東京喰種 Another Rainy Blue(アナザー・レイニーブルー) (紗代)
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運命の日
人を殺すことは罪です。
人を食べることは罪です。
人を犠牲にすることは罪です。
なら私が生きているのは罪なのでしょうか――――――
「で?」
2011年4月。喫茶店あんていくで私と向かい合って座っている青年はやや不機嫌そうに細めた目をこちらに向けてくる。
「で、って?」
「なんでおまえは本読んでんだよ」
「いやさっきまでテレビに釘付けだった人に言われたくないよ、マヒト」
「うるさい。せっかく久しぶりに会ったってのに結局本屋に行ってここって・・・いつもと変わりねえだろうが。他に行きたいとことかないのかおまえは」
「んー、でもここほど美味しいコーヒー出してもらえるところってないし。バスケと読書(コレ)とこうしてあなたと出掛けること以外特にやりたいこともないから。私は至って満足だよ?」
「おまえ・・・おまえはなんでそう」
「?」
「いやいい。どうせ無自覚なんだろうし、こっちが調子狂うだけだろうから言わない」
「何それ」
「だからいいんだよ、知らなくて」
私からやや気まずそうに視線を逸らすマヒトに問い詰めているとあんていくのテレビにはいまだ喰種による捕食殺人事件についての議論が続いている。
「・・・また食い残しかよ、めんどくさい。行儀よく全部食えよな」
「まあまあ・・・でも確かに白鳩の人に追われることを考えたら結構命知らずなことする人もいるもんだね」
「大方、調子に乗ってるバカだろうな・・・ったく」
そういうマヒトは苦虫を嚙み潰したような何とも言えない顔をしていた。思い当たる節でもあるのだろうか?でも聞く前にマヒトが席を立ちあがった。
「もうコーヒー飲み終わったし、行くぞ」
「待って、会計」
私が伝票を持とうとするとそれは空振りに終わり、伝票はいつの間にかマヒトの手に渡って既に会計を終えていた。そのまま店を出ていくマヒトに続いて私も店を出る。
「どこもかしこも捕食捕食捕食捕食!」
「雑誌なんかだと結構食い散らかしも酷かったみたいだしね。・・・生きるためには必要なことなんじゃないの?」
「けど限度ってもんがあるだろうが、そんな頻繁に食わなくても俺らは生きられる。今回の奴は食いすぎだ。むしろ遊びで殺してる可能性もある」
「・・・そう」
そう苛立つマヒトは―――所縁真人(ゆかり まひと)は喰種である。人間を捕食してしか生きられない生き物。片や私は捕食される側、人間。この歪とも正常ともとれる友人関係は日本に帰ってきて早々実家を離れ東京で一人暮らしをしている身としてはありがたいことこの上ない。話せるのと話せないのでは雲泥の差である。
「ま、今回のはココから遠いし大丈夫だと思うが・・・なんかあったら呼べよ」
「うん、やっぱり優しいね。マヒトは」
「・・・優しくなんかねーよ。・・・・・・こんなことするのなんてお前だけだ」
「?何か言った?」
「別に」
話し込んでいるうちに雨が降り出してきた。
「・・・嫌な雨だ」
「マヒトが言うとシャレに聞こえないから。ほら、ちょうど折り畳み傘持ってるし、帰ろう」
「そうだな、でも傘持つのは俺な。おまえの方が背小さいんだから俺が屈まなきゃならなくなるし」
「はいはい。じゃあお願いします」
私たちは俗にいう相合傘をしながら雨降る道を帰る。そういえばこんなふうに誰かと至近距離に並んで帰るなんていつ以来だろうか。懐かしい記憶を手繰り寄せつつ私はこのちょっとした時間にほんのり心が温まるのを感じ笑う。
「なんか、いいね。こういうの」
「ふ・・・そうだな」
お互いに笑い合って交差点に差し掛かる、視界は見えづらいけどまだ赤なので横断歩道の手前で止まる。でもすぐに青に変わったので足を踏み出し――――――
「ミヅキ!!」
私は視界の端に映った猛スピードで突っ込んでくる車と、マヒトの私を呼ぶ声を聞くとそのまま意識を飛ばした。
「俺だ。おまえに頼るなんざしたくなかったがそうも言ってられない。おまえに頼みがある、嘉納明博」
「ミヅキに――――――氷室美月に俺の臓器を―――・・・」
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できることならもう一度
ここはどこだろう。ただ漂う私に光が差す。
『ミヅキ』
ああこの声は。
うん今いくから待って。
『ミヅキ』
後ろに感じる温もり。片腕で抱きしめられて、もう片方の手で両目を塞がれた。
『ミヅキ』
後ろから融け出す感覚がする。待って、お願い待って。目を塞がれて何が起こっているのか分からないけど、何となく嫌な予感がした。ここで引き止めておかなければと、なぜだかそう心が警鐘を鳴らしていたのだ――――――
目を開けた視界に入ってきたのは無機質で簡素な白い天井だった。
「ここ、は?」
4月23日、私が意識を取り戻した4月25日。私はかけがえのない友人を代償に、生還した。
それからというものの、食事が食べられなくなった。精神的なものもあると思うがそれだけではない。私の執刀をした医師、嘉納明博教授は「私の友人がドナー登録しておりちょうど天涯孤独だったことから本人が自ら臓器提供を申し出た」、と言いづらそうに言っていた。
つまり、私がこうして生きているのはマヒトのおかげでおそらく私はその影響を受けているらしかった。
「マヒト」
自分は、一人になってしまったのか。マヒトはここに来てはじめての友人だった。それと同時に唯一深くまで関わろうと思った存在だった。
もう一度会いたいよ、まだまだ話し足りないんだ。もっと一緒にいたいよ。人間とか喰種とか関係ない。マヒトに会いたい。その想いは誰に届くでもなく私の涙に融けたけど、消えることはなくそのまま私の心に染み込んでいった。
「氷室さーん、失礼します」
「・・・はい、どうぞ」
私は泣くのをやめて本に没頭することで冷静になることにした。時間的に食事を下げに来た看護師の人だろう。
「食器下げますねー・・・あら、またですか?」
「すみません。あまり食欲なくて・・・」
「だめですよーしっかり食べないと」
そう言って下げられていくほとんど手を付けられていない冷めきってしまっている食事を見ても「勿体ない」とは感じても「美味しそう」とは思わなかった。今のところ空腹は感じていない。でもそのうちきっと私も人を食べて空腹を満たすときが来るのだろう。
マヒトから繋いでもらった命と、これまでの倫理観がせめぎ合い、考えるだけで吐き気がしたのでやめた。
「とりあえず、コーヒー、飲みたいな・・・」
マヒトが唯一口にできた、私と彼の共通の好みのもの。あの「あんていく」のコーヒーが無性に恋しくなった。
それからしばらくして私は退院し、日常生活へと戻っていった。久々に個室の外に出たことでまず感じたのは今まで以上に味覚以外の感覚が鋭くなったことかもしれない。視覚も聴覚も嗅覚も何もかもが今までの比ではない情報量に塗りつぶされていく。まだ飢えてはいないがこれはこれで精神的にやられそうなのでなんとか的を絞って情報を得る・・・というか感覚を制御する練習に明け暮れた。とりあえずこの制御だけでもできるようにならなくては「あんていく」にコーヒーを飲みに行くどころか日常生活にも影響が出そうなのでコーヒーはお預けにして約一週間。
やっと慣れて制御できるようになったことで今日、「あんていく」に来ていた。
そして気付いた。――――――ここの店員全員喰種だ。
客も人間もいるけどほとんどが喰種。なるほど、納得した。ここは喰種にとっての拠点の一つみたいなものなのかもしれない。だからこうして普通に過ごしていられるし、
注文したコーヒーが届いてくると口を付ける。あの時と変わらない味。でも私の向かいに座る人物は誰もいない。マヒトはもう、いない。
「・・・はあ」
落ち込んでいる場合ではない、と無理矢理思考を切り替える。私が今一番考えなくてはならないのは「食糧」についてである。
アメリカにいた時はケンカなんてよくしたものだけどそれゆえに相手が酷いことにならないように無意識に加減してしまう癖がある。でも今の私に必要なのは「怪我人」ではなくそれを通り越した「死体」なわけで・・・というかまず私は人を殺して生きる覚悟はまだないのでなるべく別の方法で入手しなければならない。
ふと思い付いた。そういえばここはほとんど喰種ばかりの喰種の拠点のようなところ、なのだとすれば何か方法が会話の中から見つかるのではないのだろうか。そう思い制御できるようになった感覚の一つの聴覚で周りの情報収集を始めた。
「今日そういえば5区の奴らが―――」
「いや今日はてんでだめだな」
「白鳩の動きは―――」
「いい「名所」教えてくれよ」
「はあ?おまえ「喰い場」どうしたんだよ」
「名所」と「喰い場」?ここのような拠点のことだろうか?
「喰い場はこないだリゼが食い散らかしたせいで白鳩の奴らに目え付けられちまってな、そろそろ腹も減ってきたしこの際名所に行って食べることにしたんだよ。そのほうが安全だしな」
「でも名所にしても必ずそこに死体があるってわけじゃない。まずそこで人間が自殺しなきゃありつけないわけだしな、俺としては正直新しい喰い場探しを勧めるぜそっちのほうが選り取りみどりだろうからな」
「なんだ、連れねえな」
・・・どうやら名所というのは「自殺の名所」という意味だったらしい。それなら私もいけるだろうか。
「会計お願いします」
「はい、ただ今」
会計しているとレジの女の子の視線が気になった。
「?なにか」
「い、いえ、なにも。ありがとうございました」
「ごちそうさまでした」
そして私は「あんていく」を出ると準備のためにマンションへと急いだ。
*****
深夜午前0時―――私は東京の「名所」を回ることにした。でもやはり各地の有名な「名所」は他の喰種たちにとっても生命線なのだろう。収穫はほとんどなかった。
今はまだ飢えていないのでいいがもし飢えてしまったらどうなるのだろうか。餓死は人間の死に方の中で最も苦しい死に方らしい。餓死するまで私は正気でいられるのだろうか。そもそも人間は苦しいだけで済むが人間を食べている攻撃性の高い喰種がもしそうなってしまった場合――――――いや考えるのはやめておこう。
「ここで最後、か」
名所をはしごしてたどり着いた最後の場所。それは郊外の廃墟の裏手にある崖の下の雑木林だった。ここで最後なので死体が出ないようならまた他の方法を考えなくてはならない。
と思いながらあちこち見回していると――――――あった。少し離れたところにある地面に横たわった女性の死体に近づく。落ちる途中で木に引っ掛かったのだろうか、手や腕に抉れた跡や小枝が刺さったままになっている。
「酷いな・・・」
歳の頃は私と同じか上かもしれない。死ぬまで、死んでからも自分の死に顔や死んだ後のことなんて知らずに、考えることすらせず終わったのだろう。でなければこんな死体がボロボロになりかねないような場所を選ぶようなわけないし。
そうプロファイルじみたことを思いながら持ち帰るために持ってきたボストンバッグを開けようと、した。
「!」
生き物、おそらく匂いからして喰種の気配がしてその場から飛びのいた。まずい、死体のいい匂いと分析で周りに気を配るの忘れた。ケンカはできるが喰種同士のケンカなんてやったことないし見たこともない。今日の調達は諦めるとして、どうやってこの場を切り抜けよう。――――――と思ったが姿を現したのは意外な人物だった。
「え・・・」
「あんた、今日店に来た・・・」
今日「あんていく」でレジを担当してくれた女の子がそこにいた。
これが私と霧嶋董香との「喰種」としての出会いであり、そしてこの歪んだ世界へ一歩踏み入れた瞬間だった。
トーカちゃんがレジで主人公を見てたのは匂いが変わったからです。
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居場所
「あの・・・」
「?」
「ひょっとしてここ、あなたの縄張りとかだったりする?」
「違うけど。ただここはよく肉集めに来る場所だから来ただけ・・・何?あんたも飯探しに来たクチ?」
「うん、そうなるかな。人を殺すことに抵抗があって店で話してた名所巡って食糧探し回ってたんだけどどこもなくて・・・今日はいいや。また近いうちに出直すよ」
「待って」
空のボストンバッグを持って立ち去ろうとすると呼び止められた。
「本当にそれで大丈夫なの?あんた」
「空腹は感じて無いけどそろそろ半月ぐらいになるから早めに食糧確保しておこうと思っただけだから、だめならコーヒーでなんとか凌ぐ」
「・・・喰種の飢えを甘く見んじゃねえよ」
「そうだね、まだ体験したことはないけどやっぱり餓死はきついから」
「そうじゃない・・・ったく、ついてきなよ」
「?どこにいくの」
「あんたも知ってるとこ、ほら行くよ」
私は言われるがままに彼女に付いて行くことにした。
*****
そして連れてこられたのは「あんていく」だった。営業時間ギリギリで客はやっぱりもういないので店内にいるのは店長だけだった。
「只今戻りました。」
「ああ、おかえりトーカちゃん」
「あの、実はちょっとお願いがあって・・・この人に肉、分けてもいいですか?」
「ほう、彼女にかい?」
「はい。なんかここ最近食べてないらしくて、まだ空腹は感じてないみたいなんですけど飢えた事がないから飢えのこともよく知らないみたいだったので・・・」
彼女、トーカちゃんは私の事を促すように横に立ち、私は店長と向かい合う。
「君は・・・たしかよくマヒト君と一緒に来ていた子だね?」
「はい、氷室美月といいます。」
「・・・ふむ。どうやら訳ありのようだね。今日はもう店仕舞いにするから二階へ行って話すとしよう。トーカちゃんも一緒に来てくれるかい?」
「・・・はい、わかりました」
私の戸惑いを察したのか店長は店の奥へ行くことを勧めてくれて、私をここに連れてきたトーカちゃんも一緒に話すことになった。
場所を二階へと移し、私はこれまでのことを二人に話した。マヒトと一緒にいた時に交通事故に遭い重傷を負ったこと。その私に臓器を提供したことでマヒトが死んでしまったこと。マヒトの臓器が移植されてから今までの食事が食べられなくなり、感覚が鋭くなったこと。
「・・・これは私の推測ですけど、おそらくマヒトの臓器を移植された時点で私は喰種寄りの存在になったんだと思います。ここ数週間、コーヒー以外を摂取していないのに空腹を感じない。今日念のために「名所」を巡って死体に巡り合ったら甘くて美味しそうな匂いを感じました。家から出られなくなるほどの感覚の鋭さも・・・まだ肉を食べていないので本当に体質が変わったのかはわからないままなんですけど・・・」
「なるほど。だから君は名所でトーカちゃんと出くわしたんだね」
「はい。人を殺す覚悟はまだないので、「あんていく」の他のお客さんが言っていた「名所」で遺体の一部をもらおうと思って」
店長は私の答えに少し考え込むようにすると再び口を開いた。
「君は、マヒト君が喰種だと知っていたのかい?」
「はい」
「え!?」
その質問に私は即答し逆にトーカちゃんが驚いていた。
「あんた、それマジで?」
「うん。そもそも東京に来たばかりの頃の私に構ってたのだってたぶん捕食しようと思ってのことだと思うよ?いつのまにか普通に出かける友達になってたけど」
「・・・・・・」
「君は喰種が・・・人間を食べることが怖くないのかい」
店長の質問。おそらくこの二人が一番聞きたいことなのだろう。驚いていたトーカちゃんも真剣なやや陰りを帯びた眼差しを向けてくる。
「人を殺す覚悟は出来てないし食べることにも抵抗はあります。でも、話が通じて敵意を持ってない相手を嫌いになったりなんかしませんよ。実際、彼は私を食べないでいてくれたし・・・最後は私を生かしてくれた。感謝や尊敬はしても軽蔑や嫌悪なんてありません。それに食べ物云々で言ったら人間だって動物性たんぱく質取ってるじゃないですか、なのに生きるための食事を否定できるほど私はえらくないですよ。むしろ生きたいと思って何が悪いんですか?」
「!・・・」
「ふむ・・・」
トーカちゃんがはっとしたように私の方をみた。店長はさっきよりも雰囲気が柔らかくなり僅かに微笑んでいる。私、なにかおかしいこと言ったんだろうか・・・
「ミヅキちゃん、ここで働いてみる気はないかい?」
「ここ・・・「あんていく」でですか?」
「そう。ここでなら色々なお客さんがくるから喰種についての事をより知ることができるだろう。定期的に肉も手に入るしどうだろう?」
「私にとっては条件が良すぎるくらいなんですけど・・・あの、なんで私にここまでよくしてくださるんですか?ただ常連だからっていうわけじゃないですよね」
「私は好きなんだよ、・・・人がね。だから喰種であることを知りつつもマヒト君を受け入れてくれた君を拒絶なんてしない。ましてや君は今や私たちと似た存在なのだから。・・・手を取りあって助け合う、それが私たち「あんていく」の決まりだ」
その店長の言葉に私はうなずいた。
「――――――はい、よろしくお願いします」
こうして私に新しい居場所が出来た。
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無知を知る。
あれから約一週間。私はだんだんと仕事を覚えてこの環境に慣れつつあった。トーカちゃんの仕事とプライベートの口調の切り替えというか差には若干驚いたけど昔ケンカの時に英語で殴りかかっていく自分を想像したのでそこまで驚くことでもないのかもしれない。古間さんも入見さんも、あまり喋ったことはないけど四方さんもここの人々にはお世話になりっぱなしである。
「いらっしゃいませ」
「コーヒーブレンド二つ」
「コーヒーのブレンドが二つですね。かしこまりました」
「君新人さん?かわいいねー」
「カヤちゃんトーカちゃんに続いて看板娘が増えたな!」
「いえ、私はまだまだですから」
適当に会話を切り上げその場を去る。お客さんには申し訳ないが仕事中なので長話はしてられない。そして今日も慌ただしく時間が過ぎていった。
「お疲れ様ミヅキちゃん」
「!店長、お疲れ様です」
「疲れてるところで悪いけど下に行ってくれるかい?ヨモ君が君を待ってる。」
「下でヨモさんが?わかりました」
下、とは地下のこと。「あんていく」を含めて東京全体には迷路のような広大な地下が広がっているらしい。ただ一寸先は闇とはよく言ったもので、地下には得体の知れない輩やRc細胞壁など生半可な者では生きていくことすら出来ないほど劣悪な環境らしい。しかしそのおかげでCCGや世間に追われ地上で生活出来なくなった喰種が身を隠すには絶好の場所なのだと店長が言っていた。
私がこれから行くのは比較的安全な「あんていく」が使っているところである。
「・・・来たか」
「はい、それで今日はどういうことで・・・?」
ヨモさんは人間とのケンカしかしたことがない私から見ても相当の実力者なのだろう。入見さんや古間さんいわくトーカちゃんの戦いについての師匠であり、今でもたびたび稽古をつけているんだとか。
「・・・おまえも「あんていく」の一員になったからにはこれから「喰い場」の見回りや「名所」からの食糧調達も担当することになるだろう。そうなると必然的に他の奴らや白鳩との衝突もありうる。」
「えっとじゃあヨモさんが私を呼んだのは・・・」
「そうだ、今日からおまえの稽古もつける。」
「!・・・本当に」
「ああ」
そしてヨモさんは構えることもなく私を見据えた。
「まずは殺す気でかかって来い」
なるほど、まずはどのくらい動けるのか見るつもりなのか。
「わかりました・・・行きます!」
ヨモさんに特攻を仕掛ける。それをかわされそのまま二撃目三撃目と続けて打ち込んでいく。
「・・・・・・」
「っ!」
しかしすべてかわされてしまい、腕を掴まれ反射的にヨモさんの身体を蹴って跳び、距離を取った。やっぱり、というかその予想以上に強い。
「・・・この動き、おまえは経験があるのか?」
「いえ、こっちに帰ってくる前はアメリカにいて結構絡まれてたのでキリがなくて応戦してましたからそれでだと思います。」
「・・・なるほどな、赫子は出せるか?」
「赫子?」
「・・・俺たち喰種の持つ捕食器官のことだ。その分だとまだか・・・」
「はい・・・」
「・・・今日はここまでだ。これからはトーカとも一緒に稽古をすることになる、いいな」
「はい、よろしくお願いします!」
次からはトーカちゃんと一緒か、なら足手まといにならないように私も一層鍛えないと・・・赫子、も分からないし。
赫子――――――あの後店長から赫子についての説明を受けた。喰種だけにあるRc細胞を貯めておく臓器・赫包から出る捕食器官。主に赫包は背中側にあり、その位置によって四種類に分類される。上から順に羽赫、甲赫、燐赫、尾赫。それぞれの相性や性質も説明してもらったところ、マヒトが燐赫だったので私もおそらく燐赫なのではないか、ということらしい。
こうして説明を聞いていると自分は全く喰種について知らなかったことを突きつけられているような気分になる。
――――――思えば、私はマヒトのことを何も知らないんだ。
仮にも友人であったというのに私たちはお互いに「今」しか語らず過去や先に関しては全く話さなかった。それは距離感の取り方が上手い彼と臆病で踏み込まない私の上手く付き合っていたようでちぐはぐな関係を現すような、一言だった。
*****
次の日、トーカちゃんのシフトは休みで私も早めに上がることになっているのでせわしなく働きやっとこさで休憩していると入見さんがなにやら可愛いらしい―――ウサギ柄のクリアファイルを持っていた。
「どうしたんですか入見さん」
「ああ、ミヅキちゃん。ちょうどいいところに。実はトーカちゃんが昨日ロッカーの前に落としてったみたいで中身をちょっと見てみたら「あんていく」のシフト表と学校のプリントが入ってたの。だから本当は早めに渡したほうがいいんだけど、私は今日終わりまで入ってるから行くに行けなくて・・・悪いんだけどトーカちゃんに届けてくれないかしら?」
「いいですよ」
「本当?ありがとうね」
渡された地図の通りに道を進むと一軒家が見えてきた。
ここ、でいいんだよね?と聞く人がいないので少し半信半疑になりつつもインターホンを押そうとする。
「俺ん家に何か用か」
「!!」
突然の声に後ろを振り向くと、やや癖のある短い黒髪の美少年がそこにいた。なんかこの子誰かに似てるような気がする。というか今「俺ん家」って言った?
「・・・私、この間から「あんていく」のバイトやってるんだけど、トーカちゃんがここに住んでるって聞いて忘れ物届けに来たの。トーカちゃんはいる?」
「・・・「あんていく」だぁ?」
私が「あんていく」の名前をあげた瞬間から不機嫌そうに、むしろ敵意を感じるくらい睨んでくる少年。初対面、だよね?
「はっ、アイツの予定なんざ知るかよ」
「・・・そっか、わかった。じゃあこれ渡しておいてくれる?中身は大切なものらしいから」
「なんで俺が・・・そもそもそんなん俺に関係ない。」
「でもトーカちゃんには関係あるんだからせめて会わせてもらえる?」
「「あんていく」の奴を上げる気はねえ、だいたいなんだその匂い。人間か喰種かわかんねー半端な匂いしやがってこの半端女」
なんでこんなに敵意剥き出しみたいな調子なんだろう?おかげで全く話が進まず平行線のままなんだけど・・・というかやっぱり私の匂いって人間と喰種両方するんだ。
と、お互いに譲らず押し問答を続けていると家のドアが開いた。
「うっさいアヤト!一体誰と言い争って・・・って、あんた・・・」
「あはは・・・」
「・・・チッ」
とりあえずまた言い争って近所迷惑になるのはあれなので家にあげてもらうことになった。
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姉弟と距離感
「はいこれ、忘れ物」
「!それ無くしたと思ってたやつ・・・どこにあったの?」
「入見さんがロッカーの前に落ちてたのを見つけて拾ってくれたんだけど、今日は終わりまで仕事で届けに行けないからって、私が届けに来たの」
「そっか、よかった。・・・ありがと」
「いえいえ、届けられてよかった・・・ところでそっちの子は?」
「こいつは私の弟のアヤト」
「・・・・・・」
「えっと、よろしく」
「ふん」
そのままアヤト君はこの場から出て行ってしまった。
「なんか嫌われたみたいだね、私。・・・じゃあ渡すものも渡したし、今日はもう帰るよ」
「待って」
「?なに」
トーカちゃんに引き止められて立とうとしたその場に座り直した。引き止めた本人はなんともいえない気まずそうな目を向けてくる。
「その、あんたさ・・・マヒトと、友達だったんでしょ?」
「うん」
「怖くなかったの?アイツが喰種だってわかった時」
「んー、その時には既に怖くなかったな。最初だけだね、最初に私に向けてきた目付きだけ・・・「食材」を選り好みするようなあの目以外は全然怖くなかった。どっちかというと「得体の知れないもの」のほうが怖いから喰種だってわかった時は「ああ、だからか」って納得できて逆に安心した。それよかその目以外は至って普通の人間として暮らしてたしあの演技は凄いよ本当に。・・・それにさ、私は人間とか喰種とかそういう括りで制限されたくないの。マヒトのことにしたってたまたま気の合う友達が喰種だっただけのこと。マヒトがマヒトだったから私はマヒトと一緒にいた。ただそれだけ・・・できることなら、もっと一緒にいたかったなあっては思ってる」
「そ、っか」
「でも、昨日ヨモさんや店長から喰種について教えてもらって、私って全然知らなかったんだなって、思った。喰種についても、マヒトについても・・・なんか、私って情けないね。友達って言っておきながら、喰種って知っておきながらお互いに踏み込めないまま終わるなんて」
「・・・そんなこと、ない」
私が困ったように笑うと今度はトーカちゃんが口を開いた。
「私らは人間に混じって生活してる分喰種ってばれないように演技して生活してる。喰種ってばれたら友達だろうが恋人だろうが全部終わり。だからマヒトがあんたに打ち明けたのは普通じゃ考えられないことでそれを打ち明けられてもそのまま一緒にいるあんたも普通はありえないんだよ・・・・・・上手く言えないけど、マヒトにとってはあんたが救いだったんじゃないの?」
「そっか・・・そうだといいな」
この一見クールで短気に見えるトーカちゃんのやさしさを感じ取りながら、私は本当にそうならいいと願った。
この一件でトーカちゃんと距離を縮めたと同時に、トーカちゃんとアヤトくんの姉弟間の溝を深めてしまうことを私は知らない。
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先と記憶の一匙
5月22日。そろそろ私が事故に遭ってから1ヶ月が経とうとしていた。
私は学校に通い「あんていく」でバイトに勤しむ傍ら、トーカと一緒に四方さんに稽古をつけてもらいながら喰い場の見回りや名所の肉の回収に精を出す、というのがこの頃の日常である。
そういえば、あの忘れ物を届けに行って話して以降トーカとの距離が一気に縮んだ気がする。年が近いこともあってよく一緒に行動する私たちなのでひょっとしたら店員の中でも一番話しているのかもしれない。いつのまにかお互いに名前を呼び捨てにしているが別になんとも思わない。年の近い身内に対して私はいつもこうだし、トーカにしてもいい加減「あんた」ばかりでは面倒だと思ったのだろう。すんなりと馴染んだ。
日常的にはうまくいっている。日常的には。でも――――――
「進路相談、か」
学校で渡された一枚の紙きれを前になんともいえない気分になった。
行きたいところはある。受かる見込みもまああると言えばある。ただ、この進路相談、というか面談が面倒なのだ。なんとか担任と主任に事情を話して私と一対一で話してはくれないだろうか。どうせあの人は来ないだろうし、この間再婚してまだ環境に慣れていないであろう義父に負担をかけるわけにはいかない。それに義弟も私なんかのことで家族が掛かり切りになるのは嫌がりそうだし。と、心の内で独り言ちた。
「まあ、行きたいところ書いておけば間違いないか」
そして私が第一志望に書いたのは――――――
「そうだ、トーカちゃん。ミヅキちゃんにウタくんを紹介してあげてくれないかい?・・・そろそろマスクを作ったほうがいいと思ってね」
「そういえばそうですね、まだ紹介してませんでした」
「マスク・・・ああ正体がばれないように、ですか?」
私が思い当たったことを言うと店長はうなずいた。
「我々は人間社会に溶け込んで生活しているからね、常に万が一を想定しなくてはならないんだ」
「わかりました」
「トーカちゃんに行き付けのところを紹介してもらうといい。トーカちゃん、頼めるかい?」
「はい」
こうして私は今度の土曜日、トーカと一緒にマスク屋に行くことになった。
そして迎えた土曜日。トーカの行き付けだというマスク屋「HySy ArtMask Studio」は4区にあった。扉を開けるとそこには全身にタトゥーを入れた男の人がいた。ピアスやそれであまり気にならないが赫眼のままだ。
「こんにちは、ウタさん」
「こんにちは・・・そっちの子は?」
「新しくあんていくで働いてる奴で、今日はこいつのマスク仕立ててもらいにきました。」
「ふうん・・・」
「はじめまして、氷室美月といいます。よろしくお願いします。」
「はじめまして、僕はウタ。芳村さんからも話は聞いてるよ。よろしく」
「はい」
「じゃあまずは採寸から始めようか、こっちきて」
ウタさんについていき椅子に座るとメジャーや生地の切れ端を取り出して私の顔に当てていく。
「綺麗な肌だね、泣きぼくろも色っぽい」
「そ、そうですか?」
「うん。・・・ゴムとか貴金属とかのアレルギーってある?」
「いえ特にはないです。」
「きらきらしたものとか、花とかって好き?」
「そうですね、綺麗なものは好きです。」
「じゃあ汚いものは嫌い?」
「嫌いというか・・・苦手ですね。衛生的な面ではもちろん嫌ですけど精神的にも、綺麗でいなきゃいけないのに、綺麗でいたいのにそうさせてくれないみたいなところとか」
「ふうん、確かにね。それに君、モテそうだしいろいろありそう。ちなみに好みとかある?同い年、年上、年下とか」
「特にはないです。でも甘え上手か包容力のある人がいいですね。」
それからまだ続く質問に答えていくとウタさんは計り終えたのかメジャーや布を仕舞い始めた。
「うん・・・うん、なるほどね。採寸も終わったしイメージ湧いてきた。早速作るから出来上がりを楽しみにしてて」
「はい。・・・あと、申し訳ないんですけど医療用の眼帯とかってありますか?」
「あるけどなんで?」
「お腹が減ってくると赫眼の方の目が疼くんです。それでひょっとしたら知らないうちに赫眼になっちゃってるかもしれないので一応学校の時以外はつけておこうと思って」
「なるほどね・・・はい。これは僕からのサービス。今後とも御贔屓に、ね」
「ありがとうございます。」
納得したウタさんから眼帯をもらい赫眼になる方の目につけた。
「ふうん、眼帯も似合うね」
「あ、ありがとうございます。」
医療用眼帯が似合うっていうのも複雑だけど、客商売とはそういうものなんだろうし社交辞令として受け取っておこう。
トーカと一緒の帰り道。近くの公園の前を通るとバスケコートがあった。だれの物かはわからないがボールも転がっている。
「ね、トーカ。ちょっとバスケに付き合ってくれない?」
「はあ?」
「今回だけでいいからさ、それに勝ち負け関係なくコーヒー奢るよ」
「・・・なら」
納得してくれたトーカに付き合ってもらい、久し振りにバスケをした。変わらない楽しさ変わらない感覚。でも今となっては誰とも共有できない懐かしい記憶の中の出来事のひとつだった。
「ごめんね、久し振りにやりたくなっちゃって」
「・・・一回も取れなかった」
ややショックを受けているらしいトーカに自販機のブラックコーヒーを差し出す。「あんていく」のコーヒーより味気無くて申し訳ないがここは20区から離れているのでこれで手を打ってもらうことにした。
「日本に帰ってきてから全くやってなかったもんだから」
「そういえばあんた帰国子女だっけ?」
「そ。高校2年生の夏頃に日本に来たの。バスケはアメリカの時の名残みたいなもの。私が戦いたいのは男子だから、どうしても実現できなくてね結局こっちに戻ってきてから一度もやってなかったんだ」
「ふうん・・・ねえ戦いたいのってどんな奴?」
「身長が約2m近くあって、赤毛で野性的でちょっとおバカな私の弟。あ、血は繋がってないよ」
「どんな奴だよそれ・・・」
「そんなだよ・・・さて今日はここまでにして帰ろうか。付き合ってくれてありがとう、トーカ」
「別に、大したことない、から」
ほんの少し赤くなっているトーカに知らないふりをしながら、私たちは一緒に20区へ帰っていくのだった。
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深夜のガールミーツボーイ
まだ本編じゃなくてカネキくんも出てないのでアヤト君多めかもしれないです。
CP要素はあっても確定は避けていきたいと思ってます。
『ミヅキ』
『おまえが・・・・合うまで・・・守って・・・』
『それまで・・・・・・』
夢の中に響く声。聞き覚えがあって、最近全く聞いていない声。一番聞きたい声。
―――マヒトの声で、目を覚ました。
「――――――今、何時だ?」
時間を見ると午前2時。まだ日が昇りさえしていない深夜だった。でももう目が冴えてしばらく寝付けそうにない。
「仕方ない、外に行こう」
そう思い立つとシャツとサブリナパンツを穿いてボールを持つと部屋を出た。
そろそろ6月に差し掛かっているといってもそこまでの蒸し暑さは感じないし、むしろやや寒いくらいの温度。薄着しすぎただろうか。と独り言ちていると目的の場所―――バスケコートに着いた。
「とりあえず人影はなし・・・と」
周りを確認してボールを弾ませる。いくら地下で毎日のように四方さんに稽古をつけてもらっているとはいえ、バスケは熱中しすぎてひょっとしたら人間以上の力を使ってしまいかねない。なので誰も見ていないところでこうして訓練しているのだ。いつもは地下で、今回みたいに深夜にやることではないのでせっかくだし外で思い切ってバスケをしたいっていうのが本音だけども。
ドリブルしながらゴールまで近づいていきシュートする。ゴールを潜り抜け落ちてきたボールを拾うとゴールから距離を取ってスリーポイントを決めた。バスケコートを使ってちゃんとシュートを決めるのはこのあいだのトーカとの1on1以来なので少し不安だったけど・・・うん。とりあえずおおまかなブレとかはないみたいだ。・・・ひょっとしてダンクも軽くできるようになってるんじゃ・・・と魔が差したその時、ちょうど後ろから気配を感じた。
「どうしたの、こんな夜更けに。早く家に戻らないとトーカが心配するよ?―――アヤト君」
「うるせえよ、半端女」
私に指摘されて姿を現したのは――――――アヤト君だった。今回はそこまで前ほど敵意を感じないが不機嫌なのはそのままである。
「もしかして貴方も夜の散歩?トーカはこのこと知ってるの?」
「おまえと一緒にするんじゃねえ、俺は獲物探しにぶらついてただけだ。姉貴なんざ知るかよ」
「そっか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話が続かない。沈黙が、痛い・・・。
「ねえ、ちょっと付き合ってくれない?」
「はあ?なんで俺がおまえなんかに・・・」
「頼むよ。目が冴えて眠れないんだ」
「・・・言っとくがバスケなんてしないからな」
「うん。それでもいいよ。話し相手がほしいんだ」
「チッ」
「とりあえず、立ち話もなんだしそこのベンチにでも座ろうか」
舌打ちをして嫌そうにしながらもベンチに移動してくれたので私も彼の隣(といっても人一人分を空けて)に座った。
「ここは、あっちよりちょっと空が狭いね」
「あっち?」
「アメリカ。私、去年の夏にここに来るまではずっとアメリカの郊外に住んでたから・・・でも最近は忙しくてこうして空を見上げる余裕すらなかったなあ」
「・・・空なんてどこで見たって同じだろうが」
「違うよ。周りにある植物とか建物とかの景色や天気でも違うし、見る場所によっても見える星と見えない星があって星座が見れたり見れなかったりするんだから」
「そういうもんか?」
「少なくとも私はそう思ってる」
「・・・そうかよ」
「うん・・・綺麗でしょ」
「・・・・・・」
私は星空を見上げる。アヤト君は何も言わなかった。
「・・・俺はもう行く」
「あ、うん・・・話に付き合ってくれてありがとう」
席を立つアヤト君を見て私も立ち上がる。一応手を振ってみたけどアヤト君は振り返らなかった。
この時間帯にこの周辺に人が寄り付かないことを知った私は時間のある深夜にここに来てバスケをするようになり、アヤト君と鉢合わせし今日のように話すことが常になるのだけど、それはまた別の話。
主人公が空を見上げた時アヤト君は何も言わずに主人公のこと見てました。それでトーカちゃんの事や主人公の事考えて複雑な心境になってます。
あと、どうでもいい裏設定的な話になりますが、アヤト君と鉢合わせするようになるのはアヤト君が見計らってくるようになったからです。
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見落とす影
ちなみにこの時点でトーカちゃんは主人公に一定以上の好意がある設定。
カネキくんみたいに最悪な出会い方してないからね。
6月2日。いつも通りのあんていく。
「ブレンドを一つ」
「ブレンドが一つですね。はい、かしこまりました。」
「フゥン・・・」
「?」
注文を取った客がなぜかこっちを見てくる。こっちには私しかいないので、景色目当てでもない限り見る必要はないと思うんだけど。
実を言うとこの客によるこの視線は初めてじゃない。結構頻繁に感じる。なんかこの視線、頭から爪先まで見られているように感じて嫌なんだよ。たとえ客本人が長身の美形で品の有りそうな人でもその行いでチャラになりそうだ。
注文を取ってコーヒーを淹れてもらっている間他の注文や作業をしていてもずっとその視線を感じていた。
なんでこの人私の方見てるんだろう・・・
「お待たせしましたコーヒーのブレンドになります。」
「ああ、メルシィ」
コーヒーを置いたのに視線が向いたのは一瞬だけで私の方を見てくる。
「あの、私がなにか?」
「すまないね、ここに君のような美しい女性の店員がいただろうかと気になってしまって・・・気を悪くさせてしまったかな」
「いえ、気になっただけですから。ではごゆっくり」
「そうさせてもらうよ」
話した限りでは穏やかないい人だった。ひょっとして私の勘違いだろうか?感覚が鋭くなって過敏症なのかもしれない。
―――けど私を見てくるあの目はまるで。
「・・・舌舐めずりされてるみたいだ」
最初のマヒトを連想する獲物を物色する強者の目だった。
あの後、トーカに聞いてみたところあの人の名前は月山習と言いあの月山財閥の御曹司だった。あんな大企業のトップの一族が喰種だとか、世間って凄い。そしてそれと同時に彼を「20区の厄介者」なのだと言っていた。彼は気分で獲物の品定めをして捕食する「美食家」として世間を騒がせており、当然CCGにも目を付けられているうえ、月山は色々な業界に太いパイプを持っているので関わるとろくなことにならない。そう言われた。そしてトーカが何よりも心配していたのは私が彼に目を付けられているかもしれないことだった。
「大丈夫だよ。喰種は美味しくないって聞くし、匂いが変わってるから反応しただけできっとすぐに目移りするよ」
トーカを安心させるために、いや私もこうであってほしいと声に出す。
それが一つ目の間違いだった。
次の日。トーカは休みで入見さんは休憩、古間さんは買い出しに行っており、店に出ているのは私だけだった。月山さんは・・・また来ている。
「んー、何度来てもやはりここは落ち着くね」
「ありがとうございます。」
注文されたコーヒーを置いた。
「・・・君からは不思議な匂いがするね」
「よく、言われます。」
「甘く澄みきった香りとスパイシーな香りがちょうどよく混ざりあって独特のハーモニーを奏でている。実にいい香りだ」
「あはは・・・私は自分の匂いとかわからないので。そっか、そういう匂いなんですね」
トーカから言われたことと自分の勘でどうしても寄せ付けない言い方になってしまう。
「つれないね・・・もしかして霧嶋さんからなにか言われたのかな?」
「あ、いえ、その・・・昔縁のあった顔見知りとは、聞いてます。」
「なるほどね、まあ僕はこんなだからよく誤解されやすくて友人も少ないから無理もないよ。」
ちょっと切なげに言うこの人は今のところ視線や違和感がないものの、一番最初の視線を感じていた私は警戒し続ける。
「そうですか、でも少なからずいるんでしょう?なら今度はその人と来てくださいね。コーヒー一杯くらいならサービスしますから」
「・・・君は優しいね」
「いえそんなことないですよ・・・それではごゆっくり」
「待ちたまえ」
「・・・なんですか?」
テーブルを離れようとしたら呼び止められた。
「そういえば君は所縁君と一緒にいたとき高槻泉の本を読んでいたね。」
「はい」
「彼女の本の話が出来る相手は限られていてね、もし君さえよければ僕の話し相手になってくれないかな?」
彼が手に持っているのは「インダストリアル」。高槻泉の作品の一つだ。そういえばマヒトは小説よりも漫画派の人だったから高槻泉に関してはほとんど語らずに終わってしまったのを思い出した。私も高槻作品を語れる相手は身近にはいなかったのだ。なら、本の意見交換をするだけなんだしそのくらい付き合ったっていいのかもしれない。
「ええ、私なんかでよければ」
これが二つ目の間違い。
話を切り上げてその場を去る私の後ろ姿を見てほくそ笑む魔の顔を、私は見逃してしまったのだった。
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落ち度のツケ
梅雨真っ盛りの6月半ば。私はあの日以来ほぼ毎日来るようになった月山さんと本の話題で盛り上がり、彼に馴染んできた頃。
「今度一緒に出掛けないかい?」
「?どこにですか」
「高槻泉の訪れる喫茶店にだよ。それに他の本も見繕いたいし、君に選んでもらえると助かる。・・・どうかな?」
「いいですよ」
「ありがとう、氷室さん!では今週の土曜日にでも」
「はい、わかりました。」
これが、三つ目の間違いだった。もう少し怪しめばよかったのに、警戒を怠るなんて。
約束の土曜日。約束通り私と月山さんは高槻泉御用達の喫茶店、各区の本屋などを巡り一日を満喫した。
「今日はありがとうございました」
「いや、僕の方こそありがとう。やはり君と話して正解だったよ。これまで以上に本を楽しめそうだ。」
「ならよかった」
「けど、本当に送らなくていいのかい?」
「はい。・・・今日はありがとうございました。」
そして私は月山さんに背を向けて歩き出した。
「・・・いけないな、ここ最近は物騒だというのに・・・こんなふうに、ね!」
「!」
背後の気配に最低限の動きで回避する。そこには鋭い剣のような―――肩からの甲赫の赫子があった。
「へぇ・・・実に良い反応だ。益々君に興味が湧くよ」
「・・・なら見逃してもらえませんか?」
「ノン、それは出来ない相談というものだ。」
「そうですか」
「さあ、食事前の軽い運動といこうじゃないか!」
「!」
月山さんの攻撃を躱しながら一撃蹴りを見舞う。しかしあまり効いていない。まずいな、せっかく稽古つけてもらってたのに「相手を殺さない程度」の加減をする悪癖は健在だ。月山さんは色々と格上の存在なのでこれが致命的なことに繋がりかねない。
「いいね!反応といいこの蹴りといい・・・しかし赫子はどうしたんだい?この僕が赫子を出して対峙しているというのに・・・まさか出せないのかい?」
「・・・」
「これは好都合!ならまずは・・・味見だ」
「!!ぐ、あっ」
距離を取ったのに一瞬で詰め寄られ、てがわたしのおなかをかんつうしてた。
そのまま、なげとばされて、たてものにぶつかって。
近付いてくる月山さんの足音だけが異様に響いて聞こえる。
私
死
ぬ
の
?
まあ、頑張ったじゃないか。喰種に成り立ての身にしてはまずまずの結果だ。
―――ごめん。マヒト、せっかく生かしてくれたのに。
もう終わりだ。我ながらろくでもないけどいい人生を送ってきた気がする―――
『ふざけんなよ』
は
『言ったろ、守るって』
なん、で
―――――――――
「口惜しいがこれでラストワルツといこうじゃないか、氷室さん。やはり僕の目に狂いはなかった!!この味わったことのない甘く芳醇でこの上無い美味しさに僕は!僕は感動にうち震えている!」
「・・・が・・・の」
「んん?なんだい?最後の言葉くらい聞いてあげようじゃないか」
「少し優位に立ったからって、調子に乗るなよクソ
「ッッ!!」
「は、やっぱ、最低限しか食べてねえのか。こいつ」
「!」
元々人間で人間を食うことに抵抗があるのだろう。やはり出力の差は否めないが名残で人間の
「よお、久しぶりだな美食家、相変わらず面倒なことしてんなおまえ」
「氷室さん・・・?いや君はだれだ?」
「はぁー、最後に会ったのからまだ一ヶ月くらいしか経ってないのに・・・この赫子としゃべり方で分かんねえかなあ・・・まあ、世間では俺は死んだことになってるみたいだから仕方ないか」
「喋り方・・・赫子!!まさか君はマヒト君なのか!?」
「まあ、当たりといえば当たりだ。・・・だからっておまえと感動の再会なんて有り得ねえけどなあ!!」
再び燐赫で月山を攻撃する。一番使い勝手の良いのでこいつをよく使っているが今回はほんの少しだけ甲赫のも混ぜ込んで一際硬い一撃をお見舞いしてやろう。
「そおらよっと!!」
「っ!!」
バキンという音とともに砕け折れた月山の赫子が地面に突き刺さる。―――そしてその隙を狙い月山をハチの巣にした。
「そんな、馬鹿な・・・なぜ君、が・・・」
「そんなんどうだっていいだろ。そのままくたばってろよ変態――――――ミヅキに手エ出したら殺す。それだけ覚えとけ」
――――――まあ、それだけだ。じゃあな。
切り替わるようにその一言だけ聞くと私の意識は浮上した。血塗れの私、それ以上にスプラッタな月山さんだけが取り残された現場から、私は痛む体で月山さんと月山さんの折れた赫子を回収しそのままあんていくに向かうのだった。
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食べ残し 近づく足音
内臓が切り分けられる。
ああ、なんて愛しい赤なのでしょう。
生まれ変わろう。
さあ食べて、大口をあけて子どものようにぺろりと咀嚼し生きていく。
死にゆく糧に感謝を 命は尊く踏みにじられる。
ふわふわの冷たい泡立つ血液に寝かされて。美しい一品に盛り付けられる。
残るのは硬く刺さる骨。
柔らかくなきゃだめなのだ 絞め殺されてえずく目玉が口を開く。
「口に合うキスはもらえたの?」
翌日、目を覚ますと月山さんに付けられた傷が全快していることを確認して「あんていく」へ出勤する。
「おはようございます。」
「おはよう、ミヅキちゃん」
「昨日はすみませんでした。二階貸してもらってしまって・・・でも私、月山さんの家知らないし、うちもあまり知られたくなかったので・・・」
「いいんだよ、ミヅキちゃんの方は傷は大丈夫かい?」
「はい。もうほとんど治ったので・・・月山さんは?」
「月山君ならもう帰ったよ。君によろしくと言っていた。」
「そうですか・・・」
思い出して気が重くなる。私によろしくってそれは謝罪なんだろうか、それともちょっとプライドが傷付いたから逆恨みか近いうちに再戦する、ということなのだろうか?
「それから、トーカちゃんが心配していたよ。」
「あ・・・」
そういえば月山さんと接触することに対して一番心配してくれていたのはトーカだった。結局危惧していた事態になってしまったわけだから後で謝っておかないと。
「・・・トーカが出勤してきたら謝っておきます。」
「そうだね、あの子も君の顔を見た方が安心するだろうからそうしてあげるといい」
「はい」
そして出勤してきたトーカにはやっぱり怒られると同時に心配された。
「ったく、だから月山には関わるなってあれほど言ったのに!!」
「ご、ごめんトーカ」
「・・・今回は一応無事だったみたいでよかったけど、あんまり信用すんなよ」
「うん。さすがに二度も死にかけたくない」
「・・・ならいいけど。・・・とにかく、無事でよかった」
私がちゃんと頷くのを確認し、それだけ言うとそのまま去って行った。
「・・・ありがと、トーカ」
怒りながらも私の心配をしてくれる妹分にこっそりとお礼を呟いた。
「・・・さて、今日もバイト頑張ろう!」
バイトに赫子の訓練に色々あるけど、少しずつ馴染んでいこう。そう気持ちを入れ替えた。
強く、なりたいな。
―――同時刻、東京都内のある雑木林。
「ここもハズレね」
「
「いいえ。赫子も出せないハズレしかいなかったわ」
「ええー、またしらみつぶしですか?」
「仕方ないでしょ、140番とその子供がいないんだから。行くわよ
「へーい。分かりましたよ上官・・・次の宛ては?」
「――――――20区よ。」
そう言って去り行く白コートの男女がいた場所には、赫眼を見開いた血塗れの喰種の遺体が転がっていた。
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新たな出会い
月山さんとの一件があってから、私は稽古の時だけでなく、毎日あんていくの地下に通い詰め戦闘訓練と赫子の操作について練習していた。
「ミヅキ、お前は動きや反応はいいが相手に触れる瞬間に加減する癖がある。前は人間相手だっただろうが今は喰種だ、白鳩も容赦なく殺しにかかってくる。時と場合を見極めろ」
「はい・・・」
稽古終わりに四方さんから最もな指摘を受ける。やっぱり長年の癖を外すのは結構キツイらしい。赫子に関しては訓練の甲斐もあって初めの頃にあったタイムラグもほとんどなくなっている。どうにかして癖を直さないと・・・
「・・・今日はここまでだ。」
「はい、ありがとうございました。」
「・・・そういえば、ウタの奴がマスクが完成したから取りに来るようにと言っていた」
「あ、もう完成したんですか?というか四方さん、ウタさんと知り合いなんですか?」
「・・・昔の馴染みだ」
「そっか・・・じゃあ、近いうちに取りに行きます。」
「そうしろ、店長からもあると思うが・・・最近20区に白鳩がうろついている。」
「白鳩が・・・」
「・・・何事も用心するに越したことはない。気を付けておけ」
「・・・はい」
ここ20区は割と平和なところだとマヒトは言っていたし、私のような人間(今は半喰種だが)が何も気にせずに生活出来ていたことから他の区に比べて静かで穏やかなところなのだと思っていた。あんていくのおかげで争いや大きな事件も比較的少ない。そんな区のはずなのにどうしてそんなところにCCGの捜査官が・・・?
*****
次の日、私はマスクを受け取りに「HySy ArtMask Studio」に来ていた。
「こんにちは」
「やあ、いらっしゃい」
「マスクが出来上がったって四方さんから聞いて、受け取りにきました。」
「うん、そこにあるよ」
ウタさんに指さされた方を見るとそこにあったのは――――――顔のトルソーに着せられた眼帯のハーフマスクだった。顔を覆う布地の色は黒。右目はやや蒼みのある星・・・いや花のようなカッティングのストーンが付いている。眼帯を支える紐は同じ黒の布地にそれより一回り大きい(といってもネックレスやペンダントよりやや大きめ程度の)チェーンでできており、眼帯の下からマスクに繋がる装飾のようなチェーンにはもっと透明な雫が付いていた。そこから目線を下げると首にも眼帯と同じストーンが付いておりそこにもチェーンが二重に巻かれている。
「これが、私のマスク・・・」
「僕なりに君をイメージして作ったんだ。自分で言うのもあれだけどかなりの力作になったと思うんだけど・・・気に入ってくれた?」
「はい」
「そう、よかった」
まるで雪の結晶のようなストーンとそこから伸びたチェーン。
とても綺麗で美しいと思うのに――――――何故か泣いているように見えた。
「さてと、じゃあマスクも渡したし、行こうか」
「?行くってどこにですか?」
私が問いかけるとウタさんは振り向いてこちらにウインクしながら内緒話のように口元に人差し指を当てて悪戯っぽく微笑んだ。
「とっても便利でとってもいいところ、だよ」
「ここだよ」
ウタさんに連れられて14区のバーにやって来ていた。
「『ヘルタースケルター』?」
促されてバーの扉を開け・・・
「ぶ!?」
「え゛」
私が扉を開けると同時にゴ、と扉に何かがぶつかる音と蛙が潰れたような悲鳴が聞こえた。そのまま開けなおすとそこには長い茶髪の美女がへたり込んでいた。
「いててて・・・」
「あ、あの大丈夫ですか?」
「・・・そうやって驚かそうとするからだ、イトリ」
「四方さん!!」
奥に寄りかかっていたのだろう四方さんが近づいてくる。というか何故ここに!?
「うー、大丈夫。ありがと、君は優しいね」
「いえ結構凄い音がしたので・・・」
「・・・いつまでも入り口を塞いでおくわけにもいかないし、とりあえず中に入ろうか」
ウタさんに言われてまだ入り口だったことに気付き急いでバーの中に入った。
「いやー、初っ端から変なところ見せてごめんね、ミヅキちゃん。ま、今日は私の奢りだから好きなだけ飲んで・・・あ、未成年だっけ。好きなだけ寛いで行きたまえよ」
「はい、というか名前・・・」
このバー「ヘルタースケルター」の店主だというイトリさんは元は今ウタさんのいる4区にいたらしく四方さんとウタさんとはその時からの付き合いらしい。そのせいかお互いに遠慮がない。今だってお酒を勧めようとしたイトリさんを四方さんが睨んで制してくれた。
・・・私の名前はこの二人経由なんだろうか。
「話は色々聞いてるよ~氷室美月ちゃん。4月に交通事故に遭って、所縁真人の臓器を移植された半喰種」
「!!」
この人の情報の精度に戦慄した。マヒトのことは公式的にも伏せているし、自分で打ち明けたのもトーカや店長にだけだ。ならなんで・・・?
「あー、そんな怖い顔しなさんな。ここはあんていくとはまた違った喰種と喰種の社交場ってやつなんだから、色々噂や話題が入ってくるの。だから情報屋じみたことなんかもやってるんだわ。それの一環で知ってるだけ。別に悪用とかはしてないよ」
「そう、ですか」
「うんうん。ってなわけで情報が欲しいときはぜひともご贔屓に、ね。もちろんタダってわけにはいかないけど報酬の額や私の知らないレアな新しい情報によっては甘々なのから超ど級にすんごいのまで用意して待ってるから。ああ、あと成人したら普通に酒かっくらいに来てもいいわけだし。ま、今後とも末永くよろしくってね」
そう言って飲みかけのグラスの中身を呑み切り、ボトルから注ぎ直すイトリさん。この人には聞きたいことがたくさんある。半喰種のこと、マヒトのこと・・・でも一番はやっぱり今迫っていることだ。
「あの、イトリさん。さっそく聞きたいことがあるんですけど」
「ん~?今日は私の奢りって言ったし、いいよ。何が聞きたい?」
「最近20区をうろついてるっていう捜査官の情報ってありますか?」
するとイトリさんは私の思っていることを理解しているのかフッと薄く笑ってグラスを傾けながらこっちを見る。
「おやあ?その情報なら確かにあるけど意外だねえ・・・本当にそれでいいの?もっと聞きたいこととかあるんでないの?半喰種についてとか所縁真人についてとか」
「はい、どっちにしても生き延びないと意味がないので。口惜しいですけど今度にしておきます。私はまだ捜査官と戦ったことがないし、あんていくのみんなやトーカや四方さんに助けられてばかりなので、なるべく足手まといになりたくないんです。」
はっとしたような顔のイトリさん。え、私変な事言った?
「こ、この子いい子や!!ねえレンちゃん、ミヅキちゃんくれない?」
「・・・やるわけないだろう」
「ちぇ、レンちゃんのケチ」
「あはは・・・」
そして気を取り直してイトリさんは私と再び向かい合う。
「でもそっかそっかあ。うんそういうことならね、納得。で、その今回の捜査官の情報ね。―――捜査官は若い男女のコンビ。しかも両方とも箱持ち。箱の中のクインケまでは正確な情報は来てないけど、奴らは今ある喰種の親子を探してるみたい」
「喰種の、親子」
「そ、大方ちょっと不信な行動とかで疑惑かけて識別番号みたいな振ってるんじゃないの?今のところあんていくよりちょっと遠い区の境目辺りを捜査してるらしいから他の区に行くときは気を付けたほうがいいかもね」
「ありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそ」
そうしてひとしきり話すと私たちはバーを後にした。
*****
一旦あんていくに寄って今日の分の食事とコーヒーを持って帰る。四方さんにはイトリさんが迷惑をかけたからとちょっと多めに肉を貰った。気にしなくていいのになあ・・・。と夜道を歩いていると何処からか血の匂いがした。この匂いは喰種だ。
匂いを頼りに路地に入って奥へ進んでいくとそこには脇腹から血を流す男性と、泣きそうになりながらその人にすがるように呼び掛けている男の子がいた。
「お父さん!死なないでお父さん!!」
「っ・・・」
喰種の親子・・・今日イトリさんの言っていた捜査官のターゲットになってしまった人なのだろうか?いや、考え過ぎか。
私は二人の前に姿を現した。
「あの、大丈夫?」
「!」
私が声をかけたことでビクッと男の子が反応して恐る恐るこちらに振り返る。声だけでは分からなかったが、その子は泥だらけで、今にも泣きそうな雫が溜まった目で私を捉えた。
「お願い、お父さんを、助けて」
藁にもすがるような思いで絞り出されたその声に、私は ―――応えた。
「うん、もう大丈夫」
そう言って頭を撫でると、とうとう堪えきれなくなったのかぼろぼろと泣き出した男の子と倒れているお父さんを抱えてマンションに帰った。
マスクはカネキ君みたいなハーフマスク。赫眼は右目にしようと思ったのですが、知恵袋の記事の考察を読んで考えた結果、『「強い思い・目的」を持って半喰種になったわけではない』ので左目にしました。
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ある喰種の独白
気が付くと自分は一人だった。
優しい両親は捜査官によって殺された。
正直自分は何かを傷つけるということそのものが苦手であり、両親が強かったし何より自分は幼かったので自分で狩りに行くことはなく、両親が取ってきたものを食べていた。なので両親がいなくなってからは必然的にこの暴力的な世界に身を置き、必死に生きてきた。
そうして暮らすうちに後の妻になる人に会った。彼女と結婚し、やがてケイタが生まれた。幸せだった。
それも長くは続かなかった。妻が喰種の縄張り争いに巻き込まれ命を落とした。その抗争のせいで捜査官たちが介入し、妻の遺体は回収され、弔うことさえできなかった。せめて妻の遺品である指輪を埋めようと墓を作ろうとしたところを捜査官に補足され、ケイタと二人で逃げ回った。
けど、今回の捜査官はなかなかに優秀らしく、ついに出遭ってしまった。クインケにより重傷を負わされ、なんとか路地まで逃げ込んだものの出血が酷くて動けない。ケイタが必死に呼びかけてくれるがいつものように頭を撫でてやることもできない。
もう、終わるのか――――――
「あの、大丈夫ですか?」
消えかけの意識の中で聞こえてきたのは心地の良い女性の声だった。
「!は」
目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。
「あ、おはようございます。」
「?!あ、あなたはっ!!」
「まだ動いちゃだめですよ。たぶんまだ塞がってませんし、ここには私とケイタ君とあなたしかいませんから、とりあえず安心してください。」
「・・・ここは、どこですか。あなたは何者ですか」
「ここは20区の私のマンションで、私はここに住んでいる者です。帰り際に血塗れのあなたとケイタくんを発見したので、捜査官に見られるとまずいしそのまま担いでここまで運んできたんです」
「・・・そうですか、ケイタは?」
「あの後泣き疲れたのかすぐに眠っちゃいまして、ほら。まだ寝ててください。」
「・・・はい」
不思議な少女だ、というのが第一印象だった。
自分たちを保護してくれた彼女の名前は氷室美月。都内の高校に通う高校生で「あんていく」という喫茶店でアルバイトをしているらしい。彼女からは人間と喰種両方の匂いがする。そのことを聞いたらどうやら元は人間で、最近事故に遭い喰種の友人の臓器を移植したことで半喰種になったのだという。辛くないのかと聞けば「辛くないわけではないが、友人がくれた命なので精一杯自分にできることをしたい」と言っていた。少し辛そうに儚く笑った彼女にとってその喰種の友人はかけがえのない人だったのだと、そう思った。
ミヅキさんは喰種に対して偏見がなかった。喰種と友人だったことから元々なのだろう。後、ぼろぼろで如何にもわけありっぽい自分たちを保護してこうして一緒に生活しているあたり、お人好しだ。自分も子持ちとはいえ男であることに変わりないのに。
ケイタも彼女に懐き、自分も前の穏やかな生活に戻ったようでこの環境を気に入っていた。それはきっと、ミヅキさんのおかげなのだろう。彼女の側にいると心休まるというか、安心するのだ。妻とは優しくてしっかりしているところ以外全く違うのに。たぶん助けてもらった恩もあると思うが、自分は彼女に惹かれているのだろう。
けどいつまでもここに世話になり続けているようではどうしようもないので、新しい生活をするためにもミヅキさんの働いている「あんていく」を紹介してもらい、喰い場を紹介してもらった。よし、これで後は捜査官の目を掻い潜りつつ新居に引っ越すだけ――――――そう、油断していた。
雨が酷い。今日は早めに上がれると言って出て行ったミヅキさんが心配になり、外の様子を見ようとベランダを開けた瞬間、悪寒がした。この気配は、あの時の白鳩だ!
「お父さん?」
「今すぐ、ここから出るぞ」
「な、なんで?お姉ちゃん帰って来てないよ?」
「ここの近くに、この前の白鳩が彷徨いてる。ここを嗅ぎ付けられたらミヅキさんにも迷惑がかかる。分かるな」
「!!」
この前のことを思い出したのか蒼白になりながら頷くケイタと世話になりっぱなしで何一つ返せないままのミヅキさんに申し訳なく思いながら、書置きを残してケイタと一緒に部屋を出た。
この間助けた親子のお父さんの方の視点です。独白なので名前は出していません。次回に主人公の方から出てくると思います。ちなみに薄々気付いてる人もいると思いますがケイタ君は主人公にとってのヒナミちゃんみたいな立ち位置になる予定。となるとこの人の末路は・・・。
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束の間の優しさ
カネキくんの体験を参考にして書いてます。なので原作のセリフや場面を再現してたりとかもするかもしれません。
あんていくの帰りに拾った喰種の親子は枢木可採さんと圭太君という名前の人たちだった。
悪い予感はほぼ的中し、彼らは捜査官に追われて追い詰められた結果あそこにいたらしく、カサイさんは瀕死の重傷を負い、私が通りかからなければ確実に死んでいたのだろう。
ケイタ君は私が二人を助けたためかよく懐いてきてくれたし、カサイさんも最初こそなんとなく警戒していたものの、今ではなんとか慣れて打ち解けてくれているようだった。ケイタ君は私の部屋にあるものが珍しいのか色々聞いてきたので様々なことに答えていると、カサイさんがケイタ君に読み書きや計算、常識などを教えてほしいと言ってきた。なんでも、ケイタ君が人間社会に溶け込んで生活できるようにしたいが、カサイさんはほぼ独学で身に付けた最低限の知識しかなく、学校にも通っていないためケイタ君に教えるのは限度があるので学校に通っていて読書家の私にケイタ君の教師役になってほしいとのことだった。そういうことならと私も快諾し、学校とバイトの合間にケイタ君に様々なことを教えた。懐いてくれるケイタ君とそんな私たちを嬉しそうに見守るカサイさんとの生活は心地よかった。
「で、なんでそんなこと俺に話すんだよ」
「ちょっと聞いてもらいたくてさ、というかアヤト君こそ大丈夫なの?今捜査官がうろついてるって話だけど」
「アホか、俺は戦えるから別にいいんだよ。自分の心配しろよ、戦えねえくせにのこのここんな夜中にきやがって」
「いや動けないわけじゃないんだよ、実践経験があんまりないだけで」
「そんなん一緒だろうが」
「って言いながらもここに来てくれるんだよねアヤト君は」
「あ?何勝手なこと言ってんだこの自意識過剰女」
「別に?アヤト君は優しいなって」
「・・・ムカつく」
「ふふ」
不機嫌そうにするアヤト君は真剣な表情になって私に問いかける。
「・・・おい、これから本当にどうすんだ」
「どうって・・・カサイさんがそろそろ引っ越すからってあんていくも紹介したし、あとはどこに越すか決めるだけだけど」
「そうじゃない、捜査官の方のことだ。アイツらは喰種とその協力者に対して一切容赦がない。これ以上そいつらに関わると、死ぬぞ、おまえ」
より一層低い声で言われた核心的な言葉にこれは忠告なのだと感じ取る。
「心配と忠告、ありがとう」
「別にそんなんじゃねーよ!茶化してんじゃねえよバカ!!」
「うん、分かってる。だからありがとう」
「っ・・・、精々死ぬんじゃねえぞクソ女」
「うん」
そう言って去り行くアヤト君の背中を見送りながらカサイさんとケイタ君、あんていくのみんなのことを考える。
みんな、いい人たちなんだけどな・・・どうにかして共存することとかってできないのかな。アヤト君に言ったら怒りそうだけど、でもせめてお互いの距離感を保って領分さえ守っていればきっと・・・夢物語みたいなことかもしれないけどそれが現実に成ればこんな憎しみや血にまみれた世界はお互いに暮らしやすくなるのではないのだろうか?
そんなことを思いながら、私は星の少ない夜空を見上げた。
*****
翌日、バイトが終わって帰ろうとすると雨が降っていた。洗濯は一昨日済ませて今日は干していないのが不幸中の幸いだろう。店長からもらった三人分の肉と角砂糖を持ってマンションに急いだ。
部屋のインターホンを押すが、反応がない。
「?」
おかしいな、いつもならカサイさんかケイタ君が出てくれるんだけど・・・ドアの鍵を回すと空ぶった。え、まさか開いて、る?
取っ手に手を掛けて引くとドアが開く。嫌な予感がして急いでリビングに向かうと、そこにいつもの二人の姿はない。完全なもぬけの殻だった。
「カサイさん?・・・ケイタくん?」
リビングのテーブルの上に二つ折りになった紙があった。そこにはカサイさんの字で「ミヅキさんへ」と書かれており、急いでいたのか端が合っていなかった。
『――――――ミヅキさんへ
これを見ているということはもうその場に私たちはいないのでしょう。少し急ですが、この家を出ることにしました。助けて匿ってくださった恩を返せないままでごめんなさい。あなたとの生活はとても幸せでした。
どうか、お元気で。
――――――カサイより』
いくらなんでも急すぎるし、この最低限の内容しか書かれてない端の合ってない手紙。まさか、捜査官に見つかったのか?
「っ!!」
私は正体がばれないように私服に着替え、マスクを持ち出すと外に出た。
*****
二人の匂いを追ってただただ走る。雨で薄まっていく匂いに焦りながらもとにかく走る。すると向こうからカサイさんの上着を被ったケイタ君が必死に走ってきた。
「お姉ちゃん!!」
「ケイタ君!!」
「お父さんが、お父さんがまだっ」
「!!」
そのままケイタ君に連れられて走っていくと――――――そこには二人の男女に挟まれ血塗れになっているカサイさんの姿があった。カサイさんは私たちに気付くと優しく微笑み――――――
「 、 」
それが、最後の言葉だった。言葉を言い切った瞬間。カサイさんの首は女性捜査官の刃で宙を舞った。
「ぉと さ――――――!!」
「っ!!」
私はただ、ケイタ君にこれ以上この現場を見せないように目と鼻を塞ぎ、見つからないように気配を潜めることしか出来なかった――――――。
カサイさんの最期の言葉は次回判明させる予定です。
ミヅキちゃんはもしものためにマスクを持っていきましたが結局間に合わなかったため使っていません。
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後悔先に立たず
173cm。
58kg。
O型。
足のサイズ26.5cm。
尾赫。
like:妻、ケイタ、家族団らん、ミヅキとケイタと過ごす時間、平穏。
見つからないように感覚を研ぎ澄まし急いで家に帰った。帰って来るまでケイタ君は終始無言で、お風呂から上がった後もずっと沈んだままだ。
シャワーの滴に温められているのに体の中は冷たいままで。今でも思い出すあのカサイさんが殺される光景。
微笑んで、彼は確かにこう言ったのだ。
『生きろ、幸せになれ』
それは間違いなくケイタ君に向けた父親としての尊い願いだった。
私は一体、二人に何をしてあげられたんだろう。結局、カサイさんは捜査官たちに殺されてしまった。
そこで改めて実感した。私達喰種の居場所は人間より更に狭く脆いものだということを。捜査官に狙われ、時には同じ喰種とも戦わなければ生きていけない。まさに弱肉強食の世界なのだと。
ダメだな私。今更実感するなんて。分かってたはずなのに、本当はずっと二人と暮らすこの当たり前みたいな毎日が続くと思って、全然解ってなかった。
「っ、う、ぅぅ」
――――――私は無力だ。
溢れる涙はシャワーの水と一緒に流れていく。私が泣いてはだめだ。本当に泣きたいのは目の前で父親を殺されたケイタ君だというのに。
こうしてはいられないと、シャワーを止めて風呂場から出る。とにかく今は私にできることをしなくては、カサイさんが命がけで守ったケイタ君が捜査官に見つからないようにここに匿っておく―――いや、ひょっとしたら目を付けられてる可能性も否定できないから、店長やみんなには悪いけどあんていくの2階を貸してもらえないだろうか。
着替えているとケイタ君がいるはずのリビングの方が静かな事に気付いた。物音一つどころか呼吸音さえしない。急いで着替えを済ますとリビングのドアを開ける。―――いない。
「!ケイタっ」
名前を呼んでも反応がない。玄関を見たら靴はあった。ならばとリビング以外の部屋もケイタ君が入れそうな場所も探したが見当たらない。
「一体どこに・・・!!」
リビングのベランダに続く大きな窓が、微かに開いていた。開けて確認するとベランダ用のサンダルが、ケイタ君の分だけ消えていた。まさかここから外に出たの!?ここは6階だから大丈夫だと思っていた。考えが甘かったのだ。普段肉を食べる以外で喰種だと認識することがなかったけど、そうだ、あの子は喰種なんだ。だから人間が出来ないような無茶も覚悟と方法さえあればできるんだった――――――!!
「急がないとっ」
私はフード付きのパーカーを着て念のためにマスクを首に着けると再び外に出た。
*****
外は、もう真っ暗で雨がさっきよりも酷くなっていて匂いというより気配を辿ると言った方がいいような状態だった。でも、それでも必死にケイタ君を探し続ける。失うのが怖い。カサイさんを失い、ケイタ君まで失ってしまうのが、怖かった。もうあの日々に戻れないのもわかってる。ケイタ君がもしかしたらもうあの無邪気な笑顔を向けてくれないかもしれない。でも、それがどうした。私は、私の守りたいものを守る。それさえできれば私は――――――
ケイタ君が無事であることを祈って走り続ける。―――きっと私の推測が正しければ、あの子はあそこにいるはずだから―――。
そんな私を遠目から見ている人影がいることを、私は見逃していた。
「何やってんだ、あいつ・・・」
走って走って、たどり着いたのは――――――カサイさんが殺された場所だった。そこに、雨に濡れるのも構わずひたすらに立ちすくんでいるケイタ君がいた。
「ケイタ君」
「!っ、お姉、ちゃん」
私に気付いて振り返るケイタ君はもうずぶ濡れで目元も泣いた跡で赤くなっていた。
「心配したよ、ほら、帰ろう」
「でも、お父さんがいない」
「それは・・・」
「・・・きっとお姉ちゃんも、いつかお父さんみたくなるんでしょ」
「!!」
私の言おうとしていた言葉の数々が、その言葉に消えた。
「僕、きっとまだあの人たちに狙われてるんでしょ?だから、僕と一緒にいればお姉ちゃんまでお父さんと一緒になっちゃう。・・・僕、もう一人でいいよ。だから、もう僕に構わないで」
「ダメ、帰ってきて。」
「でも・・・」
諦めたような、でも寂しそうな目で私を見るケイタ君を、私は抱きしめた。
「いいから、帰ろう。カサイさんだって最後に『生きろ、幸せになれ』って言ってたんだから。君は一人になっちゃダメ。カサイさんの分まで生きて幸せにならないと・・・君のお父さんが守ったものを無駄にしちゃいけない」
「・・・・・・うん。ねえお姉ちゃん」
「?」
「僕、生きてていいのかな」
震えながら、下を向いてケイタ君が呟いた言葉が雨の音を一瞬、遮って聞こえた。
「―――生きてていいんだよ、誰かに『生きて』って言われた。それだけで、充分生きる理由になるんだから」
「う゛ん゛」
そう、君は望まれてここに生きている。だから、そんな風に思う必要はないのだ。
腕の中に戻ってきた冷え切った体温に安心し――――――いや、まだだ!!
「ケイタ君・・・飛ぶよ」
「!」
私がケイタ君を抱えて後ろに飛ぶと鋭い金属音とともに私たちの元居た場所に刃が刺さっていた。
ケイタ君は顔を青くしてさっきより震えが酷くなる。
「あ・・・あ、あれ、お父さん、の」
「!」
私はフードを被り直してマスクを付け刃の飛んできた方向を睨みつける。
その刃が繋がるチェーンを手繰り寄せながらゆっくりこちらに向かってくるのは―――
「おやあ?避けちゃったの?これでも気配消してたんだけどなあ」
あの、カサイさんを殺した捜査官の片割れだった。
「しぶといなあ・・・いい加減死んでくれると俺も残業しなくて済むんだけ、ど!」
「!!」
捜査官の手元に戻った刃が数を四本に増やして再び私たちに向かって投げられる。
ケイタ君は私により強く抱き着き、私は防壁と迎撃を兼ねて四本の燐赫を展開した。迫りくる刃を相殺するように角度と距離を計算し、一つずつ壊していく。
最後の一本を砕き、そのまま先に壊し終わった三本で相手を拘束し投げ飛ばせば!!
「あらら・・・なんてな」
「!」
私の三本の赫子は相手の隠し持っていた五本目の刃のチェーンで縛られていた。
「く、この!」
私は解こうとするがなかなか解くことが出来ない。
「あー無理無理、君見たところ燐赫っしょ?こいつは尾赫だからそんな程度じゃ外れないよ」
「っ」
呆れたように言う捜査官。あれは尾赫のクインケなのか、赫子について聞いたときにケインケについても聞いたことを思い出した。
クインケは普通の武器や攻撃では歯が立たない喰種に対して人間が造り出した唯一の対抗することが出来る武器なのだと。その材料は喰種に唯一効く金属である「クインケ鋼」と喰種の「赫包」なのだと、だからクインケの入ったアタッシュケース・・・「箱持ち」の捜査官には気をつけるように言われて――――――待てよ、材料は
「っ、う゛、の!!」
「え、ちょ、マジで?!」
巻付いているチェーンを気にすることなく無理矢理赫子を持ち上げ相手に叩きつけた。轟音と地面の抉れが凄いがそんなものはどうだっていい。
『あ・・・あ、あれ、お父さん、の』
そういうことか、ケイタ君が言ったのはカサイさんを殺した捜査官のことじゃない。奴の使うこのクインケのことだったんだ。
「まさか拘束をものともしないとは、恐れ入った」
「・・・このクインケ、は」
「ああ、これ?今日仕留めたばっかりのそこにいる子の父親の赫包から作ってもらった急造品さ。ほんとはクインケってもっと時間をかけて作るもんなんだけど、そこはほら、折角だし父親で殺してあげた方がいいかなーっていう俺なりの気遣い、みたいな?」
「この、下種が!!」
赫子が動かし辛いまま相手に向かって振り回す。しかし相手は紙一重で回避した。
「っと、やべ。でも気付いてる?動けば動くほど、こいつは君の赫子をより絡め取っていってるってこと」
「!ちっ」
確かに言われた通り、私の赫子は最初に縛られたときよりもより多くのチェーンが絡まっているように見えるし、余計に動かし辛くなっている。
「の、せ!」
「ぐぅ、あ!」
残っていた一本で相手を弾こうとするが駄目だった。ダメージは与えられたようだがその場に立ったままだ。倒れてクインケを手放してくれるとよかったのに。
「ゲホ!・・・うわー聞いたわ」
「・・・っ」
「女性には優しく、ってよくいうけど・・・生憎喰種のメスにそんな人道持ち合わせちゃいないんでねぇ!!」
「!!」
新たな刃が投げられる。まだ隠し持ってたのかこいつ!!避けようにもケイタ君が動ける状態じゃない。私は覚悟してケイタ君をきつく抱きしめ身を固くした。
――――――しかし、身体を貫かれる感覚はいつまでたっても来なかった。
「っ・・・?」
恐る恐る目を開けるとそこには――――――
「チッ、これだから嫌なんだよ。半端ヤローは!!」
「!あ」
黒いマスクを付けたアヤト君が立っていた――――――。
戦闘描写苦手ですみません・・・。カサイさんのプロフィールはもう出す機会ないかもしれないと思って書きました。
戦闘描写苦手とか言って次も戦闘になると思います。日常が恋しいよ・・・
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Midnight encounter(ミッドナイト・エンカウンター)
「アヤト君」
私は捜査官に聞こえない程度の小声でアヤト君の名前を呟いた。
「・・・・・・」
アヤト君は無言のまま受け止めた刃を握り砕き、私の赫子に絡まったチェーンも引きちぎってくれたので、私の赫子は自由になりすぐに赫包へしまいこんだ。
「何君?そこの二人のお仲間?ああ、それともそこの子の彼氏とか?ま、形はどうあれ『助けた』わけだし・・・喰種だったら殺しゃいいし、まあ人間だったとしても喰種法にこじつけりゃ大体なんとかなるっしょ!」
捜査官は本数を更に増やしてアヤト君へ飛ばすが、アヤト君は全て躱して一瞬で捜査官と距離を詰めると顎にアッパーを決めた。捜査官はその衝撃に耐えられなかったのかそのまま勢いよく宙を舞い地面に叩きつけられる。
「げっ」
「・・・・・・」
落ちた捜査官を一瞥するとアヤト君は私たちの方を振り返った。
「結局巻き込まれやがって、話聞いてなかったのかよ半端女」
「っ」
「・・・ごめん」
アヤト君の言葉に私は素直に謝り、ケイタ君は自分のせいだと思っているのかビクッと反応した。アヤト君はそれを見て何か言いたそうにしていたけどそのまま私たちに背を向けた。
「・・・行くぞ、いくら夜中だったとしてもこんだけ暴れて気付く人間がいないとも限らない。見つかる前にずらかる」
「ええ、そうね。喰種ながらにその状況把握能力、称賛に値するわ」
「!!」
「なっ!?」
女性の声とともにアヤト君は脇腹を切られていた。
「ぐ、テメェ・・・!!」
「まあだからと言って君に興味があるわけでもないから、赫包だけおいて死になさいな」
女性が刀のようなクインケを振りかぶる。まずい、このままじゃアヤト君が――――――
なら―――
「!!」
「おま、え・・・」
「―――そう簡単にやらせるかっての」
その動きは無造作なものではなく、無駄も隙もない完璧な身のこなしで女捜査官は後退すると、片割れである地面に伏した捜査官に声をかけた。
「起きているんでしょう、いい加減に立ちなさい加瀬宮一等」
「・・・バレてました?」
「バレバレよ」
「すいませーん・・・もうぶっちゃけ眠いんです・・・」
「・・・・・・あなたのデスクの引き出しに入ったお宝、全部売りさばくわよ?」
「はい、起きます!!」
「それでよし、仮眠なんて後でいくらでも取れるんだから・・・今はこっちに集中なさい」
そう言って二人とも武器を構えなおす。やばいな、
するとアヤト君の方から提案があった。
「おい、おまえは女の方をやれ。男の方は俺がやる」
「・・・わかった」
実践経験もほとんどなくそのうえ相性の悪さを考慮してくれたのだろうその案に私も乗る。そして私はケイタ君をより強く抱きしめると走り出した。
「逃げられると思うなよ」
すかさず刀のクインケを携え追ってくる女捜査官。よしこのままここからなるべく離れることを最優先に。けど―――
その場にとどまったアヤト君の方を見る。傷と口から血を流す彼は私たちの方を見ることなく、男の捜査官と対峙していた。
きっと私がいても邪魔なだけだ。だからここはアヤト君を信じてより遠くへ行かなければ。
私は足に力を入れて追いつかれないように先を急いだ。
「じゃ、水義さんもあっち行ったし、俺もあっちに―――」
「させるかよ!!」
すぐに羽赫の結晶を撃ち出し白鳩が向こうに行こうとするのを制する。
「ちょ、マジでなんなの君。今回の任務はあの子を殺したら終わりなのに、サービス残業とかマジで勘弁してくれよ~俺もう眠いんだって。お分かり?」
「ああ、なら二度と目エ覚まさなくてもよくしてやるよ!!」
昂る感情に羽赫の放出が強まった。それを見た白鳩は溜息を吐くとクインケを構えなおした。
「やれやれ・・・大人をなめるなよ、ガキ」
*****
とにかくまたひたすらに走る。追いつかれては困るがかと言って人間が越えられないような障害物のところに行ってアヤト君の方に引き返されても困るのでなるべく越えられそうなところを選んで進む。しかしそう都合のいい道が続くわけもなく―――
「っ行き止まり」
私たちは路地を抜けた奥まったところにある空き地にたどり着いてしまった。幸い他に人はいないがそのかわり遮蔽物も、身を隠せるようなところもない。まずい。
淡々と迫りくる靴音がこの空間に入ると同時に止まった。
「色々気を使って逃げてたみたいだけど、もうそれも終わりよ。私達に鬼ごっこして遊ぶような時間はないの」
「・・・私達だって遊びであなた方と対峙しているわけではありません。」
「あらそう、ならさっさと死になさい!」
「っ」
距離を詰められ居合の要領で繰り出される淀みのない一閃を間一髪で避け後ろに下がる。私もすかさず赫子で応戦するが四本全て避けられ弾かれた。
「動きはいいけど何これ?私を気遣ってるとでもいうのかしら?人間をナメるなよ化け物め!」
「ぐ!、う、う」
斬られそうになったのを避けるも避けきれず肩を斬られた。
「お、お姉ちゃん」
「大丈、夫だから」
ケイタ君が蒼白になって私を見てくるのでなるべく安心させようと笑顔を作った。
「ふん、全く物分かりの悪い。その子どもさえあの場で逃げなければここまでの被害は出なかったというのに」
「・・・なぜあなたはそこまでこの子を狙うんですか?まだ子どもなんですよ?」
「親を殺された喰種の子どもが人間に牙を剥くなんてよくあることよ。だからその子を野放しには出来ないの」
食物連鎖
自己防衛
排他的に 合理的に 機械的に
「あなたは!それでも人間ですか!?」
「・・・ええ、そうよ。だから
殺す気で放たれる一閃を赫子で受け止める。お互いに譲らない閃撃を繰り広げる中で睨み合う。
「あなたたちは存在そのものが間違っている!!」
「な・・・」
「あなたは分かる?CCGに保護された両親を失った子どもたちの顔を。大切な人を奪われて気が狂った人の末路を。この世に喰種なんてモノがいるから世界が歪むのよ!」
何それ
「ふざけんな!」
「っが!?」
私は赫子ではなく素手で捜査官を殴った。
「あ、づ」
「じゃああなたにはわかるんですか?人を騙して生きていく辛さが、人と味覚を共有できない辛さが、両親や仲間を殺されて一人になる辛さが、人間にも喰種にも狙われる恐怖が、人を信用しきれない気持ち悪さを・・・喰種の事を知ろうともしないくせに。自分だってこの子の親を殺したくせに、被害者面しないで!!」
「!!」
「間違っているのは私たちじゃない。間違っているのは――――――この世界そのものだ!!」
「くっ、この・・・」
「せい!!」
「!?クインケがっ」
抵抗しようと振り上げてきた刀型クインケを粉々に破壊した。意外と脆く感じるのはきっと私が攻撃特化の燐赫だからなのだろう。
「・・・もう、この子を狙わないでください。」
「お姉ちゃん」
「この子も私も、あなたを殺そうとは思っていません。だからもうこれ以上追って来ないで」
「・・・・・・」
「行こう」
「・・・うん」
私はケイタ君を抱えると捜査官を残してその場を後にした。
羽赫の結晶を捜査官に飛ばすが全て避けられる。
「あっぶねー、にしても君さあ大丈夫?羽赫ってエネルギー消耗激しいんでしょ?水義さんのクインケも甲赫で羽赫の君からしたら最悪だし。顔色悪いまんまだよー」
「っうるせえ、黙って死にやがれクソヤローが!!」
とはいえその通りだ。認めたくないがもう赫子を展開しているのもやっとで、爪先も指先も感覚がない。
「ま、そんなボロボロの姿で言われても痛くも痒くもないし・・・女の子逃がすくらいだから結構やるのかなって思ってたけど、うんないわ!水義さんは君の赫包持ってこうとしてるみたいだけど俺としては君みたいな弱いのいーらない」
「テメェ!!」
羽赫を硬化させた特攻。しかし白鳩はそれを読んでいたかのように軽く避け俺にクインケを刺した。
「か、がっ!」
「うんその根性は認めるけど、弱いねえ君!・・・言ったろ大人をなめるなって」
「ちっ、くしょ・・・」
「死ね」
奴の持つクインケの刃が俺に向かって振り下ろされる。くそが・・・
「あんたがな!!」
「ぶ!?」
俺に振り下ろされるはずだったクインケは俺に振り下ろされることなく持ち主とともに地面に打ち付けられた。犯人は――――――言うまでもなく半端女だった。
不意打ちだったせいか、それとも相当強く打ち込んだのか白鳩の奴は白目をむいてぐったりと動かない。
「・・・何しにきた」
「何しにって、迎えに」
「・・・誰もそんなこと、頼んでねえだろうが」
「でも私がしたいの。一緒に帰ろう」
「ふん・・・」
アヤト君に肩を貸しケイタ君と手を繋いで、私は雨降る深夜の帰り道を歩いていくのだった。
やっと戦闘終わりました!
次は日常かCCG側のヒロイン・水義さん視点をちょこっと書きたいです(必ずそうするわけではないあくまで予定です)。
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切欠
三人で私の部屋に帰るとまず最初に順番にお風呂に入り直し(私の部屋にはケイタ君とカサイさんの服しか男物の服はないのでアヤト君にはカサイさんの服を着てもらってる。サイズ的に余裕があり過ぎてるけど仕方ない)、あんていくからの肉を食べて怪我の手当をした。アヤト君はやっぱり相当無理していたのかあの時刺された脇腹以外にも腕や肩、お腹なども相当出血した跡があった。
「・・・あのケイタとかいう奴は」
「ケイタ君なら寝てるよ。今日はいろんなことがあったし・・・お父さんのこともあって衰弱してたから・・・相当堪えてただろうに、強いよ」
「・・・・・・」
「アヤト君」
「・・・なんだよ」
「ありがとね、助けてくれて」
「別に、そんなんじゃねーよ」
「でもアヤト君が来てくれてなかったら、きっと私たちはここにはいなかっただろうから。ありがとう」
「ふん・・・」
アヤト君は不機嫌そうにそっぽを向いた。
「それから・・・ごめんね、怪我」
「なんでお前が謝んだよ」
「だってもっと私が動けてれば、もっと痛い思いせずに済んだんじゃないかなって、思って」
「はあ?バッカじゃねーのおまえ。これは俺の落ち度だ、変な気遣うんじゃねーよ。うぜーし気色ワリィ」
「そう、かな」
「・・・・・・」
そこで一旦、会話は途切れる。なんだかアヤト君が気落ちしているように見えるのは気のせいだろうか。
「今日はもう休もう。布団ならもう敷いてあるから」
「はあ?!俺は泊まるなんて一言も言ってない!」
「いいから。それともトーカに説明できるの?それ」
「ちっ・・・わかった」
「うん」
こうして三人一緒に寝ることにした。川の字で寝るなんて初めての事だった。
「・・・・・・」
『うんその根性は認めるけど、弱いねえ君!』
あの捜査官に言われた言葉が頭の中で反響する。たしかに、いくら隙を突かれて負傷したと言ってもあまりにも一方的にやられ過ぎた。
『アヤト君』
あの時呼ばれた俺と向かい合わせで眠るこいつの声。その声を聞いたとき、微かに安心した自分がいた。なんだってこんな中途半端な奴のことで安心するのか。いやむしろそもそもなんでここまでこいつが気になるのか。
「なんなんだよクソが・・・っ」
二つのイラつきがより俺の機嫌を悪くしていく。けど――――――
「弱い、か」
このままではだめだ。もっと強くならなければ、力が無ければ――――――何も守れずに野垂れ死ぬだけだ。
力が欲しい。もっと、もっともっと圧倒的な力が。
「ん・・・」
「・・・・・・」
少なくとも、こんな戦い慣れてないようなこいつが戦わなくてもよくなるくらいの・・・って何考えてんだ俺は。こいつは関係ない。アネキも親父もだれも関係ない。俺の問題だ。そのためにも俺は――――――
*****
東京都1区・喰種対策局本部。
「はあ・・・」
ロビーの一番隅にあるテーブルで加瀬宮一等の帰りを待ちながらため息を吐いた。
『あなたは!それでも人間ですか!?』
『じゃああなたにはわかるんですか?人を騙して生きていく辛さが、人と味覚を共有できない辛さが、両親や仲間を殺されて一人になる辛さが、人間にも喰種にも狙われる恐怖が、人を信用しきれない気持ち悪さを・・・喰種の事を知ろうともしないくせに。自分だってこの子の親を殺したくせに、被害者面しないで!!』
『間違っているのは私たちじゃない。間違っているのは――――――この世界そのものだ!!』
あの戦いからずっと頭から離れない。あの片目の赫眼、声、言葉―――たかが喰種の一匹如きに、何を振り回されているんだ、私は。
けれど、あの言葉に言い返せるような言葉を、私はもっていない。あの喰種の言っていたことは紛れもない事実だ。「やられる前にやる」が基本姿勢の私たちは喰種であれば容赦なく殺す。それが親子であろうと関係ない。私達は人間で、喰種は生きるうえでの天敵。それさえ抑えていればいい。そしてそれは喰種だって同じはずだ。
『この子も私も、あなたを殺そうとは思っていません。だからもうこれ以上追って来ないで』
―――しかしあの眼帯の喰種は私を殺さなかった。
いや、もし喰種の事を理解してしまったらきっと私は――――――
「・・・にしても加瀬宮一等遅いわね」
ラボラトリーから昨日の急造の尾赫クインケをちゃんとしたクインケにしてもらうための手続きなんてそんなにかからないはずなのに。
「まさかまた女の子捕まえてるんじゃないでしょうね」
思考を中断して書類をまとめて席を立つと、おそらく相方がいるであろうラボラトリーに向かった。
ラボラトリーに入り受付に行くと―――
「そうなんですよー、やっぱ急造品じゃだめですね」
「そうか、脆かったか・・・でもこれで君もクインケの特徴も把握できたことだし、そのまま打ち損じてしまったことは痛手だが、まあよかったじゃあないか。」
この声は―――!!
「真戸さん!!」
「おお、水義くん。久しぶりだね」
加瀬宮一等と話す真戸さん―――真戸呉緒上等とそのパートナーの亜門鋼太郎一等がいた。
「お久し振りです。亜門さんも昇進祝いの時以来ですね」
「あ、ああ。あの時はありがとうございました。」
「いえ。また何かあれば言ってくださいね、駆け付けますから」
亜門一等はぎこちなく私と会話する。硬派っぽい真面目な人なのでひょっとしたら女性が苦手なのかもしれない。
「今回は惜しかったねえ、子どもを確保しようとして邪魔が入ったんだって?」
「はい。クインケも粉々に砕かれてしまいまして・・・力不足ですね、私。やっぱり素手で相手を仕留められるようになった方がいいんでしょうか」
「えー、じゃあ黒磐特等みたいなゴリゴリマッチョになるんですか?俺そんな水義さん見たくないなー」
「ふむ。まあ「手足をもがれてでも戦え」と言ったのは私だが・・・奴らを追い詰める手段は何も武力だけとは限らないぞ」
「―――そうか、情報!」
真戸さんの言葉で気付いた。そうだ。よく思い出すとあの子どもは20区で父親を討ち取って追い詰める前―――少なくとも20区に来る前までは二人だけで行動していたらしい。なら20区になんらかの喰種の組織がある、もしくは個人的なつながりのある人物がいる?―――でもそうすればここ最近まで20区に居座ることは可能だ。
「ありがとうございます、真戸さん!!さっそく調査に当たってみます。失礼します。」
「え、はや!?あー、俺も行かないとどやされそうなんで、すみません。じゃ!」
私たちは真戸さんたちには申し訳ないが足早にそこを去った。そうと決まれば急がなければ、せっかくの標的の手掛かりが―――あの眼帯の喰種の手がかりになりそうなものが無くなってしまう。
「やれやれ捜査官になったことで落ち着いてきたと思ったが・・・まだまだお転婆だな、彼女は」
「・・・・・・」
父親のような眼差しで見守る真戸と無言で彼女の背中を見つめる亜門だけがその場に残された。
CCGヒロインの予定の水義さんは元真戸さんのパートナーでアキラさんとも姉妹みたいに仲がいい設定です。
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疑惑の狭間で
捜査官たちとの戦いがあった日から数日。あれ以来アヤト君とは会っていない。あの深夜の公園にも来なくなった。トーカも、同じくらいの時から落ち込んでいる。・・・アヤト君に何かあったんだろうか。
アヤト君が来なくなったのとほぼ入れ違いで姿を見せるようになったのは――――――
「やあ!今日も美しいね氷室さん!!」
「・・・またですか、いらっしゃいませ、月山さん」
あの滅多刺しから回復しピンピンしている
というか仮にも自分を滅多刺しにして重傷を負わせた奴になんで付きまとう必要があるんだろうか。普通なら近寄ることさえしなくなると思うんだけど。
『あの時はすまなかった。僕もどうかしていたよ。これはほんの少しの御詫びの気持ちだ・・・受け取っておくれ』
と差し出されたのは花束だった。
さすが御曹司というか、こういった礼儀的なことを忘れることなくスマートな立ち振舞いで素直に謝ってくれるのは好感が持てるけど・・・あの時のことやトーカから聞いた「美食家」たる彼の変態こだわりや執着を聞いてしまっている今は許したとしても信用できないのでやや距離を置いている。
尤も、それは私に限ったことであり、月山さんの方から寄ってくるのだけど。
「今日もスパイシーかつフルーティーな匂い、まさに君の味を表しているようだ」
「あの」
「そういえばこのあとの予定はもう決まっているのかい?もし良ければ一緒に食事でもどうかな?」
「いや私食事は・・・」
矢継ぎ早に言われても反応に困る。
「おい月山、ミヅキを困らせんじゃねえよ。注文しないならとっとと帰れよ、仕事の邪魔だ」
「君は相変わらず冷たいねえ霧嶋さん。まあそんなところも君の魅力の一つなのだけれど」
「うぜえ、寄ってくんな気色悪い」
トーカに対しても言い寄る月山さんにトーカは嫌なものを見る目で月山さんに「しっしっ」と手でジェスチャーした。
「やれやれ、それでは僕は失礼するよ。ではね氷室さん」
「ありがとうございました。」
出来れば客として以外寄り付かないでほしいけど。そんなことを思いながらにこやかに営業スマイルで送り出した。
「ったく。毎日来るとか暇人かよアイツ」
「ありがとう、トーカ。助かったよ・・・」
「別にいい。ウザいのは月山で、あんたは悪くないんだし」
「うん・・・」
トーカはいつも通りを装っているけど、やっぱりどこか無理をしているようだった。
「ねえ、トーカ・・・」
私が声をかけようとした時、ちょうど入口のドアが開いた。そこにいたのは―――あの時対峙した、捜査官の二人組だった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、あなたはこの喫茶店のオーナーの方ですか?」
「ええ、私がここの責任者です。」
店長が落ちつきを持って対応してくれているため私たちもなるべく自然な動作で他の作業に移る。幸か不幸か客はほとんどおらず、ケイタ君はここの2階に匿われているため私の部屋で何かあっても大丈夫だけど・・・まさか捜査官がここに来るなんて私も気が気じゃない。みんなに迷惑をかけたくないのに結局迷惑をかけてしまっている。
「失礼ですがここに氷室美月さんはいらっしゃいますか?」
「「!!」」
「・・・たしかにここで働いてくれていますが・・・彼女が何か?」
「紹介が遅れて申し訳ありません。私たちはこういった者です。」
そう言って名刺を取り出し店長へ手渡した。
「ほう、喰種捜査官、ですか。」
「はい。実は先日この20区に親子の喰種が逃亡してきまして、その親子らしき人物と彼女が一緒にいたという証言があったものですから。」
「ついこの間親の方はなんとかなったんですが、子どもの方は確保前に逃げられてしまったので、ひょっとしたら面識のある氷室さんに危害を加える可能性がないとも限りません。この店舗を嗅ぎ付けられて被害が拡大してしまう可能性もあります。・・・不躾で申し訳ありませんが、彼女に同行願えませんか?」
「なるほど」
店長はゆっくりと理解したようにうなずいた。これ以上ここに居られて色々みんなに迷惑をかけるのは嫌だ。それなら素直に同行した方が得策だ。少なくとも私の出方によっては私以外のみんなが助かる可能性もある。
「店長」
「ああ、ミヅキちゃん」
店長が私の名前を呼んだことで二人の視線は私に向いた。
「あなたが氷室さんですね」
「はい」
「申し訳ありませんが、局までご同行願います。」
「・・・はい」
ここでこの反応は正解だろう。同行しなければ何かやましいことがあると勘繰られかねないし、喰種法などの法律で喰種を擁護する人間にも厳罰が与えられる。喰種であろうと人間であろうと、無実だということを証明できなければ終わりなのだから。
私が捜査官二人に促されて店から外に出ようとしたその時、酷く不安そうに私の方を見るトーカと目が合った。
「・・・っ」
何か言いたそうにしているけど言えない。そんな表情のトーカにほんのちょっと申し訳なくなったので、口パクで捜査官たちに気付かれないように伝えた。
『大丈夫。いってきます』
「!!」
トーカが一瞬目を見開いた。よし、ちゃんと伝わったかな。生憎あんていくの入口とカウンターの距離はそんなに離れていないのでそのあとの反応は見れないけど、あの反応からして伝わったであろうと思っておくことにした。
そして私は車に乗せられて喰種対策局20区支部へと同行するのだった。
*****
喰種対策局―――通称CCGというそこは思っていたより普通のオフィスビルといった外見で中の造りも至って普通だ。空港の飛行機に乗る前に潜る金属探知機のようなゲートがあるのと、行き交う人々の全てが捜査官という事を除けば、だが。
「えーと、俺らが使っていいのってどこでしたっけ?」
「2階の第三会議室よ。では氷室さんそのままついてきてください」
「はい」
言われるままに女性捜査官―――水義さんというらしい。についていくとさっき目に付いたゲートに着いた。
「えっと、このゲートは?」
「ああ、このゲートのことですか?不審者侵入防止のための認証システムです。」
「え、じゃあ捜査官や職員じゃない私にも反応するんじゃ・・・」
「いいえ、あらかじめ許可は取っておきましたから大丈夫です。」
「悪いねー。CCGのクインケを面白半分に流出されたりしたらまずいし、喰種じゃなくても擁護派の人間が一般人装ってテロを起こされても困るからさ。そういうの徹底してるんだ。」
「そう、ですか」
二人に見守られながらゲートを潜り抜けた。――――――よかった本当に何でもない。
「・・・・・・」
「あの、何か?」
「―――いえ、では行きましょうか」
「はい」
何とも言えない表情をしていた水義さんはそのまま相方の加瀬宮さんと一緒に私を2階の会議室まで案内してくれたのだった。
「このたびは勤務先まで押し掛けるような真似をしてしまい申し訳ありません。」
「いいえ、私は大丈夫です。それで、お話ってなんですか?」
「はい。私たちがやってきたことで察してくださっているとは思いますが、この人物に見覚えは?」
そう言って私の目の前に置かれた写真にはカサイさんが写っていた。
「・・・たしかに知っています。お子さんを連れて、なんだかピリピリしていましたし・・・弱っているようだったのでとても印象深い人でしたね」
「なるほど」
「はい、あの、この人が何か?」
「単刀直入に言いましょう。この人物とその連れていたお子さんは喰種です。」
「喰、種?あんな弱っていた人が?」
「はい。我々の追手から逃げていた時あなたと出会ったのでしょう。その出会った後も交流がおありで?」
「―――はい。ピリピリしてましたけど弱ってたしお子さんもいるようだったから心配になって声をかけて。そしたら事情があって家に帰れないって言うから私の部屋に上げたんです。」
「ではその時からあなたの部屋に居座っていたと?」
「はい、とは言っても食事までごちそうになるのは申し訳ないから素泊まりでいいと言われてしまって・・・出かける時はいつもお子さんと一緒で家族仲はよかったみたいですけど・・・たしかに思い出してみれば一度も一緒に食事とかしたことないですね。でもそういうのって聞かない方がいいでしょうし、新しい物件探しをしながら外食してるのかと思ってたので・・・」
「ふむ、ということは氷室さんはあの親子が喰種だったことを知らなかった、ということでいいのかな?」
「はい」
「―――分かりました。聴取はこれで終了です。お忙しいところありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそ。何のお役にも立てず申し訳ありません。お仕事、頑張ってください。」
「ありがとうございます。」
こうして長いような短いような、体感時間が狂いそうな緊張感を持った時間から私は解放され、無事にあんていくに帰ることが出来たのであった。
*****
「水義さんの嘘つきー」
「なんのこと?」
「ゲート。なんで素直にRcゲートだって教えなかったんですか?」
「・・・彼女がもし喰種だった場合、それを知ったらあの場で暴れてその場にいる全員に被害が及ぶ可能性があったし、人間だった場合にしたって、ただでさえ強制連行してるのにそれ以上に疑われていると感じて黙秘されても厄介でしょう。それに、案外あなたも乗り気だったじゃない」
「それはまあ、あの子美人でしたし困り顔も可愛いなーって思ったんで、悪乗りしてみました。」
「・・・調査ついでに海に沈められたいの?」
「ごめんなさい」
しかし近隣住人たちの証言と容姿から一番有力な人物であったことに変わりはない。つまり振り出しに戻ったわけだ。
悔しいが「美食家」や今のところ鳴りを潜めている「姉弟」、他の区で問題になっている「大喰らい」などもっと危険度の高い喰種はごろごろいるのだ。親の方を討ち取ってしまった以上、まだ力ない子に時間を割くような余裕は私たちにはない。私の本命視する眼帯の喰種に至っては正体不明、きっとそんなことに上層部は首を縦に振ることはないだろうし。もうこの案件はお蔵入りだ。
「―――眼帯の喰種」
私はまだ知らない。他の捜査と平行しながら彼女と再び対峙することを。彼女との関わりが私に多大な影響を与えることを。
まだ、知らない。
ミヅキちゃんピンチの回。
冒頭でわかると思いますがもうアヤト君はトーカちゃんと決別しています。
月山さんはカネキ君的興味をミヅキちゃんにも向けている模様。
そして勘の鋭い水義さんは当たってるんだけどニアミス(ほんとはニアミスなんかじゃないけど)。
Rcゲートの件でRe本編見てる人は分かると思いますが勿論マヒトも所属していた喰種です。
あとミヅキちゃんは演技が上手い設定です。
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閑話・姉さん
最初にミヅキを見たのは去年の秋頃。私はまだ学校に行ってなくて、ただあんていくで働いていた頃の事だった。
いきなり春頃に20区へやってきてCCGに知られることなく水面下で20区を荒らしていたマヒトの連れとしてあんていくに来店した女。マヒトの奴は負けなしのその実力から所謂「個人主義」に分類される喰種で、それまでここにあまり寄り付かなかったし来たとしても誰かと一緒に来るなんてことはまずありえなかった。だからはじめにアイツに連れられてやってきたミヅキを見た時はギョッとしたのを覚えてる。
しかもミヅキは人間だったしいい匂いがしたから、もしかしてマヒトの奴が自分が食うためにミヅキに近づいたんじゃないのだろうか。正直私としてはあまりそういう小細工じみたことは趣味が悪いと思うが、喰種によってはそういうことをしている奴もいる。そうでなければマヒトが連れと一緒にここに来るはずないとそう思っていた。
でも違った。いつの間にかマヒトの目は前の冷え切った棘のある目じゃなくて、そういう棘が融けて優しい目つきになっていた。ミヅキと一緒にいるときはより優し気に、気遣わし気になっていたのを見てミヅキがマヒトを変えたのだと確信した。
それと同時に、マヒトは20区を荒らすことはなくなり、あんていくに肉を買いに来るようになった。本人は何も言わなかったけど、おそらくミヅキに捕食現場を見られたくなかったのだろう。
いつしかマヒトの目はもっと優しく温かみのある雰囲気になっていて、本人は否定してたけど傍から見れば仲のいい理想のカップルだった。
本来ならありえない喰種と人間の共存がそこにあって、私はそんな二人を見て羨ましさと期待が心のどこかにあった。
今年の4月、しばらく二人が来なくなった。5月になって気落ちしたミヅキだけがやってきて、マヒトはいなかった。それと同時にミヅキの匂いが変わったことに気付いた。その匂いは喰種に近くなってて驚いてしまった。その夜、肉探しに名所を回っていたらミヅキに出くわした。飢えるとまずいとあんていくに連れて行って店長と事情を聞く。
ミヅキはマヒトが喰種だと知っていた。知ったうえで受け入れて普通の友達として傍にいた。――――――つまり本当に、この二人は共存していたのだ。そして何より
『人を殺す覚悟は出来てないし食べることにも抵抗はあります。でも、話が通じて敵意を持ってない相手を嫌いになったりなんかしませんよ。実際、彼は私を食べないでいてくれたし・・・最後は私を生かしてくれた。感謝や尊敬はしても軽蔑や嫌悪なんてありません。それに食べ物云々で言ったら人間だって動物性たんぱく質取ってるじゃないですか、なのに生きるための食事を否定できるほど私はえらくないですよ。むしろ生きたいと思って何が悪いんですか?』
『最初だけだね、最初に私に向けてきた目付きだけ・・・「食材」を選り好みするようなあの目以外は全然怖くなかった。どっちかというと「得体の知れないもの」のほうが怖いから喰種だってわかった時は「ああ、だからか」って納得できて逆に安心した。』
『私は人間とか喰種とかそういう括りで制限されたくないの。マヒトのことにしたってたまたま気の合う友達が喰種だっただけのこと。マヒトがマヒトだったから私はマヒトと一緒にいた。ただそれだけ・・・できることなら、もっと一緒にいたかったなあっては思ってる』
こんな言葉を言うような人間がいるなんて、知らなかった。
こんなふうに私たちを受け入れてくれる存在がいるなんて、夢でも見てるんじゃないのかと思うくらい衝撃的だった。
ミヅキと私は歳が近いこともあってよく一緒にいる。だからいろんなことを話した。ミヅキには血の繋がらない弟が二人いるらしい。アメリカで出会った幼馴染でバスケットボールの天才なのだという奴と、親の再婚で出来たまだ中学生だというバレーボールの天才だという奴。バスケの奴とは過去にケンカ別れし、バレーの方は帰国してすぐに一人東京にやってきたのであまり一緒にいなかったのだという。・・・普通は家族みんなで一緒に暮らすもんだと思うが、人の家の事情はそれぞれなのであまり深く聞かない方がいいのだろう。
そのせいか、時々姉っぽく世話を焼いてくれたりフォローしてくれたりする。私の方がバイト長いのに・・・私は上に兄妹がいないので何とも言えないけど、姉がいたらきっとこんななんだろう。
ミヅキと一緒にいると安心する。ミヅキの近くは酷く居心地がいい。これが「姉」という存在に対しての感情なのか、はたまたは別の何かなのかは分からないが、深く考えるのはやめておこう。
ミヅキの匿っていた親子のことを嗅ぎ付けた捜査官があんていくに来た。そいつらに連れていかれるミヅキは追いかけたくても追いかけられない私に
『大丈夫。いってきます』
たったその一言とほんの少しの笑顔だけ残して車に乗せられていった。
その後はとにかく無事に帰って来てくれることだけを願った。アヤトがいなくなって、ミヅキまでいなくなってしまうなど考えたくもなかった。
ミヅキが連れられて行って約数時間、もう外は日が落ちて暗くなっていた。そんな時、来店を知らせるドアの音、が――――――
「ただいま戻りました。」
「!!」
「ぉわ!?」
出てったときと変わらないその姿に、反射的に抱き着いた。
「トーカ?」
「よかった・・・無事で・・・ほんとに」
「・・・うん」
ミヅキによるとケイタやその父親の事についての聴取だけで済んだらしい。拍子抜けすると同時に安心した。あと気が抜けたせいか間違えて「姉さん」って呼びそうになった。本人も含めた全員に聞かれてた。やばい、顔見れない。でもミヅキは嬉しそうにしてたから・・・まあ、考えてみてもいいかもしれない。
「姉さん」呼びになるのは時間の問題だ。
兎は月に焦がれるのです。
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選択の余地はない
アヤト君は、トーカの元から去って行ってしまった。
私がCCGから帰って来てしばらくしてから、トーカから聞いた。
一体どこに行ってしまったんだろう。今どこで何しているんだろうか。
「お姉ちゃん、この字教えて」
「ああ、これはね「面影(おもかげ)」って読むの。」
「おもかげ・・・」
「うん。でも素直に「面影」って書くより「俤」って字の方がかっこよくて私は好き」
「・・・うん!」
頭を撫でると嬉しそうにするケイタ君。私の方はもうあれから捜査官の干渉はないし、20区も穏やかになりつつあるのでケイタ君はあんていくと私の部屋を行き来し続けていたが私の部屋に戻って生活している。
「ねえお姉ちゃん」
「んー?」
「アヤト君、どこに行っちゃったんだろうね」
「・・・・・そうだね」
本当にどこに行ってしまったんだろう。あれからまた夜の公園に行ってみたけど全然会えないままだ。
「お姉ちゃん、アヤト君見つかるといいね」
「うん」
アヤト君の行方はトーカちゃんや芳村さんでさえ知らないという。ならやっぱり「ヘルタースケルター」に行ってイトリさんに聞いた方がいいだろうか。お金はほとんど使ってないし、むしろこの体になってから食費がほぼかかっていないのでほぼ貯蓄しているからたぶん大丈夫だと思うけど・・・ただトーカ曰く前は「姉弟」としてそれなりの知名度があったがアヤト君単体ではそこまでではなかったらしいので、無名の喰種の情報が果たしてあのバーにあるだろうか?でも他に宛てもないので行く以外の選択は私の中にはなかった。
*****
14区・「ヘルタースケルター」
「オッス、ミヅキちゃん!夏休みは満喫できてるか~?」
「イトリさん」
「けど・・・ここに酸いも甘いも知らないような子を連れてくるのはいただけないなー」
「え」
後ろを見ると――――――変装したケイタ君がいた。
「す、すみません!」
「いやいいよん、言ってみただけだし。まあレンちゃんならいい顔しないだろうけど今日はいないしね。ほーらそこのおませ坊ちゃん!入っといで」
ということで私はケイタ君と一緒にイトリさんから情報を聞くことになった。
「ん~「霧嶋姉弟」って言ったらそれなりに有名だけどその片割れねえ・・・悪いけどその弟君だって特定できるようなのは入って来てないねえ」
「そうですか・・・」
イトリさんが気を遣って出してくれたコーヒーの飲みかけを皿に置いてそのまま揺れる中身を見て答える。いくら感覚が鋭いと言っても東京全体は広いし人も喰種も多いので今の私では特定は無理だ。なのでここがだめだとしたらあとはもう探しようがないので待つことしか出来なくなる。
するとイトリさんは手の内でもてあそんでいたグラスをカウンターに置いた。
「あ、でも彼かどうかはわかんないけど最近よりちょっと前くらいかなあ?なんかうちの区で暴れてる子がいるらしいんだよね。そんで目撃証言によるとその子、10代くらいで羽赫の男の子らしいんだわ」
「!!」
「ま、確定はできないけど・・・彼の出そうなところ、聞きたい?」
「はい!!」
私はそのまま勢いよくうなずいた。
*****
イトリさんに教えてもらった場所に移動する。喰場の中に行った方がいいんだろうけどケイタ君を危険に晒したくないので喰場の中に入ることはなく近づくだけにしている。
「お姉ちゃん、アヤト君!!」
「え」
ケイタ君の指差した方を見ると、たしかにそこには久しく見ていない彼の姿があった。
「アヤト君!」
「!!」
私が名前を呼んで駆け寄ると酷く驚いたようにこっちを見た。
「良かった、アヤト君が見つかって」
「お前、なんで」
「トーカのところ出てったって聞いて心配になって探してたの」
「余計なことすんな。帰れ」
「でもトーカも心配してるよ」
「チッ、うっせーな・・・いい加減ウザイんだよ!」
伸ばそうとした手を弾かれた。アヤト君はばつの悪そうな顔になって私から目線を反らした。私は、何も言わずに手を引っ込めた。
「・・・・・・」
「・・・二度とくんな、半端女」
「いけないなぁアヤト君?女性の話は聞くものだよ」
「何しに来やがった・・・レイル」
突如話に割り込んで来た人に顔色を変えて警戒し始めるアヤト君。ここに来てからの知り合い、だろうか?その人は私を見ると顔色を変えてじろじろと私をくまなく見渡した。
「見つけた・・・」
「おいレイル!」
「マヒト・・・あのクソヤローをついに・・・見つけた!」
「!」
腕を掴まれそうになって避ける。レイルと呼ばれた男は舌打ちすると興奮しているのか目を見開きながら私を凝視している。
「避けないでよ」
「一体なんなんですか」
「いや、今さ。マヒトを探してるんだけど見つからなくて参ってたところだったんだよ」
「マヒトはもうこの世にはいません」
「いるよ、いるんだよ忘れるもんかあのクソヤローを。奴はいるよ。君の中にね」
「!!」
「は、ははははははっ!あいつが他人に肩入れするとか傑作だね!」
「!」
イトリさんいわく幸いここに人は滅多にこないらしいので、私は相手の尋常ならざる様子からいつ何があっても対応できるように赫子を展開する。
「戦うなら応戦してもいいんだけど・・・」
「わ!?」
レイルはケイタ君の首を掴んで締め上げた。
「そんなことしたら確実にこの子は死ぬよ?」
「ぁ、かっ、ぉ ちゃ」
「!ケイタ」
「さあどうする?大人しく俺たちに付いてくるか・・・それともコレを見捨てるか・・・選べェ」
「・・・・・・」
もうその時点で私に、選択肢など残されていなかった。
「そうそう。聞き分けのいい子はやっぱりいいね。あの子たちも最初はそうだったんだけどねぇ・・・といかんいかんいつまでも前の子たちを引き摺るのはよくない。せっかく・・・ねえ」
レイルは私をちらりと一瞥して前を歩きだし、私たちもそれについていく。レイルが上機嫌に前を進む中、私たちは一言も発することなくただただその後ろ姿についていくのだった。
次からアオギリアジトです。
オリキャラの口調からわかった方もいると思いますがある人物の信者です。
ということはミヅキは・・・。
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囚われ/動き
オリキャラのレイルのそれはある意味師匠のヤモリ以上にえげつない設定です。
私とケイタ君は今ある組織のアジトに軟禁されている。
あの後、幹部(?)の面々の前に連れて来られた私たちは、元々子どもで戦力にならないケイタ君は勿論、私が燐赫だと言うと白い男に「いらない」と言われ、それぞれアヤト君とレイルに下げ渡された。
あの男たちの様子からしてどうやら燐赫以外の答えを欲しがっているようだった。でもマヒトは私にそういう喰種について詳しく話したがらなかったし、私も燐赫以外は使えない。そもそも店長いわく普通の赫子は一つだけで複数持つのは極めて稀なのだと言っていたし、マヒトの出生も知らないので店長たちの言った燐赫の答えしか私は持ってないのだ。
ケイタ君はどうなっただろうか。アヤト君は悪ぶってるけど根本的にはいい子なのでケイタ君に冷たく当たることはあっても酷いことはしないだろう。このまま二人で脱出してくれないだろうか。いや、アヤト君はここに所属しているわけだから安全といえば安全だ。ならケイタ君のことだけだ。私のせいで巻き込んだも同然なのだし。無事に逃亡していることを願おう。
私、私は――――――もうダメかもしれないから。
頭、髪、顔、胸、おそらく卵巣、子宮、性器、肛門、臀部、腿。
そこ以外の臓器や部位は穴を開けられたり、焼かれたり、かき混ぜられたり、千切られたり・・・多種多様かつ的確な傷つけられ方をしている。おかげでほぼ脊椎と皮一枚で辛うじて繋がる
それでも死なないのは、そうなった直後に無理矢理食事させられるからだ。
ここに来て、この椅子に縛られて、いや今となっては乗せられて、もうどのくらい経ったのだろう。きっと拷問なんてのは形だけでもうこれは
――――――きっと私もこのまま玩具にされて終わるのだ。
奴の作業にはRc抑制剤注入からの拷問、致命傷になり兼ねない傷を負わせたときに食事で延命させる。の大まかな繰り返しのみが共通しており、拷問の内容は統一性がなく何をされるか分からない恐怖に晒される。
いっそのこと正気を失えればいいのに。1000-7の数を順に言っていかないともっと酷くされるので正気を失うことは許されない。
私をなぶってくる手
私に向けてくる興奮した血走った目
発狂するように叫び続ける大きくて耳障りな声
ああ嫌だなこんな奴のせいで、よりによってこんな姿で死ぬなんて。
なんで世界はこんなにも優しくないんだろう。
「そんなの、今に始まったことじゃねえよ」
え
「・・・なんで」
不意に声のした方を見ようと顔を上げた。見慣れた、懐かしい姿に思わず目を見開いた。
「久しぶりだな。ミヅキ」
「――――――マヒト」
*****
「―――14区、ですか?」
私は書類を処理する手を止めて真戸さんの話に聞き返した。
「ああ、近隣住民から通報があってね。なんでもある廃墟に喰種が住み着いていると」
「たしかに14区に廃墟はありますけど・・・正確な場所は?」
「その通報があった公衆電話の位置からするに一ヵ所だけ近い廃墟がある。」
「子どもの悪戯という事じゃなくてですか?」
「それは我々も考えましたが、受話器越しの声が掠れて息絶え絶えの状態のもので通報を受けて巡回していた捜査官がその公衆電話を見に行ったところ、その場所に血痕があったらしく・・・少なくともその廃墟になにかがいると考えて間違いないそうです。今その捜査官たちが現場に向かっていますが、その後の連絡はまだ来ていません。」
「たしかにそれは怪しいですね・・・」
「しかし血痕が発見され、捜査官たちが廃墟へ向かいもう一時間が経過した。何かあったと考えるのが妥当だろう。この急な案件に集まれる者たちはほとんどいなくてね。そこで私たちと君にそこに向かった捜査官たちの救出、ひいては調査と殲滅の命が下された。」
「相手がどの程度の規模なのか分からない以上、やはり少数精鋭で向かった方がいい、ということですね」
「その通りだ、君の回転の速さには助かるよ」
「私たちの他には?」
「黒磐特等の班にも声がかかっているが今は別件で手を離せないらしくてね・・・我々と合流するのは時間がかかるそうだ」
「なるほど・・・少し厳しいかもしれませんが、行きましょう」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
愛用していた甲赫クインケ・アギトはこの間破壊されたので今は手元にない。なので他のクインケを使わなければならないのだけど・・・
あれはなるべく使いたくないが、この緊急時にそんな我儘は言ってられない。
私は真戸さんと亜門さんに断りその場を離れるとラボラトリーへ急いだ。
通報したのはもちろんケイタ君。アオギリはボディチェックとかしてないと思いたい(10円玉取られたら終わりなので)。
それぞれのヒロインの過去に関しての伏線を散りばめた回です。
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静かに芽吹く報復の華
カネキ覚醒を基に書いたのでグロ注意。
家族捏造設定。
「なんで、マヒトがここに」
「なんで?おまえに呼ばれたからに決まってるだろ」
聞きやすい、よく通る久々に聞く声を淡々と紡ぎながらこちらに近づいてきて私の目の前で止まった。
「っていうことは、やっぱりあなたは生きてるマヒトじゃなくて」
「ああ、おまえの現実逃避の思い込みで作られた幻だ。・・・わかってんだろ」
「・・・うん」
ほんの少し、期待してしまった。あの事故で、この状態で、来てくれるはずなんてないのに。嫌だな、本当に、こんな自分が嫌だ。
「ま、俺が出てきたのなんておまえの深層心理の気まぐれみたいなもんだ。」
「そうなんだ・・・そうだよね。・・・ちゃんと考えればわかることなのに」
「・・・まあそうしょげた顔すんな。実際こうやって慰めにもなるか分からない妙な会話できてんだから」
「そうだね」
ならここは私の作り出した精神世界なのだろうか。
「ねえマヒト」
「なんだ」
「ごめんね。私、あなたのこと何も理解してなかった」
泣きたくてでも泣けなくて、とにかく言っておかなければと口が動いた。
「喰種のこと、なにも知らないままにのうのうと生きてた。マヒトは私と一緒にいてくれたのに、私はマヒトに何も返せなかった。」
「いいんだよそれで。元々をおまえをこっちに引き込む気なんて更々なかったんだから・・・とりあえずこの話やめようぜ。時間がもったいない」
「・・・・・・う、ん」
言われて気付く。ああそっか私もう死にかけてるんだっけ、ならマヒトがここに現れたのも納得がいく。きっと走馬灯の一種なのだ。なら次にくるのは私の人生の記憶なのだろうか。
そんなふうに思っているとマヒトは私の椅子の横に座った。
「なあ」
「なに」
「おまえってなんでも一人で抱え込もうとするよな」
「そうかな?」
「ああ。あれってなんでだ?」
「さあ、性分なんじゃない?」
「なんで疑問形で返すんだよ・・・」
呆れたように言うマヒトはその場から立ち上がり私の椅子に手をかけた。
「なあ、あの子どもは?」
「子ども?」
言われてみれば微かだけど足音がする。マヒトに言われて顔を上げた私が見たのは――――――バスケットボールを持った小さい頃の私だった。
ああそっかここは私の世界で走馬燈を見てるところなんだっけ。なら納得だ。
「あれは、子どもの頃の私。まだアメリカにいた時だね」
「ふーん、髪、短かったんだな・・・つか無地のトレーナーにズボンにバッシュっておまえ顔見なきゃ後ろ姿まんま男だぞ。」
「最初は間違われるの嫌だったんだけど、バスケするのは基本的に男子との方が多かったから目立たなくて逆によかったよ?」
「ってことは最初は自分の意思でやってたわけじゃないんだな」
「・・・まあそうだね」
私はマヒトの指摘を流すと再び昔の私に目を向ける。みんなが揃ってタイガも混ざってバスケに明け暮れていた私がそこにいた。
「あの赤っぽい奴がタイガ、か?」
「うん、私の弟」
そうしてみんなが帰って行くなか、私とタイガは一緒にあるところへ向かった。―――アレックスの家だ。
「誰だあの女。母親じゃねえよな」
「うん。あの人はアレクサンドラ・ガルシア、大学時代女子バスケの州チャンピオンになった人で私とタイガの師匠。私たちはアレックスって呼んでる。」
私はタイガと一緒にアレックスの家に泊まることが多かった。いや、タイガ以上にアレックスに頼っていた。
だって家に帰れば母親がいるから。
私の母親、氷室静華は資産家の一人娘として幼い頃からその煌めく美貌と多才さで蝶よ花よと愛で育てられ、常に人の上に立ってきた存在だった。故に敗北を知らず、挫折を知らない。つまり、その手の精神耐性がなかった。
見合いで会った父親に一目惚れし、見事射止め幸せの絶頂を迎えた。
――――――私を産むまでは。
「?おまえが無事に生まれたんだから資産家の令嬢としての面目躍如だろ。なんでそこで区切る」
「今となっては昔と違って女でも家を継ごうと思えば継げるし、それなりに問題はあるかもしれないけど別になんてこともない。でもあの人は違ったみたい」
母親は男児を渇望していた。周りもそこまで強くは言わなかったが母が一人娘だったこともあって期待していたらしい。宣言した手前、生まれてきた私に周囲はやや落胆したようだった。今までそんな目を向けられたことがなかった母は酷く落ち込んだ。周りがそれでも喜び祝福するなかで、当の本人である母だけがプライドを傷つけられたことに納得がいかないままだった。
周囲が私に構うようになって自分を見ないと錯覚したことで更に私を嫌悪するようになった母は、私を抱き上げることなく、また構う事もなかった。
でも私が外界に出るようになってからは私の服装や行動に制限をかけてきた。
「あの中性的な恰好はその影響」
「なあ・・・見てて、てか聞いてて思ったんだけど・・・いわゆるおまえの母親って今流行りの「大人こども」ってやつの典型なんじゃないのか?」
「おそらくね」
そこで場面が切り替わる。私の頭を撫でるあの人は―――
「おまえの父親、か?」
「うん」
家族の中で唯一優しかった父親。でも正直あまり思い出は残っていない。
「なんでだよ」
「一緒にいる時間がほとんどなかったんだよ。私は家から逃げたくてバスケに打ち込んでたし、父親も婿入りだったから居づらかったんじゃない?それに、私が生まれてから育つにつれて母親がヒステリックになっていって口論が増えてケンカが絶えなかったから・・・嫌になったのかもね、家庭そのものが」
「・・・・・・結局、ろくでなしだろ。それ」
「気持ちはわからなくもないから、なんとも」
父親が消えてから更に母親からの干渉は激化した。暴力も振るわれるようになったけど、周りの人間は外部は母親の外面の良さに気にもかけず、内部の母親を知る人間は母親の権力と自分たちへの飛び火を恐れてみて見ぬ振りだった。
でもバスケがあったし、アレックスやタイガもいたからちゃんと逃げ場があった。
それが崩れたのは、タイガがバスケの才能を発揮し始めた頃。私は追いつけなくなってきて大好きなバスケで負けるのが悔しくてタイガと別れた後も練習してた。ただただ負けたくない、追いつきたい、それだけだった。
「でも、ある大会の決勝でタイガのチームと当たった時、手加減されたんだ。タイガに。私の怪我のことを知ってても、それでも全力で戦って欲しかった。だから―――次こそは本気で戦うように約束して別れた。もうこの身体だしそろそろ死ぬからどっちにしても叶わないんだけどね」
「・・・」
また場面が切り替わる今度の景色は日本の宮城だ。男性と背の高い学ランを着た少年がこちらに向かって来る。ああ、これは新しい家族との顔合わせの時のか。
「これって、おまえが前に話してた母親の再婚相手と新しい弟か?」
「うん。でも案の定私も母親もお互いに一緒にいたくないから私は東京に進学してほとんど一緒にいたことないけど」
「・・・それで、東京で俺と出会う、か」
「・・・うん」
そして私は、マヒトに生かされて半喰種になった。
「恨んでるか、俺のこと」
「ううん。私を生かしてくれたんだもの、感謝はしても・・・」
「それ」
マヒトが私の正面に移動し、両手で私の頬を挟むようにして視線を合わせた。
「ちゃんと俺と目を合わせて言えるのか?」
「!」
その言葉に、その目に逃げられない。―――何から?見透かされている。―――何を?
様々な疑問が浮かぶなか、マヒトは私の戸惑いを知ってか知らずか手をゆっくりと離し私に背を向けた。
「まあいい。いや良くないが―――タイムアップだ。奴が来たぜ」
「!!」
――――――――――――
はっとして現実に引き戻される。
近づいてくる足音に舌打ちをしたくなるが、筋肉を動かすことそのものが辛いので身動きせずに相手を待つ。
「やあ!久しぶり!っていってもほんの数時間だけど・・・気分はどうだい?」
「・・・人生で二番目に最悪だよ」
そういうと即座に殴られた。・・・沸点低いな。
「・・・いやだなあ!そこは一番最高って言うところ。素直じゃないね、君も・・・まあ」
「ぐ、ゔぁ、あ!!」
グリグリと私の腹の中を指でかき混ぜ引き抜かれる。
「そんな悲鳴や表情も、堪らないんだけど」
「shit・・・」
「さて、あのヤローの匂いが少しするのは気に入らないけど、いい匂いだしちょっと味見してみようかな~」
レイルは私の腹を散々かき混ぜた赤黒い手を一舐めする。その途端表情が変わった。
「旨 い」
ぼそりと呟かれた言葉。それと同時にこちらを見てくる眼光。
怖い 恐怖 戦慄する これは これはこれはこれはこれ は
「あはぁは♡そっかぁ――――――そぉっかぁ」
捕食者の、顔だ。
「やっぱり、君は、最後まで味わい尽くそう――――――どろどろに 原型が無くなるくらい」
「っ」
「そのためには課程も楽しまないと―――ああいいこと思いついたからちょっと出てくるよ。あとあの子。君と一緒に来た男の子。脱走しようとして瓶の奴らに追いかけられてるって言ってたなあ。今頃どうなってるんだろうね?」
「!!」
「どうせ動けない君には関係ないだろうけど・・・じゃあね♪」
足音と、扉の閉まる音。わずかにあった希望が絶望に侵食されていく。
ケイタ君は、なんの関わりもないただの子どもなのに、私に付いてきたばかりにこの組織に始末された。言葉は濁しているが、そうとってもおかしくないものだった。
「・・・私のせいだ」
頭の中で思っていることを声にして発する。静まり返ったこの冷たい空間に空しく響き渡った。
―――――――――
「そうかもな」
「!マヒト」
再び精神世界に呼び戻される。マヒトは私の椅子の後ろに胡坐をかいて興味なさげに返事をした。
「あのガキは、おまえについてこずに大人しくおまえの部屋でおまえの帰りを待ってりゃよかったんだ。無理に付いてきたりなんかするからこうなる。自業自得だ」
「でも」
「おまえもだぜ、ミヅキ。おまえが余計な気を起こしてあの羽赫のガキを嗅ぎまわってなければこんなとばっちりみたいなことに遭うこともなかった。野次馬根性ならぬ藪蛇根性ってやつ・・・お節介が必ずしも成功するとは限らない。その辺に関してはおまえもわかってたんじゃないのか?」
「そんなの、わかってた」
そう、私は分かっていたんだ。アヤト君が私を振り払うであろうことが。それどころかトーカのためとかアヤト君に傷ついてほしくないとかそういうのは二の次で――――――すべては自分のためだった。
折角できた居場所を失いたくない。自分を慕ってくれる人を失いたくない。自分に優しい、居場所のある世界で生きていたい。そんな、エゴだった。
「でも・・・っもう、失いたくない・・・」
マヒトとカサイさんを思い浮かべて呟いた。
「もう何もできないのは、嫌なんだよ・・・」
「・・・・・・そんな状態で何が出来んだよ」
「それ、は」
「そういやどっかの文章であったよな「この世のすべての不利益は当人の能力不足」。今まさにお前の陥ってる状態そのもの」
「・・・っ」
「おまえが一番わかってんだろ。天才と自分は初めからちがう。強者と弱者を分ける一線。」
「・・・・でも!それでも助けたかった!!」
「思うだけで実行できてないんじゃ同じことだろ」
「あ・・・」
「おまえはさ、現実的なくせに妙なところで理想主義だ。世の中は甘くない・優しくもない。それが分かってても突っかかっていって痛手を負う。・・・もういいんじゃないのか、休んでも」
「それは、私に死ねっていうこと?」
「・・・・・・有り体に言えばそうなるかもな」
声のトーンが下がったマヒトの表情は見えないが、きっと物凄く言い辛そうにしているんだろう。
「ありがとう。でもできれば、この姿では死にたくないな」
「・・・そうか。・・・でも、そうも言ってられないみたいだぞ」
―――――――――
「ただいま、いい子にしてたかい?」
「・・・・・・」
「だんまり・・・まあいいか。そんな君にプレゼントを用意してみたんだ!!気に入ってくれるといいんだけど」
「・・・・・・」
上機嫌に近付いてくるレイルは私の目の前に来るとその後ろに回して隠していた両腕を広げた。
「!・・・っ」
「蛇とムカデ、どっちがいい?」
その両腕にあったのは、小さな蛇と大きいムカデだった。
私はそのおぞましさに背筋が凍る。ーーー一体、それらをどうするつもりなんだろうか。
「憧れのヤモリさんのやり方を思い出してね。これを君の耳の中にいれようと思うんだけど」
「!嫌だ!いやいやいやいやいや」
「嫌だ、なんて返事はないよ?どっちかだけ」
「嫌だ、やめろやめて来ないで」
必死に抵抗しようと身動ぎする私にレイルは酷く歪んだ笑顔で応えた。
「選んでもらえないみたいだし、もう両方ともいれるね」
「!いや、いやっ、嫌だああああ!!」
おぞましい頭の中で何かが蠢いている感覚がする。それでも、考える頭があるということはまだ正気なのだろうか、それとももう正気だと思うくらいイカれているのだろうか。
ここに縛り付けられてどのくらい経ったんだろう。この狂いそうな状態になってどのくらい経ったんだろう。最後の食事はいつだっけ。あんていくに行ったのは?トーカと会話したのは?
わからない わからなくなるほど気の遠くなる時間、私はここにいるのだ。
コツコツと、近付いてくる足音。もう聞き慣れたこの部屋の主の足音だ。でも今回はそれに加えて何かを引き摺る音と暴れるような不規則な音のおまけ付きだ。
「ただいまー。最後のプレゼント持ってきたよー。」
「何を・・・!!」
私が目にしたのは――――――必死になってレイルの手から逃れようとしている二人の捜査官だった。
「んー!ん゛ん゛ー!!」
「いやーついさっきアジトに入って来るの見かけてさー最後の食事には持ってこいだと思うんだ。で、男と女―――どちらを食べるか、選べ」
「そ、んな、の」
――――――選べるわけがない。
両方とも、涙と冷や汗を浮かべて必死の形相で私を見ている。死にたくない、と。
私は、人間の頃はもちろん喰種になってからも自殺者の遺体を食べていたので狩りをして人間を食べたことは一度もない。だからこんな命の取捨選択なんて、したことがなかったし。したくもない。
「い、嫌だ・・・私、は 食べたくない」
「あぁ?」
「私は食べない だからこの人たちを―――」
「解放なんてするわけねーだろバァカ!!」
言葉とともに女の捜査官の頭を持ち上げ――――――握りつぶした。
「――――――!!!!」
「ははっ、イライラしてたからちょうどいい!!———あーあ。おまえが選んでさえいればもっと長生きできただろうになぁ?」
そのまま床に落ちた遺体を足で床にこすりつけるように、すり込むようにしてグチャグチャにしていく。
「ん゛ー!!」
「・・・ああもういいや。いらないって言われたし、さっきから呻き声うるさいし・・・君、もう死んでいいよ」
そして残った方の捜査官も、床に倒れているのを足で心臓を踏み抜かれ―――絶命した。
「だめだよ~好き嫌いなんかしちゃ・・・君にとっての最期の晩餐なんだからさぁ―――食え」
「っ!?」
口にあの捜査官どちらかの肉を押し当てられる。でも私は口を開けない。絶対に、開けない。
するとそれに痺れを切らしたのかレイルは舌打ちするとおもむろに口に肉を含み――――――わたしに口付けた。
甘い血と肉の味、ざらつく舌、気色悪い―――そして私が肉を飲み込んだのを確認すると、そのまま私の舌を噛み千切った。
「ゔ、ぉ゛え が かゴ」
私が吐き気と舌を失ったことによる窒息で喘いでいる中、当のレイルは口内の私の舌をゆっくりと味わうように咀嚼し、やがて飲み込んだ。
「くふ、やっぱいいねえ君の味、ここまで追い詰められても壊れない精神力、容姿―――ほんと、好みだよ」
「ゴホ、げっ ぺ あ゛」
―――――――――
「腹とか手足は今ので治ったが―――これまた随分とやられたもんだな」
「・・・・・・」
「これでハッキリしたはずだ。理想で現実は救えない。理解しているが実感したくない実感を体験したわけだが――――――さっきの答え合わせだ。おまえの、本音は?」
「とは・・・って・・・かった」
マヒトの答えの催促の声と視線に押し負けた。もう何も考えたくなかった。最後に、我儘をぶつける以外私がすることなんてきっとない。
「本当は、連れて行ってほしかった!」
「一人は嫌だ」
「たとえ未来がなくても マヒトと一緒にいたかった!!」
いつの間にか泣いていた。理解者がいないこの世界は生きづらい。
もう いいのだ。最後にこうしてマヒトと一緒に終わる。それでいいんだ。
「アホ、おまえには「あんていく」って居場所がもうあるだろうが」
「でももうこんな状態じゃ・・・帰れっこない」
「ああ。でも、帰りたいんだろ?」
「それは・・・」
「それに」とマヒトは目の前から再び私の椅子の横に立つとそのまま寄りかかる。
「あんていくがこのまま無事でいられる保証もないしな」
「―――え」
「おまえはこの組織の一部の奴らに顔が割れてる。そのうえ喰種は基本的に戸籍がないことが多いから足も付きにくいが・・・お前の場合、人間として生きてきた分戸籍や自分の情報を隠しているわけじゃない。
「そ んな」
一瞬にして景色が変わっていく。
血塗れの私の部屋――――――部屋以上に血塗れになったケイタ君とアヤト君。
血塗れのあんていく――――――首を締め上げられて折られ血を吐いて倒れるトーカ。
庇おうとしたタイガごと八つ裂きにされるアレックス 赫子で貫かれ投げ棄てられるトビオ
気付けば私の周りは、仲間の遺体に囲まれていた。
「あ―――あぁ」
「おまえが死のうが生き延びようが、遅かれ早かれこうなる可能性がある・・・なんでかわかるか?―――それはおまえが弱いからだ」
「わ、たしの、せい」
「そうだ。おまえが弱くて無責任だからこんなことになった。―――なあ、悔しくないか?憎くないか?」
悔しい、憎いその言葉が私の中で反響する。
――――――私がレイルより強ければこんなことにはならなかった。
――――――私がケイタ君を家に送ってからアヤト君を探せばケイタ君は巻き込まれずに済んだ。
――――――私が捕まりさえしなければあんていくやタイガたちを危険にさらさずに済んだ。
憎い。
なんで私がこんな目に遭うんだ。なんでせっかくできた居場所を奪われないといけないんだ。なんでなんでなんでなんでなんでなんで。
殺してやる 奪ってやる
――――――私の居場所を奪う奴は 消してやる。
「奪われたくないなら、奪うしかない」
マヒトの声が響く。それは響きとは逆に幼子に言い聞かせるような優しい声だった。
いつの間にか私たちは白い竜胆の花畑にいた。―――ああいい匂い 甘い香りが鼻をくすぐる。
「ミヅキ」
名前を呼ばれて抱きしめられる。
「俺を食え」
「!!」
「大丈夫だ。元々俺はおまえの中にいる。また会える。だから―――食べてくれ」
私の唇は、自然とマヒトの首筋に齧り付いた。い、やだ。なんで―――
「当たり前だ、俺がそれを望んでいるから―――おまえは無意識に俺の望みを叶えようとしている。ただそれだけだ。」
「い やっ、いやだマヒト!ずっと一緒にっ」
「だからこうして一つになるんだ。言ったろ「守る」って」
「!!」
「ああ俺ってほんとに――――――」
その時見たマヒトの顔は、とても晴れやかだった。
私たちのいるところ、マヒトの血が滴った花から一気に景色が変わる。これは竜胆じゃない。
黒い―――曼珠沙華だ。
「あ―――ぁ」
もう後戻りなんてしない。
マヒトが私を生かしたように私もマヒトを生かし続ける。
「・・・私は」
――――――
カネキ君の時は白のカーネーション(?)から赤い曼珠沙華でしたがミヅキは白の竜胆から黒い曼珠沙華にしました。
白の竜胆の花言葉は「貞節」と「的確」。竜胆全体に共通する花言葉の一部に「悲しむ君が好き」「悲しむあなたに寄り添う」。
本来曼珠沙華に黒は無いのですが、精神世界ということで流してもらえると助かります。
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手折る/摘み取る 者
あの捜査官たちを喰らってからどのくらい経ったのだろう。体感時間は当てにできない。しかしここに時計はなく、そもそも部屋の主のいないうえこの部屋で唯一生きている私が拘束されている今、音を立てるようなものはいない。
レイルはあの後携帯が鳴って渋々それに出るとそのまま部屋を出て行ってまだ帰ってきていない。
逃げるなら今なのだろうか。
いや――――――それとも待つべきか。
マヒトへの態度からして相当執念深い奴なのだろうし、もし私が逃げ出せたとしても奴はどこまでもありとあらゆる手を使って私を
ならそうなる前に原因となる障害は摘んでしまおう。――――――ね マヒト。
パキン、と自然と指を鳴らす。――――――さあ、
思う存分 遊んであげるから。
そうして私が考えをまとめてそこまでしないうちに奴は戻ってきた。奴は身一つでほとんど毎回持って来ていた「お土産」はなかった。奴は私に向かってゆっくりと歩いてくる。
「悪いね、呼び出しが掛かってさ」
「・・・・・・」
「あの君に最後に食べさせた二人組の事を嗅ぎ付けた白鳩の連中がこっちに向かってきてるって報告があってね・・・急遽ここから退去することになった。もっと君を味わい尽くして愛で尽くしてから食べたかったんだけど・・・残念でならないよ」
「・・・・・・ひとつ、聞いていい?」
「なんだい?」
「ここに転がっている捜査官以外の遺体。全部喰種でしょう?みんな美しいけど人間にだって同じような美しさを持った人はいくらでもいる。なのになぜ喰種だけなの?」
「ああ、それはね壊れにくいっていうのもあるけど――――――やっぱり共喰いかな。」
けろりとしたなんてことないとでも言いたげな表情で言ってのける。
「共喰いをすることによって人間の肉よりはるかに多いRc細胞を取り込むことが出来るから、力が欲しいとかっていう奴の間で一時期流行してたんだ。でもすぐにそんな話も消えた。何故かって言うと―――その効果が誰にでも現れるわけじゃないからさ。いや、効果が全くないわけじゃあない。共喰いしてRc細胞が増えて活性化すればその分だけ赫子も強力になる。でも大抵はそこまでだ、次のステップに行けるのはほんの一握りもいない。赫者に成れるのはほぼいないんだ」
「かく、じゃ・・・?」
「そう、鎧のような全身を覆い尽くす赫子を纏っているその姿と強さから、「覚りし者」と掛けて『赫者』。でもそこまでなるのに共喰いを繰り返すのは至難の業でね・・・喰種は食えるけどすこぶるまずいから、なるかどうかも分からないようなものにそこまで費やしたくないってみんなやめていった。でも俺はちがう、長年続けてきた俺だからこそ分かる。もう少し、あともう少しだ!・・・だから君が現れた時、柄にもなく天啓だと思ったくらいだった」
「・・・・・・」
また、あの時のような捕食者の目になってレイルは私を見た。
「だから――――――俺は絶対に君を逃がさない」
「そう」
私はぎらついた言葉に短く応えると下を向いた。
「――――――そんなに
「!!」
拘束してある鎖を引きちぎって燐赫で刺し貫いた。
「なら食ってみなよ―――食えるならね」
そのまま投げ棄てるようにレイルを放り投げ、壁に激突する音とコンクリートの砕けた爆風を見届ける。
「テ、メェ・・・ふざけんな、ふざけんなぁ!!こ、ころっ、殺してやる!!」
パキンと指を鳴らしながら尾てい骨辺りから全身を覆うようにして展開される赫子、恐竜のようなそれは顔の口元を残して全てを覆っていく。ああ、この指を鳴らす仕草はこいつのものだったのか。
「尾赫の赫者か」
なら、甲赫と違って脆いだろうか。試しに羽赫を展開し結晶を飛ばす。
「Gaaaaaaaa!!」
「!ちっ」
しかし私の結晶は刺さることなくその外皮に弾かれ、長い尾に腹を深く切られた。
「・・・この程度じゃ通らない、か」
―――ならこういうのはどうだ?
私は甲赫を腕に纏わせるとレイルに向かっていき後ろに回ると――――――即座に背中の装甲を剥いで剥き出しになった肉を食った。
「Gi!Gyaaaaaaa!?Gaッ!!」
レイルが悲鳴を上げる中私は攻撃を避けつつ着地し、自分の口に付いた血を拭き取る。
「反吐が出そうなくらい不味い。まったく、正気を疑うよ――――――でもまあ」
私はすべての赫子を展開し構えた。
「あながち間違っちゃいないのかもね」
マヒトを喰らったことでマヒトの赫子を識った私だったが、あの捜査官の肉だけじゃきっと傷を治すのと燐赫を展開するくらいしかできなかっただろう。でも癪ではあるがこの男から聞いた「共喰い」を実行したところ赫子全種を展開できるようになったことからその迷信が確信に変わった。
「さあ、おいで」
「!!Gaアアアアアアア!!」
突進してくるそいつの腕を両腕で引きちぎった。悲鳴を上げているがそれがなんだというのだ。私はそのまま甲赫で切り燐赫で刺していく。そしてある程度ダメージを与えると羽赫で真上に跳躍し、結晶を飛ばして着地した。
煙たい中央に向かって歩を進めていくと――――――そこには鎧を全て剥ぎ取られ傷だらけになったレイルが倒れ伏していた。
「・・・・・・」
だからと言って休ませてやる気も楽にしてやる気もない。羽赫の結晶で背中を刺した。
「!あ゛、あぎぃいいい!?」
「まだ気絶しちゃだめ・・・ねえ、1000-7は?」
「・・・・・・」
私は両耳に入れられていた蛇とムカデをそれぞれ引きずり出し、レイルの背中に座る。
「言えないの?・・・悪い子ね」
ぽつりと呟き今度は腕を刺す。
「い゛ぃいいいあ゛」
「ね・・・1000-7は?」
「993・・・986・・・979・・・」
耳元で囁くように呼び掛ける。するとレイルは観念したのか数字を呟き始めた。
「そう、上手じゃない・・・いい子」
そういえば白鳩がこっちに向かってるんだったか。なら私もいつまでもここにいるわけにはいかないだろう。
「でもそうね、こんなことじゃ割に合わないし、何より私はあなたの命の責任なんて取りたくないから――――――あなたの赫包、もらうことにするよ」
「!っっ」
暴れ出したレイルを赫子で押さえつけ背中に跨り――――――
「私を喰おうとしたんだ。なら―――私に喰われても仕方ないよね?」
背中に食らいつき、赫包を捕食した。
赫包を捕食しある程度力が戻ったのを確認するとレイルから退き、扉に手をかけた。
「さようなら、あなたがどうなろうと知ったことじゃないけど・・・一生遭わないを祈ってるよ」
そして私が扉をくぐると重い扉は再び閉じた。
「・・・めがみ」
残された者の呟きは誰に届くでもなく空気に融けた。
走って、やっと外に出るとそこは雨が降り続け冷え込んでいた。
建物から抜けたはいいがやっぱりきつい。耳と鼻で喰種も人間もなるべく避けてきたのでなんとか戦闘にならずに済んでいるが、雨のせいか思ったより消耗が激しい。
朦朧とする意識の中で、アヤト君を見る。ごめんね連れ戻しに来て、私がやったことはただの余計なお世話だった。でもせめて幻想でもいいから私を振り払わないで――――――
伸ばした手は何かを掴んだ気がしたけど、それを確認する前に私の意識は途切れたのだった。
「・・・・・・無茶してんじゃねーよ、半端女」
レイルはミヅキの崇拝者にクラス(ジョブ?)チェンジした!
最後に掴んだのは本物のアヤト君の服の裾です。
ちょっと駆け足になったかもしれません。
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救えないもの
亜アキが好きな方ごめんなさい。
14区の喰種が住み着いている可能性のある廃墟までやってきた私たちは装備を確認しクインケを構え待機する。
「今回の目的は捕らわれた可能性のある捜査官たちの救出、喰種がいた場合の殲滅です。まず私・亜門一等が先導、最後尾は真戸上等・加瀬宮一等で行きます。」
「ですって、よかったですね亜門さん」
「・・・何がだ」
「なにがって・・・みんな知ってますよ?」
「!?な、なな」
「ちなみにこの配置決めたのは水義さんと真戸上等ですけど、亜門さんを水義さんの隣にするように言い包めたのは真戸上等です」
「本来であれば作戦に私情を持ち込むべきではないが君になら彼女を任せてもいいと思ってねえ・・・まあちょっとしたお節介というやつさ」
「!!」
「どうしたんですか?そろそろ時間なので配置に移動してください」
「はーい!よろしくお願いします。真戸上等」
「いやあこちらこそ」
そうして二人がそそくさと離れていき私と亜門さんだけになる。
「それでは亜門一等、真戸上等ほどではありませんが、よろしくお願いします。」
「い、いえ。こちらこそよろしくお願いします!」
固くなる亜門さんを疑問に思いつつ自分の配置へ戻る。
「・・・突入!!」
私の声と合図により作戦開始を告げられた捜査官全員が一斉に動き出した。
「な、CCGグゲ!?」
突入に気付いて本性を現す喰種たちを切り捨てていく。
「私と亜門一等が道を開きます!後方は周りの攻撃に注意しながら確実に仕留めなさい!!」
立ちふさがる喰種たちを切り刻む。長年愛用しているアギトよりこっちの方が手に馴染むなんて、なんて皮肉だろうか。
「ふざけんな死ね白鳩がぁ!!」
「うぁ!?」
後方の捜査官に飛び掛かる喰種に私はモードチェンジで羽赫に切り替え弾丸を放った。
「死ぬのはおまえだ」
羽赫・甲赫のキメラクインケ・ユキア。通常は刀型の甲赫、モードチェンジにより銃形態の羽赫へと変わる可変式クインケ。
私が一番初めに手に入れたクインケであり、同時にあまり使いたくないクインケでもある。
「怪我は?」
「あ、ありません!!」
とりあえず人員の無事を確認するとまた再び自分の勘を頼りに進む。
「嫌な予感がします・・・先を急ぎましょう」
「!水義上等」
進む。とにかくそのまま進み続ける。進むにつれて血の匂いが濃くなっている気がする。
「・・・無事でいてくれ」
祈るようにしてある扉を開けるとその先には――――――たくさんの腐敗した女性の遺体と、頭がなくなって所々が欠けている遺体と心臓を潰された遺体があった。
私以外が息絶えたこの部屋に踏み込み、まだ腐敗が酷くない頭部のない遺体と心臓を潰された遺体に近寄った。
そこで、それが誰なのかに気付いた。気づいて、しまった。
「ぁ――――――」
膝をついて頭部が無くなった遺体を抱き上げる。この人は――――――
「水義上等!!」
背後から追いついてきた亜門さんの声。応えなくては、この状況を、冷静に、私情を挟まずに
「亜門一等、至急黒磐班と14区支部に連絡を」
「!!」
「任務は終了。直ちに遺体のCCGへ移送の手配をお願いします」
――――――私の声は震えずに平静を保てていただろうか。
実は頭を潰された女性捜査官と水義さんには少なからず縁があります。
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踏み出す
花を手折る。
摘まなくては その蜜が枯れる前に。
見掛け倒しの毒の花。
私はそれを散らして飲み込むのだ。
なんて甘い なんて苦い なんて冷たい なんて熱い。
私とあなたは溶け合って一つになる。
そこに残るのは――――――。
「っあ!?」
真夜中に目が覚めた。時計を確認すると午前3時。また何とも言えない時間に起きてしまった。
あの後、私はあんていくの入り口に倒れていたらしい。名所の肉の回収を終えた四方さんによって発見された私は丸一日あんていくの二階で寝ていたらしい。おそらく拷問のストレスでなったのであろう白髪も合わさってトーカやみんなに心配をかけてしまった。今後は学校でもバイトでもこの髪は目立つので元の髪と同じ黒髪のウィッグを付けて生活することになった。
ケイタ君は生きていた。アヤト君が目を離した隙に脱出した彼は途中で他の喰種たちに見つかり多少怪我をしてしまったもののほぼ無事であり、公衆電話からCCGに連絡した後自力であんていくへと帰ってきたのだという。
ケイタ君が無事で、本当に良かった。
あれから数日。こうして私たちはまたこの部屋で元の生活を送っている。
平穏が戻ってきたことを喜びつつも、私は不安と焦りが渦巻いている。
いくらマヒトの力をある程度使えるようになったからといっても、肝心の私が使いこなせないのでは意味がない。また狙われた時、今度居場所を脅かされた時、私が動けなくては居場所を守ることさえできない。
そこで思い出すのはあのレイルの言っていた「共喰い」。
「―――奪われたくないなら、奪うしかない」
マヒトに言われた言葉が、重く突き刺さった。
「行こう……夜が明ける前に戻ってこないと」
そして私はマスクをつけると真夜中の外へ出た。
*****
葬儀も告別式も終わって、私は今彼女の墓の前に来ている。
「久しぶり、ハイネ」
前であれば元気な返事が返ってきたが、今はもうその面影すらない。
「あなた見ないうちに一等捜査官になってたのね。お互いに多忙だったろうから連絡もし辛かっただろうけど」
「いつかパートナーになって一緒に捜査しましょうって、言ってたのはあなたなのに……ほんと自分勝手ね」
止まらない涙を手首で抑えた。今度会う時はあの世に行った時。さようなら、痛い思いをした分どうか安らかに。
そして私が立ち上がると亜門さんがいた。まさか泣いてるの見られた!?すぐに涙の跡を拭いてなんとか平静を保とうと頑張った。
「……あ、亜門さんも墓参りですか?」
「いえ、真戸さんが水義上等はきっとここにいるだろうと言っていたので」
「もしかしてわざわざ探しにきて下さったんですか?すみません、迷惑をかけてしまって」
「……この方と、何かあったんですか」
険しい顔つきで、真剣なまなざしで亜門さんはハイネの墓石を見ながら言った。
「同期です。──親友、のようなものでした」
「!」
「仮杵灰音(かりきね はいね)。14区の一等捜査官。遺体発見者と関係者ということでデータを見たら、一等捜査官に昇進して間もなかったみたいで、昇進と同時に本部に転属願いを出していたみたいなんです。それも名指しで」
「それは―――」
「いつかパートナーになって一緒に現場に行こう、なんて。いつもだったらぽやっとしてる彼女の事だから覚えてなくても不思議じゃなかったのに……こういう時ばっかり律儀になって」
『ユウリちゃんと私でタッグ組んだら最強じゃない!?』
『いやまず私たち同期だし、大体ここ卒業したら配属先別々になる可能性大なんだからそれこそ奇跡みたいな確率でしょ』
『もー夢がないなー』
『はいはい』
『でもさ、ユウリちゃんだったらきっと上位捜査官になれると思うんだよね』
『褒めたところで限定のプリンはやらないから』
『ええ!?』
『……ま、もし組めるってなったら私もハイネがいいかな』
『!じゃあ約束ね』
今となっては、もう不可能な事だけど。
「どうやら今回の案件を終えたら私たちのところに、くる事に、なってた……らしくて」
せっかく止まった涙がまた流れていく。だめだな。真戸さんやこの場にいる亜門さんにだって色々抱えているものはあるはずなのに。
すると目の前に白いハンカチが差し出された。
「お墓参りが終わったら、その、どこかに食事に行きましょう。ハイネさんの代わりにはなれませんが、話し相手くらいにならなれるかもしれませんし」
「ありがとう、ございます……」
亜門さんの気遣いに、私は一時甘えることにした。
*****
水義有理(みなぎ ゆうり)上等捜査官。23歳にしてその有能さと華々しい活躍から早くも上位捜査官の仲間入りを果たし、現在に至る。後見人である真戸さんとは家族ぐるみの付き合いがある。
並外れた容貌と実力、功績から女性捜査官のホープと言われ安浦特等、今は亡き真戸微准特等と並んで男女ともに憧れる捜査官。
そんな彼女が、こうして俺の目の前で涙しているなんて誰が思うだろうか。
「ありがとうございます。少し落ち着きました」
そう言いながらも彼女の目尻にはまだかすかに滴が残っていた。
「なんだかすみません。格好悪いところを見せてしまって」
「いえ、こちらこそ気の利いたことが出来ず……」
「いいえ、十分よくしていただいています。亜門さんがあそこで呼び掛けて下さらなかったら、きっとずっとあのままだったでしょうし」
そこで注文した品が届いた。真戸さんと同じ激辛のカレーだ。
「辛いのがお好きなんですか?」
「好きですけどどっちかというと癖ですね。真戸さんもその娘さんも辛党ですから私も一緒にいるうちにそうなったというか……亜門さんは苦手なんですか?」
「あ、いえその、自分はどちらかというと甘党、なので」
「ああなるほど。それは言い出しづらいですよね。真戸さんの辛党って容赦ないですから」
「はは……」
「……やっと笑ってくれましたね」
「え」
「亜門さん、私が近付くと結構硬くなってたのでもしかしたら苦手なのかなって思ってて。でも今日せっかくこうして誘ってもらったんだし、ちょっとは認めてもらえたのかなって」
今まで彼女の前でそんな醜態を晒していたのかと思うと顔から火が出そうなほど恥ずかしく思う。
幸か不幸か、俺は彼女の中にある人間関係で今になってやっとプラスの位置についたということだ。
「自分はあなたを苦手になんて思っていません!」
「は、はい」
「むしろ……」
「むしろ?」
そこでふと我に返った。い、勢いで何を言おうとしているんだ俺は!!
「そ、尊敬、しています!!」
なんとか言い逃れることができた。しかし水義さんはぽかんと呆気に取られてしまっている。失敗、か……
「ふ、ふふ……ありがとうございます」
「い、いえ」
「今日は慰めてもらってこんな一言ももらえるなんて……私の一月分の幸運全部使い切っちゃいます」
「自分の方こそ、水義上等とはお話ししてみたいと思っていたので」
「あ、ありがとう、ございます」
やや赤くなって照れる水義さんにこっちも上気してしまう。
「とにかく食べましょう、このままだと冷めてしまいますし」
「そうですね、それではいただきます」
やっとありついたカレーは少し冷めてややもったりとしていた。
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邂逅とは程遠く
朝6時半起床。私とケイタ君しかいないので食事はまだ必要ない。ケイタ君にはあんていくでもらってきた肉をあげてるし私に関してはおなかがすいていない。
むしろまだあの苦さと臭さと味覚が死滅しそうな拒否反応を思い出してなんとも言えなくなるくらいには新鮮且つおなかの膨れ具合が比例している。
自分で言っててなんだか意味の解らない文章になった気がするが、そこはそれとして流す。おいしいと思うものを最近口にしていないため、精神的にマヒしているのだ。
それから学校に行って、放課後はあんていくのバイトに精を出す。
それで。
それから。
ケイタ君が寝静まったのを確認してから着替えて家を出る。
なるべく高い建物に飛び乗って辺りを探る。地上よりこっちの方が広い範囲を探ることができるのだ。
……ぁ……うそ僕ザいーちゃ……おまィィ皿
……14区に、先輩キョウ──いぇアハぁ……
2区と3区のグー……それ特等に……食事中にするハまいどー
今の情報からすると2区と3区が狙い目だろうか。といっても特等とも聞こえたので油断はできないわけなのだけれど。いざとなったら赫包だけ摘出して食べるのは後回しにするべきかもしれない。
情報に従って2区と3区を回ってみた……のはいいのだが
「──まさか特等一人にここまでやられたのか?」
2区のあるビルの4階。そこには私以外の生命は存在していない。すべてが赤く染まった部屋。そこにある遺体はすべて喰種のものだ。一応遺体をそれぞれ見て回る。でも……
「赫包が取られていない」
捜査官がやったにしては妙だ。捜査官は殺したら赫包を摘出して新しいクインケの材料にするのが普通のはずなのに。それが単独で出来ない場合は専用の部隊がやってくるらしいのだが、ここに来るまでそういう動きは感知していない。
ここの区はCCGの本局がある1区に隣接しているので割りとすぐに来るものだと思うんだけど……とりあえず、食べてもいいのだろうか?判断に苦しむが見たところ変な匂いもしていない。
「──背に腹は変えられない、か」
諦めたように納得するために呟くと私は遺体に齧りついた。
───────
全て食べ終えて携帯の時間を確認するもののまだ時間は11時20分。微妙な時間帯だ。通りに出たらまだ人がいるだろう。今はマスクを付けているのでなるべくなら人前には出たくないし……虱潰しにどこかの食い場をあたって見るべきだろうか。人のテリトリーを荒らすのは嫌なんだけどなあ……
とにかくあんなに死体のあった部屋だ。私は食べることは出来ても特殊清掃の経験はない。なので部屋中にこびりついた血は洗い流せない。早々に引き上げるべきだろう。
そのまま階段を降りていくとまた血の匂いがする。おかしい、私が来た時は下にだれもいなかったはずだ。
────罠、だったのだろうか。
「──ああよかった。やっぱり戻ってきた」
聞こえてきたのは艶かしい女性の声だった。マスクで覆われていない方の目で黒いフードの中からその姿を確認する。彼女は私と同じくらいの背格好で白い品のあるワンピースを着ていた。それは長い黒髪と整った顔立ちの彼女にはとても似合うものではあった。しかし───
「さっきまでウッザイやつらの相手してたからサイアクだったのだけれど……いい匂いと懐かしい匂いがやってきたものだから待ってたの」
その獲物を期待するような眼光と舌舐めずりしたことで艶を増した妖艶な唇が、その清楚さからかけ離れさせていた。
「グール……」
「そう。でもそういうあなたは不思議な匂いね……とっても──美味しそう!」
そういうが早いか赫眼になると彼女の赫子が私に迫る。
「悪いけど―――そう簡単にやられるわけにもいかないんだ」
私も彼女の赫子を尾赫で薙ぎ払う。
もうこのスキニー履けないな……今度から専用の服でも作っておくべきかもしれない。
「その赫子……やっぱり見覚えがあると思ったらマヒトの」
「……」
「ふーん、死んだって噂、胡散臭いとは思ってたけどあながち間違いでもないのかしら?」
「マヒトの知り合い?」
「んー、まあ腐れ縁ねえ。まあもうどうでもいいしあいつの事なんか昔から知ったことじゃあないけど……なあに?あなたマヒトの恋人か何か?」
「いや――マヒトは私の友人で恩人さ」
「アハハ、何それ変なの。あの私より横暴なあいつが他人に肩入れするなんて!」
剣戟のような音と火花を散らしながら打ち合い続け話し続ける。
「そんなマヒトの匂いがあなたからしているだなんて!」
「っ」
マヒトの赫子並みのパワーだ。いやマヒトの赫子をまだ使いこなせているわけじゃないからなんとも言えないところではあるけど今は相性のおかげで何とかなっているようなものだ。
「(とっとと赫包食べて帰るんだった)」
容赦ない攻撃を捌きながらどうしたらこの場から離脱できるのか考える。
なるべく相手の命を優先しつつ、私も傷つかないで済む方法――――
ああそうか。ひとつだけあるかもしれない。ただここまで強い相手だと成功する確率もうんと低いけど。
でもこの状況で他の方法は思いつかなかった。だとしたら私はこの方法を試すしかない。
彼女の赫子は燐赫———燐赫は再生力と一撃の重さが長所ではあるが酷く脆い。
彼女の赫子の本数は四本―――ならそれらすべてを打ち砕いて―――
「な」
「(今だ)」
一瞬の隙を突いて――後ろから彼女の赫包を捕食することだった。
「ぎゃあぁあああああ!あ、あ゛あ゛!い゛いだいいぃいぃぃ!!」
彼女の先ほどまでの余裕は消え失せ、余りの痛みに絶叫し悶えている。
私としては赫子を一時的にでも引っ込めてもらえればそれでよかったので試したのだが、彼女の身悶え様から察するに赫包は私たち喰種にとっての弱点らしい。覚えておいて損はないだろう。
そう思いながら彼女から抉り取った赫包を食べ終えた。やっぱり酷く苦くて思わず吐き気が襲ってくるような味だった。
「くそ、ふざけんな!なんなのよあんた!共喰いとか頭いかれてるんじゃないの!?」
そういうものの、彼女は意識こそあるもののダメージで再生が思うようにいかないらしく油汗をかきながら息も絶え絶えに私を憎々し気に睨み付けてきた。
「いかれていて結構。それでも私は力がほしいの」
―――ああこんなやり取りをしていたら家に戻れなくなってしまう。赤の他人である彼女に私が言えることは何もないし、変に施せば彼女のプライドを傷つけかねない。
それだけ言うと私はその場を後にした。
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魔女と接点
血が滴り落ちる新鮮な赫包をリンゴを食べるように齧り咀嚼して飲み込む。何度食べても慣れることのない不味さに内心吐きそうになりながらも全て余すことなく平らげた。口の中の喰種の血の味がひたすらに苦くて臭い。きっと口の端に垂れているであろう同じ血もそんな味がするのかと思うと舐めるのは気が引けた。
「やっぱり変よね、あなた」
「……リゼ」
後ろからした声に振り向いた。
「あら大袈裟ね、あなたならこの程度振り向くまでもないでしょう?実際、私があなたを感知するよりも早くあなたは気づいていたんでしょうし」
「それでも気配を薄めたまま背後に立つのはいかがなものかと思うけど」
「いいじゃない。その方が面白いわ」
ふふ、と笑いながら私と相対する彼女の名前は神代利世。長い黒髪に眼鏡、本人の好みなのかよくワンピースタイプの女性らしいデザインの服を着ている清楚な文系美人。本人もそれを解っていて見た目に合うような人物に擬態している演技派。
しかしその本性はCCGからレートS以上の危険度を認定されている「大喰い」。彼女は食事に関して一切遠慮も妥協もしない暴食にして悪食の女王だ。今回ばかりはCCGのつけるコードネームが言い得て妙といったものだろう。
「それで、今日はどうしたの?ここにあなたの望む食事はないよ」
「今日はデートの誘いに来たのよ。ああ安心して?人間を食べるわけじゃないわ、普通のお出かけよ」
私を挑発するように強調して言う彼女の真意は読みづらいが、この場合嘘は付いていないのでとりあえずはよしとしておこう。
「わかった、付き合うよ。でもその前に家に帰ってシャワー浴びてからね」
「なら私も行くわ、あなたの所に居座ってる子に興味があるの」
「あの子は喰種よ」
「ええ分かってるわ、人間じゃないんだもの取って喰ったりなんかしないわよ」
「……ならいいけど」
そんな確固たる言質を取ったのち、私たちは私のマンションの部屋に移動することにした。
ケイタ君はまだ寝てるのでリゼにはリビングに居てもらい、私は着ていた服を全て洗濯機に放り込むと浴室に入ってシャワーを浴びる。お湯が汚れや汗を全部洗い流してくれるこの時間がある意味私を切り替えているのだろう。
でも
「落ちないな─────血の匂い」
匂いというより感覚なのかもしれないけど。
実際店長や四方さん、スタッフの人たちには気付かれた素振りはないわけだし。
とはいえ私自身、あまり私の体臭を嗅がないようにしている。確証はないけど、この匂いを嗅ぐたびに私は遠退いて行っているように思うのだ。
喰種だと割り切っているつもりだけどまだ理想を持っているあたり詰めが甘いのかもしれないな、なんて少し自虐じみた思考に辿り着くころにはすべて流れ落ちていたのでシャワーを止めてタオルで水気をふき取り着替えてリビングに行く。
そこにはすでに二人がそろっていた。
「お姉ちゃん、この人誰?」
「彼女は……「私は神代利世。あなたのお姉さんのお友達で、あなたと同じ喰種」……リゼ」
「いいじゃない自己紹介くらい。ねえあなたのお名前は?」
「く、枢木……圭太」
「そう、ケイタ君。ふふ、悪いんだけど今日はちょっとあなたのお姉さんに用があって……連れて行ってもいいかしら」
「え、う、うん」
「ありがとう。じゃあミヅキ、私は先に外に出てるから」
「……わかった」
「じゃあねケイタ君」
そしてそのままリゼは部屋から出て行った。
「はあ……」
人知れず小さくため息を吐きながら、私も準備を始めたのだった。
「あら案外私服もシンプルなのね」
「案外って……動きやすいのが一番でしょ」
「そう?せっかく女に生まれたんだもの、こういうのは楽しまなくちゃ」
くるりと回って見せるリゼは微笑みながら言い切った。
女に生まれたことを楽しむ、ね……
「それで、今日はどこに行くの?」
「そうねえ、高槻泉の新作はまだ出てないし……たまにはあてもなくぶらつくのもいいわね」
「……」
誘っておきながらノープランなのはどうかと思うがとりあえず言わないでおこう。
「ああそうだわ、ちょっと付き合ってほしいところがあるの」
「でもさっきないって」
「あるの。今できたのよ」
そしてそのまま連れて来られたのが……
「ブティック?」
「そう。食事も本もないならここくらいしか用はないわ」
「それで、リゼはどんなのが好みなの」
「ああ、私は今回必要ないわ。今日着るのはあなたよ」
「……どういうこと?」
「正直着替えるのとか面倒だし、自分の服はもうこの間買ったもの。今日は行くところもないし、せっかくあなたといるんだから着せ替え人形になってもらおうと思って」
「拒否権は……「ないわ、人の赫包を奪っておいて何もないなんて虫の良すぎる話じゃない」
こうして様々な服を着せられ買われて買って……そうしてる間にもう昼過ぎになっていた。
なので私たちは時間と体力の関係であんていくではないどこかの喫茶店で休憩することにした。
コーヒーしか頼まない私たちはウェイトレスのお姉さんから見たら異様に見えたのか一瞬見られた。のを誤魔化すように私がお姉さんに笑いかけると、そのまま急ぐようにして去って行ってしまった。
「罪作りねえ……」
「なにが」
「そう言う無自覚が一番タチ悪いのよ」
リゼがため息を吐き私を見る。
「で、なんで今日は誘ってきたの」
「別に?じゃあ逆に聞くけど理由ってそんなに必要かしら。私はあなたに興味があるから誘った、ただそれだけ」
「本当に?」
「凝り深いのね」
「まあそりゃあ……」
初対面で赫包を強奪しているわけだし。
何度か会っていると言ってもそれは真夜中の私の食事の時にあっちからやってくるに過ぎず、軽口はお互いに叩くもののそこまで深入りはしていない。
「そうね、認めたくないけど被害者としては結構胸糞悪いわ。しかもよりによってマヒトの赫子に負けるなんて」
「前から思ってたんだけど、マヒトと知り合いだったの?」
「……昔の馴染みよ、別にあなたが邪推するような生々しい関係じゃないわ」
「へえ」
昔のマヒトを知る人物という認識でいいんだろうか。本人は嫌がっているが一応聞いてみるか。
「私に会う前の……リゼからみたマヒトはどんな人だった?」
「そうね、狡猾でその分要領もよくて──私に負けず劣らず悪食だったわ」
「狡猾で悪食」
「そうそう」
そして頷くと同時に運ばれてきたコーヒーを飲んで一息ついた。
悪食……なら人間に擬態してでも私に近付いてきたことに納得がいくような気がする。
「今度は私から質問させてもらうわよ」
「うん?」
「私ばかり喋ってばかりなのもつまらないもの」
「……ああうんいいよ、何?」
「あなた、一体何者?」
「……」
「あの時は不思議な匂いに釣られてあなたを待ち伏せしてた。それで会ってみればマヒトの赫子じゃない?普通赫子って親子や兄弟で似ることはあっても完全に一緒なんてのはないし、何よりあいつはそんな群れて行動するようなやつじゃなかった……あなたと会うまでは、ね」
「……なるほど」
「あなた、物凄くいい匂いがするわ。とっても不思議な匂いでもあるけれど」
「それは……どんな匂い?」
色々な喰種たちにほぼ毎回言われている私の匂い。自分の体臭は自分では気付けない。だから客観的な視点がいるのだ。
「甘くて深みのある匂い。とってもとっても、美味しそう……でも喰種のかぎ分けみたいな意味合いでいうならあなたからは人間の女の匂いと喰種の男の匂いがするの」
喰種の男……マヒトのことだろうか。
「ふうん……」
「で、あなたが何者なのか聞いているんだけど?」
にっこりとリゼは私を見て笑う。
一見おしとやかに見えるそれは言外に「逃がさない」と言われているような威圧めいたものだ。
「一般人だよ」
「一般人は私を齧ったりしないわよ」
根にもたれたままだった。
「とりあえず、それならここから出ようか。人が多すぎるし」
「あまり人に聞かれたくないことでもあるの?」
「まあ気軽に、とまではね」
「いいわ、付き合いましょう」
「マヒトの臓器を移植された半喰種、ね」
「納得した?」
「まあそうねそれなら納得せざる負えないかしら」
誰もいないことを確認したうえで選んだ廃ビルで私はリゼに話すことにした。あまり他人に話すことではないが昔馴染みだというリゼには隠しても無駄だろう。
「半喰種……てっきりお伽噺だと思ってたけど本当にいるのね」
「そんなにレアなの?」
「んー、少なくとも私の周りにはいなかったわ」
隻眼は珍しい──のだろうか?
人間と喰種は価値観はともかくとして見た目や感性は変わらない。なら人間と喰種で結ばれてその間にいてもおかしくはないはずだと思うんだけど……
「まあこれでマヒトがいなくなった理由が分かったわ」
「そっか」
「それと、なんで共喰いなんてマネしてるの?」
「……」
「むかつくけどマヒトのやつの赫子はそれなりに強かったって記憶しているの。共喰いって自分の身になるのかわからないようなクッソまずい肉を食うほど役不足じゃないと思うのだけれど」
「……力が欲しいんだ。もう何も失いたくないから―――何もできないのはもう嫌なんだよ」
「傲慢ね」
「知ってる」
リゼは感情のないような声で言った。私は諦めたように苦笑しながら答えた。
「じゃあそろそろ私は帰るから」
「そう……今日はありがとう」
「いーえ?」
そう言って去ろうとしたリゼは思い出したようにこっちを向いた。
「言い忘れてたわ───またね、ミヅキ」
そしてその後は今度こそ振り返ることなく去って行った。
「……してやられた気分だ」
またね、か。年相応のかわいらしい発言ではあった。でもきっと彼女の場合それだけではないのだろう。
「つまり逃がさないってことか」
そんなことを約束しなくても自分の方からやってきそうな気がするけど。
「はあ……」
本日二回目のため息を吐いて私もケイタ君の待つマンションへ帰るのだった。
ちなみにマンションから出た時点でリゼの興味対象からケイタ君は外されています(強いわけじゃないし、なぜミヅキが彼を居座らせているのかわからなかったから)。
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