コードギアス 戦わないルルーシュ (GGアライグマ)
しおりを挟む

シンジュクでテロに巻き込まれない

 賭けチェスからの帰路のこと。

 ルルーシュはリヴァルの運転するサイドカーに跨っていたのだが、付近で事故が起きた。

 

「あれは、俺達にも責任があるのか?」

 

 50メートルほど先に、立ち入り禁止区域に突っ走って動かなくなった大型トラックがある。

 その突っ走った時に自分たちがすぐ近くにいたのだ。だから多少は原因になったかもしれないと不安になっている。そもそも事故なのだから車内にいる人間が心配だ。ケガなどしていなければいいのだが。

 

「……リヴァル、行こう」

 

 しかし、ルルーシュは無視することに決めた。

 

「いいのか?」

「あのトラックの動きは妙だったからな。もしかすると、麻薬の密売にでもからんでいるのかもしれない」

「えっ? そんなことを考えていたのか。可能性はあるけどな」

「あとは大人に任せよう。救急車だけは呼んでおいて」

「そうだな。それがいいだろう。学校もあるしな」

 

 それだけ言うと、2人は再びサイドカーに跨った。

 その後特に異常なく学校に戻り、授業を受け、放課後になる。生徒は帰宅、もしくは部室に向かう。ルルーシュは生徒会に入っているので生徒会室に向かう。

 

「おいルルーシュ。お前の言った通りだったみたいだぜ。いや、それ以上だ」

 

 歩いていると、リヴァルが駆け寄ってきた。

 

「昼のトラックの話か?」

「そうだ。なんでも、軍の兵器を盗んだテロリストだったらしいぜ」

「なっ……。そ、そうか。それは命拾いしたな」

 

 本当に命拾いである。

 テロリストともなれば、警察どころか軍が出てくる。それも上層部の厄介になる可能性がある。それは身を隠しているルルーシュにとっては、絶対に避けなければならないことだった。

 

「本当だぜ。あーよかった。しっかし、イレブンは相変わらず恐ろしいことをするなあ」

「それは、まあ、そうかもな」

 

 ブリタニアの方が……、とは思うが、テロもまた無意味な暴力なので味方をする必要は無かった。

 生徒会室に入ると、愛しのナナリーや、かわいらしいナナリーや、ちょっとオチャメなナナリーや、やさしいナナリーが先にいた。

 

「あっ、お兄様」

「やあナナリー。今日も学校は楽しめたかい?」

「それは、はい。ここの皆さんはよくしてくれますから」

「ふふっ。そうか、それはよかった」

 

 ルルーシュはナナリーに寄っていく。

 寸前で立ち止まると、手を拝借し、憚らずに甲にキスをする。

 

「ちょっ、ルルー。私達もいるのよー」

 

 隣で見ていた少女、シャーリーが顔を赤らめつつ、眉を顰めて言う。

 

「ふふっ。今日もかわいいよ」

「聞いてないし……」

「しかしお兄様。今日も賭けチェスをなさったようですね」

「ん? いやしかし、それは……」

「お兄様。私はお兄様を心配しているのです。もう少しご自身のお体に気を配りなさってください」

「ナナリー、しかし俺は」

「私はお兄様が無事でいてくれさえすればいいのです」

「ああナナリー、なんてうれしいことを。俺だってナナリーが無事ならそれでいいんだぞ」

「ですから、私の気持ちも理解してください。お兄様には危険なことをしていただきたくないのです」

「うーん、うん。分かった。分かったよ。もう賭けチェスはやめにする」

「えーっ! マジかよー!」

「ありがとうございます。お兄様」

「私が何度言ってもやめなかったのに。なんなのこの気持ち。この無力感は」

「おいルルーシュ! 考え直せ!」

「リヴァルは黙ってなさい! 調子に乗り過ぎよ!」

「おい! シスコンのルルーシュ!」

 

 外野はとやかく言うが、ルルーシュは意に介さない。

 

「おーう。青春してるかー、若人どもー」

 

 とそこへ、会長のミレイが入ってきた。大量の書類を胸に抱えながら。

 

「会長、なんですかそれは」

「俗事、そして些事ね。みんなでちゃっちゃと片付けちゃおう!」

「いや、小出しにしてくれれば大変な思いをせずに済むわけですが」

「ふふっ。やっぱりルルちゃんは素敵ね。口を出しつつ手を動かしているんだからっ」

「会長も早く始めてくださいよ」

「ふふっ。分かった分かった」

 

 そうして作業が始まる。ルルーシュ、シャーリー、リヴァルは散々愚痴をこぼすが、手を抜いたりはしない。その甲斐あってか書類はその日のうちに片付いた。

 部活が終わると、ルルーシュとナナリーはクラブハウスに、他のメンバーは寮の自室に戻っていった。

 

 それから数週間は、そんな穏やかな日常が続いた。途中に病弱らしいカレン・シュタットフェルトが生徒会に入ったが、何も事件は起きなかった。

 しかし、結局ルルーシュは賭けチェスを再開した。

 どうしても大金が欲しかったのだ。ナナリーの治療費、学園卒業後の生活費、それに、ブリタニアを変えるための資金を手に入れるために。

 人目に付く商売はできない。卒業後働くにしても、仕事を選ぶ必要がある。素性がバレたら困るから。

 一応ミレイに頼んではみるが、アッシュフォードに依存することもできない。

 ミレイは別として、彼女の一家はルルーシュが皇族復帰すると見込んで匿っているだけであり、利が無いと判断されると、いつ見捨てられてもおかしくない。

 

「ミレイ、相談がある」

「何かしら?」

 

 しかしその日、めずらしいことが起きた。

 ルルーシュがミレイをクラブハウスに呼び出したのだ。

 

「お前の婚約者の件だが、確かロイド・アスプルンドという男がいたよな」

「いたわね。それがどうかしたのかしら?」

「俺が仕入れた情報によると、やつはラクシャータ・チャウラーの知り合いらしくてな。このラクシャータに用があるのだが、どうしてもこいつが見つからなくて」

 

 ラクシャータは医療のスペシャリストである。

 ルルーシュはナナリーの目や足を治してもらうために、彼女に目を付けていた。素性もいい。インド人であるため、裏切られてブリタニアに売られる可能性が低い。

 

「アスプルンド卿にそれとなく聞いてみてほしいってこと?」

「そうだ。いや、忘れてくれてもいいぞ。これは俺のわがままだからな。お前には迷惑をかけたくない」

「ふふっ。子供はわがままを言ってもいいのよ」

「1つしか変わらないじゃないか」

「じゃあ親友? には頼ってもいいってことで」

「すまない。いや、いつ断ってくれてもいいがな」

「平気よ。どうせ学生のうちはお見合い全部断るんだもん。その相手に少し昔話を聞くくらいならなんの問題もないわ」

「恩にきる。この埋め合わせは必ずする」

 

 ルルーシュは申し訳なさそうにうつむく。

 ミレイはそんな彼に苦笑し、しかし少しして、悪戯っぽく笑う。

 

「だったら一緒に旅行してくれない? ぱあっとさ」

「旅行か? 俺はかまわないが」

「ふふっ。じゃあ決まりね」

「分かった。だがもちろんナナリーは一緒だぞ」

「ふふっ。それは分かってるって。私としては、生徒会のみんなにも一緒に来てもらいたいくらいだしね」

「ふっ。その方が会長らしいな」

「分かっているじゃない」

 

 2人は満足げに笑う。その後も2人で話し合い、行先は河口湖に決まった。

 旅行のちょうど一週間前には、エリア11の総督がクロヴィスからコーネリアに変わった。未だテロが横行しているために、クロヴィスが能力不足として左遷されたのだ。

 しかし、トップが変わっても一般人にはほとんど影響がないため、学生達は特に気にも止めなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

河口湖で妹といちゃつく

 河口湖は富士山に隣接する美しい湖。付近に見事なリゾートホテルが立ち、多くの観光客が押し寄せる。主に富めるブリタニア人だが。

 

「ナナリー。また上手になったな」

「はい。練習していますから」

 

 ルルーシュは現在、水の浅い場所でナナリーの手を引いている。ナナリーはバタ足で泳いでいる。その微笑ましい光景は、自然と近くにいる人々を和ませる。

 だが、逆に不満を抱く者達もいた。

 

「もう。ちょっとはこっちにも目を向けなさいよね」

 

 シャーリーは口まで水に沈めて、小さな泡を出し始める。

 実は彼女は、気合の入った水着を纏っていた。恥ずかしいのを我慢してだ。それだけこの日に懸けていたのだ。

 

「シャーリー、妬いてんの?」

「そ、そういうことじゃないわ!」

「おっ、おうわっ」

 

 リヴァルが茶化すと、大量の水で返される。

 

「くそうっ。お返しだっ!」

 

 リヴァル側も応戦する。シャーリーもまた返し、リヴァルもまた返し、続いていく。一見うらやましい光景だが、2人とも目は笑っていない。シャーリーはルルーシュをチラ見し、怒りを水とリヴァルにぶつける。リヴァルはミレイをチラ見し、自分への情けなさを水とシャーリーにぶつける。

 

「はあ。癒されるわねえ」

「あっ。ナナリーちゃんすごい。あんなところまで」

「ナナリー様! ファイトです!」

 

 ミレイ、ニーナ、咲世子の3人はボートに乗ってゆったりしていた。ミレイとニーナは2人乗り。咲世子は1人乗りで、緊急事態の救助も兼ねていた。

 

 その後、全員が同じ部屋に移動する。

 男女別の方が健全かもしれないが、男側が『ナナリー愛に生きるルルーシュ』と『実は奥手なリヴァル』では、間違いが起こるはずもなかった。

 

「今日はいっぱい動いたからな。褒美のマッサージだ」

「ありがとうございます。お兄様」

 

 兄妹は相も変わらずにラブラブだった。

 

「うーん、うーん」

 

 シャーリーは相も変わらず悩んでいた。

 

「ルルーシュぅー! シャーリーもルルーシュにマッサージしてもらいたいみたいよぉー!」

「ちょっ、えええっ!」

 

 ミレイはにやりと口端をつり上げて快活に告げる。シャーリーは驚いて両腕を上下させる。

 

「うん? そうか。まあ後でな」

「いいのっ! って、違う違うっ!」

「また会長の悪ふざけか。まあ男に触れられるのには抵抗があるだろうからな」

「いや、その、違うと言うか、合ってると言うか」

「嫌なら嫌と言えばいい。会長だからって遠慮する必要はないんだぞ」

 

 シャーリーはおろおろと慌て、ルルーシュは顔を顰める。

 ミレイは愉快そうに目を細め、白い歯を見せつつ、口とお腹を押さえていた。

 

 

 しかしその時、突然、ドアが力強く開かれる。

 

 

 一堂が視線を向ける。

 そこには、旧日本軍の軍服を着て、アサルトライフルを担いだイレヴンがいた。

 

「このホテルは我々日本解放戦線が占拠した。命が惜しくば黙って命令に従え」

 

 そう言うと、銃を突き付けてくる。

 

「なっ」

 

 一堂驚いて固まってしまう。

 いや、ただ1人咲世子だけは冷静に、周囲に気を配っていた。

 

「お前。お前は裏切り者の名誉か?」

 

 その咲世子に気付き、武装した男が話しかける。

 

「ええ。私は名誉ブリタニア人です」

「チッ。ならばお前も人質だ。付いて来い」

「畏まりました」

 

 咲世子は驚いた風もなく、丁寧にお辞儀する。

 それに男の方が驚く。しかし『これこそが日本女子の強さだ』とかなんとか解釈して、特に気にしなかった。

 

 人質は皆一室に集められた。そこで大人しく座っていろと命じられた。

 それから「人質の命を助けたくば日本を解放しろ」「要求が認められない場合、30分に一人ずつ人質が死ぬことになる」と大音量で放送がなされた。

 ルルーシュは大いに悩み、しかし、なんら解決の糸口がつかめないことに憤っていた。今はただ、カメラに顔が映らないようにうつむいているだけだ。

 ナナリーはルルーシュに抱きついて、恐怖を紛らわせていた。

 咲世子はいつキョウトのことをバラそうかと悩んでいた。

 ミレイは旅行を提案したことを後悔し、自分に怒り、皆への申し訳なさも含めて、唇をかみしめていた。

 ニーナはただイレブンに恐怖して震えていた。

 リヴァルとシャーリーは思い人を見つめて恐怖を紛らわし、また情熱を燃やしていた。

 

「ルル。私、ルルのことが好きだったの」

 

 シャーリーは耐えきれなくて、とうとうつぶやいてしまう。

 

「シャーリー、こんな時に何を」

「いや、こんな時だからこそなのよ」

 

 ニーナがにらみつけ、それをミレイが諌める。

 

「シャーリー、本当なのか?」

「うん。だから、もっと近づいてもいい? 返事は、なくてもいいから」

「……ああ。かまわない」

 

 ルルーシュがそう言うと、シャーリーはルルーシュにすり寄っていく。黙って腕までからめてしまう。それに最も刺激されたのはリヴァルだった。

 

「か、会長。実は、俺も……」

「ルルーシュ、私も隣にいていい?」

 

 しかし、そのミレイは遠まわしにルルーシュに告白してしまう。

 

「ああっ、ああああああっ」

 

 リヴァルは崩れ落ちてしまう。目を真っ赤にして涙を流す。

 

「えっ、ミレイ会長まで」

「本当に?」

「いいでしょ、ルルーシュ」

「……それは、まあ、かまわないが」

 

 ミレイは薄く目を細め、シャーリーとは反対側のルルーシュの隣にすり寄る。

 ルルーシュはひどく困惑していた。悪ふざけだと思いたいが雰囲気がそれを否定する。それでも、ナナリーだけは守り通さなくてはならない。そう思い静かに自分を奮い立たせる。

 

「ルルーシュ! やっぱりルルーシュなのね!」

 

 しかしその時、聞き慣れない声が突然自分を呼んできた。

 何事かと、生徒会メンバー全員がそちらに視線を向ける。そこには、桃色の長髪の美しい少女、ルルーシュと同じか少し下くらいの少女がいた。

 

「ルルーシュの知り合い? あんな子学園にいたっけ?」

「ほんっとモテるわね。ルルちゃんは」

 

 シャーリーとミレイは呆れを通り越して笑ってしまう。

 しかし当のルルーシュは、恐ろしい顔をして固まっていた。

 その異変にまずミレイが気付く。もしや、本国にいた知り合いなのかもしれない。口封じが必要か? いや、この状況ではどうすることもできないだろう。そんなこと後回しでいい。今は懐かしい思い出に浸ってもらおう。

 ミレイはそう思いもう一度笑う。知らない少女にも、慈悲を込めた視線を送る。

 

「ルルーシュ、生きていたのね。いえ、今はそんなことはいいわ。ただ再会を喜びましょう。……しかしあなたってば、知らない間にずいぶんかっこよくなって。というか、やっぱりモテているのね」

 

 少女は矢継ぎ早に語っていく。その身をルルーシュに寄せながら。

 

「私も傍にいるわ。いいでしょルルーシュ」

 

 ルルーシュは何も答えない。

 

「お兄様。もしかして、ユフィ姉様ですか?」

 

 代わりに応じたのはナナリーだった。

 その言葉にミレイが驚愕する。だが、すぐに戻る。やはりこの状況では身分も何も関係ない。それに彼女は、ルルーシュを好いているようだし。

 

「そうよナナリー。久しぶりね。こんなところになったのは残念だけど、また会えたことはうれしいわ」

「ふふっ。私もうれしいです。本当に……」

 

 なんて言っているうちに、ユーフェミアはルルーシュの後ろに抱きつく。なんとも積極的である。

 とかくこれでルルーシュは、前後をナナリーとユーフェミアに、左右をシャーリーとミレイに取られることになった。

 そこだけ異様な光景が出来上がる。地獄にハーレム。まるで天国である。

 男達は歯噛みし、日本解放戦線もとうとう動き出す。

 

「そこっ! こんな事態に何をふざけているっ! 我々を舐めているのかっ!」

 

 銃声が鳴り響き、彼女達はサッと離れる。ナナリーだけは退かなかったが。

 

「おい! お前もだ!」

 

 銃口がナナリーに向けられる。

 

「彼女は目と足が不自由なんだ。だから見逃してくれないか?」

「ああん?」

 

 ルルーシュが告げると、一度だけ発砲される。銃弾がルルーシュの髪をかすめる。

 武装した男はそれ以上は撃たずに、ナナリーに近づき始める。

 

「あうっ」

 

 男は寸前で立ち止まり、少女の襟首をわしづかみし、持ち上げてしまう。そこから片手で顔を固定すると、もう片手で無理矢理目を開こうとする。しかし、黒目は出てこない。

 頬を叩いても、「開け!」と恫喝しても、何の反応も示さない。代わりにフッと力を抜くと、足で立とうともせずに崩れ落ちた。

 

「チッ」

 

 舌打ちしつつ、男はルルーシュの言葉が真実であったことを知る。

 彼は黙って持ち場に戻った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人質救出作戦

「こちら枢木スザクです。日本最後の首相枢木ゲンブの1人息子として、説得に当たらせていただきます。間違った手段で得た結果には何の意味もないので、おとなしく人質を解放し、投降していただきたいです」

 

 ただただ絶望している中に、ホテルの外から日本語が聞こえてきた。

 人質達は少しだけ安堵し、手を合わせて彼の成功を祈り始める。

 しかし、ルルーシュとナナリーだけは頬をゆるめていた。

 

「スザクさんですよね」

「ふふっ、そうだね。しかし、相変わらずのバカだなあ」

 

 こんな事態なのに、急に緊張感が解けていく。

 大したものだと勝手に賞賛させてもらう。

 

「僕は話し合いを望みます。一度中に入れてください」

「証明できるものはあるのか? いや、そもそもあいつは裏切り者だ。お前の言葉に耳を貸すことはできない」

「分かりました。では、この身1つで参りましょう。もしや、武器も持っていない相手を遠くから撃ち殺したりはしませんよね。日本人の誇りがあるのならば」

「チッ。この痴れ者があ!」

 

 解放戦線の指揮官が叫ぶ。

 スザクはあくまで冷静に、しかし痴態を露わにしているのだろう。

 

「スザク、あいつもしや」

「危ないことになっていなければいいのですが」

 

 その応酬に、ルルーシュもナナリーも途端に恐怖し始めた。

 もしや、裸でここに乗り込むつもりではないだろうか、と。

 

「ルルーシュ、日本語は分かるの?」

 

 ユーフェミアがのんきに尋ねる。

 武装した男は指揮官と何やら連絡を取っており、今だけは会話しても怒られそうになかった。

 

「分かる。今、日本最後の首相の息子がテロリストの説得に当たっている」

「そう。それで、成功しそうなの?」

 

 ルルーシュは何も答えない。

 

「そう」

 

 ユーフェミアは視線を下げてそれだけつぶやいた。

 

「ところでルル、彼女は?」

 

 シャーリーがユーフェミアを見ながら尋ねる。

 ルルーシュは何も答えない。

 シャーリーは首をひねり、眉をひそめる。

 

 しかしその瞬間、真っ白な光があたりを包んだ。

 

 

「オオオルハイイイルブリタアアアアニアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 よく分からないが、おそらくブリタニア軍が急襲をかけてきたのだろう。

 そう理解したルルーシュは、すぐさまナナリーを抱き寄せて、己の身でその身を隠す。

 咲世子は立ち上がり、隠し持っていたクナイを次々と投げ放つ。全て足音を頼りにしてである。

 

「ぐあっ」

「あううっ」

 

 しかし、その全ては軍人の急所をとらえた。

 室内にいる軍人全員が崩れ落ちる。

 恐るべき能力、そして集中力である。

 

 部屋の外では銃声が鳴り響く。

 怒鳴り声、悲鳴も聞こえてくる。

 

 ユーフェミアだけは、その声から、助けに来た軍人にジェレミア・ゴットバルトが含まれていることに気付くことができた。だからなんだという問題だが。

 

 4人の少女はこの隙に、またルルーシュに抱きついていた。

 リヴァルも隙ありとばかりにミレイに抱きついていた。いや、間違ってニーナに抱きついていた。

 咲世子はクナイを回収していく。証拠は残さない。

 

 

 しばらくすると、銃声が鳴りやんだ。

 

 

 緊張の一瞬である。

 果たしてどちらが勝ったのか。

 

「オールハイルブニタアアアニアアアアアア!!!!」

 

 初めに聞こえてきたのはそれだった。

 

 歓声が沸き起こる。

 勝ったのはブリタニア側だ。

 

「ユフィ。俺達のことは秘密にしておいてくれ」

「えっルルーシュ、どうして?」

「俺達はもう戻れないんだよ。戻ったとしても、また戦地に送られるだけだから」

「それは、でも今度は、私達が守るから」

「悪いが、信用できない。一度見捨てられた身だから」

「そんな……」

 

 ルルーシュはこの間にユーフェミアの説得を試みる。

 うまくいくかどうかは五分五分と考えている。だから、覚悟を決めなくてはならない。

 今日に比べればマシな覚悟だが。

 

「ユーフェミア様! ご無事ですか!」

 

 ジェレミアが飛び込んできた。

 彼はまず室内を見渡し、ユーフェミアを見つけると、くしゃりと表情を歪める。

 

「ううっ。ユーフェミア様、ご無事で何よりです。そして申し訳ありませんでした。私どもが情けないばっかりに」

「いえ、お気になさらずに。それよりも、まだ解放戦線のメンバーは残っているはずです。引き続き警護をお願いします」

「イエス、ユアハイネス」

 

 キリリッ、とジェレミアは背筋を伸ばし、敬礼する。

 それから急いで無線に手を伸ばし、部下に指示を出していく。

 

「ユーフェミア様、私について来てください。他の人質は前に4名、それ以外は後ろで頼む」

 

 と、ここで女の軍人が出てきた。

 人質は、ユーフェミアが何者かは分からないが、とても偉いらしいので、文句を言わずに後ろについた。

 前の4人は緊急用の盾だろう。それは分かっているが、特に人選で揉めることはなかった。

 

 ミレイ、シャーリー、リヴァル、ニーナと、年の近そうなのがちょうど4人いたからだ。

 ルルーシュとナナリーと咲世子はいつの間にか遠くにいた。

 しかし、その姿がジェレミアの目に止まる。

 

「ん? ちょっときみ」

「ジェレミア卿! こんな時に何をなさっているのですか!」

 

 待ちたまえ、という言葉はユーフェミアによってかき消された。

 

「も、申し訳ありません」

 

 ジェレミアは平謝りし、再び任務に集中する。

 ユーフェミアは心の中でホッと一息ついた。

 ルルーシュはそんなユーフェミアを見て、少しだけ信用してもいいかもしれないと思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気まずい

 人質には軽く身辺調査がなされたが、ユーフェミアの「彼等も憔悴しきっていますから」の一言で本当に軽いものになった。

 無事帰還できたルルーシュ達は、ミレイの提案でパーティを開くことになった。無事を祝うパーティである。

 しかし、ここで当然の問題が出てくる。複雑な恋の問題が。

 シャーリーはまだいい。恋する乙女で済むから。しかしミレイは、本来ルルーシュの部下であるし、現在は後見人の娘であるし、今後ルルーシュ以外の男と見合いをしていく立場なのである。

 この恋は成就しえない。

 ミレイはそれを知って恋していることにはならないだろうか。いや、その答えが分かっているからこそルルーシュとミレイは気まずかった。リヴァルも気まずい。親友に嫉妬なんてしたくないが、それを防ぐことはできない。

 

「そう言えばお兄様。ミレイさんとシャーリーさんと、どちらとお付き合いなさるおつもりですか。ああいえ、2人共という可能性もありますが」

 

 そんな中、ナナリーが何事も無さそうに尋ねてしまう。ルルーシュの顳顬がピクリと動く。

 

「ミレイは家のことがあるだろう。シャーリーも、軽々しく返事することはできない」

「えっ、そんな……」

「お兄様、これは学生同士の話です。結婚や家は関係ありませんよ」

 

 ルルーシュは黙ってしまう。

 

「お兄様が一番好きなのは誰なのでしょうか。それが問題なのだと思います」

「一番好きなのはナナリーだ。それは当然のことだろう」

「しかしそれは、男女の仲とは関係ないではありませんか」

「関係あるじゃないか。女性で一番好きなのがナナリーなんだから」

 

 ルルーシュが当然のように言うと、今度はナナリーがうつむいてしまう。顔を赤らめているのは、なぜなのだろうか。

 

「シスコンのルルーシュ! ロリコンのルルーシュ! 裏切りのルルーシュ!」

 

 リヴァルが突然1人で叫ぶ。

 

「ところでルル。あの、ユフィ? ユーフェミア? 桃色の彼女は何者だったの? ずいぶん親しそうだったけど」

 

 と、今度は唐突にシャーリーが尋ねる。

 

「ああその、彼女は、本国にいた時の知り合いでね。あまり深く探らないでくれると助かる」

「ふーん。じゃあ一つだけ教えて。ルルは、彼女のことが好きなの?」

 

 シャーリーとしては、軽い気持ちで尋ねていた。きっと違うと言うだろう。幼馴染か何か程度だろう。そう思っていた。

 しかしルルーシュは、口を閉ざしてしまう。それも酷く後ろめたげでかなり怪しい。ちょろっと否定するだけでいいのに、なぜできないのか。

 

「まさか、遠距離恋愛……?」

「いえ、シャーリーさん。そういうことはありませんから安心してください」

「そ、そうなの?」

 

 なぜかナナリーで否定してくれて、シャーリーは一応落ち着く。しかし、心にはもやもやが残ったままだ。

 

「彼女とのことは黙っていてくれると助かる。彼女が何者だったとしても」

「ルルがそう言うのなら、私はいいけど」

「俺は納得できないぞルルーシュ! この裏切り者め!」

 

 シャーリーは退いたが、リヴァルは噛みつく。

 

「リヴァル。私からもお願いしていいかしら」

「会長、そんな……。ああっ、あああああああっ」

 

 リヴァルはまた崩れ落ちてしまう。

 

「みんな!」

 

 しかし、この暗い雰囲気をぶち壊す明るい声が鳴り響いた。赤髪の少女、カレンだ。今回の旅行には都合が合わなかったようだが、このパーティには来てくれたらしい。

 

「良かった。無事でいてくれて……」

 

 あまり付き合いの長くない彼女だが、目に涙を浮かべて喜んでいる。

 それを見ていると、リヴァルも、シャーリーも、ちょっとだけミレイも、己の浅ましさを思い知らされているような気分になる。だから一旦情事から離れて、ふつうに無事を祝おうと思えたのだった。

 

 

 その頃、河口湖付近にて。

 

「ああっ。間に合わなかったか」

 

 ガックリとうなだれるのは、前総督のクロヴィスだ。

 実は、テレビを見てユーフェミアが人質になっていることが分かったので、自分が助けて、コーネリアに恩でも売ろうと考えていたのだ。

 

「クソッ。この力があればできたはずなのに」

 

 クロヴィスは歯噛みする。

 そんな中、専用の無線が受信を知らせる。バトレーからのものだ。

 

「なんだ?」

「申し訳ございません。実験体を逃がしてしまいました」

「なっ、なっ、なにいいいいいいいいい!!!!」

 

 星の多い夜空に、クロヴィスの絶叫が鳴り響く。彼はそのまま崩れ落ちてしまった。

 近くにはまだ多くのブリタニア軍人が残っていた。絶叫はよく聞こえていたので、何事かと思って集まっていく。その中心(クロヴィスの護衛も10近くいた)が皇子だと知れると、大いに驚くことになった。

 

 

 その頃、とある空港の近くでは。

 

「しいいいいつううううううう。あいたかったよおおおおお」

「うるさい。それにあまり寄るな。暑苦しい」

「そう言わないでさあ。しいいつうう。また一緒に暮らそうよお」

「私は旅が好きなんだ。一つの場所に留まりたくはない」

「でも、きっと気に入ってくれるはずなんだよお。オーストラリアののどかな町に建てたんだ。立派なお屋敷をお」

「だから私は旅がしたいと」

「一度でいいからさあ。しいいつうううう」

「だから暑苦しいから寄るなって」

 

 皇子が崩れ落ちた原因、C.C.もまた悩んでいた。

 このマオの取り扱いについてである。はっきり言って鬱陶しいが、助けてもらった手前無下にすることはできない。かつて捨ててしまった責任も感じている。

 彼女は結局、オーストラリアに飛んだ。

 

 

 その頃、とある広間では。

 

「しいいつううが見つからんだとおおおおおお! なあああんたる愚かしさああああああ!」

「申し訳ございません。陛下」

「ぶるうううらあああああああああ!」

「あなた、そう責めなくてもいいじゃない。アーカーシャの剣ができるのはまだ先なんだしさ」

「しかし、それもじきに完成するぞ」

「いざとなれば軍全部動かしてもいいんだしさ」

「うーむ、それは避けたいがなあ」

 

 2人の男と1人の少女が何やら言葉を交えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誰だこのルルーシュは! このナナリーも誰だ!

 パーティの後片付けをしていると、ある時ルルーシュとミレイが2人きりになった。

 すると告白した側のミレイはもちろんのこと、ルルーシュも多少彼女を意識してしまう。特にミレイが自分のことを好きだと考えると、お見合いなどに口を出すのがとても失礼だと思えてきた。

 

「ミレイ。やはり、前に言ったことは忘れてくれ」

「前って、アスプルンド卿のこと?」

「そうだ」

「それはいいのよ。私は私の意思でルルちゃんの力になろうとしているんだから」

「しかし、やっぱり失礼だと思うんだ。その、俺を思ってくれている人に、そんなことを頼むのは」

「それは筋違いよ。いや、そうやって気を使ってくれるのはうれしいんだけどね。でも、私はルルちゃんの力になりたいし、力になれることがとてもうれしいの。だから、止める必要なんてどこにもないのよ」

「だが、それでは、ミレイにばかり迷惑をかけることになってしまう。俺は埋め合わせをすることができない」

「それは一緒に旅行してもらったじゃない」

「それだけじゃないか。俺は納得できない。それにあれは、邪魔が入ってしまったし」

「いいえ。むしろ、みんなを辛い目に遭わせた分は、私が埋め合わせをしなくちゃならないのよ。私が提案したんだから」

「だが、俺も協力した」

「順位を付けるなら私が一番でしょ」

「そんな問題では」

「そういう問題なのよ」

 

 その後も話をしたが、ミレイは頑として譲らず、結局ロイドとお見合いするらしかった。

 

 

 ルルーシュは悩み、めずらしくナナリーに頼った。

 

「なあナナリー。ミレイは何をすれば喜んでくれると思う? その、今までの感謝につり合うくらいの大きなものだと」

「今までの感謝ですか? ……それは、よく分かりません。ですが、お兄様と一緒にいられること、お兄様に愛してもらえることが一番うれしいと思います」

「もう少し具体的に言うと?」

「私とお兄様のような関係になることですね」

「それは、家族ということか?」

「そうです。毎日一緒に過ごして、苦楽を共にする家族です」

「しかし、結婚は無理だろう。彼女にも俺にも家の事情があるのだから」

「そんなものは俗事ですよ。些事ですよ。駆け落ちすればいいのです。どの道私たちは隠居することになるのでしょうから」

「いや、彼女には華やかな世界が似合っている。駆け落ちなどというのは」

「ですが、それ以外の方法では、ミレイさんの思いに報いることはできないと思います」

「うっ。そ、そうか」

 

 ルルーシュは「うーん」と首をひねる。

 とそこへ、ナナリーはおもしろいことを思いついたように笑う。

 

「お兄様。位の高い者は、結婚相手を選べない代わりに愛人を作ることが認められているって、知っていますよね」

「そういう考え方があることはな。しかしいきなり、何を言い出すんだ」

「お兄様が何もなさらない場合、ミレイさんは好きでもない人に嫁がなくてはなりません。ですがそれゆえに、好きな人と交わる権利は人並み以上にあると思うのです」

「う、うん? そうなのか? そうかもしれないが」

「ですから、どの道お兄様はミレイさんと交わればいいのです。本当に恩を返したいと思っているのならば」

「ええっ。いやしかし、ナナリーがそんなことを言うなんて……。これも、成長?、なのか……?」

 

 ルルーシュはどこか悲しくなった。

 ナナリーは悪戯っぽく笑った。

 

 しかし、その2週間後のことである。

 予想だにしない状況になった。

 ミレイがロイドとお見合いどころか、婚約までしてしまったのである。

 

「どういうことだ、ミレイ」

「あの、アスプルンド卿って、思ったよりいい人と言うか、ドライと言うかで。家柄もいいし、能力も高いし」

「あいつは変人のはずだぞ。それでもかまわないのか」

「何か知っているの? 調べたとは言っていたけど」

「というより、会ったことがある」

「ああ、そうなの」

 

 ロイドは一目で分かる変人である。変わった人である。

 変わった口調で、規律を気に止めず、人よりもナイトメアに興味がある。

 ミレイとの婚約も、アッシュフォードの持つナイトメア“ガニメデ”のデータが欲しいから、それだけのためであった。

 そのあたりをミレイもルルーシュも理解しているのだ。

 

「別の男にした方がいいのではないか?」

「でもどの道、家の都合で結婚した人を愛する気にはなれないし」

「子を作る気はないのか? ……ああすまない。失礼なことを聞いた」

「ふふっ、ルルちゃんどうしたの? 慌てているの?」

「お前のことを心配しているんだ」

「ふふっ。それはありがとう。だけど私は、好きな人以外とは交わりたくないのよ」

「その気持ちは、分からんでもないが」

 

 というより、それこそがまっとうな感情だろう。

 それ以外は強姦のようなものだ。

 『そういう利害に価値を置いていない人間にとっては』だが。

 

「ねえルルーシュ。いえ、ルルーシュ様。私はいつでも待っていますからね」

「な、何を急に」

 

 ルルーシュは問うが、ミレイはただやわらかく目を細める。

 その、どこかはかなげな雰囲気に、間違いを意識させられる。

 このままではダメだ。わけもなくそう思わされる。

 しかし、自分にできることなどあるのだろうか。

 そう考えると、先日ナナリーが述べた言葉が思い浮かんでくる。

 

『ミレイは好きな人と交わる権利がある』

 

 実際にその通りだとは思う。

 しかしそれが自分だと思うと、本当にしていいのかどうか分からなくなる。

 

 いや、すでにいいかどうかの問題ではないのかもしれない。

 彼女には貸しを作りすぎている。

 ロイドとの結婚だって、おそらくは自分とナナリーを思ってのことなのだ。

 それほど思ってくれているのだから、返さなくてはならないはずだ。

 

 いや、返したい。報いたい。それは真実だ。

 

「ルルーシュ様は、私のことがお嫌いですか?」

 

 と、結論が出かかったところで、また核心に迫りそうな質問をされてしまった。

 

「嫌いになるはずがないだろう。お前はずっと俺達によくしてくれているのだから」

「では、好きですか?」

 

 本当に、ミレイにしては珍しく、はかなげな表情をしているのである。

 そんな顔でそんなことを言われたら、否定できるはずがない。

 

「好き、と、言えるだろうな」

 

 しかし、ルルーシュは真っ赤になってしまった。

 こんな言葉は、本当は言いたくなかった。

 

「ありがとうございます。それだけで十分です。では、お体にお気を付けて。いつまでも幸せに」

「ま、待て」

 

 ミレイが急に出て行こうとするから、ルルーシュは咄嗟にその腕をつかんでしまう。

 するとバランスが崩れて、“ルルーシュが”転びそうになってしまう。

 

 ミレイは余裕があったので、ルルーシュを受け止めた。

 

 はずが、どこからかやってきたボールがカカトに当たり、転んでしまった。

 咲世子が投げたのである。一瞬で身を隠してしまったので見つけることはできないが。

 

 ともかく、ルルーシュを受け止めようとしたミレイが倒れたのだから、2人はかぶさることになる。

 今回はミレイが下でルルーシュが上だった。

 

「す、すまない」

 

 ルルーシュは急いで退こうとする。

 ミレイはそんなルルーシュを悲しそうに眺めていた。

 

 

 

 その頃、ナナリーの部屋では。

 

「かあああああ、奥手。なんたる奥手えええええ!」

 

 咲世子が絶叫していた。

 

「咲世子さん落ち着いてください。まだ時間はたっぷりありますから」

「しかし、これ以上どうすれば」

「私がミレイさんを説得してみます。お兄様を襲うようにと」

「ええっ、よろしいのですか?」

「かまいません。それが私達からミレイさんへ送ることのできる最大のプレゼントなのですから」

「感謝します。ナナリー様」

「必要ありませんよ。私もミレイさんが幸せだとうれしいのですから」

 

 咲世子はハンカチを鼻に当て、ナナリーはかわいらしく笑った。

 

 

 その3日後。

 ちょうどミレイと2人きりになれたところで、ナナリーは切り出す。

 

「ミレイさん。相談があるのですが」

「何? ナナちゃん」

「はい。実は最近、お兄様が、トイレでミレイさんの名前をつぶやいていまして」

「トイレで? ヤアねえそれ。なんでそんなことをしているのかしら」

「実は、その、慰めているようでして。殿方のあれを」

「ええっ!」

 

 突然の言葉に、ミレイは大きく目を見開いてしまう。

 

「最近特に元気がいいみたいなんです。時々私に対しても、押し付けるような動作をしてきますし」

「押し付けるっ!」

「はい」

 

 今度は口を開いたまま固まってしまう。

 

「ほら、お兄様ってとても奥手ではございませんか。ですから、本当はしたいのを相当我慢してらっしゃるのだと思います」

「そう言われてしまうと、そう思えてしまうかもしれない」

「常に外敵に気を配り、家でも、身体の不自由な私に気を配っているのです。ストレスは相当あるはずです。そのストレスはどこへ向かっているのでしょうか」

「それも、なんとなく理解できるけど」

 

 ミレイはほとんど思考できなくなってしまった。

 その空気を感じ取り、ナナリーは攻め立てる。

 

「私、お兄様の相手をした方がよろしいのでしょうか?」

「ええっ! それはやめておきなさい!」

「ですが、このままでは時間の問題です。もし間違いがあれば……。それでも私は、お兄様を責めるつもりはありませんが、きっとお兄様は後悔し続けるでしょうね。それこそ姿をくらませたり、自殺もありえます。そうなるくらいでしたら、いっそ私から迫った方がよろしいと思うのです」

「そんなに、そんなに深刻なんだ」

「そうなのです。ですがこれは、ミレイさんにしか相談できないことですから」

「うん。もちろん誰にも言わないわよ。私だってルルちゃんの境遇には心底同情しているし、もっとわがままになるべきだと思っているし、何より大好きだからね」

「ふふっ。やっぱりミレイさんに相談して正解でした」

「うん、そうね。きっとそうなのよ。だからこの問題は、このミレイさんに任せない。きっと解決してみせるわ。ナナちゃんが苦しまないで済む方法でね」

「ありがとうございます。ミレイさん」

 

 ミレイは自信ありげに胸を張る。

 ナナリーは純朴そうな笑顔を浮かべつつ、内心ほくそ笑んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミレイさん素敵

 突然「2人で話がしたい」と言われ、ルルーシュは自室でミレイを待っていた。

 

「それでミレイ、何の用だ?」

 

 彼女が部屋に入ってくると、開口一番にそう告げる。

 

「ルルーシュ。もう我慢しなくてもいいのよ」

「何の話だ?」

「いいの。私は何も責めないから」

 

 ルルーシュはムッと顔をしかめる。

 ミレイは笑みで応える。

 

「あなたは悪くないのよ。いいえ、本当はもっとわがままじゃないといけないくらいなの。今は優しすぎる」

「意味が分からないのだが」

「ふふっ」

 

 ルルーシュは眉をひそめるが、やはりミレイはやわらかく目を細めるばかりだ。

 いや、突然ネクタイを緩め始めた。

 さらに襟首をつかみ、上着を脱いでいく。

 

「なっ、お前っ! いきなり何をっ!」

「ふふっ。分かっているのでしょうルルーシュ。我慢しなくてもいいからね。ああいや、私がリードするから、ルルーシュはジッとしていてもいいわよ」

「おいミレイ、お前、まさか……」

「それで合っているわ。たぶんね」

「待て! 落ち着け! お前には婚約者がいるはずだろう!」

「ルルーシュ、いえルルーシュ様。私はとっくに身も心も捧げているのです。ルルーシュ様に」

「ファッ! ……っておい! それとこれとは話が別だろう!」

「違いません。全てルルーシュ様のお好きなようになさってください」

 

 ミレイは下着姿になっていた。それもかなり際どいものである。

 肌のきれいな、しなやかな肉体が露わになっている。

 香水のにおいも心地いい。

 アレが勝手に元気になってしまうのも、仕方のないことだろう。

 

「さあ、ルルーシュ様」

 

 やはりミレイははかなげに微笑む。

 すると、なぜか唇に目が止まってしまう。その、つややかで、プリンとした、美しい桃色に。

 

「ナ、ナナリー。俺は、くっ……」

 

 ルルーシュはくやしそうに歯噛みする。

 しかしミレイは、下着にも手を伸ばしてしまう。

 

「ああっ! ダメだっ! やめろっ!」

 

 その叫びもむなしく、上の下着も、下の下着も、スルスルと落ちてしまった。

 ルルーシュは慌てて両手で顔を隠す。

 

「ふふっ。ほれほれルルーシュ、どうしたの?」

 

 初々しさに刺激されて、無意識に先輩時の口調になってしまった。

 しかしこれが、止められない。

 ルルーシュがかわいすぎて、もう、襲わずにはいられない。

 

「ほーらほーら。ルルちゃん、どうしたの? 恥ずかしいの?」

「や、やめろっ! そんな姿で近づくなっ!」

 

 ルルーシュはチラ見しつつ、手でミレイを制そうとする。

 しかしミレイは、むしろ見せつけるかのように、腰に手を当てて、胸を張って、ルルーシュににじり寄っていく。

 

 そして、がっしりとルルーシュの両腕をつかんでしまった。

 

「ホワアッ!」

 

 強く目をつぶり、叫ぶルルーシュ。

 ミレイはそのまま、ルルーシュの顔が胸にはさまるようにして、前に倒れた。

 2人はベッドの上で重なる。

 

「ううっ。こんなものっ、こんなものでっ!」

「アアッ。そんなに強く揉まないで、ルルーシュ」

「違う! これは不可抗力でっ」

「アンッ。もうっ。上手なんだからっ」

「妙な声を出すな!」

 

 と、ルルーシュがミレイを退けようとしている間にも、実はミレイは、ルルーシュの服を脱がしていっていた。

 それはもうスルスルとである。

 あっという間にズボンは下ろされ、元気なアレが露わになってしまう。

 

「……ふふっ、ふふふふふっ」

 

 ミレイのぷりんとしたお尻が、元気なSAOにすり付けられる。

 

「ハウワッ。それは卑怯っ。だっ、ぞっ」

 

 ルルーシュはビクンと反応すると、途端に力が抜けて、大人しくなってしまう。

 こうなれば、もはやミレイの独壇場である。

 パンツに手をかけられようとも、唇を重ねられようとも、ルルーシュにはどうすることもできなかった。

 

 

 

 その後何があったかはお察しである。

 

 事後の話をすると、ルルーシュは魂が抜けたかのようにしなびてしまい、逆にミレイは全身をテカテカと輝かせていた。




どうでもいいことですが、SAOなどが売れていると、私のような小人はどうしても嫉妬してしまいます。
それで、チンケないたずらですが、某肉棒をSAOと表現することでSAOという名を汚してしまおうとか、思ってしまうこともあるのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ユーフェミアも動くよ

 ルルーシュはすぐに立ち直った。

 ナナリーの言葉を思い出し、これもお礼の1つだと考えると、特に問題はないように思えた。

 

 一方その頃、ユーフェミアは悩んでいた。

 ルルーシュのことと、騎士のことについてである。

 

 騎士の第一候補は、先日助けてもらったジェレミア・ゴットバルト辺境伯である。

 その救出劇もあって、自分も感謝しているし、姉や周囲の者達も深く信頼を寄せている。

 地位も高く、能力も高く、皇族への忠誠心も高く、見た目までよい。

 これ以上の人材はいないだろうと言われている。

 

 しかしユーフェミアは、彼が『純血派』なるものを率いていることが気になっていた。

 ユーフェミアは平等を好んでいる。地位や生まれで差別する主張に賛同することはできない。

 もっとも、彼のそれ以外にはなんら不満が無いので、話をしてみて説得できたならば、彼が騎士でもいい。

 

 ただし、もう一つの問題があるため、それによっては騎士選定はさらに複雑になるだろう。

 ルルーシュについてだ。

 騎士よりも彼の方が重要なので、ルルーシュと深く関わる人物などがいれば、多少問題があろうとも騎士に選出されうる。

 本音を言えばルルーシュを自分の騎士にしたいくらいなのだが、彼は断るだろうから、実現できる可能性は低い。

 

「うーん。となれば、外堀から攻めましょうか」

 

 外堀というか、ナナリーである。

 くやしいが、ナナリーとルルーシュはセットなので、ナナリーをこちらに引き込めればルルーシュもついてくる。

 

 ナナリーにつらなる人物。

 まず思い浮かぶのは、医療のスペシャリストだ。

 あの目と足を治せる人がいたならば、ナナリーというより、ルルーシュの方が真剣に飛びつくだろう。

 

 ということで、特派に行ってみることにする。

 ここは姉コーネリアではなく兄シュナイゼルの管轄であり、優秀な科学者も多い。

 姉に見つからないように人材を探すのにはうってつけだ。

 

「あれえ? 副総督さまじゃないですかあ。何のご用ですう?」

「いきなりすみません。あの、これは、お姉様には内緒にしていただきたいのですが」

 

 ルルーシュ関連は秘密にしておきたいからである。

 

「かまいませんよお。僕は口の堅い方なので安心してくださあい」

「ありがとうございます。それで、実は、医療に優れている方を探しているのですが」

「それは病状によると思いますよお。どんな病気を治したいのですかあ」

「あの、目と足です。目は急に見えなくなって、足は、大けがを負って動かなくなったのです」

「そうですかあ。うーん」

 

 ロイドは深く首を傾げる。

 

「僕が診ましょうかあ?」

「えっ、いいのですか?」

「かまいませんよお。今はランスロットのデヴァイサーが見つからなくて、暇ですしい」

「ロイドさん。医療できるんですか?」

 

 と、横から出てきたのは青髪の若い女性である。

 

「一応医師免許は持ってるんだよねえ」

「そうだったのですか」

「腕は、どれくらいですか?」

「外科は現場に負けると思いますけどお、知識とかあ、発想とかだったらあ、けっこういい線行っていると思いますよお」

「私も能力は高いと思います。一応特派の主任ですからね」

「セシルくん、一応って必要なのお?」

 

 ロイドはそう尋ねたが、セシルは苦笑いするだけだった。

 

 

 なんとなくロイドは信用できそうだったので、ユーフェミアは彼にナナリーを診てもらうことにした。

 ルルーシュ達の居場所は知っている。河口湖から脱出してすぐに、ミレイからアッシュフォード学園にいると聞いたからだ。

 よってロイドにはそこに行ってもらう。もちろん自分も付いて行く。

 のだが、その名前を出した時に、意外な反応があった。

 

「アッシュフォード? それって、僕の婚約者がいる学園だった気がするなあ」

「ええっ。ロイドさん婚約していたのですか?」

「まあね。そこはガニメデっていうナイトメアを開発していたから、そのデータが欲しくてね」

「そんな理由で……」

 

 これには不安も覚えたが、しかし、彼がアッシュフォードのご令嬢と婚約しているのなら、学園に行くのも不自然ではない。運はこちらに傾いているはず。

 ということで、アポなしで早速学園を訪ねることにした。

 ユーフェミアとしても、一人になれる時間はあまりないのだ。

 お飾りの副総督とは言え、お飾りなりに、式典には参加しなくてはならない。勉強することもたくさんある。

 

 そんなわけで、とうとう門をくぐってしまった。

 変装はしている。カツラと大きな帽子とメガネくらいだが。

 

「いいところですね。生徒に活気があって」

「アッシュフォードは意外なところに才能があったのかなあ」

 

 会話はあまりかみ合っていない。

 ちなみに現在夕方であり、クラブ活動真っ盛りである。

 

 ユーフェミアは通りがかった生徒にルルーシュ達の居場所を尋ねてから、一目散に生徒会室に向かった。

 そうして、生徒会室の前で立ち止まる。

 

 緊張の一瞬である。

 いや、ルルーシュの声が漏れ聞こえてきて、頬はけっこうゆるんでいる。

 

 セシルがコンコン、とドアをノックする。

 

「どうぞー。開いてるわよー」

 

 促されたので「失礼します」と言ってからゆっくり開いていく。

 

「うん? 誰かしら?」

 

 ミレイが首を傾げる。

 

「やあ。会いに来たよ、僕の婚約者さん」

 

 と、セシルに遅れてロイドが入ってきた。

 

「ええっ!」

「婚約者っ?」

「ミレイちゃんの!」

「アスプルンド卿……」

 

 生徒の3人ほどが驚き、当のミレイは気まずそうな顔になる。

 

「ほら、前にさ、医療の関係者を探していたじゃない? 知り合いに病気かケガの子がいるんでしょ? だから、どうせだったら僕が診ようと思ってね。暇だから。ああいや、婚約者にとっての大切な人みたいだから」

「あ、はい。そうですか」

 

 ミレイは申し訳なさそうに目を細める。

 しかし、内心では危険も感じていた。

 いや、ナナリーやルルーシュのことなどふつうの貴族は知らないから、問題はないのだが。

 いや、この人はふつうじゃないし、ルルーシュにも会ったことがあるらしいから、やはり安心はできない。

 

「そこの子かな? 目と足が不自由みたいだけど」

「あっ、実は、その……」

「えーっ! ミレイ会長、素敵な方じゃないですか! ナナちゃんのために来てくれたなんて!」

「私のためなのですか? それは、はい。ありがとうございます」

「それじゃあ早速診察に行くってことでいいのかなあ? 僕は暇だからいつでもいいけどお」

「ナナちゃん、行ってくれば? 今日は仕事も少ないし、せっかくここまで来てくれたんだからさ」

「あ、その……。お兄様、どうしましょう?」

 

 尋ねられたルルーシュは、すごい顔でユーフェミアをにらみつけていた。

 そのユーフェミアは、所在なさげに視線を逸らし、帽子の端をつかみ、顔を隠すように深く下ろしている。

 

「お兄さんも付いてくるう? 行くのは僕の研究所だから、特に気を使う必要はないんだけどお」

「ねえルル? どうしてそんなに機嫌が悪そうなの?」

「ああいや、シャーリー。これはその、なんというか……。ともかく、そこにいる彼女と話をさせてもらってもいいかな?」

 

 ルルーシュは目を細めてユーフェミアを見る。

 

「ええー! ルルってば、また学園の外の女の子を?」

「さすがはたらしのルルーシュだ。敵わないぜ」

 

 シャーリーとリヴァルが感想を述べる。

 

「いいかな、そちらの女性?」

「あの、遠慮したいのですが」

「いいよな!」

「あ、はい」

「ル、ルルが怖いーーーー!」

 

 ルルーシュはユーフェミアと共に生徒会室を出た。

 そろって自室へと移動しながら、軽く話を交わす。

 

「あの男にはどこまでしゃべったんだ? ユーフェミア」

「まだ何も言ってないわ。ナナリーの名前さえ」

 

 ルルーシュが相変わらずにらんでくるので、ユーフェミアは緊張しっぱなしである。

 

「ただ、目と足が不自由な子がいるから診てほしいって言っただけ」

「誰が頼んだんだ! そんなことを!」

「ご、ごめんなさい。でも私、あなたの力になりたくて」

「謝罪は必要ない。重要なのは、今俺達が危険にさらされているということだ」

「でも、その、彼は信用できると思うのよ」

「それは俺達が判断することだ! お前じゃない!」

「ご、ごめんなさいルルーシュ。本当にごめんなさい」

 

 ユーフェミアはうつむいてしまった。

 しかしルルーシュの怒りは静まらない。

 ユーフェミアはその剣幕が恐ろしかった。それに、嫌われてしまったかもしれない恐怖も加わって、涙まで流してしまう。

 

「ううっ。こんなつもりじゃ、なかったのに。どうして、私は、好きな人さえ……」

「うっ。……ユフィ、泣かないでくれ。その、今のは俺が悪かったから。言い過ぎていたんだ」

 

 しかしここで、ルルーシュが甘くなった。

 申し訳なさそうに目を細め、ユーフェミアの腰に手を回し、さすり始める。

 

「ごめんなさいルルーシュ。私はとんでもないことをしてしまったの。どう償えばいいのかも分からないわ」

「いや、そんな大した問題じゃないさ。まだ取れる手段はたくさん残っている。致命傷なんて1つもないよ」

「ううっ。ぐすうっ」

 

 と、ここで部屋に着いた。

 話はすぐに終わらせるつもりだったが、この状態で生徒の目につく場所に放つわけにはいかない。

 ルルーシュは眉をひそめつつ、しばらく自室で彼女の面倒をみることに決めた。

 

 

 その頃、ロイドもミレイに連れ出され、2人きりで話をしていた。

 

「あの、すみませんが、彼女の兄が首を縦に振らない場合は、何もせずに帰っていただいてよろしいでしょうか」

 

 ミレイが申し訳なさそうに尋ねる。

 

「うーん。と言っても彼女、殿下だからなあ」

 

 ロイドは困った風に眉をひそめる。

 

「ええっ! それは!」

 

 つまり、ルルーシュとナナリーのことがバレているのだろうか。

 ミレイは慌てた。

 

「へ? ああいや、僕と一緒に来てた彼女、実はユーフェミア様なんだよ」

「あっ、えっ? いや、はい、そうだったのですか」

 

 ミレイの頭はごちゃごちゃになってしまった。

 ユーフェミアだからバレていないのだろうか。いや、彼女にバレているのは間違いない。

 では、この目の前の男はどうなのだろう?

 

「ふふっ、安心してよ。僕はルルーシュ様の味方だからさ」

「えっ! ってことはやっぱり!」

 

 敬称を付けたということは、知っているということだろう。

 

「信用できないかもしれないけどさ。僕はもともと、マリアンヌ様専用のナイトメアが作りたくて今の業界に入ったんだよね」

「そうだったのですか」

 

 ミレイはすばやく考える。

 それが本当ならば信用できるかもしれない。しかし口では何とでも言えるため、やはり信用できない。

 

「だから、ナナリー様も僕の手で治したいんだよ。特にラクシャータに任せるなんてありえない。よければきみからも殿下にそう伝えてもらいたいんだけど、無理だよねえ」

「そう言っていたとは伝えます。それが真実だとは伝えません」

「ははっ。きみ、意外と冷静なんだねえ」

「ありがとうございます」

 

 ミレイは目を細めつつ、緊張感を高め続けていた。

 

 

 その頃、生徒会室では。

 

「ロイドさんは信用できる人よ。ああ見えて」

「いえ、そんな、見た目も別に変じゃありませんよ」

「ふふっ。気を使わなくてもいいのよ。ロイドさんはそういうことで怒ったりしないから」

「やっぱり変ですよね。じゃあ会長も、気が変わって婚約破棄とか……」

「ありえるんじゃないかしら」

「よっしゃー!」

「ふふっ。私としては、あんなかわいらしい子がロイドさんと結婚なんて、本当に考えられないことなのよ。いえ、そもそもあの人には結婚自体が似合わないの。ああでも、悪い人じゃないのよ」

 

 セシルが残った生徒会メンバーと談笑していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初恋は特別

今回は恋に酔ったような文に挑戦してみました。


 ユーフェミアは泣き止むどころか、幸せに満ちていた。

 ルルーシュの部屋で、ルルーシュに背中をさすってもらっているのだ。

 その手のひらが温かくて、息づかいがやさしくて、かつてアリエス宮で遊んでいたころの美しい思い出が、また、好きと憧れが合わさったような感情が、ふつふつと沸き上がってくる。

 

 それはルルーシュも同じだった。

 先日ミレイに搾られてしまったとは言え、まだまだ奥手である。

 自分の部屋に、血のつながった妹ではあるが、確実に愛し、また恋していた女性がいるのだ。

 そう考えると、それに、現在もふつうに美しいものだから、いや、以前より女性的な魅力にあふれているものだから、どうも緊張してしまう。

 

 それを知らないだろうユーフェミアは、スッと顔を反転させた。

 とても近い。あと少しで唇が重なってしまいそうだ。

 そう意識してしまうのは、先日ミレイに奪われたからだろうか。

 ユーフェミアの方は、どう思っているのか分からないが。

 

 そのユーフェミアは、やさしく目を細める。

 本当にあの時のままのような表情で、ルルーシュは思い出したようにドキリとしてしまう。

 

 いや、認めよう。

 自分は未だ、彼女に恋しているのだ。

 

 しかし、認めたからと言って、心に余裕が生まれるわけでもない。

 顔はすぐそこなのだ。

 いや、さらに近づいて来る!

 

「お、おい」

 

 心の準備が、と思ったが、キスではなかった。

 肩をつかまれたかと思うと、桃色のきれいな髪が視界を覆った。

 

 そのまま押し倒されてしまう。

 

 ふつうに力強かった。

 兄ながら、自分では敵わないと思えるほどに。

 

 ともかく倒れたので、胸やら顔やらが、自分の体に押し付けられてしまう。

 

 幼いクセに、ミレイのものよりも立派だと思われる。

 香水は真実最高級だろう。気品のあるものであり、やさしくて甘い香りが、桃色の魅力を引き立てる。

 

「しばらくはこうしていましょう。昔のように」

 

 耳触りのいい音が告げる。

 しかし、全く昔らしくない。

 確かに、かつても一緒に寝ていた。体をすり合わせたこともあった。

 しかし、感情が、あまり好ましくない類の情が、その量が、違い過ぎる。

 

「あっ。おっ、おいっ」

 

 だと言うのに、この豊満な妹ときたら、こちらの左足を両足で、肉付き豊かな足で挟んできて、それも絡めるようにして、くっ付いてきたのだ。

 これがイタズラのつもりなのだろうか。

 信じられない。本気で誘っているようにしか思えない。

 

 しかし、こんな場でなのか。

 思いつきだろう行動で、突然現れて、自分はそのことに怒っていたというのに、みんなが帰りを待っているというのに、始めてしまうのだろうか。

 

「ふふんっ」

 

 しかしユーフェミアは、気持ちよさそうな声を漏らした。

 見ても、一点の曇りもなく表情をゆるめている。

 つまり彼女は、現状でかなり満足しているということだ。

 

 ミレイのような行為ありきではない。

 

 そこから導き出される答えは、つまり。

 やはり彼女は、こんな心臓に悪い行動ですらも、スキンシップの1つだと言うのだろう。

 

「あ、ありえない。ありえない」

「うん? どうしたの?」

 

 やはりやわらかい笑顔だ。まったく少しも慌てていない。

 

「ふふっ、ふふふっ」

「ちょ、きつい。きついって」

 

 胸や下腹部を、さらに強く押し付けられてしまった。

 いつの間にか、ルルーシュの背には腕が回され、左太ももの辺りも両足でがっしりとはさまれていた。

 もうどうしようもない。この興奮には逃げ場がない。

 ならば、ぶつけるしかない。

 

「ふふっ、離さない。ずっとこのままでいましょうよ」

「くっ、くくくっ。ユフィ、だったら俺からもお返しだ」

「う、うん」

 

 あふれる力の全てを込めて、妹の体を抱きしめる。

 最高のしなやかさだ。やわらかく、しかし弾力がある。

 この匂いもおいしい。

 稀にぶつかるほほ、唇の肌触りもやさしく、心地いい。

 

 ずっとこのままでいたい。

 

 妹はそう言ったが、自分はどうなのだろう。

 ナナリーのことを考えると、認められない感情だ。

 だが、頭から否定することができないのは、なぜなのだろうか。

 

「ふふっ、お返しよ」

 

 と、ユーフェミアの腕にも力がこもる。

 やわらかい肉が押し付けられる。

 

「うっ、あぐうっ」

 

 強い、とても強い。

 ありがたくはあるが、さすがに苦しい。

 

「ちょっ、ギブ。ギブだユフィ」

「ふふっ。分かった」

 

 本当にすんなりゆるめてくれた。

 しかし、笑顔は先ほどよりも深くなっている。

 また何かやらかしそうだ。

 

 顔が近づいてくる。

 今度こそ、今度こそなのか。

 

「あっ」

 

 声が漏れたのは、唇ではなく眉の上だったからだ。

 しかしその声に反応して、ユーフェミアは唇を遠ざけてしまう。

 

「ごめんなさい」

 

 しかも、急に冷めてしまった。

 場の空気も、驚くほど唐突に、味気なくなってしまった。

 先ほどの甘さはなんだったのだろうか。理性を経ずに苛立ってしまう。

 

「そういうわけじゃない」

 

 不意に、そうつぶやいてしまっていた。

 もっと甘さに酔っていたかったから。もっと彼女を味わっていたかったから。

 

「そうなの?」

 

 彼女は首を傾げる。

 しかし、尋ねたっきりで、こちらに倒れてきてくれない。

 もう少し進むだけで、触れられるのに。

 

 しかし、ルルーシュも動けなかった。

 時間だけが過ぎていく。触れていない時間だ。

 そのもったいなさに後悔しつつ、しかし、なぜか動けなかった。

 いや、これ以上進めば本当に抑えが利かなくなってしまう。それを恐れて動けないのだろう。

 しかし、それに気付くとほぼ同時に、ユーフェミアは立ち上がってしまった。

 

 続きがしたい。

 

 これは男としての感情、そして後悔だ。

 確かなそれが、ルルーシュの心に刻まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロイドへの条件

 ルルーシュはユーフェミアの後ろ姿を眺めていた。

 

 華奢なのに豊かな肉付きで、女性らしい、なめらかなラインをしている。

 それが凛として、姿勢よく歩いている。

 美しいとしか言いようがない。

 

「ルルーシュ。話があるんだけど」

 

 と、見とれていたところへ、ミレイに話しかけられた。

 

「なんだ?」

「その、ここじゃあちょっと」

 

 ルルーシュが促すが、ミレイは視線を泳がせるばかりだ。

 ユーフェミアが気になるのだろう。

 

「彼女は俺の味方だ。聞かれてもいい」

 

 ルルーシュはいつもの余裕を持って述べる。

 いや、それでも聞かれるべきでない情報はあるのだが、本人の手前、それに、彼女に耳触りのいい言葉を聞かせたいがために、深く考えずに了承してしまったのである。

 

「ルルーシュ!」

 

 そして当人は、とてもいい笑顔になっている。

 だから、やはり、これでよかったのだ。

 妹に笑顔を向けながら、そう信じることにした。

 

 

 ミレイはロイドから聞いたことを詳細に語っていった。

 

「つまり、あいつは初めから俺達のことを知っていて、どころか、お前にラクシャータの話を出された時点で、生存を疑っていた。そう言ったのだな」

「ええ。ユーフェミア様からは何も聞いていなかったらしいわ。それに、アッシュフォードに興味がわいたのも、ガニメデがマリアンヌ様の愛用機だったことが関係しているのですって」

「……まあ可能性はあるな。深くは覚えていないが、昔に俺と会った時も、終始機嫌がよかった気がするし」

「ルルーシュ、それじゃあ」

 

 ルルーシュは顎に手を当てて考える。

 ミレイは緊張感を保ったままで、ユーフェミアは期待に満ちた表情で、彼を見つめる。

 

「前向きに検討しよう。信じきるわけではないが」

「やったわ。って、喜んでもいいのかしら?」

 

 ユーフェミアは表情をいっそう輝かせて、ルルーシュに尋ねる。

 

「条件次第だな。ロイドにナナリーを任せるかどうかは」

「そう」

 

 と、これで少しだけ静まったが、やはり晴れやかなままだった。

 

 

 今度は条件を話し合うために、ロイドも交えて4人で話すことにした。

 そのロイドは生徒会室にいて、セシルに日頃の愚痴を聞かされていた。

 

「ですから、せめて総督の前では口調を改めていただきたいのです」

「うーん。そう言われてもなあ」

「それはセシルさんの言う通りです。だってあの総督ですよ。ねえ!」

「抑えが利かないでしょうね。一度怒ったら」

「ううっ。考えただけでゾッとする」

「ほら、学生達ですらこう言っていますよ」

「うーん」

 

 そのセシルをリヴァルとシャーリー、それになぜかカレンまでが盛り上げるので、彼女も気分が乗るのであろう。

 

「アスプルンド卿。今度は4人で話し合いますので、ついてきてくれますでしょうか」

 

 と、そこへミレイが話しかける。

 

「うん? 僕はいいけどお」

「なあルルーシュ、もういいんじゃねえか? アスプルンド卿は信頼できる人だ。心配なのは分かるけど、見た目で判断するもんじゃないぜ」

「それってけっこうひどくない?」

 

 ロイドが眉をひそめると、ドッと笑いが起きる。

 ずいぶん仲良くなったようである。

 よく見ると、ナナリーも笑っているし。

 

 しかし、それでも、ルルーシュは譲れなかった。

 まだ信用が足りない。ブリタニア人全体への偏見はそれだけ深いのだ。

 

 話し合う部屋はまたルルーシュの自室となった。

 ここは大切な殿下を守るための防護がしっかりなされていて、都合がいいのだ。

 

「ロイドにナナリーを見てもらう条件。その前に、お前に俺達の本性が知れている時点で、監視は絶対に必要なんだ」

「ええー。僕、殿下一筋なのにい」

「黙ってろ」

「はあい」

「だが、監視してもらうにしても、信用できる人間がほとんどいない。それこそ、生徒会メンバーと、いつも世話になっている咲世子さんと、ユ、ユフィくらいだ」

「うれしいわ! ルルーシュ!」

 

 ユーフェミアは顔の前で手を合わせて、顔を輝かせる。

 

「だが実は、もう一人いるのだ。河口湖での事件の時に、説得に当たっていた男。枢木スザクがな」

「まあ!」

「ルルーシュは確か、枢木家にいたのよね。戦争が始まるまでの1年間は」

 

 ミレイが確認を取ろうとする。

 

「そうだ。そこで仲良くなった」

 

 ルルーシュはゆっくりとうなずく。

 

「でしたら、その方を私の騎士にでも」

「早まるなユフィ。スザクは日本人だ。皇族の騎士にでもなれば、いらぬやっかみを買ってしまう。それこそ、暗殺者を送り込まれることもあるだろう」

「そう、ですか」

 

 ユーフェミアは少しうつむいてしまう。

 しかし、それゆえに上目遣いとなって、かわいらしいから、ルルーシュは緊張してしまった。

 

「そ、その代わりに、特派のテストパイロットになってもらいたいと考えている。監視も兼ねてな」

「えっ」

 

 と、声を漏らしたのはロイドである。

 実はスザクはランスロットの操作能力において最も高い数値を残しており、ロイドとしても何とか引き抜きたいと考えていたのだ。しかし都合が合わなかった。

 だから、予想外の幸運に声が出てしまったのである。

 すぐに手で口を覆ったためか、気に止められなかったが。

 

「俺もあれからすぐにあいつについて調べたんだ。そして、名誉ブリタニア人になって軍に入っていると知った。しかし、今のあそこは純血派が台頭しているから、あいつにとっていい場所ではないだろう。だから代わりに、特派にと思ったのだ。テストパイロットなら現場に出ることもなく安全だろうしな」

「なるほどお。僕はいいですよお」

「私もそれはいい考えだと思います。あと純血派はすぐにでも何とかします」

 

 と、ユーフェミアもロイドもルルーシュの予想以上に好感触だ。

 

「では、決まったな」

 

 ルルーシュは満足げにつぶやく。

 

「ただし、スザクに何かあった場合は消えてもらうことになる。それをしっかり頭に置いておけよ、ロイド」

「分かりましたあ」

 

 ルルーシュはすごむが、ロイドは能天気なままである。

 これには残り3人とも拍子抜けしてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スザクと再会 オレンジも出るよ

 というわけで、ユーフェミアの一声でスザクが特派に移り、無事ルルーシュ、ナナリーとの再会を果たしたのである。

 

「スザクさん、お久しぶりです」

「うん、久しぶり」

「大きくなったな」

「きみこそね」

 

 それだけの会話でも、3人ともほほが自然とゆるんでくる。

 

「口調は丸くなった」

「きみは相変わらずだね」

「うん? 多少賢くなったのか?」

「そういうところも変わってない」

「ふふふっ」

 

 ナナリーは淑やかに笑う。

 ルルーシュも「ふん」なんて言いつつ目じりが下がり、スザクもおだやかに目を細める。

 はた目で見ていても心地いいような、おだやかな空間が出来上がった。

 

「それじゃあナナリーさまあ、こちらへどうぞお」

 

 しかしこの男、ロイドは空気を気にしない。

 

「俺も付いて行く」

「もちろんどうぞお」

「僕も、行くべきなのかな?」

「お願いします」

「分かったよナナリー」

 

 4人は診察室、と言うより、パイロットの状態を調べるための機器が集められた場所へと向かう。

 しかし特派、ここはブリタニアでも、いや世界でも、最も優秀な技術が集まる場所である。

 最先端の機器の中には『今は無理だが、いずれ一般の医療現場で使われるだろうもの』『すでに使われているもの』『高価過ぎて今後も使われるかどうか不明なもの』が交ざっており、むしろ病院よりも精巧な検査が可能なのだ。ロイドはそう見ている。

 

 そして、気合も十分だった。

 本当にマリアンヌが好きでこの業界に入ったので、その子供の力になれるなんて、願ってもないことだったのだ。

 子供自体も、少し会話を交えた程度だが十分に気に入った。

 言動の一つ一つににじみ出た人格、人柄。優れたそれらを感じ取ることができたのだ。

 

 

 検査結果は今までとほぼ変わらないものだった。

 しかしロイドは、希望の持てる対応を述べることができた。

 

「目の方は、神経は生きているんですよねえ。なのに、脳が見ることを拒んでいる。まるで見る方法を知らないとでも言うように。ですけど、専用のカメラ機器を視神経につなげば、いけると思いますよお。解像度を高めるのには骨が折れますが、1年くらいあれば満足のいくものが作れるはずですう。その前に、人本来のレンズで見えるようになると思いますけどねえ。脳が見るということを思い出すでしょうから。と言ってもこれは、ナナリー様自身の“見たい”という気持ちに大きく左右されますがあ」

「……なるほどな」

「ははっ。全然分かんないや」

 

 ルルーシュはうなずいたが、スザクは苦い顔になってしまった。

 ナナリーはそれに勘付いて、理解できているが、チンプンカンプンなフリをすることにした。

 

「ではあ、専用のカメラを作るってことでいいですかあ」

「かまわない。安全を確かめる実験は十分に行うように」

「分かってまあす」

 

 能天気な返事を聞いて、スザクとナナリーは一息つく。

 しかし、まだもう一つの話が残っている。

 

「足の方はあ、ナイトメアの技術を使えばあ、動く義足を作るのも難しくないですねえ。と言っても、リアクションタイムにロスは出ますしい、いろんなズレによって痛んだりもしますけどお」

「それじゃあダメだな。別の案は?」

「外から覆うパターンですかねえ。これは小型のナイトメアだと思ってくれたらいいですよお。足だけですがあ」

「ではそちらで頼む」

「あはあ。分かりましたあ。ああいえ、イエス、ユアハイネスゥ」

 

 ロイドは笑みを強めながら、大げさな動きで臣下の礼をとる。

 それで医療の話はお開きとなった。

 

 その後、ルルーシュ、ナナリー、スザクの3人で長く語り合った。

 主に昔話、また別れてからの話である。

 

 しかし、日も沈みかけたところで、スザクが重要な話題を出した。

 

「ユーフェミア様が、僕に学校に通うように言うんだ。学生をする年齢だし、それに、ルルーシュとナナリーに会いたいだろうからって」

「ユフィらしいな。どうせ、その報告を求められたりもしているのだろう?」

「うん。きみたちのことを聞かせてほしいって。逆にユーフェミア様の言葉もきみ達に伝えてほしいって言われたよ」

「まあ予想通りだな。しかし、彼女は抜けているからな。どこでしっぽをつかまれるか分からないから、断ってくれ」

「いや、無理だよルルーシュ。だって彼女殿下だもん」

「……なるほどな」

 

 ルルーシュは余裕ぶるが、内心焦っていた。

 しかし自棄になりはしない。妹を止めるのは無理らしいと判断するや、情報を漏らさないための策を全力で考えている。

 それをスザクに実践してもらう。心もとないが。

 

「でも、私はうれしいです。これからスザクさんと毎日会えるのですから」

「僕もうれしいよナナリー。勉強は苦手だけどね」

「お兄様が教えてくれますわ。それに、アッシュフォード学園にはやさしい方がたくさんいますから、すぐに助けてくれると思いますよ」

「そうかな。ははっ、なら安心だね」

 

 ルルーシュは頭をひねっているが、彼等は作戦担当ではないので、のんきに談話を始めてしまうのだった。

 

 

 

 その頃。

 政庁のとある一室で、2人の男女が向き合っていた。

 ユーフェミアとジェレミアである。

 皇女と騎士候補との親睦を深めるための時間であるため、本当に2人だけしかいない。

 よってユーフェミアは言いたい放題だった。

 

「何が違うと言うのですか。同じ人間ではありませんか」

「その、同じ人間ですが、長所短所というものがありまして」

「それは分かります。しかし、何かが優れているからと言って、横暴を働いていい理由にはならないのです。皆が平等に、相手をいたわるべきなのです」

「は、はい。その通りでございます」

 

 ジェレミアは簡単に折れた。

 自分よりも皇族の方が尊く、それは主義主張にも及ぶと考えているため、皇族と対立した場合はあっさりと自分の間違いを認めてしまうのだ。

 

「純血派は解散です。分かりましたね」

「あっ、は、はい。イエス、ユアハイネス」

 

 ビシッ、と格好だけは力強く決める。

 しかしその目には、うっすらと涙も浮かんでいた。

 

「では、私の騎士になることを認めましょう」

 

 しかし、そこで一転する。

 悩むジェレミアに対し、ユーフェミアがおだやかに微笑みかける。

 

「よっ、よろしいのですかっ!」

 

 ジェレミアは勢いよく顔を上げて、皇女の顔をのぞき込んでしまう。

 

「はい。分かっていただけましたから」

「ああっ! なんという感動っ! 感激っ! どんな言葉でも尽くすことができませんっ!」

「ふふっ。では、誓っていただけますか? いつ何時も、私を守る盾になっていただけると」

「当然でございます! イエス、ユアハイネス。私はユーフェミア様を守る盾となります!」

 

 ジェレミアは今度は感動して大粒の涙を流し始める。

 ユーフェミアはやはり微笑みで応じる。

 

「ふふっ。では、オレンジでも食べます? 親睦を深めるために」

「ああっ! ユーフェミア様自らが剥かずとも、私がっ!」

「かまいませんよ、このくらい。騎士さんにはこれからずっとお世話になるのですから」

 

 しかし、ユーフェミアは皮を剥くに止まらず、1枚だけとって「あーん」と言って、口元に差し出してしまった。

 当然ジェレミアはうろたえる。そのまま動けなくなってしまう。

 しかしユーフェミアは、笑むばかりなのである。

 だから、ジェレミアは大きく息を呑み込み、覚悟を決めた。

 

「ああっ。ありがたき幸せっ。ありがたき幸せえええっ」

 

 興奮しているが、動きは丁寧であった。

 ゆっくりと、口がユーフェミアの手につかないように慎重に、唇の先でつまんだ。

 

 余談だが、ジェレミアはこれ以降オレンジが大好きになった。

 それも引くくらいだったので、周囲の者達は彼をオレンジと呼ぶようになってしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

騎士叙任式直前特別番組(監督ディートハルト)

 名門枢木と言えど、ブリタニア人学生には馴染みが浅い。アッシュフォード学園に中途入学したスザクは、ほとんど空気だった。

 反応の割合は、「あっ、イレブン」とめずらしさに驚く人達が約2割、「ちっ、イレブンかよ」と差別意識を露わにする人達も約2割、「かわいいかも」と少しドキリとした人達がまた約2割、「ルルーシュくんの友達? なら近づいておくべきかも」と打算的に考える人達が約3割だった。しかしこれらは重複可であり、いずれにも含まれない人達が半数以上いて、彼等は生まれの違う一個人にさして興味を抱かなかった。

 スザクはその日のうちに生徒会に入った。

 何も分からなかったが、ルルーシュとナナリーがずっと横について、何をすべきか教えてくれた。が、シャーリーの嫉妬に勘付いて、徐々に1人でこなすようになっていった。

 勉強はずっとルルーシュを頼ってばかりいた。学園外で特派の面々、特にセシルにも頼った。本気で取り組んだからか、徐々に授業を理解できるようになった。

 

 3人はとても幸せだった。

 特にナナリーはスザクを愛し、恋までしていたので、毎日胸が高鳴って、底なしなほどに力がわいてきて、見る見るうちにはつらつとしていった。

 そんな彼女の姿は、横で見ていたルルーシュにもうれしかった。ナナリーの幸せは自分の幸せなのだ。この笑顔満開の彼女は、どれだけ彼に喜びを与えたのだろう。

 ルルーシュは昔から『ナナリーを任せられるのはスザクしかいない』と思っていたが、今では『本当に結婚すればいいのに』とさえ考えるようになっていた。スザク当人もからかい甲斐があって、一緒にいて退屈しなかった。それにやはり運動能力が高いので、力仕事では頼りになった。

 スザクも幸せだった。

 学園では軍では考えられないようなやさしい人たちに囲まれて、家族のように接してくれて、久しぶりに心を休めることができた。

 自分をよく思わないブリタニア人もいるにはいるが、迫害してくるようなことはなく、特に気にはならなかった。

 

 そんなある日、ちょっと楽しい特別番組が始まる。今まで表舞台に立たなかった副総督、16歳のうら若き皇女殿下が、新しく叙任される騎士と共にお披露目されるらしいのだ。

 生徒会室も少しだけいつもと違う雰囲気に包まれている。シャーリーとリヴァルはテレビにかじりつき、ナナリーとスザクはやさしく笑んで流れる音に耳を傾け、ルルーシュとミレイは気まずそうに眉を顰め、なぜかカレンは苛立っている。なぜかニーナは内股になって、両のももをすり合わせていた(ユーフェミアが皇女だとは知らないのに)。咲世子は微笑んでそんな彼等を眺めていた。

 

「えっ、僕うっ?」

 

 と、不意に声を荒らげてしまったのはスザクだ。なぜなら映像がいきなり変わり、あの事件の日の河口湖を背景に、説得に当たっていたスザクが映し出されたからだ。

 

『ちっ、この痴れ者があ!』

 

 解放戦線指揮官の声が少しだけ入る。スザクはこのすぐ後にでも全裸になるのだが、それは流されなかった。

 

「あっこれ! 私達がいたホテル!」

「それもあの日だぜ! 軍が並んでる!」

「スザクくん、来ていたんだ。それも説得に?」

 

 シャーリーとリヴァルが慌てて叫ぶ。ニーナの問いかけで皆がスザクへと振り返る。

 

「うん、まあね。こういうのは上手くないんだけど、選ばれちゃって」

 

 スザクは頭に手をやり、恥ずかしそうに目を細める。

 

「へー、すごいね」

「やることはやっていたんだな。軍で」

 

 シャーリーとリヴァルがそれだけ感想を述べる。彼等はやはり枢木の名を関連付けたりしない。興味がないのだ。

 

「ああっ! 見てよこの人っ!」

「オレンジの人! じゃなくて、ジェレミア卿!」

 

 野次馬2人は再びテレビにかじりつく。

 そこにはジェレミアを先頭に果敢に敵地に攻め込むブリタニア軍人達の姿があった。

 

「あの時はカッコよかったよね」

「だな。この救出劇も何度も映像で見たし」

「大人気だよねこの人。ニュースとかでよく見る」

「最近はオレンジ愛が強すぎて引かれているけどね」

「私はそういうところも好きだよ」

「俺らは実際に助けられたんだもんな。そんな些事で嫌いになったりできねえよ」

「それはそうだと思う」

 

 やはりリヴァル、シャーリー、ニーナだけで語っていく。

 

「えっ、ちょっ、待ってよ。この映像って」

「ああ、これは見たことがないやつだ」

 

 額に汗を浮かべるコーネリア総督と、全力で何かを訴えるジェレミアの姿がある。

 

「私にお任せください! この身に変えても必ずや! ユーフェミア様をお助けいたします!」

「失敗は許されんぞ。その時は……」

「分かっております! この身を八つ裂きにされようとも! ただ私は! あの時! あの時のように! 何もせぬままで失いたくないのです!」

「あの、時……」

 

 総督はめずらしくうろたえ、歯噛みする。

 

「コーネリア様!」

「……分かった、お前に任せよう。……ただし! 失敗した暁には!」

「煮るなり焼くなり好きにしてください!」

「いいだろう! ならば行け! ジェレミア・ゴットバルト!」

「イエス、ユアハイネス」

 

 ジェレミはコーネリアに背を向けて、足早に去っていく。

 そこでテロップが表示される。『本来放送不可能な内容ですが、コーネリア総督のご厚意で今回に限り使わさせていただきました』というものだった。

 

「おおーーー!」

「あの総督が」

 

 それに3人は興奮はする。ニーナはユーフェミアの名をどこかで聞いたことがある気がして、思い出そうともしている。

 とここで、そのコーネリアが目元だけを隠してドアップで出てきた。Cさん(20歳前後)とあるが、どう見ても彼女(27歳)だ。場所は個室で、記者のインタビューに応じたものだと思われる。

 しかし、厳格で知られる彼女がなぜこのような浮ついた番組に出演したのだろうか。3人は疑問を覚えるが、とりあえず画面に集中する。

 

『今回の叙任式についてどう思われますか?』

 

 これはテロップである。

 

「喜ばしいことだと思う。心から祝い、英気を養いたい。しかし、気を抜き過ぎないように注意するべきだろう」

 

 音声は機械的なものに変えられている。

 

『一説にはジェレミア卿が有力だと』

「それは私がどうこう言う問題ではない。皇女がそうだと決めたのなら私は全力で祝うだけだ」

『皇女殿下はどのような方ですか?』

「それには答えない約束だ」

『ジェレミア卿のことはどう思われていますか?』

「誠実な男だと思う。能力もそこそこ高い。ただ、抜けている箇所があるため、私共々サポートしていきたい」

『いずれこのエリアを任せるためにでしょうか?』

「そういう案もあるが、それは本人の働き次第だ」

『ところで、ジェレミア卿の言っていたあの時とはいつのことでしょう?』

「っ! ……その質問には答えない」

『もしや、マリアンヌ后妃の不幸な事件に』

「言うな! それ以上は!」

『……』

「インタビューはこれで終わりだ」

 

 それでコーネリアは立ち上がり、去ってしまった。

 

「えーっ? 何々? 気になるーっ!」

「あの時って言い方があれだよな」

「マリアンヌ后妃って、どんな方なんだろう」

 

 3人が再び盛り上がる。事情を知るミレイ達はとても気まずく、特にルルーシュはまたすごい顔になってしまう。咲世子以外には見られていないが。

 その後、ダールトン、ギルフォード、クロヴィスと、ユーフェミアをよく知っている側のインタビューが流され、次にヴィレッタ、キューエル、またクロヴィスと、騎士候補を知っている側のインタビューが流される。

 ジェレミアの名前はピー音で消されたが、クロヴィスが出るあたりで、というかそもそも誰のことを言っているかは明白だった。

 そして画面はもう一度河口湖を映す。

 

「えっ、私っ!」

 

 救出されてすぐのところ、シャーリーが記者の質問に答えているところが流されてしまった。顔はモザイクで隠してある。

 

「いいなあ、シャーリー」

「いいの? これ」

「さあ」

 

 尋ねられたニーナは苦笑する。

 もう一度画面に集中する。すると、シャーリーが述べている途中、チラと桃色の髪が映った。

 

「みなさん、彼等は憔悴しきっているのです。取り調べは程々にお願いします。マスコミの皆さんもです」

 

 その声に反応しカメラが動こうとするが、誰かの手に遮られて、それっきりで映像も途切れてしまった。

 

「あっ、あの時の彼女か。なつかしいなあ」

「なんて名前だったっけ? ねえルルー」

 

 皆の視線がルルーシュに注がれる。

 

「テレビに集中した方がいいんじゃないか?」

「えっ、いや、ちょろっと教えてくれたらいいだけじゃない」

「何怒ったような顔してんだよ、ルルーシュ」

 

 怒っているわけではないのだが、彼は焦るとすごい顔になってしまうのである。

 

「もういいではありませんか、お兄様。時間の問題なのですから」

「そうよルルーシュ。早く教えなさいよー」

「くっ」

 

 ルルーシュは歯噛みするが、ナナリーの言う通り、ここで隠しても何の意味もないのは明らかだった。もうすぐにでも、あそこのテレビで披露されるのだから。

 とその時、突然歓声が上がる。

 テレビからの音だ。見るに、画面が叙任式の現場に切り替わったようだ。そして今の歓声ということは、やっとお披露目が始まるということなのだろう。

 

「あっ! やっぱりオレンジ!」

「ジェレミア卿!」

 

 リヴァルとシャーリーがうれしそうに口に出す。

 皇女の方は、もったいつけているのか知らないが、まだ現れていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カレンの悩み

 ブリタニア伯爵令嬢のカレン・シュタットフェルト、日本人紅月カレン、二つの名を持つ彼女は深く悩んでいた。

 

 実は日本解放を目指してとあるテロ組織に入っているのだが、武器の類がほぼ消え失せて、人員も半数を割り、まともに戦える状態にない。最後に行ったのはブリタニアの毒ガス兵器を盗み出すことだが、それも少しして奪い返されてしまった。

 さらに、追い打ちをかけるように新総督がやってきて、日本最大のテロ組織である日本解放戦線がたった数時間、それも敵軍に1割の消耗すらなしに壊滅させられてしまった。

 日本人の期待の星、ブリタニアに唯一土をつけた男、奇跡の藤堂も捕えられたと聞く。

 

 もはや独立の灯は途絶えた。

 

 考えたくないが、そう思ってしまう。

 彼女が慕っていた扇など「テロ活動はやめて学生をしていればいい」と言ってくる始末だ。お約束のように「兄(ナオト)もそれを望んでいるはずだ」と付け加えてである。

 いや、それ自体は昔からだが、最近はやけにズキンとくるのだ。

 だからか、そこにいるより、ここにいる方が居心地がいいと思えてしまうこともある。

 

「こんなのは、私じゃない」

 

 不意に、つぶやいてしまう。自分が変わってしまうことが怖いのだろうか。しかし『変わって何が悪い』とも思ってしまっている。

 考えてみれば、歴史を遡れば、日本人も原始的な争いの末にこの地に住みついたのである。

 先にいた動物(サル、オオカミ、クマなど)、ひょっとしたら原住民、ひょっとしなくともアイヌ人を追い出して。

 ブリタニアと変わらない。

 

「くくっ」

 

 自分はおかしくなってしまったのだろうか。

 こんな不毛な極論が、当たり前のように浮かんできてしまう。

 尤も行動しようがない現状では、考えるより他にやることがないのではあるが。

 

 

 そんなことを思いながら、鬱屈とした気持ちでブリタニアの茶番を眺めていた。

 責任者は絶対に民衆を舐めているとか、愚痴がいくらでも浮かんでくる。

 どうせオレンジが騎士だろうに、わざわざ「一体誰が」なんて連呼している。そのくせ騎士候補の活躍を示す映像では、オレンジばかりを取り上げているのである。

 いや、見る分には楽しいかもしれないと認める。かく言うカレンも「ほらオレンジじゃないか」と言いたくて、うずうずしてきているから。

 

「日本最後の首相、枢木ゲンブの1人息子として」

 

 そんな時、チラと日本語が耳に入った。

 聞き覚えのある声、スザクのものらしいが、その内容は覚えのないものだ。

 首相の息子がブリタニア軍に?

 

「っ……!」

 

 思わず声が出そうになるが、耐えた。

 理由は後で聞けばいい。ネットで見たと言えば怪しまれないだろう。

 しかし、日本語を理解できることさえ隠そうとしているのは、その血を誇りに思っている身としてどうなのだろう。

 

「はあ」

 

 またため息が出てしまった。

 これでは他人のことを言えない。自分もブリタニアに染まりつつある。

 しかし本当に、自分の人生とはなんだったのだろうか。国を失い、兄を失い、怒ったが、抵抗する術も失った。このまま、本当の気持ちを押し殺して生きていくのだろうか。ブリタニア人カレン・シュタットフェルトとして、のんきに過ごしていくのだろうか。

 

「ワーワー」

 

 考えている時、激しい歓声にハッとする。

 

(やっぱりオレンジじゃん)

 

 予想通りだったので、山吹色のバッジを付けた男にツッコんでおく。

 

「きゃー」「うぉー」

 

 次いで、ユーフェミア皇女殿下が現れる。

 最も憎むべき敵の1人だ。

 

「ふーん」

 

 カレンは皮肉気にほくそ笑む。きれいに着飾っているが、その金はどこから出たのだろうか。

 皇女は桃色の髪に純白のドレスを纏っていて、清らかそうな雰囲気に、無垢そうな笑みを浮かべているのだが、むしろ反吐が出る。なんという欺瞞、偽善、厚顔無恥なのだろうか。

 しかしここで、少し異変があることに気付く。画面はうるさいが、生徒会室が妙に静かな気がするのだ。リヴァルやシャーリーならもっと大げさに反応すると思っていたのだが。

 

「なあ、彼女って」

「うん。ユーフェミアって名前もそうだった気がする」

「でも彼女は、ルルに抱きついて……」

 

 野次馬3人が怪訝そうに話し合う。

 彼等は少しすると、一斉にルルーシュの方へ振り向く。

 

「ユーフェミア様の、知り合いなの?」

 

 ニーナが尋ねた。

 ルルーシュは恐ろしい顔になっていて、ピクリとも動かない。

 

「もしかして、叶わぬ恋?」

「そ、それは違うっ!」

 

 と、シャーリーの言葉には慌てて否定する。

 

「その反応は怪しいぞルルーシュ」

「ええっ! ってことはやっぱり!」

「だから違うっ! 彼女とはそんなんじゃっ」

「じゃあなんなのよ!」

「卑怯だぞルルーシュ! 皇族にまで抱きつかれて!」

「シャーリー、リヴァル、やめてあげましょう。ルルちゃんが困っているわ」

 

 シャーリーとリヴァルが恐ろしい剣幕で迫っている。

 ルルーシュ、ナナリー、ミレイは気まずそうに視線を逸らすばかりだ。

 

「あの、ユーフェミア様が抱きついたって何の話?」

 

 カレンは全く話についていけていなかった。

 とても重要な会話がなされている気はしている。

 

「あの、いたのよ! ユーフェミア様が! 河口湖のホテルジャックの時に! 私達と同じ部屋に! 人質として!」

「その時になんと言うか、愛の告白? みたいな流れで、ルルーシュに抱きついたんだ」

「愛の告白? 皇女様が? 人質として捕まっている時に?」

「そう! そういう流れだったんだ!」

 

 全く理解できない。

 流れとは何だろう。非常に深刻な状況だったはずなのだが。

 

「なあルルーシュ!」

「ルル!」

「いや、そんな大したことじゃないんだ……」

 

 やはりルルーシュは隠そうとする。

 その後も何度も詰め寄られていたが、ずっと曖昧にして濁し続けていた。

 やがてリヴァルはミレイの言葉で退き、シャーリーはルルーシュが泣きそうになったところで謝り、重ねて謝り、むしろ彼女の方が涙を流してしまった。

 

 

「でもいいよなあルルーシュは。頭いいから政庁で文官として働けるだろう? だったら近くにいられるじゃん」

 

 やっとシャーリーが落ち着いたところで、再びリヴァルが口を出す。

 

「だからリヴァル」

「すいません会長。もうやめます」

 

 彼は謝るが、カレンはその話に興味があった。

 文官、という言葉が妙に頭に響く。

 今浮かんだというか、状況を整理するうちに出てきたことなのだが、自分もブリタニアを中から変えようだなんて、思い始めているかもしれない。

 

『それも戦いの1つだ』

 

 ちょっと考えてみると、耳触りのいい言葉も浮かんでくる。

 

「ところでスザクくんは、どうして軍に?」

 

 あっ、と思った時にはもう遅かった。

 答えを急いだためか、後から聞くつもりだったことが口から出てしまった。

 

「え? 僕?」

 

 スザクは気の抜けた声を発しながら、己の顔を指さす。他の生徒会メンバーは彼とこちらを交互に見やっている。いや、ルルーシュだけは真剣にスザクを睨んでいる。なぜだろう。

 

「その、なんて言うか、これが正しい道だと思ったから」

 

 スザクは小さくうつむく。

 

「そうなの?」

 

 機械的に返したが、すぐに分かった。残念だが、彼はもうこれ以上語らないだろう。面倒な事情があるのかもしれない。できれば日本のためを思って行動していてほしいが、まあ、個人の自由だ。

 それよりも、今はルルーシュが重要な気がする。彼がブリタニアを中から変えるための鍵になってくると思える。

 不本意ながら自分は伯爵令嬢なので、政庁に勤めるのにも問題がない身分だ。勉強も得意だし、実は身体能力が抜群に高い。あとはコネだけと言ってもいいだろう。

 それさえあれば、総督の側近になれる気さえする。歳も近いから。

 

 そして、あの間抜けそうな皇女が総督なら、簡単に出し抜ける気がする。

 

 考えるほどうまくいくと思えてくる。

 テレビを見るに、コーネリアはユーフェミアに総督を譲るらしかった。ネットを見ても、コーネリアの根っこは武官であるため、日本のテロが落ち着けばすぐに別の紛争地域に飛ぶだろうと噂されていた。つまり、おそらく自分がこの学園を去る頃には、ユーフェミアがここの総督になっている。

 実にちょうどいいではないか。勉強もコネ作りも今からやれば間に合うだろう。

 

 だから自分は側近として、裏でブリタニアを操ろう。それが私の戦いだ。

 

 しかし、ルルーシュはまともに攻めても取り合ってくれないだろう。それは分かっているので、ナナリーを籠絡することにする。いや、彼女に話しかけるきっかけがないので、まずは咲世子さんに近づいてみることにする。同じ日本人として。




心情を吐露しまくると、3人称が難しくなる(確信)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忠犬は主人を欲する

 咲世子が「お飲み物を用意します」と言って出掛けたタイミングで、カレンも部屋を出る。

 

「咲世子さん!」

 

 少し歩いてから呼びかける。

 

「いかがなさいましたでしょうか、カレン様」

 

 咲世子は落ち着いて振り返り、穏やかに目を細める。

 

「あの、その、スザクくんが、枢木ゲンブ首相のご子息だと、ご存じでしたか?」

 

 正直なところ、カレンは話題を考えていなかった。

 しかし即興にしてはいい質問だと思った。

 

「はい。ナナリー様にうかがっていましたから」

「あの、でも、それじゃあ、どうしてブリタニア軍に入っているのでしょうか?」

「うーん、難しいですね。推測も得意ではありませんし」

「そうですか」

 

 どうやら、核心を突くような話は始まらないらしい。

 彼女はただのメイドのはずなのだが、カレンはなぜか期待していたので拍子抜けする。

 

「ご用はそれだけでしょうか?」

 

 咲世子はにこりと微笑む。

 

「いや、あの、待ってください!」

 

 カレンは思わず呼び止めてしまう。笑顔に安心したからだろうか。

 彼女には仕事があるのに。

 

「はい」

 

 

 しかし、やはり彼女は微笑むばかりであり、不満などが全く感じられない。

 よほどの世話好き、または善人、または落ち着いた大人、いや、全て当てはまるのだろう。カレンは簡単に纏める。つまり、いい人だ。

 

「あ、いえ、歩きながらでいいです。長くなるので」

「畏まりました」

 

 咲世子が軽く礼をすると、カレンは目を細めて近づいていく。

 カレンは、いきなりは失礼だとも思うが、かなり深い話も聞いてもらう腹積もりだ。

 この一連の流れだけでも彼女は信頼に足ると分かったからだ。

 

「あの、実は私、ずっと日本で生活していて、ブリタニアに行ったことがないんです。ああ、エリア11も日本って意味ですよ」

「そうだったのですか」

 

 これはそこそこ重大なことなのだが、咲世子はさして驚かなかった。

 しかし、それがカレンにはありがたい。

 受け入れてくれているようで話しやすい。

 

「だからその、実はブリタニアよりも、日本を贔屓したい気持ちがあって。ああっ、内緒でお願いしますよっ!」

「了解です」

 

 カレンは慌てて言うと、咲世子は軽く口元を押さえる。

 

「だから、どうにかして日本人にいい暮らしをさせたいなあって思っているんです」

「ありがとうございます」

「あ、いえっ、感謝する必要なんてないんですよ!」

「いえ、気を使っていただいておりますので。まだ学生ですのに、私達大人が扱うべき問題を」

「その、でも、そういうことじゃないんです!」

 

 カレンはハーフであり、心は日本人のつもりであるため、先ほどの言葉は自分にとっても都合のいいものなのだが、それをバラすかどうかは少し悩むところだったのだ。

 咲世子はいい人だが、そこまではまだ踏ん切りがつかない。

 

 いや、逆に考えよう。

 

 カレンは決心する。

 相手に信頼してもらうためには、まず自分が相手を信頼するべきだろう。

 この秘密も明かせば相手を信頼している証しになるから、ひょっとすると咲世子さんとの距離を縮められるかもしれない。

 それにハーフ自体がバレたところで、戸籍はブリタニアなのだから問題ないだろう。特にこの学園では。

 

「実は私、ハーフなんです。日本人とブリタニア人の。それで、ずっとこっちで過ごしてきたので、心は日本人なんです!」

 

 カレンは日本語で言った。

 咲世子はやや驚いていたが、すぐにまた穏やかな表情になる。

 

「そうでしたか。少し驚きました。ですが、やはりありがとうございます」

「どうしてありがとうなのですか?」

「ええ、私達大人が対処するべき問題を考えてくださっていますから」

「え、そんな、大したことじゃないですよ。学生と言ってももうすぐ二十歳ですし」

「いえいえ、十分お若いですよ」

「咲世子さんだってお若いじゃないですか。お綺麗ですし、お淑やかですし」

「ありがとうございます。私はそんな大した身ではないと思いますが」

「いいえ、本当にそう思っているんです。咲世子さんは私なんかよりずっと綺麗です。見た目もですが、話し方とか考え方も大人ですし。私、憧れちゃうなあ」

 

 カレンは忠犬のように目を輝かせる。

 咲世子は苦笑するが、嫌そうな顔はしなかった。

 

 しかしこれは、ブリタニアのお嬢様がイレブンを慕っている絵である。

 さすがに見られるとまずいので、続きは後で行うことにした。

 

 

「ナナリーちゃん、少し咲世子さんを借りてもいい?」

 

 生徒会室に戻るなり、カレンはそう切り出した。

 

「えっ、いや、どうでしょう。私はかまわないと思いますが」

 

 ナナリーはそう言うと、なぜかスザクの方を見る。

 

「僕はかまわないよ」

「ありがとうございます。……そういうわけです。カレンさん」

 

 ナナリーはにこりと微笑む。

 これはつまり、彼女はどうやらスザクに面倒を見てもらうらしい。カレンはそう理解した。

 

「しかし、どうして急に?」

 

 ルルーシュがカレンにやや不満そうに尋ねる。

 

「その、話をしていると盛り上がっちゃって」

「申し訳ありません。ナナリー様、ルルーシュ様、ミレイ様」

 

 カレンが申し訳なさそうにしていると、咲世子が先に謝ってくれた。

 本当になんていい人なんだと、カレンはまた感動する。

 その間にも、ナナリーとルルーシュとミレイは「大丈夫ですよ」「いえ、かまいませんよ」「問題無しです」と笑みながら応じている。

 カレンは、あの高慢なルルーシュが下手に出るのは意外だったが、これも咲世子の仁徳のなす技だろうと思い、やはり彼女の評価を上げた。

 

 ナナリーはルルーシュとスザクと共に定期健診に出掛けた。

 それを期に生徒会が解散となり、カレン、咲世子はルルーシュ達のクラブハウスに向かう。

 

 そこで咲世子は家事をしつつ、カレンもそれを手伝いつつ、存分に語り合い始める。

 カレンの小さいころの生活。戦時にどう生き残ったか。ゲットー民にいる友人の話。それへの同情。租界に済むブリタニア人の放漫さ。それへの怒り。

 また、カレンは自身の兄についても話した。もちろんテロ云々は言っていない。

 咲世子はルルーシュとナナリーについて、出自などは全く問題にせずに、その人柄や、おもしろそうな過去話を語った。

 

「私あの『ぶうるああああ』を見たら、ロールパンを食べたくなっちゃうんですよね。だってあの巻き巻きですよ。なんであんな変な髪してるんでしょうね。皇子も皇女も巻いてないのに」

「ふふふ」

 

 最後にはこのように、ただの愚痴を吐き捨てるようになっていた。

 そんな折、数時間ぶりに知った男女の声を耳にする。

 

「うん? まだいるらしいね」

「ですね。ふふっ」

 

 とても長く話し込んでいたようで、とうとうルルーシュ達が帰って来てしまったのだ。

 

「入りますよ、咲世子さん」

「はい。開いていますよ」

 

 ドアが開けられて、ルルーシュとナナリーとスザクが現れる。

 

「カレンさんと咲世子さん、とても盛り上がっていたようですね。ふふふっ」

「ええ、実はそうなの。ごめんなさいね」

 

 カレンは恥ずかしそうに苦笑して見せる。

 ナナリーは笑っているが、どこか力が入っていて、カレンには不思議だった。

 

「ナナリー、何かあったのかい?」

 

 その機微にルルーシュが気付いたらしい。

 

「はいお兄様。実は先ほどのカレンさん達の会話が、少しだけ聞こえていたのです」

 

 なるほど、とルルーシュは胸をなで下ろす。

 それからやさしく笑む。

 

「へー。それで、何がそんなにおもしろかったんだい?」

「ええ。実はあの方のことを、ロールパンと」

「あの方?」

「はい。ええっと、ぶうるうあああ? の人です」

「あいつか。なるほど」

 

 ルルーシュはうんうんとうなずく。

 

「きみ達は皇帝陛下をなんだと思っているんだよ」

 

 しかし、もう1人の男が呆れた風に述べたところで、場の空気が固まってしまう。

 チラつくのは不敬罪という言葉。

 ルルーシュはスザクのしまったという顔を確認し、助け船を出す。

 

「その、スザクはいろいろと勘違いをしていてね。誰に何を言ったら不敬とかそういうことじゃないんだ」

「あっ、大丈夫だよルルーシュくん。スザクくんも」

 

 カレンは落ち着いてお嬢様然と応じる。

 ルルーシュは苦笑で返す。が、ふとスザクに鋭い視線を送り、釘を刺すことも忘れない。

 

「ご、ごめんよルルーシュ。でも、彼女はルルーシュに似た考え方かもしれないよ」

「ルルーシュくん? 私が?」

「ああカレンさん、ゴメンなさい。悪い意味じゃないんだ」

「おい。それだと悪い意味もあることになるぞ」

「ご、ごめんルルーシュ」

 

 スザクは申し訳無さそうな顔で頻りに頭を下げる。場は徐々に弛緩していった。

 

 カレンはすぐに帰り、スザクも20分程で特派に戻った。

 ルルーシュは咲世子に軽く尋ね、カレンがブリタニアよりも日本を優先しているとの情報を手に入れて、ならばスザクは大丈夫だろうとホッと一息つく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名前だけ軍属

 咲世子が「ナナリー様もルルーシュ様もすばらしいお方です。カレン様は率直な気持ちを伝えるだけでよろしいかと思います。きっと悪いようにはなされません」と言うので、カレンは素直に思いを告げることにした。

 彼女としてもその方が性に合っているのである。

 

 というわけで、また咲世子に動いてもらい、放課後に彼等と話し合う場を設けてもらった。

 

「カレンさん、話とはなんでしょう?」

 

 ナナリーがいつもの調子で尋ねる。

 

「うん。実は、副総督のことなんだけど」

 

 カレンもいつも通り、お嬢様然としてつぶやく。

 しかし、その言葉だけで2人の空気は変わってしまった。

 

「……それは、できれば遠慮したいのだけど」

 

 答えるルルーシュは眉をひくつかせている。

 一体どんな因縁があるのだろうと、カレンは気になったが、今はそれ以上に重要な目的があった。

 

「待って! その、実は私は、日本を救いたいの! だから話を聞いて!」

 

 思わず、力強く叫んでいた。

 

「日本を救う? それはもしかして、危ない話になるのかな?」

「あなたの口からバレてもかまわない! 私の覚悟は決まっている!」

 

 ノリで言ってしまった。

 これほど早く仕掛ける気はなかったが、しかし、悪くはない。

 ルルーシュとナナリーはカレンの急変に驚いたらしく、慌てるばかりである。

 

「カレンさん、落ち着いてください。それに、お兄様はカレンさんが困るようなことはしませんよ。日本については私達も心を痛めていますし」

「……カレンさん、本気なのかな?」

「本気も本気よ! なんたって私は日本人なんだから!」

「えっ」

「本当ですか?」

「ええ。本当の名前は紅月カレンって言うの。ブリタニアとのハーフだけど、生まれも育ちも日本よ。今は父親の姓のシュタットフェルトを名乗っているけどね。戸籍もブリタニアだけどね。……でも! 心は日本人なの!」

 

 カレンは言い切った。

 これが本当に言いたかったことなのだろう。

 すがすがしい気分であり、説得が失敗してもいいと思えるほどだった。

 

「それは分かったよ、カレンさん。だけど、それと副総督とはどんな関係があるのかな?」

 

 ルルーシュはしばらく黙っていたが、ナナリーを見た後にハッとなって、落ち着いた口調で述べた。

 兄は妹の前で冷静さを失ってはいけないらしい。

 

「彼女、ユーフェミア様は次の日本の総督になるらしいでしょう? だから私が彼女の補佐になって日本人にとっていい政策を進言したいの」

「なるほど……」

 

 ルルーシュは相槌を打ち、顎に手を当てて考え始める。

 

「お兄様、良いことではありませんか? カレンさんがいればきっとユーフェミア様も助かります」

 

 少しすると、ナナリーがうれしそうに語りかけてくる。

 

「だが、しかし……」

「私は問題ないと思いますよ。だってユーフェミア様なのですから」

「うーん」

「ありがとう。ナナリーちゃん」

 

 カレンは両拳を握って喜びを露わにする。

 この流れならいける。ルルーシュはナナリーに甘いから。

 

「カレンさん。私からロイドさんに頼んでみましょうか?」

「へ? ……え? いいの?」

「はい。ロイドさんならユーフェミア様まですぐですから」

「ありがとう! ありがとう!」

 

 カレンは感無量でナナリーに近づき、片手を両手で力強く包む。

 その状態で何度も何度も感謝の言葉を口にした。

 その間ナナリーはただ笑っていて、カレンにはその顔がまるで天使のように見えて、ルルーシュがシスコンになるのも分かるなぁとか、彼女に頼んで正解だったとか、ルルーシュは必要なかったなとか、ロイド卿ってナナリーちゃんの言葉に従ってくれるのかなとか、等々と思ったが、最終的には『まあうまくいきそうだからどうでもいいか』と結論付けた。

 

「紹介するのはいいですけどぉ。彼女って何が得意なわけですかぁ?」

 

 ロイドが開口一番に尋ねる。

 

「得意なもの、ですか?」

「理由も無く推薦すれば、怪しまれると思いますよぉ。副総督に関わる人事は全て総督の目が入りますしぃ」

「えっ」

 

 そこまでやるか。

 カレンとスザクは驚いたが、ルルーシュとナナリーは分かり切っていたことなので特に反応しない。

 

「勉強は得意ですよね、カレンさん」

「でも、本当は運動の方が得意なの。今だから言うけど」

「「えっ」」

 

 今だから、と言われたところで理解はできないだろう。

 カレンが病弱だというのは周知の事実だと思い込んでいる。それに、お嬢様然とした態度からは、激しく動く彼女を想像できない。

 

「カレンさん、こんな時に冗談は」

「スザク。彼女は身体を患う前にスポーツが得意だったのかもしれない」

「あっ。ごめん、カレンさん」

「違うの。本当は体は何も悪くないのよ。あれは学園を休むための口実だったの」

「へ?」

「ええっ」

「一応医師免許持ってる僕から見ますと、彼女はどこも悪くなさそうですよぉ。というより、すばらしいバランスですねえ。ランスロットのデヴァイサーとしてほしいくらいですぅ」

 

 今でも信じられない男子学生2人だが、しかし、ロイドの発言で本当かもしれないと疑い始める。

 ナナリーは先日カレンの手に触れた時に熱気やら強さやらを感じていたので、カレンが健康だと知って逆に納得している。

 

「じゃ、うちの機材でテストしますぅ? 結果が良ければ、すぐにでも副総督の耳に届けられると思いますけどぉ」

「あ、では、お願いします!」

 

 カレンがうなずいたので、早速検査を行った。

 

「あはぁ。総督に勝っちゃってるなぁ。僕の知っている女性ではナンバーワンですねえ。あっ、マリアンヌ様には負けますけどぉ。……あっ、なんでもないですよぉ」

 

 これが検査結果を見たロイドの反応である。

 ポロリと危険な名前を口走ってしまったが、ルルーシュが結果に驚き「ほへ?」と上の空だったので、特に怒られはしなかった。

 

「ふー」

 

 カレンは結果に満足したようである。

 いい汗かいた、とやりきった爽快感だけでもいいものだが、やはり憎きコーネリアを上回ったことはさらなる喜びがあった。

 

「おめでとうございます。カレンさん」

 

 ナナリーもうれしそうにカレンを褒め称える。

 本音を言うと、彼女にはコーネリアが負けたことを残念に思う気持ちもあったが、それをここで出すべきではないと考えた。

 

 後日、カレンの件はロイドからコーネリアに伝えられた。ユーフェミアの補佐を望んでいることを含めてだ。能力は好意的に受け入れられたが、ならば軍属しろという命令が下った。

 ロイドはちょうどいいと思い、カレンに特派に入るようにと誘った。カレンはそれを受け入れた。特派であれば日本人と戦う必要が無いし、スザクのように学業を両立させることもできるので、都合がいいと思ったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ネタ?

「あはあ。仕事が終わらないのに楽しいー」

 

 ロイドは喜んでいた。

 悩みの種であったデヴァイサーが次々と見つかり、存外に研究がはかどっていたからだ。

 現在は3種の機体を同時に整備している。

 

 ランスロット・オレンジ

 ジェレミアの専用機であり、色はオレンジ。

 その名は裏切りの騎士と忠義の証しを合わせたもの。まさに彼にぴったりと言える。

 第七世代のナイトメアだが、実は少しだけ『改悪』している。ジェレミアに合わせるためだ。

 そのためか「オレンジにはプリンセスハオ的なミカンの意味が込められている」と噂する人もいるらしい。

 

 ランスロット・紅蓮

 カレンの専用機であり、色は紅の赤。

 公式にはランスロット・レッドと呼ばれるが、カレンや技術者の中では紅蓮ということになっている。

 能力はランスロット・オレンジとほぼ同じ。

 似た色を名前に付けたのは『ジェレミアを補佐するという立場を明確に示すため』と言われている。

 が、色には上下がないだろうから、隙あらばカレンがユーフェミアの騎士になることもありえる、みたいな意味もあるらしい。

 

 ランスロット・朱雀

 単にランスロットとも呼ばれる。スザクの専用機であり、色は白。

 名前に朱があるから色縛りはできているよね、が、ロイドの弁である。

 しかし、この機体こそが真にロイドの発想を体現したランスロットであり、3機の中でも最も能力が高い。

 一応はオレンジと同じ戦場で活動することが想定されている。

 ジェレミアがユーフェミアに諭されてから親日派になっていたため、実力の高い日本人をふつうに評価するから可能となったことだ。

 

 

「はあい、ルルちゃん。また来たわよお」

「ホワァッ」

 

 ルルーシュが自室でゆっくりしていると、突然ミレイが入ってきたのである。

 それもタオル一枚で。

 髪がまだ湿っているのを見るに、ふつうにクラブハウスの風呂場を使っていたのだろう。

 

「ふふっ。何度も見ているクセにいちいち驚くなんて、かわいいんだからっ」

「おい! 隣の部屋にはナナリーがいるんだぞ!」

「ナナちゃんは知っているわよ。初めから」

「ファッ」

「まあいいからさ、始めましょ。今日は特別に妹役になってあげるからさ」

「おい! ふざけるのもいい加減にしろ! ぐうっ!」

 

 口では強気なルルーシュだが、やはり体は抗えず、簡単に押し倒されてしまった。

 密接すると、風呂上りのシャンプーの匂いがやけに甘い。

 アレがいつも以上に元気なるのも仕方がない。

 

「お兄様、大好きです。一緒に楽しみましょう」

「ナナリーを愚弄するな!」

「ルルーシュ! うれしいわ! 私にこんなSAOを当てつけてくれるなんて!」

「ユフィもだ! いい加減にし、ホワァッ」

 

 やはりアレは弱点らしく、ちょっと触れられるとビクンとなってしまい、うまく動けなくなるのだった。

 

 

「はあ」

 

 シャーリーはプールサイドでため息をついた。

 ここのところ全く進展がない。無論思い人についてである。

 

「ユーフェミア様になんて敵いっこないよ」

 

 彼女と比べられるのだしたら、自分は虫けらでしかない。

 どうやっても振り向かせる方法を思いつくことができなかった。

 それに、今の友人同士の関係がほどいいものだから、崩れるのも怖いと思った。

 つまり、結局動けないのである。

 

 

 

「はあ」

 

 リヴァルも自室でため息をついた。

 無論思い人についてである。

 だが、特筆することもなく、ただ彼がミレイと結ばれないのは自明であった。

 

 

 

「はあ」

 

 ユーフェミアも紅茶を一口飲んでから、ため息をついた。

 無論思い人についてである。

 

「どうしたんだ? ユフィ」

 

 心配したらしい姉がやさしく声をかけてくる。

 

「なんでもないのです。なんでも」

「なんでもないことはないだろう?」

「いいえ、ですが、しかし……」

 

 ユーフェミアは言葉を濁し、紅茶をすすり始める。

 そこまですると、コーネリアも追及したりしない。

 

「これが俗に言う、恋なのかしら」

 

 ぽつり、と上の空のままでつぶやいてしまう。

 

「なっ! 誰だ! 誰の事だ!」

 

 が、見事それが聞かれていたらしい。

 

「え? 私何か言いましたか?」

「恋だと言ったぞ! 誰なんだ!」

「ええっ、そんな……、秘密ですわ。お姉様でも、さすがに」

「ええいっ! こうしてはおれん! ジェレミアは何をやっていたのだ!」

 

 コーネリアは興奮して、どこかへと行ってしまった。

 

 

「しいいいつううう。ねえねえ聞いてよお。しいいいつうう」

 

 マオは嬉々としてC.C.に近づいていく。

 

「なんだ?」

「昨日までは600メートルが限界だったけど、今日は630メートルまで聞こえるようになったんだよお。ねえねえすごいでしょ? これでまたあのクソ拉致野郎共に見つかりにくくなったよ、しいつううう」

「ふむ。まあその調子でがんばってみろ。期待せずに待っているから」

「期待してよお、しいつううう」

「うるさい。そしてあまり寄るな」

 

 C.C.は口ではこう言っているが、本音では少しマオを評価し始めていた。

 もう伸びないと思っていたギアスが、ここへ来ていいペースで伸びているのである。

 愛は偉大ということだろうか。

 ともかく、これはひょっとすると、ひょっとするかもしれない。

 

「とんだ拾いもの、いや落としものだったのかもしれないな」

 

 C.C.は小さくつぶやく。

 しかし、マオにはばっちりと聞こえていた。

 

「しいいつううう! やっぱり僕のことをおおお!」

「ああもうっ、クソッ」

 

 勢いを増して突っ込んできた彼を、C.C.は避けることができなかった。

 思いっきり抱きつかれて、頬ずりまでされてしまった。

 

 

「ぬあぜだああああ! なぜ見つからぬうううう! ルルーシュの周囲にいるのでは無かったのかあああ!」

「申し訳ございません。隈なく探したのですが、やはり、それらしい人物はどこにも」

「ぶらああああああ! ぶるううらあああああ!」

 

 シャルルはまた腹心のビスマルクを恫喝していた。

 

「クロヴィスに実験されていたみたいだから、拗ねちゃったのかも」

「あぁいぃつぅかああああ」

 

 が、マリアンヌの言葉で標的がクロヴィスに移ったようである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リフレイン

 地味に九州の防衛を任されていたクロヴィスは『重大な過失』とやらで本国に強制連行された。

 しかし、それでもシャルルの怒りは収まらなかった。

 口には出さないが、すぐにでもC.C.を見つけるために、急ぎ世界征服をするようにと命じた。

 

「ユフィ。私はEUに向かわねばならない。留守の間、ここエリア11を頼んだぞ」

 

 コーネリアも戦地に向かうようにと指示されてしまった。

 

「はい。お姉様」

「他の者、ユフィをよろしく頼む」

「イエス、ユアハイネス」

 

 返事はいいが、コーネリアはひどく心配だった。

 テロ組織はほぼ壊滅させたとは言え、まだ怪しげな組織が、特に腐敗したブリタニア貴族達が多く残っている。

 そんな荒波の中にこんなかわいい妹を残すのはとても危険だと思うのである。

 しかし、命令なのだから仕方がない。

 それに、いずれは総督になるのだから、こういう経験も必要だろうし。

 

「ごほっ、ごほっ」

 

 と、しかしここで、憚らずに咳き込む音が聞こえてきた。

 コーネリアは小さく舌打ちする。

 

「ジェレミア卿! お前が一番しっかりしていなければならないのだぞ!」

「イエス、ごほっ。ユアハイネス」

 

 返事は弱々しい。この男は誤算だった。

 ユーフェミアに恋しい人がいたことに気付きもせず、徹夜で探させても見つけることができず、あげく体調を崩してしまった。

 これほど頼りないとは思わなかった。

 

 コーネリアは強くジェレミアを睨んでから、興味が失せたように視線を逸らす。

 するとジェレミアはさらに消沈してしまう。今夜も気分よく横になることはできないだろう。

 

 反対に、これがチャンスだと意気込んでいる者もいた。

 その代表がカレン、そしてスザクである。

 

 総督がいなくなるのだから、当然副総督が代わりを務めるのである。

 次期総督にアピールするチャンスであるし、その機会も与えられる。

 ユーフェミアはコーネリアと違って特派が戦地に出ることを咎めないからだ。

 

 とは言え、その戦う機会がほぼなくなったのだから、出番はなかなか訪れないが。

 

「咲世子さん、何かありませんか。特派が動くようなことが」

 

 カレンは咲世子を頼った。

 危険な情報を知っているとは思えなかったが、ちょっとした噂とかを聞いていて、それが実は腐敗した貴族につながっていたりしないかなと思ったのである。

 

「そういうことでしたら、ルルーシュ様に尋ねるのがよろしいと思います。貴族の方とチェスをなさっているようですから」

「なるほど。あいつですね」

 

 一理あると思った。

 学生と賭けチェスをするような貴族にまともな人間がいるとは思えない。

 だから、あまり頼りになるとは思えないが、ダメ元で聞いてみることにした。

 

 

 場所は特派の一室である。

 ナナリーがロイドに診てもらっている間に、カレンがルルーシュに話しかける。

 

「そう言えば、何か知らない? 特派が動くような話を」

「特派が動くような話?」

「そう。私やスザクくんが動くような黒い話。その、できればブリタニア貴族のことがいいんだけど」

 

 こう言っておかないと、日本のテロ組織の話をされるかもしれないと思ったからである。

 

「それは、もちろんあるが……。賭けチェスなんてしていると、いろいろと耳に入るからな」

 

 これは真実であるが、実はネットで勝手に侵入して調べた情報の方が多かった。

 それを口にする気はないが。

 

「本当! 教えてよ! 今がチャンスなのよ!」

「僕も聞きたいな。カレンさんの言ったように、コーネリア総督のいない今が動けるチャンスだから」

「うーん、そうだなあ。まあ教えてやってもいいか。ブリタニアとか日本とか関係なしに片付けておくべき問題だしな」

「ありがとうルルーシュ!」

「やけに自信ありげね。聞いた私がこんなことを言うのも失礼だけど」

 

 スザクは身を乗り出すが、カレンは逆に一歩引いて腕組みする。

 

「面倒なら放っておけばいいさ。とりあえず、今一番深刻なのはリフレインだな。知っているか?」

「知らない」

「僕も」

 

 スザクはそうだろうと思ったが、カレンまで知らないとは思わなかったので、ルルーシュは意外そうな顔になる。

 

「で、それが何なの?」

「麻薬さ。過去のよき日を見せる幻覚作用がある。これが日本人にバカ受けしているんだ」

「過去、か……」

「許せないわね」

 

 スザクはどこか遠くを見るようになり、カレンは怒りを露わにする。

 

「で、その密売組織がどこにあるかは知っているわけ?」

 

 カレンが眉をつり上げたまま尋ねる。

 

「だいたいの位置はな。本気を出せば今日中にも特定できると思う」

「よし。じゃあ早速つぶすわよ」

「そうだね。僕も早く対処するべきだと思う」

 

 カレンは好戦的な笑みを浮かべて右拳を左の手のひらに打ちつける。

 男子学生2人はその態度に苦笑しつつ、静かに闘志を燃やした。

 無論、ルルーシュにとってもやつらは許せない存在だったのである。

 

 

 特派にある能力の高いパソコンを手にしたルルーシュは、わずか1時間で密売組織の中枢を発見した。

 この情報はロイドを通じてユーフェミアに届き、特派のナイトメアを発進させる許可も簡単に降りる。

 

 ただし当然のことながら、ルルーシュはカレンとスザクの身を案じているし、彼等の才能がどれだけ飛びぬけているか、またランスロットがどれだけ優秀かを知らないから、2人だけで敵に立ち向かうことをよしとしなかった。

 そのこともユーフェミアに伝えられて、過ぎるほど特別なことに、ジェレミアが貸し出された。

 これは、最近調子の悪いジェレミアに息抜きをさせる意図もあったようである。

 

 ともかく、これでエリア11の誇る3ランスロットがそろい踏みすることになったのである。

 

 

「アスプルンド卿! 一体何を考えているのか! 学生に新型のナイトメアを貸し与えるなど!」

 

 が、その作戦会議にて、カレンとスザクを紹介されたジェレミアが憤った。

 

「いえいえ、彼等はデヴァイサーとして優秀ですからぁ」

「こんな時にふざけるな! これはユーフェミア副総督が総督代理として受理なされた最初の業務なんだぞ! 少しのミスも許されんのだぞ!」

 

 ジェレミアが身を乗り出す。

 

「分かってますってぇ」

 

 ロイドは相も変わらずへらへらと笑うだけだ。

 

「チッ」

 

 ジェレミアは忌々しげに舌打ちする。

 説得は早々に諦めることにした。彼がこうなのは分かっているからだ。

 しかも今回は周到に手回しがなされていて、特にユーフェミアからの許可、というか命を承っていたから、人事を覆すのは難しそうだった。

 

「もういい。正面突破はこちらでやるから、彼等には残兵を任せよう」

「そんなぁ」

「作戦指揮は私が執るように命じられている。文句は言わせない」

「ええー。でも僕、厳密にはシュナイゼル殿下の管轄なんですよねぇ」

「だが、連帯が乱れれば双方にとってよいことがないだろう」

「まあ、それは分かっていますけどぉ」

 

 ロイドはしぶしぶ食い下がった。

 おそらくルルーシュは他にもネタを持っているから、そこで挽回すればいいと考えた。

 

 

 いくら密売組織が巨大だとは言え、いくらナイトメアを持っているとは言え、いくらジェレミアの体調が悪いとは言え、第七世代機擁するジェレミア達に敵はいなかった。旧純血派の面々も十分に洗練されていた。

 それに、裏に控える2機がやけに強くて、しかも知らない内にでしゃばってきたりして、少なくないダメージを受けさせられた。

 よって密売組織は抵抗らしい抵抗もできずに壊滅した。

 しかしその建物の中に薬物中毒者が大勢いて、しかもとあるパイロットの肉親までいたものだから、些末な事件として片付けることはできなかった。

 特にパイロットはひどく憔悴したらしく、次の日の学校を休んでしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ランスロットのパイロット達

 リフレイン騒動がやや落ち着いた頃、ジェレミアは特派に向かっていた。

 先日自分と共に戦った2人が気になったのである。

 学生だと思って舐めていたが、ナイトメア戦を数瞬目にしただけで、格別に優秀だと分かった。

 よって、ちょっと挨拶でもしてみて、知性とか人柄とかを調べてもみて、よければ親日派に誘おうと思っているのである。

 

「私だ。入れてくれ」

 

 と、研究所に着いたので、近くにいた青髪の女性に話しかける。

 

「ジェ、ジェレミア卿っ!? ……あの、今ですと、接待の準備が」

「かまわない。ロイドとは知った仲だからな」

 

 実は彼はロイドと学生時代の同級生なので、そこまで気を使う必要はないと考えた。

 

「では、その、主任に確認を取ってみます」

「ああ。頼んだ」

 

 青髪の女性は早速通信を入れてロイドと話し始める。

 が、ある時から声色が低くなり、やがて通信機から耳を離す。そのまま申し訳なさそうな苦い顔になって、ジェレミアに向き直る。

 

「その、今は無理ならしいです。研究で忙しいからと」

「チッ。……どのくらい待てばいい?」

 

 ジェレミアが忌々しげに尋ねる。青髪の女性は通信機を口に当てる。

 

「ロイドさん、どのくらいかかりますか?」

『うーん、そうだなあ。1時間くらい?』

「1時間程度らしいです」

 

 女性は再び通信機から口を離して言う。

 

「そうか。微妙だな」

 

 ジェレミアは腕組みをして眉を顰める。

 10秒ほどすると、再び口を開く。

 

「では、先日私と共に第七世代に乗っていた2人をここに呼んでくれるか? 実は私の目的は彼等に会うことだったのだよ」

 

 女性は「分かりました」と返事をすると、再び通信機を口に当てる。

 

「ロイドさん。カレンさんとスザクくんを呼んで欲しいらしいです」

『ええ~。何分くらい?』

「あの、何分くらいでしょうか?」

 

 と、再び女性が尋ねてきた。

 

「そうはかからん。10分くらいだ」

「10分くらいだそうです」

『うーん。じゃ、いいかなあ。……きみ達2人、ご指名みたいだよ。ジェレミア卿が外で待ってる』

『ジェレミア卿が?』

 

 と、会話が漏れ聞こえてきた。うまくいったようである。

 ジェレミアは軽く身だしなみを整え、キリッと姿勢を正すと、勧誘の方法を考え始める。

 

 

 さて、20秒ほどで出てきたのは、茶髪の男子と赤髪の女子である。

 聞いてはいたが、男子の顔は日本人のそれである。これはブリタニア人にとっていい光景でない。

 しかし、今回に限っては都合がよかった。彼は親日派に勧誘するまでもなく親日であろうからである。

 

「突然で悪いとは思っている。どうも君たちのことが気になってな。でだが、身の上話などを聞かせてくれるか?」

「構いませんが、身の上と言いますと?」

「学園に通っているのだろう? だからそこでの生活や、成績、学友のことなんかでいい。あとはこのエリアについてどう思っているかを聞かせてくれ」

 

 2人は戸惑うが、程なく姿勢を正して「イエス、マイロード」と応じる。

 その後、青髪女性の勧めで会議室のような場所に移動し、そこで言葉を交えることになった。

 

 移動中もジェレミアはじっくりと2人を観察していた。

 共にバランスの良い肉付きで、立ち姿は隙が無く、よく鍛え抜かれている、などと頭に入れていく。

 会議室のような場所に着くと、まずカレンが切り出す。

 

「では、私から始めます。私立アッシュフォード学園に通っているのですが……」

 

 学園では生徒会に入っている。

 主に部費やイベントの決め事をしている。

 イベントはお祭り好きな会長が突発的に発案することが多い。

 勉強は上位だが1番ではない。

 スポーツは女子では飛びぬけているだろう。とのこと。

 

「なるほどな。では、このエリアについては?」

「はい。……」

 

 返事はしたが、カレンはなかなか語り始めない。

 しかし顔は真剣そのものであり、口を開かないのは考えがないからではなく、下手なことを言えないからだと察することができる。

 

「まず、短期的なことを言わせていただきますと……」

 

 場に重い空気が入り込んだ頃、彼女は油断の無い口調で語り始める。

 本当に短期的なことであり、現在の問題、特にブリタニアの貴族による横領や暴力事件を述べていく。

 中にはジェレミアの知らない重大な犯罪もあって、その情報取得能力に意識せずとも舌を巻かされる。

 

「分かった分かった。なるほどな。シュタットフェルトは相当優秀な情報網を持っているらしい」

 

 ジェレミアは1人でうなずく。

 カレンは何も言わない。なぜか不機嫌そうにも見えるが、ジェレミアは特に気にしない。

 

「では、次は枢木一等兵にお願いしようか」

「はい。自分は……」

 

 スザクも語り始める。

 彼はつい一月前に学園に通い始めたので、あまりよく分からないらしい。

 が、カレンと同じく生徒会に入っており、仕事も似通っている。

 成績は最下位の部類。これはいただけないが、しかし仕方のないことだろう。今までは軍にいたのだから。それも名誉ブリタニア人だから、必要最低限の教育しかなされていないはずだ。

 

「分かった。このエリアについてはどう思っている?」

「そうですね。……」

 

 スザクもカレンのように言葉に詰まる。

 が、彼はどこか不安そうな顔になっており、カレンとは違って思考が進まないようだった。

 

「その、申し訳ないのですが、分かりません」

「分からないとは? 何も感じていないのか? 元日本人だろう?」

 

 元日本人。親日派であるジェレミアはこの言葉を好んで使っている。

 立場上日本人とは言えないが、イレブンと呼ぶのも憚られる。

 元日本人ならばギリギリ問題ない。

 

「その、元日本人の方には、幸せになってもらいたいと思っています。ですが、このままでいいのか、どうすればいいのか、僕には分からないのです」

「ふむ。まあいい。兵としては上官に従っていれば問題ないからな」

 

 ジェレミアはそれで話を打ち切る。

 そして考える。

 現時点で評すると、カレン・シュタットフェルトは総合的に優秀な人物であり、特にナイトメアの操作技術が飛び抜けているらしい。

 枢木スザクはナイトメアに一点特化だ。しかし、知性の面でやや難あり。

 であるから、カレン・シュタットフェルトは時に総督を守り、時に部下を引き連れ指示を出し、時に総督に進言するような立場。ギルフォード卿のような立場が向いているだろう。

 枢木スザクはどうだろう。細かい作業には向いていないが、忠義に尽くすようになればその真価を発揮しそうな気がするが……。

 

 いずれにせよ、人格に大きな問題は無さそうだし、まだ学生だ。

 将来が楽しみな人材には間違いないのだから、今のうちに手をつけておくべきだろう。

 

「よし。では次の話題だ。これは強制ではなく、勧誘なのだが、我が親日派に参加する気はないかね?」

 

 ジェレミアはおだやかな声で言った。

 スザクとカレンはきょとんとした後、少し苦い顔になった。

 

「親日派とは、具体的にどのような活動をなさっているのでしょうか?」

「うむ。毎朝集まって決意を述べたり、会食で互いに相談したりだな。休日に地方まで行って食料や日用品を配っているやつもいるぞ」

「……なるほど。ですが、学生の身では厳しいかもしれません」

「それは分かっている。全て参加しろとは言わないさ。……ただ、そうだな。今度の会食には参加してみるか? ユーフェミア様とお会いすることもできるぞ」

「えっ、ユーフェミア様にっ」

 

 と、そこで急に声を荒らげたのはカレンだった。

 

「どうした? うれしいのか?」

「いえ、その、……はい。それは是非、参加させていただきたいです」

「ふふっ。ああいいさ。ケータイのアドレスを教えてくれるか? 詳しい日時や注意事項をメールで送る。場所は政庁だ」

「はい。今すぐに」

 

 カレンは慌ててケータイを取り出し、ジェレミアとメルアドを交換する。

 ジェレミアはイメージと合わず手際が良かった。これがテレビならスザクは笑っていたかもしれない。

 

「では、枢木一等兵はシュタットフェルト嬢に尋ねるといい。来たくなった時はな。我々は歓迎する」

 

 そう言うと、ジェレミアはスッと立ち上がる。

 

「聞きたかったことは以上だ。時間を取らせてすまなかったな」

「いえ、そんなことは」

「ではな」

 

 ジェレミアは小さく敬礼し、足早に去って行く。

 スザクとカレンは呆けていたが、ある時ハッと気付き、ゆっくりと特派に戻って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会食

 ロイドがジェレミアを入れなかったのは忙しいからではなく、実はルルーシュとナナリーがいたからだった。

 ナナリーはいつものように健診を受けていて、ルルーシュもいつものようにパソコンをカタカタやっていた。

 

「ふはははははは。相変わらずザルなセキュリティだな」

 

 そして、当たり前のようにハッキングしていた。

 

「こいつはアウト。こいつも、こいつもアウトだ。あとこいつもだな。くっくっくっくっく」

 

 時折高笑いが交じるが、両手は高速でキーボードを叩き続ける。

 

「何がその他経費か。バレバレなんだよ。全員財産と爵位没収だな」

 

 カチカチ、トン、っと最後にENTERが押されると、すぐにファイルが転送される。

 送り先はユーフェミア。名義はロイドにしているが、ユーフェミアもルルーシュからのものだと知っている。

 また、データは彼女にも理解できる形に纏まめられていて、対処方法も記されている。

 まさに至れり尽くせり。シスコンさまさまである。

 

 一通り終わったルルーシュは大きく伸びをし、「ふう」と一息つく。

 それからゆっくりと立ち上がると、部屋の外へと歩く。

 

「ああスザク。いいところに」

 

 ちょうど出たところでスザクを見かける。

 

「どうしたの?」

「俺の情報が正しければ、もうすぐ不正な取引が行われるはずだ。座標を送るから現場に向かってくれ。無論ナイトメアでな。ユーフェミアの許可ももうすぐ降りるはずだ」

「うん、分かったよ。準備してくる」

 

 このように、ロイドを介する必要はない。ロイドがルルーシュの指示に従うのは分かり切っているからだ。

 スザクは片手を挙げて、笑顔で「じゃ」と言って去っていく。

 ルルーシュも「ああ」と手を振ると、そのロイドの下へ許可を出させに向かう。

 

 

 ルルーシュはそれなりの成果を実感していた。

 特派の機材を使えばおおよその不正が見抜けるし、ユーフェミアに頼めば貴族だろうと罰せられる。

 そこに危険はほぼなく、スザクやカレンには昇級のチャンスにもなり、自分やナナリーにとってもこの国が健全になれば助かる。ユーフェミアだって助かるだろう。

 特にルルーシュは、ユーフェミアの枷になりそうな貴族、旧純血派のような連中を狙って調べているから、政庁は彼女にとって大分居心地がよくなるはずだ。

 それで調子に乗られると困るが、まあ、ロイドを通じて自分が教育すればいい。

 

「そう考えると、俺が総督のようなものだな」

 

 ルルーシュは軽くつぶやき、まんざらでもないように笑う。

 

 

 ヴィレッタは政庁で書類整理に追われていた。

 

 旧純血派、現親日派は武には秀でているのだが、文になるととことん弱く、唯一まともなのが彼女くらいであり、その彼女も凡程度でしかなかった。

 加えて、クロヴィスに使えていた文官は連帯責任とやらで去ったし、コーネリアの文官もいくらかEUに行ってしまった。

 はっきり言って異常事態である。不正などし放題である。

 

 実際に、ユーフェミアの下には汚い情報が多く流れ込んでいるようだった。

 いや、これ自体はいい流れだった。

 今は辛いが、やがて貴族達も危険を察知して真面目になってくれるだろうから。

 

 しかし、こんなに有能な諜報、いや、誰がリークしているのかは知らないが、正義感の強い人間が腐敗した貴族のすぐ近くにいるとは思っていなかった。

 ユーフェミアは何も教えてくれないが、コーネリアの残した秘密部隊でもあるのだろうか。

 ただ者ではないはずである。その人間(複数かもしれないが)はユーフェミアに情報を渡すだけではなく、処理の仕方まで指示しているからだ。

 しかも彼女は喜んで従っている。情報が来るたびに笑顔になる。

 ジェレミアなどは深く考えずに「なんて献身的であられるのだ。まさに皇族の鑑だ」と感動しているが、ヴィレッタはこれも少しおかしいと思う。昔は面倒くさがりだった気がする。こんな危ないことは考えたくもないが。

 

 ともかく、興味はつきないが、今は忙しいので調べる気にもなれない。

 ただ感謝するばかりである。

 

 

 

 さて。

 ジェレミアが特派を訪れてから3日後、カレンの待ち望んだ会食が始まった。

 

 そこは政庁の中だが、クロヴィスの設計した小奇麗なパーティホールだった。

 入った時から緊張しっぱなしである。

 しかも10代の娘など珍しいから、多くの視線を浴びてしまう。

 声をかけてくる男も3人ほどいた。やんわり断ったが。

 しかし、学園でお嬢様を演じているためか、令嬢っぽく振る舞うのはそこまで難しくはなかった。

 ちなみにオシャレはしていない。軍服である。

 

「おお! 来てくれたか! しかし、この短期間ですごい働きぶりだな。こちらでも噂になっているぞ」

「お久しぶりです、ジェレミア卿。そしてありがとうございます」

 

 と、カレンに気付いたジェレミアが寄ってきた。

 そのすぐ後ろにはユーフェミアもいた。

 

「お初にお目にかかります。カレン・シュタットフェルトです。殿下」

 

 キリリ、っとカレンは軍人らしい挨拶をする。

 

「まあ! あなたは確か、アッシュフォードの!」

「はい。生徒でございます」

 

 と、返答は案外落ち着いてできたが、ユーフェミアが想像以上に喜んだために、一層目立ってしまった。

 周囲が「誰だあの娘?」「ほら、例の」「ああ、特派の」「伯爵令嬢みたいだ。挨拶しておくべきだろう」などとざわめき始める。

 面倒なことになったなと、カレンも覚悟はしていたが、改めて落胆する。

 

「さあさあ。立ち話もなんですから座りましょうよ。そしてゆっくりと聞かせてくださいな」

「えっ……。あ、はい。イエス、ユアハイネス」

 

 と、ユーフェミアがこれまた想像よりずっと友好的であったので、カレンは思わずうろたえてしまう。なんとか返事はできたが、想定していた受け答えは使えなさそうである。

 

 カレンとユーフェミアは2人っきりで向かい合って座る。

 ジェレミアはユーフェミアのすぐ後ろに立って控える。

 テーブルの上には豪華な料理が並んでいる。

 

「あの、何の話をすればよいのでしょうか?」

 

 カレンが恐る恐る尋ねる。

 ユーフェミアは機嫌良さそうに笑んでいる。

 

「それはもちろ、んっ…………。いえ、いけませんね」

 

 ユーフェミアは突然話を止めると、申し訳無さそうな笑みを浮かべ、かわいらしい拳で自身の額をコンと突く。

 え、えええっ! と、カレンは叫びたい衝動を必死にこらえる。

 しかしユーフェミアの奇行は止まらない。彼女は突如身を乗り出し、渋い顔で小さく手招きし始める。「秘密の話があるから耳を貸して」とでも言いたげである。

 カレンは疑問に思いつつもユーフェミア同様に身を乗り出し、顔を横に向ける。

 

「ルルーシュの名前は出さないでください。ここでは」

「ルルーシュ? ……はい、分かりました」

 

 かろうじてだが、カレンはやっと状況を理解する。愛の告白だなんだ聞いていたし、2人の間に複雑な男女の事情があったのだろう。

 

「理由は後で話します。ああいいえ、本人に尋ねてください。私の口からは言えません」

「はい。そのようにします」

 

 そう返答すると、ユーフェミアは再び笑んで優雅に着席する。

 カレンも首をひねりつつ座る。

 

「ユーフェミア様、どのような話を?」

 

 ふと、ジェレミアが心配そうに尋ねる。

 

「あなたには関係ありません。知らなくていいことです」

「は、はい。かしこまりました」

 

 しかし、ユーフェミアに一蹴されてしまう。

 彼女はルルーシュにかなり気を使っているようだ。

 

 どこがいいのだろう。

 彼がモテることは、カレンには不思議だった。

 何よりも不遜な態度が気に入らない。実力があればまだいいが、学校の成績は真ん中より少し上程度なのである。そのクセ授業中は居眠りばかりだし、暇があると賭けチェスに出掛けている。

 はっきり言って問題児だ。

 体力がないのもマイナスだ。

 しかし、妹を大切にしているのは、唯一認められるところだ。これは自分が妹であるから分かる。妹好きはそれだけで信頼に値する。

 

「それでカレンさん。学園ではどのように過ごしてらっしゃるのでしょうか。例えば、そうですね。昨日一日の流れのようなものを教えていただけますか?」

「あ、はい。えーっと、昨日だと、まずは起きたのが7時でしたっけ……」

 

 カレンは本当に起きてから寝るまでのことを語っていく。

 ユーフェミアは『ルルーシュもそんな生活をしているんだろうなあ』と想像を膨らませて楽しむ。

 

 ちなみにだが、その頃スザクはランスロットに乗っていた。

 ルルーシュが「ユフィとの会食もさしあたっては必要ないだろう。お前は俺と彼女の関係を知っているのだから」と言うので、仕事を優先して食事を辞退したのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイトメアオブナナリー

 会食から3日後のことである。

 ロイドから「殿下ぁ、できましたぁ」と電話があったので、ルルーシュはナナリーとスザクとカレン、それに咲世子にミレイも誘って、皆で特派へと出掛けた。

 

「さあさあ。こちらですう」

 

 ロイドが手のひらで示した先には、武器っぽいブーツと、SF映画に出てきそうなバイザーっぽいものがある。

 

「それが身体補佐用のナイトメアか。そしてそっちが神経を直接つなぐカメラだな」

「その通りですぅ。ではでは、さっそく装着してみましょうかぁ」

 

 ロイドはノリノリだった。

 ナナリーも素直に従って、早速その場でブーツ型ナイトメアを履く。ちなみにだが、名前はマークネモである。バイザーには特に名はない。

 

「ではぁ。電源入れますよぉ」

「はい、お願いします」

 

 ナナリーの返事を合図にマークネモの電源が入る。

 

「む? むむむ? これは……? う、動きます! お兄様! 昔のように自由に動きます!」

「おおっ! ナナリー!」

 

 ナナリーは仰向けになって、じたばたと足を動かして見せる。

 ルルーシュは感極まったような表情で立ち尽くす。

 

「お兄様。手を貸していただけますか?」

 

 ナナリーがふと動きを止めて、ルルーシュに手を伸ばして尋ねる。

 

「ん? どうしたんだい?」

「立ち上がってみたいと思いまして」

「そんな、いきなり過ぎ…………いや、やろう!」

「お願いします」

 

 気合十分のルルーシュに、ナナリーはにこりと笑う。

 スザク達はただ微笑ましげにその様子を眺める。

 

「ん、んしょ。んんっ」

「おっ、おおおっ」

 

 としかし、ナナリーはあっさりと立ち上がってしまう。バランスも悪くない。両足でしっかりと支えている。

 ルルーシュは驚くばかりだ。

 

「すごいじゃないか! こんなに早く立てるなんて!」

「ふふっ。実はロイドさんと一緒に練習していたんです。家に帰ってからは咲世子さんとも」

「そうだったのか。ありがとうロイ……アスプルンド卿。そして咲世子もな」

「いえいえ」

「私も喜んでやっていますから」

 

 ルルーシュが感謝を述べると、ロイドも咲世子もそれだけで十分とでも言うように両の掌を小刻みに震わす。

 実はこの時のルルーシュは、滅多に見せないおだやかな表情になっていた。いや、それを見る機会は皆にあるが、対象はナナリーとスザクにのみであり、他の人に向けたものは初めて見たのだ。これはルルーシュの中にある心の壁がいくらか減ったことを意味していた。

 カレン以外はそれを知っているから、また彼のことが人間的に好きだから、自分のことのように喜んだ。

 

「ではぁ、次はバイザーをつけましょうかぁ。ちょっとコンタクトと言うか、先に眼球にマイクロチップを取り付ける必要がありますけどぉ」

「手術はしなくてもいいのか?」

「はいぃ。アンテナ式にしましたのでぇ」

「分かった。頼む」

 

 次いでバイザーの装着に移る。

 アンテナの役割をするらしいマイクロチップはコンタクトのような小型のものであり、付けたナナリーも違和感がないらしい。

 

「では、電源入れますよぉ」

「はい。お願いします」

 

 先ほどと同じようなやり取りの後、電源が入る。

 

「ん、んん? はっ。お、お兄様。お兄様ですか?」

「ああ、ナナリー。目が、本当に……」

 

 ナナリーの顔はしっかりとルルーシュの方に向けられていた。

 

「やったね! ナナちゃん!」

「よかったねナナリー」

 

 ミレイとスザクは成功を確信し、喜びを投げかける。

 ルルーシュは感動のあまりに言葉を失っているようだった。

 

「ありがとうございます。そちらがミレイさんで、そちらがスザクさんなのですね。初めましてではありませんが、なんだか不思議な気分です」

 

 ナナリーは恥ずかしそうに身をよじらせる。

 

「ふふっ、どう? ナイスバディになったミレイさんは? というか昔のこと覚えてる?」

「ふふっ。少しだけですが、面影があります。お兄様はほとんど変わってらっしゃいませんが」

 

 ナナリーがルルーシュに顔を向け、皆もそれに続く。

 当のルルーシュは未だ固まったままだった。

 

「ナナリー。ルルーシュだって大きくなったんだ」

「ですが、凛々しいところは昔のままです」

 

 スザクが困ったように言うと、ナナリーは少し顔を赤らめて、うれしそうに答える。

 

「ナナリー。う、ううっ」

 

 そこで、喜びのあまりだろう。

 ルルーシュが涙を流し、嗚咽を漏らし始めてしまった。

 

「ふふっ、お兄様。きれいな顔が台無しですよ」

 

 ナナリーは苦笑しながらルルーシュの傍まで歩く。徐にハンカチを取り出すと、涙をぬぐう。

 しかし、彼女の頬にも大粒の水滴が伝っていた。

 

「ナナリー様。ううっ。こんな日が来ようとは……」

 

 咲世子も涙を流し、ハンカチでぬぐっていた。

 

「ズッ、ズッ。グスッ。卑怯よ、こんなの……」

 

 カレンも止めどなく涙を流し、裾でぬぐったり、鼻をすすったりしていた。

 

「ふふっ。あーよかった。でも、どうしてだろう。うれしいのに、涙が止まらないのは」

 

 先ほどまでお茶らけていたミレイも、鼻にハンカチを当てていた。

 

 さて、バイザーとマークネモを付けたナナリーは、ヘンテコなたたずまいだった。武骨ではない。誰かがかわいらしいデザインにしていたからだ。しかしコスプレのようであり、大いに目立つことには違いなかった。リヴァルなどが見れば「よっ、ナイトメアオブナナリー」と軽口をたたくかもしない。それでもナナリーは「外に出たい」と言った。ルルーシュもそれを止めなかった。

 とは言え、選んだ場所は人通りの少ない公園だったが。

 

「お兄様ー! こっちですよー!」

「はは、待てよナナリー」

 

 ナナリーは早くも走っていた。それもルルーシュとほぼ同等まで速く走れた。

 いや、わざと合わせていただけであり、本当はもっとずっと速く走れた。マークネモは機械であり、実はその性能は人間の限界を超えていたのだ。

 とは言え、ふつう7年以上歩けなかった人間が急に動けるものではない。これはひとえにナナリーの才能がなせる技だった。

 他の皆は遠巻きに眺めていたが、例えばロイドはそれを確信し、人知れず口端を歪めたのだった。

 

「ありがとうロイド。心から感謝している。何かお礼がしたいのだが、してほしいことはあるか?」

 

 と、そんなロイドを見つけて、ルルーシュが笑顔で寄ってくる。

 その後ろでは「お兄様ー。私も何かしたいですー」と言って、ナナリーも寄ってきている。

 

「ありますよぉ。実は殿……ルルーシュくんに乗ってもらいたいナイトメアがありましてぇ。ナナリーさんにもぉ」

 

 と、ロイドはうれしそうに表情を緩めながら告げた。 

 近くにいたカレンは「ちょっ、ロイドさん。こんな時にもナイトメアですかァ?」と呆れたが、当のルルーシュとナナリーが喜んで応じたために、それ以上は言及しなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロイド、なんか知らんが目覚める!

 ルルーシュ一行はロイドに連れられてとある倉庫にやってきた。目の前には剛毅と美麗が合わさったような黒の巨人。ナイトメアにしては珍しい、女性を思わせる滑らかな曲線が、局所の黄金に照らされて妖艶に映える。名をガウェイン。

 

「さあさあお2人ともぉ、どうぞお乗りくださぁい」

 

 言われずとも、とルルーシュとナナリーは淡々とガウェインのコックピット、の形をしたシミュレーション用の機材に乗り込んでいく。

 ルルーシュは一度の説明で理解できたので、起動の手つきに戸惑いが無い。彼は私事をさっさと済ませると、「えーっと、うーんと、次は確か……」と目の前でかわいらしく思案する妹に目じりを下げる。しかし優秀なナナリーに助言など必要なく、彼女は迷いつつも着実に準備を終えていく。

 

「お待たせしました! ナナリー準備完了です!」

 

 快活に告げるナナリー。ルルーシュは「おお」と涙腺がゆるむ。何気無いことかもしれないが、この声の調子、元気の良さが昔のナナリーを思い出させる。

 

「ではぁ、始めちゃってくださぁい」

 

 と、ロイドの声でシミュレーションが始まる。

 ルルーシュは学園祭のピザ作りぶり、ナナリーはマークネモの練習を含めるならそれぶりの操縦だ。

 しかし基本動作に問題はない。射撃の精度や回避の速さや効率の良さも悪くない。いや、新米兵と考えれば抜群にいい。どころか異常だ。ナイトメアを知る軍人が見れば趣味の悪い冗談としか思わない程に。

 ロイドは自分が徐々に興奮していくのを感じる。数字に満足しているのは確かだが、それだけではない。目の前の2人は、言葉に矛盾があるかもしれないが、最高のデヴァイサーを超えているように感じるのだ。

 

「ナナリー!」

「はい!」

 

 名前を呼ばれただけで意図を理解し、妹は機体の上体を捻る。兄もそれを見越さなければありえないタイミングで後方にスラッシュハーケンを放つ。見事敵機に命中。経験もないのに、さながら世界レベルのダブルスコンビの如く互いの思考が読めるらしい。

 こんな技はロイドの、いやナイトメア開発に関わる全ての科学者の想定外だ。科学者はあくまでも人間の反応速度、処理速度を元に機体を開発している。人間にできない動作は要求しない。2人のパイロットが無言で意思疎通できるとは考えないのだ。しかし、ロイドができないと決めつけていたその先を、この兄弟は平然とやってのける。ダブルスの例を知らなかったわけではないが、今実際目にしてみて初めて自身の不足を悟った。

 ならばこのガウェインは、自分だけでは完成させることができない。

 

「はっ。そうか、そうだったんだ」

「どうしたんですか? ロイドさん」

 

 ロイドは独り言をつぶやいてしまったらしい。彼は怪訝そうなセシルに「いや、なんでもないよぉ」といつもの軽い笑みを送っておく。するとセシルは不快気に眉を吊り上げるが、まあいつものことだ。ロイドは気にしない。

 それよりも、ロイドは自身で辿り着いた答えに浸っていたかった。つまり、2人が最高のデヴァイサーを超えているという不思議な感覚、その正体だ。それはずばり、2人がロイドの頭の中にある“最高のナイトメア”を演じるためだけの機械(デヴァイス)ではなく、ロイドが2人と協力することで初めて最高のナイトメアの概形が見えるというものだった。2人のデータと共にロイドの脳内に漠然とある最高のナイトメアが変化し続けると言ってもいい。

 

 最高のデヴァイサー(枢木スザク)にはできない。理解し合う兄妹だからこそできること。ロイドが捨てたはずの人間性が最後のピースとなって最高傑作を生み出す。この自身の不足を補ってくれる相手はもはやデヴァイサーではない。例えるなら、パートナーだろうか。やけに人間臭い言葉だ。自分には似合わない気もするが、逆に本当はそういうものをこそ望んでいた気もする。望んでいたが、7年前の不幸な事件が起きた折、閃光へ抱いた希望と共に捨て去った。改めて考えるとそうも思えるのだ。ならば、運命という言葉は好きではないが、不思議な縁があるなと思う。

 とかく今更ながら、自分は人間的な研究に打ち込めそうだ。

 

(ロイドさん、笑顔がいつもより気持ち悪い。だけど何故か幸せそうな気がする)

 

 ところで、狂喜する科学者がふと目に入ったカレンは、少し失礼なことを考えていた。

 

 決まった動きしかできない雑魚を蹴散らすのにも飽き始めた頃、ロイドの提案で人対人のシミュレーションもしてみることになる。

 スザク、カレンと素人に毛が生えた程度の経験では荷が重すぎる相手だが、兄妹に気負いは無い。負けて元々という気楽さもあるし、愛の力で勝てるような気もしていた。

 

 もっとも、言うまでもなく、結果は兄妹の完敗だった。

 さすがに一日の訓練もせずにエースパイロットに勝てはしない。が、対戦を繰り返す中で兄妹は驚くべきペースで成長していった。特にナナリーのパイロット能力は異常だった。反射神経、空間把握能力が飛び抜けているのも無視できないが、それ以上に相手の行動を読む力が別次元だった。おそらく盲目の生活を続ける中で、常人が無視する細やかな情報を手に入れる力が伸びたためだろう。ルルーシュはナナリーが手を触れた相手の心理を多少読めると知っていたから、それにも関連しているのかなと思った。ただし、それが人殺しの兵器に役立つと知れても、素直に喜ぶことはできなかったが。ナナリーも兄の微妙な表情を察して手放しでは喜ばなかった。

 かくして、科学者が人生の機転たるパートナーを見つけたと盛り上がる中で、当のパートナーは冷めていた。

 

 その時、ふとロイドの白衣の内ポケットで通信機が鳴る。それはユーフェミアとの秘密通信用のものだった。

 

「はぁい殿下。どうしましたぁ?」

「中華連邦がキュウシュウに攻めてきました! ルルーシュは近くにいますか?」

「それはそれは……。はい、ルルーシュ殿下ならすぐそこのシミュレーションに座ってますよ」

「替わってください!」

「畏まりましたぁ」

 

 緩い皇女に珍しい鬼気迫る雰囲気に、ロイドも慌ててルルーシュの下に駆ける。

 シミュレーションを強制終了させると、驚きの中に少し不満を混ぜて出てきたルルーシュに、短く事情を説明し通信機を預ける。

 

「俺だ。詳しい状況を教えろ」

「はい。かつて日本の官房長官を務めていた澤崎という方がいまして、中華連邦に亡命していたのですが、この度日本の解放のためと言って、中華連邦軍を連れてキュウシュウ基地に攻め込んできました」

「そうか。数は?」

「凡そですが、基地の3倍ほどかと」

「厳しいな。姉上と兄上が優秀な人材を引き取ってしまったからな」

「どうしましょう?」

「ふむ」

 

 ルルーシュは考える。コーネリアがいなくなったこのタイミングは、確かに日本側にとってチャンスだった。しかし対応が早すぎる。今回のコーネリアの異動は皇帝の気まぐれで侵略が早まったためであり、つまり突然だったため、スパイがいようともタイミングを合わせられないはずだったのだ。ならば、これは偶然だろう。あちらにとっては運のいいことに、ブリタニアの魔女が消えた時に中華連邦軍を侵攻させる予定があったのだ。

 となれば、この侵攻は計画的な物。ふつうに考えて敵の本命は政庁のユーフェミアだから、澤崎の九州方面軍は囮である可能性が高い。中華連邦基準で考えると日本を分割するだけでも満足かもしれないが、まあ用心に越したことは無いだろう。その上で十分な戦力配置を考えると……。

 

「よし。少数精鋭をキュウシュウの援軍に回せ。ランスロット3機とジェレミアの部下達だ。指揮はジェレミアに執らせろ」

「はい。では早速ジェレミア卿に連絡を」

「だが待て」

「へ?」

「本隊は動かさずに政庁の警備を固めさせるんだ。指揮は俺が執る」

「え? ルルーシュが? いいのですか?」

「他に信用できるやつがいないからな。だが、名目上はお前ということにしてもらうぞ」

「分かりました。ではそのように」

 

 ユーフェミアはルルーシュとの通信を切らないままジェレミアに連絡を取り始める。

 ルルーシュも急いで情報を集めに入る。

 

「ロイド、ランスロットにフロートユニットを付けられるか?」

「大丈夫ですよぉ」

「ならランスロットだけ先行させることもできるな。燃料が心配だが、まあ3機あれば増援までは持つだろう」

 

 ルルーシュは再び通信機に顔を近づける。

 

「ですから! 私は大丈夫ですから! ジェレミア卿はキュウシュウで頑張ってください! 反論は聞きません! それと今は部屋に入って来ないでください!」

「しかし殿下ァ!」

 

 ユーフェミアはなかなか強引にジェレミアを説得しているようだ。しかし選任騎士は主人を守ることが全てのようなものだから、ジェレミアも簡単に離れたくはないだろう。それでルルーシュが作戦を変えることはないが。

 

「ユフィ、一旦ジェレミアとの通信を切ってくれ」

「話は終わりです! ……はいルルーシュ。大丈夫ですよ」

「ランスロット3機はフロートユニットを付けて先行させるんだ。ただし、ジェレミアの部下達が来るまでは無理をさせないように。燃料が心配だからな。それでも大戦果を上げられるだろう」

「分かりました。他に何かございますか?」

「いや、今は無い。だがいつでも通信に出れるようにしておけよ」

「はい。それはもちろん」

 

 この主従関係である。『信用できるやつがいない』の中にユーフェミアも入っているが、文句なんて欠片も出ない程だ。

 その後政庁でユーフェミアを中心とした作戦会議が始まり、ルルーシュにも少し時間が出来る。この間彼は『ユーフェミアが1カ月間努力するとどの程度軍を動かせるようになるか』を考えたりする。今回は手加減するつもりなのだ。ルルーシュが本気を出すとあまりに輝かしい戦績が残ってしまい、シュナイゼルに疑われるためだ。さすがのユーフェミアもあの聡明な宰相を強引に退けられはしない。

 もっとも、数の差を考えると指揮官が黙っていても勝てるくらいなのだが。




ギアスが盛り上がっている気がして、久しぶりに。
書き方変わってますね(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルルーシュ、思い出す

 ユーフェミアの強権をもって作戦の凡そが決まり、3ランスロットはフロートユニットを担いでキュウシュウへ飛び立った。また、ユーフェミアはルルーシュに少数精鋭を送れとだけ言われたが、自身とルルーシュの指揮を邪魔されると困るので、口出ししてきそうな連中も纏めてキュウシュウに送った。

 こうしてユーフェミアは一人きりになれた。本当に完全に一人だと後でいろいろと面倒なことになるので(特にコーネリアが怖い)、一応アドヴァイザーとしてロイドが近くにいるという設定にしているのだが、もちろん彼が戦略に口を出すことは無い。また、この流れでユーフェミアは特派のトレーラーに乗り移っている。目の前には大型モニターがあり、ルルーシュの顔が映っている。ルルーシュはナナリーと共に本物のガウェインに乗っており、そこからユーフェミアに指示を出すことになっている。実はガウェインは指揮官機であり、こういうことが得意なのだ。ユーフェミアはルルーシュに隣にいてほしかったが、それはさすがにルルーシュが断った。

 

「ナイトメアの配置はコーネリアが用意したものでいい。市街地は死角が多いため小隊行動を徹底させるというのも、その通りでいい。ただし、密接に固まってはいけない」

「どうしてですか?」

「東京は地下道だらけだからな。地表を崩壊させて纏めて落とされるかもしれない」

「なるほど」

 

 皮肉なことに、ルルーシュはブリタニアを倒すための戦略シミュレーションを何度も重ねており、このような策をいくらか考えていた。そのアイディアが逆にブリタニアを守るために使われているのだ。もっとも、妹を守るという最優先事項を前にしてルルーシュもある程度割り切れている。

 

「よって歩兵を地下へ送るべきだろうが、ブリタニアの屑共は民間の日本人に手を出しそうだからな。名誉っ……、名誉を奪われた日本人だけを送っておけ」

「つまり、名誉ブリタニア人の部隊ですね」

「そうだ」

 

 ルルーシュは強めの口調でうなずく。一応戦闘前なので雰囲気を固めにしている。それでも本当に指揮官だったならばさらに口数を少なくするところだが、今は妹の成長を促すべくそれなりに説明を交えている。

 

「数では圧倒的にこちらが勝っているからな。こちらはただ守りを固めていればいいが、相手は奇策に頼らざるを得ないだろう。俺の予想では足場崩しが本命だ。次点で新型ナイトメアによる奇襲。大穴として、裏切り者を基軸にした突破なんてのもあるかもな。もちろんこれらは重複しうるぞ」

「では、対策は」

「まあ待て。ユフィなりの考えを聞かせてくれ。俺が干渉し過ぎるとシュナイゼルに勘付かれる」

「シュナイゼル兄様に? そう、ですか……」

 

 ユーフェミアは少しだけ声を落とす。その後沈黙するのは、対策を考え始めたからだろう。

 と、不意に前方のナナリーが振り向く。

 

「あの、お兄様。私達はずっとこちらで待機するのでしょうか?」

 

 ナナリーは不安そうに言う。ルルーシュは虚を突かれたように首を傾げ、程なくスッと表情を緩めて言う。

 

「状況次第だね。敵兵に見つかれば、できるだけ逃げるよ」

「あの、そうではなくっ」

「うん?」

 

 ガタッと音を立て、ナナリーが慌てて否定してきて、ルルーシュは何だろうともう一度首を傾げる。ナナリーは少し恥ずかしそうに俯き、再び不安げに言い始める。

 

「あの、ユフィ姉様が危なくなったら、応援に……」

「えっ」

 

 完全に想定外の言葉で、ルルーシュは声を漏らしてしまう。

 

「あっ」

 

 出過ぎたと思い、ナナリーも声が漏れる。

 

「ナナリー、だけどそれは……」

 

 ルルーシュは言い淀む。彼はナナリーを人殺しに関わらせたくないのだ。今彼女をガウェインに乗せているのは、ここが学園よりも安全だからだ。自分の手元であり、特派の頑丈な倉庫に守られており、何よりガウェインが鉄壁を誇る。落とされないことだけを意識すれば、スザクやカレンのランスロットでもかなり厳しい程に。それだけ機体性能が高く、また兄妹の能力が高いのだ。

 

「ルルーシュ、いいですか?」

 

 としかし、ここでユーフェミアの考えが纏まったらしい。

 

「あ、ああ。いいぞ」

 

 ルルーシュは勢いと状況でユーフェミアを優先させる。スッと表情も少し厳しいものに戻す。

 

「足場崩しは、ルルーシュも言っていたナイトメアが固まり過ぎないこと、日本人の歩兵に地下を警戒させることで対応させます。特に日本人の歩兵は土地鑑のある人が各小隊に均等に分かれるようにさせます。東京の地下道は難しいですからね。それと、足場崩しがありえるとナイトメアの各パイロットに通知します。その時は迅速に対応するよう言っておきます」

「ああ、それでいいだろうな」

「新型ナイトメアに対しては、すみません。見つけ次第囲って数で対応するくらいしか思い浮かびませんでした」

「いや、そう悲観することは無い。戦術で戦略を覆そうなんて輩は俺も対応しかねるからな。本部だけは何としても死守するが」

「そうですか。ですが、最後の裏切りについてはもっと酷いのです。即対応せよとくらいしか言えそうにありません」

「まあ、それくらい難しい問題だからこそ騎士のような存在があるのだろうな。だがそれも気に病む必要は無いさ。滅多に起こることではない」

「そうですか」

「お兄様!」

 

 と、ここで突然ナナリーが入ってきた。

 

「ナナリー?」

「な、なんだいナナリー」

 

 ユーフェミアはただ不思議そうに首を傾げ、対しルルーシュは驚いてビクッと背筋を伸ばす。

 

「やはり最初から私達も戦力に入れておきましょう! ユフィ姉様のピンチにはいつでも駆けつけられるようにしておくんです!」

「まあ! ナナリー!」

「し、しかしだな」

「話を聞いていましたが、結局のところ万全ではないのではないですか? でしたら出し惜しみするべきではありません! そもそもお兄様はユフィ姉様が危険になった時ジッとしていられますか?」

 

 ナナリーはつい最近までは考えられないような剣幕でまくし立てる。彼女自身何故かは分からないが、ルルーシュがエース機や裏切りを軽視するような発言をすると胸騒ぎがして、声を張らずにはいられなかった。そのルルーシュはナナリーの異常とも言える変化に対応できず、狼狽えてしまう。しかし、その反対に笑みを強くした者もいた。

 

「うれしいわナナリー! 私を守ってくれるのね!」

「はい! いつまでも皆さんに守られっぱなしではいられません! これからは皆を守るナナリーです!」

「心強い! さすがは私が認めたライバルね!」

「ふふ、ありがとうございますユフィ姉様。私もそう言っていただけるとうれしいです」

 

 美少女姉妹が優雅に微笑み合う。うふふ、あはは、と健全な男子なら誰もが惹き寄せられる、かもしれない空間が出来上がる。しかし残されたルルーシュは、まさかユーフェミアが裏切ったのか!、とさらに驚愕を強めていた。どこで誰が何を間違った!

 とかく少女達は姦しく盛り上がる。

 

「こうなったら私がルルーシュを説得してみせるわ!」

「いえ、私が先に説得します! むしろお兄様が反対しても私1人で出ます!」

「あっ、それもいいわね。じゃあ私もそれで許可を出すわ!」

「そうしましょう! ふふ、これでもう問題ありませんね」

「だわね。結局ルルーシュ関係なくなっちゃったわね」

「でもお兄様は結局許してくれるはずです」

「そうね。ルルーシュはやさしいもんね」

 

 兄を離れて物事があっと言う間に決まって行く。ルルーシュは相変わらず狼狽えたままで嘆く間もなく、しかし不意に頭痛を覚える。「うっ」うめくとほぼ同時、何かが垣間見える。するとこの異常事態に、今度は軽い既視感を覚える。先日のミレイの件でも似たようなことがあったが、何かがそれよりもずっと古い記憶だと告げている。

 

『お兄様は私のものです!』

『違います! ルルーシュは私と結婚するんです!』

 

 突然頭を過ぎしは、今よりずっと幼い妹達の声。これはよく覚えている。あのアリエス宮で、ナナリーとユーフェミアがどちらが自分と結婚するかで言い合っていた時のことだ。

 ふっとルルーシュの頬が緩む。懐かしい記憶が次々と蘇ってくる。

 

『お兄様! お人形遊びしましょう!』

『ルルーシュ! お花の冠を作ったの! 着けてみて!』

『今日は一緒に寝てください! 離しません!』

『ルルーシュ疲れたわ。おんぶ』

 

 そうだ、あの頃から妹達はかわいらしかった。俺はいつも振り回されっぱなしで、断れなくて……。うん? 俺が振り回されていた?

 ハッとして気付いたルルーシュ。そうだ! 俺は引っ張る側ではなく、引っ張られる側だったじゃないか!

 いつから自分が彼女達を御せると錯覚していた? 彼女達が守られるだけの弱い存在だと思い込もうとしていた? そんなことは無かったのに。

 ルルーシュはさらに思い出す。幼い自分の体を引っ張り合う乙女達。痛みに苦悶の表情を浮かべる自分。些細なことでケンカとなり、野性的な笑みを浮かべながら拳で語り合う乙女達。それを遠巻きに怯えながら見ているだけの自分。

 なぜ忘れていた? 女性の強さ、勇敢さ、苛烈さ、獰猛さを! あの頃の自分は『ボク』なんて一人称のヘタレで、いつも妹達に振り回されっぱなしで、強く出られなくて、でも、そんな状況に満足していたじゃないか! そういう柄だったじゃないか! そうだ! 彼女達は昔から強かったんだ! 俺が先頭に立って引っ張るなんてことが間違っていたんだ!

 

「お兄様聞いていましたね。私はガウェインでユフィ姉様の下に向かいます。戦いたくないのでしたら邪魔なので降りてください」

「ルルーシュ、断らないわよね? ここで断ったら、私何をするか分かりませんわよ。とりあえず学園に遊びに行くのは間違いないでしょうね」

 

 気付くと妹達の視線がこちらを向いており、ルルーシュはまたハッとして現実に戻される。ずいぶん強気な言い方。ナナリーはルルーシュを邪魔と言い、ユーフェミアは正体露見をチラつかせて脅そうとしている。しかし真実を知ったルルーシュにもはや焦りは無い。

 

「そう言わないでくれ、ナナリー、ユフィ。その時が来たら俺もガウェインで闘うからさ」

 

 諦めきったような、しかしどこか満足げな穏やかな表情でルルーシュは返した。長年張り詰めていた糸が突然切れ、肩の荷がドッと下りたような気分だった。

 

「では早速行きますよ!」

「ボヤっとしないでね!」

 

 頼もしい妹達の呼び声を耳にしながら、ルルーシュは何時からか気弱な幼子のようにはにかんでいた。

 ところで、皇族姉妹の名誉のために補足しておくと、彼女達は慣れない戦闘の空気に緊張して、知らない内に脳内がアドレナリンで満たされ興奮していた。それにナナリーはマリアンヌの血が戦士としての自分を掻きたてたし、そうでなくとも互いにあの傍若無人な皇帝の娘なのでそういう性質を受け継いでいた。それでもルルーシュの影響でかなり丸くはなっている。そうでなければ今頃高笑いしながらキュウシュウへ駆けていただろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【IF】マリアはルルーシュの母親だった女性だ

arcadiaに一瞬載せた短編。本編とつながりはない。


 ピンクの髪を後ろに束ねた女児が、ベッドの傍に突っ立っている。そこで眠るのは、黒髪を無造作に伸ばした女児。黒髪の女児の方が小さい。ピンクの女児は6つくらいの年齢。対して黒髪の女児は3つくらい。

 

「では、始めるか」

 

 ベッドを挟み、ピンクの女児の向こう側。高いところから男性の低く他を圧するような声。

 

「ええ、お願い」

 

 ピンクの女児はその風貌に似合わない大人びた態度で応える。不意に黒髪の女児に手を伸ばし、肩を揺すった。

 

「うっ……。あー、あー」

 

 黒髪の女児は目覚め、赤子が物をねだるように、ピンクの女児に手を伸ばす。

 ピンクの女児は黒髪の女児を無視し、ベッドの向こう側にいる巨漢を見上げる。

 2メートル近い壮年の巨漢。白髪はこれでもかと巻かれていて、中世ドイツ音楽家の肖像を思わせる。

 

 不意に、その巨漢のアメジストの瞳が、赤く輝いた。

 

「シャルル・ジ・ブリタニアが刻むぅ。マリアンヌよ。心臓の動かし方を忘れよ」

「うっ」

 

 巨漢がそれを口にした途端、ピンクの女児は胸を押さえて苦しみ始める。冷や汗を流しながら、しかし、黒髪の女児の両目をじっと見つめた。ピンクの女児の目は、壮年の巨漢と同じように赤かった。

 

 不意に、ピンクの女児が脱力し、ベッドに倒れ落ちる。

 巨漢は慌ててその両肩に手を伸ばし、支える。

 

「心臓の動かし方を思い出せ」

 

 時を置かず、もう一度命じる。

 ピンクの女児はビクンと反応すると、気を失ったようにうつむいた。

 

 壮年の巨漢はピンクの女児を軽々と持ち上げ、その胸を耳に当てる。そのままじっと固まり、5秒ほどするとふっと肩を下ろした。

 

「マリアンヌよ。どちらにいる?」

 

 壮年の巨漢が、落ち着いた声で尋ねる。

 反応したのは黒髪の女児だった。

 

「成功よ。あなた」

「ふむ。そうか。ふふふっ」

 

 壮年の巨漢はまるで似合わないおだやかな笑みを浮かべた。

 

 

 ブリタニア最強の12人の戦士、ナイトオブラウンズ。マリアンヌはその中でも飛び抜けて強かったらしい。女性でありながら、おそらく世界最強だった。

 その美貌は、平民の身で、爵位持ちの男性から両手で足りぬ数の誘いを受けたほど。結局、皇帝の寵愛を一身に受けるまで上り詰めた。

 そんな、強さと美しさを兼ね備えた超人。欲しがる愚か者がいてもおかしくはない。そんな愚か者の中に、クローンを作ってしまった者がいた。それがマリア。シャルルとマリアンヌはそういう設定を作った。実際は当の愚か者がその2人。

 そうして、マリアがアッシュフォード家に預けらるよう、2人で簡単な工作をし、その通りとなった。

 

 遺伝的な期待から、密かにだが、アッシュフォードはマリアを養子にした。が、本人の希望と警備費用節約のため、マリアはルルーシュ達と共に育てられることになった。どうしようもなくルルーシュと顔が似ているから、血縁関係を隠すのは不可能で、マリアはルルーシュ達のいとこ、という設定で通すことにした。年齢は、これも本人の希望でナナリーと同じ。実際は数年下だったろうが、マリアンヌが女性にして180センチを超える長身だったために、クラスで浮く程小さくは無かった。

 

 そうして数年が経過した。

 

「なー、なー、ちゃん!」

「ひゃいんっ」

 

 突然背中から衝撃。自分と同じ小さな胸が押し当てられ、兄と同じながらブリタニア人には珍しい黒髪が視界の左右になびく。

 

「あっ、だめっ。マリアさんっ」

 

 いつものことながら、華奢な手が、獣のように女の子のイケない所を撫で回す。

 隙を見て、兄が作った弁当のおかずを手に取り、口に放り込んだりもする。

 だんだん人が集まってくる。男子生徒が息を飲む声が聞こえる。女生徒は、「やめなさーい!」と仲がよく正義感の強い何人かが助けようとしてくれる。

 

「うふっ。うふっ。どこを撫でられて恥ずかしがってるのかな? ナナちゃんは。言ってくれないと分からないわよね?」

「アッ、アアンッ。うっ、うう……」

「ちょっとマリア! やり過ぎよ! いっつもいっつも!」

「こら男子! 見るな!」

「「「ブー! ブー!」」」

 

 ナナリーを覆い隠す女子達にブーイングが飛ぶ。

 

「アハハハハハ。分かった。分かったって。昼はこんくらいで許してあげるっ」

 

 マリアは女子達にウィンクをして、パッとナナリーから両手を離す。

 

「だけど」

「ふえ?」

 

 しかし不意に、ナナリーの両肩をつかむと、くるっと180度回転させた。

 

「あっ」

「待っ」

 

 と、女子達が静止を命じる間にも、ぶちゅり。ナナリーの唇が奪われる。

 

「ちゅっ、ちゅっ、むちゅっ」

 

 しっかり舌まで入れている。ナナリーは慌てて押しのけようとするが、感じてしまって力が入らない。「ぷはっ」。呼吸のためにやや離れると、とろりと2つの舌を結ぶ体液が見えた。すかさず、もう一度唇を覆う。

 

「うおぉー!」

「し、舌ァー!」

「さすがマリア様! 俺達にできないことを平然とやってのける!」

「ちょっ、ダメっ」

「キャー!」

 

 男子達から歓声が上がる。女子も何人かが赤面し、悲鳴を上げながら顔を両手で覆う。が、その指の隙間から見ていたりする。

 

 喧騒の中、しかし接吻は10秒もせず終わった。「ああ」。元気だった男子が急減に静かになっていく。

 そんな中、マリアはナナリーにウィンクして、人差し指をとろんと開いた唇に添えて、ねだるように円を描いた。

 

「ふふっ。今日は寝かせてあげないぞ?」

 

 そして、爆弾発言。唖然とする教室。マリアは「あっはっはっはっは」と豪快に笑いながら去って行く。

 うおぉーー。また男子達が盛り上がる。

 女子達は、マリアの背中と男子達を一睨みした後、気遣うようにナナリーに近づく。

 

「大丈夫? ナナリー」

 

 ナナリーは赤い顔で恥ずかしそうにうつむいている。

 

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 

 ナナリーは口元を押さえながら顔を上げ、閉じた瞳で音を頼りに声のする方に感謝を述べていく。

 そうして、『悪がきに遊ばれた弱くて大人しい子』の絵ができたわけだが、実は手で覆っている口元はにやけていた。それに気付いたのは、メイドにして、周辺の筋肉の動きから表情を推測できるような、人体のスペシャリスト。いつも陰から少女を見守っている篠崎咲世子だけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マリアはルルーシュの母親になってくれるかもしれなかった女性だ

「るっ、るうっ、しゅぅうううううう!」

 

 斜め上から突然飛んできた大声。

 ルルーシュとリヴァルは、またか、と面倒そうに2階の窓を見上げる。

 

 ルルーシュと同じ黒髪。すらっとした手足。しかし、目はルルーシュのアメジストと違って、青っぽい。顔も全体的にアジア系で、薄い。

 マリアは駆けながら、器用に両靴を目の前に蹴り上げ、両手でつかむ。程なく、ジャンプ。勢いよく階段の手すりに着地する。そのまま靴下でボードのように滑り、さらに加速。ぎりぎりのところで跳ね、窓から飛び出る。

 

「受け止めなさい!」

 

 空中で大の字になりながら、命じる。目下には忌々しそうな顔のルルーシュと、苦笑いを浮かべるリヴァル。忙しく落下点であたふたしている。

 校舎では、初めてマリアの奇行を見た女生徒が悲鳴を上げる。複数回目の男子生徒は「ヒューッ」と口笛吹きながら、スカートの下を見ようと身を乗り出す。

 

「ぐばはぁっ」

「ぐえっ」

 

 受け止めた高2男子2人が、勢い余って無様に尻餅を着く。体重50キロ近いマリアが2階から勢いよく飛んできたのだから仕方ない。むしろよくやった方と言える。普段からマリアの無茶に付き合わされていなければこうはいかない。

 

「ダメねえあなた達。もっと優雅に受け止められないのかしら?」

 

 1人ぴんぴんとしているマリアが、靴を履きながら言う。

 ルルーシュはムスっと眉を顰めて、痛む尻を痛む腕で擦りながら、そう言えば胸も痛いと思いつつ、よろよろと立ち上がる。そして、ギロリとマリアを睨む。

 

「お、お前……っ! 受け止めてもらって、おきながら……っ! イタタッ」

「何言ってんの? 空から落ちてくる美少女を受け止めるなんて、健全な男子なら誰もが妄想する素敵なシチュエーションじゃない。感謝こそされ、恨まれる筋合いなんてないわ。ほら、彼らを見てご覧なさい」

 

 そう言うと、マリアは校舎を振り返る。2階や3階の窓から身を乗り出した男子生徒達が、嫌らしい笑みを浮かべたり、「羨ま死ね」と言ったりしている。逆に女生徒は「性悪女!」「ルルーシュ様になんてことを!」とルルーシュの味方が多い。

 

「何が美少女だ! お前みたいな性悪は認めん!」

「まあまあルルーシュ。落ち着いて」

「カッコ悪いわよ」

「なにィ?」

 

 ジリジリとマリアに詰め寄るルルーシュ。リヴァルは慌てて間に入り、全身でルルーシュを押さえる。マリアはそんな2人を楽しそうに眺めている。

 

「ほらほらルルーシュ。リヴァルを見習いなさい。レディファースト、気が利く、うだうだ文句を言わない」

「俺だって、相手がお前じゃ無かったらっ!」

「まあまあ」

「リヴァルはいい子ね。家来にしてあげるわよ」

 

 マリアはにこにこと笑みを浮かべながらリヴァルに近づき、そっと頭に手を乗せ、撫で始める。

 

「いや、その、マリアさん。いつも言ってるけど、俺には心に決めた人が……」

 

 そう言いながら、リヴァルもまんざらでもなさそうに表情を弛めていた。

 

「まあいいわ。さっ、行きましょ。今日も賭けチェスか何かでしょ?」

「ああ、そうだよ」

「リヴァル! こいつは置いていくぞ!」

 

 返事をしたリヴァルに、ルルーシュは威圧するように要求する。

 

「もう! 文句言わないの!」

 

 マリアはリヴァルの頭から手を離し、ルルーシュに近づく。忌々しそうに睨んできている彼に、困ったように眉を顰める。が、不意にルルーシュの肩をつかむと、抱き寄せ、もう片方の手を後頭部に回しつつ、唇に唇を押し付けた。

 

「なっ」

 

 舌で舌を一撫でしてやった後、顔を離し、今度は「きゃーかわいい!」と言いつつ、顔を胸に押し付ける。10程度の肉体年齢では双房のクッションが無いので、そこそこ痛い。

 しかし、マリアがルルーシュを解放した時、ルルーシュの顔は赤くなっていて、表情もいくばくか緩んでいた。

 

「さあ! 行きましょう!」

「うらやましいなあ。ルルーシュ」

「クソッ。俺は年上だぞ!」

 

 マリアを先頭に、3人はサイドカー付きの大型バイクへ歩いていった。

 

 

 リヴァルの運転で進むこと15分程。3人は目的の怪しいカジノ店に着いた。ここでルルーシュが貴族との賭けチェスをすることになっている。もちろん校則違反だが、ルルーシュとリヴァルは金と憂さ晴らしのためにやっている。マリアは楽しそうだから着いて来るだけ。

 次の授業に間に合うように、という縛りがありながら、ルルーシュは交代で打ったチェスで大逆転を演じ、チェックメイトまでこぎつけた。

 相手の貴族の男は頬を引きつらせて悔しがり、ルルーシュは静かにニヒルに笑った。が、途中でマリアに抱きつかれ、唇を奪われ、「ほわぁっ」と情けない声を上げてしまった。台無しだった。

 

 その帰路、リヴァルの運転で高速道路を飛ばしていると、妙な大型トラックが後ろから迫ってきた。

 

「リヴァル。止まりなさい」

「え?」

「いいから!」

「え、う、うおわあああ!」

 

 リヴァルの後ろにくっ付いていたマリアは、強引にハンドルを奪い、停車用のスペースにバイクを止めた。怪しげなトラックは横を通り過ぎ、あっと言う間に離れていく。

 

「お、おい! 何をやってるんだ!」

「どうしたんだよ? マリア」

「うーん。うん。そうね。あなた達、先に帰ってなさい」

 

 訝しげにマリアを見る2人に、マリアは片手で退くようジェスチャーを送る。

 しかし、もちろん2人は動かず、さらに詰問しようとする。

 

「ええいっ、うるさい。今は時間が無いのよ!」

 

 マリアはそう言うと、ポンポンと男2人を投げ飛ばしてしまう。

 

「いてっ」

「おいお前!」

 

 恨み言を聞くことなく、マリアは1人バイクを進めてしまう。

 

「行っちゃった」

「なんだあいつめ。さすがにこれは許さんぞ!」

 

 残された2人は立ち尽くし、背中が消えていくのを見つめるばかりだった。

 

 

 さて、マリアは1人、大型トラックを追いかけていた。

 暴走状態のトラックに制限速度では敵わず、捕まるようなスピードになる。さらに、渋滞でも止まらず縫うように進むことで、一気に距離を縮めた。

 

「投降せよ! 抵抗は無駄である! 今なら弁護士をつけることもできるぞ!」

 

 不意に、上空のヘリから大音量で警告がなされた。周囲には他にもヘリが飛んでいて、トラックに向かってきている。

 

「これは、マズイわね。助け出す隙があればいいんだけど」

 

 マリアは徐々に速度を弛め始め、やがてトラックは見えなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

またマリア

 ジェレミアは久しぶりの実戦に興奮していた。

 相手はグラスゴーを駆るテロリスト。機能は彼の乗るサザーランドより一段落ちるが、パイロットの腕がよく、ジェレミアの全力をぶつけるに値する敵だった。

 それでもあと一息まで追い詰めたが、ビルの隙間を縫うように逃げてしまったから、今は捜索中である。

 

「ジェレミア卿」

 

 不意に、彼の部下であるヴィレッタから通信が入った。

 

「見つかったか!」

 

 ジェレミアの口端がつり上がる。

 

「いえ。そうではなく」

「なんだと? つまらん理由なら許さんぞ」

 

 申し訳なさそうに言うヴィレッタに、ジェレミアは威圧するような視線を向ける。戦闘中で高揚している。

 

「あの、ジェレミア卿の妹を名乗る人物に保護を求められました」

「なにィ!?」

 

 おずおずと言うヴィレッタに、思わず全力で聞き返していた。

 

「リリーシャ・ゴットバルトだと。顔を見てもらえば分かる、と」

「バカな。あいつは今本国にいるはずだ」

「どうしますか?」

 

 ジェレミアは深く眉を吊り上げ、しばし固まる。が、不意に「クッ」と漏らして、苦い顔で口を開く。

 

「とりあえず顔を見せてくれ。話はそれからだ」

「はっ」

 

 ジェレミアはくやしそうにナイトメアを停止する。頭に妹のことが引っかかったままの精神状態では危ないと判断したためだ。しかし、私事で作戦を中断するなど皇族に全てを捧げる彼にとって恥でしかない。このような状況を作った妹、そして妹の教育を誤った己に対する怒りを抑えきれず、ガンと正面のコンソールの額を殴った。

 いかんいかん。冷静さを失ってはな。

 ジェレミアはハッとしてモニターに視線を向ける。まだ戦闘行為中だ。市内のどこから敵が出てくるか分からない以上、油断してはいけなかった。

 

 と、右往左往しつつヴィレッタからの返事を待っていたのだが、思ったより長い。会話のようなものすら聞こえて来ず、しかし今、ランドスピナーの駆動音が響いた。

 

「おい! 何をやっている!」

 

 思わず怒鳴ったジェレミア。しかし返事は無い。

 

「おい!」

 

 もう一度怒鳴る。しかし、やはり返事は無い。

 おかしい。本当に何をやっている? もしやテロリストが現れたのか? それにしたって、通信がつながったまま音声が途絶えるのはおかしいが……。

 

「もしや、盗まれたのか?」

 

 リリーシャを謀るテロリストに……。

 おい、おい。と何度も返事を促すジェレミア。しかしやはり返答はなく、どころか、通信はプツンと切れてしまった。

 

「やはり! テロリストか!」

 

 ヴィレッタめ、後れを取ったな。いや、それよりも許せんのはテロリストだ。よりにもよってこのジェレミア・ゴットバルトの肉親を名乗るとはな。その首、必ず取る。誰にケンカを売ったのか思い知らせてやる。

 ジェレミアは部下のキューエルに手負いのグラスゴーの捜索を任せ、自身はヴィレッタのサザーランドの下へ向かった。

 

 さて、そのナイトメアは、地下道を走っていた。

 

「ふふん」

 

 狭い通路もなんのその。幼い黒髪のパイロットは容姿に似合わぬ余裕の笑みを浮かべながら、アクセル全開で突っ走る。

 右折、左折の度に急ブレーキの金きり音が響く。しかし、それだけでは進路変更できず、曲がりながら壁に向かい、しかしギリギリでジャンプし、壁に着地して横滑りする。

 まさに曲芸。生身でもできる者がいないだろうことを、ナイトメアで難なくこなしてみせる。

 

 そうして、あっと言う間に目的の物、正確にはその中にいる者を見つけた。

 

「なんだ? なぜサザーランドが」

「止まれ貴様! どこのものだ!」

 

 トラックを囲むように軍人がいる。隊長らしき人間が止まるよう叫ぶが、ナイトメアは構わず進む。

 

「うわあああああ!」

「う、撃てええええ!」

 

 途端、今日状態になってマシンガンが乱れ飛ぶ。が、人間の持つ装備でナイトメアを傷つけられるものはそうない。マシンガンでも関節部に何度も当たればさすがにダメージが行くが、マリアの踊るような軌道を前にそもそもほとんどの銃弾は当たっていなかった。

 構わず直進するナイトメアに、軍人たちはクモの子を散らすように逃げていく。ナイトメアは急ブレーキで火花を飛ばしながら、トラックの目前で急停止した。

 

 一瞬の静寂の中、ナイトメアはトラックの荷台で剥き出しになっている球体に手を伸ばす。何かに触れると、球体は光を放ちながら開いていく。中には拘束着に包まれた緑髪の少女が入っていた。

 

「あ、ああ」

 

 軍人たちは絶望の嘆息を漏らしながら見ているだけだった。

 ハッとした隊長が「女を打ち殺せ!」と叫ぶが、もう遅い。そもそも女は死なない。

 結局、ナイトメアは女だけ攫って逃げて行った。

 

 その日、クロヴィスはシンジュクゲットーの殲滅を指示した。シンジュクに住んでいた人々は運よく逃げ切れた一部を除き全て殺害された。この事件を契機にイレブン、旧日本人の抵抗運動が一気に過激さを増し、それを押さえきれなかったクロヴィスは無能の烙印を押され本国に連れ戻された。

 

 

 少しさかのぼって。ルルーシュはニュースを見ながら、頭に上った怒りが急速に冷めていくのを感じていた。

 

『毒ガスという凶悪な兵器に手を出したイレブンに対し、クロヴィス総督はシンジュクゲットーの殲滅を指示なされました』

 

 シンジュク。マリアが向かった方向。

 あいつに限ってありえない。そうは思うが、帰ってこないから、どうしても不安になってくる。

 

「マリアさん。もしかしてこれに巻き込まれたんじゃ……」

 

 ナナリーが不安そうにつぶやく。

 それを見たルルーシュはハッとして、無理におだやかな笑みを浮かべ、サッと細い妹の手を取る。

 

「大丈夫さ。あの子に限ってありえない。きっと夜遊びか何かだよ。帰ってきたら怒ってやらないと」

「ふふっ、そうかもしれませんね……」

 

 ナナリーも小さく笑み、頭で軽く兄にもたれ掛る。ルルーシュは何も言わず受け入れ、ウェーブする長い茶髪の上から軽く頭頂部を撫でた。

 そうしていると、不意にドアが開いた。

 

「るっ、るーっしゅ! とナナちゃん! 帰ったわよー!」

「邪魔するぞー」

 

 ホッと息つく2人。ルルーシュは次の瞬間にも眉を吊り上げるが、もう一人、自分と同い年くらいの見知らぬ緑髪の女がいるのを見て、勢いを落とす。

 

「そちらの方は?」

「ここに来る前の友人よ。C.C.って言うの」

「C.C.?」

 

 ルルーシュは訝しむように眉を顰める。すると、そのC.C.がルルーシュをジッと見つめる。

 

「悪いか?」

「い、いえ。別に」

 

 怪しいが、初対面ではこれ以上言及できなかった。

 しかし、マリアの友人なら自らの素性を知っている可能性がある。危険人物かどうか慎重に見極める必要があるだろう。

 ルルーシュは特に興味の無い体を装いながら、C.C.に意識を傾けた。

 

「ふーん、お前がルルーシュで、お前がナナリーか」

「はじめまして、C.C.さん」

「はじめまして」

「ふーん、ふーん」

 

 C.C.はそう言いながら二人を見回す。時折り嫌らしい笑みを浮かべたりするから、やっぱりマリアの同類なのか、とルルーシュは苦々しく思った。

 

「どうかしましたか?」

「いや何、マリアン……ン゛、ン゛ン。ごほっ、ごほっ。……マリアが、お前達のことをかわいいかわいいと自慢するのでな。実際どうなのかと思って」

「まあ!」

「おい、俺は男だぞ」

 

 ルルーシュが不快気に言うと、C.C.はふっと笑ってマリアに視線をやる。それから2人で何やらコソコソ言い合い、時折ルルーシュの方を見てにやにや笑う。ルルーシュは一層不快になりつつそんな2人を眺めていた。

 

「ルルーシュはかわいいよな、ナナリー」

「えっ?」

「かわいいでしょ?」

 

 不意にC.C.が尋ね、驚いたところへマリアが念を押すように言う。

 

「ナナリー。相手にしなくていい」

 

 ルルーシュはナナリーの手を取り、マリアとの間に割って入る。

 

「いえ、お兄様はかわいいと思いますが」

「な、ナナリー……」

 

 が、ナナリーはあっけなく認めてしまい、ルルーシュはがっくりうなだれた。

 

「すいません。それもお兄様の魅力の1つだと思いますので。もちろん、凛々しいところや賢いところ、やさしいところや気の利くところ、もっといっぱい魅力はありますよ」

「な、ナナリー」

 

 巻き戻しのように、ルルーシュは復活していく。

 

「まあともかく、お前達は合格でいいぞ。世話になってやる」

「はい。ありがとうございます」

「おいちょっと待て。今『世話してやる』ではなく『なってやる』と言わなかったか?」

「言ったが?」

「おい」

 

 当然とばかりに返すC.C.。ルルーシュの眉間が寄って行く。

 

「まあいいではないですか。マリアさんのお友達なのでしょう?」

「しかしだな」

「お前達の素性は知っているぞ。口は堅い方だから心配するな」

「ですって。よろしいのでは?」

 

 ルルーシュはムッとC.C.にしかめっ面を向けた後、ナナリーに苦笑して見せる。

 

「まあそもそも、マリアがアッシュフォードの力で保護するのなら俺達に止める権利はないからな」

「分かってるじゃない」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いきなりR2

 中華連邦軍は、3ランスロットの鬼神のような強さにまったく歯が立たなかった。邪魔をしようものなら一瞬で葬られ、しかし、逃げ出せば確実に見逃してくれる。燃料に余裕がないためだろう。それに気付いた末端の兵士共は逃げ始めた。もともと彼等の多くは、国のためでなく自分の生活費のために軍に入っていたから、命を天秤に掛けられると傾きやすい。それに、大陸から離れた島国で領土的野心と言われても、いまいちやる気が出なかった。

 上官たる宦官も、もしかすると持久戦で燃料切れに追い込めば勝てたかもしれないのに、早々と敗けを悟って逃げてしまった。

 伝達をわざと遅れさせたことで、残された兵達が壁という名の殿となり、ランスロット達が燃料を気にしていたこともあって、旗艦は逃げおおせた。が、こんなことが続くうちは、上下間に信頼関係も生まれないだろう。

 

 ルルーシュの予想に反して、政庁は攻めこまれなかった。結果、余計な人員を動かしたことになって、ユーフェミアは臆病者、という雰囲気ができたが、もともとの期待値が高くないので問題にはならない。

 一連の報告に、遠い異国のコーネリアは見る者がぎょっとするほど狼狽して、即座に愛妹に国際通信を送った。が、ユーフェミアはいつも通りにほんわかしていて、コーネリアはほっと胸を撫で下ろした。

 

「この調子でできうる限り危険に備えよ。安全すぎるということはないのだから」

「はい、分かっています」

 

 数多くの皇帝の子の中でも、シュナイゼルの次かその次に次期皇帝に近いと呼ばれる彼女が、ルルーシュの手腕を評価した。これで、改めて臆病や過保護などと言う命知らずは出なくなった。

 ルルーシュにしても、無駄に警戒しまくったことを反省することはなかった。当然という顔で「P12はやたら反抗的だった。あれではもしもの時に使えない」と降格を指示するくらいだった。

 

 3ランスロットが中華連邦軍をあっという間にやっつけていく様は、テレビで連日報道された。加えて、軍や警察の不正摘発、リフレイン密売組織の襲撃なども取り上げられ、正義の味方、ヒーロー的な側面が強調されていく。

 一方で、3ランスロットの異常な強さ、東京疎開のブリタニア軍の予想以上に統率の取れた動き、うっとうしい程のガチガチな守りに、日本のレジスタンスは肩を落とし、沈静化していった。

 

 そんな中、京都六家あてに枢木スザクの名で手紙が届く。

 

『友達に聞きました。あなた達が日本のテロ活動を支援していた謎の組織“キョウト“だったのですね。単刀直入に言います。こんなことはもうやめてください。テロでは誰も幸せになりません。間違った方法で手にいれた結果に、意味なんてないと思います。僕はブリタニアを中から変えていこうと考えています。ユーフェミア総督とならできるはずです。皆さんも協力してください。全てバレていることを理解した上で、それでもあなた方に手を差し伸ばしているユフィを信用してあげてください』

 

 どうせ山勘だろうと、手紙は一笑の下に燃やされた。

 しかし、ブリタニア皇族に珍しく非差別的な制度を整えていくユーフェミアを前に、以前ほど強硬な策はとれず、レジスタンスへの援助を急速に減らしていくことになった。

 そんなことは知らぬだろう枢木スザクは、なぜかユーフェミアと共にNACの会議に表れ、わかってくれたんだ、とでも言いたげに儚げに目を細めていた。

 

「スザクと仲直りしてあげてくださいね」

 

 にっこり笑うにユーフェミアに、桐原、カグヤ等は困惑するしかない。

 隣で恥ずかしげにたたずむ裏切り者に対しては、不快げに眉を顰めたが、ユーフェミアの手前、言葉は当たり障りのないもので濁した。

 

 程なく、テロの驚異が去ったエリア11は衛星エリアに格上げされる。ユーフェミアはその宣言の直後に3ランスロットの騎士を紹介し、ユーフェミアの下でなら元日本人でも出世可能だと印象付けた。

 

 

 そして、平和なまま時が流れていき、1年後。

 ミレイ・アッシュフォードはアッシュフォード学園卒業後、アナウンサーとしてテレビ局に入社するも、妊娠発覚により辞任した。

 数ヶ月後、黒髪の女の子を無事出産。しかしアッシュフォード家、特にミレイの両親がミレイとルルーシュに非難の視線を向ける。

 

「どうしてくれるのか。誰のおかげで君たちが食べていけたのか。感謝しろとは言わないが、恩を仇で返すのはあんまりでないか」

「ぐっ、すまなかった」

「ルルーシュ! あなたが謝ることじゃないわ! 私が、無理に迫ったのだもの」

「きみは大人しくしていろ。母体に障ったら」

「初耳だぞ、ミレイ」

「反抗しようっての?」

「やめろ。責任なら俺が取る」

「言ったね。それはもちろん意味を分かって言って、いえおっしゃっているのでしょうか? 殿下」

「ああ、分かっているとも。だが、ナナリーだけは」

「それはあなたの結果次第です」

「では、今すぐ復帰してもらいましょう。気が変わられたら大変ですから」

「ああ」

 

 ミレイの両親はルルーシュに背を向け、一瞬チラッと、着いてこい、とでも言いたげに見ると、病室を出ていく。

 

「待って! 卒業までは!」

 

 その声に、ミレイの両親は振り替えって睨み付けようとするが、その視線はルルーシュの背が遮った。

 

「いいんだ、ミレイ」

 

 心底申し訳なさそうに言うと、ミレイの返事も待たず、弱々しい足取りでミレイの両親に付いていった。

 ルルーシュ達はルーベンに後続復帰の話をしようと別室に向かう。

 

 近づくと、生徒会メンバーの笑い声が聞こえてくる。

 

「かわいい。ぷにぷにしてる。ルルの顔で」

「ほっぺたの柔らかい赤ちゃん、記録」

「う、むあう」

「おいおいシャーリー。嫌がってるじゃねえか」

「ごめんごめん。ってなんでリヴァルに謝ってんだか」

「ううう。あ゛ーーー、あ゛ーーー、あ゛ーーー」

「大変。泣き出してしまいました。お兄様の顔で」

「うわわわわっ、どうしよう? 咲世子さんっ」

「お任せください」

「泣き出した赤ちゃん、記録」

 

 と、そこへルルーシュ達が表れる。

 

「父上、少し」

 

 生徒に少し離れ、気分よさげにひ孫を眺めていた白髪の男に声かける。呼ばれたルーベンは、一瞬で不満げな顔になった。

 

「なんじゃ、ひ孫との憩いの時間を邪魔しおって」

「待って」

 

 と、そこへケータイ片手に中等部の生徒だろうか? ピンクの髪を後ろに束ねた女の子が割って入る。

 

「あなたは?」

「あなたが、ルルーシュ?」

 

 ミレイの両親を無視し、少女は尋ねる。

 問われたルルーシュは一瞬怪訝そうな顔をして、次には驚愕に固まる。

 

「なぜ、ここにあいつの……」

「ちょっと、後にしてもらえるかしら? こっちには重要な話があるんだから」

 

 尋ねるミレイの母を少女は無視する。

 とそのとき、ナナリーとミレイの父が気付いた。

 

「お兄様、もしかしてっ!」

「これはこれはアールストレイム卿、ご機嫌麗しゅう」

「えっ」

「やっぱり。あなたがルルーシュ様。あっちがナナリー様だから……」

「あっ」

 

 はっとして口に手を当てるナナリー。相手を察したミレイの母はミレイの父と共に揉み手を始める。

 

「まあ! あなた様が、あの名高いアールストレイムの天才児で!? ご存じでしょうか。アッシュフォードとアールストレイムは、共にマリアンヌ妃の後援として長らく懇意な関係を……」

「来て。皇帝陛下が呼んでる」

「つまり、知っていたのか、あの男は。だったらなぜ! それも、今さらになって!」

 

 立ったまま歯軋りするルルーシュ。

 

「来て」

 

 服の袖を軽く引っ張るアーニャ。羽のように軽いルルーシュはグラッと傾き、引っ張られていく。

 

「待ってください! 私もお兄様と一緒に……っ!」

「話があるのは、ルルーシュ様。ナナリー様は、どっちでもいいみたい」

「でしたらっ」

「ナナリー、いいんだ。ミレイとナナイを頼むっ」

「そんな……っ、お兄様!」

 

 伸ばしたナナリーの手は、オギャアと泣き出したナナイによって止まる。

 ルルーシュは「自分で出歩く!」と不満げに言って掴まえている手を払い、去っていった。

 

 家庭用ジェット機で連れていかれたのは、首都ペンドラゴン。そして皇族専用車で王宮へ。徒歩で謁見の間へ。

 長い廊下を歩いた先には、当然というべきか、ブリタニアンロールが悠然と王の巨大な椅子に座っていた。

 

「久しいなあ。ルルーシュ」

「貴様ァ! よくも俺とナナリーがいるの知って戦争を!」

「ダメ」

「ぐっ」

 

 飛びかからん勢いで叫んだルルーシュ。アーニャは後ろ手を引っ張って動きを止める。

 

「ふん。して、我が騎士アーニャよ。初孫は撮ってきたか?」

「はい。既にブログにアップしております」

「ふむ。我が騎士ビスマルクよ!」

「は!」

 

 奥から男のしぶい声が返ってくる。その後、がしゃがしゃと車輪の回る音がして、程なく、

大きなホワイトボードをそそくさと押し進めるナイトオブワン、ビスマルクが現れた。

 ビスマルクはホワイトボードをルルーシュの隣に移動させると、ひざまづく。しばらくすると、天井からウィーンと機械音と共にカメラのようなものが出てきて、ぱっと光が差した。

 

「なっ!」

 

 ルルーシュがちらと視線を寄せると、ホワイトボードに巨大なナナイの写真が映っていた。

 

「ふむぅ。次はぁ? ……ほおぅ」

 

 わずかに口端を緩めながら、何やらつぶやく皇帝。

 

「ふっ。そっくりではないか、赤子のルルーシュに。瞳の色はワシと同じだぁ。次。……むっ、ピントがずれておるぞぉ。我が騎士アーニャぁ」

「はっ、申し訳ありません」

 

 ひざまづき、頭を下げるアーニャ。

 皇帝は全てを見終えると、満足げにルルーシュを見やった。

 

「皇族に戻りたいそうだなあ、我が息子よ」

「な、なぜ貴様がァ!」

「愚かなりルルーシュぅ! そなたの考えることなど全て見通しよぉ!」

「くっ、だったら!」

 

 俺が貴様を殺したいほど憎んでいることも、と心の中で言うルルーシュ。皇帝は嘲笑うように目を細めるだけだ。

 

「チャァアアンスをやろう」

「なにっ!」

「皇族に戻り、アッシュフォードへの恩を返したくば、そこの女を見つけてこいぃ」

 

 皇帝は顎でくいっとホワイトボードを示す。

 そこには特徴的な緑の長髪の若い女が映っていた。

 なんだ? 逃げられた昔の女か?

 ルルーシュは画像の古さからそう判断する。

 

「我が騎士アーニャも同行させる。詳しくは其奴に聞くとよい。下がれ」

「イエス、ユア・マジェスティ」

「待て! 母さんのことは……っ! ナナリーに一言くらい……っ! 何故今さら戻す気に…っ!」

 

 来るときの初めのようにアーニャに引っ張られながら、ルルーシュは叫ぶが、皇帝は興味が失せたような顔で立ち上がり、奥へと去ってしまった。

 

 王宮を出たルルーシュ。怒りで顔を歪めたままアーニャの後を歩き、尋ねる。

 

「この女の名は?」

「シーツー」

「しーつー? イニシャルじゃないか! ふざけているのか!」

 

 ピタリ、とアーニャは立ち止まり、振り返る。

 

「うるさい」

 

 いつもの無表情から、少しだけ眉をつり上げている。

 それに威圧されたわけではなく、ナナリーと年も背格好も似ていることからダブらせてしまい、年下の女の子にきつく当たっている自分に気付き、ルルーシュは怯む。

 

「す、すまない」

「分かったならいい」

 

 うなづき、再びてくてく歩き始めるアーニャ。ルルーシュは早歩きで横に並んだ。

 

「名前を教えないのは、俺を試すためか?」

「試す?」

「皇族復帰の試験のようなものなのだろう? だからわざと名前を隠して、情報収集能力を試しているんじゃないのか?」

 

 聞いたアーニャは、無言で首を傾げる。が、しばらくして口を開く。

 

「分からない。陛下からは名前がC.C.だとしか聞いてない」

「そうなのか? では、歳は?」

「分からない。だけど、あの写真からそう見た目は変わってないって言ってた」

「なんだと!? あれは、相当昔の……」

「クロヴィス殿下が一年前に会った時の写真を持ってる。今から会いに行く」

「何!? あいつにだと!?」

「……うるさい」

「す、すまない」

 

 そうしてしばらく歩くと、どこかで見たことのある奇抜なデザインの豪華な車、その横に立ってそわそわしている第三皇子クロヴィスと、その騎士バトレーの姿が見えた。

 ルルーシュと目が合うと、クロヴィスは演劇のようにはっと大口を開けて、固まった。

 

「やれやれ」

「ル、ルルーシュ、なのかい……? おぉーーーいルルーシュゥーーー! 私だ! 第三皇子のクロヴィスだぁーーー!」

 

 クロヴィスは腕を降りながら駆け寄ってくる。後ろでため息をつくバトレーの苦労が思いやられた。






目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。