横島堂へようこそ (スターゲイザー)
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ネギま編
第一話 吸血鬼はワガママ




 第二の人生と呼ばれているものがある。
 これは二度目の人生を歩み出した男女の物語である。





 

 

 昼下がりの陽気な午後。麗らかな陽気が体に染み込んで眠気を誘って来る。

 

「暇だなぁ」

「暇でござる」

「暇ね」

 

 一人と二匹が異口同音に言葉を紡ぎ、計ったように同時に欠伸をする。

 

「このまま寝ちまうかなぁ。でも、店で寝たことがバレたら後でどやされそうだし」

「客でも来てくれれば眠気も消えるのにね」

 

 後ろのお座敷に置いてある柔らかいクッションにその身を埋める尾が九本ある狐が大きな口を開けて欠伸をする。

 

「一見さんお断りってわけじゃないんだけど」

「やはり一般人には敷居が高いと思うでござる」

「お守り系とかは普通は神社とかで買うもんだしな。わざわざこんなところまで買いに来る酔狂な人も珍しいか」

 

 レジ前の椅子に座りつつ膝の上で丸くなっている子狼の背を撫でながら、小ぢんまりとした店内を見渡しても客は一人もいない。

 

「それ以前に場所が悪いでござる。ただでさえ一般向けではないのに人目に付きにくい場所にあるし」

「宣伝したり、もっと一般向けに商品を作った方がいいんじゃないの」

 

 認識阻害をかけてるわけでもないが店自体があまり人目に付く場所にあるわけでもないので気づく人が少ない。

 例え興味を引かれて店に入って来ても一見さんの興味を引くような品は置いていない。

 狐と狼の言うように一般人向けの商品を作るべきかと男は考えるが首を横に振る。

 

「つってもな、ネットで注文は受けてんだ。爺さんの頼みで店の形にしただけで稼ぎは十分にある。一般人向けの商品はこれ以上作らなくてもいいだろう」

 

 一応表用の商品は並べてあるが、なんとなく入って来た普通の人も外れだと思って直ぐに店を出ていく。来たとしても裏の人間だけで、彼らが来た場合は大抵買う目的の物は決まっているので滞在時間は短い。

 最初から分かりきっていたことなのに、店を開くことになったのは住んでいる学園都市の学園長に頼まれたからである。

 

「学園長の頼みも分からないでもないけどね。ネットで稼ぎは出てても、店って形にした方が周りに誤魔化しは利きやすいじゃない。それにお宅のお父さんって働いてるの?って学校で噂されなくてすむし」

「拙者は直に聞かれたことがあるでござるな。その時はいんたーねっとで売っていると答えたでござるが、拙者には電子機器のことはよく分からんでござる」

「実際はインターネットじゃなくてまほネットなんだが」

「似たようなものでしょ」

「…………それはともかく、同じ自営業にしても店を持ってると持ってないのとじゃ印象が大分違うんだよな、やっぱ」

 

 十年以上も麻帆良に住んでいて身近なところでこのような話が出ては流石に男も唸りながら納得した。

 

「あら、アンタと協会員との繋がりを強くしたいってのもあると思うわよ。実際に使う側からしたら現物を見てから買いたいだろうし」

「偶に来る魔法使いとかでござるか?」

「そうよ。コイツの腕を良く知っている刀子は例外として、西出身の術士が麻帆良で販売してるって時点で疑念は持つだろうし、個人で売買してる所は当たり外れが多いから買うにしても確認ぐらいはするもんよ」

 

 流石はその美貌と博識から鳥羽上皇に寵愛された玉藻前の生まれ変わりなだけあって、人の機微に聡い狐に男も狼も感心するばかりである。

 

「ん? 協会員との繋がりって別に勧誘はされたことないぞ」

「嫌がる人間を無理に誘ったって上手くいかないことは向こうも分かってるわよ。だから、わざわざ回りくどく協会員の人となりを知らせて悪印象を失くした頃に誘うんじゃない」

「先生は関西呪術協会に所属しているのではないのでござるか?」

「今は名前を置いてるってだけだぞ。関東魔法協会に入るなら移籍ってことになるのか」

「移籍…………サッカーや野球のようでちょっと格好良いでござる」

「実は俺もそう思った。こう、胸が躍るよな」

「アホじゃないの」

 

 とはいえ、自分達としては組織に所属する面倒さは十年前に散々思い知ったので距離を置きたいのが本音である。

 店を構えようと考えて来た時に色々と便宜も図ってくれたことには感謝している。組織に所属したくはないと言う自分達の意向を汲んでくれたことも。

 だが、限られた客が協会員達だけでは、面を通して親しくなることで自分達を引き込みたいという思惑が透けて見えなくもない。強引な誘いどころか、協会に入ってほしいの一言もないのだからこちらからは何も言えない。

 

「あの腹黒狸め」

「寧ろぬらりひょんではなかろうか」

「孫娘は普通なのにね」

 

 遺伝とは真に不思議なものである、と一人と二匹はDNAの解けぬ神秘に、狸よりも学園長の風体では合致する妖怪の方が良いかと眠気を忘れる為に考えていたが、揃って再びの欠伸をする。

 学園長陰謀論を打ち立てようとも眠気は消えてくれないらしい。

 

「まあ、十年も経ってるのに今更勧誘も何もないだろう」

「分かんないわよ。この犬と私を同じクラスにするのは良いにしても、うちのクラスは厄介な奴が多すぎるし」

「そうなのか?」

「う~ん、拙者も直接聞いたわけではないでござるが、人外が何人も固められている以上、面倒なのを集めておこうという意図も感じられないわけではないでござる」

「その括りだとお前達も面倒なの扱いされてるぞ」

「はっ!?」

「私をあんな色物連中と一緒にしないでよね」

 

 同類扱いされていることに気付いた狼と、クラスの色物連中と同じにしてほしくない狐がムクれるのに笑っていると店の扉が外から開かれた。

 カランコロン、と扉の上部に付けてあったベルが鳴って本日一人目の客が店内に足を一歩踏み入れる。

 

「へい、らっしゃい――――――ってエヴァかよ」

 

 初見ならば確実に並べられた商品の妙さに戸惑うのに、入店した客は慣れた様子で金色の長髪を歩く度にユラユラと揺らしながら真っ直ぐにレジへと向かって来る。

 

「客になんという言い草だ。しかし、何時来ても暇そうな店だな、横島」

 

 麻帆良学園女子中等部の制服に身を包むには些か小さすぎる体の少女は、人形染みた造形とは裏腹な皮肉を込めた第一声を放つ。

 

「この横島堂はネット販売が主力なんだ。別に客がいんでも困らん」

「言い訳しているように聞こえるぞ」

 

 自分でもそう思うので少女の言うことは全く以てその通りである。

 

「いらっしゃい、2-Aの色物枠筆頭の麗しのキティさん」

 

 退屈しのぎになると思ったのだろう。金髪の少女の来店でクッションから横島の肩を経由してカウンターの上に乗った狐が明らかに悪巧みしている笑みを浮かべる。

 

「その名で呼ぶなと言っているだろ、タマモ」

「エヴァンジェリン・A(アタナシア)K(キティ)・マクダウェル、本名じゃん。俺としては別になんて呼んでも構わないと思うぞ」

「そうよね、横島。キティなんて可愛い名前じゃない」

 

 横島が本音を伝えると何故かエヴァンジェリンに溜息を吐かれた。

 タマモが明らかにからかい目的で言っているのとは違って、横島が本音で言っていると分かる為である。

 

「エヴァで良いから貴様もキティとは呼ぶな。全く貴様らはおちゃらけなければ気がすまんのか」

「これが俺のキャラクターなんでね」

「人をおちょくるのが好物なのよ」

「そんな奴は死ねばいいでござる」

「それは言い過ぎだぞ、シロ」

「む、何故でござるかエヴァ殿?」

「私も人をおちょくるのは好きだからだ」

 

 エヴァンジェリンの告白にシロがガビーンと効果音がせんばかりに固まった。

 直情傾向なシロはからかわれやすいのでそういうのが好きな者の傍には出来るだけ近寄ろうとはしない。タマモに関しては仕方ないと諦めていたのだがとんだ伏兵がいたものである。

 とはいえ、流石に付き合いの深い面子以外にこのようなキャラクターを出すほど彼らも馬鹿ではない。相手を見て態度はしっかりと変えている。

 

「で、要望は? まさか茶を飲みに来たってわけじゃないだろ」

 

 ここは店主として話の主導権を握らなければとでも思ったのか、横島がエヴァンジェリンに向けて言うと、何故か鼻を鳴らして見下された。

 昔取った杵柄というか、一度染みついた性根は中々消えないらしく、魂に刻まれた丁稚の気質がその見下す視線に少し背筋がゾクゾクとしてしまったのは横島一生の秘密である。

 

「そのまさかだ。暇が出来たからアイツと茶でも飲もうと思ってな」

「俺は?」

「お前は店番だろ。何を言っている」

 

 どうにもエヴァンジェリンは自分に対しては態度が厳しい。まあ、その理由はよく分かっているのだが。

 

「私は?」

「拙者は?」

「同級生の(よしみ)だ。同席ぐらいは許してやる」

 

 取りあえず流れで聞いたタマモとシロには寛容なエヴァンジェリンである。

 同じ人外な分だけ仲間意識でもあるのかと邪推しつつ、「俺だけ仲間外れかよ」と拗ねてみる。

 

「横島よ、私の呪いを解いてくれるというなら同席させてやってもいいぞ」

 

 こうやって何かと交換条件を示して自分の望みを達成しようとしてくるのだから、この金髪の悪魔は油断が出来ない。

 

「後は卒業すれば解けるんだから無理に解かなくてもいいだろ」

「私は今すぐ解きたいのだ!」

「色々やってやったじゃないか」

「そこは素直に感謝してる。特に爺と交渉して魔力封印を緩和させたことは評価しよう。お蔭で花粉症に悩まされることも無くなった」

 

 鷹揚に頷くエヴァンジェリンの魔力は精々が一般魔法使いレベルしかないが、彼女はそれだけあれば吸血鬼の能力もあって散々悩まされて来た花粉症になることはない。

 

「ほんまに大変だったんだぞ。例えるならピンセットでぶっとい綱が雁字搦めになっているのを解くようなもんだった。下手に間違えたらこっちに呪い返しが来るし」

 

 厳密には呪いの専門家ではない横島がタマモに協力してもらいながら、何年もかけて苦労しながら今の状態にまで緩和させたのだ。

 

「未だに呪いが解けてないのは、四回目の中学をサボり過ぎて単位が足りなかった所為じゃない。責任転嫁するのは良くないと思うわよ」

「だから、通いたくもない学校に行ってるんじゃないか」

 

 タマモにまで突っ込まれたエヴァンジェリンは唇を尖らせてそっぽを向く。

 

「単位が足りていれば呪いが解けたんでござるか?」

「後は卒業さえすれば解けるってレベルだったからな。まさか単位が足りなくてやり直しなんて思わなかったよ」

「あの時のキティの顔は凄かったわよね」

「くっ、忘れろ!」

 

 これで呪いとはおさらばと思っていたら、また中学生をやらされる羽目になったエヴァンジェリンは当時の羞恥を思い出して顔を赤くする。

 

「そこまで呪いを緩和すれば解くのも文珠があれば簡単だろう」

「呪いってのは時間を重ねるごとに強力になっていくって言ったろ。十五年も真祖の吸血鬼を縛っている呪いだぞ。大元の呪いに干渉するには反動が怖すぎるつうに」

「ちっ、このヘタレめ」

 

 エヴァンジェリンは思い通りにいかずに理不尽に罵倒してくるが、万が一でも自分が呪いを解いてしまった場合の協会の行動も予測できないので出来るはずがない。

 

「下手したら呪い返しで俺が中学生をやってみろ。三十路が中学生とか社会的に死ぬぞ」

「…………確かにな」

 

 横島の中学生姿を想像したエヴァンジェリンだけでなく、シロも微妙な顔でタマモに至ってはクツクツと笑っている。

 ヤバいどころか痛いだけである。

 

「無性に言いたいことはあるが、俺は家族と平々凡々に過ごしたいの。協会との兼ね合いもあるし、後はちゃんと卒業して呪いを解けっての」

 

 呪い返しで中学生をやらされたら自分一人だけならばともかく家族にも迷惑がかかるのでヘタレと呼ばれようとも御免蒙る。

 

「つまらん大人め」

 

 文句を言いつつもエヴァンジェリンほどの者が力尽くで行動に移さないのは、こちらに配慮してくれているからだということを良く知っている。

 

「私としては解いてあげてほしいけどね」

 

 長いこと封印されていたことのあるタマモとしてはエヴァンジェリンの気持ちがよく分かるだけに封印解除してほしいらしい。

 

「駄目でござる。もしも封印が上手く解けなくて、万が一でも先生の方に呪いが移りでもしたら誰が拙者の散歩に付き合ってくれるでござるか」

「おい、シロ。それって俺の為を思って言ってるんだよな?」

「勿論でござる」

「よし、明日から散歩は一人で行ってくれ」

「なぬっ!?」

 

 またまたガビーンと固まってしまったシロに呆れた目を向けるタマモとエヴァンジェリン。

 

「犬のことは置いておいて」

「狼でござる!」

「タマモの封印は解いておいて、私の封印は解けないとはどういう了見だ、ああん?」

 

 犬扱いされた狼が何か言っているが、吸血鬼に目の前で凄まれている横島には堪ったものではない。

 

「タマモの場合とは違うって。封印が勝手に解けて、九尾の狐が国家に仇なす邪悪な妖怪という伝説は迷信だって分かった上で、アイツの使い魔ってことにした上で自由に行動出来てるわけで」

「第一、私は玉藻の前その人じゃなくて生まれ変わりだもの。それでも保護観察みたいなものよ。悪いことをしたら、ほら見ろって掌返されるわ」

 

 タマモとエヴァンジェリンではどうしても状況が違うが立場的には大きな違いはない。

 

「まあ、私は運が良かったと思うわよ。封印が解けた時に近くにいた術者がお人好しだったのは」

「折角の新婚旅行が台無しだったけどな」

「どの新婚旅行でござるか?」

「確か三回目ぐらいじゃなかったか」

「違う違う四回目だって」

 

 横島夫妻の中では新婚の内にした旅行は全て新婚旅行なのである。その理屈を口にすると今の一人と二匹のように物凄く呆れられるが。

 

「そういえば茶々丸ちゃんは?」

 

 どうにも旗色が悪くなったので、話を変える意味もあってここ数年にエヴァンジェリンと行動を共にするようになった懐かしい友人を思い出す少女の話題を出す。

 

「定期メンテだ。で、終わるまで暇だからここに来たわけだ」

「暇潰しかい」

「時間の有効活用と言え。で、アイツは?」

 

 そう言えば茶々丸はロボットだったな、と最近とみに表情豊かになってきた少女の正体を今更ながらに思い出しているとエヴァンジェリンは目的の人物を探して、レジの背後にあるお座敷の向こうにある通路を覗き込む。

 

「また工房にでも籠っているのか? 全く、体のことを考えねばならん時期だろうに」

 

 店は工房を併設していて家と繋がっている。面倒臭がった自分が建物を建てる時に通路を挟んで行き来できるように注文を出したので、レジ後ろの通路の向こうはエヴァンジェリンがアイツと呼んだ妻が大抵いる工房に繋がっている。

 

「今は買い物に行っててそっちにはいないぞ」

「なに?」

 

 慣れた様子で仕切りをどけてこちら側に入って来たエヴァンジェリンに目的の人物がいないことを告げると、何故かギロリと睨まれた。

 

「本当だろうな?」

「こんなことで一々嘘ついてどうするよ」

「まあ、そうだが。そうなると貴様は身重の妻を買物に行かせたということになるわけだが」

 

 なにやっとんのじゃワレぇ、とばかりにヤクザのメンチ切りのように睨んで来るエヴァンジェリンに向けて両腕を振りながら否定する。

 

「俺だって止めたんだぞ。でも、まだ三ヵ月なんだから心配するな、妊婦も少しは体を動かさないとだなんだって言われたらどうしようもないだろ」

「その程度で説得されるとは情けない奴め。つわりが収まったばかりなのに、なにかあったらどうするんだ。お前らもお前らだ。特にタマモ、お前はアイツの使い魔だろ」

 

 心配し過ぎだとの妻の言い分は最もであったので引き下がったことに対して文句たらたらのエヴァンジェリンであるが、彼女も来る度に口を出しては妻に同じように言いくるめられていることを知っているが名誉の為に言わぬが花であろう。

 

「そうは言っても、ねぇ」

「拙者らも同伴すると言ったのだが、そんな大した量を買うわけではないと説得されてしまったでござる」

「そうそう、携帯持ってるし、周りの人達とも十年来の付き合いなんだから何かあっても問題はないって言われたら付いて行くのもね」

「俺は店番があるしな。流石に中学生のコイツらに任せるのは不安だったし」

 

 重い物を買うなら連絡するように散々言い含めてあったし、買い物の場所も近所の商店街なのでなにかがあっても直ぐに駆けつけられる。そこまで制限すると心配のし過ぎと笑われたが、妻のお腹には新しい命が宿っているのだから慎重に慎重を期しても足りないぐらいだ。

 可能ならば買い物にも行って欲しくないが、三人では野菜の鮮度などの見分けが付けられないので何時も美味しい料理を作ってもらっている手前、説得されてしまった。

 

「馬鹿者、妊婦はデリケートなんだぞ。常に万が一を考えて行動しなくてどうする」

「大丈夫だって。見つからないように影法師(シャドウ)に後を付けてもらってるから。なんかあったら直ぐに分かるようになってる」

「あのエロピエロが役に立つのか?」

「あれでも横島の式神なんだから大丈夫でしょ、多分」

「正直不安でござる。どこかの覗きに行ってなければよいのでござるが」

「お前らなぁ……」

 

 仮にも妻の使い魔であるタマモと、自分の式であるシロに影法師がここまで信頼がないと逆に泣けてくる。

 

「やはりお前には父親としての自覚が――」

 

 納得できていない様子のエヴァンジェリンがクドクドと説教を始めてしまった。

 こうなってしまうと彼女の話は長い。長く生きると人というのは説教臭くなるのかと考えたところで、エヴァンジェリンが吸血鬼、それも太陽を克服した吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)であることを思い出した。

 

(これでも闇の福音(ダークエヴァンジェル)なんて厨二臭い二つ名で呼ばれてた強力な魔法使いなんだよな)

 

 高額な賞金首であり、魔法界では畏怖と共に伝えられている伝説に名を残す強力な魔法使いである。それがこんな小学生と変わらない容姿をしたお姫様のような少女であると知っている者はどれだけいることか。

 

「横島も生まれて来る子供の模範となるように生き方から見直してだな……」

 

 とはいえ、どんどん論点がずれながら説教を続ける今のエヴァンジェリンを見て誰が強力な魔法使いと思うのか。

 ただの口五月蠅いお祖母ちゃんかよと偶に思う横島だった。

 

「分かった分かった。説教はもういいって」

「全く分かっていないぞ。子供を授かるというのは貴様が思っているよりも、もっともっと重い物なのだ」

 

 十年前に学園長に引き合わされた際とは似ても似つかない元気な姿は喜ぶべきことなのだが、自分に対しては説教臭くていけない。

 長生きしている者の話の重要さは重々承知しているつもりであるが、何度も同じ話をされては堪ったものではない。

 

「あ~、はいはい。十分に分かったからエヴァも偶には何か買って売り上げに貢献してくれ。その金で生まれてくる子に玩具でも買うから」

「玩具ぐらい私がプレゼントしてやるが…………まあ、いい。その気持ちに免じて何か買ってやろう」

 

 話を逸らす意味も込めて言ったら意外にも話題に乗ってくれたので、レジが置いてあるカウンターの引き出しに入れている目録を取り出そうと探る。

 殆どないが偶に物見遊山に来るので店内に陳列されているのは一般客用の商品なので、裏専用の商品は目録を作って見えないようにカバーを付けて奥に置いてある。今回取り出そうとしているのはそちらである。

 

「先生、目録はこちらに」

「おお、サンキュー」

 

 ないな、と引き出しの奥を覗いているとお座敷の方へと行っていたシロが一冊の本を持って来てくれた。

 

「物を置いてある場所ぐらい覚えておけ」

「偶々昨日、一覧を作り直したところだったんだよ。ほら」

 

 これ以上説教はいらないと、と内心で言いながら目録を受け取って、カウンターの上に置いて広げてエヴァンジェリンに見せる。

 慣れた様子でページをペラペラと捲ったエヴァンジェリンは、あるページでピタッと動きを止めて伏せていた顔を上げる。

 

「ふむ、ではこの魔法薬を――」

「はい、却下」

 

 魔法薬のページで止めると満面の笑みで注文しようとするのを速攻で断る。

 

「まあ、駄目よね。普通の女子中学生に魔法薬なんて必要ないし」

 

 目録を一緒に覗き込んだタマモが呆れた様子で言った。

 

「最近は変態も多いぞ。女子中学生なんていい標的じゃないか。ここは自己防衛の為にだな……」

 

 若干、目を逸らして言うエヴァンジェリンが一世紀もの鍛錬を積んだ合気道の達人であることを一人と二匹は知っているので、そこらの変態が束になって襲い掛かろうが簡単に叩き潰せる者が自己防衛の為に魔法薬を持つ必要はない。

 

「合気道の達人が何を言っているでござるか」

 

 一度エヴァンジェリンのストレス発散に付き合わされたことのあるシロがタマモと同じ呆れた眼差しを向ける。

 

「今の私は魔力はあっても筋力は小学生並だから幾ら合気道が使えても魔法使いの変態に襲われたら分からんぞ。くっ、呪いなど無ければ最強なのに……」

 

 自分で小学生並と言ってダメージを受けているエヴァンジェリンに呆れた視線を向けながら溜息を吐く。

 

「茶々丸ちゃんがいれば何の問題もないし、どうしてもっていうんならこの簡易結界で我慢しとけ」

「こんな直ぐに壊れる結界に意味などいるか!」

 

 お手軽だから、と後ろのカバーに手を突っ込んで取り出した環状になった細い注連縄を渡したのだが地面に叩きつけられてしまった。

 

「何の準備もなしにそのままで魔法や気の攻撃に耐える結界を張れるお手軽な値段のアイテムなのに。魔法の射手も込められた魔力にもよるけど一矢ぐらいは防げるんだぞ」

 

 お手軽な分、大した強度がないのは欠点ではあるが費用対効果を考えれば十分に使える道具なのに勿体ないと、地面に叩きつけられた簡易結界の注連縄を拾い上げてパッパッと手で汚れを払う。

 

「効果は認めるが見た目がダサすぎる。それを持つぐらいなら魔法薬を使って障壁を強化した方がマシだ」

 

 エヴァンジェリンが言うようにたかが魔法の射手・一矢を防ぐ為に簡易結界の注連縄を使うぐらいなら障壁を張った方がマシだと魔法使いには不評なのだ。弱い呪いとかも防げ、体に直に巻くことも出来るので陰陽師とかには人気なのだが。

 

「拙者もこれは流石に……」

「こんなものを使うぐらいなら死んだ方がマシね」

 

 見た目より実用性重視なのはこの場では横島だけらしい。狼と狐からも不評で作った横島は少し哀しい。

 

「ええい! いいからさっさと魔法薬を渡せ!」

「客の態度じゃないぞ……」

 

 代金を払う気があるのかと言いたくなる態度に苦言を呈すもエヴァンジェリンは全く気にした様子がない。

 

「どうせ、ええとネギ君だっけか? その子に使う気なんだろ」

「貴様、何故そのことを!?」

「学園長に言われたのよね」

「うむ、エヴァンジェリンが変なことをしないように攻撃に使えそうな物は売らないでくれと言っておったござる」

「あの爺ぃ……!」

 

 憤懣やる方ない思いを抱いているのが良く分かる表情で、歯をギリギリとさせているエヴァンジェリンを前にして横島は気まずげに頭を掻く。

 

「聞いた話じゃ、ネギ君は魔法学校卒業したばかりの見習い魔法使いで、数えで十歳らしいじゃないか。駄目だろ、年長者が子供に喧嘩を売ったら」

 

 十歳ぐらいならばよほど早熟でなければエヴァンジェリンとは見た目的には大差ないはずと思いながらも、仮にも六百歳を生きた吸血鬼の真祖が喧嘩を売るには実力差が有り過ぎる。

 

「今の私は見た目相応の実力しかない」

 

 と言いつつもエヴァンジェリンの眼が泳いでいるのは自分でも大人げないと少しは思っているのだろう。

 

「流石は吸血鬼。小狡いわね」

「む、狐にだけは言われたくないぞ」

「世間一般のイメージじゃなくて自分の言動を振り返るべきね」

「くっ」

 

 人をからかうのが大好きだとしてもからかわれるのは好きではない。

 旗色が悪くなったエヴァンジェリンが明らかに話題を変えようと横島を見る。

 

「呪いを解く為にはサウザンドマスタ―――――ナギの息子というガキの血が必要なのだ」

「事情は理解するけどさ。致死量の血を吸わないと駄目なんだろ。女・子供は襲わない闇の福音はどこに行ったよ」

「いい加減にこの地にも飽きた。誇りを曲げてでも私は呪いを解きたい」

 

 お前達が協力すれば別だがな、と言われると今度は目を逸らすのは横島の番である。

 呪いは解いてやりたいが組織を敵に回したくはないし、妻がこの地で出来た最初の友達がいなくなるのは寂しいという自分勝手な理由もある。

 

「とはいえ、進んで殺す必要もない。血はギリギリに抑えて命は保証してやるさ」

 

 言うようにエヴァンジェリンはまだ年若い少年の命を奪う気はないらしい。

 

「本当だろうな?」

「嘘をつく理由がない。なにより私の主義に反する」

「信じてもいいんじゃない、そこは」

 

 タマモの保証があったとしても横島としては子供を生贄に差し出す気には到底ならない。

 

「俺としては呪いが解けるのを待つか、お前に呪いをかけたナギさんだったけか、を見つけた方が良いと思うけどな」

 

 長く生きて老獪であっても見た目通りの幼い面も持っているエヴァンジェリンを解き放つのは想い人の方が良いのではないかと常々思うのだ。

 長年の経験と占いでは自分が解き放っても良い結果にはならないと分かっているからこそ、呪いを解こうとはしてこなかった。この十年で随分と穏やかにはなったが、自分達では彼女の光になってやることは出来ない。既に大事な人を決めてしまっているから。

 

「お前の言うことを信じていないわけではない。だが、生きているのならどうして出て来ない。どうして私の呪いを解きに来ない?」

「………………」

 

 何かの事情があるかもしれない、と言っても何度も繰り返した言い合いになるだけだったから口を閉じた。

 エヴァンジェリンが呪いを解こうとしているのはナギを探しに行きたいからだ。こうなるならば、失せ人の占いなどするべきではなかった。

 

「俺に出来るのはお前を止めることだけだよ。アイツも同じことを思ってる」

「拙者も」

「私も、まあ同意見かしら」

 

 そんなことしか言えない。

 それでも伝わる物があったのか、エヴァンジェリンは顔を背けて踵を返した。

 

「…………ああ、もう分かったって」

「ほう、何が分かったというのだ?」

 

 このまま行かせてはならないと思った横島が観念すると、ドアを開けて去ろうとしている長年の友人はあっさりと振り返って横島を見る。その眼は笑っていた。

 

「くっ、引っかけたな」

「引っかかる方が悪い…………で、何をしてくれる?」

 

 引き止めてしまった手前、何もなしではいかない。

 単純な自分にタマモが呆れ、シロが理解できないように目を丸くしているのを見ながら譲歩案を出す。

 

「俺達が呪いを解くのは最終手段だ。そのネギ君だったか、に協力を頼もう」

「力でねじ伏せた方が簡単だろう」

「だとしても、もっと穏便に行こうぜ。事情を話して向こうから協力を申し出てくれた方が角が立たないだろ」

「一理あるが」

「駄目ならそれから強硬手段に出ればいいんだし、横島の案に倣っといたら」

「おい、タマモ」

 

 余計なことを言うタマモを掣肘しようとするが、「目の届かないところで暴れられるよりかはマシでしょ」と言われると続く言葉が出てこない。

 

「つまり、どういうことでござるか?」

「ネギって子に協力を頼んでみて、駄目だったらその時に考えましょうって話よ」

「成程」

 

 普段からあまり頭を使わない所為でバカレンジャーの一角であるシロに分かり易く説明するタマモ。

 要は行き当たりばったりだよな、と思わなくもないが、エヴァンジェリンが思いつめて変な行動に出るよりかは良いだろうと自分を納得させる。

 

「説得はお前達でしろ。私は責任を持たん」

「なんでそんなに偉そうなんだよ」

「私からすればガキが敵対してくれた方が積もりに積もったこの恨みを晴らせるから、説得に労力をかける気にはならん」

 

 女王様気質のエヴァンジェリンらしいといえばらしいか。

 

「へいへい。まだ若い身空の少年が女王様の毒牙にかからないように精進するよ」

「言い方がフシダラでござる」

「もっとマシな言い方はないのか!」

「嘘は言ってないからいいんじゃない」

 

 状況を楽しんでいるタマモが閉めたところで、今度こそエヴァンジェリンはドアの方へと振り返る。今日はもう帰るらしい。

 

「何時でも茶しに来いよ。俺もアイツも待ってるから」

「また来る。ちゃんと面倒は見ておけよ」  

「はいはい、じゃあな」

 

 率直な思いを伝えると、チラリと横島を見たエヴァンジェリンがまたくどくどと言いそうな気配を察して手を振る。

 邪険にされてるのに鼻を鳴らしながらエヴァンジェリンが扉の向こうへと消えていく。

 カランコロン、と鳴るベルが名残惜し気に店内に鳴り響く。

 

「変なことしなきゃいいけど」

「その時はその時でござろう」

「それもそうだな」

 

 言いつつカウンターに出しっ放しになっていた目録を引き出しに直す。

 

「喉渇いたわね」

「それは茶を淹れろって催促か、タマモ」

「分かってるなら動くべきじゃないの?」

「む、先生の為に拙者が淹れてくるでござる」

「待ちなさい、シロ。アンタが淹れたら渋すぎて飲めたものじゃないわ。もう、私が淹れるわ」

 

 結局、自分で淹れることにしたタマモに対抗意識を燃やしたシロがお座敷を越えて通路の向こうに消えていくの同時に、またカランコロンとベルが鳴ってドアが開かれた。

 エヴァンジェリンが戻って来たかと振り返ると、視線の先には買い物から帰って来た愛しい妻がドアの向こうから顔を覗かせていた。

 

「ただいま、忠夫」

「お帰り、蛍」

 

 ボブカットの髪をフワリと揺らして微笑む、とある世界ではルシオラと呼ばれた横島蛍に横島忠夫も笑顔を返す。

 

 

 

 

 

 






 これは第ニの人生を歩む横島忠夫と横島蛍の物語。




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第二話 剣士は気難しい



時守 暦さん、Amfさん、アラッチさん、感想ありがとうございます。




 

 

 今日も店番をしている横島はカウンターに置いてあるノートパソコンを凝視していた。

 

「ほいほい、百万円の破魔札五十枚セットのご注文ありがとうございますっと」

 

 接続されているまほネットを経由して受けた発注をポチポチとキーボードを押して処理していく。

 何時もの席に座ってパソコンを触っている横島の後ろのお座敷で作業をしていたシロが手を止めて首をコキコキと鳴らす。

 

「また注文でござるか? しかも五千万も使うなんてどこの誰でござる」

「俺らの大御得意様である関西呪術協会からだよ。繁盛繁盛、協会には足向けて寝れねぇわ」

「お蔭で拙者らも食わせて貰っているから文句言えないでござるが、毎年この時期に限ってこき使われたら敵わんでござるよ」

「その分、小遣いを弾んでるじゃないか。文句言わねぇの」

 

 とはいえ、横島としてもシロの言い分は分からないでもない。

 普段は滅多に客も来ず、ネットにしてもそう頻繁に注文があるわけではない。

 それでも上手く利益が出ているのは、まほネットで売りに出している商品を市場に流通している物と何ら変わらない物を自分達で手作りしているからである。原価が殆どかかっていないので少ない注文でも高い利益率が出ている。

 

「特に欲しい物はないでござるな。休日の散歩に付き合ってくれた方が嬉しいでござる」

「俺に死ねと?」

「先生なら余裕でござるよ」

「東北まで走るなんて馬鹿のすることだっての。後、俺の世間体を考えろ」

 

 肉体の成長と共に伸びていく散歩の距離に、肉体の絶頂期を迎えたとはいっても人間に過ぎない横島が人狼族のシロの全開に付いて行くのは正直に言ってしんどい。

 単純に走るだけならば身体強化を使えば東北まで走るのも出来なくはないが、シロの散歩は全力疾走を強要する上に十代の女の子に首輪とリードを付けて走らせる三十路の男という横島の世間体を破壊しに来ている。

 

「忙しいって言っても精々がこの時期の二週間程度だけだ。バイト代も出してんだから文句言わないでくれ」

 

 実際に一度壊されかけた世間体を守る為に話の軌道を修正する。

 

「高級犬缶を買うので有り難いでござるが。しかしなんでまたこの時期になると注文が増えるのでござろうか?」

「税金対策。年度末にやると露骨なんで、この時期に注文してくることが多いんだよ」

「…………身も蓋もない理由でござるな」

 

 世知辛い理由にシロが遠い目をする。

 

「扱う金額が大きくなればなるほど税金も比例して増えていくからな。百万円五十枚セットで五千万、割引で四千五百万だとしても協会には十分に得なことなんじゃねぇか」

「税金ってよく分からんでござる」

「安心しろ。俺にもよく分かってないから」

「先生ぇ……」

 

 区分的には自営業なので実は分かっていたりするのだが、シロの反応が面白くてつい嘘をついてしまった。

 

「冗談だって、シロ。悪い悪い」

「むぅ、散歩に付き合ってくれるなら許してあげるでござる」

「勘弁してくれ。まあ、動物形態で都市内なら付き合ってやるけどさ」

 

 労働の対価としてバイト代を払っているとはいえ、わざわざ休みに家業を手伝ってもらっているので素直に謝る。

 シロの散歩にしても動物形態で、都市内ぐらいはならば妥協出来るので脅しにはならない。

 

「せめて隣県ぐらいは駄目でござろうか」

「俺もな、もう若くねぇんだよ」

「先生はまだまだお若いでござるよ!」

 

 最近、少し体が鈍って来たような気がしていたので麻帆良学園都市内ぐらいならば付き合ってもいいかなと考えているが、シロだと本当に隣の県まで付き合わされそうで怖い。

 煽てられてもやっぱり前言を撤回しようかなと思っていると、ドアが開かれてカランコロンとベルが鳴る。

 

「へい、らっしゃい…………って、刀子かよ」

「かよ、じゃないわよ。客に対して何その態度は」

 

 横島堂に入って来たスーツ姿の女性――――葛葉刀子は商人笑顔全開であった横島の表情が一瞬で真顔に戻ったことに突っ込みを入れる。

 

「俺だって他の客にはそうするが、幼馴染に商売意識出してもなぁ」

「客には相応しい態度を見せないと誰も寄り付かなくなるわよ」

「うちはネットが主力だから店に来なくても困らねぇし」

 

 毎度のやり取りを交わした二人の内の一人である刀子は、変わらない横島に呆れつつもお座敷にいるシロへと目を向ける。

 

「久しぶりね、シロちゃん」

「こちらこそ、葛葉教諭」

「あら、刀子お姉ちゃんって昔みたいに呼んでくれないの?」

「小さな子供の頃の話でござる」

 

 目礼で挨拶を交わす二人であったが昔に発していた呼び方を出されたシロとしては頬を赤くする。

 

「今も子供じゃないの」

「む、これでも立派なれでぃでござるよ。これでもクラス内ではないすばでぃで通っているでござる」

 

 胸の大きさ的には中学三年の標準を十分に超えてはいるが、上と下の差が激しい2-Aの中では特徴的とは言い辛い。その代わり、メリハリに関しては文句なしにトップクラスである。

 

「そういうところがまだまだ子供なのよ」

 

 子供がここまで成長したかと、刀子は完全に親目線でシロを見ている。

 

「あ、あの……」

 

 刀子の後ろにいた少女が心細げに顔を出す。

 

「ん? おぉ、刹那ちゃんか」

 

 少女――――桜咲刹那の姿が目に入って横島は頬を綻ばせる。

 

「お久しぶり、というほどではないですが」

「先週も来たばかりでござるからな」

「へぇ、刹那ったら一人でよく来てるんだ。へぇ、へぇ」

「え……」

 

 礼儀正しく頭を下げる刹那に級友であるシロも頬を綻ばせるが、それが面白くない刀子がからかう。

 麻帆良での剣の師でもあり、実質的な保護者である刀子にからかわれた刹那は言葉を詰まらせる。

 

「あ、いや」

 

 弁が立つどころか口下手な部類に入る刹那は上手く言い返せる言葉を見つけることが出来ず、あわあわと口をまごつかせる。

 

「揶揄われているだけでござるよ、刹那。本当に口下手でござるな」

「…………悪かったな、口下手で」

「それだけ弄り甲斐があるってことよ。シロとばかりじゃなくてお嬢様の前でもそれぐらい本音を言えたら免許皆伝を上げるのに」

 

 若干の呆れを滲ませるシロに唇を尖らせた刹那だったが、揶揄った張本人である刀子の言うことはもっともなので少し落ち込む。

 

「おいおい、純真な子を苛めるなって。二人で来たってことは刀の研ぎか?」

「ええ、お願いできるかしら」

 

 この対応は慣れたもので、刀子が手に持っていた竹刀袋をカウンターに置く。

 竹刀袋を手に取って紐を解き、刀子の愛刀を取り出して白鞘から刀身を抜き出してジロジロと見聞する。

 刀身に指を走らせたり、少し振って柄の状態も確認した横島は少し意外そうな表情を浮かべる。

 

「ちゃんと刀のことを考えて扱ってるみたいだな。前と違って軸が歪んでねぇ。この分なら今日中に返せるぞ」

「それだけ私が腕を上げたってことよ」

「へいへい、刹那ちゃんも」

「はい、お願いします」

 

 さあ褒めろ、とばかりの雰囲気の刀子をスルーして刹那を催促して彼女の愛刀である夕凪を受け取る。

 刀子の時とよりも細かく夕凪を見聞した横島は一つ頷くと、カウンターにそっと置く。身を屈めて、そろそろ来る時期だろうと用意していた研ぎ道具を取り出す。

 

「あ、あの夕凪の状態は……」

 

 刀子の時と違って何ら批評することなく作業を始めてしまった横島に問い質したいのだが、性格的に目上の相手には強く出れない刹那が消極的に尋ねる。

 

「………………」

 

 しかし、横島は作業を続けるだけで刹那の問いに答えることはない。

 困った刹那はまず知己であるシロを見るも彼女は彼女で別の作業に従事していた。かといって刀子を見れば壁側の品を眺めていて、刹那に関心を向けていない。

 

「あうあう」

 

 あっちを見て、こっちを見て、困った刹那の口から情けない声が漏れる。

 

「ごめんごめん。刹那の反応が面白くてつい」

「楽しんでたでござるがな」

 

 本格的に放っておかれた刹那が泣きだしそうになったところで刀子が笑いながら詫び、何時も人に揶揄われているばかりのシロも自分がそちら側に回れたことを喜びながら追従する。

 

「後、先生が反応しないのは研ぎに集中してるからでござるよ。雑念が混じると失敗する故」

 

 そしてしっかりと横島のフォローを忘れない式の鏡であった。

 

「…………刀を打つんじゃあるまいし、研ぐ時に話が出来ないわけじゃないぞ、シロ」

「おや、そうだったんでござるか。今まで研いでいる時は話をしてくれなかったから勝手に思っていたでござる」

「全く外れってわけじゃねぇが、やっぱり本職じゃねぇからな。出来るだけ丁寧にやろうと思えば集中しないと」

 

 作業の手を休めないながらも話すと集中が途切れてしまうのだろう。途中途中で手を止める横島になんとなく皆の口が閉じられる。

 カンカン、ズリズリ、サッサッ、と作業の音が響く中で気にした風もなく並べられている商品を見ていた刀子に、手持ちぶたさな刹那が近寄る。

 

「横島さんは研ぎ師ではないんですか?」

 

 横島の邪魔をしないように小声で疑問を口にする。

 

「そうよ。知らなかったの?」

 

 寧ろ意外そうに問い返した刀子に、実は横島のことを殆ど知らない刹那は困った顔になった。

 

「刀子さんが頼むのを見て、横島さんも普通にしていたから本職なのかとばかり」

「見ての通り、技術はあるから頼んでも問題はないわよ。友人価格で料金も安いし、何よりこっちには研ぎ師がいないから他に頼むことも出来ないのよ。ちなみに他に頼むと――」

 

 野太刀を整備できる人間はどうしても限られる上に、余所に頼むと時間もかかる上に料金まで高い。

 京都にいる時は神鳴流に研ぎ師がいて、麻帆良に来てからは刀子の紹介で横島に研いでもらっていたので、余所に頼んだ場合の料金と時間を聞いた刹那は目を剥いた。

 

「嘘つけ。俺が探して良心的なところを紹介したのに嫌だっつったの誰だよ」

「そうだったかしら? ずっと横島君に研いでもらっていたから他の人にしてもらうと、なんかしっくりとこないのよね」

 

 神鳴流の研ぎ師よりも横島にやってもらった方が仕上がりが丁寧で刀子の手に馴染む。

 刹那が刀子の言う通りだと何度も頷いていると、専門ではないので気を使う横島はげんなりとした顔をする。

 

「昔から言っているけど、こういうのは専門の人に頼むか、自分で出来るようになれっつうのに」

「横島君のお蔭で私の愛刀の調子はずっと良いもの。それにちゃんと料金は払ってるんだからいいじゃない」

「そういう問題じゃ…………いや、もういい」

 

 すっとぼける刀子に溜息を吐いた横島。二人を見比べてやはり気心の知れた仲のやり取りであることを確信しながらも、性格的に迂闊に聞けない刹那であった。

 

「そ、そういえば、今日はタマモさんはいないんですか?」

 

 聞きたいけど聞けないジレンマに陥った刹那は、何時もいるはずの天敵がいないことを咄嗟に口に出してしまう。

 

「タマモならばお揚げ同好会でござるよ」

 

 刹那の咄嗟の言葉にシロが返す。

 

「ああ、そういえば今日が活動日だったけ」

「刀子先生は顧問ではなかったでござるか?」

 

 横島が記憶を想起していると、シロが刀子に聞いていた。

 

「あなたと刹那は部員でしょ」

 

 タマモがいない理由が自分が顧問を務めている同好会の活動日だったが、顧問であることの認識すら薄い刀子は突っ込まれてもこの場にいる女子生徒二人共も似たような立場なので堪えた様子はない。

 

「拙者はお揚げに興味がない故」

「わ、私は行っても揶揄われるだけですから」

 

 タマモが作った同好会に一応部員として名前を連ねてはいるが、お揚げが好きなわけではないシロと刹那の二人は活動日だからと部室に向かう理由はない。

 

「元々、あの同好会は幽霊であるさよ殿と周りを気にすることなく話せる場を作る為に立ち上げたものではござるが、周りの目にさえ気を付ければ話をする機会は幾らでも出来るでござる。建前を利用してお揚げについての熱弁を振るわれては叶わんでござるよ」

「さよさんは嬉々として聞いているのですが、流石に私達はちょっと。それに正直言うとタマモさんの相手は」

 

 お揚げ同好会は2-Aの教室の地縛霊である相坂さよと気兼ねなく話をする為の会でもある。

 部員は立ち上げを主導したタマモを部長として、付き合ったシロと無理やり引っ張られた刹那、そしてさよの存在を認識しながらも黙っていた負い目があるエヴァンジェリンと彼女の付き添いで茶々丸で全員である。

 顧問は担任であった高畑でも良かったのだが、タマモとシロの保護者である横島繋がりで刀子に頼んだのである。

 内容が内容なので同好会止まりではあるが、立ち上げの主眼であったさよは楽しそうなので問題はないだろう。

 

「刹那ちゃんはタマモに弄られてるからな」

「うぅ、どうして私ばかり」

「気持ちは分からないでもないけどね」

「拙者もでござる。こう、刹那殿を見ていると弄りたくなるというか」

「シロさぁぁああああああんっ!!」

 

 イジラレ属性がある刹那であったが本人が望んでこうなったわけではないので、シロの告白に魂の雄叫びを上げる

 

「まあ、俺としてはあの刹那ちゃんにこうやって本音を言える友達が出来てホッとしてるよ」

 

 最後の工程を行いながら、親の目線で感慨深く刹那を見る横島。

 

「麻帆良に編入したて頃は人見知りの上に根暗だったものね」

「しかも、周りに壁を作っていて、確かハルナ殿曰くこみゅ症というやつなのでござろう」

「おお、まさにそれだそれ」

 

 散々な言われように刹那としては反論したいが、今でも人見知りが激しいことは否定できず、長より与えられた使命に燃えて周りと壁を作っていた自覚はあるので抗弁も出来ずに沈黙するしかなかった。

 

「特にあれだ。木乃香ちゃんに対する反応が酷かったって」

「話しかけられても無視して、しまいには逃げていたでござるからな。見ていた拙者としてはあの時の木乃香殿の背に何も声を掛けられなかったでござるよ」

「うっ!?」

「実際に私の所に来た時は泣いてたわよ。うちはせっちゃんになんかしたんやろうかって」

「がはっ?!」

 

 次々と刹那の体に言葉の刃が突き刺さる。

 又聞きと見ていた当人からの指摘は当時の自分のやり様の拙さに自覚があるだけに刹那の心身に堪える。

 

「で、木乃香ちゃんと刀子が一緒に俺の所に来て、クラスメイトのタマモとシロからその時の状況も聞いて、爺さん経由で刹那ちゃんを呼び出して貰って俺が話をした時は大混乱だったよな」

「私は決してお嬢様を傷つけるつもりはなかったんです……」

 

 穴があったら入りたいとばかりに羞恥に全身を真っ赤に染めた刹那が手で顔を覆う。

 

「人見知りと詠春さんから木乃香ちゃんのことを頼まれたことで気負ってたところに十年近い間、会ってなかった幼馴染に突撃されたら混乱しちゃうか」

「はい……」

「不器用すぎるでござるよ。刹那殿らしいといえばらしいでござるが」

 

 小さく縮こまる刹那の不器用さに呆れつつも、シロも今ならばよく分かる刹那らしさにもはや笑うしかない。

 

「私からすれば、まさかあの時に川で溺れて以来、木乃香さん会おうとしなかったことに驚きだけど」

「懐かしいな。もう十年も前になるのか」

「拙者が二人を見つけたんでござるよ」

 

 十年前に池で溺れていた木乃香と刹那をシロが見つけ、横島が飛び込んで助けて刀子が介抱したのも随分と昔である。

 

「その節は本当にお世話になりました」

 

 この話題になると刹那は今も礼と感謝を忘れない。

 

「木乃香ちゃんを助けられなかったから一念発起して剣の修行に集中したら、こうなっちゃったってことは神鳴流にも問題あるわよね」

「コミュ障の上に口下手。思い込みが激しくて猪突猛進の気もあるってのはな」

 

 神鳴流というよりもどちらかというと刹那本人の気質のような気もするが、京都にいた時からこうだったとしたら育て方としてどうなんだろうと横島と刀子は思う。

 

「刹那殿個人の問題もあるでござるからな」

「思春期だし、周りと違うってのはどうしても気になっちまうか」

 

 刹那当人としては難攻不落の問題に思えたことも、横島達の手にかかれば思春期の一言で済まされてしまった。

 

「前にも言ったけど、刹那。大抵周りは気付きもしてない上に、ああそうで済まされてしまうものよ」

「俺みたいにな」

「横島君は気にしなさ過ぎよ」

 

 流石に半妖であることは少し重いかもしれないが、世の中には横島のように全く気にしない者もいる。

 優れた術士である横島には最初から見破られていた上に、生粋の妖怪であるシロとタマモと家族として暮らしているので参考にはならない。

 こういう例もあるのだと刹那の気は大分楽になっているのだが。

 

「で、当面の目標は達成できてるのか?」

 

 横島がシロに聞いているのは、学園長立ち合いの下で木乃香に対する刹那の態度を段階を踏んで改善して行こうという目的で立てられた計画である。

 

「まず最初の逃げないは出来ているでござる。今でも腰が引けているでござるが」

 

 最初の目標が逃げないという時点で気の長い計画であった。

 

「顔を合わせるはともかく、目を合わせるのは大分時間がかかってござるな。挨拶もまだ声が震えているし」

 

 というか目を合わせられるようになったのは本当に極最近である。

 

「次は日常会話をする、でござるな」

「全く以て気の長い話だな」

 

 同級生であるシロとタマモの協力もあって段階を経て少しずつマシになってきたのだが、この調子では昔のような関係になるのに何年かかるのか。

 

「もう事件でも巻き込まれて無理矢理に距離を縮めた方が楽なんじゃないの」

「事件ってなんだよ」

「こう、木乃香さんの魔力を狙う悪党が誘拐とか」

「そんなことになったら一大事だっての」

 

 刀子の言う通り、事件にでも巻き込まれて距離を縮めた方が手っ取り早いが、木乃香の立場的に関西・関東共に重鎮が一斉に動かなければならない大事件に発展してしまう。

 

「拙者にはなんで刹那殿がそこまで尻込みするのかが分からんでござる」

「私にはシロさんのようになれませんよ」

 

 シロは刹那の友人として擁護したくても出来ないほどの面倒臭さに呆れる。逆に刹那はシロの誰とでも友達になれる気質が羨ましい。

 

「気は合っても真逆の人間性だものね」

 

 両者を深く知る刀子だからこそ、同じ剣道部でクラスでも共に行動することが多いという二人の違いが際立って見える。

 

「まあ、仲良くなりたいなら時間をかけろってことだろ」

 

 その点、生まれた頃からの腐れ縁である刀子と仲良くなった理由が良く分かってなかったりする横島は適当に言って研ぎを再開する。

 

「…………そういえば蛍は?」

 

 刀の研ぎをする横島をなんともなしに眺めながら、刀子は蛍の姿が見えないことを口に出す。

 

「子供が生まれる前に実家の姉妹方と二泊三日の旅行中でござる」

「へ、へぇ、いないんだ。じゃあ、久しぶりにご飯でも作ってあげようか?」

「蛍が作り置きしておいてくれたから大丈夫だ」

 

 蛍がいないと知るや、ご飯を作ってあげようかと提案するも作り置きしてくれているので横島は断る。

 

「やっぱり作った直ぐ後に食べた方がおいしいと思うわよ」

「つっても、折角、作ってくれたからな」

「そうでござるよ。気持ちだけ受け取っておくでござる」

「む」

「ほれ、出来たぞ」

「…………ありがと」

 

 刀子の気持ちは有難いが愛妻の料理である。

 揺らぐまではいかないが煮え切らない横島に援護射撃をするシロを一瞬睨んだ刀子に、タイミング良く研ぎを終えた横島が刀を返す。

 

「まだ諦めてないんですか」

「初恋は忘れられるものではござらんよ。蛍殿もそれが分かっているからこそ、しっかりと予防線は張っていたでござる」

 

 つまりはそういうことである。

 普段はそうではないが、チャンスがあると分かると踏み込もうとする刀子のことを良く知っているからこそ、蛍の準備は抜かりない。

 

「初恋、ですか?」

「もしかして二人が幼馴染であることを知らないんでござるか?」

「仲が良いとは思ってましたけど」

 

 初恋という年頃の女の子としては少し心惹かれるワードに、つい刹那も反応してしまった。

 

「生まれた頃からの腐れ縁らしいでござるよ」

 

 横島は陰陽師、刀子は神鳴流。幼馴染で長い付き合いなのである。

 

「お二人が高校の頃に修学旅行で蛍殿が京都に来て、先生が蛍殿に猛アタックして学生結婚して、卒業してから二人で麻帆良に来たんでござるよ」

「そうなんですか」

「元々、先生が好きだった刀子殿は傷心のところに出会った相手と数年遅れて結婚して麻帆良に来たものの、どうにも無意識に先生と比べてしまったことが相手にも伝わってしまって離婚して今に至ると」

 

 この話題には刀子が神経質になるので、刹那の耳元で囁くような小さな声で教える。

 

「つまり、まだ横島さんに未練があるということですか」

「本人は最初から先生のことは好きではないと言っているでござるが、来る度にバッチシ化粧を決めてるでござるからな」

 

 しかも横島が好きなちょっと年上のお姉さん的なキャラを出してくる。

 嫁さんラブな横島の方には脈は無いのが悲しいところだが、刀子としても蛍を友人として見ているので基本的に略奪愛の気は無い。チャンスがあればその限りではないが。

 

「聞こえてるわよ、そこ。言っておきますけど、私は何時だって化粧は崩さないわよ」

 

 しかし、当の横島は刹那の夕凪の方に集中していて聞いてないし見てもいない。

 聞かれていると分かった刹那とシロは首を引っ込めたが、どうやら聞こえていたのは最後だけのようで機嫌は悪くなさそうだ。

 

「私のことより、このプータローに言ってやりなさいな。これでも関西呪術協会でも将来を嘱望されるほどの陰陽師だったのよ」

「昔のことを言うのは止めろって」

「いいじゃないの。親と同じように周りの期待を蹴って自分の道を進むのは横島家の家訓なんでしょ」

「そんな家訓なんてねぇっつの。結果的に似たような感じになってるだけだ」

 

 今の姿からは想像も出来ない話に目を丸くするのは刹那だけだ。

 シロも知っている話なので仲間外れは良くないと、横島は一度夕凪の研ぎの手を止める。

 

「俺の親父も陰陽師だったんだけど、なにしろ表の世界に比べれば秘密主義な上に狭い世界だろ? こんなところでやってられかってサラリーマンになって、一般人だった母親と出会って結婚して俺が生まれたわけ。しかも親父の奴、自分が足抜けする代わりに子供が生まれたら陰陽師にさせるって約束をしててな。勝手だろ」

 

 石橋を何度も叩いても結局は渡れないタイプで、人に気を使ってばかりな刹那にはとても出来ない選択である。

 

「俺も最初の方は楽しかったんだけど、やがて飽きてな」

「サボり魔だからね、横島君は。覗きとかセクハラには全力投球するのに」

「永遠の煩悩少年だからな」

 

 アハハハハハハハ、と幼馴染の二人は乾いた笑みを交わし合う。

 

「高校に入ると同時に親父達はナルニアに出張になって、一人暮らしだヤッホゥと思ってたら鶴子さんに目を付けられたんだよな」

 

 参った参ったと物凄く遠い目をする横島の台詞の中に知った名前が出て来て、刹那は「もしかして青山鶴子さんですか?」と聞いた。

 

「そうそう、もしかして知ってる?」

「私の師匠です」

「…………ああ、あの人に躾けられたらこうもなるか」

「剣には厳しい人だから。うん、私も刹那がこうなってしまうのは無理ないと思う」

「どういうことでござるか?」

 

 何故か横島と刀子の間で妙な納得をされているような気がした刹那だったが、その理由が分からなくて首を捻っているとシロが理由を尋ねてくれた。

 

「一言で言うなら…………剣に関しては鬼みたいな人だ。妥協なんて絶対しないしさせない。基本押し通せない反論も許さないから黙って聞くのが手っ取り早いと思ってしまう。日常では優しいし悪い人ではないんだけど」

「よく分かります」

 

 共感した刹那が何度も頷く。

 

「着替えを覗いた理由を声高に叫ばれても誰も聞かないわよ」

「なにやってんでござるか、先生!」

「若気の至りだって……っ!?」

 

 目を付けられた理由までは知らなかったシロは夕凪で折檻しようとしたが取り上げる横島の方が速かった。

 

「色気に騙されたのも?」

「男には逆らえないものがあるものよ。まあ、まさか西の果てで封印が解かれた妖怪の討伐に行き、東で魔獣が暴れていると聞けば退治しに行き、魔術結社が暗躍していれば壊滅しに行き、はぐれ巫術士の恨みを買って呪われたりしてからは、自分の行動を反省したが」

 

 つまりはそこまでな目に合わなければ反省することもなかったということで。

 

「まさかあんな美人がバトルマニアなんて思わんやろ」

「じゃあ、なんで私まで巻き込んだのよ」

「しゃあないやろ。世界各地で戦いの日々に明け暮れた所為で出席日数がやばくなったんだから」

 

 しかし、結局は二人揃って留年の危機に陥ったので揃って遠い目をする。

 

「留年の危機を知って帰国した百合子おば様と鶴子さんの戦いは凄かったわよね」

「絶対にあの時に俺の寿命が三年は縮んだぞ」

「結局、留年したんでござるか?」

「いんや、鶴子さんが結婚したんで引っ張り回されることも無くなって無事進級出来たぞ」

「でも、何故か厄介事は無くならなかったのよね」

「蛍と出会った時も、はぐれ魔法使いが英雄の足跡を辿って京都にやってきて、馬鹿やって封印されていた鬼神を蘇らせちまったりとかな。再封印するのすんごい大変だったんだぞ」

「凄いですね」

 

 少なくとも刹那はそんな波乱万丈な人生は真っ平ごめんである。

 

「妖怪同士の闘争で父上を亡くした拙者が先生に拾われたのは、この頃でござるな」

「そういや、そうだったな」

「あの時は本当に先生に世話になったでござるよ」

 

 妖怪同士の闘争で父親を失ったシロ。その仇を代わりに取り、弟子兼式となったのだ。

 

「弟子か。千草は元気かな」

「千草?」

「シロちゃんと一緒に横島君が一時期面倒を見ていた可愛い女の子の新人陰陽師よ」

「懐かしいでござるな。今は何をしてるんでござろう」

「本家付きの陰陽師まで出世したらしいって風の噂で聞いたな」

 

 当時の横島は今ほど女に免疫はなかったので小学校高学年の女の子である。流石に範囲外だったので横島も優しく接し、その分もあって慕われていた。

 

「こんな俺を慕ってくれて勉強熱心だったから、立派な陰陽師になってるだろ」

「こうやってこの男は始末の悪いこともするのよね」

 

 この子は儂が育てたを何時かやってみたいと、鼻高々な自分を想像して悦に入っている横島に、純粋に親愛であると思っているが刀子からは千草の初恋だったと確信されている。

 

「麻帆良で工房を開くつもりだった蛍と暮らす為に色んなことを覚えたのもこの時期だったから本当に忙しかったよ。刹那ちゃん達と会ったのもこの頃だし。で、なんだかんだあって、今に至るって感じだな」

 

 蛍と結婚し、何度目かの新婚旅行の時にタマモも拾い、二人を学校に通わせて今に至る。

 その後、刀子も魔法使いと結婚するが、食生活の不一致が原因で別れるも出戻りと思われるのが嫌で麻帆良に居つき、教師になった。

 

「まあ、俺の来歴はこんなもんだ。話を聞いてくれたサービスとして、これを進呈しよう」

 

 ペラペラとしてしまった自分語りに今更テレが襲って来た横島はそう言って、カウンターの下から大きな紙を刹那の方へと差し出す。

 

「これは?」

「式神ケント紙っていって、鋏で適当な形に切り抜くと簡易式神になってくれるという超お手軽呪的アイテム。」

「しかし、ただでもらうわけには」

「おっさんの長話に付き合ってくれたお礼さ。使い心地が良ければ商品にするつもりだから、良かったら感想を聞かせてくれると嬉しい」

 

 結果として、刹那は横島の押しに負けて式神ケント紙を受け取ることになる。

 まさかこれが修学旅行であんな事態を引き起こすとは、この場にいる誰も予想だにしていなかった。

 

 

 



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第三話 妹は恥ずかしがり屋




GXさん、ドルクックさん、イメクトさん、骨屁犯さん、ジョーカーロキさん、感想ありがとうございます(前日23時30分頃時点)


 

 

 

 二月になっても全く暖かくなる気配の無い横島堂には今日も客はいない。

 それでも店番をする必要がある横島は半纏を羽織ってマフラーを巻き、直ぐ近くにストーブを置いて寒さ対策を忘れない。

 

「さ~む~い――っ! お座敷に炬燵を置いてよ、横島」

「狐、先生の中が嫌なら出るでござる」

「寒いから嫌」

 

 横島の半纏に潜り込んでおきながら文句を言うタマモを注意するシロだが、机の上に炬燵のチラシを無造作に置く行為が見られている時点で本心が透けて見えている。

 

「そんなに寒いなら家の方に行けよ」

「嫌よ。昼寝中の蛍は邪魔できないわ。だから、ここにも炬燵買ってよ」

「自分で買えって言いたいところだけど、ちょっと考えるか。うん、ミカン美味し」

 

 ミカンを剥いて食べていたら、店に置くかどうかはともかくとして清き日本人ならば炬燵の魔力に引かれるのは止む無しである。

 

「但し、蛍の説得はお前らがしろよ」

「「合点承知!!」」

 

 蛍は倹約家ではないが浪費家でもない。

 無駄な買い物はしないが必要であるならばお金を惜しむことも無いので、二人が必要性を説いて認めさせることが出来れば買ってもらえるだろう。

 横島の半纏の中で、如何にして蛍を説得するかを議論し始めた二人に少し辟易としながら残っているミカンを口に運ぶ。

 

「私にもちょうだい」

 

 マフラーから顔を出した狐が自分にもミカンを寄越せと催促してくる。

 

「自分でやれよ。田舎の爺ちゃんが送ってくれたやつがまだ一杯あるから」

「動物形態だと剥けないわ」

「人間形態になればいいじゃないか」

「寒いじゃないのよ!」

「なんで逆ギレしてんだんよ、ったく」

 

 動物形態なら齧り付いた方が速いんじゃないかと思いもしたが、首が温かいので優しくなっている横島はミカンを新たに剥いてタマモの口に放り込む。

 

「拙者の分は?」

「お前もかよ」

 

 一人分も二人分も変わらないのでせっせと剥くが、この妖怪達は家主を体よく使い過ぎである。

 

「もうないじゃねぇか」

 

 シロにも分けると一切れしか残らず、名残惜し気に口に入れたミカンを呑み込むのと、カランコロンと来客を告げるドアの鐘が鳴るのは一緒だった。

 

「へい、らっしゃ…………お帰りはあちらだぞ」

「客よ」

「うちだけやけどな」

 

 入って来た二人を見て一瞬で営業スマイルを止めた横島は家の入り口を指し示すと一人は頬をピクピクとさせ、本当の客であるもう一人はポヤヤンと笑った。

 

「久しぶりだな、明日菜、木乃香ちゃん」

「こんにちは」

 

 店にではなく家の方にやってくることが多い明日菜と木乃香に挨拶をする横島。

 

「この前も会ったばかりじゃない」

「挨拶は」

「しっかりと、でしょ。忘れてないわよ。こんにちは」

「ん、よろしい」

 

 明日菜を見て凄むと、昔の教育の成果でしっかりと挨拶を返してきた。

 

「表でベル鳴らしても誰も出なかったわよ」

 

 偉そうに頷く横島に気分を害した風もない明日菜は文句を言うように鼻をつんとした。

 

「蛍が絶賛昼寝中だからな。気づかなかったんだろ」

「あら、そうなの? そういうことは早く言ってよ」

「だから、今言ってるだろ…………と、用があるのは木乃香ちゃんかな」

 

 明日菜とは気心が知れているので、木乃香の存在を忘れてつい話し込みかけて彼女らが来た用件を尋ねる。

 

「占い同好会で使ってる水晶に罅入ってしもうてん。この機会やから買い替えようと思って」

「で、私は木乃香の付き添い」

「ほうほう、まあ、明日菜には縁遠い商品ばっかだもんな」

「でござるな」

「真逆だもんね」

 

 木乃香と明日菜の話を聞いた横島は納得し、半纏の中に隠れているシロとタマモが二人に聞こえないように同意する。

 

「趣味で使うようなやつやから安もんでええんやけど、お爺ちゃんが横島さんのところやないとあかんて」

「横島堂を学校御用達にしとかないと潰れるって学園長に気を使われてるんじゃないの?」

「アホぬかせ」

 

 明日菜の茶々を躱しながら、罅が入ったという水晶玉を見せてもらうと大体の原因が分かった。

 

「ああ、木乃香の力に耐え切れなかったのね」

「前回より期間が短くなっているでござるな」

 

 またまた半纏の中で二匹が話している。

 流石にこれ以上はバレるので、二匹を半纏から出す。

 

「あ、太郎ちゃん、ゴンちゃんだ!」

 

 動物形態の二匹の偽名を叫びながら明日菜が突撃する。

 まさか横島が半纏から追い出すと思っていなかった二匹に明日菜の突撃を躱せる余裕はなく、抱きしめられて遠慮なく撫でられる。

 

「ほどほどにしとかないと、また逃げ…………あらら」

「ああっ!? 私の癒しが!!」

 

 一瞬の隙をついて明日菜の腕の中から抜け出したシロとタマモが一目散に離脱する。

 お座敷を抜けて向こうの通路に消えて行くのを名残惜し気に見送る明日菜。

 

「明日菜は太郎ちゃんとゴンちゃんに嫌われとんちゃうか」

「そうかしら? こんなに愛してるのに。私の愛を証明して上げるわ!」

 

 愛してるから愛されるとは限らないのだよ、と心の中で言った横島。

 諦めきれない明日菜がお座敷の向こうに突進していくのを尻目に、同級生に撫で回される恥辱は味わいたくないと逃げた二匹の冥福を祈りつつ、カウンターの下に置いておいた水晶を探す。

 

「あったあった。ほれ、代わりの水晶」

 

 バージョンアップした木乃香の力が発揮できないように調整された特別製の水晶をカウンターの上に置く。

 

「おおきに。あ、お金は」

「爺さんから先に貰ってるからいいさ」

 

 壊れた時点で刹那経由で学園長から連絡が来てたので準備はしていた。

 

「はぁ、なんや最近、うちが触った占い道具がよう壊れるし、呪われとるんやろうか。道具は必要になるからお爺ちゃんにお金払ってもらってるし」

 

 単純に使い続けて来たことで極東最大の木乃香の魔力が蓄積し、同時期に壊れてしまっただけなので呪われているわけではないが真実は言えない。

 

「そういうのが重なる時もあるさ。俺としては売り上げに貢献してくれてありがとうって言いたいけどね」

「もう横島さん、そういうこと言うたらあかんやん」

「商売人としては失格かな?」

「もっと贔屓にしてしまうわ」

 

 二人で共に笑い合う。

 

「匂うわ。ぷんぷんとね」

 

 お座敷の向こうから一人で落胆しながら戻って来た明日菜が笑い合っている二人の姿に笑みを浮かべる。

 

「犯罪の匂いがするわ。コネを使って商品を買わすなんて違法じゃないの」

「コネの何が悪いんだ、明日菜」

「言ったでしょ、犯罪の匂いがするって。癒着とかそういう系の」

 

 私は犯罪を見た、とばかりに横島と木乃香を指を指す明日菜。

 

「アホか。水晶球なんてどこでも売っとるけど、麻帆良で扱ってるのが横島堂だけやから贔屓にしてるだけだって」

「ええ~、まあ別にどうでもいいけど。しかし、本当に木乃香は占いとか好きよね。私には何がなんだかさっぱり」

 

 横島の反論を知らんぷりして、壁の棚に並べられている表向きの商品を見ていた明日菜はさっぱり分からんと首を捻る。

 

「多分、そこら辺は母親譲りじゃないか」

「うちのお母様の?」

「木乃香ちゃんのお母さんには何度か会った時に色々と不吉な占いをされたもんだよ」

 

 家系というのもあるのだろうが、木乃香の母親は占星術などを得意とする陰陽術士だった。

 何も知らない中で母親と同じ道を辿ろうとしているのだから血は争えないなと感心する。

 

「不吉な占いって?」

「聞かない方が良い」

 

 実際、不吉な結果の占いの後は大抵酷いことが起こった。

 沈鬱な面持ちで首を横に振る横島に明日菜もそれ以上は聞けなかった。

 

「しかし、どうした明日菜? ちょっと今日はおかしいぞ。怒りっぽいし」

「おかしいって何よ。変わったところがあったとしても、もう少し言い方ってもんがあるでしょ」

「そこはそれ、俺と明日菜の仲だろ」

「どんな仲よ」

「一緒に風呂に入って同じ布団で寝た仲」

「ばっ?!」

「おお~、うちより進んでたんやな明日菜」

 

 分かっててとぼける木乃香と、まんまと揶揄われている明日菜。

 

「…………小さい頃の話でしょ」

「まあ、そうなんだが。で、なんかあったのか?」

 

 あまり混ぜ返し過ぎると怒るので理由を聞く。

 

「あんな、うちらに新しい同居人が出来たんやけど、明日菜は気にいらんみたいやねん」

「ああ、例の子供先生か」

「なんで知ってるのよ!」

 

 なんでと言われても、逆になんで分からないのか横島の方が不思議である。

 

「あんなシロとタマモに聞いたに決まってるだろ」

「あ」

 

 本気で忘れていたらしい明日菜に少し呆れてしまう。

 シロとタマモがクラスメイトで、二人が寮ではなく横島の家に住んでいることをすっかりと忘れていたらしい。

 

「先生って言っても子供なんだろ。多少の間違いや失敗は大目に見てやれよ」

「そうは言うけどね。あのガキは、チビでガキで頭は良いかもしれなくてもバカで考え無しで、なんでか私が保護者みたいな立場にされて、面倒を起こす度に私に迷惑がかかっているってことを――」

 

 失言だったのか、明日菜は機関砲の如く少年先生への愚痴を怒涛の如く捲し立て始めた。

 明日菜に言われるまでも無く、こっそりと火消しを行っていたシロとタマモから事情を聞いていた横島は予想以上にストレスを抱えている様子に目を丸くする。

 如何にシロとタマモから周りの気を逸らして魔法を隠すのが大変だったかと力説されたことを思い返していると、明日菜の目に険が宿った。

 

「――――――――って、聞いてるのお兄ちゃん!」

 

 ハッ、と興奮して言い募ろうとした明日菜は自分が発した敬称に気付いて手で口を抑えた。

 反対に横島はニヤニヤと懐かしい呼び方に笑みを零す。

 

「聞いているとも、妹よ」

「いや、ちょっと待ってさっきのは訂正するから!!」

「いいじゃないか。昔はそう呼んでただろ?」

 

 そうなのだ。今は横島さんと呼ばれているが、昔はお兄ちゃんと呼ばれていたなと思い出す。

 どちらかといえば横島さんと呼ばれると壁を作られているような気がするので少し哀しかったのだ。この機会に少し恨みを返しておこうと決める。

 

「そ、それはそうだけど……」

「なんなん、無茶気になるんやけど」

「ちょっと、木乃香!」

 

 動揺から脱しれていない明日菜は顔を真っ赤にしながら話を逸らそうとして、その前に木乃香が興味を持って首を突っ込む。

 

「今ではこんなツンツンしてるけど、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって呼んで俺の後ろを付いて回っててな」

 

 昔の話を穿り返す横島に明日菜が焦るが木乃香が興味を持ってしまい、嬉々として話し始めてしまう。

 横島は懐かしい呼び方にほっこりとしながら昔を思い出す。

 

「タカミチさんが明日菜を麻帆良に連れて来て面倒を見てたんだけど、あの人だって仕事はあるし、うちは蛍もいるのとこんな仕事だろ? 出張とかも多い人だからどうしても家を空ける時があって、そういう時は明日菜をうちで預かって面倒を見てたんだよ」

「へぇ、そうやったんや」

 

 明日菜は高畑が連れて来た子供ではあるが、彼は成人男子で仕事もある身。女の子特有の悩みも分からないだろうし、出張も多く家に一人でいる時間がどうしても出来てしまう。

 なので、仕事上ずっと家にいる横島家が高畑が留守の間に明日菜を預かっていたのだ。

 

「不愛想な上に殆ど動こうともしないから打ち解けるまでに大分手間がかかってさ」

「あぅ~」

「その切っ掛けがさっきの太郎とゴンでな」

 

 説明に木乃香は目を輝かせ、明日菜は黒歴史を披露されているかのように顔を押さえて床で悶えている。

 

「運動会も見に行ったし、誕生日も祝ったし、授業参観に出て両親と間違われたこともあったな」

「止めて――っ!!」

 

 当時のことを思い出して来た横島も段々と楽しくなって話に熱が籠る。

 

「あれ買ってこれ買ってって駄々こねたことや、おねしょを何歳までしてたとか、何時にお赤飯を炊いたかも、しっかりと覚えてるぞ」

「嫌ぁ―っ!?」

「う~ん、これはちょっと同情するかな?」

 

 こんな風におちょくるから中学入学で寮に入った頃からお兄ちゃんから横島さんに格下げされてしまったのもあるのだが、明日菜の反応が面白くてどうしても止められない横島であった。

 

「まあ、つまりは明日菜の我儘や癇癪に困らされたことも一度や二度じゃないけど、俺達は邪険にはしなかっただろ」

「そうだけど」

 

 ちょっと間を開けてまともな話に戻り、顔を真っ赤にして呻く明日菜に横島は鷹揚に頷く。

 

「明日菜だけじゃない。木乃香ちゃんだって昔は似たようなもんなのさ。子供がチビでガキなのは当然の話で、バカで考え無しなのは基準となるだけの経験がないからだ」

「…………だから、ガキのことは笑って許せってこと?」

「そうじゃない。俺と同じようにしろとは言わないさ。誰にだって子供時代はあるもので、その少年先生は先生であっても、お前達よりも子供であることは自覚しないといけない」

 

 横島だって胸を張って大人と呼べるような自信などない。

 

「間違っていると思ったなら遠慮なく怒っていい。ただ、怒るだけじゃだめだ。何が悪かったのか、どうすれば良かったのかと諭せるようになって始めて大人と呼べるようになる」

「難しいわよ」

「かもしれないな。でも、明日菜はまだお兄ちゃんお兄ちゃんって俺の後を付いて来るだけの子供か?」

 

 分かりやすい挑発だが自立しようと頑張っている明日菜の琴線に凄く触れる言葉だった。

 

「違う」

「じゃあ、やってみろ」

 

 ムッ、として容易く挑発に乗った明日菜は、自分が乗せられたことを自覚する。

 

「敵わないな」

 

 大人とはこういうものをいうのだろうと、自分がこうなれる姿を思い浮べることが出来る気がしないと明日菜は思う。

 

「横島さん、今のは格好良かったで」

「伊達にお前らの倍は年は食っとらん!」

 

 ナハハハハハハ、と木乃香に褒められ煽てられた横島が高笑いをして余計な一言をもらす。

 

「会ったことのない子供のことだから適当に言えるんだけどな」

「上げて落とす。これがお兄ちゃんよね、うんうん」

 

 自ら上げた株を自ら落とす横島に妙な安堵を覚えた明日菜なのであった。

 

「締まらないわね」

「先生ぇ~」

 

 ひょっこりとお座敷から顔を出した動物形態の二匹の哀愁の籠った鳴き声が横島堂に響き渡ったとか。

 

 

 



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第四話 妖精は小心者



何故かこの二日に激増した感想とアクセスに戦々恐々としつつ、歓喜の舞を踊りながらお送りします。




 

 

 

 今日も今日とて店に訪れる客もいないのに店番をしていた横島。

 

「へい、らっしゃ――」

「あら、エヴァじゃない」

 

 客の入店にスイッチを切り替えて商売人根性出して笑顔で接客をしようとした横島と違い、素のタマモは横島堂に入って来たエヴァンジェリンの姿を見るなり作業を放り出した。

 

「どうしたのよ。蛍なら病院で検査してるから今はいないわよ」

「犬が付き添いか…………今日は別件だ」

 

 エヴァンジェリンの何時もの目当てである蛍は定期健診の為におらず、前に一人で買い物に行かせた時からチクチクと嫌味を言われたので今日はシロが同行している。

 

「別件?」

「前言っていた件だ。ほら、来い」

 

 何かあったかと首を捻っている横島の前に、エヴァンジェリンと彼女に付き従っている絡繰茶々丸が横に避けると二人と一匹の姿が目に入った。

 

「明日菜と…………誰?」

「噂の子供先生よ。別件って呪いを解くのに協力しろって話のことじゃないの」

「ああ、そういえばそんなこともあったっけ」

 

 何か月も前のことなので失念していたが、エヴァンジェリンがそんなことも言っていたような気がした横島は手を打ちつけた。

 

「どういうことよ、エヴァちゃん。なんでここに私達を」

 

 どうやら理由も告げられずに連れて来られた様子の明日菜は困惑しているようで、頻りにエヴァンジェリンと横島の顔を見比べている。

 

「なんだお前は何も知らんのか。おい、横島。貴様の怠慢だぞ」

「怠慢って、お前な」

 

 混乱している様子の明日菜を楽し気に見ているエヴァンジェリンがシロを揶揄っている時と全く同じ態度であったので、説明を全振りされた横島の方が困ってしまう。

 

「まあ、落ち着け明日菜」

「落ち着けって、なにをお兄ちゃんはこの吸血鬼と仲良くしてるのよ!」

「絶賛混乱中みたいね」

 

 少なくともエヴァンジェリンが吸血鬼であることを知ったらしい明日菜に、はたしてどう言ったものかと横島が考えているとタマモがいらぬ茶々を入れて来る。

 

「はっ!? エヴァちゃんと仲が良いタマモちゃんまでいるってことは、まさかこの横島堂まで手中に!?」 

「だからって落ち着けって、そっちの子供先生が話についてけてないぞ」

 

 話がどんどん飛躍していっている。その内、横島まで吸血鬼にされたと言い出しかねない。

 

落ち着け(・・・・)

 

 横島が言霊に魔力を込めて呼びかけると、明日菜は冷水を浴びせられたとまではいかなくても腑に落ちない顔ながら平静を取り戻した様子である。

 

「知らぬ顔もあるわけだし、まずは自己紹介といこうか」

 

 落ち着いたのを見た横島は口に出してないだけで明日菜以上に混乱している様子の少年に穏やかな口調で話しかけた。

 

「俺はこの横島堂の店主である横島忠夫。お兄ちゃんでも横島でも好きに呼んでくれていい。君のことはシロとタマモから良く聞いている。会えて嬉しいよ」

「えと、ネギ・スプリングフィールドです」

「よろしく頼む」

 

 混乱はしているようだが自己紹介で頭までしっかりと下げたことで内心のネギ少年の評価を上げつつ、初めて見た顔なのに不思議な既視感を覚えて首を捻る。

 

「どこかで会ったことは、ないよな?」

「初対面のはずですけど……」

「いや、気にしないでくれ。どうも知った顔のような気がしただけだから俺の勘違いだろう」

 

 スプリングフィールドという名前を聞いて、エヴァンジェリンが何かの拍子に見せたかもしれない彼の父親であるナギの顔と混同しているだけだろうと一人で納得する。

 

「やいやい! アンタも真祖の吸血鬼の仲間なんだろ! 兄貴も何を敵と仲良くしてんすか!!」

 

 横島が一人で納得していると、ネギのスーツの襟から顔だけを出したオコジョが啖呵を切った。

 

「おいおい、もしかして何も言わずに連れてきたのか」

「説明すんのが面倒だったからな」

 

 説明を丸投げしてくるエヴァンジェリンを睨むが物凄く見て来る明日菜の目が痛い。

 

「お前さんの名前は?」

「俺っちは兄貴の第一の子分、オコジョ妖精のアルベール・カモミールだ! 焼いたって上手くないぞ!」

「食わないっての」

 

 話すにしても名前ぐらいは知っておかないと話しようがないという観点から聞いてみれば、前向きなのか後ろ向きなのか良く分からない名乗り方をされてしまった。

 

「キーキー五月蠅いわね。黙りなさい、オコジョ」

「はいぃっ!?」

 

 これは仕事にならないだろうと道具を片付けていたタマモが睨み付けると、カモは体をピンと固くして口を閉じた。

 狐は雑食で、ただでさえ体格的に捕食対象になりかねないのにタマモの力に本能的に怯えてしまう。ちなみにオコジョは狼にも弱い。

 

「ちくしょう、凄腕のアーティファクターが麻帆良にいるとネットにあったから助力を頼むつもりだったのに」

「聞こえてるわよ。オコジョ鍋って美味しいのかしら」

「俺っちは美味しくないですはい黙ります」

 

 エヴァンジェリンが一緒に付いて来てしまったので悔し気だったがタマモに睨まれては玉まで縮み上がる。

 野生の本能で、食物連鎖的に逆らってはいけない相手としてタマモが刻まれた瞬間だった。

 

「オコジョが喋っても驚かないってことは、みんな関係者だったのね」

 

 カモと普通に話す横島と、黙らせたタマモの反応から読み取った明日菜が肩から力を抜いた。

 

「そうよ。私は狐の妖怪。驚いた?」

「十分に驚いてるわよ。驚き過ぎて逆に平静になっちゃったぐらい。でも、魔法使いだけじゃなくて妖怪までいるなんて」

「悪魔もいるし、神様もいるぐらいだから今驚いていたら心臓止まるんじゃない」

「止めてよ」

 

 横島の言霊が効いているのであまり態度には出ないが、内心では十分に驚いている明日菜は悪魔も神様もいると聞いてげんなりとした。

 

「ちなみに本当の姿はこれ」

「ゴンちゃんがタマモちゃんだなんて……」

「尻尾が九本もある時点で普通の狐じゃないって気づきなさいよ」

 

 タマモが尾が九本ある狐の動物形態になると、癒しのゴンちゃんの正体がクラスメイトだと知った明日菜の顎が落ちる。

 

「じゃあ、太郎も?」

「あれはシロ。私と同じ妖怪で人狼よ」

「吸血鬼に狐の妖怪に人狼って…………僕のクラスって一体」

「色物ばかりなのは間違いないわね。勿論、魔法使いで子供で先生のアンタもね」

 

 太郎の正体もクラスメイトと分かって肩を落とす明日菜の横で、人間以外まで生徒をやっていることに驚きを隠せないネギに色物扱いをするタマモ。

 タマモは自分で言って自分まで色物扱いしていることに気付いていないが。

 

「あ、あの、父さんのことで話があると連れてこられたんですけど」

 

 タマモに少しは優しくしてやれと言っている横島に何故か問うネギ。

 先程から明日菜を挟んで決してエヴァンジェリンのことを見ようとしないので何か怖いことをされたのだろう。

 

「まあ、話って言ってもな」

 

 横島が話があるのではなく、エヴァンジェリンの要件なのでそちらを見ると何故か深く頷かれた。

 

「話はどこまで聞いてる?」

「エヴァンジェリンさんが吸血鬼で、僕のお父さんに十五年前に麻帆良に封印されて学生をやらされていると」

 

 エヴァンジェリンが話す様子がないので、現状理解がどの程度なのかを聞くと大まかには話していたようだ。

 

「補足すると、ここにいるキティさんは」

「おい」

「エヴァンジェリン・A(アタナシア)K(キティ)・マクダウェルさんは、それはもう世間で畏れられる吸血鬼だったわけだ」

 

 文句を言われそうになったのでフルネームを言うことで誤魔化し、捕捉を続ける。

 

「で、ある時、お前さんの親父さんに負けて登校地獄っていう呪いをかけられたんだ。でも、力尽くで呪いを掛けた所為で十五年も学生をやらされてるんだと。ところで、登校地獄って知ってるか?」

「一応は…………でも登校地獄にはそんなに長期間縛り付けることは出来ないと思うんですけど」

 

 ネギとしては父がそんなことをするのかと半信半疑の様子がありありと見える。

 

「そこはそれ、あんちょこ見ながら巨大な魔力で呪いを掛けた所為で変な感じになったらしい」

 

 これだから天才型が思い付きでやると碌なことにならない、と周りからは天才型と見られている横島が言うと説得力がない。

 

「君のお父さんはエヴァンジェリンが卒業する頃には戻ってきて呪いを解くと約束していた」

「だが、奴は来なかった」

 

 今まで黙っていたエヴァンジェリンが話を継ぐ。

 

「奴は死んだ。十年前にな」

 

 勝手にお座敷に上がり込んで横になっているエヴァンジェリンが背中越しに話す。

 その背中は少し震えているようでネギと明日菜には泣いているように見えた。

 

「まあ、くたばってしまったのなら仕方ない。お蔭で強大な魔力によって為された私の呪いを解くことの出来る者はいなくなり、十数年の退屈な学園生活だ」

 

 体を起こして振り返ったエヴァンジェリンは常の不遜さを発揮させ、目が合って怯えるネギを睨み付ける。

 

「この呪いを解くにはナギの血縁者にして、膨大な魔力の持ち主である坊やの血を吸うのが一番手っ取り早い。というわけだ。奴の残したツケを息子の貴様が払う為に血を提供しろ。安心するがいい、死にはしない程度には抑えてやる」

「血って…………吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になるんじゃないの?」

 

 魔眼の如く血のように赤く染まった眼に射すくめられたネギを庇うように前に出た明日菜も膝を震わせながら気丈に問う。

 

「私をそこらの新米吸血鬼と一緒にするな。そんな不作法をするはずがないだろ」

「分からないじゃない。死にはしない程度に抑えるっていうアンタの言葉が本当かどうかも怪しいわ」

 

 漫画などでは定番の展開で、こういう悪役が約束を守らないことも良くあることである。

 機嫌を害した様子だったエヴァンジェリンは、明日菜の懸念にそれもそうだと、寧ろ悪役ムーブを発生中なので素直に信じられるよりも嬉しい展開だったようで唇の端が上がっていた。

 

「今の魔法技術は発達してるから、昔はともかく成り立ての半吸血鬼ぐらいだったら治せる薬があるわよ」

「そうなの?」

「私達の言うことが信じれなかったらそれまでだけど、なんならそこのオコジョに聞いてみれば?」

 

 言われた明日菜がネギの襟に隠れているカモを見ると、何度も頷いている。

 タマモは嘘を言っていないと分かると肩に入っていた力を抜いた。

 

「そう脅かすなって。俺もタマモもシロも見てるから、死ぬまで吸血なんてことはさせないさ」

「お兄ちゃんがいるなら安心だけど」

 

 この店らしくないシリアスな空気に苦笑を浮かべる横島に絶対的な信頼を寄せている明日菜は良くても、今日が初対面のネギはそこまで信用が出来ない。

 

「安心しろって。エヴァが変なことをしそうなら力尽くで止めるから」

「それでも怖いです」

 

 横島は子供の自分にもちゃんと向き合ってくれる人で好感度は高いが、命を預けられるかと言えばそこまでは信頼できない。

 

「どうせなら吸血鬼が嫌がるニンニクとかを体に塗っておくか? これなら流石に致死量まで吸えるほど匂いに我慢できないだろ。ついでだから対吸血鬼用の道具を安くしとくから買うか?」

「なにを商売しようとしてる」

 

 横島が知る限りの対吸血鬼の対処法とアイテムの紹介、販売を行おうとしていると眉間をヒクヒクとさせたエヴァンジェリンが肩に手を置く。

 

「いたいけな少年が安心して血を提供してくれるなら安いもんだろ」

 

 ギリギリと力を込めて来るエヴァンジェリンから逃げ、目録を取り出してネギの前に広げている横島に罪悪感はない。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ…………うわっ、高っ!?」

「魔法具ってのは総じて高いもんなんだよ」

 

 明日菜が今まで見たことがない裏専用目録の吸血鬼用と記された道具の金額の高さに目を剥く。

 ネギは自分の貯金と相談するが、安価な物はともかくとして決して潤沢とは言えない資金の中では選択肢は多くない。

 

「うぅ、立派な魔法使いなら人助けをすべきじゃありませんか?」

「俺、魔法使いじゃないし。家族を食わせなくちゃいけないから慈善事業は他でやってくれ。明日菜もこれのお蔭で育ったようなもんだしな」

「普段からこの店がどうやって成り立っていたのか不思議だったけど、こっちで儲けてたのね」

「十年目の真実ってやつだな」

 

 勧められたアイテムの合計金額の高さにネギが少し立派な魔法使いの意義を口にするも、横島としても家族を食わせていく以上、慈善事業はやってられないと口にする。

 何か違うとも思いつつも、明日菜もこれらの売り上げのお蔭で食べさせてもらった過去があるだけに文句を言う資格がないと思い、新聞配達のアルバイトをしてお金を稼ぐことの大変さは理解しているつもりなので商魂の逞しさに呆れてしまう。

 

「むぅぅぅぅぅぅ」

 

 心身の安全の為に対吸血鬼用の道具が欲しいが横島に値引きしてくれる感じはない。

 何よりも直接の家族のいない、今まで扶養されていたネギには何も言えない。

 

「まあ、大体、呪いは殆ど解けてるんだから血を吸わせる必要があるのかが俺には疑問なんだが」

「はい?」

 

 じゃあ、今までの話は何なのだと思ってしまったネギと明日菜。

 

「私と横島で不自由しない程度には呪いも正常な物に近づけているのよ。ただ、大元の呪いそのものはフィードバックの大きさからこれ以上は手も出せなくてね」

「後は卒業さえすれば解けるんだから大人しくしてろって言っているのに聞かねぇんだよ」

「じゃあ、僕の血が欲しいっていうのは」

「今すぐ呪いを解きたいエヴァの我儘」

 

 呪いに関しては完全に門外漢なネギや素人の明日菜には分からないのだが、横島とタマモが言うならそうなのだろうと納得した所に、血が欲しい理由に唖然としてしまう。

 

「卒業待ったら? エヴァちゃん」

「エヴァちゃんは止めろ」

 

 我儘扱いされたエヴァンジェリンはちゃんづけしてくる明日菜を睨み付け、一呼吸開けて口を開く。

 

「…………いいか、私は十五年も学生をやらされている。十五年だ。貴様の年齢分も延々と中学生をやってみろ。授業にも何にも面白みなどない。延々と同じことの繰り返しなど地獄だぞ。一年、後一年と言うが私は今直ぐにでも呪いを解きたいんだよ!」

 

 この場の他の誰も十五年も学生をやっているわけではないのでエヴァンジェリンの苦しみを理解できないが、少し前の学期末の試験で成績が悪ければ小学生やり直しの噂を本気で信じた明日菜は少し気持ちが分かる気がした。

 

「そ、それなら僕のお父さんに解いてもらったらいいじゃないですか」

 

 明日菜の逆で飛び級しているネギは単純な自身の危機を回避しようとそう訴えた。

 

「だから、奴は十年前に」

「僕、父さんと、サウザンドマスターと会ったことがあるんです」

「何だと?」

 

 自明の理を繰り返そうとしたエヴァンジェリンはネギの言葉に動きを止めた。

 

「確か坊やは数えで十歳だったよな」

「はい」

「会ったことがあると本気で言っているのか?」

「大人はみんな僕が生まれる前に死んだって言うんですけど、六年前に確かに会ってその時にこの杖を貰ったんです」

 

 ネギが数えで十歳ということは、十年前に死亡とされたナギと出会えるはずがない。

 嘘は許さないと険しい顔のエヴァンジェリンの前に進んだネギが背中に背負っていた杖を差し出す。

 

「…………確かにナギの杖だ。似ているとは思っていたが」

 

 親子なので似た物が家にあるのだろうと勝手に思い込んでいたが、手に取ってみれば以前に触れたこともあるナギの杖であることに間違いないとエヴァンジェリンは認めた。

 

「だが、坊やが嘘を言っていないという保証はない」

「僕は嘘なんか――」

「杖が家の残されていた物である可能性や、仮に六年前にナギに渡されたとしても魔法で他人になりすまして子供を騙すのは容易い事だ」

「おいおい、そこまで疑ってたら話が進まねぇんじゃねぇのか」

 

 必死にナギが死んでいることにしようとしているエヴァンジェリンにそこまでにしとけと横島が止める。

 

「俺の失せ人探しの占いでも死んでないって出てるんだ。大人しく信じとけよ」

「というか、相手が子供を作ってる時点で脈ないんだから諦めたら?」

 

 タマモのもっともな助言に、エヴァンジェリンは傍目にも分かるほど機嫌を害したようだった。

 

「最終的に私の物になればそれでいい」

 

 潔いのか悪いのか。過程よりも結果として自分の手の内に入るならば子供がいようが構わないらしい。

 

「まあ、生きていると仮定して」

「お父さんは死んでません!」

「仮定するなら京都にある奴の別荘を見て来るがいい。死が嘘だというなら、そこに何か手掛かりがあるかもしれん」

「京都?」

 

 京都、という地名に反応したのは何故か横島だった。

 

「どうした、横島? 自分のホームグラウンドなのに何故聞かなかったのかと拗ねているのか。ふっ、仕方ない。実はお前達に借りを作るのは」

「それはないんだけど、ちょっと記憶が刺激されてな」

 

 ナギの別荘に関しては、横島達に見て来てくれと頼むのは気が引けていたエヴァンジェリンは拗ねられては敵わないと笑顔を浮かべていた。当の本人は昔のことを思い出そうと必死になっていたが。

 

「ネギ、ナギ、子供、母親、十年前、京都? うん? ううん?」

「どうしちゃったのよ? 頭でもおかしくなった?」

「辛辣ね、タマモちゃん」

 

 必死に連想ゲームのように繋がって引っ掛かっている記憶を呼び起こそうとしている横島の変な態度に頭の心配をするタマモに、同じことを思ったが口には出さなかった明日菜の顔に縦線が入る。

 

「…………おおぅっ! そうだ、思い出したぞ!!」

 

 頭を抱えて唸りながら灰色の脳細胞を活性化させた横島は遂に該当する記憶へと辿り着いた。

 

「エヴァ」

「なんだ」

「俺、十年前にナギさんと会ってたわ」

 

 てへっ、と三十路の男が可愛い子ぶっても気持ち悪いだけである。

 

――――――――残酷な描写につき、ご容赦下さい。

 

 血が飛び散るほどの暴行に恐れを為したネギは目と耳を塞ぎ、止めようとした明日菜はタマモに押し留められた。それほどにエヴァンジェリンは激昂していた。

 

「むべなるかなってやつよね」

 

 エヴァンジェリンの気持ちが分かるだけに、今更会ったことがあると言い出した横島に怒るのも無理はないとタマモは諦観と共に思った。

 

「蛍と出会う前の話で、長から護衛の仕事を受けたんだよ」

 

 数分後、激昂したエヴァンジェリンの凶行からなんとか復活した横島が事情を説明する。

 

「護衛って言っても、とある別荘にいる身重の奥さんの話し相手を務めただけなんだけどな」

「なんでお前なんだ? 普通、そういう役は女だろ」

「向こうが求めたのは、人と話すのが得意で秘密を守れる奴っていう条件だったらしい。それでなんで俺だったのか、分かんねぇんだけど」

 

 なんとなくタマモには横島が選ばれた理由が分かった気がした。

 

「ねぇ、その身重の奥さんって美人だったんじゃない?」

「あぁ、そういうこと」

「超絶美人でグラマーだったぞ。でも、なんで分かったんだ」

 

 タマモが聞き、付き合いの長い明日菜も理由が分かった。

 二人が想像した通り、身重の奥さんは美人だったことが何故分かったのかと横島の方が疑問顔である。

 

「だってお兄ちゃんって美人の女の人には甘いし、黙っててほしいって言われたら絶対に話さないでしょ」

「いや、まあ、そうだけどさ」

 

 釈然としないものを感じつつも、明日菜の言う通り美人に言われたら横島が否と言えることはかなり少ない。

 

「要は横島が美人に弱いから選ばれたということだ。人格も見たんだろうが」

 

 関西呪術協会の長である近衛詠春はナギ・スプリングフィールドの盟友である。

 世間に公表されていないナギの妻を秘密にしておく必要があったならば、護衛の人選も大変だったろうし、美人に弱いという点を抜いても全幅の信頼が出来る人間となればエヴァンジェリンでも横島を選んだだろう。

 底抜けにお人好しというわけではないが、仲が深まればこれほど信頼がおける相手もいないのだから。

 

「俺が会った時は変装の為か、今のネギ君みたいに眼鏡をかけてたし、名前もノギって名乗ってたから気づかなかったんだよ。ナギさんの顔知らなかったし」

「写真を見せなかったか?」

「見てない。赤髪のイケメンとか、魔法はあんちょこがなければちょっとしか使えないとか、実は物凄く優しいとか聞いていなかったぞ。ネギ君の顔を見て、京都に別荘があるって聞いてようやく結びついたぐらいだし」

 

 魔法使いの家系である蛍は知っているかもしれないが、横島は全部エヴァンジェリンの伝聞からしか知らないので同一人物だとは思わなかった。

 陰陽師の横島は魔法史にも魔法使いにも魔法世界にも興味がなかったのもあるが。

 

「ぬぅ、なんでもっと早く言わなかった!!」

「じゃあ、写真ぐらい見せろよ!」

「魔法界の英雄だぞ! 普通知っていると考えるし、お前が会ったことがあると思うわけがないだろ!」

 

 首元を掴まれたガクンガクンとされて死にそうな目に遭う横島。

 反対にその護衛の日付を聞いて、死亡とされた日よりも後だったのでナギ生存の情報を得たエヴァンジェリンは横島を振り回しながらも満面の笑みである。

 

「そういや、あの時のリカさん…………偽名だろうけど、のお腹の中にいたのがネギ君なんだよな。月日が経ったのを感じるぜ」

「僕の、お母さん?」

 

 今まで誰も口にしなかった母の話題に、無意識に触れずにいたネギは両親と出会ったという横島を呆然と見上げる。

 

「確かその時、別れ際に一枚だけ写真を撮ったような」

「早く取って来い!!」 

「はいはい、どこに直したかな。アルバムに入れたと思うけど」

「あ、私も手伝う」

 

 呆然としたネギの様子に気付いた感じも無い横島の尻をエヴァンジェリンが蹴飛ばす。

 エヴァンジェリンの気持ちも分かるので蹴られた尻を擦りながらお座敷に上って家の方に向かう横島を手伝おうとタマモも後に続く。

 

「ったく、アイツは何時まで経っても……」

 

 見送ったエヴァンジェリンが疲れた様子でお座敷に座り込む。

 

「大丈夫、ネギ?」

 

 エヴァンジェリンを心配して世話をする茶々丸を視界に収め、立ち呆けているネギを心配した明日菜が声をかける。

 

「…………僕、今までお母さんのことは考えたことがなかったんです」

「ネギ……」

「お父さんのことは話題に上がったけど、お母さんのことは誰も言わなかったら聞かない方が良いのかなと思って」

 

 大人が考えているよりもずっと子供は周りのことを見ていて、ずっと敏感に空気を感じ取る。

 母性を求める相手もネカネがいたから、ネギは何時しか母のことを無意識に考えないようにしてきた。

 

「周りを責めることは出来んさ」

 

 お座敷に横になって今にも不貞寝しそうなエヴァンジェリンが言った。

 

「でも、母親のことを知らせないなんて酷くない?」

「ナギの妻ともなれば、瞬く間に裏の世界全体にその名が広がってしまう。妻の家か周りに危険になると考えたのか、もしくはその妻の方に名を明かせない理由があったのかは知らんが、身元は可能な限り隠していたんだろ。坊やには大人に成ったら教えるとかじゃないのか」

 

 明確にナギの妻という単語にショックを受けている様子のエヴァンジェリンを影が覆う。

 

「あったぞ。いやぁ、探した探した」

 

 袖に微かに埃を付けた横島が一枚の写真を持って現れる。その後ろでタマモがハックッションとくしゃみをした。

 人を跨いでいったことにエヴァンジェリンが文句を言おうと体を起こすが写真の方に意識が向いていた。

 

「ほれ、ネギ君」

 

 お座敷から下りてつっかけを履いた横島が歩み寄って来てネギに写真を差し出す。

 

「え?」

「え、じゃないって。君のご両親の写真だよ」

 

 横島の顔を見上げて言われたネギは写真を見て、そこに映る三人の姿を目に入れる。

 ネギから見て左側に映るのは、今よりも大分若い横島だ。

 若い横島は一人の女性を間に挟んで、ネギを大きくしてヤンチャさを95%足した青年と肩を組んでいる。その青年が誰かなど考えるまでもない。

 そして二人の男に挟まれて椅子に座って微笑んでいる女性のお腹は大きく膨らんでいる。

 

「これがお母さん……」

 

 初めて見る母親はとても穏やかで優しそうな人に見えたネギは、ずっと抑え込んでいた母を想う気持ちが爆発する。

 

「うぐっ……ぇ、っぁ……あぁっ……」

 

 声を上げて泣くのではなく、写真を見たまま押し殺したように涙を流すネギに困った顔をした横島は、写真を持っているのとは反対の手でネギの頭を撫でる。

 

「詳しいことを知っているわけじゃないから大したことは話してあげられないんだけど、俺が知っていることで良ければなんでも聞いてくれ」

「…………はい、お願いします」

 

 他人に泣いているところを見られただけでも恥ずかしいのに慰められたネギは、年上の男の人にこうやって頭の撫でられたことなど殆どないので身の置き場がない。

 高畑に関しては最初から友達という認識が植え付けられているので、どうにも面映ゆい。

 

「あの時、ノギさんじゃないやナギさんに生まれて来る子に会ったら兄になってくれって言われたんだ」

 

 そう、この感覚は父や友人とは違う。

 いたことのない兄や親戚のお兄さんだろうかと考えたネギは赤面した。

 

「俺もさ、君に同じ言葉を贈るよ。もう直ぐ生まれて来る子供の兄貴になってくれるか?」 

「はい!」

 

 元気良く返事をするネギの肩に明日菜が手を置く。

 

「じゃあ、ネギは私の弟ね」

「叔母さんじゃないの?」

「違うわよ、ゴンちゃん」

「ゴンちゃんは止めい!」

 

 横島の妹なのだから自分はネギの姉の理論を展開しようとした明日菜に茶々を入れたタマモが絶妙の返しに遠吠えを上げた。

 

「上手くいってなによりだが、京都の別荘に行ってナギの情報を仕入れて来いよ」

 

 未成熟な十歳前後の自身と比べて成熟した女としての色気を持つナギの妻に劣等感を感じて完全に不貞腐れたエヴァンジェリンが投げやりに言う。

 

「関西呪術協会の長ならばナギの妻について良く知っているだろう。詳しい話を聞いてみたらどうだ」

 

 それでもそんなことを言う辺り、この十年でかなり丸くなったものだとタマモは思った。

 

「じゃあ、今から行ってきます!」

「金と休みはあるのか?」

「あ」

 

 喜び勇んで今から行かんばかりだったが先立つ物があるのかと聞き返されて固まったネギ。

 

「三年生の授業スケジュールも考えないといけないし、京都まで行こうと思ったらお金が」

「私の制服代とかで一杯使ったもんね」

「何回も吹っ飛ばされてたもんね、明日菜」

「分かってたんなら止めてよ!」

「止めててあれよ」

「マジで?」

「マジで。ま、修学旅行で行けるんだから、それまで我慢したら」

「で、でも居ても立っても居られなくて。ちょっとぐらい、ちょっとぐらいなら」

 

 ギャーギャーと騒ぐ女子中学生の勢いに負けじと京都に行きたいネギの攻防は続く。

 

「いやぁ、若いっていいね」

「横島よ、そう言うのはまだ三十年は早い」

 

 御年600歳に言われると重みが違った。

 結局、カモは怯えっぱなしでネギのスーツの中から出て来ることはなかった。

 

 

 





桜通りの吸血鬼事件は起こりませんでした。


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第五話 ネギの日記①


ちょっと短め。




 

 僕の名はネギ・スプリングフィールド。

 魔法学校を飛び級で卒業して、課題として日本の麻帆良女子中学校の先生をやることになった。

 ここに辿り着くまでには色んなことがあったけど今は割愛しておくことにする。

 

 一ヶ月と少し前に僕のクラスの生徒であるエヴァンジェリンさんに桜通りで襲われたことから始まった。

 魔法使いの見地から見れば小競り合いで終わった戦いは僕に強い恐怖を植え付けた。

 魔法使いの従者である絡繰茶々丸さんに拘束されて、エヴァンジェリンさんに後少しで血を吸われそうになったところを同居人の神楽坂明日菜さんに助けてもらった。

 数的には二対二なので一度は退いてくれたんだけど、また襲われるんじゃないかって僕は怖くて仕方なかった。

 その日の夜、友人であるアルベール・カモミール君(通称:カモ君)が来てくれたお蔭で悪夢に魘されずに済んだのは随分と助かった。ただ、話を聞いて逃げ出そうとしたので、ちょっと友達関係を考えようかなと思ったのは秘密である。

 

 次の日、明日菜さんに連れ出されてビクビクと怯えながら学校に行くと、エヴァンジェリンさんの方から接触してきた。

 僕は逃げ出そうとしたけど、明日菜さんに捕まえられていて出来なかった。

 周りの目もあったから襲って来ないだろうっていう推測も分かるのだけれど、体に刻み込まれて恐怖は中々抜けてくれない。

 何をされるのかとオドオドとしていると、なんとエヴァンジェリンさんが謝って来たのだ!

 

「すまんかった」

 

 僕からしたら本当に謝る気があるのか疑問だったけど、なんでも死んだお父さんと因縁があるらしい。

 授業もあったので詳しい話は聞けないまま、放課後にある場所に連れて行かれることになった。

 それが横島堂。

 最初はどんどん人気のない場所に向かっていたので今度こそ血を吸われると思ったのだけれど、明日菜さんは知っている場所だったようで驚いていた。

 横島堂には店主の横島さん、その家族だという僕の生徒でもあるタマモさんがいた。

 店に入った当初から高い魔力や気を感じていたから悪の居城かと思ったけど、よく観察すれば魔道具(マジックアイテム)の店であることが分かった。

 

「はっ!? エヴァちゃんと仲が良いタマモちゃんまでいるってことは、まさかこの横島堂まで手中に!?」 

「だからって落ち着けって、そっちの子供先生が話についてけてないぞ」

 

 横島堂のことを良く知っているらしい明日菜さんの混乱を横島さんが無造作に言霊で鎮めたのは驚いた。

 あまりにも無造作に放たれた言霊の余波で、同じように混乱していた僕の精神も落ち着いたけど、他人にそうと気づかせない自然さは僕にはとても出来ることではない。

 

「知らぬ顔もあるわけだし、まずは自己紹介といこうか。俺はこの横島堂の店主である横島忠夫。お兄ちゃんでも横島でも好きに呼んでくれていい。君のことはシロとタマモから良く聞いている。会えて嬉しいよ」

 

 噂の子供先生として、という枕詞が今までつくことが多かったが、明確にネギ個人に向けてそう言ってくれる人は今までいなかった。

 

「えと、ネギ・スプリングフィールドです」

「よろしく頼む」

 

 どこか面映ゆさを覚えながら教えられた通りに頭を下げて挨拶すると、子供相手にも関わらず横島さんは僕と向かい合ってくれているのを感じた。

 大抵の人は僕が子供と分かると上から見たり、どこか構えているような雰囲気を覚えるが横島さんはそうではない。自然なのだ、この人は。

 不思議な人だな、というのが横島さんの第一印象だった。

 

 

 

 

 

 その後のことは両親の写真を見せてもらったりして泣いてしまったので、この日記に記すのは恥ずかしいから書くのは止めておこうと思う。

 そうそう、この日記を書くようになったのも何時も失敗しては明日菜さんを始め、多くの人に迷惑をかけていたことを自覚してどうしたらいいかを横島さんに相談したことから始まっている。

 

「一朝一夕で完璧に成れるんなら先生はいらんわな。一日の出来事を日記に書いてみて、悪かったことを反省してこうしたら良かったんじゃないかって振り返ってみたらどうだ?」

 

 横島さんの言うことは尤もだった。

 僕は先生だけど、その前に子供なのは変えようがない。かといって、失敗しないように縮こまっていては先生として信用されることも無い。

 失敗しないようにするのは大切だけど、失敗から何を学ぶのか。それが大切なんだ。

 横島さんとはまだ短い付き合いではあるが彼の懐の深さやシロさんやタマモさんへの対応、明日菜さんが砕けた様子で話している様子から今までじぶんの周りにはいないタイプであった。

 僕も似たような年代の男の人とは同級生などの父親を見る機会はあったが関わることはなかった。

 年が近いらしいタカミチに関しては最初に友達になろうと言われたので、そういう意識にはならず、また父親代わりになろうとはしていないことを察していた。

 お父さんと面識があったこともそうだが、今まで誰も言ってくれなかった母のことを教えてくれたことも多い。

 直に生まれて来る赤ん坊の兄になってくれと頼まれたことも僕の気持ちを高揚させた。

 

 

 

 

 

 日記を書き始めてから僕の気は沈んでばかりだ。

 何も失敗しない日なんてないってぐらいに、誰かに迷惑をかけてばかりいる。それでも周りの人が見捨てないでいてくれるのは僕が子供だからだ。

 魔法が原因なんかじゃなくて、僕が未熟だから。

 こんな僕が先生をやっていていいのだろうかと毎日思わない日は無くて、新学期が始まる前日に横島堂に行って相談してしまった。

 

「常に反省して成長しようとしているネギ君なら良い先生になれるさ」

 

 つまりは今は良い先生じゃないと言われているようなもので、落ち込んでいると苦笑して頭を撫でてくれた。

 

「誰だって最初から良い先生なんていない。君もまだまだ未熟なんだ。生徒達と一緒に頑張って成長するんだ。俺も応援してるから」

 

 その言葉に励まされて頑張ろうと思う僕は現金なのかもしれない。

 応援してくれる人がいるなら頑張ってみよう。精一杯やってみて、駄目なら駄目でそれでいいのかもしれない。

 そうして僕は修学旅行の日を迎えた。

 

 

 

 

 

 修学旅行の日、僕は興奮してあまり寝付けず、寝起きも早かった。

 明日菜さんには小学生が遠足を楽しみにしているみたいだと言われ、教師の自分が何をやっているのかと反省はしたが両親の別荘が京都にあると分かっているので気分の高揚は抑えきれない。

 アーニャ曰く古物マニアでもあるので日本の古都である京都や奈良に行けるのも嬉しいし、学園長から関西呪術協会への親書も預かっているので使命感に燃えていたのもある。

 後になって聞いたことだけど、元々のこの親書を届ける役割は東の魔法使いと結婚した横島さんが勤めることに内々で決まっていたらしいけど、奥さんの蛍さんの出産が近いことから見送られたらしい。

 これも後になって思ったけど、修学旅行のついでに親書を届けるのは失礼じゃないのか。

 実際には親書というよりも学園長から義理の息子への手紙だったらしいので、そこまで鯱張る必要も無く、西の長さんの盟友だったお父さんの息子である僕の顔見せっていう理由もあったらしいけど。

 日記を書くようになって、後になって事実関係を精査したら分かったことだった。

 文にして残すと後で考察も出来るので、日記の大切さがまた分かった瞬間だった。

 

 修学旅行は波乱の連続だった。というか、始まる前から波乱だった気がする。

 駅での集合だったのだけれど、エヴァンジェリンさんが寝坊して遅刻しかけるし、第6班の班員にまさか幽霊がいて人形で参加するなんて誰にも聞いていなかった。

 なんでも相坂さよさんは3-Aの教室に憑りついている地縛霊らしく、修学旅行に参加できないのを不憫に思ったエヴァンジェリンさんやタマモさんが恐山に行って幽霊が憑りつける人形を作ったらしい。

 恐山に行ったのは横島さんらしくて、人形はエヴァンジェリンさんが夜なべして作ったとかで、人形のさよさんはとても嬉しそうに話してくれた。

 友人思いの人達を叱ることは出来ず、電車は無事定刻通りに出発した。

 この時点で修学旅行の行く末を案じているような波乱な始まりだった。

 

 京都行きの新幹線の中ではみなさん楽しそうにしていて、なかでも学業でなければ麻帆良の外に出られないエヴァンジェリンさんと60年ぶりに外に出たというさよさんは特にはしゃいでいた。窓の外を指差してはタマモさんに鬱陶しがられていて、茶々丸さんが二人を微笑ましそうに見ていた。

 刹那さんと木乃香さんの間に座ったシロさんが物凄く助けを求めるような目で見て来た理由は分からないけど、総じて普段の騒がしい3-Aらしさに溢れていたように感じた。

 カエルが現れるまでは。

 108匹のカエルはどこかから現れて、失神者続出で対応に大慌てだった。

 アーニャみたいにカエルが苦手な人も多く、泣き叫ぶ人や怖がって暴れる人多数で問題のカエルを捕まえることが中々出来なかった。

 そんな時だった。

 

「アゥオオオオオオオオオオンンンンンンンンンン―――――――――ッッ!!」

 

 古さんを筆頭にカエルが平気な人もいて、混乱している人を鎮めながら捕まえていると突如として犬の雄叫びのようなものが響き渡った。

 古来より犬の遠吠えには魔力が宿るというけれど、僕が感じたのは気だった。

 遠吠えが聞こえた方を振り向けば、何故か桜咲さんに頭を叩かれて悶絶しているシロさんの姿があった。

 シロさんは人狼という妖怪らしくて、カエルを捕まえるよりもこの方が早いと後で釈明を受けた。

 桜咲さんがカエルの正体を西の呪術である式符と見破ったのを聞いて、自分ならば捕まえる手間を省くことが出来ると考えたらしい。

 確かにカエルはシロさんの遠吠えで符に戻ったのだが、遠吠えは物理現象にまで作用した所為で新幹線は緊急停止。僕達のクラスの人だけが乗っていた7号車は失神者続出だったので、あわや修学旅行中止なんて話も出てしまった。

 タマモさんがシロさんはカエルを追い払おうと犬の物真似をやっただけと誤魔化し、修学旅行を中断されたくないエヴァンジェリンさんやシロさんが人狼族であることを知っている茶々丸さんや明日菜さんなど、勿論僕も擁護することで誤魔化し切った。

 結局、一時的な機械の異常ということで新幹線は運転を再開。カエルは姿がないので気の所為という結論になり、無事に修学旅行は続行することになった。

 

 

 

 

 

 京都に着いてからも騒動は尽きることがなかった。

 清水寺で悪ノリした生徒らの扇動とタマモさんに煽られたシロさんが飛び降りたりしたことから端を発して問題ばかりが起こる。

 雪広さんは失神しかけるし、シロさんは妖怪なだけあって怪我は全くないのだが心臓に悪いことこの上ない。

 恋占いの石は、なんでも横島さんが好きらしいシロさんが物凄く煩悶しながら挑戦して、途中で迷って懊悩の末に地面を叩いたら大きな穴を開けてしまって方々に謝罪する羽目になったり。

 これに関しては誰かが事前に掘った悪質な落とし穴だと分かったので問題にはならなかったが胆が冷えた。

 ここまで書くと問題の大半はシロさんの所為で起きているような気もしたけど、恋占いの石の後に行った音羽の滝に仕掛けられた酒の匂いを嗅いで生徒達が誤って飲むのを回避できた。

 よくよく考えたら新幹線の遠吠えはカエルの除去を目的に、恋占いの石の落とし穴は過失はない。清水寺の飛び込みに関しても周りに扇動されたからで、自分から率先して悪いことをしたわけではない。

 この日記を書いている時に改めて整理してみれば、後で頭ごなしにシロさんを注意したことは謝らなければいけないだろう。

 

 旅館に着いてからは大きな問題が起こることはなく、賑やかに食事を食べて各班ごとに部屋に別れて休むことになる。

 騒がしい3-Aなので部屋ごとに別れても騒々しいのは変わらない。

 新田先生や僕の親書の見届け人として同行している葛葉先生が見回りをしている間、僕は風呂に入ることになった。

 生徒達の時間が終わった後なので急ぐ必要はないのだが、カモ君と満天の星空を見ながらゆっくりするのも悪くないけれど僕は日本で言う烏の行水というやつらしいので長く入ることはない。

 そろそろ出ようというところで何人かの生徒達が乱入してきて大変だった。本当に大変だった。

 女子生徒達だから騒ぎに気付いた新田先生も踏み込めず、シロさんと明日菜さんが物理行使をして助けてくれなかったらどうなっていたか本当に恐ろしい。

 後で分かったことだけど、お風呂場が大混乱の時、タマモさんとエヴァンジェリンさんは音羽の滝の酒を回収して酒盛りをしていたらしい。

 

 この夜も3-Aの騒ぎは一向に収まる気配も無く、僕が早めに床につかせてもらった後も大変だったとは翌朝に新田先生や機嫌の悪い葛葉先生が教えてくれた。

 

 

 

 

 

 二日目のことに関して、とても記せるものではないので勘弁してほしい。

 

 

 




ネギの日記という体裁で、ところどころで会話文も混ざる感じです。



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第六話 ネギの日記②



 なにやら日刊ランキング入りして戦々恐々としております。
 沢山誤字もあり、報告して下さった方もありがとうございます。
 これも皆様のお蔭と精進して頑張りました。


 

 

 二日目の欄は何度も書いたり消したりを繰り返され、とても読めるような感じではない。

 

 

 

 

 

 三日目の朝を迎えた時、前日のことを思い出した僕は暫く布団の中で悶えていた。

 まさか宮崎さんに告白されるなんて思いもしていなかったし、朝倉さんに魔法のことはバレるし、何か良く分からないクラスの催し物に巻き込まれて正座もさせられた。

 それに、き…………この後の文字は擦れて読めない。

 

 なんであれ、無事に朝を迎えた僕はどうしようもなく横島さんと話がしたくて事前に聞いていた電話番号にかけたのだが何故か出ない。まだ寝ているのだろうか。

 横島さんの家族であるシロさんとタマモさんに聞いてみようとしたら、何故かカモ君が見るに堪えない血袋と化していた。

 

「知っている、ネギ? 狼と狐は野生の世界において捕食者なのよ」

 

 下手人らしいタマモさんの背筋がゾクゾクとする薄い笑みが怖かったのだが、全く以て意味が分からないが触れない方が良い気がしたのでカモ君に黙祷しておいた。

 しかし、何故かエヴァンジェリンさんの姿も見当たらない。

 

「マスターは所用で出ておられますので、お気になさらず」

 

 従者である茶々丸さんに聞いてみたが、後になってもう少し詳しく聞いておけばよかったと後悔することになる。

 

「申し訳ないでござるが、親書はお任せするでござる」

 

 魔法のことを知らない木乃香さんと付き添う刹那さんはともかくとして、僕は親書を持って行かなければならなかったがその話をする前にシロさんからそう言われてしまった。

 これも後から聞いたことだが、シロさんとタマモさんが付いてこなかった理由は横島さんが関西呪術協会の出身で昔、殺生石から解放されたタマモさんが討伐される危機であったところを蛍さんと救ったことで溝があるらしい。

 横島さんの名は関西呪術協会にはあるがタマモさん的に好き好んで訪れたい場所ではないということは、話の端々から強く伝わって来た。

 そんなこともあってタマモさんは関西呪術協会に近寄りたくないってことで、シロさんはその付き合いのようなので付いて来てほしいと強要は出来ない。

 親書ぐらいは僕一人でも届けられるので、見届け人である葛葉先生と付いてきた明日菜さん、そしてカモ君で関西呪術協会に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 この修学旅行は呪われているのではないだろうか。僕はそう思い始めていた。

 大きな鳥居を潜って関西呪術協会の総本山に入ると、延々と続く石畳に葛葉先生が無間方処の咒法に囚われていると教えてくれなければ、一体何時まで歩くことになったか。

 咒法自体は葛葉先生が解いてくれたので簡単に進めたのだが、今までの子供染みた妨害も合わせて関西呪術協会の内部には僕に親書を届けてほしくない勢力もいるらしいので気は抜けなかった。

 屋敷に辿り着くと歓待された時は罠かとも思ったけど、違う組織の使者はよほどのことがなければ歓待しなければ面子に関わるとは後になって聞いたことだった。

 無事に長である木乃香さんのお父さんの近衛詠春さんと面会が出来て親書も渡せた。

 結局、妨害らしい妨害は子供染みたレベルに収まっていたので、僕は重い荷物を下ろせたようにホッとした。

 

 親書を渡した後、日が暮れるからと関西呪術協会に泊まることになったのは、僕達に危険が及ばないように配慮したのか単純な善意かは分からない。

 別室に通されて長さんと差し向かいで話すことになった。

 日本を二分する巨大組織の長の一人娘である木乃香さんがどうして魔法を知らないのかと聞いてみると、長さんからは魔法の危険から遠ざける為に何も話していないこと、今回の帰省で話す手筈になっているのだと教えられた。

 その理由は、学園長も語っていた関東と関西の不和にあるそうだ。

 大昔から陰陽師を中心とした西と、後からこの国にやってきた魔法使いを中心とした東では仲が良くないらしい。

 キリスト教の伝来と共に魔法使いが日本にやってきて、関西呪術協会の前身である陰陽寮は既得権益を切り崩されて、今では東と西で分裂する事態にまでなっているのだと。

 とはいえ、互いの棲み分けは出来ていたし、組織の面子はともかく個人間での交流は見逃されていた。

 問題は、二十年前にとある鬼神が解放された時には魔法使いが収め、十年前は魔法使いと陰陽師が封じたこと。そのどちらも封印を解除したのが魔法使いであることを聞いた。

後継ぎたる木乃香さんが関東魔法協会の御膝元にいること、今の長も娘婿だということが関西呪術協会としては面白くないと感じている人も少数ではないけどいるようだ。

 なので、和平は望まれているが、関東魔法協会から申し込んで関西呪術協会が受け入れるという形が必要になる。

 今までの悪戯は関西呪術協会の妨害行為であることは明白、とはいえ嫌がらせの範疇で留まっているなら特に問題にはしないらしい。僕達としても胃には来ているが実害らしい実害は今のところないので気にしていないと言っておいた。

 

 木乃香さんのことに関しても可能な限り魔法等に関して教えない方針だったらしい。

 では、何故教えることにしたのかというと、刹那さんとの仲や僕がいること、個人的な知り合いだというエヴァンジェリンさん、それに横島さんがいることが理由らしい。

 どうしてなのかは教えてくれなかったが、組織っていうのは面倒だなと思った。

 明日、学校側に許可を貰って木乃香さんに一度帰省してもらって、その際に話すということだった。

 なら、今日はもう何も起こらないだろうと安心して食事をして風呂に入り終わった後だった。

 

 襲撃を受けた。理由は良く分からないけど、風呂上りに廊下を歩いていたら体の半ばが石化していた長さんがいた。

 長さんは開口一番、旅館から木乃香さんが攫われたらしい。

 木乃香さんが攫われたことが分かったのは、関西呪術協会にいないはずの刹那さん達が白い髪の毛の少年を追って来て判明したことだ。

 僕がみなさんから聞いた時には、葛葉先生以下、関西呪術協会の主だった人達は石化されている。のんびり風呂に入っている間にそんなことになっていて気が付かなかったなんて僕はなんて鈍いんだ。

 長さんの石化していく姿を見た時、昔の光景が頭を過ったけど過去のトラウマに囚われないように自己暗示を繰り返して話を聞く。

 

「木乃香を攫った白い髪の少年は格の違う相手だ。もう直ぐしたら最強の援軍が到着する。君達は此処で待つ……」

 

 最後まで言い切ることなく、長さんは完全に石化してしまった。話の流れから、恐らく長さんはその白い髪の少年にやられたのだろう。

 援軍が到着するということだが、木乃香さんを放っておくことなど僕には出来ない。

 戦えるのは僕、刹那さん、シロさん、タマモさん、長瀬さん、龍宮さん、古さん。

 正直に言って僕は自分以外の人達がどれだけ戦えるかどうかを知らない。妖怪であるというシロさんとタマモさんが多分、強いだろうという推測しか立てられない。

 木乃香さんを助けたいというのは僕の思いでしかなかったから、みなさんに待っていてもらおうと思ったが。

 

「何言ってんのよ、ネギ! 木乃香を助けるわよ!!」

 

 と、一番一般人である明日菜さんが先を切って、突如として光が立った池の方に止める間もなく向かってしまった。

 みなさん唖然としてしまって、明日菜さんの足が速すぎてハッと気づいて後を追って追いついた時には無数の妖怪に囲まれていた。

 どうやら妖怪達は追っ手を警戒して足止めに残されていたらしく、突破するのは難しそうだった。

 

「ここは仮契約っきゃねぇ!!」

 

 とは、時間を稼ぐ為に僕が張った風花旋風・風障壁で対策を相談している時にカモ君が言い出した。

 空を飛べる僕が先行するにしても、なんの力もない明日菜さんを残していくには不安が大きい。

 それを聞いたカモ君が明日菜さんを見て言い、短い懊悩の果てに明日菜さんは覚悟を決めたらしい。

 

「これは緊急事態だからノーカンで!!」

 

 二、三分しか障壁は持たないので選択を迫られた明日菜さんは木乃香さん救出を優先して僕と仮契約をした。

 まだまだ不安は残るが、残る人は多いので寧ろ危険なのは先行する僕の方だ。

 障壁が解けた後、雷の暴風を放って道を作り、杖に乗って空を飛んで先行する。

 背後が気になりながらも全速力で光が立っている池の方に向かっていると、何かに撃ち落とされた。

 地面に落ちた先には学ランを着た犬耳の少年がいて、従者がいないので魔法使いの僕では戦いにくい近距離で襲い掛かって来られて時間を取られる。

 

「全力で俺を倒せば間に合うかもしれんで。来いや、腰抜け魔法使い!!」

 

 挑発と分かっている。ここで倒さなければ後を追ってきて挟撃される可能性もある。

 危険性を承知で僕は。

 

「君の相手をしている暇はない!」

 

 光系統の魔法で目を眩ませて無視して先に進むことを選んだ。

 

「待てや、腰抜けっ!」

「遊びでやってるんじゃないんだよ! 戦ってほしかったら後で好きなだけやってやるよ!」

 

 目が眩んでいるであろう犬上小太郎君の叫びを背中に受けながら、僕は木乃香さんの救出を最優先として動いた。

 不思議と小太郎君は後を追って来なかった。

 小太郎君に僕の気持ちが伝わったのか、それとも誰かが足止めしてくれているのかは分からない。

 気にしている暇もなく、池の畔から光を発している中心に向かうと、遠目ながらも白い髪の少年と黒髪の着物を着た女の人が見えた。

 なんらかの術を行っていると見て、僕は魔法の射手を放って牽制する。

 運良く使い魔らしい羽の生えた異形の化け物は倒せた。池にも魔法の射手が落ちて水煙も立って目くらましにもなっている。

 

「わぁあああああああああああっ!!」

 

 長さんを石化させた少年を侮ったりはしない。

 杖を先行させて回り込み、不意を打って拳に魔法の射手を込めて放つが。

 

「…………期待外れだよ」

 

 何を期待されたのか知らないが、僕の策はまだ終わっていない。

 溜めておいた遅延呪文を発動させて白い髪の少年を拘束することに成功する。

 

「やった! エヴァンジェリンさんの教えのお蔭だ」

 

 エヴァンジェリンさんにとっては戯れ程度の教えを吸収して、白い髪の少年の拘束に成功したが木乃香さんを贄として何かが起き上がる。

 

「さあ、リョウメンスクナノカミの復活や!」

 

 女陰陽師の声と共に封印されていた神様の分霊が蘇る。

 

「魔法使いがなんぼのもんや! 兄ちゃんを奪った東なんか滅んでまえ!!」

 

 僕は放てる最大の魔法である雷の暴風を放つが傷一つつけられない。しかも、捕まえた白い髪の少年も拘束から脱した。

 魔力はまだあるがリョウメンスクナノカミと白い髪の少年の両方に対処することは僕には出来ない。万事休すと思われた。

 そこに妖怪達を倒したみなさんが駆けつけてくれて、刹那さんが背中から白い翼を出して木乃香さんを助けに行き、他のみんなで白い少年に立ち向かう。

 白い少年はみんなで闘っても倒せないぐらい強くて。

 

「結界弾、ファイア」

 

 永遠とも思える時間の果てに、救援に駆けつけてくれた茶々丸さんの声が聞こえたところで、白い髪の少年は円形の力場のようなものに閉じ込められた。

 

「このちゃんは助けました!」

 

 その直後、刹那さんも無事に木乃香さんを助けることが出来た。

 後は逃げきることが出来れば万事解決と言うところで。

 

「なんか、あの大きいの暴れてない?」

 

 そうなのだ。木乃香さんがいなくなったリョウメンスクナノカミが突如として暴れ出したのだ。

 恐らく木乃香さんの莫大な魔力を使って召喚し、使役していたので制御盤を失った暴走を始めているようで、辺り構わずに破壊を始めてしまった。

 

「こういう時の頼みのエヴァはどうしたの!」

 

 逃げるしかない僕達の中でタマモさんが叫んだ。

 そう、そうだ、お父さんに敗れたけど優れた魔法使いであるエヴァンジェリンさんならばなんとか出来るはず。

 希望を持ってエヴァンジェリンさんの魔法使いの従者である茶々丸さんを見る。

 

「マスターなら今朝から蛍様が産気付いたと麻帆良に戻られています」

 

 茶々丸さんの冷静な言葉で冷や水を浴びせられる。

 

「え? よりにもよってこのタイミングで?」

「はい」

「連絡は?」

「マスターは携帯電話を持っておられませんので」

「じゃ、じゃあ、うちの家の方に…………先生も病院に行ってるはずでござるよな」

 

 赤ん坊が生まれるのは素直に喜ばしい事なのだが、タイミングと言うものがある。

 

「白い髪の少年を拘束している結界弾も間もなく解けます」

 

 結界弾の残り時間を告げられ、パニックになった。 

 今この場で大火力があるのはネギのみだが、効かなかったのは誰もが見ていた。

 

「ねぇ、ネギ先生。こう、みんなの力を集めて大きな力を発揮とか出来ない?」

 

 タマモさんの出来るはずのない提案に僕は勢い良く首を横に振る。

 分かりやすい絶望である。

 

「神鳴流奥義」

 

 誰かの声が辺りに響き渡った。

 神鳴流と聞いてみなさんが刹那さんを見たけど、木乃香さんを抱えているのでキョトンとした顔をしている。

 

「――――極大・雷鳴剣っ!!」

 

 直後、総本山を覆い尽くさんばかりの閃光が奔って轟音が轟いた。

 走って逃げていたネギ達が背後からの衝撃に思わず転ぶほどで、明日菜さんなどは火山が噴火したかと思ったらしい。

 振り返ると、そこには殆ど何もなくなっていた。

 

「こ、これほどの威力…………ま、まさか!?」

 

 唯一形を留めていたリョウメンスクナノカミは大半が焼き尽くされながらも再生しようとしている。その最中、刹那が何かに気付いたように震えていた。

 

「神鳴流決戦奥義」

 

 今度はネギにも分かるほど強大過ぎるほどに力が高まり、感じた力の方に目を向けると池の畔に人影が見えた。

 

「――――真・雷光剣っ!!」

 

 雷光が奔った直後、僕の記憶は数秒間途絶えている。

 

 

 

 

 

 数秒間の記憶の断絶後の話をするとしよう。

 リョウメンスクナノカミを一人で倒したのは刹那さんの知り合いという剣のお師匠さんである青山鶴子さんだったらしい。

 英雄であるお父さんの盟友の長さんを差し置いて神鳴流で歴代№1ではないかと言われているほどのお人らしくて、僕がお会いした時はとても穏やかで優しい人だったのだけれど、何故か刹那さんは借りて来た猫みたいに大人しかった。

 長さんが言っていた最強の援軍は鶴子さんらしく、一度は逃げた白い髪の少年も不意打ちを仕掛けて来たけどあっさりといなして倒してしまった。

 

「あれは本体が操ってる人形みたいなもんですな」

 

 あの強さでも本体が遠隔操作していた人形みたいなものらしいと鶴子さんは言っていたが、満身創痍な僕達は碌に聞いちゃいなかった。

 関西呪術協会に戻るとそのまま翌朝まで眠ってしまったのだ。

 あくる日、事件の後始末の後に長さんに事情を聞いてみると驚くべきことが分かった。

 

「今回の主犯と見られる天ヶ崎千草には洗脳の跡が見られました」

 

 驚きながらも別荘に連れて行ってくれたが、その後のことについては多くを語ってくれることはなかった。

 別荘でも両親について大した情報は得られなかったが、長さんから父さんの手掛かりのような物を貰った。

 

「ネギ君のお母さんのことですか? う~ん、私が話していいものか」

 

 長さんに思い切って母のことを聞いてみると知っていることは否定しなかった。

 

「一応、私達の仲間内ではネギ君が一人前になるまで教えないという決め事があるんですよ」

「そうなんですか……」

 

 と、僕が落胆していると木乃香さんと刹那さんが子供の気持ちを無視するのかと強い口調で言ってくれたお蔭で少しは教えてくれた。

 

「多くは語れません。今のネギ君が受け止めきれるかは分かりませんからね」

 

 と、前置きを置いた。

 

「二人が本当に愛し合っていたことは事実です。そしてナギは世界を敵に回してでも彼女と共にいることを選んだ」

 

 そう語る詠春の表情は高い天井近くの窓から差し込んだ太陽の光で見えなかった。

 

「周りが何と言おうとも真に称えられるべきは彼女であり、偉大であったと僕は思います」

 

 それ以上、詠春は語ることなく、母のことを知るには一刻も早く一人前にならないといけないと僕は心に決めた。

 やはり魔法使いとしての技量も上げなければならず、僕が知っている中で最も優れている魔法使いである父に近いエヴァンジェリンさんに師事するのが一番良いのかもしれない。

 それに長さんから預かった父さんの手掛かりの地図を解き明かす必要もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――と、今日はここまでにしておくかな」

 

 帰りの新幹線の中で修学旅行の出来事を記したネギはパタンと日記を閉じる。

 

「ふわぁ、僕もちょっと眠るかな」

 

 大騒動の修学旅行は無事とは言い難いが人的被害は軽微だったのでネギも気楽である。

 クラスの者達は皆、疲れ切って夢の中で、ネギも一休みしようと目を閉じようとして。

 

「麻帆良に戻ったら生まれた横島さん達の赤ちゃんに会いに行ってみようかな」

 

 ホクホク顔で戻って来たエヴァンジェリンさんから聞いたことを思い出し、笑みを浮かべる。

 

「僕はしっかりとした兄に成れるかな。いや、頑張って成るんだ」

 

 横島とした約束を思い出して、心地良い夢の中に浸るのだった。

 

 

 



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第七話 癒しの姫君は笑う



まだだ。まだ連日更新は終わらんよ!




 

 

 

 激動の数日を経て、店に一度戻って来た横島は二人の客を迎えていた。

 

「ごめんな、二人とも。大変な時だったのに何も出来なくて」

「ええよ。赤ちゃんが生まれる時に来た方が怒るところや」

 

 客は客でも商品を買いに来たのではなく、店主である横島と話をしに来ていた近衛木乃香はホワホワと笑う。

 

「そうよ。私達にも連絡の一つぐらいくれたっていいのに」

「家族なのに後になって知らされた拙者らの身になってくだされ」

「慌ててたんだよ」

 

 と言いつつも、タマモとシロに連絡するのを完全に忘れていた横島は事あるごとに言われているので困った顔をする。

 

「赤ちゃんって男の子? 女の子? なあなあ、どっちなん?」

「ちょっとこのちゃん、食いつきすぎ……」

「やっぱ気になるやんか」

 

 ソワソワと以前ならば考えられないほど間近にいる幼馴染との距離感に慣れていない桜咲刹那が抑えようとするも、カウンターに両手を乗せて横島に詰め寄っていた興味津々な木乃香は顔だけ振り返る。

 二人に尻尾でもあれば振っているのが見えそうな雰囲気に横島は和んでいた。

 

「ふふん、蛍似の可愛い女の子だよ」

 

 生まれて来た我が子の自慢ならば延々と出来るが、そこは少し自重しておくことにする横島。

 孫が生まれると聞いて急遽駆け付けた横島家と芦家の両家共に、どちらのどこが似ているだのうちの表六玉に似てなくて良かっただの、数時間に渡る褒められているのか貶されているのか分からなくなる言葉を延々と聞かされては自重せずにはいられない。

 

「そこは本当よ。横島に似てなくて良かったわ」

「タマモちゃん、そんなこと言うたらあかんて」

「拙者としては先生似の御子の方が正直……」

「それは言わない方がいいのでは、シロさん」

 

 横島としても蛍似の美人になってほしいので自分に似てなくて良かったのだが、こうもあしざまに言われると怒りも込み上げてくる。

 

「お前らは荷物を片付けとけ!!」

「「は~い」」

 

 蛍の服と溜まっていた家事を片付ける為に帰って来たのだ。

 人を揶揄って来る狐と狼に怒鳴りつけ、改めて割り振らせた仕事を片付けに行かせる。

 

「蛍さんはまだ帰ってないんですか?」

「まだ病院だよ。本人は至って元気で家に戻りたいって言ってるけど、もう二、三日は休めって言ってある」

 

 ニコニコ、ニヤニヤ、と改めて刹那らに向き直った横島は、自慢はしないが笑顔が湧き上がってくるのが止まらない様子で上機嫌に答えた。

 

「普通、出産してから一週間は入院するもんなんちゃうの」

「魔法使いってのは体が弱ってても身体強化で動かせちまうからな。やっぱり家のことが心配になっちまうらしい」

 

 横島は自身への信用の無さに満面の笑みを苦笑に変えて椅子に深く凭れる。

 その為に時間を作って家事をしに帰って来たのだ。家主を揶揄って来る狐と狼には良い薬である。

 

「まさか木乃香ちゃんと魔法の話をする日が来るなんて思わなかったな」

「うちも横島さんと魔法のことで話すことが来るなんて思わんかったわ」

 

 そう言って木乃香と二人で苦笑を交わす。

 

「お父様もそうやけどなんで教えてくれへんかったん?」

 

 苦笑を収めた木乃香が不満げに訊ねて来る。

 

「う~ん、娘が生まれたばかりの俺としては詠春さんの気持ちも分かるわけだよ」

 

 自分が子供であった時代は分からなかったことも大人になってみれば分かることもあるというが、親になった今なら木乃香を魔法等から遠ざけようとした詠春の気持ちも分かるような気がする。

 

「魔法とかってのは昔も今も普通からはほど遠い。普通と違うってのは意外に負担が大きいんだ」

 

 横島自身は陰陽師であることに負担を感じたことはないので、どうしても曖昧な物言いになってしまうが半妖なので常に普通を意識して来た刹那が強く頷いている。

 

「どうして隠さなきゃいけないのかって思うだろ。異端ってのは常に弾かれる」

 

 説明を聞いてもピンと来てない様子の木乃香が如何に『普通』の中で過ごして来たかが良く分かる。

 

「魔女狩りって知ってるか?」

「ヨーロッパで起きた魔女ってされた人達の裁判のことやろ。うん? 魔法使いがいるってことは本当に魔女を探すことに目的にしてたん?」

「その辺の話は俺も詳しいことは知ってるわけじゃないけど、この話の胆は少数が多数に弾かれたら成す術もないってことだ」

 

 歴史の裏側の事実に気付いた木乃香の意識を引き戻しつつ、人差し指を立てる。

 

「魔女狩りは昔は宗教や権力の暴走って見方が大勢を占めてたけど、今じゃ無知による社会不安から発生した集団ヒステリー現象であったと考えられている。分かるか? 彼らは魔法使いのことを怖いと思って迫害を始めたんだ」

 

 迫害の方法については、今更語ることではないので割愛する。

 

「魔女狩りの恐怖は魔法使いのみならず、裏の関係者を普通の人に弾かれたら生きていけなくなると恐怖させたんだ。現代でも魔法使いが魔法のことを秘匿するのは、この時の恐怖を忘れられないからってのが大きい。なんならエヴァに聞いてみるといい。魔女狩りの時代を生きた生き証人だからな」

「ほぇぇ、長生きしてるって聞いたけど、そんな昔からなんか」

 

 ちょっと木乃香の感心するポイントが違うような気もするが突っ込みはしない。

 

「今の時代でも他人と違うってのは弾かれやすいからな。木乃香ちゃんだって明日菜とかに大きい隠し事を抱えたまま一緒に過ごすのは疲れるだろ?」

「そんなことないもん。明日菜やったら受け入れてくれる」

「とはさ、木乃香ちゃんが小さい頃には分かんないわけだよ」

 

 む、とした雰囲気の木乃香が言い返してきたのを、当時の詠春の気持ちを考えながら告げると口を閉じた。

 

「生まれる前は無事に生まれてくれればそれで良いと思うし、生まれて来たら健やかに育ってほしいと思う。育って来れば幸せになってほしいって親の欲目で考えちまう。子供には勝手なことをと思われても、それだけ子供のことを想ってるんだよ、親はさ」

「…………そんなこと言われたら何も言えへんやん」

 

 卑怯な言い方ではあると百も承知だが、娘が生まれたばかりの横島としては当時の詠春の気持ちが分かるので親の目線で話をしてしまう。

 

「でも、せっちゃんのことは許せへん。魔法のこと知ってたらせっちゃんと離れ離れになることもなかったんやし」

「刹那ちゃんの個人的な事情が大半だから魔法のこと関係なくね?」

「横島さん!?」

 

 唐突な横島の裏切りに刹那が叫びを上げる。

 

「いや、半妖なことと自分の弱さが許せないってのは完全に刹那ちゃんの事情なわけで」

「そうやな。よく考えたら魔法関係で困った事なんてなかったかもしれんわ」

 

 そう言われてしまうとそうかな、と納得してしまった刹那は木乃香からも追い打ちを受けてズーンと肩を落とす。

 

「冗談やて、せっちゃん」

「お、おおおおおおお嬢様!?」

「このちゃん、やろ」

 

 落ち込む刹那を慰めようと抱き付いた木乃香。

 未だ接触には慣れていない刹那は簡単に許容量を超えて全身を真っ赤にして混乱し、昔の呼び方を唇が触れそうな距離で木乃香に訂正されて混乱を深めている。

 

「う~ん、実に百合百合しい」

 

 我慢して来た十年分の反動で接触を求める木乃香と混乱しながらも嬉しそうな刹那の背後に百合の華を幻視した横島は思わず呟いていた。

 

「横島さん、生まれて来た子には魔法とか教えんの?」

 

 恍惚な笑みを浮かべて鼻血を出して倒れている刹那を放置した木乃香に小悪魔な羽と尻尾が見えそうな感じである。

 

「うちはこういう職業だから秘密にするのは無理だし、あるってことは教えるよ」

 

 興味津々に聞いて来るので誠実に答える。

 家の中に工房もあるから隠し通すことは難しいので、子供に魔法等の存在を教えないという選択肢はない。

 

「ほんで、ある程度大きくなってから学ぶかどうかは本人に決めさせる」

 

 そこまで言ってから、ふと意志すらも確認してもらえなかった木乃香のことに気付く。

 

「別に詠春さんのやり方が間違ってるわけじゃないぞ。俺ん家とは事情が違うわけだし」

「分かってるから大丈夫やって」

 

 木乃香は気にしなくていいと笑顔を浮かべる。

 

「お父様は関西呪術協会いう大きな組織のトップで、うちはその一人娘。魔法のことを知れば学びたくないなんて選択の自由も無かったやろうし、今こうして選ぶことが出来るんやから誰も恨んでなんかないで」

「このちゃん、ご立派になって……」

 

 父は自分のことを想って言わなかったのだと分かっている、と笑顔で告げた木乃香の背後に後光でも差しているかのように刹那が今にも拝みそうな顔をしている。

 このままでは木乃香を教主に新たな宗教を立ち上げそうな刹那を見て話しの転換を図る。

 

「修学旅行で何があったのか教えてくれるか? エヴァやネギ君には病院で聞いたけど、詳しいことまでは聞いてねぇんだ」

「え、ネギ君、病院に行ったん?」

「学園への報告や次の授業の準備で忙しくなる前に挨拶だけって言ってたぞ。律儀な奴だろ」

 

 赤ちゃんが生まれたばかりで慌ただしいだろうと自重していた木乃香は、ネギが真っ先に病院に行っていたことに驚きながらも少し不満げだった。

 

「絶対に赤ちゃんを見たかっただけやと思う」

 

 むぅぅ、と頬を膨らませて不満も露わな木乃香を宥める刹那。

 実際に麻帆良に戻って来てからのネギは忙しそうなので、どちらも本音ではあるだろうと刹那は思った。

 

「ところで、横島さん」

 

 随分距離が縮まったな、と微笑ましく二人を見ていた横島に一言言いたかった刹那はポケットから一枚の紙を取り出す。

 

「お、式神ケント紙か」

「はい。旅館を開ける際に使ったのですが」

「もしかしてストリップしたアレ?」

「はい」

 

 怒りとも困惑ともつかない微妙な表情を浮かべる刹那に、旅館で何が起こったのかを知る木乃香は理由に思い当たった。

 

「ストリップ?」

「襲撃があった日に旅館に身代わりとして残して行ったのですが、何故かストリップを始めたんです」

 

 まさに呆然とするとはこのことである。

 善意で渡した式神ケント紙が仕出かしてしまったことに謝罪の念を抱きつつも、なんとなくその原因となる大元に想像がついてしまった。

 

(作ってた時、溜まってたからなぁ)

 

 身重な妻に頼むのも気が引けるが健康な男ならば溜まってしまうものもあるわけで。

 少女達の手前、下世話な話になるので何がとは言わない。そして天地神明に誓って横島忠夫に浮気をしたという事実はない。

 つまりは、考えるだけならばタダなので、その欲求というか欲望というか邪欲というか邪というか、そんな感情が作っている時に式神ケント紙に反映されたのかもしれない。

 

「失敗作だったか。ごめんな、これは即刻破棄しよう」

 

 なんであれ、この世に残しておいて良い物ではない。

 在庫も合わせて、結婚して麻帆良に引っ越しする際に泣く泣く別れを告げた我が青春のお宝達のように廃棄せねばならなかった。

 

「しかし、またリョウメンスクナノカミか」

 

 預かった式神ケント紙を厳重に封印処置し、話も素早く変える。

 

「二十年前にお父様やネギ君のお父さん、十年前は横島さんと蛍さんで封印したんやっけ」

「そうそう、十年周期で蘇る風習でもあるんかね」

「まさか……」

 

 と刹那は否定しつつも、実際に二十年前に始まって十年毎に蘇っているので二の口が告げなくなった。

 

「まあ、話を聞いた限りじゃ完全復活した感じじゃないみたいだし、良かったじゃないか」

「良くなんてありませんよ…………え? 完全復活って」

 

 自分達ではどうにも出来なかったリョウメンスクナノカミが完全に蘇ったわけではないという言い方をした横島に刹那の目がピタリと止まる。

 

「完全復活すると、あのでっかい巨体がググンと縮むんだよ。それでもまだ五メートル近いんだけど、パワーもスピードも増すんだから手に負えない」

 

 十年前のことを思い出した横島はブルリと体を震わせた。

 

「流石は神様の分霊。何度、死を覚悟したことか。大きい内に倒せて本当に良かったな」

「倒したのは鶴子さんですから……」

「ああ、あの人か。十年前も手助けしてくれたし、バトルマニアだから物足りないって言ってたんじゃないか?」

「言ってました。千草が抑えてなければ完全体になってたのにと悔しそうに」

「そやそや、横島さんは天ヶ崎千草さんのこと知ってんの?」

 

 聞かれると思っていた横島は、どう答えたものかと思案する。

 

「十年前のちょっとした時期だけ俺が教えてたことがあってな。弟子ってほどガッツリ教えたわけじゃないけど、なんか慕ってくれて時々連絡も取り合ってたから驚いたよ」

「洗脳されてたって話やけど」

「分かりやすく言うなら暗示の類で自制の箍を外したって感じだな。薬か魔法の類かまでは聞いてないけど、そんな感じだって聞いてる」

 

 恐らくは木乃香達も知らされていない話も詠春から聞かされている。

 千草は実際にはかなり酷い薬と魔法の併用で、暫くは療養を続けなくてはならないらしいが、このことは子供達に教えることでもないので口には出さない。

 

「なんでも俺が東に移ったのを恨んでいたらしいからな。殆ど年賀状の挨拶ぐらいしかしてこなかったし、もっと気にかけるべきだった。すまん」

 

 なんでも横島が東に移ったことを恨んでいたらしいので、洗脳されたとはいえ今回の事件を起こしてしまったらしいので、原因の一端を担うかもしれない横島は被害者の木乃香に謝る。

 

「悪いのは、あの魔法使いの子の所為なんやろ。横島さんが謝らんでも」

 

 木乃香は顔の前で手を横に振って気にしなくていいと言う。

 

「薄らとやけど、あのお姉さんにごめんなって謝られたのを覚えてんねん。お姉さんだってやりたくてやってる感じじゃなかった」

 

 自信があるわけではないがと前置きを置いて、木乃香は記憶を思い出すように目を閉じた。

 

「うちを誘拐したことで引くに引けなくなったって言ってたし、逆にうちが攫われへんかったらあんな大事にもならへんかったんやから謝るんやったうちの方や」

 

 事件後に会わしてもらうことは出来なかったけど、千草の気持ちに木乃香は同じ女として強い共感を抱いた。

 

「全部悪いのはあの白い髪の少年魔法使いです。それでいいじゃないですか」

 

 結果として、刹那が言うように悪いのは木乃香を誘拐して千草を洗脳した少年魔法使いだと結論が出た。

 

「別荘では大した収穫が無かったんだろ。お袋さんのことも詳しくは教えてくれなかったらしいし、俺と会った時は普通だっただけどネギは落ち込んでないか?」

「寧ろ息堰切って早く一人前にならなって張り切ってんで」

 

 子供は大人の前では見栄を張るもの。同居している木乃香の目は誤魔化しようがないから本当に落ち込んでいなくて一安心する。

 

「ほんで戦い方を学ぶいうてエヴァちゃんに弟子入りしようとしてるって明日菜が言ってた」

「死ぬ気か、アイツ」

 

 エヴァンジェリンの別荘でストレス発散に付き合わされたことがある横島は彼女のドS振りを良く知っているので、無謀な選択をしたネギを哀れんでしまった。

 

「え、ネギ君、死ぬん?」

「いや、言葉の綾なんだが、あのドSロリに師事しようなんてどんな趣味してんだか」

「言葉がおかしくありませんか?」

 

 純粋にネギを心配している木乃香に対して、横島の心配していることが微妙に違うような気がした刹那が突っ込みを入れた。

 

「まあ、ネギの趣味は横に置いておくとして」

 

 見た目が同年代の遥か年上がネギの好みと心のノートに書きながら話を進める。

 

「強くなることが一人前の道なんて子供の考えることだな。青い青い」

「実際子供ですし」

 

 目先のことに囚われる実に十歳の子供らしい考えが酸いも甘いも知った横島は微笑ましく映る。

 

「しかし、そんなに生き急いでどうすんのかね」

「別にそこまで気にしなくてもいいんじゃないの、他人のことなんだし」

 

 そこで器用なタマモはシロより先に自分の役割分を終わらせて茶々を入れる。

 

「拙者も先生の二番目で良いから、女として見てもらいたい故、早く大人になりたいでござる」

「お前ね」

「シロはこんなもんでしょ」

 

 シロちゃん大胆、なんて木乃香は内心で思っているが、常日頃から横島への想いを口にしているのを耳にしてきた刹那は苦笑するばかりである。

 

「あ、そや。お父様から横島さんに基礎を教えてもらいなさいって言われたんやけど、横島さんがうちに魔法や陰陽術を教えてくれんの?」

「俺、陰陽師。魔法、無理」

「なんで片言なん?」

 

 特に理由はないが、理由を付けるならば関西人のノリであると内心で言った横島はコホンと咳払いをする。

 

「それはともかく。俺は陰陽師であって魔法は殆ど使えんから教えることは出来ない。けど、木乃香ちゃんの莫大な魔力は放っておくのは惜しい。てなことで、蛍にと言いたいところなんだが」

 

 詠春から連絡を受けているので力の使い方と基礎、陰陽術を教えるのはやぶさかではない。

 横島も多少、魔力は扱えるが折角の莫大な魔力を放っておくのは惜しい。ここは魔法使いである妻の蛍に教えてもらうのが良いが問題がある。

 

「蛍の魔道具作成は育児休暇ってことでお得意先に納得してもらってるからいいけど、子育ても忙しくなるだろうから流石に蛍が魔法を教えるってのは厳しいだろう」

「タマモちゃんとシロちゃんは?」

「拙者らが使っているのは妖気でござるから魔力は使えんでござるよ」

 

 そこで木乃香はシロの言い方に疑問を感じた頭を横に捻った。

 

「『妖』気ってどういうことなん?」

 

 刹那や他の者達はただの気なのに、タマモとシロは妖気と言ったことに着目した木乃香の疑問である。

 

「言い方の問題よ。私ら妖怪が使う気と人間が使う気は別物なの」

 

 タマモは横島とシロを指差した。

 

「純粋な人間の気は霊気、妖怪はそのまま妖気って言ってるわね。ほら、微妙に違うでしょ」

 

 違いを分かりやすくするために、横島とシロはその腕に気を纏う。

 

「ほんまや、感じが違う。どう違うって聞かれたら言葉に出来ひんけど」

「最初はそんなもんだって。直に分かるようになるさ」

 

 両者の手の気を見比べて違いには気づいても言語化は出来ない木乃香はむんむんと唸る。

 

「半妖のせっちゃんはどっちを使ってんの?」

「私は人間寄りですので霊気ですね」

 

 ふむふむ、と面白いことを聞いたと頷いている木乃香から話を向けられた刹那も二人と同じように手に気を纏う。

 

「じゃ、じゃあ、半妖のせっちゃんは霊気と妖気を同時に使えるハイブリットな戦士に……っ!?」

「そんな都合よく使えませんよ」

「人間としての側面が強く出てるなら霊気、妖怪としての側面が強く出てるなら妖気になるだろうから霊気と妖気を同時に使うのは多分、無理じゃないかしら」

 

 長年悩んでいた半妖をネタにされた刹那がげんなりとしているので、しっかりとタマモは木乃香の勘違いを訂正しておいてあげた。

 

「浦飯幽助ばりに霊気と妖気の混合弾とか、どちらとも異なる黄金のオーラとかは?」

「木乃香殿はアニメの見過ぎでござる」

 

 アニメのネタが分かってしまう時点でシロも同じ想像をしたと言っているようなものである。

 

「話を戻すぞ」

 

 このままでは話が進まないので横島が本筋に戻す。

 

「魔法の腕で師匠を選ぶってんなら、やっぱりエヴァだろう」

「実力を疑っているわけではないですが彼女は元賞金首ですし、師として大丈夫なのですか?」

 

 弱い者が高額賞金首になるなどありえない。刹那も実力を疑ってはいないが、生粋の悪として名を馳せたエヴァンジェリンに人を教える力があるのかと疑問を覚える。

 

「あれで面倒見は良い奴だぞ。一度懐に入れたらとことん甘いし」

 

 木乃香がエヴァンジェリンに師事した場合はネギよりも酷いことにならないだろうと、横島が内心で考えていると突如として店のドアが外から力一杯開かれた。

 

「横島、いるかっ!!」

 

 バン、と開いたドアが反動で戻ってくるのをピタリと抑えたエヴァンジェリンに、そちらを見た横島はゆっくりと口を開いて。

 

「いないよ。帰ってくれ」

「そうなのか。じゃあ仕方ない――――――って、何を言っとるか貴様!!」

「いや、つい大阪人の癖で」

 

 いるかと聞かれたらいないと答えてしまうのが大阪人のクオリティである。

 思わずの漫才に付き合ってしまったエヴァンジェリンがつかつかと歩み寄って来て怖い形相で掴みかかってくるので、つい本音がポロリ。

 

「いいか、私は揶揄われるのが大嫌いだ」

「人を振り回すのは好きだと」

 

 ゴツン、と首元を掴まれて振り回されたことを揶揄すると頭突きされてしまった横島ダウン。

 

「で、何の用なのよ、エヴァ。私達は忙しいのよ」

「私には物凄く寛いでるようにしか見えんがな」

「忙しいでござるよ、毛繕いに」

 

 掃除・洗濯、その他諸々をして汚れた毛を繕っているお座敷で動物形態になっている二匹に冷たい目を向ける。

 その後ろで木乃香が二匹を撫でたそうにウズウズしている。

 

「で、ほんまに何の用だ?」

 

 数秒の悶絶から復活した横島が訊ねると、何故かエヴァンジェリンは腕を組んで胸を張った。

 木乃香は最終的に刹那に羽を出してもらってモフモフさせてもらうことで満足してしまった。

 

「横島よ、試験官をやれ」

「お帰りはあちらです」

「何故だっ?!」

 

 本気で分かっていない様子のエヴァンジェリンに、「主語が足りないぞ」と注意する。

 

「なんの試験をやるのか、というかなんで俺が試験官をやるのか言えって」

「それもそうだな」

 

 ちょっと精神的な余裕を欠いていたことを自覚したエヴァンジェリンは一瞬でマインドリセットし、平静を取り戻す。

 

「実は一昨日、坊やが私の家を訪ねて来て弟子になりたいと言ってきたのだ」

 

 木乃香に聞いた通りにネギは行動しているらしいが横島には既に結末が見えて来た。

 

「悪い魔法使いにモノを頼む時にはそれなりの代償が必要だ。まずは足を舐めさせ、我が下僕として永遠の忠誠を誓わせてから弟子にしようとかとしたら神楽坂明日菜が邪魔をしてくるし」

「明日菜、グッジョブ」

 

 実に不満そうなエヴァンジェリンに対し、未来ある少年の前途を守った明日菜を褒めるタマモ。

 

「最終的に今度の土曜日にテストしてやるということになったのだが」

「その試験官を俺にやれってか」

「そうだが、まだ続きがある」

 

 予想が外れた横島が意外そうな顔をしていると、エヴァンジェリンは実に忸怩たる思いを抱いているのだという表情をする。

 

「話をした翌日のことだ。偶々、朝に散歩していると中国拳法の修行をしている坊やを見つけたのだ」

 

 もうこの時点で横島は察しがついた。

 見た目通りのところがあって、これでこの少女は中々に嫉妬深い。

 

「私の教えを乞いておきながら、アイツはバカイエローに中国拳法を習っていたのだ! これが許せるか、ええっ!!」

 

 意気込むエヴァンジェリンに対して、色々な師がいた経験がある横島は微妙に共感できないが頷くしかない。

 

「そこにいたバカピンクが挑発なんぞしてくるから、弟子入りテストの内容をこちらが指定した相手に一発でも攻撃を当てることが出来れば合格という話になってしまったのだ」

 

 本当に子供っぽい、とバカピンクである佐々木まき絵の挑発に乗って魔法使いの試験が別物になっているので、その場にいた全員のエヴァンジェリンを見る視線が優しくなる。

 

「言っておくが、私は佐々木まき絵の挑発に乗ったから試験を変えたわけではないぞ」

 

 生暖かい視線に気づいて言い訳をすように胸を張るエヴァンジェリン。

 

「私に教えを乞いたいと言った口で、私に何の許しも得ずに他の者に教えを受けたことが我慢ならん」

「まあ、エヴァにしたら自分を軽んじられたようなもんだもんな」

 

 時に子供っぽい面もあるが、これでプライドの高いエヴァンジェリンの性格を考えればネギの選択は悪手と言えなくもない。

 

「他の奴ならば即弟子入りはなしとなってもおかしくはない。寧ろチャンスを残した私は寛容な方だ」

 

 遊びで弟子を取ることなどないエヴァンジェリンはネギの真剣さを感じ取り、バッサリと切らずに試験を与えてやっただけ温情ものだと告げる。

 

「茶々丸でも良いのだが、どうせだからお前が完膚なきまでに叩き潰せ横島」

「断る」

 

 横島にネギを痛めつける理由などないのだから、試験官を引き受ける必要もないので断る。

 

「俺に子供を痛めつける趣味はない。他を当たってくれ」

 

 エヴァンジェリンが望んでいるのは完膚なきまでの蹂躙である。引き受けるはずがないと何故分からないのか。

 

「あの子供の心をへし折るにはお前が一番適任だ。現実を教えてやれ。そしてこの私を虚仮にした恨みを晴らせ!」

 

 物凄く私怨丸出しの個人的な事情であった。

 

「でも、あの理屈っぽいネギ先生ならエヴァ殿の合気道よりも中国拳法の方が向いてるんじゃなかろうか」

「そうですね。合気道は感覚を掴むことが大切ですし」

 

 ネギの擁護をするわけではないが武道を嗜むシロと刹那は己が意見を口にする。

 

「なんであれ、試験をするってんなら公平にやって評価してやれよ。まさか悪の大魔法使いであるエヴァンジェリン様が前言撤回なんてしないよな」

「むぅ」

 

 そう言われれば誇り高いエヴァンジェリンも返す言葉がない。

 

「…………ちっ、仕方ない。試験官は茶々丸にやらせよう」

「本当かな? 実は直前になって卑怯なこと言い出すんじゃ」

「真っ当公平に試験はする。女に二言はない」

 

 揶揄う気満々のタマモに聞かれて前言を撤回出来る状況に追い込まれたエヴァンジェリンがハッキリと言い切った。

 

「そうだ。エヴァ、木乃香ちゃんの面倒も見てくれよ」

「何?」

「折角の魔力だし、蛍は子育てがあるから面倒見れないから頼む」

「私だって雪姫の面倒を見ないといけないんだぞ」

「そこをなんとかっていうか、詠春さんから面倒見てくれって連絡来てんだろ」

 

 自分の話だと思った木乃香が眉をピクリとさせたが、他にもっと気になったことがった。

 

「雪姫って、もしかして赤ちゃんの名前なん?」

 

 エヴァンジェリンが面倒を見なければいけないと言った時に名前に心当たりが無かったので、唯一該当しそうな人物かとワクワクした顔で聞く。

 

「エヴァがどうしても自分で名付けるって聞かなくてな」

 

 フッと何故か髪の毛を掻き上げた横島。理由は特にないし恰好良くも無い。

 

「この五月に『雪』姫ですか?」

「普通に違和感があるでござろう」

「ううん、五月やと何がええんやろ」

「っていうことで、横島は延々と考えたあげく、生まれた子が雪のお姫様みたいに可愛かったって蛍が決めちゃったのよ」

 

 ああなる程、と要は考え過ぎてドツボに嵌っていた横島と違って、その時の感性が合った蛍が決めてしまったという経緯があったらしい。

 

「修学旅行の途中なのにわざわざ麻帆良に戻ってきてくれたことと、物凄く心配してくれてたのもポイントが高かったみたいよ」

 

 修学旅行二日目の朝方に産気づいた蛍にパニックを起こした横島が、事前に産気づいたら自分に連絡するように言われていたので電話するとエヴァンジェリンは速攻で戻って来た。

 しかし、産気づいていた蛍を見てパニックを起こし、人が混乱していたら逆に冷静になるというが横島が逆に平静に戻って行動が出来た面もある。

 

「蛍も言ってたけど」

 

 と、エヴァンジェリンを動かす簡単な方法を思いついた横島。

 

「もしも雪姫が魔法を習いたいって言ったらエヴァに頼もうと思ったのに、師匠経験が無い人に頼むのもな」

「さあ、近衛木乃香。これからは私を師匠と言うのだぞ。言っておくが、私は厳しいぞ」

 

 あっさりと弟子入りを認めたエヴァンジェリンに関西人である刹那がずっこけた。

 

「軽い。軽すぎる……っ!」

 

 しかし、こんな人なら任せても大丈夫かもと刹那は思ったのである。

 

「よろしくお願いします、師匠(マスター)

 

 これも礼儀と頭を下げる木乃香と胸を張るエヴァンジェリンの姿を生暖かい目でタマモとシロは見るのだった。

 

 

 



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第八話 狙撃手の進路相談

「あ~、今日も客が来ねぇ」

 

 料理上手の蛍の昼食を腹一杯に食べたことで、食欲が満たされたので睡眠欲が幅を利かせていた。

 昔の自分であるならば「性欲じゃー!」と盛りのついた猿のように異性を求めたが、蛍と出会ったことで少しは落ち着いてきたのか、永遠の煩悩少年と言われた頃と比べればがっつきさは無くなってきたように思う。

 その所為で昔馴染みには会う度に別人扱いされてしまうのは痛し痒しか。

 

『私はどっちのあなたも好きよ』

 

 蛍にそう言われたら他人の評価が気にならなくなってしまう自分が嫌いではない。

 

「ふふ、俺もお前が好きだぜ蛍」

 

 くわぁ、と脳内嫁に惚気た横島は大きな欠伸をして浮かんだ涙を拭いながら悩む。

 蛍は自分を十分に愛してくれているが、怠け癖なところがある自分がサボっていると怒る。

 前世の誰かさんのように殴る蹴るといった暴力行為はないが数日は口を利いてくれなくなる。最後は泣いて謝ってしまうのは大人の男としてどうかと思うが、

 

「邪魔をするよ。お~い、生きてるか?」

 

 最愛の妻にツレなくされるとそれだけダメージは大きいと自己完結していた横島の目には褐色肌の美女は映ってない。

 

「ていや」

「あいやぁっ!?」

 

 褐色肌の美女が脳内嫁にデレデレな横島に懐から出したグロッグ17のグリップの底で頭頂部を殴打され、思わず似非中国人のような悲鳴を上げてしまった。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉ……っ?!?!?!?!」

 

 本当に痛い。ツボに入ったのか、洒落にならないぐらいの痛みに呻く。

 

「おっと、胸がポロリと」

「っ!?」

 

 痛みに呻きながらもその言葉に男としての本能が反応して顔を上げてしまった。

 

「間違えた。弾がポロリだった」

「詐欺やぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 ジャケットの内ポケットからグロッグ17を取り出した際に弾丸も取り出していた褐色肌の美女に、どこからかマイクを取り出した横島はシャウトをかます。

 

「蛍さんに言うぞ」

「何の用だい、真名ちゃんや」

 

 ある意味禁断ワードに一瞬で平静に戻った横島は褐色肌の美女改め、女子中学生に見えないことに定評がある龍宮真名の名を呼ぶと目の前にはグロッグ17が。

 

「ちゃん付けは止めろと言ったろ」

「イエッサァッ!!」

「私は女だ」

「イエス・マムゥゥゥゥ!!」

 

 と、毎回の漫才はここまでにして横島は平静に戻る。

 眼の良い横島には銃口から見える機構がどう見ても本物の銃にしか見えないので内心で恐怖していたのは秘密である。

 手が汗でビッショリって言うのも秘密ったら秘密なのだ。

 

「何用かな、マナマナ」

「その双子姉妹みたいな呼び方は止めろ」

 

 ネタに走らずにはいられない関西人で失礼と謝りつつ、話を本題に戻そうとする。

 

「で、何の用? 昔は可愛かったのにでっかくなっちゃった真名ちゃん」

「だから、ちゃん付けはと…………もういい」

「人間、諦めが肝心だよね」

 

 接している付き合いの長さは明日菜には劣るが、出会った時期は早い真名をおちょくることに命を賭けている横島に堪えた様子はない。

 

「そっちに送りたいよ」

 

 どれだけ冷静振ろうとも幼少期を知られているので、真名は頭が痛いとばかりに眉間を揉み解してやり難そうであった。

 

「これだけ騒いでシロタマが来ない上に、人の気配も無いということは全員で外出か?」

「そっ、で俺は店番があるからって留守番なの。慰めて真名ちゃん」

「はんっ、ざまあみろ」

「鼻で笑われたっ!?」

 

 慰めてもらおうと思ったら死体蹴りを食らってしまった気分である。

 シクシクと泣き真似をしていると、肩に手を置かれた。

 

「また不倫したのか?」

「あれは真名ちゃんが仕出かした冤罪じゃないか!!」

 

 物凄く良い笑顔で言われたので、肩に置かれた手を振り払って指差す。

 

「昔の話だろ。気にするな」

「うちの家庭を壊しかけておいてなんと他人事な……っ!?」

「他人事だからな。いいから仕事をしろ」

 

 横島が慌て騒ぐ姿が実に愉悦と顔に出ている真名は懐から一枚の紙をカウンターに置く。

 

「修学旅行で使った装備の補充と転移魔法符の購入に来た」

「ああ、結構頑張ってたらしいから色付けとこう」

 

 仕事は仕事と気分を入れ替えた横島は紙を受け取って、おおよそ予想通りなのに頷く。

 

「助かる。今度、サービスしてあげよう」

「物理的なサービスするお店は止めてね! 家で真名ちゃんの晩酌ぐらいなら受けるから嫁さんに誤解を与えるようなことはNO!」

 

 こうやって揶揄った後に値引きをしたら若いねーちゃんがいる店に連れて行かれて証拠写真を匿名で家に送りつけられ、横島家弾劾裁判が開かれたほどである。

 被告人・横島忠夫、裁判官兼被害者・横島蛍、検事・タマモ、弁護人・シロという絶対に勝てない勝負だった。

 死刑という名の離婚届に判が押される寸前に証拠写真が偽証であると真名も証明しに現れてくれたが、これぞまさに自作自演である。

 

「いい加減に傭兵なんて危ない仕事は止めて、ただの学生になったらどうだ? コウキもきっとそれを望んでいるぞ」

 

 真名が修学旅行の戦いに参加したと聞いて、そろそろサイクル的に装備の補充に来る頃だと思っていたので用意していた一式を取り出してリストと見比べながら世間話のように言う。

 

「悪いが、私は命を拾われた時にコウキの理想に人生を捧げると誓っているのでね」

「救われた命を危険に晒している方がコウキ的には嬉しくないと思うんだが」

「私だってコウキが望んでいないのは分かっているさ」

 

 微妙に横島と真名では論点が違うのだ。

 

「『子供達に笑顔を』がコウキの理想だ。嘗て私が救われたように、私も笑顔を浮かべられない誰かを笑顔にしたいんだよ」

 

 死者の願いを背負っているのではなく、喪われた者の代償行為でもなく、ただ純粋に自分にしてもらったことを他の人にもしたいと思っている。

 

「もう十分に笑顔にしてるよ、武蔵麻帆良の足長おじさん」

「むっ、知っていたのか」

「龍宮さん達に相談されてな」

「全く父さんも母さんも……」

「それだけ娘の将来を心配してるってことさ。毎年定期的に小包をどこかに送ってるから犯罪やってるんじゃないかって」

「そっちの心配か!? 娘を少しは信用してほしいな、そこは!!」

 

 毎年、武蔵麻帆良の養護施設に多額の寄付金を差出人不明で届けている足長おじさんは身内に信用されてなくて吠えた。

 

「傭兵をやって金の入りが良い割には倹約して質素な生活で、特に貯金が溜まっているという話も聞かないから心配にもなるって」

「それにしたって犯罪はないだろ、犯罪は」

 

 見た目で言えば金ではなく美人を表に使っての方向の犯罪を真っ先に疑った横島は、このことは墓に持って行こうと口にはしなかった。

 

「大体、殊更に吹聴することでもない。仕事で出会ってしまった引き取り手のない子供達を預かってもらっているんだ。金ぐらいしか私に出来ることはない」

 

 スナイパーとしての腕しか誇れる物はないと卑下する真名に嘆息する横島。

 

「彼らに必要な物は分かってるんだろ?」

「現地に本当に必要なのは、根本解決。つまりは教育だ。更に経済、状況を改善するには金と組織が必要だ。幾ら稼いでも足りん」

「じゃあ、今やってるのも対処療法に過ぎないにも関わらず、諦めているわけだ」

「そういうわけではないが……」

 

 中学生に聞くには重すぎる話ではあるだろう。

 しかし、このままでは真名はコウキの理想に囚われたまま戦場で闘い続けることになる。

 コウキとはそれほど深い付き合いではなかったが、気の良い男だったので真名の将来の相談ぐらいには乗ってやらねば浮かばれないだろう。

 

「俺だって少ないが寄付はしてるし、彼らのことを気にしているのは真名だけじゃない。必要なことは分かっているのに真名はそこで止まっているつもりか?」

「もう一歩踏み出せと? しかし、それでは目の前の悲劇を見逃すことになる」

「言葉遊びになるけど、真名が一歩を踏み出せなければ将来の悲劇を止められないかもしれないぞ」

 

 目の前の悲劇は確実に起きているから放っておけないし、将来の悲劇は起こるかどうかも分からない。

 全部、横島が言った通りに言葉遊びでしかない。

 

「私にどうしろと言うのだ?」 

 

 とはいえ、真名だって現状では横島の言う通りの対処療法でしかないので、手が届かない場所の方が殆どだ。

 

「根本解決に必要なことは自分で言っただろ」

「教育、経済、金と組織か。だが、一人では……」

「その為にスポンサーを見つけるなり、出来る人間を見つけたり育てないといけないわけだ」

 

 個人では自ずと限界がある。組織ならば個人の何倍にも手を広げられるが、同時にやるべきことも多角的に増えていく。

 

「今までは個人で良くても、人を使うとなれば真名自身にも今とは違う能力が求められてくる。学校っていうのは、そういう能力を育てる場所だ。自分には出来ないって諦めるんじゃなくて、試行錯誤して、出来る奴をスカウトするとか、やるべきことは今でも山ほどあるぞ」

 

 と言いつつ、横島の中では次々に案が生まれていた。

 

「同じクラスのあやかちゃんや千鶴ちゃんとかの会社はかなり大きいだろ。ああいう会社はイメージも大事だから二人を味方につけて、会社に利益があると思わせることが出来たならスポンサーになってくれる可能性も高い」

 

 知り合いに頼ろうというのはあまり良くないのだが、必要ならば使えると判断したら身内だってこき使うべきである。

 

「そうか二人を……」

 

 横島の言葉に琴線を刺激されたらしい真名は少し考え込む。

 

「聞いている限りでも君達のクラスは人材の宝庫らしいじゃないか。十分に活用すべきだと俺は思うよ」

 

 商売人の観点から見れば3-Aは人材の宝庫で、正直に言って横島は何度スカウトしようかと考えたこととか。

 

「例えば?」

「誰でも考えるのが超ちゃんだわな」

「私も真っ先に思ったが、アイツはこっちの手綱に入る奴じゃない」

「それは使い様だ。ああいうタイプは目的とかが一致すれば協力してくれるタイプだから、そうだな例えば利用し合うぐらいが丁度良い」

「こちらに価値が無くなれば切られるだけだぞ」

「価値を示し続ければいい。そうすれば良い関係になれるよ。考える前からやる前から無理だと諦めるのは真名の悪い癖だな」

 

 麻帆良が誇る超鈴音に関してはここまでにするとして、次に横島が思い浮べたのは寡黙な料理長だった。

 

「次は五月ちゃんだな」

「む、それなら私にも分かるぞ。四葉が店を出す際の出資とかをすればいいんだな」

「そうそう。あの味なら確実に客は来るしな。長い目で見れば系列店とかも出せるだろうし、長い期間で利益を出せる」

 

 一番、3-Aの中で大物になりそうな人である四葉五月に関しては真名にも簡単に想像がつく。

 

「後は、聡美ちゃんの発明品のスポンサーになったり、茶々丸ちゃんを秘書とかにすればかなりの戦力になるし、ちうちゃんのゴニョゴニョ……」

 

 最後辺りは言葉を濁されたので何を言っているのかは分からなかったが、横島に色んな案があるのは分かった。

 

「横島さん、私の共同経営者にならないか?」

「断るっ!!」

 

 手っ取り早く良案を幾つも持っていそうな人間を、まずは引き込んでみようと誘ってみたら力一杯に断られてしまった。

 

「何故だ? 言われた通りに誘ってみたのに」

「俺を利用をしようっていう魂胆が丸見え。嫌に決まっとろうが」

 

 こき使おうという気持ちが顔に書いてあったので受け入れる方がどうかしている。

 誘い方は失敗だとリテイクを要求すると、真名は思案気に顎に手を当てて視線を漂わせる。

 

「よし」

 

 数秒考えた後に横島の顔を見て何か思いついたらしい真名は、何故かジャケットを脱いでカウンターに置いて黒のタンクトップ姿になると、暑くもないはずなのに首を振ってファッサァと音がせんばかりに髪の毛が広がった。

 そしてダメ―ジジーンズに覆われた膝をカウンターの上に乗せて横島に向かって身を乗り出す。

 その際に、横島側のカウンターの端に両手をついて腕で自慢の胸を強調するのも忘れない。

 

「ねぇ、横島さん」

 

 声色を意識して変えて呼びかけられた横島の心臓がドキンと跳ね上がった。

 横島の好みを熟知した真名に抜け目はない。

 

「実は私、困ってるの」

 

 演技など容易いもの、とばかりに瞳をウルウルと潤ませた真名はゆっくりと顔を近づける。

 良い匂いなどせん、良い匂いなどせん、良い匂いなどせんと三度心の中で唱えた横島の目は、強調された胸の谷間と化粧気はないのにプルンプルンな唇に釘付けである。

 

「な、なんでありましょうか」

 

 容姿だけで言えば、横島の好みである年上の女系の色気で迫ってくる真名に声が震える、目が移ろう。

 

「助けてほしいの」

「なにをでありましょうか」

「分かっている癖に、卑怯な人」

「うひぃっ!?」

 

 頬を長く冷たい指でなぞり上げた横島の口から奇声が迸る。

 分かっている癖に聞き返す時にしっかりと色っぽい流し目を忘れない辺り、こう横島の好みをあまりにも熟知し過ぎな手口は見事と言えた。

 

「私を助けてくれたらこの体はあなたの物に」

「はい、アウトぉっ!」

「何故だっ!?」

 

 したくもないのにタンクトップの胸の部分を下に引っ張ってチラ見せまでした真名の選択は正しいが、その時の直接的すぎる言葉が駄目である。

 

「ここはもう少し引っ張るとか、相手から言質を取るようにしないといけないのに、直接的に言っちゃ駄目だわ」

「くそっ、焦り過ぎたか」

 

 一瞬で平静に戻って、ウルウル瞳も収まって横島から身を離した真名は悔しそうに舌打ちをする。

 

「方法は悪くないけど、ここは体を武器にしつつも、ご褒美は与えないか、餌は釣ったままにするのが正しいやり方だな」

「この段階で釣られるような奴なら信用には値しないか」

 

 つまりは他の者の色仕掛けに簡単に引っかかるということで、結構危なかった横島はうんうんと頷きながらバクバクと跳ねる心臓を沈めようと深く静かに深呼吸を繰り返す。

 

「安い女と見られたくもないし、まあ今回の色仕掛けはここまでにしておくとしよう」

 

 ジャケットを着ながら再戦を誓う真名に再び心臓がドキンと高鳴る。

 

「今回?」

「私は本気になれば障害があろうとも必ず踏破して目的を遂げてみせるぞ」

 

 どういう意味なのかイマイチ計りかねる言葉である。

 

「さて、今回は色をつけてくれると言っていたのだし、十分に期待してもいいのだろう?」

 

 なんだか尻の毛まで毟り取られる感じがするのは横島の気の所為だろうか。

 妖艶に笑う真名に心臓がドキドキとして止まらなかった。

 

 

 

 

 ちなみに、尻の毛まで毟り取られなかったことが逆に怖かった横島であった。

 

 



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第九話 文学少女は戸惑う

皆様、感想と誤字報告、本当にありがとうございます。


な、なんとか毎日投稿継続……!




 

 

 客が来ること自体が珍しい横島堂に今日も客以外がやってくる。

 

「へい、らっしゃ…………て、どうしたよネギ!?」

 

 もう普通の客が来るのを諦めていた横島は、頬を赤く腫れさせたネギが店内へと入ってくるのに実に驚いた。

 

「こんにちは、横島さん」

「呑気にこんにちはじゃねぇよ。どうしたんだ?」

 

 びっくりしたとかというレベルではない。

 愛用の椅子から飛び跳ねるようにして立ち上がり、歩いて来るネギの下へと駆け寄る。

 

「はは、明日菜さんにブタれちゃって」

「明日菜に?」

 

 割かし感情が高ぶると真っ先に手が出ることは、明日菜のことを良く知る横島としては納得してしまったような、余計に分からなくて首を捻らざるを得ないような、微妙な心境である。

 

「取りあえず治しちまおう」

 

 ぶっくりと腫れているネギの頬に添えるに触れた手に文珠を出して、『治』の文字を刻んで発動させる。

 

「あ……」

 

 文珠が発動して発せられた光が一瞬だけネギの視界を覆い、温かな熱が滲んで来るような不思議な感覚の直後、頬の痛みは消えていた。

 

「痛く、ない」

「ん、久しぶりだったから不安だったけど上手くいったみたいだな」

 

 横島の手がどけられ、ネギは自分の頬を触ってみると熱も持っていないし腫れている感じもない。

 

「横島さん、何をしたんですか?」

 

 ネギには横島が何をしたのかが分からなかった。

 治してくれたのは分かるが、その方法が皆目見当もつかなかったのである。

 

「ふふん、それは如何にネギでも教えてやるわけにはいかんのだよ」

 

 本気で分からないらしく知りたそうなネギを煙に巻いた横島は笑みを収めてお座敷の方へと勧め、二人でつっかけと靴を脱いで差し向かいで座る。

 

「で、なんで明日菜に叩かれたんだ?」

 

 明日菜は自身の身体能力を十分に熟知しており、喧嘩するにしても相手に怪我させないように注意している。

 幾ら魔法使いといっても、見た目通りの子供であるネギの頬が赤く腫れあがるほど殴ったり叩いたりすることはないはずである。

 

「実は、明日菜さんに仮契約の解消を申し出たらいきなり」

 

 こうパーンと平手で張られたポーズをするネギに横島は一つ頷く。

 

「そこだけ聞いても叩かれる理由が分からん」

「僕も何で叩かれたのかが分かりません」

 

 殴られた理由が分からないのに怒るよりも困惑している方が多そうなネギの頭を慰めるように撫でる。

 

「女性は尊重してるつもりなんですけど……」

 

 まだ撫でてほしそうだが手が疲れてきたので下ろし、腕を組んで考える。

 

「女心は秋の空って言うしな。男には理解出来んもんがあるんだろう」

「横島さんでもですか?」

「昨日怒ってると思えば今日は笑い、明日は泣いているとかな。年食っても余計に分からんようになるだけだぞ」

 

 過去のことを思い出しているのか、遠い目をしている横島にネギがかけられる言葉はない。

 

「というか二人は何時の間に仮契約してたんだ?」

「京都で、関西呪術協会が襲われた際に所謂、緊急事態ということで」

「ああ、アーティファクト目当てか」

「足止めの妖怪達に囲まれている中で何の力もない明日菜さんを残して行くことは出来ませんでしたからカモ君の提案で止む無く。仮契約をすれば魔力供給をすれば明日菜さんの身体能力もあって、ある程度の自衛も出来ますから」

「ああいう奴だから自分で火中に飛び込んでおいて、どうしようって助けを求めたんだろ。面倒かけてすまん」

「いえ、明日菜さんの果断さが無ければ動けてなかったでしょうし」

 

 謝罪合戦を止めて、仮契約をしたのは緊急事態への対策なのかと納得した横島を見たネギは次の話へと移ることにした。

 

「麻帆良に戻ってくるまでは仮契約をした認識が僕にも薄くて、エヴァンジェリンさん――――師匠(マスター)の弟子入り試験で古菲さんの指導を受けている時に、明日菜さんが刹那さんと剣を打ち合っているのを見てハッとしたんです」

「なにか思うことがあったと?」

「明日菜さんが普通? からちょっと離れているところはあると思いますけど、京都でああいうことがあったから少しでも戦えるようにって習い始めたのかなと思いました」

「実際にそう考えたようだぞ。うちに来た時にあの時は怖かったとか、みんなの足手纏いにしかならなかったってグチグチ言ってたし」

 

 デレデレした顔でベビーベットに寄り掛かって雪姫を構っていたので本気にはしていなかったのだが、刹那に剣を習うぐらいならば本人も結構気にしていたのだろう。

 

「魔法を知っているだけの明日菜さんがあんな事態に何度も巻き込まれることなんてもうないだろうし、あくまで緊急事態に対応する為に仮契約をしたので、事態は無事に解決出来たから契約を続行しておく必要はないと僕は考えました。で、そのまま伝えたら怒って」

「いきなり殴られたと」

 

 今のところ、ネギが語った中でおかしいと感じるところはない。

 仮契約の利点は、本契約と違って面倒な手間をかけずに契約も契約解除も出来ることなので、緊急事態の為に仮契約をしたのだからそれが終わったのなら契約解除をしようとしているところに不備はない。

 

「取りあえずその時の状況を知らんことにはなんも言えんな。今日は何をしてたんだ?」

 

 刹那に剣を習っていた明日菜は、勝手に仮契約の解除を決めたネギに対して怒りはしても殴るまでいく子ではないと横島は知っている。

 殴るに足る理由というか、そこまで咄嗟に手が出るほど怒らせた理由を知らなければならない。

 

「今日は朝に長さん、木乃香さんのお父さんから貰った父さんの手掛かりを返してもらいに行きました」

「待て」

 

 いきなりの予想外の行動に、横島の理解力が及ばなかったので止めに入る。

 

「もう一歩手前からだ。その手掛かりは何で、誰に渡したんだ」

「あ、すいません。分かりませんでしたよね」

 

 自分には既知であっても他人には分からないことを失念していたネギ。

 

「父さんの手掛かりはこの学園の地下の地図だったんです。何故、この学園の地図だったのかは分かりませんけど暗号で書かれていて直ぐの解読は出来ませんでした。弟子入り試験や先生としての仕事もあって多忙だったので、図書館島探検部という広大な図書館島地下を探索する専門の部なら何か分かるんじゃないかと思ってクラスにいる部員の綾瀬夕映さんに預けてしまったんです」

「そりゃ……」

「ええ、魔法使いの父さんが調べていたものですから、一般人に任せるにはあまりにも軽率だったと夜になってから気づきました。それで次の日の朝、つまりは今日になってから返してもらいに行ったんです」

 

 自分で気づいたのなら横島が多くを言う必要はないと判断して、ネギに話しを進めるように促す。

 

「それで実はもう一人と仮契約をしていて、これは僕の意志でしたわけではないんですけど」

 

 もじもじと頬を赤らめたネギが指をすり合わせている。

 ショタコンの趣味の女性ならば垂涎物だろうが横島にその気は無いので続きを待つ。

 

「修学旅行の二日目の夜にクラスの人達がゲームをしていたんです。その、僕の唇を誰が先に奪うかという」

「…………捥げればいいのに」

 

 ボソリとゲーム内容を聞いた横島が小声で呟いたのは、一人で赤くなって身を縮めているネギには聞こえなかったらしい。

 

「で、僕に告白してくれた宮崎のどかさんが偶然、そういう形になってしまって」

 

 怒りを通り越して御仏の如き悟りを開いている横島に気付いた風もないネギ。

 

「話を戻しますと、父さんの手掛かりの地図を返してもらいに行った時にのどかさんがアーティファクトを出して夕映さんに見せていて、そのアーティファクトには読心系の機能があったみたいで僕が魔法使いだということが二人にバレてしまったんです」

「なんと間が悪い」

 

 詳しく聞けばネギにはのどかと仮契約をした自覚も無かったので、全てはあのオコジョ妖精がいらぬ気を利かせてしまったらしい。

 

「魔法は秘匿が原則ですが、僕は問答無用に記憶を消すなんてことはしたくありません。ですので、一度事情を説明した上で仮契約の解除と、可能であれば一部の記憶消去を行おうとしたんですけど……」

「皆まで言わんでもいい」

「泣きそうになられると告白してくれた手前、強引に出ることも出来なくて」

「そういや、宮崎のどかちゃんってネギが告白されたっていう子だったか。そりゃ好きな奴との繋がりが出来たら自分からは切ろうとはせんだろ」

 

 肩を落として俯くネギを見れば、どういう結末になったのかは言われなくても分かる。

 京都から戻って来てから告白されたと相談された時に出て来た子の名前を思い出した横島は納得をしつつも、怒られているつもりなのか正座しているネギに女難の相が見えていたが口には出来なかった。

 

「一応、地図には図書館島地下に父さんの何らかの手掛かりが残されているのは分かったんですけど、行くって言えば二人が付いて来ようとするのが見えたので取り止めたら行きたいと言われ、その場は師匠(マスター)の修行を理由にどうにかはなったものの、二人も修行場所に一緒に行くことになってしまいました。行ったらいったで、師匠(マスター)には呆れられるし、明日菜さんにはアンタって馬鹿じゃないのって怒られるし」

 

 一層、肩を落とすネギから中間管理職の悲哀が漂ってくるようで、十歳の身空でそのような雰囲気を漂わせる哀れさが際立つ。

 

「修行後に明日菜さんにのどかさんと同じように仮契約の解除を申し出たら怒って殴られてしまって。その後、避けられているようで探しても見つからないんです。もしかしたら横島堂に来てるかなと思ったんですけど」

「…………もしかして、明日菜に仮契約解除の話をした時、のどかちゃんも一緒にいたんじゃないか?」

「ええ、僕の後ろに。でも、どうして分かったんですか?」

 

 なんとなく明日菜の怒りの理由が分かってしまったような気がする。

 

「明日菜にのどかちゃんと仮契約していたことと、契約解除をしてないことを言ったら怒ったんじゃないか?」

「なんで分かるんですか!?」

 

 寧ろこの状況で分からないと言った方がどうかと思った横島は突っ込みを入れずにネギを落ち着かせる。

 

「いや、まあ、大変だな、ネギは」

 

 のどかには泣き落としに合うし、明日菜には同じことをしたら恐らく問答無用に殴られたのだろうネギのことを思えばそうとしか言えない。

 

「ネギ、明日菜は大人だと思うか?」

「僕に比べれば大人だと」

「でもな、俺から見れば二人とも子供なんだよ」

 

 恐らくネギも言葉が足りなかったのだろうが、明日菜は言葉ではなく手を上げてしまったのはいただけない。

 明日菜が怒った理由が弟を想う気持ちか、女としてのそれかは別にして、手を出してしまっては何の意味もない。

 

「明日菜が刹那から剣を習っている理由を聞いているか?」

「いえ、直接は。京都でのことが怖かったとか足手纏いだったのか嫌だったのかなとは思ってますけど」

「まあ、それもあるだろうけど」

 

 直接は聞いてない以上、言葉を交わしていなければ二人の認識がすれ違ってしまうのは仕方ない。

 

「今まで明日菜は自分より下が出来たことが無い」

 

 要約するとそれが理由なのだが、伝わるように細かく話す。

 

「中学の美術部も半分幽霊部員なようなもので、学校でも寮でもクラス単位で動くことが多い。家族にしたって高畑さんや俺んちで年上しかいない。家ではシロとタマモは動物形態でしか会ってないしな。つまりは年下相手の接し方に慣れていないんだよ」

「はぁ……」

 

 良く分かってなさそうな顔のネギに話しを続ける。

 

「分かるか、その中でネギは初めて出来た自分よりも年下なんだ。初めてこの店に来た時に言ってただろう、『じゃあ、ネギは私の弟ね』って」

 

 あの明日菜がそう言ったので記憶に強く残っていた横島とは違い、まだネギにはピンと来てないらしい。

 

「幾らのどかちゃんに押し切られたとしても、明日菜にはそんなこと分からないだろ? 明日菜はこう思ったんじゃないか、自分は駄目でのどかちゃんは良いのか、と」

「あ」

「別にのどかちゃんに押し切られたネギを責めているわけでもないし、押し切ったのどかちゃんに責任があるわけじゃない。まあ、明日菜としては自分だけ疎外されたら面白くはないわけだ」

 

 問題自体はそれほど難しい事ではない。人類が今まで何度も繰り返した悪癖ともいえるのだから。

 

「誰の所為かって言えば、言葉が足りなかったネギと話をすることなく手を出した明日菜にあるんだろうな」

 

 のどかに押し切られたからといって別個の対応をしたネギ、のどかの姿を見て同一と捉えた明日菜。

 他人であるならばすれ違うことは多々有り、認識をすり合わせるには会話をしてずれを埋めるしかない。二人はそれを怠った。

 

「ネギはどうしたい? 仮契約云々のことは別にしてだ」

「喧嘩したままは嫌です」

「じゃあ、話して分からない奴じゃないからしっかりと膝を付き合わせて話をしてみろ」

 

 そう言って、背後にある家に繋がる通路の方をチラリと見る。

 実は少し前に明日菜が来ており、ネギが店に入ってくる直前まで店にいたのだが通路の方に隠れていたので、今頃事態の裏側を知って自分の勘違いに気付いて悶えているだろうなと笑みを隠す。

 

「そういえば、シロさんとタマモさんは? 今日は姿を見ていませんが」

「ああ、雪姫の夜泣きでダウンしてるよ」

 

 なので、明日菜の対応は蛍に任せてしまっている。

 

「赤ん坊は夜だろうが構わずに泣くからな。交代であやしてるけど、あの二人の場合だとなんでか雪姫はハッスルすることが多くてな。今頃、雪姫と一緒に昼寝中じゃないか」

 

 子狐、子犬モードであやすのが一番大人しいのだが、そうすると雪姫は寝ないで遊ぼうとしてしまう。

 今も手作りした大き目のベビーベッドで一人と二匹でご就寝中なのである。

 

「昼寝してるなら遊びに行くのは止めといた方が良いですね」

「下手に起こしちまったら二匹の鋭い爪が飛んで来るぞ。第一、うちのお姫様にそんな辛気臭い顔を見せるんじゃない」

 

 冗談を交えて言うとネギは少し笑い、その辛気臭い顔をさせている張本人が後ろでガタゴトと音を立てていた。

 

「起きたんですかね? じゃあ、ちょっと様子を見に」

「いやいや、鼠でも入り込んだんじゃないか」

「まさか」

 

 明らかに冗談と分かる言葉に笑ったネギに、後ろの明日菜の慌て様が面白くて忍び笑いを漏らす横島。

 

「聞いたぞ、弟子入り試験ではボコボコになっても諦めなかったって。二人も師匠がいて修行の方は大変じゃないのか?」

 

 そろりと気配が遠ざかって行くのを感じながら、明日菜が逃げる時間を稼ぐ必要もあったので世間話のついでに聞く。

 

「両方大変です」

 

 鼠が入り込んでいるってのは冗談だと思っているネギは充実している顔で答えた。

 

「古さんには力加減を間違えてよくぶっ飛ばされているし、師匠(マスター)には血を吸われて貧血気味になりますけど、強く成れている実感がありますから頑張れます」

「お前…………どっか頭打って変な性癖にでも目覚めてないか?」

「性癖ってなんですか?」

「いや、こっちの話だ」

 

 どこか変な感じに頭打ってないかと心配になった横島が訊ねても、性癖の概念がネギには分かっていない様子であった。

 純真無垢その物の目で見られると、自分が穢れた大人になったようで良心がチクチクと痛む。

 

「失礼します」

 

 性癖とは何かを聞きたそうなネギが口を開きかけたところで、どこかの誰かのようにパーンと店の扉が開かれた。

 

「おっ、らっしゃ」

「夕映さん? それにのどかさんも」

 

 今度こそちゃんとした客かと横島が腰を上げようとした瞬間、客の姿を見たネギが二人の名前を口にする。

 

「探しましたよ、ネギ先生。朝の話の続きをしましょう」

 

 夕映の目から逃れるように横島の背に隠れたネギ。その姿を目にした夕映は勇ましい笑みを浮かべてお座敷の前まで歩み寄り、見知らぬ横島に気後れしている様子ののどかが隠れられてはいないがその後ろに立っている。

 

「朝の話の続き?」

「実は魔法を教えてほしいって言われてて」

 

 咄嗟の反応で隠れてしまったネギは出るに出れなくなりながら、顔だけ振り返った横島の疑問に答える。

 それを聞いた横島はネギがうっかり魔法バレをしてしまった子がこの子かと見当をつける。

 

「ネギ先生」

「ぼ、僕は魔法学校を卒業したばかりで修行中の身なので人に教えるなんて、とても出来ません」

「ならば、魔法関係者と思しきあなたでも」

「俺、陰陽師。魔法、無理」

 

 前にもこのようなことを言ったことがあるような気がしたが、明日菜と同年代とはちょっと信じ難い見た目の少女の少し鼻息の荒い押しの強さに横島はそれだけしか言えなかった。

 

「ほう、陰陽師も実在したのですね。あなたにも二、三聞きたいことはありますが、今はネギ先生の説得を手伝って下さい」

 

 絶対に二、三で収まりそうにない雰囲気を醸し出しつつ、夕映は完全に横島の背に隠れてしまっているネギを見る。

 益々と目を輝かせている綾瀬夕映に引き気味の横島は面倒臭いタイプだと第一印象が定まってしまった。

 

「横島さぁん」

 

 背中越しで顔が見れなくても泣きそうになっているネギの声を聞けば、面倒臭いからといって獲物の前に餌として放り出すのは可哀想なので放っておくわけにもいかない。

 

「初対面なのに名前も名乗らない子に頼まれてもな」

「むっ、これは失礼しました」

 

 熱意は買うが不躾である。

 不快であるとは口にせずに安易に言葉に織り交ぜると、夕映は察し良く不躾さを理解して一歩引いた。

 

「遅れました、ネギ先生のクラスの綾瀬夕映です。挨拶もせずに申し訳ありませんでした」

「俺はこの横島堂の店主の横島忠夫だ」

「み、宮崎のどかです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 

 頭が悪いわけではないと第一印象を修正した横島は、しっかりと頭を下げて平静に戻った夕映の後ろから宮崎のどかが頭を上げて来るのを見て少し微笑む。

 

「どうやら話では魔法を教わりたいようだが」

「ええ、少し興奮して不作法を見せてしまい、すみませんでした」

「いやいや、熱意は買うよ」

 

 自己紹介を挟んだことで冷静さを取り戻した夕映の態度に感心した横島は真剣に考えることにした。

 

「魔法を教えられる人なら俺が紹介しようか?」

「いいんですか!? 是非、お願い」

「但し、共に習うのが幼稚園児になるけど構わないかな?」

 

 詳しい話を聞く前に目を輝かせて即決しようとした夕映は、続いた言葉に固まった。

 

「俺の知り合いの娘さんが魔法を習い始めたところでね。君が望むなら先方に確認してみるが」

 

 蛍が生まれてから、魔法を知る、もしくは魔法使いらの父親で構成された『父親の会(仮名)』の飲み会に呼ばれた横島は、そこで出会った弐集院光のことを思い出していた。

 弐集院には幼稚園ほどの娘がいて、魔法を習い始めたばかりであることを聞いていた。

 先輩父親にアドバイスを沢山受けていた横島は、まず彼のことを思い浮べた。同じ会に出ていたガンドルフィーニが子供に魔法のことを教えるべきかどうかを悩んでいることも一緒に。

 

「…………自分の身長の低さは自覚していますが、流石に幼稚園児と机を共にするのは」

 

 勘弁、という顔をしている夕映の身長は確かに明日菜と同級である中学三年生としては低いかもしれない。

 

「幾ら学園都市っていっても麻帆良には魔法学校まではない。魔法とか感覚的な物が多いから早ければ早い方が良いから、親が教えることが多いから遅くても小学生ぐらいだろう」

 

 表向きの一般的な学校ばかりで魔法学校は麻帆良にはない。となれば、親か縁者などが子供に教えるパターンが殆どである。

 

「魔法生徒ってのもいるけど、大体はネギのように魔法学校を卒業した者や、幼い頃から親や知り合いから教わってきた者だから君ぐらいの年代で一から学ぼうという者は殆どいない」

「つまりは、初歩の初歩から学ぶならば親から教わる子と一緒に学ばなけれならない、ということですか」

「まあ、そうなる」

 

 この場合、例外を議論しようとしても横島には答えられないので、一定の理解をしてくれた夕映は話が早くて助かる。

 

「その親だって所謂、魔法の教師免許があるわけじゃないから、本気でその道に進む気があるなら魔法学校に入学することも考えた方が良い。ネギだって本気なら学園長に話を通すぐらいはするだろ?」

「え、ええ、夕映さんにその気があるなら」

 

 話のスケールが大きくなってきたというか、自分の考えている領域外にまで及んでいることに夕映は僅かに目を泳がせた。

 

「そこまでする必要があるのですか?」

「魔法の感覚は幼い頃から身に着けることが多く、思春期を超えると時間がかかることが多い。どんなスポーツでもそんな面はあるだろう」

「先に始めていたから優れているわけではないでしょうに」

 

 その通りである、と横島は夕映の反論に重く頷いた。

 

「でもな、この分野はスポーツなんかよりも持って生まれた才能に左右される面も多い。君に才能があるかどうかは分からないけど、一般的な考え方をするならスポーツとそう変わりはないんじゃないか」

 

 スポーツを始めるには中学三年生というには一般的に考えれば遅い。その理屈は魔法にも当て嵌まるのだと横島は言う。

 

「やっぱりネギ先生に教わるのは一番手っ取り早いではないでしょうか?」 

「それは君の理屈だろう。君はネギのことを、ちっとも考えていない」

 

 あまりこういうことは言いたくはない横島だが、どうにもネギは甘すぎる面がある。

 子供だからと舐められる面もあるし、押し切られてしまったら受け入れてしまう優しい面がある。

 

「……っ!?」

「言いたいことはあるだろうが、少し待ってくれ」

 

 反論はあるだろうが手を前に出して制止する。

 言い合いは不毛でしかないし、まずはネギの理由を明らかにしてから考えてもらっても遅くはない。

 

「ネギの立場を考えてくれ。先生で自身も上を目指す魔法使いだ。ここまでは君達もいいな?」

 

 これは当然、少女らも分かっているようなので頷きを返してくる。

 

「まずは先生としてだ。英語の教科と担任だっけか。子供ではあっても先生であるなら当然仕事がある。分かっているだろうけど、学生とは立場が違うからやることは多い」

 

 指を一本立てて分かりやすく示す。

 

「続いて魔法使いとして」

 

 二本目の指を立てる。

 

「ネギ自身、魔法学校を卒業して修行中の身だ。謂わば半人前、現にとある人物に弟子入りしている」

「エヴァンジェリンさんですね。古菲さんにも中国拳法を教わっていると聞きました」

「知っているなら話は早い」

 

 ならば、どうして分からないのかと疑問に思うのだが、得てして人間は目の前に餌を吊るされたらそれ以外は目に入らなくなる。それほどに夕映にとって魔法とは魅力的に見えたのだろう。

 

「考えてみてくれ。ネギには君に魔法を教える余裕はあるのか? 仮に余裕があったとして、君はネギが先生で魔法使いだからとそれを強いるのか」

 

 ぶっちゃけて言えばネギにそんな暇も余裕もねぇだろうって話なのだが、ここまで言って分からないほど夕映は察しが悪いわけではないようだ。

 

「………………」

 

 黙って俯いてしまった夕映の後ろでのどかがあわあわと慌てている。

 

「横島さん」

「分かってる」

 

 もっとぶっちゃければ迷惑だと言っているに等しいので横島は困ったように頭を掻きつつ、言い過ぎではないかと思っても自分のことを気にしてくれていることに嬉しさを隠し切れていないネギを見ることなく夕映を注視する。

 

「俺は何も魔法を学ぶななんて言う気も、何も知らなかった頃に戻れとも言わない」

 

 前置きを置いて、顔を上げた夕映の目を見る。

 

「忙しいネギに教わっても中途半端にしかならない。君自身、中途半端に終わってしまうようなら最初から学びたいなんて思ってないだろ」

 

 何が正しいのかなんて横島にだって分からない。ただ、このままネギが押し切られてはどっちにとっても中途半端にしかならない。それは決して良い事ではないと思うのだ。

 

「そうです」

 

 半ば項垂れるようにして頷いた夕映。

 

「魔法をただのファンタジーと捉えて浮かれていました。ネギ先生に無理なお願いをしてすみませんです」

「いえ、そんな……」

 

 迷惑だなんて思っていない、とはここまで横島に擁護してもらったネギが言っていいことではないので言葉を濁してしまう。

 そんなネギと頭を下げる夕映を見比べるのどか。

 

「冷静になって考えてみても、やはり私の気持ちは変わりありません」

 

 夕映は自分はまだ魔法の世界に進むと決意できているとはいえないと言い、覚悟も足りていなかった。しかし、夕映のあくなき探求心と知恵欲は抑え難い。

 

「例え幼稚園児と共にであろうとも学ぶ覚悟はあります」

「分かった」

 

 と、横島は重く頷き、にへらと笑った。

 

「弟子入りの話は向こうにはまだしていないから、学園長を通して話してみて駄目だったらゴメンな」

「こんだけ言っといてそれかい!!」

 

 軽すぎる言葉にアーティファクトを呼び出してハリセンを持った明日菜が突っ込みを入れ、横島はぶっ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 この後、明日菜とネギは無茶苦茶話をした。

 

 

 





最後が締まらない。それが横島クオリティ。



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第十話 ネギの日記③


も、もう限界だぁ……っ!!





 

 僕、ネギ・スプリングフィールドは修行を舐めていた。というか、二人も師匠を取るべきではなかったと今は後悔している。

 

 中国拳法を教えてもらっている古菲さんの問題は良く力加減を間違うことにある。

 最初はともかく、身体強化や障壁を張ることで予防しているが、それに甘えて力一杯やるのは止めてほしい。

 教え方は丁寧でとても分かりやすい。武術に関しての理解度が無ければ、こうも分かりやすく人に教えることは出来ないだろう。普段の授業やテストでもその力を発揮してほしい物である。

 師匠(マスター)の合気道は感覚が良く分からないので、その点で言えば中国拳法を学ぶことを決めたのは英断だったのかもしれない。

 

 愚痴っぽくなるので次の話へと移ろう。

 

 師匠(マスター)の修行は単純に過酷を極める。

 正しく生かさず殺さずを地で行くような、僕の限界を見極めて常にギリギリまで負荷をかけ続けられていた。

 一時間が一日になる別荘で数日分の修行が出来て実際に強く成っているし、父さんの得意なコンビネーションも教えてもらっている。 

 こちらの欲しい物を理解していて、飴と鞭を使い分けられて手の平で躍らされているのが良く分かる。

 修行を見てもらう授業料として毎回献血程度の吸血を受けているので貧血気味になるのも少し困る。

 

 修行の疲労と貧血で学校の授業の方にも身が入らなくなってきているのも問題だった。

 修行後は眠たくなって翌日の授業の準備も出来ずに寝てしまうことが多い。その分、早くに起きるのでまだ準備は出来ているが、これ以上修行が厳しさを増せば早く起きることも出来なくなるだろう。そうなると授業に支障を来たしてしまう。

 慣れていくとは思うが、あまり酷いようならば周りに異変を気づかれるのでちょっとどうしようか考え中。

 

 とある日の放課後の修行中に、やはり異変に気付かれていたようで明日菜さん、木乃香さん、刹那さん、夕映さん、のどかさん、朝倉さんが師匠(マスター)の別荘にやってきてしまった。

 しかも僕が師匠(マスター)に吸血されている時にである。

 

「何やってんのよ、このロリババア吸血鬼!!」

「へぶぅっ!?」

 

 明日菜さんがアーティファクトのハリセンを取り出して師匠(マスター)の頭をバチコンと弾き飛ばす物だから混乱も酷かった。

 

「か、神楽坂明日菜……っ!? 真祖の魔法障壁をテキトーに無視するんじゃないっ!!」

 

 僕では傷一つ付けることも出来ない師匠(マスター)の強力過ぎる障壁を無かったように潜り抜けるのはハリセンの力なのか。でも、京都では妖怪を一撃で還していたと聞くし、検討の価値があり。

 なんて、明日菜さんと師匠(マスター)の暴動を見て見ぬふりは出来ないだろう。というか、他に止められる人がいない。

 ネギ・スプリングフィールド、地獄へ行きます!

 

 

 

 

 すったもんだでの末、打撲と吸血跡を増やしながら事態は解決した。

 僕の血と涙を代償として和解した後、夕食の時間に夕映さんが師匠(マスター)に向けて魂の咆哮を上げていた。

 

「あなたに分かりますか!! 幼稚園児に『なんで火も灯せないの?』と心底理解できない様子で純粋無垢な目を向けられて聞かれる私の気持ちが!!」

 

 横島さんの紹介で幼稚園児と共に教えてもらっているという話は聞いていたが、この叫びを聞いた僕はせめて最初ぐらいは手伝おうと溢れる涙を拭いながら思った。

 

「あのどチビに年上の凄さって奴を教えてやるのですよ!!」

 

 

 

 

 

 夜になってみんなが寝静まった後、何故か眠れなかった僕は師匠(マスター)から教えてもらった父さんの得意なコンビネーション―――――無詠唱の魔法の射手から上位古代語呪文である雷の斧へと繋げる連携の練習をしていると明日菜さんがやってきた。

 少し話をして、前から考えていた自分の立脚点を話してみようと思った。

 

 結局、起きていたらしい全員でということになってしまったけど、僕にとっては都合が良かった。

 僕の目的は両親を探すこと。

 六年前のことを考えれば、僕は自分の道に誰かを巻き込もうという気は無かった。

 魔法の恐れを知れば、きっと離れていく。そう思った。

 

 幼少期の自分、父を追い求めて無茶をした自分、望んではいけないことを望んだ自分。

 悲劇と英雄譚。

 出会いと別れ。

 託された物、願われたこと。

 

「今の話にあんたの所為だったところなんか一つもない! 大丈夫! ご両親にだってちゃんと会える!! だって、生きてるんだから!!」

 

 今まで誰にも言えなかったことを話し、他人の目から間違いを正される。

 そうなのだ。こうして文章として書き起こしてみると、自分の理屈に整合性がないことを自覚する。

 僕が父さんに会いたいからと悲劇を望んだとしても、そう都合良く起こるはずがない。言ってしまえばタイミングが悪かったのだろう。

 そう、僕が望む望まない限らず、あの悲劇は起きた。

 でも、その理由は何なのだろうか。

 あの日、石化が進むスタンさんが言っていた言葉を思い出す。

 

『大方、村の誰かに恨みでもある者の仕業じゃろう。この村にはナギを慕って住み着いたクセのある奴も多かったからな』

 

 村自体は百人程度の小さなもので、狙われる理由なんて父さん関係しかない。

 ただ、それにしたって父さん本人が行方不明なのは誰にだって分かっていたはずなのだ。

 

『召喚された下位悪魔どもの数、強力さ。相手は並の術者ではあるまい。うちの村の奴らが集まれば、本来は軍隊の一個大隊にも負けはせんはずじゃからな』

 

 特定の誰かを殺す為なのか、村ごと滅ぼすかは分からないが、殲滅する為に悪魔達は放たれている。

 あれだけの規模となれば個人では不可能。集団、それこそ国レベルの意図を感じる。

 

「任しときなさいよ、私がちゃんとアンタのご両親を探してあげるから」

 

 自分の思いと違って皆が両親を探すと言ってくれたことを僕は素直に嬉しく思う。

 でも、それだけだった。

 

 

 

 

 

 別荘を出て寮に戻ったところで、僕は妙な胸騒ぎを覚えた。

 部屋に戻って寛いで日記を書いていても違和感は消えず、気の所為であればそれで良いと辺りの様子を見に行くことに決めた。

 

 寮内を一周したら戻るつもりであったが、途中で村上夏美さんの悲鳴が聞こえて駆けつけると、玄関先で雪広あやかさんが倒れており、室内に入ると老年の男が那波千鶴さんを抱えていた。

 少なくとも僕はこの初老の男性に見覚えはない。

 女子寮という場所は本来、男子禁制である。僕はあくまで例外中の例外で、他の住居に移りたいと言ったら木乃香さんが泣きそうになるので保留中である。

 それはともかく成人男性が女子寮内に入る際は管理人さんが必ず同行するようになっている。

 この場に管理人さんの姿はなく、玄関のU字ロックが明らかに壊れていて、雪広さんが玄関前で壁に凭れて座り込んだまま意識が無く、そして先程の村上さんの悲鳴と腰が抜けたように床に座り込んで泣いている姿を見れば、招かれざる客であるのは一目瞭然。

 

「やあ、早かったね、ネギ・スプリングフィールド君」

 

 初老の男は僕の名を呼んだ。

 その時点で初老の男がただの不審者である可能性は排除された。

 

「那波さんを離して下さい」

 

 僕の危機意識が警報を鳴らしていた。

 村上さんら一般人がいても構うまいと杖を構えて威嚇する。

 

「焦らなくていい。今はまだ、彼女らに危害を加える気は無い」

「彼女『ら』?」

「聡明だね、君は。会話から少しでも情報を得ようとしている。ああ、そうだ。君の仲間と思われる数人の少女らを預かっている」

 

 僕はそれを聞いて常にポケットに入れるようにしている仮契約カードを取り出して明日菜さんとのどかさんに連絡を取りたい衝動に駆られた。

 

「嘘だと思うなら別に構わんよ。人質がいるということは、この勇敢な少女がいれば分かるだろうからな」

 

 那波さんがいるから僕は動けない。

 初老の男は背を向けているので先制攻撃を加えることは可能だが、こうして見ているだけでも明らかに僕を超える武技を持つ立ち姿に下手な攻撃は那波さんを傷つけるので二の足を踏んでしまう。

 

「無事返して欲しくば、今から三十分後に学園中央の巨木の下にあるステージに来たまえ」

 

 僕が躊躇っている間に初老の男の足下から幼い女の子の甲高い笑い声と共に水が突如として湧き上がる。

 

「私はヴィルヘルムヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。仲間の身を案じるなら周りに助けを請うのは控えるのが賢明だと言っておこう」

 

 そう言ってヘルマンは水へと沈み、この場からその姿を消した。

 

「くっ」

 

 気圧されていたことを認めざるをえない僕は村上さんに話を聞こうとしても混乱して話が出来ず、部屋の中にもう一人見覚えのある黒髪の少年――――犬上小太郎君の姿に目を見開いた。

 

 

 

 

 少しして、僕は一人(・・)でヘルマンに指定された場所へと杖に乗って向かう。

 学園中央の巨木の下にあるステージを視界に収め、ステージ上で何故か下着姿で水蔓のような物に縛られて立っている明日菜さんの姿を見た時、僕は詠唱を始めていた。

 

「風の精霊17人、縛鎖となって敵を捕らえろ――――戒めの風矢!!」

 

 万が一、弾かれても明日菜さんやその後ろにいる水牢に囚われている木乃香さん達に被害が及ばないように魔法を選んだ。

 

「うむ、いいね」

「あうっ!?」

 

 ヘルマンが手を掲げると不可避の障壁のようなものに弾かれた。

 実際には明日菜さんの完全魔法無効化能力を使って掻き消されたのだが、この時の僕には判別がつかなかった。

 

「さあ、これで奇襲は出来ないぞ。全力で挑んで来るがいい」

 

 奇襲は意味をなさず、全力で戦うことを望むヘルマンを睨む。

 

「まずは前座だ」

 

 ヘルマンが指をパチリと鳴らすと僕の左足に何かが巻き付き、突如として背後に誰かが現れたのが気配で分かった。

 

「っ!? 戦いの歌っ!」

 

 右足の力を抜いて自分から前方に倒れ込みながら、師匠(マスター)から伝授された身体強化魔法を発動させる。

 後頭部の髪の毛が何かの所為で吹き飛ばされるのを感じながら、身体能力任せで左足に巻き付く何かを引っこ抜く。

 

「光の一矢!」

 

 比較的無詠唱で放てる魔法の射手を放つも避けられた。

 前方に倒れ込む勢いそのままに階段から落ちるが長椅子に杖を突きさし、体を浮かしてそのまま大きく跳び上がる。

 杖ごとステージよりも高く跳んだ僕はそのまま宙を飛び、後方を振り返る。

 

「誰!?」

「スライムという種類の魔物だよ。分かりやすく言えば私の協力者だ」

 

 二体の人型のスライム娘は空を飛べないのか、射程外にいる僕を恨めし気に見上げている。

 

「なら、ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 

 敵であるならば僕が遠慮する理由はない。

 

「来たれ雷精、風の精、雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!」

 

 一方的に攻撃できる利点を使用して最大の魔法を放つ。

 

「――雷の暴風っ!!」

 

 スライム娘はヘルマンが女子寮から消えた時と同じように水に沈んで姿を消して。その直後、観客席上段に雷を纏う小型竜巻が突き刺さる。

 

「聞いていた話よりも随分と荒っぽい」

 

 当然、そんなことをすれば吹っ飛ばされた長椅子がヘルマンの方へと飛んで行く。

 

「でも、目晦ましにはなったでしょう」

「ぬっ!?」

 

 ヘルマンが飛んで来る長椅子を殴り飛ばしている背後に着地した僕は小太郎君から預かっていた小さな瓶を無防備な背中に向ける。

 

「封魔の瓶!!」

「えっ……ひゃぁああああああああああああああ?!?!」

 

 小太郎からヘルマンが元は封魔の瓶に封印されていた悪魔で取り返そうとしていたと聞いていた僕の目論見は明日菜さんの悲鳴と共に辛くも崩れ去った

 

「ふむ、実験は成功のようだね。放出型の呪文に対しては完全に無効化する」

 

 ゆっくりと振り返ったヘルマンがニヤリと笑って言ったその言葉に、僕は明日菜さんが魔法無効化能力者であるのだと確信し、なんらかの方法で能力を使われているのだと察した。

 

「少し驚かされたが、この程度で終わりではあるまい。もっと私を楽しませてくれよ?」

 

 背後に苦し気な吐息を漏らす明日菜さんの気配を感じながらヘルマンと向き合う。

 

「いいえ、その前に終わります」

 

 戦う準備を始めたヘルマンの背後に音も無くスーツを着た女性が現れ、手にした野太刀を鞘から抜き放った。

 

「神鳴流奥義、斬鉄閃!」

 

 背後からの強襲にヘルマンは反応したが回避しきれなかった。

 斬られたヘルマンの腕が宙を飛ぶ。

 

「テメェ!」

「させないデス!」

「邪魔はさせんで! 来いや、狗神!」

 

 体勢の崩れたヘルマンを追撃すべく一度は斬り下ろした野太刀を切り返すのを止めんとスライム娘が飛んだが、ステージ横から瞬動で飛び出した小太郎が狗神を呼び出して妨害する。

 

「悪魔パンチ!」

 

 回避よりも反撃を試みたことで野太刀はヘルマンの脇腹を薄く割いたに留まり、突然の伏兵に大きく距離を取る為に上段の観客席に飛び移る。

 その近くに小太郎君の狗神に追いやられたスライム娘もやってくる。

 

「明日菜さん」

 

 その間に明日菜さんの能力を強制的に使っていると見られる異質なペンダントを外した僕は魔法で水蔓を吹き飛ばす。

 次いで木乃香さん達が囚われている水牢も破壊して葛葉先生と向き合っている片手の無いヘルマンを見る。

 

「――――子供ならば脅しに素直に従うものと思っていたが、まさかあの状況で助けを求めるとは」

「その子供相手に人質を取るような相手の言うことなど聞く理由がありません」

 

 何時も優しい葛葉先生は氷のような冷たい目でヘルマンを見据えている。

 

「兄貴は誰にも連絡しちゃいねぇ。したのは俺っちだぜ。だから、兄貴は約束を破っちゃいねぇ」

 

 小太郎君の学ランから顔を出して肩に乗ったカモ君が自慢げに言った。

 

「成程、これは一本取られた」

 

 監視されている可能性を考え、僕はカモ君にだけこの作戦を伝えると直ぐに部屋を出て単独行動をしていた。

 部屋に残ったカモ君は小太郎君と情報を擦り合わせ、信頼の出来る大人――――タカミチはおらず、葛葉先生に連絡を取ってくれたのだ。

 これは後から聞いた話だが、京都での事件で加担した小太郎君は投獄され、術が使えないように処置されていた。それを葛葉先生が解いて、隠れながらステージに近づいて強襲する作戦だった。

 僕が雷の暴風なんて大魔法を使ったのは二人の接近に気付かれないようにするためでもあった。

 出来るならばこの奇襲で倒してしまいたかったが、最低限の目標である人質の奪還は果たせたので良しとする。

 

「全ての絵を描いたのはネギ君か。子供と侮ったことを謝罪しよう。実に見事だった」

「謝罪なら巻き込んだ明日菜さん達にして下さい。僕が目的なら最初から僕の所へ来ればいいでしょ」

「それでは私が面白くない。が、これならばその方が良かったかもしれんな。予定外のことばかりが起こる」

 

 僕が強い口調で言ってもヘルマンはフッと笑った。

 

「このスライム娘も本来ならばもう一体いたのだよ。ネギ君を確実に誘き寄せる為に横島堂という店主家族を人質にしようとしたのだが、侵入者避けの結界が張ってあって消滅させられてしまった。この私ですら迂闊には手が出せない結界を張れる者など貴重だぞ。予定を変えて少女達を適当に見繕わなければならなくなった」

 

 横島堂には赤ん坊の雪姫もいる。それを分かった上で誘拐しようとしたのかは不明だが、あまりにも自分勝手な理由であった。

 それを聞いた僕は横島さんらが無事なことに安心し、ヘルマンの身勝手な理由で拐われた少女らの気持ちを思って怒る。

 

「あなたは……っ!」

「理由が気になるのだろう、何故そこまで自分を狙うのかと」

 

 怒りを逸らすように言葉を重ねたヘルマン。

 

「依頼主の希望は、君とカグラザカアスナが今後どの程度の脅威となるかの調査と、調査の結果に関わらずネギ・スプリングフィールドを殺せ、だそうだ。随分と恨みを買っているじゃないか、ええ?」

 

 揶揄してくるヘルマンに、誰かに死んでほしいと望まれていることに背を泡立てながらも僕は退かなかった。

 

「舞台を整え、演出したのはぶっちゃけ私の趣味だ。現に君は燃えただろう」

「そんな理由で木乃香さん達を誘拐したんですか?」

「誰かの為でなければ、君が戦わないと聞いたからだ。致し方ない事だよ」

 

 血液が頭から滑り落ちていく感覚が襲って来た。

 

「だからって……」

「これは私の持論だが、戦う理由は須らく自分の為であるべきだ」

 

 ニヤリと笑うヘルマンを異様な影が覆う。

 

「誰かを超えたい、強く成りたい、金の為、女を手に入れる為、己の中から生まれた欲求や感情に根差したものであれば理由は何でもいい」

 

 帽子のつばで隠れていた目の鋭さを増してヘルマンが嗤う。

 

「六年前はただ震えて守られているだけの君が、怒りや悲しみをバネにしてこんなに強くなったのだから喜ぶしかあるまい」

「え……?」

「ああ、分からないかね? 君に会ったのもよく覚えているよ。私もあの時、あの村にいたのだからな」

 

 興奮しているのか饒舌なヘルマンの表情は、極上の獲物を前にした狩猟者のようであり、鮮やかな食虫花が毒を滴らせるかのような、おぞましくも禍々しい笑みであった。

 

「改めて自己紹介しよう」

 

 一端、深く帽子を被って一瞬顔を見せないようにして楽しげに笑いながら帽子を脱いだ。帽子に隠された顔が再び全員の前に現れた瞬間、そこにあったのは違うものだった。

 

「私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。六年前の冬の日、君達の村を滅ぼした悪魔だ」

「……!? え……」

 

 捻れた一対の角が伸びる、どこからどう見ても人の顔ではない異形に明日菜さんが小さく声を漏らすのが聞こえた。

 

「はっはっは、喜んでもらえたかな。いい顔だよ、ネギ君。その表情だ。いやぁ今時、ワシが悪魔じゃーと出て行っても若い者には笑われたりしてしまうからねぇ。これだけでもこの街に来た甲斐があったというものだよ」

「……ッ!!」

 

 その姿を見ただけで、六年前のフラッシュバックにネギの呼吸と心臓が一瞬確実に止まって全身が凍りついた。

 

「あ…………あなたは…………」

「そうだ。私は君の仇だ、ネギ君。ふふ、また再会できるとは、あの老魔法使いにはしてやられたと思ったが感謝しなければな」

 

 その顔を見たネギは息を呑み、呼吸さえも忘れたかのようにじっと見つめている。下ろした帽子の向こうにあった顔は、初老の老紳士といった顔ではなく彼の記憶に焼きつけられたあの夜の悪夢。その象徴的な存在。

 

「君の心の叫びを聞かせてくれ」

 

 僕は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからの記述はない。

 

 

 



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第十一話 魔法使いは泣き虫



遂に毎日更新が途絶えてしまいました。夜勤が重なると執筆時間が取れません……。









ネギ・スプリングフィールドはまだ子供なのだ。まだ十歳そこらの、本来ならば守られなければならない存在なのである。







 

 

 

 足音を立てないように気をつけながら店へと続く通路を歩く。本気で行おうとすれば足音どころか気配や存在を薄めることも出来るのだが、そんな状態で急に目の前に現れでもしたら驚くだろう。

 驚かせたいわけではないので、廊下をキシキシと微かに足音を立てながら店へと入る。

 

「起きてたのか、ネギ」

 

 お座敷に敷かれていた来客用の布団に寝ていたはずのネギが体を起こしていた。

 

「横島さん……? あれ、ここは横島堂? え、なんで?」

 

 横島に声をかけられたネギは上半身を起こしたまま目を見張り、視界内に映る光景から自分が横島堂にいると気付いて混乱する。

 

「夜に店にやってきたこと覚えてねぇのか?」

「全然……」

 

 首を横にフルフルと振るネギの横によっこらせと言って座る横島。

 

「病院から帰って来てみれば傷だらけでドアにもたれかかるようにして倒れててな。驚いたぞ。傷はもう痛まないか?」

 

 言われて顔に触れたネギは戸惑っているようだった。

 どうして、何故、と困惑の色が濃い顔に触れていても痛みを感じているようではないので横島はホッとする。

 

「お騒がせしてすみません。傷まで治してもらって」

「気にしなくて良いって。まあ、少しは驚いたけど、何か事情があったんだろ」

「はい……」

「話して、くれるか?」

 

 身も心もボロボロの様子のネギに強制はしない。

 ネギが横島堂の店の前で倒れていた時、体は傷だらけで文珠で直ぐに治したが、文珠でも心の傷は治せない。

 

「…………悪魔が襲って来たんです」

 

 逡巡した後に自分の手を見下ろしたネギは独り言を呟くように言った。

 

「その悪魔はここに来たと思うんですけど」

「ああ、だから結界が発動してたのか――――可哀想に」

「え、可哀想なんですか? 普通、ここは危機感とか抱くところじゃ」

 

 一般的に考えれば、悪魔が襲って来たと聞けばネギの言うように危機感を抱くのが普通で、横島のように悪魔を哀れに思うことなどない。

 

「昔のことなんだが悪魔やらに襲撃を受けたことがあってな。それからは家に結界を張るようにしてるんだよ」

 

 文珠を核に蛍の魔道具で悪意・害意がある者を選別して弾く結界は低級な者ならば消滅させる力がある。

 

「雪姫も生まれたことだし、この際だからってかなり強化したんだが……」

「悪魔はスライムの一体が消滅したって」

 

 雪姫が生まれたのを機に更に強化して、例え上位魔族であっても容易に侵入できない一種の境界染みたレベルにまで発展してしまったことに後悔はしていない。

 

「そうか」

「え? 反応それだけですか」

「家族を狙う奴を心配してどうする。寧ろそれだけやったから悪魔も諦めたんだろ」

 

 どうにも腑に落ちない様子のネギに力強く言い切ると、不承不承といった感じで納得したようだ。

 

「もしかして、その悪魔と闘った後にうちに来たのか?」

「はい、多分」

 

 ネギが頷いてしまったので横島は表情の選択に困った。

 

「昨日は夕方から雪姫が急に熱を出したから病院行ってたんだ」

「え?」

「帰って来たのがネギを拾った時だから」

「つまり、スライムは無駄足で消滅したと……」

 

 ネギはヘルマンがスライム娘の一人が消滅したと言っていたことを思い出したが、まさか不在の家の結界に引っ掛かってしまったと知っては可哀想と思ってしまう。

 

「しかし、悪魔か。うちには悪魔退治の道具もあったのにな」

「吸血鬼用のもありましたよね」

「ああ、ほれ、見て見ろ」

 

 カウンターの下に手を突っ込んだ横島がガサゴソとして裏専用の目録を取り出し、ペラペラと捲って該当ページを開いてネギの前に出す。

 

「これがあったらもっと楽に倒せたのに」

 

 商品の下に説明として書かれている効果を読んだネギは肩を落とす。

 

「若い頃から道具に頼って楽をすると、大人に成った時に苦労するぞ」

「そんなつもりはありませんけど、横島さんはどうだったんですか?」

「俺か?」

 

忠告していたら予想外の返しが来て、少し考えた横島は重々しく口を開く。

 

「苦労の連続だったぞ。いや、本当に」

 

 特に鶴子と出会ってからの一年近くに起こった激動の日々を振り返って遠い目をしてしまう。

 

「何故か式神十二神将っていう物凄い式神使いに決闘を申し込まれたり、神鳴流宗家の青山姉妹の着替えの覗きに行けば殺されかけたり、人狼の人斬りが狼王フェンリルになったのを死ぬ思いで退治したり、イタリアで数百年ぶりに目覚めたボケ吸血鬼を息子ダンピールと協力して眠らせたり、地脈の封印が解けて起きた死津喪比女と戦って退治したり……」

 

 etcetc……。その後も次々と上げられる具体的な事件の数々にネギの方が胃が痛くなってきた。

 

「神魔人妖様々と戦ったなぁ……。鶴子さんが結婚して、蛍と一緒にリョウメンスクナと戦って封印したのを契機に戦いからは遠ざかっているけど収支はマイナスのような気もする」

 

 と、横島は自分の青春時代が割かし戦いに塗れていたことを思い出して少し泣きたくなった。

 

「若い頃の苦労は買ってでもしろというぐらいだから、今から楽にすると碌な大人にならないぞ」

「は、はぁ」

 

 自分は割かし楽して儲けている方の自覚もなしにネギに言う横島だった。

 

「で、なんでまた俺んちが狙われたんだ? ここ十年程は悪魔と諍いは起こしてないぞ」

 

 つまりは十年前には諍いがあったということなのだが、努めて気にしないことにしたネギは重い口を開いて語り始めた。

 

――――明日菜達が攫われたこと、悪魔を封印していた瓶を強奪した小太郎を追って打倒して那波を誘拐したこと、他にも少女達を誘拐してネギを闘うことを要求したこと。

 

「あの悪魔は僕を狙っていました」

「その年齢で悪魔に狙われるなんて、ネギも大変だな」

「…………何か違う意味に聞こえるんですけど」

「気のせいだろ。さあ、話を続けてくれ」

 

 これは精神的な余裕がないからなのか、単純にネギにそっち方面の知識がないだけなのか、判断がつけられなかった横島は下ネタで場を和ませようとするのは止めようと心に決めた。

 

「学園の調査が主な目的で、僕と明日菜さんが今後の脅威になるかを確認するために、僕を誘き寄せる為に明日菜さんたちを誘拐したと」

「なんでネギと明日菜を? いや、関東魔法協会の支部の一つがあるから学園の調査も分からなくもないんだが、ネギと明日菜の調査なんかしてどうすんだ?」

「一応、僕は仮にも英雄と呼ばれているお父さんの息子なので」

「あ、そうだったな」

 

 横島にとってネギはあくまでただの子供に過ぎないのだが、人によっては付加価値として見ることもあるのだろう。それでも明日菜のことは分からないのだが。

 

「さっきの言い方だと他にも誰か誘拐されたのか?」

「はい。僕が悪魔と会ったときには那波さんっていう生徒を。後は木乃香さんや刹那さん、他にも僕が魔法使いであることを知っている何人かが」

 

 自分の所為で巻き込んでしまったと悔やんでいるネギを見ながら顎に手を当てる。

 

「その那波って子は魔法を知らなかったんだよな? 何で誘拐されたんだ?」

「小太郎君っていう京都で知り合った子が此処に来る前に悪魔が少し前まで封印されていた小瓶を奪ったらしくて。小太郎くんもその時に攻撃を受けて怪我を負って逃げたところを那波さんが保護したらしいんです」

「で、奪い返しに来たと」

「その時にビンタされて気に入られたみたいです」

「まあ、悪魔ってそういうところあるもんな」

 

 良く分からないと顔に書いてあるネギには理解しがたいかもしれないが、世の中には悪魔に限らずそういう人種がいるのだ。

 

「悪魔って言っても人間とそう変わりはないんだよ。多種多様、悪魔らしくない奴もいれば、人間が考える悪魔らしい奴もいる。大体の悪魔に言えるのは自分に向かって来る人間は面白いんだと」

「そ、そうなんですか」

 

 実際に聞いたことをそのまま伝えると何故か引かれてしまった。

 

「人質の身を案じるなら助けを請うのは控えた方が良いと言われたんですけど、何人もの生徒の身の安全がかかっていたから監視されていることも考えて僕は別行動をしてカモ君に救援の連絡を頼みました」

 

 ネギは気を取り直して話を進めることにしたらしい。

 

「カモ君は最初、学園長とタカミチに電話したみたいなんですけど連絡がつかなかったみたいで、横島さんのところにかけても出なかったみたいです」

「慌ててたもんで携帯を家に忘れてたんだわ。すまんな」

「いえ、仕方ありません。後、僕の携帯で連絡できたのが葛葉先生だけだったので駄目元で電話してみたら繋がって、小太郎君にかけられていた術も解いてもらって独自に動いてもらいました」

 

 このことは後になってカモ君から聞きました、と続けながら昨夜のことを思い出しているネギは暗い目をしていた。

 

「誰にも連絡がつかなくても小太郎君がいましたから僕は囮として動く気でいました。わざと悪魔の前に姿を現して小太郎君が近づけるようにする。これはある程度はうまくいきました」

 

 上手くいったという割にはネギは冴えない顔をしている。

 

「僕の魔法が弾かれました。悪魔の障壁とかじゃなくて、どうやら明日菜さんには完全魔法無効化能力があるようで、それを利用されたんです」

「明日菜に?」

 

 完全魔法無効化能力とはなんぞやと思ったが、恐らく字面の通りになのだろうと納得することにしてペラペラと裏専用目録を目的もなく捲る。

 

「あの明日菜になぁ。ただの身体能力おバカじゃなかったのか」

 

 誰が身体能力おバカよ、とどこからか魂の叫びが聞こえたような気がしたがスルーしておくことにする。

 

「えっと、葛葉先生と小太郎君のお蔭で人質になっていた人達も全員助けることが出来ました。ですけど」

 

 この話題を続けるとハリセンを持った悪魔が乗り込んできそうなので話を変えたのに暗い目が更にどん底へと落ち込んでいくネギ。

 

「あの悪魔と僕には因縁があったんです」

 

 実はその悪魔にはショタコンな趣味でもあるのかと茶化したくなったが空気を読んで続きを待つ。

 

「六年前の雪の日、僕の村は悪魔の集団に襲われました。あの悪魔はあの日、あの場所にいたと言ったんです」

 

 何かを言いかけて横島は口を噤む。

 

「僕の目の前でスタンさんがあの悪魔に石化されていくのを見ました。僕は何も出来なかった」

「その頃のネギはまだ三歳ぐらいだろ。何も出来なくて当然じゃないか」

 

 言葉が虚しく消えて行く。

 

「自分があの時の悪魔だと告白された時、僕は我を忘れました」

 

 哀し気に目を閉じたネギは首を横に振る。

 

「そこから記憶は曖昧です。気が付いた時には体は傷だらけで、振り上げた足の下にズタボロになった悪魔がいて」

 

 ネギは自分の開いた手を見下ろしている。その時のことを思い出しているのだろうか。

 

「思い返せば、怒りに支配されながらも的確に急所を狙って如何に殺すかを求めていたかが分かるんです」

 

 自分では止めようもないままヘルマンの頭を潰す寸前に言われた言葉が忘れられない。

 

「『それが君の本当の姿だ』って最後に言われた言葉が、ずっと頭から離れません」

 

 自身の血と悪魔の血に汚れたネギに少女らは畏怖と恐怖を向けていた。その姿もまたネギの心身に深く刻み込まれた。

 

「言い難いことを言わせたな」

 

 聞いた横島は言い難いことを言わせたことを謝り、ネギの頭を撫でる。

 

「いえ、僕も人に話せて少しスッキリしました」

 

 言葉ほどにはスッキリは出来ていないのだろう。

 傷つき過ぎた時、他人の温もりが傷を癒してくれる。ネギは頭を撫でる手から離れることはせず、俯いたまま一粒の涙を零した。

 

「…………悪魔に言われました。先生をやる為の勉強も、強く成る為の修行も、全部あの日の嫌な思い出から逃げる為だって」

「それは違う」

「違いませんよ。僕はあの悪魔が憎くて、僕が感じた苦しみの一部でも与えてやりたいって思ったんです」

「違うよ、ネギ」

 

 再びの言葉は柔らかく、しかし強い口調で言われてネギは口を閉じた。

 

「どんな動機だったとしても、どんな理由だったとしても、例え逃げる為だとか復讐の為でも、今ここにいるネギの一部分でしかない」

 

 伝わるだろうか。伝われば良いと思ってネギに語り掛ける。

 

「甘えて良い。偶には愚痴だって言えば良いさ。でもな、今までの自分の頑張りを否定だけはするな」

「でも……」

「どんな理由であったとしても努力して来たんだろ。先生をやるってのは周りの助けがあっても大変なものなんだ。それをその年齢でやりながら、自分の修行もするってのは並大抵のものじゃない」

 

 横島宅に来た時は昔の遊びを教えて一緒にやったり、ゲームや雪姫と遊んだりして普通の子供のように過ごしているが、外ではあれもしてこれもして他の子供が遊んでいてもネギは自分を向上させたり仕事している。

 

「そんなに頑張れるネギを素直に凄いと思うし、もっと気を抜いてダラけても誰も責めやしないって常々思っているよ」

「横島さん」

「そう気負うな。悪魔の言うことなんて一々聞いてたら身が持たないぞ」

「はは、横島さんにかかると形無しですね」

「昔を振り返らないことには定評があるんだ。それに大人になると子供の頃にはどうにも出来ないと思っていたことも、実は大したことなんてなかったんだって思うこともあるんだ」

 

 だから、今直ぐどうこうというものではないが、生き急ぎ過ぎているネギが少しは肩から力を抜いて休められるようになればいいと思った。

 

「そうでしょうか?」

「おっさんの言うことは聞いとけ」

「まだそんな年でもないじゃないですか」

「子供からしたら三十路はおっさんだろ。ほらっ」

「うわっ!?」

 

 ようやく少しだけ笑みを見せたネギの両脇に手を入れて抱え上げる。

 

「ちょ、ちょっと何をするんですか」

「特に理由はない。ほれほれ」

「わわっ、振り回さないでっ!」

 

 ネギの軽い体を持ち上げたまま立ち上がり、クルクルと回る。

 遠心力もあってネギの足が外に伸びて、自分の意志ではない感覚に戸惑うネギが面白くて更に回転の速度を増す。

 

「め、目が回る~」

「悪い悪い」

 

 興が乗ってフィギアスケートのスピンのようにグルグルとハイスピードで回り捲るとネギがグッタリしてしまったので下ろしてやる。

 座ってもフラフラと頭が動くので、体を抱えて胡坐を掻いた足の上に乗せてやって後ろから抱える。

 

「やり過ぎちまったな。でも、空をビュンビュン飛べるのに三半規管弱いな」

「自分で飛ぶのと人に動かされるのはまた違いますよ……」

 

 横島の胸に頭を凭れさせたネギはふぅと息を吐いて体から力を抜く。

 

「…………僕も横島さんの子供に生まれたかったな。そうしたら毎日おかしく楽しく過ごせたのに」

 

 ポツリと小さく呟かれた少年の言葉に横島は体を抱える手に力を込めた。

 

「じゃあ、うちの子になるか?」

「え?」

「昔、明日菜に同じ話をしたら、つい茶化しちまって流れちまったけど、ネギが望むなら俺ん家の子になってもいいぞ」

 

 ブルリと体を震わせたネギは暫くの沈黙の後に磁石のS極とN極のようにくっついている唇を開いた。

 

「お気持ちは嬉しいですけど、僕はやっぱり父さんと母さんの子供ですから」

 

 例え英雄の子として見られても、ネギの両親はあの二人しかない。

 

「今はただこうしていられるだけで良いです」

 

 横島の体に凭れて肩から力を抜き、目を閉じたネギはこのまま眠ってしまおうかと思った。

 今ならきっと良い夢が見れるような気がしたけれど、ここで眠ってしまったらネギは立てなくなってしまうから意を決して離れた。

 

「ありがとうございます、横島さん。なんだか元気を貰っちゃったみたいで」

「子供がいらん気を使うな。俺の胸で良ければ何時でも貸すぞ」

「甘えちゃいますから偶にしときます」

「言ったな」

「ははははははは」

 

 立ち上がって笑ったネギの頭を強く撫で回す。

 完全に復調したわけではないが、ジョークを言えるぐらいにはなっているようなので少し安心する。

 

「あの、横島堂には僕の村の人達の石化を解除できるような物はありませんか?」

「上位悪魔の永久石化をか?」

 

 頷くネギに開けっ放しになっていた目録から対象のページを開く。

 

「土系統の魔法使いが使う永久石化なら解ける物は幾つかあるけど、商品の中には上位魔族レベルでかけられたものは解けないな」

「そうですか……」

「但し、販売している物の中にはないだけで解ける可能性があるやつもある」

 

 蛍が作った魔道具の中にはその効果が強すぎて販売していない物も多々ある。横島もその全てを把握しているわけではないので、蛍に相談すれば永久石化が解ける物も見つかるかもしれない。

 他にも文珠を使えば解けるかもしれないので、試してみる価値は十分にあると思う。

 

「ほ、本当ですか……っ」

「嘘は言わないさ。出来れば破片でもあれば事前に解析も出来るし、成功率が上がるかもしれないぞ」

「直ぐに送ってもらえるように連絡します! ありがとうございます、横島さん!」

「まだ出来るって決まったわけじゃないのに喜ぶのは早いぞ」

 

 感極まって抱き付いて来るネギの背中をポンポンと落ち着かせるように叩く。

 

「随分と騒がしいわね」

 

 トントンと軽やかな足音を響かせて母屋の方から蛍が雪姫を抱えてやってきた。

 

「悪い、騒がせちまったか」

「私はそうでもないけど、賑やかだからこの子が行きたがって困っちゃったのよ」

「雪姫ちゃんっ!」

 

 あ~う~、と蛍の手の中から手を伸ばす雪姫に横島のことを放り出したネギが駆け寄る。

 

「うわぁ、また大きくなって」

「赤ちゃんは成長するのが早いからね。抱いてみる?」

 

 少し見ない間に日に日に大きくなる雪姫に感動していたネギは蛍に言われて固まった。

 

「お、落としそうなので遠慮しておきます」

「残念ね、雪姫。お兄ちゃんは雪姫が嫌いなんだって」

「喜んでやらさせてもらいます」

 

 あっさりと蛍の手の平の上で躍らされて雪姫を渡されたネギは鯱張りながらぎこちなく抱き抱える。

 

「蛍、俺も抱きしめて~」

「はいはい、また今度ね」

 

 ネギに放り捨てられてお座敷に寝ころんでいる横島に蛍は軽く笑って受け流した。

 

「わっわっ、どうしっちゃったんでしょ?」

「抱き方が良くないのよ。見ててね」

 

 ネギの腕の中でむずがりだした雪姫を蛍が受け取ると途端に安心したように眠り始めた。

 

「うわぁ、やっぱりお母さんとじゃ違うんですね。僕のお母さんもこうやって僕を抱きしめてくれたんでしょうか?」

 

 その様子を見ていたネギは感心したように呟き、少し哀し気に目を細めた。

 

「――――ネギ君、私は雪姫を生んだ後、今にも眠りたい疲労の中でもこの子を抱くことを求めたわ」

 

 雪姫に慈しむ目を向けながら蛍は静かに語る。

 

「医療が進んだ現代でも母親にとって出産は命懸けなの。どれだけ疲れても我が子を一目見たい、一度で良いから抱きたい思うものよ。きっとネギ君のお母様もそう思ったはずよ」

「そんなことわかるわけ」

「分かるわ。だって、ネギ君はこんなにも良い子だもの。愛されてきたことが良く分かるわ」

 

 母親の直感か、はたまた別の理由か。ネギには分からない。

 断定する蛍にネギの目から涙がポロポロと零れ落ちた。

 

「お母さんに会いたい」

「うん」

「お父さんに会いたい」

「ああ」

 

 ネギに寄り添う蛍と横島。その間にいるネギは流れ続ける涙を拭いながらも、温もりが嬉しいからこそ両親への憧憬を強くした。

 

「どうしていないのか、どうして自分を置いて行ったのか、どうして誰も教えてくれないのか、聞きたいことが一杯あります」

 

 理由はあるのだろうと察しながらも誰にも言えなかった想いを泣きながら口にする。

 

「ナギさん達に会えたら好きなだけ言えば良い。あの二人ならきっと受け入れてくれるさ」

 

 横島はネギを引き寄せて胸を貸しながら優しく頭を撫でる。

 

「それまでの間、親代わりとまではいかないかもしれないけど、寂しくなったら何時でも家に来い」

 

 ネギとの会話の全てをシロとタマモに持たせた文珠の『伝』を通して少女らも聞いていることだろう。

 

「ふん、ガキめ。今は休むがいい」

 

 店の外に心配したエヴァンジェリンがいて、そう言って去って行った。

 

 

 




万を持しての蛍さんの登場。この溢れんばかりの貫禄よ。


単なる疑問なのですが、赤ちゃんは生後、一年ぐらいはあまり外に出さない方が良いというのは本当なのでしょうか?




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第十二話 ネギの日記④

 

 

 

 この日記を書いている時、僕はとても清々しい気持ちになっていた。

 ヘルマンが襲来した翌日に横島堂で目覚めた僕は、横島さん達に少し恥ずかしい姿を見せてしまった。あんなに泣いたのは初めてかもしれない。

 あの後、何らかの方法で僕達の会話が明日菜さん達にも聞かれていたみたいで、そろそろ一度帰ろうかと思っていたところに横島堂にやってきて抱き付かれてしまった。

 みんな泣きながら謝って来て、僕もつられて泣いてしまった。

 その後は謝って泣いて謝って泣いての繰り返しで、五月蠅かったろうに横島さん達は文句一つ言うことなく笑って許してくれた。

 

 この出来事から心機一転していく決意を固めた。

 迫る麻帆良祭に向けて難航していた出し物も決まり、やることも多い。

 そういえばと横島さんに麻帆良祭にどういう形で参加するのか気になって聞いてみた。

 

「雪姫も生まれたばかりだから今年は止めておくよ」

「え、そうなんですか?」

「まあ、もう十年もこの街にいるから一回くらいサボってもいいだろ」

 

 独特の言い回しではあるが実に横島さんらしい言い方ではある。

 

「そんな寂しそうな顔すんな。俺だけでもお前らの出し物には顔を出すよ」

 

 そう言って頭を撫でられて苦笑されると自分が本当にただの子供のように思えて面映ゆかった。

 

 横島さんが見に来てくれるならと邁進していたら学園長に世界樹広場前に呼ばれた。

 なんだろうと思って小太郎君や刹那さんと行ってみると、麻帆良にいる魔法先生や魔法生徒さんを全員ではないが紹介してもらい、学園長より神木・蟠桃の効果で呪いの域で成就してしまう告白を阻止してほしいと頼まれた。

 

「横島さんは見回りとかするんですか?」

「いいや、彼は魔法先生ではないからの」

 

 後で個人的に学園長に聞いてみたら、それはそうだと納得してしまった。

 横島さん達の立場は所謂、外部協力員らしい。要は関東魔法協会の会員ではないが有事の際には協力する立場にあるようで、この告白阻止レベルでは動くことはないようだ。

 

「でも、なんで世界樹広場前で皆さん集まってるんでしょう? 普通に学園長室でも、どこかの空き教室でも良かったのでは?」

 

 なんで世界樹広場前なんていう外で、しかも多くいる魔法先生や魔法生徒さんを紹介してそんな説明を受けたのか、全く謎だったが学園長の返答に窮している雰囲気を察するに僕を驚かせようという空気を作ろうとしていたのかもしれない。

 常識的な観点から言って公共の場である世界樹広場前を占拠するのはどうかと思う。

 

 その後、魔法先生としての仕事も入ったので、小太郎君に揶揄われながら厳しくなった麻帆良祭のスケジュールに頭を悩ませていると、クラスの超鈴音さんが上から落ちて来た。

 

「悪い魔法使いに追われてるネ。ネギ先生に助けてほしいヨ」

 

 落ちた超さんがそう言って助けを求めてきた。

 実際、白い仮面を付けた見るからに怪しい黒装束の人達が直ぐに現れたので、刹那さんが超さんを抱えて小太郎君が先導して逃げることになった。

 

「悪い魔法使いなら学園長に連絡しないと」

「そんな暇があるかいな!」

 

 屋根を転々として飛び回っているのに追いかけて来る黒装束を見て確かに魔力を感じ取ったので携帯を取り出そうとしたら何時の間にか前方に先回りされていた。

 刹那さんが迎撃してくれたが小太郎君の言うように携帯を取り出して連絡している暇はなさそうだ。

 

「迎え撃ちます!」

「こいつら俺の狗神みたいなモンや! 殺ってええやろ?」

「駄目です! ここは人目に付き過ぎる。せめて人のいない場所へ」

 

 どうにも刹那さんと小太郎君は考えることを面倒がっている節がある。

 幾ら屋根の上で見え難いとはいえ、人型をしたものに攻撃を加えて万が一でも見られたら警察に通報されかねない。

 

「あっちの公園へ! 人払いの結界も張れば対処できる!」

 

 咄嗟に周囲に目を走らせて、人のいない公園ならば結界を張れば対処できると僕は考えた。

 

「刹那さんは超さんを、小太郎君は先導して! 後ろは僕が守る!」

 

 奇襲にあっても咄嗟の判断力は小太郎君の方が勝っているだろう。体格的に超さんを抱えるのは刹那さんにしか出来ないので、僕は後方でいた方が本領を発揮できる。

 幸いにも影法師達にこちらを殺傷しようという気は感じられない。

 妨害の手は激しさを増したが、僕達は公園へと辿り着いて。

 

「え」

 

 影法師の主が魔法使いならば人目が無い方が仕掛けてきやすいだろうと考え、決戦の場を公園と考えたのが到着してみると見覚えのある人たちが待ち構えていた。

 

「あ」

 

 スーツを着た黒人男性と見覚えのあるウルスラ女学園の制服、そして麻帆良女子中等部を着た二人の少女の顔に見覚えがあった。

 

「つまりは誤解だったわけですね」

 

 襲った方も襲われた方も当の超さん以外は誤解していたわけである。

 

「我々魔法使いが現代社会と平和裏に共存するためにはその存在を公に秘密にしていることは分かってるね。超君は事情から多少のリークを許されているが、全てを教えて良いわけではない。今回、また彼女は通常では侵入不可能な会合の場を科学技術を使って覗き見していた」

 

 所謂、襲っていた方のリーダーであるガンドルフィーニ先生の言うことは、魔法学校で習って来た通りなので僕も頷かざるをえないが、最後に関してだけは疑問だった。

 

「校則を破れば普通の生徒も罰則を受ける。君が警告を無視したのはこれで三度目だ。そうだね?」

「ア、アイ……」

「警告を三度も無視したからには、見つかれば罰を受けるのは覚悟していたということだ」

「待って下さい」

 

 ガンドルフィーニ先生が言っていることは真っ当なことで反論の余地はないだけに僕は待ったをかけた。

 

「今回の会合の場というのは世界樹広場前ではないんですか? あんな場所で会合をやった以上、幾ら結界を張っていても人に見られたり聞かれたりする可能性は十分に考慮の上のはずです」

「む、それはだな」

「それに幾ら再三に渡って警告しているとしても、記憶を消さなければいけないほどのことをしているとは思えません」

 

 麻帆良に来たばかりのネギは魔法がバレた明日菜の記憶を消そうとしたが上手くはいかなかった。

 しかし後になって、例えば僕が横島さんに両親の写真を貰った時の記憶を誰かに消されたらと考えた時、とても恐ろしくなった。

 正当な理由があれば記憶を消しても良いというわけではないが、もっと熟考して然るべき領域のはずである。

 

「超君は危険人物だよ。あの凶悪犯エヴァンジェリンにも力を貸しているんだ。油断は出来ない」

 

 そう言うガンドルフィーニ先生に僕はカチンと来たが、直ぐにそれが普通ならば当たり前の考えなのだと自覚する。

 幾ら僕らが生まれる前のことで、今はとても穏やかになっているといっても良く知りもしない人にとってみればエヴァンジェリンさんの為したことの染みついた先入観が消えることはない。

 

「それではその凶悪犯に弟子入りした僕は未来の凶悪犯ですか?」

「む」

「仮にも先生が生徒を勝手に凶悪犯や危険人物と一概に決めつけるのは良くないと思います」

 

 揚げ足をとって、詭弁を言っている自覚はある。

 

「超さんは僕の生徒です。僕からも良く言って、次はないようにさせますのでどうかこの場は」

 

 粗を突く様に卑怯な言い方の上に、つまりはこの場を見逃して欲しいと言っているようなものだ。

 頭を下げて頼み込む姿は決して格好いいものではないし、僕に出来るのは相手の情けに縋ることだけだ。

 ガンドルフィーニ先生は考えるように手を顎に当てる。直ぐに手を離した。考えは纏まったようだ。

 

「分かった。学園長も深追いは良いと言っていた。所在が分かっている以上、無理に捕まえる必要もない。今日の所は君に任せよう」

「ありがとうございます」

 

 ガンドルフィーニ先生の采配に、僕はもう一度深く頭を下げて感謝を示した。

 

「だが、学園長が君の意見を認めなかった場合は分かるね?」

 

 麻帆良学園都市の表と裏のトップである学園長の意見は、時に他の意見を凌駕する。その学園長が僕の意見を否と言えば従わざるをえない。

 

「それと気をつけたまえ。君が思っている以上にこの件の責任は重い。そして次がないことも」

「承知しています」

「ならいい。では、後は任せたよ」

 

 念を押すことだけは忘れず、ガンドルフィーニ先生は二人を連れて戻って行った。

 

「いやー、ホントに助かったヨ。ネギ坊主は私の命の恩人ネ」

 

 ガンドルフィーニ先生達が去った後、超さんは安堵で笑顔を浮かべてはいるがどこか本心が読めないような気もする。

 単に僕の考え過ぎなのかもしれないが、頭の良い超さんが再三の警告を受けてまで魔法使いにとって危険と思われる行為をした理由はなんなのか。

 

「これは命の恩人に対する細やかなお礼ヨ。では、再見」

 

 事態の張本人であるはずなのにそんな雰囲気を全く感じさせなかった超さんは僕に懐中時計のような物を渡して去って行った。

 ガンドルフィーニ先生の言うことではないけど、普通ならば三度も警告を受ければ行動はしない。

 それでも行動に移したとなれば、超さんには何らかの目的があるということなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭当日は、よく晴れた。

 

 『生徒の皆さん、午前10時を過ぎました。只今より、第78回麻帆良祭を開催します!!』

 

 アナウンスが流れて麻帆良祭が始まる前から僕は動き始めていた。

 まずはクラスの出し物であるお化け屋敷に参加して――――――

 

 ちょっと書けなかったのでこの項目に関してはこのまましておこう。

 その後は個人のクラブや委員会などの出し物に顔を出して、空き時間にアトラクションを楽しむ。その時々で同行する人も変わる。

 途中で超さんに会って、貰った懐中時計が時計型タイムマシンなのだと説明を受けた。

 嵩張るのもあって部屋に置きっぱなしだったので、その通りに言ったらガビーンとショックを受けていた。

 超さんは自分を火星から来た火星人って言っていたけど、吸血鬼にロボに忍者に幽霊に半妖に完全魔法無効化能力者がいたりするクラスだから宇宙人がいても驚く理由にもならない。

 タイムマシンであるというのは超さんの言葉を信じるにしても、最初の起動が二年半前でそれから一度も試してない物を人に渡すのは止めてほしい。

 説明書を貰ったけど、多分引き出しの中に仕舞ったまま使うことはないだろう。

 

 超さんと別れた後は龍宮さんと合流して告白阻止に動くことになったのだが。

 

「なに狙撃してるんですか、龍宮さん!?」

「私の仕事は学際中、あのエリアで告白が起きるのを阻止することだ。この方が手っ取り早いだろ。安心しろ、麻酔弾だ」

 

 10分で目を覚ますと言っても安心できる要素が欠片も無い。

 確かに効率を考えるなら、これから告白しようとしている人を狙撃で眠らせてエリア外に運ばれるように仕向ける方が楽なのは事実だが、やり方に問題があり過ぎである。

 

「要はエリア外に誘導してしまえばいいんです」

 

 結論としては龍宮さんと同じになってしまうが大事な過程である。

 

「ふむ、10歳とは思えない手際の良さだな。感心したよ」

 

 小学生ぐらいの女の子が男の子に告白しようている現場では女の子が被っている帽子をエリア外に飛ばすことで誘導し、意識を逸らす魔法を使ったり、穏便に済ます方法を行っていると龍宮さんが感心した口調で漏らした。

 

「ネギ君、私の仕事を手伝う気はあるかい?」

 

 傭兵のような仕事をしていると聞いたので、その仕事かと聞いてみたら違うらしい。

 

「紛争を止める、無くしていけるような組織を作ろうと思っているんだ」

 

 そこまで言って少し面映ゆそうに笑った龍宮さんの姿はとても自信に満ち溢れていて綺麗だった。

 

「まだまだ構想段階だが、今はこうして必要になるであろう資金を集めている。だが、どうにも傭兵をやっていると解決方法が武力一辺倒になりがちだ。そこで今回見せてくれた柔軟な発想が出て来る頭の持ち主である君が手伝ってくれると嬉しい」

 

 傭兵なんて字面からして「危ない仕事なんて止めて下さい」なんて言える理由ではなかった。

 というか、とても真っ当過ぎて穿った見方をしていた僕の罪悪感がギリギリと胃を痛めつけて来る。

 

「はい、喜んで!」

 

 疑った分も込めて笑顔で頷いた。

 実際、龍宮さんがやろうとしていることは立派な魔法使いの理念に即している。

 僕個人としても紛争はない方がいいと思うし、英雄の息子でもなく魔法使いとしての僕でもなく、僕自身の能力を必要だと言ってくれたのなら出来るだけ応えたいと思う。

 

 

 

 

 

 予想よりも充実した気分で龍宮さんと別れた後はのどかさんとデートの約束がある。

 ここは紳士の嗜みとしてきちんと満足させてあげなければ沽券に関わるが、世界樹の告白阻止もあるので修学旅行の時のこともあるから念の為にエリア外を回ることにしておいた。

 デートの内容については、日記に記すには少し恥ずかし過ぎるの割愛しておく。

 

 

 

 

 

 夜には小太郎君に誘われたまほら武道会は、ある人物が複数の大会をM&Aして一つに大会に纏めたことで賞金が1000万円の大規模な大会に様変わりしていた。

 

『私が、この大会を買収して復活させた理由はただ一つネ。表の世界、裏の世界を問わずこの学園の最強を見たい、それだけネ』

 

 片目を閉じてウインクを入れて、超さんは左手の人差し指を立てながらあっけらかんと楽しそうに言い放った。

 

『二十数年前までこの大会は元々裏の世界の者達が力を競う伝統的大会だたヨ。しかし主に個人用ビデオカメラなど記録機材の発達と普及により、使い手たちは技の使用を自粛、大会自体も形骸化、規模は縮小の一途をたどた……………だが私はここに最盛期の『まほら武道会』を復活させるネ! 飛び道具及び刃物の使用禁止……………そして、呪文詠唱の禁止! この二点を守れば如何なる技を使用してもOKネ!』

 

 これは超さんをガンドルフィーニ先生に引き渡した方が良かったかなと僕は遠い目をしながら思った。

 

『案ずることはないヨ。今のこの時代、映像記録がなければ誰も何も信じない。大会中、この龍宮神社では完全な電子的措置により、携帯カメラを含む一切の記録機器は使用できなくなるなるネ。裏の世界の者はその力を存分に奮うがヨロシ!! 表の世界の者は真の力を目撃して見聞を広めてもらえればこれ幸いネ!! 以上!』

 

 まあ、それなら証拠も残らないから言い逃れは出来なくもないのだが、どうして超さんはここまで怪しい行動を取るのだろうか。

 

『この大会が形骸化する前の事実上最後の大会となった25年前の優勝者は、学園にフラリと現れた異国の子供「ナギ・スプリングフィールド」と名乗る当時10歳の少年だった』

 

 さあ、僕も大会に出るぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なのに、どうしてあなたがいるんですか……」

 

 ネギは目の前に立つバツ印のような模様が書かれた覆面を被った男を前にして唸っていた。

 

「賞金に釣られちゃった、てへっ」

「横島さはぁああああああああああああああああああああああんっっ!!」

 

 予選を勝ち抜き、本選へと名を連ねた中にいた『謎の覆面X』を横島だと看破したネギは、そのあまりにも俗物的な理由に魂の雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 第一試合『ネギ・スプリングフィールドVSタカミチ・T・高畑』

 第二試合『大豪院ポチVS神楽坂明日菜』

 第三試合『クウネル・サンダースVS犬上小太郎』

 第四試合『長瀬楓VS中村達也』

 第五試合『田中VS謎の覆面X』

 第六試合『龍宮真名VS古菲』

 第七試合『横島タマモVS桜咲刹那』

 第八試合『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルVS横島シロ』

 

 

 



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第十三話 ネギの日記⑤

 

 

 

 まほら武道大会は僕の記憶に良くも悪くも強く残る出来事となった。その原因は『謎の覆面X』として大会に参加した横島さんにある。

 しかし、なんだって賞金に釣られて大会に参加することにしたのかと聞いてみれば。

 

「俺も出るつもりはなかったんだけど、前に知り合いを唆したら本気にしたみたいで」

「人をその気にさせといて、まさか自分だけ逃げられると思わないでほしいね」

「た、龍宮さん?」

 

 麻帆良祭二日目の早朝、選手控え室にてどう見ても横島な謎の覆面Xを部屋の隅に呼んで詰問していたら、同じ選手である龍宮真名さんが首を突っ込んできた。

 

「昨日、ネギ先生に言った草案を出したのがこの男なんだ。言い出しっぺが逃げるなんて卑怯者がすることだろ?」

 

 紛争を止める、無くしていけるような組織を作るという龍宮さんの案に僕も乗る気でいたのだが、まさかその案を出したのが横島さんだというのは予想もしていなかった。

 

「卑怯者がするかどうかはともかくとして、お二人は知り合いだったんですね」

「腐れ縁というやつだよ」

 

 自分とアーニャみたいな関係なのだろうか、と一人で納得した僕は横島さんの人脈の広さに感心する。

 翻って自分の交流関係の浅さを自覚する。

 麻帆良に来て交友関係は広がっているが、学校関係に留まっている。

 どうせなら、もう少し手を広げてもいいのかもしれない。

 

「優勝するにしても一店主の身で目立って物見遊山で店に来られても迷惑なだけだし、じゃあ変装っていっても中々良いのがなくてな」

「どうせならネタに走ってみようとこんな格好をしている馬鹿を哂ってやってくれ」

「誰が馬鹿だ誰が」

「普通に覆面だけでいいじゃないか。どうして謎のとかXを付ける必要があるんだ」

「様式美だ」

 

 取りあえずお二人の仲が良いのは分かった。

 

「でも、大丈夫なんですか? 何年も実戦から遠ざかってるって……」

「偶にシロの相手もしてたから鈍ってはないだろ。それにネギは人の心配じゃなくて自分の心配をした方がいいんじゃないか?」

「う!?」

 

 確かに対戦相手はタカミチなので人の心配をしている余裕はない。

 修学旅行後にシロさんとタマモさんの強さについて、古さんに中国拳法を教えてもらっている時に聞いたことがあるが、実際に戦っている姿を見たら自分の数段上と言っていた。

 そして横島さんはそのシロさんの師匠ということらしいので、未熟な僕が心配しても仕方ないにしても怪我でもして雪姫が泣いたりしたら……。

 と、僕が悶々と考えている間に、明日菜さん達も控え室に入ってきたのを機に横島さん改め謎の覆面Xはこそこそと隠れるように離れた。

 

「神楽坂の前では陽気な兄ちゃんで徹していたらしいから今更戦う姿なんて見せられないんだろ、恥ずかしくて」

 

 単純に蛍さんにも秘密で参加しているから明日菜さん経由で連絡が行ってしまうのを忌避しているのではなかろうか。

 まあ、今更戦う姿を見られるのが恥ずかしいというのもあるかもしれないが。 

 第一試合に僕も出るので何時までも考えている暇はなかった。

 

 

 

 

 

 大会の細かい内容については、また別途記すとしてまずは結果だけを先に書いておこう。

 まさかまさかの優勝は謎の覆面Xが栄光を掴んだ。

 僕は準決勝でクウネル・サンダース改め、父さんの仲間であるアルビレオ・イマさんに負けた。

 タカミチには全力でぶつかり、辛くも勝利したけどかなり手加減されていたように思う。

 麻帆良に来てからの成長は見せれたので、その点に関しては満足しているが手加減されて勝ったことに関しては不満も残る。

 

「不満だというなら次は僕に本気を出させてみるといい」

 

 挑発されていると分かっていても僕は発奮して、次こそは実力で勝ってみせると言うとタカミチは嬉しそうに笑った。

 タカミチは僕の兄にも父にもなってはくれなかったけど、良き友人として良き目標として背中を見せてくれた人だった。

 

「私がちゃんとパートナーとしてやっていけるかどうか示して見せるわ」

 

 二回戦目の対戦相手は明日菜さんだった。

 大会側の意向でメイド服姿の明日菜さんは、その服装とは違って動きは以前に見たものとは段違いだった。

 元から身体能力が高い人ではあったけど、咸卦法まで使い出すしで僕も本気にならざるをえないほどで。

 

「それはやり過ぎだぜ、明日菜」

 

 明日菜さんに何があったかはわからないけど、得物としていたアーティファクトのハリセンが大剣になった瞬間、横島さんらしき声が聞こえたと思ったら明日菜さんの体が僕に向かって倒れ掛かって来た。

 どう見ても意識が無い様子だったので受け止めて横島さんの姿を探すと、選手観覧席にあの×印の書かれた覆面を被った姿がちゃんとある。

 明日菜さんが担架で運ばれて行った後、どうやって気絶させたのかと聞いてみる。

 

「企業秘密だ。俺の奥の手って奴だからな。情報料は高いぞ」

 

 と言う横島さんはロボットだという田中をバックドロップで水に落とし、続く試合では古菲さんとの激闘のダメージが残る龍宮さんを全く寄せ付けない戦いぶりを披露している。

 見せていたのは単純な体術だけだが僕自身も参考になる部分も多い。

 特に相手の虚を突く動きは僕の想像の埒外で、とても真似の出来ることではなかった。

 

 他の試合と言えば、父さんのことを何か知っているらしいクウネル・サンダースさんに小太郎君は負け、強い楓さんも負けてしまった。

 刹那さんはタマモさんに泣かされ、力が封印されている師匠(エヴァンジェリンさん)だったがシロさんを翻弄した。

 タマモさんと師匠(エヴァンジェリンさん)の戦いは幻術と幻影とその他諸々の激戦になり、両者引き分けに終わった。

 そして続く準決勝で、僕はクウネル・サンダースさん改め、アルビレオ・イマさんと闘うことになった。

 

「どうせならば決勝戦の方が舞台としては面白かったのですが、謎の覆面X()には私も興味があるので良しとしましょう」

 

 アルビレオ・イマさんを師匠(エヴァンジェリンさん)は胡散臭いと頻りに言っていたが、確かにフードで見難いが薄らと浮かべた口元の笑みは怪しさ満載である。

 

「―――――では、本題です。十年前に我が友の一人からある頼みを承りました。自分にもし何かあった時、生まれたばかりの息子に何か言葉を残したいと。心の準備はよろしいですか? 時間は十分。再生は一度限りです」

 

 渦を巻いていた本の束がなくなり、一冊だけがアルビレオさんの手に在る。その書には「NAGI SPRINGFIELD」と記してあった。

 

「よお、ネギ」

 

 そして現れた父さんは、僕が小さい頃に考えていたような超人ではなくて、少し意地悪でとてもシャイな人でした。

 

「改まって喋ったりするのは苦手だしよ。折角こんな舞台が用意されてることだし、稽古をつけてやるぜネギ」

「朝倉さん、僕、棄権します」

 

 いや、何言ってんのこの人と思いつつ、審判の朝倉さんに棄権を申し出る。

 アルビレオさんの言を信じるならばアーティファクトの偽物に過ぎなくても、知識と人格は当時の父さんと何も変わらない。

 幾ら改まって喋ったりするのが苦手だとしても僕には山ほど聞きたいこと、言いたいことがあるのだ。

 

「おいおい、何言ってんだネギ」

「父さん、正座して下さい」

「だから、何を」

「正座」

 

 積もりに積もった恨みと言うか感情と言うか、そういうものが限界を超えてしまって、制限時間もあるのだから命令口調になってしまったことは許して欲しい。

 

「父さんも生きてるなら連絡ぐらい入れてほしいっていうかなんでお母さんのこと誰も教えてくれないんですか師匠っていうかエヴァンジェリンさんの呪いも解いてないし……」

 

 お父さんを正座させてその前に僕も正座して座り、そこからは少し感情の赴くままに話してしまった。

 イギリス紳士たる僕にあるまじき暴言をしてしまったような気もするし、途中から父さんがズーンと沈んでいたが気にしなくてもいいだろう。

 

「すまなかった、本当にすまなかった」

「悪いと思ってるなら抱き締めて下さい」

「はは、甘えん坊だな」

「小さい頃に出来なかったことをしてるだけです」

 

 謝罪マシーンになったお父さんに要求してその胸に収まった。

 

「十歳ってところか? 軽すぎるぞ。もっと飯食え」

「食べてますよ。でも、そんなに入らないです」

「動きゃ腹減るだろうに」

「限度がありますよ」

 

 二人の世界の中で穏やかな心臓の音だけが僕を支配する。

 

「ここでこうやってアルがアーティファクトを使ったってことは俺達は失敗したんだな」

「失敗?」

「ガキには早い…………って言ってられねぇか」

 

 記憶の中に父に抱き締めてもらったことなどないはずなのに、匂いを嗅いで安心してしまうのは赤ん坊の頃の記憶だろうか。

 

「大戦のツケ、魔法世界の闇、言い方は何でもいいけど、そういうものをなんとかしようとして出来なかった」

 

 そう言った父の言葉は寂し気のようでもあり、自分の無力を嘆くようでもあり、悩みもすれば惑いもする等身大の人間なのだと僕は実感する。

 

「何があったかは知らない方が良い。知れば関わらざるをえなくなる」

「それは僕に知ってほしくないということですか」

「アイツラと同じ次善策を取った俺達を哂ってくれていい。でもな、この問題は知れば知るほどに絶望する。それでも知りたいなら魔法世界に行け」

「そこでお母さんのことも知れると?」

「知ってたのか?」

「横島さんから写真を見せてもらいましたから」

「横島って…………ああ!? アイツか!!」

 

 コソコソと隠れている横島さんを指差すと、そちらを見て謎の覆面Xの正体を見破った父さんも気付いたらしい。

 

「そうか。こんな繋がりも出来てたんだな」

 

 嬉しそうに笑ったお父さんは、その後少ししてエヴァンジェリンさんと話して。

 

「お前は、お前自身になりな」

 

 穏やかに笑って消えて行った父さんに涙を流すことなく見送る。

 お父さん達に会えなければ僕は自分の人生を始められない、と決意を新たにして。

 

 

 

 

 

 僕は準決勝敗退で終わり、決勝はアルビレオさんと、ダブルノックダウンにて不戦勝で勝ち上がった謎の覆面Xの戦いとなった。

 

「最強クラスの戦いだ。しっかりと目に焼き付けておけ」

 

 師匠(エヴァンジェリンさん)が戦いが始まる前にそう言っていたが、僕の記憶に焼き付いたその戦いは目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。

 日記の上で何と書いても陳腐にしかならない。

 技と技、力と力、速さと速さ、その全てにおいて今の僕とは比べ物にならない領域にある。

 

「アンタのそれは意識を投影している投射体か? 本体が傷つくわけじゃねえ無敵モード使っといて恥ずかしくねぇのかよ」

「そういうアナタの攻撃は私の意識にダイレクトに響いて来る。詠春の二の太刀とは違うようですが、天敵のようなものじゃないですか」

「こちとら実体のないもんを倒すのが専門みたいなもんでね。単純な強さで負けてる上に無敵モードなんて反則だろうに」

「そちらの能力の方が反則だと思いますけどね」

 

 二人が何を言っているのかはよく分からないけど、最終的にはアルビレオさんは横島さんの光の剣のような物で舞台に張り付けにされて動けなくなり、10カウントで決着がついた。

 

 

 

 

 

 大会の賞金はそのまま龍宮さんに渡されたらしくて、覆面を外して横島堂に帰ろうとしている横島さんを見つけて少しだけ話が出来た。

 

「単純に相手との相性が良かった。後、武道大会ってのもな。じゃなきゃ負けてたかもな」

 

 とは、疲れたように首をゴリゴリと鳴らしながら言った言葉ではあるけど、あれほどの戦いが出来る人が一店主になっているなんてもったいない。

 

「俺は痛くて怖い戦いなんてゴメンだよ」

 

 そう言って苦笑する横島さんはあれほどの戦いをした人とはとても思えない。

 

「人間、やりたいことと能力が比例してることなんて珍しいだろ。横島堂の店主として暇そうにしている方が性に合ってるよ」

 

 確かに僕もさっきのように戦っている姿よりも、横島堂の店内で欠伸を掻いている姿の方がらしいと思う。

 

 

 

 

 

 大会後は千雨さんに魔法のことを問い詰められたり、明日菜さんとタカミチのデートを応援したり。

 その最中に超さんが退学するという話を聞いて話を聞かなければならず、デートを最後まで見届けることは出来なかった。

 超さんとの話し合いは武力を交えた衝突に発展して、結局物別れに終わった。

 向こうにも葉加瀬さんと茶々丸さんが現れて全面衝突になるかと思われたが、楓さんが事前に仕込んでいた超さんのお別れ大宴会のお蔭で少しではあるが話すことが出来た。

 

「父が死んだという10年前、村が壊滅した6年前…………不幸な過去を変えてみたいとは思わないカナ?」

 

 超さんの言葉に僕は何も言えなかった。

 刹那さんと楓さんを一蹴した完全な瞬間移動の正体が時間移動なのだとすれば納得も出来る。

 タイムマシンが現実に存在するとなれば、僕は過去を変えずにいられるだろうか。

 

 

 

 

 

 考えることは多かった。

 超さんのことにしても、父さん達や僕自身のことも。

 時間が足りなかったので別荘で過ごすことにしたのだが先客がいた。

 

「失恋は乙女にとって大事件やからな。もうちょっと時間をあげて」

 

 別荘時間で数日を自堕落に過ごしている明日菜さんを介抱している木乃香さんの言葉に僕は何も言えなかったし、何も出来なかった。

 横島さんと話したい気分だったが家に戻っているだろうから別荘では電話も出来ない。

 一人で悶々としていると、師匠(エヴァンジェリンさん)にディナーに誘われた。

 

「一歩を踏み出した者が無傷でいられると思うなよ」

 

 善とか悪ではなく、超さんのすることが正しいのか分からないまま僕は止めることを決めた。

 そう、全てが手遅れになっていると気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕達一行は別荘を出た後、直ぐに違和感を覚えた。学園祭で賑わっているはずの学園内があまりにも静かすぎたからだ。

 みんなが別れる前に、数えきれないほど飛んでいた気球や飛行船、飛行機、花火、バルーンが一つも無い段階で気付けたのは幸運だった。

 一番身軽な楓さんと刹那さんが世情を調査に行っている間に千雨さんがネットを見て全てが分かった。

 

「それでエヴァの別荘から出たら学園祭が終わってて一週間が経っていたと」

「はい……」

 

 そして僕は超さんに既に敗北していたことを知ることになった。

 師匠(エヴァンジェリンさん)のいない家ではなく、横島堂にやってきたのは他に安全な場所を知らなかったからだ。

 

「恐らく別荘にタイムマシンを仕掛けられたんだと思います」

「敵になるって分かってたんなら罠ぐらいは仕掛けるわな。俺でもそうする」

「僕達は油断していた、ということですね」

 

 世界に魔法がバラされ、魔法使いの存在が世間に周知されてしまった。

 別荘には超さんが用意していた魔法使いの手紙が残されていて、全てが明かされた。僕達は戦わずにして負けたのだ。

 

「一概にネギ達の所為じゃないさ。その超って子が周到だったんだろう」

 

 敗北のショックと変わってしまった世界に、誰もが項垂れる中で僕は横島堂の異変に気付いた。

 

「あの横島さん、店の中に何もないのは」

 

 分かってはいたのだ。魔法使いが徐々に周知されつつある世界において、特にこの麻帆良で魔法具の販売をするリスクは簡単に想像がつく。

 

「店は畳むことにした。世間も騒がしくなるから暫く雲隠れするつもりだ」

「そんな!?」

「悪いな、明日菜。魔女狩りなんてないと思うけど、うちには雪姫もいるからな。静かな環境はもう探してある」

 

 外部協力員に過ぎない横島さん達は関東魔法協会や魔法世界から罪に問われることはないが、ネットの世界にまで捜査が及べば世間の目は横島堂にまで辿り着くだろう。

 

「残念ではあるけど、仕方ない。こうなっちまったんだから。戻りたいか、麻帆良祭最終日に?」

「でも、タイムマシンは……」

 

 そうなのだ。タイムマシンは部屋の引き出しにしまったままだが、調査に向かった二人が魔法使いを探す一団を見たというので取りに行くにはリスクが大きすぎる。

 

「…………やるの、横島?」

 

 タマモさんがそう言って前に出て、横島さんの側に立つ。

 

「拙者は先生と共に」

「お前らも物好きだねぇ」

 

 三人の間だけで何か共通の理解があり、僕達には分からない。

 

「横島さん、何を」

「反則技には反則技をってやつさ」

 

 そう言う横島さんの手からビー玉のような物が幾つも浮かび上がる。

 

「14文字の同時制御なんて試したことはないけど、俺がお前らにしてやれることこれだけしかない」

 

 『時』『間』『移』『動』『2』『0』『0』『3』『年』『6』『月』『2』『2』『日』と、文字が浮かんだビー玉がネギ達を覆うように広がる。

 

「ま、頑張ってくれや」

 

 その言葉の直ぐ後に僕の視界は光に染め上げられ、そして――――。

 

 

 







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第十四話 ようこそ、横島堂へ



最終回です。





 

 魔神アシュタロスの激闘から一夜が明け、美神除霊事務所の事務所で所長の美神令子と神魔族の話し合いをしている場から離れ、小竜姫経由で渡されたパピリオの手紙を読んでいた横島忠夫の下へ氷室キヌがやってきた。

 

「結局、十分な量の霊破片はとうとう集まりませんでしたね。もう後、ほんの僅かなのに」

 

 あの戦いで死んだのは、事件の主犯であるアシュタロスと横島を愛してくれたルシオラの二人だけ。

 神魔の最高責任者によって消滅したアシュタロスと違って、ルシオラには霊破片さえ集まれば復活の可能性が残されていたが、基準値に届かなかった。

 

「余所から霊体を持ってきたら駄目かしら?」

「馬鹿言え! ! 基本量が確保出来とらんと、別人になるだけだ」

 

 キヌの提案に、神魔族で引き取り交渉が為されるほど優秀な土偶羅魔具羅が否定する。

 

「俺の中にルシオラの霊体は山ほどあるのに! なんで使えねぇんだよ!」

 

 叫ぶ横島の手にはルシオラの霊破片の結晶を集めた蛍が淡い光を放っていた。

 

「魔物ならともかく、お前は人間だからな。そう何度も粘土みたいに千切ったり、くっ付けたりでは魂が原型を維持できんのだ」

「何かあるはずだ……! 何か手が……」

「横島さん……」

 

 ルシオラの復活。それは神魔族であっても叶わぬ願いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻帆良祭も一日空けた振り替え休日。横島堂には多数の客がいた。

 

「そうか、あのイベントにはそんな裏があったとはな」

 

 金一封目当てに参加した火星ロボ軍団VS学園防衛魔法騎士団が、実は超鈴音が画策していた魔法公開を邪魔する目的に開催されたイベントと聞いて驚いていた。

 

「知らないであんなに目立ってたわけ?」

「そんなに目立ってか、俺」

 

 思い思いに店内で過ごす中で、お座敷に寝ころんで懐かしい感覚に頬を緩めていた明日菜が横島の発言に呆れた目を向けた。

 

「撃墜数№1、巨大ロボまで倒して、更にはラスボスのトドメまで差しておいてそんなこと言うんや」

 

 木乃香にまで呆れた目を向けられた横島は口の中でモゴモゴと反論するが、少女らの目に聞こえる大きさで言わないだけ自覚はあるのだ。

 

「ま、まあまあ、賞金の食券は譲ってやるから勘弁してくれよ」

 

 THE・大人の方法で懐柔策に走る。

 

「六位になった明石さんが快く食券をクラスの人に提供してくれましたよ。そこに少し足りない上に、もう二、三回宴会したい気分です」

「ネギ達のクラス全員だと30人ちょっとを二、三回となると……」

 

 超高級学食JoJo苑で特上カルビも特上サーロインも何でも食べ放題だが食券10枚もするコースだと付け加えた刹那に、計算した横島の顔色が真っ青になった。

 

「…………ふふふ、残念だがそれは不可能だ。もう転売しちゃったもんね!」

 

 妻の愛妻料理があるので食券を貰っても持て余してしまう。

 

「本当は?」

「殆ど真名ちゃんに没収されました」

 

 ネギの問いにポケットから出した数枚の食券を見せる。

 転売したのは本当だが、二位になった真名にまほら武道大会の賞金と同じく没収されて転売したのだろうからそう言ったのだが。

 

「いや、俺も出る気はなかったのよ。でも、こう下からの潤んだ目で見るってのは反則じゃないか?」

 

 あれだけの美人にしなだれかかられながら潤んだ目で見られて断れる男がいようか、いやいない。反語。

 

「最低」

 

 心にグサリと刺さる言葉の刃。

 嘗ての養い子に軽蔑の目を向けられるのは予想外に心身に来る。

 

「それにしてもあそこまで目立つ必要もなかったんじゃ」

「なんか楽しくなってきてさ。街中であんなハッスル出来ることなんて殆どないだろ」

「拙者も少し分かるでござるな」

「楓、口調が紛らわしいでござる」

「お互いさまでござろう」

 

 似たような口調で喋る二人は置いておいて、話の軌道を元に戻す。

 

「しかし、時間改変に歴史改変か。凄いことを考える奴もいるもんだ。おっと、そこのやつには触らない方がいいぞ、呪われるし」

「え、マジで!?」

 

 店内を見て回る少女達の中で、ちょっと表には出せない商品を置いてある段ボールを開こうとしている横島は名前も知らない早乙女ハルナを止める。

 

「嘘に決まってるわよ。小さい頃の魔法を知らない私が店で遊んでても何も言わなかったのよ。危ない物をその辺へ置いてあるはずがない」

「魔法的な感じはしませんね」

「呪いの感じもありません」

 

 名探偵の如く眉間に指を当てた明日菜の捕捉をするようにネギと刹那が段ボールに近づく。

 

「おいおい、イッツア横島ジョークじゃないか」

「趣味悪いわよ」

「教訓になるだろ。魔法具を売っている店にある物を勝手に触らない方がいいって」

 

 段ボールの中には何もない。

 ハルナはムッとした様子だが忠告にも似た教訓は聞き届けるようにしたようで、触れはせずに見るだけにしたようだ。

 

「未来人だっけか。ロボや吸血鬼、魔法使いや能力者までいるのに、どこまでネタ要素を集めれば気が済むんだお前のクラスは」

「僕の方こそ聞きたいですよ」

 

 超が未来人であることに横島は少し驚くも、それほど驚きが大きくないことにネギが疑問に思う。

 横島からすれば神魔妖怪なんでもありで、3-Aだけでも吸血鬼やガイノイド、烏族の半妖、妖狐に人狼、魔法無効化能力者持ち、魔法使い、極東一の魔力、クンフー使いに忍者、巫女スナイパーと羅列するだけでまともな面子の方が少ない。

 

「他にも何人も仮契約をしといてか?」

「必要に迫られてです。どうしても勝つ必要がありましたから」

 

 どうにもネギにしては個人的な動機で勝利を求めるような言い方に聞こえたので横島は疑問に思った。

 

「横島さんと別れる世界なんて僕は嫌です」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ」

 

 聞いた限りでは、既に分岐してしまった魔法がバラされてしまった世界で横島がやり直しを望んだネギ達の為に文珠による時間移動を行ったらしい。

 

「よかったな、上手くいって」

「もし、失敗してたらどうなってたんですか?」

 

 物凄く重苦しく頷くとネギは聞きたくなさそうな顔で聞いてきた。

 

「良くても時間がずれるとか、位相がずれて戻れなかったり、後は石の中にいるをリアルにやっちゃったりとかな」

「うわぁ……」

「成功率で言えば、多分、五分五分ぐらいだったんじゃないか」

「なんてことしてくれてんのよ! 成功したから良いようなものを」

 

 今の横島がやったわけではないのだから責任を追及をされても困るのだが。

 

「時間ってのは人間がどうこう出来るもんじゃない。分からないことも多いし、歴史を変えて時間の連続性が失われたら分岐して並行世界が生まれるのか、消滅するのか、分からないだろ」

 

 世界がその時点で分岐して並行世界が出来るのか、変えること自体が歴史の規定事項として組み込まれているのか、世界が上書きされるのか。

 頭の良いネギにだって分からない事だ。

 

「超さんはそれを分かった上で世界を変えようとしていました。僕は超さんの気持ちを分かった上で、僕の我儘で止めることを選びました」

「俺達にとってみればお前の選択は正しかったと思うよ」

「でも、僕にこの世界に魔法を公開すべきかどうかが分かりません。未来にも何かが起こると思うと、どう生きて良いのか」

「重いな、少年」

 

 考え過ぎるネギに横島は苦笑する。

 

「百年後なんてどうなるかなんて分かんないだろ。どうせ俺は生きてないし、雪姫だってどうだろうな。どっちにしたって俺達は今を精一杯生きていくしかない」

「それでいいんでしょうか?」

「明日に怯えて生きても辛いだけだろ。今を大切に出来なければ、未来も碌なものにならないぞ。気楽にしようぜ」

「横島さんらしいですね」

 

 気楽に答える横島にネギは肩の荷を下ろせてすっきりした顔をする。

 

「まあ、その前にこっちをどうにかする必要があるんだが」

 

 と、横島が視線をずらすと、首輪を付けられた事件の張本人が死んだ顔でホクホク顔の真名にリードを持たれていた。

 

「何やってんの、真名ちゃん。未来に帰ろうとした子を捕まえちゃ駄目でしょ、めっ」

「めっ、じゃないですよ。本当にどうするんですか? 超さん、死んだ目をしてるじゃないですか」

 

 ネギと戦っているところに、あまりにも超が隙だらけだったためについ奇襲を仕掛けてしまった横島に言えた台詞ではないが。

 

「この世界の在り様すら変えようとしていて、負けたからって自分の世界に帰るってのは無責任すぎやしないかい?」

 

 と、その言い分には一分の理があって、皆が超の扱いに窮している間に真名がこれほど有益な人材を逃がすはずがなかった。

 

「超鈴音、ゲットだぜ」

 

 最終的な勝利は超を手に入れた真名なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美神除霊事務所の中庭で、時間移動者である美神美智恵を過去へと返す為に横島もやってきた。

 雷の文珠を使って過去へと戻った美智恵。

 その直後、現代の美智恵が現れたが彼女は妊娠していた。

 その姿を見た娘の令子はルシオラ復活に対して妙案が浮かんだ。

 

「ルシオラの魂は、このままでは再生できないわ。でも、転生して別の人物に生まれ変わったとしたら」

「同じことだ。一個の魂になる霊的質量が不足してるんだ。そのままでは魂が弱くて死産になるし、別の魂で補えば、それは転生ではなく全くの別人になる」

 

 時間移動者である美智恵の見送りと確認の為に同席していた魔族のワルキューレが令子の案を否定する。

 

「ええ、でも思い出して。横島君の中には大量のルシオラの魂が入り込んでいるのよ。もし、転生先が横島君の子供ならどう? 遺伝と転生は無関係だけど、宿る肉体が両親の細胞から作られる以上魂の影響は免れないわ。その細胞にくっついている霊体の一部が元々の転生前の物と同じなら……」

 

 愛した人が自分の子供としてならば蘇るなんて、直ぐには承服できない横島だったが。

 

「小竜姫様、幾つか聞きたいことがあるんすけど……」

 

 今までの話を聞いていて、横島に一つだけ案が浮かんだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見送りに行かなくて良かったの?」

 

 横島堂にて、最愛の妻である蛍から聞かれた横島は苦笑を浮かべた。

 

「もう、切った張ったの冒険をやれるほど若くないからな」

「嘘ばっかり」

「今までの騒動からすると、また何か起こるんじゃないかって気が気じゃないけどな」

 

 何事もないことを祈るが、修学旅行といい、麻帆良祭といい、イベントごとに何がしかの騒動が起きているので心配になる。

 

「魔法世界なんて容易に手が出せないものね。何もなければいいけど」

「大分、強く成ったみたいだし、なんとかなるだろう」

 

 言外に一緒に行かないかと聞かれたこともあったが、蛍と雪姫がいるのとパパを忘れられたら嫌なので長期間離れる気は無い。

 

「俺が出来る範囲で子供達を助けてやれるなら手伝うぐらいはしてやるつもりだよ」

「流石は自分ばっかり祭りを楽しんだ人はフットワークが軽いわね」

「あれはだな」

 

 覆面で変装しても結局はバレてしまった横島は隙あらば話題に出されてほとほと困っていた。

 

「まあ、一緒に行って欲しいって言われたら考えたかもしれないけど明確には言われなかったからな」

 

 仮に言われたとしても蛍と雪姫を置いて長期間家を空けるはずもない。

 

「少年よ大志を抱け。可愛い子には旅をさせろって言うし、自分のケツぐらいは自分で拭けるだろ」

「素直じゃない人ね。ねぇ、雪姫はこんな人を好きになっちゃ駄目よ」

「おいおい」

 

 あ~う~、とまだ明確な単語を言えない雪姫は顔を寄せて来た母をペチペチと叩きながら笑う。

 

「俺はこんなにも二人を愛してるのに」

「はいはい、私も愛してるわよ」

「信じてくれよ~」

「信じてるわよ、世界中の誰よりも」

 

 そう言われると少し気恥ずかしくなる。

 

「もう一度会えて、こうやって子供まで作れたんだもの。私は十分に幸せよ」

「蛍……」

 

 そっと頬にキスまでされたら横島は感動してしまうではないか。

 

「俺も幸せだよ」

 

 感極まって蛍に抱き付こうとした瞬間、カランコロンと来客を告げる鈴の音が鳴り響いた。

 名残惜し気に客の対応をしなければならない横島を放って、蛍は家の方へと戻って行った。

 

「ようこそ、横島堂へ」

 

 愛を確かめようとした時にやってきた客に対して、少しつっけんどんな言い方になってしまったことを自覚しながら横島は笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島は実に困っていた。

 訪れた客とは面識があるものの、一度限りだけで少し喋った程度の相手に土下座をされれば横島でなくても困る。

 

「お願いします」

 

 プライドとかそういうものではなく、他人にその心の内を覗かせない男が横島に床に頭を擦りつけていた。

 

「我が友、ナギとアリカ様を助けて下さい!」

 

 アルビレオ・イマの心からの叫びに横島が応えない理由はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そこには絶望があった。

 そこには希望がなかった。

 そこには虚無を抱えた瞳だけが暗く輝いていた。

 

「そうはさせんよ、エヴァンジェリン」

 

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの魔法によって一掃された造物主の使徒達。

 

「見事な呪文だ、我が娘よ」

 

 二千八百年の間に積み重ねた負の化身である造物主の威圧がその場にいる全てを呑み込む。

 最強を自負するエヴァンジェリンすら威圧に呑まれて動けない中、フェイト・アーウェンルクスの戦いで全精力を使い果たしていたネギですら例外ではなかったはずなのに、何故か不思議な安堵感を覚えていた。

 

「楽園で眠るがいい。全ての魂たちよ」

「テメェだけで逝っとけよ」

 

 威圧の嵐の中を無風の野の如き調子で歩く男が造物主の怨念を切り裂く。

 

「…………何者だ」

 

 拘束を抜け出してネギを連れて離脱するエヴァンジェリンを追うことなく、造物主はその場に留まって現れた男を見る。

 

「聞かれたら応えねぇわけにはいかねぇな」

 

 ニヤリと笑った男は右手に栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)を、左手に文珠を作り出す。

 

「この世にどんな未練が有るのか知らないけど、ちょっと悪さが過ぎたみたいだな。この退魔士(ゴーストスイーパー)・横島忠夫が、極楽へ行かせてやるぜ!」

 

 そこから起こるのは問答無用の奇跡である。

 

 

 




当初の予定では十話ぐらいでしたが四話増えてしまいました。
特に真名関連はタッチする予定はなかったのですが、興が乗ってしまったというか。

横島と蛍がどういう経緯で転生したのかは皆様の想像に任せるとしましょう。
取りあえず、GS美神世界で何かを思いついた横島の願い通りになったとお考え下さい。

最後のアルビレオの頼みと魔法世界での一幕は蛇足みたいなもんですね。

当初のプロットでは横島を武道大会に出すつもりはなく、完全なノータッチだったので関わりが無かったのですが、真名関連で出る必要が出て関わりが出来たのでその能力に注目した結果と言うべきでしょうか。

最後の魔法世界でのは、横島にあの台詞を言わせたかっただけです。

あくまで横島堂が物語の主軸なので、魔法世界に舞台が移ると全編ネギの日記になってしまうので、ここで終了です。

ではでは、皆さま、短い間でしたが拙作にお付き合い頂きありがとうございました。






次作は、
 一応完結としたドラゴンボールの『未来からの手紙』の本当の完結編か、
 この機会にGS美神のコミックを買ったのでタマモの登場時期を早めてシロと共に参加するアシュタロス編の再構成(もしくは、横島堂に繋がる前日譚)にするか、
 FGOで、生前エミヤによる、藤丸立香がいなくてマシュも死に、ロマンとフォウもいないどこかおかしいハードモードにするか、

取り合ず、未定です。
年内か、年明けに何かできたらいいかな。



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最終話


感想を頂いたたろさんよりネタを頂いたので出来ました。ありがとうございます。


 

 

 桜が舞う季節になろうとも横島堂に客は来ない。

 

「ま、卒業シーズンって理由もあるけどな」

 

 この一年間に来た知り合い以外で来た純粋な客が皆無であることは敢えて考えないことにする。

 

「シロもタマモも高校生か。色々と感慨深い」

 

 数日前に終わった卒業式のことを思い出し、この十年を思い出して遠い目をする横島。

 シロとタマモがいないと暇で独り言が延々と出てしまう虚しさに寂寥感を抱いていると、ドアが外から開かれて来客を示す鈴の音がカランコロンと鳴った。

 

「邪魔するぜ」

 

 もうぬか喜びはしないと決意しつつも、少しドキドキしながら笑顔を向けようとしてイケメンの登場に感情が抜け落ちて瞬時に真顔になる。

 

「ナギさん…………俺の喜びを返せ、コンチクショーッ!!」

「何言ってんだ、お前?」

 

 趣味なのか、上下共に真っ黒で決めたナギ・スプリングフィールドは横島の魂のシャウトに首を傾げながらカウンターに向かって歩く。

 

「何か用っすか?」

「柄悪いぞ。ってか、なんでそんなにつっけんどんなわけ?」

「いや、まあ、年上だった人が年下になってたら情緒不安定にもなるでしょ」

 

 あくまで冗談なので聞き返されると適当に答えてしまった。

 

「しゃあねぇだろ。十年もここの下で封印されてたんだし」

 

 体を乗っ取ろうとする造物主と共に十年間もの長き間、世界樹の根に封印されていたことで肉体年齢が止まってしまっていたので横島の方が見た目では年上になってしまっている。

 

「その所為でどう見ても十代半ばでネギを作った鬼畜野郎に……」

 

 ネギもネギで一時間が一日になる別荘を頻繁に使っている所為でナギとの年齢が近くなっているので、二人が並ぶと親子ではなく少し年の離れた兄弟に見える。

 

「ああ、ネギのクラスの子に兄貴じゃなくて親父だって言ったら変な目で見られてよ。魔法を知ってる子で助かったよ」

 

 元から性格的なものもあって年齢よりも若く見られることの多いナギは、その時のことを思い出して深い溜息をついた。

 

「アリカは気付いてないけど気苦労はあるんだ。分かるか?」

「俺の気苦労は気にしてくれないんすか」

「お前を? はっ」

「鼻で笑われた!?」

 

 言うほどには気にしているわけではないが横島にだって少しは思うところがあるのだ。

 

「冗談だって」

「冗談じゃなかったら呪いの藁人形に五寸釘の刑ですよ」

「止めろよ、おい。横島の呪いはシャレになんねぇんだから」

「十年前の時は凄い悶えてましたからね」

 

 まだ蛍と出会っていなかった横島は美人の嫁さんを貰って孕ませているナギに嫉妬して、魔法世界の勇名が轟く英雄を苦しませた過去がある。

 

「思い出すだけで心臓がキリキリするんだぞ。責任取れよ」

「男にそんなこと言われてもなぁ」

「それもそうだな」

 

 見解が一致したところで二人は同時に笑いだす。

 

「体は問題ないっすか、ナギさん」

「お蔭さんで絶好調だよ。寧ろ何の異常も無さ過ぎて怖いぐらいだ」

 

 二人でお座敷に上り、遂に購入した炬燵に入りながら喋る。

 

「つっても体はともかく霊体は年単位で様子を見て行かないと」

「へいへい、専門家様の言うことは聞きますって」

 

 ちょっと旬が過ぎたが炬燵のテーブルに置かれていたミカンを手に取って食べる。

 

「そういや、なんで今日はまたうち(横島堂)に?」

 

 三つ目のミカンの皮剥きに突入したところで、ようやくナギに来店の理由を聞く横島。

 

「未だにアリカはネギと会うと緊張しちまうみたいだから二人きりにしてきた」

「なんつうスパルタ……」

「もう再会してから半年以上経ってんだからいい加減に慣れても良い頃だろうに」

 

 親子らしく本質的な性格で似たところがあるネギとアリカの二人が見合いで初めて会った男女のように初々しいのは横島も何度も見てきているので、いい加減に荒療治も必要だとは思っていたのでナギを批判はしない。

 

「で、今度は俺の行く場所が無くてな。毎回、爺さんやタカミチのところに顔を出すのは気が引けるし、ネギのクラスの子達と会ってもあのテンションに着いていけねぇ。なんかエヴァの俺を見る目が怖ぇから、後は横島堂しかなかったんだよ」

「俺としては暇してたんで構いませんけどね」

 

 行き場所がないという結果だけを見ると家を追い出された中年男性の悲哀のように聞こえるだけに、最近常備するようになったナギの藁人形を取り出そうとしたが自重することにした。

 

「二人は今、京都にいますけど、ネギと一緒にイギリスに帰るんすか?」

「ああ、あっちには魔法世界のゲートもあるしな。流石に何時までもプータローってわけにもいかねぇし、ネギの代理ってことで動くことになるだろうな」

「寂しくなるっすね」

「生きてるんだ。会おうと思えば何時だって会えるさ」

 

 流石は英雄様、普通ならば恥ずかしくて言えないような台詞を素面で言えるとは。ただ、食べたミカンが思いの外、酸っぱかっくて顔を顰めていては恰好良さも何もないのだが。

 

「ネギも今更、大学に入って色々と学びたいなんてよくやりますよ」

「俺も同感だけどな。ま、やりたいってんならさせてやるのが、今まで何も出来なかった俺達に出来る精一杯のことだしな」

「にしても経営学やら色んな学部をハシゴする気なんでしょう? 俺からしたら正気とは思えん所業ですわ」

「まあ、学んだことは魔法世界にも活かせるって張り切ってるぞ」

 

 勉強が嫌いな横島とナギと違って、ネギは苦どころか楽しいと感じるタイプなので本人は至って前向きらしい。

 

「気負い過ぎてません?」

「どころか、やる気に満ちてる。色々とプランを立ててるようだから本人の好きにやらせるよ」

 

 血沸き肉躍る戦闘よりも机の上で理論を組み立てる方が性に合っているとは本人の談だが、とことん父親に顔しか似ていない息子である。

 

「俺としちゃ仮契約してる女の子達に何の相談もせずに決めちまったことだけは怒ったぞ」

「大半は応援してくれてるし、良いじゃないすか」

「にしたって不義理過ぎるだろ」

 

 三学期になって3-Aが卒業した後のネギの今後を気にした少女達が勇気を出して聞いた時に、「イギリスに帰ります」と言った後の騒動で京都から呼ばれたナギとしては思うところがあるようである。

 

「まだ入学が決まったわけじゃないすから、決まってから話そうとしてたんすよ」

「流石、相談されてた奴は言うことが違うよな」

「自分が相談されなかったからって人を僻むのは止めて下さいよ」

 

 ナギがこの件で根に持っているのは親の自分に何の相談も無かったこと、この一点に尽きる。

 

「一言ぐらいあったっていいだろうに」

「驚かせたかったらしいですよ。飛び級の試験ってのは先生をやりながらだと大変だったらしいから受かる自信もなくて受かってから話そうとしてたらしいし」

 

 少女らの驚き様はナギの比ではなく、てんやわんやの大騒ぎになって影響はネギの相談を受けていた横島まで波及したのだが、これには触れないでおく。

 

「ようやく一緒に暮らせるようになるからいいけどよ」

 

 ナギを落ち着かせたのはイギリスに戻ることになれば、それを理由にして一緒に暮らせる口実に出来たことである。

 

「誰かさんがNOを突きつけた所為で京都で暮らす羽目になるし」

「だから、それは闇の魔法で魂に影響を及ぼすネギが傍にいたら霊体が肉体にしっかりと定着しないからって説明したでしょうに。電話や手紙は何の問題もないんだからそう責めないで下さいよ」

「うるせぇ」

 

 ミカンの皮で溢れるテーブルの上に顎を乗せたナギが唇を尖らせる。

 ナギも事情を理解はしているが感情が納得するかはまた別問題なのだ。

 

「けっ、今度ジャックに横島が手合せを望んでるって言ってやる」

「なに筋肉ダルマを人にけしかけようとしてやがる」

 

 明日菜によって完全なる世界から帰還した後、横島が造物主を成仏させたと聞いてその実力に興味津々なジャック・ラカンをけしかけようとする大人げないナギに、ミカンの皮を潰して汁を飛ばす。

 

「いてっ!? 目に入っただろうが」

「良い薬になったでしょ」

 

 かなり痛くて悶えるナギの近くから、やり返されないようにミカンの皮を回収する横島。

 

「…………実際さ、横島がどんだけ強いのか俺も興味があるわけよ」

 

 イケメンは涙を流しても様になる姿に唾を吐きたい気持ちになりながらティッシュを渡していると、神妙な面持ちのナギがそんなことを言い始めた。

 

「どんぱち嫌い」

「これだもんな……」

 

 バトルジャンキーなジャック・ラカンやその気があるナギと違って、横島は戦うこと自体が好きではない。

 必要ならば自ら戦いもするが、対話などで避けられるならまずそれを選ぶ。

 

「あの造物主? でしたっけ。には単純に相性が良かっただけすから」

 

 横島は単純な実力ならば麻帆良祭で衆人環視などの制約があるアルビレオ・イマにようやく辛勝出来る程度の強さしかない。

 ナギやラカンとガチンコでやれば、色んな手を使えば負ける気はしなくても、彼らの望む戦いではきっとないだろう。

 

「魂とか霊体とか、そういうものを相手にすれば俺は大体の相手に負けない」

 

 昔取った杵柄というか、前世の能力というか、素で強い造物主には死にそうな思いをしたが神域の能力も所詮は能力でしかない。

 対応策は色々とあった。

 

「呆気なく助けてもらった俺としちゃ感謝しか言えねぇけどよ」

「何言ってんすか、物凄く苦労したんすよ」

「人が死を覚悟したことを苦労だけで済ますんだから、お前も大概だよ」

 

 周りから見たらどっちもどっちである。

 

「あれ、もう行くんすか?」

「二人のことも心配だし、様子を物陰から見にな。後、超ちゃんと会う約束もしてるし、いい加減に動かねぇと」

「超ちゃんと?」

 

 予想外の名前に横島の目が点になった。

 

「火星のテラフォーミングについての地球の各国家や企業との折衝が終わったみたいでな。その経過報告を纏めて俺が魔法世界にも送らなきゃなんねぇ」

「ああ……」

 

 結局、真名の手に落ちたことを諦めて魔法世界と旧世界の融和に走り回っている超の激務を思い出して少し哀れむ。

 

「実質、カンニングみたいなもんだから成功は約束されてますけど、よく地球側が受け入れましたよね」

 

 資金や人材を出す割に火星の権利については魔法世界側の方が大きいと聞いていたので横島には不思議だった。

 

「火星が成功した後には他の星やらをテラフォーミングした時の優先権を約束してるらしいぞ。他にも色々と理由はあるんだろうけど」

 

 詳細については恐らく知らない方が良いのだろう。

 学生をしながらも世界中を走り回るのはかなり大変らしく、茶々丸が秘書として大部分の手助けをしているとは横島も聞いていた。

 

「まあ、一店主の俺には関係のない話っすわ」

 

 真名も帯同して人脈を広げているらしいが、横島堂の店主以外の仕事をする気はないので完全に他人事である。

 

「引っ張り出すぞ、コラ」

「ネギに言いつけますよ」

「くっ……人の痛いところを」

 

 麻帆良祭と魔法世界のそれぞれに関わったこと自体が珍しい事なのだ。

 今の横島は一家の大黒柱であり、横島堂の店主以上の仕事を回されても困る。

 

「また何か困ったらうちに来て下さい。相談ぐらいには乗りますよ」

 

 何も無ければずっと横島堂を営んでいるだろうからと立ち上がったナギに軽く言った直後、また外からドアが開かれた。

 

「お兄ちゃん、何やってるのよって…………あら、ナギじゃない」

「おい、明日菜。横島はお兄ちゃんで俺は呼び捨てかい」

「ナギはナギでしょ。それよりみんな待ってるわよ」

 

 やってきた神楽坂明日菜はナギをぞんざいに扱いながら未だ座ったままの横島の腕を引っ張る。

 

「私達の卒業を記念してご飯を奢ってくれるって言ったじゃない。忘れちゃったの?」

「あ、いけねぇ。今日だっけか?」

「そうよ。約束の時間になっても来ないから迎えに来たの」

「悪い悪い」

 

 よっこらせ、とおっさん臭い声を漏らしながら立ち上がり、放っておかれて不貞腐れているナギの姿が目に入る。

 

「ほら、ナギも不貞腐れてないで行くわよ。ネギもアリカも来てるから」

「俺、知らなかったんだけど」

「元々、ネギの送別会も兼ねて二人を驚かせようって思って計画したんだから知ってるわけないじゃないの」

 

 ナギの腕も取ってお座敷を下りる明日菜。

 腕を引っ張られるナギと横島は靴を履いて為すがままである。

 

「みんな、待ってるんだから走るわよ!」

 

 百年の務めを果たした後、事前に渡されていた文殊をマーカーとして横島に迎えに来てもらった明日菜は今日も弾けるような笑みで生きている。

 

「行きますか」

「だな」

 

 元気な少女に引っ張られ、男二人も笑って横島堂を出て行く。

 

 

 




ご都合主義の極みですが、みんなハッピーエンドで終わりました。

アリカも生存していてナギも元気、魔法世界の救済にネギはもっと勉強するらしい。
超は犠牲になったのだ、この作品のな。

ではでは、今度こそ最後です。

と言いつつ、ネタが出来たら投下するかも。





尚、この世界のネギは真名と結ばれたらしいです。


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追憶編



思いついたままに。


 

 

 

 昔のことを思い出すと身悶えするような羞恥を覚える。

 何も知らず、状況に振り回されながらも楽しかった日々だと言えるだろう。

 色んな物が足りなくて、あまりにも未熟で考え足らずの子供だった。

 

「でも、だからこそ、変わろうと思ったのだろう」

 

 あの頃と殆ど変わらない愛しき妻が微笑みながら言った。

 

「…………人は容易く折れる生き物だ。私もそんな人間を大勢見て来た」

 

 そうなのかもしれない。

 この道を選んだ方が自分は楽だからと、周りのことも考えずに破滅へと突き進んだ人もいた。

 一人や二人じゃない。数えられないほどの大勢の人達だ。

 

「君の歩んできた道は平坦じゃなかった。普通の人なら挫けてしまいそうな苦しく辛いものだったね」

 

 万事上手くいくなんてことの方が珍しかった。

 計算していても発生する予期せぬ事象は必ず起こった。人が意図的に起こしたこともあったし、偶然が積み重なった結果によるものもあった。

 もう終わりだと諦めてしまった時もあったけれど、叱咤激励してくれる仲間がいたからこそ歩みを止めることなく進んできた。

 

「私のお蔭だって? 止めてくれ、そんなこと言われたら照れるだろ」

 

 苦笑の気配に照れを感じて面映ゆくなった。

 

「笑えるほどに色んなことがあったな」

 

 そうだ、本当に色んなことがあった。

 人生は麻帆良にやってきてから波乱万丈なまでに落ち着ける時が無い。

 

「退屈はしなかっただろ」

 

 楽しかった。そのことに疑いはない。

 思い悩んだこともあるし、迷い惑ったこともあるけれど、少なくとも一人でウジウジと壁の隅に蹲っていることも出来ない。

 

「その頃のことは、あまり私は関わっていなかったから知らないな」

 

 それでも色んな時に助けてもらったことには感謝している。

 

「修学旅行の時ぐらいだろ。それにしたってその他大勢の一人と思っていたんじゃないか」

 

 あんなに目立っていたのにその他大勢はない。

 

「目立つ外見だったのは否定せんが、これも血筋の所為だ」

 

 人間と悪魔の子供だっていうのは聞いている。だけど、そのことを聞いたのは随分後になってからだ。

 

「大体、あのクラスには私以上に目立つ外見は山ほどいただろ」

 

 否定は出来ない。

 

「ほら見ろ。やっぱり私はただの一生徒に過ぎなかったじゃないか」

 

 属性てんこ盛りだったくせに良く言う。

 

「当時のことを思い返せば否定は出来んが今は大分マシだろ…………早乙女の影響を受け過ぎじゃないか。それとも長谷川か?」

 

 日本のサブカルチャーは中毒性があるのがいけない。

 

「まあいい。しっかりと話したのは学園祭の頃だったか」

 

 必殺仕事人の姿に感銘を受けたのであります、隊長。

 

「だから隊長は止めろと言うに」 

 

 冗談を真に受ける姿は相変わらずで、よほど隊長と呼ばれるのが嫌なのだろう。

 子供達には隊長と呼ばれても怒りはしなかったのに自分の時だけは怒られるのは解せない。

 

「名前で呼んでほしいんだ」

 

 赤い顔をしてそんなことを言うもんだから隊長呼びが止められないのである。

 

「よし、分かった。魔力で赤くならないように身体を調整しよう」

 

 無理はしない方がいいと思う。冗談もこれで最後なのだから流してほしい。

 

「洒落になってないよ…………昔の可愛い姿はどこに行ったんだか」

 

 物凄く鍛えられましたから。特に横島さん関連で。

 

「横島か、今となっては懐かしい名前だな」

 

 いやいや、つい昨日も横島の名を継いだひ孫が見舞いに来たばかり。

 あの家とは付き合いは長いし、ガッツリ親戚関係なのに懐かしいと言われても説得力が皆無である。

 

「どうしても、子供達は名前で覚えてるから横島の名はあの男のイメージが強すぎてな」

 

 その通りなので全然否定が出来ない。

 

「大体、あの男は昔から隠し事が多すぎるんだ。その所為で私達がどれだけ苦労したことか」

 

 それも否定できない。けど、随分と助けられてきたことは事実ではないか。

 

「そうなんだが、悪行を知っているだけに素直に受け入れられん」

 

 受け入れられんって。まあ、麻帆良祭の武道大会で最強クラスの力を持っているのを見た時はぶったまげたけど。

 

「強い癖に戦うのは好きじゃないとか言い出すんだぞ。全く以て理解出来ん」

 

 やりたいことと出来ることが比例するわけではないから少し理解できる。

 実際、自分だって父やラカンさんのように戦うのが好きなわけではないし。

 

「その言い方、横島そっくりだぞ」

 

 そうだろうか。そういえば、似たことを麻帆良祭の時に横島さんが言っていたかもしれない。

 

「その内、謎の覆面Xとか名乗り出すんじゃないだろうな」

 

 流石にそれはない。

 第一、あの人がその偽名を名乗るきっかけになった人が言うことではないのではなかろうか。

 

「とんちきな名前を名乗れと言った覚えはないんだがな。あの男は変なところで遊び心があり過ぎるんだ」

 

 忍んでない忍者みたいに、あれで本人は変装しているつもりだからツッコミどころが多かった。

 

「全くだ。まあ、後年に至っては楓も忍者だと認めてくれたがな」

 

 楓さんは自分達の活動に参加し、故郷の甲賀の里も説得してくれて多くの忍び達が働いてくれた。そんな最中では今まで認めなかった忍者であることも何故かしぶしぶ気に頷いていた。

 

「今でもあそこまで認めなかった理由は分からんのだがな」

 

 あれはあれで一種の芸風というやつなのかもしれない。

 

「そんな芸風は捨ててしまえ」

 

 今では甲賀も良き友、良き仕事仲間。今後とも良き関係を続けて行ければ安泰である。

 

「関係を長続きさせるためにはお互いの努力が必要になる。夫婦関係や家族関係と一緒さ。努力を続けていくとも」

 

 もう先のない自分には見届けることは出来ないけれど心配はしていない。

 

「そこは心配してくれ。私だって挫けるかもしれないんだぞ」

 

 仲間も多いのだからみんなと一緒にやっていけると信じている。死ぬ人間が心配しているなんて言えば余計なシコリを残してしまうから言わないようにしていた。

 

「信頼されていると喜べばいいのか、一人では無理だと思われていることに悲しめばいいのか」

 

 笑えばいいと思う。

 

「だから、サブカルチャーの影響を受け過ぎだと言うのに」

 

 そんなに呆れないでほしい。

 第一、笑うのは悪いことではない。笑う門には福来る、という言葉もあるのだから笑っていて損になることはない。

 

「損得で感情を動かせるほど器用な人間ではない」

 

 外向けには出来るのに。

 

「それはそれ。これはこれというやつだ。好きな人の前では素直でいたいんだよ」

 

 素直なことに逆に驚いた。

 

「今まで素直じゃなかったからね。最後ぐらい素直でいようと決めていたんだ」

 

 その素直さをもう少し超さんにも分けて上げたら彼女も大分、楽になっていたのではないかと愚考する。

 未来に帰れなくて死んだ目をしていた超さんを無理に引き止め、彼女は自らの知る未来にしないように奮闘していた姿を知っているだけに、この思いやりがあれば随分と変わっただろうに。

 

「あいつはあいつで誰かさんの子孫らしく内罰的なところがあったから、扱き使われている方が楽だったろうよ」

 

 未来の世界とは明らかに違う流れになったと確信できた時の超さんは確かに大きな荷物を下ろせたと肩を撫で下ろしていた。

 

「一度だけ超に私を恨んでいるかと聞いたことがある」

 

 走り抜けた甲斐はあったと最期は笑っていたから、決して不幸な人生ではなかったのだと思いたい。

 

「笑うだけであいつは何も言わなかったが。そうだな、そうだといいな」 

 

 あの世というものがあるのなら、先に逝って聞いてみるとしよう。

 

「残念だがタマモ曰く、天国だとか地獄はなくて輪廻転生らしいぞ。第一、死んだ超じゃなくて、こっちには生きている超がいるだろうに」

 

 生まれたばかりの赤ん坊に何を聞けと言うのか。

 大体、これだけ環境が変われば同じ名前の別人のようなものではなかろうか。

 

「どうなんだろうな。時間移動した時間軸の違う同一人物なんて前例もないし」

 

 やはりタイムマシンは余程の例外が無い限りは禁止にしていたほうが無難だろう。

 

「作った本人が言うことではないな」

 

 出来てしまった物は仕方ない。だから、悪くなんてないのだ。

 

「一体、イギリスの大学で何を学んできたんだか」

 

 学と人脈と必要なら躊躇わない思いきりの良さ。

 

「人脈に関しては大分助かったから否定できないんだが、思い切りの良さではなくて思い付きで突っ走る阿呆なだけではなかろうか」

 

 遊び心を身に着けた言って欲しい。

 

「物は言い様だな」

 

 これでも弁舌の魔術師と噂されたのだから、大体の相手には負けるつもりはない。

 

「国連でそんな仇名を付けられたのは後にも先にも君だけだよ」

 

 必要だったから汚名も引き受けたのだ。

 

「私達からすれば物凄く頼もしかったよ、魔術師殿」

 

 金を引っ張ってくる的な意味だとしても人に感謝されるのは心地良い物である。国連の人間には蛇蝎の如く嫌われたけど。

 

「万人に好かれる者なぞいないさ」

 

 笑おうとして、笑えなかった。どうやらもう時間は残されていないらしい。

 

「そうか。あの子達は呼ばなくていいのかい?」

 

 別れは先に済ませてある。

 もしかしたら最期の時に立ち会えなかったと思った時には見るようにと魔道具も用意してあるから準備に抜かりはない。

 

「本当に準備が良いね。頭が良いんだから自分がいなくなった影響も考えてほしいものだ」

 

 人は生まれれば、何時かは死ぬものだ。

 吸血鬼になるかと言ってくれたエヴァンジェリンさんには悪いけれど永遠に興味はないし、百を超えれば人として十分に生きたと思う。

 

闇の魔法(マギア・エレベア)を捨てなければ、もっと長く、もしかしたら永遠に近い時間を生きれたというのに」

 

 あの時には闇の魔法(マギア・エレベア)が必要だったけれど、必要でなくなったから捨てたまでだ。

 欲しかったのはみんなを守る力で、戦わなくなったから暴走しないように封印したまで。確かにあのまま育てていけば永遠に近い時間を生きれたかもしれないけれど、人として生きてきたのだから最期が近いからといって人であることを捨てられない。

 

「私を置いていく気か?」

 

 結婚式で言っただろう。死が二人を別つその時まで共にいると。

 置いていくのではない。例え死しても魂は何時までも傍にいる。

 

「都合の良いことを」

 

 横島さん達を見てきたから言えることだ。

 

「…………分かった。私も精一杯生きるよ。先に待っててくれ」

 

 それは約束できない。僕が死んだら再婚してね、真名。

 

「そんなこと言わないでくれ」

 

 …。

 

「なあ」

 

 ……。

 

「ネギ」

 

 ………。

 

「ネギっ」

 

 …………。

 

「ネギ!」

 

 ……………。

 

「ネギっ!」

 

 ………………。

 

「ネギぃっ!」

 

 …………………。

 

「勝手だよ。言いたいことだけ言って」

 

 ……………………。

 

「ネギ、私は再婚なんてしないよ」

 

 ………………………。

 

「―――――――さよなら、私が愛した、ただ一人の男」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日、ノーベル平和賞も受賞した白き翼の創設者である龍宮ネギの死亡の報道が世界を駆け巡った。

 

 

 




今わの際に話す真名とネギのお話。


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