小木曽望乃は勇者である?~勇者の章~ (桃の山)
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讃州中学勇者部の日常

一話と二話は本編以前のオリジナル話です。


 友奈たちや望乃の活躍もあり、平和が戻ってきた讃州中学勇者部。

 勇者部は平和な日々を過ごしていた。

 依頼を終えた望乃はのんびりと勇者部の部室のドアを開けた。

 

「ただいま~」

 

「あ、おかえりなさい」

 

 そう返したのは依頼の確認のためパソコンの前に座る樹。

 

「あれ~? みんないる~」

 

「そうなのよ。今ちょっと暇してるのよ。だから暇つぶしに夏凜の話を聞いてあげてたの」

 

「暇つぶしって何よ!」

 

 風と夏凜が向かい合って話している様子だった。望乃は奥にいる友奈の方へ向かう。友奈は園子と雑談していたようだった。

 

「望乃ちゃん、どうしたの?」

 

「えっとね~、お腹すいたからお菓子食べよっかな~って」

 

 そう言いながら望乃が自分の鞄から引っ張り出したのはスナック菓子の袋。

 

「友奈ちゃんと園子ちゃんも食べる~? うどん味」

 

「うどん!」

 

「味!」

 

 友奈と園子が目を輝かせる。

 

「お菓子でうどん味って大丈夫なんですか?」

 

 気になったのか、樹もパソコンから離れて三人の傍にやってくる。

 

「大丈夫だよ~。おいしいよ~。はい、友奈ちゃん」

 

「あーん!」

 

 望乃が友奈の口までお菓子を運ぶ。

 

「コギー、私にもちょ~だい」

 

 園子に急かされて園子の口にも運ぶ。

 

「うどんの味だー」

 

「パリパリのうどんだ~」

 

「……全然おいしそうに聞こえない」

 

 笑顔でおいしそうに食べる二人の感想を聞いた樹は、そのお菓子をもらうかどうか悩んでいた。それに気づいた望乃はお菓子を樹の口に突っ込んだ。

 

「安心して。おいしいから」

 

 笑顔でそう言う望乃の気持ちをむげに断るわけにもいかない樹は、覚悟を決めて食べてみることにした。

 

「うどんの味……おいしい」

 

 望乃たちの言った通り、そのお菓子はうどんの味がしっかり表現されていて、おいしかった。

 

「なになに? うどんの話?」

 

 そこに風と夏凜もやってくる。友奈が説明すると、風も食べたいと言い出した。望乃からお菓子をもらって食べた風は、案の定目を輝かせた。

 

「本当にうどんじゃない!」

 

「それって望乃が買いためてるやつじゃない」

 

「持ち運べるうどんだよ~」

 

 その間もバリバリとお菓子を食べ続ける望乃。

 

「そんなの食べてたらもううどん屋に行かなくてもいいんじゃないの?」

 

「本物のうどんは別腹!」

 

 望乃と風が声を揃えてそう言った。夏凜はその勢いに少し押されながら「あっそう」と返して、煮干しを口へ放り込んだ。

 

 お菓子を食べ終え、友奈が風に聞いた。

 

「そういえば、夏凜ちゃんと何の話をしてたんですか?」

 

「ノロケ話よ」

 

「違うわ!」

 

「それはコギーとにぼっしーの?」

 

 園子が食い気味に聞き返す。

 

「違うって言ってんでしょうが!」

 

 風がごめんごめん、と夏凜に軽く謝りながら内容を話した。

 

「まあ、簡単に言うとね、望乃が朝弱いから起こす方法を教えてくれってこと。私にも似たようなのがいるからね」

 

「うっ」

 

 風にちらっと見られた樹があからさまに目をそらす。

 

「コギーも朝弱いんだ~。私と一緒だね~」

 

「そうだね~。偶然だね~」

 

「偶然っていうか望乃は元々乃木のコピーじゃなかったっけ」

 

「とにかくいつも望乃を起こすのが大変なのよ。今日の朝だって……」

 

 夏凜は今日の朝の出来事を勇者部に話し始めた。

 

「望乃! 早く起きなさいよ!」

 

「う~ん。あと五杯」

 

「夢の中で何食べてんのよ!」

 

 夏凜は朝に非常に弱い望乃を叩き起こす。望乃と一緒に暮らすようになってから、夏凜の日課になっていた。

 初めはまだ起きてくれていたが、日に日に起きないようになっていた。

 夏凜は最終手段として窓に向かって指を差した。

 

「……あ、空飛ぶうどん」

 

「え? どこどこ~?」

 

 望乃がバッと起きて窓からキョロキョロと周りを見渡す。

 

「ないよ~?」

 

「あるわけないでしょ、空飛ぶうどんなんて! どんだけ食い意地張ってんのよ!」

 

「え~? でも前見たよ。うどんがぷわ~って空を飛んでるの。それでね、風ちゃんが「女子力!」って言いながらうどんを追いかけて飛んで行っちゃったんだ~」

 

「どう考えても夢じゃない!」

 

「え~?」

 

「……という具合よ」

 

 夏凜の話した内容は、普段の望乃を見ていれば簡単に予想できるものだった。

 

「空飛ぶうどんかー。おいしそう!」

 

「ていうか、望乃から見ての私の印象ってそんな感じなの?」

 

 そのため、友奈と風が反応した箇所は別のところだった。

 

「そんなことはどうでもいいのよ! もう起こす方法がないのよ。普段のほほんとしてるくせに学習能力高いから同じ手は効かないし!」

 

「あの」

 

 樹が小さく手を挙げながら口を開く。

 

「樹、何か案が?」

 

「それって望乃さんのいるところで相談したら意味がないんじゃ……」

 

「た、確かに」

 

「今気づいたんですか?」

 

「それに気づくとは、さすが我が妹!」

 

 風が樹をよしよしと撫でる。

 

「それにしてもコギーがにぼっしーとうまくやってるみたいで良かったよ~。少し心配だったんだぜ~」

 

「しっかり二人で役割分担してやってるわ」

 

「……ねえ」

 

「どうしたんですか? 風先輩!」

 

 樹を思い切り撫でた後、考えるような素振りをしていた風が夏凜に視線を向けて聞いた。

 

「夏凜……いややっぱり望乃、聞きたいことがあるんだけど」

 

 風が視線を夏凜から他人事のようにしていた望乃に移した。

 

「何で望乃に変えたのよ」

 

「だって、望乃の方が正直に答えてくれそうだし。それで、聞きたいことなんだけど、ご飯って望乃が作ってるのよね?」

 

「うん。夜のご飯だけだけどね~」

 

「じゃあ、掃除は誰がやってるの?」

 

「お休みの時に私がやってるよ~」

 

「洗濯は?」

 

「家事はだいたい私がやってるよ~」

 

「……夏凜、全然やってないじゃないの」

 

「や、やってるわよ! 朝だって、起こしてるし!」

 

「朝起こすだけって、要するに夏凜は――」

 

「誰が目覚まし時計よ!」

 

 風が言い切る前に夏凜がツッコミを入れる。

 

「夏凜、よく私の言おうとしてたこと分かったわね」

 

「だいたい分かるわよ」

 

「夏凜ちゃんの目覚まし時計……」

 

 風と夏凜お会話を聞いていた友奈は、その光景を想像してみた。

 

『にぼっしーにぼっしーにぼっしー』

 

「なんか面白そうだね!」

 

「何を想像してんのよ!」

 

「毎朝コギーを起こすにぼっしーか~」

 

「あんたも変な想像しない!」

 

 お役目を終えた勇者部は平和だった。友奈も、風も、樹も、夏凜も、最近入ったばかりの園子も毎日楽しそうに過ごしていた。今の勇者部に違和感を覚えることもなく……。

 不意に望乃が立ち上がった。そして五人を見渡した後、口を開いた。

 

「ねえ、みんな」

 

「どうしたのよ、突然」

 

 望乃の突然の行動に、風が少したじろぎながら聞く。他の四人も頭にハテナを浮かべながら望乃の次の言葉を待つ。

 

「何か、足りないと思わない?」

 

 望乃のその言葉に、勇者部はさらにハテナを浮かべた。

 最初に返したのは夏凜だった。

 

「何? もしかしてまたお腹減ったとか?」

 

「そうなの? だったら、少し早いけどかめや行く?」

 

「何か食べるものあったかな?」

 

 夏凜の言葉を聞いて、風が提案して樹が食べ物を入れてないか鞄の中を探す。

 三人の反応に、望乃がぷくーっと頬を膨らませる。

 

「む~。私そんなに食いしん坊じゃないよ~」

 

「どの口が言うか!」

 

 風と夏凜が同時にツッコミを入れた。

 

「じゃあ、何だって言うのよ」

 

 夏凜が呆れたような顔でそう聞く。

 望乃は友奈と園子の顔をじっと見る。

 

「?」

 

「? どうしたの~?」

 

 二人とも望乃の意図が分からず首を傾げる。

 

「…………ううん。何でもない。足りないって言ったんだけど、私も正確に分かってないんだよね~」

 

「何よそれ」

 

「まあともかく、今日はもううどん食べましょ! そしたらすっきりするんじゃない? 樹、依頼は?」

 

 風に聞かれて樹がパソコンを操作して依頼の確認をする。

 

「新しい依頼はないよ」

 

 それを聞いた勇者部は、それぞれ帰宅の準備を始める。そして出口の方へ向かっていく。

 望乃は勇者部の部員の名前が書かれた黒板を一瞥してから後を追った。

 

 勇者部がよく利用するうどん屋、かめや。勇者部一行はそこへ訪れていた。

 勇者部が雑談をしながらのんびりうどんを食べる中、話に加わらずに勢いよくうどんを食べていく望乃。

 それは普段と変わらない光景だった。

 望乃の箸が止まる。どんぶりの中は既に食べ切っていた。しかしそこで望乃は、普段じゃありえないことを口にしたのである。

 

「ごちそうさま」

 

 望乃が箸を置いて手を合わせる。その行動に勇者部は驚きを隠せなかった。なにせそれをやったのは、どれだけ周りが止めても最低三杯は食べる望乃である。

 

「じゃあ、私ちょっと用事があるから行くね」

 

 望乃はそう言って立ち上がる。

 

「また、明日ね」

 

 勇者部の誰かの返答も待たずに、望乃は店から出て行ってしまった。

 勇者部の面々はただただ呆然とするしかなかった。

 

 勇者部と別れた望乃は当てもなく歩いていた。

 歩いている内に辺りが暗くなり始めていた。

 歩いていた望乃の隣を車いすに乗る黒髪の少女とそれを押していた母親がすれ違った。

 その瞬間、望乃は車いすの少女に向かって反射的に声を掛けた。

 

「……みっ!」

 

 その親子はハテナを浮かべながら望乃の方を見た。

 

「……ごめんなさい。人違いでした」

 

 望乃が一言謝ると、親子はそのまま行ってしまった。

 

「あの人、お胸おっきくなかった」

 

 望乃はスマホを取り出して時間の確認をする。

 

「そろそろ帰ってご飯作らないとな~」

 

 その時望乃のお腹からグーッと大きな音が鳴る。望乃は一杯じゃ少なかったかな、なんてことを思いながらお腹をさする。

 そして両手を大きく上げて体を伸ばす。

 

「あ~あ、ぼた餅食べたいな~」

 

 誰に言うでもなくそう言って、望乃は帰路に就いたのだった。

 




次回もオリジナル話の予定です。

のんびりやっていこうと思っています。


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不安な望乃

 前回言った通り、オリジナルです。

 ほのぼのにしようと思っていたんですが、シリアス寄りになってしまいました。


「さて、集まったわね」

 

 ある日の昼休み、勇者部は一名を除いて部室に集まっていた。

 

「で、何の用よ。突然集めて」

 

 突然の招集に不満な様子の勇者部。

 

「いいから聞きなさい! これは勇者部にとっても大事な話よ」

 

 招集した夏凜が集まった四人前に移動する。その真剣な表情に、何か起こったのかと不安な空気になる。

 

「それってコギーのこと?」

 

 その空気の中、園子がのほほんとした態度で夏凜に聞く。

 

「よく分かったわね。さすが伝説の勇者なだけはあるわ」

 

 夏凜が不敵な笑みを浮かべてにぼしをかじる。

 

「だって、コギーだけ呼ばれてないからね」

 

 夏凜によって呼び出されたのは友奈、園子、風、樹の四人。望乃は呼ばれていなかった。

 

「まあ、丸わかりよね。夏凜が呼び出した時点で分かってたわ」

 

「でも望乃ちゃんいつも私たちと食べてるのに大丈夫かな?」

 

「大丈夫よ。先に今日は勇者部皆一緒に食べられないって言っておいたから」

 

「それって望乃さん以外で集まるって言ってるようなものなんじゃ……」

 

「分かってても盗み聞きはしないから大丈夫だよ~」

 

 とにかく、と夏凜が後ろの黒板を力強く叩く。黒板には夏凜の手形がくっきりと残っていた。

 

「今日の議題は『望乃について』よ!」

 

「望乃ちゃんについて?」

 

「今更何を話すのよ」

 

「忘れたの? 昨日の事件を」

 

「事件って大げさすぎでしょ」

 

 夏凜が言っている事件とは、昨日かめやによって起こった『望乃、うどん一杯事件』のことである。そのことを不思議に思った夏凜は、勇者部に心当たりがないか聞くことにしたのである。

 

「そんなの私たちに聞く前に、望乃自身に聞けばいいじゃない」

 

 風が呆れたように言う。

 

「私もそう思って望乃に聞いたのよ」

 

「聞いたんかい!」

 

「そしたら調子が悪かったって」

 

「そうでしょうね」

 

「でもおかしいと思わない?」

 

「確かに、最近の望乃さん、どこかおかしい気がします」

 

 樹が夏凜の意見に賛同する。

 

「具体的には分からないんですけど、最近の望乃さんには違和感があるというか、何かもの足りない感じがするんです」

 

「あっ、そっか!」

 

 友奈が急に立ち上がった。

 

「望乃ちゃん、夏凜ちゃんに抱きついてないんだよ!」

 

 その言葉にその場の全員が納得した。それを聞いても未だ平静を保っていた夏凜が口を開く。

 

「そうよ。だから望乃に聞いたのよ」

 

「それも聞いたんかい!」

 

「そしたらこう返ってきたわ」

 

 夏凜は昨晩の望乃とのやりとりを話した。

 

「望乃、ちょっといい?」

 

「ん~?」

 

「あんた最近、その……私に……抱きついて、ないじゃない?」

 

「何~? 夏凜ちゃん、抱きついてほしいの? ここに来たばかりで、しばらく抱きついてなかった時は何も言ってなかったのに~」

 

「べ、別にそんなんじゃないわよ。私は、望乃がまた勝手に何か抱えてるんじゃないかって思っただけよ!」

 

「そっか~。理由はね~……ちょっとそういう気分になれないからかな」

 

「……という感じだったわ」

 

 夏凜は一人二役で勇者部に伝えていた。望乃の物まねをする夏凜の姿に風は、必死に笑いを堪えていた。

 

「なるほどね~。謎は解けたよ」

 

 すると、黙って聞いていた園子が声を上げた。

 

「何か分かったの? 園子」

 

 園子は鞄からハナメガネを取り出して自身に付けた。

 

「謎は解けたよ」

 

「何でそれ付けて言い直したのよ」

 

「まずコギーはね、精霊の時嘘をつくことがけっこうあったんだ」

 

「それは確か、大赦から真実を口止めされてたからよね?」

 

 風が園子の言葉に付け加える。

 

「うん。だからコギーにとって嘘をつくこと自体は簡単なんだ~。でも、罪悪感を覚えちゃうと、本当のことを言うんだよ~」

 

「どういうことよ」

 

 夏凜が園子に質問する。

 

「にぼっしーがコギーに聞いたことで、前の方が嘘、後の方が本当だってことだよ~」

 

「じゃあ、昨日の行動はなんなのよ!」

 

「それはわからないな~。にぼっしーの言う通り、コギーが何かを知って一人で何とかしようとしてるのかもしれない。コギーは精霊の時も、多分今も自分は犠牲になってもいい存在だと思っているからね」

 

 それを聞いた夏凜が望乃の元へ行こうと部室を飛び出そうとするが、園子が制止させる。

 

「にぼっしー、コギーはね、情報が正確だと分からないと人に伝えないの。だから、一人で抱えてると決まったわけじゃないよ」

 

「でも、私たちが知らない何かを知っているのは確かでしょ!」

 

「それは私が聞くよ」

 

 真剣な顔でそう言う園子に、夏凜はしぶしぶ承諾した。

 

「それにしても園ちゃんすごいね! 望乃ちゃんマスターだね!」

 

 聞いたことのある言葉に夏凜が驚きを見せる。

 

「コギーの元主人だからね」

 

 ふふん、と園子が鼻を高くする。

 

「あの」

 

 四人から離れて机に移動していた樹が突然声を上げた。

 樹の目の前にはタロットカードが並べられていた。

 

「どうしたのよ、樹」

 

「望乃さんのこと占ってみたら、『月』の正位置が出たんです。これは不安や迷いを現します」

 

「不安や迷い……」

 

「そして、このカードは裏切りの意味も持ちます」

 

「ちょ、何よそれ。他の二つはともかく、望乃に限って裏切るなんてことあるわけないでしょ! 何かの間違いじゃないの?」

 

「それが……何回やっても同じ結果で……」

 

「落ち着きなさいよ、夏凜。樹に責任なんてないでしょ」

 

 その時、昼休み終わりのチャイムが鳴った。勇者部急いで部室を後にする。

 

「望乃に聞くって言うけど、具体的にどうすんのよ!」

 

 もやもやが残ったままの夏凜が、急いで教室に向かいながら園子に聞く。

 

「放課後に呼び出す! 一度やってみたかったんだ~」

 

 楽しそうにそう話す園子を見て、夏凜は少し心配になった。

 

 そして放課後。

 

「コギー、ちょっといいかな?」

 

 園子は望乃を呼び出し、人気のない場所へ移った。園子が心配だった夏凜と、夏凜に連れてこられた友奈は見つからないように二人を見守っていた。

 

「コギー、悩みがあるの?」

 

「悩んでないよ~」

 

「最近のコギー、変だよ。みんな心配してる」

 

「……そっか」

 

「言えないか~。これは命令だよ~」

 

 園子に笑顔でそう言われ、望乃は困惑する。

 

「命令はずるいよ~」

 

「ふっふっふ~。コギーの悩みを聞くためなら何でもするよ」

 

 園子がグッと親指を突き立てる。

 望乃は悩んだ末に申し訳なさそうな顔で言った。

 

「私、悩んでること二つあるんだ。でもごめんね。一つはまだ言えない」

 

「いつか言ってくれるんだね」

 

「うん。もう一つの方はね、前に見た夢なの。今の生活が全て夢だったっていう夢。だから実はそうなんじゃないかって思っちゃって」

 

「……コギーは、今の生活楽しくない?」

 

 園子がそう聞くと、望乃は首を大きく横に振った。

 

「ううん。楽しいよ。すごく楽しい。だからこそ、もうすぐ終わっちゃうんじゃないかって怖いんだ」

 

 望乃のその言葉を聞いた瞬間、園子はうれしそうに笑った。

 

「コギー、気づいてる? 今怖いって言ったんだよ。前に怖いってどういうことか聞いてきたのに、コギーは今それを感じてるんだよ」

 

 園子はゆっくりと望乃に近付いて優しく抱きしめた。そして、子供をあやすように望乃の頭を撫でた。

 

「大丈夫。コギーはちゃんと生きてる。だから心配しなくてもいいんだよ~」

 

 園子は望乃から手を離すと、望乃の後方に声を掛けた。

 

「でしょ~? 二人とも」

 

 いつの間にか気づいていた園子に声を掛けられて、夏凜と友奈が出てくる。

 

「夏凜ちゃん。友奈ちゃん」

 

 望乃が聞いてたのと言いたげな視線を二人に向ける。

 友奈が謝ろうとした時、園子が二人の元へと行く。

 

「じゃあ、私たちはお邪魔だろうから部室に戻るね~。ふーみん先輩といっつんには私が言っておくね~。行こう、ゆーゆ」

 

「あっ、望乃ちゃん、夏凜ちゃん、また明日ー!」

 

 そう言いながら園子と友奈はそそくさと行ってしまった。

 

「えっと、夏凜ちゃん」

 

「……望乃、行くわよ」

 

「え? どこに?」

 

「いいから付いて来なさい」

 

 夏凜が向かった先は自宅だった。

 家に帰って荷物を置き、木刀を二つ持って制服のまま勇者の時に使っていた鍛錬場にやってきた。そして夏凜木刀を投げて渡して構えた。

 木刀を受け取った望乃は未だに夏凜の意図が分からずにいた。

 

「夏凜ちゃん、これって」

 

「模擬戦よ」

 

「でも、今制服だよ~。それに寒いよ~」

 

「ぐだぐだ言わない! 望乃、あんた勇者部五箇条言ってみなさい」

 

「え~。これでも私けっこう記憶力良いんだよ~」

 

「知ってるわよそんなこと。いいから寒いんだからさっさと始めるわよ!」

 

「は~い。勇者部五箇条ひと~つ、挨拶はきちんと~」

 

 望乃が夏凜に向かって走り、木刀をぶつけ合う。

 

「勇者部五箇条ひと~つ、なるべく諦めな~い」

 

 二人は本気とはほど遠い力で戦っていた。その二人の姿は遊んでいるようだった。

 

「勇者部五箇条ひと~つ、よく寝て、よく食べる~」

 

「これは望乃によく当てはまってるわね」

 

「そうかな~? 勇者部五箇条ひと~つ、悩んだら相談!」

 

「これよく覚えときなさいよ!」

 

「え~?」

 

 望乃が一度大きく距離を開けて、全力で駆け出す。

 

「これで最後だよ。勇者部五箇条ひと~つ、なせば大抵なんとかな~……へぶっ!」

 

 望乃は最後の最後で盛大に転んだ。

 

「ちょっ、望乃、大丈夫?」

 

 夏凜が急いで駆け寄る。

 

「えへへ、制服汚れちゃった~」

 

 望乃は思ったより怪我がないようだった。

 望乃が立とうとすると、足を捻ったらしくうまく立つことができなかった。

 

「ごめん」

 

「夏凜ちゃんのせいじゃないよ~私が勝手に転んだだけなんだから~。それより夏凜ちゃん、何で勇者部五箇条を言わせたの?」

 

「何でっていつまで経っても守らないからよ。特に、悩んだら相談! のところ」

 

「え~? それは私以外にもいるよ~。風ちゃんとかみ……っ」

 

「み?」

 

「み、みんな、けっこう悩んでも相談しないよ~」

 

 なぜか望乃は慌てたような様子だった。

 

「じゃあ、せめて望乃は守りなさいよ。どんな悩みでも、私が聞いてあげるわよ。別に今すぐじゃなくてもいいからちゃんと言いなさいよ」

 

 夏凜は望乃の手を引っ張って立ち上がらせる。

 

「……うん、わかった」

 

 望乃には分かっていた。夏凜がなぜ突然模擬戦を挑んできたのか。

 望乃と夏凜が過ごした時間のほとんどが鍛錬だった。だからこそ二人が相手に思いを伝えるときには戦闘の真似事のようなことをしていたのだ。

 しかし夏凜がこのようなことをしたのはそれだけが理由ではなかった。

 夏凜はこれが望乃を笑顔にできる方法だと思っていたのだ。

 

「じゃ、帰るわよ」

 

「でも、私用事が……」

 

「何してんのか知らないけど、そんな足で行けるわけないでしょ!」

 

 望乃は夏凜に支えてもらってようやく歩ける状態だった。

 それでも迷っている様子の望乃を見かねた夏凜は、その場にしゃがみ込む。

 

「どうしたの?」

 

「おぶってあげるからさっさと乗りなさいよ! 恥ずかしいじゃない!」

 

 きょとんとしていた望乃だったが、顔を赤くした夏凜を見て、笑顔で乗った。

 

「思ったより重いわね」

 

 夏凜が望乃をおぶって歩き始める。

 

「え~? 私より夏凜ちゃんの方が重いよ~」

 

「声が大きい!」

 

 望乃が夏凜の背中にぴたっとくっつく。

 

「夏凜ちゃんの背中、あったかい」

 

「さっき運動したからじゃない?」

 

「夏凜ちゃん」

 

「何?」

 

「ず~っとこんな日々が続けばいいのにね~」

 

「続くわよ、きっとね」

 

「そっか~」

 

 それからも、二人はたわいない会話をし続けた。

 その間も、望乃は本来いたはずの勇者部の部員のことを考えていた。

 




 タロットカードの意味はあまり細かく見ないでください。よく知らないので少しおかしいかもしれません。

 それにしても、望乃が相手だと園子がお姉さんみたいになってしまう……。

次回から本編に入ります。


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足りないもの

 ようやく本編に入ります。


 平和な勇者部。

 タウン誌で勇者部のことを紹介してもらえることになり、友奈はそのキャッチコピーを考えていた。

 

「お姉ちゃん、幼稚園からお礼のメールがたくさん来てる! すごいすごーい!」

 

「お~、すご~い」

 

 望乃は樹の操作するパソコンを覗き見ていた。

 そこに、園子が部室に入ってきた。

 

「ごめんごめん~。もう始まってる~? 掃除の途中で寝てしまったんよ~」

 

「園子、そんな時に寝ることができるのはあなたくらいよね。望乃でもそんなことはなかったし」

 

「わあ、褒められた~!」

 

「良かったね! 夏凜ちゃんはあまり人を褒めないんだよ」

 

 友奈と園子が二人で喜び合う。

 

「褒めてないわよ」

 

「にぼっしー!」

 

「関係ないでしょ!」

 

「にぼっし~」

 

「あんたもマネしない!」

 

 友奈や園子、望乃に振り回されっぱなしの夏凜だった。

 

「さて、全員揃ったわね? 十二月期の部会、始めるわよ」

 

「はーい」

 

 風が五人の前に立って言う。しかし返事があったにも関わらず、風は話を始めない。その理由は一目瞭然であった。

 

「だから望乃、お菓子を食べるのをやめなさい」

 

 望乃はバリボリとお菓子を頬張っていた。望乃はこのままでも十分話を聞けたが、だからと言ってそれを良しとするわけにもいかなかった。

 注意された望乃は、口に入れていたお菓子を一気に飲み込んだ。

 

「ふぁ~い」

 

 望乃はそう言って夏凜にお菓子の袋を預けた。

 風は大きくため息を吐いてから話に入った。

 そんな調子で勇者部は毎日のように元気だった。

 

 休日。

 園子が犬吠埼家で家庭教師をしていた時、友奈と夏凜はソフトボール部の助っ人として呼ばれ、その帰りにうどん屋に寄っていた。

 

「夏凜ちゃん、日曜日なのに来てくれてありがとね!」

 

「別に、今日はたまたま暇だったし……たまたまよ」

 

「望乃ちゃんは今日、忙しかったの?」

 

 友奈は夏凜と一緒に望乃も呼んでいた。望乃は運動神経が良い上に、料理もできるからお弁当目的で呼んだのである。

 

「さあ? 結局園子に話した悩みと別の方はまだ話せないって言うし、今日も朝から出て行ったわ。どこで何してんのか知らないけどね」

 

「そっかー。望乃ちゃん、何を悩んでるんだろう」

 

「知らない。でも望乃がいつか話すって言ってんだから、いつか話すんでしょ」

 

 それから二人はその日のことなどを話した。その帰り道、友奈は車イスの少女をなぜか見てしまっていた。

 

 翌日、勇者部で樹が調理実習でケーキを作って持ってきた。

 

「早く食べよ~!」

 

 望乃は崩れた見た目になっているケーキの形は気にせず、そのままかぶりつきそうによだれを垂らしていた。

 ケーキを切り分け、全員に分ける。覚悟を決めて食べたそれは見た目に反しておいしかった。

 

「樹ちゃん、おいしかったよ~」

 

 望乃も満足げだった。

 

「ありがとうございます!」

 

「って、望乃もう食べ終わってるじゃない!」

 

 そうしてケーキを食べ終わった勇者部は一斉に残ったケーキ一切れに手を伸ばす。残り一切れを譲り合う。

 

「あ、じゃあ夏凜ちゃんどうぞ!」

 

「え? いやいや、樹が食べるべきよねー」

 

「わ、私は授業でも食べたから……園子さんどうぞどうぞ」

 

「部長こそ、どうぞどうぞ」

 

「二つも食べたら女子力的に心配よね。食べ終わるの早かった望乃はどう?」

 

「え? 食べていいの~?」

 

「少しは遠慮しなさいよ!」

 

 遠慮せずケーキを食べようとする望乃を、夏凜がツッコみながら止めたのだった。

 

「そもそも、何で七つに切ったのよ、風」

 

「知らないわよ、いつものクセよ」

 

「クセ?」

 

 風の言葉に友奈が反応した。

 

「え? あ、いや、なんとなくかなあ」

 

 ケーキは園子が六等分に分けた。それに勇者部が驚いたり褒めたりしている時、友奈がボソッと呟いた。

 

「……ぼた餅」

 

 友奈がその言葉を口にした瞬間、望乃が心底驚いたような表情で友奈を見た。

 結局、友奈のその言葉を、勇者部はそれほど気にしていなかった。

 

 その帰り、友奈は空き家になっている友奈の隣の家を見つめていた。

 

「友奈ちゃん」

 

 そこへやってきたのは望乃だった。望乃は笑顔で友奈の元へとやってきた。

 

「望乃ちゃん? 何でここに?」

 

 望乃は家を見つめて、少し寂しそうな顔で言った。

 

「友奈ちゃんが、来てると思って」

 

「望乃ちゃん、何か知ってるの?」

 

「……そうだね。少なくともこの家には誰もいないよ。そして私たちは、友奈ちゃんの感じてるそれを、ちゃんと思い出さないといけないんだと思う」

 

「何? どういうこと?」

 

「友奈ちゃん、とりあえず今日はもう帰ろ?」

 

 望乃は笑顔で友奈の手を取った。その手はわずかに震えていた。だから友奈は望乃の言う通り自分の家に帰った。

 

 友奈を家へ送り届けた望乃は、友奈の隣の家に戻ってきていた。

 

「友奈ちゃん、思い出しかけてるのかな。だったら、私の……。友奈ちゃんに、勇者部のみんなに会わせてあげたいのに、全然見つからないな~。美森ちゃん」

 

 その時、望乃の携帯が音を鳴らした。夏凜からの電話だった。通話にすると、夏凜の怒号が飛んできた。

 

『ちょっと、望乃! 急にどっか消えてんじゃないわよ! どこにいんのよ!』

 

「ごめんね~、私も今から帰るよ~」

 

『そう。まったく、心配させないでよね』

 

 そう言って通話は切れた。

 望乃は行方がわからない東郷美森を探しながら帰ることにした。

 

 日曜日。

 この日は幼稚園で劇をやることになっていた。しかしその時間が迫ってきているというのに、望乃と園子は姿を現さなかった。

 

「乃木と望乃がまだ来てないって? もう時間なのに」

 

「メッセージ既読にならないし、まだ寝てんのかしら?」

 

「望乃は?」

 

「私が起きた頃にはもういなかったのよ。連絡しても反応ないし」

 

「園子さんも望乃さんもあんなに張り切ってたのに……」

 

「木、だけどね。望乃も、『名前に「木」の文字が入ってる私と園子ちゃんは「木」の役をやる宿命なんだよ』とか言ってたのにね」

 

「言っておくけど、その物まね全然似てないわよ」

 

「うっさいわね!」

 

 その時夏凜の携帯から音が鳴る。夏凜が急いで確認をする。

 

「望乃からだわ。『遅くなってごめんね。急だけど私今日行けなくなっちゃった。ギリギリでごめんね』だって」

 

「どうしたのかしら」

 

 結局、夏凜が望乃に送った返信の返事も、園子から返事も来ることはなく、どこかボーっとした様子の友奈の一言もあって、今いる四人だけで劇を行うことになった。

 

 一方その頃、望乃は銀の墓までやってきていた。花を片手に持って行くと、そこには先に人がいた。それは銀の墓に行きたがっていた園子だった。

 望乃がいつもの調子で近付くが、途中で足を止めてしまう。なぜなら園子が涙を流していたからだ。

 

「園子ちゃん?」

 

 望乃は戸惑いながら声をかけた。

 

「……コギー。私、ミノさんと同じくらい大切な友達がいた気がするんだ」

 

「……うん、いたんだよ。前は鷲尾須美、今は東郷美森っていうお友達が……」

 

 園子はほとんど思い出していた。だから望乃も明かすことにした。

 

「前に言ってた言えない悩みってこのこと?」

 

「うん」

 

「そっか。勇者部のみんなに伝えないとね。コギーも一緒に行く?」

 

「私は、後から行くよ」

 

「わかった」

 

 園子は荷物を持ってその場を後にした。

 落ち着いているように話していたけど、園子の動揺もすごかったのだろう。望乃の目にはそう映った。

 園子を見届けた望乃は、園子が供えた花や焼きそばに重ならないように銀の墓に花を置いた。

 

「ねえ、銀ちゃん。美森ちゃん、どこにいるのかな。ここまで探して見つからないってことはやっぱり、今の私で探せる範囲外のところなのかな。みんなのためになぜか覚えてた私一人で美森ちゃんを探そうっていうのが無茶だったのかな? やっぱり、私がみんなの力になるなんて無理なのかな?」

 

 そこまで語り掛けると、望乃は立ち上がって空を見上げた。

 

「……私じゃ、何もできないのかな」

 

 そう言った望乃は、銀の墓に笑顔を向ける。

 

「グチみたいになっちゃってごめんね。でもなんだか、銀ちゃんに聞いてほしくって。私が銀ちゃんに憧れてるからかな」

 

 望乃がその場を後にしようと歩き始める。

 

「さてと、ちょっと遅くなっちゃったけど、私も幼稚園に向かおうかな~」

 

 望乃がそう独り言を言った、その時だった。

 

「何もできないことはないぞ。お前にしかできないことなんて、いっぱいあるからな!」

 

 望乃の背後からよく知った声が聞こえてきた。しかしそれは初めて耳にした声だった。

 望乃は信じられないといったような顔で振り返った。

 

「銀……ちゃん?」

 

 振り返った望乃の目に映ったのは、望乃が知る姿と全く同じ姿をした三ノ輪銀だった。

 銀の姿をしたその人物は銀の墓にもたれかかりながらニッと笑った。

 初めは驚いていたが、望乃はその人物をキッと睨んだ。

 

「……じゃないよね? あなたは一体誰なの?」

 

 睨まれたその人物は、三ノ輪銀とは思えないような顔でにたりと笑った。

 



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信じられないこと

 望乃の前に現れた、三ノ輪銀の姿をした謎の人物。望乃はその人物のことがよく分からないでいた。ただ、今日幼稚園に向かうのは無理だろうということだけは分かった。

 望乃は夏凜にメッセージで行けないことを伝えると、再び質問した。

 

「ねえ、もう一度聞くよ。あなたは一体誰なの? 何で銀ちゃんの姿をしているの?」

 

「俺は三ノ輪銀だって。どこが違うって言うんだよ」

 

 望乃がまっすぐに指を差す。

 

「銀ちゃんは俺なんて言わないよ」

 

「そうだっけ? よく知らないのにマネなんてするもんじゃないな」

 

 その人物はまるでいたずらがバレたかのように笑った。

 

「仕方ない、少しでも驚き顔が見れただけでもいいか。俺は……その、神の使いっていう感じだ。お前のことも全て知っているぞ」

 

「神の使いって、神樹様の使いってこと?」

 

「まあ、そんなところ。それよりも、俺は小木曽望乃、お前に用があるんだ」

 

 神の使いは、はぐらかすように話題を変える。

 相手の正体が分かっても、望乃はまだ不機嫌そうだった。

 

「その前に、その姿と声やめてくれないかな。大切なお友達の姿を勝手に使われたくないんだけど。それにあなた、男の子じゃないの?」

 

 神の使いは面倒くさそうに頭をポリポリと掻く。

 

「それは無理だ。この姿以外に変えられないし、声も他にない。だから変えたくてもできないんだよ。あと、俺は一応性別的には女ということになっている」

 

「む~」

 

 それを聞いてもなお、望乃が不機嫌な様子は変わらなかった。

 

「それにしても小木曽望乃、随分感情が豊かになったな。喜んで、怒って、哀しんで、楽しんで、まるで人間そのもののようだ」

 

「私、元精霊だけど、今は人間だよ」

 

 それを聞いた神の使いは、少しばかり考えた後、ポンと手を合わせた。

 

「あー、そうか。お前は知らないんだったな」

 

「え? 知らないって?」

 

「決まってるだろ? 小木曽望乃は不完全な人間である、ということだよ。正式に言ったら、お前は『人間に限りなく近い別の存在』だよ」

 

 望乃は一瞬何を言っているのか理解できなかった。衝撃的過ぎて、足が少し震えていた。

 

「何、言ってるの? 私はれっきとした人間だよ! だって、精霊の時とは違って成長もしてるし、感情も食べる量も変化してるんだよ」

 

 神の使いはフウと大きく息を吐いた。

 

「確かにそうだな。でも、お前には決定的に違うところがある。小木曽望乃、聞いてもいいか? 何でお前は東郷美森を覚えていたんだ?」

 

 望乃はさらに衝撃を受けた。それは望乃本人が知りたいことでもあったからだ。

 望乃もその理由を考えるが、いくら考えても答えは出ない。望乃が黙っていると、待ちくたびれた神の使いが答えを言った。

 

「それは、お前からそれを切り離すことが不可能だったからだ」

 

「……どういうこと?」

 

「精霊にとって経験や記憶っていうのは、人間にとっての脳や心臓のようなもんなんだ。一度切り離したら死んでしまう。だから切り離せないようにできている。お前が人間になる時は精霊の部分を切り離して、今回も忘れることがなかったんだ。そしてそれが、小木曽望乃が人間になりきれない理由なんだ」

 

「本当なの?」

 

「残念だけど真実だ。元々人間として生まれることのできなかった存在が人間になるなんて、不可能だったんだ」

 

「……そっか。私が美森ちゃんを覚えてたのか、少し納得がいったよ。私はみんなと同じになったわけじゃなかったんだね」

 

 望乃はどこかすっきりしたような表情になっていた。

 望乃が見ると、神の使いは体が少し透けていた。

 

「もう時間かよ」

 

 そう言って望乃の方をまっすぐに見た。

 

「もう時間がないから手短めに話すぞ! 小木曽望乃、仲間のために何かしたいって思うなら、精霊に戻れ。俺が戻してやる。そうしたら東郷美森を、いやもっと大きなものも救えるかもしれない」

 

「もっと大きなもの?」

 

「不完全な人間であるお前は、長くは生きられない。それなら精霊に戻って何かを救った方がマシってもんだろ?」

 

「……私は」

 

 その時望乃の携帯が音を鳴らした。風から『緊急会議を行うから部室に集合』とメッセージが送られてきていた。それを見た瞬間、望乃は東郷関連なのだろうと理解できた。

 そして望乃は神の使いに笑顔を見せた。

 

「私は、みんなといられる今で幸せだから。これ以上を望んじゃったら罰が当たっちゃうよ。美森ちゃんはきっと友奈ちゃんやみんなが助けてくれる。初めからみんなに任せておけば良かったんだよ。私は誰かを救うような存在じゃない。だって私は勇者じゃないんだから」

 

 そう言って望乃はその場を後にしようとする。

 神の使いは呆れたような声で言った。

 

「次は良い返事を期待してるぞ」

 

 望乃が振り返ると、もうそこには神の使いの姿はなかった。望乃は風からのメッセージに『わかった』と返して、部室へ向かった。

 

 

 

 勇者部の部室では、劇の途中で東郷について思い出した友奈と、銀の墓で思い出した園子が他の三人にそのことを伝えていた。

 東郷のことを伝えられた三人は絶望の顔へと変貌していく。

 その時勇者部は、東郷の思い出の一つを思い出していた。

 

 

 

 ある日、樹がパソコンを睨んでいた。それを見つけた風は樹に声をかけた。

 

「どうしたの樹。すごい顔して」

 

「……国防仮面」

 

樹は独り言のようにそう言った。

 

「今巷を賑やかしている謎のヒーロー」

 

「そんなのがいるんだ」

 

 樹がその動画を再生した。

 

『国を守れと人が呼ぶ。愛を守れと叫んでる。憂国の戦士、国防仮面見参!』

 

「これって美森ちゃんだよね?」

 

「やっぱりそうよね……っていつからいたの? 望乃!」

 

 風と樹の後ろには画面を覗き込んでいた望乃がいた。突然現れた望乃に、二人は驚きを見せる。

 

「え~。普通にドアから入ったよ~」

 

「それよりも、やっぱり望乃さんもそう思いますか?」

 

「うん。このお胸は絶対美森ちゃんだよ~」

 

「胸って……」

 

「私はね~、誰かと会った時いつも最初にお胸を見てるからね、間違いないよ~」

 

「あんたは男子か!」

 

「一応女の子だよ?」

 

「いや、知ってるけど。ていうか一応って何?」

 

「人のお胸を自然と見ちゃったりするんだよ~。ほら、私お胸ちっちゃいからさ~。ふんす!」

 

「何で威張ってんの?」

 

「それ、少しわかる気がします」

 

「樹も!?」

 

 急に妹が遠くに行ってしまったような気がする風はどうしたらいいのかわからずに、ただひたすら二人を眺めていた。

 

 数日後。風が活動をしていた国防仮面こと東郷美森を部室まで連れてきた。同時に勇者部全員に召集がかけられた。

 東郷は国防仮面を信じる友奈に正体を明かし、国防仮面をやっていた理由を話した。

 それは壁を壊してしまったことへの罪滅ぼしだった。

 

「それで国防仮面……」

 

「わっしー、ずいぶん極端になったね~」

 

「気持ちはわかるけど、突っ走りすぎよ」

 

「すみません」

 

「かっこいいね、国防仮面! 私もなりたいな!」

 

 友奈がキラキラした目でそう言う。

 

「実は実は~、私もこう見えて国防仮面二号なんよ~」

 

「じゃあ私、三号になる!」

 

「これ以上増やさないでよ!」

 

 意気投合する友奈と園子に、風が呆れる。

 

「まったく、夏凜あたりがマネしてにぼし仮面とか現れたらどうするのよ」

 

「マネしないわよ!」

 

「じゃあ、私がにぼし仮面やる~。にぼし体操も作らないとね~」

 

 望乃もここぞとばかりにやる気を見せる。

 

「あんたがやってどうすんのよ!」

 

「東郷さん」

 

 罪の意識を感じていた東郷に、友奈が声をかける。

 

「みんなのために頑張りたい気持ちは、私たちも同じだよ!」

 

「そうだよわっしー。何かあったら私たちに頼っていいんだぜ~」

 

「友奈ちゃん、そのっち」

 

「そうだよ~。一人で抱えちゃダメだよ~」

 

「そのセリフ、望乃にだけは言われたくないわよ」

 

「え~」

 

「みんな、ありがとう」

 

 東郷は涙を浮かべてそう笑ったのだった。

 

 

 

 東郷のことを完全に思い出した勇者部は、東郷を忘れていたという事実に混乱していた。その時園子がボソッと言った。

 

「コギーなら何か知ってるかも」

 

「どういうこと?」

 

「コギーの言えなかった悩みってこのことだったの。だからもしかしたら……」

 

「ちょっと待って! ということは、望乃は東郷のことを覚えていたってこと?」

 

「それは間違いないよ」

 

「じゃあ、何で望乃は黙ってたのよ! 言ってくれれば良かったじゃない!」

 

 風と園子の会話を聞いていた夏凜が怒りを露わにする。

 その時、ガラッという音を立てて、タイミング悪く望乃が部室に入ってきた。

 望乃は状況が分からないといったような様子だった。

 

「……やっぱり、美森ちゃんの話?」

 

「望乃ちゃん、東郷さんのこと覚えてたの?」

 

「うん」

 

 望乃がそう答えると、夏凜が一気に詰め寄る。

 

「だったら、何で、言わなかったのよ!」

 

 望乃は夏凜に臆することなく、まるでそう聞かれるのが分かっていたかのように冷静に答えた。

 

「それは私もよくわからなかったからだよ」

 

 勇者部の頭にハテナが浮かぶ。

 

「あのね、私が覚えていたのは、精霊としての私が消えるまでだったの。それ以降はみんなと同じように消えてたんだ。美森ちゃんのことは覚えてたけど、誰も覚えていないし、美森ちゃんがいた痕跡もどこにもなかった。私は、私の記憶が正しいのかわかんなくなっちゃったんだ。こんなわからないことばかりのことを言うわけにもいかないからさ~」

 

 それを聞いた夏凜は、望乃に悪意があったわけではないことに少し安心したようだった。

 

「私のこの記憶が間違ってないってわかったのは最近。友奈ちゃんは覚えてるよね? 美森ちゃんの家の前で話したあの時。でもみんなのために美森ちゃん見つけてあげたいって思っちゃったんだ~。黙っててごめんね」

 

 望乃は深く頭を下げた。呆れるようにため息を吐いた夏凜が望乃をみんなのところまで引っ張って行った。

 

「まったくあんたはいっつもそうよね」

 

 そう言う夏凜は怒る気も失せていたようだった。

 

「でも、何で精霊の時だけの記憶が残ってたんだろう」

 

 当然の疑問を浮かべる園子に、望乃は神の使いから聞いた精霊から経験や記憶を切り離せないことを伝えた。

 勇者部は東郷のことで頭がいっぱいだった。望乃はそれが分かっていたからこそ、神の使いから聞いた他のことを口にすることができなかった。




 神の使いはオリキャラです。あと念のため、精霊のに関することは全て独自解釈・独自設定が入っています。

 国防仮面のところは書きたかっただけです。


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友を助けるため

 東郷のことを思い出せた勇者部は、望乃が今まで探して見つからなかったことから手掛かりがないと考えていた。しかし、望乃がもしかしたら何かわかるかもしれない、と言って勇者部は東郷の捜索を始めたのだった。

 数日後その報告を部室で行っていたが、やはり情報は何一つ見つからなかった。

 望乃の言う通り東郷を覚えている者は誰もおらず、教室の机も樹に向けて書かれた応援メッセージにも、まるで初めからいなかったようになくなっていた。

 

「質の悪い、いじめみたいじゃない」

 

 大赦なら何か知っているかもと話すが、風がまたとぼけているのかと不信感を強める。

 そこに大赦に行っていた園子がドアを開けながら言う。

 

「本当に知らないみたいだよ。大赦は」

 

 園子は大赦本部で東郷のことを聞いていたようだった。そして大赦すらも東郷のことを覚えていなかった。

 そこで勇者部の報告をただ黙って聞いていた望乃が口を開いた。

 

「これは私の推測なんだけどね、美森ちゃんは……今の私たちじゃ行けないところにいるんじゃないかな?」

 

「行けないところって……」

 

「私は今まで私の記憶にある美森ちゃんと縁のある場所に行って探したんだけど、どこにもいなかった。それに、一人の人間を完全にいなかったことにできて、大赦も絡んでいないとしたらもう、他にないと思う」

 

「私もコギーと同じ意見だよ。だからこれしかないと思う」

 

 そう言って園子がケースを机に置いた。それを開けると、中には勇者端末が四つ入っていた。

 

「これって……」

 

「勇者システム!?」

 

 かつて自分たちを苦しめたものの登場に、園子を除いた勇者部は驚きを隠すことができなかった。予想していたのか、望乃だけは他の四人に比べて驚きは少なかった。

 

「ぷんぷん怒って出してって言ったら、大赦の人は出してくれたよ~。これで見つけに行こう!」

 

「見つけるって……」

 

「今も変身できるのよね?」

 

 夏凜が冷静に園子に聞いた。

 

「そうだよ、にぼっしー」

 

「園子ちゃん、一つ足りないよね。これって」

 

「うん。わっしーの端末だけないんだ。でも、私の端末のレーダーに、わっしーの反応はない」

 

「……やっぱり、美森ちゃんは壁の外にいるんだね」

 

「その通り」

 

 望乃の発言に園子が頷く。

 

「東郷はぶっ飛んでるからありえるわね」

 

「だから、勇者になって行ってみようと思うんだ」

 

 園子が指を鳴らすと、頭の上に園子の精霊、烏天狗が現れる。それに勇者部は再び驚く。一人驚いていなかった望乃は、旧友に会ったかのように烏天狗に話しかけていた。

 

「勇者になったらまた力の代償があるんですか?」

 

「今回はバージョンが新しくなって、散華することもないんだって」

 

 園子はもう一度指を鳴らして精霊を消す。言葉を話さないため一方的に烏天狗に話しかけていた望乃が、「あ~」と声を漏らしていた。

 

「それよりも、何で精霊がいんのよ。全ての精霊は望乃と消滅したんじゃなかったの?」

 

 夏凜が園子に問い詰める。

 

「それは私から言うね~」

 

 望乃が小さく手を挙げて、園子の代わりに夏凜の質問に答えた。

 

「まず最初に夏凜ちゃん、私のやったこと覚えてる?」

 

「何よ、あんたがみんなに全部言ってたじゃない。望乃が私たちの代償を取り戻すために、望乃も含めた全ての精霊を犠牲にしたんでしょ?」

 

「ん~。まあ、間違ってないんだけどね~。正確には、一度散華したら一体精霊が増えるっていうのを逆にしただけ。つまり、みんなの一つの代償につき、一体の精霊が身代わりになったんだ。だから、代償が関係なかった最初の精霊は消滅してないんだよ~」

 

「初めて聞いたんだけど」

 

「こんなことになるなんて思ってなかったからね~。わざわざ言うことでもないかな~って」

 

 望乃はそこまで言って「あ、そうだ」とさらに付け加えた。

 

「ちなみにね、初めの精霊はガードの方に特化してるから、身体能力向上はほとんどないよ」

 

「ガード? バリアじゃないの?」

 

 望乃の話に反応したのは園子だった。聞かれた望乃は首を傾げた。

 

「私的にはガードって感じなんだけどな~」

 

「私的にはバリアって感じだよ~」

 

 同じ顔の二人の意見が珍しく食い違う。ジャンケンの結果園子が勝利を収め、バリア呼びになったのだった。

 

「精霊がいる意味は分かったけど、その新しいバージョンって出来過ぎじゃない?」

 

「そうよ。どれだけ新しいシステムになったって言われても、結局また……」

 

 夏凜と風が新しいシステムに不安を抱く。それは友奈も樹も一緒だった。

 望乃は神の使いに東郷は勇者部が助けてくれると言った。それは嘘ではなかったのだが、勇者部の面々はそれ以前に中学生の女の子。また同じことが起こるかもしれない、そう不安に思っても仕方がなかったのだ。しかも、望乃が人間になったため、今度は戻れない可能性が高いのである。

 望乃はやっぱり自分が行くべきなんじゃないかと思ってしまう。たとえ今の自分じゃ絶対に不可能だと分かっていても……。

 その間、東郷を助けるために端末を手に取ろうとした友奈を風が止めていた。

 

「望乃、あんたも妙なこと考えないでよ」

 

 突然話しかけられた望乃は驚いた。まるで考えていたことが読まれたようだった。

 

「あ、うん」

 

「確かに、私たちはひどい目に遭ったけど、勇者が体を供物にして戦っていなければ世界は滅んでいた。仕方なかったんだよ。大赦はやり方がまずかっただけで、誰も悪くない。大赦は勇者システムについて、もう一切隠し事はしないって言ってくれた。私はそれを直接聞いて、信じようと思ったんだ。だから、前とは違う。今度は納得してやるから、私は行くよ」

 

 園子の言葉を聞いた友奈は覚悟を決めた。

 

「私も信じる! 大赦の人は良くわからないけど、園ちゃんはそう言ってるんだから、信じるよ!」

 

 友奈はそう言って端末を手に取った。

 

「あーもう! 部長を置いていくんじゃないわよ」

 

 続いて風も端末を手に取った。

 

「ま、勇者部員が行方不明っていうんなら、同じ勇者部員が探さないとね!」

 

「私も行きます!」

 

 夏凜と樹も端末を手に取ってやる気を見せた。

 それを見ていた望乃は安心したように笑った。

 

「そっか~。みんな頑張って美森ちゃんを助けてあげてね~。私も応援してるよ~」

 

「いや、応援じゃなくてあんたも……」

 

 そう言う風の言葉が途中で止まる。

 端末は友奈、夏凜、風、樹と渡り、残っていなかった。

 それに気付いた園子が説明する。

 

「残念だけど、今までコギーは私の端末で変身してたから、コギーの端末はないんだ」

 

「まあ、多分それ以前の話だと思うけどね~」

 

 望乃が付け加える。しかしそれは園子でもどういうことか分かっていなかった。

 

「ん~。説明するより見せた方が早いと思う。園子ちゃん、ちょっとだけ借りていい?」

 

 望乃は園子から端末を借りて、勇者システムで変身しようとする。しかしその瞬間、端末から『ブー』と大きな音が鳴った。

 望乃は端末の画面を一目見て「やっぱり」と呟いた。そして全員に画面を見せた。画面にはこう書かれていた。

 

『勇者適正値が一定値以下のため変身できません』

 

 勇者部は言葉が出ないようだった。

 

「友奈ちゃんには言ったよね? 私は園子ちゃんの適性もコピーしてたから変身できたって。でも精霊じゃなくなっちゃったからそれもなくなっちゃったんだ~」

 

「望乃の適正が低いっておかしいでしょ」

 

 夏凜が信じられないかのように呟く。

 

「おかしくないよ。私は勇者って感じじゃないもん。だから、私の分まで美森ちゃんのこと、よろしくね」

 

「望乃ちゃんのためにも、絶対東郷さんを助けるから、安心して待ってて!」

 

 友奈が拳を握りしめて答えた。その顔はやる気に満ち溢れていた。

 

「うん」

 

 望乃はそう頷いて園子に端末を返した。

 そして望乃を除いた勇者部が勇者システムを使って変身する。

 その間に園子が新システムについて説明する。

 

「新しい勇者システムは、満開ゲージが最初から全部たまっている状態だよ。精霊がバリアで守ってくれるけど、バリアを使うことに満開ゲージを消費していく。ゲージが回復しない。満開は、ゲージがいっぱいならできるけど、使えばゲージは一気にゼロになる。ゲージがゼロになると、精霊がバリアを張れなくなる。この時攻撃を受ければ、命にかかわることになる。これが、散華のなくなった勇者システムだよ」

 

 園子の説明を受けた勇者部は覚悟ができていた。

 ただ一人参加できない望乃だけは、『命にかかわる』という言葉を重く受け止めていた。

 それぞれの精霊との再会を果たした後、勇者部は東郷美森を救出するため壁の外へと向かうことにした。

 

「じゃあ、行ってくるね! 必ず東郷さんを連れて帰って来るから!」

 

「コギーは笑顔で出迎えてあげてね」

 

「あんたが心配するようなことはないから、安心して待ってなさい」

 

 一人留守番になる望乃に、そう言葉をかけて五人は壁の外に向かって行った。

 望乃はそれを見届けると、ちょこんと椅子に座った。

 

「絶対に無事で帰ってきてね」

 

 勇者でもない、精霊でもない、ただの人間でしかない今の望乃には、勇者部の帰りをただ待つしかできなかった。しかし望乃は心の内で何かできないのか、と思ってしまっていた。

 そう思ってしまったことが原因だった。

 

『なら、連れて行ってやるよ』

 

 どこかから声が聞こえた気がした。そう思った瞬間、望乃は見覚えのある場所に移動していた。

 

「え? 何で……」

 

 望乃は勇者部が向かっていた壁の外にいつの間にか移動していた。




 樹のセリフが……ごめん、樹ちゃん。


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みんなで帰るため

 今回は少し長めです。


 友奈、園子、風、樹、夏凜の五人は東郷を助けるために壁の外の近くまで来ていた。

 

「ここからはズゴゴゴゴって感じだから気を付けてね」

 

 園子が注意を呼びかける。すると、夏凜が園子の前に移動する。

 

「私が先頭を行くから園子は後ろでサポートをお願い」

 

「にぼっしー、あまり前に出ないでね」

 

 夏凜を先頭に壁の外へ出ると、そこには思わぬ人物が待っていた。

 それに即座に反応したのは夏凜だった。

 

「何であんたがいんのよ!」

 

「あ、みんな待ってたよ~」

 

 それは先ほど勇者になれないことが原因で、部室に待機することになった望乃であった。

 望乃は体育座りをしたまま五人に向かって手を振っていた。

 勇者部はすぐさま望乃の元に行った。

 

「で、どういうことなの? 望乃」

 

「そう言われてもな~、よくわかんないんだよ」

 

 風に質問をされた望乃が頭をポリポリと掻く。

 

「ねえ、あなたは本物のコギーなの?」

 

 園子が真剣な顔で聞いた。

 

「それどういうことよ」

 

「だって、ありえないよ。私たちよりも先に来てるなんて。コギーは前は精霊だったかもしれないけど、今はただの人間なんだよ」

 

 園子の疑問は確かだった。だから誰も口をはさむことはできなかった。

 

「ん~。だったら、夏凜ちゃんのほくろの位置を教えるよ」

 

「ちょ、何でそんなの知ってんのよ!」

 

「ほら~、前に一緒にお風呂に入ったでしょ~」

 

「あ、あれは仕方なく……」

 

「これでどう?」

 

「え?」

 

 勇者部は望乃の言葉の意味がよくわからなかった。

 

「多分、姿はマネられても性格まではそうはいかないと思うんだよね。私も完全には無理だったしね」

 

「私は信じるよ!」

 

 そう言ったのは友奈だった。友奈の言葉もあり、勇者部は目の前にいる望乃が偽物でないと信用した。

 

「で、何でここにいるのよ」

 

 風が再び望乃に問いかける。

 

「私もよくわかんないだよ。さっきまで部室にいたのに、気付いたらここにいたんだ。それよりも、美森ちゃんは?」

 

 そう言われ、園子が確認する。

 

「レーダーに反応があったよ!」

 

 それを聞いて友奈も確認する。

 

「あっ、東郷さんだ! 東郷さん、やっぱり壁の外にいたんだ!」

 

「でも、意外と近いけど……」

 

「もしかしてあれじゃないかな」

 

 望乃がそう指を差した先には真っ黒い球体が浮かんでいた。

 それを見た勇者部は驚きを見せる。

 

「東郷さんだ。東郷さんがブラックホールになってる」

 

「久しぶりに会ったらブラックホールになってたやつは初めてだわ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「今度からはブラックホールちゃんって呼んだ方がいいのかな~」

 

「呼ばなくて良いわよ」

 

 望乃の言葉に呆れながら夏凜もスマホを確認する。

 

「周囲にバーテックスもいるじゃない」

 

 バーテックスが勇者部に気付き襲い掛かってくる。それにそれぞれ対処に当たる。

 

「頑張れ~、頑張れ~、勇者部ファイトだ、オ~!」

 

 戦う勇者部に望乃が能天気に応援する。

 ため息を吐きながら夏凜がツッコミを入れようと望乃の方を向いた。しかし夏凜は大きく目を見開いて望乃に向かって叫んだ。

 

「望乃、逃げて! 早く!」

 

 夏凜の珍しい焦り声に、勇者部が一斉に望乃の方へ視線を向ける。

 望乃の後ろからバーテックスが迫っていた。戦えない望乃では対処の仕様がない。望乃も不意を突かれて逃げられそうになかった。

 勇者部が助けに向かうが、バーテックスが望乃にたどり着く方が早かった。望乃も身構えて、バーテックスの攻撃を受けた。……はずだったのだが、望乃が攻撃を受けたような様子はなかった。

 その隙に樹が望乃の周りにいるバーテックスを殲滅する。

 

「大丈夫ですか? 望乃さん!」

 

 樹が心配して望乃に声をかける。当の望乃は自身の両手を見つめていた。

 

「大丈夫?」

 

 他の四人も心配して駆け寄ってくる。望乃がコクリと頷くと、勇者部は安堵した表情を見せた。

 

「とりあえず望乃、危ないから帰りなさい」

 

 風が望乃に少し強めに言う。望乃はフルフルと首を振った。

 

「私もできるならそうしたいんだけど、できないの」

 

 そう言って望乃は壁の外から出ようとするが、弾かれてしまう。

 

「どういうこと?」

 

「わからない。それに今わかったんだけど、私にガード……じゃなかったバリアみたいなのが張られてるみたい。さっきバーテックスに襲われそうになった時、そんな感じがあったの」

 

「バリアって、あんた人間じゃないの?」

 

「人間だよ。だから使えないはずなのに。使えたとしても精霊のバリアは意識的に使うものだから、無意識に使うなんてあるわけないからね。私じゃない誰かの仕業だと思う」

 

「誰かって……」

 

「その誰かがコギーをここに連れて来たって考えるべきだろうね」

 

「そうだね。でも、それが誰だとしても、私を守ってるんだから危害を加える気はないんだと思うよ。みんなは気にせず美森ちゃんを」

 

「そう言われても行く方法がないのよ」

 

「あそこまでなら船で行けそうだよ」

 

 そう言って園子が『満開』をする。そしてそこには大きな船が現れた。

 

「あんた! いきなり満開使って! 精霊の加護がなくなっちゃうわよ!」

 

「昔はバリアなかったし、問題ないよ~」

 

「それについては私も保証するよ。さあ、みんな園子ちゃんの船に」

 

 勇者部が次々と船に乗り込む。最後に残った夏凜が望乃に向かって自身の武器を放り投げる。それを受け取った望乃に一言言った。

 

「いくら守られてても武器がある方がいいでしょ。貸してあげるわ。気を付けなさいよ」

 

「夏凜ちゃんも、みんなも、どうか無事で」

 

 望乃がそう言うと、夏凜は少し笑ってから船に乗り込んだ。

 船が発進するのを見送った望乃は、見上げたまま口を開いた。

 

「もう出てきてもいいんじゃない? あなたの仕業なんじゃないの? 神の使いの人」

 

「バレてたか」

 

 どこからともなく相変わらず銀の姿をしている神の使いが現れた。

 

「だって、他にいないでしょ?」

 

 望乃が神の使いの方を向くと、神の使いはいたずら小僧のように笑った。

 望乃は勇者部が東郷を助けている間に神の使いと話そうと考えていた。

 望乃が心配で様子を確認した夏凜にその様子を見られたとは知らずに。

 

「その通りだ。俺は壁の外ならどこへでも行ける。それ以外は数分が限界だけどな。そして俺はお前を俺の居場所に連れて来させることができるんだよ。小木曽望乃限定だけどな」

 

「……バリアは?」

 

「俺は、神の使いだ。精霊の力くらい使えてもおかしくないだろ。ちなみに、その、バリアが張られた状態だと壁の中と外を行き来できないんだ」

 

 神の使いは望乃の疑問だったことを答えてくれた。望乃もバーテックスを夏凜に借りた武器でなんとか対処しながら聞いていた。

そして望乃は今回のことで最も疑問だったことを聞いた。

 

「何で私をここに連れてきたの?」

 

 神の使いは迫ってくるバーテックスを適当に対処しながら答えた。

 

「それは、お前がそれを願ったからだ。少しだけ思っただろ? 力になりたいって。俺をその場を与えようと思っただけだよ」

 

「そんなこと言っても、何もできないことに変わりはないよ」

 

「だったら、精霊に戻ればいいだろ。戻るにはお前が完全にその意志を見せないとできない。だからここに連れてくれば戻るかもって思ってたんだけどなー」

 

 神の使いは期待が外れたと言ったような様子だった。望乃は園子の船が向かって行った方向を見る。

 

「私はみんなのこと信じてるから。それに今私が精霊に戻ってもできることはなんてないと思うしね」

 

「それは違う。お前が精霊に戻れば一時的に『神の力』を得ることができる。それも、満開とは比べ物にならないほどの。それだけの力があればお前の小さな望みくらいなら簡単に叶えられる。そしてそれを得られるのは、唯一自我を持つ精霊、小木曽望乃だけだ」

 

「……そっか。でもそんなものがなくても、美森ちゃんはみんなが救ってくれると思うんだよ」

 

 望乃がそう言うと、神の使いは突然黙った。神の使いは何やら考えているようだった。

 しばらくしてからゆっくり口を開いた。

 

「今、結城友奈が東郷美森の元へ到着した」

 

 その報告を聞いた望乃の表情が明るくなった。

 

「やっぱり友奈ちゃんは勇者だね」

 

「勇者と言っても結城友奈は人間だから、できることには限度がある。東郷美森を何事もなく救うことは難しいと思うぞ」

 

「どういうこと? 美森ちゃんに何があったか知ってるの?」

 

 望乃から質問を受けた神の使いは、東郷に何が起こったのかを話した。

 以前東郷が結界の一部を破壊したことで、外の火の手が活性化してしまっていた。このまま放っておけば外の炎が世界を飲み込んでしまう。それを危惧した大赦は火の勢いを弱めるため、神の声が聞ける巫女を外の炎に捧げる生贄の儀式を行う必要があった。

 そして東郷は勇者の資格を持ちながらも巫女の力も持つという、唯一無二の存在だった。

 東郷は自分で開けた罪を償うため、記憶を消すよう神樹様にお願いして生贄となったのだった。

 東郷の真実を聞いた望乃はいつものように笑みを見せた。

 

「相変わらずだな~。美森ちゃん」

 

「……移動するぞ」

 

 神の使いは突然移動し、そのすぐ後に望乃も移動させられた。

 移動した場所は何もない空間。目の前には燃やされている東郷と固定されている東郷、二つに分かれてひものようなものでもので繋がっている友奈が見えた。

 そして、友奈が固定されている東郷を引き抜いたところだった。

 目の前で起こっている出来事に、理解が追いつかない望乃はわけもわからずただ見ていた。すると突然地面が揺れ、辺りが壊れ始めた。友奈も東郷も目を覚ましていない。とりあえず二人を助けようとする望乃を神の使いが止めた。

 

「東郷美森を引き抜いたことで炎が再び活性化し始めたんだと思う。おそらくこのままでは、壁の外にいる人間が死ぬ可能性が高い」

 

「……死ぬ?」

 

 望乃の顔が真っ青に変貌する。そして、銀の姿をしている神の使いを見る。

 

「……何とかする方法はないの?」

 

「一時的に止めることならできる可能性がある。だけど……」

 

「じゃあそれに賭けよう。どうすればいい?」

 

「いやそれには小木曽望乃を精霊に戻す必要が……」

 

「じゃあ、早く戻して」

 

 今まで余裕ぶっていた神の使いが驚いたような表情になった。そして一言言った。

 

「……いいのか?」

 

「だってそれしかみんなを救う方法がないんでしょ? だったら私はやるよ。私はもう二度と、大切なお友達を、死なせない!」

 

「わかった」

 

 神の使いはそう言って望乃の肩に手を置いた。そして望乃は思った。みんなと一緒に帰りたい、と。

その後は何が起こったのか望乃には分からなかった。

 

「どうなったの? みんなは助かったの? 私は戻ったの?」

 

「お前は精霊に戻ってはいない。小木曽望乃、お前一緒にいたいと思っただろ」

 

「え、一緒に帰りたいって……」

 

「言っただろ? 精霊に戻るには完全にその意志を見せなければならないって。そんなことを思ってしまったら精霊に戻ることなんてできない」

 

「……じゃあ、失敗したの?」

 

「いや、一瞬だけだが成功した。炎は一時的に止められ、お前も人間のまま。お前にとって最高の結末だな」

 

「よかった!」

 

 望乃は友奈と東郷のところへ駆け寄った。友奈の胸のあたりによくわからない烙印らしきものがあった。

 神の使いは違和感を覚えていた。

 力が使えたのはほんの一瞬。その程度で炎が止められるとは思えなかったのだ。まるで初めから止まると決まっていたようだった。神の使いは友奈の胸のあたりを見ると、確信を得たかのように笑った。

 

「小木曽望乃、お前たちを壁の外から出しておくよう、神樹様に伝えておく。それから今回は戻らなかったけど、『次』に期待するぞ。……最後にもう一つ言っておく」

 

 神の使いはにたりと笑って言った。

 

「人でない俺たちに、ハッピーエンドは用意されていない」

 

「え?」

 

 望乃が振り返った時にはもう既に神の使いはそこにはいなかった。そしてその瞬間、勇者部は壁の外から出ていた。

 

 

 

 東郷は病院に運ばれ、数日眠ったままだった。

 みんなで毎日のようにお見舞いに行っていた。

 望乃はトイレに行き、壁の外の出来事を思い出していた。しかしそれは、東郷の病室に戻った途端、全て吹き飛んだ。

 東郷が目を覚ましていたのだ。

 自然と望乃の目から涙があふれそうになった。

 

「美森ちゃん!」

 

 望乃は東郷に向かって抱き付いた。その時に目から一つ時涙が零れ落ちた。

 

「ちょっと、東郷は病人なのよ」

 

「大丈夫です」

 

 東郷は望乃の頭を優しく撫でた。

 

「望乃ちゃん、みんなから聞いたよ。一番辛い思いをさせてしまってごめんなさい」

 

「ううん、私こそ、何もできなくてごめんね」

 

 しばらくして、望乃は離れて涙を拭った。

 結局、火の勢いは安定し、生贄は必要なくなった。そして東郷も何とか生きて帰って来ることができた。

 

「一件落着、ね」

 

「はい」

 

「よーし、これで本当に全員揃ってクリスマス、そして大みそかにお正月だー!」

 

「遊ぶことばっかじゃない」

 

「一ついい?」

 

 望乃がそう言って勇者部の視線が集中する。

 

「……私、クリスマス? ってどんなことするのかわからないんだよね~」

 

「コギー、クリスマスはね――」

 

 園子が望乃にクリスマスの説明をした。それを聞いて望乃は楽しみにしていた。そして勇者部はみんな楽しそうに笑っていた。

 結局望乃は、今の雰囲気を壊したくなく、壁の外での出来事を話すことはできなかった。

 

 

 

 その日の夜。望乃は体重計で自分の体重を測っていた。ここ数日毎日確認をしていた。そして体重は精霊時のものと同じで、毎日測っても変化がなかった。

 

「精霊に戻ってきているのかな」

 

 そう独り言を呟いたのだった。



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偽りの平穏

 東郷の救出に成功した勇者部は、クリスマスを楽しみにして日を送っていた。

 望乃も鼻歌を交えながら何かを作っていた。

 

「さっきから何作ってんのよ」

 

「えへへ~。内緒だよ~」

 

 望乃は人生初のクリスマスに、ご機嫌だった。

 

「もういくつ寝るとクリスマス~♪」

 

「それクリスマスの歌じゃないわよ」

 

 楽しそうに歌う望乃に呆れる夏凜。

 

「楽しみだね~、クリスマス!」

 

「何が一番楽しみなの?」

 

「七面鳥を丸ごと食べたいなって!」

 

 望乃が目をキラキラと光らせて、よだれを垂らす。

 

「……さすがにないんじゃない? ていうか、太ったりしないの? よく食べてるけどさ」

 

「ん~。大丈夫だと思うよ」

 

「その楽観的思考、何とかした方がいいと思うわ」

 

 望乃の様子に呆れている夏凜も人のことが言えないくらいに楽しみにしていた。夏凜は何かを待つようにじっと望乃を見つめていた。

 

 

 

 ある日の勇者部では、クリスマスツリーの飾りつけをしていた。

 

「ねえ、友奈。飾りつけ曲がってない?」

 

「いや、大丈夫大丈夫!」

 

「望乃さん、次はこれを付けてください」

 

 クリスマスツリーの飾りつけなんてもちろんしたことのない望乃は、樹の指示に従って飾りつけをしていた。

 

「樹ちゃん、これは~?」

 

 望乃が手に取ったのはモールだった。

 

「それつけるのはまだです」

 

 望乃はじっとモールを見ると、何かをひらめいた。

 

「樹ちゃん。これつける時は言ってね」

 

 そう言って望乃は先の方をもって投げ縄のようにブンブンと回す。

 

「回すものじゃないですよ!」

 

「違うの?」

 

その近くで受験を控えた風が園子に勉強を教わっていた。風は教科書とにらめっこしていた。その風はぐるぐるメガネがかけていた。

 

「何あのメガネ」

 

 脚立を降りた夏凜が言った。

 

「視力が落ちたんだそうです」

 

「大変ね受験生。部室でまで勉強?」

 

「先週はいろいろ大変で、勉強どころじゃなかったからねー。取り返さないと」

 

 それを聞いて東郷が「陳謝」と言いながら風に向かって土下座する。

 

「あーもう。そういうつもりで言ったんじゃないの! 気にしないで!」

 

「受験よりブラックホールの方が急務だもんね」

 

「そうだね~。私もブラックホールちゃんって呼ぶべきか迷ったもん」

 

「どこに迷う要素があるのよ」

 

 東郷は再び「陳謝」と言いながら腹を切ろうとする。勇者部は慌てて東郷を止めた。

 そこで風の採点をしていた園子が言った。

 

「よ~し、ふーみん先輩全問正解だ~」

 

「よし、さすが私!」

 

「アタックチャ~ンス。正解すると、女子力が二倍になります」

 

「やります!」

 

「どんな試験勉強よ」

 

「これだけできれば大丈夫ですよ。さすがっす~」

 

「うん。乃木が見てくれたおかげよ。来週は来週で、樹のショーがあるからねー」

 

「お姉ちゃん! 私のショーじゃなくて、町のクリスマスイベント! 学生コーラス!」

 

「いっつんいっつん! いっつんのグッズ展開していい?」

 

 園子が張り切り気味に樹に聞く。

 

「やめてくださいー!」

 

「実はもう作ってたり~!」

 

 望乃が鞄から大きく『樹』と書かれたうちわを取り出す。

 

「コギー、そのうちわいいね~」

 

「えへへ~。昨日頑張って作ったんだ~」

 

「何を作ってるのかと思ったら……」

 

「いいと思わない?」

 

 望乃がそう言いながら夏凜に抱き付く。

 

「……まあ」

 

「恥ずかしいからやめてくださいー!」

 

 樹が望乃からうちわを恥ずかしそうに没収していた。

 

「み、みんな、あのね」

 

 すると突然友奈が何かを言おうとした。

 

「え、えっと、ここで問題です。キリギリスが、アリの借金をこっそり肩代わりしたとしたら、その後どんな問題が起こるでしょう」

 

 友奈のその言葉に、勇者部が頭にハテナを浮かべる中、望乃は一人その問題について考えていた。

 

「えっとね、みんな、実は……」

 

 再び友奈が何かを言おうとするが、言葉を止めてしまう。

 望乃は友奈が一瞬見せた動揺を見逃さなかった。望乃から見れば友奈が何かを隠していることは明白だった。なぜならそれは、言いたくても言えない精霊時の自分と似ていたからだった。

 

「……もしかして」

 

 望乃は壁の外で見た友奈の胸にある印と神の使いから聞いた東郷のお役目のこと、そして友奈が今出した問題から友奈の言いたかったことが、友奈が東郷のお役目を引き継いだことだと理解した。しかし、友奈が言えない理由が分からなく、それを口にしても大丈夫なのかが分からなかった。それを口にしたことが原因で、何かが起こってしまう可能性もあったからである。

 

 

 

 その日の夜、家へ帰って来ると夏凜が真っ先にエアコンをつけようとリモコンを手に取る。しかしエアコンはうんともすんともいわなかった。

 

「嘘、こんな寒い時に壊れたの?」

 

 夏凜は何度も繰り返すが、エアコンが動くことはなかった。

 

「あらら~。じゃあ今日はあったかいもの作るね」

 

「望乃、あんた寒くないの?」

 

「平気だよ~」

 

「……」

 

 夏凜は無言で晩御飯の準備をしようとする手を握る。

 

「震えてんじゃない。我慢してんじゃないわよ」

 

「でも、こうすればあったかいよね~」

 

 望乃がギュッと抱き付いた。

 

「まあ、少しは」

 

「夏凜ちゃん、最近嫌がらなくなったよね~」

 

「別に、言っても無駄だからってだけよ」

 

「まあ、そうだね~。むむ! 夏凜ちゃんにぼしの匂いがする~」

 

「しないわよ!」

 

 しばらくそうして少しだけ温まった後、望乃が調理を再開し、夏凜がエアコンに再チャレンジする。

 望乃は野菜を切りながら友奈のことについて考えていた。その時、ザクッと何か別のものを切ったよう感じがした。

 よく見てみると、包丁で左手の指を切ってしまったようだった。

 

「夏凜ちゃん、指切っちゃった~」

 

 それを聞いた夏凜が慌てて望乃の元へやってくる。そして夏凜が大慌てで治療した。その日の晩御飯は夏凜がコンビニで弁当とおでんを買ってきて食べたのだった。

 

「じゃあ、お風呂入るわよ」

 

 晩御飯を済ませた後、夏凜が唐突にそう言った。

 

「一緒に入るの? いつも一人で入れ~って言ってるのに」

 

「仕方ないでしょ! あんた、手怪我してるんだし」

 

「これくらい大丈夫だよ~」

 

 望乃が包帯の巻かれた左手を見ながら言う。

 

「あんたの大丈夫は信用できないのよ! いいからさっさと脱ぎなさい!」

 

「も~、夏凜ちゃん過保護だな~」

 

「うるさい!」

 

 服を脱いで一緒に浴室に入る。夏凜はタオルで体を隠していた。

 

「夏凜ちゃん、恥ずかしいなら一緒に入ろ~なんて言わなかったら良かったのに」

 

「べ、別に平気よ!」

 

 そう言って夏凜は体に巻いていたタオルを投げ捨てる。

 

「先に言っとくけど、もうほくろは探さないでよね」

 

「は~い。あ、ほくろはっけ~ん」

 

「探すなって言ってんでしょ!」

 

 夏凜は望乃を前に座らせ、手の使えない望乃の代わりに頭を洗っていた。

 

「こうして見ると、髪短いわよね。伸ばしたりしないの?」

 

「ん~。これくらいがちょうど良くなっちゃって~」

 

 望乃は目をしっかり閉じて話していた。望乃は頭を洗う時は目を閉じるのである。これは夏凜が最近知ったことである。

 

「前も一緒に入ったよね~」

 

「そうね。確か私たちが東郷のことを思い出した時だったわね。あの時はあんたが珍しく『怖い』なんて言うから仕方なく入ったのよね」

 

「夏凜ちゃん、肌を見られないように頑張ってたよね~」

 

「望乃が相手でも、恥ずかしいものは恥ずかしいのよ」

 

 夏凜がシャワーで頭を洗い流す。流し終わった後、望乃はプルプルプルと首を大きく振って水気を飛ばしていた。

 望乃の頭と体を洗い終わり、湯船に浸かって夏凜が洗い終わるのを待つ。夏凜が洗い終わると、一足先に浴室を出た。

 体を拭いて服を着ると、体重計に直進した。体重を確認したが、やはり体重に変化はなった。

 

「何してんのよ」

 

 そこに浴室から出た夏凜に話しかけられた。望乃は焦りの一つも見せずに笑った。

 

「何でもないよ~」

 

 そして望乃はトテトテと居間の方へと向かって行った。

 

「……」

 

 夏凜はその様をじっと睨んでいた。

 その後、のほほんとしていた望乃に、しびれを切らした夏凜が聞いた。

 

「望乃、さっき何で体重計ってたのよ。今まで気にしたことなんて一度もなかったじゃない」

 

「夏凜ちゃん、私もまったく気にしないわけじゃないんだよ~」

 

「……じゃあ、質問を変えるわ。壁の外で話した奴は誰なのよ」

 

 のほほんとしていた望乃の表情が驚愕へと変わった。

 

「何で、それを……」

 

「たまたま見ただけよ。あんたが話してくれるの待ってたんだけど、一向に話さないし」

 

「ごめん」

 

「私は謝罪が聞きたいわけじゃない」

 

「……わかったよ。話すよ」

 

 望乃は自分が完全な人間でないことや精霊に戻れと言われたこと、神の使いに聞いたことを夏凜に正直に話した。友奈のことは言っても大丈夫なのかわからなかったため言わなかった。夏凜はそれを黙って聞いていた。

 望乃が話し終えると、夏凜は大きくため息を吐いた。

 

「そんなことになってたなんてね。相談しなさいよ……」

 

「ごめんね、雰囲気を壊したくなかったんだよ」

 

「それで、あんた一人で抱えてたら意味ないでしょ!」

 

「……」

 

 黙り込む望乃を見て、夏凜が言葉を続けた。

 

「あんたはすぐに信用しすぎなのよ。少しは疑うことを覚えなさい」

 

「夏凜ちゃんは、私が言われたこと嘘だって思うの?」

 

「それはわからないけど、何から何まで信じすぎだってこと。言われたこと全部信じて、全部抱えてたら身が持たないわよ」

 

「……夏凜ちゃんはどう思う?」

 

 望乃は体育座りで夏凜と目も合わせず聞いた。夏凜は考えることもなく答えた。

 

「私が思うに、その神の使いってのには裏があるわね。そもそも神の使いってのが疑わしいわ」

 

「そうかな?」

 

「そうよ。それに、あんたが精霊に戻る必要なんてどこにもないわ」

 

「でも……」

 

 望乃は夏凜がもう戦う必要なんてない、なんてこと言うと思っていた。しかし夏凜の口から出た言葉はまったく別のものだった。

 

「あんたが完全な人間だろうがなかろうが、もうとっくに勇者部の一員よ。あんた消えていい理由なんてどこにもないわ。だから約束しなさい! 何があっても、精霊に戻ろうなんて考えないこと! わかった?」

 

 夏凜は望乃に向かって指をびしっと突きつけた。夏凜の言葉にキョトンとしていた望乃は、満面の笑みを浮かべた。

 

「うん、わかった!」

 

 その後二人は、相変わらず一人用のベッドに二人で入る。布団に入るとすぐに望乃は眠ってしまった。

 

「相変わらず寝つきはいいんだから」

 

「う~ん。夏凜ちゃんがにぼしに~」

 

「どんな夢見てんのよ」

 

 夏凜はムニャムニャと眠る望乃の頬を優しく撫でた。

 

「本当は私があんたと離れたくないだけよ」

 

 夏凜はそう呟いた後、望乃に背を向けて眠った。

 




 望乃と夏凜の絡みを書きた過ぎて書いたら、本編の話より長くなってしまいました。

 反省はしているが、後悔はしていない。


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不幸の訪れ

 本編終わっちゃいましたけど、一週間に一話くらいのペースで更新していこうと思っています。


 放課後、勇者部はいつも通り部室に集まっていた。そこで夏凜が文句を言っていた。

 

「もう、こんな寒い時に何でエアコンが壊れるかなあ。望乃も怪我するし」

 

「怪我って、大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ~。ちょっと包丁で指を切っちゃっただけだから~」

 

「私も急に電灯が切れてとても困ったの」

 

 東郷もそのように言う。風と樹も、樹がカギを落として寒空の下二人で探していたという。遅れてきた園子も、右手をポットでやけどしたようだった。友奈だけは何もなかったようだった。

 

「ふう、そろいもそろって師走にろくなもんじゃないわね。厄払いにでも行った方がいいんじゃない?」

 

「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」

 

「友奈ちゃんは何もなかった?」

 

 東郷が心配そうに友奈に聞いた。

 

「うん! 平気」

 

「良かった。友奈ちゃんにまで何かあったら、いよいよ怪しいものね」

 

 望乃はやはりぎこちなく笑う友奈を見続けていた。

 

「はいはい。それじゃあそれじゃあ、それぞれ持ち場に着けー」

 

 風がパンパンと手を叩きながら指示する。

 

「はーい」

 

「あの、風先輩! ちょっといいですか?」

 

 友奈がそう言って風を外へ連れて行った。

 

「友奈、どうしたのかしら」

 

「……相談じゃないかな。よいしょ!」

 

「ちょっ、何座ってんのよ!」

 

 座った夏凜の足に突然望乃が座る。

 

「うん、いい感じ~」

 

「全然良くないわよ!」

 

 勝手にくつろぐ望乃を、夏凜はどかした。

 

「あんたもちゃんと仕事しなさいよ!」

 

「は~い」

 

 持ち場に移動した望乃は誰にも聞こえないようにボソと呟いた。

 

「……考えすぎならいいんだけど」

 

 

 

 部活が終わり、帰宅した望乃は夏凜に包帯を交換してもらう。

 

「エアコン、何とかしないといけないわね」

 

「夏凜ちゃん、今日こそ、あったかいもの作るよ~」

 

「あんた、手怪我してるでしょ」

 

「大丈夫だよ~」

 

 望乃が怪我をしていない方の手の親指をグッと立てる。望乃が台所へ向かおうとした瞬間、望乃と夏凜の携帯が音を鳴らした。

 

「え?」

 

 先に確認した夏凜が驚きを見せていた。望乃も確認するため携帯を手に取る。樹から勇者部に向けてメッセージが来ていた。

 

『今、病院です。お姉ちゃんが車にはねられてしまって。私どうしたらいいか』

 

「病院に向かうわよ……って望乃!?」

 

 すぐ行くとメッセージで伝えた夏凜は望乃に呼びかける。メッセージを見た望乃は、夏凜が今まで見たことがないほど動揺していた。そして望乃は携帯をベッドに放り投げて家を飛び出した。

 

「ちょっと、望乃!」

 

 夏凜は望乃の携帯を拾って望乃の後を追いかけた。

 

 

 

 病院にやってきた望乃は、到着してすぐに樹に詰め寄った。

 

「樹ちゃん! 風ちゃんは、風ちゃんは大丈夫なの? 風ちゃんは」

 

「え、ええっと、あの」

 

 詰め寄られる樹は望乃の勢いに答える隙がなかった。聞き続ける望乃は誰かに引き離された。

 

「コギー、落ち着いて」

 

 そう言われた望乃は少しだけ冷静になった。風の状態はまだ分からないようだった。

 

 その後ろからやってきた夏凜に望乃は叱られた。

 

「携帯くらい持っていきなさいよ!」

 

「ごめん」

 

 その後東郷、友奈もやってきて六人で黙って待つことにした。その中で友奈だけが一際暗い顔をしていた。望乃はそれに気付きながらも、声を掛けることはできなかった。しばらくすると、風がストレッチャーに乗った状態で出てきた。

 

「いやー、まいったまいった」

 

 それぞれが風に声を掛ける。

 風の無事な姿を見て安心する勇者部の中で、友奈は暗い表情のままだった。そして望乃も、少し浮かない表情だった。

 

 

 

 風と樹を除いた五人は肩を並べて帰路に就いていた。

 

「命に別状はなかったものの……」

 

「精霊は何をしていたのかしら。もし皆の身に何かあったら私、きっと正気じゃいられない」

 

「東郷……国防仮面もブラックホールももうなしだからね」

 

 黙って夏凜の隣を歩いていた望乃はふらっと傍から離れようとする。しかし夏凜に腕を掴まれて止められてしまう。

 

「どこに行く気よ」

 

「……」

 

「バカなことは考えないで」

 

「どうしたの?」

 

 望乃と夏凜のやり取りにハテナを浮かべる。夏凜は先日望乃から聞いた話をそのまま伝えた。

 

「ということは、望乃ちゃんまさか……」

 

 望乃はどこかへ行こうとするのをやめ、勇者部の方へ顔を向けた。望乃は深刻そうな表情を浮かべていた。

 

「……美森ちゃん、さっき言ったよね? 精霊は何をしていたのかって。精霊はちゃんと機能していたはずだよ。なぜならそれが精霊の絶対的な使命だから。精霊がちゃんと機能していたにもかかわらず風ちゃんはあれだけの傷を負った」

 

「精霊でも防げなかったってこと? そんなことってありえるの?」

 

「わからない。本来ならありえないんだけど、新システムになってるからそこまではわからないよ。でも、確かめる術はある」

 

「コギーが精霊に戻ればってことだね」

 

 望乃はコクンと頷いた。それを聞いていた夏凜が望乃の腕を掴む力を強くした。

 

「あんた、そんなことのために……」

 

「そんなことじゃないよ!」

 

 望乃は夏凜の言葉を大声で遮った。珍しい望乃の叫びに、勇者部は驚きを隠せなかった。

 

「……そんなことじゃ、ないんだよ。次もしも何かあって、風ちゃんくらいの傷じゃ済まないかもしれないんだよ。もしかしたら死んじゃうかも……。そんなことになったら、私、私……」

 

 望乃は非常に取り乱していた。震えた声で言い続けていた。

 『死』という言葉は望乃にとって恐怖そのものだったのである。

 

「落ち着きなさいよ! こんなこと何度もあるわけないでしょ!」

 

「だって、だって……」

 

 夏凜が怯え続ける望乃を抱きしめてしばらく経つと、望乃は疲れたのか、子供のように眠ってしまった。

 結局、望乃の問題は保留ということになり、寝息を立てる望乃は夏凜がおぶって帰ったのだった。

 

 

 

 クリスマスイブ前日の夜。望乃は軽く部屋の掃除をしていた。

 あの後、望乃は夏凜に怒られた。そして再び精霊に戻らないことを約束した。しかしそれだけでは信用ならないため、勇者部で望乃をなるべく一人させないことになった。一人にさせてしまえばまた精霊に戻るなんてことを考えかねないからだ。

 望乃自身も冷静になり、気が動転しちゃってたな、と反省していた。

 望乃が押し入れを開けると、小さい袋状の物が入っていた。それはプレゼントのように包んであった。望乃に心当たりがないため、消去法で夏凜のものだと分かった。

 望乃は夏凜を呼び出し、それについて尋ねた。

 

「ねえ、夏凜ちゃん。これ、何~?」

 

 そう聞かれた夏凜は、しまったと言わんばかりに頭を手で押さえた。

 

「見つかったなら仕方ない。それ、あんたへのプレゼントよ」

 

「プレゼント?」

 

「そう。ちょっと早いけど、開けてみなさい」

 

 望乃がハテナを浮かべながらそれを開けると、中にはヘアピンが入っていた。それを見た望乃がさらにハテナを浮かべて夏凜に説明を求めた。

 

「勇者部ってみんなどこか髪を結んでるでしょ? でも望乃だけ何もしてないからあげようと思ったのよ。初めはリボンをあげようかと思ったんだけど、あんた髪短いし伸ばす気もないって言うからピンにしたのよ」

 

「へ~。私、園子ちゃんと違ってそういうことよくわかんないから何もしてなかったんだよね~」

 

 望乃が嬉しそうにヘアピンをじっくり見る。

 

「まあ、私もそんなに知らないんだけど」

 

 夏凜が照れくさそうに頬をポリポリと掻く。

 

「夏凜ちゃん、これつけて~」

 

「は? そんなの明日にしなさいよ」

 

「明日まで待てないんだも~ん」

 

 夏凜は仕方なく望乃の前髪の左側にヘアピンを付けた。付け終わると望乃はすぐに鏡で確認しに行った。そしてすぐに夏凜の元に戻ってくる。

 

「えへへ~。夏凜ちゃんありがとね~! 大切にするね」

 

 

 

 翌日。望乃は夏凜と東郷と共にサンタの帽子をかぶって風の病室へ訪れていた。

 

「望乃、可愛いヘアピンつけてるじゃない」

 

「夏凜ちゃんにもらったんだ~」

 

「前に相談してきたやつね。夏凜がどうしてもって言うから聞いてあげたやつ」

 

「ちょ、それは言わないでよ!」

 

「私も相談されました」

 

「あっ、私も」

 

 東郷と樹が手を挙げて主張する。

 

「言うなって言ってんでしょ!」

 

「みんな、ありがとね~」

 

 すると、東郷が周りをキョロキョロと見る。

 

「あれ? 友奈ちゃんは? 先に来てると思ったんですけど」

 

「私探してくるよ~」

 

「あっ、それなら私が……」

 

 東郷の言葉を聞く前に望乃は病室を出て行ってしまった。

 

「望乃ちゃん一人で行かせて大丈夫?」

 

 東郷が夏凜に確認する。

 

「そんなに遅くならないでしょ。これで帰りが遅いようなら連れ戻しに行くわ」

 

 夏凜はなんだかんだ望乃を信用しているようだった。

 

 

 

 病院を出た望乃は能天気に辺りを探す。しばらく探すと友奈らしき人物を発見した。友奈は転んでしまっているようで、駆け寄ろうとするが途中で足を止めてしまった。

 友奈は泣き叫んでいた。

 望乃は今起こっている出来事ほとんど把握していた。

 東郷にはあのように言ったが、勇者を守る存在である精霊が防ぎきれないことなんてないに等しかった。それができるとすれば、神くらいのものだった。そして今回のことで友奈が自分の身に起こっていることを伝えようとした相手に不幸が訪れる。そこまで分かっていたが、不幸が訪れる理由が友奈が言おうとすることなのか、その内容を誰かが言おうとすることなのかが分からなかった。

今の望乃には泣き叫ぶ友奈をただ見てることしかできなかった。そしてそんな自分がこれ以上ないほど嫌になった。

 望乃には夢が二つあった。一つは勇者部と一緒に居続けたい。もう一つは勇者部を傷ついてほしくない。

そして望乃には選択肢が二つあった。一つはこのまま友奈が傷ついているのを黙って見ている選択。もう一つは夏凜との約束を破って精霊に戻る選択。

 必ず夢のどちらかを捨てなければならない。

 それでも友奈のために精霊に戻るべきだと思うが、それを止めるのは夏凜との約束。自分はどちらを取るべきなのか、望乃には分からなかった。

 




 ようやく三話まで終了です。


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力になりたい気持ち

 年が明け、勇者部一行は初詣に来ていた。

 

「はー! やっと退院できたわー! シャバの空気がおいしいー!」

 

 風が嬉しそうにそう言っているのを聞いていた友奈を望乃が少し気にするように見ていた。結局望乃は行動を起こすことはできていなかった。理由としては、まだ勇者部が望乃を一人にさせなかったから。夏凜との約束があるから。友奈もそれを望まないだろうから、といろいろあったが、一番の理由としてはやはり怖かったのである。夢のような今の時間が終わってしまうことが……。無理して笑う友奈を見て、望乃は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 

「ねえ、甘酒飲みたいな♪」

 

「お、いいねえ! 一杯、引っ掛けていきますか!」

 

 勇者部が甘酒の場所へ行く中、一人立ち止まったままの望乃に、夏凜が声を掛ける。

 

「望乃、何してんのよ。甘酒飲むらしいわよ」

 

「あ、ごめん。……甘酒って甘いの?」

 

 望乃が夏凜に追いついて聞く。

 

「あんたそんなこと考えてたの? 少なくとも、あんたが思ってるようなものじゃないわよ」

 

「え~、そうなの?」

 

「まあ、飲んでみれば分かるわよ」

 

「あっ、たこ焼きだ~!」

 

 望乃はたこ焼きの屋台に行ってしまった。夏凜はそんな望乃を見て、呆れるばかりだった。

 望乃がたこ焼きを買うと、勇者部は既に紙コップに入った甘酒を手に持っていた。望乃が合流すると、夏凜が紙コップを一つ手渡してくる。

 

「ほら、あんたの分」

 

「ありがと~。あ、でも私二歳だよ? いや、人間になってからだと、生後三か月だね」

 

「いやでも体は違うんでしょ?」

 

「コギーの体は元々私の小学六年生の時のものだよね~。問題ない!」

 

「問題ないか~」

 

 望乃が納得して勇者部全員で甘酒を飲む。

 

「ぷはあー!」

 

「お~、二人とも良い飲みっぷり~」

 

「なんか、ノンアルコールなのに場酔いしてない?」

 

 風と樹は酔ったように顔を赤くしていた。

 

「あはは! 酔ってないー!」

 

「樹ちゃん、楽しそ~」

 

 望乃は先ほど屋台で買ったたこ焼きを頬張っていた。

 

「良い記録だわ」

 

 東郷はビデオカメラを回していた。

 そして最後は勇者部全員で記念写真を撮った。

 

 

 

 新学期が始まり、部室では東郷がビデオカメラを回していた。

 

「最近熱心にカメラを回してるわねえ」

 

「もうすぐ先輩が卒業してしまうので、揃っての活動記録は貴重だと思います」

 

「ていうけどさー、私卒業しても入り浸ると思うわよー」

 

「入り浸るんだ……」

 

「そうなる予想はついてたけどね……」

 

「とか言って、嬉しそうね夏凜」

 

 風にそう言われて夏凜が顔を赤くする。

 

「ちょっ、何その反応!?」

 

「夏凜ちゃん、風ちゃんが卒業するの寂しそうにしてたもんね~」

 

「別に寂しくなんかないわよ!」

 

「でも顔は正直だよね~」

 

「ふーみん先輩とにぼっしーで創造捗っちゃったから、帰って二人の本を書こ~」

 

「あっ、書けたら見せてね~」

 

「分かってるよ~」

 

「ちょっ、待ちなさーい!」

 

 風と夏凜が同時に園子を止めるべくそう言うが、園子はそのまま帰ってしまった。

 園子が出て行き、しんとした空気の中風が少し気まずそうに言った。

 

「あっ、そういえば卒業旅行とかどこ行こうかしら」

 

「え? 風ちゃんと夏凜ちゃんの新婚旅行?」

 

 望乃が目を輝かせて鼻息を荒くする。

 

「だから卒業旅行だって!」

 

「年末はどこへも行けませんでしたからね」

 

「そうなのよー。大赦のお金でみんなで温泉旅行とか行く?」

 

「あ、温泉は前に行ったから違うところとかどうでしょう」

 

「……私も友奈ちゃんに賛成~。もっとおいしいものがあるところとか~」

 

「あんた、食べてばかりじゃない」

 

「えへへ~」

 

「褒めてない!」

 

 望乃も友奈も、いつも通り勇者部と接していた。

 

 

 

 勇者部に迷子の猫を探してほしいという依頼がきたため、全員で猫を探していた。しかし猫はなかなか見つからなかった。

 

「ちょっと樹。猫語で呼び出してみて」

 

 風が樹に突然無茶ぶりを仕掛ける。樹はその無茶ぶりに応えて猫語で周りに呼びかけてみた。

 すると園子と東郷がそれに反応して、樹を撮りまくっていた。

 

「もっと、もっと獣になって!」

 

「いいよ~。いっつんいいよ~」

 

「これを撮らないでください!」

 

「じゃ~、一枚脱いでみよっか~」

 

「何でですか!」

 

「一度言ってみたかったんだ~」

 

 望乃は嬉しそうに夏凜に抱き付いた。

 

「私に抱き付くの?」

 

「美森ちゃんと園子ちゃんが撮ってるところだから邪魔したら悪いでしょ~」

 

「そこは遠慮するんだ……」

 

 夏凜は納得がいかないと言ったような表情をしていた。その後猫は友奈が発見し、友奈は猫に逃げられてしまうものの風が捕まえ、依頼は終了した。

 

 

 

 勇者部はカラオケに来ていた。園子と東郷の息ぴったりのデュエットが終わり、夏凜は精霊とお菓子の取り合いをしている望乃のことは放っておいて、友奈に声を掛ける。

 

「じゃあ、こっちもいこうか。友奈!」

 

 しかし当の友奈は、顔を赤くして体がふらふらと揺れていた。

 

「あ、うん。これから宿題やるよー?」

 

「え?」

 

「あはは、寝ぼけてるんだね。にぼっしー、私と熱唱しようよ!」

 

「あ、うん」

 

 友奈の様子に気付いた望乃は精霊とのお菓子の取り合いをやめ、友奈の方に視線を向けた。友奈の様子は目に見えておかしかった。それを見て、望乃は非常に胸を痛めた。

 そして誰にも聞こえないように言った。

 

「やっぱり……ダメ、だよね」

 

 

 

 ある日の放課後。夏凜はにぼしをくわえて友奈に近付いてにぼしを一つ差し出した。

 

「話、いいかしら?」

 

 差し出されたにぼしを友奈も夏凜と同じようにくわえた。

 

「なに? 夏凜ちゃん?」

 

「少し歩ける?」

 

 そうして二人は港にやってきていた。

 

「友奈、あのね……」

 

「その前に、いいかな。夏凜ちゃんは寒くないのー?」

 

「悪い。全然気が回らなかった。場所、変えようか?」

 

「ううん、大丈夫。こうすれば、あったかーい!」

 

 友奈がその場に座って夏凜に体をくっつける。

 

「そういえばさ、この前部屋のエアコンが壊れた時、望乃も似たようなことやってたのよ。まあ、望乃の場合、抱き付くんだけど……」

 

「私、望乃ちゃんと似てるのかなー?」

 

「ちょっと、くらい……」

 

「ちょっと似てるんだ! なんか嬉しいなー!」

 

 夏凜は遠くの景色を見て、顔を赤くしていた。そして勇気を振り絞って口を開いた。

 

「友奈、年末辺りからおかしいわよ。絶対何かあったでしょ? 私が力になる。話を聞かせてくれない?」

 

「何ともないよー」

 

 友奈は笑顔を崩さずにそう言う。

 

「……どんな悩みだろうと、私は受け止めるから!」

 

「夏凜ちゃん……」

 

「力になるわ。私は友奈のために何だってしてあげたい。大切な友達の役に立ちたいの。望乃以外にそう思える友達を持てたことが私は嬉しいの。何があったの? 友奈」

 

 しかし友奈は夏凜を不幸にさせたくない、という理由で真実を口にはしなかった。

 

「本当に……何でもないんだ」

 

「そう……」

 

 夏凜は友奈の肩を掴んで涙声で言った。

 

「悩んだら……悩んだら相談じゃなかったの? 望乃も友奈も……そんなに私、頼りないの? 私、友達の力になりたかった」

 

 そう言うと夏凜は走り出してしまった。友奈もすぐに追いかけるが、すぐに走れなくなってしまった。

 

「ごめんね……」

 

 友奈は涙目でその場に倒れこむ。そこに、友奈に差し伸べる手が現れた。友奈が見上げると、それはいつの間にかやってきた望乃だった。

 

「大丈夫? 立てるかな? 私じゃ、友奈ちゃんおんぶできないからさ~」

 

 友奈は望乃の肩を借りて何とか立つことができた。その状態のまま、非常にゆっくりのスピードで歩き始める。

 

「友奈ちゃん家に向かうよ。それと、ごめんね」

 

「え?」

 

 望乃の突然の謝罪の意味が友奈には分からなかったので聞き返した。

 

「いや~、友奈ちゃんと夏凜ちゃんが話してるの、見てたんだよ~。だからごめんね」

 

「あ……うん」

 

 友奈の気持ちははまだ沈んだままだった。

 

「……話は聞いた? 私と夏凜ちゃんの」

 

「ん~? あまりよく聞こえなかったな。でも、何を話してたのかは分かってるよ。最近の友奈ちゃんの様子がおかしいことについて聞かれてたんだよね?」

 

「……うん」

 

「夏凜ちゃんが家でその話をしてたからね。そうだと思ったんだよ」

 

「あっ、でも何でもないから大丈夫だよ!」

 

 友奈は望乃も夏凜と同じことを聞こうとしているのだと思い、聞かれる前に否定する。

 

「私、今友奈ちゃんに起こっていること大体わかってると思う。勝手に知った私が言うのは大丈夫なのかな?」

 

 友奈は望乃の予想外の言葉に驚きを見せる。そして友奈は望乃の質問に答えるためゆっくりと頷いた。

 

「そっか~。良かった。友奈ちゃんは美森ちゃんからお役目を引き継いだんだよね? そして風ちゃんの事故もそれが関係してる」

 

「……」

 

 友奈は答えない。しかし望乃はそれを肯定と捉えて話を続ける。

 

「友奈ちゃんの体にあった烙印みたいなのがその印みたいなものなのかな。多分友奈ちゃんが言おうとすると、友奈ちゃんにしかわからない何かが見えるんだね。最初に友奈ちゃんが何かを言おうとした時、そんな感じだったからさ~」

 

「……」

 

 友奈はやはり何も答えない。友奈は辛そうな顔をしていた。

 

「辛い……よね。私もね、少し似たような時があったから少しだけ、わかるよ」

 

「似たような時?」

 

「うん。今起こっていることについて全部わかってて、誰かに言いたくても言えなくて……自分でどうにかしたくてもできなくて、ただみんなが傷ついたりみんなと一緒に入れなくなる日が来るのを見ていることしかできない……。私が精霊の時もそんな感じだったんだよ」

 

 そう言って望乃は笑う。

 

「でもやっぱり友奈ちゃんの方が辛いと思う。私はみんなを守れなかった罪悪感で合わせる顔がなくて閉じこもっちゃった時もあったしね」

 

 友奈は一度望乃が部屋に閉じこもって学校に来なくなった時のことを思い出した。

 

「望乃ちゃん……」

 

 すると、二人の間に沈黙が訪れた。望乃は何かを考えているようだった。

 そうこうしている内に、二人は友奈の家に到着した。望乃が友奈に貸していた肩を外して、ギュッと友奈に抱き付いた。

 

「友奈ちゃん。ごめんね」

 

「……何で望乃ちゃんが謝るの?」

 

「……私にとって勇者は友奈ちゃんだった。いつだって友奈ちゃんなら何とかしてくれるって思って、友奈ちゃんに任せっぱなしだった。美森ちゃんが暴走した時も、美森ちゃんを助けに行った時も……。それに比べて私は、みんなの力になりたいって言うだけで、何も守れてなかった。だから……ごめん」

 

 理由を聞いても、友奈には望乃の謝罪の意味が分からなかった。望乃が今までどれだけ頑張っていたのかを知っていたから、友奈には分からなかった。

 望乃は友奈を抱きしめていた腕を離して友奈に背を向けた。そしてスーッと大きく息を吸った。

 

「勇者部五箇条、ひと~つ。なせば大抵なんとかなる!」

 

 望乃が突然そう言って友奈の方に向き直した。

 

「だったら、私が何とかしてみせるよ」

 

「え? どういうこと?」

 

「今まで友奈ちゃんにはいっぱい助けてもらった。私が今ここにいられるのは友奈ちゃんや勇者部のみんなのおかげ。だから今度は……私が友奈ちゃんを救うよ」

 

 そして望乃は満面の笑みで言った。

 

「友奈ちゃん、だ~い好きだよ!」

 

 望乃は友奈の言葉も待たずに走り去ってしまった。

 

「望乃ちゃん!」

 

 友奈が呼びかけても望乃は止まることなく、友奈はその場に残されてしまった。

 友奈は以前夏凜が望乃に聞いた話を教えた時、いろんなことが重なりすぎて耳に入ってきていなかった。そのせいで望乃が何を考えているのかが分からなかった。

 

 そして友奈の前から去った望乃は自宅への道を走りながら、一つの覚悟を決めていた。

 



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隠されていた真実

 長くなりそうだったので分けました。


 東郷の呼びかけにより、勇者部は集合していた。先日友奈の最近の様子がおかしいと思った東郷は、友奈の部屋に侵入し一冊の本を見つけていた。それに関する話をするため当事者である友奈を除いた六人で集まるよう伝えていた。

 現在集まっているのは東郷、園子、風、樹の四人。あとは夏凜と望乃が来るのを待つだけだった。すると、そこに来客が来た。

 

「待たせたわね」

 

 しかし来たのは夏凜一人だけだった。

 

「望乃ちゃんは?」

 

「望乃は来ないって」

 

「どうして?」

 

 東郷が夏凜に詰め寄る。

 

「最近様子のおかしい友奈が心配だから一緒にいるそうよ。話については後で聞くって」

 

 東郷は全員で知るべきだと納得していなかったが、望乃もまた友奈を心配しての行動、その気持ちは理解できた。だから東郷は仕方なく了承した。

 東郷は机の上に視線を移した。机の上には東郷が友奈の部屋で見つけた『勇者御記』が置かれていた。その机を囲って立つ。

 

「これを友奈が書いたってことか」

 

「最近友奈ちゃんの様子がおかしかった、その原因が書かれていると思うんです」

 

「こんなもんが出てくるなんて……」

 

「私からもいいかな? 私もゆーゆが心配になって調べてみたんよ。最近みんなより早く帰ってたでしょ? 実は大赦に行ってたんだ。結論を先に言うと、ゆーゆの様子がおかしいのはね、ゆーゆが天の神の祟りに苦しめられているからなんだ。大赦の調べで、この祟りはゆーゆ自身が話したり書いたりすると伝染する。それが分かったの。だから……この日記は非常に危険なものなんだ……。それでもみんな、見る?」

 

 その問いに東郷が答えた。

 

「見るわ。友奈ちゃんが心配だもの」

 

 東郷の言葉に、他の三人も頷く。

 

「じゃあ読んでみよう。ゆーゆの御記を」

 

 勇者部が御記を読み始めた。それにはこう書かれていた。

 大赦の人に言われて日記をつけたこと。東郷の暴走時の戦いで体のほとんどを散華してしまったこと。勇者部が回復した体の機能は神樹様が作ったものだということ。全身を作られた友奈は『御姿』と呼ばれ、神に好かれている存在であること。だから東郷の代わりになることができたこと。友奈の体は壁の外の炎の世界がある限り治らず、今年の春を迎えられないだろうという状態であること。

 それより先は友奈の日記になっていた。

 

『一月七日、皆といると元気が出てくるけど、うつさないように気を付けなきゃ。食欲はなかったけど、甘酒が美味しくて喉が喜んでた。……でも、家で吐いちゃった』

 

『一月九日、吐き気はひどかったけど、部室にいると心がほわほわする。風先輩は温泉旅行を提案してくれたけど、今の私の裸を見たらみんながびっくりしちゃう。……とても行けない。ごめんなさい……』

 

『一月十一日、今日は調子がいい。しっかり休んでいるのが効いたのかも』

 

『一月十三日、胸がとても痛くて、なんだか頭がくらくらする。多分みんなと会話が成立してなかったかも……』

 

『一月十四日、いっぱい寝て、体力を回復させなくちゃ、でも、電気を消して寝るのが怖い。暗いのが怖い。そのまま暗いものに包まれてしまいそうで』

 

『一月十六日、今日は夏凛ちゃんを傷つけてしまった。でも絶対言うわけにはいかない。ごめんなさい……とても苦しい、体も痛い、心も痛い、ぐちゃぐちゃになりそう……。私はただ、みんなと毎日過ごしたいだけなのに……。望乃ちゃんとも話した。望乃ちゃんは私の体のこと知ってたみたいだけど、なにか考えてるみたいで少し心配……』

 

『……弱音を吐いたらダメだ、私は勇者だから頑張れ自分、結城友奈! 勇者はくじけない! とにかく、夏凛ちゃんと仲直りしたい。でも本当のことを話せない。どうすればいいんだろう。もうここでいっぱい書く。夏凛ちゃん、私、夏凛ちゃんのこと大好きだよ。夏凛ちゃん、本当にごめんね!』

 

 読み終えた東郷は怒りで震えていた。東郷は飛び出そうとするが、園子に止められた。

 

「止めないで! 全て私のせいじゃない! 天の神の怒りは収まっていなかった。私が受けるべき祟りなのよ!」

 

 

「日記に書いてあったでしょ! わっしーにうつっても、本人は祟られたままなんだよ!」

 

「大赦はまた、私たちに重要なことを黙って……」

 

 今度は風が怒りを露わにしていた。

 

「うかつに説明すると、みんなに祟りがいくかもしれないから話せなかったんだよ」

 

「友奈が……こんなに苦しんでるのに、私……ひどいこと言っちゃった……。ひどいこと言っちゃったよ……」

 

 夏凜が涙を流して先日のことをひどく後悔していた。

 

「……あの、このこと望乃さんも知ってたんですよね?」

 

 ずっと黙っていた樹がそう園子に聞いた。

 

「……全部知ってたわけじゃないと思うよ。コギーは大赦の助力を得られないから、自力で調べたんだろうね。多分、コギーはコギーだけの情報を持ってたか、コギーは精霊の時に言いたくても言えない状況にあったから、ゆーゆの様子がおかしいことにいち早く気付いたんだと思う。でも大赦と同じように、みんなに祟りがいく可能性があったから言えなかったんじゃないかな」

 

「……待ってよ」

 

 夏凜が涙を袖で拭いながら、重要なことに気付いてしまったかのように口を開いた。

 

「望乃は友奈の体のことを知ってた。そして私と別れた後の友奈と会って話してた。その時に望乃が考えたことって……」

 

 夏凜の脳裏には恐れていた出来事が浮かびあがる。そして夏凜は飛び出して行ってしまった。

 

「ちょっと、夏凜! どこ行くのよ!」

 

「コギーのところに行ったんだと思うよ」

 

「望乃……って友奈のところにいるんじゃ……」

 

「それはコギーの嘘だと思う。多分コギーは……精霊に戻ろうって考えてるんじゃないかな」

 

「ど、どういうこと?」

 

 園子は以前の夏凜の説明時にいなかった風と樹にその内容は手早く話した。

 

「……そんなことって」

 

「コギーがゆーゆの体のことを知っているなら、やりかねないと思うよ」

 

「そんなことさせないわよ!」

 

「私も、望乃さんのために!」

 

 それを知った勇者部は望乃を探すため、夏凜の後を追って飛び出した。

 夏凜は望乃を探しながら望乃の携帯に電話をする。しかし携帯の電源が切れているようだった。

 友奈の現状を先に知り、友奈の苦しむ姿を見た望乃がどう行動するかなんて、夏凜には簡単に想像できた。望乃は人一倍他人を大事にし、自分が傷つくことよりも他人が傷つくことが耐えられず、誰かのためならば自分を犠牲にすることもいとわない。小木曽望乃はそういう人間だった。

 

「バカなこと考えんじゃないわよ……」

 

 夏凜は電話を諦め、望乃を止めるために足を止めることなく走り続けた。

 

 

 

 

 一方、望乃は勇者部の予想通り、友奈の家とは別の場所へ向かっていた。

 夏凜に言った言葉は嘘だった。そうでも言わなければ一人になることなんてできそうになかったからである。望乃は心の中で夏凜や勇者部に何度も謝りながら歩いていた。歩いている内に目的地へ到着した。そこは歴代の勇者や巫女の墓がある墓場だった。そして望乃は二度訪れた三ノ輪銀の墓の前で立ち止まる。そして静かに一言言った。

 

「来たよ」

 

 望乃が一言呟くと、目の前に神の使いが現れた。

 

「本当にまた会うことになるなんて思わなかったよ。やっぱり、ここに来れば会えるんだね」

 

「俺に会いに来たということは、決めたのか?」

 

「……その前に、いろいろと教えてくれないかな。あなたの知ってること全部、嘘偽りなくね」

 

「……まるで俺が嘘を吐いてるかのように言うんだな」

 

「だってそうでしょ? あなたが神の使いっていうのも嘘なんだから」

 

「なぜそう思う」

 

「私はもう気付いたんだから。あなたの正体は……私、だね?」

 

 望乃のその言葉を聞いても、神の使いは黙ったままだった。望乃は構わず続ける。

 

「あなたの行動を見ればわかることだった。でもあなたが神の使いだって言うからそうなんだと思っちゃってたんだよ」

 

「……理由は?」

 

「きっかけはあなたが私に精霊のバリアを張った時。あれは失敗だったね」

 

「何かおかしかったか?」

 

 神の使いは分からないと言うように少し首を傾げる。

 

「おかしいよ。あなたは言ったよね? 精霊の力を使えてもおかしくないって。つまりあのバリアは精霊の能力ということ。おかしいと思わない? 精霊のバリアは精霊自身にバリアを張るものなんだよ。精霊は自身にバリアを張って自身が盾になることで勇者を守っていた。バリアを他者に張るなんてことできないんだよ!」

 

「たとえ精霊のバリアがそうだとしても、神の使いの俺がそれを応用したとは考えなかったのか?」

 

「それができるなら、わざわざ精霊のバリアとは言わないよね? 私が『バリアは?』と聞いたにもかかわらず、あなたは精霊の力だと言った。それはつい出てしまったものなんじゃないかな?」

 

「……まあ、仮にそうだとしよう。でもそれだけで決めつけるのはどうかと思うぞ」

 

 その言葉を聞いて、望乃はわずかに笑みを浮かべた。

 

「それだけじゃないよ。だってあなたが私なら、いろいろなことの辻褄が合っちゃうんだから」

 

 望乃は一度大きく深呼吸をしてから切り出した。

 

「まずはその姿。あなたが私なら同じように園子ちゃんの記憶があるはず。私と違ってコピー元を選べたんだろうね。そしてその記憶の中で使えるとしたら銀ちゃんくらいだもんね。他の人はまだ生きているからね。あなたが私の前にしか現れないのも私にしか用がないから。私なら私に意思を伝えたり私のところに移動できてもおかしくない。多分私とあなたは見えない何かで繋がっているんだろうね。そして精霊に戻れっていうのは、私とあなたでまた一つの私に戻るということ」

 

 望乃はそこまで言うと、大きく息を吐いた。

 

「何か異論ある?」

 

 腕を組んで聞いていた神の使いは真上を見上げた。そして組んでいた腕を解いて、降参と言わんばかりに腕を小さく挙げた。

 

「俺はお前と言い合う気はないし、こんなことに無駄な時間を使ってる場合でもない。仕方がないから素直に答える。お前の言った通りだ。俺はお前だ。まあ、一応もう一度自己紹介をしよう」

 

 そう言って薄く笑った。そして改めて自己紹介をした。

 

「俺の名は妖狐。小木曽望乃、お前から切り離された精霊の部分だ」

 



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寒い夜

 長くなりました。

 謎回収回です。


 二度目の自己紹介をした神の使い、もとい妖狐。妖狐は続けて言った。

 

「あと一つ付け加えておくと、俺は壁の内側では三ノ輪銀に関する場所にしか行けない。三ノ輪銀をコピー対象にしたからだろう。だからお前の来る可能性があったここに来るのを待っていたんだ」

 

「なんとなくそう思ってたよ。私にとっても園子ちゃんは特別な存在だったからね。それで、何で嘘を吐いてたの?」

 

「ただの性格だよ。俺が嘘を吐いたり騙したりすることが好きなだけ」

 

「私と全然違うんだね」

 

「お前と別れた時点で小木曽望乃という存在と妖狐という存在がこの世に生まれたことになる。性格も何もかもがお前のものだったから、空っぽだった俺に神樹様が性格を与えたんだよ」

 

「それがこれ、なんだ」

 

「結構気に入っているんだけどなあ」

 

「そういえばさ、前に夏凜ちゃんと来た時は現れなかったよね?」

 

「三好夏凜には知られたくなかったからだ。俺の目的はお前と一つに戻ること。それが困難になる勇者部、特に三好夏凜には知られないようにしていたんだ。まあ、結局はお前が教えてしまったんだけどな」

 

「そうなった原因はあなたの姿が夏凜ちゃんに知られたからなんだけど」

 

 望乃がそう言うと、妖狐はヘタクソな口笛で誤魔化していた。

 

「それからさ~」

 

 望乃が不満げに妖狐に言おうとしたが、妖狐によって遮られた。

 

「お前の言いたいことは分かってる。正体が明らかになったんだから、三ノ輪銀の姿をやめろと言いたいんだろ?」

 

「うん。前に『この姿以外に変えられない』って言ってたよね? 『変える』のは無理でも、『戻す』のはできるんじゃないかなって」

 

「そうだ。元の姿に戻ることはできる。主人がいたお前といない俺の違いだな。じゃあ、元の姿に戻ろう。でも声が勘弁してくれよ。他に声がないんだ」

 

 そう言って妖狐は元の姿へ戻ろうとする。

 

「あ……かわいい」

 

 その姿を見て望乃がボソッと呟いた。妖狐の姿は他の精霊のような姿ではなく、銀の姿に狐耳と尻尾が生えた姿になっていた。

 

「あれ? 間違えたな……って触ろうとするな!」

 

 ゆっくり近づく望乃を離すため、妖狐がもう一度元の姿へと戻ろうとする。

 今度は成功なようで、妖狐は他の精霊と同じような大きさの狐の姿になっていた。それを見て、望乃が目に見えて落胆する。妖狐の元の姿には大して興味はないようだった。

 そこで望乃が真剣な表情になる。

 

「じゃあ、本題に戻ろっか。友奈ちゃんが今どういう状態なのか詳しく。あなたの知ってること、包み隠さず全部教えて」

 

「……完全に把握したいのか。おそらく、お前には辛いものになると思うぞ」

 

「友奈ちゃんに比べたら大したことないよ!」

 

 それを聞いた妖狐は少し笑みを浮かべた。そして『勇者御記』に書かれていた日記以外の部分を望乃に伝えた。望乃は途中で口を挟みたくなっても堪えて、妖狐の話を最後まで黙って聞いていた。

 妖狐が話し終えると、望乃は小刻みに震えていた。

 

「……どういうこと?」

 

「お前は結城友奈の現状を知っていたんだろ? それなのにどういうことも何もないだろ」

 

「私が知っていたのは友奈ちゃんが美森ちゃんのお役目を引き継いで、そのことを言うことができないくらいだよ。だからいつか美森ちゃんの代わりに壁の外へ行かないといけないって思ってたんだよ。それ以外のことは知らないよ。何より私が聞きたいことは……」

 

 望乃は一度言葉を切った。望乃は拳を強く握りしめて、大声で言った。

 

「みんなの回復した体の機能が、神樹様が作ったものだってところだよ! 神樹様は私のお願いを聞いて、精霊を犠牲に返してくれたんじゃなかったの?」

 

「そのことか……。まあまず、そんなこと誰も言っていない。お前がそう勘違いしただけだ」

 

「神樹様は私のお願いを聞き入れてくれたんじゃないの?」

 

「何で神樹様が勇者でもないお前のお願いを聞かないといけないんだ……と言いたいところだけど、神樹様は一時的に勇者の一人だと考えたみたいだ。だからその時のお前のお願いを聞き入れることにした。でもお前が言った言葉のせいで今回のような形にしたんだ」

 

「私の?」

 

 望乃はその時自分が言った言葉を思い出そうとするが、最近いろいろとありすぎたため細かいところまでは思い出せなかった。

 その言葉が出てこない望乃を見かねて妖狐は正解を言った。

 

「お前はこう言ったんだ。『私たち精霊のことはどのようにしても構わないから、神樹様のために戦い続けた勇者たちに――幸福を!』と。そしてこの前半部分、これが余計だった。神樹様にとって精霊という存在は使い勝手が良すぎたんだ。精霊を自分のものにするために勇者たちの体を作り、尚且つ勇者の一人として頑張った小木曽望乃を人間にして、自我を持つ精霊小木曽望乃を厄介払いしたんだ。しかし小木曽望乃から妖狐を切り取ったというところまでは良かったんだが、そこで問題が起こった」

 

「……問題って」

 

「妖狐という精霊は小木曽望乃がいて初めて成り立つもので、俺だけでは精霊としてすら機能できないんだ。少しばかりバリアが張れる程度だ。だから神樹様は俺を小木曽望乃と一つになり元の精霊に戻すことにした。その時に俺の記憶にある三ノ輪銀の姿を与えてくださり、多少動き回ったり、話したりすることができるようになった。そして一度人間にしたというのに、戻すことになったお前のために『神の力』を授けてくださったんだ」

 

「……ねえ」

 

 話を聞いて事実を受け入れたのか、はたまた無理矢理平静を保っているのか、望乃が静かに聞いた。

 

「神樹様は精霊を何のために自分のものにしたの?」

 

「お前、少し精霊に戻った感じがあるだろ? それと同じだよ」

 

「……?」

 

 望乃には妖狐が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。

 

「……お前が精霊に戻った感じがしたのは『体重が変化しない』の一つ。壁の外で一回だけ起こったことは何だ? それが答えだ」

 

「? 私が精霊に戻ろうとしたのが原因じゃないの?」

 

「違う。答えは……満開だ」

 

「っ!」

 

「もう一つ問題だ。なぜ小木曽望乃が生まれてから二年もあったのに勇者システムは何一つ改善されなかったんだ? そしてなぜこの前突然改善されたんだ?」

 

「……大赦の人たちが頑張ったんでしょ?」

 

「違うな。改善したくてもできなかったんだ。最後にもう一つ、なぜ代償が必要だったんだ?」

 

「……神の力を振るった代償……だったよね」

 

「正解。それなのに、代償がなくなるなんておかしいと思わなかったか? 代償はちゃんとあったんだ。ただ勇者自身が払う必要がなくなっただけ。まあ、大赦はこのことを知らないだろうけど。……もう分かってるだろ? その代償は、精霊の生命力だ。勇者部の代償はお前が受けているようだ」

 

「私、まだ精霊じゃないよ」

 

「俺とお前は繋がっている。俺が受ければお前の受けることになるんだろう。今の小木曽望乃から何度か生命力を取られたらお前は精霊に戻る。しかしその方法で戻れば『神の力』はもちろん、元々のお前以下の力しか使えない。そして最終的にはお前の存在は消える。前にお前は長くないと言った理由がこれだ。結城友奈の件で満開が使われることは目に見えていたからな」

 

「……そっか。私はどうあがいてもみんなと一緒に居続けることはできないだね。みんなと一緒にいたいって迷ってた私が、バカみたいだ」

 

 望乃は目尻にうっすらと涙を浮かべていた。

 

「まあ、これくらいだな。どうせ一つに戻れば全てお前の頭に入る。……覚悟は決めたか?」

 

「そんなの、ここに来る前から決まってるよ。ちゃんと確かめたかっただけだから」

 

「一応言っておくが、精霊に戻っても結城友奈を救えるかもしれないというだけで、救えない可能性もあるぞ」

 

「それでも、何もしないよりかはましだよ。たとえ可能性が低くても、ゼロじゃないなら私は諦めたりしない!」

 

「……分かった。なら、こちらに向かって腕を伸ばしてくれ。体のどこかに触れれば可能なんだが、この方がそれっぽいだろ?」

 

 妖狐が姿を銀に変えて本物の銀のように笑って見せた。

 望乃は夏凜との約束を思い浮かべて小さく「ごめんね」と呟いた後、銀の姿をした妖狐に向かって腕を伸ばした。

 

「お前は精霊の分際で人間になろうとした身の程知らずだと言われ、結城友奈とは逆に神に嫌われている。そんなお前では、おそらく『神の力』を使えるのは一度だけだ。それから神の力を振るう以上、代償が存在する。その代償は――」

 

 妖狐は「それでもいいか?」と聞いてくる。代償の内容を聞いた望乃は嬉しそうに笑った。

 

「むしろ、それが代償で良かったよ~」

 

 その笑顔に妖狐は少し困惑したが、同じように笑って望乃に向かって腕を伸ばした。二人の手が合わさる直前、望乃が少し手を引っ込めた。

 

「どうしたんだ?」

 

「ねえ……最後に一つだけ聞いてもいい?」

 

「何だ?」

 

「その『神の力』っていうのは、人を生き返らせることって出来るの?」

 

「結城友奈が死亡した場合の話か? 残念ながらそれはできない。『神の力』は神樹様の力だ。神樹様にできないことをするのは不可能だ」

 

「…………そっか。ざ~んねん!」

 

「もういいか?」

 

「うん」

 

 再び互いに腕を伸ばす。そして二人の手が合わさった瞬間、二人の体が光った。その時、望乃が独り言のようにボソッと言った。

 

「私、銀ちゃんみたいになれるかな?」

 

 光が収まると、その場に立っているのは望乃一人になっていた。

 

 

 

 望乃を探していた夏凜は、走り疲れて歩いて捜索していた。日が落ちてきていたが、諦めることはなかった。園子から『もしかしたらお墓かも』という連絡を受け、以前望乃と来た道をうろ覚えで進んでいた。

 すると、こちらに向かって歩いてきている人影が見えた。近づくと、その人物が望乃であることがわかった。

 

「望乃! あんた……何よ、その髪。何で、髪が戻ってんのよ!」

 

「あれ? 夏凜ちゃん? あ~、友奈ちゃんの家に行くって言ったの、嘘だってバレちゃったか~。ごめんね、嘘ついちゃって」

 

「そんなことよりも、その髪は?」

 

 夏凜が望乃に詰め寄って問いただす。

 望乃の髪は精霊時の髪色、つまり園子と同じ髪の色になっていた。長さや髪型は精霊時と同じ。違うのは夏凜からもらったヘアピンを付けているということくらいだった。

 

「……私、精霊に戻ったんだ。だから髪も――」

 

「ふざけんな! 約束したでしょ? 何があっても精霊に戻らないって約束したでしょ? あんたはそうやって、いつもいつも!」

 

 望乃に飛びかかりそうな勢いで言う夏凜を誰かが止めた。

 

「落ち着きなさい、夏凜!」

 

 夏凜を止めたのは風と、友奈を除いた勇者部メンバーだった。勇者部は望乃の髪を見て、驚きを見せた。

 

「コギー、精霊に戻ったの?」

 

「うん」

 

「それってゆーゆのため?」

 

 その言葉を聞いて、望乃は勇者部全員の顔をうかがう。

 

「そっか~。みんなも友奈ちゃんのこと、知ったんだね。その通りだよ。友奈ちゃんを助けるために私は精霊に戻ったんだ。……いつか、美森ちゃん言ったよね?」

 

「え?」

 

「みんなが傷付くのを黙って見てるなんてできないって。私も同じ。傷付いたり苦しんだりするみんななんて見たくない。だから私がなんとかする」

 

「それは……」

 

「でも、そうしたら望乃さん、消えちゃうんですよね?」

 

「そうだね。でも仕方のないことだよ。どうせ誰かが犠牲になるなら私以外にいないでしょ?」

 

「私は誰も犠牲になんてしたくないのよ!」

 

「風ちゃん……」

 

「……望乃」

 

 そこで夏凜が声をあげた。

 

「夏凜ちゃん、約束破ってごめんね」

 

「相談くらいしなさいよ」

 

「言ったら絶対に止めるでしょ?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「夏凜ちゃんも友奈ちゃんが心配でしょ? 私は大切なお友達の力になりたかったんだよ」

 

「私だってそうよ! 私だって……友奈の力になりたい。でもそれと同じくらいにあんたを、死なせたくない! 大切な友達を死なせたくないのよ!」

 

「……そんなに悲しむ必要はないよ。人間になりたいなんて思った私がバカだったんだよ。最初から私にみんなと一緒にいる資格なんてなかったんだよ。だって私は……勇者じゃないんだから」

 

「っ!」

 

 望乃がそう言った瞬間、パァンと乾いた音が響き渡った。それは、夏凜が望乃にビンタした音だった。

 

「二度とそんなこと言うな」

 

 望乃は理解が追いつかないのか、叩かれた頬を抑えて硬直していた。そして望乃はその状態のまま言った。

 

「でも、事実だよ」

 

 その言葉が夏凜の沸点を超えてしまい、夏凜が再びビンタを振りかぶる。本気で叩こうとしていた夏凜を、勇者部四人で止めた。しかし頭に血がのぼった夏凜はあらぬことを望乃に言ってしまった。

 

「あんたなんか、嫌いよ! もう、帰ってくんな!」

 

 望乃はその言葉をそのまま受け取ってしまい、少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

「……夏凜ちゃんがそう言うのも仕方ないよ。でも、私は大好きだよ」

 

 望乃は俯いて表情の見えない夏凜を一目見てから走り出す。

 

「ちょっと、望乃!」

 

「コギー!」

 

 風と園子が呼びかけると、走って距離のあいた状態で立ち止まる。

 

「コギー、一つ教えて! コギーはどれだけの時間が残されてるの?」

 

「……『神の力』を使うまでだと思う」

 

 それだけ言うと、望乃は再び走り出し、あっという間に見えなくなった。

 

 

 

 その後、勇者部の面々にいろいろと言われたりしたようだったが、夏凜の耳には一切入ってこなかった。

 自宅へ戻ってきた夏凜は、おそらく望乃が出かける前に用意した二人分のご飯の片方だけ食べ、風呂に入って、布団にもぐった。

 随分と久しぶりの望乃がいない我が家は少し広く感じた。望乃がいないご飯は寂しく感じた。一人で使えるいつもより広いベッドは、いつもより寒く感じた。

 

「私、何であんなこと言っちゃったんだろ……。友奈たちに出会って、少しは素直になれたと思ったのに……」

 

 思い出すのは望乃に言ってしまった言葉。その後悔が夏凜の頭を支配していた。

 目をつぶるとその時の光景が思い浮かぶ。早く何とかしたい。精霊に戻った望乃と一緒にいられる時間はもう長くない。何とかしないと……そう考えている内に、夏凜は眠ってしまっていた。

 

 

 

 一方、望乃はその夏凜の家の近くに来ていた。夏凜と考えていることは同じだった。でも望乃はその場から離れた。

 

「夏凜ちゃんに嫌われるのは予想外だったけど、これはこれで良かったのかな」

 

 ハア、と望乃が白い息を吐く。

 

「精霊に戻ったおかげで、一日中外にいても問題ないけどちょっと寒いな」

 

 望乃は立ち止まって夜空を見上げた。

 

「私がもっと早く精霊に戻っていれば、友奈ちゃんはあんなに苦しまずに済んだかもしれない。私が自分のことを優先したばっかりに、友奈ちゃんもみんなも苦しむことになった。全部、私が悪いんだ。だから私が……友奈ちゃんも、美森ちゃんも、風ちゃんも、樹ちゃんも、園子ちゃんも、夏凜ちゃんも、みんなが笑って暮らせる世界を作ってみせる!」

 

 望乃はそう、夜空に向かって宣言し、誓ったのだった。

 




 今回の望乃と夏凜はやりたかったことの一つです。
 東郷さんがあまり喋らなかったのは友奈のことを考えているからと思ってください。

 もしも矛盾があっても気にしない方向で……。


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失いたくないもの

 必要なところばかりで、全然カットできない……。


 ある日、友奈の家に大赦の人がやってきていた。そして友奈に頭を下げていた。

 

「あ、あの、頭を上げてください。今日は何の用でしょうか」

 

「友奈様に急ぎお知らせしなければならないことがあります。私たちを三百年の間守ってくださった、神樹様の寿命が近付いております。神樹様が枯れてしまわれれば、外の炎から守る結界がなくなり、我々の暮らすこの世界は炎に飲まれ消えてしまいます」

 

「消え……る……」

 

「人間を全滅させるわけには参りません。全滅を免れ皆が生き伸びる解決法を、我々は見つけております」

 

「あの、これって勇者部全員で聞いた方が……」

 

「まずは、友奈様にだけお話を……皆が助かる方法は一つ。選ばれた人間が神樹様と結婚するのです」

 

「えっ、結婚? 結婚って……あの結婚ですか?」

 

「神との結婚を神婚と言います。神と聖なる乙女の結合によって、世界の安寧を確かなものとする儀式。それが神婚」

 

「あの、それだとみんな助かるん……ですか?」

 

「はい。神婚する事で新たな力を得て、人は神の一族となり皆永久に神樹様と共に生きられるのです。ご理解頂けましたでしょうか? 神婚した少女は、死ぬという事です。そして神婚の相手として、神樹様は友奈様を神託で示されました」

 

「な……何で私を……」

 

「心も体も神に近い存在。御姿だからです。私達大赦は人類が生き延びる為に、様々な方法を模索し続けてきました。そして、神婚という選択肢のみが残されたのです」

 

「私、友達を傷付けちゃって……」

 

「皆を慈しむ心。友奈様は素晴らしい勇者であると私は思います。その友達を、人間を救う事が出来るのは友奈様だけです」

 

「神婚したとして……その……人が神の一族になってずっと生きるって言うのは……」

 

「言葉通りの意味です。我々を神樹様に管理して頂く優しい世界……人は死んでしまえば終わりですが、神の眷属となり神樹様と共に生きていけば希望が持てます」

 

「それってみんな、ちゃんと人間なんですか?」

 

「神の膝下で確かに存在できます。信仰心の高い者から神樹様の下へ……どうか、この世の全ての人々をお救い下さい。慈悲深い選択を」

 

 友奈は大赦の人に言われたことを考えて、勇者だから、どうせ祟りに消えてしまう命ならみんなのために使いたい、と神婚することを決めた。

 

 

 

 朝、夏凜はいつもより少し早い時間に一人で登校していた。望乃がいない朝は、余るくらいに時間ができる代わりに静かな朝だった。

 一人で登校する夏凜の近くに白い車が止まった。その車から出てきたのは園子だった。

 

「にぼっしー、一緒に登校しようぜ~」

 

「あんた、いっつも車で登校してるくせに何で……」

 

 夏凜はそこまで言って気付いた。園子がわざわざ止まったのは望乃に関しての話があるからだと。それを理解した夏凜は園子の誘いを受けることにした。

 しばらく肩を並べて歩いた後、園子が口を開いた。

 

「ねえにぼっしー、このままでいいの?」

 

 夏凜はそれが望乃とのことだとすぐに理解した。

 

「別に、望乃なんか……」

 

「ゆーゆのことだよ?」

 

「え?」

 

 夏凜がカーッと顔を赤くする。

 

「冗談だよ~。コギーのことで合ってるよ」

 

「あ、あんたねえ!」

 

「で、どうなの? 私はにぼっしーの本音が聞きたいな」

 

「……このままで、いいわけないでしょ。でもどうしたらいいのかわからないのよ。今まで、望乃と喧嘩とかしたことないし。私が言い過ぎたりして少し気まずくなった時も、いつも望乃から話しかけてきてたから……」

 

「念のために聞くけど、コギーに言ったあの言葉、本気で言ったんじゃないよね?」

 

 園子が言っているその言葉とは、夏凜が望乃に最後に言った『大嫌い』という言葉のことである。

 夏凜はコクンと頷いた。

 

「だからまずはそのことを――」

 

「コギーはあの言葉が本気じゃないってわかってるよ」

 

 園子が夏凜の言葉を遮った。夏凜は驚いた表情で園子を見ていた。

 

「あの後、コギーに電話したんだよ」

 

 園子はその時の会話を夏凜に話した。

 

『どうしたの? 園子ちゃん』

 

『コギー、さっきにぼっしーが言ったことなんだけど、本気じゃないと思うんだよ』

 

『うん、そうだろうね。夏凜ちゃんってけっこう勢いで言っちゃう時あるからね~』

 

『わかってたの?』

 

『これでも勇者部で私が一番夏凜ちゃんと付き合いが長いんだよ!』

 

『だったらさ……』

 

『園子ちゃんには悪いんだけど、仲直りするつもりはないよ』

 

『……これは命令だよ』

 

『それでも私の意見は変わらないよ』

 

『何で?』

 

『確かにね、悪いのは私。二人の約束を破っちゃったんだから、夏凜ちゃんが怒るのもわかるよ。私がやったことは、私と夏凜ちゃんの約束に対する裏切りだったんだから。だけど私は……夏凜ちゃん隣には相応しくないから。私には夏凜ちゃんと一緒にいる資格なんてないんだから』

 

『……また、人間じゃないとか精霊だとかそういう話?』

 

『それも半分くらいはあるよ。でも今話してることは違う。園子ちゃん、私はね……親友だって言ってくれた夏凜ちゃんに、何度も嘘を吐いたり、隠し事をしたりしてたんだ。しかも自分の意志で……。そんな私が夏凜ちゃんといていいわけがない。私はみんなが思ってるような良い子じゃないし、それどころか最低な人間、いや最低な精霊だったんだよ』

 

「そこでコギーは電話を切っちゃったんだよ」

 

 園子は続けて言った。

 

「コギーは戻ったって言ってたけど、前と同じってわけではないと思う」

 

「どういうこと?」

 

「コギーが精霊に戻ったなら、主人は私のはず。前のコギーなら主人である私の命令は絶対的なもので、断ることなんてできなかった。だけどコギーは私が命令だって言っても断った。多分だけどさ、コギーはもう誰かの代わりでも、誰かに従ってるんじゃない。小木曽望乃っていう一人の人間なんじゃないかな。そう考えたら、何とかなるかもって思わない?」

 

「……そうね。望乃の思い通りになんて絶対させないんだから!」

 

 そう言う夏凜の目には光が戻っていた。それを見て、園子は嬉しそうに笑った。

 

「ゆーゆのことも心配だけど、コギーは止められるのはにぼっしーだけだと思う。私も協力するからね!」

 

「あ、じゃあさ、一つ頼みがあるんだけどいい?」

 

 

 

 その日の望乃は遅刻して学校に来た。望乃は髪が見えないほどにニット帽を深く被っていて、その帽子は授業中でも頑なに取ろうとしなかった。夏凜とも目を合わさないようにしていた。

 そしてその日の放課後、勇者部は部室に集まっていた。望乃は夏凜と距離を離していた。

 友奈は先日の大赦の人との話を勇者部に話した。

 

「いや怪しいでしょ! 何引き受けようとしてんの!」

 

「違うと思います!」

 

 話を聞いて反応したのは風と樹だった。

 

「今のみんなの反応で分かるでしょ? 友奈ちゃんの考え方が間違ってる事が」

 

「東郷さん……」

 

「それにしても大赦め……。友奈! 私たちもついて行ってあげるから、ばしっと断りなさい!」

 

「場所は私が教えるよ」

 

「もう我慢ならない……」

 

「行くわよ! 一度潰した方が良い組織になるかもね」

 

「待って! 私は、神婚を引き受けるって……」

 

「その必要はないんだって!」

 

「だって、死ぬんでしょ?」

 

「友奈ちゃんがそんなことする必要はないよ」

 

「訳分からない! 生贄と変わらないじゃない!」

 

「神樹様と共に生きるって何なのかな……」

 

「少なくとも、今までと全く一緒ってことはないだろうね」

 

「とても幸せな事だとは思えないわ」

 

「でも! 私が神婚しないと、神樹様の寿命が来て世界が終わっちゃうんだよ!」

 

「神樹様の寿命は分かるけど、でも、だからって友奈が行く必要はないでしょ!」

 

「友奈ちゃんが行くくらいなら、私が犠牲になるよ」

 

「望乃はちょっと黙ってて!」

 

 友奈は胸のあたりをギュッと抑えた。

 

「勇者部は人の為になる事を勇んで行う部活、でしたよね? これも勇者部だと思うんです……。誰も悪くない。世界を守る為に他に選択肢がないなら……それしかないなら……私は勇者だから……」

 

園子が友奈に近付いて、友奈の肩に手を置く。

 

「ゆーゆ、それしかないって考えはやめよう? 神樹様の寿命がなくなるまでの間に、もっと考えれば良いんだよ……」

 

「だめなんだよ……。考えるって言っても……私にも、もう時間がなくて……はっ!」

 

 友奈は何かに気付いて、しまったと言うような表情を浮かべる。

 

「私たち知ってるわ。友奈ちゃんが天の神からの祟りで、体が弱っている事を」

 

「大体おかしいです! 何で友奈さん一人がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!」

 

「でもね樹ちゃん。私は嫌なんだ……。誰かが傷付く事、辛い思いをする事が……。それが今回は、私一人が頑張れば……」

 

「だめよ! 友奈ちゃんが死んだら、ここにいる皆がどれだけ傷付いて辛い思いをすると思っているの! 私、想像してみたけど……後を追って腹を切っているかもしれない!」

 

「で、でも……東郷さんだって……みんなを守る為に火の海に行ったでしょ」

 

「そうよ! でも壁を壊した私の自業自得でもあるのよ! 友奈ちゃんは悪くないじゃない! 反対よ! 腹を切るわよ!」

 

「望乃ちゃんだって……」

 

「私はまあ、そうだね。でもだからって友奈ちゃんの言ってることに賛同するわけじゃないよ」

 

「私と前の望乃ちゃんは状況が似てるって言ってたでしょ。だったら、望乃ちゃんには私の気持ちが分かるんじゃないの?」

 

「状況は似てても全然違うよ。勇者の友奈ちゃんと精霊の私が同じ結果になっていいわけないでしょ。友奈ちゃんは死なせない。だって私はそのために……」

 

 望乃はそこで言葉を切り、頭のニット帽を取った。

 

「――こうなったんだから」

 

「……え? その髪……」

 

「うん、私精霊に戻ったんだ。これを言ったら友奈ちゃん、自分を責めそうだから言わないでおこうって思ってたんだけど」

 

 友奈は前に望乃と二人で話した時のことを思い出した。友奈は再び胸のあたりをギュッと抑えた。

 

「友奈さんが言うように、勇者は皆を幸せにする為に頑張らないといけないと思うんです」

 

「そうだよ。だから私頑張ってるよ……」

 

「みんなっていうのは、自分自身もそこに含まれているのよ! 友奈! 望乃も!」

 

「私も? あのね、風ちゃん。精霊っていうのは勇者を守るための存在なの。そんな私が勇者を守ろうとして何がおかしいの?」

 

「だから、精霊とかそういうのはやめなさいって!」

 

「ゆ、勇者部五箇条、なるべく諦めない! 私は皆が助かる可能性に懸けているんだよ!」

 

 友奈が絞り出すように言った。

 

「あんたが生きる事を諦めているじゃない!」

 

「勇者部五箇条、なせば大抵なんとかなる! なさないと何にもならない!」

 

「友奈! 五箇条をそういう風に使わない!」

 

「私は、私の時間がある内に……私のできる事をしたいんです。だからこうしてみんなにきちんと相談しました!」

 

「これじゃ報告だよゆーゆ……。コギーもだけど、相談しなきゃ……」

 

「何で私にも……?」

 

「コギーはいつも事後報告だから」

 

 図星をつかれて望乃はバツが悪そうに黙ってしまった。

 

「私は相談してるよ!」

 

「友奈……その……とにかく、無理すんな……」

 

「無理してないよ! 勇者らしく、私らしくしてるよ!」

 

「友奈! みんながここまで言って、まだ分からないの?」

 

「だから! 他の方法がないからこうなっているんです!」

 

「何で……何でこんな……喧嘩なんて……」

 

 そこで樹が泣き出してしまった。

 

「私は……私には……本当に時間がなくて……」

 

 その瞬間、友奈の目に勇者部の胸のあたりに烙印が見えた。そして友奈は部室から出て行ってしまった。

 園子が勇者部を見ると、目を見開いて言った。

 

「コギーがいない!」

 

「え?」

 

 その言葉を聞いて、望乃のいた場所を確認する。そこに望乃はいなくなっていた。閉めていたはずの部室の窓も開いていた。

 

「コギー、私たちがゆーゆに気を取られている間にそこの窓から出て行ったんじゃないかな?」

 

「望乃のやつ、また……」

 

「今のコギーは自由にバリアが使える。窓から出て行っても問題がないはずだよ」

 

「……望乃のところには私が行くわ」

 

「夏凜、あんた……」

 

「私からもお願いするよ。コギーを止めるにはこうするのが一番だと思うんだよ」

 

 夏凜が望乃を止める方法を言い、風は渋々了承した。

 

「みんなは友奈をお願い」

 

 夏凜はそう言ってから勇者に変身して、窓から出て行った。

 

 

 

 部室を出た望乃は、人気のないところに移動して指を鳴らす。そうすると、望乃は園子の勇者服と同じものを着た姿になった。そしてそのまま壁の外の方へ向かう。

 その近くに到着したその時だった。

 

「待ちなさい!」

 

 後ろからそんな声が聞こえてきて、足を止める。その人物は望乃の前に着地する。

 

「……夏凜ちゃん」

 

 それは現在喧嘩中の夏凜だった。

 

「望乃はこっちに来るって思ってたわ。望乃、あんたをこの先には行かせないわ」

 

「どうして夏凜ちゃん一人で来たの?」

 

「私がそう園子に頼んだのよ」

 

「夏凜ちゃんは友奈ちゃんを救いたくないの?」

 

「救いたいわよ。当たり前でしょ。でもあんたのことも失いたくない。あんたが友奈を死なせたくないのと同じよ」

 

「……夏凜ちゃん、私のこと嫌いじゃなかったの?」

 

「分かってるんでしょ? 園子に聞いたわ」

 

 望乃は夏凜のいる壁の外の方へ歩を進める。

 

「友奈ちゃんは今すぐにでも神婚しようとしてると思う。友奈ちゃんがそんな結論をしちゃったのは祟りのせい。だから私が友奈ちゃんの祟りを消してみせる! たとえどんなことがあっても!」

 

「あんたがそうしたいならそうすればいい。でも……」

 

 夏凜が刀を出して望乃の目の前に持っていき、望乃の足を止めさせる。

 

「私が力づくででも止めるけど。……望乃、この先に行きたいなら私を倒してから行きなさい」

 

 夏凜は後ろに少し飛んで望乃と距離を離し、もう片方の手にも刀を出して構えた。

 

「勝負よ、小木曽望乃!」

 

「……わかったよ、夏凜ちゃん。夏凜ちゃんがそれを望むなら……勝負するよ」

 

 そう言って望乃は自身の武器を出す。

 望乃が出した武器は、園子の槍の刃の部分が夏凜の刀になっているものだった。

 それを見た望乃は少しだけ笑みを浮かべた。

 

「先に言っておくけど、神の力を使うのはなしよ」

 

「だったら、夏凜ちゃんも満開使うのなしだよ~」

 

「分かってるわよ」

 

 少しの間沈黙が続いた後、夏凜が仕掛けて望乃に刀を振るう。望乃がその攻撃をいとも簡単に防いだ。

 こうして、望乃と夏凜の最初で最後の全力勝負が始まった。

 




 次回は一番やりたかった、望乃VS夏凜です。

 二人以外の出番はない予定です。


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君の笑顔

 前半は前作の『託された望み』の話での夏凜視点のようなものです。


 勇者候補の一人として選ばれた私、三好夏凜は勇者になるために日々鍛錬を積んでいた。友達なんて必要ない。仲間なんて必要ない。ただただ一人で鍛錬を重ねていた。

 私は他の誰よりも努力していたと思うし、誰にも負けない自信があった。

 そんな時だった。小木曽望乃が目の前に現れたのは……。

 

 突然見つかった勇者候補が私の鍛錬に合流する。大赦にはそう聞かされた。どういうやつなのか見当もつかなかった。

 実際に現れたそいつを見て、拍子抜けした。そいつは勇者としての自覚なんて欠片もなさそうな、のほほんとしたやつだったからだ。さらに、「友達になろう」なんてふざけたことを言う始末。そのくせ、私よりも強いだなんてたまったものじゃなかった。だから私は、いつか必ずそいつ――小木曽望乃に勝つことを誓った。

 その頃の私は小木曽望乃のことが、大がつくほど嫌いだった。

 

「ねえ、ねえ~」

 

 小木曽望乃は毎日のようにある鍛錬の度に話しかけてきていた。

 私がどれだけけんか腰に言っても、そいつは怒りもせずに笑顔で話しかけてきていた。見ててイラつくから早く勝とう、と思っても私が小木曽望乃に勝つことはできなかった。

 

「またね~」

 

「……うん」

 

 小木曽望乃と接している内に、少しずつ言葉を返すようになってしまっていた。彼女のことが嫌いなのに……。

 答えは明白だった。

 小木曽望乃が良い人間だったからだ。勇者候補に選ばれるのも頷けるほど、良い人間だった。誰よりも優しく、誰よりも強く、そして相手が誰であっても見捨てることはしない。少なくとも私より勇者らしい人物だった。

 だからこそ、一緒にいたくなかった。自分の存在価値がなくなってしまいそうで……。

 

 小木曽望乃と出会って、一カ月以上の時が過ぎた。

 ずっと溜めてたものがあふれ、聞いてしまった。

 

「何であんた、そんなに私に執着するのよ」

 

「? 友達になりたいからだけど」

 

「友達がほしいんだったら他にも人はいるでしょ! なのに何で私なのよ」

 

「夏凜ちゃんと会って、夏凜ちゃんと話して、私はこの子と仲良くなりたいなって思ったからだよ~」

 

 小木曽望乃は汚れを一切知らないであろう純粋でまっすぐな瞳でそう言って笑った。あまりにもまっすぐ過ぎて少し戸惑った。

 

「……何よそれ。全然理由になってないじゃないの」

 

「私は夏凜ちゃんっていう人を見てそう思ったんだよ~。だから他の人じゃ務まらない。立派な理由だと思うけどな~」

 

 他の人じゃ務まらない。その言葉を私はどこかで欲していたのかもしれなかった。でもそれを認めるのが嫌だった。

 

「他の奴と接してないからそう思うだけでしょ」

 

 だから私はその場から、小木曽望乃から逃げようとした。しかし小木曽望乃に抱き付かれて逃げられなくなってしまう。

 

「逃げないでよ」

 

 その言葉に少しドキッとした。しかし私は虚勢を張って誤魔化した。

 

「……誰が逃げてるって?」

 

「夏凜ちゃんがだよ。だっていっつも私と目を合わせてくれないじゃん。私を避けようとしてるじゃん」

 

「それは、あんたが嫌いだから――」

 

「だったら何で普通に話してくれてるの?」

 

「……っ!」

 

 その通りだった。私は小木曽望乃を避けようとしていた。嫌いだったはずなのに、少しずつ好きになってきているのを認めたくなかったのだ。

 

「夏凜ちゃん、私は夏凜ちゃんのことちゃんと見てるから。夏凜ちゃんが本当に私を嫌うその時まで一緒にいるから。だから、夏凜ちゃんの隣にいさせて!」

 

「うるさいわね! あんたに私の何がわかるのよ!」

 

 全て分かってるかのように言う彼女に、いら立ってしまった。私の何が分かるのか、いつものほほんとしてるくせに、と。私はつい強く返してしまった。

 それでも彼女は怯まなかった。

 

「わからないよ。私には、夏凜ちゃんのことをわかるなんて間違っても言えない。だけど、一つだけわかるよ」

 

 その後の言葉が私の心を強く刺激した。

 

「夏凜ちゃん。一人は……寂しいよ。だからお友達になりたいな」

 

 小木曽望乃が言ったその言葉は今まで以上に実感のこもった言葉だった。

 まるで、過去にそのようなことがあったかのように。

 そして同時に私はこう思った。

 

 ――小木曽望乃を一人にさせたくない。

 

 この日、私と望乃は友達になった。そして私は、この先どんなことがあろうとも、望乃を一人にはさせないことを誓ったのだ。

 

 

 

 望乃は自分のことをあまり話さない。しかし話している内に少しずつ分かってきた。

 よく食べることや仲の良い相手には抱き付くことなどがそうである。

 望乃が自分自身のことを「勇者から一番遠い」と言っていたことは少し頭に来た。あんたが無理なら私はどうなるのか、と。

 望乃は私にとって理想の勇者だった。それは友奈たちと出会って友達になってからでも、望乃の正体が精霊だと知った後でも、変わることはなかった。

 辛い事実を知りながら、それでも笑顔であり続け、自分を犠牲にして友を救おうとしたのだから、当然だった。

 そんな望乃でも、当然悩みはする。そんな時、私はいつも勝負を仕掛けていた。それ以外の方法が思いつかないからである。

 もちろん手は抜かない。望乃が悩んでるような時、そうでない時、何度望乃と勝負をしたかは覚えていない。一つ覚えているのは、その全てが私の負けだったこと。でも昔ほど悔しくはなかった。

 なぜなら、勝負の後は望乃が笑顔を向けてくれたから。向けられた私も笑顔になれたから。

 これが私だけが知る、望乃を笑顔にできる方法だった。

 私はただ、望乃の笑顔が見たいだけだった。

 そのために私は望乃と戦う。何度でも。

 

「はあああああ!」

 

 ガキンと刃と刃がぶつかり合う。

 現在、夏凜は精霊に戻った望乃と戦っていた。二人は相手ができるだけ傷付かないように刃を返して戦っていた。

 夏凜が望乃との距離を詰めて右手に持つ刀を望乃に向けて振りかぶる。望乃は一歩下がって夏凜の攻撃を防ぐ。そこに夏凜がもう片方の刀で無防備になっているわき腹辺りを狙う。望乃は夏凜の刀を防いだまま柄の位置を変え、柄の部分でもう一つの攻撃を防いだ。そして二つ同時に押し出して、夏凜を突き飛ばした。

 望乃が使う武器は、刃は刀ではあるがほとんど槍と変わりはない。つまり、中距離型の武器だ。そのため、夏凜は近距離型の武器である自分が有利になるように、距離を詰めて細かい動きの攻撃を中心に攻撃していた。それにもかかわらず、望乃は細かい動きの攻撃にもついてきて、夏凜の攻撃はすべて防がれていた。

 今まで何度と行ってきた勝負と同じだった。そのことが夏凜はとてつもなく嫌だった。

 望乃が竜巻を作り、それで夏凜に攻撃しようとする。

 

「その武器でもそれ作れるの?」

 

 そう言いながら夏凜は横に躱す。躱した先に望乃がそれを予期していたかのように武器を投げた。夏凜はなんとかそれも躱し、武器を取りに近付く望乃に攻撃するが紙一重で避けられてしまい、武器を手に取った望乃は夏凜の方向に武器を振るった。夏凜はその攻撃を右の刀で受け止め、とっさに左の刀を望乃に向かって投げた。予想外の出来事に、望乃は反射的に避けるが、頬をかすめたようだった。避けたことで力が弱まった望乃の武器を夏凜が弾いて、そのまま攻撃する。弾かれた望乃も、負けじと攻撃する。その攻撃は互いのわき腹あたりに当たり、二人は距離を離した。

 

「夏凜ちゃんが刀を投げてくるのは予想外だったよ」

 

「何度あんたに負けてきたと思ってんのよ。次にどう攻撃してくるかくらい分かるわよ。あんたこそ、よくあの状況でカウンターなんてできたわね」

 

「無意識にやっただけだよ」

 

 二人は攻撃を受けた辺りを手で押さえながら話す。

 

「ていうか何であんた、バリア張らないのよ」

 

 夏凜が少し不服そうに言う。

 

「美森ちゃんの時と違って、これは私と夏凜ちゃんの『勝負』なんだから、フェアじゃないといけないでしょ? 私も夏凜ちゃんにバリアが張られないように戦ってるし、精霊のバリア抜きの方が早く終わるだろうしね」

 

「あんた、手加減してるの?」

 

「手加減してるわけじゃないよ。精霊のバリアが出ないように攻撃してるだけ」

 

「……それでも勝てるってこと? 舐めてんじゃないわよ。確かに私はあんたに勝ったことなんてない。全戦全敗よ。でも、私は、今回ばかりは負けるわけにはいかないのよ!」

 

「私だって負けられない。 夏凜ちゃんには悪いけど、もう終わらせるよ」

 

「やれるものならやってみなさい!」

 

 夏凜は左手に刀を出しながら全力で前進する。そして両腕を頭の上でクロスさせて望乃を切り付けようとする。しかしその瞬間、望乃が武器を大きく振るって夏凜の刀を折った。

 

「っ!」

 

 そして望乃は瞬時に夏凜の横側に移動して、夏凜の首元に精霊のバリアが張られない程度の力で峰打ちした。

 

「……ごめんね、夏凜ちゃん」

 

 夏凜は望乃の攻撃でその場に倒れた。

 

「夏凜ちゃんは何回も負けてきたから、私がどう攻撃するかわかるって言ったけど、夏凜ちゃんが負けてきた分だけ私が勝ってきたんだから、私だってどうすれば夏凜ちゃんに勝てるかわかってるんだよ」

 

 望乃は倒れた状態の夏凜に向けて少し微笑んだ。

 

「バイバイ、夏凜ちゃん」

 




 戦闘シーンちょっと少なかったかな、なんてことを思ってしまいますが、一応裏で勇者部が話を聞いているところなので、こんなものかなと思います。

 次回、東郷さんたちと合流します。


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小木曽望乃は

 倒れた夏凜に別れの言葉を告げた望乃は、当初の予定通り友奈を救うため夏凜に背を向けて壁の外へと歩を進める。自身の武器も消し、友奈を救う方法を考えていた。

 その時だった。

 

「ふざけんじゃ、ないわよ……」

 

 後方からそんな声が聞こえた。望乃がその方向に振り返ると、夏凜が突進してきた。

 

「望乃ーーーー!」

 

 考え事をしていた望乃は反応が遅れ、避けることができなかった。

 夏凜はその勢いのまま望乃とぶつかり、二人してゴロゴロと転がった。そして夏凜が上の状態で止まり、夏凜は体を起こして望乃に馬乗りになった状態となった。

 夏凜は肩で息をしていた。

 

「夏凜ちゃん、どうして……」

 

「言ったでしょ。あんたが次にどう攻撃してくるかくらい分かるって。あんたが最後にどこに攻撃するのかもね。防ぐ余裕はなかったから、体を捻ってダメージを減らしたのよ。それでも気絶しかけたけどね」

 

「……そっか~。私、勝ったって思っちゃったよ~」

 

 望乃はそう言いながら手に武器を出そうとしたが、夏凜に手を膝辺りで固定され動かせなくなってしまう。

 

「っ!」

 

「お見通しよ! どう? これで私の勝ちでしょ? 不意打ちで卑怯なんて言わないでよ。あんたが勝手に勝ったって勘違いしただけなんだから!」

 

 夏凜は望乃に笑顔を見せていた。

 

「そう……だね」

 

 反対に望乃は少し複雑そうな表情を浮かべていた。それを見た夏凜の表情は曇ってしまった。

 

「何で……」

 

「……え?」

 

「何で、笑わないのよ。勝負の後はいつも笑ってたじゃない。勝ち負けとか関係なく笑い合ってたじゃない」

 

「今回は状況が違うんだよ」

 

「違わない! あんたが何かで悩んでて、私が勝負を仕掛ける。今回だってそう! 勝負すれば、私が勝ってもいつもみたいに笑ってくれるって信じてたのよ! それなのに、何でそんな顔してんのよ。あんたはどんな状況でも笑ってたでしょ! どれだけ辛くても、笑ってたでしょ! だってそのために私は……。笑いなさいよ。いつもみたいに……笑え。笑えよ……」

 

「夏凜ちゃん……」

 

 しかし望乃が笑みを浮かべることはなかった。

 

「何よ……。せっかく、望乃に勝ったっていうのに、全然嬉しくないじゃない」

 

 そう言う夏凜の肩は震えていた。夏凜の瞳から涙がポトリとこぼれ落ちた。

 

「……まだ、笑えない。私は友奈ちゃんを救うまで……笑うことなんてできないよ」

 

「あんたの力で救ったらあんたが消えちゃうじゃない! ……私には、夢があるのよ」

 

「夢?」

 

 夏凜は手で目元の涙を拭ってから言った。

 

「そう、ちょっと恥ずかしいんだけど、言うわ。私の夢は……友奈と東郷と園子と、望乃と一緒に卒業することよ。……だから友奈は死なせないし、あんたも死なせない」

 

「私が精霊に戻った時点でそれは叶わないんじゃないかな?」

 

「そうとは限らないわよ。精霊に戻ったって言っても、『神の力』ってやつを使わなければ生きられるんでしょ? 実際あんたは二年生きてたんだし」

 

「……うん」

 

「だったら、あんたに絶対『神の力』なんて使わせない。少しでも長くあんたを生きさせる!」

 

「……私にもね、夢があったよ。二つ……。一つは勇者部と一緒に居続けたいっていう夢。この夢をなくしたくなくて精霊に戻るのを躊躇った。もう一つは勇者部のみんなに傷ついてほしくないっていう夢。その夢のために私は、勇者部のみんなが傷付くことなく笑って暮らせる世界にするって決めたんだよ!」

 

 夏凜は望乃のその言葉に、苛立ちを覚えた。

 

「もしかしてあんた、自分が消えても誰も悲しまないなんて思ってんの? 自分が犠牲になれば誰も傷つかないなんて思ってんの? ふざけんな! 友奈が助かったとしても、望乃が犠牲になったって聞いたら絶対傷付くわ。望乃が犠牲になって、笑って暮らせるわけないでしょ!」

 

「夏凜ちゃん。私が消えても誰も傷つかないなんて思ってない。勇者部のみんなはすごく悲しんでしまうことくらい、私でもわかる。でも、大丈夫なんだよ」

 

「何が大丈夫なのよ!」

 

「私が『神の力』を一度使ったら、私はその代償を払うことになる」

 

「代償って、前の私たちみたいな……」

 

「神の力を振るった結果だよ。精霊のくせに人間になろうとして、勇者でもないのに神の力を振るった者に相応しい代償。その代償は……『小木曽望乃の存在を完全に消滅させる』というもの」

 

「どういうこと?」

 

「簡単に言ったらね、前にみんなが美森ちゃんのことを忘れちゃった時があったでしょ? あの時とほとんど同じ。小木曽望乃が存在していた証も、記憶も、全て消える。美森ちゃんの時と違うのは、絶対に思い出せないっていうところ」

 

 夏凜は望乃の言う、その当時のことを頭に浮かべた。

 

「何よ……それ。あんた……それでいいの? 消えるのよ! 存在も、私たちの記憶も、何もかも!」

 

「もちろんだよ。美森ちゃんの時、忘れていた間はみんな楽しそうだった。結局は思い出して辛い思いをしちゃったけど、今回は思い出すことはないからみんな楽しく過ごせるよ。この代償は頑張って生きようとしていた私が苦しむ代償のつもりだったんだろうけど、私にとっては好都合だったよ。これで私が消えても、みんなが後悔したりして苦しむことがなくて済むんだからね」

 

「そんなの、偽りじゃない!」

 

「偽りなんかじゃないよ。だって私は人間として生まれられなかった存在。本来なら一緒にいるわけがない存在。だから、本来の形に戻るだけだよ。だって、小木曽望乃って言う人間は存在しないんだから」

 

 夏凜は望乃の肩を強く握った。

 

「……小木曽望乃っていう人間がいなくても、でも……出会っちゃったんだから! 同じ時間を過ごして、一緒に笑ってきたんだから……誰が何と言おうと望乃がいない勇者部は偽りなのよ!」

 

「でも夏凜ちゃん! この方法が、友奈ちゃんも、みんなも救える方法なんだよ」

 

 その言葉が夏凜をさらに苛立たせた。夏凜は望乃の胸ぐらを掴んで言った。

 

「あんたが、救われてないじゃない! あんたも、みんなの中に自分が入ってないじゃない! 生きることを諦めようとすんな! あんたも救われないと、何の意味のないじゃない!」

 

「これは仕方のない犠牲なんだよ」

 

「ふざけんな! 私はそんなの絶対に許さない! だって……もしも望乃の思惑通り、あんたを犠牲にして友奈を救えて、みんながあんたのことを忘れたら……消えたあんたが、望乃が一人になるじゃない! 私はあんたと友達になったあの日、決めたのよ。絶対にあんたを一人にしないって! たとえ何があっても、私は小木曽望乃を一人にさせてやらないんだから」

 

「……」

 

 望乃はとっくに力の抜けていた夏凜をどかして、夏凜に背を向ける。

 

「……でも、私は行くよ。勇者を守る精霊として、人間じゃない私を受け入れてくれた勇者部のために、私はやらないといけないんだよ」

 

 望乃はそう言って前に進む。しかしすぐに望乃の足は止まってしまった。夏凜が立ち上がって右手で望乃の腕を掴んだのだ。

 

「逃げてんじゃないわよ」

 

「逃げてるって……誰から?」

 

「私たち勇者部からよ。人間じゃないだとか、精霊だとか、いろんなことを言い訳にして私たちから逃げてるじゃない。確かにね、私は精霊じゃないから望乃の本音がどうなのかとか分かるなんて間違っても言えない。でも……一つだけ分かるわ」

 

 どこか覚えのある言葉に、望乃は思わず振り返った。振り返った先の夏凜は、望乃に微笑みかけていた。

 

「一人は……寂しいじゃない。あんたが消えるその時まで、望乃の隣にいさせてよ」

 

「…………夏凜ちゃん、それずるいよ」

 

「元々あんたが私に言ったことでしょ」

 

 望乃は再び夏凜に背を向けた。

 

「私は……みんなのために……」

 

「望乃はどうしたのよ」

 

「え?」

 

「ずっとみんなのため、みんなのためって、小木曽望乃の気持ちはどこにいったのよ! 答えなさい! あんたはどうしたいの? もっと私たちと一緒にいたいとか思わないの? あんたの本音を教えなさいよ! 私ばっかり言って不公平よ。だから、言いなさい! 本当はどうしたいの?」

 

「…………そんなの決まってるよ」

 

 望乃が再び振り返ると、望乃の目には涙がたまっていた。

 

「そんなの……みんなと一緒にいたいに決まってるよ! でも、でも……私がやらないといけないんだよ! 美森ちゃんの時、私だけ知ってたのに、それを言わなくて……みんなが思い出す前に言っていれば良かったんじゃないかって! 友奈ちゃんも、気付いた私が力になっていたら良かったんじゃないかって! 私が、みんなといたいなんて思わず、もっと早く行動してたら、美森ちゃんも友奈ちゃんも、あんなに苦しまなくても済んだんじゃないかって! 私のせいだ、私のせいだって、ずっと後悔してた……。だから、私がやらないといけないんだよ! 本当は、みんなともっともっといろんな楽しいことをしたい。だけどそういうのを全部押し殺して……自分は犠牲になるべき存在なんだって何度も自分に言い聞かせてたのに……何で夏凜ちゃん、思い出させちゃうの? そんなことしたら、もっとみんなと一緒にいたいって思っちゃうじゃん! もっと生きたいって思っちゃうじゃん!」

 

 望乃は大粒の涙を流していた。涙を流す望乃を、夏凜はそっと抱きしめた。

 

「思っていいのよ。望乃のせいじゃないから、犠牲になる必要なんてどこにもないわ。友奈はみんなで助ければいい。だから、一人で抱え込むのはやめなさい」

 

 そう言った後、夏凜はくすりと笑った。

 

「園子の言った通りだったわね。あんたはもう、誰かの代わりじゃなく、小木曽望乃っていう人間なのよ」

 

 望乃は少しの間夏凜の胸で泣いていた。

 望乃が泣き止むと、静かに言った。

 

「私ね、勇者になりたかったんだと思う。友奈ちゃんや、美森ちゃんや、風ちゃんや、樹ちゃんや、園子ちゃんや、夏凜ちゃんそして、銀ちゃんみたいな勇者に……」

 

「……バカね、あんた」

 

「そうだよね、なれるわけないのにね」

 

「違うわよ」

 

 夏凜は望乃のデコピンをした。

 

「何するの~」

 

「聞きなさい。今も昔も、私にとっての一番の勇者は……望乃、あんたなのよ。私からしてみれば望乃はとっくに勇者になってるのよ」

 

 夏凜は顔を真っ赤にして言った。

 夏凜はずっと言えなかったことを望乃に伝えた。時間がたてばたつほど言うのが恥ずかしくなってしまい、今の今まで胸の内にしまい続けていたことを。

 

 夏凜にとって、小木曽望乃は勇者である、ということを。

 

 夏凜の言葉を聞いた望乃は、心底嬉しそうに笑って、勇者部と一緒に友奈を救うことを約束した。

 勇者部と合流することになった二人は、夏凜のスマホで位置を確認して、その場所へとやってきた。そこは歴代の勇者や巫女の墓がある墓場だった。

 そこには友奈以外の勇者部と、大赦の人がいた。

 

「望乃!」

 

「コギー、心配したんだから」

 

「ごめんね」

 

 望乃が一言謝った後、望乃と夏凜は話していた内容を軽く説明された。

 友奈は今大赦にいること、友奈の祟りを祓う方法はないこと、友奈はすでに神婚の儀に入っていること、そこにある多くの墓に眠る子供たちを犠牲にして生き延びてきたこと、それがこの時代における人の在り方であること。二人はその事実に衝撃を受けた。

 

「話を戻します。あなた達のクラスメイトは、その友達は、家族は、もうすぐ来る春を待ち遠しく思いながら、家でうどんを食べて、温かい布団で寝て、今日も平和な日常生活を送っている。少々の犠牲……このやり方で大部分の人達が幸せに暮らしているのです」

 

「それなら……それなら、あなた達が人柱になれば良いのに!」

 

「出来るものなら、そうしています……だが、私達では神樹様が受け入れない」

 

 その時、望乃以外のスマホから大音量のアラームが鳴り響いた。そしてそれと同時に大きく地面が揺れた。

 

「もう来るとは……あなた達の出番です。天の神は、人間が神の力に近付いたことに怒り、裁きを下したと言われています。人間が神婚するなんてもってのほか」

 

「バーテックスが……来る!」

 

「いいえ」

 

 その時、空が暗くなり、無数の穴が開いた。そして、その穴から謎の巨大なものが現れた。

 

「現実の世界に敵?」

 

「て、敵……なの? 何なのあれ……」

 

 勇者部は突然現れたものに混乱していた。

 

「神婚が成立すれば人はもう神の一族。人でなければ襲われない。これで皆は神樹様と共に平穏を得ます」

 

「人でなければ?」

 

 園子がちらっと望乃を見た。それに気付いた望乃が言った。

 

「多分私はダメだと思うよ。なんたって私は、精霊の分際で人間になろうとした愚か者だって神に嫌われてるみたいだからね」

 

「私の思ったことはそうじゃないよ。思ったんだけど、神婚が成立したらコギーはどうなるの?」

 

「人でない小木曽望乃が神の一族になることは普通ならありえません。しかし彼女の場合、どうなるか我々にも分かりません。ですが、小木曽望乃がどうなるとしても気にする必要はありません。なぜなら彼女は所詮、精霊という名の物体に過ぎないからです。彼女に魂なんてものはない。勇者を守るための精霊なのに、主人から離れた彼女の価値はゼロに等しい。そんなものに感情移入したところで、何の意味もありません」

 

 その言葉に、勇者部が怒りを露わにする。しかし大赦はそれを無視して言った。

 

「話がそれました。これが最後のお役目。敵の攻撃を神婚成立まで防ぎ切りなさい」

 



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自分にできること

 本編の六話に入ります。一応、三話構成の予定です。


 勇者部が最後のお役目として告げられたことは、天の神の攻撃を防いで神婚を成立させること。勇者部は勇者の姿に変身して、天の神の攻撃に備える準備をする。

 

「待ちなさい」

 

 その時大赦の人が声を上げた。

 

「何よ、行けって言ったり、待てって言ったり……」

 

「あなた方は行ってかまいません。しかし小木曽望乃、あなたは別。あなたはここで待機しなさい」

 

「……何でかな?」

 

「お役目とは、勇者にのみ与えられた使命。精霊のあなたではふさわしくない。以前のあなたは勇者の代理として許されていただけ。それは、あなたが一番よく分かっていることでしょう?」

 

「もう私には敬語使わないんだね」

 

「ただの精霊のあなたになぜ? それもあなたが勇者の代理だったからというだけで、あなた自身に使っていたというわけではない」

 

「まあ、あなたの言い分はわかったよ。今回のお役目は大事みたいだから、たかが精霊に割り込んでほしくないんでしょ?」

 

「あんた、まだ――」

 

 夏凜が望乃の言葉に反応するが、園子に止められた。

 

「コギーは私たちに必要だって言っても?」

 

「必要かではなく、彼女にはその資格がないのです。精霊の身でありながら、余計な感情を得、さらにその感情に左右されるなど言語道断。精霊としての役目も全うできない者にできることなど存在しません」

 

「でも私は行くんだけどね」

 

 そう言って望乃は笑みを浮かべた。

 

「私は自我を持った精霊だよ。自分の考えを持ったっておかしくないよ。私は精霊だけど、みんなと出会って過ごした時間は、そこで得た感情は無駄じゃなかったって思う。そのおかげで私は私でいられる。だから、私はそれをくれたみんなの未来を人任せにしたくない。だから私は行くよ」

 

「あなたが行って何が……」

 

「何ができるのかなんて私にもわからない。でもできないって言われたこともやる、不可能だって言われてことも可能する、それが勇者でしょ?」

 

「あなたは勇者どころか人ですらない。無事神婚が成立してもあなたが生きているとは限らない。数年程度しか生きていないあなたが戦う理由などないでしょう?」

 

「……確かに、私は勇者でも人間でもないかもしれないけど、だけど、勇者部だから。理由なんてそれだけ十分だよ」

 

 望乃はそう告げてから勇者部と同じ場所へ向かった。そして世界が樹海に変化した。

 風の号令で敵の攻撃を躱す。

 

「あいつ無茶苦茶!」

 

 風と樹、さらに望乃は一緒にいた。

 

「風! あんたたちは早く友奈のところへ! あいつの相手は私がやっとくから!」

 

「相手ってあんた!」

 

「大丈夫! 私にはまだ満開がある!」

 

「夏凜ちゃん、本当に大丈夫?」

 

「望乃、あんたも早く行きなさい。あんた、私が言ったこと忘れてないわよね?」

 

「もちろんだよ」

 

「ならいいわ。行ってきなさい」

 

「うん、行ってきます」

 

 夏凜はそこまで言うと、三人から離れる。

 

 ――友奈に謝らなきゃ。一緒に帰るんだ!

 

 そうして夏凜は二本の刀を持って構える。そして望乃と戦った時のような、強い覚悟を心に秘めて大声で言った。

 

「当代無双、三好夏凜! 一世一代の大暴れを、とくと見よー!」

 

 そう言いながら夏凜は満開した。その夏凜に無数の矢のようなもの襲い掛かる。

 

「これじゃ……」

 

「お姉ちゃん。あのね私……」

 

 それを見ていた樹が声を掛ける。その意図に気付いた風が笑みを浮かべた。

 

「樹、ここお願いできる?」

 

「うん、お姉ちゃんは友奈さんのところへ」

 

「ええ。友奈を連れ戻してくるわ。絶対に無事でいるのよ」

 

「うん」

 

「樹ちゃん、本当だったら私もここで戦うべきなのかもしれない。でも……」

 

「大丈夫です。だから望乃さんも行ってあげてください」

 

 樹がそう言うと風、望乃と樹で別れて走る。

 風と望乃が走る場所に、満開した姿で飛ぶ東郷と合流した。

 

「風先輩、望乃ちゃん、乗ってください!」

 

「じゃあ、友奈のところへ行くわよ! 望乃も……っ!」

 

 東郷と風が望乃の方向へ視線を向けると、それほど長い距離を走ったわけでもないのに、手を膝に置いて止まっていた。そしてさらに息を荒くしてしまっていた。

 心配する二人だが、望乃はすぐに大丈夫だと伝え、風と一緒に飛び乗った。

 飛び乗った望乃は、友奈のところへ行くために前を見据える二人の後ろに移動し、自身の心臓辺りを押さえた。

 

 ――夏凜ちゃんと美森ちゃん、それと樹ちゃんの三人だけなのに、ここまでなんて。この感じだと一回の満開で、私と妖狐の二人分代償を受けてるのかな。この分だともう……。ごめん、夏凜ちゃん。夏凜ちゃんの夢、叶えられそうにない……ごめん。

 

 

 

 一方、その頃夏凜は天の神の矢のような攻撃を防ごうとするが、頬にかすり傷を負った。

 

「バリアを……。こいつのせいで! ふざけるなー!」

 

 夏凜の頭に浮かんだのは風が車に轢かれたというあの時のこと。

 無数の矢が降り注ぎ、夏凜がダメージを受け、とどめと言わんばかりの攻撃をしてくるが、それを園子が防いだ。

 

「一人で前に出すぎちゃダメだよ、にぼっしー」

 

 別方向からの攻撃が来るが、それは樹が防いだ。

 

「みんなで守りましょう。友奈さんが帰ってくるこの場所を」

 

「樹、後ろ!」

 

 樹の更に後方から攻撃が来る。樹はそれに反応できずに攻撃を受けた。はずだったのだが、樹は無傷だった。そして樹の前にはバリアが張られていた。

 

「……木霊?」

 

「何で、精霊が……。それにあの攻撃はバリアを貫くんじゃ……」

 

「……もしかしたら、コギーの仕業かもしれない」

 

「え?」

 

「忘れがちだけど、コギーは元々精霊の統率もしていたんだよ。だからこういう場合、コギーの仕業の可能性が高いよ。そしてそれがたった今、発動されたとかだと思う」

 

 その後、樹はもちろん、夏凜や園子にも精霊が現れてバリアを張っていた。ただ違うのは、精霊が出現するのが、ダメージを受けそうになった時という点だった。

 そしてそれが、精霊を出している犯人が望乃だと言っているようなものに、三人は感じていた。

 

 

 

 望乃、東郷、風の三人は、友奈のいるであろうところへ向かっていた。その時、突然空に亀裂が入り、そこから無数の攻撃が降ってきた。東郷は艦を犠牲にしてその亀裂を爆破させた。

 着地した先で、さらに攻撃が三人を襲った。東郷は一撃当たりかけたが、精霊の出現によって攻撃を受けずに済んだ。

 

「精霊? それに、神樹様に妨害されてる」

 

「たとえ神樹様でもね、今回だけは譲れない!」

 

「……望乃ちゃん、あなた私たちに隠してることあるでしょ?」

 

「へ?」

 

 東郷は神樹の妨害を躱しながら、疲れたというような表情をしていた望乃に話しかけた。

 

「望乃、あんたさっきからおかしいわよ。何もしてなくても息を切らしてるなんて絶対おかしい!」

 

「先ほど、攻撃を受けそうになった私の前に精霊が現れました」

 

「精霊って、満開を使ったら精霊の加護がなくなるんじゃなかったの?」

 

「そうです。だから精霊を出現させられるとしたら、精霊の統率である望乃ちゃんしかいません。私の読み通りだとしたら……望乃ちゃん、今すぐそれをやめて!」

 

「どういうことよ」

 

「今回の精霊は少しでも攻撃を受けそうになった時に出現しています。精霊の持つ絶対的な使命とは異なります。ということは、精霊は望乃ちゃんが強制的に出現させているということです」

 

「そんなことができたの?」

 

「できませんよ。できるならもっと早くやっています。それを行うにはよっぽどのことをする必要があった。望乃ちゃん、命を燃やして精霊を出現させているでしょ?」

 

「え? 望乃! それ、本当なの?」

 

 風は望乃に尋ねるが、望乃は非常に息を荒くしていて喋れる状態ではなかった。

 神樹の攻撃がなくなったところで、ようやく望乃が口を開いた。

 

「大体、美森ちゃんの……言った、通りだよ。私は……私自身の、生命力を、削って精霊を……強制召喚して……バリアの力も、強くさせた、んだ」

 

 望乃は手を膝に置いて息を整わせながら言った。

 

「息が荒いのは生命力を削っているから……」

 

「早くそんなことやめなさいよ! 今すぐ!」

 

「残念だけど、それは、できない。だって……私にはもう、時間があまりないから」

 

 望乃の言っている意味を理解できない二人に、望乃は満開の代償のことについて伝えた。

 

「大赦はまた……」

 

 風が怒りに震えていた。

 

「大赦は、知らなかった可能性が、高いよ。まあ、知ってたとしても、言わなかっただろうけどね。大赦にとって、精霊は使い捨ての道具……みたいなもの。精霊がどうなっても気にしないんだよ」

 

「あんた、夏凜と話して犠牲になるのやめたんじゃないの? もっと生きようと思わないの?」

 

「できることなら生きたいよ。でももう、それが叶わないところまで来ちゃってるんだよ」

 

「私たちが満開したせいで……」

 

「……これを知ったらそうやって後悔しちゃうでしょ。知ってたら使わなかったでしょ。だから私、言うつもりなかったんだけどな~。でも美森ちゃんたちのせいじゃないよ。私がバカだっただけ。みんなの満開の代償を受けてもまだ大丈夫だろうって思ってた。だから言わずに黙ってた。大丈夫だとわかっててもみんなは知ってたら使わなかっただろうから。でも、わかってたつもりだったのに、わかってなかったんだ。私、神様に嫌われてるって。その結果、私の生命力はこの戦いを生き残れないだろうな~っていうくらいまでなくなった。それで思ったんだ。どうせ生き残れないなら、みんなを攻撃から守ろうって」

 

 その時、空から光が差し、それが辺りに広がる。

 それを見て、望乃がその方向に指を差す。

 

「それよりも、今は友奈ちゃんだよ」

 

 風は苦渋な表情で、ゲージの残り四つを使って大剣を巨大化させ、道を作った。

 

「美森ちゃん、文句は友奈ちゃんを助けた後で聞くよ」

 

 東郷は頷いて風の剣の上を渡る。望乃も同じようにして渡ろうとする。

 

「望乃、あんたも行く気?」

 

「うん、私もできることをやりたいから!」

 

 そう言ってから望乃は東郷の後を追った。

 

「十分やってるじゃない……」

 

 後に残された風が二人の向かった方向を見ながら呟いたのだった。

 

 東郷や風には覚悟が決まっているかのように言ったが、望乃はまだ完全に覚悟が決まってはいなかった。決まっているのならすぐにでも『神の力』を使用するはず。だがそうさせないのはやはり夏凜が望乃に言った言葉である。

 戦いが始まってから、望乃の頭の中には夏凜の言葉が何度も流れていた。ここで『神の力』を使ってしまえば、夏凜の涙も、自分の涙も、夏凜が言ってくれた思いも、全部無駄だったことになってしまう。そして何より、またも夏凜や勇者部を裏切ることになってしまう。

 しかし望乃の身体にほとんど時間が残されていないのも事実。

 正解なんて分からない。だから望乃はまずは友奈を助けることが先決だと考えていた。

 そんな思いを秘めたまま、望乃は今までよりも重く感じる身体を無理矢理動かして友奈の元へ向かった。

 自分の限界をひしひしと感じながら。

 



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友奈と望乃

 東郷と望乃の二人が走っている内にやってきた場所は何やら暗いところだった。

 

「なんてとこ……望乃ちゃん、精霊の力でここから出られるのかしら?」

 

 相変わらず息が荒い望乃が冷静に答えた。

 

「わからない。でも無理矢理にでも出させてあげるから大丈夫だよ。それより美森ちゃん、下見て……」

 

望乃が下の方に向かって指を差した。その先には白い蛇に縛られている友奈がいた。

 

「友奈ちゃん!」

 

「東郷さん……望乃ちゃんも……どうして」

 

「帰ろう、友奈ちゃん! 迎えに来たのよ!」

 

 東郷が友奈の元へ行こうとするが、糸のようなもので足を掴まれる。

 

「そうまでして渡したくないのね……。友奈ちゃん! 今助けるから!」

 

 それを見ていた望乃が助けに入ろうとするが、急に足の力が抜けて膝から崩れ落ちてしまい、そのまま動けなくなってしまっていた。

 必死に友奈を助けようとする東郷を見て、友奈が言った。

 

「でも……私がやらないと、世界が消えちゃう……。これは、誰かがやらないと……なら私が……」

 

「誰もやる必要なんかない! 大切な人を、もうこれ以上……奪われたくないの!」

 

「私が我慢をすれば……それでいいから……」

 

 東郷が必死に友奈に手を伸ばして叫んだ。

 

「友奈! 本当のことを言ってよ。怖いなら怖いって……私には言ってよ。友達だって言うなら、助けてって言ってよ!」

 

 東郷にそう言われた友奈は自分の本心を口にした。

 

「嫌、だよ……怖いよ、でも言っちゃダメで……でもそんなの……死ぬの嫌だよ……。みんなと別れるのは、嫌だよ! 私たち、一生懸命だったのに……それなのに何で……嫌だよ。 ずっと……ずっとみんなと一緒にいたいよ……」

 

「友奈ちゃん、手を伸ばして!」

 

「東郷さん。助けて!」

 

 そう言って双方涙を流しながら手を伸ばすが、二人の間に壁のようなものができて、二人の手は届かなくなった。

 

 

 

 友奈と東郷の会話を上で黙って聞いていた望乃は拳を強く握りしめていた。

 一刻も早く『神の力』を使うべきだということは頭では分かっていた。望乃に残された時間はあとわずかで、このままいけば自分は何もできずに消えることになる。それまでに友奈を救いたいという気持ちも強かった。しかし、先ほどの東郷の言葉が、夏凜が自分に言った言葉が望乃を悩ませていた。

 

『私の夢は……友奈と東郷と園子と、望乃と一緒に卒業することよ。……だから友奈は死なせないし、あんたも死なせない』

 

『望乃が犠牲になって、笑って暮らせるわけないでしょ!』

 

『誰が何と言おうと望乃がいない勇者部は偽りなのよ!』

 

『私はあんたと友達になったあの日、決めたのよ。絶対にあんたを一人にしないって! たとえ何があっても、私は小木曽望乃を一人にさせてやらないんだから』

 

『私は、何があっても望乃のこと大好きだから! それだけは忘れないでいなさいよね!』

 

「私は……もう、みんなを、夏凜ちゃんを裏切りたく……っ!」

 

 望乃は突然吐き気のようなものがして、口に手を当てて吐いた。吐き出されたそれは血だった。

 

「……やっぱり、ダメだ。もう、私の身体が……」

 

 望乃は下を覗く。友奈と東郷の間に壁ができている。これをどうにかしなければならないのだが、今の望乃はろくに動けない状態だ。

 望乃は心臓の辺りをギュッと押さえて言った。

 

「誰か……誰か友奈ちゃんを、助けて……」

 

 望乃がそう言った瞬間、一瞬だけ望乃の身体が光った。すると、東郷の頭上から銀らしき影が降りてきた。そしてそのすぐ後に歴代の勇者らしき影が降りてきた。そしてそれの力の甲斐もあって、友奈の救出に成功したのだった。

 その光景を見ていた望乃は、唖然としていた。そして気付いた。あれだけ苦しかったというのに、今は何ともない。望乃は立ち上がって自分の身体の状態を確かめた。そうして理解した。自分は『神の力』を一時的に使って歴代の勇者の魂を呼び寄せたのだと。少しでもそれを使った以上、自分が消える以外の道はないだろう。それを理解した望乃は、自分の役割を受け入れて覚悟を決めた。

 望乃は目を閉じて祈りのポーズをした。

 

「私は精霊の頂点に立つ者。神樹様。私は人間になろうとしました。大切な人たちと、対等な存在になりたかった。その結果私は、精霊にあるまじきことをやってしまいました。しかし後悔はしていません。彼女たちと過ごした時間は無駄ではなかった。そう思うから。私は笑って、怒って、泣いて、楽しんで、友を想えるようになれました。その感謝として、友の力になりたい。神樹様、私に神に等しき力を授けてください」

 

 望乃は今までのことを頭に浮かべる。そして夏凜があの時言った言葉を頭に浮かべた。

 

『今も昔も、私にとっての一番の勇者は……望乃、あんたなのよ』

 

 ――正直、それを言う日が来るとは思わなかった。ずっとそれを否定し続けてきた。だけど、私よりも小木曽望乃をよく知る人が言ってくれたから、私は胸を張ってそれを言える。

 

「この……讃州中学勇者部、勇者、小木曽望乃に!」

 

 望乃がそう言った瞬間、勇者部六人刻印の花の花びらが現れ、望乃を包み込んだ。その花びらが消え、そこから現れたのは、紫色の神々しい姿に変わった望乃であった。

 その頃友奈も、目の前に現れた牛鬼によって、光の蕾に包み込まれ、そこから神々しい姿に変わり、オッドアイになった友奈が出てきた。

 その友奈を見た望乃はかすかに笑った。

 

「皮肉な話だよね~。神に好かれている友奈ちゃんと、神に嫌われている私の最後の姿が同じだなんてさ~」

 

「私は……私たちは人として戦う! 生きたいんだ!」

 

 姿を変えた友奈が言った。そして友奈が視線を向けた先にいた望乃の姿を見て驚いた顔を見せる。

 

「望乃ちゃん、それ……」

 

「……友奈ちゃん! 行こう、みんなが笑って暮らせる世界のために!」

 

「……うん!」

 

 友奈と望乃が天の神の方へ向かい、友奈はパンチで、望乃は武器を出して攻撃する。

 その時勇者部は初めて望乃の姿が変わっていることに気付いた。

 それがどういうことなのかすぐに理解した園子はあえて何も言わなかった。同じく理解した夏凜は思い切り叫んだ。

 

「ふざけんなー!」

 

 それが聞こえたのか、望乃は一瞬だけ夏凜の方を見た。

 すると、夏凜の目の前に決まった言葉だけ喋れる夏凜の精霊、義輝が現れた。そしていつもとは違う言葉を発したのである。

 

「……カリンチャン、ゴメン。ミンナノコトワスレナイヨ。ダイスキ」

 

 それだけを言うと精霊は消えてしまった。それが望乃からのメッセージだと言うことは明白だった。

 

「私だって、絶対忘れない。忘れてなんてあげない! だから、これで最期みたいなこと言うなー! いけー! 友奈! 望乃!」

 

 夏凜の声に続いて勇者部が二人に声援を送る。

 

「友奈さんの幸せのために!」

 

「なせば大抵!」

 

「なんとかなる!」

 

「勇者部ーー!」

 

「ファイト―!」

 

 全員でそう言った後、友奈がさらに力を上げる。望乃はそんな友奈をちらっと見ると、手に持っていた武器から手を離し、攻撃方法をパンチに変えた。そして望乃はもう片方の手で友奈のもう片方の手を握った。

 

「……最後に敵を倒すのは、勇者(私たち)だよ!」

 

 友奈と望乃は手を繋いだまま拳を思い切り振りかぶった。

 

「勇者は根性! いくよ! 望乃ちゃん!」

 

「うん! 友奈ちゃん!」

 

「勇者パーンチ!」

 

 友奈と望乃は声を揃えて全力で殴った。それにより、天の神との戦いは終結した。

 力を出し切った友奈は、牛鬼に一言礼を言って牛鬼が消えるのを見届けた。その後、なぜか自分の体が空中で浮いていることに気付いた。下には見えない床のようなものがあるようだった。そしてその隣にまだ神々しい姿のままの望乃が着地した。

 

「やっほ~、友奈ちゃん。友奈ちゃんにちょっと頼みがあるんだ~」

 

「望乃ちゃん? 私、分からないことばっかりだよ! 望乃ちゃんのその姿とか」

 

「ん~。それを全部説明してる時間はないんだよね~。そうだな~。確かなのは私はもうみんなのところに帰れないんだってことかな~」

 

「え?」

 

「寿命っていうのかな。今はこの状態だから普通にいられてるけど、もう私の命はほとんど尽きちゃったみたいだからね~」

 

「そんな……」

 

「だから、はい」

 

 望乃は友奈に強引に何かを握らせた。

 

「これって……」

 

「夏凜ちゃんが私にくれたヘアピン。私にはもう必要ないからさ~、友奈ちゃんにあげるよ。夏凜ちゃんも、私と一緒に消えるよりかはその方が喜ぶと思う」

 

「ダメだよ! これは望乃ちゃんが持ってないと――」

 

「ごめん友奈ちゃん。一方的だけど、私もう行くね。……またね」

 

「望乃ちゃん! 待って!」

 

 友奈の制止を聞かずに望乃は指を鳴らしてどこかに消えてしまった。

 




 次回は明日か明後日に出します。


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真の勇者

 望乃がやってきた場所は今まで壁の外と呼んでいた場所。先ほどの攻撃を天の神にぶつけた結果、炎の世界は消えつつあった。しかしこの炎が一瞬で全て消えるようではなかった。少しずつ消えていってはいるものの、友奈が死ぬ危険はまだ残っていた。

 そこで望乃の出番である。望乃に残された『神の力』を使ってこの残った炎を何とかする。天の神が関与していない炎を消すことくらいなら可能な範囲だった。

 これが、望乃が最期に行おうとする後始末なのである。

 

「最後の仕事が後始末だなんて、精霊らしいね」

 

 これが終われば自分も力を使い切り、消えることになることは分かっていた。それでも望乃は笑ってみせた。

 

「私が生まれて約三年、特に勇者部に入ってからの約一年は、短いようで長かった。本当に楽しかった。もう、悔いはないよ」

 

「それは、嘘だな」

 

 突然聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……まさかまたあなたと話すことになるなんて思わなかったよ」

 

 望乃の隣に精霊の姿の妖狐が現れた。

 

「俺も思っていなかったよ。一つ聞いていいか? お前、結城友奈と別れる時に『またね』って言っただろ? 今までは『バイバイ』だったというのに。どうしてだ?」

 

「……何でだろうね。銀ちゃんに憧れてたから、つい言っちゃったのかな」

 

「……そうか」

 

「それで、何が嘘なのかな?」

 

「悔いがないって言ったことだ。お前は三好夏凜に言ったように、未だに生きたいと思っているのだろう?」

 

「……何でそう思うの?」

 

「何で? 今回の嘘は誰でも見破れる。なぜなら、悔いがない奴がそんなに涙を流すわけがないだろ」

 

 そう言われて望乃は気付いた。自分の両目から大量の涙が流れていることに。

 望乃は涙を拭いながら言った。

 

「たとえ悔いがあっても、もう私には時間が残れされていないんだよ。だったら私は、友奈ちゃんを救って消えたい!」

 

「正直俺も、満開の代償があれほど大きくなるとは思っていなかった。俺のせいでもあった。だから、最後の選択を与える。小木曽望乃、お前は……生きたいか?」

 

「そりゃあ、生きたいよ。みんなと一緒に生きたいよ。でもそれができないから……」

 

「もしも、それが可能だとしたら?」

 

「え?」

 

「お前が生き続けられない理由は一つ。満開の代償による生命力の低下だ。だがこの代償は『精霊』が受けるものだ。お前が完全に精霊でなくなれば、お前が受ける必要はなくなる」

 

「そんなことが、できるの?」

 

「さあ、どうだろうな。俺も以前は考えもしなかったことだからな。だが、『神の力』はお前の一部である俺にも備わっている。それを使えば、お前が今からやろうとしていたことも、お前を完全に精霊でなくさせることもできるんじゃないかって思ったんだよ。お前は精霊に戻る前の状態に戻るようなものだし、お前が受けた代償は俺が受けることになるだろう。まあ、俺だけでは『神の力』は使えないからこいつらの力も借りるつもりだけどな」

 

 妖狐はそう言って片手を挙げた。そうすると、望乃の目の前にかつて勇者の満開によって生まれた精霊たちが現れた。その数は妖狐を合わせて三十二体だった。

 

「で、でも、何で突然そんなことを……?」

 

「……俺は前に、お前のことを『人間に限りなく近い別の存在』だと言った。実際、人間とお前では体の構造が違う。しかしお前と一つになって、お前の見てきた世界を見て、お前の持つ感情を肌で感じて、考え方が変わった。自分がどれだけ間違えても叱ってくれる人がいて、一緒に笑い合えて、心配してくれて、本気で大切にしてくれる人がいて、何より帰りたいと思える場所がある。それが、人間なのだろう。だったらお前はもうとっくに人間なんだよ。そんなやつを消えさせるわけにはいかないな」

 

「だけど、私は銀ちゃんみたいに……!」

 

「三ノ輪銀みたいに、何だ? 誰かを救いたいと言うのか? それならお前はもう十分救っている。それとも、三ノ輪銀のように死にたいなんてことを言うんじゃないだろうな。お前も分かっているだろ。三ノ輪銀もそれ以前の勇者も元々はただの女の子だった。死にたいなんて思ったやつは誰もいなかったはずだ。少しでも長く生きようとしろ。それがお前の役割だ」

 

 妖狐は望乃に背を向けて続けて言った。

 

「正直な話、俺たちはお前が羨ましかった。人間でない存在として生まれながら、人間と同じようにいられたお前が。決して対等になることなんてできない俺たちと違って少しずつ対等になることができたお前が。精霊では得られないはずの感情を持てたお前が。羨ましかった。俺たちの代表として生きてほしい。それが俺たち精霊からの最初で最後の頼みだ」

 

 そうして妖狐は、精霊の姿から銀の姿に変えた。

 

「私が生きるにはあなたたちの犠牲が必要なんでしょ? それでもいいの?」

 

「精霊には帰る場所なんてない。だがお前は違う。お前には帰る場所も、お前を迎えてくれる友もいる。俺たちのことを想うのなら、お前はそこへ帰るべきだ」

 

「本当にいいの? そんなこと言われたら、私本当にみんなのところに帰っちゃうよ。だって、私だってみんなともっともっと一緒にいたいもん!」

 

「いいって言ってるだろ。お前は、小木曽望乃が望んだみんなで笑って暮らせる世界に帰れ。そうしないと許さないからな!」

 

 そう言って妖狐は望乃に抱き付いた。

 

「何してるの?」

 

「お前の精霊を回収してる」

 

 しばらくすると妖狐は離れ、望乃は神々しい姿から制服に変わり、髪が黒髪になっていた。代わりに銀の姿をした妖狐が神々しい姿になっていた。

 

「よし、完了! 成功だな。それにしても、よくこんな変なことよくやってたな、お前」

 

「変なことじゃないよ、それに勇者部のみんなにしか抱き付かないよ」

 

「そうか。じゃあ、ここでお別れだな。まあ、幸せに暮らせ」

 

「うん。いろいろありがと」

 

「気にするな。俺が送ってやるよ。……あっ、待って。最後に一つだけ」

 

 妖狐は望乃の方を向いて言った。

 

「望乃……だっけ? 園子と須美のこと、よろしく!」

 

 その言葉と共に笑ったその顔は、望乃の記憶にある銀と全く一緒だった。

 

「まさか、銀ちゃ……」

 

「望乃ちゃん!」

 

 その時、望乃が消えてから望乃を探していた、手を伸ばしながらやってきた。

 

「望乃ちゃん! 私は東郷さんやみんなに助けてもらった。だから望乃ちゃんのことも助ける!」

 

「友奈ちゃん、私帰るよ」

 

「じゃあ、一緒に帰ろう!」

 

 友奈は望乃に手を差し出した。

 

「……うん!」

 

 望乃はその手をぎゅっと握った。

 そこで二人は送るために妖狐に眠らされた。

 

 

 

 望乃が去った後、妖狐は独り言を言っていた。

 

「コピー対象にしているからか? まさか少しとはいえ、霊体に身体を乗っ取られるとはな……。勇者の凄さを最後に身に沁みた気がするな。……悪いな、小木曽望乃。俺は最期に一つだけお前に嘘を吐いた。お前を待っているのは、笑って暮らせる世界ではなく、本来お前が見ずに済んだはずの世界だ。それでも、お前なら何とか前に進めるだろう。そう、信じている」

 

 そうして、妖狐は少しだけ笑ったのだった。

 

 

 

 戦いが終わった勇者部は円形になって倒れていた。

 

「帰って……来た?」

 

 世界はこれまで通りあった。妖狐の使った『神の力』により、炎の世界は完全に消え、それと同時に神樹様も消え去った。そしてそれにより、友奈の烙印も消え、友奈が死ぬこともなくなった。

 

「みんな……みんな、ごめんね」

 

 友奈が涙を流しながら謝る。夏凜も涙ぐんで言った。

 

「私こそ、ごめんなさい」

 

「おかえり、友奈」

 

 勇者部は友奈を見て微笑んだ。

 

「……ただいま!」

 

「ねえ、ゆーゆ」

 

 友奈が落ち着いてから園子が聞いた。

 

「ずっと気になってたんだけど、ゆーゆと手を繋いでる子って誰かな?」

 

 友奈は黒髪でおかっぱ頭の女の子と手を繋いでいた。その女の子は友奈と手を繋いだまますうすうと眠っていた。

 

「えっと……誰だろ?」

 

「友奈、あんた知らないやつと手を繋いでたの?」

 

「ていうか、その子何で裸なのよ!」

 

 風が未だ繋いだままの手を離して制服の上着を羽織らせる。

 

「この子、見た感じ小学生よね。何でこんなところに……」

 

「ここにいたってことは、その子も勇者だったんじゃ……」

 

「でもさっきの戦いにいたんだったら、誰か見てるんじゃないの?」

 

「もしかして、神樹様の生まれ変わりとか?」

 

「その可能性が高いかしら。友奈ちゃんと手を繋いでたのは謎だけど……。それにこの子、そのっちに似てる気がしませんか?」

 

「言われてみれば、確かに……。友奈は本当に覚えがないのよね?」

 

「はい」

 

「まずはその子を病院に連れていこうよ。目を覚ましたら何かわかるかもしれないしね~」

 

「そうね」

 

 勇者部は立ち上がった。女の子は風がおぶって連れて行くようだった。

 友奈が立ち上がろうとした時、何かが落ちた。それを拾うと、見覚えのないヘアピンだった。

 

「ん? 友奈、そんなの付けてたっけ?」

 

「ううん、私のじゃないと思う。初めて見たから」

 

「私も知らないわね。誰のかしら」

 

「分かんない。でも、何でだろ……。持っていないといけない気がするんだ」

 

「友奈、夏凜! 早く行くわよー!」

 

 風が二人を呼ぶ。友奈はそのヘアピンをしっかり握って、夏凜と一緒にみんなの元へ行った。

 勇者部はその女の子の名前も、どういう人物だったのかも、同じ部の仲間であったことさえも、忘れてしまっていた。

 小木曽望乃を知る者は一人もいなくなってしまっていた。

 



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私の居場所

 過去最長です。


「……ここは」

 

 望乃は病院の一室で目を覚ました。それに気付いた看護婦によると、望乃は一日中眠っていたとのことだ。望乃を連れてきたのは六人の中学生ということも聞いた。それが勇者部であると望乃はすぐに分かった。

 望乃の体は正常そのものであったため、すぐに退院できた。望乃は看護婦が買ってきたという服を着て病院を出た。

 退院した望乃はのんびり夏凜の家に向かっていた。友奈と天の神に向かっていた時、夏凜は叫んでいた。何を言っていたのかは聞こえなかった上、精霊を使って言いたいことは言った。しかしやはり心配してるだろうと思ったのだ。望乃はものすごく怒られることまで想定して歩いていた。

 その道中、風と樹らしき背中が見えて、望乃は声を掛けた。

 

「お~い!」

 

 振り返った二人は望乃の顔を見ても大した反応を見せなかった。

 

「えーーっと、誰?」

 

「……あっ! お姉ちゃん、友奈さんと手を繋いでた人だよ!」

 

「えっ? あー、確かにそうだわ。でも何であの子が話しかけてくるのよ」

 

 二人の言葉を聞いて望乃は唖然とした。それは、完全に初対面の反応だったからである。

 どういうことか考え、そして理解した。妖狐は満開の代償は受けないとしか言っていなかった。つまり、『神の力』は受けるのだ。そもそも気にしていなかったが、この代償は使った者がではなく、小木曽望乃がだったのだ。それは望乃以外が使用しても、望乃が受けるということだったのだ。

 それを理解した望乃は、とっさに嘘を吐いた。

 

「えっとね、看護婦さんが教えてくれたんだ~。あなたたちが私を病院連れて行ってくれたんでしょ~? そのお礼が言いたくて~」

 

 この代償はたとえ望乃の口から真実を言っても記憶は戻らないだろう。だったら、変に混乱させるよりこうした方が良い。望乃はそう考えていた。

 

「そういうことね。私は犬吠埼風。こっちは妹の樹よ」

 

「よ、よろしくね」

 

「よろしくね~。それからありがとね~」

 

「気にしないで。ていうか、何であんなとこにいたのよ」

 

「あ~、秘密かな~」

 

 望乃はあえてそう返した。どう答えてもボロが出そうな気がしたからである。

 

「じゃあ、裸だった理由は?」

 

「それも秘密……って、私裸だったの?」

 

「え? そうだけど?」

 

 ――そっか。私の存在が消えたから、私が使ってたものも一緒に消えちゃったんだ。友奈ちゃんにヘアピンを渡した意味なかったな。

 

「どうしたの?」

 

 樹が何やら考えている様子の望乃に声を掛ける。

 

「ううん、何でもないよ。あれ? 樹ちゃんが敬語じゃない……もしかして、私のこと年下と思ってるの?」

 

 望乃が樹に聞く。

 

「えっ? 違うの?」

 

「小学生じゃないの?」

 

「私、中学二年生だよ! 失礼しちゃうな~」

 

「す、すみません!」

 

「全然見えない……」

 

 正確には歳は下なのだが、ややこしくなるため言わなかった。

 

「今度讃州中学に転校するんだ~」

 

「そうなの? 道理で見かけないわけだわ。じゃあ、その時はよろしく!」

 

「そうだね、よろしくね。じゃあ、私行くね~」

 

「あっ、待って! 名前聞いてない!」

 

「ん~? 私の名前は小木曽望乃! よろしくね、風ちゃん、樹ちゃん!」

 

 望乃はそう言って二人の前から去った。残された二人は首を傾げていた。

 

「お姉ちゃん、私あの人の名前、初めて聞いた気がしない」

 

「私もよ。それに私、風ちゃんって初めて呼ばれたはずなのに、前からそう呼ばれていた気がするのよ」

 

 二人は頭にハテナを浮かべていた。

 

 

 

 望乃は向かう先を変更して、銀の墓場までやってきていた。望乃が声を掛けてもやはり妖狐は現れなかった。望乃はちゃんと戻って来れた報告をした後、二人に向けて礼を言った。

 誰か来る前に墓場から出ようとした時だった。

 

「あれ?」

 

「あなた、確か……」

 

 東郷と園子が望乃の前から歩いてきて鉢合わせした。二人の様子を見る限りやはり二人も忘れているようだった。

 

「ここに来ているということは、あなたやっぱり勇者か巫女ということ?」

 

「それか、神樹様の生まれ変わりか」

 

 東郷と園子が望乃に聞く。

 

「……私は勇者でも、巫女でも、神樹様の生まれ変わりでもないよ。ただの、人間だよ」

 

 望乃はそれだけを言うとその場から去ろうとする。しかし東郷に手を掴まれた。そして東郷は望乃の顔をじっと見た。

 

「……やっぱりこの子、そのっちに似てる! 顔だけじゃない、話し方も声も似てる。あなた……何者なの?」

 

「……そのっちっていう人が誰かはわからないけど……私はあなたたちの敵じゃないから警戒する必要なんてないよ。それじゃあ!」

 

「待って! 私は乃木園子。こっちはわっしー」

 

「そのっち! わっしーで紹介しないで。私は東郷美森よ」

 

「私たちの敵じゃないって言うなら、名前教えてくれないかな?」

 

「私は、小木曽望乃! 二人も私を病院に連れて行ってくれたんでしょ~。美森ちゃん、園子ちゃん、ありがとね~」

 

「小木曽さん、東郷でいいですよ」

 

「ううん、美森ちゃんって呼ぶ」

 

 望乃は頑なに呼び方を変えなかった。そしてそれに東郷はなぜか前にもこのようなことがあったような気がした。望乃はそのままのんびりとどこかへ行ってしまった。

 

「小木曽……望乃って」

 

 二人とも望乃の名前を入れ替えたら園子の名前になることにすぐに気付いた。

 

「わっしー、私あの子の正体、わかっちゃったかも。あの子、精霊だと思う」

 

「えっ?」

 

「全く関係ないのにあの場にいたとは思えないよ。なのに勇者でも巫女でも神樹様の生まれ変わりでもないってことは、他にないと思う。それも私の」

 

「そのっちの精霊にそんな子がいたの?」

 

「ううん。いなかったと思う。多分そうだと思うんだけど、よくわからない。人の姿をしてる理由も、ゆーゆと手を繋いでた理由も……」

 

 東郷と園子は二人で考えるが、記憶がない状態で正解にたどり着くことはできなかった。

 

 

 

 風や樹、東郷や園子までも望乃のことを忘れてしまっていた。望乃は夏凜と友奈も忘れてしまっているだろうと予想できていた。会うべきか悩んでいる内に、望乃はいつの間にか夏凜の家の近くまで来てしまっていた。

 その時、夏凜が家から出てきて望乃の方に歩いてくる。突然のことに望乃は動けず、夏凜は望乃に気付いた。

 

「あんた、確か……何してんのよ、こんなところで」

 

 やはり夏凜にも記憶がないようだった。

 

「……何でもないよ~。かり……あなたは、お買い物?」

 

「そうだけど……何で分かったのよ」

 

「あ~、勘、かな?」

 

 用事のない日は大抵、今くらいの時間に一緒に買い物に行っていたのである。

 

「ふーん。まあ、いいわ。それじゃあ、私は行くから」

 

「……ねえ、良かったら手伝おっか?」

 

「はあ?」

 

「夜ご飯のお買い物でしょ? 手伝うよ~」

 

「いらない」

 

 夏凜はそう言うと、スタスタと歩き出す。望乃はそれについて行く。結局望乃は店までついてきて、夏凜の買い物を手伝った。

 夏凜はこの前の戦い以降、なぜか物足りなさを覚えていた。勇者部とは一緒にいる。しかし家に帰ると急にそれが襲い掛かって来るのだ。前から一人だったはずなのに、家やベッドが広く感じたのだ。しかしその少女と一緒にいると、なぜか和らいでいた。なぜか安心してしまっていた。

 そんな心境から、夏凜は少女を家の中に入れてしまった。そして成り行きで少女がご飯を作ることになった。少女はどこか手慣れている様子だった。作った料理を味見すると、なぜか懐かしいような味だった。

 作り終えると、少女は家から出て行こうとする。

 

「じゃあ、私行くね」

 

「待ちなさい。名前、教えなさいよ」

 

「名前? 私の名前は小木曽望乃だよ~。よろしくね~」

 

 望乃はそう言い残して出て行った。

 夏凜の目からはなぜか涙があふれていた。

 

「何で……涙が……出るのよ」

 

 夏凜は理由の分からない涙に困惑していた。

 

 

 

 これまでに風と樹、東郷と園子、そして夏凜と会った。ここまで来たのだから、友奈とも会いたいと望乃は思っていた。しかし、夏凜のご飯を作っている内に日が暮れてしまっていた。望乃が今日は一旦帰って明日会いに行こうと考えた。明日は学校があるのだが、別に友奈が一人の時に会わなければならないわけでもないのだから、問題はなかった。

 しかしその時望乃は気付いた。自分に帰る家なんてないことに。それに気付いた望乃は適当な場所にどうするか考えるために座っていた。

 

「あれ? どうしたの?」

 

 そこにどこからか帰っている最中の友奈が覗き込むように見ていた。

 望乃が事情を説明すると、友奈が提案した。

 

「じゃあ、私の家に泊まる?」

 

 そうして、望乃は友奈の家に泊まることになった。

 

「私、結城友奈! あなたの名前は?」

 

「私は小木曽望乃! 中学二年生だよ~」

 

「私もだよ! 一緒だね! ……あれ?」

 

「どうしたの~?」

 

「望乃ちゃんの名前初めて聞いた感じがしない。でも初めて聞いた名前だし」

 

「……そっか。それより、友奈ちゃんは何してたの?」

 

「これだよ!」

 

 友奈が摘んできたのであろう花だった。

 

「押し花にするんだー!」

 

 友奈の趣味である押し花を作るための花を摘んでいたようだった。

 それから二人は友奈の家に着くまで花に関する話をしていたのだった。

 望乃は友奈の家に泊まる許可を得て、ご飯を食べた。そして友奈にお願いして一緒にお風呂に入った。そこで望乃は背中を洗うという口実で友奈の体を確認し、烙印が消えていたことに安堵した。

 その後、二人は友奈の部屋で友奈が讃州中学に転校することを聞いて、学校のことを教えてくれていた。

 

「あっ! そうだ! 望乃ちゃん、部活って入る?」

 

「……ん~、決めてない。友奈ちゃんはどんなところに入ってるの?」

 

「あれ? 私入ってるって言った?」

 

「いや、そうじゃないかなって思っただけだよ~」

 

「そっか! 私はね、勇者部に入ってるんだ!」

 

「勇者部……」

 

「勇者部は人の為になる事を勇んで行う部活なんだ! すっごく楽しいんだよ! いつも七人で楽しいこといっぱいやってるんだー!」

 

「……七人?」

 

「うん! 私と東郷さんと風先輩と樹ちゃんと夏凜ちゃんと園ちゃんと……あれ? 思い出せない。六人だったかも!」

 

 それから友奈は勇者部でしてきた活動を望乃に教えた。そのいずれも望乃にも覚えがあることで、望乃は話に入りたい気持ちを抑えて笑っていた。

 

「友奈ちゃんの言う通り、楽しそうなところだね~。私もそこに入りたいな~」

 

「じゃあ、望乃ちゃん一度来てみる?」

 

「そうだね~。明日見に行ってみようかな~」

 

「本当? みんなにも伝えておくね!」

 

「うん、よろしくね~」

 

 そうして、もう夜も遅くなってきていたので二人は寝ることにした。望乃は友奈のベッドで友奈と一緒に寝ることになっていた。

 

「そういえば、友奈ちゃん、ありがとね」

 

「え? いきなりどうしたの?」

 

「私を病院まで運んでくれたことと、泊めてくれたことだよ~」

 

「それくらい気にしなくていいよ! 運んだのは風先輩だし!」

 

「……友奈ちゃんが生きてて本当に良かった」

 

「え? 何か言った?」

 

「もう、寝よっかって」

 

「そうだね!」

 

 二人は背中合わせで眠った。

 

 

 

 友奈が目を覚ますと、隣で寝ていた望乃はいなくなっていた。机の上に手紙が置いてあった。

 

『放課後くらいに勇者部に行くよ。』

 

 手紙には一文だけ書かれていた。望乃は既に出て行ってしまったようだった。

 友奈は制服に着替える際、スカートのポケットに何か入っていた。

 

「あっ! これ望乃ちゃんに聞くの忘れてた」

 

 スカートのポケットから取り出したのは先日なぜか握っていたヘアピン。それを目にした瞬間、何かがものすごい勢いで襲い掛かってきた。すぐにそれは収まり、友奈は立ち尽くしていた。

 

「みんなにも……教えなきゃ!」

 

 

 

 望乃は友奈より先に起きてよく夏凜が鍛錬をしていた浜辺に来ていた。もちろん誰もいない。そしてそこで望乃は今までのことを思い出していた。

 結局私有したままの自分が生まれる前の園子の記憶。生まれてから園子や夏凜と過ごした二年。その後勇者部で過ごした一年。どれも大切な思い出だった。

 しかしその思い出を覚えている者は他にいない。もう望乃を覚えている者はいない。

 だからまた一から勇者部と接する必要があった。今までの思い出を封印して、新入部員小木曽望乃として勇者部とこれからを過ごしていく。説明したら勇者部は混乱し、また辛い思いをさせてしまうだろう。ようやく平和が戻ってきたのに、そんなことはさせたくない。

 だから望乃は決意した。今日、新しい小木曽望乃として勇者部に行くことを。

 

 

 

 二度目の転校時と同じように転校手続きを終わらせて、望乃は勇者部の方へ向かった。

 望乃は勇者部の部室前で立ち止まって大きく深呼吸をする。

 このドアを開けた瞬間から望乃の第二の人生が始まる。

 覚悟を決めてドアに手を掛ける。

 

「何やってんのよ」

 

 その時後ろから声を掛けられた。突然話しかけられ、望乃は非常に驚き、振り返った。

 

「びっくりした~」

 

 望乃に声を掛けたのは夏凜は望乃のことをじっと見ていた。

 

「あっ、えっとね、友奈ちゃんに勇者部のことを聞いて、見学してみようかな~って思ってきたんだけど……」

 

「……友奈から聞いたわ。そんなとこで突っ立ってないで入ったら?」

 

 夏凜が望乃を押しのけて部室のドアを開ける。望乃は夏凜に続いて中に入った。

 

「あれ? 誰もいない」

 

「みんなちょっと用事があって荷物だけ置いてるのよ」

 

「そうなんだ~」

 

 望乃は部室を興味津々に見ているように見せかけて、部員の名前が書いてある黒板を確認した。やはりそこに望乃の名前はなくなっていた。それから部室を観察する。望乃の視線はあるもので止まった。それは壁に張られた勇者部五箇条が書かれた紙だった。先日まで勇者部五箇条だったそれは、勇者部六箇条になっていた。

 新しく追加されたところには、『無理せず自分も幸せであること』と書かれていた。

 これはきっと神婚しようとした友奈を見て作ったのだろうと望乃は思った。

 その視線に気付いた夏凜が説明する。

 

「それ、ちょっと前までは五箇条だったのよ。でも自分を犠牲にしようとするやつがいたから、もうそんなことをさせないために作ったのよ」

 

「……へ~」

 

「何度言い聞かせてもそいつは相談もせずに自分を犠牲にしようとした。生きたいって思ってるくせに、無理して自分に言い聞かせて、そいつは笑ってた」

 

「え?」

 

 友奈のことを言ってると思って聞いていた望乃はその言葉に違和感を覚えた。

 

「かり……そういえば、あなたの名前、聞いてなかった」

 

「……そうだったわね。私は、人一倍他人を大事にして、自分よりも他人を優先して、のんきで、器用で、何度も抱きついてきて、食べることが大好きで、いつも笑ってる……小木曽望乃の親友、三好夏凜よ!」

 

「え? 何で……私のこと……」

 

「忘れたりしないって言ったでしょ?」

 

「初めて聞いたよ」

 

「そ、そう。まあ、忘れてたのは事実だし……」

 

「それより夏凜ちゃん、何で私のこと覚えてるの? 消えたはずじゃ……」

 

「その前に……あんた、言うことあるんじゃないの?」

 

「言うこと? ……勝手なことしてごめんなさい」

 

「違う」

 

「え、えっと、あっ、た、ただいま?」

 

「何で疑問形なのよ」

 

「うん、ただいま!」

 

 その時部室のドアが開いた。

 

「おかえりー!」

 

 そこには残りの勇者部の五人がいた。その状態に望乃は頭にハテナを浮かべる。

 

「いやー、夏凜がさー、先に二人で話したいって言うから、隠れて見てたのよ」

 

「望乃さん、無事で良かったです」

 

「コギー、昨日はごめんね。気付いてあげられなくて」

 

「私も、ごめんなさい」

 

 勇者部は望乃に頭を下げて謝った。

 

「別にいいよ。みんなのせいじゃないから。それより何でみんなの記憶が戻ってるの?」

 

「これだよ!」

 

 友奈が望乃に見せたのは、望乃が友奈に渡したヘアピン。

 

「あれ? これ、消えてなかったの?」

 

「私たちね、望乃ちゃんと会って後にこれを見たら望乃ちゃんのこと、思い出せたんだ!」

 

「確かに昨日みんな会ったけど……」

 

 このヘアピンは本来なら消えるものであった。しかし友奈が望乃を助けに来た際に手に持っていたことが幸いし、精霊たちからの贈り物と消えないようにした。それは、神に等しき力を直前に使っていた友奈が持っていたからこそ可能だった。友奈がその時を思った望乃を救いたいという気持ちがそのヘアピンに効果をもたらした。

 小木曽望乃の顔と名前を知ったうえでヘアピンを見ると、小木曽望乃に関する記憶が戻る、という効果を。

 

 説明を終えると、友奈が望乃に近付いて前髪辺りに何かをする。

 

「うん! やっぱりこれは望乃ちゃんが一番似合うよ!」

 

 友奈は望乃にヘアピンを付けてそう微笑んだ。

 

「友奈ちゃん、ありがとう!」

 

 望乃も同じように笑みを浮かべた。

 そんな望乃の肩に東郷がポンと手を置く。

 

「どうしたの? 美森ちゃん」

 

「望乃ちゃん、これから楽しいことしましょう」

 

「楽しいこと?」

 

「そう、楽しい楽しいお説教の時間よ」

 

 東郷はにっこりと笑う。

 

「……ん~? お説教?」

 

「望乃ちゃん、言ったわよね? 文句なら後で聞くって」

 

「そうねー。望乃には言っておかないといけないことがいっぱいあるわね」

 

「諦めなさい、望乃。ていうか、私も言いたいことあるから」

 

「あらら~」

 

 望乃は同じようなことをした友奈を除いた五人(特に東郷、風、夏凜)から説教を受けたのだった。

 

 

 

 望乃が説教を受けている内に日が暮れてしまい、望乃は夏凜と共に夏凜の家にやってきていた。

 

「わ~。久しぶりだ~」

 

「昨日も来たでしょ!」

 

 望乃はベッドに飛び乗る。

 

「望乃が使ってたものとか全部消えちゃったからまた買わないといけないわね」

 

「ん~。この布団、にぼしの匂いが――」

 

「しないわよ!」

 

 夏凜はベッドの上ではしゃぐ望乃を見て、後ろからそっと抱き付いた。

 

「夏凜ちゃん?」

 

「……本当に良かった。望乃が帰ってきて。あんた、もう二度とあんなマネしないでよ」

 

「大丈夫だよ~。もうしようにもできないから~」

 

「お役目がなくても、あんたはまた何かを抱えるかもしれない。でもその時は必ず私に相談しなさい。じゃないと、今度はビンタじゃ済まさないわよ」

 

「……大丈夫だよ。私は園子ちゃんに支えられて、夏凜ちゃんと仲良くなって、勇者部のみんなとも仲良くなれて、精霊としか生きる道がなかった私を変えてくれた。私に居場所を与えてくれた。だからもう私はみんなを裏切りたくない。これからもみんなと一緒にいたいから。それに私、見たいから」

 

「何をよ」

 

「夏凜ちゃんが美森ちゃんとの友奈ちゃん争奪戦に負けて、風ちゃんに励まされて、最終的に風ちゃんと結婚するところ~」

 

「そんな未来ないわよ!」

 

「え~。じゃあ、私と結婚する?」

 

「……はあ? な、何でそうなるのよ!」

 

 夏凜がカーッと顔を赤くして、望乃から離れる。

 

「あはは。冗談だよ~。でも……」

 

 望乃は夏凜の手をギュッと握った。

 

「私が生きたいって思っちゃったのは、夏凜ちゃんのせいだから、責任取ってよね?」

 

「言われなくても、ずっとそばにいてあげるわよ!」

 

「そっか~!」

 

 望乃と夏凜は二人で満面の笑みを浮かべたのだった。

 




 今回で最終回みたいな感じですけど、次回で最終回です。最後はほのぼので終わりたいという理由からそのようになりました。

 内容的には風の卒業式辺りをやろうと思っています。


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勇者部はいつまでも

 最終回です。


 望乃の三度目の転校を終え、風の卒業まであと数日に迫っていた。

 相変わらず朝に弱い望乃は、夏凜に叩き起こされて眠そうにしながらも朝食をすぐにたいらげた。

 

「望乃、調子はどう?」

 

「ん~。眠たい」

 

「そういうことじゃないわよ」

 

 夏凜はそう言って望乃の額に自分の額をくっつけた。数秒くっつけてから夏凜は離れた。

 

「まあ、異常はなさそうね」

 

「毎朝大変だね~」

 

「あんた、毎朝やってるんだからちゃんと答えないなさいよ!」

 

「夏凜ちゃん、私が大丈夫って言っても、信用できないって同じことするでしょ~」

 

「否定はできないけど……どれもこれも、あんたが嘘ばっかり吐いてたのが悪いんでしょ!」

 

「も~、最近はついてないよ~」

 

 夏凜は毎朝望乃の体調を確認していた。

 一度精霊に戻った望乃がどういった経緯で再び人の姿になれたのかということは望乃から聞いた。しかし以前とは違い神樹様が関与していないことや、前例があることもあって、当分の間体に異常がないか確認することになっていた。体重も変化するようになり、以前の望乃と変わりがなかったが、念のために夏凜が毎朝確認していた。

 

「夏凜ちゃん、私実は夏凜ちゃんに言った以外にもう一つ夢があるんだ~」

 

 望乃が突然そんなことを言い出した。

 

「何よそれ、どんなことよ」

 

 望乃はどことなく真剣な表情に見えたので、夏凜はそれを聞いた。

 

「ずっと思ってた。うどんを食べながら登校してみたいって」

 

「…………は?」

 

「だからうどんを……」

 

「聞こえてるわよ! あんた、真剣な顔して、どんなことかと思ったらそんなこと?」

 

「そんなことじゃないよ~。ずっと夢だったんだから~」

 

「無理よ、諦めなさい」

 

「勇者部五箇条、間違った六箇条! なるべく諦めない!」

 

「そんなことに六箇条を使うな!」

 

 心配して損したと呆れる夏凜は望乃を置いていこうとする。

 

「あ、待って夏凜ちゃん」

 

 望乃はそう言いながら夏凜を追いかけて抱き付く。抱き付かれた夏凜は少しだけ嬉しそうだった。

 

 

 

 放課後。夏凜にすぐ来るように言われ、勇者部二年生五人は集まっていた。この日、風と樹が遅れることを事前に聞いており、二年生だけで集まれる時間があったのだ。

 

「さて、全員集まったわね」

 

「夏凜ちゃんがこういうことするのって珍しいね!」

 

「でも、前にもこんなことあったよね~。ということは、今回もコギーに関することということだね~」

 

「望乃ちゃん、夏凜ちゃんに何かしたの?」

 

「ん~。何かしたかな~。あ、夏凜ちゃんのにぼしをいっぱい食べちゃったことかな~」

 

「つまり、望乃ちゃんがにぼしを食べ過ぎた結果、夏凜ちゃんの分のにぼしがなくなり、にぼし不足に陥ったため、私たちを集めたというわけね」

 

「それだよ! 東郷さん、名推理だよ!」

 

「だったら一刻も早くにぼしを探してこなくっちゃ!」

 

「じゃあ、私が行くよ! 私のせいで夏凜ちゃんがこんなことになっちゃったんだから、私が行かないと!」

 

「コギー、一人で抱え込む必要なんてないんだよ。私も、手伝うよ」

 

「望乃ちゃん、私も手伝うよ! 一緒に……にぼしを見つけよう!」

 

「みんなで力を合わせて、夏凜ちゃんをにぼし欠乏症から救いましょう」

 

「みんな……ありがとう!」

 

「勝手に話を進めるなー!」

 

 四人のやり取りに夏凜が盛大にツッコみを入れた。

 

「ていうか長いのよ! 大体、にぼしがないだけでそんなことになるわけないでしょ! 第一、今日もにぼし持ってきてるわよ!」

 

 夏凜が鞄からにぼしの袋を見せると、四人はホッとしていた。

 

「どこに安心してんのよ!」

 

 夏凜は大きくため息を吐いて話を戻した。

 

「あんたたちに集まってもらったのは望乃だけじゃなく、この場の全員に関係することよ」

 

「それは?」

 

「もうすぐ風の卒業。つまり、次の部長が誰になるかって話よ」

 

「樹ちゃんは?」

 

「樹はまだ一年よ。まだ荷が重いわ」

 

「でも決めるのは風先輩よ。私たちが話しても意味がないんじゃない?」

 

「話したらいけないってことでもないでしょ。正直、誰がなると思う? まあ、私が一番向いてると思うけど!」

 

「私いっつんだと思うな~」

 

「私も樹ちゃんだと思う~」

 

「この中で!」

 

 夏凜があまりにもしつこいので四人は話すことにした。

 

「まあ、まず望乃と園子はないわね。園子は入ってからそんなに経ってないし、望乃はそういうタイプじゃない」

 

 夏凜が自信満々にそう言う。

 

「私は友奈ちゃんだと思うわ」

 

「私は東郷さんが良いと思う!」

 

「私は、わっしーかな~」

 

「私は友奈ちゃんだと思うな~」

 

「……私は? ていうか、望乃! あんたは私だと思いなさいよ!」

 

 名前の挙がらなかった夏凜が望乃に理由を聞く。

 

「え~っとね、美森ちゃんと夏凜ちゃんは部長を支える立場の方が良いと思うんだよね~。夏凜ちゃんがさっき言った私と園子ちゃんが無理な理由も納得できたから、じゃあ友奈ちゃんかなって」

 

「思ったよりちゃんと考えてたわね」

 

 そこで遅れてきた風と樹がやってきて、その話は終わりということになった。

 

「そういえば望乃、調子はどう?」

 

 風に聞かれた望乃はお菓子の袋を開けながら言った。

 

「異常なしだよ~」

 

「私が毎日確認してるから間違いないわ」

 

「クラスの方はどう?」

 

「全然大丈夫だよ~」

 

「この時期の転校なので、初めは珍しい目で見られていましたけど、すぐに溶け込めたみたいです」

 

「望乃さん、最初に転校してきた時もそうでしたもんね」

 

「コギー、授業中に寝ることはなくなったよね~」

 

「園ちゃんがボーっとしてるのはよく見ます!」

 

 勇者部の報告を受けて風はウンと頷いた。

 

「問題がないようで安心したわ。いやー、それにしても、同じ学校に三回も転校するなんて変な話よねー!」

 

「ホントだよね~」

 

「あんたのことよ、望乃」

 

「でも、みんなの記憶が消えただけで、性格が変わったわけじゃないから問題なんて起こるわけないよ~。いろいろお菓子くれるしね~」

 

「ああ、望乃が今食べてるの、もらったやつなのね」

 

「なんか頼んでないのにくれるよ~。クラスの人とか、他のクラスの人とか、先生とか」

 

「先生も!?」

 

「何でそんなに望乃さんにくれるんでしょう?」

 

「なんかね~、私が小動物みたいで、おいしそうに食べるからあげたくなるんだって~」

 

 勇者部はなんとなくその気持ちが分かったような気がした。

 

「そのおかげで望乃の鞄の中には基本お菓子の袋が入ってるわ」

 

 夏凜は鞄からにぼしの袋を取り出した。お菓子を食べ終えた望乃がそれを見て、夏凜を呼んで口を開ける。

 

「仕方ないわね」

 

 夏凜は望乃の口ににぼしを放り込んだ。

 

「……にぼしを常備してる夏凜も同じようなものじゃない?」

 

「何ですって?」

 

「あっ、ぼた餅いかがですか?」

 

 東郷が思い出したと言わんばかりに言い出した。

 

「東郷さんのぼた餅だ!」

 

「わっしーのぼた餅、久しぶりだ~!」

 

「ぼた餅食べたい!」

 

「相変わらずよく食べるわね……」

 

 望乃に呆れる夏凜以外の六人がぼた餅を手にする。

 

「夏凜ちゃん、一緒にぼた餅食べましょう」

 

 ぼた餅を夏凜に差し出す東郷に、夏凜は勇者部全員の顔を見渡した後、受け取った。

 

「仕方ないから、食べてあげるわよ! 感謝しなさい!」

 

 そう言ってそっぽを向く夏凜を見て、勇者部は笑いながらみんなで一緒にぼた餅を食べた。

 その後いくつもぼた餅を食べて、食べ疲れた望乃は樹に膝枕をしてもらっていた。

 

「樹ちゃんの膝枕、すごくいいよ~」

 

「そ、そうですか?」

 

「うん、なんか……すごくいい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

樹は少し照れた様子だった。東郷や園子がその様子を撮ったことで、膝枕は強制終了することになった。

 

 

 

 そして数日後。風の卒業式の日がやってきた。式が終わった後、勇者部は部室に集合していた。

 

「風先輩、卒業おめでとうございます!」

 

 勇者部がそう言うと、風は嬉しそうにしていた。

 

「風! 早く新部長発表しなさいよ!」

 

 夏凜が待ちきれないと言わんばかりに風を急かす。

 

「少しくらい待ちなさいよ。仕方ないわね。新部長は……樹よ!」

 

 風はそう言って樹に『新勇者部部長』のタスキを樹に掛けた。

 

「えーーーー!」

 

 夏凜は予想外のことに驚いていた。

 

「樹ちゃん、おめでとう!」

 

「おめでとう」

 

 友奈と東郷は賛辞の言葉を送っていた。

 

「いっつんが部長か~」

 

「樹ちゃん、良かったね~」

 

 園子と望乃は二人で喜んでいた。

 

「樹に部長をしてもらって他のみんなに支えてもらうって形が一番良いと思ったのよ」

 

「望乃が言ってたことと同じようなものね……」

 

「うん、だってそれを参考にしたからねー」

 

「……ってことは、前聞いてたの?」

 

「まあ、そういうことになるわね」

 

「あんたねぇ……」

 

「まあまあ、私の卒業と樹の新部長就任祝いにうどん食べましょう!」

 

「何でそこでうどんなのよ!」

 

「私が食べたいからよ!」

 

 ギャーギャーと言い合う二人をよそに、園子が樹に聞いた。

 

「いっつん新部長! ご決断を!」

 

「え、えっと……うどん、食べましょう!」

 

「じゃあ、決まりだね!」

 

「風先輩、夏凜ちゃん、うどんを食べに行きましょう!」

 

 その一言で言い合っていた二人は収まった。

 

「うどんだ~。うどんの踊り食いだ~」

 

「うどんの踊り食いって何よ!」

 

 先に全員で集合写真を撮ってから、部室を出る準備をしていると、園子が空を見ている望乃に気が付いた。

 

「どうしたの? コギー」

 

「ん~? 銀ちゃんのこと考えてた」

 

「ミノさんのこと?」

 

「何の話?」

 

 二人の会話が聞こえたのか、東郷が会話に入ってきた。

 望乃はもう隠し事はしたくないと思っていた。だから二人に伝えておこうと思ったのだ。

 

「私ね、銀ちゃんに会ったよ。ちょっとだけだけどね」

 

「銀と?」

 

「ミノさんと会えたんだ」

 

「うん、その時にね、銀ちゃんに言われたんだ。美森ちゃんと園子ちゃんのこと、よろしくって」

 

 それを聞いて、東郷は口元に手を当て、園子は微笑んだ。

 

「じゃあ、もうコギー無理はできないね。そんなことしたらミノさんに怒られちゃうよ」

 

「うん」

 

「コギーは私やわっしーやみんなと笑って暮らせば良いと思うよ。きっと、ミノさんもそれを望んでると思うからね~」

 

「……うん、そうだね!」

 

「東郷さん! 園ちゃん! 望乃ちゃん! 行くよー!」

 

 友奈が二人に大きく手を振っていた。園子は望乃の手を握って引っ張って行った。

 

「ほら、行こう。コギーが笑って暮らせる私たちの世界に!」

 

「うん!」

 

 勇者部は七人揃って歩いていた。

 

「ほら、樹! 早く行くわよ! うどんは待ってはくれないわ!」

 

「お姉ちゃん、うどんは逃げないから」

 

「夏凜ちゃん!」

 

「ゆ、友奈!?」

 

 友奈が夏凜に抱き付き、さらにその友奈に望乃が抱きついた。

 

「何なのよ、これはー!」

 

「友奈ちゃん、こっちに来て」

 

「どうしたの? 東郷さん」

 

 声を掛けられて望乃と友奈が離れ、友奈が東郷の元へ向かう。

 

「あんた、何であの状況で友奈に抱き付くのよ」

 

「園子ちゃんが言ったから~」

 

 夏凜は園子の方に視線を向ける。

 

「創作が捗るよ~」

 

 園子がグッと指を突き立てると、望乃もグッと指を突き立て返した。

 

「でも、夏凜ちゃんが一番落ち着くよ~」

 

 そう言って望乃は夏凜に抱き付く。

 

「そ、そう?」

 

「照れてるにぼっしー、いいね~」

 

「ってまた!?」

 

「もう、あんたらいつもよく飽きないわねー」

 

「みなさん、行きますよ」

 

 勇者部は樹の声に返事をして仲良く歩く。

 かつて精霊として生まれ勇者に憧れ続けた一人の少女は、自分を信じてくれる仲間に支えられて、大切な人たちと対等な存在になることができた。人知れず消える運命しかなく、誰かの代わりに過ぎなかった少女は、友に囲まれて今日も笑う。

 

「みんな、いつまでも仲良くしようね!」

 

 望乃の突然の言葉に、勇者部は一瞬きょとんとした後、笑った。

 友奈が笑い、東郷が笑い、風が笑い、樹が笑い、園子が笑い、夏凜が笑い、一緒になって望乃も笑う。

 そして友奈が望乃の手を取った。

 

「望乃ちゃん、勇者部は永久に不滅だよ!」

 

「うん、みんな、大好き!」

 

 そう言って望乃は友奈と夏凜に抱き付いた。

 望乃は勇者部に入って本当に良かった、と思った。

 七人揃った勇者部は、いつまでも笑顔だった。

 




 これで小木曽望乃の物語は終わりです。

 放送前にこのシリーズでやりたいなと思っていたこと(望乃VS夏凜など)を本編にほとんど強引にねじ込んだ、作者の自己満足のようなものになってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

 今までこの作品を読んでくださった方、ありがとうございました。


 最後におまけのようなものを一つ。
 望乃の誕生日は十月十一日です。

 以上です。ありがとうございました。


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特別編

 お久しぶりです。


 十月十一日は小木曽望乃の誕生日です。なので特別編を書いてみました。

 
 


 十月十一日。

 この日、勇者部は休みだと言われ、望乃は暇を持て余していた。友奈や東郷、園子を遊びに誘ったが用事があるとのことで、風と樹もこの前日に今日は用事があると言っていた。夏凜は気が付いた時にはもういなくなっていて、スマホにメッセージが送られてきていた。

 

『今日は遅めに帰ってきなさい』

 

 鍵は基本的に夏凜が持っているため、夏凜が帰っていない以上帰宅は不可能だった。

 望乃はぷらぷらと歩き回ることにした。

 

 

 

 数日前。望乃が料理部に行っている時だった。東郷がふとこんなことを言った。

 

「そういえば、望乃ちゃんの誕生日っていつなんでしょうか?」

 

 それを聞いた望乃と遅刻している園子を除いた四人が顔を見合わせる。

 

「いつって、前に夏凜が八月三十日って言ってたじゃない。入部届けにもそう書いてあるし」

 

「確かにそうです。しかしそれはおそらく望乃ちゃんの本当の誕生日ではありません。なぜなら八月三十日というのは、そのっちの誕生日ですから」

 

「あっ、そうか! 望乃は乃木のコピーだったから乃木の誕生日を答えてたってわけね」

 

「私も望乃本人から聞いただけだから、その誕生日が偽りでもおかしくはないわね」

 

「じゃあ、望乃ちゃんの本当の誕生日はいつなんだろう」

 

「でも、夏凜さんでもわからないことを知ってる人っているんでしょうか」

 

「呼ばれて飛びててジャジャジャジャ~ン!」

 

 そこで、園子がドアをガラッと開けて入ってきた。

 

「別に呼んでないわよ」

 

「あれ~? 呼ばれたと思ったんだけどな~」

 

「もしかして園ちゃん、望乃ちゃんの誕生日知ってるの?」

 

 友奈に聞かれて園子はドヤ顔でグッと親指を突き立てた。

 

「ちゃんとあるのね。元々精霊だった望乃ちゃんに名前がなかったように、誕生日もないのかと思ったわ」

 

 東郷がホッと胸を撫で下ろす。

 

「いや、ないんじゃないかな? コギーも自分の誕生日を知らないと思うしね」

 

「ど、どういうこと?」

 

「わっしーの言う通り、名前もなかったコギーには誕生日っていうものは存在しない。血液型は、私と同じだと思うけどね。でもそれに相当する日は存在する。コギーがこの世に生まれた日はあの日しかないからね」

 

「そのあの日っていうのは?」

 

 園子はちらっと東郷の顔を見た。そしてその日を口にした。

 

「十月十一日だよ」

 

「! そのっち、その日って……」

 

「うん。あの戦いの日。あの戦いでコギーは生まれたんだから」

 

「そうよね。気付かなかった自分が恥ずかしいわ。でも、それだと望乃ちゃんも知っていてもおかしくないんじゃないかしら」

 

「コギーはきっとこう言うよ。『みんなは気まぐれで買った人形に誕生日を作る? ふつうは作らないと思う。それと同じことだよ~』って。だからコギーは自分の誕生日なんて気にしたこともないと思う」

 

「望乃はもう人間なのに、いつまでそんなことを言ってるのよ」

 

「まあ、コギーにとっては自分が精霊だってことが常識だったんだし、その考え方が抜けないんじゃないかな」

 

「それにしてもあれね」

 

「まあ、そうね」

 

 風の言おうとしていることを察した夏凜が同調する。

 

「乃木の望乃のモノマネものすごく似てるわね!」

 

「そんなこと考えてたの? ほぼ本人なんだから当たり前じゃない!」

 

「望乃さんの誕生日、もうすぐですね」

 

「そうよ、樹! 私が言いたかったことはそれよ!」

 

「嘘つけ!」

 

「よし!」

 

 その時、友奈が勢いよく立ち上がった。

 

「みんなで望乃ちゃんの誕生日会をしましょう!」

 

「でももうあまり日にちが……」

 

「大丈夫! 望乃ちゃんの本当の誕生日が過ぎてたら無理だったかもしれないけど、まだ過ぎてないから、みんなでお祝いしましょう! 望乃ちゃんも絶対喜びますから!」

 

 友奈の言葉を聞いて、勇者部はうんと頷いた。そして全員立ち上がり、誕生日会をサプライズで開くことに決まった。

 

「それじゃあ、絶対望乃を喜ばせるわよ! 勇者部ファイトー」

 

「おー!」

 

 

 

時間は戻って現在。ぷらぷらと時間を潰していた望乃のスマホが着信音を鳴らす。確認すると、夏凜からだった。

 

『帰ってきていいわよ』

 

 その文を見て望乃は何一つ疑うことなく帰路に着いた。

 

「ただいま~」

 

 自宅に帰ってきていつも通りののんびり口調で挨拶をする。ドアを開けた先には夏凜が望乃の帰りを待っていたかのように立っていた。

 

「おかえり。帰ってすぐで悪いけど、ちょっと来て」

 

 夏凜はそう言って頭にハテナを浮かべている望乃を奥まで引っ張って行く。

 

「じゃあ、開けて中に入って」

 

「? うん」

 

 夏凜のよくわからない行動に首を傾げながらも、望乃は夏凜が言った通りにした。

ドアを開けた瞬間、

 

「ハッピーバースデイ! 望乃ちゃん!」

 

 友奈の掛け声の後、複数のクラッカーの音が部屋中に響き渡った。

 

「……」

 

 ところが、望乃は全くの無反応だった。

 

「望乃ちゃん?」

 

「えっと……」

 

 望乃は今の状況に困惑しているようだった。

 

「望乃が困った顔するなんて珍しいわね」

 

「今日、誰かのお誕生日だったっけ~?」

 

「望乃ちゃんの誕生日だよ!」

 

「私にお誕生日なんてないよ~」

 

「コギー、今日があなたが生まれた日で間違ってないよね?」

 

園子にそう聞かれて望乃はしばらく考える。

 

「……確かに、私が生まれたのは今日かもしれないけど、でも、でもだよ? みんなは気まぐれ買ったお人形にお誕生日を作る? ふつうは作らないと思う。それと同じだと思うんだよ〜」

 

 それを聞いた瞬間、勇者部は一斉に笑い出した? その状況に、望乃は頭にハテナを浮かべる。勇者部の笑いが落ち着いたところで風が謝罪をした。

 

「ごめんごめん。乃木が前に行ってたセリフをほとんど同じだったからついね。それから望乃、誕生日っていうのは生まれた日を祝う日なのよ。だからあんたが何と言おうと今日は望乃の誕生日よ」

 

「それに望乃はもう人間でしょ」

 

 風のセリフに、夏凜が付け加える。

 

「私たち、勇者部の仲間ですから! 祝いたいんです!」

 

 樹が力強くそう言う。

 

「ああ、そっか。今まで気にもしてなかったけど、考えてみたらそうだね。うん、今日は私の誕生日だ~!」

 

「じゃあ改めて、ハッピーバースデイ! 望乃ちゃん!」

 

 友奈の掛け声と共に、望乃の誕生日会が始まった。

 

「じゃーん! ケーキだよ!」

 

「でかっ!」

 

「これは食べ応えあるね~。ジュルリ!」

 

「口で言うな!」

 

 友奈が持ってきたケーキは大きなホールケーキだった。

 

「ケーキ入刀~」

 

「わ~パチパチ!」

 

「何でケーキ入刀があるのよ!」

 

「じゃあ、夏凜ちゃんと風ちゃんでいってみよ~」

 

「何で!」

 

「コギー、部長とにぼっしーの組み合わせ好きだね~」

 

「でも、望乃ちゃんの誕生日なんだから、望乃ちゃんはやらないと!」

 

「ていうか、何でやる前提なのよ」

 

「やっぱりここはコギーとにぼっしーだぜ~」

 

 園子がグッと親指を突き立てる。

 

「何でそうなんのよ!」

 

「夏凜ちゃんがやらないなら私がやろっかな!」

 

「友奈ちゃん!?」

 

「でも、夏凜。今日は望乃誕生日なのよ?」

 

「そ、そう……ね。仕方ないわねやってあげるわよ。感謝しなさい!」

 

 すぐに折れた夏凜を見て、望乃以外の全員がチョロイ、と思った。

 

「私と夏凜ちゃんで初めてのきょうどうさぎょうだ~」

 

「その言い方やめなさいよ!」

 

 結局、本当にケーキ入刀をすることになり、夏凜は恥ずかしがりながら望乃とケーキを切ったのだった。

 

 その後、友奈が押し花を送ったり、東郷がぼた餅を渡したり、樹が歌で祝ったり、風が女子力アップをプレゼントにしようとして断られたりした。そして園子がプレゼントを贈る番になった。

 

「私のはこれだよ~。コギーが好きな部長とにぼっしーの本!」

 

「何よそれ!」

 

 風と夏凜が声を揃えて言った。

 

「わ~、ありがと~。読みたかったんだ~」

 

「あと、これも~。コギー×にぼっしーの本。自信作だよ~」

 

「ありがと~」

 

「望乃、ホント好きよねあんた」

 

「心配しなくても夏凜ちゃんにも読ませてあげるからね~」

 

「いらないわよ!」

 

 そんなこんなで時間は過ぎていった。最後に記念に写真を撮ろうということになった。

 

「友奈ちゃんはそこで、夏凜ちゃんはそこ。よし、じゃあ撮るよ~」

 

「いや、望乃が写らないでどうすんのよ!」

 

「あっ、忘れてた~」

 

「じゃあ、私が撮るよ!」

 

 友奈が望乃と代わってスマホで自撮りの形で写真を撮った。そしてその写真はすぐに勇者部に送られた。

 勇者部が帰った後、望乃と夏凜は後片付けをしていた。

 

「全く……あいつら、またごみを大量に増やしてって……」

 

「何だか、夏凜ちゃんの誕生日を思い出すね~」

 

「そうね」

 

「あの時は、私の誕生日会をするなんて微塵も思っていなかったな~」

 

「……望乃」

 

「ん~? どうしたの~?」

 

「こ、これあげる!」

 

 夏凜がそう言って渡したものはマフラーだった。

 

「プレゼントよ! 大事にしなさいよね!」

 

「ありがと~。大事にするよ~」

 

 そう言って望乃はマフラーを首に巻く。

 

「いや、まだ暑いでしょ」

 

「うん、暑い」

 

 望乃は首に巻いたマフラーを外す。

 

「夏凜ちゃん! だ~いすき!」

 

 望乃は夏凜にギュッと抱き付いた。

 

「十年後も二十年後も一緒にいようね!」

 

「そんな先のこと、わからないわよ」

 

「え~」

 

「でもそうね。約束するわ」

 

 夏凜はそう言って笑った。その笑顔につられるように望乃も笑った。

 

「そういえば言い忘れてたわ」

 

 夏凜は望乃を引きはがして手を握った。

 

「ん~? 何を?」

 

「誕生日おめでとう。望乃」

 

「うん! ありがとう! 夏凜ちゃん」

 

 互いに手をしっかりと握り合いながら、笑いあったのだった。




 望乃ちゃん、誕生日おめでとう!


 以上です。ありがとうございました。


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