IF~獣の特別~ (コズミック変質者)
しおりを挟む

IF~獣の特別~

黄金の装飾が施された、全てが黄金に輝くその道を、男が一人穏やかに歩く。歩を進めた所は波紋のように広がり、床に薄く幾多もの骸骨が見えてくる。

男がいるのは己の城であり、城の素材は彼とその爪牙が収集した人の魂。そのため魂の数は骸骨と比例し、城の大きさからかなりの魂が集められている。

彼らはみな骸だ。動くことも話すこともできない。だがそれなりに魂の強度を持ち得ていれば、彼の爪牙のように己を形作ることは出来る。

 

歩を進めるは城の下部。その場所は彼の爪牙は愚か、爪牙の中の側近である三騎士ですら知らぬ場所。誰も立ち入ることは出来ず、また知覚することもできない。そして知らせるつもりすらない。それは城の心臓部でこの城を永続的に維持している彼の息子(・・)でさえ。唯一の例外があるとすれば、彼の親友である全てを知っているかのような男だろう。彼になら、教えはしないがバレたところで問題はないと判断し、何もしていない。

 

目的の場所に着くと、決まった動作で壁を叩く。骸で作られた壁が音を立てて動く。人一人余裕で入れる綺麗な長方形の穴が開くと、彼は躊躇いもなくそこへ入る。

中は薄暗く、視界が安定しない。だが彼は慣れている足取りで階段を降りていく。暗闇の中に妖しく光る黄金の双眸はどこか憂いを孕んでいる。何が彼をそうさせるのか、それが分かるのは真に彼のみだ。

 

長い階段を降り、ようやく底へ辿り着く。あるのは一つの狭くもなく、広くもない空間。特に目を引く物がないその部屋は城というにはあまりに質素で、一市民の部屋の一室と言った方が適切である。

 

部屋にあるのは質素な木製の机と椅子が2つ。そして部屋の隅にある女性が眠っている(・・・・・・・・)ベッドのみ。彼は己の首にかかっている金色のストラと、肩にかけていたドイツ第三帝国の黒い軍服を外し、更には両手の白い手袋を脱ぎ、椅子の一つにかける。

 

彼はベッドへとゆっくり、警戒するように近づき、眠っている女性の傍へよる。まるで死んでいるかのように眠っている女性は、微かに聞こえる寝息と、ほんの少しづつ上下する胸から生きていることが分かる。否、死にながらも生かされている。誰でもない、女性を見詰めている彼に。

彼の手がゆっくりと女性へ伸ばされる。

 

まず彼よりも淡い金色の髪へ手を伸ばす。肩まで伸ばされた髪を手櫛で撫で、その存在を刻みつける。

そして今度はその白く美しい貌、触れたら砕け散ってしまいそうな頬へ、ゆっくりと手を移動させる。割れ物を扱うかの如く慎重に、壊してしまわないように丁寧に。

そして手が頬に触れる直前、止まってしまう。

 

まただ———と彼は己に呆れる。何度触れようと思ったか。髪だけではなくその肌に、何度接触しようと試みたか。だが一向に触ることは出来ない。必ず手前で止まってしまう。自分の理性が、己に渦巻く強大な本能さえも止めてしまうのだ。

 

———触れるな、壊すな。この女はそんな凡百の安い女ではない。貴様が(破壊)していい女ではない———

 

誰かに叫び続けられているように心の中で繰り返される。そして魂にまで刷り込まれるのだ。彼女が特別だと。彼女こそ己の一つの唯一無二だと。

 

憂いながらゆっくりと手を離していく。一人の女相手にこの体たらく。これでどの口が「女は駄菓子」などと豪語するか。阿呆らしくて失笑さえしてしまいそうだ。

自嘲しながら手袋を嵌め、軍服とストラを羽織る。今はもうこの場所にはいられない。己にここにいる資格はないのだと、頭の中で理解しているからこそ、早急に部屋から立ち去ろうとする。

これ以上ここにいるのは危険だ。何が危険か、曖昧な答えすら出せないが、獣としての己が不思議とそう思ってしまう。

 

いくばかりの後悔を胸に抱き、彼は部屋から立ち去る。その顔は無表情でありながら、どこか悲しさと儚さを孕んでいる。

 

 

———・・・ライ・・・ニ・・・。

 

 

ふと聞こえた美しい声に、彼———ラインハルトは驚いたように振り返ってしまう。だが視界に映るのは変わらない部屋と眠る女性のみ。寝言と断じて今度こそ部屋を後にする。

 

その日、ラインハルトの表情から微笑はあっても、心の中から曇りが消えることはなかった。

 

 

——————————————————————————

 

 

「ほぅ・・・最近獣殿の様子が少しばかり可笑しいと思ったら、まさか私に悟られずに逢瀬をしようとしていたとは」

 

ラインハルトが立ち去った部屋に、影法師のような男がどこからともなく現れる。まるで最初から存在していたかのように。

男は笑っている。それは面白いから、未知だから。歓喜しているのだ。既知感に溢れきり、既知感に絶望し、己の命を己の願い通りに絶つことを目的としている男からすれば、未知というのは砂漠から一つの宝石を見つけるようなもの。

 

「いやはや、歓喜している自分もいるが、それと同時に少し不都合に焦る自分もいるとは。未知は素晴らしいが、時としてここまで厄介になるとは・・・」

 

男はどうしようかと頭を働かせる。既に必要な役者(・・)は揃ったのだ。眠り続ける彼女は想定外も想定外。下手をすれば男にとっては矮小なこの存在が、男の計画の根本的な部分を壊すかもしれないのだ。

 

「全く、獣殿は厄介なことをしてくれた。凡百の骸ならいいものの、まさか自力で魂が《形成位階》にまで到達しているとは。ザミエルにでもバレたら、彼女がどうなることか・・・」

 

獣殿———ラインハルト・ハイドリヒへ忠誠を誓う苛烈な赤騎士の怒り狂う姿を想像しながら、女性の頭へ手を翳す。女性の頭を囲うように現れる方陣は、男へ必要な情報を伝達していく。これは所謂魔術というもの。失われた古い技術を振るう男は一体何者なのか。それを答えるものは部屋にはいない。

 

「おお・・・これは・・・まさか私が・・・」

 

男が歓喜する。未知という点もあるが、もっと別のことに対して。確かに伝達された記憶も男が歓喜するには素晴らしい物が詰まっているが、それではないのだ。

 

「まさか、この私が惚れかけるとは・・・。もし偶然が重なり合い、私が女神に会わず、また獣殿がこの娘に会わず、出会っていれば、私はこの娘に恋していただろうな」

 

男が見たのは一つの星。ここにいると、待っているからと言うかの如く輝きその存在を示し続け、時として星から近づき、まるで太陽のような輝きを与える純粋無垢な女性。

 

「これで終わるようなら、今回はそれまでというもの。この娘はどうする気にもなれん。故に、私は何もしないでおこう」

 

そこにいるだけで余計なことをしでかす男が何もしない。それだけ女性に価値があるのか、もしくは女性に惹かれたのか。

ラインハルトの時と同じように、それを語るものはいない。今はただ、己の歌劇が万事滞りなく進むこと。それのみを目的とすればいい。

男は胸に深く刻み込み、来た時と同じようにまるで最初からそこにいなかったかのように姿を消した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF〜特別な日々〜

続いた・・・だと!?


私と彼女の出会いは、そう珍しいものではない。ただ住んでいた場所が近かっただけだ。

私の両親は有名な音楽家と音楽家の娘であり、そこそこ有名な地位を得ていたため、一般よりも裕福な生活を送れていた。

 

ある日のことだ。私がまだ齢一桁の頃、近所に街一番の屋敷が建てられた。その屋敷の主は軍の少将の立場を貰っている、腕の立つ軍人であり、私の父の音楽を気に入っている人物だった。

それだけの理由で越してきたのか?というとそうでもないらしい。それについては特段、私が知ることは無い。

 

彼らが越してきてから一日経つ。私はいつも通り勉学に励みながら過ごしていると、家に来訪者が現れた。その来訪者というのは、越してきた家の長女である。

 

彼女の名はクリスタ・イーネア・イスターツ。歳は私と同じとのこと。淡い金髪をした可憐な少女。町を歩けば誰もが振り返ってしまうほどの絶世の美少女。

あまりそういったものに関心がない私でさえ、美しいと感じてしまった。

 

「ねぇ、今から遊ばない?」

 

唐突に聞かれてしまったので、思わず返事をしてしまった。彼女は嬉しそうにクスクスと笑い、私の手を引いていく。

やんちゃな娘だ、と思ってしまう。この時代の貴族の娘といえば、花よ蝶よと愛でられ、一から礼儀作法をたたき込まれるのが常のはず。

そのことを聞くと彼女は、

 

「もちろん、家ではちゃんとしているよ。社交界の時もね。でもお父様とお兄様は友人と遊ぶ時くらいは許してくれたから」

 

今時には珍しい家だな、と納得した。確かにそういった家は希にある。古来より優秀な軍人を排出してきた家は特に。ここ数年になって、女性軍人の価値は上がってきている。今では最早家の道具だけではないのだ。

 

それから彼女とは日が暮れるまで遊び、また遊ぶと約束までしてしまった。そのことを両親に話すと、顔を青ざめながら粗相のないようにな、と念入りに忠告してきた。

 

その次の日、彼女はまた家に来た。今度は共に勉学に励もうと。私はそれを承諾し、彼女を家に招いた。突然来た彼女に、侍女達は困惑して焦り出すと、彼女は気を使わないでいいと言った。その時の彼女は困ったように笑みを浮かべていた。

 

勉学を始めると、私は驚愕させられた。私は勉学においては、同年代の者達よりも少しは優秀だと自覚していた。それも日々の努力の末。だが彼女は私よりも遥かに先へ進んでいた。それこそ、同年代がやっている物よりも、8年も先へ進んでいる内容を。これを境に、私はただの凡人だと思わされた。

彼女は、学院から偶に帰省してくる兄に教えて貰っているからと言っているが、確実にそれだけではないだろう。

それから私は彼女に教えてもらう事になった。彼女の教え方は丁寧かつ分かりやすかった。それこそ、捻くれた応用問題をすぐに分かるように丁寧に説明してくれた。彼女には誰かを教導する才能があるのではないのだろうか?

 

それから三ヶ月ほど、私と彼女の関係は続いていた。

 

ある日彼女は私とともにシェイクスピアを見に行かないかと誘ってきた。丁度いいことに私の予定は空いており、それと同時に父の予定も空いていた。

父も着いていくと言うと、彼女は外で待っているからと言って出ていった。私と父は早急に支度をし、外へ出るとそこに待っていたのは、険しい顔で腕を組み目を瞑って車の運転席にいる強面の男性。彼女の父、キング・イーネア・イスターツ少将だった。

 

父はイスターツ少将を見ると一瞬で顔を蒼白にし、頭を低くして媚を売るように定例の挨拶をするも、イスターツ少将が「今日は家族の、近所の者との付き合いで来たのだ。そう硬くなる必要は無い」と言った。

無論、そう言われて態度を急転させることなど出来る筈もないが、父の態度は少しは柔らかくなった。

 

着いた劇場はザクセン州立歌劇場(ゼンパー・オーパー)。歴史ある有名な劇場であり、そこには人が溢れている。イスターツ少将と父に付き添い、彼女のエスコートをしながら劇場内へ入っていく。エスコートしている間、終始彼女はクスクスと笑っている。なぜ笑っているのか聞いても、はぐらかされてしまう。

 

そして指定された席、明らかにVIP席と思われる席へと座る。座る順番は右から父、イスターツ少将、彼女、そして私。演目名は『テンペスト』。シェイクスピアが創り上げた作品の一つ。様々な貿易によりドイツへ流入された作品だ。

 

劇が始まる。

内容はとても深いものだった。

主人公プロスペレーが弟であるアントニーオへの復讐劇。手下の精霊を率いて、アントニーオの目論見を全て撃退し、己の思惑を実現していくもの。そして最後の最後、次なる復讐をやめ、プロスペレーは精霊との契約を切り、アントニーオと和解。最後はナポリへ王を送り届ける。

 

なかなかにいい話だったとも。シェイクスピアよりもオペラを嗜む私だが、純粋に楽しめた。

劇が終わると、父と彼女が花をつみに行くと言って離れていった。残ったのはイスターツ少将と私のみ。会話一つない空間が広がるが、イスターツ少将がそれを破る。

 

「君はクリスタのことをどう思うかね?」

 

「どう・・・とは?」

 

「クリスタは優秀だ。優秀過ぎるほどに。一を見て十を知るでは済まず、たった一つの種が周りの養分を全て吸い尽くしたようにすべてを吸収していく。知識も、技術も」

 

「・・・・・・ 」

 

「アレは異才であり鬼才だ。いつ咎が外れるか分からん。そんなクリスタを、君はどう思うかね?」

 

答えに困る。私は確かに彼女を天才だと思っている。イスターツ少将が述べた例は正しくその通り。まだ付き合いが浅いとはいえ、彼女の才能には呆れるくらい驚かされている。

 

「私は・・・彼女を確かに天才だと思っています。それこそ他の天才と呼ばれる者達が凡夫だと思えてくるほどに。いつか、周りは彼女との差に屈するでしょう。圧倒されてしまうでしょう。きっと、孤独に苛まれてしまうでしょう。ですが、私は彼女にいつか追いついてみせます。それがどんなに険しくとも。

彼女は、私にとっての目標ですので」

 

この時、恐らくは無意識のうちに言葉が出てしまったのだろう。イスターツ少将の鬼気迫る顔に圧倒されて。だが、言い終わったあとイスターツ少将は少し考え込むように顎に手を当て、そうかと言って口を閉じた。

イスターツ少将が何を考えていたのか、私には分からなかった。

 

その後、戻ってきたクリスタを出迎えるイスターツ少将の顔が・・・とても軍人には見えなかった。




オリキャラ、覚醒前とはいえハイドリヒ卿を様々な方面で圧倒。

キング少将に関しては某錬金術師の大総統がモデルです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF〜獣の片鱗〜

受験勉強辛い・・・2次小説書き終わらない・・・。


注意)空っぽの頭で書き続けていたので期待はしないでください。前半は4ヶ月前に書いていたものなので自分自身も何書いてるか分かりません。


彼女との邂逅から三年がたった。世界が植民地の奪い合い、それを原因とした戦争の日々を警戒しながらも、私と彼女は1914年、ハレ王立学科ギムナジウムへと入学した。

入学してから一年、私と彼女はギムナジウムの敷地内にある寮で、各々生活している。

 

三年前と比べ、私達の中で、色々と大きな変化があった。まず一つは彼女の家族のこと。まず先も述べたように戦争への警戒のために、イスターツ少将は二年前から出軍している。流石に少将となると仕事が多いのか、彼女が最後にイスターツ少将に会えたのは二年前の出軍前が最後だ。

そして二つ目はこれまた彼女に関係するものだが、彼女の十歳上の兄であるデルリック・イーネア・イスターツが、若くして秘書を務めていた、とある有力な国会議員の娘と婚姻を結んだこと。

 

今の時代には珍しい政略結婚ではなかったらしく、その事だけでも貴族達の夜会では噂になるほどだ。

ただの政治家の娘と軍人の長男が婚姻を結ぶだけであれば、ここまでの噂にはならない。せいぜいが酒のつまみとして扱われるだけだろう。問題は『イスターツ家』の者が誰かと婚姻を結ぶということだ。

 

イスターツ家の血が通った者には皆共通して当てはまる事がある。それは『武』に優れているか、『知』に優れているかだ。

例えばイスターツ少将ならば『武』。

デルリックさんならば『知』。

イスターツ家の血は特別である。なにせ片方が平凡でももう片方は異常と呼べるほど必ずの確率で優れるのだから。

故に、さらなる家の発展を目指す貴族達にとってはイスターツ家はどうしても家に迎え入れたいのだ。だが下手に拉致などをすればたちまち何らかの方法で痛い目を見るだろう。

 

イスターツ家にいるのはデルリックさんとクリスタ。この中でデルリックさんは既に既婚者として名を馳せている。ならば残っているクリスタへと貴族達の目は向くが、その難易度は果てしないものである。

クリスタはデルリックさんとイスターツ少将から愛されすぎているという程愛されている。それこそかつては過保護という程でもあった。

そこまでならば自分から手を出そうとする貴族達は減っていただろう。それこそ毎夜、数多の家に呼び出されることはなかっただろう。

 

クリスタは異質だった。イスターツという異才を持つ家からしても異才。イスターツの血を引くものは『武』か『文』のどちらかに優れるものが多いが、時折異才ではなく、天才のレベルまでに落ちるが、両方を持ち得る者もいた。だがクリスタはあろうことか、両方を持ちえたものであり、イスターツ家の過去最高の『才』を持っていた。

 

そのことが知られたのはすぐのこと。あの手この手で彼女を丸めこようとし、知られて間もない頃は時折拉致誘拐という危険な方法をとっていた貴族もいた。

 

彼女専属のボディーガードがいなければ今頃どうなっていたか、想像したくもない。確かに彼女は異才だが、それでも幼い少女である。肉体の発達は男性には劣り、大人数が相手ならば疲れも出てくる。

 

今無事でいるのは奇跡とすら言えるだろう。最も、彼女がそのことを私の前で気にしたことは一切ないが。

少しは自身の身を案じてもらいたいものだな・・・。

 

 

——————————————————————————

 

 

1916年。

 

学院への入学から大分時はたった。当初、引く手あまただった彼女の勧誘は大分収まってきた。

聞く話によれば彼女を家からの指示で勧誘していたもの、もしくは純粋な恋慕を持っていた者達は、どうやら裏で見守り続けると決めたらしい。

その噂がではじめた頃に、何故か私の友人の一人が、「幸せにしないと許さないからな!」と言って教室から走って出ていったこともあった。その後すぐに戻ってきたが。

彼は一体何がしたかったのだろうか?

 

「おーい、ライニー」

 

「ん?ああ、すまない」

 

「珍しいね。ライニが私のこと無視して考え事なんて」

 

確かに。言われてみれば初めてかもしれない。

今いる場所は学院の図書室。各地から集められた蔵書に囲まれて、私と彼女は向かい合って座っている。

共に勉学に励んでいる、と言いたいのだが、残念ながら私は彼女に教えを乞う立場だ。長年共にいるとはいえ、少し失礼だったな。

 

本来なら私語厳禁なのだが、時間帯は夕餉を既に過ぎている。今ここにいるのは私と彼女の2人だけだ。学院生には2人1組の自室が与えられているため、態々夜にここまで来る必要がないのだ。来るとすれば男女性別が違う者同士位か。

最近、二人でいるときに、何故か頭が上手く働かない。

 

「もしかして誰か好きな人でも出来た?」

 

彼女が瞳を爛々とさせてこちらを見てくる。やはり彼女も年頃。他者のそういった話に興味を持っているのだろう。しかし、それは私には残念ながら当てはまらないな。なぜなら私は・・・私は・・・。

 

 

———◼◼を◼◼て◼る。

 

 

そうだ・・・私は・・・。

 

 

———◼◼て◼る◼◼◼◼◼せ!

 

 

「おーい!ライニー!」

 

彼女に肩を叩かれる。なんだ・・・今のは?まるで自分じゃない誰かが頭の中で叫んだような・・・。しかし私は何を考えたのだ?

 

「ちょっ・・・ライニ、近い近い!」

 

「っ!?すまない!」

 

いつの間にか身を乗り出してきた彼女の両肩に衝動的に手をかけてこちらへ引っ張ってしまっていた。同時に顔が赤面して彼女から目を逸らしてしまう。

彼女ははァ・・・とため息をついて乱れた服を正す。

 

「今日はもうおしまいにしよ。あんまし集中出来てないみたいだしさ」

 

「・・・すまない」

 

「謝らなくていいよ。代わりに、今度のお休みに買い物に付き合ってもらうから」

 

彼女はそう言うと荷物を纏め、また明日ねと気楽に言いながら急ぎ足で出ていってしまった。

全く・・・急ぎすぎてペンを一つ落としているが、どうやら気づいていないらしい。明日会った時に渡しておかねばな。

 

それにしても、本当にどうしてしまったのだろうか私は。今まで色恋への興味など微塵も持たず、彼女とも仲のいい幼馴染だと思っていたのだが・・・。突然あんなことをしてしまうとは。

もしかしたらこれが原因でお互いの関係に溝ができてしまうかもしれない。その時は受け入れなければ。すべて私の責任なのだと。

 

しかし、どうしてこの心臓はここまで煩いのだろうか。

 

 

——————————————————————————

 

 

私は知っている。彼は生まれながらにして人を超えた存在だと。

 

私は知っている。彼は『何か』に飢えていると。

 

彼を理解するものは恐らく現れないだろう。現れるとしても、それは恐らく神様くらいのものだろう。だがその神様でさえも、彼の理解者でさえも彼の『飢』をなくすことは出来ない。

 

全人類で過去最高とも呼べる『飢』を持った彼を、誰が理解できるのだろうか。誰が共にいてあげられるのだろうか。少なくとも今の彼の周りにはいない。

今の私では、彼の『飢』を満たしてあげることはできないだろう。誤魔化すように満たしたところで、次はもっと深く、強く求めてしまう。

 

彼にとって『飢』を満たす行為は一種の麻薬だ。満たし、乾けば次を求め、また満たして乾いて求める。彼は終わることのない円環の中にいるのだ。

 

ずっと一緒にいるから分かる。ずっと彼を見てきたから分かる。彼が救われることはない。一時の救済さえも意味をなくしてしまうほどに、いつかは『飢』は強くなってしまう。それこそ、世界から彼の『飢』を一時的にとはいえ満たせるものでさえ。

 

そこに辿り着いたらどうなるか。考えたくない。彼が苦しむ様を、私は見たくない。

 

ならば、私が彼の求めるものになろう。私が彼の『飢』を満たし続けよう。今は無理でも、研鑽を重ね、思考を続け、修練を積んでいけばいつかは辿り着けるはず。彼が求め、届かない場所へ。私だけが彼の所へ迎えに行けるように。

彼が私に辿り着く必要は無い。永劫私が彼の前に居続けて、彼に手を差し伸べ続ければいい。決して私の前には行かせない。一度超えちゃえば、手遅れになるから

 

醜い願いなのかもしれないだろ。それでもいい。たとえ誰になんて言われても、全てから裏切られても、そして彼から侮蔑されようとも、私は彼のために、彼を永劫待ち続け、導き続ける。

 

それが私が彼に送れる、隠し続けてきた◼なのだから。

 

 

——とある貴族の日記——



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF〜乙女の夜会〜

結末だけ容易く想像出来ても今必要な物語が書き終わらない。


男は女を求め続けた。

満たせぬ欲を満たすため。己の全霊を尽くすため。

動機はひとつ。全ての生物が持つ感情。

たった一言で終わる言葉を、男はいつまでも自覚しない。

 

 

 

女は男を愛し続けた。

憐れんだからではない。ただの純粋な曇りなき愛情。

だが悲しいかな、女の愛は届いても、男の愛は届かない。

気付かぬように目を逸らし、心を閉じ、自分はこうでいいのだと、酷く思い込んでいるのだから。

 

ならばこそ、閉じた心を私が開こう。間違った願いを持ったまま、彼の愛を芽吹かせよう。

たとえ地獄に誘われようとも、愛が曇ることは無い。蒼穹を思わせるがごとく、どこまでも続いていく想いに、間違いなどないのだから。

 

 

 

——————————————————————————

 

 

 

私と彼女は学院を次席と首席で卒院することができた。やはり学院にいる間も、彼女に届かなかったのは非常に悔しい。

一時期、学院生同士で私と彼女のどちらが首席となるかの賭けが行われていたようだが、大穴狙いで私に賭けた者達は初めから負けが決まっていたのだ。

 

彼女は天才で、異才で、鬼才である。だがそれに対して私はどうだ?彼女とは比べることすら烏滸がましいであろう凡人、隣に並ぶことが不思議と思われる存在だ。

努力を積み重ね、研鑽を繰り返した結果がこれなのだ。嗚呼・・・やはり、いつも目指すべき高見の壮大さを思い知らされるよ。

 

だからといって、諦めることはない。届かぬならばもう一度、何度でもまた挑めばいい。

やっていることは断崖から飛び降りて空を飛ぼうとするようなものだ。最早不可能の域に達しているやもしれぬ。だからどうした?

不可能?そんなものはねじ伏せろ。彼女に届きたいのだ。彼女を追い越したいのだ。彼女の前に立ち、胸を張りたいのだ。ならばその程度の不可能、超えなくてどうするというのだ?

 

彼女ができることをやれないのに、どうして超えようなどと思えるのか?

 

彼女を知るものは無茶だと言う。諦めろという。事実、私の心は気を緩めれば枯れ木のように折れるだろう。

 

私が諦めないのは、諦めたくない理由があるからだ。ああ、たしかに私は彼女を超えたい。だがこれは私自身の願いだ。本命は違う。私は彼女の願いを叶えたいのだ。

 

いつも優しく振る舞い続けた彼女がとある日、弱音を漏らしたのを私はしかと聞いたのだ。

誰かに超えて欲しいと。そう願っていたのだ。

 

だからこそ、私が彼女を超えねばならない。私自身の願いとは違う。彼女自身の願いを叶えるため。金に靡かず、美醜に執着せず、欲を求めなかった彼女への最大の感謝を込めた、私ができる唯一の恩返し。

 

永劫の如き時がかかろうとも、必ず私は彼女を超えてみせるのだ。

 

 

———とある獣の回想———

 

 

——————————————————————————

 

 

机の上に正しく整頓された数多の資料を流しみと思わせるほどの速度で読み、理解し印を押す。毎日毎日、繰り返されていくつまらぬ作業。

私からすれば地獄だが、戦線に立っている者達からすれば私の行っている行為は是が非でもやりたいことなのだろうな。

 

時は過ぎた。学院を卒業してから十数年。戦争は肥大化し、世界へ広がる。日夜必ず地球という惑星の中で争いが耐えることはついぞ無くなった。

国同士の争い。国への反旗。争いで大金を稼ぐ企業。

人の欲望が入り乱れ、混沌(カオス)となった世界。

 

誰かが傷つき、誰かが得をするという理論は既に不動のものへと変貌した。戦争に勝てば私腹は肥える。戦争に負ければ体勢は一気に覆る。

富豪層の人間にとって、戦争とはもはやゲームとなったのだ。使える駒は自国民(下民)。指揮を執るのは自分ではないため、失敗しても他者への押しつけが成立する、くだらないゲーム。

 

今こうして傍観している私も同じなのだろうと瞑目する。

 

学院を卒業してから、私と彼女の道は盛大に別れてしまった。私は義勇軍に参加し、その後ドイツ海軍に入隊しながらも、将校学校を目指した。

彼女は本格的に戦争が開始したため、イスターツの名を継ぐことを決めた。

自然と道は別れてしまった。もとよりこうなる運命だったのか、もしくは単なる偶然か。

 

時折食事に出かけたりするが、殆どは文通のみとなっている。

思い返してみれば、彼女は私にとっての女避けになっていた。彼女がいなくなってから、私へ近寄ってくる女は増えた。特段、拒む理由がない私はそのすべてを受け入れた。

愛が欲しいならば与えよう。快楽に飢えているなら満たしてやろう。

その代わり、私は全力で愛そうとした。

 

だが壊れた。抱きしめるどころか柔肌を撫でるだけで、儚く脆く、まるで幻想だったかのように消えてしまった。

 

これが私の異常。

彼女と離れてから、私はまるで自らの力が制御できていなかった。全力を出せば相手は壊れ、張り合う者も皆同じ道を辿る。そして私へ襲いかかる圧倒的な既知。

アレは食べたことがある、これは見たことがある、この女は抱いたことがある。

初めてのはずなのに、私を蝕む嫌な感覚。何年経っても変わることなく私の中で増大する既知。それはやがて、彼女以外のすべてを覆い尽くした。

 

唯一未知と呼べる彼女と会えない私は、世界全てに飽いていった。

 

そして、劇的な変化を得た。

総統閣下の死を予言した、影法師のような男と出会ったことで。

 

 

——————————————————————————

 

 

憂鬱だ。

馴染みの酒場で、知り合いの女性軍人三人と駄弁りながら言葉を漏らしてしまう。

 

「ふん、いつもバカ娘と一緒にバカをやっている貴様がそんな風になるとはな。珍しいから何があったか聞いてやろう」

 

「私ベアトリスみたいにバカじゃないもん。ノリがいいだけだもん。脳みそ空っぽの子と一緒にしないでよ」

 

「ふっ、それもそうだな」

 

「2人とも酷くないですか!?」

 

そう傲慢に言ってくるのはエレちゃん。真面目も真面目、大真面目の頑固軍人。私と同じ貴族の家の出で、軍内では鉄血の女帝と畏れられているらしい。

それで私とエレちゃんにバカって言われているのは金髪ポニテのベアトリス。同じく貴族の家の出で、政よりではなく軍人の家系。銃器や戦車が蔓延るこの時代で、未だに剣を使って生き残れているヤバい子。

私も自分のことはヤバいと思ってるけど、流石に戦場を剣と拳銃で生き残れる自信はない。

 

「まぁまぁ。それで、クリスタちゃんが悩むなんて、一体何があったの?」

 

泣きボクロが特徴の、ボンキュッボンの妖艶なリザさん。エレちゃんと軍学校時代は同期だったらしく、エレちゃんが首席でリザさんは次席らしい。ちなみに、郡内でのエレちゃんとベアトリスの所属だけは分かっているのだが、リザさんだけは分からず、聞いてもはぐらかされてしまう。

 

「最近幼馴染に会えてなくて・・・文通もしてるんですけどだんだん回数が減っちゃって・・・お酒飲んだらちょっと感傷に浸っちゃって」

 

「ふん、色恋などくだらん」

 

「また〜先輩はそんなこと言っちゃって。ホントは気になる人の1人や2人いるんじゃないんですか?ほら、最近は——」

 

「余計なことを言うなバカ娘」

 

「痛い痛い痛い痛いです先輩!指が顔にめり込んでますよ!顔がミシミシいってますよ!ごめんなさい!お願いだからこの手はなしてください!」

 

いつ見てもエレちゃんのアイアンクローは痛そうだ。本人が自覚しているかどうかは分からないけど、これは一種のエレちゃんの愛情表現。ツンデレを極めた、正に鉄の処女。自分の気持ちに素直になればいいのに。

 

「まぁ、エレオノーレに気になる人ができたなんて。私、結構嬉しいわよ。それでベアトリス、そのお相手は誰なの?」

 

「余計なことを言うなよバカ娘。もし言えばそのくだらんことばかりを考える頭に、私が直々に鉛玉を与えてやろう」

 

本気の脅しにベアトリスは萎縮してしまった。まぁエレちゃん怒ると怖いもんね。

面白可笑しく心の中で笑いながら、グラスに残った酒を口にする。最近では戦争が激化してしまったため、簡単なものでもそれなりの値段がしてしまう。まだ家が裕福な私たちは暫くは大丈夫だが、一般市民たちはそろそろ限界が来るだろう。

 

「それで、クリスタちゃんはその幼馴染のことが好きなの?」

 

「うーん・・・どうなんですかね。小さい頃からずっと一緒だったから、愛情なのか親愛なのか。ここまでくると区別が付けられなくなっちゃって。

まぁ、ずっと一緒にいたから今後もそうだって思っていた時期だったから、余計に来ちゃって」

 

「ならば忘れてしまえばいいだろう。なに、貴様は顔はいい。家柄も文句なしだ。オマケに血筋は国の御墨付きだ。それこそ、相手には苦労しないだろう」

 

「他人事だと思って好き放題言わないでよぉ。これでも精一杯なんだから。そっちだって、実家から言われてるんじゃないの?」

 

「う・・・」

 

「私には関係のないことだ」

 

ベアトリスは心当たりがあるのか胸を抑える。エレちゃんは相変わらず関係ないらしい。聞いた話じゃエレちゃん実家でも似たような態度らしい。

私はエレちゃんの将来が心配だよ・・・。

 

「ふふ、みんな大変なのね」

 

一人口元を抑えて微笑んでいるリザさん。この人は本当に謎だ。貴族なのか平民なのか。もしかして知らないのは私だけなのだろうか?

 

「それで、クリスタちゃんのお相手は誰なのかしら?」

 

リザさんはライニの方に興味津々らしい。まだ名前も言ってないから分からないだろうけど、思えばライニって軍のトップだから名前言っちゃえば一発でバレちゃうんだよね。

 

「教えな〜い」

 

自分だけのものとして、胸にしまっておこう。それはきっと、悪いことではない。独り占めしたいんだ。ライニのことを。愛しいから、そうしたいって思うんだ。

でも、もしライニに好きな人ができたら、その時は諦めて祝ってあげないと。ライニには幸せになって欲しいし、私はどこかの悪役令嬢みたいな立場は似合わないから。

そう。物語の登場人物だと、主人公に好きな人を譲った親友の立場でもいいのだ。長く、大好きな人が幸せでいるのを見ていられれば、それでいいんだ。

 

「もう、何よそれ」

 

リザさんの笑顔は今日一番、優しい笑顔だった。




次回はベルリンと決めています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF〜獣の・・・〜

あくまで短編にしたいし、続けるとグダリそうだから急展開にしました。


首都が燃える。

 

ベルリンが崩壊する。

 

軍人も民間人も、男も女も、子供も老人も、聖人も悪人も関係なく、等しく死に包まれる。

 

この世の地獄と評すにはまさに相応しい。人が更に燃料となり炎は苛烈さを増す。まだ足りぬとさらに人を喰って大きくなっている。

 

その度に、天空に突如現れた黄金の城が活性化したかのように拡大する。

 

そんな地獄の中で、私はベルリンの一角にある本家のテラスから、街を見下ろしている。兄さんはここにはいない。婚約者の家で重要な会議があると言って、しばらくは帰ってこない。見捨てられた訳ではない、と思う。

 

あの人政治が関係なくなるとチキンだから。仕方がないよね。

 

きっと、忙しいんだ。ドイツが第二次世界大戦に敗北して、さらにはヒトラーや高官達に・・・ライニが暗殺されて死んで、いろんな機能が麻痺しちゃったから。

 

見下ろしている街に、一際大きく燃えている場所と、雷鳴が響いている場所がある。感じる。あそこに知っている人達がいると。戦場で行方不明になった知り合い達がいるのだと。私はそう感じられた。

 

ああ、少しだけ暑くなってきたな。もう火の手がここまで広がってきちゃったのか。屋敷に燃え移るまでもうすぐかな?

 

死んじゃうことに不安はない。むしろ安らぎさえあるかもしれない。戦死したパパや、私を産んで死んじゃったママに会えるかも。別に天国とかは信じてはないんだけどね。

 

ぶわっ!と風が通る。外からではなく後ろ、屋敷の中から。ああ、来たんだ。来てくれたんだ。信じていたんだよ。あなたは生きているって。貴方が私の所に来るって。

 

「久しぶりだね、ライニ」

 

振り返れば、そこには白い軍服を着て黒い軍服を肩から羽織っている愛しい人の姿。

 

「髪、結構伸びたね。目の色も変わっている。うん、碧眼も良かったけど金色も似合うね」

 

いつもと同じ、ゆっくりと彼に近づいていく。ああ、やっぱりライニは飢えているんだ。近づいてわかった。渇きを感じた。

 

「久しぶり、だな。息災そうでなによりだ。それにしても、君は本当に変わらんな。最後にあった日から、顔が全く変わっていない」

 

触れられるほどの距離まで近づけば、彼が優しく頬を撫でてくれる。うん、変わらなかったんだよ。皺の一つくらい、あっても良かったんだけど、二十代の頃から時が止まっちゃったみたいに、何も変わらないんだよ。

 

言いたいことは沢山ある。伝えたいことも沢山ある。でも、

 

「時間がないん、だよね?」

 

彼は長い間、ここにいることはできないだろう。ゆっくりと頷いた。恐らくあの黄金の城と一緒に、またどこかへ行ってしまう。今度は置いていかれるのとは違うんだ。

 

「いいよ。私を愛して(壊して)。あなたの渇きの思うままに。それで貴方が幸せになれるなら、私はなんだってしてあげるから。だから、そんな辛そうな顔しないでよ」

 

 

——————————————————————————

 

 

彼女の手が、私の頬に触れる。やはり、彼女は私が撫でても壊れなかった。こんな華奢な身体に、どこにそんな力があるのか。だからこそ、だろう。私が彼女を『特別』だと感じたのは。

暗殺されたことにして、身を隠した時に何度彼女にだけは、伝えようとしたことか。何度彼女の元を訪れようとしたことか。

 

会えなくなるのは、苦しかったのだ。学院を卒業してから、彼女と私の道は違えた。会える回数も少なくなり、私の飢えは加速度的に増えていった。

 

嗚呼・・・砕けるほどに抱きしめたい。私の全霊を持って愛したい。

 

(美女)である彼女と魔人()である私。まるでどこかの童話のようだ。違うことは、私が全てを愛していること。嘘偽り無く、老若男女関係なく何もかもを、私は愛している。だが悲しいかな、この世界は脆い。抱きしめるどころか柔肌を撫でるだけで壊れてしまう。

彼女を前にすると、さらに悲嘆が、渇望が強くなってしまう。

 

私の中の獣が語りかける。さぁ、速く目の前の彼女を愛せ(壊せ)と。私に特別などない。全てが等しいものなのだと。それを証明するのだ。

 

形成(イエッツラー)聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)

 

我が手に聖遺物である黄金の槍、神殺しの聖槍が形成される。魔人となった日に契約した聖槍は、私以外には触れることも出来ず、只人が見たのならばその魂を蒸発させてしまうほどの至高の物。

カールが言うには、超越者であることが前提であり、時代を制する覇道が必要だということ。私の手にある以上、そんなことはもう関係はないが。

 

「綺麗だね。ライニの槍・・・」

 

やはり、彼女は見ただけでは魂は傷つかない。流石だ。同じ魔人とはいえ、初見ならばその重圧で潰されかねないというのに。もし聖槍が彼女を持ち主と選んでいたらどうなっていたのだろうか?この立場が逆転していたのだろうか?少なくとも、それが私にとって未知であることには変わりはない。

 

彼女の腰を聖槍を持つ手と逆の手で支える。彼女は私の頬に触れながら、私の手に体を委ねる。

私の聖槍が彼女に掠りでもすれば、彼女の体には聖痕が刻まれ、晴れて永遠に私の戦役となる。耐えられなければ魂を形成出来ず、城の骸達と同じになる。

大丈夫だ。心の中でそう言い聞かせる。聖槍の圧に耐えたではないか。ならば大丈夫だ。私が愛しても・・・。

 

「私は・・・君を・・・」

 

「私は・・・あなたを・・・」

 

聖槍が彼女の胸を貫く。聖痕が刻まれていく。赤い鮮血が飛び散り、私の頬にかかる———ことはなく、音もなく蒸発する。温もりは私の腕のみ。だがその温もりも、彼女の体の崩壊と共に消えていく。

頬に当てられていた手が力なく、私の目に当てられ、拭われる。彼女の手には小さな水の雫。それは涙。長らく私が流さず、忘れていたもの。

 

「「愛している」」

 

膨大な魂が讃歌した。黄金を讃える歌が響いた。風が吹き、大地が揺れ、煙は消えた。彼女である青い魂は、墓の王の聖槍へと吸い込まれ、空に浮かぶ黄金の城は大きく鳴動し、天地を震わせた。

 

「嗚呼・・・嗚呼・・・」

 

歓喜する。素晴らしい。飢えは満ちていないのに。だが何故かは分からない。私は満足している。彼女を()せたことに。

 

鳴動が終わる。讃歌は静まり、残るは未だに轟く戦火のみ。何故だ?何故なのだ?私は満足していた。そのはずだ。なのに何故、私は虚しさを感じている?

飢えが満たされなかったからか?まだ壊したりないからか?彼女が壊れてしまったからか?

 

いや、違う。私は彼女を壊してしまったことを悔いたのだ。

 

何故私は悔いたのだ?彼女を愛したかった。故に壊した。何故ならばそれが私の愛の証明なのだから。

期待していたのか?彼女ならば壊れないと。彼女ならば最後まで愛し尽くせると。

 

 

失ってしまった。無くしてしまった。忘れてしまった。分からない。私は・・・彼女を愛していたのか?

 

 

——————————————————————————

 

 

悲しい人。可哀想な人。

黄金の城に召されていく中、私は彼を見て涙する。彼から感じた温もりは残っている。死んで彼の一部となっても、どうやら自我は残っているようだ。

 

ごめんなさい。ごめんなさい。間に合わなくてごめんなさい。

 

私は知っていた。今の私では簡単に壊されてしまうことに。砕けてしまうことに。本当は我慢するべきだった。手足に枷をつけてでも待つべきだった。

でもダメだった。貴方のそんな顔を見たら、私は辛くて・・・。

 

城に吸い込まれる。無限の如き戦役の中で私は意識を保ち続ける。だが意識は手放される。私が手放す。

これから彼はどこかへ旅立つ。何十年も、己の戦役と友と共に。だから私も旅立つ。約束された瞬間まで。私は全てをなさなくてはならないから。

今度こそあなたを本当に幸せにするために。貴方の飢えを満たしてあげるために。

 

黙っていてごめんなさい。何も言わなくてごめんなさい。でもそれが約束、誓いだから。私の秘密を約定の時まで守り抜くと。そして来るべき時に、全てを余さず教えると。

 

だからその時まで。貴方は怒りの日(ディエス・イレ)で役者となってて。水銀のために踊り続けて。そうすれば、私の手が届くんだから。

 

 

——————————————————————————

 

 

ベルリンが崩壊した日、獣は世界から旅立った。女は世界からズレていった。

 

60年後の約束された怒りの日(ディエス・イレ)。彼らが次に相見えるのは歌劇の終盤。蛇が幕を引く直前。全ての結末は変えられる。あらゆる悲劇は逆転する。あらゆる喜劇は粉砕する。

その時に、蛇は、刹那は、女神は、黄金は、かつてないほどの未知を見る。

 

それはきっと、美しい終焉となるだろう。




次回、多分最終回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF〜獣の太陽〜

自 分 で も 何 を 書 い て る の か 分 か ら な い。


深夜テンションが吹っ切れた状態で書いた作品なので、適当な捏造設定や、間違った解釈などが多々あると思われます。そういった物に不快を感じる、作品の印象を保っておきたいという人はすぐにブラウザバックしてください。
呆れず批判しないというのであれば、この先へ進んでください。












覚悟はいいか?俺はできてる。


溶ける意識の中で私が持っていた失われた記憶を、まるでアルバムに貼られた写真を見るように思い出していく。

自分の知らない物でさえも、総じて知っている。長い膨大な記憶(記録)。私が生き続けてきた数十年などでは決して蓄えられない。ならばライニが彼方まで旅立ってから、私の意識が世界に、宇宙の最奥へ接続されてからの60年?

 

いいや、違う。私は60年、ずっと記憶(記録)を整理してきた。私に思い出など出来るはずもない。

大丈夫だ。答えはもう出ている。表《現世》で彼らが殺し合いを行い、六個目のスワスチカを開いた時点で何故か理解出来た。理由なんてどうでもいい。重要なのは、私についてだ。

 

整理しよう。私の名前はクリスタ・イーネア・イスターツ。戦場で兵士達よりも前に出て、自らサーベルで駆け抜けてしまうような『武』の超越者であり、親バカな一面を見せるキング・イーネア・イスターツの娘。政治、軍内の派閥、国家金融、世界情勢の変化などを、まるで未来でも見てきたかのように予測し、最適な解決策や回避策を導き出す『知』の超越者であり、ケンカなどは一切できないチキンな兄。

母は知らない。私が幼い頃に亡くなってしまったらしい。母親の愛情を知らない可哀想な子、と蔑まれたことがあるが、父と兄から愛情を注いできてもらった私は特に気にしたことはなかった。母は父が言うには私に似ていた人らしい。

 

私には幼馴染がいる。ラインハルト・ハイドリヒ。人体の黄金比とも呼べる美しい容姿で、特殊警察の長になるほど優秀な人。そして、生まれながら超越者にして、約束された神殺し。

 

ここまでは、私の主な身辺整理。私の人生を表すならば、確実に上記した人物達は重要になるだろう。

 

そして最後、今度こそ私について。私は今この宇宙に流れる理である『永劫回帰』の世界の人間ではない。

 

私はこの世界に来て、宇宙の、『座』の真実を知り得た。衝撃を受けた。私達の生きてきた世界は、全てが一人の渇望によって染められた世界だと知ってしまった。

『永劫回帰』。現在『座』にいる覇道神、第四天の渇望の具現であり、死したものは全て母の胎内に戻る、やり直しの世界である。そのやり直しはほぼ無限と呼ばれる数を繰り返している。それは第四天が己の目的を果たせず、またやり直しを求めてしまうからだ。

余りにも多すぎる回帰の結果、世界に特異を持った者が現れるようになった。

それこそがラインハルト・ハイドリヒ。第四天の自殺願望から生まれた自滅因子(癌細胞)。先も言った通り生まれながらの超越者。

ライニが感じていた既知感は、ライニが第四天の自滅因子であることが原因だったのだ。正確には自滅因子として覚醒を遂げていく過程で、目覚めていく度に既知感が加速していた。

 

話が逸れた。私について戻そう。私は第四天の前の『座』の覇道神である第三天の理の元にいた、神殺しになれたかもしれない超越者(・・・・・・・・・・・・・・・・)だった。

だった、というのには勿論ながら理由がある。私が順調に神殺しとして成長していた過程で、第四天が突如現れて第三天を滅したのだ。私は第三天を殺せる可能性があっただけであり、非常に中途半端な存在であった。

『座』の覇道神が切り替わり、宇宙の理が書き換え上げられていく中で、本来ならば第三天の神殺しに成り得るという可能性が中途半端に私という存在に影響し、第四天の理の下で神殺しの資格は剥奪され、超越者としての才だけが残った存在。

 

だがそれだけではなかった。私という存在は酷く希薄になっていた。そもそも第四天の宇宙で、未だに第三天の存在がいることがそもそも可笑しいのだ。宇宙は、理は私という存在を許さなかった。

私の魂は砕かれ、遥かなる未来にまで捨てられた。消されなかっただけでも良しと思う。何せ私はこうして魂を再構成し、宇宙に存在を認められたのだから。

 

簡潔に言うと、私は第三天の理の生き残りであり、ライニが私を未知に感じたのは、私という存在がこの回帰において、初めて発生したからだ、と思う。

『座』を理解しても、私のこの現象については仮説を立てるだけに終わる。そもそも本当にそうなのかさえ分からない。確かなのは私が第三天の世界に存在して、今にしてようやく存在しているということのみである。

無知と罵らないで欲しい。そもそも第四天でさえ、私のことを把握していなかったのだ。この宇宙そのものである第四天が把握出来なかったのに、高々超越者でしかない私如きが何故理解出来ようか。

 

つまるところ私は完全な部外者にしてイレギュラーなのだ。今現在行われている歌劇に合わせて言うのであれば、道具係が勝手に歌劇に出てきて、勝手に演じ始めるのと同意である。見ている者からすれば非常に不愉快な存在なのだろう。

 

以上が、私の私に関すること。思っていたよりも長くなった・・・のかな?時間の概念が曖昧だからよく分からない。60年って言うのも凡その予測だけだし・・・。

 

さて、そろそろ歌劇も大詰めだ。第四天の理に幕が引かれるのも近い。いい加減、寝ているのは飽き飽きだ。出来ればライニにキスで目覚めたかったけど、今はか神々の黄昏(誕生)で忙しそうだ。

 

起き方は簡単だ。ただ願えばいい。私と彼の間には繋がりが出来たのだ。ちゃんと意識する。そうすれば目は覚める。起きたら戦争の真っ只中で大変そうだ。あそこにはライニに以外にも友達が数人いる。皆どんな顔をするのだろうか?戸惑うだろうか?驚くだろうか?もしかしたら泣いちゃうのかな?

 

これからの未知に、サプライズに心が踊る。全部が終わってからのことが楽しみだ。

 

ちょっとカッコつけて言うなら、定められた運命を、私が覆してみせる、がいいだろう。あっ、さっさと行かないと。

 

 

———————————————————————————————

 

 

突如として、特異点に新たな力が芽生えた。現在、黄金、刹那、そして水銀が各々の渇望を流出させ、女神を中心として殺し合いをしていた最中、それは覚醒した。

 

「なんだ・・・この素晴らしいほどの輝きを放つ未知は!?」

 

「オイオイ・・・まだなんか出てくんのかよ。いい加減、俺はさっさとこの下らない争いをやめたいんだけどな」

 

『おい、蓮』

 

どこかで覚醒した何かに、水銀が歓喜し、刹那が呆れたように言う。刹那が呆れている中、彼の中に眠る、彼の自滅因子であり、親友で悪友の遊佐司狼が言葉を固くしながら話しかける。先程まで自分の創造(Briah)の出来の良さに、愉快そうに笑っていた司狼が、警戒の声を出していた。

 

『俺はこんな展開、全然知らねぇ(・・・・・・)。コイツは勘だがよ、これから出てくる奴は相当ヤベェぞ』

 

「おい!それってどういう———」

 

「くく・・・ははははは———」

 

刹那が問い詰めようとした途中、一人微動だにせず、水銀が未知歓喜を上げていた中も大人しく座していた黄金が、ラインハルト・ハイドリヒが笑った。

 

「ははははははははははははははは———!!!!」

 

黄金の獣の大歓喜が、この場所に響き渡る。その声は黄金の重圧を広げ、黄金と対等の場所に立ち、その重圧に慣れていた刹那も、長年の回帰で何度もこの戦を経験し、下らぬ既知にしていた水銀も、黄金の前に怯んだ。

 

「嗚呼!!なんと愛しく素晴らしき未知なのだ!!かつて私が、全てから切り離し、特別にした彼女が今この時、60年という永き時を経てこの黄昏に蘇ろうと———否、降臨しようとしているのだ!!さァ、我が愛しき爪牙よ、我が愛しき宿敵の刹那よ、そして我が永遠の友であるカールよ!!喝采せよ!!歓喜せよ!!今ここに、新たな神話が開かれるぞ!!!!」

 

刹那が黄金のあまりの豹変ぶりに戸惑ってしまう。今までかつてないほどの昂りを見せ続けていた黄金が、今までよりも一層、数倍の歓喜を込めて叫んだのだ。黄金の言葉の意味を、彼以外誰も理解できない。そう。黄金の愛すべき爪牙達でさえ、戸惑いを隠せずにいるのだ。

刹那の中にいる、つい先程まで黄金に所属していた爪牙達も戸惑っている。本格的にヤバイかもしれない。刹那がそう思い始めたら、今度は水銀が笑う。

 

「ふふ、くくくく———」

 

水銀が笑う。嗤うのでは無く笑っているのだ。

 

「獣殿、そして我が息子よ。先ほどの言葉を撤回しよう。未知を求めた。それのみを願い、私はこれまで存在していた。その筋書きから外れれば、確かにそれは未知なのだろう。だが、私はそんな未知など、いらなかった(・・・・・・)。だが認めよう。座にある私は是と告げる。私は今そこにある未知を認めよう。受け入れよう。例え筋書きから離れたものだとしても、私の求める結果からかけ離れたものだとしても、そこにある未知は女神に勝るとも劣らぬほど美しい。

私も讃えよう。喝采を持って迎え入れよう。今ここに、新たな神の降臨を」

 

「では、その扉を開くとしようか、カールよ」

 

「ええ、獣殿」

 

刹那が女神(マルグリット)一心だった水銀の突然の豹変ぶりに戸惑い着いていけない中、黄金と水銀は歌い上げる。神の降臨を。地獄の門を開くことで現れる、新たな理の現れを。

 

 

「「流出(Atziluth)」」

 

 

壺中聖櫃(Heilige Arche)

 

 

太陽創成する(Sunce Eihwas)

 

 

「「生贄祭壇(Swastika)」」

 

 

その詠唱は短いが、黄金を現世に戻した詠唱の最後の部位に酷似したもの。一箇所だけ違う所があるが、それ以外はほぼ同じ。彼らの言葉を取るのなら、何かが———恐らくはまた別の覇道神が来るのだろう。次の動作に備え、刹那は己の手に持つ斬首の双刃を構える。

それは悲鳴と共にやって来た。黄金の背に聳える骸の城。人の魂によって作り上げられたその城から、少年の———イザークの叫び声が聞こえた。まるで先程の詠唱が、城を生贄にしているかのように。

次瞬、突如として黄金の城が内部より破壊された。正確には城の下部が破裂するように吹き飛んだ。あまりの爆発の威力に、体を強ばらせるが、刹那の目は原因である城に向けられている。刹那、そして黄金の中にいる魂も然り。

 

そこには女がいた。人体の黄金比と称されるラインハルトと同じく、人体の黄金比を称するに相応しい、もしくはそれ以上の美を持つ姿でそこにいた。太陽のように輝く金色の光。優しい色を持つ碧眼の瞳。刹那はそこに、己の愛する黄昏の女神と似た存在を見た。否、似ているだけだ。どこか肝心な部分が違う。だがその違う部分でさえ、刹那の身近に居る誰かに酷似させた。

 

 

アクセス 我が罪(Verbinde meine Sünden)

 

 

愛する貴方に傲慢な私は求める(Ich möchte arrogant sein, dich lieben)

 

 

私を壊して欲しいと(Ich will, dass du mich kaputt willst.)

 

 

天に煌めく太陽に手を伸ばせ(Erreichen Sie mir, die in den Himmel leuchten)

 

 

手にしてもいつか離れると知りながら(Wissend, dass du eines Tages mit deinen Händen weg bist)

 

 

荘厳な焔にその身を焼かれ(Während sie zu einer feierlichen Flamme verbrannt werden)

 

 

飛翔し 失墜し(Es fliegt, es wird fallen gelassen,)

 

 

いずれ太陽の全てを喰らうのだ( und es frisst die ganze Sonne früher oder)

 

 

流出(Atziluth)

 

 

新世界を愛せ、輝かしき焔の黄金よ(Volim novi svet, svetluciti plamen zlata)

 

 

それはこの場に存在しない、新たな形の宇宙だった。外へ向かうのではなく、内側へ向かっていく膨大な力。周囲に流れ出ていた各々の理さえもを飲み込み、飲み込まれた理は内側にて太陽(彼女)に染められていく。

瞬間、溢れ出る力。まるで水を注がれ続けるプールのように、彼女の現在の容量を超え、溢れ出る力が一度に放出される。その勢いは睨み合っていた三つの勢力に襲いかかり、その全てを後退させるほどのものだった。

 

「———ぽっと出の真のラスボスってか?もう間に合ってるから及びじゃねぇんだよ!」

 

刹那の眷属になった遊佐司狼がその姿を現界し、己の渇望を流れださせる。その渇望は神の否定、神格の失墜。黄金と水銀さえもを弱体化た渇望が、新たな神の流れをせき止めようとする。

 

「オイオイ、いくらなんでもこりゃ反則だろうよ・・・」

 

珍しく司狼から弱気な声が漏れでる。同時にガラスが壊れたような音が響き、流れ出ていた否定の渇望が押し返され、遊佐司狼の体が砕け散り刹那の中へ帰っていく。

 

『おい蓮、アレはマジでやべぇぞ。ルールがどうとか、そういうもんに縛らてねぇ。適応っつうか、どっかから(・・・・・)受け入れて学んでやがる。気ィ抜けば一撃で消されるぜ』

 

「分かってるよ、そんなこと」

 

言われるまでもない。覇道神というかつてないほどの高みへ満ちたこの身体が、まるで恐怖に震えるかの如く動こうとしない。いや、それどころか屈しようとしえもしている。初めて黄金と邂逅した時と同じかそれ以上。

 

『有り得ない・・・』

 

再び、刹那の中から二人の声が出る。それは先程まで黄金のもとで頭を垂れていた女。淫婦と戦乙女。まるで存在しない何かを見るように、彼女達の声が反響する。

 

『なんであの子が・・・何も、何も前兆なんてなかったのに!!』

 

太陽として降臨した彼女は、かつての黎明の日にいなかった。隠れている間もいなかった。ベルリンでので虐殺の時も、何度も何度も探したけれどもいなかった。それがどうだ?太陽はこの時まで生きていて、今この瞬間ここにいる。それも黄金の城から出てきたではないか。

灯台もと暗し。太陽たる彼女はずっとそこにいたのだ。彼女達と同じく、黄金の城の中に。

 

「どうやら其方にも、懐かしの再会を果たした者がいるらしいな」

 

太陽を背にするように移動し、刹那を前に黄金が降り立つ。手に持つ双刃を握り直し、時を止めるほどの加速でその首を切り落とそうとしたその時、刹那は知ってしまった。

 

「なん・・・だよ・・・ソレは・・・!?」

 

黄金を前にして驚愕する。先程までは司狼の能力により弱体化していたはずの力が元に戻っている。それどころか先程とは比べ物にならないほどの力が満ち溢れており、完全に力関係が逆転している。

何処からそんな力を持ってきた。問おうとする前に刹那は答えを知った。目に見えないが感じ取れた。黄金と太陽の間に、まるで恋人だと思わせるようなラインが繋がっていると。そしてそのラインを伝い、太陽から黄金へと莫大な力が供給され続けている。

 

「私もつい先程理解したのだがね。美しく素晴らしいだろう、刹那よ。これが彼女の願いの具現。彼女は常に、私よりも先にいる。何時いかなる時も私の目標となっている」

 

先程の流出。その効果は太陽の輝きを持って周囲の理を呑み込み上書きすること。そして呑み込んだ力はラインを通じて愛しき黄金へ与えられ、黄金を自分と同じ迄強くする。

 

「いつだって彼女は私よりも高みへ、先へいた。超えたと思った。届いたと思った。だが現実は違った。私が成長するように、彼女も成長する。気づけば埋めていたはずの差は変わらず大きく、私が目指すべき場所は遠かった。諦めはしなかったとも。何せ、彼女はいつだって私が進み続ける彼女に辿り着くことを待っていたのだから。彼女に出来たのならば、私にもできるはず。彼女はそれを信じてくれている。ならば止まる理由はない。私は果てなく逝くのみ。

この流出はそれの具現だ。

私と彼女の関係、招かれ目指す者と、待ちながらに進むもの。辿り着いたとしてもそれは飛沫の一瞬。すぐに彼女は先にいる」

 

噛み砕いて言えば、この二人は際限なく強くなり続けるということ。黄金が太陽に届けば太陽は成長し、太陽が成長すれば黄金はそれを目指した歩みを始める。

前提として黄金と太陽、そして互いに前に進み続ける(愛し合う)意志を持ち続けることで初めて完成する流出。どれか一つでも欠けてしまえば、太陽は沈み、黄金は止まる。

だがこの流出が流れ続ければ、やがて本当に手が付けられないほどの覇道神になる。それこそ、来るべき未来に訪れる極大の我欲にさえ、単騎で相対、撃破できるようになってしまうだろう。

 

「どうだ、我が息子よ。美しいとは思わないかね?一人の女の献身。愛した者を約束された運命からも脱却させるほどの想い。我が女神が全てに慈愛を与えるように、彼女は獣殿ただ一人へ愛を注ぐ。

愛することは破壊である。そのようにねじ曲がった愛を持つ男に彼女は心底惚れている。故に、今も叫び続けている。私を壊して、貴方の愛で抱き締めてと。

それだけではない。他を愛しても、無限に壊しても満たないのならどうか自分を壊して欲しい。私は決して壊れない。あなたが私を愛し続ける限り、私もまた不滅の愛を貴方へ捧げる。

嗚呼、なんと美しい。なんたる甘美、なんたる蒙昧、なんたる独善。私は獣殿が羨ましく思えてしまう。彼女を愛し愛されたら、壊してしまえばそれはどれだけ美しい未知となるのか。いや、想像することなど無粋だろう」

 

「彼女はやらぬよ。私の物だ。私だけが愛して(壊して)いい存在なのだ。いくら我が友とはいえ、それだけは譲ることが出来ないな」

 

「ああ・・・ならば、力づくで奪ってみせましょう」

 

 

 

「人の事無視してんじゃねぇぞ、このイカレ野郎共!!」

 

 

談笑し、まるで修羅場のような雰囲気を作り出していた黄金と水銀へ向かって、断罪の黒刃が飛来する。黒刃は黄金と水銀へ当たる刹那、天から降りし灼熱の輝きによって消滅する。

輝きは高速で移動し、黄金と水銀、刹那を均等な距離で分ける。

 

「どうやら彼女も仕切り直しを希望しているようだ。卿も共に踊りたいのであろう、刹那よ。案ずるな。一人除け者にはしない」

 

黄金は槍を水平に構え、右手を刃に乗せる。

 

「言ってろ。すぐにその首を切り落としてやる」

 

刹那は双刃を構え、切り落とすべき敵を見据える。

 

「血気盛んだな。まぁいい。では、始めるとしよう。新たな神々へ捧ぐ、我らの神楽。とくとご覧にいれましょう」

 

水銀は両手を指揮者のように上げて、歌い上げるかのように開戦を告げる。

 

彼ら三柱の神々を、離れた所で黄昏と太陽は見つめる。隣あい、重なり合い、まるで会話しているかのように穏和さを知らしめる。

 

ここに真の神楽の幕は上がる。新たに至高の役者が加わった至高の歌劇。幾多もの狂いを産んだこの歌劇、最後の結末はいかなるものか。それは役者である彼らには分からない。目指すべき未来はあれど、そこに辿り着けるかどうか。アドリブで演じ続ける役者である彼ら次第である。




このルート後、波旬は愛の力で滅び、KKKルールは消滅し、新たなルートが開拓されます。


読んでいて思った方もいるかもしれません。水銀のキャラ崩壊。獣殿が某『光の奴隷』のようなことになりかけていることを。この獣殿は正しく、「まだだ!」で強くなります。ただし「彼女をまだ愛しきれていない。彼女ならば簡単に敵を倒せる」「ならば私もやらねば」など、なんか頭の悪いことになっています。

元々彼女の能力を自己強化でも攻撃型でもなく、ハイドリヒ卿の強化と決めていたので、その線で進めていたら、いつの間にかイカロスのように。

詠唱の初めにあったパラロスの詠唱ですが、そもそも作者はパラロスを、全 く 知 り ま せ ん。
ただこの部分が印象強く頭に残り続けていたこと、ハイドリヒ卿のことを深く理解しておいた上で、ハイドリヒ卿の愛を独り占めしようとしていた傲慢が見事に頭の中で離れずくっつき続けたらこうなってしまいました。

その他の設定、例えば第三天から来たなど、完全なノリです。後先考えずに求める終わりだけを見据えて、淡々と書き続けた結果となります。

ちなみに彼女の能力は、自滅因子などの関係もありニートも大幅強化されます。究極的には自滅因子という煩わしい枠組みさえも、消え去る可能性さえもあります。

これにて『IF〜獣の特別〜』は終了となります。最後の結末を決めるのは私ではなく、皆様方が思い願う物となります。これまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
それでは皆様、良い未知を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。