執事一誠の憂鬱 (超人類DX)
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執事と悪魔
過去と今


整理です。徐々に話数更新します。

タイトルの意見をくれたアゼルバイジャン大佐さん、まことにありがとうございます!


 

 

 ちょっとだけ昔話をしましょう。

 あれはまだ私が小さかった頃の話。

 

 悪魔であり、私の兄であり、そして魔王でもあるお兄様が一人の――それも『人間の』男の子を私達悪魔が住まう冥界に連れ込んで来た。

 

 その男の子はまだ小さかった私と歳が近く、妙に偉そうというか……マセてるというか。

 

 

『おれ、修行で忙しいから早く帰りたいんだけど……』

 

『まぁまぁまぁまぁ、修行の相手なら僕がしてあげるし、何より彼女から言われた事を無視するのかい?』

 

『…………。ちっ、わかったよ』

 

『よしきた!』

 

 

 種族が違うし子供だってのもあるけど、当時から最強の悪魔と吟われていたお兄様にも不遜な態度を崩さず、寧ろお兄様が下手に出る姿に違和感しか無かった。

 

 

『気は進まないが、此処に住むことになった……只の人間だ』

 

 

 そんなこんなでお兄様が連れてきた男の子は暫く此処に住む事になり、歳が一番近いという理由でお兄様から面倒を見るようにと命じられた私は早速この男の子とお話をしようと、実家の城の中庭の――しかも日影の端で黙々と身体を鍛えている所に赴いて話し掛けてみた。

 

 

『……………』

 

『あの……』

 

『………………………』

 

 

 結果、男の子は喋るのが好きではないみたいで、一言声を掛けた私を一瞥しただけで応える事は無く、再び黙々と鍛練をする作業に戻ってしまった。

 

 

『良いかいリアス。

彼はその……人間かもしれないし、声を掛けても返事をしないかもしれない。

でもそれはちゃんとした理由があるから怒らないであげてくれないか?』

 

 

 男の子に話し掛ける前、お兄様にこう言われる事がなければ、子供だった事もあって怒っていたかもしれない。

 無反応というか、見事なまでの無視をされた私はただただ私を一瞥した時に見せた『暗い瞳』に圧倒されつつ、無言で無視で無関心で――お兄様以外の私達家族とは一切口を聞かなかった。

 

 正直……正直に言うと、この時の私は『こんな人間の男の子なんて……!』と憤慨したわ。

 世間知らずの子供らしく、人間は弱いって勝手に決め付け、自分を『信用できない』って目で見てくるこの男の子がその時は間違いなく嫌いだと思ったの。

 

 けれど、その弱いという認識は直ぐに改めさせられた。

 

 

『ま、まさかその歳で此処までの水準(レベル)だなんてね……。

ははは、肋骨がグチャグチャにされちゃったよ……』

 

『ま、まだだ……! まだ終わってないっ……!』

 

『いや終わりだよ、キミは一度でも気絶した。

戦う前に取り決めた約束を忘れたとは言わせないよ?』

 

『ち、ちくしょ……ぅ……!』

 

 

 その日は珍しく朝食の席に現れた男の子が、兄様に話し掛けていた。

 殆ど声を出さずに私達が出す食事も食べずに過ごしていたので珍しいなと思いつつ耳をすませてみると、どうやらお兄様に決闘を挑もうとしていたらしい。

 

 常日頃から黙々と鍛練をしてるから、強くなりたいのかなと思ってたけど、よりにもよってその成果をお兄様で試そうとしている。

 いやいやいや、悪魔の事を知ってるのであるなら尚更無謀じゃないか――と私や男の子の事をまだよく把握してない父や母はギラついた目でお兄様を見据える男の子に警告した。

 

 だが男の子はその悉くを無視し、お兄様ですら苦笑いしながら私達を制止させ、男の子からの申し出を受け入れた。

 

 

『俺が勝ったら今すぐにでも出ていかせて貰う。

『なじみ』と所縁があるとはいえ、所詮は分身でしかない悪平等(きさま)……いや貴様等なんぞ信用できん』

 

『まだ彼女しか信じられない、か。

まあ、当たり前だと思ってた居場所をイレギュラーに奪われ……名前すら盗られたともなれば他人を信用できないのは分かるよ。

だけど……フッ、僕も悪平等(ノットイコール)の端くれ、次期後継者たるキミの面倒をあの人から命じられてる以上、その申し出はキミを叩き伏せてから断らせて貰おうか』

 

 

 決闘場所は男の子がよく一人で鍛練している中庭。

 数メートル程二人は距離を離し、男の子が冷たい殺気を放ちながらお兄様を睨み、それを受けたお兄様が軽く微笑みながら受け流す。

 その際、お互いから聞いたこともない言葉が何個か出て、私達は首を傾げたが、それ以前にものの2秒もしないで決まるだろう無意味な決闘結果に気を取られて気にも止めなかった。

 

 

『さぁ来なさい一誠くん。

及ばせながら僕がキミの成長のお手伝いをしよう』

 

『ほざいてろ……!!』

 

 

 文字通りの子供を優しく相手にするかの様に微笑むお兄様と、初めて見せる殺意に満ちた形相の男の子が飛び掛かる。

 

 人間にしては素早い身のこなしに私を含めた家族達はちょっとだけ驚いたが、それでもお兄様じゃあ相手が悪すぎだし直ぐに終わるだろうと思っていたわ。

 結果は予想を斜めにぶち抜けちゃったけど。

 

 

『リ、リアス……。

彼を、一誠くんを寝室に運びなさい』

 

『は、はい……』

 

『お、驚いた……人間の子が……』

 

『どういう事ですかサーゼクス? この子は一体……』

 

 

 勝負はお兄様が勝った。

 けど予想していた内容とは明らかに違う……苦しそうに肩で息をしながら私に倒れ伏す男の子を運べと命じる姿に、初めてこの男の子の異常性を垣間見た。

 

 

 魔王と呼ばれるお兄様との試合形式の決闘で、意識を失って負けたとはいえお兄様に重傷を負わせたという、冥界中に知られたら大事になりかねない出来事に、見ていて軽くショックを受けた私と父と母は、お兄様の妻であり私が実の姉の様に慕うグレイフィアに治療されるお兄様に問い詰めるも、お兄様は首を横に振るだけで答えてくれなかった。

 

 

『僕からは言えない。

知りたければこの一誠くんに直接聞いてください……。

だけど、これで分かったと思う……一誠くんは人間だけど強いことに』

 

『……………』

 

 

 いてて……と痛みに堪えながら、聞きたければ本人に聞けと言うお兄様に私達はそれ以上問い詰めることは出来なかった。

 今日まで只の人間だと思っていた男の子の異常な力を見せ付けられた……それだけが現実であり、何処で生まれたのか、どうやって育ったのか、両親はどうしてるのか……それを今まで知らなかったし知らされもしなかった私は此処で初めて、気を失ってる男の子を知りたいと思った。

 

 

 けど男の子――一誠という男の子を彼に宛がった寝室に運び、ものの数分で目を覚ました後も悔しそうに顔を歪めるだけで何も語ろうとはしなかった。

 

 

『クソ……! また負けた……!』

 

『あ、あの……』

 

『っ!? な、何だ紅髪女か。何の用だ?』

 

『むっ……! 何って、お兄様に負けて気絶したアナタを此処に運んだのは私なんだけど?』

 

 

 負けたショックで精神的に不安定だったのだろう、何時もなら一瞥しただけで何も話さない男の子は、私を見るなり驚いた顔になって……紅髪女なんて変な呼び名を口にして来た。

 恐らく普段から私をそう認識してたのだろうと思うとムッとなるわけで、ベッドから起き上がる一誠という男の子に言い返してやる。

 

 

『それに私はリアスって名前がちゃんとあるの。その紅髪女ってのは止めて貰いたいわ』

 

『……。ふん、呼び方なんて……名前なんてどうでも良い――ぐっ!?』

 

『ちょ、ちょっと……!?』

 

 

 言い返す私に初めて応じた一誠という男の子が無理に起き上がってるせいか、明らかに痛みで顔を歪ませる。

 あの決闘……多分お兄様もそれなりに本気で叩きのめした筈だし、寧ろこの程度で済んでるのがおかしいと思うのだが、苦しんでる姿からしてやせ我慢をしてる様にしか見えないので、痛みに堪えながらベッドを降りようとする一誠を無理に止める。

 

 

『アナタお兄様に負けたのよ? そうでなくてもその程度で済んでるのが奇跡なのに、無理に動いたら――』

 

『うるさい……!

負けた上に情けを掛けられときながら能天気に寝てられるかよ……! 一々関係無い俺に構わないでくれ……!』

 

 

 ベッドに押し戻そうとする私を手傷を負った獣が如く威嚇する様な形相で睨み、肩に触れていた私の手は乱暴に叩かれた。

 

 

『他人なんかくだらねぇ……! ちょっとした事で平然と忘れるような親も何もかも……全部がくだらねぇ……!』

 

『な、何を言ってるのよ――って、だから出ようとするな!』

 

 

 ベッドから降り、苦痛に歪んだ表情で私を睨みながらフラフラと部屋を出ようとする一誠の言ってる意味が分からず、思わず見送りそうになった私はハッとしながら引き留める。

 お兄様に重傷を負わせた異常な強さをまざまざと見せつけられて怖いとは思ったが、流石にボロボロの状態なら私でも抑え込む事は出来る訳で、アッサリと身柄をベッドの上に投げ込んでやった。

 

 

『物静だと思ってたけど、案外乱暴な子ねアナタって』

 

『き、貴様に言われたくない――ぐうっ……!?』

 

『……。それに口の聞き方も悪いし、一応アナタより年上なのよ私は?』

 

『だから、なんだ……!』

 

 

 想像以上に弱ってる様で、呆気なくベッドに戻された一誠が睨んでくるけど全然怖いと思わない。

 例えるなら捨て子犬が威嚇してる様にしか見えないのと、初めて会話がちゃんと成立している事実にちょっと笑ってしまう。

 

 

『ねぇ、アナタって何者なの?

お兄様がわざわざ人間のアナタを此処に住まわせてる理由もそうだけど、何でそんなに強いのかしら?』

 

『…………』

 

 

 なので今なら聞けるかと思い、ずっと疑問に思っていた事を問い掛けてみる。

 すると一誠は急に無言となり、私から目を逸らす。

 どうやら話したくないらしい。

 

 

『……。言いたくない?』

 

『他人に語った所で意味なんてない』

 

 

 観念はしたのか、ベッドに大人しく横になってボソッと言う一誠は私に背を向ける。

 人間でありながら異常なその強さ、そして私と変わらない年で独りである理由を話そうとは結局しないと分かった私は、子供心に察してそれ以上無意味に追求するのは止めた。

 

 

『そう、話したくなければ話さなくても構わないわ』

 

『………』

 

『だけど、その無愛想な態度はやめなさい。

私にしても構わないけど、お父様やお母様やグレイフィアにまでその態度は良くないわ』

 

『どうせ互いに忘れるような他人に――――』

 

『忘れないわ。

というより、魔王ルシファーを継いだお兄様をあそこまで追い込んだアナタを間近で見せられて忘れろというのが無理な話』

 

『…………………』

 

『それに、こうしてちゃんと話も出来るみたいだし、畏まれなんて言わないなからちゃんと呼ばれたら反応くらいはしなさいな。

お兄様とどんな約束をしたかは知らないけど、アナタも此処に一緒に住んでいるのだから……ね?』

 

『………………………………』

 

 

 今日この日初めて漸く一誠という男の子の性質をちょっとだけ分かった気がした。

 理由は結局分からないけど、多分一誠は両親が居ないんだと思う。

 人間とは思えないその異常な力を恐れて捨てられたのか……それは分からないけど、だから頻りに他人なんか信用できないって態度なんだと思う。

 

 

『それじゃあ、安静にしてなさいよ?』

 

『………………………』

 

 

 そう解釈すれば、ショックからまだ立ち直れてないんだなと思えば……うん、ある程度嫌な態度されても受け流せると思うし、ほんの一部だけかもしれないけど一誠という男の子の事が分かった。

 

 

『あ、何なら一緒に寝る? アナタより一つ年上のリアスおねーさんが絵本でも――』

 

『消えてろ、ぶっとばされん内にな』

 

『あはは、言うと思ったし冗談よ。

けどレディに向かってその言葉遣いは控えた方が良いわよ?』

 

『レディ……? 何処にそんなのが居るんだ?』

 

『む、目の前の私よ私!』

 

『……………………………………………。へっ!』

 

『あ、今鼻で笑ったわね!? 私より子供の癖に!!』

 

 

 異常に強い癖に、妙に心が脆い……でもちゃんと話せば小生意気な男の子。

 それが一誠という男の子との歩む最初の一歩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんて事が小さい頃にあったわねぇ……」

 

「……。あまり思い出したく無い話だなそれは」

 

 

 そんな最初の一歩からもう数年。

 結局一誠は、あれからお兄様に何度も戦いを挑んでは負けての繰り返してグレモリー家に住み続ける内、徐々に私達に対する態度を軟化させていき、現在ではびっくりするくらい私達は気軽な仲となっていた……と思う。

 

 

「で、今日もお兄様に負けたんでしょう?」

 

「………」

 

 

 あの日の後で聞いたのだが、どうやら一誠はお兄様に勝たないとグレモリー家から出られないという取り決めがあったらしく、結局一誠は今の今までお兄様に勝てないままこうして成長してしまっている。

 当然その強さも限界知らずでどんどんと伸び、今尚進化が止まらずであり……聞けば最近修行目的でお兄様から頼まれて討伐した強力で凶悪なはぐれ悪魔を『悪魔には聖剣……故にこのエンピツカリバーの錆びにしてくれる』とふざけた事を言いつつ、本当にそこら辺に売ってるエンピツで倒したらしいのだから、恐ろしいにも程がある。

 

 まあ、別に私はそんな事実があろうとも一誠を怖がりはしないけどね。

 

 

「アナタの成長に比例してお兄様も進化してるしね、そう簡単にはまだまだ行かないわよ?」

 

「……チッ」

 

 

 そして今日も決闘をしたらしいのだが、一誠こ異様な成長に並んでお兄様もその実力を今尚上げており、結果は一誠の表情からして敗けたと容易に察せた。

 

 

「まったく、ちょこちょこお兄様に喧嘩を売ってはボコボコにされるのに、ケアする私にもう少し優しくして欲しいわね……」

 

「……」

 

 

 ちなみに『敗けたらしい』というのは、今私は冥界の実家じゃなく人間界で暮らしてる為、二人の決闘を見てないからである。

 負けた相手の施しを拒否するせいで、此方に戻る時の一誠は決まってボロボロであり、当然そのケアは私の役目なのだが……もうかれこれ10年以上もやってるといい加減お礼の一つも言って欲しいと思う。

 

 

「もう寝る」

 

「あらら、また拗ねちゃった……」

 

 

 しかし一誠は私にお礼というか……受けた恩義をストレートに表現してくれず、大体は遠回しの態度とかで示してくる。

 

 その最たるものが、人間界の学校に通う為に今はこっちのマンションの部屋を借りて暮らしている私と一緒に住んでいる事だ。

 というのは、毎回毎回毎度毎度お兄様からの敗北続きが祟り、只今の一誠は人間界で暮らす最中は私の護衛を任されてる――いやお願いされていたりするのだ、他ならぬお兄様に。

 

 本来ならこんな真似をする義務なんて当然一誠には無いのだけど、どうやらお兄様との定期的な決闘の際に前以て言いくるめられたらしい。

 グレモリー家が管理してる人間界の領地の中に建てた学園に通う私の家にある日現れて『罰ゲームの執行だ』と言ってる嫌々な態度を見せてるが、ちゃんと護衛をやってる辺りやはり律儀だなと私は思う。

 良くも悪くも受けた恩義も恨みも忘れない……それが一誠なのだ。

 

 

「でもよーく考えても凄いわよ? 負け続けとはいえお兄様と互角なんだから……」

 

「勝たなきゃ意味がない」

 

 

 学園に通う為に借りた人間界のマンションの一室に住まわせ、どうせならと一緒の学校に通わせてる一誠が拗ねながらリビングのソファを占拠して横になる姿に、昔と変わらないわね……と思わず頬を緩めながら眺める。

 

 

「……。何見てんだよ?」

 

「良いじゃない見てたって。そんなピリピリしないの!」

 

「ケッ!」

 

 

 人間の身でありながら魔王と互角に戦える――いや多分お兄様以外の魔王なら勝てる。

 こんな人間は後にも先にも一誠だけしか私は知らない。

 そりゃあ神器と呼ばれる力があれば分からないでもないが、一誠は神器なんて持ってないのだ。

 

 

「それにしても驚くほど同じ顔だったわねー……あの兵藤イッセー君は」

 

 

 まあ、もう一人の『兵藤一誠』は神器を持ってる訳だが……と、これ以上不貞腐れて貰うのも嫌なので、話をすり替えるつもりでこの前『何故か』私を悪魔と言い切り『何故』か兵士の駒で下僕にしろと言ってきた、目の前で不貞寝してる一誠とは違う『もう一人の兵藤一誠』について思い返す様に切り出す。

 

 

「ある程度アナタとお兄様から事情を教えられたから良かったけど、アナタと出会わないままだったら目先の力持ちにホイホイ眷属にしてたわね……」

 

「……。サーゼクスと師匠曰く、アレは俺の『成り代わり』って奴らしいぜ?」

 

「成り代わり?」

 

「兵藤一誠――つまり俺の容姿と名前と本来持つべき……ええっと赤なんちゃらって力を成り代わりで持った転生者だかなんとか……」

 

「だからアナタを見た時の彼は『ありえない』って形相だったのね……。

うーん、ゴチャゴチャしててややこしいわ」

 

 

 成り代わりというのは読んで字の如く、その人物に成り代わる事であり、お兄様も言ってたが、私に自分を下僕にしろと売り込んできたあの兵藤一誠は、目の前でまだ不貞腐れてる一誠の当時の経歴や人間関係――果てには本来ならこの一誠が持つべきだった神器まで成り代わりで得て別世界から転生した何者からしい。

 

 確かに初対面なのに私達の正体を当然の様に言い当ててたし、この一誠を見た時の顔なんて『お前が何で存在してるんだ』というソレだったし、色々と思い当たる節は沢山あった。

 

 つまりこの一誠は向こうの兵藤一誠……的な何者かに名前を含めた全てを奪われ、捨てられた本来の兵藤一誠だという訳であり、他人を深く信じようとしないその態度はこれが原因だったという訳だ。

 

 

「まあ、もはや俺が兵藤一誠だと言い張った所で実の両親を含めた全ては、あっちの兵藤一誠が本物だと刷り込まれてしまってるからな。

現実じゃあ俺が偽者なんだよね」

 

「いいえ、少なくとも私やお兄様達はアナタを本当の一誠だと思ってるわ」

 

 

 同じ容姿、同じ名前が近付いてしまっても私や私の家族はこの直ぐ不貞腐れる一誠が本当の一誠だと思ってる。

 確かにその他の殆どは彼が兵藤一誠だと思ってるだろうけど、同じ名前で偶々そっくりだったと思えば別にどうって事はない。

 

 性格はかなり違うし、敢えて偽名も使わせず一誠と名乗らせてる。

 こそこそと名前を偽装する必要なんて無いのだ。

 

 

「あ、そ……」

 

「またそんな態度しちゃって。本当は認めて貰えてるのが嬉しいくせに?」

 

「お前に認められてるからって何だってんだよ、くだらねぇ」

 

 

 向こうの赤龍帝である兵藤一誠をこの世が認知してるのであればすれば良い。

 私達はこの一誠が一誠であると思い続ける――それだけ。

 

 とことん負けん気が強く、未だに他人不振で減らず口だらけだけど……。

 

 

「あらあら? その兵藤君と会って家に引き籠りそうになった時、私が言った言葉に泣きながら甘えて来たとは思えない態度ねぇ?」

 

「……。知らん。そんなもん忘れた」

 

「ふーん、私は鮮明に覚えてるわよ? 確かメソメソと泣き疲れるまで私に抱き着き、胸元で泣くだけ泣いて眠っちゃうもんだから添い寝して――」

 

「それ以上言ってみろ、身ぐるみ剥がして変態に5円で売り飛ばすぞ……!」

 

 

 強くなり続ける私のヒーローこそ……一誠なんだと。

 

 

 

 

 日之影一誠

 

種族……人間

所属……リアス・グレモリー専属ボディガード(度重なるサーゼクスとの戦いの敗北による罰ゲームと本人は主張)

 

備考……名前すら奪われた本来の兵藤一誠

 

 

リアス・グレモリー

種族……純血悪魔

所属……グレモリー家長女。

 

備考……一誠の事情を知る数少ない理解者。

 

 

「ちきしょう、テメーのメンタルの弱さにヘドが出るぜ!」

 

「私は構わないわよ? 寧ろそのメンタルの弱さにキュンキュンしちゃうもの。それに一度や二度じゃないし……ふふん、何だったらリアスおねーさんが添い寝してあげましょうか? 私の胸のに埋まって撫で撫でされたいでしょう?」

 

「うるせー!!」

 

「あらあら? レディに対してよくない口の聞き方よ?」

 

「んだとこの無駄乳が!!

頼んでも無いのに全裸で寄って来るテメーはレディじゃなくて紛れもねぇ痴女じゃボケ!」

 

「あー……それ言われると痛いけど、心配しなくても一誠にしかしないわよ? 浮気の心配なんてしなくても――」

 

「あぁぁぁっ!! サーゼクスと同じ――いやグレモリーの連中はどうしてこうも話を聞かねぇんだよ!」

 

「え、だって一誠は私のお婿さんするってお母様と密かに――」

 

「なるか!! クソ、あのババァ……今度ババァ専の変態に2円で売ってやる……!」

 

「お母様が居ないからって強気ねぇ……。

前に似たような事言って無理矢理抱き枕にされて半泣きしてた男の子とは思えないわ」

 

「シャラップ!!」

 

 

 

終わり




補足
これ、活動報告に載せるのですが、ひとつ迷ってます。


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内弁慶

活動報告に意見お待ちしとります。


 うちの一誠。

 つまり神器を持ってる兵藤イッセーの方じゃなくて、私達が本当だと思う一誠は……その、最近の言い方をするとコミュ障って奴だと私は思うの。

 

 というのもだ、過去の事があるからというのが大半でまだ他人に対しての壁が分厚いせいか、一誠にとっては故郷とも言える人間界の学校に通わせても、所謂ボッチで過ごしてる。

 

 一誠は二学年、私は三学年な為に何時も何時も一緒という訳にもいかないし、過去の事もあるから無理強いは出来ないとは思うけど――

 

 

「あのー……一誠さん?」

 

「…………………………」

 

「ええっと……お茶の入れ方をご教授して頂きたいなって……」

 

「……………………………」

 

「一誠、いい加減朱乃達とも一言くらい会話してあげなさ―――え、何? 『葉っぱ入れて熱湯ぶちこんでカップに注げは良い』と言えですって?

だからそれを直接言えば良いじゃないの……!」

 

「……………………」

 

「『無理。話そうとすると吐きそうになる』……って、もう何年同じ事を言ってるのよアナタは……はぁ」

 

 

 いくらなんでもこれは重症だと私も思うし、私が抱えてる眷属達も引いてるし……はぁ。

 

 

「朱乃、毎度の事だけど一誠のお茶はほぼ適当よ。気分で葉の量を変えるし、気分でお湯の温度も変わるし全部気分。

有り体に言えばまるで参考にならないって事ね」

 

「は、はぁ……」

 

「……………………………………………………………」

 

 

 人間界の学校に通うに辺り、私は部活動の部長というのをやっている。

 オカルト研究部……読んで字の如くオカルトチックものを研究している――という建前で悪魔である私や悪魔に転生させた私の眷属達が『本来の仕事をする』為の隠れ蓑みたいなものだったりする訳だが、そのオカルト研究部には眷属じゃない部員――つまり一誠も所属している。

 

 最初は本気で嫌がってたけど、お兄様との決闘での敗北による約束事がある手前逃げられず、加えてわざわざ守らなくても良いのに私の護衛を引き受ける根の律儀さで一誠はサボる事なくちゃんと部活に出ているんだけど。

 

 

「挨拶くらいしてみなさいよ? 朱乃は私と同じ学年でアナタより先輩なんだから……というより、何だかんだで朱乃とも10年近い付き合いでしょうに」

 

「あ、いえ、そんな無理強いはしなくても私は――」

 

「え、何々……『こんにちは、今日はお日柄も良く』と言えですって? だから、それを直接言いなさいっての!!」

 

 

 ただ、冒頭でもあった通り一誠は全く喋らない。

 何だかんだで私の眷属達ともそれなりに付き合いが長いというのに全く会話をしない。

 意思疏通が完全に私を介してという辺りが、一誠が所謂『内弁慶』だと言える最大の特徴だわ。

 

 

「…………………」

 

「えぇ?『他人とベラベラ喋れる程、俺は体力があるわけじゃない』って?

嘘つきなさい! お兄様と極悪人みたいに笑いながら半日以上も殴り合ってる様な男が、もっとマシな嘘を言いなさいよ!」

 

「……………………」

 

「は? 『そこの女王さんと話をした所で何か良いことあるのか?』ですって?

いや、メリット・デメリットじゃないわよ! もう朱乃とも10年近いのよ? 少しは社交性を――」

 

「あ、あの……もう良いですよ?

今日こそはって勝手に私が意気込んでいただけですし……」

 

「もぐもぐ……あ、お茶が無い……」

 

 

 眷属達には『そういう奴だから』と昔から言ってあるので、ある程度理解を示してくれるし、無愛想極まりない一誠に話し掛けてもくれる。

 しかし最古参の朱乃ですらもう10年近く付き合いがあるというのに、一誠は全く会話をしようとせず、子供でもしないような言い訳を盾に私に言いたいことを耳打ちして代弁させるのだ。

 『俺はコミュ障じゃない! 話す理由が無いからだ!』と、私の前じゃ小生意気な事ばかり言うくせにでだ。

 

 

「ほら、言ってみなさい。ちゃんとお話をする相手と目を合わせ、ご挨拶する! はい!」

 

 

 無理強いはしたくは無いが、こうまで改善がないとちょっとイラッとしてしまうのも本音であり……。

 メッセンジャーをやらさせてる身としてはちょっと無理にでも困惑してる朱乃の目の前に突き出し、簡単な挨拶の訓練をさせても私は悪くないと思う。

 

 

「………………ぉ」

 

「む……そう、その調子よ一誠」

 

「……。(ドキドキ)」

 

 

 恨めしそうに私を睨む一誠に心を鬼にして受け流し、朱乃を見ろと顎で差してやる。

 すると観念でもしたのか、あかさまに目が泳いでる一誠はそのまま緊張してる朱乃と何とか目を合わせ――

 

 

「……うぶっ!?」

 

「「あ……」」

 

「お茶……」

 

 

 急に口を押さえながら部室を飛び出してしまった……。

 そして………。

 

 

『おぇぇぇぇっ!!!!』

 

 

 旧校舎内には、一誠の断末魔だけが空しく響く。

 

 

「……。私、一誠くんに気味悪がられてるのでしょうか……? ちょっとだけ泣きそうなんですけど」

 

「いや……私達家族以外と無理に話そうとしからだわ。

朱乃は悪くないわよ」

 

「は、はい……」

 

 一誠は無関心を貫いてるので知らないと思うけど、朱乃はこんな一誠でもちゃんとしたコミュニケーションを取ろうと日々おっかなびっくりで頑張ってたりする。

 けど、こんな態度をされたらいくら朱乃でも凹む訳で……私はフォローをしながら青白い顔して戻ってきた一誠を複雑に見つめる。

 

 

「…………ぅ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「………………」

 

 

 血色の悪い顔で、加えてまた無言な一誠の姿に朱乃は恐る恐るで問い掛けてるも、一誠は私を怨めしそうに人睨みするだけでやっぱり声は出さない。

 

 

「朱乃……一誠は私に怒ってるみたいだから大丈夫よ」

 

「…………」

 

「は、はい……」

 

 

 朱乃は一切目もくれず、ひたすらに『帰ったら覚えてろよ……』と主張する目をするだけの一誠に朱乃はションボリしてしまってる。

 まあ、10年近くも知り合いとして居るのにまともな会話はできないし、あっても一誠に修行を付けて貰う際のほんの一部しか声を出さない。

 それも……

 

 

『2秒でおねんねしたらそのまま崖からぶち落とす』

 

 

 だの。

 

 

『しゃっきーん、これぞ最強武器・三角定規手裏剣よ。おら……さっさと死ねや!!』

 

 

 とか、修行を付けてくれるは良いけど鬼畜過ぎるやり方で私や私達をしごく時位しか話さないのだ。

 しかもその表情は物凄い嬉々としたそれだし……。

 

 

「まあ、私達はこれからまだまだ長く生きるのだし、ゆっくり少しずつ行きましょう」

 

「………はい」

 

 

 無理強いはしない。

 けど一誠に敵意が無く、歩み寄ってくれる子を目の前で蔑ろにするのを見てるだけなのは流石にしない。

 特に朱乃や小猫や今は外に出払ってる祐斗は、一誠を嫌ってないのだ。

 ……どうしても嫌だと言うならまだしも、嫌では無いが無意味だと言い張ってる以上、私も心を鬼にするつもりだわ。

 

 

「あの、部長……。

また兵藤イッセーがオカルト研究部に入れろと言って旧校舎の前まで来てますが」

 

 

 チラチラと朱乃に見て貰えてるのに気付いているのかいないのか、口を濯いでる一誠の背中を眺めていると、丁度外に出払っていた騎士の駒を持つ眷属・木場祐斗が辟易した様な表情を見せながら顔を見せ、最近ちょっと問題になってる出来事についての処理をどうするかと指示を仰ぎに来た。

 

 

「え、また? いい加減しつこいわね……『部員』は間に合ってるし新規募集の予定も無いから無理と言ってきてくれるかしら祐斗?」

 

「わかりました」

 

 

 それを聞いた私もちょっと顔をしかめ、何時もの対応をしろと命じると、祐斗は素早く頷いて出ていった。

 そう、最近は一誠じゃない方の兵藤イッセーが露骨に接触してくるのが鬱陶しくて仕方無い。

 

 

「そろそろ手を打った方が良いかもしれないわね……」

 

「ここの所毎日ですわよ、彼が来ようとするの」

 

 

 既に事情をお兄様や一誠から聞いてしまってる以上、いくら神滅具持ちの有望株だろうと入れる気が起きないし、況してや悪魔に転生させるなぞもっての他だ。

 前に『そう簡単に転生は出来ないから無理だ』と断ったのにしつこく来るせいで、朱乃達も殆ど兵藤イッセーを信用してないのだが、同時に彼が持つ神器が強大で危険なのも事実。

 

 

「余計な事かもしれませんが良いのですか? 彼って不気味な程――いえ性格以外の全てが一誠君と瓜二つとはいえ、本人は赤龍帝を自称してましたし……」

 

「赤い龍の力を持ってるから眷属にすべきだと?」

 

「そこまでは言いませんが、神器を持ってると自覚した人間をそのままにし続けるのは大丈夫なのかと……。

他の勢力とかに狙われたら……」

 

 

 ほぼ毎日やって来ては眷属にしろとしつこい兵藤イッセーに、祐斗を介した何時もの対応をさせる傍らで、私の女王でありさっき一誠にお茶の入れ方を教えて欲しいと話し掛けていた朱乃と兵藤イッセーについて話し合う。

 やはり兵藤イッセーが自身の持つ特別な力を自覚している事に朱乃も危機感を感じている様だ。

 

 

「危険と言えば危険だけど、此処は人間が支配してる人間界だからねぇ……下手に動いて余計拗らせてしまうのもあまり良いとは思えないのよ」

 

「それは……むぅ」

 

「一誠先輩のお茶……」

 

「……………」

 

 

 

 確かに朱乃の言う通りだと思う。

 二天龍の片割れの力を持つ兵藤イッセーを監視目的で引き入れるのが正解なのかもしれないが、それじゃあ単なる臭いものに蓋をしてるだけにしか過ぎないし、何より……うん。

 

 

「それにねぇ、朱乃も何と無く解ると思うけど、あの兵藤イッセーって子の私や朱乃とあと小猫を見る目が……ちょっとね」

 

「あー」

 

 

 二天龍の片割れは凄い。

 それを自覚して『使いこなせる為に修行してます』らしいのも凄い。

 だが、それ以上にあの兵藤イッセーって子が私やこの朱乃……そして隅の方で黙々とお菓子を食べては、空になってカップを片手にチラチラと何時もの無言顔に戻って私の後ろに立つ一誠に視線を向けてる小猫……つまり女の子に対する視線に本能的危険を感じる。

 だからどうしても嫌なのだ、一誠の事もあって尚更ね。

 

 

「確かにありますわね……。

何というか、油断をしてたら薬を盛られて――みたいな」

 

「ソーナ達にも一応忠告してあるし、何かある前に動くべきなのでしょうけど、まだ直接された訳じゃないしねぇ」

 

「お茶……」

 

 

「…………………………」

 

 

 されようなら消すつもりでは居るし、本当の事を言えば一誠の事含めてさっさとケリを着けるべきだとは思うが、どうにもお兄様や一誠が言う転生者の兵藤イッセーは、赤い龍の力以外に何かを隠し持ってるかもしれないという話らしいし、中途半端にやっちゃうよりも完全に消す大義名分を作ってしまった方が早いかもしれないと私は思う。

 

 

「一誠、嫌じゃなければ小猫にお茶のおかわりを煎れてあげれる?」

 

「……………………」

 

 

 ……。イザとなったら一誠と二人で殺す覚悟もあるけど、今はまだその時ではない。

 いっそ彼から『眷属にしないとアナタ達の事をバラすぞ』と脅迫でとして尻尾を出してくれないかしらねぇ……そうすれば即座に記憶を消すか抹殺するかが出来るのに……。

 

 

「………………」

 

「ぁ……ありがとうございます」

 

 

 私のお願いに、後ろに立っていた一誠が無愛想な顔そのままの無言で小猫に近付き、空のカップにお茶を注いでる姿を朱乃と一緒になって眺める。

 

 

「…………………」

 

「ありがとうと言われてるんだから、少しくらい反応したらどうなのよ……」

 

「…………………………………………………………………」

 

「やはり私達がまだ未熟だからでしょうか……」

 

 

 無言と無愛想な顔のせいでちょっと威圧的に見える一誠に小猫がお礼を言うも無言。

 これもまた何時もの事なのだが、私としては注意したくもなる訳で、役目を終えて再び私の背後に立ってピタリとも動かない一誠に注意をしてもまた無言。

 

 さっき朱乃に対して見せた反応からして間違いなく対人恐怖症だけど、それにしたってその壁が分厚すぎるわ。

 

 

「それは無いわよ。だって同じく未熟な私と普通に会話するわ。最初の頃は朱乃達と同じ感じだったけど、今じゃ私や家族達と会話するし」

 

 

 こんな一誠とよく私や家族は会話が成立できる関係にまでなれたなと思うと、今更ならがら奇跡に近いものを感じる。

 いや本当に……。

 

 

 

 

 

 ……。別に俺は対人恐怖症じゃない。

 ただ、他人と話すのが嫌なだけだ。

 リアスやグレモリー家の連中の場合は押しが強すぎて慣れてしまったからだが、いくらリアスの眷属とやらだろうとも俺からすれば只の無関係な他人なのだ。

 

 会話する必要性も無いと俺は真面目に思っている。

 決して他人と会話しようとすると頭が真っ白になるとか、声がうまく出せないとかそんな理由じゃないぞ? 会話するのが無意味だと思ってるだけだ。

 

 

「言い訳にしか聞こえないけど?」

 

「うるさい」

 

 

 木場……ってリアスの騎士の男が兵藤イッセーを追い返し、悪魔としてしての仕事に精を出す姿を、眷属じゃなくてリアスのコマ使いでしか無い俺はただボケーッと眺めるだけという、実に面白味も無い部活動を終え家に帰って来た俺とリアスは、今日も結局コイツの眷属と何の会話もしなかった事についてネチネチつつかれていた。

 

 

「朱乃も小猫も祐斗も一誠を嫌ってないし、寧ろ色々話し掛けてくれるじゃない。

何でそんな頑なに会話しようとしないのかしらね……この怖がりさんは」

 

「誰があんな雑魚共を怖がるか。会話する意味が見出だせないだけだ」

 

「雑魚共って……。

アナタやお兄様基準で計られたら皆雑魚じゃないの……まったくこの子は」

 

「ケッ」

 

 

 サーゼクスは悔しいが俺より強い、だから会話する。

 リアスとおっさんとオバハンとサーゼクスの嫁はんはサーゼクスの身内で、俺がズルズル10年以上あの家に住み着いたから会話するし、サーゼクスの餓鬼であるミリキャスも……まあ、嫌いじゃねぇ根性してるから遊んでやるかもしれん。

 

 ほら、何処が対人恐怖症だ? 必要と感じれば――そうする価値があると思う相手にはちゃんとする。

 それだけの話なんだよ……それをこのリアスは……。

 

 

「あっ……あっ……そこ……ぁ……♪ 良いわよいっせぇ……えへ、えへへ……」

 

「一々うるせぇ声出すな鬱陶しい……」

 

「だ、だってぇ……あっ……気持ち良い……っん……! だもん―――

 

 

 

 

 

 

 

「一誠のマッサージ……んっ……♪」

 

「……。チッ」

 

 

 本当ならあの日初めてサーゼクスに連れられてグレモリー家に来た時は、予定なら3日以内にサーゼクスをぶちのめしてさっさと去るつもりだった。

 それがどうだ、あの化け物魔王――師匠の分身の中ではトップクラスの人外と近さ故に一度も勝てやしねぇ。

 

 お陰様でズルズルズルズルとグレモリー家に住み、今じゃサーゼクスのパシリまでやらされてる始末だ。

 でなきゃこんな痴女みてーに声出してるアホ毛女なんぞのボディガードなんぞやるか。

 

 つーかもはやボディガードじゃなくてコマ使いになってるけどよ。

 

 

「ねぇ、もう少し腰から下も良い?」

 

「………………」

 

 

 勝者たるサーゼクスの命令だから、敗者たる俺は仕方無く従ってコイツの護衛兼コマ使いなんざやっとるが……このアマ……図に乗ってやがるぜバカ野郎。

 

 風呂じゃ身体洗わせるわ、風呂上がりはマッサージさせられるわ……罰ゲームだから仕方無くやってるとはいえ……

 

 

 バチン!!

 

 

「いひゃい!?」

 

「そんなサービスはごめん被るぜお嬢サマよぉ……?」

 

 

 尻のマッサージがしたければ夜中の繁華街でオッサンに金払わせてからして貰うんだな……と、尻をつき出す調子乗りのお嬢サマの尻をパーでぶっ叩いてやった。

 

 

「ほ、ほんの冗談なのに……赤くなったらどうするのよ……」

 

「知るか」

 

 

 そのリスク覚悟で頼んでみたんだろうに……てか、言われてハイハイと俺が聞く訳が無いくらい知ってるくせに毎度似た要求をするコイツはバカとしか思えない。

 

 

「うぅ……ヒリヒリする……」

 

「………………………………」

 

 

 うつ伏せになったまま痛そうに尻を擦るリアスにふと俺は思い付く。

 ……。あぁ、一度態度で示してやるかぁ……と。

 だから俺はまだうつ伏せのままで無防備なその姿に手をパーにして振り上げると……

 

 

 バッチーン!!

 

 

「ぴぃっ!?」

 

 

 あんまり調子に乗ったら反逆されるから気を付けろよ? 的な忠告込み込みの逆襲を開始した。

 尻をどうこうして欲しかったらしいし丁度良いじゃないか。なぁ?

 

 

「な、なにすんのよ!? 痛いじゃ――

 

 

 バッチーン!!

 

 

「みぎゃぁ!?!?」

 

 

 別に俺はコイツに命令されるのが嫌という訳じゃない……何やかんや飯や寝床の世話になってる奴の一人だしな。

 

 が……こういった感じの要求に関してだけは、リアス自身がニヤ付きながら言ってくるので無性に腹が立つ。

 立つからこそ……やる!

 

 

「やれと言ったのはお前だろ? 喜べリアス……スペシャル無料体験コースだ……」

 

「ひっ!? な、何でお兄様と殴り合いしてる時みたいな顔なの……?」

 

「さぁ? 知らねぇな、よくわかんないけど血が騒いで仕方無いんだよ」

 

 

 ちょっと泣きそうになりながら此方を手を振り上げると俺を見てビクッと身体を硬直させるリアスに、よく分からない充実感に満たされた俺は、その問いに我慢できない口の歪みを解放しながら……。

 

 

 バチン!! ビシン!! バッチーン!!

 

 

「ひぃ!? いひゃぁ!? ひぎぃ!?」

 

 

 しこたまスペシャルサービスコースをしてやることにした。

 

 

「や、やめて……! 私が悪かったし謝るからやめ――

 

「ふ……ふへ! キッヒヒヒ……!!」

 

「ひぃ!?」

 

 

 で、分かった事がひとつある。

 

 

「嫌! パチンってしないで!」

 

 

 逃げようとするリアスを押さえ込み、それでも嫌だ嫌だと喚くその姿を見てると、心の中にある何かがゾワゾワする。

 

 

「嫌なのか? やれと言ったのに?」

 

「そ、それはその……叩くじゃなくて優しく――と、とにかく私が悪かったわ、だから――

 

 

 痛くて涙目になって訴えてくるその表情に言い知れぬ愉しさを感じる。

 だから俺は――

 

 

「うーん……………………聞・こ・え・ん・な・ぁ・?」

 

 

 自分でも引く程に笑みを見せ、そしてドスの効いた声で聞こえてるのに聞こえてないと言い張り、それを受けたリアスのマジ泣きしそうな表情にゾクゾクしながら……。

 

 

「ケッヒャヒャヒャ……あっひゃひゃひゃひゃ!! 何か愉しいなオイ!!!」

 

「ひゃぁぁぁっ!!!」

 

 

 疲れるまでやることにした。

 泣いてもやめないことにした。

 

 

「や、やめっ――うきゅ!? ほ、本当にやめて――ひん!?

そ、それ以上されたらわ、私……さっきから――あ……!?」

 

「あ? …………………あ」

 

 

 その際何かしらの事故があってもやめなかった。

 いや寧ろ――

 

 

「ぁ……ぁ……ふぇぇん……!」

 

「…………。おいおい」

 

「や、やめてっていったのにぃ……ばかばか!!グスッ」

 

「…………。お前は幾つだよ?」

 

「アナタより年上よばかぁ!!」

 

 

 生まれて初めて愉悦を知った様な気がする。

 子供みたいに泣きじゃくるリアスをまた風呂場に連行しながら俺は思うのであった。

 

 

終わり




補足

典型的な内弁慶タイプ。それが彼の今。


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もう一人のお嬢様

特にねぇ!!


 人間界のこの街は私がお兄様に命じられ、管理を任されているグレモリー家の領地である。

 とはいえ、グレモリー家の領地という事実を一般人は知らないし、『私が任せられた領土で好き勝手するな!』等と偉そうにするつもりは無い。

 

 管理を任されているだけに所詮は過ぎないし、この地に住む人間に対価を代わりに願いを叶える仕事に精を出さなければならないし、何より此処は人間界だ。

 許可もなく別勢力が入り込んだら警告するとか、悪さしてたら懲らしめるとか……そうやって人間との信頼関係を結んだ方が偉そうにふんぞり返って威張るよりよっぽどすべき事なのだ。

 

 特に注意しなければならないのは、力に溺れ、主から逃げ出して好き勝手やるはぐれ悪魔だ。

 どんな理由であれそのはぐれ悪魔が人を襲ったら悪魔の沽券に関わるので、それを事前に防ぐ……それが主な私、いや私達の仕事なのよ。

 

 

 まあ、はぐれ悪魔に関しては町中にアンテナを張った警備を毎日してるので、最近は殆ど出てこないんだけどね。

 その代わりに、平和ボケしない為にも私達はとある事をしている。

 それが……

 

 

「今日もお願いするわ一誠」

 

「………………ん」

 

 

 その日はまたまたやって来た兵藤イッセーをまたまたまた追い返し、何時もの様にはぐれ悪魔や他勢力の者が無許可で侵入して良からぬ事をたくらんでないかと地道な警備を終えた後のお話だわ。

 

 これもまた一誠が引き受ける義理も義務もないのだけど、私達はハッキリとまだまだ未熟で弱い。

 

 

「メニューは任せるわ、厳しくお願いね?」

 

「「「……」」」

 

 

 故に私達は一番近くに居て一番強い男の子こと一誠に鍛練に付き合わせている。

 お兄様に負けてしまうとはいえ、それはお兄様が一誠以上に強いからであって、正直な所一誠が他の存在に負ける姿がイマイチ想像できない。

 

 だって、武器と宣ってそこら辺に落ちてる消ゴムを敵に投げ付けたら敵の身体が四散してエグい事になるわ、エンピツで相手の胴体を真っ二つにするわ……。

 

 これに勝てるお兄様が一誠と同等の性質で悪魔の中でも異常中の異常だからであって、私や勿論……正直お兄様以外の魔王様なら一誠単騎で倒せると思う……うん、かなり失礼だけどそれが事実なのよね。

 

 だからこそ、感覚が麻痺し過ぎて今更赤龍帝がどうとか言われても『ふーん?』としか思えないのよね……困ったことに。

 

 

「……………」

 

「「「お、お願いします!!」」」

 

 

 文字通り余裕な態度で脱力して立つ一誠に、朱乃・祐斗・小猫が頭を下げている。

 最初は私一人が一誠に付き合わせていたのだけど、気付けば三人も一誠に教えを乞うスタンスとなっており、頭を下げる三人を一誠はチラッと見るだけでやはり無言だが、表情は『勝手にしてくれ』って言う顔だわ。

 

 声に出して言えば良いのにと突っ込むは今は野暮かしら……とは思うものの、この人見知りな一誠が唯一三人に声を発する時間なので余計な事は言わないわ。

 

 ほら、ジャージを着ている私達に対して汚すことも汚されないという絶対の自信を示すかの如く学園の制服のままの一誠が一つ深呼吸をすれば――

 

 

「………。何時もの通り、最初は全員で掛かってこい。

そろそろ俺の制服に砂の一つでも付けてくれることを祈るぜ?」

 

 

 急に流暢に……対人恐怖症を拗らせたとは思えない挑発を私達全員にニタニタしながらする。

 ホント……戦う時だけは元気なんだから。

 

 

 

 一誠くん。

 私がグレモリー家に保護されてリアスの女王になる前から居た人間の男の子。

 凄く無口で、そろそろ7~8年以上彼の近くに居るのだが、まともな会話をしたことも無ければ、私の前に立っただけで吐き気を訴えられたこの前の時はかなり凹んだ。

 

 

「っ……ふぅ、はぁ……あ、当たらない……」

 

「当たり前だ、避けてるんだぞ? 貴様等は敵に『当たってください』とお願いしてから攻撃するのか? え?」

 

「い、痛いところを突きますね……」

 

「……。毎回だけど、そこら辺に落ちてる小枝で僕の剣を簡単に粉砕されると自信が……」

 

 

 私と小猫ちゃんと祐斗君がどれだけ攻撃しても、連携して当てようとしても一誠くんには掠りもせず、更にはその場から一歩も動かず捌くのだ。

 いえ、当たった所でヘラヘラと笑って平然としてる様を前に見せ付けられた事もあるので無意味なのだが、無意味だから諦めるとかはしない。

 

 というか、一度三人で弱音を一誠くんの前で吐いたら崖から海に投げ捨てられた事があり、暫くは完全に私達を居ない扱いしてリアスとだけ流暢に会話してるのを見せられては二度と弱音は吐かないと決めたけど……情けないことにもう私と小猫ちゃんと祐斗君は動けないわ。

 唯一リアスはまだ一誠くんに攻撃を仕掛けてるけど……援護すら出来ないなんて本当に情けないわ。

 

 

「見なさい!

これが一誠直伝・黒神ファントムにお兄様と同じ滅びの力を加えた奇跡のコラボ技よ!」

 

 

 そんなリアスは、何時もの紅い髪が真っ黒となり、自身の姿を何十にも分身させながら一誠くんを囲い、殺しかねない力を全力で撃ち込む。

 常人が受けたらそれだけで存在が消滅するだろう強い一撃が四方八方から一誠くんを襲うも、それでも一誠くんは全く動じず……。

 

 

「意外と扱いが上手くなったな……と小並程度には思うよ」

 

「う……一切迷い無く真顔で見切られて言われても嬉しくない」

 

 

 分身して撹乱してるリアスの本体を当たり前のように見抜きあっさりと捕らえてしまう。

 ……。手首を掴まれ身を寄せられたリアスは真っ黒だった髪を元に戻して拗ねたように目を逸らす。

 どうやら今回もまた一誠くんに触れさせては貰えなかったみたいだ……全員ね。

 

 

 

 

「うーん……やっぱり元は一誠が好んで使う技だから見切られちゃうのかしら」

 

「教えておきながら見切れないなんてカッコつかんだろ」

 

「あーぁ、今日こそ一誠に一撃当てようと思ったのに」

 

 

 一誠先輩。

 朱乃先輩と祐斗先輩……そして私や今は居ないギャーくんを含めた眷属よりも更に前から、リアス部長と付き合いのある人間の男の人。

 無口で無愛想、それでいてこんな時しか喋らないしその時の言葉遣いは乱暴。

 

 けれど私達はそんな一誠先輩を信頼してる。

 例え同じ眷属じゃなくとも、無愛想であってもリアス部長を私達以上に黙々と助ける姿が理由だけど、何だかんだで私達にも一定の親切をしてくれるからというのが大きい。 …………。普段は全然会話をしてくれないのが寂しいし、鍛練が終われば一誠先輩はリアス部長としかお話ししなくなる。

 

 

「あ、あの一誠くん……今日もありがとうね?」

 

「……………………………………」

 

「え、『暇だから付き合っただけなんで』と言えって? 相変わらず鍛練が終わるとコミュ障モードになるわねぇ……」

 

「……。……………」

 

「え、『コミュ障じゃねぇ、茶番に付き合う以外に声だして話す理由がねぇんだよ』って? またまたそんな事言って……」

 

 

 ほら……祐斗先輩が直接お礼を言っても今の一誠先輩はリアス部長に耳打ちして代弁させるだけで、もう私達とは目を合わそうともしない。

 何でも、小さい頃にあったトラウマのせいでリアス部長やその家族以外を信用しないらしいのですが……。

 

 

「………。……………。」

 

「なに? 『揃って俺を見るな、大の男が貴様等の目の前で胃液をぶちまけるぞ』ですって? ……典型的な対人恐怖症じゃないのそれ」

 

「あ、ご、ごめんよ?」

 

「……。なるべく見ないようにしますわ……」

 

「……………」

 

 

 決して短くは無い付き合いなのに、こうまで壁を隔てられると寂しいです。

 祐斗先輩も朱乃先輩も一誠先輩と仲良しになりたいなと思うのに……。

 

 

 

 

 少し昔話をしましょうか……。

 リアスには変わった男の子――それも悪魔に転生していない人間の男の子が傍に昔から居た。

 私がそれを知ったのは、グレモリー家とシトリー家の親睦会の時でしたね。

 

 兄と姉が魔王であり、その縁で所謂幼馴染という関係だった私とリアスは歳が一緒の事もあって仲も悪くは無かったのですが、その時彼を見た感想としては――

 

 

『複雑な事情をお持ちでグレモリー家にお住みになられてるとか……。

あ、ご紹介がまだでしたね……私はソーナ・シトリーと申します。お話はリアスとサーゼクス様からかねがね……』

 

『……………………………………………………………………………………………………………………』

 

 

 まっ…………………………たくの無口。

 グレモリー家の城の中庭の隅っこで、一人原始的な筋力トレーニングをしていたまだ私やリアスより小さかった男の子は、姉と一緒に聞いたことのある『人間だけど僕達家族と何ら変わらない』とまで言われていた事を思い返し、どんな人なのかと思って話し掛けてみれば、返ってきたのは『露骨なまでに嫌そうな目』を一つ寄越しただけで全く口を開かない。

 

 ……。まあ、当時私も子供の中の子供でしたので、開幕直後にそのような態度をされてしまい不愉快にならなかったと言えば嘘になりますし、正直第一印象としては最悪でしたね。

 

 

『あー……うん、だと思ったわ。

あの子と話せるようになるまでかなり苦労するわよ? 私だって初めはそうだったもの』

 

 

 なんてリアスが『やっぱりね』と分かってましたな顔付きでフォローをしてましたが、あんな社交性ゼロの人間の男の子に対する印象が私の中では回復せず、グレモリー家に滞在している間は一切男の子を見ないことにした。

 まあ、色々と当時から悪ふざけが多かった姉が、その性格そのままに男の子に絡んだ時にですら、『姉の氷の力より凍てついてた無言の視線』で封殺してたのはちょっぴりだけ感心しましたが、それでも結局食事の席でも何処でも一切喋らずの男の子に対する印象は平行線だった。

 

 

『よし、じゃあ食事が終わったら僕とセラフォルーソーナさんとリアス――そして一誠くんでトランプで軽いゲームをしようか!』

 

『……………………………は?』

 

 

 そんな時でしたかね、私達のギクシャクした雰囲気を察したサーゼクス様が突如そう仰られたのは。

 無言で無愛想――そして食事マナーに真正面から喧嘩を売るような食べ方をしていた男の子――一誠くんもサーゼクス様の言葉に初めてポカンとした年相応の顔をしながら、これまた初めて年相応の声変わり前の少年声を放つ。

 

 

『なぁに、食後の軽いゲームさ……。何時もは僕が挑戦を受ける側に回ってるし? たまには僕がキミに勝負を挑もうかなって』

 

『あら、楽しそうですわねお兄様。勿論一誠もやるでしょ?』

 

『は? ふざけんな、俺はこの後修行を――』

 

『思考を鍛え、戦略的な戦い方を養うくらいなら出来ると思うけどなぁ……。あーぁ、僕から逃げちゃうのなら別に――』

 

『ババ抜きか? それともポーカーか? へっ、ぐぅの音も出ないくらいにぶちのめしてやるわ』

 

 

 当初嫌だと言い張るつもりだった一誠くんという男の子にサーゼクス様が意地悪そうにニヤニヤしながら煽った瞬間、フォークに突き刺した厚いステーキを下品に喰らいながら立ち上がると、ゴキゴキと首と手首の関節を鳴らし始め、結局訳もわからず見ていた私や特に考えず『楽しそうだね! やるやるぅ!!』とノリノリなお姉様を加えて、食後のトランプは開始された。

 

 

『公平にゲームを進めるため、シャッフルと配布はこのグレイフィアが仕切りますわ』

 

『よし来た! 頼むよグレイフィア』

 

『……………………』

 

『一誠……。そんな血走った目をしないでよ……親睦の意味も込められてるのに』

 

『知るか』

 

 

 夕飯が終わり、手早く用意された5人が丁度囲えるテーブルに座った私達は、リアスの父と母と私達の父と母による異様にほんわかした視線に晒されながらトランプゲームがスタートした。

 

 

『よーっし! 負けないためにこの魔法のステッキで念じちゃうもんね!』

 

『お姉様……グレモリー様のお城では控えてください。恥ずかしいです……』

 

 

 ルールは一誠くんも熟知している大富豪。

 全5回戦……Jバックあり、8切りあり、ジョーカー上がり禁止、大貧民のみ大富豪とのカード交換。

 サーゼクス様の奥方であるグレイフィア様にルールを説明された私達は全員頷き、手際よくカードが配られ……いよいよ唐突なる大富豪は幕を明けた。

 

 

 

 

 

 

 のだが。

 

 

一回戦

 

『4の革命……。(ふっ、手札はやばかったが、これで下克上となり、後はこのツーペアの3でフィニッ――)』

 

『あ、9の革命返しします』

 

『…………………………なっ!?』

 

 

2回戦

 

 

『ぐ……ぐ……!』

 

『どうしました? さっさとカードを寄越してください』

 

『ちっ……』

 

『どうも。ぁ……(ジョーカーと2……)』

 

 

3回戦

 

 

『………………。上がりです』

 

『またソーナちゃんの一位かぁ! うーん、今日のお姉ちゃんは運が悪いかも』

 

『ま、僕は無難3位だ』

 

『やった……2位を維持よ……!』

 

『…………………………………………………………………………………』

 

 

4回戦

 

 

『く……………ぐぅ……!』

 

『あ、あの……辛かったら止めた方が』

 

『(ギロッ)よ、4のスリーカード……!』

 

『あ、Qのスリーカード出します』

 

『………っ! っ~~~~~~~!!!!!』

 

 

『あら。

ずっと大富豪のソーナに一誠が殺意剥き出しですよお兄様……涙目になってるし』

 

『~~っ!! ふひっ!!』

 

『サ、サーゼクスちゃん……?

笑いを堪えすぎて変な声が出ちゃってるよ?』

 

 

 結果、異様なまでに私が首位を独占し、一誠くんが最下位ぶっちぎっていた。

 最早作為的な何かを感じもしたが、グレイフィア様がわざわざ一回戦毎にトランプを新品にしてるので、それは無い。

 つまり私の運命力が単純にその日良かっただけなのだ……そのせいで一誠くんに完全に敵意を剥き出しにされてしまっている訳ですが。

 だからと云って接待プレイなんてしない。

 何よりトランプと言えど勝負だし、個人的にこの男の子に良い印象は無かったのだ。

 ちょっとした意地悪したい気持ちもあり、5回戦も全力で挑むつもりです……すごい形相で睨まれてるし。

 

 

 ですが、その油断した気持ちが仇となったのか……それとも彼の執念がそうさせたのか――

 

 

『あ、一誠が一位?』

 

『み、みたいだね……ブフッ……』

 

『あちゃー……結局私一位になれなかったなぁ……』

 

『……………………』

 

『私が大貧民……ですか』

 

 

 最後の最後……大貧民の捨て身の執念に私は身を貫かれ、大富豪から奈落へと転落した。

 とはいえ、それでも総合的な順位は私がトップ不動のままでしたので余りショックでもありませんでした。

 

 

『…………フッ』

 

 

 ですが……。

 

 

『……く……フフッ』

 

『え、一誠?』

 

『………?』

 

 

 どうやら一誠くんにとっては――

 

 

『フッハハハハハ!!! 勝った、勝ったぞぉぉっ!!!』

 

 

 意味のある勝利だった様で、乱雑に積み重ねられてたトランプごとテーブルを叩きながら椅子に乗り上げると、心の底からと私でも分かるような歓喜に満ちた顔をしながら高らかに笑い始めました。

 グレモリー卿と奥方……私達の父や母達と同じく姉と私とリアスとグレイフィア様までもが呆然としながら行儀悪くテーブルの上に立つ一誠くんを見つめる。

 

 

『ククッ……お、お腹が痛い……! ぷっくくくく!』

 

 

 唯一サーゼクス様だけがお腹を押さえて堪えてましたが、それでも私を含めたその他全ての者達は、人間の男の子でしかない一誠くんの『ちょっと引く』歓喜の表現をただただ見てるだけしか出来なかった。

 

 

『あははは! あはははは!!!』

 

『い、一誠? ちょーっとお行儀悪いわよ?』

 

『わ、笑うんだねこの子』

 

『……』

 

 

 押さえ込んでいた感情を爆発させたとしか思えない大笑い。

 それは初めて目にして今さっきまで想像も出来なかった彼の感情であり、更には――

 

 

『ざっっっっっまぁ見ろ! いい気になってスカしやがってこの大貧民めが!!』

 

 

 物凄い勝ち誇った顔で私を見下し、罵倒してきたのだ。

 4回も負けといて。

 

 

『なっ……』

 

『ちょ、ちょっとソーナちゃんにそんな――』

 

『あ? 何だよこの万年貧民イタ女めが!!』

 

『グサッ!?』

 

 

 流石に酷いとお姉様が口を挟むも、一誠くんは中指まで立てながらニタニタとお姉様まで罵倒し、テーブルから降りると呆然と思考が上手く出来ない私に最後――

 

 

『……。次は完全に勝利してやる……首洗って待ってろよソーにゃ――ソーナ・シトリー! ふはははははは!!』

 

 

 思いきり私の名前を噛みつつ、初めて名前を言ってからさっさと大広間から消えてしまった。

 

 

『…………。なんだったのでしょうか……』

 

『ひーっひっひっひっ!! あーっはははは!!』

 

『お、お兄様……お下品ですよ』

 

『万年貧民イタ女……万年貧民イタ女……。痛く無いもん、この格好が正装なんだもん……』

 

 

 罵倒された認識はあるが、何故か怒りが全く沸いてこない。

 サーゼクス様はテーブルを叩きながら爆笑し、リアスはそんなサーゼクス様にドン引きし、お姉様は一人でブツブツ何かを言ってる中、逃げるように去っていった一誠くんの認識を無口で無愛想から――ただ変な男の子へと変わっていく。

 

 

『ふっ……まさかシトリー殿の娘さんが彼の感情を引き出すとは』

 

『えぇ、私達ですらリアス以外はまだ気難しい態度ですのに……分からないものですね』

 

『ふむ、サーゼクス殿と互角に闘うと噂される人間の子供をソーナが……。

いやはや、我が娘ながらよくやったものよ』

 

『ええ……』

 

 

 

『というかソーナも凄いわねぇ。あの一誠の感情をあそこまで剥き出しにさせるなんて』

 

『え、い、いえ……私には何が何だか……お姉様のダメージの方が酷いし……なにもしてないし』

 

『ブツブツ……いっそテレビ出演させて魔法少女の素晴らしさを……ブツブツ……』

 

 

 これが名前すら奪われた一誠くんとの初めてです。

 

 まあ、良くも悪くも一誠くんは極度の負けず嫌いで、サーゼクス様に負け続けてるからグレモリー家の御厄介になってるとか。

 そのサーゼクス様と本当に互角の戦いをしてるのを目の当たりにしたり、お姉様とも闘う事になった時は、お姉様に対抗したつもりで持ち出した『対魔・竹尺の杖(人間通貨230円)』で本当に勝利して見せたりと……まあ、彼と会ってから今まで色々な事を見せて貰いましたよ……。

 

 

「あ、一誠くん。

リアスと一緒じゃないのですか?」

 

「……? って、お前か……。

は、四六時中あのじゃじゃ馬に向き合うつもりは無いね。

サーゼクスからの罰ゲームだって最低限仕事はこなしてるし文句言われる筋合いはない」

 

 

 気付けば私はグレモリー家以外の唯一例外として一誠くんとの会話が成立する存在となった。

 どうも、あの時のトランプでライバル視されたらしい。

 

 

「そういえばリアスの言うとおり来ましたよ、兵藤イッセー

悪魔に転生して会長のお手伝いをしたいとか何とか……と」

 

「……。リアスが無理となったら今度はお前の所か……」

 

「当然断りましたけどね。そもそも眷属の数は間に合ってますし、転生する駒も少ないから無理なんですよ」

 

「だろうな」

 

 

 あの時を考えると、こうして人間界の高校の廊下を並んで歩きながら他愛もない会話をするなんて思いもしませんでしたね。

 けど為せばなる――あのトランプで偶然にも彼の風上に4度立ち続けたからこそ名前を覚えられ、ライバル視されたからこそ結べた不思議な関係なのです。

 

 

 余程の事がないと心を全く開かないけど、開いた相手には律儀に尽くす不思議な不思議な男の子。

 

 兵藤イッセーという『成り代わりの存在』というのに名前から全てを奪われ、他人を怖がる癖に悪魔より悪魔らしい強さを日々高める人間の男の子。

 

 

「ねぇ、今日『一誠』とリアスのお家にお邪魔して良い? 最近はお互いに忙しくて三人で集まって何かすることが無かったじゃない?

だから久々に三人で出来るトランプでも……」

 

「………。リアスに聞けよ……俺は寄生してるだけだしな。

まあ、来てトランプしても俺がぶちのすよ――今日こそな」

 

「ふふ……394戦393敗してるのに? 初めての時のアレ以降勝ててないのに?」

 

「…………。絶対来い……泣かせてやるぜ」

 

「あはは♪ なら私が勝ったら前みたいにマッサージでもして貰おうかしら?」

 

「上等、何だってしてやらぁ……!」

 

 知れば知るほど子供っぽい……放って置けない男の子。

 それが私が想う一誠という男の子だった。

 軽く挑発すれば直ぐに乗ってきた一誠に内心ニヤリとしながら『ではまた夜に』と言って別れた私は、絶対に負けてあげないと誓いながら、今日の夜を楽しみにするのだった……。

 

 

 因みにその後の夜は――

 

 

「ぐっ……ぐぅ……」

 

「Kのスリーカードよ」

 

「パ、パス……」

 

「あらそう? それならAのスリーカードと3のシングルで私の1位ね?」

 

「ぐがぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 当然大勝ですよ……私のね。ふふふ……♪

 

 

「まーたソーナの1位ね……。今夜だけで一誠に対する『お願い券』が40回分は増えたわよ?」

 

「う、うるせぇ!! ポーカーだ、次はポーカーで……!」

 

「その前にマッサージしてください一誠。

266回分のお願い券を一回使用します」

 

「うぐっ……!? ち、ちくしょう……そこに寝ろ!」

 

 

 1度だけでも勝つまでやめようとしない一誠にマッサージをお願いする。

 リアスが何か羨ましそうに眺めてるが、アナタはこんな手を使わなくても毎日お願いしてやって貰ってるのだから良いじゃない。

 

 

「ぁ……っ……ん……! 相変わらず上手ですよ、いっせ……ぇ……♪」

 

「テメーまで気色悪い声出すなや……クソ……!」

 

「ホントこの手の勝負だとソーナに弱いわよねぇ……」

 

 

 長い間座りっぱなしで凝り固まったら身体を一誠の指が解していく……これがまた癖になるくらいに上手なんですよねぇ……はぁ……♪

 

 

「タイマンだったら勝てるのに……」

 

「あら、鍛練でもないのに幼馴染みの女の子を殴るなんて酷いわよ一誠? リアスもそう思うでしょ?」

 

「大丈夫よソーナ。言ってるだけで本気じゃないから一誠は」

 

「まあ、そうです……ね……あふぅ……♪」

 

 

「こ、このアマ共……! 知ったような事を……」

 

「「まあ、子供の頃からの付き合いですから?」」

 

「るせっ!! ステレオでいうな!!」

 

 

終わり




今更補足も無いか……


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近すぎて気持ち悪い距離感

これネタバレかわかりませんけど、コミュ障化してても潜在的におっぱいに何かしらの気持ちがあるとか無いとか。


 僕達はリアス・グレモリー様の眷属である。

 なった理由は其々複雑だけど、その事情を知った上で気に掛けてくれるリアス様――いや、今はリアス部長を僕を含めた皆は慕ってる。

 

 そしてそんなリアス部長なんだけど、部長には女王(クイーン)であり、今はオカルト研究部の副部長でもある姫島朱乃より更に前からずっと一緒だった人間の男の人がいる。

 歳は僕と同い年で、悪魔には転生していない男の人。

 だけど並みの上級悪魔――いや、既に悪魔史に於いて史上最強とまで吟われている現・ルシファー様と互角に戦える程の笑えない強さを持っている凄い人。

 

 名前は一誠。

 僕達が其々複雑な理由で悪魔に転生した様に、彼もまた複雑な理由があって苗字と名前を失ったらしい彼は、一誠という名前すら『失う前に唯一与えられた個人を証明する為の証』として名乗ってるだけらしい。

 

 何でそんな複雑な事になってるのかは、普段は一切僕達を話をしてくれないのでイマイチ解らないが、最近何と無く読めてきた気がした。

 

 

「なぁ木場、リアス部長はまだ会ってくれねぇのかよ?」

 

 

 それがこの……一誠くんと性格と強さ以外の全てが瓜二つの、ちょっと色々と不審な言動と行動が目立つ人……兵藤イッセーという人にひょっとして関係があるのかなと僕なりに考えてみた。

 

 

「なぁ……リアス部長はまだ眷属が揃ってない人手不足状態なんだろ? 俺なら力に――」

 

「確かに人数はまだ揃ってないけど、だからと言って無関係なキミに心配して貰う必要はないよ。

それにうちの部長がキミに歓迎する気は無いともう何度も言ったよね?」

 

「そ……それはそうだが……」

 

「撤回もするつもりも無いみたいだし、キミは人間のまま生きて行った方が良い。

聞けばキミは自分の力に大層な自信もあるらしいけど……」

 

 

 何処で知ったのか、一目で僕達を悪魔と見抜き、そして眷属にしろと売り込んでくる兵藤イッセー君は、最初見た時は驚くほど一誠くんに似ており、あの日初めてこの兵藤イッセーくんを見た時の一誠くんは、無表情だった顔を僕達が恐怖する程に『殺意が込められた』ソレだった。

 

 兵藤イッセーくんも兵藤イッセーくんで一誠くんを『ありえない』といった驚愕の表情を見せてたし、それを考えると『単なるそっくりさん同士』という訳では無い様な気がした……少なくとも一誠くんを知ってるようでまるで知らない僕達眷属は思ったが、結局一誠くんは当然として、兵藤イッセー君を見て警戒心を示したリアス部長も教えてはくれなかった。

 

 

「でも俺は……!」

 

「じゃあハッキリ言うよ兵藤イッセー君。

好奇心や生半可な覚悟で僕達に関わろうとしないでくれ。部長はそういう輩が一番嫌いなタイプなんだ」

 

「うっ……!」

 

「じゃあそういう訳だから……僕は行くよ」

 

 

 今日もしつこく自分を悪魔に転生させろと、窓口係りか何かだと勘違いされてる僕は、いっそ非情に徹して兵藤イッセー君にキッパリ断りの言葉を入れると、顔を歪めながら狼狽える彼を背にさっさと去った。

 

 僕達の事情を知り、自分は強力な神器を持ってるし監視目的で構わないから転生させて欲しいと宣う兵藤イッセー君は正直、僕でも信用でるかと言われたら首をひねってしまう。

 

 何せ聞こえてないと思ってるか知らないけど――

 

 

「クソッ……。

黙って転生させてハーレム要員になってりゃ良いのによ……木場と匙とリアス・グレモリー以外はな」

 

 

 こんな事言ってるのを聴いて信用できるかい? 悪いけど僕はそこまで人が良い訳じゃないのさ。

 それにハーレムっていうのが転生させて欲しい理由なら、部長達に言ったあの言葉の数々は全部建前じゃないか……ますます無理だよそんなの。

 

 

「只今戻りました」

 

「あ、祐斗先輩……」

 

「待っててね、今お茶を……」

 

 

 そんな訳で本日もしつこい兵藤イッセー君を一蹴した僕は悪魔としての隠れ蓑として使ってる旧校舎の部室に入ると、待っていたのは部長以外のメンバーと――

 

 

「…………………………………………………………………」

 

 

 

 やっぱり鍛練の時しか声を発せず、仲介してくれるリアス部長も居ない今、部室の隅で一人無表情で知恵の輪をしている一誠くんだった。

 

 

「部長は何処に……?」

 

「今シトリー様と話し合いに出ましたよ」

 

「もきゅもきゅ」

 

「…………」

 

 

 部長が席を外してる理由を椅子に座る僕にお茶とお菓子を出しながら副部長が微笑みながら答える。

 なるほど……うん……。

 

 

「……………」

 

「あ、あの一誠くん? もし宜しければ一誠くんもお茶に……」

 

 

 ……。前にも何度かあったけど、こうもリアス部長が間に入ってくれないと変に緊張しちゃうし、変に話を盛り上げようも上手く行かない……。

 

 カチャカチャと知恵の輪で遊んでるだけで何にも話さない一誠くんは、普段無言のせいか妙な威圧感があるというか……副部長が遠慮がちに話し掛けても一誠くんは知恵の輪を動かす手を止めてから僕達を一瞥するだけで……。

 

 

「………………………」

 

「あ……ぅ……」

 

「ふ、副部長……」

 

 

 またカチャカチャと知恵の輪に没頭してしまうだけ。

 これじゃあ副部長もしょんぼりしてしまうのも無理も無いと思うよ、僕だってあんな反応しかされなかったら凹むと思うし。

 基本物静かな塔城さんだってこれには何とも言えない表情だ。

 

 

「………」

 

 

 思うのだけど、どうやってリアス部長は一誠くんとあんなに仲良しになれたんだろうと今でも不思議でしょうがない。

 曰く、『折れない根気のまま、一誠の負けん気を刺激すれば懐いてくれるわ』との事らしいけど……。

 

 

「………………………………………チッ」

 

「一誠先輩、知恵の輪はそうやって引き千切る玩具じゃ――」

 

「…………………………………………」

 

「いえ……何でもありません……」

 

 

 正直、毎回の鍛練はそこら辺に落ちてる小枝で叩きのめされてる僕としては自信が無さすぎる。

 知恵の輪が外れずにイライラしたのか、脆い紐の様に引きちぎる一誠くんに塔城さんが意を決したように突っ込みを入れるも、返ってくる無言とどこまでも感情が読めない透明な色の瞳に、僕達三人はそれ以上何も言えずに押し黙ってしまう。

 

 これも部長談なんだけど、決して睨んでる訳じゃあ無いらしいし確かに殺気やら怒気を今の一誠くんからは感じ無い。

 感じやしないけど……その何の感情が感じられない視線を受けるとどうしても尻込みしてしまうというか……やっぱり僕達は一誠くんと会話出来るなんて夢のまた夢なのかな……。 

 

 

 閑話休題……眷属達の憂鬱。

 

 

 

 コミュ障のままだけど、一誠の背丈は既に私やソーナを追い越し、ガッチリと見苦しさを感じない筋肉が付いた男らしい青年に成長したものだと思う。

 まぁ、精神的には負けん気の強さのせいで昔と変わらない気はするけど……いや変わってないわね確実に。

 ソーナも同じ事を言ってるもの……間違いないわ。

 間違いないのだけど――

 

 

「っ……はぁ、はぁ……」

 

「ぜ、全然当たらない……」

 

 

 いくら戦い以外の勝負事でソーナや私に負けるからってそんな悪逆宜しくな顔付きで見下ろさないでよ……と小並に私は思うわけよ――多分ソーナもね。

 

 

「クックックッ、どうしたおじょーさま共? もうへばったか? あ?」

 

「み、水を獲た魚みたいに生き生きしちゃって……」

 

「普段の仕返しをここぞとばかりに晴らしてるわねコレ……」

 

 

 一誠は強い。

 お兄様と同質であるというのと、強くなることでしか己を誇示しようとせず、向上心がそのまま服着て成長した様な性格をしているせいで、その強さは一日単位で際限無く進化を続けている。

 

 お兄様曰く、その性格と性質故に一誠は人として初めて神器とは似て非なる力……能力保持者(スキルホルダー)という存在なのだが、その能力というのがまた反則じみたソレでね。

 お陰様で一誠の背中を追い掛け、一誠に倣ってずっと自分を鍛えてきた私とソーナの二人掛かりでもこの有り様よ。

 

 

「も、もうダメっ……! う、動けない……」

 

「わ、私も……はぁ、はぁ……」

 

「……。ふん、黒神ファントムばっか使うから直ぐへばるんだよ」

 

 

 広めの公園に人避けの障壁を張り、夕方から夜中になる今までずっとソーナと二人で一誠にしごいて貰ったのだけど、まんま文字通り一方的に叩きのめされてばかりだった。

 汚れるとかそんな事も考えられずに地面にひっくり返る私とソーナを呆れた表情で見下ろす一誠にはトドメのダメ出しを貰うし……ふふ、ホントまだまだ未熟ね私達は。

 

 

「おら立てって。

女が地面にひっくり返るのは見苦しいぜ」

 

「そ、そうは言うけど……あ、足に力が……」

 

「ガクガクしてて思うように……」

 

「だから、まだ未完成の黒神ファントムを『二人して』あんだけムキに使い続けてればそうもなるだろ。

……。まあ、前に気紛れで適当に教えたそれをものの数週間でそこまで使えるようになったのは真面目に驚いたが……ほら、手ェ貸すから立てや。世話の掛かる」

 

 

 そうぶっきらぼうに顔を横に向けながら両手を差し出す一誠に、私とソーナは手を取り、ガタガタとなって上手く動かせない自分の身体を何とか立たせる。

 

 

「ぅ……その手を離されたらまた倒れちゃうかも」

 

「わ、私も……動かしたくても動いてくれない」

 

「だから忠告したのに……手間の掛かる」

 

 

 自分の許容した以上に負担を掛けたせいで歩きたくても歩けない。

 一誠に唯一教えられた技……黒神ファントムなる音速移動技術を私とソーナも使えるのだが、一誠曰くまだまだ未完成との事らしく、その証拠に長時間使用すると身体がガタガタになってしまう。

 

 

「そら、リアスは背中乗れや。それくらいの腕力はまだあんだろ?」

 

「え、えぇ……いたたた……よいしょ」

 

 

 お兄様と3日3晩ずっと黒神ファントムを使い続けたまま殴り合った事すらある一誠はそれだけで凄いのだが、やっぱり未熟な私達じゃこれがまだ限界。

 

 嫌そうに私を背中に背負い、続いてソーナを横抱きにした一誠た共に公園を出て家路に着く最中、まったく疲れた様子の無く軽々と私達二人を抱える姿に悔しさすら感じてしまう。

 

 

「私が背中でソーナがお姫様抱っこって、差別を感じるのだけど……」

 

「あぁ? 知るかんなもん。文句言ってると捨てるぞ」

 

「んー……また逞しい身体つきになってますね一誠……」

 

「触んなコラ……ドブ川に捨てるぞ……!」

 

 

 加えて私は一誠の首回りにしがみつき、ソーナは両手で抱えて貰う。

 何故か妙な差別感を覚えて思わず介抱されてる身なのに不満を漏らしてしまう私に一誠は無愛想に返すだけだった……良いなぁソーナ。

 

 

「あぁ……星が綺麗よ一誠」

 

「本当ね……アナタは興味ないでしょうけど」

 

「興味はある……。

星一つぶち壊すのにどれくらいのパワーが必要なのか、とかな」

 

 

 

 

 

 こと戦闘に関して私は全く一誠には勝てません。

 触れることすら出来ず、男女平等に殴り付けられ、蹴り飛ばされるだけで一矢すら報えない。

 今日だって数時間以上戦ったのに、ボロボロとなってる私とリアスとは対照的に一誠は学園制服のズボンにTシャツ姿の何処にも汚れは無く、更に言えば汗すら殆どかいてない。

 

 昔からS級……SS級クラスの危険なはぐれ悪魔を修行の片手間で討伐してるだけあって、戦闘能力は悔しいけど今の私とリアスでは到底立てない程の高次元だ。

 

 

「ほら着いたぞ。

さっさと降りて二人纏めて風呂でも入るんだな」

 

「ん……ふぅ、やっと歩けるくらいには回復できたわ」

 

 

 そんな一誠に文字通り『おんぶに抱っこ』をされる事数分、リアスが今住んでいるマンションの部屋に連れてこられた私はリビングの所までで下ろされ、土やら何やらで汚れた身体を洗い流せとぶっきらぼうに言われてしまった。

 

 

「随分と汚れちゃったわねお互い……」

 

「ええ、容赦なく何度も殴り飛ばされてればこうもなるわ」

 

「ふん」

 

 

 確かに一誠とは真逆にジャージ姿の私とリアスは早急にお風呂に入らないといけない状況だったのと同時に……汗もかなりかいた事と今の今までおんぶに抱っこという密着体勢だった事を思い出してちょっと恥ずかしくなった。

 

 

「面白いのが何もやってないな……」

 

 

 まあ、ソファに腰を深く下ろして詰まらなそうにTVを見てる姿的にあまり気にした様子は無さそうだけど……なんて思いながらお風呂に入るため、リアスの部屋に常備させていた自分用の着替えを準備をしようとしたのだが……。

 

 

「どうせなら髪洗って欲しいんだけどなー……」

 

 

 つまらなそうにチャンネルをザッピングしてる一誠にリアスが小さく呟いたのだ。

 それも普通に……息をするかの如く頼むように。

 

 

「はぁ? 何時まで餓鬼のつもりだお前は……」

 

「良いじゃん。自分でやるより上手なんだもん一誠のが」

 

「………」

 

 

 期待するような眼差しをするリアスに一誠はチャンネルを動かす手を止め、嫌々と誰が見ても分かるような表情をしながら此方に顔を向ける。

 そりゃそうだ、いくら律儀とはいえ入浴の世話までさせるなんて年頃に成長した男女としては一般モラル的に宜しくない……と、人間基準で考えれば止めた方がいい訳であり、私だってそう思う。

 

 

「チッ、じゃあ二人ともさっさと準備しろよ……ったく」

 

 

 だが人間である一誠はこれまでの人生の多くを我等悪魔の住まう冥界……それもグレモリー家で生きてきた。

 そのせいなのか、それとも単純にリアスやついでに私を異性としてまるで意識しちゃいないのか、TVを消しながら気だるげに立ち上がった一誠はリアスと私に準備――先に入ってろと促すではないか。

 

 やはりこの反応的にどれだけ日常的な行動なのかがよく分かるし、最早揃って異性としては論外レベルの認識しかされてないと分かってしまって微妙に寂しい様な気持ちになるが、リアスはそうでは無いらしく、パァっと表情を明るくするや否や――

 

 

「ん、直ぐに準備するわ! 行くわよソーナ!」

 

「え、あ? は、はい……?」

 

 

 サッと私の手を取り、『あ』も言う暇すら無く着替えを準備し、お風呂場に連れていかれてしまった…………あれ?

 

 

 

 

 おふろば!

 

 

「やっぱり一誠に洗って貰うのが一番丁寧だし好きだわ♪」

 

「言ってろ勝手に……ハァ」

 

「……………」

 

 

 あれ?

 

 

「終わったぞ。

おら次はお前だソーナ、早く此処座れ」

 

「え、あ……は、はい……」

 

 

 あ、あれー……?

 

 

「? 何緊張してるのよソーナ?」

 

「え、べ、別に……き、緊張してなんか無いんだからね!!」

 

「してるだろ、口調が目茶苦茶だぞお前。

なんだよ、自分でやるなら俺は――」

 

「嫌だなんて言ってないわ! やりたかったらさっさとやりなさいよ!」

 

 

 あまりにも自然過ぎて今になって気付いたけど……私、文字通り全部見られてる……他ならぬ一誠に。

 だから思わずテンパって指摘された通りおかしな口調で言い返してしまう。

 いや、当然ですよ……だって此処お風呂場だし、タオルも何もリアスと揃って巻いてないし、文句は言うのに私の髪を洗う一誠の手は凄い優しい。

 あ、頭の中がグチャグチャしてしまうのも無理無いと思いませんか?

 

 

「ふーん、髪質はリアスと同じだな……。

へ、餓鬼の頃からのイメージでそこら辺はガサツだと思ってたがそうでも無いらしい」

 

「ひっどいわねぇ一誠は。

ソーナだってきちんと私と同じ女の子なのよ?」

 

「ケッ!」

 

 

 さっきまで公園で笑いながら殴り掛かってくる一誠とは思えない優しい手付きで私の髪を丁寧に洗ってくれる。

 そのギャップがまた余計に意識してしまい、身体が硬直してしまってオマケに上手く声が出せずに居ると、一足早く湯船に使っていたリアスが不思議そうな声で私を見ていた。

 

 

「さっきからそうだけど、何でそんなに緊張してるのよソーナ? 小さいときはよく三人一緒に入ってたじゃない?」

 

「え……? だ、だってそれは……」

 

 

 心の底から不思議そうにするリアスの方が逆に不思議だ。

 言われてみれば確かに、小さい頃によくグレモリー家にお邪魔した時はよくそうだったけれど、そんな頻繁じゃなかったし、何より小さい頃と今とじゃあ話が違う。

 キョトンとしているリアス見るに、かなり頻繁にこういう事を頼んでるだと思うと微妙に複雑だけど。

 

 

「ケッ、変に身構えんでも襲いやしねーっつーの」

 

「む!」

 

 

 固まる私を見て何かを思ったのか、一誠まで私の後ろにから髪を洗いつつ小バカにした声で言ってきたお陰で若干は解れたものの、その言い方にこれにはちょっとだけムッとしてしまう。

 入る前のリアクションで一誠が私達をどう思ってるかは予想してたけど、あまりにも予想通りすぎると今度は悔しいと思ってしまう訳で……。

 まあ、変に緊張する必要はないと理解する事が出来たので良しとすることにした。

 実のところ本当にマッサージ並みに髪を洗うのが上手くて気分が良いし……。

 

 

「そら終わりだ」

 

「ありがとう……」

 

 

 そうこうしてる内に洗髪が終わる。

 本当にビックリする程丁寧に洗ってくれた一誠にお礼を言うと、それでもやっぱりタオルも巻いてないのが恥ずかしいと思うので素早くリアスの隣に浸かり、シャンプーボトルを片付けてる一誠を見て今気付いた。

 どうやら服をちゃんと着ており、私達と入るつもりは無かったらしく、手早くボトルの片付けを終える一誠を見ている私達には一瞥すらくれずに、さっさと出ていこうとしているではないか。

 

 

「ちゃんと肩まで浸かれよ? 風邪でも引かれて、その尻拭いまでやらされてはたまらんからな」

 

「む……む……はい……」

 

 

 ……。なんだ、リアスに言われて誤解してたけど入る訳じゃないのね……ホッとしたような――

 

 

「何よ? ついでだし一誠も入りなさいよ。身体も洗って欲しいし。ね、ソーナ?」

 

 

 残念な様な――へ?

 

 

「えっ!?」

 

 

 あまりにも普通のトーンで言うからまた思考が飛んでしまったが、リアスは確かにとんでもないことを出て行こうとする一誠に切り出したのだ。

 これには流石に私も驚いてリアスと一誠を交互に見てしまう。

 

 

「はぁ?

お前な……グレモリーの家の無駄にだだっ広い風呂だったらアレだが、こんな狭い浴室に仲良くすし詰めになれってのかよ? 嫌だよそんなの鬱陶しい」

 

 

 思わぬリアスの提案の筈なのに、一誠はまたも動揺せずのズレた返答をしてる。

 な、何かしら……知らない間にそんな仲に? いやリアスはそんな事言ってないし……。

 

 

「でも折角三人きりなのよ? 洗えなんて言わないから良いじゃない? ねぇソーナ?」

 

「え、えぇ……?」

 

「コイツ戸惑ってんじゃねぇか……巻き込んでやるなよ……」

 

 

 ど、どうしよう……マッサージでアレなのに身体を洗って貰うなんて……ど、どうしよう……!

 やり取りからしてリアスは経験済みみたいだし……小さい頃は確かにそんな事等私だって意識してなかったし――よしっ!

 

 

「良いでしょう! このソーナ・シトリー……一誠に身体を洗わせてあげることを許可しようじゃありませんか!」

 

 

 二人の当然ですな空気を纏ったやり取りに取り残された気分となった私は、悔しさ半分に意を決して浴槽から立ち上がり、出ていこうとする一誠に洗って貰う事を頼む――いや許可してあげました!

 あははは! 考えてみればある意味チャンスでもありますからね! 女は度胸って奴だわ!

 

 

「……。と、あからさまにテンパっちゃったソーナはご所望みたいだけど?」

 

「め、めんどくせぇな……。

俺はお前等のコマ使いじゃねーっつーのに……」

 

「早くしなさい、私の身体全部に触れる許可をする言ってるのよ!? Hurry up!!!」

 

「何コイツ? すげぇ偉そうに言われるとやる気失せるんだけど……」

 

「あー……多分ソーナも一杯一杯なのよ。許してあげて?」

 

 

 揉めてるリアスと一誠を無視して浴槽から再び上がった私は一誠の前で堂々と両手を前に突き出しながら待機する。

 

 

「お、怖じ気付いたのかしら? レディとなったこの私の姿に!」

 

「アホか、全裸晒してテンパる奴がレディな訳ねーだろ、馬鹿らしい」

 

 

 ぬぐ……! た、確かにタオルで隠さず一誠の真ん前に立ってるけど、この戦闘マニアが鈍くて無反応なのが悪いのであって私は悪くないわ!

 とにかく早くして欲しい!

 

 

「……。で、タオルネットと手のどっちが良いんだ?」

 

「て、てててて、手!? そ、そんなプレイまでしてたのリアスと!?」

 

 

 そんなこんなで念願? いえ、どうしてもと言うから洗って貰うことにした私は、眉一つ動かす事なくど偉い事を聞いてきた一誠に面を食らう。

 だって手って……それ即ち直接という事であり、更に言えばリアスはもう何度もそんなプレイをしてると思うと……ぐぬぬ!

 

 

「は? プレイ?? 何を言ってんのコイツ? 脳が壊れたか?」

 

「あ、そういえばソーナは経験無かったわね……。

だからこんなテンパってたのか……これは盲点だったわ」

 

「高々身体を洗うのにテンパるのか? テメーで洗うか他人に洗わせるかの違いじゃんこんなの」

 

「いやー……冷静に考えたら私達のやり取りって凄い特殊なのかも。

だって一誠にしかやらせるつもりは無いとはいえ、男の子であるアナタに肌を見せてるし……」

 

「あぁ……じゃあもうやめるべき――」

 

「手! 手よ!! 手でお願いします! 出来れば優しくと激しくを両立させながらです!」

 

 

 決まりね、タオルネットなどに私は誤魔化されないわ。

 手、手よ手! 手ったら手よ! 出来れば今言った通りが何と無く良い!

 

 

「…………。ですって一誠。

案外この子も私と同じで好き者ね」

 

「…………………。やっぱりサーゼクスとセラフォルーの妹だけあるわお前等……。

全然折れてくれねぇし何をしても負けた気分になる」

 

「ま、まだですか? こ、これが所謂焦らしプレイという――」

 

 

 うぅ……まだなのですか? 早くしないと頭がパンクしちゃう……!

 

 

「ちげーよムッツリ。おら、背中からやるから向こう向けや」

 

「あ、はい……」

 

 

 呆れた顔の一誠に促される形で言われた通りに背を向け、ボディーソープのボトルポンプをプッシュする音に心臓がバクバクと更に大きく鼓動する。

 そして――

 

 

「手でとか絶対非効率だろ……やっといて何だけど」

 

「ひっ……ぃん……♪」

 

「チッ、しかもコイツもリアスみたいに変な声出すしよ……」

 

「そりゃあそうよ……。

アナタは全然自覚してないだろうけど、私やソーナにしてみればアナタにこんな事して貰うのは……ね?」

 

「は、はぃぃ……くすぐったい、ですぅ……い、いっせぇ……!」

 

「変な奴等……」

 

 

 ボディーソープによって少し冷たくなってる一誠の手が私の背中を蹂躙していく。

 感想としては……クセになる。それだけでした。

 

 

 

終わり




補足

でもこの二人のせいで裸体に対して相当な耐性がついてしまってる感は否めない


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逃げ腰執事

ですます。


 私の休日の過ごし方は特別何かをする訳ではなく、普通に管理を任された街を見回り、怪しい輩が居ないかどうか……その怪しい輩が人間に悪さをしないかとパトロールするのが殆どだ。

 治安維持を勤めるのも管理を任された者の勤めであるのは当然の話だし、パトロールがてら一誠を連れ出してお出掛けするのも密かなる楽しみなので面倒だと思ったことは1度たりとも無いわ。

 

 

「これはどう? 似合うかしら?」

 

「クソ微妙でございまするリアスお嬢様」

 

「む……ならこれは?」

 

「恐れながら、テメーは痴女であらせまするでございますか、リアスお嬢様?」

 

「むぅ……」

 

 

 ただ、こうやってパトロールの合間にお買い物に付き合わせてる時の一誠って酷く辛口なのよねぇ。

 洋服選びにしても、似合うかどうか聞くと決まって罵倒の言葉が帰ってくるし……もう少し誉めて欲しいものだわ……。

 

 

「もたもたしてないでさっさとお決めになってください、リアスお嬢様」

 

「ま、待って。こうも一誠に否定されたコメント貰うと自信が……」

 

 

 我がグレモリー家のメイドであるグレイフィアに無理矢理着ろと渡された燕尾服を律儀に着こなし、どう見ても私のコマ使いなポジションを貫く一誠は、自分のコメントによって周りの男女から冷たい目で見られても何のその。

 

 

「どれ着たって同じなんですからさっさとしてくださいよリアスお嬢様」

 

「ど、どれって……どれを聞いても罵倒しかしないくせに」

 

「正直に言えと申されましたので……」

 

 

 一誠の性格上、素直に他人を誉めることが無い故の辛口コメントのせいですっかり冷めきった店内に居たたまれない気分となってしまう。

 

 

「ハーリーアップ!!」

 

「ぅ……も、もう良いわ!」

 

 

 傍らから見ても目立ち、気づけば誰しもが私達を何とも言えないって顔で見ており、その視線と一誠の急かしに色々と限界になった私は、近付こうかと迷ってた店員さんに謝り、手袋越しにバシバシと手を叩いてる一誠の手を掴んで即座に店を出る羽目になるのは当然の話であった。

 

 

「もう! 正直な感想でお願いとは言ったけど、罵倒をしてなんて言ってないじゃない! あんなに人が見てる前であんな事ばっかり……」

 

「正直な感想がそれだったから仕方ないだろ? そもそもあんなに肩を出すような服なんぞ痴女と呼ばずして何と呼べば良いんだよ?」

 

「さ、最近はそういうのが流行ってるのよ……!」

 

 

 燕尾服、白手袋……。

 正直コスプレしてるみたいな格好の一誠は確かに助けになってくれる事ばかりしてくれて、非常に助かるのだけど、社交性ゼロと素直じゃないせいで言動がかなり乱暴。

 私のお母様に対しても昔『若作りしたところでババァは所詮ババァだろ』と半笑いで煽ったりして空気が凍った事もあったし、基本的に一誠はそこら辺のチンピラみたいなソレと何ら変わらない。

 まあ、私はそんな一誠を信頼してるから良いんだけど……。

 

 

「ハァ、お買い物は止めにして今から朱乃の家に行くわよ一誠」

 

「は? そんなもん一人で行けよ……。そこまで付き合いきれ――」

 

 

 女心のおの字すら理解しようとせず、ただただ強くなりたがる男の子にため息しか出ないものの、それも今更でしか無いので、気を取り直して人気の少ない住宅街の電信柱を何故かボーッと一点見している一誠の肘に組み付き、次なる目的地に行こうと頭を切り替えるわ。

 

 

「駄目よ。朱乃のお家に行く理由はアナタにあるんだから……ほら」

 

「はぁ? 何だよそれ――って引っ張るな!!」

 

 

 極度のコミュ障、やることなすこと粗暴で乱暴。

 だというのに私含めて好意を寄せる女の子は結構な多さだったりする事実を一誠は全く気付いてない。

 

 もう10年近く私の女王(クイーン)をやってくれる朱乃もそんな内の一人なのだが、未だに一誠が心を開かないせいで見ていて可哀想になる訳で……。

 何か敵に塩を送る様だけど、それを抜かして少しでも朱乃や祐斗や小猫との距離を縮めて欲しいと思う私としては、嫌がる一誠に対して心を鬼にせざるを得ない。

 

 ……。散々お店で罵倒してくれたお礼も兼ねてね。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 オーバーキル。

 その少年を一言で現すならば、その言葉が似合う程に 『極悪』であった。

 しかも質が悪いことに、彼は他人との接触を嫌うせいで、知らない者からすれば『冷徹な殺戮マシーン』なイメージが常に付いて回っている。

 

 

「と……言う訳で、今日は一誠くんが私達の為にお手伝いに来てくれました」

 

「……………」

 

 

 少なくともリアスの眷属とは違い、顔は知りえど一度も会話をしたことが無いシトリー眷属達は、妙に機嫌良く紹介する主の横で『苦虫を千匹噛み潰した』顔をしてる、グレモリー家お抱えの殺し屋――というもっぱらの噂である少年・一誠を見て、どうリアクションすれば良いのか実に困るのであった。

 

 

「まともに紹介をしていなかったので改めますけど、彼が日之影一誠……。人間です」

 

「…………………………」

 

 

 気色悪さすら感じるくらいに『自分達』の事情を知り、中に入り込もうとしつこい『兵藤イッセー』とびっくりするくらいに同じ顔である日之影一誠という少年の無言なるおじぎに、女王以下眷属達はやはり困った。

 

 いや……この日之影一誠がグレモリー家所属の執事頭で、常日頃からリアスの世話役兼ボディガードをしているという話は知ってるし、最近になってそのグレモリー家と繋がりが強いシトリー家のソーナも実は昔馴染みだとカミングアウトされて驚いたものだが、やれ殺し屋だ、やれ負けはするものの、魔王ルシファーとタイマンを張れるだ…………殆ど人のカテゴリーから外れまくってる目の前の少年から手を貸される事自体に、眷属達は気が引けて仕方無いのだ。

 

 極めつけは――

 

 

「おいソーナ……」

 

「はいはい……ふむふむ」

 

『…………』

 

 

 自分達とは全く目を合わせず、当たり前の様にソーナと呼びつけた一誠は、ボソボソとソーナに耳打ちをする。

 

 

「……。『そんなに見るな。さもなくば目の前で思いきりリバースするぞ』………と言えと?」

 

「……………」

 

「『俺の事はそこら辺に落ちた枯れ枝と認識してろ』――――って……いえ、アナタがそれを望むのであれば言いますけど……」

 

 

 人間界(ココ)での彼は、リアスかソーナとしかまともに声を出して会話しない。

 何を伝えるにもソーナかリアス経由。

 噂によれば『よっぽどの事が無ければ他人を信じようとしない』という性格を拗らせ過ぎたせいなのか――

 

 

「せめて自分で声にくらい出して頂戴」

 

「………………チッ」

 

 

 日を避け、影に入り浸る少年は実に気難しく、そしてどう見てもそんな少年を主であるソーナは単なる昔馴染み以上の感情を見せている。

 別にそれは構わないと思う眷属が殆どなのだが、その中に一人居る兵士の少年は、ぶっちゃけ正直転生悪魔でも何でもない男が平然とソーナにそう想われてるにも関わらず『鬱陶しそうに』してる一誠が気にくわないと思っているのであった。

 

 

「あ……」

 

「……」

 

 

 けれど悔しい事に……皮肉な事に一誠少年はソーナを知り尽くしているというべき行動を息をするように出来きており、今回の『お手伝い』でもその無駄な――いっそ気色悪さすら覚える息の合いっぷりを見せ付けられてしまう。

 

 

「一誠――」

 

「お前の座ってる机の二番の引き出しの中にファイリングしておいた」

 

「あらありがとう」

 

 

 ソーナが今求めてる事を当たり前の様に先回りして済ませてたり。

 

 

「はぐれ悪魔・バフォメット。冥界社会の掟を反した貴方を排除しに来ました……覚悟なさい!」

 

「小娘ごときが! 下僕共々喰らい尽くしてやるわ!!」

 

 

 大公から送られたはぐれ悪魔の討伐依頼の仕事の時も――

 

 

「一誠、お願いします!」

 

「一人でやれんだろ。ったく……」

 

 

 ―黒神ファントム・デュエットエディション―

 

「な――速っ――避け――否――死っ――――ぐぎゃぁぁぁっ!?!?!?」

 

 

 ハッキリ言って若手悪魔の中でもリアスと肩を並べる程に強いソーナと、最早気持ち悪くなる息の合うコンビネーション技らしき何かを音速すら生易しいスピードで叩き込んだり。

 

 

「ど、どうでしたか一誠……?

アナタに教えられたこの技を毎日鍛えた評価を――」

 

「35点」

 

「も、もう……。

やっぱり一誠は厳しいですね……ふふ♪」

 

 

 

 

「……。日之影さんの動き……誰か見えました?」

 

「い、いえ……ソーナ会長が彼と同じ動きを当たり前の様にやった事自体も驚きましたが……」

 

「ちくしょう……ちくしょう……! 幼馴染みだったのがマジだなんて勝ち目が無いじゃねぇかよ……!」

 

 

 噂は本当なのかもしれない。そう思わされる程に一誠少年は『人の域を平然と越えていた』力を見せている。

 はぐれ悪魔を呆気なく捻り潰した主と燕尾服を着こなす少年の『下手な夫婦より夫婦っぽいやり取り』を遠巻きに眺めながら、眷属達は一人を残して呆然と眺めるのであった……………誰もまともに会話できずに。

 

 

 

 誰がそんな事を言ったのか。

 『一誠というちっぽけな人間は、魔王ルシファーにすり寄り、妹であるリアスと魔王レヴィアタンの妹であるソーナを上手いことたぶらかした不届きもの』

 

 なんて根も葉も無い噂が何も知らないお幸せな冥界の悪魔達の間に飛び交っていて、最近は学園の人間にも似たような風評が広がっているとか……。

 

『日之影一誠がリアスと支取生徒会長の弱味を握って良からぬ真似を強要している』

 

 

 一体誰がそんなくだらない話を広めたのか。

 一誠くん――いえ、一誠本人はこんな性格なので全く気にした様子は見えないけど、私やリアスからすればこれ程腹立たしい話は無い。

 

 悪魔史上無敵と吟われるサーゼクス様と真正面から嗤いながら殴り合う姿をアナタ達は見たこと無い癖に。

 

 レヴィアタンの称号を受け継いだ姉を平然と手玉に取れる事を知らない癖に。

 

 私とリアスと一誠は小さい頃からの付き合いなことも知らない癖に。

 

 

「ったく……罰ゲームも楽じゃねーぜ」

 

「ごめんなさいね……。リアスと何時も一緒なのを見せつけられてるとつい……」

 

「アイツと一緒だから何なんだよ……。

お前もリアスと一緒で変な女だ」

 

 

 知らしめてやりたい。

 アナタ達が見下す相手は、実は逆にアナタ達を見下していた現実を。

 

 はぐれ悪魔討伐を終えて眷属達と別れた私は、隣で気だるげに歩く燕尾服姿の一誠の顔を眺めながら、そんな気持ちを募らせる。

 人でありながら人を越え。

 人でありながら超越者。

 

 勝つ為に自分を苛め抜き、それによって得た強大な力。

 でも性格は極度の人見知りで、極度の負けず嫌いで……。

 

 

「変、か……。

そうかもしれません……私もリアスも変なんでしょう。

でもそれで良いんです。アナタが『大好き』だって事が変なら、私もリアスも変人扱いされても構いません」

 

「……。ばっかみてー」

 

 

 私達の大好きな男の子……。

 そう堂々と……ハッキリと言ってやりたい。

 いえ、言おうと思えば言えるのですが、こういうのは本人が満足すれば良いので言う機会が無かったんですよね。

 一誠も恥ずかしがってしまいますしね……ふふ。

 

 

 

閑話休題……ソーナお嬢様専用執事くん。

 

 

 

 

 日を避け、影を生きる。

 良くも悪くも律儀である一誠は、その日をソーナかリアス達に任せ、自分は影ながら手を貸すことに特に何の文句もなかった。

 

 一誠は二人を『どうとも思ってない』と言い張るし、ましてや異性として意識なんて『鼻で笑って』口では否定する。

 

 故に仮に悪魔事情云々で二人が何処ぞの純血悪魔のボンボンに求婚されても『勝手にすれば?』と言ってやるつもりだった……。

 

 

「やっはろー(棒)

リアス・グレモリーとソーナ・シトリーを拐いに来ました~ 邪魔する馬鹿は即座に皆殺しにしまーす」

 

「なっ!? だ、誰だきさ――おごげぇ!?」

 

「き、貴様! 此処を何の席と心得――――ぐぎゃぁ!?」

 

 

 けれど一誠は最終的にそれが死ぬほど気に食わず、立場がどうなろうと知ったこっちゃ無いとばかりに現場へと突撃し、狼狽えるボンボンを何時もの5倍増しにぶちのめして二人を無理矢理連れ去った。

 

 これは後に『冥界略奪婚』としてドラマ化までされる一幕となり、当然の事ながら一誠の横暴で暴力的な脅しによりこの婚約騒動が滅茶滅茶に壊れたのは云うまでも無く、ボンボン二人はグレモリー家お抱え人外である一誠少年に対して完璧なトラウマを刻まれたのであったとか――――

 

 

 

 

 

 

「何て展開はないかしらねぇ……」

 

「良いですね。一誠によって連れ去られた私達は、その後人間界の自宅に戻ってメチャクチャ子作り――」

 

「うるせぇよ馬鹿女共」

 

 

 ……等と言う事はシスコン魔王二人と、グレモリー家シトリー家の両家が殆ど公認して一誠少年に二人を将来云々全部ひっくるめて任せてしまっているのである訳が無かった。

 

 

「つーかセラフォルーのバカに俺の電話番号教えたのは誰だ? 毎日毎日くそウゼェ電話が来るんですけど」

 

「うざいも何も、一誠がセラフォルー様の服をケタケタ嗤いながらビリっビリに引き裂いたからそうなったのよ?」

 

「そうそう。

あの事件から姉は一誠に責任取って貰う気満々ですからね」

 

「人聞きの悪いことを言うな。

適当に竹尺振ったらアイツの服が吹き飛んだだけだろうが」

 

 

 そしてシスコン魔王の一人は妹と同じく、前に一誠から受けた恥辱によって責任を取らせるつもりであったとか。

 なので、二人の少女と婚約する純血悪魔のボンボンは皆無であり、その少女二人は今も無愛想の極みである少年とナチュラルにくっつきながら休日を過ごしていた。

 

 

「ええぃ、一々くっつくな鬱陶しい!!」

 

「えー? でもこうでもしておかないと、アナタから襲ってきそうもないし……」

 

「早く両親に孫の顔を見せたいという子供心が……」

 

「知るか!! そこら辺の貴族ボンボンでも誘惑してろバカ!!」

 

 

 ナチュラルに一緒。

 ナチュラルに距離が近すぎる。

 

 三人を見守る大人達の見解は『一番近くて学生結婚』との事だが……。

 

 

「なによぅ。昨日だって裸で抱き合って寝たのに……」

 

「私の胸にかぶりついたのに……」

 

「よ、よくもまぁいけしゃあしゃあと抜かせるなテメー等……! 頼みもしてねーのに勝手に潜り込んだ癖によぉ……!」

 

 

 多分、その見解は当たらずとも遠からず――なのかもしれない。




特にねぇ!


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アドリブ下手な執事

親しくない人と話そうとすると、目の前がグルグル回って気持ち悪くなるらしい。


 強くなる。

 

 誰も頼りにする事もなく、全てを自力で乗り越える為に只ひたすら強くあれ。

 

 

 裏切られても揺れない精神力を――

 

 奪われても何も感じない無の心を――

 

 あらゆる存在を超越する無限の進化を――

 

 魔王を超え、聖書を超え、神話を超え――

 

 

 理不尽を――

 

 言い逃れを――

 

 偽善を――

 

 裏切りを――

 

 嫉妬を――

 

 冤罪を――

 

 

 全てをぶちのめす……圧倒的な力へ飛翔しろ。

 

 

『消えな。お役ごめんだぜお前は――』

 

『っ!?』

 

 

 弱いまま朽ち果てるのは――もう嫌だ。

 

 

 

 

 リアスの眷属達よりも、ソーナの眷属達の誰よりも二人との関わりが古くから在る少年は無口だ。

 本人は『話しても意味がない』と頑なにコミュ障を否定しているが、それに対して現状人間界で突っ込めるのはリアスとソーナだけであり、眷属達はただ閉口してしまう。

 理由は単に二人の少女と関わりが古くて深い只の人間――とは余りにも逸脱した力を持ち、転生悪魔となった眷属達全員と戦っても刹那で沈められる程の圧倒さがあるからなのと、『頼むから俺に構わないでくれ、じゃないと胃液をぶちまけるぞ』的な寄せ付けませんオーラを放っているからだ。

 

 故に眷属達は彼に関わりたくても関われず、当然一般人である普通の人間もそうであり、悪いことにこの無愛想さのせいとソーナとリアス達からひっつかれてるといった理由からの嫉妬で、一誠少年自身の評価は著しく悪かった。

 

 

『今日も居るぜ、あの無口野郎』

 

『グレモリー先輩と支取先輩としか話さないんだろう? 何かムカつくよな』

 

「………………」

 

 

 リアス達の尽力により、人間界の学校に通っている一誠少年の学園生活はこんな感じであり、教室の一番端の席で窓の外の見飽きた景色を眺めているその姿を忌々しげに見ながらヒソヒソと学園五指確定美少女と異様に仲が良い一誠少年に嫉妬念をぶつけているクラスメート達。

 

 これでも最初の方は直接的な嫌がらせをしていたのだが、何をしても無反応かつ自分達を『真上からゴミを見るような目で見下す』目で見るだけで言い返しもやり返しもしなかった為、リアス達からの抑止力も加わって陰口を叩くしか出来なくなった。

 

 しかしそれでも一誠少年は無口のままだし、自分達を相手にもしない為、クラスメート(特に男子)からますます恨めし嫉妬光線を浴びるのであったとか。

 

 

「よぉイッセー! デートはどうだっだんだよ? この羨ま馬鹿野郎!」

 

 

 同名の少年はその逆だったりするが、一誠少年にしてみれば関係の無い話だった――というか『邪魔になる真似をした途端刹那で殺す』つもり満々なのだが。

 

 

「い、いや……と、特に何にも……」

 

「……」

 

 

 いや、既に余計な真似をしたので半殺しにしたと言うべきか……。

 グレモリー管轄の領土に侵入した下級堕天使集団の様子を探っていた際に、狙い済ませたかの如く『金髪の少女に近付いて』引っ掻き回そうとした同名の神器使いが窓の外をボーッと眺めている一誠少年を『恐怖した』面持ちで一瞬視線を向けてから、クラスメート達と話しているのが耳に入った一誠は――――

 

 

(…………。あんなのに俺は引っ掻き回されたかと思うと殺したくなるぜ)

 

 

 今のところ余計な事をしてばかりな転生者に苛立ちを孕ませるのであったとか。

 

 

 

 

 不審な動きを見せる下級堕天使の集団が居る。

 その情報を元に動いたのは『人間』である一誠くんだった。

 

 三勢力の睨み合いがあるが故に、私達悪魔が必要以上に介入してしまえば政治問題になってしまう為とはいえ一誠くん一人に任せるのは私達としてはかなり気が引けてしまうのだが……。

 

 

「――以上の事があり、兵藤イッセーが余計な真似をしようとしたんで、適当に手足をへし折って脅しておいた。

それと、あの堕天使共は神器使いの女を騙くらかして何かをしようとしてる節があった」

 

 

 潜入工作員の経験でもあるのかと聞きたくなってしまうほどの仕事人っぷりを、リアスの眷属である私達が情けなく思えてしまうほどに見せ付けられてしまうと地味に自信が喪失してしまう。

 

 淡々とした声で私達にも聞こえる様に報告をしてくれた一誠くんにリアスは『ご苦労様』と笑い掛けつつ、神器使いの女について気になったのか、そこら辺についての詳しい説明をして欲しいと促した。

 

 

「神器使いの女の子と言ってたわね? その子は?」

 

「見た感じ外国人でございますな、日本語もロクに喋れないひ弱な女だ。

デコピンで首がすっ飛ばせそうなんだが、神器は他人の傷を回復させるものらしく、兵藤イッセーと仲睦まじくしていたな」

 

「あら、やっぱりそこで彼の登場か……よく出てくるわねぇ」

 

「どうもその女が現れるのを『解っていた』としか思えない先回りっぷりで接触してたぞ。

まあ、邪魔にさえならなければ誰をナンパしてようが知ったこっちゃ無いんで暫くは様子を見てたんだが――」

 

「? どうしたの?」

 

 

 何時もながら、何故か私達の事情を知り、かつ色々としつこい兵藤イッセーのお話をする時の一誠くんは実に嫌そうなお顔です。

 同名に加えて容姿すら若干似てるからなのでしょうか――一誠くんは一旦間を置くと、吐き捨てる様に言った。

 

 

「あのクソ野郎……尻尾を出す前の堕天使の女に『アーシアの神器を抜き取る気だろう! 俺はお前を知ってるぞレイナーレ!』とまた知ったようにほざいて、赤い龍の力を使おうとしやがった」

 

「………。一応聞くけど、何処でその神器を使って戦闘しようとしたのかしら?」

 

「極々普通の公園。幸い一般人はそのレイナーレって堕天使女が人払いをしていたから見られては無かったが、あの考えなしの馬鹿は、そんな状況も省みず赤龍帝の力をぶっぱなして堕天使女を殺ろうとしたんで、嫌々止めて半殺しにした」

 

 

 『危うく、グレモリー領で野放しにしている赤龍帝を暴れさせたという事態に発展しそうになったから脅し込みでぶちのめした』と未熟とはいえ自覚している赤龍帝を当たり前の様に倒したと話す一誠くん。

 

 神をも滅する器として数えられてる赤龍帝の籠手を何処まで使えてるかは把握出来ていないけれど、そんな危険な力を街中の公園で使おうとしたらどうなるか……最悪災害レベルの被害が出てしまうこと請け合いであり、それを苦もなく止めた一誠くんの仕事人っぷりにただただ感心をしてしまった。

 

 一誠くんが敵だったらと思うとゾッとしない。

 

 

「それはそれはご苦労様ね。それで?」

 

「黙らせた後、奴と似たツラの俺を見て驚いてる堕天使女に『何をするのも知ったこっちゃないが、グレモリー家の管轄で余計な真似をしたら刹那で消す』と脅しておいたよ――兵藤イッセーを演出に使ってな」

 

 

 『尤も、奴等がそれを聞くかは知らんが』……そう締めくくった一誠くんは部室の一番隅にポツリと置いてあるパイプ椅子に座り、そこからは一切喋ること無く何処から途もなく取り出したルービックキューブで遊び始めた。

 

 まとめて聞いてみると、今回はかなり珍しく一誠くんが直接的な介入をしたみたいらしい。

 

 

「その後、神器使いの女の子はどうしたの?」

 

「俺のツラを見て驚きつつも慌てて兵藤イッセーを神器で治療した後、奴と一緒に俺から逃げるようにしてどっかに行ったぞ。あの表情からして俺に嫌悪感丸出しだったっけ……クソどうでも良いが」

 

 

 リアスの質問にだけはちゃんと返事をする一誠くんに、私達は何とも言えない気分になるけど、それを押し込んでカチャカチャとルービックキューブに夢中になる姿を見つめる。

 

 

「えー? アレとだなんて大丈夫なのかしら……? 朱乃や小猫とかソーナ達を見る目が正直アレだから果てしなく不安なのだけど……」

 

 

 主に貞操とか……。

 会ったことも無い女の子を心配するリアスの言葉に内心私と小猫ちゃんは頷いた。

 確かにというか、本人は隠してるつもりなんでしょうけど彼の目は本気で身の危険を感じるソレであり、シスターらしきその女の子が食べられちゃうのではないかと思ってしまう。

 逆に男の子である祐斗君と一誠くんに対しては邪魔者を見るような目なので、よーく分かってしまうし、補足すると一誠くんという男の子があまりにも私や小猫ちゃんに対しての目が『興味無い』という目なので本当によーく分かってしまうのよね…………悲しいことに。

 

 

「そこまで割って入る資格は誰にも無いからな。

まあ、本人同士が納得したんなら良いんじゃねーの?

見るからに『人生お手て繋いで幸せになれる』的な思考をしてそうな餓鬼の処女膜が、何処の誰にぶち破られようが俺の人生に何の影響もねーし」

 

「あのね……女の子が三人も居る場所で言うものじゃないわよ一誠……」

 

「知るかよ。ほぼ事実だろう事をそのまま俺なりに喋っただけだ」

 

 

 カチャカチャと中々揃わないルービックキューブを回しながらシレッと乱暴に女の子の純潔について言ってしまってる一誠くんにリアスが苦笑いしながら咎めている。

 いえ、そこまで子供じゃないし別に良いというか――処女……。

 

 

『今度負けたらお前等を【ピーッ!】してから【ピーッ!】するから』

 

 

 悪魔より悪魔らしく嗤い、圧倒的な力で叩き潰した一誠くんは私達に背筋が擽られる様な妖しい声色で囁くと、私の服を乱暴に引き裂いて――――

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「朱乃? 小猫? どうしたの? 顔が赤いけど……」

 

「「っ!? な、何でもありません!!」」

 

 

 ……。ハッ!? い、一体今のは……? 別の意味で凄く激しい一誠くんに無理矢理アレされてしまった映像が頭の中に……って小猫ちゃんも?

 ……。つ、疲れているのかしら……特に何もしてないのに。

 

 

「……。一誠が何時までも構わないせいねこれは」

 

「………は?」

 

「ぅ……」

 

「……。別にそんな訳じゃ……」

 

「……。(ルービックキューブ……僕得意なんだけどな…)」

 

 

 

 

 

 

 普段はリアス部長の付き人をしている一誠先輩。

 聞けばシトリー先輩の付き人も兼任しているみたいで、先輩は二人かそのご家族としか会話をしない。

 それは過去にあった事が原因だとリアス部長は言っていたけど、その原因の詳細は私達眷属は知らない。

 

 けれど一誠先輩は決して意地悪だからという訳じゃ無く、私達眷属に対するフォローも影ながらちゃんとしてくれる。

 

 だから嫌いになれない。

 こう、不良が小動物にだけ優しく接してる面を見てしまった的な心境というべきでしょうか……。

 私や朱乃先輩や祐斗先輩はそんな一誠先輩とちゃんと向き合いたいと思っています――――全く進展はありませんけどね。

 

 

「一誠先輩……これあげます。

だから……その……よろしければ私達と一緒に食べませんか?」

 

「……………。」

 

 

 何度も朱乃先輩と祐斗先輩と話し合って一誠先輩と普通にお話しできる機会を探り、今日もまたお菓子で釣ろうと思ったのですが、一誠先輩はルービックキューブから最近販売された『無限プチプチくん』なる玩具でプチプチやってて私達は一切見てくれない。

 最早何度もされた態度なので今更これで傷付く程軟ではありませんが、仲間とすら思われてない現実にやっぱり寂しいと感じてしまう。

 

 

「一誠。

可愛い女の子からのお茶のお誘いを無視するのは良くないわよ? お母様が聞いたら――」

 

「(ビクッ!?)」

 

 

 リアス部長の助け船が無いと全く儘ならない。

 今だってヴェネラナ様の話が出た途端、急に言うことを聞き始めたし……。

 一誠先輩はヴェネラナ様にどうも頭が上がらないみたいで、そういえば前に部長の里帰りにお供した時もヴェネラナ様に服をひん剥かれてお風呂に連行された時の一誠先輩の態度は『反抗期の子供』そのものでしたっけ。

 

 

『な、な、何しやがる!?』

 

『何って決まっているでしょう? 可愛い息子と裸の付き合いをする――何処も可笑しくないでしょう?』

 

『ざけんなゴラ!! 誰がテメーなんぞと……』

 

『あらあら? もしかして恥ずかしいのかしら? うふふ、私もまだ捨てたものじゃ――』

 

『寝言は寝て言えこのクソババァ!!

テメーの見苦しい真っ裸を見たところでたたね――――』

 

『………。言ったわね? じゃあ試すわ……全力で』

 

『ふざけんな離せこのババァ……やめっ――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーッ!!!!!!

 

 

 

『一誠先輩の貞操が危険的な悲鳴が……』

 

 

 ニャメロン! ドコサワッテンダババァ!?

 

 

『あーうん……。そういえば直接見るのは初めてだったわね?

多分お母様は暫く一誠に構えなかったから溜まってたんでしょう……そっとしてあげなさい』

 

 

 ド,ドコカラソンナチカラガ……ヒィ!?

 

 

『そっとと言われましても、あの一誠くんが此所まで聞こえる悲鳴をあげるなんて一体何を――いえ、この際だから聞きますけど、この状況に対してはジオティクス様は何と……?』

 

『ん、特に何も言わないわよ?

というか言えないというべきか……。お母様って私達以上に一誠に過保護だから……』

 

 

 ニュルニュルハヤメロー!! オレノソバニチカヨルナァァァァ!!!!!

 

 

『お母様ったら張り切り過ぎよ……。私ですらまだ出来ないのに……』

 

『(((い、一体お風呂場で何が……)))』

 

 

 多分、良い意味での一誠先輩の弱点がヴェネラナ様で、詳しく聞いてみるとリアス先輩とほぼ同時期に先輩の心をこじ開けた猛者だった

 そして――

 

 

『はぁ……良かったですよ一誠……。大きくなって母は嬉しいわ♪』

 

『……。…………………。……………………』

 

 

 妙に艶々お肌なヴェネラナ様の後ろで、妙に窶れた一誠先輩を見た時の衝撃は色々と忘れられない。

 本気ならとっくに一誠先輩はヴェネラナ様を殺してしまってるとの事で大丈夫とリアス部長は苦笑いしながら言うが、『若さを奪い取られた』様にしか見えない先輩の窶れっぷりは、新たな一面を私達に見せてくれた……気がした。

 

 

「な、何でババァが出てくるんだよ……! ババァは関係ないだろ……!」

 

「敵意も何もない……寧ろ好意的な子達を蔑ろにするだけでもお母様は怒るわよ」

 

「ぐっ……な、何が好意だくだらねぇ」

 

 

 

 そんな訳で一誠先輩は本気で嫌っては無いけど、ヴェネラナ様を苦手としているので、話題に出されると借りてきた猫(私が言うのもなんだが)の様に大人しくなります。

 ブツブツ文句は言いつつも従います。

 

 

「あの……これどうぞ」

 

「……………………………。ド,ドウモ」

 

 

 多分ですが、一誠先輩が完全にグレなかった原因の大半がヴェネラナ様とリアス部長とシトリー先輩かなと、私が差し出したお菓子を小声で返事をして受け取る姿を見ると思う。

 そして思うのと同時に――

 

 

「どう一誠? お母様達以外の皆と囲ってお茶するのも楽しいでしょう?」

 

「ふ、ふん……知るかよそんなこと」

 

(………。どうしよう、一誠先輩を思いっきり膝枕して頭を撫でて甘やかしてあげたいです)」

 

 

 冷徹な仕事人の仮面が剥がれて時折見える『子供っぽさ』に堪らない気分になる私は、変な方向に目覚めてしまったのでしょうか?

 いえ……直すつもりは無いというか……。

 

 

「あら?」

 

「っ!? ご、ごほっごほっ!?」

 

「あ、すいません……今の先輩を見てるとつい」

 

「あ……良いな小猫ちゃん。然り気無く一誠くんに触れられて」

 

「男の僕には出来ない進展方法で羨ましいや……」

 

 

 直したくないですねこれは。

 

 

「…………………。な……な……!」

 

「あ、無理に喋ろうとしなくて良いですよ? 寧ろごめんなさい……。急に頭を……」

 

「………。……………。………………………」

 

「そんな苦虫を噛み潰した顔しなくても良いじゃない……」




補足

カーチャンが強すぎる件


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無礼な執事

この時期までは眷属さん達にもコミュ障なんだよねー


 一誠の脅しのおかげなのか、不穏な動きを見せていた堕天使の団体は、その日を境に街から姿を消していた。

 そして神器を持つ少女は兵藤イッセーの下で静かに生きている。

 

 うん……どうであれ平和に終われて私としてはちょっとホッとしているし、暴力的なものの解決してくれた一誠には感謝しかない。

 これで親や居場所を含めた全てを奪い取った彼が一誠という存在の生存と、奪われた事を糧に信じられない強さを持ったことに恐怖でもして、この先は何もしないでくれると助かるのだけど、堕天使の事を知ってる素振りを見せていたからにして大人しくしてるとは思えないと思うのは私だけなのか……。

 

 

「え、この前の神器使いの女の子が転校してきたの?」

 

「どういう訳か『お上手すぎる日本語』引っ提げてな。

十中八九奴が何かしたんだろうぜ。ご苦労な事だ」

 

 

 その予感は間違いなく当たってる気がするのよねー……なーんて。

 

 

「一誠と同じクラスなんでしょう? 何か言われなかったの?」

 

「いや別に。

最初は何か言いたげだったけど、クソ野郎に止められて言えなくなってる。

まあ、俺が奴を目の前で半殺しにしてやった事に対しての文句なんだろうが……」

 

「でしょうね、優しそうな子だったし」

 

「もしそうだったら馬鹿らしいって笑ってやったよ。

俺はああいう『話し合えば皆平和に解決です!』とほざく輩は殴り倒してやりたくなる」

 

「まさしく相容れないって奴かしら……。

昔からアナタはそうだものね」

 

「その分、そこら辺をちゃんと割り切って行動してるお前等はまだマシだよ」

 

 

 アーシア・アルジェント……だったかしら。

 どうであれ救われたその命、大切して欲しいものね……。

 頼むから兵藤イッセーと一緒になって一誠を挑発する真似はしないで欲しいわ……。

 一誠は男女平等に――それこそ躊躇なく女の子の顔面を物理整形しちゃう程度には容赦ないから……ね。

 

 

「ちょっとソーナの所に行ってくる」

 

「あら、ソーナに呼び出されたの? それは良いけど、帰りは?」

 

「多分アイツの事だからお前と合流するんだろ。で、そこから俺はじゃじゃ馬姫二匹のお守りだ……ハァ」

 

「ふふ、それだけ想われてるって事で我慢してよ一誠?」

 

 

 

 

 

 

 兵藤イッセーが私達の正体を知っているという事から推測するに、多分彼が保護とやらをした神器使いのシスターも自動的に私達の事を知ったと思う。

 偶然校舎内でリアスや私を見ると怯えるアクションを見せてるし。

 

 

「出身上仕方ないと言えばそれまでですが、バッタリ鉢合わせしただけであんなにも露骨に怯えられると、一般生徒に変な誤解をされそうね……」

 

 

 誤解されても別に痛くも痒くも無くもないが、余り良い気分では無い。

 とはいえ、悪魔である私達と一緒である一誠が街中で赤龍帝の籠手を使って堕天使を殺そうとしていた兵藤イッセーを過剰に沈黙させたのを目の前で見てしまえば、イメージも自ずと最悪なんだろうとも想像できるし……はぁ。

 

 

「気持ちは解るけど、非力な女性を目の前にやり過ぎたわね一誠……あ、ハサミはどこかしら?」

 

「知るか。

神滅具なんてもんを人間界でぶっぱなそうとしてたのを止めてやっただけありがたいと思え。

そもそも、あの時点でまだ何もしてない堕天使をもし奴が殺してたら悪魔と堕天使の只でさえ良くは無い関係がもっと悪くなるんだろ? 俺はそう聞いてるが?

ハサミならオメーの机の引き出しにしまった」

 

 

 暇ならという事で一誠を生徒会室に連れ込み、来月の標語を載せた簡単なポスター作りを手伝って貰いつつ、アーシア・アルジェントと兵藤イッセーの話をする。

 予想通り一誠に反省なんてものは無く、私自身も彼との『嫌な因縁』の事を思えば強く責めるつもりも無かったりする。

 

 悪魔的にはファインプレーなので。

 

 

「アナタらしいわねホント……っと、出来ました」

 

「……。さっきから折り紙で何かやってるなと思ってたが、『それ』は何だ?」

 

「えっとウサギ……のつもり」

 

「…………。俺には生物災害と突然変異で生誕した生命体にしか見えねーんたが?」

 

「ぅ……ウサギよ! よく見なさい、このお耳なんか特にウサギさんです!」

 

 

 それはそうとポスター作りをしている私と一誠なのだが、私の渾身なる力作を見るなり半笑いで馬鹿にしてくる一誠にムッとなってしまう。

 どうも一誠には私のウサギさんがウサギさんじゃないとの事なのだが、作った私がウサギさんだと言ってるのだからウサギさんなのだ。

 

 

「……。得意そうに見えてホントオメーは手先が不器用だよな。ほら貸せや」

 

「あっ……」

 

 

 だと言うのに呆れた様に私の事を不器用だと言ったばかりか、折り紙を一枚手にした一誠はさっさと慣れた手つきで折り始め…………。

 

 

「特徴さえ掴めばこんなもんだろ」

 

「……………。リアルすぎて可愛くない」

 

 

 ものの1分で、リアルなウサギさん――いや兎を造り出し、嫌味っぽく私の作ったウサギさんの隣に置いた。

 悔しいけど、一誠は戦闘技術だけじゃなく中々に多才というか……1度型に嵌まると凝りっぽくなるというか……。

 

 

「絶対私のウサギさんの方が可愛いもん」

 

 

 上手いのは認めます。負けてるとも思う。

 でも可愛さで比べるなら私のウサギさんの方が断然良い。

 でも一誠は負けず嫌いなのでそれを認めようとしない。

 

 

「良いもんとか全然可愛くねーし、オメーのはゾンビゲーに出てくる只の化け物じゃねーか。

そもそも左右の均一すら取れて無いじゃねーかよこれ」

 

「む……」

 

「デフォルメさせた奴を作りたいなら俺が口出してやるからやってみろホラ」

 

「む……む……はい……そこまで言うならやりますよ」

 

 

 兎に角駄目だろと新しい折り紙を寄越してくる一誠のプライドを尊重するために仕方なーく私は折れてやる。

 じゃないとまた拗ねてしまうから、此処はちょっとお姉さんな私が大人になる時だ。

 

 

「そこを内側に折れ――って、そこじゃねーよその脇だよ」

 

「むむ……こう?」

 

「だから違うっつーの」

 

 そして唐突に始まった折り紙レクチャーなのだが、一誠の説明が下手っぴなせいで上手く進まなく、それを私のせいだと言い張っている。

 

 

「え? え???」

 

「だから……ハァ……ったくもう」

 

 

 さっきから作業もせず、何故かジーッと私達を見てる眷属達の視線に変な居心地の悪さを感じるのは私だけなのか……というか眷属の前で不器用を連呼しないで欲しいのだが、一誠はそれらを全部無視して席を立つと、向かい合って座っていた私の背後に回り――

 

 

「良いか? こうして、こうだ……」

 

 

 後ろから両手で私の手を握り、操る様にして動かして来た。

 

 

「え……ぁ……こうなの?」

 

「そうだって言ってんじゃねーか……お前マジでこの系統のジャンル苦手だよな」

 

「む! だから一誠の説明が下手っぴなだけで私は――」

 

「あーはいはいわかったわかった。良いから続けるぞ? 次は此処を山折に折るんだ……こう」

 

「むぅ……」

 

 

 年頃の男女ですから、ちょっと気恥ずかしい――なんて気持ちは今更沸かない。

 そもそも最近からまたリアスと一緒にお風呂の時は一誠に身体を洗ってもらってるのだ。

 つまり全部――文字通り自分の全部を見せてる今となっては、あの時はテンパってしまったにしても今は平気なのだ。

 

 

「つーかお前もリアスも手ェ小さいっつーか、力入れたらポッキリ折れそうだなオイ」

 

「女の子ですから。

というか二、三年前まで私とリアスより小さかった一誠に言われたくないわ」

 

「今はデフォルトで見下せるがな……クククッ」

 

 ……………。まあ、後ろから抱き締められてる気になれて悪くないですけどね……。

 

 

「あっ……! どさくさに紛れて今私の胸を触ったわね?

もう……学校では我慢しなさいってリアスと一緒に言った筈――」

 

「触れるほど無いだろ。盛ってんじゃねーよ貧乳」

 

「む……リアスと比べたら確かに負けてますけど、無いわけじゃないと一誠ならわかるでしょ? ほら……」

 

「あぁ? テメーから押し付けんじゃ俺のせいじゃ無いだろ。

つーか……ほらと言われても、服越しでも変わって無いのが解るんだけど」

 

 

 

 

 

「!?」

 

「わ……わわっ!? か、会長と日之影君が凄い事してる……」

 

「ど、どうしよ? 私達お邪魔――ってさ、匙くん?」

 

「グッギギギギギィィィィ!!!!」

 

「ち、血涙が出てる……」

 

 

 それが普通というか……折り紙の出来で揉めていた主と主の幼馴染みにて最も信頼を寄せられている人間の少年の夫婦的なやり取りをついつい眺めていた眷属達は、気付けば主の胸の大きさについて触診紛いな行為で確かめてる姿を見せ付けられ、気恥ずかしさやら何やらで殆どの眷属達は惚けながら眺めていた。

 

 一人、血涙を流す少年を除いて。

 

 

「女ってのは大きいだ小さいだに拘りすぎなんだよ……。そんなにリアスとセラフォルーに劣ってるのが嫌なのかねぇ……」

 

「別に劣等感なんて――――一誠は拘らないのですか?」

 

「別に。

そもそも恋人を欲しがる性格じゃねーし」

 

 

 折り紙も完成し、作成間際のポスターに貼り付けながらソーナのわっかりやすいアプローチに一誠は気付いているのか居ないのか――めんどくさそうに答える姿もまた親しいを通り越した何かにしか眷属達には見えなかった。

 そもそも日之影一誠の性格を考慮すれば、ソーナとリアスだけが異様に特別なのだから余計思ってしまう。

 

 

「なら浮気の心配をリアスと私――と、ついでにお姉様がする必要が無い訳ね……安心したわ」

 

「浮気? そもそもお前等と恋仲になった事なんて無いだろ……あほらし」

 

「正式には、ね。

でも私もリアスもお姉様も一誠が大好きだから――――他の人に行かないでね?」

 

「…………。ケッ、馬鹿らしい。好かれる要素ゼロ野郎にそれを言っても意味ねーよアーホ」

 

「ふふふ♪」

 

 

 

 

「す、凄い……殆ど完成してる仲ね」

 

「でも日之影君は絶対私たちとは会長みたいに会話してくれないんだよね……」

 

「急に無言になっちゃうというか……やっぱり私達は他人扱いなんだよね……あはは」

 

「つ、付け入る隙すらない……だと……? ちくしょー!!!!」

 

 

 独り身には辛いというか……ソーナの楽しそうな表情に眷属達……つまり女の子達は一種の憧れを感じていた。

 自分達もあんな関係な男の子と出会いたい……そんな気持ちを。

 

 

「いっそ私がリアスの家に住もうかしら。そうしたら一誠とも毎日一緒だし、お風呂の時だけわざわざ行く手間も無くなるし」

 

「うっせー女が二匹も居たら疲れるだけだし嫌だ。リアスだけでも怠いのに」

 

 

 年頃の女子達から羨ましがられた視線を気にせず、一誠とソーナは独特の空気を放ちながら放課後を過ごすのであった。




補足

まあ、ほら……他の子と比べたらってだけだし、ソーナさんもあるさ……うん


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執事とお母様

なんつーか、人吉くんのおかーちゃん的あれです。


 定期的にサーゼクスをぶちのめす為に冥界に行く一誠はグレモリー城には顔を出す事はしないでいた。

 その理由は一誠曰く、『サーゼクスをぶちのめすんだから関係無い』との事だが、事実はそんな格好付けた話では無い。

 

 

「まあ!? 何ですかその適当な髪型は?

手入れもちゃんとしてありませんし……リアス達と一緒に居ながらなんてだらしのない! ほら、私が直してあげるからコッチに来なさい」

 

「うっせーぞババァ!!

つーか折角帰って来た実の娘の方に構えよ! 何で毎度毎度俺に――」

 

 

 苦手というか。地味に逆らえないというか。何を言っても懲りずに構い倒して来るリアスの母親ことヴェネラナに揉みくちゃにされるのが恥ずかしくて嫌だから……という反抗期の子供に有りがちな理由だった。

 

 

「もはや風物詩といっても過言じゃないわね」

 

「実を言うと三時間前から門の前でヴェネラナ様は構えておりまして……」

 

「あらそうなの? ごめんなさいねグレイフィア。

どうもお母様は髪色がそっくりな一誠を自分の子供にしたくてしたくて仕方ないみたいで……」

 

「いえいえ、グレモリー家――いえ、リアスお嬢様とソーナお嬢様専属執事としてのノウハウを叩き込んだ弟子兼大切な弟の帰りは実のところ私も楽しみでしたので……ふふふ」

 

 

 そんなやり取りをグレモリー家の人々と生暖かく見守るのが相場であり、その視線も一誠にとっては格好が付かない恥ずかしい。

 所詮は他人でしか無い自分にすら自覚できる愛情が、一誠にはむず痒かったのだった。

 

 

 

 

 俺は留守番をすると言った。

 けれどリアスはそれを許さず、帰らなかったら逆にお母様が人間界(コッチ)に来るかもね……なんて脅しやがったもんだから仕方無く付いて行ったけど、それは間違い無く不正解だった。

 このヴェネラナ・グレモリーことババァは俺を視認するなり訳のわからん駄目出しはするわ、べたべたと鬱陶しいはとロクなもんじゃねぇ。

 

 サーゼクスは笑ってこっち見てるだけで助け船すら出さないし……だから用も無いのに来るのは嫌だったんだ。

 

 

「人間界の学校はどうですかリアス?」

 

「一誠の大きな助力もあり、楽しく過ごさせて頂いてます」

 

「そう……では一誠は?」

 

「……………………」

 

 

 あんたらグレモリー家族の後で良いって言ってにるにも拘わらず、夕飯の席に無理矢理座らされて飯を食わされてる俺に、ババァがまた何か聞いてくる。

 

 昔からそうなんだが、どうもババァ含めたグレモリー家の連中は所詮は赤の他人である俺を身内同然の扱いをしてきやがる。

 

 何度も何度も『サーゼクスを倒したらこんな場所に用なぞ無い』と言ってるにも関わらずだ……。

 

 

「一誠? 聞こえてますか?」

 

「……チッ、普通だよ普通!」

 

 

 何時もならシカトか暴言で切ってやるつもりだが、生憎俺の隣ではサーゼクスとヴェネラナに次いで何かと俺に煩いグレイフィアとの間の餓鬼であるミリキャスが、大体何時も通りの意図不明の『妙に嬉しそうな笑顔』を俺に向けてくるせいで出来ない。

 

 いや、別にミリキャスがどうとかって訳じゃ無いんだが……。

 

 

「……。おい餓鬼。何だその意味深な笑みは?」

 

「何でもない……何でもないですよ一誠お兄様!! ……………………えへへ♪」

 

 

 この餓鬼。俺の中の記憶では一度たりとも俺に恐怖心を抱いた様子を見せた事がない。

 サーゼクスと殴り合いで血だるまになろうと、殺意全開で試しに凄んでも……何をしてもこの餓鬼は何故か妙に俺に懐いてやがる。

 

 

「お兄さまはやめろ。何度も言うが俺は只の他人……」

 

 

 サーゼクスとグレイフィアの餓鬼だからなのか……それとも単純に俺がヴェネラナに嘗められてるから嘗めてるのか定かじゃねーが……。

 

 

「お兄ちゃんが帰って来た……! 少しだけしか居ないけどその間に色々な事をして貰う……!

お風呂に入ったり一緒に寝たり……えへ、えへへへへ……♪」

 

「………………………。おい、おい……この餓鬼を見てると寒気がするのは何でだ? サーゼクスとグレイフィアはミリキャスに何をした?」

 

「さぁ? 僕は特に何もしてないつもりだったよ?」

 

「アナタを慕ってるんですよミリキャスは」

 

 

 ここ最近のミリキャスという餓鬼は、何か変というか……。

 聞けば俺がリアスのボディガードの罰ゲームの為に人間界に行くと知ったコイツは、死相丸出しで親指の爪噛んで血塗れにしたと聞いたが、それと関係があるのだろうか? 今はそんな奇行はしなくなったらしいが……。

 

 

 

 

 ミリキャス・グレモリーにとっての一誠は生まれた時からの兄であった。

 血の繋がりは無いけど、ミリキャスにとっては大好きな兄だった。

 

 無愛想だけど自分の我が儘を聞いてくれる。

 危なくなったら助けてくれる。

 

 理想……ミリキャスから見た一誠はまさに理想。

 故に家族と家族同然の一誠以外はどうでも良い。

 

 

「一誠兄さま遊んで!」

 

「あ? ………。ちょっと待て、お前のかーちゃんの仕事の手伝いが終わったらな」

 

「うん!」

 

 

 グレモリー城内の窓拭きを眠たそうな顔で……されど丁寧にする燕尾服姿の一誠の姿を物心がついた時から見ていたミリキャスにしてみれば血の繋がりがあるか無いかや、種族の違い等は何の弊害にもなりはしなかった。

 

 

「グレイフィア――じゃなくてかーちゃんから言われてた勉強は終わったのか?」

 

「うん! 一誠兄さまと遊びたいから直ぐに終わらせたよ」

 

「あ、そう。出来の良さは間違いなく二人の餓鬼だな……」

 

 

 声には決して出さないが、グレモリー家にもう10年以上も世話になっている借りを返す為にグレイフィアに教えを請うことで手にしたお手伝いさんスキルは、態度さえ何とかなればプロレベルまでになっている。

 この時も城内の窓を新品同様にまで磨きあげた一誠は、清掃用具をポリバケツの中に投げ込むと、ニコニコしながら飽くこと無く眺めていたミリキャスに完了したとぶっきらぼうに言う。

 

 

「で、何がしたいんだ?」

 

「えーっと……特に考えてなかった」

 

「はぁ?」

 

「一誠兄さまと一緒ってだけで良いかなって」

 

 

 あはは、と笑うミリキャスに一誠はまたかと内心辟易してしまうが、怒るつもりは無かった。

 大体予想できたからだ。

 

 

「ミリキャスと一誠、探しましたよ」

 

「あ?」

 

「あ、おばあさま!」

 

 

 なので一誠は特に怒るでも呆れるでも無く、寧ろ此処に住み着いてからはすっかり自分のテリトリーとなっていた中庭の隅っこのトレーニング場に連れていき、対サーゼクス技をミリキャスに仕込んでやろうかと、気だるそうな顔をしつつ、内心ニヤニヤとしていたぐらいだったのだが、そんな一誠のサーゼクスに対するちょっとした嫌がらせは、後ろから呼び止める聞き慣れてしまった声によって破壊されてしまう。

 

 

「グレイフィアからアナタとミリキャスが一緒に居ると聞きましてね。

どうやらお仕事も終わったみたいですし、一緒に汗を流しましょうかと……」

 

 

 一誠が帰りたがらなかった理由の一つを、嫌とも言わせず腕を引っ付かみながら笑顔で告げながら……というおまけ付きで。

 

 

「離せこのクソババァ!! 俺は嫌だぁぁぁぁっ!!」

 

「一誠兄さまとお風呂……えへへ」

 

「ミリキャスは嬉しそうですよ一誠? さ、行きましょう」

 

 

 サーゼクスよりある意味で最も苦手な存在であるヴェネラナはやはり嬉しそうだった。

 

 

「…………。クソ、何時か捻り潰してやる」

 

 

 そんな訳であれよあれよとグレモリー家ご自慢の大浴場へと引っ張られた一誠は、ヴェネラナとミリキャスによりひん剥かれてしまい、ただ今乳白色のお湯に満たされた浴槽に浸かりながらブツブツと文句を言っていた。

 

 だがその近くで一緒になって浸かっているヴェネラナとミリキャスはそんな一誠に対して気にした様子も見せず、寧ろ楽しそうに微笑んでいる。

 

 

「少し見ない間に少し逞しくなりましたね。普段はサーゼクスと戦うと顔も見せずに帰ってしまいますから、余計そう感じるわよ?」

 

「格好いいよ一誠兄さま!」

 

「…………。はぁ」

 

 

 とはいえ、ミリキャスという防波堤も一緒だし、玩具にされることは無いだろうと、心の中で多少の妥協をする事にした一誠は、駒王学園に入ることになっても欠かさなかった鍛練の証とも言える肉体の……絞り込まれたその腕を眺めながら口を開く。

 

 

「鍛えても肝心のサーゼクスには勝てないがな。

お前等の息子ないし親父はムカつくが強い」

 

「あら、そんなに自分を卑下しなくても一誠は強いと私は思うわ。

頭のお堅い貴族の方々は認めたがらないでしょうが、既にアナタの力はサーゼクスを除けば冥界最強を名乗れますし」

 

「冥界なんぞで最強と言われても、サーゼクスに勝てなきゃ意味がねーよ。それにそもそも俺は悪魔じゃない」

 

 

 強さの渇望によって覚醒させた後継者たる力をいくら研ぎ澄ませても、悪魔史上最強にて安心院なじみに一番近いあの魔王には未だ勝てないと一人拗ねている一誠に、ヴェネラナが微笑みながら大きくなった可愛い子の頭を撫でる。

 

 

「小さな頃からずっと頑張ってきた姿を私達はちゃんと知ってます、だから思い詰めた顔はやめなさい」

 

「……ふん」

 

 

 驚くべきは、自分の頭を勝手に撫でて微笑んでるヴェネラナの手を振り払おうとはせず撫でられている事だ。

 勿論、初めは気安く触るなと弾き飛ばすか、最悪その腕をへし折ろうと脅していたのだが、それでもヴェネラナは微笑みながら『やりたければやりなさい。私はそれでも止めないから』と髪の色以外はリアスソックリな笑顔で言われてしまった為、今では余程無茶な事じゃあ無いかぎりは黙認していた。

 

 親の愛情を奪い取られた挙げ句、ゴミの様に捨てられたせいで愛情に対して未だに懐疑的な一誠が僅かながらに見せる愛情に対する渇望がそうさせているのか――

 

 

「餓鬼じゃねーんだよ、何時までも鬱陶しいぜ」

 

「あら」

 

 

 それは一誠自身にもよく解らない。

 ただ、ミリキャスの横で頭を撫で続けられるのが恥ずかしくなったのか、不機嫌そうな顔でその手を振り払った一誠は、ヴェネラナから顔ごと視線を逸らしてブクブクと鼻の下辺りまで湯に浸かると、長湯がまだ苦手なミリキャスが立ち上がる。

 

 

「僕そろそろ出たいんだけど、一誠兄さまは?」

 

「あ? あぁ……じゃあ俺も」

 

 

 付き合ってやったしヴェネラナも満足だろうと、出ると告げてきたミリキャスと一緒に出ようとする一誠も立ち上がろうとする。

 だが……。

 

 

「ちょっと待ちなさい一誠。一つやり残している事がありますよ?」

 

 

 出ようとした一誠の腕を掴んで止めたヴェネラナにより、一誠は延長戦をしなければならなくなってしまった。

 やり残しているだと? とその時点で嫌な予感しかしなかった一誠は思わず身を強ばらせてしまうが、ヴェネラナはそんなの知らんとばかりにミリキャスへ先に出て待ってなさいと促すと、正真正銘二人だけとなってしまった。

 

 

「………。やり残しって何だよ?」

 

「リアスとソーナちゃんにやっている事を久々にやって貰おうとね?」

 

 

 嫌な予感を抱えながら聞いてみる一誠にヴェネラナはとても孫持ちとは思えない可愛らしいウィンクしながら言う。

 その瞬間、一誠は本能的な危機を感じ、思わず黒神ファントムを駆使して逃げ出そうとしたが……。

 

 

「あら、アナタはこの『ババァ』には何にも思わないのでしょう? それなら良いじゃないの?」

 

「うばっ!?」

 

 

 そうはさせんと逃げ出そうとしたが一誠を後ろから羽交い締めにし、弾むような声を耳元で聞かせる。

 その際ヴェネラナの身体を巻いていたタオルが取れてしまい、ダイレクトに密着している訳だが、その事に突っ込みを入れる常識人は被害者になっている一誠以外のグレモリー家には誰も居ないし二人きりだ。

 

 

「お願いよ一誠? 前にババァには反応するかって啖呵切ってたじゃないの?」

 

「離せゴラ!! ミリキャスが居るから安全だと思ってたのにぃぃぃっ!!」

 

 

 リアスで慣れきってるので、今更ソッチの意味で動揺することは無いが、こんな時になると異様に強くなるヴェネラナはある意味で怖いというか、全裸で羽交い締めにされている一誠は逃げようと暴れるが、ピッタリとくっついたままのヴェネラナはニコニコしながら浴槽から一誠ごと出ると。

 

 

「さ、洗いっこしましょう♪」

 

 

 少女みたいな弾む声で一誠をニュルニュルの世界へと連行するのであった。

 

 

「ニュルニュルは嫌だぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 一誠の断末魔を大浴場全体に響かせながら……。




補足

髪の色が一致するせいなのと、息子と娘がそんなに反抗しなかったせいか、もろに反抗期の子供みたいだと楽しくて仕方ないらしい。



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ひぃひぃな執事

こんな彼にとっては生き地獄


 今日は主であるリアス部長の里帰り。

 当然私達眷属も部長に付いて行きます。

 …………。まあ、ギャー君は行きませんので厳密には全員ではありませんけど。

 

 

「一誠先輩はどこへ?」

 

 

 集合場所である部室には朱乃先輩と祐斗先輩とリアス部長……そして私達をグレモリー家のお城まで案内してくれるグレイフィア様が既に居ました。

 しかしよくよく部室を見渡してみれば、眷属では無く、転生悪魔じゃないけど紛れもなく私達の仲間である日之影一誠先輩の姿が見えず、思わずリアス部長に聞いてみる。

 すると部長はグレイフィア様に淹れて頂いた紅茶に口を付け、カップを受け皿に乗せると、気になる私――いや私達に笑いかけながら言った。

 

 

「一誠なら一足早く実家に帰ってるわ」

 

「あの子には皆様のおもてなしをして頂く準備をして貰っております故」

 

「「「……」」」

 

 

 リアス部長に続いて、弟の様に可愛がっているグレイフィア様も表情を緩ませながら一誠先輩の行方を話すのを聞いて、私達は成る程と声には出さず心の中で納得しました。

 

 

「おもてなしすると云っても、何時も通りの無愛想顔でしょうけど」

 

「ええ、今朝もあの子の機嫌はあまりよくありませんでしたからね……」

 

 

 グレモリー家唯一の純人間……。

 しかしグレモリー家の――いや、正確にはリアス部長とソーナ様の専属ボディーガード兼執事という、並みの上級悪魔ですら、例え話『やりたい』と訴えてもやらせて貰えない大きな任を、両家から絶大な信頼を寄せられつつ頼まれている一誠先輩の在り方は、こうして改めて聞かされるとやはり凄いと思ってしまう。

 

 いや、任かされるだけの絶大な力を持つと云った方がより正しいのか。

 サーゼクス様との戦いを一度だけ直接見せて戴いた事があったが、あの動きは人間を遥かに――いや並み居る種族の最上級クラスですら超越している。

 

 サーゼクス様の数千万の軍勢の進軍を思わせる滅びの魔力の弾幕を掻い潜り、近付ける事すら並みの存在では許されないと云われている話を嘲笑うかの様に肉薄し、殴り抜ける。

 

 冥界内では『単なる作り話』と見てない多くの悪魔の人達は信じず笑い飛ばしているけど、サーゼクス様が居なければ一誠先輩は冥界を――――

 

 

「今頃は私達が帰るまで、ミリキャスと遊んでるんじゃないかしら?」

 

「ミリキャスはあの子に一番懐いてますからね」

 

 

 ……。いや、そんな仮定の話を考えても仕方無い。

 私には何と無く解るのだ、いくら口が悪くて無愛想な態度であろうとも、あの人は決して部長とソーナ様を裏切る事はしない。

 あの人は良くも悪くも『恩も恨みも忘れない人』……ですからね。

 

 

「運が良ければちゃんとお話をしてくれるかもしれないし、頑張ってみる?」

 

「お話を……?

よ、よーし、僕頑張ってみようかな……」

 

 

 この前はついついという出来心でヴェネラナ様の名前を出されて狼狽えていた先輩を見て、こう……何とも言えない気持ちになってしまい、頭を撫でてしまいましたが、後悔はありません。

 だって、撫でてみたらもっと変な気持ちになりましたからね………朱乃先輩にしつこく『ど、どうだったの?』と質問攻めをされてアレでしたけど。

 

 

「修行の相手をしてくださいと言ったら付き合ってくれるかしら? いえそれとも――」

 

 

 朱乃先輩がブツブツと一誠先輩との距離をどう縮めようかと考えている。

 私達眷属の中では最古参なのに未だに壁を作られてますからね……そのお気持ちは解りますよ。

 

 

「それではご案内致します」

 

「「「はい!」」」

 

 

 ですが、私もまた今回こそは会話して貰うんだ。

 その気持ちを朱乃先輩と同じように固めた私は、グレイフィア様先導のもと、リアス部長のご実家――そしてそこに居る一誠先輩の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 リアス部長の里帰りは何時も緊張する。

 するんだけど……。

 

 

「お、ぉ……お、……おかえりなさいませっ……!

うぶっ!?」

 

「い、一誠兄さま頑張って!!」

 

「そうよ一誠! 落ち着いて言えば大丈夫だから!」

 

「ヴェネラナよ……。あまり一誠に無理強いをさせるのは――」

 

「発言権が皆無なアナタは黙ってなさい!!」

 

「あ、は、はい……」

 

「くっ……ふふふ! あはははは!!」

 

 

 リアス部長とグレイフィア様先導のもとやって来たグレモリー城。

 相変わらず大きなお城だなぁ……とぼんやり考える暇もなく門を開けた先には、何時もの大コーラスも無く、僕達の目に映るは、グレモリー家に遣える全執事・メイドに見守られる中、口を押さえてその場で吐きそうな顔をしている燕尾服姿の一誠君と、その背中を擦りながら勇気付けているグレモリー家の皆様だった。

 

 

「だ、ダメだ無理だ不可能だぁ……!

あ、頭の中がグルグルして……ぐぐっ……クソが……!」

 

「ちょっと言うだけだから、もう少しだから兄さま!(ぅ……? い、今の一誠兄さまを見てるとドキドキする……?)」

 

「言ったら今日はこの母が子守唄を歌いますから!」

 

『イッセー副長! ファイト!!』

 

「あーっははははは!!! ひーっひひひひひ!!!」

 

「サ、サーゼクスよ。毎度毎度一誠が可哀想だろ、笑ってくれるのは……」

 

「も、申し訳ございません父上……で、で、でも、グフッ!」

 

 

『………』

 

 

 うん。いやうん……。

 グレモリー卿のおっしゃる通りだと僕は思う。

 元々一誠君はその……悪い言い方をしてしまえばコミュ障って奴だし、無理強いは良くないというか……お手伝いさん総出で一誠君を応援しても逆効果にしか見えないと思うんだけどな。

 

 

「実は今朝、あそこで笑い転げてるお兄様に挑発されたのよ……『僕が全力で戦えるに価する一誠がよもや、客人に対しての挨拶もできないなんて言わないよね~?』って」

 

「大人しく引き下がれば良いものを、ご存じの通りの『負けず嫌い』が災いして、こんな事に……」

 

「「「あー……」」」

 

 

 実に想像しやすい光景が目に浮かんで、思わず目頭が熱くなったのは気のせいじゃないかもしれない。

 けどこんな一面を見せてくれるからこそ、僕達眷属は一誠くんが例え『グレモリー家とシトリー家に口先だけで寵愛を受けてる人間ごとき』と陰口を叩かれても真正面から否定できるし、親しみを感じるんだ。

 

 

「クソが……クソが、クソがクソがクソがクソがクソがぁぁっ!! 何で雑魚共相手にこんな目に遇わなければならないんだ! つーかサーゼクスは何時まで笑ってんだゴラ!! ぶっ殺してやらぁぁぁぁっ!!!」

 

「あはは! あひゃひゃひゃ――痛っ!? ふくらはぎにローキックは痛ってば一誠!」

 

「うるせぇ死ねっ!! 苦しんでから死ね!」

 

「兄さま落ち着いて!!」

 

「サーゼクスも挑発をやめなさい!!」

 

 

 結局……多分僕達に対する出迎えの言葉が言えなかった一誠くんは、サーゼクス様と取っ組み合いとなってしまい、ちょっと言って欲しいなとか期待していた僕達は残念の気持ちを吐き出す様にしてため息を漏らすのであった。

 

 

「お見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした、木場様、塔城様、姫島様」

 

 

 取っ組み合いになっていた二人の間に入り、サーゼクス様にヘッドバッドをしてKOという快挙にも近い止め方をしたグレイフィア様により収まった騒動。

 泡吹いて気絶をしているサーゼクス様の襟首を掴んで引き摺りながら僕たちを中へと案内する姿にちょっと怖いものを感じたりはしたのは内緒だ。

 

 

「い、いえ……それより一誠くんは?」

 

「一誠なら自分の部屋に一旦戻ったわ。

夕食の時間になるまでは出てこないわね」

 

 

 それよりも心配なのは、取っ組み合いをしていたとはいえ真っ青な顔をしていた一誠君だ。

 副部長が気絶したサーゼクス様を引き摺りながら先頭を歩くグレイフィア様に恐る恐る質問し、リアス部長が代わりに答えたのを想像するに、精神的にはかなり堪えたみたいだ。

 まさかのミリキャス様にお姫様だっこされるという光景にビックリしたけど、グッタリしていた一誠君は抵抗する気力も無く連れていかれたんだもんな……。

 

 

「ミリキャス様がお姫様抱っこを出来るということは、私にもワンチャンあるかもしれません……」

 

 

 塔城さんがブツブツ言ってるのが聞こえてしまった僕も実はちょっとミリキャス様が羨ましい。

 いや、決してお姫様抱っこじゃなくて、僕の場合は男の友情みたいに肩を貸して一緒に歩いてみたいというか……さ。

 

 

「お部屋は此方になりますので、2時間後の夕飯までは各自自由にお過ごし下さい。それでは私はこのアホを成敗しますので……」

 

「「「あ、はい……」」」 

 

 

 そんなこんなでお部屋まで案内された僕達は、クールな表情で怖い一言を残して去っていったグレイフィア様に言われた通り、客室に荷物を置いて廊下へと出る。

 あ、当然お部屋は皆別々だよ。

 

 

「私は一誠の様子でも見に行こうかしら……。人間界の報告は昨日一誠を連れて来た時に全部やっちゃったし」

 

「あ、それなら私も一緒に良いでしょうか? その……心配ですし」

 

「私も……」

 

「それなら僕だって」

 

 

 やっぱりあんな姿を見てしまえば皆心配になる訳で。

 リアス部長が一緒なら押し掛けても大丈夫だと思うし、何より僕達は一誠君と普通にお話が出来る仲になりたいんだ。

 その……弱ってたし、意地が悪いかもしれないけどチャンスだし。

 

 

「フフッ、一誠も贅沢な子になったわね。なら皆でお見舞いに行きましょう!」

 

「「「はい!」」」

 

 

 男同士という意味でのアドバンテージは多少ある。

 僕はそう信じながら、一誠君のお部屋へと皆で向かうのだった。

 

 

 

 

 この前の小猫ちゃんの行動。

 あの行動によって私は一種の焦りを覚えてしまった。

 その焦りの理由は勿論、王・リアスに遣えてから8年近くになっても、未だに会話が成り立たない、リアスの幼馴染みにて専属ボディーガード兼執事さんの一誠くんだ。

 

 頭を撫でた。

 グレモリー家の方々、ソーナ様とセラフォルー様以外でその行為は拒絶される恐れがあるというのに、小猫ちゃんは『つい』と一誠くんの頭を撫でたのだ。

 そのショックは私の中で思っていた以上に大きかったのは記憶に新しい。

 

 

「調子はどうかしら一誠?」

 

「あ、リアスお姉様!」

 

「あ? どうも何も俺は調子なんか――――げっ」

 

 

 どんな感触だったんだろう? どんな気持ちになるんだろう?

 時折見せられる人間らしさに心が疼いて彼を本気で甘やかしてみたいと思ってしまう私としては、私達三人の中で小猫ちゃんが先に行ったのは悔しい。

 

 そして自分達の姿を見るや露骨に視線を逸らされるのはもっと悲しい。

 

 

「あの……その……一誠君の様子が気になってリアス部長に無理を言って――」

 

「大丈夫でしたから先輩? お加減は? 何かして欲しい事とかはありますか?」

 

「!?」

 

「あら」

 

 

 祐斗君の言葉を押し潰すかの様にグイグイとミリキャス様とボードゲームをしてたらしい一誠くんに近付いていく小猫ちゃんに、私は『やはり』という予感と共に羨ましさがより膨れ上がる。

 

 

「っ……!? ……っっ!!?!?」

 

「ふむ……お熱は無いですね……」

 

「な、な……なっ!?」

 

 

 リアスが微笑ましそうに見ている中を……ミリキャス様が急に『無表情』で見ている中、自身の額を一誠くんの額にくっつける小猫ちゃんに私と祐斗君は悔しさを感じてしまう。

 どうもこの前の事である程度吹っ切ってしまったのか、無視を覚悟で小猫ちゃんは一誠くんへ積極的になる様になっていた。

 

 

「………。リアスお姉様の眷属様……? 一誠兄さまは大丈夫ですから離れた方が良いですよ」

 

「そう……みたいですね。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした一誠センパイ」

 

「……………。…………………。…………………。」

 

 

 その選択は恐らく間違いじゃない。

 現に一誠くんは苦虫を噛み潰した表情をするだけで、小猫ちゃんを投げ飛ばす素振りはない。

 

 

「リアス――いや、ミリキャスで良い……耳」

 

「!? はい兄さま!」

 

 

 だけどやはり直接的な会話はせず、丁度近くに居られたミリキャス様に、何時もリアスに対してしているように耳打ちをしているのを見せられた小猫ちゃんは、ちょっと悲しそうな目をしていた。

 いえ、それよりも――

 

 

「―――。―――――。――――――。」

 

「ぁ……一誠兄さまの息がくすぐったいよぉ……えへへ♪ うん、うん……『頼むから揃って俺を見ないでくれ、本気でリバースするから』………ですって皆様?」

 

 

 …………………。ミリキャス様って。

 

 

「あ、はい………ごめんなさい」

 

「ご、ごめんよ?」

 

「心配してくれてるのに……もう」

 

「――――。―――――――。―――。」

 

「うん……『別に心配しろなんて言ってない。そんな暇があるなら、足手まといにならないぐらいには強くなってろ』………と、一誠兄様は言ってますけど?」

 

 

 私達に対する態度と一誠君に対する態度があまりにも違うというか……。言葉は畏まっているけど言葉の一つ一つに敵意を感じるのは気のせいじゃないわよね。

 ミリキャス様って異様な程に一誠くんに懐いていましたし……。

 

 

「「「……」」」

 

「―――――。―――――――。」

 

「うん……。『後でみっちり"遊んで"やるから用意してろ』……………………………。一誠兄さまは言ってます……」

 

 

 私達三人に修行を付けてくれる話を言わされた時は……殺気すら感じるし。

 

 

「や、やった! ありがとう一誠くん!」

 

「頑張ります……!」

 

「今日こそがっかりさせませんから!」

 

「それなら私も加わるけど、良いわよね?」

 

「あ? そりゃ別に……。(チッ、最初は何も感じなかったけど、何でこの三人とあのハーフ吸血鬼は一々俺に――)」

 

 

 うん、それでも一誠くんと仲良くなりたい気持ちに変わりは無いし、圧力に屈するつもりはありませんわよ。

 

 

「一誠兄さま……僕もだめ?」

 

「あ? ……………。ハッ、別に構わないけどつまんねーぞ? この三人とやるのとお前とやるのとじゃレベル差がありすぎて、緩く感じてしまうが……」

 

「別に良い……。

早く僕も一誠兄さまと一緒になれるくらい強くなりたいもん」

 

「ほーう? 言うようになったじゃねーかチビが。

良いぜ……オメーとリアスには昨日よりレベル上げて遊んでやるよ」

 

「あら、それならちゃんと気持ちを入れておかないとね」

 

 

 一日中膝枕して頭を撫でる。

 それか乱暴にメチャメチャ……な、なんて。うふふ。

 

 

 

 

 

 僕は一誠兄さまが大好きです。

 血の繋がりや種族は違うけど、僕にとっては絶対唯一の兄さま。

 

 リアスお姉様は良い。ソーナお姉様やセラフォルー様もまだ我慢できる。

 

 

「…………。負けない、兄さまは渡さない」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「!? う、ううん、何でもないよ一誠兄さま!!」

 

 

 でも他の……兄さまを知りもしない人達が仲よくなるのは嫌だ。

 お母様とお父様に言われて理解したけど、僕はまだ兄さまが人間界に行っていることに納得できない。

 リアスお姉様の眷属の方々だし、兄さまは話す価値無しと相手にもしてないからと無理矢理解釈してるけど、今日の姿を……確か小猫って人の行動を見て確信した。

 

 

「もう弱音は吐きませんから、一誠先輩……」

 

「……………………………………………。ア,ッソウ」

 

「!? い、今先輩っ……!」

 

「う、今小猫ちゃんに対して絶対喋った……」

 

「ま、また一歩先に行かれちゃったよ……」

 

「ふふふ、良い傾向ね」

 

 

 

「…………………………」

 

 

 危ない。

 僕だけの兄さまじゃなくなる。

 このままじゃ兄さまが遠くに……。

 

 

「おいミリキャス?」

 

「っ!? な、なぁに一誠兄さま?」

 

「いや、ボーッとしてるからよ? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫!」

 

 

 あぁ……やっぱり兄さまは優しい。

 何も知らない冥界の方は、人間の癖にと兄さまを馬鹿にするし、兄さまはそんな人達の言葉に『雑魚共の遠吠え』と相手にしない。

 でも僕は許せない。

 僕の兄さまを……僕のヒーローを馬鹿にする声に堪えられない。

 

 だから強くなる。

 誰にも文句を言わせない程の強さを手にして、魔王の息子だからという声も壊せる程の強さを……ふふふ。

 そうすれば兄さまだって……。

 

 

「えへへ、兄さま~」

 

「おい一々引っ付くなよサイコロが振れないだろ。

つーか、お前ももうそこまで餓鬼じゃねーんだから」

 

「あぅ!? デコピンするなんて酷いよ兄さま……えへへ」

 

 

 僕だけを……見テくレル。

 

 

「………。ミリキャス様って凄いですね」

 

「うん……流石家族……」

 

「…………。ただ、単なる家族としての目じゃないような気がするのですが」

 

「あー……ミリキャスって一誠に依存してるからねー……」

 

 

 僕だけの一誠兄さま……。

 

 

 

 ミリキャス・グレモリー

 

 一誠に根性を見せた事により認められ、一誠に力を叩き込まれているお陰で既に冥界に蔓延る最上級クラスの悪魔を叩き潰せる程の強さを持つ未来の大魔王候補。

 

 

備考……絶対愛(アブソリュート・ラヴ)



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大集合

後々凄い勢いで出し抜いた魔王少女の初回。

多分いきなり飛ばしてます……エンジン的な意味で


 グレモリー家とシトリー家の仲はかなり良好なのは冥界内周知の事実。

 しかしその理由の一つに、とある人間の少年が少なからずここ数年影響させていることはあまり知られていない。

 

 

「そ、その技はデンプシーロー……あがっ!?」

 

「こ、小猫ちゃん!?」

 

 

 グレモリー家帰省三日目。

 人間界の日本は祝日と振り替え休日が重なって、ちょうど一週間程の連休となっているお陰で、リアスとその眷属……そして専属執事である一誠はグレモリー家に滞在しており、今日も冷徹コミュ障一誠により一方的な獄殺修行が執り行われていた。

 

 

「……………」

 

「がっ!? ぐふっ!? げほっ!?」

 

 

 差を埋める為、両腕に特注25オンスのボクシンググローブを填め、更に加重の魔法を仕込んで眷属達の修行に付き合っている一誠は、女の子が相手だろうが一切の手心等加えず、ハンデとも云うべき特注グローブもものともせず、素手で挑んできた小猫の顔面を左右から涼しい顔で殴り付けていた。

 

 

「ぐっ……あうっ!」

 

「…………」

 

 

 形振り構わず、とにかく一撃を見舞いたいと躍起になって手足を武器に攻撃してくる小猫を嘲笑う様に避けていた一誠が、突如として放った技。

 

 上半身を∞の軌道で振り続け、身体が戻ってくる反動を利用した左右の連打という、一見すると隙だらけに見える大振りのパンチの嵐を、既に意識が飛び掛けている小猫の顔面に浴びせ続ける一誠の表情は終始『冷酷』な殺し屋を連想させるソレであり、近くで見ていた他の眷属達はその容赦の無さに戦慄を覚え、足がすくんで動けない。

 

 

「…………………………」

 

「か……ぁ……! ぅ……あぁ……」

 

 

 右、左、右、左、と全体重を乗せた一撃は、威力を最大まで消した特注グローブなぞまるで意味も無く、殴り付けられ続けた小猫は、あっという間に意識を手放し、最後の右フックを待たずしてその場に崩れ落ちていった。

 

 

「………」

 

「………………。ふん」

 

 

 確実に顔の形が変わる鬼畜ラッシュをした云うのに、気絶した小猫を前に一誠の表情は褪めている。

 

 

「…………。次」

 

「「っ!?」」

 

 

 それどころか、立ちすくむ祐斗と朱乃に来いと小さく告げ、小猫は放置している。

 

 

「と、特注のグローブを嵌めててこれか……」

 

「ぼ、殴殺されるのかしら私達……」

 

 

 手加減の中の手加減をされても尚届かない領域に戦慄する祐斗と朱乃は、一誠の足元に転がる小猫の安否の心配をするも、それは許されないと悟る。

 

 

「来ないならそのまま死んでろ……」

 

 

 悪魔より悪魔。

 魔王より理不尽な――人外の寒気すら覚える薄い笑みを見てしまったが故に……。

 

 

 

 

 修行に手加減は必要か? そんなもん決まって答えはNOだよNO。

 仮にもリアスの眷属をやってんだ。

 弱かったせいでアイツ守れませんでしたーなんてクソみたいな言い訳は許されねぇ。

 だから俺はこの雑魚共の相手を仕方無くしてやってんだ……女の顔を殴って責められる謂われなんて無い。

 

 

「あら一誠? リアスの眷属の皆さんは?」

 

「中庭で勝手に伸びてる」

 

 

 わざわざ足を一切使わないボクシングで相手してやったのに、結局奴等は俺に触れさえも出来ず伸びちまいやがったので、そのまま起こすこと無く着替えをしようと中に戻った俺は、運悪くはち会わせしちまったババァに事の顛末を説明しておく。

 

 

「鍛練ですか? アナタに触れられた子は――そのお顔じゃまだまだと云った所でしょうか?」

 

「……。まぁな」

 

 

 このババァはそこら辺の雑魚と違って、女子供を修行でぶん殴っても注意はしてこない。

 いや、流石に強要させた修行でそうすれば文句は言うらしいが、俺の場合は向こうの了承をきちんとしている上でのそれだと解ってるから何も言わないらしいが、もし言ってたらとっくの昔にぶん殴ってやってた。

 

 

「その内起きるだろうし、そうでなくても手伝いの誰かが気付いて起こすだろうよ」

 

「そう……後でお薬を出してあげないとね」

 

 

 だからある程度は認めてるんだ。

 このババァ、サーゼクスのお袋だけはあって、精神だけじゃなくて戦闘も意外とやるしな。

 

 

「今日はお客様がお越しになられますからね。

お顔を腫らした状態でお迎えする訳にもいきません」

 

「あ? そういやシトリーのおっさんとババァ連中が来るのは今日だったのか? なら今日は部屋に引きこもるのは――」

 

「駄目に決まってますよ。元々アナタの顔を見る為に来るんですから。それとおっさんだのババァという言葉は――」

 

「チッ、また始まった」

 

「良いから聞きなさい!」

 

 

 

 チッ、ソーナの所が一家総出で来るとか嫌すぎるぜ。

 あそこもあそこでバカみたいに変な一家だから苦手なんだよな……。

 でも引きこもろうにもババァに釘刺されたし……あぁ、戻って着替えるしかないのか……あぁ、気持ち悪くなってきた。

 

 

「仕事をしろとは云いませんが、身形だけはキチンとなさいね? 後ご挨拶も――」

 

「はいはいわかったわかった……はぁ」

 

 

 一々うるさいババァめ。

 サーゼクスにさえ勝ってたらこんなかったるい真似なんぞしなくて済んだのによ。

 テメーの弱さを呪いたくなるぜ。

 

 

 

 リアスに一日遅れでシトリーの実家に里帰りをする私と私の眷属達は、1日目をシトリー城で過ごし、2日目――つまり今日から最終日までをリアス達が待つグレモリー城で滞在する。

 母同士が昔からの親友同士なのと、幼馴染み同士……そして一誠という存在がそれまで以上に両家の繋がりを強めており、連携もここ数年でより強くなっている。

 

 

『ようこそグレモリー家へ!』

 

 

 冥界に初めて来ることになった眷属達の案内を挟みつつグレモリー家のお城へ到着した私達は、現レヴィアタンである姉を先頭にその門を開くと、待ち受けていたのはグレモリー家のお手伝いさん達による合唱を交えた歓迎であり、最近眷属になった子――特に匙という子は大層面を食らった表情をしていた。

 

 

「ようこそおいでくださいましたシトリー家の皆様。我がグレモリー家は歓迎しますわ」

 

「やっほーリアスちゃん!」

 

 

 グレモリー家の家族の皆様を代表して、次期当主であるリアスがまずは私達に歓迎の挨拶をすると、やはりというか、空気を読まない姉がリアスに抱き着きだす。

 

 

「うーん……またおっぱい大きくなった?」

 

「や、やめてくださいレヴィアタン様……!」

 

「お姉様!」

 

 

 全く恥ずかしい……。

 ウチの両親とリアスの両親は微笑ましそうに眺めてるだけで止めもしないし、此処は私がと止めようと声を荒げてしまうも、姉は全然止めずリアスに抱き着きながらキョロキョロと無遠慮に演奏しているグレモリー家の皆様の中に混じっているだろう彼の姿を探している。

 

 

「いーちゃんは?」

 

 

 正直云うと、グレモリー家への訪問の理由の大半は彼にある――というのは昔から決まっている事であり、思わず姉だけが使う一誠の愛称に釣られて私も彼の――一誠の姿は何処なのかとキョロキョロと探してしまう。

 

 

「………………」

 

 

 すると、姉の声に反応したのか、グレモリー家の皆様の後ろに隠れていたと思われる一誠が、嫌々といった顔を隠しもせずヴェネラナ様とグレイフィア様に引き摺られる形で現れ、私達の前へ立つ……勿論燕尾服姿で。

 

 

「うっそ、日之影だと……!?」

 

「わ、わぁ……アレが噂の執事モードの日之影クン……」

 

 

 その際、この姿の一誠を知らない私の眷属数人が驚いた様子で目を逸らしながら無言を貫こうと悪あがきをしている一誠を見つめており、何故か私は微妙な優越感を感じた。

 

 

「あ、いーちゃん! 暫く見ない間にまた逞しくなっちゃって~! お姉さんと再会のハグハグを――ふびゃ!?」

 

「…………」

 

 

 私達の前へと立った一誠が、嫌そうに目を逸らしているのを見た姉が、妙にテンション高くリアスと同じように抱き着こうとしたが、当然一誠がそれを許すわけも無く、飛び掛かってきた姉にカウンターの拳骨を浴びせて地面とキスさせる。

 

 ふざけているものの、レヴィアタンという魔王の地位に着いている姉を拳骨一発で黙らせた姿に、冥界に初めて来た一部の眷属の子達がギョッとした顔をしているが、私や両親は一誠の行動に怒りを向ける真似は決して無かった。

 だって昔からのやり取りだし。

 

 

「いたたた……あ、相変わらずの愛の鞭で安心したよ☆」

 

「……。テメーは相変わらず嘗めた格好だなセラフォルー」

 

『!?』

 

 

 そんな姉は顔を汚しながらもムクリと立ち上がると、蔑んだ目をしてる一誠に変わらずニコニコなんてしながら宣っており、一誠も怠そうに『会話』する。

 普段は私かリアスとしかまともに会話をしないと知る匙達冥界初見組の眷属の子達は大層驚き、そして固まっているけど、こんな程度で驚いていたらキリが無いと思うわよ。

 

 

「一誠よ! お義父さんと再会のハグは……」

 

「寝言は死んでから言ってろおっさん」

 

「あら……相変わらず手厳しいですね一誠」

 

「チッ……厄介なババァが増えりゃあこうも――」

 

「はい、何ですって一誠?」

 

「………………。いや、べつに」

 

 

 

 ウチの母とヴェネラナ様に対して微妙に弱い姿もあるとかね。

 

 

 

 夕飯は軽いパーティとなるらしく、時間まで自由となった私は眷属達に時間まで自由にしてなさいと命じ、自分は一誠を尋ねて彼の部屋の前まで来た。

 

 

「リアスと最近ずっとだったし、私だって……」

 

 

 基本的に一誠はリアスの傍に居る頻度が高い。

 仕方ないと言えばそれまでだけど、やはりちょっとは寂しいと思うわけで、折角夕飯まで時間はあるし、ちょっとくらいなら……という気持ちと共にドアノブへ手を伸ばした時でした。

 

 

『欲しいのか? え?』

 

『うぅ……!』

 

 

 ドアノブに触れたその瞬間、一人の筈の一誠な部屋から聞こえてくる如何わしい声に、私は思わず開けるのを止めて扉に耳をくっつけていた。

 

 

『氷水でキンッキンに冷やしたこのタオルが欲しいんだろ?』

 

『ほ、欲しい……!』

 

 

 ………。冷やしたタオル? え、というか今の声は一誠と――ね、姉さん!?

 

 

『欲しい~? ……………くださいだろ?』

 

『く、ください……!』

 

 

 扉に耳に当て、中から聞こえる声を聞き逃さないと躍起になる私は、何でサーゼクス様と話し合いをしている筈の姉が私を然り気無く出し抜いて一誠のお部屋に居るのかとか、さっきから聞かされる如何わしい会話にドキドキしてしまう。

 

 

『くださいだぁ? 違うな、『私のような雌豚の火照った身体をお冷ましください一誠様』……だろ?』

 

『わ、私のような雌豚の火照った身体をお冷ましください一誠様……!』

 

 

 そもそも一誠と姉はこんな関係じゃないというか……いや姉はそんな予兆はあったけど、少なくとも一誠がこんなノリノリでサドっぽい事を言っているのを聞くのは初めてで……。

 止めなければいけないという良心と共に『い、一誠の罵倒の声をもう少しだけ……』という気持ちに傾いてしまって扉にくっつけた耳を離せない。

 

 

『一誠様ー』

 

『一誠様ァ……!』

 

『この雌豚の身体を冷やしてくださいー』

 

『こ、この雌豚の媚びた身体を冷やしてくだしゃいぃ……!』

 

 

 そんな私の気持ちなぞ知りもしない一誠は、姉さんを相手に明らかに楽しそうな声でヒートアップさせ、姉さんもまた一誠に命じられたままはしたない言葉を……こ、こう……ちょっとえっちな声で言っている。

 私の心臓は更に高鳴り、全身が熱くなる。

 

 

『あーもう早く頂戴ー?』

 

『あぁん、もういじわるしないで早く頂戴いーちゃんぁん……!』

 

 

 

 

「だ、駄目ぇぇぇっ!」

 

 

 ですが、最後の最後で良心と姉に対する羨ましさから扉を勢いよく開け、止めようと……そして何をしていたのか確かめようと中を見ると……。

 

 

「……と、いうわけで来期から始まる私が作ったアニメの声優をいーちゃんに頼みたいんだけど……。

キャラはちょっとM気味な主役ヒロインの、ちょっとSな幼馴染みって役回りで……」

 

「ぜってーやだ。一回だけって言うから動きまでつけて付き合ってやったが、めんどくせーよ――てか、テメーは何時まで足にしがみついてんだ離れろバカ」

 

「あん……♪ さっきの役作りから抜けてないせいか、今のもちょっと気持ち良かったかも……」

 

 

 中に居たのは、今頃裸にされて凄い羨ま――じゃなくて如何わしい事をされていた筈の姉が分厚い本を片手に一誠の足にしがみき、それを嫌そうに払い除けようとしている何時もの一誠の姿だった。

 

 

「あ、あれ?」

 

「あ? 何だよソーナ?」

 

「え、い、いや……あ、あれ?」

 

「どうしたの? 顔が真っ赤だけど―――あ、まさかさっきの台本読み合わせを聞いてたとか?」

 

「っ!? い、いいいい、いえ!? 聞いてませんけど!? 一誠に罵倒されて羨ましいとか思ってませんけど!?」

 

「……………。聞いてたなコイツ――しかも最悪な誤解をされてるし」

 

「あちゃー……でもソーナちゃんの気持ちはすんごい解るしなー」

 

 

 全部只の誤解だったと解った私は、色々と恥ずかしすぎて死にたくなりました。

 でも誤解されるような事を個人の部屋でやってる二人が悪いのであって、私は悪くないというか……。

 し、しかしそれにしても……。

 

『これが欲しいのか? え?』

 

『このインテリぶってるいやらしい雌犬にください……だろ?』

 

『欲しいです一誠様……だろぉぉぉがっ!』

 

 

 む、無理矢理組伏せられ、着ていた服を無理矢理引き裂かれて……そして、そして――――はっ!?

 

 

「い、一誠のせいよ! この鬼畜!」

 

「……。何で俺が罵倒されなきゃなんねーんだよ」

 

「あらー……ソーナちゃんが開けてはいけない扉をあけちゃったかも」

 

 

 く、くぅ……で、でもちょっとやって欲しいかも。




補足

当時このネタやった時、ちょうどおそ松さんが流行してた時期で、元ネタはそれです。

何だっけ、誰か一人残して風邪になっては看病する流れで、一松が看病するターン時のアレ……だったか?

それを台本の読み合わせに付き合わされた一誠か渋々……けど若干乗ってセラフォルーさんにやってたらしい。


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酒乱大魔王の生誕

ある意味特徴とも言える執事の特性が発覚しちゃう回。

※閲覧注意。


 一誠兄さま。

 僕が物心を付いた時から居る人。

 家族の皆以外とは決して喋ろうとせず、黙々とお手伝いさんと同じ仕事をするその背中。

 そして本気を出したお父様と戦う時に見せる獰猛な狂気の笑み。

 

 どちらの一誠兄さまを僕は知っているし、何よりどちらの一誠兄さまも大好きだ。

 でもね、僕にとって大好きになった瞬間はね――

 

 

『う、ま、まだ……やれる、よ……! だか……ら、やめないで……!』

 

『…………』

 

 

 今よりもっと小さかった頃、一人で黙々と鍛えている一誠兄さまともっと近付きたいからと、意を決して僕を鍛えて欲しいと頼んだ。

 でも、碌に鍛えてなかったその時の僕じゃ、手加減してても兄さまの鍛練に付いていける訳もなく、痛くて苦しくて泣きたくなる程ボロボロにされちゃった。

 

 でも僕はどんなに辛くても、兄さまとお話がしたい。

 仲良くなりたい……ずっと一緒に居たいという気持ちが強く、何よりも一誠兄さまに見捨てられる方が、痛い事よりも辛くて苦しいと思っていた。

 だから僕は僕なりに必死になって兄さまにしがみついた。

 

 

『強くなるから……! 今よりもっと強く、なるんだ……! 兄さまに認められたいから……!』

 

『……』

 

 

 冷たい目で僕を見下ろす兄さまに僕は動けない身体を無視してすがり付きながら、蹴り飛ばされても僕は意識を失うその時まで一誠兄さまにすがりついた。

 その時の兄さまが僕をどう思っていたかは、今でもよく解らない。

 

 でもあの時僕は確かに見たんだ――

 小さい声で、口の動きでしか分からなかったけど、確かに兄さまは言ったんだ。

 

 

『……。根性あんなこの餓鬼……やるじゃねーか』

 

 

 僕を認めてくれる一言を。僕をちゃんと見てくれる一言を。

 ふふ、今でも嬉しかったなぁ……。

 だってその次の日から兄さまはたどたどしくも僕に声を掛けてくれるようになったんだもん……嬉しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて――ふふふ♪

 

 

「一誠兄さま、一緒に寝ようよ!」

 

「はいはい……皿洗い終わってからな」

 

 

 僕だけの兄さまでずっと在って欲しいよ……。

 

 

「終わったぞ」

 

「行こ!」

 

 

 只でさえ、リアスお姉ちゃんや眷属の皆さんのお陰で兄さまと二人きりになれる時間は限られてるし、3日経ったら兄さまは人間界に戻ってしまう。

 そうしたら今度は夏の長期休みまでここには来ない。

 お父様と定期的に戦う為に来るけど、その場合は何時もココに来ないで帰っちゃうから、後3日の間は何がなんでも兄さまにくっついてるつもり。

 

 じゃないと、リアスお姉ちゃんやソーナ様やセラフォルー様に加えて、眷属の皆さんが一誠兄さまに『僕と同じ気持ちを抱いてしまう』可能性が大きい。

 特に……あの小猫って人だけは一番兄さまと自然に触れ合ってるから……いやらしいけど僕はそれが気に入らない。

 

 

「お前もそろそろ一人で寝たらよ? いい加減俺が居る度に一緒に寝て欲しいってのも変だろ?」

 

「そんなことないよ。だって僕、一誠兄さまが大好きだもん」

 

「いやそれ答えになってねーけど」

 

 

 

 

 シトリー家の訪問は、両家同士の親睦をより深めるという効果が勿論ある訳だが、その他としては、悪魔社会の未来を担う若き娘同士が切磋琢磨し合う……というのも目的としては含まれている。

 そして何よりの理由は、その両家の繋がりをある意味さらに深めた一人の人間の少年と娘二人……と隠しルートとして長女の仲をお節介にも深めさせるというのも含まれていた。

 

 そしてそんな時に決まって起こるハプニングも、親睦会の醍醐味であった。

 

 

「ひひひひひひひひひひ!!!」

 

「だ、誰ですか一誠にお酒なんて飲ませたのは!!」

 

「すまん、私がジュースだと思って飲ませてしまったみたいで……」

 

「そう言っておきながら、何で笑ってるのですかお父様!! 一誠はお酒に物凄い弱いのに!」

 

「ちょっと大丈夫イッセーくん?」

 

「ひぇひぇひぇひぇひぇ!!」

 

 

 夕食会の席。

 人数が人数なので、立食系の形にしていたこの夕食会では両家両眷属がほぼ無礼講気味に軽いどんちゃん騒ぎをしていた。

 その中を、燕尾服姿で黙々と仕事をして参加しないつもりだった一誠が居たのだが……。

 

 

「ほら一誠くんも一口飲みなさい。まあ、ジュースだけど」

 

「…………。どうも」

 

 

 セラフォルーとソーナの父親――現シトリー家当主が働いてばかりの一誠に気を利かせたつもりで飲ませた飲み物が……。

 

 

「………………ひっく!」

 

 

 ワインだったらしく、ちょっと喉が乾いていたのもあってか、イッキ飲みをしてしまった一誠は瞬く間に変貌してしまった――というお約束みたいな事があったのだ。

 

 

「ケケケケケケケケケケケ!」

 

「い、一誠兄さまが……」

 

「上半身裸になりながら床に転がって笑ってます……」

 

「そういえば前もこんな事がありましたね……」

 

 

 真っ赤な顔をしながら、何がそんなに面白いのかケタケタと床に転げ回りにながら笑い続ける一誠に、初見の眷属達は唖然となり、そうで無いものは以前の事を思い出して苦笑いを浮かべている。

 どうも一誠はアルコールに弱い下戸らしい。

 

 

「ふ、普段が普段だから不気味だな……。あ、でも会長に介抱されてるのは羨ましい……」

 

 

 想い人の想い人の普段ならあり得ない姿に兵士の少年も、複雑な表情だ。

 

 

「な、なんでサーゼクスに勝てねぇんだよぉぉ……! 毎日毎日修行してもおいつちゅけないぃ……」

 

「あ、あら……泣いちゃったわ」

 

「……。な、何だかグッと来ますね……」

 

「普段が普段だから余計にだよね。サーゼクスちゃんはケタケタとイッセーくんの事笑ってるけど」

 

 

 完全な泣き上戸状態で床に転げ回る一誠に、リアスとソーナとセラフォルーは、起き上がる気配の無い一誠を起こそうと手を伸ばす。

 その表情は幻滅の類いは無く、寧ろ感情剥き出し状態になってるという意味でそれぞれの母性をコチョコチョとされている様子だ。

 

 

「ほらイッセーくん、ここで寝たら風邪引いちゃうよ?」

 

「や」

 

「それに上半身裸も身体によくないわ、ほら、ちゃんと着なさい」

 

「や!」

 

「それならお水を飲みなさい」

 

「やーだー!!!」

 

 

『…………』

 

 

 こ、子供……? 無愛想な冷酷殺人マシーンと言われていたあの日之影一誠が、まるで玩具を買ってくれない親にねだる子供みたいにジタバタと転げ回ってる姿に眷属達はキュンキュンするもの二名、一誠くんも人間だもんね……やっぱり友達になりたいなぁと思う男子一名。残りはドン引きするという比率でただ見守るしか出来ないでいた。

 

 ちなみに両家の親達は『結果オーライですな』だの『若いって良いわねぇ』だのと勝手に盛り上がっており、魔王に至っては『グレイフィアもたまにああなるよね、可愛いけど』と自分の嫁を赤面させてリア充っていた。

 

 

「うぅ……」

 

「取り敢えず寝かせましょう。ソーナ、一誠を部屋に運ぶのを手伝ってくれない?」

 

「ええ、お姉様も良いですか?」

 

「うん勿論」

 

 

 バタバタと暴れる一誠を捕まえ、部屋に押し込んだ方が良いと判断したリアスにより、ソーナとセラフォルーも一緒になって一誠を抱えようと無理矢理立たせた。

 しかし――

 

 

「……………………………」

 

「わ、イ、イッセーくんの目が据わってる……」

 

 

 左右にリアスとソーナ。真正面にセラフォルーがアシストしようと一誠の前に立って表情を覗いた所、どうやら愚だ撒き精神退行状態から次の段階に入った様で、今度は目が据わった状態でジーッとセラフォルーを睨んでる様に見据えている。

 思わず一瞬狼狽えてしまったセラフォルーだが、仮にも年上で毎度毎度適当な扱いやら変な服装だと一誠に軽く見られてるものの、魔王なことに変わりは無く、少しくらいは年上の威厳を見せてやろうと一誠に手を伸ばした――その時だった。

 

 

「んぐむぅっ!?」

 

「「なっ!?」」

 

『!?』

 

 

 据わった目をしながらセラフォルーを見据えていた一誠が、左右の二人を振り払い、何を思ったのか……そのままセラフォルーを乱暴に抱き寄せてしてしまったのだ……。

 

 

「んむー!? んむゅー!?」

 

「……………」

 

 

 公開チッスを。しかもヤバイ方のを。

 

 

「ま、まってイッセーくん! だ、ダメ……んぁ!?」

 

 

 流石にこれには全員が驚愕し、セラフォルーも一誠から離れようともがくが、意識がすっ飛んでるのと対サーゼクスの為に鍛え上げ続けた人外身体能力がセラフォルーを逃がさんと背中と後頭部に手を回し、引き続きやらかし続ける……。

 

 

「んっ……んぐ……は……ぁ……」

 

「ちょ、ちょっとお姉様……!?」

 

「ど、どうでも良いけど、一誠ってさくらんぼの茎を口の中で蝶結び出来るのよね……と、ということは物凄いのかしら?」

 

 

 止めるに止められない二人の公開チッスに、徐々に抵抗を止め、寧ろ一誠の背に腕を回し始めたセラフォルーにソーナは段々腹が立ち、リアスは以前一誠がさくらんぼの茎を舌で蝶結びにして見せた事を思い出し、あの二人の口内の様子を夢想して赤面をしていた。

 

 

「も、もっと……もっとちょーだいイッセーくぅん……!」

 

 

 そんなリアスの夢想はほぼ当たっていたようで、徐々に抵抗をしなくなった後は、完全に女丸出しの表情になったセラフォルーが一誠に抱き着きながら、健全な青少年の劣情を刺激しまくりな声で逆におねだりを始めていた。

 しかし一誠はそんなセラフォルーをパッと離し、その場にへたり込ませると――

 

 

「ちょ、ちょっと待って一誠!? こ、こんな所じゃなくてもっと雰囲気の良い――んんっ!!?」

 

「リ、リアス!? と、ということはわた――ふみゅ!?」

 

 

 近くに居たリアスとソーナにも同じことをしでかす。

 それもかなり乱暴にだ。

 

 

「ひっひひ!!」

 

『!?』

 

 

 そして極めつけは、三人が腰砕けとなって立てなくなった後、次は貴様等だと言いたげな笑みをこの場に居た全員に向け始めた。

 どうやら一誠は完全に酔うと極度のキス魔になるらしく――

 

 

「み、皆逃げなさい!! 一誠はどうやら完全に酔うとキス魔になるみた―――んむむー!?」

 

「特に済ませていない女性や男性は全力で逃げなさい!! でないと――んみゅー!?」

 

「ヴェ、ヴェネラナ! ――んぶ!?!?」

 

「ち、父上もだなんて本当に見境なし!? 逃げるよグレイフィア!」

 

「ま、待ってください! ミリキャスは――あ!? あの子ったら自分で一誠の所に――」

 

 

 性別とかも関係なしに誰彼構わず……平等に襲いかかるのだった。

 特に祐斗や元士郎は死ぬ気で逃げ出し、女子もまた小猫や朱乃等を除いて全力だった。

 

 

「えへ、いっせーにーさま♪」

 

「あひゃひゃひゃひゃ!!」

 

「んんっ……!? ぁ……いっせーにーさまぁ……」

 

 

 その中には自ら進んで唇を差し出す猛者も居たりする訳だが……。

 とにかくこの大惨事に、一部を除いて殆どが思った。

 

 

『彼に酒はNG』

 

 

 だと……。

 

 

 




補足
※お酒は大人になってから。


と、いう訳で酒に極端に弱い一誠くんは、酔うと見境なしのキス魔に変貌してしまう。

それこそシトリーのおっちゃんやらグレモリーのおっちゃんやらも無関係に。
そしてさりげにヴェネラナさんとシトリー母さんもやられました。

サーゼクスさんとグレイフィアさんはギリッギリで逃げられましたが、匙きゅんと木場きゅんに関しての事実は闇の中へ……。



お陰でこんな形で初チッスになっちまったのは、セラフォルーさん、ソーナさん、リアスさん………………そしてミリキャス等々――ほぼ全ての少年少女達。

あぁ、うん……勿論ソーナさんの兵士くんとかリアスさんの騎士くんとかとかとかもね。


ミリキャスの性別に関しては……まぁ、タグで大体お察しで。


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執事とサラブレッド………………娘

おや、セラフォルーさんとミリキャスちゃまの様子が……


 何故か昨日の記憶がほぼ無い。

 それだけならまぁ何もされてないから良いのだけど……。

 

 

「あ、イッセーくん……、そ、その……おはよ」

 

「ぅ、い、一誠……昨日はその……」

 

「一誠兄さま……♪」

 

「……色々と凄かったわよ」

 

「は?」

 

 

 セラフォルーもソーナもミリキャスもリアスも……何俺を見て照れてるんだ?

 いやそれだけならまだ良いんだが……。

 

 

「ぁ……せ、先輩。わ、私……初めてでしたけど、多分もう一誠先輩じゃないとダメだと思います」

 

「ドラマの描写はそ、ソフトだったと実際に受けてみて思い知りましたわ……」

 

「???」

 

 

 猫妖怪とハーフ堕天使も同じように俺を見るやたどたどしく要領を得ない言葉を吐いてるし……。

 

 

「お前っ、お前ぇぇっ!! どうしてくれるんだよ! 俺初めてだったんだぞ!?」

 

「つ、ついでに言うと僕も……」

 

「……???」

 

 

 ソーナん所の兵士とリアスん所の騎士までもが意味の解らんことを言ってくる。

 …………。昨日の俺は何をしたのだろうか? まさか全員一発ずつ殴ったのか? いやそれだと初めてって言葉が成り立たないし……。

 

 

「………変な奴等」

 

 

 結局誰に聞いても同じような返ししか返ってこなかったのと、どうせ大した事じゃないんだろうと自己完結する事にして、俺は明後日帰るまでの時間を仕事に費やすことにするのだった。

 

 

 

 こう、反抗期の弟みたいな……そんな感情だと思っていたつもりだった。

 しかしまさか酔っていたとはいえあんな激しく……しかも初めてだったのに……。

 年下で人間の少年によって奪われた魔王は、今更になって人間の少年――つまり一誠を直視できないくらいに恥ずかしくなっていた。

 

 

「うー……」

 

「……。なに? またお前の寸劇に付き合えってか?」

 

「い、いや違う、けど……」

 

「じゃあ何だよさっきから? 床のバフ掛けしてる絵なんざ見ても面白くないだろうに」

 

 

 多分だけど、恐らくだけど、あの時受けたキスはこの先絶対に味わうことの出来ない快楽だった。

 その時の余韻というか記憶が鮮明過ぎるせいで、何時もなら普通に接してあげられる筈が、せっせとグレモリー家の床磨きをしている一誠少年を今は見るだけで心臓の鼓動が半端無い。

 

 つまりセラフォルーは今、自分の感情にテンパっていた。

 

 

「ねぇ、本当に覚えてない?」

 

「それさっきも言われたが何の話だ?

確かに俺は飲み物をお前の親父に貰って飲んでからの記憶は無いが……」

 

「……。うん、仕方無いとはいえ複雑かも……」

 

 

 

 

 ミリキャスの気分は晴れやかだった。

 大好きな兄がもう少しで人間界に戻る事になるというのを差し引いても、ミリキャスの気分は最高だった。

 

 

「ね、ねぇねぇ、女の子とデートしたいと思わない?」

 

「思わねーよ。

てかお前は朝から何なんだよ?」

 

「だ、だってぇ……」

 

 

 意外な事に一番年上のセラフォルーがあの時以降から一誠に対してもじもじしまくりで、今も鬱陶しそうな顔をする一誠にうーうー言いながらもひょこひょことついて来ている姿が発見されてたりする訳で……。

 

 

「ほらお姉様、お父様とお母様が呼んでますから……」

 

「だとよ、早く行けよ」

 

「う、うん……じゃあまた後で……」

 

 

 チラチラと明らかに意識した視線を一誠に対して密かに向ける妹のソーナに連れられる事でやっと一人になれたと思った一誠は、さて仕事も片付けたし鍛練でもしようかと考えた矢先だった。

 

 

「一誠兄さま」

 

「今度はお前か……」

 

 

 父親の血を確実に受け継いでると一発でわかる紅髪の幼子にて、ある意味で最も一誠を敬愛――いや、若干それを越えてヤバイ想いを日増しに重ねまくるミリキャスが、一誠目線的に他と違って何時もの様子でトコトコとやって来た。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「一誠兄さまのお仕事はどうかなーって」

 

 

 どうやら一誠の受け持つ仕事の状況が知りたいらしく、ニコニコしながら当たり前の様に一誠の腰辺りに抱き付くミリキャスに、一誠は察した様に言った。

 

 

「終わって暇をもて余してるつもりだが」

 

「ほんと!?」

 

「あぁ、お前もその様子じゃ暇そうだし、何かしたいなら付き合うぜ?」

 

 

 無口、無愛想、無表情。

 殆どの生物なら殆ど抱くだろう一誠のイメージとは正反対のぶっきらぼうながらの優しさに、ミリキャスは一誠の腰に抱き付いたまま、胸の中にある気持ちがより増大していくのを自覚し、言葉では言い表せない堪らなさに悶絶すらしたくなった。

 

 だが、ここで悶絶してしまえば一誠は引くだろう。

 だからミリキャスは、敢えて他は微妙に態度がよそよそしくなっても自分だけは変わらないよとアピールしつつ――

 

 

「えへへ……それじゃあ一誠兄さまとお昼寝したいな?」

 

 

 もうすぐ人間界へと戻る一誠と少しでも一緒に何でも良いから居たいという気持ちを込めて、ミリキャスは笑顔を見せながら只無垢に願った。

 

 

 

 結果的に言えば、ミリキャスの願いはアッサリと叶った。

 

 

「ま、たまには良いか」

 

 

 鍛練でもとは思ったものの、何となくそんな気分でも無かったからの気まぐれ故か、それとも単純にミリキャスの言う事を聞いたからなのか。

 それは一誠にしか解らぬ事ではあるものの、ミリキャスの願いは叶った。

 

 

「くー……くー……」

 

 

 質素な家具で構成された部屋のベッドにて、ぐーすかと呑気に眠る一誠。

 何やかんやで気疲れでもしていたのだろう、ベッドに入るや否やあっという間に眠りこけてしまった訳であり、その後もぞもぞと入ってきたミリキャスに抱き着かれても起きる気配が全く無かった。

 

 

「一誠にぃさま……」

 

 

 簡単に言えば、一誠はミリキャスを根性のある餓鬼と思ってるだけでそれ以上の感情は良くも悪くも無い。

 

 

「あは……♪」

 

 

 しかしミリキャスは違う。

 単純に兄として慕うといったラインを軽く越えており、少しでも他の者と仲良さげにしているのを見てしまえば嫉妬すらするレベルに一誠へ依存しまくっている。

 

 つまりだ……。

 

 

「寝ちゃったね……一誠兄さまぁ……」

 

 とても危険が危ないということなのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 そもそも前提として、いくら気疲れしてても一誠がこんなに無防備に爆睡するのか? 彼を知る者からすれば答えはノーだ。

 

 しかし今の一誠は余りにも無防備に、頬を上気させているミリキャスの隣で寝ている。

 なぜ? それはもう殆どお気付きだろう。

 

 

『兄さま! 寝る前にホットミルクを飲むと良いよ! ほら、僕が入れたから飲んで!』

 

『ふーん……じゃあ飲んでみるよ』

 

『えへへ~』

 

 

『? 何か苦いぞこのミルク?』

 

『あ、あれれ? お砂糖の量でも間違えちゃったかな……』

 

『まぁ別に飲めない訳じゃねーから大丈夫だけど』

 

『………ほっ』

 

 

『んぁ……何かマジで眠くなってきたかも』

 

『じゃあお昼寝する?』

 

『おう……そうす……る』

 

 

 

 

 

 

 

「くかー……」

 

「あは、あはは……一誠兄さまぁ……!」

 

 

 つまり、何処の誰に教えられたのか……ミリキャスの仕込みだった。

 

 

「えっと、説明書によると仕込んだ本人が念じるまでは何をされても起きない筈だから……」

 

 

 ミリキャスに対してはほぼ警戒心が無いからこそ成功してしまう。

 スヤスヤと特殊な何かで眠る一誠を愛しそうに見つめていたミリキャスは、一人でブツブツと何かを確認してから頷くと……。

 

 

「んっ……」

 

 

 眠る一誠の身体に跨がり、何の躊躇も無しに一誠の額に口づけをした。

 

 

「っ……んっ!」

 

 

 無防備だからこそ出来る真似。

 幼い心に初めて宿る背徳心とのコラボレーションがミリキャスの全身を焼かれた様な熱さが駆け巡る。

 

 

「はぁはぁ……!」

 

 正直、最初は本当にすべきかと迷っていた。

 けどこのままでは一誠とずっと一緒には居られなくなるかもしれないという焦りが、幼いミリキャスに勇気を与えてしまった。

 

 

「身体が熱いよ兄さま……!」

 

 

 故にタガが外れたミリキャスは割りとすさまじかった。

 

 

「もっとしたい……もっとキスしたい……!」

 

 

 額じゃもう満足できませんとばかりに、トローンとした瞳と表情となるミリキャスがそのまま昨晩の時みたいにその口に自分の口を重ねる。

 

 

「あうっ!」

 

 

 その度に自分でもわからない何かが身体を駆け巡り、ちょっと困惑してしまうミリキャスだけど、それ以上に勝る一誠への異常な情念が更なる領域へと進ませようと幼い子供の背を押しまくる。

 

 

「熱いよね兄さま? このままじゃ寝づらいよね? えへへ、僕が兄さまの服を脱がせてあげるから大丈夫だよ?」

 

「くーくー……」

 

 

 それでも起きない一誠の着ているワイシャツのボタンを、頬を上気させながら嬉しそうに外しだすミリキャス。

 

 

「わぁ……」

 

 

 外して露になる鎖骨や胸元にミリキャスは更におかしくなる。

 

 

「好き、好き……大好き……! 一誠兄さまの事、僕は大好きっ……!」

 

 

 そのおかしさはよりミリキャスを大胆にさせ、やがて脱がされても尚起きない一誠の胸元に顔を埋めながらミリキャスは狂った様にその感情を只ぶつけ……。

 

 

「だから……この前見ちゃったお父さんとお母さんがしてたのと同じ事を……しよ?」

 

 

 その異常性を異常な速度で異常なレベルで爆発させたのだった。

 

 

 

 

終わり




補足

どんどんと枷が抜け落ちていくスタイル。


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魔王に連敗してメンタル総崩れな執事

初めて戦いを挑み始めて早10年強。

執事くんの戦績は――


 結論から言おう。

 

 

「……? ミリキャスが昼寝したいと言ってたから付き合ったのに、アイツ何処行ったんだ?」

 

「うん、あの子ならグレイフィアに今お仕置きされてるよ」

 

「は? まさか何かサボったのか?」

 

「いやー……そういう訳じゃないんだけどねー」

 

 

 ミリキャスのタガと一線は完璧に越える直前で母のグレイフィアによって阻止され、そのまま大目玉を食らう事で事なきを得た。

 一誠は最後まで真実は知らないものの……。

 

 

「ごめんなさい……グスッ……にいさま……ごめんなしゃい……エグッ」

 

「お、おう……? お、おいグレイフィア? 何したんだよ?」

 

「……。姑息に抜け駆けをする子に育てた覚えは無い。そういう事よ」

 

「は、はぁ……いや、分かんない。だから何が?」

 

 

 姑息という言葉を使うグレイフィアの言ってる意味すらわからず、メソメソ泣いてるミリキャスが微妙に可哀想に思えたものの、余り深くは聞いちゃならないと何と無く予感し、取り敢えず不器用ながらも泣いてるミリキャスを慰める事でこの話は終わった。

 

 

「さてと、ちゃんと帰って来てくれたのだからやらないとね?」

 

「チッ、煩い奴等の目が鬱陶しい」

 

「良いじゃないか。どうせ戦えば気にしなくなる」

 

 

 そしてそのまま翌日となり、滞在最終日に両家の面子が見守る中始まる、魔王と後継者候補の戦い。

 

 

「ヌォラァッ!!」

 

「おっとと、また力強くなったね一誠!

だけどまだまだ甘いよ! 僕もそれなりに平和ボケしてるつもりは無い!!」

 

「ぐごっ!」

 

 

 何百と張った特殊な障壁内での全力の戦いは、まるで戦争を思わせる規模の派手な戦い。

 

 

「さあ、掻い潜れるか一誠っ!?」

 

 

 サーゼクスはその超越者と呼ばれる力をフルに使い。

 

 

「嘗め腐ってんじゃねぇぞヘボ野郎がっ!!」

 

 

 一誠はその人外と呼ばれる異常性を全開に。

 

 

「見るのが初めての者はよく目に焼き付けなさい。

あれが一誠……勝手に冥界の誰かが広めた馬鹿らしい話が所詮デマである証拠よ」

 

「そ、そう……みたいっすね……は、はははは……」

 

「す、凄い……魔王様を殴り飛ばせる人が本当に居たなんて」

 

 

 

 

「あぁ……まだだ、まだ終わってねぇぞサーゼクスゥ……!」

 

「ふふふ、ははは……! 本当に安心院さんの言うとおりに成長してくれたね一誠。

良いよ……お前のその成長に対して僕も悪魔としてのサーゼクスじゃなく、彼女の半分としてのサーゼクスでやらせて貰おうか!」

 

 

 種を超越した悪魔と人外は、血まみれになろうともどちらが倒れるまで戦いを止めない。

 

 

悪逆夢道(ザ・リバース)。僕の受けたダメージ全てを反転させる」

 

「なっ!? ぎぃっ!?」

 

「誰かに皮肉を込められて呼ばれた反転院という名称。

来なよ一誠……お前の成長に敬意を表して今からの僕はお前と同じ土俵に上がって戦うぜ?」

 

「や、やっと引っ張り出せたと思ったのに……クソ、がっ……!」

 

 

 そして勝ったのは……反転院と呼ばれし悪魔の人外だった。

 

 

「よーっし! まだまだお前の兄としての面子は保てたよ!」

 

「クソッタレがぁっ!! クソォ!!」

 

 

 そしてまたしても負けた一誠は、リアスやソーナ達に慰められながら人間界へと帰還する。

 

 

「ま、また負けた……負けてしまった……くくくくっ!」

 

「部屋の隅っこで笑いながら体育座りしてますけど……」

 

「良いのよ、帰るまでそっとしておきなさい」

 

 

 

 

 

 まさかミリキャス様が一誠先輩に対してだけはあんなに見境無しになるなんて――

 

 

「一誠先輩は居ますか?」

 

「おおっ、小猫ちゃんだぞ!」

 

「スゲー!! ウチのクラスに小猫ちゃんだぜ!!」

 

 

 いえ、もしかしなくても何と無く予想できてた話でしたね。

 まさか本当にあんな事まで実行しようとするとは思わなかっただけで。

 

 

「あ、はいどうも。それで一誠先輩は?」

 

「えっと、一応聞くけどどっちの?」

 

「可愛い方のですけど?」

 

「か、可愛い?」

 

 

 所詮外様でしか無い私はこうして稼ぐしか無い。

 そう思ったからこそ私は人間界で学校生活に戻ってからは、先輩と一緒に何でも良いから同じ事をしたいと、お昼ご飯の時間になれば先輩のクラスを訪ねる。

 どっちと先輩と同じクラスの先輩の方が察してる癖に微妙に嫌そうな顔をするのがムカッとしたけど、私は堂々と部長の周囲をチョロチョロしてて意味が解らない兵藤イッセーじゃなく、実は子供っぽくて可愛い方の一誠先輩だと言いながら、窓際の席で私に気付いてる癖に他人のフリをしようとしてる先輩の元へと近づき、一緒に食べましょうとお誘いする。

 

 

「…………」

 

 

 しかし無視だった。

 冥界プチ里帰り中の際、それなりに距離感が縮まったと思っていたが、戻れば何時もの沈黙無口状態。

 

 

「あのやろ……! 小猫ちゃんの事を無視するなんて良い度胸してやがるぜ!」

 

 

 そのせいでヘイトが一気に一誠へと向けられるが、本人は全く気にしてない顔で平然としており、また小猫も一々騒ぐだけの先輩方に『ほっといて欲しい』と思いつつ、徐に席から立って教室を出ていく一誠の後ろにチョコチョコと追い掛けるのだった。

 

 

「すいません先輩」

 

「………」

 

 

 旧校舎裏。

 陽が差しにくい、何か怖い、告白したらほぼ失敗しそう等々、あまり宜しくない噂だらけの旧校舎裏にまで一人やって来た一誠と、その後をちょこちょこと付いてきた小猫。

 一体何をするのか? という怪しさがあるが、何て事は無い。

 

 

「…………」

 

「食べないんですか?」

 

 

 旧校舎の壁に背を預けて座り込み、そのまま寝ようとし始める。

 小猫の問いにも答える事無く、そのまま放課後まで眠るつもりなのか、目を閉じ始める一誠に小猫は『むぅ』と答えてくれない事にちょっと残念そうに唸るが、それならそれで良いやと眠る一誠の隣に腰かけてパクパクと持参したパンをかじる。

 

 

「良いお天気ですね先輩」

 

「………」

 

「あ、そういえば部長がギャーくんを今日から外に出すって言ってましたよ?」

 

「……………」

 

「例によって先輩はギャーくんとも一切話した事無いですけど」

 

「………………」

 

 

 …………。うるせぇ。

 基本口を聞こうとしない一誠は、頼みも許可もした訳じゃないのにわざわざ付いて来た挙げ句、横で勝手に話してる小猫に内心毒づいていた。

 

 冥界での一件以来、話したって答えが返ってくる訳じゃないのを知ってる癖に、ガン無視しても勝手に話し掛けてきたり、今みたいに付いてきたりと、最近の小猫の意味のわからない行動に若干戸惑ってたりする一誠は、今も何が楽しいのか、返っても来ないと分かってて話しかけてくる小猫を無視して眠ってしまおうと努める。

 

 リアスの眷属では一番古参の朱乃よりも更に前から既にグレモリー家に居た一誠は、既に小猫が何故眷属になったのか、そしてその背景に何があったのかを聞きたくもないのにリアスから教えられたのである程度は把握してる。

 しかしそれは所詮他人は他人と思い続けてる一誠にしてみれば関係の無い話であり、所詮は弱い小猫達に何を言われても雑魚の戯言だと付き合うつもりも無かった。

 

 だからこそこの小猫も含めた眷属達はこれまで一誠との距離感が縮まることも無かった筈なのに……。

 

 

「鐘鳴っちゃいましたね……」

 

「…………」

 

 

 最近は無視しても勝手に話し掛けたり付いてきたりが多すぎる。

 今だって、午後の授業が始まる予鈴が鳴ってるにも拘わらず、鳴っちゃいましたねと言うだけで教室へと戻る事もせず、サボるつもりで居る一誠の隣にちょこんと座り続けてる小猫に、内心何がしたいのか解らない一誠。

 

 

「……………」

 

「このまま寝たら身体に悪いですよ? あ、でも先輩なら平気でしたね」

 

「…………………………」

 

「でも寝づらいと思いますよその格好だと」

 

「…………………………」

 

 

 早く帰れよ。

 内心思って無視し続ける一誠の心を知ってか知らずか――いや恐らく知ってる上で帰ろうとしない小猫にいい加減一発殴って追い払ってやろうかと思い始めた一誠。

 しかしそれをやったらリアスとヴェネラナが煩いのもあるし、何より使い物にならなくなったらお荷物になるだけだと自分に言い聞かせて自重した一誠は、このまま本当に寝てしまい、この横で喧しい餓鬼の戯言を完全シャットアウトしてやれば良いじゃねーのとどこぞののび太並みの昼寝技術を駆使して一気に眠りモードに入り出した。

 

 

「………Zzz」

 

「先輩?」

 

 

 それを横で健気にも話し掛け続けていた小猫は、それまで呼吸の音すら聞こえなかったレベルで無口だった一誠から規則的な寝息が聞こえ始める事で話すのを止め、おっかなびっくり気味に一誠の顔を覗き込んでみる。

 

 

「…………先輩」

 

「Zzz」

 

 

 無口モード時の機嫌そうな表情では無い、険の取れた寝顔を見せる一誠に小猫は話せなかったと思う反面、その寝顔を見れた事に妙な満足感を覚えた。

 

 

「Zzz」

 

「そういえば、気絶してる先輩は見たことあるけど、普通に眠ってる先輩は初めて見るかも……」

 

 

 何せ相手は一誠。

 壁作りまくりで、決まった相手としか話そうともしない気むずかしいを通り越した天然記念みたいな男。

 そんな男の無防備にも見える寝顔を見れば、朱乃や祐斗………そして話にも出たリアスの僧侶にて現在この旧校舎の地下で引きこもり生活をしているギャスパーにしてみれば激レアなのだ。

 

 しかも見れたのは自分だけともなれば、妙な優越感にも浸れたともなれば小猫のテンションは結構上がるし……。

 

 

「あ……」

 

「Zzz」

 

 

 寝ると意外と寝相も悪いという事実も発覚――つまり、壁に背を預けて寝ていた一誠の頭が横にズレてそのまま隣に座ってた小猫の肩に乗ってきたともなれば、最近一誠のその無愛想な態度やら言動含めて可愛いと思えてる小猫からすればテンションが鰻登りである。

 

 

「先輩……」

 

 

 自分の肩に預けてきた一誠にドキドキする小猫。

 一誠からすれば、喧しいから寝て無視したに過ぎないが、ポジティブな考えをしてしまえば、それだけ小猫を敵とは思ってなくて安心して眠れるという意味にも取れなくもない。

 だからこそ小猫は身を寄せてきた一誠をそのまま受け止め、何とも言えないきゅんきゅんする気持ちを何とか抑えつつ……。

 

 

「こうした方が楽ですよ先輩」

 

 

 ソッと起こさないように細心の注意を払って一誠の頭を自分の膝に乗せるのだった。

 

 

「お、おぉ……夢じゃない……」

 

 

 ただ一誠とお昼を一緒にしたかったと思ってた小猫に訪れしまさかの確変。

 本当にスヤスヤと寝ている一誠を、本人の許可も何も無いとは云え、膝枕をしてあげられているというこの状況に一種の感動と、無いと思っていた己の中の母性本能が全開で擽られまくる。

 

 

「も、もう午後の授業なんてどうでも良いですよね? だって一誠先輩を起こしたら可哀想ですし……!」

 

 

 こんなチャンスこの先にあるかも解らない。

 故に午後の授業をアッサリとサボる宣言を一人した小猫は、グースカと膝の上で寝ている一誠を実に母性的な微笑みを浮かべながら見つめ続ける。

 

 

「お、おぉ……先輩をまた撫で撫で出来ました」

 

「………Zzz」

 

 

 そして沸き上がる欲に抗えない小猫は、そのまま撫で撫でと頭を撫でたり、頬を撫でてみたりと愛でられるだけ愛でまくり……

 

 

「………………。こ、この前酔っぱらった先輩からしてきたし、良いですよね?」

 

 

 やがてそれにも満足できませんと、急に辺りをキョロキョロと見渡し始め、誰に対してなのか解らない言い訳じみた台詞を一人呟くと……。

 

 

「ちゅ……ん……ちゅる……あむ……!」

 

「……ぐぬ……!」

 

 

 寝てる一誠の顔へと寄り、何かをし始めた。

 

 

「っ……んぅ!」

 

 

 何かをした瞬間、ビクンビクンと小猫の身体が痙攣する。

 

 

「だ、だめ……! せ、せんぱいが起きちゃう……!」

 

「ぅ……ん……」

 

「はぁ、はぁ……こ、この前の時よりすごいのが……きた……ぁ……!」

 

 

 一体何なのか……。顔は真っ赤に上気し、涙目になって息まで切らせてる小猫にしかそれは解らないし、一度眠りに入ると割りと深くて何をされてもほぼ起きない一誠が起きずにされてる事もわからないのは多分幸運かもしれない。

 

 

「も、もういっかい……もっと、もっと……はぁ、はぁ……いっせー……せんぱい……!」

 

「う……ぐ……ぬ……!」

 

「起きたらごめんなさい……はぁ、ぅ……起きたらごめんなさい……!」

 

 

 されてる事がぶっちゃけミリキャスよりマシだとしても………アレなのだから。

 そして時が流れて放課後――

 

 

 

「小猫とサボったみたいだけど……ひとつ聞いて良いかしら?」

 

「ひゃ?」

 

「……………。何で首筋にだけそんな虫刺されみたいになってるのかしら? それに呂律がおかいしけど……」

 

「ひはへーほ、ほひははひははひびれちぇ……(知らねーよ、起きたら舌が痺れてて)」

 

「…………。小猫? ちょーっとお話しましょ?」

 

「………………。こ、後悔なんてしてませんからね!」

 

 

 虫刺されみたいな跡が一誠の首筋――いや、よく確認したら胸元にまで大量発生し、異常なまでに舌が疲れて呂律が回ってない事に割りと戸惑う一誠を見たリアス……そして朱乃と祐斗は、何故か下だけジャージズボンを履いて顔真っ赤な小猫にお話を聞く必要があると呼び出すのだった。

 

 

「一誠先輩は半端無いです。前にさくらんぼの茎を舌だけで蝶結びしてその上に固結びまでしただけあって、物凄かったです……!」

 

「ね、寝てる隙になんてズルいわよ小猫ちゃん!」

 

「……。寝たら基本的にされるがままになる一誠は気づいてないみたいだから良かったけど、バレたら怒られるわよ小猫?」

 

「そ、それでも良いです。寧ろ蹴り飛ばされでもしたらそれはそれで……」

 

「と、塔城さんがおかしくなっちゃった……」

 

 

 反省はしてるけど後悔は無いと言い切る小猫。

 結局コントの如く一誠は気付かなかった様だが、それでもやってることは何気にズルいので、朱乃は普通に嫉妬し、リアスは呆れ、祐斗は男故に使えない手に歯噛みするのだったとか。

 

 ちなみに――

 

 

「お、お久しぶりです一誠さん。

その……引きこもっててごめんなさい……。やっぱり僕怖くて……」

 

「…………」

 

「で、でもリアス部長に言われて今日から頑張りますから……!」

 

「………」

 

「だ、だから……僕が強くなったら、認めて欲しいなぁって……えへへ」

 

「…………………………。期待はしねーぞ、この軟弱が」

 

「っ!? あ……い、今一誠さんが……! あ、あは♪ 今僕に喋ってくれました!!」

 

 

 怖がりで引きこもりだけど、実は一誠にだけは若干勇気を出そうとしている封印解かれのギャスパーは、吐き捨てるような台詞を声に出して言われた瞬間、何故か先程の小猫みたいにビクンビクンしながら頬を染めていたのだという。

 

 

終わり




補足

0勝。
現時点で倍じゃ利かないレベルの差があるので文字通り子供扱いされます。

その2

ミリキャスきゅんorたんがやらかしてグレイフィアお母さんにお尻ペンペンされた理由を知った小猫たんは、最初はそんなつもりも無かったのに、たまたまスヤァし始めた一誠の寝相の悪さが祟ってついゴーした。


そしてさりげにギャスパーきゅんが解放されたのですが、これもまた一誠を事前に知ってるので怖がることは少ない――

いや、寧ろ驚くほどに一誠を怖がらないし……。



あ、ギャスパーきゅんなのかギャスパーたんなのかは、またまたご想像に……。


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執事とハーフ吸血鬼

ダークホース的なあの子の登場。


 ギャスパー・ヴラディ。

 その出生は極めて珍しく、悪魔以上に血統を重んじる吸血鬼と人間の間に生まれしハーフヴァンパイアである。

 

 それ故にハーフというだけでも疎んじられる材料として充分だったのに、本人にとっては運の悪いことに、極めて強力な神器まで宿していた。

 

 だから捨てられてしまい、一人でさ迷っていた所をハンターに狩られて命を落としてしまった訳だが、ギャスパーは現在を生きている。

 そう、変異の駒を使ったリアスからの転生により悪魔として。

 

 

 勿論当初は――いや、今もその傾向はあるが、不運により拗らせた対人恐怖症に陥って引きこもりになってしまった。

 当時のリアスの力量でもわざわざ封印する必要なんて無かったけど、ギャスパー本人が対人恐怖症だったのと、余り無理矢理というのも好きじゃないというリアスの方針で、当初はグレモリー家の地下で引きこもり生活をしていたのだ。

 

 

『ガハッ!?』

 

『甘いよ。言葉悪く言ってしまえば、その程度で倒しきれる程、僕は甘いつもりは無い』

 

『ぐ、くそが……!』

 

 

 そう――

 

 

『クソが、クソがクソがクソが……クソッタレがァァッ!!』

 

 

 おおよそ自分とは絶対に合わないタイプの、純粋な人間である彼を見るまでは。

 

 

『ふーふー! ……さっきから何見てんだゴラ』

 

『ひっ!?』

 

『って、あぁ? …………………ぬ、む』

 

『ご、ごめんなさい、そ、その……』

 

 

 何度負けても絶対に這い上がる人間の少年。

 ボロボロになっても一人で鍛えているその少年を偶々見て、偶々知ってしまったギャスパーは――

 

 

 

 

 

「きょ、今日からお外に出られるようにしようと思います!」

 

「と、いう訳で今日から部活動にはギャスパーも参加するわ」

 

「やっとですか……」

 

「しかし何でまた急に?」

 

「一誠がこの学園に通ってると教えたからよ」

 

「あー……なるほど」

 

 

「よ、よろしくお願いいたします一誠さん!」

 

「………………………。チッ」

 

 

 基本自分を見ると態度が悪い、でも決して嫌ってる訳じゃない一誠のファンになりましたとさ。

 

 

 

 

 

 さて、そんな訳でリアスの耳打ち……つまり出てくれば一誠と絡める割合が多いわよという言葉にアッサリ乗ったギャスパーが表に出て来る事で始まったオカルト研究部。

 

 とはいえ、ギャスパー自身が別に対人恐怖症を克服したからという訳では無く、実際の所理由としては……。

 

 

「神器の制御は何とかなりそうなんですけどぉ……そ、そのぉ、やっぱり僕自身の地力の無さが災いしてまだ足りない部分が……」

 

「へー、ギャーくんは神器の特訓をしてたんですか、引きこもりしてばかりじゃなく」

 

「あ、あはは……手厳しいな小猫ちゃん。僕だって……ほら」

 

 

 小猫に弄られて苦笑いしたギャスパーの視線が、部室の端の端で無愛想にしてパイプ椅子に座ってる一誠へと向けられる。

 

 

「えへへ……」

 

「「「………」」」

 

 

 そして何故かほんのりと頬を朱に染めながら、どう見ても畏怖じゃない視線を送りまくりなギャスパーに、未だ一誠と会話が上手いこと成立させられない小猫、祐斗、朱乃は何とも言えない顔をする。

 

 このギャスパー、対人恐怖症を拗らせて引きこもりの癖に、それに当てはまらない存在が眷属仲間であるリアス達の他に存在している。

 それはもう、大体の予想通り……。

 

 

「一誠、ギャスパーが何か言いたいみたいよ?」

 

「あ? 知らねーよ」

 

 

 ギャスパーの視線に対してガン無視を決め込んでる一誠を見かねて話しかけたリアスに、ヘッと悪態付いてるこのコミュ章拗らせ番長・一誠くんである。

 一体何が原因なのか……ギャスパーの内面を考えたら、ガン無視されて心が折れてしまう筈なのに、こと一誠に限りそれが嘘の様に吹き飛ぶのだ。

 

 

「一誠さん……あ、僕小猫ちゃんと同じ学年だから、一誠先輩って呼んだ方が良いですか?」

 

「……………………………」

 

「ほら、ギャスパーが質問してるわよ?」

 

「るっせーな、どっちでも良いわそんなもん」

 

 

「「「……」」」

 

 

 今だってそうだ。

 最初は小猫達みたいにガン無視してた筈なのに、リアスに言われて何故か嫌々ながらもギャスパーに対して返事をしている。

 寧ろギャスパーみたいな性格なら完全に嫌って口すら聞かない筈なのに、どういう訳か一応態度悪くながらも返す時がある。

 

 その理由は実はあるのだが、今までそれをリアスから聞かされた事も無ければ、当然一誠本人から聞いた事もない。

 だからこそ一誠と何としても仲良しになりたい三人は知りたいわけで……。

 

 

「あの、前から思ってましたけど、何でギャーくんにだけは微妙な間があるものの返事をするのでしょうか?」

 

「ある日突然そうなったって記憶してますけど、どう考えても解らないというか……」

 

「是非ともコツを私達としては聞きたいですわ」

 

 

 ギャスパーよりも古参で参入した朱乃からしたら理不尽にすら思う訳で。

 小猫や祐斗と一緒になってリアスにその理由を問い掛けてみると……。

 

 

「……これ、話して良いのかしら? どうなのよ一誠?」

 

「さぁな」

 

「そう、じゃあギャスパーは?」

 

「僕は全然……えへ、情けないお話ですけど」

 

 

 三人にも解らない、何か複雑なご事情がある。

 それをリアス、ギャスパー……そしてフンとそっぽ向いた一誠の三人から感じ取った三人は、そのまま一言一句聞き逃して堪るかとマジな顔となってリアスへと向く。

 

 そして語られるリアスによるご事情は――

 

 

「駒王学園に入学する前は実家の地下で引きこもってたギャスパーが、偶々中庭の隅で鬼の形相で修行してた一誠を見つけて、最初は怖がってたらしいのよ。

けど、偶々その修行疲れで倒れてた一誠におっかなびっくりで近寄っちゃったら……」

 

「「「近寄っちゃったら?」」」

 

 

 

「その……血が、ね?」

 

「た、偶々ですよぉ! た、偶々腕から血を流して倒れてた一誠さんの血を見てたら、普段なら怖いと思ってたのに身体が自然と引き寄せられて……」

 

「………………。チッ、忌々しい」

 

 

 つまり、ギャスパーは何を思ったのか、修行のオーバーワークでぶっ倒れてた一誠の流れる血に引き寄せられ、そのまま吸血してしまったのが始まりだったらしい。

 

 

「アナタ達も知ってるでしょ? ある日急にギャスパーの力が強くなった時の事」

 

「あ……あぁ! た、確かにありましけど……」

 

「ま、まさか一誠先輩の血を飲んだからなんですか?」

 

「そんなのって……」

 

「でも他に理由が無いのよ。

恐らくギャスパーにとって一誠の血は恐ろしい程に相性が良いみたいで……」

 

「……えへ♪」

 

「………………。チッ」

 

 

 リアスから語られる数年越しの真実に小猫、朱乃、祐斗は絶句しながらはにかむギャスパーと思いきり舌打ちしてる一誠を交互に見合わせるが、それでも一誠がギャスパーの声に対して微妙ながら反応する理由とは合致しなかったのだが……。

 

 

「うん、実は最初一誠がそれに気付いて怒り狂ってギャスパーを半殺しにしようとしたのよ」

 

「お、おぉう……」

 

「で、でもギャスパーくんは無事ですけど……」

 

「その様子からして続きが?」

 

「ご名答。流石にそれは止めたけど、やっぱり一誠は納得しなくてね。

ある日、ギャスパーを連れ出した一誠がお兄様の立ち会いの下、決闘形式で戦う事になったわけ」

 

 

 出てくる出てくる、知らなかった衝撃の事実に今度こそ開いた口が塞がらない三人。

 そんな話もそうだが、何より一誠とガチンコで戦ったなんて思いもしなかったのだから。

 

 

「で、これが今まで秘密にしていた理由なんだけどね? その決闘の結果なんだけど――――」

 

 

 それだけでも衝撃の事実。しかしリアスは此処からが本題だったらしく、急に言葉を濁す様に口ごもりながら一誠の顔色を伺い、その表情から大丈夫とでも察したのか……。

 

 

「実は一誠ね? 最初は泣きながら謝るギャスパーに対してイライラしながらも『ガタガタ言ってねーで制御ぐらいテメーでやれボケ!』って輩みたいに凄んでたのだけど、それが切っ掛けだったのか、それともその前の吸血が原因なのか知らないけど――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――急激に覚醒したギャスパーに返り討ちにされて負けたのよね……一誠が」

 

 

 嘘だろ? としか思えない事実を数年越しに明かした。

 

 

「「「…………え?」」」

 

 

 一誠がサーゼクス以外に戦闘で負けましたというリアスの言葉に小猫、朱乃、祐斗の目が点となる。

 

 

「…………………。ふん」

 

「で、でもアレは偶然で……そ、その後はボコボコにされちゃいましたし……」

 

 

 しかし、思い出したくもないとばかりな苦い顔の一誠と、慌てて肯定気味ながらに否定するギャスパーの両方の態度が、その現実が本物だと悟るに十分な素材だったのと同時に、自分達が知らされなかった理由に大いに納得した。

 

 

「結局臆病なのは変えられないままだし、制御だってまだまだですし……」

 

「……。それがムカつくんだよテメェ。嫌味かゴラ? フィジカルエリートの自慢か?」

 

「へ!? ち、違います……あふぅ……よぉ。

だって、結局は一誠さんにおんぶに抱っこだし……えへ、えへへへ……♪」

 

「「「……………」」」

 

 

 サーゼクスばりに敵意剥き出しで睨む一誠の言動からして本当に本当だという時点で疑いようも無かった。

 つまり、一誠の性格を考えるに、一度でも土をつけてきた相手と根性を見せきった相手には無愛想ながら返事をしたり会話する訳であり、それはある種その者を認めてるという裏返しであるのだ。

 

 

「へ、へー……へー? ギャーくんの癖に何か気に入りませんね」

 

「……。そっか、は、ははは……良いなぁ」

 

「私達なんてリアス越しか修行中でも無い限り話せないのに……」

 

 

 真実を聞かされた三人は大いに凹んだ。

 寧ろ一番無理だろうと思っていた者が、自分達の遥か先に居ましたなんて……。

 正直このまま泣きたいくらいだったのだが、ふとギャスパーが一誠を見て照れながら口走った言葉を思い出す。

 

 

「一誠先輩におんぶに抱っこってどういう意味ですか?」

 

 

 最早此処まで来たら何だって聞いてやるとヤケクソ気味に小猫が質問した。

 すると、それを受けたリアスがうんと一つ頷き、その理由を答えた。

 

 

「覚醒してからの制御の相手を一誠がマンツーマンでやってるのよね実は」

 

「「「はぁっ!?」」」

 

 

 自分達ですら三人とか団体でのみしかやってくれないのに、ギャスパーはリアスやソーナレベルのマンツーマン!? それを聞いた三人は大人気無く一気に嫉妬じみた視線をギャスパーに対して送りつける。

 

 

「ひっ!? な、何ですか三人して……!?」

 

「「「あー!?」」」

 

 

 その視線にびっくりして怯えたギャスパーは、サッと一誠に近寄り、事もあろうに座る一誠の肩にしがみつくように背に隠れるではないか。

 

 

「な、何か怖いですぅ……!」

 

「………………………」

 

 

 思いっきり嫌そうな顔をする一誠だが、投げ飛ばす等はしない。

 リアスの手前というのもあるのだろうが、自分達がやれば恐らく思いっきり冷たい顔をされるか、投げ飛ばされる事を考えると、やはりギャスパーに対する扱いは人間味あるそれだったと打ちしがれる思いだった。

 

 

「だから一誠はギャスパーとは話せるのよ。

曰く、完全に制御できる状態になったら真っ先にぶちのめしたいからって」

 

「な、なる……ほ、ど……」

 

「……ギャーくんの癖に」

 

「私なんて……私なんて……」

 

 

 そう締めるリアスに、三人の精神はボロボロだったらしく、ただただ伏兵としてはあまりにも強力な伏兵に、ただただ敗北した気持ちで沢山であったとか。

 そして――

 

 

「あ、ちなみにだけど、今のギャスパーは『女の子』になってるから、そこの所よろしく」

 

「は? お前今女の身なのか?」

 

「は、はい。

というより、この体質から早く抜け出せたらなぁ……って」

 

「……………。ハァ」

 

 

 特殊な生まれ故に持ってしまった特異体質が、ある意味小猫と朱乃に更なる危機感を持たせるのだった。

 

 

 

 変と言われるかもしれないけど、僕は一誠さんを見て勇気をちょっとだけ持てる様になれた。

 変と言われるかもしれないけれど、一誠さんは僕をハーフの吸血鬼で特異体質を持ってるからって全然差別しない――いや、寧ろ清々しいまでに容赦しない。

 

 だからこそ、変だと言われても否定できないけど、僕は……僕は……。

 

 

「わっ! ま、まだ駄目です。何度か軽く使うとすぐ一人でに」

 

「ふむ……じゃあ一誠。ギャスパーに何処でも良いから触れてあげて」

 

「……………。ふん」

 

 

 一誠さんと学校生活が送れる。

 それまではリアス部長に内緒にされてたので分からなかったけど、教えられることで一気に外へ出る勇気を獲た僕は、早速皆さんが見ている前で神器をどれだけ制御できたかを見せる事に。

 けれど、イメージトレーニングや軽い発動だけの訓練だとやはり儘ならなかったみたいで、数十回程で乱れが出てきたのを申告した僕に、見ていたリアス部長が一誠さんに指示を出す。

 

 それを嫌々ながらも受けてくれた一誠さんは僕に近付いて来ると、ふんと鼻を鳴らしながら僕の頭をガシリと掴む。

 

 

「……………。潰さないでよ?」

 

「やらねーよ」

 

「あぅ……」

 

 

 リアス部長が釘を刺すのを、無愛想に返す一誠さん。

 確かに今一誠さんは僕の頭を潰してやろうかとばかりに掴んでる訳だけど、何時から僕はそんな一誠さんを怖いとは思わなくなった。

 

 いや寧ろ……。

 

 

「っ!? 一誠のアシスト込みだと強烈ね。しかもほぼ完全に制御できてる」

 

「………。チッ」

 

 

 力がみなぎってくる。

 そしてポカポカする……安心する、神器に対する怖さも無くなる。

 視界から広範囲に渡る停止をさせてみせた僕を見て、部長は感心した様に微笑んでくれ、小猫ちゃんや祐斗さんや朱乃さんも驚いて―――あ、あれ、小猫ちゃんの顔が何か怖い……。

 

 

「外に出たからにはこの感覚を一誠無しでやって貰いたいのだけど……」

 

「はい、僕頑張ります!」

 

 

 ……。ま、まぁその事は後にして、今はもっと強くならなくちゃ。

 一誠さんに本当の意味で認めて貰うために……そして。

 

 

「さてと、取り敢えず課題はクリアーしてるし、ご褒美を上げなくちゃね。

一誠……出来る?」

 

「……………。まぁ、あの時と比べれば話にもならねーが、サボってた訳じゃあねーからな。

ったく……」

 

 

 この瞬間(とき)が何よりも欲しいから。

 リアス部長に言われた一誠さんが、無愛想な顔をしながら頷く。

 あぁ……来る……来る……!

 

 

「ゆ、指……指のでぇ……!」

 

 

 だ、駄目だ。まだ貰ってもないのに……。でも、貰えるとわかったら抑えられない。

 血は生臭くて本来なら飲めないのに、見てると怖くなってフラフラしちゃうのに……。

 

 

「指? ……ちっ、一々注文の多い……そらよ」

 

 

 一誠さんがブツブツ言いながら自分の人差し指を傷付け、そこから溢れる血だけは怖くないし……あは、オイシソウ。

 

 

「ちょ、ちょっと先輩、部長! な、何してるんですか!?」

 

 

 小猫ちゃんが大声を出してリアス部長になにか言ってるけど、僕はもう一誠先輩の指から流れる血しか見えない。

 

 

「あーうん……一誠の血を飲ませたら凄い頑張るから自動的にこうなっちゃったというか。

一誠もさっさと完全体にさせてからぶちのめしたいからと構わないスタンスだし……」

 

「だ、だからってこんな――ああっ!?」

 

 

 

 

 

「ちゅう……はむ……ぺろ……! んっ……はぅぅ……!」

 

「はぁ……普通に飲めよ、ムカつく顔しやがって」

 

「だ、って……んっ、んっ! ちゅうちゅう……一誠さんの血、おいひい……か、らぁ……!」

 

「………。こんなのに負けた俺って……クソ」

 

 

 おいしい、おいしい、おいしい、おいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしい!

 一誠さんの血……! 一誠さんの血が……! 止まらないよぉ……!

 

 

「わ、私のは!? わ、私には無いんですか!?」

 

「あの小猫? アナタ別に吸血鬼じゃないでしょ?」

 

「だ、だから何ですか!?

大体部長にしたって悔しくないんですか!? 先輩の血ですよ血!」

 

「別に私は………………………………たまにソーナと便乗するし」

 

「やっぱりですか! そうですかじゃあ私も勝手にしますよ! 一誠先輩、私にも血を――いたい!?」

 

「…………。じゃましないでくらはい小猫ちゃん。これは僕だけの血です」

 

「ほ、ほっほーぅ? その喧嘩買いますよギャーくん!」

 

 

 おいしい、おいしい……はぁ……好き……すき……しゅきぃ……!

 

 

「……………………………………………………………… ……………………………………………………。一々うるせぇ」

 

 

 この後、僕は一誠さんの血で色々と元気になり、そのまま小猫ちゃんと模擬戦をする事にしました。

 結果は……リアス部長に止められるまでドロドロの泥試合で引き分けでした。

 

 何か小猫ちゃんも強くなってる様でした。

 

 

終わり

 

 

 

 

オマケ・ファーストキッス。

 

 

 泥酔した一誠はキス魔である。

 しかしそれなら初めてのキスは一体何時で誰なのか? その事に疑問に思った朱乃の言葉に、聞いていた者達の目の色が変わる。

 

 

「是非気になりますね。

一誠先輩は今都合良くお掃除に行って居ませんし」

 

「昨日のアレは泥酔してしまったからこそのだけど、あの感じは相当に手慣れてるというか……」

 

「アレはびっくりしたわ。

けど考えれば考えるほど、一誠がそれ以前に誰かとキスしたなんて話は無いのよねぇ」

 

「つまり、そう考えるとグレモリー家に来る前はまだ幼いからあり得ないとして……あの泥酔時が初めてと考えても良いでしょう」

 

 

 と、一誠が城内を清掃して居ないのを良いことに、あの日キス魔化した彼の餌食になった者達が男女関係なく集まり考察した結果、昨晩の泥酔時が初めてだと判断したのだが……。

 となると自動的に……。

 

 

「えっと……わ、私?」

 

 

 全員の視線が昨晩の事を思い出してもじもじしてたセラフォルーへと注がれ、それにちょっと驚いた顔をする。

 そう、つまり……セラフォルーだった。

 

 

「え、えぇ!? わ、私なの!?」

 

「………。まぁ、そうなりますね」

 

「しょ、しょんな……わ、私だって初めてだったのに、いーちゃんと初めて同士だったなんて………………え、えへ、えへへへ」

 

 

 最初は戸惑いつつ自分も初めてだと然り気無くカミングアウトするセラフォルーの徐々に普段の軽いノリだとかも無しにただただ照れる姿に、妹のソーナも驚いてしまう。

 

 

「そっかー……私が初めてかぁ。昔服を吹き飛ばされた時も感じたけど、運命かなー……えへへへ♪」

 

「………………。お姉様、ヘッドバットして良いですか?」

 

 

 そのノリがガチに見えて若干納得できない者だらけなのは……まあ、ご愛敬なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘックシ!!」

 

「兄さま、風邪?」

 

「ずずっ……多分違う」

 

 

 本人は全然覚えてないが。

 

 

終わり




補足

覚醒全開状態のギャーきゅんに意識は無いけど、ヤバさは極限ミリキャスきゅんばりとでも思ってください。

つまりヤバイ。

体質は鳥猫と同じというある意味の隙の無さ。
そして他の血は嫌がるか怖がる癖に、初めて自らが吸血した一誠の血だけは平気どころか変な快楽があるらしく、大体こんな感じに見せられない程度に酔っぱらう。



その2

初チッスは然り気無くセラフォルーさんだったという。
まあ、しでかした本人は全く覚えてませんけど。


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スイッチ魔王少女

別に深い意味なんてタイトルに無い


 夏休みなので冥界に長く滞在するリアスとソーナ御一行。

 

 その滞在の合間にリアスとソーナは若手の悪魔としての会合を行ったり、シレッと来ていたアザゼルに戦闘データを取られたりと割りと忙しい夏休みだった。

 

 そんな忙しい悪魔達とは別に、唯一の純人間にてシトリー家とグレモリー家から絶大なる信頼を寄せられている日を避けて影に徹したい少年こと日之影一誠は、転生悪魔ですらなく、尚且つ四大魔王の内の二人から寵愛じみた庇護下に居るという勘違いも甚だしい誤解を多くの悪魔から認識されており、基本的にヘイトを貯めまくっている。

 

 例えばそう、会合の際はリアスとソーナでは無くセラフォルーの護衛に付いていた所を目にされれば舌打ちされたり、殆どの貴族悪魔に人間の悪知恵の固まりと揶揄されたりと、コミュ障というのもあるせいで一誠という人間のイメージはグレモリーとシトリーを騙してる詐欺人間扱いだった。

 

 勿論リアスやソーナやセラフォルーを筆頭にそんな事は無いと訴えてるのだけど、やはり一誠が無口で態度が悪いせいかその誤解は中々解かれる事は難しそうだった。

 

 

「昨日はありがとうソーナ」

 

「こちらこそリアス」

 

 

 そんな一誠の立場が続いていく中、この日リアスとソーナは先日行われたレーティングゲームを終えての挨拶を握手を交わしながら行っていた。

 

 若手悪魔の会合の最中にあった少しのイザコザが原因で魔王による提案で始まったリアスとソーナのレーティングゲームなのだが、どうやら互いに凌ぎを削りあった良い試合だったらしい。

 リアスとソーナが握手を交わすのに続き、それぞれの眷属達も握手していた。

 

 

「ところで一誠が見当たらないのだけど、ソーナの所に戻ってないかしら?」

 

「あら、私はてっきりリアスの所に戻ったと思ってたけど……?」

 

 

 宴もたけなわに握手を終えた両者は、両者のレーティングゲームが組まれたその日以降、『公平さの関係』によりサーゼクスからレーティングゲーム終了まで外泊する様に頼まれ、この日まで本当に一誠の姿を見てなかった。

 

 しかし先日にてレーティングゲームは終了しているので、てっきりリアスもソーナも互いの実家に居るのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 はてそれなら一誠は一体どこに? と眷属達と首を傾げていた所に然り気無くずっとグレモリー家に上がり込んでたアザゼルが『そういや……』と思い出した様に口を開いた。

 

 

「お前らの執事なら昨日セラフォルーに引っ張り回されてるのを見たぜ? 何かすげーげんなりとしてたみてーだけど」

 

 

 むしゃむしゃと誰かに作られたのだろうポップコーンを食べながら軽い調子でセラフォルーと一緒だぞと教えるアザゼルに全員の視線が突き刺さる。

 

 

「セラフォルー様と?」

 

「確かに私達のレーティングゲームが終わるまでは姉の近くに居るって話だったけど、終わっても尚一誠と遊んでるのかしら」

 

「多分そうじゃねーか? 貴族共が忌々しげにあの執事睨んでたし」

 

 

 『目の敵にされてるよなーあの執事は』と呑気に話すアザゼルはそのままフラフラとグレモリー家の中へと入っていく。

 

 

「そのまま戻らせるつもりが無かったみたいねあの方は」

 

「ええ、まったく……」

 

「じゃあ先輩はまだ戻って来ないんですか?」

 

「折角一緒に遊んで貰いたかったのに……」

 

 

 セラフォルー一人に出し抜かれた――とは思わないが、それでもギャスパーや小猫などのちんまいタイプは残念そうにしている。

 まあ、人間界の学校にリアスとソーナの護衛次いでに通い始めてたからはこういう時でないと殆ど会えないのだし、多少は仕方ないとも思えるため、リアスやソーナなんかはある程度黙認するつもりだった。

 それにセラフォルーのはしゃぎにキレて帰ってくる可能性もあるし、ましてや二人きりだったとしても何が起こるわけでもない。精々先程アザゼルが言った通り引っ張り回されるだけだろう。

 

 そう考えた二人は残念がる眷属達にそう告げ、帰りを待ってあげましょうと話すのだった。

 

 

 

 

 その頃、冥界のどこか。

 若手悪魔の会合から始まったリアスとソーナのレーティングゲームに伴い、両者片方を鍛えてしまったら公平性に欠けるという理由で終了するその時まで外に出ていた一誠は暫くセラフォルーの護衛をしていた。

 セラフォルー自身に果たして護衛が必要なのか? という疑問もあるが、本人がとにかくやって欲しいと言うのと、一誠自身外に出ても野宿かサーゼクスの用意した宿泊施設で過ごす以外やる事も無かったので、暇潰しという意味で暫くセラフォルーの傍に居た。

 

 よくも悪くもセラフォルーは目立つ為、傍らに居る自分に対して多くの悪魔がネガティブ的視線を向けてきたりもしたけど、一誠本人は雑魚の視線なぞ知らんと無視をしてるので問題も無く、セラフォルーの護衛もリアスとソーナのレーティングゲーム終了に伴い、終わりを迎えて帰ろうかと思っていたのだが……。

 

 

「やらぁ!!! 帰っちゃ嫌!!」

 

「……………」

 

 

 グレモリー家の一張羅――つまり燕尾服の後ろのスリット部分を掴まれ、帰ろうとする一誠に対して本気過ぎる駄々をこねまくるは、これでもソーナの姉で四大魔王のレヴィアタンであるセラフォルー。

 

 肩出しのトップスにスカートという、魔法少女衣装を正装と宣えるセラフォルーにしては地味に見える服装なんだけど、帰ろうとする一誠に駄々っ子みたいに地面を引きずられてる為、所々汚れてしまってる。

 

 

「お前の下僕にでも後は頼め―――って、お前って確か持ってなかったな下僕」

 

「そうよ、だからもっと居てよ!」

 

 

 何故か眷属を一人たりとも所持しないまま魔王をやってるセラフォルーに帰さんと燕尾服のスリットを掴まれるだけで既に目立ちまくっていて、レヴィアタン護衛の悪魔が物凄いひきつった顔で見ているのが一誠には見えた。

 

 

「あの、日之影様、聞けば今月末まで滞在すると伺ってます。

でしたらその……どうか魔王様の我が儘を聞いてあげて頂きたいのですが……」

 

「…………。」

 

 

 護衛の一人にてセラフォルーにより数少ない悪感情を一誠に持たない護衛悪魔が物凄く申し訳なさそうにコミュ障発動の一誠に頭を下げる。

 それを受けて一誠もかなり渋い顔をして返事の代わりとして返すのだけど、自分の足にしがみついてまだ嫌嫌言ってるセラフォルーを蹴り飛ばして帰っても良いことが全く無いのは目に見えてる。

 

 はぁぁ……と深くため息を吐いた一誠は、自分の足にしがみつくセラフォルーを猫のように首根っこを掴んで無理矢理立たせると、余程帰って欲しくなかったのか、涙目になってた彼女に言った。

 

 

「わかった、何で急にそんなに頑ななのかは知らないけど、要するにもう少しオメーの護衛してれば良いんだろ? ったく、俺は何時からこんなパシりみたいな真似を……」

 

 

 後半は殆ど愚痴っぽく、言われた通りにしてやると渋々話すと、半泣き顔だったセラフォルーの表情がパァァっと明るくなり……。

 

 

「いーちゃん!!」

 

 

 勢いそのままに一誠目掛けて飛び付こうとした。

 

 

「ええぃ鬱陶しい! 離れろ! それとその呼び方はやめろ!!!」

 

 

 何故こんな女にここまでされなくちゃならないんだ……と腰辺りをロックされながら抱きつき、顔を近づかせてくるその頭を押しやりながら嫌がる一誠に、セラフォルーの護衛は心底ホッとするのだった。

 

 何せこの夏より少し前に一度一誠がリアスやソーナ達と戻ってきた際、ベロンベロンに酔った一誠による大事故以降、それまで以上に一誠の事ばっかりになってしまった。

 

 護衛も一応その大事故が何なのかを聞いた――というか、セラフォルーにしつこいレベルで自慢気に語られたので知っている。

 故に我が儘言い出したセラフォルーを制御できるのはこの魔王と真正面から殴り合える人間の少年だけであり、護衛の悪魔達はセラフォルーにひっつかれて鬱陶しそうにしてる一誠に心の中で呟いた。

 

 

『ホント、セラフォルー様を何とかしてあげてください』

 

 

 と、何でも良いから一緒になったら落ち着くだろうとセラフォルーの制御材になってくれと手を合わせるのだった。

 

 

 そういう理由の為に帰るに帰れなくなっていた一誠は、引き続きセラフォルーの護衛をする為に基本的にセラフォルーが居住にしてる旧レヴィアタン城に缶詰にされていた。

 

 

「どうせ仕事なんてサボって勝手に来る癖に、何で帰っちゃ駄目なんだかさっぱりわかんねーよ」

 

「だって、帰っちゃったらリアスちゃんやソーたん達と一緒になって、いーちゃんと二人きりじゃないじゃん?」

 

「二人だろうが三人だろうがどうでも良いだろそんなの……くそ、護衛共にも押し付けられるし、最悪だぜクソが」

 

 

 手持ち無沙汰なのと、軽い職業病のせいか、せっせとセラフォルーの仕事部屋の片付けや掃除をしながらセラフォルーの言い分に一誠はハタキで本棚のほこりを叩きながら鼻を鳴らす。

 

 

「そもそもオメー、この前から変だぞ? こっち見るたんびクネクネしやがって。蛸にでも生まれ変わりたいのか?」

 

「だって、この前の帰省の時にいーちゃんがあんな事するし、しかもアレが初めて同士だったって聞いたから……」

 

「だから何の話だよ? この前からそればっかで具体的に話しゃしねぇし」

 

 

 大勢の前では基本的にイッセーくん呼びだが、二人きりやプライベートだと愛称のつもりか『いーちゃん』と呼ぶセラフォルー。

 その呼ばれ方にイッセーは今まで何度と無くガキ扱いされてる気がして嫌なので訂正させようとしたのだけど、本人にやめる意思が全然無いせいか、最近は殆ど口だけで注意する程度に留めてほぼ諦めており、今もいーちゃん呼びしながら、この前の帰省について話し出すが、本人はベロンベロンに酔ってたので全然覚えてない。

 

 

「えっと、それはそのぉ……」

 

 

 ポンポンと書類の山をめんどうそうに片付け、一応仕事らしい仕事をしているセラフォルーの手が止まり、ポッと頬を赤らめる。

 

 泥酔して悪酔いし、性別無差別キス魔に変貌した一誠による第一号にされた……と言いたいけどちょっと恥ずかしくて口ごもってしまう辺り、遅れて現れた思春期なのかもしれないが、悲しいかな一誠本人はまったく――それも自分の初めてのキスがこの昔から変を通り越してただの変態女悪魔と思ってる相手だとは知らない。

 

 ましてや、普段は痴女丸出しな格好ではっちゃけてる様な女なのだ。

 今更キスのひとつや二つでここまで引き摺る様な性格だったなんて思いもしないだろう。

 小さい頃から知ってるだけに余計。

 

 

「い、いーちゃんって、誰かとちゅーした事ある?」

 

「あ? 何だ急に……」

 

 

 結局挙動不審のセラフォルーから聞くのは無理だなと早々に諦めたいーちゃんこと一誠は、彼女に背を向けながら窓を丁寧に拭いていると、急とも言える話の振りに思わず振り返ってしまう。

 

 すると一誠の目に飛び込んで来たのは、全く魔王の仕事に手をつけず、指をもじもじさせながらこっちを見てる変態女悪魔の、逆にこっちが具合でも悪いのかと心配になる珍しすぎる姿。

 

 

「変なもんでも拾い食いしたのかお前……気味悪いんだけど」

 

「なっ!? わ、私だって女の子なんだけど!?」

 

「女の子って……人間換算じゃ三十路に届きそうなおばはんが何をほざいてんだよ……普通に引くわ」

 

「おばっ!? ひ、ひどいよいーちゃん……。確かにいーちゃんからしたら大分年は上かもしれないけど……」

 

 

 コミュ障が発動しない相手なのか、かなり喋るこの姿はリアスやソーナの眷属達が見たら軽く違和感だらけだが、生憎この場に居るのはセラフォルーと一誠の二人だけ。

 故におばはん呼ばわりされて凹むセラフォルーにケタケタ笑う姿もまたセラフォルーにしてみれば見慣れてる姿だ。

 

 

「お前が凹むなんて相当だな。

グレイフィアとは反応が違うけど」

 

「グレイフィアちゃんはなんて?」

 

「無言で頭どついてきたと思ったら、そのまま服ひっぱがされてヴェネラナのババァに向かって投げ付けられた……。その後の事は思い出したくもねぇ……」

 

「ふ、ふーん……? 中々に過激だねグレイフィアちゃん……」

 

 

 顔を白くさせながら軽く身震いする一誠にセラフォルーはちょっと顔をひきつらせる。

 女性に対して年齢で弄るのは地雷原の中でブレイクダンスするくらい危ないのはあの時で思い知ったらしい……その割りにはヴェネラナを今みたいにババァ呼ばわりしたりセラフォルーをおばはん呼ばわりしたりするのだが。

 

 

「まぁ、そういう訳だから今のは軽い冗談だとして、何だっけ? 誰かとキスしたかって話だったな。

あぁ、あるわけ無いだろ、ガキの頃からサーゼクスぶちのめしてやるって事しか頭に無かったからな」

 

「! へ、へぇ~?」

 

 

 と、本人はあくまでも未経験と言ってるが、意識がない間に何人かにほぼ犯されてる感じでされてる事は知らないらしい。

 とはいえ、それが始まったのは泥酔してキス魔に変貌した後の事だから、それを考えるとやはり正真正銘の初めてはセラフォルーになる。

 

 それを本人からめんどくさそうに聞いた瞬間、セラフォルーの顔は自然とニヘラニヘラと緩んでいた。

 

 

「何だよ……気色悪いな」

 

「えっへへ~ そっかぁ、いーちゃんはまだかぁ……」

 

 

 最初は自分の衣装をそこら辺の竹尺でぶっ飛ばした単なるスケベな子供だと思ってたのに、ニヤニヤするのが止まらないセラフォルー。

 小生意気な子供がいつの間にか自分の背を追い越し、青年と成長してからは余計に意識してしまう事が多くなったけど、やはりリアスやソーナを思うと流石に自分は――とも一時は考えていた。

 

 が、今一誠から聞いたお陰でやっとあの時から抱いたモヤモヤに踏ん切りがついた。

 

 

「そっか、うんうん……やっぱりいーちゃんには責任を取って貰おうっと☆」

 

「あ?」

 

 

 衣服を吹っ飛ばされた、泥酔で滅茶苦茶キスされた事について全責任を取って貰おう。

 ニヨニヨしながらそう告げたセラフォルーに一誠は片方の眉を器用に吊り上げながらこっち見てる彼女を見つめるが、変に変をブレンドさせたこの女悪魔の挙動がおかしいのは今に始まった事じゃないと自己完結し、移行していた床掃除を仕上げるのだった。

 

 

「はぁ、終わった」

 

 

 そんなこんなで二人きりの時間は過ぎていき、遂にセラフォルーの仕事部屋の清掃を完全に終わらせてた一誠は、然り気無く魔王の仕事を終わらせていたセラフォルーに今度こそ帰るぞと告げる。

 

 

「えぇ? いーちゃんにお掃除させてばかりだったから、少しくらいお礼させてよ?」

 

「要らねーよ、この前みたいに痴女衣装を次々見せられるなんて嫌だし」

 

「そういうお礼じゃないよいーちゃん。ほらおいで?」

 

 

 お礼がしたいと言うセラフォルーにまたしても引っ張られ、仕事部屋から出た一誠はどこでも無駄に広いな、金持ち悪魔の根城は……と何の気なしに考えながら、セラフォルー自身のプライベート部屋に案内される。

 

 

「おい、やっぱり同じだろ……」

 

 

 そのプライベート部屋に案内されたその瞬間一誠の顔は嫌そうに歪む。

 それはセラフォルーの部屋は部屋というよりは寝具があるだけの衣装倉庫みたいな部屋だからだ。

 

 これでも実家のシトリー家の彼女の部屋の100分の1の量しか無いのだからドン引きものである。

 

 

「だから違うって、ほらここ座って☆」

 

「……チッ」

 

 

 そろそろ力尽くでも帰るか? と軽く舌打ち混じりに考えつつも言われた通りセラフォルーが此処で寝泊まりする時に使用してるベッドに座らされた一誠。

 

 そしてセラフォルーは腰かけた一誠の隣に何故か座り、妙に甘えた視線を寄越し始める。

 

 

「は?」

 

 

 てっきりここから着替えては一々見せびらかしてくるのかと思ってた一誠は怪しむ様に、割りと至近距離になって甘えた目をしてるセラフォルーを見る。

 昔から何を考えてるのかいまいち掴めなかったが、この時もまた初対面時並みに読めず、暫く目が合ってたのだが……。

 

 

「ね、ねぇいーちゃん? その、さ……さっきの話じゃないけど、ちゅー……してみない?」

 

 

 徐々に頬を紅潮させながらの、言葉に一誠はポカンとしてしまった。

 

 

「……………………はぁ?」

 

 

 何だ急にコイツ? と、ちょっと照れてる仕草のセラフォルーから若干離れながら訝しげな顔をする一誠。

 

 

「……。何で離れるの?」

 

「急に訳のわからない事をお前が言うから」

 

「わ、訳がわからないって何よ? これでも結構勇気出したんだよ?」

 

 

 まるで罠でも疑う様な警戒さに若干凹みながらセラフォルーは言う。

 普段の行いのせいだとはまさにこの事なのかもしれない。

 

 

「ていうか、そんな事を言うためにわざわざこんな所に俺を連れてきたのか?」

 

「う、うん……」

 

 割りと平然と辛辣な言葉を向けられ、落ち込みながらも頷く。

 この反応からして間違いなく断られるだろう……そう考えて更に気分が沈むセラフォルーだったのだが……。

 

 

「だったらもったぶらないでさっさと言えよ。

で、どこにすりゃ良いんだ?」

 

「…………へ?」

 

 

 返ってきた言葉は予想を大きく外し、尚且つかなり軽い調子のもので、思わずセラフォルーは顔をあげて一誠を見る。

 

 

「あ、あのいーちゃん? キスだよ? ちゅーなんだよ? しかもいーちゃんにとっては初めてなんだよ? 何でそんな軽いの?」

 

「軽い? あぁ、これ軽いのか? 悪いけど意識したことも無いからよくわからない」

 

 

 首を傾げて見せる一誠にセラフォルーはハッとした。

 だからベロンベロンになった時あんなキス魔になっちゃったんだと。

 

 要するに一誠はキス自体を相当軽く考えてるのだ。戦闘極振りのせいで。

 

 

「えっと、じゃあお口とお口の……」

 

「口ね、はいはい……」

 

 

 しかしこれはまたとないチャンスなのかもしれないと踏んだセラフォルーは、そのままの勢いで一誠に指示すると、はいはいと軽い返事をした一誠と向かい合い、目を軽く閉じた。

 その際、今までにないくらいに心臓が早鐘し、全身が熱くなったりとしたりで、もしこのまましちゃったら一体自分がどうなるのかとセラフォルーはこの先の展開を大いに期待したのだが――

 

 

「…………………って、バーカ、嘘に決まってんだろ?

流石にそんな軽く出来るかっつーか、何でオメーにそんな事しなきゃなんねーんだっつーの!」

 

「いたっ!?」

 

 

 訪れたのは唇の感触では無く、額に走る鈍い痛みだった。

 そう、目を閉じてたセラフォルーは軽くその額にキスの代わりに凸ピンをされたのだ。

 

 パッと目を開けて見れば、ケタケタと笑いながら小バカにした顔の一誠……。

 そう、セラフォルーはおちょくられてたのだ。

 

 

「ひ、酷い! 私の事騙したの!?」

 

「騙しただぁ? いきなりトチ狂ったオメーを正気に戻してやっただけだぜ? つーか何マジになってんだよ? あははは!」

 

 

 

 怒るセラフォルーに向かって腹まで抱えて大笑いする一誠もまたレアな姿だが、おちょくられた本人にしてみれば冗談じゃない。

 このドキドキをどうしてくれるんだと、怒り出したセラフォルーがポカポカと一誠を叩きながら抗議する。

 

 

「酷い酷い! 年上をからかって楽しいの!?」

 

「特にオメー相手なら毎日やっても飽きないねぇ? くくく、急にマジなツラした時は笑いこらえるのが大変だったぜ………あははははは!!!」

 

「わ、笑わないでよぉ! うわーん!!! いーちゃんのばかぁ!!!」

 

 

 遂には泣き出してしまったセラフォルーだけど、一誠はそれを前にしてもまだ笑っている。

 これもまた一誠にとって『他人ではない』相手にだからこそのコミュニケーションのやり方なのだけど、これはこれで酷いと言わざるを得ない。

 

 だからこそなんだろう……。

 悪魔をおちょくった罰は割りと重い……。

 

 

「あーぁ、面白かった。さて帰るわ、じゃーな、年甲斐もなく何か勝手にマジになったセラフォルーちゃま? ひゃひゃひゃ!」

 

「うー……! このまま帰さないよ!!」

 

「うぉ!? てめ、離れろコラ!」

 

 

 さっさと部屋を出ようとしたその背中に本気でしがみつき、そのまま揉み合いになる二人。

 

 

「わっ!?」

 

「っぶね!?」

 

 

 そしてセラフォルーの足と一誠の足が引っ掛かり、そのまま盛大にひっくり返り、そこから面白いくらいに互いが密着し、ゴチンと額が激突し……。

 

 

「「あ………」」

 

 

 気付いた時には床の上で互いに抱き合う体勢で向かい合っていた。

 

 

「チッ、少しはできるようになったじゃねーか」

 

「え、う、うん……」

 

 

 体勢からしたら一誠が押し倒されたみたいな体勢であり、上手いこと組伏せられたと解釈した一誠は軽くふて腐れた様にセラフォルーを褒める。

 はっきり言ってただの偶然だけど、セラフォルーは取り敢えず頷きながらも、ふと自分の措かれてる状況に気付き、瞬時に閃く。

 

 あ、これいけんじゃね? と……。

 

 

「ねぇ、いーちゃん?」

 

 

 その閃きに従う形となったセラフォルーが急にニコニコしながら一誠を愛称で呼ぶ。

 

 

「その『いーちゃん』っての本当にやめろよ………ってなに?」

 

「さっきさぁ、結構――ううん、本気で期待したんだよ私? でもさ、いーちゃんったら私の事おちょくっただけで結局してくれなかったよね?」

 

「何が?」

 

「ちゅー☆」

 

 

 可愛らしく、にっこりしながら話すセラフォルーにイッセーは本能的な危険信号をキャッチした。

 そう、この笑みはスイッチの入ったヴェネラナによく被ったのだ。

 

 

「退け―――」

 

 

 だからこそ一誠はセラフォルーを押し飛ばそうとした。

  が、一誠相手に割りと凌ぎを削っていたセラフォルーもまた進化をしており、それよりも速く一誠の手首を床にそのまま縫い付ける様に押さえつけると。

 

 

「この前さ、お父様に間違って渡されたお酒飲んでベロンベロンに酔ったいーちゃんは、狂ったみたいに私にちゅーしたんだよ?」

 

「は、はぁ!? …………!? だ、だからあの次の日どいつもこいつもおかしかったのか!?」

 

「うん、そういう事。で、あのとき最初にいーちゃんがしたのが私で、あれが私の初めて……ふふ、これ、どういう意味だかいくらニブチンないーちゃんでもわかるよね?☆」

 

「て、テメェ、俺の服と床を氷で縫い付けて――っ!?」

 

 

 さっきよりも頬を紅潮させ、ある程度の抵抗をさせないようにし、そっと顔をひきつらせた一誠に顔を近づかせるその様はいつものセラフォルーには無い異様なまでの妖艶さがあった。

 

 

「だから……絶対に責任取ってよいーちゃん☆」

 

「酒飲ましたお前のオヤジに文句言えや! 第一そもそもテメーは魔王だろうが! 人間のガキ一匹に何をマジに――」

 

「小さい頃のいーちゃんに服を脱がされた時から私はずっといーちゃんに"マジ"だよ。うん、そうだね、言い方を変えてあげる―――――好きだよいーちゃん?」

 

「はぁっ!? 知らねーよそんな――あむむっ!?」

 

 

 これで後でボコボコに殴られても良いや……という覚悟。

 その覚悟と先程のおちょくられで吹っ切ったのか、セラフォルーはベロンベロンに酔っ払った一誠にされたあの時と同じ――言ってしまえばアレなキスをした。

 

 

「気に入らないなら、私の舌そのまま噛み切っても良いよ? 自分でやっちゃってるって自覚はあるし」

 

「お、俺お前にこんな事したのかよ……」

 

「したよ? しちゃったよ? お陰で暫くいーちゃんの事が頭から離れなくてね……えへへ、まさかあんな小さかったいーちゃんに骨抜きにされるなんて思わなかった☆

だからほら……もっとしようよいーちゃん……ちゅ、んっ……」

 

「く、くそ……こ、コイツさっきより進化してるだと? しかも急速に……こ、の……あ、ちょ……ヴェネラナのババァみたいにどこ触って――あ、おい!? やめろ! あひぃぃぃっ!?!?」

 

 

 この日以降、一誠はヴェネラナ並みにセラフォルーに頭が上がらなくなった……らしい。

 

 

 ちなみに、兵藤を奪った方の一誠は悪魔とのフラグが立てられないからと無限の龍神とフラグを立てに自ら死ににいく真似をしていたらしいが、それはまさにどうでも良い話だった。




補足

服を吹き飛ばされました。
ベロンベロンに酔っ払ったまんま凄いチューをされました。

思い切りおちょくられました。

………ここまでされたら流石に魔王だもん、怒るよ。


その2
コミュ障発動させない相手だとこんなもんですね。

寧ろかなりお喋りかも。
だからこそ仲良くなりたい人達は悶々としちゃう。



その3
ちなみにこの頃の転生者はとある黒猫とかと出会してるらしい


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執事と眷属達
グイグイ来られてビビる執事


ホント微妙ながら改訂してます。


 

 

 サーゼクスに負けた時と同等の精神ダメージを受け、それを誰かに相談する相手も居ないまま胸の内に秘める事になった一誠は、その日以降は淡々とした業務を続けていた。

 それは新学期となった現在でも変わらず、寧ろ夏休みに溶けかけていた色々なものが嘘みたいに凍てついてしまっていた。

 

 

「………」

 

 

 自分の記憶が無い所で泥酔した挙げ句、誰彼構わず襲い掛かったなんて聞かされれば誰だってショックだし、何より散々虚仮にしてやっていたセラフォルーに組伏せられたという現実は、負けず嫌いの一誠にしてみたら何物にも代えがたい屈辱である。

 

 

『お、おぼ、覚えてろよバーカバーカ!』

 

 

 ぶっ飛ばしてやろうとしたのに結局出来ずに逃げる様に退散してしまったのも後悔でしかない。

 故に一誠はこれまで以上に自分を追い込み続け、異常な進化をし続け、若干軟化したように見えたコミュニケーション能力は更に拗れ、今現在の彼はリアスとソーナ以外との接触からそそくさと避けてる様にすら見えていた。

 

 

「先輩は?」

 

「基礎訓練と言って町中を全力疾走中よ。最近は妙に自分を追い込んでるのよねぇ」

 

「私達とも全く話さないのは変わらないですが、それに加えて顔を合わせようともしないですし……」

 

「僕たちが何かしてしまったのでしょうか……?」

 

「しつこく一誠さんに付いていったのが駄目だったのかな……」

 

 

 新学期が始まったオカルト研究部に来ない一誠が、町中を何かを吹っ切りたい様に毎日毎日全力疾走しているというリアスの言葉に眷属達のテンションは少し下がり調子だ。

 ある意味リアスの知り合いでの最古参で、人の身であり続けながら強い一誠とどうしても仲良くなりたいと願い続ける健気な子達。

 

 今年の夏休みの間にほんの少しだけ縮まったと思ってたのに、新学期が始まってからの一誠は以前と変わらない無言無表情を貫いてしまってるせいで、眷属達はそれが自分達のせいでは無いかと心配するのだが、一誠の性格を理解してるリアスは軽く笑みを見せながら首を横に振る。

 

 

「その心配は無いわ。皆が原因じゃないことだけは確かよ」

 

 

 あれは寧ろ別の何かでしょうと、眷属達に落ち度は全く無いとフォローするリアスは燃える様に紅い髪を耳に掛ける仕草をしている。

 

 

「変わり始めが私とソーナのゲームが終わって、セラフォルー様の護衛から戻ってきた時だから、恐らくはその時にセラフォルー様と何かあったとかだと思うわ。

例えば、何かしらの事でセラフォルー様に敗けたとかね……あの子昔から誰かに負けると一人で修行に行っちゃうから」

 

「……。流石先輩と昔から一緒だっただけに、何でも知ってますね部長は」

 

「知ってても、それに見合う力が無ければ、知った風な口を叩いてるだけにしか見えないわ。

もし私がアナタ達と同じタイミングで出会ってたら会話すら成立しないでしょうし、こればかりは偶然よ」

 

 

 掌の上に小さく形作った魔力の玉で軽く遊びながら、一誠という進化し続ける人間との仲を若干自虐的に話す。

 真の意味で対等に話せる相手が誰かとするなら、それはサーゼクスだったり、やり込められるヴェネラナだったり、一誠の精神を見出だした安心院なじみなる存在だろう。

 

 

「私にはまだその力は無い。

確かにお兄様と一誠によって見出だされたスキルがあっても、その領域に入れるかは自分次第」

 

 

 リアスの掌に浮かび上がる小さな魔力の塊が収束し、やがて消え去る。

 

 

「あの子を悔しがらせれば、その報復の間は他に一切目もくれずにその相手を見続ける。

一誠って少しだけ間違えた一途さがあるのよ……アナタ達の中――特にギャスパーなんかは体験した事があるんじゃない?」

 

「確かに……あの状態の一誠さんは物凄く情熱的……かもです」

 

「「「………」」」

 

 

 意味深な笑みを向けるリアスにギャスパーは何故かほんの少し頬を赤らめさせながらはにかむ。

 そんな経験がひとつ足りとも無い祐斗や小猫や朱乃は、然り気無くどころか発覚してから妙に感じ続ける敗北感に再び打ちひしがれながら、そんな事がこの先あるのかと心配になってしまうのだった。

 

 

「とはいえ、それと会話をしないとはまた違う事なんだし、アナタ達も一誠を知ってから短くないのだからそろそろ打ち解けるべきなのよね。

特に朱乃なんて最近までかすりもしてないでしょう?」

 

「え、ええ……小猫ちゃんや祐斗くんはほんの少しながらありましたけど、私は本当に何にも……」

 

 

 リアスの眷属という意味では最古参なのに、一番一誠との距離が物理的にも心的にも離れてる気がする朱乃は、ドSさも出せずにしょんぼりしている。

 一度リアスがほぼ無理矢理に対面して会話させようとしたら、真っ青な顔で今にも吐きそうな様子で飛び出してしまったのもあるし、それ以降小猫やら祐斗が少しずつ一誠に近寄れてるのに軽く嫉妬心を覚えたのは否定できない。

 

 だが嫉妬した所で一誠との距離が狭まる訳じゃないので、朱乃も自分なりに色々と試したけど効果は全く無いのが今の現状だった。

 

 

「そうね、ならこうしましょう!」

 

 

 一誠に実力勝負を仕掛けても秒殺。

 勇気を出して話をしても相づちのひとつも無い。

 というか返事の言葉すら無い。

 無い無いだらけでそろそろ泣けて来た朱乃を見て、そろそろ本当に何とかしてあげないといけない時が来たのかもしれないと悟ったリアスが妙案とばかりに手を叩く。

 一体何を思い付いたのか、さぞかし凄い作戦なんだろうなと少しだけ期待してしまう朱乃だったが、全員を集めて思い付いた内容を聞かされた瞬間、本人だけでなく他の仲間達も微妙な顔をした。

 それで本当に上手く行くのか? ……と。 

 

 

 

 

 町内を全力疾走で何十週もしながら、あの日セラフォルーとの間に起きた不覚を忘れようとしていた一誠が、結局寸足りとも忘れる事が出来ずに学園に戻ってきた。

 自分が兵藤一誠として全て失った元凶足る男があまりにも弱すぎたせいで、微妙に締まらない復讐も自分という存在に日々怯えて生きなくてはならない事を思えば最早どうでも良くすらなっており、最近も知り合いになったらしい例の金髪の女とばったり鉢合わせした瞬間、目に見えて自分を恐怖していた。

 

 化け物を見るような目で……いや、死んでなかったという誤算と始末が出来ない後悔と悔しさにまみれた顔で自分を見る姿も最早何も感じない。

 寧ろ感じるのは、こんな程度の存在にしてやられた当時の自分の弱さへの怒りだけだった。

 

 

「…………」

 

 

 相変わらず生徒会とオカルト研究部のメンツと顔見知りで親しいように見えてるのか、事情を知らぬ者達に嫉妬じみた悪意を受ける一誠は、走り込み時に着ていたジャージから学生服に着替えてオカルト研究部へと足を運ぶために旧校舎へと向かっていた。

 

 意外な事に男子の多くがやるような腰パンだの、第2ボタンを外したシャツを着たりだのとした事はせず、キッチリとした着こなしだ。

 これはリアスの母であるヴェネラナによる教育と、割りと長年本人にとっての罰ゲームである執事紛いな仕事がそうさせており、喧嘩になってテンションが上がる時以外はいっそ堅苦しいまでのピッチリした着こなしだった。

 

 なので教師にコミュ障以外での生活態度で注意をされた事が無かったりする一誠は、セラフォルーとの一件にて知ってしまった泥酔時によるしょうもない行いについてを何とか思い出してはならないと自分の頭を軽く叩きながら、オカルト研究部の部室に入る。

 

 

「………」

 

 

 リアスが居れば適当に町中の全力疾走ついでのパトロールについて異常は無いという報告をしてから時間を見てソーナの所へ……。

 リアスが居なくて他のみなら来るまで適当に隅っこで知恵の輪かルービックキューブでもしてよう……等と考えてたのだけど……。

 

 

「おかえりなさいませ……」

 

「……………………………………」

 

 

 部室にリアスは居らず、居たのは何故か日本の大きな神社が祭りか何かの時にでも着る紅白衣装……所謂巫女服を着た姫島朱乃ただ一人であり、三つ指ついて床に正座して自分にお辞儀していたので一瞬一誠はピシリと固まった。

 

 

「今日は皆を鍛えてくれる……と聞いて、レーティングゲームの時と同じくこんな格好をさせて貰ったのですが……まだ来ないんですのよ?」

 

「………」

 

 

 鍛える? 何の話だ? と話の意図を察するにリアス達の行方を知らない様子の朱乃に対し、一誠は運動の時よりも量の多い変な汗を背中に滲ませながら、犬みたいに辺りをキョロキョロと落ち着きの無い様子であった。

 

 リアスが間に入いらないで、しかも碌に話もしてない相手と二人だけ……一誠にしてみれば普通に地獄だ。

 

 

「ただ待ってるのも、その……何ですし、お茶でもお入れしましょうか?」

 

「が………………がぅ……」

 

 

 巫女服姿の朱乃に何を抱くなんて事は無く、話を振られてただただテンパる一誠は、間抜けな獣みたいな声をやっとさ出しながら、後退りして部室から出ようと扉のノブに手を掛ける。

 しかしその瞬間、無理矢理持たされた携帯がブルブルと震え始め、取り出して中身を確認してみるとメールだった。

 

 差出人はリアスであり……

 

 

『事情があって今ソーナ達と外に出てるの。

だからそれまでの間、教師に呼び出された関係で合流できなかった朱乃の事をおねがいね?』

 

 

 中身は簡潔ながら一誠にとっては史上最高難易度のリアスからのおねがいメールだった。

 わざわざ後ろにハートの絵文字を入れてるのに軽くイラッとし、思わず携帯を握りつぶしてしまいそうになった一誠なのだが、朱乃に声を掛けられてハッと我に返る。

 

 

「? 部長からメールですか? 差し支えなければ内容を…………あ、ごめんなさい、話せませんよね……」

 

「………………」

 

 

 内容を知りたがった朱乃が気づいた様に謝るので一誠はひとまず携帯を仕舞い、口のはしっこをピクピク痙攣させながら落ち着かない様子で部室の中をうろうろと歩き出す。

 

 

「……………」

 

「あの、大丈夫……ですか?」

 

「………………」

 

 

 こんな願いなんて無視すべきなのだろうと一瞬思った。

 だがそれだと自分が逃げたみたいな感じがして敗けた気持ちになる。

 コミュ障だけど負けず嫌いな一誠にとっての天秤としては、この胃がキリキリするような空間に碌に話せない朱乃と居るか、それとも逃げるかを考えたらこの場に留まってしまった方が少なくとも敗けじゃないと傾き、目が物凄く泳いだ状態で椅子に座り、ソワソワと身体を揺らしてリアス達が戻るのを待つことにした。

 

 

「……………」

 

「リアス達は遅いですわね……一体どこに……」

 

 

 『やべぇ、どうすれば良いのかまったくわからない』と一人しなくても良いパニックを引き起こしてる一誠とは裏腹に、のんびりとした口調でリアス達の帰りが遅いことを呟く朱乃は、内心物凄く巡ってきたチャンスにハシャイでいた。

 

 

(ほ、本当に二人だけになった……! で、でも一体何を話せば――いえ、どう切り出したら……)

 

 

 負けず嫌いな面を突っついてやれば簡単だというリアスの言う通り、呆気なく二人だけになれたこの状況を嬉しく思う反面、さっきから落ち着かない様子でテーブルを指でコツコツ叩いてる一誠にどう会話しようかと悩む朱乃だったが、またしても震えた一誠の携帯がその悩みを解決させる事になる。

 

 

「……………!?」

 

(間違いなくリアスからのメールみたいだけど、どうしたのかしら? かなり驚いてるけど……)

 

 

 『私に任せなさい!』と言ったきり、深くは語らずに自分がやりたいとブー垂れる小猫やギャスパーや祐斗を連れてソーナの所へと行ってしまったので、朱乃はリアスが何をやってるのかが分かってない。

 

 察するに一誠からなにかをさせる為にメールでそれとなく何かを指令してる様子だが、それを見た途端一瞬朱乃と目が合った一誠の顔面が蒼白となってる辺り、少なくとも一誠にしてみればとてつもなきハードルの高い何かなのだろう。

 

 

「っ……ざけ……んな……!」

 

「あ、あのー……?」

 

 

 蒼白な顔ながら、怒ってる様子の一誠に朱乃はますます気になるので思わず話しかける。

 すると声を掛けられた事自体に驚いたのか、一誠は飛び上がる勢いで身体をびくつかせると、前と同じく今にも吐きそうな顔で何かを葛藤する表情を浮かべていた。

 

 

「ブツブツブツブツ……」

 

(本当にどんなメールだったのかしら……かなりの無茶振りな様だけど、私大丈夫よね? 回り回って蹴り飛ばされたりしないわよね……?)

 

 

 頭を抱えてブツブツブツブツと呟いてる一誠に若干キレる前兆を感じて心配になる朱乃。

 他人とコミュニケーションを取る事に限界が訪れると火山の噴火みたいに激昂して暴れだすのは前に一度見た事があったからこその必然的な心配だったのだが……。

 

 

「すーはー……ひーひー……!」

 

 

 もう一杯一杯なのが見てとれる深呼吸をし始めたのは割りと見ない姿だったので、朱乃は思わずその姿を暫くボーッと見ていた。

 

 誰かを介してでなければ話さない。

 認めた相手以外とは話さない。いや慣れた相手じゃないと話せない。

 そんな相手とちゃんと仲良くなりたいと思い始めてもう何年経ったのか……。後輩達が次々と追い抜いていく中を少し諦めていた朱乃についに……出会ってから割りと長かったりする一誠はついに……。

 

 

「………………ご、ご……ご趣味は、なんです………か?」

 

 

 死にそうな顔をしながら、そして噛み噛みながらも生まれて初めて姫島朱乃に話し掛けた。

 

 

「へ?」

 

 

 顔面汗だくの過呼吸気味で声を出した一誠に一瞬自分が話し掛けられたのだと理解出来ずに目を丸くしてしまった朱乃に一誠は後悔した様にサッと顔を逸らした。

 

 

「ふ、ふざけんな……ご趣味は何ですかって何だよ……意味わからねぇ」

 

「………」

 

 

 どうやら自分の言った台詞に後悔したらしく、恥ずかしいのか頬を軽く赤くさせながら小さく自己嫌悪の言葉を吐いていた。

 それが何と無く可笑しくて、つい朱乃は笑ってしまった。

 

 

「ふ、ふふ……!」

 

 

 戦ってる時は口が回るのに、普段はただ話すだけでもあんなに大変そうなのか。

 最初は自分からも踏み込めずに戸惑ってたけど、この何とも言えない……言うなれば初対面同士のお見合いの第一声みたいな台詞によって少しだけ朱乃の中に勇気を芽生えさせた。

 

 

「趣味は……うーんそうですわねぇ? ある男の子を長年知ってるし、顔を合わせる機会も多いのに今までお話も出来ずに居たので、何とかお話出来るようにする為に自分を磨く事ですわ」

 

「ぁ……え、っと……それは……」

 

「ええ、アナタの事ですわ。

今やっと向かい合ってお話できて嬉しい……」

 

「なんだそりゃ、わかんねぇ……」

 

 

 ニコリと微笑む朱乃を何と無く直視できずに目を逸らす一誠。

 なんでも良いから朱乃と話をしてみなさい。出来なかったらお母様が悲しむわね……。

 

 なんてメールを貰った瞬間、リアスが余計な真似をして姫島朱乃と向かい合わせたなと察した一誠は当初殴り倒しに行こうと思った。

 だが、ババァことリアスの母からのまさかのメール……。

 

 

『リアスから聞いたわ、逃げたりしないわよね? 私の大事な息子なのに♪』

 

 

 というリアスに報復しに行けば即座に出張ってやる的メールのせいで逃げられなくなってしまった。

 だから吐きそうなのを何とか我慢して、コミュ障故に碌な切り出し方も知らずについついお見合いの第一声みたいな台詞を吐いてしまったのだが、どうやら掴みは良かったらしく、妙にニコニしながらしょうもない自分の質問に対して律儀に返して来た。

 

 良かった……と内心ホッとしながら、辿々しく言われた通り逃げてない証明として朱乃と話をしていく。

 

 

「これからもお話してくれますか?」

 

「え……なんで……」

 

「何でって、一誠くんと仲良くなりたいから……」

 

「仲良く……? あ……」

 

「? どうかしました?」

 

 

 話すのが苦手じゃなくて嫌いなだけだと、コミュ障にありがちな言い訳をしてきた一誠との会話は思いの外朱乃も楽しく、つい親しくなりたいが為に敬語口調が抜け始めて来た頃、何かを思い出した様な顔をする一誠。

 

 そして一瞬だけ躊躇した様な顔をしながらも、朱乃に向かって最初よりは落ち着きながらこんな質問をした。

 

 

「……ゴールデンウィークの日、冥界に帰った時の事は覚えてるか?」

 

「ええ、まだ数ヵ月前だし。それが……?」

 

 

 自分の入れたお茶を飲んで貰おうと差し出しながら朱乃はゴールデンウィーク時の事は覚えてると返す。

 すると一誠は小さく『覚えてるのかよ』と呟くと、かなり苦い顔をし、ひねり出すような声で言った。

 

 

「俺がソーナの親父に間違って飲まされた酒で記憶がすっ飛んだ時の状況の事は……」

 

「えっと、はい……覚えてますよ勿論。

忘れられる訳無いじゃない……」

 

 

 泥酔した時の行動をセラフォルーに聞いたが、まだ他に聞いてない為信じたくなかったのでこの際だからとあの場にいた筈の朱乃に聞いてみた所、返ってきたリアクションはセラフォルーと被っていた。

 

 そのリアクションだけで十分だった。

 

 

「あ、そう……本当だったんだセラフォルーの言った事は……」

 

「セラフォルー様から? なるほど、だからあの時の事を。

その……この機会に言うけど、私……初めてだったわ」

 

「……は!? あ、アンタに俺が!?」

 

「ええ、こう……獣みたいに押さえ付けられて、貪られる様に……舌までこう……」

 

 

 泥酔してキス魔化した一誠に初めてを奪われた……という割には当時を妙に鮮明に覚えてる様で、もじもじと頬を赤らめながらその時の事を話す朱乃に一誠は内心『俺は一体何を……』と死にたくなってきた。

 

 

「一誠くんは暑かったのか上半身裸だったし、その……唇どころか舌まで奪われた時に色んな所を触られたり……」

 

「いや、いやいやいや……いや! セラフォルーも似た様な事を言ってたけど……お、俺が本当にそんな……!」

 

「はい。だってベロンベロンだったし、仕方ないと思う。

それに殆どの女性は最初はびっくりしたけど誰も抵抗しなかったし、寧ろ途中で腰砕けになっちゃったと思う。私なんかそうだったし……」

 

「抵抗しろよ!? 金的でも噛ましてやりゃよかったろ!?」

 

「だ、だって……普段の一誠くんじゃ無かったから驚いちゃって……」

 

 

 然り気無く殆どの女性に対してという新たな情報に苦虫を噛み砕いた顔しかできない一誠。

 しかもセラフォルーと同じく別に嫌では無かった的なコメントに対してどう思えば良いのかもわからないし、今まで自分なりに抱いてた罪悪感はなんだったのか……。

 

 

「前にさくらんぼの茎を一誠くんが舌で蝶結びしていたのを見たけど、その通りに上手というか、多分もうあれを知っちゃった私達はダメになっちゃってるかなって……」

 

「そ、そっすか……」

 

「でも良かった、お話出来た上にこの話もできて。

ずっとしてみたかったから……」

 

「はい……」

 

「セラフォルー様やリアスやソーナ様が腰砕けになるんだもの、私なんか抵抗できないわ」

 

「……」

 

 

 碌に話もしなかった相手にまで及ばせた凶行はどうやらかなりやらかしたらしい。

 冥界から戻ってから以降、毎日毎日電話して来るセラフォルーのあの態度から考えても、その時の自分をぶち殺してやりたい……そう思いながら朱乃の入れたお茶をチビチビと飲むのだった。

 

 

「リアスと交わされてる会話が私とだなんて、新鮮だけどとっても嬉しい。

何年もこの時を待ってたから……」

 

「明日になればまた元に戻るかもしれない……」

 

「そうかもしれないけど、今日みたいになれるまで私は頑張るわ。

だって、小さい頃からの一応の顔見知りなんだから」

 

「……」

 

 

 終わり。

 

 

 

 

 

 オマケ。

 

 誤解。

 

 

 携帯の操作が割りと下手な一誠は、素朴な質問を部活中のリアスと色んな打ち合わせで来ていたソーナの二人に聞いてみた。

 

 

「なぁ、画像や写真のデータってどうやって消すんだ?」

 

「いきなりどうしたのよ?」

 

「画像や写真はファイルマネージャーから操作して消せば良いけど、何よ、まさかスケベな写真でもダウンロードしたの?」

 

 

 冗談っぽく一誠に言うリアスだったが……。

 

 

「ある意味それに近いな。いや、ダウンロードってどれかは知らんけど、送られて来るんだよ……」

 

「………………誰に?」

 

「………………セラフォルー」

 

 

 魔王の名前にソーナとその場に居合わせた二人の眷属達の動きがフリーズする。

 

 

「貸して一誠」

 

「おう」

 

 

 思わず真顔になって携帯を受け取ったソーナは、電話帳に登録されてる数少ない存在の中に居る姉のセラフォルーからのメールと、それに添付されてる写真のデータに絶句する。

 

 

「こ、これって……!」

 

「どんな写メールかしら――――って、これは……」

 

 

 絶句するソーナの隣からひょいと画面を覗いたリアスも思わず固まる。

 

 

「これ、日付見る限り人間界に戻ってから毎晩来てるわね?」

 

「あぁ、まぁな……」

 

「ちょうど私とソーナがレーティングゲームする為に暫くセラフォルー様の護衛をやってから妙に様子がおかしかったけど、まさかこんな大胆な……」

 

 

 何だ何だと気になるって顔をする眷属達には絶対見せられないソーナは、自分にはやれないやり方で突撃してきたセラフォルーにちょっとしたジェラシーを抱いてしまう。

 

 というのも、毎日毎晩の電話の後に送られるメールに添付される写真データは、最早自分を夜のお供に使ってくださいと言わんばかりのセラフォルーの自撮り写真であり、全力で一誠を取りに来てるとしか思えないものだった。

 

 

「『いーちゃんへ、写真だけど私を使ってくれたら嬉しいな☆ でもその内私自身も使ってね?』…………やっぱり一誠に護衛されてる間に何かあって本気になりだしてるわねセラフォルー様……」

「勇気を出して聞くけど、その……一誠はお姉さまの写真でそういうアレしてたりするの? 家だとそんな気配は全然無いけど」

 

「したら敗けた気分になるから絶対無い。

てか、消し方教えてほしいって時点で察してくれよそこら辺を」

 

 

 とは言いつつ、あの組み伏せられた時以降、微妙にセラフォルーに対して気まずい気分だったりする一誠。

 もろに好きだよ的な事も言われてるのもあってセラフォルーからの写真はちょっと残したくないのだ。

 

 

「えっと、意地っ張りな男の子は大きく受け止めてあげる……と。

なるほど……いーちゃんの事はよしよししてあげれば良いんだね☆」

 

 

 吹っ切れて以降、割りと本気で取りに来はじめた魔王。

 

終わり




補足

お母ちゃんが強すぎる件。

そして泥酔時の事を徐々に知り始めて自己嫌悪の執事くん。


その2
セラフォルーさん、本気出し始めました。


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爆発する執事

お察しの通り、時系列がグチャグチャです。

夏休みは終わってますがまだアレも無いこれも通過してません。

まあ……こんな修羅共だし何の問題も無いし、寧ろ対人関係的なものが大変だったり……。



 リアスとソーナのデビュー戦となった先日のレーティングゲーム。

 その内容はソーナとの一騎討ちによるドローという結果だったが、若き女性悪魔のその強さは多くの悪魔達に認められる結果であった。

 

 そして求婚する者達もまた……。

 

 

「次のレーティングゲームなのだけど、どうやら向こうが勝ったら私と婚約して欲しいという要求付きらしいのよ」

 

「何ですかその条件? ちなみに相手は?」

 

「えーっと、誰だったかしら………そう、フェニックス家の三男よ」

 

 

 割かし平和な日々とは裏腹に、鬼畜執事の鬼畜な扱きにより強さを然り気無く進化させているリアス・グレモリーは、この日の部活動に集まったメンバー達に次のレーティングゲームの日取りについて話をしていた。

 

 そのメンツの中には、物凄く淡々とした顔をしてる人間の男子がソファーに座るリアスの後ろに控える様にして直立不動をしている。

 

 

「三男って確か名前はライザーでしたっけ?」

 

「あー……そんな名前だったわねぇ。

お話とかした記憶も無いから覚えてなかったわ」

 

「かなりの女好きで眷属も全て女性で構成させてるみたいですよ? ほら」

 

「あらホント、それで私に勝ったら婚約を結べって……ちょっとどころかかなり嫌ね」

 

 

 テーブルに並べられる次の対戦相手についての資料を全員で読み回しをしながら、ライザー・フェニックスなる悪魔の実態を掴んでいくリアス達。

 どんな人物かだとか実力だとかはさて置き、どうやら全員して油断無く勝ちに行く気満々な様子だ。

 

 

「一誠は知ってる? 次の私の対戦相手について」

 

「俺が知るわけ無いだろ」

 

「それもそうね、お兄様以外は基本眼中に無いしアナタって」

 

「ふん」

 

 

 放課後になったら基本的に燕尾服を着ろと無理矢理グレイフィアに押し付けられて仕方なく執事姿になってる一誠が、どうでも良さそうに資料の束を見つめてる。

 

 

「彼に負けたら婚約を結ぶらしいけど私……」

 

「あ、そ。そんなの負ける方が悪い。

まぁ、仮にそうだとしても向こうから『やっぱり良いです』と言われるのがオチだろうが」

 

「む、それはどうしてかしら?」

 

 

 ムッとするリアスに一誠は白手袋を嵌めた手をヒラヒラと振って半笑いで答える。

 

 

「お前みたいなド級のワガママ女に夢見て、実態知ったらその夢も即ぶち壊されるのがオチなんだって言ってんだよ。

へ、この男も一体リアスの何を見て良いと思ってるのやら」

 

 

 グレモリー家のお嬢様相手に向かって平然となじる一誠は寧ろライザー・フェニックスを哀れんでいた。

 

 

「大方見た目なんだろうが、見た目が良かったら何でも良いで世の中罷り通れば苦労はしないだろうよ。あーぁ、可哀想にこの悪魔も……」

 

「そ、そこまで言う!? 私別に我儘じゃない――」

 

「風呂入れば髪洗えだの、身体洗えだの、マッサージしろだの、寝ろと言えば寝付くまで絵本読めだのだのだのだの!! ……………これで我儘じゃないならなんだ?」

 

「そ、それはほら……一誠にしか言えない事ばかりだから……」

 

「そんな奴に年上として礼を持て? はっはっはっー……………甘いもん食い過ぎて最近贅肉がここに付いてる女の言うことは違うなぁ!? ええっ!!」

 

「いたたたたぁ!?!? お、お腹をつねらないでよ!!」

 

 

 悶絶するリアスの脇腹をつねりながら一誠はそれなりに運動させてるのにも拘わらず、甘いものを食べ過ぎて若干お肉がついてるリアスを叱咤する。

 

 

「ブクブク太って豚になったらテメーは只の豚女だ、わかったかお嬢様よぉ……!」

 

「わ、わかったわよぉ……。

うぅ、最近発売されたデザートがどれもこれも美味しいのが悪いのよ……」

 

「食い物のせいにしてんじゃねーぞボケ!」

 

 

 リアスとソーナの個人的なレベルを引き上げてみてはどうだろうかというサーゼクスの話を受け、スキルの使い方から戦い方までを毎日叩き込んでる一誠から見て、一応二人の戦闘力が進化してるのは認める。

 だがそれは所詮サーゼクスに比べたら蟻と宇宙怪獣程の差の開きであり、とっととサーゼクスクラスになって自分の進化の糧になって欲しい一誠としてはもどかしい。

 

 

「テメー、もしそんなボンクラに負ける様なら、これまでテメー等に費やした時間を全て返して貰うからな……!」

 

「わ、わかったわかったから。

も、もう……一誠ったら女の子の身体に触れたいからってそんな難癖つけて来なくても――」

 

「…………………あ゛?」

 

「ごめんなさい、冗談だからそんなゴミを見るような目をするのはやめて……」

 

 

 執事一誠からの脱却はまだまだ遠い。

 

 しかし一誠はこの時知らなかった。

 まさか自分がそういう立場になる事になるとは……と。

 

 

 その時は三日後であり、グレイフィアにいきなり呼び出された時に始まった。

 

 

「リアスお嬢様から聞いてるわよね? 次のレーティングゲームの相手について」

 

「あぁ、女の趣味がべらぼうに悪いボンボンだったか?」

 

 

 電話で呼び出された一誠はグレモリー家にやって来ていた。

 

 

「ライザー・フェニックス様よ一誠。

その口調は本人の前では一応やめなさいよ?」

 

「は? おいまさか会うのか?」

 

「そうよ、今日御本人の希望によりお嬢様に挨拶に行くらしいから、私と一誠は仲介役として同行するの」

 

 

 サーゼクスの嫁さんな事だけあって、シレーッと一誠を巻き込む気満々のグレイフィアは、ほらとグレモリー家の家紋が胸元に刺繍された燕尾服を渡す。

 

 

「今すぐ此処で着替えなさい」

 

「ふ、ふざけるなよ!? 何で俺が金持ち悪魔どものやり取りに入らないといけないんだよ!!」

 

「だってアナタは立派なグレモリー家の一員でしょう? あ、これ言うとセラフォルーに怒られちゃうからグレモリー家とシトリー家と訂正するけど」

 

「俺は人間だ! チッ、クソが! サーゼクスのバカさえぶちのめしてりゃあ今頃こんな所…………出てけよ! 着替えりゃ良いんだろ着替えりゃ!!」

 

 

 親しい者相手だと強気というコミュ障にありがちな荒れ方をしつつも決して物には当たらず、紙袋を渡してきたグレイフィアからひったくる様に受けとると、ブツブツ文句を言いながらも着替える。

 

 

「ちくしょう……」

 

「小さい頃と比べるとずいぶんとサマになったわね。ふふ、お姉ちゃんは嬉しいわ」

 

「誰がお姉ちゃんだ! 第一テメーにゃあのド変態の実弟が……」

 

「あぁ、居たわねそんなの。

遠い昔に張り倒してやってからは記憶から抜け落ちてたわ」

 

「……」

 

 

 グレモリー家でも完璧に認められた者しか袖を通す事を許されない家紋付きの燕尾服へと着替えた一誠が、軽くグレイフィアにからかわれてふて腐れながら転移魔法でその場から共に消える。

 

 今頃部室でのんべんだらりとやってるリアスを思うと軽く尻でも蹴り飛ばしてやりたくなる思いしかしないが、無理矢理逃げたとしてもヴェネラナを召喚されたらまず逃げられないので大人しく従う他ない。

 

 

「おい、ババァは俺が居る事を知らないんだよな?」

 

「私は何も言ってないわ、ミリキャスにもね。それがどうかしたの?」

 

「いや……あのババァ、ババァの癖に最近妙に強くなってる気がするから……」

 

「それはミリキャスに残したアナタの組んだトレーニングメニューを一緒になって毎日こなしてるからよ。ホント一誠の考えた無茶苦茶な修行メニューは凄いわよ? 私もやってるんだけど、強くなってる感覚がちゃんとするもの」

 

「お前もかよ……。

クソ、これが人間と悪魔のフィジカルの差って奴か」

 

 

 姉だと? ただのオバハンの間違いだろ? と言い掛けたのを何とか我慢しつつ初めて来たフェニックス家の城の中を歩くグレイフィアに付いていく一誠は、これから初めて見る悪魔に絶対何か言われることを含めての大きなため息を漏らすのであった。

 

 

 

 ライザー・フェニックスが人間界に来るという事で一応の準備をして来た訳だけど、やっぱりというか何というか……予想通りの性格をしていた。

 

 

「純血悪魔の数も先の戦争で減っている。

絶滅を防ぐにはやはり純血同士による結婚は不可欠なんだ。それはリアスだってわかるだろう?」

 

「ええっと……言いたいことはわかるのですけど、何故に私? もっと他の相応しい相手にしたら良いんじゃありませんか?」

 

 

 こんな事言いたくないけど、純血の未来を愁いてますな態度で力説してるのとは裏腹に、このライザー・フェニックスの視線が、胸だの脚だのに向いてるのよね。

 自意識過剰と言われたらそれまでなのかもしれないけど、一番見て貰いたい男の子があんまりにも見なさすぎてたら逆に解るというか……。

 

 その本人は不機嫌な顔してグレイフィアと一緒にグレモリー家の紋章があしらわれた執事服を着て気を付けの姿勢だけど。

 

 

「結婚相手等は自分で見つける主義ですので。それに私は自分より強い方が好きですから」

 

「では俺がキミより強いと証明できたら婚約してくれるんだな!?」

 

 

 ……。さっきから百は殺せるくらいに隙だらけなのに、何でこの人は私に勝てるつもりなのだろう。

 一応これでも一誠に毎日毎日ぼろ雑巾にされながらも鍛えてるつもりだからそれなりの自信はある。

 

 それに比べて彼は何なの? データを見るにレーティングゲームでは連勝してるみたいだけど、それは彼が不死という特性を持つフェニックスで、ごり押ししてるからだからというのに。

 

 不死ではあるけど不滅ではない彼の自信は一体何処から沸いて来るのだろうか……。

 

 

「やはりレーティングゲームでの勝敗でお決めになられるべきではないかと」

 

「えーっと、そうね……うん、私はそれで良いわ」

 

 

 グレイフィアも若干呆れちゃってるし……。

 

 

「では日取りは後日改めてお二人にお伝えする事に致しますが、リアスお嬢様はもしもライザー様に勝利した場合、何を望まれますか?」

 

「え?」

 

「え? じゃあございませんライザー様。

アナタ様はリアス様にゲームで勝利した場合婚約をご希望されている。ならばリアス様が勝利した場合の望み――謂わばアナタ様にとっての代償を支払わなければ筋が通りませんこと?」

 

「あ……そ、そうでしたね。うん、リアスはもし俺に勝ったら何を望むんだ?」

 

 

 望み? 別にアナタに対して望む事なんて無いけど、そうね……久々に勝ったら一誠と二人きりで思う存分デートの一つでもして―――――あら?

 

 

「? なにか?」

 

「お嬢様、声に出てます」

 

「へ?」

 

 

 ライザーが変な顔をしてるから何事かと思ってたら、グレイフィアが呆れた顔をして声に出ていたと指摘してきた。

 あらやだ、声に出ちゃってたのね私ったら……。

 

 

「…………」

 

「うわぁ、一誠先輩が物凄い渋い顔してます」

 

「心底面倒って顔ですわね」

 

 

 ………。そんなの昔からそうよ。

 お姉さんぶったら小バカにしてくるし、かと言って軽く誘ってみればなじられて……。

 私もソーナも昔から一切女扱いされてないわよ……どーせ。

 

 

「何故かグレモリー家の紋章入りの衣装を着てる噂の人間風情とデートだと? やはり噂通りにそこの人間に騙されてるのか……!」

 

「何故一誠が私達を騙してるって風評が冥界中に広まってるのか未だに疑問なのだけど、寧ろ引き留めてるのはこっちなのよ?」

 

「こんな人間を何故引き留めるんだ? おかしいだろ、紋章入りの服に袖を通すのもだって本来ならあり得ないんだぞ!?」

 

 

 あり得ないんだぞ!? と言われても、お父様とお母様が認めたのだからしょうがないじゃない。

 外様が文句なんか言っても意味なんてないでしょう。

 

 

「……」

 

「え? 俺が居ない方が絶対スムーズだった? どちらにせよこうなってたと思うし変わらないと思うわ」

 

 

 心底げんなりしながらグレイフィアに耳打ちしてる一誠に対してライザーが小さく、何て失礼な……と唖然としてるけど、普段の口調を聞いたらひっくり返るんじゃないかしら? 何せお母様をババァと呼んだり、グレイフィアに対しては前に中年オバハンと呼んで激怒させたりしたし。

 

 私? 私はもっぱら我儘痴女呼ばわりね。

 

 

「もし俺がリアスと婚約したら即座に追い出してやる!」

 

「彼はグレモリー家とシトリー家所属よ? アナタひとりが喚いた所でどうにかなるとは思えないわね」

 

「だからこそだ! 何があったかは知らないが、こんな人間風情をグレモリー家とシトリー家が何故そこまで入れ込む!? しかも前にレヴィアタン様の周りをウロチョロしてたのを見たこともあるぞ!」

 

「……」

 

 

 何でこんな嫌われてるのかしら一誠って? 何故か私達以外の受けが悪いけど、それにしたってそこまで嫌悪しなくても良いじゃないと思うのだけど……。

 

 

「確かリアスの下僕はまだ揃ってなかったな? 兵士に至っては一人も居ない。

よしこうしよう、おい人間……お前リアスの兵士として今回のゲームに参加しろ」

 

「…………!?」

 

「ちょっとライザー・フェニックスさん? アナタ自分で何を言ってるかわかってるの? 親切心で言うけどそれは止めておいた方が良いわよ?」

 

 

 挙げ句の果てに参加資格が無い一誠に対して兵士枠で出ろって……思わず無駄な怪我人を出したくないからと忠告しちゃったけど、ライザーは熱くなりすぎて全然聞いてない。

 

 

「他の悪魔達だって皆が思ってる事だ、この際だから悪魔を舐めたらどうなるかを思い知らせてやる」

 

「……………………………」

 

 

 恨みがましく『お前のせいだ』と言った目でグレイフィアを睨む一誠をライザーが睨んでる。

 …………。何でこうなったのだろう。

 

 

「わかりました、そこまで言うならサーゼクス様からの許可が入り次第、この一誠を今回のゲームにリアス様の兵士として参加させましょう。

勿論、ゲームの際は多くの悪魔達に観戦して頂く様に手配もします」

 

「は!? おい! 何でそんな流れに――むぶ!?」

 

 

 冗談じゃない、ガキの喧嘩みたいなくだらない話にこれ以上付き合えるか! と言いたげに思わず声が出そうになってた一誠がグレイフィアに詰め寄ろうとした瞬間、流石扱い方がわかってるというべきか、咄嗟にグレイフィアが一誠の肩に腕を回して強引に引き寄せると、そのまま窒息するんじゃなかろうかという勢いで一誠の顔面を自分の胸に押し付けていた。

 

 

「ぐもももももも!!!???」

 

「私は中立を貫くつもりでしたが、そこまでこの一誠が気に入らないのであれば、試すなり何なりしても構いません」

 

「え、えっと……?」

 

「グレイフィア、一誠が窒息しちゃうから……」

 

 

 一誠に対するグレイフィアの対応が信じられないって様子のライザー・フェニックスが、妙に威圧的なのもあってか壊れた人形みたいに首を縦に振っている。

 何だか妙な事になっちゃったけど、これ後で絶対に一誠がヘソを曲げるわね……。

 

 

 

「ふざけんなよテメー!! 何のつもりだ!!」

 

 

 危うくグレイフィアの乳で窒息しかけて酸欠になった一誠は、更に妬みと僻みの入った視線をライザーが向けてから冥界へと帰るのを送り出してまた戻ってきたグレイフィアのメイド服の胸元を輩みたいに掴み、ガッツンガッツンと己の額を彼女に額にぶつけながら先程の事について激怒していた。

 

 

「しょうがないじゃない。向こうはどうにもアナタが気に食わない様子だったのだから」

 

「だからって何で俺が悪魔同士の茶番に巻き込まれなきゃならないんだよ!」

 

「参加しろと言ってきたのはライザー様だからついね……」

 

 

 オカルト研究部の部室にて、リアスを抜かした部員達が珍しいものを見てるかの様な丸い目をしてるのを知ってか知らずか、グレイフィアに向かって容赦が無さすぎるヘッドバットをしながら荒れまくる一誠だが、それを受けてるグレイフィアの顔はシュールな程に冷静だった。

 

 

「いい加減他の悪魔達に謂れの無い悪口を聞かされるのにうんざりしてたから調度良い頃合いだと思ったの」

 

「何が!」

 

「アナタが私達の家族である事よ」

 

「あぁっ!?」

 

 

 ゴチンゴチンと額を何度も打ち付けられてるグレイフィアの言葉に一誠の顔に無数の血管が浮かび上がる。

 

 

「家族だぁ? 薄ら寒いんだよそんなものは!!」

 

 

 掴んでた胸ぐらを突き飛ばす様に離した一誠が、そんなものになった覚えは無いとハッキリ言う。

 それに対してグレイフィアはちょっと赤くなった自分の額を擦りながら肩をすくめ、リアス達を一瞥しながら口を開く。

 

 

「そう言われても、私達は余りにもアナタと一緒に過ごし過ぎた。

ミリキャスは最早アナタを……」

 

「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!!!!」

 

 

 ミリキャスの名前に逆上した一誠の咆哮が、部室全体を揺らし、壁を破壊する。

 

 

「俺はサーゼクスに敗け続けていたからこんな茶番に付き合ってやってただけだ……! 何が家族だ……何が仲間だ! そんなものは豚の餌以下なんだよ!!」

 

 

 色々と溜まってたのか、今までになく感情的に喚く一誠に全員が閉口する。

 

 

「俺はあの餓鬼の兄貴でも無ければ、テメー等の言う家族でも何でも無い! 人間なんだよ! 悪魔(テメー)等とは違うんだよ!!」

 

「一誠……」

 

「それなのにどいつもこいつも……!」

 

「待ちなさい、何処へ行くつもりなの?」

 

「サーゼクスの所だ! もう本気でぶち殺してやる……!」

 

 

 そう言って燕尾服の上着を脱いで床に叩きつけた一誠は半壊させた部室を飛び出す。

 まるで繋がる事を恐れ、自ら繋がりを断ち切りたいともがいてる様に……。

 

 

「一誠……」

 

「少し踏み込み過ぎましたね……」

 

 

 半壊した部室を駆ける風を受けながら、姿を消した一誠に対して悲しく呟くリアスと、床に叩きつけられた燕尾服の上着を拾って畳むグレイフィア。

 

 

「先輩……私達がしつこくしたから嫌いになっちゃったんでしょうか……」

 

「この前の時の事もきっと嫌々だったから……」

 

「いえ、そうじゃないわ。一誠にはその……他人と関わるのを避けようとするだけのトラウマがあるから……」

 

「トラウマ……?」

 

「幼い頃の彼は今よりももっと他人を拒絶しようとしてました。

理由は本人の許可無く話す事はできませんが、少なくとも本当の意味で嫌ってる訳ではありません……私が少し踏み込み過ぎたせいです」

 

「あ、あの……サーゼクス様を殺すって……」

 

「それならご心配無く、殺すというのは本気じゃありませんし、恐らく直ぐにでも返り討ちにされて――」

 

 

 と言いながら一誠が壊して吹き抜けになってる壁を見つめるグレイフィア。

 するとその場所から転移魔法の陣が現れ……。

 

 

「が、ふっ……」

 

「急に来たと思ったら殴りかかってきてビックリしちゃったよ。一体全体どうしたんだい? 部室も壊れてるし……」

 

 

 サーゼクスにおんぶされて一誠が帰還してきた。

 

 

「せ、先輩!?」

 

「一誠君!!」

 

「こ、こんな即オチ2コマみたいに早く……!?」

 

 

 今さっき出ていったのに、ボコボコになって出戻りよろしくに戻ってきた一誠に思わず駆け寄る朱乃、小猫、ギャスパー、祐斗。

 

 

「申し訳ございません、少し一誠に踏み込み過ぎました」

 

「グレイフィアが? 珍しいね……キミが一誠に癇癪起こさせるなんて。よいしょっと……」

 

「ぐっ……ぅ」

 

 

 おんぶしていた一誠を無事だったソファーに寝かせたサーゼクスが意外そうな顔でグレイフィアを見る。

 

 

「ええ少なくとも私は一誠を家族であると思ってると言ったら……」

 

「あぁ……そりゃ皆思ってる事だから気にする事は無いよ。

ただ、一誠はまだそういう話を嫌ってるから癇癪起こしちゃったけど」

 

「お兄様、その、この度ライザー・フェニックス側から一誠を兵士の代わりとしてゲームに出せと要求されたのですが……」

 

「ん? そんな話をしたのかい? あーぁ、僕は別に許可できるけど、ライザー君がトラウマにならないと良いね」

 

 

 リアス達だけでも負ける要素が無いと断言するような言い回しで苦笑いするサーゼクス。

 

 

「取り敢えず目が覚めるまで皆で側に居てあげなさい。

この子を決して独りにはしてはいけないよ?」

 

「わかってますお兄様。一誠は……」

 

「怖がってるだけ……ですから」

 

「そういうこと、眷属の皆もこれからも一誠は無愛想でキツイ言葉遣いをするかもしれないけど、どうか生ぬるい目で見守ってあげてくれ」

 

『は、はい……!』

 

 

 苦しそうに呻き声をあげる一誠を頼むと頭まで下げたサーゼクスに眷属達の姿勢は自然と伸び、冥界へ戻って行くのを見送ってからもその姿勢は変わらなかった。

 

 

「ち、ちくしょう……」

 

「かなり派手にやられちゃった様ですね……」

 

「みたいね。多分いきなりすぎてお兄様もかなり本気になっちゃったと思う」

 

「それでこの程度で済むなんて、やっぱり凄いですね先輩って……」

 

「目立った外傷も無さそうですし……」

 

「で、でも苦しそうです……」

 

「うん、魘されてるみたいだ……」

 

 

 精神的にもしてやられた様子がアリアリと見える一誠を囲って心配するリアス達は勿論サーゼクスに言われるまでも無く目が覚めるまで……いや目が覚めても側にいるつもりだ。

 

 

「ふむ、仕方ありませんね。

殆どヴェネラナ様に取られてばっかりでしたが、今はおりませんし……」

 

 

 破損した部室を軽く片付け終えても意識が戻らない一誠に、さっきのお詫びを思い付いたらしいグレイフィアがフムと呟き……。

 

 

「よいしょっと……」

 

 

 少年の頃からサーゼクスと見守っていた一誠の頭を膝に乗せ、『え?』って顔をする眷属達を他所に頬を撫で撫でし始めた。

 

 

「早いわよグレイフィア……お母様が居ないからって」

 

「普段はヴェネラナ様がすぐにやってしまいますからね。たまには私でも良いんじゃないかなって……」

 

「そうね、私は出遅れたけど」

 

 

 甘える我が子ミリキャスにするのと同じ事を一誠にしてあげるグレイフィアはちょっと楽しそうで、出遅れたリアスはちょっと膨れっ面だ。

 

 

「手馴れてる……」

 

「手馴れてます……」

 

「手馴れてるね」

 

「手馴れ過ぎてません……?」

 

 

 勿論指をくわえて見るしかできない眷属達の視線は殆どが羨望だったりする中、一誠が漸く意識を取り戻す。

 

 

「ぐっ、さ、サーゼクス…………ぅぅう!?!?」

 

 

 目を開けたら知らない天井……では無くてグレイフィアの顔と無駄にでかい乳だった事にビックリした一誠が飛び上がる勢いで身体を起こそうとする。

 

 

「痛っ……!?」

 

 

 だがサーゼクスにほぼ瞬殺された傷がまだ響いてるのか、痛みに顔を歪めて身体を硬直させてしまう。

 

 

「駄目よ、まだ動けないんだから……」

 

「ぐおぁ!? て、てめー……なにやって……!」

 

「何って、皆さんと一誠にアナタが起きるのを待ってたのよ。

まったく、踏み込み過ぎたのは悪いと思ってるけど、無茶しすぎよ……」

 

「る、るせぇ……このふざけた体勢をやめろ……!」

 

「ふざけてなんか無いわよ。たまには誰かに甘えてみれば良いじゃない? お嬢様もそう思って――」

 

「うるせぇっていってんだろうが! 余計なお世話なんだよ!」

 

 

 周囲にも聞こえる程に一誠の骨が軋む音をさせる度に顔を歪め、それでも意地で離れ様と身体を起こそうとする姿は、弱ってるのもあって子犬の必死な威嚇にしか見えない。

 

 

「どこまでも意地っぱりな子ねぇ? でも何だろう、今なら出なくなった母乳が出せそうだわ……」

 

「何を意味のわからねぇ戯言を……!」

 

「要る? ちゅーってしてみる?」

 

「するかクソボケェ!! てかテメーさっきから何をトチ狂ってやがる! おいリアス! この人間換算立派な勘違いオバハンを止め―――――あ……」

 

 

 嘗められてると思って腹が立ち、思わず禁句を口にしてしまった一誠が今更になってハッとする。

 

 

「私はしーらない……皆、離れた方が良いわよ?」

 

『………』

 

 

 一度一誠にオバハン呼ばわりされて本気でプッツンしたグレイフィアを見たことあるリアスは眷属達に指示をしながらゆっくり離れる。

 

 

 

「オバハンね、そう……オバハンなのね私は? そう……ふーん?」

 

「あ、いや……ぐ、な、何だよ……謝らねぇぞ俺は……! 人間換算したらオバハンどころか干からびたミイラなのは事実――『あ、お義母様ですか? 今人間界で一誠と一緒なのですが、可愛いくらいに弱ってて今なら死ぬ程甘えさせられそうなのですが、お義母様も一口どうですか? 今なら抵抗不能なので授乳も可能かと』―――おいぃ!?」

 

 

 すんごいにこにこ顔で誰かに……いやヴェネラナに電話し始めたグレイフィアに一誠は完全に身の危険を感じ取り、寧ろ恐怖すら抱く。

 

 

「すぐに来るってヴェネラナ様は。 よかったわねー? お姉ちゃんとお母さんに今日は思う存分甘えられるわよ?」

 

「っ!? り、リアスゥゥ!! ギャスパーでも構わねぇ!! 俺をコイツから引ったくって何処か連れていけぇぇっ!! 何でもするから!!」

 

「え、何でも!?」

 

「ギャスパー……やめた方が良いわ。多分時を止めても普通に動くわよお母様もグレイフィアも」

 

 

 よしよしと頭どころか既にぽよんぽよんと胸を顔に押し付けられ気味に抱かれてる一誠が全身から物凄い汗を流し、プライドも捨てて助けを求めるが、リアスは心底申し訳なさそうな顔をするだけでギャスパーを制止させながら助けられないと返す。

 

 

「おい、垂れ気味の乳がうっとうしいんだよ! 離れろ、離せ年増が!!」

 

「あらやだ、どこでそんな言葉を覚えたのかしら? これはお義母様と相談してちゃんと躾しないと……。

取り敢えずおっぱいでも飲ませて落ち着かせようかしら?」

 

「聞けよ!? そして死ねよ!! さ、サーゼクス!! テメーの嫁をとめろぉぉぉっ!!」

 

 

 メイド服のボタンを外し始めたグレイフィアと、全身の骨が悲鳴をあげても何のそので逃げようとし、しかし捕まる一誠……。

 

 

「一誠~♪ お母さんが来ましたよ~♪」

 

「ぴぃ!? ば、ババァ!?」

 

 

 地獄の始まりは寧ろ此処からだったのかもしれない。




補足

でも基本年増――エフンエフン!、年上のお姉様方に勝てないジンクスがあるせいで平和だった。


その2
果たして何秒もつのか……彼は。


その3
一誠アシスト限定覚醒ギャーきゅんも居るし、ぶっちゃけ普通に負ける要素が無さすぎる。


その4
年増――じゃなくてお姉様方曰く、『甘えさせたくなるのが上手い』らしい。

何せミリキャスちゃままで早期にその本能を抱かせるのだからね……。

その5
とはいえ、その後の場にミリキャスちゃままで来てしまったら最早単なる犯罪……。



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このヤサグレた執事に過保護な愛情を

とにかく愛情という概念が怖い執事君。

理由はまあ憑依を免れた代わりに一度全て失ったからというのが大きい。


 ヴェネラナ・グレモリーが初めて一誠を見た時の印象は、『かなりヤサグレてる子供』といった感じだった。

 

 我が子であるサーゼクスが何処からか拾って来て、いきなり保護すると言い出した時は何を考えてるのかが読めずに反対もしたりした。

 けれどその子供は翻弄される形で独りで、後に自分達も知ることになるスキルを発現させていて、娘と変わらない年頃にして既にサーゼクスに重症を負わせる程の力を持っていると知った時、この子供は誰かに導かれなくてはならないと悟った。

 

 魔王の一人として君臨するサーゼクスに毎度負けてるとはいえ、真っ向から殴り合える人間など他に居る訳が無く、その力を使う事で危険な存在になってしまうのも充分に考えられるし、周囲に壁を作って独りになりたがる態度から見ても、その兆候はあった。

 

 ともするなら、サーゼクスの言った通り、友や実の親に忘れ去られて独りになってしまったこの少年を、悪魔である自分達が言うのも変な話だけど、全うな道に進ませるべきだ。

 

 そう思ったヴェネラナはこの日から兵藤から日之影に姓を変えた一誠の親代わりとなった。

 

 それも、ちょっと過保護っぽい愛情を惜しみ無く与えまくって。

 そして一誠の親を名乗れるだけの力を引退気味だったこの日以降再び磨きながら……。

 

 結果……

 

 

 

「あらあら、また髪をそんなにくしゃくしゃにして! 整えてあげるからお膝にいらっしゃい!」

 

「じゃかあしぃんじゃババァ!! ほっとけ!!」

 

 

 反抗期が無かった息子とは違い、第二の息子はめちゃくちゃ反抗期になった。

 いや、最初からこんな感じだった気もするけど、ヴェネラナにとっては息子も娘も孫娘も夫も、赤髪だらけの中、血どころか種族すら違う息子とはお揃いの色をした髪色だからというのもあるせいか、どこかの合法ロリお母さん宜しくに過保護であり続けていた。

 

 

「聞いたわよ? リアスの兵士としてゲームに出るんでしょう? やっとアナタの存在を冥界に認めさせる絶好の機会だし、キッチリとした格好をしないと……」

 

「知るか! 雑魚共に認められる要素がどこにあるってんだ!」

 

 

 とある存在により実の親に忘れ去られた分の愛情を。

 未だ拭えぬトラウマを少しでも忘れさせてあげる為に。

 ヴェネラナ・グレモリーはある意味で間違いなく日之影となった一誠の母親であった。

 

 

「良いから来なさい! 櫛で整えてあげるから!」

 

「要らねーってんだ!」

 

 

 

 

 ライザー・フェニックスとのレーティングゲームが決まってから明くる日、結局サーゼクスがニタニタしながら『良いよ、出ちゃいなよ?』という鶴の一声で一誠までもが巻き込まれてしまったゲームについての会議をする為、眷属達はオカルト研究部の部室に集結していた。

 

 

「これがレーティングゲームの基本ルールのブック。

一誠はこれを読んでルールを把握してね?」

 

「あの能天気バカが!

結局俺を巻き込みやがって……絶対にぶちのめしてやる……!」

 

 

 リアスから手渡されたレーティングゲームについての教本を嫌々受け取った一誠は、眷属達の変な期待の籠る眼差しを無視して定位置である部室の隅っこに移動し、体育座りしながら読み始める。

 

 

「クソが、何で悪魔共の茶番に俺が……」

 

 

 全力で嫌がる姿勢ながらも、根が律儀なせいかルールブックはきちんと読んでる一誠に眷属達は何とも言えないほんわかとした気持ちにさせられる。

 

 

「さ、一誠! 私が読み聞かせてあげる!」

 

「寄るなぁっ! この場所は俺の聖域だ!!」

 

 

 しかも今日はわざわざやって来たヴェネラナがいるせいかより感情的であり、それが余計にほんわかとさせる。

 今だって寄ってくるヴェネラナに犬の威嚇を思わせる唸り声を上げてるし、正直ずっと観察してみたい気持ちが大きい。

 

 

「一誠の事はお母様に任せて、私達はライザー・フェニックスとのゲームに勝つ事に集中しましょう。

朱乃、彼のこれまでのゲームの様子を映しなさい」

 

「は」

 

 

 髪の色だけを見たら本当の母子に見える一誠とヴェネラナのやり取りを背に朱乃が持ち込んだモニターに対戦相手であるライザー・フェニックスのゲームプレイ映像を映し出し、それを全員で観戦しながら彼の癖やら何やらについて討論する。

 

 

「彼の眷属はフルメンバーではありますが、正直言うと個々レベルはそこまで高い訳じゃありませんね。

寧ろ王であるライザー・フェニックスの持つ不死の特性が厄介かと」

 

「そうね、中途半端にダメージを与えてもたちどころに再生するからある程度のごり押しも可能」

 

「追い込まれてもライザー・フェニックスが直接相手の王を討ち取って勝利するパターンが多いですわね。

消耗戦に持ち込まれると厄介です」

 

「不死の特性を持つ場合、どう相手にすべきか……これが鍵になりそうだけど、一誠ならどう戦うか是非意見を聞いてみたいわ。ねぇ一誠――」

 

 

 フェニックスの名前通りの特性を持つライザー相手に消耗戦を避けるにはどうするべきかという議題について、一誠に意見を聞いてみようとリアス達は曰く『聖域』らしい彼の定位置へと振り返り……思わず微妙な顔をしてしまった。

 

 

「良いですか一誠? レーティングゲームはただ勝つだけでは駄目よ? 観戦者を唸らせる優雅さも必要なのです。

ゲームという名の通り、殺し合いではありませんからね」

 

「わかった……わかりました、だからもう勘弁してください……」

 

 

 一誠曰くの聖域に入り、死んだ魚みたいな目をしている一誠を後ろから腕を回し、まるで小さな子供に本を読み聞かせてる様な体勢となっていた。

 

 

「………」

 

「? 元気が無くなったけど、どうかしたの?」

 

「……………」

 

 

 屈辱通り越して疲れた顔となる一誠にヴェネラナはキョトンとしている。

 流石リアスとサーゼクスの母だけあって、そのハートは強かった。

 

 

 

 

 

 

 血の繋がらない母子のやり取りを生暖かく見守り、そのままゲームに向けて身体を慣らす事になったリアス達は、グレモリー家が持つ修行場にやって来た。

 

 

「もう帰ってくれよ……頼むから」

 

「娘と息子の成長した姿を見ない母親がどこにいますか?」

 

「俺は息子じゃねーよ……」

 

 

 さも当然の様に付いてきたヴェネラナにげんなりしながら一誠はリアスと向かい合う。

 

 

「お前の母親だろ? 何とかしろよ」

 

「こうなったお母様は止まらないわ。それは一誠だって知ってるでしょう?」

 

「……チッ」

 

 

 無理と呆気なく返しながら鋭いハイキックを放つリアスの足首を掴んで止めた一誠は舌打ちをする。

 全くその通り過ぎて返す言葉が無いのだ。

 

 

「あのババァ、テメーの娘が食い過ぎで豚になる事を注意しろってんだ」

 

「ぶ、豚じゃないわよ! ちょ、ちょっと体重が増えただけで……」

 

「それこそ豚の言い訳だな、ソーナはまだ…………いや、アイツはアイツで色々と足りてねーのか?」

 

 

 掴んだ足をそのまま身体ごと振り回して投げ飛ばされたリアスは猫化を思わせるしなやかな着地でダメージを逃がし、掌に滅びの魔力を生成し投げつけるのと同時に目にも止まらぬ速さで一誠の背後に回り込む。

 

 

「そうやってまたソーナだけ誉めるのね! もう、これでも食らいなさい!」

 

「ふん」

 

 

 回り込み、背に向けてもう一度滅びの魔力を撃ち込むリアスの、一誠を見て覚えた高速移動術によるコンボ。

 

 呑気にくっちゃべってるせいで気の抜けること請け合いだし、リアスとしてはほんの挨拶代わりでしかないコンボなので、当然通用はせず呆気なく滅びの魔力は片手で掻き消されてしまう。

 

 

「少し速くなったわねリアス。けど如何に修行だとしても戯れは控えなさい」

 

「え、えっと……はい」

 

「一誠はもう少し……そうねキリッとなさい」

 

「何でババァに指図受けなきゃなんねーんだよ……」

 

 

 一連の小さなやり取りを見ていたヴェネラナからのダメ出しにちょっと凹むリアスと、鬱陶しがる一誠。

 本番になったらその遊び心を持つなというヴェネラナなりの叱咤なのだが、素直になったら負けた気分になる一誠の態度はかなり悪い。

 

 

「最初から気が進まないのは分かってます。

けれどどうか今回だけは見せて欲しいのよ、アナタの晴れ舞台を」

 

「…………」

 

「一誠?」

 

「わかった! わかったよ!! 今回だけだからな! ったく、そのウザい笑い顔やめろ! ったくもぅ……!」

 

 

 そんな態度の悪い息子に対してヴェネラナは何時ものベタベタはやめ、ただ諭すように微笑みながら名を呼ぶと、一誠も遂に根負けしたのか、吐き捨てる様な言い方なりに今回の参加にやっと前向きになった。

 

 

「どこまでも鬱陶しいババァが……。

おいリアス、持ってる異常性を全部引き出せ、仕方ないから俺もお前等風に戦ってやる」

 

「えーっと、少しは手加減して欲しいのだけど……」

 

「恨むならそうさせたお前の母親を恨むんだな……!」

 

 

 ペッと唾でも吐き捨てる様な言い方で突き放した後、一誠の全身から本来あり得ない筈の『魔力』が放出する。

 しかもその魔力の種類はこの中に居る誰もが見慣れたそれであり……。

 

 

「消えちまいなっ!!」

 

「ちょっ!?」

 

 

 滅びの魔力そのものだった。

 

 

「先輩が魔力を……? しかもあれは部長と同じ滅びの……」

 

「な、何でですか? 一誠君は人間の筈なのに……」

 

 

 普段は肉体のみで敵を粉砕していた一誠が魔力を扱い始めた姿に驚く祐斗と小猫にヴェネラナが半泣きになって逃げ惑うリアスに向かって滅びの魔力をマシンガンみたいに連射しながら嗤ってる一誠を見つめながら語り始める。

 

 

「一誠とリアスは所謂万能型の異常性を持ってます。

そもそも異常性というのは本来ひとつの事柄に突き抜けた技能を持つから異常性というのですが、一誠とリアスは全ての事柄に突き抜けているのです」

 

 

 ヴェネラナの説明に対して真剣な表情で聞き入る眷属達。

 悲しいかな半泣きになって逃げ回るリアスの事を誰一人として心配してない。

 

 

「ですから、時間さえ掛ければ一誠は進化という形で本来持ち得る事が不可能な力を修得できる。

サーゼクスとの兄弟喧嘩がこれまで絶えず行われていた事により、あの子は魔力という概念をその身で学習し、更に我々悪魔の肉体――いえ、グレモリーの血に適応することで血筋でしか発現できない滅びの力も得られたのは必然なのです」

 

「と、いう事は一誠君がもしその気になれば……?」

 

「いいえ、如何に一誠ともいえどその気になって我等悪魔の特性を吸収するには時間が掛かります。

第一あの子は既にサーゼクス以外の悪魔を越えている……今更特性を学習した所で何のプラスにもなりません」

 

「な、なるほど……シレッと言っちゃうんですね、悪魔を越えてると?」

 

「事実ですもの。目を逸らしては可能性は無くなります」

 

 

 無限に進化する異常性の副産物について今更ながら人ってこうなるのかと、ケタケタ笑いながらストレス解消とばかりにリアスを苛めてる一誠を見つめながら眷属達は改めて凄いと感じる。

 

 

「こ、のぉ!!」

 

 

 そして自分達の王であるリアスもまた、その領域に進んでいるという現実も……。

 

 

「リアスの気配が変わった事だし、今度はあの子についての説明をしましょう。

リアスもまた万能型です、しかもある一点に置いては一誠も認める程に突き抜けた技能を持っています」

 

「先輩が認める……?」

 

「それは一体……?」

 

 

 さっきから逃げてるばかりのリアスが? と自分の王なのにちょっと疑う眷属達。

 リアスが一誠と同類なのは何となくでわかってたが、一体何が一誠を越えているのか……。

 暫く続いた一誠の攻撃がやみ、半泣きになっていたリアスが土で汚れた姿でキッと睨む様にして一誠を見据えた瞬間、それは形となって訪れた。

 

 

「あったまに来た!」

 

 

 弄ばれた悔しさがそのまま態度に出るかの様に全身に魔力のオーラとして放出させたリアスがバッと両手を一誠に向かって突き出す。

 滅びの魔力の塊を放つのか? と一瞬思った眷属達だったが、それが間違いだったと直ぐに理解する。

 

 

「!」

 

 

 少し身構えた一誠が何かに気づいた様に軽く目を見開き、自分の足元に視線を落としたのと同時に一誠の両膝が凍り付き、地面に縫い付けられていた。

 

 

「え……」

 

「氷……?」

 

「あれってセラフォルー様のが持つ力……?」

 

 

 見たことが無かったリアスの一面に驚く小猫と祐斗とは逆に朱乃とギャスパーは、久々に生で見たリアスが自分達の王である由縁にちょっと失いかけていた尊敬の念がよみがえる。

 

 

「セラフォルーの魔力の猿真似か……へっ、くだらねぇ……ぬ!?」

 

 

 足元から伝うように腰辺りまで凍らされた一誠が鼻を鳴らしながら氷を砕かんと腕を振り上げた。

 が、その瞬間全身に強烈な痺れを感じ、動きが止まる。

 

 

「あれは私の……」

 

 

 自分の力と似た雷撃の力を使うリアスを見て小さく呟いた朱乃。

 これこそがリアスの覚醒させた異常性。

 

 

「リアスは他人の持つ力を学習する能力が一誠を越えている。

 見たもの、感じたもの、聞いたもの全てを即時取り込み、自分の力にできる。

残念ながら一誠みたいに進化する速さは敵わないけど、ちゃんと磨けばあの子は強くなれる」

 

 

 一誠という子供を引き取る事で知り得た実子のサーゼクスが進んでいた可能性と領域。

 その力は二人の息子により娘であるリアスも覚醒し、追い付こうとしている。

 自然と頬が緩んでいたヴェネラナは誇らしげに言った。

 

 

正心翔銘(オールコンプリート)……。それがあの子の異常性」

 

 

 血の繋がらない我が子に追い付こうという自分の意思により覚醒した娘のスキル。

 あらゆる力を学習し可能性を広げられるという意味では独りで道を進もうとする意地っ張りを孤独にさせない為の力ともいえる。

 

 

「図に乗るなよ……! こんなものかすり傷じゃぁぁぁっ!!!」

 

「え、ちょっ、ちょっと待ってその体勢は――――あひぃ!?」

 

 

 まだその差は大きいが、リアスもまた悪魔という種を越えた進化を果たそうとしている。

 

 

 

「……………。部長の攻撃を全部受けた上で平然としながら反撃した先輩にお尻蹴られてますけど」

 

「まだまだねぇあの子も」

 

 

 一誠が城を修行の度に破壊するという理由で用意する事になった擬似的な山の修行場に木霊するリアスの悲鳴。

 

 

「猿真似した所でイイ気になるなよ……! この前の時のセラフォルーはこんな程度の薄氷じゃなかったぜ」

 

「うぐ、お、お尻蹴るのはやめて……イタタタァ!?!?」

 

 

 戦う時だけは水を得た魚の様にテンションが上がる一誠のサドっ気たっぷりなやり方は見慣れてるといえば見慣れてるが、娘が尻を蹴られて前のめりに倒れ、追撃に踏みつけられてるのにのんびり笑ってるヴェネラナも大概というか、だから一誠にあそこまで出来るのかと改めて納得してしまう眷属達なのだった。

 

 

「ひ、ひどい……こんなに踏まなくても良いじゃない……」

 

「じゃあ精々そうならない程度に強くなってみるんだな……雑ァ魚が」

 

「く、悔しい……!」

 

 

 

 

 最後には原爆固めで脳天を地面に叩きつけられてKOされたリアス。

 進化を果たしたとはいえ、リアスやソーナはまだその中間に位置するレベルで、一誠は真の人外への扉の前に位置する領域。

 単純に倍の差があるのでこうなるのも必然だ。

 

 ところで、そんなリアス達子供グループに隠れて地味にミリキャスに残したトレーニングメニューを真似してやっていたヴェネラナ――とグレイフィア。

 流石に精神が完全に成熟した大人故にスキルは持ってないものの、その強さは引退したのが嘘の様に跳ね上がっていた。

 

 

「サーゼクスと喧嘩をする時みたいな怖い雰囲気は引っ込めて、こうもう少しクールと言いますか、何事にも動じずに仕事を決行するような……」

 

「一々注文の多いババァだな」

 

 

 有り余る強大な魔力により容姿が若々しいヴェネラナに向かって平然とババァと毒づく一誠のせいで、その都度気まずい空気が流れる。

 リアスですら緊張するくらいなのだからそれはもう変な空気だった。

 

 

「てかもう日も暮れたんだから帰れよ。迎えはどうしたんだよ?」

 

「その事ならさっきリアスに言ったけど、レーティングゲーム当日までの期間アナタ達を傍で見守る事にしましたから」

 

「ふーん……………………ぶばっ!!?」

 

 

 対ライザー・フェニックス戦までの準備期間中を修行に費やし、就寝をも共にするという事になって眷属達とも囲う夕食時にカミングアウトされたヴェネラナの一言に、水を飲もうと口に含んだ一誠は余りの驚きに勢いよく吹き出し、対面側に座ってた小猫に思い切りぶっかけてしまった。

 

 

「だ、大丈夫小猫ちゃん!?」

 

「えっと、はい……」

 

 

 ビシャビシャになった小猫に朱乃やギャスパーが慌ててハンカチで拭いてあげてるのだが、当の元凶である一誠は冗談じゃないとヴェネラナに食って掛かっていた。

 

 

「意味がわからないんだけど!? 何だよ見守るって!?」

 

「だって最近はセラフォルーちゃんに誘惑されてるらしいし? 親としては心配で心配で……」

 

「されてもねーよ! ふざけんな、とっとと帰れ! 第一ジオティクスのおっさんは何をしてやがるんだ!」

 

「サーゼクスと同じく『うむ、良いんじゃないか?』と気持ちよく送り出してくれたわ」

 

「使えねぇオッサンだなオイ!」

 

 

 濡れ濡れになってる小猫に気付かず、この場に居ないジオティクスに対して毒づく一誠。

 ヴェネラナが近くに居ると自分のペースがこれでもかと乱されるので、出来るだけ離れたい一誠としては学生としてリアスの近くに居る為にグレモリー家から離れてる今の現状が良かったのだ。

 なのにまた夏休み時みたいに常日頃顔を合わせなくてはならないなんて……しかもこんな狭い家に。

 

 

「お母様、この家の浴室等は狭いですよ?」

 

「広い狭いは関係無いですよリアス、それに三人くらいは一緒に入れるでしょう?」

 

「それはまあ……」

 

「!? 絶対俺は嫌だかんな! 野宿する!」

 

「ダメよ、風邪ひいちゃうでしょう?」

 

「んなもん高熱を出した方がマシだ!!」

 

 

 帰る気無しでリアスの自宅に泊まる気満々なヴェネラナに、一応リアスの自宅で寝泊まりしている一誠が野宿すると大騒ぎだ。

 

 

「何を不安がってるのよ? あ、もしかして添い寝して欲しいの? 子守唄歌いながら……」

 

「それが嫌だってんだよ! 誰が何時そんなもん頼んだよ!? 昔っから話は聞かねぇで余計な真似ばかりしやがって、干からび過ぎてボケたじゃ言い訳にならねーんだよ!!」

 

 

 そんな事までされてたのか……と、テンパり過ぎて余計な過去を掘り起こしてる一誠を見て思う眷属達。

 学生になるまではグレモリー家に眷属達も居たのだが、実の所一誠とは殆ど当時顔を合わせなかった為、普段どんな生活をしてたのか地味に知らなかったりするのだ。

 まあ、聞いてみると当時も相当ヴェネラナ達に可愛がられてた様だが。

 

 

「干からびたね……わかりました。そこまで言うなら私の何処が干からびてるのか是非ご教授頂こうかしら?」

 

「その手には絶対に乗らねぇ……! そもそも理解できねぇんだよ、此処まで言われてるのにテメーのガキ扱いするのが!」

 

 

 だが段々一誠は溜まっていた鬱憤を全て吐き出さんとばかりのものになり……。

 

 

「何かに付けて家族だ何だと言いやがって。どうせ俺がサーゼクスとやり合える力があるからそうほざいてるだけであって、力も何もないガキだったら見向きもしなかった癖に調子良くどいつもこいつもすり寄りやがって……!」

 

 

 少し……いや、かなり言い過ぎな一言を言ってしまった。

 

 

「一誠!!!!」

 

 

 ババァ呼ばわり以上に……それこそ言ってはならない一言を言ってしまった一誠に対してリアスが怒りの声を張り上げる。

 眷属達は思わずビクッとしてしまうが、怒りを向けられた本人は反省の色がまるでない。

 

 

「あ? 何切れてるんだ? 全部本当の事だろうが。

もしあの時俺が只のガキだったら見向きもしなかっただろう……? お前等だけじゃなく、セラフォルーもソーナも、ミリキャスだろうとそこの奴等も全員な!!」

 

 

 力が無いから全てを失ったからこそ持つ一誠の拭えきれない懐疑心が八つ当たりの言葉となってリアス達へと向けられる。

 

 

「それで何が家族だ……笑わせやがって」

 

 

 幼い頃を彷彿とさせる他人に対する拒絶の姿勢を露にしながら吐き捨てる一誠に、思わず勢いが削げてしまったリアスはショックを受けながら悲しい表情を浮かべる。

 

 

「私達がそう思ってるって、本気で思ってるの……?」

 

「当たり前だ、俺はずっと誰も信じない。アイツ……安心院なじみだろうと信じない……」

 

 

 親と友を奪われただけならよかった。

 奪われただけなら笑い話で済ませられたかもしれない。

 けれど奪われたどころか自分という存在を消去される形で失った時の恐怖。

 それまで当たり前の様に向けられていた愛情が向けられなくなるばかりでは無く忘れ去られたショックは筆舌に尽くしがたいものがある。

 

 

「何なら失望でも何でもして追い出してくれても良いぜ? ええオイ?」

 

 

 既にその元凶となりし己の模倣の男は、精神をへし折り自分の存在に日々怯えて生きなくてはならないという意味で復讐は果たした。

 けれど復讐を果たした今でも失う恐怖は拭えず、失うくらいなら必要ないと切り捨てる道を選ぶ。

 

 まるでどこかの聖帝みたいに。

 

 

「これで互いによーくわかった筈だ。見守るだか何だか知らないが、好きにすれば良い。俺はお前等の茶番当日まで独りで――」

 

 

 ……。と、まあ此処までくればシリアスっぽい流れとなる訳だが、そうは問屋が下ろさないのが執事シリーズ。

 ヤサグレた態度で席を立ち、一人何処かへと姿を消そうとしたその瞬間、さっきから急に黙り始めたヴェネラナをチラッと見た一誠は、見たこと自体を後悔する事となる。

 

 

「………。グスッ」

 

「――行動させて……貰……う……?」

 

 

 此処まで言えば流石に黙るだろう。そんな事を思っての捲し立てだったのだが、どうやら予想を越えた効果を発揮してしまったらしい。

 ショック受けただけに留まらず、何とヴェネラナは普通に傷ついて泣き出してしまったのだ。しかも、割りと本気と書いてマジな意味で。

 

 

「た、確かに強い力は持ってる、けど、そ、それを利用しよって、考えてなんてなかったの、に……そう、思われてたのね、私って……」

 

「お、お母様……私もショックでした……」

 

「う……!?」

 

 

 嗚咽全開でシクシクとそっくり母子で泣きじゃくる姿に、それまでイケイケだった一誠の勢いが一気に止められてしまう。

 

 

「へ、へんっ! な、泣いた所でどうにかなるもんじゃねーし……」

 

 

 それでも虚勢を張る一誠なのだが、誰が見たってその顔は動揺一色だった。

 

 

「あの、先輩……? 今のは先輩が悪いと思います」

 

「私もそう思いますわ。もし私が言われたら首括るくらいのショックですもの」

 

「うん、人には言って良いことと悪いことがあるけど、さっきの一誠君は後者だと僕も思う」

 

「一誠さんが何でそこまで頑ななのかは僕も少し知ってますけど、ちょっと言い方がキツすぎると思います……」

 

「……………ぅ」

 

 

 今ごろになって小猫が濡れ濡れになってる事に気付きつつ、眷属達からの責めてるのとはまた違う言い方に、心の奥底では罪悪感を持ってるせいか、一誠の顔はかなり罰の悪そうな顔だった。

 

 

「くすんくすん……」

 

「大丈夫ですよお母様。ちょっと一誠はイライラしててつい当たってしまっただけですから」

 

「ほ、ほんとに?」

 

「本当です。大丈夫ですよ……」

 

 

 本気で泣いてるヴェネラナを見たことが無いというのもあるせいか、リアスに背中をとんとんされながらしくしく泣いてる姿にますます居たたまれなくなった一誠。

 しかし今更ここまで啖呵を切って起きながら訂正するのも変な話だと思ってしまってる為に中々行動に移せない。

 

 

「……。出ていくの一誠?」

 

「あ、い、いや……」

 

「出ていくのは構わないけど、お母様を泣かせたのだからそれ相応の覚悟はしておくのね。

地の果てまで追い回してあげるんだから」

 

「ぅ」

 

 

 スッと目を細めて挑発的にいうリアスからかつてない迫力があり、普段は見下してる一誠が気圧されている。

 オマケに眷属達も無言で一誠を見つめてるし、このまま逃げたら文字通り本気で追い回されてしまいそうな気がしてならない。

 

 結局一誠は、内に押し込んでた罪悪感も手伝い、しくしく泣いていたヴェネラナに目を泳がせまくりながらも声を掛けてしまった。

 

 

「あ、えっと……ほんのちょっとだけ言いたい放題言ってしまった気がしたというか、ババァの癖に泣くほどの事だったのかとビックリと言いますか」

 

「ぐすん……ぐすん……」

 

「一誠?」

 

「一誠君?」

 

「一誠先輩?」

 

「一誠さん?」

 

 

「………あが! わ、わかったわかった! わかりました! 流石に言いすぎましたぁ! 仮にも飯食わせてくれたのに恩知らずな事吐いてすいませんでした! ちょ、ちょっとは信用してます!」

 

 

 リアス達の責めてる視線に遂に折れたのか、一誠はヴェネラナに対して謝る。

 

 

「くすん……でも私の事は母と思ってくれないんでしょう?」

 

「た、た、多少は思うように努力はしてやるよ……うん」

 

「じゃあ一緒にお風呂入ったり寝たりする?」

 

「いやそれは嫌だ……」

 

「……………。ふぇぇ……!」

 

「あが!? が、ぎ……わ、わかり、ました! も、もうわかった! 何でも良いよもう、ババァの好きな様にするよ! 髪でも何でも洗うし、寝たきゃ寝るよ! 髪の色だけは同じだしな俺とアンタは!」

 

 

 良い歳したババァがなんつー泣き声出してんだよ……と思いつつヤケクソ気味にヴェネラナからの色々について前向きになってやると答える一誠。

 それを耳した瞬間、ヴェネラナは孫まで居る悪魔とは思えない少女じみた笑顔を涙を目に溜めながら一誠に向ける訳だが、向けられた本人の顔はこれでもかというくらいに苦々しいものだった。

 

 

「何でそこまで……? 何もかもがわからない」

 

「わからないの? お母様の気持ちが?」

 

「わかる訳ねーだろ。寧ろ謎が深まっただけだし……普通なら不敬で殺すかドブ川に投げ捨てるなりするだろ。何マジで泣いてるんだよ……」

 

「泣いた瞬間、アナタの顔がこれでもかというくらい罪悪感に満ちていた辺り、実の所そこまで嫌では無かったんじゃないの?」

 

「じょ、冗談じゃねぇ! 誰がこんな干からびたクソババァに―――――げ!? お、おい泣くなよ!? わかった、肩揉みしてあげるし、肩叩き券もプレゼントしちゃう!」

 

「ん、では早速お風呂に行きましょう?」

 

「……………………。ボディソープでヌルヌルさせないって誓えるなら――」

 

「リアスも一緒に入りましょう?」

 

「勿論」

 

「聞けよ!?」

 

 

 呆気なくヴェネラナのペースに戻された一誠は、がっつり腕を掴まれながら浴室に連行されていく。

 結局、拒絶しきるにはあまりにもグレモリー家とシトリー家の世話になりすぎてしまっている……それに尽きるのだ。

 

 

「おい!? ボディソープを全身に塗りたくった姿でこっち寄るな! うへぁ!? くっつくなぁぁっ!?!!!!」

 

「良いことリアス? 一誠を振り向かせたくば、この母の真似をなさい。

この子は意地っ張りだけど、こうするとやがて大人しくなるから」

 

「ぬるぬるさせてにゅるにゅるさせるのですね? わかりましたお母様」

 

「クソババァ! 嫁入り前の娘にバカな事教えてんじゃねぇ!」

 

「ミリキャスにも教えちゃってるし、寧ろ今更だと思うけど?」

 

「けど? じゃねーよ! さっきまでの罪悪感を返せ――ひぇ!? 後ろからくっつくんじゃねー!?」

 

 

 

 

 

「断末魔が聞こえる、先輩の」

 

「ヴェネラナ様もお若いですわね……」

 

「ヌルヌルって、何をしてるのでしょうか……」

 

「多分、ヌルヌルな事だと思うよ……頑張ってね一誠君……僕はここで無事を祈るしかできない」

 

 

 結局情を持ち始めてるオマケ。

 

 

終了




補足

ぶっちゃけチートなリアスちゃんの異常。

見上げてる先が化け物勢やししょうがないよね。

その2
オカンには勝てんよ……うん。

その3
濡れ濡れになった小猫たんは……まあ、濡れ濡れ損だったらしい。
そしてヌルヌルがますます嫌いになった一誠くんなのだった。


その4
見向きもしなかったの件はある種真理ですが、結局のところ一誠自身の非情になれずに間抜けな行動をしてしまう姿とか、なんやかんやで律儀になってる性格等……彼自身だからというのも確かにあります。


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ご奉仕モード ※新規オマケ追加

如何わしいという意味ではありません。

※新規のオマケ……つーかプチ番外をやりました。


 レーティングゲーム当日。

 

 力が無いなら見向きもしなかったという一誠の指摘による遺恨が少しばかり残ったまま本番となったのはお察しの通りだが、誰も彼も一誠もその時の話を触れようとはしなかった。

 

 

「全員着替えて集まったわね?」

 

「いえ、先輩がまだです」

 

 

 学園の部室へと集結し、迫るゲーム開始を前に、会場移動の最終点呼を行うリアスを含めて全員が駒王学園の制服に身を包んでいる。

 前夜に思い思いの勝負服を着ろと言われた結果の学生服なのだが、小猫が言ったまだ集まってない一人だけはどうやら違うらしい。

 

 

「お待たせしました。一誠の準備は完了ですよ」

 

「…………………」

 

 

 数分遅れて部室へとやって来た一誠がヴェネラナに背を押されて姿を見せる。

 そしてその姿を見るや否や、全員がある意味納得する。

 

 

「髪型をどうするかで揉めてしまいましてね。私の推しでこうする事にしました」

 

「……………」

 

 

 学生になる前まではほぼその姿だったそれ。

 グレイフィアにより渡されたグレモリー家の紋章入りの燕尾服にヴェネラナ一押しのオールバックの髪型という出で立ちの一誠はそれはそれは苦虫を噛み殺した顔だった。

 

 

「今日は多数の悪魔が観戦しますからね。身なりだけはきちんとして貰わないと」

 

「…………」

 

 

 まるで我が子の晴れ舞台を楽しみにしている母親を思わせる微笑みを向けるヴェネラナに白手袋、燕尾服、オールバックという、ガッチガチの執事姿の一誠は小さく肩を落とす。

 所詮悪魔の茶番でしか無いこのゲームで自分が出張る意味合いを未だに納得できないからなのだけど、ここまで来て文句を言うほどしつこい性格じゃない為、今日だけは望み通りに演じてみせるつもりらしい。

 

 その証拠に、グレイフィアがプレイヤーであるリアス達をゲーム会場へと案内する為に姿を現した時に一誠を見て思わず『ほほぅ……』と意味深に呟いた際も我慢していた。

 

 

「お時間となりますので皆様をゲーム会場へとご案内します」

 

 

 グレイフィアの言葉に既に立っていた一誠以外の面々全員が席を立つ。

 

 

「皆さん、油断しないように」

 

『はい!』

 

「………………」

 

 

 転移前によるヴェネラナからの応援の言葉に俄然やる気を出すリアス達。

 勿論一誠は返事が無いが、それを見逃すヴェネラナでは無く、にっこりと微笑む。

 

 

「一誠もね?」

 

「……………。畏まりました、マダム・グレモリー」

 

 

 うぜぇ……と内心毒づく一誠だが、今日だけはと一礼する。

 素の口調はヤサグレたチンピラみたいな小物感だらけな男だが、幼少から仕込まれた一連のマナーだけは守ろうと思えば守れる。

 この日の一誠は確かにグレモリー家使用人・副長であった。

 

 

 

『皆様、この度、フェニックス家とグレモリー家の試合において審判役を任されました、サーゼクス・ルシファー様の女王・グレイフィアともうします』

 

 

 グレモリー家とフェニックス家のレーティングゲームというだけあり、そのネームバリューは凄まじく、多くの貴族悪魔達の観戦者は多かった。

 

 

「サーゼクス様の妹様と、フェニックス家の三男か。

これは楽しめそうだ」

 

「何せ期待の新人ですからな」

 

 

 ワイン片手に観戦も出来るレーティングゲームは最近の冥界のトレンドともいえるし、今回はある種ビックカードでもある。

 当然その多くの悪魔達の中にはリアスと歳の変わらない若手の悪魔達が参考にする為に観戦している。

 

 

「来たわね、今日は見所だらけよ! 椿姫! 録画の準備は!」

 

「バッチリです」

 

「か、会長……そんな興奮しなくても……」

 

「何を言うの!? あのイベント嫌いの一誠が重すぎてヤキモキさせるくらいな腰を上げてレーティングゲームに兵士として参加するのよ! アナタも同じ兵士として一誠の戦いを見なさい!」

 

「い、いや……アイツは化け物すぎて参考にならないんですけどね」

 

 

 その中にはソーナ達も居り、参加するリアス達の勇姿を――その中に混じる一誠の姿をデジタルに永久保存する為に興奮していた。

 

 

『この度のレーティングゲームの会場は、両陣営による話し合いの結果、リアス様と眷属の皆様が日頃学ぶ人間界の学舎、駒王学園の校舎全体のレプリカを用意させていただきました』

 

「お父様! 一誠兄様は!? 兄さまはどこ!?」

 

「慌てないでミリキャス、もうすぐグレイフィアが紹介するから」

 

「早く……速く……!!」

 

 

 勿論、生まれた時から血の繋がりなんかカス以下のカスだぜと云わんばかりに妹をしてるミリキャスも魔王の父と共に観戦しており、さっきから一誠をモニターに映せと興奮しまくりだった。

 

 

『それともう一つ、観戦者の皆様の中には既にお耳に入っておられると思いですが、この度ライザー・フェニックス様たっての希望により、本来なら参加資格が無い者をリアス様の兵士として参戦させる事となりました。お手持ちのモニターにご注目ください!』

 

 

 観戦する全ての悪魔に伝わるグレイフィアのちょっとテンション高めの声に吊られて各々が確保しているモニターに注目する。

 

 

『…………………………………』

 

 

 そこに映しだされるは、多くの悪魔にとってはまことしやかに噂される一人の人間の、ガッチガチの執事姿だった。

 胸元にあしらわれた限られた存在しか許されないグレモリー家―――そしてシトリー家の紋章が刺繍された燕尾服を着る人間の少年は、ある意味で貴族達にとって『有名』であり、その根元は殆どやっかみのそれだった。

 

 

「本当に出てきたのか、この人間は」

 

「厚かましいというか、グレモリーとシトリーの紋章入りの服を着てる等……」

 

 

 その紋章入りに憧れる多数の悪魔達を差し置き、人間の分際で両家から寵愛されると言われてる人間の無表情に佇む姿に殆どの悪魔達の顔は歓迎しているものではない。

 

 

「どうやってあの人間は両家の信頼を持ったのか」

 

「口八丁といった所だろう、所詮人間のできる事なんてたかが知れている」

 

 

 スタジアムならブーイングだろう一誠への印象。

 しかし別の場所では真逆なのもまた然りだった。

 

 

「出たわ! ご奉仕モードの一誠よ! 椿姫、録画は!?」

 

「や、やってますから落ち着いてください……」

 

「オールバックだし、グレモリーとシトリーの紋章入りの執事服だ……」

 

「本当はグレモリー家の紋章のみだったのだけれど、さっきお姉様が控え室に突撃して急遽入れたのよ! ふふ、良い仕事しましたねお姉様……!」

 

「こ、こうして見ると普通だね日之影くんって……」

 

「あの酔っ払った時の印象が大きすぎちゃうからね……」

 

「無差別だったもんね……ワインを瓶でラッパ飲みしながら襲ってきた時はホント……」

 

「口移しとかリアルにされちゃったもんね……私達……」

 

 

 ソーナ一人興奮するのを宥めながらも、悪印象は無さそうなシトリー陣営は、モニター越しに映る一誠を見てゴールデンウィーク事件についてを思い出してポッとしていた。

 

 

「元ちゃんまで襲われた時は何かに目覚めそうだったな」

 

「や、やめろし! 俺にとっては悪夢なんだぞあれ! 無駄にアレだったせいで余計に!」

 

 

 無差別だったせいで複数が何かに目覚め掛けてる様で、顔が死人みたいに真っ青な匙は永遠に忘れたいと壁に向かってガッツンガッツン頭を打ち付けていた。

 こんな感じでソーナ達は一誠に対して悪感情は無く、そしてもう一つ……。

 

 

「にいさま! にいさまが映ってますよお父様!」

 

「うん、そーだね」

 

「えへへ、良いなぁリアスお姉ちゃん……」

 

「わかったらもう少し画面から離れようミリキャス?」

 

 

 ミリキャスは出てきただけでクネクネしており、画面を食い入る様にみていた……ゼロ距離で。

 

 

「にーさま……」

 

「ほら、ちゃんと行儀よくしなさい。それにしてもライザーの眷属…………ふむ、思ってたより面白いかもね」

 

 

 

 そんなこんなで一誠の登場はあまり好印象では無いまま、今回のゲームを仕切るグレイフィアが紹介を行う。

 

 

『日之影一誠、悪魔名はギルバ。グレモリー家とシトリー家の両家から紋章を身に着ける事を許可された人間。

本日は彼がリアス様の兵士としてレーティングゲームに参加致します』

 

「……………」

 

 

 場所は戻り、妙に張り切ってる調子のグレイフィアの声を聞いていた一誠は、小さく鼻を鳴らしている。

 

 

「力が入ってるわねグレイフィアも。

まあ、仕方ないけど」

 

 

 レーティングゲームの会場……駒王学園のレプリカ空間への移動が完了したリアス達は、多くの悪魔達が今一誠の姿をモニター越しに見ているのだろうと考えながら先程と全く同じ質感のソファーに座る。

 

 

『両者転移された場所が本陣となっております。

兵士のプロモーションについて、ライザー様は旧校舎に立ち入った瞬間可能となりますが、リアス様陣営に本来の兵士は存在しないため、一誠―――こほん、失礼いたしました、代理となる日之影のプロモーションは無しとなります。これは公平性を考慮した結果となりますのでご了承を。

また、今回のレーティングゲームにおける秘薬等の使用はリアス様側は無し、ライザー様側は二回までとします。これも公平性を考慮した結果です。

制限時間は人間界における夜明けまで、時間にしておよそ2時間程でございます。

ただし、これは前後する可能性が十分にありますので注意してください。これより10分間の作戦タイムとします。10分後試合開始となります』

 

「聞いたわね? では通信機をつけなさい」

 

 

 グレイフィアのご丁寧な説明が終わった瞬間、リアスが一誠以外に悪魔式の通信機を与え、眷属達は早速身につける。

 

 一誠も淡々とした顔で渡された通信機を耳に取り付けると、作戦を伝えるリアスやそれを真剣に聞く眷属達に普段のチンピラさが嘘みたいな仕事を開始する。

 

 

「お嬢様、眷属の皆様、お紅茶でよろしいですか?」

 

「へ?」

 

「えっと……?」

 

 

 え、誰? と思わず言い掛けそうになるくらいに普段らしからぬ一誠の態度に驚く小猫と祐斗と、引きこもり気味でそんな面を知らないギャスパー。

 

 

「構わないわ、朱乃も今日は一誠に任せなさい」

 

「は、はい……では私も部長と同じで」

 

「畏まりました」

 

 

 スッと一礼した後その場から瞬間移動みたいに姿を消した一誠に、ポカーンとしてしまっていた眷属達は作戦の会議も忘れてリアスに詰め寄った。

 

 

「せ、先輩が変です!」

 

「凄い執事さんです!」

 

「どうしちゃったんですか!? ま、まさか具合が悪いとか!」

 

「落ち着きなさい。執事さんみたいじゃなくて、今の一誠は正真正銘の執事よ。

ソーナ風に言えばご奉仕モードって奴ね。お母様とグレイフィアに相当叩き込まれたから、その気になればああいう事もできるのよ……まあ、弱点としてはその対応を示すのが吹っ切れた時しかないんだけど」

 

「「「………」」」

 

「私だって初めて見ましたよ……」

 

 

 ヴェネラナに言われてヤケクソになり、コミュ障から来る吐き気も我慢して執事化した一誠の説明に眷属達はまたしても新鮮味を感じるしかなかった。

 

 

「お待たせ致しました、アールグレイでございます」

 

「ありがとう。さ、頂きましょう」

 

「は、はぁ…」

 

 

 ササッと音もさせずに全員分の紅茶を出した一誠が無言で座ってるリアスの後ろに佇むのが気になって紅茶どころじゃない眷属達なのだが、レア過ぎる一誠のお茶を飲まないという選択肢は無かったらしく、リアスに続く形で飲んでみる。

 

 

((((おいし……))))

 

 

 飲んでみた感想としては普通に美味しい。

 温度もちょうど良いし、一緒に出されたクッキーとよく合う……。

 

 

「何か物凄く贅沢な気持ちになる」

 

「そうだよね、だってあの一誠くんが僕達の為にだなんて……」

 

「これ、保存するとかできませんか?」

 

「………………」

 

 

 口々に変な褒め方をしてくる眷属に内心『バカかこいつ等……』と思いながらも表情筋を殺して静かに佇む。

 

 

「お嬢様、作戦の方は……?」

 

「そうだったわね、一服した所で本題に戻るわ。

今回のゲーム会場は私達にとっては所縁のある駒王学園のレプリカとなる訳だけど、全体図を見る限りセンターはちょうどこの体育館になるわね。

ただの戦闘なら真っ先に全員でキングを取りに突撃するのが手っ取り早いのだけど、一応レーティングゲームだし、それらしくやるわ」

 

 

 学園の見取り図を広げ、ライザー・フェニックス側と自分達側の確認をしながらセンター位置である体育館の場所を指しながらリアスは話す。

 

 

「センターの確保、この場所の守護の二手に別れるわ。

恐らくライザーは兵士を複数この旧校舎の裏から忍ばせてくる筈だしね」

 

「………」

 

 

 まともにレーティングゲームを見ることすら無かった一誠は、軍人将棋みたいな事をしてるリアス達をただ黙って見つめる。

 さっさとキングとやらの首をネジ切ればそれで終わるのに……とせっかちな彼にしてはもどかしいものはあるが、悪魔のゲームにも色々と事情があるのだろうと取り敢えず黙ってる。

 

 

「ギャスパーと祐斗は旧校舎全体に罠を、小猫はセンターの確保をなさい」

 

「わかりました」

 

「は、はいぃ……」

 

「了解です」

 

「そしてお待ちかねの一誠は……本当は力を安定させるという意味でギャスパーと組ませたかったのだけど、ゲームの上でセンターの確保を確実にしたいの。

だから小猫と一緒に体育館へむかって?」

 

「………はっ」

 

 

 ホントにチマチマやるのか……と思いつつ小さく頭を下げた一誠。

 小猫が横で『しぃ!』とガッツポーズしてるのだけど、その意図も意味も理解しようとはしない。

 

 

「目的はライザー・フェニックス陣営全員の撃破、レーティングゲームのセオリーを全て踏まえての一斉襲撃勝利よ。

こうでもしないと遺恨が残るかもしれないし、終わった後は骨も残さないつもりで行くわよ!」

 

 

 こうして人生初のレーティングゲームは開始した。

 オーバーキルを目指してるご様子のリアスの指示を受け、全員が部室を離れる。

 

 

「センターの確保です。先輩行きましょう! なるべく早――あ、いや、ちょっとお散歩なんてしながら!」

 

「お言葉ですが塔城様、リアスお嬢様はセンターを相手側よりも早く確保せよとのご指示です。

散歩をする暇なんてないと思いますが……」

 

「と、塔城様……ふ、ふへへ、そ、そうですよね? 私とした事が私情に走ってしまいました……。(か、会話ができてる! 凄い他人行儀だけど! こ、これが部長の言っていた四年に一度あるかないかのご奉仕モード!)」

 

 

 センター確保の為に体育館へと向かう小猫は、確保を確実のものとする為に同行する事になった一誠が、あまりにも普通に、ちょっとよそよそしいけど返答してくれるという夢みたいな現状に、美少女らしからぬ変な声で笑ってしまう。

 内心一誠に『なんだコイツ……』と引かれてるのだが、小猫はニタニタが止められず、気付けは体育館へと到着した。

 

 

「うへへ、先輩、敵の匂いがします」

 

「匂い? あぁ、猫の妖怪でしたね塔城様は……確かにその様です。既に中に複数のカス―――んんっ、敵の気配があります」

 

「グレモリーの眷族!

あなたたちのことは監視している! さっさと出てきなさい!」

 

「あら、先輩とお散歩していたのを見られてたようですね。さすがに一応は経験者、重要拠点は見逃しませんか」

 

「……。先程からアナタ様は何を言ってるのですか? 気持ちが浮わついてますよ?」

 

 

 にへらにへらと笑う小猫のどう聞いても浮わついてる言い回しに、若干イラッとしながらも我慢して大声を出してる相手側の眷属達の言うとおり中へと入ると、複数の気配を感じた通り四人ほどの女性がど真ん中で仁王立ちしていた。

 

 

「ごきげんようグレモリー眷属さん……それと賞金首さん?」

 

「……?」

 

「賞金首? 先輩の事を言ってるんですか?」

 

 

 覚えるつもりも記憶するつもりもない、ただの女という認識しかなかったりする一誠に向かっていきなり賞金首と宣うライザー眷属達に小猫が首をこてんと傾げる。

 

 

「ライザー様が言ってたのよ、そこの木っ端似非執事を倒した子にはご褒美をくれるって」

 

「グレモリー家とシトリー家の紋章を身に付けてる人間風情だからって」

 

 

 チャイニーズっぽい格好の女性曰く、どうやら一誠は相当にライザーから敵意を持たれているらしく、誰かが彼を仕留めれば褒美が出るらしい。

 クスクス笑って一誠を見るその視線は、既に自分がご褒美を貰うのだと仕留められる自信満々な目だった。

 

 

「という訳で怨みは無いけどアナタから仕留めるわ!」

 

 

 チャイニーズの女性の一言により全員が手を前にしながら佇む一誠を標的に構える。

 

 

「……………」

 

「そう簡単に先輩を取らせるとでも?」

 

「でしょうね、それならこの場所をどちらが確保するか勝負よ! 私はライザー様の戦車・雪蘭よ!」

 

「兵士のミラです」

 

「同じくイルでーす!」

「ネルでーっす!」

 

 

 構えながら名乗り出す敵。

 それに応えて小猫も名乗る。

 

 

「リアス・グレモリーの戦車・塔城小猫」

 

「…………………」

 

「せんぱい、一応名乗っておいたほうが………」

 

「………………………」

 

「あ、名乗る必要なんてありませんね」

 

 

 小猫のヒソヒソ声に答える代わりに一誠は無言で一礼する。

 それを見た瞬間、あ、喋ったら気持ち悪くなっちゃうんだと納得しながら、ピシッと手刀の構えをした一誠に続いて構え、アクション映画ばりなアクロバットな動きで敵を翻弄しながら攻撃を叩き込む一誠に続いた。

 

 

「あぅ!?」

 

「っう!?」

 

「「いったーい!!」」

 

 

 こうして戦闘は開始したのだが、側宙や前宙、バク宙など、一誠らしからぬ無駄な動きを交え、アクション映画の様に蹴りやパンチを叩き込み続けられたライザーの眷属達は、わざと小猫に合わせた鋭い蹴りを貰い、数メートル程宙を舞って床に叩きつけられる。

 

 

「…………」

 

「むむ、私の足が短いせいで先輩に合わない……」

 

 

 済ました顔で乱れたオールバックを整える一誠と、自分の脚を見てブツブツ呟く小猫。

 どう見ても二人は目の前のライザー眷属達を敵とすら思ってる様子が無く、弄んでる気すらある。

 

 

「あ、あんた達ふざけてるの!?」

 

 

 屈辱のあまり一人が怒りながらヨロヨロと立ち上がる。

 

 

「ふざけてませんよ、こっちは真剣なんです。先輩と息を合わせた攻撃をしようにも背が小さいから……」

 

「そんな事聞いてるんじゃないわよ!」

 

「……………」

 

「あ、あの執事普通に強い……」

 

「全然当たらないし……」

 

「全然息も切れてない……」

 

 

 サッサッとオールバックを直した一誠の、薄気味悪い強さの片鱗を今さらになって気づいた三人が困惑した顔をする。

 本来の戦い方なら一撃で身体の一部が千切れ飛ぶ事を知らないのは多分幸福なのかもしれない。

 

 

「ぶへ!?」

 

「ぎゃ!?」

 

「あべしっ!?」

 

「ひでぶ!?」

 

『ライザー様の兵士三名、戦車一名リタイアです』

 

「やりましたね先輩!」

 

「殺さずに蟻を踏むというのがこれほどまでに難しいとは……。ある意味難題かもしれません」

 

 

 本来の億分の一は手加減されてるのだから。

 

 

「リアスお嬢様、センターを確保致しました。次の指令は?」

 

『ご苦労様。次の指令は小猫と一緒にその場所を暫く守って欲しいのよ。

ちょうど祐斗とギャスパーの方も仕掛けた罠で数を減らせたし』

 

「はっ……ではその様に」

 

 

 小猫と一緒に踵落としを脳天に差し込んで撃破し、無事にセンターの確保を完了させた一誠の次の仕事は、小猫と共にこの場所を守る事になった。

 既にライザー側の眷属も半数は潰し、後は各拠点を一個一個確保して退路を塞ぐ。

 

 ある意味負け方としては一番屈辱的なものなのかもしれない。

 

 

「誰も来ませんね……第二陣があると思ったのに」

 

「木場様とギャスパーのガキ――失礼、ギャスパー様が撃破してるのかと……。まあ、確かにお暇ではありますがね」

 

「ですよね? うーん、ギャー君って先輩が近くに居ないと駄目だからちょっと不安……」

 

「………」

 

『ライザー様の女王・リタイアでございます』

 

「あ、クイーンが陥落しました」

 

「その様で……」

 

 

 何せ賞金首に指定された本人は倒れないどころか呑気にセンターである体育館に居て小猫とご奉仕モード口調で喋ってるのだから。

 

 

「後は戦車一人と僧侶二人と騎士と、王ですよ。

どうします? 部長に連絡して先に狩にいきますか?」

 

「既にフィールドの半分以上を制圧した今、放っておいても向こうから出てくるのでは? 私一人に此処を任せて塔城様お一人で向かわれたくば構いませんよ」

 

「うーん、折角先輩と色々あるけどこうしてお話できるし勿体ない」

 

「…………はぁ」

 

 

 平和であった。

 

 

終わり

 

 

 

オマケ・惚れ薬漏洩事件

 

 

 

 これはとある男が『面白そう』という理由だけで作り上げてしまった薬品が流出してしまったお話……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アザゼルがお香タイプの惚れ薬を開発し、それをグレモリー領土内にばら蒔くという事件が起こった」

 

「何でそんな事を……」

 

「何でもムシャクシャしてやってしまったらしい。

まぁこの通りアザゼルは縛り上げてるから後は散らばった惚れ薬を回収してしまうだけなんだけどね」

 

 

 人間界で今は暮らすリアスやソーナ達をいきなり呼び寄せた魔王サーゼクスからの指令。

 それはグレモリー領土各地にアザゼルが散らした惚れ薬の回収という任務みたいな仕事であった。

 何故惚れ薬なのかは、逆さ吊りにされた挙げ句顔面が倍以上に腫れ、グレモリー家の男使用人に今尚鞭でしばかれ続けてるアザゼルのみぞ知るのだが、あの様子だと聞くに聞けない。

 

 なので仕方なくソーナ達と協力し、手分けして惚れ薬の回収を開始する事になったリアス達だが、本日はこの場に一人足りない。

 

 その一人とは勿論一誠の事であり、どうやら今冥界には来てないらしいのだが……。

 

 

 

 

 

※本編とは何の関係もありません。

 

「み、皆落ち着いて! これは惚れ薬のせいなんだよ!?」

 

「ぐぅへへへ、セラフォルー様ァ……!」

 

「俺のもんだぁ!!」

 

「ひゃはー!」

 

 

 遅れて合流しようとしたセラフォルーがグレモリー領土内の男達に取り囲まれ、今まさに数の暴力で襲われそうになっていた。

 ぶっちゃけ進化した今なら余裕で返り討ちに出きる様な気はするが、こういうのは時と場合による訳で、無数の男に取り囲まれるのは割りと怖いのだ。

 

 

「魔王様を孕ませるのは俺じゃァァァッ!!!」

 

「イヤァァァァ!!!!」

 

 

 正気ならまず畏れ多くて無理な台詞を平然と叫びながら一人の男悪魔がセラフォルーに飛び掛かった。

 が、しかし……。

 

 

「ふべらぁ!?!?」

 

 

 飛び掛かった男悪魔の横っ面にめり込む拳が、セラフォルーの貞操をガードした。

 本能的に身を庇う為にしゃがんでいたセラフォルーが恐る恐る目を開けると……そこには。

 

 

「……………」

 

「い、いーちゃん?」

 

 

 燕尾服姿の少年……一誠がセラフォルーを守るようにしてそこに姿を現した。

 

 

「……何をトチ狂ったんだコイツ等は」

 

「い、いーちゃん!! こ、怖かったよぉ!!」

 

 

 思わずその背に抱きつくセラフォルーは安心する。

 しかしそれと同時にふと気付く…………あれ、抱きついたのに嫌がってない? と……。

 

 そして妙に体温が高い気が――

 

 

「コイツは俺の女だ、テメー等にゃ渡さねぇ」

 

「………………」

 

 

 あ、これ絶対いーちゃんってばどこかで惚れ薬を嗅いじゃったんだ。

 普段が普段なので一瞬にして悟ったセラフォルー。

 だがしかし同時に惚れ薬のせいだろうとこんな台詞を無駄にキリッとした顔で他の男達に向けて啖呵を切る姿に堪らなくなったのもまた事実であり、ここから一誠を連れ出して人気の無い場所で――と、若干邪な事を考えてしまっていると……。

 

 

 

 

 

「この世の全ての女は、ランドセル背負った小◯生から湿布貼ったババァまで全部俺のもんだぁぁぁぁっ!!!!」

 

「ええええぇっ!?!? いーちゃん!?」

 

 

 血走った目をこれでもかと開き、解放しちゃいけない何かを解放するかの如き台詞を吐きながら惚れ薬にやられた男悪魔達を殴り蹴るして叩きのめし始めた。

 

 

「テメーらに女なんぞ百万年はぇーんだよ! 一生エロサイトでもクリックしてやがれ!! ただし、そのエロサイトに出てる女も俺のモンだがなぁ!! ヒャハハハハ!!!」

 

「な、なんでそうなるのよ!!」

 

 

 ちぎっては投げ飛ばし、ちぎっては蹴り飛ばし、ちぎっては殴り飛ばしを繰り返しながらとんでもない事を口にする一誠に、流石にこれは違うだろと思ったセラフォルーが止めに入ろうとするのだが………。

 

 

「よっしゃ行くぜハニー!!」

 

「きゃっ!? な、なに!?」

 

 

 止めに入ろうとしたセラフォルーが逆に横抱きに抱えられると、これまた普段なら死んだって口にしないだろう言葉でセラフォルーを呼びながら領土内を爆走する。

 

 

「い、いーちゃん! ど、どこに行くの!? グレモリー家は反対方向だよ!?」

 

 

 一々キャラが狂ってる一誠に戸惑いつつ何とか落ち着かせようとするセラフォルーの声は聞こえてるのか、要するにお姫様抱っこをされてる彼女に向かってこれまた無駄に爽やかな笑顔をしながら言う。

 

 

「どこ? 決まってるだろハニー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………―――――――夢のお城さ」

 

 

 

 如何わしい看板とキラキラしたライトで異様に目立つ宿泊施設の前で停止する一誠の言う『夢のお城』。

 それは確かに外観だけなら夢のお城ではあるが、実態はそんなクリーンなものでは無いし、セラフォルーも知っている。

 そう、これは……。

 

 

「俺と一緒に青少年保護条例の向こう側へ行かないかハニー?」

 

「こ、ここって……う、嘘? いーちゃん本気なの? 私ここまでされたら本当に抵抗しないよ? 惚れ薬のせいとか関係――」

 

「無くて良い……ふふ、ふはははは! お前は俺のもんだぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 別の意味での夢のお城……だった。

 

 

続かない




補足

新規のアホな番外をやった理由は単に感想がほしいだけです。

来なかったらやめます。


ちなみに元ネタは……まぁわかるかなメジャーだし。


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混じっている同類 ※番外オマケ追加

まあ、まともに闘うにしても無理というか……


 今回のレーティングゲームの進行役となったグレイフィアが然り気無く話していた約二時間で終わるというゲーム時間についての意味が漸く理解できた観戦者達は、あまりにもあんまりなゲーム展開に却って微妙な気分になっていた。

 

 

「えー、ライザー・フェニックスに告ぐ! 貴方達の本陣は完全に包囲されている! このまま籠城を続けるのであるなら我々は本陣に一斉攻撃を仕掛ける! けれど、ゲーム最後の華として一騎討ちをするというのであるなら攻撃は仕掛けないから出てきなさい!」

 

「お嬢様、それでは弱いです。こう言ってみてはどうでしょうか?」

 

「そ、そんな下品な言葉を言わないと駄目なの? う、うん……わかったわ。ごほん――――ワレェゴラァ!! さっきから本陣に隠れてつまらねぇ時間稼ぎしやがって! 四の五の言わずに出てこんかいボケェ!!」

 

 

 代理を含めても6人しか居ないリアス陣営が、ものの40分で相手側の本陣を抜かした全てのエリアを制圧し、まるで立て籠り犯を包囲する機動隊、もしくは債務者に追い込みをかけるチンピラ借金取り――――要するに観戦してる立場としてはライザー側が逆に悲惨に思えてならない状況。

 

 

「お兄様、リアス様が拡声器使ってこちらに呼び掛けを行ってますが、いかが致しますか?」

 

 

 ライザー本陣である生徒会室の窓から見えるリアス達の姿をカーテンの隙間から伺うは、ライザー・フェニックスの僧侶の位置に属する少女。

 名はレイヴェル・フェニックスであり、フェニックスという姓の通り、何とライザーの実妹。

 そんな実妹の異様に他人事じみた報告に対し、ライザーはすっかり取り乱してしまう。

 

 

「ど、どうするも何もこっちの戦力はお前達しか居ないんだ、このまま籠城したって消し飛ばされたら終わり……ちくしょう!! あの人間風情がっ!!」

 

 

 拡声器を使って此方に呼び掛けてくるリアスと、それに付き従う様に立つ女王、騎士、戦車……そして眷属達に真っ先に潰せたら褒美を与えると賞金首に指定した燕尾服姿の代理兵士。

 誰一人として欠ける事無く、フィールドの殆どを30分もしない内に制圧した実力は凄まじいものがあり、特に人間風情である筈の代理兵士は、襲い掛かるライザー側の眷属達を仕事人の様に沈めていくのだがら、ライザーにしてみれば人間風情に虚仮にされてる様でやり場のない怒りだけが膨れていくだけだった。

 

 

「残っているのは私と、カーラマイン、リィ、ニィ、シーリスですわね」

 

「あの代理兵士の人間と戦車には直接狩られ、騎士と僧侶には罠に嵌められで散々だ。

戦車のイザベラが最後の砦だったが、あの代理兵士に一撃でやられてしまった……」

 

「あの人間……ホントに人間にゃあ?」

「イザベラ……ガードした腕とか脚が変な方向に曲がってたにゃあ……」

 

「少なくとも単純な腕力は我々に近いのかもしれない……」

 

 

 そんな兄の取り乱しっぷりを流し目気味に流したレイヴェルは、現状残る戦力達の名前を呟く。

 勿論その戦力には己自身も入っているのだが、観察してみるに生き残りの眷属達の顔つきはすっかり自信喪失といった具合だ。

 

 

「……。ここで嘆いていても仕方ないでしょう? それよりも速く姿を現さないと、どうやら相手のキングはこの建物ごと我々を消し飛ばすつもりの様だわ」

 

 

 窓際に居たレイヴェルがカーテンの隙間から、リアスが全身に魔力をオーラの様に纏う姿を見て、他の者達に報告する。

 

 

「く、クソ……出るしか無いのか」

 

 

 報告を聞き、ライザーの顔はこれでもかと歪んだまま吐き捨てる様に席を立つ。

 ギャラリー多き今回のレーティングゲームにおける恥の上塗りを避ける為には向こうの挑発に乗った上で勝利しなければならない。

 

 勝てばあのリアス・グレモリーとの婚約という所までこぎつけられたのに、それを人間風情の分際でグレモリーとシトリーの証をその身に付けられる事を許可されてる男ごときに潰されてたまるか。

 

 

「……。あの人間を全員して掛かって潰せば少しは状況も此方に傾くだろうか……」

 

「どうでしょう、リアス・グレモリーの眷属達個々の戦闘力も侮れないですから……」

 

 

「……………………」

 

 

 個人的な……所謂嫉妬の念に支配されるがまま眷属達を引き連れて外に出るライザーに付いていく眷属達が不安がる中、最後尾を少し遅れて付いていく金髪碧眼の少女は、ほんの少し笑っていた……。

 

 

 

 

 

「あ、出てきました。残り全員です」

 

「その様ね。さて、リザインしてくるのか、はたまた本当にこのまま総力戦になるのか。

どちらにせよ皆油断はだめよ?」

 

「勿論ですわ」

 

「ぼ、僕は向こうがリザインしてくれた方が良いな……」

 

「無理はしなくて良いギャー君。別に私と先輩で片付ければ良いし。ね、先輩?」

 

「………………………。僭越ながら一言……一々貴女様に合わせるのが果てしなく七面倒なのですが」

 

 

 ライザーと残りの眷属達が校舎から姿を現したのを確認したリアスは、持っていた拡声器を側に控える朱乃に渡し、出方を伺うように目を細める。

 場所としては周囲に何もない運動場で向こうが仕掛けても対処可能ではあるが、警戒はするに越したことは無いのだ。

 

 

「まずは此方の呼び掛けに対応して頂き感謝しますわライザー・フェニックス」

 

「………あぁ」

 

 

 ニッコリするリアスの言葉にライザーは顔をひきつらせたが、手を前に組み、姿勢良く佇む一誠を見た瞬間、嫉妬やら何やら入り交じった目で睨んでしまう。

 

 

「話し合った結果、キミのご厚意を受けようと思ってね」

 

「つまりそれは総力戦をして最後まで戦うと?」

 

「ああ……」

 

 

 表情筋が死んでる真顔で佇む一誠を睨み付けながらライザーは頷いた。

 当たり前だが、そんな視線をリアス達は気付いてるが、敢えて触れずに話を進める。

 

 

「では最終ラウンドと行きましょう――」

 

 

 睨もうが何をしようが、一誠という存在は不滅で消える事など無いのだ。

 今日に至っては見事に兵士代理として――執事として振る舞ってくれたし、文句の付け所なんてありはしない。

 後は今回のレーティングゲームに最後の華を添えて終わりにすれば、後日のんびりと人間界のどこかにピクニックでもしながらのんびりと出来る……………婚約を切り出してきたライザーの事なぞ初めからどうだって良かったリアスは、それぞれ構え始めた眷属達と共にライザー側との最終ラウンドへと突入しようと、どこぞの人工吸血鬼のハイテンション時の様な言葉を宣言しようとしたその時だった。

 

 

「お待ちください」

 

 

 始まった瞬間、一誠に一斉攻撃をしてやろうと密かに眷属達に指示を出していたライザー達が硬直したかの様にその動きを止める。

 勿論リアス達も同様であり、全員の視線が声を放ったその少女へと集まる。

 

 

「レイヴェル……? どうした?」

 

「今の声は貴女かしら?」

 

「その通りですわ」

 

 

 金髪に縦ロール。どう見てもお嬢様ですな風体の少女がリアスに気圧される様子もなく、寧ろ軽く笑みすら浮かべて返事をする。

 リアス達は特に気にする事も無かったが、仲間であり妹でもあるライザー側は少しばかり彼女の様子が……言ってしまえば今日のレーティングゲームが始まった――――否、リアス側とのゲームが決まった時から変だった事を思い出した。

 

 

「リアス様にひとつだけ私の願いを聞き入れて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

「願い? それは内容によるけど……」

 

 

 困惑するライザーや、その眷属達の中から一人前に躍り出て、正面に立ったレイヴェルの言葉に眉をひそめる

リアスは続きを促す。

 

 

「是非共兄が真っ先に倒したいと躍起になって悉く返り討ちになされた代理の兵士さんと一対一で戦ってみたいのです」

 

「え?」

 

「お、おいレイヴェル!?」

 

 

 チラッと表情筋を殺した顔で斜め上を見上げてる一誠を見ながらのレイヴェルの『お願い』にポカンとしてしまったリアス以外の者達の顔が其々の意味で強張った。

 

 

「兄のプライドの手前言葉には出しませんでしたが、このまま貴女方と総力戦を繰り広げた所で我々は負けるでしょう」

 

「……。随分とアッサリ言うのね」

 

「事実ですから」

 

「ぐっ……」

 

 

 悔しそうに顔を歪めるライザーへと一瞬振り返りながらレイヴェルは自分達が負けるとハッキリ言い、『だからこそ……』と切り出しながらそろそろ『ご奉仕モード』が切れ掛かってる一誠をじーっと見つめながら告白する。

 

 

「戦ってみたいのです。シトリー家とグレモリー家の皆様に認められている人間の執事さんと」

 

「……ふーん?」

 

 

 何か言いたげなキングである筈のライザーを無視し、一誠相手にタイマン勝負をしたいと言うレイヴェル・フェニックスに、リアスは逆に困った。

 別に一対一で戦って貰うのは構わないが、見た感じ気の強そうなタイプで、ましてや然り気無くライザーの妹という事はフェニックス家の血を持っている。

 

 

「と彼女は言ってるけど、どうする一誠?」

 

「………………………。畏まりましたリアスお嬢様」

 

 

 今日の一誠の戦い方からして、この少女がぼろ雑巾になることも心が再起不能になることも無いのだろうが、何と無く嫌な予感がする。

 

 

「…………………。お嬢様達はお下がりください」

 

「ふふ…………お兄様達もお下がりください」

 

「ええ……」

 

「お、おい……レイヴェル?」

 

 

 女の勘的な意味で。

 

 

「…………………」

 

「ふ、ふくくく……」

 

 

 静かにお辞儀をする一誠と、何故か震えるように笑うレイヴェルの向かい合う姿を見ながらのリアスの予感。

 それはきっと……いや、完全に大当たりだった。

 

 

「―――――――――――――――やっと、逢えた」

 

「…………? …………………なっ!?!?」

 

 

 予想だにもしてなかった……本来の強敵という意味で。

 

 

「ははっ!!」

 

 

 その姿に誰しもが目を奪われた。

 あの一誠ですら、ある意味でその姿を前に……いや、その本質を前に驚きを隠せなかった。

 周囲の大気すら焼き尽くす程の熱風、触れる事すら許されない強き炎。

 

 

「兄がリアス様とゲームをすると言った時は何をトチ狂ったのやらと呆れましたが、今にして思えばそれは正解でしたわね……!」

 

「っ!? リアス、ギャスパー!! 塔城と木場と姫島を抱えてもっと離れろ!!」

 

「!?」

 

「え!?」

 

 

 待ち受けていたのは、エクストラボーナスタイム……なのだから。

 

 

「な、何だこれは!?」

 

「ら、ライザー様! もっと離れないとまずいです!」

 

「何故彼女にあんな力があるのかは知りませんけど、洒落じゃなくやばいよ!」

 

「こっちに早く!」

 

 

 妹から放たれる太陽を思わせる高純度の炎に、一切知らなかったライザーが盛大に狼狽えながら眷属達に引きずられていく中、ゲーム会場全体を支配せんとばかりに燃える炎の渦の中心に立つレイヴェルは、それまでとっとと終わらせて欲しかったとやる気の無かったのを一変させる一誠に語り掛ける。

 

 

「『サーゼクスくん。』に自慢され続けて約12年。

漸く相間見えましたわね、執事さん――いえ、イッセー様!」

 

「貴様……サーゼクスくんだと?」

 

「ふふ、悪魔としては畏れ多い魔王様ですが、悪平等(ぼくたち)としては一応対等に近いのでしてね?」

 

 

 

 逃がさないという意思が具現化したかの様に炎が一誠を取り囲み、レイヴェルは自分の本質を示す。

 

 

「やっと私の存在を知って貰える。この機会には感謝しかありませんわ!

我が名はレイヴェル・フェニックス! さあ、私を知ってくださいまし!」

 

 

 何度も一誠が苦渋を舐めさせられた相手、サーゼクスと同質である事を。

 

 

「あの子がお兄様と……ですって!?」

 

「ど、どういう事なんですか? サーゼクス様を今君付けで呼んでましたが……」

 

 

 名乗るレイヴェルの声を障壁を張りながら聞いていた小猫や朱乃、祐斗やギャスパーは、ある意味掴めない彼女を信じられない様な眼差しで見つめるしかできない。

 その中でリアスは――いや、この流れをモニター越しで見る一部は端的に理解出来ているのだが、その理解が逆に彼女達を嫉妬させる。

 

 

「お兄様と同じ、あの子は一誠と同質で同等の存在なのよ……! 気づかなかった自分に腹が立つわ……!」

 

「同じって……じゃあまさか一誠さんは……」

 

「ええ、お察しの通り、もしかしたら情熱的になっちゃうかもしれないわ……あの子に」

 

「そ、そんな!? せ、折角何年も掛けてこの日の所まで来たのに、あんなポッと出の焼き鳥女に横入りされるんですか!?」

 

「ずるい……」

 

 

 然り気無く初見にして『なんか気にくわない』と感じてた小猫が盛大にレイヴェルをディスっている。

 言葉には出さないが、他の者達も似た心境な辺り、対人恐怖症である本人の状況とは裏腹に割りと慕われてるのが伺える。

 

 しかしそんな気持ちを煽るが如く、レイヴェル・フェニックスという少女はやがて惚けた様な顔をし、大きな声で言った。

 

 

「この勝負、もしも私が勝てたら私をアナタ様のモノにしてください!」

 

「あ?」

 

 

 自分の胸元に手を当て、よりもよって一誠を慕う者達だらけのど真ん中で宣ったレイヴェルに、一瞬空気がフリーズした。

 

 

「「「はぁっ!?」」」

 

 

 だがそれも一瞬の事で、避難した両方の陣営から信じられないと云わんばかりの声が出てくる。

 

 

「ま、待て待て待て!? 何を言ってるんだレイヴェル!?」

 

 

 当然兄のライザーはこんな急すぎるカミングアウトに思わず飛び出し、レイヴェルに詰め寄る。

 

 

「言葉通りの意味ですわよお兄様?」

 

「その言葉通りなのが問題だ! 意味がわからん! 何でそんな力を持ってるのかも含めて!」

 

「聞かれなかったから答えなかった。そして今までここまで引き出す相手にも恵まれなかったからですわよ」

 

 

 素っ気なく返す妹の変わり様に勢いを削がれたライザーは言葉を詰まらせてしまう。

 

 

「それよりさっさとお下がり願いませんか? 貴方がやられたらゲームが終わるでしょう?」

 

「お、終わるって……」

 

「良いから、邪魔です」

 

「ぐば!?」

 

 

 顎に一撃を貰ったライザーの脳が揺れ、その場に崩れ落ちる。

 意識が刈り取られては無く、しかし夢見心地な意識な為正常な判断ができなくさせられてしまったのは云うまでも無いのだが、そんなライザーの首根っこを掴んだレイヴェルは何とそのまま困惑している彼の眷属達に向かって投げつけたのだ。

 

 

「兄を頼みますよ?」

 

「あ、ああ……はい……」

 

「レイヴェルが怖い……」

 

「というか、色々と変わりすぎ……」

 

 

 ヘロヘロになってるライザーを抱える眷属達は、変わり方が半端無いレイヴェルに引き気味だった。

 

 が、それとは反対にリアス側はといえば……。

 

 

「な、中々に情熱的な子ね」

 

「意味がわからない。勝ったら先輩のモノにしてくれって。負けたらじゃないんですか……」

 

「いや、もしかしたら負けても同じ事にしてくれって意味で言ったのかも」

 

「じゃ、じゃあ一粒で二度美味しい展開をあの鳥は企んでるんですか!?」

 

 

 ポッと出に横入りされる危機に焦りまくっていた。

 そのやり取りはしっかりレイヴェルの耳に入ったらしく、嫌味な程にっこりしながら口を開く。

 

 

「当たり前ですわ、こちとら顔すら合わせる機会も無く12年も悶々としてましたのですから! もうお写真だけでは満足できません!」

 

「…………」

 

 

 写真だけで満足できないという所に如何わしさ全開な訳だが、言われた本人の一誠はこれでもかというくらい嫌そうな顔だった。

 

 

「サラッとド変態な事暴露してますよあの鳥……」

 

 

 小猫の呟きに周囲も同意するように頷く。

 要するに彼女はある意味で自分達にも似ている……というオチだったのだ。

 

 しかし忘れてはならない。

 今回のこのやり取りをモニター越しに聞いてしまってる……純粋無垢(?)な幼い子が居る事を。

 

 

『もし私が勝てたら、私をアナタ様のモノにしてください!』

 

「…………………………………………」

 

 

 小さな小さな……されどちょっとオマセな紅髪の幼子が……。

 

 

「安心院さん会合通りの子だなぁ、あの子……ストレートというか何と言うか――」

 

「そんなのだめに決まってるよ、何言ってるのこの人? モノってなぁに? 兄さまは別にアナタみたいな人要らないって言うもん。

というか相手にすらしないしお話だってしないよ? 僕だって頑張って頑張って頑張って、やっと兄さまに認めて貰えた。

それなのに『同じ』だからって簡単に認めて貰えるの? なにそれ? 違うもん、一誠兄さまのモノになるのは僕だもん、アナタじゃない……!」

 

「……oh,ミリキャス落ち着こう? いやほんとに……」

 

 

 一瞬にして目の輝きが無くなり、聞こえないのに画面に映るレイヴェルに向かってブツブツと呪詛の言葉をばらまく我が子にちょっと気圧されるサーゼクス。

 わかっていた事だが、この娘はどうにも一誠が好きすぎて、それらの話になると一切周りを見なくなる。

 

 親としては割りと心配だった。

 

 けど、そんな心配をすべきはまだまだ居る訳で……。

 

 

「え、セラフォルーが突然大泣きした? …………なんで?」

 

「その、レーティングゲームにて日之影様に対してレイヴェル・フェニックス様が向けた言葉に嫉妬した後、恐らくそんな展開を想像してしまったらしく……」

 

「…………………。本気過ぎるだろセラフォルー……はぁ、後で一誠本人を向かわせないと大変だ。いや、今ウチの娘もあんな感じなんだよね……」

 

「あは、兄さま凄い……。レイヴェルって人を容赦なく殴り飛ばしてるね? えへへ、凄いなぁ……そうだよね、断るに決まってるもんね? 僕としたことが兄さまを疑っちゃった……後で兄さまに沢山怒って貰わないと……」

 

 

 

「…………。あ、はい……あの方は実に不思議な方ですね。人でありながらお強いばかりか……」

 

「うん、まあ……なんだろうね、昔から器用じゃない性格だから、嫌われる比率は多いけど、好かれたらとことん好かれるタイプなんだと思うよ。

兄目線から見てもかなり律儀な性格してるし」

 

「それはセラフォルー様の護衛として日之影様を見てわかります……大変ですなこれから……」

 

「そうだね、一誠が特に」

 

 

 驚く事に互角の戦いを演じるレイヴェルの頬を容赦なく殴り飛ばした一誠の姿を見てニコニコするミリキャスの将来が不安でしょうがない。

 そう思うサーゼクスだが、実の所、寝てる一誠に跨がってたりとかし始めてる時点で手遅れなのかもしれない。

 

 

『あはは、痛い……! これがイッセー様の拳……ふふ、そろそろギアを上げますわ!』

 

『……………チッ、鬱陶しい』

 

 

 そんな状況を知らずにレイヴェル・フェニックスとタイマンを始めた一誠。

 サーゼクスに律儀な性格と評されてる通り、レイヴェルとのタイマン勝負にて一誠は決してその戦闘スタイルを崩さなかった。

 

 

「本当の一誠様をそろそろ見せて欲しいのですが……やはりダメですか?」

 

「……………」

 

 

 あくまで執事。あくまで代理兵士として戦うが故、何時もの粗暴な面は押さえ込み、スタイリッシュかつクールというヴェネラナからの言葉通りに戦い続ける。

 

 

「何故ですか?」

 

「…………………」

 

 

 レイヴェルの疑問に一誠は答えの代わりとばかりに脚払いをし、体勢を崩したレイヴェルの腹部に向かって槍の様な前蹴りを叩き込み、彼女の身を遠くに吹き飛ばす。

 

 

「けほけほ……イッセー様に蹴られて貰っちゃいましたわ♪」

 

「………っ!」

 

 

 平然と立ち上がるレイヴェルの妙に嬉しがる様子に一誠は全身にゾワゾワする感覚を走らせる。

 なんというか、このレイヴェルという安心院なじみの手の者&サーゼクスの同類の少女は、マゾの気があるらしく、さっきから一誠の攻撃すべてを受けては嬉しそうに身体をくねらせるのだ。

 

 ぶっちゃけ一誠的に最も苦手なタイプだった。

 

 

 

おわり

 

 

 

 レイヴェルとのタイマン勝負は果てなく続くと思われたのだが、意外な事にレイヴェルが降参をする事で呆気なく終わる。

 

 しかしその後リアスがライザーを潰して終わったレーティングゲーム後からが大変だった。

 

 

「セラフォルーが大泣き? そんなの俺にどうしろと……」

 

「えっと、恐らくですが日之影様がお姿を見せ、軽く抱き締めでもすれば泣き止んでくれるのではと……」

 

「やっちゃえよ一誠? 女性を泣かせたらだめだろ?」

 

「………。さっきからテメーはなに笑い堪えてんだゴラ……!」

 

「別に笑って――グフッ! 笑ってないけど?」

 

「今笑ったろーが!! ぶち殺すぞゴラァ!!」

 

「お、落ち着いてください!」

 

 

 泣きじゃくるセラフォルーのフォロー

 

 

「あ、いーちゃん……くすん……」

 

「……。ホントに泣いてるし……。何があったんだよ?」

 

「くすん……あのレイヴェルって子がいーちゃんに近いばかりか、何かいーちゃんのモノになりたがってるのを見ちゃって、それから急に……ふぇぇん……!」

 

「ただのあのガキの戯言だろあんなのは……つーか、そんなんで泣くかよ良い歳した女が……」

 

「わ、私にとっては重要だもん!」

 

 

 ハイライトの消えた瞳で笑うミリキャスのフォロー

 

 

「兄さま、今日は僕と一緒に寝て欲しいな?」

 

「はぁ? 俺今日にでも向こうに戻るつもりなんだけど……」

 

「そっか……そうだよね……うん、ごめんね……」

 

「……………………。わかったよ、今日だけだからな? ったく、何で俺が……」

 

 

 そのフォローは多分不正解なのかもしれない事に一誠は気づかない。

 

 

「ZZZ……」

 

「お腹が熱いよ兄さま……切ないよ、寂しいよぉ……」

 

 

 すやすや寝てる一誠に脚を絡ませ、もぞもぞと発情した犬か猫みたいに押し付けるミリキャス……。 

 果たしてどうなるのか……。

 

 

 

 

そして……。

 

 

「おい死に損ない」

 

「今度はゴミか……」

 

「何で生き残って悪魔達とフラグたててたのかは知らないが、これで終わりだ。

お前なんか一瞬で消し去れる仲間を得たからな!」

 

「こいつを始末すれば我の静寂は帰ってくる?」

 

「ああ、この俺の姿を真似したコイツが消えたら間違いないぜオーフィス?」

 

「わかった……それなら――――――――え?」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

「オマエ、我と同じ気配がする……」

 

「は?」

 

「え、オーフィス――ぐがっ!?」

 

「お前は邪魔だからどっか行って。

お前は何者? 我と同じ無限を感じる、そしてポカポカする……静寂に似た気持ち……」

 

 

 邂逅するは、似てない様で同じ無限を持つ龍神。

 

 

嘘予告

 

 

 

 

 

 

オマケ・漏洩事件簿その2

 

※本編とは何の関係もありません。

 

 

 後ろに大人がつく夢のお城に連れていかれかけたセラフォルー。

 けど直前にリアス達が現れて止めに入ったおかげで一応青少年保護条例の向こう側にダイブする事は無くなったのだが、適量を遥かに越えた惚れ薬を嗅いでしまったせいで一誠が完全に『本来ならそうなるだろう性格』になっていた。

 

 

「い、一誠が惚れ薬を嗅いじゃったのはわかったけど……」

 

 

 ギラついたネオンのお城に連れていかれそうになったセラフォルーを引っ剥がすまでは成功したリアス達の目に飛び込むのは、普段なら絶対的にあり得ない一誠の姿。

 

 

「へい! そこのブーメランハニー! 俺とゲートボールやりに良い玉突き合わない~?」

 

 

 ニヤニヤした笑み、口から飛び出る下ネタだらけのナンパ口調。

 そしてなによりショックなのが……。

 

 

「ちょーっとあそこの夢のお城で休憩しようか? 大丈夫何にもしないから、ちょーっと腰のマッサージするだけだからぁ!」

 

「あらやだ、冗談でもこんなオババに言う台詞じゃありませんよ」

 

 

 

 

 

「な、何で老女オンリー!?」

 

 

 腰の曲がったブーメランハニーにのみ声を掛けまくるのだ。

 これにはショックどころの騒ぎではない。

 

 

「日之影がとんでもないモンスターハンターに覚醒しちまった! あ、あんなおばあさん悪魔ばっかしに……」

 

「何で部長達には目もくれてないんですかね?」

 

「知らないわよ! 目を覚ましなさい一誠! アナタは今惚れ薬のせいで……」

 

 

 惚れ薬のせいとはいえドン引き気味の元士郎と祐斗の疑問に若干納得できないリアスとソーナが怒りっぽく一誠を怒鳴るが、当の本人はブーメランみたいに腰の曲がった老女のナンパに忙しくて全然聞いてない。

 

 

「あとちょっとでいーちゃんと青少年保護条例の向こう側に飛び立てたのにー……」

 

「お黙りなさいお姉様! そんなズルみたいな手段は許しません!」

 

「許しませんもなにもいーちゃんがそうしたんだよ?」

 

「ですからそれは惚れ薬のせいで―――」

 

「心配するなハニー達、別に俺は差別はしてねぇ。

ブスも美女もロリもババァも皆同じアナとして愛する――」

 

「「だまってなさい!!!」」

 

「ぶべら!?」

 

 

 普段ならまずありえないリアスとソーナによるダブルアッパーカットを貰ってひっくり返る一誠。

 ちなみに今揉めに揉めてる彼等の居る場所が大人の夢のお城が立ち並ぶ場所だったりするのだが、まあ、そこはどうでも良いだろう。

 

 

「くぅ、とにかく一旦一誠を正気に戻すために城に戻るわよ。

このままじゃ一誠がモンスターハンターになっちゃうし」

 

「既になってる気がしますけど……」

 

「まだ一線は越えてないからセーフよ」

 

 

 気絶した一誠を抱えて一時撤退を決意するリアス達。

 しかしそこは腐っても進化した男、呆気なく意識を取り戻したかと思いきや、今度は一番に視界に入ったリアスとソーナを見るや否や、二人の手を優しく掴みながら――

 

 

「リアス、ソーナ……今まで近すぎて気づかなかったが、お前達は俺にとってかけがえのない存在だった。

どうだい、セラフォルーとも一緒にこのまま夢のお城でエレクトリックパレードでもしないか?」

 

「「う……」」

 

「おぃぃぃっ!!? 二人ともぼーっとすんな! 今の日之影は惚れ薬の影響ぉぉぉ!!!」

 

「ご自分で言ってたのに反故にするんですか!?」

 

 

 無駄にキリッとした顔で言われて満更でも無さそうに頬を染める二人に元士郎と祐斗の二人がすかさず突っ込む。

 手分けしてるので助かったが、もし他の眷属の女子の一部まで加わってたらそれこそ大変な事になってただろう今の理性が吹き飛んだ一誠の見境の無さは軽く脅威だ。

 

 

「ゆ、祐斗に匙くん……アナタ達は一旦城に戻って一誠を発見したと報告しなさい」

 

「私たちは後から……えっと30分、いえ3時間程遅れて戻りますので」

 

「その三時間でなにする気だアンタ等!?」

 

「妙に生々しいんですけど!」

 

「なにってナニに決まってんだろ、俺のゲートボールスティックをこの三人のゲートのゴールにイン――」

 

「「シャラップ!!!」」

 

 

 普段『必要のない感情』として切り捨てて生きてきただけに、一度タガが外れただけでこんな事になる。

 惚れ薬のせいだとわかってても、なんかチャラチャラ感が増してるとわかってても腰に手を回して抱き寄せてくる一誠に惚れ薬じゃなくともハンターされた三人は最早使い物にならないどころかエレクトリックパレードをしに行く気満々だ。

 

 

「正気に戻ったら首でも吊るんじゃないか日之影の奴……」

 

「う、うん……」

 

 

 戻った時のその反動がすさまじいのが簡単に想像できてしまうからこそ止めなくてはいけないと二人の男子は思うのだが……。

 

 

「や、優しくしてね?」

 

「任せろハニー達!」

 

 

 まあ、相手がこの三人だしわざと放置してみるのも良いのかもしれない……とも何となく思ってしまう元士郎と祐斗なのだった。




補足

怒るで無く、ガチ泣きになった理由は、それほどまでにマジだからという。
現状、恐らく本気過ぎなのがこの魔王様とミリキャスちゃまなのかもしれない。


その2
レイヴェル・フェニックスのスペックは少なくとも発展途上のリアスやソーナより上の次元かつ、互いに全力ではないものの一誠をも――――

つまり、結構どころじゃなく凄い。



その3
オマケはまったく本編とは関係ないです。何度も言いますが。

銀魂の愛染香のアレみたいなそれです。
それで覚醒した執事は下はランドセル背負った小◯生から上は腰の曲がったブーメラン老女まで関係なく口説き出すモンスターハンターになっちゃったってだけの話であり、恐ろしいのはその矛先が執事に好意的な子達に向けられると一瞬で夢のお城でエレクトリックパレードが成立してしまうという……ね。


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再臨・泥酔執事 ※番外追加

後半の番外と今回の話に全く関連性はありません。

まあありえなくもないIFとでも捉えてください


 互いに本性を隠しながらの――謂わば様子見に近い戦闘は端から見れば凄まじき闘いに見えたらしく、レイヴェルが降参という形で終え、そのままの流れでライザーがリアスにぶちのめされた事で終わってしまったレーティングゲームは、蓋を開ければレイヴェル以外がフルボッコにされてしまうというオチだった。

 

 

「またお会いしましょうイッセー様! うふふふ♪」

 

「…………………………」

 

「おとといいきやがれ雌鳥」

 

 

 また会いに来ると一誠に微笑み、他の眷属達と共にライザーを拾って退散するレイヴェル・フェニックスは、所々一誠によって受けた打撲の跡を付けながらも笑っており、同じく所々にレイヴェルから受けた打撲の跡を付けた一誠は微妙な顔を浮かべ、その横で何故か小猫が不倶戴天の敵を見るような目をしながら中指まで立てて威嚇していた。

 

 

「本日は息子の我が儘に付き合ってくれてありがとう。

これで少しは現実を知ってくれたと思う」

 

「いえ、私達も良い経験になりましたので」

 

「そう言ってくれると助かる。……………少しだけ想定外な事もあったがね」

 

「……………………」

 

 

 ライザーとレイヴェルの両親のフェニックス夫妻からは、息子を捻り潰された事よりも娘がある種得体の知れない人間に色々とぶちまけていた方がショックだったりしく、元々の噂によるネガティブな印象が手伝い、かなり警戒した眼差しを向けられ、リアスより数歩後ろに佇んでいた一誠も内心『そんなの俺が知るか』と毒づく。

 

 

「……………………」

 

「君は娘と以前何処かで会った事があるのかね?」

 

「………………………………」

 

「何も言わないということは肯定と捉えるぞ?」

 

「あ、あの……先輩は基本的に人と喋るのが苦手なので上手く声が出せなくて……」

 

 

 冷めきった顔で何も答えない一誠に顔をしかめたフェニックス卿を見て咄嗟に小猫がフォローを入れる。

 それは紛れもない事実なのだけど、事情を知らない者達にしてみれば単にスカしてる様にしか見えず、信用を得るのは難しそうだった。

 

 

「喋る事ぐらいはできるだろう? 第一ゲームの最中は話していたのだしな」

 

「答えて頂けるかしら? レイヴェルとはどういうご関係?」

 

「……………………………」

 

 

 夫婦揃って詰め寄ってくる状況に、一誠は内心レイヴェルという小娘をある程度痛め付けてやれば良かったと後悔した。

 確かに端から見れば気色悪い問答をしながら殴りあってた様にしか見えない。

 しかし話そうにもさっきから胃がキリキリとするし、変な汗は止まらないし、吐き気もしてくる。

 多分声をひねり出した瞬間、この夫婦目掛けてゲロぶちまけてしまう自信がある。

 

 

「えっ……と……うぶっ!?」

 

「うお!?」

 

「なっ!?」

 

 

 それでも『そちら様の娘様だか何だか存じませんが、少なくとも私は彼女を知らないし、彼女から何故あんな気色悪い事を言われたのか皆目検討もございません。』と言わなきゃ収まりが付かないと何とか声をひねり出そうと頑張った一誠だったが、案の定大失敗であり、緊張やら何やらで大量に分泌された胃液を夫婦が驚いて飛び退いたその地面にゲロゲロと吐いてしまった。

 

 

「オロロロロロ!」

 

「な、何だ!? 何が起こった!?」

 

「心配しなくても大丈夫ですわ。先程言った通り、彼は少し他者とのコミュニケーションが下手というか、要らぬ緊張をし過ぎてしまう生真面目さがありまして……」

 

「ほ、本当でしたのね……」

 

 

 小猫、ギャスパー、祐斗に背中をスリスリして貰いながら涙目になってる一誠を見て夫婦は妙な罪悪感を覚え、これ以上問い詰めるのはやめようと考える。

 

 

「げほ、けほ……うぇ……!」

 

「大丈夫ですか先輩? 落ち着いて深呼吸してください」

 

「一誠くん、これお水だからゆっくり飲むんだ」

 

「部長の言うご奉仕モードが切れちゃったんですね……」

 

 

 

「見ての通り、彼は余程親しい間柄ではない限りは会話すらできません。

なのでそちらの娘さんが何故彼にあんな事を言ったのかはわかりませんが、少なくとも一誠にそんな気はございませんわ」

 

「う、うむ」

 

「そ、そんな気がしてきました」

 

 

 フラフラと眷属達に肩を貸されながら立とうとする一誠の妙な情けなさと、リアスの妙に刺のある説明を受けて思わず頷いたフェニックス夫婦。

 結局何故娘がこの人間にあんな事を他の悪魔達が見る中で言ったのかわからないまま、これから冥界中に噂されてしまう事を思うと心配しかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 そんな訳でライザー・フェニックスとのレーティングゲームをパーフェクトエンドで勝利したリアス達は、ご奉仕モードが切れてコミュ障モードに戻ってしまった一誠を連れてヴェネラナやグレイフィア達が待つグレモリー家へと帰って来た。

 

 城の門を開ければ、ジオティクス、ヴェネラナ、サーゼクス、グレイフィア、ミリキャスだけでは無く、ソーナ達やシトリー夫婦も居てちょっとしたお祭り騒ぎになってしまうのだが、ある種主役に祭り上げられていた一誠はといえば、顔色悪く軽いパーティをしてる城の中庭の隅っこに引きこもっていた。

 

 

「それで、あのフェニックス家の娘さんは何故一誠を?」

 

「本人曰く、一誠やお兄様と同類だからと言っていましたわ」

 

「同類? どういう事だサーゼクス?」

 

「えーっとですね、彼女はアレです、安心院さんの分身です」

 

「それで一誠の事を知っていたと? 12年云々言ってましたが……」

 

「いやぁ、定期的に安心院さんの元へと集まる席でつい一誠の事を自慢しちゃってまして……。

あのレイヴェルという子はその自慢話から一誠に対して色々と思ってるクチです」

 

「なるほど……あの様な面前でいきなり一誠を口説き始めた時は思わず『私たちに挨拶も無しに良い度胸ですわね!』と乗り込んでしまいそうだったけど、そう……同類と来ましたか」

 

「あの子は正直言うとかなり上位に位置する悪平等(ボク)です。

ゲームの時一誠に軽くじゃれついてましたが、本来はあんなものではありませんからね……」

 

 

 唯一事情を端から端まで知るサーゼクスの説明に、父、母、妹、娘、嫁、妹のライバル、妹のライバルの両親は面白くないぞといった表情を浮かべてしまう。

 

 

「おい、あの子と何処で知り合ったんだよ?」

 

「……………」

 

「匙先輩、先輩は初対面だと言ってました。アレは向こうが勝手にほざいてただけですから」

 

「だ、だがよ、向こうはかなりマジな雰囲気だったぜ? いや別に責めるとかじゃないんだ。ただ、会長や会長のお姉さんからも色々とアレなのにその上ああいう女の子からもって、何かズルいっつーか……なぁ、そう思わね木場?」

 

「いや、僕は別にそんな事思わないけど……。

そもそも一誠君ってモテるというのとは微妙に違う気がしないかい? 僕なんかみたいに友達になりたいと思ってる人だって居るんだし」

 

「……………」

 

 

 城壁に向かって体育座りし、皆に背だけを向ける一誠の元へと集まり、なんやかんやと眷属達が話している内容もまたレイヴェルという謎少女についてだった。

 

 

「とにかくいくらあの雌鳥がほざいた所で先輩にそんな気はありませんから……!」

 

「お、おう……わかったよ。けど随分と彼女に攻撃的な言い方するけど、どうしたんだよ?」

 

「別に、なんとなくですよなんとなく……」

 

「何となくって……」

「あのレイヴェルって方が一誠先輩にあんな事を言ってから小猫ちゃんはずっとこの調子なんです……」

 

「ま、まぁまぁ……色々あるんだよきっと。

それより向こうのテーブルから食べ物や飲み物を貰ってきたんだ。皆で食べようよ?」

 

 

 ケッ! と何処と無く普段リアスやソーナを相手にする一誠に似た態度の小猫を見て苦笑いをした祐斗は、一誠が隅っこを好む性質を考えてパーティーに出された食べ物や飲み物を小皿に盛って持ち込んでたのを差し出す。

 色々と遺恨が残ったゲームだが、無事にパーフェクト勝利した事には変わり無いし、リアスの婚約という妙な話も無くなったのはめでたいのだ。

 

 

「ふん、二度と会うか、あんな雌鳥……!」

 

「や、やけ食いしてるぞ……」

 

「こ、怖い……」

 

「は、ははは……」

 

「…………」

 

 

 ムシャムシャと一誠の代わりだぜと祐斗の持ってきたローストビーフを丸かじりする小猫。

 その口調はやはりどことなくヤサグレの入った一誠に似ている。

 

 

「まるで日之影君の妹みたいだね……」

 

「口調とかも会長と話すときの日之影くんそっくりだしね」

 

「これって笑う所なのかしら……」

 

 

 女王の椿姫以外のソーナの眷属達も自然と集まり、気付けば一人壁に向かって体育座りしてる一誠の所は大所帯となっていた。

 

 

「……………………」

 

 

 そんなガヤガヤした声に一誠は内心『全員して向こう行けし』と思いながら、レイヴェルという存在について考えていた。

 

 

(なじみの分身……サーゼクスに続いて会うのは二人目だが、あのガキの底は結局わからなかった。

いや、違う……知りたいという気分になれなかったのが正しいのか。

奴は確かに強い……剥き出しになれば無傷じゃ済まない事にもなってただろう……けれど何でだろうか……興味が全然沸かなかった。

奴より、奴をリアス達が越えたらという根拠も無い可能性の事を考えていた……………何故だ? さっぱりわからねぇ)

 

 

 『小猫ちゃん食べ過ぎですよ!?』

『うるさいギャーくん。私より女の子verの時の胸が大きいからって調子に乗らないで』

『いだだだぁ!? も、もげちゃうですぅ!?』

 

 的なやり取りがすぐ後ろで繰り広げられてる中もバカ真面目に考える一誠は、サーゼクスと同類であったレイヴェル・フェニックスに対する無関心さに頭を捻っていた。

 強いことは強いし、認めざるをえない所も確かにあるのだが、どうにもそれ以上の関心が沸かない。

 こう、サーゼクスとやりあう時に感じる高揚がレイヴェルには全く沸かない。

 

 これはどうしたものなんだろうかと一誠は失った事で捨てた感情を知らずに考えるが、やはり自問自答しても答えは導き出せない。

 

 

「大体何なんですか!? 先輩の同類だかなんだか知りませんが、何が勝ったら先輩のモノにしてくださいですか! 許せるわけないでしょう!?」

 

「ま、まぁね。初対面でアレは無いと僕も思ったよ」

 

「一誠先輩も物凄く嫌そうな顔してましたからね……」

 

「そんな台詞、俺が言われてぇし」

 

「多分あの所だけ空気が止まったよね絶対」

 

「うん、その時の会長、持ってたグラスを無表情で床に叩きつけてたもん……怖かった」

 

「止めなかったら映像機も叩き壊してたしねぇ……」

 

「ミリキャス様もよくよく見てみるとさっきから無言だし……」

 

 

 小猫は余程レイヴェルを気にくわないのか、珍しく感情的になってディスりまくっており他の者達も概ね『いきなり過ぎて戸惑うわ』的な意見に纏まってっている。

 

 やがて一人で考えすぎて喉が乾いて来た一誠は、それまで無言で体育座りしている体勢そのままに後ろを向くと、ムシャムシャ食べてる眷属達の馳走の中にまだ空いてない瓶の飲み物を発見し、無言で手を延ばして手に取る。

 

 

「あ、日之影くん、それ飲むならグラス持ってくるけど……」

 

「……………………」

 

「……。先輩はどうやら『そのまま飲むから要らない』と言いたいみたいです」

 

「あ、そう……よくわかるわね塔城さん……」

 

 

 ソーナの眷属の一人が気を利かせてグラスを持ってこようとするのを内心断る一誠の顔色を見て小猫が代弁するこの流れにギャスパーや祐斗は特に驚くのだが、一番驚いてるのは一誠だった。

 

 

(何だこのガキ……何で今わかったんだ? 気持ちわりぃ……)

 

 

 リアスやソーナでも無いのにと内心ちょっと小猫に警戒心を抱く一誠は、恐らく葡萄のジュースだと思われる飲み物のコルクを開けてらっぱ飲みをし始める。

 

 

「んぐ、んぐ…………………………」

 

「おお、ワイルド……」

 

「こんな行儀悪い飲み方したらヴェネラナ様に怒られちゃうんじゃないのか?」

 

「今見てないから大丈夫だと思うよ……」

 

「多分、私たちと同じくあのレイヴェル・フェニックスについて話し合ってるみたいだからね」

 

 

 グビグビとよっぽど喉が渇いてたのか、ヴェネラナやグレイフィアに見つかったら怒られるレベルの豪快なラッパ飲みをする一誠。

 

 

「………………。ねぇ、今思ったけど日之影君の飲んでるのってジュースなの?」

 

「そりゃそうだろ? なぁ木場?」

 

「うん、本当なら僕達が使うテーブルから持ってきたしね……どうしてそんな事を?」

 

「いえ、ほんのりお酒の匂いが……」

 

 

 飲み干したのか、適当に瓶を投げた一誠からほんのりと葡萄とお酒の匂いがするとソーナの眷属は言い、ピタリと全員の動きは思わず止まってしまった。

 

 

「………………………………………………。」

 

「こ、小猫ちゃん、小猫ちゃんは鼻が利くでしょう? ……………ど、どうなの?」

 

「……熟成された葡萄酒の匂いが先輩からします」

 

 

 妙に冷静に答える小猫に全員して嫌な汗が吹き出し、恐る恐る上を見上げたまま立ち尽くす一誠を見つめる。

 

 

「………………………ヒック!」

 

 

 上を見たまましゃっくりを出す一誠。

 その瞬間、眷属達は一斉に……小猫とギャスパー以外は離れようとビクビクしながら後退しようとするのだが……。

 

 

「うぃ~……………もう考えるのもめんどくせぇぇぇぇぇ!!!!!! あひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

 

 気付かずに飲ませてしまった時点で遅かった。

 

 

「フェニックスだか何だか知らねーが、興味ねーよヴァーカッ! ヒャハハハハハハ!!」

 

 

 ご奉仕モードとは真逆の酒乱モードが発動してしまったのだから。

 

 

「? 一誠の所が騒がしいですね、一体何が――」

 

「お、お逃げください! 一誠副長がまた誤ってお酒を飲んでしまいました!!」

 

「なっ!? バカな!? 酒は用意してない筈だぞ!?」

 

「も、申し訳ございません、良かれと思って私が何本か……」

 

「おいおい……じゃあ今の一誠はこの前みたいな事を……」

 

「いえ、もうしてます……ソーナ様とリアス様の眷属が襲われてます。しかも今回は前回の比では――きゃっ!?」

 

 

 グレモリー家に勤めるメイドさんが焦った様に報告してる最中、不意に背後から抱き締めようとする腕が現れる。

 

 

「うぃ~……ひっひひひひ! よぉ、なぁに楽しそうにしてんだよ? 俺も混ぜてくれや? なぁ?」

 

「ふ、副長? あ、あの……ひみゅ!?」

 

 

 目が据わり、普段のシャイな彼とは思えない異様な大胆さ……と言えるのかは甚だ疑問だが、グレモリー家のメイドさんの一人を無理矢理自分の方へと向かせた一誠は、泥酔時に出ると発覚した悪癖を発動させた。

 

 

「や、やめてください副長! 副長にはお嬢様が……あ、あ……あぅぅ……!」

 

 

 無差別テロならぬ、無差別キス魔。

 それが酒乱化した一誠の持つ悪癖であり、歳にしたらグレイフィアよりちょっと下の立派なメイドさんだった女性悪魔は見事に餌食にされてしまい。

 

 

「はぁ、はぁ……あ、あの小さかった副長がこんな……あひぃ……」

 

 

 抵抗していた力は弱まり、遂には骨抜きにされてしまったのだった。

 

 

「前回よりやばくね?」

 

「み、みたいだな……」

 

「ど、どうするんだね? よく見たらソーナとリアスちゃんの騎士と兵士の少年が目を回してひっくり返ってるが……」

 

「性別関係ないですからねぇ……逃げないと我々男衆も――」

 

「ま、待て一誠!? 私は男だぞ!? よく見ろ――アーッ!!」

 

「…………。言ってる間にジオティクスがやられたぞ」

 

「父よ、どうか強く生きてください。という訳で我々だけでも逃げましょう。

グレイフィアと母上とシトリー夫人も――」

 

 

 

 ジオティクスがなにかされ、ひっくり返っているのを見ながら割りと簡単に見捨てるサーゼクスとソーナの父はそれぞれ嫁やヴェネラナを連れて逃げようとしたのだが……。

 

 

「は、はへ……む、息子に襲われちゃったわ……」

 

「こ、この前より上手になってるわ……」

 

「不覚です……」

 

 

「なん……だと……」

 

「高速プレイ……だと……」

 

 

 既にヴェネラナとグレイフィアとシトリー夫人は一誠によって腰砕けにされており、リアスとソーナも為す術なく襲われ、残す所はこの二人と小さな赤髪の娘だった。

 

 

「い、いっそのことほとぼりが冷めるまでどこかに行かないか?」

 

「そ、そうですね。こりゃもう逃げた方が――」

 

「どこへ行くんだぁ……?」

 

 

 せめて自分達だけはと逃げようとした二人だったが、その二人の肩を掴み、まるで某伝説の超サイヤ人が一人用のポッドで逃げようとした親父ィに言った台詞と共に退路を塞ぐ。

 

 

「い、いやほら、一誠が楽しそうにしてるから私とサーゼクス君は邪魔しない様にと……な?」

 

「そ、そうそう……」

 

「別に邪魔とは思わないぜ? 何なら皆で楽しくやろうぜ? ひひひひひ!!」

 

 

 ミシミシミシミシと二人の肩の骨が悲鳴をあげるパワーで掴みながら嗤いまくる一誠に、サーゼクスとシトリー卿の顔が引きつる。

 酒の影響か、無意識にする手加減が消えてるせいで抜け出すのが非常に難しい。

 

 

「「アレーッ!?」」

 

 

 その後この二人がどうなったのか……それは語るべきではないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 その頃グレモリー領土の城下。

 一人遅れて今回のレーティングゲームの勝利パーティに出席する為にやって来ていたセラフォルーは、彼女らしからぬ深いため息を吐きながら足取り重く歩いていた。

 

 

「いーちゃんのばか……」

 

 

 理由はそう、レーティングゲームの際にフェニックスの娘さんからかなり熱烈な告白をされていた一誠の事についてであり、モニター越しに見てしまったセラフォルーは今の今まで本気で泣いてしまっており、合流するのに遅れてしまったのだ。

 

 

「あのレイヴェルって子がいーちゃんやサーゼクスちゃんと同じだったなんて……うぅ……」

 

 

 平たく言えばヤキモチで、自分には持ち得ない……一誠と共通のモノを持つレイヴェルが羨ましく、そのレイヴェルが一誠にアタックを仕掛けたのがショックで思わず悔しさで泣いてしまったセラフォルーの足取りは本当に重そうで、一誠と顔を合わせたらと考えるだけで胸が苦しくなってしまう。

 

 所謂『恋煩い』というものだが、その相手がどうしようもなく嫌がりな癖して妙にモテるせいでセラフォルーは毎度モヤモヤだ。

 

 

「はぁ、どうせいーちゃんはしれーっとした顔なんだろうけどさぁ……」

 

 

 初対面の時に痛い奴扱いされ、手合わせしたら竹で出来た定規で素っ裸にされるという、好く要素がありそうもない事ばかりされてきたのが、年月を経ていく内に良いかなと思い、泥酔してたとはいえ唇を奪われてからは本気になってしまい、気付けば事あるごとに小さかった男の子の事ばかり考えていた。

 

 今だって考えてるし、グレモリー家に到着する間もずっと考えていた。

 

 

「もう先にソーナちゃん辺りが聞いてるのかな……あのレイヴェルって子の事。

どうしよ……もしも『悪くない奴かも』なんて言ってたら……うぅ、考えただけで胸がズキズキする……」

 

 

 なるべく悟られぬ様にと何時もの『正装姿』であるセラフォルーが要らぬ心配をしながら城の中へと入る。

 出迎えが誰一人として出てこなかったのが不可解なのだが、今の彼女にそれを疑問に思う余裕も無いらしく、モヤモヤした気持ちを抱えに抱えたまま、会場である中庭に到着。

 

 

「え、なにこれ……?」

 

 

 そして到着したセラフォルーの眼前に映るは、バタバタと倒れ伏す悪魔達と……。

 

 

「うぃー……ひっく……グビグビ」

 

 

 行儀悪くテーブルに片膝ついて座り、ワインのボトル片手にできあがってる一誠の姿であった。

 

 

「い、いーちゃん……?」

 

「あ? ひっく……」

 

 

 え、ドッキリ? と疑う程に荒れ果てたパーティ会場には、自分の両親と妹……それからリアスやリアスの両親……更にはサーゼクスやグレイフィアやミリキャスまでもが倒れ伏しており、そんな状況のど真ん中で未成年の分際で酒を飲みまくる一誠に一体何があったのだとセラフォルーは恐る恐る話し掛けてみた訳だが、セラフォルーに気づいて顔を上げた一誠の目は完全に据わっており、泥酔しきってるのが丸分かりであった。

 

 

「なんだ……ひっく……セラフォルーじゃんか。

ひぇへへへ、今までどこに居たんだぁ? あはははは!」

 

「ちょ、ちょっと遅れるって伝えたつもりだったんだけど……。

そ、それよりこの状況は何? なんでいーちゃんはお酒飲んで――あ、ダメだよ!」

 

 

 よく見たら大半が夢見心地良さそうな顔で眠って――いや気絶してると気付きつつ、空になったワインボトルをそこら辺にポイ捨てし、また新たなボトルを開けようとする一誠に駆け寄ってボトルを引ったくるセラフォルー。

 

 

「まだ大人じゃないのに飲んだらダメだよいーちゃん!」

 

 

 未成年で、しかも一滴でも飲んだら悪酔いする一誠がこんな大量に飲んだ理由は、多分また誰かが間違えて飲ませてしまったからだとセラフォルーは考えるのだが、それは概ね正解だ。

 

 

「ちっ、細けぇこと言うなよ、こちとらくだらねぇ茶番に付き合ったんだ。少しくらい――」

 

「それでもダメ! もう、飲みすぎだよ!」

 

「んだと? この程度で俺が酔っ払うとでも思ってんのか………おっととと……」

 

「ま、満足に立てない癖に酔っ払ってない訳ないでしょう!?」

 

「あれれー? 地面が起き上がって俺の前に立つじょー? あははははは!」

 

 

 酔った一誠の餌食になったんだと察したセラフォルーは、訳も分からずテーブルから転げ落ちてケタケタと笑う一誠に近づき、ちゃんと立たせようと手を伸ばす。

 

 

「ほら、椅子にちゃんと座ろ?」

 

「へへへへ、悪い悪い……ひへへへへへ!」

 

 

 今度実家に備蓄してある酒は全部誰かに贈答してしまおうと密かに決意するセラフォルーは、ケタケタケタと笑う一誠を何とか椅子に座らせる。

 この時点でさっきまで抱いていた悩みは全部ぶっ飛んでおり、その前にも何度かスッ転んでたのか所々汚れてる服を払ってあげている。

 

 

「何でこんなに飲んじゃったの? しかも皆に襲い掛かっちゃうし」

 

「しりましぇーん! あひゃひゃひゃひゃ!」

 

 

 せっせとお世話しながら聞くセラフォルーに対して一誠は愉快に笑って答えにならない返答をするのだが、その中で何個か気になる事を聞けた。

 

 

「あの、ほら……なんだっけ? フェニックスだかなんだったかのガキに訳のわからん事言われてよぉ、そしたらババァもリアスもソーナもミリキャスもギスギスし始めて……」

 

「!? そ、それで? いーちゃんはその子の事どう思ったの? 勝ったらいーちゃんのモノにして欲しいとか言ってたじゃん……」

 

「べっつにー、確かにサーゼクスと同じかもしんねーし、本気出したらつえーんだろうけどそれまでだな。

あと別にあのガキに興味なんてねーし、モノだかなんだかも知らねー」

 

「ふ、ふーん?」

 

 

 レイヴェルに対しての多分本音と思われる評価に少しホッとするセラフォルー。

 これでもし興味あるとか、モノにする事にその気があったとか聞いたら立ち直れる気がしなかった。

 

 

「そっか……それ聞いて安心したよいーちゃん……」

 

「安心? そりゃよーござんしたね……うへへへ」

 

 

 思わず頬を緩めるセラフォルーと目を合わせ、ヘラヘラと笑う一誠。

 何にせよ泥酔したからこそ聞けた一誠のこの本音は安心すべき事なんだろう……と、ちょっと気を緩めてしまったその瞬間だった。

 

 

「ところでテメー、この前は随分と俺にやってくれたよなぁ?」

 

「へ?」

 

 

 ガシッと手首を掴まれ、飲みすぎて酒の匂いのする状態のまま至近距離まで顔を近づかせて来た一誠に少しドキッとしてしまう。

 

 

「いきなり不意討ちして馬乗りされたのは実に悔しかったぜ? 何せよりにもよってお前にしてやられたんだからなぁ?」

 

「え、いや……あ、あれは別に勝負とかじゃなくて―――ぁ……」

 

 

 耳に息を吹きかけられ、囁くような声を聞かされたセラフォルーは全身の力が抜けてしまいそうなりながらも、違うと弁解しようとする。

 

 というか、かなり覚悟を決めての行動が一誠にとっては勝負と認識されてるのが地味に傷付く。

 

 

「い、いーちゃん耳朶噛まないでぇ……おかしくなっちゃうよぉ……!」

 

「リベンジしなけりゃ気がすまねぇ……ひっく!」

 

 

 しかるに一誠がしてくるのはどうも官能的というか、嫌だと口では言ってるけど、本気で拒絶はしたくないと思っている自分に気付くセラフォルーは、耳朶をハミハミされてヘナヘナと力が抜けてしまう。

 

 けど、ピンと閃いたセラフォルーはわざと挑発的に笑いながら言ってしまうのだ。

 

「い、いーちゃん……わ、私絶対に負けないもん……☆」

 

 

 どこぞの『くっ、殺せ』的ニュアンスで言ってのけたその意図は簡単。

 元来の負けず嫌いに泥酔が加わればアホみたいに簡単に一誠が乗ってくると思ったからだ。

 

 そして案の定……。

 

 

「あへ……あへぇ……☆」

 

「…………………………………………………。な、何が起きた!? 敵襲か!? お、おいセラフォルー!」

「い、いーちゃんのケダモノさん……♪ 赤ちゃんみたいにちゅーちゅーされちゃったぁ……えへへへ☆」

「アァ!? 何を訳のわからねー寝言ほざいてやがる! 起きろゴラ! てか全員起きろぉぉっ!!」

 

 

 正気に戻った一誠の目に映るは、衣服が結構乱れた姿で自分の隣でひっくり返ってるセラフォルーやら、同じくひっくり返ってる面子達という光景であり、真実を知ったらまず自殺でもしかねない地獄絵図であった。

 

 

「い、一体何が……ミリキャスまで……」

 

「兄さま……すゅごいです……」

 

「こいつもダメだ……というか、セラフォルーは何か呪いでも掛けられたのか? 所々に赤い跡みたいなのが……くそ、専門外だからわからねぇ……! おいリアス! ソーナ!」

 

「だ、だめいっせー……そ、そんな所ペロペロされたらはずかしい……」

 

「あ、あぁ……私まだミルクは出せないのにぃ……」

 

「…………。さ、錯乱の催眠なのか? どいつもこいつも――」

 

「ひ、日之影ぇ……俺男なんだぞぉ……あげぇ……」

 

「い、一誠くん……僕は……あぐぅ……」

 

「……………………。ほ、本当に何なんだ……」

 

 

 お酒は大人になってから嗜む程度に留めましょう。

 

 

 

 

オマケ

 

 

 

※前回のオマケとも本編とも関係ありません。

 

 

「…………んぁ?」

 

 

 朝日が昇るとある朝、何時もは4時前には起きて二人のお嬢様の朝食の準備や軽い鍛練をする一誠にしては6時起きは寧ろ寝坊とも言える時間だった。

 

 

「あー………?」

 

 

 しかし頭がボーッとしている今の一誠にその事を考えてる様子は無く、のっぺりとした表情で身体を起こす。

 

 

「っ!? ぐおぅ……! あ、頭痛い……っ!? 何だ……一体何がどうなって……」

 

 

 意識が徐々に覚醒すると同時に襲われる猛烈な頭痛と胃の重さに頭を押さえる一誠は自分が今まで寝ていたこの部屋を見渡し、全く知らない部屋である事に気が付く。

 

 

「な、なんだここ? 何で俺裸なんだ……?」

 

 

 見知らぬ部屋に軽く困惑しつつ、ふと自分が比喩じゃなく生まれたての姿であることをベッドの布団を捲って気付く。

 そして……。

 

 

「…………え?」

 

 

 自分が今横になってるその隣が人一人分程にもっこりしている事に同時に気付く。

 

 

「…………」

 

 

 最初はただ呆然とそのもっこりを眺めていた一誠の顔が徐々に青ざめ、大量の脂汗が流れる。

 

 

「え、うそ……、いや、え……マジ? へ?」

 

 

 もぞもぞと動くもっこりを見て急激な不安に襲われていった一誠は両手で頭を押さえながら心の中で叫ぶ。

 

 

(嘘だろ!? こ、こここれ、俺やっちまったのか!? スキージャンプばりにジャンプしちゃったのか!?)

 

 

 これまでに無いくらいに狼狽えるのは、昨日までの記憶が何故か抜け落ちているからであり、また全く知らない部屋であるのも手伝っていた。

 何せ枕元にはティッシュ箱があるし、横になってるベッドはデカいし、何よりこのまだ布団が全部被ってて見えないものの隣には誰かしら眠ってる……しかも自分は全裸。

 

 リアスやソーナの悪戯であるなら二つこんもりしてないといけないことを考えたら現時点で一誠がやらかしてしまった――と解釈するしかないのだ。

 

 

(き、昨日なにがあった!? た、確かグレモリーとシトリーが全員集まって飯を食った様な気がするが……あああぁ駄目だ全くそこから思い出せねぇ……!)

 

 

 不安のせいか普段の一誠が嘘の様に狼狽えまくりながらも思い出そうとするが、何故か昨日の大半の記憶が抜け落ちているせいで思い出せない。

 

 暫く痛む頭を我慢しながら昨日の記憶をひねり出そうと唸っていた一誠は此処でこの隣で寝てるのは誰なのかという事に気がつき、恐る恐る布団を捲ろうと手を伸ばす。

 

 

「つ、つーか誰だ? リアスとかソーナの悪戯ならもうそれで良いけど――いや良くないけど、とにかく全く知らない誰かだったら俺はもうどうしたら……」

 

 

 知ってる人物だったら何かまでは分からないが終わる。ならばせめて知らない誰かであってくれ……と祈りながら開帳した一誠の目に飛び込んできたのは……。

 

 

「ん……ぅ……」

 

 

 長い茶髪に、今仕方なく護衛をしてあげてる赤髪の少女そっくりの顔立ちの女性。

 

 

「……………」

 

 

 一誠にとっては一応どころか少なすぎる他人関係図の中に堂々入り込んでる知り合いであった。

 思わず一旦捲った布団を戻してしまった一誠はもう一度捲ったのだが、二度捲ろうがその人物が他の誰かに変わるなんて事はありえない訳で……

 

 

「んー………あら、いっせー……?」

 

 

 自分と同じく生まれたての姿の、一誠が普段ババァと呼んでるグレモリー夫人―――ヴェネラナ・グレモリーなのだから。

 

 

「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛!?!!!!??? 新記録どころか太陽系ぶち抜いたぁぁぁっ!?!?!?!?」

 

 

 

 番外・やらかし執事

 

 

 

 

 

 

「オロロロロロロ!?!?」

 

 

 日も明るくなった頃、太陽系をジャンプで突破してしまった一誠は夢のお城の路地裏で思いきり吐いていた。

 

 

「あの、その……一誠……」

 

「ひっ!?」

 

 

 そんな一誠の背中を擦るババァ………にはどう厳しく見ても見えない女性悪魔ことヴェネラナに声を掛けられて思わず小さな悲鳴を出してしまう。

 

 

「あ、あの俺、悪いんだけど昨日の記憶がまったく無いんだけど……」

 

 

 本当に記憶が無いのと、居た場所、互いの状態から察せる色々で何時もはババァだ何だと強気な態度の一誠も流石に強気にはなれず、取り合えず吐きまくりで顔色悪い姿でヴェネラナに言うが、直後に内心『な、何悪いんだけどって!? 気持ち悪いんだけど!』と自分の言動に後悔する。

 

 

「そ、そう……私も……」

 

 

 昨日の記憶が無いと言った瞬間、ヴェネラナは一誠に背を向けながら軽く俯く。

 その声は何時ものグレモリー夫人のしっかりした声では無く、その容姿に似つかわしい少女っぽい声であった。

 

 

(な、何で背を向けだすんだよ!? 何でしおらしくなってんだよ!? 何時ものババァになれよ!?

やめてくれぇ! あっけらかんとしろぉぉっ!!!)

 

 

 そんな一誠の心の慟哭を嘲笑うかの様に、ヴェネラナは背を向けてモジモジしながら話す。

 

 

「つ、都合が良いじゃない。二人とも覚えてないんだから………何も無かった……それで良いじゃない。

お互い……今回の事は忘れましょう……」

 

(わ、忘れられる訳ねぇだろぉ!! こんな訳のわからん事ぉぉぉっ!!)

 

 

 どう見ても覚えてないとは思えない態度に一誠はますます真っ青になるが、それでもひきつった顔で口を開く。

 

 

「そ、そうか……は、はは、な、何かごめん……。(な、何だよごめんって? もう訳がわからない!!)」

 

「よ、よしなさいよ一誠、謝る事なんて無いわよ。ほ、ほら実際は何もなかったかもしれませんでしたし……ね?」

 

「うっ!」

 

 

 儚げな笑顔と共に振り向いたヴェネラナが直視できずに思わず背を向ける一誠。

 

 

「そ、そうだよなぁ、は、ははは……多分サーゼクスにまた負けて気絶して偶々一緒に寝てただけかもだしな……あははは……」

 

「そ、そろそろ帰りましょうか? あ、でも一応別々に帰りましょう、へ、変な勘違いされても困りますからね」

 

「あ、あぁ……じゃあ二、三時間したら俺は戻るわ。(何でそんなコソコソしなきゃならねぇんだよ!? そもそも無理矢理子守唄だか何だかで頼んでもねーのに来るじゃねぇかババァ!)」

 

 

 よそよそしく先に帰る為に消えていくヴェネラナの背を見送った一誠……その次の瞬間一誠は雄叫びをあげながらグレモリー城下の街を爆走した。

 

 

「ぬぐわぁぁぁぁおげぇぇぇぇ!??!?!?」

 

 

 グレモリー家とシトリー家から何故か執事を任されてる人間ということでちょっと顔が割れてるせいか、奇行ともいうべき一誠の姿に道行く悪魔達は驚く。

 

 

『あ、あれグレモリー家の……』

 

『なにしてるのかしら……あ、吐いてる』

 

「オロロロロロロ!?!?!!」

 

 

 道の隅でひたすら吐いては走っての繰り返しをする一誠は最早只の不審者だが、声を掛ける勇気は誰もないらしく誰もが遠巻きに見るしかできない。

 

 

(も、もう何だこの吐き気は! 何でこうなった!? もうリアスやソーナ達がめちゃくちゃ遠くに見えるぅ! 雑魚達なのにぶち抜かれた気持ちにしかならねぇ!!)

 

 

 後ろにいたリアス達が遥か先からこっちを見ている幻想を抱きながらひたすら吐きまくる。

 一体全体一誠の身に何があったのか……まずはそこから調べなければ始まらない。

 

 

(だ、誰に聞くべきなんだ? リアスか? ソーナか? いやでも知ってたらヤバイし。くそ、これじゃ戻れねぇ……でもまともに話せるのはアイツ等しかいねーし……ぐぅ……!)

 

 

 コミュ障故に話をする相手が限定されてしまう事に絶望する一誠。

 だが聞かなければこの気持ちからは永遠に抜け出せない……故に一誠は腹を括り、グレモリー家にこっそり戻ってこっそりリアスの部屋の戸を叩いたのだが。

 

 

「よ、よぉ……」

 

「あ、一誠……」

 

「ど、どうしたのよ?」

 

 

 リアスの部屋にいたのはリアスだけでは無くソーナも居た。

 

 

「ちょ、ちょっと昨日のことをだな……」

 

「え……あ、き、昨日の、事ね……」

 

「き、昨日がなにか?」

 

 

 ソーナが居たのは軽い誤算だが、二人共気兼ね無しに話が出来る点では好都合だった為、動揺そのままに昨日何があったのかを聞く。

 

 

「…………。何で後ろ向くんだよ……?」

 

「「………」」

 

 

 しかしリアスもソーナも思ってたのとは違うリアクションをする。

 まるで何かを隠してるみたいに……。

 

 

「べ、別に私もソーナも気にしないわ」

 

「そうよ……だって男の子だもの……寧ろ今まで不能っぽいのがおかしかったのよ……」

 

「な、何で揃って目ェ合わせないんだよ!? 絶対なんか知ってるだろ!?」

 

「秘密にするから……」

 

「そ、そうよ、一夜の過ちということにするから……」

 

「嘘つけぇ!! 引きずりまくりじゃねぇか! ちょっと待て! 俺昨日からの記憶か何故か無いんだよ!? だから一体何があったのか――」

 

「覚えて…」

 

「無い……?」

 

「へ?」

 

 

 覚えてないという言葉にそれまで背を向けていたリアスとソーナが振り向く。

 よく見ると二人して涙目であり、一瞬固まってた一誠の横っ面にビンタをする。

 

 

「え……えぇ?」

 

 

 泣きながらいきなりビンタされた一誠は何時もの強気も無く頬を抑え、肩を震わせるリアスとソーナを見つめてると……。

 

 

「わ、私達の……女の子の……!」

 

「純潔をあんな激しく奪っておきながら全部覚えてないですって!?」

 

「出てってよ!!」

 

「最低!!」

 

「ちょ、お、おい!?」

 

 

 部屋を閉め出されてしまった一誠は暫く部屋の前で立ち尽くす。

 

 

「私達の……純……潔? ど、どういう事だ、ババァはとっくにジオティクスのおっさんのスティックで貫通してるのに純潔って……それってまさか―――――ひぇ!?」

 

 

 そして何かに気づいた一誠は窓を突き破り、グレモリー城から脱出し再び爆走する。

 その爆走っぷりや半端ではなく、あっという間にレヴィアタンの都市部まで到達すると、にもなくその長が居るだろう居城の扉を門番が居ないので叩きまくる。

 

 

「セラフォルーちゃーん!!? お願い出てきてぇぇ!!!」

 

 

 最早何が何だかわからなすぎてパニックだった。

 

 

「(ま、まさか俺はババァだけじゃなくてソーナとリアスにまでも……!?)

お願いしますお願いします! ここを開けてくださいおねげーしますぅ!!」

 

 

 地面に額を流血するまで叩きつけながら土下座し続けること十数秒、重い門がひとりでにゆっくり開けられるのを見た一誠は即座に立ち上がり、門の隙間に腕を突っ込んで無理矢理開け放つ。

 

 

「せ、セラフォルー! お前昨日来ただろ!? 昨日一体俺に何が―――」

 

 

 普通に話せる相手の一人であるセラフォルーからすべてを聞こうと門を開け放って食い気味に中へと入った一誠だが、その目に飛び込んできたのは赤い絨毯がしかれ、横に整列するレヴィアタン城で働く悪魔達と……。

 

 

「来たか息子よ!」

 

「これで私達も本当の親子になれますわね!」

 

 

 ソーナとセラフォルーの両親……つまりシトリー家当主とその妻が泣きながら一誠の到着をハグしながら迎い入れるという展開だった。

 

 

「なん……だと……」

 

「いやぁ、聞いたぞ一誠、昨晩セラフォルーをお持ち帰りして漸く腹をくくってくれたとな!」

 

 

 感激の涙を流し、呆然とする一誠の両手をブンブン振るシトリー卿とシトリー夫人。

 すると二人の後ろから遅れてやってきたのは――

 

 

「それにともない今までセラフォルーのやってきた遊びを辞める事になってあの子は悩みましたが、今しがたあの子は魔王少女から――」

 

「妻になると!!」

 

「いーちゃん……」

 

 

 ウェディングドレス姿のセラフォルーだった。

 

 

「魔王少女を引退する事になったけど、いーちゃんと永遠に一緒ならそれで良い☆

だって昨日はあんな……えへへへ」

 

「ひぃぃえぇぇぁぇあぁぁあっ!!?!?」

 

 

 

 にっこりとウェディング姿で微笑むセラフォルーに全てを察した一誠は奇声をあげながら逃げ出す。

 

 

「逃げたぞ! 追えぇぇっ!!」

 

 

 そうはさせんと追っ手を繰り出す両親。

 最早がんじがらめ過ぎて視界ゼロパーセント。

 

 だがそれで終わりではなかった。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……そ、そんなバカな俺は、俺は……!」

 

「……いっそ酒でも飲んで忘れなさい」

 

「!? じ、ジオティクスのおっさん! お、俺は一体昨日――」

 

「私も忘れるさ………………昨日のことは……」

 

「!? あ、あんたも……かい………」

 

 

 遠い目をしながら肩を叩くジオティクス・グレモリー。

 そう昨日の一誠はモンスターだった……らしい。

 

 

終わり




補足

強いのは認める。けれど別に興味あるかと言われたらそうでも無かったらしく、正直彼女レベルに達したリアスやソーナとしばき合い対決したいとか思っていたり。

その2

木場きゅん、痛恨のミス。
お陰で地獄絵図到来。

その3
何かされちゃったセラフォルーさん達。

内容はご想像に……。


その4
これも元ネタはアレの不祥事篇です。

あれも大笑いしたなぁ……特に最初から飛ばしてたし(笑)


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白い猫の悩み

人間界篇に戻ります。

そしてここからチョロチョロと転生者が出てきます。


 レーティングゲームも終わり、リアス部長の婚約話も無事に無かった事に出来て安心したという事で平和な日々に戻れた。

 

 あの雌鳥が先輩やサーゼクス様みたいなタイプ――詳しくはわからない『同類』という事実が発覚して少しモヤモヤとしたものは残ったけど、人間界で学生をしてる私達にそうそうもう会うことなんて無いだろうと思うことにしたい。

 先輩に近い上に先輩が認めるレベルに強いなんて羨ましい通り越して呪いたくなるのだから。

 

 

「小猫ちゃん、お昼休みはどうする?」

 

「先輩の所に行こうって思ってる」

 

「ですよね! 僕もそう思ってました! 早く行きましょう!」

 

 

 先輩が泥酔しちゃった事件で二度目となるアレを受けて数日後。

 レイヴェル・フェニックスの件が頭の中に残りながらも何とか平和に学生をやっていて、この日も学園に復学した女子の制服を着たギャーくんと一緒に教室を出ると、お弁当箱片手に先輩の教室がある階へと向かい、二年生の人達からの視線を鬱陶しく感じながらお目当ての教室の前へと到着する。

 

 

「すいません、一誠先輩は居ますか? 勿論兵藤って苗字じゃない方です」

 

「あ、うん……アレなら居るけど……」

 

「そうですか……お邪魔します。行くよギャーくん」

 

「は、はい……おじゃましまーす……」

 

 

 先輩と違って他人を怖がる人見知りのギャーくんを引き連れ、名前のわからない先輩さんの確認を取った私は、金髪の外国人の女の人やら何やらに囲まれてる先輩に似た顔をした方の 一誠……では無く、ポツンと独り窓際の端に座る一誠先輩の元へと近寄る。

 

 

『今日も小猫ちゃんとギャスパーちゃまが来てるぞ……しかもアレの所に』

『全然わからねぇ。何でアレがあんなに懐かれてんだし。クソ羨ましいんだけど』

 

『無口、無愛想……なのにリアス先輩や支取先輩達とも関わり持ってるとかムカつくよな』

 

 

 その際、毎度毎度聞かされる先輩への嫉妬じみた悪口に私もギャーくんも少しムッとなる。

 相手は一応先輩方という事になってるので追い返してやるのは我慢してるけど、こちとら何年も掛けてやっとお昼ご飯を誘える所まで来たんだ。

 ギャーくんが私の苦労を無視する位置に既に居たからアレかもしれないけど、ヒソヒソ言うくらいなら先輩に直接言えば良いんだ。

 

 ……確実に相手になんてしないと思うけど。

 

 

「こんにちは先輩、今日も来ちゃいました」

 

「良かったら一緒に食べましょうよ?」

 

「………………………」

 

 

 初めは話しかける事すら躊躇してたけど、学生になってから急に距離が縮まった気がしたお陰で、今では何も返事が無くても一方的に話し掛けられる勇気を持てる様になれた。

 

 ギャーくんは最初から平然と話しかけてたけど。

 

 

「わざわざ俺を誘うなよ……怠い」

 

「そう言わずにお願いしますよ一誠さん! 僕これが楽しみで復学したようなものなんですからぁ!」

 

「バカだろお前………チッ」

 

 

 私……では無くてギャーくんとリアス部長やソーナ先輩みたいな話し方で会話する先輩。

 微妙にギャーくんに負けてる気がしてならないのが悔しい。

 舌打ちしながらも席を立ったという事は付き合ってくれるという事で間違いは無く、場所を移動するぞという合図でもあった。

 

 

「何処だ」

 

「旧校舎裏です、あそこなら誰も来ませんし。ね、小猫ちゃん?」

 

「はい、仮に来ても追い払います」

 

 

 私の言葉に先輩はスッと目を細めるだけで声は出さない。

 やっぱり例のご奉仕モード……もしくはあの時の酒乱モードにならないと話はしてくれないらしい。

 それはそれでちょっと寂しい……けど。

 

 

「先輩、聞いてくれるだけで良いです。今日はちょっと先輩に相談があります」

 

「……?」

 

 

 今日はちょっと私的に先輩に話したい事がある。

 何時もの他愛のない話じゃなく、個人的には少し困った事を……。

 

 

「あまり大きな声では言えない事みたいです……」

 

「…………。それを何故俺に……リアスに言えよ」

 

「そこはほら……一誠さんですから……僕からもお願いです、小猫ちゃんの相談に乗ってあげてください」

 

 

 何となくギャーくんには先に話しちゃった困った事について聞いてあげて欲しいとフォローをしてもらいながら私も頭を下げる。

 

 

「聞くだけで良いんです、お願いします……」

 

 

 そしてヴェネラナ様がリアス部長やソーナ先輩に直伝された必殺の軽い上目遣いをして先輩を見つめる。

 曰く、これをすると先輩が少しだけ折れてくれるとの事だけど……。

 

 

「チッ……」

 

 

 一瞬だけたじろぎ、それから目を逸らして舌打ちをした。

 端から見れば単に態度が悪くとられるけど、ある程度先輩を知っていれば、それは『わかった』という意味であり、思わず内心ヴェネラナ様に感謝しながら先に教室を出ようと歩きだした先輩に、ギャーくんと一緒に着いていくのだった。

 

 

「成功しましたね小猫ちゃん……!」

 

「うん、会話はできなかったけど……良いよねギャーくんは」

 

「ぼ、僕の場合本当に偶々だっただけだから……」

 

 

 旧校舎裏へと向かう道中、ギャーくんと話しているとあっという間に旧校舎の裏に到着する。

 この旧校舎裏というのは他と比べて少しだけ木々に覆われていて好む人には好まれる落ち着きスポットだったりする。

 

 かくいう私も結構気に入ってる場所で、持ってきていた鞄からレジャーシートを地面に敷くと、その上に座ってギャーくんと一緒にお弁当を広げる。

 

 

「どうぞ先輩」

 

「あれ、一誠さんお弁当は……」

 

「俺はこれだ」

 

 

 私とギャーくんがお弁当の中、先輩はそこら辺のコンビニで買ってきたと思われるバランス栄養固形食品という味気なさそうな奴を齧っていた。

 

 

「カ○リーメイトだけじゃ味気ないんじゃ……」

 

「腹が膨れりゃ何でも良い」

 

「先輩って自分の事はとことん無頓着な気がします……」

 

「………………」

 

 

 お洒落なんてしないし、ご飯も自分が食べるものに関しては固形ブロックだったり、趣味らしい趣味も無い。

 リアス部長がため息混じりに『端から見ればつまらない人に思われてる』と言ってたのを思い出した私は、断られるのを覚悟で先輩に自分のお弁当のおかずを差し出してみる。

 

 

「食べますか? 最近自分で作る様になってまだ勉強中ですけど……」

 

「……………………………」

 

 

 固形ブロックを食べる手が止まり、私の差し出したお弁当を若干動揺した眼差しで見つめる先輩。

 あぁ、多分この顔は『コイツ何考えてんだ?』って思ってるんだろうな……。

 

 私なりの印象だけど、先輩って他人からの好意に対して耐性が全く無いって感じですからね。

 

 

「食べてあげてください。こんな事を言ってるけど小猫ちゃんは一誠さんに食べて貰いたくて頑張ったんですよ?」

 

「え、俺……? 何で?」

 

「一誠先輩だから……ですかね。他に理由は無いし別に何も企んでません」

 

「………………」

 

 

 ギャーくんに見透かされててちょっとムカつくけど、その勢いを利用して先輩に言う。

 すると散々迷った末に先輩は私のお弁当おかずを一つ手で摘まんで口に入れる。

 

 

「ど、どうですか?」

 

 

 まさか成功するなんて……と思いつつ本当に食べてくれた先輩の顔を見ながら私は恐る恐る感想を訪ねる。

 

 そんな私に対して暫く咀嚼していた先輩がゴクンと飲み込むと、摘まんだ手とは反対の手の人指し指を自分のこめかみに当ててグリグリとし始める。

 それがどういう意味なのかは後になって分かった事なのですが、どうやらこの行為の意味は自己暗示をする意図があるらしく、次の瞬間先輩の顔つきはあのレーティングゲームの時に見た先輩に変化していた。

 

 

「卵焼きを頂いたのですが……殻が入っててジャリジャリしましたね」

 

「え? あ……は、はい……」

 

 

 キリッとした顔で思いきり低評価の言葉を貰ったのだけど、私はそれよりも先輩があの時見たご奉仕モード状態になってるのに驚いてしまう。

 つまりそれは会話が出きるという事なのだから。

 

 

「も、もっとがんばります……!」

 

「ご健闘を祈ります。私個人としては美味しいと思いますがね」

 

「!? ほ、本当ですか!? ………ふへ! ふへへへへ……!」

 

「こ、小猫ちゃん……その笑い方は女の子がしちゃ駄目だと思います……」

 

 

 どうしよ、ニヤニヤするのが止まらない。

 だって先輩に初めて……自己暗示でご奉仕モード状態とはいえ褒められたんですよ? めちゃくちゃ嬉しいに決まってます。

 この前の野獣のごとくワイルド化した泥酔先輩にあんなことやこんな事された時の気持ちよさ並みに嬉しい……。

 

 それこそ相談事なんてどうでも良くなってしまうくらいに……。

 

 

「…………。それで塔城様、私に相談したい事とは一体?」

 

「ふっ、ふへへへ………………ハッ!? あ、は、はい……!」

 

 

 でも先輩から振ってきたからには話さない訳には、寧ろ全部ぶちまけるべきだと思った私は、さっきから緩んで仕方ない頬やら、周期じゃないのに来たアレと同じ感覚をお腹に感じながら先輩にちょうどあのレーティングゲームやその後の泥酔襲われが終わって人間界に戻った後のとある夜に起きた事を話す。

 

 

「先輩は私が何故リアス部長の眷属になったのかを知ってますか?」

 

「一応お嬢様から無理矢理聞かされた事があるので、眷属の皆様の持つ事情は把握してるつもりです」

 

「うそ……知っててくれてたんですか? ………は、ふひっ! きょ、今日の先輩はテクニシャンですね?」

 

「……は?」

 

 

 知らないと思ってたのにまさかの知ってましたというサプライズにまたしても私は言葉では表現できない幸福感に支配されるのと同時にお腹の下辺りがウズウズしてしまう。

 まさか先輩にそう言われるだけでこんな事になっちゃうなんて、あの獣さんみたいな激しいアレも相俟って、もしかしたら私は先輩無しではダメな身体にされちゃったのかもしれない。

 それは……うん、良いかもしれない……いえ、良い。

 

 

「こ、小猫ちゃん……! そんな話じゃないでしょう? お昼休みも限られてるんだから早く言わないと……!」

 

 そんな私の余韻を邪魔するかの様に横からギャーくんが揺さぶって現実に引き戻してくる。

 一瞬私は反射的に女の子状態のギャーくんの私よりムカつく事にデカい乳をもいでやろうと思ったが、先輩をこれ以上待たせる訳にはいかないので、コホンと咳払いをひとつ挟んで本題に入る。

 

 

「実はその……一昨日の夜にはぐれ悪魔になった姉が私の前に姿を現したんです」

 

「………………。それで?」

 

「その、一応話をしたのですが、どうも私を連れていくとか何とか……いえ勿論断りましたよ? 私は部長の戦車でありたいですし」

 

 

 私の言葉に先輩はスッと目を細くする。

 口じゃあやっかんでるけど、先輩って割りとリアス部長とソーナ先輩には甘いというか、お二人に何かする輩にはかなり容赦ありませんからね。

 前に不意討ちしようとしたはぐれ悪魔をかなりすぐ死なないように痛め付けてましたし……。

 

 勿論今先輩に言った私の言葉に嘘は無いけど、誤解されたくないので一応言いました。

 

 ………。なんて思いながらギャーくんが水筒に入れて持ってきたお茶を飲んでると……暫く黙っていた先輩が口を開く。

 

 

「はぐれ悪魔の姉ですか……。確か塔城様の本名は白音と聞きましたが、間違いは――――――」

 

「はぅっ!?」

 

「っ!?」

 

「こ、小猫ちゃん!?」

 

 

 先輩の口にした言葉を聞いたその瞬間、私の身体は全身に電撃が走った衝撃に襲われ、思わず身体を大きく痙攣させてしまった。

 

 

「は、はひぃ……ま、間違い、あ、りましぇん……」

 

「ど、どうかなされたのですか? 先程から変というか……」

 

「ら、らいじょうぶでふ……」

 

「小猫ちゃん……」

 

 

 良い。凄く良い。雑魚だのなんだの扱いされ続けてからのこの不意打ちはズルい通り越して最高かもしれない。

 横でギャーくんが何かを察した顔をしてるけど、この気持ちは既に先輩と気安くできるギャーくんには味わえないでしょうね。

 

 

「はぁ、はぁ……も、もう大丈夫です。あ、午後の授業が始まる前にちょっと部室に行ってシャワー浴びてジャージに着替えないといけませんけど………」

 

「シャワー浴びてジャージに着替える? お茶を溢されたご様子では無さそうですけど……」

 

「こ、溢しましたよ……。

ちょっと大きな声で言えない箇所がびしょびしょです」

 

「こ、小猫ちゃん……そんなにまで……」

 

 

 とんだサプライズで着替えとシャワーが必要になってしまって大変だとは思わず、寧ろさっきの先輩の声を携帯でも何でも良いから録音しておくべきだったと後悔しながら、お腹の中の私が欲しい欲しいと訴える疼きを我慢し、先程の話へと戻す。

 

 

「それでその……姉は強力なはぐれ悪魔で、正直無理矢理の実力行使に出てこられたら私は抗えません。

なので、定期的に行われる先輩からの修行の回数を特別に増やしてくれたらな……とか思ってたり」

 

「貴女の姉を返り討ちにする為ですか……?」

 

「はい。私はもう姉とは別の道を歩んでますから。それに、今の姉は以前よりも何を考えてるのかが読めなかったので」

 

「読めない? それは何故……」

 

 

 流石に私の姉には興味が無かったのか、読めないという私の言葉に引っ掛かる顔をしている。

 ……………。そう、私はかつてその力を恐れ、今はあの人が何をしたいのかが読めない。

 

 いや、というよりその姉の傍にいるのがあの人のせいで謎が深まったというべきなのか……。

 

 

「………………。兵藤一誠って人がさっきも先輩と同じ教室に居ましたよね? その、何故かは知らないのですけど、姉はその兵藤って人と一緒に行動してるみたいなんです」

 

「………………………。あ?」

 

「それだけじゃ無いみたいなんです。小猫ちゃんが言うには、只者じゃない小柄な髪の長い女の子も居るとか……」

 

「それは置いておいて、何故奴が塔城様の姉……はぐれ悪魔の―――すいません、名前は?」

 

「黒歌です」

 

「その黒歌とやらと一緒に行動しているという点に問題がありそうですね。

前に私は奴に妙な因縁を吹っ掛けられましたから……」

 

 

 そう言う先輩の顔はどことなく反吐が出るといった様子だ。

 

 

「兵藤って人は確か一誠さんの事を……」

 

「もう昔の話だ」

 

「……。やっぱり先輩とあの人ってただの空似ってだけじゃないんですか?」

 

「ただの他人で間違いはありません。が、個人的に彼は好きませんがね。

それよりアナタ様の姉と奴が一緒ですか……最近妙な気配が町中をうろついてると思ってましたが……」

 

「すいません、確実に姉です」

 

「いえ、アナタ様が謝る事はありません。事情も事情もですから稽古を増やす事は了承しましょう」

 

「ほ、本当ですか? あ、ありがとうございます……!」

 

 

 ご奉仕モードの先輩に個人修行の時間を増やしてくれた時点で嬉しくて思わず小躍りしそうになった。

 

 

「しかしその……こういう事を実の妹であるアナタ様に言うべきでは無いのかもしれませんが、少し覚悟はした方が良いのかもしれません。

例えばアーシア・アルジェントと同じ様に彼にそういった気持ちを抱いた挙げ句一線越えてるとか……」

 

「あ、別にそれはどうでも良いです。先輩に何にも抱かなければどこの誰と交尾しようが」

 

「そ、そこはドライなんだね小猫ちゃん……」

 

「だって別に姉も子供じゃないし。兵藤一誠って人が好きなら好きで結構だと思いますよ? 私を巻き込まなければ良いだけですから」

 

 

 うん、問題はレイヴェル・フェニックスみたいな事にならなければ良い。

 姉がどこの誰と……目の前の一誠先輩を敵と思うのならそれで良い、兵藤一誠と幸せにでもなんでもなってくれたらパーフェクト。

 要するに私を連れ出そうとさえしなければ良いのだ―――という私の気持ちを先輩はわかってくれたのか、ご奉仕モード特有のクールさを見せながらフムと呟くと、私に向かって言った。

 

 

「なるほど……その意見があるなら遠慮も要りませんね。わかりました……リアスお嬢様やソーナお嬢様に笑われそうだし、内緒にして頂ける条件を守れるなら、一つアナタ様にお約束しましょう」

 

「絶対に守ります。ギャーくんもバラしたら酷いからね?」

 

「う、うん。でも珍しい……一誠さんからこんな事言うの」

 

「いえ、正直言うと初めて塔城様に対して微妙な親近感が……」

 

 

 死んでも言わないと即答する私。

 先輩の態度にギャーくんが珍しいものを見るように驚いてる様だけど、どうやら先輩は私にちょっとだけ親近感みたいなものを感じたらしい。

 

 

「アナタ様の姉がどれ程のレベルかは知りませんが、確実にそれを超越する領域までアナタを鍛えます。

それと、その過程でもしアナタの姉……もしくはおかど違いの正義感を振りかざした兵藤一誠やらアーシア・アルジェントに連れていかれそうになった場合、私が阻止する事をお約束しましょう」

 

 

 あぁ…………私もう明日にでも死ぬかもしれません。今までで一番先輩に近づけたし、先輩にこんなことまで言われるなんて……こんな事ならパンツの替えを持ってくるべきでした。

 

 

「い、いいなー小猫ちゃん……」

 

「テメーはさっさと神器の制御を完璧にしろ。それに誤解すんな、俺はこの最近イマイチよくわからんガキにとっととレベルアップして貰って余計な手間を掛けさせないようになって貰いたいんだよ」

 

「あははは……あははは」

 

「小猫ちゃんがトリップしちゃってるし……僕に対してはご奉仕モードじゃないし……」

 

「最近ずっとこんなんな気がするが、何なんだこのガキ? 俺の思ってる事の大半を言い当てるし、正直気色悪いんだが……」

 

「僕からは言えませんよ……というか言いたくない」

 

 

 パンツが何枚あってもダメかも。

 この先できたら素の先輩とお話しできたら良いんだけど、もしそうなったら私はとてもエッチな雌猫になりそう――いやなっちゃう。

 

 だって先輩……不意打ちばっかりなんだもん。

 

 

終わり

 

 

 

 

 そんな訳でリアスやソーナに内緒で、ギャスパーも交えての対黒歌特訓を開始した小猫たん。

 当然ながら今までの比では無い壮絶な修行だった。

 

 

「スキル?」

 

「うん、一誠さんやサーゼクス様、部長やソーナ先輩……それから多分あのレイヴェル・フェニックスさんに共通することの一つとして、同類とされる理由であるスキルを持ってるんだ」

 

 

 その過程でギャスパーからスキルの存在を知る。

 

 

「スキルってどうやったら発現するんですか?」

 

「……………。誰からその事を」

 

「ギャーくんです」

 

「……」

 

 

 姉よりも寧ろレイヴェル・フェニックスばかり意識する小猫はそれを会得したがりだす。

 

 ……そして。

 

 

「本当にイッセーそっくりにゃ、でも目付きは悪いから見分けは付くね。

聞けば白音の事を虐めてるんだって? 許さないにゃ……!」

 

「白音を俺たちに渡して貰おうか?」

 

「……………………」

 

「見事に先輩が悪者認定ですね……というか修行なのに怪我のひとつや二つするに決まってるのに……」

 

 

 大人しく隅で震えてれば良いのに地雷を勝手に蒔いて勝手に踏んで自爆する奴。

 

 

「嫌だ……私は戻らない。アナタを越える事が私に課せられた先輩からの試練。

アナタを越え、レイヴェル・フェニックスを越え……先輩や部長達の領域に入る……!!!」

 

「………………!?(白ガキの精神が爆発した……)」

 

 

 SS級はぐれ悪魔の姉にまだ至らず、ギリギリまで手出しをしない一誠にこれ以上不甲斐ない姿を晒したくないという執念が小猫から覚醒させる。

 

 

「な、なに……それ……? 白音……なの?」

 

「お、俺の倍加した力が……」

 

 

 

 

 しゃくっ!

 

 

 

「……………。あんま美味しくないですね、赤龍帝の力って」

 

 

 頼もしき白音(ネオ)へと。

 そして……

 

 

 

「合格だ白ガキ。くくっ、そして生まれて初めて感謝するぜヘボ似非野郎……! お陰で俺自身に新しい進化の可能性が見えた……! 礼だ……死んだ方がマシな地獄を見せてやる……!」

 

 

 無神臓(イッセー)もまた進化する。

 

 

 …………なーんてなる訳はない。

 

 

 

 

 

 

番外・やらかし執事…がんじがらめ。

 

 

※やはり本編とは関係ありません。

 

 

 記憶がすっとんでる昨晩という、たった一夜で一気にやらかした疑惑が殆ど確定的になってしまった一誠。

 

 人妻、腐れ縁の三人、そして人妻の夫。

 

 記憶を辿れば辿る程に発覚してしまうやらかし具合に一誠のメンタルはズタボロであり、冥界の公園でひとりベンチに座って項垂れていると、そこに現れたのは――

 

 

「あぁ、昨日の事ね……一応お前が何をしたのかは知ってるけど僕は。ね、グレイフィア?」

 

「え……ええ……」

 

「…………。頼む教えてくれ、俺は一体本当に何をしでかした。ていうか何故記憶がすっ飛んでる?」

 

 

 魔王サーゼクスとグレイフィア夫妻が公園のベンチに座る……というだけでギャラリーの悪魔達が大量発生したので場所を移動し、人気の無い方の公園へと移動した。

 勿論その過程で多くの悪魔達がキャーコラとなったが、今の一誠はとにかく昨日の記憶を取り戻したいだけなので黙って付いていった。

 

 

「まぁでも大丈夫じゃないの? 僕もそこまで詳しくはないけど、取り敢えず一誠が間違ってお酒を飲んで泥酔しちゃったのは確かだね」

 

「はぁ!? さ、酒!? 俺まだ未成年なのに何故に酒!?」

 

「うん、ジュースと間違えて飲んじゃったみたいでね。んで、具合が悪くなったリアスとソーナさんをトイレに連れていって介抱しに付いていったね。

で、30分くらいしたら先に部屋に戻したといって一誠だけが帰って来たねぇ――妙にスッキリした顔で」

 

「なっ……!」

 

「で、次はセラフォルーが具合が悪くなったといって連れていっての繰り返しだね」

 

「く、繰り返しって……」

 

「うん、小猫さんとかギャスパーさんとかもね」

 

「はい!?」

 

 

 どうやら間違えて飲んでしまった酒のせいで次々と粗相をしでかしたのまではサーゼクスの話でわかったが、何とその中にはリアスやソーナやセラフォルーやヴェネラナだけでは無く小猫やギャスパーも含まれていたらしく、一誠はまたしても固まってしまう。

 

 

「それと、ね、グレイフィア?」

 

「え、ええ……はい……」

 

「は?」

 

 

 だがそれ以上に修羅場になる案件はすぐ近くに……。

 それは肩を震わせて笑いを堪える様にしながら隣を見るサーゼクスと、あからさまに俯いたり目を逸らすグレイフィア……。

 

 

「凄いよね、夫目の前に二人の人妻とアレしちゃうとか……。

いやぁ、一誠ってば介抱するんじゃなくて自分の解放をしちゃったんだもんさぁ?」

 

「…………」

 

「ばぁぁぁぁっ!?!?!!?」

 

 

 

 記憶を取り戻す過程で更に発覚してしまった粗相一覧に一誠はその場にしゃがんで頭を地面に何度も打ち付けながら吠える。

 それはだって……そういう事だから……。

 

 

「でもまぁ、グレイフィアの場合は逆だったけどね、ほらお酒弱いじゃないグレイフィアは? で、飲んで酔ったら無理矢理一誠の方が連れ出されて、40分くらいしたら戻ってきたよ……泣きながら服を引き裂かれた状態で」

 

「………」

 

「わっつ!?」

 

「そして最後は夜風に当たりたいという母の付き添いで外に出ていったのを見送ったんだけど、いやぁまさかねぇ……? ちなみに父の時は一時間は戻らなかったっけ?」

 

「全部アウトじゃねぇか!? どこのド変態クズ野郎だ!! つーか俺一回完全に襲われた側だよな!? ジオティクスのおっさんの時だけ長いのはどういう訳だよ!?」

 

「二ラウンド挑戦したのが流石に若くともキツかったとかじゃな――」

 

「テメェゴラ! その場で見てたんなら止めろよ!? 簡単に出来たろーが!!」

 

 

 ニヘラニヘラと笑うサーゼクスの胸ぐらを付かんで揺さぶりまくる一誠の顔色は最早死人の様に真っ青だった。

 

 

「落ち着きなよ一誠、別に行為自体が悪い訳じゃないだろ?」

 

「悪だろうが! テメーの嫁とやらかしてるんだぞ!?」

 

「勿論グレイフィアの件は何も思わない訳じゃないけどさ、でもほら……一誠からというよりはありゃ完全に襲われてるしねぇ?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「それに問題はそういう事をしたのに無責任に知らん顔をしちゃうことだろう?」

 

「う!? そ、それは……」

 

「だろう? 僕の場合はこの世に一夫多妻があるなら一妻多夫もあってもいいかなってさ……これである意味本当の兄弟になれた訳だし、あぁ兄弟といっても穴きょう――」

 

「それ以上は言うな!! ぐ、くそ……なんでこんな事に……」

 

 

 聞けば聞くほど昨晩の己のやらかし方が尋常では無いことに絶望するしかなく、取り敢えずサーゼクスにぶち殺されないだけマシと考えるしかない。

 で、相談した結果――

 

 

ヴェネラナの場合。

 

 

「は、一妻多夫を前提にお付き合い!?」

 

「あ、あぁ……」

 

「な、な、何を言ってるんですか一誠!? 頭でも打ったの!?」

 

(お、俺だってこんな事言いたくねぇよ……)

 

「い、いやこの前の事だけど、あれから色々と考えた結果――」

 

 

リアス&ソーナの場合

 

 

「――覚えてないって言ったけど段々思い出してきたというか……」

 

「え、ならそのつもりで……?」

 

「一誠が……」

 

「う、うん――」

 

 

セラフォルーの場合

 

 

「――ちゃんと責任は取りますよー……的なそんなアレというか……」

 

「そ、そうか! この前逃げた時はそのまま捕らえてセラフォルーがおめでたになるまで地下に監禁してやろうと考えてたが……」

 

「セラフォルー、よくやりました……一誠がこれで本当の息子になりますよ」

 

「うん!」

 

「こ、子作りの件はまた今度な! それより――」

 

 

 

 小猫&ギャスパー

 

 

「あ、あの……先日は本当に……」

 

「い、いえ……私はもうホントに大丈夫ですから」

 

「狼さんになった一誠さんは意外にも優しかったので……あはははー」

 

「ぐ……で、ですがその、本当に良いのですか? 私は――」

 

 

ジオティクスの場合

 

「――言っとくけど俺まだガキで甲斐性とかゼロだぞ!? 良いのか本当に!?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………二人一緒に堕ちていくなら、それも悪くない。今はそんな事を考えてる……」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員割りと乗って来たんだけど!?」

 

 

 取り敢えずサーゼクスの言われた通りの責任と誠意を示す為に、サーゼクスの『言われた通り』に個別に呼び出したやらかしの相手と話し合いをしたのだが、全員して一誠と一緒になる事に乗り気で絶望していた。

 

 

「誤算だったね、これなら真面目な面をアピールし、重い男と思わせて篩にかけられると思ったんだけどなぁ。

でもよく考えたら皆一誠に好意的だったから意味なかったかも」

 

「ふざけんなテメー! どこが真面目だ、ただ8股かけてるだけじゃねぇか!!」

 

「グレイフィアも含めてだからねー」

 

「泥沼だろうが!!」

 

「一晩で八人と粗相をやらかした一誠の言う台詞じゃあないね」

 

「うっ!」

 

 

 グレイフィアだけは事情を知るサーゼクスが居るので少し勝手は違うしぶっちゃけ状況的に一誠を襲った方だからはしょってるものの、実質合わせて8股というどこのハーレム王だと云わんばかりの状況。

 

 

「見ようによってはアレだよ、安心院さんが前に持ってきて悪平等(ボク)達に読ませた漫画……ええっとToloveるみたいに見えるよ?」

 

「どこに人妻二人とおっさん含めたToloveるがあるんだよ!? 裁判沙汰って意味でホンマもののトラブルだろうが!!」

 

「大丈夫よ一誠、私は転んだ際に巻き込まれてパンツや股ぐらに顔を突っ込まれても平気よ? 寧ろサーゼクスと一緒に襲われても……」

 

「うるせーよ!? さっきから何顔赤くしてモジモジしてんだよ! やめろ!!!」

 

 

 本来の一誠であるなら無問題だが、生憎対人恐怖症を拗らせ、愛情という概念に懐疑的なめんどくさい性格になってしまってるこの一誠にとってはただただ八方塞がりな件でしか無く、本気で項垂れている。

 

 

「ど、どうるすんだよ……いっそ殺してくれた方が楽な気が……」

 

「どこぞの男みたいに斧でNice boatされるのは勝手だけど、一誠が斧で傷がつくとは思えないし、そもそも僕の妹や母や妻を泣かせる事になるから許さないよ?」

 

「じゃ、じゃあどうすれば良いんだよ!? お前の嫁すら何か乗り気だし!!」

 

「ここは僕に……お兄ちゃんに任せなさい! グフッ――な、何とか上手く回るようにするからさ!」

 

「……」

 

 

 ニコニコとしながら……どう見ても今の一誠の状況を楽しんでるサーゼクスは一誠に耳打ちする。

 何を言われたのかは聞こえないが、終わったと同時にこの世の終わりみたいな顔をする一誠が見える辺り、お察しなのかもしれない。

 

 

終わり




補足

なんやかんやとコソコソとやってる転生者。
何故潰されないかというと、初見であまりにも弱すぎて一誠本人に殺す価値すらないゴミと断定されたのと、彼がまだ一誠と親しい人達にちょっかいを出さないからです。

出したら即出動されておしまいですからね。

その2

なので小猫たんはともかくとして、その姉と何してようがナニしちゃおうが一誠からすればどうでも良のですが、はぐれ悪魔である以上放置は出来ない程度には思ってます。

その3
小猫たんはその……うん、好きすぎてちょっと変わった子になっただけです。



その4番外

結果、8股という泥沼
しかし魔王の嫁は流石魔王の嫁らしく、寧ろ襲ったらしい。

ちなみに元ネタは6股でしたが、全員化け物レベルでした……色んな意味で。


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鬼畜執事の個別レッスン

個人指導される回。
ナチュラルに鬼畜です。


 奪われても意に返さぬ強さを。

 

 裏切られても何も感じることの無い鋼の精神を。

 

 あらゆる生物を超越する進化を。

 

 

 零からのリトライを果たした少年の心には常にこの言葉がこびりついている。

 そんな男の施す修行は果たしてお優しいのか? 答えは否で間違いない。

 

 

 

 

 

「おいリアス、今日から暫く俺帰らねぇから」

 

「あらそう…………………………………………………。で、何で?」

 

 

 先輩に直接修行の面倒を見て貰える事になったという、私にとってはまさかの展開から明くる日。

 約束した通り私とギャーくんは決して昨日の事を誰にも話さずに普段通りを装っていたら、放課後になって部室に来た先輩はぶっきらぼうに部長に対して言ったのを、これまた平静を装って耳を傾ける。

 

 

「さっきソーナにも言ったが、『壁』が出てきた。だからそれをぶち壊す」

 

「壁ねぇ……ふーん?」

 

 

 頬をひっきり無しに擦りながら、何やら私たちにはよく分からない言葉を使って理由を話す先輩にリアス部長はちょっと怪しんでる。

 

 

「壁という意味はわかるし、アナタがそれを越えたらいっつも先の領域に進化してるのも知ってるけど、今回に限って私やソーナに教えるのね?」

 

「……。言わなきゃ邪魔されるからだ、とにかくそういう訳だから暫く飯はソーナと勝手に相談して食え。

それとだからといってサボったらしばき倒す」

 

「わかってるわよ、更に置いていかれたくないもの。それで、どこで修行するのかしら?」

 

「前にジオティクスのおっさんとポーカーして勝った時に貰ったグレモリー家の私有地。

あそこなら色々と仕掛けもしてあるから外部からの邪魔も無い」

 

「え、あそこ使うの? 様子が見れないじゃない……」

 

「だから言ったろ『邪魔』されたくないんだよ」

 

 

 あそことはどこなのか良くわからない私たちを置いてけぼりにして不満がる部長に先輩はキッパリ言うと、そのまま部室を出ていってしまった。

 

 

「先輩はどこに行ったのでしょうか?」

 

「前にお父様とポーカーだか何だかをして贈られたグレモリー家の私有地のひとつを一誠は所持しててね? そこを専用の引きこもり修行場として使ってるのよ。

一誠が自身のレベルを上げる時になると決まって一人でその土地に引きこもるのだけど、困った事に色々と妨害をされない仕掛けを一誠が施してるせいで様子が全く見れないのよねぇ……」

 

 

 私達ではまだまだ知らない先輩の一面を教えてくれながら部長は口の形を不満そうに3の形にしている。

 なるほど……誰からの干渉もなく、どうやってバレずに私に色々と叩き込んでくれるのかと不思議におもっていたけど、この話を聞く限りそういう心配は要らないみたい。

 ……………その分本当に地獄を見せられると思うけど。

 

 

「……。あそこに他人を入れるなんて、一誠さんはそれだけ本気なんだ……」

 

 横でギャーくんがナニかブツブツ言っててその顔は覚悟をしないといけない雰囲気を放っている。

 うん、明日になっても私は生きてるのかな……? なんて事を思いながら時は過ぎていき、部活動も終了し、夜になる。

 

 後で迎えに行くから自宅に居ろと言われた通り、着替えとか色々用意してギャーくんと待っていると、約束した時間通りに先輩はやって来た。

 

 

「お待たせ致しました。準備は宜しいですね?」

 

「は、はい……!」

 

「あの、僕もついていって良いんですか?」

 

「ついでにお前の神器制御の面倒も見てやる。何時までもそのままの訳にはいかないだろ」

 

 

 そう燕尾服姿でやって来た先輩に連れられ、私達は町の外れまで徒歩で移動する。

 

 

「ここら辺で良いでしょう。今から転移します」

 

 

 そう言った先輩が懐から古めかしそうな鍵をひとつ取り出す。

 

 

「この鍵には特殊な………理屈はよく知りませんが、簡単に言うと私が旦那様からお借りした土地へ転移する仕掛けが施されております」

 

 

 スクラップ場みたいな場所の地面に鍵を突き立て、おもむろに回した瞬間、転移魔法独特の魔方陣が私達の足元に展開されると、次の瞬間私達の視界には壊れた車や何かの機材の山では無く、潮風とさざ波の音が聞こえる海岸だった。

 

 

「到着です」

 

「ここが先輩の……」

 

 

 転移した場所は簡単に言えば島だった。

 といっても人が集まればそこで家を建てて村作りが可能な程の大きさを誇る無人島で、生物の気配はあれど人の気配はまったくしない。

 私が姉とあの兵藤ってよく見たらそんなに先輩と似てない人に負けない為の修行をする場所なんだと思うと自然と気合いが入る。

 

 

「一誠さんの許可無くこの場所に来れる事は、例えリアス部長でも無いのに、僕と小猫ちゃんがまさか入れるなんて……」

 

「大袈裟なものでも無いがな。

さて塔城様とギャスパーにはこれから島の中心に建ててある小屋に案内します。

お荷物等はそこに置いてしまった方が良いですし」

 

「あ、はい……」

 

 

 スタスタと海岸の反対側に威圧的に広がる広大な森へと入っていく先輩に慌ててバッグを片手に追いかける。

 修行場というのだからもっとこう、岩肌だからけのゴツゴツした場所なのかなと勝手に想像してたけど、思ってた以上に綺麗な所で、そういえば元々はグレモリー家の土地だったと考えると、多分別荘だったんだなとぼんやり考える。

 

 

「ここです」

 

「小屋……?」

 

「普通に別荘っぽいですね」

 

 

 暫く割りと整備された森の道を歩いていき、たどり着いた先は先輩いわくの小屋なのだが、私とギャーくんから見ても小屋には思えない豪華な作りの家だった。

 

 

「電気と水……それから一応の生活環境は維持してます。中に入ったら適当な部屋に荷物を置き、破損しても構わない服装に着替えてください」

 

「行きましょう小猫ちゃん」

 

「うん……」

 

 

 基準が違うなぁ……なんて思いながらギャーくんに先を越される形で豪華なお家に入り、言われた通り適当な部屋に入った私は、用意していたジャージに着替えて外に出る。

 

 別荘の前には既に先輩が待っており、さっきと変わらない燕尾服姿だ。

 

 

「先輩は着替えないのですか?」

 

「今回私自身の修行ではありませんからね。それに、アナタ様と組手等は致しますが、果たしてこの服が汚れるのかどうか……」

 

「………」

 

 

 ちょっと挑発的に笑って、『お前ごときにこの服が汚されることはねーよ』的な事を言われてちょっとだけムッとしてしまう。

 けどそれと同時にそれだけ今の私と先輩の差があると考え、遅れて出てきたギャーくんにちょっと八つ当たりして気を紛らわせておいた。

 

 

「む、無言でお尻をつねらないでよ小猫ちゃん……怖いです……」

 

「…………」

 

 

 ふん、実は先輩に土をつけてたと知ってどんなに悔しかったかわからないでしょうねギャーくんは。

 絶対に姉を越えて、自分の意思で生きてやる…………なーんて意気込みながら張り切って修行を始めた私なんだけど、やっぱり先輩は容赦が本当に無かった。

 

 

「塔城様の戦闘スタイルはある程度把握しておりますが……ハッキリ言いましょう、全てが中途半端です。

馬力もない、速さもない、技術はただ前に突っ込むだけ。

戦車の駒の特性ばかりに頼るだけで、地力がまるでない。

だから吹っ切れてもないギャスパーにすらそのザマなのです」

 

「だ、大丈夫小猫ちゃん……? ごめんね? ちょっとやりすぎちゃった……」

 

「………………………」

 

 

 まず軽い組手をしたのだけど、汗のひとつもかかない先輩からゴム毬みたいに何度も蹴飛ばされ、ギャーくんとやりあった時も普通に負けて……。

 そして挙げ句の果てには……。

 

 

「あっぷ!? あっぷぷ!?!?」

 

「塔城様、早くしないと何時まで経ってもお夜食は食べれませんよ?」

 

「がぼ!? がぼがぼ!?!?」

 

「けほけほ……うう、ギリギリなんとかなったですぅ……」

 

「それでも遅い。ったく、フィジカルにかまけて引きこもりするからだ馬鹿が」

 

「ご、ごめんなさい……はぁはぁ……」

 

 

 両手足を縛られた状態で、おかしなスピードで流れる別荘の中庭にあったプールに投げ込まれ、自力で先輩の所まで泳げという、そもそも泳ぐのすら苦手な私にとってはまさに地獄の修行。

 

 

「頑張って小猫ちゃん! もっと全身をタコさんみたいに使うんです!」

 

「がぼぼぼ!?」

 

「ギリギリ1メートル進んでは流されるか……。

チッ、思ってた以上に貧弱だな……」

 

 

 しかもギャーくんは私と同じ条件でこの鬼畜なスピードで流れるプールに放り込まれたのに、開始3分には陸に上がって微妙な顔をしてる先輩の横から私の応援までする余裕すら見せていた。

 これがまたよりにもよってギャーくんに負けっぱなしという展開が相まって悔しくて仕方ない。

 こっちは両手足を封じられた関係で必死に全身を使って泳いでは端に戻されるの繰り返しなのに……! というかタコみたいにとか言われても良くわからないんだけど!

 

 

「げほげほ! うぇぇ……!」

 

「前にリアスとソーナを似た環境の状態でやらせた事がありましたが、二人は初見で突破しましたよ」

 

「あ、あのお二人と小猫ちゃんを同列にするのはどうかと思うんですけど……」

 

 

 結局泳げずに陸に上げて貰うという情けない結果で終わったこの修行でわかった事がひとつあります。

 私ってもしかしたら眷属で一番弱いのかもしれない……と。

 

 

「今日はここまで。

都合良く祝日もあって三連休な為、帰りたくばお送りしますが……」

 

「い、いえ、ご迷惑で無ければ別荘に泊めてくだ、さい……」

 

「僕も同じで。一々一誠さんに送り迎えして貰ってたら悪いですし」

 

「……畏まりました。では戻ってお夜食の準備をしましょう」

 

 

 は、ははは……これで姉をぶち抜いてあのレイヴェル・フェニックスに勝つってよくイキってましたね私。

 単なるアホですよこれじゃあ……。

 

 

「大丈夫小猫ちゃん? 先輩の本格的な修行を初めて受けたにしては気絶しなかっただけすごいと思うよ? 僕なんて慣れるまで半年も掛かったし……」

 

「な、なぐさめなんて要らない。

これでハッキリ私は眷属で一番弱いってわかった……。でもこのままで済ませない……絶対に……!」

 

 

 アホだけど、このまま諦める訳にはいかない。

 今はまだ身の程知らずかもしれないけど、その内身の程知らずでは無くなるレベルに……。

 

 

「明日……いえ、もう日付は変わってるので正確には本日となりますが、昼間は向こうに戻ってリアスに顔を出しておいてください」

 

「怪しまれちゃいますからね」

 

「あぁ、オメー等に真面目こいて何かやってるなんてソーナやリアスに知られたら嫌だしな。

それと――んんっ、塔城様、例のアナタの姉とやらの事を把握させて貰いますが宜しいでしょうか?」

 

「それは構いませんけど、あのー……私もギャーくんと同じ調子で話しても構いませんよ?」

 

「いえ、先程からそうしてみようとは思ってるのですが、しようと思うと吐きそうになるので暫くはこのままで。

それに今のアナタ様に強くなって貰わないと、この先この妙な親近感から来る興味が持続しないと思いますので……」

 

「何がなんでも強くなります!」

 

 

 何気に初めて先輩の作ったご飯……それも和食を食べながら見限られる訳にはいかないと今一度先輩に向かって誓う。

 リアス部長に拾われて眷属となって出会った、当時は私より背とかも低くて小さかったけど物凄く強かった人間の男の子とここまで、壁はまだあるけど話せる様になれたんだ。

 

 

「まあ、精々期待しますよ塔城様」

 

「ええ、あのレイヴェル・フェニックスより強くなりますから!」

 

「…………へぇ? あの小娘より……ですか。大きく出ましたね」

 

「妙に対抗意識燃やしてるんですよ小猫ちゃん……」

 

「だって気に食わないんだもん。いきなり先輩にすり寄ろうとしたし……」

 

 

 その苦労を自分の弱さで台無しにする訳にはいかない……何がなんでも。

 

 

続く。

 

 

オマケ・確認の為に……。

 

 

 レイヴェル・フェニックスを越えてやると意気込む小猫を見て、無意識ながらもほんの少し素になって頬を緩めた一誠。

 とはいえほんの一瞬な為にギャスパーも小猫もその変化には気づいておらず、暫くパクパクと一誠の作った料理を食べまくる小猫がふと思い出した様に……そして確認するように口を開いた。

 

 

「あの、明日――じゃなくて正確には今日、姉の姿を確認すると先輩は言ってましたけど、一体それは何故ですか?」

 

「何故? いや、アナタ様の姉とやらのレベルがどれくらいかなのかを把握しないと修行の密度の調整ができませんからですが? 何か気になることでも?」

 

「い、いえ……それなら良いんですけど」

 

 

 首を傾げながら問い返す一誠に小猫は内心ホッとしながら誤魔化す様に味噌汁を飲む。

 するとその様子をきんぴらごぼうを食べながら見ていたギャスパーが口を挟む。

 

 

「ひょっとして小猫ちゃん、レイヴェル・フェニックスさんみたいな事が小猫ちゃんのお姉さんとの間に起こるとか心配したの?」

 

「っ!? げほげほ!?」

 

 

 図星突かれてむせる小猫。

 

 

「レイヴェル・フェニックスみたいな?」

 

「い、いや……この前姉と再会してしまった時に、その……まぁ、色々と私の姉なのかよと恨みたくなる姿してたので……」

 

「は?」

 

「リアス部長や副部長みたいなですか?」

 

「若干それよりも出てます……多分」

 

 

 サッと水を差し出す一誠にお礼を言いながら飲む小猫が、姉の姿について嫉妬まじりに言及する。

 それによりやっと何の事なのかと察した一誠は、心底どうでもよさげに……かつ嫌そうな顔をしながら言う。

 

 

「私ってそんなに女好きか何かに見えるのでしょうか? アナタ様の姉とやら自体に興味なんてありませんよ。というかそもそもですよ? 確か彼女は、兵藤という男と宜しくやってるんじゃありませんか? 例の神器使いの外人と同じで」

 

 

 死ぬほど興味ないと、褪めた顔で言い切る一誠。

 

 

「でも格好とか凄かったんですよ。まるで花魁みたいな……」

 

「だから? 忌々しい話ですが、私こう見えても異性の裸体は見慣れてますからね。

冥界に居た時は毎日毎日ヴェネラナのババァ――じゃなくて奥様に弄ばれ、こっちではリアスお嬢様とソーナお嬢様に身体洗えだの髪洗えだの……」

 

「!? そ、そんな事を二人にしてあげてるんですか!?」

 

「ぼ、僕も今初めて知りました……」

 

「じゃあ誰にも言わないでください、こんな恥みたいな話を。

とにかくです、塔城様の姉とやらが素っ裸だろうが、目の前で勝手に発情して迫ろうが知りませんし、寧ろ反射的に首でも刎ねてしまうでしょう。

…………そもそも兵藤という男と宜しくやってる奴がそんな真似するとは思いませんが」

 

 

 キッパリはっきりと小猫の姉……つまり黒歌がどんな存在だろうと興味無しと言い切る辺りの一誠は普段のコミュ障っぷりもあってある意味信用できるものがある。

 寧ろ一誠的にイライラする案件は、背後に居てチョロチョロと鬱陶しい兵藤一誠という、転生者の存在だった。

 

 

「大人しく隅で震えてりゃあ良かったものを……」

 

「え?」

 

「いえ、こっちの話ですからお気になさらず。

仮の話、もしアナタ様の姉とやらと兵藤一誠がそういう関係だった場合で、もしもアナタ様が向こう側に連れていかれたら一応覚悟はした方が良いと思いますよ。

多分、押し倒されて何かされますから」

 

「そ、そんなの例え話でも聞きたくないです! 気持ち悪い……!」

 

「でしょうね。あ、でも大丈夫です……期間内に限ってはそんな事は私がさせませんから」

 

「ぁ……そ、そうですか……ありがとうございます―――――ふへへへ」

 

 

 二天龍のバランスが崩れるからと生かしてやったが、場合によっては今度は死んだ方がマシな状態にしてやるべきなのかもしれない。

 期間限定で守ると解釈したのか、ひとりギャスパーに引かれながら笑ってる小猫を見ながら一誠はひとり考えるのだった。

 

 

終わり

 

 

 

 

※番外・やらかし執事……8股篇

 

本編とは本当に何の関係もありません。

 

 

 

 何を言われようが独りで生きるというストイックな未来を考えてたのに、蓋を開けたら8股という地上最低とも言える粗相を誤って飲んでしまった酒のパワーに文字通り飲まれてしまったとはいえしでかしてしまった一誠。

 

 これが例の転生者であるなら『皆平等に愛する』だなどと宣うのかもしれないけど、生憎一誠にそんな器用な真似が出来るわけが無く、ただただこの状況が楽しくてしかたないサーゼクスの言われるがままに演じるしかできないでいた。

 

 

「け、結婚を前提に同棲!?」

 

「う、うん……」

 

「この前から何を一人で突っ走ってるんですか!? あの時の事はお互いに無かった事にしましょうと言ったのに!」

 

「い、いや……無かった事にするにしては流石にやらかした度合いが大きすぎるし、色々と見据えて予行演習を……」

 

 

 八股掛けてしまった責任……というよりはどう上手く一人一人と棘無く元通りになれるかを考えた結果、サーゼクスの提案により一人一人と暫く同棲生活をする事にし、八股相手全員をサーゼクスが趣味で購入した古めのアパートにバレない様に呼び、ヴェネラナから同棲の話を持ち掛けた。

 

 

「じ、実際一緒に暮らしてみないと色々とわからないだろうし……。まぁ俺が嫌になったら遠慮しないで出てってくれよ」

 

「既に人間界では実際一緒に暮らしてるし、嫌に思うことなんて全く無いわよ?」

 

「そうよ、もう一誠の事は全部を知ってるし今更な様な……」

 

「あ、あれは所詮アレだろ!? これはほら、あ、アレだよアレ……もっと距離を縮めてみましょうって意味で……」

 

「キャー! 聞いたソーナ今の一誠の言葉!?」

 

「縮めるって何かしら!? やっと私達を意識してくれたと思うと……きゃっ! 色々と衣装の準備をしといて正解だったわ! 今日は何着る!? 手堅くメイドにしちゃう!?」

 

「ナースもアリだわ!」

 

(う、うるせぇバカ二人……)

 

 

 ぶっちゃけ改める必要は実は無かったりするリアス&ソーナにも下手に出たり……。

 

 

「あの、同棲と言ってもお互い忙しいですし、来られる時だけ来ましょう。

他の連中にもケジメがつくまで内緒ということに……」

 

「そうですね、では月、火、水、木、金、土、日を私、月、火、水、木、金、土、日をギャー君でいきましょう」

 

「これなら問題ないですね!」

 

(何でどっちも皆勤なんだよっ!!)

 

 

 皆勤する気満々の小猫とギャスパーに内心突っ込んだり。

 

 

「お、俺も昼間は人間界の方の学校だったりリアスとソーナ達の事もあるけど夜はなるべく来るから……」

 

「夜だけ戻ってくるなんてどういう事よいーちゃん! それって身体だけなの!? 私のお腹がタプンタプンになるまでアレしてくれるの!? キャー!! キャー!!! いーちゃんのえっち~!!☆」

 

(……。コイツは放置しても問題なさそうかもしれない)

 

 

 横に大きいお布団の上で転げ回りながら喜び、確実にできちゃったを望んでるセラフォルーだったり。

 

 

「こ、この物件俺が購入したから家賃とかの心配はいらない……だからもう……色々と気にするな」

 

「あぁ……ここが堕ちてく部屋だと思うと、やはりそれも悪くないな……」

 

(頬を染めんなよおっさんが!!)

 

 

 最早完全に受け入れ体制という気色悪さ全開のジオティクスだったり……。

 ひとつのアパートの各部屋に呼び起こされた8股中の7人はなんやかんや言ってるヴェネラナを含めてやっぱり乗り気だった。

 

 

 

「何でひとつのアパートに呼び寄せんだよ!?」

 

 

 だがどう考えてもひとつのアパートに全員を呼び寄せる事がおかしいと感じた一誠は、提案主のサーゼクスに詰め寄る。

 もし互いに鉢合わせしてしまい、一誠の事を話されたらそれだけでアウトだという事を考えれば当然の突っ込みだ。

 しかし同じアパートの最後の部屋にてサーゼクス&グレイフィア&一誠部屋ということになってるこの空間にて呑気に緑茶を飲むサーゼクスはテーブルをバンバン叩く一誠に向かって冷静に返す。

 

 

「確かに危険は伴うけど、何かが一斉に起こった場合の対処はやりやすいだろ? それにこのアパートは安心院さんに貸してもらっためぞん一刻の舞台である一刻館に酷似してて個人的に買い取ったものだ。

つまり母もリーアたんも父も知らない物件だから、グレモリー家の動きはバレない」

 

「だ、だけど……」

 

「一誠、やるしかないんだ。皆を鉢合わせさせず、尚且つ向こうから嫌気を持たれる様に振るまい一人一人と上手く別れる様にしないとお前は永遠に8股男として生きなければならない。

まあ、一誠が良ければそれでも良いけど……何せ向こうは満更じゃないし」

 

「くっ……」

 

「グレイフィアと僕も暫くこの場所に住む。

ちなみにグレイフィア的には僕と一誠の二人にハメられても吝かじゃないみた――」

 

「その件はもう良いしやらんわっ! くそったれが!!」

 

 

 一人もじもじしてるグレイフィアの態度とヤる気満々のサーゼクスに突っ込む事しかできず、また他の全員もヤる気満々なのにこれから先が不安でしかない一誠。

 

 

「取り敢えずこれは渡しとくよ………はい、避妊するためのコンドーさん100ダース」

 

「俺がやらかす前提か!? 正気である以上んな事するかよ!」

 

「え、しないの? 折角サーゼクスとアナタに縛られた後、代わり代わりに物凄いことされる覚悟してたのに……」

 

「お前はこの前から何なんだよ!?」

 

 

 果たしてこの泥沼すぎる隠れ8股生活にゴールはあるのか……コミュ障一誠の禊は今静かに始まった。

 

 

続く?




補足

流れるプールの件ですが、どんだけ流れが急なのかというと、某地上最強の生物がバカンスでバタフライ泳ぎした時のあのプールの三百倍とだけ言います。

そんなプールの中へと両手足を縛られたまま放り投げられる小猫たんとギャスパーちゃま。


その2
性格はビビりですが、何気に一誠に先んじて叩き込まれてるので地力は地味にスゴい。
手足縛られて鬼畜プールに放り込まれても普通に泳げる程度には。


その3
姉が先輩に……と余計な心配をしてしまう小猫たん。

しかるにそれは絶対にありえなないとだけ言っておく。

というか、この執事の周囲があまりにも色んな意味でレベルが高いので、今さら常時盛ってる程度じゃ個性にもなりゃしないという……。

裸にひんむいてにゅるにゅる洗いっこしようとするヴェネラナさんとか、授乳させようとする人妻だとか、好きすぎてマセちゃった娘さんだとか、本気になった途端不意討ちかまして押し倒す魔王少女だとか。


 そして遅れがちに見えて実は一番アレなリアスさんとソーナさんだったりとかとかとか……。

ね、個性だらけやろ?




番外補足

元ネタの場合、ジオティクスさんポジのマダオは犬小屋に突っ込まれてたけど、一誠は流石にそこまでできないので同じく一刻館に似た部屋に……そしてやはり満更じゃないジオティクスさん。

これ、元ネタと違って恐ろしいのはほぼ全ての相手が満更じゃないどこかカモーン状態だから、マジで間違えたらそのまま――ってオチならぬ堕ちが待ってる。

ちなみに誰よりも喜んでるのはセラフォルーさんだったり……。

そしてグレイフィアさんは何故かマゾ心が芽生えてる。


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相容れない

フラグが立てられない瞬間、敵認定して他を漁り出す転生者。

これぞ謂わばダブルスタンダード


 この世にはいい奴と悪い奴。気に入る奴と気に食わない奴が居る。

 

 俺にとってその気に食わない奴とは本来ならとっくに死んで消えていた筈のイッセー……つまり俺が転生して成り代わる前に居た男だ。

 

 

「白音がイッセーそっくりの男と最近一緒に居るのを見るけど、アレって誰なの? 転生悪魔の匂いがしないし……」

 

「よくわからないけど、リアス・グレモリーとソーナ・シトリーの両陣営に上手く取り入った奴らしい。

学校の時によく二人の後ろに引っ付いてるの見るし」

 

「それと無口な方で、かなり乱暴な方です。

前にイッセーさんに暴力を振るって来ました」

 

「イッセーに? 返り討ちにしたの?」

 

「いや……背後から襲われて油断しててな……。だよなアーシア?」

 

「えっと……はい」

 

「ふーん……イッセーに怪我を負わせるということはそれなりにただ者じゃないってことかにゃん?」

 

「「………」」

 

 

 奴の顔を初めて見た時、俺は心底驚いた。

 何せ転生した神は仮に成り代わりとなった元の存在が手違いで居たとしても近い内に消えると言ってたにも関わらず、奴は生存――しかも俺の予定を大幅に狂わせる悪魔の勢力に居たのだから。

 しかも原作主人公格のリアス達から眷属では無いにも関わらず絶大な信頼を寄せられ、ソーナとも既に知り合いという雰囲気まで持っていて取り入る隙が全くない。

 

 恐らくはあの消え損ないが入れ知恵したからだろうけど、俺にしてみれば忌々しいだけの話だ。

 

 原作の流れもへったくれも無くなってるし、神器なんて持ってない筈なのに異様な雰囲気だし、俺の腕と両足をへし折って来たし……。

 大人しく消えていればこんな事にはならなかったのに……クソ。

 

 

「一応気を付けろよ黒歌? 奴も悪魔側だし、もしお尋ね者のお前の存在が知られたら……」

 

「大丈夫にゃ。伊達に何年もはぐれ悪魔やってないし、白音を奴等から取り戻すまで捕まるなんてしないよ」

 

 

 何とか黒歌等のその他の仲間を引き込めたけど、奴という不気味な存在が居る以上安心はできない。

 イマイチ実力も把握できないし、俺としても小猫辺りを引き込められたら楽なんだが……嫌いじゃない顔だし。上手く行けば奴側の女達を全部引き込められたら今度こそ奴は終わり。

 

 

「明日にでも白音に会いに行こうかなぁ」

 

「……」

 

 

 俺が唯一の主人公になれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なるほど、彼女が塔城様の姉ですか」

 

「はい、前にも言いましたが名前は黒歌。

事情があってはぐれ悪魔として冥界に登録されてます……」

 

 

 そんな兵藤一誠が自宅の庭で知り合って家に住まわせているはぐれ悪魔の黒歌や元シスターのアーシア・アルジェント等と戯れている頃、少し遠くの家の屋根からお金持ちがよく使ってそうな持ち手付きの双眼鏡を覗きながら観察している三つの影があった。

 

 

「何時見ても微妙に一誠さんに似てますねあの人」

 

「似てねぇよ、やめろ」

 

「目とかが全然違う。ギャーくんはわかってない」

 

 

 右から一誠、小猫、ギャスパーというひょんな事から昨日より行動を共にしている三人が、双眼鏡越しに兵藤一誠と小猫の姉の黒歌の様子を見ながら各々呟いている。

 一誠の成り代わりという存在故に顔が同じという理由を知らない小猫にしてみれば兵藤一誠という存在は実に不思議な存在な訳だが、理由をある程度知ってしまってるギャスパーにしてみれば逆に怖い存在でしかない。

 何せどこからともなく、本当に存在すらするのか疑わしい『転生神』という存在により生まれた一誠の偽物であり、一誠からそれまで持っていた全てを奪った存在なのだ。

 

 不確かな存在という意味ではこれ以上に不気味かつ腹立たしい存在はいないだろう。

 今だってこちらの存在に気付くことなく小猫の姉と見知らぬ金髪の女子と呑気にイチャイチャしてるし、なまじ一誠に顔が近いだけにイラッとしてしまう。

 

 

「全然中身も外面も違うとわかってるけど、なまじ先輩に近い顔してるせいで、いい気分はしませんね。今も姉に抱きつかれてるし」

 

「私は別に何も思いませんが、あの様子だと浅い仲では無さそうです」

 

「あ、小猫ちゃんのお姉さんがあの人に胸押し付けてます」

 

「…………。クソが、もいでやろうかあのホルスタインが……」

 

 

 一誠のキレた時の口調に多少影響されたのか、ギャスパーの実況に対して無意識に双眼鏡を持つ手に力を込めながら姉との差を僻む。

 

 

「大体、自分は楽しそうに生きてるんだから私の事なんて放っておけよ。

確かに昔はとある悪魔のせいで散々な目に逢わされたけど、リアス部長達は違うんだっつーの。それを知りもせず……!」

 

「彼女は何と?」

 

「『イッセーから聞いたけど、リアス・グレモリーは我が儘だから、仕えるだけ疲れるからまた一緒に暮らそう』とか言ってました。

多分あの人がありもしない捏造かましたんだと思います」

 

「はぁ?」

 

 

 双眼鏡を覗きながら指を差す先に居るのは、黒歌とアーシアの取り合いの中心に居て、さも困ったような顔して苦笑いしてる兵藤一誠。

 

 

「我が儘って……何ですかそれ? あの人ってリアス部長とは殆ど関わり無いのに」

 

「我が儘って部分は概ね合ってますが、奴がそれをほざく資格は無いでしょう。

あっれ、不思議だな……物凄くイライラしてきた?」

 

「「………」」

 

 

 口もとを歪める一誠に小猫とギャスパーは内心『部長が貶されてると知って無意識に怒ってる……』と思いながら同意するように頷く。

 

 

「あの兵藤って人の事はよく知りませんし、興味もありませんが何も知らないのに部長の陰口を叩くのは嫌でした」

 

「部長に保護して貰えなかったら僕たち今頃こうして生きてなんて居ませんでしたし」

 

「………………」

 

 

 『へ、涙ぐましい忠誠心な事だな……』と二人の様子を横目に内心思う一誠。

 眷属達にとっては恩人であるリアスだが、自分にとってしてみれば兵藤イッセーではないが、単なる我が儘女と思う所の方が多い。

 

 が、外様存在に我儘だのと言われるのを聞くと妙にムカつく。

 

 

「確かにリアスは我儘ですが、外様でしか無い奴にまで言われる程の我儘さは無いと思ってます。

というかあのカス、最初はリアスやソーナの周囲をうろちょろして眷属にしろと売り込んでた癖に何ほざいてやがるんだ?」

 

「えっと……先輩?」

 

「双眼鏡が悲鳴あげてますけど……」

 

 

 気づけば今度は小猫とギャスパーが戸惑うくらいに一人でブツブツ言い出す一誠。

 

 

「確かにやれ『お腹減ったからご飯食べさせて』だの『マッサージしてほしい』だの『寝る前に絵本読んでほしい』だの『寒いから添い寝してほしい』だのと、最近はソーナにも感染させてほざくが、無茶の範囲じゃないし、第一外面だけはちゃんとさせてるのに知った様な事をほざきやがってクソ野郎が。

カスはカスらしくしてれば良かったものを、一々余計な真似しかしねぇし、やっぱり今すぐにでもぶち殺すか? サーゼクスは『あのままにしてても絶対に彼はろくでもない末路になるから手を下す必要はないぜ?』なんて言ってたが――」

 

「そ、相当あの人が部長の事を我儘だって言ってたのに腹が立ったんですね……」

 

「多分だけど、何だかんだ一番距離が近いのは部長とソーナ様ですからね……歳もひとつ違いだし」

 

「そうだね、見てて羨ましくなる距離感だもんね……ナチュラルに」

 

 

 基本あんまり年上扱いもしてないし、公の場じゃなければ扱いも雑で、見てる限りじゃ何時も頭を痛くない程度にひっぱいたり、お尻を蹴ってたりしてるけど、イザという時のリアスとソーナに対する行動の早さはまさにツンデレのそれであり。

 以前二人のどちらかにちょっかいかけた身の程知らずを引くほどズタズタにしてしまった事を知ってるだけにちょっと二人が羨ましいと思う小猫とギャスパー。

 

 先のレーティングゲームの時も、然り気無く一番多く相手側の眷属を捻り潰してたし、日之影へと姓を変えた一誠が好かれる理由のひとつだ。

 

 

「一誠さん、部長の為に怒るのはその辺に――」

 

「あ? 別にキレてねーよ! …………………こほん、戻りましょうか塔城様?」

 

「そうですね」

 

 

 ギャスパーの言葉に反射的にムキになりながらも、小猫に無言で見つめられて我に返った一誠はそそくさとその場から立ち去る。

 小猫の現状と逆算し、約束通り姉に負けないレベルに引き上げてみせる為に……。

 

 しかしその前に一応リアス達の様子を覗きに行かないと怪しまれる為、休日なのに学園の部室やら生徒会室にに集まってるだろう二人のもとへと向かった一誠なのだが……。

 

 

「おい、黙って床に正座しろ。そして言い訳したくばしてみろ……何だそのザマは?」

 

 

 覗きに行った一誠の目に飛び込んできたのは、髪はボサボサのだらしなさ全開でお茶をしていたソーナとリアスの二人だった。

 

 

「考えてみたら普段から髪のお手入れとか一誠がやってくれたから、自分でやろうと思っても失敗しちゃうのよ」

 

「同じく。微妙に忘れてたわ」

 

「で、そのザマで眷属がドン引きしてるも関わらずアホ面晒して無駄遣いか?」

 

「い、いやそれは……ソーナと情報雑誌を読んでたら偶々デザート特集で……ねぇ?」

 

「え、ええ……一誠に管理してもらってるお小遣いの範囲内だしいいかな~……って」

 

 

 鬼の様な形相で正座をさせてる二人を見下ろす一誠と、微妙に反省の色が無さそうなリアスとソーナ。

 たった一晩家を開けただけでこのザマという辺り、如何に普段一誠が何やかんやといいながらも二人の面倒を見てきたのかがうかがえる。

 

 

「会長って意外とだらしなかったのかよ……」

 

「如何に日之影君が凄いのかが今更ながらにわかったかも……」

 

「姫島さんも思ってるでしょうけど、女王の私達より女王してますよね彼って」

 

「ええ……何だかどちらの意味でも妬けますわ」

 

「ところで小猫ちゃんとギャスパーくんはどこに……?」

 

「えっと、パトロールに……ね、ギャーくん?」

 

「はい……特におかしなところはありませんでした」

 

 ゴチン! と二人の脳天に拳を落とし、涙目になる二人の王を全然心配せずに眷属同士で語り合っている。

 

 

「セラフォルーですら自分の身嗜みはちゃんとできるのに、テメー等はセラフォルー以下かコラ!!」

 

「いだだだ!? グリグリ攻撃はやめて!」

「あ、頭の形が変形するぅぅ!!!?」

 

 

 嵐を呼ぶ五歳児の母親を彷彿とさせるお仕置きを二人まとめて与え、暫くそれは続いた中密かに会長であるソーナに対して憧れを持っていた兵士の少年は、意外通り越して執事の彼が居ないと本気で駄目女だったという現実にかなり渋い顔をしていた。

 

 

「クソが、そこ座れ!」

 

「ぐすん……一人でどっか行っちゃうからよ」

 

「こっちは二人して夜通し寂しくて眠れなかったのに……」

 

「ガキかおのれらは! ごちゃごちゃ言ってないで座れ!!」

 

 

 半泣きになってる二人を怒鳴り散らし、無理矢理ソファーに座らせた一誠は、怒りそのままに背後に回ると、そのまま手慣れた手つきでまずはリアスの髪を持っていた櫛でとかし始める。

 

 

「ババァ共が知ったらこんな程度じゃ済まねぇぞ……ったく」

 

「う……今度から気を付けるわ」

 

「お母様二人からのお説教は嫌だわ……」

 

「嫌ならちゃんとしろ……。はぁーぁ……これで俺より一個上なのが信じられねぇ。

ミリキャスの方がまだしっかりしてらぁ」

 

 

 せっせと乱暴な言葉遣いとは裏腹に繊細なてつきでリアスとソーナの髪を整えていく。

 そのあまりの手際の良さに、一部眷属達が自分の髪に触れながら何かを求める様な眼差しを一誠に向けるのだが、生憎本人はこのだらしない二人のお嬢様に気が向いてるのできづいてない。

 

 

「これで良し……ったく、髪質は二人して一丁前に良いんだから、手入れくらいテメーで出来んだろ」

 

「ありがとう一誠、これで調子が戻ってきたわ」

 

「やっぱり一誠にやってもらうと気持ちいいわ」

「全然嬉しくもねーよそんな評価」

 

 

 整えられて元の美少女な二人に戻ったリアスとソーナの礼をぶっきらぼうな態度で返す一誠は櫛を仕舞う。

 小猫の姉のレベルを把握した今、こんな事をしてる場合じゃないのだ。

 

 しかし……

 

 

「あ、あー……髪が乱れてしまいましたわー(棒)」

 

「あ、あぁー……突風で髪が変になってしまいましたー(棒)」

 

「あれれー? 見よう見まねで整えようとしたら失敗しちゃったですー(棒)」

 

「おかしいなー? 寝癖が元にもどらないやー(棒)」

 

 

 どう見ても自分で勝手にぐしゃぐしゃに乱しまくったヘアースタイルを見せながら、下手くそ過ぎる棒読み演技をし始める朱乃、小猫、ギャスパー……そしてまさかの祐斗。

 

 

「は?」

 

「お、お前ら……」

 

「そ、そんな事までしなくても……」

 

「というか木場くんまで……」

 

 

 その過程を見ていたソーナの眷属達は若干引いてしまう。

 リアス眷属と比べてあまり一誠と関わる事が無い故に冷静なのだが、リアス眷属達にしてみたら必死になるべき案件なのだ。

 

 

「せ、先輩、私の髪がこんなことに……」

 

「はぁ……ぐしゃぐしゃですね」

 

「櫛が無いのですわ……どこにあるのかしらー?」

 

「………………。コンビニまで走って買われてはいかがでしょう?」

 

「でも櫛だけじゃ多分整えられないかなー……なんて」

 

「男性ですし、適当に水道で濡らしてくれば良いのでは? 私は何時もそうですが……」

 

「もう、鈍いですよ一誠さんは! 部長とソーナ様みたいにして欲しいんです!」

 

「知るかバカ、何で俺がそこまでしなきゃならねぇんだよ」

 

 

 ギャスパーに言われて漸く意図を理解できた一誠だが、してあげるつもりは全く無さそうだ。

 

 

「会長にしたんだからやってやりゃあ良いだろ。つーか羨ましいんだよちくしょう……!」

 

「…………」

 

「げ、元ちゃん……元気だして? 私でよければ整えて欲しいし、やってみる?」

 

 

 そんな態度だから匙からは嫉妬まじりに責められてしまうが、ソーナの眷属達とはまだ喋れない一誠は無言にならざるを得ず、悔しがる匙に仲間の何人かが励ましている。

 

 

「やってあげたら?」

 

「これも立派な親睦会になるじゃない?」

 

「反省する気無しかゴラ…………チッ」

 

 

 さっきまで怒られてたのにもうヘラヘラしてるソーナとリアスがニコニコしながらやってあげたらと言ってくるせいで一瞬キャメルクラッチかダブルアームスープレックスを掛けそうになってしまうが、そこを堪えて盛大にため息を吐く。

 

 

「わかりました……お一人だけなら――」

 

 

 やらなきゃ収まりつかないと思い、仕方なく……でもせめてもの抵抗として誰か一人だけと言った瞬間、目の色を変えた朱乃、小猫、ギャスパー、祐斗は一斉に互いを睨みながらじゃんけんをし始める。

 

 

「「「「じゃんけんぽん!! あいこでしょ!! あいこでしょ!!」」」」

 

「うわぁ……」

 

 

 その必死さたるや、匙達をドン引きさせ、一誠に面を食らわせる事になったのだが、本人達は負けられない世紀の大勝負といわんばかりの迫力を放ちながらの全力じゃんけんに勤しむ。

 

 その結果……。

 

 

「や、やった……やりましたわ!! 私の勝ち!!!」

 

「そ、そんな……」

 

「ま、負けた……」

 

「せ、せっかくのチャンスが……」

 

 

 ぴょんぴょんと小さく喜びのあまり跳ねながら心底嬉しがる朱乃と、床に膝をつきながら絶望する他三人。

 勝者は朱乃だった。

 

 

「姫島様……ですか」

 

「は、はい……今気付きましたが、ご奉仕モードですのね?」

 

「そういえばそうね……数年に一回あるかないかの状態が二度続くなんて珍しいわ」

 

「なにかあったの?」

 

 

 ソーナとリアスの微妙に怪しむ顔から目を逸らし、テンション上がりっぱなしの朱乃を二人と同じくソファーに座らせる。

 

 

「これ、結ってますが解いても?」

 

「も、もちろん……!」

 

 

 何がそんなに楽しいんだコイツ? 等と、ソワソワしっぱなしな朱乃に許可を貰い、ポニーテール風に結ってるリボンを外し、リアスとソーナに使った櫛とは違う櫛を取りだし、せっせと……やはり丁寧に髪のお手入れを開始する。

 

 

「リアスに近い髪質ですか……いや、どちらかと言うとセラフォルーですねこれは……」

 

「そ、そうなのですか? というか今セラフォルー様と言いましたが、あの方の髪も?」

 

「やらなきゃ永遠に私の名前を連呼しながら泣きわめくので、仕方なく……」

 

「あの時のお姉様の本気っぷりは凄まじかったわね」

 

「懐かしいわ、一誠がセラフォルー様に招待されて仕方なくお仕事場に行った時の話。

あの時の一誠は小猫より背が低くて……」

 

「え!? そ、そうなんですか!?」

 

「そうよ。最近眷属になった子達は知らないでしょうけど、ほんの二、三年前の一誠ってランドセルが寧ろ似合いそうな子だったの。

姫島さん辺りは知ってるでしょう?」

 

「え、ええ……でも私なんかはそんなに頻繁に顔を合わせられなかったですので」

 

「……………」

 

 

 然り気無く自分のことが暴露され、後で覚えてろよテメー等……と無言でリアスとソーナを睨みながらもやはり丁寧な手つきで朱乃の髪を整えてあげる一誠。

 

 

「髪に触れて貰うだけだと嘗めてましたが…………ん、ぅ……ぁ……これは癖になりそう……」

 

「…………」

 

「い、良いなぁ朱乃副部長……私もあの時パーを出してたら……」

 

 

 その過程で少し喘ぎ始める訳だが、それでも無言で続ける辺りは仕事人を思わせる。

 

 

「お風呂で髪を洗って貰う時なんかこれの比じゃないわよ?」

 

「もっと言えば身体を洗ってくれる時は――」

 

「ま、ままま、待ってください会長!? 今なんて!?」

 

「? だから身体を洗ってくれる時は、このまま襲って欲しくなるって……」

 

「日之影ぇぇ!! お前マジか!? マジなのか!? 会長の身体……いやはだ、裸見てるのか!?」

 

「………………………………………。一応は。あの、ですが誤解しないで――」

 

「ちくしょう!! お前ホント何なんだよ! この前は泥酔した挙げ句アレするわ! 会長の裸見放題だわ! くれよそのポジション!」

 

「……………………」

 

 

 自分に恐れず、寧ろ突っかかってきた匙にちょっと驚いてしまうのと同時に、こんな眼鏡のじゃじゃ馬のどこが良いんだ? と割りと辛辣に匙の趣味をディスる一誠。

 最初はテンパってた癖に、リアスに誑かされて以降は寧ろやれやれとやかましい。

 変な所がセラフォルーの妹を感じさせるソーナの一体どこが良いのか……。

 

 贅沢ものの一誠にはよくわからない……これ以上深く他人と関わるのが怖い一誠には理解できないものだった。

 

 

「ちなみに、ふふ……素手で洗ってくれるのよ一誠って」

 

「はぁ!?」

 

「それ本当なんですの?」

 

「洗えと言うからそうしてますけど……えっと、なにかマズいのですか?」

 

「マズイに決まってんだろ!? てことはお前、アレか!? か、会長の胸とか……」

 

「胸? あぁ、前も洗わされてますが……」

「一発だけ頼むから殴らせてくんね!? 頼むから!!」

 

「…………………」

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 とまあ、色々と犠牲にしてカモフラージュを固めた一誠は、対黒歌の為の特訓を小猫にみっちり仕込む。

 その過程で小猫はスキルという、一誠達が立つ未知の領域を知り、その領域への渇望を抱く。

 

 

「姉は仙術を扱う。私はその使い方をまだ知りません。けれど、仙術を覚えるよりも私は先輩達の持つ領域に入りたい……」

 

「…………」

 

 

 肉体だけではなく『自分の本質』を知る精神的な鍛錬も行う小猫は日が経つに連れて強くなる。

 しかしスキルを手にするには決定的な何かが足りない。

 

 

「何が私には足りないのでしょう……」

 

 

 悩む小猫。

 しかしそうこうしてる内に痺れを切らせた黒歌が悪魔に利用されてると勘違いしたまま再び姿を見せる。

 その横には例の赤龍帝も。

 

 だがこの小さな戦いが小猫を劇的に変化させた。

 

 

「食べる。立ちはだかる壁も、辛さも、理不尽を、全てを喰らって私の糧にする。

そう……これが本当の私であり、私の持つスキル……!」

 

「し、白音……!?」

 

「お、俺の放った力を食っただと……?」

 

「赤龍帝の力と期待してましたけど……ぺっ! ぺっ!? なんですかこれ、超絶に不味いんですけど! 酷すぎて食べる価値すら感じませんよこれじゃあ」

 

 

 そう、ネオへと。

 

 そして……。

 

 

「ふーん、一誠様を追い掛けたらとんだお邪魔猫が……しかもこの前の時よりも明らかに変質してますわねぇ?」

 

「最初から気にくわなかったアナタを捻り潰す為にここまで来ました。

大人しく私にしゃくしゃくされて隅っこで泣いてろ雌鳥……!」

「少し我々の領域に足を踏み入れた程度の雌猫さんが随分と強気な事で……。

良いですわ、一度教えて差し上げましょう……アナタが踏み込んだその場所よりも更に上に一誠様や私は居るのだとね!!」

 

 

 始まるは猫と鳥さんのガチ喧嘩。

 

 

「私は姫島朱乃として生きる。

生き方を選ぶのは自分と教えてくれた一誠くんに報いる為に私は私として……!」

 

 

 燻っていた少女もまた偉大な少女へと踏み込む。

 

 

「跪け……いえ、平伏しなさい……!」

 

 

 ドS故に……。

 

 

「リアス、アナタの特性を私は自分のこれを応用することで手に入れましたわ。

ふふ、もうアナタやソーナ様や小猫ちゃんに先を越されっぱなしじゃあありませんわよ?」

 

「……なじみの言ってた創帝(クリエイト)―――の亜種か?」

 

 

嘘んご

 

 

 

おまけ・やらかし執事……所詮ハーレムなぞ幻想。

 

 

※本編とは関係ない

 

 

 

 間違いなくストレス性胃潰瘍になってしまうだろう極限の神経すり減らし生活の第1日目。

 一人一部屋に一騎当千のアホ達が集わせ、尚且つバレずにフェードアウトさせる為の試みの為に、サーゼクスとの喧嘩よりも限界突破した全力を出す一誠は最早デフォルトで光化静翔を使っていた。

 

 

「え、あまり外へ出歩くな?」

 

「何で? それじゃあ買い出しにもいけないじゃないし料理もできないじゃない」

 

 

 8股アパート第一号室、リアス&ソーナ。

 最も歳が近くて距離感も近いこの二人相手なら特に緊張なんてせずに話が出来たりするのだけど、この時に限りは全神経をすり減らしてる最中なので物凄く下手に出ていた。

 それはもう、普段がまるで幻想だったくらいに。

 

 

「さ、最近物騒だし、買い出しなら俺が行くからよ……」

 

 

 四畳半のワンルーム部屋の手狭なシャワー室があるだけの質素なアパートでの夕飯はリアスとソーナの合作で別にダークマターでは無い。

 口に入れても目が焼ける様な痛みも無いし味もまぁ普通とも言えなくもない……のは置いておき、とにかく下手に出歩かれて周りにバレたらそれで終わりな為、二人に対してあまり外に出るなと下手に出る一誠。

 

 それが功を奏したのか、二人は嬉しそうに頬を染めている。

 

 

「もしかして心配してくれてるの?」

 

「前までは寧ろほったらかしにしてたのに?」

 

「そ……そりゃそうだろ! こんな良い女が二人も歩いてたら男が群がってくるだろっ!」

 

 

 内心『じ、蕁麻疹が……』と自分の言動に寒気を感じるのを我慢しながら半ばヤケクソに褒めちぎる。

 見た目はともかく中身がだらしないことを知ってるのか、それとも美男美女しか周りに居なさすぎて目が肥えすぎてしまったのか、リアスとソーナを前にしても寧ろ悪いところしか見なくなってしまった一誠はちょっと声が裏返ってるのだが、言われた本人達は心底嬉しそうに……。

 

 

「「やだ~一誠ったらぁ!!」」

 

「ぐえっ!?」

 

 

 照れの延長線で力加減を間違えて叩いた瞬間一誠の身体は真横の壁に向かって吹っ飛び、顔面が壁にめり込んでしまった。

 

 

「で、でも買い出しもお嫁さんの仕事だもの!」

 

「私達は決めたのよ、例え勘当されても一誠を支えていこうって!」

 

「…………」

 

 

 スキー大ジャンプから同棲を提案されていこう、急激に進化の速度が上がり、平行してマウンテンゴリラを遥かに超越した腕力にまで至っていたリアスとソーナの照れ隠しの一撃は、不意とはいえ一誠すらをも吹き飛ばすまでになっており、首から上が壁の向こうに貫通した一誠は驚きと焦りのせいで嫌な汗がとまらない。

 だって隣は……。

 

 

「あ、おかえりいーちゃん!!」

 

 

 セラフォルーの部屋なのだから。

 壁を貫通して一誠が出てきたというのに、セラフォルーは疑問に思わず寧ろ嬉しそうにはにかみながら帰還を喜んでるのは天然なのか、それともアホなのか……。

 

 

「ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し――いぃん!?!?」

 

 

 夕飯よりもお風呂よりも自分を食えとばかりに、いきなり服を脱ぎだした瞬間、反射的に一誠はセラフォルーの両目を突いてしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

 

「ぎゃー! 目がぁ!? いーちゃんの愛が痛いぃぃ!?!?」

 

 

 

「だ、大丈夫一誠!?」

 

「ごめんなさい! つい力加減が……でもおかしいわね、一誠がこんな程度で吹き飛ぶなんて……」

 

「だ、だだだ、大丈夫だよ! 問題ねぇ!!」

 

 

 のたうち回るセラフォルーの部屋から戻り、即座にベニヤ板で壁を補強する一誠の汗は半端じゃなく、顔色も悪い。

 

 

「凄い汗だけど本当に大丈夫なの?」

 

「まさかお隣に怒られちゃったとか……」

 

「問題ない! 今謝ったから!!」

 

 

 もうとにかく全てを隠さなければと必死な一誠の地獄はまだ続く。

 これでまだ半分にも満たないのだから……。

 

 

「せ、セラフォルー! だ、だだだ、大丈夫か!?」

 

 

 取り敢えずソーナとリアスを大人しくさせる事に成功し、即座に先ほど目を思わず突いてしまったセラフォルーの部屋へと今度はちゃんと玄関から入った一誠。

 咄嗟の事とはいえ、流石に罪悪感はあったのか割りとバツが悪そうな顔だったが、意外な事にセラフォルーの両目は無事だし怒ってはなかった。

 

 

「あ、大丈夫よいーちゃん。

それよりさっきは何で隣の部屋から?」

 

「い、いや隣が五月蝿かったから文句を……」

 

「ふーん? お隣さんってどんな人なの? 私今日の朝挨拶しようとしたけど留守で……」

 

「は!? お、お前挨拶なんかしたのかよ!?」

 

「うん、でもどこのお部屋も留守だったけどね……どうしたのいーちゃん?」

 

「だ、ダメだ! 挨拶なんかすんな!」

 

「ええ!? 何で……?」

 

「ど、どこの部屋も変態男が住んでるんだよ! なのにお前みたいな女が居るなんて知られたら何されるかわかんねーだろ!? 絶対ダメだ! 俺がやる!」

 

 

 まさか隣に実の妹と幼馴染の妹という知り合いどころじゃない存在や幼馴染の母や幼馴染の妹の下僕やライバルの魔王の嫁が居るなんてバレたらそれで全てが終わるので、一誠は咄嗟に嘘をつきながらセラフォルーを納得させようとする。

 

 

「変態さんが? でも私にそんな事するなんて……」

 

「ダメだっつってんだろ!? お、お前が他の男にそんな目で見られるだけでも我慢できねぇ!!」

 

「え……?」

 

 

 『うお、今世紀最悪の台詞だこれ……』と自己嫌悪に陥りながらもとにかく納得させようとアレコレ言う一誠の言葉が意外だったのか、それまでハシャイでいたセラフォルーが惚けた顔で顔色の悪い一誠を見つめる。

 

 

「う、うん……いーちゃんがそう言うならやらない。

け、けど嬉しい……そんなに大事に思ってくれるなんて……」

 

「あ、うん……」

 

 

 『あれ、何か反応が思ってたのと違う?』と思いつつも取り敢えず黙ったので良しとする事にしてホッと胸を撫で下ろ――

 

 

「ん……いーちゃん……このまま好きにして良いよ?」

 

「だから服を脱ぐなぁぁぁっ!!」

 

 

 ――せず、寧ろ行き遅れ寸前の魔王少女のイケイケっぷりに拍車をかける事になってしまったらしく、もじもじしながらも服をまた脱ぎ出したせいて一誠に安息はなかった。

 

 

「最初はあんな形だったけど、今思えばそのお陰でこうする事ができたし、それも良かったかも……。

ね、いーちゃん……しよ?」

 

「いやいやいやいや! この前言ったよね!? そういうのはもう少し色々と解決したらって! 何でいきなり女の顔するんだよ!? もっと何時もみたいにアホっぽくしろよ!?」

 

 

 

 

 

 

終わる




補足

ネオ白音たんが最初から味方とか、敵さん涙目だろ……てか、どう足掻いてもこれチートっすよね。

仮に覚醒した場合。
知らない方に補足……

暴因暴喰(ネオ)

あらゆる事象を喰い尽くして糧にするスキル。

元ネタは某トリコの悪食ラスボス。

その2
転生者的に執事として生き延びてた一誠は死ぬほど嫌いらしい。

その3

そんな転生者がリアスさんディスってたのを知った執事は無意識にキレかけてます。

てか、割りとなんやかんやリアスさんとソーナさんに本編で描写された通りに甘いです


番外補足

元ネタも胃潰瘍レベル。

そしてこっちはほぼ全員がその気アリな為、気を抜くと泥沼にどんどん沈んでいく。

悲しいかな、魔王少女が一番女の子やってるという……。

ちなみにヴェネラナ様と小猫たんとギャスパーちゃまグループは割りと大人なので何とか誤魔化しで今回は切り抜けられた模様。


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真なる自我

何物にも流されない真の『自我』を持った時、悪平等を一度は解体し旅立った人外は現れる。


今回は番外無しです……オチが一応強烈なんで。


 先輩が女性に対してかなりドライな理由がヴェネラナ様との件以外もあったと何となく分かった気がした後、先輩の所有する無人島に戻った私は、今日もドギツイ修行に気合いを入れていた。

 

 

「防いだだけで安心しないでください。その油断があるから――」

 

「うぐっ!?」

 

「―――こういう一撃を貰ってしまうんです」

 

「げほ! げほっ!」

 

 

 先輩の掌底打ちを防いだ瞬間に走るお腹への激しい衝撃が私の身が勢いよく投げ出され、大木を何本もへし折りながら吹き飛ばされてしまう。

 

 

「油断と余裕は違います。

今のアナタは、そのどちらも許されない」

 

「は、は……い……ゴフッ!」

 

 

 背中を打ち付け、その場に蹲る私の前までゆっくり歩いてきた先輩からの厳しい言葉。

 着ている燕尾服も履いてる革靴のどこにも汚れは無く、かれこれ三時間はこうして組手をしていたのにも関わらず、ボロボロである私とは正反対に汗のひとつも……息切れのひとつだってしていない。

 

 これこそが今の私と先輩の間に広がる圧倒的な差。

 

 

「あぅ!?」

 

「誰が休ませると言いましたか?」

 

 

 蹲る私の顔に先輩の足の甲が革靴越しに伝わり、鼻の骨が折れる嫌な音と鋭い痛みと共に強制的に真上を向かされながら身体が浮く。

 

 

「レベルに合わせた修行などと温い手を私が使う訳が無い。

だったら最初から鍛える真似などしなければ良いですからね」

 

「ぐぎっ!? がぁっ!?」

 

 

 浮いたと同時に先輩が私の足首を掴み、そのまま素振りの練習と言わんばかりに軽々しく縦に振り下ろし、成すすべも無く顔面が何度も地面に叩き付けられてしまう。

 この時点で痛いとか痛く無いとか以前の問題となっていた。

 

 

「どこまで行っても人間である私とは違い、アナタ様のフィジカルはお強い筈」

 

「く……ぅ……」

 

「私はその差により、何万回と苦汁を舐めさせられてきた……………サーゼクス・グレモリーと安心院なじみという本物の人外に」

 

 

 恐らく鏡を見れば、今の私の顔は悲惨な事になっていると思う。

 鼻で呼吸が出来ないし、目も満足に開けられないし、口の中は鉄臭い味しかしない……多分舌も切れてる。

 

 

「アナタは果たしてここで折れて朽ち果てるか、それとも折れずに立ち上がるか。

今が岐路となります……さぁ、お選びなさい」

 

 

 これでも先輩は私を殺さないように加減してる。

 いっそ笑ってしまいそうな程の差が私の身体に現実という名と共に重くのし掛かってくる。

 

 恐らくだけど、きっとかもしれないけど、今私が居る立場を昔先輩は居たんだと思う。

 耳なりのせいで先輩が何を言っているのか残念な事に聞き取れなかったけど、声色だけでも先輩が強く在り続けたい理由が何となくわかってきた気がする。

 

 

「っ……ぅ……うぅっ……!」

 

「……………」

 

 

 強くならないと生きていけなかった。

 強くなければ皆から見て貰えなかった。

 強く在り続けなければ見捨てられると思っているから。

 

 今私が先輩に感じている気持ちと同じ……。

 

 

「強く、ならないと……先輩から見限られる……っ、ぐ……そ、んな、の……嫌だ!!!」

 

「…………………」

 

 

 自分であることを主張できる手段が力しか無い。

 先輩はきっとそう考えるに至る、私にも知らない過去がある。

 だから私は、あの無愛想で普段は全然喋ろうとしない先輩に此処までして貰えた事に報いらないといけない。

 

 倒れても、踏まれても、立ち上がり、ファイティングポーズを取り続ける。

 強くなって、未だに守る対象としか見ない姉に真っ向から主張する為に……そして……。

 

 

「う、ああぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 物理的だけではなく、精神的にも先輩の近くに居れる人達に追い付く為に、最初から先輩の領域に横入りしてきた気にくわない雌鳥をぶっ飛ばしてやる為に……。

 

 

「あ………ぅ……」

 

 

 絶対に自分を折らない。

 折って見限られるくらいなら死んだ方がマシだ!

 

 けど……あはは、無駄に吠えたせいで足に力が――

 

 

 

 

 

 

「……。まぁ、最低ラインに漸く立てたといった所だな」

 

 

 手足を破壊し、ぼろ雑巾の様に痛め付け、普通ならまず立てないレベルまで追い込んだ先、小猫はそれでも立ってヨロヨロのボロボロの身で自分に立ち向かおうとした。

 

 

「……………」

 

「このまま折れたら完全にやめてやったが、まあ、多少の根性は見せたんだ。

引き続き契約は更新してやるよ白ガキ」

 

「………」

 

 

 その時の……安っぽく表現するなら『ど根性』と云うべき精神力を見せてそのまま力尽きた小猫を『素』に戻った一誠は支えると、慣れた手付きで横抱きに抱える。

 

 

「軽っ……ミリキャスとどっこいどっこいか……」

 

 

 ボコボコに腫れた顔になってる小猫が軽い事に軽いリアクションを一人でしながらスタスタとこの無人島唯一の建物になる別荘への道へと戻る。

 

 

「後はこのガキの姉の遥か上まで引き上げる所まで来た訳だが……。さてどうしたものか。ミリキャスやギャスパーみたいな潜在パワーをあまり感じないし、リアスやソーナみたいな天才タイプでもない。

どちらかといえば俺に近いタイプ…………だとしたら困ったな。

スキルでも持ってない限り俺みたいなタイプは即座に埋もれてしまう……」

 

 

 最初は嫌々ながらも手解きをしてあげてきた者達のタイプと比較し、小猫のタイプがスキルを持たない自分に近いタイプと予想する一誠。

 

 

「俺がサーゼクスに勝てないのと同じく、このガキはフェニックスのガキにこの先何千回と叩き潰される。

その時抱く挫折に果たしてコイツは耐えられるのか……」

 

 

 自分と似たタイプだからこそ、容易に小猫のこの先が予想できてしまうらしく、意識を失う小猫へと時折視線を向けながら一誠はスッと遠くを見るように目を細める。

 

 

「俺がこのガキに出来るのは、現実を叩きつけてとっとと諦めさせるぐらいかもしれない……。

けどこのガキは結局弱音だけは吐かなかった……リアスやソーナ、ミリキャスと同じで……。

どいつもこいつもアホみたいに強情だからなぁ……」

 

 

 小猫の見せた根性と、今まで見てきた者達と重なり、無意識に一誠の頬は緩む。

 するとまだ別荘へと到着していないのにその場に立ち止まると、適当な木を背に小猫を寝かせる。

 

 

「このままにしてヴェネラナのババァにバレたらうるさいからな……顔だけはちゃんと治療してやるよ」

 

「………」

 

 

 意識の無い小猫を木を背に座らせた一誠が着ていた燕尾服の懐のポケットから青い液体の入った小さな小瓶を取り出す。

 

 

「人間の俺と違って、リアスの眷属悪魔であるお前なら効き目も抜群だろうよ」

 

「ぅ……」

 

 

 意識の無い小猫に向かって頭から軽く振り掛ける様に液体を垂らした一誠はぶっきらぼう気味に言う。

 すると一誠の言った通り、垂らした青い液体が淡く輝いて小猫の全身を包むと、痛々しく腫れたり切れたりしていたあらゆる傷が癒える様に無くなっていく。

 

 

「ババァに無理矢理持たされたもんがこんな所で役に立つとは思わなかったが……これ副作用とか無いよな?」

 

 

 どうやらヴェネラナに持たされた悪魔式の傷薬らしい。

 こういう傷薬を微妙に嫌う一誠は今初めて使ってみたのだが、予想以上に効果があるせいか微妙に副作用の心配をしてしまう。

 

 しかし終わってみれば痛みや苦しみで呻いていた小猫は規則的な寝息を立てており、どうやら大丈夫そうだ。

 

 

「ん……ぅ……」

 

「大丈夫そうだな。よっと……」

 

 

 そのまま寝息を立てる小猫の身体を抱えると、別荘への道を再び歩き出す。

 普段はギャスパーに押し付けていた治療を自ら施したという時点で驚くべき話だが、生憎その現場を見てる者は居ない。

 

 というか、小猫自身が今一誠がした事を知れば恐ろしく喜びでのたうち回る事を考えれば誰も知らない方が色々と事がスムーズに運ぶと思われる。

 

 

「ま、だ……です……せんぱい、に……見捨てられたくない……」

 

「……ケッ」

 

 

 かつてリアスやソーナやミリキャスに示した時と同じ事をしたのだから。

 

 

 

 

 此処はどこなんだろう。

 

 

「………………………」

 

 

 私は確か先輩に修行を付けてもらってて、そしてボコボコにされて、それから………どうしたんだっけ? 思い出せない。

 

 

「何ですかここ……教室?」

 

 

 思い出せないけど、少なくともどこかの学校の教室に居る筈が無いのだけは確か。

 しかも着てる服装だって全然知らない学校のセーラー服っぽい学生服だし……。

 

 

「……………………はっ! まさか先輩はセーラー服萌えで、私が気絶してる間に着替えさせてくれたとか!?」

 

 

 そんな事を考えてる内に、先輩の趣味による展開を思い付き、着替えさせられた際に全部見られたと思い込んで思わずニヤニヤしそうになった時でした。

 

 

「残念ながらキミの愛しの一誠の趣味じゃあ無いんだな」

 

「!?」

 

 

 知らない教室に居た私の後ろから聞こえた、これまた知らない声に驚き、反射的に振り向く。

 

 

「だ……誰、ですか?」

 

 

 振り向いた先に飛び込んできたのは、私が今着てるのと同じ制服を着た女の人で、行儀悪くロッカーの上に片膝を立てながら座って此方を微笑ぎみに見つめている。

 

「う……。(すごい可愛らしい人……)」

 

 

 最初は驚いていた私だけど、暫くその人と目を合わせていたら次第にそんな気持ちになっていた。

 こう、なんというか今までに見たことないタイプの美人……というより可愛らしい人で、油断してると引き込まれてしまいそうな……そんな不思議な何かを感じる人。

 

 

「やぁ、随分と僕達の一誠に可愛がられたみたいだけど、元気そうだね白音ちゃん?」

 

「せ、先輩の事を知って――というか私の真名……? 何で……?」

 

 

 一誠と気安く呼び捨てで呼び、私の本当の名前まで言い当てて来た名前も知らない女の人に私は反射的に身構えてしまう。

 もしかしてこの人は姉や兵藤一誠の仲間で、先輩やギャーくんの目を盗んで私を拐ったのかもしれない。

 先輩の許可がなければリアス部長達ですら入れないあの別荘に侵入できるとは思えないけど、可能性がゼロでは無い以上疑うべきなのだ。

 

 

「キミの事なら大概は知ってるさ。一誠と同じ()()から見ていたからね。

あぁ、それと勘違いしないでよ? 一誠といっても僕が言ってるのは、皮肉通り越して単なるピエロとなってる兵藤一誠じゃなく、そんなピエロにかつて全部奪われた、僕が日之影君と同じ苗字を与えた方の一誠の事だから」

 

「……。根拠は? アナタが嘘を言ってない証拠は―――」

 

「ここに僕がサーゼクスくんに預けてグレモリー家のお世話になり始めた頃から今までの記録としての一誠アルバムがあるんだけど……」

 

「信じましょう。だから今すぐそのアルバムを此方に寄越してください」

 

 

 間髪いれずに言ってしまった私に、女の人は『はーいよ』と軽い調子でアルバムを寄越してきた。

 

 

「お、おぉっ……! 確かにこの小ささは昔の先輩……! ぶふっ!? こ、この写真はお風呂に入ってる時の―――あ、あぁ……なんて小さくて可愛いおちん―――」

 

「おっと、その感想は声に出すなよ? 完全アウトになってBANされちまうぜ?」

 

「は、はい……ふへ! うへへへ……!」

 

「気に入ってくれて何よりだけど、この場で一人でおっ始めんなよ?」

 

「し、しませんよ……! ですがその、物は相談ですが、このアルバム幾らで私に譲ってくれますか?」

 

「同じ物なら20冊くらいあるし、一冊くらいならキミに譲っても良いよ?」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

 

 ………。決まった、この人はいい人だ。うん、ぜったい良い人だ。

 先輩の成長記録をくれるんだから間違いない。

 

 

「ただし、僕の話をきちんと聞いてくれたらだけどね?」

 

「わかりました!」

 

 

 そんな人からな話を聞くことに何の躊躇は無い。

 楽しみは後に取って置き、私は綺麗に並べられた机の一つに座り、女の人の話を全力で聞く姿勢になる。

 

 

「それで話というのは?」

 

「うん、さっきの話に戻るけど、キミの事は一誠目線から暫く見させて貰ったんだ」

 

 

 目線という女の人の言い方に少し違和感を感じたけど、敢えて触れずにそのまま耳を傾ける。

 すると女の人はヒョイとロッカーから降りると、座っていた私の前まで近寄り、鼻の先がくっつきそうになるくらいに人差し指を向けながら言った。

 

 

「単刀直入だよ白音ちゃん……キミは今岐路に立たされている」

 

「岐路……?」

 

 

 何の岐路なんだろう? とよく分からず首を傾げてしまう。

 

 

「キミが姉の黒歌ちゃんと仲直りし、元の仲良しな姉妹に戻るか、それとも黒歌ちゃんを越えるか」

 

「……。どういう意味ですか?」

 

 

 姉の事まで知ってる事に関しても突っ込まず、どういう意味なのかと話の続きを促すと、女の人は指を立てながら言った。

 

 

「キミは今何故黒歌と疎遠になったのかという『理由』を克服しつつある。

それはキミが人間のままにして新しく作り直した僕の反転であるサーゼクス君とまともにやりあえる一誠という存在を知り、何時しか憧れを抱いたからだ」

 

「…………」

 

 

 何でも知ってるのかこの人。

 何だかちょっと不気味だけど、少なくとも敵という意思をまるで感じないため、黙って頷く。

 

 

「今、キミは克服しつつある黒歌ちゃんと仲直りできる一歩手前まで来ている。

けど黒歌ちゃんは元々は全くの外側から沸いて現れた『転生者』の兵藤一誠に拾われ、異様なまでの短時間で好意を寄せている……のは、この前の観察で察したかな?」

 

「ええ……まあ……」

 

 

 癒しの神器使いの女の人と火花散らしながらその人を取り合いをしてるのを見たときは確かにそう思った。

 何故かというのは、ほら……私も似た様な感じなんで。こっちの場合油断できない人だらけですけど。

 

 

「それが一体?」

 

「キミには二つの選択肢がある。どちらを取るのもキミの自由だ。

ひとつはこのまま黒歌ちゃんと仲直りし、元の姉妹に戻って養殖臭い主人公(ショウリシャ)である転生者に保護されるか」

 

「………………」

 

「そしてもう一つは――もしかしたら成果が出せずに一誠に見限られるリスクを背負い続けながらも一誠の傍に居続けるかだ」

 

「…………」

 

「仮に黒歌ちゃんを選ぶなら、これも何かの縁だし、僕が少し手助けして『最初からキミがリアス・グレモリーの眷属じゃない現実』に否定して逃げさせてあげる。

そうなればキミまではぐれ悪魔にされずに済むしね」

 

「………………」

 

「ただし、その代わりキミは日之影一誠に関する全ての記憶が消えるけどね」

 

「………!?」

 

 

 途中までは黙って聞いていたが、最後の事柄に関してだけは無表情を貫けなかった。

 

 

「当たり前だろ? どちらかを捨ててどちらかを取るんだからそれくらいのリスクは無いと。

まぁ、仮に一誠側を取っても黒歌ちゃんに関する記憶が消えることは無いけどね。姉妹という現実までねじ曲げるのとは訳が違うから」

 

 

 さも普通に消すだの消さないだのと言って退けてるこの人が本格的に何者なのかと思ってしまうけど、それよりも前に私は今確かに言われて初めて岐路に立っていると自覚した。

 

 あの無表情の先輩が本気で嫌悪する程に相容れない兵藤一誠のもとに姉が居る今、このままでは確実に仲直りなんて不可能。

 そして姉を選べば先輩は確実に私を敵と見なす……。

 

 

「僕としては黒歌ちゃんとの仲直りを推すけどね」

 

「!? 何故ですか?」

 

 

 頭の中で整理していた最中、一人称が僕な女の人が突然私に向かって囁くような声で言ってきた。

 

 

「だって考えてみろよ? 基本的に粗暴で、女の子の気持ちなんて溝に捨てて自分本意に生きようとする男だぜ? このままキミがアイツに抱いてる想いを募らせても答える確率は3%未満だろうし、そんな悶々としなければならない事を考えたら、黒歌ちゃんと和解した方が楽に幸せになれるぜ? あの兵藤一誠ならキミの事も可愛がるだろうし」

 

「……………………」

 

 

 薄く微笑みながら宣う女の人だけど、この人は私をバカにしてるのだろうか……。

 

 

「わかりました、じゃあ答えます。

考えるまでも無く私は先輩―――リアス・グレモリーの戦車であり続けます」

 

 

 私の答えは言われる前からもう決まっている。

 確かに私は姉の力を恐れて逃げ出した臆病者なのかもしれないし、今はその恐怖も薄れてるし、少しちゃんと話し合えば和解だって夢じゃないかもしれない。

 

 けど、それでも私は――

 

 

「私も、姉の黒歌も、もうあの時みたいな子供じゃない。自分で道を選んで歩けるだけの成長だけは今、『生き方を決めるのは自分自身』であり、その道は姉だろうがリアス部長だろうが――先輩だろうが邪魔させない」

 

 

 これが私の答え。

 何時までも子供では要られない。

 先輩がきっと昔そういう道を選んだ様に、私は私の道を……。

 

 

「別に見返りなんて要らない。無愛想だし、未だに自己暗示しないと私と話せないし、容赦なく蹴り飛ばすし、素だと雑魚呼ばわりしてくるし、基本的にそんなんだから嫌われやすいのかもしれない――――

 

 

 

 

 

――――――――でも、私は一番挫折して、一番負けて、戦う事以外は割りとすぐ逃げようとする先輩が好きなんです。

同情心じゃなく、サーゼクス様から受けた挫折や敗北に決して折れない先輩が大好きなんです」

 

 

 先輩を追い掛け、追い付いて、横を歩いて助けになりたい。

 それが私の選んだ……見返りなんて要らないから先輩を追い掛ける道。

 

 

「だから私はリアス部長の戦車です。

欲を言えば、部長達やあの気にくわない焼き鳥女をぶちぬいて先輩の領域に入りたいってのはありますけど」

 

「ふーん……? 本当にそれでキミは良いんだね?」

 

「ええ、姉には悪いですけど、私なんか居なくてもその転生者って人が何とかすると思ってますから」

 

 

 嘘偽り無い私の本音を名前すら知らない女の人にぶちまけるのも今更ながらに妙な気もするけど、この際だし声に出して言うのも悪くない。

 

 

「あそこまでヤサグレちゃっても、一誠は一誠って事か。

まあ、アイツってバカみたいに根がお人好しだしなぁ……」

 

 

 そんな私の意思を知った女の人が、それまでどこか引っ掛かる笑みから初めて普通の笑みを浮かべた様な気がした。

 

 そしてその微笑みと共に女の人は私の胸元に触れながら、耳通りの良い声で言った。

 

 

「オーケー白音ちゃん……正解だ。

その意思によりキミは今やっと開け方を知らない扉の存在を知る権利と、その扉を開ける鍵を手にした」

 

「は?」

 

 

 女の人なので胸に触れられてる事にあんまり抵抗感は無い。

 しかしふとこの人の胸を見ると、大きくはないにせよ…………ちきしょう、私のコレに比べたら余裕のボインだ。

 脊髄反射的にもぎたくなる衝動に駆られた私は悪くない。

 

 

「キミは常々一誠や一誠が引き上げる事で覚醒させた『何か』について知りたがってたね?」

 

「えっと、はい…………知ってるんですか貴女は?」

 

「とーぜん、一誠にそれを教えたのは何を隠そうこの僕だからな」

 

「! それは……また唐突ながらも気になる案件ですね」

 

 

 つまりこの人は、先輩のお師匠さんに当たる人だったと……。

 そして先輩や部長達……あの雌鳥の不可思議な領域について分かる人。

 

 なるほどなるほど……今私はひょっとしなくてもかなり運が良いのかもしれない。

 

 上手く聞き出せれば、私ももしかしたら――

 

 

「おいおい、今更僕が一から白音ちゃんに説明する事なんて無いぜ? 何せキミは一誠から本格的に叩き込まれた事で芽生えさせたんだからな」

 

「え……? それはどういう―――うっ!?」

 

 

 どういう意味なのかと聞き返そうとしたその瞬間、いきなり教室の景色がグニャリと歪み、私の意識もそれと同時に眠くなる様に遠退く……。

 

 

「ホントアイツは一人で僕の昔の悲願だった『フラスコ計画』をやりやがる。

これも転生者を送り込んだ間抜けなバカ共のお陰だと思うと皮肉だが……」

 

 

 女の人が何を言ってるのがわからない……。

 待って、私はまだ聞きたいことが――

 

 

「また会おうぜ白音ちゃん? 僕は安心院なじみ―――会えるかどうか、一誠の隣を歩けるかはキミの意思次第だ」

 

 

 安心院なじみ……その名前を聞いた瞬間、私の意識は完全に途絶えた。

 そして次に見えたのは……。

 

 

「あ、小猫ちゃん! 一誠さん! 小猫ちゃんが起きました!」

 

「あ、そう」

 

「………………。ここは?」

 

 

 ギャーくんと先輩の姿だった。

 

 

「大丈夫小猫ちゃん? 一誠さんが秘薬を使って傷の治療を――あいた!?」

 

「余計な事言ってんじゃねぇ。…………………。塔城様、お加減は?」

 

「だ、大丈夫……です……。治療、してくれたんですね?」

 

「ええ、しないと次の修行が行えませんから」

 

 

 涙目で頭を擦るギャーくんからの視線を無視し、背を向けてキッチンの奥へと行ってしまった先輩。

 全身の痛みも顔の痛みも無い……触れてみても傷の痕跡も確かに無い。

 

 そっか……治療してくれんだ先輩……。

 

 

「夕飯後に再び再開します。宜しいですね?」

 

「はい、勿論……。治療して頂きありがとうございます先輩」

 

「……。礼には及びません。それより起きたばかりで申し訳ありませんが、ひとつ質問しても……?」

 

 

 胸の奥がポカポカする気分でお礼を言ったけど、素っ気なく返す先輩が、ジッと私の目を見ながら言うので黙って頷く。

 何か気になる事でもあるのかな? とぼんやり考えながら先輩が作ってると思われるご飯の美味しそうな匂いがリビングに漂い始めたその瞬間、私はそれまで気付かなかった先輩の何かを今生まれて初めて感じた。

 

 

「その前に先輩……。先輩の事が今私、何となく『解る』気がします」

 

「……!」

 

「小猫ちゃん……?」

 

「比喩とかじゃなくて……こう、言葉には表せない……先輩の中身というか、先輩が先輩である理由というか……あれ、私何言ってるんだろ……?」

 

「……………………………………………………………………………………………………」

 

「先輩……? 私どうかしちゃった――――にゃ!?」

 

 

 何故かわからないし、根拠なんて無いけど、それまで全くわからなかった『日之影一誠』が見ただけで理解できるという確信めいたものが私の頭の中に展開されてしまう。

 それが何故なのかイマイチ思い出せ無いというか、ふと自分の中にそれまで感じなかった一面がある事にも気付けてさっきから不思議だらけな事ばかり。

 

 そんな私の言葉に先輩は何かを察したのか、物凄い顔付きで私の肩を掴み、グイッと鼻頭が接触する程の距離まで顔を近づかせて来た。

 

 思わず変な声が出てしまったけどこれは多分しかたないと思う。

 

 

「せ、せんぱい……?」

 

「一誠さん……ち、近くないですか? 小猫ちゃんに……」

「…………………………」

 

 

 私とギャーくんの声も聞いてないのか、このまま私から行けばキスでもできそうな位に近い先輩の目に吸い込まれそうになる。

 というより、さっきからドキドキし過ぎてお腹がきゅんきゅんとする……。

 

 

「………………………………………………。飯が終わったら即表に出ろ、早急に確かめる事が出来た」

 

「へ?」

 

「確かめるとは?」

 

「リアスとソーナがスキルを自覚する前の状態に今このガキは意識が戻った瞬間なりやがった。

さっきまでこのガキの成長率についてどう対処しようかと思ってたが……クククッ、理由なんざどうでも良い。

いきなり過ぎて意味がわからないが、この分じゃもしかしたら――クックックッ!」

 

 

 素になってる先輩がクスクス笑って私から離れる。

 

 

「俺も中々現金な奴だと自覚したぜ。

なぁ塔城? お前、俺が何を抱えてるかわかるんだろ?」

 

「はい……一際巨大で――いや、無限? 先輩の中に大きな宇宙がある様な……」

 

「宇宙ね……。

リアスには全域に広がる大空と言われ、ソーナからは永遠に流れる激流と言われたが宇宙なんて言われたのはこれが初めてだな」

 

「はぁ……あの、先輩さっきから素ですけど大丈夫なんですか?」

 

「これが大丈夫に見えるか? さっきから笑い堪えるのに必死だぜこっちは? 寝て起きたら急に『手前』に居やがるんだ。

しかも俺に物凄く近い『永久的ななにか』を感じるんだ……これが笑わずに居られるか?」

 

「ま、待ってくださいよ一誠さん! と、ということは今小猫ちゃんは……!?」

 

「あぁ、コイツは今スキルを発現する手前に居る。

そしてその性質はもしかしたら今まで覚醒した中でも――それこそ俺を『食い殺す』レベルの巨大さを感じる。何にも感じなかっただけに、さっきから気分が高揚しちまうくらいのな」

 

「そ、そんな……小猫ちゃんにそんな大きな……」

 

「あの、スキルとは?」

 

「飯食ってから全てを教えてやる。

ここで腐らせる訳にはいかねぇ……くくく、もし発現させたら明日にでも奴等を潰しに行けるな」

 

 

 まるでサーゼクス様と殴りあってる時を思い起こさせる先輩の様子。

 一体何が私にあるのだろう……? 確かにそれまで感じなかった何かを今ハッキリと自分の中に感じるけど……。

 

 

「ご飯食べる前にひとつだけ良いですか?」

 

「何だ? 今なら可能な限り聞くぜ」

 

 

 徐々に頭の中がハッキリし、先輩が私に対して素で接してくれるせいでちょっとだけ困った事になってしまった。

 それを一応伝えるべく、然り気無く可能な限り聞くとか言っちゃってるせいで余計に押さえ付けられなくなったこの症状について私は正直に話してみた。

 

 

「我慢してたけど、先輩が欲しくて欲しくてたまらないにゃあ……」

 

 

 そう、修行という名目があって何とか押さえつけられていた――所謂発情期が……。

 

 

「……………………は?」

 

「え、嘘!? 小猫ちゃんまさか『アレ』が来てたの!?」

 

「待て待て、何の話――おっと……?」

 

 

 ダメだ……全身が熱いし、胸も苦しい。

 さっき先輩にいきなり迫られる様に肩を掴まれたせいで我慢の限界に達してしまったらしい。

 意思とは裏腹に、ソファから降りた私は先輩に飛び付いてしまった。

 

 

「せんぱい……せんぱぁい……欲しい……せんぱいが欲しいにゃあ……」

 

「何だコイツ……?

めちゃくちゃ体温が高くなってるんだけど……」

 

「よ、よく猫さんは盛りがある時期があると言われるでしょう? 小猫ちゃんは猫妖怪の種族ですので……」

 

「……本能だってか?」

 

「そ、そうです。まさか今そうなっちゃうとは思わなかったけど……」

 

 

 背の関係で先輩の鍛えられた胸板とか腹筋に顔を埋め、先輩の匂いにますます頭の中が湯だっていくのを抑えられない。

 

 

「はぁ、はぁ……あぁ……せんぱい、触って……私のここ……熱いにゃあ……」

 

「……………………。どうしたら良いんだよこの場合?」

 

「えっと、多分解消させるべきなんでしょうけど、その場合ってその……い、一誠さんが小猫ちゃんを……」

 

「あ? このまま一発ヤれってか?」

 

「いっぱ……!? え、えっと平たく言っちゃうとそうですけど、僕が嫌だというか……随分と冷静ですね……?」

 

「ケッ、要するに本能でこうなっちまったんだろ? だったら一々慌てる事でもねーだろ。

普通の猫がこうなった場合の対処法は何だ? ええっとネットだと………………あぁ、直接刺激するのか………………………………………いや無理だろ。完全にセクハラの範疇越えてるわこれ」

 

 

 先輩の匂い……先輩の体温……先輩の……あぁ、先輩の……。

 

 

「んっ……うぅ……せんぱい……切ないです……辛いです……」

 

「…………。俺のズボンのベルト緩めだしたぞこのガキ」

 

「な、なんでそんな冷静なんですか!?」

 

「何でだろうな……ババァやグレイフィアに服ひん剥かれる屈辱と恥ずかしさに比べたら、何でも平気な気がしてよ……前にセラフォルーに似た真似もされたし」

 

「ええっ!? だ、だから最近のセラフォルー様が妙に一誠さんに……」

 

 

 先輩の……先輩のぉ……!

 

 

「しょうがない。

おいギャスパー、お前今男だろ? このガキの相手でもしてやれ」

 

「い、嫌ですよ!? そんな事したら僕が小猫ちゃんに殺されますぅぅ!!」

 

「冗談だよ。流石にそれは悪いしな。

だが俺だって無理っつーか、このガキだって嫌だろ」

 

「え……あ、いや……寧ろ小猫ちゃん的にはそっちの方が…………って、駄目ですからね!?」

 

「言われなくてもそんな気もねーよ。

取り敢えずもう一つの手段として、無理矢理寝かせて腹をポンポコ叩いて刺激してやるか……おい手伝えギャスパー」

 

「はぅぅ……」

 

 

 頭の中が全部一誠先輩の事で埋め尽くされて、何をされてるのかもわからない。

 先輩の匂いが一瞬遠退いた様な気がしたし、何かの上に寝かされてる気もするけど私にはわからない……。

 

 

「こ、これで本当に大丈夫なんですか?」

 

「知らん、Googleに聞け……ええっと、お腹を優しく叩けば多少は誤魔化せる……と。

こんなもんか?」

 

「はぅぅ!? んあぁっ!?!?」

 

「う、打ち上げられたお魚さんみたいに暴れてますけど……」

 

「ガセ情報なのかこれ? まあ最初だけかもしれないし暫く続けるか……」

 

 

 わからないけど、先輩の手が私のお腹を直接触れたり叩いたりするのが果てしなく気持ちよくて…………………。

 

 

「……………一誠さんの鬼畜」

 

「………………。いや、うん、よく調子こかれてムカついた時に尻ひっぱいたリアスやらソーナがたまにこうなるし、セーフだろ」

 

「そんな事してたんですね。スケベ……」

 

「流石に逆ギレできない正論だわお前の……。

このガキの予備の下着と着替え持ってこい」

 

「はひ……あひぃ……いっせーせんぱぁい……♡」

 

 

 あは、あははは……先輩に貰われちゃった……♪

 

 

終わり




補足

一誠くん、思わず素で話せるくらいの衝撃。

実の所内心リアスさんやソーナさんが覚醒した時並みにテンション上がってる。


その2
何で急に盛り始めたのか……? 理由は理解をし始めた事で一誠の抱えるそれと共鳴し、より一誠に対しての色んなものが増幅したから。

何せ似た者同士候補の最有力者ですからねぇ。


その3
何でこんな冷静なのか……? 割りと慣れてるから。

じゃあ何でセラフォルーさんの時は取り乱したのか? ………………………とやかくと言ってる割には年上好み疑惑があるかもしれないから?


その4
小猫たんは幸せそうにビクンビクンしてましたとさ。



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悪魔(ネオ)

チンピラ口調のロリっ娘ってどうなんだろ……?


今回も番外はおやすみします



 これは果たして夢……なのかな。

 空も地面も右も左も前も後ろも無い、ただ真っ黒な空間にポツンと立たされてるという意味では多分現実じゃ無いのだろうとは思う……。

 

 

「私はアナタ、アナタは私。

簡単に言えば私はアナタの中に居る、アナタ自身が求めた人格」

 

 

 私と全く同じ姿形をした者がこうして目の前に立ってるんだし、きっとこれは夢で間違いない。

 というより夢だからこうして向かい合ってる訳で……。

 

 

「右は黒歌姉様の妹であり続けられる扉。

左は日之影一誠やレイヴェル・フェニックス達の立つ領域への扉。

さぁ(アナタ)はどっちの扉を開くの?」

 

「…………」

 

 

 きっとこの私にそっくりな人は、紛れもなき私自身なんだろう。

 いきなり現れた二つの扉を背に私へと問い掛けるのもきっと、私がどちらを選ぶか待っているんだ。

 

 うん、問い掛けられるまでもないよ私。

 理解してしまった今、私が開ける扉は――

 

 

「そっか……それがアナタの答えなんだね? わかった、それならば私は今からアナタと完全にひとつになる。

そして目が覚めたらきっとアナタは私が何なのかを理解すると思うけど、敢えて言わせて? 私はアナタが知る筈が無かった可能性」

 

 

 無限の食欲――白音(ネオ)

 

 

 

 

 

 

 

 この日、兵藤家のポストに一通の手紙が投函されていた。

 小さな便箋の住みに小さく書かれていたその白音という名前、そして宛名が黒歌という事もあり、受け取った黒歌は早速兵藤の方の一誠と読んでみた訳だが、そこに書かれていたのはたった一言。

 

 

【本日の夕方、町外れの公園で待っています】

 

 

 近況を尋ねる訳じゃなく、たった一言書かれたその手紙に当初兵藤一誠は怪しんだ。

 しかし既に黒歌は書かれた通りの場所に行くつもりだったので、取り敢えず罠である可能性もある。

 

 

「白音から会いたいって手紙にゃ! 行くに決まってる!」

 

「大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫! これで皆一緒になれる……!」

 

 

 既に白音――つまり小猫を連れて帰るつもりらしい黒歌に転生者の兵藤一誠――以下イッセーは疑り深そうに簡潔に書かれた手紙に目を向け、転生して成り代わる事で持つ事となった神器と化している龍と相談し、黒歌の護衛をする事を決め、夕方まで待つ事にした。

 

 

 ―――それが姉妹の岐路となる事とはまだ知らずに。

 

 

 

 そして手紙を読んでから時間はあっという間に過ぎ、日没一時間前となり、指定された通りの町外れの公園へとイッセーと黒歌はやって来た。

 

 

「アーシアには留守番してもらう事にしたけど、本当に白音は来るのか?」

 

「来るよ。絶対に来るにゃん」

 

 

 来る事を全く疑わぬ様子で白音の姿を探す為に辺りを忙しなく見渡す黒歌を横に、イッセーはイッセーで白音を……では無く、その白音側に居る男の気配が無いかを探る。

 

 

(あの手紙が本当に白音からだったとして、死に損ないが一緒になって来る可能性もあるしな……)

 

 

 未だに死に損ないと揶揄しながら気配を探るイッセーは以前その死に損ないの男に両腕両脚の骨を抵抗も反撃も出来ずにへし折られた経験があり、余計にその男……本来の一誠を憎んでいた。

 いや寧ろ生存していたと知った時から毎日の様に死を願っているくらいだ。

 

 何故かと言えば、単純に生存していた一誠の全てを成り代わる事でイッセーとなった為に、生きてて貰っては邪魔になるからであり、既に悪魔側との色々なフラグが折られていたというのもあってよりその……云ってしまえば逆恨みが根深くなっている。

 

 

「あ、白音!」

 

「! 一人……みたいだぞ」

 

 

 そんなこんなで思い出したら余計にイライラしてきたイッセーは、黒歌の歓喜の声に意識を引き戻され、彼女が指を指した先を見て一人である事を確認する。

 

 

「黒歌姉さま……」

 

「白音……!」

 

 

 気配は感じない。本当に一人で来た――とはまだ確信出来ないが、少なくともイッセーには、白音自身の様子は二度目の姉との再会に緊張した面持ちに思えた。

 

 

 

「手紙を読んで来たよ? お姉ちゃんとまた一緒に暮らすんでしょう?」

 

「………」

 

 

 挙動におかしな所はないかとじーっと見つめるイッセーを他所に、やってきた妹を抱き締める黒歌が一緒に暮らす事を話す。

 黒歌から抱き締められた白音は抵抗する様子もなく、黒歌の豊満な胸を押し付けられて若干苦しそうにしていたのだが……。

 

 

「今日は姉さまに言うことがある……」

 

「? どうしたの? リアス・グレモリー達の事なら心配ないよ? お姉ちゃんとこのイッセーが守るにゃん」

 

「いや、そうじゃないよ姉さま。

私、姉さまに一言言いたいんだ……」

 

 

 前置きと共に白音は自身を抱き締める姉の腕を掴む。

 

 

「…………え?」

 

 

 掴まれた瞬間、黒歌からそんな声が漏れた。

 

 

「姉さま、私はもう姉さまが思ってる様な子供じゃないよ?」

 

 

 抱き締めた黒歌の腕を掴み、ミシミシと骨の軋む様な音が聞こえる程に強い力で無理矢理引き剥がそうとしながら、困惑し始める黒歌に向かってにっこり笑いながら言った。

 

 

「姉さまはそこの人と一緒に生きる。

私はリアス・グレモリーの戦車として、姉さまには理解できない領域(バショ)で生きる。

この意味……いくら姉さまでもわかるよね?」

 

「っ!? 離れろ黒歌!!」

 

「うっ……!?」

 

 

 にっこりと微笑んだと同時に、それまでは無かった強大な重圧(プレッシャー)が黒歌へと襲い掛かり、その重圧を同じく感じて危険と悟ったイッセーが咄嗟に横から黒歌に飛び掛かり、物理的に白音から引き剥がした。

 

 その次の瞬間……。

 

 

 シャクッ!!!!!

 

 

「う、お……!?」

 

 

 空を切り裂く様な音が黒歌に横から飛びかかったイッセーの背中ギリギリから聞こえた。

 その音がイッセーの心に強烈なまでの本能的恐怖を抱かせたのだが、一体何があったかまでは黒歌も含めて地面に転がる様にして転んだイッセーにはわからない。

 

 

(な、なんだ……今、何をされた!?)

 

 

 わからないが、もしあのまま黒歌を助けなかったら取り返しのつかない事になっていたかもしれない……そう感じた転生者のイッセーは全身から嫌な汗がドッと吹き出る。

 

 

「しろ……ね……?」

 

 

 しかしそれ以上にショックが大きいのは黒歌の方であり、イッセーに突き飛ばされた衝撃で倒れた体勢から『何か』を咀嚼する様に口を動かす妹を見つめている。

 

 

「……チッ」

 

 

 舌打ちをする白音。

 すると突然それまで重苦しい()()だったプレッシャーが強烈な殺意へと変わると、その殺意に比例するかの如く物凄い怖い顔をした白音が、黒歌……では無くてイッセーへ言った。

 

 

「何なんだテメェは本気(マジ)でよォ……!」

 

「は、はい?」

 

「し、白音……!?」

 

 

 可憐な美少女とは全く思えないドスの利きまくりなチンピラ台詞に黒歌は石像の様に固まり、転生者のイッセーもまたギョッとしてしまう。

 

 

「折角こっちは姉さまのホルスタインの元になりそうな栄養素をしゃくしゃくしてやろうと思ったのに、本当にいい加減にしろよお前……」

 

「ホル……え?」

 

「こ、コイツ、白音に化けた偽物か!? するとやっぱり罠……!!」

 

 

 ビキビキ……と血管が浮き上がり、女の子がやっちゃいけない顔芸みたいな形相となる白音があまりにも違いすぎたせいか、外様から来た存在ゆえの知識と照らし合わせて目の前の白音を偽物と断定するイッセー。

 

 

「黒歌! コイツは偽物だ! 俺達をおびき寄せる為に白音に化けたんだ!」

 

「そ、そう……だよね? 本物の白音だったらこんな怖い顔もしないし、あんな事だって言わないもんね……うん、きっとそう……」

 

 

 イッセーの言葉に対し、黒歌もまたショック故の現実逃避気味に力無く頷いている訳なのだが、残念ながら目の前の白音は正真正銘の本物だった。

 

 

「私はリアス・グレモリーの戦車。そして姉さまははぐれ悪魔でそこの兵藤って人のもとで暮らしてる。

立場が違う以上、姉さまとは一緒に生きられないし、最早お互いそんな歳でも無いでしょう? だから今なら黙って見逃してあげるから、そこの人を連れてとっとと消え失せてくださいよ」

 

「だ、黙れ……! 本物の白音はどこなのよ!?」

 

「私がその白音ですよ姉さま。

あぁ、アナタにとって都合の良い妹で無くなったからそう言ってるのですか? 残念でしたね、アナタにとって都合の良い白音なんて最初から存在してませんよ」

 

「っ……うるさい!」

 

 

 冷たく笑う白音の表情に、激昂した黒歌が飛びかかった。

 

 

「お前みたいな奴が白音の訳が無い! この偽物! 本物の白音はどこにゃん!」

 

「奴の差し金だとしたら俺は黒歌を騙したお前を許さない……!」

 

『Boost!!』

 

 

 黒歌に続く様にして赤龍帝の籠手を纏った転生者も白音に襲いかかり、対して白音は構える事無くその場に立ち尽くすと、一度俯き――

 

 

「あ………っ、 あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!

 

「「ッッ!?!?」」

 

 

 獣の様な雄叫びを、喉が潰れるのではないかと心配になる程の声量を、周囲の全てを破壊する衝撃波を放ちながら張り上げた。

 そのあまりにも大きく、鼓膜が破ける程の声量と衝撃波に黒歌と転生者は足を止めてしまった。

 

 

「はぁ……ぁ。叫んだらお腹減っちゃった」

 

「な、何なのよ……?」

 

「わ、わからない。わからないけど、ドライグが俺に『コイツはヤバイ』と教えてくれる。

油断しない方が良い……」

 

 

 耳をつんざくような叫び声がやみ、今度はポツリと小さな白音らしい声で空腹を訴え始めるのに対して完全にどう出たら良いのかわからなくなった黒歌と転生者がジリジリと偽物と思い込んでる白音に接近する。

 

 その時だった、それまで虚ろな瞳で闇へとなりかけていた空を見上げていた白音の両目が二人を捉えると……。

 

 

「あんまり美味しくなさそうだけど、しゃくしゃくさせてくださいよ……なぁ、先輩に成り代わった転生者よォ……!」

 

「なっ!?」

 

 瞬きを許さぬ速度で転生者のイッセーの目の前まで肉薄し、その小さなお口を大きく開けながら反応しかけていた転生者を――

 

 

 シャクッ!!!!!

 

 

「うぐ……!?」

 

 

 りんごを齧った様な咀嚼音と共に転生者――では無く転生者を覆っていた赤龍帝の籠手により倍加させていた力を『喰った』。

 

 

「な、にを……?」

 

 

 肉薄された時、攻撃される事を覚悟して身構えた転生者だが、直接的なダメージを与えられず、代わりに身体にのし掛かる尋常ではない疲労感に足の力が抜けてその場に膝をつく。

 

 

「まっず!? 何ですかこのヘドロみたいな味!? これが赤龍帝の味なの!? いやそれともこの人だからこんな不味いのかな、ひっどい味ですよこれ! ペッ! ペッ!!」

 

 

 そんな転生者イッセーを暫く口をモゴモゴさせながら見ていた白音だったが、突如顔を不快に歪めたかと思ったら不味いを連呼し始める。

 

 

「い、イッセー!!」

 

 

 何が何だかわからないが、その場に崩れ落ちる転生者の事情の全てを知らない黒歌は咄嗟に助けようと偽物だと思い込みたい白音に向かって素早く接近して突き飛ばそうと腕を伸ばす。

 けれど……。

 

 

「不味いものを食べたお口直しをしたいから……と思ったけど、姉さまのその格好ってこの前の再会から思ってたけど、私への当て付け? くくく、良いよなァ? 胸が大きい女の人ってさぁ?」

 

「にゃ!?」

 

 

 ニタァと嗤った白音がカウンターとばかりに腕を伸ばし、黒歌の豊満な乳房をもぐように掴んで止めた。

 

 

「私だって思う存分先輩に好きにされる程度には大きくなりたいのにさぁ、何しても全然大きくなりゃしない。

ねぇ、なんで? 何で姉さまはもぐほどあるの?」

 

「いだだだだぁ!?!?!? 痛いにゃぁぁっ!?!?!?」

 

 

 片乳を思いきり掴まれて激痛に悶絶する黒歌に呪詛の如く問いかけ続ける白音の目がかなり怖い。

 

 

「お、おいやめっ―――」

 

「テメェは黙ってろ……!!」

 

「ひっ!?」

 

 

 それを見て転生者が力の入らない身体で黒歌を助けようとしたのだが、血走った目と鬼みたいな形相による白音の殺意に飲まれ、情けない悲鳴をあげる。

 

 別にどちらが悪という訳ではないのだが、見たイメージだと白音がただのチンピラにしか見えないし、どことなくサーゼクスと喧嘩する時の一誠に似ていた。

 

 

「何で先輩と顔が似てるのかを知らないとでも思った? いくらバカでも先輩が私達の傍に居てくれてる時点で察しはつきますよねぇ?」

 

「も、もも、もげちゃうにゃあ……!」

 

 

 そして煽り方もまたテンションの上がった一誠に似ていて、その台詞に転生者の顔つきも強張る。

 

 

「奴が話したのか……?」

 

 

 自分が別の世界から転生した存在である事を知るのは本来なら本当の一誠ですら知らない筈の事。

 にも関わらずこのあまりにも性格が変貌し過ぎてる白音は自分に対してハッキリと一誠に成り代わった存在だと宣った。

 この時点で焦った転生者は口封じをするべきなのかを迷ったのだが、少なくとも白音が知っているということは一誠に近しい悪魔達のほぼ全ては知ってると考えてしまうと迂闊に動けない。

 

 それ故に確認しようと転生者にとっての『奴』である一誠の名前を出したのだが、白音はと言えばそんな転生者をバカにする様にしてクスクス笑っていた…………半泣きになってる黒歌の豊満な乳房を思いきり掴みながら。

 

 

「先輩は口下手で、よっぽど親しい間柄でなければまともに会話もしてくれない。

私だって本当の意味で会話が成立したのは昨日がやっとでした………つまりアナタのその興味が全く沸かない正体(ナカミ)については別の人から教えて貰ったんですよ」

 

「べ、別? それは誰だ!」

 

「アナタの知らない人。

知りたかったらご自分で探してみたらどうです?」

 

「ぐっ……!」

 

 

 見下す様な言い方で煽る白音に歯を食い縛りながら睨む転生者。

 その態度を見てますます嘲笑う表情を深めた白音の嫌味は加速する。

 

 

「心配しなくてもアナタをどうこうするつもりは無いですよ? このまま黙って黒歌姉さまを連れて行って養ってくれるんだったら是非ともお願いしたいですし?」

 

「な、なに? 奴に言われて俺を殺すつもりじゃないのかよ?」

 

「だから、先輩は関係ないんですよ……今言った事をもう忘れたんですか? バカなんですか? そりゃあ先輩は視界に入れるだけでムカつくみたいですが、別に消す程の相手じゃないと割りきってますからねぇ?

それともアナタはそれほど自分が重要な存在だと思ってるんですか? 先輩が警戒する程に強いと思ってるの? そんな赤龍帝の神器を持ってるだけの、成り代わった程度の分際で?」

 

 

 煽る煽る。転生者をこれでもかとなじりまくる白音はとても楽しそうだ。

 

 

「もしかしてアナタ、前に先輩に両腕と両足の骨をへし折られた癖に、口封じとかしようとか考えてます?」

 

「っ……!」

 

「あ、図星なんだ? ふーん? どこからそんな自信が出てくるのかは知らないけど、やめてとっとと姉さまを匿い続ける事に専念した方が良いんじゃありませんかね? アナタじゃ絶対に先輩は殺せないし、今の先輩から奪う算段でも立ててるっていうのなら私達全員が黙ってませんから。

ふふ、まあ、これは単なる私の想像でしかないけど……もしそうだとするなら一言言っておきますよ―――そんなくだらねぇ話も最早叶わねぇなァ?」

 

「あひぃ! おっぱいが痛いよぉぉ!!」

 

 

 ケタケタとド三流のチンピラみたいな言い方で転生者を見下し続けた白音は、暴れる黒歌の乳を掴んでた手をやっと離すと、にっこりと微笑む。

 

 

「姉さまはその人と幸せにでもなってください。

今日姉さまと会った事はずっと黙ってますし、一緒に遠くから今私の様子を見てくれてる先輩も内緒にしてくれる筈ですから。ねっ――」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

「一誠先輩?」

 

「「!?」」

 

 

 白音が話終えたと同時に吹き上げる突風と共に燕尾服姿にオールバック姿の執事モードの一誠が登場。

 その目付きは転生者イッセーと一撃で見分けがつく程に悪く、また気配も無くその姿を現したということで特に転生者は以前受けた恐怖もあって硬直してしまう。

 

 

「些か喋り過ぎです塔城様。

というより何故私のしょうもない事情をそこまで把握してるのですか?」

 

「えへ、後で話します。

それよりどうしますか? 私としてはこのまま姉をこの先輩とそこまで似てるとは思えない人に押し付けたいんですけど」

 

「SS級はぐれ悪魔を見逃すですか……この町から去るのであればそれでも構わないのですが、この男の下に居るとなると微妙に今後面倒になりそうですね」

 

「て、テメェ! 黒歌をはぐれ悪魔と呼ぶな! 何も知らないのに――」

 

 

 敬語口調で白音と話すオールバック執事一誠を見て瞬間的に嫌悪感を露にした転生者がいきなり突っかかり出すのだが……。

 

 

「あ? ゴミは大人しく隅で勝手に震えてりゃあ良いものを、余計な真似ばかりしやがって。

そこの女はどうでも良いが、リアスの眷属であるこのガキを拐おうだなんて、テメーは見境無しか? つーかよ、テメーはどうもその女を引き込む為にリアスについて色々と貶したらしいなぁ? えーっとなんだっけ? 我儘だったか?」

 

「っ!? わ、我儘なのは本当だろうが! 違うのかよ!?」

 

「違わないが、少なくともテメーのゴミみたいな人生に何の影響もねーなぁ? にも関わらず知った様な事ばかりほざいてた様で……………いやぁ、ホント頭悪いなお前、わざわざ生き恥さらさせてやって生かしてやったにも関わらず余計な事するなんて、働き蟻の方が余程頭良いわ…………………なぁっ!」

 

「ギャアァッ!?」

 

 

 ヘラヘラと笑っていた一誠がノーモーションの脚払いで転生者の両膝の皿を破壊し、転生者は激痛で悶絶しながらその場に転げ回る。

 

 

「い、イッセー!! や、やめ――」

 

「大丈夫だよ姉さま、別に殺しはしないし、あの癒しの神器使いの人に治療して貰えたら完治する程度に留めるよきっと」

 

「そ、そんな……」

 

 

 止めようと仙術を発動させた黒歌を抑え込む白音と共に転生者の悲鳴が誰も居ない暗い公園に木霊する。

 

 

「大人しく金髪女と乳まさぐりあってりゃあ良かったものを、一々チョロチョロと鬱陶しい真似しやがって。

挙げ句散々眷属にしろとほざいてた奴が、なれないとわかった瞬間貶すだぁ? さっき頭悪いって言ったが一部

訂正してやる、お前ある意味天才だぜ……? この俺の癪に触らせる事に関してはなぁぁぁっ!!!!」

 

「ごがっ!? ぎぃ!?」

 

 

 両足があらぬ方向に曲がり、立つことを許されぬ状態でボッコボコに顔面を殴られ続ける転生者。

 反撃しようにも先の白音に何かをされたせいで力が入らず、鼻は折られ、頬骨も砕かれ、前歯もへし折られ、その拍子に舌の半分程が自分の奥歯で切断されるという悲惨な展開へと陥るのは果たして因果応報だからなのか。

 

 

「おい雌猫ォ……! テメーが禍の団だったかのくだらねぇ組織の一員であることも、はぐれ悪魔である事も黙って見逃してやるから、そのボロクズ連れてとっとと失せろ……!」

 

「かは……かひ……」

 

「な、し、白音は……」

 

「コイツから聞かなかったのか? もうガキじゃねーんだから互いに自立して生きるってよ」

 

「私は言いましたよ?」

 

 

 返り血だらけで黒歌に転生者の死に体同然の身体を投げつけ、チンピラみたいな口調で失せろと言うのだが、元々白音を拐うつもりだった黒歌は躊躇している様子だった。

 

 

「お、お前が白音の事を……!」

 

「あぁ? 俺が何だって?」

 

 

 そればかりか、白音の豹変の原因が一誠と思い込み、憎しみのこもった表情を見せる。

 声が小さく、ちょっとした興奮状態でコミュ障から三下のチンピラ化している一誠はよく聞き取れずにいたのだが………黒歌の思い込みはある意味間違いではないのかもしれない。

 

 

「許さない……! こ、このままじゃ絶対に済ませないんだから……」

 

「ほう、来るか雌猫が? 刹那でぶち殺してやるぜ、掛かってこいよ、あぁん?」

 

「先輩先輩……それじゃあちょっと小物に聞こえます」

 

 

 状況的に悪役っぽいのは間違いなく一誠と白音の即席コンビであり、現に揃ってチンピラみたいな口調で煽ってる辺り、ある種似たもの師弟に見えなくもない。

 

 ズタズタにされた転生者を連れて逃げるように去っていった黒歌は転生者に顔立ちが似ている一誠に対してちょっとした勘違いをしたまま、この日を以て毛嫌いする様になったのは云うまでもなかった。

 

 

「はぁ……これで大人しくしてくれたら良いのだけど……ごめんなさい先輩、私の我儘に付き合ってくれて」

 

「…………。別に私は流れでこういう真似事をしてますが、悪魔に与した訳ではありませんからね。

はぐれ悪魔を見逃そうが、テロ組織の構成員をほったらかしにしようが文句を言われる筋合いはありません。

尤も、次もまた同じことになればそうはいきませんがね」

 

 

 ()()()黒歌を見逃し、彼女が転生者と共に完全に去っていったのを確認した後、小さくため息を吐いた小猫はペコリとご奉仕モードに戻った一誠に頭を下げ、それを受けた一誠はさっきまでの小悪党じみたチンピラ口調が嘘みたいな抑揚の無い調子で気にするなと返す。

 

 

 

「それで良いです……ありがとうござました」

 

「いえ、それにしてもアナタが覚醒させた異常性、思っていた以上に異常たらしめた異常性でした。

コントロールしないと危険かもしれません、先程もアナタ様の様子を見てましたが半分ほど飲まれてましたし」

 

「そう……でした? 私は特に何にもありまけんけど……」

 

「いえ、口調から何から変貌されてましたよ? 何故かデジャビュを感じるくらいに……」

 

 

 姉妹関係が完全に拗れた事に関して何も感じないという訳じゃないが、こればかりは外様の出る幕じゃないと転生者とは真逆のスタンスである一誠が、先程転生者と黒歌に対して向けていた小猫の口調を微妙にしょっぱい顔をしている。

 

 

「先輩を色々と参考にしてますから――――それと、何でまたそっちの口調に? 昨日の時の気安い口調の方が私は良いんですけど……」

 

「昨日は驚きが強くて意識せずに居られただけですから……」

 

 

 やはり戦闘状態の一誠を参考にしていたらしく、妙に可愛らしく微笑む小猫に、何だか自分のせいな気がして微妙に目を逸らしてしまう一誠は、小猫からの指摘に素っ気なく返す。

 辺りは既に薄暗く、良い子は既にお家に帰る時間も過ぎてしまってる中、公園を出るため歩き始めた小猫は、一誠の横をちょこちょこと並ぼうとしながら不満げに口を開く。

 

 

「えー……? 折角先輩に気持ちいいことして貰えて距離も縮まったと思ったのに……」

 

 

 何やら如何わしい言い回しと共にポッと頬を染める小猫の言わんとしてるのは、例の周期で完全に出来上がってしまった時の事であり、その時ネットの情報を鵜呑みにした一誠にあれこれとされてアレがこうしてアレになった件だ。

 一誠はその時から微妙に後悔してるのだけど、どうにも小猫的には寧ろプラスと考えてる様で、あの行いがあったからこそ距離も縮められたと思ってたので、またしても他人行儀な口調に戻ってる一誠に寂しさを感じてるようだ。

 

 

「あの時は申し訳ありませんでした……」

 

「先輩が謝る必要は全く無いのに。

寧ろアレのお陰で私は……ふふ……♪」

 

「……」

 

 

 黒歌が一誠から白音を引き剥がして助けないとという思考に至ってるのとは裏腹に、ベクトル違いの……三体目の『無限』に目覚めたコンビになれそうなのは、恐らく皮肉なのかもしれない。

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 自らの扉をこじ開け、見事に一誠側への領域に侵入した小猫たん。

 

 

「ふーん? 小猫に手取り足取りね~? 内緒にする理由がよくわからないわね」

 

「一々言うことの程じゃねーと思ったし、何となく言いたくなかったからだよ」

 

「ふーん? なんか怪しいなー?」

 

「………チッ」

 

 

 リアスとソーナは遅れて知った小猫の覚醒理由に一誠が関わってると知ってちょっと膨れ……。

 

 

「いーちゃぁぁん!!!」

 

「げっ!?」

 

「会いに来ちゃった☆」

 

 

 色々とあって一誠にとって微妙に気まずい相手である魔王少女の襲撃もあったりして。

 

 

「い、いーちゃん……手……繋いでほしいな?」

 

「ネタにされて笑われるだろこんなの……」

 

 

 押しきられて魔王少女の執事兼割りとまともなデートをしたり。

 

 

「今日は楽しかったよいーちゃん、またやろうよ?」

 

「暇で暇で暇で暇でしょうもない時だったら考えてはおく……考えてはな」

 

「ふふ、それで良いよ。それじゃそろそろ帰るね?」

 

「おう、精々溜め込んだ仕事に追われて一人で泣いてろ」

 

「うん、でも最後にひとつ――」

 

「あ? 何だよ――」

 

 

 チュ☆

 

 

「―――えへ、今度は酔ってないから覚えてられるよねいーちゃん♪」

 

「な、な……て、テメェまた俺に……何でだよ!?」

 

「あっれー? ちょっと赤くなってる?」

 

「なってねーよバカ! バーカ!!!」

 

 

 あれ? 魔王少女割りとリーチ掛かってね? とかあったり。

 

 

 

「しゃくしゃくしてやる……」

 

「こっぱ雌猫さんからよくもまぁここまで来れましたわねぇ? そこは誉めて差し上げますが……」

 

 

「っ!? あ、当たらない……?」

 

「当たらない……じゃなくて『当てられない』んですよアナタは。

アナタの中にあるほんのわずかな無意識を弄くればね……」

 

 

 龍虎ならぬ鳥猫相打つ。

 

 

「あらまぁ、あの転生者は今度はテロ組織ですって? 無限の龍神とコンタクトでも取るつもりなのかしら?」

 

「わからないけど、どうしても一誠を殺したいみたいなのよ。そして一誠の傍に居る私達も気に入らないとかなんとか」

 

「アホの考えとしか言いようがありません。折角わざわざ見逃してやったのに、先輩じゃありませんが余計な真似しかしない……」

 

 

 とうとう完璧な死亡フラグ……。

 

 

なんて展開があるのかどうかは知りません




補足

黒歌さんに対して情が残ってるから一応こんなオチな訳ですが、これで懲りて転生者も植物みたいな余生を過ごしてくれると平和になれる……(植物みたいな余生を過ごしてくれるとは言ってない)。


その2

トリコ、アカシア、チンピラ で検索すると今回小猫たんが吐いた台詞みたいなチンピラ具合が読めるよ。

その3
しゃくしゃくした概念全てを自分の糧にして成長し続ける異常。

その許容範囲はまさに無限で、一誠にとことん酷似した性質です。


その4
この日以降、小猫たんは執事くんに対して常時盛ってるのか、スリスリスリスリと猫さんの如くしているのだとか。
その都度一誠本人は距離を保とうと離れたがる。

その5
何気に、これ本当に何気に魔王少女に対して執事くんの反応が微妙に異なる。
というのも、本人から泥酔時の話を聞いたせいで妙に意識しちゃうらしい……。


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執事と女王と魔王少女と……

すいません、時間が無くて今回も無しです。


 捕らえてしまった方が悪魔側的には正しいのかもしれない。

 けれど一誠は悪魔では無い為、そしてはぐれ悪魔がその子の姉である事を考え、敢えて何もしない事を決めた。

 

 その姉というのがこの先どうなろうが興味も無いし、彼女の中には只種族として強いというだけの概念しか無いので関心も沸けない。

 転生者に与しているという個人的な視点も確かに混ざっているとはいえ、可能性が知れた相手を記憶してやる程一誠という少年は甘くない。

 

 だったら期待以上に覚醒した妹の方に関心を向ける方がよっぽど有意義だ。

 

 同じタイプのスキルを生み出した白い少女に……。

 

 

 

 

 姫島朱乃は悩んでいた。

 自分には関心を向けられるだけの強味がまるで無い事に。

 

 

「へー? 最近コソコソしてると思っていたら小猫とギャスパーの三人とでねぇ?」

 

「わざわざ隠していたのに如何わしい空気を感じちゃうわ」

 

「知るか」

 

 

 何時もの部室。

 ライザー・フェニックスの件も終わってから暫く経つが、朱乃はこれまで以上の焦りを覚えていた。

 

 

「小猫ちゃんがスキルを発現させたって……そんな簡単になれるものなのかい?」

 

「先輩曰く、偶々だそうです」

 

「それでも凄いと思う。だって会得したくても出来ないものだし、僕もまだ無いもん……」

 

「フッ、ということは一足早く先輩達の領域に入れた訳ですね私は……ふふん」

 

「悔しいな……」

 

「…………」

 

 

 眷属歴含めて後輩である小猫がまたしても出し抜いた形で一誠の立つ領域入りしたというカミングアウト。

 それも一誠自らリアスとソーナに話すという、疑いようもない事実は、その場に居て聞かされた者達に衝撃を与えた。

 

 

「会長達が居る領域って何だよ?」

 

「神器でも無く、持って生まれた種族としての力でも無い。

大抵の存在は知ること無く死んでいく何かと私は聞いた事があるけど、それが何なのかはわからないわ。

でもたまにあるでしょう? 私達では理解できない面があの人達にあるって」

 

「あぁ……それは何となく。

そんな所に塔城さんがねぇ……」

 

 

 一誠という人間一人を中心に、最近はソーナの眷属達ともこうして頻繁に集まって話し合う機会が増え、今も女王以下ソーナの眷属達は、自分達の王とため口どころか、軽くブー垂れるソーナの頭をペシッと叩いてる人間の少年の立つ未知で未開な領域について難しい顔を浮かべている。

 

 

「あのチビの異常性はまさにそのカテゴリー通りの異常性を誇ってるから、あんまり嘗めて掛からない事だな」

 

「一誠がそこまで言うのだから相当な異常なんでしょうね」

 

「まぁな、正直驚いてるよ。

尤も、俺と同系統のリアスのそれはともかく、ソーナのそれも大概だがな」

 

「そうかしら? それって褒めてる?」

 

「好きに解釈でもしてろ」

 

 

 命じられるまでも無く、紅茶を淹れながら語る一誠をも唸らせたらしい小猫の発現させたスキル。

 大概の存在はそれに気付いて具現化させる領域に行くことなくその生涯を終えてしまうらしいが、既にリアスとソーナは当たり前の様に行使出来、一誠ですらまるで歯が立たないサーゼクスはまさに超越した人外の領域。

 

 そんな領域の第一歩に小猫は踏み込められた―――古参の眷属として悉く先を行かれてると思ってしまう朱乃はドヤァとし続けてる小猫に内心嫉妬と焦りを抱いてしまうのはある意味必然なのかもしれない。

 

 

(小猫ちゃんが……。それに比べで私には神器も無ければ、関心を向けられる強さなんてひとつもない……)

 

 

 古参だからこそわかる。

 一誠はただ強い相手を――将来己を脅かす潜在能力を持つ相手を好んでる節があり、反対に興味が無い相手にはとことん興味を抱かず、視界にすら入れない。

 

 その興味を抱かれない位置に現在もまだ立っていると自分を分析した朱乃は、スキルは無けれど一度一誠に土をつけたギャスパーや、この先神器を進化させることで成長の見込みがある祐斗とは違い、ただ女王としての力と忌々しき父親から受け継いだ力だけしか無いと卑下し、ひたすらに焦りを募らせていた。

 

 

「副部長? さっきから静かですけど大丈夫ですか?」

 

「え、う、うん………大丈夫よ?」

 

 数ヵ月前まで一緒になって悩んでいた小猫が一気に遠くに行ってしまった様に感じた朱乃はそれでも無理に笑って誤魔化そうと努める。

 けれどやはり不安だったのには変わりなく、もしもこのまま祐斗までもが進化してしまったら取り残されてしまう……。

 

 

「…………………」

 

 

 一誠が然り気無く見ていた事にも気付かず、朱乃はただただ落ち込むのだった。

 

 

「リアスの所の子達ばっかりじゃなくて、ウチの子達も鍛えて欲しいわ。

スキルがある無しに関わらずね」

 

「あ? あぁ一段落ついたらな……って、俺は何も好き好んで他人に教えるなんて真似をしてた訳じゃないんだが……」

 

「ここまで来たらいっそ全員のレベルアップを施してみたら? 新しいものが掴めるかもしれないわよ?」

 

「あのな、本来そういうのは王のお前等の仕事なんだぞ? 何で俺がそんな事までしなきゃならねーんだよ」

 

 

 朱乃のテンションが異様に低い事に、コミュ障害だからこそそういった空気にある意味敏感な一誠は、相変わらず自立心が欠落してる腐れ縁の二人に対して活を入れながらもチラチラと気にするようにチラ見する。

 

 別に朱乃が何を思ってようが知ったことでは無いと頭では思ってるものの、一人だけ妙に落ち込んでるとなると地味に気になるし、そういう事にちゃんと気づいてしまう所が一誠たらしめる所だった。

 

 

「さっきからどうしたのよ? チラチラと朱乃を見てるけど……。

ちょっとは気にしてるの? あの子が伸び悩んでるのに」

 

「は、はぁ? ちげーし、一人勝手にテンション低いからうぜーと思ってるだけだし」

 

 

 しかしそれを見透かされるとついこんな事を言ってしまうのも執事一誠クオリティ。

 然り気無く朱乃には聞こえない様に配慮した声量で否定するものの、口調からしてリアスとソーナにはバレバレで、二人の表情は妙に優しげだ。

 

 

「使い物にならなくなったら困るのはリアスだろ? これ以上の尻拭いなんてしたかねーからな……他意なんてねーぞ俺は」

 

「そういう事にしておくけど、何なら小猫の時みたいに朱乃に個別指導してあげれば?」

 

「他人を引き上げる事が上手な一誠ならきっと上手くやれるわよ?」

 

「あげれば? じゃねーよ、俺をありきで考えるなっつーの」

「でも小猫を鍛えてあげたのだし、ここまで来たら朱乃にだけしてあげないのは逆に不自然よ?」

 

「そうそう」

 

「ぬ……」

 

 

 素直にならずに渋る一誠を、ヴェネラナ達大人組までとはいかないものの、流石の舵取りで誘導する辺りは悪魔らしいリアスとソーナ。

 自分達もかつては一誠の領域に立つ為に死ぬほど努力をした結果今の位置に立てた。

 

 そんな一誠を慕う者達にも同じ経験をさせてあげたい……というのは二人にとっても本心なのだ。

 

 

「こういうのは男の子がエスコートしてあげなさい」

 

「もし成功したら一皮剥けると思うんだけどなー?」

 

「…………………………」

 

 

 せめて悪感情が無い子達と仲良くさせてあげたいというのも混ざってはいるが……。

 

 

 

 あぁ、小猫ちゃんが遠くに行っちゃった気がする。

 そんな気持ちを嫉妬という感情が少し混ざりながら、ひたすらに気落ちしながら考える私は、これからどうすれば良いのかと思い悩みながら部活を終えて帰宅しようと学園を出た。

 

 

「グレモリー家とシトリー家を除けば私が一番先に知り合ってたのに……」

 

 

 悩む原因は勿論一誠くんの事であり、関心があるか無いかが物凄くハッキリしている分わかりやすくも不安を煽られてしまう。

 弱い相手には見向きどころかますます会話しないという意味で。

 

 

「はぁ……私ってどうしてこうなんだろう……」

 

 

 堕天使と人間の半々という中途半端さ。

 女王だけどこの度小猫ちゃんが進化したお陰で文句なくなってしまった眷属中最弱の位置。

 

 こんな様で自分を凌駕するか匹敵するか、将来性のある人しか関心が無い一誠くんに関心を持たれる訳が無い。

 

 せっかくこの前やっと一対一で会話できたのに、これでは今後永久にその機会が再び巡ってくる気がしない。

 小猫ちゃんめ……何で私を誘わなかったのよ……。

 

 

「…………」

 

 

 悔しさが……いや、今後二度と振り向く事が無くなってしまうという恐怖で一人歩きながら涙を流してしまう私を一誠くんが見たら何て思うだろう。

 きっと切り捨てる様に一言言って二度と話をしなくなるのかもしれない。

 

 それを考えるだけでも怖くて涙が止まらなくなるし、どうやって解決するのかもわからなくなる。

 きっと小猫ちゃんは一誠くんが関心を示すだけの才能があったからで、私にはそれが無いから……そう思うだけで中途半端の自分が恨めしく思ってしまう。

 

 けれど思った所で現状が改善する訳じゃない事は朱乃もわかっている。

 寧ろ恨むくらいならそれをはね除けるだけの結果を示せば一誠とて無関心では居られなくなる筈な事だって理解している。

 

 しかし方法がわからない。

 どれだけ鍛えても届かない領域であるが故、朱乃だけでは打つ手がなかった。

 

 しかし忘れてはならない。小猫が覚醒したのは一誠が動いたからである事を。

 ネガティブになりすぎて朱乃は忘れていたが、一誠はある意味平等的である事を……。

 

 

「…………」

 

「え……?」

 

 

 それを改めて知ることになるのは、まだリアス達と共に部室に残っている筈の一誠が無言で自分の前に現れた時だ。

 

 

「い、一誠くん……えっと、何で……」

 

「………」

 

「あ、ご、ごめんなさい……私ったらみっともない姿を……ぐすっ……」

 

 

 無言で佇む一誠に驚きながらも慌てて涙を拭う朱乃。

 まさか追いかけてきたのかと一瞬考えて内心喜んでしまっても恐らく罰は当たらない。

 

 

「…………。姫島様次第の話ですが、先日まで塔城様に手解きをさせて頂きまして、本日より姫島様にも手解きをしたいのですが……」

 

「あ、はい―――――――へ!?」

 

 

 他人行儀な口調ながらも自分に向かって話をしてる一誠に一瞬気の抜けた返答をしてしまった朱乃は、数秒の間を置いてから驚きの声が出る。

 

 

「え、ええっ!? そ、それって小猫ちゃんみたいに私に個人で教えてくれる的な……」

 

「そうなります。もっとも、アナタ様が嫌ならこの話はここまでに――」

 

「や、やります!!」

 

 

 どうせ自分には無い話だと思ってた朱乃は食い気味でやると返す。

 というか最早必死だった。

 

 

「そうですか……。いえね、塔城様に色々としておきながら他の方にはしないというのも変な話だと思ってましたので。

では早速今夜から始めさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」

 

「よ、よろしくお願いいたします……!」

 

 

 その場で小躍りしてしまいそうになるまさかな展開に、それまでメソメソしていた朱乃の顔はニヤニヤしたものになっていた。

 他人行儀口調であるものの会話は出来るし、こんな一大チャンスを不意にする訳が無いのだ。

 

 

(此処が正念場……きっと小猫ちゃんの様に私も……!!)

 

 

 一気にスイッチが切り替わった朱乃に闘志が甦る。

 変な所で律儀な一誠に自覚は無いものの、救われた朱乃はこれから始まる過酷な鍛練に気合いを入れながら付いてこいと言った一誠の後を追いかけようとその一歩を踏みしめた――――その時だった。

 

 

「いーちゃぁぁん!!!」

 

「「!?」」

 

 

 突如響き渡る大きな声に朱乃は勿論、一誠も驚いて足を止める。

 というのもその呼び名といい声といい、聞き覚えがありすぎた声であり、ふと目をこらしてみると向こうのほうから物凄い速さで走ってくる――

 

 

「げっ!?」

 

「いーちゃん、会いに来ちゃった☆」

 

 

 正装完了スタイルの魔王だったのだから。

 

 

「れ、レヴィアタン様!?」

 

「な、何でお前が……」

 

 

 突然の出現に驚く朱乃と一誠だったが、一誠に会いに来たと言っていたセラフォルーもまた目を丸くしていた。

 

 

「いーちゃんこそリアスちゃんの女王ちゃんと一緒なんてどうしたのよ?」

 

「これからこの女を鍛える為にだな……」

 

「鍛えて頂けるというお話を頂いてこれから……」

 

「ふーん?」

 

 

 セラフォルーが現れてから 妙に挙動不審な反応である事に気づきつつ、同意する様に頷く朱乃をセラフォルーはじーっと見つめ、やがて名案だぜとばかりに手を叩く。

 

 

「それじゃあ私も一緒に鍛えてあげる☆」

「ええっ!? れ、レヴィアタン様自らですか!? そ、そんな恐れ多い事……」

 

「つーかお前、魔王としての仕事はよ……?」

「んー? 期日が迫ってる件は全部終わらせたよ? そうしたら周りの皆がいーちゃんに会いに行っても良いって言ったから来ちゃった☆」

 

「仮にも悪魔共の象徴の一人がそんなホイホイ抜け出して良いのかよ……」

 

 

 セラフォルーも朱乃を鍛えると言い出し、しかも暫く暇になる程に仕事を終わらせたというビックリ展開に尚驚く一誠は然り気無く距離を縮めてくるセラフォルーから離れようとする。

 

「むむ、何で逃げるの?」

 

「べ、別に良いだろ……つーか鬱陶しいんだよ」

 

 

 膨れるセラフォルーから目を露骨に逸らしながら冷たく言い放つ一誠だが、妙に様子がおかしいと気づいた朱乃。

 

 

「ほら逃げてるじゃん!」

 

「逃げてねーつってんだろ! た、ただアレだ……暑苦しいんだよ……」

 

 

 なんというか、鬱陶しいから離れたがるというよりは距離が近いと調子が悪くなるから……といった様な様子がある意味普段が普段なだけにわかりやすい程の挙動不審さだ。

 

 

「そ、それよりソーナの所に顔出しに行けば良いだろうが!」

 

「後で行くよ。それよりこっち見てよ? さっきから何で目を逸らすの?」

 

「何だって良いだろ……」

 

「良くないよ、私何かした?」

 

「べ、別に何もしてねーよお前は……」

 

 

 実は二度目の泥酔でやらかした件の際、セラフォルーに対してまたしてもやらかした辺りを若干ながらも記憶してしまっていた一誠は、その日以降妙に顔を合わせ辛かった。

 何せ押し倒した挙げ句――――だったから余計に。

 

 

「むー……何だかいーちゃんが冷たくて寂しい……」

 

「何時もの通りだろうが、別に暖かくした覚えなんてねーから」

 

「あのー……本当にレヴィアタン様も?」

 

「ん? うん、それは構わないというか嫌でも参加するからね? だって流れ的にいーちゃんと一対一で修行するんでしょ? 嫌だもんそんなの」

 

 

 後半はかなりマジトーンで朱乃を見据えながら話すセラフォルーに圧されてしまう。

 あの日以降、本気どころか全力になったセラフォルーは一誠を一時的に無力化させられるレベルにまでの謎進化を遂げており、ヴェネラナやグレイフィアみたいなポジションに変換していた。

 

 

「それに魔力の扱いならいーちゃんより上手く教えられる自信はあるもーん」

 

「あるもーん……じゃねーよ、帰れよ」

「イヤ! こっちに来たのだっていーちゃんに構って欲しいからだもーん!」

 

「おい! 腕をからめんな! やめろ!!」

 

「えー? なんでー?」

 

「何でだって良いだろうが!」

 

 

 ひっつかれる度に過剰反応して逃げる一誠。

 それまで欠片も意識しなかったのが、潤んだ唇だの、正装越しの成熟した肢体だのを思い出してしまうせいだったりするが、死んでもそれだけは認めたくない為、ぶーぶーと文句を言ってるセラフォルーを取り敢えず同行させる事で誤魔化す事にした。

 

 

「邪魔したら帰って貰うからな……」

 

「大丈夫大丈夫、大船に乗ったつもりでいてよ☆」

 

(凄い環境での修行になってしまったわ……)

 

 

 朱乃は果たして生きて進化できるのか………不安ばかりである。

 

 

終わり

 

 

 

 変な空気の中始まった執事式修行。

 

 場所は小猫を鍛えた時に使った例の無人島であるのだが、朱乃は改めてサーゼクス以外の魔王もまた魔王たらしめる存在なのだと思い知る。

 

 しかしそれ以上に、一誠という今までもこれからも人間である少年の異常さ加減を見せつけられた。

 

 

「四大魔王とほざいても、所詮サーゼクス一強だったのが……。

なるほどね、あの時の不覚は偶然では無さそうってか」

 

「置いてきぼりにされるのは嫌だもん。これでも密かに頑張ったんだよ私?」

 

 

 互いの力と力が衝突し、暴風の様に地形が変形する戦闘。

 魔王と只の人間のじゃれ合い。

 

 

「やん♡」

 

「あ……」

 

「も、もう……あの子が見てるのにいーちゃんってば大胆なんだから♡ そんなに私のおっぱいを気に入ってくれたの?」

 

「ち、ちげーよバカ! 今のはテメーが避け損なったからだろうが! 本当だったら心臓貫いて仕留めてやってたんだぞ!」

 

「照れなくても良いんだよ? さっきからいーちゃん変だし、ホントはちょっとはこの前の事覚えてるんでしょ? 私の事乱暴に押し倒した後、ちゅーちゅーって赤ちゃんみたいに……」

 

「あー! あーあーあー!!!! 俺は知らねーし覚えてねーよ!!」

 

「ふふーん、別に責めてる訳じゃないんだよ? でもあんな事されちゃったし、責任のひとつは取って貰いたいかなぁって……」

 

「あの時の俺死ねぇぇぇ!!!」

 

 

 ある意味本当のじゃれ合いがあり。

 

 

「がぼがぼ!! し、死ぬ……!!」

 

「そのつもりで施してる訓練ですので。

早くしないと後ろから氷付けにされますよ?」

 

「ほーら、氷像になりたくなかったら死ぬ気で陸まで泳いで~」

 

 

 小猫よりも倍付けに過酷な修行でもなんだかんだ息が合ってて。

 

 

「いーちゃんの作ったご飯美味し~☆」

 

「誰が作ろうが同じだ、黙って食え。

姫島様、お代わりはいかがですか?」

 

「は、はい……で、では――」

 

「…………………………………………………………………」

 

「じ、自分でやりますわ……おほほほ……」

 

「? はぁ……」

 

 

 朱乃の方が扱いが良くて後ろから嫉妬のレヴィアタンになったり。

 

 

「私は魔王だもん! アナタなんかに屈しない!」

 

「…………………………。なんのつもりだお前?」

 

「えっと、いーちゃん(悪者設定)に捕らえられ、縛られてエッチな事をされても屈しない魔王少女……」

 

「……………」

 

「くっ、慰みものになるくらいなら殺して!」

 

「………………」

 

「……………。いーちゃんいーちゃん、出来ればこの後乱暴に私の服脱がせてエッチな事をして?」

 

「お前、俺の事どうしたいわけ?」

 

 

 一誠が使ってた部屋に入り込み、自分で自分を縛った姿で所謂『くっ殺プレイ』をしたがる魔王が居たり。

 

 

「レヴィアタン様って……」

 

「言わないであげてください。頭が残念なんです、昔っから」

 

「あ、あれあれ? ほどけない……。こ、これは困ったなー(棒) このままじゃいーちゃんに凄いことされちゃうよー(棒)」

 

 

 軽く引く朱乃が居ても、何かを期待するようにチラチラと一誠に眼差しを送ったり。

 

 

まぁ概ね魔王少女は平常運転だった。

 

 

 

※以上、似非予告

 

 




補足

ある意味最高に贅沢な環境が揃った朱乃さん改めあけのんは果たして生きて生還できるのか。

その2
チマチマと皆より先にを繰り返してたら、なんと意識までされかけてる所まで来ちゃった魔王少女。

けどセラフォルーさん本人は避けられてると思ってるというね……。

その3

セラフォルーさんが執事くんにされた軌跡・中間まとめ

初対面にイタイ扱いされる。

竹尺で正装を切り刻まれてスッポンポンにされた挙げ句ケタケタと笑われた。

成長しても基本雑に扱われる。

奮起して鍛えてもその都度恥ずかしい事をされる。



泥酔した一誠に互いにファーストキッス。

それから意識し過ぎてマジになったセラフォルーさんが頑張る。

泣きまくって護衛の期間を増やし、その時意識ある状態で打ち明ける。

きわどいどころか最早アレな写メを送りまくる。

二度目の泥酔で押し倒されて何かされる。

若干意識があったらしいせいか、一誠も遂にセラフォルーに対して少し挙動不審となる←今ここ


こうしてまとめると、一誠最低だな。責任取れ案件だわ。



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人外不死鳥ちゃん

一誠くんが留守にしてるそんな頃、ゲーム以降鳴りを潜めていたあの子が……。




 一誠が徐々に変わりつつある。

 それが果たして一誠の目標にとって良いものかは正直云うと私達にはわからない。

 

 けれど少なくとも仲間として、友として、親愛としては良いと思っている。

 

 力を示す事でしか自己を確立出来ない哀しい男の子だけど、然り気無い優しさはちゃんと持っているのを私達は知っているのだから……。

 

 

「学園に編入するという形で通いたい……貴女はそう言いたいのね?」

 

 

 そんな一誠と同じ領域に立ちたいという意思を持つ者達が私達を始め、徐々に増えているこの日。

 一誠が朱乃を鍛え上げて留守にしているというタイミングでこの駒王学園へとやって来た一人の少女に対し、確認するように問うと、対面に座るその少女は自信満々に頷いた。

 

 

「はい、両親と兄達を()()させるのに少しばかり時間が掛かってしまいましたが、人間界に滞在する許可を頂けましたので」

 

 

 金髪に勝ち気そうな碧眼。

 造形は見事に整っていて間違いなく美少女と認められる美貌を持つこの少女の名前はレイヴェル・フェニックス。

 先日婚約破棄を賭けたレーティングゲームを行った際、対戦相手であったライザー・フェニックスの僧侶として参加していた――――いや、恐らくは私達を品定めしていただろうこの少女はこの駒王学園に編入する為に私達の前に現れたと言っているけど……。

 

 

「貴女程の者が今更人間界の学校で学ぶ事など無いと思うのだけど……?」

 

「有るとか無いとかのお話ではありませんわ。

日之影一誠様と同じ学舎に所属し、色々な思い出を共有する事が私の目的ですから」

 

「そんな所だと思ったわ……」

 

 

 あのゲームで一誠と打ち合い、挙げ句色々とぶちまけた時の様子を知っていれば、このレイヴェル・フェニックスが真面目にお勉強目的に編入するだなんてありえないと分かってる。

 現に彼女は平然と一誠を様付けで呼びながら楽しげに微笑んでいる。

 

 

「最終目標として私をあの方のモノにして貰う事ですけど」

 

「……それ、一誠の性格を知ってる上で言ってるのよね?」

 

「勿論、そう簡単に行かない事も承知です。

しかしだからこそ燃えるのですわ……ふふん」

 

 

 お兄様と同質の存在で、一誠の本質を理解する者の一人。

 そして何よりも――

 

 

「ところで、一誠様のお姿が見えませんがどちらへ?」

 

「あの子なら今私の女王を個人的に鍛えてるわ……」

 

「女王? 鍛える? なるほど、一誠様もお忙しいのですね」

 

 

 この少女は既に誰よりも一誠の居る領域に君臨している。

 種族を越えた力の更に先の――人外の領域に。

 

 

「女王の方の他にも何人か手解きをされてる様ですわね。

特にそこの白髪の方は……………ふーん、アナタが安心院さんが言ってた……」

 

「何ですか、意味深な顔してこっち見ないでくれます? ムカつくんですよその顔」

 

「あらまあ何て短気な方。

短足でおチビで貧相なものだから心にもゆとりが無いのかしら?」

 

「上等だよお前、表出ろよ?」

 

「お、落ち着いて小猫ちゃん……!」

 

 

 一誠の進んだ道の第一歩を踏み込んだだけに過ぎない私やソーナ……そして小猫とは違い、既にその更に先の道を進んでるのは見ただけてわかってしまう。

 悔しいけど彼女は私達ではまるで歯が立たないくらいに――強い。

 

 

「何人かが少しばかり我々の領域に踏み込んだ程度で気が大きくなられてる様ですわね。

フッ、片腹痛しとはまさにこの事だわ」

 

「何が言いたいの?」

 

「沢山ありますわよ? 勿論不満と文句という意味でね」

 

 

 思えば初めから気が合わなそうにしていた小猫の殺気を半笑いで流していたレイヴェル・フェニックスから冷たい威圧が放たれる。

 

 

「アナタ達が一誠様の枷になっているという意味でね」

 

 

 私達の存在が一誠にとって枷になる。

 レイヴェル・フェニックスは私達を見据えながら責めるようにして言葉を続ける。

 

 

「サーゼクス君の親族並びにご友人という立場上、一誠様との関わりが多くなっているのはわかりますが、だからと云ってあの方におんぶに抱っこというのは如何なものかしら? ハッキリ言ってしまえば、アナタ達がモタモタしてるせいで一誠様は今本来なら更なる領域に進化ができているのに停滞してしまわれてるのよ? その自覚が貴女方にありますの?」

 

「……………。耳の痛い話だわ」

 

 

 お前達のせいで一誠が強くなれない。

 レイヴェル・フェニックスの言葉に私は思い当たる節がありすぎて反論ができない。

 

 

「一誠様は他人を――それも一定の信用に値する人物の進化を促す特性をお持ちです。

だからこそアナタ様も、ソーナ様も、そこで睨んでる白い方は我々の領域への条件を手にすることができた。

思い当たる節はあるでしょう?」

 

「そうね。これは確かに一誠を見たり鍛えてくれなければ死ぬまで気づくことは無かったわ」

 

「だというのに、アナタ達は何時まで経っても一誠様を拘束しようとする。

それが一誠様の枷となることを知ってか知らずか、特にアナタ様の母上はね」

 

「……………」

 

「一誠様は完璧では無い。寧ろ最も完全や完璧という言葉から程遠く、この先に永遠にその言葉を体現することは出来ない。

何故なら一誠様の持つスキル……無神臓(インフィニットヒーロー)は完成する事の無い永久の進化を促すスキルなのだから……。

だというのにアナタ方は要らぬものを背負わせ、あまつさえ甘える。

安心院さんやサーゼクス君はそれもまた彼の進化への道だと言ってますが、私からしてみればお荷物のアナタ達にそんな価値があるとは到底思えない」

 

「テメェ……! さっきから――」

 

「小猫……下がりなさい」

 

「で、ですが……」

 

「良いから。フェニックスさん、私の眷属が失礼したわ、それでアナタは私達にどうして欲しいの?」

 

 

 荷物、枷、邪魔等々、私達という存在が一誠にとって不純物であると断じるレイヴェル・フェニックスに、スキルを覚醒させてから妙にキレた一誠みたいな口調になる小猫を止めながら、彼女が私達に何を言いたいのかを知るために続きを促す。

 

 

「別に一誠様を解放しろ等とは言いません。ですがこれ以上の重荷を背負わせないでください。

それでもし一誠様の進化が止まれば、私はアナタ達を本気で殺します」

 

『……』

 

 

 ライザー・フェニックスの妹とは思えない程の覇気と威圧感。

 それは魔王としてでは無くなる兄が放つ人外の領域に酷似しており、私達は動けなくなる。

 本当の人外は一見すると『無害な存在』に感じるけど、なまじその領域に少し踏み込んでいる私達にとっては凶悪ともいえる圧力だわ。

 

 

「スキルを持った程度で私達に追い付いたとは思うな。

安心院なじみ(ぼく)達はそんな甘くないのでしてよ?」

 

 兄や一誠以外に初めて見る本物の『壁の向こう側に立つ人外』の威圧とそれだけで悟ってしまう差に私達は為す術が無い。

 これがもし脅しでは無く本気で始めから殺しに来ていたとしたら私達全員は何も出来ずにレイヴェル・フェニックスに首を刎ね飛ばされてしまっているだろう……。

 

 

「さ……い……」

 

 

 私を含め誰しもがそんな彼女の威圧に飲み込まれたと思っていたその時だった。

 

 

「? なにか?」

 

 

 最近一誠との修行により異常性を持った私の戦車が、真上から大きな手で押さえつけられる様な重圧で身体を震わせながらも小さな声を出し、反応をしたレイヴェルを思いきり睨んだのだ。

 

 

「うるさいって言ったんだよこの焼き鳥女……! 最初から持ってる様な奴に私達の気持ちがわかってたまるか! 食い殺すぞ!!!!!」

 

 

 内に宿すその異常性を剥き出しに重圧をはね除け、歯を食い縛りながらふんばり、目を丸くしているレイヴェル・フェニックスに啖呵を切った瞬間、のし掛かっていたプレッシャーが消え失せる。

 

 

「やっぱり気に入らない。

先輩と同じだか何だか知らないけど、それだけで先輩の近くに居られると勘違いしてるのが!」

 

「それはある意味事実ですもの。

逆に進化の邪魔をするアナタ達にその資格があるとでも?」

 

「資格があるとか無いとかじゃないんだよ! 好きで居たいか居たくないか……愛だろ!!!」

 

 

 私達を庇う様にして前に出て座って余裕を見せるレイヴェル・フェニックスと相対する小さかった小猫の背中が大きく見えた。

 そしてそれと同時にこの子はそれほどまでに一誠を慕っているのかと嬉しく思ってしまう。

 

 

「少し前まで何も知らなかったおチビさんにしては大きく出ましたわね」

 

「黙れこのステレオお嬢様が。古くさいんだよ」

 

 

 強くなったわね小猫。

 ホント、うかうかしてられないくらいに。

 

 

「ソーナがこの場に居たら多分同じことを言うと思うからまとめて言うわ。

アナタにそんな事を言われずとも今はまだ一誠の邪魔になってる自覚はある。

我儘ばっかり言ってる自覚もあるし、それにどっぷり甘えてる自覚もね、でも確実に私達はアナタ達に追い付いてみせる。

お母様も、グレイフィアも、ミリキャスも、セラフォルー様も……一誠をきっと独りにはしない」

 

「…………」

 

 

 だから私とソーナはこの領域へと踏み込んだ。

 どうしようもなく弱いなんて指摘されずとも分かってる。

 毎日毎日一誠に『進歩の無い奴等が』と呆れられてるんだし、嫌でもわかってる。

 

 でもだから諦めるなんて物わかりの良い性格をしてる者なんてこの中には居ない。

 

 私達は一誠にすら呆れられる程の変人なのだから。

 

 

「……。今ので心が折れたら鼻で笑ってやるつもりでしたが、少しは骨があった様ですわね。

一誠様による後天的な能力保持者であるだけの事はある……という事ですか」

 

 

 私達全員の覚悟を見せつけ、それを受けたレイヴェル・フェニックスはそれでも余裕を崩さない笑みを静かに目を閉じながら浮かべる。

 この様子からいってほんの少しは認めてくれた……と思うのはまだ早いかもしれないけど、少なくとも脅しに屈したりはしないという意思だけは伝わったと思う。

 

 けれど――

 

 

「私は昔からすぐに熱くなる――なんて指摘されていましたが、全く以て否定できませんわね」

 

 

 小さく肩を震わせ、笑っている様な声でそう話したレイヴェル・フェニックスの額から橙色の炎が浮かび上がる。

 

 

「誰かに嫉妬したのはこれで二度目。

一度目はサーゼクス君経由で一誠様のお側に居られるアナタ達という存在。

もうひとつは――」

 

 

 その炎を見た瞬間、閉じていた目を再び開けたその瞳を見た瞬間、私は――いや、恐らくは全員が同じ事を思ったと思う。

 

 

「――――安心院さんですら心底信じなかった一誠様からそこまでアナタ達が思われていると知った、今この瞬間(とき)

 

 

 空の様だった蒼い瞳が、額に灯る炎と同じ朝焼けを思わせる橙色に変化させたレイヴェル・フェニックスがフェニックス家という血筋のみの力すら超越させていた事。

 

 

「さっきそこの白猫さんからの挑発の返事がまだでしたわね……? ふふ、お前等こそ全員表に出ろ、"死ぬ気"で遊んでやりましょう」

 

 

 本当の不死鳥と炎を操りし、本当の人外による認めさせる試練が今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当の人外の領域。

 それはサーゼクスと一誠の喧嘩を見て知ったつもりでいたリアス達に重くのし掛かる。

 

 

「は、速っ――ぐほっ?!」

 

「逆にアナタ達は欠伸が出る程に遅いですわね」

 

「ぶ、部長! このっステレオがぁぁっ!!」

 

 

 しゃ――

 

 

「な、あ……!?」

 

「食べるスキルでしたっけ? とあるお方の喰い改める正喰者(リアルイーター)とは真逆に悪食の如く喰い尽くすスキルは確かに驚異。

しかし、ふふ……だったら食べさせなければ良いだけの話だって事ぐらいわかるでしょう?」

 

「がはっ!?」

 

 

 その悉くを叩き潰していく人外。

 それは奇しくもサーゼクスや一誠のやり方にすら酷似する。

 

 

「さぁて、次は私の番ですが……一撃で死んだら嫌ですよ?」

 

 

 額に灯る炎と連動して灯る左右の手の炎が太陽の様な輝きを放つ。

 それはレイヴェル・フェニックスが持つ本質にも似た破壊的パワー。

 

 

決別の一撃(コルポ・ダッディオ)……!!!」

 

 

 全てを塵に帰す憤怒の炎。

 

 

「な、なんて炎!? まともに喰らってたら蒸発じゃ済まないわ!」

 

「全力で相殺するわよ皆!!」

 

「く、くそ……あの鳥女め……!」

 

 

 一誠にとっての壁であるのがサーゼクスである様に、リアス達の壁。

 

 

「あら、ソーナ様のスキルの事を忘れてましたわ……。

ふふ、私にとっては恐らく一番厄介なスキルでしたのについつい熱くなってしまって……クフフフ♪」

 

「くぅ……な、何とか致命的な力はゼロに戻したけど……も、もう一度やれと言われても無理だわ」

 

「そ、ソーナ……! ありがとう、お陰で今あの子の炎を『モノ』にしたわ!」

 

「? あら、私の炎を模倣したのですね? まるで完成(ジ・エンド)を彷彿とさせますが、しかしまだアナタはスキルを完全に自分の手足にしていない。そして一度防いだだけで終わったと思わないことですわね……。 ―――――――オペレーションXX」

 

 

 レイヴェル・フェニックスという、安心院なじみ直々に教えられることで手にした彼女以外が使えない七色の不思議な炎を扱う人外なのかもしれない。

 

 

 

「XX BURNERオーバーエクスプロージョン!!!」

 

 

 

次回・本物の領域の差

 

 




補足

領域といってもその中でもやはり格差はある。

リアスさんやソーナさんがざっくばらんに5として、なりたてのネオ白音たん1。
サーゼクスさんクラス破格の20オーバー、しかし一誠は停滞中の為に10。








そしてレイヴェルたんは15という、安心院さん分身の中での単純戦闘力は安心院さんとこの時代の反転院も兼ねているサーゼクスさんを抜かせば文句なく最強という。

つまり正真正銘にレイヴェルたんは強いです。


ちなみに瞬間風速でギャスパーきゅんだのミリキャスたんだのヴェネラナさん辺りは11になったりならなかったり。


その2
メタだらけの安心院さんがとあるジャンプコミックを読ませた結果、レイヴェルたんは某マフィアの炎が扱えてしまってます。

しかも到達点レベルにまで……。


その4
ある種本当のIFですね生徒会シリーズの。

もしもサーゼクス様がガチだったら。
もしも安心院さんが預けた先がグレモリー家なら。
もしも一誠がツンギレだったら。

みたいな。


あぁ、ちなみに三大勢力とは名ばかりでサーゼクスさんのせいで完全にパワーバランスが狂ってて、ぶっちゃけ堕天使と天使が徒党を組んでもサーゼクス様一人でオーバーキルらしい。


なので日本の地を原作では間借りという感じですが、この世界では完全に向こうが『サーゼクスのご機嫌を伺う』的な意味合いで献上してる感じです。

弱点としては純血が減ってしまってる辺りですが、 他勢力にとってすればどこぞのザ・マン的な意味で『サーゼクスが悪魔として例え一人となってしまっても悪魔は永久に不滅』と、本人の知らないところでエラくビクビクされてしまってるくらい、思春期の頃はヤンチャしちゃってたらしい。


 本人はグレイフィアさんに毎度毎度求愛してただけなんですけど。


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負け犬達の晩餐会

です。

なんだろ、別に特にない。




 前回までのあらすじ。

 

 人外悪魔っ娘ことレイヴェル・フェニックス一人に対してリアス・グレモリーは仲間達共に戦いを挑み、そして負けた。

 

 

 

 

「それでそのザマか」

 

「面目ないわ……」

 

 

 強い強いと聞いてたけど、まさかかすり傷ひとつ負わすこと無く負けるだなんて……。

 しかもタイミングよく一旦朱乃と……何故かセラフォルー様を連れて戻ってきた一誠に見られるし、レイヴェルはその瞬間鳥なのに犬の耳と尻尾が幻視するくらいに一誠にすり寄って嫌がられてたし。

 

 ええそうよ、多対一で挑んだ癖にものの見事に返り討ちにされたわよ。悪い?

 

 

「編入って、この学園に毎日来るのか?」

「ええ、アナタ目当てにね。

よかったわね、私達を片手間に返り討ちにできる強くて可愛い女の子に想われて」

 

「なにこいつ、なんでこんな不機嫌なわけ?」

 

 

 不機嫌にもなるわよ。

 こっちは全力だったのに、向こうは遊び感覚に加えて延々と一誠について話してたんだから。

 一誠が悪い訳じゃないし小猫の啖呵の言葉を借りる様だけど、必死になって入り込めた領域に平然と居るのはいい気分じゃないわ。

 

 

「手も足も出なかったです。皆で一斉に挑んだのにかすり傷すら負わせられなくて……」

 

「………」

 

「生憎私は生徒会の活動中だったから参加しなかったけど、私一人が加わった所で結果は変わらなかったでしょうね」

 

 

 ソーナ達に介抱されながらのレイヴェル・フェニックスと相対した時に抱いた印象を粗方話終えた私達は疲れた様に戻っていた部室の椅子に腰掛け、唯一一誠から直接指導を受けていて参加していなかった朱乃にお茶を入れてもらっている。

 

 

「サーゼクス君呼びの時点でアレだなとは思っていたけど、まさかここまでだなんてね……というか何でセラフォルーお姉様が居るんですか?」

 

「いーちゃんとイチャイチャしたくなったから来たんだけど、そっちは大変だったんだねー……」

 

「あのレーティングゲームの時の僧侶さんが……ですか」

 

「……………」

 

 

 何気に混ざってるセラフォルー様をジト目で睨むソーナに内心同意しつつ私は無言となる一誠を見つめる。

 その胸中は恐らくお兄様と同質であるレイヴェル・フェニックスについてで埋まってるのだと思うと複雑だなと思う。

 

 これがソーナとかセラフォルー様とかなら昔からというのもあってまるで悔しくはないのだけど。

 

 

「全員で掛かろうが、現状あのガキに勝てる奴なんてこの中に誰も居ないし、こんなものだとは思う」

 

 

 そんな私の気持ちを多分察してもない一誠が、朱乃を手伝いながらある意味で予想外な事を言い出し、思わず私達全員が信じられない眼差しを一誠に向けてしまう。

 

 

「えっと、その言い方だと先輩も含まれちゃいますけど……?」

 

 

 地雷かもしれないと思って誰も口にできない中、意を決した顔で一誠に問い掛ける小猫に我々は何度も頷きながら渋い顔となってるのを見る。

 

 

「あの小娘は……といっても歳なんて変わりませんが、彼女は私より上です。だからこの中と表現したまでです」

 

『!?』

 

 

 認めたくは無いがといった様子を隠そうともせずに、しかしハッキリと自分より上の領域と断言した一誠の言葉に私達は暫く完全に言葉を失ってしまった。

 

 まさかまさかとは思ってたけど、それでも一誠と完全に並んでるのだと下から見上げた形に居る私達には思えなかったのに、当の本人が認めてしまってる。

 この負けず嫌いの一誠が……。

 

 

「嘘でしょう?」

 

「そんな嘘言っても何にもならないだろう? あのガキともしあの茶番ゲームの時続けていたらやられてたのは俺だ」

 

 

 忌々しげにそれでも認めた一誠に再び絶句してしまう。

 

 

「あのガキは確かに強い。サーゼクスより少し下だが、それでも俺の上を行く程度には強い…………今はな」

 

「せ、先輩が認めるなんて……」

 

「その現実に目を逸らして強くなれたら苦労はしませんから」

 

「で、でもそこまで言うあの子って今のいーちゃんとどれくらいの差があるの? 僅差?」

 

「………………………。物凄く大雑把に表現するなら、まずサーゼクスが20だとする。

それに対して俺は甘く見積もってその半分程度の10、あの鳥ガキは――――15くらいだな」

 

 

 お兄様の半分を自己採点して付け、レイヴェル・フェニックスは更にその上の数字を付ける一誠は、もっと分かりやすく説明したいのか、部室にあったホワイトボードを引っ張り出し、私達も漠然と表現している領域のレベルについて話始めた。

 

 

「俺やリアスやソーナ、それから塔城は一応種族としての壁を越えた位置にいる。

この前その壁を越えたばかりの塔城は1。ある程度何度か壁を越えられたリアスとソーナは5、俺はまあさっきも言った通り10としよう」

 

 

 小猫の名前の後に5本の縦線を引いて壁に見立て、私とソーナの名前の後に更に5本の線を引いてから俺と書いて差の表現をする一誠の説明はざっくばらんながらも割りと分かりやすく、全員が頷きながら聞き入っていた。

 

 

「この間にも一応ギャスパーや………瞬間風速等を考慮すればグレイフィアやヴェネラナのババァやジオティクスのおっさん……後はセラフォルーも入る訳だが、そこは割愛することにして、この10という数値の上――つまり11からは完全に人外の領域だ。

リアスやソーナなんかはわかるだろう? 1という数値の壁を乗り越えるのにどれだけの力が必要なのかが」

 

「そうね……」

 

「文字通り死の手前まで追い込んでやっと乗り越えられるってばかりだもの。嫌でもわかるわ」

 

 

 ひとつの壁を乗り越える事がどれだけ大変かなのかはよくわかってる。

 わかってるからこそ一誠の居る位置は凄まじいものだと理解してたつもりだったのに、お兄様もあのレイヴェル・フェニックスもそんな一誠を越えた先に立ってるなんて、理不尽にも程があると思ってしまうのは仕方ないと思う。

 

 

「俺のスキルはその壁を永久に越えられる――あくまで可能性を秘めたもの。

リアスやソーナも磨けば光るし、塔城に至っては潜在的なものはこの中の誰よりもある。

だがサーゼクスやあのガキはそれを真上から平然と笑って蟻か何かを踏み潰せる本当の化け物領域に居やがるって訳だ……わかったか?」

 

『………』

 

 

 『なじみの分身位置の奴等は決まってそんなんばっかりだ。悪平等って概念を根底から作り直して完全な少数派にしてからは更にな……』と、呟きながらホワイトボードに書いた文字を消していく一誠の説明が何度も頭の中でリピートする。

 

 現状、お兄様以外の魔王すら凌駕してると言われる一誠ですらまだ到達していない本当の領域に、私やソーナよりも年下で小猫と同じ学年年齢の女の子が立ってる。

 

 

「む、むかつく、やっぱり腹立つあの鳥女……」

 

「そのお気持ちは死ぬほどわかりますよ塔城様。

私もこれまで何度あのサーゼクス・グレモリーにその気持ちを抱いたか……」

 

「で、でも僕みたいな者から見てると、一誠くんとフェニックスさんに違いなんて無いように見えるんだけど……」

 

「それはまだ木場様があの小娘の本気を見てないからですよ。

見れば多分嫌でもわかりますよ……化け物だって―――だろ、ギャスパー?」

 

「は、はい……最後まであの子は僕達を前にして遊んでましたから……」

 

「オメーは完全に潜在パワーを引き出せたら12は固いんだがな……チッ」

 

「ちょ!? し、舌打ちしないでくださいよぉ……!」

 

「うるせーフィジカルエリートが……グレイフィアといいババァといい、今に見てやがれ」

 

「普段僕一誠さんにボコボコなのに……」

 

 

 世の中はやっぱり広すぎる。

 お兄様曰く、並みの神々すら殴り飛ばせる領域に生息する一誠の更に上には上が存在するだなんて……。

 

 心が折れるより寧ろ笑ってしまう………。

 

 

「じゃあもう越えて見せるしかないじゃない、そんな事言われたら……」

 

「ええ、というか然り気無く一誠に褒められたし、それで満足してはいけないでしょ」

 

「良いなー……私はスキルとか持ってないから仲間外れだよ……」

 

 

 より高い目標を超越してやろうという気持ちが芽生えてしまうから。

 

 

「あの、ちなみに私や祐斗君なんかはどれくらいなんでしょうか?」

 

「え? あー……無理矢理付けるとするなら木場様は0.5くらい?」

 

「完全にお話にならないね僕……」

 

「私は……?」

 

「姫島様は0.8くらい? 両者共今はですがね」

 

「と、ということは副部長に目処が立ったら今度は僕を鍛えてくれるのかい!? それもマンツーマンで!」

 

「アナタ様が望まれれば……まぁ。

一人だけしないのも変な話――」

 

「ひゃっほう!! ランニングしてきまーっす!!!!」

 

「――――――何なんですか急に……」

 

「0.8……何とかして小猫ちゃんと同じスタートラインに……」

 

「…………」

 

 

 レイヴェル・フェニックスにだけはこの借りを利子つきで返してやるわ。絶対に。

 

 

 

 

 レイヴェルが一誠よりも更に上に立つという、衝撃的事実を知ってより強さへの渇望を強めたリアス達。

 その中で今現在一誠に直接叩き込まれてる姫島朱乃は1という壁の向こう側にあるスタートラインに立つ為に必死だった。

 

 

「30分時間を設けます。その間にセラフォルーに一撃与えてください」

 

「……え゛?」

 

「よーっしゃ! ステッキが火……じゃなくて氷吹くぜ!☆」

 

 

 しかしその修行はセラフォルーがやって来ちゃったせいで鬼畜難易度であり、リアスやソーナが同情的視線を向けられる程度には過酷なものだった。

 

 

「お姉様に一撃か……」

 

「タイミングが悪いというかなんというか……」

 

 

 ブンブンと撲殺ステッキを振り回して張り切るセラフォルーを見て悟った様な顔の二人をみてるだけで朱乃にしてみたら嫌な予感しかしない。

 真夜中の学園の運動場を借りての修行は、気付けば一介の転生悪魔と魔王のタイマンに発展していたのだった。

 

 

「いーちゃんいーちゃん、反撃はアリなの?」

 

「殺すつもりでいけ」

 

「ちょ!?」

 

「よーし☆ 魔王少女レヴィアたん、出撃しまーす!」

 

 

 端から見れば単なる虐めだ。

 何せ相手は悪魔の長の一人で、最強の女性悪魔と吟われる魔王レヴィアタン。

 

 サーゼクスという一人で平然とその気になったら多勢力に一人で喧嘩売りつつペンペン草すら這えない程度に殲滅できる化け物のせいで霞んでしまうかもしれないが、このセラフォルーという女性もまた一誠という存在により地味に『進化』した存在。

 

 故に例え手加減だとしても、その一撃は殺戮クラスだった。

 

 

「魔力は使わないであげる! てい☆」

 

「ひぇ!?」

 

 

 魔法のステッキで地面を殴れば地は砕け。

 

 

「レヴィアたんパーンチ!☆」

 

「きゃあ!?」

 

 

 一誠の影響か寧ろ徒手空拳に強くなったその拳が空を切れば、それだけで空間が歪み。

 

 

「レヴィアたんスーパーキーック!!」

 

 

 その蹴りは衣装のせいで下着丸見えの掛け声のせいで間抜けに見えても殺人級……つまり朱乃はもう泣きながらも必死にならざるを得ないのだ。

 

 

「どうしたの? 遠慮しないで魔力とかバンバン使いなさい?」

 

「うぅ……!!」

 

 

 かするだけで死を連想させるセラフォルーの攻撃から這う這うで逃げ続けきた朱乃は、挑発の言葉を受けて必死こいて自身の身に蓄積された全てを放出するが、それでもセラフォルーは一誠の如く片手で全てを叩き落とす。

 

 

「お姉様ったら飛ばしてるわね……」

 

「仕方ないとはいえあの朱乃が泣きっぱなしだわ」

 

「レヴィアタン様って先輩が表現した数値でいうとどれくらいなんでしょうか?」

 

「それは一誠に聞かないとわからないけど―――どうなの一誠?」

 

「………………………8くらい」

 

「8か……たまに瞬間風速で一誠に食らいついてるし、納得の数値ね」

 

 

 ニコニコしながら朱乃を追いかけ回してるセラフォルーを微妙な顔付きで8と表現する一誠にソーナとリアスは割りとあっさり納得した様に頷き、小猫やギャスパー、祐斗……それから付いてきた匙達は感覚が麻痺してるのか、逆にセラフォルーの評価の高さに驚いていた。

 

 

「魔王様だしとは思ってたけど、そんなに高いなんて。しかも先輩から……」

 

「そりゃそうよ、一誠が小さい時なんかはセラフォルー様が歳上としての威厳の為に小競り合いをしてね。

その都度ケタケタと一誠は笑いながらセラフォルー様をバカにしてたものよ?」

「そうそう、必要性が無いのにお姉様の服を吹き飛ばしたりね?」

 

「……………………」

 

「おまっ!? そ、そんな事までしたのかよ!?」

 

「わ、分かりやすく心をへし折ろうと当時無い頭で考えた結果だったのです。

あ、あんまり効果はありませんでしたし、今は流石にやって――――」

 

「と、言いつつ実は昨日手合わせした時にいーちゃんにおっぱい揉み揉みされちゃった☆」

 

「だからちげーって言ってんだろうがァァァッ!!!!」

 

 

 セラフォルーに対しての扱い方について否定しようとした途端、然り気無く聞いていたセラフォルーから待ってましたの如く飛び出した言葉に全員の視線が……特にソーナ眷属女性陣は非難めいたものに変わる。

 

 

「あのさ、日之影くんってひょっとしてスケベなの?」

 

「普通そんなことしないわよ? 女性の服を吹き飛ばすなんて……」

 

「しかも笑うって。何だか小学生の低学年の子が気になる女の子をいじめるってものを感じるんだけど」

 

「え、そうなの!? お前実はレヴィアタン様のこと……」

 

「ふざけんなボケ!! 誰があんな人間から見たらミイラみたいな歳した奴に欲情すんだよ!!!!」

 

 

 匙の言葉に対し、思わず全力否定になる一誠だがかえって逆効果だった。

 

 

「あ……匙達なのに思わず素になってる」

 

「毎日際どい写真ばっかり携帯に転送されてるし、まさか一誠実は図星で――」

 

「よーし、テメー等全員そこに並べ。

姫島と同じ修行をしてやるよ」

 

 

 挙げ句ソーナとリアスの言葉がトドメとなり、逆ギレを開始した一誠。

 ある意味セラフォルーのお陰でそんなに関わりの少ない面子に強気になれた一誠くん。

 

 

「えへ、それと昨日縛られて………えっへへへ☆」

 

「勝手にやってんだろうが! もう黙れ!!」

 

「日之影くん、そんな事まで魔王様に……」

 

「何であのバカばっかの言葉を鵜呑みにするんだよ!」

 

 尊厳はぶち壊しだが。






補足

とまあ、修行中にバラされて尊厳丸潰れ気味の中、水面下で事件が発生します次回。

その2
結果だけみると割りと散々なセラフォルーさん。
ちょっとしたお返しみたいなもんです


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復讐神(リベンジェンス)

然り気無く時系列無視で始まりかけてる。

タイトルは誤字にあらず。


 鬼畜的修行メニューだけども、一誠は基本的に強制はしなかった。

 無理なら無理、やりたくなければ強制はしない。

 

 そんなスタンスを態度で示すかよそよそしく口に出したりしてるのが一誠流だが、事リアスとソーナに限りそれが無い。

 寧ろ二人に対しては遠慮という概念が仕事をせず、無理なら朽ち果てろとまで言い切る鬼っぷりを見せる。

 

 それだけ期待している……という心を恥ずかしくて隠したいから。

 つまり一誠は基本的にチョロいのだ。

 

 なのでそれが相手に伝わる伝わらない云々は別にして、朱乃に対しての修行内容が鬼畜化していくのはもしかしたらそんな心意気がある――――

 

 

「お、奥歯が……」

 

「折れた。だからちょっと待って欲しい、ですか? アナタは殺し合いの真っ只中の敵にも同じ事を言うのですか?」

 

「い、いえそんな事は……」

 

「ですよね? なら続けましょう」

 

「は、はひ……」

 

 

 ――のか、は男だろうが女だろいうが関係なく顔を殴り抜け、歯やら鼻やらを冷徹な顔してへし折る今の一誠のみぞ知る。

 

 

 

 

 今まで一誠くんから色々と手解きを受けた事はあった。

 けれどそれが本当に加減されたものだったんだなと今私は身体の痛みに耐えながら思う。

 

 

「前々から疑問に思ってる事がひとつあるのですが、差し支えなければお聞きしても?」

 

「えっと……はい……」

 

 

 全身に残る鈍い痛みに立てない私を家まで送ってくれ、更には決して安くは無い秘薬を使って治療までしてくれる一誠くんに、ほんの数ヵ月前までなら会話すら考えられなかったな――なんてぼんやり思いながら何の疑問かと頷く。

 

 私を鍛え、セラフォルー様と辺りが吹き飛ぶ勢いのある……本人達曰くの遊びをした後だというのに、ヴェネラナ様やグレイフィア様達に無理矢理着ろと言われて以降、授業以外はずっとその格好である燕尾服姿にはグレモリー家とシトリー家の合わさった紋章が胸元に刺繍されていて、彼がそれほどまでに両家から信頼されているのかがよくわかる。

 

 

「アナタ様は強くなる気があるのですか?」

 

「……………え?」

 

「ここ最近と、アナタ様がリアスの女王となってからをある程度は把握していますが、アナタは駒の特性しか利用せず、持って生まれた方の力を使おうとはしない。

使ったとしてもほんの少しだし、この鍛練でも頑なに使おうとはしない。

もう一度聞きますよ姫島様―――――アナタは強くなるつもりが本当にあるんですか?」

 

「そ……れは……」

 

 

 全部を見透かすような瞳に私は思わず目を逸らしてしまったのと同時に胸の奥がズキリと痛んだ。

 一誠くんの言うとおり、私はこの修行に対して十全で挑んでは無かった。

 リアスの女王として転生した力しか使ってない。

 

 

「堕天使・バラキエルと人間の女性の間に生まれた――ハーフ堕天使でしたか? アナタがほんの触り程度に使われる雷の力はその堕天使の血によるものだというのはアナタがリアスにより保護された時に聞かされました」

 

「っ……!」

 

 

 私の身体には堕天使の血が流れている。

 私と母を不幸にした男の血が……。

 だから一種の嫌悪感があって全力で使った事は無い。

 以前シトリーさんとのレーティングゲームを行う前に、フラフラと勝手にグレモリー家に上がり込んでいた堕天使総督のアザゼルにも同じ指摘を受けたけど、アザゼルに指摘されるよりバツが悪い気がしてやまない……。

 

 

「まぁ、アナタ様にも事情とやらがおありですし、使いたくなければ使わないでいれば構いませんがね……」

 

「………」

 

「使う使わないは個人の自由ですし」

 

 

 嘘だ。個人の自由だのと言ってるけど、恐らくこのまま逃げ続けたらきっと一誠くんは私を見限る。

 力があるのにそれを使わず、弱いままでなぁなぁになり続けるという事を嫌う一誠くんはきっと……。

 

 でも、私はそんな恐怖を抱いてるのにも拘わらず嫌悪により使えない。

 私が人と堕天使の間に生まれた、どちらからも迫害されうる半端者だから………いえ違う、もしも一誠くんが堕天使嫌いだったらと思ってしまってるから……。

 

 

「所詮、血の繋がりなぞあった所で助けにはならない」

 

「え……」

 

 

 せめぎ合う心に葛藤する私を暫く見ていた一誠くんが不意にポツリとそんな言葉を口にした。

 私は思わず顔を上げて腕の傷の消毒をしてくれる一誠くんを見る。

 

 

「同じ顔をしただけの他人を実の子と断定し、本当の子の事を他人と勘違いした奴に血の繋がりもクソもありゃしない。

だが不幸とは思わない……それを糧に俺はここまで来れた」

 

「………」

 

 

 誰の話をしてるのかと一瞬考えた。しかしそれがすぐに誰の事なのかわかってしまった私は、ご奉仕モードから少しだけ素になりかけた口調の一誠くんの言葉を聞き入っていたしまった。

 

 

「仮に俺がアンタの立場なら、その流れる血の力を完璧に使いこなし、その上で音沙汰無しな相手をその力で踏み潰し、完全に自立してやる。

そうすることでハーフ堕天使の姫島朱乃という枷から抜け出せると思うしね」

 

「あの男を……越える……」

 

「そう。忌々しい相手にストレスを抱きたくなくば、この元凶を捻り潰し、逆に与えてやるんだよ――――――――恐怖とトラウマを」

 

 

 超える。あの男を敢えて受け継いでしまった力で超越する。

 考えた事が無かった。母が死んだのがあの男のせいだと思って毛嫌いしたこの血と力を以て超越し、枷から抜け出すだなんて。

 

 

「でもアンタを見てる限り、俺とは違って和解できる芽も残ってるかもな。

あの白ガキもそうだったが……」

 

「へ?」

 

「いや、こっちの話。まぁつまり何が言いたいのかというと、本気で強くなるつもりがないならこれ以上は無駄だって事だ」

 

 

 怪我の治療を終えた私の腕を離した一誠くんがそのまま立ち上がる。

 

 

「嫌いな奴の力だから使わない。けど強くなりたい―――そんな考えは烏滸がましいとは思わないか? だからアンタは1という領域に到達できないんだ」

 

「………」

 

「これまで俺にとって都合の良い潜在能力を秘めた連中だからこそこんな簡単に鍛えられたが、アンタの場合はそうじゃないからな。

やる気が無い奴を引っ張り上げるなんて怠くてやってらんねーよ」

 

 

 つまらなそうに鼻を鳴らす一誠くんを見て私はハッとした。

 その内見限られる……じゃなくてもう既に見限られ掛けていた事に。

 

 

「ま、待って!」

 

 

 私に対しての何かが一誠くんの中から抜けていくのを冷めきった目を見て理解してしまった私は軋む全身の骨の痛みも忘れて私の家から去ろうと部屋を出ようと背を向けた一誠くんの燕尾服の裾を掴んでいた。

 

 もうとにかく必死だった。見捨てられたくないという一心だった。

 

 

「い、嫌っ! 言うとおりにするから見捨てないで!!」

 

「見捨てる? ちょっと待て、何だその見捨てるってのは……」

 

 

 その果てにどんな事になろうとも、見捨てられるよりは良い。

 困惑してる一誠くんに気づかず、私は今やっと『自分』と向かい合う決意をした。

 

 

 

 

 ちょっとした勘違いから厄介な事に発展する。

 それはどこにでも起こるうる事象の様なものだが、逆にプラスになる事もある。

 やる気が無いと解釈したと思い込み、一誠に見捨てられたくないとそれまで嫌悪していた己の血の力と向かい合う様になった朱乃がそうであるように。

 

 

「コカビエル? それって堕天使の……」

 

「ああそうだ。先日そのコカビエルが我々側から七本に別れた聖剣を幾つか強奪してな。この町に潜伏しているのだ」

 

「それは気配で分かるけど、コカビエルって聖書にも載ってる大物クラスの堕天使じゃない。

何でよりにもよってこの町に……」

 

「それは本人に聞かないとわからないわ。そういう訳で私達がコカビエルから聖剣を取り戻す間、アナタ達悪魔達は干渉しないで欲しいの」

 

 

 いつもの部室に訪れる騒動の予感にリアスの顔付きは渋いものになっていた。

 

 

「理由は何と無く察するけど、堕天使と手を組む程私達も暇じゃないわ」

 

「口だけではどうとでも言える。上はお前達を一切信用してないのでね」

 

「そういう事」

 

「あ、そう……」

 

 

 

 リアス達の住まう町に堕天使の大物が敵対してる勢力から聖剣を強奪して潜伏している……という今回の話。

 それに伴い天界側から派遣された二人組の悪魔祓いと話し合いを代表としてソーナとリアスがしてるのだが、どうにも悪魔祓いの二人組は悪魔を当たり前だが信用してない様子。

 

 

「逆にアナタ達だけでコカビエルを抑えられるのかしら?」

 

「返り討ちにされるかもしれませんよ?」

 

「別にコカビエルと一戦交える訳じゃない」

 

「要は聖剣さえ取り戻すか、最悪壊せば良いのよ。それを邪魔しないで欲しいだけ」

 

「「……」」

 

 

 わかっちゃいるけど信用ゼロだなぁ……とソーナとリアスは互いを見合せながら小さくため息を漏らす。

 別に信用なんてして欲しいとは思わないが、こうも牽制ばっかりされると地味にムッとしてしまう。

 

 

「わかったわ。言われた通りにするから早いとこ奪還だの何だのして頂戴。ソーナもそれで良いわね?」

 

「ええ、欲を言うなら迅速に」

 

 

 しかしそこは我慢して干渉しない事を約束し、二人組が退室していくのを見送る。

 そして完全に二人組が居なくなったのを見計らったリアスはまず複雑そうな顔をしていた木場祐斗に対して気遣うようにして声を掛ける。

 

 

「大丈夫祐斗? よく我慢したわね?」

 

「騒いでご迷惑は掛けたくありませんから……」

 

「そうか、木場くんはそういえば……」

 

 

 リアスの言葉に祐斗は曖昧に微笑み、ソーナはなにかを思い出す様に呟く。

 木場祐斗の過去に絡み付いていた聖剣という概念に。

 

 

「木場がどうかしたんすか?」

 

 

 勿論新参の眷属達は事情を知らずに口々に祐斗の様子が変な事に疑問を感じるのだが、それを語るには祐斗自身の許可が無い限り無闇に話せるものでは無いため、リアスとソーナは曖昧に答えて誤魔化した。

 

 

「ちょっと……ね」

 

「私からは言えないわ。木場くんの許可が無いと……」

 

「僕は別に皆さんなら話しても構いませんが……」

 

 

 祐斗はそう言うが、漂う空気がどんよりとしたものだったので匙達も深くは聞けず、堪らず話題をそらした。

 

 

「そ、そういえば日之影はどこに? 姫島先輩もいないし」

 

「それに塔城さんは?」

 

「朱乃なら今日も一誠に鍛えて貰ってから合流する予定で小猫はフェニックスさんに戦いを挑みに行ったわ。

多分どっちもそろそろ来る筈だけど……」

 

 

 両眷属達が集まる中、小猫、朱乃、一誠の三人が居らず、どうやらそれぞれ鍛練と喧嘩をしに留守にしていた様で、リアスの言葉に追従するかの如く部室の扉が開けられる。

 

 

「遅くなりましたわ」

 

「……」

 

「やっほー! ソーたん☆」

 

 

 開けられた扉から姿を見せるは、学生服に身を包む朱乃と一誠―――――それから何故かまた居るセラフォルーだった。

 

 

「れ、レヴィアタン様……!?」

 

 

 驚く眷属達は姿勢を正そうとするが、その姿に硬直してしまう。

 

 

「お姉様……何でまた来てるんですか? しかもこの学園の女子制服を着て……」

 

 

 自称正装もインパクトがあったが、今のセラフォルーの格好はソーナやリアス達駒王学園女子の着る制服姿であり、眷属達の殆どを硬直させていた。

 

 

「一誠? 何でお姉様が制服を?」

 

「知るか。コイツが勝手に着たんだ」

 

「え~ そんな言い方しないでよいーちゃん」

 

 

 腕に絡み付こうとするセラフォルーの頭を掴んで押し退けながら一誠は疲れた様にソーナに返す。

 その様子から見てひと悶着あったのは想像に難くないのだが、ふと一誠の手に布に巻かれた長い棒の様な物がある事に気づく。

 

 

「あら一誠? それはなに?」

 

 

 何かの修行道具かしら? と予想しつつも一誠に聞くリアス。

 が、返ってきたのは予想だにしないものだった。

 

 

「ここ来るまでにどこぞのバカがセラフォルーと姫島を悪魔だと見抜き、挙げ句襲い掛かって来たんだ。

まあ、呆気なく返り討ちにしたんだが、その時そいつが妙な物を持っててな、セラフォルー曰くそれがどうも……」

 

 

 シレッと通り魔に襲われたと話す一誠が布を解く。

 そして露になったそれに一番驚いたのは祐斗だった。

 

 

「そ、それ……聖剣じゃないかい?」

 

 

 布が解かれて露になった剣を見た瞬間、耐性の低い匙達は何とも言えない嫌悪感を抱くそれに祐斗は信じられないと固まってしまう。

 それまで憎悪していたものが、先程まで悪魔祓い二人組が持ってたそれと同等の品――即ち聖剣だったのだから。

 

 

「た、タイミング悪いわねぇ。さっきその聖剣を取り戻そうと私達に交渉しに来た二人組の悪魔祓いが居たのに……」

 

「お姉様も聞いてますよね? この町にコカビエルが潜伏してるって」

 

「え? あぁ、そういえば昨日サーゼクスちゃんからミカエルちゃんから連絡あったって聞いたかも。

いやでもほら、ソーたんとリアスちゃん達なら問題ないかな~って思ってたし、私も暫く居るから大丈夫だと……うん」

 

「アバウト過ぎるでしょそれ……」

 

 

 雑な扱いでテーブルに置かれた聖剣のひとつを遠巻きに眺めながらリアスとソーナは頭を抑える。

 その通り魔が九分九厘コカビエルの手の者で間違いは無いのだけど、何でよりにもよってセラフォルーと一誠がセットになってる時に襲ってきたのか……アホなのかとしか思えない。

 

 

「祐斗くんの事もあるし、一応持っていった方が良いと私が言いまして……」

 

「そうなの? まぁ拾ったとでも言えば向こうも納得してはくれるだろうけど……」

 

 

 チラっと祐斗の様子を窺いながら呟くリアス。

 

 

「一誠くん、物は相談なんだけど……この剣壊れた事にするって流れにしたらダメかな?」

 

「は? …………あぁ、そういう事ですか。良いんじゃありませんか? 盗まれたり拾われたりするのが悪いですし事故で破損しても文句言われる筋合いは無いですよきっと」

 

 

 別に破壊されようがどうでも良さげな一誠と、取り敢えず憂さ晴らしに壊したい祐斗の会話を聞くに、この聖剣の運命はどうやら決まってしまったらしい。

 拾ったのが偶々聖剣で、偶々調べたら壊れた………とでも言えば多少は誤魔化せる……。

 

 

「先にコカビエルを抑えるべきだと思う?」

 

「何かしでかされても嫌だし、それが一番てっとり早いんじゃないかと思う。

幸い今ならセラフォルーお姉様も居るし全員突撃でいけるわ」

 

 

 『ば、バカ日之影! その剣こっちに向けるな!!』と、入手してしまった聖剣で遊び始める一誠や匙達を横目に王同士は話し合う。

 

 本来なら壮絶な戦いの前触れだったのが、壁を超えた存在がこの中でも最低4人以上は存在するせいか、コカビエルに脅威が感じられないからこその緩い空気。

 

 

「耐性をつける特訓に使えそうですねこれ……ねぇ?」

 

「あ、あぶねぇ!?」

 

「きゃあ!? こ、こっちに向けないでよ!」

 

「私達の弱点って知ってる癖に何でそんな事するのよ!」

 

 

 

「「………」」

 

 

 若干楽しそうに逃げ惑う眷属達に近寄ろうとする一誠を暫く見ていたい気もするが、取り敢えず今は手にいれてしまった聖剣の今後……つまり祐斗によって破壊された後の言い訳を考える事にしたソーナとリアスだった。

 

 

「ぐすん……ま、まげたぁ……!」

 

「小猫ちゃん……」

 

「ふっ、まだまだですわねぇ」

 

 

 別の所では小猫がレイヴェルとの喧嘩に負けていたりするのもまた余裕だからなのかもしれない。

 

 

おわり

オマケ・制服萌え

 

 

 一誠により種族としての力も使い始めた朱乃は、それまでの伸び悩みが嘘の様にその力を伸ばしていた。

 そんな修行の最中、暇さえあればこっちにやって来るセラフォルーは、ふと一誠も学生やってるのだからと、自作コピーした駒王学園の制服を御披露目した。

 

 

「じゃーん! 見て見ていーちゃん! ソーたんやリアスちゃん達と同じ服装だよ☆」

 

「……………」

 

「れ、レヴィアタン様……」

 

 

 似合うか似合わないかと言われたら、寧ろ似合うセラフォルーの姿に朱乃は若干負けた気分になりつつ横目で一誠の様子を窺う。

 

 

「無理したオバハンが主演してるコスプレ系のエロビデオみたいだな」

 

「ぶっ!?」

 

「お、オバハン……」

 

 

 そんな一誠は短いスカートをヒラヒラさせながらコメントを期待していたセラフォルーに対して見も蓋もない言葉でバッサリ切った。

 実年齢はともかく、外見は見事に女子高生で通用するというのにも拘わらず、一誠のコメントは辛辣通り過ぎてただの暴言だ。

 

 

「い、一誠くんそれは少し言い過ぎな気が……」

 

「良いんですよ。あのバカは調子に乗らせるととことん付け上がりますから」

 

「オバハンなんて酷いよいーちゃん! 私悪魔だもん! ずっと若いもん!」

 

 

 ちょっと泣いてるセラフォルーが詰め寄る。

 

 

「大体おばさん呼ばわりするけど、いーちゃんはそんなおばさんにチューしたじゃん! 私あの時初めてだったんだよ!?」

 

「う……」

 

 

 泥酔状態の時を引き合いに出された瞬間、苦虫を噛んだ様な顔となる一誠。

 どうであれそれは事実なだけに言い返せないのだ。

 

 

「しかも二回目の時は押し倒したし……」

 

「わ、わかった。訂正するから――」

 

「押し倒して服脱がしたし……」

 

「だから黙れ――」

 

「出ないって言ってるのに、いーちゃんは全部無視してちゅーちゅーって赤ちゃんみたいに……」

 

「うるせぇぇぇっ!!!」

 

「……………」

 

 

 思い返して頬まで染めるセラフォルーに大声を出すが、ヴェネラナやグレイフィアの様にオバハン呼ばわりすればしっぺ返しが来ることをいい加減学ばないのが悪かった。

 

 

「くそ、何でそんな事したんだあの時の俺は!!!」

 

「よ、酔ってたから仕方ないと思うわよ? 何せ無差別だったし……」

 

「無差別と言われたら余計に凹むんですけど! ちきしょう……」

 

 

 ピンポイントでセラフォルーに対してやらかしてるあの時の自分の間抜けさが憎くて仕方ないと項垂れる。

 結局この後それに突け込まれてセラフォルーの制服姿を褒めなければならなくなったりと大変だったのは云うまでもない。

 








補足

朱乃さん、見捨てられると早合点して勢いでふっきりだす。
しかしある意味で白音たんと黒歌さんのオチに似たフラグが……。


その2
早々に聖剣のひとつが手に入ってしまったのと、ぶっ飛んだメンツ達のお陰で復讐心の暴走が抑えられてる木場きゅん。

まあ飛び出した所で刹那で捕まりますからねぇ……。

その3

どんどんと泥酔時にセラフォルーさんにやらかした所業が具体的になっていく。
どうやら酔うと本来の一誠に追従するなにかが解き放たれるのかもしれない……いや、無差別な辺り彼の方がヤバイかも。



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ようこそ人外の領域へ

前半ほのぼの、ラストらへん急展開。




 木場祐斗にとって、聖剣というのは自分の人生を破壊した元凶のひとつだと思っている―――――のと同時に、出会いの理由とも思っていた。

 

 身体を弄くられ、励まし合った仲間を手に掛けられ、生き残ってしまった自分に差し出された悪魔の手。

 

 その手を取り、騎士として再生した先に居た人間のままの同い年の少年。

 

 木場祐斗にとって、聖剣自体も憎いが同時にそれがあったからこそ今の己があることも自覚していた。

 勿論聖剣は嫌いだし、自分達の尊厳を踏みにじった当時の連中は許せない。

 

 だからこそ木場祐斗は失敗作なりに力を磨き、その時が来るまで待った。

 そしてその時は今まさに――目の前に。

 

 

「木場ァ、お前そんな過去があったんだな……」

 

 

 この町に奪われた聖剣がある。

 教会から派遣された二人の悪魔祓いにより知る事になった木場祐斗は当初秘めていた復讐の念が雄々しく己の中に燃え広がった。

 この町に持ち込まれた七つに別れた聖剣も悪魔祓いが持つ内二つの聖剣も出来ればこの手で破壊したい。

 

 だが復讐の赴くままに行動するには木場祐斗は剰りにも知ってしまった。

 

 主であるリアス・グレモリーがどれだけ自分を案じているのか。

 仲間達がどれほどに心配してくれるのか……。

 

 

「うん……」

 

「…………………」

 

 

 そして未知なる領域に居る同い年の少年。

 周囲の人物達によりもたらされた環境が木場祐斗少年に冷静さを与え、考えなしに突っ込む事を止めた。

 

 それが良いか悪いのかは分からない。しかし木場少年の周りに居る者達は全員、その復讐について否定するものは居なかった。

 

 

「祐斗に命じるわ。

堕天使コカビエルがこの町に潜伏しているから、町全体のパトロールと警護を行いなさい。

その際『偶々』聖剣らしきものを見つけた場合は町の人達の安全最優先とし、必要なら破壊しても構わない。

責任は私が全て取るわ」

 

「!? 部長……!」

 

「ふふ、皆まで言わないでいいわ。

モタモタされて町が破壊されてからじゃ遅いし、あの悪魔祓い二人だけじゃ不安ですもの」

 

 

 同情する者、遠回しに後押しする者。

 仲間に恵まれた木場祐斗は王のリアスの言葉に喜ぶ中、最高峰の後押しが追加される。

 

 

「待って、アナタ一人だけじゃもしもの時に危険だから協力者を取り付けるわ。

…………。祐斗に付いてあげられるかしら一誠?」

 

「え!?」

 

 

 リアスがその名を呼び、駒王学園の制服に身を包む一誠が無言で一歩前に出る。

 まさかの人選に驚く祐斗だが、内心ちょっとワクワクしていた。

 

 

「暫く修行を中断しますが宜しいでしょうか姫島様?」

 

「勿論、祐斗くんの事よろしくお願いします」

 

「副部長……」

 

 

 使いこなしたのか、すっかりご奉仕モードとなってる一誠の確認に対して現在マンツーマンで叩き込まれている女王の朱乃は笑顔を浮かべてうなずく。

 

 

「許可が降りましたので、ただ今より木場様にご協力させて頂きます。拙い部分もあるかと思いますがどうかよろしくお願いします」

 

「い、いやそんな……一誠くんが居れば百人力どころか万人力だよ! ありがとう!」

 

「………」

 

 

 襲撃者から聖剣を鹵獲した功績を持つ以上――いや、現段階このメンツの中で最上位に立つ日之影一誠の直接協力を得た事で俄然テンションが上がる祐斗。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 レイヴェルに敗北したばかりでテンションの低い小猫がギャスパーと共に親指をちゅーちゅーしながら此方を恨めしそうに見てる気がするが、そこは気づかないフリだ。

 

 

「私の所からも一人木場くんに協力させて欲しいのですが……」

 

「俺が行きます会長。俺も木場に協力したいんで……良いよな? あんまり役に立つかわからないけど……」

 

「も、勿論! 本当にありがとう皆さん!」

 

 

 組まれた即席チームは奇しくも同い年男子だけという珍しい組み合わせとなった。

 こうして始まる町のパトロール――――という建前に隠れての聖剣狩り。

 祐斗は心底仲間に恵まれたと噛み締めながら外へと飛び出すのだった。

 

 

 

 

 いけ好かないイケメン野郎。

 もっといけ好かない無口野郎。

 

 当初俺が会長の兵士になってから抱いた木場と日之影の印象は今となっては大分薄れた気もする。

 

 

「な、何だか新鮮だね。男三人だけで行動するのって」

 

「だよな。あったとしても集団か、日之影には何時も誰かしら引っ付いてたし」

 

「……。元々お二人とはそれほど接点もありませんでしたから」

 

 

 その大きな理由はあの無口で無愛想な日之影が間違って酒を飲んで普段のキャラが嘘みたいな泥酔をした際の大惨事だと思ってる。

 あれのせいでそれまでいけ好かないと思って話もしなかった木場に妙な親近感を抱いたんだからな……。

 

 俺も木場も『初めて』だったのに野郎に奪われたという意味で。

 

 

「先に言っておきますよ木場様。私は正直感知能力が乏しく、この町に持ち込まれた聖剣や気配を消してる堕天使がどこにあるのか特定できません」

 

「え、そ、そうなの?」

 

「いやよく考えたら納得できるかも。

前に見た時ヴェネラナ様が背後から驚かせた時も気付いてなかったし」

 

「あのババァ――じゃなくて奥様は少々特殊なんです」

 

 

 会長やグレモリー先輩曰く『ご奉仕モード』となることで漸くまともな会話が俺達でも出来るようになってから暫く経つが日之影も基本的に強いけどどこか抜けてるせいか妙に憎めない所がある。

 今会話に出た様に、グレモリー先輩や会長の母親に弄られたりする時の日之影はめちゃくちゃ感情的になるし、決して人付き合いが悪いって訳じゃあ無いんだよな…………雑魚呼ばわりはされるけど。

 

 

「とにかく片っ端且例の悪魔祓いの二人組とやらに警戒しながら捜索を行うのが今の所ベストなのかと」

 

「みたいだな。所で姫島先輩とセラフォルー様を襲撃した悪魔祓いを返り討ちにした場所ってどこだ? もしかしたらそこに手がかりのひとつがあるのかもしれないぞ?」

 

「たしかに……どこだかわかる?」

 

「勿論……ではご案内します」

 

 

 そんな訳で実は珍しい組み合わせとなって始まった聖剣こっそり壊しちゃおう作戦は、まず日之影達が襲撃された場所に行き、残ってるかもしれない何かしらの手掛かり探しから始まった。

 

 

「にしてもその悪魔祓いってのも運が悪かったな。

よりにもよってセラフォルー様と日之影が一緒に居る場面を襲撃したんだもんよ」

 

「だよね……同情はしないけど」

 

「そういえば、その際何故か私の顔を見て怒り狂ってましたね……」

 

 

 燕尾服だと目立つと制服姿の日之影がポツリと思い出した様に襲撃された時の状況を話す。

 どうやらその悪魔祓いは初対面の筈なのに日之影を見て怒り狂ったらしいが……。

 

 俺はふと日之影に目付きと背丈以外色々と似すぎて不気味な男について思い出した。

 

 

「なぁ、まさかとは思うけどよ、兵藤って居るじゃん? 日之影に顔が似てて赤龍帝らしい奴」

 

「うん、居るね。最近部長や生徒会長の所に来て売り込みをしに来なくなってから関わりも薄れちゃったけど……それが?」

 

「いやな? もしかしてその悪魔祓いって日之影をその兵藤と間違えたんじゃねーか……って思ってよ? ほら、俺達みたいに日之影と兵藤の違いが分かる奴にはアレだけど、知らないやつからしたら勘違いするんじゃね?」

 

「………………。十二分にあり得る話でしたね。そういえば奴の近くの神器使いの女は元々堕天使に騙された元シスターでしたし」

 

「じゃあもしかしたら兵藤君達を見張ればその悪魔祓いが現れる可能性が……」

 

「あり得なくはありませんが……」

 

 

 それまで無表情で何を考えてたのかが読めなかった日之影が一気に微妙な顔をする。

 日之影は兵藤が割りと嫌いらしい……しかしゼロではない可能性がある以上は確かめておいて損はない。

 

 

「一応確かめてはみようぜ。なにもなければそれで終わりで良いんだし」

 

「……………。畏まりました」

 

 

 あ、凄い嫌そうな顔してる。

 こりゃ相当嫌いなのかもしれねぇや。

 

 

 

 本当に嫌そうな顔をしながらも兵藤探しをした結果、割りとアッサリ見つかった。

 だが俺と木場も日之影に倣って多分渋い顔をしていた。

 

 というのも見つけた現場が普通のファミレスで、そこに例の神器使いの元シスターや見知らぬ色っぽい黒髪のねーちゃんまでは良いんだけど、同席しているのが……。

 

 

「…………………。悪魔祓いだよな? しかも昨日来た」

 

「間違いないね……」

 

「驚かされますね、ホントある意味」

 

 

 ファミレスから少し離れた物陰から三人して双眼鏡片手によく見なくても別にそこまで似てない気がする兵藤を見ていた俺達は、対面に座る悪魔祓いと親しげな光景に微妙な顔をしていた。

 いや、ただの神器使いで人間だからどこの誰と親しかろうが関係ないのだけど、こうもこっちの思ってる通りの斜め上な状況なのに手掛かりを掴めて喜んで良いのかわからないというべきか……。

 

 

「読唇術してみましょうか?」

 

「一応……」

 

「まあ、手掛かりになりそうだしな……頼むわ」

 

 

 端から見れば俺達は見事に不審者だが、覗いてる場所も場所な為通報の心配は無く、日之影に読唇術を頼んでみる。

 

 

「………………………………………。割愛しつつ要点だけまとめると、どうやら奴はあの悪魔祓いに協力するみたいです。聖剣の捜索を」

 

「何でそんな事になってるんだよ?」

 

「……………。悪魔祓いの片割れがどうも彼の幼馴染らしいです、名前は……………い、り、な……? …………………………………っ!?」

 

「? どうしたの?」

 

「い……いぇ……どうやらそのよしみらしいです」

 

「なるほどなー……どうする? 暫く尾行するか?」

 

「うん、そうした方が良いかも。

聖剣もそうだけど、その事件を起こした首謀者も探らないといけないからね」

 

 

 日之影が一瞬言葉を詰まらせた様な気がしたが、取り敢えず今回の任務を優先しないといけない考えが先んじて特に深くは聞かず、木場と話し合って暫く連中の動向を探る方向にする。

 

 

「イリナ……紫藤、イリナ……」

 

 

 日之影にとってはトラウマのひとつである事を知らずに……。

 

 

「暫く動く気配も無いな」

 

「だね……一誠くん、他には何か気になる事とかある?」

 

「あ、はい………………………………。リアスお嬢様とソーナお嬢様――というか、悪魔の事を貶してますね」

 

「は? どういう事だよ?」

 

「前まで自分を売り込みに来てたのに?」

 

「奴は基本的に自分の思い通りにならない相手を嫌う習性がありますからね。

その証拠にあの二人の女は奴を好いてる」

 

「あの金髪の方はわかるけど、黒髪は誰だよ? 凄い格好だが……」

 

「どこかで見た気がしないでもないんだけど、思い出せない……」

 

「SS級はぐれ悪魔の黒歌……塔城様の実姉です」

 

「「えっ!?」」

 

 

 木場が買ってきてくれたアンパンと牛乳を飲み食いしながら聞かされた衝撃的正体に俺と木場は思わず喉にアンパンを詰まらせそうになった。

 だってSS級のはぐれ悪魔って……相当やばいランクのはぐれ悪魔でしかもあの塔城の姉と聞かされれば驚かない訳がない。

 

 

「そ、それやばくねーか? 塔城は知ってるのかよ?」

 

「知ってます。以前直接対面しましたので」

 

「え、一誠くんもその場に?」

 

「ええ……ですが塔城様はあの女とは別の道を生きると向こうの提示をはね除けました。

それ以降大人しくしてるのかと思いきや……まさかこんな形で出てくるとは」

 

「マジかよ……あ、兵藤に抱きついて大騒ぎになってる」

 

「な、なんかなまじ一誠くんに顔が似てるせいでアレだね……」

 

「やめてください。あんな女に興味なんてありませんから私は」

 

「そこまで否定せんでも……」

 

「嫌なもんは嫌なんです」

 

 

 重なると話した途端、すっごい拒否な姿勢となる日之影の声は頗る低い。

 俺も男なので正直この双眼鏡から見える兵藤に恨めしさはあるからこそ、ついついぼやいてしまう。

 

 

「あんなねーちゃんならさぞ色んなことやってんだろうなー……」

 

「そこまではわからないけど……」

 

「そんなものは個人の自由ですが、思い通りにならない相手を途端に貶す嘗めた真似はするなと思います」

 

「もし仮に兵藤がどっちかの眷属になったらどうなってたんだろうな……」

 

「さぁ? ですが少なくとも私は即座に今の立ち位置を投げ捨てて姿を眩ましますね。

奴と同じ空気を吸うなんて吐き気がする」

 

「………。すっごい嫌いなんだね彼が」

 

 

 拒否のしかたが半端ない日之影は兵藤に何かされたのか? と思うくらい凄い拒否りっぷりだった。

 木場も若干気圧されてるし……うーん、謎だ。

 

 

「でも何と無くあの塔城のねーちゃんってセラフォルー様に似て――」

 

「上から下まで何もかも似てません。まったく似てません、ありえません。見てくれだけならセラフォルーの方がまだマシですよ、格好はともかくね」

 

「あ、いや、俺が言ってるのは顔とかじゃなくて、行動が似てる――」

 

「ですからまったく違います。行動? あのアホの行動に似てるアホなんてこの世に居ませんよ絶対に」

 

「わ、わかったわかった! 俺が悪かった! ちょ、ちょっとした冗談のつもりだったんだよ!」

 

「…………」

 

「さ、匙くん。あんまりそういう冗談はやめた方が良いよ。結構デリケートなんだから……」

 

「お、おう……今わかったよ。

普段見てると雑な扱いしてるのに、そこら辺は割りとアレなんだな日之影って……」

 

 

 木場に耳打ちされ、ブツブツ言ってる日之影を見ながら俺はそういう冗談は控えようと誓う。

 考えてみたらセラフォルー様に対する雑な対応も、それだけ付き合いがあるからこそだからと思うと納得できる。

 

 

「日之影って実はセラフォルー様の事好きだったりするのか………なーんて――」

 

「は?? はぁ??? はぁぁっ!!??

誰がですって!? 私が? あのアホを!? 何をどう見てそんなすっとんきょうな解釈なんですかねぇ!?」

 

「じょ、冗談だって! 声がでけーよ!」

 

「お、落ち着いて!」

 

 

 素になれる相手という意味でも………うん。

 

 

「じゃ、じゃあ会長やグレモリー先輩は?」

 

「サーゼクスに負けた罰ゲームとして元々こういう立場にされてるだけですから!!

好きだの嫌いだのなんて無いです。そもそも私は人間なんですよ」

 

「匙くん、もうやめてあげようよ。一誠くんがパンクしちゃうから……」

 

「あ、あぁ……悪かった」

 

「チッ」

 

 

 何だかなぁ……。

 

 

「大体あのセラフォルーのバカのせいだ。

それまで何とも思わなかったのに、あんな真似して変な事吹き込みやがって……」

 

「え、何かあったのか?」

 

「最近妙にセラフォルー様が一誠くんに積極的な事に関係してる事?」

 

「別に……」

 

 

 

 

 

 

 男三人が年頃らしい(?)会話で盛り上がってるその頃、その会話に出てきていた一誠と古くから付き合いのあるリアス、セラフォルー、ソーナの三人は……。

 

 

「流石は魔王様ですわ……ふふ」

 

「くっ……聞いた以上に強いねレイヴェルちゃんは☆」

 

「も、もう動けない」

 

「わ、私も……悔しいけど……」

 

 

 未知の領域の更に上の領域に君臨する年若き人外、レイヴェル・フェニックスに挑み、圧倒的な差に潰されていた。

 

 

「おべんちゃらは要らないよレイヴェルちゃん、私はいーちゃんにまだ追い付けてすらないからね……」

 

「いーちゃん……一誠様の愛称ですか。

ふふ、アナタ様は一誠様が……?」

 

「うん、大好きだよ。最初は生意気な子供だと思ってたんだけど、見事に取られちゃった……お陰で毎晩毎晩悶々として大変なんだから☆」

 

「なるほど、つまりアナタ様もまた潰すべき私の障害にですか……」

 

 

 数値で示すなら5でるリアスとソーナが15を誇るレイヴェルとの喧嘩に脱落する中、スキルを持たずして8という10に立つ一誠に迫る領域まで進化したセラフォルーだけがよろよろと所々焦げた衣服を身につけながら立ち上がる。

 

 

「スキルを持たずしてここまで自身を高められた事は素直に称賛しましょう。

ですが、私とて一誠様をお慕い申す気持ちは負けてませんし、アナタ様に力でも負けない―――故に少しだけお見せましょう」

 

 

 心配そうに見るリアスとソーナを背に闘志を示す様に構えたセラフォルーを見て、レイヴェルはギアを上げると宣言し、その手にグローブを嵌める。

 

 

「スキルは使いません。しかし代わりに私だけが至った血を越えた力をお見せしましょう……!」

 

「っ……!」

 

 

 グローブを両手に嵌め、額から朝焼けの大空を思わせる橙色の炎を灯したレイヴェルの圧力が更に増す。

 

 

「零地点突破……」

 

「なっ……!」

 

「こ、これは……」

 

「冷気……!?」

 

 

 その圧力と共にセラフォルーへ向かって手をレイヴェルが翳し、小さく言葉を紡いだその瞬間、セラフォルーの足下から腰に掛けてを一瞬にして凍り付いた。

 

 

「単なる技術のひとつですが、炎もマイナス化させれば逆に凍てつかせる事もできますのよ?」

 

「り、リアス……今の技術の模倣は?」

 

「っ! だ、駄目よ……理解はしても私というレベルが低いから使えない……!」

 

「……!!」

 

 

 凍らされた自分の身に向かって魔力で相殺しようとするセラフォルーだが、効果がない。

 

 

「無駄ですわよ。その氷は謂わば封印。

魔力で相殺しようとしてもその魔力をもはね除ける……」

 

「このっ、このぉ!!」

 

 

 必死に魔力をぶつけるが、必死になればなるほどそれを嘲笑うかの様に凍てついた身体は解放されない。

 

 

「一誠様なら恐らく力で砕く。

それがアナタ様達には出来ない……残念ですわ」

 

 

 額に灯した橙色の炎を両手のグローブにも移したレイヴェルは悔しがる三人にトドメを刺さんと上空へと飛翔する。

 

 

「殺しはしません。アナタ様方は一誠様にとって知らない間柄ではございませんから」

 

「あ、あの構えは……!」

 

「ま、まずいわ! せ、セラフォルー様を……!」

 

 

 左手を後ろに向けて炎を放ち、右手を此方がわに向ける構えを見た瞬間、リアスとソーナは以前見たものを思い出してセラフォルーを助けようと身体を動かそうとするが、既に動けなくなるまで叩き潰された後のせいで上手く身体が動かない。

 

 

X(イクス) BURNER超爆発(ハイパーイクスプロージョン)……!!」

 

 

 そんな状況でも放たれた無慈悲な業炎。

 それでも加減していると宣うが、喰らえばただでは済まされない炎の渦に三人は飲み込まれる。

 

 

(い、嫌だ……負けたくない……!)

 

 

 しかしその直前、命の危機に瀕したその刹那、セラフォルーの脳が活性化され、ただ負けたくないという気持ちが強く駆け巡った。

 

 奇しくもそれは完全な格上に与えられた挫折を前に抱いた一誠と同じものであり、今まさにセラフォルーも同じ気持ちとなっていた。

 

 

(私だけ除け者なんて……嫌だ……いーちゃんっ!!!)

 

 

 そしてその燻った気持ちが――

 

 

「む!?」

 

「え……」

 

「ほ、炎が、消え……た……?」

 

 

 

 

 

「…………………………………」

 

 

 セラフォルーという悪魔を何段階も押し上げる。

 

 

「掴めた。

やっと同じになれたよ、いーちゃん……」

 

「お、お姉様が……」

 

「進化した……」

 

 

 8から10。一誠と同じ人外の入り口の領域と同時に発現せしモノ。

 

 

おわり。





補足

セラフォルーさんが物凄い勢いでぶち抜いてる気がしないでもない。

まあ、昔っからある意味でマンツーマン修行してたまゆうなもんですし、魔王様ですからねぇ。
この時点で8という人外候補クラスやし……。

その2
代わりに一誠くんがより食べられやすくなる危険性が追加。
まあ、セラフォルーさんやソーナさんやリアスさんの事指摘されるとテンパり気味になるし、どうなんかなぁ。


その3
スキルの内容は決まってるけど、名前がいまいち決まらない。

ちなみに内容をネタバレすると…………キング・クリムゾン!! 的なそれ。




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他人は所詮ただの他人

続き。

ちょっとは……なんて思いがちだけどそんな事は無かったぜ


 蒔いた種が芽吹いていく。

 一誠に始まり、リアスとソーナ――そしてセラフォルー。

 隠しキャラとしてミリキャスが居たり居なかったりする訳だけど、とにかく一誠が与えし影響力は計り知れない。

 

 

「他人を引き上げるが此処までの水準とはね。

フラスコ計画の擬人化とはサーゼクスくんと安心院さんも上手い事例えますわね」

 

 

 眼下に倒れ伏す三人の女性同族を見つめながらレイヴェル・フェニックスは額に灯した炎を消すと、分身の本体とその反転に位置する人外から以前聞かされた言葉を思い返し、小さく笑みを浮かべていた。

 

 

「あらゆる状況に即時適応進化し、永久に強くなり続け、自分が"信じるに足る者"へもその進化の加護を与える。

この目で見たもの以外は信じない主義でしたけど、こう見せ付けられれば信じる他無いですわね」

 

 

 とあるお伽噺の主人公(めだか)と同等のものを剥奪された主人公(イッセー)という存在がゼロから覚醒させた性質。

 それはまるで視力を失えば他の器官が補うようかの如く積み重ねた進化の産物……。

 

 

「ますます欲しい……うふふふ♪」

 

 

 レイヴェル・フェニックスは今この時が愉しいらしく、倒れ伏す三人の一誠によって蒔かれた種を芽吹かせた後天的覚醒者を背に闇夜へと消える。

 永遠に完璧に成り得ない少年に対する渇望をより抱きながら……。

 

 

 

 

 

 レイヴェル・フェニックスとは実の所ライザー・フェニックスとのゲーム以来直接顔を合わせてない一誠。

 転入する形で小猫やギャスパーと同じクラスに入り込んできたのは聞いてはいるものの、向こうから接触してくる気配は無く、また一誠からも接触する事が無い為、小猫が喧嘩を売っては負ける話を聞く以外彼女の情報を耳にする事がない。

 

 

「奴等がペラペラ喋ってくれてよかったよな。

お陰で木場の仇の元凶の名前も聞けたし」

 

「うん……バルパー・ガリレイ……皆殺しの大司教」

 

「………」

 

 

 加えて今一誠は祐斗の仇討ちの調査に放課後外に出てるのでますますレイヴェルに接触する機会を失ってる。

 まあ、一誠本人自体がレイヴェルのキャラを苦手にしてる為に避けてる感が否めないというのもあるが。

 

 

「どうする? 奴等からそのバルパー・ガリレイって奴がこの街にいるかの調査に切り替えるか?」

 

「いや、どちらにしてもあの悪魔祓いの二人組が持つ聖剣を狙う筈だから、言い方は悪いかもだけど釣り餌になって貰うよ」

 

「カステラパンとコーヒー牛乳買ってきました」

 

 

 そんな一誠はと言えば、今日も祐斗と匙こと元士郎のフォローに出向いており、着々と祐斗の仇についての情報を手に入れつつ、まるでしたっぱのパシりみたいな真似をしていた。

 

 

「お、サンキュー、これパンとコーヒー牛乳代」

 

「僕も」

 

「いえ、お金は結構です。

無駄に給金という形で貰ってるので」

 

 

 もっともこの様に二人から命令されてやってる訳じゃないのでパシりという感覚は三人の中には無く、一般人とは最早呼べない位置に食い込み始めてる兵藤一誠の監視とそれと組む形で行動を共にしている二人組の悪魔祓いを泳がせて大元を釣り上げる作戦の為に買ってきたコーヒー牛乳とカステラパンを片手に今日もコソコソしている。

 

 

「日に日に兵藤と仲良くなってるけど、あの悪魔祓いは仕事を忘れてはねーだろうな?」

 

「流石にそれは無いと思いたいけど……うーん」

 

「…………」

 

「? どうしたんだよ日之影?」

 

「いえ、早く釣られろと念じてるだけですのでお気になさらず」

 

 

 グレイフィアとヴェネラナに無理矢理叩き込まれたせいで開花したご奉仕モードにより初期に比べて大分コミュニケーションが可能となった目付き最悪な方の一誠が、無言で兵藤一誠達を見据えてるのだが、その視線の先に在るのは兵藤一誠というよりは悪魔祓いの片割れに向けられていた。

 

 

「……ふん」

 

 

 だがそれは最初だけであり、当初こそ動揺があったものの、今の一誠にその様な感情は完全に消え失せていた。

 何がどうして一誠を動揺させたのかは、視線の先にある一人の少女に関係してるのだが、真実は闇の中だ。

 

 

「………………あ!」

 

 

 そんなこんなで古くさい刑事ドラマみたいな監視を続けて早4日目。

 そろそろ見てるのだけにも飽きてきたという心境が少し芽生えて来たそのタイミングに祐斗の何かに気づいた声でそれは起こった。

 

 

「ほ、包帯だらけのミイラみたいな人が向こう側の人達を襲撃してる!」

 

「やった! これは釣れたんじゃないか!? そうだろ日之影!」

 

「そうかと……。というかあの包帯だらけの者は恐らくこの前我々を襲った輩ですね」

 

 

 遂に監視対象を餌に事件を起こした存在の一派とおぼしき者が現れ、兵藤一誠達を襲撃し始めたのを見て祐斗も元士郎も待ちかねた気持ちを押さえられず立ち上がる。

 

 

「上手く奴が二本とも聖剣を奪ってくれれば後が楽なのですが……」

 

 

 兵藤一誠達……では無くてこの場限りあの名前すらどうでも良い襲撃者を内心応援しながら。 

 

 

 

 

 あの口調は間違いなくアーシアの時にも居たフリードというイカれ神父だと思うのだけど、まず兵藤一誠……そしてアーシアはその出で立ちに驚いてしまった。

 

 

「みぃ~つけたぁ~……このクソ野郎が!」

 

「お、お前その声、フリード……か?」

 

「な、何でそんな大怪我を……」

 

 

 目元以外の全身に巻かれた包帯。

 それはまるでミイラの様であり、殺意に満ちた声もあって中々の迫力だった。

 

 

「何で? 何でったか今? あひゃひゃひゃ!! ますますぶち殺したくなったぜぇぇぇっ!!!!」

 

「うおっ!?」

 

「イッセー! この、何するのよ!!」

 

「ぐはぁ!?」

 

 

 元から破綻した人格を垣間見る態度だったが、フリードと呼ばれた包帯男の今はそれに輪を掛けた狂いっぷりであり、殺意全開で兵藤一誠に飛び掛かった所を同行していた黒歌が合わせてカウンターの右ストレートで殴られても即立ち上がる。

 

 

「今日はそのクソ悪魔と一緒か? しかも元同僚ちゃんとも一緒だしよぉ、ますますムカつくねぇ!!」

 

「待てよ! 今日はって何のことだよ!?」

 

「とぼけるのが尚むかつくぅぅ!!!」

 

 

 バーサーカー宜しくに人数差も考えずに突撃するフードの言葉に違和感を感じて問い掛ける兵藤一誠だが、本人は聞く耳持たずの様子だ。

 

 

「俺っちから奪った聖剣返せボケが!!」

 

「だから何の事だ!? 聖剣なんか奪ってないし、そもそもお前とだって久々に今日会ったんだぞ!?」

 

「まだ惚けるのかクズがぁ!!!」

 

 

 一心不乱に殴り掛かるフリードを捌きながら困惑する兵藤一誠。

 まるで自分では無い誰かが自分に化けてフリードに何かしらしたかを思い起こさせ……ハッとする。

 

 

「お、おいもしかしてお前襲った奴は燕尾服みたいな格好してなかったか? 髪型はオールバックで……」

 

「ああ、してたねぇ! 痴女みたいな格好したメス悪魔と紅白衣装着たメス悪魔と一緒に歩いてたもんなテメェは!!」

 

 

 突き出される拳と足を捌き、距離を離させる兵藤一誠はそこで漸く気が付く。

 誰がフリードに重症を負わせたのかを……。

 

 

「おい待てフリード、お前に怪我させた奴は俺じゃねぇ。そいつは間違いなく悪魔に与する俺そっくりの男――」

 

「んなクソ下手な嘘を俺が信じるかよ死ね!!!」

 

 

 どこに居ても邪魔に存在、本来消え失せるべきだった成り代わり前のオリジナル。

 何の因果かリアス達により生き残っていた絞りカス同然の男……今は日之影という姓を名乗る一誠の仕業に行き着いた兵藤一誠は必死に自分では無いと訴えるが、フリードにしてみればそんな話を信じる信じない以前の精神状態の為、遺憾なくその殺意を爆発させ続ける。

 

 

「そっくり? 何のことだ?」

 

「イッセーくんにそっくりな人がいるの?」

 

「え、ええ……まあ……」

 

「悪魔側に属してる人間なんだけど、見てなかったの?」

 

「いや……それらしき人物は見てなかったが」

 

「うん私も」

 

 

 遂に反撃され、吹っ飛ばされて地面を転がるフリードを見ながら悪魔祓いの二人組ことゼノヴィアとイリナが、顔をしかめていた黒歌とアーシアに聞き、二人は渋い顔そのままに頷く。

 

 

「最低最悪な男だよ。イッセーに顔がそれなりに似てるだけにゃ」

 

「すぐ暴力を振るう乱暴な方といいますか……」

 

「なるほど、人間というのが引っ掛かるが悪魔側に属してるだけあるみたいだ」

 

「ふーん?」

 

 

 日之影一誠の暴力的な面しか知らない黒歌とアーシアにしてみれば妥当過ぎる評価に二人はなるほどと納得する。

 フリードというはぐれ悪魔祓いが何故あそこまで殺意にまみれてるのか……様子からして相当やられたのかが。

 

 

「白音をたらしこんだ最低男だよ……ホント」

 

「白音?」

 

「黒歌さんの妹さんです。リアス・グレモリーさんの眷属になってます」

 

 

 特に黒歌の日之影の一誠に対する殺意は半端ではなく、目の前で妹の関心の全てを自分から取ったと思い込んでるのもあってか、示す嫌悪の感情がドストレートだ。

 

 恐らく今目の前に現れたら二も無く殺しに掛かるだろう程に……。

 だからこそ……。

 

 

「……………………」

 

 

 現れたのはドンピシャなタイミングなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 最初は監視して、オメオメと逃げ帰るフリードの後を着ける形にしようと考えていた一誠達三人組。

 しかし襲撃したフリードが余りにも呆気なく兵藤一誠にやられ、このままでは捕まる可能性もあった為、仕方なく『町のパトロールをしていただけ』という体を装い、奇妙な組み合わせの集団目掛けて突撃をした。

 

 

「おいそこの奴等、いったい何をしてる?」

 

「集団リンチか何かかい? よくないと思うよ?」

 

「…………」

 

「っ!?」

 

「え……?」

 

 

 フリードが力尽きたタイミングで姿を見せる三人に身構えたイリナとゼノヴィアは、その中で一際異様な雰囲気を纏う少年の容姿に、先程聞かされていたのもあって驚愕する。

 

 その少年の容姿が、現れた途端これでもかと顔を歪めた兵藤一誠にそっくりだったのだから。

 

 

「ほ、ホントにイッセーくんにそっくり……」

 

「………」

 

 

 兵藤一誠とは『幼なじみ』であったイリナが思わずといった調子でその酷似さを呟いた瞬間、一誠と目があった。

 が、それも一瞬の事ですぐに興味の無いおもちゃを見るかの様に目線を外し、顔を歪める兵藤一誠を見下す様な冷めた顔つきで見ていた。

 

 

「お前ぇぇぇっ!!」

 

「!? よ、よせ黒歌!!!」

 

 

 一方、白音こと小猫のことで憎悪していた黒歌は、ドンピシャのタイミングで現れた日之影一誠を見た瞬間、全力の力と殺意を解放して一誠に襲いかかる。

 

 

「白音を今すぐ返せ!!!」

 

「うわ!?」

 

「っ!? SS級クラスは伊達じゃないね……!」

 

 

 その圧力に身体が硬直してしまった祐斗と元士郎に目もくれず、ただ真っ直ぐに無言で立つ一誠の喉元を掻き切ろうと肉薄した黒歌の手だったが、それは呆気なく虚をきった。

 

 

「あぐっ!?」

 

「………」

 

 

 それどころか逆に首を掴まれ、そのまま締め上げられる様に持ち上げられた黒歌は苦しみにもがき、蹴りを叩き込むがまるで通用しない。

 

 

「か……き…ぃ……く、くるしっ………!」

 

「く、黒歌! テメェ黒歌を離せ!!!」

 

「…………」

 

 

 自分に靡いた黒歌が危ないと見た瞬間、現金にも身体が動いた兵藤一誠が赤龍帝の力で自身を倍化させながら飛びかかる。

 しかしそれも呆気なく黒歌を締め上げた一誠がより早いカウンターの踵落としに脳天を叩かれ、そのまま地面へと縫い付けられてしまう。

 

 

「ぎぃ!?」

 

「あ、あ……あ……!」

 

 

 一瞬でふたりもの実力者を黙らせた一誠にアーシアは恐怖ですくみあがり、まるで某銀河戦士にやられた悟空の息子みたいな絶望の声を出している。

 

 

「…………」

 

「い、イッセーくんを離しなさい!」

 

「貴様等、何をしに来た。悪魔達の干渉は許さないと言った筈だ」

 

 本能的に一誠という兵藤イッセーにそっくりな男がヤバイと感じたイリナとゼノヴィアが聖剣を構えて威嚇する。

 だがそれに答えたのは一誠ではなく、その隣に居た元士郎と祐斗のふたりだった。

 

 

「別に俺たちだって干渉したつもりはねーよ。こっちは単に町のパトロールの仕事してただけなんだから」

 

「確かに聖剣の事については干渉しない約束はしたけど、それと町の治安維持とは別だしね。

騒ぎがあるから何だと思ったら君たちが居ただけだし」

 

「「……」」

 

 

 本当はもろに聖剣のひとつを確保してるし、ふたりの悪魔祓いを遠くから監視してたが、バカ正直に言うわけも無く尤もらしい言い訳で誤魔化す。

 隣で一誠がかなり冷めた顔で黒歌を締め上げ、兵藤イッセーの頭を足で踏みつけて地面に縫い付けてる姿を見て内心『よかった、敵じゃなくて……』と心底安堵しながら疑う顔の二人組に続ける。

 

 

「この兵藤ってのははぐれ悪魔を匿っててな。

まぁその事自体に罪なんてありゃしないし、大人しくしてるなら俺達も黙ってるつもりなんだよ。

けどな、こんな目立つ真似されたら動かざるを得ないだろ? 只でさえコカビエルが何時やらかしちまうかもわからないんだしよ」

 

「それは……」

 

「だから僕達の主は早いところ二人に解決して欲しいんだよ。

このままじゃ町の一般の方々に危険が及ぶし、かと言ってキミ達天界側は邪魔して欲しくないらしいし? こうして地道にしか動けないんだよ」

 

「……」

 

 

 こっちは良い迷惑だよ……と聖剣の事もあった妙に嫌味っぽい祐斗なゼノヴィアとイリナは上手く言い返せず睨むだけだ。

 

 

「何で悪魔祓いのキミ達がはぐれ悪魔と一緒なのかは敢えて聞かないけど、さっさと探すなら探して欲しいんだよね。遊んでないでさ?」

 

「あ、遊んでなんか無い……」

 

「じゃあ早いところ聖剣だのコカビエルだのを何とかしてくれよ? コカビエルが暴れて町が消えましたなんて笑って済まされる話じゃ無いしな」

 

「うっ、うっさいわね悪魔のくせに……」

 

 

 よにもよって悪魔に嫌味を言われてムカムカが止まらない二人は何とか言い返すが、あまり説得力は無さそうだ。

 ところで兵藤イッセーと黒歌を黙らせてる最中である一誠はというと、呻き声を出すだけで動けないふたりを各々アーシアの足下に向かって投げつけたり、蹴り飛ばしたりする。

 

「ごほっ! げほっ!」

 

「ぐ、ぅ………」

 

「イッセーさん! 黒歌さん!」

 

 

 急いで神器を使って治療するアーシアはキッと冷たい目で見下す一誠を見据えて叫ぶ。

 

 

「ど、どうしてこんな事をするんですか!」

 

「…………………………」

 

 

 アーシアにしてみれば黒歌もイッセーも大事な存在。

 故にその二人を傷つける一誠にそう投げ掛ける訳だが、一誠は無言で答えない。

 いや、というより声が出ないのでチョイチョイと祐斗と元士郎に手招きして呼び寄せると、ヒソヒソと耳打ちをする。

 

 

「………え、それ言うの?」

 

「……。(コクコク)」

 

「う、うーん……別に構わないけど、今やっと僕達も少し特別なんだなって実感できた気がする」

 

 

 ご奉仕モードで忘れがちだが、基本的に殺意まみれでテンションが上がらないと喋れない一誠に元士郎と祐斗は思わず苦笑いを浮かべ、何の事だかわからずに取り敢えず身構える二人組とアーシアに向かって祐斗と元士郎は口を代弁するように開く。

 

 

「えーっと、取り敢えずそこの治療してる人に日之影から一言『じゃあ首輪でも付けて余計な真似しないようにしろカス』………だとさ」

 

「う……!」

 

「それとそっちの二人には……『モタモタしてるからだろうがこの役立たず共が』―――だって」

 

「「なっ!?」」

 

「……………」

 

 

 祐斗がイリナとゼノヴィアに、元士郎がアーシアに向かって物凄く辛辣な一誠の言葉を代弁し、それを聞いた三人は各々顔を歪ませる。

 

 

「な、なんだと貴様!」

 

「いきなり何よ! イッセーくんが言った通り最低ねアンタ!」

 

「……………………」

 

「えーっと、『道端の苔よりどうでも良い存在に言われようが知った事ではないから早くとっとと終わらせて失せろボケ』――だってさ………くふふふ!」

 

「こ、この! 最後辺り笑ったなお前!?」

 

「い、いやだってねぇ……?」

 

「こ、こいつ……悪魔はやっぱり最低だわ!」

 

 

 思わず笑う祐斗に激怒する二人組が思わず聖剣を振りかざしかけるも、反射的に祐斗が魔剣の山を二人の周囲に展開し、牽制する。

 

 

「笑ったのは謝るけど、攻撃するならこっちも反撃しちゃうよ?」

 

「「……」」

 

 

 笑ってるけど全く目が笑ってない祐斗の言葉と作り出された剣の山に二人は渋々剣を収める。

 

 

「貴様、その力……」

 

 

 その時点でゼノヴィアなる少女が祐斗の神器を見て何かに気付く。

 祐斗の力に計画の名残があることに。

 

 

「そう、一応キミ達の先輩に当たるかもしれない位置に昔僕は居たよ。

尤も、先輩風吹かすつもりなんて欠片も無いけどね」

 

「聖剣計画の生き残りだったのアナタ……?」

 

 

 頷く祐斗にイリナとゼノヴィアは少しだけ目を逸らす。

 

 

「……。悪魔に堕ちてたなんてな」

 

「どう解釈しても結構。

僕にとっては命を救われた恩人だし、それ以上貶すなら黙っちゃいないけど、それでもこれ以上何か言うかい?」

 

「…………」

 

 

 剣を持ちながら微笑む祐斗に矛を収めるしか選択肢が無くなった二人は黙り込んでしまう。

 そして逆にアーシアの神器で治療を受けた黒歌と兵藤イッセーはまたしても呆気なく黙らせてきた一誠を憎しみに睨むしかできないでいた。

 

 

「あ、アンタのせいで……!」

 

「ええっと――『文句があるなら塔城自身に言え。八つ当たりしてんじゃねーよ』――だとさ」

 

「黙れ! お前が白音を誑かしたんだろうが!!」

 

「知るかゴミ。テメーと一緒にするな」

 

「だとさ――って、兵藤には喋れるんだなお前……」

 

 

 主人公で何とでもなると思い込む1未満以下の領域ではどうする事もできる訳が無い10領域に立つ一誠の心底見下した目に黒歌はますます殺意を募らせる。

 妹を奪ったと……小猫自身の意思があることに目を逸らして。

 

 

「ちくしょう……お前だけはその内殺してやるにゃ……」

 

「………………」

 

「『その妹以下の以下の以下の以下の以下のそれ以下が何をほざいてるやら』……だそうだ。まぁ実際塔城って物凄い速さで成長したもんなぁ……アンタじゃ確かに今の塔城は無理だわ」

 

「うるさい! お前はさっきから余計な口挟むな!!」

 

「だって言えって言うんだもん、しょうがねーじゃん」

 

 

 黒歌の一誠に対する憎悪は加速していく。

 

 

 ちなみにこの後然り気無くフリードを回収した三人は去った後軽く治療し、意識が戻る前に姿を消してフリードの監視を始めて見事に潜伏先を突き止める事になる。

 

 

終わり

 

 

 

 完璧な牽制で余計な真似をされる前に兵藤イッセーを黙らせた三人組はフリードというはぐれ悪魔祓いを利用して見事に潜伏先を発見する。

 

 

「以上、コカビエルと木場の仇の潜伏先を発見した」

 

「ちょっとばかり悪魔祓いの二人組とその他に接触してしまいましたが、適当な理由をでっちあげてあくまで非干渉であるアピールはしておきました」

 

「割りとそこが一番苦労しましたよ」

 

 

 着々と天界側を出し抜きまくる悪魔達。

 報告を受けたリアス達は、レイヴェルに負けてちょっとぼろぼろな出で立ちで三人に労いの言葉を投げ掛ける。

 

 

「お疲れ様」

 

「匙も頑張りましたね」

 

「は、はぁ……」

 

「恐縮っす――あの、ところでレヴィアタン様含めてなんでボロボロなんですか皆?」

 

「焼き鳥雌に負けたんですよ皆」

 

「あの子強すぎますよ……」

 

「フッ……見事に負けたわよ」

 

「収穫がゼロじゃないだけ無意味な負けでは無いけどね」

 

 

 と、各々不貞腐れる中唯一絆創膏を額に貼ってたセラフォルーだけがニコニコと嬉しそうに一誠の周囲を犬みたいにクルクル回る。

 

 

「セラフォルーお前……」

 

「へっへーん! 気付いた? 気付いちゃった? えへへ、参ったなぁ、いーちゃんに隠し事はできないや☆」

 

『……………』

 

 

 ちょっと驚く一誠のリアクションにあったらまず間違いなくちぎれんばかりに振ってたろう犬の尻尾が幻視する勢いのセラフォルーはわざとらしい態度だ。

 セラフォルーが後天的に覚醒した中で一番乗りに人外の扉の前に――即ち一誠の真横に追い付いたのだから。

 

 

「レイヴェルちゃんに喧嘩売ったお陰でやっといーちゃんに追い付いたからさぁ……ねぇねぇ、ご褒美欲しいなぁ?」

 

「は?」

 

「例えばさ……ほら、体操着とか着てあげるからこのまま薄暗くて蒸し暑い体育倉庫で……ね?」

 

「何が ね? なんだこのバカは」

 

 

 半分は予想してたのでそこまで驚きはしなかったが、これまで以上に一々まとわりついてくるセラフォルーが地味に鬱陶しく、一々胸を顔に押し付けてくるせいで中々話が進まない。

 

 

「どーせ私はお姉様とちがって少ないわよ……ふん!」

 

「どーせ私は我儘でだらしない身体よ……ふん!」

 

「……意味がわからない」

 

「どーせ私はつるぺたですよ……ふん!」

 

「どーせ僕はスキルすら持ってませんよ……ぐすん」

 

「どーせ僕は一誠兄さまにとって子供だよ……くすん……」

 

 

 

 

 

 

『!?』

 

 

 そして何故か居たマセロリ。

 

 

 しかしこの集まるメンツ内での話であり、他に比べたら化け物と言われるレベルの集団であることに間違いはない。

 つまり、潜伏場所を特定されたコカビエル一派は将棋やチェスでいうところの詰み(チェックメイト)だったので、特にリアスやソーナといったセラフォルー以外のメンツに八つ当たりにボコボコにされてしまうとかなんか。

 

 

 そしてそんな暴れっぷりのせいでモロに天界側に干渉したせいで三大勢力で話し合いが始まるのだが、サーゼクスに加えてセラフォルーが進化したせいで完全に三大勢力のパワーバランスが悪魔一強に狂い、そんな席に襲撃した某テロ組織の尖兵は不幸としか言い様がない。

 ていうか実質捨て駒扱いだった。

 

 

「私は嫌だって言ったのよ! それなのにどいつもこいつも行けって言うから!! 大体セラフォルーも何なのよ! なんでそんな化け物みたいな事になってるのよ!」

 

「そりゃもう頑張ったからねー……いやーごめんねカテレアちゃん?」

 

「ぐすっ、もう良いわよ……赤龍帝の子供を回収する為だけの捨て駒だとわかってたし、逃げられないのだってわかってたわよ……どーせ私なんか……」

 

 

 赤龍帝と白龍皇がテロ組織側に寝返ったり渡ったりしても焦るのは天界側やら堕天使側だけで悪魔側は『ふーん? あっそ』的なノリでテロ組織に寝返ってた旧魔王派の捨て駒扱いされたレヴィアタンの子孫を捕まえる。

 

 既に心が折れて某地獄兄弟みたいにヤサグレてるが、その姿は哀愁だらけだった。

 

 

「あのー……ご飯持ってきたんですけど……」

 

「転生悪魔が気安く話し掛けないでください」

 

「はぁ、すんません……。

じゃあここ置いときますので食べ終わったら言ってください」

 

「…………」

 

 

 そんなカテレアの監視役に何故か抜擢された匙は、同情すら覚える惨めな旧魔王の悪魔に最初こそ拒絶されてきたが、日を追う毎に会話が成立するまでになる。

 それは一誠というコミュ章のせいで無駄にコミュ力が上がったのもあるが、何分匙は相手を持ち上げるのが地味に上手だったのもあった。

 

 

「アナタみたいな坊やは知らないかもしれないけど、私はこれでもレヴィアタンの血を引く由緒ある悪魔なのよ、力付くでその座を奪ったセラフォルーとは訳が違うの」

 

「なるほど、じゃあ転生悪魔のしたっぱな俺じゃあ本来話すことも出来ないお方なんすね」

 

「そうよ? だから光栄に思いなさい? この私とこうしてお話できるという事に」

 

「わーいわーい」

 

 

 惨めになりすぎてちょっと褒められるとすぐ調子に乗るという、地味に残念な性格になってしまったカテレアを割りと自覚なしに手懐けてる匙。

 その内カテレアも匙のストレート気味な性格に気を許し始め。

 

 

「む……あれ、セラフォルーの妹、今日もアナタの兵士では無いのかしら?」

 

「あの子なら修行の為に暫くは私か他の眷属達が監視に当たります」

 

「あら……そう……ふーん」

 

「匙がよかったのですか?」

 

「!? べ、別にそういう訳じゃないわ! た、ただほら、彼は単純だから騙しやすいってだけで、寂しいとはそんな気持ちなんてありませんからねっ!!」

 

「…………。あ、はい匙にそう言っておきます。あの子も喜ぶでしょう。最近あの子、アナタと話すのが楽しみで監視の仕事をいってに引き受けたがってましたからね」

 

「へ? あ………あ、あは! あらそうなの? おほほほ、転生悪魔風情がこの由緒あるレヴィアタンである私にそんな感情を向けるのは本来許されないけど、まぁ彼なら少しは許しても良いわね。

そう…………そんな事をいってたのですね……うふふふ♪」

 

(この人、何で禍の団なんかに入ったのだろう。

多分きっと他の旧派に流されただけだとおもうけど……)

 

 

 気づけば割りと仲良くなってたとか。

 

 

 

「へっきし!!」

 

「匙くんどうしたの? 風邪?」

 

「ずずっ……いや大丈夫。

しかしそれにしても……なんつーレベルの修行だよ。

塔城とか姫島先輩とかグレモリー先輩に至っては最早戦争じゃねーか個人の……」

 

「成長が著しい人達だからね……僕達も早く向こう側に行かないと……」

 

「そ、それなら私と剣術の修行なんてどうかしら?」

 

「え、僕とですか? 構いませんけど」

 

「元ちゃんはこっちね」

 

「な、なんだよ?」

 

「良いから副会長の邪魔しちゃだめ!」

 

「はぁ?」

 

 

 遅れた青春のフラグ……か?

 

 

以上、似非った予告。




補足

そういえば感想であった通り、この三人組で生徒会長編の組み合わせでしたね。

これもある意味IFですね。リアスさんとソーナさんと決別しなかったらの……という意味で。


その2
もうとにかく一誠が欲しくてしょうがないセラフォルー様。
体操着だってスク水だろうが着ちゃうぜ。

しかし裏ボスがそれを黙ってるのか? 黙ってる訳がない。




その3
まあ、うん……テロ組織として襲撃しろなんて最早死にに行けとしか思えないよね。
二龍神を同時に相手取ってもヘラヘラ笑いながら片手で黙らせられるレベルのサーゼクス様とその領域に侵入し始めたセラフォルー様の席がある会談なんて護衛なんて要らないもん。

しかも護衛だって皆化け物だし。
だから捨て駒扱いと解釈したって誰も責められないし、カテレアさんだってヤサグレますわ。

その4
だからアッサリ捕まってしまう訳で……。
でも生き残れたし、生徒会長編を知ってる方ならお分かりの通りの訳のわからない組み合わせフラグが……。

ぼんやり気味の匙きゅんが進化するフラグとなるのか……?

もしそうなったら凄いよ。多分成立したら見てらんなく
なるくらいイチャイチャしてそう。
その5
まあ、全部嘘予告やけどね。


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幸か不幸か……

まぁ、うん……コカビーじゃなくてノーマルコカビエルじゃ無理だよ無理。





 何故あそこまで強化されているのかが分からないし悪夢だ。

 赤龍帝で無い一誠なぞ只の補正が少しある変態男でしかない筈だし、その役割が俺に移された以上、生きていたとしても只のガキでしかないと思っていたのに……。

 

 

「何だったんだあの男は?」

 

「ねぇ、まさかイッセーくんの兄弟とか従兄弟――」

 

「俺に兄弟も従兄弟も居ない。

奴は顔が似てるだけの他人なんだ……」

 

 

 あの力は何なのか、ひょっとして転生悪魔になったのか……赤龍帝としての力を失ってるし、リアスが兵士として少ない駒で転生に成功している可能性はあるが、どうやらそれも違うらしい。

 

 

「いや、アイツから何も感じないから転生悪魔では無いと思う」

 

 

 黒歌が言うには奴は転生悪魔では無いらしく、もう1つ気になる事を言っていた。

 

 

「何にも感じる事ができないんだにゃん。

強いのか弱いのか、人間としての気配もアイツからは何にも感じないにゃ。

最近の白音も、リアス・グレモリー達も……」

 

 

 強さを計る気力や圧力が奴等から感じ取れず、実際にやり合うまで底がわからないという黒歌の奴に対する忌々しい顔と共に放たれた言葉に俺も身に覚えがある。

 

 言われてみれば奴は相対してみると強者特有の気というか、圧力を感じない。

 にも関わらず奴は俺や黒歌を叩きのめしたのは何故なのか。

 

 考えてもわからないが、もしかして白音がそうなったのは何か奴にあるからだと考えるべきなのかもしれない。

 

 しかしどうやら俺達は考える時間も与えられないらしい……。

 

 

「き、帰還命令!? な、何故ですか!? 我々はまだ聖剣を奪還して――――は?」

 

「ど、どうしたのよゼノヴィア? 教会からなの?」

 

「あ、あぁ……直ちに帰還しろと今連絡があった……」

 

「な、何でだよ? まだ聖剣は取り返してないんだろ?」

 

「いや、もう取り返されている……らしい。コカビエルも処理されたって――

 

 

 

 

 

 

 

―――――奴等悪魔に」

 

 

 時系列が原作よりも遅く、そしてその通りに進まずして解決されてしまったこの事件により、俺達はますます悪魔達と敵対する道を進まなければならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 戦争経験のある堕天使だからどんなものかと思っていたが――

 

 

「返してもらったよバルパー……『皆』を!!」

 

「き、貴様、聖剣を一体化させる為にかき集めた因子を!!?」

 

「裏は取れてるわよ堕天使コカビエル。

我々悪魔が人間より借りている領地で何をしようとしたのかを」

 

「派遣された悪魔祓いに任せるつもりだったけど、時間が掛かりすぎる為、人間の安全を考慮し我々がアナタを排除します」

 

「き、貴様等……!!」

 

「悪いねコカビエルちゃん。そういう訳だから大人しく捕まってよ?」

 

 

 

 大物だのと持て囃されてたのでサーゼクスのレベルを思ってたが、まあ、あんなのがゴロゴロ居るわけが無かったわな。

 リアスとソーナで十二分、そこにセラフォルーと塔城を加えてオーバーキルで呆気なく無力化できてしまったぞ。

 

 

「薄味であんまり美味しくありませんでした、あの人の力」

 

「ならばサーゼクス様の力を食べてみればどうでしょうか? 多分相当美味いかと」

 

「それは魅力的ですけど、私はやっぱり先輩を食べてみたいです」

 

「………」

 

 

 はぐれ悪魔祓いを使って奴等の潜伏場所を特定し、フェニックスのガキに負けてイライラしていたリアス達が八つ当たり気味に突撃し、呆気なくコカビエルだとかいった堕天使を捻り潰してしまった光景を遠巻きに、木場が仇であるバルパー・ガリレイを思う存分殴りまくり、その過程で取り返した因子なるもので神器を進化させた姿を見てるだけだった俺。

 

 別に良いんだけど、この先どうするのか……。これ一応悪魔側は不干渉でなければならないんだよな?

 

 

「おいリアス、お前一時のテンションに身を任せてこんな真似したは良いが、天界側の連中から絶対文句が出るだろ。

不干渉じゃないといけないんだろ?」

 

「…………。だって一週間近く待ってても一向にあの悪魔祓いの二人は解決しないのよ? それどころか兵藤イッセーと遊んでるし」

 

「まぁそうだがよ……」

 

 

 持て余してるのか、リアスの身体から魔力が漏れてるのを感じながら俺は小さくため息を漏らす。

 雑魚だ雑魚だと俺は何時もケツをひっぱたくという意味で煽っちゃいるが、コイツもソーナもぶっちゃけそれなりに強くはなっている。

 フィジカルにかまけて遊んでる奴等やらこのコカビエルとやらみたいに単に戦争がしたいとほざくだけの連中程度なら単独で黙らせられる領域に居る……つまりそれは種族としての力を完全に越えているという事に他ならない。

 

 

「どうする? このまま氷付けにしてアザゼルちゃんにでも送る?」

 

「いや、悪魔祓いの二人組にこっそり押し付け――基、引き渡してしまえば良いのでは? ほら、別に私たち手柄とか要らない訳ですし、あの悪魔祓いがやった事にすればある程度穏便になるんじゃありませんか?」

 

「…………」

 

 

 俺が10年以上掛けて、何百と死にかけてやっとここまで来た領域に侵入してくるコイツ等はやっぱりフィジカルエリートなんだなと思い知る。

 ちょっとコツを教えただけでスキルを発現する塔城のガキなんざ潜在能力含めてミリキャスレベルだし……とことん人間は非力だなと思ってしまう。

 

 

「その悪魔祓いとやらは兵藤イッセーの家に居る。だからその堕天使を極限まで弱らせて家の庭にでも放り込め。

で、そこのバルパーなんたらっつージジイは……まあ、木場が殺すか決めろ」

 

「え、僕?」

 

 

 追い抜かれたら……まあ、それはそれでしょうがないとは思うが、悔しいと思うだろうきっと。

 それこそサーゼクスに抱く嫉妬と同じ気持ちが。

 

 けれどそうはさせない……俺にあるのはこの身ひとつと発現させたスキル。

 フィジカルはぶっちぎりに弱い以上、もっと先の領域に進化し続けるしかない。

 

 でなければ俺はまた見捨てられる……。

 

 

「わ、私を殺すのか……!?」

 

「殺してやりたいくらい憎いさ。けどね、お前にそんな価値はない。

精々死ぬまで穴蔵に閉じ込められて惨めに寿命を迎えるんだな」

 

 

 弱いからと見捨てられるのはもう嫌なんだ。

 

 

 

 

 一誠の提案により、極限まで弱らせたコカビエルとバルパーとフリードをアタフタしている悪魔祓いの二人が居る兵藤家の庭に投げ込む事にして、その後の全てを押し付ける事で町の安全を見事に守ったリアスとソーナ達。

 が、当然そんな事で解決ですとなる程大人の世界は甘く無く、手足をふんじばってセラフォルーが氷付けにしようとしたその瞬間、新たな存在が姿を現した。

 

 

「ちょっと待って貰えないか? そいつ等の処理は俺に任せて貰いたいのだが」

 

 

 全身を覆う純白の鎧により顔が見えない第三者の声と強い力に全員の視線がそちらに向けられる。

 

 

「誰だよ?」

 

「コカビエルの仲間か?」

 

「ま、また新しいのが来たぁ!?」

 

 

 強い圧力に本能的に身構えるソーナの眷属と祐斗、朱乃、本気になれたら強い癖に怯えて無表情の一誠の背中に隠れるギャスパー。

 

 

「おっと矛を納めてくれないか? 俺はコカビエルの仲間じゃないよ」

 

「仲間じゃない証拠はあるの?」

 

「物的な証拠は無いが、アザゼルに頼まれて回収しに来たと言えば少しは納得してくれるかい?」

 

「アザゼルちゃん? でもアナタ、堕天使じゃないよね?」

 

「まぁね四大魔王のセラフォルー・レヴィアタン。

俺はヴァーリ、白龍皇だ」

 

 

 鎧越しにちょっと得意気に聞こえる声色で白龍皇と答えるヴァーリなる男。

 

 

「白龍皇? あぁ、赤龍帝の対になる二天龍の片割れね」

 

「そういえば前にそんな情報が入ってたかも」

 

「なるほど、アザゼルの使いならある程度信用はできる訳ですね」

 

「……………。リアクションが薄いな、もう少し驚いてくれても良いだろ?」

 

 

 ふーん、あっそ……と素っ気なさすぎる反応に若干肩透かしを喰らうヴァーリなる白龍皇。

 対となる赤龍帝の顔を見に行くついでの回収任務なのに、出鼻を挫かれた気分だったが、二天龍だのと言われても正直理不尽魔王の存在を知るせいか今更という印象しかリアス達には抱けないのだ。

 

 

「回収してくれるのならありがたいわ白龍皇さん。ほら、ついでだからこのはぐれ悪魔祓いと神父も連れてって頂戴」

 

「手間が省けて助かりました白龍皇さん、ほら早く」

 

「アザゼルちゃんによろしくねー☆」

 

「………………」

 

 

 挙げ句手間が省けたと別の所で喜び、ひょいひょいとコカビエル達の身柄をヴァーリに押し付け出すリアスやソーナ達にヴァーリは微妙に納得できない気分だ。

 

 何せヴァーリから見てリアス達からは『何も感じない』のだ。

 強者としての覇気や、気配が微塵も。

 

 

「……参考までに聞くけど、コカビエル程の男をここまで叩きのめしたのは誰かな?」

 

 

 ヴァーリが来た頃にはボロボロになってぶっ倒れてるコカビエルの姿と、リアス達悪魔達であり、一体誰が倒したのかを知らない。

 予想としては魔王であるセラフォルーなのかもしれないが、どういう訳かセラフォルーから強いオーラみたいなものを微塵も感じ取れない。

 

 だからこそ知りたくなったヴァーリは質問するのだが……。

 

 

「全員で必死になって袋叩きにしたら勝っちゃったから誰がというのはわからないわ。そうよね皆?」

 

「ええ、何せ相手はコカビエルですからね。無我夢中でしたよ」

 

「上手く大ダメージを与えられたからねー☆」

 

「しゃくしゃくしただけ」

 

「石ころ投げてただけだよな俺達は?」

 

「僕はバルパー・ガリレイを抑え込んでたから戦ってないや」

 

「ぼ、僕はトラップを仕掛けてたので……」

 

「私はチクチクと電撃を当ててましたわ。あんまり効いて無さそうでしたけど」

 

「………………」

 

 

 のほほんと返してくる皆の言葉をまとめると『全員で一斉に袋叩きにしたらなんかアッサリ勝ってしまった』――とのことらしい。

 ヴァーリは勿論そんなの信じなかったが、あまりにもリアス達から強者としてのオーラを感じなかったせいか、取り敢えず納得する事にした。

 

 

「……………。そういう事にしとくよ。

ところでここに赤龍帝が住んでるらしいけど、君達は知らないかい?」

 

「一応知ってはいるわ。あぁ、言っておくけどこの一誠という人間の子は違うわよ? 赤龍帝の兵藤イッセーと顔がそこはかとなく似てるかもしれないけど、赤の他人だから」

 

「む? そういえば何故キミ達の中に純粋な人間が……」

 

「グレモリー家とシトリー家自慢の執事ですので」

 

「執事? 人間の……?」

 

「…………………」

 

 

 鎧越しに見える無愛想な顔した男を見据えるヴァーリは怪しむ。

 赤龍帝の容姿がどういう訳かこの執事服を着た男に似てるのはわかったが、何故人間の男が二つの純血悪魔の家の執事なんかしてるのか。

 ひょっとして彼は強いのか? と戦闘狂の性が出て来てじーっと探る様に見てみるが―――何も感じない。

 

 

「………………………………………おろろろろろ!!!!??」

 

「あ、先輩!?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

 それどころかちょっと圧力を向けた瞬間顔を真っ青にして吐いている。

 

 

「事情は知らないが、ただの人間であることはわかったよ」

 

「いや、うん……」

 

「そう思ってくれて良いのやら……」

 

「あはははー☆」

 

 

 

 

 

「げほ! うげぇぇぇ!!」

 

「大丈夫です先輩、もう見てませんからアレ」

 

「や、やっぱり見知らぬ人だとダメになるんですね」

 

「お、おい木場水持ってこい!」

 

「もう用意してるよ、ほら一誠くん、ゆっくり飲むんだ……」

 

「んぐ、んぐ……うぇ……」

 

「最近話す様になったから大丈夫だと思ってたけど」

 

「日之影くんらしいねここら辺は……」

 

 

 サスサスと小猫達に順番に背中を擦って貰う姿からどう見ても強さを感じないヴァーリは、苦笑いしてるソーナとリアスとセラフォルーに眉を潜めながらも取り敢えずこの場を去る。

 圧力を与えたら吐いた訳じゃない云々含めた全部が全部間違いだったとこの後知るとはこの時知らずに。

 

 

 

 

 

 コカビエルを黙らせ、その功績も白龍皇に押し付けたと思ってたが、やはりそうは問屋が降りる訳がなく、アッサリとリアス達がやったと知れ渡り、堕天使が起こした事件というのもあって三大勢力のトップによる会談が行われる事になった。

 

 場所は駒王学園の大会議室。

 天界トップと堕天使総督がやって来て、悪魔側からはセラフォルーとサーゼクスが代表として出席する形で始まった会議だが、別に天界側のトップであるミカエルは悪魔の干渉に関して文句がある訳では無さそうだった。

 

 

「寧ろ助かりましたし、まさかサーゼクスとセラフォルーの妹までもその……強いとは……」

 

「まあ、俺は知ってたけどよ。

コカビエルもよりにもよって何でこの町でやらかそうとしたんだか……」

 

 

 軽く脅威をリアスとソーナに覚えるミカエルと現役時代のサーゼクスのヤバさを嫌という程知ってるだけに遠い目をするアザゼル。

 以前グレモリー家に上がり込んだ時に見た常軌を逸した修行風景を、あの人間の子供によって行ってた結果といえばそれまでだが、サーゼクスの周囲には化け物しか居ないのかとため息しかない。

 

 

「ちなみにこの会談の前に学園の校庭を見てましたけど、悪魔同士が殺し合いにしか見えない戦いをしてましたが、何者です?」

 

「あぁ、一人は妹の戦車で一人はフェニックス家の娘だね」

 

「レイヴェル・フェニックスちゃんって言うんだけどさー……あの子めちゃ強いんだよねー☆」

 

「強いって……どれくらいだよ?」

 

「そうだね、僕が80%くらい本気だしてやっと勝てるくらいかな?」

 

「……………はい!?」

 

 

 ミカエルとアザゼルの質問に平然と答えるサーゼクスをもってしても80%の力でやっと抑え込めるレベルにであるフェニックス家の娘らしい力にギョッとする。

 何故かセラフォルーが不貞腐れてるが、アザゼルとミカエルにその理由を問う余裕は無かった。

 

 

「あ、悪魔ってどうなってんだよ? サーゼクスの世代からおかしなレベルっつーか……」

 

「種の突然変異としか思えませんね」

 

 

 ある意味的を射てるミカエルの言葉に対して微笑むだけで肯定はしないサーゼクス。

 それは後天的だろうと覚醒可能な事を、あの人見知り拗らせた少年によって立証されたからだが、言う必要は無いと判断しただけだ。

 

 

(アザゼルはある程度知ってるけど、一誠の事は伏せておいた方が良いよね。

色々とうるさいし)

 

(いーちゃんの事は黙ってよっと)

 

 

 続く

 

 

 

 

 

 おまけ、前回の似非予告が続いた場合。

 

 

 

 カテレアを人質として悪魔側に奪われた禍の団だが、旧魔王派の誰もが取り戻そうと動こうとはしなかった。

 いや寧ろサーゼクス側に捕らえられた時点で、赤龍帝と白龍皇の獲得の為に囮に出した時点でカテレア自身の予想通り完全に捨て駒扱いだった。

 

 どうせ処刑されてるだろう……と。

 

 が……。

 

 

「グレモリーとシトリー領土内ならある程度自由にすることを許してあげるよ。

ただし、監視は付くけどね」

 

「良いのですか?」

 

「クルゼレイ達に降伏すればキミの身柄を返すという書状を送ったんだけど、一言返ってきたのは『煮るなり焼くなり好きにしろ、こっちは痛手にもならない』って返ってきてね」

 

「……………え」

 

 

 わかってはいたけど、同志達にすら完全に見捨てられてると知らされたカテレアは改めてショックすぎて半泣きで笑ってしまう。

 

 

「あは、あははは……わ、わかってましたよ。ええ、どうせ私なんて……」

 

「いや、恋仲のクルゼレイ辺りが釣れると思ったんだけど……」

 

「へ? クルゼレイと? なんですそれ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 ちょっと噛み合わない所があれど、とにかく人質の意味が無いので閉じ込めるのは可哀想とある程度の自由を許されたカテレア。

 しかし別に意味なく出歩く性格でも無いので、殆どはシトリー家とグレモリー家を行ったり来たりの生活だった。

 

 だがその過程でとある転生悪魔の兵士になら楽しそうにするというのが見て取れるので、その兵士を呼び出してこんな事を頼んでみる。

 

 

「はぇ? お、俺がカテレアさんの護衛役っすか?」

 

「うん、キミが適任だと話し合ってね。どうだい?」

 

「で、でも俺弱いし……それにずっと冥界に居るわけには……学校あるし」

 

 

 力の伸び悩みに最近苦しむ匙少年は躊躇する。

 だがその背中を押したのは意外にも――

 

 

「挑戦してはどうでしょう? 彼女ならまぁじゃじゃ馬共と比べるまでもなく楽でしょうし」

 

「じゃじゃ馬とはなによ!」

 

「遠慮しない程深い仲と言ってほしいわね!」

 

 

 一誠だった。

 後ろでじゃじゃ馬共と言われてぷんすかしてる主と主のライバルを丸無視し、元士郎の背を押す一誠。

 

 

「アナタ様はどうも『挑戦』すると大きなものを獲る様ですからね」

 

「挑戦する? 俺が?」

 

「ええ、まあそれがどういう意味なのかは私にはわかりませんが」

 

「………」

 

 

 どこか含みを持たせた言い方をする一誠に元士郎の目は変わる。

 

 

「わかりました。俺にやらせてくださいその仕事」

 

 

 一誠の言葉により挑戦する事にした元士郎は早速部屋に居るカテレアに伝える。

 

 

「という訳でカテレアさんの護衛役となりました匙元士郎です。

その、護衛されるなんてカテレアさんにとっては屈辱かもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」

 

「そ、そうなの? 私監視役って聞かされてからつい……そう、ま、まぁアナタなら良いでしょう。知らない誰かよりは」

 

「うっす」

 

 

 ホッとする元士郎は気付かないが、あきらかに隠れてニヤニヤしてるカテレア。

 どうやらカテレア的に一々持ち上げてくれる元士郎はお気に入りだったらしい。

 

 そんなこんなで護衛役となった元士郎のお陰か、外に出るようになった訳だが旧派ということもあって殆どの悪魔達に煙たがれる視線が多い。

 

 

「裏切り者がどの面下げてこの地に居るのだ」

 

「………」

 

 

 わかってた事だが、歓迎されない視線にカテレアはやっぱり外なんか出なけりゃ良かったと思った。

 が……。

 

 

「こそこそ言わずに直接言えや? 聞いてやるからよ俺がぁ……!」

 

 

 そんなカテレアを庇って荒れた時期の口調丸出しで凄む元士郎。

 一誠達の修行で伸び悩んでるとはいえ、それでも新人悪魔の中では破格の領域に居るのはこれまで行われたレーティングゲームで証明されてるので殆どを黙らせる事に成功する。

 

 

「ふん! 行きましょうカテレアさん」

 

「え、ええ……」

 

 

 ちょっと感激してしまうのは卑屈になりすぎて残念になってるからか。

 やがて人間界……つまり元士郎宅にホームステイする事になったカテレアはすっかり元士郎を信頼していく。

 

 

「元士郎、お弁当を忘れてたので届けに……」

 

「あ、すいませんわざわざ……」

 

「ちょ待て匙!? だ、誰だこの褐色美人なお姉様は!?」

 

「いつのまにお前!?」

 

「うるせぇ! この人に何かしたらぶっ殺すかんな!」

 

 

 さながら番犬の如くカテレアの護衛をする日々。

 それは全く辛いは思わず、寧ろ楽しかった。

 

 

「匙を追跡するわよ一誠!」

 

「嫌だよ、放っといてやれよ……」

 

「そうしたいのは山々だけど面白そ――じゃなくて心配なのよ! ほら!」

 

「………………」

 

 

 日に日に仲良くなる二人を野次馬根性丸出しで覗き見るソーナと振り回される執事。

 

 

「て、手繋いでるわ! きゃー!」

 

「バレるだろバカ、静かにしろよ」

 

「だって手よ手! ほらしかもお互いに照れてるわ! なんて初々しいのかしら!」

 

「はぁ……」

 

「あの二人に習って私達も繋ぎましょう! 手を!」

 

「うるさい奴だな……はい」

 

「あ…………」

 

「これで満足か? ガキじゃあるまいし……」

 

「え、ええうん……大きくなったわね一誠の手……」

 

 

 イザされるとしおらしくなるソーナに気づかず、別に目的なんてなく並んで歩く元士郎とカテレアは楽しそうだ。

 

 だがそんな平和な時に今更ながらに現れし元同志達がカテレアを拐った。

 

 勿論取り戻しに突撃する匙。

 その後ろには一誠と祐斗の二人。

 つまり男三人衆のトライアングルだ。

 

 

「今更……今更あの人の事を捨て駒にした癖に調子が良すぎなんだよテメェ等ァァァッ!!」

 

 

 怒る匙。

 その怒りは挑戦し続けた匙を覚醒させ、神器をも変質させる。

 

 

『キバ――そうか呀か。

我が名は呀――暗黒騎士!』

 

 

 渇望の黒狼へ。

 

 

似非予告おわり




補足

何も感じられないというのは、あれです……某破壊神達の気が察知できなかった的なアレです。

領域が未知過ぎて感知できない。だから今回の様にヴァーリくんが皆を探っても弱いと勘違いされてしまう。

サーゼクスさんなんかも一見優男にしか見えない……それが最悪な罠だとも知らずに。


で、それのせいで割りを食わされた悪魔祓い二人組。
まあきっと転生者がなんとかすると思われます(棒)



その2
超戦者+鎧……あれ、強くね?


その3
ホント今更やってて思う……匙きゅんとカテレアさんの組み合わせってカオスどころじゃねぇだろ。


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楽しい授業参観

一年ぶりになるのかこの更新。

特にねーけど。


 コカビエルを抑えた――というかコカビエルがこの街で起こした騒動を理由に悪魔・天使・堕天使を一纏めに三大勢力の会談が行われる事になった。

 場所は私達が通う駒王学園内であり、必然的に我々がその会談の警護に当たる。

 

 それは別に良い。今回の騒動は悪魔内部で片付けられる様なものではない当たり前の事なのだから。

 問題はその直ぐ前に始まる授業参観日についてだ。

 

 授業参観――つまりそれは父兄が子の学園風景を間近で見る日であり、当然私とソーナの父兄も来る。

 

 それが一誠的にはとても嫌な様で……。

 

 

「具合が悪い、気持ち悪い、頭痛い、熱がある、身体が全然動かない。

だから今日は学校休む」

 

 

 どう見てもバリバリの健康体なのに、思い付く限りの体調不良を訴えて布団から全く出ようとしなかった。

 

 

「見事なまでに健康に見えるわね」

 

「熱も計る限り平熱よ」

 

 

 熱があるんだと言いながら掛け布団に丸まる一誠と額を合わせるソーナも、横で見ている私も完全に仮病だというのがわかる。

 しかしそれでも一誠は心底嫌だとまるで小児の様に駄々をこねて布団から出ようとしない。

 

 

「とにかく気力的に無理だからお前らだけで行ってくれ。俺は絶対に今日だけは行かないったら行かないんだ!」

 

 

 これ程までに休むと言い張る理由を私もソーナもわかっている。

 そう、私のお母様とソーナのお母様が間違いなく今日の参観日に来るからだ。

 

 

「そんなにお母様に見られるのが嫌なの?」

 

「別に悪いことをしてる訳じゃないのだし、何時もの通り授業を受けていれば良いじゃないの?」

 

「あのババァ共が大人しく見てるだけとは思えねぇんだよ。ただでさえ今回はサーゼクスやグレイフィアやセラフォルーまで来るって話らしいし、ろくでもない展開にしかなりゃしないに決まってるんだ。

とにかく俺は行かない!」

 

 

 確かにお母様達辺りは一誠が授業を受けている所を大人しく見ているとは思えない。

 いや流石に授業中に騒ぐ常識知らずな方では無いにせよ、一日がかりの授業参観なので休み時間になったら間違いなく構い倒そうとするのは――娘である私から見ても想像しやすい。

 

 だから一誠は頑なに行かないと言い張ってる様だけど―――仕方ないわね、魔法の言葉を使わせて貰う。

 

 

「休むなら休むで構わないけど、その理由が病気だとお母様が知ったら間違いなく来るわよ? 下手したらそのままずっと一緒だなんて事に……」

 

「ぅ……」

 

「直るまで看病は勿論のこと、子守唄に添い寝等々が加わってしまうでしょうね?」

 

「そ、そいね……だと……?」

 

 

 ソーナのわざとらしい言い方に一誠の顔色が悪くなる。

 何度と無くほぼ強引にさせられてきた事があるからこそ簡単に想像できてしまったらしい。

 無言で立ち上がった一誠は言った。

 

 

「やっぱり行く」

 

 

 罰が悪くなった子供みたいな言い方に私とソーナな思わずキュンとしてしまう。

 至近距離で構い倒されるよりは授業参観日で構い倒される方がまだマシ――一誠的にはそう判断したのだろう。

 のそのそと着替えた一誠を連れ、私とソーナはある意味長くなりそうな一日へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 一誠の予感は完全に的中した。

 本日行われた授業参観日においてやって来た多くの生徒の父兄の中にシレッと混ざってやって来たリアスとソーナの父兄である筈の悪魔達が、ただ小さく空気に徹しようとせんとする日之影一誠の学生生活っぷりをこれでもかと見てくるのだから。

 

 

「本日は沢山の父兄の皆様の前での授業となりますので真剣に―――おやどうしました日之影君? お腹が痛いのでしょうか?」

 

「……………………………………」

 

 

 仮病使って学校を休んでも、それを聞き付けたヴェネラナ達が間違いなく来る。

 だから一誠は覚悟して来たのだけど、その前に抱いていた授業参観における嫌な予感は見事に的中しており、ヴェネラナやジオティクス、そしてサーゼクスとグレイフィアとミリキャスまでもが終始下を向いて身を縮めていた一誠をこれでもかと楽しそうに眺めていた。

 

 しかも途中でソーナの両親までもが、合流するのだから胃薬が欲しくて堪らない胃痛になるのは云うまでもなかった。

 

 それ故、兵藤イッセーだのアーシア・アルジェントだの、何故か居るゼノヴィアだのだのだのの事などどうでも良かった。

 

 

 そしてお昼休み……。

 授業参観も兼ねた特別なお昼休みの風習の為なのか、父兄達と過ごす流れにされたせいで一誠の感情は此処で限界だった。

 

 

「離せババァ!! リアス達の所に行けば良いだろうが!!」

 

「ババァとは何ですか、全く悪い子ね。ほら一緒に行きましょう」

 

「嫌だ! 絶対に嫌だぁぁぁっ!!」

 

 

 日之影一誠は基本的に学園内では物凄く目立たず、そして全くといっても良いほど声を出さない。

 それ故にこれ程までに感情的になって、凄まじく若々しい父兄と思われる女性に後ろから羽交い締めにされながら喚き散らす姿はレア通り越して初めての事であり、多くの生徒達が驚きの表情を浮かべていた。

 それは多くを色々と知る兵藤イッセー一派も同じであったが、一誠本人はとにかくヴェネラナ達から逃げたくて仕方なかったので、そんな視線に気付く事無く、虚しくもヴェネラナに連れていかれ――

 

 

「離せよ! 離せ……は、離せよぉ――――ヴェネラナ母さん……」

 

「…………え?」

 

 

 る直前、それまで暴れていた一誠が突然しおらしい声でババァ呼ばわりしていたヴェネラナに向かって捨てられた子犬的な眼差しを向けながら『母』と言ったのだ。

 その瞬間、ヴェネラナは思わず固まり羽交い締めにする力を緩めてしまう。

 

 

「い、今なんと――」

 

 

 とてつもなく嬉しい言葉が聞こえた気がしたヴェネラナが動揺しながらももう一度聞こうと一誠に問おうとする。

 しかしその瞬間……。

 

 

「引っ掛かったなババァが! じゃーな!!」

 

 

 ニタァと嗤った一誠は脱兎の如く人混みの間を器用に縫いながら逃げてしまった。

 ヴェネラナを大人しくさせる最大の切り札の一つとも言えるこの行動に暫し呆然としていたヴェネラナは、サーゼクスが『あーぁ、僕しーらね』と遠くない未来に一誠が何をされるかを悟りながら呟くのを背に……。

 

 

「…………」

 

 

 何かしらの――多分押してはならないスイッチが入った。

 

 

 

「チッ、思った通りになるなんて最悪だぜ」

 

 

 スイッチを完全に入れてしまった等思ってない逃亡した一誠は、とにかく見つからない様にと誰も居ない場所を探して一人校内をさ迷っていた。

 

 

「……」

 

 

 予想をした通りにヴェネラナ達から構われてしまった――というのが仮病を使った最大の理由なのだが、一誠が最も行きたくなかった理由はもう一つあった。

 それは一誠の実の両親――つまり今は兵藤イッセーの両親との鉢合わせだった。

 

 

「………チッ」

 

 

 先程の授業の時に居た他の父兄の中に居た実の両親。

 向こうは自分の存在自体が記憶に無く、兵藤イッセーを子として認識しているのだろうけど、一誠にしてみれば忘れたくても忘れる事のできないトラウマのひとつなのだ。

 誰も居ない体育館裏の縁石に腰を下ろしながら頭を何度も振って最後に見た時よりも歳を重ねた両親の事を頭の中から消そうとしても、中々消えずに舌打ちをしてしまう。

 

 

「俺とはもうなんの関係もないんだ。

関係ない……関係ない……」

 

 

 今更会った所で何かが変わる訳じゃない。

 両親にとって自分は関係無い赤の他人なのだ……いくら訴えてもそれが無駄なのはあの時嫌という程分かった筈じゃないか。

 だから関係ない……この先は誰に裏切られても動じない精神と誰だろうとぶちのめせる力を手に入れれば良いのだ――そう、少し落ち着かない気持ちに言い聞かせながら暫く腰を下ろしていた一誠だが、ふと体育館こ中が騒がしい事に気が付く。

 

 

「さっきからうるさいな……」

 

 

 ちょっとセンチな気持ちになっていただけに、中で何やら騒がしいのに少しだけムッとなる一誠は、それが単なる八つ当たりに近い感情だと理解しつつも、どこのどいつが一体騒いでいるのかと横扉を少しだけ開けて中を覗いてみる。

 部活の昼練習にしては騒ぎ方がおかしいのだ。

 それはまるでかつて関西の某球団に舞い降りた史上最強にて現人神の如くその界隈ではうたわれている某助っ人外国人を発見した地元人が群がる様な……。

 

 

「皆~! 私がレヴィアタンだよ~☆」

 

『うぉぉぉっ! レヴィアたーん!』

 

 

 ―――等という事は当然縁も存在しないこの学園にありえる訳も無く、騒ぎの正体は壇上に立って妙なポーズを決めまくる有名人どころか普通に知った顔の女が群がるほぼ男子達に愛嬌振りまくる姿だった。

 

 

「………………」

 

 

 見なかった事にしておこう。

 自分は何も知らないし何も見ていない。

 

 騒ぎの中心に居る者――つまりセラフォルーを視認した瞬間、見事なまでのお手本になりえそうな所謂『そっ閉じ』をしようと僅かに開けていた扉を閉めようとしたその瞬間だった。

 

 

「あ、いーちゃんだ!!」

 

「!」

 

 

 びっくりなタイミングでまさにそっと閉じようとした一誠とセラフォルーの目がバッチリ合ってしまった。

 距離にして約数十メートルなのだが、生憎すこぶる視力の良いセラフォルーにはそれが一誠である事を一発で看破し、また誤解でもされかねない愛称でこれでもかとデカい声で呼ぶ。

 お陰で一瞬にして群がる軍勢達の視線が僅かに扉を開けていた一誠に対して向けられ、本人の顔色はみるみる内に真っ青になっていく。

 

 

「いーちゃん? おい、あそこで覗いてる奴の事か?」

 

「一体誰だ、妙に親しげな呼び方をされる奴は? あ? アイツ兵藤じゃね?」

 

「それか日之影って奴だな。顔が異常にソックリな」

 

 

 まずい、めっちゃ見てくる。

 コミュ障が拗れて他人に注目されると吐き気を催すまでになっている一誠にしてみれば、訝しげにおかしいこちらを見てくる他人達の視線はとても辛いものだった。

 思わず腹部を抑えつつ逆流してきそうな胃液の不快感に口を反対の手で覆っていると、セラフォルーは軽々と壇上から飛び降りると、真っ直ぐ――しかも妙に乗ってる速度で逃げ遅れた一誠へと近づくと、待ってたぜと云わんばかりに中へと引きずり込んでしまう。

 

 

「やっほー☆ 探しる途中で良い感じのステージを発見しちゃったからつい遊んじゃったけど、ちょうどいーちゃんも見つかったし結果オーライだぜ☆」

 

「だ、誰ですかアナタ? 俺は兵藤イッセーというものであっていーちゃんなんて名前は知らない……」

 

 

 こんなのと知り合いだなんて思われたくないし、さっきから妙に群がる者達からの視線に敵意的なものが込められているのを察知した一誠は青い顔をしながら咄嗟に自分は兵藤イッセーだと嘘をつく。

 しかしセラフォルーにしてみれば日之影一誠と兵藤イッセーは顔が同じだけの中身は全くの別物である事をしっかり認識しているのでその嘘は無意味に終わってしまう。

 

 

「いくら何でも私にその嘘は通用しないよいーちゃん? 確かにびっくりする程顔は似てたけど、中身がちゃんと違うし、見抜けない程盲目なつもりでもないもん☆」

 

「………チッ」

 

 

 自信満々に言い切ったセラフォルーに一誠は何故か敗けた気分になってしまう。

 それならば無理矢理振りきってしまうかと考えるも、セラフォルーは既にそれも予想していたのか、しっかりと逃がさんと腕を絡めてきたのでそれも難しい。

 

 劇的にレベルを上げて扉を完全に開けてこちら側に来てしまった今のセラフォルーを振り切るのは容易ではないのだ。

 

 

「日之影かアイツ?」

 

「生徒会といい、オカルト研究部といい、何であんな奴ばかり美少女達と仲良くやれてんだよ」

 

「無口で何考えてるかわかんない薄気味悪い奴の癖に……」

 

 

 そんなやり取りを見ていた生徒達は彼の挙動を見て日之影の方だと確信すると、嫉妬も混ざっていたのか、何度か目にした一誠の立ち位置と印象についての悪口を言っていた。

 

 

「むっ、ちょっとそこのキミ達? いーちゃんは――」

 

「よせ」

 

 

 それを聞いたセラフォルーが珍しく本気でムッとなって言い返そうとするが、一誠に止められてしまう。

 

 

「他人にどう思われてようが関係ないから放っておけ」

 

「でも……」

 

「良いんだよ、殆ど当たってるんだから」

 

 

 寧ろよくお分かりでと拍手でもしたくなるぜと、皮肉に笑ってみせる一誠に、口の悪さは天下一品ながら、その小さい優しさを知るセラフォルーは微妙に納得できなかった。

 

 

「というか、ソーナの事は見たのかよ?」

 

「うん。本当はいーちゃんがお勉強をしている所も見ようと思っていたんだけど……」

 

「他人の俺を見てどうするんだよ……ったく。あぁ、ソーナなら今生徒会室にでも居るんだろうし、顔ぐらい出してやったらどうだ? んじゃな」

 

「あ、待ってよ! お昼休みなんだしせっかくだから一緒にいようよ?」

 

「いやお前、そこで見てる連中にワケわからんポーズ決め大会してたんじゃないのか?」

 

「そうだけど、もう良いかなって」

 

 

 だからそのまま何処かへ行こうとする一誠に付いて回る事にしたセラフォルーは、先程一誠を見て悪口を言ってた複数人に向かってベーっと舌を出すと、これでもかと言うくらい嫌がってる一誠の腕に絡み付いて密着しながら体育館を後にするのだった。

 

 

「この今日だけでどんだけ俺の存在が認識されてしまったんだろう。

空気に同化するような生活を心がけていたのに……」

 

「それは多分その内破綻してたと思うよ?」

 

「お前らのせいでな……!」

 

 

 再びヴェネラナに引っ掛からない為に人気の無い場所を今度は付いてきたセラフォルーを横にさ迷う一誠。

 最近何だか色々と甘くなってきてる気がしてならないのだが、引くことを全く覚える気の無い周囲のせいだと自分に言い聞かせて納得する他なかった。

 

 

「それにしても何で他の人が居ない様な所ばっかり歩いてるの?」

 

「ババァに今捕まったら何をされるかわからないのと……」

 

「のと?」

 

「……………。いや、何でもない」

 

 

 セラフォルーの疑問に律儀に答えてしまってるのもきっと、うざいくらい構い倒してくるからだと思い込む。

 結局どう足掻こうが誰かしらに捕まる運命だった一誠は諦めた様にせめてヴェネラナには捕まらない様にしないとと慎重に人気の少ない場所を何故か駒王学園の女子制服に着替えていたセラフォルーとテクテク歩いていく。

 やがてたどり着いた場所は旧校舎裏にある小さな森林地帯みたいな場所であり、奥まった場所に佇む大木を背に腰掛ける。

 

 

「この場所なら暫く時間も稼げる

オラ、俺の事はほっといてさっさとソーナの所にでもいっちまえ」

 

 

 そしてセラフォルーに向かって犬を追っ払う様な感じでシッシッと手を振る。

 だけどセラフォルーが去る事は無く、そのまま一誠の隣に一緒になって座り始めた。

 

 

「何だよ……」

 

「いーちゃんを一人にして来たなんてソーナちゃんやリアスちゃんが聞いたら逆に怒られちゃうもん」

 

 

 そう言って腰掛けたセラフォルーが一誠の肩に頭を乗せて身体を預けた。

 最近のセラフォルーは――というか、間違って泥酔した一誠にアレをされて以降、こういった行動が多くなった。

 それまでは妹のソーナよりも更に年が下の小僧に終始小バカにされてムキになってた行動ばかりだったのにだ。

 

 

「ねぇ、今も居るんだよね? レイヴェルちゃん」

 

「あ? あぁ……顔を合わせちゃいないけど多分居る」

 

「そっか……」

 

 

 最近色々とセラフォルーに対して事故をやらかしてるというのもあってか、自分の肩に頭を寄せてきた時点で若干ビクッとしてしまう一誠は平静を装いながら答える。

 

 雀達の鳴き声が聞こえる中、レイヴェル・フェニックスについて聞いて以降何も語らずにただ身を寄せてくるセラフォルーに若干のやりづらさを感じ始めるも、逆にこのパターンの対応がわからないので無言となってしまう。

 

 

「……………」

 

 

 何か喋れよコイツ……。と、少し様子の違うセラフォルーに段々と落ち着かなくなってくる一誠。

 一体何なんだと、そろそろ口を開こうとしたその時、セラフォルーが唐突に口を開いた。

 

 

「さっきのでやっぱり思った」

 

「え?」

 

 

 一体何のこっちゃ……との言葉の意図がわからなあ一誠にセラフォルーは続ける。

 

 

「いーちゃんがさっき色々言われてた時の事」

 

「さっき? ……あぁ、アレの事か。

まだ一々気にしていたのかよ? アレは殆ど当たって――」

 

「聞いて!」

 

 

 何時に無く真剣な表情と声にびっくりする一誠。

 

 

「凄く嫌だった。でもそれと同時にやっぱりそうなんだって自覚できたんだ」

 

「……?」

 

 

 そしてセラフォルーは言った。

 

 

「私きっと、いーちゃんの事が好き。皆やソーナちゃんに向ける好きとは違う意味で……」

 

「ふーん……………は!?」

 

 

 確信が持てなかった想いを……。

 ただ言われた本人は驚きを通り越して唖然としているのだが。

 

 

「だから……ね?」

 

「ね? って言われても――っ!?」

 

 

 意味がわからない。服を消し飛ばして笑われたり、蹴り飛ばされたりした奴のどこにそう思う要素があったのか、とやってた本人は混乱する中、セラフォルーの唇が頬に当たる。

 

 

「ふふん、酔っ払ったいーちゃんにもうされちゃったけど、次は私からだよ? 口じゃないのは――フェアじゃないから☆」

 

「な、なに言ってんだお前……! よせよ、変な事言って俺に仕返ししたいならそう言え」

 

「これは本気の本気だもんね☆」

 

 

 執事の憂鬱になるのか……それはまだわからなかった。

 

 




補足

セラフォルーさんF-1カーで爆走しちまうよー!


その2
よくわからんマジックでゼノヴィアさんが学校に転校してました。
ただ、皆にしてみたら『ふーん? で?』って感じでしたけど。




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プールサイドでの憂鬱

せっせと真面目にお掃除してたら大変な事に……


 授業参観も終わり、会談まで残り数日となったある日、現・堕天使総督であるアザゼルの言う下見に付いていく形で駒王学園へとやって来ていたヴァーリ・ルシファーは、この学園に通っているとの事である宿命の相手の赤龍帝は居ないかと探していた。

 

 コカビエルの件の時には結局見ることの無かった赤龍帝は果たして自分のライバルになり得るのか。

 それを確かめる意味でも今日こそは会ってみたかったヴァーリだが、残念な事にその日の学園は曜日の関係で休校だった。

 

 代わりに出会したのは……。

 

 

「あらアナタは確か……」

 

「コカビエルの件の時に現れた……白龍皇でしたか?」

 

「リアス・グレモリーとソーナ・シトリーか……」

 

 

 眷属達と共にデッキブラシとバケツを持ったジャージ姿の魔王の妹二人だった。

 

 

「本日は休日で学園の生徒以外の者の立ち入りは原則禁止になっておるのですが?」

 

「キミ達も知っているだろう? 近々ここで行われる三大勢力の会談の事さ。

アザゼルの奴が下見をしに行くと言うからな」

 

「そのアザゼルは居ない様だけど?」

 

「到着した途端フラフラと何処かへ行ってしまったからな。

俺としてもこの学園に居るらしい赤龍帝の顔を拝もうと思ったのだが……」

 

 

 僅かに戦闘体勢に入るどちらの眷属だろう男子二人に気付きつつ値踏みするような目でヴァーリは目の前に居る悪魔達を観察する。

 

 

(………。本当にこれがサーゼクス・ルシファーとセラフォルー・レヴィアタンの妹なのか? 眷属達もそうだが、全く何も強さの波動を感じん……。

いや、今そこで俺を警戒している男二人と数人の女達からは波動を感じるが、それでも弱い……)

 

 

 コカビエルの時にも思った『気配』がリアスとソーナから全く感じず、寧ろ眷属達の方がひょっとしたら強かったりするのではないのかと思うヴァーリは、これが魔王の妹なのかと少し落胆してしまう。

 すると僅かに戦闘体勢に入っていた男子二人……つまり祐斗と元士郎がゆっくりと口を開く。

 

 

「今日は学校自体がお休みだから、キミの会いたがる赤龍帝は居ない筈だ」

 

「奴の家に行けば会えると思うから行ってみたらどうだ?」

 

「そうみたいだな。しかし心配しなくても俺は何もしないから警戒を解いて貰えるか?」

 

 

 もっとも、警戒した所で俺にとっては意味の無い事なのだが、と鍛練による自身のレベルを客観的に理解する自信の言葉を内心呟くヴァーリ。

 それを聞いたのか、はたまたリアスとソーナに目線で命じられたのか、戦闘体勢を解いた二人。

 

 

「そういえばあの時見た数人が居ないみたいだが……あぁ、そうそう、あの燕尾服を来た人間の男も居ない様だ。

アザゼルから聞いた話では、その男と赤龍帝の容姿は驚く程似ているとか……」

 

「それが?」

 

「貴方に何の関係が?」

 

「別に無い。

キミ達が何を思って人間の男を転生すらさせずに傍に置いているのか不思議に思うが、それだけの事だからな。

寧ろキミ達のどちらかは赤龍帝を眷属にしようとは思わなかったのか?」

 

 

 その方が色々と楽しめそうだったのに……と、何故兵藤イッセーを眷属にしなかったのかを然り気無く質問するヴァーリ。

 普通に考えれば二天龍の片割れを宿す赤龍帝はそれだけでも戦力に数えられそうなのに、この二人はどちらもしなかった。

 もっとも、このまるで何も感じないオーラを考えたらしたくても出来なかったと考えた方が正しいのだろうが……。

 

 

「別に戦力目的で眷属を増やしてるつもりが私には無いからだわ」

 

「私も同じく。

別に彼に魅力なんて感じないし」

 

「…………。変わってるなキミ達は。

強い弱いは別にして赤龍帝なんだぞ?」

 

 

 やはりこんな程度なのか。

 最早興味と関心が薄くなってしまったヴァーリは、呑気な答えを返す二人に失望し、赤龍帝がこの学園に居ないなら用は無いと云わんばかりにさっさと去ってしまった。

 

 

「つまらない。歳も近いし魔王の妹なのだからそれなりの強さは持っていると思っていたのだが、やはりコカビエルを押さえ込んだのはあの場に何故か居たセラフォルー・レヴィアタンか」

 

 

 赤龍帝は是非とも自分の思ってる通りの存在であってほしい……ただただヴァーリは退屈ではないことを願うのだった。

 

 

 

 

 

 白龍皇とニアミスしてしまったものの、基本的に彼独りが何をしてようが暴れさえしなければどうとでもなるので、追うも監視もせずに気を取り直してプール清掃をするリアスとソーナ達。

 ヴァーリが言った様に、一部の者達が居なかったのは既に先んじて清掃をしていたからであり、到着したリアス達の目に飛び込んできたのは――

 

 

「ねぇ一誠様? そんな寸胴おチビさんなんか放っておいて私とひと夏の過ちに溺れませんか? キャー! 言っちゃいましたわ♪」

 

「よっしゃあ! 後とは言わずに今すぐ食い殺してやるよ鳥頭が!!」

 

「お、落ち着いてください小猫ちゃん!」

 

「………………………」

 

 

 死んだ目をしながらデッキブラシでプール清掃をしてる一誠に絡み付いてはしゃいでるレイヴェルと、そのレイヴェルに挑発されてプッツンしてしまってる小猫を必死に止めようとしてるギャスパーだった。

 

 

「…………何があったの?」

 

「というかフェニックスさんが何故ここに?」

 

 

 現状、一誠よりも更に格上の領域に立つとされるレイヴェルが何故休日のプールサイドに来てるのか……。

 それが不思議でしょうがなかったリアスとソーナは今にも飛びかからんとする小猫を止めようとするギャスパーに加勢しながら状況説明を求める。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ、先に先輩とギャーくんとでお掃除の準備をしながら楽しく遊んでたのに、この色ボケ鳥女がいきなりやって来て先輩にベタベタと……!」

 

 

 どうやら勝手にやって来たらしい。

 小猫的にはとにかく一誠にベタベタしてるのが気に入らないらしいのだが、当の本人である一誠の顔は何時も以上に死んでいた……それこそヴェネラナに構われてる時よりも色々と死んでいた。

 

 

「あら、私は一誠様の進化の邪魔をしてるばかりかこんな雑用まで付き合わせてる貴女方に文句のひとつでも言って差し上げようとしたまでですわよ? そうしたらこのおチビさんが無駄に突っかかってくるものですから……。

まったく、胸が削り節の様に薄いと心も板の様にペラッペラなのかしら?」

 

「豪雨・王食晩餐……!!」

 

「やめなさい小猫! …………。フェニックスさん、一誠に関して貴女が不満に思うことはよくわかったわ」

 

「けれど、貴女こそ貴女の言う一誠を縛る資格は無いのでは?」

 

 

 一体どこで覚えたのか、聞いただけでヤバそうな力を発動させようとした小猫をピシャリと一言で止めたリアスとソーナが真正面に立つ。

 

 

「フム、それは確かにそうでしたね」

 

 

 そんな二人に対して意外にもレイヴェルは言い返す事はせず理解を示した様に頷くと、黙々とこんな状況の中でも無言でデッキブラシを動かして清掃して居た一誠から少し離れてペコリと頭を下げた。

 

 

「申し訳ありませんでしたわ一誠様、私も少し出過ぎた真似をしてしまいましたわ」

 

 

 謝罪をし、ニコリと微笑むレイヴェル。

 そんな彼女に対して一瞬だけブラシを動かす手を止めて一瞥だけした一誠は何も返さず、再び清掃に戻る。

 

 

「やーい、無視されてやんのー」

 

「小猫!」

 

 

 それを見た小猫がすかさずレイヴェルを挑発し返し、折角沈静化させられそうだった一触即発の空気がまた戻るだろとリアスが注意しようとするも、レイヴェル本人は特に気にした様子も無く寧ろ鼻で笑っていた。

 

 

「見た目から何から一誠様の対象外である貴女に言われてもねぇ?」

 

「……部長、私やっぱりアイツの胸をもいでライオンの餌にしてやりたいです」

 

「耐えなさい。今私達全員が彼女に戦いを挑んでも勝ち目は無いのよ」

 

 

 見た目は可憐な少女ではあるが、その実サーゼクスに全力に近い本気を出させるまでの領域に君臨する少女だ。

 いくらその領域に立てた小猫とはいえ、まだ入り口付近でしかない彼女では到底敵わないのだ。

 

 

「貴女はこのまま帰るのかしら?」

 

「いえ、折角ですのでもう少し近くで一誠様を眺めていますわ」

 

「でしたら貴女もプール掃除を手伝って頂けるかしら?」

 

「勿論、一誠様がされているのに私がしないなんてあり得ませんから」

 

「チッ、さっさと消えてしまえば良いのに」

 

「こ、小猫ちゃん……」

 

「まさに犬猿の仲だなあの二人……」

 

「猫と鳥だけどね」

 

 

 結局変な空気なってしまったまま、帰るつもりは無いらしいレイヴェルにも取り敢えず手伝わせる形で始まったプール清掃なのだった。

 

 

 処で何故オカルト研究部が生徒会の仕事の一つであったプール清掃に参加しているのかというと、勿論ソーナが声を掛けたからだというのもあるが、一番は清掃をすればその日限り貸しきりでプールが使用できるというのがあったからだ。

 

 

「それにしても一誠様はとてもお掃除の手際が宜しいのですね?」

 

「グレイフィアと私の母とソーナのお母様に大分仕込まれたから……」

 

「本人曰く、条件反射的に動いてしまうらしいわ」

 

「それはまた……嘆かわしい話ですわね。そんなスキルを磨いてる暇さえ無かったら今頃一誠様はサーゼクス君と同等の領域でしたのに」

 

 

 グレイフィアとヴェネラナの調教――もとい、教育のおかげで二人のボディーガードと執事を兼任させられてる一誠も付いてこない訳にはいかず、またグレイフィアの教育によって無駄に主夫的スキルが凄まじい手腕もあるので、別にプールに入ることに興味は無いにせよ、清掃だけは無駄に真面目にやっていた。

 

 

「やはり今からでも遅くは無いし、私と暫く二人で修行を……」

 

「今日はもうそういった話はしないって部長と生徒会長さんと約束したよね? もう忘れたの? 流石は鳥頭だね?」

 

「おっとそうでしだね、今のは素直に私の落ち度でしたわ――――寸胴猫さん?」

 

「「ふふふふ♪」」

 

 

 周囲が勝手に――というか小猫とレイヴェルが不穏なオーラを撒き散らしながら笑い合ってようが一誠はただただ職業病の如し黙々さでひたすら掃除を続ける。

 一言も発せず、ただただ空気に徹して。

 

 

「一誠君、休憩も無しにずっとお掃除してて疲れてない? 飲み物持ってきたから是非……」

 

「……どうも」

 

 

 そんな空気の中、セラフォルーと一誠から現在死ぬかもしれない鍛練を受けている朱乃が、普段学園内で二大お姉さまだなどと呼ばれてる堂々さ加減が嘘のように潮らしい態度で一誠に飲み物を渡す。

 

 それはさながら、憧れのサッカー部の先輩に緊張しながら飲み物を渡そうとする女子マネージャーみたいなものを想像させられるが、生憎先輩は朱乃だ。

 

 対する一誠も差し出された飲み物の入ったペットボトルを爽やかに受け取るだなんて事はせず、寧ろ千年の恋も冷めそうな位のぶっきらぼうな一言と共に受け取る。

 本来の一誠ならもっと素直に、若干の下心のある視線を朱乃の胸元辺りに向けるのだが、この一誠は視線すら全く合わせやしない。

 

 だというのに朱乃は内心『や、やった!』と大喜びだ。

 

 

(前までなら返事も無ければ受け取りもしなかった。けど今ちゃんと返事もしてくれたし受け取ってもくれた……! ふ、ふふっ! どうしましょう、これ程明確に嬉しいと思うなんてなかったわ!)

 

 

 グレモリーとシトリー家の面子を除けば一誠と知り合った者の中では最古参に部類される。

 しかし本人の他人への猜疑心とコミュニケーション能力を拗らせた結果、まともな会話に発展できる様になったのはここ最近だった。

 

 それまでは何をするにしてもリアスかソーナ達を介さなければ成立しなかった事を考えたら、例え無愛想でまともにまだ目を合わせないにしても返答してくれた事は朱乃にとって大きな前進の手応えを十二分に感じさせるものだった。

 

 

「また欲しくなったら何時でも言ってね?」

 

「どうも……」

 

 

 ここまで来るまで長かった……。

 ある種の感動すら覚える朱乃は自然と浮かべてしまう笑みを溢すと、少し離れた所で掃除をしていたリアスが突然『そういえば……』と一誠に話しかけた。

 

 

「そういえば此所に来る前に彼と出会したわよ? ほら、前にコカビエルの時に現れた白龍皇が」

 

「あっそう」

 

「その様子だと誰か学園内に入ってきた事には気付いてたみたいだけど、あんまり興味は無い感じかしら?」

 

「俺の人生の邪魔になるとも思えないしな」

 

 

 後はこうやって話し掛ければ即座に、それも気負った様子も無く返して貰えるリアスやソーナみたいになれれば……と新たな目標を密かに抱く朱乃は、白龍皇についてどうでも良さげな反応の一誠をじーっと眺める。

 

 

「白龍皇? あぁ、そういえば小さな気配が外から入ってきたのは感じましたが、それが二天龍の片割れの事ですか? この学園の生徒にももう片方の赤龍帝だったが居ましたわねぇ。

一誠様に顔の作りだけは無駄に似てるのが」

 

「随分と上から目線で二天龍について言うわね……」

 

「私にとっては存在してようが居まいが一誠様と同じく何の関係もない存在ですから。

勝手に殺し合うのも良し、共倒れになろうとも良し。好きにしてなさいって感じですもの」

 

「確かに大雑把に言ってしまえばそうはなりますけどね……。

あの白龍皇はどうも私とリアスを見て落胆してたみたいなので……」

 

「落胆? ……あぁ」

 

 

 白龍皇から落胆されたと話すソーナに一誠は何故なのかを直ぐに理解した様子で頷いた。

 

 

「それはリアスとソーナが弱いと感じたからだろ、そいつ目線で」

 

「それってあの白龍皇が私やソーナよりも上の領域に立っているから?」

 

「違う、逆だよ逆。そいつを直接見た訳じゃないから何とも言えないけど、そいつよりリアスとソーナの居る領域が遥か上だからだ」

 

「? それと何も感じないのと何の関係があるのよ?」

 

 

 実の所、リアスもソーナも悪魔としては普通にイカれた領域に進んでるのだが、更に上が上なせいか自分を過小評価する傾向がある。

 だから自覚していない面があるのだ。

 

 

「蟻が象の足を見たら巨大な壁に思うのと一緒だ。そいつはお前達の力を計る事すら出来てない――だから逆に何の力も感じる事が出来ないのさ」

 

「つまり私とソーナは仮にあの白龍皇と戦えば……」

 

「普通にお二人なら問題なく叩きのめせますわよ。

我々の領域となると、例えば全力で魔力を放出してもその魔力自体がクリアな質へとなっているので、一見すると全く力の感じないものになるのです。

一応、その域に侵入したばかりの小猫さんもですが」

 

「私も……」

 

「お前もだからなギャスパー」

 

「ぼ、僕もですか!? じ、自信なんて無いんだけどなぁ……」

 

 リアスやソーナ達にしてみれば充分に人外と言える二人に言われてもピンと来ない。

 だがまだその領域に入っていない他の者達にしてみればリアス、ソーナ、小猫……そして何気に認められてるギャスパーが実に羨ましいし早く仲間入りしたい気持ちも大きくなる。

 

 

「そんな話よりもさっさと手を動かせ。何時まで経っても終わらないぞ」

 

 

 もう少し聞きたかったが、掃除をしろと言われてしまっては仕方なかったので、全員でせっせと掃除を終わらせた。

 そして約束通り、綺麗になったプールに水を入れることで漸く掃除は終わりを向かえ、お待ちかねの一足早いプール開きが始まった。

 

 

「……………」

 

 

 だが、皆が持参した水着に着替えてプールに入る中、ただひとり一誠だけは燕尾服に着替えるとプールサイドで直立不動だった。

 

 

「入らないの?」

 

「別に入りたいとは思わなかったからな」

 

「何よ、折角一誠も一緒だと思って新しい水着にしたのに……」

 

 

 そんな一誠に不満な顔をするリアスとソーナは実に対照的なデザインの水着だったが一誠は眉一つ動かす事も無くその場から動かなかった。

 

 

「あら、一誠様のお身体を確かめようと思ったのに、残念ですわ」

 

「確かめてどうするつもり……?」

 

「そりゃあ勿論、お子さまのアナタにはわからない事ですわ……ふっふっふっ」

 

「な、仲良くしようよ二人とも……」

 

 

 他の皆が思い思いに楽しんでいる中を石像の様に動かない一誠。

 別にカナヅチだからという訳では無く本当にそんな気分では無いらしい……。

 しかしそんな鋼の意思は本人の不意を突いてくる形でやって来た者達のせいでうち壊されてしまう。

 

 

「こういう格好をするのも何時以来になるのか……変じゃないかしら?」

 

「全然変じゃないよおば様! 寧ろ嫉妬しちゃうくらいまだまだお綺麗ですよ~☆」

 

「足を滑らせて転んだら大変だから走ってはダメよミリキャス?」

 

「はいお母さん!」

 

 

「…………………は!?」

 

 

 突然、来るわけもない筈の面子の、既に水着に着替えた姿での襲来に、それまで平然としてた一誠の顔つきが面白いくらいに動揺したものへと変貌する。

 

 

「折角だしと思って声を掛けてみたら思いの外乗り気だったみたい」

 

「セラフォルーお姉様は言わずもがなだったわ」

 

 

 勿論、一誠と同じく眷属達も驚くのだが二人が経緯を話した途端直ぐに納得するのと同時に一誠の反応を伺う。

 するとあろうことか一誠はプールを囲う柵をよじ登って今まさに逃走しようと背を向けていた。

 

 

「むっ、待ちなさい一誠! セラフォルーちゃん!」

 

「おっけーだよおば様☆」

 

「っ!?」

 

 

 しかし当たり前の様に目撃された途端、ヴェネラナがまずセラフォルーに指示を送り、手を叩いたセラフォルーから放出された氷の魔力が一誠の両足を捕らえた。

 

 

「っの……!」

 

 

 しかしそれでも諦めない一誠は即座に無事な両手で氷付けにされた両足の氷の塊を破壊して逃走を続行する。

 

 

「グレイフィア! ミリキャス!!」

 

 

 だがそうは問屋は下ろさんと今度はグレイフィアとミリキャスと共にヴェネラナ直々にびっくり速度で跳躍体勢になった一誠に接近して後ろから羽交い締めにする。

 

 

「は、離せ!」

 

「顔を見るなり逃げようとするとは何ですか一誠?」

 

「授業参観の時ですら最悪だったんだぞ! 逃げたくもなるんだよこっちは!」

 

「何もしていないで勝手に逃げたのは貴方でしょう? そうそう、早くあの時みたいに私を母と呼んでちょうだい?」

 

「呼ぶかババァが! あんなもん建前に決まってんだろうが!」

 

 

 リアスより露出度の高い水着姿で後ろから思いきり羽交い締めにするものだから、当たってる所が相当当たってたりする。

 しかしながら本人は寧ろ恐怖に染まった顔をしており、打ち上げられたカジキマグロの如く勢いで大暴れして何とか逃げようと必死だ。

 

 これでは授業参観の時と同じなのだが、今回はそれに加えて更に厄介なのがグレイフィアやセラフォルーやミリキャスまでヴェネラナに付いているという事だ。

 

 

「皆で楽しむ時は楽しむものなのよ。

それを貴方は済ました顔で……はぁ、さぁ着替えに行きましょう」

 

「ひっ!? ふざけるなよババァ! どこに連れていくつもりだ俺を!?」

 

「どこって、アナタを水着に着替えさせる為の更衣室よ?」

 

「! わ、わかった、もう観念したから一人で――」

 

「その手は喰わないわよ? 一人にしたらそのまま逃亡するでしょう? だから着替えさせてあげるわ……さ、行くわよ?」

 

「ざけんなよババァ! 俺は餓鬼じゃねぇんだよ!! おい! り、リアスかソーナ! こ、このババァを止めろ!!」

 

「あー……無理かなぁ」

 

「ちょっと止める力は私達には無いわ」

 

 

 だから頑張って? とご丁寧にウィンクまでして助けずに見送るリアスとソーナは全く頼りにならないと、他の眷属達に向かって次々と助けて目線を送るが、悉く無理だと無言で目を逸らされる。

 

 それならば! と会話なんて殆どしたことは無いレイヴェルを見たのだが……。

 

 

「あらあらまぁまぁ、本当に無いのですねぇ」

 

「食い千切ってやるぞ貴様ァ!!」

 

 

 関係ない所で小猫と遊んでて気付いてなかった……。

 

 

「気は済んだ?」

 

「………………」

 

 

 結局、授業参観の日に言ってしまった言葉のせいで余計変なスイッチを入れてしまったヴェネラナに連行されてしまう一誠。

 後に皆の耳に入る一誠の悲鳴は……それはそれは大変そうなものだったという。

 

 

「……………」

 

「普通に着替えさせただけなのに、襲われる生娘みたいに泣き叫ぶから誤解されちゃうわ」

 

「ですがお母様の場合……」

 

「リアス? 今何か言いましたか?」

 

「いえ! 何でもありません!」

 

 

 

 

 

「覚えてろよあのババァ……」

 

「大丈夫一誠兄さま?」

 

「逃げようとするからよ。学習しない子ね……」

 

「そうだよいーちゃん、何で何時も逃げようとするの?」

 

「餓鬼の頃から全く変わらない扱われ方されてきたら嫌でもそうなるんだよ! ちくしょう……!」

 

 

 




補足

基本的にサーゼクスさん側達は二天龍に何の関心も興味もありませんので、関係ない所であるなら勝手に戦うなりなんなりすれば良いんじゃねってスタンスです。

 そしてそんな彼等は大きすぎてリアスさん達壁を越えた人達の気配を感じられないです。


その2
レイヴェルたんは小猫たんと小競り合ってるけど、15という完全に一誠達よりも上に君臨してます。
まあ、一誠的に頭が上がらないのがヴェネラナさんとかグレイフィアさんだったりするのですが(笑)


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会談中はお静かにしないといけませんよ

よくある会談さ。



 会談当日がやって来た。

 三大勢力の代表者が一所に集まるという訳でそれなりの緊張感が醸し出されるのかと思えば別にそうでは無く、元々互いに顔見知りというのもあって特に気負った雰囲気等は無かった。

 

 

「以上が私、リアス・グレモリーとその眷族が関わった事件の内容です」

 

「同じくソーナ・シトリーとその眷属が関わりし事件です」

 

 

 集まる事になった大きな理由であるコカビエルの件について大きく関わる事になったリアスとソーナが事件の内容をトップ達に話す。

 当然その事件の現場に居たセラフォルーも二人の報告に対して嘘は無いとフォローしたりもした。

 

 

「ありがとう、二人とも座りなさい。

さて、この事に対してコカビエルの同志である堕天使総督殿から話を聞きたいのだが?」

 

「最早同志じゃないし、今回の一件はコカビエルの独断だ。

奴はそこにいる二人とセラフォルー達に倒された後、白龍皇が連れて帰り組織の軍事会議でコキュートスに送ることが決まってもう二度と出て来られねぇよ。

ってかそう言うことはもう資料にして送ってるだろ? それが全部だ」

 

「それで済まそうとする辺り、貴方は相変わらずいい加減な男ですね」

 

 

 半分開き直りの入った言い方に天使の現代表であるミカエルが呆れた様な顔をする。

 だがそんなミカエルに対してアザゼルは言った。

 

 

「へっ、コカビエルを止めるのに人間の悪魔祓いを二人程度しか寄越さなかったお前も大概いい加減だろう? 結局尻拭いをしたのがサーゼクス達なんだからな」

 

「…………」

 

 

 アザゼルの皮肉っぽい言い方にミカエルは口を閉ざす。

 

 

「聞けばその悪魔祓いの片方に対して『知りすぎた』って理由で陣営から追い出したらしいし、中々お前等の所も随分と組織らしいじゃねーの? え?」

 

「それ関しては下の者が勝手にやった事です。

今すぐにでもと言うのなら直ぐにでも復帰を――」

 

「その心配は要らないんじゃないかな? その悪魔祓いは会談に使ってるこの学園の生徒として無事に生きてるみたいだし」

 

「そうだよねリアスちゃんとソーナちゃん?」

 

「間違いありません」

 

「同じくこの学園の生徒でもある赤龍帝のお世話になっているようです」

 

 

 元となった悪魔祓いの一人が学園の生徒として普通に生存している―――という話を聞いたミカエルは少しだけ複雑そうな声で『そうですか……』と呟く。

 

 

「赤龍帝がこの地に存在しているのですか……」

 

「ウチで抱えてる白龍皇が興味津々なんだが、お前達二人の内の眷属では無いんだな?」

 

「先日その白龍皇にもお答えした通り、私とリアスは赤龍帝を眷属にはしていませんし、またしたいとも思ってはいません」

 

「一時期どういう訳か彼の方から接触を試みる行動が見られましたが、今ではそれも無くなりましたので」

 

 

 二天龍の片割れを宿す存在を特に脅威とすら捉えずに淡々と興味無さげに語る二人の若き悪魔にある程度その理由を察してるアザゼルは納得し、ミカエルは少々驚く。

 

 

「この先も眷属に加えるつもりは無い――その理由はなんでしょうか?」

 

「私達がその者を眷属に加えたこれまでの理由は戦力としてでは無く、各々が持つ柵に対して少しでも助けになるのであるならと考えたからです」

 

「確かに自ら眷属にして欲しいと強く望む者も居ますが、無意味に加える事は決してしません」

 

「理由は解ったが、赤龍帝に関しては違うんじゃねーのか?」

 

 

 ミカエルに対して弁解する二人にアザゼルが頬杖を付きながら話に割って入る。

 

 

「以前から何度かサーゼクスの実家に行ってるが、今日は居ないのかよ? 赤龍帝の容姿にそっくりな人間は?」

 

「赤龍帝に似た人間……?」

 

「あぁ、悪魔に転生もせず、どういう訳かシトリーとグレモリーの家紋が入った衣服を身に付けてる人間の小僧が居てな。

後で分かった事だが、その人間の容姿が現在の赤龍帝――兵藤イッセーと酷似しているんだよ。しかもご丁寧に名前までな……そう、確か名は日之影一誠だったか?」

 

 

 一誠の存在を一切知らない者に教えるついでにこれまで聞こうにも機会が無かった為に聞けなかった疑問をぶつけるアザゼルにミカエルは『そういえば……』と思い出す。

 

 

「何年か前にサーゼクスが人間の子を拾ったという話を聞きました。

単なる噂話だと思いましたが、もしやその話の人間の子というのがそうでしょうか?」

 

「そうだが、キミ達二人がそんなに不思議がる話かな?」

 

「まぁな、俺が見た時は人前で喋る事すら儘ならなそうな小僧にそこに居るグレイフィアと同等の立場を与えられてる様だったし、腕もかなり立つみたいだからな」

 

「その様な者を眷属にもしないのは確かに疑問ですね……」

 

「うーん、どうも二人は私達悪魔が無意味に他の種族を悪魔に転生させたがる様に見えちゃうみたいだねー?」

 

「アザゼル達の所には白龍皇が居ますしね、警戒してしまうのは昔の名残ですよ」

 

「おいおい、白龍皇に関しては戦力増強とかじゃなくて神器研究の為だっつーの。

戦争なんざもうやりたかねーし、何なら研究の内容をお前等に提供してやっても良いくらいだ」

 

 

 ましてやサーゼクスとだなんて二度と喧嘩したくねぇ……。

 優男に見えて一番ヤバイ――間違いなく種族としての力を完全に逸脱しているサーゼクス達と事を構えたくは無いと遠回しに否定するアザゼルにミカエルもそこは同意できるのか頷いた。

 

 

「確かに戦争をする時代ではありませんね。

所で話は戻りますが、その人間の子は今何処に? 会談にグレモリーとシトリーの家紋が入った衣服を身に付ける程の信頼を措いてるのであるならこの場に出席してもおかしくはないと思うのですが……」

 

「彼なら今僕達の娘とリアスとソーナさん眷属達の面倒を見て貰っている」

 

「仮に暇だったとしても、いーちゃんが此所に来たがるとは思えないかなぁ」

 

「?」

 

 

 うんうんとリアスとソーナがセラフォルーの言葉に同意する様に頷き、ミカエルが意図がわからずに首を傾げる。

 

 

「そういやあの小僧は殆ど喋らないっつーか、今風に言うとコミュ障って奴だったな。

前に見た時、そこの二人の眷属を前に吐きそうな顔してたし」

 

「それは両家の使用人の代表に位置する者としてどうなのでしょうか……」

 

「心配しなくてもあの子のお陰で今の我々が居ると感謝してる」

 

「二人には一生涯わからない事だとしてもね☆」

 

「……随分と信頼なされるようで、その人の子を」

 

「…………」

 

 

 それ以上詮索する様なら出るとこ出るか? 的な威圧感が若干込められた笑顔をリアス、ソーナ、グレイフィアまでもが加わって向けるものだからアザゼルとミカエルはこれ以上言ったら『地雷』を踏むと判断し、話を切り替える。

 

 

「まぁ、こんな事でまた仲違いはしたくねーし、今俺達で争うべきでは無いからな」

 

「何に備えるというんだ?」

 

「あん? この前お前の家に言った時にもチラッと話したし、ミカエルの所にも情報あがってねえのか? テロ組織だよテロ組織」

 

「テロ組織? そういえば数年前から少しずつ上がってはいるけど」

 

「私たちも同じようなものです」

 

「組織名禍の団(カオス・ブリケード)

俺達が今もっとも備えないといけない相手だ」

 

 

 初めて聞いた話にリアスとソーナは互いに目を合わせながらも耳を傾ける。

 

 

「規模はどの程度なんだい?」

 

「俺もまだ深くは知らないが、結構面倒な規模である事は間違いねぇ。

しかもそのトップはあの無限の龍神らしい」

 

「またの名をオーフィスですか……」

 

「あぁ、あの龍か。

確かに厄介かもしれないね」

 

 

 世界最強の龍と呼ばれる無限の龍神がトップとされる組織だと聞いたサーゼクスがお茶を飲みながら厄介だと語るが、どう見てもそんな危機感を抱いてる様には見えない。

 

 

「随分と楽観的に見えるなお前……」

 

「楽観視なんてしてないさ。

無限の龍神を相手にしなければならないだなんて怠いにも程があるしね」

 

「うーん、今の私でいけるかな?」

 

「大丈夫だと思うぜセラフォルー? キミは既に今の一誠と同じ目線に立ててるんだからね。

まあ、ちょっとは苦戦するだろうけど押さえ込めるでしょうよ」

 

「そっかぁ、それならいーちゃんとタッグ組んだらいけるね☆」

 

 

 というか悪魔側がさっきから緩すぎる。

 テロ組織が存在して、そのトップがオーフィスだと聞いても余裕さえ感じられていた。

 サーゼクスはともかくセラフォルーのこの余裕もどこか気になるし、アザゼルとミカエルは数さえ先の戦争で減ったとはいえ、戦力ならば完全に黄金期に突入している悪魔達に複雑な気分だった。

 

 

 そんな時だろう、外から巨大な爆撃音と大きな揺れが起こったのは。

 

 

「! 何事です!」

 

「……。チッ、噂をすればなんとやらだ。

どうやら俺達が会談をする時を狙って奴等が襲ってきたらしい」

 

「つまり今のはアザゼルの言っていたテロ組織の手の者って事なのかい?」

 

「状況から考えればな……しかもご丁寧に俺達は閉じ込められたらしい」

 

 

 そう言って辺りを見渡したアザゼルの言う通り、会議室周辺に障壁の様なものが展開される。

 

 

「あっちゃあ、見事に閉じ込められちゃったね」

 

「うーん、どうしよっか?」

 

「惚けた事言いやがって、お前なら直ぐに破壊できるだろうサーゼクス?」

 

 

 とはいえ、この場の全員がその気になればどうとでもなるのだが、誰もがその場を動くことはせず、まずサーゼクスが携帯を取り出すと誰かに電話をし始める。

 

 

「あ、僕だよ。どうやら外で何かやってるのが居ると思うんだけど――うんそう、ソイツ等は基本的に敵だから―――あ、そうなんだ? ふふ、相変わらず手が早いね――――は? ミリキャスが拐われそうになった? ごめん、前言撤回だ、やれるなら徹底的にやって欲しい」

 

 

 誰かと電話をしているらしく、途中で声のトーンが一段階は下がり、会話を終えたサーゼクスは携帯を切った。

 

 

「アザゼル、キミの言う通りどうやら例の組織の者で間違いないらしい。

今リアスとソーナさんの眷属達とウチの使用人副長が鎮圧させているよ」

 

「お、おう……」

 

「えっと、大丈夫なのですか? その者達にだけ任せてしまって?」

 

「問題ないよ、僕とグレイフィアの大事な一人娘に悪戯を仕掛けるバカの命がどうなろうが知った事じゃないし、リアスとソーナさんも安心しなさい。一誠が珍しく最初から動いてる」

 

「それはまた……」

 

「地雷を踏みましたか……」

 

「後でお礼をしないといけませんね」

 

「それとアザゼル、キミの所の白龍皇もどうやら戦ってるらしいから余計大丈夫だろう?」

 

「なるほどな……」

 

 

 揺れと爆発音が聞こえる中をグレイフィアに入れ直して貰ったお茶を飲みながら状況を説明するサーゼクス。

 この男がそれほどの信頼を置いてるその赤龍帝に似た男に更に興味を惹かれるのだが、それを聞く空気ではないため大人しく待っていると、会議室の真ん中に突如転移用の魔方陣が現れた。

 

 

「ごきげんよう現魔王の皆さん」

 

 

 その転移用の魔方陣から現れたのはスリットの入ったドレスを着た金髪に褐色肌の眼鏡を掛けた悪魔だった。

 

 

「あ、カテレアちゃんだ」

 

 

 その姿にサーゼクスとセラフォルーは誰なのかを直ぐに理解し、特にセラフォルーはまるで道端で偶々出会しました的な感じで名を呼んでいた。

 

 

「これはこれは、先代レヴィアタンの血を引くカテレア・レヴィアタン、これはどういう事だい?」

 

 

 サーゼクス様の問いにカテレア・レヴィアタンは答えた。

 

 

「旧魔王派の者達は殆どが禍の団に協力する事に決めました」

 

「は? おいおい、新旧魔王サイドの確執が本格的になった訳かよ? 悪魔も大変だな」

 

 

 カテレアの宣言に対してアザゼルはどこか他人事ように――されど内心『バカなのかコイツ等は?』と若干憐れんでいた。

 

 

「カテレア、それは言葉通りと受け取っていいんだね?」

 

「サーゼクス、その通りです。今回のこの攻撃も我々が受け持っております」

 

「ふーん……? 今更になって何でなのかぐらいは聞いても良いかな?」

 

「今日この会談のまさに逆の考えに至っただけです。神と先代魔王がいないのならば、この世界を変革すべきだと、私達はそう結論付けました。

そしてかつてアナタ達に味わわされた屈辱への復讐……!」

 

 

 どうやら後者の理由が本音らしく、サーゼクスと――そして現在レヴィアタンを名乗るセラフォルーに殺意を向けた。

 

 

「特にセラフォルー!! 私からレヴィアタンの名を奪ったその罪は重い!!」

 

「だからこんな真似を……?」

 

「ええ、今こそアナタを殺してレヴィアタンの名を取り戻す!」

 

「…………そっか」

 

 

 カテレアの憎悪の籠る殺意を前にセラフォルーは静かに一度目を閉じ――そして開く。

 

 

「良いよ、相手になるよカテレアちゃん?」

 

「?」

 

 

 その言葉と共に放たれた魔力と表情は絶対零度の如く冷たく、おちゃらけた普段の様子とは全く違うものだ。

 いや、それだけでは無い……。

 

 

(セラフォルーの魔力に力をまるで感じない……?)

 

(何だ全く何も感じないだと……? まるで前に一度だけサーゼクスに感じた違和感と同じ……)

 

(明らかに以前のセラフォルーとは違う……)

 

 

 今魔力を放っている筈のセラフォルーからまるで何も感じないのだ。

 その違和感に気付いたはカテレア、アザゼル、ミカエル達の中サーゼクスは『へぇ?』と少し驚いていた。

 

 

「相当越えたらしいね。ふふ、一誠に色々とされて来た結果がこれとなると運命的なものすら感じるね」

 

「お姉様が明らかに強く……」

 

「確かにこれなら本気の一誠と謙遜は無いけど、先んじられるなんてとても悔しい……」

 

「服を消し飛ばされてあの子に笑い飛ばされてた頃を思い出しますね」

 

 

 感じ取れる領域に立つ者達にすればセラフォルーの放つ力は明らかに次元の違う進化を見せており、サーゼクスは楽しげに笑い、ソーナやリアスは先んじられた事を悔しがっていた。

 

 

「どうやら平和ボケだけはしてなかったようね……。けれど私はアナタを殺せる自信がある……!」

 

 

 そんな違和感を前にしてもカテレアは尚自信がある様で、負けじと魔力を解放した。

 そんな時だっただろうか……会議室の窓ガラスが盛大に割れ、何かが高速で飛び込んできてカテレアの足元に転がってきたのは……。

 

 

「何事で―――っ!?」

 

 

 誰だ水を差したのはと足元に視線を落としたカテレアは絶句する。

 それは今回の襲撃に連れてきたとされる組織の構成員の――顔から手足から何からがグチャグチャに変形したモノなのだったからだ。

 

 

「一体何が……!」

 

「ぁ……ぅ……ば……け……も……………の………!」

 

「何を言っている!? 何があったのかを説明なさい!!」

 

 

 かろうじて息はあったのか、何かを言おうとしている下級構成員に声を荒げたカテレアは、ふとセラフォルーやサーゼクス達が割れた窓ガラスの方へと向いてる事に気付き、その視線を辿ると……。

 

 

「……………………………」

 

 

 胸元にシトリーとグレモリー両家の紋章が合わさったかの様なデザインの小さな紋章が金の糸で刺繍された黒い燕尾服を着た年若い男が、無機質な目を表情をしながら立っていたのだ。

 

 

「だ、誰です……?」

 

「……………………」

 

 

 白い手袋をし、直立不動の不気味な男に少し動揺しながら何者かと聞いても返答が無い。

 ミカエルもまた見知らぬ少年とも思えるその男に驚くも、先程の会談で少し話題になった赤龍帝に似た少年である事をすぐに察した。

 

 その証拠にサーゼクスが呑気な声でその少年に話しかけるのだ。

 

 

「随分と荒っぽい登場だけど、首尾はどうだい?」

 

「リアスとソーナの眷属達と――それとレイヴェル・フェニックスとで小うるさい連中は全滅させた」

 

「なっ!?」

 

 

 淡々とサーゼクスに初めて答えた少年にカテレアは絶句する。

 

 

「そ、そんなバカな! 我々が来てまだ三十分も経っていないのに……!」

 

 

 ましてや相手は確かサーゼクスとセラフォルーの妹の眷属達だけ。

 そんな子供同然の未熟な連中に我々は全滅させられたのかと信じられないように叫ぶカテレアだが、少年はそんなカテレアを一瞥すらくれる事せず、先程投げつけたと思われる死に体同然の構成員へと近づくと、その者の首を掴んで無理矢理締め上げた。

 

 

「これは生かした。

一応サーゼクスとグレイフィアには言っておこうと思ってさ。

コイツはどうやら二人の動きを封じる為にミリキャスを拐おうと考えてたらしいんだがよ、同時にド変態だったようでな……なんだっけな? 拐った後『ぼろ雑巾の様に犯してサーゼクスを絶望させてやる』――だとか何とかほざいてたわ」

 

「ぁ……ひ……!」

 

「へー? 中々ユーモアのある奴じゃないか? ねぇグレイフィア?」

 

「ええ本当に……」

 

 

 手足がまったく機能しない方向にネジ曲がり、最早元の容姿の断定すら不可能な程に破壊された顔面をした構成員が何やら命乞いの声を放つも、聞き入れられる訳も無い。

 

 

「一誠、パス」

 

「始末は私達がつけるわ」

 

「………」

 

 

 呆気なく二人に向かって言われた通りその者を投げた瞬間、夫婦の魔力によってこの世から消え失せてしまった。

 

 

「ん、これで良し。

取り敢えずここの事は僕達で始末をつけるから、一誠はミリキャスと二人の眷属の所に戻ってあげてくれ」

 

「ミリキャスの事を頼むわ」

 

「皆の事もね?」

 

「無理はせずによ?」

 

「ん」

 

 

 返り血を一滴も浴びず、機械を思わせる表情の無さが印象に残る中、サーゼクス、グレイフィア、リアス、ソーナの四人に対して一応一礼した一誠はその場を去っていく。

 その際、セラフォルーと目が合い彼女に微笑まれるも、一誠は一瞬その無機質な目を揺らし、すぐにプイッと顔を背けてしまう。

 ただただ状況に追い付けずに唖然としていたカテレアはハッとしても最早遅かった。

 

 

「さてと、残りはキミだけらしいなカテレア?」

 

「私も驚きましたが、投降すべきかと思いますが……」

 

「やっぱ悪魔側の戦力がおかしい事になってやがる。

とはいえ今はそれが頼もしいぜ」

 

「だ、黙れ! セラフォルーを殺してレヴィアタンの名を取り戻すだけでも意味はある!」

 

 

 そう言いながら全身から異質な魔力を放出させたカテレアにそれが彼女自身のものでは無いと察知した。

 

 

「おい、その蛇はオーフィスのものじゃないのか? まさか奴の力の一部を埋め込んだのか」

 

「ええ、だからこそその気になれば貴方方をこの場で全滅させられる。

駒達がやられたとしても私が勝てば問題ない!!」

 

 

 そう言いながらセラフォルーへと再び殺意を向けたカテレア。

 しかしセラフォルーは最早そんな次元では無かった……。

 

 

「色々と聞きたいこともあるし、命までは取らないよカテレアちゃん」

 

「自惚れるなセラフォルー! 今の貴女ごときではオーフィスの力を得たこの私は倒せない!」

 

 

 右手を向けたカテレアがオーフィスの蛇を駆使してパワーアップした力を放とうとする。

 しかしその右手は一瞬にして――

 

 

「うっ!?」

 

 

 蛇ごと凍結した。

 

 

「ば、馬鹿な……!」

 

「ごめんねカテレアちゃん? 私もあれから強くなったんだ……じゃないといーちゃんが見てくれないんだもん」

 

「い、いーちゃん……? さっきから一体誰の事を――っ!?」

 

 

 セラフォルーの姿が消えたと思う間も無く、一瞬にしてカテレアの眼前に現れる。

 その速さに目を剥くミカエルとアザゼルと……カテレア。

 

 

「追い付かないと見てくれないけど、それ以上にずっと独りになっちゃうから。

だから私は強くなるし、カテレアちゃんに負けてあげるつもりは無いよ?」

 

「こ、こんな程度で私が……!!」

 

 

 反対の手を使い、至近距離での攻撃を試みたカテレア。

 しかしその攻撃は……。

 

 

時間凍結(アイス・タイム)

 

 

 壁を越えた事で進化した魔力の質によって全身を一瞬にして氷付けにされてしまった故に放たれる事は無かった……。

 

 

「いーちゃんが大好きだからさ☆」

 

「サラッと言ってくれましたよ、お姉様め……」

 

「二重の意味で悔しいわ本当に……」

 

 

 鎮圧・完了




補足
アザゼルさんは執事一誠をちょっとは知ってますが、空気的に言い触らしたらシトリーとグレモリー家全体がマジになると察してお黙りしてます。

その判断は真に正しいのですがね。

その2
ミリキャスきゅんじゃなくてミリキャスたん設定でしかもこの日は執事君や眷属達と楽しく遊んでました。
そしたらいきやり誘拐しようとするのが現れて邪魔されるは、しかもそれがぺド野郎で気分が落ち込む所でしたが、ぺド野郎の言葉に態度にはないものの、ガチになった執事が滅茶苦茶ボコボコにしたのでイーブンだとか。

いや寧ろ終始一誠が然り気無く守りながら動いてたので、余計血が騒いだとか……。

…………。ていうか、ある意味この子が一番マセまくってるからアレなんですけど。


その3
今のセラフォルーさんのレベルではオーフィス補正入っててもどうしようもなかったりするカテレアさん。
どこぞのだらけきった正義さん技くらって氷像にされるのも無理はねぇと。

ちなみにスキルではなくて、元々持ってた魔力の質が進化しただけです。
スキルは使うまでも無かったらしい。


その4

そもそもレイヴェルたんが参戦してる時点で相手側からしたら詰んでる……


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コンプレックス爆発な小猫たん

レヴィアタンたんのせいで余計コンプレックスがね……


 正味な話、その気にならずともミリキャスは既にこの年齢でありながら戦える。

 名前も種族も所属もどうでも良いぺドの変態が拉致ろうものなら刹那でこの世から消え失せている程度には。

 

 しかし今回は一誠が最初から動くことでミリキャスの実力が知られることは無かった。

 

 何せ珍しく何時も以上に相手に対して容赦が無かったのだから。

 

 

「ゴブァ!?」

 

「………………」

 

 

 感情の無い機械を思わせる冷徹な雰囲気を漂わせた燕尾服姿の男が返り血を一滴も浴びる事無く次々と学園を襲撃する謎の存在達を始末していく様は恐怖を掻き立てるに十分だった。

 

 それにその彼と共に戦う者達もまた、聞いていた実力から大きく逸脱したものなのだから。

 

 

「所謂口と数だけのトーシローって奴ですか。

そろそろ飽きましたし、終わりにしてあげましょうか」

 

 

 特に金髪碧眼の軽い巻き髪の悪魔の少女――レイヴェル・フェニックスが放つ業火は襲撃者達が近づく事すら叶わず灰となる程であり、両の手から灯る炎は有象無象を無に帰す一撃となる。

 

 

炎の鉄槌(アルテーロ・ディ・フィアンマ)……!」

 

 

 レイヴェルの両の手から放たれた、普通の炎とは何か違う波動を感じる炎の塊が房のような形となって焼き尽くす。

 これが決定打となり、襲撃者は完全に全滅する事となる。

 

 

「はぁ、こんなところでしょうか。

割りと呆気無さすぎて拍子抜けでしたが」

 

 

 レイヴェル・フェニックスの領域を知る者達から見れば、その力は確かに種族としての力を完全に逸脱している。

 前に一誠が自ら『自分より上』だと言っていた通りに……。

 

 

「強いですねあの方……」

 

「…………」

 

 

 初めて見たミリキャスは片手間にやってのけたと言わんばかりのレイヴェルの様子を見てその強さを察知し、一誠はそれに返事をする事は無くとも降りてきたレイヴェルを見据えていた。

 

 

「チッ……」

 

 

 そして眷属の中では一番襲撃者を撃退していた小猫はそんなレイヴェルに対して軽く悪態をついていた。

 

 

「別に来なくても良かったのに」

 

「ま、まぁまぁ……」

 

 

 犬猿の仲ならぬ鳥猫の仲と言うべき関係であるがせいか、毒づく小猫を他の眷属達が宥めていると一誠の前に着地したレイヴェルが、まぁこれでもかと嬉しそうに駆け寄って来るのだ。

 

 

「一誠様~♪」

 

「……………………」

 

 

 どう見ても笑顔なレイヴェルに駆け寄られ、表情こそ変えなかったものの目が一気に死に始めた一誠。

 有り体に言えば一誠は実力はともかくレイヴェルが何となく苦手だった。

 

 

「中途半端に暴れたせいで身体が火照ってしまいました、ですのでこの火照りを冷ます為に一誠様と夜のバトルを――キャ! 言っちゃいましたわ!」

 

「………………………………」

 

 

 セラフォルーやヴェネラナとはまた微妙に違う強引さというのか……。

 これで自分よりも上の領域に立っているのだから、一誠としても複雑な気分だ。

 

 

「あの、やめてください……一誠兄さまが困ってます」

 

「あっち行け」

 

 

 そんなレイヴェルへの苦手意識として、無視でもしてやろうかと思っていた時だったか。

 ミリキャスと小猫がレイヴェルの前に立って啖呵を切り出したのは。

 

 

「? あら寸胴猫さんに……貴女はサーゼクス君の娘さんでしたわね?」

 

 

 あの輪に入れる勇気は無いと、他の眷属達が遠巻きに一誠に軽く同情しながら見てるのを背に小猫がミリキャスと即席タッグを組んでレイヴェルへと対抗する。

 ミリキャスにとってはまだレイヴェルがどんな存在なのかを掴めてないものの、彼女が一誠に向ける感情が何なのかは直ぐに察していた。

 

 

「へぇ?」

 

 

 幼いながらも芯のある真っ直ぐとした眼にレイヴェルは思わず笑みを溢す。

 

 

「なるほど、サーゼクス君の娘さんなだけはありますね。

ふふ、その歳で既に……サーゼクス君から教えられましたの?」

 

「違います、一誠にいさまです」

 

「ふーん? 流石というべきか……まぁどちらにせよ長いお付き合いになりそうですわ」

 

 

 そう意味深に微笑むレイヴェルに負けじとミリキャスは一切目を逸らす事無く見据える。

 そんな時だったか……上空に白い輝きを放つ全身鎧姿の誰かが現れたのは。

 

 

「少し場を離れて見ていたが驚いたよ、まさかキミ達が雑魚とはいえ禍の団の構成員を全滅させるなんてね」

 

 

 その正体は戦闘直後に姿を消した白龍皇のヴァーリであり、どうやら一誠達の戦闘を観察していたらしい。

 何の力も感じない連中が雑魚とはいえ蹴散らしたのは少しばかりに過ぎないものの興味を抱いたらしく、上空から話しかける。

 

 

「で、これからどうすれば?」

 

「部長と会長の元へと向かうべきでしょうか?」

 

「……。先程ミリキャスを狙った変態をサーゼクス達の所へと投げ捨てた際に様子を伺いましたが、特に問題は無いと思います。

リーダー格の女悪魔が居ましたが、すぐに黙らせてしまうと思いますし、取り敢えず警備を引き続き行うべきかと」

 

「そういう事なら大丈夫そうだな。

しかしちょっと腹減らね?」

 

「確かにちょっと運動したからお腹減ったかもしれないな」

 

「どいつもコイツも不味い味をした連中でしたしね」

 

 

 

「…………」

 

 

 しかし無視された。ものの見事に誰もが上空で分かりやすいくらい白く発光してるヴァーリに一瞥すらくれる事無く話し込んでいる。

 これには微妙にムッとなるヴァーリが脅かすつもりで力を解放するも……。

 

 

「家庭科調理室に行ってカレー程度なら作れますが……」

 

「え!? 一誠君が作ってくれるのかい!?」

 

「は? は、はぁ……ただのカレーですけど」

 

「食べます食べます! 絶対食べます!!」

 

「そういや地味に日之影が作る飯って食べたこと無かったな」

 

「会長は、自分は毎日食べてるみたいな事を言ってたわね……」

 

「リアスも基本的に人間界(こっち)での食事は一誠君が用意してると言ってましたが……まさかこんな形で私達も食べられるとは……」

 

 

 

「………………………」

 

 

 やっぱり誰も振り向く事も無く、勝手に盛り上がり始めていた。

 単に相手の力量を感じる事のできない間抜けなのか……ヴァーリもそろそろカチンとし始めてきたそんな時だったか。

 

 

「白音ぇぇぇっ!!」

 

 

 耳を塞ぎたくなるような大きな女の声が今居る場所全体に響き渡る。

 一体何だとヴァーリがその方向へと視線を切り替えると、人影が物凄い勢いで悪魔団体の方へと接近していた。

 

 

「誰か来ましたわよ? 白音ってなんですの?」

 

「…………それ、私の真名に相当する名前」

 

 

 それに対しても呑気さを崩さず、レイヴェルの言葉に白音こと小猫が死ぬほどめんどくさそうな顔をしながら猛スピードで此方に接近する人影に目を向けた。

 するとその人影は手前で砂煙を撒き散らしながら急停止をすると、漸くその者の容姿が確認できた。

 

 長い黒髪に小猫と同じ金色の猫目。

 隠すつもりがないらしい猫耳に着崩した着物……何よりその巨大な胸。

 

 

「白音……!」

 

 

 つい最近胸をもぎそこねた小猫の姉である黒歌だった。

 何やら血相かえた顔で嫌そうな顔をしてた小猫を見てるが、一体どうしたのかどいうのか……。

 

 

「ま、待て黒歌! そこに奴が居る!」

 

 

 遅れて登場した一誠に酷似した容姿の赤龍帝が何か黒歌に教えでもしたのか――と、察するにはさして時間は掛からなかった。

 

 

「っ……!」

 

 

 後ろから走ってやってきた兵藤イッセーの声に黒歌が途端に殺意を剥き出しにした顔で燕尾服姿の日之影一誠を睨む。

 

 

「…………」

 

「? 何ですかアレは? 何故一誠様を……?」

 

 

 そんな黒歌の殺気を前に無視を決め込んでる一誠を見てレイヴェルが首を傾げていると、小猫が口を開く。

 

 

「何しに来たの姉様? 姿を見せたらまずいんじゃないの?」

 

「そんな事を言ってる場合じゃないよ! だって禍の団が……」

 

「禍の団? ……あぁ、さっきまで居たクッソ不味い連中共の事か。

アレならとっくにこの世から消え失せたけど?」

 

 

 だから早くそこの人と帰れば? と、蚊帳の外だったヴァーリと邂逅して何やら互いの神器を交えて会話し始めた兵藤イッセーに目配せする小猫。

 だが黒歌は帰ろうとせず、ずっと殺意を一誠に向けている。

 

 

「帰らないよ。そろそろ白音をこんな連中から解放しなくちゃいけないし」

 

「……………あ?」

 

 

 そう言いながら殺意を一誠のみならずその場に居た全員に向け始めた黒歌に、鬱陶しがっていた小猫の声が低くなった。

 

 

「解放って何? まだそんな訳のわからない事を言ってるわけ?」

 

「だってイッセーから聞いたんだにゃん! アイツが白音に性的な目を向けてるって!」

 

「…………………は?」

 

 

 それに気付いてないのか、黒歌は一誠に向かって指を指しながら訳のわからない事を宣い始める。

 これには流石の一誠も無表情を崩してポカンとしてしまう。

 

 

「俺が彼女をそんな目……? ……あの、私ってそんな目を彼女にしてたように見えたのでしょうか?」

 

「いやぁ……多分塔城さんにとっては残念だろうけど、一度も無かったと思うよ?」

 

「寧ろお前って取り敢えず警戒しようとするしなぁ。

第一、会話だって成立し始めたのもここ最近だしよ」

 

「セラフォルー様やヴェネラナ様とのやり取りを見てるとそれ所じゃないってのがわかるしねー?」

 

「会長も常日頃愚痴ってたもん『例え全裸で迫っても今の一誠じゃあ間違いなく鼻で笑うだけだ』って。

ねぇねぇ、試しに聞くけど、会長やグレモリー先輩の事とかどう思うの?」

 

 

 思わず自分の他人に対する見方がおかしいのかと周りに聞いてみれば、普段の行いが余程なお陰なのか、変な信用のされ方を感じる答えが満場一致で返ってくると、それを背に聞いていた小猫が段々と低くなるトーン声で黒歌に言った。

 

 

「何を吹き込まれたかは知らないけど、残念な事に今の私は先輩にそんな目で見られちゃいないよ。

寧ろアナタが彼にそう見られてるんじゃないの? あ、もしかしてもう合体でもしたのかな?」

 

「それは昨日も確かに――じゃなくてにゃ! 白音がそう感じてないだけで絶対にアイツはそう思ってるのよ!」

 

「へー? だとしたらこれ程嬉しいことはないけどね私は」

 

「な、なんでよ!? そんな乱暴で複数の女侍らしてる様な奴のどこが……!!」

 

「ブーメランって知ってる?」

 

 

 威嚇した猫みたいな顔で名指し非難をしまくる黒歌に怒りよりも呆れが勝ったのか、アホらしいと跳ね返す小猫。

 

 

 

「………………………………」

 

「確かに塔城さんの姉貴っぽい人の言うとおりに見えなくもないけどよ……そんな露骨に凹むなって?」

 

「わかる人にはわかるしさ。ね?」

 

「そうだよ、一誠にいさま以外なんて嫌だし」

 

「あらまぁ、随分とマセてますわねぇ。サーゼクス君のお子さんなだけありますわ。同意ですけど」

 

 

 黒歌の非難の言葉に割りと真面目に凹む一誠を周囲があまりフォローになってるとは思えないフォローをする。

 

 

「別に端から見たらそう思われてもしょうがないって自覚はあったし、そんなつもりだって無いから気にしなかったつもりでしたけど、どうも奴等に言われるのだけは嫌みたいです」

 

 

 フッと遠い目をしながら軽く笑みまで溢してる一誠。

 向こうでは兵藤イッセーとヴァーリが何やら話ながら勝手に戦いだしてるが、どうでも良すぎて視界にすら入れる気にもなれなかった。

 

 

「ここで明言でもしときましょうか――『自分は100%結婚も何もしないで生きる』って」

 

「それはマズイだろ!!?」

 

「そ、そうだよ! キミが本気でその決意を固めちゃったら部長や会長さんから始まって、皆の魂がある意味昇天してしまうんだよ!?」

 

「現に今ミリキャスちゃんが……!」

 

「そ、そんな……兄さまが……嫌だよ、イヤだぁ!!」

 

「……。何でそこまで……」

 

 

 自分にとっては軽いつもりで言ってみたら大泣きし始めたミリキャスに思いきり抱き着かれてしまう一誠。

 祐斗や元士郎達の言うとおり、そんな明言をされたらある意味内部紛争的な事が勃発しそうなのだからそれだけは思って欲しくなかった。

 

 

「黒歌姉さまよォ……! 今余計な事ほざいたお陰で先輩に対する僅かなチャンスが潰れかかってんじゃねーかァ………!!!!」

 

「うっ!? 私はそれで安心――いだい!?!?」

 

 

 現に前で聞いてた小猫が一瞬にして気性が変化し、異常性を剥き出しにして黒歌の乳房を引きちぎらんとばかりに掴み始めてるのだから、全員が今聞いてたらマズイのは間違いなかった。

 

 

「なんで私ばっかり無いんだよぉ……!」

 

「いだだだだだだだ!?!? 痛いって白音! お、おっぱいが取れちゃうにゃぁぁぁっ!!!」

 

「取れちまえよ、取れて私の気持ちを知れば良いだろうが……! クソが、興味なんざ無いけど、これで愛しの彼のもんでも挟んだのか? あーゴラ!?」

 

 

 

 

「小猫ちゃんのお姉さんの胸が大変な事に。

あ、あの……自惚れるつもりとかじゃなくて私は大丈夫なのでしょうか……?」

 

「挑発とかしなければ大丈夫なんじゃありませんか……た、多分だけど」

 

「本気だったら引きちぎれてるでしょうし、大丈夫でしょう。

まったく、自分が無いからと八つ当たりするなんてなってませんわねぇ……」

 

「………」

 

 

 結局小猫に蹴散らされた黒歌は、ヴァーリと戦い終えた兵藤イッセーを連れて何処かへと去った。

 結局何をしに来たのか……全員どうでも良かったので考える事はなかったらしい。

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全鎮圧を完了させた……のは良いが、後々聞いてみるとどうやら白龍皇は禍の団に行ったらしい。

 ………が、それを聞いた所でどうでも良かったので誰もが聞き流していたらしい。

 

 そんな事よりも、リアスとソーナの数少ない男子眷属たる祐斗と元士郎は、夏休みに突入する事もあって余計に自己鍛練に没頭していた。

 

 

「思ったのだけど、もしかして匙君は剣の才能があるのかもしれない」

 

「俺がか……?」

 

 

 その過程で共に競い合いながら、ふと祐斗に言われて剣の才能があると知った元士郎はスタイルチェンジを試みる。

 

 所変わってセラフォルーに一瞬で氷付けにされて敗北したカテレア・レヴィアタンは死ぬことはなかったものの、捕らえられて禍の団についての尋問をされていた。

 

 

「話すつもりはありませんよ。仲間を売るくらいなら今すぐにでも殺された方がマシ」

 

 

 当然何も吐くつもりは無いと啖呵を切るカテレアなのだが……。

 

 

「キミがそう思ってても向こうはそうじゃないみたいだぞ? カテレアを捕らえたとクルゼレイ辺りに送ったら『煮るなり焼くなり好きにしろ、最早用無しだ』――だってさ」

 

「! 嘘を言うな! 私を切り捨てる訳が……!!」

 

「ほら、これが返事の書状。

……最初からキミは捨て駒だったみたいだぜ? 白龍皇と赤龍帝を組織に引き入れる為のね」

 

「そ、そんな……」

 

 

 現実はカテレアを天から地の底へと陥れた。

 

 

「……………」

 

 

 捨て駒扱いだった。

 自分こそが至高なる存在だと思っていただけにショックは計り知れず、自暴自棄にすらなって牢獄での日々を過ごしていく。

 

「ここか? すんませーん、食事持ってきましたー」

 

 

 そんな時だった、何時もの見張りでは無くまだ成人も迎えてないと思われる少年と邂逅したのは。

 

 

「すいません、早く食べて貰えません? 修行を控えてるんで」

 

「このまま餓死してやるわ」

 

「餓死されたら困るんだけど……」

 

 

 最初は勿論、最早生きる意味を失ったカテレアは死ぬつもりだった。

 しかし本人は知らないが、セラフォルーやサーゼクスがカテレアを普通に生かそうと周りに働きかけているという事を知っていた少年は、捨て駒扱いされて心身共に打ちのめされてると知りつつも、死なす訳にはいかないと無理矢理食わそうとする。

 

 

「良いから食べろって!」

 

「こ、の……転生悪魔風情が私に触れるな!」

 

「じゃあ食えや! 捨て駒扱いされて凹んで自暴自棄になってんだか何だか知らねーけどよ! そこで腐るんだから這い上がって見捨てた連中に仕返ししてやれば良いだろうが!!」

 

 

 言ってることが乱暴な少年に対して、当初めちゃくちゃ嫌いだったカテレア。

 だがどういう訳かこの日以降、食事を運んでくるのが彼になり、その都度取っ組み合いになりながらも無理矢理食べさせられていく。

 

 

「ぜ、ぜぇ、ぜぇ……さ、流石に先代魔王の血族者なだけあって……つ、強いぜ」

 

「転生悪魔の身分で手こずらせるなんて……やっぱり私はこの程度なの……?」

 

「そら碌に食わずに力を衰えさせてるだけのアンタにむざむざと返り討ちにされてたらこの先生きて行けないしな、こちとら毎日必死に修行してるんだぜ」

 

「……。無駄な努力を……」

 

「無駄なのかどうかは、アンタが一番わかるんじゃないのか?」

 

「…………」

 

 

 日に日に力を増していく少年に対して渋々ながらも食べ始めたカテレア。

 それは閉鎖的な空間に閉じ込められてるストレスを唯一解消できる運動の様なものなのかもしれない。

 

 

「確かに先代血族者を名乗るだけあって、気品? ってのは感じるかもしれないけど……」

 

「当たり前でしょう? あのおちゃらけセラフォルーよりよっぽど私の方がレヴィアタンに相応しいのよ」

 

 

 やがて取っ組み合いから話し合いとなり。

 

 

「でも私はセラフォルーに敗北した。そして仲間と思っていた者からは捨て駒と見放された。

最早レヴィアタンの称号を取り戻す意味も、生きる意味なんか無い」

 

「だったら今度は見放した連中を見返す為に這い上がれば良いじゃないか! アンタ悔しくないのか? 俺なら絶対に一発ぶん殴るまで死ぬ気にはならねーぜ!」

 

「子供の考えよそれは。

今の私の立場を考えればそれが不可能なのはわかりきった話……」

 

「だぁぁぁっ! そうやって何かにつけて現状を理由にするなっての! レヴィアタンなんだろアンタは!」

 

「………」

 

 

 口は悪いが励まされて……。

 

 

「え、あの少年は……?」

 

「匙様なら人間界へと戻られましたよ? 元々アナタ様に食事を持って来れたのも夏期の長期休暇で冥界に来ていたからですので……」

 

「そ、そう……。ま、まぁあんな五月蝿い子供が居たところでどうって訳じゃないし、寧ろ清々したわ……」

 

「そうですか……。匙様はお帰り際に、週二回は学校が休みなのでその時は自分がここに来て運ぶ――と、仰っておりましたが……」

 

「……え?」

 

「あの人を放っておけないとも……。ですがアナタ様がそう望まれるのであるなら連絡して――」

 

「ま、待った!! し……しょうがないわね、何だかんだ言ってあの少年はどうやら私の美貌に惹かれたって訳ね。

フッ、素直じゃないのだから」

 

「いえ、そんな様子は――」

 

「ふふふっ! そういう事なら仕方ないわ! この私へ食事を運ばせる名誉を与えてあげようではありませんか! そう伝えて貰えますか!?」

 

「は……はぁ」

 

 

 居なくなって寂しいと感じて……。

 

 

「アンタの美貌に俺が惚れたからどうとかって――何の話だよ?」

 

「あら、そうじゃないのかしら? だからわざわざ人間界からコッチに来て私に会いに来るのでしょう?」

 

「目を離したらまた餓死するとか言い出して食わなくなると思ったからなんだけ――」

 

「そうでしょう!? ねぇ、そうだと言いなさい!」

 

「ア,ハイソッス。 カテレアサンサイコーッス」

 

「ほら見なさい! ふふっ、素直じゃないですねぇ? まぁ、そんな気概に免じて私と食事をする名誉を与えてやりましょうか? 光栄に思いなさい」

 

「…………。なぁ一誠。

今初めてお前の気持ちが分かった気がするぜ」

 

 

 姿を見たらあからさまに気分が回復し、でも強がって偉そうにしちゃったりして……。

 

 

「カテレアさん、アンタを見捨てた連中が血の保存の為にアンタを寄越せと言ってるらしい。

アンタがその気なら言われた通り身柄を向こうに渡すつもりらしいが、どうしたいんだ?」

 

「え……それは……」

 

「禍の団の大体の情報は既に手にしたし、自由になっても誰も責めやしない。

どうする? ここから出られるんだぜ?」

 

「私は……」

 

 

 そんな少年との関わりがカテレア・レヴィアタンの運命を変える。

 

 

「嫌だってさ。だから死んでもこの人をアンタ等には渡さねぇ……!」

 

 

 今更になって自分を取り返しに来た元同胞とその軍勢から守る様に立つ少年。

 既に互いを名前で呼び合う程度の仲にはなれたけど、カテレアからしたらかつての同胞達を前に彼は成す術もも無く殺されてしまうと思って恐怖した。

 

 彼が死んでしまうのは嫌だという恐怖が。

 

 

「くそっ、考えやがって。俺の仲間を他の場所に散り散りに引き付ける隙にってか……!」

 

「フッ、勿論残りの奴等も殺してすぐに後を追わせるさ。

だがまずはお前だ転生悪魔……カテレアは返して貰う」

 

「けっ! 自分から見捨てておきながら今更ムシが良いなぁ! 気に入らねぇからお断りだバカ野郎!!」

 

 

 いくら強くなったといってもまだ彼はその領域には立っていない。

 孤軍奮闘でカテレアを守りながらひたすら戦う彼は傷だらけだ。

 

 

「どうしてそこまで……私なんかさっさと渡してしまえば良いのに!!」

 

 

 しかし決して倒れる事はせず、修行の末に才能が開花した剣を杖がわりに立ち上がる傷だらけの少年はカテレアの叫びに答えた。

 

 

「さぁな……。俺より年食ってる癖に、ネガティブなアンタ見てたら放っておけなかったのさ。

ふふ……俺もよくわっかんねーや」

 

 

 それはきっと燻っていた彼の精神の表れなのかもしれない。

 未だ牙を剥く軍勢を前に――何よりこの極限の最中自覚した覚悟が少年――匙元士郎を引き上げた。

 

 

「!? な、なんだ神器の力が成長したのか?」

 

「元士郎……アナタ……」

 

『……………』

 

 

 どうなっても良い。

 生き抜け。

 そして守り抜け。

 

 その覚悟が遂に進化を与えた。

 

 

『俺は匙元士郎……否! 我が名は呀――暗黒騎士!』

 

 

 漆黒の狼となりて。

 

 

 

…………嘘だよ




補足

黒歌さんに言われて自己嫌悪に陥る程度にはダメージがあったらしい。
もっとも、周囲が基本的に押しが強すぎるから……。

その2
イラッとしてそのデカ乳に怒りをぶつけてしまう小猫たんを見て無意識に胸を庇いながら戦慄する持つもの達だった。


その3
嘘だし、仮に実現させるとするなら、基本的にお互いに対等なやり取りをする二人になるかなぁと。

……って、ホント謎過ぎる組み合わせよ。


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ダウンした執事

いくら進化してもなる時はなるのさ


 どこぞの狂気の科学者が開発したとあるウイルスは『無限に細胞変異を起こす』という効力があった。

 だからどうだこうだという訳ではないし、この話には何の関係もないのだが、ある日を境に持つようになった日之影一誠の持つ強烈な『生存本能』により生まれた異常性はそのウイルスの効果に似たものがある。

 

 それはつまり『状況によって適応して進化する』というものであり、それによって彼は殆ど病気をしなくなっていた。

 

 インフルエンザ? 何のそのだ。

 新種の病原体? ちょっとかかろうが彼の体内の異常進化する遺伝子が瞬く間に駆逐するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「…………けほ」

 

「今度は完全に風邪ね」

 

「まごうことなく風邪ね」

 

 

 まあ、御大層な御託を並べた所でなる時は普通になるのだが。

 

 

「熱は38.6°ね」

 

「最近色々あって疲れたのよきっと……」

 

「……………」

 

 

 幼少期以降、全く病気にならなかった一誠が見事なまでの風邪をひいて寝ている。

 久々に中々重い風邪だからというのもあるのか、さっきから妙にソーナとリアスの二人がせっせとお姉さん風を吹かせて世話を焼こうとしていた。

 

 

「でも、びっくりしたわよ。何時もなら明け方には起きてる筈の一誠が居なくて」

 

「起きてきたかとおもったら目が据わってるし、フラフラしてるし、ソーナを押し倒しちゃうし」

 

「……。物が二重に見えた」

 

「でしょうね。私は一瞬だけ自分の初めてがリアスの目の前で!? って思っちゃったけど」

 

「ありえるかよこの色ボケ共が――ごほごほっ!」

 

 

 その際に色々とあったらしい。

 ともかく本当に体調が悪く、夏休みを控える今日ばかりは流石に学校を休む事になった訳だが、そこでリアスとソーナがどちらかが共に休んで看病すると互いに言い張り始めたのだ。

 

 

「ソーナは生徒会長なのだからちゃんと行くべきよ。その点私は休んだ所で問題なんてないし?」

 

「私が居なくても機能するし、それを言うならアナタだって部活の部長なんだから行くべきよ」

 

「いやいや、ソーナが行くべきよ? もし風邪が移ったら大変じゃない」

 

「いやいやいやいや、リアスだって学園の人気者さんなんだから休んだだけで大騒ぎになるわきっと」

 

「いやいやいやいやいやいや私が」

 

「いやいやいやいやいやいいやいや私が!」

 

「…………………………」

 

 

 この貴重過ぎる経験は己が必ずやると、互いに寝込んでる一誠を前に一歩も譲らぬ姿勢を崩さない。

 が、そんな状況を前に五月蝿いと思っていた一誠は看病されたくなんて無いという気持ちもあるので当然叩き出されてしまう。

 

 

「さっさと行けバカ共が! げほげほっ!!」

 

 

 ふらつく身体で二人の首根っこを掴み、家の外へと叩き出した一誠。

 結局二人は渋々学校へと行くことになるのだが……きっとそれはある意味で正解だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 家を叩き出されて仕方なく学校へと行ったリアスとソーナの二人はこの日放課後となる今に至るまで終始上の空であり、何度も教師に注意されていたとか。

 それは各々が活動する部活と生徒会の時間にも現れていたらしい。

 

 まずオカルト研究部の活動をしていたリアスはというと……。

 

 

「部長、先輩が今日学園で見当たらないのですが……」

 

「一誠なら体調を崩して家で寝てるわ……」

 

「え!? 一誠くんが!?」

 

「そういえば知り合って今まで体調を崩した所を見たことがありませんでしたが……」

 

「しょっちゅう修行のし過ぎで倒れてるのは見てたけど」

 

 

 案の定一誠が風邪で寝込んでると話すと、皆が大層驚いた顔をしていた。

 サーゼクスに挑んではボロボロになってぶっ倒れてる姿は見てるものの、病気で寝込む姿は見たことがないというか皆からしたらまるで想像がつかなかったのだ。

 

 

「それなら直ぐにでも家に帰ってあげるべきですよ。

そうだ、何なら今から皆でお見舞いにでも行くべきです。

部活なんて何処でだって出きるんですから!」

 

 

 見たい。基本的に無表情の彼が風邪で弱ってる姿をめちゃくちゃ見てみたい……。

 そんな心の内が完全に顔に出てる提案を受けたリアスは、絶対に煩くしないと約束させた上で家に戻ってみる事になったのだが……。

 

 

「あらリアス?」

 

「ソーナ?」

 

 

 考えてる事はソーナの方も同じだった様で、廊下でばったり出くわしたソーナと生徒会役員達と軽く挨拶を交わしていた。

 

 

「一誠が風邪で寝込んでるって皆に話したら、必要なものを持って家でやれば良いって提案されたのよ」

 

「やっぱり? 実は私もなんだけど、この人数となるとちょっとマズイわよね?」

 

 

 オカルト研究部部員と生徒会役員の総数を考えたら、自宅自体は元々三人で住むには広いと感じてたので入ること自体に問題はないものの、風邪で寝込んでる人の邪魔になるのだけはどうなっても避けられない。

 

 

「全員で押し掛けるのは流石に出来ないし、ソーナと話し合った結果私の所から二人とソーナの所から二人だけにしようと思うの」

 

「で、正々堂々じゃんけんをして決めようと思うのだけど、一応聞くわ。どうしてもお見舞いに行きたいって子は手を挙げて?」

 

『……………』

 

 

 結果、一緒に住んでるリアスとソーナを抜かした両陣営代表二人を決めて行こうという事になり、まず最初にどうしてもお見舞いに行きたい人を確認するためにソーナが問うと、何人かがそれはもう勢いよく手を挙げた。

 

 面子は大体お察しなので省略する。

 

 

「じゃあその手を挙げた者達でじゃんけんよ。

良い? どんな結果になってもうらみっこは無し」

 

『…………………』

 

 

 そしてじゃんけんの結果、お見舞いの券を手にしたのは―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見舞いに?」

 

「うん、キミが風邪をひいたって部長と会長さんから聞いてね」

 

「マジで風邪なんだなお前……」

 

「具合はどう……?」

 

 

 リアスからは朱乃と祐斗、ソーナの所からは元士郎と真羅椿姫が選出され、一誠が眠る部屋へとやって来て本当に具合の悪そうな姿を見て驚いていた。

 

 

「わざわざこんな私の為に……ごほっ、今お茶を……」

 

「い、良いって良いって! 勝手に頼み込んで上がり込んだだけだしね!」

 

「そうよ! あ、一誠くんの為に皆とお金出し合って色々と勝ってきたから……!」

 

「今から飯作るけど食えそうか?」

 

 

 ここ最近で他人行儀とはいえ会話のキャッチボールが少しは成立するようになった一誠が満身創痍の身体でお茶を入れようと布団から出ようとするのを全員で抑えながら、ここに来るまでの途中で買った差し入れを渡す。

 

 

「今部長と会長が消化に良いご飯を作るって――」

 

「!? 待ってください、リアスは良いとして今ソーナも作ってると仰りましたか?」

 

「へ? あぁうんそうだけど……」

 

「止めてください今すぐに! げほっ! し、真羅様ならお分かりでしょうが、あの不器用に作らせたら……」

 

「あ、い、いや止めようとはしたのだけど、会長ったら張り切っちゃって全く聞いてくれなかったのよ……」

 

「……。なんてこった」

 

「? 会長がなんだってんだよ?」

 

 

 ソーナの眷属になって一番日が浅い元士郎がソーナがご飯を作ってると聞いた途端何時にもなく焦りだしてる一誠に首を傾げるが……部屋の外、つまりリビングと隣接してるキッチンから漂う異臭に、まさにお手本の様な『あ……(察し)』となった。

 

 

「リアスお嬢様はババァ――失礼、ヴェネラナ様からの教育もあったのでそれなりに料理などもこなせばしますが、ソーナお嬢様の場合はいくらどうやってもあの不器用さのせいで……」

 

「一誠! 具合はどう? 今ご飯作ったから食べて?」

 

 

 何をしても黒いのが出来上がると言う瞬間、部屋のドアが開かれると、これでもかと張り切った笑顔と共に入ってきたソーナがお盆を持っており、その上には謎の物体と黒い煙が立ち上っていた。

 

 

「うっ!?」

 

「う、うわぁ……」

 

「ま、マジかよ……」

 

 

 その黒い煙はまるで科学薬品の様に目にくるものがあり、思わず祐斗と元士郎は口を抑え、椿姫と朱乃もどうしたら良いのかわからずオロオロしていた。

 

 

「こんな機会でもなかったら作れないし、久々だったから張り切っちゃったわ! さ、どうぞ?」

 

「…………」

 

 

 後から入ってきたリアスがしきりにソーナの後ろで両手を合わせて一誠に謝ってる――のにも気付かず、黒煙を生成する最早毒物にしか見えない物体をレンゲで掬い出すソーナ。

 本人に悪気が全く無い為か、それとも元々一誠がそんな性格なのか、怒るに怒れなかった。

 

 

「あ、あの会長……? 今日之影に聞いたら食欲が無いと……」

 

 しかしそこは空気を読んだ元士郎のファインプレーが炸裂する。

 まさか自分の主が所謂メシマズさんだったとは思わなかったのと、こんなのを食べたらいくらなんでも一誠が死ぬかもしれないと思ったが故のファインプレーにソーナ以外の者達は心の中で元士郎へ拍手喝采を浴びせていた。

 

 

「え、食欲が無いの? ……そっか、それじゃあ仕方ないわね……」

 

 

 それを聞いたソーナも大人しく引き下がるが、目に見えて落ち込んでしまっていた。

 それを見た瞬間だったか、一誠がソーナから器を引ったくる様に取ると、その暗黒物質みたいな手料理を一気に食ったのは。

 

 

「……! ぐっ……!」

 

「ちょ! おい!?」

 

 

 マジかコイツ!? と思わず皆が駆け寄ろうとするのを一誠が手を挙げて制止させる。

 

 

「ま、まぁまぁ……」

 

 

 そしてソーナに対してどう贔屓したって胃が爛れそうな酸味と辛味と熱が融合した味に対してそう評してのけたのだ。

 

 

「そ、そう? でも食欲が無いって……」

 

「食材が勿体ないだろうが……」

 

 

 ぶっきらぼうに返す一誠を見て、元士郎は何だか色々と負けた気分になったのと同時に、何となくソーナが好いた理由が分かった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「流石だね。一切声にも表情にも出さずに成し遂げるなんて……」

 

「でもよ、言ってやった方が会長の為になるんじゃないのか?」

 

「匙君は知らないでしょうけど、昔初めて会長自ら作った料理に対して、辛辣に返した事があったのだけど、その時会長は本気で傷ついた顔をされたそうよ」

 

「そんなソーナを見た瞬間言うのは止めたみたいなのよ。

一誠ってそういう事に実はかなり弱いから……」

 

 

 キッチンから聞こえるソーナのご機嫌な鼻唄と食器を洗う音………と時々割れる音をBGMに、お茶を飲みながらテーブルを囲うリアス達は、何でソーナの錬成するあきらかに美味くなんて無い筈の料理を一誠が無理して食べたのかについて、過去にあった事を元士郎に語る。

 

 

「多分だけど、ソーナの料理をこの世で唯一食べられるのって一誠だけだと思う。

あのお兄様だって一口食べただけで泡吹いて二日は寝込んだもの」

 

「も、最早兵器じゃないっすかそれ……」

 

 

 あのサーゼクスですら昇天させかねない威力を生成可能とされるソーナの手腕に戦慄しつつ、何時か自分達にも振る舞われたと思うと震えが止まらない。

 

 

「ソーナのお母様や私のお母様もやんわり上達させようと努めてきたのだけど、結果は寧ろ殺傷能力に磨きが掛かるって感じで……」

 

 

 あんな可愛い笑顔で出されたら断り辛いわよ一誠だって……とため息を吐くリアスに同意せざるを得ない。

 改めて今頃布団の中で苦しんでるだろう一誠に合唱した元士郎なのだった。

 

 

「…………ていうかさっきからキッチンから皿の割れる音が何回も聞こえるのですけど」

 

「後で私が片付けておくわ。

どうも家事全般に対して不器用なのよあの子……」

 

「うちの会長がご迷惑をおかけします……」

 

 

 世の中完璧超人なんて居ない。

 そんな現実を知る日だったと後に元士郎は『誰か』に語ったのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなソーナの欠点を見てしまったお見舞いなのだが、その欠点料理を食べてしまった一誠の身体にある変化が起きたのは皆が帰った時だった。

 その際、祐斗がすっころでリビングのど真ん中で椿姫を押し倒して胸に顔を突っ込んで騒ぎになったりしたプチハプニングがあったりしたのだが、一誠は知らないし、何よりその変調のせいでそれ処じゃないのだ。

 

 

「ぐ、ぐぅ……!」

 

 

 ソーナの料理を無理矢理胃にねじ込んでから妙に身体が熱い。

 それは熱が上がったからとかでは無く、こう、内から燃え上がる様な……なんともいえない熱さだった。

 

 

「ぅ、うぅ……」

 

 

 布団の中で亀の様に丸まり、よくわからないこの落ち着かない気持ちを押さえ込もうとするも、全く収まらないどころか寧ろどんどんと身体に熱が帯びる。

 いっそ外に飛び出して走り回ってしまいたくなるような衝動に駆られ始めた頃、様子を見に来たつもりなのか、リアスとソーナが部屋に入ってきた。

 

 

「一誠? 調子はどう?」

 

「って、なんで丸まってるのよ? それじゃあ呼吸が苦しいでしょうに」

 

「うぅ……」

 

 

 暖めたタオルを片手に入ってきた二人は一誠の身体を拭いてあげるつもりだったらしく、亀の様に丸まっていた一誠の布団を取り合えず剥がしたのだが、明らかに様子がおかしい……。

 

 

「一誠?」

 

「本当に大丈夫? 苦しそうだけど……」

 

「だ、大丈夫……」

 

 

 両膝を抱えながら丸まったまま動かない一誠にただ事ではない空気を察した二人が心配の声を掛けるが一誠は問題ないと返すだけ。

 

 

「取り敢えず身体を拭いてあげるから座りなさい」

 

「い、いい……要らない……」

 

「要らないって……。さっきから丸まったままでどうしたのよ?」

 

「な、何でもないから出てけよ……!」

 

「「?」」

 

 

 まるでアルマジロの様な姿から全く動かない一誠に、何か隠してるなと思ったリアスとソーナは無言で頷き合うと、アルマジロ状態の一誠を起こして無理矢理座らせた。

 

 

「よせ! やめろ! 俺に触るな!」

 

「突然昔の尖ってた時みたいな事を言わないでよ」

 

「もう、手間が掛かるわね―――あら?」

 

 

 嫌がる一誠を無理矢理座らせた二人の視線が自然とその方向へと向けられると同時になんで一誠が丸まっていたのかを直ぐに察した。

 

 

「ふーっ! ふーっ!!!」

 

「あ、えっと……仕方ないと思うわよ? だって男の子だし……ねぇ?」

 

「そうそう、生理現象なんだもの……」

 

 

 と、その一点をチラチラ興味深そうに見ながらフォローする二人だが、先程から一誠の様子が更におかしくなっていた。

 真っ赤に血走った獣の様な目が特に印象的だった。

 

 

「あ、熱い……熱い!! 熱くて熱くて堪らねぇんだよぉ!!」

 

「ちょ、一誠落ち着いて!?」

 

「別に笑わないし誰にも言い触らさないから!」

 

 

 ギラギラとした目をしながら着ていた服を無理矢理引きちぎろうとしている。

 

 

「ど、どうしましょうソーナ? 辛そうなのは見てわかるけど、い、一誠のそこも……」

 

「熱に魘されすぎて逆に押さえつけてた性欲が爆発しちゃったのかしら……」

 

 

 ソーナの推察は大体当たってるが、まさか自分の手料理がそれを爆発的に増加させたとは思ってないらしい。

 

 

「辛いなら我慢しなくて良いから。

私もソーナも受け止められるし」

 

「そうよ、これまでずっと我慢というか押さえ込んでたのだし一晩くらい解放したって……」

 

「い、意地でもやるか……! く、クソ、お前等を見てると妙な気分になるが、俺はそんな事をしてる場合じゃないんだよ……!」

 

 

 とはいえ、その強烈な自我が欲求を全力で押さえ込もうとする。

 先程からソーナとリアスの唇だの腰だの胸元だのに目が行ってしまいがちだとしても一誠は意地でも手を出す真似はしようとしない。

 

 

「此処でお前等に何かしたらババァ共に顔向け出来きやしねぇ……」

 

 

 逆に二人を悶々とさせてるのだけど……。

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 木場祐斗はいつの間にか自分の先に進化した元士郎を見て羨んでいた。

 嫉妬とは違うが、それでも自分が置いていかれた事……また一誠に近づく事が出来た彼が羨ましかった。

 

 

「僕だって……!」

 

 

 だからより一層修行に励む。

 自分もまた彼の領域に近づきたいが為に。

 

 

「あ、あの……」

 

「はぁ、はぁ……真羅先輩? どうしたのでしょうか?」

 

「い、いえ……頑張ってるなーって……」

 

「ええ、僕も匙君や塔城さんみたいに一誠君に近付きたいですから……」

 

 

 そんな彼を応援する少女。

 やがて扱う獲物が似てるという事もあって共に修行をする。

 しかし何かが足りない。修行自体に不備は無いものの何かひとつだけ……大切なものが足りない。

 そんな悶々とした気持ちのまま日は過ぎていったある時、遂に木場祐斗は掴んだ。

 

 

「これは僕がバルパーから取り返した皆の因子……」

 

 

 本来ならコカビエルとの戦いで覚醒する筈だった進化が遅咲きながら、何かを理解した祐斗に与える。

 

 

『やっと私達の声が届いた』

 

『さぁ歌おう!』

 

『アナタは一人じゃない!』

 

「皆……」

 

 

 かつて失った仲間からの祝福……。

 

 

「大丈夫よ木場君、私はアナタの味方だから……」

 

「真羅先輩……」

 

 

 今を生きる仲間からの声援……。

 その想いが祐斗に白銀の祝福を与えた。

 

 

『僕は木場祐斗……またの名を銀牙騎士――絶狼!』

 

 

 元士郎に続く第二の騎士として。

 

 

 そして……。

 

 

「そんな連中の所で燻るのかキミは? 俺達の仲間になれ、そうすれば今より確実に強くなる。

俺はキミの本当の力に気づかなかったヴァーリとは違うぜ?」

 

「…………………」

 

「目の前で勧誘とは笑えないな」

 

「キミ等は一誠くんを知った様でまるで知らないみたいだね……」

 

 

 様々な経験を積んだ男達は……。

 

 

「……………………」

 

「ふふん、待っておったぞ日之影一誠? いや、会いたかったというべきか? 無論安心院(ぼく)としてでは無いから誤解しないで欲しい」

 

「なんだコイツ……! レイヴェル・フェニックスよりも更に……!」

 

「下手したらサーゼクス様くらいは……」

 

「レイヴェル・フェニックス? なるほど、あの小娘め、悪魔で近くに居るからとサーゼクスを介して会ってる様だな?」

 

「……」

 

「もっとも、レイヴェル・フェニックスの名を聞いた途端顔を曇らせた辺り、あの小娘の強引さには辟易してるようだがの?」

 

「……………………………」

 

 

 割りと洒落にならない領域に実は立つ者と向かい合う。

 

 

「ほうほう、この者達が一誠に感化されて進化した者達か……なるほど、安心院さんの言うとおり、一誠は他人を引き上げる特性があるようだ」

 

「また乳か……! 貴様ァ! 先輩から離れろ!!」

 

「……何故貴女がここに?」

 

「ふっ、暫く振りだなレイヴェル・フェニックス

なに、最近安心院さんに腑罪証明を借りてな? 漸く一誠と直に知り合えた事だし、暫くは娘と共に遊ぼうと思っただけよ」

 

 

 レイヴェルですら警戒心を剥き出しにする相手……それは即ちサーゼクスにすら近しい最高峰の領域に立つ者の証。

 

 

「く、クソがァ!!!」

 

「む、折った方の腕で即反撃に加えて治るか。

なるほど、進化した肉体は既にその領域か……しかしまだ甘いの」

 

「舐めるな狐ババァ!! 八つ裂きにしてやる!!」

 

「ば……ふ、ふふ……ババァとはなんだババァとは!! すこしお灸を据えてやる!!」

 

 

 その力は一誠を子供扱いし……。

 

 

「ほーれ、おのこの好きな乳じゃ。好きなだけ楽しめ」

 

「離れろクソがぁぁっ!!」

 

「この乳化けが!! 食い殺す!!」

 

「少しおふざけが過ぎますわよ……」

 

 

 人外達が徒党を組む。

 

 

「ふふ、良いぞ……くふふふ! 気に入った、やはりお前が欲しくなったよ一誠! わらわのモノになれ! さすればお前をサーゼクス以上に導き、永久にお前を裏切らずに娘と共に愛そう!」

 

「テメーの欲しいものはテメーで取る……!」

 

 

 執事の受難は続くかもしれない。

 

 

 

 

 

「匙元士郎……悪魔名・バラゴの女王となったカテレア・レヴィアタン……参る!」

 

 

 嘘だ




補足

メシマズなソーナさんですが、悪気が無さすぎるせいで一誠が無理しちゃうらしい。

お陰で今回は体調が悪いのもあって媚薬的な効能が……。


その2
全部嘘だしやらんけど、もしもそうなった場合。

狐さまの領域はサーゼクスさんレベルです。
だからレイヴェルたんも流石に余裕ではございませんし、一誠も軽く捻られてパフパフさせられてしまいます。

その3
這い上がりを着々としているカテレアさん。
てか、元ちゃんが成り上がってるからってのもあるけどね。


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執事と皆
絶対愛のミリキャス・グレモリー


始まります。




 リアスとソーナの夏休みの予定は基本的に冥界への帰省で、その期間は全て冥界で過ごす事になる。

 ともなれば当然その二人の執事をやらされてる日之影一誠もまた冥界へと行く事になる。

 

 もっとも、彼にしてみれば人間界よりも冥界で過ごした年数が最早勝っているので新鮮味も何も無いし、サーゼクスに挑めるチャンスが増えるので抵抗感なんてものは皆無だ。

 

 

「例年通り今年の夏休みの間も冥界で過ごすわ」

 

「宿題もやるのできちんと勉強道具を忘れずに持ってきましたね?」

 

 

 この期に及んで本人はサーゼクスをぶちのめし次第リアスやソーナ達と即座に縁を切れると思い込んでる――という話はさておき、リアスとソーナは夏休み初日となった本日、各々の眷属達を自宅に招いて夏休み期間の予定を公表する。

 古参の眷属達にしてみれば慣れたものであり、また新参眷属もゴールデンウィーク中に一度滞在した事もあったので特に緊張するという様子も無く、持参した荷物を片手にリアスとソーナの言葉に頷くと、当たり前の様に小猫が挙手しながら質問した。

 

 

「一誠先輩は以前と同じく一足先に冥界へ?」

 

 

 共に居る筈の一誠の姿が無い理由は分かってるものの、やはり聞いては置きたい小猫の質問にソーナとリアスは頷いた。

 

 

「そうよ、先に帰って皆が来るおもてなしの準備をしているわ。

まあ、私達の母とグレイフィアに呼び出されたからというのもあるけどね」

 

「ここ最近で皆とも少しはコミュニケーションが可能になってるし、前みたいに吐きそうになることは多分無い筈だからそこは安心してちょうだい」

 

 

 かなり他人行儀とはいえ、話す事だけは可能になったというソーナの言葉に、特に古参眷属たる朱乃は『長かった……』と苦節の日々を思い返している。

 後は先んじてその扉を開けた小猫の様に自らも一誠達が立つ世界へと踏み込められさえすれば……。

 

 割りと情熱の炎を燃やしていた朱乃はこの夏休みを利用してのレベルアップにとても意欲的だった。

 

 

「間違ってもお酒だけは飲ませないようにしないといけませんよね」

 

「……確かに。無差別キス大魔王さんになっちゃうしねー?」

 

「あの時の日之影君はねー……。この前偶々見てたんだけど、さくらんぼの茎を口の中で蝶結びしてたし、あんなのもう一回貰ったら多分もう普通のキスとかできなくなりそうだもん」

 

「俺はそんな奴と初めてだったんだが……」

 

「偶然だね、僕もだよ匙君……」

 

 

 他の者達は絶対に酒を間違えて飲まさない様にしないとと、いつか泥酔して大暴れした一誠を思い返して少し複雑に笑っている。

 もっとも、内何人かは悪くない気分だったようだが……。

 

 

「この夏休みの間になんとしてでも胸のサイズアップを果たさないと……」

 

「一誠さんって女の人の胸が好きだなんて言ってないのに、何で小猫ちゃんはそこまで……」

 

「あ? 周り見れば皆大きいからなんだけど? ギャー君ですら周期で女の子になったら私より大きいからだけど? ていうか嫌味?」

 

「そ、そんな事言ってないよ!?」

 

「チッ……シトリー先輩になら勝てるかもしれないけど、それじゃあ全然足りないし……」

 

「塔城さん? それは私の胸が平らだと言いたいのかしら?」

「いえ、他の人と比べたらの話ですので他意はございません」

 

 

 ともかくリアスとソーナ達の夏休みは今この時を以て始まったのだ。

 

 

 

 

 そんなリアス達よりも先んじて冥界に戻った一誠はというと、戻るや否や挨拶代わりだと云わんばかりにサーゼクスに喧嘩を吹っ掛け――そして負けていた。

 

 

「チッ……クソが」

 

「戻ってきた時は挨拶のハグでもして欲しいんだけどな?」

 

 

 冥界のとある山岳地をフィールドに、最初から全開で挑んだ一誠は、ほんの少しの打撲跡を頬に作るサーゼクスのおちょくった言い方に、全身傷だらけの姿で片膝を付きながら悪態をついている。

 

 

 

「黙れ能天気野郎……テメーにさえ勝てればこんな場所からとっとと出ていけるのに」

 

「この期に及んでまだそんな事を? 多分無理だぜ? 出ていったとしても皆が総力上げてお前を探し当てて捕まえてしまうだろうしね。

リアスやソーナさんやセラフォルーも最早僕とお前に近付いてるしさ」

 

「…………」

 

 

 コイツに勝てさえすればと思うイッセーに対してサーゼクスはそのままその場にしゃがみこんだイッセーの隣に腰掛けながらクスクスと笑う。

 

 

「それにあの母達が気持ちよく送り出すと思うかい? 寧ろ捕まった後の方がより厄介だろうぜ?」

 

「それは……否定できないかもしれない」

 

「だろ?」

 

 

 周囲を破壊しまくりながらの決闘後とは思えない会話だが、サーゼクスと一誠にとってはそれが自然なのだ。

 

 

「でも割りと驚いてるよ。

リアスやソーナさんに加えて既に成熟してしまってたセラフォルーまで引き上げちゃうなんて。

僕には到底無理な才能だ」

 

「俺は別に何もやっちゃいない……」

 

「自覚をしてないだけさ。

流石……彼女がその昔提唱したフラスコ計画をただ一人で可能にさせる子だけあるぜ」

 

「……。無かったら俺は――」

 

「『そもそもお前等は構いすらしない』……かい? 何度も聞いた台詞だなそれは。

確かにそうかもしれないけど、その才を磨き続けるからこそだろう? お前が仮に胡座をかいてるだけなら皆誰も見やしないさ」

 

「…………」

 

「もう少しそのネガティブさを何とかできたら一皮剥ける事ができるんだけどねぇ?」

 

 

 ボロボロの一誠とは対照的に所々傷はあれど余裕そうなサーゼクス。

 どちらが勝者なのかは誰が見ても明らかだが、サーゼクスにとって一誠との決闘は勝ちとか負け等はどうでも良い。

 

 あるのはただ、殻に綴じ込もって全てに攻撃的だった小さな子供がよくぞ此処まで這い上がってくれた……という嬉しさだけだった。

 

 

「例えばさ、大事な僕の妹であるリーアたんと結婚したくば兄であるこの僕を倒してみせろ!! 的なやり取りとかしたいじゃん」

 

「心配しなくても要らねーよ。てか、純血悪魔なんだから純血の男とでも結婚さけとけや」

 

「あぁ、それは無理だし嫌だね。

僕より弱い男とだなんてマジで反対するつもりだし」

 

「じゃあ一生無理だろ。リアスも可哀想に……」

 

「だからこそ一誠には僕を超えて欲しい訳なのさ。あ、年下が良いならミリキャスでも良いぜ?」

 

「親や兄の台詞としては史上最低だな」

 

 

 幸いこの少年が本来歩む筈だった運命を横から奪って歩もうとして勝手に失敗し続けてる物好きも居る。

 だからもう兵藤イッセーではなく日之影一誠としての自分を見つけて歩いて欲しい。

 

 安心院なじみから託された数奇な運命の果てに覚醒させた才能を持つ少年の非難めいた視線を貰いながらサーゼクスは笑っていた。

 

 

「さて帰ろうか。そろそろ僕達の母が待ち兼ねてるからね」

 

「……この状態で戻ったら何されるかわからんから帰りたくないんだけど」

 

「そこはまぁ諦めようぜ。

精一杯の愛情を受けてあげなさい」

 

「……チッ」

 

 

 結局サーゼクスにまた負けてしまい執事に戻った一誠だが、戻るなり傷だらけの姿をヴェネラナに見られてしまったせいで取っ捕まってしまい、予想した通りに無理矢理治療を受ける羽目になった。

 

 

「サーゼクスと戦う事自体は否定しませんが、もう少し自分を大切なさい。

ほら、こんな所まで傷を作って! 跡になったらどうするのですか!」

 

「どうせ半日経てば勝手に治るんだから放っておけや! いででで!? 引っ張るなこのババァ!!」

 

 

 血の繋がりはおろか、そもそも種族からして全く違う他人なのに、最早自分の子だぜと云わんばかりにお節介なヴェネラナの小言に反抗する一誠。

 すぐ近くでジオティクスやグレイフィア……それからグレモリー家に仕える使用人達がそれはそれは微笑ましそうに見るものだから、一誠にしてみたら勘弁して欲しいのだ。

 

 

「これからリアス達が戻ってくるというのに……」

 

「何かあったかぐらい、アイツ等なら直ぐに察するよ。

もう良いだろう? いい加減離れろ」

 

 

 視線もそうだが、ヴェネラナにあれこれ世話を焼かれるのがとても恥ずかしいので、少し乱暴な調子でヴェネラナから離れると、グレモリーとシトリーの紋章が胸元に刻まれた燕尾服に袖を通す。

 

 

「俺はもう餓鬼じゃあない」

 

「親にとって、自分の子供は何時でも子供なのよ」

 

「……………」

 

 

 俺はお前等の子供じゃないんだよ。

 嫌々やらされてるこの仕事も気付いたら慣れてしまい、今や着なれてしまった燕尾服と髪型を整えた一誠はヴェネラナのその言葉に何も返さず、不貞腐れた様に仕事へと取り掛かった。

 

 

(どいつもこいつも……)

 

 

 最近の自分の甘さに苛立ちながら。

 

 

 

 

 

 

 兵藤一誠として生きる事になった男は、死んでいる筈のオリジナルが生存しているばかりか、どんな手を使ったのか、彼が悪魔達と既に親密な仲である事を知ったのは高校の入学式の時だった。

 原作のオリジナルとは似ても似つかない、どこまでも冷たい眼と表情と共に、彼がリアスだけでなくソーナとまで共に居る時は何かの間違いだと思いたかった。

 

 当然、これから先起こる事を知っているので、先手を打ち続けたと思っていた。

 アーシアの事しかり――等々を。

 

 だが一度だけオリジナルと相対した時、その力はハッキリ言って異常だった。

 

 抵抗する間も無く殴り倒され、アーシアの前で両足をへし折られた。

 泣き叫んでも彼は顔色ひとつ変えず、どこまでも冷たい眼で自分を見下ろしていた。

 

 

『知った上でやってるのか、それとも知らないでやってるのか……。

いや、テメーの場合は全部計算ずくなんだろうが、一応一度だけは言ってやる――この地で余計な真似をしたらその瞬間次はその両足だけじゃすまなくなる』

 

 

 間違いなくコイツは自分に復讐しに来たのだと恐怖した。

 けれどオリジナルは自分を殺す事はせず、忠告だけをして帰っていった。

 傷の方はアーシアの神器でなおったけど、それ以降兵藤一誠は悪魔達に関わるのを完全にやめた。

 

 今度こそ確実にオリジナルに殺されるという恐怖が完全にトラウマとなって。

 だから彼は様々な手を考えた結果、後に悪魔側の敵となる戦力に加わり、彼を間接的に始末できないかを考えた。

 

 その第一歩が禍の団であり、運の良いことにオリジナルは周囲に対する関心が薄いせいか、本来なら仲間となる者達を取り込む事に成功した。

 

 お陰で組織内でのチームが完成し、オーフィスとの接触にも成功できた。

 特に黒歌というはぐれ悪魔が仲間になってくれたのは大きかった。

 彼は妹がオリジナルに唆されたと知って大分恨んでいるからだ。

 

(時が来たら必ず殺す。

俺が兵藤一誠なんだ……)

 

 

 その黒歌とはアーシアと同じ様に親密な仲へと発展させる事にも成功した。

 後は自分を殺そうと思ってるオリジナルさえこの世から消えてなくなれば怖いものなど無くなる。

 転生したこの世界に兵藤一誠は二人も要らないのだ。

 

 

 仲間となった女性達と蜜月な時を過ごしながら兵藤一誠はオリジナルを殺す機会を待っている。

 

 もっとも、最早彼を仮に始末できたとしても、後ろに控えてる者達が黙ってる訳もないし、その者達もまた彼お得意の知識から逸脱した存在である事をまだ知らない。

 

 

 

 特に――

 

 

「イッセー兄さま~! お姉ちゃん達が来るまで僕だけと遊んで?」

 

 

 兵藤一誠が大好きな原作知識と剥離した性別である悪魔幼女なんかが……。

 

 

「遊ぶ? 何をしてだよ?」

 

 

 物心ついたその時から、血は繋がらないが、絶対的に慕う兄を持つミリキャス・グレモリーは、もう少しすれば帰ってくるリアス達を前に、存分に兄を独り占めしてやろうと、それはそれは無垢な少女そのまんまな笑顔を浮かべながらとことこと床掃除をしていたイッセーにおねだりをしている。

 

 一通り掃除や帰還するリアス達やソーナ達に合わせてやって来るシトリー家達の出迎えの準備を終わらせていたイッセーは、ねーねーと甘えてくるミリキャスに付き合いながら、何をして遊びたいのかと訪ねる。

 

 

「えへへ、えっとね、お医者さんごっこがしたいなぁ?」

 

「は?」

 

 

 ぶっきらぼうだけど優しい兄。

 種族だって違うけど、間違いなく兄。

 そして最早子供癖に成熟した愛情を感じてしまう兄。

 

 だから最近そんな兄にリアスやソーナやセラフォルーといった自分よりイッセーと付き合いの長い者達以外の一部女性が親しげにしてるのは――言葉は悪いがミリキャスはとても気にくわない気持ちだった。

 

 兄の良さを解ってくれる人が増えるのは歓迎だが、それとこれとは別であり、あくまでミリキャスはこの年齢にして既にイッセーをそういう対象として認識しているのだ。

 もっとも、本人は完全に子供と見なして気付いてすら居ない様子だが。

 

 

「何だその遊びは?」

 

「えっとね、兄さまがお医者さんになって、僕が患者さんになるの。

そして兄さまが患者さんの僕を診察するの」

 

「……。それのどこが面白いんだ?」

 

 

 それ程の、絶対的な愛情を示すミリキャスがもし兄であるイッセーが何者かの手で傷つけられたと知ったらどうなるか。

 イッセーに認められたい。イッセーに見てもらいたい。イッセーに振り向いてもらいたい。イッセーの傍に永遠に居続けたい。イッセーが望むならなんでもやれる。

 

 等々と、至極真面目に考えてる彼女が既に覚醒させた異常性はまさに一点特化の異常であるが故に極端だ。

 つまりイッセーを傷つけるものは皆敵であり、破壊する対象なのだ。

 見た目はサーゼクスとグレイフィアという美男美女の血をよーく受け継いだ可愛らしい幼女だが、その血からは既に数多の純血貴族坊っちゃん嬢ちゃんを超越してしるレベルにまで達している事を考えたら容易に想像できる話だろう。

 

 

「僕は面白いと思うんだけどな……だめ?」

 

「時間はまだあるから別に良いけど……」

 

「ホント!? やった! じゃあ今すぐ兄さまのお部屋に行こうよ! こっち! 早く!!」

 

「あ、あぁ?」

 

 

 それがミリキャス・グレモリーの持つ絶対愛(アブソリュートラヴ)

 愛するイッセーの為に、概念を超えた力を引き出すシンプル過ぎる異常性。

 

 

「じゃあ、僕が患者さんになって今から兄さまのお部屋――えっと、診察室に入るから、兄さまはお医者さん役をやってね?」

 

「………あぁ」

 

 

 その異常性のせいなのか、イッセーに対して猫を被りつつもマセてしまったのは皮肉なのか。

 

 

「……次の患者さんどーぞ」

 

「はーい」

 

「……。今日はどうされましたか」

 

「えっと、ずっと昔から胸が痛くて身体が熱くなるんです」

 

「なるほど、えーっとじゃあ――」

 

「はい、先生まずは聴診器で僕の胸の中を調べてください……!」

 

「………………。フリだろこれ? お前何で脱いで……」

 

「り、リアリティの為だよ兄さま! は、早く……! ほら兄さま!」

 

「あ、あぁ……じゃあ心音を……」

 

「あぅ……は……ぁ……! はぁ……はぁ……!」

 

(心音がやべーな……)

 

 

 人間界に何度か行ってる内に、そして周りの状況を見てる内にそんな知識ばかり吸収してしまってるミリキャスは今完全にイッセーをまんまと自分の遊びに付き合わせてご満悦だった。

 具体的にはお医者さんごっこと託つけてイッセーに胸を聴診されてる時点でミリキャスはもうアレだった。

 

 

「せ、先生ぇ……僕変だよぉ……! 先生にそんな見つめられてるだけでお股がじわってしちゃうよぉ……!」

 

「……………………おい」

 

 

 まあ、この時点で流石に意図が理解できたイッセーはハァハァと上着を巻くって胸をさらけ出しながらど偉い事を宣うミリキャスをひっぱたいて中止したのは云うまでもない。

 

 そして後に母親にめっちゃ怒られたのも云うまでもない。

 

 つまり、この少女からイッセーを奪うものから大変な事になるのだ。

 

終わり




補足

とにかく好きすぎて、お医者さんごっこを騙してやらせようとする。

でも所詮はまだ子供なのか、変な所でボロを出してしまう。

とはいえ、執事も執事ですぐに騙されてしまうが……。



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捕虜と兵士

グレモリー家とシトリー家を行き交いしながら執事してる一誠は、ある日ソーナからこんな事を聞いた。


 基本的に日之影一誠はミリキャスに対して何処と無く甘い部分が多い。

 本人は決してそんな事は無いと言うが、周りから見れば相当甘い。

 軽く騙されてたというのに、一誠はそんなミリキャスを別に咎める事はしないのだ。

 

 

「うぅ、ごめんなさい兄さま」

 

「母ちゃんに相当怒られたんだろ? 俺から言うことは特に無いよ」

 

「甘いわよ一誠は! ミリキャスの為にならないでしょう!?」

 

「おーおー、煩いカミナリオバハンなこって。

ほらミリキャス、とっとと逃げるぜ」

 

「あ、ちょっと待ちなさい! オバハンとはどういう――くっ!」

 

 

 グレイフィアにしこたま怒られたミリキャスに対してこれ以上何を言うつもりはない。

 危うくお医者さんごっこのせいで大変な方向に誘導されかけていたというのに、一誠はそんなミリキャスを抱えてさっさと逃げてしまった。

 

 

「オバハンと呼ばれる歳じゃないわよ私は……!」

 

 

 娘に優しくしてくれる事自体は歓迎するも、どことなく甘やかしてる気がしてならないグレイフィアは納得できない表情を浮かべると、ヴェネラナみたいにオバハン呼ばわりされた事を軽く憤慨していると、横で聞いていたサーゼクスが宥める様に口を開いた。

 

 

「良いじゃないかグレイフィア、本人も気にしてないみたいだし」

 

「そういう問題ではありません。ミリキャスが一誠を騙そうとしていたことが駄目なのです」

 

「まあ確かにそうかもしれないけどさぁ」

 

 

 愛娘のある意味な押しの強さは寧ろ褒めてあげるべきだと思ってるサーゼクスは、まだぷりぷりと怒るグレイフィアにそれ以上は何も言わなかった。

 ましてや、『キミにかなり似たんじゃないかな?』と言った日には大変な事になってしまう。

 

 

「そういえば、まだ結婚する前はよくグレイフィアも――」

 

「何か?」

 

「――いや、何でもないよ」

 

 

 口は災いのもと。

 独身時代、しょっちゅう逢い引きしたグレイフィアが色んな格好をして気を引こうとしてたな。

 例えば今で言うナースコスプレとかしてたことは多分言わない方が火に油は注がないのだ。

 

 

 

 

 

 こうして始まった夏休みだが、リアスもソーナも単に実家で遊んで過ごせる訳ではない。

 どちらも名家の跡取りとして色々な席に顔を出さなければならないし、直近に行われる大きなイベントは若手悪魔の会合だろう。

 

 もっとも、二人はその会合に対して特に大事だとは思ってない様子だが。

 

 

「カテレア・レヴィアタン?」

 

「ええ、この前の三大勢力の会談時に襲撃してきた禍の団の一派のリーダー格の事よ」

 

「そのリーダー格がなんだってんだ?」

 

 

 それよりも大変なのが、先日の事件で捕獲したカテレア・レヴィアタンの事だった。

 

 

「今シトリー家で抑えてるのだけど、出された食事に全く手を付けようとしないのよ」

 

「はぁ……それで?」

 

 

 そのまま公に出したら間違いなく裏切り者として処刑しろという声が出てくる為、暫くはシトリー家預かりになってるカテレア・レヴィアタンの現状をソーナから聞かされてる一誠は、シトリー家の書斎内の清掃をしながら耳を傾けるが、正味そのカテレア・レヴィアタンの事を一切知らないので、聞かされた所でどう返して良いのかに困る。

 

 

「禍の団の情報を得る為に彼女は生かさないといけないのよ。

だから良い手はないかと思ってね」

 

「無理矢理口を開かせて食い物をねじこむか、栄養剤の点滴をぶちこむとかが良いんじゃないのか? てか俺知らねーもん、そのカテレア・レヴィアタンってのは」

 

「やっぱりそういう手に出るしか無いのかしら……」

 

「どうしても生かしたいのならな」

 

 

 パタパタとハタキを使って本棚の埃を落としながら話す一誠にソーナは腕を組ながら考える仕草をする。

 セラフォルーに敗北していこう、完全に心が折れてるせいで何を問い掛けても返答が全くないか、殺せと叫ぶだけで情報が引き出せない。

 

 こう、セラフォルーに対する復讐心をうまい具合に作用させられたらどうにでもなりそうだが、彼女の場合はその仲間にすら見捨てられてしまってるのだ。

 

 

「彼女の仲間は彼女を用無しとしてるみたいでね、お姉さまとサーゼクスさんが旧魔王血族の者達に伝えたら、煮るなり焼くなり好きにしろと言われたらしくて……」

 

「じゃあ煮て焼いてしまえばいいだろ」

 

「いや、さすがに憐れで……」

 

「悪魔の癖に甘いことだ」

 

 

 それを聞いたら流石に同情してしまうというか、実際カテレアが聞いた時のショックと絶望の表情を見たら追い討ちをする気にもなれなかった。

 とはいえ、このまま放置する訳にはいかないのもまた現実な訳で、何か良い手は無いものかと考えてるのが最近のシトリー家の面々だった。

 

 

「そろそろ食事の時間だけど、多分食べないわね……。今食事を運ばせてるけど」

 

 

 敵だけど、どこか同情してしまう。

 こう、昔の一誠を見てる気がしてしまうから……と、声には出さないが今日はシトリー家の執事副長として黙々と掃除をする一誠を見つめながらソーナは思う。

 

 

「何かが変わるかと思って私の眷属達にも日替わりで彼女の食事を運ぶ様にしてるけど、変化は無いし」

 

「? じゃあ今誰が運んでるんだ?」

 

「今日は匙よ。

最近木場君に言われて剣の修行を開始してるのよ」

 

「ふーん………案外変化があるかもな」

 

「え?」

 

「いや、何でもない……」

 

 

 

 

 

 

 

「これも眷属の仕事だと思えば苦じゃないけどよ……」

 

 

 朝っぱらからシトリー家の敷地内を掃除していた一誠に軽い修行を頼めず、仕方なく一人で黙々と修行をしていた匙は、厨房のコック悪魔から渡された食事の皿が乗せられたトレーを運びながら、シトリー家の薄暗い地下を気の進まない面持ちで歩いていた。

 この先に、三大勢力会談の襲撃に失敗して捕らえられた旧魔王血族の悪魔が居て、その食事を運ぶ。

 

 簡単なお使いみたいな仕事に見えて、実はとても難易度が高い事を既に言伝てに聞いていた匙自身はとても気が進まない気持ちのまま、その者が居る牢というよりは部屋に到着する。

 

 

「ノックしてもしもーし、食事を持ってきましたー」

 

 

 特殊な何かで力を分散させられる仕掛けが施されてる部屋は、牢とは思えないくらいに小綺麗な部屋であり、強いて言うなら陽の光は一切当たらない湿っぽさを感じる部屋だった。

 一応のノックと共に入ってみると、中には体育座りしながら顔を伏せてる褐色肌の金髪女性が居る。

 

 

(わぁお、聞いた通りだな。完全に生きる意思が感じられない)

 

 

 これが本当に旧魔王の血族者なのかと疑いたくなる程に小さく、覇気も何もない姿をしたカテレア・レヴィアタンを前に、匙は何とも言えない微妙な気持ちを抱きながら彼女に近づき、その横にそっと食事の乗せられたトレーを置いてみる。

 

 

「食事なんですけどー……」

 

「……………………」

 

 

 返事が無い、ただの屍だ。

 …………………では無く、一瞬だけ顔を上げたカテレアがチラッとトレーに目を向けてる辺りは生きてるのはわかるが、その表情も目も絶望一色だった。

 

 

「………………」

 

 

 そしてそのまま再び顔を伏せる。

 とてもお腹の虫を騒がせる匂いを前にしてもカテレアは微動だにしない。

 なんでもかれこれ捕まってからずっとこの調子らしく、助けが来ないばかりか見捨てられたと知って以降は完全に心を閉ざしてしまって言葉すらも発しなくなったのだとか。

 

 

「あの、すいません。食うまでここを出るなって言われてしまってる以上、早く食べて頂きたいんですけど」

 

「……………………」

 

 

 事情はわかるが、匙としては少しでも修行に打ち込んでレベルアップをしたい為、質素な服で体育座り状態のカテレアに向かって早く食えと言ってみる。

 が、やはり返事は無い。

 

 

(腹減ってないのか? もしくは何かの力で空腹を感じてない様にしてるとか?)

 

 

 あまりにも反応無しなので、そう匙は推測する。

 だが……。

 

 

 くー……

 

 

「………………………………」

 

「なんだ、腹は減ってるんですね」

 

 

 普通にカテレアのお腹から空腹を訴える虫の音が聞こえたので、決して食べなくても平気ではないことはんかった。

 しかし本人がこんな調子では……と、そろそろ困ってきた匙に腹の虫を聞かれたのが嫌だったのか、それまで言葉を発する事がなかったカテレアが不意に俯いたまま口を開いた。

 

 

「さっさと消えなさい。お望み通り、私はこのまま餓死してやるわ」

 

 

 明確な拒絶の言葉を放つカテレア。

 

 

「餓死されたら困るんだけど……」

 

 

 そんなカテレアに対して匙は頬を掻きながら困った表情を浮かべる。

 何故なら彼は知ってるのだ、セラフォルーやサーゼクスがカテレアを普通に生かそうと周りに働きかけているという事を。

 捨て駒扱いされて心身共に打ちのめされてると知りつつもまた、何となく人生がうまく行かなくて荒れていた時期の自分を思い出させるのだ。

 

 

「ふー、貴女――あーいいや、アンタの事は大体聞いたよ。

セラフォルー様に負けたんだろ?」

 

「……!」

 

 

 別に同情はしないけど、何となくこの姿を見てると放っておけなくなってきた匙が説得しようとセラフォルーの名前を口に出した瞬間、ビクンとカテレアの身体が揺れた。

 

 

「で、捕まった挙げ句、アンタの仲間からは用無し扱いされて放置と。

なんていうかさ、運が悪かったよな」

 

「…………」

 

「別に同情はしないけどさ、そこで心折ってしまうのは勿体無くないか?」

 

「だ……まれ……」

 

 

 その瞬間だった。

 顔を伏せていたカテレアが僅かに顔をあげて、匙を殺意の篭った形相で睨み始めたのは。

 

 

「え?」

 

「黙れ……! 転生悪魔風情が知った様な口を叩くな……!」

 

 

 窶れても損なわれない美貌が故に、結構な迫力があるカテレアに睨まれた匙。

 しかし臆した様子は無く、匙は口を開いた。

 

 

「何だよ、悔しいって気持ちはまだ残ってるじゃん。だったら再起したらよ? これ食って」

 

「五月蝿い!! 消えろ! 私はどうせ生きた所で意味なんて無い!」

 

 

 多分久々の大声を放ったカテレア。

 こんな転生悪魔の子供にすら同情される程に落ち込んだ己が情けない。

 安い同情なんて要らないとカテレアは匙にそう言い放つと、匙はちょっとムッとした。

 

 

「消えて欲しいなら早く食べてくれます? 俺も暇じゃあないんで」

 

「誰が食べるか……私はこのまま死ぬのよ……!」

 

「良いから食えよ!!」

 

 

 同情はしたけど、別に深入りする気もなく、暇でもない匙がついにカテレアに無理矢理食わせてやろうと肩を掴んで無理矢理顔をあげさせようとする。

 

 

「こ、の……転生悪魔風情が私に触れるな!」

 

 

 当然突然触れてきた事にビックリはしたものの、抵抗するカテレアに匙は叫ぶ様に言った。

 

 

「じゃあ食えや! 捨て駒扱いされて凹んで自暴自棄になってんだか何だか知らねーけどよ! そこで腐るんだから這い上がって見捨てた連中に仕返ししてやれば良いだろうが!!」

 

「子供が! そんな簡単に出来たら苦労は無いわよ!!」

 

「簡単じゃないからって死のうとする今のアンタよりはマシに思えるがな! ほら食え!」

 

「ぐっ、そ、そんな太いものを口に入れようとするな……!」

 

「だったら大人しく食いやがれ」

 

「や、やめ……! ん、んむぅ!? ん……あむ……ぅ!!!」

 

 

 若干如何わしい様に聞こえるが、やってるのは無理矢理パンとスープをカテレアの口の中に捩じ込もうとする匙とそれに抵抗しようとしても抑えられてるという光景だった。

 

 

 

「く、ぜぇ、ぜぇ……さ、流石に先代魔王の血族者なだけあって……つ、強いぜ」

 

 

 とはいえ、終わる頃には匙も大幅に体力を消費しており、肩で息をしながら空になった皿をトレーに乗せ、カテレアは体力が大幅に減少しているとはいえ、転生悪魔にされるがままになってしまったことにまた落ち込んでいた。

 

 

「転生悪魔の身分で手こずらせるなんて……やっぱり私はこの程度なの……?」

 

「そら碌に食わずに力を衰えさせてるだけのアンタにむざむざと返り討ちにされてたらこの先生きて行けないしな、こちとら毎日必死に修行してるんだぜ」

 

「……。無駄な努力を……」

 

 

 持って生まれた才能と血筋ですべては決まると思ってるカテレアは、修行をしてるという匙を鼻で笑う。

 しかし匙はそれに怒る訳ではなく、寧ろ上等だといった挑戦的な顔だった。

 

 

「無駄なのかどうかはその時までにならないとわからないぜ」

 

「…………」

 

 

 挫折を知らない子供だ。

 カテレアは口には出さないものの匙を見て思った。

 どうせその内努力だけではどうにもなら無い壁に当たって心を折るに決まってる。

 自分がそうである様に……。

 

 

「ふー……取り敢えずまた持ってくるけど、今度はちゃんと自分で食えよな。

まぁ、食べないならまた今みたいに無理矢理食わせてやるがな」

 

「敵である私を生かした所で意味は無いのに、何で……」

 

「目覚めが悪いだろ。単にそれだけだ」

 

 

 しかしこの出会いが後にカテレア・レヴィアタンの運命を大きく変える事になるとは、この時はまだ知らない。

 

 

「どうだったの匙? 彼女は食べた?」

 

「あぁ、食べる気がなくてウジウジしてたんで無理矢理食わせてやりましたよ」

 

「む、無理矢理って元ちゃん……。割りと思いきるのね……」

 

「ああいうのは優しくするよりはある程度厳しくしないと駄目だって気付いたからな。

あぁ、夕食も俺が持っていきますよ、多分他の人達だとまた食わないでしょうし」

 

「え? 良いの……?」

 

「ええ、逆にあんな腑抜けた人を無理矢理生かして『生きててよかった!』と言わせてやりたくなりましたので」

 

「……凄い、一誠の勘が当たってる」

 

「へ?」

 

 

 こうして専属食事係りになった匙元士郎は、この日の夕飯も運んだ。

 

 

「……! な、何でまたアナタが……」

 

「他の人達は優しすぎるからな。ある程度言える俺が適任だと思いましてね。 はい、今度は自分で食ってくださいよ? 食わなかったらまたねじ込む」

 

「笑わせないでちょうだい、さっきは油断してただけでアナタごときが私を御せる訳が――」

 

「あ、そう……じゃあ無理にでも食って貰おうか」

 

「っ! 嘗めるな!!」

 

 

 夕飯時、まだ抵抗するカテレアと取っ組み合いになりながらも無理矢理食わせた。

 

 

「くっ、確かに言うだけあって強いなアンタ……」

 

「あ、当たり前です。そう何度も転生悪魔ごときに遅れを取るわけがありません……! それと! 無理矢理ソーセージを口に入れようとするのはやめて! 喉に引っ掛かって苦しいわ!」

 

「あ、すんません」

 

 

 結果はギリギリ成功。

 二日目……。

 

 

「ノックしてもしもーし、食わなきゃまた無理矢理ねじ込みまーす」

 

「チッ、やれるものなら……」

 

 

 再び取っ組み合いになりながらも食わせることに成功。

 そして三日目……。

 

 

「ノックしてもしもーし」

 

「チッ、来ましたね。今日こそ私は食べな………っ!? ど、どうしたのですかその傷は……」

 

「修行での傷ですよ。

それより、割りとしんどいんで食べて貰いたいんですけどね」

 

「あ、あぁ……はい……」

 

「? 何だよ急に素直――」

 

「なーんてバカですね! 満身創痍で来たのが間違いよ! 今日こそ私は食べないわ!」

 

「……………………」

 

 

 勝ち誇るカテレアにイラッとして満身創痍でも取っ組み合いになる。

 

 

「がっ!?」

 

「! ちょ、ど、どうしたのよ?」

 

「な、なんでもねぇ……! ちょっと肋にヒビが入ってるだけだ……! そんな事より食えや……ぐっ!?」

 

「あ……」

 

 

 その際、苦悶の表情を浮かべた匙にちょっと悪いことをしたのかもしれないと思ったらしい。

四日目……

 

 

 

「ノックしてもしもーし」

 

「来ましたね……はぁ、今日は抵抗しませんし、一応仕方なく食べてあげるからそこに置いてちょうだい」

 

「……。罠じゃないでしょうね?」

 

「どう見ても重症人の姿をしたアナタに勝ち誇ってもしょうがないですからね。

今日だけですよ……明日から餓死の為に食べてやりませんけど」

 

 

 どう見ても痛そうな顔しながら持ってきた匙に抵抗しても意味がないと思って、今日だけは素直に食べてやると宣言する。

 

 

「へー? 確かに先代血族者を名乗るだけあって、気品? ってのは感じる食べ方だ……」

 

「フッ、当たり前でしょう? あのおちゃらけセラフォルーよりよっぽど私の方がレヴィアタンに相応しいのよ」

 

 

  その際、セラフォルーに対する対抗心すら失せていた筈のカテレアからこんな台詞が飛び出た。

 

 

「でも私はセラフォルーに敗北した。そして仲間と思っていた者からは捨て駒と見放された。

最早レヴィアタンの称号を取り戻す意味も、生きる意味なんか無い」

 

「だったら今度は見放した連中を見返す為に這い上がれば良いじゃないか。

アンタ悔しくないのか? 俺なら絶対に一発ぶん殴るまで死ぬ気にはならねーぜ」

 

「子供の考えよそれは。

今の私の立場を考えればそれが不可能なのはわかりきった話……」

 

「そうやって何かにつけて現状を理由にするなっての。 レヴィアタンなんだろアンタは? 今はどん底でも上を見てれば頑張れるだろ?」

 

「……。不思議ねアナタは、敵で捕虜の私を激励するなんて」

 

「アンタ見てると放っておけないんだよなんか……自分でも不思議なくらいだぜ」

 

「おかげで食事を食べさせられるし、餓死も遠退くで最悪ですけどね私は」

 

「じゃあ今後も最悪になってやんよ」

 

 

六日目

 

 

「若手悪魔同士の会合? 暇な事をするのね現政権は」

 

「会長……っと、ソーナ様の兵士として俺も出席するんですよ。

なのでとっとと食べて貰わないと困るんですよね」

 

「へぇ? じゃあ嫌がらせに抵抗してやろうかしら?」

 

「ほら来た……じゃあ何時も通りだなぁ!!」

 

 

 再び取っ組み合いへと発展する。

 しかしこの日はちょっとしたトラブルが発生。

 

 

「クソ、飯を食って力を取り戻してきてるせいか、一筋縄ではいかないようだぜ……」

 

「フッ、だから言ったでしょう? 私は由緒正しきレヴィアタン。本来ならアナタみたいな身分がこうして向かい合える相手じゃあないのよ」

 

「最初の頃と比べたら随分と軽口が叩けるようになったもんだぜ……。が、俺も遊んでる訳じゃないぜ!」

 

「っ!? 速い……!」

 

「しゃあ! 取ったぁ!!!」

 

「っ!? きゃあ!?」

 

 

 少し力を取り戻してきたカテレアに対して後ろから飛び掛かった匙はそのままカテレアと共に床にひっくり返った。

 食事は遠くの机においておいたので無事だったが、二人はして床にひっくり返った際に匙は……。

 

 

「あ……」

 

「う……」

 

 

 カテレアの胸に顔を突っ込んでいた。

 

 

「………すいません」

 

「いえ……別に……」

 

 

 妙な沈黙が部屋を支配する。

 

 

「殴らないんですか?」

 

「別に……そこまで初じゃありませんし私。

ひゃ、百戦錬磨だし」

 

「いや、目を逸らしながら言っても説得力が……」

 

「う、うるさいうるさい!! こ、子供の分際でこ、この私を! このスケベ!」

 

「すいません……」

 

「ぜ、ぜぇぜぇ……。(ぐっ、こ、この私がこんな子供に……!)」

 

 

 微妙な空気のまま終了。

 徐々にカテレアは匙に対してだけは調子を取り戻していくのだった。

 

 

「…………」

 

「どうしたの元ちゃん? ぼーっとしちゃって?」

 

「べつに……。(良い匂いだったなカテレアさん……)」

 

 

終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして変な関係になっていくカテレアと元士郎。

 

 

「へぇ、恋人が」

 

「ええ、もっとも……向こうは私を利用する対象としてしか見てなかったみたいだけど」

 

「ふーん?」

 

「……? 何よその顔?」

 

「あ……いや……」

 

 

 恋人が居たらしいと聞いて何かモヤモヤする元士郎。

 

 

「元ちゃん? ……そこの彼女にそう呼ばれてるの?」

 

「ええまあ……」

 

「ふーん……」

 

「? 何か?」

 

「ふん、別になんでもないわ」

 

「? ? ?」

 

 

 逆に仲間の眷属女子から愛称で呼ばれてると知ったカテレアは、面白くない気分になって。

 

 

「「…………」」

 

 

 何時しか食事が終わっても暫く一緒に居る事が多くなった。

 深い意味は無い。ただ、この時間が気付けば落ち着くのだ。お互いに。

 

 

「zZZ……」

 

「!? ちょ、ちょっと突然何を……って、寝てる……。

そういえば今日は色々あって疲れたと言ってたわね。

しょうがない……この私の膝の上で眠れる事を光栄に――」

 

「すー……すー……」

 

「光栄に……」

 

 

 眠る元士郎に膝を貸し、寝顔を見ている内にカテレアは顔を近付かせ――

 

 

「何してんのカテレアちゃん?」

 

「うわっちゃあ!?!? せ、せせせ、セラフォルー!?」

 

「あ、元士郎くんに膝枕してあげてるんだ? へー? 優しいね?」

 

「こ、こここ、これは別に仕方なく! そ、それより急に何よ!?」

 

「いや、元士郎君の戻りが遅いってソーナちゃんが言ってたから様子を見に来ただけだけど……うんうん、心配の必要はないみたいだね?」

 

「こ、この……」

 

 

 失敗してテンパるのだった。

 

 

終わり




補足
妙な組み合わせというか、このシリーズ系統でのお約束だね。


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