に負けないように。

 叫ぶ。彼の英雄達に自分の在り方を誇るように。

 

「俺はエルドラドのバーサーカーがマスター、ヤマトです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 よろしくお願いしまぁぁすッ!!」

 

 

 

 喉が擦れるぐらいの声で必死に叫ぶ。

 

 

 

 一歩。人間として、進んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい挨拶だったのではないか?」

「お世辞はいらん。……まぁ、マジでそう思ってるならありがたくもらうけどよ。……あー恥ずかしい!」

「……ふっ、そうか」

 自己紹介が終わった後、適当な所に座ってジュースを飲む。すると、バーサーカーが近づいてきた。少し言葉を交わすと隣に座ってきた。

 

 

 

 

 

 

 ふと思う。英雄ということは、バーサーカーにだって何か伝説のようなものがあるはずだ。それはきっと、名前にも関わりがある大事な事なのだろう。

 

 

 

「なぁ……」

 

 

 

 

 気が付けば、バーサーカーを呼んでいた。

 

「どうした?」

「え、あっ、いや……」

 

 声に出てしまっていた事に狼狽を隠せない。少し考えて言う。

 

「なんでもないわ、すまん」

「そうか……?」

 

 バーサーカーはしばらく訝しんでいたが、俺が話そうとしない事に気付くと飲み物を啜り始めた。

 

 焦らなくてもいいな。

 

 バーサーカーを見ているとそう思う。なんとなくだけど、現状でバーサーカーは楽しんでいる事は分かってる。なら、無理に関係を変える事もない。

 

 

 

 

 

 

 

 見ていたその一瞬、バーサーカーが笑った。

 

「微笑んだ」に近い、柔らかな笑顔だった。

 

 

 

 俺を見ているようで、

 

 周りを見ていて。

 

 

 

 それに見惚れてしまったのは内緒だ。

 誰にも言わない。

 

 こいつにも。

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ、確かにそれは入りづらいよね。うん、分かる分かる。でもそれは一部の英霊だけだよ」

 

 どうせなら他の人たちとも交流をしたい。という事で、

 バーサーカーと共に移動してブーディカさんの所へ向かった。謝罪と、それまでの経緯を話せばちゃんと分かった上で訂正してくれた。

 

「確かにここの辺りは静か……というより、騒がしくないですね」

「こっちは比較的、食事をしたい人達が集まる所かな。まぁそれでも騒がしい場所はあるけど。改めて、私はブーディカ。ブリタニアの女王。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 バーサーカーに挨拶させようと振り向いたら、既に近くで舌鼓をうっていた。速いなこいつ……。

 ケータイでブーディカさんについて調べながら、談笑をする。

 

 曰く、ローマの侵略に抗い、尊厳を取り戻す為の反乱を起こして負けてしまった『勝利の女王』。かなり若く見えても、二人の娘がいるらしい。

 

「何か困った事があったら、お姉さんに任せなさい」

 

 

 ブーディカさんはそう言って笑った。……ん?

 

 お姉……さん……?

 

 

「何か言「なんでもないですすいませんでした」

 

 取り敢えず目から光を失くすのはやめて欲しい。というか何で聞こえてるんですか。

 

 

 席を離れ、他の人のところに移る。紹介がてら、軽い会話を交わしてまた席を離れるの繰り返しをした。バーサーカーは後ろからついてきては、近くのご飯にがっついていたが。

 

「荊軻だぞー。よろしくなー!!あははは……」

「俺でもあなたがそんなキャラじゃないって分かるぞ、というか完全に酔っ払ってんじゃん!!おい、待て!そのドスをしまえっ!!」

 

「改めて、ジャンヌ・ダルクです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、迷惑かけてすいません」

「大丈夫ですよ!何かあったら手助けしますので!」

「これが聖女か……」

 

「マリーよ!よろしくね!」

「『パンがなければ』?」

「『ケーキを食べればいいじゃない』♪私の事を知ってるのね!嬉しいわ!」

「あなたが立派な政治をやってた事も知ってますよ。光栄です」

「まぁ、嬉しいわ!」

 

 

 

 

 

 コミュニケーションには平等に声をかける事の出来る気概が必要である。なればこそ、ここでうつ伏せで死んでいる青年にも声をかけなければなるまい。

 これは同情からか。思わず口から言葉が溢れる。

 

「大丈夫か、エミヤさん」

「だからよ……止まるんじゃねぇぞ」

「止まろうとしてる奴が何を言ってんだぁ!!」

 

 オル……エミヤに蹴りで目覚めの喝を入れる。「ぐはぁ!?」と言いながら転がっていき、元気に復活してくれた。よかったよかった。

 

「ぐっ、ううぅ……ヤマトか!?何故ここに!?」

「呼ばれたから来たんですよ。その調子だと、俺の紹介もまともに聞いてないみたいですね」

「すまない……!迎えに行こうと考えてはいたのだが、運悪く彼女らに見つかってしまってな……」

 苦虫を噛み潰したような顔で伝えられた言葉は、エミヤの他人を気遣う心と危険な気配を孕んでいた。

 

 彼女らとは誰か。無論。

 

「シロウ、起きましたか。とにかく、この状況を説明してください。あなたの説明なしではまとまらない」

 

 美しい金髪にちょこんと跳ねたアホ毛に、凛々しく映る翠目の少女。白シャツに青いスカートを身につけてはいるものの、その姿は見るだけで圧倒されるようなな神々しさを感じた。

 

 

「あなたは……」

 

「こんにちは、ヤマト。私はアルトリア・ペンドラゴンと言います」

 

 

 流れるような礼儀正しい挨拶に反応出来ずにしばらく呆然とするが、それに気づいて慌てて挨拶を交わす。

 

「こ、こちらこそ!……よろしくお願いします」

 

「むっ、もう来たのか」

 

 アルトリアさんの後ろからパーカーと短パンを着た、全体的に黒い服を着ている少女が顔を出す。こちらは髪が白く、目が黄金に輝いてはいるが目の前のアルトリアさんによく似ている。

 もっきゅもっきゅ、と近くのハンバーガーを片手に、もう片方の手でハンバーガーを食べていた。

 

 ……てか、ハンバーガー多ッ!?ハンバーガーの山が出来てんじゃん!?

 

「歓迎しよう」

 ハンバーガーの量に驚く俺を意に介さず、無表情でそう言った。

 

「すみませんが、お名前は……」

 

 

 

「アルトリア・ペンドラゴンだ。覚えておけ」

 

「はぁ……。アルトリ…………ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは?」

 

「アルトリア・ペンドラゴンです」

 

 

 

 

 

 

 

「それで、あなたは?」

 

「アルトリア・ペンドラゴンだ。何度も言わせるな」

 

 

 

 

 

 脳裏から引き剥がされるように、ある言葉がフラッシュバックした。

 

 

『アルトリアは、10人ぐらいいるんだ』

 

 

「アルトリア、挙手!!」

 

 俺の号令に九人が振り向き、その九人が手を挙げる。

 エミヤと同じくらい、胃が痛みを訴え始めた。

 

 

 

 

 要約はこう。今まではエミヤが細心の注意を払い、全員のアルトリアにそれぞれお互いを接触されないように工作を施していたそうだが、今回の歓迎会で全員の存在を知り、一触即発の危機になったところで今に至る。

 

 

 つまりは、「同じ人物なのに、誰がエミヤにとって一番か」を決める不毛な争いになっていたらしい。

 

 流石モテる男は違う、という事で問答無用でエミヤをその中心に投げ入れた俺は、そろそろ呑兵衛集団に行かなければならない事に億劫になっていた。まともな人達には挨拶をもう済ませてしまったのだ。

 

「仕方がないか。たまには思いっきり騒ごう。そんで、怒られよう」

 

 誰に、とは言わないが、そう言って覚悟を決めて向かう。

 

 すると、誰かにすそを引っ張られた。

 

「どうした?」

 

 

 

 

「バーサーカー?」

 

 そこに立っていたのは、エルドラドのバーサーカー。

 

「…………ヒック」

 

 

 

 もとい、顔に赤みが差し込み目が虚になった、潰れかけのバーサーカーがそこにいた。

 




ヤマト
ロリコンの時といいエミヤの時といい、結構見捨てる。割とゲスい。

エルドラドのバーサーカー
おや?バーサーカーの様子が?

理沙
やっと名前が分かる割と不憫な子。良い子ですよ。多分。

ブーディカ
お姉さん(?)優しいオカンオーラで全てを包み込む。

ジャンヌ・ダルク
バーサーカーのためだけに令呪を使うアグレッシブ・サーヴァント。令呪は回復するらしい。卑怯な。

荊軻
酔っ払い過ぎていつものキャラ崩壊をする系アサシン。素面の時はいい姉御なんだけどなぁ……

マリー・アントワネット
ヴィヴ・ラ・フランス(説明不要)

エミヤ
第一話の面影が突如消え去ったオカン。修羅場製造機。どうしてこうなった。

アルトリアズ
由緒正しきアルトリアの方々。まさか自分がこんなにいるとは思うまい。しばらくしてメイドが来ることにより、10人とキリが良くなる。


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2日目 明けない夜 中編

遅れてしまった言い訳はあとがきにて。

まずはどうぞ。


「どうした?バーサーカー?」

 

 急に裾を引っ張られ、バーサーカーの方を向く。

 バーサーカーの顔が紅い。すかさずバーサーカーの杯を取り上げて匂いを嗅ぐ。

 

 やっぱり。酒だコレ。

 

「おいバカ。英雄だかなんだか知らんが、ガキみたいなナリで飲んだら、そりゃそうなるだろうよ。もう少し考えろ」

 英雄はどのような状態で召喚されるのだろう?

 周りを見回すと、その殆どが若い頃に分類される姿形をしているのが分かる。だとすれば、例外があるとしても最盛期で召喚されるのだろうか。

 

 だったら、バーサーカーはなんでこんなにちっこいんだ?

「……んぁ」

 酔いどれと化したバーサーカーは最早まともな受け答えすら出来ていないまま、蕩けた顔でニヘラと笑う。胸の奥を何かが貫いた気がした。

「あー、参ったな。ブーディカさーん」

「ん?何?」

「こいつが早々に酔いつぶれちゃって。介抱してくれませんか?」

「いいよ。楽しんで来てね」

「すいません、ありがとうございます」

 そう言って、俺は酒飲み達の輪の中に入っていった。

 

 

 

 

「まったく、悪い子だなぁ。自分のサーヴァントを放っておくなんてね。身近な人ほど大事にしないと」

「ならばこそ、私がそやつを預かろう。ブーディカ」

「アタランテちゃん。いいよいいよ、私に任せて」

「今日は汝のマスターの誕生日なのだろう?そろそろ帰ってくる時間の筈だ。……流石に汝が楽しみにしていた事ぐらい、私でも分かる。行け」

「……」

「身近な人ほど大事にするべき、なのだろう?」

「ありがとう。ごめんね」

「構わん。料理の提供だけでも有難かった。それに見合う返しは必要だろう?」

「じゃあ、任せるね」

「ああ」

 

 

 

 

 

「なんだボウズ、自分の相棒を置いて来たのか。冷たいねぇ」

「いや、そう言われても。なーんというか、一緒に居づらかったんですよ」

 青い装束の男、クー・フーリンは座り方を崩し、近くに置いてあった酒のグラスを煽った。上半身に何も着ていないのは気になっていたのだが、「楽しく遊んでただけさね」と言われた。

 

 楽しく……楽しく……ん?楽しく?

 

 あ!?さっき野球拳やってた人だ、この人!?

 

「恥ずかしいって思ってるだけじゃねぇか。少なからず意識してんだろ?いいねいいねぇ」

「なんだ?男ならやることやって初めて一人前だろう。今からでも誘ってみたらどうだ!?」

「フェルグス、おめぇみてぇに豪胆な奴がそういてたまるかよ」

 

 クー・フーリンの肩に手をかけ、顔を近づけて来るフェルグスと呼ばれた男は、まるで「雄々しさ」の体現者とも言える程の体格と精神の持ち主のようで、開口一番に()()事を提案してクー・フーリンに呆れられていた。いや、クー・フーリンが呆れたのはフェルグスの方ではなく俺たち現代の人の方かもしれないが。

 

「ところで、聞きたいことがある」

「どうしたんですか。えーっと、フェルグスさん」

「タメグチでも構わんぞ。実はな、今回は新たに三人のサーヴァントが入って来たと聞く。なのにだ。紹介されたのはマスター三人とサーヴァント一人……は、お前さんのサーヴァントだな、とまぁ要するに二人のサーヴァントは不参加だったんだ」

「……?つまり何を……」

「そう焦らず聞け。今回ここに入ってきたヤツの中に俺と何か関係あるヤツが来るという直感がビンビンときてな。主に下半身が」

「ちょっと席を外しますね」

「まぁ聞けと」

「グエァッ」

 襟を掴まれて思わず首が締まる。気づいたらフェルグスが後ろにいた。速過ぎる。やや強引に座らされる。

 クー・フーリンの方に助けを求めるが、笑いながら「諦めろ」と言われた。

 

 何が悲しくて他人の色事に首を突っ込まなくちゃならんのだ。俺には居ないんだぞ!何がとは言わんがッ!!

 

「カンタンに言えば交流兼情報収集よ。お前が知らなかったらそれまでだ」

「……そーですか」

 

「そうだな。この時代の……エロ本だったか?中々良かった物から何冊かを進呈してやろうと考えているが」

「何の情報が欲しいですか?今ならここの酒気に煽られて口が軽くなってるかもしれませんね」

 

 クー・フーリンが飲んでいた酒ごと噴き出した。盛大に。

 何を笑うことがあるんだ。本能には逆らえない。これは自然の摂理だ。是非もないよネ!

 

「しかし、二人のうちのどちらかが分かりませんよ?せめて、特徴とかはないんですか?」

 思い出すのは、拷問ロリと比較的まともなシェ……シェへ(ゴニョゴニョ)さんのどちらかだが、心当たりがなければどちらかすらも分からない。まぁ、直感だけなら勘違いという事もあり得るのだが。

 

「そうだな。少ししか特徴は覚えていないが……」

 

 

 

「褐色で、巨乳で、何かと露出が高い上にそれ以上に内側から溢れ出るエロスがあり、死ぬことを恐れていて、尚且つ数えきれん程の物語を読むことが出来る女だ」

「それでもうほぼ確定出来ませんか?」

「何を言う。抱いた女もこれから抱く女も数十個は特徴を言えんと、男としては失格だろう」

「……」

 

 フェルグスが軽口で言ったにも関わらず、しばらく言葉が出なかった。価値観や考え方が自分とかなり違う上、聞いたら納得する事しか出来ない気遣いだと思った。

 何を考えても「すごい」なんていう陳腐な感想しか持てなくて、そんな自分に少し悔しくて平凡な言葉を呑み込んだ。

 

「分かるか?そいつはそんなヤツさ。実際に精霊とまで色々してたしな。それがフェルグス・マック・ロイっつー男だ。側から見りゃただの女好きだがな!」

「応ッ!女好きは否定できんし、何よりその通りだからな!!」

 二人は豪快に笑った。空気が抜けたように思えて、俺は一人ごちた。

「……いや、やっぱスゲーな英雄ってのは」

「ん?なんか言ったか?」

「いや、なんも。それよりさっきのハナシ。心当たりはあるし、というか俺より詳しいそのマスターと繋がりはあるぞ。……そういえば、あっちの変……理沙ってのが多分探しているヤツのマスターなんだが、なんでそっちに聞きに行かないんだ?」

「リサとやらに話をするのは構わんのだがな。実は奴も中々イイ女だと睨んでいる。『あれならば誘わぬ方が男の恥ッ!』ということでな?」

 分かるよな?な?という感じで顔を近づけてくるフェルグス。

 というか、リサとやら、って。歓迎会関係なしに飲み会を楽しむんじゃない。

「つまり、手を出しそうだと?」

「応ッ!だが、ヤツ……サーヴァントの方だが、なにぶん危機察知能力が高いのを霊器が覚えていてな。リサに嫌われでもしたら最後、二人揃って全力を尽くして俺を避けるのは目に見えている。だが、俺はリサと話すなら同時に誘うし、恐らくそれが原因で避けられる。どちらにせよ進展はせんだろう」

「いや、誘わなきゃいい話じゃ……?」

「とにかくだ。完璧なまで避けられるのは弱い。あんな別嬪な彼女らを目にして何も出来ないのは生殺しに過ぎる。かといって動いても、という事だ」

「つまり、俺に動いて欲しいと?」

「業腹だが、そういう事だ。俺が自由に動いていいのなら即!実行するが、今回は相手が相手でな。リサと交流があるのだろう?任せたぞ」

「うーん、上手く行くか……?」

 渋々と、色々不安に思いながらも理沙の方に向かった。

 

 

 アタランテと呼ばれた獣耳の女性は、近くにあった飲み物や食べ物を口にしながら、バーサーカーを膝枕していた。

 バーサーカーは二日酔いにでも入ったのだろうか。頭に手を当てて、う〜、と唸っていた。

「しかし、こうしてみるとまるで少女のようだ。やはり子供というのは()()()な」

 唐突にバーサーカーが目を開き、上体を起こした。

「むっ、私の独り言で起きてしまったか。……さて、何故殺気を放っている?」

 その顔には既に、酔いなど無く。彼女はアタランテの目を、かつて憎んだあの男に重ねてしまっていた。

「美しい……と、言ったか?」

 

 

『まぁ、お前に無理は流石にさせん。今回の主役だしな。部屋の番号と名前さえ分かればそれでいい』

 というわけで、何故かパシられた俺は「女性の酒豪」の命名出来るぐらい飲んでいる集まりにいる。てか、女しかいない。

 クー・フーリンに助け(2回目)を求めたが、「スカサハがいるから」と即座に断られた。それでも兄貴か。英雄なら助けろや。

 しかもバーサーカーからも結構離れてしまっている。出会ってから離れた事があまりないから、少し不安だ。正直、近くにいないと何故か嫌な予感がするんだけどなぁ。あ、ケモミミの人が膝枕してる!?いいなー。

 

 そして目的の人は–––––––。

 

「助けてェ!?」

 –––––––少し遠いところで何故か絡まれていた。

 

「デュフフフ!その可憐な脚で……」

 「目指せワールドカップ!!」

「ケブホァァァアア!!??」

 

 偶々近くにいた男の顔を、偶々全力で蹴り出す。

 

 おっと、汚いサッカーボールを蹴ってしまったようだ。

 

 何か喋っていた気がするが、ああいった類いのモノは聞かないに限る。耳が腐る可能性があるからな。

 

「え!?あ、あんたはヤマト!?まさか助けて……」

「そう言う君はッ……!?……え、誰だっけ?」

「理沙よ!!忘れんじゃないわよ!!」

「冗談だ。それより、あまりの気持ち悪さに蹴り抜いてしまったが大丈夫だろうか?」

「きっと大丈夫よ。あの人は……」

「弁償は向こうにめり込んだ人に払ってもらおっと」

「まさかの壁の心配!?せめて黒ひげさんの方を心配してあげて!?」

「あ?んー、黒髭さんねぇ……」

 まさか壁まで蹴り飛ばした人があの黒髭とは。ちょいちょい有名な人が出て来て困る。しかし、なんとなくオタクっぽい雰囲気があったのは気のせいだろうか……デュフフフとか言ってたし。いや、うん。気のせいだろう。

 

「そんな事より、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「え?何?」

 とりあえず、フェルグスさんの頼みを聞いておこう。さっさと済ませて、そろそろバーサーカーの元に戻りたくなって来た。

 

「突然だが、部屋の番号と名前を教えてくれないか?」

「ちょっと待って」

 急に顔に手を当てて俯く理沙。

 

「ん?どうかしたか?」

「いや、どうかしたかって……」

 

「私の所の部屋番は?」

「S169だろ?」

「私の名前は?」

「理沙って自分で、さっきも言っていたろう」

「で、さっきの質問は?」

「部屋番と名前を教えてくれ」

「もう分かってんじゃん!?」

 

「あ、ほんとだ」

「気づけバカ!」

 バカとはなんだ。うっかりなだけだ。

 

「何のために挨拶に来ていたのよ。大体、なんで今更こんな事聞くの?」

「あー。なんていうか、お前やキャスターと仲良くしたい人がいるから、後日挨拶がしたいそうなんだ。だから、せめて部屋番と名前だけでも教えようかなと」

「ダメ」

「はぁ?なんでさ」

 

「あのねぇ、ここには英雄だけじゃなくて反英雄なんて人達もいるのよ?所謂、悪人って人達。だからってみんながみんな悪い人ではないとは思うけれど、少なからず私達にも危険が及ぶ可能性もあるわけ」

「ほう」

「それだけじゃなくて、英雄の人柄や性格だけでも相性はあるわけで、そのせいで自分のサーヴァントと極力衝突させないようにするのもマスターたる私達の役目の一つだと思うのよ。だから、性格もよく分からない人を部屋に入れる訳にはいかないってワケよ」

「ナルホドな」

「分かった?」

「つまり、教えていいのか?」

「ダメって言ってるでしょうが!!全然理解してないじゃないの!!」

 

「元気だなお前は。だが、こっちも頼まれた手前、そうそう諦めるわけにはいかん。なんとかならんか?」

「えぇー……。なら、せめてどんな性格か教えてくれない?そうでもしないと、私も判断に困るのよ」

「え、めんどくさいな。何より、さっき会ったばっかの人だし……」

「例えば、もし私の部屋に入って来たらどんな行動するを取りそうか……とかそういうのよ」

 

 マッチョな男、フェルグスが理沙の部屋に入ってくると……?

 

 と、いうことはキャスターと理沙が目の前にいるわけで……。

 

 

 

 

 

「まぁ、襲われるかもしれんなぁ(性的な意味で)」

 

「(攻撃的な意味で)襲われる!?」

 

 

 

 

 

「下手すると食べられるかもしれん(性的な意味で)」

 

「(捕食的な意味で)食べられるの!?」

 

 

「あんた、そんな化け物を私達に合わせようとしているの!?」

「化け物……?ある意味そうかな?知り合いだって言ってたから、すぐ行動には起こさないと思うけど」

「知り合いなのに襲うの前提!?どんな知り合いよ!?」

「女好きだからなぁ。我慢出来ないんじゃない?」

「ただの変態じゃない!!」

 

 ん?……まぁ、変態かな?『男は狼』みたいなイメージを地でいく人だしなぁ。

 

「わかった。せめて、キャスターの名前を教えるんだ」

「まだ覚えてなかったの!?」

 

 あの人の名前、ホントに覚えられない。

 

 ともかく、フェルグスに無理っぽいことを伝えに行くか……って、ん?

 

「おい、銀髪野郎」

 

 理沙と話していると、目の前に怒りを隠しもしていない男が立ちはだかった。ちなみに銀髪は俺のことである。今更だが。

 

「誰かは知らんが、俺にはヤマトっつー名前がある。そっちで呼んでくれ。そんで?何の用だ?」

「ここで会ったが百年目。貴様だけは許さん」

「そうか……って、おい待て。会話が成立してないぞ。そもそもホントにお前は誰なんだ」

「忘れもせん。この俺を見捨て、挙句には何人もの女の人と仲良くしやがって」

 

 女の人と仲良くしてんのはともかく、こいつを……見捨てた?なんかやったか……?

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 …………あ。

 

 

 

 

 

 思い浮かぶは、かつて凄惨な景色を背にして駆け抜けた思い出。

 

 

『お前の事は忘れないっ……!』

 

 

 悲痛な声を背に受けながらも逃げた、あのときの––––––––。

 

 

『あれ?誰だっけ?忘れた、もういいや』

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ!?お前はロリっ子に拷問されてたロリコン!!」

「クタバレェヤァァァアアア!!」

「あっぶねぇ!?!?」

 ロリコンのハイキックが頭のすぐ上を掠める。

 ……って何しやがる!?ブリッジしなきゃまともに喰らってたんだけど!?どんだけ殺気籠めてんだ!?

 

「いいなテメェは!!可愛いサーヴァント連れてよ!!他の女の子とも会話出来てよ!!俺なんかさっきまでアサシン(くそガキ)に変な酒壺の中に押し込まれてたんだぞ!?手品師でもないのに脱出もどきをやって、死ぬかと思ったわ!!誰も助けてくんねぇし、貴様はココでにゃんにゃんやってるし!!余程死にたいらしいな!!」

「だから自己紹介の時に、隣に壺があったのね」

「ちょっと待てって!?それは明らかに八つ当たり……」

「問答無用ォ!!モテねぇ男子の心からの怨嗟を受け取れィ!!!」

 俺は咄嗟に行動出来ず、そのままロリコンの飛び蹴りが命中した。

 

 

 

 エルドラドのバーサーカーはある条件下において、バーサーカーの名の通りに理性を破壊し、狂う。

 その言葉は自体は、なんて事のない言葉。

 

 美しい。

 

 ただそれだけであったのなら。

 顔を顰めるぐらいで、彼女も内心悪く思わなかったかも知れない。

 

「美しいと、言ったな?」

 

 あの時、自分は戦士だった。

 決して、女を見せようとしたわけではなかったのだから。

 かつての屈辱が、たった今の事かのように蘇る。

 

 沸々と沸き起こる怒りが彼女を変貌させる。

 周りが分からなくなる。何も聞こえなくなる。あの時の怨みが。憎しみが。

 

「う……!うがああ……!!」

 

 理性諸共、全てを消し飛ばす。

 

 

 アタランテは首筋へ当てられた殺気を感じ、すかさず跳び退く。

「っ!?迂闊だったか……!だが、その言葉のお陰で納得は出来た。汝はあの––––––」

「何やってんのさアタランテ!!仮にもバーサーカーなら刺激しちゃダメなのは常識でしょ!?」

「くっ、すまない。だが、汝に言われるとは思わなかったな!」

「予め知ってた僕が注意し忘れてたのはあるけどね!いつでも迎撃出来るように!」

 桃髪の女性らしさを感じる青年、アストルフォが殺気に気付いて、いち早く加勢した。

 

 アタランテが弓矢を取り出し、アストルフォはサーベルを抜く。

「ふむ。アストルフォ、そういった情報は早めに伝えてくれ。……さて、また部屋が荒れてしまうが、私達も慣れたものだな」

「英霊の力なんてもんで荒れる程度なら軽いもんだろ。まぁ、最近体が鈍ってたトコだ。丁度いいじゃねぇか」

 エミヤが双剣を投影し、クー・フーリンが得物の槍と共にアストルフォの隣に立った。二人とも軽口を言っているが、決してバーサーカーから目を離してはいない。

「ところで、エミヤの赤い外套はどこ行ったの?」

「…………今は聞かないでくれると助かる」

 アストルフォの疑問を、エミヤはそう濁した。

 

 

 エルドラドのバーサーカーには、前で戦闘体勢に入っている四人が誰なのかが理解出来ていない。特に、二人の男に向ける目には、全く別の人物を幻視していた。

 

 –––––––あの男だけは許さない。

 

 –––––––今度こそ、コロス!!

 

 

 バーサーカー故に、狂った認識を正そうとさえ思わず。ただ、憎しみを叩きつける。

 前方を睨みつけ、地面を蹴り出そうとした時。

 

 バーサーカーの後頭部にマスターが直撃した。

 

 

「あ」

 

 

 おそらく、迎撃しようとしたサーヴァントの誰かから漏れた声と共に。

 

 

 マスターが。直撃した。

 

 

「痛ァ!?」

「ガァッ!?」

 

 

 マスターとは、もちろんヤマトの事である。

 お互いの頭をぶつけて崩れ落ちる主従は、どこか滑稽に見えた。

 

 

 

 

「あんッの野郎!!容赦なくドロップキックかますとかなんて奴だ!!」

「ウルセェ!!モテるヤツは敵だ!!」

 頭を押さえてしばらく悶えた後、俺はすかさず文句を垂らした。が、ロリコンは聞く耳を持っていない。

 大丈夫か、と声をかけながらバーサーカーを起こす。返事こそないが、手を引いて起こしてやった。無反応なのはきっと、酔いがまだ覚めていないんだろう。

 

「ヤマト、彼女から離れるんだ」

「大体なぁ!!お前、俺がモテる訳ないだろうが!!冗談も休み休み言いやがれぇ!!」

 誰かがなんか言っているが無視をする。先にこっちの話だ。ロクにモテてすらいねぇのに非リアからも妬みを喰らってたらたまったものじゃない!

 

「やかましい!!現にお前は女の子と10m以内に近づいてるじゃねぇか!!」

「テメェの恋愛の評価基準はどうなってるんだ!?」

 口から出る言葉が止まらない。ヒートアップしていって自分が何を言っているかも分からなくなるが、問題ない。

 

 ここで引くわけにはいかないんだ!このまま押し通る!!

 

「どうせ自分のサーヴァントに欲情したりしてんだろ!?」

「こいつのこんな真っ平らでフラットチェストなぺったんこに欲情する訳『ボギンッ』ないだろ、って人差し指の感覚が一瞬にして消し飛んだァァァアアア!?!?」

 

 何が起きた!?マグマに突っ込んだかのように人差し指が痛いぞッ!?

 捻れきった上に何故か第二関節から直角に上に曲がってる無残な指が見えてんだけど!?どう見てもモザイク処理案件だよねコレ!?

 

「馬鹿な……!?」

「おいおいマジかよ……」

「あれはどう見ても……」

 

 

 周りの驚愕を他所に、俺の頭がバーサーカーによって鷲掴みにして上に上げられる。

 

 前髪の奥から覗かれている目には狂ったような怒りはなく、ただただ純粋な憤怒があった。

 

 

「私の胸が……なんだと?」

「いやぁ、幼児体形だよねーってイダダダダダダッ!?!?脳が砕けるッ!?片手でりんごを潰す様に破壊しようとしないでェェエエ!?!?」

 

「二度はないぞ」

 

 まさか、こんなことになるなんて……!?くっ、こうなったら仕方がない!俺の一番得意とする説得術を見せるしかない様だな……!

 

 刮目せよ、これが俺の弁舌力だ!!

 

 

 

「貧乳は、ステータスなんだ。希少価値……なんだぜ……」

「……」

「ごめんなさい!!もう一回だけチャンスを!!だからもう片方の手を頭に添えないで!?」

 

「ヤマトはバカだとは思っていたが、ここまでとは」

「だな」

 

 この声!?エミヤだな!?くそっ、テメェだけは道連れにしてやるからな!?覚えてろよ!!

 あとこの声はケモミミの人か!?後で膝枕をお願いしよう。さっき、バーサーカーも気持ちよさそうにしてたし(現実逃避)。

 

「あ……」

 

 思わず声が溢れる。しかし、死にたくない一心で思考の海に潜る。

 

 どうすればいい!?コイツは何を求めている!?落ち着いて考えるんだ!

 

 

 

 求められるものは肯定。

 

 察するべきは胸。

 

 気付くべきはココロのスキマ。

 

 

 

 故に。明確な言葉をここに紡ぐ。

 

 

 

「貧乳こそ、ある意味究極の美しい形だと思う」

 

 

 だからこそ。案の定。地雷をいくつも重ねた上で踏み抜いた。

 

 

 そんな肯定はいらない。

 

 

 クーフーリンが呆れを通り越して笑うのはともかく、理性蒸発を持っているアストルフォすら真顔になれば、この言葉の愚かさが分かるだろう。

 

 

 この後、ヤマトの視界はブラックアウトする。

 どうしてそうなったか。本人を除き、誰の目にも明らかだった。

 

 

 夜は、もう少し続く。




ヤマト
耐久EX。死なない。バカ。

エルドラドのバーサーカー
あなた、狂化はどこへ行った?

ロリコン
耐久EX。死なない。アホ。

理沙
フェルグスコワイ。

アタランテ
知ってる顔?と、思ってたらNGワード言っちゃった。ごめんねバーサーカー。

エミヤ
外套はアルトリア達が美味しくいただきました。

クーフーリン
兄貴肌は健在。次回あたり死にそう。(雑なフラグ)

フェルグス
大体は勘で女が分かる。フェルグスなりに現代に適応しようとしたら、少し女性に対しての見境なさがほんの少しだけなくなった。


〜言い訳タイム〜
ごめんなさい。活動報告で三月末には絶対出すと言っておきながら気づけば半月。埋まりたい気持ちでございまする。しかし、年度末の忙しさや、新年度による忙しさが重なり、さらには「なんかしっくりこない」と文章全体を見直していたら、たまたまハマったバーチャルユーチューバーに時間をとられ、さらには大好きになった人が事実上引退になっておりココロがへし折れるわなんやらで……。
それでも頑張って書き上げようと頑張って、動画見て、文字打つ前に寝落ちして、結局書くタイミング見逃したりして、動画見てを繰り返し……。
でも、でもめっちゃくちゃ頑張ってた……ん?


え?ランサーのカルナさんが来る?……なんで?


欺瞞(嘘)を看破する為に来て、その上で努力していたかを検討する?


……。

…………。

……さらばだ(逃走)。


……すいませんでした。(ボロッ


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2日目 明けない夜 後編

短編を書いていたら、どんどん遅れた結果がこれだよ!!
楽しいんだけど、今までのを疎かにしちゃダメだよね。
気をつけながら頑張ります。
待ってくれた方、すいません。


 前回のあらすじ。

 何故か川の底にいたヤマトは六文銭を要求されたが、無いと言ったらボコボコにされ、吹っ飛ばされる。

 三途の川から吹っ飛ばされた先はなんと、冥界であった……!?

 冥界で出会った少女の正体とは……!!

 

 

 

 そんな感じの走馬灯が頭を駆け巡った。

 

 

 

 勿論、割愛である。

 

 

 

 

「……ハァッ!?エンマさま!?落ち込まないで!?あなたはボッチじゃないですって!!」

「落ち着けヤマト。……お前は一体何の夢を見てたんだ」

 

 気絶していた俺こと、ヤマトは飛び上がってあたりを見回す。

 

 あれ、金髪の女主人(……だったか?)がいないな。夢だったのか?

 

 右側にはため息を吐きながら呆れて座っているエミヤが、左側には俺と同様に倒れているサーヴァントやランサーとかクー・フーリンがいた。

 

 ––––––うん、何が起きたんだ。

 

「取り敢えず、ランサーが死んでる」

「この人でなし、だな。ところで記憶ははっきりしてるかね?」

「ああ、バーサーカーから草を刈るかのような攻撃を食らって、意識を文字通りに刈り取られたところまで覚えてるぞ」

「自分の馬鹿さ加減は省みておけ。俺からはその後の話をしよう。君にも聞いて欲しい話だ」

 

 そう言って、エミヤは水を渡しながら話し始めた。

 

「バーサーカーと呼ばれるものは、誰にでも狂化のスキルが与えられる。これはサーヴァントによって程度は異なる。何故あるか、は考えなくてもいい。例えばベオウルフは戦闘狂と言うだけで意思疎通はできる。だが、狂化が高いスパルタクスは思考が固定されていてまともな会話すら難しいだろう。そして、君のサーヴァント……エルドラドのバーサーカーにもこれは当てはまる」

 

「あいつにもか……人間として狂ってるとか?」

 

「主観的なもので見ないことをオススメしよう。ヤツが歓迎会に区切りがついたお陰で、部屋に戻っていてよかったな。本当に。彼女は狂ってしまうスイッチがあって、条件を満たすことで切り替わるタイプのようだ。アタランテは条件が真名に関わる為に明かさなかったが、条件にさえ触れなければ暴れ出すことはない」

 

「え?暴れてたん?」

 

「貴様の鈍感は底なしか。……魔力の繋がりで感じることぐらいはできる。それを頼りにしてみろ。見極めれば感情の起伏ぐらいは分かるようになる。話を続けるぞ」

 

「ああ……」

 

「次に、どう収拾がついたかだ。原因はお前だ、ヤマト」

 

「へ?」

 

 思わず声を上げる。自分は何もしていない筈だ。現にアイツに飛んでいってしばかれただけだし。

 

「アイツの狂化に巻き込まれたんじゃないのか?」

 

「マスターであるお前を攻撃することが当たり前になっているのか、など突っ込みどころは色々あるが……。調べた結果、ヤマト。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前が失神した後、確かに意思疎通が出来た。そのあと、アストルフォが主導で原因の解明を行なった後、貴様が放置され今に至る」

 

「狂化解除?そんな便利なもんがあるのか?」

 

「いや、そんなものはない。本来、狂化は常に掛かっていることがほとんどだ。条件で狂うと言っても、任意に解除出来るという事例は聞いたことがない。それこそ、彼女の深層意識を覗かねば分かるまいよ」

 

「ふーん、そうか。ところで、––––––––」

 

 

 さっきからじんじんと痛んで気になっていた事を、口に出す。

 

 

「–––––––俺の頭にある無数のタンコブが痛いんだが、なんか知ってるか?」

 

「……」

 

「……よく見りゃ身体の節々が痛いし。絶対なんかやったろ?な?」

 

「……っ」

 

「目をそらすなエミヤテメェ」

 

「違う……!俺じゃないんだ。アストルフォと武則天のマスターがお前を使ったバーサーカーの実験を率先して行っていたのだが……扱いが非常に雑だったんだ。お前の足を持って引きずり、あらゆる箇所にお前をぶつけ、狂化した際にはお前を投げつけて放置。これの繰り返しによるものだろう」

 

「 止 め ろ や 。 」

 

「俺にも相手をしなければならん人達がいたからな。何処ぞの目の前の誰かがアルトリア達の面倒事を全て押し付けてくれたせいでまともに助けられなかった」

 

「……そういや気になってたけど、赤い外套と、あの……黒いボディアーマーみたいなのは何処に行ったんだ?」

 

 

 

 

 

「聞くな。……その先は地獄だぞ」

 

「把握した。……俺の上着だけでも、いる?」

 

「遠慮しよう。幸い、替えがある部屋までは近いからな」

 

 

 

 

 落ち着いてきたので、立ち上がって周りを大きく見回す。乱雑に置かれている皿やグラス、酒が溢れた跡などが目立つ凄惨な光景が広がっていた。

 壁に付いてるあれは血飛沫じゃなくてランサーのケチャップだろう。まったく、何が起きたらこうなるのだろうか。それこそ、現世に居られて超はしゃいでいる神殺し系スパルタタイツ師匠なんていう壊れキャラが暴れない限りこんなことには……やめよう。なんかいる気がしてきた。

 

「俺はここを片付けて、借りた食器をそれぞれの持ち主に返さなければならんが、お前はどうする?このまま帰るか?」

 

 エミヤがそう聞いてくる。暗に、「腹の空き具合は大丈夫か」と聞いているような気がした。

 気遣いに感謝しつつ、首を横に振る。

 

「いや。……手伝うよ。これでも家事は得意でね。エミヤが食器を洗うなら、俺は部屋の掃除をしようか」

 

「む。主役に後始末をさせるわけにはいかないな。気にしないでくれ」

 

「ほう?邪魔だからやめろ、と言っているように聞こえるが。安心しろ、こういうのはうるさい方だ。両親がその道のプロでね。叩き込まれてる」

 

「ならば……お手並み拝見だな」

 

「なぁに、時間が余ったら手伝いに行ってやるよ」

 

「言うじゃないか。そこまで言うなら任せるが……何、私が全て終わらせても構わんのだろう?」

 

 

「へっ」

 

「ふっ」

 

 

「おし、やるか!」

 

「皿を運び出す物を持ってくる。頼んだ」

 

「片付けて一箇所にまとめとくよ。そしたら俺も道具持って来ねぇとな」

 

 二人の主夫は早速作業に取り掛かる。その姿はまるで、水を得た魚のように活き活きとしていたという。

 二人は淡々と作業を進めていった。

 

 

 

 自分の部屋に戻るのに、鍵は要らない。

 ドアの縦に長い取っ手を掴むと、指紋やら手の中にある血管の形を認識し、開くシステムだ。サーヴァントの場合、確か……霊器だったか。それらを判別して開くらしい。

 だから手間がかからない分、とても助かっている。引っ越しの荷物を運ぶ際にもこの利便性には頭が上がらなかった。が、何故こんなに無駄に凄い機能があるのだろうか。登録さえすれば他人も入れる機能もある。ありがたいとは思うが、これで家賃が安いので後ろめたいものがあるのかと勘ぐってしまう。この建物を造ったAUOとは一体何者なんだ……!?

 

(尚、前々回にてアルトリアズに消し炭にされてたのは後で知った)

 

 いや、現実逃避はやめよう。

 今回ばかりは、そのドアの開けやすさが憎いのだから。

 

 簡単なことだ。エミヤは「部屋に戻っている」と言っていた。なら、この中にバーサーカーがいる事は確定だろう。

 

 さらに、狂化とやらで理性がないわけでなく、単純な憤怒によって俺を仕留めた女である。まだ怒っている可能性は十分にある。

 下手すると、本当に殺されてしまうかも知れん。

 

「まぁ、仕方ねーよな俺のせいだし。出来るだけ謝って、許してもらうしかねぇよな」

 

 彼女にどうやって謝ればいいだろうか。

 安易な発想しか出なくて自分で自分が嫌になるが、何か願いを聞いてやる事ぐらいしか思い浮かばない。

 

 それでも、これからの生活でギスギスするのは真っ平御免だという話で。そのためにちっぽけなプライドを捨てられない程腐っちゃいない。

 

 心を決めて取っ手に手をつける。かちゃり、と簡単に解錠されるドア。

 

 

 

 開けると、目の前に立っていた。

 

 いつもの少女がそこに居た。

 

 

 見るや否や、すかさず謝罪の言葉を吐き出す。

 先制攻撃だ!反省の色を見せなければ、いつ拳が飛んでくるか分からない……!

 

 

 

「バーサーカー!さっきは「おrrrrrrrrrrr……」……は?」

 

 

 そして、何故かバーサーカーも吐き出した。

 カウンターの如く、青い顔色を見せながら四つん這いになる。

 

 

 

 

 えっ?サーヴァントって嘔吐出来るんだ。

 人間と一緒なんだねぇ。

 

 

 現実を置いてけぼりにして、謎の親近感が湧いた。

 まさかサーヴァントの世話するマスターがこの世にいるとは誰も思うまい。

 

 

 

 

「すまない……!ま、すたー……!私はもう……」

「大丈夫だ。大丈夫だから、な?宴会とか俺の家ではよくある事だから、未成年なのに何故かこの手の対処はできるから。うがいして来れるか?手を貸すぞ」

「うぅ……うぐぅ」

「完全に飲みすぎて気持ち悪くなってんじゃないか。今のお前は酒に弱いって下での歓迎会で分かってたろ?」

「やりたくないのに……お前との実験に付き合わせるために……ピンク髪のライダーが……無理やり呑ませて……」

「ナルホドな。確か……アストルフォだったか。後でしばいとくから、ほら、うがいして。飲む用の水持って来るから」

「た、頼む……」

 

 多分、今まで相当二日酔いが辛かったんだな。

 俺の目の前にいたのは、立ちはだかっていたワケじゃなく、酒を飲まされたおかげで吐きそうになってトイレに向かっていただけだったようだ。確かにリビングからトイレは少し距離あるもんな。間に合わなかったんだよな。

 

 バーサーカーの吐いた物を一瞬で処理して、水をコップに注ぐ。

 

 戻って水を飲ませ、吐瀉物で汚れた服を脱がす。

 半裸になったバーサーカーに、ブラくらいつけろ、と内心で愚痴りながら背後から寝間着の上を被らせた。もちろん、男が住む家にブラなんてない。無い物ねだりに近いものだ。

 

 うぅ……、と呻き声を出すバーサーカー。頭痛だ。

 

 バーサーカー持ち上げてキッチンに向かい、医薬品を詰めた箱と水を用意する。

 

「酔い止めだ。飲め。……飲んだな?よし、寝ろ。速やかに。言いたいことはお互いあるだろうが、とりあえず明日だ、明日」

 

 そういうだと、バーサーカーは小さく頷いた。

 同意を得られたのでベッドに寝かせる。

 

「ちょっと行ってくる。じゃあな」

 

 そう言って後ろ髪を引かれつつ、掃除用具を持って部屋を出た。

 

 

 こうなるんならエミヤと変に張り合わなけりゃよかった、と思った。

 

 

 

 

 まず、会場で酔い潰れたままで放置されているサーヴァントを運ぶ。これは、ロマンに聞いたらそのサーヴァントの部屋番号を伝えてくれた。なので、全員をそれぞれの部屋に運んで行った。ついでに寝ていないロマンには「恐ろしく速くて俺でないと見逃しちゃう手刀」をお見舞い、綺麗に寝かした。

 

 ちなみに死んでるサーヴァントに関してはエミヤが、「ランサーと黒ひげが死んでいる?ふむ、あの二人は戦闘続行やそれに近いスキルを各々持っている。邪魔でないところに置いておけば勝手に復活するだろう」との事なので、適当な所に放置していた。

 すると、「患者は何処ですか!?」と走ってきた赤い人に持っていかれた。医療関係のサーヴァントかな?なら安心だね!(白目)

 

 次に、壁を拭く。何故か鉄の匂いがするケチャップを何とか拭き取っては雑巾をすすぎ、拭き取ってはすすぎを繰り返す。

 

 

 そこで、誰かが中に入ってくる。

 振り返ると、長髪の男がいた。

 長髪の男は、やぁ、と挨拶する。

 

「お前は、見捨てられた男」

「どんな覚え方なんだ。アサシンの……いや、武則天って言う拷問魔のマスターの風見という、先ほどはすまなかった」

「なんか、雰囲気違くないか?襲い掛かって来た時のあのテンションは何処行ったんだよ」

「酔ってた時だけだ。おそらくな」

「嘘だァ!?気味悪いわそんなの!!」

「俺は覚えてない。武則天が妙に愉快な顔をしてたから聞いたら、間違えて呑んでたみたいでな。申し訳ない事をした」

「お、おう……なら、今後気を付けてくれ。俺だけじゃなく、バーサーカーも身が持たん」

 

 壁を拭く作業を再開しながらそう言った。「ありがとう」と聞こえた後、しばらく間を置いて「一ついいか」と聞いてきた。

 

「あんたのサーヴァント、真名はなんなんだ?」

「バーサーカーのか?知らねーよ」

「……信頼されてないのか?」

「さぁな。……だが、あのバーサーカーを召喚する時に使った本によると、本来は名前は隠すものみたいだし、恥ずかしいんじゃねぇの?」

「嬉々としてこっちは真名を明かしてくれたんだが」

「その後、拷問されてんだろが。嫌だぞ、『真名明かすから代わりに死ね』とか言われるの」

「あぁ……確かにイヤだな」

「テメェ……えっと風間は……なんで生きてんだそういやぁ。拷問っていうのは、途中で死んでしまう事もあると聞くが?」

「あぁ、アイツの能力らしい。少なくとも死ぬ事はないって言われたよ」

「……色んなヤツが居るんだな」

「そうだな。助けられて感謝しかない」

 

 思いっきり足を捻った。

 悶絶しながらも言葉を零す。

 

「……はぁ!?拷問で助けられるってどういうシチュエーション!?」

「ああ、そうだな……すまん」

 

 そう言って、あまり汚れていない床に風見は座った。

 

「自殺を考えてたのさ。まともに他人とコミュニケーションも取れなかったからな。何よりあの激情は酒癖だけじゃなくて、カッとなりやすいタチって言うのかな。二重人格みたいに急に切り替わっては迷惑をかけてしまう」

 

「……」

 

「だから、武則天が呼ばれた時、『何か願いがあれば聴くぞ』なんて言うからさ。言っちまったんだよ。『死にたい』ってな」

 

「……ふぅん、そんで?」

 

「丁度、あんたが挨拶に来た時に重なるよ。()()()()()()()()()のさ。あの時は叫びまくったね。おかげで死にたくないなんて思うぐらいだよ。同時に、少し生まれ変わった気がした」

 

「そうか。よかったな」

 

「……んっ?俺は生きてて、よかったのか?……ごめん、まだ分からないんだ」

 

 

「…………俺が思うに、お前の考えた自殺は『死ぬ事が目的』なんだろ?なら、他に目的もない無意味な自殺って事だ。それは流石に寂しいだろ。現実逃避する為とか、耐えられないから自殺する方が……まぁダメだけど、まだいいと思えるぜ。死を選ぶのと、死だけが残るのは違う」

 

「……」

 

「生きる理由とか、目的を決めろ。そうすりゃ、人間なんとかなるもんだからよ」

 

「でも、どうやって決めれば……」

 

「居るだろ。お前を助けてくれた恩人が。とりあえず、そいつに恩返しでもしてやれ。そんぐらい簡単な目先の事を今はやればいい」

 

「そうか……そうだな、ありがとう」

 

「と言うかなぁ!!俺掃除中なんだけど!?重いんだよ急に!やめろや!タイミング考えろ!後、そろそろ床掃除するから邪魔すんなよ!」

 

「ククク……すまない。なんでだろうな。そんな君だから話せたのかもしれない。殴り合った仲だからかな?」

 

「一方的に吹っ飛ばされただけなんだけど!?」

 

「じゃあ、頑張って。また今度、君にもお礼をしに行くよ」

 

「おい、テメェ!来たならせめて手伝えよ!話しに来ただけかぁ!?」

 

 そう残して、風見は去っていった。

 

「……ったく、キャラ違いすぎるだろ」

 

 そう、思わず呟いた。

 

 理沙と風見。同じ隣人ではあるが、なんとも個性的な奴らに巡り会うもんだな。と、自分しかいない会場でため息を吐いた。

 

 

「む、完璧だな。汚れどころか埃一つない」

「姑かアンタは。粗探ししてる様にしか見えんぞ」

「そんな事はない。……だが、どうやっている?短時間でここまでとは……」

「言っただろ?両親が専門のプロで、俺はその二人から叩き込まれてるってな。掃除程度ならこんなもんだ」

 

 エミヤが作業を終えたと同時にこちらも終わり、エミヤが確認作業を始めた。

 と言っても触れて確認したのは数回で、後は見るだけで終わらせていたが。鷹の目って凄いんだな。

 

「代わりと言っちゃなんだが、料理だけはお袋が頑として譲らなくてな。経験が足りないから、普通に美味い程度のモノしか作れない。エミヤさえ良ければ教えるけど?」

 

「見返りにこちらの技術を、か。悪くないが、今日はもう遅い。またの機会だな」

 

 そう言って立ち上がり、部屋を消灯した。俺も続いて部屋を出る。

 

 

 

「助かった」

 

「いいさ、また今度美味しいモノでもお裾分けしてくれ」

 

「ふっ、楽しみにしていろ」

 

「それじゃあ」

 

 

 そう言って俺たちは別れた。

 エレベーターに乗り、自分の部屋に向かう。

 

 

 今日は偶々手伝ったけど、宴会みたいな事は結構あるのだろうか。

 人付き合いの一環として手伝いに行くのは悪くないかも知れない。

 

 そう思いながら、自分の部屋のドアを開ける。

 

 

 

 ようやく、夜が更けた。

 

 ソファーに持たれかかる。

 時刻を確認すると、午前の3時を回っていた。

 

「深夜に何やってんだか……」

 

 独り言が増えている自分にすら苦笑して、布団に倒れ込む。

 着替えるのも億劫だ。今日は寝ちまおう。

 

 

 ふと、目を開く。

 

 銀髪の少女がすぐ隣で寝ていた。

 

 偶々、召喚なんていうアニメの世界でしかないようなモノで呼ばれた存在。

 彼らはサーヴァントと呼ばれ、人間とは違う何か。

 

 最初は、何よりも困惑していた。

 

 昨日、初めて出会った。

 今日、初めて共に過ごした。

 

 なら、明日からはどうなるのだろうか。

 

 コイツの詳しい仕組みについて、もう少し知らねばなるまい。

 そもそも、冊子にあった、魔術やら聖杯戦争なんてもんは初耳だ。

 

 不安こそあるが、きっと。

 

 

 

 

 楽しいモノになるだろうな。

 

 

 

 そこまで考えを結論づけると、意識を手放した。

 

 

 

 身体中を青い何かが駆け巡る。

 不思議と気持ち悪くはない。

 それどころか、新しい身体になったような爽やかさがある気がした。

 

 

 青い何かが収束し、心臓から飛び出て。

 隣の心臓に繋がった気がした。

 

 

 拒絶されるなくラインが繋がる。

 ヤマトの右手に、血のように赤い刻印が刻まれた。

 

 

 令呪の三画が妖しく光る。

 即ち、お互いがお互いの事を認めたことの証明。

 

 ここに、白髪のマスターと銀髪のサーヴァント。

 白銀主従の契約が結ばれた。

 

 

 

 そして時は、しばし流れる。

 二人が愛し合うまでの、泡沫の夢の始まり。

 

 

 彼らの大騒動が止まらないのはこれからの話。




次からが本編。

やっと、色んなサーヴァント出せるぞぉ!!


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強くなりたい!(強制)

UA4500&お気に入り60人ありがとうございます!
こんなに見てくれている事に感謝しつつ、七月初めに投稿するつもりがめっちゃ遅れた事を謝罪します。

ごめんね!
ありがとう!

それではどうぞ。


「貴様の野望もここまでだ!ゲーティア!」

 

「ふん!ちっぽけな存在でよく吠える!貴様は塵一つ残さずに消し飛ばしてくれよう!」

 

「俺たちの絆はテメェ程度に断ち切れるものじゃねぇさ!行くぞバーサーカー!正真正銘、これが最後の戦いだッ!」

 

 

 

 

「おいマスター」

 

 

 

 

 

「助けを乞え、嬌声を上げろ。苦悶の海に溺れる時だ!それが、貴様らにとって唯一の救いである」

 

 

「そうだ。俺たちが今まで積み上げてきたもんは全部無駄じゃなかった。これからも俺たちが立ち止まらない限り、道は続く」

 

 

「来るか!人間!!」

「うおぉぉぁぁあああ!!」

 

 

「マスター!!」

 

「なんだよ、今イイトコなのに」

 

「何をしているのだ!?」

 

 

 

 

「ゲーティアと人理焼却ごっこ」

 

「本当に何をやっているのだ!?」

 

 

 

 この後、全力疾走して来たロマンがソロモンして、場は収まった。

 

 安心して。ロマン生きてるから。

 

 

 

 

 戻り戻って自室。

 

「流石に死ぬかと思ったぞマスター」

 

「何処が?」

 

「何故、ビーストとなりきり遊びをしているんだ!?途中から訳分からんビームを全身から出されて尚、何故貴様は全て避けられる!?というか、アイツ割と本気で攻撃してたぞ!?」

 

「あの程度なら避けれるだろ」

 

「向こうが直接殴りに来たら対抗して、何故貴様は打ち勝てるんだ!?あれだけでマスターが死ぬ程の強さだぞ!?」

 

「ラッシュの速さ比べはまだまだのようだな」

 

「んあああああああああ!!!!!」

 

 

 隣で発狂しているバーサーカーを尻目に考える。

 

 あれから、一ヶ月程経ち、今ではある程度の魔術的知識はふわっとだが学んでいる。

 

 エミヤやロマンに感謝だな。

 かと言って、魔術師になる気はないけど。

 

 とにかくそれいわく、神秘的な要素がないとサーヴァント達にはダメージを与えられないという。

 

 簡単に言えば、ゲーティアとじゃれあい(?)をしていた時、ゲーティアは俺の攻撃に対して全くの無傷で、文字通り屁でもないという事だ。

 

 ならば、神秘的なぽわーんとした魔術を習得し、強くならねばなるまい。

 そう思索に耽る。

 

 

「…………うん」

 

 

 めんどくさいわ。やめよやめよ。

 これはそんな根性とか努力を謳う作品じゃねぇし。

 

 そう結論づけ、考えを打ち切った。

 

 布団に入ろうとすると、バーサーカーが真ん中を陣取っていたので横に転がしといた。

 

 

 

 次の日の朝。

 

 一週間の終わり。特に大学のない土曜日は非常に最高だろう。

 二度寝最高。

 

 しかし、そんな土曜日は俺の日常には当てはまらない。

 二度寝と共に、隣から寝ぼけた奴(バーサーカー)に吹っ飛ばされ、壁に埋まるのが日常茶飯事となっている。つまり二度寝(スタン)ということだ。まさしく『燦々日光午睡宮酒池肉林』と言えるだろう。

 上手く言ったつもりか。

 

 こうして朝から、騒ぎが始まるのだ。本来あるはずの平穏とは真逆の生活だろう。

 

「マスター!!やったぞ!!」

 

「んっく、ちょ、鳩尾がまだ痛いからそっとしといて……」

 

「マスター!!」

 

「揺らすんじゃねぇ……!なんだよ、なんだなんだ」

 

「魔力不足で苦心して数週間……!遂にモーニングスターを出せるようになったぞ!」

 

「は?なんて?モーニングスター?」

 

「ああ!」

 

「なにそれ?何のこと?」

 

 

 

「これだが」

 

「すぐ仕舞え。トゲ付きハンマーのことかよ。朝から星になりたくねぇよ」

 

 

 

 壁からメキメキと抜け出し、砂埃を払いながらシャワーを浴びに行く。「メシ作っとけよ」と言うと、「うぐっ」と呻きながらバーサーカーは了承した。

 

 バーサーカーには以前から料理に興味のある様子だったので、実際に作らせて、少しずつ経験を積ませる様にしている。

 少なめに作らせて、実際に食べて批評。さらにそこからバーサーカー用の品と不味すぎたときのための自分用を見本で見せる。

 

 予め、バーサーカーにレシピを探すところからやらせて、基本的な技能をレシピ通りに作る事で上達、分からんところや応用を後で伝えてさらに成長させる、というコンセプトだが、実際のところ効果は出ている。

 批評こそボロボロに言うと凹むが、そもそも最初は食べられないものの連続だった。焦げたり、炭だったり。

 それでもバーサーカーが食らいついて努力した辺りは流石だろう。いい嫁になる前の原石の様なヤツだ。

 

 シャワーから上がると、テーブルには半分に切られてトーストされた食パンの上にスクランブルエッグが乗っかっていた。

 

「割れたか」

 

 そう聞くと、

 

「……割れた」

 

 と返された。

 どうりでいつも練習してる目玉焼きがスクランブルエッグに変わってるはずだ。雑に割ったせいで、黄身が破れたのだろう。

 

「割れた時の対応は柔軟でグッド。トーストは黒焦げでもなくて美味いが、スクランブルエッグは手際がものを言う。素早く混ぜることを心掛けるんだ。……ふむ、ケチャップか。味は丁度いいな。これはコーヒーが欲しくなる味つけに思えるから、今度実家からコーヒーのツールを取り寄せて使ってみるか?そろそろ和食も覚えて良さそうだし、色んなところに手を出してみてもいい頃合いだ」

 

「そうか……!」

 

「十分に満足出来る品だ。こっちに来い。ミスりやすい細かいところを見せるよ」

 

 そう言って菜箸片手に卵を割り、手際よく卵を混ぜ始めた。

 

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「やはりマスターのは美味いな」

 

「当たり前だ。じゃなきゃお前に教えるなんて出来るかよ」

 

 牛乳を一気飲みして、郵便を確認しに行く。いくつかのチラシをテーブルに広げ、ゆっくり吟味していく。

 

 何枚目かに、一風変わったチラシが目に付いた。

 

 

「ん?『スカサハによる誰でも強くなれるケルトトレーニング講座』?なんじゃこりゃ。この場所が英雄の集まりっつーなら教えを請う奴もいないだろうし、まさかマスターを鍛えようとか考える酔狂な奴もいないと……」

 

「……ほう」

 

「……あっ」

 

「マスター」

 

「な、なんだ?」

 

「それ、やってみる気はあるか?」

 

「……」

「……」

 

 

 

 すっ、と立ち上がり、チラシを粉砕するためにシュレッダーに向かっていく。

 無言で立ちふさがるバーサーカー。

 

 

「退くんだ」

 

「断る」

 

 

「体を鍛えろ」

 

「嫌だ」

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 

 

 

「ヤマト式ステゴロパンチ!」

「アウトレイジ・アマゾン」

 

 

「グワァーッ!!」

 

「……なんだ今のクソザコパンチは?」

 

 思いっきり引っ叩かれた。しかも煽られる始末。

 これが神秘の差かッ……!ちくしょう!!!

 

 

 

 

 

 ところ変わって、宴会をしていた例の多目的ルームへ。

 

 引き摺られながら向かった先にいるのは、全身タイツ槍師匠ことスカサハである。サーヴァントの中での現代にはしゃいでいる筆頭で、迷惑にならない程度に暴れて楽しんでいる人である。弟子の青い誰かと毎回試合をしては瀕死にしているらしいが。

 

「ん?今回は貴様らだけか?せっかくあれだけ広告を作ったというのに……」

 

 集まりが俺たち二人だけだったからか、少し不機嫌なスカサハ。

 それとは対照的に、こっちの『()ーサー(鹿)ー』は乗り気である。テメェのせいだぞこの野郎。

 

「今日からとは良かったではないかマスター。我がマスターたるもの、強くなってもらわねばな……!」

 

 目を輝かせるな。

 

「ソデスネ-。ん?そういや、チラシには一回目の今日の日程しかないっすけど?」

 

「当然だ。今日で終わるのだからな」

 

「何という……!こんな優れた武の師がいたとは……!?」

 

「いや単純にスパルタ過ぎるだけじゃね?」

 

 俺の声なんてどこ吹く風。

 スカサハから訓練方法を聞かされている内に、俺は逃げ出す事を諦めて大人しく従う事にした。

 

 

「まず、どうせならば二人で参加するとよい。個人の力も重要ではあるが、パートナーとの連携も重要な闘いの智慧だ。息を合わせる事は、時に戦力を爆発的に上昇させる要因となるだろう。また、逆も然り。噛み合わなければ一人で戦った方が良いと思えるほど粗末なものになる」

 

「なるほどな。言われてみれば道理だ。流石はあのクー・フーリンの師匠だ」

 

「次に対戦相手だが、流石にすぐ私を相手にしろとは言わん。以前にセタンタにも諌められた事だしな。だから、代わりに適任の者を用意した」

 

 

 

 

 

「かのギリシャの大英雄、ヘラクレス(×3)だ」

 

「「「■■■■■ーーー!!」」」

 

「ちょい待てやァァァアアア!!」

 

 

 

「どうした?少年」

 

「どうしたもこうしたもねぇだろ!?なんでヘラクレス!?あとなんで増えてんの!?」

 

「相応の試練がなければ特訓になるまいよ。ああ、増やすのは案外簡単だったぞ」

 

「あんたの中でヘラクレスは一体どうなってんだ!?そんなホイホイ作れるもんなの!?」

 

「はっはっは。相変わらず元気だなぁ!!坊主!」

 

「へっ?」

 

 突然聞こえた男の声に、思わず振り返る。

 

 そこには、一人だけ朗らかに笑うヘラクレスが。なにあれ怖い。

 他のヘラクレス二人とも「…………」みたいな感じで睨んでんのになんだお前だけ喋れるんだよ。

 

「俺だよ俺。なんてな!変装までは見せた事なかったっけか?」

 

 そう言ってヘラクレスから変化したのはアサシンこと、燕青だった。

 

「あんただったのか。確かに、変装のプロフェッショナルに頼めば簡単だけど……。なんでわざわざ協力してんだ?」

 

「なに。聞けば、お前はあのベオウルフとも対等にやりあえてるらしいじゃないか。ちょっと俺も腕試ししたくてね。まぁ、ここにいると腕が鈍るから、ってのが最大の理由かね」

 

「なるほど。確かにそう考えると武闘家には現代はツライかもな。……ちなみにもう一人のヘラクレスって誰?」

 

「バーサーカーのランスロットさ。ほら、あいつにもあるだろう?『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』が」

 

「あれ?あれは確か、ステータスの隠蔽とかのスキルじゃなかったっけ?」

 

「なんでも令呪ってのを使えば変身出来るらしい。後は本人の気合次第でも出来るって聞いたな。実際、月の聖杯戦争の延長線上では色んな奴に変身してたらしいし」

 

「頑張ればやれるのか」

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、なんでランスロットは参加を?」

 

「スカサハの姐さんが頼んだら一発だったぞ」

 

「性根は狂っても変わらんのな」

 

 

 

 

「おい、ヘラクレス。私を覚えているな」

 

「■■■■■ーーー!?」

 

 

 見ると、バーサーカーがヘラクレスに話しかけていた。

 彼らは面識があったのか。もしかして友人だったりしたのかな?

 

 

「忌々しい事に、我が姉の仇が目の前にいるな?」

 

「■■■■■ーーー!?!?」

 

 バーサーカーの言葉と共にギラリと光る彼女の眼光。

 

 あっ、これ違う。やばいヤツや。

 ステイ、ステイですよバーサーカーさん。

 

 ヘラクレスさん何やってるんだよ。コイツめっちゃ怒っとるやん。

 なんかヘラクレスの巨大な体躯が凄い小さく見える。反省はしてるのか。

 

 いや、おれだって家族がやられたらブチギレするし、弁護する気はないけど。

 

 ちょっと気になるのが、バーサーカーの方のバーサークしない点だ。こういう時どうなるんだろう。

 以前の飲み会で(よく分からんが)俺が近くにいれば絶対に狂化のスイッチが入らないと聞いた。

 原理は相変わらず知らん。

 

 もしかして、過去の因縁を持ち込まずに仲良くしようと対応出来るのでは……!?

 

 

 

 

「今すぐ、潰れて死ね––––☆」

 

「■■■■■ーーー!?!?!?(逃走)」

 

「ヒャッハー!!死ねぇ☆」

 

 

 あっ、ダメだこれ。怒りが一周回った挙句、狂えないせいでテンションが変なことになってる。

 

 正直、語尾に何をつけてもバーサーカーの殺意は隠せないと思うんだ。

 

 今朝に出来たばかりのモーニングスターを取り出して暴れまわる俺のサーヴァント。自分のサーヴァントを御しきる?出来るわけないだろ。

 

 

「よし、始めるとしようか」

 

 

 スカサハから無慈悲に告げられるトレーニング(という名の殺戮)の開始の合図。

 

 てか、あいつ一人でよくない?

 

 俺は若干蒼褪めてる燕青に、「ヘラクレスにならなくていいから、こっちで手合わせしようぜ」と言葉を投げかけ、燕青はそれに頷いてくれた。

 

 

 燕青との試合を切り上げた時、ランスロットはヘラクレスに変化したまま壁に埋まり、ヘラクレス本人は文字通り肉ダルマになっていた。

 

 

 

 生きてはいた。とは、思う。

 

 

 バーサーカーは妙にスッキリした顔をしていた。

 

 

 

「さっき言った事を忘れたのか?連携が重要だと言ったろう。それをお主らは何故各々で闘い出すのだ」

 

「でも、スカサハさん。あの時のあいつに割って入ったら俺が死にます」

 

「お主なら出来よう」

 

「話し聞いてます?出来ませんって」

 

「最悪、死んでも問題はないから安心するがよい。こちらで治せるからな」

 

「『問題はない』じゃねぇよ!?話を聞けBBA「あ?」……って、クー・フーリンらしき青タイツが愚痴を言ってました」

 

「分かった。セタンタは後で刺す」

 

 

「マスター。今の会話は愚かだと思うんだが?」

 

「自分の命が優先だ。悪く思え」

 

 

 

 

 

 

「……!!……あー、釣果は悪りぃが、今師匠から殺気が飛んできたから帰りたくねぇな……」

 

 

 

 

 

 

 ランサーを生贄に、免罪符を召喚。

 この人でなし?……まだ死んでないぞ。

 

 スカサハがヘラクレスの代わりの相手を探しているため、現在は待機である。

 今いるのは、俺、バーサーカー、燕青の三人だ。

 俺のところのバーサーカーにしばかれたヘラクレス二人は、どこからか現れた鉄の看護婦に持ってかれた。

 

「へぇ、あんた料理すんのか。悪いが、そういうのは疎いと思ってたんだけどな」

 

「つい最近、マスターに触発されてな。人に出せれるものではないが、部屋に来ればご馳走してやろう」

 

「俺がな。お前、人に出せねぇもんを食わせるのか。ともかく、歓迎はするよ燕青。気軽に来てくれ」

 

「今度、行かせてもらうさ。サンキュー!」

 

「……変装すんなよ?」

 

「誰で来て欲しいんだ?」

 

「グラマーでぼんきゅっぼんって感じで、後は……」

 

「マスター?」

 

「……これは罠だ」

 

「はっはっは!!愉快だねぇ!!」

 

 こんな風に歓談に花を咲かせていると。

 

 

「待たせたな」

 

「あっ、スカサハ先生」

 

「うむ、私を先生と呼ぶその意気やよし。だが、もう少し敬意を持つがいい。だらけながら言えば、いつ槍が飛んで来るか分からんのだからな」

 

「もう飛んで来てるんですが?」

 

「難なく掴むマスターもどうかと思うが」

「やっぱお前、人間にしちゃ中々いい線いってるぜ?」

 

「とにかく、次の相手はこやつだ」

 

 そう言って、半開きのドアを全開にするスカサハ。

 

 そこに出てきた相手は。

 

 

 

 

「–––––––––––!!」

 

 

「「「……え?」」」

 

 ……なんかクトゥルフっぽいの出て来た。

 

「いや、なんっすかそれェェエエ!?」

 

「デメキンみたいにキモい奴から拝借した。攻撃してくるので持ってくるのに苦労したがな。名前は『サイコー・ノクール』ちゃんだそうだ」

 

「それ名前違う!『最高のCOOL』系キャスターのヤツや!?」

 

「うぐっ……」

 

「なんか、すごいうねうねしてんな……」

 

 あまりの気持ち悪さに絶句するサーヴァント二体。

 

 ていうか臭っ!!

 あー、SAN値が削られるー。

 

「頑張れよ勇士共。精々、己が生き様を刻め」

 

 

 

「ええい、やってやるよ!バーサーカー!燕青!応戦するぞッ!!」

 

「分かっている!」

 

「おっしゃ、やるかぁ!」

 

 駆け出していくサーヴァントを率いる様に突撃する

 敵は海魔。質量的に考えれば、大体男五人分ぐらいの大きさだ。

 この程度なら。

 

「俺は神秘ねぇから動いて撹乱させる!バーサーカーと燕青はその隙に吹っ飛ばせッ!!」

 

 三人でも行ける筈だ––––––!

 

 蛸よりも気味の悪い触手が俺に向かって伸びて来る。

 回避と同時に、触手同士を結びつけ絡ませていく。妙に粘っているから気持ち悪い。前方から発射される体液には身体を捻って対応する。

 幾重にも重なって触手が飛び出せば、体操選手のように華麗に避けていく。

 

 回避運動は割と得意なんだよ–––––!

 

 不意に背後から、他の触手が鞭の様にしなり、迫って来る。

 

 しかしそれには目もくれずに回り込む。

 触手は高速でうねりながら俺の首筋に狙いを定め–––––。

 

「あーらよっとぉ!!」

 

 燕青の一回の殴打によって破壊された。

 

 燕青とは、燕青拳の始祖。

 この程度、壊せずして何が拳の使い手か。

 

「千山万水語るに及ばず!」

 

 隙あらば本体の中心に掌底や蹴りを繰り出してはすぐに退避するヒット&アウェイの戦法をとっていた。

 

「爆ぜよ!」

 

 バーサーカーが鎖に繋がれた鉄球を振り回し、海魔を潰し、砕き、吹き飛ばす。相手の攻撃が来ようが、諸共弾いて消し飛ばしていく。

 

「おいおい、効いてねぇのかよ……!」

 

「くっ……退がるぞ!」

 

 しかし、まとわりつく足に変化は無い。燕青の呟きを聞き、この海魔には何かあると踏んで即座にヤマトは一時退避を指示した。

 

 貫かんとする海魔の攻撃を各々、跳躍、カウンター、ステップでいなしながら元いた場所に戻る。

 

「再生能力だな」

 

 燕青がそう告げる。

 

「ありゃ、一気に勝負を決めなけりゃまずいタイプだ。対軍宝具でもあればいいんだが……バーサーカー、あんたにその持ち合わせは?」

 

「……無いな。スカサハとやらも中々敵を選ぶ目が良い。流石だな」

 

「……」

 

 再生能力。ならば、納得はいく。先ほどから燕青が近くにいたからか、手応えのある攻撃がいくつか見えていたのだが海魔に倒れる様子はなかった。

 合点がいったことで、戦略を組み立てていく。

 

 

 

 今、出来ること。

 

 燕青。

 

「宝具の規模は?」

 

「対人だ。もうちょい小さいならいいんだが」

 

 バーサーカー。

 

「令呪っての使えば行けるか?」

 

「あやつと同じ対人宝具だが、少しヤツは大きいな。半分にでもなれば確実に殺せよう」

 

「なるほどなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ真っ二つに斬れば良いんだな?」

 

 

 

「おっ、なんかあるのかい?」

 

「剣には少し覚えがあってね。バーサーカー、確か剣を持ってたよな。貸してくれ」

 

 

「ん?無いぞ?」

 

「あ?」

 

「え?」

 

 

「前言ったではないか。貴様から魔力来てないから他の武器も服もまともに出せないと。モーニングスターだって、今朝出せたばっかだぞ」

 

「おいおいマジかよ……」

 

 

 

「いや、せめて服を先に出せよ。そういや、いつまで俺の服着てんだよ」

 

「いいから、魔力を寄越せ能無しマスター」

 

「お?やんのか脳筋バーサーカー」

 

「着目する点が違うだろう!?てかっ、それどころじゃねぇって!!」

 

 

「「……ん?うがああああ!!」」

 

 会話の間に海魔が待ってくれるワケもなく。

 一本の触手に仲良く払われる二人。

 

「ぐえっ」

「がぁっ」

 

「重いっ!!」

「ちょ、まっ、ぎゃあああ!!」

 

 バーサーカーに乗っかり、押し飛ばされる俺。綺麗に回り、頭から着地した。

 何故、追い討ちが……。

 

「何やってんのさ……」

 

 呆れる燕青を尻目に、ヤマトは考える。

 

 そもそも、今までまともな供給を行えてないヤマトである。

 何度か試そうと思ったが、バーサーカーの擬音だらけの説明でほとほと参っていた。未だにイメージすら掴めていない。

 

 だって、「だから、ぐわーって出せばいいだろう!」的な事を言われりゃ「は?」としか言えないだろ?

 

 

「くそっ、どうすりゃいい……!?」

 

 今、思えば、今日は散々な土曜日だった。

 ついでに死ぬのかもしれないのだから。

 

 もうダメかもしれない。

 

 

 そう思った時だった。

 

 

 

 

「もう一つの血管をイメージしろ」

 

 呟くようなスカサハの声が、体の奥にまで響いた。

 

「それが魔力が流れる道だ。……()()()()()()?」

 

 

 

 …………。

 

 

 …………出来る。多分。

 

 

 イメージを明確化させる。全身に青い線が流れるような感覚。

 それを体の中で循環させていく。

 

 瞬間、全身へ痛みが走った。

 

 目を開けて、全身を見る。

 腕や体全体に変化はない。だが、確かにいくつかの線が見えた。

 

 なんとなく、体内にある。それがわかる。

 

 

「燕青」

 

「どうした?」

 

「時間を稼いでくれ。少しだけ、要る」

 

「りょーかい」

 

 

 音速で海魔に向かう燕青を軽く見送り、集中を続ける。

 この時点で修行もせずに魔術回路が開くという天才じみたことを行なっているヤマトから脂汗が浮き出て来た。

 

「マスター……」

 

「すぐ終わらせる。待っててくれ」

 

 何がいい。これで何が出来る。

 

 いや、そんな事よりも今は。

 

 

 今は、バーサーカーに魔力を送る事だけを考えれば。

 

 

 

 

 ふと、彼女を見上げる。

 確かに、今。

 

 バーサーカーとのラインが見えた。

 そう、確信した。

 

 

 あれだッ……!!

 

 

「……!?うあ……!」

 

 急造の魔力をそのラインに詰め込む。

 

 バーサーカーが一瞬、驚愕に染まる。急な供給による衝撃が来たようだ。

 

 そして、その彼女の手の中に。

 

 一振りの剣が握られていた。

 

 

 

「よし、行くか」

 

「ああ」

 

 

「終わったかい!?そろそろ来てくれねぇとヤバかったな!!」

 

「待たせた。やるぞバーサーカー」

 

「ああ。その剣、折るなよ」

 

「言ってろ」

 

 海魔の正面に立つ。

 構えは必要なく、ただ柄を握るだけである。

 

 異端なれど、その構えは居合。

 

 呼吸を整え、一息に放つ。

 

 

「居合斬り–––––

 

 

 

 

 

 かつての、記憶を反芻する。

 俺自身の起源を。

 

『父ちゃん。俺……』

 

『そうか。坊っちゃんの竹刀で相手を傷つけてしまったことを考えて苦しんでいるんだね?大丈夫だ、安心して』

 

『だって……俺がケガさせたんだし……』

 

『詫びは大人がやるべき事だよ。坊っちゃんは謝る心を、ごめんねと言える心を持っていれば問題ないんだ』

 

『……』

 

『覚えておいて。剣の道には、二つの大きな道がある。殺人剣と活人剣の二つだ。君が選びたい道を探しなさい』

 

『……俺は……』

 

『ゆっくりでいい。今、決める事じゃない。どちらを選んでも、正しくも間違ってもいないんだ』

 

『……父ちゃん』

 

『坊っちゃん。君が道を選んだ時。ここにまた来なさい。その時には、君のための剣がここにある』

 

『それまでに、剣の在り方を見失わないように』

 

 

 今はまだ答えは分からない。

 しばらくは身勝手な剣となろう。

 

 

 構うもんか。

 目の前にいるてめぇなんざ。

 

 

 ––––––––裂かれて死ね、ってな」

 

 

 逆手で抜刀されたその剣は刹那の殺気を乗せ、一寸の狂いなく海魔を両断した。

 

 

 

 ここで畳み掛けるは、中国拳法の始祖とアマゾネスの女王。

 

「おっしゃあ、行くか!!『十面埋伏(じゅうめんまいふく)……』」

 

 

「令呪を使う!『アイツをぶっとばせ、バーサーカー』!!」

「『我が瞋恚にて(アウトレイジ)……』」

 

 

 

「『……無影(むえい)(ごと)く』ッ!!」

「『……果てよ英雄(アマゾーン)』ッッ!!」

 

 

 

 

 三人の目の前には微塵と消えた海魔の残骸だけが残った。

 

 

 

 

 

 

「…………で、終わればよかったのにな!本当に!」

 

 その後。

 

 これからが本番とばかりにスカサハが前に出て、「お主と一対一でやろう」と名指しの処刑。

 

 やっとのことで怪物を倒した後の、これである。

 

 死ぬ。

 

 その後の記憶がないところまでがケルト式訓練のテンプレだろう。

 

 

 

 え?スカサハ戦での見どころ?きっとねぇだろうよ。

 一発ボコっとやられて終わりじゃね?

 

 

 ただ、あれだ。

 

 たま〜にだが、あの後を期に、師匠から熱い視線をもらう。

 恋の視線?違うわ、バカ。どう考えても殺気だわこれは。

 

 なんてーの?「もう一回戦おうぜ」みたいな感じ。

 

 

 とりあえず、見つかったら逃げるしかないので。

 

 

 

 やっぱ、強くならなくてもいいや。

 これだけは強く思った。

 

 

 そういや親父、元気にしてるかな。

 最近、会えてないな。

 

 あの海魔との戦いの時に、一緒にフラッシュバックした事がある。

 

 

『あのさ。なんで俺のこと坊っちゃんって言うんだよ。父親なら俺を名前で呼べよ』

 

『それは、私が本当の父親じゃないからですね』

 

 

『あ、そうなんだ。だから……か……。え?』

 

『あっ。つい、うっかり』

 

『ええええええええええ……』

 

 

 あの時、邪念が入ったせいで若干、切っ先が鈍った。

 もう少し綺麗に斬れるはずだったんだが。

 

 あの時に言っていた、『俺のための剣』というのはもう出来ているのだろうか、親父のヤツ。

 

 あれから、剣の道とやらは定まらない。

 

 

「マスター」

 

「ん?」

 

「魔力不足だ。結局、モーニングスターと剣しか残ってないんだが」

 

「あ?供給って結構辛いんだけど、他に出来る事なかったっけ」

 

『AUOから学ぶ初心者サーヴァント講座』を取り出し、簡単な方法を探す。

 

「別に、普通に供給出来るならいいだろう。早くしろ」

 

「ウルセェ。こっちはあの後怠くなって……ん?」

 

「どうした?」

 

「あんじゃん。ここだここ。えーっと」

 

 

 

 

 

 

「魔力供給の仕方」

 

 

 

 

 

 次の日から、バーサーカーが俺を避けるようになった。

 

 

 

 




ヤマト
意外にもボンボンな万能超人。養父は鍛冶屋を経営する優しい人で、実父からヤマトを育てるよう言われた。
一話に出てきた親父は血が繋がっている方で、偉いのにヤマトに蹴られている。なんていうドラ息子だ。

バーサーカー
服を着てくれ。

スカサハ
エロタイツ師匠。超エンジョイ勢。隣で高確率で青タイツが倒れてる。

ヘラクレス
うっかりバーサーカーの姉、ヒッポリュテを殺してしまった。そりゃ恨まれるわ。

燕青
ヘラクレス二号機。侠客であり、意外と気さく。女の子にもなれる。大歓喜。

ランスロット
ヘラクレス三号機。アーサー王物語の裏切り者。ヘラクレスになってたら気付くとボコボコにされてた不憫なフルアーマーランスロット。

COOLキャスター
ジャンヌぅぅぅぅうううう!!!


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魔力供給(意味深)

「しかし令呪も残り二画か。大事に使え」
「え?増えたけど?」
「え?」
「正確には、寝たら戻った。やったぜ」
「えぇ……どう言う事だ……」
「令呪ってカッコイイよな。この模様かなり気に入ってんだよな!後、ジャンヌの令呪の模様もカッコいいんだアレが。背中にびっしりと……」
「ジャンヌの背中の模様を何故知っているんだマスター?見せてくれたのか?」
「……」
「……」
「さらばだ」
「逃すか」


「おはよう」

 

 今日はとても素晴らしい日だ。

 俺こと、ヤマトは誰にも邪魔される事無く、普通に起床出来たことに感謝した。

 

 いつもならば、最早恒例と化してしまったバーサーカーのお寝坊さんパンチによって壁に埋まるのがワンセットであった。

 

 そんなことに比べれば今日はなんていい日だろう。

 

 ただ、一つ問題があるとしたら。

 

 

「がるるるるる……」

 

 

 めっちゃ威嚇されてることだろう。

 

 ……獣かお前は。

 

 

 

 

 魔力不足。

 これは前のスカサハズ・レッスンの事だけではない。以前からバーサーカーに送る魔力量が芳しくなかった。これは致命的な事だろう。

 現界は保てる程はもらっている、とバーサーカーから確認が取れたが。

 

 正直、英雄としての武装どころか、自分の服すらまともに発現させられていないという事実は、マスターにとって大変よろしくない事態だ。

 

 今の服?俺の服を自分のものかのように着てる。

 

 

 

 なので、今朝早速行ってみるはスカサハさんの部屋。

 アドバイスを貰いに行った。

 

 

「魔力供給が良かろう」

「あざす」

 

 

 自室に帰り、早速提案。

 

 

「というわけだ。魔力供給しようぜ!」

 

「何がどういうわけか細かく説明してもらおう。場合によっては意識無くなるまでぶん殴る」

 

「わかった」

 

 仕方あるまい。これまでのアレコレを含めて完璧に説明してくれる。

 

 

 

 

 

「なんでボロッボロになってるんスかね?」

「自分の胸にでも聞いてみろ」

 

 何故だ。「このままだとお前は全裸になるかもしれんぞ」としか言ってないのだが?

 

「胸ェ……?あ、そういやお前の胸成長してなぁい?前よりもデカくなったような……ブゲラァ!?」

「殴るぞ変態」

「もうなぐってんだろうが!?」

 

 しかし、変態呼ばわりとは心外だ。

 ただ、魔力供給とやらをしてみたいだけなのだが。

 

「マスター。よもや貴様、魔力供給がどんなものか知らないな?」

 

「ん?……そういや、具体的なもんまでスカサハ先生には聞いてなかったか。どんなのだ?」

 

 聞いた途端、バーサーカーが少し硬直した。「それは……な。……あー、アレだ」と、言葉を濁す。

 

「?」

 

「つまりぃ……。モニョモニョ……の事だ……」

 

「え?なんて?」

 

「……っ!ええい!貴様の持っている魔術師のマニュアルに書いてあるだろ!それを貸せ!」

 

「お前……。あんだけ鼻高々にいっていたのに分からんのか?」

 

「違う!言葉を選ぶだけだ!」

 

 本棚に律儀にしまっておいた、AUOの魔術師マニュアルを手に取って渡す。

 そういや、AUOってどんな人なんだろうか。結局、会えてないんだよな。

 噂によれば、夏に向けてのレジャー施設の企画を立てるために今はいないとかなんとか。

 

「目次は……。このページの『魔力について』のところか。ふむ……」

 

 やっぱり、AUOと言うぐらいなのだから、さぞかし立派な王なのだろう。真名こそ知らないが、誰からみても憧れるような人に違いない。

 

「あったか。魔力供給は……これか。……っ!って!?これはぁ……!!」

 

 案外、真名はアーサー王なのかもな。……でも、アレは確か騎士王……なんだっけか?

 

「なんだこれは!えっ、待て、こんな事もするのか!?私はてっきり……」

 

 いや、マジに誰だ。AUの部分もかかってるなら、元素の金の表記もauだった筈だし、もしかして金ピカな人なのかも知れんな。

 

 ……あれ?歓迎会の時に、金キラキンの人が消し炭になってなかった?

 ……もしやあの人だったか……?

 

「………………」

 

 そろそろいいかな?

 

「バーサーカー?」

 

「ああ!?な、にゃ、なんだ!?!?」

 

「え?いや、どう?分かった?」

 

「え、あ、ま、まぁ……?」

 

 何か様子がおかしい。顔がかなり赤い。どうしたのだろうか。

 まだ開いているマニュアルを見ようとすると速攻で閉じられた。

 

「お、教えればいいのだな?」

 

「なんで声震えてんの?……ふむ。いや、言わなくていい」

 

「え?そうなのか?」

 

「お前からやってくれ」

 

「!?!?!?」

 

 

「恥ずかしいヤツ感じのやつだったんだろ?リアクション見てたら分かるよ。なら、お前のタイミングでやってくれたらいいさ」

 

 魔力供給と言われて俺が思いつくのは体同士の接触だ。接触する事でより円滑に魔力というものは供給出来るという予想だ。きっと抱きつく程度のものを要求されてるのだろう。基本的には恥ずかしがらずにズバッと言えるタイプのバーサーカーがこうなってるのだから、下手するともっと恥ずかしいところまで行くのかも知れないけど、そこまででもないだろう。

 

「う、うう、くっ……!」

 

「目は閉じてるから。勇気を出してやって見てくれないか?」

 

 目を閉じて、胡座を組んだまま待機する。

 こうした方がきっと、やりやすいだろう。抱きつくだけだし。

 真っ暗な視界の中、後ろにバーサーカーがいるのが気配でわかる。

 

 その気配が。

 

「うわああああああああ!!」

 

 絶叫と共に消えて行くのを理解するのに、少し時間がかかった。

 

 

 

「助けてくれ!!!」

 

「「何事!?」」

 

 いきなりチャイムを連打された挙句、涙目で飛び込んで来たバーサーカーに、シェヘラザードと、そのマスターの理沙はひどく困惑した。

 

「どうしたのバーサーカー!?何があったの!?」

 

「◯?☆∇¥@!ゑ$%〜〜ッ!!!」

 

「なるほど。全然わかりませんね……」

 

「状況よくわかんないけど、今のバーサーカーちょっとかわいい」

 

 

 

 

 お茶を飲みきって落ち着く。まだ、若干涙を浮かべてしまっているが、それも全てあのバカマスターのせいだろう。

 何故、あんなことやそんなことを私にやらせようとするのか……!最早屈辱すら生ぬるい拷問のようなものではないか……!

 

 というか……。

 

(完全にアレは、所謂『薄い本』と呼ばれるものだったぞ……!)

 

 つまり、18禁のそれ。

 それが魔力供給の参考書としてマニュアルに載っていたのだ。

 

 言葉を濁して伝えたいのに、何故どストレートにぶつけてくるのか。

 

 

 ……そもそも、何故わたしは、言葉を濁そうとしたのだ……?

 

 

「とにかく、ゆっくりして。ホットミルクだけど、飲めば落ち着くわよ」

 

「す、すまない……」

 

「いいのいいの!キャスターも飲む?」

 

「ありがとうございます」

 

 少し啜り、辺りを見回す。

 わたしにとっては、この時代の女という物はいささか新鮮に映る。華美な物を着て、優雅に過ごす。脆い存在と言ってしまえば不快に思えるが、争いが少ない現代においては有効な選択肢だったのだろう。

 料理を教わろうと決意したのは、より効果的に戦闘へのモチベーションの上昇に影響に関わりがあると踏んだためである。しかし、蓋を開けてみれば、娯楽のように感じる自分もいるのだ。少なくとも、わたしの考え方と料理というものの目的は明らかに違っている。

 

 

 困惑。わたしにとって、この現代に抱く大部分の感情だろう。

 

 

「バーサーカー、ちょっといい?」

 

「どうかしたか」

 

「代わりと言ったらなんなんだけどさ、手伝って欲しい事があるの」

 

「手伝って欲しいこと?」

 

 

 

 

「あそこの妙に豪華な装飾がしてある扉があるでしょう?」

「……たしかに、場違いなほどだな」

「今朝急に現れてさ。キャスターに聞いても心当たりがなくて。一緒に中を見てもらいたいなと思って」

 

「そんなことか。構わん。不埒者がいたならば、即座に砕いてやろう」

 

「ありがとう!流石バーサーカー!」

 

「よろしいのですか?バーサーカー。わたしは嫌な予感がするのですが……」

 

「気にすることはない。任せよ」

 

「いえ、貴女が開ける事が嫌な予感に繋がるのですが……」

 

「……?お前の直感か?まぁいいさ。障害ならば壊すのみだ」

 

 そう言って、早速取っ手に手を掛ける。

 

 リサはキャスターの後ろに隠れ、キャスターも杖を持って臨戦態勢をとる。

 

 ドアノブを捻り、一気にこじ開け。

 

 

 

 

 

「ウェルカムトゥヘヴン」

 

 わたしのマスターが現れた。

 

 

「「え?」」

 

「……嫌な予感が的中しました、のでしょうか」

 

 

「な、なな何故貴様が出て来る!?」

「そうよ!説明して!」

 

「え?だって、隣の部屋じゃん?」

 

「「そういう事は聞いてない(おらん)!!」」

 

 

「そんな事はどうでもいい。なぁバーサーカーよ」

 

「な、なんだ?」

 

 

 

「魔力供給、しようぜ☆」

 

 

 

 

「「うわァァァアアア!!!!」」

 

 

 

「脱兎の如く逃げられたな。おかしい、フランクに言うものではない……のか?」

 

「……魔力供給が何であるか、知らないのですか?」

 

「バーサーカーのヤツが魔力供給についての本を持って逃げてるからな。把握出来ないんだよ。とりあえず話だけでもしに追いかけねぇと」

 

「そうですか。頑張ってください」

 

「ダンケシェーンさんは「シェヘラザードです」……シェヘラザードさんは自分のマスター追いかけなくて平気なのか?」

 

「貴方は暴力を安易に振るうとは思えませんので」

 

「……信頼されてる、と思ってイイっすか?」

 

「ご自由に」

 

 

 

「ところで、何故わたし達の壁に扉を……」

 

「さらば!」

 

 

 

 

「「ダズゲデェェェェエエエ!!!!」」

 

「えぇ!?何、何!?」

 

「わたしのマスターが……!!」

「ヤマトが……!ヤマトが……!」

 

「とりあえず上がっていいから!わかったから!」

 

 次に潜り込んだのはライダー・ブーディカの部屋。

 二人は麦茶を渡されていた。

 

「とりあえず、落ち着いてから話を聞くね。少し、キッチンの方にいるから、落ち着いたら教えてくれたらいいから」

 

「あ、ありがとうございます……」

「ああ、わかった……」

 

(どうするんですかあの変態……!流石に看過できませんけど……!)

(違うんだ……!あのバカ、魔力供給の手段もロクに知らずに善意で追ってきている……!説明の機会も逃してしまった……!)

(なんて間の悪い……!とにかく、ほとぼりが冷めるまで隠れてましょうか)

(そうだな……!)

 

「二人とも?」

 

「「ふぇい!?!?」」

 

「そんなに驚かれるとは思わなかったなぁ。これ、お茶請け置いとくね」

 

 

 そう言って、テーブルにお菓子を置いていくブーディカ。

 

 その後ろ、ベランダの左上からこちらを睨んでいるヤマト。

 

 ヤマト。

 

「「〜〜っ!?!?!?」」

 

 

(なんなのだあいつ!?なんでもう居場所がバレてるのだ!?)

(もはやホラーのソレだよ!?入ってきたりしないよね!?)

 

「あら、チャイムだ。お客さんが来たのかな」

「「駄目ぇ!!!!」」

 

 

「えぇ!?なに!?どうしたの!?」

 

「今は駄目だ!!確実にやられる!!」

「ブーディカさん!!早まらないで!!」

 

 

「……何のことかイマイチ分からないけど、今日はお客さんがお茶菓子を配りに来てくれるの。上手く出来たから食べて見てほしい、って。だから、その子を門前払いしたら可愛そうでしょ?ね?」

 

「たしかにそうですけど……」

 

「分かった。誰が怖いのか分からないけど、その子以外は絶対にこの部屋に入れないから。お姉さんとの約束っ」

 

「……すまない、ありがとう」

 

「どういたしまして。じゃあ開けてくるね」

 

 

「流石に、ブーディカさんの都合は邪魔しちゃいけないし、仕方ないよね」

「そうだな」

 

 

「問題はそのお客さんが誰か、だ。そこまで考えられたらよかったのにな」

 

「そうだね……って、え?」

「は?」

 

 

 

「いつまで逃げるんだ、お前らは?」

 

「「ワァァァァアアア!?!?」」

 

「あれ?もしかして、彼女たちが避けてたのって……」

「俺ですね。あっ、この菓子です。渾身の出来だったので是非食べてください」

「あ、ありがとう」

 

「……くっ!!」

「え、バーサーカー!?ちょ、いやぁぁぁ……!」

 

 

「あっ、逃げられたか」

「ベランダから逃げちゃったね」

 

「で?よからぬことでもしようとしてるのかな?だとしたら許さないよ?」

「あっ、そうだブーディカさん。その事で聞きたい事が……」

 

 

 

「……で?私のマスターの衣服をめちゃくちゃにした挙句、物干しセットを見事に破壊してくれた君らは何をしに来たのかね?」

 

「我がマスターが……!」

「変態過ぎて……!」

 

「……大体察した。とりあえずは話し合いの場を設けるべきだが……。先にヤマトを止めればいいんだな?」

 

「「さすがオカン」」

 

「やめるんだ」

 

 オカンこと、エミヤの部屋にジャンプして乗り移った二人は少し安堵の表情を見せた。

 

「あの……物干し竿はどう弁償すれば……?」

 

「気にする事はないさ。皮肉で言ったに過ぎんよ。後でカンタンに作れる」

 

「投影魔術ってやつですか?」

 

「ああ、このように弓も魔力さえあれば作れる」

 

「凄い……って、撃つんですか!?」

 

「安心しろ。峰打ちで済ませる」

 

「矢に峰打ちってありましたっけ!?」

 

 

「リサ、少々黙るがいい。エミヤ、来たぞ」

「承知した」

 

 バーサーカーとエミヤが二の次も言わずに、合図によって目の色を変える。

 

 エミヤの部屋に呼び鈴が鳴り響いた。

 

 

「どうするつもりだ。エミヤ」

 

「扉を開けた途端に撃ち抜く。他人の場合も考慮せねばならんが、大体は脊椎反射で十分対応出来る。……鍵は開いている!入ってきたまえ!」

 

 ガチャリ、と音が聞こえる。

 

 

 

 

「おいアーチャー。この手紙どういう風の吹きまわしだ?」

 

「––––投影、重装(トレース・フラクタル)!『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』ゥ!!」

 

「なぁっ!?ちょ、まっ、ぎゃあああ!?!?」

 

「ランサーが死んだ!?」

「このひとでなし!!」

 

「なっ、ランサーだと!?何故貴様が此処に––––!?」

「戸締りは確認すべし。主夫なら当然だろ?」

 

「後ろだと!?しまっ……!?」

 

「もう遅い!」

 

 

 

 

「三秒殺し!!」

 

「–––––––––っ!」

 

 

 

「カ、カンチョーされてる……」

「うわぁ……」

 

 

 

「さてと、クー・フーリンをおびき寄せてエミヤを沈めたところで。覚悟はいいか?バーサーカー?」

 

 追い詰めた、と言わんばかりににじり寄る。

 

 二人揃って猫みたいに怯えちゃってまぁ。特にバーサーカー。お前に至っては「くっ殺」にしか見えん。やめとけ。

 

 まったく。

 

「ほら、その本寄越せ」

 

「……え?」

 

「早く」

 

 奪い取るような形で本を開く。

 詳しい行為、参考資料。その他、もしもの為の備考などなど。

 

 なるほどね。やっぱり、こういう事か。ブーディカさんに聞いた通りだな。そりゃ口から出るのも憚れるはずだ。

 

「マスター……」

 

「なんだよ。性欲でしかものを考えない猿とでも思ってたか?だとしたら見当違いだ。上方修正を頼むぜ」

 

 

「そら、帰るぞ」

 

 

 

 

「ふっ、関係が戻ったようで何よりだ」

「エミヤ、まじごめん。だから尻抑えながらシリアスに入らないでくれ。笑う」

 

 

 

 無事に帰って自室。理沙を部屋に送り返したその日の夜。

 

 布団に寝そべっていると、バーサーカーが背中の方から潜り込んできた。

 まぁ、布団が一つしかないから仕方ない事なのだが。

 そして、不意にバーサーカーが口を開いた。

 

「……マスター」

 

「あ?どしたー?」

 

「すまなかった」

 

「……いいって言ってるじゃんか」

 

「その、な。怒らないでくれると助かるが」

 

「ああ」

 

「マスターは正直、馬鹿で変態で人を人とも思わない下衆でかつ、最低最悪な女の敵である性欲でしかものを考えられんクソザルだと疑っていたんだ」

 

「酷すぎねぇ!?思ったよりも俺の評価ってダメだった!?」

 

 思わず振り向く。

 彼女は少し目を見開いたが、そのまま言葉を繋げた。

 

「だが、––––」

 

 

 

「––––少し、な。認めてやろう」

 

 

「何をだよ」

 

「対等なのかも知れん、と思っただけの事だ。まずは私に認められる程度の男になってみせよ」

 

「そんぐらい、チャチャっとなってやるよ」

 

「ふん、魔力もまるっきり渡せずに何を言う」

 

「けっ、魔力供給の話題になった途端にしどろもどろになったヤツのセリフとは思えねぇな」

 

 

「……おやすみ。マスター」

 

「あいよ。おやすみ」

 

 

 

 

 おやすみ……ね。

 そういや、今までこんな簡単な言葉さえお前から聞いてなかったんだな。

 

 瞼を閉じる。今日はいつもよりもよく寝れる気がした。

 

 




「アルトリアさーん」
「ん。ヤマトですか。どうかしましたか?」
「ちょっと過激なんですけどぉ、コレ見てくれません?」
「?」
「ちょっとだけ確認を、と思いまして……」
「……こ、これは!?な、なんと破廉恥な!?」
「あなたをモチーフにした構図がいくつか。ちなみに、このマニュアルを作った責任者は確かAUOという名前の人だとか……」
「……少し、席を外します」
「ついでに、俺からのお礼もやっておいてくれると助かります」




「エクス……カリバァァァアアア!!」
「待て、急にどうしたセイがぁぁあ!?!?」

「なぁにやってんだか、あの人は……。さて、バーサーカー起こしに戻ろっと」


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料理デス! オア デッド!?

色々やっていると、頭こんがらがってなにもやる気起きなくなるんですね。
しばらく書く気起きなくてどうしようと思って、それでも書かなきゃと思って……。
気づいたら令和直前……本当に申し訳ないです。

失踪はしないように頑張りますが、それでも不調や都合により遅くなる事も多くなるかもしれません。
その時は長い目で見てもらえると助かります。
これからまた少しずつ頑張り始めますので!


「おはよう」

「ああ、おはよう」

 

 何気ない挨拶から始まる土曜日。

 大分このマンションでの生活に慣れてきた俺は少し前に大学の入学式を終え、平日の授業が始まった。それと同時に、バーサーカーも外出の権利をゲットするために勉強を始める。

 バーサーカーの現代知識については、聖杯(って何なの?)によって知識を最低限は教えられているらしいが、それはあくまで最低限であり、やはり現代の人間と等しい水準の常識になるには苦労するそう、というのはロマンの言葉だ。

 

 特に、現代人はルールが異様に多い。昔なんかでも法律はあったかも知れないが、現代程ではないと思うぐらいには、この世界は複雑だと思う。

 昔の法律といえばハンムラビ法典とかかな。確か『目を失ったなら、相手の目を抉れ』的な言葉があったはずだが……。まぁ、それらの法律と比べると雲泥の差となるほどには今のルールは難しいものとなっているだろう。

 

「……〜っ、むむっ?」

「本を読みながら朝飯食うのは流石に感心しねぇな?……置け」

「くっ、分かっているが……はむっ」

 

 サンドイッチを片手に、眉間にしわを寄せながらいろんな本を読みふけるバーサーカー。

 どれだけ外に行きたいんだ。

 

 しかし、こんな風貌をしていても本が苦手というわけではないらしい。腕には敵を切り裂く為の爪が付いているバングルはあるから、かなりの武闘派というか、脳筋に近いタイプかとは思っていたのだが……。

 しかし、集中し過ぎて睨むように見てしまう性格なのだろう。睨みつけて一点を見るような目の使い方は、比較的目を悪くしやすいから注意するべきだ。外に出られるようになったら服を何着か似合うのを選ぶだけでなく、無理をしないように眼鏡を買うのもアリかも知れない。

 

 野蛮だが意外と生真面目なバーサーカーに、眼鏡。

 似合うかどうか。

 

「……む。……どうかしたか?」

「いや、なーんも」

 

 俺はそう言ってコーヒーを啜った。

 

 苦っ。

 

 ミルクと砂糖を入れるのを忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、そこの子ブタ! あなた、料理が上手いって? ちょっと頼みがあるんだけど」

「何回も出てきて恥ずかしくないんですか?」

「私って、あなたとは初対面よねぇ!?」

 

 大きなツノをつけた、やたらとピンクが映える少女に絡まれました。

 助けてください。

 

 英霊『エリザベート・パートリー』。自称アイドルを名乗る問題児、らしい。

 とある赤いセイバーとの公演ではチケットを押し売りし、事情もわからぬサーヴァントや同居人を歌という名の超音波で阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出した張本人であるという噂があるが……。

 

 火のないところにケムリは立たぬ。

 触れぬが吉と判断して接触は避けていた。

 

 どんな暴走具合なのかが分からなかったために、ただひたすら避ける事を徹底していた俺だったが……ついに今をもって捕捉されてしまったらしい。

 

 ぷりぷりと怒りながら俺を椅子に座らせるエリザベート。もちろん、椅子を引いてくれるなんて事は無く、ただアイコンタクトで『ココ座れや』と合図しただけである。

 

 なんだコイツは。

 

 色々余計な言葉とともに本題が流れて来たので、それらを頭の中で省いて要点をまとめる。簡単に言えば、料理の腕向上の為に味見役をやってもらいたいらしい。自分で味見をすればいいだろう、という俺の意見は一貫して無視された。

 

 なんなんだコイツは。

 

 そもそも。

 絡まれたと言ったが、エリザベートがわざわざ俺に直接会いに来た訳ではない。形としては、自分から罠にかかっていくような愚行そのものを体現してしまった形になる。

 何故そんな事になったか。理由は隣の赤い男である。

 

「……ふっ」

 

 そう、ニヒルどころか、邪悪な顔で笑うエミヤ。

 

(テメェの所為だぞ、この紅茶ぁ〜〜!!)

 

 そう叫びたくなる気持ちを限界まで抑えつけ、眉ひとつ動かさないまま眼をエミヤに向けて睨み返す。……あ、エミヤの口角がさらに上がった。しまった、無表情のまま睨んだから笑えて逆効果になってしまったか。

 このやろうっ。

 

『料理について、別の観点から意見を貰いたい。すまないが手伝ってくれ』

 

 そう電話を通して連絡しにきたのが正午を過ぎる前。

 エミヤからの誘い出しに、以前の件で迷惑をかけた負い目もあって軽々しく了承してしまったのがここに至るまでの分岐点だったのだろう。今思えば、エミヤから発せられる声に妙な感覚を覚えたものだったが……。

 

 俺を巻き込む為に、平然と諸々の感情を押し殺(ポーカーフェイス)してたな?

 ……おい、その顔やめろ。お前もまだ地獄の底に浸かってるんだからな?

 

「あのー、エリザベートさん……でいいか?」

「エリちゃんまたはエリザと呼びなさい。そっちの方が可愛いから。で、何かしら子ブタ?」

「じゃあ、エリちゃん。そこに見えるのは、料理の材料でいいんだよな?」

「ええ、そうよ。今からとっておきを目の前で披露してあげるから泣いて喜びなさい」

 

 なるほど。料理を作る前という段階なら、エミヤの言った『料理のアドバイス』というのもあながち間違いではないのかもしれない。如何にヤバそうな料理の腕だとしても、事前に口出しすれば矯正の道は見えるだろうから。

 

 問題は。

 

「なんで食材がことごとく赤いんだぁ……!?」

「諦めろヤマト。私は諦めた」

「悟ってんなぁ!? なら一人で勝手に死んでろよ! 俺を巻き込むな!」

「騒がしいわね。叫ぶほど嬉しいのかしら。早速ちょうりちょうりぃ、っと♪」

「くっ、……待つんだ!!」

「……なによ」

 

 不機嫌オーラを隠すこともなく細目になるエリちゃん。だが、引くわけにはいかない。ここで引けば、不味い料理以上の劇物が目の前に置かれる予感がある……!

 なら……!

 

「テストを……させてくれ」

「は?」

 

 エリちゃんにとって突拍子のない提案だったのは、その顔を見れば一目瞭然だった。

 

 そんなわけで、目の前に置くのは赤く陳列された内のどれでもない食べ物。

 その丸くて白いソレは、サイズは大きいものの普通に販売されているものと同一のものだ。

 

 それは、卵である。

 

「料理において大切なのは組み合わせと最適な調理だ。だが、何も美味しいものを重ね合わせ続ければ究極の品が出来るわけではない。世界三大料理の一つと呼ばれる中華料理などはよく『足し算』の料理と呼ばれ、あらゆる物を料理に使うのは周知の事ではあるが……。反対に、『引き算』の料理も存在する。こちらは中華料理の鮮烈さと違い、繊細な味わいを楽しむ事が出来る。その筆頭とも言えるのが日本料理だ。生食なんかがあるのも特徴だが、寿司のように生のままの食材を調理せずに酢飯に乗せて食べる、なんて料理は外国ではあまり見かけないのも特徴だ」

「つまり、何が言いたいのかしら?」

「君が用意した食材。それはいわゆる『足し算』の料理をするための食材だろう。だが、沢山の食材をゴミに……いや、使わなくても少量の食材で料理の上手い下手は判別出来る」

「ふーん……」

「もちろん、特定の料理のアドバイスが欲しいなら話は別になるけどな。その前に、君の腕をこの卵を使って計りたい。……なにせ初めてエリちゃんの料理を初めて食べるし、どちらかといえば苦手な部類だと前もってエミヤに言われたようなもんだからな。エリちゃんは前菜の一つだと思って作ってくれればいい」

「なるほどね……。確かに不安だと思うのは当たり前の感情よね。えーと……」

「ヤマトだ。子ブタなんかと呼ばれるより名前で呼んでくれた方が嬉しい」

「分かったわヤマト。その挑戦受けて立つわ! アイドルは家事も完璧だってところ、見せてあげるっ!」

「あー、アイドルってそんなんだっけ? まあいいや。ちなみに料理は卵だけならなんでもいいぞ。目玉焼きとか、卵焼き。あとはスクランブルエッグぐらいかな。好きに作ってくれ」

 

 早速、調理に取り掛かるエリちゃん。いきなり意図も意味も不明な行程が来るかもしれないと身構えていたが、予想外にフライパンを手に取ってくれた。思ったより大丈夫なのかも知れないと希望が少し見えたぞ。

 実は、日本料理がなんだのと御託を並べてはいたのは結局の所、俺に来るであろうダメージを軽減するためである。禍々しい食材や異質な調味料が使われることを減らす事により、不必要な危険を退けるという算段だ。ちなみに、料理の腕なんかは微塵も期待してはいない。

 そんなのは隣のエミヤの様子見れば想像できるだろっ!

 

 処刑前の晩餐、っつーぐらいに全身真っ白になってんだぞ!?

 

 あまりの白さに驚きと心配を織り交ぜつつも、エリちゃんに聞こえないように小声でエミヤにコンタクトを取る。

 

「おい! 少しは楽にしてやったんだから感謝しろよ……! 後は、難癖つけて俺たちで完全監修すればなんとか一命は取り留め––––––あれ? エミヤ、聞いてる?」

 

 返事が来ない。それどころか、生きてる気配がない。まるで人形を目の前にしているかのような……。

 そう思っていると、次第にエミヤだったものが透けていく。

 

 やがて、人形だったものの構成されていた魔力の塊が空気中に溶けていった。

 

「えっ……?」

 

 不意に紅茶の声が頭の中に反響した気がした。

 

 投影開始(トレース・オン)––––––☆

(アイツ逃げやがったァァァアアア!?)

 

 ふざけんなぁ!! あんの野郎、自分そっくりの人形を投影して逃げやがった!! しかも余裕綽々と投影を消しやがってぇ! テメェのどこが正義の味方じゃあ!! 

 

「出来たわよー」

「ぐっ……!」

 

 あの野郎をどうしてやろうか考えていると、悪魔の宣告が告げられる。

 ……いや、まだ悪魔と決まったワケじゃあない。料理も見ずに勝手に決めつけるのはダメだ。エリちゃんがそもそも悪魔みたいな格好だけど。

 

「これが私の目玉焼きよ!」

 

「……ほう、綺麗な半熟の黄身だな」

「我ながらいい感じに焼けたわ!」

 

「……白身は、少し黒いな」

「うっ……、少し焦げたの!」

 

「……そんで、この赤い部分はなんだ?」

「……あ、赤身??」

「んなわけあるかこの野郎……!」

 

 何故、赤くなるのか。これが分からない。

 赤身は魚の身を呼ぶためにある一つの名称だ。

 断じて。

 

 断じて。

 

 赤い目玉焼きなんて存在しない。

 

 ソースみたいにかけられてるとか、そんなものではないのだ。あろうことか、黄身のど真ん中に陣取ってやがるのだ。この赤いナニカは。

 

 正直、食いたくない。

 うわっ、赤身(?)が黄身をどんどん侵食していってる……!?

 目ん玉みたいなデザインになって来た挙句、なんかこっちを睨んでるかのように見えるんだが。

 

 これがほんとの目玉焼き、ってか。うるさいわ。

 

 恐る恐る、口に運ぶ。

 マナー的に外側から食べなければならない分、より恐怖が助長される気がする。

 

 白身、淡白で良し。

 黄身、とろりとして濃厚。

 赤身……やっぱこの色どう考えてもおかしいってぇ!!(思考放棄)

 

「やっぱ食べたくない! やだぁ! 誰か助けてくれェェエエ!!」

「ヤマトあんたっ、このアタシに作らせておいてそれはないわよ! 食べ物は粗末にしちゃダメ、って親に教わらなかったの!?」

「お前に言われたくないわぁ!!」

 

 こんなおぞましいもん作っておきながら、この小娘は何を言っているんだ!?

 

「仕方ないわね……。ほら、あーん」

「ちょ、マテヨ! その劇物を俺に向けるなっ、こっち向け……ん!」

 

 パクリ、と。

 一瞬の出来事だったように思える。

 

「ムグッ……。……ッ!? ゴハァ!?」

「あら、入ったわ」

 

(ガタガタ……バタン!!)

「イスから転げ落ちるぐらい美味しいのね!」

 

(ビクンッ……ビクンッ……!)

「震える程美味しいのねぇ!」

 

「……」

「気絶するほど美味しかったのねぇっ! よかったわ!」

 

 そんなわけあるか。

 彼が生きていたならば、そう言っていただろうか。

 

「さて、この調子よエリザ! どんどんと舌がとろけるほどの料理を作っていかないとね!!」

 

 おいやめろバカ。

 舌どころかいろんなところが溶けるだろうが。

 そう言って止めることができる人間はここには居なかった。

 

 

 ▽▽▽

 

 

 ガチャリ、と扉を開けて部屋に入る。

 バーサーカーは黒の薄い上着に白の緩いTシャツを身に着けて、外出から帰ってきていた。その服は今のところマスターの私服なのだが。

 

「ロマンからの資料は中々役に立つ。次からは許可が無くとも持っていっていいとはなかなか。精々これからも使わせてもらうとしよう」

 

 満足気に言い放った言葉は、リビングの方へ。

 しかし、返答が聞こえるはずもない。

 

 いつもならば「おっ、よかったな」ぐらいの言葉が聞こえるはずだが、生憎と今はマスターたる人間はここにはいない。

 

 エミヤとの電話に出て、料理を教えに行くと言っていたからだ。

 

 

 だから、いないと思っていた。

 

 

「……マスター、いたのか?」

「……」

 

 本を読んでいた。椅子にもたれかかり、机にはコーヒーが一杯置かれている。寝ているようにも見えた。

 反応しない事によるムカつきが自分の腹の底に見えたが。ふと、思い出す。

 

 ここ最近の私は、このような感じではなかったか?

 

 他人の振り見て我が振り直せ、という諺をマスターなら嬉々として教えるだろう。

 たまたま目に移ったマスターの行いによって自戒する。特に、最近はマナー関係を勉強しているバーサーカーである。より深く理解するため、観察する事が増えたからこそ気づいたことであった。

 

 自身の成長を実感しながらも、しかしマスターに無視されるというのは面白くない。

 普段はマスターから近づいてくるというのに。

 いつもとの違和感によって、何かが少しズレている気がした。

 

 しかしだ。自分のサーヴァントを無視してまで読む本というのには興味がある。

 言ってしまえば、私の事を考えてくれているのは分かる。だが、彼自身は中々に自分の事を教えてくれない。少し前に鍛冶屋を営む養父が居る事は教えてくれたが、ヤマトの好物などは一切知らない。

 

 自分がヤマトの話題を話さないだけなのかもしれないが。

 

 そんな好奇心も相まって、コッソリと……実際にはバレても問題ないと思いながらも後ろから近づいていく。

 ひょいっ、と顔をマスターの肩から出し、読んでいる本を確認する。

 

 見覚えのある、子育てに関する本だった。

 これはバーサーカーがロマンに借りた本の一つである。

 

 あくまで、現代知識としての常識を補完するためのものであり、これを読むのに下心は存在しない。

 バーサーカーは女性であるから、むしろ読むべきともヤマトに言われた。例えば、公園で泣いている子供への対応が間違っていたらどうする、というような不安を解消するため。このような考えが二人の中で一致した。

 

 こんな感じで主従の二人は極めて純粋に考えているため、側から囃されたとしても疑問符がこの二人につくぐらいには、色恋に疎い二人組なのだ。

 

 知識を蓄えるために読んでいる。そう考え、借りた本の一つだったためにどの本か理解したバーサーカーはあっさりと引っ込んだ。大方、マスターは目の前にあったから読んでいるだけで、大体は把握しているのだろう、と思いながら。

 

 ふと、黒いコーヒーに目をやる。

 しばらく眺めて、何の気なしに呟いた。

 

「ミルクと砂糖はいいのか?」

 

「……ん、ああ、ブラックのままだったのを忘れていたか。すまない、砂糖とミルクは何処にあったか……?」

 

「……」

 

「……どうした?」

 

「ここだ」

 

「ありがとう」

 

 手を出そうとして、手が止まった。

 何故なら彼の目の前には、既に武装したバーサーカーが殺気を放っていたからだった。

 何か、確実にズレている。

 そう、バーサーカーの直感が警鐘を鳴らしていた。

 

「今朝の事だ。……覚えているか?」

「何の話だ?」

 

 バーサーカーの手にはモーニングスターが握られている。

 そこにはいつもの姿のバーサーカーではなく、本来の姿である戦士の眼で睨みつける英雄が一人。

 

「今朝のことだ。マスターはブラックコーヒーを飲んで顔をしかめたのだ。余所見しながら飲んだせいか、何も入れてない事に気付いてなかったようでな」

「……」

「だから、テーブルに砂糖とミルクを()()()用意して置いたんだ。……知っているか? 人間の記憶力というのは他人が行った事に比べて、自分で行った行動に対しては比較的覚えてる事が多いそうだ」

「……ふむ、なるほど」

「マスターの受け売りだ。そういう豆知識を教え伝えられるのは我がマスターの美点だが……」

 

 

 

 

「その事を知らずにどこに置いたか忘れたなどとほざく貴様は何者だ。今思えば、胡散臭いぐらいにマスターに似ている貴様は一体なんなのだ!?」

 

「……全くの偶然か。それとも血は争えないという事か。戯れとはいえ、ここでネタバラシというのも哀しいものではあるが、ふむ……仕方ないな」

 

「……認める、という事だな?」

「それしかあるまい。もとより、いつかはバレると踏んでいた」

 

 マスターだと思っていた男が、バーサーカーに向く。

 外見などは一切似ていなかった。

 完全に私服で過ごしているヤマトと比べて、堅く漆黒のスーツを纏っている。銀髪のその人物による、前髪によって隠れた片目から射抜くような視線が刺さる。

 やや能天気な声色とは裏腹、その顔には何も表情が張り付いていない。

 黒の手袋をはめ直す仕草の後に、悠然とイスから立ち上がった。

 

「何故……と、思ったか?」

 

 男の声が正面から聞こえる。

 

「何故、外見にかかわらず騙されたか。何故、自分がそれに違和感を持てなかったか。……それらは全て単純な事だ。視覚以外の情報全てにおいてヤマトという人間と錯覚させられていたからに他ならない。私が錯覚するように仕向けただけの事だ」

「貴様……何をした。アサシン紛いの変装ならばサーヴァントである以上、看破できる筈だ」

「どうということはない。ならば君たちが気づかぬ程度に極めればいいだけの話だ。無論、これらは誰でも出来る範疇のものに過ぎない。所詮はただの技術だ」

 

 ただの技術、という言葉にバーサーカーは頭の底で引っかかった。

 気付いたのは偶然だろう。

 

 誰かと同じ。技術、という言葉で片付ける人間。

 

『魔術じゃねぇ、技術だ』

 

 ––––それはまるで、マスターのようではないか。

 

 

 この人間は、ヤマトという個人になりきる前から似ているのだ。

 

 

 マスターに似ている人物という事はつまり、遅かれ早かれ彼らの見えない接点に気付くものだ。さらに、敵意がないというのならば、人間関係が近い人物と絞り込む事も出来る。

 

 故に、真っ先にバーサーカーは家族関係であると感づいた。

「まさか、鍛冶を営んでいるというマスターの父親……?」

「……そうか」

 

 

 同時に、違和感も感じていた。

 しかし、その正体まではバーサーカーも分からなかった。

 そして、その違和感は目の前の男によって払拭されることになる。

 

 

 

 

「鍛冶……という事は、そうか。アイツは養父の話はしていても、実父の話はしていないのだな」

「実父……だと!?」

 

 

 家族関係ではなく、血縁関係。

 似ている、その根幹とは遺伝子の相違である。

 例え、育ての親であろうと養子と血を繋げる事は不可能。それゆえの違和感。

 

だが、それらの知識は知っていなくとも、バーサーカーは直感で感じ取った。

 

 

「アマゾネスの気高き女王、お初にお目にかかる。私の名前は東条斬人(トウジョウキリヒト)。以後お見知り置きを、といったところだ」

 

『このにんげんこそが、マスターの父親だ』という事を。




ヤマト
エミヤにカンチョーした負い目を感じて今回参加。すぐに後悔。次回にはたぶん復活してる。

エミヤ
それが正義の味方のすることかよォォオオオ

エリちゃん
もうなにもしないでくれない?(切実)

エルドラドのバーサーカー
外に出ても大丈夫だと認識されるために勉強中。エルバサの私服ってどんな感じが一番似合うと思う? みんな教えてくれない?

東条斬人
ヤマトの実父らしいが……。目的は不明だが、明らかにヤマトに用があるように思える。


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生と死の二重螺旋構造

投稿頻度は最近かなり不定期です。多分もうちょっと不定期です。
頑張って書くけど、忙しいから遅くなっても怒らないでね!


色々あるからね、仕方ないね!
それではどうぞ!


「目を覚ませ」

 

 声が反響するように、繰り返されるように聞こえる。

 浮遊感のある空間にて、俺は意識を持ち直した。

 

「目を覚ませ」

 

 深い意識の中から、辛うじて覚醒し、浮上する感覚を覚える。

 暗闇から、真っ白な世界に戻るように。

 

「目を覚ませ」

 

 この声の主を探す。

 俺が唯一、覚えている事。それは。

 

「目を覚ませ」

 

 

 

 

「目を覚ませ、ヤマト!」

「テメェのせいじゃろがいぃぃ!!」

「ぐあぁぁ!?!?」

 

 目の前の褐色男に向かって目潰し(チョキ)を遠慮なく叩き込む。

 

 覚えている事? テメェが見捨てた事への恨みに決まってるだろうがァ! 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 目を覚ました直後にも関わらず、俺は素早く現状把握に努めていた。大丈夫、こんなことは慣れっこだ。

 なぜ、すぐに対応が出来るほどに手慣れているのか。前にバーサーカーとの風呂の時にて、女体を見ると条件反射で気絶する体質を持っている事は以前にもあった通りだろう。ただ、その性質のために目を覚ました後の行動は迅速に対応出来るほどには俺の行動は研ぎ澄まされているのだ。

 

 研ぎ澄まされる程に気絶の回数が多い。ということは。

 つまり、ラッキースケベでの失神も昔からよくあったという事で……。

 その点においてはそっとしておいて欲しい。

 

 ともかく、情報を掻き集めた結果として、地獄から抜け出していない事は把握出来た。

 テーブルの上には、玉子の黄身が垂れた跡の残る皿。そして、厨房にてドラゴンブレスを中華鍋を使って踊らせているドラゴン娘が一匹。……てかあそこだけ炎上してない?? ノッブの本能寺じゃねぇんだから。

 そして、目を刺されて床を無様に転がりまわっているエミヤ。何が「ぬおおお……」だ。こちとら臨死体験してるんだぞ。

 

「それについてはすまなかったと思っている……!」

「すまんで済んだら警察はいらん。私刑(リンチ)にしてくれる」

「思ったよりも時間が掛かったんだ……! すぐに戻って来るつもりでいた!」

「思ったよりも? 何してたんだよ?」

「……ところでヤマト、君はまるごしシンジくんという物を知っているか?」

「まるごし、なんだって???」

 

「実は、ランサー……エリザベートの料理に関しては対処法はある。それがまるごしシンジくんというアイテムだ。これを使うと代わりに完食してくれるという代物であり、もちろん所詮人形のために味覚なぞは存在しないから罪悪感はない。私はこれの準備の為に一旦離れていたのだ」

「最初からソレ使えばいいじゃん」

「時間がなかった。ヤツの行動の方が速く、準備することさえ出来なかった……!」

「……ん? もしかして俺って……」

 

「お前は時間稼ぎ要員だ」

「お前、それでも正義の味方か?」

 

「しかし、それは電脳……いや、色々事情があって実物そのものがなかった。だからどうしても一から作る必要がある。しかし、先程偶然にも素材が手に入ってね。作り上げるのに時間が掛かってしまった」

「一応、それで解決できるなら……うん? いいのか?」

「とにかく、これが実物だ」

 

 

 

「ん〜〜……!!!? ん、ん〜〜!!!?」

「まるごしシンジくん改め、まるごしロビンくんだ」

「お前、それでも正義の味方なんだよな!?」

 

 

「正義の味方とは、(知り合い)を捨て(自分)を救うことだ」

「やめちまえ正義の味方(そんなもん)!!!」

 

 カッコつけていうことじゃない。

 心の底からそう思った。

 

 緑のマントを羽織ったアーチャー、ロビンフッドは脚と手を拘束され、口はガムテープで固定されていた。なにこの誘拐スタイル。ガムテープを剥がすと同時にロビンフッドの口から罵詈雑言の嵐が吹き荒れるのは当然のことだった。

 

「オタクら、何してくれてんの!? たまたま天気がいいから茶屋にでも行こうかと出かけたら首絞められて落とされたんだけど!? 容赦ねーなおたくら!! しかも、あのお嬢ちゃんの所に俺を運ぶとか、なんか恨みでもあるのか!? 恨まれる事をした覚えはないんですがねぇ!! いいからこんなとこオサラバさせてくれませんかねぇ!!」

 

「すまない、エミヤが勝手にやったんだ。……とても心苦しい限りだよ。巻き込んで悪かったと思ってる」

「……じゃあなんで、そう言いながら手足の拘束は解かねぇんだ?」

 

「……」

「……おい?」

 

「……大義のための犠牲となれ」

「オイィッ!?」

 

 すまない。これは誰もが思うだろう。命は自分のものが第一なんだ。

 俺たちなんかに遠慮せず、散ってくれ。

 

「ごめんなぁ……! 俺が不甲斐ないばかりに、迷惑かけて……!!」

「本当に迷惑この上ないな!? あと、せめて悲しそうな顔してくれませんかねぇ!? そんな安らかに安堵した顔初めて見るんだが!? やめろ、オレを椅子に括り付けるんじゃねぇ!! そんで思い出したかのような嘘泣きをやめろぉ!!!」

 

「南無」

「ナム」

 

「テメェら、殺してやろうか!?」

 

「あら、緑茶もいたのね。……何してんの?」

「緑茶?」

 

 一息ついたのか、騒がしくて様子を見に来たのか。エリザベートことエリちゃんがヒョコっと顔を出した。

 

「エミヤ、緑茶って?」

「そこのアーチャーのあだ名のようなものだ。不本意だが、私も似たような呼び方をされている」

 

「あなたは紅茶でしょ」

「ああ」

 

「緑茶」

「……はいはい」

 

「えーっと……玄米茶?」

「なんでや!? 俺と玄米茶は関係なくない!?」

 

 なぜ烏龍茶や煎茶、センブリ茶ではなくよりにもよって玄米茶なのか。もう少し考えようはあっただろう……!? 

 

「そもそも、私たちはアーチャーだ。紅いアーチャーを略して紅茶。緑のアーチャーを略して緑茶。そういう過程がある。君はアーチャーでなければそもそもサーヴァントですらない。せいぜい、普通に名前で呼ばれるように頑張れ」

「そういう事ね。うん……やっぱ玄米茶は嫌だわ……。頑張るよ」

 

 どう頑張ればいいのかは知らんが。

 まあ先程、エリちゃんは名前で呼んでくれてた気がするし、その辺りまでは考えなくてもいいかもしれない。

 

 ……そう考えながら、ゆっくりとドアノブに手をかけ、エミヤに反対の腕を掴まれた。

 

「どこへ行く?」

「ちょっと離してくれないか? トイレに行きたいんだが」

「そう言って逃げる気だろう?? 魂胆は分かっている、席に戻れ」

 

「嫌だ! いつのまにかテーブルに並べられている料理を俺は直視したくない!」

「現実逃避をするな! まだ地獄は続いているんだぞ!」

 

「やっぱ、あそこの二人失礼過ぎない?」

「なら、そもそも作らない方が懸命だと思うんですがねぇ。……色んな意味で」

 

 いい感じに帰れそうな雰囲気が漂っていたので、これに乗じて帰ろうという作戦は見事に防がれてしまったようだ。

 しかし、その空気そのものがコントのようになっていて呆れたのか、エリちゃんは俺らに対し鋭い言葉をつっこみ、ロビンはそれに返していた。

 

「とにかく、この真っ赤に彩られた料理をなんとかしないとな……!」

「何、こちらには切り札がある。我々ならば切り抜けられるだろう」

「そろそろ解いてくれませんかね? 悪寒がマジでヤバいって告げてんだけどよ……」

 

 エミヤと共に、慎重に劇物を扱っていく。

 

「……このスープ、スプーンが溶けたぞ」

「……麻婆豆腐を掬ったはずなのに、レンゲの大部分が消えてったんだが」

「……は? なにそれ? 本当に料理か??」

 

「「……」」

「……ちょ、ちょっと待て。お、オタクら……まさか……」

 

 

 

 

「「あーん」」

「ふざけんなぁ!! そんな物騒なもんこっちに向けんな!! それに男からのあーん、なんて拒否するに決まってるだろ普通に!!」

「なんでお皿を持って食べさせようとするのかしら? スプーンとか置いておいたはずだけど???」

 

「うるさいぞロビンフッド。さっさと食べろ」

「どうせ全部食べるんだから、無駄な抵抗だと思うが?」

「お前ら人じゃねぇな!?」

 

 失敬な。死にたくないだけだ。

 

 頑なに口を開こうとしないロビンフッドに「仕方ない」と思いつつ腹パンをお見舞いし、まずは一口を確実に入れる。

 

「ごはあっ!? ムグゥ……!? ンゴゴゴゴゴ……」

「おっ、入った入った。お味はどうだ?」

 

 

 

 

 

「……」

 

「エリちゃん……コレ美味しいらしいぞ」

「そのようね!」

「ついでだ。他のも流し込むか」

 

 当分して、ナイチンゲールに連れて行かれる緑茶を見守りつつ俺とエミヤで(根本的な)料理のアドバイスをエリちゃんに授けたあと、この料理会はお開きとなった。

 

 しばらくしてブチギレたロビンが一週間に渡って毒をあらゆるところに盛り始め、エミヤと共にまた一悶着あるのは別の話。

 

 

 ▽▽▽

 

 

 夕焼けが綺麗だ、なんて思いながら帰路につく。

 俺は出来るだけ、別の用事と合わせて買い物を済ますことにしていた。何故なら、買い物という理由だけで出掛けるとバーサーカーが凄い形相で睨むから。

 

 あの顔はいかん。ついでにちょっと泣きそうになってたし。だが、連れていけないのが現状だ。テストをクリアするまで我慢してもらおう。

 

 買い物用のエコバッグをいくつか持ちながら、バーサーカーについて考える。

 今思えば、バーサーカーは料理が下手ではない。慣れない調理にやや不器用な部分が合わさって下手に見えていただけで、エリちゃんと比べても成長の速さは一目瞭然だ。まだ一ヶ月も教えていないのに、もう軽食なら作れるほどには上手くなっている。

 バーサーカーはやればできるのだ。そのぐらいなら俺にも分かる。

 

「……あ、そうか。やっと一ヶ月くらいか」

 

 なんとなしに呟いた言葉が、重く感じた。

 

 それほどに、一日が濃く感じていたのだろうか。

 

 バーサーカーを、バーサーカーと呼び続けて一ヶ月。

 あの少女の真名は未だに分かっていない。というよりは、知ろうとしていないのが正確な現状だ。

 彼女との距離は少しずつだが近づいてきてはいる。それは俺でも分かっている。だが、名前をわざわざ聞く気にはなれなかった。

 今更、名前を聞く必要はない。上手くいっているのだから。

 

 しかし、本当にそうだろうか? 

 

 もしかすると、彼女はまだ不信感を持っているのかもしれない。

 もしかすると、俺は大して彼女を信頼していないかもしれない。

 

 そう思うほどに、自分の中で『真名を知らない』という事は枷になっている気がした。

 

 いや、そんな事は妄想に過ぎない。

 実際、関係は良好だ。

 

 それでも、と。考えてしまう自分がいるのも否定は出来ない。

 

 でも見たくない。見ようとしたくない。

 そんな事、あるわけがないんだ。と。

 

「早く帰ろう」

 

 無性に会いたくなっていた。歩く足が速くなる。

 まだ一ヶ月も経っていない関係でも。

 

 彼女は、俺の––––––。

 

 

 

 

 –––––サーヴァントだ。

 夕焼けは地平線と重なっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったな」

 

 その男は、依然変わらず椅子に座り続けていた。

 

 カーテンが風に大きく揺れ、黄金の光が男を包んでいた。

 買い物の袋を床に零す。

 自分の見開いた目には、目の前の男しか捉えていないのは分かっている。だが、目を離せない。

 

「なんで……ここにいる!?」

「……」

「答えろよ……クソジジイ!!」

 

 怒号が響くが、誰も気付かない。

 防音設備が完備されたこの部屋では、誰にも届く事はない。

 

「ふむ……、縁を切った相手にクソジジイ、か。……罵声でもジジイとは。まるで、まだ家族だと思っているかのようじゃないか?」

「テメェが勝手に縁を切ったんだろうが……!! どのツラ下げて来てんだ!! バーサーカーを何処へやった!!」

 

「奥にいるはずだ。……はて、言われてみれば先程から声が聞こえないが。どうしたのだろうな」

 

「……ッ! この野郎ォォォオオ!!」

 

 振りかぶった拳は、男の……父親の掌で止められた。

 

「先程から、何を怒っている? そこまでの事をした覚えはないが」

 

「決まってる……!!」

 

 

 

 

 

 

「実家の俺の部屋にエロ本を大量に置いたのテメェだろうが!!」

 

「……」

 

 

 

 

「あ」

 

「『あ』じゃねぇ!!」

 

 父親、東条斬人は次に来る上段蹴りを甘んじて受け入れた。

 

 

 ▽▽▽

 

 

「あれは知人に渡す資料として必要だったものだ。お前の部屋を倉庫として使っていて、そのような荷物の一部だったのだが……。道理で無くなっていた筈だ」

「見つけたのがよりにもよってお袋なんだぞ!? なんでわかりやすくメイド物なんか置いたんだ! お袋が勘違いして『私でよければ……』とか電話で言い始めた時にはこの世の絶望を感じたわ!!」

「妻はメイドとして素晴らしい仕事をしていた女性だからな。引退したとはいえ、その心に一点の曇りもないか」

「誰が今惚気ろって言ったんだ!? 元息子になんか言う事あるだろが!!」

 

「大変すまなかったと思っている」キリッ

「少しは申し訳なさを感じる表情をしろ!!」

 

 

「む、帰って来たか。マスター」

 

 何処か抜けているが常に表情がない父親にツッコミを畳み掛けていると、ひょこっとバーサーカーが奥の扉からやってきた。

 

「……バ、バーサーカー」

「どうした?」

「いや、なんでもない。ただいま」

 

 父親が来たからと言って、特に大事はないようだと安堵した。

 実父を見た時から嫌な予感はあったが、杞憂だったのだろう。

 そう言い聞かせ、

 

「先程はすまなかった。バーサーカー……と俺も呼ばせてもらおう。勢い余って腹を貫いてしまった」

「気にするな。私が弱かっただけだ。……むしろ手当までされれば認める他あるまい」

「殺す気は無かった。それだけだ。……完治した上に問題なく動けるようでよかった」

「ん?」

 

 何を言っているのかわからなくなった。

 

「お詫びにというのも憚られるが、ヤマトの幼少期のアルバムを持って来た。見るか?」

「本当か! 見させてもらおう」

「待て待て待て待て待て待て待て待て!!」

「どうかしたか?」

 

「どうかしたか、じゃあねぇだろ!! 何してんだクソジジイ!?」

 

「何。バーサーカーの腹部を貫き、無傷そのままのように治しただけだが?」

「……は?」

 

 思わず、固まった。

 

「警戒されてしまってな。相手をしていたら殺してしまった。まぁ、この程度ならお前でも簡単に出来るだろう?」

「……う、ウチの親父に常識はないのか」

「お前の物差しで人を測るな。俺にも常識はある。……ただその上で常識を選んでいるだけだ」

「くそっ……。訳わからないその理論でバーサーカーとうまく噛み合ってるのが妙に腹立たしい……!」

「人に合わせるとはこういう事だ。俺の中ではな」

 

 服のどこからか取り出されたアルバムをバーサーカーは受け取りながら、家族ならば気になる疑問を口にしていた。

 

「実父やら養父やら言っていたが……、縁を切ったとはどういう事だ? よくある事なのか?」

 

 それに対して、俺ははっきりと答える。

 

「いや、縁を切るなんて事は相当な事が無ければ普通は現実では起こり得ない事だ。ましては、コイツみたいに意味不明な理由で縁を切るヤツは、な……」

「……どんな理由なんだ?」

「俺が答えよう」

 

 東条がそう言って口を開く。

 

「簡単に言おう。ヤマトに血縁はいらないからだ」

「は?」

 

 今度はバーサーカーが固まる。

 思わず俺は手で顔を抑え、ため息が出てしまう。

 こういう父親なのだ。

 

「近いうちに、ヤマトは血縁の家族というものが邪魔になる事態が起こるだろう。ならば、予めその事態を加味した上で動いていた方が良い。だから縁を切った」

「???」

 

 いや、そりゃバーサーカーもそうなるだろう。

『近い未来、そうなるかもしれないから事前に手を打つ』という事を平然と行う人間なのだ。

 

 そして、いずれ必ずその通りに動く。

 それがこの男が大黒柱である、東条家の常識なのだから。

 

「未来視の能力か?」

「概ね間違ってはいない。が、正確には違う」

「……どういう事だ?」

「『能力』ではない。人間としての特別な力として持っているわけではない。誰かにとっては能力でも、俺にとってはこの程度は一端に過ぎない。故に、能力ではないのだ」

「???」

「まぁ、そうなるよな」

 

 安心しろ、俺も何言ってるかわからない。

 

「まぁ、親父については置いておけバーサーカー。脳味噌が人間の域を超えてんだ、ウチの親父は。……縁切られてるから親父じゃないけど」

 

「では、マスターの養父というのは?」

 

「ふむ、俺を当主とした本家があり、その分家に大和家がいる。その鍛冶屋の家庭の跡継ぎという名目で縁組したのがそこのヤマトだ」

「親父が見た通り以上の若さだから、当然、本家と分家は血は繋がってないぞ」

 

 養父(ジイさん)の方が年寄りだしな、と付け足す。

 

「実は俺の……」

「む、ここまでか」

 

 会話の最中に、不意に親父がそう漏らした。

 

「すまない。ゆっくりしたいところだが時間だ。相変わらず多忙な身でな。これから篠ノ之と会談がある」

「誰だよ」

「宇宙面での技術資金を援助させてもらっている相手だ。それでは失礼する」

 

 そう言って窓を開け、ベランダに足を掛ける東条。

 最早、その行為に「なぜベランダから帰るのか」などと疑問を呈する人間はいない。

 東条斬人という人間に短時間でも毒された結果である。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで本題を忘れていたな」

 

 そして。

 

「一つ、課題をやろう」

 

 運命を置いていった。

 

「この箱庭にいる英雄達は、当然ながら偶然現れたわけではない。聖杯戦争やカルデアのように召喚されたわけでもない。誰かが意図的にこの状況を造り出し、そしてサーヴァント達を何の自覚もないままにここで生活させている」

 

「なに?」

「……どういう事だよ、親父」

 

「誰が、何のために、この箱庭を造ったか。それを探すんだ。お前達はいずれ、その黒幕を利用しなければならない。 ……気をつけろ、■■■。それに■■■■■■■。お前達の敵は、人間の辿った歴史、それに伴う叡智そのものだ」

 

 俺は親父が途中で何を言ったのかが聞き取れなかったが、微かに聞こえた。

 あれは俺の名前だ。かつて、東条だった時の。

 

 彼女もそうだろう。

 きっと、東条斬人が言ったのは彼女の真名だ。

 

 

 俺には分かるんだ。こういう男なんだ。

 

 

『俺たちの関係を知った上で、片方には聞くことができない声を駆使して会話をする』

 男女の聴覚の違いを利用した会話法。どう言う理屈かは理解できないが、恐らくそれだ。

 

 

 

 

 

 カーテンがたなびく。

 今更ながら、外が暗いことに気づいた。

 

 俺とバーサーカーは闇に消えた東条を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強い風がリビングに吹き、放射線状に布の白が舞う。

 

 窓を閉めると、バーサーカーを見やる。

 その目は「アルバムを見ていいか」と聞いているようなので、

 

「いいぞ」

 と、答えた。すかさずバーサーカーは表紙をめくった。

 おかしな写真を撮られていないか探るために、横から俺も覗く。

 

 

 しかし、そのアルバムに目を落とす事はなかった。

 

 

 ゆっくりと落ちていく、アルバムに挟まれていた紙。

 

『藤丸立香と合流せよ』

 

 バーサーカーは何が書いてあるか理解出来なかったようで、()()()()()()()()()()()をただ睨んでいた。

 

 当然だ。こんな走り書き、見る機会は少ない。バーサーカーが分かるはずがなかった。

 しかも、達筆とも取れるか取れないかの原型を留めているか定かではないレベルの書き方であったため、側から見れば子供が描いた『ぐるぐる』の様でもある。

 

 たまたま、知っていたからだ。

 俺は、この文字の形の意味を知っていたから、分かっただけなんだ。

 

『父さん……? これは何?』

『これは暗号だよ。藤丸立香と合流せよ、という暗号だ』

『ふじまるりつか……?』

『いずれ分かる』

 

 子供のころに言われた謎の暗号があった。親父は読み方のみを教え、それ以上ははぐらかした。この歳になって再度聞けばなるほど、確かに人名だと分かる。親父の睨んだ通り、解読は確かに出来る。

 だが、幼い頃にいずれ発する命令の暗号を覚えさせるなんて、その行動自体は、本来なら有り得ないだろうが。

 なぜ、そうなる事を親父は知っているのか。それは親父にしか分からない。

 

「何もんだよ、ウチの親父は……」

「マスター、これは何の絵だ?」

「……人探しをしろ、とよ」

 

 

 

 

 

 

 

 運命を辿る、白銀の歯車。

 僅かに、されど静かに動き始めていた。




ヤマト
とりあえず生きる事が大事。ちょっぴりバーサーカーの事が気になっている……? 本名はなんだろうね。

バーサーカー
「なんで腹貫かれて生きてるん? まぁ生きてるからいいや!」という脳筋ポジティブ思考を持っているため、お義父さんの話は全く分からない。真名はなんだろうね。

エミヤ
正義の味方。ただし、養父の基準。

エリちゃん
何回も出てきて(ry。最近の料理は溶けるらしいぞ。

ロビンフッド
正義のための犠牲枠。緑茶でうがいをすればワンチャン生き返るけど、その前にナイチンゲール送りされた。

東条斬人
ヤマトの実父であり、今作品で一番の頭おかしい筆頭の東条……ではなく、登場である。「予知? 当たり前に出来るが?」というチート具合。何かを知っている様だが、完全にヤバい雰囲気の案件を知らせていた。

藤丸立香
誰やねん。


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アホ、無言、窓辺にて。

もはや恒例の謝罪から。
遅れてすいませんでしたァァア!!

大体四ヶ月ぐらいですかね。色々あったんです、色々。

デスストランディングを最近買いました。


 朝日に照らされ、微睡みから覚醒した俺は大きな欠伸をした。

 

 昨日、縁を一方的に切った張本人であり実父、東条キリヒトとの邂逅を乗り越えた朝。微睡みは未だに頭に淀みのように残っていた。

 

 養父(じいさん)は元気だろうか。元気に鍛冶屋でも営んで、見事な刀を造っている事だろう。

 

 いざ覚醒しようと、俺は布団から起き上がろうとして。

 

 

 

 バーサーカーの寝返りから放たれる裏拳を側頭部に受け取った。

 

 ▽▽▽

 

「今日は珍しく遅い朝だな。日曜日だから学業の方は問題ない……とは思うが、随分と珍しいな?」

「久し振りにその無垢な寝顔に殺意を覚えた」

「ああ……悪いとは思うが。頑なに布団を買わない貴様の非でもあるだろう」

「色々考えてるんだよ。第一、寝具は俺の一存じゃあ決められねぇし」

 

 面倒な、とバーサーカーにため息をつかれた気がする。

 

 コイツの寝相には慣れたものではあったはずだが、どうにも調子が悪い時の理不尽パンチは重く響くし、避けられない。だからと言って、寝具を買うとしても合うかも分からないモノを買う気は無い。言ってしまえば、ベッドが自分に合うものは本人にしか分からないと思っている。オーダーメイドとして細かい箇所を突き詰める人も世の中にはいるぐらいなのだから。

 そう、俺はバーサーカー自身に選ばせたいのだ。

 

 つまり、バーサーカーが外出許可を得る。

 

 この建物の中における外界への過干渉を防ぐためのルールであり、サーヴァントが暴走しないために設けた規則の檻。当然、その件に関してはバーサーカーのみがなんとかしなければならない問題だ。

 しかし、バーサーカーは別の事を考えているようだった。

 

「ところでマスター」

「どうした。頭の中に知識を詰め込まなくていいのか?」

「それは後でやる。問題はお前だ。そんなに悠長にしていていいのか?」

「何が?」

 

 バーサーカーは「貴様の父親の課題の事だ」と言い、真剣な眼差しを俺に向けた。

 

「人探し、だったな? 早急に対応するべきものであればすぐに動くべきだ。……狩るのだろう?」

「狩らねぇよ、やらねぇよ。あれは別に今すぐやれって仕事じゃない。でなけりゃ、アイツが期限を伝えずに帰る訳がないからな」

 

 実父であるキリヒトを父親とは決して呼ばない事に目を少し伏せたバーサーカーを無視しつつ、テーブルに置かれたままのアルバムを手に取る。あのグチャグチャな文字の手紙は念入りに処分済みだ。探偵でもない限りまず気づく事すらないし、もし解読する輩がいても不可能、又はかなりの時間がかかるだろう。

 何かある訳ではないが、念のためだ。

 

「アイツの事だ、きっと俺たちが必死に避けようとしても必ず巻き込んでくる。だとしたらもう、なんというか……わざわざ網にかかりに行く必要はないだろ?」

「そこまで執念深いようには見えなかったが……」

「執念……とは少し違うな。気づいたら俺たちの逃げ道が塞がっているんだよ。アイツは諦める事を知らない。というよりは、諦める前には既に状況を整えて都合のいいように動かせてしまう。アイツの悪質な部分だな」

 

 話しながらアルバムを本棚の下にしまおうとすると、袖を引かれる。そういえば昨日は、バーサーカーも俺と一緒で手紙が気になっていたのかアルバムの写真を見ずに寝る支度をしていたのを思い出す。

 

「そんなわけで、まだ積極的に動く気はない。もしかして藤丸立香という人間は殺人鬼なのかもしれない。探すだけで、何かの組織に目を付けられる可能性もある。下手な情報すらないうちに面倒事に巻き込まれないために、今はいつも通りに過ごす。分かったか? 分かったら、このアルバムを見てからでいいから大人しく勉強してろ」

 

 そう言って、キッチンに向かった。バーサーカーは納得はしているが、俺自身に思うところがあるらしい。それ以上は何も言わずにアルバムを開いた。

 

 ……やる気がないヤツだとでも思われたかね。

 

 危険な事に首を突っ込みたいという無謀なサーヴァントという訳ではないようだが、それでもバーサーカーはサーヴァントの中ではかなり好戦的な部類だと思う。まともな手がかりがなければ見つけるべきだ、なんて考えが頭をよぎっているかもしれない。でも、俺もどちらかといえば似たような考えだ。

 

 ただ、それ以上に慎重にならざるを得ない状況があることを知っている。それは他でもない、東条キリヒトという人間によって。

 

 とにかく、俺は遅めの朝食作りをはじめることにした。

 バーサーカーがアルバムに興味を示している時に、料理の練習だなんだと言ってわざわざ興味あることから遠ざけなくてもいいだろう。

 

 料理を作る当番は基本的には決めていない。俺は家事くらいなら2人分になろうと苦と思わないし、バーサーカーもその日によって気分などが違うだろうと考えた結果、お互いが気を遣ってなんとなしに料理修行か俺だけで2人分を作るかを判断する事になっている。

 

 バーサーカーの朝の行動はあまり変わらない。料理の腕を切磋琢磨しているか、俺がご飯を作っている間に本を読むかのどちらかになってきていた。ルーティンというものはこうやって出来ていくんだと思いつつも、本を読んでいる姿にちょっとしたオヤジ臭さを感じている。なんか、新聞をもって難しい顔をする養父(じいさん)に少し似ている気がする。

 

 本人に言ったらまず間違いなくボコボコにされるから言わないけどネ! 

 

 

 

「できたぞ。食え」

「ん」

 

 今日のラインナップは和食で、白米と焼き魚という鉄板に加え納豆と生卵を添えた朝食にしてはかなり豪勢なメニューになった。実は不意に現れた実父を前に凌ぎ切った自分へのご褒美だったりもする。

 

「いただきます」

 

 早速、できたての湯気が立ち上るお茶碗片手にお魚を突く。いい塩加減の身を白米に乗せて頬張った。

 

 ああ、いい。

 

 食べたいメニューでもあったからか、ホッカホカご飯が身に染みる。

 ……スゴイ美味い。味噌汁も作るべきだったかな。

 

 小さな幸せを噛み締めながら目の前を見ると、バーサーカーはまだアルバムに目を向けていた。

 

「おーい?」

「ああ、すぐ手をつける」

 

 あっ、これ生返事だ。

 見たいのは分かるが、別に逃げやしないんだからあとで見ればいいだろう。さっきはオヤジ臭いと言ったが、今はマンガを一心不乱に読み続ける子どものようだ。見た目も幼いし。

 

 ……なんか無性にイタズラをしたくなってきた。

 美味しいものを食べて機嫌が良くなったからか、ちょっかいをかけたくなってきてしまった。

 

 ただ、イタズラの方向性をまちがえたら反撃に拳をお見舞いされる可能性が非常に高い。ただでさえ物理攻撃多めのバーサーカーになかなか空気の読めないイタズラをしてしまえば、天井に顔が埋まるだろう。割とマジで。というか、一回やった。寝相で攻撃されたときに悔しくておもちゃの虫を置いたのだ。天井から頭を抜くのにすごい苦労した。

 

 ふと、朝食に置いておいた生卵が目に入る。バーサーカーがどう使うか分からなかったので殻を割らずに置いてあったものだ。早速バーサーカーの分を拝借してキッチンに向かい、お湯を沸かし始めた。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

「あーん」

 

 数分後、ほかほかになったゆで卵を手に持った俺は、その手をバーサーカーに近づけていた。

 食べるための手が塞がっているなら俺が食べさせてやればいい、という安直な考えから来たイタズラだ。普段から小さくはない攻撃を食らっているのだから、こんな時くらいは恥ずかしがってもらうとしよう。別に「やめろ」と言われても善意からきていることはバーサーカー本人にも分かっているはずだから、間違っても手が出ることはあるまい。

 

 

 

 

 さあ、どうする!? 

 

 

 

 

「はむっ」

「……へ?」

 

 何を思ったか、出されたものがゆで卵と分かったバーサーカーはそのまま一口で半分を持っていった。

 

 もきゅもきゅと、何の気なしに咀嚼するバーサーカーを目にして、俺はただただ放心してしまう。

 

 唇が妙に光っていた。

 そう見えていただけかもしれないが、俺は思わず喉を鳴らした。

 薄桃色の口が動く様に魅入られたかのように、口を含んでいる姿をただ見つめる事しか出来なかった。

 

 いやいや、そうじゃないんだ。

 

 我に帰ると、身体が熱い。頰が紅潮していると分かる程に。すかさず「おい、何食ってんだよ」ぐらい言ってそれで笑い話にするはずだったのに。こんなはずじゃないんだ。

 これじゃあまるで……。

 

 ろくに口も動かせない状態になってしまった自分に対し、まるで追い討ちをするかのように。

 

「んっ」

「ちょっ、まっ……!?」

 

 白い犬歯が見えたと感じた時には、ゆで卵の残り半分がバーサーカーの口に含まれた。摘んで持っていた指ごと。

 

 生暖かいモノに指が撫でられ、甘噛みされる。鳥肌が立ち、すかさず指を引っ込めた。指は湿って光っていた。

 

 やっと、舌で指を軽く舐められたと分かってバーサーカーを見やると、「ふむ」と声を漏らした後にこちらを見る事なく、

 

「塩味が少ないな。先程食べた方が好みだ」

 

 と、言い放った。

 

「満遍なく塩をつけれるわけないだろ」なんて言える訳もなく、凍りついたままの俺に気付いたバーサーカーと目が合う。

 

 少女は口角を少し上げ、ふんっ、と小さく鼻を鳴らした。

 

 俺は悔しさが大部分を占めながらも色々な感情を入り混じった感情に内心を掻き回されながら、ティッシュ一枚を手に取る。

 

「可愛いやつめ」

「……お前には言われたくねえ」

 

 言い返した言葉に含まれた語気が、なんとも弱々しすぎないかと自分でも思った。

 

 

 

 

「黒髪だったのだな」

「あ? ……ああ、まぁな。よく分かったな」

「流石に分かる。時系列順で、最後から見ていればな」

 

 何故最後から見たのかわからなかったが、しばらくして俺の風貌が違いすぎて遡ったのだと分かった。

 

 白髪になっている頭に手をやる。

 

 今はバーサーカーもきれいな銀髪なので目立ちにくいが、この髪も一人の時はかなり衆目を浴びていたりする髪色だ。

 

「Fashionというやつか」

「違うわ。なんでそこだけ発音良いんだよ。知ってるか? 髪ってのは基本的には栄養不足やストレスで変わることもあるが、遺伝ってのもある。実父(アイツ)の髪も凄かったろ」

「確かに、あの銀色は凄かったな」

 

「本来なら俺も銀色になっていたらしいぜ。東条の家系の一つで、あるジンクスが。ぁー……あるんだが……聞きたいか?」

「なぜそこで聞く?」

「少し、というか大分おかしいから」

「言ってみろ」

 

「……『主を見つけたものは銀に光る』ってジンクス。説明するが、東条家はメイドの家系なんだ。家としての歴史は浅いが、東条キリヒトが一代でのし上がっている。俺が家にまだいた頃、俺の弟二人が仕えたい主に出会ったんだ。まだ中学くらいの若い時だ。次に会ったときは両方髪が銀色になってた」

 

「なぜだ?」

「知るかっ」

 

 だから、ジンクスだっつーの。

 

「主とやらはどんな人間だった?」

「上の弟は妹を守るって言ってたな。もう一人は誰だったっけな……? 覚えてない。上の弟以外の兄弟とはあまり会ってないんだ」

「兄や姉はいないのか?」

 

「俺が長男だ。だから他に前例はない」

「えっ」

「えっ?」

 

 しばらく考え込むバーサーカー。

 え、そんなに長男だったのが意外か? 

 

「……ああ、納得した」

「待て。何を思って納得した貴様」

 

 その事について小一時間ほど問い詰めたい。

 

「それはそれとして、だ。このページを見てくれないか。三つぐらい同じ構図のシャシンがあってな……」

「どれどれ? ……あ、懐かしいな」

 

 椅子から立ち上がり、回り込んでバーサーカーの背後でアルバムを覗く。どれも俺が同じような凄い顔をして驚いている顔の写真だ。我ながら、頭の上に「!?」って浮かんできそうな面白い顔だと思う。

 

「これは?」

「確か、信じて送り出した弟が銀髪になって帰ってきた時の俺だ」

「まぁ、驚くな」

「まじめな奴だから、グレたと思って大騒ぎしちまった」

 

「これは?」

「東条家のパーティーで酔っぱらった女の人が半裸になった時の俺だ」

「……お前なら気絶しそうだな」

「この時はまだその体質じゃなかったが、この人が原因だ。そもそも俺が痛い目にあってたのは大体この人自身のせいだと思う」

 

「これは?」

「俺の母親が血縁上の祖母だと知った時の顔」

「え?」

「父親だと思いたくなくなったのが大体この時期だ」

「急に重いのをぶっこむな!」

 

 

「何か詳しいことが聞きたいのはあるか?」

「あえて言うなら最後だが、聞きたくない」

「最初は驚くけどあんまり重くないぞ。あー、事情が複雑だから全部は言わないが……キリヒトが幼い頃にばあさんと別れちまって、お互い死んだと思ってて、キリヒトとばあさんが結婚するあたりで血がつながっていることが判明したって感じだ」

「物語でも聞いているのか、と言いたいぐらいにはついていけん……」

「気持ちは分かる」

 

 コイツは何を言ってるんだ、というのが三時間程かけて事の顛末を聞いた当時の感想だ。

 キリヒトはどこを目指しているのかは元息子にも分からん。

 

 

「というか、勉強はいいのか?」

 

 もうおなかいっぱいだ、と疲れた様子のバーサーカーに問う。時刻は正午過ぎとなっていて、もう昼食の時間だ。

 

「ああ、今日は大丈夫だ。自信がある」

「自信?」

 

 急に突飛なことを言われて疑問符が浮かぶ。バーサーカーはその様子を見て少し驚きつつ、口を開いた。

 

「知っているとばかり思っていたが。テストを先日終わらせて採点待ちの最中だったのだ。ロマンには随分と苦労をかけてしまったが、今日で終わると思うぞ」

「勉強してないのは……」

「もちろん、手応えを感じたからだ」

「なるほどな」

 

 だからといって、勉強しちゃいけないというようなことではないんだが。バーサーカーの頭の構造がなんとなく分かってきた気がする。よくいる高校生くらいの考え方だ。

 

 それはそれとして、アルバムを見ているほど余裕とは思わなかった。大学だなんだと外出している間に、外に出たいというモチベーションが余裕と言えるまでの実力にまで到達したのであろう。

 やはり努力の人間。天才肌と言われる英雄よりも親しみが持てるな! 

 

 

 

「二十問に一問は確実に解けた」

 

 

 

 ん? 

 あれ、聞き間違い? 

 親しみ……努力……あれ、努力ってなんだっけ。

 

「えっ? ……マジで?」

「ふっ、冗談だ。安心しろ。知識の貯蓄も申し分ない。ちゃんと秘策も練ってあった」

 

 そう言って、見覚えのない筆箱から秘策らしきアイテムを取り出した。

 

 

 

 

「これがストライカーシグマV(ファイブ)、こっちがプロブレムブレイカー、そしてシャイニングアンサーだ」

 

 出てきたのは、後ろに数字が入ったコロコロ鉛筆が三つ。

 あー、なるほどね。ほら、分かんなくなったときに振って、ね。

 

「運に委ねるな馬鹿野郎!?」

「うるさい、こやつらを馬鹿にするな! 私のために道を示してくれた功労者だぞ!?」

「何処から持ってきたそんなもん!!」

「マンション内を散歩してたら、金ピカがくれた」

「何渡してんだその金ピカ!? 後、誰だ金ピカって!?」

 

 

『ふはは、高得点が欲しい? ならばこれだ! かの大馬鹿者が使用し、見事窮地を脱したという逸話のあるこの鉛筆を使えばよかろう! 我は今機嫌がいい、くれてやる!』

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 

「なんてもん渡してやがる……ッ!? ソイツ蹴り飛ばしてやろうか!」

「大丈夫だ、きっといける。任せておけ」

「もう任せられる気しねぇんだけど……」

 

 なんか酷く疲れた。もうコイツに期待しない方がいいかもしれない。でも、頭が悪いわけではないはずなのだ。それは近くにいる俺がよく分かっている。ただポンコツなだけなんだ。きっと。

 

 意気揚々と郵便受けに向かったバーサーカーを見て、初めて外出許可を取ろうと問題に苦しんでいた時を思い出す。

 あの時みたいに泣きじゃくらない事を願おう。

 

 

 

 

 

 

『得点 121/200 評定 可』

 

「やった……っ! これでやっと……!!」

「あぶねーな。『可』ってギリギリじゃねぇか」

 

 心配とは裏腹に、意外にも合格点だった。らしい。

 口では褒める言葉はでないが、マスターだからこその自負というか、「まぁ、俺のサーヴァントだし当然だよね」というような思いが心を占めている。

 テストの詳細を見させてもらいながら、バーサーカーに手を伸ばして撫でようとして–––––––手首を掴まれた。

 

「なんだこの手は」

「あ、いや、すまん。勝手に手が出た」

「手が出る? 努力したつもりだったが足りなかったか?」

「違う。褒めようと撫でるために手を伸ばしただけで、叩いたりするつもりじゃない。悪かった。…………何故手を離してくれないんだ?」

 

 

「……(じーっ)」

「な、なんだよ?」

 

 

「やらないのか?」

「や、やらない!」

 

 どうせならもう少し凄い事をした時のためにとっておこう。わざわざやってと言われてやりたくない。

 バーサーカーはしばらく少し沈んだ表情をしていたが、なんでさ。

 

「てか、合格点が120点?」

「……(ぎくっ)」

 

「……選択問題全部間違えてるけど、これってまさか」

「合格したならいいじゃないか! いつまでも過ぎた事をねちねちと垂れおって! キャスターのマスターリサが言っていたぞ! 『細かい男は嫌われる』とな!!」

「必死になり過ぎだろ」

 

 まぁこれで外に出られる事になった。

 

 もう午後だが、出かけて遅い昼食を取るのも悪くないかもしれない。

 

「よし、出掛けるか」

「ああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと外に出られる。三十一回目にして、やっとの快挙というヤツだな!」

「……ん? 俺らってこれまでで何ヶ月ぐらい過ごしてたっけ?」

 

「二ヶ月ぐらいか?」

「そっから三十一回って……大体二日に一回?」

「そうだな」

 

「そのテスト、誰が用意してくれてた?」

「ロマン」

「問題は?」

「ロマン」

「採点は?」

「ロマン」

 

「……」

「……」

 

 

 

 

「ロマァァアアン!!!」

 

 

 

 

 この後、玄関受付にて死んだ目をして倒れているロマンを発見した二人は、婦長呼び出しナースコールを連打した。

 

 ロマンには絶対何かお詫びをしなければならないと固く誓ったのだった。

 

 ちなみに、出掛けるのは翌日となった。




〜トビラと天井〜

リサ「ところで、このトビラいつになったら直るの?」

キャスター「ヤマトさんが勝手に開けていったままなのはおかしいと思います……」」

リサ「開けていい?」

キャスター「お声をかければ大丈夫かと……」

リサ「開けるわよー!」バンッ

ヤマト「……(天井に刺さっている)」

リサ「何事!?」

ヤマト「リサか? ……ちょっと助けてくれないか」

リサ「生きてた!?」



ヤマト「助かった。実はイタズラにこのオモチャのゴキブリをだな……」

リサ「虫!? 嫌ァァアア!?」ドゴォ!

ヤマト「ぐふぉあ!?」ズボッ

リサ「帰る! きゃすたぁぁ!!」

ヤマト「……(天井に刺さった)」

バーサーカー「……まだ刺さっていたのか」

ヤマト「……俺が悪かったから、抜いてくれ」


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外の世界へ

そういえば、最近のCMではエルバサがかっこよく映ってましたね。

ありゃ美しいなんて言えんわ。


「ちょっといいかい」

 

 俺が呼ぶ前に、ロマンに声をかけられる。

 マンションから出る前の事だった。

 

「ああ、ロマン。買ってきてもらいたいものとかないか? 今回は完全に俺のミスだったからな。アイツだけに割ける時間なんてなかったのに、随分と無茶させたみたいですまなかった」

「よくある事だから気にしなくていいよ……。こんな事は他のサーヴァントでもある事だから」

 

 話はあるだろうが、先に謝罪をさせてもらった。これは声をかけられる前から言おうと思っていたことだった。

 俺の謝罪は受け入れてもらったが、苦労が絶えない立場なのだろう。相変わらず眼の下の隈は取れていないままだ。一度「手伝う」と言ったが拒否された事があるため、差し入れをするぐらいしかできる事がないのは少し歯がゆい。

 

 ロマンは「そんなことより」と口を開いた。

 

「いいかい。本来、サーヴァントとは神秘の塊だ。それでいて、今現在も隠匿されている。外にいるサーヴァントのほとんどが周りの人々に溶け込んでいるんだ」

 

 ロマンから出た言葉が重く響く。

 

「もしバレてしまったら。そんな仮定は意味をなさない。必ず奇跡のような存在だと、その正体が英雄であると悟られてはならない。特に君のサーヴァントはバーサーカー。スイッチが入れば狂化する稀有なサーヴァントだ。そして、君はサーヴァントが暴走したとしても御しきらなければならない。いいね?」

 

「分かった」

 

 俺は、頷いた。

 

 ロマンはカオスな飲み会の時にバーサーカーが暴走しかけた報告を聴いていたようだ。アタランテさんかエミヤ辺りが教えてくれたのだろう。

 

 

 

「なら、よし。いってらっしゃい、ヤマトくん。彼女にとって最高の一日になるように祈ってるよ」

 

「行くぞ、マスター!」

「ああ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 ▽▽▽

 

「ほああ……っ! 空の下に! 私が! いるぞ!!」

「当たり前だろ、子どもかお前は」

「子どもだぞ! 今はな!」

「そうだったな。だっこでもしようか?」

「やだ!」

「えぇ……いや、マジに子どもにしか見えねぇ。はしゃぎすぎだろ」

 

 髪の毛の飾りなどを全て取り白シャツにジーンズの短パンを履いたラフスタイルに身を包んだバーサーカーは、側から見ればセミロングの銀髪がたなびく綺麗な子どもにしか見えないだろう。

 

 ここまで来るのが長かった。

 

 なんせ、バーサーカー専用の服がなかったのだ。

 今までは、戦闘装束のような野性味溢れる服装をさらに武装面を簡略化したような装備を身につけていたため、そんな服で外出なんか出来るわけない。俺自身もバーサーカーに服を買う事がなかった––––––––というより、幼女の服を買う経験がなかった––––––––ため、出掛ける用の服を拝借するのに苦労した。

 

 特に、メディアというキャスターの所へ行った時がやばかった。

 バーサーカーがコスプレを強要され、撮影に五時間はかかったと思ったらくれた服はフリフリのドレスである。流石に日常には要らない服だ。終始顔を真っ赤にしながら堪えていたバーサーカーが遂に噴火した時は俺もメディアに殺意を覚えた。だって、「あらあら、照れた顔も可愛いわね」なんて仰りやがって動かないのだ。無事なんとか尻拭いをやりきった俺を褒めて欲しい。

 結局は、エミヤの投影全任せで服を作って貰い、今日の内に投影品ではない服を買いに行く事になった。本当に助かった。エミヤありがとう。

 

「よし、行くか。()()()

「ああ、マス……ヤマト」

 

 二人は駅前を目指して歩き始める。

 

「……なぁ、マ……ヤマト」

「なんだよ」

「名前が言いづらい。マスターじゃダメなのか」

「当たり前だ。なんで外で子どもにご主人様同然の呼び方をされなきゃならん。犯罪待った無しじゃんか」

「くっ、ずっとマスターと言っていた弊害か……!」

「慣れろ。むしろ、ずっとヤマトでいいぞ。マスターって呼び方はなんか……俺が嫌だ」

「そういうものか? 上下関係はハッキリさせておくべきだと思うが」

「本来の聖杯戦争ってヤツなら必要かもしれんな。だけど、暮らすだけならいらねぇな。好きに呼べ」

 

 レイアと呼ばれた少女はしばらく考えると、思いついたかのように口を開いた。

 

「やーくん」

「お前本当にそう呼ぶんだな? 呼ぶんだな!?」

「うっ、冗談だ悪かったから近付くな!」

 

「はっ、冗談なのは知ってるわバカめ。部屋で『お兄ちゃん』と呼べなかったお前がそんな事言えるわけないだろ」

「当たり前だろう!?」

「当たり前? なんで? ただの設定だろ?」

「えっ? な、な……なんでだろうな? 言われてみれば……そういう設定だったと思えばよかったはず……」

 

 そう呟くと、レイアは今度こそ首を傾げて静かになった。

 

「お前こそ()()()で大丈夫か? 呼ばれ慣れんだろ」

「問題ない」

 

 レイア、とは。

 以前の外出するためのテストにて、バーサーカーがペンネームとして氏名に記入した名前である。らしい。

 本人はその時、エルドラドのバーサーカーと記入しようとしていたが、初回は同席していたロマンに「その呼び名は長いし、どうせなら外でも通じる名前にしたらどうかな」と提案されたそうだ。

 

 かなり悩んで、記念すべき最初のテストが時間切れになるまで考えていたのは救えない。しかし結果、本人はこの名前を生みだしたそうだ。

 

 何故、その名前なのか。

 由来なんかはおそらくあるだろうが、敢えて聞かないことにした。相変わらず、本来の真名や正体に繋がりそうなことを探るつもりがないのは変わらなかった。 

 

「レイア」

「なんだ」

「あっ……いや、なんでも。まぁ、なんつうか、返事できるなら大丈夫だろ。コミュニケーション的に」

「ああ……そうだな」

 

 嘘だ。気付いたら呼んでしまっただけだった。

 少し静寂。

 

「ヤマト」

「どうした?」

「いや……言ってみただけだ」

「……用がなければあんま呼ぶなよ」

「呼ばない方がいいのか?」

「まぁ、用がなければ、な」

 

「……じゃあ、呼んでみただけだ」

「ん?」

「さっきは実際に呼んでみて、反応してくれるかを試しただけだ。それなら、用がないわけではないだろう?」

「んー……そうだな」

 

 ふっ、とレイアが笑った。

 似た者同士だと分かって、つられて少し口角が上がってしまった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 冬木市新都のショッピングモール、ヴェルデに到着した。

 同じ新都に俺たちの住むカムクラマンションがあるとはいえ、そこまで近いわけではない。だから朝から歩いて出かけたというのに、腕時計を見れば正午を過ぎていた。遅くなったのは距離の問題だけではないが。

 

 案の定、レイアが騒いだのが原因だ。「あれはなんだ」「これはなんだ」と質問を畳みかけ、終いには目的地と正反対の場所へ向かうバスに目を輝かせながら乗っていた。さすがに冬木大橋を渡ってしまったときは遠ざかりすぎたと少し後悔した。

 深山町でバスから降りたレイアは商店街を突き進み、あらゆる品を物色。これはさすがにまずいと、首をつかんでそうそうに引き返して今に至る。

 正直、遠くへの散歩自体に否定はしない。だが、今回は衣服や寝具を買うのが目的だ。投影された衣服がなんらかの原因で壊れて消えてしまえば即全裸なのだが、うちのサーヴァントはそのあたりをちゃんと認識しているのだろうか。

 

 自動ドアにビビりながらもショッピングモールに入るレイア。子供っぽい見た目だからか目立ちにくくはあるが、どう見ても挙動不審である。やめろ、きょろきょろすんなって。

 

「メシ先に食うか」

「いいぞ」

「何食べる?」

「お前が作るものならなんでもいいぞ」

「このタイミングで嬉しいこと言うなや。外に来てまで料理作りたくねぇし。ほら、行くぞ」

 

 牽引しつつ、レストランエリアに向かう。

 ファストフード店でハンバーガーをモシャモシャと食べるレイアを見つつ手短に済ませた。

 

 おんぶしつつ、服飾コーナーを回る。

 季節に合う物をそれぞれ2着、計8着ほど購入した後に下着コーナーへ向かった。家族と勘違いしてくれた店員に案内してもらう。いくつか見繕ってくれたおススメの殆どを買った。

 

 右肩に背負いつつ、寝具コーナーを見やる。

 フカフカのベッドに大興奮していたレイアだが、俺と寝具を合わせようとしたのか、最終的には布団セットに落ち着いた。薄い桃色の布団だった。

 

「ふぅ……」

 

 かなり疲れた。

 ショッピングというのはたった一つ買うだけでも疲れるのだが、ちょっとした生活用品を複数買うとどれほど疲弊するかは想像に難くない。

 近くの休憩用スペースで飲み物を飲み干す。それと同時に、肩車の体勢になるためにレイアが俺によじ登る。

 

「よし、行くぞ」

「いや降りろやァァアア!?」

 

 なんで途中から、俺はお前を運ばなきゃならなくなってんだおい!? 

 

 腕を掴んで前にぶん投げると、レイアは危なげなく着地した。

 

「何故だ?」

「テメェはしゃぎすぎだボケェ!! 俺が今疲れてる原因の大半がテメェ乗せてるからじゃい!」

「うむ、疲れてるとは思うが頑張るが良い」

「ソユコトじゃねぇんだよ!? 歩けや!!」

「むぅ、矮小な器は持つものではないぞ」

「だから、なんで俺の器が小さいみたいになるの!? しばくぞ!?」

「あー、オトナにおそわれるー」

「おいやめろ、棒読みでもやめろ。割とマジに俺が怒られる」

 

 周りからの微笑ましく笑われる声が体に刺さりながらも立ち上がる。構わず歩き始める俺にレイアはついて行きながら言った。

 

「おい、肩車はしてくれないのか?」

「するか!!」

 

 レイアは珍しくガックリとしていた。

 

 

 

 ずっしりとした荷物を両手で抱えながら帰路に着いた頃、豪快な男に呼び止められた。

 

「応、帰りか!? 随分な荷物だな!」

「あっ、フェルグスの兄さん」

 

 はち切れんばかりのTシャツを着たフェルグス・マック・ロイに遭遇した。

 ちなみに俺は衣服類中心に荷物を持っており、レイアは布団セットを小さな体で運んでいる。頑なに自分で持とうとするから放って置いた。

 

「むっ、セイバーか」

「クラスで呼ぶのはやめてやれレイア。秘密的な、な? そういう事だから慣れろよ? そんで、フェルグスは何をしていたんだ?」

「無論、ナンパだ」

「なるほど、聞いた俺が悪かったようだ」

 

 言い切ったぞ、この男。

 

「何、最近の女子はなにやら恥ずかしがり屋が多くてな……なかなか捕まらん」

「あんた、ちょいとエンジョイし過ぎでねぇ?」

「まだ3桁の大台にすら乗れておれん。これは由々しき事態だ」

「エンジョイし過ぎでねぇ!!?」

 

 由々しき事態とは何を指しているのか。フェルグスは一体、何処を目指しているのだろうか。

 さっさと立ち去ろうとすると、別れ際にフェルグスは言い放った。

 

「ではな。今日はもう帰るのか?」

「ああ、そうだよ。見ての通りの荷物だからな。早めに戻るとするよ」

「その方がいい。近頃、あまり良くない噂も飛んでいるからな」

「噂?」

 

 レイアは足を止めずに歩き出す。おそらく大きい布団セットを担いでいるからバランスが悪いのだろう。

 よろよろしながら自宅へ向かうレイアを見つつ、俺は聞いておくことにした。

 

「一部のサーヴァントが姿を消しているらしい。あくまで噂だが、既に俺を含む好戦的なヤツはパトロールと称して原因を究明している最中だ」

「そいつらの誰かが流したんじゃないのか?」

「可能性はある。名目を用意して外で闘いたいヤツもいるだろうさ。まだ噂程度で実際に異常があったかどうかも分からない状態だが」

「何か企んでたら厄介だな」

「ないとは言えんが、だからといってあるとも言い切れん。なんにせよ、危険な目に遭ったら俺を呼べ。駆けつけてやるさ」

「応よ」

 

 

 ▽▽▽

 

 

「これはどうだ!?」

「ハイハイいいですね」

「貴様の口は壊れかけか? その程度の賛辞しか言えんのか」

「アダダダダ!? ワガハイの頭蓋が砕け散るぅ!?」

 

 夕飯の支度をしながら話半分に聞いていたせいで、アイアンクローが頭部に刺さっている。

 レイアは笑みを抑えきれないままに、服を着ては見せてを繰り返していた。

 

 レイア着る→褒める→ボコられる。

 そのループである。

 

 お前のキレるスイッチを知ってるんだから、ボキャブラリーが貧相なんだよ。分かってくれ。

 どれだけマスターを傷つければ気が済むんだこのバーサーカーは。

 

 結局、いつまでもハイテンションなレイアは夕飯が過ぎてもこのままであった。非常に面倒くさい。

 

「おいレイア」

「なんだ。気に入らないことでもあるか?」

「……いや、今日は楽しかったか?」

「……正直に言えば、そこまでではない」

「って、嘘だろおい」

 

 なんて奴だ。これよりまだ先があるというのか。これ以上テンションが上がるのならば、建物ぐらいなら簡単に破壊してしまうのだろうか。

 

「なんと言えばいいのか……まだ、外の世界のすべてを見たわけでもあるまい。その程度で楽しいと浮かれるなどもったいないではないか」

 

 レイアはそう言った。しばらく、時が止まっていた気がした。

「ではおやすみ、ヤマト」とレイアが新しい布団に向かってからしばらくすると、小さな寝息が聞こえてきた。俺は眠れないままテーブルについていた。

 

 

 つくづく、俺に似ている。

 

 

 それが、最近のレイアに抱く印象だった。

 粗暴な面や子供らしい部分はかけらも変わってはいない。しかし、考え方や思考回路がかなり似ているように思えてきていた。現状に満足しないような性格は特に。これも召喚した時の異常だとするならタチが悪い。

 考え方の変化自体は別に悪いことではない。だが、今までの自身の境遇が自分に似る事に悪感情を促していた。

 

「俺みたいなやつは、運命に翻弄されたままだ。お前も、そうだったのかね?」

 

 その小さな懸念は届かない。我がサーヴァントには。

 自分に似ているという純粋な嬉しさとは別に、運命さえも酷似するのなら心配したくもなる。

 

 ––––––––––––世界のすべてを見たわけじゃない。ならなぜ、この人生が幸せといえるだろうか–––––––––––

 

 過去に弟に言った言葉がある。まだケツも青い、白い髪もまだ黒だったガキの頃の話だ。

 いままで、自由だったことはない。あんな実父がいた人生だ。上流家庭の選ばれた人間としての責任が付きまとっていた。だが、それは小学生だった小さな頃には重すぎるものだった。生きるための訓練で血反吐を吐いた。人を救うために走り続けた。浴びるほどの称賛に吐き気がした。

 

 だが、もう家には縛られない。そう思っていた。

 

「キリヒト。俺はいつか、またアンタを親父と呼べるのか?」

 

 いつか、東条家に戻りたい。そう思っている自分がいた。

 答えは返ってこない。この沈黙は否定か肯定か、分からない。

 

 椅子から立ち上がり、のどを潤そうと冷蔵庫に向かう。

 

 父が絶縁を言い渡した理由は、10年経っても未だ分からないままだった。

 

 

 ▽▽▽

 

 

 気分転換のつもりだった。

 近くのコンビニ、または自動販売機でもいい。たまたま切らした炭酸飲料を買って、口内の刺激とともに憂いを一掃してしまいたかった。

 そんな午後十一時頃。それは聞こえた。

 

(……なんだ今の?)

 

 わずかに聞こえた甲高い音。金属と金属のぶつかり合う音。常人にはまず聞こえない距離からの音だったが、夜間の静けさや自分のポテンシャルも相まってかろうじて聞き取れた。

 

 戦闘態勢を取る。直感がこれを剣戟と認識したためだ。

 

 未遠川方面へ駆け出す。剣戟が鳴った方向であった。

 あれ以降、戦闘音は聞こえない。しかし、それがより不穏を際立たせていた。

 もし仮に剣と剣がぶつかり合ったとしたなら、両者が生きている可能性は高い。互いの武器が当たったのだから負傷は考えにくいからである。なのに、近づいているのにもかかわらず聞こえた音は剣戟のみである。

 

(一撃離脱? それとも互いに一度矛を交えての撤退? いや、どちらも可能性は低い。原因究明に動いたサーヴァントなら追撃一択しかない!)

 

 夕方に出会ったフェルグスは、同じような好戦的なサーヴァントが動いている事を話してくれていた。

 ならば、可能性が高いのはサーヴァントと異常なナニカの衝突。

 

 冬木大橋の上に何かが光っている。

 遠すぎて良く見えないが、紅い光沢と無数の黄金の輝きが視認できた。

 

「あそこだ……! くそっ、結界かこれ!!」

 

 見えない壁を感知する。人避けの魔術は確実に使用されている。現に今、なんとなく冬木大橋に向かう意思が削がれてきている為だ。

 

 そして、もう一つ。

 

「な、コイツは……!?」

 

 目の色が変わったと、自分でもわかった。

 

 これは知っている。

 

 この結界は知っている。

 

 

 かつて幼いころ、実父の東条キリヒトが使用したのを見たことがある。

 

 

 

 結界内に侵入する。見覚えのある結界ならば阻まれも妨害もない。ただ、強い認識阻害と外への防音機能があるだけだ。しかし、その事実によりさらに足に力が篭った。

 結界内へ勢いよく飛び出した。

 

 

 冬木大橋中央に差し掛かる頃、足を止めた。

 

 

 

 そこにはあざやかな剣にて切り裂く見知らぬ男と。

 

 

 

 

 首を落とされ紅と黄の双槍を取り零した、ランサー・ディルムッド・オディナの姿だった。

 

 

「サーヴァントに認識阻害がかかっていても、マスターにかからないのでは意味がないぞ。欠陥だな、これは」

 

 目の前の男は最早ディルムッドを見てはいない。翡翠の目を光らせていた。

 

「悪いけど死んでもらうよ。どうせ、何者だろうと生かしては置けないからね」

 

 正体不明のサーヴァントは右手から火の玉を生み出して放ち、左手に軍神の剣(フォトンレイ)を携え、地面を踏み抜いて来た。




【現在公開可能な情報】

大和
若い頃から髪が白い男。白髪は後天的要因らしい。
メイド一族でありながら主を選ばない特殊な家系の長男として生まれるが、実父からは絶縁となる。何故か仲は悪くない。
東条斬人の元で訓練したため、常人とはかけ離れた知識や技術、肉体を持つ。


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【Unknown Archer】

新年ですね。令和最初の元旦、初詣や初日の出に行く人が多いのでは無いでしょうか。

あと、最近忙しいです。
将来的事情によって、投稿頻度が低くなる確率が高めです。

ん?頻度が低いのはいつものこと?そっかー。

なんとか一区切りつくところまでは頑張りたいですが、そんなこと言ってるとサボりがちになりそうなのでやめときます。
ただでさえサボりがちなのに……!


 その男は来た。

 

 目の前のサーヴァントと対峙してしばらく経った頃。その決着の寸前に。

 

 

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を持つディルムッド・オディナを始末出来るのは幸運だった。

 これからの戦いには多くのサーヴァントと敵対する事になる。魔力で殆どの攻撃を行う自分にとって、触れたものの魔術を無効化させる槍は実に脅威だった。

 

 少々勿体ない宝具の使い方だったが、これに関しては仕方がない。すぐに思いつく拘束用の武器を持つのはコレだけだった。

 あとで怒られるかも、などと思う。

 しかし、そんな事より自分の命だから仕方ないと、早々に割り切った。

 

「くっ……無念」

「悪かったな」

 

 右脚を吹き飛ばされ心臓を貫かれた敵を見て少しの間に、自分は気付けばすまなそうに顔を歪めていた。

 

「何故、そんな顔をする。見知らぬ武人」

「アンタを憐れんだわけじゃない。むしろ倒せた事にホッとしてるし、誉れとも思っているさ。だが、目的はアンタの殺害じゃなかった。だから、な。アンタを好きで殺してる訳じゃないんだぜ?」

「……」

 

 これは、罪の意識だった。

 自分は今から目の前の男にとどめを刺す。その事実に手が少し震えた。

 おどけて見せても、目の前の英雄には空元気とも言える歪んだ顔に見えることだろう。

 だが槍兵の口からその指摘が漏れることはなかった。代わりに、僅かな血が唇から流れる。

 

「それに、武人と言えるほど高尚なもんじゃない。見たろ。俺のこの手を。この武器を。卑怯な手で拘束して、隙をついて、殺めて。悪いが、俺にはアンタ達戦士を理解は出来るが成り切ることは出来ないらしい」

「……そうか」

「あぁごめん、苦しませちまってる。そうだ、簡単に切れる首の切り方を知らないか?」

「俺に、言う……か? 脆き少年よ」

「違いない。じゃあな」

 

 生憎、持っていた矢に改造した剣では貫くのが精いっぱいだ。弓を消し、矢を軍神の剣(フォトンレイ)に変形させ、薙いだ。首を飛ばした剣は嫌に軽かった。

 ランサー・ディルムッド・オディナはこれで死んだ。直にその肉体は霧散するだろう。

 

 そして。

 

 

 目の前の白い髪の男。

 

「サーヴァントに認識阻害がかかっていても、マスターにかからないのでは意味がないぞ。欠陥だな、これは」

 

 結界の不備を呟いたはいいものの、目の前のマスターは只者ではないと直感が告げる。

 おそらく最初の一撃だけ起こった、防音を兼ねる隠匿の結界を張る前に受けたその音と衝撃。それに気付かれたのだ。

 

「悪いけど死んでもらうよ。どうせ、何者だろうと生かしては置けないからね」

 

 マスターだろうと、油断はしない。

 襲撃者の目に油断なく。そのまま地面を蹴った。

 

 

 ▽▽▽

 

 

「怒りはない」

 

 それが口から出てきた俺の最初の言葉だった。

 

「ディルムッドは戦士だったからだ。その戦いに俺の無粋な感情は要らない。悲しくないかといえば、嘘になるが」

 

 肉薄しようと迫る襲撃者を、ただ見据える。

 

「だが、それはそれとして、だ。この結界は俺たちのものだ。返してもらうぞ……!!」

 

 放たれた火球を最低限の動きで避ける。自分の目には一時の憎悪を孕ませて。

 

 

 その体は収縮し、前方に弾け飛んだ。

「……来るか」

「魔術での迎撃もない、か。ならば突撃あるのみ……!」

 

 拳を握りしめ、放つ。

 襲撃者は身を翻し、拳を回避する。回転しつつ左手の軍神の剣(フォトンレイ)で切断しようと剣を伸ばす。

 

 しかし、襲撃者において想定外の事態に目を丸くした。

 

 剣を受けるため、俺が差し出した手刀によって。

 

 

 

 

「剣が切断されただと!?」

 

 

 

 すかさず肩、背中を用いる体当たりを打ち込む。驚愕に染まった一瞬の隙を逃す道理はない。

 

「はああああッ!!!」

「ぐふっ!!」

 

 鉄橋の柵まで吹き飛ばされる襲撃者。しかし、少しもたつきながらもすぐに立ち上がってくる。

 

「はぁ……はぁ……っ。名前でも聞いておこうかい? 単純な強化魔術のみでここまでの威力はたいしたもんだな」

 

 刃が半分にも満たない剣を投げ捨て、襲撃者はそう言った。

 

「ヤマトだ。お前は?」

 

「けっ、マスターなんだろ? 俺の真名ぐらい分からないか?」

 

「アルテラの剣を用いて、右手から火の玉を撃つ英雄。だが衣服の構造から見ても分かる通り、アンタは近代の英霊だろう。アルテラの褐色肌とアンタの右手も一致しない。その上で、名前を聞いているつもりだったが」

 

 外見は白い服に身を包んだ青年だ。上着はところどころ敗れて薄汚れていたり、前が空けてあるために黒い肌着が露出しているが、鎧らしきものは一つもない。それでいながら、現代のデザインと酷似していた。

 そして、肘まで露出している右腕は黒く、金色の光が血管の様に張り巡らされていた。右手からは結晶の様なものを生み出し、そのまま火球のエネルギーに使用されるようだ。

 襲撃者は舌打ちをしつつ、どこか嬉しそうに言った。

 

「知らないとはいえ、目敏いねぇ」

 

「このぐらいの観察眼は当たり前だ。……さて。俺は名乗ったが、そっちは名乗らねえのか?」

 

「生憎、黙秘権だ。アンノウン・アーチャーとでも呼べばいい。それが俺が名乗れる今の呼称なんでね」

 

「クラスなんざどうでもいい、言う気がないならいい。どうする? 死ぬか? それとも目的でも話してから死ぬか?」

 

「いや、もう少し暴れるとしようか」

 

 アンノウン・アーチャーの軽い口調とは裏腹に、行動全てに殺気が伴った。

 

 

 

 

「テメェの命、手土産にはもってこいだしなっ!」

 

 砲弾のように突っ込んでくるアンノウン・アーチャーは両手に白と黒の短剣を出現させた。

 

 その剣は見たことがある。

 赤い外套の弓兵。その人の得物。

 

 つまりは。

 

「投影魔術か……!」

「ご名答……だっ!」

 

 首を刈り取らんとする黒の短剣・干将をしゃがんで避けつつ、手刀だった拳を握りなおした。

 双剣と俺の腕が交差する。しかし、前に突き出したその腕が切り落とされることはなかった。

 

「おいおいマジかよ、曲がりなりにもサーヴァントの武装を軽々しく受け止めるのかよ……!?」

 

 短剣を捌ききるだけなら襲撃者にとって想定内の事態だったろう。一芸を極めた一般人が英雄を一時的に退ける程度ならばあっても不思議ではない。

 

 暗殺者が、剣士を一時的に凌駕するように。

 

 幾億の贋作が、本物に打ち勝つように。

 

 だが、現在起こっている現象はただの人間が一芸を持つのではなく、剣と同等の能力を持って対等以上に肉薄しているという事実である。それは手の形が何であろうとにもかかわらない。

 

 手刀であろうと拳であろうと、眼前のように火花を散らしながら干将・莫邪を押しのけている事実は変わらない。

 

「無手より剣の方が強いはず、だろ……!」

「かもな。だが拳は剣よりも、疾いっ!!」

 

 アンノウン・アーチャーが苦笑する間もなく、二つの中華剣に罅が入る。次の瞬間に干将・莫邪は砕け散った。

 

「おおおおおおおおお!!!」

 

 ラッシュを畳みかけた途端、再度出現した双剣がその拳を阻む。自身の形勢を悟り、アンノウン・アーチャーはほとんどの拳を双剣で受けるか回避し、破損した干将・莫邪は即座に投影し直していた。

 徐々に間合いを離されていき、やがて完全に距離を取られる。追撃をしようにも、アンノウン・アーチャーは防御の合間にいくつもの干将・莫邪をあらゆる方向に投擲していた。そのため、ブーメランのように飛んできた干将・莫邪が俺の足を止めさせた。悉くを素手で破壊し対処し終えた時には、二人の間にはかなり空間ができていた。

 

「正面から戦うだけ不利なら手段を変えさせてもらう。悪いな」

 

 そう言って、双剣をしまいながら杖を取り出したアンノウン・アーチャー。

 浮上すると共に、後方から四門の魔方陣が現れた。

 

 

「……アーチャーなら、弓を使えよ」

 

 

 曲射された四本の魔弾が迫る。

 瞬時に回避を選択したが、魔弾は着弾と同時に小さくはない爆発を起こした。たちまちその衝撃に吹き飛ばされ、体勢が崩れる最中に新たな魔弾が空を覆う。

 くっ、と声を漏らし、アンノウン・アーチャーに向かって走り出す。大きく跳躍すると同時に、すぐ下の地面に向かった魔弾が着弾。至近距離で爆発した。やや姿勢を崩しながらも持ち直せる確信をすれば、地面に足をつけて踏み出し、さらに近づいていく。

 魔弾を素手で切り裂いて通り抜ける事は可能かも知れない。しかし、着弾と同時に爆発するのでは仮に切れたとしても小さくはない傷を負う。腕という接近戦においての圧倒的な優位を捨ててまで強引に近づくのは愚行が過ぎると結論付けた。

 

 だが、近づかなければ肝心の決定打は入らない。ならば、新たな手段をここに用意するのみ。

 

 

 

「俺が令呪で命ずる、来い! バーサーカー!!」

 

 

 

 転移の奇跡。その光が右手の赤い刻印の一画を消し去り、周囲を満たし始める。

 転移に気付いた襲撃者は浮上しさらに距離を取ると、小さく詠唱して槍を取り出した。

 

 魔術回路に魔力を流す。

 

 掌に再び強化を施す。

 

 先程の剣をも超えるチカラをその手に、アンノウン・アーチャーは投擲の構えを取る。

 そして、小さく笑った。俺の勝ちだと言わんばかりに。

 

 

 

「マスターなんだろ? お仲間を呼ばないなんて愚行、するわけねぇよな?」

 

 

 

「何だこれは!? ……っ、バーサーカー!」

「マスター!? これは一体どういうことだ!? この鎖は一体!?」

 

 全方位に張り巡らされた黄金の鎖。それらをつなぐ金色の波紋は無数に俺たちを囲み、それはさながら光り輝く檻であった。

 

 

「敵の襲撃に遭っているんだが、何とかあの浮いてるヤツを叩き落したい! できるか!?」

「……くっ、無理だ。弓ならば扱えるが持っていないっ!」

 

 レイアはそう言って歯噛みした。多分、どうしてこうなった、なんて不平を言いたいのを噛み殺してすぐに協力してくれるのは流石俺のサーヴァント。

 

「それに、遠距離用の道具すらこちらにはないぞ」

「投げりゃあいいだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武器を、か?」

「ん、いーんや?」

「……馬鹿者が」

「褒め言葉かい?」

 

 

 

 

 魔力の奔流が吹き荒れる。

 襲撃者の投影された籠手から炎が噴射し、投擲の威力は限界となった。

 

「方向、角度、ともに問題なく。不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)。吹き飛べやァ!!」

 

「行くぞマスター!!!」

「うおおおおおおおおおお! 行けぇ!!」

 

 

 アンノウン・アーチャーはこれこそ驚愕を露わにした。

 

 バーサーカーに胸ぐらを掴まれ、上空にマスターが放り出されるなど。

 

 一瞬の混乱が一瞬の硬直を生む。

 

「くそっ!!」

 

 アンノウン・アーチャーは標的を変え、定め直す。

 

 この手にある短刀はバーサーカーから先ほど事前に受け取ったもの。投擲するにしても不毀の極槍(ドゥリンダナ)とまともにかち合えば玉砕する程度の神秘しか内包されていない。

 

 

 

 いまだ、不滅の槍は襲撃者の手に。

 

 それでありながら、ヤマトの目には不屈の炎が輝いていた。




【現在公開可能な情報】

エルドラドのバーサーカー
 召喚の不備によって弱体化していた英霊個体だったが、マスターのヤマトから正しく魔力を受け取ったことにより本来の力を取り戻した。武装はモーニングスターと呼ばれる鎖付き鉄球、短剣を所持している。弓や騎馬も扱えるがクラスの都合上所有していない。
 ヤマトの近くにいる場合のみ狂化する事はないことが分かっているが、依然原因不明のままである。
[ステータス]
 筋力 A
 耐久 C
 敏捷 B
 魔力 A
 幸運 EX
 宝具 A-

[スキル]
 カリスマ(B) 人を惹きつけるスキル。
 黄金律(美)(A) 美の体現。肉体は変化せず、美しく保たれる。
 軍神咆哮(A+) アマゾネス女王として、アレスの娘としてのスキル。その咆哮は率いる軍勢を鼓舞し、勇猛さを与える。
 狂化(EX) 理性と引き換えに身体能力を向上させるスキル。このスキルが消失したわけではなく、特定の条件によって発動無効になっている。
 神性(B) 軍神アレスの娘としての神性。

【宝具】
『我が瞋恚にて果てよ英雄』(アウトレイジ・アマゾーン)
ランク:B−−
種別:対人宝具
レンジ:1〜3
最大補足:1人
 あらゆる闘争心を一斉に励起し、狂化に身を委ねて敵を屠る対一個人特攻宝具である。しかし、マスターであるヤマトの近くでは狂化の制限が起こるため、ランクが著しく低下している。その代わりとして、理性を保ちながらの単純な身体強化に留まっている。


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Take your blade

エルバサちゃん大活躍イベントには作者も思わずニッコリ。
かなり苦しい周回イベかと思われましたが、眼鏡は何とか取れました。
これでみんなもアマゾネスドットコムの仲間入り。
そんなこんなで満足しているうちにバレンタインが終わり、キュケオーンが終わり……。

あれよあれよとどんどん遅れてしまい……まぁ遅くなるとは言いましたが、限度はあると思ってます。
サーセンでした。


更新はゆったりと頑張ります。まったり待って、ね!


 かつて存在した、記憶の奥底。

 

 地獄を見た。

 

 地獄を見た。

 

 地獄を見た。

 

 自分が作り出した、地獄を見た。

 

 

 

 

 

 

 焼き尽くされ、ボロボロに崩れ去った都市を、幼い少年は歩いていく。

 少年は涙を流していた。黒い雲から降りしきる雨は、そんな少年の胸中を見透かすようだった。

 

「ごめんなさい」

 

 そう小声で呟いた。

 

「ごめんなさい」

 

 流れる水のように止まらなくなった。

 

「ごめんなさいぃ……!」

 

 嗚咽交じりに、絞り出すように叫んだ。

 立ち上がってよろよろと歩く足取りは、鉛以上に重く。

 

 

 

 髪を腰まで伸ばした少年を、私はただ見ているだけしか出来なかった。

 

「ここは一体……?」

 

 そんな疑問に答えてくれる人間はいない。

 だが、なんとなく遅れて理解してきた。これは誰かの夢だ。

 

 聞いたことがある。

 繋がりが強くなればなるほど、その繋がりの召喚者の過去が走馬灯のように映ると。

 

 私が手を伸ばしても、生気のない彼には届かない。

 幽霊のようなものだろうか。干渉はできない。

 

「●●●」

 

 名前を呼ばれた少年はこちらを振り向いた。

 

「ま、マスター……?」

 

()()()()()()()()()少年は目を見開いた。

 私はその目に既視感を覚える。何処だったのか覚えてはいない。

 だが、私はこの目を知っている。

 

 次の瞬間、私の身体をすり抜けて黒いモノが通り抜ける。

 

 その人物には見覚えがあった。

 

「とう……さん……」

「手を見せろ。手当をする」

 

 東条斬人。

()()()、臨戦態勢をとった私を一瞬で貫いた挙句、その負傷がなかったかのように治療したマスターの実の父親。

 そんな彼がこの夢の中にいる。

 ……しかし、近くにいる少年がマスターならば東条は十何年か若いはずだ。現在とほぼ姿かたちが変わっていない。

 

 

 

 少年の右手に空いた穴と噴き出す血を気にする事なく、黒い執事服から医療具を取り出し東条は少年を治療した。

 まるでその程度の傷は問題ではなく、単純に血で汚れるのを防ぐ為の治療であるかのように。

 

 

 東条は少年に言い放った。

 

「躊躇ったか」

 

 少年がはっ、と息を止めたのが分かった。

 図星であったのが当然かのように東条は続ける。

 

「彼らは一種のテロリストだ。破滅願望を他人にまで押し付ける連中に情けはいらない。狙われるのならば、生きる為に抗うのは当然の本能だ。自身の命を賭して何処かの馬の骨を拾うくらいならば、見捨てた方がいいのは明白だ」

「でも、殺したくなかったんだ」

 

 少年はまた泣いた。

 

「お前にはそれしか方法が無かった。そして、それ以外の方法を知ろうとしなかった。それだけの事だ。だが、お前が解決したことに変わりはなく、相手は……ただ当然の帰結に落ち着いただけの話だ」

 

 その言い方は力不足を指した冷淡な言葉に見えた。

 だが、その裏には不器用な優しさがある気がした。

 

 お前に責任はない、と。

 私がそうさせたのだ、と言外に言っていた。

 

「でも俺が殺した!! 俺の手で!!」

「勘違いするな」

 

 東条が僅かに激昂する。その発した言葉はとても重く、冷たいものだった。

 

「お前は自分の手を汚し、弱き人々を助けた。だが、お前が百人を殺したのなら、同時に万人を救ったのだ。それは忘れてはならない」

「でも、殺したいわけじゃなかった!!」

「……そうか」

 

 東条は目を細めた。

 

「あんたに全て任せておくべきだったんだ!! あんただったら……おれは……っ!」

「もし私に全てを託していたならば、この国の人間は全て死んでいただろう」

「……!?」

 

 信じられないものを見る目で少年は東条を見た。

 

「私に全てを救う力は無い。今回の場合は時間が足りなかった。おそらく……間に合わなかった。一人で全人類を救う人間などがいれば、それは神をも超えた存在なのだろう。お前がいたから、ここに助かった命がある」

「でも……俺は……」

「当然、お前にも限界がある。これから行く先、取りこぼすモノもあるだろう。そこから何を選ぶかは……お前次第だ」

「でも、俺はッ!! みんなを助けたかったんだ!! ……正義の味方になりたかった!!」

 

 少年は、力の限り叫んだ。

 東条は言葉を重ねる。

 

「正義とは確かに正しい行いだ。だが、それが自分に都合の良い結末になるとは限らない。ここの状況下で言うのならば、お前が助けたいと願ったテロリストや、助けて欲しいと願う人質をも皆殺しにする。それも正しい行いの答えの一つだろうな」

「なっ、待ってくれ! お、俺はそんなつもりで言ったんじゃ……!?」

「正義の形など人それぞれだ。だが、時代や国によって意味が変わるものの味方なんぞになりたいなどとほざくには、貴様はまだ若く、世界を知らなさすぎる」

「ぐ……」

 

 東条と少年は雨に濡れ続ける。

 既に何人もの人が行き交い、助け合っている道の真ん中で二人は互いを見つめ続けていた。

 

「主を見つけろ……●●●」

「え?」

「誰よりも優先出来る誰かを見つける事だ。配偶者でも、友人でもいい。仕えるに値した人と出会うといい。出会えば、次第に自分の望む道は定まる。故人の教えでもいい、出会う事こそが肝要なのだから」

「なんでそんな事を……」

「人間は、一人では強くなれない。例え、私であってもだ」

「……!? 父さんも……そうだったのか?」

「ああ。その人と再会した時には……彼女は既に人間として壊れていた。だが、その人のためならなんでも出来ると思った。元通りとはいかなくとも、救うことが出来た。恩師であり、人生であり、切っても切れぬ関係だった」

「そう……なんだ」

 

 私は、二人をただ見ていた。

 

「私の、母だった」

「えっ、母さん……?」

「そうだ。私のために『生きろ』と願ってくれた。だから私は後悔のないように、幸福に生きるために、この世界に存在している。たったそれだけの事だと思うかもしれないが、それが私の始まりだった」

 

 空が次第に眩しくなり、少年は腕で日光を遮る。

 雲の切れ間から太陽が覗いていた。

 

 

 

 

 そうか、彼は……。

 

 

 

 

 

「俺も、会えるのかな」

「会える。断言しよう」

 

 少年は手当された傷を強く握った。

 

 彼の頭上は、七色に輝いていた。

 

 

 

「もし、お前を導いてくれる人間が現れたなら、言っておかなければなるまい」

 

 

 私はその言葉に反応する。

 ここは夢の中。認識できるはずもない。東条はこちらを知らずに言っているはずだが、私は何故か自身に向かって呟いているのを確信していた。

 

 

「何を?」

 

 

「息子をよろしく頼む、とな」

 

 

 私は首肯でのみ返した。

 声も、姿も、動きも感じないはずだが。確かに父親は美しく微笑んだ。

 

 さぁ、今できる事をやって来なさい。

 

 そう言って、東条は少年を見送った。

 駆け出した少年は、負傷していた右手を握りこんで胸に当てた。

 

 例え迷いながらでも、力不足であろうとも、進もう。

 そんな決意がそこにあった。

 

 小さな少年を見つけた人々は、涙ながらに感謝を少年に向けていた。

 

 

 

 私は直感する。

 

 ヤマトと呼ばれる少年はこの日、正式な書類上にて絶縁されたのだ。

 東条としての名を捨て、自分の道を切り開くことになる。それが、自分の中にのみ存在する幸福に繋がると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が醒めてしばらく。

 

 無性に、昨日東条から渡されたアルバムを見てみたくなった。

 

 ヤマトとの他愛のない毎朝の一悶着を軽く受け流し、聞いて昨日東条が置いていったアルバムを開く。赤ん坊の頃の写真なども気になるが、もっと気にかかるのはあの黒髪の少年だ。

 裏側の最近の写真から見て回る。

 

「あっ」

 

 見つけた。夢で見た通りの写真。

 たった一枚だけ、長い黒髪をなびかせている。

 幼い覚悟を持った少年がそこにいた。

 

 

「貴方は、まだ道の途中なのだな」

「んー?」

 

 ヤマトと目が合う。

 調理場でせっせと朝食の用意をしているヤツが、もともとはあんな世間知らずだった少年だと思うと。

 

「なんか言ったか?」

「いや、何でもない」

 

 もし、まだ導く者が。彼に主と呼べる人間がいないのなら。

 

 しばらくは、私が教えよう。

 ……それが、お前の望む形かは分からないが。

 

 これでも、貴様のサーヴァントだ。うむ、仕方あるまい。

 

 

 

 私はアルバムを閉じ、もう一度始めから遡って写真を眺めることにした。

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 バーサーカーの短剣片手に飛翔する。

 アンノウン・アーチャーは既に宝具開放間近だ。しかし、なんとか同じ高度に到達した。わざわざバーサーカーに投げられた甲斐があったな。

 

 これで、ほんの少しの逡巡。隙があるはずだ。

 

 あの槍の火力がどこまであるかは知らないが、腕部分の噴射で加速力を高めるということは、だ。

 爆発力よりも貫通力が重点に置かれている宝具だ。衝撃は当然凄まじいだろうが、攻撃範囲はそこまで広くないと予想できる。

 ならば、やり方は無茶苦茶でも物理的にバーサーカーと離れられたならばあの一発だけの投擲。必然、どちらを狙うかの二択が必要になる。その思考する数秒が俺たちの行動できる命の時間だ。もし、想定外の行動だと驚愕しているならばヤツの硬直時間はさらに増えるだろう。

 

 これを思いついたのは、無数の鎖が張り巡らされている割には、空に浮かぶアンノウン・アーチャーの姿が容易に目視できていることに気づいた時だ。

 

 あの黄金の鎖は上空よりも前後左右に多く設置されていた。サーヴァントはともかく、ただのマスターでは逃げられないようにだろう。その油断を突かせてもらった。

 

「と、思ってるだろ?」

「何だッ!?」

 

 照準は既に定まっていた。

 俺の方向に。

 

「サーヴァントなんざマスターがいなければどうとでもなる。それ以上に脅威なのは、人間でありながらサーヴァントに渡り合えるテメェだ。……ヤマトだったか?」

 

 

 

 

 

「あばよ」

 

 アンノウン・アーチャーが放った不毀の極槍(ドゥリンダナ)は直線を描き……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再び令呪を持って命ずる、バーサーカー踏み台になれぇ!!」

「へ? ニ"ャァッ!?」

「オォラァッ!!」

 

 バーサーカーの頭部を踏み抜いて跳躍した俺の股下を。

 

 音速で通り抜けていった。

 

 

「嘘だろ!?」

「ところがどっこい!」

 

 前方への跳躍だったために、アンノウン・アーチャーとの距離も詰まっていく。

 アンノウン・アーチャーが瞬時に右手を向ける。その黒い右手から金色の結晶が現れた。

 

 刹那、その右手にバーサーカーの短刀が刺さる。

 腕に収束されていた結晶は脆いようで、即座に砕けて霧散した。

 

 

 投擲はお前だけが上手いわけじゃない! 

 

 

「うおおおお!!!」

「……くそっ!!」

 

 手を手刀の形にする。

 その右手は今より、全てを断ち切る刃となる。

 

 

 

 

 その構えから放たれし指先から、刃に滑って流れる剣光が見えた。

 

 其の心は不動、さりとて自由でなければならず–––––––––。

 

 

 

 ––––––––今一時の剣客は新陰流、無念無想の境地へ至る。

 

 

「ふっ」

 

 

 小さく短い吐息を最後に。

 

 その袈裟斬りは、投影され守りに徹した剣をも寸断し。

 

 肩から胴体に目掛け、その一刀のもとに切り捨てた。

 

「ぐあっ……!」

 

 

 

 

 すれ違った背後からは、口から血と共に息を吐き出したアンノウン・アーチャーが墜落していく。

 重力に従い、一瞬の浮遊感を最後に体が墜落を始める。

 

「バーサーカー、着地任せた」

 

 

 

 

 これにて、冬木大橋でのアンノウン・アーチャー戦。

 

 決着。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケガは?」

「踏まれた頭が痛いな」

「大丈夫なようで良かった」

 

 踏み台にされたことにかなり根を持たれているようで、にらみを利かせた目線を避けるのに精いっぱいである。あと少しで死ぬとこだったんだ。許して。

 だが、見たところお互いに大したケガはない。大規模の魔力消費もない。

 

 こちらの損害はほぼほぼ無いと見ていい。令呪二画と莫大な疲労を除いて。

 

「……ぁぁああつかれたもうやだつらいっ!! もう一歩も動かないぞう!!」

「何を言っている馬鹿者」

「だってこんなエンカウントバトルが起きるなんて思わなかったしぃ」

「そう、そこだ。なぜこんなことになった!? 貴様はトラブルしか起こさないのか!?」

「詳しくは知らん。騒ぎを聞きつけた時にはディルムッドはヤツの所為で消滅していたんだ」

「な、消滅……だと……」

「最近噂になっていた、サーヴァントの襲撃事件の犯人で間違いないかもしれないな」

 

 驚くのも無理はない。お前、夕方会ったフェルグスの話無視してたもん。そもそも事件自体が初耳だっただろうに。

 

「んじゃ、そろそろ目覚めてるかね?」

 

 そう言って襲撃者、アンノウン・アーチャーを見やる。

 

「ああ。精々情報を吐いてもらうとしよう。……マスター、なぜ来ない?」

「一歩も動きたくない。疲れた」

 

 

「一歩も動けなくしてやろうか?」

「わー、ぼく元気になったよー、不思議っ!」

「下らんこと言ってないで来い」

 

 気の抜けるような掛け合いも程々に、襲撃者に近づく。彼はすでに目覚めており、胸の切り傷を押さえていた。

 斜めに切られた刀傷が目立つが、実は見た目ほど深刻な傷ではない。ダメージはかなりあるだろうが、回復さえすれば死ぬ事はないはずだ。

 

 

 

「よう。加減はしたが、大丈夫かい?」

「ああ、おかげさまで最悪だクソヤロウ」

「元気そうで何よりだ」

 

 会話成立。動けない代わりに舌戦に切り替えるつもりなのだろう。

 こいつにも何かしらの打算はあるだろうが、逃げるという選択肢は取らないようだ。これならある程度の情報なら落ちるかもしれない。

 

「ふむ。手っ取り早く拷問するか」

「おっと怖いな。でも見ない顔だな。こいつもサーヴァントか?」

「サーヴァントだ。でもそれ以上は質問に答えてからだ」

「そうかよ。……まっ、しゃあねぇか。こっ酷くやられちまって、トドメ刺されないだけでも有難いかねぇ」

 

 息を整え、アイコンタクトを送る。レイアにはいつでも行動出来るように知らせ、彼女も頷いた。

 

 

「まず……この結界だ。どこで手に入れた?」

「そういえば戦う前に妙な事言ってたなお前。俺たちのもの、とかよ」

「東条家で研究されていた魔術結界の一つだ。敵魔術師から召喚された使い魔の隔離、逃走防止を目的とした対魔術式召喚獣の各個撃破戦術用に用いる結界だ」

「へぇ……じゃあ欠点も知ってんのかい?」

「サーヴァント以外ならば入ることも出ることも容易という点。例えば、マスターが侵入してからの令呪によるサーヴァントの強制転移で、サーヴァントを結界内に入れることも可能ということになる。逆もまた然り。高速移動とかならまた別の話だがな」

「大正解だ。本当に東条の人間みたいだなアンタ。かっこつけて殺そうとしなきゃよかったぜ」

「で、だ。これの出処は?」

「もらいもんだよ。目的や用途はそのまんま。ありがたく使わせてもらった」

 

 ギリッ、とレイアが歯を剥き出しにした。

 

「次だ。この襲撃はこれで何回目だ?」

「初めてだよ」

「嘘だな、すでに行方不明者が出ている」

「……は? いや、そんなはずはないだろ」

「貴様、白を切るか!?」

 

 レイアが激昂した。というか、周りを見ていて欲しいんだけど……。まぁいいや、俺も周りを見ながら尋問しよう。

 

「落ち着け。現にサーヴァント内で噂が出る程度には知られている。お前じゃないのか、アーチャーとやら?」

「通りで捕捉が早いとは思ったが……」

「お前の仲間ではない……か。第三者か裏切り者の可能性があるな。次だ」

 

 アンノウン・アーチャーが思案し始めて脱線したので、早々に切り替えさせる。今は考えてもらう時間ではない。

 

「何が目的で、その結界を渡したのは誰だ?」

「は?」

 

 そこで、初めてアーチャーは間抜けな声を出した。

 

「何言ってんだ? とぼけてるのかお前? まるで、東条の人間なのに知らないみたいな言い方しやがって」

「東条の人間なのに、だと? どういうことだ」

「目的は……まぁ、私的な八つ当たりだ。そこはどうでもいいとして、アイツとは利害が一致してるから組んでるだけに過ぎないが……。お前はスパイじゃないのか?」

「スパイだと? 何の話をしている!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は東条斬人とどんな関係なんだ?」

 

 

 時が止まったかのように感じた。

 その事実はあまりにも。重かった。

 

「な、なんだと……キリヒトが!?」

「マスターの父親が……関係しているだと!?」

「待て、父親だと? どういうことだ!?」

 

 三者三様に困惑の雰囲気が漂う。

 俺は言葉を発せないでいた。

 

 

 

 その名が今出てくるということはつまり。

 こいつの後ろにいる黒幕がその人物ということ。

 

 

 

 

 まさか。なぜ。

 

 数々の思いと感情が揺れる。

 

 そんなわけがない。だがしかし。

 

(なんでキリヒトがサーヴァントたちと敵対関係になる? 理由が見当たらない。英雄の存在が不都合になる……? それなら、そもそも英雄達が集まる建築物が開発されている段階で動いているはずだ)

 

 レイアがアーチャーに問いかける。

 

「そもそも、貴様の言うアンノウンとはなんだ?」

「ん……ああ。さて、なんだと思う?」

「……貴様のような見たこともない人物が召喚されることに関係があるのか?」

 

 

「おっと、いい筋いってるじゃねぇか。いかにもな脳筋ゴリウーマンサーヴァントにしてはな」

「殺すか」

「おっと、怖い怖い。……味方かもしれないやつを殺すのかよ?」

「味方だと?」

「そうさ」

 

 そう言って、上体のみを上げていた体勢から完全に立ち上がるアーチャー。彼にはもう戦闘の意思は無い様だった。

 

「サーヴァント、お前たちは俺の敵だ。それは今も変わらん。すぐにでも殺したいし、殺せる用意はある。だが、お前のマスターは違う。そいつは東条の人間だ」

「東条……か……」

「そいつの選択は二つ。俺を殺し、東条斬人を敵に回すか。それとも、お前を裏切るか、だ」

「……な!?」

「もちろん、お前ごと寝返ることもできるけどな。選択次第で俺たちの関係は大きく変わる。おい、まさか蝙蝠男になるつもりがあるならやめておけ。あの野郎を父親に持っているなら実力は知っているだろう。だが、お前たちサーヴァント側にも同じレベルの黒幕がいる。中立は考えないほうがいいぞ」

「黒幕、だと……?」

 

 

「アーチャー、そいつがお前の目的なのか?」

「そうだ、ヤマト……だったよな。大正解。俺はそいつを殺すために召喚に応じた、なんて言っても間違えてないぐらいにはな」

 

「そいつは一体……」

 

 誰なんだ、そう続けようとしたところで「マスター」とレイアが呼んだ。

 

「どうした」

 

 レイアは答えない。が、警戒の目を離さないでいた。

 同じ方向に振り返る。

 

 人。人。人。

 英雄ではない、大量の民間人の集団が俺たちのいる冬木大橋に向かってきていた。

 

「囲まれているぞ」

「……みたいだな」

 

 冬木大橋の両端から、俺たちのいる中心部へ群体は迫ってきている。

 言葉を少し掛け合い、自身のサーヴァントと互いに背中を守りあう形に立つ。

 

「すんませーん。俺たちに何か用ですかー? 皆さん、そこは車道ですよー! 交通ルール守らないと轢かれますよー!」

 

 呼びかけをしても反応なく、ただ向かってくる。

 まるで、人ではないかのように。

 

「誰も聞いてくれないようだぞ、マスター」

「なんでだろうな、こいつらもしかしてゾンビか?」

 

 不意に、何かが俺にめがけて飛んでくる。

 難なくそれをつかみ取って確認すると、それは包丁だった。

 アンノウン・アーチャーが軽く笑って俺に近づく。

 

「お前の中じゃあ、ナイフ投げてくる利口なやつもゾンビって認識なのかよ?」

「やかましい。アーチャー、こんな人数に狙われるって事は……もしかして相当な重罪人だったりするのか?」

「馬鹿言え、なんで俺が狙われてる前提なんだよ。お前かも知れねぇだろ」

 

「いや、ここにいる我ら全員に敵意を放っている。一人を差し出したところで意味はないぞ」

「おいそこのサーヴァント? さらっと俺を生贄にしようとしてなかったか?」

「アーチャー、ふざけている場合か。死にたいのか?」

「なんで俺だけ注意されんだよ!? お前のサーヴァントの所為だろぉ!?」

 

 喋っている間にも、ゆっくりと包囲されていく。彼らはホームセンターからかき集めたかの様な得物や、包丁やハサミまでの小さめの武器まで見える。

 

 アンノウン・アーチャーが頭を掻きつつ、懐から警棒を取り出す。

 瞬間、アーチャーの肌が日焼けのような小麦色に変わり、左手に持った警棒が変化し、軍神の剣(フォトン・レイ)へと生まれ変わる。

 

「まぁいいけど。おい、東条ヤマト! ここを切り抜けることに関してなら利害は一致している。生き残る為の共同戦線と行こうじゃねぇか!」

「東条じゃない、ヤマトが名字だ。……是非もなし、ってヤツなんだろうが、なぁ……。大体、令呪で逃げれるだろう、お前は」

「こんな早朝に起きてられるほど、不摂生なマスターじゃないんだよあのお嬢様は。今頃、サーヴァントのピンチにすら気付かずにぐっすりなんじゃねぇの?」

「ふっ、そうか。……足引っ張るなよ」

「言ってろ」

 

 俺の隣で、右手から炎の結晶を生み出してアーチャーが構える。

 

 それとほぼ同時に、前衛の冬木住民が一斉に走って向かって来る。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 後ろのレイアが、世界に咆哮を響かせる。

 俺たちも負けじと口を開けて叫んだ。

 

 

 

「その首、斬り落とされても構わねぇよなぁ!」

「死なねぇ程度に吹き飛ばすぜぇ!」

 




【現在公開可能な情報】

アンノウン・アーチャー
【出典】『英雄育成の為に狩られる腕の裏話』
【属性】秩序・善
【性別】男性
[ステータス]
 筋力 D -
 耐久 E
 敏捷 C
 魔力 A
 幸運 C
 宝具 EX

 ディルムッドを襲撃したサーヴァント。見た目は好青年だが、どこかの制服らしい白い服は所々裂けており、ボロボロになっている。特に炭の様な右腕に輝いている無数の光の線が奔っているのが特徴として印象的。
 武装は主に投影魔術と思われる。故に使用する武器は多岐に渡るが、エミヤの投影魔術と決定的に違うのは、真名解放して宝具を使用できる点である。この魔術を使う際、使用する宝具によっては持ち主の特性を受け継いでいる場合がある。
 また、黄金の鎖はどの様な形態でも使用できるらしく、アーチャーの数少ないオリジナルの兵装である。

 やや粗野だが情に厚く、仲間と認識した人物とは例え裏切られたとしても敵対することを避ける傾向がある。


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輝ける弓兵、空を舞う。

今回はっ!
早めにっ!
投稿っ!
出来たーっ!(嬉しい)

……まぁ、やる事無いんで筆が進むだけなんですが。

まだクリアしてない異聞帯のサーヴァントをゲットすると、どう扱えばいいかわかんなくて困るよね。


 脳天に襲い掛かる鎌を片手で受け流し、腹部に一撃を打ち込む。

「うぶっ」と、動きを止めて呻き声を漏らす人間の顔面を、容赦なく掌底で殴り飛ばした。

 

「安心しろ。峰打ち……いや、当身程度に加減しておいてやる」

 

 そう声をかけて数瞬、背後の人間の顎に回し蹴りを掠らせる。瞬く間に脳震盪を起こし、力なく膝をつき沈んだ。

 

 周辺ではレイアとアンノウン・アーチャーがそれぞれ殺さないように、次々と市民を無力化している。これはあくまで彼ら冬木市民が操られていると想定しての対処だ。冬木市本来の治安維持勢力–––––例えば警察––––との諍いが起きたならば、指名手配や強制連行の後に拘束など戦闘の後に悪影響を及ぼしかねない。あくまで正当防衛に留める事が、三人で一致した意見である。

 しかし、これらは時間の問題だ。このままでは疲弊し、数の暴力に押しつぶされるだろう。余力こそ、それぞれが温存しているのは頭の片隅には置いているが、その余裕を続けていられるとは到底思えない。

 

「どうする!? このままではキリがないぞ!」

「全然減らねぇな! というか、さっきから倒した奴らは何処に行ってんだ!? 気づいたらいなくなってるぞ!?」

 

 レイアの焦った声と、俺の疑問の声が戦場に交差し響く。

 アンノウン・アーチャーが答えるように推測を叫んだ。

 

「おそらく、転移しているんだ! ヤツが俺たちを認知してこいつらをけしかけているみたいだな。魔術かは分からんが、ヤツは兵を円滑に運用する手段がある!」

「ヤツって、サーヴァント側にいる黒幕ってヤツか!?」

「それ以外に誰がいるんだ! くそっ、邪魔だ!」

「騒ぎを起こすな、なんて言われてたんだがなぁ!!」

 

 アーチャーは悪態をつきつつ、例の火の玉で市民の得物を吹きとばした。

 その近くでレイアが一人の腕を掴み、力任せに振り回す。

 

「おおおおおおお!!」

 

 レイアによってアーチャーとは逆方向に投げ飛ばされた男は、そのまま飛んで行った先の集団を巻き込んでボウリングのように倒れていく。流石は英雄。一騎当千の活躍で体勢を保たせている。

 そんな中、不意にアーチャーが膝をついた。

 

「ぐぅ……!?」

「おい!?」

 

 アーチャーの服に赤い染みが広がっていた。僅かにだが吐血もしている。

 先ほどの俺との戦闘でダメージが蓄積されていたのだ。肩から脇腹まで一直線に通った袈裟斬りの傷は致命傷ではなかった。だが、浅くはなかった。

 敵が迫っているのに、その場から動けない。

 

「くっ、しまった……!」

「そのまま屈めアーチャー!」

 

 矢継ぎ早に言い放ち、周辺の敵を振り払い駆け出す。

 俺の動きに気づき、レイアも動く。俺の足を掴もうと這っていた女の手を蹴り飛ばし、俺に覆いかぶさろうとする数人の人間をまとめて受け止める。

 

「ふぅぅぅ……っ! ……ダァッ!!」

 

 レイアは集団を押し留めると、大きく息を吸って吐き出す。刹那、一気に膨張した筋肉が周囲の敵諸共押し込んでいき、さらには吹き飛ばした。

 

 レイアのお陰で無事に到達。アーチャーに殴り掛かろうとする巨漢はアーチャーを挟んで対角線上。その胴体を視界の中心に捉え、前に跳躍する。

 膝をついたままのアーチャーの背中を転がり滑るように前宙し、その勢いのままドロップキックで蹴り抜く。槍の如く鋭い蹴りは巨漢の喉に突き刺さり、倒れた内にしばらくして転移で消えていった。

 

「……助かった」

「礼なら後だ。戦えるか?」

「正直に言えば、保って十数分だ。もう少し手加減してくれても良かったろ、馬鹿野郎」

「減らず口が言えるなら、まだイケるな?」

「怪我人に無理させんなこの野郎! ……どうする?」

「俺たちには移動に役立つ手段は持ってない。出来て時間稼ぎだ。お前が何も出来なきゃ……このまま消耗して詰みかもな」

 

 アーチャーが薄く笑った。

 

 

 

「『ある』……そう言ったら、守ってくれるのか?」

「この共同戦線、言い出したのは……お前だろ」

 

 

 

 

 今更、利害関係がどうだなどと言っていられない。アーチャーに関して、俺の見立てでは信用は出来ないが信頼は出来るはずだ。敵か味方かは判断出来なくとも、今この状況で裏切るような男には見えない。今までの攻防から垣間見ただけに過ぎないが、今この時ばかりは彼を見る俺の眼が確かであると信じるしかない。

 アーチャーの剣が突如、ただの警棒に戻っていく。肌が白く変わっていき、眼の色が翡翠に変化した。

 数秒後、アーチャーの全身から穏やかさを感じさせる魔術回路の光が流れ、徐々に光っていく。

 そして、右腕の模様であった魔術回路に類似する形の溝が黄金に輝き出す。

 

 

 

霊装投影(フルトレース)––––––」

 

 

 一小節の詠唱。

 

 たったそれだけの言葉が、見知らぬ弓兵(アンノウン・アーチャー)の全てを変容させるキーであり。

 

 

 

「––––––開始(オン)

 

 

 それのみが、彼の英雄たる全てである。

 

 

 僅かに肌の色を白くした後、髪が急成長したかの様に長くなっていく。そして、頭から先端へ流れる様に髪色が紫色への変化した。

 

 目元にはいつから着けたのか、赤紫のバイザーを装着していた。

 

「血なら、胸元にパックリとあるぜ。悪いが仕事だ、出てきな!」

「マスター!」

 

 レイアが俺に叫ぶ。アーチャーの近くにいるのは危険であると。その意思も汲み取った俺はレイアと同じ方向に向かいながら、その場を離れる。

 

 次の瞬間、背後から閃光が走った。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)––––ッ!!」

 

 空を駆ける天馬。ペガサスが鉄橋から飛び出し、上空へ飛び立つ。

 風が吹き荒れ、冬木市民達が織りなす波も揺れ動いた。

 

 しばらく吹き荒ぶ強風に目を閉じていたが、目を開けるとアーチャーの姿はなく、ペガサスによって押しのけられた広い戦場が目に映った。周りを見れば、吹き飛んだものの体勢を立て直した市民達が再び俺たちの息の根を止めようと再度動き出す。

 橋の上の戦場。依然囲まれたままの俺とレイアはその中心に陣取る。

 

「こいつら蹴散らして拾ってやるよ! 空なら追ってこられねぇだろ!」

 

 そう言うのは、上空で天馬に跨がって手綱を捌いて静止するアーチャーだ。

 

「待てっ! 突撃するつもりか!?」

「お前らを狙う気はねぇよ!」

「違う! 冬木大橋が壊れるだろ!? 俺たちを川に埋める気か!?」

「じゃあどうする!?」

「速度下げて捕まらない程度に回収してくれれば良い! すれ違いざまに拾うんだ!」

「どうやって拾えばいいんだよそんなの!」

「俺らが飛べば、手くらいは掴めるだろ!」

 

 跳躍ならば、先程のアーチャーと戦っていた時にもやっている。跳ぶ、というよりは投げられる、なのかもしれないが高さは十分だろう。

 

「あぁ、なるほどな。良いぜ乗ってやる。上手くやれよ……!」

 

 そう言ってペガサスを切り返し、アーチャーは準備の為に遠ざかっていった。

 

「レイ……いや、バーサーカー。先に行ってくれ」

「……いいのか?」

「アイツよりもお前の手で拾ってくれた方が安心だろ? それに……」

「それに?」

「さっきから疲労が溜まってきてる。戦闘はまだ出来るんだが……、至近距離じゃ流石に悟られる。そこまでの隙をアーチャーに見せる気はない」

「分かった」

 

 レイアはそう短く返すと、橋へ垂直にペガサスが向かってくる。

 

 市民の耳には聞こえていたのかいないのか、俺たちに走って向かってくる者もいればゆっくりと間合いを詰める者、アーチャーに対して投擲している者がいたりとまばらな対応をしていた。

 

 それらの襲撃に応戦し、投げ飛ばしながらもペガサスに跨がるアーチャーを見やり、タイミングを計る。

 

「今だ、バーサーカー!」

 

 合図を送る。

 バーサーカーがこちらに向かって来る。それを見てすかさず敵全体と距離を取りつつ両手を合わせて構える。

 

「うおおおおッ!!!」

「おおおぉっらァッ!! 

 

 雄叫びと共にレイアは俺の手に足を掛けて跳躍を、俺はレイアを上に押し上げた。

 ペガサスと交差する瞬間、レイアが視界から消えるように連れて行かれる。どうやら成功したらしい。その確証がないのは、見られる程の余裕が無くなったからだ。

 

「くそっ、こいつら……!」

 

 頬に木刀が掠める。さらに、横薙ぎで繰り出される剣撃を回避する為に屈んだ途端、木刀は木片となって砕ける。

 俺を背後から、いかにもな作業員が俺の頭部を破壊する為にハンマーを振り回し、前方で振っていた市民の木刀とかち合ったからだ。

 ハンマーの柄を手刀で切断し、転がる様にして距離を取る。切断された得物を捨てて襲いかかる二人をそれぞれカウンターの様に拳を打ち込んで行く。

 

 そうしている内に、先程よりも高度を下げて突進してくる存在が横目で確認できた。勿論、飛翔して向かってくるのならば十中八九ペガサスだろう。

 

「来たか! ……ッ!?」

 

 助走を付けるために足を踏み出そうとして……引っ張られる。

 細身の男が右足首を両手で掴んでいた。僅かに足を取られる。

 

「しまった!?」

 

 上を見ていた一瞬の隙を突かれた。

 素早く裏拳を顔面に振るって昏睡させるが、そのワンテンポの差が戦況を分けた。

 

 周りを囲んでいた人間達がさらに手を伸ばし、拘束されていく。

 ついに、上から覆い被る人々に対して唯一まだ扱える片腕で防ぐように構えるが、そのまま抱え込まれていく。やがて光が遮られ無くなっていく。

 

 それでもなお人々は肉の塊に飛び込み、大きな人の山となって聳え立った。

 

 

 ▼▼▼

 

 

「マ、マスター!」

「行くな! 対軍宝具も持っていないサーヴァントが行っても、無駄に被害を被るだけだ!」

「だが、マスターが……!?」

「分かってる。突撃して諸共吹き飛ばせたらもしかしたら……まだ無事かも知れない。だが、やるにしても速度が足りない。一度戻って加速させるぞ」

「ああ……」

 

 私は苦虫を噛み潰す思いで首肯した。

 これは彼の心配性が裏目に出た結果だ。サーヴァントであるなら、何よりもマスターの安全を優先させるべきだった。しかし、だとしても目先だけでなく二手三手先を読もうとしたマスターを大きく責められるわけではない。アーチャーは決して味方と決まったわけではないのだから。そんな状態のアーチャーに助けてもらわなければならない今の状態にも嫌気がさすが、今はマスターが助かる方法を考えなくてはならない。

 一度翻して再び上空に向かうアーチャー。

 

 まだ生きているのか。それとも。

 マスターが常人よりも戦闘面で優れているのは知っている。アーチャーとの戦いでもそのポテンシャルは大きく、私はサポートしていただけだった。だから、たった一瞬の油断であっても敗北につながるミスをするとは私にはどうしても思えなかった。

 

「……ヤマト」

 

 呟いた言葉に含まれているのは自身への後悔か。他の感情さえも混ざっている気がした。

 

 不意に。

 小さな予感が耳を掠めた。

 

「おいアーチャー」

「どうした?」

「何か、聴こえないか?」

「……聴こえる? どこから?」

「マスターのいる場所からだ。何か聴こえてくるぞ……!」

「……分からない。どうする」

「近づいてくれ!」

 

 アーチャーは手綱を握り直し、冬木大橋の中心へ向かう。

 アーチャーの背中から覗いて見れば、人間の山に不可解な変化が起こっていた。

 

「マジに何か聴こえてくるな……? なんの音だ?」

「見ろ! 奴等が()()()()きている!?」

「見ろ、つったって目隠ししてるんだから分かるわけないだろ!? まさか、暴徒共に何か魔術的な変化が起きてるのか!?」

「いや……その様な変化は見受けられないが。むしろ、その……変化を抑え込もうとしているかの様な……」

「抑え込む? 暴徒らが? ……って、嘘だろ?」

 

 

 

 

 

「いや」

「まさか」

 

 

 

 

「––––––––––––」

 

 

「そんな」

「馬鹿な」

 

 

 

「–––––––––オラオラ」

 

 

 

 

「あり得るのか……!」

「マジかマジかマジかマジか……!?」

 

 

 

 

「ォォオオオラァァァァアア」

 

 

 

 

「マスター!」

 

「シャァァァァラァァァァアア!!!!」

 

 

 肉で覆われた山が、爆ぜた。

 

「ぎゅいっ」

「あがぁ」

「ちょもごめすっ」

 

 奇怪な断末魔をあげて、次々と空中に吹き飛ばされる市民に唖然となるのを止められない。

 アーチャーが叫んだ。

 

「まさかッ、ひたすら殴り続けて集団の包囲に競り勝ったのか!? 全てを吹き飛ばす程の爆発力(パワー)でッ!」

「マスター!」

 

「ハァッ、ゼッ、ハァッ……。正に『無駄無駄』って感じだな。おい、迎えはまだか?」

「行くぞぉ! 脳筋サーヴァント!」

「分かっている!」

 

 

 明らかに喜色に染まった二人を乗せ、ペガサスはヤマトに向けて空を駆ける。

 加速は必要なく、むしろ迎撃が来ないようにアーチャーが速度を調節し始めた。

 

「バーサーカー、細かい指示は頼むぜ! ある程度の位置の把握は出来るが、視覚に頼れねぇ分慣れねぇんだ!」

「ならばその眼帯を外せばいいだろう!」

「外したらテメェら石になるんだよ! こちとらメデューサだぞ!」

「角度が急過ぎるぞ! 激突したいのか貴様は!」

「早く言えよそれ!? 降下するぞ、舌を噛むな!」

 

 マスターはまだ遠い。

 起き上がってきた残りの集団や、新たに現れた増援を前にヤマトは応戦を始める。

 

 遠い。

 徐々にヤマトを囲う人数が多くなってくる。その尽くを打ち払い、蹴散らす。

 

 段々と近づいてくる。それに伴い僅かに速度が上昇する。

 ヤマトが一人の脚を掴み取り、その剛腕で振り回す。周囲を巻き込み、数秒の猶予が出来た。

 

 後もう少し。

 ヤマトは背広を着た男の腹部に一撃を加え、蹲った背中に足を置き、限界まで跳躍した。

 

 既に自身も手を出している。徐々に双方の手が近づいていく。

 

 

 私は、僅かな指先の感覚のみを握り込み、空を切った。

 

 

 

 ヤマトの顔が、手が、指が遠ざかっていく。既に最高到達点は過ぎ、彼の身体が引力に引かれ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスタァ!!」

 

 

 思わず飛び出した。馬上から身を乗り出し、ただ前に。

 決して、この人を逃さぬように。

 

 

 その腕を握り込む。

 その顔を胸元から抱え込む。

 この空から墜ちるのならば、共に行こう。

 チカラいっぱいに締め付け、離れないように––––––。

 

「お、おいバーサーカー? お前ってそんな情熱的なヤツだったっけか? 身体が、特に上半身がすっごく痛いんだけど。ともかく、空飛ぶ馬の上に早く上りたいんだが緩めてくれないか……な?」

 

「おーい……! その無鉄砲なサーヴァントの脚を運良く掴めた俺を褒めて欲しいが、その前に早くしてくれねぇか。そろそろ右手が死ぬ……」

 

「バーサーカー!? 話聞いてる!? お前のお陰で助かったからありがとうござい––––––、でもそろそろやばいかなってイダダダダダ骨ガァ──!? 骨がなんかゴリゴリ言ってルゥ──!?」

 

 

 ▽▽▽

 

 

 ようやくペガサスに跨ることが出来たので、上空にいるままこの後の行動を話し合うことにした。しかし、あの獅子奮迅の活躍の所為で二人からの人外を見るような目で見られていたのにはため息が出てしまう。じゃあどうすればよかったんだよ。潰れて死ねってか。嫌に決まってる。

 

 下方を見れば、諦めた様子のない人の集団が手を伸ばしている。そのまま押されて川に落ちていく者、回り道をするために迂回する者、届くはずがないのに手持ちの得物を投げる者など、各々が俺たちを殺そうと動いていた。

 

「さすが、化け物の一族だな」

「誉め言葉として受け取っといてやる。……さあ、どうする」

 

「どちらにせよ、あの建物に戻ろうとは思えんな。サーヴァントを従えている、というのが事実なら組した方がいいと考えるのは当然だが……『仲間になる』といったところで聞いてくれるかは分からん。サーヴァント全機から一斉攻撃を食らう可能性が高い。それでも行くのならそれは蛮勇とも言えん愚行だ」

「市民とはいえ、交渉することすらさせる気がない見敵必殺の姿勢を見せていたのは確実だな。バーサーカーならどう動く?」

 

「すぐに行動を起こすのであれば、話に持っていきやすいキリヒトの方だな。マスターの父親というのもあるが、今回の発端を知っているはず。有益な情報を得られるはずだ」

「俺としては行きづらくはあるがな。縁切られているし。……だがそれに賛成だ。裏で暗躍してるんなら話を聞くべきだし、敵になろうが味方になろうがアイツなら嬉々として歓迎してくれるかもな」

「おい待て」

「なんだよ」

 

 キリヒト側に付く。それが俺たちが打ち出した結論だった。

 レイアはクソ親父に悪い印象は持っていないようで、アーチャーにとっても仲間に引き入れられるという好都合な展開へとなっていた。

 だが、そこに水を差したのもアーチャーだった。

 

「そいつ、バーサーカーなんだよな?」

「「……そうだが?」」

 

 肯定の言葉が重なる。

 

「理性を持っていて、会話もできて、提案を冷静に進言できるバーサーカー?」

「ま、まあな」

「それがなんだ?」

 

 

 

「……バーサーカーってなんだっけ???」

 

「あー……。バーサーカーとは狂戦士のことで、由来が『ベルセルク』からきてるとも言われている……」

「マスター。違う。そうじゃない」

 

 アーチャーが急にうなだれ始めた。よく分からないが、並々ならない苦労がある気がした。……が、見ないふりをしておく。

 しばらくして、仕切り直したアーチャーが口を開く。その目はバイザーで見えないが、明らかに雰囲気が変わっていた。

 

「キリヒトは東京にいる」

 

「そうなのか!?」

「やはりか」

 

「さすがに知っているか」

「まぁな。アジトを変えないのも、アイツの特徴だ」

「ならば、さっそく向かうか?」

 

 アーチャーがレイアに対し、人差し指を立てて見せる。指が近かったのか、少しレイアが顔を引いた。

 

「当然行くにも問題がある。東京へ向かうなら、サーヴァントたちの巣窟のすぐ近くを通ることになる。騒ぎが大きくなっている以上、気づかれていないとは考えない方がいい。何らかの形で迎撃準備がなされているだろう。今その襲撃が来ないのは、単に結界が俺たちを知覚させないようにしてるだけに過ぎない。……あーあ、あの結界がなかったら今頃俺たちは袋叩きかねぇ。嫌な想像しちまった」

 

「結界装置がなかったらどうしてたんだ?」

 

「別に。結界が張れない分確かにチャンスは作りにくいが、似たようなことをしてただろうさ」

 

 互いに少し笑いあう。

 やはり、こういう手合いとは馬が合う気がしていた。

 

 誰かが、息を吐く。

 その次には、冷徹な目に変貌させた三人がここにいた。

 

「いつ、誰が死んでもおかしくはない状況だ。おそらくどうやって結界から飛び出しても追撃は避けられんだろうな」

 

「絶体絶命、というやつか。私にはマスターがいる故、貴様がやられても助けないぞ」

 

「言ってろ。他の戦車には乗り換えずにペガサスのスピードで走り抜けるぞ。こんなんで死ぬ奴は相当運がないアホだと笑ってやるよ」

 

 

 俺たちはこれから、戦場を通り抜ける。

 

 それは唯の戦場に非ず。一騎当千の英雄が待ち構えているのだ。

 

 最後尾にいる俺は後方からの攻撃に備え、体制を変えて背後に向く。

 手が確かに震えていた。恐怖はないのだが、武者震いだろうか。

 

 俺とアーチャーの間に挟まれているレイアの手を握る。

 レイアは気づいていたはずだが、振り向くことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、確かに握り返し、わずかに寄りかかってくれた彼女の熱が。

 

 俺の体にある本能的な恐怖をゆっくりと融かしていったのだった。





次回
『アーチャーのマスター、登場』


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それぞれの結末

気づけばお気に入り100人突破。
嬉しいものですね。

ありがとうございます!!


 結界は瓦解した。

 不透明な境界が消え去り、世界が露わとなっていく。

 これはアンノウン・アーチャーの意図した事ではない。ふとした事、例えば操られているであろう冬木市民の誰かが運良く起点を破壊した。または、急な突風によって位置がずれ、結界に小さな綻びと共に崩壊を始めたのかも知れない。そんな些細な事がキッカケであった。

 

 しかし、結界の消失と同時に流星の如き光が放たれた様は、アーチャーにとっては侵入並びに脱出が面倒な結界を解除させる手間がなくなって都合が良い反面、結界の外にいた人間にも異常が一目瞭然に察せられる事態であった。

 

 

 

 天馬は空を駆ける。

 その背に乗せるは、主人()()()()。そして、その仲間の白い二人。

 しかし、それとなくいつもとは違うことは天馬にも理解出来ている。

 少なくとも、自身を召喚出来るのは彼女だけである。そう思っている。

 何にせよ「騎英の手綱(ベルレフォーン)」を使用されたならば、騎乗している者の思う通りに動くのだから、天馬は深く考えるのをやめた。

 

 

 

 その手綱を握る本人、メデューサとは似ても似つかない男性のアンノウン・アーチャーは、その顔に冷や汗を垂らしていた。

 

 そして、俺やレイアも汗でなくとも異様な空間に慄き、三様の反応を示していた。俺の場合は息が詰まり、呼吸が僅かばかり乱れていた。

 

「アーチャー。エミヤを視認した」

「私も知ってる顔を見た。狩人のアタランテだ。はっきりとは見えなかったが、動く影も数人いるぞ」

 

 平静に努めて報告を逐次行っていく。

 

「……分かってる。だが何故だ?」

 

 疑念ばかりが募る。

 

「奴等、矢を放ってこないな」

「それどころか、まともに動かずに俺たちを見つめたままだ。気味が悪い」

「どういう事だ?」

 

 レイアがボソリと呟く。

 この光景は、予想とは明らかに違った。確実に殺しに来ると考えていた俺たちとは裏腹に、執念深いモノが感じられない。薄暗い建物の上、公園の木のそば、外灯の近く……。サーヴァント達は確認こそ出来るが、その全てが迎撃をしてこない事態に困惑が隠せない。

 

 何か、チャンスのはずなのに胸騒ぎがそれを否定する様な……。

 

「どっちみち、進むしかない。突っ込むぞ!」

 

「エミヤが矢を番えた。……が、まだ撃つ気配はないようだ」

「我々を狙わない、という意思表示か? どう思う、マスター」

「そこまで甘くはないだろうな。こっちに攻撃できない要素や戦略を用意してない以上、向こうの事情があると認識するべきだ」

「俺たちにはその事情を知る方法がないだろ。何にせよ、警戒するしかないな」

 

 

 その時は訪れる。

 

 冬木市が東、新都を過ぎた頃。

 アーチャーは警戒してない訳では無かった。むしろ、細心の注意を払って襲撃のタイミングを推測していただろう。

 俺もだった。下からの迎撃を警戒し、戦闘開始の合図を逃さない様にしていた。

 

 だからこそ気付かなかった。

 

 空から飛来するもう一つの白き流星に。

 

「上だッ!!」

 

 レイアが声を上げる。

 アーチャーが絶望を叫ぶ。

 

「直撃するぞ!!」

「軌道をかっ、……!?」

 

 軌道を変えろ、と言おうとした口が固定される。声が出ない。それどころか、呼吸すら出来なくなる。

 一時的に動けなくする騎乗兵(ライダー)。それはつまり……。

 

「こいつは……クソォ!!」

 

 アーチャーが隠していた魔眼を発動させた。しかし、飛来物に騎乗した敵は止まらない。代わりに、その敵と同様の魔眼、石化の魔眼を発動させた事により神秘に満ちた魔力がぶつかり合い、紫の閃光を奏でる。

 

 それを物ともせず、メドゥーサは天馬を駆って、偽物の騎乗兵(アーチャー)へ衝突せんと飛び込む。

 

「『騎英の手綱(ベルレフォーン)』ッ!!」

「マスター!」

 

 レイアに引かれ、空中に投げ出される。

 

 瞬間。

 

 アーチャーのペガサスが爆散した。

 俺は動けないまま、顔をレイアに覆われる。そのまま重力に従う様に墜ちていった。

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 

 

 気が付いたのは、舗装された道路の上だった。

 あの二人はどこへ行ったのか。それは分からない。恐らくは俺と同じように墜落してしまったのだろう。

 

 考えが甘かったと考えるしかない。応戦するのは遠距離攻撃のあるアーチャーやキャスター。ライダーだとしても余程のサーヴァントでなければペガサスのスピードや小回りの良さで勝てると踏んでいた。

 

 だが、俺の投影魔術の特性として、憑依経験は持ち合わせていない。経験の差が出てしまうのだ。同じ武器、同じ能力で英霊と戦うことになった場合、間違いなく英霊側に軍配が上がる事だろう。

 それを、敵は知っている。だから、メデューサをぶつけられたんだ。

 

「はぁ……はぁ、くっ、くそったれ……」

 

 頭を押さえながら、壁に寄り添う。

 壁の上は森林だ。俺は吹き飛ばされる前、あの主従が下に飛び降りていったのを知っている。運が良ければ、森林に入った後に東に向かう事が出来るだろう。

 

 俺は恐らく、向こうに行けない。

 

「がはっ」

 

 決して少なくない量の血液が口から溢れる。

 

 いつの間にか、『礼装投影』も解除されている。黒髪の、カルデアにいた頃の姿に戻っていた。制服はボロボロ、右腕は相変わらずふざけた異形になっているが。

 

「はぁ、あーあ。これで終わりかねぇ」

 

 下手に動く事もなく、大きく壁にもたれかかる。

 せめて、苦しまずに死にたい。そう思いながら介錯する英霊を待っていた。

 

 

 

 

「前方に反応! 先程、墜落したサーヴァントです!」

 

 数分だった頃だろうか。声が聞こえる。

 次に聴いたのは、離別を決意し、自分の復讐に関わらせまいとした人物の声。

 

「アーチャー」

 

「……よう、マスター。そこにいるのは、護衛人(ガードマン)かい? 随分と出世したじゃないか」

 

「貴方に、会うためにここに来たのよ。教えて、貴方は何をしようとしているの?」

 

「復讐だと、言ったはずだ。貴女には関係がないとも。離反が気に食わなければ令呪を使って殺せともな!」

 

 その顔を見ると、先程までのぬるま湯に浸かったような考えが霧散していく。あるのは復讐に燃え上がる憎しみだった。

 

 危うく、自身の決意を無駄にするところだった。

 今、死ぬわけにはいかない。

 

「邪魔をするなら、マスターであろうと敵だ。丁度護衛もいる事だ。ここらで痛い目にでも遭って貰おう。そうしなければ、貴女はいつまでも俺に固執する!」

 

「やめなさい、アーチャー!」

 

「マシュ、戦闘準備!」

「はい! マシュ・キリエライト、行きます!」

 

 橙色の髪の少女が、かつて共に生きた少女のシールダーに指令を出す。

 知っている顔だ。だが、俺の知っている彼女ではない。知ったような顔は出来ない。

 

 俺の知らないカルデアが敵という事実があれば、今はそれでいい。

 

「覚悟を決めろ、オルガマリー・アニムスフィア! 俺と貴女の願いは相反し、どちらかしか叶う事はない! 押し通る!」

 

 盾を構えるマシュに右手を伸ばす。

 その手の中では火球が爛爛と燃えていた。

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「マズいな、非常に」

「マスター、しっかりしろ!」

「大丈夫だ。まだ意識はある」

 

 スマホをレイアに渡して、コンパス代わりに使用する。

 東の方向にひたすら真っ直ぐに進んでいた。

 

 レイアに背負われながら、木と木の間を縫うように移動していった。

 しかし、それも限界だと感じていた。

 

「悪い、一回下ろしてくれ」

「だが、それだとマスターが……」

「いいから、分かってる」

 

 左手に目をやる。直視したくはない現実がそこにはあった。

 

 そこには冷たい石となった左腕が自身の肉体と繋がっていた。

 

 木にもたれるように座らせてくれたレイアを見やる。分かっているのは、このままだと、二人ともやられてしまう事であった。

 

 この石化は左腕のみではない。既に胸辺りまで石化は進んでいた。レイアに左腕を落とす事を言われたが、その時には手遅れとなっている。

 

「なぁ、レイア」

「……なんだ?」

「ありがとうな」

「今、感謝を伝えないでくれ」

 

 レイアも、分かっていたようだ。

 

 何故俺だけが石化したのか。石化の魔眼は魔力の質や量に比例して石化するかどうかが決まると聞いた。なら、「魔力A」のステータスであるレイアは切り抜けられたと考えられるが、俺は質はともかく魔力量は少ない。まともな魔術師でもなければ気にする事もなかっただろうが、レイアへの魔力供給が上手くいかなかった時点で色々察する事も出来たかも知れない。

 

「マスター」

「なんだ?」

 

 レイアからの声に応える。

 

「死ぬのが、怖くないのか?」

「いや、そんなに……かな」

 

 自身の声に穏やかさが籠る。

 

「今まで、あのキリヒトとか養父(おやじ)とかの常識外れなとこばっか見てるから、死ぬって感覚が少しマヒしてるんだよ。キリヒトが関わればろくな事にならないし、養父は養父で刀一振りを作るために不眠不休で皮と骨だけになるのもいつもの事だった」

 

「……」

 

「そんな親世代を見てるとな。死ぬ事とかマジで考えないんだよ。楽しすぎてさ。それに……」

 

「なんだ」

 

「俺は死なねぇ。石化したとしても、解く方法を探せばいい。そこは……俺には出来ないけどよ。俺にはサーヴァントがいる」

 

「……そうか」

 

「ああ、思いっきり頼りになる、英雄だよ」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

 

「というか、これ服まで石化すんのかよ。解けたときもしかして全裸か?」

 

「ふっ……かもしれんな」

 

「ははっ……」

 

 

 

 

「レイア」

 

「……」

 

「なぁ、レイア?」

 

 

 

 

 

 

「ペンテシレイアだ」

 

「……ペンテシレイア」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

「願いを込めていいか? そんで、先にキリヒトのとこに行っててくれ。お前なら行けるだろ?」

 

「分かった。……ヤマト」

 

「……令呪をもって命ずる」

 

 

 右手が赤く光る。最後の一角が消滅していく。

 

 

 

 

「ヤマト。貴方も死なないでいてくれ」

「『生きろ。我が英雄ペンテシレイア』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大事な人が、遠いところに行った気がする。

 物理的にも。魔術的にも。

 令呪が無くなった事によって、契約関係が切れた。もう、何処にいるかも分からない。

 

「サーヴァントはどうしました?」

「消えたよ。ほらよ、令呪がないだろ?」

「嘘ですね」

「変わらんだろ。俺が動かなくなりゃ、まともなマスターもいないバーサーカーは消える」

 

 女の声。森のどこからか聞こえてくる。

 おそらくメドゥーサの声で間違いない。

 

 ため息を深く吐いて、背後の木と脚を使ってゆっくりと起き上がる。

 

「俺はアンタらに随分と嫌われているらしい。そんなタブーに触れた覚えは無いんだがな」

 

「私たちとしても、特に恨みはありません」

 

「おかしいね。それじゃあまるで、恨みがある誰かに操られているみたいじゃないか」

 

「……いえ、分かりません」

 

「……しらを切るのかい?」

 

「恨みであるかは、想像にお任せしましょう。少なくとも分かるのは、私たちの意思に関わらず。動かせる何者かがいる、ということだけです」

 

「つまり、本意じゃないと?」

 

「ええ、私たちを駒として見ているのでしょう。事実、一部のサーヴァントは抗っていましたからね」

 

「じゃあ、貴方の命令は何ですかね? まさか『石化する様を見守れ』なんていう命令ではないんでしょう」

 

「……せめて、優しく殺してあげます」

 

「痛みは一瞬ってか。いいね。ただただ冷たくなっていくよりは確かに楽に死ねる」

 

 囲むように移動しているのか、前後左右何処から聞こえてくる声から位置が割り出せない。

 既に首や腰の辺りまで石化しつつある状況のなか、俺は背後の木から離れて数歩前に出た。

 

 

 

 風を切る音が、迫る。

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反転して放たれた蹴りによって、メドゥーサの口から上が遠くへ飛んでいった。

 

 

 

 力無く倒れた死体の霊核を踏み抜き、消滅するのを冷たい目が射抜く。

 

「十条百般。東条家の家訓でな。少なくとも、この程度の事が出来なきゃ、キリヒトの子じゃねぇんだ」

 

 よろよろと歩き出す。

 この身体でいつまで保つかは分からない。

 それでも、「死ぬな」と言われたのなら。

 足掻かなければペンテシレイアに怒られてしまう。あいつのパンチは響くんだ。

 

 

 

 

 

「さて、汚く生き延びるとしようか」

 

 

 

 

 

大和(ヤマト)【生死不明】』

『ペンテシレイア【行方不明】』

 

 

 銀に輝く小さな英雄編  完。




くぅ疲、これにて完結です!

……な訳ないっすよね。

はい、多くの謎を残しつつ一区切りとなります。

ここまで読んでくれた方にまずは感謝を。
「思ってたのと違う」なんて言われるかも知れませんが、それでも付き合ってくれたのならありがたい限りです。

出来るだけ飽きないように作品を書いていきますので、これからもよろしくお願いします。

あっ、主人公変わります。誰になるでしょうかね?

ではでは〜。


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『夢幻乖離境界 大和』
第1節 知るはずのない世界 前編


※このクエストでは編成が出来ません※
フレンドのみのクエストになります

フレンド固定:???

敵クラス / 裁 剣 騎


「……先輩! 手をッ!!」

 

 崩壊しつつある世界で、藤丸立香は消えたはずのマシュに再会した。

 

 

 人王ゲーティアとの決戦は終結。

 魔神柱達は次々にサーヴァント達によって、世界と共に崩壊していく。

 

 藤丸立香は、最愛の後輩の手を取る。

 

 その華々しくも小さな凱旋は、外の世界に青空を映した。

 

 

 ▽▽▽

 

 青空を映した画面は砂嵐となって、やがて灰色一面の液晶が突然暗転する。

 何も映さなくなった小型モニターを仕舞い、その人は話し出した。

 

 

「回帰の獣は果て、憐憫の獣は潰え、比較の獣はその在り方を讃えた。それらは、君達と我々の共通の結果である」

 

「人とはそもそもが獣から派生し生まれた生物の一つに過ぎない。だが人も獣も互いに欲望を持ち、感情を持ち、思考することが出来る。それ故に悪とも言える行いを、自ら望む事もあるだろう」

 

「では、獣と呼ばれるもの(彼ら)人と呼ばれる者(我ら)の違いとは。それ即ち愛を想い、全人類に対して受け入れさせるほどの救いの手を差し伸べられるものであるかどうかに他ならない。–––––––要は、資格だと結論付ける」

 

「元来、正義の味方如きでは到達出来ない至り。人間を不変に固定し、是を幸福と定義出来る存在」

 

「だが、獣として未熟でありながらそれを望んだ人間もいる。全ての人間を不死にする所業。隣のそのまた隣……かつてたしか……何処かの天草四郎時貞が叶えんとした救済」

 

「同時に、打ち砕く者も存在した。一つ、名もなきホムンクルスが英霊の形に依って変容し、ジークと呼ばれた其れ。彼はたった一人の聖女の為に人類の救済を捨てたという。……こればかりは伝聞だ。容赦願おう」

 

「さらにもう一つ、輪廻を持ったまま異形となり、自身の聖杯を奪われながらも人間としてその願い……救いを拒んだ者。英雄足らぬ器で在りながら英雄である己を良しとし、その願いの杯を溢したという。その時の聖杯はまだ異形と化した人間を新たな旅へ招いているようだが……その話は別の機会で話すべきだろう」

 

 

 

 

 

 

 

「ここで私は思考する。このように救いを払い退け、その手を破壊する人間がいるとするならば……それは一個人にも成り得る可能性を秘めた、人ならざる者であるならば」

 

「その名は明かされず理解される事もなく。代わりにこう呼ばれるべきだ」

 

人類の敵(アンノウン)と」

 

人類の敵(アンノウン)に善悪の概念など存在しない。人類の善性ではなく、人類悪でもない。仮に正しく表そうとするのなら、人類の敵(アンノウン)にはヒトの形でありながら()()()()()()()()()()()()()、というのが適切だろうか」

 

「そして、そう呼称される彼らの根底にあるもの。欲求か、本能か、目的か。私が思うに、それは––––––––」

 

 

 

 

「––––––––たった一つの願いだ」

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 立香はベッドに倒れていた。

 腕で目を覆ったために、瞼の裏は完全な暗闇となった。黒と僅かな色素が織りなす視界の中で、懐古に浸る。

 

 これまでの旅。

 オルレアン。セプテム。オケアノス。ロンドン。キャメロット。イ・ブルーリパス・ウナム。バビロニア。そして、ソロモン。

 そのどれもが苦難の連続であった。そして、かけがえの無い旅だった。

 

 何よりも変え難い自分のモノだ。

 

 だが同時に、失ったものもあった。

 

 オルガマリー所長。

 子供の様に敵に怯え、それでも世界のために自身を取り繕いながらも責務を果たそうとした人間。

 

 ドクター・ロマン。

 何処か軽薄そうな雰囲気でありながらただの人間であろうとし、それでもカルデアのために人を捨て命を投げ打った人間。

 

 いつだって、心に残り続けていた。

 ドクターに至っては、立香にとっては居なくなって数日も経っていない。

 立香もマシュと同じくバイタルチェックの為に何度も医務室に行った事があるし、通信での数知れない手腕とその指令によって助けられてきた。

 あの微笑みは二度と見ることが出来ない、という重い実感が立香を締め付けた。それが心に棲みついた時には後ろにいたマシュも涙を流して抱きつき、しばらくお互いに離れられなかった。

 

 それからは、心臓に鉄の杭でも打ち込まれたみたい体が重い。冗談混じりに「ヴラド三世の宝具に当たってしまうとこんな感じなのかな」と思ったが、すぐに思考は悪い方向へリセットされていく。

 

『立香くん。管制室に来てもらえないかい?』

 

 ダヴィンチちゃんに呼ばれたのはそのような心持ちの時だった。

 

 

 

「どうしました?」

「先輩!」

「やぁ、マシュ。何があったかわかる?」

「いいえ。お話はまだです。ダヴィンチちゃんがみんな揃ってからだと……」

「うん、みんな揃ったね? それじゃあ説明を始めよう」

 

 立香が到着すると共に、女性の風貌でありながら大きな義手を着けているキャスターのレオナルド・ダ・ヴィンチは前置きもなく本題に入った。

 

「我々カルデアは人類悪ゲーティアによる人理焼却を防ぎ、人理を復元した。それにより、カルデアスは人理焼却以降の未来は元通りとなった。しかし、特異点自体は無くなった訳じゃない。魔神柱の生き残りだったり、または全く別の要因で亜種特異点になる事もあり得るだろう」

「はい、ですからそういった特異点を発見、観測し次第に解決に向かう方針になりました」

「そうだね。しかし、観測した特異点が少々異常な事態に陥っている」

「異常?」

 

 立香は頭を傾けた。

 異常な特異点と言えば、今までの特異点全てが当てはまるだろう。魔神柱による異常な歴史の改変。それらと同じ様な存在が現れたという事なのか。

 

「特異点の場所は日本。それも未来、2020年の日本だ」

「未来!?」

「……今回はかなり特殊なケースだと考えている。なにせ未来の特異点だ。先程言ったように特異点の要因は魔神柱や聖杯、そしてその他の原因という分類に分けられる。私達が経験したのは殆どが前者だと言えるだろう。しかし、今回は後者の可能性が高い」

「後者ってことは……!」

「魔神柱に近いレベルの存在がいる……という事ですか!?」

「そういう事になる。今分かっている事として、現在よりも過去の年代に中規模な亜種特異点が四つ程観測出来ているが、この特異点の規模はそのどれよりも大きく、ゲーティアが作り出した特異点と大差ないレベルだ。早急に対処すべき事案である事に間違いはない」

 

 その事実は立香やマシュだけでなく、発見時にスタッフの殆どが驚愕に顔を染めた程だった。

 ゲーティアという人類悪と同等の存在。

 それは彼らを絶望させるには十分な情報だろう。

 

「黒幕の目的は分からない。少なくとも、ゲーティアの様に人理焼却するような体勢は整っていないだろう。しかし、今回は未来の観測という事もあって、まともにレイシフト出来るかも分からない。……それでもやってくれるかい?」

 

「はい、やります!」

「いい返事だ。それでは準備をしよう。……くれぐれも注意してくれ。今回において、アクシデントは高確率であると見ていいだろう。通信によるサポートが行えるかも分からない。でも安心して。天才である私も、スタッフ達も全力で君を支える。必ず帰って来られるようにね」

「分かってます」

「マシュは現地に同行してサポート。くれぐれも警戒を怠らないように」

「私も、ですか?」

 マシュが現地に向かうという予想外の言葉に驚く。同時に、不安そうな顔持ちでダヴィンチちゃんを見た。

「デミ・サーヴァントとしての力が無くなっているのは理解している。だが、何が起こるか分からない以上、立香ちゃんが孤立する事態だけは避けなければならないと考えている。……もしもの時に、立香ちゃんの支えになって欲しい。頼めるかい?」

 

「……分かりました。私が先輩を護ります!」

 

 

 

「良い返事だ。二人とも気をつけて。……よし、レイシフトの準備だ!」

 

 

 

 

 

 カルデアのリソースを消費、再びのレイシフトが起動する。

 光が貫き、特異点の道へ誘う。

 幾度となく経験した転移。レイシフトによって届けられる自分とマシュの肉体は……。

 

 

 

 

 

 何者かによって、唐突に阻まれたのだった。

 

 

 

 

 

「聴こえるか、天文の異世界人」

 

「……貴方は?」

 

 不意に、声を聴いた。

 意識が覚醒していく。目の前が鮮明になった時、佇むヒトを見た。

 その人物は漆黒のスーツを纏い、銀のネクタイを締めていた。まるで何処かの上級貴族に仕える、執事のような……。

 

 でも、顔は朧げでよく分からない。

 体付きから見て、女性なのだろうか? しかし、声は男性に近い。

 何というか、チグハグな印象を受けていた。

 

「ふむ、喋っているようだが声は聞こえない。……所詮は夢魔の真似事。先回りするためとはいえ、万全な状態には程遠いようだが……今は間に合って何よりだ、と言っておこう」

 

 景色が白一色の眩しい世界から、青空が広がる世界へと変わっていく。

 

 

 そこは、寂しげな世界だった。

 目の前の人物を除けば。人一人いない、無色の世界。

 

 白い大地には、考えうる全ての物が存在せず。

 

 どこまでも地平線が広がっていた。

 

「ここは?」

 

「明晰夢だ。目覚めれば忘れる程度の小さな夢。本来ならばここで会うまでもなかったのだが」

 

「明晰夢って……夢の中? 貴方は……?」

 

「……? すまない。もう少しジェスチャーを大袈裟にやってもらっていいか? それと、唇の動きを手を当てて隠さないで貰いたい。考え事をしたいのは分かるが、君の言いたい事に齟齬が発生してしまう」

 

 はっ、となる。先程、目の前の人が「声が聴こえない」と言ったばかりではないか。意思疎通は取れるが、何故か声が届いてはいない。

 大きく口を開けて、伝わりやすく喋るようにする。

 

「あ、な、た、の、な、ま、え、は–––––––!」

 

「そこまで気を遣わなくて結構だ。伝えようとする意識さえあれば、ある程度の意思疎通はこちらで出来る」

 

 黒い手袋を着け直すように引っ張った後、その人物は自分に正面を向けて真っ直ぐに捉える。

 

「さて、色々聴きたい事はあるとは思う。取り敢えずは、私はサーヴァントという認識でいればいい」

 

 ふぅ、と息を吐き出し、執事服のサーヴァントは踵を返す。

 

「ところで、君は悪夢でも見ていたのか? お茶でもあれば気を利かせられたのだが、生憎此処には副交感神経を優位にさせる物は何も無いようだぞ」

 

 悪夢、という言葉に私は反応する。

 

 周囲を見れば、前方から人の形をした影がこちらを見ていた。

 数は三体。しかし、此処にマシュの姿はいない。

 

「悲しみの感情から漏れ出した、と言ったところか? 夢の中に潜り込むというのは新鮮なのだが、状況が状況だ。そこな少女、ヤツらに殺されれば現実でも死ぬ事になる。下がっていると良い」

 

 段々と影の者達に色が表れる。

 彼ら……いや、彼女たちは特異点で見た英雄達の形をしていた。

 

「さて、此処は君の夢の中だ。君の空想が何よりも上回る。私も負けるつもりはないが、今回は……そうだな、『最強なのは常に己自身』などと考えず、最強の私をイメージしてくれると助かる」

 

 

 目の前サーヴァントがシャドウサーヴァントに立ち塞がり、銀の長棒を取り出す。

 

 私は「夢の中ならば」と、紅く輝くみぎてを突き出す。

 想像するのは、目の前の執事服のサーヴァントに魔力を渡すイメージ。

 

 

 そして、最強の英雄の姿––––––––!

 

 

「さて負の感情諸共、まずは清掃させて貰おう。上品に、念入りに消毒しなくてはな」

 




【BATTLE START】

エネミー情報

オルレアンの悪夢 
使用スキル 啓示

セプテムの悲鳴
使用スキル 皇帝特権

オケアノスの劣等
使用スキル 嵐の航海者


フレンド
???→謎のサーヴァント(ランサー)

使用可能スキル
第一スキル 「十条百般 EX」
 味方単体のクリティカルを発生させる状態(3回・3ターン)を付与&クリティカル威力アップ(3回・3ターン)
第二スキル 使用不能
第三スキル 使用不能

宝具『???』
 敵全体の強化解除&味方全体に「人類への脅威」特攻を付与&敵全体に神性が低いほど超強力な攻撃


特殊ギミック
『夢想令呪・開放』 
 謎のサーヴァントのNPを100増やす


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第1節 知るはずのない世界 中編

※このクエストでは編成が出来ません※
フレンドのみのクエストになります

フレンド固定:サーヴァントランサー

敵クラス / 剣 狂 槍 術


その長物を繰り出す様は、紛れもなく英霊であった。

僅かな隙を見定め、気付けば敵の胸に穴が開く。

 

吹けば飛ぶモノであるかのように、そのサーヴァントは蹂躙した。

 

聖処女、皇帝、海賊。その形を模した影が崩れて消えていく。

 

三体を相手取ったにも関わらず必要最低限の行動で相対した目の前のサーヴァントは、汗一つ掻くこともなかった。

その代わりか、小声で呟いた。

 

「長物とはいえ、鉄パイプで凌げるとは思わなかったな」

「鉄パイプだったの!?」

 

そのサーヴァントは「何をそんなに驚いている?」と言外に見つめた。

 

「想像よりも相手が劣っていただけに過ぎないが……。まぁ良い。改めて、ランサーだ。見れば分かる通り、長物を扱うのには慣れている」

 

そう言って謎のサーヴァントこと、ランサーは不敵に立っていた。

 

 

 

 

 

遠くには山の面影はなく。丘さえも見えず、地平線は水平に広がっていた。

今は進んだ方が賢明だぞ、というランサーの進言により、私達は方角が分からないまま前に向かって歩く事にした。

 

「少しは落ち着いたかね? 先程よりかは心が軽くなった様に思える。これを機に、この辺りに漂っている心のシコリを一掃するのも良さそうだが?」

 

「ここって、夢の中なんだよね……」

 

「ああ、そうだ。君は今、強制的な睡眠による……一種の昏睡状態に陥っている。これは意図的に眠らされている、という認識で構わない。安心するがいい、幸い現実世界にある君の肉体は危険に侵されてはいないようだ。死の世界への直通でなくて良かったと諸手を挙げて喜んでもいいところだろう」

 

ランサーが無表情のまま告げる。

さっきから顔面の輪郭が定かでは無いのに、なんとなく感情の揺らぎが見えない気がした。

と、思ったところで、私は疑問をランサーにぶつける。

 

「それより、さっきから貴方の顔がハッキリしないんですが……?」

 

「……曖昧に見えているのなら、それは私というサーヴァントの霊基自体の問題だ。所謂、私由来の逸話や伝説から来る特性ではない」

 

ランサーは続ける。

 

「それに、私にとってここはまだ()()()なのでな。私という存在そのものが希薄になりつつあるのだろう。どういう理屈であれ、君が目覚めてくれれば済む話だ」

 

「真名は……教えてくれない?」

 

「気になるのか? その気持ちは分からない事もないが……ふむ。正しく認識しようとしなければ、名前のみ知っていても意味はない。君の知る歴史に私は存在しないのだからな」

 

「存在……しない……?」

 

「……そんな事より、この夢の世界の話をしよう。君はこの景色に見覚えは?」

 

ランサーが、話を逸らすように促した。彼にとって、触れられたくない部分なのだろうか。

 

「……ない。ランサーは?」

 

「見覚えはないが、似たような景色を話してくれた友人ならいる。曰く、その世界には人類や物質はない。つまり、漂白された地球であると」

 

ランサーが顎に手を当てて、そのような話を口にした。

顔はまだ掠れたペンのように輪郭がぼやけているが、何となく困ったような顔をしている気がした。

 

漂白。

何も無い真っ白な地球。

これもおそらく、人理を崩壊させるほどの事象であり、大事件だ。

 

「精々この景色が正夢にならぬよう祈っていた方が精神衛生を維持しやすいぞ。ここは儚い美しさとは対照的に、死にたくなるほどの退屈な世界なのだから」

 

「そうだね。早く抜けよう」

 

私はこの世界に、なんとも言えない恐怖を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世俗的な一説だが、夢の世界で寝ると現実世界では起きる事が出来ると聞く。試してみるか?」

 

「うん!」

 

ランサーの提案に乗り、早速横になる。地面は小さい砂利が敷き詰められている様に広がっていて、硬くて寝苦しいということはない。多少ならば、頭の形であったり、身体の形に倣って流れてくれる。

 

しかし、痛いものは痛い。所々尖った砂利や小石が至る所を突いてきて、非常に寝づらい。

何回か寝返りを打つ。あまり効果がないのか、寝付けない。

 

しまった。これでは現実で起きることが出来ない。

ランサーからの視線を感じる……!

 

不意に、耳のすぐ近くで砂利を踏み抜く音が聞こえた。

目を開けると、すぐ目の前でランサーが正座でしゃがんでいた。

 

「観測者。眠りにつくにはもう少し快適な方がいい。膝枕でいいなら頭を埋めるといい」

 

「えっ、いいの!?」

 

思わず飛び上がる。このまま時間が過ぎるのに比べれば願ってもない事だ。

 

無言で太腿を叩き、ランサーが私を招く。

 

私はおずおずと頭を預けた。

 

「し、失礼、しまーす……」

 

「物のついでに、耳掻きでもできれば良かったがな。生憎、ここには持ってくる事が叶わなかった」

 

いつもなら持っている、というような言い方をされても。

 

「せめて安眠出来るよう、本気を出させてもらう。安心して身を委ねてくれ」

 

程々に柔らかい感触が側頭部を襲い、黒い革手袋を通してランサーの手が私の頭を撫でる。

 

「ふはぁ」と、声が漏れた私は悪くない。

心地よい感覚が脳髄にまで突き抜けるような多幸感となって身を包む。

それほどの官能的な指先で撫でられたのだから。

 

頭を置いている太腿部も考えれば異常だ。先程までの戦闘で見たひどく正確な動きには似つかわしくないと思えるほどの弾力。最上級の枕でさえ劣る、母性の暴力を食らったと錯覚する程の異常なまでの安心感が私を占めた。

 

「はぁっ、ふわぁ、はぁ〜ん……!」

 

「……眠りやすくなっているのか、判断しづらいな」

 

「ふへっ……あっ、ごめん。……もう大丈夫」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

「はぅ」

 

「……」

 

「大丈夫だから」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

それから、体感で一時間近く経過したと思う。

 

私は眠れないまま、ランサーに膝枕をされていた。

 

別にランサーの心遣いがかえって邪魔になったというわけではない。むしろ、彼の技の尽くは安眠させ得る最大限の技術だったと言える。しばらく経った時にやられたマッサージは天まで昇る勢いの安らかさだったし、子守唄のつもりで口遊んでくれたランサーの鼻歌は優しく耳の中へ到達して知覚神経をも解きほぐした。

それでも眠ることはなかった。

 

「話をしてもいいか」

 

そんな時、ランサーが声を出す。

 

「いいよ」

 

私が返す。と言っても、彼には聞こえない。らしい。

自然に聞こえたかのように彼は頷くと、静かに話し出した。

 

「私が相対した彼女たちに、君は会った事があるのか?」

 

戦闘の時に襲いかかってきた敵についてだった。

 

「……うん」

 

「仲間だったのか?」

 

「うん。でも、あの人たちが本物ではないことは分かる」

 

明らかに人間ではなかった。英霊はもちろん人間ではなく英雄の再現ではあるのだが、そういう意味ではない。

私が感じたのは『()()()()()()()()()』という所だった。

それを伝えると、ランサーが付け足した。

 

「最初にも言ったが、ここは君を夢の中だ。誰かが悪夢を見せているわけでもない。君を中心とした深層心理の世界。それがこの世界の正体だ」

 

ランサーは続ける。

 

「ましてや、君は気付かなかったかも知れないが彼女達が襲いかかってくる直前、彼女達の後ろに陰りが見えた。……陰とは陽の反対を示す。君が表面では他人に決して見せない物。それが形作られたとしたら?」

 

「他人に、見せない物……」

 

「例えば……そうだな。救えなかった事への罪悪感や英霊への劣等感、そして恐怖。隠す感情としては充分だ」

 

「……」

 

私は何も言えなくなった。

 

「そうか」

 

ランサーは無言を肯定と捉えたようだった。

 

「月並みな言の葉では、かえって重みとなって苦しめるだけだ。私のようだ何も知らない無関係な人間が言えば特に」

 

私は、豊かな胸から覗く銀の眼に射抜かれる。

 

「ならば、今は何も言うべきではないな。幸いにして、私には口だけでなく腕もある。数多の手段を以って、君の不浄を取り払おう」

 

それが私がここに来てしまった詫びだ。と、ランサーは締めた。

 

「ランサーは何でここに……」

 

「すまない。安寧の時間は終わりのようだ。向こうが痺れを切らしたようでな」

 

急に抱えられ、そのがっしりとした胸板に頬を押しつけられる結果になった。

その手には慈しみを持った優しい手の感触はなく、背中と脚に感じる握力心強さを私に伝える。

 

瞬間、ランサーがその場から飛び退き、元いた場所には赤雷が飛来する。

 

「連戦、だな。ヤツの後方にも似たような気配がある」

 

「ランサー、一つ聞いてもいい?」

 

「真名か?」

 

「……貴方は男? それとも女?」

 

「一息吐いたら、答えるべきか検討しよう」

 

そう言って、ランサーは構える。

 

 

 

 

 

 

「さて、鈍った身体のウォーミングアップはとうに済んだ。今度は精度を上げるとしよう」




【BATTLE START】

エネミー情報

ロンドンの悲鳴
使用スキル 直感

イ・プルーリパス・ウナムの戦火
使用スキル 人体理解

キャメロットの聖抜
使用スキル 最果ての加護

バビロニアの絶望
使用スキル 魔杖の支配者


フレンド
???→サーヴァント(ランサー)

特殊ギミック
『夢想令呪・起動』
 サーヴァント(ランサー)にクラス相性を有利にする状態を付与


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