魔王様のケモミミニューゲーム (A i)
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プロローグ


第1話になります。
魔王が主人公の物語を書くのは初めてでワクワクしています。
可愛いケモミミ少女やいろんな美少女を出していこう、と思っているのでどうぞ楽しみにしておいてください!


 紅蓮の炎逆巻く魔王城。

 

 最上階“宝玉の間”の中央で対峙する二人。

 

 一人は金色に輝く聖剣を携えた美青年――金色に輝くのはその聖剣だけではなく、身につけている鎧や盾までもが煌びやかに輝き、彼の頭上には“勇者”の証たる冠が燦然と光を放っている。

 

 そんな勇者に対峙するは、全身黒ずくめの男。

 

 こちらの手にも一振りの剣――こちらは柄から刀身までが真っ黒で、その鍔の真ん中には深紅の宝石が輝く。

 

 勇者の美麗な剣とは逆に、こちらの剣は精緻な技巧が一切無い。

 

 まさに純粋に研ぎ澄まされた「人を斬る」ためだけの道具。

 

 しかし、それ故に、その剣には人を魅了させる、洗練された美しさが宿っていた。

 

 どちらも、その身に纏う空気だけで、只者ではないとわかる。

 

 だが、その黒の男は負傷していた。

 

 足下まで伸びたレザーマントは至る所が破れ見るも無惨だし、胸や肩に付いたプロテクターも割れ、そこから覗く傷口からは鮮血があふれている。

 

 目深にかぶる黒のハットで片目は隠れ見えないが、もう片方の目が憎々しげに歪められ、苦しそうだ。

 

 そう!今まさに、長きにわたる勇者と魔王の戦いが終わりを迎えようとしているのであった。

 

 疲弊した魔王の姿を見て、勝利を確信したのだろう。

 勇者は勝気な笑みを浮かべ、剣を構える。

 

 「魔王・・・これで終わりだ!」

 

 高らかにそう叫んだ勇者の一撃が魔王に迫る。

 

 「ぐはっ・・・・!!」

 

 魔王は反応が遅れ避けきれず、勇者の渾身の一撃を喰らい、弾かれたように吹き飛ぶ。

 

 うめき声を上げる魔王だったがまだ息はある。

 

 剣を支えに立ち上がった魔王だが、足下はふらつき、立っているのがやっとという状態。

 

 誰の目にも結果は明らかだったが、それでも魔王は諦めない。

 

 おぼつかない足取りで数歩玉座へと近づいた魔王は崩れるように倒れる。

 

 「魔王、往生際が悪いぞ・・・」

 

 勇者が確かな足取りでじわりじわりと魔王の背後に迫る。

 

 すると、追い詰められ危機的状況であるはずの魔王が不気味な笑い声を上げだした。

 

 「く・・・クフフフ」

 「何がおかしい?」

 

 魔王の背後に立ち、聖剣をゆだんなく魔王に向ける勇者が問うた。

 

 すると、倒れたままの魔王が不穏な言葉を吐き出す。

 

 「確かに、今回はお前の勝ちだ。それは認めよう・・・だが、私は諦めない!いつかお前の前に再び現れ、この世界を闇に落とし入れることを約束しよう」

 

 バッと顔を勇者に向け雄弁に語る魔王の手には水晶のように透き通った球体が握られている。

 

 どうやら、魔王は転移結晶を使い逃亡する気のようだ。

 

 だが、勇者もすぐにそのことに気がつく。

 

 勇者は魔王の逃亡を阻止するべく、聖剣を裂帛とともに振りかざした。

 

 「そうはさせないっ!」

 

 勇者の持つ聖剣が勇者の意思に呼応し金色の閃光を放ち出す。

 

 聖剣の持つこの聖なる輝きは魔王の持つ魔の瘴気を打ち払い浄化する。

 

「・・・・・・!」

 

魔王も転移結晶による転移が完了するまでの時間を稼ごうと残りの魔力すべてを放出し防御壁を作ることで最後の抵抗を謀る。

「はぁああー!!」「くっ・・・・!!」

勇者の聖剣と魔王の瘴気が交錯した。

光と闇の奔流があたりを飲み込み、風がうなり、大地が轟く。

 

「・・・・・!!」

 

勇者の剣を魔王の魔力が押し戻し拮抗する。

力だけで見れば互角に思えたが。

 

「くっ・・・!」

 

消耗していた魔王にはやはり分が悪くジリジリと勇者の聖剣に押し込まれだしている。

転移結晶の転移はまだ完了しないが、結晶の輝きが増している。

あと、ほんの少しで魔王の転移が完了してしまう。

それを勇者が許すはずもない。

 

「はぁああああ!!」「ぐ・・・うぉおおお!!」

 

両者がよりいっそう大きな雄叫びをあげ最後の力を振り絞った。

 

バリーン!!

 

破砕音とともに砕け散る魔王の防御壁。

勇者の力が魔王の力を上回り、勇者が防御壁を破壊したのだ。

もはや魔王の身を守るモノはなにもない。魔力も底を突いているはず。

 

勇者は自らの勝利を確信し、ニヤリと笑みを浮かべた。

それは一瞬の気の緩み。

その刹那、魔王の目がキラリと光った。

 

「まだだ・・・・!」

「なに・・・!!」

 

ここまでが魔王の作戦だった。自らの防御壁をあえて勇者に破らせることで、一瞬の隙を作り出したのだ。

 

「ぐはぁっ・・・!!」

 

残りの魔力のほとんどを使った魔王の一撃を喰らい勇者の体が吹き飛ばされた。

宙を舞う勇者。

だが、勇者も負けてはいない。

空中で体勢を整え、着地と同時に顔を上げる。確かに驚異的な戦闘能力である。

これだけ早く体勢を整えられては敵は追撃できないであろう。

しかし、このときに限ってはその一瞬が運命を分けた。

転移が始まったのだ。

魔王の体が時空のゆがみによってうっすらと消えていく。

勇者はそれを見て急いで飛びかかるが間に合わないことはあきらかだった。

魔王はすでに満身創痍。

だが魔王は剣に寄りかかるようにして立ち上がり勇者を見据えて最後にこう言い放つ。

 

「では、また会おう。さらばだ。勇者よ・・・・。」

 

そう言い残した魔王の姿は次の瞬間には忽然と消えた。

先ほどまで魔王のいた場所に駆け寄った勇者だったが、魔王は完全に消えてしまっている。

 

「逃げられたか・・・。」

 

そうつぶやく勇者の目に転移を終えた転移結晶が映る。

コロコロと勇者のそばに転移結晶は転がり、カシャンという軽やかな音を立てて破砕。

無感動にその様子を見ていた勇者だったが、フン!と鼻をならし。

 

「待っていろ、魔王。すぐに見つけ出し殺してやる。」

 

そうつぶやいた勇者は聖剣を鞘に戻すと、きびすを返し歩き去る。

魔王城を焼く炎はいっそう激しさを増している。

魔族の屍。

人間の屍。

おびただしい死に彩られた魔王城のレッドカーペット。

その真ん中を一人。

 

勇者は颯爽と歩き、揺らめく陽炎に消えるのだった

 

 




いかがでしたか?
まだまだ拙い文章ですが、何卒応援よろしくお願いします。


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家族

第2話です!少し長めの文章になりました。
キリのいいところまで書きたかったので勘弁してください!笑
戦闘シーンもありますしケモミミ少女もやっと出てきますので楽しんで読んでくださいね?
では、本編をどうぞ!


 転移した俺を出迎えたのはまずひんやりとした空気だった。見渡せば苔むした岩や、折れたままになっている巨木、うっそうと茂るシダ類。

どうやらここは深い森の奥らしい。

月の光も、競うように伸びている高い木々の葉に遮られてここまでは届かなず薄暗い。

さきの勇者との戦いで傷を負った俺としては一刻も早く屋根のある暖かいところで休息をとりたい。

夜が更ければさらに冷え込むだろう。冷えは傷の治りを悪くする。

 しかし、こんな山奥に民家などあるわけもない。

それも魔族の王たる俺だ。人間どもに見つかればひとたまりも無いが、同じ魔族であっても今の俺の弱りようを見れば、これ幸いに襲いかかり下克上を果たそうとするであろう。

魔族の忠誠ほど信用できないモノはない。

 そこで、俺はひとまず洞窟を探そうと歩き出した。

洞窟であればとりあえずは身を隠せる上、雨風もしのげる。火をおこせば夜を耐えることぐらいはできるだろう。

傷は依然痛むし、なにか頭もぼうっとする。早く見つけなくては。

満身創痍の俺は周りをもう一度ぐるりと見渡す。

すると、木々の奥に岩肌がちらりと見えた。

岩山であればそこに洞窟がある可能性は高い。

そう考えた俺はその岩山の方角へと歩み始めた。

 人の踏み入れた形跡のない森には当然整備された道など存在しない。なんども伸びた蔓やこけのぬめりに足を取られ、道なき道を行くことは困難を極め、着実に俺の体力を奪っていた。

 1時間ほどたっただろうか。やっとの思いで俺は岩山へとたどり着いた。

 草木が繁茂していた森の中とは異なり、地面が岩や砂になり多少歩きやすくなった。

だが、体力は確実にむしばまれている。それに冷え込んできた。吐く息が白い。できるだけ早く見つけなくては。

 俺は岩山のくぼみを探すために懸命に目を凝らし歩く。月明かりはおぼつかずなかなか発見することは叶わない。

そのとき、ヨタカの鳴き声が森の方角から聞こたので、俺は何気なく森の方角に目を向けた。

それは拍子抜けするほどすぐそこにあった。

森の方角側から見ると岩に隠れて見えないが、反対に森の方を見ると岩の影にくぼみがあったのだ。

俺は足を引きずりながら急いで、その洞窟と言うには少し小さい、でも大人が五、六人は入れる岩のくぼみへと入り込んだ。天井も高い。一人だと十分に広く感じる。寝ころぶことも可能そうだ。

 俺はそこまで考えてようやく安堵した。どうにか明日を生きて迎えられる。

 しばらく、俺はそこに座り込みジッとしていると、自分の体温で空気が暖められ幾分寒さが和らぐ。

しかし、さすがにこのままで眠るには少し寒すぎた。

 そう考えた俺は億劫ながらも立ち上がる。

洞窟を少し離れ適当なサイズの薪を拾い集めて洞窟に持ち帰った。

たき火を焚くための火種は自分の魔力しか無い。

最後の魔力を振り絞り薪に火を灯した。

パチパチ火の粉がはじける様子を確認し、安堵のため息をつく。

 すると、突然目眩のような睡魔が俺を襲った。

どうやら魔力、体力ともに限界に達したようだ。

目がかすみ、平衡感覚がなくなる。

フッという脱力感を感じたと思った時にはすでに俺は意識を手放していた・・・。

 

パキパキという何かを踏みしめるような音が聞こえ、俺はまぶたをあげる。

そこには、なんと火の消えた薪の燃えかすを踏みしめた男達がいまにもナイフで襲いかからんとしていた。

 男達の一人と目があう。

目の覚めた俺に気がつくと、その男は長い舌を下品に突きだし、イヤラシく笑みを浮かべた。

「おい、あんた。身ぐるみ全部おいていけやぁ!そうすりゃ、命だけは助けてやるぜぇ。」

 男達はおかしそうに体をくねらせ嗤う。

 相手は三人でこちらは魔力も尽き手負いの一人。

 普通に考えれば勝てる通りはないだろう。魔法の使えない魔王など、結末をしっているホラー映画ぐらい恐るるにたらない。

 しかし、俺は剣を支えにして立ち上がる。目眩は依然として消えず 頭がズキズキと痛み、意識ももうろうとしている。

だけど、俺は勢いよく鞘からその剣を抜きはなった。

魔王に逃げるという選択肢はありえない。

「お・・・?やるのか?こっちは三人もいるんだぜ?へへ。」

俺の好戦的な態度を見た三人はニヤニヤとイヤラシい笑みを浮かべ余裕の表情。

「うるせぇ・・・。」

「あぁん?」

俺の小さなつぶやきに、眉根を潜める男。

「聞こえなかったなぁ、もう一度・・・・。」

「うるせぇって言ってんだよ。くずどもが。」

ギロリと俺は渾身の力を込めて奴らを睨んだ。俺の眼光にすくむ男達。だがそれも一瞬。

次の瞬間には怒りと憎悪によって顔をゆがませて飛びかかってきた。

「殺す!!」

 短く低い声でそう叫びながら飛びかかってきた男。おそらく彼らは夜盗のたぐいであることは間違いない。盛り上がった筋肉や伸びっぱなしのひげ。それに、この粗野な動きがなによりの証拠である。攻撃のプレモーションが大きく容易にナイフの軌道が読めてしまう上に無駄も大きい。端的に言って隙だらけだった。

 だが、今の自分には魔力はない。さてどうしたものか・・・。

 俺の迷いを見せる様子に勝利を予見したのだろうか。男は恍惚たる表情でナイフを振りかざそうとしている。

 そのとき。俺は右手をパッと開いた。洞窟内に金属音が鳴り響く。握っていた剣が地面に落ちたのだ。

 それを見た男の目は驚きと戸惑いによって見開かれる。人はイメージしていることと異なる事が起きると、動きが多少なりともこわばるものだ。目論見通り、この男もナイフを振りかざそうとしていた腕の動きがほんの一瞬止まり決定的な隙を生んだ。当然、その隙を見逃す理由はない。

男のナイフを一瞬の加速によってかいくぐり男の背後へ回ると、右足を軸に慣性を利用し体を反転。あとは渾身の力を込め、左手に持った鞘で男の頭を振り抜いた。

パカァン!というすさまじい衝撃音とともに男の体は洞窟の壁にぶち当たった。脳を揺さぶられた男は白目を剥き、泡を吹きながらその場に崩れ落ちる。これで一人撃退だ。

 俺はユラリと体を起こし、残りの男達に視線を向ける。ヒッと小さく悲鳴を上げる二人に俺はだめ押しとばかりにこう聞いた。

「やるかぁお前らも?ただし、命の保証はしねぇ!」

「ひぃい!!たすけてくれぇえ!!」

そう叫んだ男達は泣きながら逃げ帰っていく。

俺はゆだんなくその後ろ姿を見ていたが森の中に消えていくことを確認すると「ふぅうー」と大きく安堵のため息を吐き出す。

「危なかった・・・あのままやっていたら死んで・・・た・・・な・・・・!」

 またも目眩に似た立ちくらみに俺を襲う。しかし、今回は倒れ込みそうになるのをなんとか鞘を支えにして踏ん張ることができた。やはり俺の体はまだまだ前回にはほど遠く魔力も体力も回復したとは言いがたいこの状況。贅沢を言うならばあと二、三日、休息がほしいところだった。

しかし、さっきの連中がこの横で気絶している仲間を取り戻すために、またここに戻ってくることは十分に考えられる。ゆっくりしてはいられない。

 俺は先ほど地面に手放した愛剣を鞘に戻すべく手を伸ばすとその横に鍔の広い黒の帽子が落ちていることに気がついた。どうやら、俺はこれを被らずに戦闘していたらしいな・・・。剣を鞘に、帽子を目深に被る。これで右目を見られることはないだろう。

 洞窟をでると遠く向こうの方の空が微かに白んでいるのが見えたが、見上げるとまだそこには星々が輝いている。あと一時間ほどもすれば朝が来る。

 澄み渡る夜空に見入っていた俺だったが、満足すると森とは反対の方角へと歩を進めた。

 岩山を挟んで森と反対側はだだっ広い平原になっていた。どこまでも続く新緑の絨毯が昇り始めた朝日を受け、キラキラと輝き実に美しい。景色だけで言うならば素晴らしいの一言に尽きた。

 だが、問題が一つあった。それは、草しかないことだ。森であれば木の実であったり、キノコであったり、動物であったりと食べ物には困らないであろう。しかし、ここには文字通り草しかない。水も食べ物もないなかで、満身創痍の体を運んできたがそろそろ限界が近い。目眩で視界がぼやけ、頭はズキズキと痛む。魔力もほとんど尽きた。万事休すか・・・。絶望的な現実に気力までも削られた俺は膝から崩れ落ちた。目をつむると、芝の青い匂いやお日様のぬくもりが感じられ、こんな絶体絶命の瞬間なのに不思議と心の中は安らかだった。

 俺はそんな自分のことがおかしくて口元に笑みを浮かべていたと思う。だけど、そう思ったときにはすでに俺の意識はなかった・・・。

 

 どこか懐かしいそれでいて嗅いだことのない匂いに誘われて、俺は目を覚ました。だが、そこにあったのは見知らぬ天井だった。俺はゆっくりと体を起こし周りを見渡す。

「ここ・・・どこだ?」

 そうつぶやき、あたりを見渡していた俺はあることに気がついた。傷が手当てされているのだ。胸元や肩口には丁寧に包帯が巻き付けられているし、それに治癒魔法による治療の痕跡も見受けられる。そこまで術者の技量が高くないのか完全治癒にまでは至っていないがそれでも今の俺にとってはすごくありがたいことだった。

 また、俺の寝かされていた部屋はものも少なく整理整頓がきっちり行われていてここの主の几帳面な性格が会わずとも感じ取ることができた。

 俺はこの家の主に礼を言おうと立ち上がり駆けたそのとき、部屋に続く扉が開いた。

「あ!」

 俺はその声の主を見て驚いた。なぜなら、その子ははっきり言って超美少女だったのだ。例えるならそう慈悲深い女神様のような風貌だった。どこまでも柔和で穏やかな笑みを浮かべる彼女の顔は瞳も大きく肌もなめらかで肌理が細やか。ほっぺは見ているだけで分かるほどプルプルもちもちとしていて、人差し指でプニプニしたら絶対に気持ちいいだろうな、と思う。だが、一際目を引くのはやはり彼女の髪。なんと彼女の髪は、粉雪のように見事な白色なのだ。白髪は老いの象徴とも言われる。しかし、彼女の場合、白い肌や大きな青い瞳、全体的にフンワリとした服装。そして何より彼女の優しそうな笑みが白髪と相まって美しい聖母のように思われた。

 俺は部屋に入ってきた彼女の姿に声もなく見惚れてしまっていたのだが、あることに気がつく。それは、彼女の頭の上に大きなケモミミが付いていることだった。それも猫の耳のようにツンッととんがった、柔らかな毛で覆われたその耳が。俺は自分の目が信じられないでこすりこすりして見たがやはりそこには猫耳がある。

 すると、彼女はそんな俺のぶしつけな視線から逃れるように身をよじるので俺は慌てて取り繕った。

「あ、悪い。じろじろ見ちまって。」

「いえ、そんな。お体の方は良くなりましたか?」

「ああ、おかげで大分良くなったよ、ありがとう。君が看病してくれたのかい?」

「はい。でも、私の治癒魔法ではそれが限界でして・・・。」

申し訳なさそうにシュンとうなだれる彼女に俺は首をぶんぶんと振り否定する。

「いやいや。十分すぎるくらい嬉しいよ。ありがとう。」

「いえ、恐縮です・・・。」

 照れくさそうに首をすくめる彼女の頬は赤く染まっている。そんな彼女の様子を眺めていた俺はさっきまで抱いていた印象が少しだけ異なっていることに気がつく。俺は始め彼女のことを聖母だと比喩したが少し訂正したい。彼女は聖母ではなく天使だな。どうにも可愛すぎる。俺を萌え殺す気か・・・。

 そんな俺の胸中を知らない彼女はしゃべらない俺の事を不思議そうに首をかしげる。なので俺は慌てて次の言葉を紡いだ。

「あ、そうだ。君の名前教えてもらっていなかったよね。君の名前はなんていうのかな?」

「申し遅れました。私はペルーシャ・リリイと申します。よろしくお願いします。」

自己紹介を終えたペルーシャは丁寧にお辞儀をする。ピクピクと嬉しそうに耳が動いているのが見て取れた。

 ついに俺は先ほどから疑問に思っていたことを口にする。

「あのさペルーシャ。気になってることがあるんだけど良いかな?」

「はい、なんでしょう?」

「君は獣人族でいいのかな?」

「はい。そうです。この通り私は獣人です。」

俺の質問を肯定したペルーシャは、おもむろにおしりを俺の方に向けて突き出す。短めのスカートの上からでも、彼女のおしりのシルエットは綺麗だった。だがそれ以上に俺を驚かせモノがある。それは・・・。

「しっぽがある・・・。」

そう、彼女のおしりからは白いしっぽが生えていたのだ。俺は驚きのあまりフサフサと柔らかな毛で覆われたそれをまじまじと見てしまう。

 俺の視線がよほど恥ずかしかったのか、その言葉を聞くとすぐにくるりと反転したペルーシャ。見ると、顔が赤く火照っている。

「私、猫系統の獣人なんです。だから、今見てもらったようにしっぽも生えていますし、この通り猫耳だって生えています。」

そう言うと両手を両耳にそえピコピコと器用にその猫耳を動かして見せるペルーシャ。自分は獣人である、ということを伝えようと懸命に努力する姿は非常に愛らしい。いつまでも見ていたいがそういうわけにもいかないので俺は感心したようにうなずいて言う。

「そうかぁ。ペルーシャは猫の獣人なんだね。」

「はい。そうなんです。ここの国の人たちは基本的に皆獣人です。私みたいに猫系統の子もいれば犬系統の子もいますし、珍しいので言えばオオカミの子もいます。」

「へえ。そりゃすごいな。」

「恐縮です・・・。」

頭を押さえて照れるペルーシャだが、しっぽがフリフリと左右に揺れているのでどうやら褒められて喜んでくれているみたいだ。しっぽに感情が出ちゃうんだな。可愛い・・・。

「では、そろそろあなたの事を教えて貰えると嬉しいんですが・・・。」

控えめな上目遣いでそう尋ねてくるペルーシャに俺は自己紹介をしようと試みたのだが。

「あ、そうだな悪い。まだ、俺の自己紹介がまだだった。俺の名前は・・・あれ?俺の名前は・・・。」

「どうされたんです?」

 言葉につまる俺を心配そうに見つめるペルーシャ。しかし、俺はいっこうに自分の名前が思い出せない!そして、名前どころか、過去のいくつかの記憶がすっぽりと消え去っているようで、記憶の断片だけが頭をよぎり意味をなしてくれない。こんな事は初めての経験で俺は戸惑った。

「どうやら記憶がいくつか消し飛んじまっているみたいだねぇ。」

俺はサッと声のした方向に顔を向ける。

扉を開き入ってきたのは初老のおばあちゃんだった。

「あなたは・・・?」

「私はマーガレット・リリイ。この子の親代わりだよ。」

「ペルーシャの・・・。」

「ああ。よろしく。」

「こちらこそよろしくです。」

しわがれた声に俺はそう答えたがそれよりも気になることがある。

「で、マーガレットのおばあちゃん。」

「なんだい?」

「さっきのってどういう意味だ?記憶が消し飛んでるとかなんとか。なにか知っているなら教えてくれ!」

前のめりになって真剣に俺は彼女にそう聞いた。

すると、彼女は「まあ、落ち着きなさい。」そう言って苦笑し、ペルーシャも逸る俺の肩に手を添え目だけで「大丈夫」と伝えてくる。俺はあまりにも焦りすぎたらしい。

「落ち着いたかい?」

「ああ。取り乱して悪い。」

「いいや、悪くなんてない。誰だって記憶を失うのは怖い。」

ニコッと優しく俺にほほえみかけてくれるマーガレットのおばあちゃんは見ていて不思議と安心できた。

「まず、私の知っている事はそれほど多くはない、と先に断っておくよ?その上で話を聞いておくれ。」

念を押すようにそう言ったおばあちゃんに俺はうなずく。

「分かった。」

それを見たおばあちゃんも頷き返し、語りを始める。

「あれは昨日の朝方。私とこの子は丁度そのとき王都ヴァルハラからの帰りでユスティーナ高原にさしかかっていた。夜行の馬車だったからこの子は熟睡していたんだけど、私はどうにもあまり眠れなんだ。じゃから、ぼんやりと外の景色を眺めておったんじゃ。すると、どうだ。高原の真ん中にフラフラとおぼつかない足取りで歩く男が見えてきた。それがお前さんだった。いつ倒れてもおかしくないぞ、という私の予感は数秒後見事的中した。お前さんがまるで崩れるように倒れたのだ。私は馭者に指示を出しすぐさま倒れたお前さんの元へと向かわせた。死んではいない。それが分かった私は大急ぎで、お前さんをこのウチに運び傷を治す手当を始めた。だが、傷はどれも深く治療は困難を極めた。そして色々とお前さんの体を調べて分かったんだが、どうやらお前さんの脳は極度の疲労と、魔力の枯渇によって酷く傷ついていた。なにをすればここまで酷く傷つくのか、と思うほどにじゃ。勿論、私たちもなんとかそれも治療できないかとがんばってはみたんだが、お前さんの体の傷すらも完全に治すことすら叶わなんだ。堪忍しておくれ。」

申し訳なさそうに謝るおばあちゃんに俺はゆるく首を振った。

「いや、謝ることはない。傷を治してくれただけでも感謝している。」

「そうかい。そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとうね。これが私の知っているすべてだよ。」

嬉しそうに笑うおばあちゃんの顔はやはりペルーシャに似ている。正確にはペルーシャがおばあちゃんに似ているのだがどちらでも良かった。

だが、困った。自分の名前も思い出さないとなると、かなり日常生活に支障が出てくる。名前ぐらいはどうにか思い出さねばなるまい。うーん、と思案し必死に思い出そうとするがいっこうに思い出せず、ため息が漏れる。そんな、俺の様子を見かねたのか、おばあちゃんが「そういえば。」と言った。

「そういえば、お前さん、寝言で俺はマオウだ、などとつぶやいておったぞ。」

「マオウ?」

うむ、とうなずいたおばあちゃんはいかにも妙案を思いついた、というような口調で提案する。

「だから、とりあえずここにいる間はマオウと名乗るのが良いのではないかえ?」

「それがいいと思います。マオウさん。」

ペルーシャも両手を合わせて賛同する。確かに、俺がこのまま名前を思い出せずにいれば、皆困るだろう。しかたない。とりあえず、これからは自分のことを「マオウ」とそう呼ぶことにしよう。

「分かった。俺の事はマオウと呼んでくれ。」

こうして俺の名前はマオウと決まった。

「だが、もう一つ気になることがあるんじゃが・・・。」

言いづらそうに口ごもるおばあちゃんに俺が聞く。

「なんだ・・・?」

「おぬしの右目それはなにかの呪いが掛かっておる。それに心当たりはないのかえ?」

「右目・・・。」

隣にあった姿見で自分の右目を確認した。すると、そこには眼球はなく、真っ黒い何かが渦巻いていた。

「な、なんだこれ・・・。」

俺は右目を手で押さえるが何も思い出せない。俺はゆっくりと首を振る。

「残念ながらなにも思い出せない。」

心配そうに俺を見つめる二人だったが、俺がそれほど取り乱していないことに安心したようで顔を少し綻ばせて言った。

「そうか。なら良いんじゃ。しかし、その右目を露出したままだとなにかと不便じゃ。そのお気に入りらしき帽子も部屋の中では使えないじゃろう?ほれ、これを付けなさい。」

そう言っておばあちゃんがくれたのは黒い皮の眼帯だった。受け取るとしっとり肌になじむ感じが気に入った。

「ありがとう。ありがたく受け取るよ。」

「そうかい。役に立てば嬉しいよ。」

俺は受け取った眼帯を早速付けて見ると不思議としっくりときた。姿見でずれていないか、おかしなところはないかを確認した。自分の黒髪にその黒い眼帯はよく似合っているように思える。

「それじゃあ、マオウさん。これからは私たちのことを家族だと思ってくださいね?」

「家族・・・。」

「はい!家族です。」

「だけど、俺は獣人でもないし、ましてやこの国のものでもない。そんな奴がこの家にいても良いのか?」

 彼女は優しく微笑み、俺の手を自らの両手で包み込んで言った。

「はい。種族なんて関係ありません。今、この瞬間から私たちは家族です。これからよろしくお願いしますね。マオウさん?」

「ありがとう。ペルーシャ。」

不覚にも少し涙を流しそうになっていたが、俺は意地と根性でなんとか笑顔を作った。

そんな俺たちの姿をなにも言わずに見守っていたマーガレットのおばあちゃんだったが、「そうだ。」と言って扉を開く。

「そうだ。マオウさん。お腹すいているじゃろう?今、丁度おかゆ作っていたから持ってきてやるね?」

「あ、私も手伝うよ。マオウさんはちょっと待っててね?」

くるりとターンして片目をつむるペルーシャが可愛すぎて「おう。」としか答えられない俺。彼女はそんな俺のそっけない返事に気を悪くした様子もなくタタタ!と駆けていく。白いしっぽがフリフリと揺れていた。

 

俺は二人の退出を見送ると不思議な感慨に囚われていた。

記憶を失ったその代わりに家族ができた。自分の存在が自分ですらわからない自分の事を「家族」だと言ってくれる人に出会えた。奇跡だ。自分はこの世で一番の幸せ者だ。今は素直にそう思える。扉の向こうでは楽しそうにペルーシャとマーガレットおばあちゃんがしゃべる声が聞こえる。お粥ができれば彼女達はすぐにこの部屋に戻ってくるだろう。

 ここで泣いてしまえば彼女たちに心配をかけてしまう。だけど、俺は胸の内にこみ上げてくる何かをこらえきれず、静かに一粒だけ。たった一粒だけ、人知れず大粒の涙を流したのだった・・・。

 

 




いかがでしたか?
次回からはケモミミ王国の開拓編に入りますのでよろしくお願いします!笑笑


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アマルニ王国

第三話です。
手前味噌ですが、ペルーシャちゃんの可愛い感じを存分に感じていただけるお話になったと思います。まじめで少し抜けたかわいらしさを共感していただけたら嬉しいです。
拙い文章ですが暖かな目で見守ってください。
よろしくお願いします。
では、本編をどうぞ!



ガチャリという音ともに入ってきたのはエプロンを身につけたペルーシャだった。

「マオウさん。おかゆ。持ってきましたよー。」

「おう・・・ありがとう。ペルーシャ。」

「いえいえ。そんなお礼なんていりませんよ。」

 謙遜するペルーシャだが俺には喜んでいるのが丸わかりだ。なぜなら、彼女のしっぽがフリフリと左右に揺れ感情を表してしまっている。でも、彼女としては俺よりも立派な"できる"お姉さんでありたいみたいなのでわざわざ指摘するようなことはせず「そうか。」とぶっきらぼうに言うにとどまった。

 彼女は扉を閉めると、俺のすぐ隣にまで来て屈む。何をする気なんだ?と不思議に思い顔を横に向けるとそこにはスプーンにおかゆを載せ「あーん。」とほほえむペルーシャさんがいた。それに彼女は気づいていないが襟元からは小さくはない胸の谷間が全開で俺に見えている。なんだこれは!?ぐいぐいと視線がそっちに持って行かれる!もしや重力魔法の使い手か!?

 などと、冗談を唱えなければ平静を保っていられない俺は、視覚的かつ精神的安寧を獲得するべく首を横に振り断ろうと試みる。

「いや、ペルーシャ。気持ちはありがたいけどそれぐらい自分で食べられるよ。」

「ダメですよ。けが人は安静にしてなきゃ。」

「いや、でも・・・。」

「だーめーでーす。けが人はおとなしく看病されてください!」

よりいっそう目力を込めて「むん!」とスプーンを俺の眼前に突き出すペルーシャのその姿を見てこりゃダメだ。と悟り俺は諦めて口を開いた。

「あーん・・・モグモグ。あ、うまいな。これ。」

「ですよね?おばあちゃんのおかゆは世界一おいしいんですから!」

そう言ってペルーシャは得意げにほほえむので少し俺は意地悪を言う。

「あ、ペルーシャは料理できないんだ?」

「ち、違います!今日はたまたまおばあちゃんに任せただけで私もちゃんとお料理ぐらいできるんですからね?」

「へぇ~そうなんだぁ~。」

「もう!その顔は信じてませんね!」

「シンジテルヨ?」

「なんで片言なんですかぁ!」

こんななんでもない冗談を言合う幸せをかみしめながら俺はおいしいおかゆを完食した。

「ふぅー、食ったぁ。」

「いかがでしたか?」

「ああ、おいしかったよ。ありがとう。」

「お粗末様です。」

「マーガレットさんにもお礼言わなくちゃな。」

「ああ!いいですいいです!立ち上がらなくて。私が伝えておきますから。」

「そうか?」

「はい。お任せください!」

グッと腰の位置でガッツポーズの仕草をするペルーシャに俺は苦笑しながらお願いする。

「なら、お願いするよ。おいしかった、ありがとう。と伝えてくれ。」

「はい!では、お休みなさい。」

「お休みなさい。」

ヒラヒラーと手を振りながら扉の向こうに消える彼女に俺は手を振った。

パタン、という扉の閉まる音が響き、部屋に静けさが戻る。すると、腹が満たされたためか、急速に眠たくなってきた。まぶたが重くなり、次第に目を開けていられなくなる。お腹もいっぱい、部屋も暖かで、布団もフカフカ。俺はこれ以上無い満たされた気持ちで眠りにつくのだった。

 

「・・・ウさん。・・・オウさん。」

「・・・ん?」

肩を揺さぶられる感覚によって俺は目を覚ました。

「あ、マオウさん。ようやく起きてくれましたね。もう朝ですよ。」

どうやらペルーシャがベッドのすぐ隣で俺を起こそうと肩を揺さぶっていたようだ。

「ふわぁ。」

俺は大きなあくびをしながら体を起こした。

「体の方はどうですか?まだ痛みますか?」

ペルーシャは心配そうに瞳を揺らす。俺は確かめるように肩をグルグルと回してみた。

「ふむ・・・大分良くなったみたいだ。」

「そうですか!良かったです!!」

両手を組みキラキラと目を輝かせる彼女の様子に俺は少し照れくさくなり鼻頭を掻く。

「ありがとうな。ペルーシャ。」

「はい!それほどでも!」

「ところでなんだが・・・。」

「はい、なんでしょうか?」

俺が言いよどんでいると不思議そうに首をかしげる彼女。俺はポリポリと頬を掻きつつ言った。

「お風呂、貸してもらって良い?さすがに二日間も入っていないと気持ち悪くて・・・。」

「あ、なるほど。ちょっと待っててください!」

そう言い残すと彼女はタタタと走って部屋を出て行ってしまう。取り残された俺は一人呆然としていた。

しばらくすると、またタタタと走り戻ってくる彼女。ポカンとそんな彼女を見てると、ペルーシャはピシッと敬礼ポーズを取り敢然とこう言い放った。

「マオウさん!準備が整いました!」

「へ?なんの?」

「お風呂です!ささ。行きましょう!!」

嬉しそうに俺の手を取り、立ち上がらせるペルーシャ。

「大丈夫ですか?立てますか?」

「それは大丈夫だが・・・。」

「痛くありませんか?」

「ああ。」

「そうですか!ならお風呂場へご案内しますね。行きましょう!!」

「お、おう。」

 俺は彼女に腕を取られ風呂場へと連れて行かれる。うぉおお!柔らかい、ムニムニ当たってる!!バッと顔を彼女に向けても彼女は「?」という顔でこちらを見つめ、その次の瞬間にはニコッと笑いかけるのみ。何でこういうときにそんな可愛い笑顔になるの!この子は!ホント食べちゃいたい!

そうこうしている間に脱衣所に着く俺たち。

「では、ここが脱衣所ですので、適当に脱いだモノはここに置いておいてかまいませんので。」

「おう、悪いな。」

「いえいえ。ではごゆっくりー。」

そう言って脱衣所の扉を閉め出て行くペルーシャに俺は首をかしげる。あんなにテンションが高いのはなんでだ?は!まさか!俺が気が付かなかっただけでめちゃくちゃ臭かったとか!?ヤバいそう思えばすべての辻褄が合う気がする。早急に体を洗わねば!!

 そう考えた俺は勢いよく服を脱ぎ捨てお風呂場に入る。すたすたと歩いて鏡の前に立つ。そして怪我の具合を一応確認した。

「ふむ。もうほとんどふさがっているじゃないか・・・動いても大丈夫そうだな。」

 俺は一人うなずくと早急にシャワーで頭をぬらしシャンプーで頭を洗い出す。ペルーシャに臭いと思われたらこれからの人生、生きていけない。

 そんな思いで一心不乱に頭を洗っていると、カラララという軽やかな音とともに風呂の扉が開く。誰が来たのか確かめるためにシャンプーを洗い流そうと考えたが、目をつむったままではどこにシャワーがあるか分からずあちこち手の感触だけで探し回っていると、後ろからクスリと蠱惑的な笑う声が聞こえ、ぎくりと背筋を凍らせる。おいおいおい。まさか今、俺の後ろにいるのは・・・。

「マオウさん。シャワーはここです。」

「ブハァ!!」

ペルーシャの声が背後から聞こえ、あまりの驚きに俺は吹き出す。だけど、彼女はそんな俺に構わずシャワーのお湯を出し俺の頭に付いたシャンプーを洗い流していく。ぎこちないその手つきに身を任せていた俺は慌てて彼女の真意を問う。

「ど、どうしてペルーシャがここに!?」

「お背中を洗い流そうと思いまして。なにか変ですか?」

「変だわ!!」

「そうですか?女の人が男の人の背中を流すのが当たり前だと思っていましたので。はい、できた。」

キュッとシャワーの栓を閉める音が風呂場に反響し、俺はおそるおそる視線をあげる。鏡に映ったのはどう見ても全裸のペルーシャだった。

「おいぃいい!!服はどうした?」

「脱ぎました。当たり前じゃないですか。服を着てお風呂に入れば服が濡れちゃいますし。」

フフン、と馬鹿にするような顔で俺を鏡越しに見るペルーシャ。今のところ俺の体に彼女の体は隠れているので、見えていないが少しでもずれればアウトだろう。

「でも、安心してください。マオウさん。」

「何がだよ。」

「バスタオルは着けていますので!」

「どや顔でそんなこと言われても説得力無いわ!!」

 俺のツッコミなど意に介さない様子で「ふっふっふ。」と誇らしげにこちらを見つめる彼女を見ているとなにか自分の方が間違っている気すらしてくる。

 当のペルーシャに目を向けると、彼女はジーと俺の背中に目を凝らして何かを見ている。

「どうした?」

「いえ、本当に傷治ってるなあ、と感心してまして。マオウさん、傷の治りすごく早いんですね。」

「そうか?」

「はい。一昨日、私たちが治療した後はこんなに傷小さくなかったですもん。驚異的な早さです。」

「まあ、確かにもうほとんど痛くないし、そうなのかもしれないな。」

そう答えた俺は遅まきながらようやく彼女の真意にたどり着いた。

「ペルーシャ。」

「はい?」

「お前、俺の傷の具合を見るためにこんなことしたんだろ?」

「ギクゥウ!!なぜそれを!」

オーバーなリアクションで驚く彼女に俺は苦笑しながら答えた。

「いや、そんだけ顔を赤くしていたら誰だっておかしい、と思うぞ。」

「はうぅう・・・そんなぁあ。がんばったのに・・・。」

両手で顔を押さえて恥ずかしがる彼女を見て俺は再度苦笑した。

どれだけまじめなんだ、この子は。自分の気恥ずかしさを押し殺し、人のためを思って行動できるなんて・・・。

俺は感心するやらまじめが過ぎることを呆れるやらでため息をつく。

「はぁ・・・。」

「呆れましたか?」

うるうるとした目でこちらを鏡越しに伺う彼女に俺は笑みを浮かべてこう言った。

「ありがとなペルーシャ。心配してくれて。」

「あ・・・いや、そんなとんでもない。」

モジモジと顔をうつむかせ恥ずかしがる彼女だがしっぽがピュンピュンと左右に動いているので喜んでもいるのだろう。俺は彼女のそんな様子をほほえましく思ったがこれ以上彼女に恥を掻かせるわけにも行かないので退室を命じる。

「もう俺の怪我は心配いらない。だからほら。もう上がれ。」

俺は鏡越しに彼女を見ながらあごで脱衣所の方向を指し示す。

すると、彼女も限界だったのだろう。ぺこりと頭を下げお礼を述べる。

「ありがとうございます。では、また朝食で会いましょう。」

「おう、ありがとな。」

「はい!ではお先に失礼します!」

喜び勇んで彼女は立ち上がる。そのとき誰もが油断していた。だからこそこの悲劇は起こってしまう。

ぺろん

鏡一面の鮮やかすぎる肌色が俺の視界に飛び込む。

そこからの記憶は無い。

 

「お、上がったのかい。湯加減はどうじゃった?」

「ええ・・・最高でした。」

「あら?、どうしたんだい、その怪我。風呂に入る前より増えてないかい?」

「ええ、ちょっとまあ、何ででしょうね!わははははー。」

「?まあいい。朝食を食べようじゃないか。」

不思議そうに首をかしげたマーガレットさんだったが、気にしないことに決めたようだ。「ふぅ」とため息を小さく吐いた俺。

「マオウさん。」

「はい!?」

耳元で小さく囁く声。俺はビクゥッと背筋を凍らせる。耳元で微かに彼女の息づかい。

「忘れましたよね?さっきの。」

「はい。わわすれまちた。」

噛み噛みでそう答えると、腕を取られ。

「ならいいです。いっしょに座りましょう!」

さっきまでの迫力はどこへやら。ニコリと笑いかけながらそんな提案をしてくる。女の子って恐ろしい・・・。

「おう。座ろうか。」

こうして皆が一堂に会し朝食を食べ始めた。今日の朝食は洋風。食パンやフランスパンなどのパンがメイン。あとはサラダやジャムなどをお好きにどうぞ、というスタイルだった。なかでも、コーンスープがうまい。超うまい。

俺が夢中になって朝食を食べていると、ペルーシャとマーガレットさんが何かを気にして話し出す。

「あれ、今日もアマミちゃんは宿直?」

「そうみたいだねえ。」

「大変ですね、衛兵隊の隊長さんは。」

「仕方が無いさ。なんたってあの巨人族が私たちの国に攻め入ろうとしているという専らの噂だからねえ。」

「え、なんだその話。」

マーガレットさんの言葉に俺は口を挟む。

「巨人族がこの国に攻め込んでこようとしているのか?」

俺の言葉に、うなずくマーガレットさん。その瞳は真剣な色味を帯びている。

「ああ。そうだ。お前さんは知らないだろうが、つい先日、魔王が勇者様によって倒されたらしいのじゃ。すると、魔王死亡の噂は瞬く間に世界各地へと広まり、残党の魔族が「我こそは次代の魔王である。」と言った具合に活動を活発化しよっての。そのご多分に漏れず、巨人族も名乗りを上げ取るのじゃ。そして、巨人族進軍の一番最初の標的は、周辺諸国の内最も戦闘力の低い儂らの国「アマルニ王国」であると言われておる。」

「そんな・・・。巨人族って言うのはやっぱり強いのか?」

「ああ。強い。その巨体は岩をも砕く堅さと強さを備え取る。歩いとるだけでも脅威じゃ。だが、幸いなことに個体数はさほど多くない。逆に儂らアマルニ王国の国民は一万人はおるじゃろう。奴らに勝つには数で勝負するしかないじゃろうて。」

「大丈夫だよ!おばあちゃん。アマミちゃんならスゴイ作戦を思いついてすぐに巨人なんて倒しちゃうよ。」

「さっきから出てるそのアマミちゃんっていうのは誰なんだ?」

俺がそう聞くと、ペルーシャは瞳を輝かせて俺に言う。

「アマミちゃんはこの国の衛兵のトップのとっても強い子です。そして、私の一番の親友なんですよ。」

「へぇ、そうなのか。どんな子なんだ?」

「えっとですね。まず、とっても可愛い子です。黒ウサギの獣人なんですけど、頭に付いてる耳とかおしりに付いてるしっぽとかがアマミちゃんにすっごい似合ってるんです。でも、アマミちゃん本人はカッコイイ女の子に憧れているらしいんですけど、そんなところも可愛いんです。」

「お、おう。そうか。ペルーシャはホントにその子のことが好きなんだな。」

「はい。大好きです!」

アマミちゃんとやらの話をするペルーシャの勢いがすごすぎて若干引き気味の俺であったが、彼女がそのアマミちゃんととても仲良しであることだけは伝わってきた。

「そうか。じゃあ、そのアマミちゃんとやらは今、どこにいるんだ?」

「えーと、この家に帰ってきていないところを見ると、たぶん見張り櫓の方にいるんじゃないかなあ、と思いますけど。」

「ふーん、そうか・・・って。え!ちょっと待って!」

「はい?」

心底不思議そうに首をかしげるペルーシャに、俺は頬を引きつらせながら尋ねた。

「そのアマミちゃんの家って。もしかして、ここ?」

「はい。言ってませんでしたっけ?」

「言ってないし聞いてないんだけど!?」

すると、マーガレットさんが笑いながら言う。

「そうじゃったな。まだ言っていなかったみたいじゃ。失念しとったわい。」

「私も完全に忘れてたよ。」

「頼むからしっかりしてくれ。」

俺の懇願に二人はクスクスと楽しそうに笑う。

「すまんな。この家はお前さんを除いて三人の住人がおる。儂、ペルーシャ、そしてアマミじゃ。」

「もう、言い忘れは無いですよね?」

「残念ながら、これで家族は全員じゃ。」

俺はその言葉を聞いてホッとする。しかし、俺はまだ見たことのない同居人がいることに興味が沸いてしまった。そのアマミにあってみたい。

「じゃあ、今日はそのアマミのところに行ってみたいんだけど、良いかな?」

「え!?じゃあ、私も行きたい!」

二人して立ち上がりマーガレットさんに聞くと、マーガレットさんは心底嬉しそうにほほえんで言う。

「いいよ。ただし、暗くなる前には帰ってくるんじゃぞ?」

「はい。」

「よろしい。じゃあ、気をつけて行ってきなさい。」

「はい。行ってきます。」

「よし、行きましょう、マオウさん!」

俺の手を引き、楽しそうに笑うペルーシャにつられ、俺も笑みを浮かべてしまう。

――アマミ・・・どんなやつか楽しみだ。

俺はまだ見ぬ同居人に胸を躍らせ、家の扉を開けたのだった。

 

 




いかがでしたか?
美少女とお風呂、美少女と朝食、美少女とお出かけ。夢が膨らみます。
作者自身の願望におつきあいさせてしまい申し訳ありませんが、共感してくれる方が一人でもいてくれたら嬉しいと思いながら書いております。
感想やお気に入りくれた方本当にありがとうございました。
これからもがんばりますので「魔王様のケモ耳ニューゲーム」よろしくお願いします。


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アマミちゃん

第四話です。
今話からもう一人美少女が出てきます。少し気の強い女の子"アマミ"ちゃんですね。
基本、今話はこの子とかペルーシャとかとのお戯れがメインになっているので気軽に楽しんでください。

あと、一言感想くれたら泣いて喜びます。
気軽に感想ください。待ってます!

では本編をどうぞ!



「マオウさん。アマミちゃんすっごく可愛いんで驚かないでくださいよ?」

悪戯っぽい笑顔で笑うペルーシャ。後ろ手に組みこちらをのぞき込んでくる仕草が彼女のスタイルの良さや体のしなやかさを伝えてきている気がして俺は少し目をそらして答える。

「そんなに可愛いのか?」

「はい。それはもうすっごいので覚悟しておいてください!」

「なんかそんなに力説されるともはや恐ろしいな・・・。」

俺のつぶやきに「いえ。」とペルーシャは否定する。

「恐ろしくはないですよ。喧嘩は強いですし、口調も少し荒っぽくて短気ですけど。」

「いや、待て。」

「はい?」

クリンと小首をかしげまっすぐに俺を見つめるペルーシャ。今の発言になんの問題があるのか、心底分からないと行った顔をしている。

そんな彼女に俺はこめかみを押さえて言った。

「それはもう可愛いではなく鬼軍曹なんじゃないのか?」

俺の問いかけに、全力で首を振るペルーシャ。

「いやいや!違いますよ!しっかり可愛いです。たとえ鬼だとしても子鬼っていう感じなんですよ。」

「本当か?」

「本当です。信じてください!」

むぅうー、と頬を膨らませ俺の目を見つめる彼女の瞳は揺らぎのないまっすぐな瞳をしている。嘘を言っているようには見えない。

「なら、まあ信じるよ。」

「信じる」という言葉の響きが照れくさく、俺は後ろ頭をがしがしと掻きながらそう答ると、パァという擬音が聞こえるほど顔を華やがせて笑った。

「えへへ、じゃあ急いで行きましょう。ダッシュで行きますよ!」

「え?」

「え?じゃないです。ほら、掴まってください。これでも私、足の速さには自信があるんで。」

手を差しだし得意げにほほえむ彼女の迫力に俺は怖ず怖ずと右手を差し出す。

「お、おう?」

ギュッと握り返してくる彼女の手は小さくて柔らかい。でも力強い手だった。

俺が手を握ったことを確認すると彼女は駆け出す。

「早く!マオウさんってば!」

「ちょちょっと待ってくれよ。」

「ふふふ、待ちませんよ。おりゃあ!」

「うわぁああ!」

明るいかけ声とともに俺の手を引き、駆けるペルーシャは心底楽しそうだ。

始めは慌てていた俺も知らず知らずのうちに笑ってしまっている。

こうして俺とペルーシャは"アマミ"のいる物見櫓へと、手を繋いだまま駆けていくのだった・・・。

 

この国"アマルニ王国"は同心円状に広がっており、大きく分けて中心部と外部の二つに地域が分かれた。

俺たちの住む家は比較的中心部で、市場や呉服店などが立ち並ぶいわゆる「都市部的」な街並みであったのに対し、外部へと近づくと、軒の低い家や酒場、風俗などと言ったいわゆる「下町的」街並みへと変化する。

街並みの変化に応じてもちろんそこにいる人の雰囲気も変わった。

中心部では、理知的で細めなタイプの人が多かったが、外部の方へと向かえば向かうほど、粗野で恰幅の良い男が増えてくる。

 そんなむさ苦しい場所であれば、普通女の人は怖がったり、嫌がったりしそうなモノだろう。

 しかし、ペルーシャは違った。

 彼女は怖がったり嫌がったりするどころか、むしろ隣で歩く俺よりも堂々と道を歩き、ときには、知合いの人を見つけてお辞儀さえした。そこの男も彼女を見ると信じられないほど丁寧に挨拶をしていったりもする。なんだか村のドン・コルレオーネといった感じの扱いだった。

 俺はそんな男達の反応に疑問を感じていたので、隣で鼻歌を口ずさむペルーシャに聞いてみる。

「なあ、ペルーシャ?」

「ん?なんですか、マオウさん?」

「ペルーシャってもしかしてここのボスなの?」

「へ?」

俺のその真剣な問いかけに間抜けな声を上げ、口をポカンと開けるペルーシャだったが、次にはおかしそうに笑い出した。

「あはは。そんな訳ないじゃないですか。」

「え。違うの?」

「はい。全然違います。私はただの村人ですよ。」

「そうなのか。じゃあなんであんなに皆ペルーシャを慕っているんだろ?」

俺が前を見ながらそうつぶやくと、横から「ふっふっふ。」と言う誇らしげな笑い声が聞こえたので顔をそちらに向けると、ペルーシャは言った。

「私の人徳ですよ。」

「へー。」

「酷い!!全然信じてませんね!?」

そう叫んだ彼女は、その小さな拳で俺の肩口をポカポカと叩く。彼女がやるとまさしく猫パンチだ。しっぽは少し怒っているのかピンと立っている。

俺は彼女の拳を二つともキャッチしてやると今度は「むう。」とほっぺを思いっきり膨らますのでさすがに俺も苦笑して謝った。

「すまん。冗談のつもりだったんだが。」

「ホントですか?」

「ホントだ。ペルーシャが良い奴だって事はこの数日でよく分かっているよ。」

「そ、そうですか。恐縮です。」

さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、と思わざるを得ないほどに照れて真っ赤になる彼女。口調はぶっきらぼうだったが、例のごとくしっぽが口よりも雄弁にうれしさを表現してしまっているのがなんとも可愛らしい。

しばらく、彼女のテレテレしている様子を眺めていた。可愛い。

すると、向けられている俺の視線にやっと気づいた彼女は「コホン」と咳払いをして居住まいを正す。

「コホン。スミマセン。取り乱しました。」

「いや、全然大丈夫。」

「そうですか。今のは照れていたんじゃありませんからね?」

「分かってるよ。」

「ホントですか?」

訝しげな視線を俺に向けていた彼女だったがこれ以上引っ張るのは逆に危険だと判断したのだろう。あっさりと話題を転換する。

「で、さっきの話しに戻ると、まあ、癪ですけどマオウさんの読みは確かに間違ってはいないです。」

「というと?」

「私の人徳と言うよりもたぶん、私の親友アマミちゃんが皆怖いんだと思います。私に無礼を働けば、たぶんあの子黙っていないんで。」

ピンと人差し指を立ててそう解説する彼女はどこか誇らしげですらある。

だが、待て。

あんな屈強な男達が恐れをなすような子ってそれってやっぱり・・・。

「それってやっぱり、アマミって子。鬼軍曹なんじゃ・・・?」

「誰が鬼軍曹だ!!」

「うぉ!」

すぐ後ろで大声が聞こえ、俺は思わず飛び退いた。

俺は「誰だ、こんな大声出すのは?」と怪訝に思っていたのだが、隣にいたペルーシャは突然目を輝かせてこう言った。

「アマミちゃん!」

その声にそいつも手を上げて答える。

「よお、ペルーシャ。」

「もう、なんで帰ってきてくれないの?心配してたんですからね?」

「ごめんごめん。ちょっと忙しくってさ。」

いかにもペルーシャと仲よさげに会話している少女には黒いうさ耳が生えていた。

それにおしりには白く丸いしっぽも。

かっこいい、とペルーシャは言っていたが、確かに彼女はかっこよかった。

 

全体的に黒色で統一されたファッション――ファー付きの皮のジャケットにへその見える短めのシャツを合わせ、下には短めのホットパンツを履き惜しげも無くスラリと長い脚をさらしている。

髪はショートカット――艶やかで、美しい髪色をしていた。

 

どうやらこの子が俺の探し求めていた同居人"アマミ"であるらしい。

 

俺はペルーシャと仲良く話している彼女に勇気を持って話しかけてみた。

「あんたが、アマミで良いんだよな?よろしく。」

「誰こいつ?」

人差し指で俺を指しながらペルーシャに尋ねるアマミ。

まあ、俺の事を知らなくて当然なのだが、あまりにもそっけない態度だと思わざるを得ない。

だけど、ペルーシャはアマミのそんな態度を全く気にしていない様子で答えた。

「えーと、紹介まだだったね。こちら、マオウさん。ちょっと前から私たちの家族になったんだよ。」

「こいつが家族だって!?なんで?」

驚きをあらわにするアマミ。そらそうだわ。家族が知らない間に増えていたら普通驚く。

その辺の常識はペルーシャよりもあるようだと分かって、俺は少しばかり安心していた。

俺が感心していると、ペルーシャは俺がユスティーナ平原で倒れていたことや、記憶を失っていることを手短に説明した。

「ということなんだよ。だからアマミちゃんもマオウさんを家族だと思って生活すること。良い?」

ペルーシャが念押しするようにそう言うと、アマミはトコトコと歩いて俺に近づき胸ぐらをつかんだ。そして。

「うちのペルーシャのこと泣かしたりしたら私が許さないから。」とドスのきいた声で脅してくる。

俺はあまりにも鋭い彼女の視線にひるみそうになったが、できるだけ目をそらさないようにしてこう言った。

「そんなことはしないよ。ペルーシャは仮にも命の恩人。恩を仇で返すようなことは俺はしない。」

俺とアマミの視線が交錯する。一秒、二秒、が永遠かのように長く思えた。

アマミは相変わらず鋭い視線を俺に向け続けていたが、不意に破顔する。

「あははは。マオウ。あんた面白いな。」

「そうか?」

「おう。私の視線にビビらないでそんな言葉言った奴あんたが初めてだぜ。」

「いや、内心めちゃくちゃビビってたけどな。」

「でも、目をそらさなかったじゃねーか。」

「まあ、そりゃ大事な事を言うときには目をそらさないようにするのが普通だろ?」

「そっかそっか。マオウ。あんた意外に根性あるんだな。気に入ったぜ、私。これからよろしくなマオウ。」

アマミは無邪気な笑みを浮かべ、手を差し出してくる。俺もその手を取って言った。

「ああ、よろしく。アマミ。」

こうして俺はアマミと握手を交し、同居人兼家族の全員と面識を持つことができたのだった。

「さて、マオウさんの紹介も終わりましたけど、どうします?」

「あ、そうだ。アマミに聞いておきたいことがあるんだった。」

「うん?なんだ?」

腰に手を当てて首をかしげるアマミ。

「巨人族対抗戦。俺にも参加させてくれないか?」

「なに?」

俺の言葉に再び視線を鋭くとがらせるアマミ。

「マオウ。お前それがどういうことか分かっているのか?戦場にでれば死ぬかもしれないと言うことなんだぞ。」

「ああ、分かっている。その上で言っている。」

俺の真剣なまなざしに何かを感じたのだろう。アマミは呆れたように言った。

「マオウ、お前私がもし許可を出さなかったら単独でも戦う気だろう?」

「そうだ。」

「はあ。」

深くため息をつくアマミだったがすぐに笑顔に戻って言った。

「しょうがない。私の戦力に加えてやるよ。一人で犬死にされるより、私の作戦を遂行する戦力としてこき使った上で死んでもらう方が遙かに有益だしな。」

「ありがとう。」

「いや、礼なんていらねーよ。それにしても、お前もペルーシャに負けず劣らずのまじめだな。どうせ、私たちに恩義を感じているからそれを果たしたい、とか思ってるんだろ?」

「な、なんでそれを!?」

俺が驚くその様子を、ヤレヤレ、と両手を上げ、首をふるジェスチャーで呆れるアマミ。

「そんなのすぐに分かるぜ。マオウもペルーシャもわかりやすいことこの上ないからな。」

「そんな。」「え、嘘ですよね?」

俺とペルーシャは信じられない思いから唖然としている。

アマミは俺たち二人を「分かってなかったのか?こいつら馬鹿か?」とでも思っていそうな目つきでこちらを見ていたが、ふわぁ、と大きなあくびをするといかにも眠たそうな声で言う。

「ま、いいや。とりあえず家に帰ろうぜ。私もさすがに疲れたし。」

スタスタと歩いて行ってしまうアマミに俺とペルーシャは「ねえ、アマミちゃん。今言ってたことホント!?私ってそんなにわかりやすい?」とか「俺はわかりやすくないよな?な?」などと聞きながら、アマミの隣を付いていくのであった。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
アマミちゃんの侠気が見られる回をどこかに設けようと思っています。
楽しみにしていてください。
最近思います。やっぱりケモ耳は可愛い。
自分ではイラストを描いたりしてみていますが、なかなかうまくいきませんね。
優しい方、ペルーシャの絵書いてくれたら嬉しいです。

感想を一言でもいいのでくれたら嬉しいです。
ではまた次話でお目に掛かりましょう。
see you !


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災厄の始まり

第五話です。
タイトルの感じからして分かるかと思いますが少し、ラブコメはなりを潜め、過去のお話へと移行していきます。
アマミ、ペルーシャの過去がどのようなものだったのか楽しみにしていてください。

また、感想や評価、レビューいただけたら嬉しいので気軽にください。
よろしくお願いします。
では本編です。どうぞ。


「たっだいまぁ~。」

ペルーシャはご機嫌でリビングの扉を開いた。

「おや、お帰り。ペルーシャ。それにアマミ、マオウさんも。」

「ただいま。」「ただいまです。」

アマミも俺も出迎えてくれたマーガレットおばあちゃんにただいまを言う。

「アマミ、連日の勤務で疲れておるじゃろう?お風呂焚いておいたから入りなさい。」

「え、嬉しい。ありがとう。おばあちゃん。」

少し照れたようにお礼を述べるアマミ。

その様子からは、先ほどまでの鬼軍曹的雰囲気はまったく感じられず、俺は少し驚いた。

アマミもどうやらおばあちゃんのことが大好きらしい。

「私もいっしょに入る!!」

「ああ、いいよ。」

ペルーシャがアマミに飛びつきながらそう言うと、アマミはその提案を意外なほどあっさりと受け入れた。

「アマミちゃんとのお風呂楽しみ~。」

「この前もいっしょに入ったじゃないか?」

「ムフフ。何度でもアマミちゃんとのお風呂は新鮮なのです。」

「おい、また変なこと考えてるんじゃないだろうな!?」

「おっふろ、おっふろ、おっふろ~。」

「おいペルーシャ!?ペルーシャ~。」

アマミの悲痛な叫びは残念ながら届かない。

あのペルーシャ特有の強引さで、アマミはお風呂へと連行されていってしまう。それを側から見ていた俺は心の中で合掌していた。アマミご愁傷様です。

すると、自然俺とおばあちゃんだけが取り残される形になってしまった。

俺はなんとなく困ってしまい、おばあちゃんに目を向ける。

おばあちゃんはそんな情けない俺の心境を察したのか、たおやかな笑みを浮かべて「紅茶でも飲むかい?」と聞いてくれたので、俺も「はい。」と答えた。

 

「あ、すみません。ありがとうございます。」

おばあちゃんが紅茶を淹れてくれたので俺は礼を述べた。

「ミルクはいるかい?」

「いえ、大丈夫です。」

「そうかい。」

おばあちゃんが向かいのテーブルに着いたのを見て、俺は紅茶の入ったカップを口へと運ぶ。

「あ、美味しい。」

思わずそんな感想が口からポロリと漏れた。

「ふっふ。そりゃ良かった。」

嬉しそうに目を細め、俺同様紅茶に口を付けるおばあちゃんの所作はゆっくりとしていてどこか気品を感じる。

まるでどこかの貴族のような美しい所作だった。

「どうだい。ここの生活は。気に入ったかい?」

コトリとカップをソーサーに置きそう尋ねてくるおばあちゃん。

「はい。気に入りましたよ。街並みは綺麗だし、街の皆も優しい。まあ、外部の方に住んでいる人たちは少し怖いですが。」

「はっはっは。正直じゃの。でも、あいつらもそう悪い奴じゃない。仲良くしてやってくれ。」

「ぜ、善処します。」

俺のそんな反応を見て再度笑みを溢すおばあちゃんに、俺も苦笑した。

 

それにしても、あの外部の屈強な男達をも震え上がらせている存在こそが、今ペルーシャと仲むつまじくお風呂に入っている、あのアマミだという事実には驚くしかない。

 

彼女は、見た目だけで言えば、文句なしの美少女。

うさ耳や丸いしっぽは彼女の愛らしさを上げこそすれ、恐れられるいわれはないはずである。

なのに、その可愛らしい容姿をもってすら、恐れられるなんて。

なにをしたらそれほどまでに恐れられるのか想像も付かない。

それに、先ほど言ったとおりアマミはウサギ系統の獣人だ。

対してペルーシャとおばあちゃんは白猫系統。

もしかしなくても、彼女達が本当の家族でないことは明らかだ。

彼女が恐れられる所以はそれも関係するのかもしれないな。

 

そこまで考えた俺は「あれ、なんでこんなにアマミのことが気になっているのだろう?」と疑問に思っていた。

 

「アマミのことかい?」

「え・・・。」

おばあちゃんの言葉に俺はどきりとした。

まさかこのおばあちゃん、心読めるのか?

「心を読んだとか思っているのかい?」

「え!?まさか本当に?」

「はっはっは。違うよ。あんたがわかりやすすぎるのさ。マオウさん。」

「え・・・。」

「顔に出とったよ。アマミのことを考えているとな。」

「うそだろ?」

「ホントじゃホント。」

はっはっは、いかにも楽しそうに笑うおばあちゃん。

アマミにも言われたがそんなに俺ってわかりやすいのかな?

アマミのこと考えてるとかばれるのって結構恥ずかしい。

顔が少し熱くなってきたのを感じる。

「あの子の事が気になるのかい?」

おばあちゃんがキラリと光る瞳で俺を射る。

あまりにも図星過ぎて俺は正直に答えてしまう。

「う・・・はい。」

「そうかい。それもそうじゃろうな。お前とアマミは境遇が似ている。」

「似ている?」

「ああ、そうじゃ。」

深くうなずいたおばあちゃんは口を重々しく開き言った。

「あの子には両親がいない。」

おばあちゃんが真剣なまなざしで俺を見る。

その目は大きくて青い。

今更だが、おばあちゃんの目はペルーシャの目によく似ている、と思った。

「そうなんですか・・・。でも、なんで?」

「亡くなったんじゃよ。さきの世界大戦でな。」

「世界大戦・・・。」

「そうじゃ。この世界は、大まかに言って二つの勢力に分かれとる。勇者軍と魔王軍じゃな。これぐらいは覚えておるんかいな?」

「いや・・・申し訳ない。」

俺のそんな様子を見て、優しくほほえんだおばあちゃんは話を続ける。

「そうか。なら、儂の知っとるすべてを話そうかの。そうじゃのお。どこから話そうか。そうじゃあれはまだ、ペルーシャが10歳のころじゃったか・・・・。」

おばあちゃんの声は低く、でも滑らかで、聴いているとなぜか落ち着く。

そのおかげか俺はそこから語られた話をすんなりと受け入れるはことができた。

おばあちゃんの話はこうだった。

今、ペルーシャは15歳になったばかりなので、今からかれこれ五年前。

ここの家にはおばあちゃん、ペルーシャの他に、ペルーシャの両親もいたらしい。

それはそれは、もう一人娘のペルーシャをみんなで可愛がり、事あるごとに彼女のことを甘やかしていたらしいのだ。

そして、今でこそまじめでしっかり者のように振る舞っている彼女だが、当時、彼女は今からは考えられないほどの甘えん坊でわがままな子だったらしい。

でも、そのワガママさや甘えん坊な様子もおばあちゃんや両親には、決して疎ましいものではなかった。

むしろ、たまらなく可愛らしいものに映っていたそうだ。

 

とびきり可愛い一人娘を愛するその両親と祖母。

そんなありふれた幸せな家庭。

それが当時のリリイ一家であった。

 

当時のリリイ一家には仲のいいご近所さんがいた。

そう、その家こそがアマミの家だった。

 

どうも、アマミの両親はアマルニ王国の理事を務めているかなりお偉い方だったみたいだ。

そんな両親はペルーシャのおばあちゃんをたいそう慕っていたようで、相談事によく来てくれていたらしい。

おばあちゃんによると、本当に色んなことを相談されたみたいだ。

どの大臣を支持するべきかとか、国の政策はどのようなものがいいか。

そんな大きな物事の意見を求められることもあれば、家の花壇には何を植えたらいいのか、アマミにどんなプレゼントを買ってあげようかなどという瑣末なことに至るまであらゆることを相談してくれたらしい。

それほどにアマミの両親はおばあちゃんを信頼していたし、おばあちゃんからすればそれが何よりの楽しみだった。

そして、それはアマミの両親も同じだったようだ。

毎日のように両親がリリイ一家を訪れるので、必然、その子供達であるアマミとペルーシャの仲も良くなっていった。

始めはまったく違う自分たちの外見に戸惑っていたみたいだが遊んでいる内に自然と仲良くなっていたようで、誕生日にはお互いプレゼントを渡し、ある時にはケーキをいっしょに作ったりもしたみたいだ。

あまりにもいっしょにいる時間が長くなったので、みんなからは黒白姉妹、と呼ばれていたらしい。

もちろん、ペルーシャの白色の髪とアマミの黒色の髪のせいだ。

 

実際、二人は姉妹ではないのだが、でも、姉妹と呼ばれるほどに彼女たちは仲がよく、お互いのことが大好きだった。

 

そんなある日、巨人族に街が襲われた。

当時まだ勇者軍と魔王軍の中立的な立場にあったアマルニ王国は彼らにとって邪魔な存在であったのだ。

 

その襲撃が起きたときも、アマミの一家とリリイ一家はいっしょにいた。

カンカンカン!という鐘の音が物見櫓の方から聞こえてきた。

「ママァ・・・なにこの音。なにが起きてるの?」

「怖いよ・・・ママ。」

ペルーシャもアマミも震え上がりお母さんにしがみついていた。

「大丈夫よ・・・ペルーシャ。ママが守ってあげるからね。」

「アマミもよ。あなたのことは絶対私たちが守るから。」

母は我が子を守るようにギュッと、ペルーシャとアマミそれぞれを抱きしめていた。

 

一方その頃、外部では巨人の襲撃がいっそう激しさを増し、精鋭部隊である衛兵隊は壊滅。

着実に街は破滅へと向かっていた。

しかし、高度な情報伝達用の魔法も発達していなかったため、それを中心部の者達が正確に知りうることは不可能であった。

 

そんな時、家の扉を叩く音が響く。

ドンドンドン ドンドン

「リリイさん!開けて貰えますか!?リリイさん!」

そんな叫び声が聞こえたので扉を開けるおばあちゃん。

そこに立っていたのは、顔面蒼白な衛兵だった。

「なんじゃい。外ではなにが起きておるんじゃ?」

「それがですね。今外部付近の街では巨人族の襲撃に遭っております。」

「なんじゃと!?それは本当かえ?」

「はい!本当です。私がここに来たのはそれ故です。ここにアルフレッド・リリイさんはおられますか?」

「ああ、いるぞ。俺はここだ。」

アルフレッド・リリイはペルーシャの父。

ペルーシャの父は衛兵隊隊長を務める猛者であった。

しかし、今日は数少ない非番だったため、貴重な時間を家族と過ごしていた。

 

だが、アルフレッドは騒動を悟るや、すでに武装を整え、覚悟を決めていた。

「行くぞ。」

「待ってください!!」

そう叫んだのはペルーシャの母だった。

「私も行きます!あなたを一人でなんて私できません。」

「サーシャ!何を言っているんだ。お前は子供達とここにいろ!」

「嫌です!」

「サーシャ!」

「あなたは知っているでしょう!?私の治癒魔法はこの街で一番だって。私が行けばあなたも、他の多くの衛兵隊員も助かるかもしれない。」

「そうかもしれない。だが、お前に俺は死んでほしくないんだ!」

「私だって同じです!!私だってあなたに死んでほしくない!」

「なら、子供達はどうするんだ!お前が守らなくていったい誰がまもる?」

「私が守ります。」

そう答えたのはアマミの母サラ・カーティスであった。

「サラさん・・・。」

「サーシャの気持ちを汲んであげてください、アルフレッドさん。彼女の高潔で純粋な心をあなたは十分知っているはずです。彼女がどんな思いで言っているか、あなたが一番分かっているでしょう?」

強い意志のこもったまっすぐな瞳でアルフレッドを見つめるサラ。

そこにはなんの迷いも、焦りもなく、ただただ純粋にサーシャとアルフレッド、ひいてはこの国の将来を憂う心が現れていた。

サラのその瞳を見たアルフレッドはしばらく目をつむり何かを考え込んだ。

しかし、その次の瞬間には覚悟を決めていた。

「分かった。行くぞサーシャ。」

「ええ。行きましょう。」

サーシャは抱きしめていたペルーシャのおでこにキスをしながら言う。

「ペルーシャ。ごめんね。ママ行かなきゃならないの。」

「ママァ・・・・。」

ペルーシャが涙をいっぱい浮かべてそう言うとサーシャは優しくほほえんで言った。

「サラおばちゃんが守ってくれるから、ね?」

「サラおばちゃんが?」

「そう。」

「なら、我慢する・・・。」

「良い子ね・・・。」

サーシャはそうつぶやいてもう一度軽く口づけをした。

「では、うちの子達を頼みます。サラさん。」

「ええ。私の命に代えても必ずこの子達は守り抜きます。安心してください。」

「はい。お願いします。」

サーシャとサラの視線は交錯し、そこには言葉を用いずともつながっている何かがあった。

アルフレッドの元へと歩いていくサーシャ。

もう一人アルフレッドの元へと向かう人影がある。

「ヴァンさん。」

「ええ。私も同行させてもらいますよ。」

それはアマミの父ヴァン・カーティスであった。

アマミの父は理事であることで知られているが、保有する魔力量に卓越した魔法の使い手でもある。

「ヴァンさん。確かに、あなたが来てくれれば千人力だ。だけど・・・。」

「ああ、言わないでください。アルフレッドさん。私が理事の仕事さぼろうとしていることは。今、私の心はあなた方に力を貸したい、と叫んでいるのです。どうか、お願いします。私の力を貴方たちに。そしてこの国のために使わせてください。」

アルフレッドは苦笑して言った。

「あなたにそこまで頼まれれば仕方ない。」

「ありがとうございます。」

「よし、では行くぞ。皆!」

「おう!!」

こうして三人はマーガレットおばあちゃんの家を飛び出していくのであった・・・・。

 

 




いかがでしたか?
ここからは、アルフレッドやサーシャ、ヴァンのお話が続きますがよろしくお願いします。

少しで良いので感想ください!おねがい!!
ではまた、次のお話で会いましょう。
see you!


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蠢く闇 前編

第六話です。
前編と書いてある通り今回で話は終わらず、次話に続きます。
今回はバトルシーンが多いお話です。
楽しんでもらえたなら嬉しいな笑笑
では、本編をどうぞ!


巨人襲撃の知らせをリリイ一家に伝えた私は今、アルフレッド隊長、サーシャ、ヴァン、私の四人で巨人襲撃地点へと向かっていた。

 

すると、まもなく前方に無数の煙がたなびく姿を確認する。

どうやら、私がいた頃よりもかなり巨人に押し込まれ、進行を許しているようだ。

その証拠に、市民はパニックになり、私たちが走って行く方向とは逆――中心部の方向へ、我先に!と走り去っていく。

中心部にほど近いこの場所でさえ、すでに集収が付かなくなっていた。

 

すると、その逃げ惑う市民の様子を見たアルフレッド隊長は歯を食いしばり叫んだ。

「クソ!!副隊長のあいつはなにをしているんだ!。」

現場の指揮権は隊長不在の際には副隊長へと移行する手はずになっている。

彼が信頼する副隊長の指揮下で、これほど混沌とした現状が生まれていることが信じられないのだろう。

おそらく誰もが目の前の光景を信じられなかったのだと思う。

 

しかし、「なぜここまで巨人の進行を止められなかったのか」「これほどまで統制が取れていないのか」という一同のいずれの疑問にも答えうる原因を私は知っていた。

それは本来であればそれは先程隊長に報告するべき最優先事項であった。

しかし、情けないことだが、隊長夫婦の舌戦に臆し言うべきタイミングを逸してしまっていた。

 

だが、隊長の悪態を耳にしてようやく、先ほどまでタイミングをつかめず伝えられなかった事実を私は口にすることができた。

「誠に残念ながら、副隊長はお亡くなりになりました。」

「なに!?」「え!?」「な・・・!?」

三人の驚きの声が重なる。

なかでも、アルフレッド隊長が驚いたように振り向き私を見るので、副隊長の遺言を伝える。

「そして、隊長にあとは託した、ともおっしゃっていました。」

その一言に、大きく目を見開いたアルフレッド隊長。

しばらく、言葉が出なかったようだが。

「あいつ、勝手なことを・・・!」

そう吐き捨てるようにつぶやいたアルフレッド隊長は、あまりにもやりきれない思いで顔をしかめた。

 

聞いたところによると、アルフレッド隊長と副隊長ことガーディ・コニッチは旧知の仲だったらしい。

衛兵の訓練兵時代から同じ釜の飯を食い、同じ教官の下でどやされながら、ここまで上り詰めた親友だったのだ。

それがこれほどあっけない死になろうとはアルフレッド隊長も思っていなかっただろうし、この知らせを聞いて、最も悲しんでいたのは疑いようもなく、アルフレッド自身だったはずだ。

 

だが、百戦錬磨の戦士は仲間の死を嘆き悲しむことはしない。

憤りも悲しみも、すべてを戦う力に変えていかなくては、今度は自らがその屍になることを知っているからだ。

 

アルフレッド隊長は素早く胸の前で十字を切り、目をつむる。

彼が祈りを捧げたのはほんの一瞬だった。

まぶたをゆっくりと持ち上げるアルフレッド隊長。

その瞳にはメラメラと燃える憎悪の炎が宿っているように見える。

そして、開かれた彼の眼はすでに戦地を見据えていた。

「シュタイン!」

「はい!」

自分の名前に短く返事をする。

「では、今、部隊の指揮を執っているのは誰だ?」

アルフレッド隊長の声に素早く私は応えた。

「クフ・トニックです。」

「あいつか・・・。あいつなら、うまく俺たちが来るまでの時間稼ぎをしてくれているだろう。よし、急ぐぞ。」

「は!」

アルフレッド隊長は更に速度を上げてかけていく。

その後ろを私、サーシャ、ヴァンの順に続く。

 

警鐘の音が近くなってきた。

ツンとした鉄の匂いが私の鼻を微かに刺激する。

空は夕焼けのように青からどす黒い赤へとグラデーションをなしていて、なにか自分の運命を暗示されている気分になる。

 

――嗚呼・・・・この地獄に私はまた戻っていくのか。

 

そんな乾いた諦念が私を捉える。

そのときの私は自らの運命をすべて悟ったようにも感じていた。

 

だけど、まだ私の心はかろうじて死んではいなかった。

絶望という暗闇にあってもなお消えぬ希望であり進むべき道を照らす光。

それが、私にとってはアルフレッド隊長であり、このともに駆けるメンバーの頼もしさだけが、私の弱い心を支えていたのだ。

 

――まだだ。まだ私たちは終わっていない!

 

私は心の中でそう叫び、自分の弱さを振り払うように、強く、強く戦場へと駆けていった・・・。

 

 

 

 

――やはり大きい・・・!

 

あまりの、驚きと恐怖でその程度の言葉しか出てこない。

外部周辺の建物は軒が低いとは言え、五メートルほどはあるのだが、その建物の屋根は巨人達の腰ぐらいの高さしかなく、巨人達の屈強な上半身が見えるだけで五体ある。

 

あれが私たちに倒せるのだろうか?

私たちは殺されるのではないだろうか?

 

そんな悪いイメージばかりが頭に去来する。

私はそれらを振り落とすために、頭を軽く振る。

とりあえず、今やらなくてはならないことを把握しなくてはならない。

 

そう考えた私はアルフレッド隊長に提言した。

「まずは、クフさんのところに合流しなくちゃいけませんね?」

「ああ、そうだな。シュタイン。どのあたりにいるか、分かるか?」

「おそらく、最終防衛ラインで指揮を執っていると思われます。まずはそこにむかって見るのが良いかと。」

私の推測に納得したアルフレッド隊長はうなずく。

「分かった。そうしよう。サーシャ、ヴァン!」

「「はい!」」

「あの一番手前の巨人のところへ向かう。しっかり付いてこい!」

「「はい!」」

サーシャさんとヴァンさんも大きな声で返事をする、と速度を更に上げる。

二人とも、ウサギ、猫系統の獣人なので魔法を使わずともとんでもない速さだ。

一瞬の加速で私は彼らの最後尾に追いやられる。

だが、私も足の速さには覚えがある。

なんとかこうとか彼らの速さに付いていき、クフさんのもとへと急いだのだった。

 

私たちがクフさんのもとへたどり着いたとき、クフさんが丁度一体の巨人の頭をすっ飛ばしたときだった。

「うわっ!」

巨人の頭がすぐ近くに落下したため、私は思わず声を上げてしまう。

巨人の頭部はグシャリ!という音を立てて、つぶれた。

クフさんは刀に付いた巨人の体液を左右に振り払い、鞘に収めると、そこで初めて私たちに気がついた。

「おお!アルフレッドじゃないか!よく来てくれた!」

「クフこそ。よくこらえてくれた。」

二人は握手を交わす。

さわやかな笑みを浮かべるクフさんは男らしかった。

だが、もちろんそのクフさんの頭にもケモ耳が生えている。

グレーの毛並みで、鋭くとがったシェイプ。

そう、彼はオオカミ系統の獣人だった。

オオカミは私たち獣人の中では最も上位の存在で、先ほど、巨人の頭をすっ飛ばしたことカラも分かるとおり、オオカミ系統の個体は戦闘力が底抜けに高い。

戦闘能力で言えば、クフさんに勝てる者は、そこにいるアルフレッド隊長ぐらいだろう。

 

つまり、今の戦力のナンバーワンとナンバーツーがここに集っているのだから、心強くないわけがない。

私は今になってようやく「勝てるかもしれない」と思うようになっていた。

 

アルフレッド隊長とクフさんは短い間にいろいろな情報交換を行い、今は戦況の整理をしている。

「じゃあ、もはや残存している兵士はたった百人もいないというのか?」

アルフレッド隊長の問いにクフさんは悔しそうな顔で答える。

「ああそうだ。ガーディが死んだのが本当に痛かった。それを聞いた兵士の士気ががくっと下がってしまったからな。」

だがアルフレッド隊長はぴくりとも表情を動かさないで聞いた。

「では、お前はどうやってそれを立て直した?」

その隊長の淡々とした様子にクフさんもすぐに答える。

「三体ほど巨人どもを屠ってやっただけだ。」

その答えを聞いたアルフレッド隊長は初めてニヤリと笑みをうかべた。

「なるほど、ようは暴れただけか。」

クフは嬉しそうに笑う。

「結局それが一番手っ取り早い。」

その言葉になにか納得したようなそぶりを見せたアルフレッド隊長は次の行動について指示を出した。

「なるほど・・・ならお前はそのまま隊全体を指揮せよ。」

「了解。では、隊長殿は?」

クフの楽しそうな問いかけに、アルフレッド隊長はどう猛な笑みで答えた。

「俺は隊の士気を挙げてくるよ。」

クフは面白そうに笑う。

「それ、お前がただ暴れたいだけじゃねーか。」

「そうとも言う。」

くるりときびすを返した隊長は、鞘からスラリと長い長剣を抜きはなつ。

金属独特の凜とした音が高く響いた。

 

アルフレッド隊長はその長剣をダランとぶら下げ、こちらに目だけを向けて言った。

「俺があいつらに突っ込む。お前達も付いてこい!!」

「「「はい!」」」

私たち三人は短く返事をし、駆けだした。

 

右前方に一体の巨人が迫りつつある。

緑っぽい肌に、ごつごつと隆起した筋肉。

頭は大きく、つるりとしている。

知能はあまり高くないのか、手に持った混紡が建物に当たり、そこら中を破壊しているが、そんなことはお構いなしにまっすぐこちらへ向かって来る。

「殺す・・・!」

そう低くつぶやくと、アルフレッド隊長はこちらに迫ってきていた巨人一体に猛然と突撃した。

巨人もアルフレッド隊長に気がついている。

「ブォオオ・・・!!!」

雄叫びを上げる巨人。

 

「うるさいぞ・・・!」

ヴァンさんは柄に宝玉の付いた剣を掲げ魔法を唱えた。

――植物系創世魔法「アイビー」

「ウギュォオオ・・・!」

巨人の足下から大きな植物のツタが生え、巨人の両脚を絡め取る。

あれほど巨大な植物を生み出すことは並の使い手ではできない。

さすが、この国の理事を任されているだけあって、魔法のセンスはピカイチだ。

これでアルフレッド隊長もやりやすくなったはず・・・。

「ブォオオ!!」

しかし、ツタによって絡め取られていたのは両脚のみ。

巨人は混紡を振りかぶり今にもアルフレッド隊長の上に振り下ろそうとしている。

「隊長!!」

私は思わず、叫んでしまった。

「・・・・!!」

だが、巨人の混紡は誰もいない地面を叩くのみ。

そこに人影らしき者は見当たらない。

「・・・?」

砂埃が舞い上がり、視界が遮られる。

巨人はアルフレッド隊長の姿を見失い、キョロキョロと左右を見渡していた。

「あ!」

サーシャが思わず声を上げた。

空に何者かが飛び上がり、巨人の頭頂部上空で剣を引き絞っている。

燃える空は赤。キラリと光る刃。顔は影になっていて見えないが口元にはどう猛な笑み。

「ハァアアアアア!!」

力強い咆哮とともに放たれた斬撃。

刃は巨人の肩口から足下までを見事切り裂く。

「ゥゥ・・・・コポ・・・。」

両目を見開き倒れゆく巨人。

切り口から、体液が濁流となって噴き出し、ムッとするほどの臭気が私の鼻をつんざいた。

ズズン!という衝撃が大地を揺らす。

これで一体討伐完了。

私はあまりにもたやすく討伐できたことに唖然とする。

「ふぅうー・・・。」

隊長は巨人の体液で汚れた長剣を左右に振り払い、鞘に収める。

その姿はあまりにも超然としていて、先ほどまで巨人との死闘を繰り広げていたとは思えない様子だ。

だが、サーシャさんにはなにかが分かったようで、ツカツカとアルフレッド隊長のもとに近づいていく。

その様子は少し怒っているようにも見えた。

「見せなさい。」

サーシャさんの圧力にシブシブと言った顔のアルフレッド隊長。

「・・・・・。」

サーシャさんがアルフレッド隊長の服を捲り上げると、脇腹のあたりにあざができていた。

「やっぱり、さっきの粉塵。避けきれなかったんでしょ?」

「いやまあ、なに。小石がとんでくると思わなくて。あれだ、別に今も隠そうとしていた訳じゃないぞ?」

「そういうの良いから。貸してみなさい。」

サーシャさんが呆れた顔をする。

なんか、子供とお母さんみたいだな、と思ったことは内緒である。

「すぐ、かっこつけようとするんだから・・・。」

ぼそりとそう呟いたサーシャさんはアルフレッド隊長のアザに手をかざす。

アルフレッド隊長はバツが悪そうにジッとしている。

すると、患部が燐光を放ちだし、みるみるうちにアザがなくなっていった。

 

――治癒魔法。

 

治癒魔法は多くの魔力を消費する上に、繊細な魔力操作が必要であるためなかなか治癒魔法の使い手はおらず、戦場では最も貴重な戦力である。

しかも、今のサーシャさんは軽々と、軽傷程度の怪我を治してしまった。

普通、治癒魔法というのは術者に大きな負担が掛かり、時間と体力を大いに奪われるモノである。

しかし、彼女はまるで呼吸でもするかのように治癒してのけた。

さすがだ。

さすが自他共に認めるこの国一番の治癒魔法の使い手、サーシャ・リリイ。

彼女もまた、アルフレッド隊長、ヴァン・カーティスに並ぶ化け物のようだ。

 

強烈な畏怖の念がわき起こり私は身ぶるいした。

ここにいる三人は紛れもなく最強のメンバーだ。

近接戦闘では右に出るモノはいないアルフレッド隊長。

攻撃性魔法の使い手ヴァン・カーティス。

治癒魔法の使い手サーシャ・リリイ。

この三人がいればどんな敵であっても負けるとはとうてい思えない。

なにせ、あの巨人をものの数秒で討伐してしまうのだから。

 

私はようやく、なにか絶対的な光を見た気がした。

希望の光が確固たるものとして眼前に迫ってきた気がしたのだ。

 

勝てる。勝てるぞ。

ここまでは進行をゆるしたが、ここからはそうはいかない。

見ていろ。巨人ども。

 

ここからが私たちケモ耳一族の反撃だ!

 

私は敢然と立ち上がり、巨人たちを見据えた。

ここからだと、巨人は左前方に一体、正面奥に一体確認できる。

今の調子でいけば、どうってことなく倒せる・・・。

そこまで考えた私の目に、ふと奇妙な人影を見つける。

目深に被った、ひさしの大きいハットに、足下すれすれまで伸びる黒いコート。

それだけでも怪しい。だが、なによりも私たち獣人とは異なるのが、ケモ耳がついていないことだ。

ここの国の人間であればケモ耳が付いているはずなので、あの黒コートは敵国のものという事になるのか?

 

その異様な姿に他の三人も気がつき、視線を向ける。

すると、その黒コートの男は細く骨張った手をヒラヒラと振りながら、調子外れな声でこう言った。

 

「やあやあ。みなさーん?お元気ですかあ?」

「なんだ、お前は?」

アルフレッド隊長が柄に手を駆けながらそう問うた。

すると、黒コートの男は恭しくハットをとり、お辞儀をする。

「わたくし、ザーテュル・ユゴーと申します。以後お見知りおきを。ヒヒッ!」

ひい笑いを繰り返すザーテュルの姿はいかにも奇妙であった。

だが、そのときはまだ不快感しか抱いてはいなかった。

「・・・・・・!!」

しかし、ザーテュルが顔を上げた瞬間、全員が息をのんだ。

――片目がない。

ザーテュルの右目が空洞になっているのだ。

驚きのあまり誰も声を上げられないでいる。

 

すると、そんな私たちの様子を見たザーテュルは口の端をキュッと引き上げて笑った。

「さあ、みなさん。お元気ですかぁ?」

ザーテュルとの邂逅。

これが私たちの破滅の始まりだった・・・。

 




いかがでしたか?
次話でもまだまだ戦いは続きます。
どうぞよろしくです!
あ、あと感想くださいね?笑笑


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蠢く闇 中編

第七話です。
まず、すみません!
この過去編二話で完結する予定だったはずですが、三話で完結になってしまいました!
しかも文章の量が多めになっています。
バトルの描写を頑張っていたらこんな感じになってしまいました。
申し訳ない。
でも、頑張って書いたので楽しんでくれると嬉しいです。
では、どうぞ!


「お元気ですかぁ?」

そう言って、怪しげな笑みを浮かべるザーテュルのその様は私に恐怖を抱かせるには十分すぎるほどおぞましかった。

片目がないばかりかそこには黒々とした何かが渦巻いている。

いや、黒よりも尚濃い黒。

言わば、闇そのものの色とでも形容するしかない漆黒によって彼の片目は覆われているのである。

これで恐怖を抱かない者の方がおかしい。

 

私以外の三人も私同様に言葉をなくし、唖然としている。

 

すると、ザーテュルは黒板をひっかいた時の音のように不快な引き笑いを溢した。

「キヒッ!みなさーん?どうされたんですかぁ?」

手を叩き楽しそうに笑うザーテュルはどこからどうみても狂っている。

私は身震いした。

嫌悪感と恐怖。

それらがない交ぜになった感情の奔流が私から言葉を奪っている。

「お前のその目はなんなんだ?」

すると、さすがアルフレッド隊長。

誰よりもはやく立ち直り、敢然と敵を見据えている。

彼の眉間にはしわが寄り、ザーテュルを嫌悪していることがうかがえる。

だがしかし、嫌悪の視線を向けられた当人は依然飄々とした様子でこちらにイヤラシい笑みを向け、余裕たっぷりな口調で言った。

「あ、この目の事ですか?これはですねー、さるお方との契約の証とでも言いましょうか?まあ、そんな感じですよ?キヒッ!!」

引き笑いでごまかしたザーテュルであったが、私たちからすればここにはかなり重大な情報が含まれていた。

――「さるお方」や「契約の証」といった単語から推測するに、こいつの背後にはさらに強力なご主人とも言うべき存在が控えている可能性がある上、更に言えばもしかしたらこいつらが今回の巨人族襲来に一枚かんでいることも考えられる。

それは大いに考えられることであった。

そして、もう一つ。

私がずっと気になっているガーディ副隊長が殺されたあまりにも強い巨人についてだ。

さきほど見たアルフレッド隊長と戦った巨人は強かったのは強かったし、脅威と言えば脅威だが、ガーディ副隊長がやられたあの巨人ほどではなかった。

まず、見た目からして全然異なったのだ。

頭には曲がりくねった角が二つ生え、肌は赤黒く、動きが俊敏。

あまりにも速いその動きに、10メートルを超える巨体が合わさればそれだけで殺戮兵器だ。

事実、ガーディ副隊長も巨人の攻撃を直接受けたのではなく、倒壊した建物の下敷きになり亡くなってしまった。

運良く生き延びた私はそのときアルフレッド隊長のもとに走ることで精一杯だったが、今考えてみると不可思議な事だらけだ。

まず、巨人族の肌は緑色であり、角なども生えない。

そして、なによりも、その巨人の片目。

その片目がザーテュル同様漆黒に覆われていたのだ。

あまりの恐怖と混乱で忘れていたが今になってそんな重大なことを思い出した。

これらを考えると、あの巨人とザーテュルはなにか関連性があると考えるのが自然であると思われる。

もしかすると、あの契約の証たる漆黒の渦は強化系の魔法なのかもしれないな。

だが、ザーテュルの言葉は曖昧で、これらの考えはすべて推測の域をでない。

結論を早まればいらぬ思い込みが生じ真実が見えなくなる。

私はそこで思考を打ち切り、戦闘に集中し出す。

 

しかし、そんなあまりにも要領を得ないザーテュルの言葉に、苛立つ人物がいた。

「誰なんだ!そのさるお方っていう奴は!はっきり言わないか!」

もちろんアルフレッド隊長である。

もはやぶち切れ寸前といった感じに私の目には映る。

仲間の自分でさえ怖い。

「キヒキヒ!!いやあ、隊長さんの顔怖いですねえ。ちびってしまいそうですよぉ。キヒ!」

のらりくらりと隊長の言葉を躱し、明言を避けるザーテュルはいかにも楽しげに笑い、その言葉とは裏腹にアルフレッド隊長の鋭い視線など全く意に介していないように見える。

隊長はギリリ!とここまで聞こえるほど大きな歯ぎしりをならしたかと思うと、ドスのきいた声で叫んだ。

「おい、あんまり調子に乗ってるとその首すっ飛ばすぞ!」

「キヒヒ!!おお、怖い怖い。やっぱり隊長さんともなると怖いですねぇ・・・・・。」

フッとそこで今までのイヤラシい笑みが消え、猛烈な殺意のこもった声で言った。

「でも、調子に乗っているのはあなたの方だと思うんですねぇキヒッ!」

私はその声を聞いた瞬間、背筋にゾクゾク!と悪寒が走り、体が硬直するのを感じた。

――こいつは危険だ!

体中がそう叫んでいるのが分かる。

汗腺からは汗が噴き、心臓が早鐘のように鳴り響いている。

私はザーテュルの放出する殺気に恐怖してしまっていた。

 

しかし、見れば、歴戦の三人は誰一人恐怖していない。

アルフレッド隊長はいつでも抜刀できるように柄に手を添え、ザーテュルの一挙手一投足に注意を払っているし、ヴァンさんもサーシャさんもまったく気を緩めず、いつでも動けるように体勢を整えている。

百戦錬磨の彼らにはこれぐらいの殺気はそよ風のようにでも感じられるのだろうか。

揺らぎのない彼らの姿をみると、少し気分が落ち着いてくる。

 

すると、ザーテュルの言葉を聞いたアルフレッドさんは口元にどう猛な笑みを浮かべつつ言った。

「かっこいい台詞を吐くのは別に構わない。」

アルフレッド隊長はコンコンと剣の柄を中指で叩く。

「だけど、忘れるなよ?お前はすでに俺の間合だ。」

「え!?」

思わず私は声を上げて驚いてしまった。

私はあまりにも遠すぎるのではないかと思ったのだ。

まだ敵との距離は優に20メートルはある。

それに対して、体調の長剣は長いといえど1メートルより少し長いぐらい。

腕との長さを合わせても届くわけなどない。

「アルフレッドさんの得意技は猫の爪って言われてるんだ。」

声のした方に顔を向けるとそこにはヴァンさんがいる。

「猫の爪?」

私は少し間の抜けた声でそう聞くと、ヴァンさんが優しそうにうなずいて言った。

「うん、猫の爪。猫っていつもは肉球でプニプニした足の裏してるけど、いざとなったらニョキッと爪を伸ばすでしょ?」

「あ、はい。確かに・・・。」

確かに猫は指の爪を出し入れできる。

「それと、同じようにね、アルフレッドさんの剣も伸びるんだ。」

「剣が伸びる!?」

そんな剣聞いたことがない。

私は驚きのあまり声を上げて驚いてしまう。

すると、ヴァンさんが苦笑を漏らす。

「ああ、いや言い方が悪かったかな。正確には剣が伸びたように見えるということかな。」

「伸びたように見える・・・。」

私がぼんやりと呟くと、ヴァンさんはニヤリと勝気な笑みを浮かべて言う。

「そう。アルフレッドの剣は伸びたように見える。どういう原理か分かるかい?」

「そりゃ、魔法じゃないんですか?」

私が思いつきにそう言うと、ヴァンさんはこちらの返答を待ち構えていたのか、嬉しそうに答える。

「そう思うだろ?でも、実は違うんだ。彼の剣速があまりに速いために生じるかまいたちなんだ。」

「かまいたち・・・!?」

そんな魔法を使わないでそんな超常現象じみたことが可能な人間がいるなんて。

「信じられないだろ?でも、実際アルフレッドさんはやってのける。だからこそ、この国最強の称号を得ているんだよ。他の誰もまねできない芸当だからね。」

誇らしげにそう語るヴァンさんの瞳はキラキラと輝いていて、本当にアルフレッドさんを慕っているのだなあ、と感じさせられるのに十分なものだった。

 

では、さきほど、間合に入っているといったからには、その猫の爪、とやらは一体どれほどの射程があるのか。

「じゃあ、その射程は?」

「50メートル。」

「50メートル!?」

私は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。

「驚きだろう?遠距離魔法でさえも50メートルの射程をもつものはそう多くない。それだけでも、かなり有力な技なのに、それに加えて威力も桁違いに大きい。あいつはまさに最強のバトルマシーンだよ。」

さっきの巨人を倒したときの斬撃もとてつもなかったがあれ以上にすごいとなるともはや想像がつかない。

私は畏怖の念に駆られ、身震いした。

 

敵と対峙するアルフレッド隊長の全身からはエネルギーが迸る。

そこの空気に触れればピリリと電撃が走りそうだ。

もはや、アルフレッド隊長がこの場の空気を支配している。

少しでも動けば彼の“猫の爪”の餌食になる、と感覚が告げ、不用意に動くことができない。

――これがアルフレッド隊長の殺気・・・。

この国最強の殺気。

 

これにはザーテュルも萎縮しているのではないか。

だが、そんな淡い期待を抱いていた自分の甘さを呪った。

ザーテュルは笑っていたのだ。

「キヒヒヒッ!良いですねぇその殺気。私を殺すことしか考えていないその眼。実に良い・・・。」

舌なめずりをしたザーテュル。

あまりにも長いその舌がなめ回した口の周りはテラテラと怪しく光っている。

「しかし、これを見てもそんな顔ができますか?」

ザーテュルはそう呟くと、キヒヒ!と引き笑いを溢した。

その瞬間、グジュッ!!という音と、漆黒渦巻く片目に手を突っ込んでいるザーテュルの姿が視界に飛び込んできた。

「・・・・な!!」

あまりに強烈な光景に私は気分が悪くなり口を押さえる。

だが、当のザーテュルはキヒヒヒ!と不気味な笑みを浮かべて恍惚とした表情を浮かべている。

「キヒヒヒ!!さあさあ、おいでませおいでませ。私の可愛い赤ん坊。私の愛しい子供達。」

節を付けて、謳うようにそう呟くザーテュルの手からしたたる黒くどろどろとした液体が彼の足下に広がっていく。

すると、その液体は次第に紫色の燐光を放ちだし、魔方陣を描き出す。

「マズイ!!!」

アルフレッドさんがそう短く叫び、長剣を抜刀。

一瞬の煌めきと耳をつんざくリイン!という音とともにかまいたちがザーテュルへと放たれる。

――スゴイ!あれが猫の爪!!

目の前の大地が裂け地割れのようにザーテュルへと向かう。

あんなものを喰らえば、並の人間であればひとたまりも無い。

しかし、こちらに見向きもせず歌い続けるザーテュル。

――イケる!

私は心の中でグッと拳を握った。

そのとき。

「ぐぉおお!!」

二体の巨人が雄叫びを上げて、ザーテュルの盾となった。

一体は前、もう一体は後ろに並び、アルフレッド隊長の猫の爪を阻もうとしている。

普通に考えて、ただの斬撃であの巨人の巨躯を切り裂けるはずはない。

しかし、アルフレッド隊長の猫の爪はあっけなく前にいた巨人を両断した。

「ぶるぅうおぉぉ・・・。」

哀しげな声を上げて倒れゆく一体の巨人。

しかし、猫の爪は尚ザーテュルへと向かう。

もう一体の巨人は両腕を前に突き出し、大地切り裂くかまいたちを迎え撃つ。

巨人の腕にかまいたちが食い込み切り裂いていく。

体液が飛び散り、腕が吹き飛ぶのが見える。

巨人の分厚い胸板をかまいたちは切り裂いていく。

だが、一体目によって威力が減衰されていたのか切れ味が先ほどよりも見劣りするのは明らかだ。

ザーテュルの儀式はもうすでに完成しそうに見える。

――間に合え!!

私は心の中でそう祈り両手を組んだ。

 

しかし、その祈りは虚しく散る。

アルフレッド隊長の放った猫の爪は二体目の巨人の胸板によって阻まれ両断には至らず。

「ぶおおぉぉぉ・・・。」

二体目も力尽き地面に伏すが、ザーテュルは依然健在だ。

「なら、もう一発・・・!!」

「完成だ。」

アルフレッド隊長の声とほぼ同時にザーテュルの声が重なる。

すると、その直後魔方陣から怪しげな光の奔流が生まれ、私たちの視界を染め上げていく。

「クッ・・・。」

大気を揺らす光の奔流に私は手をかざし、目を細める。

「キヒキヒヒヒヒ!!!」

不気味な笑い声がこだまし、光の奔流も止まった。

だが、妖気のように何かがこのあたり一帯を覆っているように感じる。

私はかざしていた手を取り払った。

「な・・・!!」

私は愕然とした。

そこには、大量の兵士がいたのだ。

彼らはゆらゆらとおぼつかない足取りでゆっくりとこちらに近づいてくる。

まるで、ゾンビのようだ。

それに、ザーテュルの後ろにはあの赤い一つ目の巨人がいる。

ガーディ副隊長が殺された巨人だ。

「お前、死霊術士なのか?」

アルフレッド隊長がそう聞くと、いかにも楽しそうな表情になったザーテュル。

「ええ。ええ。そうなんです。キヒヒヒ!私、死霊術士。いわゆるネクロマンサーなのでーす。キヒヒ!!」

 

ネクロマンサー。

死と生を司る、高等闇魔法「ネクロマンス」を得意とする術士だ。

しかし、「ネクロマンス」は禁術とされている。

というのも、並の魔法とは比べものにならないほどに難易度が高く、さらに危険度も高いからだ。

代償として、腕の一本や二本はざらに持って行かれると聞く。

そんな高等魔法をサラリとやってのけたザーテュル。

私はその事実だけで背筋が凍った。

 

ヴァンさん、サーシャさんも驚き、戸惑っているようだ。

だがアルフレッド隊長だけは違った。

激高していたのだ。

「許さん!!兵士の命を弄びよって!!絶対に殺す・・・!!」

「キヒヒヒ!!そんなに怒らないでくださいよぉお!!あなたへのお土産もあるんですからぁ。」

「お土産・・・・だと?」

「ほい。」

ザーテュルが指をパチンと鳴らすと、魔方陣からぬるりと立ち上がる姿がある。

その姿を確認した瞬間、私は短く叫んでしまった。

「あ・・・!」

「ガーディ!!」

そう。

そこには、ガーディ副隊長の変わり果てた醜い姿があった。

死体をそのままネクロマンスしたのだろう。

あちこち、肉がただれ鮮血がしたたっている。

これほどまでに残酷な仕打ちを私は経験したことがなかった。

人との絆をこれほどまでに惨たらしく利用する者を初めて見たのだ。

誰もが震撼していた。

この狂人ザーテュルに。

だが、ザーテュルはわたしたちの反応を見て心底楽しんでいるようだ。

「キヒッ!!キヒヒ!ほぉおら、懐かしの副隊長ですよぉお?会いたかったでしょう?」

スキップでもしそうなほど体を上下左右に揺さぶりそう尋ねてくるザーテュル。

視線を地面に落としているアルフレッド隊長が小さく呟いた。

「お前・・・・。」

「はい?なんです?」

耳に手を当て、挑発的に問い返すザーテュル。

いかにも馬鹿にした仕草。

そんなザーテュルの反応に、アルフレッド隊長はキッと視線を上げてこう叫んだ。

「お前は絶対殺す!!」

と同時に、抜刀。

リイン!という金属音が鳴り響いたと思った時にはすさまじい勢いで猫の爪が幾つもザーテュルに襲いかかっている。

「おやおや。冷静さを欠いた攻撃・・・。」

そう呟いたザーテュルはあくまで落ち着いていた。

「レベッカ・・・私を守りなさい。」

「ぐぉおお!!」

それまで後ろに立っていた赤い一つ目の巨人が驚異的なスピードで動き、隊長の猫の爪を受け止める。

バァアン!という衝撃が大気を揺らす。

「なに・・・無傷だと・・・?」

「キヒヒヒ!!残念でしたぁ。」

ザーテュルはもう耐えきれないとでも言うように、腰を折り曲げて笑う。

「キヒッキヒキヒヒヒ!!この子はその程度の攻撃では死にませんよぉ。なぜなら、私の魔力をこの契約によって分け与えています。」

そう言って漆黒に染まる片目を押さえるザーテュル。

やはり、あの片目こそが契約の鍵になっているようだ。

そして、まだザーテュルは言葉を続ける。

「それにこの子は巨人ではありません。」

「巨人じゃない?」

アルフレッド隊長の問いかけを聞くと、ザーテュルは大仰に腕を広げて、高らかに叫んだ。

「そうですよぉ。この子はなんと、鬼の遺伝子を巨人に植え付けた、言わば鬼と巨人のハーフなんです!!」

「な・・・・!!」

 

鬼。

それは伝説として言い伝えられている種族であり、人間による太古の討伐戦で滅ぼされたとされる戦闘種族である。

彼ら鬼は、堅く赤い皮膚を持ち、角を持つ。

筋力、魔力ともに膨大な量を持っていてその戦闘力は計り知れないほどに大きかったようだ。

だが、当時最強を誇っていた勇者によって絶滅させられたと聞いていた。

それがよもやこんなところで出くわそうとは。

一同驚愕の事実に呆然と立ち尽くしていたが、一人飛び出していく姿がある。

「何が鬼だ・・・。叩ききってやるだけだ!!」

「アルフレッド!!」

サーシャさんが呼び止めるが、それに応じず、飛び出してしまうアルフレッド隊長。

両手を長剣の柄に添え、低く駆けていく。

敵の大軍との距離を稲妻のごとく駆け抜けると、全身の膂力を振り絞った渾身の一撃を繰り出した。

「はぁあああ!!」

ガキィイン!!

猛烈な金属音があたりをつんざく。

見ると、アルフレッド隊長の神速の一振りを、細く流麗な剣が押しとどめている。

「ガーディ・・・!!」

そう。アルフレッド隊長の剣を阻んでいたのは、他でもない元副隊長ガーディ・コニッチ、その人だった。

あの隊長の剣をがっちりと受け止め、まったく押しまけていない。

だがしかし、そのガーディさんの瞳は虚ろで何者も写してはいなかった。

 

「逃げろ・・・。」

「え・・・。」

私はすぐ隣から聞こえた声に顔を向ける。

「はやく逃げろ、と言っているんだ!!」

ヴァンさんが今までに見たことのない険しい色を浮かべた瞳でこちらを見つめていた。

「でも・・・!」

「でも、ではありません!!」

今度はサーシャさんが叫ぶ。

「あのネクロマンスされた兵士だけで軽く百人はいる。その上、鬼もどきまでとなると、とうていあなたを守りながら勝てる相手ではない!!」

サーシャさんも声を荒らげる。

だが、ザーテュルは目敏くそんな私たちのやりとりを見ていたようだ。

「誰も逃がしませんよぉ?いけ!レベッカ!!」

「ぐぉおお!!」

ザーテュルの一声で、鬼もどきが動き出す。

あの巨躯からは想像も付かないスピードでこちらへと走ってきていた。

このまま押し問答をしている場合ではない!

「早く!!」

サーシャさんの声に私は「はい!!」と短く答えて駆けだした。

後ろを振り返ると、アルフレッドさんはガーディさんと激しく剣を打ち合い、ヴァンさんとサーシャさんは私を逃がすために、巨人を押しとどめ、時間を稼いでくれている。

 

嗚呼!逃げることしかできないなんて自分はなんと情けないのだ・・・!

自分の力のなさが呪わしい。

あまりの悔しさに涙がこぼれそうになる。

だけど、歯を食いしばり、それを押しとどめる。

ここで涙を流すわけにはいかない。

涙を流すのであれば無事みんなが生還したそのときだ。

 

私は三人に祝福があらんことを必死に祈りながら、マーガレットさんのお宅へと急ぐのだった・・・。

 




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蠢く闇 後編

第八話です。
少し時間が空いてしまいました。
楽しみにしていてくださった方スミマセン!!

いやはや、悪役の描写に手こずり時間が掛かりました。

しかし、頑張って書きましたので楽しんでくれたら嬉しいです!!



人気が無く、閑散とした街の通り。

ガンガン!ガンガン!と乱暴に扉を叩く音。

 

「マーガレットさん。開けてください!!」

 

その声がやけに大きく響く。

まるで、しらない森の奥深くに取り残されてしまったような、そんな孤独感や恐ろしさがじわりと心の中ににじみ出してくる。

私は心が逸るのを抑えきれずもう一度扉を叩こうかと思った。

すると、丁度そのとき、マーガレットさんが扉をそろりと内から開ける。

 

「どうしたんじゃそんなに焦って?おや・・・アルフレッド達はどうした?」

 

私といっしょに行動していた彼らの姿が見えないことから何かを推し量るような視線を向けるマーガレットさん。

その問いかけに、私は一瞬どう答えれば良いのか迷った。

一口には言えない難しさがそこにはあった。

だから、「強敵と応戦しています。」と、そう言うに留めた。

それを聞いたマーガレットさんは表情を変えず「そうかい。お入り。」と言って私を家の中に招き入れてくれた。

 

「あれぇ?パパとママはまだぁ?」

 

白い髪の毛をした少女がそう呟く。

たしか、名前をペルーシャと言ったか。

可愛らしい。

まだまだ小さな女の子だ。

 

「まだみたいだね。」

「ええ~。早く会いたいのに。」

「もう少し良い子にして待っていようね?」

「うん。」

 

サラの言葉に素直にうなずくペルーシャちゃん。

タッタと駆けて、絵本を読み出す。

椅子に座るサラのスカートにしがみついている黒い髪の女の子はたしか、アマミ。

アマミちゃんはペルーシャちゃんとは違い今のこの状況を敏感に感じ取りおびえているようだ。

 

「アルフレッドのおじちゃんまだかなぁ。」

「うーん、まだみたいだねぇ。」

「そっか・・・。」

 

これぐらいの年頃の女の子は父親よりも少し離れた男の人に懐きやすいものらしい。

どうやらアルフレッド隊長はかなりこの子に懐かれているようだ。

 

マーガレットさんに案内されるままに机に着く私。

紅茶を一杯注いでくれたマーガレットさんにお礼を言いながらそれに口を付ける。

すると、少し気分が落ち着き、頭が整理されてきた。

「どうだい?少しは落ち着いたかい?」

どうもマーガレットさんには自分の恐慌状態を見抜かれていたようだ。

 

「あ、はい。ありがとうございます。」

「いえいえ。」

 

そう言ってほほえむマーガレットさんは美しい。

 

「じゃあ、落ち着いたら手早く今の状況を教えなさい。」

「はい!」

 

私は今までの戦況を話した。

予想を上回る手練れの出現から、私の逃亡までを手短に話す。

そして。

 

「あの三人を以てしても倒せるかどうかは正直わからないです。」

「そうかい・・・。」

 

家族にとって聞きたくないであろう事も話した。

ここで嘘をつけば後になって更に深い傷を負うことは決まり切っているから。

でも、やはりその事実はサラさんには堪えたようだ。

 

「そ、そんな・・・ヴァン。アルフレッド。サーシャ。」

 

顔を両手で押さえるサラさん。

 

「ままぁ?」

 

アマミちゃんが心配そうにサラさんを見上げてくる。

 

「アマミ!」

 

感極まったサラさんはアマミを抱きしめ、ほおずりする。

アマミちゃんもよく分からない状況ではあるものの、ママが苦しんでいるのが分かるのか優しく母の頭を撫でてあげている。

優しい子だ。

 

私はそんな光景を目にして改めて自らの力のなさを呪った。

逃げることしかできなかった自分が情けなかった。

どうしてこれほどまでに自分は弱いのか・・・。

私はなんの力もなんの勇気も無いただの臆病者だ・・・・。

 

「そんなに自分を責めないでも良い。」

 

ハッとして私は顔を上げる。

そこには、優しそうにほほえむマーガレットさんがいた。

 

「あんたはよーく頑張っているよ。本当によく頑張っている。」

「そんな・・・でも、」

「よく頑張っているよ。」

 

思いがけず優しい言葉を受けた私は涙を溢しそうになった。

だけど、ここで泣くことはできない。

情けない自分だが、せめて被害者面をすることだけはしないと決めていたのだ。

私は歯を食いしばり、嗚咽をこらえる。

 

「ありがとうございます。」と、私はそれだけ応えた。

 

マーガレットさんはうっすらと笑みを溢した。

老年の彼女だが、そのほほえみは見惚れるほどに美しかった。

 

「じゃあ、ここから私たちはどうするべきだと言うんだい?」

 

マーガレットさんはキリリと表情を引きしめて問う。

私はここにくるまでの間に考えておいた策を提案することにした。

 

「私はこの国から一時亡命し、勇者の国ヴァルハラへと向かうべきではないかと思っています。」

「ヴァルハラ・・・。」

 

私はなぜヴァルハラが適当であるかを説明していく。

 

「はい。そうです。あの国であれば勇者の庇護がありますし、他種族にも比較的温厚。それに、我々アマルニ王国は勇者、魔王軍に対して中立の立場だったので、それほど無碍には扱われないと思います。」

 

あごに手をやりフム、と考えるそぶりを見せたマーガレットさんだったがすぐにうなずく。

 

「そうじゃな。よし!ならそうと決まれば動き出すぞ。」

 

マーガレットさんと私はそんなかけ声とともに立ち上がる。

 

しかし、サラさんは嗚咽を漏らし動けそうにない。

それも仕方ないだろうと思う。

夫と親友を一挙に亡くすかも知れないのだから。

だが、マーガレットさんは彼女を叱咤する。

 

「サラ!クヨクヨするでない!!ここにいれば子供達まで危険にさらすことになるんじゃぞ!?子供達を見殺しにする気か?」

「ッ・・・・・!」

 

ハッとした表情になるサラさん。

先ほどまで悲嘆に暮れていた彼女であったが。

 

「私はこの子達を守ると、あの三人に約束したんですもの。こんなところでクヨクヨなんてしていられないです。」

「そうじゃ。よく言った。」

 

最後に一つきつくつむった瞳から大粒の涙が一粒こぼれた。

サラさんはついに親友と夫との誓いに勇気をもらいながら決心した。

そんな彼女の顔にはさきほどまでの危うさは微塵も感じられず、堂々とした女理事の聡明さを湛えている。

マーガレットさんもそんなサラさんの表情に安心したのか大きくうなずいた。

 

「ペルーシャ、アマミ。行くわよ?」

「えー、どこに行くのー?」「・・・・。」

 

無言でサラさんの手を握り着いていくアマミに対してペルーシャはシブシブという感じでサラさんのもう一方の手を握る。

 

「勇者様のお国よ?」

「え!?なにそれ行きたい!!」

 

目を輝かせてサラさんを見上げる彼女は、これを遠足かなにかだと思っているに違いない。

むろん、正確に現状を認識していないことは危険ではある。

しかし、恐怖で動けなくなるよりはマシだ。

 

私はマーガレットさんに視線を向ける。

 

「マーガレットさん、載ってください。」

 

私は膝を曲げて屈み、おんぶの体勢になる。

 

「すまないね。」

「お安いご用ですよ。脚には自信があるので。」

「お、さすがネズミさんだね。」

「ええ、任せてください。よっと・・・。」

 

小さなかけ声とともにグイッとマーガレットさんを持ち上げる。

思ったよりも軽い。

これなら、かなりスムーズに移動できるかも知れない。

 

「では、ヴァルハラに向けて出発しましょう。」

「そうね。」

 

サラさんも頷き、子供達と握っている手をギュッと固くする。子供達の耳を見ると、ペルーシャは白い猫耳、アマミには黒いうさ耳が着いているので、こう見えても移動速度は相当早いはずだ。

 

「よし、では行くぞ!!」

 

威勢の良い声とともに私は家の扉を開き、道へと飛び出した。

中心部の方向へと視線を向けるが人影はない。

すでに全員非難したのだろうか。

今度は、ちらりと外部の方向へ視線を向ける。

私はそれを見て愕然とした。

 

「な・・・なんでそこにいるんだ!?」

「はぁ~い!お元気にしてましたかぁあ?」

「ぐぉおお。」

 

それはザーテュルとレベッカと呼ばれていた片目しかない巨人だった。

悠然とコートをはためかせて道を闊歩するザーテュルは憎々しいほどに余裕に満ちあふれている。

そして、考えたくはない、考えたくはないがこいつらがここに来ていると言うことは・・・・。

 

「その通りですよぉおお?あの三人はこの通り・・・。」

 

パチンとザーテュルが指を鳴らすと、地面から這いずり出てくる三体の屍の姿。

 

「あ・・・ああっ!!」

 

サラさんの悲鳴。

 

「アルフレッド隊長、ヴァンさん、サーシャさんまで!!」

 

私は彼らの名前を叫び、サラさんは泣き崩れる。

子供達とマーガレットさんは言葉もなく唖然としていた。

 

あの三人が殺されるなんて・・・。

頭では分かっている。

分かってはいるのだが、心がその事実を受け入れることができなかった。

 

そんな悲嘆に暮れる私たちの姿を見て、狂人ザーテュルはもうおかしくて仕方が無いというように腰を折り曲げて、あの不快な笑い声を上げた。

 

「キヒッキヒヒヒィィィィイイイ!!ああ!!楽しい楽しい楽しい!!この声。この表情。この涙。嗚呼!すべてが素晴らしい!愛する者達を失った哀れな女の悲痛。尊敬する上司の死を嘆く男の慟哭。なんて素晴らしいんでしょう!これを見るために私は生きていると言っても過言ではない!ああ、気持ちいい!!」

 

ザーテュルはそう叫び、絶頂でもするかのようにビクビクと体を震わせている。

 

なにがそれほどまで彼を狂気させるのか私にはもはや分からなかった。

いや、分かりたくもなかった。

 

ただただ、憎かった。

人の不幸を歓び。

人の大切な者を踏みにじる事を楽しむ。

そんな、この狂人が憎くて仕方なかった。

一度殺しても殺し足りないぐらい憎かった。

 

だけど・・・・結局、なによりも憎かったのは自分でしかなかった。

どこまでいっても、なにもできず、目の前で大切なものが壊されていくのを許容するしかできない自分がただただ憎かった。

 

きつく握りしめた拳。

爪が食い込み、皮膚を破る。

ポタポタとしずくが地面へと滴った。

 

しかし、そこでザーテュルの笑い声が突然ピタリと止んだ。。

不思議に思い、私はザーテュルの顔を見る。

その瞬間まで、私はなにかその狂人にそうはいってもまだ期待していたのだと思う。

しかし・・・そんな淡い期待はザーテュルを見た途端瓦解した。

 

――そこには、今までよりもなお恐ろしい表情を浮かべた狂人がいたのだ・・・。

 

「もっと極上の悲痛を受け取る方法があるのでぇす。おわかりですかねぇ?」

 

首をありえない角度に曲げるザーテュル。

キヒキヒ、と引き笑いを溢すたびに首がかくかくと揺れ不気味だ。

その姿はあまりに恐ろしく、私はゾゾゾ!と悪寒が走るのを感じた。

 

私たちはその質問にとにかくなにも応えなかった。

これ以上酷いことなどなにがあるのか考えたくもなかったのだ。

しかし、その問いかけに対する我々の答えをザーテュル自身、期待してはいなかったのか。

私たちの答えを待たずして彼は恍惚とした表情でこう応えた。

 

「それは・・・・最愛の子供を目の前で無残に殺すことですよぉ!!!そして。私はそれを叶えるためだけに、わざわざこのネズミ小僧を追って、ここに来たのですぅ!!やっとこの宿願が叶えられる!」

 

抑えきれない興奮に瞳をギラギラ輝かせるザーテュル。

赤く充血しているからか、はたまた燃えさかる空の色が映り込んだのかはわからない。

だが、そのときのザーテュルの瞳は奇妙なほど紅く輝きをはなっていた。

 

「どこまでゲスなんだ・・・。」

 

私は抗いがたい嫌悪感に歯ぎしりする。

すると、ザーテュルは大仰に手を広げて喜んだ。

 

「キヒヒヒ!ありがとうございますぅ。私からすればその言葉は最大の賛辞ですよぉ!!」

 

高笑をあげるザーテュル。

だが、突然、ピタリと動きを止めた。

上体があり得ない角度にまで反らされている。

だが、次の瞬間、ザーテュルは顔を前へと突きだし、イヤラシい笑みと明確な殺意のこもった瞳でこちらを射る。

 

「ではそろそろ、殺しちゃいましょうかね。」

 

あまりにも冷淡なその口調。

一切の躊躇い、同情が切り捨てられている。

 

――一体何人殺してきたらそれほど躊躇無く殺戮を楽しめるようになるのだろうか?

 

私はこの目の前にいる怪物の歴史を想像し、身震いし、私は身体をかき抱いた。

 

そんな怪物に敢然と立ち向かう影がある。

 

「そんなことはさせないわよ!!私が・・・私がこの子達を守る!!だって、あの人達と約束したんですもの!!」

 

サラさんが三人と交した誓いを胸に立ち上がったのだ。

悲しみも恐ろしさも超えた使命を、誓いを、約束を。

それらすべてを力に変えて立ち上がったのだ!

 

私はそこに人間の強さを見た。

 

信念を守る意思。

人を思いやる心。

なによりも家族への愛。

まっすぐ、正しい生き方を突き進む美しい人。

それがサラ・カーティス、その人だった。

 

サラさんは腰につるしたレイピアを、勢いよく抜き放つ。

シャラン!と高い金属音を奏でるそのレイピアは細く流麗なデザインだが、切っ先はどこまでも鋭く、研ぎ澄まされている。

サラさんはそのレイピアを片手で構えると、ゆるく腰を落とした。

しなやかな四肢には無駄な力が一切入っていない。

まるで、レイピアと一体化してしまったかのようだ。

 

鋭く、研ぎ澄まされた殺意が彼女を纏い出す。

 

「さあ、かかってきなさい!!」

 

凜としたサラさんの声がビリリ!と空間を震わせた。

だが、敵はあくまで嘲笑う。

 

「キヒヒヒ。あなた程度に私が倒されるとはとうてい思えませんがねぇ。」

 

舌なめずりをするその舌はあまりにも長く、鮮やかな紅だった。

 

「まあ、良いでしょう。相手してやりなさい、レベッカ。」

「ぐぉおお!!」

 

巨人が一歩を動かすと大きな地鳴りが響き、突風が巻き起こる。

周りの家屋の窓ガラスが盛大に破砕し、大きな破砕音を立てる。

 

見上げると、そこに片目巨人の顔。

その巨人に理性があるとはとうてい思えないが、その顔にもザーテュル同様、イヤラシい笑みが浮かんでいるように思えた。

 

そのとき、サラさんが動いた。

長い髪をたなびかせ、片目巨人まで疾走。

巨人もあまりの速さで反応できていない。

 

サラさんは華麗なステップで振り下ろされた巨人の脚を躱す、と同時に、ウサギ系統の真骨頂である跳躍力を生かし、高く高く飛び上がる。

トントン!と巨人の身体を軽く蹴上がっていき、巨人の右肩横にフワリと舞う。

そして・・・。

 

「ハァアアア!!」

 

サラさんは気合いとともに猛烈な突きを巨人にお見舞いした。

 

「ぐぉおおぅぅ・・・。」

 

バランスを崩す巨人。

サラさんの一撃に、巨人はなんと地面に膝をついた。

 

「今のうちに、貴方たちは逃げて!!」

 

切迫した声でそう叫ぶサラさん。

だが、私たちがその声に反応するよりも先に。

 

「そうはいきませぇん。もう誰もここからは逃がさないですからねぇ!!」

 

ザーテュルがそう叫ぶ。

すると、アルフレッド隊長のネクロマンスが跳躍。

私たちの退路に立ちふさがった。

 

「そこをどいてください!!隊長!!」

 

私は、一縷の望みをかけてそう叫んだが、隊長の瞳は何者も映していない。

残念ながら、私の魂の叫びは、虚しく響いただけだった。

 

そのとき・・・。

 

「きゃあ!!」

 

そんな悲鳴が背後から聞こえた。

振り向くと、サラさんがツタによって絡め取られ、身動きを封じられてしまっている。

 

――あれは、ヴァンさんの植物系創成魔法「アイビー」!

 

ザーテュルの後ろで無表情にサラさんを見つめるヴァンさんの姿がある。

やはりネクロマンスにかかり自我を失っているようだ。

 

サラさんは力を振り絞り、ツタから抜け出そうと試みていたが、次第に力が抜けていき彼女の手元からレイピアが滑り落ちる。

万事休すか・・・。

 

私は子供達とマーガレットさんを敵から隠しながらも、そう考えた。

 

「ママァ!!」

 

黒髪の少女アマミちゃんがサラさんの方に手を伸ばし泣きじゃくっている。

マーガレットさんが抱きしめているが泣き止む様子はない。

 

「パパが変だよぉ!!ママをいじめないで!パパァ!!」

 

アマミちゃんの悲痛な叫び。

しかし、ヴァンさんはネクロマンスされており、自我をザーテュルによって奪われている。

彼はすでに、無表情に淡々とザーテュルの命令をこなすだけの傀儡となっていた。

隣にいるペルーシャちゃんも泣き叫んでいる。

 

「パパァ!ママァ!!返事してよぉ・・・!!なんで返事してくれないの!嫌だよ、私。こんなパパとママ嫌だよ・・・。」

 

だが、アルフレッドさんもサーシャさんもヴァンさん同様無表情にザーテュルの命令をこなすのみ。

 

「キヒヒヒ!これで残りの邪魔者はお前達だけですねぇ。サーシャ、アルフレッド!やれ!!」

「・・・・・」

「ぐはっ・・・!!」

 

一瞬なにが起きたのか分からなかったが身体の痛みによって私は地面に押さえつけられていることを悟る。

私は反応することもできず、アルフレッド隊長によって動きを封じられていた。

後ろ手に回された腕は限界まで引き絞られ、ぎりぎりときしむ音を立てている。

 

見ると、マーガレットさんもサーシャさんによって押さえ込まれ、もがいている。

 

「クソ・・・・逃げてくれ、お前達。」

 

マーガレットさんが子供達にそう言うが、二人とも恐怖によって脚がすくんで動けずにいた。

 

「キヒヒヒ!!よーやく、処刑の時間ですねぇ。お楽しみの時間でぇす。」

 

クネクネと体をくねらせ、子供達に近づいていくザーテュル。

極度の興奮によって口は半ば開き、ダラダラとよだれが垂れている。

 

「ヒッ・・・!!」

 

アマミちゃんがたまらず悲鳴を上げる。

 

「キヒヒヒ!!まずは君からだぁ・・・。」

「嫌だ!!」

 

手を伸ばすザーテュルから逃げるように身をよじるアマミちゃん。

 

「嗚呼!良い!!そそりますねぇ・・・。ほぉら捕まえたぁ!!」

 

ザーテュルは嬉しそうにそう呟くと、アマミちゃんの首を片手でつかみ、持ち上げる。

 

「嫌だ!嫌だよぉ!」

「アマミちゃんを離せ!!」

「ん?」

 

ザーテュルが鬱陶しそうに見下ろすと、そこには泣き顔でザーテュルのマントを引っ張るペルーシャちゃんの姿がある。

 

「ペルーシャ!!」

「なんですかぁ、君は・・・。あなたもあとで殺してあげるのでもう少しおとなしくしていてください!!」

「かはっ・・・!!」

 

ドスッという鈍い音とくぐもった声が響いた。

目を開けると、ペルーシャちゃんが壁に叩き着けられ、気を失っていた。

 

「ペルーシャちゃん!!」

 

私は叫ぶ。

 

「キヒヒヒヒ!!まだ、死んでいないから大丈夫ですよぉ。」

 

流し目でこちらを見る瞳は血走り、ギョロッと大きく恐ろしかった。

 

「さあて。ようやく舞台が整いましたねぇ、キヒヒ!」

 

嬉しそうにそう呟くザーテュルはコートの下からぞろりと首切り包丁を取り出した。

刃渡りは七十センチほどだろうか・・・。

肉厚な刀身。無骨な刃。

あんなもので斬られれば、子供の首などあっけなく断ち切れるだろう。

 

「ウグ・・・。」

 

アマミちゃんが苦しそうにあえぐ。

ずっと首が絞まっているのだ。

それだけでも苦しいはずだ。

 

「キヒッ!キヒヒヒ!このまま、窒息死というのもいいですが、私は首ちょんぱがやっぱり一番好きなんですぅ。だから、このまま首、落としちゃいますね?いいですよね?そうしましょう。」

 

もはや誰に対して話しているのかは不明。

ザーテュルはうわごとのように一人興奮した様子でそう呟く。

 

「やめて!!やめて・・・。」

 

アマミちゃんが涙を溢しながら懇願する。

 

「キヒヒィ・・・可哀想に。こんな惨めな最期になるなんてねぇ。憎むなら己の運命を憎みなさい。」

長く白い指が首切り包丁の柄をギュッと握る。

「では、お元気でぇえ!!さようならぁあ!!」

「いやあ・・・ママ・・・。」

ザーテュルが首切り包丁を振りかぶった。

 

「やめろぉおお!!」と私が叫んだ。

 

――そのとき、様々なことが起きた。

 

まず、ヴァンさんの植物系創成魔法「アイビー」が突然不安定になった。

それに乗じて、サラさんが体に絡まった蔓をふりほどき、神速とも言うべき速さでザーテュルに接近。

ザーテュルの心臓めがけて、サラさんは全力でレイピアを突く。

あの巨人ですら反応できなかった神速の突き。

ネクロマンサーであるザーテュルに反応でいるとは思えない。

 

――イケる!!

 

そう思った矢先、嫌な予感が走った。

私は見てしまったのだ。

ザーテュルの口元に浮かぶ狙い通りにことが運んだときに見せる、あの興奮した笑みを。

 

「サラさん!!」

私は彼女の名前を叫ぶ。

 

「キヒヒ!ざぁんねぇん!!!」

 

ザーテュルはそう叫び、反転。

首切り包丁を振り抜いた。

ぐしゃり。

なにかがつぶれたような音が響く。

 

「・・・・・な、なんで・・・、お前は子供達を狙っていたんじゃ・・・・。」

 

サラさんは驚きの表情。

レイピアが滑り落ちる。

 

すると、堰を切ったように夥しいほどの鮮血があふれだし、アマミちゃんの顔を濡らした。

 

「ゴフッ・・・!」

 

吐血しながら倒れるサラさん。

あたりは血の海と化している。

 

「な・・・・。なにこれ?」

 

茫然自失のアマミちゃんは、顔をぬぐい、両手に着いた血を不思議そうに眺める。

思考が現実に追いついていないのか、ボーと両手を見つめていた彼女であったが次第に両目が見開かれていく。

そして・・・。

 

「いや・・・・。イヤァァアアア・・・!!!」

 

割れんばかりの大声で泣き叫ぶアマミちゃん。

もはや、彼女が正気を保てているのかはわからない。

 

私は懸命にもがきアルフレッド隊長の拘束をふりほどこうとするがびくともしない。

 

「アマミちゃん・・・。」

 

あんな小さい子供になんとむごい仕打ちを!

私は憤りを通り越し、哀しさが押し寄せ涙が止めどなくあふれ出てくる。

もうこれ以上アマミちゃんのそんな姿を見ていたくなかった。

 

そのとき。

「キヒヒヒィィィイイイイ!!!」

 

そんな笑い声が響きわたった。

 

「あなた達馬鹿ですね〜?ホント愚かだ!この私がペラペラとホントの計画を話すわけないじゃないですか!?本当の狙いは母親を子供の前で殺すことですよ〜。ああ、最高ですねぇ。この泣き顔。この絶望の表情。そして、なによりこの私が死と生をすべて掌握している快感!!たまりませんねぇ・・・。」

 

舌なめずりをするザーテュルは悦に入り酷く楽しそうに見える。

だが、どうやらその狂人は一人の命を奪い、子供に絶望を与えて尚満足していないらしい。

ザーテュルはなにかを探すように視線を動かす。

すると、その狂人の視線が気を失って倒れている、ペルーシャに注がれ、なにかを思いついたのか口の端をつり上げた。

 

――まさか・・・!

 

「あはぁ・・・。あの子を殺せば・・・彼女はもっと良い表情になりますかねぇ?」

 

私はその言葉を聞いて絶望のどん底へと陥った。

まさか、この狂人は母親では飽き足らず、親友のペルーシャちゃんまで手にかけるつもりなのか!

 

「やめろ・・・もうやめてくれ!」

 

私は声をからして叫ぶ。

 

「キヒヒ!やめませぇん。」

 

ザーテュルはスキップでもするかのように昏睡するペルーシャちゃんの元へと駆け寄り、ヒョイッと首元をつかむ。

 

「う・・・。」

 

苦しそうにうめくペルーシャちゃん。

だが、相変わらずその目は閉ざされたままだ。

 

「さあ・・・この子も殺しますよぉ。良いですかぁ?よく見ていてくださぁい。」

 

そう言って、もはや茫然自失のアマミちゃんの目の前で見せつけるように首切り包丁を掲げるザーテュル。

 

――もう終わりだ。

 

これ以上の地獄がこの世にあるのだろうか?

自らの両親を殺され、さらには親友まで殺されるなんて。

なんという惨い所業。

あまりにも酷すぎるのではないか?

 

「もうやめてくれ・・・・。」

 

消え入るような声で私は最期の懇願をした。

もはや見たくもなかった。

いっそ、死にたいとさえ思った。

 

私はそのときすべてを諦めていた。

 

「う゛・・・・。」

 

しかし、絶望する私の耳に、そんなうめき声が聞こえ、まぶたを上げる。

 

「あはぁ・・・?なんですかぁ。あなたは。」

 

ザーテュルの視線の先を追うと、そこには立ち上がるアマミちゃんの姿があった。

顔は伏せられていて見えない。

 

「やめろ、アマミちゃん・・・!!」「アマミやめなさい・・・!!」

 

私とマーガレットさんがそう叫ぶ。

だけど、アマミちゃんは歩みを止めない。

 

すると、そんなアマミちゃんの姿を面白そうに眺めるザーテュル。

 

「キヒヒヒ!なんですかぁ?お友達が死ぬのを止めようというのですかねぇ?健気ですねぇ。泣けますねぇ。」

 

アマミちゃんは進む。

 

「だけど、それ以上進めば、殺しちゃいますよぉ?」

 

首切り包丁をペルーシャちゃんに向けるザーテュル。

だが、アマミちゃんは止まらない。

 

「キヒヒヒ!なら良いでしょう!そんなにお友達を殺してほしいのなら殺して差し上げます!死になさぁい!!」

「ペルーシャ!!」「ペルーシャちゃん!!」

 

ザーテュルの首切り包丁が振りかぶられる。

私とマーガレットさんの叫びがこだまする。

 

もはや、ペルーシャちゃんを助けることはできない、と誰もが思った。

そのとき、アマミちゃんに異変が起きた!

 

「う゛ぅううぁぁぁあああああああああ!!!!」

 

大地を震わすほどの叫び声を上げたアマミちゃん。

だが、その叫び声よりも驚くべき事がアマミちゃんの身体に起きていた。

 

――大きな角が一本彼女の額から突きだしたのだ!!

 

私は驚きのあまり声を失っていた。

だが、ザーテュルはアマミちゃんのその姿に歓喜した。

 

「キヒヒヒヒィイ!!素晴らしい!!君はまさかアルミラージですか!?」

 

アルミラージ!?

伝説上の存在とされているあのアルミラージか!?

 

私は声も上げられず絶句していた。

 

「う゛うう・・・。ペルーシャを離せ・・・。」

 

憎悪に燃える瞳でザーテュルを射貫くアマミちゃん。

だが、対するザーテュルは依然、飄々とした態度を変えることなく応えた。

 

「キヒヒヒ!!面白い事を言いますねぇ?離すわけ無いでしょう?それよりも、あなたの方こそ・・・。」

「離せって・・・・言ったんだぁああああ!!」

 

そう叫んだアマミちゃんの姿がかき消えた!と思った時。

 

「カハッ・・・!!」

 

ザーテュルが吹き飛び、砂埃が舞い上がる。

アマミちゃんは先ほどまでザーテュルがいた場所にペルーシャちゃんを抱いてたたずんでいる。

 

――すごい!!

なんと、敵を吹き飛ばすだけにとどまらず、ペルーシャちゃんまで助けるなんて。

 

アマミちゃんのそうやってたたずむ姿は神々しさを湛えている。

 

すると、アマミちゃんの腕に抱かれたペルーシャちゃんが目を覚ました。

 

「う・・・・アマミちゃん?」

「ペルーシャ、ちょっと待っててね?」

「うん。」

 

ペルーシャちゃんはそう応えると、安心したように目をつむる。

アマミちゃんは優しく微笑み、眠ったペルーシャちゃんをその場に寝かせた。

 

「キヒヒヒィィィ!!」

 

砂埃が舞う中、ゆらゆらと立ち上がる影が見える。

 

「なかなか、今のはキキマシタヨォ・・・?」

 

現れたザーテュルの顔は、鼻が曲がり、口からは大量に出血している。

その傷でなぜ立ち上がれるのか不思議なほどだ。

 

だが、当の本人は笑っている。

 

「キヒヒヒ!あなた、本当に強いですねぇ。殺したアルフレッド隊長よりも強い。だけど、私にはこのレベッカがいます。レベッカ!!」

「ぐぉおお・・・!!」

 

片目の巨人が吠える。

アマミはその両人を憎々しげに見つめそして・・・。

 

「どっちも、殺す!!!」

 

そう叫び、姿勢を低くした。

しかし、次の瞬間には私の視界から消えてしまい、私の目に映ったものは、片目の巨人の頭が吹き飛んだところと、ザーテュルの腹部をアマミちゃんの手刀が貫いたところだけ。

 

「ぐふ・・・・!!」

 

ザーテュルの口からは夥しいほどの血液が飛び散り、アマミちゃんの顔を濡らす。

だが、彼女一切怯んでおらず、その瞳は冷たい輝きを灯していた。

 

その顔は10歳の少女にはあるまじき冷たさだ。

 

術者が弱ると、ネクロマンスも維持できないのだろう。

拘束が緩んだ、と思い見ると、アルフレッド隊長のネクロマンスがサラサラと音を立てて崩れていく。

他のネクロマンスどもも同様だ。

 

しかし、ザーテュルはそれを見ても尚笑う。

 

「キヒヒ・・・・言い表情だ。殺し屋の私とおんなじ表情だ。」

「私とあなたを同じにするな。」

「ぐふ・・・!!」

 

アマミちゃんが突き刺さる手刀を更に押し込み、ザーテュルの顔に苦悶の表情が浮かぶ。

だが、やはりそれでも彼は笑った。

 

「キヒ・・・同じだよ。だが、まあ良い。今回は引き下がるよ・・・。」

「逃がすと思って・・・。」

 

ザーテュルの撤退を防ぐため、アマミちゃんがとどめの一撃を放とうとしたそのとき。

 

猛烈な爆発音とともに、アマミちゃんの身体が吹き飛んだ。

 

「くっ・・・!」

 

アマミちゃんは空中で一回転し、着地。

顔を上げる。

 

すると、彼女は驚きの表情を浮かべた。

 

見ると、そこには身体の前面がすべて吹き飛んだザーテュルが立っている。

かろうじて顔面だけは残っているようだが、誰がどう見ても致命傷であろう。

 

だが、彼の身体は転移結晶による転移を始めていた。

 

「キヒヒ・・・・では、またどこかでお目に掛かりましょう。」

 

キヒキヒヒヒ!という笑い声が次第に小さくなり、狂人ザーテュルはどこかへと消えていく。

 

「さよなら・・・皆さん。キヒヒ!」

 

そう言い残すと、彼の身体は完全に消え去り、残されたのは私たちだけになった。

 

アマミちゃんは先ほどまでザーテュルがいた場所を無言で見つめ続けていたが、フッと力を抜く。

すると、さきほどまで生えていた角が消え、いつものアマミちゃんに戻っていたのだった。

 

これでようやく狂人ザーテュルの脅威は去った。

 

だが、あまりにも被害が大きすぎた。

街を壊され、最愛の人を失った傷跡はこの国の人々の心に深く刻まれてしまった。

 

私は深い悲しみと喪失感にさいなまれ、顔を伏せた。

 

「アマミ・・・・。」

 

その声にハッとして私は顔を上げる。

 

サラさんだ!

サラさんはまだ生きていたのだ。

 

その声に誰よりも反応したのはもちろんアマミちゃんだった。

 

「ママ!!」

 

飛びつくように近寄ると、涙を溢す。

 

「ママ!!ママ!ママぁ・・・。」

「ふふふ、よく頑張ったわね。」

 

柔和な笑みでアマミちゃんの頭を撫でるサラさん。

あまりにも穏やかなその笑顔は傷の事なんてまったく感じさせない包容力だった。

 

私も彼女に駆けより、拙い治癒魔法をかけようとする。

だが、まったく彼女の傷からあふれ出る血を止めることができない。

 

「くそ!止まれ!止まれよ!!」

 

私は必死に自らの魔力を彼女に注ぎ込む。

だが、サラさんは私の手を優しく遮り、首を振った。

 

「良いんです、ありがとう・・・。」

「そんな・・!」

 

私の手に添えられたサラさんの手は恐ろしいほどに冷たい。

もはや手遅れなのは誰の目にも明らかであった。

 

「アマミ・・・。」

「なに?」

 

嗚咽を漏らすアマミちゃんにサラさんは語りかける。

 

「あなたに伝えたいことが・・・あるの。」

「うん、なに?」

 

アマミちゃんはサラさんの手を取り目を見つめる。

サラさんはフッと優しく微笑みそして・・・。

 

「愛しているわ・・・これからもずっと。」

 

アマミちゃんは涙を溢す。

 

「うん・・・・・私も、大好き。ママ。」

 

そう呟くとサラさんの頬にキスをした。

 

「ありがとう。強く・・・・。強く生きるのよ・・・アマミ。」

「うん・・・私、ママがいなくなっても強く強く生きるから!!だから・・・だから安心してね!!」

 

涙をぼろぼろと溢しながら必死にほほえむアマミちゃん。

それを見ることしかできない、私も涙が止まらなかった。

 

「ふふふ・・・・あんしん・・・したら眠くなってきちゃ・・・た。」

「うん。疲れたでしょ?」

 

もはや泣き顔になってしまっているアマミちゃん。

サラさんの瞳の焦点は定まらなくなってしまっている。

 

「最期に・・・・もう・・・一度。」

「うん。」

 

サラさんは、まぶたをゆっくりと下ろし、安らかな顔でこう言った。

 

「あなたを・・・ずっと・・・・愛していま・・・・す・・・・。」

「私も愛してるママ・・・・。」

 

抱き合うようにして、最期を分かち合う親子。

 

美しく、そして儚い光景。

 

私は一生忘れない。

そう心に誓う。

 

涼やかな風が強く薙ぐ。

 

「う゛ぁぁぁあああああ!!!!」

 

幼い少女の慟哭が閑散とした街並みに、哀しく哀しく、響きわたった・・・・。

 

 




いかがでしたか?
次話からはようやくほのぼのしたお話に戻ります!!
長かった・・・。
感想、評価よろしくです!!


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マオウの誓い

第九話です。
今回のお話はなんともノホホンとした日常を描いております。
マオウを中心に繰り広げられるラブコメを楽しんでくれたら嬉しいです!
では、本編をどうぞ!


「こうして、アマミによって敵は壊走、なんとか国は守られたんじゃ。」

 

マーガレットさんはそこまで話しきると、紅茶に口を付けた。

 

なんとも衝撃的な話の後だというのにその仕草は至極落ち着いている。

話を聞いていた俺の方がソワソワとしてしまっていた。

 

「そのシュタインっていう人は今も生きているのか?」

 

マーガレットさんはそのシュタインという衛兵隊員に話を聞いた内容まで俺に語ってくれた。

だから、そのシュタインという人物はその事件の当事者であり数少ない生き残りのはずなのだ。

存命であるなら、こんど話を聞いてみたかった。

 

マーガレットさんは俺のそんな問いかけに軽くうなずいた。

 

「ああ。もちろん、生きておるよ。」

「そうか。よかった・・・。」

「マオウ。おぬし、今日アマミを迎えに行ったんじゃろう?」

「ああ、行ったぞ。」

 

今日俺とペルーシャはアマミを迎えに外部周辺の街に向かった。

 

「なら、シュタインを見ていると思うんじゃがな。」

「え・・・?」

「ネズミの耳の付いた、恰幅の良い男を見かけなかったかえ?今はあのあたりで武器屋を営んでおるんじゃが・・・。」

「あ・・・!」

 

思い返してみると、確かに、ネズミの耳を着けた男がペルーシャにとんでもない勢いで挨拶していたな。

あの人がシュタインだったのか・・・。

 

そんな俺の顔を見て、マーガレットさんがフッフッと笑いながら言った。

 

「フッフッ。まあ今度挨拶にでも行ってきなさい。ペルーシャ達といっしょにな。」

「はい、そうします。」

 

世間は狭いんだなぁ、という驚きを感じながら俺は笑った。

シュタインさんはネズミの系統らしいので行くときにはチーズでも持って行こう。

俺はそんなことを考えながら、もう一つ疑問に思うことを聞いてみた。

 

「じゃあ、アマミがあんなに皆から恐れられてるのは、彼女がアルミラージだからなのか?」

 

俺のその問いに、マーガレットさんはゆるく首を振った。

 

「いや、おそらく、それだけじゃないじゃろう。皆、アマミに感謝しておるとともに申し訳なく思っておるんじゃ。特に元衛兵隊員の者どもは特にそうじゃ。彼女の両親を失わせてしまったのは自分たちの不甲斐なさだと思っておる。アマミからすればそんなことはない、敵がすべて悪いと言うことになるんじゃろうが、そうはいかないのが人の心の難しいところじゃろうな・・・・。」

「そうか・・・。」

 

寂しげなまなざしを向けるマーガレットさんに俺は短く答えた。

 

衛兵隊員が、あんな小さな女の子にすべてを押しつけてしまった、という後ろめたさを抱いてしまうのは仕方ないのかも知れない。

でも、その後ろめたさが、アマミに寂しい思いをさせているのではないか、とふいにそう思った。

 

「そうじゃな。あの事件のあとからじゃ。あの子達があれほどにたくましくなったのは。」

 

感慨深げな言葉を紡ぐマーガレットさん。

 

「それまでは、甘えん坊じゃったペルーシャはしっかり者になっていき、臆病者じゃったアマミはもはやこの国に敵無しというほどに強くなった。子供でありながら、自分たちの生きる道を見つけたんじゃろうなぁ。」

「ええ、そうですね。二人とも強く立派な人です。」

「そう言ってくれると嬉しいのお。」

 

快活に笑うマーガレットさん。

孫娘を褒められると嬉しいのだろう。

今まで見た中でも最上級に明るい笑顔だった。

 

すると、脱衣所の方がにわかに騒がしくなる。

 

「いやぁ!良いお湯だったね~。気持ちよかったぁ。」

「ペルーシャ、お前とお風呂には今後一切入らないからな!」

「あはは!そんなこと言って~。楽しいくせに。素直じゃないなぁ。」

「楽しくない!」

「あはは~。」

 

そんな会話が扉越しに聞こえ、リビングの扉が開けられる。

 

「お待たせ~。」

「はぁ・・・。」

 

上機嫌なペルーシャと少し疲れ気味に見えるアマミ。

二人とも髪がほんのりと濡れ、首元にはタオルを下げたザ・風呂上がりスタイル。

ペルーシャは白を基調としたモコモコのパジャマ。

胸元にはピンク色の猫の肉球のデザインが施されている。

対してアマミはどうかというと、意外にも、パステルカラーの紫色を基調とした可愛らしいデザインのパジャマを着ていた。

こちらは胸元に黒ウサギのデザインが施されている。

二人ともどちらかというとスレンダーな体つきをしているが、パジャマの材質の性質故かシルエットが美しく出ており、否応なく視線がくびれや胸元に行ってしまう。

しかし、どうにかこうにか視線をセービングしたことが功を奏し彼女達は俺のイヤラシい視線に気づいたそぶりはなく、実にリラックスした様子を見せていた。

なかでも、あのアマミも、いつもの険は取れ、すっかりただの美少女のように思えた。

 

だが、アマミのあの疲れ様・・・一体お風呂でなにがあったんだ?

 

「おお。お二人さん。長いお湯だったな。何してたんだ?」

 

俺がさりげなく聞いた質問に、ペルーシャは目を輝かせて近寄ってくる。

 

「あ、マオウさん。実はですね。アマミちゃんって結構・・・。」

そこまでペルーシャが言ったそのとき、突然何者かの手によって彼女の口は押さえられてしまう。

見ると、血走った目でペルーシャを睨むアマミ軍曹の姿がそこにはあった。

 

「おい!!ペルーシャ!それ以上言ってみろ。殺すぞ?」

「ぴゃい・・・ずびばぜん(すみません)。」

 

アマミ軍曹の殺気によって涙目のペルーシャが謝る姿は、完全におびえる小動物のそれだ。

 

怖い!アマミ怖い!

なにが怖いってペルーシャはもちろん、俺の方にも凍てつく視線を向けて「それ以上聞いてみろ、殺すぞ?」って目だけで伝えてくるんだもん!いや、ホント怖い・・・。

 

俺もペルーシャもアマミによって封殺されコクコクと首を縦に振り、抵抗の意思がないことを必死に伝える。

すると、観念したのか、ペルーシャの口を解放するアマミ。

 

「・・・・っぷはぁ!死ぬかと思ったぁ・・・。」

 

ペルーシャの冗談のようなそのつぶやきには三割ほどの真剣さがあった。

だが、そんな親友の安堵が気にくわなかったらしい鬼軍曹。

頬を軽く膨らまして腕を組み、唇をとがらせた。

 

「ペルーシャが変なことをマオウに言おうとするから悪いんだ。」

「ごめんねアマミちゃん。許して?」

 

シュンとしっぽまでしおれた申し訳なさそうな顔で謝るペルーシャ。

上目遣いなその瞳は潤んでいる。

 

いくら鬼軍曹アマミと言えども、親友のしおらしい様子には弱いのか、苦笑を漏らす。

 

「はぁ、しょうが無いな。許すよ。」

「うん・・・ありがとう!アマミちゃん大好き!!」

「はぁ・・・。」

 

感極まったペルーシャちゃんはアマミちゃんに抱きつき頬をスリスリとこすりつける。

抱きつかれたアマミは鬱陶しそうな表情だが、かといって嫌がるそぶりは見せていない。

いや、ほんのり頬が朱に染まっているところを見ると、少し嬉しいのだろう。

 

俺は素直に喜べないところがアマミらしいな、と思ってしまった。

 

そんなほほえましい光景を眺めていた俺だったが、そのまま見つめているわけにもいかない。

 

「じゃあ、次は俺がお湯をもらっても良いか?」

「あ、いいですよ。」

 

抱きついたままの姿勢で応えるペルーシャに俺は苦笑しながら脱衣所へと向かう。

 

「あ、あと、脱いだものは置いといてくれたら良いんで!」

「りょーかい。」

 

背中にそんな声を受けつつ、俺は脱衣所の扉を閉めるのだった。

 

「はぁ~・・・良い湯だなぁ。」

 

俺はお湯に肩までつかり弛緩する。

 

お湯に浮かびながら、俺はボーと物思いに耽る。

 

というのも、さっきからずっと、ペルーシャとアマミを襲ったザーテュルという狂人の話が頭から離れなかったのだ。

もちろん、それはその狂人が持つ恐ろしさや狂気性もその要因だとは思うが、それよりも気になっていたことがある。

 

それは・・・ザーテュルの片目が、俺の片目の状態に酷似していると言うことだった。

 

先ほども鏡で確認したが、およそ偶然とは思えないほど先ほど話で出てきたザーテュルの目とよく似ている。

 

嫌な予感がするのだ。

 

これほど記憶がないことを恐ろしいと思った瞬間はない。

ここに来てからの生活が、ペルーシャやマーガレットさん、アマミの優しさによってとてつもなく幸せで自分が記憶を失っていることを意識したことなど無かった。

だけど、今のマーガレットさんの話を聞いて、それを意識しない方が無理な話だった。

 

暖かな湯船に浸かっていてもなお、背筋に冷たいモノを感じる。

俺はその悪寒から逃げるように、ザブンとお湯に顔まで沈めるのだった・・・。

 

 

脱衣所で新しく用意された綿の部屋着に着替えリビングの扉を開ける。

 

「あ、マオウさん!長いこと浸かってましたねー。」

「すまん、気持ちよくてつい、な。」

「・・・?そうですか。なら、良かったです。」

 

ペルーシャは一瞬不思議そうな顔をしたが特になにも気にした様子はなく笑う。

 

だが、俺は少しお湯に浸かりすぎたようでクラクラしていた。

 

「すまん、冷たい水貰えるか?」

「ほら、やるよ・・・。」

 

ペルーシャに言っていたつもりだったが、なんと驚くべき事にアマミがすでに水の入ったグラスを持ってすぐ隣にいた。

 

「あ、ありがとう、アマミ。」

「フン・・・。」

 

鼻を鳴らしてソファーへと向かってしまうアマミに俺は苦笑を漏らし、ありがたくその水を飲んだ。

思っていたよりも喉が渇いていたようで、一息でグラス一杯すべて飲み干してしまう。

 

「っはぁ!うまい。生き返ったぁ・・・。」

 

俺がグイッと口をぬぐいそう言うと、ペルーシャがこそっと耳打ちする。

 

「アマミちゃんずっとマオウさんがのぼせてるんじゃないか?って心配してたんですよ。」

「え、それホント?」

「ホントです。」

 

俺が驚いてペルーシャの顔を見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべたペルーシャがそこにいる。

ピコピコと可愛らしく耳が動いているのがなんとも幼く見える。

すると、アマミは、俺たちがなにやらアマミについて話していることに気づいた。

 

「こら!ペルーシャ、また変なことマオウに言ってんじゃないだろうな!」

 

両手を腰に添えペルーシャに突っかかるアマミ。

 

「えへへ~、変なことは言ってないよぉ。」

「本当だろうな。」

 

訝しげな視線を送るアマミに対し、ペルーシャは自信満々な表情を作った。

 

「本当だよ。事実しか私は言わないです!」

 

ムン!と自慢げに胸を張るペルーシャはふりふりとしっぽが揺れている。

そんなペルーシャの様子に呆れたアマミは、額に手を当てて呟く。

 

「その事実ってのが一番心配なんだよなペルーシャの場合・・・。」

「なんで!心配しないでよ、アマミちゃん!!」

「ムリ。」

「がーん!!」

 

この世の終わりのような顔で落ち込むペルーシャ。

しっぽも耳もしおれてしまい、全身で落ち込んでいるのが分かった。

俺はそんな二人の様子がなんだか嬉しくて笑みを溢す。

 

「なに、笑ってんだよマオウ。」

 

そんな俺の笑顔がかんに障ったのかギロリとこちらをにらみつけるアマミ。

 

「なんでもないよ。」

 

俺がそう答えると、アマミは顔を赤くして飛びかかってきた。

 

「むぅー!なんかお前のその顔気にくわない!天誅!」

「ぐぇ!!苦しい、助けて。」

 

アマミの指が首を容赦なく締め付ける。

 

「あはは!アマミちゃんとマオウさん仲良いなぁ!」

 

ペルーシャがそんな俺たちの様子を無邪気に笑っているので、俺たちは抗議した。

 

「「これのどこが、仲良しなんだぁああ!!」」

「ほら、仲良し!」

 

図らずも声が揃ってしまい、その様子を見て嬉しそうに両手を合わせるペルーシャ。

俺たちの抗議など耳を貸す様子もなく、うんうん、と嬉しそうに頷いている。

 

そんな嬉しそうな彼女を見ていると、俺も悩んでいたのがばからしくなってきた。

それはアマミも同様で呆れながらも口元には笑みを浮かべ笑っている。

いつのまにか、俺も声を上げて笑ってしまっている。

 

こんな幸せがずっと続いていけばこれ以上嬉しいことはない。

だけど、もしもその幸せが失われそうになれば、誰よりもまず俺が彼女達を守る。

 

アマミに揉みくちゃにされ、ペルーシャに笑われながらも、そんなことを心の中で一人、俺は誓うのだった。

 




いかがでしたか?
可愛い女の子に囲まれたマオウさん。
次のお話は節目の十話なので何か変わったことをやりたいなあと思います。
感想なんかで意見くれたら嬉しいです!
では、また次回も楽しみにしていてください!
see you!


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マオウピンチ!

第十話です。
二桁の大台に乗りました!
ここまでよんで頂いた皆さん、本当にありがとうございます。
文書力の低さには定評のある自分。
お目汚しもほどほどにせよ!と怒られてもおかしくないほどに拙く読みにくいところもあったと思います。
読んでくれた皆様にはホント感謝しかありません。
これからも、読んでよかった!と思ってくれる作品にしていこうと思っています。
なので、どうかこれからも末永く応援よろしくお願いします!

長々とした前書きすみません。
そろそろ、本編を読ませろ!という声が聞こえてきますので、この辺で。
では、どうぞケモミミたちと情けないマオウのラブコメを楽しんで下さい〜!



「ふぅ・・・食った食ったぁ。」

 

俺は膨れたお腹をさすりつつそう呟く。

すると、隣にある白い耳が嬉しそうにピコピコと動いた。

 

「マオウさん、ホントよく食べますねぇ。作りがいがありますよ!」

 

グッと拳を握り、瞳を輝かせている人物。

そう、その猫耳はもちろんペルーシャのものだった。

 

いつもニコニコしている彼女ではあるが、今はいつになく嬉しそうにほほえんでいる。

 

それもそのはず。

今日の晩ご飯は、なんとペルーシャが作ってくれたのだ。

この前のおかゆはマーガレットさんが作ってくれたそうだが、そのとき、俺はペルーシャが料理を苦手なモノだと勝手に思い込んでいた。

だが、今日出てきた料理はなんとも自分好みで、俺はぺろりと平らげてしまったのだった。

 

ペルーシャは終始俺の食べっぷりに「ほお。」とか「ふふ。」などと感嘆の声を漏らし、自分の料理にがっつく俺を嬉しそうに眺めていたのだった。

 

そして、今彼女はなにかを求めるように俺を見つめている。

 

――て、照れる。

 

あまりにもまっすぐなまなざしのペルーシャに俺は、ポリポリと頬を掻く。

 

「いや、まあなに。作ってくれた飯がうまくて、ついな。」

 

少し照れはしたが、それでもホントに料理がうまかったので、素直に感想を述べると、ボッと音がしそうなほどの勢いで顔を赤らめたペルーシャ。

 

「え…。きょ、恐縮です。」

 

そう言ったペルーシャは顔を押さえ、はわわはわわ、とせわしなくしっぽを動かしている。

そんな照れまくりな彼女の様子に俺は苦笑した。

 

「そんなに照れなくても。」

 

俺のその言葉にハッとした表情になるペルーシャ。

あまりにも俺の一言に動揺しすぎたことに気がついたのだろう。

ささっと乱れてもいない前髪を整え、コホン!と一つ咳払い。

完全に居住まいをと整えたペルーシャはキリリとした視線を俺に向けて言った。

 

「て、照れてなんて無いですよ!何言ってるんですか、マオウさん!」

 

なぜかそんな風に強がるペルーシャに俺は首をひねる。

 

「お、おう。そうなのか?」

「そうですよ。」

 

そう言って腕を組み、ツンとすまして見せるペルーシャだった。

 

確かに、その落ち着き払った様子からは照れた様子なんて全然感じられないし、本人もうまくごまかせていると思い込んでいることだろう。

 

――しかし。

 

「顔赤いぞ・・・。」

「え・・・・!」

 

俺のその一言に驚き、確かめるように自分の顔をぺたぺたと触り出すペルーシャ。

さっきまでの自信に満ちあふれた姿はどこへやら。

もはや、顔どころか、耳まで赤い。

 

すると、向かいの席で苦笑する気配。

 

「そこまでにしといてやれ、マオウ。ペルーシャが可哀想だ。」

 

からかう調子でそう言ったアマミは紅茶に口を付ける。

まるで、小さな子をあやすような口調だ。

 

「アマミちゃんまで!!」

 

二人して私をからかって酷い!と言いたげなペルーシャだったが、何かに気がついたのか、再度ハッとする。

んん、と喉をならし瞑目すると、今度は一転。

自信を滲ませた口調でこう切り出した。

 

「フフン、だまされたね、二人とも。残念でした!私は照れてないよ。だって私の料理がおいしい事なんて当たり前だからね。」

 

ペルーシャはそう言って、フフンと鼻で笑い、胸を張る。

だけど、悲しいかな。

やっぱり、顔は赤い。

 

そんな彼女の様子を見ていた俺とアマミは、顔を見合わせ、クスリと笑みを溢す。

 

「なら、そういうことにしとこう。な、マオウ?」

「ああ、そうだな。アマミ?」

 

「もう!!二人とも全然信じてない!!」

 

むきー!と地団駄を踏むペルーシャに俺たちは声を上げて笑った。

 

「うう・・・絶対見返してやるんだからぁ。」

 

悔しそうにそう呟いたペルーシャだったが、口元には笑みが浮かんでいる。

結局、俺もアマミもペルーシャも、この他愛ないやりとりを目一杯楽しんでいたのだった。

 

 

 

 

 

だけど、楽しい時間は早く過ぎるものでもうかなり夜も更けている。

すでに、マーガレットさんは一足早く床につき、今リビングには俺たちしかいなかった。

 

「じゃあ、そろそろ寝ましょうか?」

 

ペルーシャが紅茶の入っていたカップを下げながらそう言った。

 

「ああ、そうだな。もう夜も遅いし。」

 

俺がそう言うと、アマミも頷く。

 

「ああ、私は明日も早くから出なくてはならないしな。」

「そうだよね。アマミちゃん明日もお仕事だもんな~。ホントご苦労様です。」

 

ペルーシャがアマミに丁寧なお辞儀をする。

 

「いや、好きでやってるみたいなところもあるし。それに、新入りをビシバシしごけるからな!明日も楽しみだ・・・。」

 

フフフ、と笑みを溢すアマミ。

おそらく明日、どんな方法で新入りをいびろうか考えているのだろう。

まじでドSだなぁ、アマミって。

アマミがあれほど楽しそうにするなんてよほど、厳しいメニューを考えているのだろう。

新入り死なないかな?大丈夫かな?と心配になるのは、アマミの暴力をこの身に受けてきた俺であれば当然である。

だけど、俺にできることなど何もない。

せめてそんな哀れな新入り達に俺は心の中でエールを送る。

 

新入り、マジでガンバ!死ぬなよ!

 

と、雑なエールを心の中で送った後、俺は立ち上がった。

 

「んじゃ、俺は昨日と同じ部屋で眠れば良いんだよな?」

「あ・・・。」

「え・・・?」

 

俺の問いかけに、しまった!見たいな顔で冷汗を垂らすペルーシャ。

俺はそんな彼女の様子を見て嫌な予感がした。

 

「おい、ペルーシャ。マオウが眠る部屋なんて無いんじゃないか?だって、この家には三つしか部屋が無い。私、ペルーシャ、おばあちゃん。その三人が一つずつ使ってるじゃないか?」

 

アマミが不思議そうな顔をペルーシャに向ける。

 

更に気まずそうな顔になったペルーシャは怖ず怖ずとその言葉にこたえた。

 

「実はですね、マオウさん。昨日使ってもらった部屋はアマミちゃんのお部屋なんです。」

「は!?」

「え・・・?」

 

間抜けな声を上げる俺に対して、鬼の形相でくってかかるアマミ。

 

「どういうことだよ、ペルーシャ!!なんで私の部屋をマオウが・・・ってことは、こいつが昨日、私のベッドでね、ねねね眠ってたって事だよな!?」

「うう、仕方なかったんだよ。アマミちゃん丁度家にいなかったし、おばあちゃんも良いって言ってくれたし!」

 

そんなアマミにペルーシャが必死に弁解している。

 

というか、俺が自分のベッド使うのってそんなに嫌なことなの?

なにげにショックなんですけど・・・と一人落ち込んでいると、話の矛先は俺に向く。

 

「マオウ!お前もお前だ。普通女の子の部屋を使うか?しかも、部屋を無断で使うだけでなく、ベッドまで使うなんて恥を知れ!!」

「いやいや!俺はなにも知らなかったんだ。俺は悪くないだろう?」

 

人差し指を突きつけて、俺を非難するアマミ。

だけど、俺はそのとき、怪我をしていて昏睡していたし、この家のことを何も知らなかったのだから仕方ないだろう。

 

すると、そんなアマミの様子を見かねたペルーシャが、俺たちの間に割って入る。

 

「マオウさんは悪くないよ!勝手にアマミちゃんのベッドに寝かしつけちゃった私が悪いの。だから、ごめん!許してください!」

 

お願い!と言って両手を合わせるペルーシャちゃん。

アマミ軍曹は大層お怒りで、ペルーシャの頭を下げる姿を始めは眉間にしわを寄せて見ていたが、あまりに真剣なペルーシャの様子に観念したのか、フッと破顔した。

 

「顔をあげなペルーシャ。許してあげるから。」

「アマミちゃん!」

 

泣きそうな顔で見つめてくるペルーシャに、今度は逆にアマミが申し訳なさそうな顔になる。

 

「いや、まあ私もちょっと怒りすぎたと思うし。」

「アマミちゃん!!やっぱり大好き!!」

「ぐえ・・・!!」

 

ペルーシャがアマミに抱きつき、アマミが苦しそうな顔になる。

 

「う、苦しい。ペルーシャ。」

「えへへ~。」

 

目を細めてスリスリ~とほおずりしてくるペルーシャ。

アマミは諦めたように大きなため息をついた。

 

「はあ・・・。」

 

俺はそんな仲良し二人組の、百合百合しい一幕を見せつけられ、ひとまず喧嘩にならなくて良かったーと安堵していたのだが、俺が今夜どこで眠れば良いのか、という問題の根本的な解決には何一つなっていないことに気が付く。

 

「じゃあ、お二人さん。俺は今日はどこで眠れば・・・。」

 

幸せそうに、くっついてほほえんでいた二人だが、俺の一言で中断。

ペルーシャがうーん、と言いながらあごに人差し指を添えて考える仕草を見せる。

 

「うーん、さすがにここで眠ってもらうわけにはいかないですから、やっぱり考えられるとしたら私の部屋でしょうね。」

「え!!」

 

俺はあまりの驚きに声を上げる。

アマミも俺同様驚いているようで、ペルーシャの肩を両手で持ち、言った。

 

「正気か!?ペルーシャ。マオウを部屋に入れるなんて!」

 

アマミのそれはさりげなく傷つけられる言葉だった。

そんなに嫌かな・・・俺を部屋に入れるの。

泣きそうになっている俺になど気が付かないで二人は話を進めてしまう。

 

「私は気にしないよ。マオウさんは優しい人だし、それに今は元気そうに見えるけど、一応、マオウさんはまだけが人だからね。私が責任持って一晩いっしょに過ごすよ!!」

 

任せて!と胸を叩くペルーシャ。

その姿は責任感に満ちあふれたいつものペルーシャのそれだった。

だが、アマミは渋い顔を見せる。

 

「うーん・・・。」

 

腕を組み、頭を悩ましていたアマミだったが、突然カッ!と目を見開きこう言い放った。

 

「いいや、やっぱりダメだ!!マオウがペルーシャのかわいさに負けて、あんなことやそんなことをするに決まっている!二人きりにはできない!!」

「しないよ!!」

 

アマミのあまりにも酷い言葉に俺は思いっきり突っ込む。

だが、そんなキレキレの俺の突っ込みは気にもされず話は進む。

まじつらい。

 

アマミが何かを思いつき、ピン!と人差し指を立てて説明する。

 

「そうだ!これなら、どうだ?ペルーシャとマオウを二人っきりにすることはできないけど、三人いっしょなら別だ。もしも、マオウがペルーシャに変な事をすればすぐに私が殺せるし、万が一マオウの体調が悪くなってもすぐに治療できる。一石二鳥じゃないか!?」

 

名案を思いついた!と鼻高々なアマミ。

いつもはあまり嬉しそうなそぶりを見せない彼女だが、今は深夜と言うこともあってかテンションが高い。

彼女の耳が嬉しそうにピコピコと動いている。

 

「それ良いですね!私も久しぶりにアマミちゃんといっしょに眠りたいですし、Win-Winですよ!」

「それだよな!Win-Winだよ!!」

 

抱き合って歓びを分かち合う二人。

なんだか、なにかの大会で優勝したときみたいな歓び様である。

 

しかし、そんな歓びの絶頂にある二人とは、対照的に俺はその話に対して複雑な思いを抱いていた。

 

ええ~~!!

あんな美少女二人といっしょに眠らなくてはいけないのか!?

いや、別に嬉しくないわけじゃない。

むしろ、めちゃくちゃ嬉しい、ちょー嬉しい。

ペルーシャは良い子で可愛いし、アマミも性格がきついところもあるが、見た目はかなりの美少女だから、これで嬉しくない奴がいるはずない。

だけど、だけどだ。

もし、俺の理性が崩壊してどちらかに手を出しでもすれば俺の命はあの鬼軍曹によってあっけなく潰えるだろう。

そんなバッドエンドだけは避けなくてはならない。

 

俺は自らの生命の危機を感じ、声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待っ・・・。」

「じゃあ、そうと決まればレッツ・就寝!!」

「そうだな!!よし、行くぞ、マオウも。」

 

そう言うやいなや、アマミとペルーシャは立ち上がり、俺の両腕を取る。

そして、引きずられるようにして俺は運ばれてしまう。

 

「おい、ちょっと待って。お願い、ちょっと話をきいて・・。」

 

俺はあまりに強引すぎる展開に声を上げる。

だけど、俺の言葉には聞く耳すら持たない二人。

 

「なんですか?マオウさん。顔赤いですよ?照れてるんですね~。」

 

ペルーシャはそう言って、さっきまでの仕返しができたことを喜んでいるし。

 

「なんだ、マオウ。お前ペルーシャで変な事考えてるんじゃないだろうな?安心しろ。私がいる限り、お前の考えているようなことは一生起きない。」

 

にっこりと笑うアマミは相変わらず恐ろしい。

 

「ああ、神様、助けてくれ~・・・。」

 

しかし、魔王が神に助けを乞うている、という皮肉さに気が付くモノは、マオウ本人含めて誰もいない。

そこには、楽しそうに笑う猫耳、うさ耳の美少女と、これからの数時間におびえる情けないマオウがいるのみ。

こうして、彼らの賑やかな夜は過ぎさっていった。

 

 




いかがでしたか?
楽しんでいただけましたか?
まぁ、添い寝シーンは次の話で出そうかなあと思います。
次の話楽しみにしていてね〜。
では、また!


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ケモミミラブコメ

今回、ただのラブコメです!
キュンとしたり、笑ってくれたら嬉しいです!


 ポカポカとしたお日様が差し込む、心地良い春の庭。

 

 花壇には色とりどりの花々が咲き誇り、時折、甘酸っぱい花の香りが風に乗って運ばれてくる。

 

 その花壇の前に木の揺り椅子が一つ。

 

 それは母のお気に入り。

 母はいつもそこに座り、花壇を見つめる。

 その時の、母の顔はすごく優しげで、楽しそうで。

 そして、俺は、そんな幸せそうに花を見つめる母を、眺めていることが、大好きだった。

 

 「母さん」

 

 俺の短い呼びかけを聞いた母は、背の低い俺に合わせるように腰をかがめ、微笑んだ。

 

 「ん?どうしたの?」

 

 俺は出来るだけそっけなく言った。

 

 「だっこして」

 

 俺がそう言うと、母は優しく俺の頭を撫でる。

 

 「ふふふ、ホントしょうが無い子だね」

 

 そう言うと、母は両腕で俺を引き寄せ、ギュッと抱きしめる。

 

 柔らかくて、暖かくて、いい匂い。

 

 目をつむると、まるでお日様に包み込まれているみたいだ。

 

 ああ、ずっとこうしていたい。

 こうやって、ずっと母さんの腕の中で眠っていたい。

 

 素直にそう思えるほどの多幸感に、今、俺は包まれている。

 

 「かあさん」

 

 「なーに?」

 

 母の優しい声。

 ただそれだけなのに、俺は嬉しくて、なんどもなんども呼びかける。

 

 「かあさん」

 

 「なーに?」

 

 母も、俺が何か返事を期待して呼びかけているわけではないことを感じ取っている。

 ただ、優しく一言「なーに?」と聞く。

 たったそれだけ。

 それだけなのに、俺の心は、ポカポカと暖かくなる。

 

 「かあさん、かあさん……かあさん!!」

 

 「マオウさん、私はマオウさんのお母さんじゃないですよ?」

 

 「え……」

 

 今まで聞こえていた母の声、ではない。

 それに、さっきまであった、あの花壇も、揺り椅子も、母も見えない。

 目の前は真っ暗だ。

 やばい、まさか……。

 

 俺は嫌な予感にまぶたをソッとあげる。

 

 すると、そこには困ったような笑みを浮かべたペルーシャの顔があった。

 

 「え!!ペルーシャ!?」

 

 「はい、マオウさん。」

 

 ペルーシャはニコリと笑みを浮かべ、こちらを見つめている。

 俺は驚きのあまり、目を見開き、彼女の顔を眺め回すが、どこからどうみても、正真正銘、彼女はペルーシャだ。

 

 だが、待ってくれ。

 どうして、ペルーシャが、俺の隣で眠っているんだ!?

 しかも、俺のこの体勢はどういうことだ!?

 なんで俺はペルーシャに抱きついちまっているんだ?

 

 グルグルと様々な疑問が頭を渦巻き、混乱していると、ペルーシャは口元に手を当て、悪戯っぽく笑みを溢し言う。

 

 「マオウさん。ずっと「母さん、母さん」って言いながら私に抱きついて来てましたよ?」

 

 「うそだろ……」

 

 「ホントですよ~。なんか小さな男の子みたいで、恐縮ながら可愛いって思っちゃいました」

 

 ペルーシャはそう言うと、ほんのりと赤く頬を染め、クスリとまた笑みを溢す。

 

 恥ずかしい!!

 死にたいくらい恥ずかしい!!

 

 「忘れてくれ……」

 

 両手で顔を覆いそう懇願するものの。

 

 「絶対忘れませんよ~。マオウさんのあんな可愛い姿」

 

 パチンと綺麗なウィンクを決める彼女に俺はため息をついた。

 

 「じゃあ、しょうが無い。忘れてもらうのは諦める。だけどな……」

 

 「だけど……?」

 

 俺の言葉のつづきを促すように首をかしげるペルーシャ。

 まるで、見当が付かない様子だ。

 

 だけど、俺には、ずっと気になっていることがあったんだ。

 

 それは……。

 

 「だけど、服を着せることは諦めない!!っていうか、なんでペルーシャ、お前、裸で俺を抱きしめてるんだよ~!?」

 

 「え……?」

 

 俺の魂の叫びを聞いても尚、不思議そうに首をかしげるペルーシャ。

 

 少し動くたびに、まぶしい肌色が視界に入り刺激が強すぎる。

 今は布団で隠れているけど、あと少しずれちゃったら大変なことになる。

 

 「いや、だから、なんで裸なの?そういう、種族なの?」

 

 「やだな~マオウさん。いくら私たち獣人族でも真っ裸で眠る習慣なんて無いですよ~」

 

 おかしそうに笑う彼女だが、どこからどう見ても、俺には裸にしか見えない。

 

 「いや、だって、今裸じゃ……?」

 

 俺の言葉に、ペルーシャはふっふっふ、舐めないでくださいと笑う。

 

 なんだ?何か彼女にしかわからない秘密がそこには隠れているのか!?

 俺は知らず知らずのうちにゴクリと生唾を飲む。

 

 その時、ペルーシャはカッ!と目を開き、こう叫んだ!

 

 「安心してください!パンツは履いてます!!」

 

 「おい!どや顔で言ってるところ悪いけど、それそういう問題じゃないからね!?」

 

 したり顔になったペルーシャに俺は鋭い突っ込みを入れる。

 だが、ペルーシャはまったく堪えた様子もなく、頬をポリポリと掻きながら言う。

 

 「いやぁ、私実は眠っている間に、服がどこかにいっちゃう癖があって……たはは」

 

 「たはは……じゃないよ!!それ、どういう癖なんだよ!?」

 

 「私にもわかりません!!」

 

 「誇らしい顔をするんじゃない!!」

 

 まったく……あのまじめなペルーシャが、まさか脱衣癖があるなんて、露程も思わなかったぞ。

 実はペルーシャって結構抜けてるのか……?

 

 俺が頭を押さえ、あきれ果てていると、先ほどまでとは打って変わり、突然、モジモジといじらしい態度になったペルーシャ。

 

 「どうした?」

 

 俺がそう問いかけると、彼女は顔を真っ赤にしてうつむき、聞こえるか聞こえないかの小さな声でこう言った。

 

 「……だって、こうやって強がってないと恥ずかしくて死んじゃいそうなんですもん」

 

 ずきゅん!

 俺の心臓は完全に打ち抜かれてしまった。

 

 いや、ホントそれ反則。

 さっきまでの、自信に満ちあふれた表情から一転、しおらしく、羞恥に顔を染めるなんて。

 彼女のあまりのかわいらしさに、さっきから俺の心臓はとんでもない速度で脈打ち、口から飛び出てきそうだ。

 

 「マオウさん……」

 

 そう呟き、うるうる、とした瞳で見上げてくるペルーシャ。

 俺は彼女のそんな様子に一瞬言葉を失い、見惚れてしまったが、なんとか言葉を絞り出す。

 

 「……お、おう。そうか。ホントは恥ずかしかったのか。悪い。色々言って。」

 

 「いえ……私こそ、なんかすみません。」

 

 そこで、会話は途切れ、気まずい沈黙が俺たちを襲う。

 

 お互い視線を合わせず、しばらく、口を開かなかったが、俺はこの沈黙をこれ以上耐えることができず、とりあえず、彼女に服を着てもらおうと口を開いた。

 

 「……じゃあさ。とりあえず、服着てくれないか?」

 

 その言葉にペルーシャはこれまた恥ずかしそうに言う。

 

 「あの……では、後ろ向いといてくれますか?流石に、着替えを見られることは、私、恥ずかしいので……」

 

 「お、おう。わかった……」

 

 恥じらいを見せるペルーシャに、俺も動揺を隠しきれず、若干声が上ずってしまい、それを誤魔化すように、素早く体を反転させ、ペルーシャに背を向けた。

 

 「ふう……これで、安心でき……」

 

 「なーにが安心なのかなあ?マオウ君?」

 

 反転した俺を待っていたのは、鬼の形相をしたうさ耳美少女。

 怒りが頂点に達し、こめかみがピクピクと震えている。

 

 あ、これ死んだかも。

 

 絶望が俺の心を埋め尽くす。

 

 だが、ここで生を諦めるわけにはいかない。

 俺はまだこんなところで死ぬ訳にはいかないし、死にたくない。

 それに、いくら鬼軍曹といえども、悪気のない人間を殺したりはしないはず……。

 

 その僅かな希望に賭けて、俺は満面の笑みを作り、こう言い放った!

 

 「おはよう!アマミ!」

 

 「死ね!!マオウ!!」

 

 「ですよね!?」

 

 こうして、マオウとケモミミ美少女の騒がしい一日は幕を上げた。

 

 




どうでしたか?
次回から話動きますのでお楽しみに


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